超能力青年 ウ☆ホンフー (変わり身)
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1話 魔法の力は感じない

――暁美ほむらは、魔法少女にして時間遡行者である。



 

 

「…………」

 

 

夜。

街の光さえもが失われ、月明かりがより一層の輝きを放つ時間帯。

白と紫を基調とした制服姿――魔法少女としての衣装に身を包んだ暁美ほむらは、暗闇に沈む見滝原の街を飛んでいた。

 

電柱を越え、屋根を越え、ビルを越え。魔法によって強化された脚力で持って、この街の誰よりも月に近い場所を行く。

それは彼女の美貌と合わせ、一種幻想的な光景でもあったが、しかしその瞳は氷のように冷え固まり。厳しく細められた眼差しだけが目的地へと注がれていた。

 

 

「――……」

 

 

トン、と。

街外れに鬱蒼と広がる名もない森林地帯、その中心近く。天高くより比較的木々の疎らな場所を見つけたほむらは、事も無げに着地した。

そして直後に、左手に装着した砂時計を内蔵する円盾の内側より拳銃を取り出し、油断なく周囲を警戒。何者の気配も無い事を悟ると、慎重に森の奥へと進んでいく。

 

 

(……予想より、険しい)

 

 

上空からは木々に覆われ分からなかったが、意外と傾斜のきつい場所のようだった。

足元は非常に悪く、加えて周囲は暗闇に沈み一歩先を見る事すら困難を極める。魔法による強化があるといえど、進みづらい事に変わりはない。

 

ほむらは照明を取り出すか少しだけ迷い――すぐに考え直し、盾に伸ばしかけていた手を離す。

情報によれば、ここは既に『テリトリー』の内部である可能性が高い。このような場所で光を扱うなど以ての外だ。

 

余計な事をして無用な騒ぎを起こす愚かな自分は、遥か過去へと捨ててきた。その筈だった。

 

 

「――、――。――……」

 

「!」

 

 

そうして、どれ程の時間を歩いただろうか。

そろそろ肉体への疲労が誤魔化せなくなってきた矢先、ほむらの強化された聴力が何者かの声を聞き取った。

 

……見つけた、のだろうか。

ほむらは咄嗟に付近の木陰へ身を潜めると、声のした方角を注視する。

 

 

「……の移動は問題なく済んだ。計器類も正常、そちらは?」

 

「こっちもだ。全ての個体に異常なし、問題なく稼働している」

 

 

聞こえてきた声は、どうやら男の物のようだった。

 

暗いために人相はよく分からなかったが、数は二人。銃のようなものを携帯していた。

彼らはバリケードのような物のすぐ横に立ち、内容を聞く限り何事かの状況を報告し合っているようだ。どこか無機質な、業務的な雰囲気が漂っている。

 

このような森中において、彼らの存在は極めて怪しく不釣合いなものであったが――ほむらはそれを予想をしていたかのように息を吐き、軽く眉を顰め。

盾の内側から折り畳まれた書類を取り出すと、木々の隙間から落ちる月明かりに晒し、その一枚目に視線を走らせる。

 

そこに書かれていたのは、小さく、そして淡々とした一文。

 

――『TX及びクモ強奪計画』

 

 

(……どうやら、本当のようね。これ)

 

 

当然ながら、これはほむらの記したものではない。半ば偶然手に入れたようなものだ。

 

ある種陳腐とも言えるその文字列と、目先に広がる男達。

それらを見比べたほむらは何とも複雑な表情を浮かべ――盾の中で流れ続ける砂時計を、堰き止めた。

 

 

「――ッ」

 

 

――瞬間、世界の全てが停止した。

 

風の音も、靡く草木も、二人の男も。ほむらを除いたこの世全ての存在が停止し、その色を失わせるのだ。

 

時間停止。ほむらの持つ魔法少女としての能力の一つであり、最大の武器である。

 

 

「――よし、それでは引き続き警戒を頼む」

 

「了解した。次の連絡は30分後だ、忘れるなよ」

 

 

そしてほんの一瞬の後、世界は何事もなく動き出し、色付いた。

 

男達は何一つとして異常に気づかないまま話を終えると、一人はバリケードの前に立ち、もう一人は内側へと戻って行った。

後にはもう声はなく。銃を構えた男が一人、銃と何かの機器を手にして警戒を続けるだけ。

 

 

……すぐ近くの木陰。

既に誰も居ないその場所で、落ち葉が一枚。不規則に舞った。

 

 

 

 

――事の発端は数日前。武器調達のため、ほむらがある武装組織の根城へ侵入した日にまで遡る。

 

 

ほむらは魔女と呼ばれる人間に害を成す存在と戦う魔法少女ではあるが、他の魔法少女のように固有の武器や強力な攻撃魔法といった物を持っていない。

それはつまり、戦う手段を持っていないと同義。戦いを強制される魔法少女にとっては、致命的とも言える欠点であった。

 

その代わりに時間停止・遡行という強力な能力を持っていたものの、攻撃能力がなければ魔女を倒す事は出来ない。

同時に、彼女の抱える目的――ワルプルギスの夜と呼ばれる超弩級の魔女を倒し、世界で一番大切な友人である鹿目まどかを死の因果から救い出す事も不可能だ。

 

他にも、インキュベーターとまどかの接触を防ぐ必要もある。故に、外部からの武器調達は絶対に必要な行動であった。

 

しかし、社会的には女子中学生の身分であるほむらに、そのような真似がおいそれと出来る筈もない。

ならば一体どうするか。苦悩と思案を重ねた結果、彼女が最終的に出した答えこそが、非合法組織からの銃火器の奪取であった。

 

元々のほむらには運動や戦いの才能は無く、また師となる人物も存在しない。扱いさえ覚えれば安定した火力を出せる銃火器は、彼女にとってまさにうってつけの武器だった。

そして時間停止の魔法を利用すれば、多種多様な銃器の眠る暴力組織の本拠地に侵入する事も可能である。これを無視出来る程、彼女の選択肢に余裕は無い。

 

無論、盗難に対する罪悪感は付き纏っていたが、まどかを助ける為だと言い聞かせ、冷徹の仮面に押し込め無視をして。

 

何度も何度も己の魔法で時を繰り返し、武器を調達し、戦い、敗れ。

そして時を戻し、消耗した武器を補充し、また繰り返す。

 

そうして扱う銃火器への知識とそれを扱う技術を深めるにつれ、より強力な銃とその数を求めるようになり。それに呼応し、侵入する組織の数や種類も時を繰り返す毎に増えていった。

ついには、ほむらの手は暴力団だけではなく、自衛隊基地や過激なカルト宗教組織、諸外国からの犯罪組織にまで及ぶようになり――。

 

 

――その内の、一つ。小さな武装組織の保有する金庫の中に、件の計画書はあったのだ。

 

 

『TX及びクモ強奪計画』

 

 

停止した時間の中、破壊した金庫からその書類を発見した時。ほむらは呆れの感情を禁じ得なかった。

このような直球そのままの作戦名を堂々と記している事もそうだが、何よりも問題なのは『TX』と『クモ』についてだ。

 

最低限のスペックと概要しか記されてはいなかったが、曰くそれらは世界最大の企業グループ『ジャジメント』の保有する戦闘兵器であるらしい。

そして『TX』は主兵装にレーザー兵器を持つ小型自立戦闘機械兵であり、『クモ』は自立行動型遠隔爆弾の改良型。

どちらも近年実用化されたばかりの物で、見滝原の一角で動作実験を行っているとの事だった。

 

 

(馬鹿馬鹿しい)

 

 

ほう、機械兵。なるほど、自立行動する遠隔爆弾。

中々に興味深い内容ではあるが、現在の科学水準から考えると眉唾も良いところである。

載っている外観も出来の悪い玩具のようで、現実味が全くない。

 

加えてほむらの認識では、ジャジメントとは大きなスーパーを経営している比較的身近な会社でしか無い。

そんな所が武器を作っており、それを強奪する? 全くもって意味不明だ。

 

非合法の武装組織である以上は大なり小なり『アタマがおかしい』のだろうが――それにしたって、どうにも。

 

 

(子供の集まりなのかしら、この組織……)

 

 

思えば、構成員の中に戦隊ヒーローやバッタのコスプレをしている者も居て、最初から妙だとは感じていたのだ。

否、もしかすると隠していた銃火器も玩具の豆鉄砲ではなかろうか。

ほむらは書類の横に置かれていた大量の銃器の内の幾つかを手に取り、胡乱気な目で眺めた。のだが。

 

 

「……?」

 

 

その見慣れぬ形状に、思わず動きを止める。

それは軽く見た所では自身の愛用するベレッタに似ていたが、しかし明確に違う点が幾つかあった。

 

銃口は一般的な銃より狭く窄まっており、淵の部分にはガラス片が均等に並び。おまけに撃鉄や弾倉といった銃に必要不可欠な機構が複数欠けていたのだ。

しかし手に持つ感触は慣れ親しんだ実銃のものであり、玩具のようにも思えない。

 

眉間に皺を作ったほむらは暫く考えた後、試しにと銃口を地面へと向け、その引き金を引き絞り――。

 

 

「きゃ……!?」

 

 

瞬間、『ビューン』というある種間の抜けた音と共に、光の線が迸る。

 

それを撃ったという手応えは無かった。

しかし気がつけば銃口から光が発射されており、床に着弾する直前で色を失い停止していた。

ほむらの身体から離れた事で、時間停止の効果を受けたのだろう。己の足元に滞空する光の線に、恐る恐ると目を向ける。

 

 

「レーザー、の……銃……?」

 

 

震える声で指を伸ばし、敢えて光線とその半径数十センチの時間停止を解けば、光はすぐさま目の前より消え去り、床に穴を開けた。

その内部は赤々とした光と僅かな煙を吹き上げ、相当の高温に熱せられている事が窺える。疑いようのない、本物だ。

 

 

(誰か、巴マミのような、他の魔法少女が作った――いえ、でも、魔法の力は感じない……)

 

 

つまりは、完全なる科学の産物という他なく。

握る銃の質感が、急激にその存在感を増した。

 

 

(こんなSFみたいなのが、本当に……? 私達やインキュベーターも『そう』なのだから、あり得ないとは言えないけれど……)

 

 

とは言っても、これはベクトルが違うのではないか。

これまで築いてきた常識が、音を立てて崩れていく錯覚。ほむらは頭痛を堪えるかのように額を抑え、俯き。

 

 

「――……、」

 

 

そうして下がった視線の先、金庫の中に放置したままの書類が目に付いた。

 

――『TX及びクモ強奪計画』。

 

 

「…………」

 

 

ほむらは手に持ったままのレーザー銃を見る。

 

次に、床に空いた弾痕を見て。

 

最後にもう一度、件の書類をじっくりと眺めた。

 

 

――『TX及びクモ強奪計画』。

 

 

「…………」

 

 

馬鹿馬鹿しい。今となってはそう切り捨てられる訳もなく。

ほむらはそっと書類を手に取ると、レーザー銃と共に盾の内側へと押し込んだのだった。

 

 

 

 

それから数日に渡り、ほむらは先日の武装組織についての調査を行った。

 

何せ、レーザー銃などというオーバースペックな代物を持っていた妙な組織だ。探れば他にも似たような物や、より強力な武器が出てくる可能性は十分にある

ワルプルギスの夜との対峙に備え、切れるカードは一枚でも多い方が良い。彼女は自らの起こした盗難騒ぎすら利用し、組織の周辺を調べ回った――のであるが。

 

 

(……やはり、時間が足りないわね)

 

 

自らの根城に戻ったほむらは、ポツリとそう呟いた。

 

彼女に許された時間は、鹿目まどかと出会いワルプルギスの夜と対峙するまでの僅か一ヶ月。

更にははじまりから既に10日以上過ぎており、その中のたった数日で目ぼしい情報が掴める筈もなく。『レジスタンス』の警戒も深まっていた事もあり、ハッキリとした事は不明のままだった。

 

分かった事と言えば、彼らが自分達を『レジスタンス』と呼んでいる事と、本当に『ジャジメント』とコトを構えるつもりである事。

そして件の計画書に書かれていた事柄を全て真実と見なしており、本気で実行するつもりであったという事だけだ。

……無論、計画書の盗難に遭った以上、今回の計画は見送られたようではあるが。

 

 

(……ジャジメント、ねぇ)

 

 

果たして、『レジスタンス』がそれ程敵視するジャジメントとは、本当はどういった存在なのか。

当然ほむらもそれは調べたが、やはり目ぼしい事は分からなかった。

 

否、『ジャジメント』の企業的な経歴ならば、調べればすぐに詳しいものが出た。

 

ジャジメントとは元々北米を中心に展開していた大企業であり、数年前に日本へと進出。

当時日本で大きな力を持っていたオオガミグループと衝突した後、合併。ツナミグループへと改名し。世界の頂点に近い大企業となった。

そして今より数ヶ月前に何故かまたジャジメントへと名前を戻したそうで、それ以降大きなニュースはないらしい……との事だ。

 

しかし、それ以上は何も出てこない。肝心の計画書に書かれていたような兵器に関しての事など、その噂の欠片すらも発見できないままだ。

こうなるとやはり『レジスタンス』の正気そのものを疑いたくなってくるが……一方で、実在するレーザー銃の存在が髪を引く。

 

そもそも『レジスタンス』の言うジャジメントと、調べたジャジメントが同一の物であるのかどうか……。

 

 

(……ともかく、限られた時間ではこのくらいが限界かしら)

 

 

溜息を吐き、思考を切り替える。

これ以上この事に時間をかけ、まどかの周辺を疎かにすれば、状況はまず間違いなく悪い方向へと流れてしまう。経験上、ほむらはそれを知っていた。

 

……この時間軸を捨て石にすると考えれば、ある程度の時間的余裕は生まれるだろうが、それを是とする事は敢えてまどかの死を容認する事でもある。

そんな事は許されない。認めてはならないのだ。決して。

 

 

(なら、そうね。せめてこれだけでも……)

 

 

ほむらは『TX及びクモ強奪計画』を取り出し、ペラリと捲る。

 

『TX』、そして『クモ』。簡易的なスペックの数値を見るだけでも、それらが優れた兵器である事はよく分かる。

特に『TX』の方は自律行動が可能な点に加え、今所持しているレーザー銃よりも強力な物が搭載されているらしい。魔法での強化と操作を組み合わせれば、戦力の底上げとなる事は間違いない。

 

もし本当に存在するのならば、とは付くが。

 

 

「…………」

 

 

ほむらは最後にもう一度だけレーザー銃を見ると、徐に地図を広げ書類に記された場所へピンを刺す。

この計画書は、自分が有意義に使わせて貰おう。そう決めた。

 

 

 

 

そうしてその日の夜、ほむらは早速見滝原の端に広がる森へ、計画書に示されていた場所へと向かった。

 

未だ完全には信じ切れず、半信半疑も良い所。

苦労して夜の森を歩く最中も、心の隅で「私は何をやっているのだろう」と自嘲していたが――結果を言えば、計画書に書かれていた事は紛れもない事実であったようだ。

 

 

「これは……」

 

 

森の奥。時間停止の能力により2人の男の目を掻い潜り、バリケードを抜けた先。

木々に紛れつつそこに広がる景色を見たほむらは、切れ長の瞳を大きく見開いた。

 

まず視界に入ったのは、最低限の舗装がされた広場と、その周囲にずらりと立ち並ぶ幾つもの建築物と装甲車。

地面には大きな煤跡や穴を埋めた跡なども残っており、何か兵器の演習場、或いは実験場である事は容易に伺える。

 

そこまでは頭の片隅で予想していた事ではあったが――その広場の中心に、酷く目を引く物があった。

 

 

(……青くて赤目、手足の付いた……変なタマ)

 

 

やはり、出来の悪い玩具だ。

少なくとも、遠目ではそうとしか表現できない物体だった。

 

 

「…………」

 

 

するとほむらは、突然身を潜めていた木の幹を駆け上がり、広場の中心目がけ身を躍らせる。

 

空高くより見下ろせば、あちらこちらにセンサーや監視カメラの光が見えた。どうやら、バリケードの外側とは比べ物にならない程に警備は厳重であるらしい。

 

しかし彼女の魔法を持ってすれば、それらは何の意味も無い。

センサー類がほむらの存在を察知するより先に砂時計を堰き止め、時間停止。灰色の世界の中で悠々と青い球の真横へ降り立つと、改めて至近距離から青い球を観察した。

 

 

「……間違いない。これが『TX』……」

 

 

青い装甲に、その中心部で赤く輝くカメラアイ。無理矢理取り付けたような手足は虫のように細く、腕部の先には万力とドリルが付いている。

そして球の複数箇所にはレーザー兵器と思しき機器も取り付けられており、計画書にあった『TX』の姿とほぼ同じ姿形だ。

 

……こんな物が本当にあるなんて。実際にこうして目にしていても、どこか現実感が無かった。

 

 

(……でも、あるのなら使わせてもらう)

 

 

とはいえ、自身がどう思おうとその目的には変わりなし。

ほむらは軽く目を伏せ思考を切り替えると、周囲へ細かく目を向ける。

 

どうやらこの個体は何らかの実験途中であったらしく、足元にはカメラと某かの観測機器が繋がれていた。

付近に人の姿が無い限り、建物の中で計測をしているのだろう。他の『TX』の姿も無く、広場にはこれ一体きりだ。

 

 

(できれば、もう何体か手に入れておきたいところだけど……)

 

 

流石に『TX』の現物がこれだけという事は無いだろう。

『クモ』の方も探したいところであり、まずはいつもの通り武器の保管場所を見つける必要があるようだ。

 

 

「さて……」

 

 

どの建物から侵入するか。

計画書を取り出し、地図を確認する。これを用意した組織は、下調べは欠かさない中々にマメな性質であったらしい。

 

そうして大体の目星をつけた後、ほむらはそっと『TX』の背に触れ、魔力を流し支配下に置く。

これで『TX』は停止した世界の中であっても、魔力を通して己の意のままに動かせる。自律行動が可能であれば、連れ立って歩く事も可能だろう。

 

回収完了――ほむらは軽く息を吐き、色づきながら軋みを上げて動き出した『TX』を、少しの興奮と共に眺め、

 

 

『――ガガガ、ピ』

 

 

唐突に、背面上部に搭載されていたレーザー兵器の銃口がほむらを捉えた。

避ける間も、驚きから回帰する暇さえ無く。瞬く間に銃口から激しい光が溢れ出し、強大な熱量を秘めた光線が放たれる。

 

 

「え――」

 

 

空気が焦げつき、プラズマ化する。

0.1秒にすら満たない刹那の中、光は彼女の頭部へと一直線に差し込まれ――脳幹を穿ち抜く直前、ピタリと止まった。

 

以前レーザー銃を撃った時と同じ。

ほむらの触れた『TX』から光線が放たれ切った事で、時間停止の効果を受けたのだ。

 

 

「――ッ!?

 

 

目前、僅か数ミリ。

鼻先に迫った死の光をようやく視認したほむらは瞬間総毛立ち、本能的に機械操作の魔法を解除した。

すると直ちに振り向きかけていた『TX』の体躯から色が抜け落ち、既に放たれていたニ射目ごとその時間を停止させる。

 

 

「……支配が、出来ない……?」

 

 

激しく脈打つ心臓を宥めながら、油断なく銃を構える。

 

しかし当然ながら、時間停止の魔法により『TX』に動きはない。動く筈もない。

つまり、機械操作の魔法だけが弾かれたという事だが――。

 

 

(やはり他の魔法少女が関わっている……?)

 

 

相変わらず他の魔力は全く感じないが、己の魔法が効かないという事はその可能性が高いだろう。

 

ほむらが知る魔法少女の中にそのような能力を持った者は居なかった筈だが、過去には未来予知や速度操作の能力を持った者達と相対した事もある。

ならば、より強力な機械操作能力を持った物が居ても不思議ではない……筈だ。

 

 

(そうだとしたら、これ以上手を出すのは得策じゃないわね)

 

 

あっさりと、そう判断する。

 

唯でさえ課題を幾つも抱えているのだ。いたずらに新たな魔法少女と敵対し事を荒立てては、事態は更に混迷を深めてしまう。

何より強引に徴収するにしても、魔法での支配が出来ないのだからどうしようもなく、『クモ』においても何を仕掛けられているか分かったものではない。

 

逆にこれらと関わりのある魔法少女と協力者として繋がりを結ぶのも選択肢としては有りだが、残念ながら今からでは時間が足りない。

もし今回「も」失敗した場合、次の時間軸における要素の一つとして覚えておくくらいが丁度いいだろう。

 

欲をかくと、碌な事にはならないのだから。

 

 

(……まぁ、失敗前提なんて考えたくはないけれど)

 

 

ほむらは徒労感混じりに大きく髪を掻き上げると、『TX』に向けていた銃を収め、大きく跳躍。この秘密施設からあまりにも容易く、それでいて名残惜しげに離脱した。

 

『TX』と、『クモ』。手に入れられれば大きな戦力増強となっただろうに、今は諦めざるをえないとは残念だ。

時の止まった灰色の世界の中、ほむらは再び夜空の下を駆け――。

 

 

「――……」

 

 

ふと、思い付いたかのようにとあるビルの屋上で立ち止まり、秘密施設のあった森へと振り返る。

 

……一つ。もう一つだけ、魔法が効かなかった理由に思い至った。

もしそうだとすれば支配できなかった事も頷けるし、魔法少女が関わっている可能性も若干とはいえ下がるのだが――。

 

 

「……いえ、あり得ないわね。それは」

 

 

そう、あり得ない。否、それどころか、決してあってはならない。そんな発想。

 

ああ、くだらない事を考えた。

ほむらはすぐさま頭を振ると、今度こそ振り返る事無く夜闇に消えた。

 

 

 

――『TX』が機械ではなく、脳と魂を持つ、生物の範疇に入る『物』だった――。

 

 

 

……少なくとも、ほむらはその可能性を馬鹿馬鹿しい話だと断じ、切り捨てた。

 

この場においては、それが全てであった。

 

 

 




『暁美ほむら』
みんな大好きクールなほむほむ。武器を手に入れるために東奔西走している様子。
少なくともループの後半には突入している。色々と熟成されつつある頃合いかもしれない。
手に入れたレーザー銃は黒野印の発明品。丈夫で初心者にも扱いやすい良い光線銃だ!


『子供の集まりみたいな組織』
反ジャジメント組織の一つ。
見滝原の外れに潜伏していたが、街に来て間もない上に問題も起こしていないため、これまで魔法少女たちには見つからなかったようだ。


『ジャジメント』
パワプロクンポケット世界における、めっちゃやべー大企業。
パワポケ8以降、各作の主人公達はジャジメント相手に大立ち回りをしたりしなかったりする。


『TX』
神条紫杏という女性の元で生み出された、ジャジメント製の強力な兵器。
固くて強い、文明崩壊後も生き残る地味にしぶとい奴ら。


『クモ』
遠隔操作が可能な小型爆弾。小さいながらも人間が粉微塵になる破壊力を持つ。


お久しぶりです、変わり身です。
エタの恐怖に怯えつつ、ゆっくりノロノロ続けていきたいと思います。


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2話 おそらくは『手順』が足りない

――世界最大の規模を持つ、北米資本企業グループ『ジャジメント』。

 

 

その来歴は、遥か戦前にまで遡る。

 

元々の母体は、大戦に揺れる激動の時代を生き抜く為に寄り集まった中小企業の集合体に過ぎなかった。

 

崇高な理念は無く、目標もなく。過酷な時代の流れに抗い、必死に生き残ろうとする商人たちの集まり。

物資の販売、商品の開発、輸送事業に娯楽関係。商売と呼べるものには粗方手を出していたそうで、現在の超多角事業の下地をこの時から既に構築していたのだ。

 

そして、そのような貪欲さを持っていたが故なのだろう。倒産と離散の危機に陥った事も、一度や二度では済まない。

 

大戦や内紛、世界的な恐慌。

ジャジメントを脅かす出来事には枚挙に暇がなく、更に数年前には同じく北米で多大なる影響力を持つオオガミグループとの経済競争の末、合併し『ツナミグループ』と名を変えている。

 

しかし、ジャジメントは決して倒れる事はなかった。

どのような厳しい風に煽られようとも決して膝を折らず、耐え凌ぎ。ツナミグループと名を変えた後も、数年もせず再び『ジャジメント』の名を取り戻している。

 

そう――ジャジメントは、圧倒的な苦難の中でも己の存在を守りきり、またもや成功を収めたのだ。

 

 

――多くの失敗と、それ以上の成功。

 

 

それらを無数に積み重ねたジャジメントは、現代においては世界一の大企業と目されるまでに成長を遂げていたのだ。

その影響力は食品業界から貿易界隈に至るまで多岐に渡り、スーパーやプロスポーツの協賛という形で一般的な知名度も高い。

海外は勿論、極東の島国である日本においても知らぬ者はほぼ居ないと言っていいだろう。

 

数多の成功は、やがて確かな信頼へと変わる。

 

確かな土台の上に築かれた、老舗中の老舗。強固で、これ以上無いホワイトイメージを持った超優良企業――。

一般において。表世界で認識される『ジャジメント』とは、そのような清廉潔白なものであった。

 

 

 

……表世界。では、裏とは?

 

 

 

 

 

 

「……あァ? 計画書が消えただぁ?」

 

 

夜。

明かりの無い薄汚れた廃屋、その一室。

 

錆びれた鉄板に四方を囲まれた寒々しい部屋の中に、その低い声はよく反響した。

 

 

「馬鹿が、間抜けってレベルじゃねぇぞ。どっかに漏れたらお前らオジャンだってあんだけ言っただろうが、おい」

 

 

とても大柄な男だった。

 

己の体格よりも尚大きいレザーコートを身に纏い、顔と頭には同じく大きな赤いマフラーとバンダナ。

傷だらけの携帯端末を握る手には軍手が嵌められ、更には目元すらもバイザーで覆い隠している。まるで、体の線と肌を晒す事を避けているかのようだ。

 

そんな不審人物としか表せない容貌の彼は、朽ちかけたパイプ椅子に大柄な様子で腰掛け、非常に苛ついた様子で貧乏ゆすりを繰り返していた。

 

 

「せっかく丁度いい『調達場』を紹介してやったのに、全部台無し――――あん?」

 

 

グチグチと。通話相手に向かい某かの文句を並べて立てていた男であったが、ふと訝しげに眉を顰めた。

そして静かに相手側の言葉に耳を傾け、唸り声を漏らす。

 

――通話先から話されたのは、見滝原で起きたとある「盗難事件」の詳細だ。

 

日中、とある施設にある金庫の中から、ある書類と物資が消えた。

言葉にすればそれだけの出来事であるが――しかし、今回においてはそう単純なものでもない。

 

「書類と物資」の内容の事もある。しかし、何よりも問題なのは盗難が起きた状況だ。

 

 

「つまり、あれか。お前らが揃ってる場で、目の前で、誰も気付かない内に抜かれたってのか?」

 

 

そう、その盗難は、今まさに多数の人間が居た筈の場所で起こったという。

通話先の相手が集まり会話している最中に、気づけば部屋の中にあった金庫が開け放たれており、その中にあった「書類と物資」が根こそぎ奪われていたそうだ。

 

……端から聞けば、言い訳どころか出来の悪い作り話以外の何物にも聞こえない報告。

しかし大柄な男は鼻で笑うこともせず、顎に手を当て黙り込む。

 

 

「……確かそっちにはセンサー特化のサイボーグと感知の超能力者が居た筈だが、そいつらはどう言ってる」

 

 

サイボーグ、そして超能力者。

 

大真面目な声色で放たれたその陳腐な単語は、寂れた部屋の中を上滑りして消えていく。

反面、男には冗談を言っている様子もない。万人が知る常識の一つを語るかのごとく、極めて自然な様子で問いかけていた。

 

 

「何もねぇと。で、盗るもんだけ盗って誰も殺されてねぇってぇと、そりゃあ……」

 

 

穏便過ぎておかしな話だ――そう続けようとした瞬間、彼の鼻先がピクリと動いた。

同時に顔を覆ったマフラーがぐにゃりと大きく歪み、その下で相当の渋面が作られている事が窺える。

 

 

「あー……まぁいい。とりあえず警戒だけはよくしとけ、凄まじい隠密能力持ちが側を通ったのは間違いねぇんだからよ」

 

 

そして通話先にそう吐き捨てるとゆっくりと立ち上がり、バイザーの奥の瞳を細め天井を厳しく睨めつけた。

 

錆まみれの鉄板。異常は無く、物音も無い。

しかし男は何かを捉えているかのように決してそこから目を離さず、徐々に姿勢を落とし警戒態勢すら取っている。

 

 

「んで、悪ィが話はまた後だ。調達に関しても当分そっちで何とかしろ、多分、暫く長話できなくなる」

 

 

丸めた男の背中が隆起し、筋肉の軋む音がする。

バイザーに隠れた瞳が縦に裂け、纏う空気が酷く剣呑な物と変わっていき――。

 

 

「ついでに、俺の部下にポイント9B―1を放棄するって伝えといてくれや。あァ、そうだ――お客さん方だよ、畜生がッ!」

 

 

――瞬間。天井が吹き飛び、強烈な鎌鼬が吹き込んだ。

 

 

「ぐッ――!?」

 

 

轟音、後、衝撃。

鎌鼬により細かく裁断された鉄板は風に巻かれたまま部屋中を跳ね回り、甲高い音と共に荒れ狂う。

 

例えるならば、氷混じりの液体をミキサーにかけるかのように。それらは確かな鋭さを持ってありとあらゆる場所に裂傷を刻み込み、鮮やかな火花の海を作り出す。

否、火花だけではない。明るく輝くそれらの中には赤黒い飛沫も混じり込み、一種幻想的とも言えるこの光景に暗色の彩りを加えていた。

 

その正体など言うまでも無い。巻き込まれた大柄な男の、血と肉片だ。

 

 

「――――――――ッ!?」

 

 

おそらくは、苦痛の叫び声だったのだろう。

 

それは金属同士の擦れ合う耳障りな騒音に掻き消され、何処にも届く事はなく。やがて収まる風と共に、虚空へ溶けて消えていく。

そうして後に残るのは、あちこちに血と肉が張り付き跡形も無く破壊され尽くした部屋の姿と、摩擦で熱を持った鉄から放たれる白煙のみ。

 

最早男の姿は立ち込める白に隠れて確認できず――赤い筋が、一つ。その向こうから流れ出た。

 

 

 

「――さて。お邪魔しますよ、と」

 

 

 

そんな惨憺たる光景の中に、場違いな声が響く。

同時に吹き抜けとなった天井から一つの影が舞い降り、瓦礫の上に降り立った。

 

 

「あらあら、これは酷い。ちょっと加減を間違えたかしら」

 

 

そう言って、にこやかな表情で部屋を見回すその影は、背の高い若者のようだった。

 

派手さこそ無いが、美形と呼ぶに差し支えない端正な顔立ち。

どこか中国的な衣装を纏う均整の取れた体つきは線の細い男性のようにも、少し丸みに欠ける女性のようにも見えなくもない。不思議な魅力を放つ青年だ。

 

彼――或いは彼女は、足元に転がる赤斑の鉄片を拾い上げると、興味なさげに弄ぶ。

 

 

「お久しぶり……と言う程には、時は経っていませんね。三ヶ月ぶりくらいですか」

 

 

どこか遠くを見るように目を細め、未だ晴れない煙の向こうへと話しかける。

……が、返る言葉は無し。それも当然。既に男の体は鉄片に刻まれ、ミンチよりも細かく加工されている。会話など出来る筈も無い。

 

しかし青年は気にした風もなく、変わらず一人での会話を続行する。まるで、男がまだ生きていると確信しているかのように。

 

 

「まさか、こんな寂れた所に中継点を作っているとは思いもしませんでしたよ。あなたの事だから、もっと厳重な警備の――」

 

『――クソ、が。どっから沸きやがった、バケモンが』

 

 

愚痴に変わりかけた青年の言葉を遮り、煙の中から声が飛ぶ。

酷く掠れ、血玉に濁り。声というより肉塊の震える音の方が近しいものだったが、確かに先の男の口調であった。

 

それを聞いた青年は一瞬ぱちくりと瞬くと、苦笑を一つ。

小さく腕を振るうと、突如として旋風が巻き起こり立ち込める白煙を乱暴に吹き飛ばした。

 

 

「……あなただけには、バケモノ呼ばわりされたくないんですけどねぇ。ウルフェン」

 

 

――そうして白煙の中から現れたウルフェンと呼ばれた男の姿は、酷くグロテスクな物だった。

 

鉄片に刻まれ、肉や内臓を削ぎ落とされた身体は、最早人の形を保っていない。砕けた骨に僅かな血肉がこびり付いているだけの、死骸と呼ぶ事すらおこがましい状態だ。

しかしよくよく見ればその肉片達は微細な振動を繰り返しており、泡立つようにその体積を増しているではないか。

 

そうして泡は骨に纏わり付き、肉となり。時には骨や内臓すら生み出しつつ、徐々に元の人形へと近づいていく。

それは常識的に決して有り得る筈の無い異常な光景であったが――そうして再生された容貌も、それに輪をかけて異常極まりないものだった。

 

 

「うるせぇッ! バケモン(オレ様)をグチャグチャに出来るような奴が人間な訳ねぇだろボケ!」

 

 

身体を擦りながら青年に対し激しく敵意を剥き出しにする男――ウルフェン。彼の姿は、余りにも人間の形から逸脱していた。

 

その巨躯には青白い体毛が余す所なく走り、両の手足の先には大きな爪が生え揃い。大きな耳と、長い尻尾まで生えている。

筋骨隆々のオオカミ男――どこからどう見ようとも、そうとしか表現できない姿だ。

 

 

「うーん、私としてはまだ生身なので人間だと主張したいのですが……ま、いいでしょ。っと」

 

「ッ! チィッ!」

 

 

(がん)、と。鉛同士が打ち合うような音が響いた。

唐突に会話を打ち切った青年の脚が予備動作も無くしなりを上げ、咄嗟に掲げられたウルフェンの腕を打った音だ。

 

その衝撃に千切れた狼の毛がふわりと舞い――直後に爪と鉄拳が繰り出され、雪崩込むように肉弾戦へと移行した。

 

 

「クソッタレがァ! 徹頭徹尾問答無用たぁ恐れ入るじゃねぇか、何が目的なのかねぇバッドエンドさんはァ!?」

 

「何と言われましても。ご覧の通りあなたを殺してみようかと」

 

「銀の道具も『バジリスク』も使わずにかァ!? こんな攻撃じゃオレ様を殺し切れねぇってのは分かってんだ――おごぉッ!」

 

 

言葉の途中。ウルフェンの爪を躱した隙を突く形で、青年――バッドエンドの肘がウルフェンの腹部深くにめり込んだ。

ぱん、ぱん、と腹の中で幾つかの臓器が破裂し、ウルフェンの大きな口から大量の血液が零れ落ちる。肉弾戦における実力差は酷く大きいようだ。

 

 

「グ、ゾッ――!」

 

 

しかし彼の目は未だ死なず、負けじと豪腕を振るうが、やはりバッドエンドの身体には掠りもしない。

反対に背後へと回り込まれ、背骨に蹴りを受け吹き飛び壁へと叩きつけられた。更に如何なる方法か雷撃が追い打ちとして放たれ、その肉を焼く。

絶叫が、轟いた。

 

 

「まぁ、私の方にも段取りがあるという事ですよ。あなたも既に、彼女の事はお気づきでしょう?」

 

「ぐ、ガ、ガ……!」

 

 

その問いかけに、徐々に再生するウルフェンの眼球が天井を向いた。正確には天井の先、バッドエンドの降りてきた上階だ。

 

 

(……そういや、そうだった。こいつは、一人で来てねぇ……!)

 

 

お客様方。自分が言った言葉を思い出す。

 

そう、今や部屋中に肉の焦げる匂いが充満しており分かるべくもないが、数刻前の彼の嗅覚はバッドエンドの他にもう一人。女の匂いを感じ取っていた。

未だ姿を見せない、バッドエンドの協力者。今になって、じわりとその存在感が増してくる。

 

 

「ま、とりあえずやってみましょうか。さーて殺しきれますかねぇ?」

 

 

にっこりとそう告げると、徐にバッドエンドの腕が掲げられ――パチンと、その指が鳴らされた。

 

 

(――ヤベェ!!)

 

 

唐突に、全身の毛が逆立つ危機感を覚え。ウルフェンは勢いよくその場から跳び退る。

 

先程のような鎌鼬や雷撃があった訳ではない。だが、分かるのだ。あれは合図だ、間もなくここにとてつもない一撃が降ってくる。

 

再生しきっていない身体を酷使し、膨張した筋肉の隙間から鮮血が溢れる事さえ気にも留めず。

ただ己の本能の叫ぶままに走り、バッドエンドから距離を取り、

 

 

「ドゥームチェンジ――」

 

 

――その呟きが終わる直前、夜闇を切り裂き白い柱が噴き上がった。

 

 

否、それは純粋な光と熱の塊だ。

音は無く、ただ熱風だけが渦を巻き。半径数十メートル内に存在したもの全てを巻き込み、炸裂。

 

ウルフェンの隠れ家ごと一切を灰燼と帰し、原子すら残さず焼き尽くしたのであった――。

 

 

 

 

「ふむ……予想以上に威力はありましたが、しかし……」

 

 

全てが終わり、更地となったその場所で。空から降り立つ青年の声が、静かに響く。

先程と全く変わらない、冷静なものであったが――その様相は大きく様変わりしていた。

 

頭の先から爪先まで、全て黒。まるでシルエットのように、彼の全身が黒一色に染まっていたのだ。

 

――ワームホール。

 

体表面に己の行った事のある場所へ繋がる穴を作り、人や物資を移動させる超能力である。

バッドエンドは全身にその穴を展開し、白い柱による熱光を回避したのだ。今頃、どこかの海で水蒸気爆発が発生した事だろう。

 

 

「……さて、そろそろ大丈夫でしょうかね」

 

 

ワームホールを解除し、大きく跳躍。

未だ煮立つ地面を一息に飛び越すと、そのまま滑空。熱光の範囲外にあった廃墟群へと降り立った。

 

そして、その内の一棟の扉を開けると――そこには、一人の少女が蹲っていた。

 

淡い髪色をした、整った容姿の少女だ。どこかシーフを連想させる衣装を纏う彼女は、大きく肩で息をしながら、扉を開いた青年をよろりと見上げる。

 

 

「……ホンフー、さん。狼男……どうなった……?」

 

「まぁ、細胞の一片すら残さず消滅した事は確実でしょうね。よくやってくれました、雫さん」

 

「……そ、う」

 

 

バッドエンド――本名、巫 紅虎(ウ・ホンフー)

彼の返答に、雫と呼ばれた少女は大きな溜息一つ。疲労感と安堵、己への嫌悪感の入り交じる複雑な表情を浮かべた。

 

保澄雫はホンフーの協力者にして、魔法少女と呼ばれる特異な能力者の一人である。

夢見がちな思春期少女を主とする魔法少女は、色々な面でホンフーの属する組織と敵対しやすい者達であるが、雫はその中でも珍しく『物分かりの良い』存在だった。

 

 

「貴女の持つ固有魔法、空間結合……応用すれば、ここまでの物となるとは。流石に想定以上でしたよ」

 

「……咄嗟にここに繋げなければ、私も、危なかった……」

 

 

雫は感心と共に拍手をするホンフーから不機嫌を隠さず目を背け、荒い呼吸のまま懐から黒い卵型の物体を取り出し、己の腰に装着された濁った宝石へと押し付ける。

 

すると宝石から黒い靄が立ち上り、黒い卵へと吸い込まれていく。

魔法少女にとって必要不可欠である、グリーフシードによる魔力の浄化だ。

 

 

「流石に、太陽とここを繋げるのは疲れるみたいね」

 

「……遠すぎたから。しかも……こんな使い方とか。余計に」

 

「あら、ごめんなさい。でも私達と関わっているのですから、こういった事は慣れて貰わないと」

 

 

悪びれず笑うホンフーに、雫の眉間にシワが寄る。

 

――彼女の固有能力たる空間結合を用い、太陽付近という超遠距離かつ超高温の空間とウルフェンの隠れ家とを繋げる、馬鹿げた広範囲焼却攻撃。

 

普段はテレポートによる物資の運搬を主目的として使用している為、このような攻撃的な使い方をするのは彼女の本意ではなかった。

相手が魔女染みた不死の怪物であるという事と、ホンフー達の『お願い』で無かったならば、絶対に断っていた筈だ。

 

 

「……でも、あの狼男。絶対死なないんでしょ? 私がこんな事しても意味は……」

 

「いえいえ。死なないからこそ、殺せる手段を探るのは大切なんですよ」

 

 

ウルフェン――正式名称グントラム。

尋常ではない再生能力を持つオオカミ男の異能力者であり、ホンフーにとっては組織の裏切り者に当たる男だ。

 

細胞の一欠片さえ残っていればすぐに自己再生する彼は、己の肉体から削った細胞を世界各地に保存している。

 

つまりは残機。

自身の力が及ばなかった時はすぐにその肉体を捨て、別の場所で細胞から再生し逃走するという非常に厄介な存在だ。

どうせ今回もまた、何処とも知らぬ場所で再生している事だろう。

 

彼を傷つける方法は多様にあれど、殺し切る方法となると極一部。

故に、無限に復活する彼の殺害手段を増やしておく事は、少しばかり重要度が高いのだ。

 

 

「今回の手はそう手軽に使える物ではないようですけど……数発当てなければいけない衛星兵器よりも有効だ。それが分かっただけでも儲けものですね」

 

「……また、使わせる気なの」

 

「そういった場があれば、ね。とはいえ、運び屋としての貴女にこそ価値があるという事もしっかり理解していますよ」

 

 

ホンフーはそう答え、雫にそっと手を差し伸べる。

それは彼の麗しい容姿もあり、非常に様になっていたが――雫は冷たい目で一瞥すると、その手を取らず自力で立ち上がった。

 

 

「あら、振られちゃいました」

 

「帰るんでしょ。繋げるから、どこ?」

 

「ええ。そうですねぇ、まずは――」

 

 

そうして寂し気な笑顔を浮かべるホンフーの横で、雫は己の魔力により刃の付いたチャクラムを生成。

空間を切り取るが如く、それを握った右手を掲げ。

 

 

「――我らがジャジメント本社で。よろしく頼みますよ」

 

 

直後。空間が歪み、発光。

 

数瞬後に光が消えた時には、共にその姿を消していた。

 

 

 

 

北米資本企業グループ、ジャジメント。

 

一般的には超優良企業と認識されているが、その実態はそれとは真逆の酷く澱んだ物だ。

 

兵器開発、禁止薬物の生成、人体実験、その他諸々。ありとあらゆる違法行為に手を染める、醜悪極まる死の企業の側面も持っている。

彼らは犯罪組織・武装組織の跋扈する裏の世界においても最大勢力の一つと目され、数多の組織と日々権力争いや経済戦争を繰り広げていた。

 

当然、その手法は多くが穏やかな物ではない。

襲撃や暗殺は常であり、武力衝突による死者も多い。裏世界どころか、一般からも犠牲者が溢れ出ている程だ。

 

そしてジャジメントの擁する実働部隊もまた強大なもので、軍隊や傭兵団、超能力者やサイボーグまで多種多様かつ多岐に渡る。

 

――ウ・ホンフーは、そんなジャジメントの会長直属の部下にして、第三位の戦闘力を持つ重要幹部だ。

 

他者の動きや超能力をコピーし、自らの力とする強力な超能力者であると同時、世界五指の実力を持つ武術の達人。

敵対した者を不幸な結末に陥れる『バッドエンド』の異名を持つ、正真正銘の実力者であった。

 

 

 

 

「……じゃあ、私はここで」

 

「はい。報酬はいつもの部屋に用意しておりますので、忘れずに」

 

「ええ、さよなら…………出来れば、今回みたいのはこれっきりにして欲しい」

 

 

ジャジメント本社ビルのエントランス。

深夜にも関わらず人気の耐えないその場所で、ホンフーは嘆息を置いて去り行く雫の背に手を振った。

 

雫はホンフーと違い、明確にジャジメントに所属している訳ではない。

高額の金銭と幾らかのグリーフシードを報酬に運び屋として働く、外部協力者という立場であった。

 

 

(うーん……彼女が完全に私達の仲間になってくれれば、それはもうありがたいんですけどねぇ)

 

 

先日、ジャジメントが足として重用していた能力者――ワームホールが『殉職』した事もあり、空間移動系の能力者は是非とも欲しい所ではあった。

 

ホンフーも生前のワームホールから能力をコピーしているとはいえ、彼自身の価値はそこに無い。

何より、雫の空間結合の能力はワームホールとは比較にならない程に利便性の高い代物だ。本音を言えば、多少強行な手段を用いてでも引き入れたい人材ではあったが――。

 

 

(……ま、無理強いはしちゃいけません、と)

 

 

しかし、それをした場合は酷く面倒な事になる可能性が極めて高い。

魔法少女とは、『バッドエンド』のホンフーにとって若干扱いづらい存在であった。

 

 

「……ふむ。ドゥームチェンジ・ミリアドゥメーゼ」

 

 

そうして完全に雫の姿が消えた後。ホンフーはふと思い立ったかのように片眉を上げると、何事かの呟きと共に右手を掲げる。

それは雫が空間結合能力を使用した時と同じ所作であったが――しかし、何も起きず。周囲から怪訝な視線だけが集った。

 

 

(やはり、使えませんか)

 

 

やれやれ、と一人諦観混じりに首を振り。

ホンフーは何とも形容し難い表情を浮かべつつ、足音もなく歩き出した。

 

 

 

 

「――やぁ、アホ犬の躾ご苦労さま。満足する結果は得られたかい?」

 

 

ジャジメント本社上層、最上階の二つ下。

捻くれた位置にある会長室にて、その主たるジオット・セヴェルスは訪れたホンフーにそう問いかけた。

 

 

「そうですねぇ、半分程度と言った所でしょうか」

 

「ほう、報告だとあそこに居た分はキチンと処分できたそうだから――やっぱり、コピーできなかったのか」

 

 

残念そうに呟くと、ジオットは椅子の背もたれに体重を預け、大きく嘆息。

ホンフーはそんなオーバーな様子に苦笑を返し、用意された椅子に腰掛けた。

 

 

「ま、何となくは察してましたよ。今回のも、確認作業の意味合いのが大きかった訳ですし」

 

「ううん……ヒーロー達の能力は問題なくコピー出来てる以上、彼女達の能力も同じように出来ると思うんだがねぇ」

 

「間近で雫さんの全力を体感してみても、意味は無いようでしたからね。一応きっかけのようなものはあるのですが、私にはどうも」

 

 

共に明晰以上の頭脳を持つ彼らであるが、答えは出ず。揃って頭を悩ませる。

 

 

――超能力であれば大抵はコピーし、身に付けられるホンフーだが、幾つかコピー出来ない能力も存在する。

 

 

それは超能力に分類されない異能力……例えばウルフェンのような、能力者本人の身体に依存する能力。

そして、雫を始めとした魔法少女の用いる『魔法』と呼ばれる能力だ。

 

空間結合や、ステルス能力、薬品の製造等。魔法には多種多様の種類があり、既存の超能力と似た能力も数多く存在する。

ならばホンフーがコピーできない道理は無いのだが――しかし、どのような能力であっても『魔法』の枠にある物は決して扱う事が出来ない。

 

正確には、能力の種火のような物はコピー出来ているのだが、その扱い方が分からないのだ。

 

 

(おそらくは『手順』が足りない……)

 

 

能力を完全にコピーするには、それを使う相手を『認識』し、その能力を『理解』するというプロセスが必要だ。

 

無論、魔法少女に関してもそれと同様の事を行っている。

にもかかわらず能力をコピーできないとなれば――魔法少女の力を扱うには、その2つとは別の、彼が知らない『手順』が必要としか思えない。

 

彼の行動目的上、魔法少女の能力が使えないままでは今後において致命的な問題となる可能性があった。

その為、今回のようにジャジメントに協力的な魔法少女をもっともらしい理由をつけては連れ回す傍ら、彼女達の能力をコピーするべく試行錯誤を繰り返しているのである。

 

……とはいえ、現状成果があるとは言い難いのだが。

 

 

「……やはり、キュゥべえとやらが鍵なのかな」

 

「可能性はあるでしょうね。とはいえ、こちらからコンタクトが取れない以上はどうする事も出来ませんが」

 

 

ただの少女の願いを叶え、魔女と戦う定めを背負った魔法少女へと変えるという、人語を解する摩訶不思議な小動物――キュゥべえ。

一般人は勿論、超能力者であっても決して視認できず、唯一魔法少女の素質を持つ者だけが認識できるという、何ともファンシーな存在だ。

 

それに詳しい話を聞ければ簡単なのだが――どうやらそのキュゥべえとやらは、ジャジメントを徹底的に避けているようなのだ。

 

関係者の前に現れた事は無く、探知系の能力やセンサー類にも一切反応しない。

そして魔法少女であってもジャジメントと繋がりが出来た瞬間、彼女らと接触する事はなくなるらしい。

 

 

「ボクとしては、夢見る少女が生み出したご都合主義の幻想……と一蹴したいところだけどもね」

 

 

ジオットは鼻で嗤うも、すぐに苦々しく眉尻を下げる。

 

非常に稀なケースではあるが、この世界には生物の願いや妄想が現実となる法則があると彼らは知っていた。

『具現化』と言われるその現象を当てはめれば、全ての荒唐無稽が現実味を帯びてしまう。

そして何より、過去には『キュゥべえ』なる者により、大きな事件が引き起こされている。認識はできずとも、確かに存在はするのだろう。

 

 

「まぁ、何にせよ研究は続けていきますよ。幸い目的のものも見つかっていませんからね、焦る必要も無い」

 

「……それがねぇ、言い辛いんだけど」

 

「……あら、もしかして?」

 

 

その煮え切らない態度に、ホンフーの目が鋭く細まる。

 

軽い言葉とは裏腹の、飢えた獣を想起させる獰猛な眼光。

しかしジオットは柳のごとく受け流し、手元の端末を操作。某かのデータファイルをホンフーへと開示した。

 

 

「これは?」

 

「ちょっと前に上がってきた報告書だ。見てみるといい」

 

 

ジオットに言われるまま目を通せば、それはどうもとある街の外れにある、兵器実験施設からの物のようだ。

 

深夜に行った自立兵器『TX』の長距離テレパシー実験の際、屋外配置の一機が誤作動によりビーム兵器を使用した、とある。

物騒な事極まりないが、この程度ならばよくある事故だ。被害も殆ど無く、ホンフーの目には特に大きな問題は無いように見えた。

 

 

「……といいますか、まだここに施設を残してたんですね」

 

「キミの予知が示したその時まで、少しの時間はあるからね。それが最後の実験の予定だったんだけど……気になるのは備考の所さ」

 

 

視線を移すと、そこにはただ一言。『稼働時間記録、及び内蔵時計が4秒程度増加するエラーあり』とだけ記載されていた。

一体これがどうしたというのか。そう問う直前、喉元にあった言葉が止まる。

 

 

「…………」

 

「そして、これがその4秒間だ」

 

 

続いてジオットは、TXのメインカメラが撮らえた事故前後の映像ファイルを映し出す。

それは何故か灰色に染まった景色が流れるだけの短い物であったが――ホンフーにとってはそれだけでは無かったようだ。

 

柔和な表情はそのままに温度だけが消え去り、深い虚無だけがそこにある。

 

 

「この4秒が表記だけなら、単なるバグって事で処理してた。でも映像が残ってるからねぇ……」

 

「…………」

 

「たかが4秒、されど4秒。時間の流れがおかしくなってる事には違い無い」

 

「……………………」

 

 

ジオットの言葉に、しかしホンフーは答えず。食い入るように報告書を読み耽る。

 

 

「……心当たりは?」

 

「無いよ。ウチの連中にも他所の連中にも、同じ事が出来る能力はおそらく無い」

 

「桧垣先生の薬とハピネスの管理は?」

 

「親切高校の件からこちら、徹底されてるよ。発現してない者も含め、被験者全員に監視も付けてる」

 

「……となると、これは」

 

「ああ、天然モノか、具現化がまた悪さしたのか、或いは――キュゥべえくんの作品か。どれだろうね?」

 

 

ジオットがそう告げた瞬間、ホンフーはそれはもう形容し難い表情を浮かべた。

期待に胸を躍らせているような、鼻白んでいるような、或いは酷く困っているような。複数の感情が綯い交ぜになった、複雑な物だ。

 

そうして暫く無言のまま俯いていたが、やがて顔をあげると端末を返却し、毅然として立ち上がる。

 

 

「……行くのかい?」

 

「ええ。コピー出来るにしろ出来ないにしろ、まずは正体を確かめないと話にもなりませんからね」

 

 

にこやかにジオットへ微笑み、一礼。急ぐような足取りで、会長室を立ち去った。

 

大体においてたっぷりと余裕を保つ彼にしては珍しく、少し逸っているらしい。

ジオットは開け放たれたままの扉を眺め、小さく笑い――トン、と机を指で叩いた瞬間、ひとりでに扉は閉められた。

 

頬杖を付き、しばらくぼうと考える。

 

 

「――願い、叶うと思うかい?」

 

『いいえ。今回も無理だと思いますわ』

 

 

ぽつり。

落とした呟きに返される何者かの声に驚くでもなく、ジオットは手元の端末に目を通す。

 

 

「見滝原、ね」

 

 

彼以外誰も居ない会長室に、その街の名が静かに響いた。

 

 




『ウ・ホンフー』
パワポケにおけるラスボス2号。コードネームはバッドエンド。
世界最強クラスの武術家であると同時に、他人の能力をコピーする超能力者。
彼女攻略の際こいつが出てくると大抵やべー事になるので「うげぇ」となる。
ちなみに原作では能力のコピーに関するプロセスは不明のままだったため、『認識』と『理解』は本作だけの設定となります。どうやってコピーしてたんだろねこの人。


『保澄雫』
マギアレコードに登場する魔法少女。空間結合の固有魔法を持ち、原作でも敵組織の運び屋をやっていた。
この世界ではいろはちゃんが小石を蹴っ飛ばしていないので、代わりにジャジメントに協力してお金とグリーフシードを稼いでいる。
とは言え『魔法少女の解放』とは無縁の組織であるため好感は抱いておらず、上司に当たるホンフーは特に嫌いなようだ。


『グントラム』
狼男の異能力を持った元軍人。二重スパイとかいう何か小難しい事をやってる。
細胞の一片でもあれば復活するので、殺し切るのは不可能に近い。でもこの世界だと魔法少女の願い次第で殺せるかもしれないけど、それは内緒。


『ジオット・セヴェルス』
パワポケにおけるラスボス1号。
ジャジメント会長にして、ホンフーの友人かつ最大の理解者。
彼女攻略の際こいつが出てくると超やべー事になる。なった。


『ワームホール』
己の身体にワープ穴を作り、人や物を転移させる能力を持った特Aランク超能力者。故人。
パワポケ11の主人公と彼女候補の一人に敗北し、その後『殉職』。ホンフーが使っているワームホールは彼からコピーしたものである。


『今回も無理だと思いますわ』
ジオットのボディーガードでもあるので、命令がない限りは片時も離れない。


以降はマイペース更新になりますので、お手元のパワポケを1から14までやり直す合間にマギレコを楽しみつつ、ゆっくりお待ち下さい。


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3話 やめましょう、今回も

暁美ほむらにとって、鹿目まどかは生まれて初めて出来た大切な友達である。

 

 

幼い頃より重い心臓病を患い、まともに学校すら通えず。

狭い病室の中で日々を孤独に過ごしてきた彼女は、友人という存在に強く憧れていた。

 

そうして奇跡的に病が治癒し、突然広がった世界に戸惑い、不安に押し潰されそうになった時。

優しく己の手を取り、友人としてくれたまどかに。魔法少女として己を助けてくれたまどかに、ほむらはどうしようもなく焦がれたのだ。

 

それは最早、初恋にも等しかったのだろう。

 

その優しさ、その笑顔、仕草、言葉……彼女から与えられる物全てが嬉しく、愛おしく。

例えどんなに何気ないものであっても、強く魂に刻まれた。

 

 

――故に、ほむらは時間遡行の魔法少女となった。

 

 

近い将来、まどかは必ず死亡する。

見滝原を壊滅に追い込む魔女――ワルプルギスの夜により、無残にもその生命を散らされるのだ。

 

……そんな結末、認められる筈が無い。許されて良い筈が無い。

 

 

【鹿目まどかとの出会いをやり直す】

 

 

その願いを『軸』に、ほむらは幾度も時を繰り返す。

何度失敗しようとも、決して諦めずに抗い続ける。

 

そこには仲間も、理解者も無い。

例えどのような犠牲を払い、どのような後ろ暗い事をしても構わなかった。

 

全ては、まどかを守る為。

彼女に纏わりつく数多の死の因果を打ち破り、救い出す為に――。

 

 

 

……だが、だからこそ。

 

そのような、確固たる信念を持っていたからこそ。

彼との邂逅は、必然であったのかもしれない。

 

 

 

 

魔法少女の多くは、それぞれ個々のテリトリーを持っている。

 

魔女を倒す為には魔力が必要であり、その補充には魔女の落とすグリーフシードと呼ばれる結晶体が必要不可欠。

つまり魔法少女達にとって魔女とは宿敵であると同時、命を繋ぐ宝物にも等しく、場合によっては魔女を巡っての諍いが起こる可能性もある。

己の管理する場を定めるという事は、それを避ける為の暗黙の了解であった。

 

そして、ここ見滝原の街に置いてもその例に漏れず、とある魔法少女の影響下に置かれていた。

 

巴マミ――魔法少女全体の中でも上位に位置する実力者にして、数少ないベテランの一人だ。

 

高潔な正義感と、それに伴う確かな実力。それらを持ち合わせていた彼女は、日夜魔女の脅威から人々を救い、見滝原の地を守護し続けていた。

その為、見滝原は高い魔女の出現率に反し、極めて被害の少ない地域であったのだ。

 

……そう、「あった」。

それらは既に過去の話。今や彼女のテリトリーは完全に消え去り、魔女やその使い魔が人知れず野放しとなっている。

 

理由は至極単純。当の巴マミが、この世に別れを告げたからだ。

 

 

 

 

 

 

「……マミの奴が、くたばった?」

 

 

ぱきり。

口端に咥えたスナック菓子を噛み砕き、その少女は呆けた声を上げた。

 

 

「は、冗談……って訳じゃなさそうだね。そうか、マミが……」

 

「つい先日の事さ。相手の魔女が一枚上手だったようで、一瞬の油断を突かれて頭を砕かれてしまったんだ」

 

 

対するは、兎とも猫ともつかない赤目の小動物。

キュゥべえ。素質ある少女の願いを叶える代わりに、決して逃れられぬ魔法少女の運命を与える摩訶不思議な存在だ。

 

彼は言葉とは裏腹に笑顔のような表情を貼り付けたまま、感情の感じられない声で淡々と続ける。

 

 

「僕としても、マミを失った事はとても残念だけど…………居合わせた魔法少女が魔女を退治してくれたのは、不幸中の幸いとも言える」

 

「……何だ、魔女の方も死んだのか」

 

「近くにマミの友達が居たんだけど、彼女達が死なずに済んで本当に良かったよ」

 

「どうせそいつらに魔法少女の素質があったからだろ? 相変わらず薄っぺらいね」

 

 

少女――佐倉杏子は、苛立ちを隠す事無く舌打ちを鳴らす。

 

彼女はこのキュゥべえという生物をあまり好いてはいなかった。

如何なる時も変わらぬ表情と、表面上は綺麗な言葉。何より彼女の『願い』の顛末もあり、どうにも心を許す事が出来ないのだ。

 

今も口ではそれっぽい事を言ってはいるものの、本当にマミの死を悲しんでいるのかどうか。

じっと赤い瞳を睨むが、やはり何も読み取れない。軽く息を吐き、気を切り替える。

 

 

「……んで、マミの尻拭いをしたのはどんな奴なのさ。教えな」

 

「それが詳しい事は僕にも分からないんだ。分かる事といえば、暁美ほむらという名前と容姿くらいのものさ」

 

「契約したのはアンタだろうに、何言ってんだか」

 

 

胡乱げに眉を顰めるが、それ以上には追及しない。

この小動物はイマイチ信頼はできないが、嘘を吐かない性分である事はこれまでの付き合いからよく知っている。

誤魔化さずハッキリと分からないと言うのならば、本当にそうなのだろう。

 

 

「ま、実際会ってみりゃ良いか。……ついでに、マミの墓でも立ててやるかね」

 

「……見滝原に行くのかい? あそこには他にもマミの遺志を継ぐだろう子達が居る、キミが行く必要は無いと思うけど」

 

「はん、だったら尚更行かなくちゃだろ。あの狩場は、新人にやるには勿体無いって」

 

 

立ち上がり、何処か無理を隠すように不敵な笑みを浮かべた。

 

今は疎遠になってはいたが、杏子にとってマミの存在は決して小さいものではない。

テリトリーの横取りという損得勘定もあったが、無視する事は出来そうになかった。

 

それを見たキュゥべえは小さく溜息を一つ。歩き出す杏子に追いすがり、その肩に乗った。

 

 

「まぁ、キミがそういうのであれば僕も止めないよ。ただ、少し注意して欲しい事があるんだ」

 

「正体不明の魔法少女ってやつの事かい?」

 

「いいや、それとは別の事さ」

 

 

ちらと肩口を見れば、ガラス玉のような赤と目が合った。

 

 

「近い内、見滝原にある男性が訪れる可能性がある。バッドエンドというらしいんだけど、可能な限り彼との接触を控えて欲しいんだ」

 

「……誰だい、そりゃ」

 

 

唐突に出てきた謎の男に困惑し、思わず足を止める。

おまけに随分と変な名前だ。顎をしゃくり、先を促す。

 

 

「ジャジメントって知っているかい? 確かこの街にもスーパーがあったと思うけど」

 

「ああ……何か球団とか経営してる金持ち会社だろ?」

 

「そう。バッドエンドはそこに所属していると思しき殺し屋さ」

 

 

間。

 

凍りついた空気の中、ひゅるりと木枯らしが吹き抜ける。

 

 

「……あー、何だって? スーパー店員の殺し屋?」

 

「おそらくスーパーを担当している部門には所属してないんじゃないかな。僕もジャジメントの内部事情には詳しくないんだ、ある事情で干渉を許されていないからね」

 

「……いつも空気読まずに話しかけてくるアンタがかい」

 

「まぁ色々とね。もしジャジメントに類する者に関わったのなら、暫くは僕とコンタクトをとる事は諦めて欲しい」

 

 

そう真面目に語るキュゥべえに、冗談を言っている様子はない。

ただ事実のみを話している事が窺え、余計に深く眉が寄る。

 

 

(殺し屋……殺し屋ねぇ)

 

 

杏子自身、おそらくは裏と呼ばれる世界に生きている事は自覚している。しかしそのような存在は未だ出会った事はなかった。

もっとも、ヤクザなどの武装組織が起こす抗争等とは極力距離を置いている為、機会不足と言われれば言い返す事は出来ないのだが。

 

 

「……まぁ、殺し屋だなんだってのはともかく。つまりアンタがジャジメントに近寄りたくないから、そのバッドエンドってのにも関わるなって話か」

 

「それもあるけど……彼自身も本当に危険なんだ。遠目での偵察でしか見た事は無いけど、もし彼の障害となるような事があれば、キミはただでは済まないと思う」

 

「……へぇ、言うじゃないのさ。魔法少女が、ただのおっさんに負けるって?」

 

「事実、何人かの魔法少女が彼とその仲間に殺されているからね。決して大袈裟じゃないさ」

 

「――……」

 

 

殺伐とした内容に黙り込む。

 

驚愕と懐疑。ハッキリ言えば後者が大分強かったが、さりとてムキに否定する気にもなれず。

ただバッドエンドという陳腐な名を頭の片隅に書き残し、杏子は憎々しげにフンと鼻を鳴らした。

 

 

「……そこまで言うなら、一応は覚えておいてやるよ。それで良いんだろ」

 

「ありがとう、杏子。僕もキミとの縁が切れるのは避けたいところだからね、そう言ってくれると助かるよ」

 

 

『どっち』の意味で言っているのやら。キュゥべえはにっこりと目を細めるが、その笑顔と言葉の何と気に食わない事か。

小さく苛立ち、彼の尻尾を摘んで背後へと放り捨てる。

 

 

「もう用はないんだろ、あたしはもう行くからな」

 

「うん。バッドエンドは基本的には中国服を着用しているようだから、見ればすぐに分かると思うよ」

 

「へーへー、ご丁寧にどうも」

 

 

ひらひらと手を振り、それきり振り返る事も無く歩き去る。

そして新たにスナック菓子を取り出し、無造作に口に咥え――ちょうどその時、思い出したかのように無感情な声が背を叩く。

 

 

「――それと、彼は超能力者である可能性が極めて高い。本当に気をつけて」

 

「……、はぁ!?」

 

 

ばっ。

あまりに突飛な内容に勢いよく振り向くも、既にキュゥべえの姿は無い。胸裏に淀む靄を抱え、ただ呆然と立ち尽くし。

 

 

「……チッ。最後に変な置き土産残してきやがって……」

 

 

巴マミの死。殺し屋。超能力者――。

 

後の二つは眉唾とは言え、話としてはそれなりにショッキングな内容であったのは確かだ。

杏子はガリガリと頭を掻き毟ると、大きく息を吐き。不機嫌な顔でスナック菓子を貪り始める。

 

 

「…………」

 

 

……少し、昔。

こうして間食をする度、必ず注意して来た誰かの声が脳裏を過り――小さく、鼻を啜った。

 

 

 

 

ひらり、ひらり。

無数の桜の花弁が宙を舞い、風に流され何処へともなく消えていく。

 

ここ見滝原に置いて、桜は半ば街のシンボルのようなものだった。

 

目につく場所には何処にでもあり、右を見ても左を見ても目に映るのは色鮮やかな桜の雨。

それは昼夜問わず絶え間なく降り注ぎ、再開発の進む街に対し、自然豊富という相反する印象を強く植え付ける事だろう。

 

それは見滝原市民のみならず、観光客が多く訪れる程に広く愛されている光景であったが――しかし、ほむらにとっては余り好きなものではなかった。

 

 

「…………」

 

 

自室にて銃器を分解する手を止めたほむらは、窓の外に落ちる雨に物憂げな溜息を吐く。

 

まだ心臓病が治る前。押し込められた病室の窓から見える桜の花弁は、正しく自由の象徴だった。

ひらひらと縦横無尽に舞い踊る花弁の姿は、まるで外出できない自分を嘲笑っているかのようで、どうしても良く思えなかったのだ。

 

今となっては愛する少女の髪色を彷彿とさせ、それ程に嫌悪する事はなくなったものの……やはり、少しの引っ掛かりは残っているらしい。

こんな風に重火器を弄るような硝煙臭い娘になっていながら、何とも女々しい事だ。顔には出さず、心の中で苦笑する。

 

 

「……ふぅ」

 

 

……と、現実逃避はここまでにして。

 

ほむらは何とも疲れた顔で首を振ると、改めて手元の銃に目を落とす。

そこには全体の二割ほどが分解された拳銃が広げられており、細かいパーツが散乱していた。

 

しかし知識ある者が見れば、その機構が通常の拳銃の物とは全く異質の、複雑極まりないものであると気づくだろう。

 

 

「――やっぱり、全く分からないわね。このレーザー銃」

 

 

以前とある武装集団からくすねた、詳細不明のレーザー銃。

重火器類の知識には多少の自信があったほむらだったが、流石にこんな珍妙な物は守備範囲外である。

 

武器として扱うに当たって、残弾などの問題もある。詳しく調べてみようと思い立ったは良いものの、何がどうなってレーザーを放てるのかすら分からなかった。

それどころか、これ以上分解してしまうと元に戻せなくなってしまいそうで、二の足を踏む。

 

 

(……巴マミが死んで数日。そろそろ、美樹さやかが魔法少女になる頃合い……)

 

 

一旦調査を諦め、元の形に組み戻したレーザー銃を眺めつつ、今後のタイムテーブルを脳裏に開く。

 

美樹さやか。愛しいまどかの親友にして、かつてのほむらにとってもそうだった少女。

この見滝原を護る魔法少女が消えた今、ほぼ確実に彼女はその意志を継ぎ魔法少女となるだろう。

 

大怪我を負って入院している片思い中の幼馴染――上条恭介の腕が動くよう、【想い人の怪我の治癒】を願いとして。

 

……幾度となく繰り返された時間の中で、腐る程に見飽きた展開だ。

 

 

「…………」

 

 

助けたい、という思いが無いと言えば嘘になる。昔の自分は、幾度も彼女の世話になったのだから。

 

魔法少女になった美樹さやかが生き残る可能性は、非常に低い。

襲い来る魔女、ソウルジェムの濁り、そしてワルプルギスの夜。魔法少女として新人に当たる彼女がそれを乗り越えるには、時間も心構えも実力も全てが足りないのだ。

 

それに加え今の時間軸では、暁美ほむらは美樹さやかから強い不信感を持たれている。

初対面時、まどかに近づこうとしたインキュベーターを駆除しようとした場面を見られたからだ。

 

こうなると、短期間での説得や関係修復はほぼ不可能に近い。

まどかを助けるという目的を果たすには、さやかに気を割いている余裕は無い――それは分かっている。けれど。

 

 

「……やめましょう、今回も」

 

 

欲を出すな。

ほんの少し、より良い未来を夢見ただけで、全て台無しになった時間軸が幾つあった事か。忘れた訳ではないだろう。

 

心の痛みを努めて無視し、頭を振って。ほむらは今回もまた、脳裏からさやかの笑顔を消し去って――。

 

 

「……あ」

 

 

ふと見れば、床に銀のネジが一本転がっている事に気がついた。

 

咄嗟にレーザー銃を見たものの、はて、どこのパーツなのやら。

摘んだネジを眺め、たらりと一筋の汗を流した。

 

 

 

 

マミが死亡した場合、見滝原市内に潜む魔女達はその動きを活発にさせる。

 

理性はなくとも、己の最大の障害が居なくなった事を感じ取っているのだろう。

それまで文字通り弾圧されていた憂さを晴らすかのように、魔女達はより積極的に人々を襲うようになり、結界の拡大を図るのだ。

 

こうなってしまうと、如何に見滝原に出没する魔女を知り尽くしたほむらであっても、迅速な対処は難しい。

逸る魔女達の行動にランダム性が増し、予測が非常に難しくなり後手に回ってしまう場面が多々ある為だ。

 

――そしてどういう因果か、まどかは高確率でいずれかの魔女の結界に巻き込まれる羽目になる。

 

どれだけ魔女を潰し、まどかの身の回りの安全を確保しようとも。いつの間にか彼女の付近に魔女の結界が生じている――。

 

一体何故……と悩む時期はとうに過ぎた。

何の事はない、マミが死亡した時点で既にインキュベーターの暗躍が始まっているのだ。

 

大量にある自らの身体を囮にして、まどかの近くに魔女を呼ぶ。魔女に操られた人々の前に、偶然を装ってまどかを誘導する。

その手段は時間軸によって様々だが、どれも敢えて危機を呼び寄せ彼女を魔法少女にする為。

 

そして幾ら時間停止の魔法を持っていようが、数の利を持って行われる視界外での謀略はどうしようもない。

 

何と卑劣で汚い、インキュベーターらしい手口だろうか。

今まさにさやかを見捨てようとしている自分が言えた事では無いが、繰り返すごとに高く積み重なっていく苛立ちは止めようがなかった。

 

 

「尾ニ1知ア、ノ!!」

 

「ふっ――」

 

 

そしてその激情をぶつけるかのように、ほむらは構えたレーザー銃から無数の光線を発射する。

 

狙いの先に居るのは、まるでダンボールで組み立てられた家のような姿をした魔女だ。

咄嗟に使い魔と思しき緑髪の人形を盾とするものの、光線はいとも容易くそれらを貫き、ダンボール状の身体に幾つもの穴を開ける。

 

そのダメージは見た目よりも大きかったようだ。魔女は苦悶と共にぐらりと薄い身体を揺らし――間髪入れずに機関銃の銃弾が殺到。おぞましい金切り声を上げた

 

――家の魔女。

 

ほむらが勝手にそう呼んでいるこの魔女は、魔力によって人々に幻覚を見せ己の体内に誘い込み、『家族』とするらしい。

最も、それが何を意味しているのかは分からない。以前の時間軸で討伐した際、解放された人々の言葉の切れ端からそう推察しただけだ。

 

基本的には捕らえた人間を洗脳し、生気だけを奪う比較的「おとなしい」魔女のようだが、放っておく理由も無い。

ほむらは表情一つ変えず、ただ銃弾を放ち続け――やがて、止まる。

 

 

「…………」

 

 

油断なく銃を下げ、硝煙漂う視界の先へ目を眇める。

 

そこにあった筈の魔女の姿は消え、代わりに千切れたダンボールの残骸と無数の弾痕が残っていた。

美しい自然公園にも似た魔女の結界は見る影もなく荒らされ切っており、やがてそこに一つの黒い結晶体が落下する。家の魔女の核であったグリーフシードだ。

 

 

「まずは一体……とりあえずは、問題は無いみたいね」

 

 

グリーフシードを回収しつつ、取り出したレーザー銃を改めて眺める。

 

ネジの余りが発覚した時は相当に焦ったものの、動作に目立った異常が無くて一安心。家の魔女を使い魔ごと貫いた様子からして、威力は実弾よりも相当に高いようだ。

おまけに動力も魔力で補えるようで、それが問題なく扱えるならばこれからの強い助けになるだろう。

 

『TX』はさて置いても、結果的には収穫だった。ほむらは多くの有用な武器を恵んでくれた名も知らぬ(忘れた)武装組織に少しの感謝をしながら、主を失い消えゆく結界の外に出た。

 

 

「さて、他には……」

 

 

胸に手を当て、付近に魔女の反応が無いかを探す。

積極的に魔女を討伐してもインキュベーターの行動に変わりはないが、多少の妨害になる事は無数の繰り返しの中で理解していた。

 

よって限界まで感知範囲を広げ魔力を探すも、残念ながら引っかかる反応は無し。

残念と思うべきか、一安心するべきか。溜息を一つ吐き、ほむらはグリーフシードを己のソウルジェムへ近づけた。

 

 

 

 

夕方の見滝原は、少々の蒸し暑さがあった。

 

それはそろそろ訪れる梅雨の気配か、それとも気づかぬ内に己の身体が昂ぶっているのか。

そっと首筋に手を当ててみると、いつも通りの低い体温が指先を冷やす。まるで死体のようだ。

 

 

(……つまらないジョークね、我ながら)

 

 

意図しない妙な自爆に、眉間が少々ヒビ割れる。

 

魔法少女となった者の魂は例外なくソウルジェムに変えられ、肉体と完全に分離する。

つまり言い方を変えれば、この身体はその通り死体とも言える。当事者としては笑い話に出来る訳もなし。

 

 

「……まどか」

 

 

桜の舞う紅の空を見上げ、ぽつりと呟く。

やはり、彼女にだけはこのような思いをさせてはいけない。改めてそう決意し、歩む速度を早めた。

 

同時に再び魔力感知を開始し、歩きながら魔女の痕跡を探る。使い魔一匹の残滓すら逃すまいと、より広く、なお精密に――。

 

 

「……?」

 

 

ふと。歩を進める内、感知の端に妙な反応が引っかかり、立ち止まる。

街の隅にある廃工場。そこに、一瞬だけ魔力の揺らめきを感知したのだ。

 

落ち着いて深く反応を探るも、既に感じられるものはなし。魔力の残滓すらなく完全に立ち消えている。

ほむらは少しの間中空を睨んでいたが、すぐにその方向へと走り出す。反応した物の詳細はさておいても、廃工場という場所には心当たりがあった。

 

 

(あの工場には大抵あれが……エリーが出る。あいつが何かを……?)

 

 

基本的に、魔女の思考能力は低い。

理性は薄く、意思疎通も出来ず。我儘な子供のような振る舞いをするものが殆だ。

 

しかしパソコンの姿をした魔女――ハコの魔女ことエリーに関してはその例には当て嵌まらない。

 

何せ彼女は他の魔女と比べ使い魔の扱いに計画性が見られ、意思疎通すら可能なのだ。

エリーという名前も本人(?)からの主張であり、ほむらは別の時間軸で何度か協力者に出来ないかと相互理解を試み、取引を持ちかけた事もある。

 

……最も、知性があろうとも魔女である事には変わりない為、分かり合えた事は一度も無い。

となれば「心の傷を刺激し精神的に追い込む」という彼女の能力は、魔法少女にとって天敵以外の何物にもならず。

その時間軸の流れにもよるが、現状ほむらはエリーの出現を感知次第さっさと討伐する事にしていた。

 

 

(使い魔を結界外に出した? ……いえ、それなら今も魔力の反応がある筈)

 

 

疑念と少しの緊張を抱きつつ、走り続ける事十数分。

 

時間停止の魔法を併用した為、実際には数分もかかっていないだろう。

廃工場へと辿り着いたほむらは、音も無く壊れた扉の影に身を寄せる。そして油断なく銃を構え、そっと屋内を伺い――そこに広がる光景に息を呑んだ。

 

 

「……これは……」

 

 

何の気配も無い事を確認し、中へと入り込む。

 

本来であれば機材も何もなく、ただ埃だけが積もるがらんどうであった内部。

しかし今や酷く荒れ果てており、地面や壁、天井に至るまでのいたる所が大きく陥没していた。

明らかに自然に出来たものではない。何かが衝突した、或いは叩きつけられた事による痕跡。

 

――知らない。こんな出来事は。

 

 

「……ここで何が――、っ」

 

 

かつん、と靴に何かが当たり、床を転がる。

 

見れば、それは真っ二つに割られたグリーフシードの欠片だ。

既に完全に魔力を失い、ただのガラクタと化している。付近にはその片割れらしき物が落ちており、突き合わせてみるとピタリと形が一致した。

 

 

(……エリーのグリーフシード? 何かに――誰かに、殺された……?)

 

 

だとすれば、一体誰が。

 

少なくとも、さやかや杏子では無い筈だ。

ならば、己の知らない魔法少女が見滝原を訪れたとでも言うのだろうか。

 

これまでの経験と照らし合わせ、様々な憶測が脳裏を流れるが……明確な答えは出せず。

 

ほむらは暫く黙考した後、割れたグリーフシードを盾の中に仕舞い込む。

そして辺りの調査もしてみたものの、結局新たな発見は無く。険しい瞳で荒れた部屋を見つめ続けた。

 

 

(……こうしていても仕方がないわね)

 

 

非常に気にはなるが、これ以上この場で出来る事は無いだろう。

ほむらは引かれる後ろ髪を振り切るかのように頭を振ると、静かにその場を後にした。

 

 

「…………」

 

 

そうして立ち去る直前。もう一度だけ、夕暮れに染まる廃工場を振り返る。

 

何百と訪れ、何千と見慣れ、最早何の感慨すらも浮かばなくなっていた場所。

しかし今になって初めて見せられた明確な変化に、ほむらは強い胸騒ぎを感じていた。

 




『巴マミ』
みんな大好きマミ先輩。故人。
ほむらの頑張り虚しく命を落とし、色々な人に影を落としてしまった模様。
油断さえなければ……。


『佐倉杏子』
みんな大好きあんこちゃん。いつも何か食べてる。
マミさんの死にひっそりダメージ受けてて欲しい女の子第1位(当社調べ)。
幸運な事に、ジャジメントスーパーでは万引きした事はなかったようだ。


『キュゥべえ』
みんな大好きド畜生。本人的に悪意はない。
どうも過去に何かをやらかしたらしく、ジャジメントに関われない縛りプレイ状態になっている。
表記的には『キュウべぇ』ではなく『キュゥべえ』が正しいとの事。調べてびっくりしちゃった。


『家の魔女』
かつて家族が欲しいと願った少女。
彼女の最初の犠牲者は、黒いコートを纏った金髪の女性であった。
「人形なんだ!! 幸せしか見えない人形になればいいんだ!!」


『ハコの魔女エリー』
多分ほむらならどっかの周でこいつと対話を試みるくらいはやってると思う(個人的な想像)。


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4話 思った所でどうしようもない訳で

ホンフーの持つ超能力の一つに、未来予知という物がある。

 

といっても正確な未来を好きに閲覧できるような便利な物ではなく、何時起きるかも分からない出来事を偶に夢で見るという、極めてあやふやな代物だ。

いわゆる予知夢、或いはデジャヴ。見る場面を選べず、任意で扱えず、忘れた頃に発動するという不安定さから、ホンフー自身はあまり重要視していない能力ではあった。

 

しかし一応信頼に値する精度は持っている為、ジオットなどはある程度の指針として当てにする事もある。

時には、ジャジメントの運用方針に大きく影響する事もあり――この見滝原に関しての予知も、大きな影響を与えた一つであった。

 

 

 

 

「――さて、到着。と」

 

 

草木の生い茂る、深い雑木林。その木陰。

草葉を揺らす風の音に混じり、草を踏む音が二つ鳴る。

 

一つはホンフー、そしてもう一つは保澄雫の物だ。

何の前触れもなく光と共に中空から出現した彼らは、揃って慣れた様子で周囲の景色を見回した。

 

 

「ここで良いの?」

 

「ええ、突然無理を言ってごめんなさいね。その分、報酬には色を付けますから」

 

 

具体的には謝礼金の2割増。

グリーフシードは高級品ゆえ据え置きである。

 

 

「……どうも。それで、他に仕事は?」

 

 

腕を組み、どこかそっけなく問いかける雫に、ホンフーは少しの間顎に手を当てる。

 

 

「……この街について、魔法少女として何か知っている事は?」

 

「特に無い。神浜――私の地元からは近いみたいだけど、噂とかも知らない」

 

「同業者の知り合いも居られませんか?」

 

「……少なくとも、知り合いには居なかったと思う。もしかしたら出身を聞いてないだけかもしれないけど」

 

 

知人をジャジメントに関わらせまいと、嘘を吐いている様子はなかった。

ホンフーはちょっぴり気落ちしつつ、礼を言い。

 

 

「そうですか、なら今の所はいいでしょう。ただ今後貴女の力が必要となる場合もあるかもしれませんから、その時はご協力をお願いしますね」

 

「……分かった。力になれなくてごめんなさい、じゃあまた」

 

 

その言葉を最後に、雫は現れた時と同じく光と共に忽然と姿を消す。

彼女の持つ固有魔法、空間結合によるテレポートだ。何度見ても便利極まりない能力である。

 

 

「……うーん、懐けとまでは言わないんですけどねぇ」

 

 

親愛も何も無い、完全に割り切った対応。

真面目にキッチリ仕事をこなしてくれるのは良いが、できればもう少し柔らかくなってくれないものか。

一人残されたホンフーは困ったように苦笑を零しつつ、茂る草木を縫って歩き出す。

 

彼の行く先には、自然豊かな場にそぐわない人工物――巨大な兵器実験施設が広がっていた。

 

 

 

見滝原の外れ。山奥深くに隠されているこの場所は、ジャジメントが秘密裏に開発した兵器類の試験運転、及び調整をする秘密実験場である。

 

このような施設は世界各国に点在し、日々非人道的な実験や、効率よく人を殺す為の研究が進められている。

そしてそれには兵器の元となる「材料」が必須であり、ジャジメントはその調達・運搬経路から敵対組織に施設の場所を割り出され、襲撃を受ける事が多々あった。

 

その為、運用において多くの施設が雫のようなテレポート能力者の協力を必要とするのだが……少数ながら、その例から外れた場所も存在する。

 

この見滝原実験場もその一つ。

未だ都市開発を続けるこの街は物流の動きも殊更に激しく、「材料」の運搬の隠れ蓑としては中々に有用なのだ。

無論、100%安全という訳にはいかないが、数の少ない移動系能力者の使用を多少抑えられるという利点はとても大きな物だった。

 

また街の中心部から少し離れれば自然豊かな山々が侍り、土地の広さや施設の隠蔽においても丁度いい。

そのような様々な好条件が重なった結果、ジャジメントはこの施設をそれなりに重宝していたのだが――それも、数ヶ月ほど前の話であった。

 

 

「――やあ、どうも。どうです、作業の方は進んでいますかしら」

 

「ッ……! ば、バッドエンドさん……!?」

 

 

透明化の超能力を用い、容易く侵入を果たした施設内。

その研究室で責任者の男を発見したホンフーは、彼の目前で超能力を解いた。

 

突然現れたように見えたホンフーの姿に、責任者の男は咄嗟にレーザー銃を向け……引き金を引く直前で気づき、引きつった笑みを浮かべる。

 

 

「い、いらしてたんですか……!? しかし、約束の時間にはまだ……」

 

「個人的なお願いですからねぇ。そちらも忙しいでしょうし、かしこまられて面倒な手間を踏むより、ぱぱっと終わらせた方が良いでしょう?」

 

 

言葉とは裏腹に何一つとして悪びれた様子の無いホンフーに、男は冷や汗を一筋垂らす。

しかし彼も慣れたもので、すぐに気を取り直すと同じく呆然としたままの部下に一言二言残し、研究室の奥へホンフーを招き入れる。

 

彼を始めコードネームを持っている者達は、基本的に他人の都合を気にしない。

中には何の意味もなく命を奪う悪鬼も多く、それらに比べればホンフーはまだ対応しやすい方だった。

 

 

「ええと……先日のTX誤作動の件でしたね。以前送った書類では不明瞭な部分があり、実物を見たいとの事ですが……」

 

「ええ。少し気になる事がありまして、移転前にキチンと確認しておきたかったのですよ」

 

 

言いつつ、ゆっくりと研究室を見回した。

 

普段であれば、数多の書類や計器類が散らばり、研究員達が絶えず動き回っている筈の場所。

それが今や器具の殆どが運搬ケースに詰められ整理されており、引っ越し前のような閑散とした様子を見せている。

 

移転――そう、この研究所は件のTX動作試験の後に閉鎖され、別の場所へと移される予定となっていた。

 

 

「私どもには、単なる誤作動以上の結果は見い出せなかったのですが……超能力者として、何か感じるものでも?」

 

「当たらずとも遠からず、ですかねぇ。少なくとも、私にとっては……」

 

 

そう言って憂い顔を見せるホンフーに、責任者の男は首を傾げる。

しかしその真意を尋ねる前に部下からの合図を受け、立ち上がった。

 

 

「お待たせしました。準備ができたようですので、こちらへどうぞ」

 

 

そう言って案内された先には、屋外に広がる大きな実験棟と広場。そしてそこに鎮座するTXの姿があった。

 

どうやら、先日の実験時における状況を再現したらしい。

ホンフーは道中受け取った資料を鋭い目で眺めつつ、周囲の様子も含め観察をする。

 

 

「ふむ……」

 

 

TXの装甲を叩き、カメラアイを覗き込み。ぐるりと周囲を回って状態確認。

 

目立った傷も無く、何かしらの痕跡も無く。特にこれといった異常は見当たらないようだ。

一つ一つ己の目で確認し、やがて視線は背面上方へ。そこに搭載されたレーザー兵器の射出口の向きを辿り、暴発した光線によって焦げたらしき地面を見た。

 

 

「……ここにレーザーが当たった訳ですか」

 

「はい。これがその時の映像となりますね」

 

 

差し出された端末の中には、今より数日前の夜の光景が映し出されていた。

別施設に置かれたTXとのテレパシー実験中、眼の前に鎮座するTXが突然レーザーを発射し緊急停止するまでのごく短い映像だ。

 

不審人物の姿もなく、これにも異常は無いように見えたが――ふと、ホンフーの目が細まった。

 

 

「……これ、少し映像が飛んでいませんか?」

 

 

レーザーが暴発する前と、直後。

光線が発射される瞬間の映像が不自然に途切れており、その銃口の角度もまるでコマ落としのように唐突な傾きを見せていた。

 

 

「ああ、おそらくTX側からの脳波干渉でもあったのでしょう。ダークスピアのクローンを使用している関係上、能力の暴走によって機材に負荷がかかる事もままありまして」

 

 

困ったものです、とでも言いたげに責任者の男は頭を掻く。

 

この個体を始めとするTXシリーズには、ダークスピアと呼ばれる、重力のベクトルを自在に操る超能力者のクローン――その脳が組み込まれている。

最も、TXに使用されたものは殆どが超能力に目覚めなかった「出来損ない」であるが――実験中に齎される刺激により、超能力の一端を発現する事があるという。

 

責任者の男は今回もそのケースだと考えているようで、珍しい事だとは思っていないようだった。

 

 

「ふむ……ではこの子が撮ったあの映像も、これと同じだと?」

 

「先日の報告書に添付した、あの4秒の映像ですか? はい、そう考えるのが自然かと……」

 

「…………」

 

 

確かに今の所、そうとするのが妥当なのだろう。

しかし、それだけの事であのジオットが情報を寄越してくるだろうか。

 

……否、『何か』を感じた筈なのだ、彼も。

 

 

(……TXの思考としては、敵対者の頭をまず狙う。とすると……)

 

 

続く責任者の男の説明に適当な相槌を打ちつつ、再びレーザー兵器の銃口を見上げた。

 

もし暴発した光線が何者かに向けて放たれた物だとすれば、銃口の角度と光線の当たった位置からして小柄な体躯をしていたのだろう。

それとも身を伏せていたのか、はたまた人間以外の何かだったのか。逃げたか、死んだか。

何もない空間に、想像の画が結ばれる。

 

 

「…………」

 

 

ちらと、レーザーの着弾した場所の更に後方。木々の立ち並ぶ森の中に視線を移す。

 

そして高く跳躍し一足でその場に降り立つと、おもむろに幾つかの木陰を覗き込んだ。

当然そこには何者の影もなく、ただ静かな風が吹くばかり。目を引く異常は、やはり無し。

 

はらりと落ちた木の葉が一枚、ホンフーの鼻先を擽った。

 

 

 

 

夕暮れ時の見滝原は、何とも言えぬ寂寥感が漂っていた。

 

開発により近代化した町並みと、どこか田舎の空気を残す民家群。そしてその中を歩く人々。

ごく自然に混じり合い、共に夕日に照らされているその姿が、時代の流れによって変わりゆく故郷を連想させる。

 

それはホンフーにとっても同じく、生まれ育った江蘇省とは似ても似つかぬ街ながら、歩く内に幾許かの懐かしさと寂しさを感じていた。

 

 

(……こういった光景を見ると、ほんの少し惜しくなってしまいますねぇ)

 

 

目についた公園で遊ぶ子供達を眺め、そんな事を思う。

 

――ホンフーが見滝原市の壊滅を予知したのは、今から数ヶ月ほど前の事だ。

 

ある日、ホンフーは見滝原が瓦礫の山になっているという「結果」を夢で視た。

 

自然災害か、それとも何らかの戦争が起きたのか。

それは多くの人が死に絶え、復興すら不可能であると諦めるような、酷い酷い光景だった。

 

そこに至るまでの過程は不明で、詳しい日時も分からないあやふやな夢。

破壊された街の様相から、半月後かそれ以降に起こるのではないかと、辛うじて類推できた程度だ。

 

普通ならば、疲れが見せた悪夢だとでも笑って切り捨てるべき物たが――そうした者は誰も居ない。

彼の予知夢に結構な信頼性がある事は、彼自身は勿論、その能力を知る者なら誰もが理解していた為だ。

 

そして今回の予知も的中するだろうと判断したジオットは、すぐさま見滝原に置いていた手勢の撤退を決めた。

 

未来を知る者達が手を出さないと決めた以上、見滝原の壊滅は確定したに等しい。

このノスタルジックな街の姿が永遠に失われる事に、ホンフーは気の早い哀惜を抱いた。

 

 

(ま、思った所でどうしようもない訳で)

 

 

が、アッサリと割り切り、感じていた情すらも何処かへと放り棄て。

こちらを認めた子供達へと気まぐれに手を振りながら、ごく軽い足取りで歩き去る。

 

多少は惜しいが、壊れてしまうのなら致し方なし。

義憤や正義感というものは感じられず、その顔には空虚な笑顔が張り付いていた。

 

 

(できれば、リミットまでに何かしらを掴みたくはありますが)

 

 

思いつつ、町外れの方角を見る。先程まで訪問していた実験場のある場所だ。

 

あれから色々と調べてはみたものの、結局はホンフーの望んだ情報は手に入れる事はできなかった。

 

どのような方角から眺めても、TXの不調に隠された意味や、暗躍していた影は無し。

責任者の見解と同じく、現状では単なる誤作動以外の結論は出しようがなかった。

 

 

「……あるんでしょうかねぇ、『何か』って」

 

 

吐息のように、ぽろりと溢れた。

 

ジオットの判断と同じく、己の勘も小さな引っ掛かりを覚えている。

長年磨いてきたそれを疑いたくはないが、今回は何とも手応えが不透明だ。

 

黒か白か。またいつものように、思い違いや空振りでないのか。

勘を信じる経験と、懐疑的な感情。間の理性はその板挟みに苛まれ、心が少しずつ摩耗していく。

 

 

「……はぁ、やめましょ」

 

 

夕焼けのせいかどうも後ろ向きになっていけない。考えを打ち切り、首を振る。

 

明日からは、街の散策に移ってみよう。ジャジメントの手の者は殆ど残っていないが、「裏」の関係者ならば多少は潜んでいるだろう。

ついでに、もしこの街を根城にしている魔法少女が居るのなら、そちらとも接触を持ってみたい所だ。

 

おまけに『魔法』を扱えるようになる方法も継続して探さなければならず、課題は山積み。

つらつらと今後の予定を組み上げつつ、ひとまず数週間の拠点となる安ホテルへと足を向け――。

 

 

「――、ぁ……?」

 

 

ふらり。

突然意識が遠くなり、身体の自由が効かなくなった。

 

指の一本、眼球の震えすら己の意思で行えない。

良い夢を見ているかのような詳細不明の幸福感が湧き上がり、全身に甘い痺れを齎していた。

 

そうして、ホンフーは呆けた顔つきで何処とも知れぬ方向へと歩き出し――その寸前で、踵を打った。

 

 

「――ッ!」

 

 

足元のアスファルトが深くヒビ割れ、音を立てて弾け飛ぶ。

ガチンと音を立てて意識が定まり、霞がかっていた思考が晴れた。

 

――彼自身の強靭な意志を持って、揺らぐ己に激を入れたのだ。

 

 

「く……」

 

 

しかし、相当な無理ではあったようだ。

ホンフーは数歩たたらを踏むと手近な壁にもたれ、大きく息を吐く。

眼球が微細に震え、ねっとりとした吐き気が胸に込み上げた。

 

 

(……精神攻撃? こんな街中で、何処から……)

 

 

おそらく、読心や洗脳など精神に作用する異能力を受けたのだろう。

 

さて、一体何処の愚か者が喧嘩を売ってきたのやら。

ホンフーは痺れの残る指先をゆっくりと握り込み、油断なく周囲に視線を走らせ――そして、気付いた。

 

――道角に立つ錆塗れのカーブミラー。そこに映る自分の首筋に、妙な模様が浮かんでいる。

 

 

「……魔女の、口づけ……?」

 

 

覚えがあった。

 

魔法少女の宿敵、魔女の獲物と選定された証。

この刻印を刻まれた者は魔女の意のままに操られ、結界へ誘い込まれた末に破滅へと導かれるという。

 

ジャジメントとつるんで裏の世界に居続ければ、魔女と戦う機会もそれなりにある。

ホンフー自身も「魔女の口づけ」という物に関して、そうと判断できる程度の知識はあったが――実際に刻まれたのは初めての経験だ。

こんな街中で魔女に目をつけられるなど、運がいいのか悪いのか。思わず何とも言えない苦笑が漏れた。

 

 

(となると、近くに居る訳ですか……)

 

 

魔女は基本的に、己の結界近くの人間を狙う。

 

獲物が破滅する趣味の悪い光景を間近で見たいのか、それともその後に生まれる死体を貪る為か。

どちらにせよ、今回のケースにおいてもその法則に則り、そう遠くない場所に潜んでいる可能性が極めて高い。

 

……とはいえ、魔法少女の能力を完全にコピーし切れていないホンフーでは、彼女らの発する「魔力」の感知までには至らない。

様々な超能力を駆使して超常の痕跡を探せども、その気配の末端すら掴めなかった。

 

 

(さて、どうしましょうか)

 

 

思いつつ、艶やかな首筋を撫でる。

 

何が何でも見つけ出して殺す――などと物騒な事を言うつもりはなかった。

相手は理性無き野生動物のような存在だ。犬に噛まれた程度で本気になるほど、矮小となったつもりも無い。

 

……だが。

 

 

(消えないとなると、ねぇ……)

 

 

呟くと同時、魔女の口づけに爪が食い込む。

 

雫などの話では、この刻印は放置して消える物では無いそうだ。

元となる魔女を倒すか諦めさせるかしない限り、この口づけは生涯ホンフーの首筋に残り続ける事だろう。

まるで――愛の証のように。

 

 

(――ああ。それは駄目だ、看過できない)

 

 

否、精神干渉を受け続けるのは別に良い。

その気になればプロテクトする技術は幾らでもあり、いっその事精神鍛錬の一種と見ても面白い。

問題は、残り続ける刻印そのもの。

 

 

――己に消えぬ口づけを残していい存在は、ただ一人だと決めている。

 

 

 

「――……」

 

 

――ホンフーの冷酷を宿した目から、光が消えた。

 

 

敢えて魔女の口づけへの抵抗を止め、傀儡となる事を受け入れたのだ。

 

こちらからは魔女の位置が分からない以上、例えリスクがあれどその誘いを利用しない手は無い。

 

何時でも洗脳を跳ね除けられるよう、ごく僅かな自我を保ったままに。

ホンフーは望まぬ幸福感に抗いつつ、おぼつかない足取りで街中へと溶け込んで行った――。

 

 

 

 




『グリーフシードは高級品』
Bクラス以上の超能力者が一個取ってくるのにめっちゃ苦労する。
量産サイボーグ兵が取ってこようとするとめっちゃ死ぬ。そんなイメージ。


『責任者の男』
実験施設のお偉いさん。
パワポケ世界だと何だかんだ幸せになってる類の人。


『ホンフーの予知能力』
原作で何度か自称してたけど、本当なのかもブラフなのかも分からない謎能力。
詳細情報なさすぎたので、本作では予知夢という形にしました。ご了承ください。


『TX』
その頭脳には人間の脳が組み込まれており、神条紫杏という女性の人格がコピーされている。
ほむらが操れなかったのは、一応はまだ魂のある人間である為だった。


『ダークスピア』
本名は茨木和那。自分とその周囲に働く重力の方向を変えるという超能力を持つ。
ある事情によってクローンが数多く作られており、様々な事に利用されている。
大好き。


『ホンフーに口づけを刻んだ魔女』
紅い虎の尾を踏んだ。
一体どこのハコなんだろなぁ……とんと見当がつかぬ。




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5話 私は、諦めない

――どうやら、この魔女は獲物の命をすぐには絶たない趣向であるらしい。

 

 

(――――)

 

 

魔女の口づけを受け入れてから、数刻。

まだ人の多い街並みを、ホンフーは虚ろな瞳で彷徨い歩く。

 

右へ、左へ。前へ、後ろへ。ゆらゆらと、フラフラと。

制限された意識を抱え、ただ緩慢に動き続けるその姿は、さながら糸を張られた操り人形。

いつもの洗練した動きとは雲泥の差だ。

 

……従順になるよう調整されている量産型サイボーグは、皆こんな気持ちなのだろうか。

現実逃避気味にそんな事が頭に浮かぶが――縛られた脳は、それ以上の思考を許さなかった。

 

 

「おっとと……」

 

(――、――、)

 

 

途中何度も通行人にぶつかりかけるが、その度に僅かに身を捩り、躱し。

どうも魔女の口づけの洗脳に抵抗していると気付いているのか、徐々に敢えて人に体当たりをする悪目立ち激しい挙動へと変わって行く。

 

憂さ晴らしのつもりだろうか。

無闇に殺人に走らせないだけまだマシかもしれないが、だからといってこれは何とも。

 

己を操る魔女の幼稚な精神性が垣間見え、大きな溜息を吐きたくなる。

当然、それも出来ないのだが。

 

 

(――、)

 

 

そして気づけば目の前に工場のような施設が聳え立っており、ホンフーは吸い込まれるようにその扉を押し開く。

もう稼働していない、廃棄された場所のようだ。屋内には誰も居らず、積もった埃に真新しい足跡が刻まれた。

 

――もう、良いだろう。

 

 

「――ふっ!」

 

 

ここが終着点ならば、もう操られる意味もなし。

道中の鬱憤晴らしも込め、強く踵を打ち鳴らして再び自我を取り戻し。襲い来る吐き気に耐えながら、改めて周囲を見回す。

 

先程の震脚により咳き込む程の埃が舞っていたが、やはり目に付く異常は見受けられない。

自分以外の被害者の死体もなく、人の怨嗟から来る陰気も感じられなかった。どこにでもある、薄寂れた廃工場だ。

 

 

「結界はここには無い……という事かしら?」

 

 

目算が外れたか。ホンフーは肩透かしを感じつつ、軽く息を吐き――。

 

 

「……っと。おやおや」

 

 

――瞬間、世界が裏返る。

 

 

壁が、地面が、天井が。

否、空間そのものが音を立てて破れ落ち、その内側に在った世界が顔を出す。

 

それは蒼く、海のように澄んだ場所。

視界が揺らめき、足元からは大量の気泡が上がり――それが晴れた先に、閉塞感を齎す昏い壁を見た。

 

存外近くにあった世界の果ては曲線を描いて上方に窄み、ホンフーは己が水の満たされた水槽の中に居るのだと理解した。

 

――魔女の結界、その内部だ。

 

 

「……?」

 

 

そしてそんな世界の到るところで、平面的な黒い異物がくるくると回る。

 

ホンフーを中心として輪を作るそれは、切り絵で作られたメリーゴーランドの檻だろうか。

その中――或いは外か――では、ドットで打たれた馬の影が縦横無尽に走り回っており、不気味な瞳が全方位からホンフーを見つめ、笑っている――。

 

 

(……やはり、魔女のセンスは理解できない)

 

 

まるでゾートロープ――回転覗き絵の中心に立っているようだ。

 

やはり魔女の結界というものは好きになれない。

ホンフーは背筋を撫でる薄ら寒さに眉を顰めつつ、静かに拳を構えた。

 

どういった仕組みか、水中にも関わらず呼吸自体は行えている。

水中戦は余り得意でないが、息が続くのならば多少の無理は効くだろう――と。

 

 

「――ヨ繝ャ繧ウ莠Φサ縺ァ菴輔′キキ縺」

 

「!」

 

 

そうして油断なく周囲に気を張り巡らせていると、やがて生物とは思えない異様な鳴き声が響き渡る。

 

咄嗟に上方へと目をやれば、そこには差し込む陽光を背にゆっくりと降臨する奇妙な物体があった。

羽の生えたブラウン管モニター……とでも言えば良いのか。

天使の格好をした不細工な人形を伴い現れたそれは、そうとしか表現できない四角い風体をしていた。

 

――エリー。極一部の魔法少女から、そう呼称される魔女である。

 

 

「……どうも、こんにちは。貴女がここの主で――」

 

 

とりあえずの挨拶が言い終わる前に、不細工な人形――使い魔が勢いよくホンフーへと飛びかかった。

 

即座に貫手を放ちその顔面を粉砕したものの、使い魔は次から次へと押し寄せホンフーの四肢を拘束しようとする。

否、その勢いと力強さは明らかに「引き千切る」事を目的としており、天使の格好とは真逆の残虐性を見せていた。

 

 

「口づけからこちら、徹頭徹尾問答無用とは恐れ入りますねぇ。流石のバッドエンドもビックリですよッ」

 

 

どこぞの狼男の言葉を真似つつ、襲い来る使い魔の尽くに烈拳を叩き込む。

何一つの遠慮も呵責もなく、砕き、圧し折り、時には足場としてその死骸を蹴り飛ばし。縦横無尽に使い魔達を屠っていく。

 

水中という不利な環境など、何の意味も持たなかった。

バラバラに千切れた人形の手足が周囲を漂い、血煙こそ無いがまるで鮫に食い荒らされたかのような光景だ。

 

 

「驕クロ縺ァ薙◆繧ハチメ繝ッ!!」

 

 

するとそれを見たエリーはブラウン管を激しく明滅させると、大きく上下へ揺れた。

 

ホンフーは知る由もなかったが、その画面上には魔女の文字で「生意気」と大きく映し出されており、彼に対し酷く苛立っている事が伺える。

 

――発端は、悪意に塗れたイタズラ心。

 

目障りな白い獣を追っている最中、たまたま美しい人間を見かけ、戯れにその生を台無しにしてやろうと思っただけだった。

 

しかし彼は口づけを刻んだにも関わらず、思い通りに動かない。踊らない。

魔法少女でもないのに。自分達の玩具に過ぎないタダの人間である筈なのに――。

 

 

「縲ニニク繝ぐア繝ャム繧!!」

 

 

そして更には可愛い使い魔達ですら物ともせず、無残に殺害していく始末。

ああ、まったくもって気に入らない。エリーは引き篭もったブラウン管の内側で歯ぎしりを鳴らし、新たな使い魔を召喚する。

 

エリーと似たブラウン管を頭に乗せた人形だ。彼――或いは彼女達は天使型の使い魔と同じく、ホンフーの元へと殺到した。

 

 

「全く、代わり映えのない。魔女とはこんなにも頭の悪い――、ッ!?」

 

 

それまでと同じように、使い魔の頭を砕こうとした瞬間。ブラウン管が強烈な光を発し、ホンフーの目の奥へと入り込む。

目眩ましか――明滅する視界に軽く眉を顰めつつ、そのまま使い魔を殺害。

目を閉じ、殺気のみを頼りとして戦闘を続行する。

 

 

「……?」

 

 

しかし、追撃が来ない。

あれ程煩かった魔女の声も無く、水泡の浮き上がるくぐもった音だけが耳朶を打つ。

 

そうして警戒したまま水底へと降り、数秒。

やがて瞼の裏に広がっていた明滅も収まり、ホンフーはゆっくりと瞳を開き――。

 

 

 

 

『――好きよ、紅虎』

 

 

 

 

「…………………………………………………………………………」

 

 

――目に飛び込んだのは、美しい女性の微笑む姿。

 

ブラウン管の使い魔がずらりと並び、組み合って。

そして出来上がった、継ぎ接ぎの大画面に映し出されていたその映像に――ホンフーの呼吸が、止まった。

 

 

 

 

――かかった!

 

呆け、立ち尽くすホンフーの姿を確認し、エリーはブラウン管の内側で悪辣に嗤う。

 

彼女の持つ固有能力として、過去の心的傷害――つまりはトラウマを映像として映し出し、精神を攻撃するというものがある。

感情を掻き乱し、心を抉り。最悪の場合は廃人としてしまう、魔女に相応しい能力だ。

 

とはいえ、その者の心と記憶に依存する能力である以上、効力を発揮しない人間も多い。

後ろ暗い過去を持たない者や、確固たる意思を持つ者、ノーテンキな馬鹿者。

種類は多く、幅も広いが――この男に関しては「効く」類の人間であったらしい。

 

 

「……、……――」

 

 

眼下に立ち竦む「生意気」な人間――過去に見入ったままのホンフーは今や余裕を失い、その顔は傷を堪えるように酷く歪んでいる。

 

――そう、これだ。これが見たかった。

 

心の傷を抉り、無理やり広げた時。操った人間どもを自殺させる間際、敢えて自意識を戻した時。

そんな絶望や死の恐怖に瀕した時に浮かぶこの表情こそ、餌たる人間に一番似合う善き顔なのだ。

 

今までの良いようにしてやられた屈辱が、綺麗さっぱり晴れていく。

 

エリーは喜びを隠さずひと跳ねすると、使い魔に命じホンフーの四肢を拘束させる。

途端、彼の身体から輪郭が失われ、水に落とした油のように不安定な半固体状へと変貌した。

半ば強引に、その身を結界の理に浸したのだ。

 

 

「ウケ縺!繧件シ!」

 

 

その美しい顔に相応しく、最後は醜く散らせてあげよう――。

 

そうしてホンフーの身体が四方に伸ばされ、無様な姿を晒させる。

幾許も無く、その四肢は真っ赤な絵の具と共に弾け飛ぶ事だろう。

 

エリーはその瞬間を恍惚と共に見守り――ふと、視界の端に映るブラウン管を目に止めた。

 

 

『――、――』

 

 

未だ映像の流れ続ける画面の中で、名も知らぬ女が無残に殺されている。

頭を撃ち抜かれ、大量の血と脳漿を撒き散らし。駆け寄ったホンフーが彼女の亡骸を抱え、悲痛な叫びを上げていた。

 

恋人か、それとも姉か、妹か。関係性は分からなかったが、特に興味もなかった。

 

……こんなものが心の傷になるとは、顔の通り女々しい男だ。

関心を無くしたエリーは使い魔を解散させ、血に塗れた女の映るモニターを暗闇に落とし――。

 

 

「――ドゥームチェンジ・バジリスク」

 

 

――パキン、と。

 

何かが殺される音が、背後から響いた。

 

 

「……感謝、は。してもいい――」

 

 

咄嗟に振り向けば、そこには未だ輪郭を失ったまま、しかし拘束から抜け出したホンフーの姿があった。

 

彼の周りにはやはりと言うべきか、使い魔の死骸が漂っている。

……その躯は原型を保った綺麗な物で、これまでの苛烈な暴力の形跡は、無い。

 

 

「――――」

 

 

怒りよりも、警戒が勝った。

 

エリーはすぐ様ブラウン管の使い魔をホンフーへと向かわせ、もう一度心の傷を映し出すよう命令を下す。

そしてホンフーの周りを取り囲んだ使い魔が、一斉に先の女性の姿を映し出し――その中の一つに、鋭い手刀が突き刺さる。

 

 

「……色褪せていた。それに気づかせてくれた事だけには、本当に――……けれど」

 

 

割れたモニターの中から握りしめた拳を引き抜き、ホンフーは大きく腕を振るった。

同時に握り込んでいたらしきモニターの破片がばら撒かれ、弾丸の如き速度で飛散し――それらが掠めた使い魔の全てが、息絶えた。

 

 

「――!?」

 

 

いとも容易く、呆気なく

突然事切れ物言わぬ死骸となった使い魔達に驚き、エリーはほんの少しの間呆然と動きを止めて、

 

 

 

「――かすり傷でも、致命傷」

 

 

 

――飛び去った破片が、背景のメリーゴーランドに僅かな傷を付けた瞬間。

世界そのものが、「死んだ」。

 

 

「繧ウ域リリΦ縺ァ!?」

 

 

否、正確には魔女の結界がその機能を失い、崩壊したのだ。

 

水面に亀裂が走り、メリーゴーランドが崩れ、ドットの馬が悲痛な悲鳴を上げて砕け散る。

目に映るありとあらゆる物が、まるで編まれた糸を解くかのように溶け消えていく――。

 

 

「――ッ! ――ッ!」

 

 

己の全てたる、愛する世界の終焉。

その光景を目の当たりにしたエリーは金切り声を上げて取り乱し、少しでも崩壊を抑えるべく魔力で結界を包み込む。

 

……だが、変化は無い。

まるで穴を開けた風船に空気を吹き込むかの如く、形を繋ぎ止める事さえできなかった。

 

 

――バジリスク。それが、今のホンフーが纏う超能力だ。

 

生物・非生物を問わず、傷つけたもの全てを『殺す』。

 

シンプルかつ幼稚とも言える能力だが、その効果は絶大。

命を持つ者は例え切り傷程度でも死に至り、機械や動力を持たない絡繰りであっても「故障」という形で確実に殺害する。

それは例え魔女のような異生物であっても平等に効果を齎し、エリーの使い魔や結界をも完膚なきまでに殺し尽くしたのだ。

 

 

「縺ォ菴輔°、縺檎……!!」

 

 

モニターから黒い雫を流し、尚も魔力を放出し続けるエリーの背後に、乾いた足音が降りる。

身を震わせつつ振り向けば、そこにはしっかりとした輪郭を持ち、「生意気」を取り戻した憎き人間の姿があった。

 

 

「…………」

 

「――~~~ッ!!」

 

 

その顔には笑みすらも無く、瞳と同じく凍てついた酷薄さを孕み。

エリーは激情に任せてまたもや使い魔を向かわせるが、やはり一蹴。手も足も、まるで出ない。

 

 

「~~~~~~~~~~!!!」

 

 

怒り、屈辱、恐怖。

 

数多の鮮烈な感情が激しく渦を巻き、しかしどうにも出来ず。

エリーは狂ったようにひたすら叫び続け――その横面を、烈拳が薙ぎ払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……イ、。……」

 

 

ぽたり、ぽたりと。

何処からか滴り落ちる黒い雫が、荒れ果てた廃工場の床に広がった。

 

惨憺たる光景だった。

工場内の天井、壁、床。目につく範囲、到るところに陥没痕が刻まれており、その周囲には血液のような黒い液体がこびり付いている。

見るものが見れば、そこで起こった残虐な暴行風景がありありと浮かぶ事だろう。

 

魔女の結界は、完全に消滅していた。

使い魔も全てが死に絶え、後に残るのはエリーが外殻としていたブラウン管――その残骸程度。

 

彼女を護る存在は、その全てが完膚なきまでに破壊されていた。

 

 

「……礼は、言っておきます」

 

 

静寂の中に、理性ある声が淡々と響いた。

ホンフーはブラウン管から引きずり出した、黒い液体の垂れる球体関節人形――ハコの魔女エリーの本体を吊し上げつつ、小さく微笑む。

 

 

「映像、遺してなかったんですよ。精々が写真くらいで、動く彼女をこの目で見たのは、本当に久しぶりだった……」

 

 

懐かしむように目を細め、ほんの一瞬だけ声音に温もりが宿る。

しかしそれもすぐに立ち消え、元の冷酷なそれへと戻り。

 

 

「――しかし、あの記憶は私にとっての逆鱗だ。無論、分かっているのでしょうが」

 

「……、……」

 

 

そう言って、エリーを掴む手に力を込める。

しかし最早呻く気力すら無いのか、ぐったりと黒い液体を流し続けるのみだ。

 

ホンフーはその様子に溜息を吐き――壊れた玩具を捨てるように、エリーを掴んでいた手を離す。

 

 

「――……」

 

 

ゆっくりと、引き伸ばされた時間の中で。

上方に流れる景色を眺めながら、エリーはぼんやりと思考する。

 

何故、こんな事になったのか。

何故、ただの人間がこれ程までの力を持っているのか。

何故、私はこのような姿に。魔女などに。何故、何故、何故……?

 

 

「――?」

 

 

……そうする内に、記憶の底より湧き上がるものがあった。

 

それはかつての自分。まだ人間として、肉と命を持っていた頃の姿。

死に瀕し、悪意が薄まった今だからこそ思い出せた、とても大切なもの。

 

もう少し、もう少しで思い出せるかもしれない。

エリーは必死に手を伸ばし、ともすれば消えそうになるそれを掴もうとして――。

 

 

――――死を纏った手刀が、彼女の身体を両断した。

 

 

 

 

 

 

――超能力者となる以前。かつて巫 紅虎には、誰よりも深く愛する人が居た。

 

とても優しく、よく笑い。それでいてしっかりとした芯の通った、素晴らしい女性。

彼女はホンフーにとって何よりも尊い宝であり、命を捧げる事すら惜しくはないと、そう思っていた。

 

――しかし、彼女は呆気なく彼の手から零れ落ちた。

 

敵の数は25人。

件の女性を人質に取り、更には銃まで持っていた。

 

その場に居たのは、ホンフー自身も合わせて27人。

戦いが終わり、地に伏したのは26人。

 

……そして、ホンフーは今もなお生き続けている。つまりは、そういう事だった。

 

 

 

 

 

 

「後で、処理を頼んだ方がいいですかねぇ」

 

 

夕暮れの街中。

どこか疲れた様子で沈み始めた夕陽を見上げていたホンフーは、そう呟きつつそっと背後を振り返る。

 

そこにあるのは、つい先程まで散々暴れまわっていた廃工場だ。

外見上は特におかしな部分はないが、内部は酷い惨状となっている。あの荒れ果てた状態のまま知らん振りしておくのも、後々騒動の種になりそうで多少不安ではあった。

 

 

(けどまぁ、どうせその内全部吹き飛ぶ訳ですし、別にいいか)

 

 

しかし遠くない内に訪れる街の壊滅を思い出し、アッサリと放り投げ。

そしてくるりと廃工場に背を向けると、軽い足取りで歩き出す。まるで、そこに残した物から目を背けるかのように。

 

 

(……少し、やんちゃな獣を叩くだけのつもりが、どうにも嫌な事になった)

 

 

改めてホテルへの道を辿りながら、燻る不快感を溜息にして吐き出した。

 

魔女とはこれまで幾度か戦ってきたが、これほど嫌な気分になった戦いは無かった筈だ。

油断がなかったと言えば嘘になるものの……今回に限っては、相性の問題が大きかったという他ない。

 

 

(そう。やはり、私にあんな過去は要らない……!)

 

 

思い出すのは、あの忌々しい魔女に見せられた光景。

己の未熟により最愛の彼女を失った、決して忘れられないあの記憶――。

 

 

「……、……」

 

 

立ち止まり、振り返らないままに思いを馳せる。

 

……嫌な事とはいったものの、あの魔女との遭遇にはたった一つだけ感謝すべき事があった。

 

それは、彼女の姿を――笑顔を、声を。

記憶から抜き出した映像とは言え、もう一度目の当たりに出来た事だ。

 

 

「――……」

 

 

徐に歩き出し、懐から取り出した情報端末を起動する。

 

そこに映し出されたのは、午前中に訪れた実験所から渡されたTX誤作動に関する報告書だ。

既に何度も読みふけった文章ではあったが、何かせずにはいられなかった。

 

胸に灯った火に促されるまま、何度も何度も読み返し。推測と推理を重ね、僅かな痕跡を探す。

 

 

 

そう――ホンフーの求める、時間を操る力。

 

過去に戻り最愛の女性を救う事の出来る、たった一つの超能力。

それを扱った者があの場に居たかもしれないという、その可能性を。

 

 

 

(私は……いつの間にか、惰性で動いていたのかもしれない)

 

 

ホンフーはこれまで、千を超える超能力者と出会い、その能力をコピーしてきた。

しかし彼らの中に時間を操る能力者は居らず、最近ではジャジメントの力を借り、新たに超能力者を生み出す外法にも手を出す始末。

 

砂漠に埋まる塩の一粒を探すが如き、不毛な日々。

期待を裏切られ続ける内、何時しか心の何処かに諦観を抱えていた事は、決して否定は出来ないだろう。

 

 

――だが、今日。再び「彼女」の姿を見た事により、揺らぎかけていた意思が補強されたのだ。

 

 

どうやら、胸裏に息づく彼女は知らぬ内に酷く色褪せていたらしい。

 

鮮やかに微笑む彼女が、心に大きな波紋を作った時。

ホンフーは己の心がどれだけ失望により摩耗していたのかを、深く思い知らされていた。

 

 

「――私は、諦めない」

 

 

もう、失敗や的外れを前提としない。

例えどれだけ小さくとも、全ての可能性には全力で手を伸ばす。

 

 

そしていつか必ず時間遡行の能力を掴み取り、貴女を救いに行くのだ。

 

今ならば、絶対に助けられるのだから――。

 

 

……一言、転がすようにそう呟いて。

ホンフーは一歩、大通りの雑踏へと踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――瞬間、世界が止まった。

 

 

 

空が、風が、街が――人が。

 

世界に存在するありとあらゆる物全てが停止し、只の置物と成り下がる。

 

それはホンフーにおいても例外ではない。

端末を睨んだ姿勢のまま、道端に立つ彫像の一つと化しており――。

 

 

――そんな彼の傍らを、一人の少女が擦れ違う。

 

 

「――――」

 

 

年の頃は中学生程だろうか。片腕に盾を装着した、黒髪の少女だ。

 

この止まった世界の中、唯一行動する彼女は異質極まりないものであったが、それを目撃する者は誰も居ない。

何処を目指しているのか、少女はホンフーとは逆に廃工場へと続く道へとひた走り――その先へ消えた瞬間、世界が色を取り戻す。

 

停止していた名残など微塵も残らず、当然の如くその続きを描き出していた。

 

 

「――……?」

 

 

――そんな中で、ただ一人。

ホンフーだけがふと足を止め、何かに気づいたように背後を振り返る。

 

しかし、その頃には既に黒髪の少女は消えており、たなびく髪先すら見る事は叶わない。

そのまま数秒ほど、訝しげに道の先を見つめていたが――やがて目線を外すと再び端末に目を落とし、静かにその場を後にした。

 

 

――暁美ほむらと、巫 紅虎。

 

 

後に凄絶な殺し合いを繰り広げる彼らの一度目の邂逅は、両者共が気づかぬ内に過ぎ去っていた。

 

 

 





『巫 紅虎』
愛する人を救う為、唯一の解法である時間遡行の超能力を探し続けている。



『暁美ほむら』
愛する人を救う為、時間遡行の魔法を用いて唯一の解法を探し続けている。




マギレコのアニメ化発表に嬉しさブーストかかりましたが、次からは少し時間かかると思います。
のんびりお待ち頂けると救われます。


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6話 あたしね、魔法少女になるよ

――願いが叶うと聞いた時。少女の胸によぎったのは、とある少年の姿だった。




見滝原中学校、昼休みの屋上。

鹿目まどかと美樹さやかは、設置されたベンチに腰掛けたまま、揃ってぼんやりと青空を見上げていた。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

雲は薄く、流れは早い。

眺めているとまるで時の流れにに取り残されてしまったようで、言いしれぬ物悲しさが去来する。

 

互いに言葉はなく、しかし心は通じていた。

二人が胸裏に浮かべているもの――それはつい先日まで共に過ごしていた、大好きな先輩の事だった。

 

 

「……マミさん、本当に居なくなっちゃったんだね」

 

 

ぽつり。まどかの小さな呟きに、さやかの肩が小さく跳ねる。

 

巴マミ――中学校の一年上の先輩にして、この街を護っていたベテランの魔法少女。

まどかとさやかは彼女に魔女から助けられた事を皮切りに、魔法少女見習いとしてその後を付いて回っていたのだ。

 

彼女達の目に映る巴マミとは、強く、心優しく、それでいて包容力に溢れた、心の底から尊敬できる人物だった。

 

当然、そんな彼女に強い憧れを持つまでそう時間はかからない。

共に過ごした時間は短かったが、いつの日か彼女に相応しい魔法少女となり、肩を並べて戦いたいとまで思うようにもなっていた。

 

……だが、それも今や叶わぬ夢。

マミはまどか達の目の前で魔女に喰われ、無残な最期を遂げてしまった。

 

 

「私、何かの間違いだと思ってた。怪我はしたけど、無事で……少ししたら、帰って来てくれるかも、って……」

 

「……あたしもそうだよ。信じられなくってさ、今日の朝学校から言われて、やっと、何か――」

 

 

魔法少女というファンシーな単語に、まだ僅かな希望を持っていたのだろう。

 

しかし現実には奇跡は起きず、マミの死は覆る事はない。

朝礼で教師の口からマミの行方不明について告げられた事で、今更ながら理解したのだ。

二人の心中は、日の暖かさに反し酷く冷え込んでいた。

 

 

「……私達、これからどうしたら良いのかな」

 

「あたしだってわかんないよ。でも……」

 

 

人を襲う魔女の存在は、魔法少女と自分達しか認識していない。

この街を人知れず護っていたマミが居なくなった以上、これを放っておけばどうなるか――そんな事は考えるまでもなかった。

 

怖い。魔女に頭を砕かれたマミの死に際が、改めて二人の脳裏をよぎり――。

 

 

「……そう、いえば。キュゥべえって今、どうしてんのかな」

 

 

その恐怖から逃げるように、さやかはふと湧いた疑問をそのまま口にした。

 

 

「え?」

 

「や、朝から……っていうか昨日? おととい? そのくらいからあんまり顔見てない気がするからさ……」

 

 

思えばマミが死んだ少し後から、その姿を見る頻度が少なくなっている。

 

現に今も傍らには居らず、周囲を見回してもあの白いモキュモキュは見当たらない。

まどかが家に置いてきているのかとも思ったが、そういえばとでも言いたげな表情を見る限りは違うようだ。

 

 

「……きっと、キュゥべえもショックだったんじゃないかな。マミさんとは長い付き合いだったみたいだし」

 

「どこかで傷心癒やしてるって? 何かキャラに合わないような……あ、もしかして転校生がまた……!」

 

「さ、流石にそれは無いんじゃないかな……?」

 

 

まどかはそう言いつつも、言葉尻を淀ませる。

転校生こと暁美ほむらと最初に出会った時、キュゥべえを傷つけていた事を思い出したのだ。

 

おまけに今日は朝から休みのようで学校にも来ておらず、怪しくはあった。

とはいえ、キュゥべえは完全に失踪した訳でも無い。テレパシーで助けを呼ばれた事もなく、ほむらに追いかけ回されているという線は薄いだろう。

……多分。

 

 

「うーん、じゃあまどかの言う通りナイーブになってんのかな。想像つかないけど」

 

「きっとそうだよ。辛いのは私達だけじゃないんだ……」

 

 

自分達よりも小さな存在が、同じくマミを失った悲しみに耐えている――。

 

……そう考えると、恐怖に押し潰されそうだった気持ちがほんの少しだけ上を向く。

しっかりしなければならないと、そう思った。

 

 

「っと、そろそろ昼休み終わっちゃうよ。戻ろっか、教室」

 

「……うん」

 

 

未だ恐怖は消えず、進むべき道も定まらない。しかし、目前に漂う霧は少しだけ薄くなったような気がした。

さやかも同じ気持ちのようだ。僅かながらに元気が戻ったように見える彼女に促され、まどかは屋上を後にして――。

 

 

(……ほむらちゃんにも、色々相談したいなぁ)

 

 

ふと、ほむらに会いたくなった。

不思議な部分は多いが、魔法少女としては経験豊富に違いなく、本当は絶対いい子でもある筈なのに。

 

……しかし、今それを提案した所で、きっと良い結果にはならないだろう。

ちらりとさやかの背を見やり、まどかの眉がハの字に下がった。

 

 

 

 

「へっくち」

 

 

昼下がり、何処とも知らぬビルの上。

高所から街を見下ろしていたほむらは、可愛らしいクシャミを漏らした。

 

 

(誰かに褒められたのかしら)

 

 

一褒められニ憎まれ。三に惚れられ四に風邪を引く。

 

きっとまどかが頑張る自分を褒めてくれたに違いない。おそらく違うとは分かっているが、そう思った方が気分は上がる。

ほむらは二発目をしないよう鼻と口を抑え、愛しの彼女の褒詞を想像しつつ時を止め。ビルの端を蹴り出し、再び見滝原の空を舞った。

 

そうして捜索するのは、街に潜んでいる憎きインキュベーターの姿だ。

 

 

(さて、どこに居るのか……)

 

 

ここ数日、ほむらはインキュベーターの姿を見ていなかった。

 

これまでの時間軸であれば、彼らは己の知らぬ魔法少女である自分に付き纏い、事あるごとにその素性を確かめようとしていた。

しかし現状その様子は無く、あの苛立つ赤目や癇に障る声も無し。

 

当初は清々したと歓迎していたが……それから数日経っても顔を見ない事に嫌な予感を覚え、改めて奴らの動向を調べる事にしたのだ。

 

……居たら居たで極めて鬱陶しいのに、居なければ不安になるとは何とはた迷惑な生物か。

奴らがクシャミをするのなら、常に二回である事だろう。死ね。

 

 

(近いのは……高架下か、自然公園近くの路地裏辺りかしら)

 

 

色褪せた世界。風の抵抗をすり抜け、冷静に目的地を定めた。

 

インキュベーターは普段、極力同じ場所に二匹以上が揃わないよう注意している節がある。

統一意思を持った群体である事が関係しているのか、それとも魔法少女に与える印象の問題か。いずれにしろ、その方が『効率的』と判断したが故だろう。

 

しかし魔女や自分のような敵対的な魔法少女に身体を壊された場合に備え、交代要員となる身体を街のあちこちに配置している。

ほむらはこれまでの経験から、インキュベーターが好む隠れ場所の傾向を大体把握しているのだが――。

 

 

(……やはり、いない)

 

 

まるでネズミの大移動。

以前の時間軸ならば確実に潜んでいた場所には影も形も無く、他の可能性のありそうな場所でもその姿を見つける事はできなかった。

 

 

「居なくなった――というよりは、私を避けていると見た方が良いかしら」

 

 

そうして全ての心当たりを周ったものの、不発に終わり。最後に訪れた薄汚れた廃屋の中で、ほむらは形の良い顎に指を添えた。

 

一体、奴らは何を企んでいるのか。

 

自分と接触を絶つ事は、奴らにとっての得ではない。

以前の時間軸で何匹もの身体を殺しても粘り強く接触を試みて来た辺り、それは確かな筈だ。

 

そしてこの時間軸では、精々まどかとの接触前に彼女の付近をうろついていた個体を数匹撃ち殺した程度。身体を殺される事を恐れるには、まだ被害が少なすぎる。

おそらく、数千・数万単位の大量虐殺でも繰り広げない限りは「もったいない」の一言で済ますのではなかろうか。

 

 

(では、何故?)

 

 

この時間軸での行動を思い出し原因を探るが、やはり心当たりは無い。

強いて言えば、例のレーザー銃に端を発した一連の行動は、他の時間軸では行った事の無いものだったが――現状に関係しているとはとても思えず。

 

……現状に至る因果が、紐解けない。

 

 

「……こうしていても時間のムダ、か」

 

 

頭を振り、思考を打ち切る。

元よりあんな宇宙生物の思考回路を理解しろ、という方が無茶なのかもしれない。

 

それに、インキュベーターの姿が見えない事は確かに不安ではあるが、悪い事ばかりでは無いのだ。

奴の顔を見ないで済むという事もあるが、こうまで自分を避けていると言うのならば、動き回る事でその行動を抑制できる可能性もある。

 

 

(極論、常にまどかの側に居れば良い虫よけになるわよね、これ)

 

 

浮かぶのは渦巻き模様の蚊取り線香。『ほむら』と書かれた豚の陶器に入れられ、ゆらゆら紫煙を上げている。

 

ほむらはそんな下らない妄想に自嘲の溜息を吐くと、魔法少女の姿を解除。大きく髪をかき上げ外に出た。

そうして廃屋の扉が軋む音を背に携帯電話を見れば、午後3時を回っている。もうそろそろ、学校も終わる頃合いだ。

 

 

(……まどかは、休んだ私を心配してくれているかしら)

 

 

そうだったら、どれほど嬉しい事だろう。

いつの間にか服に付いていた埃を払いつつ、ほむらはまどかに思いを馳せて。

 

 

「……っ」

 

 

――突然、澱んだ魔力がほむらの全身を駆け抜けた。

 

どうやら、この付近で魔女の結界が顕現したらしい。

 

無論、放って置く選択肢は無く。

ほむらは瞬時に再び魔法少女の装いを纏うと、慣れた様子でその反応の元へと駆け出したのだった。

 

 

 

 

 

……そして、その少し後。

 

ほむらの気配が完全に消えた事を確認したように、廃屋の影からひょっこりと白い影が顔を出す。

それは紅い双眸でほむらの走り去った方角をじっと見つめると、やがてその反対方向へと静かに走り出し。

逃げるように、人々の雑踏の中へと消え失せた。

 

 

 

 

学校の授業が全て終わり、迎えた放課後。

まどかに手を振って別れたさやかは一人、最寄りのCDショップへと訪れていた。

 

 

「う~ん……どれが良いかなーっと」

 

 

クラシックと書かれたパネルの下、大量に並べられたCDケースを見比べる。

 

といっても、さやかにクラシックに関する知識はあまり無い。

とある理由から多少は勉強しているものの、曲を聞いて「ああ何か聞いたことあるなー」とぼんやり記憶が擽られる程度。

 

当然ながら題名だけ見てもどのような曲か判別出来ず、抽象的な文字列だらけの陳列棚に目が横滑る。

 

 

「アイネ・クライネ・ナハトムジーク……? んー……女騎士二人とイケメン男騎士の三角関係と見た!」

 

 

こんなもんである。

 

ともあれ、携帯や店員の力も借りてオススメ品を数枚購入し、店を出る。

合計1800円。女子中学生には少しばかり痛い出費だが――送る相手の事を考えれば屁でもない。

 

 

(……恭介、喜んでくれるといいな)

 

 

上条恭介。さやかが密かに片想いする、幼馴染の少年だ。

 

将来を有望視される天才ヴァイオリニストであった彼は、不慮の事故により大怪我を負い、市内の病院に入院している。

特に腕の損傷が酷く、看護師の話す内容を盗み聞きした限りでは、相当に難しい怪我であるらしい。

 

その事は本人には未だ知らされていないようだが――今の時点でも、恭介の心中は察するに余りあった。

さやかはそんな彼を少しでも元気づけてあげたいと、彼の好きなクラシックCDを差し入れとして、結構な頻度で見舞いに行っているのだ。

 

……加えて、さやか自身もマミの件がある。

人の死を間近で感じたせいか、無性に恋する少年に会いたくて堪らなかった。

 

 

「……うーん。ちょっと、ずるいかもなー……」

 

 

ポツリと呟き、頬を掻く。

何となく、居心地の悪さが胸に燻った。

 

 

 

病院の面会時間は、午後一時から七時までの六時間。

 

学校が四時前に終わる事を考えても、それなりに余裕がある時間設定にも思えるが――しかし、か弱き女子中学生であるさやかには、厳守しなければならない門限という悪法がある。

少しでも早く面会し、長く恭介と過ごす為。ここ最近は、息を切らせて受付に駆け込むさやかの姿が連日目撃されていた。

 

 

「ぜぇ、ぜぇ……す、すいませーん、面会おねがいしまーすっ」

 

「はーい、じゃあこちらに記入をお願いします。……毎日想われて、彼氏くんも幸せね」

 

「だああ、そ、そんなんじゃないですって! それじゃっ!」

 

 

流石に毎日こんな具合であれば、顔見知りとなった受付嬢からからかいの一つも受ける。

「そう」見られている事に嬉しいやら恥ずかしいやら。さやかは赤くなった頬を抑えつ、微笑ましげな視線から逃げるようにエレベーターへと乗り込んだ。

 

 

(やっぱ、何回来ても綺麗だなぁ)

 

 

恭介の病室は建物の上層、街を見下ろせる場所にある。

 

設備も最新のものが設けられた個室であり、それだけでも彼の怪我の重さが伺えるだろう。

階層全体が質素ではあるが静謐とした雰囲気を纏い、何となく落ち着かない。

足取りも自然と遅くなり、コツコツとした硬い靴音がいやに響いた。

 

 

「さて……お?」

 

 

そうして見えた恭介の病室。ドアノブを握り、意気揚々と開け放とうとした所――ふと、中から漏れ出ている事に気がついた。

 

声の感じからすると、年のいった男性のようだ。

担当の医師だろうか。割って入るのも憚られ、さやかはひとまずドアノブから手を離し、様子を窺う事にして――。

 

 

『――だから、君はもう……ヴァイオリンを弾く事は、出来ない』

 

 

――そんな声を、拾った。

 

 

「……え?」

 

 

思わず声が漏れたが、気づかれなかったようだ。

恭介の声も混じり、扉の中の会話は続く。

 

 

『……どうしようも、ないんですか』

 

『……すまない。神経が深く傷ついていて……現代の医療技術では』

 

『そんな……そん、な……』

 

 

「――……」

 

 

……薄々、察してはいた。

 

しかしどこか楽観的に見ていた事は確かであり、上手く現実を受け入れられない。

続いて聞こえる涙に濡れた恭介の声に、ただただ呆然と立ち尽くす事しか出来ず。

 

 

「――ん? 君は……」

 

「……ぇ? あ……」

 

 

どれ程そうしていたのだろうか。いつの間にか、話は終わっていたらしい。

はたと我に返った時には既に病室の扉は開かれ、退出した医師が軽く驚いた顔でこちらを見つめていた。

 

何とも言えない気まずさに、互いにしばし動きが止まり――医師はすぐに視線を外すと、会釈を残し去っていく。

 

 

「…………」

 

 

ゆっくりと、病室の扉を引いた。

 

最早見慣れた、清潔感のある個室。

その窓際に位置するベッドに、深く俯く少年の姿がある。恋い焦がれる、恭介だ。

 

 

「……えっと、お、おっすー」

 

「…………さやか」

 

 

おずおずと声を掛けるも、返る声は暗い。

いつもの心が安らぐような柔らかい声音は、完全に失われていた。

 

胸が痛み、さやかの目からも涙が溢れそうになるものの――腹に力を込めて堪え。代わりに空元気を絞り出す。

 

 

「あ、あのさ。その……あたし、お見舞いに恭介の――」

 

「――帰って、くれないか」

 

 

しかし、その努力もすぐに無に帰した。

 

 

「ごめん。今は……ダメなんだ。何も、誰も……話したくない」

 

「…………」

 

「……頼む……頼むよ……」

 

 

ぽたぽたと、項垂れたまま、強く握られた恭介の拳に水滴が落ちる。

 

……後にはただ、声にならない嗚咽が静かに響き。

CDの入ったさやかの鞄が、ずしりとその重みを増した気がした。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

とぼとぼと、病院帰りの道を行く。

 

あの後、結局さやかは恭介に何も言う事が出来なかった。

促されるままに病室を後にして、お見舞いのCDも渡せず終い。

 

気の利いた励ましをしたり、或いは抱きしめたり。彼にしてあげられる事は山程あった筈なのに――頭が全く働かなかった。

 

 

(……これじゃ、幼馴染失格だよ)

 

 

これで恭介が好きだと、よく言えたものだ。

肝心な所で必要な勇気が出せなかった自分に自嘲し、溜息を吐く。

 

 

「……辛いのは、私達だけじゃない、かぁ……」

 

 

重い足を引きずる内、ふと思い出し、呟いた。

 

屋上でまどかの放ったその一言が、今更ながら深く刺さる。

これ以上無い程に身につまされ、自然と視線が下を向き、

 

 

「――やぁ、さやか」

 

「っ! キュゥべえ……?」

 

 

丁度そこに白い獣の姿を認め、肩が跳ねた。最近行方不明となっていたキュゥべえだ。

 

その顔には相も変わらず意図の読めない笑みが張り付き、特に怪我や病気の様子も無い様子。

顔を見せない事に少々の不安を抱いていたさやかは、ホッと小さく安堵した。

 

 

「びっくりした~……っていうか久しぶりじゃん。今までどうしてたのよ、もー転校生に捕まったかと」

 

「ごめん、心配させてしまったようだね。ちょっと色々あって、街を回ってたんだ」

 

 

特に悪びれた様子もなく、淡々とそう告げる。

 

……マミの件で、傷心旅行にでも行ってきたのだろうか。

とてもそんな殊勝な性格には見えないが、こんなのでも皆と同じく辛さは抱えているのだろう。

きっと、表に出にくいだけなのだ。

 

 

「……まぁ、何ともないなら良けどさ。後でまどかの所にも顔出してやんなよね」

 

「うん、それは勿論さ。……ああ、それとその転校生――暁美ほむらだけど、さっき走っていくのを見たよ」

 

「え……だ、大丈夫だったの、それ?」

 

「すぐに隠れてやり過ごしたからね。どうやら、街中に出現した魔女を退治しに向かったようだ」

 

 

――それを聞いた瞬間、さやかの胸を何かが焦がした。

 

 

「……魔女、出たんだ」

 

「ああ、でも暁美ほむらなら対処は容易いと思うよ。この前の一件を見る限り、彼女の魔法少女としての実力は相当なものだ」

 

「…………」

 

 

問題ないと頷くキュゥべえだったが、さやかは納得できていなかった。

 

あの嫌な転校生が、魔女と戦い、マミのように街を護っている――。

実際の思惑はどうであれ、そのような構図となっている事自体に、どうしようもない反発心を感じてしまう。

 

 

「……キュゥべえはさ、それでいいの? あいつが……転校生がマミさんの代わりやってんの」

 

「……、まぁ、現状では彼女以外に魔女と戦える者が居ないのは確かだからね。街の平和には、繋がっているんじゃないかな」

 

 

そう告げるキュゥべえに含むものを感じたのは、ほむらを嫌う心が見せた錯覚だったのだろうか。

 

少なくとも、さやかにそう見えたのは確かだった。

目の奥に光がちらつき、やがては小さな炎となって。小さな胸の内を更に酷く焦げ付かせていく。

 

 

――俯き、涙を流す恭介に何もしてあげられなかった自分の姿が浮かび、強く目を瞑る。

 

 

「……ねぇキュゥべえ。もし……あたしが魔法少女になるって言ったら――マミさんを生き返らせる事って出来る……?」

 

「言いにくいけど、君の素質では無理だ。生物を生き返らせるなんて大それた願いを叶えられるのは、それこそまどかくらいしか居ないよ」

 

「……そっか」

 

 

悔しさは感じなかった。しかし、喜んでもいなかった。その筈だ。

 

さやかは両の拳を握り締め、ゆっくりと閉じていた瞳を開く。

その奥には、確固たる決意の炎がゆらりと揺らめき――熱に浮かされるまま、己の意思を告げたのだ。

 

 

「――キュゥべえ。あたしね、魔法少女になるよ――」

 

 

……それを聞いたキュゥべえの顔は、やはり笑みのまま変わらない。

 

ただ、無垢に光る紅い瞳が、くにゃりと薄く伸びていた。

 

 

 




『鹿目まどか』
みんな大好きまどかちゃん。世界一芯の強い女の子。
さやかと幼馴染という事は恭介とも幼馴染という事になるけど、あんまり親しい印象無い気がする。
いろはちゃんの一挙手一投足を見つめてたんだって。お風呂とかも覗いてたのかしら。


『美樹さやか』
みんな大好きさやかちゃん。誰だ助六って言った奴。
上条大好きウーマン1号。こんな健気な可愛い子に靡かないなんてどうかしてるぜ。
本編以外での活躍が凄い。


『上条恭介』
みんな大……好き? 好きだよね……? 良い子だもん、きっと……。
ヴァイオリン好きすぎて、まだ女の子に意識が向かないだけなんだ……。
何か制作陣からも散々な言われようだけど、結構好きだよ……。


『暁美ほむら』
多分ほむらならどっかの周に1ヶ月間不眠不休でキュゥべえ殲滅に動いた時期もあると思う(個人的な想像)。


『白いモキュモキュ』
だから小さいキュゥべえの選択肢に何の意味があるってんだい!?


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7話 偶然だよね、きっと

「――そうだ、さやか。キミが魔法少女となるに当たり、一つ知らせておきたい事がある」

「これはキミだけじゃなく、この街を訪れる魔法少女全てに教えている事だ。一部、接触できない魔法少女を別としてね」

「……悪いけど、そんなに楽しいものじゃない。良いか悪いかで言うと、間違いなく悪い話さ。だからこそ、伝えさせて欲しい」



「……今、この街には。バッドエンドと呼ばれる、超能力者の殺し屋がうろついているんだ」



「本当さ。今まで平和な世界に居たキミには馴染みがないかも知れないけど、殺し屋や超能力者という存在は意外と沢山いるんだ」

「特に彼はその中でも別格だ。もし遭遇したら、無闇に戦わず一目散に逃げて欲しい。幾らさやかの魔法があっても殺されてしまうよ」

「まさか。でも魔法少女であっても、無敵という訳じゃない。キミもよく知ってるはずだよ」

「……ありがとう。僕もキミの事は好ましく思っているからね、分かってくれて良かった」

「ああ、そうだね。特徴というと、中国服を来た麗人という外見をしているよ。……他にかい?」

「……うーん、これはちゃんと確認できていないから、間違っているかもしれないんだけど……」


「どうも彼は、興味を持った存在をどうやってか超能力者にして回っているようなんだ――」





 

 

裏の世界は、中々に狭い。

 

光を受ける一般社会。その背より伸びる影の中でしか存在できない世界であり、舞台そのものが限定的かつ閉鎖的である為だ。

 

そして殺し殺されの世界である以上、争いの規模は世界の狭さに反し、一般社会のそれよりも派手なものとなる場合が多い。

一度事件や抗争などが起これば、規模の大小に関わらずその噂は瞬く間に裏の世界を席巻する。目立った者や被害の詳細など、多少力のある者の耳には事細かに届く事となるだろう。

 

裏の世界においては情報の重要度が特に高く、また伝達速度も非常に速いのだ。

 

その為、情報屋と呼ばれる者達も存在し、その地位を確かなものとしている。

ジャジメントや九百龍と言った各勢力に抱えられる者。或いは勢力問わず、金さえ払えば誰にでも情報を売る者。数は多く、その質も様々だ。

 

そして彼らは横の繋がりを密として、独自のネットワークを築きながら世界各地のあらゆる場所で活動している。

特に日本においては何かと世界を揺るがす大騒動の火種となる要素が多く、目を光らせている情報屋も多い。

 

――ここ見滝原においてもそれは同様。

少数ではあるが常に幾人かは街の影に潜んでおり、接触を図ろうと思えば可能ではあった。

 

 

 

 

「――ほら、これが今持ってる全部だ」

 

 

病院近くの図書館。その談話室。

くたびれたスーツを纏った男から、ホンフーは小さなメモ帳を受け取った。

 

ちらりと確認してみれば、そこには幾つもの人物の名前と、彼らが関わったとされる騒動や事件の詳細がずらりと並べられていた。

ホンフーの要求した、現在見滝原に潜んでいる裏の者達のリストと、その動向だ。

 

 

「はいどうも。……にしても今時紙束での受け渡しとは、古風ですねぇ」

 

「ちょっと前、どっかの誰かが電脳世界で好き勝手してくれたもんでなぁ。俺らみたいな木っ端はビビっちまって、機械が苦手になっちまったのさ」

 

「……私自身は、『アレ』とは余り接点は無かったんですけども……」

 

 

男――情報屋のちくちくと突くような皮肉に、ホンフーはメモを流し読みつつ困ったような笑顔を零す。

 

かつて現ジャジメントがツナミと名乗っていた頃、ツナミに関する特定の情報を発信する事が不可能となっていた時期があった。

デウエスという凶悪な電子生命体が、ツナミと裏世界との関係を明るみにしようとした者を「喰らい」、物理的な情報抹消を行っていたのだ。

 

メールや通話を始めとする通信伝達手段は勿論、掲示板の書き込み、プログラムに紛れ込ませての暗号文まで全てが監視され。

完全なスタンドアローン方式の端末にデータを隠しても意味はなく、一時期は世界全体の情報ネットワークがツナミの手中に落ちていた。

その際、デウエスに喰われ電子の塵となった情報屋も少なくない。

 

数年前にとあるネットゲーマー達と一人の女性の活躍により、その驚異は取り払われたが――やはり、当時の恐怖と警戒心はそう簡単には消えないらしい。

一部の慎重な情報屋の間では、紙媒体でのやり取りが主流になるという時代に逆行する現象が起きていた。

 

 

「そうは言っても同じ組織だろうが。連帯責任としてイヤミくらいは貰ってほしいもんだがね」

 

「うーん理不尽。しかしまぁ彼女もやりすぎましたからねぇ……必要経費として受け取っておきましょ」

 

 

そうこう雑談している内に、メモを捲る音が止む。全ての情報を脳内に叩き込んだのだ。

しかしホンフーはどこかガッカリした様子で、メモ帳をゆらゆらと弄びながら溜息を吐く。

 

 

「……何だ、情報に不満でもあるのかい」

 

「いえ、この街に潜む武装組織の動向や人員、野良の能力者の詳細など、基本的な物には問題ありません。ですが……」

 

 

一呼吸置き、もう一度メモを見る。

 

 

「……魔法少女についての情報は、他に?」

 

 

そう、このメモには他の者達については十分に纏められていたものの、魔法少女の情報だけが極端に少なかった。

 

たった一人だけ。見滝原にテリトリーを持っていた『巴マミ』という少女の名と住所、直近の様子と、彼女が数日前に行方不明となった現状が記されているだけで、それ以上のものは無し。

持っている異能力の詳細を含む、「魔法少女」としてのデータがまるっきり欠けているのだ。

 

それを指摘すると、男はバツの悪そうな顔となり、荒々しく後頭部を引っ掻き回す。

 

 

「悪いな、そこが俺の情報屋としての限界だ。その嬢ちゃんが魔法少女だと知れたまでは良かったが……これ以上のもんは無理だった」

 

「……やはり、魔女がネックですか」

 

「ああ、生憎サイボーグ手術も何も受けてねぇ身だからな。レジスタンスのアホどもみてぇなのはともかく、バケモン相手にゃ対処のしようがねぇんだ」

 

 

情報屋が扱う「情報」とは、ネットや書物を漁って得られるような表面的な物ではない。

 

己の頭脳と足を使って探し回り、弁舌や時には潜入技術を駆使して引き出し、推理と推論を重ねて形にする――。

そのような苦難の末に、ようやく得られる価値ある物だ。

 

当然、それには情報屋自身が動かねばならず、目的の人物や組織に近づく必要がある。

探る相手によっては、その最中に命に関わる事態になる場合もあり――こと魔法少女に関しては、その危険性が他より少し高い。

 

理由は単純。魔法少女としての能力を詳しく探るには、彼女達に続いて魔女の結界へと潜入し、観察を行わなくてはならないからだ。

 

 

「その嬢ちゃんが『悪さ』するタイプなら、能力くらいは分かったかもしれねぇが……どうも良い子ちゃんだったみたいだからなぁ。隙がなかった」

 

「ああ、分かりますよ。魔法少女は善性の子が多くてやり辛いですよねぇ」

 

 

項垂れる男に、ホンフーはしみじみと同意する。

 

魔法少女とは、基本的には魔女の結界の中でしかその力を振るわず、持っている力をひけらかす事もない。

雫のような日常生活においても汎用性の高い固有魔法を持っていたり、そもそも裏の世界にどっぷりと浸かっている者はその限りではないが、そんな魔法少女こそが稀なのだ。

 

そして魔女の結界とは大抵使い魔溢れる危険な場所であり、更に魔女に目を付けられようものなら漏れなく口づけを刻まれる。

そうなってしまうと最早調査どころの話では無い。結界から生きて帰れるかどうかも怪しく、男のようなサイボーグでも超能力者でもない人間では荷が重すぎた。

 

 

「あのリンでさえ魔女に殺られたって話だ。俺はそうはなりたくはねぇ、これで我慢してくれんかね」

 

 

リン。その名はホンフーも聞いた事があった。

 

非常に優秀な情報屋であったそうで、ジオットの話では旧ジャジメントと敵対しており、何度も煮え湯を飲まされた事もあるという。

十年近く前より行方不明になっており、既に死んだものとは聞いていたが――その死因が魔女だったとは。軽く驚くが、それはさておき。

 

 

「……ま、良いでしょう。払った値段分は頂きましたし、これ以上は強請りません」

 

「そうかい、そりゃ良かった。……俺も、もうこの街に深入りしたかねぇしな」

 

「あら、別の街へ行くのですか?」

 

「アンタら、この街に置いてたもん全部引き上げさせてるだろ。俺達はビビリだからな、嫌な予感がしてんのさ」

 

 

多分、同業者みんな逃げ出してるぜ。そう言い残し、男は用が済んだとばかりに腰を上げる。

そして何も言わずこやかな笑みを浮かべるホンフーに軽く鼻を鳴らすと、気だるげな様子で歩き出し――ふと立ち止まり、振り返る。

 

 

「そうだ。魔法少女に関してひとつ、まだ裏の取れてねぇもんがある」

 

「……料金は?」

 

「まけとくさ。碌な形にもなってねぇからな」

 

 

男はつまらなさそうに吐き捨てると、ホンフーの持つメモ帳を指さした。

正確には、巴マミの名を。

 

 

「どうもこの街には、その嬢ちゃんの他に魔法少女が居るかもしれん。前にお友達が一度話してたのを盗み聞いただけだから、ホントはどうかは分からんがね」

 

「それ、結構重要なんですけどねぇ。私にとっては」

 

「おや、そうかい? ま、だとしても後は自分で調べてくれや、それじゃあな――」

 

 

それを最後に男は歩き出し、今度こそ振り返る事無く立ち去っていった。

後にはホンフーだけが残され、図書館特有の静寂が辺りを覆う。

 

 

「……マーカスの有能さが、よく分かりますねぇ」

 

 

ぽつりと一言。

苦笑を伴った溜息が一つ、並ぶ本棚の隙間を通り抜けた。

 

 

 

 

 

 

(さて、どちらから向かおうか)

 

 

図書館を後にし、ぶらりと街を散策しつつホンフーは顎に手を当てる。

 

レジスタンスのアジト、もしくは巴マミという魔法少女か。

他の情報屋を探すという選択肢もあるにはあるが、先の男の話が正しければ見つかるかどうかも怪しい所だろう。

 

個人的には、能力の詳細を掴めていない巴マミの事をまず調べたいところだが……肝心の彼女自身が行方不明。

魔女に殺されたのか、裏世界に首を突っ込み妙な事になったのかは不明だが、いずれにせよ本格的に彼女の捜索に入るとなれば、相応の時間は必要となる。

 

ならば、先に居場所の割れているレジスタンスから向かうべきか。もしかすると、何らかの理由で合流している可能性も無くはない。

ホンフーとしても、そちらの方が都合が良くて助かるのだが――それは楽観的にすぎる考えなのだろう。

 

 

(……生きていてくれると、有り難くはありますけどもね)

 

 

もし彼女がホンフーの求める時間操作能力を持っていた場合、死んでいたとしたら目も当てられない。

 

超能力者であるのなら、死体からクローンを作って薬品投与を行えば、同じ超能力を得られる可能性がある。

しかし魔法少女となるとそうはいかない。『願い』という個人の想いに左右される以上、クローンを何体作った所で何の意味も無いのだ。

 

同じ能力を得るためには、キュゥべえとやらに全く同じ『願い』を捧げなければならず――当のキュゥべえと接触する事が出来ない以上、それは不可能に近い。

 

魔法少女とは、現状において替えの効かない存在だ。巴マミの安全を願うのは至極当然の事だった。

……とはいえ、あまり本気ではないのだが。

 

 

(果たして、彼女はアタリなのかどうか……)

 

 

疑わしい、とホンフーは思う。

 

情報屋からのメモによると、巴マミは過去に両親を亡くしているらしい。

彼女の能力がホンフーの望む類の物だとするならば、大切な人を――両親を助けるために、何らかの行動を起こしている筈ではないのか?

 

少なくとも、己であれば迷いなくそうする。その為に渇望しているのだ。

 

しかし巴マミの両親は依然として亡くなったままであり、情報屋が調べていた直近の動向にも特に気になるものは無い。

無論、情報屋の見落としや、既に両親を救う事を諦めていた……或いはそもそもその気が無かったという可能性もあるが――ホンフーの勘によると、巴マミは十中八九『ハズレ』である。

彼女の生死に関する焦りは、鈍かった。

 

 

「……本当に、現れてくれませんかねぇ。キュゥべえくん」

 

 

そうすれば、こんな苦労もせずに済むものを。

 

彼の身体は性別上は男性であれど、性器はとうの昔に切り落としている。

ホルモンバランスが崩れているのか中性的な身体つきになってしまった事だし、色々と間違えてくれても一向にかまわないのであるが。

 

否、例え魔法少女になれずとも、何らかの関わりを持ってくれるだけでも良い。

何せ素質ある少女を適当に言い含め、ホンフーに時を遡る事のできる能力を与えろと願わせればそれで終いなのだから。

 

ああ。これほど簡単な話がありながら、それを利用できないもどかしさといったら、もう。

ホンフーは姿も知らないキュゥべえに心の中で悪態一つ。苛立ちを隠すように、歩む速度を早めて、

 

 

(――ん?)

 

 

何か――引っかかる物があった。ような気がした。

 

『魔法少女』『願い』『キュゥべえ』――。

 

3つの単語が連結し、何かに気付く事が出来そうな、そんな感覚。

ぼんやりと勝手に思考が働き出し、ホンフーはピタリとその場に足を止め――。

 

 

『――♪――♪――』

 

「!」

 

 

――どこかから聞こえてきた流麗な音色に、その思考が散らされた。

 

 

「……ほぅ」

 

 

ホンフーをして思わず感嘆の声が漏れる程に、何とも見事な演奏だ。

どうやら病院の方角から聞こえてくるらしく、道行く人々も聞き惚れた表情で振り返っていた。

 

 

(慰問か何か……でしょうかね)

 

 

ホンフーは武に生きる者ではあるが、同時にそれなりの教養は重ねている。

演奏に秘められた才が如何ほどか、道は違えど察する事は出来た。そして、その繰り手の若ささえも。

 

 

「……ま、たまには本業の方もしませんとネ」

 

 

『アタリ』の目は、多い方がいい。

 

ちらりと顔を出した欲に任せ、光源に誘われる羽虫のように進路を変えて歩き出す。

どのような可能性にもすかさず飛びつく貪欲は、既に思い出していた。

 

 

 

 

 

 

「――、――」

 

 

見滝原総合病院、中庭。

 

観葉植物が並び、レンガの敷き詰められたモダンな空気漂うその場所で。一人の少年が穏やかにヴァイオリンを弾いていた。

その音色は通りがかる誰もが聞き惚れる程に美しく、少年の才の高さが伺える。

 

 

「……やっぱり、平気なんだ……」

 

 

そして一曲を弾き終わり、ヴァイオリンを下ろした少年は己の腕を軽く振り、その調子を確かめた。

 

指は思い描いた通りに動く。手首はくねり、回り。それに痛みの一つも伴わない。

そんな当たり前の事が酷く尊く、泣きそうになる程に喜ばしい。

 

少年は涙を抑えるように大きく深呼吸をすると、再びヴァイオリンを構え――自身の喜びを表すように、軽やかな音色を奏で始めた。

 

 

 

 

――少年。上条恭介にとって、ヴァイオリンとは己の人生そのものであった。

 

 

物心付いた時より弓を振り、小学校に通い始める頃には曲の一つを完璧にこなし。

彼の過ごす日々は常にかの弦楽器と共にあり、その音色を耳にしない日は一日たりとて無かっただろう。

 

未だ15にも満たないというのに、人生として語るとは。何と青い――。

恭介の在り方をそう笑う者も少なくは無かったが、実際に演奏を聴かせればその尽くが口を噤んだ。

類稀なる技術と、奏でられる流麗な音色――恭介の才気は、確かに彼自身の人生と表現するに足り得る程の物だったのだ。

 

……しかし、それもつい最近に途絶えたものと思われた。

酷い交通事故に遭った彼は、その腕の自由を失ってしまったのである。

 

骨も、肉も、神経も。全てが傷つき、駄目になり。

医者からは、二度とヴァイオリンを弾く事が出来ないとまで断言されたのだが――どのような奇跡か、今や彼の腕は完全な治癒を遂げていた。

 

それは現代医学ではあり得ない奇怪極まる現象であるそうだが、恭介にとってはどうでも良かった。

 

ただ、もう一度ヴァイオリンを持てる事が嬉しくて堪らない。

諦めかけていた筈の希望に浮かされ、退院まで待ちきれず暇さえあればヴァイオリンを弄り回していた。

 

 

「――ふぅ」

 

 

そうして、今日もまた満足気に息を吐き。

いつの間にか立ち並んでいた観客達の拍手に頭を下げつつ、ヴァイオリンを下ろす。

 

こうして演奏できる時間は、一日三十分から一時間。

本当はもっと弾いていたかったが、これ以上は医師に無理を言って貰った許可を破る事になる。

 

流石に恭介自身も、数日前までの己の状態は痛いほどに把握していた。残念には思えど特に反抗する事もなく、素直にヴァイオリンをケースに仕舞い込み――。

 

 

「――やぁ、素晴らしい演奏でした」

 

 

――唐突に、声をかけられた。

 

顔を上げてみれば、そこには線の細い青年の姿があった。

男性……いや、女性だろうか。判断のつかないその整った容姿は、何とも妖しい色気を醸し出しており、ほんの少し見惚れる。

 

 

「……え、あ、ありがとうございます……」

 

「その歳でそれ程の腕とは、さぞや修練を積んだのでしょうね。無論、才もあるのでしょうが」

 

 

青年は柔らかく笑うと、徐に近づき恭介の手を取った。

指間に出来たタコをなぞるその指に、ゾワリと背筋が震え。顔を真っ赤に染めて後退る。

 

ヴァイオリン一筋で生きてきたため、免疫がないのだ。色々と。

 

 

「あ、あのっ……? ぼ、僕に何か用ですか」

 

「あら失礼。私、才気溢れる子には目が無い質でして。あなたと少しお話をしてみたいな、と」

 

「……は、はぁ。それはどうも……」

 

 

ミーハー……とは少し違うような気がした。

何かを探しているような。己ではなく、その先を見ているような。よく分からない視線。

 

とはいえ、褒められて悪い気はしない。それがこんな美人であれば尚更だ。

照れくさそうにはにかむ恭介に、青年は微笑ましげな目を向けて。うなじで縛った黒い長髪をするりと撫でた。

 

 

「――私、ウ・ホンフーと申します。あなたは?」

 

「あ、ええと、上条恭介……です。この病院に入院してます……」

 

 

海外の人だったのか、と驚きつつ。視線を逸らす意味も込めて背後の病院を振り返り、答える。

 

 

「……ふむ、ボランティアなどでは無かったのですね。何か病を?」

 

「少し前、事故に遭ったんです。今はもう治って、退院を待ってる所なんですけど」

 

 

腕が完治した事により、恭介の病室は設備が整った高層の部屋から、低層の一般病室へと移されている。

前代未聞の回復である為、未だ様々な検査を受けてはいるが、その殆どに問題はなく、後数日もすれば退院できる見込みだった。

 

 

「事故……それは大変だったでしょう。道を志すものにとって、怪我は最も忌むべきものだ」

 

「そうですね。もう二度とヴァイオリンを弾く事は出来ない……なんて言われて、頭が真っ白になりました」

 

「ほぅ、ですが先程の演奏を聴く限りでは、既に後遺症なども無いご様子。よほど腕の良い医者に巡り会えたのですね」

 

「いえ、それがその……何で治ったのか、僕にもよく分からなくて」

 

 

ピクリ。それを聞いたホンフーの眉が、僅かに上がった。

 

 

「……言いづらいのですが、この病院がヤブという事は?」

 

「あ、怪我が酷かったのは本当なんです、数日前まで指を動かすのにも凄く苦労してましたし」

 

「数日前……となると、リハビリもしていないのではないですか? それなのに、突然完治したと」

 

 

改めて聞くと嘘のような話だ。

 

自分でもそう思うものの、恭介としては肯定する以外の答えはない。

するとホンフーは顎に手を当て黙考し、やがて探るような視線を向ける。

 

 

「……しあわせ草、という物に心当たりは?」

 

「え、幸せ……? いえ、無い……と思いますけど」

 

「では、特殊な薬品投与や、ハピネスという機械による治療を受けた事は?」

 

「どっちも無いと思います。何を持って特殊とするのかは分かりませんが……」

 

 

何が琴線に触れたのだろう。

どこか鋭い雰囲気を放つホンフーに、恭介は疑問を抱くものの――しかし空気はすぐに元に戻り、ホンフーはにっこりと笑みを浮かべた。

 

 

「すいませんね。もしかしたら、あなたの怪我が治った理由が分かるかもと思いまして」

 

「はぁ……そのしあわせ草とかハピネス? とかいう物で、ですか?」

 

「おっと、あまり外では言いふらさない方が良いですよ。下手をするとバッドエンドになってしまいますからねぇ、あはは」

 

「……?」

 

 

……よく分からなかったが、きっと中国風の冗談なのだろう。

 

しかし笑うホンフーの目に恭介は言い知れぬ寒気を感じ、曖昧にだが頷いておく。

彼、或いは彼女はその様子に満足したように目を細め――そっと、恭介の耳に顔を近づけた。

 

 

「え、なっ」

 

「ですが……あなたには類稀な才があるようだ。宜しければ、もう少し踏み込んだお話をしてみませんか? ひょっとしたら、あなたが得る物こそが私の――」

 

 

 

――おーい! 恭介ー!!

 

 

 

「!」

 

「あら」

 

 

突然大声が響き、我に返り。

恭介は身体を跳ねさせ、先程よりも更に勢いよく後退る。

 

そして咄嗟に振り返れば、そこには遠くより走り寄る少女の姿があった。いつも見舞いに来てくれる、幼馴染の美樹さやかだ。

 

 

「さ、さやか!? いや、その、今のは……!」

 

「へ? どしたの?」

 

 

慌てふためき狼狽える恭介だったが、当のさやかはその取り乱し様に訳も分からず首を傾げるだけだ。

 

どうやらまずい部分は見られていなかったらしい。

訳もなく安堵しつつ、恭介はホンフーへと視線を戻し――。

 

 

「……あ、あれ?」

 

 

――しかし、そこには誰も居ない。

 

ホンフーの姿は影も形もなく消え去り、植物とレンガのある光景が広がっているだけ。

キョロキョロと辺りを見回しても、気配の残滓すら無かった。

 

 

「ホントにどうしたの? ……もしかして、身体がどっかおかしいとか……?」

 

「いや、そういう訳じゃないんだけど……今、ここに誰か居なかったかい? こう、中華っぽい服の凄く美人な……」

 

「……んー? 最初っから恭介一人だったけどなぁ」

 

 

その説明に力が抜け、半眼となるさやかだが――恭介にとってはそれどころではなかった。

 

幻覚……という事では無い筈だ。会話の内容も、指のタコをなぞられた感触も全てハッキリ残っている。

一体何が起こったのだろう。訳の分からない出来事に、恭介はしばし呆然として。

 

 

「……はー。でも、そっかぁ。恭介、チャイナ服が好みだったんだー……」

 

「え? ……え!?」

 

 

言っている意味が分からなかった。

突然の言いがかりに驚く恭介に、さやかは意地の悪い顔でその脇腹を肘で突く。

 

 

「よくわかんないけどさ、チャイナ服の美人さんが気になってんでしょ? ならそういう事じゃん?」

 

「ち、違うよ! それはそういう事じゃなくって」

 

「ヴァイオリンばっかりで、そういうのに興味無いと思ってたんだけどなー。そっかー……着たげよっか?」

 

「さやか!?」

 

 

ニヤニヤとした彼女の笑みが、大変まずいもののように感じて。

身振り手振り、慣れない誤解を必至に解こうと試みる。

 

 

「だ、だから違うんだ、そのさっきまで人と喋ってて、それが中国服――チャイナ服じゃない方の……あと男の人か女の人かは分からなくて、でも綺麗な人で」

 

「ふーん……、……あれ、中国服?」

 

「ウ・ホンフーって言ってたかな。しあわせ草がどうとかバッドエンドになるとかよく分からない人だったけど、ちゃんとそこに居て――」

 

「――……」

 

 

――中国服。そして、バッドエンド。

 

その二つの単語が揃った途端。ほんの一瞬、さやかの動きが止まった。

 

 

「……ねぇ、恭介」

 

「――だから決して女の人がとかそういうのじゃ……え? 何だい?」

 

「その……ホンフーって人さ、中国服着てて……バッドエンドになるって言ったの? ……恭介に?」

 

「あ、ああ。多分、海外でよく使う冗談か何かだと思うけど」

 

 

それを聞く彼女の表情は固く、顔色もどこか青いようにも見えた。

 

どうかしたのか――そう問いかけようとしたが、しかしすぐに先程の笑顔を取り戻し。

置かれていたヴァイオリンケースを拾い上げると、軽い足取りで歩き出す。

 

そして病院の入口へと向かいながら、自然な様子で振り返り、

 

 

「――ま、とにかくさ。早く戻ろ? 看護師さんも、また勝手に行ったのかって怒ってたよ」

 

「あ……早く弾きたくて言ってくるの忘れてた……けど」

 

 

そのさやかの笑顔には、もう変わった所は無い。

……錯覚だったのだろうか。何となく、モヤモヤしたものが胸に残る。

 

 

「……わかった。看護師さん達を困らせたくはないし、もう戻るよ」

 

「うんうん、やっぱチャイナ服よりナース服だよねー」

 

「もう勘弁してくれないかな、それ……」

 

 

ぐったりと言い返し、溜息を吐く。

 

色々と気にはなるが、ここで戸惑っていてもどうにもならないだろう。

恭介は一度頭を振って思考を切り替えると、先を行くさやかの背を小走りで追った。

 

 

――……偶然だよね、きっと……。

 

 

……そのような、小さな呟きを聞き逃して。

 

 

 




『ウ・ホンフー』
見込みのありそうな者に声をかけては唆し、大量の人間を超能力者へと覚醒させている。時間遡行ガチャ廃人。
ただハピネスシリーズを使ってるっぽいので、外道以外の何物でもない。
恋人に操を立てるためなのか、既に切り落としているとの事。全年齢ゲーム……?


『情報屋の男』
無能ではないが一流には程遠い情報屋。
用心深いのである程度信用はおけるタイプ。


『巴マミ』
日常で魔法使っても、リボンじゃ分かりにくいよねと今気づいた。


『マーカス』
ジオットの腹心。基本的に裏方担当で、非常に地味だが非常に有能。


『上条恭介』
結果的に、女の子へ興味持つ前に去勢された男性に色気を感じてしまった形に。
性癖歪まなきゃ良いけど。


『美樹さやか』
地味に恭介を窮地から救うファインプレー。
正直一番チャイナ服似合うと思う。
杏子やマミさんも良いんだけど、スリットから見える足はスレンダー以上グラマー未満の中間の方が映えるというか何かこう。


『しあわせ草』
パワポケシリーズ恒例の危ないクスリ。
人間の隠された能力を覚醒させたり、後遺症の残るような大怪我を治療する事も出来る。
パワポケ6の主人公達はこれを大量摂取して大暴れしたが、今思うとよく死ななかったな……。


『ハピネス』
薬品のXと機械のZの二種類がある。
高い確率で被験者を超能力者へと覚醒させるが、ほぼ確実に一年以内に死亡する。


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8話 ここが――起点だったのか

晴天。

雲一つ無い青空の下。どこまでも広がる青々とした田畑の海に、甲高い金属音が木霊する。

 

続く野太い青年達の声と共に、響く快音。田畑の中にぽつんと建てられた高等学校から聞こえる、野球部の練習音だ。

 

鋭い打球を渾身の力で打ち返し、青空高く舞うそれを追ってグラウンドを駆ける球児達の姿は、この長閑な風景によく映える。

田畑で農作業をしている者達も、その光景に懐かしげな笑みを零しつつ、時折応援の声を投げかけていた。

 

 

「…………」

 

 

……しかし、そんな中に少しばかり眉を下げる男が一人。

このような田舎の風景に馴染まぬ白衣の出で立ちをした彼は、軽く眼鏡を押し上げると高校から目を逸らすように歩みを早める。

 

――桧垣東児。

 

かつてジャジメントに在籍し、しあわせ草という人間の潜在能力を引き出す特殊な植物の研究に従事。

ジャジメント配下の親切高校へ保険医として配属された後、数多の人工的な超能力者を生み出した、超能力者開発の立役者と目される人物である。

 

その後紆余曲折を経て、現在においてはジャジメントとは手を切り、独自の研究の傍らとある田舎町で開業医としての活動を行っていた。

 

 

(野球……ああ、この音を聞くと嫌な事を思い出す……)

 

 

そんな優秀――或いは天才と言って差し支えのない彼であるが、高校野球には少々苦い思い出があった。

親切高校勤務時代、極希少な超能力を発現させた少女への研究を、その恋人である高校球児により中止に追い込まれてしまったのだ。

 

己の超能力に悩む少女、その被害を受け、大好きな野球にまで悪い影響が出てしまった恋人。

しかし負けじと野球に打ち込み、超能力による障害をも跳ね除け甲子園優勝を果たした彼らの物語たるや、正しく熱血スポーツ漫画そのものだった。

 

それ以降、付近の高校から響く打球音を聞く度に、少女から決別を受けた時の事が脳裏を過る。

野球というスポーツ自体には思うところは無いとはいえ、毎度蘇る若干の無念は止めようがなかった。

 

 

(あの学校、先日まではあまり野球に活発では無かったものを……)

 

 

最近はやる気を出しているようで、毎日この調子だ。

 

裏世界でのいざこざから一時的に身を隠す為に選んだ「過ごしやすい」場所ではあるが、近隣学校の野球部の有無も見ておけば良かった。

 

幾度となくそう後悔したものの、根を張った以上はそう簡単には動けない。

全ては今更の話だ。桧垣は憂鬱気な溜息を吐き、当の高校からそれ程離れていない自らの診療所に帰還した。

 

 

「……防音材でも足しますか」

 

 

閉めた窓から漏れ聞こえる快音に、そう独りごち。

桧垣は鞄から巡回で訪問した患者の容態を記録したファイルを取り出すと、打って変わった真剣な眼差しで整理していく。

 

しあわせ草の研究に心血を注ぐ桧垣だが、決して医者としての領分を疎かにしている訳ではない。

むしろその腕は他と比べても相当なもので、患者への対応もそれなりに親身なものだ。

その為、この地で診療所を開いて日が浅いにもかかわらず、町の住民から一定の信頼を得るまでになっていた。

 

生来の生真面目な性分もあったのだろう。医者という職業に臨むその姿は、本人が思う以上に違和感のないものだった。

 

 

「さて……一応、喜沢さんには紹介状を――……、おや?」

 

 

そうこうしているうちに日も暮れ、最後の書類を仕分けた時。ふと視界の隅に置かれた携帯端末が点滅している事に気がついた。

 

どうやら気が付かない内にメールを受信していたらしい。

手にとって見てみると、表示にはアルファベットと数字の羅列だけが表示されている。

 

通常であればスパムの類として、そのまま無視をするところであるが――桧垣は何の躊躇いもなくメールを開く。

この端末には、不要な知らせはまず来ない。そういった類の物だった。

 

 

「……ほぅ?」

 

 

確認すると、メールは桧垣の親しい友人からの物だった。

 

その内容は、ある病院に入院している一人の少年について、しあわせ草研究者としての見地を求める協力要請。そして、それに関する幾つかの添付データだ。

PCに移し開いてみれば、そこには件の少年が重症を負ってからの経過観察資料と、その前後に同病院に在院していた患者のリストが並んでいた。

 

一体どのようにして入手したのやら。

詳細は不明だが、友人はこれらに関して調査を行っているようだ。

 

 

(相変わらず、唐突に物を頼む人だ)

 

 

呆れるが、面倒だとは思わなかった。

 

この友人とは超能力の人体実験やその研究における協力関係に等しく、敵対組織の暗殺からも数度助けて貰った恩がある。

また個人的にも理性的で好感が持てる人物である為、協力を惜しむつもりは無い。

 

早速件の子供のデータに目を通し、己の知識と研究例に当て嵌めていく。

 

 

(これは……ある日を境に突然完治しているのか?)

 

 

資料によると、この少年は不幸な事故により後遺症が残る程の大怪我を負った数週間後、何の予兆もなく傷が完治したらしい。

友人はこれにしあわせ草での治療や何らかの人体実験の影を見たようで、桧垣にその確認を欲しているようだが――。

 

 

「……違うな」

 

 

カルテ、レントゲン写真、反応記録。全ての資料に目を通した末、そう呟く。

 

桧垣自身、しあわせ草を用いた怪我の治療はこれまで数度経験があり、後遺症が残る程の大怪我を負った者も完治に導いた事がある。

しかし人体に悪影響無く治癒させるには、怪我の程度にもよるが大抵が長い時間を必要とするのだ。たった数週間で完治するなど、まずあり得ないと言っていい。

 

とはいえ、他にどのような医療技術を用いたとしても、通常決して起こり得ない回復である事は間違いない。

そしてその前後の時期に在院していた者達にも怪しい点は無く、しあわせ草での治療の痕跡も無い。

となれば――。

 

 

「――治癒の超能力。或いはそれに準ずる異能……だろうか」

 

 

眼鏡の位置を直し、呟く。

 

事実、超能力者の中には他人の傷を癒やす力を持った物が極稀に存在する。

そのような力を持った何者かが少年の近くに存在し、個人的な思惑で彼だけを治療した。そう見るのが最も可能性が高いだろう。

 

 

(しかし……確認されている者に、このような凄まじい回復能力持ちが居ただろうか。ここまでの物となると、知る限りではウルフェンのような自己再生タイプしか……)

 

 

まずこの少年自身は、間違いなく超能力者ではない。

かと言って、このような極めて難しい怪我を完治させられる能力者の話も聞いた事がなかった。

 

……凄腕の治癒能力者が、今まで見つからずに隠れていた――という事だろうか。

絶対とは言えず、何とも都合のいい結論だが……現状ではそれ以外に納得できる答えは無かった。

 

 

(…………いや、それに関しては私が頭を悩ませる事ではありませんね)

 

 

これより先は、現地に居るだろう友人が調べるべき物だろう。自分はただ、分析を彼に伝えればそれで良い。

桧垣は客観的にそう断ずると、少年に関する結論を簡潔に纏め――。

 

 

「…………」

 

 

――ちら、と。次に他の入院患者のリストに視線が向いた。

 

そこに並ぶ多くの患者は、しあわせ草を含め何の関係も見受けられない者達だったが――たった一人だけ、桧垣の目に留まる者が居た。

 

どうもこの病院には、極めて重い心臓病を患いながらも、奇跡的に完治した少女が一時期在院していたようなのだ。

しかし彼女の資料にも、やはりしあわせ草が用いられた形跡はなく、回復経過も数多の病院を経由した真っ当なもの。

元々東京の病院から移ってきたという事もあり、少しの間少年と入院時期が重なったというだけで碌な接点もなく、一見した限りではやはり無関係に思えたが……同じ病院で『奇跡的な回復』というケースが続いている事は確かである。

 

彼女もまた、同じ能力者に回復されたという可能性はないだろうか。穿ち過ぎか、それとも。

 

 

「…………ふむ」

 

 

とはいえ、これも己の領分では無い。備考として軽くその存在を書き添えるに留め、データを携帯端末に移してタップを一つ。

書き上げた文章が自動的に高度な暗号処理を施され、電子の海へと放たれた。

 

ひとまずはこれで良いだろう。少なくとも、彼の求めには応えられた筈だ。

目頭を揉み込みつつ時計を見れば、結構な時間が過ぎていた。どうやら少々集中しすぎていたらしい。

 

 

「コーヒーでも淹れますかね……」

 

 

疲れを隠さずそう零し。

桧垣は机に置かれたままのファイルを棚に差し込むと、席を立ち給湯室へと向かったのだった。

 

 

 

……消灯され、誰も居なくなった部屋。

薄暗闇に放置された端末の画面がぼんやりと光を放ち、その存在を主張する。

 

 

――送信完了。その四文字が、静かに明滅を繰り返していた。

 

 

 

 

 

 

「く、くそぉぉぉッ! 死ねぇぇぇ!!」

 

 

赤い夕陽の落ちかけた、浅夜の下。

見滝原の外れにある貸し倉庫の跡地にて、正しく三下と表現するに相応しい罵声が群青の空を劈いた。

 

同時に『ビューン』という間の抜けた音が鳴り響き、一筋の光の線が空を裂いて地に炸裂。大きな爆風と土煙を巻き上げる。

 

 

「お、おい! みんなも頼む! 何か……何かあるだろ!?」

 

「つったってよぉ……ああクソッ! これでもくらえ!」

 

 

そしてそれに続き、刃物や鈍器、椅子や机、ロケットパンチに石ころと、統一性の無い様々な凶器が宙を舞う。

 

どうにも真剣味の削がれる光景ではあるが、それを成している者達――各々個性的な装いをした男達にとっては、大真面目であるようだ。

皆が皆、必至なまでの声を上げ、脂汗と滂沱の涙を流し。手当たり次第、執拗なまでに土煙へと投擲を続けている。

 

最初に光線を放った男も、それに負けじと大型の光線銃を連射。広がった土煙の中で、幾度も炸裂の光が上がり――。

 

 

「――やれやれ。随分と手荒い歓迎だ」

 

 

ザン――と。唐突に土煙が切り裂かれ、辺り一帯に強烈な風が吹き抜ける。

光線も、鈍器も、ロケットパンチも。全てが弾かれ、消え失せて。明瞭となった視界の中に、一つの影が立っていた。

 

物を投げ続けていた男達は、傷の一つすら無いそれを認めると、怯えたように後退り。慌てて残った得物を手に取り、構え直す。

 

 

「き、効いてない……? こんだけやって、やっぱりバケモノかこいつ……!」

 

「まぁこんなのに当たってはやれませんよね……というか、そんなにバケモノに見えますかね。流石にちょっとは傷つくんですけども」

 

 

バケモノ――ホンフーは、そんな男達の言葉に苦笑を零すと、ゆっくりと歩き出す。

 

その様子には害意の類は欠片も感じられなかったが、男達にとってはそうではなかったようだ。

それぞれ思い思いの戦闘態勢を取ると、ホンフーに向けていた得物を大きく振りかぶり、突撃の一歩を踏み出して――。

 

 

「まったく、会話もできないのか――皆さん、どうぞ動いて下さいな

 

「ッ――……ッ!?」

 

 

ピタリ。ホンフーが声掛けをした瞬間、その場に居た全てが動きを止めた。

 

辛うじて呼吸は行えるものの、戦う事も、逃げる事も、喋る事すら不可能。指の一本すら動かない。

男達は何が起こったのかも理解できないまま、唯一の例外たるホンフーが近寄る姿を絶望と共に眺めているしか無く。

 

 

「何人たりともわが言葉には従えず……と。はい没収」

 

(あっ)

 

 

すれ違い様、光線銃を持った男の手から銃が抜かれ、遠くへと放り投げられた。

 

そうして他の者達の手からも獲物を抜いていき、全員を徒手空拳とした後、パンと柏手を一つ。

その途端に男達の身に自由が戻り、その殆どが走り出した勢いのまま思い切りズッコケた。

 

――デス・マス。

ホンフーのかつての友が持っていた超能力であり、自身が口にした行動を強制的に禁止させるという、何とも捻くれた精神操作能力だ。

 

動け」と言えば全ての身体的行動を禁止され、「逃げろ」と言えば立ち向かわざるを得なくなる。「生きろ」や「呼吸しろ」といったものなど言うに及ばず。

強力である分制限もあり、使い所の難しい能力であるが――ホンフーは事あるごと、実に有効に使用していた。

 

 

「ち、ちくしょう……こんな一方的に……!」

 

「もう終わりだぁ! 一本一本手足をもがれて殺されてしまうぅ~……!!」

 

「……いえあの。あなた達私を何だと……」

 

 

あまりの実力差に愕然とし、無様に泣き出す男達にホンフーは溜息一つ。

頭痛を堪えるように頭を振り、彼らを――レジスタンスの連中を半眼で眺めた。

 

 

――反ジャジメントを掲げ、度々ホンフー達と衝突する武装組織の内の一つ。レジスタンス。

 

 

と言っても、しっかりとした組織という訳では無い。

単にジャジメントに反抗する者達がつるんでいるだけの、弱小チンピラ軍団である。

 

しかし決して侮っていい存在でもなく、ブラック率いるヒーロー連合やウルフェン等の厄介な外れ者との繋がりを多く持つ、一種の「中継点」としての役割が大きい集団だ。

 

構成員には僅かながら魔法少女も含まれており、行方不明の巴マミが合流している可能性もゼロとは言い切れない。

ホンフーは上条恭介への粉かけと少々の野暮用を済ませた後、情報屋のメモを辿り、多少の期待を持って彼らのアジトであるこの貸し倉庫跡を訪れたのだが――。

 

 

(いやはや、まさか戸を叩いた途端レーザーを撃たれるとは)

 

 

確かに自分は彼らにとっての敵ではあるが、あのヒーロー連合でさえまずは会話から入るというのに。

まったくもって野蛮な連中だ――どこぞの狼男へ行った所業を思い切り棚に上げ、白々しく嘆くホンフーであった。

 

 

「ま、それはさておき……そこの銀色の君。あなた方に少々聞きたい事があるのですよ。お話、良いですか?」

 

「ええっ!? そ、そんな正直に話すと思うのか!? 随分と舐められたもので――」

 

「あっはっは、まぁ精々黙秘し、嘘を吐いて下さいね?」

 

「あああ~! それズリぃよぉ~!!」

 

 

手近に居たシルバーカラーのヒーローを捕らえ、デス・マスを用い尋問する。

 

すると瞬時に転がっていた男達が起き上がり、ホンフーに向かい走り出すが――『立って下さい』の一言で再び転倒。

気持ちよくバタバタと倒れ伏す彼らの姿を満足気に眺め、青ざめるシルバーに改めて目を向けた。

 

 

「では一つ目の質問なのですが、巴マミという少女に聞き覚えはありませんか? この街に住んでいた魔法少女なのですが」

 

「と、巴……? 聞いた事は無いぞ。少なくとも、仲間にそんな子は居ない筈だ」

 

 

デス・マスを使用している以上、言葉に嘘はありえない。

偽名を使っている可能性もあるが、シルバーの困惑した様子を見る限りでは、その可能性のある魔法少女に接触した事自体が無いのだろう。

 

……せめて生死の判断が付けば、多少は楽だったのだが。

少しばかり残念に思いつつも、やはり焦りは湧かず。以降、巴マミの捜索はジャジメントに投げておこうと密かに決めた。

 

 

「……そうですか。では、あなた方の仲間……或いは知り合いの中に『時を操る超能力者』は居ますか?」

 

「し、知らない! もしそんな奴が居たら、我々はもっとうまく立ち回れているッ!」

 

「ですよねぇ……あ、では『時を操る魔法少女』とかだと」

 

「いッッッッさい知らん!!!!!」

 

「ああ、そう……」

 

 

ジオットが無いと断言している以上あまり期待はしていなかったが、こうも強く断言されると多少はガックリと来る。

 

続いて、情報屋の言っていた他の魔法少女の事や、その他気になる事に関しても分からないの一点張り。

誰に訪ねても答えは変わらず、聞きたかった事の全てはあっさりと空振りに終わり、碌な成果も得られず終い。わざわざここまで足を運んだ意味は全く無かった。

 

 

(この際、望み通りに四肢をもいで皆殺しにしてやろうかしら)

 

 

ホンフーは割と本気でそう思い始め――ふと、己が遠くに投げ捨てておいた武器の山が目に入る。

もっとも武器と呼べるものは少なく、単なるガラクタの山であったのだが。

 

 

「……そういえば、あなた達は何故あんな物で挑んできたのですか? もっとマシな武器があった筈でしょう」

 

 

幾らチンピラ軍団と言えど、ヒーロー連合やウルフェンと関わりのある集団である。

光線銃などの調達は他の武装組織に比べ遥かに容易く行える筈であり、このような苦し紛れの得物を使うほど武装に困窮するとは思えなかった。

 

するとシルバーは悔しそうな表情(?)を作り、またもやさめざめと泣き出した。

 

 

「ぐぐぐ……それが、無いんだ……。予備の光線銃や爆薬、色んな物が、何もかも……」

 

「……はぁ、それは何故」

 

「――盗まれたんだよ! 白昼堂々、みんな揃っている眼の前でッ!!」

 

 

デス・マスで無理矢理に言わされる内にヤケクソとなったのか、シルバーは自分からホンフーに顔を近づけ、そのバイザーをギラつかせる。

 

 

「だからホント困っているんだ! ジャジメントへの妨害活動をやろうにも、これじゃあロクなコトも出来やしない!!」

 

「……私に言いますかね、それを。というかそもそも目の前で盗まれるってあなた」

 

「こっちも訳が分からないんだ! 見滝原の実験施設を襲う段取り話してたら、いつの間にか金庫がこじ開けられてて空っぽになってるんだもの!」

 

 

それを聞いた瞬間、ホンフーの目が鋭さを増した。

 

実験施設を襲う計画。

誰も気づかぬ内に壊された金庫。

そして、当の実験施設で起きた『TX』の誤作動と、例の4秒間――。

 

 

「…………」

 

 

推測ではあった。

しかしホンフーの脳裏で点と点が結びつき、一本の道筋が浮き上がる。

 

 

「……ひょっとして、武器の他に何か――例えば、襲撃に関する計画書のような物を盗まれませんでしたか?」

 

「んな、何故分かった!?」

 

 

――『アタリ』だ、と。瞬間的に、そう感じた。

 

 

(ここが――起点だったのか)

 

 

口元を抑え、確信する。

 

『TX』の不具合が起きた、あの夜。

やはり、あの日あの瞬間、『TX』のすぐ側には誰かが居たのだ。

 

その者はどのような理由かレジスタンスのアジトに忍び込み、銃器と共に計画書を奪い、それを元にかの実験施設へ押し入った。

 

更に問を重ねれば、盗難があった日時は実験場での件が起こる数日前。タイミング的にもズレはない。

『TX』を奪う為だったのか、他に別の理由があったのか。それはまだ分からないが、存在の根拠としては十分だろう。

 

 

(眼前。誰にも気づかせず金庫を壊し窃盗を行い、そしてあの余分な4秒を作り出せる力。映像として機器に残っている以上、精神作用の類では無い。ならば……!)

 

 

――時間を操り、止めた隙に事を成した。そう考えるのが最も筋が通ってしまう。

 

 

「…………」

 

 

ホンフーの呼吸が自分でも気づかぬ内に浅くなり、久しく感じていなかった高揚感が胸を灼く。

 

誰だ、誰の能力だ。

行方の分からぬ巴マミか、潜んでいるという正体不明の魔法少女か。或いはそのどちらでもない第三の能力者か。

 

シルバーや周りのレジスタンス達がその圧に押され、そろりそろりと後退っている事にも気づかず思考に没頭し――。

 

 

「――っと?」

 

 

ほんの一瞬、ホンフーの懐が小さく揺れた。どうやら、携帯端末に連絡が届いたらしい。

 

昂ぶっていた感情が幾らか沈静化され、思考に冷静さが戻り。

逃亡を図ろうとしていたレジスタンス達が狼狽える姿を気にも留めず、端末を取り出し確認する。

 

 

(……ああ、桧垣先生ですか)

 

 

送られてきたメールは、友人である桧垣東児からの物だった。

 

――昼に会った、上条恭介という少年。

彼の怪我の完治に超能力開発技術の関与を疑ったホンフーは、念の為にと調査を行い、しあわせ草研究の専門家である桧垣にその協力を依頼していたのだ。

 

ホンフー自身がデス・マスを用いて病院医師達への聴取を行った結果では、そういった人体実験の類を行っていたという話もなく、病院関係者自体も裏の世界とも無関係のようだった。

しかし恭介の腕が短期間で完治したという事実もまた確かなものとなった為、提出させたデータを資料として桧垣に送っておいたのだが――。

 

 

(しあわせ草の使用は認められず……と)

 

 

軽く流し読むところに寄ると、上条恭介の身体にしあわせ草やそれに類する治療の痕跡は見つからないとの事だった。

 

そして検査結果からも自覚のない超能力者になっているという線はなく、桧垣は彼の回復を治療系能力者の手によるものと見ているようだ。

その結果はホンフーの予測範囲を大きく逸脱しておらず、驚きや失望は無い。

 

 

(とはいえ、今となっては捨て置けるものでも無し)

 

 

未確認の能力者の痕跡は、何であれ『アタリ』の存在を裏付ける根拠の一つ足り得る。

 

例えばこれも本当は治癒の能力ではなく、時を操る能力を用いて上条恭介の腕の時間を戻したと考えればどうか――などと。

流石に夢物語が過ぎるとは思うが、ともすればそんな期待をしてしまう。

 

まったく、らしくもない。

ホンフーは柄にもなく昂ぶり続ける己に微かな苦笑を浮かべつつ、桧垣の報告を読み進めていく。

 

 

(……ふむ?)

 

 

そして、最後に。その文末に書き添えられた短い備考が目についた。

 

それによれば、上条恭介の他にもう一人。あの病院では難病から奇跡的に回復した入院患者が居たようだ。

桧垣は推測と前置いた上で、その少女も同じ能力者から治療を受けた可能性があるとし、その名前を記していた。

 

上条恭介が事故で運び込まれた後、入れ替わるように病院を去った少女。その名は――。

 

 

「……! 何だ……?」

 

 

――その時。遠くで大きな音がした。

 

爆音と、金属の擦れ合うような甲高い音。ホンフーにとっては馴染みのある、対人での戦闘音だ。

咄嗟にシルバー達を見れば皆一様に首を横に振っており、どうやら彼らとは無関係の出来事であるらしい。

その音は激しさを増しながら、徐々にこの場所へと近づいている――。

 

 

「……どうやら、揉め事を起こしている方々が居るようだ」

 

 

ホンフーは端末を懐に仕舞い込むと、爆発と剣戟の近づく方角に向き直る。

その音は最早衝撃すら伴い、倉庫跡の場を小刻みに揺らし――やがて轟音と共にその一角が吹き飛び、何かがその姿を表した。

 

 

「うわっ!? ば、バケモノ――!?」

 

 

慄くシルバーの言う通り、それは人とは似ても似つかぬ形をしていた。

 

まるで丸めた色紙を無理矢理人形に組み上げたような、見る者を酷く不安定にさせるその容貌。

ホンフーはつい最近、それと似たような物を見た事があった。

 

 

(魔女の、使い魔?)

 

 

姿形の何もかもが違う。しかし、纏う空気は確かに廃工場で出会ったそれと同じもの。

野球帽を被った子供のような姿をした使い魔は、周囲のレジスタンスを巻き込みつつ勢いよく宙を飛び、やがて廃屋の一つに激突。

 

鈍い音と共に大きな土煙を巻き上げ――それと間を置く事無く、同じ場所に大きな人影が突き刺さる。

 

 

「あぐっ――!」

 

 

土煙の中より聞こえる苦悶の声は、年端も行かぬ少女のもの。

周囲には決して少なくない量の赤い斑が撒き散らされており、大きなダメージを負っている事が察せられた。

 

 

「――あん? なんだい、この集まりは」

 

 

そうして誰もが動かず、静かに様子を窺い続ける最中。同じく年端の行かぬ、それでいて険のある声が静かに響く。

 

見れば、使い魔の崩した瓦礫の上に、赤い装束の少女が一人立ち。

特徴的な長槍を肩に置き、突然の事に困惑するレジスタンス達を睥睨していた。

 

彼女もまた土煙に巻かれつつ、珍妙な格好をするシルバーや他のサイボーグ達を胡散臭い物を見る目で眺め……やがてホンフーの姿を捉えると、その目を丸くする。

 

 

「……あ? オイオイ、まさか――」

 

「――うあああああああッ!」

 

「ッ、チィ!」

 

 

瞬間、絶叫が轟いた。

それと同時に驚いた表情を浮かべる赤の少女の下に向かい、無数の流星が奔る。波打つ波紋に薄闇を映す片刃の剣が、土煙の中より投げ込まれたのだ。

 

しかし赤の少女は巧みな槍捌きでその全てを弾くと、槍を分割。鎖分銅のような形態に変化させ、刃の付いた先端を土煙へと投擲する。

轟音を上げ、廃屋が更に大きく破壊されるが――その寸前、土煙を引きずる青い人影が転がるように飛び出した。

 

 

「はぁ、はぁ……やっぱ強いって……!」

 

 

マントを羽織り、青を基調とした騎士の装束に身を包む彼女は、周囲の状況に目を向ける余裕も無いようだ。

ふらつく足取りにムチを打ち、揺れる刀剣を正眼に構え。立ちはだかる赤い少女を、必死の形相でただ睨む。

 

 

赤の少女と青の少女――佐倉杏子と、美樹さやか。

 

 

相反する二人の魔法少女が、ホンフーの眼前で互いに刃を向けていた――。

 

 

 




『桧垣東児』
しあわせ草研究の第一人者でホンフーの友人。人工の超能力者を生み出す薬を作った凄い人。
彼女候補を裏社会に陥れようとする外道だったり、反対に主人公の主治医として親身に治療に当たったり、作品ごとに立ち位置の振り幅が激しい。
とはいえパワポケ11以降、彼の研究が如何に人体に配慮した物だったのかがよく分かる展開となった為、相対的に善人の位置に収まった気がする。


『ほむらの入院していた病院』
これに関しては正直良く分からなかったので結構作った。すんません。
何か本編やマギレコのバレンタインイベントだとかなり近場にありそうな感じだったけど、どうなんすかね。


『レジスタンス』
ほむらに武器や計画書を根こそぎ奪われ、残った僅かな武器でホンフーに立ち向かう羽目になった、かわいそうな人たち。
ジャジメントと戦う意志はあるが、力と頭が足りない。だけどコミュ力はある。そんな感じ。


『シルバー』
数少ないポケレンジャーの生き残り。地味に能力が低い。
今作は「パワポケ7で立ち絵の出たヒーローは消えなかった説」を提唱しています。
周ーー!


『デス・マス』
口にした言葉と逆の行動を相手に強制させるやべー能力。
「~~しないで下さい」みたいな否定形の言葉では発動せず、また言葉の解釈次第で対抗手段も多くある。でも正直どう扱えば良いのかわかんねぇよ朱里ちゃん。
この能力を使用した時は基本赤字になります。特殊タグが反映されない環境の人は……何か雰囲気で「あ、使ったな」って察しテ!


『野球帽の使い魔』
とある魔女が使役する使い魔。
その魔女は彼らを大変可愛がっており、傷つけたものを決して許しはしないだろう。


『美樹さやか』
みんな大好きさやかちゃん。
野球帽の使い魔とやり合いつつ、杏子と喧嘩していたようだ。


『佐倉杏子』
みんな大好きあんこちゃん。
先輩としてさやかにヤキを入れていたようだ。


次回は時間かかりそうだから、ちょっと待ってね。


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9話 何をしたって聞いてんだ

――時は暫し、遡る。

 

 

 

 

「……どうしたの? さやかちゃん」

 

 

夕暮れ近く。

今は亡きマミの意志を継ぎ、街をパトロールするさやかに付き添っていたまどかは、隣を歩く彼女にそう問いかけた。

 

 

「え? どうしたって……何が?」

 

「えっと……なんていうか、雰囲気がちょっとピリピリしてる……かな」

 

 

病院前で待ち合わせをしてからこちら、どうにも気になっていた事だった。

 

どこか表情は固く、いつもより口数も少なく。街を歩く最中も常に視線は周囲を彷徨い、まるで警戒心の高い猫のよう。

マミの死後より日が浅いという事もあり、最初は魔女に緊張しているのかとも思ったが……何かが違う気もした。

 

 

「あー……やっぱ、まどかにはバレちゃうかー。流石あたしの嫁……」

 

「もう、またそんなこと言って……上条くんと何かあったの?」

 

「いやぁ……まぁ『恭介と』っていうか、『恭介が』っていうか。うーん」

 

 

口籠り、言い淀み。何やら相当に悩んでいるらしく、終始難しい表情で唸りつつ気まずい様子で頬を掻く。

その指には、美しい宝石が嵌め込まれた指輪が――さやか自身のソウルジェムが、青く透き通る輝きを放っていた。

 

 

――数日前。美樹さやかは上条恭介の腕の治癒を願い、魔法少女となる道を選んだ。

 

 

魔女と戦う不安はあり、死への恐怖も忘れた訳ではない。

しかし恋する相手を救った選択に後悔は微塵も無く、何より立派な魔法少女であったマミへの憧れが強く残っていたのだ。

 

生来、まっすぐな気質の少女である。一度そうと決めたら意地でも引かず、ただ前だけを向きひた走る。

……そして、その背中を一番身近で見ていたまどかにとって、今の彼女の姿は心配するに値するものだった。

 

 

「――もし、何かあったら相談してくれると嬉しいな。私でも、少しは力になれるかもしれないし……」

 

「まどか……」

 

 

一歩回り込み、視線を逸らさず告げたまどかに、さやかの瞳もまた揺れる。

魔法少女として共に戦う事は、ほむらと、そして当のさやかから引き止められている。それ故の献身とも言えた。

 

それを受けたさやかは照れくさそうに小さく笑い――すぐに真面目な表情となり、ぽつぽつと話し始めた。

 

 

「……あの、さ。まどかはキュゥべえから聞いてる? その……殺し屋ってヤツの話」

 

「う、うん……? ちょっとだけ、だけど」

 

 

唐突に飛び出した殺し屋という単語に、ビクリと肩が震える。

 

――今この街に潜んでいるという超能力者の殺し屋、バッドエンド。

さやかが魔法少女となった日の夜、家を訪れたキュゥべえから「近寄ってはならない」と言い含められた事は、よく覚えていた。

 

 

「それさ、何か似たような人が恭介にコナかけてた……っていうか」

 

「え」

 

「あいや、かもしんない。かもしんないだかんね?」

 

 

さやかは慌てて手を振るも、その表情はやはり固かった。

 

 

「恭介が言ってたんだけどね。中国服来た美人さんに、バッドエンドがどうのこうの言われたんだって」

 

「……それは、その……」

 

「ね、反応困っちゃうよねー。勘違いかもしんないけど……要素的には、さ」

 

 

現状、ハッキリとした確信がある訳ではない。むしろ考え過ぎと切り捨ててしまいたいところではあった。

しかしどうにも胸騒ぎが収まらず、気がつけば人混みに中国服を着た人物か居ないかどうかを探してしまう。

 

恭介が殺しのターゲットにされている可能性を危惧している……という事も当然あるが、一番の心配事は別の部分。

 

 

(興味を持った相手を、超能力者にする……)

 

 

キュゥべえから聞き出した、バッドエンドが行っているという奇妙な行動だ。

そんな事をする理由はともかくとしても、問題はそれによる結果である。

 

 

「――超能力者にされると、死ぬ……」

 

「…………」

 

 

無意識の内に漏れ出た物騒な呟きに、まどかが怯えたように目を伏せた。

 

バッドエンドによって超能力者に覚醒させられた者は、否応なく殺し合いの世界に巻き込まれ、必ず死という結果を迎えるらしい。

キュゥべえは他にも色々と語っていたが――さやかにとっては、細かい理屈などどうでも良かった。

 

せっかく腕が治ったのに。またヴァイオリンが弾けるようになったのに。

超能力などという妙な力を強引に授けられ、恭介の渇望するヴァイオリンの道から遠ざけられた挙げ句死ぬなど、到底許せる事ではない。

 

もし本当に恭介にバッドエンドが接触していたらと考えただけで、言いようのない焦燥感が湧き上がっていた。

 

 

「……そもそも本当なのかな。超能力とか、殺し屋とか」

 

「まぁ魔法があって魔女が居るんだから、超能力があって殺し屋が居てもおかしくないってのがねー……。キュゥべえも嘘つくタイプじゃなさそうだし」

 

「うん……でも、あのジャジメントが雇ってるとか、ちょっと信じられないかな、なんて……」

 

 

ちら、と。まどかの視線が、通りがかった工事現場へと向く。

つい最近まで、件のジャジメントという大企業が経営するスーパーが建っていた場所だ。

 

経営不振か、それとも別の理由があるのか。つい数週間前に突然営業を停止し、解体工事が始まったのだ。

まどかの生活圏内から離れていた事もあり特に利用した事はなかったが、遠目から見た限りでは、極普通のスーパーにしか見えなかった。

 

キュゥべえの話では、バッドエンドはジャジメントに所属しているとの事だが……超能力や殺し屋のようなとんでもない存在を内包しているなど、露程も思った事は無かった。

そう伝えれば、さやかはほんの少し吹き出して。

 

 

「あーそれ、あたしもおんなじ事思った。殺し屋も普段はパートさんで、山芋の仕分けとかやってたりして」

 

「それはそれでちょっと怖いよ、さやかちゃん……」

 

 

思い浮かぶはパートのおばちゃん。

バッドエンドと書かれた名札を胸に働く殺し屋を想像してしまい、互いに小さく笑い合う。

 

そして張り詰めていた気が多少緩んだのか、さやかの表情に少しばかりの柔らかさが戻り。

軽く伸びをした後、むんと両拳を握り締めた。

 

 

「ん! 何か、そんなの怖がるなんて馬鹿らしくなっちゃったなー」

 

「えへへ……スーパーって聞くと、身近すぎて変なイメージ付いちゃうよね」

 

「そーそ。それにもし本当に恭介が狙われてたとしても、パートのおばちゃんなんかにピッチピチの魔法少女が負けるもんか、ってね!」

 

「……えっと、男の人じゃなかったの? その殺し屋さん……」

 

 

おそらく、空元気も多分に混じっているのだろう。

しかし、緊張し続けるよりは良い筈だ。いつもの雰囲気に戻りつつある事を感じ、まどかは苦笑と共に安堵の息を漏らし――。

 

 

「――っ!」

 

 

――突如、さやかの目が見開かれ。勢いよく背後へと振り向いた。

 

 

「え、ど、どうしたの?」

 

「ちょっと待って。これ、もしかして……」

 

 

まどかの言葉を手で制し、集中。

険しい表情で睨む先には路地裏へと続く道があり、そこに広がる薄闇を油断なく注視し続ける。

 

 

「魔女……じゃない。もっと小さな――使い魔!? 行くよまどか!」

 

「あっ、さやかちゃん!?」

 

 

どうやら、某かの魔力を察知したらしい。

 

先程までの空気は全て吹き飛んで。焦り、手を引いて走り出すさやかに、まどかは足をもつれさせながらも何とか追随。

夕焼けの赤すら届かぬ路地裏へと誘われていった。

 

 

 

 

「――♪ ――♪」

 

「居たっ! やっぱ使い魔ッ」

 

 

路地裏を走る事、数分。

走るさやかが指差す先に、それは居た。

 

色紙を丸め、野球帽を被った少年の形に無理矢理組み上げたような、酷く歪な使い魔だ。

 

手に持ったボールのような物を壁に投げ当てており、一人でキャッチボールを楽しんでいるようにも見える。

見たところでは魔女の結界もなく、人間を襲っては居ないようだが――魔法少女として、放置しておく訳には行かない。

 

さやかは息を切らせるまどかを物陰に留まらせると、颯爽と使い魔の前に飛び出し、指に嵌められたソウルジェムを眼前に掲げた。

 

 

「…………」

 

 

細長く、息を吐く。

 

マミの助手をしていた頃に使い魔と戦った事は何度かあったが、マミの魔法によるサポートありきの物だった。

一人の魔法少女としての戦いはこれが初陣。緊張しないと言ったら嘘になる。しかし。

 

 

(見ててよ、マミさん……!)

 

 

そんな湧き上がる怯えを胸底に宿る憧れで押し潰し、己の魔力に火を灯す。

瞬間、ソウルジェムが強烈な輝きを放ち――その光が止んだ後には、魔法少女としての衣装を身に纏ったさやかの姿があった。

 

 

「ふっ――!」

 

 

そして白いマントをはためかせ、魔力より生み出した幾本もの刀剣を周囲に落とし。

その内の一本を握り締めると、次々と使い魔へと投擲。即席の遠距離攻撃として利用した。

 

 

「――頑張サ頑張!?」

 

 

その鋭い殺気に、一人キャッチボールに興じていた使い魔も流石に気がついたようだ。

 

咄嗟に顔を上げ己へと迫る白刃を認めると、驚きに一度体を震わせて――しかし逃げる様子は見せず、むしろ迎え撃つように刃へ向かい立つ。

そしてどこからか取り出した棒を構え、大きく大きく振りかぶる。

 

 

「――頑張サ張イ頑張バ――!」

 

 

――両の足を踏みしめ、上半身を大きく捻るそれはさながら神主打法。

 

そうして振り下ろされた棒が――小さいバットが刃を弾き、続く全てをも打ち返し。これぞ正に返す刀で持って、反対に投手の下へと殺到する。

 

 

「うぇ!? ちょまっ」

 

 

驚いたさやかが咄嗟に飛び退けば、一瞬の後にその場所へ無数の刀剣が突き立ち、穿ち。

轟音を立ててアスファルトが砕け散り、彼女の耳を掠めて何処へともなく消えていく。たらりと一筋、冷や汗が流れた。

 

 

「ぴ、ピッチャー返し……!?」

 

「なかなかやってくれんじゃないのさ……! それならこれでどうだぁっ!」

 

 

予想外に器用な真似をした使い魔を睨みつけ、さやかは突き刺さった刀剣の一本を回収すると、力強く走り出す。

魔力で強化された脚は容易くアスファルトを踏み砕き、常人には不可能なスピードで持って使い魔へと突貫した。

 

 

「――!?!?」

 

「っと、こんなのっ!」

 

 

すると使い魔は先程とは違い慌てふためき逃げ出すと、走りながらボールを投げつけ始めた。

しかし体勢が不安定なためか球威はあまり無く、さやかの一振りで容易く真っ二つとなり地に落ちる。

 

 

(こいつ……もしかして近寄られると弱い?)

 

 

どうやら彼(?)は野球は得意であるが、場外乱闘には慣れていないようだ。

それを察したさやかはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ、更に加速。ボールの尽くを切り伏せつつ、使い魔の目前へと迫り寄ると刀剣を一閃させる。

 

 

「でやああああッ――とぉ!?」

 

「頑張張張張ンズッ!!」

 

 

しかし、所詮は素人の剣さばき。使い魔も身を仰け反らせ、紙一重でそれを躱した。

異形の肌に浮かぶ汗が、代わりに切られ飛沫となって。

 

 

「――なんちゃってっ!!」

 

「張頑張ズズ、クガッ!?」

 

 

――直後。強引に身体を捻ったさやかの足先が、使い魔の頭部に直撃。

 

更に速度を落とす事無く地面と足裏で挟み込み、サーフィンの如く紅葉おろしに轢き掛ける。

そうして使い魔の生物とは思えぬ悲鳴が辺りに響く中、さやかは手に持った刀剣を逆手に持ち替え、慈悲の一つなく振り下ろした。

 

 

(――よしっ!)

 

 

――仕留めた。

 

多少不格好ではあったが、勝ちは勝ち。

安堵混じりの喜びが湧き上がり、使い魔へと吸い込まれる刃にも幾許かの自信が映り込み――。

 

 

 

「はい、そこまで」

 

 

 

――彼方より飛来した三角形の槍頭が、その自信を中程から折り飛ばした。

 

 

「なっ……!?」

 

 

甲高く、しかし鈍り混じりの異音が響き、砕けた刀剣がさやかの手から剥がれ宙を舞う。

 

同時にバランスを崩し、堪らず跳躍。何とか地面に着地し転倒は免れたものの、使い魔を拘束から解放してしまった。

咄嗟に見ればふらつきながら逃走を図る野球帽が見え、さやかは混乱しつつも追走し。

 

 

「だァから、そこまでだって!」

 

「!? うわっ!」

 

「さやかちゃん!?」

 

 

突然上空より声と細長い何かが降り落ち、さやかの目前で炸裂。土煙に視界が巻かれ、強制的に足が止まる。

 

 

「な、何……?」

 

 

慌てて距離を取り、新たに構えた刀剣で土煙を吹き飛ばせば、そこには一本の長槍が突き立っていた。

 

所々に赤い意匠を刻む、巨大な槍。

思わず呆然とそれを眺めていると――やがて、その柄の上に小柄な影が降り立った。

 

 

「――ったく、先輩の言う事は聞くもんだろ。なぁ、新人」

 

「…………何よ、あんた」

 

 

赤い装束を身に纏った、勝ち気な印象の少女だ。

 

その胸元には真っ赤なソウルジェムが輝きを放っており、魔法少女である事は疑いようもない。

さやかは突然の闖入者に刀剣の切っ先を向けつつ、小さくなる使い魔の背を赤い少女越しに睨む。

 

 

「誰か知んないけど、どいてくんない? あんただって魔法少女なら、そこに使い魔居るの分かってんでしょ……!」

 

「だからこそ止めてんだよ。あんた、使い魔倒して何しようってのさ」

 

「何って……」

 

 

言っている意味が分からなかった。

 

魔法少女は魔女を倒し、人々の笑顔を護るもの。そのようなマミの教えを受けたさやかにとって、使い魔の討伐は魔法少女として果たすべき義務の一つであった。

決して放棄して良いものではなく、どのような理由があろうとも見逃す事など出来はしない。

 

……するとその考えが伝わったのか、赤い少女は呆れたように肩を竦め、鼻を鳴らす。

 

 

「……はン、ちゃんと正義の味方継いでんだ。自分から損しに行くなんて立派だねぇ」

 

「損……?」

 

「使い魔はほっときゃ勝手に魔女になる。それを待たずに狩ろうなんて、もったいないじゃん」

 

「――――」

 

 

違うかい?――そう言って笑みを浮かべる赤い少女に、さやかは言葉を失った。

 

 

「ほっとくって……意味分かってんの!? 使い魔が育つって事は――」

 

「人が死ぬってんだろ。でも、あたしらだってグリーフシードは必要なんだ。他人がどうなろうと知ったこっちゃないよ」

 

「っ……あんた、それでも魔法少女……!?」

 

 

己の理想とは正反対の在り方に、さやかが瞳に明確な怒りが燃え盛る。

 

しかし赤い少女もまたさやかに思うところがあるのか、苛ついた様子で舌打ちを一つ。

槍の上から飛び降りると、徐にその柄を握り締め、

 

 

「――言ったろ。あんたよりも先輩だってぇのッ!」

 

「うあっ!?」

 

 

一閃。

 

引き抜かれた槍が水平に薙がれ、銀の軌跡を作り出す。

さやかは反射的に刀剣を掲げ受け止めるが、赤い少女の膂力は凄まじく、耐えきれず吹き飛ばされ壁に激突。苦悶の声を上げ、肩口から地に落ちた。

 

 

「さやかちゃん! 大丈夫!?」

 

「ん? 何さ、お仲間かい――って、魔法少女じゃないのか」

 

 

堪らず物陰から飛び出したまどかに、赤い少女は一瞬槍の切っ先を向けかけるも、魔法少女でない事が分かると拍子抜けしたように刃を下げる。

 

どうやら無闇に一般人を襲わない辺りの分別はあるらしい。

その事にさやかは若干の安堵を懐きつつ、刀剣を支えに立ち上がる。彼女の魔法は回復に特化しており、打ち身程度の傷ならばものの数秒で治癒できていた。

 

 

(でも、どうする……?)

 

 

さやかとしては、この非情な魔法少女を放置しておく事は出来ない。

しかしまともに戦っていては、確実に使い魔を逃してしまうだろう。戦いに関しては素人であれど、眼の前の少女が強敵であろう事は痛みを以て理解していた。

 

戦わなければならない。しかし、戦えば逃してしまう。

 

……マミならば、この場も余裕を持って対処できたのだろうか。力も経験も足りぬ己に歯噛みして。

 

 

「ま、いいや。そんでどうする、あたしとやるかい?」

 

「…………」

 

 

こちらが焦って居る事を見抜いているのだろう。赤い少女は敢えて使い魔を遮るように立ち、長槍を構える。

さやかはチラリと刀剣を見つめ……やがて、意を決したように唇を引き結んだ。

 

 

(……まどか、聞こえる?)

 

(! う、うん! 怪我、大丈夫なの……?)

 

 

そしてテレパシーでまどかに呼びかければ、いの一番に身体の心配をされてしまった。

それが強い支えになる一方、力不足が情けなく。顔に出そうになる苦笑を必死に堪える。

 

 

(へーきへーき。そんな事よりさ、ちょっと、いきなり騒いでくれない?)

 

(え? ……っと、ど、どういう事?)

 

(あいつを驚かせるっていうか、一瞬でいいから注意をあたしから外してほしいんだ)

 

(気を逸らせる……う、うん。やってみる……! けど……)

 

 

まどかは突然の提案に戸惑ったようだが、その意図は大体伝わったようだ。

さやかの背を見つつ、小さく一つ頷き――しかしどうすれば良いのか分からず頭を抱える。

 

 

(騒ぐ、驚かす……ど、どうしよう。ビックリする事、えーと、えーと……!)

 

 

おそらく、さやか以上の焦燥感に煽られ、思考がから回る。

あーでもない、こーでもない。暫く必死に悩んだ後――先程さやかと話していた一つの単語が思い浮かび。

 

半ばヤケクソの境地のまま、目を瞑って在らぬ方向を指差し大声を張り上げた。即ち。

 

 

 

「――わ、わぁーっ! あそこ、殺し屋さんが居る……っ!」

 

 

 

「っ、!?」

 

 

――まどかにとって幸運だったのは、赤い少女……佐倉杏子がバッドエンドについて多少聞かされていた事だろう。

 

ある種衝撃的だったキュゥべえからの忠告を思い出した杏子は、ほんの一瞬。反射的にまどかの指先を追った、追ってしまった。

 

 

(――今っ!)

 

 

そして、その決定的な隙を見逃す筈もない。

さやかは瞬時に新たな刀剣を生み出し己の背後に突き刺すと同時、杏子に向けていた刀剣。そのナックルガードの裏に隠れていたトリガーを引き絞り、刀身を弾丸の如く射出した。

 

剣という武器に置いて、少しでもマミの戦闘スタイルを真似するべく生み出した、さやか渾身の隠し機構であった

 

 

「なっ……めんなァ!!」

 

 

しかし杏子も瞬時に反応。

迫る刀身を長槍の柄で叩き落とし、不敵な笑みを浮かべ――さやかの口端が薄く上がっている事に気づき、己の失策を悟った。

 

 

「爆破――ぁぁぁあああああああッ!?」

 

「きゃああああああ!?」

 

「ぐぅッ――!?」

 

 

――轟音。

 

杏子の足元、叩き落とした刀身がさやかの魔力を受けて爆発し、衝撃が辺りを包み込む。足りない実力を補う為の奥の手だ。

咄嗟に飛び退き爆風に巻き込まれる事は避けたものの、至近距離での爆発に少しの間平衡感覚を失い――。

 

 

「……ぁぁぁぁああああああッ先にいいいいい!!」

 

「――なぁ!?」

 

 

その結果、構図としては道を譲る形になっていた。

 

爆風を背中からたなびかせ、異常とも言える速度で持って。片膝を突いた杏子の横を勢いよくさやかがすっ飛んでいく。

杏子に放った刀身と共に、自身の背後に突き刺した刀剣をも爆発させ加速の一助と利用したのだ。

 

通常であれば大怪我は免れない自殺行為であるが、さやかの持つ強力な回復魔法があればすぐに治癒は出来る。

彼女以外には不可能であろう、あまりにも強引な突破であった。

 

 

「いったぁ~……い、けど! これでッ!」

 

 

魔法により背中の火傷を回復させ、路地裏の奥へとひた走る。

 

追うのは当然、未だ近くに居るはずの野球帽を被った使い魔だ。

幸い、その魔力はまだ感知できる範囲に居る。どうもこの先にある貸し倉庫跡地方面に向かっているようで、このまま走り続ければ直に追いつけるだろう。

 

――そして。

 

 

「このっ……とんでもない事しやがるなテメェ!? おいコラ!!」

 

(よし、やっぱ来た……!)

 

 

振り向けば、そこには怒りの表情を浮かべた杏子の姿があった。

残したまどかに矛先が向かなかった事に安堵しつつ、路地の壁を強く蹴る。

 

爆発の勢いを利用するさやかの速度に容易く追いつける辺り、やはり相当な実力があるのだろう。

緊張に呼吸が強ばるが、諦める訳にもいかない。

 

――使い魔を追いながら、杏子とも戦い、そしてどちらにも勝つ。

 

マミのようには行かないかもしれない。だが彼女を目指す魔法少女として成し遂げてやるのだと、そう決めた。

 

 

「こんのぉっ!」

 

「ハ! 同じような手は喰わないって!」

 

 

さやかは更に加速しつつ、牽制として新たに生み出した刀剣を投げつける。

 

すると杏子は長槍の刃と柄を分解し、互いに鎖で繋いだ多節棍のような形態に変化させ。圧倒的なリーチで持って、刀剣が近づく前に遠方へと弾き飛ばした。

これでは先程のように刀身を爆破しても意味がない。さやかの顔に焦りが浮かぶ。

 

 

「どうした、もう小細工は品切れかい!?」

 

「くっ……!」

 

 

自力の差か、彼我の距離は一秒ごとに詰められている。

 

反対に使い魔の背は見えてはいるが、あちらも必死のようで中々距離が縮まらない。

槍の切っ先は既に足元を削っている。このままでは、さやかの足は再び杏子に止められる事だろう――と。

 

 

「張バ張頑張ン……!」

 

(……! そうだ!)

 

 

前を飛び跳ね逃げる使い魔の野球帽を見て、思いつく。

 

果たして上手くいくかどうか――などと考えている暇はない。

さやかは刀剣を一つ。使い魔に向けて構えると、その背に大声で叫びかけた。

 

 

「――9番エース美樹さやか! 第……何球!? とにかく振りかぶってぇ……!」

 

「あァ? あんた何言って――」

 

「!! 頑張バル張ンバーズ!」

 

 

その声を聞いた瞬間、使い魔はピクリと身体を揺らして飛びながら振り向いた。

彼の手にはやはりバットが握られており、心なしか鋭い目を向けているような気さえする。

 

それを見たさやかは小さく笑みを浮かべ、刀剣のトリガーを緩く引きその刀身を撃ち出した。

 

 

「頑頑張ルル――!」

 

 

速度を抑え、真っ直ぐに迫る白刃は正しく甘い球。

使い魔はそんな絶好球へ思い切りバットを振り抜き、先よりもなお鋭いピッチャー返しを投手へ見舞い――さやかは鮮やかに身を捻り、それを回避。

 

 

「んなっ!?」

 

 

当然、外れた刀身はその背後。杏子の下へと突き進む。

 

さやかの身体が影となっていた為か反応が遅れたようで、慌てて槍を引いた時には、刀身は既に十分な間合いへと入っていた。

青い魔力が迸り、刃がチカリと明滅。杏子とさやかの丁度中間の位置で、爆発を引き起こす。

 

 

「うあっ!?」

 

「く……!」

 

 

杏子は後方、さやかは前方。

爆風は互いを反対方向へと押しやり、吹き飛ばし。

 

――さやかと使い魔との距離が、一息の内にゼロとなった。

 

 

「頑頑頑張ッ!?!?」

 

「でぇ――りゃああああッ!」

 

 

爆風の衝撃に翻弄されながらも、視線だけは決して逸らさず。

驚愕する使い魔を覆うようにマントを広げると、その裏から素早く刀剣を突き込んだ。

 

不意を突き、加えて視界を塞がれた使い魔に身を躱す余裕はなく――。

 

 

「――ガ……!」

 

 

まるで、和紙を鋏で突き破るような感覚。

さやかの刃は使い魔の胴体深くに突き刺さり、血飛沫にも似た黒い雫を撒き散らした。

 

 

「やった……!」

 

 

手応えあり。

目的の一つを達したと確信し、さやかの顔に小さな笑みが浮かぶ。

 

これで赤い少女との戦いに専念できる――さやかはそう気を引き締め、瀕死の使い魔から刀剣を引き抜いて、

 

 

「――中々やるじゃないのさ、あんた……!」

 

「なっ……あぐぅ!?」

 

 

振り向く直前、背中を強く打ち据えられた。

 

あまりの痛みに明滅する視界の端に、唸りを上げる鎖と槍の柄を捉える。どうやら、追いついた杏子が奇襲を仕掛けてきたようだ。

防御も出来ず強烈な一撃を受けたさやかは、今しがた致命傷を与えた使い魔ごと弾き飛ばされ――路地裏の行き止まりに張られていたフェンスに激突、金網を大きく歪ませる。

 

 

「く、けほっ」

 

「いいさ。もったいないけど、そんなにそいつが好きなら一緒に仕留めてやるよ!」

 

「っ!」

 

 

咄嗟に反応できたのは、半ば奇跡に近かった。

 

衝撃波すら伴い突き出された、神速の突き。

さやかは両手に作り出した刀剣を交差させ、その中心点でどうにか受け止め――しかし、それが限界だった。

 

 

「死ねッ――!」

 

 

悲鳴を上げる余裕すら無く。一際甲高い音が鳴り響き、刃が砕け。

さやかの身体は防御を貫いた衝撃に耐えきれず、フェンスを突き破りその内部へと吹き飛んで行く。

 

……既に廃屋となっている筈の、貸し倉庫跡地。

そこで行われていた出来事など、知る由もなく――。

 

 

 

 

 

 

「――こんのぉッ!」

 

「――しぶっといんだよテメェ!!」

 

 

――剣戟。

 

赤と青。対象的な二人の少女がぶつかり合い、無数の刃が舞い踊る。

刀剣が宙を裂き、刃の付いた多節棍が渦を巻き。戦いに合わせて四方八方に広がっては、斬撃と破壊を撒き散らす。

 

当然、その周囲がただで済む筈も無い。

 

地面や廃屋。車や自転車、よく分からない機械類――全てが刻まれ、ガラクタと瓦礫の山と変わり。

レジスタンスの拠点となっていた貸し倉庫跡地は、今や見る影もなく荒らされ切り、正真正銘ただの廃墟と化していた。

 

 

「ちくしょう! また変なのが来やがった!」

 

「もうダメだぁ! 放棄! 放棄ー!」

 

 

不幸中の幸いというべきか死人は出ては居ないようだが、当のレジスタンス達にとってはたまった物ではない。

シルバーを始め誰も彼もが情けない悲鳴を上げつつ、三々五々に逃げ出して行く。

 

……そうした混乱極まる状況の中で、ただ一人。

ホンフーだけが取り乱す事もなく、ゆったりと瓦礫の一つに腰掛け、対象的な少女達の戦いを眺めていた。

 

 

(僥倖……と言ったところですかね)

 

 

薄く微笑み、胸裏で呟く。

 

――突如この倉庫跡地に乱入し、勝手に戦い始めた少女達。

 

おそらく、情報屋の言っていた未確認の魔法少女だろう。

今まさに接触したかった存在であり、不幸極まるレジスタンスとは逆に幸運以外の何物でもない。

 

彼女達の素性や戦う理由には見当がつかず、若干判断に困る部分もあるが……ホンフーにとっては瑣末事。

その気になれば、デス・マスを用いた一言で鎮圧は容易い。どうせならばその力を見ておくのも悪くないと、余裕を持って二人の観察に当たっていた。

 

 

(ふむ……青い方は見たままの如く『青い』ようだが――どうも、何処かで視た顔ですねぇ)

 

 

具体的には、見滝原総合病院の中庭。

上条恭介と親しい様子であった少女が、丁度あのような顔をしていたような気がする。

 

灯台下暗しと言うべきか、何というか。どうにも奇妙な脱力感が湧き上がり。

 

 

(……ま、今は良いでしょ。それよりも)

 

 

雑念を消し、観察に集中する。

 

そうして視たところによると、青い少女は戦士としては未熟であるようだ。

 

刀剣の扱いは素人同然。赤い少女の攻撃を捌き切れず、身体のあちこちに裂傷を作っては吹き飛ばされている。

武術家としての視点では、あまり興味は惹かれなかったが――しかし、特筆すべきはそのタフネス。

 

何度身体を切り裂かれても立ち上がり、赤い少女へと向かっていく姿はホンフーの目からしても異常とすら言えるものだ。

よくよく見れば受けた端から傷が再生しているのが分かり、強力な治癒、或いは再生の魔法を持っている事が窺えた。

 

……どう見ても、時間を操っている様子ではない。多少首の角度が下がるが、それはさておき。

 

 

(治癒能力――となると、上条少年を治したのは……)

 

 

先ほど受け取った桧垣からの報告。その内容と青の少女が符合する。

 

そう、おそらくは彼女が上条恭介の腕を治療したのだ。

例えその固有魔法がウルフェンのような自己にしか影響を及ぼさないタイプだったとしても、魔法少女には『キュゥべえへの願い事』がある。

 

魔法少女の固有魔法は、その者の『願い』に関係するものになると聞く。

彼女が治癒能力を持つ魔法少女であり、上条恭介と親密な関係があると思われる以上。どの方面から見ても、彼の腕を治した可能性は極めて高いと言えた。

 

 

(……あの腕は時間が巻き戻された訳では無かったか。まぁ、分かってはいたが)

 

 

苦笑を零しつつ、次に赤い少女に目を向ける。

 

こちらは青い少女と違い、相当に場馴れしているようだ。

 

槍を主体に様々な武器の形態を使いこなしており、体術や相手の動きを視る「目」も悪くない。

完全な喧嘩殺法……いわゆる我流の動きであったが、そのセンスの高さはホンフーをして感心に値する程だ。青い少女の回復能力がなければ、とうに決着が付いていただろう。

 

こちらも時間を操っている様子はないが、かと言って固有魔法を使っている気配も無い。

自然と、ホンフーの視線が赤い少女を主に追い始め――。

 

 

(……ふむ?)

 

 

ふと、彼女もまたホンフーに気を割いている事に気がついた。

 

青い少女と距離を取る度、或いは大振りな攻撃をした直後。余裕と隙ができる度に、ほんの一瞬だけホンフーの様子を窺うのだ。

まぁ、このような混沌とした状況の中、冷静に己を観察する人間が居れば警戒の一つもするだろう……そうも思ったが、それにしては警戒の度合いが高いようにも思えた。

 

 

(そういえば……最初に現れた時、私を見て驚いていましたね)

 

 

目を丸くし、何事かを言いかけていたあの様子。

 

つまり、ホンフーを知る側の人間だという事だろうか。

そうであれば、あの様子にも納得がいくが――同時に、少しばかりやり辛い事になる。

 

特に魔法少女は『バッドエンド』をよく嫌う。雫の態度を思い出し、また苦笑した。

 

 

「――そらっ、これで終わりだッ!!」

 

「うあああああああっ!」

 

 

そうこう思考している内に、ようやく決着したようだ。

一際大きな金属音と共に青い少女が吹き飛ばされ、廃墟の一つに激突。広い範囲に血飛沫を撒き散らし、沈黙する。

 

とはいえ、彼女の治癒能力を見た限りはあれでも死んではいないだろう。

若干の同情をもって、立ちこめる土煙を眺めていると――足音が一つ、ホンフーの耳朶を打つ。

 

視線を戻せば、少し離れた場所に降り立った赤い少女が一人、油断なく隙を窺うようにホンフーを眺めていた。

 

 

「……やぁ、どうも。中々に見ごたえのある戦いぶりでしたよ」

 

「へぇそうかい。……有名な殺し屋に褒められるなんて光栄だね、バッドエンド、だったっけ?」

 

 

やはり、彼女は『バッドエンド』を知っていたらしい。

ホンフーは溜め息を吐くと立ち上がり、やれやれと首を振った。

 

 

「おやおや、私を知ってくれていたとは。こちらこそ光栄です、ええと……」

 

「……マミだよ。巴マミ、この辺テリトリーにしてる魔法少女さ」

 

「あっはっは。こうまで真正面からウソを吐かれると、逆に清々しいですねぇ」

 

 

既に情報屋から巴マミの情報を得た後だ。

騙される理由がある筈も無く、朗らかに笑うホンフーに赤い少女はこれ以上無い程に眉を顰め、舌打ちを一つ。

 

 

「チッ……まぁいいや。そんで、ジロジロ見てきて何の用? けっこー鬱陶しいんだけど」

 

「いやぁ、流石に突然現れて殺し合いを始められれば、誰でも観察すると思いますが……というか、巴マミさんとはお友達で?」

 

「ハ、冗談。単に死んだ奴にメンドー事を押し付けてやろうと思っただけさ」

 

 

――死んだ奴。

 

あっけらかんと告げられたその言葉に、ホンフーの思考が一瞬止まる。

しかしそれを悟られる事もなく、すぐに笑顔を浮かべた。

 

 

「ほぅ、となると巴マミさんは既に亡くなられている訳ですか。そこの所、詳しくお聞きしたいのですが……」

 

「やだね。どうせならそっちで伸びてる青いのに聞きなよ。たぶんマミの腰巾着だったろうから、詳しいだろ」

 

「成程。しかし起こすのも手間ですし……何より私は、貴女自身とお話をしたくもあるのですよ」

 

「ナンパかい? 悪いけどあたしも忙しいんだ、そういうのは次の機会にしてくれよ」

 

 

赤い少女は素気なくそう吐き捨てると、じりじりとホンフーから距離を取り始める。

 

どうも、この少女は荒々しい振る舞いと違い中々に賢しいようだ。

おそらく、少しの隙さえ見つければ強引にでも逃走を図り、そして今後『次の機会』が無いよう立ち回る事だろう。

 

ホンフーはそこまで嫌われている事に辟易としつつ、肩を竦めて、

 

 

「……ま、いいでしょう。では、どうぞお行きなさい。巴マミさんの事も、今は秘密のままで結構です

 

「! ……へぇ、そりゃありがたい。巴マミってのは、あたしの先輩の魔法少女なんだ。魔女に喰われて死んだらしいが、魔法のリボンで銃とか作って――、ッ!?」

 

 

と、そこまで言って、己の口が意思に反して動いている事に気がついたようだ。

 

そうして咄嗟に口を抑えて飛び退ろうとして――失敗。背後に飛ぼうとした足が地に張り付いたまま、動こうとしないのだ。

赤い少女は一瞬狼狽したものの、しかしすぐに戦闘態勢へと切り替え、構えた槍の切っ先をホンフーへ向ける。

 

 

「……テメェ、あたしに何した?」

 

「ほぅ、状況判断能力も中々だ。普通は全部喋ってから気付くものなのですが――」

 

「――何をしたって聞いてんだ!!」

 

 

赤い少女の足元が爆ぜ、土塊が跳ねる。

そして一瞬の後には既にホンフーの目前に迫り、その刃を音速の如き勢いで突き出した。

 

必殺。正しくそう表現すべきその一撃は、鮮やかにホンフーの腹へと吸い込まれ――横合いから薙がれた手刀に、いとも容易く弾かれた。

 

 

「なっ……!?」

 

「甘さは無し。実に有望だ」

 

 

次の瞬間、赤い少女の眼前には開かれた五指が置かれていた。

 

額、眉間、人中――。

顔の急所全てを突き刺さんと迫るそれに総毛立ち、咄嗟に槍を変形。多節棍の形状にし、ホンフーの腕に巻き付け無理矢理に軌道を逸らす。

 

小指の掠った頬が血飛沫を上げて裂け、文字通り血の気が引いて。すぐさま多節棍で互いの足元を地面ごと削り抜き、強引に距離を離した。

 

 

「……オンナノコの顔グチャグチャにするつもりかよ。紳士ヅラして、けっこーやるじゃん」

 

「避けてくれると信じての事ですよ。光栄でしょう?」

 

「ハ! 言ってろカマ野郎……!」

 

 

そう言って槍に戻した武器を構え直す彼女の目には、苛烈な怒りが見て取れた。

先程までと違い、明確に戦う意志を示している。

 

 

(地雷、踏みましたかね)

 

 

巴マミの事を語りたくなかったのか、それとも洗脳まがいの事をされたのが気に入らなかったのか。

どちらにせよこれでは戦いは避けようがなく、ホンフーも静かに武闘の構えを取った。

 

――まぁ、彼女とならば、少し戯れてみるのも悪くない。

 

そんな武人としての衝動に棹ささず、赤い少女を見据え。彼女もまたホンフーを強く睨む。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

レジスタンスの逃げ去った、夜の帳が落ち始めた倉庫跡。

瓦礫の崩れる乾いた音が断続的に響く中、空気だけが際限なく張り詰めていく。

 

槍先が地に擦れ、爪先が砂利を掻き。

ほぼ同時に互いが互いへ踏み込み、刃と拳が鋭く空気を引き裂いて――。

 

 

 

「――――」

 

 

 

――鈍く、調子外れの鐘の音が、周囲一帯に轟いた。

 

 

「!」

 

 

集中を乱され、両者共に仕切り直す。

 

音のした方角を見やれば、そこには先程青い少女と共に飛んできた色紙の塊が――野球帽の使い魔が、力なく浮遊していた。

 

それはピクリとも動かず、だらりと手足を垂らし。息絶えている事は明らかだ。

しかしその周囲には空間の歪みが広がり、その中心に据えられた幾何学的な紋章が不気味な光を放っている。まるで、怒りと悲しみを表しているかのように。

 

鐘の音は、歪んだ空間内部にうっすらと見える時計塔から聞こえているようだ。

 

 

「あれは……」

 

「魔女の結界!? あの使い魔、親を呼んでやがっ――」

 

 

全てを言い終える前に、世界全てが裏返り。

空が割れ、大地が消え。

空間そのものが軋みを上げて、倉庫跡地から全く別の場所へと変質していく。

 

 

――不快な鐘の音が実像を結び、顕現するは魔女の住処。

 

 

居合わせた者は、その全てが為す術もなく――極彩色の異界の裡へと呑み込まれていった。

 

 

 

 

 

 




『鹿目まどか』
みんな大好きまどかちゃん。お誕生日おめでとうございました。
どの媒体でも天使とか女神かな? 女神だったわ。
置いてかれた後は必死にさやか達を追いかけているようだ。


『美樹さやか』
みんな大好きさやかちゃん。常時リジェネかかってるタイプの女の子。
回復魔法があんまりにも便利すぎて、気を抜くと描写的にリョナりそうになる。困った。
ホンフーのせいでちょっぴり警戒心が高まり、短慮が薄れているようだ。


『さやかの刀剣』
色んな人から影響受けまくってるカッコいい武器。
刀身射出はマミさんへの憧れ、劇場版の連結形態は多分杏子の影響だと思ってます。
でも爆発だけは何か変な時空から着想得てそう。ほむら嫌ってた時代から使ってた気もするし。


『佐倉杏子』
みんな大好きあんこちゃん。絶対さやかに喧嘩売るウーマン。
格下だと思って油断してたら出し抜かれ、運悪くホンフーに遭遇してしまった。
おそらく精神操作系の能力に関しては人一倍嫌悪感持ってたりするんじゃなかろうか。


『ウ・ホンフー』
運良く魔法少女に遭遇できてウキウキしたけど、探し人では無いようでガッカリ。
まどマギ勢のほぼ全員から見事に警戒されている。そりゃそうだ。


『野球帽の使い魔』
弾道なし、パワーC、ミートB、肩力D、走力C、守備E、耐エラーF
【ローボールヒッター】


『時計塔の魔女』
愛する使い魔を一人失い、怒りと嘆きに染まっている。


『レジスタンス』
もうだめなんじゃないかな。



なげーよ。


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10話 どちらも隠したままで良いですよ

――父の話を聞いて欲しい。彼女は、そう願っただけだった。



 

 

 

――ガン、と。

 

彼女の頭に、何か硬い物が衝突した。

 

 

(いっ、たっ、たた……?)

 

 

ガン、ガン、ガン。

それは一回きりではなく、何度も何度も頭に当たり。頭蓋内で寝ていた脳を揺り起こす。

 

同時に、身体中に鈍い痛みが走る。

どうやら眠っていた最中にも、身体のあちこちに「硬い物」は衝突し続けていたらしい。それも感覚からして、痣では済まない程の威力で。

 

 

(いたい……や、いたい、よ……)

 

 

肉が潰れ、骨が軋んだ。

普通の人間ならば死に繋がるだろう傷だが、彼女にとってはそうではない。すぐに再生し、完全にとは行かずとも死の足音は遠くなる。

 

……ああ、回復特化の魔法を持っていて良かった。

ガン、とまたも凹んだ頭部を膨らませつつ、彼女はぼんやりとそう思い――。

 

 

「……ッ!?」

 

 

――事ここに至り、完全に目が覚めた。

 

朦朧としている場合ではない。反射的に身体を捻り、飛来する「硬い物」を――歪な縫い目の野球ボールを必死の思いで回避。

続けて無数の刀剣を眼前に降らせ、即席の盾として身を隠す。並んだ刀剣の腹にボールが当たり、跳ね返った。

 

 

(なに、な、何!? 何……!?)

 

 

混乱。焦燥。恐怖。安堵。

幾つもの異なる感情が暴れ回り、冷や汗が流れ落ちる。

 

何が起こっているのか分からず、しかし命の危機にあった事だけは本能的に確信。跳ね回る心臓に合わせ、全身の痛覚が悲鳴を上げた。

 

 

「あっぐ、く……っそぉ!」

 

 

だが、その痛みのおかげで思考は多少纏まった。滲む涙を拭って立ち上がり、得物を構えて周囲を見回す。

目に映るのは、見覚えのない極彩色に塗れた歪な世界。物理法則すら無視したような建造物が立ち並ぶ、どこか商店街を思わせる場所だった。

 

しかしそれに疑問を挟む間もなく、顔面目がけて野球ボールが飛来する。

「うわっ!?」咄嗟に得物を掲げ、真っ二つに両断し――その隙間から野球帽を被った魔女の使い魔の姿を捉え、額に鮮やかな青筋を引いた。

 

 

「このっ、これっ……お前かぁぁぁぁぁッ!!」

 

「頑サ張頑張イバ頑――!?」

 

 

――その勢いたるや正しく疾風。

 

渦巻く感情全てを怒りに変え、極彩色の大地を思い切り踏み砕き。

一息の内に使い魔へと駆け寄ると一太刀のもとに切り捨て、ボールと同じく二つに割った。黒い飛沫が辺りに飛び散り、纏う白いマントを僅かに穢す。

 

 

「はーっ、はぁー……ッ!」

 

 

そして刀剣を振り払いながら警戒姿勢。ギラつく瞳を忙しなく彷徨わせる。

 

右、左、背後、前、上、下――視認できる全ての範囲に敵は無く、また飛んでくるボールも無い。

どうやら、付近に居たのは今しがた仕留めた一体のみだったようだ。されどそれを確信するまで、少しばかりの時間がかかり。

 

 

「……あ、焦ったぁ~……! 寝てる間に死ぬとこだったぁ~……!」

 

 

完全に脅威が去ったと理解できた途端、何とも弱々しい声が漏れた。

膝が笑い、腰が抜け。ぺたんと力なく座り込み、そのまま尻を突き出すように倒れ伏す。

 

そうして奇妙な地面の感触を頬で味わいつつ、彼女は――美樹さやかは暫くの間安堵に震える傍ら、身体の回復に努めるのだった。

 

 

 

 

 

 

――どうやら、自分はあの赤い魔法少女にいいようにやられた後、ほんの少しの間気絶していたらしい。

 

 

そしてその間にどういう訳か魔女の結界に引きずり込まれ、腹立たしい事に使い魔によるキャッチボールの壁として使われていた。

頭にボールを受け続けていた所為かイマイチ記憶に自信はないが、状況から判断する限りはおそらくそういう事だろう。

 

 

「はー……何やってんだ、あたし」

 

 

一通りの現状把握が済んだ後、さやかは大きな溜め息を吐き出した。

 

どうにも泥臭い、己の理想とする魔法少女らしからぬ酷い有様である。

成果と言えば使い魔数匹。同業者には無様に敗北し、何とも締まらない状態で死にかけていた、などと。

ほむらを鮮やかに倒し、踊るように大量の使い魔を屠っていたマミとは雲泥の差だ。

 

情けないやら恥ずかしいやら。自分には魔法少女の才が無いのかと気が沈み、ソウルジェムに少しの濁りが見え始め。

 

 

「……っと、いかんいかん」

 

 

ピシャリと頬を叩き、気を取り直す。

 

今は落ち込んでいる場合ではない。

赤い少女と、この結界の魔女。魔法少女としてまずそれらを何とかするのが先決であり、反省は全て終わった後にする事だ。

 

 

「まどかー、まどかー? ……繋がんないかぁ」

 

 

とりあえず、結界の外に居るであろうまどかにテレパシーでの連絡を試みるも、失敗。

何やら遠くで響く鐘の音のような物でジャミングされているらしく、外界とは完全に遮断されているようだ。

 

 

(……しょうがない。このまま一人で何とかするか)

 

 

さやかは体の傷と痛みが完全に消えた事を確認すると、今度は魔女の魔力反応を辿ろうと試みる。

 

同じように遮断されているかとも思ったが、こちらはテレパシーとは違い完全にはジャミングされていないようだった。

靄がかってはいたものの、大まかな方角くらいならば感知できなくもない。うんうんと、暫しそのまま唸り続け――。

 

 

「――居たっ!」

 

 

やがて発見。

魔女の物らしき澱んだ魔力を掴み取り、反射的にその方向へと駆け出した。

 

同時にもう一つ――おそらくは赤い魔法少女の魔力も感知し、その反応から既に戦い始めている事が窺える。

……ほんの一瞬、足取りが鈍るものの。すぐに頭を振って怯えを追い出し、逆に思い切り加速した。

 

 

(そりゃ、あいつも魔女相手なら戦うよね……あーもー、どうしよ)

 

 

赤い少女はとっちめるべき外道である事に変わりはないが、魔女を狩る者である事もまた確かだ。

彼女が魔女と戦っているのならば、共闘は必然となる訳であるが――果たして素直に協力できるかどうか。

 

先程の戦いから言って実力差は大きく、むしろ足手まといになる可能性もあり、何より彼女と共闘するという構図が非常に気に食わない。

そんな事を言っている場合ではないと分かっているが、胸に湧き出すむかむかとした物は止められず。先の戦闘で槍を受けた箇所を軽くなぞる――と。

 

 

(……あ。そういや、さっき何か人居た気がするけど、大丈夫かな……)

 

 

ふと、思い出す。

 

赤い少女と戦いの最中、舞台となった倉庫跡地の中に自分達以外の人間の声がしていたような気がした。

相当に必死であった為、周囲に気を回す余裕は全くと言っていい程無かったのだが……ひょっとすると、戦いに巻き込んでしまった人が居たのではなかろうか。

 

今更ながらに考えが及び、勢いよく血の気が引いていく。

 

 

「い、いや……いやいやいや」

 

 

まさかまさか、そんなそんな。

あの倉庫跡は廃墟となっており、立入禁止であった筈だ。それなのにそんな、人が居たなどという話が……。

 

 

「……うう」

 

 

……せめて、この結界に囚われている人が居ないかどうか、確かめながら走っていこう。

 

そう決めたさやかは建造物の屋根上へと駆け上がり、空高くへと飛び上がり。

眼下に広がる異常な街並みを涙を浮かべた目で睨みつけつつ、結界の中を駆け抜けて行った。

 

 

 

 

 

 

――そこは正しく、銃弾飛び交う戦場であった。

 

 

 

「ほらほら。次は右、今度は左。もっと早く動かさないと当たってしまいますよ」

 

「うるっせぇ!! 分かってるってのそんな事!」

 

 

並ぶ無数の使い魔達から放たれる硬球の群れ。それを弾くは、竜巻の如く大渦を巻く多節棍。

当たれば大怪我は必至であろう威力のボールは棍と鎖に打ち返され、それ以上の速度を持って地を抉る。

 

そんな快音と轟音が響き続ける最中。多節棍を操る物騒な打者となっている少女――佐倉杏子は、横合いから差し込まれる声に大きく怒鳴り声を張り上げていた。

 

 

「くそっ、あっちこっちから飛んできて! あんたも近くにいるってんなら何かやったらどうだい!?」

 

「やっていますとも。だからほら、ボールは私に当たらない」

 

「んなチカラ持ってんなら戦えっつってんだ! 不意打ちなり何なり出来るだろって、このタマナシ野郎!」

 

(真実、無いんですよねぇ)

 

 

しかし、その傍らに人影は無い。

声はするものの姿は見えず、端から見れば一人芝居以外の何物でも無いだろう。

 

――バッドエンドこと、ウ・ホンフー。

杏子と共に魔女の結界に呑み込まれていた彼は、透明化の超能力により己の姿を隠しボールの標的となる事を避けていた。

 

結果的に全ての負担を杏子が背負う形となり、それでいて余計な茶々だけは入れてくる。

 

どこに居るのか、そもそも何を考えているのか。全てが読めない。

先程の戦闘を引きずり敵対して来ないだけまだ有り難いのかもしれないが、完全に観戦を決め込まれるのも腹が立つ。アタマに昇ってくる血を押し留める事はできそうになかった。

 

 

(くそっ、そんでこっちも……!)

 

 

変わらずボールを弾きつつ、前方を睨む。

 

杏子の視線の先には極彩色の歪な世界が広がっており――その中心に、一つ。非常に目立つ塔がある。

 

頂点に大きな鐘を取り付けた、どこか古びた雰囲気のある時計塔だ。

調子外れのチャイムを響かせるその周囲には、野球帽を被った使い魔が大量に侍り、杏子へと向けて休む間もなく野球ボールを投げつけ続けていた。

 

まるで、時計塔自身が鐘の音を声として命じているかのように――。

 

 

(いや、「ように」じゃない。しっかり命じてやがんだ、こいつ……!)

 

 

――よく見れば、鐘の部分に真っ赤な球が二つ。眼球のようにギョロリと蠢き、杏子の姿を見据えている。

 

おそらくはあれが頭部で、その下全てが巨大な体躯。時計塔という存在自体が、結界の主たる魔女その物なのだ。

 

そして彼女はどうやら己の使い魔を害された事にでも怒っているのか、使い魔達を率いての攻撃は正しく弾幕と言っていい程に苛烈なもの。

結界に取り込まれてからこちら、杏子は中々反撃の機会を見出だせないまま、ただ防戦を強いられていた。

 

 

「ったく、ボコったのはあの青いのだろうがッ!」

 

 

そう愚痴った所で、言葉が通じる筈も無く。

杏子は更に募る苛立ちを乗せ、迫るボールを一息に打ち払い――さりとて攻勢に転じる隙間はやはり無く、思い切り舌打ちを鳴らした。

 

 

「…………」

 

 

……そうして怒りと焦りを滲ませながら多節棍を振り回す彼女を、姿を消したホンフーは静かに観察し続ける。

 

確かに杏子の言う通り、己が動けば魔女の討伐は容易いだろう。バジリスクの力でも使えば一瞬だ。

しかしホンフーにはそのつもりは微塵もなく、杏子に手を貸すつもりも無かった。

 

理由は単純――杏子の魔法少女としての力を、その目で見極める為だ。

 

 

(おそらく、この子の固有魔法は時に関するものではない。とはいえ……)

 

 

しっかりと確認していない以上、僅かながらに可能性は残っている。

 

本当は自らの手で探り引き出したい所だったが、魔女に横槍を入れられたのでは仕方なし。

魔女の口づけを刻まれるのも面倒だった為、結界に引き込まれたドサクサに紛れひっそりと透明化し、杏子の雄姿をその傍らで眺め続けていた。

 

……しかし。

 

 

(使いませんねぇ、この子)

 

 

幾ら観察しようとも、用いるのは槍や多節棍を用いての戦闘ばかりで、異能力の類を使う気配がなかった。

 

見る限り、身体強化や武器変形の魔法程度は使っているのだろう。

しかし、それらは魔法少女であれば多くが扱える基本的なものだ。『願い』を軸にする固有魔法には成り得ない。

 

単に戦闘向きの能力で無いだけなのか、それとも。

 

 

「……ふむ。もしや私に遠慮しているのですか?」

 

「あァ!?」

 

 

また、地雷を踏むだろう。

とはいえ、このまま劣勢を見守り続けるのもつまらない。

故に。

 

 

「まぁ、一応貴女と私は敵対していた訳ですからねぇ。実力を隠したいと思うのも無理からぬ事ではありますか」

 

「何の話だ……! サボってるあんたと違って、こっちは楽しくお話してる余裕なんて無い――」

 

「でしたら――はい。魔法に実力、どちらも隠したままで良いですよ。私はね」

 

 

 

――ほんの一瞬。透明化を解いたホンフーが、そう声をかけた瞬間。

 

杏子の裡で、鎖の砕ける音がした。

 

 

 

 

 

 

「――……、ぁ……?」

 

 

心の奥底。閉ざされた扉を、強引にこじ開けられる感覚。

彼女にだけ感じられる強烈な衝撃が脳を揺らし、ほんの一瞬動きが止まり――瞬間、無数のボールがその身を穿ち、貫いた。

 

 

「……ほぅ」

 

 

まるで、流星群が一点に降り注ぐが如く。

 

肉が潰れ、骨が砕け。地に倒れ込み大きな血飛沫が広がろうとも、ボールは執拗に杏子の身体を壊し続ける。

舞い上がる土煙の中に、湿り気を帯びた音が鈍く響き――そこでようやく、投球が止まった。

 

 

「――、――」

 

 

そして時計塔の魔女は調子外れの鐘を鳴らし、巻き起こる風により土煙が流される。

 

さて、どのような有様か。

魔女は愛しい使い魔の作ってくれた無残な死体を、真っ赤な眼球で満足気に眺め――

 

 

「――??」

 

 

――しかし、そこに望んだ光景は無かった。

 

ボールにより叩かれ切った肉や砕けた骨、臓物や血の一滴すらも見当たらず、陥没痕だけが地面に刻まれている。

時計塔の魔女は驚き、すぐに苛立ち。再び鐘を一つ鳴らすと、使い魔達と共に周囲の捜索に当たり。

 

 

「――あああッ!!」

 

「頑ィ張ッ――!?」

 

 

唐突に、使い魔の並ぶ一角が吹き飛んだ。

空高くより長槍を構えた杏子が降り落ち、その周囲一帯を地面ごと巻き上げたのだ。

 

幾体もの使い魔が千切れ飛び、その残骸が黒い雫を撒き散らす。

それを見た時計塔の魔女は烈火の如く怒り狂うと激しく鐘を揺り鳴らし、強烈な音撃波を杏子の身体へと見舞った。

 

 

「……!?!?」

 

 

だが、次の瞬間にはまたもや杏子の姿は消え失せて。先程と同じく、己の攻撃による痕跡だけが大地へと刻まれる。

 

何だ、何が起こっている……!

ここに至り、時計塔の魔女はようやく疑問という思考を覚え――その横合いから、槍の穂先が突き刺さった。

 

 

「ッ!!?」

 

 

時計塔の外壁が砕け、凄まじい衝撃により僅かに傾く。

 

幸いと言うべきか、魔女の本体たる鐘の部分は無傷だったが、それでも相応のダメージは負ったようだ。

赤い眼球が明後日の方向へと転がり、頑強な巨躯が動きを止め。そしてその隙目掛け、無数の刃が飛来した。

 

 

「せやあああああああッ!!」

 

「張頑、張……ッ!?!?」

 

 

一撃、二撃。三撃、四撃、五、六、七、八、九――。

 

それは最早、一人による攻撃ではない。今や杏子の姿は十を超える数に増え、その一人一人がそれぞれ全力の攻撃を加えているのだ。

慌てて使い魔達が投球を再開するも、的が一つに絞れ無い為かコントロールも乱れ切り、宙を駆ける杏子「達」に当たる事はなかった。

 

 

「――!」

 

 

――このままではやられる。

 

焦燥に駆られた時計塔の魔女は使い魔達をその巨躯の中に避難させると、強引に身動ぎ一つ。

外壁を崩れさせながらも、一際大きな鐘の音と衝撃波を撒き散らす。

 

 

「あぐっ!」

 

「うああっ!」

 

 

空間が歪み、撓み。刹那の空白の後に破裂する。

苦し紛れの反撃ではあったが、全方位に浴びせられる不可視のそれは敵の回避を許さない。

 

澱んだ魔力が物理的な圧力を持ち、色の無い爆風が杏子達を呑み込んで。

当然、人間の脆弱な肉が耐えきれる筈もなく、その身体をねじ切り中空へとぶち撒けた。

 

 

――見た。今度こそ見たぞ。奴の死を……!

 

 

最早、見間違えよう筈もない。

降り落ちる黒い雫を浴びながら、時計塔の魔女は引きつり笑いのように鐘を震わせて、

 

 

「――……?」

 

 

……黒い、雫?

何故そんな物が出る。人間の血肉は赤いものではなかったか。

 

疑問が過り、今一度杏子の欠片をよく眺め――それが己の愛する使い魔の一部だったと気付いた瞬間。

魔女の世界そのものに大きな亀裂が走り、視界が真っ赤に染まった。

 

 

「――――ッ!!!!」

 

 

降り落ちる残骸は尽くが使い魔達の物。粘着質な音を立てて地に落ちては、無数の黒い水溜りを作り出す――。

 

気付けば広がる残酷な光景に、使い魔を愛する魔女の心は耐えきれない。

嘆き、猛り。世にもおぞましい絶叫が上がる。

 

 

――どうして。絶対に忌々しい人間を仕留めた筈なのに。

 

――決して、愛する使い魔達では無かった筈なのに。

 

――何故人間ではなく、愛する子らが死んでいる。

 

 

彼女の裡で幾つもの疑問が渦を巻き、しかし答えが出る事も無く。

ただそれを己の手で行ったという事だけは明確に理解でき、両の眼球から紅い涙を垂れ流す。

 

怒りを忘れ。理由も意味も、何もかも分からず。時計塔の魔女は延々と慟哭を続け――。

 

 

「――盟神快槍(くがたち)

 

 

その声は、胎の内より静かに響いた。

 

 

「? ッ!? 、ギ イバ !? ? ギギッ」

 

 

ベキン、ボキン、と。時計塔の中で何かが壊れる音がする。

否、音だけではない。それは確かに巨躯の内側を削り取り、上方へと向かっているのだ。

 

違和感と、それを超える激痛。外壁の隙間からは、黒い血液が幾筋も流れ出た。

時計塔の魔女は必死に身を捩るも、体内で起こるそれらから逃れられる訳もなく。

 

 

「――ガ ギキ」

 

 

――その異音を最期として。

 

時計塔の魔女の本体たる大鐘、その真下。

人間で言えば胸部に当たる場所の頂点が砕け、巨大な刃が突き出した。

 

 

「ガ――」

 

 

紅い意匠を刻んだそれは寸分の狂いなく鐘を突き上げ、時計塔から引き千切る。

 

そして、下帯より侵入する刃は鐘の金属に容易く切れ込みを入れ――そのまま裂き砕き、両断。

真っ二つとなった鐘が宙を舞い。同じく分かたれた二つの眼球が、それぞれ別方向から己を断った刃の姿を見下ろした。

 

 

「…………」

 

 

時計塔を内部から貫くそれは、魔女よりも巨大な槍だった。

 

あの忌々しい人間が使っていた赤い槍をそのまま大きくした、酷く癇に障る物。

鐘の代わりに時計塔の天辺に屹立し、まるでこれが本来の姿であると宣言しているかのようだ。

 

……その槍の根本に一つ、影がある。

 

丸めた色紙を人形に組み上げ、その頭に野球帽を乗せた姿。時計塔の魔女の使い魔が、槍の柄に手を当て魔女をじっと見つめていた。

ああ、生き残っていてくれた――そう安堵するより先に、その使い魔の姿が変化する。

 

それは愛する使い魔とは似ても似つかない、醜悪な姿。

憎き魔法少女である、佐倉杏子のものだった。

 

 

「――――」

 

 

…………どこまで。

 

どこまで愛する者達を貶めれば気が済むのだ、奴は。

 

怒りを表す術は既に無く、紅い涙がじわりと滲む。

そうして深い深い呪いだけを抱え、極彩色の空を堕ち――

 

 

――割れた鐘が地を叩き。

無残に潰れた眼球が、赤い染みを二つ。広げた。

 

 

 

 

 

 

「――いや、素晴らしい。何とも鮮やかなお手並みでした」

 

 

時計塔が崩れ落ち、瓦礫の雨が降り落ちる。

直撃すれば即死は免れないであろう状況の中、ホンフーは透明化を解きつつ悠然と歩き。落ち着いた様子で拍手を鳴らす。

 

 

「催眠……いや、幻覚のようなものでしょうか? 見た限り、魔女の認識そのものを弄っていたようでしたが」

 

「…………」

 

 

和やかに話しかけられる杏子だったが、全て無視。

主が消え、揺らぎ始める結界の中。無言のまま静かに佇み続ける。

 

 

――杏子の持つ固有魔法は『幻惑』。

 

 

その名の通り相手に強いまやかしをかけ、また分身や幻像をも自在に生み出す事の出来る魔法だ。

時計塔の魔女はそれに囚われ、己の使い魔の姿が杏子のものに。そして憎き杏子が使い魔の姿と見えるよう、認識を書き換えられていたのだ。

 

その結果として使い魔の多くは時計塔の魔女に殺され、魔女自身も杏子を使い魔と誤認した末自らの体内に避難させ、殺された。

少なくとも、傍観していたホンフーの目にはそう見えていた。

 

 

(『ハズレ』ではありましたが……しかし、彼女自身は中々に面白い子だ)

 

 

幻惑というトリッキーな能力を最大限有効的に使うその戦法は、彼の好みによく合った。

 

魔法少女である以上難しいかもしれないが、あと数年生き残れば一角の戦士とも成るかもしれない。

そんな愉快な未来を想像しつつ、ホンフーは変わらず拍手を送り続け、

 

 

「……あー……」

 

「……?」

 

 

……小さく、声をが聞こえた。

まるで何かを嘆くような、或いは怒り狂っているような。様々な感情が込められた、細長い声。

 

 

「あー、あー、あー、あーーーーーー……」

 

 

それは少しずつ大きくなり、杏子の身体もそれに呼応するように小さく震え始める。

 

赤いポニーテールがだらりと揺れて。

ブリキの人形のようにぎこちない所作で振り返ると、ホンフーを見た。

 

前髪の陰間から覗くその瞳には、魔女のそれよりも尚昏い澱が湛えられ――。

 

 

 

「――殺す」

 

 

 

――その呟きがされた時には、既に。

 

虚空より生まれた十三の杏子が、ホンフーへと刃を突き立てていた。

 




『美樹さやか』
みんな大好きさやかちゃん。ディフェンスタイプの星。
ミラーズでまど神様やキリカ辺りと一緒に見かけると「うっ」ってなる。
図らずも死んだフリ状態となっていたため、魔女は杏子を先に見つけたようだ。


『佐倉杏子』
みんな大好きあんこちゃん。ある理由により魔法は封じられていた。
ホンフーに大切な部分を大嫌いな方法で弄られてしまい激おこ。増える増える。
綺麗な時の必殺技は『ロッソ・ファンタズマ』。汚い時の必殺技は『盟神快槍(くがたち)


『ウ・ホンフー』
動いても動かなくても魔法少女の不興を買う男。
さもありなん。


『透明化』
どっかのブラックな女の子からコピーしたと思われる能力。
口上は「私の影は誰にも追えぬ」。でもピンクな女の子には追われちゃう。


『時計塔の魔女』
かつて愛する者と共に居る事を願った少女。
彼女の最初の犠牲者は、心より愛した実兄であった。
「あたしの事、きらいにならないで…。あなたのためなら…。何でもできるから…」



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11話 あなたは余計だ

佐倉杏子の父は、敬虔な聖職者であった。

 

とある宗教の神父として、他人を助けたいという尊い意志の下、神の教えを人々に説きその心を救う。

人として極めて真っ当な人物であり、杏子もそんな優しき父を愛し、尊敬していた。

 

贅沢の無い生活ではあったが、家族全員に笑顔のある幸せな家庭。杏子の過去は、そのような温かいものだった。

 

……だが、それも長くは続かなかった。

杏子の父の抱く願いがやがて肥大化を始め、教義から外れた内容を――自らの考える新たな教えを説き始めてしまったのだ。

 

彼は、人として優しすぎたのだろう。

 

私欲の類はそこに無く、ただ隣人を想う優しさにより宗教の思想から外れてしまう事となり。

当然とも言うべきか、信徒もその数を大幅に減らし、宗教本部からは異教徒として放逐され。杏子の父は聖職者ではなくなった。

 

そうして生活までも貧しくなり、日々の糧にすら困窮するようにもなったが……しかし杏子はそれよりも、自らの考えを否定された父の消沈する姿に心を痛めていたのだ。

 

 

――だからこそ、彼女はキュゥべえと契約を交わし、魔法少女となった。

 

 

『父の話に人々が耳を傾けるように』

 

……そんな願いを軸として、『幻惑』の魔法を手に入れた。

 

それにより人々の多くが再び教えを受けに来るようになり、杏子の父は喜んだ。

杏子自身も、再び聖職者として人々を導き始めた父の姿に笑顔を浮かべ――すぐに、致命的な間違いを犯した事を悟った。

 

杏子の願いとは、裏を返せば人々の精神を操ったにも等しい。

ふとした事でそれを知った杏子の父は、己の言葉が本当の意味で人々に届いていなかった事に絶望し、錯乱。

 

最期には、家族と共に無理心中を図り――杏子ただ一人を残し、全てを失った。

 

 

他人を想った願い。父を想った願い。

本来は尊い物である筈の二つ願いは最悪の結果を呼び、杏子は一つの答えを得た。

 

即ち。他人の為ではなく、自分の為に生きる事こそが正しいのだ、と。

 

それは杏子の『願い』を――魔法少女としての誕生意義を、根本から否定するものでもある。

その為『願い』から生まれた『幻惑』の魔法は心の奥底に封じられ、気付けば杏子は基本的な魔法しか扱う事が出来なくなっていた。

 

魔法少女としては著しく弱体化した形となったが、それで良かった。

間違った願いにより生まれた魔法など、何の価値もありはしない。むしろ使えなくなった事こそが正しいのだと、そう思えていて。

 

 

「…………」

 

 

……故に。故にこそ。

 

バッドエンド。そう呼ばれる男の使う、洗脳染みた超能力。

そして強引に『幻惑』の封を解き、強制的に使わせたというその行為――。

 

 

――それらは杏子にとって、極めて陰惨な陵辱行為に他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

「死ッ――ねえええええええッ!!」

 

 

掠れる程の、絶叫。

 

赫怒の籠もるそれと共に幾人もの杏子が――彼女の分身達が空を駆け、たった一点に向かい無数の槍刃を振り下ろす。

 

斬、突、薙、裂、壊、抉、貫。

様々な攻撃が収束し、同時に炸裂。荒れ狂う風は鎌鼬となり、周囲一帯を広範囲に渡り削り抜く。

 

当然、標的となった地点も地割れの如く深く裂け、走った刃の数だけ大きな亀裂が刻まれて――。

 

 

「――ガッ!?」

 

 

唐突に、全ての杏子が裂け飛んだ。

 

ある者は腹に穴を空け、またある者は胸部を一文字に切り裂かれ。幾つかの首や四肢が宙を舞う。

 

そして、即死に至らなかった個体だけは見ただろう。

彼女らが受けた傷跡は、各々が放った斬撃に対応した物だった。

 

 

「――ドゥームチェンジ・カルマミラー」

 

 

やがて全ての分身が息絶え、霞の如く消え失せた後。

亀裂だらけの惨状を晒すその場所とは裏腹に、傷一つ無い麗人が一人。困った笑みを浮かべて立っていた。

 

ウ・ホンフー。杏子の逆鱗をそうと知らずに犯し抜いた彼は、彼女の怒りを全面にして受けていた。

 

 

「……まだ続けますか? そろそろ、頭を冷やしてみても――」

 

 

言葉の途中、ホンフーの顔面にまたもや赤い槍刃が飛来する。

それは寸分違わず彼の眉間を貫き――しかしやはり、傷は無く。代わりに槍を投擲した分身の頭が弾け、血飛沫を撒き散らしながら地に伏せた。

 

 

「チッ……! 本当に意味分かんねぇ、何で死なないんだテメェ……!」

 

「聞く耳持たず、と。さて、困りました」

 

 

魔法が解け、空に溶けるように消えていく分身の死体を一瞥し、本体の杏子は忌々しげに舌打ちを鳴らす。

 

戦いが始まってからこちら、ずっとこの調子だ。

確かに攻撃は当たって居る筈なのにホンフーの身体にダメージはなく、代わりに攻撃を放った方にダメージが行く。

 

分身を使って攻撃をしていなければ、戦いは早々に杏子の自滅で終わっていただろう。

 

 

「……ッ」

 

 

……分身。

そう、分身。幻惑の魔法の一種。

 

使っているのだ、己は。かつて失った筈の『間違った』魔法を。

二度と使わぬ物と思っていたのに、それで良かった筈なのに。

 

なのに、無理矢理。魔法と同じ洗脳の力で。こんな、こんな――!

 

 

「――っそがあああああああッ!!」

 

 

――ギン、と。魔力の宿る視線がホンフーを射抜き、絡め取る。

 

 

怒りが再燃し、涙すら滲ませて。絶叫と共に大地が割れ、無数の槍の刃先が飛び出した。

 

多節棍の形態を取るそれらは長い鎖を靡かせつつ渦を巻き、後ろ手に腕を組む余裕すら見せているホンフーを拘束。

そして手足に絡む鎖だけをそれぞれ別方角へと縮ませ、勢いよく牽引。彼の全身を引き千切らんと大きくうねり。

 

 

「がッ――!?」

 

 

……だが、やはり。次の瞬間には、反対に杏子の身体が裂け飛んでいた。

 

宙を舞う杏子の首が悔しげな表情に歪み……地に落ちる寸前、溶けるように中空へと消えた。

叫びを上げた時には既に、本体と分身が入れ替わっていたのだ。

 

その後も刃は飛び続け、ありとあらゆる攻撃法がホンフーへと叩き込まれ。同じ数の杏子が無残な死を遂げていく。

先程より延々と続く、繰り返しだ。

 

 

(……怒りに支配されていながら、これ程までに己を保ちますか)

 

 

そうした中にあって、当のホンフーは傷一つ無く冷静そのもの。受けに徹し、興味深げに彼女の様子を眺めていた。

 

――カルマミラー。受けた攻撃をそのまま相手に跳ね返す超能力。

 

杏子が著しく冷静さを欠いた状態である事は確かだろうが、しかし分身での攻撃に終止するその戦法は、明らかにその性質を看破しているものだ。

加えて彼女が行う攻撃の種類も様々で、今尚カルマミラーを突破する一撃を探っている事も窺える。

 

怒り狂いながらも思考を止めぬ理性と、たった数撃で一部とは言えカルマミラーの絡繰りを見破った「目」の良さ。

その歳にしてそれら二つを持ち合わせる杏子に、ホンフーは純粋な感嘆すら覚えていた。

 

本音を言えば、このままもう少し戯れていたい気持ちもあるのだが――。

 

 

(少し、やりすぎましたかね)

 

 

ちら、と。ホンフーの視線が杏子の分身、その胸元に光るソウルジェムを捉える。

 

魔女が現れる前。僅かに拳を交わした時には真っ赤な煌めきを放っていたその宝石は、今や濁りが混じり黒くくすみ始めていた。

ソウルジェムとは、魔法少女の魂そのもの。それが黒く濁りきった時、彼女達の魂は死を迎えてしまうのだ。

 

そして今の彼女は、ソウルジェムの状態管理を疎かにする程、頭に血が昇っているらしい。

 

 

(一応、彼女はもう必要無いと言えば無いのだが……)

 

 

魔法の見極めは終わり、巴マミの情報も杏子の口から零れた断片があれば十分だ。

相手方の敵意も激しく、生かす理由は特にない。

 

……しかし一方で、ホンフーは才のある子供が好きだった。

それが武に通ずるものであれば、尚更に。

 

「命」と「魂」――どちらの意味にせよ、ここで杏子を潰してしまうには少しばかり惜しい。

とはいえ、こうも巧みに分身を利用されては、捕らえる事も難しく。

 

 

(……また、怒らせますかね?)

 

 

ポツリと囁き、今まさに首元に巻き付こうとしていた多節棍を掴み取り。

適当な部分の鎖を手刀で断つと、そのまま己の得物として利用した。

 

基本的には肉弾戦を好むホンフーであるが、他にも様々な武器・暗器を得意としており、三節棍の扱いにも長けている。

当然杏子の多節棍を扱えない筈もなく、飛来する槍刃の尽くを巧みな棍捌きで叩き落とすと、一瞬の隙を作り出し。

 

――デス・マス。心の中で、そう呟いた。

 

 

(さぁ、こうなれば仕方ない。せっかくですし、お互い心ゆくまで争いましょうか――)

 

「――!」

 

 

そうして言の葉を超能力で包み、杏子へと送る。

 

決して杏子の耳に届かないであろう囁きだったが、デス・マスという能力に相手が言葉を聞く必要は無い。

対象に話しかけさえすれば、それだけで能力は成立し、精神を支配する事が出来るのだ。

 

この場においてもそれは同様。杏子はホンフーの言葉に従えず、強制的に戦闘は終了し――。

 

 

「――オラァ!!」

 

(なッ!?)

 

 

否、止まらない。

杏子は変わらず敵意と怒りを抱いたまま、ホンフーを殺害せんと無数の分身を差し向け続けている。

 

デス・マスが効いていない――?

 

驚いたホンフーの動きがほんの一瞬止まりかけ、しかしすぐに復帰。晒した間隙に迫る刃を咄嗟にいなし、再びカルマミラーを纏い立つ。

とはいえ、その動揺の様子は杏子から見ても明らかだったらしく、分身全てがニヤリと口端を上げた。

 

 

「なぁ……今、あの洗脳みたいの使ったろ?」

 

(……さて、何の事やら)

 

「悪いけど、もう食らってやんないよ。ザマァ無いね、あんたのおかげだ――!!」

 

(私の……?)

 

 

叫びと共に飛来する巨大な槍をカルマミラーで受け返しながら、ホンフーは目を眇めて呟き――やがて気づき、反射的に喉元に手を当てた。

 

 

(――声が、出せていない……!?)

 

「やっと気付いたかっての! このノロマ!」

 

「!」

 

 

続いて片足に巻き付いた鎖がホンフーを転倒させようと引き上げるが、容易く鎖を千切りその場から離脱。

多少の距離を取って仕切り直し、冷静に己の状態を分析する。

 

 

(……成程。私もあの魔女と似たような状態にあった訳ですか)

 

 

杏子の扱う、幻惑の魔法。おそらくはそれにより、洗脳か暗示を受けたのだ。

発言を封じ、しかしその本人は声を出していると誤認する――推察するに、そのようなものだろう。

 

 

(一体、いつの間に嵌っていたのやら)

 

 

ホンフーは苦笑を零しつつ、かつての口づけの時のように精神を発破するが……声は戻らず、暗示を解くまでには至らない。

どうやら、ハコの魔女よりは「上手い」らしい。

 

 

「その胸糞悪い能力、話しかけなきゃ使えないんだろ。何となく分かるんだよね、そーいうの」

 

 

杏子はそんなホンフーの様子に嘲笑を浮かべると、反対にどこか空虚な目をして忌々しげに吐き捨てた。

 

――デス・マスは言葉に依存する能力である以上、どのような形であれ言語を発する必要がある。

 

つまり、話しかけても声が無ければ能力は発動しないのだ。

考えてみれば当然とも言える弱点ではあるが……それをこの短時間で見抜き、実際に封じてくるのだから大したものだ。

 

カルマミラーの事といい、本当に面白い。ホンフーは薄く笑みを浮かべつつ、多少の侮りを削ぎ落とした。

 

 

「……どうだい、アタマんナカ弄られる気分は。上手いもんだろ」

 

「――、――」

 

「ハッ! わっかんねーよ! ほら、声に出して言ってみなッ――!!」

 

 

しかし、その笑みは杏子の目には挑発と映り。より一層の敵意を込めて、分身での攻撃を再開させる。

 

未だホンフーに傷を与える方法は見つかっていないものの、杏子に諦めや撤退するという考えは一切無かった。

それは先程受けた「魔法と実力を見せろ」という洗脳の影響もあったが、それ以上に激しい怒りが燃え盛るのだ。

 

――絶対に、退かない。退いてなるものか。

 

一番厄介な洗脳の能力は封じられた。後はあの妙な攻撃反射の能力を貫けばいい。

何体の分身を犠牲にしてでも、どれ程の魔力を使っても。あの憎き外道に通じる一手を見つけ出す。

 

 

(――探して! 見つけて! ぶっ殺す!!)

 

 

歯を砕かんばかりに食いしばり、血走る瞳を涙で隈取り。猛る魔力を刃と変えて、力の限り振り下ろす。

 

――杏子の分身がまた一人、弾けて空に消えて行った。

 

 

 

 

 

 

「…………、な、なにあれ……」

 

 

……そして、そんな戦いをこっそり見守る人影が一つ。

その影は崩れ落ちた時計塔の瓦礫に隠れ、気配を殺し戦々恐々とその様子を窺っていた。

 

――美樹さやか。

魔女の気配を追ってこの場所へと辿り着いた彼女は、そこに広がる光景に酷く混乱していた。

 

 

(え……あれ、さっきの魔法少女……だよね。分身の術? ってか魔女は――いやいやそれより、戦ってる人、ナニ……?)

 

 

全くもって訳が分からない。

 

魔女の姿が見えないあたり、既に討伐されているのだろうか。

だとしてもあの妙な青年は何者で、何故あの魔法少女は戦っているのか。というか戦いなのか、あれは。

否、そもそも魔法少女と対等に戦えるのは、魔女だけではなかったのか……?

 

ぐるぐると幾つもの疑問が頭を回り、頭痛さえも催して。さやかは堪らず瓦礫に寄りかかる。

そうして呆然と見つめ続ける視線の先で、攻撃を行った筈の赤い魔法少女の一人が、何故かひとりでに引き裂かれ――勢いよく吹き上がる血飛沫に、口元を抑え蹲った。

 

 

「うぐ……」

 

 

見る限り、おそらくは魔法によって生み出された分身の類なのだろう。

そうとは分かってはいたが、その凄惨な死に様は人間のそれと変わらないように見えた。マミの死の瞬間がフラッシュバックし、心が大きく揺さぶられる。

 

 

「ぐぅ……っく、っそぉ……!」

 

 

しかし、潰れる訳にはいかない。

 

さやかは込み上げる吐き気を必死の思いで飲み下し、瓦礫に強く爪を立て。

なけなしの負けん気を振り絞って立ち上がると、再び瓦礫の向こうへと齧りついた。嫌悪と恐怖を抑え、よく観察する。

 

 

(……やっぱ、魔女はナシ。たぶんもう倒されたんだ)

 

 

幾ら探れども魔女の魔力は既に無く、結界も大きな揺らぎを見せている。

視界の端に映る時計塔が完全な瓦礫と崩れ切った頃には、この結界も消え失せている事だろう。

 

 

(間に合わなかったのは悔しいけど……今はそれよりも)

 

 

目を眇め、赤い魔法少女――杏子の攻撃に晒されている妙な青年を見つめる。

 

後ろ手に手を組み、余裕ある笑顔を浮かべているその青年は、中国服を着た麗人のようにも見えた。

彼、或いは彼女は杏子の分身が放つ攻撃を無防備に受け続けていながら、おかしな事に傷一つ見当たらず、逆に分身の方が傷つき消えていく。

 

……本当に何者なのだ、あれは。さやかの眉が困惑に大きく顰まり――。

 

 

(……ん? いや待って、中国服……、って――)

 

 

――瞬間。さやかの脳裏に電流が走った。

 

中国服を着た麗人。そしてこの意味の分からない現象。二つの要素が絡み合い、やがて一つの存在を浮き上がらさせる。

それはつい先程までまどかと話し合い、恐れ、そして笑っていた名前。即ち。

 

 

「バ、バッドッ……!?」

 

 

思わず大きな声を出しかけ、吐き気とは別の理由で口を抑える。

 

――バッドエンド。キュゥべえ曰く、強力な超能力を持つ殺し屋。

 

視線の先に居る青年はその特徴と見事に合致しており、杏子の攻撃が効いていない事も超能力によるものとすれば納得できなくもない。

多分、否、絶対に間違いない――さやかはそう確信し、更に注意深く戦いの様子を注視した。

 

 

(や、何でそんなのが結界の中に居て、アイツとやりあってんのよ……!)

 

 

魔女の結界の中で、超能力者の殺し屋と魔法少女が殺し合う……字面からしても、何かが酷くズレている。

 

何より、さやかにとっては杏子もバッドエンドも同じく「悪」である。

同じカテゴリに入る存在同士である以上、そのまっすぐな瞳には仲間割れをしているようにも映っていたのだ。

 

 

(……わ、割って入って喧嘩両成ば――いやいやいやいや無理でしょあんなの!!)

 

 

彼らの動きは明らかに格上のものであり、自身の実力から遠く離れた領域にある事は明らかだ。

治癒魔法である程度の無茶が効くとはいえ、杏子と戦った時のように一蹴されるのが関の山だろう。

 

ならば、一体自分はどう動くべきなのか。無意識にまどかへ相談しようとするも、テレパシーが通じない事を思い出し、頭を抱えて。

 

 

「…………?」

 

 

ふと、杏子の表情に引っかかりを感じた。

 

虚空より生まれては、すぐに無残な姿となって散っていく分身達。

そのどれもが怒りに染まった苛烈なものであったが――同時に、目尻に涙を浮かべているようにも見えたのだ。

 

 

「む……、……」

 

 

その姿はどこか悲しげにも感じ、抱いていた外道の印象とそぐわず若干ながら心が揺れる。

 

そして僅かに視線を下ろせば、胸元のソウルジェムが黒く濁っている事にも気が付いた。

記憶では赤々とした輝きを放っていた筈のそれは、今や半分以上が濁りに侵食されている。魔法を使いすぎた事による魔力切れ、その予兆だ。

 

 

(……それくらい、必死になってるって感じ?)

 

 

自分を難なく下した杏子が、あそこまで消耗する相手。

 

キュゥべえから聞いていたとはいえ、こうして目の当たりにしてもまだ信じきれない部分はあった。

さやかは無意識の内に冷や汗を流し、半歩だけ後退り。

 

 

「っと?」

 

 

――コツン、と踵に何かが当たった。

 

目線を下ろせば、時計塔の瓦礫の破片に混じって一つ。黒く光る何かが見える。

軽く足先で掘り起こしてみると、そこにはソウルジェムに似た結晶体。グリーフシードが埋まっていた。

 

 

「うわっ、何でこんなとこに……」

 

 

魔女を討伐した後、回収しそびれてたのだろうか。

さやかは恐る恐るそれを拾い上げると、何とも複雑な表情で眺め――暫し後、再び杏子へと目を向ける。

分身がまた一人空に溶け、赤い宝石が少し濁りを増していた。

 

 

「……行けって、事かな」

 

 

呟きと共にさやかの瞳から迷いが消え、強い意思の光を宿す。

杏子もバッドエンドも、さやかにとっては見過ごせない悪敵である事には変わりない。しかし。

 

――さやかの脳裏に恭介の姿が浮かび、同時に先程交わしたまどかとの会話が蘇る。

 

 

「――まずはバッドエンド! 赤いのはその次!」

 

 

宣言。両手に刀剣を生み出し構え、地が砕ける程に強く脚を踏み込んだ。

 

元々、魔女討伐の為に杏子と共闘する事は(非常に気に食わないが)考えていたのだ。

今この場においては、敵となる対象が魔女から殺し屋に変わっただけの事。どこか卑怯な気もするが、そう決めて。

 

 

(パートのおばちゃんになんて負けるもんか! いや男だけど……!)

 

 

さやかは緊張に跳ねる心臓を押さえつけ、大きく深呼吸を一つ。優先すべき悪の下へと勢いよく飛び出した。

 

 

 

 

 

 

(……そろそろ、結界も消えますか)

 

 

時計塔の魔女の躯。

最早小さなビル程にまで小さく崩れたそれを見ながら、ホンフーは心中で呟いた。

 

空は波打ち、大地は歪み。魔女の躯の崩壊に合わせ、世界も徐々に現実に近づいている。

おそらく、後数分もしない内に結界は完全に消滅し、元の倉庫跡地へと戻る事だろう。

 

 

(うーん、そうなると些かやりにくくなる――おっと)

 

 

不意を突き、全身に炎を纏った杏子の分身の突撃を受け止める。

瞬間、赤い魔力が暴走し爆発を引き起こそうとするが――その寸前にホンフーの貫手が分身の顔面を破壊し、不発のまま消えていく。

 

度重なるダメージの反射に自棄になったのか、杏子の攻撃は段々と分身の消滅を前提とした特攻まがいの物へと変わっていた。

 

カルマミラーは、自爆に準ずる攻撃には反射能力を発動しない。

杏子自身はそれに気付いていないようだったが、彼女の試行錯誤は確実にカルマミラーの弱点へと迫っていたのだ。

 

……だが。

 

 

「……はぁ、はぁっ! 畜生が……!」

 

 

そのような戦い方を続けていれば、当然魔力の消耗も相応に大きな物となる。

今の一撃で臨界点を超えたのか、杏子は力なく膝をつき、大きく息を荒らげていた。

 

 

(お疲れでしょう。私ももう少し続けたくはありますが、これ以上は貴女の身体や時間的にも……と言っても聞こえないんでしたか)

 

 

喉元を触りながら、苦笑する。

疲弊によりかけられた暗示が解ける事を多少期待していたのだが、そう上手く話は進まないようだ。

 

しかし、何事かを話しかけようとした意思は伝わったらしい。杏子は槍を杖代わりに立ち上がり、ホンフーを睨みつけた。

 

 

「くそっ……ほんッとどうなってんだよ、その身体……!」

 

(あっはっは。答えを教えてあげたい所ですが、今の状態だと答えられないんですよねぇ。残念無念)

 

「……分かんないけど、おちょくってる事だけは分かんぞ!」

 

 

朗らかに笑うホンフーに杏子は一層の憎しみを向け、後ろ手に己の衣服を探る。

 

目当てはグリーフシードのストックだ。

流石にここまで疲弊すれば、ある程度は昇った血も下がる。杏子は常備していた一つを取り出すと、乱暴に胸元へと近づけ――。

 

 

(はい、没収)

 

「ッ!」

 

 

パチン、と。ホンフーの指が鳴らされた瞬間、鎌鼬が吹いた。

 

刃の如く鋭く、蛇の如くくねる風。それは正確に杏子の指へと纏わりつくと、グリーフシードを絡め取り、天高くへと吹き上げる。

一瞬の出来事に杏子は驚き、硬直。その僅かな隙にまた指が鳴り、グリーフシードはホンフーの手中へ招かるように収まった。

 

 

「なっ――テメェ!!」

 

(ドゥームチェンジ・ワームホール)

 

 

そうして開かれた掌には既に何も無い。ちょっとしたイカサマ手品だ。

 

杏子は忌々しげに舌打ちすると、再び衣服に手を差し込み――新しくグリーフシードを引き抜く寸前、その手を止める。

フィンガースナップの形を取ったホンフーの指が、これ見よがしに掲げられていた。

 

――今回は、ここまでという事で。

 

声を封じられたホンフーの、実に分かりやすい意思表示である。

 

 

(舐めやがって……! しゃあねぇ、また魔法で、っ!?)

 

 

だが、それを大人しく聞く程杏子の怒りは小さくない。

 

そうして新たに目くらましの分身を生み出そうとするものの、強い目眩が襲い咄嗟に止める。

最早それだけの魔力すら残っていないと自覚し、歯を食いしばった。

 

 

(――いや、まだだ……!)

 

 

幸い、まだ動けるだけの活力はある。

何とかホンフーの視界を遮る事ができれば、魔力回復の隙にはなるだろう。

 

杏子はホンフーを睨んだまま、槍を多節棍の形態に変形。大きな土煙を起こすべく、竜巻のように振り回し――。

 

 

 

 

「――でぇやああああああっ!!」

 

 

 

 

(おや?)

 

「!」

 

 

――天空より、甲高い声が落ちた。

 

反射的に見上げれば、そこには青い影が一つ。二人が忘れかけていた、美樹さやかのものだった。

 

マントをはためかせつつ落下する彼女は、周囲に無数の刀剣を侍らせており――先の怒声を続かせながら、次々と流星の如く投げ落とす。

それらは丁度ホンフーと杏子の居る中間地点に突き刺さり、壁を作り。

 

 

「――ぐっ!?」

 

(……!)

 

 

そして、爆発。

刀剣から走る青い魔力が泡のように弾け、猛烈な爆風を生み出した。

 

杏子は咄嗟に顔を腕で覆うが、風こそ強いものの衝撃はあまり感じない。どうやら、視界を遮る事を主目的とした爆発のようだ。

辺りが濃い土煙に包まれる中、油断なく周囲を警戒し――少し離れた場所に、刀剣の一つが突き刺さった。

 

 

「……これは……」

 

 

よく見ると、その柄には何やら小さな物が結び付けられている。

目を凝らすまでもない。ほのかに歪んだ魔力を漂わせるそれは、グリーフシード以外の何物でもなく。

 

 

「使えば、それ」

 

「……あ?」

 

 

その刀剣の更に先に、さやかの背が見えた。

 

振り向かぬまま投げかけられたその言葉に、杏子は一瞬ぽかんと呆け……やがて意味が分かると、不愉快げに鼻を鳴らし。

さやかを無視して己の用意していたグリーフシードを取り出すと、ソウルジェムへと押し付けた。

 

 

「いや何でよ!? カンペキ使う流れじゃん今の!」

 

「ハン、あんたみたいな奴からの施しなんているかよ。つーか何しに来たのさ、このザコが」

 

「んザッ……!」

 

 

あまりの言い草にさやかの額へ青筋が走るが、大きな力量差があるのは事実である。故にぐっと堪え。

 

 

「と、とにかく……そのグリーフシードここの魔女のっぽいし、あんたが使うべきもんでしょ。ちゃんと返したから」

 

「そーかい。んで、今度はアイツに負けたいの?」

 

「負けそうなのはあんたも一緒でしょうが! 共闘戦線!」

 

「…………、ふぅん」

 

 

身の程知らずに対する怒りや呆れよりも、驚きが大きかった。

あの「良い子ちゃん」であった巴マミの弟子ならば、意地固に己を敵視し続けるものと思っていたのだ。

 

 

(……まぁいいさ。簡単には死なねーみたいだし、精々肉盾として使ってやる)

 

 

杏子はそれ以上さやかに構う事を止め、土煙の先を睨む。

するとそれを見計らったかのように、どこからか指を弾く音が聞こえ――先の爆発とは比べ物にならない程の突風が吹き荒れ、土煙を跡形もなく吹き飛ばした。

 

 

「うわあっ!?」

 

「く……!」

 

 

否。それは土煙だけに留まらず、辛うじて結界を維持していた魔女の躯までも吹き崩し。

風が止んだ後には歪んだ景色など何処にもなく、夜闇に暮れた倉庫跡地の姿が広がっていた。

 

 

「…………マジで?」

 

「ビビったんなら帰んな。今日は特別に見逃してやるよ」

 

「う、うっさい! アイツ倒したら次はあんただかんね!」

 

 

さやかは怖気づきそうになる心を奮い立たせ、手に持つ刀剣をまっすぐに前へと突き出す。

 

その刃の先には、呑気に服に付いた土埃を払うホンフーの姿があった。

このような強力な竜巻さえも生み出す彼の能力に、さやかは一層警戒を顕にし――しかしホンフーはそんな彼女を無視して周囲を見回すと、疲れたように首を振る。

 

 

(加減、見事に誤りましたね……)

 

 

よもや、魔女の躯がこれ程までに脆くなっていようとは……声もなく呟き、溜息を零す。

 

基本的にホンフーは戦いによる被害の大きさを気にしない質ではあるが、かといって悪目立ちを好む訳でもない。

特に杏子との戦いは相当に派手なものとなっており、出来れば閉鎖世界である結界内のみで抑えたい所ではあったのだ。

 

 

(しかし、ソウルジェムも戻ったようで……まだまだやる気ですよねぇ、彼女)

 

 

事実、杏子の目に宿る炎は未だ絶えず、ギラギラとした眼光と刃とをホンフーへ向けている。

現実世界に解放された以上、透明化の能力でも使い、自分から退いても良いのだが……。

 

 

(……ま、良いでしょ。程よく冷静にもなったようですし、この際彼女の気が済むまで付き合いますか)

 

 

目立ったら目立ったで、ジャジメントに後処理を投げてしまおう。

ホンフーはあっさりと隠蔽の努力を放棄すると、気分を切り替えにこやかに武闘の構えを取り、そして、

 

 

 

 

(――しかし、あなたは余計だ)

 

 

 

 

「……え?」

 

 

瞬間、ホンフーの姿はさやかの目前にあった。

 

杏子でさえも途中の動作を追えず、その姿を認めるには僅かな時間を要し。

そして気付いた時には既に、鋭い貫手が青いソウルジェムへと伸びていた。

 

 

「――! 避け……!」

 

 

咄嗟に槍を向けるも、間に合う筈も無い。

 

風を裂き、軌跡すらも残して。

 

揃えられた五指が、一切の慈悲も無くソウルジェムと腹部を突き破り――。

 

 

 

「っ、うぇっ!?」

 

 

 

――その時(・・・)。誰かが彼女の手首を掴み、勢いよく背後に引いた。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………………

 

 

…………………………………………

 

 

………………………………

 

 

……………………

 

 

…………

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ!?」

 

 

――ホンフーの突き出した腕が、宙を掻く。

 

ソウルジェムは手中に無く。肌を破いた感触も、引きずる腸の音もしない。

攻撃を外した。そう目を見開いたホンフーだったが、すぐに状況を理解した。

 

――目前に棒立ちしていたさやかの姿が忽然と消え去り、気配の残滓すらも無くなっていたのだ。

 

 

(っ、何処に――!)

 

 

靴底で地を削り、突撃の勢いを殺しながら周囲に視線を走らせる。

 

だが、そこには人影一つ見当たらない。

さやかは勿論、すぐ傍らに立っていた筈の杏子の姿も同じく消え失せており、残っているのはホンフーただ一人のみ。

 

 

――今。この貸倉庫跡地は、完全に無人となっていた。

 

 

(また幻惑の魔法か……? いや、しかし)

 

 

僅かに考え、すぐに否定する。

魔法を使う余裕も、分身と代わる暇も与えなかった。その筈だ。

 

 

(…………)

 

 

五秒、十秒。一分――数分。

 

ホンフーは変わらず周囲を睨み続けるが、杏子やさやかの襲撃も無く、殺気も無し。

腑に落ちないながらも戦闘の終了を確信し、拳を下ろして小さく息を吐き出した。

 

……何が起きた? 

あの魔法少女の二人は、一体どこに消えたのだ?

テレポートの能力者が何処かに……だとしても、何の反応もなく――?

 

らしくもなく、混乱する。

落ち着く意味も込めて顎に手を添え考えるが、はっきりとした答えは出ず。

 

 

(…………)

 

 

……否。たった一つだけ、思い当たる可能性がある。

それは最早願望にも似た予測。ホンフーが求めて止まない異能力――その一端。

 

 

(……時間、停止――)

 

 

その間に、逃げた? 居たのか、その能力者が――?

 

戻らぬ声のまま呟き、もう一度ぐるりと周囲を見渡す。

されど、やはり人は無く。風が一陣、淋しげに吹き流れ。

 

 

――どうしてか、見た事も無い黒髪の一房が、視界の端に焼き付いていた。

 

 




『美樹さやか』
みんな大好きさやかちゃん。防御UP&挑発ガン積みで置いとくタイプの女の子。
まだまだ未熟だけど劇場版ではめっちゃ強いので、時間をかければ強くなるタイプっぽい。
今回は一体何ほむが助けてくれたのだろうか。分からぬ。


『佐倉杏子』
みんな大好きあんこちゃん。本編外伝どの媒体でも大体強い。
というか、どの作品でも大活躍しかしてない戦闘センスの塊。これで魔法少女になって二年経ってないとか嘘でしょ……?
今回は一体何ほむほむが助けてくれたのだろうか。分からぬ


『ウ・ホンフー』
才能ある子大好きおじさん。沈黙のバッドステータスを付与されてしまった。
【認識】さやか・杏子・雫
【理解】さやか・杏子・雫・ほむら
【  】該当者なし


『指パッチン』
気象現象を操る超能力、ストームレインを使用している。
特に指を鳴らす必要性は無いが、ホンフーは隙を作る意識付けとして鳴らしている。


『黒髪の一房』
一体何ほむほむほむなんだ。分からぬ。



なげーって。


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12話 僕も彼女の事はよく知らないんだ

「――今日は、皆さんに大切なお話があります」

 

 

見滝原中学校、とある教室。

その組の担任教師である早乙女は、静かに座る生徒達に向かい厳しい口調でそう告げた。

 

 

「缶ジュースとは――緑茶ですか、コーラですか? はい中沢君!」

 

「えっ!? え、えーと……どっちでも良いんじゃないかと……?」

 

「ンその通りッ!!」

 

 

ダァン! と教卓に教鞭を叩き付け、中沢と呼ばれた男子生徒の答えに心の底から頷いて。

おもむろにチョークを握ると、背後の黒板にやたら精密な空き缶の絵を描き出す。リアルなアルミの質感に、生徒の一部から感嘆の声が上がった。

 

 

「女性は缶ジュースの選び方で魅力が決まる訳ではありません! そう! むしろ逆に!? 飲み終わった缶の投げ方、それが大切!」

 

(……また別れたのか。今年入って何回目?)

 

(三回目、去年よりはスローペース)

 

「はいそこ! 無駄話しないッ!」

 

 

ひそひそと失礼な内緒話をする生徒達にチョークを投げつけ、話を続行。

聞かされる方も各々慣れた様子で流しつつ、呆れや苦笑と共に早乙女の奇行を眺めていた。

 

 

「…………」

 

「……む~……」

 

(…………うぅ)

 

 

……しかし、そのような日常風景の中にあり、穏やかではない空気を纏う生徒がおよそ三名。

 

すまし顔と、睨み顔と、困り顔。

それぞれ別種の表情を浮かべ、言葉も無いまま互いの間に不穏な雰囲気を漂わせていた。

 

 

(流石に、肩がこるわね)

 

 

その内、ほむら(すまし顔)は疲れたように溜息を吐くと、ちらりと背後を見やる。

 

目に映るのは、こちらを睨むさやかと、そんな彼女と自分を心配そうに見守るまどかの姿。

言いたい事があるのならばテレパシーで話しかければ良いものを――と思ったが、昨夜に「全ては明日の放課後にしよう」と提案したのは自分であったと思い直す。

 

同時に、その言葉を律儀に守るさやかとまどかに呆れとも微笑ましさともつかないものを感じ、更に溜息。

未だ愚痴を続ける早乙女に視線を戻し、頬杖をつく。

 

 

(……まさか、また魔女の他に気を揉む敵が出るなんて)

 

 

続けて三度目の溜息を吐き。

ほむらは自然と、昨夜に起きた「見覚えの無い」出来事を思い出し始めていた――。

 

 

 

 

 

 

――夕方。

真っ赤な夕暮れ端から群青色が顔を出し、街に電光が灯り始める頃合い。

 

その日もほむらは人知れず街を飛び回り、まどかの周囲から魔女を排除するべく奮闘していた。

 

相変わらずインキュベーターの姿はまるで見えないが、暗躍は続けているらしい。

事実、地区から地区へと少し移動するだけでも数匹の使い魔と魔女の反応を察知しており、その嫌な頑張り様が窺える。

 

本当に、碌な事をしない。ほむらは今まさに討伐した魔女のグリーフシードを拾い上げ、眉間に深いヒビを刻んだ。

 

 

(……ひとまず、この辺りにはもう居ないようね)

 

 

消えゆく魔女の結界から脱出し魔力反応を探るも、魔女の気配は感じられない。

 

少なくとも、付近に顕現している魔女は居ないようだ。

ほむらは軽く息を吐き――しかし休む事無く、魔女の捜索を再開。付近のビルを駆け上がり、陽の沈む空を跳び駆けた。

 

 

(本当なら、武器の調達にも動きたい所だけど……)

 

 

そっと、服の裏に忍ばせているレーザー銃に触れる。

 

これを始め、マミの死亡前に最低限の武器調達はしたつもりではあった。

とはいえ相手は超弩級の魔女、ワルプルギスの夜である。「最低限」程度では足りないであろう事は、身に沁みて理解していた。

 

事実、これまでのほむらは現状と似た環境に置かれた場合、魔女の排除の他に武器の調達もスケジュールに組み込んでいたのだが――。

 

 

(……今回は、奴らの意図が読めない)

 

 

奴ら。即ち、インキュベーター。

今までの時間軸とは違い、姿を隠し続ける奴らの存在が髪を引き、従来通りの行動を阻害していた。

 

まどかに対し、これまで以上に妙な真似をするつもりではないのか。

そのような不安が日増しに大きくなり、今や武器調達に当てる時間の多くを魔女の討伐に割く始末。

 

 

(まどかの側には、既に魔法少女となった美樹さやかが居る。彼女が自棄にならない限りは、まどかが魔法少女になる事を止めてくれる筈だけど……)

 

 

己の視界外で魔法少女になってしまった美樹さやかを思い、ほむらは知らず唇を噛む。

 

巴マミが存命の場合、さやかはまどかを魔法少女にする事をあまり厭わない。良くも悪くも、ベテランであるマミの存在が支柱になっているからだ。

 

しかし、マミの死を目の当たりにし魔法少女の世界への危険を理解した場合、その対応は反転。まどかが魔法少女にならないよう気を遣い、時にはその身を呈して阻止してくれるようになる。

魔法少女の真実を知り錯乱してしまった場合はその限りではないが、今の時点ではまだ防波堤としてインキュベーターを遮っている筈だった。

 

……だが、今となってはどうにも不安が拭えない。見えぬからこそ、あの無機質な笑顔が余計に色濃く浮かぶのだ。

 

 

(……やはり、美樹さやかとの衝突覚悟でまどかの周囲へ付く?)

 

 

おそらく、相当な面倒事にはなるだろう。

ともすれば、さやかとの戦闘にまで発展する恐れもある。

 

ほむらとしても、無駄に彼女と争いたい訳ではない。ビルの合間を飛び移りつつ、その頭を悩ませて。

 

 

「……っ」

 

 

――その時、微かな魔力を感知した。

 

遠すぎたのか、細い煙のように微弱なもので正体は掴めなかったが、大まかな位置は予想がついた。街の中心より少し離れた、貸し倉庫跡地の方角だ。

ほむらは瞬時に身を翻し、進路変更。時間停止の魔法も併用し、その場所へと直行する。

 

 

(そういえば、あの辺りには確か……)

 

 

再び、レーザー銃に意識を向けた。

 

そうだ、あの辺りには『レジスタンス』のアジトがあった筈だ。

武装組織である以上良い感情を持ってはいないが、一応は使える武器を貰った恩が無くはない。特に焦りもしないまま、ほむらはちょっぴりスピードを上げた。

 

 

 

そうして辿り着いたのは、倉庫跡地へと続く路地裏に入ってすぐの場所だった。

 

平時であれば、薄暗い雰囲気ではあるがそれなりに清掃の行き届いた小奇麗な場所であったのだが――今目の前に広がる光景は、それとは真逆の酷い物だ。

地面や壁、至る所に刃物で切りつけたかのような傷が付き、果ては幾つかの爆発痕まで残っている始末。

 

明らかに、何者かが戦闘した痕跡だ。ほむらは冷静にそれらを観察しつつ、傷の続く路地裏の奥へと進み行き。

 

 

(……美樹さやかと佐倉杏子ね)

 

 

傷の種類と漂う魔力の痕跡から、そう断じる。

 

本質的には相性の良い筈の二人なのだが、それは互いに歩み寄った後の事。

初対面においては互いの態度と思想から反発し合う事も多く、諌め役のマミが間に入らなければ高確率で敵対する流れとなるのだ。

当然、マミが既に死亡しているこの時間軸でもそうなったのだろう。

 

こうなっては呑気にしてなどいられない。今度はしっかりと焦りを懐き、観察を切り上げ走り出す。

何故ならば、さやかが居るという事は、それはつまり彼女の相棒も側に居るという事で――。

 

 

「――はぁ、はぁ……さ、さやかちゃん……! どうして返事が……!」

 

(!)

 

 

居た。

 

少し走った先、蹲るさやかの相棒が――愛するまどかの姿があった。

息を荒らげている彼女に一瞬怪我をしているのかと青褪めたものの、単に走り疲れて休んでいるだけのようだ。周りには使い魔やインキュベーターの影もなく、危険は無い。

 

ほむらは小さく安堵の息を吐き……しかしすぐに気を引き締めると、敢えてヒールを強く打ち鳴らす。

まどかの肩が、ビクリと震えた。

 

 

「っ……ほむら、ちゃん……?」

 

「何をしているのかしら、こんな所で」

 

「えっと、その――っ! そ、そうだ! ほむらちゃんなら、さやかちゃんを……!」

 

 

まどかは突然現れたほむらに驚き、怯えと安堵の入り混じった表情を浮かべ――はたと我に返ると、慌てた様子でほむらへと駆け寄った。

しかし脚を縺れさせ、つんのめり。ほむらが咄嗟に受け止めれば、腕の中から潤んだ瞳に射抜かれる。

 

――何度時を繰り返しても、この目には弱い。

 

ほむらはそんな己に舌打ちを鳴らしかけるが、既の所で押し留め。

 

 

「……美樹さやかが、どうかしたのかしら」

 

「あ、あのね、さやかちゃん、さっきここで使い魔を見つけたの。だけど戦ってたら、突然知らない魔法少女の子が……!」

 

「襲ってきたのね。槍を扱う、赤い装束の子でしょう」

 

「! 知ってるの?」

 

「ええ。向こうは私を知らないでしょうけど」

 

 

言いつつ、路地裏の奥を注視する。

感じている魔力の反応は、近づいた事もあって先程よりもかなり強く、そして明確に感じ取れていた。

 

何処か歪で、澱んだ魔力――明らかに、さやかや杏子の物ではない。もう一つ別の存在がこの先に居る。

 

 

(魔女の結界……争っている最中、出くわしたのかしら)

 

 

どうやら、この先には魔女が現れ、二人はその結界に呑み込まれているようだ。

 

さやか一人ならばともかく、杏子が居る以上は魔女に遅れを取る事は無いだろう……が、問題はその後さやかが無事であるかどうか。

魔女という共通の敵を前に、多少の歩み寄りがあれば一番良い。しかし一方で、杏子に魔女諸共葬られるケースもある。

 

 

(やはり急ぐ必要がある――けど)

 

 

ほむらはちらと腕の中のまどかに目をやった。

そして僅かに逡巡した後、彼女を抱えたまま時間停止の魔法を発動。盾の機構が作動し、世界を灰色へと染め上げる。

 

 

「……え? な、何、これ……」

 

「先に謝っておくわ。少し我慢なさい」

 

「ひゃあ!? ほほほほむらちゃん!?」

 

 

返事は聞かず。

ほむらはまどかを横抱きに抱え持つと、魔力で強化された脚力で持って路地裏の道を駆け抜けた。

 

ここに一人残していくには、見えぬ白い獣の気配が一抹の不安を掻き立てたのだ。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

最初はおろおろと戸惑っていたまどかも、やがて大人しくなり。おずおずとほむらに身を預け。

 

 

「……ねぇ。ほむらちゃんは、どうして……、……」

 

 

きっと勇気を振り絞ったのだろう問いかけも、最期まで紡がれる事はなく。

 

互いに無言。

時の止まった世界の中、ぎこちない空気が二人の間を流れていた。

 

 

 

 

 

 

「これって……」

 

「それなりに激しかったようね、彼女達の戦いは」

 

 

そうして辿り着いた行き止まり。

通行を遮断する為に張られたフェンスには大穴が穿たれており、さやか達の戦いの激しさを明確に表していた。

 

ほむらは不安に表情を曇らせるまどかをゆっくりと下ろし、時間停止の魔法を解いて周囲を確認。

二人が居るであろう倉庫跡地へと意識を集中し、魔力の動きを見極め――その瞬間、感知にあった魔女の反応が霧散する。

 

反対に、さやかと杏子の魔力は共に健在だ。詳細は不明だが、魔女の討伐が成された事を静かに察した。

 

 

「……あなたは、ここで待っていて。もしあの白い獣が来ても、耳を貸さないように」

 

「あっ、待ってほむらちゃ――」

 

 

まどかの返答を最後まで聞く事無く、再び時間を停止させる。

そうして彫像の如く動きを止めた彼女の姿に罪悪感を覚えつつ、ほむらはフェンスの穴を潜り抜けて行った。

 

 

 

ほむらの記憶にある倉庫跡地は、廃墟とはいえレジスタンスのアジトとなっていた為か、多少は見られる場所だった。

 

しかし今やその面影は微塵も無く、ありとあらゆる場所が切り刻まれた瓦礫の群となっている。

レジスタンスの怪我人や死体が見当たらない辺り、最悪の事態とはなっていないようだが……魔法少女の争いと魔女の襲来に巻き込まれた彼らの不運には、ほむらと言えど若干の哀れみを禁じ得なかった。

 

 

(……いえ。そんな事より、美樹さやかと佐倉杏子は……)

 

 

とはいえ、それ以上に思うものも無く。

ほむらはあっさりとレジスタンスの存在を頭から消し、崩れた廃屋の上へと飛び乗り二人の姿を探す。

 

時が止まり、立ち籠める土煙がカーテンの如く視界を遮っていたものの、この殺風景な場所において魔法少女の装いは中々に目立つ。

早々に少し離れた場所に並び立つ赤青の影を見つけ、一息に跳躍。その付近に着地し――ここに至り、初めて彼女達の置かれた状況を認めた。

 

 

(――? これは……?)

 

 

その場には、二人の他にもう一つ。見知らぬ人物の姿があった。

長い黒髪をうなじの辺りで束ねた、中国服の……。

 

 

(……男? 女?)

 

 

背後からでも分かるその端正な容姿はどちらとも取れ、ほむらには判断がつかなかった。

 

ともかく、その麗人はさやかの真正面にあり、飛びかかるような体勢でその時を止めていた。

レジスタンスの残党が反撃にでも出たのだろうか。魔法少女に挑む蛮勇に半ば呆れつつ近づき、回り込み――。

 

 

「……っ!?」

 

 

――正面。その麗人の手刀が、さやかの腹部にあるソウルジェムに伸びているのだと気付いた瞬間。血の気が引いた。

 

 

「何なの、こいつ……!」

 

 

ほむらは咄嗟に二人を引き離そうとしたが、麗人の指先は既にソウルジェムに触れようかとする位置にある。

 

時間停止の魔法は、ほむらと彼女が触れているものには作用しない。

時間停止を解いたさやかが下手に身動ぎでもすれば、その瞬間麗人の指先にソウルジェムが触れてしまう恐れもある。そうなれば麗人の時間も動き、極めて面倒な事になるだろう。

 

 

(この状況じゃ、麗人の方にも手出しできないか……なら)

 

 

ほむらはゆっくりとさやかの背後に移動し、取り出した拳銃でその足元に数発の銃弾を撃ち込んだ。

時が動いた時、背後へとバランスを崩すように多少地面を削ったのだ。

 

――そして魔法により腕力を強化した上で、思い切りその手首を掴み引き倒した。

 

 

「――っ、うぇっ!? ――んがッ!?」

 

 

瞬間、さやかの身体に色が戻り、その時が動き出す。

 

突然の事に驚きの声を上げる彼女は、ほむらの目論見通り麗人の指に触れる事無く背後へと倒れ込み。持っていた刀剣を放り投げ。

当然何一つ受け身も取れないまま、勢いよく地面に後頭部を打ち付け――更にそのままほむらに引きずられ、強制的に麗人から距離を取った。

 

 

「いだだだ痛ぁ!? えちょっ、なっ……!?」

 

「落ち着きなさい。もう魔法少女なのでしょう、あなたも」

 

「へ……あ! て、転校生!?」

 

 

さやかは唐突な出来事に混乱していたようだったが、ほむらの姿を認めた途端目の色を変えた。

 

慌てて立ち上がろうとするも、すぐに手首を掴まれている事に気づき、振りほどこうと大きく腕を振り回す。

……しかし魔法での強化の差か、ほむらの腕はさやかの抵抗を許さず容易く抑え留め。必死に喘ぐ声だけが虚しく響いた。

 

 

「こンのっ……は・な・せぇ……ッ!!」

 

「……良いのかしら。もし離せば、あなたも動けなくなるのだけれど」

 

「はぁ? 一体何の話――、っ」

 

 

そこでようやく、周囲の動きが止まっている事に気が付いたようだ。

 

景色、麗人、杏子――。忙しなく周囲を見回した後、己の状況を思い出すように沈黙。

抵抗を止め、嫌々とした表情を浮かべつつほむらを見上げた。

 

 

「…………もしかして、助けてくれたっての? あんたが……」

 

「さぁ。私はこの状況をよく分かっていないもの」

 

「………………、………………ああもう、どうも!」

 

 

本当に、不承不承と。

さやかは吐き捨てるようにそう言うと、不機嫌を隠さず吐き立ち上がる。

 

そして未だ掴まれたままの手を乱暴に払おうとして、失敗。頑なに腕を離そうとしないほむらに不審な瞳を向けた。

 

 

「あのさ。もう良いから、離してよこれ」

 

「無理よ。この世界では、私と私が触れたものしか動けないわ」

 

「……せめてさ、マントの端っことかにしてくんない? あんたと手ぇ繋いでんの凄くヤダ」

 

 

さやかの要望に従い、ほむらの指がちょこんとマントの端を摘む。

その小動物のような様子にまたもイメージが崩れたのか、さやかの顔が妙な具合に歪んだが、それはさておき。

 

 

「っていうかこれ、金縛りって訳じゃないよね? 時間止まってる……とか?」

 

「ええ。その認識でも構わないけれど――」

 

 

ちらと、麗人を見る。頭の何処かで、警鐘が煩く鳴っていた。

 

 

「……とりあえず、今は場所を移しましょう。私の魔法も、無限に保つ訳ではないわ」

 

「……いや。こいつは……バッドエンドはほっとけない。今ここで倒さなきゃ、絶対――!」

 

「バッド……?」

 

 

さやかはほむらの言葉を拒否すると、新たに刀剣を生み出し麗人へと向け――その刃がピタリと止まる。

 

今が絶好のチャンスだとは分かっていた。しかし彼女の脳裏によぎるのは、攻撃を跳ね返され無残な死を遂げた杏子の分身。その死に様だ。

 

杏子のように、麗人――ホンフーの持つカルマミラーの能力を明確に見抜いていた訳では無い。

しかし彼女達の戦いを眺めていた事もあり、攻撃すれば自身の身体がどうなるか、粗方予想がついたのだ。

 

 

「――くッ!」

 

 

結果、刃の振り下ろす先を失い、再び無形の魔力と戻り。

怪訝な表情を浮かべるほむらを他所に、さやかは悔しげに、しかし意を決したように唇を引き結ぶ。

 

そして徐に杏子へと近づき、ほむらが止める間もなくその肩を掴み引き寄せた。

 

 

「――ろっ! っ!?」

 

 

途端、杏子の時が動き出し。瞬時にさやかの気配に気づくと、驚きの表情を浮かべた。

 

 

「青いの……!? あんた何で――つーかこれ、どうなって……!」

 

「あたしにもよく分かんないっつーの! もうそういうのいいから、あんたも来て! 一旦退却!」

 

 

その宣言に、杏子は勿論ほむらも多少目を丸くした。

 

 

「はぁ!? ふざけんな、あたしはこいつをぶっ殺さなきゃいけないんだ! ここで逃げたら――」

 

「――どうやって倒すってのさ! あんたがザコって言ったあたしにだって、今は無理だって分かんだかんね!?」

 

「……ッ」

 

 

燃え盛る怒りに負けじと返された怒声に、杏子は顔を歪ませる。

 

彼女自身、未だホンフーに有効な攻撃方法を見つけられていない事は、さやかに言われるまでもなく痛い程に理解していた。加えて、己が著しく冷静さを欠いている事も。

 

だが、だからといって退ける訳が無いではないか。ここで逃せば、『次』があるかも分からないのだ。

佐倉杏子という存在そのものを陵辱したこの男を、惨たらしく殺さなければ気が済まない。

 

理性と感情の乖離。それが一層大きくなり、噛み締めた歯が軋みを上げて――。

 

 

――ぼう、と。唐突に生まれた淡い魔力反応が、二人のソウルジェムを擽った。

 

 

「っ、何だ?」

 

「……転校生?」

 

 

振り向けば、そこにはほむらが手を掲げ、指先に微量の魔力を纏わせていた。

 

一体何をしている――二人がそう問いかける前に、その魔力はほむらの吐息により中空に流され、一房の黒髪のように漂い。

緩やかにホンフーに纏わり付いたかと思うと、彼の首筋に小さな図形を描き、染み込むように消え去った。

 

その現象に、未だ魔法少女として経験の浅いさやかは首を傾げるだけだったが、杏子は表情を強張らせ、今まで意識外にあったほむらを睨む。

 

 

「……なぁオイ、今のは……」

 

「魔女の口づけの真似事よ。事情はよく分からないけれど、随分とその人にご執心のようね」

 

「口づッ……!? 魔法少女のくせに何て事してんのよあんた!!」

 

 

あっさりと言い放たれた物騒な説明に、当然さやかは熱り立ち。魔法少女としての正義感のまま、ほむらへと食って掛かる。

しかしその鉄面皮は崩れる事はなく、逆に面倒くさいとでも言いたげな溜息が一つ。

 

 

「別に行動を操るだとか、洗脳じみた事は出来ないわ。この人の居場所を分かるようにする、発信機のようなものよ」

 

「だからってそんな、魔女みたいな――」

 

「――とにかく、これで私はこの人を見失わない。離れても、どこに居ても」

 

「……!」

 

 

更に言い募るさやかを遮り、そう告げる。

 

つまりは、必ず『次』を作る事が出来る――。

その意味を理解したのか二人は揃って口を噤み、それぞれ異なる感情を宿した瞳でほむらを見つめ。

 

 

「……この人にどんな因縁があって、何故攻撃できないのかは知らないけれど、話によっては私も協力してもいい」

 

「……こんなザコとつるんでるようなのが、一体何を出来るって?」

 

「今、この場は私の魔法で止まっているわ。そして、さっきの『印』でこの人の行動も把握できる。それでも、」

 

 

――それでも、一度落ち着く事すら出来ない状況なのかしら。

 

 

「…………ッ!!

 

 

そんな何処までも冷静な提案に、杏子は大きく舌打ちを鳴らし。

 

最後に時が止まったままのホンフーを血走った目で睨みつけ――行き場を失くした激情を発散するかのように、力の限り槍を振るう

地面が深く叩き割られ。巻き上がる砂塵が、すぐに色彩を失った。

 

 

 

 

 

 

それからほむら達はまどかと合流し、貸し倉庫跡地を後にした。

 

杏子は最後まで後ろ髪を引かれていたようだったが、余程さやかの言葉が真を突いていたのだろう。

「頭を冷やす」とだけ残し、ほむらの連絡先を毟り取ると一人その姿を消した。

 

おまけに既に陽も落ち、夜の帳が辺りを包む時間帯となっている。

中学生にとっては――特にまどかとさやかの女子二人にとっては、これ以上の拘束は大きな騒ぎに成りかねない。

 

現状、誰にとっても落ち着いた話ができる状況とは言えず。結果として、ほむらは諸々全てを明日に回す事を溜息混じりに提案したのだった。

 

……とはいえ、何も知らないというのも気持ちが悪く。最低限の話は、まどかからテレパシーで教えて貰っていたのだが――。

 

 

(……バッドエンド。超能力者の殺し屋)

 

 

時は戻り、学校。改めてその単語を思い出し、眉を寄せる。

 

何とも陳腐。何とも安直。

これが愛しいまどかから聞かされた物でなかったならば、鼻で笑っていた筈だ。

 

しかし、まどかの言葉とは別に、ほむらは実際にそれらしき麗人を目撃している。

そしてそれは、おそらく相当な難敵でもある筈だ。さやかはともかく、あの杏子があそこまでの反応を見せるのだから。

 

 

(イレギュラーね……それも、とびっきりの)

 

 

これまで結構な年月を(限定的な範囲とはいえ)繰り返してきたが、流石にこのような存在と接触するのは初めてだ。

 

ワルプルギスの夜が近づく現状、可能ならば敵対せずに済ませたかったが――既に手遅れと言わざるを得ない状況かもしれない。

 

昨夜バッドエンドを放置し退却したのは正解だったのか、間違いだったのか。

かつての白と黒の魔法少女のような、蓄積された経験を活かし難い存在に心がささくれ立つ。

 

 

(……まどか達は、インキュベーターから話を聞いたとの事だけど……)

 

 

ふと、疑問が顔を出す。

 

何故奴らは、己にだけ情報を与えなかったのか。

バッドエンドの存在を知らせない事により接触を促し、己を殺させようとでもしたのか。

姿を見せないのはその為か。否、そもそも何故バッドエンドは見滝原を訪れたのか。

 

一度考えれば次々と新たな疑問が湧き出し、頭の中を埋めていく。

ほむらもその一つ一つに付き合い、自分なりの答を出すべく静かに思考に没頭し――。

 

 

「――ねぇってば! 聞いてんの?」

 

「!」

 

 

ばん、と。突然強く机が叩かれ、意識が現実へと戻された。

顔を上げれば、そこにはむすくれたさやかが立ち、苛立ったように半眼で見下ろしていた。

 

 

「……少し考え事をしていたわ。早乙女先生の愚痴は終わったの?」

 

「とっくに終わって休み時間だっつの! じゃなくて、さ……バッドエンドの事なんだけど」

 

 

さやかは声を潜めると、ほむらに顔を寄せる。やはり彼女も気を揉んでいるようだ。

 

 

「……その話は、学校が終わった後に佐倉杏子も交えてする筈じゃなかったかしら」

 

「や、その……アイツ、今どこに居る感じかなって。病院の方とか……行ってないよね……?」

 

「……?」

 

 

一瞬、質問の意図を計りかねたが、すぐに上条恭介の存在に思い当たる。

 

彼がバッドエンドに狙われないか、心配でもしているのだろうか。

若干首を傾げつつ、その程度ならばとソウルジェムの指輪を抱き、昨夜バッドエンドに刻んだ『印』の反応を探った。

 

魔女の口づけとは違い、服端に髪の一房を巻き付けるような儚いマーキングではあるが、ほむら自身の魔力を使用し繋がりを保っている為、感知出来る範囲は非常に広い。

少なくとも、見滝原どころか複数の市を跨ぐ程度ならば問題なく反応を追える筈だが――。

 

 

「――安心なさい、今は……神浜の方向に移動しているわ。あなたの想い人には近寄ってもいない」

 

「そ、そっか。ならよかっ――いやいやいや! お、想いビっ、な、なんっ、そなっ……!?」

 

「日本語を忘れたようね。二時限目の国語、頑張って」

 

 

慌てふためくさやかに冷たく言い放ち、再び思考に意識を割く。肩こりの意趣返しである。

 

 

「ぐ、くぬぬぬ……やっぱあんたキライだっ」

 

 

苦し紛れにそう残し、まどかの下に走り去るさやかにヒラリと一度手を振った。

……素直に甘えられて羨ましいな。僅かに残る過去の自分が、片隅でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

放課後。

学校を終えたほむら達三人は、隣町にかかる位置にひっそりと放置された、ある廃教会へと集まっていた。

 

いつもまどか達が話し場として使っているファミリーレストランでは、会話の内容が些か不釣り合いだという事もある。

 

だが、一番の理由はそれでは無い。

扉を開けた先、崩れかけた長椅子に腰掛け林檎を齧る少女――佐倉杏子がここに居るであろうと踏んでいたからだ。

 

 

「……フン、こっちから行くつもりだったんだけど。何で分かったんだよ、ここに居るって」

 

「魔法よ」

 

「…………あたしにも『印』っての刻んでるんじゃないだろうな……」

 

 

簡潔な一言に杏子は己の首筋を擦るが、当然そこには何の魔力も感じない。

暫く疑わしげな瞳でほむらを見つめていたものの、やがて「ま、いいや」と切り捨て、残っていた林檎の芯を口の中へと放り込む。

 

……その様子からして、大分冷静さを取り戻しているようだ。こっそりとさやかが息を吐いた。

 

 

「で、そこのザコや魔法少女じゃないのまで集めてどうすんだい。コッチとしちゃ、あんたとだけ話するつもりだったんだけど」

 

「ぐ……ざ、ザコじゃなくて美樹さやか! あたしだって無関係でいられない理由があんのよ!」

 

「知んねーよ勝手にやってろ」

 

 

面倒臭げにそう返し、長椅子から立ち上がると改めてほむら達へと向き直る。

そして暫くさやかとまどかを睥睨した後、軽く鼻を鳴らし教会の奥を顎で示した。

 

 

「奥、入んな。長くなりそうだし、立ち話ってのもダルいだろ」

 

 

 

 

 

 

自己紹介。

持っている魔法の説明。

そして、互いの持つ情報のすり合わせ。

 

完全に仲間となった訳ではない以上、当然それぞれが隠すものは幾つもあった。

しかし連携に支障が出ない程度には情報共有が成され、さやかと杏子も反発はし合っているものの、昨夜のように戦い始める空気は無い。

 

本人たちの認識はどうあれ、魔法少女達の関係においては話し合いを通じ、若干の歩み寄りを見せるに至っていた。

 

……が。

 

 

「……洗脳。透明化。風を操り、攻撃を跳ね返し、魔法少女以上の身体能力……?」

 

「えぇ……いやあたしも見てたけどさ、流石にちょっと盛り過ぎじゃ――あたっ」

 

 

杏子が語るバッドエンドの情報に関しては、ほむらは勿論、実際に相対したさやかでさえ半信半疑と言った反応であった。

 

それも当然、持つ能力があまりにも強力かつ多彩に過ぎるのだ。

おそらく、魔法少女でさえもこれ程までに多種多様な能力を持った者は居ないだろう。杏子もそれは分かっているのか、さやかを軽く小突くだけに留め。

 

 

「それが超能力ってやつなんだろ。沢山あんのか一個を応用してんのかは知らねーけど、あたしはそれを体験した」

 

「……だからあの時、攻撃を躊躇していたのね。何故仕留めようとしなかったのか疑問には思っていたけれど……」

 

「ほむら、だっけ。例えばあんたの銃、下手にアイツの脳天にブチ込んだら自分のアタマが破裂するだろうさ。多分、止まってようがいまいがな」

 

 

杏子は指でピストルを形作り、己の頭に突きつけ――ぱん、と小さく跳ね上げる。

 

ほむらは時間遡行という世界の理に反する魔法を扱えるが、決して不死という訳では無い。

むしろまどかを救うという命題を掲げる以上、死は絶対に避けねばならない事であり、杏子の指鉄砲を見る視線が自然と鋭いものとなる。

 

 

「……全て本当だとして。そんなものと戦おうなんて何を考えているの?」

 

「うっせぇ。何が何でもアイツを殺すって決めたんだ、あたしは」

 

 

明確な怒りと殺意を込めて言い切り、靴底で強く床を叩く。

 

 

「だからこそ、昨日はあそこで退いたんだ。我慢してあんたの提案に乗ってやった。刃を通す方法を考える為にね」

 

「……躱す気は、無いようね」

 

「ああ。ビビったってんなら、戦うのはあたしだけでいい。ただ――その便利な魔法で、協力だけはして貰うよ」

 

 

気付けば、杏子の手には紅の槍が握られていた。

拒否すれば、その刃はどこに向く事やら。ほむらは大きな溜息を吐くと、仕方がないと首肯する。

 

 

「……いいわ。けれど、こちらも――」

 

「分かってるよ、さっき聞いたワルプルギスの夜の事だろ。あのカマ野郎ぶちのめせたら、あたしも協力してやるよ」

 

「……そう」

 

 

杏子はそう約束をするが、手放しに喜ぶ事は出来そうもなかった。

 

ワルプルギスの夜がこの街に来るまで、残された猶予は僅かしか無い。

果たしてその間に、全てが無事に済むのかどうか。ほむらの眉間に深い皺が寄る。

 

 

「…………」

 

「さやかちゃん……」

 

 

……そして、そんな二人の様子を複雑な表情で見つめる視線があった。

さやかとまどか――その理由は異なれど、蚊帳の外に置かれる二人のものだ。

 

 

(殺す……って、やっぱそのまんまの意味だよね)

 

 

マミの意志を継ぐと決めたのならば、絶対に止めるべきなのだろう。

 

例え相手が殺し屋であり、恭介にちょっかいを掛けていたとしても、人を殺す事は「悪」である。

さやかの正義感も、見過ごしてはならないと大声を張り上げている。しかし。

 

 

(……今のあたしじゃ、二人を止めらんない。それどころか、同じところにすら立ってない……)

 

 

杏子との戦いと、バッドエンドとの相対。そしてその顛末。

全ての機会に置いて何も活躍できず、実力も経験も知識も足りないという事は深く自覚させられていた。

 

……だが、それとは別に、意志や芯とも言うべき何かが及んでいない気がしたのだ。上手く形には出来ないのだが、そう感じる。

 

 

「……あーもー! こんなんだったら、せめてもっとキュゥべえから何か聞いときゃよかった! そうすりゃちょっとは……!」

 

 

魔法少女としての戦い方、心構え。バッドエンドの詳しい情報。その他諸々。

彼から聞いておくべき事は山ほどあった筈であり、聞き流すべきではなかったのだ。

 

しかし、今となってはそれも出来ない。胸のモヤモヤを吐き出しつつそう嘆くさやかに、杏子の胡乱な視線が飛んだ。

 

 

「うっせーなぁ……。キュゥべえって、アイツなら呼べばいつでも――あーいや、そういやそうだったな……」

 

「……あ、そっか。みんな、暫くはキュゥべえと会えないんだね……」

 

 

途中、杏子が思い出したように納得し、これまで会話に入らなかったまどかまでもが頷いて。

唯一ほむらだけが事情を理解できず、怪訝な表情で首を傾げた。

 

 

「……あの獣について、何か知っているのかしら。ここ最近見かけないのだけれど」

 

「あん? 何って……あんたも聞いてんだろ? あのカマ野郎――つーか、ジャジメントに関わったら、そいつには顔見せらんなくなるっての」

 

「いいえ、初耳だわ。奴自身が言っていたの?」

 

「う、うん。理由は分からないけど……」

 

 

それも、これまでの繰り返しで得た事の無い情報だ。

 

奴らは嘘をつかない以上、口にしたのならば事実ではあるのだろう。

しかし、ほむらがジャジメント所属だというバッドエンドと相対したのは、昨夜が初めての事だった。

 

それ以外にジャジメントと接点を持った事は無く、インキュベーターの姿を見なくなったのはそれ以前。

これは一体どういう事か、顎に手を添え考えて――。

 

 

(……! まさか……)

 

 

――『TX及びクモ強奪計画』。その存在を思い出す。

 

そういえば、あの夜に侵入した実験施設はジャジメントの物であった。

思えば、確かに『TX』との接触はしている。そしてインキュベーターが姿を見せなくなった時期とも合致する。

 

 

(これを原因とするなら、筋は通る。けれど……)

 

 

だが、何故ジャジメントなのだ。逆に疑問が深まるが、答えは出ず。

 

 

「……そうだ! まどかなら、まだキュゥべえと話せるんじゃない? バッドエンドと会ってないしさ」

 

「え……そうかな?」

 

「っ……」

 

 

反射的に声を上げかけ、飲み込んだ。

 

ほむらがまどかのこの場への同行を許したのは、昨夜同様見えないインキュベーターを警戒しての事だ。

本音としては会話すらさせたくは無かったが――彼女がインキュベーターと接触できるのかどうか、非常に気になる所ではあるのもまた事実。

 

さやかにテレパシーを促され、困り顔でちらりと視線を送るまどかに、ほむらは渋々と頷いた。

 

 

「……えっと、じゃあ――」

 

 

魔法少女三人の視線を受けつつ、まどかはおずおずと目を瞑り。

心の中でキュゥべえを求め名を呼び、そして。

 

 

(――やぁ、まどか。キミから連絡を取ってくれるなんて嬉しいよ、どうしたんだい?)

 

「! キュゥべえ!」

 

 

脳内に可愛らしい声が返り、まどかは明るい声を上げ。どこかで舌打ちが一つ鳴った。

 

 

(あのね、さやかちゃん達がバッドエンドって人と戦ったんだけど、私は会ってないからどうなのかなって、試しに……)

 

(……やっぱり、そうなっていたんだね。昨日の夜からキミ達に近づけなくなったから、そうじゃないかとは思っていたんだ)

 

 

いつもと同じ淡々とした声音であったが、僅かに残念がっているようにも聞こえたのはまどかの気のせいであったのか。

ふと見ればさやか達の怪訝そうな表情が映り、慌ててキュゥべえの言葉も声に出して周囲に伝える。

 

 

「で、でも、私は大丈夫なの……かな? こうやってテレパシーはできるみたいだけど……」

 

(うん、会話はできるようだね。でもジャジメントと接触したさやか達と一緒に居るためか、少し影響は受けているみたいだ。キミの方から求めが無いと、テレパシーでの会話も繋げられないよ)

 

 

どうやら、昨夜からまどかには接触を図ろうとはしており、そして失敗していたようだ。

 

多少は自分に有利な展開となっていた事にほむらは密やかに喜ぶが……裏を返せば、まどかが求めれば会えるという事でもある。

すぐに気を引き締め、生まれかけた油断を消した。

 

 

「つってもさぁ、そもそも何でそんな面倒なコトになってんの? 何、アレルギーとかそんな感じ?」

 

「――って、さやかちゃんが言ってるけど……」

 

(……、)

 

 

外野の疑問をキュゥべえに伝えると、彼はほんの一拍沈黙した。

しかしそれをまどかが疑問に思うよりも早く、言葉を返す。

 

 

(アレルギー……とは、ちょっと違うかな。僕のこれは自己の過剰免疫じゃなく、外から強制されるルールみたいなものだから)

 

「外からのルール……?」

 

(うん。僕がジャジメントに近づけないのは――ある魔法少女、その願いの結果なんだ)

 

「なんじゃそら」

 

 

まどかを通じての答えに、堪らずさやかのツッコミが入った。

 

 

「……何か、独特なお願いだね。キュゥべえをジャジメントに近づけない事を願うなんて……」

 

「スーパーの食品売り場でフンでもしたんじゃないでしょうね」

 

(僕はそういった行為はしないよ。近づけない対象がジャジメントになっているのは、ちょっとしたアクシデントの所為なんだ)

 

「ホントかなぁ……んで、どんな魔法少女なのさ、その子」

 

 

そんな何気ないさやかの問いかけを伝えられ、キュゥべえは(そうだね……)と呟き。

記録を辿るように、或いは少女達を傷つけぬ言葉を選ぶかのように間を挟み――。

 

 

(実を言うと、僕も彼女の事はよく知らないんだ。互いに友好を深める間もなく、交流は終わってしまったからね)

 

「……それって……」

 

 

 

(――周りからは、ピースメーカーと呼ばれていたかな。非常に貴重な種類の超能力者であり、数秒間だけの魔法少女となった子さ)

 

 

 

――やはり、変わらぬ調子のままに。

 

不穏混じりの明るい声音が、まどかの心を寒々しく揺らした。

 

 




『暁美ほむら』
みんな大好きほむらちゃん。何か凄く久しぶりな気がする。
さやかを見捨てると決めたが、その魔法は意図せず彼女を生かしたようだ。
対処しなければいけない敵が増え頭痛が痛い。でも大好きなまどかの為ならエンヤコラである。


『美樹さやか』
みんな大好きさやかちゃん。ソウルジェム(モツ)抜きから運良く生存した。
頑丈っていうイメージが先にあるから、割と扱い雑になりがち。でもそれが魔法少女としての強みでもあるので難しいところ。
それもこれもミラーズで固いせいだ!


『鹿目まどか』
みんな大好きまどかちゃん。最近なぎさに端末を爆殺された。
キュゥべえの言葉をみんなに伝える際はキチンと要点まとめてます。
文字上はそのままですが、まどかフィルターを通しているという事でどうか一つ。


『佐倉杏子』
みんな大好きあんこちゃん。絶対ホンフー殺すウーマン。
黒い方とは手は組んだが、まだあんまり信用してないようだ。
青い方はうぜーなーとは思いつつ、若干距離は近くなったようだ。
ピンクの方にはあんまり興味は無いが、少しは気にかけてやるかーという感じのようだ。


『ウ・ホンフー』
何やら神浜へと移動しているらしい。
沈黙に加えロックオンまで付与されていた。
魔術的なヒトではないので、魔防はゼロに等しいようだ。


『キュゥべえ』
みんな大好きド畜生。悪意はないんだ、悪意は……。
昔ちょっとしたオイタをしたら縛りプレイを受けちゃった! ひどいや!


『早乙女先生&中沢』
どの媒体でも大抵ペア。
叛逆でもそうな辺り、ほむらにとっての日常の象徴だったのかもしれない。


『印』
まほうのちからって すげー!


『ピースメーカー』
パワポケ世界における特大級の爆弾。故人。


絶対次は短く切る。


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13話 何か、すごく聞きたくなった

――物心が付いた頃には既に。その少女は、清潔な檻の中に居た。

 

 

否、本当は過去の記憶を忘れているだけなのかもしれない。

しかし少女の記憶は確かに檻の内側より始まっており、それ以外の景色は見た覚えもない。

 

自由、という言葉の意味も知らなかった。

来る日も来る日も何事かの検査・調整を受け、時には薬品を打たれ。そして己の裡にある『よく分からないもの』を強引に外へと引っ張り出されるのだ。

 

それは光を集める力。

熱を集める力。

振動を、渦を、命を、感情を――この世の全てを操る力。

 

少女の周りに居た白衣を着た大人達はそれを『エントロピーの収束』と呼んでいたが、当然幼い彼女に理解できる筈もなく。

二度ほど癇癪を起こし、檻を破壊した事もあった。されど逃げる事は叶わず、すぐに捕らえられ次の檻へと移されるだけ。

 

――彼女の生は徹底的に管理され、計画的に消費されていた。

 

 

……だが、ある日。そんな少女の前に、一匹の白い獣が現れた。

自らをキュゥべえと名乗るその獣は、少女に対しある取引を持ちかけたのだ。

 

 

『僕と契約して、魔法少女になってよ!』

 

 

……それは、少女が心の奥底で望んでいた、自由な世界への誘いであった。

 

キュゥべえ――インキュベーターは、増大する宇宙のエントロピーを引き下げる為に活動する宇宙生命体である。

 

エントロピーとは、熱学的エネルギーの不可逆性。

決して元には戻らない、使い切った熱量の度合いを指す。

 

それが増大し極まった時、その宇宙では何をしようともエネルギーを得られない熱的死の状態に陥り、宇宙そのものが滅びてしまう。

 

そのような運命を回避すべく魔法少女というシステムすら生み出したインキュベーターにとって、エントロピーを収束させるという力を持っていたその少女は、正しく望外の至宝たる存在であった。

 

彼は理解した。この至宝の少女が、この清潔な檻に囚われている事を。

彼は察した。彼女が怯え、自由を望んでいる事を。

彼は決定した。彼女を魔法少女の契約によりこの施設から解き放ち、この宇宙の為にその力を研究利用する事を。

 

インキュベーターの技術として、生物の生命活動を止めぬままに保存し、その意識を精神世界に封じ込める装置がある。

それを用いて少女を囚え、彼女の求める自由を――望む世界を精神世界に構築させ続ければ、精神は安定しソウルジェムの濁る速度は非常に遅いものとなるだろう。

 

予測では、少女が『終わり』を迎えるまでは十年以上の猶予ができる。

それだけの期間があれば、彼女の身体と能力の全てを研究し尽くす事は可能である筈だった。

 

少なくとも、彼らにとって超能力の研究は、魔法に至るまでの道筋の上にあったのだから。

 

 

『キミがここから出たいと望めば、その願いは叶うだろう。さぁ、僕に身を委ねて――』

 

 

インキュベーターはそう囁き、腕部としても扱える耳を少女の下へと伸ばす。

 

彼は彼女が自らの提案を断る事など、微塵も想定していなかった。

何故なら、望む自由が手に入るのだ。多少『窮屈』ではあるかもしれないが、少女がそれを自覚する事はないのだから、何一つ問題は無い。

 

感情という揺らぎを排除した効率的な思考は、そう結論を出していたのだ。

 

 

『――――』

 

 

……だが。

 

だが、少女には分かっていた。

 

彼女の目には、白い毛皮は白衣と見え。

伸ばされる耳は、己に器具を装着させようと迫る腕と映り。

 

意味の分からない言葉も、無機質な瞳も、全てが同じ。

その獣は、今まで自分を管理し続けてきた白衣を着た大人達と、何一つとして違いは無かった。

 

そして、だからこそ理解したのだ。

 

この手を取っても自由は無い。それどころか、更に碌でもない場所に囚われる。

子供の妄想――しかし、描く地獄はこれ以上無く真実を突いていて。

 

 

――その時。恐怖に震える少女は、三度目の癇癪を起こした。

 

 

 

『――ちかづくなあああああぁっ――!!』

 

 

 

……インキュベーターにとっての不幸は、少女が彼の研究者としての質を見抜いた事と、その叫びが心からの願いであった事だろう。

 

『近づくな』という願いは正しく叶えられ、インキュベーターは少女から離れるように吹き飛んだ。

当然それは少女が魔法少女となった事を意味しており、その耳には未だソウルジェムが――少女の命が握られていたままだった。

 

今彼女を死なせる事は、宇宙にとって多大なる損失である。

インキュベーターは強大な斥力に潰されながらも、必死にソウルジェムを少女の下へと届けようと身動ぎ、足掻き、そして――。

 

 

――次の瞬間、全てが溶けた。

 

 

エントロピーの収束。

その超能力の暴走により異常な程の熱量が生まれ、周囲一帯がマグマ溜まりと化したのだ。

 

檻、白衣の大人、キュゥべえ――そして、ソウルジェム。

そこに在ったあらゆる物が形を失い、蒸発する。

 

過去二回の暴走時、少女は生存本能による無意識の能力操作により生き残る事が出来た。

しかし今回は命たるソウルジェムを喪ったが為にそれも無く、ただ散った。

 

そうして暴走した超能力は、少女の身体が消滅した後も長時間に渡り発動し続け、甚大な被害を撒き散らし。

残った物は、これまでに少女から採取し別の場所にて保管されていた僅かな量の細胞片と、インキュベーターへの『願い』のみ。

 

そしてインキュベーターにとっては更に不幸な事に、その『願い』は少女のDNAの一片にすら適応されるものだった。

 

 

――この瞬間より。インキュベーターは少女のDNA情報を所有する者達に対し、一切の接触を禁止されたのだ。

 

 

少女――検体名、ピースメーカー。

彼女を研究・管理していた組織の名は、ジャジメント。

 

以降、彼らは残ったピースメーカーの細胞片を元に、彼女の超能力を再現する為長きに渡り研究を続ける事となる。

それが、インキュベーターに枷を嵌める行為であると知らぬまま。

 

 

……未だ、超能力の研究が前進し始めたばかりの時代。

人工的な超能力者が増加し始め、インキュベーターがジャジメントに利用価値と脅威を見出した直後の出来事であり。

 

様々な意味で非常に大きな損失として、彼らの記録に刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

話し合いも一通り終わり。廃教会から外に出ると、冷たい風が吹いていた。

それは軽く前髪を揺らす程度のものだったが、根こそぎ体温を奪われた錯覚を受け、さやかはぶるりと身を震わせる。

 

 

「おおぅ……風強っ、さっきまで吹いてなかったのに」

 

「……もう、『夜』が近いもの。その影響でしょうね……」

 

「ふーん……」

 

 

さやかの気のない返事を聞き流し、続くほむらが風に靡く黒髪を抑えて空を見上げた。

 

視線の先は風上に向き、まるでそこに座す何かを睨んでいるかのようだ。

そんな剣呑な雰囲気を纏う彼女に気付いたのか、後方に立つまどかが心配そうにその姿を見つめ――やがてほむらの方もそれに気付き、すぐに夜空の彼方より目を逸らす。

 

 

「にしても、『近づくな』って願いかぁ……やっぱ、殺し屋なんて雇ってるだけあって、いっぱい酷いことやってんだね」

 

 

ぽつりと、どこか固い声音でさやかが零す。

 

――それは、つい先程キュゥべえ自身から聞いた、彼がジャジメントへの接触を禁じられた原因となった事件の事だ。

 

ジャジメントの施設に囚われていた、ピースメーカーという少女。

キュゥべえは彼女を助けようとしたものの、錯乱してしまい失敗。

『近づくな』という願いだけを残し、能力を暴走させて消え去った――そのような、不幸な悲劇。

 

キュゥべえはその出来事により、ピースメーカーの細胞を研究するジャジメントに関わる行動が出来なくなった、との事だが――。

 

 

「……あなた、あの話を全て信じているの?」

 

「え? まぁそりゃそうでしょ、キュゥべえの言う事だし……ねぇ?」

 

「うん、キュゥべえが嘘つくとは思えないし……」

 

「…………」

 

 

……これがさやか一人だけであったら、馬鹿にする言葉の一言でも吐いていただろう。

だが愛しのまどかも同意したとなればそうはいかず、溜息一つに押し留めておく。

 

――ほむらは、今回キュゥべえが語った出来事をまるで信じていなかった。

 

否、ジャジメントに接触できなくなった理由としては、確かに事実ではあるのだろう。

されど、その裏には碌でもない思惑と真実が幾つも隠されている筈だ。

 

まどかを通じての言葉である為、表立っての詰問は出来なかったが、そう確信していた。

 

 

「……あなた達は、もう少しあの獣を疑った方が身の為よ。でないと何時か今以上に取り返しの付かないことになる」

 

「何それ。少なくとも、あんたよりは信用できるわよ」

 

「あの佐倉杏子もあまり信じていない様子だったでしょう。奴との付き合いはかなり長いにも関わらず」

 

 

マミに次ぐベテランである杏子。

キュゥべえが話す間、終始胡乱げな半眼であった彼女の反応を引き合いに出せば、さやかはむぅと黙り込む。

しかしすぐに納得出来ないと口を尖らせた。

 

 

「や、アイツは何かほら……ひん曲がってるじゃん。跳ねっ返るのが当然みたいな感じだし、参考になんないでしょ」

 

「さやかちゃん、流石にそれは……」

 

 

その言い草にまどかが諌めに入るものの、つい昨夜にさやかは杏子から手酷く攻撃を受けているのだ。

強く当たる理由も分かるのか、その言葉尻は紡がれる事無く立ち消えていく。

 

ちなみに当の杏子と言えば、ピースメーカーの話よりもバッドエンドの情報を求めたものの、やはり詳細な情報を持っていない事が分かると舌打ち一つ。

粗方の情報共有が済んでいた事もあり、現状これ以上つるんでいる理由もないと一人何処かへと立ち去った。

 

今後はバッドエンドにダメージを与える方法を考えつつ、定期的にほむらと連絡を取り合う心算であるらしい。

……無論、さやかとまどかは抜きにして。

これはこれで頭が痛むほむらであるが、それはさておき。

 

 

「……とにかく、あまり奴に心を許さないで。特に、提案に乗ってまどかを魔法少女にするだなんて事は……」

 

「それは分かってる。……あたしが、頑張る」

 

「……そう。なら、いいわ」

 

 

力強く睨むさやかにそう返すと、ほむらは身を翻して別方向へと歩き出す。

 

 

「あ、あのっ。良かったら、ほむらちゃんも一緒に帰ったり――」

 

「悪いけど、私も用事があるの。帰りは二人で行きなさい」

 

 

その取り付く島もない言葉にまどかも口を噤み、去っていく黒い髪を見送るしか無く。

おずおずと伸ばしかけかけた腕が、静かに垂れた。

 

 

 

 

 

 

「――んじゃ。また明日ね、まどか」

 

「うん……ごめんね、送って貰っちゃって……」

 

 

二人で家路を辿る最中、会話はあまり無かった。

 

ピースメーカーの話、バッドエンドや杏子、ほむらの事。そして、これからの展望――。

それぞれの中で考える事が幾つもあり、雑談に興じる気にもなれなかったのだ。

 

一言、二言。小さな相づちのようなものを交わすだけに終わり、気付けばまどかの自宅の前に居た。

 

 

「……あの、気をつけてね、魔女だけじゃなくて……」

 

「殺し屋にもでしょ? そこら辺はダイジョーブ博士だって、今は……転校生の『印』ってのもあるんだからさ。イザってなったら知らせが来るよ」

 

 

まどかの心配を吹き飛ばすように胸を叩く。

何となく、ほむらの名前を呼ぶ気にはなれなかった。

 

 

「それよりまどかも、あんまり思いつめないようにしなよ。あたしは頼りにしてるし、こうなるとキュゥべえとの連絡も大切なんだから」

 

「……うん、ありがと。さやかちゃん」

 

 

その言葉に若干ながら救われたのか、まどかは小さく、しかし柔らかく笑い。

さやかもそれに力強く笑い返し、彼女の家を後にした。

 

 

「…………」

 

 

隣にあった体温が消え、一層冷たくなった風を我慢する。

 

そうして一人歩いていると、やはり色々な事を考えてしまう。

今はその時間を共有できる者も無く、どうにも心がざわついた。

 

……少し遠回りして、人通りの多い道を通ろうか。

そう思い立ち、明かりの多い方向へと足を向け。

 

 

「……ん?」

 

 

遠くの景色。住宅街の上空に、舞い踊る何かが小さく見えた。

 

虫か鳥か。或いは風に飛ばされたゴミかとも思ったが、その動きは明らかに意思を持ったものであり、すぐに違うと確信する。

それはどうやら民家の屋根と屋根の間を跳ね渡り、何処かを目指し進んでいるようだ。

 

 

「まーた使い魔かぁ……?」

 

 

だとしたら、放ってはおけない。

さやかはソウルジェムの指輪を胸に握りしめ、魔法で視力を強化し目を眇め――。

 

 

(…………杏子?)

 

 

赤みの強い長髪に、同じく赤を基調とした装束。

その姿は見間違えよう筈もない、先に一人姿を消した佐倉杏子のものだった。

 

彼女がああして魔法少女となっているという事は、やはり使い魔か魔女でも現れたのだろうか。

しかし見た限りでは槍を担いでいる訳でもなく、急いでいる様子でもない。

 

 

(魔女……ってワケじゃなさそうだけど……ああもう!)

 

 

少し迷ったが、杏子は使い魔に人を喰わせて育てるような「悪」であった事を思い出し。

見ない振りして放置しておく事も憚られ、彼女の姿を見失わない内に地を蹴った。

 

 

 

これまでの態度から、下手に追跡を察知されれば面倒くさげに振り切られるであろう事は容易く想像がついた。

 

故にテレパシーや目立つ魔法の使用を避け、気づかれにくい地上から空を見上げて全力疾走。

さやかは建物の合間に見える彼女の姿を常に視界へ留めつつ、通行人の間を縫い走り。必死にその背を追いかけた。

 

そうして何度も見失いそうになりつつ、何とか杏子の降り立った場所に辿り着けば、そこは――。

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……ま、マミさん家……?」

 

 

――高層タワーマンションが立ち並ぶ一角。

その内、巴マミの住居がある一棟の屋上に降り立ったようだ。

 

一体こんな場所で何をするつもりなのか。

さやかは疑問に思いながらも物陰で魔法少女へ変身し、杏子に続き屋上へと登るが――しかしそこには誰も居らず、内部へと繋がる扉が風に吹かれて揺れていた。

 

 

(偶然……なのかな。アイツとマミさんに何か関係あったとか、思いづらいんだけど)

 

 

片や憧れる正義の魔法少女。片やとっちめるべき悪の魔法少女。

 

どうみても敵同士であり、友好があるとは思えない。首を捻るも答えは出ず、一先ず変身を解きつつ扉を潜り。

そうして飛び降りるように階段を下れば、すぐに目的の階層へと到着。そのままの勢いで廊下へ飛び出し、マミの部屋の前を見た。

 

 

「――やっぱ居たっ!」

 

「あん? ……うっげ」

 

 

すると予想通り、そこには杏子の姿があった。

今まさに部屋のドアノブに手をかけようとしていた彼女は、突然現れたさやかに『面倒くせぇのが出た』とそれはもう苦い表情を浮かべている。

 

 

「何でこんなとこに居んだよ……」

 

「それはこっちのセリフだっての! あんたこそマミさん家の前で何してんのよ!」

 

「うるせーな。別に何でも良いだろ……ほら」

 

 

しっしと手を振りながら、さやかの釣り上がった眦の前に何かの鍵を掲げた。

……何を言いたいのか分からず、疑問に眉を顰めたが――すぐにマミの部屋のものだと気付き、目を丸くする。

 

 

「なっ……!? なんであんたが鍵なんて――」

 

「マミのじゃない、合鍵さ。とにかく、あたしはここに入る権利があるんだ、分かったらとっとと消えな」

 

「あっ、ちょっと!」

 

 

驚いている間にドアが開かれ、杏子が部屋の中へと滑り込む。

しかしさやかもそうはさせぬと後を追い、素早くその手を掴み引き止める。杏子の額に青筋が走った。

 

 

「……しつこいね。またぶちのめすよ」

 

「か、鍵はともかく! どうせマミさんが居なくなったからって、お金とか色々持ち出す気なんじゃないの!? そんなの許せる訳無いでしょうが!」

 

「はぁ!? 何であたしがそんな――……、……」

 

 

咄嗟に反論しかけたものの、途中でこれまでの己の所業を振り返ったようだ。

疑われても言い返せないと悟り、顔を歪める。舌打ちと共に掴まれた腕を振り払い、さやかと暫く睨み合い。

 

 

「……ったく。しゃーねーな、ならあんたも来な」

 

「は? あ、ちょっと!」

 

 

嘆息。一言だけ残し、さやかを置いて部屋の奥へと歩き出す。

そして首を傾け目線だけを背後に向けると、つまらなそうな表情で呟いた。

 

 

「――墓、作るの。油断しておっ死んだ、どっかのマヌケのね」

 

 

 

 

 

 

杏子がマミの部屋から持ち出したものは、彼女が生前に愛用していた髪留めのリボン一つだけだった

 

それ以上は何一つとして手を触れず、警戒するさやかが拍子抜けする程にあっさりと部屋を後にしたのだ。

まるで、部屋の残るマミの気配の残滓から逃げ出すかのような――少なくとも、さやかにはそう見えた。

 

 

「……ねぇ、あんたとマミさんってどんな関係だったのよ」

 

 

マンションを訪れた際と同じく、屋上から空に飛び出した杏子を追いかけながら、さやかがそう問いかける。

 

 

「合鍵とか、お墓とか、さっきの感じとか。何か知り合いっぽいけど」

 

「……別に、大したコトじゃない。一時期、アイツと組んでたってだけさ」

 

「は? あんたみたいのとマミさんが――っとぉ!?」

 

 

驚きにバランスを崩し、足場とした高層ビルの上から滑り落ち。しかし咄嗟に縁を掴み、そのまま空へと舞い戻る。

街には未だそれなりに人通りがあったが、その危なっかしい姿に気づいた者は居ないようだった。変化のない眼下の様子に安堵の息を吐き、再び杏子の背中を見た。

 

 

「い、いやいやいや……あり得ないでしょ。宿敵とか、ライバルとかなら分かるけど……ああでも合鍵……」

 

「ハ。別に信じなくても構いやしないよ。どんな関係だろうが、もう意味なんて無いんだ」

 

「――……」

 

 

吐き捨てるようなその言葉に何を言うべきか。迷ったものの、見つからず。

どこか沈んだ気のする空気を敢えて無視し、話を変える。

 

 

「っていうか、どこに行くつもりなのよ。墓地もう過ぎちゃってんだけど」

 

「……誰が土地代持つんだよ。いいから黙ってな、すぐそこだ」

 

 

その後もあれこれと言い合いを続ける内、やがて杏子は街外れにある山の中腹辺りへと降り立った。

さやかには何の変哲もない森にしか見えなかったが、よく見れば草木の合間に道のようなものがあり、奥へと続いているようだ。

 

魔法少女の装いを解いた杏子は慣れた様子でその道へと進み、さやかも慌ててその背を追った。

 

 

「……お?」

 

 

そうして暫く歩き続けていると、開けた場所に辿り着く。

 

木々の隙間より見滝原の街が見渡せる、小奇麗な丘だ。

ふと視線を落とせば、地面には所々傷跡のようなものが刻まれている。

 

明らかな人の気配ではあったが、全て雑草で覆い隠されており、最近は誰も訪れていないらしい事が窺えた。

 

 

「広場……っぽいけど、何ここ」

 

「新人時代の魔法練習場。あんたも似たような場所、作ってんだろ」

 

「…………」

 

「ねーのかよ。そら弱い訳だ」

 

 

杏子は首を明後日の方向へ捻じ曲げるさやかに呆れた目を向けつつ、街の景色がよく見える場所を幾つか回る。

そして、特に見晴らしの良い場所に生えている一本の木に近づき――その一番太い枝に、マミのリボンを巻き付けた。

 

 

「ま、こんなもんだろ」

 

 

しっかりと、外れないように。きつくきつく締め上げ、杏子は満足げに頷きを一つ。

軽く幹を叩きつつ、風に揺れるリボンを見上げた。

 

 

「……もしかして、それがお墓のつもり? 冗談でしょ」

 

「まともに死ねない魔法少女に、まともな墓が建つかっての。いいんだ、これで」

 

「いいって、そんな――……」

 

 

納得行かない様子を見せるさやかだったが、杏子の浮かべる表情に思わず目を奪われる。

 

――それは過去を懐かしむような、幽かな笑み。

しかし同時に、寂しさや哀しみといった感情も含んでいるようにも見え、一目では底を読み取れそうに無かった。

 

……口にしかけた文句が立ち消え、代わりに疑問が胸に湧く。

 

 

(……こいつ。もしかして、あたしが思ってる以上にマミさんの事……?)

 

 

そんな筈はない、と心に住まう「正義」は言う。

 

美樹さやかにとって佐倉杏子は、決して迎合できない「悪」である。

手慣れた様子で人を傷つけられる事からも、多様な犯罪をしている可能性が極めて高い。マミを偲び、そして想う優しさなど持ち合わせている訳がない。

 

……ない、と。

そう思っている、筈なのだが。

 

 

「…………」

 

 

もう一度、マミのリボンを見上げる。

 

濃い橙色のそれは空の群青によく映え、風に吹かれて棚引き、揺れて。

……それを眺める内、さやかは自然と杏子に話しかけていた。

 

 

「……ねぇ」

 

「あん?」

 

「ここ、後でまどかも連れてきて良い?」

 

 

その言葉に杏子は片眉を上げたが、特に反対する事はなく。

「勝手にしな」と呟き、「ありがと」と返った。

 

それきり会話は途絶え、暫く無言の時が過ぎ。

 

 

「……ねぇ」

 

「んだよ、うっさいな」

 

「ここ、練習場って言ってたけど……もしかして、マミさんに魔法教えて貰ってたの?」

 

「…………」

 

 

舌打ちが一つ鳴った。どうやら図星であるらしい。

 

 

「やっぱそうなんだ。思い出がなきゃ、こんなとこにお墓作ろうと思わないもんね」

 

「オイ。信じてねーってのはどうした」

 

「いやまぁ、ぶっちゃけまだ疑わしくはあるけどさ……」

 

 

だから、と繋ぎ、さやかは杏子を正面から見据えた。

そこにはマミの部屋での時とは違い、険悪な雰囲気は無く。

 

 

「――あんたが知ってるマミさんの事、教えてくんない? 何か、すごく聞きたくなった」

 

 

まっすぐに、言い切った。

 

それを受けた杏子は一瞬きょとんと呆けた後、胡乱げな半眼となり。やがて乱暴に後頭部を掻き毟る。

 

 

「……付き合ってらんねー……って、言いたいとこだけど」

 

 

ちら、と。彼女もまたマミのリボンを見上げ、溜息を吐き。

観念したかのように、その木の幹に体重を預けた。

 

 

「ま、今日だけだ。腹が鳴るまでなら、無駄話してやんなくもないよ」

 

「……食いしんぼキャラかよ」

 

 

さやかも木の反対側にもたれ掛かり、幹を挟んで言葉を交わす。

 

それは決して和やかな内容ではなかったが、昨夜の出来事を思えば驚く程に険の取れたものであり。

会話の端に小さな笑みが交じり始めるまで、あまり時間はかからなかった。

 

 

――見滝原の街を見下ろす、山の中腹。

 

はためくリボンのすぐ下で、二人の少女の声が静かに響き続けていた。

 

 

 




『暁美ほむら』
みんな大好きクールなほむほむ。そろそろそわそわしてきた。
インキュベーターの言葉なんて信じる訳無いでしょう派。
とはいえ、ピースメーカーなる少女には多少憐れみを感じている。


『鹿目まどか』
みんな大好きまどかちゃん。何やら不穏を感じている。
キュゥべえが嘘なんてつくはずないよね……派。
自分だけ戦えないことに引け目を感じているが、キュゥべえへの連絡役となったため若干気が楽になった。


『美樹さやか』
みんな大好きさやかちゃん。ふーんの一言で不穏をスルー。
ま、キュゥべえだし信用できるっしょ派。
杏子と語り合った後、門限までに間に合わず家族からげんこつを喰らったようだ。


『佐倉杏子』
みんな大好きあんこちゃん。何となく嫌な気配は感じている。
うっさんくせーなキュゥべえのヤロー派。
冷静になり、マミの墓を作ろうとしていた事を思い出した。
マミの話を通し、さやかとそこそこ噛み合い始めたようだ。槍の女の子の練習場は森の中の広場だって決まってんだ!


『ピースメーカー』
エントロピーの収束というトンデモ能力を持った女の子。パワポケ14における彼女候補の一人。
強力な超能力者であると同時に強大な魔法少女の素質も秘めていたらしく、ジャジメントとキュゥべえ両方に目をつけられてしまった。
生き残ってもまどマギ劇場版のアレみたいになる事が決定されていた。ひでぇや。
とはいえその死はソウルジェムの破壊による物なので、今頃はマミやかなえと一緒にお茶しつつ、のんびり現世の観察をしているかもしれない。


『巴マミ』
みんな大好きマミ先輩。どうしようもなく故人。
彼女が居れば基本的に見滝原チームは纏まるが、偶に致命的にギスる展開にもなるっぽい。
原作10話とか皆の仲が劣悪だったが故にああなったらしい。あの場面に至るまでに何があったんだ……。
今頃変なカフェに居て、先輩面する逆立った髪の少女にお茶を注いでいるかもしれない。


『キュゥべえ』
みんな大好きド畜生。うっかり宇宙の宝を失ってしまった。
もし感情があったら、嘆きのあまり憤死していたかもしれない。
ピースメーカーの願いがなかった場合、ジャジメントと手を組みろくでもない事をやっていた。
素質ある女の子を攫ってジャジメントの利益に繋がる願いを叶えさせたり、クローンを使って魔法少女と魔女を量産したり。夢が広がりんぐ。


ちょうどよい。


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14話 さぁ、何になるんでしょうねぇ

――砂の大地を、歩いていた。

 

 

「…………」

 

 

色の無い、酷く寂しい場所だ。

乾き果てた砂の海が何処までも広がり、一面に無数の十字架が突き立っている。

 

墓標、だろうか。やはり色は無く、飾りもない無個性な物。

通りがかりにその内の一つを覗いてみるが、名前は何処にも刻まれていない。それ一つだけでは無く、他の十字架も同様だ。

 

まるで、名を遺す価値が無いとでも言うかのよう。

何とも報われない光景だと、彼女は名もなき彼らに同情し、目を伏せる。

 

 

「…………」

 

 

黙々と歩き続ける内、やがて踏みしめる感触が砂から石のそれへと転じていた。

 

どうやら、廃墟の一室のようだ。

幾つもの銃痕が穿たれ、大きく砕けた壁の隙間から色の無い光が降り注ぎ。薄暗い室内に、光影のコントラストを成している。

 

そして同じく銃痕の目立つ床には、砂漠と同種の十字架が無造作に転がっていた。

ただしそれらは全て無残に砕け散っており、原型を留めている物は極僅かだ。そこに憎しみ、或いは殺意のようなものを感じ、寒気が走り。

 

 

――そんな部屋の中心に、二つ。大きく目を引くものがあった。

 

 

一つは、真紅に染まった十字架。

もう一つは、その傍らに侍る中国服を着た人形。

 

色の無い世界においてその二つのみが色を保ち、鮮烈な存在感を放っていた。

 

 

「――……」

 

 

『彼女』は床に散らばる破片を避け、ゆっくりと近寄った。

 

人形は紅い十字架を膝の上に乗せ、大切に抱え込んで居るようだ。

その光景は見る者に強い感傷を引き起こし、決して触れてはいけない聖域にも感じられ。伸ばされていた手が止まり、指先が躊躇いにより彷徨った。

 

……さて、どうしたものか。暫く迷い、静かに人形を眺め続ける。

 

 

「……、!」

 

 

――その首元に、僅かに紅がちらついた。

 

それは髪の毛のように細く、赫怒を孕んだ紅い糸。

人形達と同じく鮮やかに発色し、彼の喉を幾重にも強く締め上げている。

 

糸は布が軋む音が聞こえる程に、深く固く食い込んでいたが――糸の流れる先に目を走らせると、端が床へと垂れているのが見えた。

 

これならば、むやみに人形に触れずとも『処置』できる。

彼女はほぅと小さな安堵を懐きつつ、遊ばせていた指先で紅い糸の先を摘み上げ。

 

 

「…………」

 

 

ふと、思う。

 

この糸を巻き付けた者は、『彼』にどのような仕打ちをされたのだろう。

軽く見ただけでも、大きな怒りが込められていると伝わった。おそらく、相当に碌でもない事をされた筈だ。

 

……ならば、これより自分が行う事は、酷い理不尽なのではないか。正当な報復を邪魔する事なのではないのか

 

心の片隅に生まれた罪悪感が己を責め立て、小さく唇を噛む。

いっその事、このまま見ない振りをして、人形に糸を巻き付けたままにしたい思いに駆られ――

 

 

「――……ごめんなさい」

 

 

――しかし、実行に移す勇気は無く。せめて一言謝罪を残し、罪悪感に蓋をした。

 

 

……何と、弱い心だろう。自己嫌悪が身を焼くが、最早慣れ切った痛みでもあった。

そうして、軽く首を振り気を落ち着け――ほんの一瞬、人形の首筋に目を向ける。

 

「…………」しかし何をするでもなく再び手元に目を落とすと、静かに瞑目し意識を集中。

 

彼女の身に付けたチョーカーから下がる二藍の宝石(ソウルジェム)が、色鮮やかに光を放ち。

 

 

――摘んだ糸に、透き通った魔力が流れ。そこに込められた赫怒ごと、紅の全てを破壊した。

 

 

 

 

 

 

「――……終わりました」

 

 

泡の弾けるような音と共に、意識が深い場所より浮き上がる。

そっと瞳を開けると、そこは既に無色の世界では無く、全く別の色付く場所へと変わっていた。

 

漆喰の壁に、櫻の柱。広大な床一面には青畳が敷き詰められており、格式ある日本家屋の一室であると一目で分かる。

……そんな、見事なまでの和の風情を感じさせる大広間の中で。一組の男女が向き合う形で座していた。

 

 

「あー、あー、浮云和小蝦在遊泳――……」

 

 

和室にはそぐわない、中国語での発声が静かに響く。男女の片割れ――ウ・ホンフーのものだ。

 

単語や諺、早口言葉まで手当たり次第に舌に乗せ、声帯の調子を確認。

そうして暫く続ける内やがて満足が行ったのか、ホンフーは軽く息を吐くと喉元を擦り、対面する美しい女性へと笑顔を向けた。

 

 

「いやはや、ありがとうございます。流石はベテランと言うべきか、見事な手際で」

 

「……いいえ、今回はたまたま相性が良かっただけですから」

 

「そう謙遜なさらず。貴女の魔法少女としての技量は、私から見ても感心すべきものですよ」

 

 

それは紛う事なき彼の本心であり、一切の裏が無い純粋な評価であった。

しかしみふゆと呼ばれた女性はその賛辞に喜ぶ様子もなく、軽い会釈だけを返し場を流す。

 

――梓みふゆ。ここ神浜市にテリトリーを持つ、ベテランの魔法少女である。

 

同時にジャジメントと協力関係にある魔法少女の一人であり、保澄雫と同様に外部協力者の立場に就いている。

 

彼女の持つ『幻覚』の固有魔法により、敵対組織の捕虜や人質の洗脳や、精神攻撃を受けた味方の治療を主な役割としているが――どうやら、あまり気に入った立場ではないようだ。

みふゆの顰められた眉に気づき、ホンフーは苦笑しながら話題を変えた。

 

 

「それにしても、声が出せないとは存外不便なものですねぇ。意思疎通自体が極めて難しく、テレパシー能力が心底羨ましくなる一時でしたよ」

 

「一体何を仕出かしたんですか? あなたにかけられていた暗示、相当にきつい物でしたが……」

 

「あっはっは、少しばかり乙女の秘密を暴き立ててしまいまして。うっかりしっぺ返しを食らってしまいました」

 

 

――昨夜にあった、見滝原市での時計塔の魔女との戦いと、佐倉杏子との戯れ。

 

ホンフーは杏子の固有魔法を探るべく、デス・マスの能力を用いて多少強引に魔法を使うよう仕向けたものの……反撃として強い暗示を受け、発声とデス・マスの使用を封じられてしまったのだ。

戦闘が終わり、一夜が明けても声は戻らず。ホンフーは暗示を解く為、杏子と同種の固有魔法を持つみふゆを頼り神浜市まで訪れていた。

 

そして、結果はこの通り。精神世界にまで潜った彼女の手により声を取り戻し、「少女とは言え女性の怒りは恐ろしい」と笑えるまでになっていた。

 

 

「私としては、特に酷い事をした意識は無かったのですがね。一体何が地雷だったのか……」

 

「……その子は、殺してしまったのですか?」

 

「いえいえ、逃げられてしまいましたよ――嬉しい事に、ね」

 

 

当時の事を思い出し、ホンフーの目が更に細まる。

 

あの場に居合わせたもう一人の魔法少女――さやかと言っただろうか――を処分しようとした次の瞬間、跡形もなく消えた去った二人。

あれは幻覚や透明化でも、ましてやテレポートの類でもなかった筈だ。強いて言えば、『TX』に起きた現象が最も近い。

 

つまり居たのだ。時間を操る者が、あの時、あの場所に。

それを思うだけで、自然とホンフーの口端が釣り上がって行く。

 

 

「是非ともまたお会いしたいものですねぇ。面白い子でしたし、聞きたい事も出来ましたので」

 

「ワタシとしては、そうならない事を祈ります。似たチカラを持つ魔法少女として」

 

 

楽しげな笑みを浮かべるホンフーに、みふゆは苦々しげな息を吐き。

彼の治療の為に纏っていた魔法少女の装いを解くと、挨拶もそこそこに立ち上がり――。

 

 

「――ああ、そうそう。そんな貴女に少し意見を伺いたいのですが、よろしいですかね?」

 

「……ええ、何でしょうか」

 

 

引き止められ、渋々と座り直す。

その隠そうともしない嫌気に清々しさすら感じつつ、ホンフーは静かに己の喉を指差した。

 

 

「先程会いたいとは言いましたが、また暗示を受けるのも面倒だ。出来れば、多少アドバイスのようなものを頂けると嬉しいのですが」

 

「あなたの持つ能力には、強力な催眠や暗示を可能にするものもあった筈では? ならば助言なんて……」

 

「まぁ、それらはあくまで超能力ですからね。魔法となると分からない事も多く、ESPジャマーも効力を発揮しません。こちらの手札は貴女が思うほど多くはないのですよ」

 

 

ホンフーも魔法に関する知識はそれなりに持ってはいるが、相性は悪いと言わざるを得ない。

 

魔法がコピーできないという事もあるが、そも魔力の存在そのものを知覚する事が出来ないのだ。

目に見える物質的な攻撃はどうとでもなるが、魔女の口づけのような精神攻撃や呪いと言ったものとなると、どうしても後手に回ってしまう。

 

特に杏子の用いる幻惑魔法は、精神発破でも解けなかった強力なものだ。確かな対抗策があれば、耳に入れておきたいところではあった。

 

 

「……正直、気は進みませんね」

 

「そう言わずに。でないと、またここに押しかける事になるかもしれませんよ?」

 

「…………」

 

 

にこやかに告げられたその言葉に、みふゆは腰に手を当てホンフーを睨む。

しかし彼の笑みに変化はなく……やがて根負けしたのか、溜息と共に切り出した。

 

 

「……もしその子達と戦う事になった場合、殺さないようには出来ませんか?」

 

「ええ、それは勿論。私も好んで彼女を殺したい訳ではありませんのでね。殺しはしません、殺しは」

 

 

……どうにも不安を煽る言い方だ。

 

とはいえ、ホンフーが返答を濁さぬ約束はある程度の信が置けるとも知っていた。

気分次第であっさり反故にする場合もあるが、今はこれ以上の言葉は望めぬだろう。みふゆは名も知らぬ赫怒の魔法少女に、心の中で謝った。

 

 

「……ワタシの『幻覚』の場合、対象は自らの認識に依存しています。まず視覚や聴覚、または気配で『ターゲットがそこに居る』と認めなければ、魔法をかける事は難しい」

 

「ふむ。その辺は超能力による物と同じですね」

 

 

デス・マスや、その他コピーした数多の精神操作能力。その殆どが対象となる人物を認識していなければ発動しないものであり、無関係・無干渉の不特定多数の人物には効果は無い。

扱う者が人間である以上、魔法も同じという事だろう。

 

 

「とはいえ魔力が届く範囲には限りがありますので、距離が離れすぎていても困難でしょう。例えば、遠く離れた場所にいる人物をモニター越しに洗脳する……といった方法はまず不可能です」

 

「つまりターゲットの付近に立ち、尚且その存在を意識の中に置いていなければ、暗示をかける事は出来ないと」

 

「魔女の口づけのような軽い思考誘導の類であれば、その限りではありませんが……今回ほどに強力なものであれば、おそらくその例に当てはまるものと思います」

 

 

梓みふゆは、七年という長い時間を魔法少女として生き抜き、多くの経験を積んでいる。

その言葉には確かな説得力があり、ホンフーも疑うこと無く受け入れた。

 

 

「……成程。ではやはり、気づかれない内に先手を取るしか無いという事ですか」

 

「まぁ、それが一番シンプルな対処法だとは思いますが……こんなもので、アドバイスになるのでしょうか」

 

「いえいえ。私は魔法に対しては門外漢に近いですからね、とても参考になりましたよ」

 

 

少なくとも、あの強力な暗示が近づくだけで自動的に発動する代物でないと分かっただけでも、得るものはあった。

ホンフーは満足気に頷くと、懐からグリーフシードを一つ取り出し、みふゆへと投げ渡す。

 

 

「これは……」

 

「急なお仕事に応えてくれた報酬ですよ。例の子に、暗示と一緒に頂きました」

 

「……そうですか」

 

 

何と反応するべきか。微妙な表情を浮かべるみふゆを他所に、ホンフーは一礼を残して部屋の戸へと手をかける。

これで要件は終わりのようだ。清々する――とまでは言わないものの、胃の上辺りが軽くなった感覚は否めなかった。

 

 

「では、私はこれで。暗示を解いて下さり、本当に助かりました」

 

「……仕事ですので」

 

「謙虚ですねぇ。まぁこれからもお仕事の方、よろしくお願いしますよ」

 

 

そうして、ホンフーはそれを最後に立ち去った。

 

……物腰は終始柔らかではあったが、やはりどうにも苦手な男だ。

みふゆはほっと安堵の息をつくと、彼から渡されたグリーフシードに目を落とす。

 

おそらく盗品であろうこれを使っても良いものか。

迷ったものの、どうせ返す相手の顔も知らないのだと素直に懐に入れておく。

 

そしてそのまま何をするでもなく呆け、ホンフーの出ていった戸をじっと見つめた。

 

 

「…………」

 

 

思い出すのは、暗示を解く際に垣間見た心象風景だ。

 

普段のにこやかな様子とは真逆の、乾き、色を失った世界。

それはホンフーを快楽主義者の類と見ていたみふゆにとって、多少見る目が変わる程度には考えさせられる光景だった。

 

 

(きっと、彼にも何かがあったのかもしれない。ワタシにとっての、かなえさんやメルさんのような、何かが……)

 

 

とはいえ、今の彼が決して好感を抱けるような存在ではない事もまた確かである。

 

命乞いをする敵対者を笑顔で殺害する姿は幾度となく目撃しており、その中にはみふゆの同輩である魔法少女も居た。

同情はしても共感までには至らず、歩み寄ろうとも思わない。

 

 

――だからこそ。みふゆは敢えて『印』を見逃した。

 

 

「……一体、何人の魔法少女から恨みを買っているのでしょうか」

 

 

ホンフーの心象風景にあった、彼を模した人形。

心身の状態を表したそれに幾重にも巻き付いた、声を封じる暗示魔法の赤い糸――その下に、別の魔力による黒い糸が隠れていたのだ。

 

そしてみふゆは、それを解く事無く放置した。

 

命じられた仕事は、声を封ずる暗示を解く事。

つまりは赤い糸の対処のみであり、その他の頼みは受けていない。そんな屁理屈の結果であった。

 

 

(あれは暗示などでは無く、本当にただの印付けのようだけど……)

 

 

おそらく、ホンフーの動向を探る為の物だろう。

みふゆにも魔女相手に似たような事をした経験があり、予想は容易ではあったが……裏を返せば、赫怒の魔法少女の他に彼と敵対する魔法少女が居るという事に他ならない。

 

そう、あの化物と戦うつもりの者が、他に。

 

 

「……ワタシは……」

 

 

……同じ魔法少女として、助けになりたいという気持ちはあった。

 

だが、今のみふゆはジャジメント側の人間だ。

表立っての行動は彼らに敵対意思を示すも同然であり、そうなると非常に困った事態となる。

 

 

「…………」

 

 

そっと、服の上から先ほど受け取ったグリーフシードを抑えた。

 

魔法少女の生命線たるグリーフシードは、基本的に魔女の討伐や、他の魔法少女から奪う事でしか得られない。

中には特殊な方法によってグリーフシードを得ている者も少数居るが、多くにとってはそうでは無く。戦闘の得手不得手を問わず、命懸けの戦いを常に強制されている。

 

当然、それは彼女達にとって大きな負担に成りえるもので――故に、グリーフシードを報酬とするジャジメントとの取引は大きな意味を持っていた。

 

凡百の魔法少女においては、取り入った所で研究の実験体や戦闘員として使い潰されるだけだろう。

しかし、雫やみふゆのように、応用範囲の広い魔法を扱える者に対してはその限りではない。

 

物資の運搬、情報工作、武器制作や研究職。いわゆる裏方と呼ばれる役に配置され、それなりに丁重に扱われるのだ。

 

――戦わず、命を懸ける事も無く。安全かつ定期的にグリーフシードを得られる立場。

 

それは有用な魔法少女達をより長く効率的に利用し、ジャジメントに最大の利益を齎す為だけのものではあるが――それで救われる者も、確かに生まれている。

……『死』と『絶望』を誰よりも恐怖するみふゆもまた、その内の一人であった。

 

 

(……ワタシには、あなた達の無事を願う資格はない。けれど)

 

 

どうか、ホンフーと相対する少女達が『バッドエンド』を迎えず済むように。

心を苛む罪悪感の中。みふゆは名も知らぬ彼女達を想い、静かに祈りを捧げた。

 

 

 

 

 

 

神浜市。

見滝原よりそう遠くない位置にある、人口300万人以上を数える新興都市だ。

 

9つの区からなる街並みは日本でも上位に当たる規模を誇っており、遊園地を始めとした各種観光施設も揃い踏み。

また歴史的な背景も相当に深く、どれを取っても大都市と呼ぶに相応しい日本百万都市の一つである。

 

 

(……何か、隠していましたねぇ。彼女)

 

 

そして、そんな人通りの多い街中をのんびり歩きつつ、ホンフーは胸中でそう呟いた。

 

考えるのは、先程別れたみふゆの事だ。

素っ気無い対応はいつもの事ではあったが、今日はそれに輪をかけて無機質な対応であった気もした。後ろめたさを含んでいた、と言うべきか。

 

無論、彼女に嫌われている事は重々承知している。

今更陰口や隠し事の一つや二つがあった所で驚きも咎めもしないが、今回は妙に勘がざわついていた。

 

 

(――ま、いいでしょ。彼女は既に折れている。明確に歯向かう真似はしていないでしょう)

 

 

しかしあっさりそう切り捨てると、無意識の内に首筋を撫でていた手を下ろす。

 

こうして声が戻った以上、しっかりと暗示の解除はしてくれたのだろう。

ならばそれで十分だ。彼女がどのような爆弾を隠していたとしても、暗示能力の詳細を教えてくれたというオマケで相殺する事にした。

 

 

(それよりも今は――昨日の事だ)

 

 

巡らせた思考の動きをそのままに、題目を昨夜の出来事へと差し替える。

 

昨夜見滝原の貸し倉庫跡地で起こった、一連の戦い。その結末において、ホンフーは己が求める時間操作能力の影を見た。

それ自体は、ホンフーにとって非常に喜ばしい事だ。しかし知覚出来ない間にさやか達を逃してしまった以上、その能力に対応出来なかったという事でもある。

 

敵対してしまった可能性も高く、時間操作能力を持つ者への対応策を早急に考える必要があった。

 

 

(とりあえずは、常にカルマミラーを展開しておけば訳も分からず殺される事は無いでしょう。しかし……)

 

 

超能力者か、魔法少女か。

果たして能力者がどちらに該当するのかはハッキリとはしていないが、さやか達を助けたのであれば、その仲間――同じく魔法少女である可能性が高いだろう。

 

そうなれば当然、時間操作能力も魔法による物となる……のだが。

 

 

「…………」

 

 

ホンフーは唐突に立ち止まると、通行人の一人を適当に見定める。

そして徐に片手を掲げ、集中。意識の裡へと潜行し、そして。

 

 

「――ドゥームチェンジ・アサルトパラノイア」

 

 

――カチリ、と。小さな呟きと共に、脳の配線が切り替わった。

 

心の中に抱え持つのは、梓みふゆからコピーしている筈の幻覚魔法。その種火だ。

深い『認識』と『理解』を行ったそれは、これまでにコピーした数々の超能力と同じく、ホンフーが自在に扱える異能となって身に馴染む。

 

そうして『眠れ』という意思を込め。ホンフーは魔法の種火を点じ、通行人へと解き放ち――。

 

 

「――……。はい、やっぱりダメと」

 

 

しかし、何も起きない。

通行人は些細な眠気すら見せる様子もなく歩き去り、ホンフーの視界から消え去った。

 

 

(一体どういう事なんでしょうねぇ、ほーんと)

 

 

確かに、ホンフーのコピーした能力は多少なりとも劣化するという欠点がある。

しかしこれは最早そういった問題では無く、コピーの超能力自体が発動していないのだ。

 

コピーする為の条件たる能力の『認識』と『理解』はほぼ完全に行っており、その証である能力の種火も胸裏に存在している。

あとはそれに火を灯せば良いだけ。だがその方法が分からず、最後の一手が埋まらない。

 

 

(……魔法に対する、足りない『手順』。最早、後回しにしてもいられませんか)

 

 

この問題を解決しない限り、時間操作能力を手中に収める事は出来ないだろう。

 

能力への対策と合わせ、非常に厄介な難問だ。

無論諦める気は欠片も無いとは言え、頭が痛い事には変わりない。ホンフーはハの字に眉を下げ、うんうんと唸り。

 

 

「……おや?」

 

 

何気なく見た人混みの一点に、視線が止まった。

 

 

 

 

 

 

――自分の居場所とは、どこにあるのか。

 

保澄雫は、ずっとそれを探している。

 

 

「…………」

 

 

神浜の片隅にある、小さな霊園。

その一角に佇む一つの墓石の前で、雫は一人静かに手を合わせていた。

 

 

「……また来るね、ふーにい」

 

 

そうして、そこに眠る『ふーにい』へ長い時間祈りを捧げ。

寂しげな笑みと献花を残し、墓石の前から立ち去った。

 

彼を想えば、何時までだって墓の隣に寄り添っていたい気持ちもあった。しかし、同時にそれを許してくれないだろうとも思う。

生前の姿が鮮やかに脳裏へ浮かび、小さな温もりが胸へと宿る。

 

 

(……私の、居場所……)

 

 

瞼の裏で彼の笑顔を見る内に、最早慣れきった疑問が顔を出す。

 

――保澄雫は、生来どこか浮ついた気質を持つ少女であった。

 

と言っても、子供のように落ち着きが無いという意味ではない。

家族や友人を始め、彼女自身に関わる人間関係に置いて、己の心が定まる場所を――確固たる居場所を見つける事が出来ないでいるのだ。

 

友人が居ない訳ではない。しこりはあれど、家族仲が拗れている訳でもない。

……けれど、何処か馴染めない。

 

まるで、トランポリンの上を歩くように。

雫はしっかりと地に立つ事の出来ない不安定な気持ちを抱えつつ、魔法を利用し己の居場所を探し続ける日々を送っていた。

 

 

「…………」

 

 

そして『ふーにい』は、そんな自分の居場所であったかもしれない人だった。

 

ちらりと再び背後を振り返るが、そこには先程供えた花が風に吹かれて揺れるのみ。

雫は僅かに目を伏せると、今度こそ振り返る事無く歩き出す。

 

 

「――っ」

 

 

不意に、携帯電話の着信音が鳴り響く。当然ながら、雫のものだ。

すぐに懐から端末を取り出し、画面に映る名前を確認し――「…………」眉間に、ほんの少しシワが寄る。

 

そして小さく溜め息を吐くと、メッセージを開きもせず仕舞い込もうとして、

 

 

「――おや、ご覧になられないので?」

 

「っ、きゃ……!?」

 

 

唐突に、耳元で囁かれた。

 

咄嗟に飛び退き振り向けば、そこに居たのは中国服の麗人が一人。

ウ・ホンフー。雫にとってあまり見たくなかった顔が、何の脈絡もなく現れていた。

 

 

「……な、何であなたが……」

 

「いえ、先程街中を歩く貴女を見かけましてね。せっかくだから付けてみました」

 

「せっかくって、何が……?」

 

 

悪びれた様子もなく笑うホンフーに、眉間のシワをより深め。未だ嫌な跳ね方を続ける胸を軽く押さえる。

 

 

「それより、良いのですか? 携帯電話、何か届いたようですが」

 

「……別に。ただの……迷惑メールだから」

 

 

雫はそう言って、端末を無造作にポケットへと突っ込んだ。

 

明らかに某かの引っ掛かりがある様子だったが、ホンフーとしては特に掘り起こす理由もない。

「そうですか」と苦笑するだけに留め、すぐに忘れた。

 

 

「それで、ストーカーまでして何か用? 仕事なら、今日の分はもう終わったけど……」

 

「まぁちょっとした実験のような物ですかね。少し、魔法少女相手に試したい事がありまして」

 

「…………」

 

 

嫌な予感がした雫は軽く己の身体を検分するが、何をされたか判別がつかず。じっとりとした目がホンフーを睨んだ。

 

 

「あっはっは、別に貴女自身には何もしていませんよ。ただ――私の気配に気付けるかどうか、という」

 

「……そんな事して何になるの?」

 

「さぁ、何になるんでしょうねぇ」

 

 

形だけの笑みではぐらかし、それきり口を閉ざした。

どうやら詳しい話を聞かせる気は無いようだ。いつもの事だと慣れてはいるが、どうにもモヤモヤとしたものが湧く。

 

 

「……じゃあ、もういい? 他に用がないなら……」

 

「ああ、ではもう一つ。よろしければ、見滝原まで送って頂けませんか? 無論、手間賃は出しますので」

 

「…………はぁ」

 

 

雫は溜息と共にソウルジェムに魔力を走らせ、魔法少女の装いに身を包む。

ホンフーの事は気に入らないとは言え、報酬が出るのであれば頼みを断る気はなかった。

 

己の居場所を見つける為の、空間結合能力を利用した全国行脚。

その旅路には、意外とお金がかかるのだ。

 

 

「この前行った、実験施設の所?」

 

「ええ、それで。ありがとうございます、移動の手間が省けました」

 

「神浜と余り離れてないと思うけど……」

 

「ま、忙しいのでね。私も」

 

 

そのやり取りを最後に二人を光が包み込み、神浜の地より姿を消した。

そして一瞬の後には既に見滝原へと移動しており、以前と同じく山中の実験施設前の空中に出現。揃って滞りなく着地する。

 

 

「はい、どうも。いやすいませんね、突然」

 

「別に良い。この前の狼男のときみたいな仕事じゃなくて、こういうのだったら構わない……、……」

 

「……?」

 

 

会話の途中、雫が何かに気が付いたかのように口籠る。

疑問に思ったホンフーが目線で問えば、雫は少し逡巡した後おずおずと口を開いた。

 

 

「……大した事じゃない。今なら、あなたの気配も分かったなって思っただけ」

 

「と、いいますと?」

 

「あなたと一緒に空間結合で移動する時、いつも変な気配を感じるの。何ていうか……自分がもう一人居る、みたいな……」

 

「自分が……?」

 

「えっと……私じゃない私が、魔法に相乗りしてるような……ごめんなさい、上手く言えない」

 

 

雫自身もよく分かっていないのか、その言葉は要領を得ないものだ。

 

単なる気の所為や、何かの錯覚だと言えばそれまでだが――しかし、何故かホンフーにはそれだけの事とは思えなかった。

そうして顎に指を添え深く考える姿勢を見せれば、雫は恥ずかしがるように目を伏せ、一歩二歩後退る。

 

 

「あの……やっぱり、気にしないで。多分、勘違いだと思うから……」

 

「そうですか? 私としてはどうにも」

 

「いいから、何でもないの。私、もう行くから。何かあったらまた」

 

 

雫は早口でそう残し、逃げるようにその姿を消した。空間結合で神浜へと帰ったのだろう。

ホンフーは小さく鼻を鳴らすと、彼女が消えた場所から目を外す。

 

そしてそのまま、木々の隙間に見える見滝原の街に視線を移し――。

 

 

「相乗り、ねぇ」

 

 

ぽつり。

何となしに呟いた声は、どこに届く事もなく。

 

空高くから落ちる鳥の鳴き声だけが、静かに響き続けていた。

 

 




『ウ・ホンフー』
沈黙のバッドステータスを解消したが、ロックオン状態には気付いていないようだ。
悲しい事に登場する魔法少女の尽くから良い感情を持たれていない。でもまぁかりん辺りは仲良くしてそうな気がする。
未だコピーする条件を満たした魔法は存在しないものの、その『種火』は会得しているらしい。


『梓みふゆ』
マギアレコードに登場する魔法少女。少し変わった『幻覚』の固有魔法を持つ、勤続七年の大ベテラン。
仲間を失ったり魔法少女の真実を知ったり魔力が衰えたり好きな人が出来たり。色々あって精神的にちょっぴり脆い。
なお本SSの時間軸ではいろはちゃんが小石を蹴っ飛ばしていないため、変人三人衆ではなくジャジメントに協力して延命を図っているようだ。
暗示解除役は沙々にしようかとも思ったけど、あいつ絶対これをチャンスと洗脳しようとするからやっぱ優しいみふゆさんだな!


『保澄雫』
主に神浜で活動している魔法少女。己の居場所を探し求め、空間結合で日本全国をフラフラしているようだ。
何やら迷惑メールがよく来るらしい。一体何カムゴンからの謝罪メールなんだ……。
マギレコにおいてはまどかや織莉子と面識があったり、主人公の活躍の裏で一人奮闘していたりと外伝主人公みたいなポジションに居る。
何でドッペル解放されないの……?


『ふーにい』
本名は春日井。骨を埋めても良いと思える場所を探して各地を放浪していた。故人。
恋人にこそ至らなかったが、雫とは両想いであったようだ。


『神浜市』
かなりでっかい街。魔法少女にとっては修羅の街。
魔法少女と魔女の数が非常に多く、物騒な事件に事欠かない。過去には東西に分かれて魔法少女同士による抗争まがいの騒ぎまで起こっていた。
各魔法少女のストーリー追ってくと、何か色んな意味でやべー所であると察せられる。
混沌って誰なんだよ!


次回からちょっとお時間くだせぇ。


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15話 交渉を、しましょう

(――佐倉杏子。聞こえるかしら)

 

(……ほむらか。いきなりだね、何か用かい)

 

(ええ――バッドエンドの事だけど、神浜から見滝原に帰ってきたみたい。街中をうろついてるみたいだから、気をつけなさい)

 

(ハ、そりゃどーも。心配しなくても、まだ大人しくしとくさ。つーかあたしより、まず――)

 

(美樹さやか達なら昼間は学校よ。……少なくとも、彼女達から近づきに行く事はない。今教えて不安を煽る意味は無いわ)

 

(……あっそ。んで、用はそんだけ?)

 

(いいえ。彼、どうやら瞬間移動のような力を持っているようなの。神浜にあった反応が、一瞬で移動した)

 

(冗談――じゃあ無いんだろうね。ああクソ、幾ら何でも多芸すぎんだろうが)

 

(彼自身の力だと決まった訳じゃないけど、一応頭に入れておきなさい。もしかしたら、今この瞬間にでも目の前に現れるかもしれない)

 

(ご忠告どーも。ありがたくって涙が出るね)

 

 

(……ふん。そんじゃ、コッチも一個だけ忠告しといてやるよ。昨日、言いそびれた事さ)

 

(何かしら。大体は聞いたと思うけれど……)

 

(アレの洗脳能力について。持ってるとは伝えたけど、突っ込んだ話はしてなかったって思い出してね)

 

(……気持ちの整理はついたの?)

 

(……何の事かね。ま、重要な事だ、後でオマケ共にも伝えときな)

 

(そう……あなたがそう言うなら、そうするわ)

 

 

 

(で、アレの洗脳だが……大分捻くれちゃいるが、相当強力なモンらしい)

 

(……?)

 

(言葉に従えなくなるってのかね、口にした言葉と逆の事を相手にさせるみたいだ。それも、意思や抵抗を無視してね)

 

(意味が分からない。何故そんな面倒な性質を……)

 

(さぁね。でも――あれは、言葉に依存してると見ていい。実際、あたしの魔法で声を封じたら使わなくなった)

 

(声を……なら、その力はもう使えなくなったんじゃないの?)

 

(丸一日の時間があったのに? アレがそれで何も対策してないなんて思えないね、魔法は解けるから魔法なんだ)

 

(意外とロマンチックな事を言うのね)

 

(これでも魔法少女だからな――とにかく、アレと会話はするな。バッタリ会って話しかけられたら、その時点でアウトだと思え。何させられるか分かったもんじゃない)

 

(……ええ。肝に銘じておきましょう)

 

(そうしな……と、言いたい事はそんだけだ。じゃあね)

 

(ありがとう。また動きがあったら連絡するわ)

 

 

 

 

「――会話をしてはダメ。助かったわ、本当に」

 

 

 

 

 

 

風に流れる桜の花弁が、くるりと大きな輪を描く。

 

 

(……今日は、一段と風が強いですわね)

 

 

見滝原、朝の通学路。

少し強い風に吹かれ舞い散る桜吹雪に目を細めつつ、志筑仁美は乱れる髪をそっと押さえた。

 

最近、見滝原市においては天候が荒れ気味だ。

雲や雨こそ少なくはあるが、旋風がよく目立つ。

春の風は遊びやすいとは言うものの、日増しに強くなるその勢いに疑問に思う住民も多いようだ。

 

テレビのニュースでは大嵐の前触れだとも分析する予報士も居り、仁美も僅かな不安を抱いていた。

 

 

(もう、せっかく上手く髪をセット出来ましたのに……これでは台無しですわ)

 

 

とはいえ、深刻に受け取る程の物でもなく。

単なる女子中学生である仁美にとっては、整えた身だしなみを荒らす悪戯な風に過ぎなかった。

 

風に乱れた髪先を摘みつつ、軽く口を尖らせていると――ふと前方に見慣れた背中を認め、打って変わって笑顔を浮かべた。

 

 

「――ごきげんよう。まどかさん、さやかさん」

 

 

そこに居たのは、鹿目まどかと美樹さやか。仁美にとって、親友とも呼べる友人達である。

声に振り向いた彼女達もまた、駆け寄る仁美に笑みを向けた。

 

 

「おはよう、仁美ちゃん。今日は風が強いね」

 

「はよーっす。あつつつ……」

 

「あら? 頭痛ですか、さやかさん」

 

 

しかしさやかは手を上げた拍子に頭を抑え、すぐに苦悶の表情へと切り変わる。

心配を隠さず丸まった背を擦れば、さやかはきまり悪げに苦笑い。

 

 

「へ、へっへっへ……ちょっと昨日、門限ブッチしちゃいましてな……」

 

「さやかちゃん、昨日帰るの遅くてお父さんからゲンコツ貰っちゃったんだって。ほら」

 

「まぁ、なんて大きなコブ……」

 

 

まどかの指先。指し示されたさやかの頭頂部はぽっこりと膨れ上がっており、父親の怒り具合が窺えた。

仁美は何と言ったものか少し迷い――はた、と何かに気付いたかのように身を固くし、恐る恐ると問いかける。

 

 

「あの……それはもしや、上条さんと一緒に居たから……でしたり?」

 

 

上条恭介。

さやかの特別な幼馴染であり、仁美にとっても特別な少年だ。

そして、怪我で入院している彼の元へさやかが頻繁に訪れている事は周知の事実であり、それ故の邪推であった。

 

 

「へ? ち、違うって! ちょっと……知り合いと話してたら熱入っちゃっただけだって」

 

「そ、そうですか……」

 

「…………」

 

 

しかし、慌てた様子で否定するさやかに嘘は感じられず、本当に逢引の類ではないようだ。

仁美は安堵にほっと息を吐き……それを見たまどかは何かを言いかけるも、言葉は出さず。どこか居心地悪そうに目を逸らした。

 

 

「ああそだ、その恭介なんだけど、近い内に学校来られるようになるってさ。早ければ明日か明後日くらい?」

 

「本当ですか!? でも、あの怪我ではリハビリなどがあるのでは……」

 

「いやー、何かそういうの要らないくらいカンペキに治っちゃったみたいよ。まるで魔法っすなぁ、うははは」

 

(自画自賛……)

 

 

仁美の知る限り、上条恭介の怪我は相当に酷い物の筈だった。

そのように突然治る事などまずあり得ないと思っていたが……他でもないさやかが笑っているのならば、事実なのだろう。

 

半信半疑から疑いが抜けるに連れ、仁美の心にも喜びが湧き始め――同時に、とある想いに芯が入り、笑顔に少しの固さが混じる。

 

 

「そうですか。後遺症が無いのなら、本当に良かった」

 

「ねー。一時はほんと見てらんないくらい落ち込んでたもん。バイオリン一筋だからさー」

 

「……ええ、よく存じておりますわ。私、学校で上条さんに会える日を本当に楽しみにしています」

 

 

――言葉尻に、ほんの少しの含みを持たせた。

 

そうしてさり気なくさやかを窺うものの、言葉の裏に潜む感情には気付かなかったようだ。

恭介の復帰が望まれている事を、まるで自分の事のように嬉しそうに笑った。

 

 

「あはは。仁美みたいな美少女にそう言われたら、恭介も男冥利に尽きますなぁ。罪作りな奴め」

 

「……もう、さやかさんったら」

 

 

変わらぬ態度に安心はしたが、やはりもどかしさは拭えない。

仁美はそうと分からぬよう小さく溜息を漏らすと、一歩前に踏み出し先頭に立つ。

 

 

「さて。では、そろそろ急ぎましょうか。確か今日はさやかさんが日直の筈でしたし」

 

「え、あ、そうだっけ!? やっば教室の鍵早く開けとかないと、行くよ二人共!」

 

「ええっ、待ってよさやかちゃん!」

 

 

突然走り出したさやかが仁美を追い抜き、少し遅れてまどかが続く。

強い風に背を押され、三組の慌ただしい足音がパタパタと響き。

 

 

「……ね、ねぇ、仁美ちゃんっ。もしかしてっ、はぁ、そのっ……」

 

「お、お話は後に致しましょう? 流石はさやかさん、素晴らしい健脚ですわ……!」

 

「……う、うん……」

 

 

途中、まどかは先程と同じく何かを言いかけたものの、遮られ。

生まれかけた気まずい空気すらも置き去りにして、三人は学校への道を駆けていった。

 

 

 

 

 

 

『――それで、そっちは今どんな感じだい?』

 

 

とあるカフェの一席。

香り立つコーヒーの湯気を燻らせつつ、ホンフーは耳元の携帯端末から聞こえる声へと静かに返す。

 

 

「まぁ、それなりに上々と言った所でしょうか。少なくとも、落胆には未だ遠い」

 

『ほぅ……という事は、時間操作の能力者は確かに存在したという事かな?』

 

「おそらくは。ま、この目ではっきりと『認識』した訳ではありませんが」

 

 

窓から見える見滝原の街並みを眺めつつ、手に持つカップを傾ける。

 

端末越しの会話の相手は、ジャジメント本社に居るジオットだ。

定時報告という意味合いもあるが、ホンフー自身彼との会話は嫌っていない。特に用事は無くとも、息抜きとして雑談に興じる事も多々あった。

 

 

『良かったじゃないか。もし能力の取得に成功したら、是非ともご相伴に預かりたいものだね』

 

「……考えておきましょう。とは言え、目処が立っているとも言い難いんですよねぇ。課題は様々山積みでして」

 

『あらら。じゃあ見滝原から手を引いたのは勿体なかったかなぁ、今からでも誰か送るかい?』

 

 

ジオットのその提案は、それなりに魅力的な物だった。

情報屋やジャジメントの手の物が見滝原に居ない今、手足となる者は欲しい所ではあった。

 

しかしホンフーは軽く笑うと、端末越しに首を振る。

 

 

「いえいえ、それには及びませんよ。何せ今も私の我儘を許してくださっている訳ですからね、これ以上何かを頼むのはとてもとても」

 

『そんなの気にしなくていいのに。キミに頼もうとしてたオシゴトはまだ先の話なんだからサ』

 

 

そう――見滝原が瓦礫の山になった後の、ね。ジオットはおどけるようにそう告げる。

 

現在、ジオットはとある理由により大規模な人体実験を計画している。

彼の直属の部下であるホンフーにも、一月ほど後にはその一部に関わる任務を回される予定であった。

しかし、本格的な任務に入るまでには時間的な猶予はあり、だからこそホンフーもある程度自由に動く事が出来ているのだ。

 

とはいえ、ウルフェンの件のように細々とした任務は幾らでもある。現在それらが課されてないのは、ジオットの配慮が背景にある為だ。

(幾ら)ホンフーと言えど、多少の申し訳無さは感じていた。

 

最も、それとは別の懸念もあるのだが。

 

 

「お気持ちだけは受け取っておきますよ。実は今、時間操作能力者とは別に相手をしている魔法少女が将来有望でしてねぇ……あまり頭数を増やすのも、返って悪手になりかねない」

 

『おや、キミがそこまで評価するとは。よっぽどの逸材のようだ』

 

「ええ。才能、判断力、固有魔法の扱いと、全てにおいて一級品。いや、実に面白い少女です」

 

 

ホンフーは喉を押さえ、しかし楽しげに目を細める。

 

あの赤い装束の魔法少女。彼女は正義感溢れる多くの魔法少女と違い、人を傷つける事や搦手を用いる事に抵抗が無いように見えた。

無為に人数を増やした場合、彼女はまず間違いなくそこから崩してくるだろう。少なくとも、それだけの『目』は持っている筈だ。

 

加えて、件の時間操作能力者も彼女の側に付いてると見るならば、並の者では足手纏いにしかならない。

 

 

『うーん、流石にAランク以上を送る余裕はちょっとねぇ……あ、マゼンダ君とストームレイン君なら数日空いてるけど』

 

「あっはっは。協力者の意味、ご存知?」

 

『冗談だよ。しかしそうなると、確かにキミ一人の方がやりやすくはあるか』

 

「一応、とりあえずの渡りには心当たりもありますしね。まだ糸は途切れていない」

 

 

話す傍ら、懐から取り出したメモを開く。

以前、病院の医師から聞き取った情報を纏めた一ページ。その片隅に、一つの人名が記されている。

 

――上条恭介。一時はしあわせ草の被験者とも疑った少年だ。

 

先日、貸し倉庫跡で遭遇した『さやか』なる魔法少女と親しくしていた彼は、彼女達へと繋がる手がかり足り得るだろう。

……と、そこまで考え、ふと店内の時計が目に入る。

 

 

「……さて、では今回の報告はこのくらいで。そちらも忙しいでしょう?」

 

『あぁ……実は今から式典があってねぇ、出来ればこのままキミの話を聞いていたいんだが』

 

「私をサボる口実にしないでくれますか。抜け出すならば、ご自分の責任でどうぞ」

 

『はいはい。ま、そっちも頑張ってね。それじゃ』

 

 

それを最後に通話は途絶え、ホンフーは苦笑を一つ。

端末を懐に仕舞い込むと、再びコーヒーの香りを楽しみ始めた。

 

 

(さぁ、どうしますかね)

 

 

ほうと息を吐き、考える。

 

第一は時間操作能力者の捜索及び懐柔、或いは捕縛。そこに赤い魔法少女の相手と、魔法をコピーする方法の模索が混じる。

上条恭介に接触し、魔法少女達の側へと辿る事は決めているが……そこから先をどうするか。

 

ジオットに告げた通り、大きな悩みどころではあった。

 

 

(流れに任せるしか無い、と言えばその通りなのですが……)

 

 

もう少し時間に余裕があれば。

そうは思うが、予知した未来は変わらない。

 

見滝原を破壊する『何か』に恨みを向けるものの、当然何が起こるでもなく。

ホンフーは空になったカップをコースターに戻し、何となしに窓の外を見る。

 

強い風が木々を揺らし、桜と木の葉を掻き混ぜる。荒々しくも、寒々しさを感じる光景。

そんな踊る桜の一枚を眺めつつ、再び無意識に喉元を撫で。そして、どこかつまらなさそうに目を閉じた。

 

 

(……万全を期す為には、やはり『摘み取る』べきなのだが……)

 

 

……それはホンフーにとって、可能な限り避けたい選択肢であった。

 

好感もある。約束もある。しかし現状では、拘り続ける事も難しいと言わざるを得ない。

ああ、何と勿体無い事か。

己の所業を棚に上げて嘆きつつ、ホンフーはゆっくりと目を開けて――。

 

 

「――…………、」

 

 

――眼前。

 

カップの横に置かれた見覚えのない機械を認めた瞬間、瞬時に意識を研ぎ切った。

 

 

(――いつの、間に……)

 

 

気配と呼べるものは、何一つとして感じなかった。

本当に、唐突に。目を閉じた一瞬の間隙に、それは目の前へと出現していたのだ。

 

 

時間操作能力者――至極当然の帰結として、その存在が脳裏を穿ち、貫いた。

 

 

(……携帯、端末か?)

 

 

油断なく周囲へ警戒を走らせつつ、機械を観察する。

全体は三十センチにも満たないだろう。長方形の胴体部分に張り付く小さなモニターと、上方から伸びる短いアンテナ。

数世代ほど前の型ではあるが、確かに携帯端末のそれだ。

 

 

(爆弾、或いはESPジャマーのカモフラージュ……いや、現状そんな事をする意味がない。だが)

 

 

物は分かった。だが、何故ここにある。

 

カルマミラーは常時展開済みであり、余程の事がない限りは傷を受ける事もない。

しかし、意図の読めない状況に多少の動揺は隠せない。ホンフーは細く息を吐くと、改めて端末に向き直り――瞬間、モニターに光が灯る

 

メッセージの着信。疑うべくもない、ホンフーへと宛てられたものだ。

 

 

「…………」

 

 

慎重に指を伸ばし、ボタンを押し込む。

すると警戒の視線の先で点滅するカーソルが移動し、その軌跡に文字を敷いた。

 

それを視認したホンフーは、細い瞳を大きく見開き――やがて、小さく口端を歪める。

 

僅か一文。簡素にして端的な、短い文字列。即ち――

 

 

 

『 ――交渉を、しましょう。 』

 

 

 

 

 




『暁美ほむら』
みんな大好きクールなほむほむ。空間結合で印の反応が移動した事にそれはもう驚いた。
杏子とはそれなりの頻度で連絡を取り合っている。あまり信用はされていないが、悪人とも思われていないようだ。


『佐倉杏子』
みんな大好きあんこたん。幻覚能力にはかなり詳しい。
暇があればホンフーとの戦いを思い返し、攻略の糸口を見つけ出そうとしている。
デス・マスは八割ほど看破。カルマミラーの性質にも薄々気が付きかけているようだ。


『志筑仁美』
みんな大好……、……好きだろ? 好き……だろ……?
悪い子ではないんだ……むしろ凄く良い子なんだ……。ただ何というか、常識的なんだ……。
ゲーム版のアレだってしょうがないじゃん……? 身体ズルズルだったもん……まどかレベルじゃないと無理じゃん……?


『美樹さやか』
みんな大好きさやかちゃん。ゴチィン!といい音がしたらしい。
果たして本編のさやかは、仁美の気持ちに宣戦布告まで本当に気付かなかったのだろうか。
何か青くもドロッとしたものが隠れていたように思えてならない。


『鹿目まどか』
みんな大好きまどか様。さやかのコブを撫でて痛いの痛いの飛んでけをしたらしい。
恋愛絡みに関してはまどかが一番鋭いイメージがある。ピンクだからかな。


『ウ・ホンフー』
カフェでまったりしてたら強制イベント発生。何らかの意思を固めつつあるようだ。
所持するメモには、上条の情報が一通り載っている。もう駄目かも分からんね。


『ジオット・セヴェルス』
メロンパンをいぢめるのが大好きな、やさしいメロンパンおじさん。
覚悟は既に完了済み。ほむほむを追うホンフーを応援しているが、あまり本気では無い。
この時間軸ではピースメーカーが居ないため、ちょっぴり大人しいようだ。


『型遅れの携帯端末』
バブリー程ではないが、結構トランシーバー染みている。二つ折りできないタイプだ!



今年最後が短め繋ぎ回で良いのだろうか。まいっか。
みんなも掃除は日々こまめにしとかないと後々大変な事になるぞ! 良いお年を!


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16話 排除するわ。必ず

――自分は、あなたと敵対する魔法少女の勢力に属している。

 しかし彼女とは違い、積極的に交戦する意思はない。

 もしそちらに一片でも話し合う余地があるのならば、彼女とあなたの悪化している関係を軟着陸させる為、交渉を行いたい。

 全ての意思疎通はこの端末によるメッセージにて行う。

 2分以内に返答が無い場合、交渉の意思は無いものと判断する。

 

 

――最初にホンフーの元へ送られたメッセージから、数秒後。

続いて映し出された文章は、纏めればこのような趣旨のものであった。

 

 

(交渉、ね……)

 

 

さて、嘘か真か。

ホンフーはゆったりと手を組み、甲の上へと顎を乗せる。

 

おそらく、この端末はジャンク品を独自に改造したものだろう。

通話機能が念入りに潰されているらしく、メッセージの送受信機能以外は搭載されていないようだ。

 

……つまり、デス・マスを用いた『交渉』は不可能。

明らかに能力の性質を見抜かれており、この警戒では対面する方向へ持っていく事も難しい。

 

 

(……端末の向こう。やはり、時間操作能力者と見るべきでしょうね)

 

 

この端末を届ける者と、メッセージを担当する者。二者に分かれている可能性は否定できない。

しかしホンフーには、これは時間操作能力者の独断であるという強い確信めいたものがあった。

 

それはある種の信頼であり、共感でもある。本当に、彼女がホンフーの求める能力を持つ者なのであれば――そう在らねばならないのだ。

 

 

(……乗るか反るか、悩む意味もなし)

 

 

ちらりと時計を見れば、メッセージが表示されてから既に一分が過ぎていた。

 

ホンフーは少しの間瞑目すると、一呼吸。

小さく笑みを浮かべると、ゆっくりと目前の端末に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

(――乗ってきた……!)

 

 

ホンフーことバッドエンドの居るカフェより、少し離れた場所。

テナントビルの屋上にて、暁美ほむらは古びた端末に映し出された『了承』の二文字に目を細めた。

 

 

(……既に敵対している以上、期待は殆どしていなかったのだけど――)

 

 

驚愕と困惑。そして微かな希望。

様々な感情が胸中に渦巻き、瞳の奥に小さな波紋を作り出す。

 

しかしすぐにそれを鎮めると、端末を持ち直し。『印』によるバッドエンドの反応を逐一確認しつつ、固く抵抗感のあるキーを押し込み始めた。

 

 

――ほむらにとって、バッドエンドは何とも判断に困るイレギュラーである。

 

目的の分からない、魔法少女さえも害する殺し屋。そして非常に多彩な異能と、あの佐倉杏子さえも手玉に取る戦闘能力を持つという。

 

佐倉杏子と美樹さやかが敵対していなければ、トラブルを回避する立ち回りを心掛けていた筈だ。

ワルプルギスの夜が近いこの時期においては、時間的にも労力的にも無駄な消耗を強制する厄介事以外の何物でもないのだから。

 

……しかし同時に、彼の存在は得難いチャンスであるとも言えた。

 

既にほむらは、彼の所属するジャジメントの実態をある程度把握していた。

そしてその殆どが酷く物騒な物であり、『TX』のような現代技術を凌駕した兵器類もその目で確認している。

ワルプルギスの夜に対抗する為に強力な武器と力を求めている彼女にとって、バッドエンドやジャジメントの存在は決して無視できる存在でもなかった。

 

――目論見は敵対関係の解消、及び可能な限りの歩み寄り。

 

成立する可能性は低いとしても、試みる価値はあると判断したのだ。

 

 

(……佐倉杏子が知ったら、激怒するでしょうね)

 

 

協力すると約束し、有益な情報を幾つも受け取った。

事実、彼女から齎された忠告――言葉での洗脳能力についての情報がなければ、この交渉にも対話で挑み容易く操り人形と化していただろう。

 

なのに、これだ。バッドエンドの殺害を目的とする杏子の意思を完全に無視した、手酷い裏切り。

もし彼女が知れば、その怒りはバッドエンドへのそれを上回るかもしれない。

 

……だが、彼女を慮っている余裕はほむらには無いのだ。

結果的に杏子を切り捨てる形になったとしても、己の利となるならば躊躇いなくそれを行うと決めていた。

 

 

(まどかの為――なんて言わない。全て私が持っていく)

 

 

ちくりと痛む良心を押さえつけ、打ち込み終えたメッセージをバッドエンドの元にある端末へと送信する。

 

そちらは何者か。何故この街に居るのか。何の目的で見滝原の人間や魔法少女に関わろうとするのか――そのような質問を簡潔に纏めた短文だ。

代わりに己への質問を催促する文も添え、言葉遊びに付き合う気がない事を暗に強調する。

 

老婆となるよりも多くの時間を歩んで来たほむらであるが、自身が欺罔行為の類に向かない不器用者である事は自覚していた。

対してあちらは社会の闇に生きる者だ。魔法があるとは言え簡単に出し抜けるとも思えず、バッドエンドの出方次第では執着せず身を引く事も視野に入れていたのだが――。

 

 

――このような端末でこの交渉の形を選んだ以上、それなりに情報は持っているようですね。

 私の事はバッドエンドと、そうお呼び下さい。

 とある能力者の捜索の為、ここ見滝原を訪れました。

 あなたのお仲間に接触したのは、その関係での事です。

 

 

送り返された存外素直な文面に、軽く眉を上げた。

杏子から聞いたバッドエンドの人間性から、煽りや嫌味といった癖のある返しを想像していた為、少し拍子抜ける。

 

 

――こちらからの質問としましては、あなたの固有魔法が気になりますね。

 やはり瞬間移動、或いは転送能力の類といった所でしょうか?

 

(…………)

 

 

どこか白々しい物を感じ、じっと文面を見つめるものの。当然ながら感情は見えない。

しかしそれはあちらも同じだ。ほむらは妙な胸騒ぎを感じつつも、メッセージの送受信を続行する。

 

 

――では、バッドエンド。

 あなたの言う固有魔法が能力という意味ならば、あなたの認識で問題は無い。 

 そして、あなたの捜索する能力者とは?

 あなたが対面した魔法少女の中に居たのか?

 

――希少性の高い能力者、とだけ。

 血眼になって探しているのですが、残念ながら未だ認識できてはいません。

 あの赤い少女も、さやかという少女も、そして上条恭介という少年も。私の求める能力者ではなかった。

 

(やはり、知られているか。名前、いえ、もしかするとそれ以上……)

 

 

さやかと上条恭介の情報を把握されている事に、明確な危機感が募った。

上条に接触されいる以上は想定していたが、残っていた僅かな楽観が削がれ奥歯が鳴る。

 

 

――では、自分達に関わる理由はもう無い筈だ。

 これより先、敵対する展開は無いと期待しても良いだろうか。

 

――残念ながら、こちらには関わらなければならない理由がある。

 私は捜索対象がこの街に居ると確信を得たが故に、未だ滞在しているのだから。

 そして何より、あの赤い少女が止められますか?

 彼女の憎悪は、そう簡単には収まらないでしょう。

 私自身、彼女の武には能力の事とは別に興味がある。殺し合いのお相手をする事に異存はないのですよ。

 

 

どうやら、バッドエンドは杏子との戦いを望んでいる部分もあるらしい。

否、むしろ楽しんでいると言うべきだろうか。その理解できない精神構造に、ほむらの眉間にまたシワが寄る。

 

 

――それはつまり、自分達と歩み寄る気は無いという事か?

 

――いいえ。赤い少女の殺意を受けるのも心地よくはありますが、敵対は必須ではない。

 もし友好的な関係になれるのならば、それはそれで拒む必要もありません。

 

――初めに洗脳能力を用いてこちらに無体を働いたのは、あなただと聞いている。

 それについてはどう考えているのだろうか。

 

――巴マミが求める能力者では無かったとほぼ断定できたのは助かりました。

 快く喋ってくれた赤い少女には、非常に感謝していますよ○><

 

 

いけしゃあしゃあと、よくもまぁ。

苛立ちを通り越していっそ感心すら抱きつつ、溜息を吐いた。

 

……この調子では、相手に誠意の類を求めるだけ無駄だろう。

歩み寄るにはこちらから頭を下げねばならない。理不尽だが筋を通す事にムキなっても利益は無いと、湧き上がる苦いものを飲み下す。

 

 

――では、これは自分個人の意思となるが、あなたの求める能力者の捜索に協力したい。

 その代わり、こちらの要求をある程度叶えて頂けないだろうか。

 

――成程。あなたのアピールポイントは?

 

――こちらの勢力において、自分の影響力は決して小さくないものと自負している。

 捜索対象者の情報を集める事も、深い情報を流す事も。あなたを憎む魔法少女達の行動を、ある程度誘導する立ち回りも可能だ。

 それはこの街での行動において、大きな助けになると確信している。

 

――望むものとは、やはり積極的な敵対行為を避けろと言ったもので?

 

――それもあるが、もう一つ。

 とある強力な魔女の討伐にあたり、あなたの協力を。

 若しくはジャジメント経由で兵器類を融通して頂きたい。

 

 

そのメッセージを送信した後、しばらくの間が空いた。

『印』の反応を探れば、まだカフェの中から動いていない。じり、と身動ぎによりコンクリートを靴底で擦る。

 

 

――良いでしょう。

 では、お手伝いをして貰いましょうか。赤い少女達へのスパイ活動もね。

 

 

そして、届いたその返答に息を吐いた。

 

溜息とも、安堵とも着かず。どちらかと言えば先の苦難を嘆く重たい吐息。

しかし、当初の目論見通りに進んでいるのは確かだ。果たしてバッドエンドが何処まで約束を守る気なのかは不明だが、好意的な反応を引き出せただけ上等だろう。

 

ほむらは改めて気を引き締めつつ、端末の画面下へと続くメッセージに目を通し――。

 

 

「………………………………………………………………、」

 

 

――眦を裂かんばかりに。その双眸を大きく見開き、呼吸を止めた。

 

 

――では、少しだけ詳しくお伝えしましょうか。私の捜索する能力者なのですが、

 

 

スクロールした画面に現れたのは、彼女にとって最も容易く見つける事が出来る能力者。

即ち。

 

 

 

――求めているのは、時間を操る能力者。

 おそらくは世に二人と居ないであろう、貴重で希少な誰かさんです。

 

 

 

 

 

 

――何故。

 

 

(…………っ)

 

 

何故、何故、何故――何で。

ほむらの胸裏を大きな波が荒れ狂い、激しく感情を揺さぶった。

 

 

(バッドエンドの目的が、私……? どうして、そんな)

 

 

思いも寄らなかった答えに、端末を持つ手に力が籠もる。

 

当然ながら、狙われる理由に心当たりと言えるものは全く無かった。

そもそも暁美ほむらという魔法少女自体が、この時間軸にとってのイレギュラーなのだ。彼女の存在や能力を外側から正しく理解出来る者は、それこそインキュベーターくらいのものだろう。

 

では、どうして縁が繋がった?

 

実際、確かに己はここに居る。そして「確信を得た」とまで言い切った以上、勘違いや偶然の類とは考えにくい。

理由はさて置いても、一体何故、どういった経緯で――と、そこまで考え、咄嗟に片手の盾に目を向けた。

正確には、その内部にあるレーザー銃と『TX及びクモ強奪計画』へと。

 

 

(まさか……あの時の僅かな接触から、分析を……?)

 

 

それは余りにも相手を過大評価した予想であった。

しかし、現状では他に彼らとの接点が無いのもまた事実。混乱と疑念の渦巻く瞳で、じっと端末の画面を睨む。

 

 

(……いえ、落ち着きなさい。考えるのは、後で良い……)

 

 

ともかく、このまま放置しておく訳にも行かない。戸惑いに震える指を押さえつけ、キーを押し込む。

 

 

――何故、その時間能力者を探しているのだろうか。

 ジャジメントが行っているという能力者の研究の為か?

 

 

もしほむらが当の時間操作能力者であると見抜かれてしまえば、どのような事態になるか分からない。

現時点で正体を明かすのは早急だと判断し、素知らぬ振りを続けつつ情報収集を試みる。

 

とはいえ、ほむらはバッドエンドの前で数度の時間停止魔法を行使している。

つい先程もこの端末を届ける為に魔法を使っており、既に正体を看破されているのではないかと不安が募った。

 

 

――やはり我々についてある程度の知識があるようですね。

 入社試験、受けてみますか?

 

――遠慮しておく。それより理由の方を教えて頂けないだろうか。

 そうすれば、こちらも取れる手段の幅が多少広がる。

 血眼だと言うのなら、よく心得ている筈だ。

 

 

また、少しの間。

少し踏み込みすぎただろうか。無意識の内に噛み締めた唇から、鉄錆の香りを感じ始め――。

 

 

 

――もし、時を渡れたら。あなたは、そう望んだ事はありませんか?

 

 

 

そんな短い文が、目に飛び込んだ。

 

 

「…………」

 

――時間を操る能力。

 それはつまり、過去や未来への移動が出来るという可能性そのもの。

 

「……………………」

 

――私は、その力が欲しいのです。

 時を越え、決して逆らえない世界の理に叛逆する、唯一の解法を。

 

 

……他人に理解させる気のない、抽象的な文章。しかしほむらは、そこに見えない筈の鬼気を見た。

嘘ではない。本当に、心の底からそう思っている――。

 

 

(……この、男は……)

 

 

ほむらの胸に波紋が生まれ、視線が揺れる。

そっと胸に手を当て己の裡を見つめれば、心はそれを共感と断じた。

 

 

――短く、欺瞞に塗れたやり取りの中で。

暁美ほむらは、バッドエンドという男を朧気ながらに理解し、そして通じ合っていた。

 

 

 

――バッドエンド。あなたは、やり直しを望んでいるのか?

 

 

 

自然と指が動き、気づけばそのようなメッセージを打ち込んでいた。

 

……それはほむらから見ても、違和感の強い問いかけだった。

分かる者にしか分からない、こちらの正体を看破する一助となりかねない一言。

 

 

「……でも」

 

 

しかしながら、彼の答えはほむらにとって決して看過できないものだ。

例え多大なリスクを背負おうとも、問い質しておかなければならない。把握しておかなければならない。

 

もし感じた共感が真実であるならば、それはつまり――。

 

 

「――……!」

 

 

意を決し、送信。

一秒、二秒と時が過ぎ、緊張が呼吸を浅くする。

 

そうして画面を注視する中、やがて小さく端末が震える。

最早躊躇もなく。ほむらは指をかけていたキーを強く押し込み、そして、

 

 

 

――諦めないと、決めたのです。

 

 

 

――その答えを認めた瞬間、『醒めた』。

 

ああ、これは駄目だ。迎合できない。してはいけない。

バッドエンドに歩み寄ろうという気も、力への期待も。全てが消え失せ、濁り切った泥へと変わる。

 

その感情の名は――強烈な敵意。

 

握りしめられた端末が、ミシリと悲鳴を発した。

 

 

 

 

 

――暁美ほむらは、魔法少女にして時間遡行者である。

 

 

愛する鹿目まどかを救う為。幾度と無く時を遡り、一人世界に抗い続けてきた。

だからこそ、分かるのだ。バッドエンドの抱く願いは、ほむらの悲願に大きな影を落とす危険な呪詛に他ならない。

 

もし彼の求めるものが今より未来――ワルプルギスの夜を超えた先にあったのならば、問題は無かっただろう。

 

杏子とさやかを裏切り、彼をの力を利用して、果ては己の身をも差し出す覚悟はあった。

まどかを救えるのならば、それ以外の全ては些事であるのだから。

 

……だが、バッドエンドが己と同じく『過去のやり直し』を願っているのならば。

決してそれを認める訳にはいかない。許してはならない。

 

ほむらの時間遡行能力は、自身の退院した日を起点とする非常に限定的なものだ。

それ以前の時間軸には戻れず、それ以降の時間軸もまた同様。降り立つ事の出来る『時』は、たった一つしか存在しない。

 

 

つまり――始まりの日以前の『過去』には、一切の干渉をする事が出来ないのだ。

 

 

……懸念するのは、それが暁美ほむらの魔法少女としての『願い』によって課せられた、自身で定めた限界に過ぎないという点だ。

 

かつてジャジメントに捕らえられ、死後も尚研究され続けているというピースメーカー。

ほむらには、自分が彼女と同じ目に遭わない自信はなかった。

 

そしてそうなった時、時間遡行が自分だけの能力であり続けるという根拠は無く、また『願い』の限界が壊されないとも限らない。

 

 

(レーザー銃、『TX』、超能力……魔法。世界は、私の常識よりもずっと柔軟だ。私の魔法が解析され、自在に時を行き来できる超能力やタイムマシンに変換されても、きっと驚けない)

 

 

バッドエンドの『やり直し』がどのようなものか、ほむらには分からなかった。

 

しかし、彼の様子からしてこの一ヶ月以内の事では無いのだろう。

ともすれば十年以上、それこそほむらが生まれる前の出来事という事もあり得る。

 

 

――万が一。そんな彼の願いが成就してしまったら、今ある世界はどうなる?

 

 

蝶の羽ばたき。或いはタイムパラドックス。

 

無数に繰り返される時の中、ほむらは世界が極めて繊細に絡み合っている事を学んだ。

たった数日前に蹴飛ばした小石が発端となり、思いも寄らないアクシデントを引き起こした事例も多々あった。

 

ほんの僅かな変化でさえ、短期間で目に見える程に大きくなる事もあるのだ。遥か過去が改変された場合、その影響は底知れない。

 

 

もし、バッドエンドの『やり直し』により上書きされた世界の中に、ほむらが戻れる『時』が無かったら?

 

もし、退院の日以前にまどかが魔法少女になる――或いは彼女が没する世界に変化してしまったら?

 

……もし、『暁美ほむら』の過去すら変化し、まどかとの約束が、記憶が、全て消失し無かった事にされてしまったら――?

 

 

(……いや。嫌、嫌、嫌ッ……!)

 

 

まどかを喪い、忘れる。

そんな自分を考えるだけで、とてつもない恐怖が身を襲う。

 

無論、全ては想像だ。

己は捕らえられず、バッドエンドの時間遡行は叶わず、また成功したとしても何も変わらない可能性もあるだろう。

 

だが、相手はおそらくほむらと同類。どんなに複雑な迷宮の中にあっても、たった一つの出口を探す執念と覚悟を持っている。

「大丈夫かもしれないから」と楽観視して良いものでは、断じて無い。

 

 

(――これは、絶望を招く可能性だ。その芽は、絶対に摘まなければいけない……!)

 

 

握る端末の画面が軋み、罅が走る。

だがほむらはそれすら気に留めず、静かにキーを打ち込んだ。

 

 

――あなたの想いは、伝わったように思う。

 では、こちらはその時間操作能力者の捕縛を前提として動きたい。

 可能な限りの情報収集に務め、あなたへ渡すと約束する。

 

 

当然ながら、そんなつもりは微塵も無い。

 

本音を言うならば、今すぐにでも交渉を打ち切ってしまいたかった。

だが、そうした所でほむらに利は無い。むしろ正体を明かさないまま形だけでも友好の姿勢を見せ、繋がりを保ち続けておくべきだ。

 

バッドエンドがこちらの正体に感づいていようがいまいが、相手を撹乱する一手にはなるのだから。

 

 

――なるほど、それがあなたの最終的な答えという事でよろしいのですね?

 

 

そう画面を睨む内、そんな返信が届いた。

 

ほむらは即座に肯定の旨を送ると、次の文章を考える。

どう唆し、どう動けば有利を取れるか。違和感の無いよう言葉を選び、可能な限りの情報を引き出せるよう、こまめに質問を混ぜ込んで。

 

そうしてある程度文が完成した折――またもや端末が着信の合図を鳴らした。

 

今度は何だ。ほむらは眉間のシワを一つ増やしつつも、再び届いたメッセージを開き、

 

 

 

――うそつきさん。

 

 

 

――その一文を認める前に、端末が一度大きく震え。

 

酷い異音と火花と共に、ほむらの手中で破裂した。

 

 

 

 

 

 

パン、と。乾いた音が、微かに響いた。

 

 

「――上か」

 

 

カフェの店内。

ともすれば聞き逃しそうなその破裂音を耳にしたホンフーは、おもむろに窓を開けると流れるような動きで店外へと飛び出した。

 

そして窓枠を掴み身体を引き上げ、足場とし。カフェの入っていたテナントビルの壁面を蹴り上げながら、上へ上へと登っていく。

余りの出来事に幾人かの通行人が驚くも、目を向けた頃には既に遥か上方へと移動済。彼の姿を捉える事は叶わず、やがて首を傾げて歩き去る。

 

残った痕跡は、ホンフーの居たカフェの一席。空のカップと色を付けたコーヒー代、そして――壊れた携帯端末の残骸のみであった。

 

 

(やはり、近くに潜んでいたか)

 

 

走るかの如く壁面を駆け上がり、笑みを浮かべる。

 

時間操作能力者と思しき存在から受け取った、あの端末。

もし本当に停止した時間の中で置き残した物であれば、その後ホンフーの動向を窺う為にあまり距離を取らないと踏んでいた。

 

付近の路地裏か、建物の中か。少なくとも窓際の席を俯瞰できる場所に居ると思っていたが、まさか真上に座していたとは。

 

 

(反響具合からして、まず屋上の筈――っと?)

 

 

よくよく見れば、上空から小さく黒い何かが落ちてくる。

すれ違いざまに観察すれば、それは小さなプラスチック片。携帯端末の欠片だ。

 

――彼のコピーした能力の中に、グレムリンというものがある。

 

周囲にある機械類に対し動作不良を引き起こし、銃器ですら使用不可とする行動阻害用の超能力だ。

今回はその能力を応用。交渉に使用していた端末を通じ、相手側端末のバッテリーを破裂させたのだ。

 

相手が近くに潜んでいるのなら、その騒音は明確な位置情報となる。

あからさまな敵対行為ではあったが、最早慮りを見せる必要もない。全力で、捉え(・・)にいくつもりであった

 

 

(……彼女が愚鈍であったら、仲良く出来たでしょうに)

 

 

ホンフーは、端末の向こうに居る時間操作能力者が、文面に反し自身に与するつもりが無いと確信していた。

その正体を見抜いている彼の目には、正体を明かさぬ恭順が敵意による隙の見極めとしか映らなかった、という事もある。しかし、それ以前の問題でもあったのだ。

 

ホンフーは己が『やり直し』を求めるに当たり、起こり得る事態は全て予測している。

その中には、同じく時を超える能力を持つ者が二人以上存在する場合の想定もあった。

 

それはホンフーの超能力の性質上、半ば必然であるのだが――その場合、互いの共存と尊重は不可能に近いという結論が出た。

 

過去を変えれば、今が変わる。もしホンフーが愛する彼女を救えたならば、その後の世界は全く別の景色を見せる筈だ。

 

何せ彼女の死に自暴自棄となり誰彼構わず暗殺依頼を受け続けた時期や、ハピネスを使い短命の超能力者を量産する必要性が消えるのだ。

世界各国の要人・著名人を含め、最低でも三桁単位の死が覆される。それぞれの人生を歩む彼らによって巻き起こされる変化は、想像を絶する規模となるに違いない。

 

果たして、そうして変わった世界は、誰にとっても望む世界であるのか――答えは、否。

 

時間操作能力者が、そこに孕む危険性に気付かぬ筈が無いのだ。それも、ホンフーの願いたる『やり直し』を言い当てる程の聡明さを持つ者が。

彼女が協力を拒み、そしてホンフーの願いの妨害に動く事は容易く想像できる。

 

 

(さて。止められる前に、間に合うか……!)

 

 

ホンフーは更に笑みを深めると、纏っていたカルマミラーを一旦解除。

数秒だけダークスピアの能力を――重力操作の力を纏うと、一息に屋上へと『落ちて』行った。

 

 

 

 

 

ぽたり、ぽたりと。コンクリートの床に血が落ちる。

 

 

「ぁ……う、ぐ……!」

 

 

幾つもの血の筋を作る右腕を抑えつつ、ほむらは痛みに小さく呻く。

足元には大小様々な端末の破片が転がっており、一部が焦げ付き妙な異臭を放っていた。破裂した端末が、掌を深く裂いたのだ。

 

 

(爆、発……? 機械に不備が? いえ状態や改造に問題は無いと確認した。なら――)

 

 

――バッドエンドに、何らかの攻撃を受けた。

 

その可能性に行き着いた瞬間ほむらは顔を強張らせ、瞬時にソウルジェムへ魔力を通し『印』の位置を確認。

反応がすぐそこにまで迫っている事に気づくと、咄嗟に左腕の盾へと手を伸ばす。

 

最早、バッドエンドとの対面は絶対に避けなければならない事態と相成った。

焦りをいなし、世界の時間を堰き止めて――

 

 

「――ぁうっ……!」

 

 

――ほんの、数瞬。

 

右手に走る痛みが、その動きを鈍らせた。

時間にして一秒にも満たない、僅かな時間――しかし、今この場においては致命的な間であった。

 

 

「――――ッ!」

 

 

――背後で、小さな音が聞こえた。

 

靴底で砂利を擦る、先程自分も立てた音。

ほむらは総毛立ちながらもそのまま盾を作動させ、世界を止める。

 

そして返す手に拳銃を握り込み、振り返りざまに引き金を引き、

 

 

『――自分のアタマが破裂するだろうさ――』

 

「――っく!?」

 

 

――寸前、強引に狙いを外した。

 

乾いた銃声が鳴り響き、一発の弾丸が色素の薄い世界を裂く。

それは暫く空間に己の軌道を刻み続け――やがて、ある人影の頬横に並び、止まった。

 

 

「……バッド、エンド……!」

 

 

女性と見紛う線の細い顔立ちに、最早見慣れた中国服。

今となっては完全な敵と化した男が、笑顔でビルの縁に立っていた。

 

 

(どうしてここが……いえ、そんな事より)

 

 

立ち位置的に、顔は見られていないだろう。

しかし、視線は確かにほむらを貫いている。後ろ姿は記憶に刻まれてしまった筈だ。

 

……髪型はともかく、雰囲気や魔法少女の衣装は大きく変えられない。これからの行動において、街での行動にはより一層の注意が必要なったと言える。

 

 

(……まぁ、話しかけられる前に間に合っただけ幸運ね)

 

 

震える吐息を細く吐き、拳銃を盾の中に押し込んだ。

 

この場で彼を殺害できれば、どれ程楽になるか。

しかし反射能力がある以上それも出来ず、貸し倉庫跡地での杏子の気持ちを痛い程に理解する。

 

 

「……今、時を戻せばあなたは居なくなるでしょう。全てを忘れ、縁も途切れる……」

 

 

そうすれば、全ては元通り。面倒事は消え失せ、また一からやり直す事が出来る。

 

……だが、それはこの時間のまどかを捨て石にするという事だ。

そのような彼女を蔑ろにする行いが、暁美ほむらに許される筈が無い。故に。

 

 

「――排除するわ。必ず」

 

 

鏡合わせのようにバッドエンドと向き合い、そう告げて。

ほむらは背後に大きく跳躍し――そのまま、ビルの屋上から身を投げた。

 

 

 

 

 

 

「――お、っと?」

 

 

――すぐ横に、死の気配を感じた。

 

反射的に腕を振れば、硬い何かを掴み取る。未だ高熱を保ったままの弾丸だ。

どうやら、顔のすぐ横に向けて撃たれたらしい。しかし当のホンフーは特に恐怖も怒りもなく、ただ困ったように苦笑する。

 

 

「これは……おや、もう居ませんか」

 

 

二本指で摘んだ弾丸を見せつけるように翳したが、既に目前に人影は無かった。

 

先程ほんの一瞬目撃した長い髪も、黒い衣装も全て無し。

端末の残骸と乾いていない血の跡だけを残し、綺麗さっぱり消えていた。

 

 

「幽霊みたいですねぇ、どうも」

 

 

この血液を解析すれば、大きな手がかりになるだろうか。

ふとそう思ったが、それはそれで面倒な手間がかかると思い直す。この街には既に、ジャジメントの伝手は無いのだ。

 

 

(まぁ、いい。それよりも大きな収穫は得た)

 

 

満足気に目を細め、そっと胸元に手を当てる。

 

ホンフーの裡。数多の異能力が眠るその場所に、新たな種火がまた一つ生まれたのだ。

それは魔法少女からコピーした、扱う方法の分からないもの。しかし、ホンフーにとってはとても価値あるものだった。

 

 

――時間操作能力。彼が求めて止まなかった、時を操る力の種火。

 

 

 

「……ふ、フフフ。フフ……」

 

 

自然と笑い声が漏れた。

 

それもその筈。能力の種火は、コピーする対象への『認識』と『理解』によって発生する。

魔法の使用に関してはもう一つ何らかの手順が必要のようだが、種火の生まれる条件だけならば他の異能と変わらない。

 

時間操作能力に関してもそれは同様。

ホンフーはこれまで数度その力を体験している。その上で、後ろ姿とはいえ能力者を視認した事で視覚的な穴が埋まり、『認識』の条件が満たされたのだろう。

 

 

「フフフ、はは、あっははははは……!」

 

 

だが、『理解』はどうだ。ホンフーはあの少女から能力について何も情報を得ていない。

 

にも関わらず条件が満たされたのなら、それは時間操作能力についての予想が的を射た物であったという事だ。

 

 

「ははははは! アハハハハハハ!!」

 

 

――つまりは、本当に能力による時間遡行が可能であるという肯定。

 

抱き続けた期待が真実であったと確信し、湧き上がる哄笑を抑える事が出来ない。

掌で顔を覆って背を丸めるも、指の隙間から声が漏れ。同時に、一滴の雫がこぼれ落ちる。

 

 

(ああ、ああ――もう、良い。居たのだ。解法に、あと少しで。ならば、私は)

 

 

喜びに自分が律せず、らしくもなく思考が散る。

 

しかし反対に、赤らんだ眼に理性は消えていない。

冷たい、しかし確固たる炎が燃え盛り、心に浮かぶ一人の少女を焼き尽くす。

 

 

「――摘み取ろう」

 

 

迷いは消えた。

 

ホンフーは小さくそう呟くと、己の喉元を擦る。

その表情は一抹の寂しさが滲むものだったが、すぐに深い笑みに溶け。上機嫌な足取りで以て、ゆっくりとその場を後にした。

 

 

 

――空の端に、僅かに夜が広がっていた。




『ウ・ホンフー』
コーヒー代は忘れず払う律儀なおじさん。白ウォズ。
彼が今まで殺した人達の中には、強大な権力者の他に後の世を変える有名人や天才が結構居たのではなかろうか。
その人らの多くが死ななかった場合、パワポケ6並のタイムパトロール案件なのでは?
ほむは訝しんだ。


『暁美ほむら』
みんな大好きおほむほむ。つい最近ようやくマギレコにやって来た黒ウォズ。
願いによって時間遡行の範囲に縛りを受けている為、もし何らかの方法で他者に一ヶ月より前の時間へ遡られた場合、とってもまずい。
まど神様の改変世界でも記憶保持してたけど、実際どうなんだろね。
尚、今回で色んな意味で杏子に頭が上がらなくなったようだ。



『グレムリン』
ホンフーのコピーした超能力の一つ。周囲の機械類に対し、強制的に動作不良を引き起こす。
パワポケ14での活躍見る限り、ある程度の指向性は持たせられるんじゃないかな。
いや、持たせたぞ俺はァ!


明けましておめでとうございます。今年ものんびり宜しくお願いします。
変なとこ無いか心配でやんすねぇ。


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17話 何を願ったんだか、忘れちまったよ

「――うんそう。恭介、やっぱ明後日くらいから行けるって。学校」

 

 

夜。

自室のベッドにだらしなく寝転がる美樹さやかは、携帯端末を片手に嬉しさ溢れる笑みを浮かべた。

 

 

『そうなんだ。じゃあ、お医者さんからのお墨付き貰えたんだ』

 

「いやー、それが強引に押し切ったみたいでさ。早く好きなだけヴァイオリン弾きたかったんだって」

 

『あはは……上条くんらしいね』

 

 

通話相手の鹿目まどかも小さく笑い、穏やかな談笑が続いていく。

 

魔女、バッドエンド、ついでに暁美ほむらの事――数多くの気を揉む出来事が並ぶ中、こういった元の日常に回帰する時間は、二人にとって非常に有り難いものだった。

テレパシーではなく、電話での通話もその一環。近々退院する上条恭介の事を話の種に、最近ささくれの目立つ心を癒やしていた。

 

 

「まぁでもずっと寝っぱなしで体力も落ちてるかもだし、学校じゃよろしく頼みますぞー保健委員大明神様」

 

『もう、またそんな事言って……。さやかちゃんが全部助けるつもりのくせに』

 

「いやーほら、あたし幼馴染だけどヒラだからさ。それに恭介もあたしなんかより、可愛いまどかに付き添われた方がよっぽど……、…………」

 

『……自分で言って自分でダメージ受けるんだね……』

 

 

時折新たな擦り傷が付く事もあるが、それはさておき。

 

つい数日前まで当たり前のように過ごしていた時間であるが、今になってみると、とても大切なものであった事が良く分かる。

魔法少女としての戦いに身を投じているさやかにおいては、特に。

 

 

(……うん、守りたいな。やっぱり)

 

 

そうしてまどかとのやり取りを楽しむ内、ごく自然にそんな事を思う。

 

それは巴マミの言葉の反芻、しかし一方で、それよりも尚深い所に落ちたような気がした。

はて、一体何が違うのか。何気ない雑談に興じる傍ら、己の胸裏をぼんやり探り――。

 

 

「……うん?」

 

 

――こん、と。窓を叩く何かの音に、その思考を散らした。

 

 

『えっと、どうしたの? 何か変なこと言っちゃった……?』

 

「んー? や、何か窓に当たったのかな――って……」

 

 

閉められたカーテンの隙間。ちらりと覗く窓の外に、小さく光が反射した。

それを見たさやかはほんの一瞬首を傾げた後、すぐに表情を硬くして。

 

 

「あーっと……うわ、もうこんな時間じゃん」

 

 

多少、白々しく。彷徨う視線を窓から少し上にずらし壁掛け時計に目をやれば、僅かに夜半を過ぎていた。

そろそろ床に就かなければ、明日の授業に差し障るだろう。

 

 

『あ、ほんとだ。おしゃべりしてると、あっという間だね』

 

「じゃあ今日はこれくらいにしときますかー。恭介復帰したらよろしくね、色々」

 

『うん、おやすみなさい……さやかちゃんも、頑張って』

 

 

おそらく、様々な意味が込められていたのだろう。さやかは慮りを感じる言葉に笑みを浮かべ、通話を終えた。

そうして携帯端末を棚に置き――打って変わって険しい目つきで、窓を睨む。

 

 

「……終わったけどさ、何か用?」

 

 

不機嫌を隠さず言い放ちカーテンを捲れば、窓の横にもたれ掛かっている人影が一つ。

夜闇に溶けるような黒髪と、同じく昏く冷たい瞳。

 

右手に赤く染まったハンカチを巻いた暁美ほむらの姿が、そこにあった。

 

 

 

 

 

 

右手の傷を治して欲しい――。

そう言ったほむらが外したハンカチの下には、生々しい大きな傷跡が刻まれていた。

 

未だ涎のように血液を流し続けるそれを見たさやかは、すぐに窓を開けると慌てた様子でその手を握り、部屋の中へと招き入れる。

……痛みか、それとも他の感情によるものか。真剣な様子で治癒の魔法を行使する彼女に、ほむらは軽く眉を顰めた。

 

 

「……随分バックリいっちゃってるけど、何があったの? 魔女?」

 

「…………」

 

 

彼女とは現状協力関係である以上、話さない理由は無かった。

そして少女が嘘や秘密を非常に嫌う性質である事は、これまでの繰り返しでよく理解している。ここで黙すれば、禍根の種を残すだろう。

 

……かと言って全てを正直に話せば、それはそれで大きな不和を招きかねない。

バッドエンドと遭遇した不運は個々の巡り合わせによるものだが、彼が見滝原を訪れた理由そのものは、ほむらにある可能性が極めて高いからだ。

 

ほむらは少しの間目を伏せ、言葉を吟味し――やがて、改めてさやかを見る。

 

 

「……バッドエンドに会ったわ」

 

「はぇ?」

 

 

呆けた声が漏れた。

 

 

「交渉を持ちかけたのよ。もしかしたら、こちらに有利な展開に運べるかと思ったけど……」

 

「ちょ、ちょちょちょ……! な、何やってんのよあんた!?」

 

 

理解が及んださやかが大声を上げるが、今の時間帯を思い出し口に手を当てて。

階下で就寝している両親を気にしつつ、ひそひそと顔を寄せる。

 

 

「あいつは倒さなきゃいけない敵でしょうが……! 何考えてんのよ!」

 

「戦いを回避する為だった。佐倉杏子にはああ言ったけれど、争いを避けられる可能性があるのならば試すべきだもの。敵が強大ならば、特に」

 

「だからってあんな奴と話し合うって……殺し屋なんてやってる奴だよ? そんなのとまともに話なんて――」

 

「――ええ、するべきでは無かった。少しでも奴との歩み寄りを考えた私が間違っていたわ、本当に」

 

 

言い募るさやかを遮り、はっきりと言い切った。

その目にはバッドエンドへの強い敵意が窺え、さやかも気圧され口を噤む。自然と、治療を終えたほむらの右手に視線が向いた。

 

 

「……それ、さ。ダメだった……んだよね?」

 

「……相容れないと、悟ったわ。きっとその敵意を見抜かれたのでしょうね、攻撃を受けた」

 

「え、大丈夫なの? 例の洗脳ってやつとかされてない……?」

 

「平気よ」

 

 

心配と疑念が入り交じる視線に、嘆息と否定を返し。掻い摘んだ説明をしつつ、右手の調子を確かめる。

握り、開き、捻り。しかし痛みや違和感は特に感じず、小さく礼を言い残した。

 

 

「……つーか、ほんとに危機一髪って感じじゃん。それ……」

 

「残念ながら、危機は継続中よ。……あの男、どうやら私に目を付けたみたいだから」

 

「は!? ど、どういう事?」

 

「時間を操る魔法が御眼鏡に適ったみたい。今後は優先して追ってくるでしょうね、きっと」

 

 

それは正しく、嘘は一つも含まれていなかった。

……最も、目を付けられた時期に関して些かの誤解を与えるかもしれないが、それは聞き手側の問題だ。ざわつく心に言い訳をする。

 

 

「……それって、その、恭介は……」

 

「……話しぶりでは興味は薄れていたみたいだけど、狙いは外れていないでしょう。私達に繋がる手がかりとして、あなたと親しい彼は有用だもの」

 

 

バッドエンドの様子からして、ほむらと杏子の素性はまだ調べがついていないのだと窺えた。

 

しかし、やり取りの中で名前の出たさやかと上条については、深い所まで探られている可能性が高い。

現状において、バッドエンドに最も接近しているのは二人であると、ほむらは確信していた。

 

 

「魔法少女であるあなたはともかく……普通の人間である彼は、私以上に危うい立場に居るのは確かね」

 

「そんな他人事みたいに……! 恭介が何かされたら、芋づるであんたも――」

 

「ええ、だからこそ私も彼の周辺には注意するつもりよ。今も、『印』は追っている」

 

 

そう言って魔力を奔らせ、中空に見滝原の地図を投影する。

 

すると、街中より離れた山の中――ジャジメントの実験施設のある場所に、光点が点滅している事が見て取れた。

言うまでもなく、バッドエンドの現在地だ。

 

 

「……見ての通り、今は街には居ない。まだ上条恭介に危害は及んでない筈よ」

 

「何か部下みたいのが居たりするんじゃ?」

 

「それが出来るなら、既にあなた達は捕まっているんじゃないかしら。理由は分からないけど、今の奴は一人で動いていると見ていい」

 

「…………そう」

 

 

その言葉にさやかは一つ息を吐くと、居心地悪そうに目を逸らす。

おそらく、己と上条の存在が足を引っ張っているとでも思い、自責の念に駆られているのだろう。

 

 

(……これでは、インキュベーターを詰れないわね)

 

 

嘘は言わず、かといって正確でもない事実で都合の悪い真実を覆い隠し、恩着せがましく言葉を重ねる。

己の嫌う存在と同等の行為をしている事に苦いものが込み上げるが、溜息と共に吐き捨てた。

 

 

「とにかく、あなたも気をつけておきなさい。バッドエンドは、私達が思うよりも近くに居る」

 

「……胸に刻んとく」

 

 

さやかは真剣な表情で頷き――ふと、何かに気がついたかのように片眉を上げた。

 

 

「……あのさ。その話、杏子にはもう話したの?」

 

「まだよ。多少、話す内容をよく考えないといけないもの」

 

 

彼女はあなたよりも敏いから、という本音は舌裏に隠し。

それに気付かぬさやかは、杏子が交渉の件を知った際に起こり得るであろう惨状を想像し、小さく顔を引きつらせた。

 

 

「あー……何かリボン的なのある? もし何かあったら、それでお墓作っとくけど」

 

「……笑えない冗談ね。それに、リボンはとうの昔に捨てたわ」

 

「ふーん? ……まぁ、ちゃんと戦うって決めたんなら、杏子もそんなに――って」

 

 

ふと見れば、既にほむらの姿は跡形も無く消えていた。用は済んだという事らしい。

 

 

「……そういうとこだかんね、ほんと」

 

 

相変わらずの冷淡さに、最早怒りすら湧かず。さやかは小さな嘆息を残し窓を締めた。

外の夜闇がガラスの内に充満し、澱んだ顔を反射する。恐怖と不安の滲む、酷いものだ。

 

 

「…………」

 

 

自然と、視線が棚の上の端末に向いた。

そうして無意識の内に手が伸びかけたが、すぐ抑え込み。力なくベッドへと倒れ込むと、まんじりと天井の明かりを眺め続ける。

 

……消灯は、それから暫く経っての事だった。

 

 

 

 

翌日。

目の下に薄く隈を作ったさやかは、その日一日忙しなく周囲に気を配り続けた。

 

登校中、授業中、休み時間さえも。

きょろきょろと怪しい人影が居ないか確認し、学校を欠席し街を飛び回っているほむらへ定期的にテレパシーを繋げ、バッドエンドの場所を確認する。

教師には落ち着きが無いと叱られ、辟易したほむらに途中から無視されるなど空回り目立ったが、それでも止めるつもりは無かった。

 

さやか自身、己の魔法少女としての実力が、杏子やほむらに一歩も二歩も劣っているとは自覚している。

そんな自分がバッドエンドという魔女以上の化物から大切な人を護る為には、用心に用心を重ねても尚足りない。焦りにも似た感情が、頭の中を圧迫していた。

 

 

「……さやかちゃん、大丈夫……?」

 

「朝からずっと様子がおかしいですけれど……何かお悩み事ですの?」

 

 

当然、その様子は級友達の目にも奇異に映ったようだ。

特にまどかと仁美は心の底から心配した様子を見せ、机に突っ伏すさやかの背へと手を添える。

 

 

「んー……ちょーっとねー……。今が頑張らにゃあならぬ時なのですよ、さやかちゃんは」

 

「……それで何故そんな挙動不審になるのか分かりませんが……ええと、それは上条さんに関わるもので?」

 

「当たらずとも遠からず……かな。まぁ色々と気を張ってなきゃダメなんすわ……」

 

 

目を擦りつつ放たれたその言葉に、仁美は僅かに表情を曇らせる。

しかしそれに気付く者は無く、まどかはこっそりとさやかへテレパシーを繋げた。

 

 

(……あの、もしかして昨日のお話で、何か煽っちゃった……?)

 

(違う違う。まどかには癒やされたんだけど、あの後に辛気臭いのが来てさ……)

 

 

言いかけ、さやかの視線が仁美に向く。

 

昨夜の一件を伝えようにも、今は長話が出来るタイミングでは無い。

さやかはまた後で話すとだけ伝えテレパシーを切り上げると、多少わざとらしく大きな伸びをした。

 

 

「ま、そんな心配しないでよ。大した事じゃないからへーきへーき」

 

「……それなら、よろしいのですが……」

 

「……?」

 

 

仁美の曇った表情に気づいたまどかが首を傾げた時、授業のチャイムが鳴った。

 

 

「あら、もうこんな時間。ではまた後で」

 

「あ……う、うん」

 

 

それにより仁美も己の席に戻り、表情の理由も聞きそびれ。

そして授業中にさやかから事のあらましを聞いた後には、疑問はすっかり頭の中から吹き飛んでいた。

 

 

 

 

「――ま、そんな訳で。今日のパトロールは、一人でやっとくよ」

 

 

ほむらからの話を知り、更に酷く心配し始めたまどかに、さやかは笑ってそう告げた。

 

その笑みはまどかへの慮りと同時、多分の強がりも混じったものだ。

無論、彼女もそれを見抜き、さやかへの同行を望んだものの――当然それが受け入れられる筈もなく。

放課後を迎えた瞬間、さやかは呼び止めるまどかの声を振り切るように学校を後にした。

 

 

(……流石に、今回ばっかりはなぁ……)

 

 

そうして夕焼け混じりの街中を一人寂しく歩きつつ、溜息を吐く。

 

本音を言えば、まどかには魔女退治の際のように側にいて支えて欲しいという気持ちはあった。

しかし己と共に居る事で、バッドエンドに目を付けられたら目も当てられない。上条と共に捕らえられ人質とされる光景を幻視し、一段と心が重くなる。

 

 

(――……ねぇ転校生、恭介の方は――)

 

(無事よ。信用できないなら自分で確かめなさい)

 

 

急激に上条への心配が湧き上がりほむらへ確認を取れば、全てを言い切る前にそう遮られた。

以降は幾ら呼びかけてもまた無視をされ、ぴくりと目元が引きつった。

 

 

(や、まぁあたしが悪いんだけどもさ……)

 

 

心配が祟っての行為とはいえ、流石にイタズラ電話じみた事をしているという自覚はあった。

さやかは気まずげに頬を掻き……少し悩んだ後、進行方向を変更。上条の元へと足を向ける。

 

以前とは違い、ほむらの事を全く信用していない訳ではないが、しかし不安なものは不安なのだ。

 

 

(今日の午後退院だったから……もう家に戻ってるかな)

 

 

今頃は、退院後の私物整理や学校の準備で忙しくしている筈だ。若干の嬉しさが込み上げるものの、今はその時ではないと気を引き締める。

 

ともかく、警戒が必要なのは彼の家を中心とした住宅街だろう。

さやかは学校の時と同じく、周囲へ気を配り始め――。

 

 

「……うわ、不審者が居る」

 

「えっ、どこ!?」

 

「オメーだよバカ」

 

 

唐突な言葉に思わず臨戦態勢を取れば、呆れたような声が投げつけられる。

見ると、通りがかった住宅街近くの自然公園――そのベンチに寝転がっていた杏子が、何とも冷たい視線を向けていた。

 

 

「きょ、杏子!? 何でここに……」

 

「あたしがどこに居ようが勝手だろ。つーかあんたこそ何してんのさ、きょろきょろきょろきょろ……万引きでもして逃げてんのかい」

 

「する訳無いでしょ! 警戒してんのよ、あのバッド――」

 

 

そこまで口にした刹那。目を鋭く細めた杏子が、さやかを強く睨みつけた。

すると瞬時にその喉から声が奪われ、ヒューヒューと空気の素通りする音だけが虚しく響く。

 

バッドエンドにも行った、魔法による沈黙の暗示だ。

 

 

「……! ……っ!?」

 

「……こんなとこでアレの名前叫ぶなって。ほんとに出てくるかもしんないだろうが」

 

「――んぐっ!? あ、あー……!」

 

 

やれやれ、と忠告混じりに再びさやかを見やれば、すぐに声が戻り。

小さくない混乱を残しつつも、杏子に恨みがましい目を向ける。

 

 

「び、っ……超ビビったぁ……! あ、あんたねぇ……!!」

 

「あんまり煩いとまた黙らすよ。アレはもう話せるようになってたらしいが、あんたは一生解けないかもね」

 

 

流石にもう一度声を奪われたくは無く、口にしかけた文句を渋々呑み込んだ。

そうして杏子を睨んでいると――ふと昨夜のほむらを思い出し、ピクリと眉が跳ねた。

 

……先の口ぶりからして、杏子は既に例の説明を受けているようだ。

見た限りでは、彼女の目に赫怒の色は窺えないが、さて。

 

 

「その……さ。あんたも、転校生からの話……聞いたの?」

 

「あん? ああ、朝にテレパシーで大体ね。アレに探り入れたとか聞いて、目が覚めちまった」

 

 

そう言ってあくびをする彼女に、含むものは感じなかった。

 

どうやら、ほむらは上手く誤魔化し切る事が出来たらしい。

ほっと安堵の息を吐くと、杏子は訝しげな表情を浮かべた。

 

 

「……あの話、何かあんの?」

 

「い、いや別に……って、あれ。じゃあもしかして、あんたも恭介張ってたり……?」

 

 

言い訳代わり。思いついた事をそのまま口走れば、杏子はバツが悪そうに舌打ちを鳴らす。

彼女がこの住宅街近くの公園に居た理由を、期せずして言い当てたようだ。

 

 

「……あんた『も』って事は、同じ事考えてたのか。こんなバカと思考回路被るなんて、一生の不覚だ」

 

「……あのさ、幾ら菩薩のさやかちゃんといえど、そろそろホントに怒るからね……?」

 

「悪いね。アレの洗脳が抜け切ってないのか、隠し事や我慢があんまり出来なくなってるのさ」

 

「結局本音って事じゃん!? つーかそれあんたなら魔法で解けるでしょ!」

 

「人は騙せても自分は騙せないんだよ、あたしの魔法は――っと」

 

 

杏子は熱り立つさやかをからかい混じりに笑うと、ベンチから立ち上がり伸びを一つ。

どこかから取り出した菓子を齧り齧り、軽い足取りで歩き出した。

 

 

「ま、ともかくだ。あんたの幼馴染だっけ? 周り、ちょっとばかしうろつかせて貰うよ。構わないだろ?」

 

「…………まぁ、良いけどさ」

 

 

少し悩むも、すぐに頷く。

マミの墓の件を通じ、さやかの杏子を見る目は変わりつつあった。

 

 

「いや、でもあの反射能力とかどうすんのよ。あれがある限り、こっちからは何も……」

 

「――少し、思いついたことがある。見立が正しければ、きっと――……」

 

 

そこまで口にして、さやかを見る。

すると何かを懸念するように眉を顰め、小さな嘆息を残し歩みを早めた。

 

 

「……何よ」

 

「なーんか、無茶しそうな気がするからね。今は教えないどく」

 

「は? 意味わか――あたっ」

 

 

食べ終えた菓子の空箱が、さやかの顔に投げつけられる。どうやら話す気は無いらしい。

 

あまりにぞんざいな態度に青筋が立つが、ぐっと堪えて我慢の子。

拾い上げた空箱を付近のゴミ箱へと荒々しく叩き込み、杏子の背を追いかける。

 

 

「……よく分かんないけど、何か考えてるのは分かった。でも、恭介や他の人達は巻き込まないでよね」

 

「あー……」

 

 

その何とも言えない返しにさやかの柳眉が逆立つが、すぐに「落ち着けよ」と遮られ。

 

 

「まぁ、場所を移しゃ大丈夫だろ。元から人だらけの場所で戦うつもりもないしな」

 

「……絶対だかんね。絶対!」

 

 

重ねて念押しすれば、杏子はうんざりとした表情で小さく鼻を鳴らした。

 

 

「わーったよ。ったく、そんなに他人の事ばっか気にしてご苦労なこった」

 

「あたり前のコトでしょ。前も言ったけど、魔法少女は……」

 

「あーはいはい、世の為人の為正義の味方ね。立派立派」

 

 

多少は打ち解けた二人ではあったが、魔法少女としてのあり方に関しては未だ理解し合えていないようだ。

 

とはいえ、既に慣れたやり取りなのだろう。さやかも眉こそ顰めたが、それ以上に激昂する事もなく、足元の小石を蹴飛ばすだけに留め。

それきり、暫く互いに沈黙。足音だけが静かに響く。

 

そうして、自然公園を抜けようとした折――ぽつりと、杏子が呟いた。

 

 

「……あんたはさ。キュゥべえにも、誰かの為に願ったのかい」

 

「え? そりゃ、まぁ……そうなる、のかな」

 

「ふぅん……」

 

 

その声音はどこか乾いたもので、空虚さすら感じさせるものだった。

 

まるで、こちらを責めるような、或いは哀れんでいるような。

怒りよりも居心地の悪さが勝ち、さやかの歩みが鈍り。そんな自分に気付き、苦し紛れに問い返す。

 

 

「そ、そういうあんたの方はどうなのさ。色々言ってるけど、どんな願い……を……」

 

「…………」

 

 

だが、それは杏子の琴線に触れたようだ。

彼女はぴたりと足を止め、顔だけをさやかへ傾ける。

 

その瞳には、赫怒ではない何かの色が浮かんでいた。

しかしさやかは、その色の名を知らず、故に黙し。ただ、引き込まれた。

 

 

「……さぁね。何を願ったんだか、忘れちまったよ」

 

 

明らかな嘘。

杏子は薄く笑い、「でも」と繋げ。

 

 

「自分の為に願っとけば良かった……とは思ったかもね」

 

「……それって……、」

 

 

その時、何と声をかけようとしたのか。さやか自身、はっきりとはしていなかった。

 

何かを言わなければならない――そのような、義務感にも似た情動に衝き動かされるまま。

さやかは杏子の瞳と真正面から向き合い、そして――。

 

 

――瞬間。二人のソウルジェムが大きく一度、脈動をした。

 

 

「っ!? これ……!」

 

「ああ、魔女だ。チッ、何処にでも湧きやがる――!」

 

 

杏子は舌打ちと共にソウルジェムに魔力を通し、魔法少女の装いに変身。

唐突に現れた淀んだ魔力の下へと、さやかを置いて駆け出した。

 

 

「ちょっ! あたしも行くって!」

 

「いいよ来なくて! こっちはほっといて、さっさと愛しの幼馴染クンのとこにでも行ってな!」

 

「それ色んな所で言われるけどそんなに分かりやすいかあたし!?」

 

 

先程までの神妙な空気は何処へやら。

赤と青。互いに怒声を投げ合いながら、二色の魔法少女が空を駆け抜けて行った。

 

 

 

 

――そうして、彼女達が立ち去った後。

自然公園の一角から、小さな何かが這い出した。

 

 

「――――」

 

 

銀の身体と、硝子の目。

歪なクモの形をしたそれは、さやか達の消えた方角をただ静かに観測し続けていた――。




『美樹さやか』
みんな大好きさやかちゃそ。見滝原チームのヒーラー担当。
何か回復魔法と言うより再生能力という感じが強い。影の魔女戦が強烈すぎたのだ……。
とはいえ流石にまどかやゆま程では無いにしろ、四肢の接着くらいなら普通にこなせるレベルにはありそう。
だって同人誌とかだと手足どころか股間から(略)。


『鹿目まどか』
みんな大好きまどか様。見滝原チームのメンタルケア担当。
魔法少女になった場合の固有魔法って何になるんだろう。
媒体ごとに大体とんでもねーことやっててよく分かんないぜ!


『志筑仁美』
みんな結構好きなんだろ。知ってるんだから。
上条恭介の為にアレコレするさやかを見て、乙女心が決意を固めたようだ。


『暁美ほむら』
ほむほむほむほむ。見滝原チームの……何担当?
今更だけど、本SSは未来人の存在するパワポケ世界が混じっているので、時間遡行魔法の性質もそれに合わせて少し変わってます。
いやまぁ元々媒体ごとに平行世界移動だったりそうでなかったりするんで、実は何も変わっていないのかもしれないけど。
つーかパワポケ世界の時間遡行解釈も大概ワケわかんないんで、そもそも何一つ合っていない可能性があるのでは?
ほむは訝しんだ。


『佐倉杏子』
みんな大好きあんこたん。見滝原チームの助っ人外国人枠。
一回さやかと打ち解けると急速にデレまくる。単にそういう性格なのか、殊更にさやかが気に入ったのか。
ちなみに、本人は冗談めかしていっているが、ホンフーの洗脳が多少残っているのは本当。
気を抜くと万引きにさえ自然と幻惑魔法を使いかけるため、ホンフーへの憎しみとソウルジェムの濁りが嵩んでいるようだ。


『銀色のクモ』
TXに比べて随分な重役出勤じゃねぇか……。


一歩一歩行くぞ……。


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18話 安心して、希望を持って下さいね

――自然公園の中央。

小高い丘の上に展開したその魔女の結界は、酷く異質な世界であった。

 

 

「……何、ここ?」

 

 

魔法少女の装いとなり結界内部に降り立ったさやかが、眉を顰めてそう呟いた。

 

彼女の目前に広がるのは、無数の光の筋だった。

空や地面、山や建物。世界に広がる全ての景色が機械基盤のようなパネルによって組み上げられており、その表面に絶えず光が流れているのだ。

 

上を見れば赤いランプと青い線。下を見れば、銀の導体と緑の光。遠くにも多彩な色の光が瞬き、時折ピコピコといった電子音のようなものまで聞こえてくる。

どこかアンティーク調の雰囲気を持ったこれまでの魔女の結界とは違い、ある種近未来的な風景を見せるこの世界に、妙な違和感を感じざるを得なかった。

 

 

「うーん、機械の中って感じ? あっちこっちチカチカしてるけど、何だろ……」

 

「……多分、居場所を誤魔化してやがるんだ。魔力の探知、出来るかい?」

 

「え? あ……ダメだ、よく分かんない」

 

 

共に降り立った杏子の言葉に従い集中してみるが、上手く魔力感知が行えない。

周囲に存在する光全てに魔力反応があり、精密に狙いを絞る事が出来ないのだ。

 

以前遭遇した時計塔の魔女の鐘を思い出し、さやかの顔に苦いものが混じった。

 

 

「またジャミングかぁ……やめて欲しいな、こういうの」

 

「どっちかと言やデコイって感じだが……ま、ある程度大本に近づきゃ判別付くだろ。行くよ」

 

「あ、ちょっと待ちなさいって!」

 

 

杏子はそう鼻を鳴らすと迷いなく結界の奥へ進み始め、慌ててさやかも後を追う。

基盤を叩くヒールの音が二人分、いやにはっきりと響いた。

 

 

「……見えてる範囲には、使い魔の気配は無いよね?」

 

「油断すんなよ。もしかしたら、遠くに見える光の内のどれかがそうかもしれない」

 

「え」

 

 

言われて、彼方に目を凝らす。

 

しかし大小様々な光の群れはそれぞれが明滅を繰り返し、さやかにはそれらの違いを見分ける事は出来そうになかった。

それどころか発光の残像が視界に強く焼き付き、堪らずぎゅっと瞼を押さえる。

 

 

「くおぉ……目がシッブい……!」

 

「目ぇ開けて歩きな、転んだら置いてくからね」

 

 

とはいえ、杏子も騒がしい視界に辟易としているようだ。

苛つきを隠さず目を眇め、眉間にシワを寄せている。強く睨まれているように感じ、若干さやかの腰が引く。

 

そうして暫くそのまま歩き続けるものの、魔女は勿論使い魔の姿も見当たらなかった。

周囲の光は変わらず流れ、彼方の光も近づいてくる様子は無い。未だ見えぬ敵の影に、どんよりとした不安が嵩んだ。

 

 

「……なぁ、あんた。さっき、何言おうとしてたんだい」

 

「へ?」

 

 

そんな淀んだ空気の中、先を行く杏子が振り向かぬままそう声を投げかけた。

 

 

「結界に入る前、何か言いかけてたろ。魔女が出てきて流れたけどさ」

 

「あ、あぁ……あれ」

 

 

自分の為に願っておけばよかった――つい先程、詳細不明の表情で杏子が告げたその言葉。

それに何某かを返そうとしていた事は、当然さやかも覚えていた。しかし。

 

 

「やー……あたしにも分かんない、かな」

 

「あ?」

 

「い、いやほら、フィーリングってあるじゃん!? あの時は勢いで出てきそうなコトあったけど、今は出てこないっていうかさ……!」

 

「……ハッ。何だよ、そりゃ」

 

 

訝しげな声音に慌てて言い訳すれば、杏子は軽く笑って首を振る。

何か困ったものを見るような、呆れ混じりの優しい目だ。

 

 

「ま、いいさ。別に何を言い合って聞かせたいって訳でもなし。さっきも勢いで適当言っただけだしね。フィーリングだっけ?」

 

「う、うっさいな。流してよそこは」

 

 

気恥ずかしげに返しつつ、先の杏子が脳裏に浮かぶ。正確には、その瞳にあった不思議な色を。

 

……彼女自身は適当だと言ったが、きっと伝えたかった何かがあったのだろう。

さやかはそう確信したものの、今更問い質す言葉は出てこない。機は完全に逸しているのだ。

故に何も尋ねず。ただ溜息と共に呟いた。

 

 

「……まぁ、覚えとくよ」

 

「あん? 何を」

 

「あたしについて、あんたが何かを思ってたって事。分かんないは分かんないけど、なんだろなーって考えるくらいは……しとく」

 

「……あ、そ」

 

 

それは呆れか、或いは他の感情か。

さやかには判断がつかなかったが、少なくとも彼女の声音に悪い印象はなかった。

 

そして、それきり自然と言葉は途絶え。どことなく擽ったさの感じる空気が続き――唐突に、杏子が長槍を構えた。

 

 

「うえぇ!? ちょ、何いきなり怒ってん――」

 

「ちげーよ。分かんだろ、使い魔だ!」

 

 

その怒声に慌てて周囲をよく探れば、確かに異質な気配があった。

景色に流れる無数の光とは僅かに違う、澱んだ魔力。それらは二人を囲むように近づいて来ているようだ。

 

さやかも慌てて刀剣を構えると、未だ視界にかからぬ敵を待つ。

 

 

「あっぶなー……景色も反応もチカチカで分かんなかった……!」

 

「もうちょっと集中しな。よく見て、よく考えないと長生きできないよ」

 

「これ見よがしに先輩風を――、っ!」

 

 

互いに軽口を投げ合う中、けたたましい電子音がさやかの鼓膜を揺らす。

 

咄嗟にそれの聞こえた方角へ刃を振れば、数本の棒のような何かを弾き、基盤の地面へと叩きつける。

甲高い音と共にバウンドしたそれは、しかし明らかに不自然な挙動で持ってある一点に跳ね返り。そこに立つ細長い物体と合体し、組み上がる。

 

――それは、中心に線の入った逆三角形のランプであった。

その下部からは細い胴体が生え、先程飛来した棒が三本、手足代わりに付いている。

 

……さやかは、それに既視感があった。常日頃頻繁に目にする、日常に深く埋め込まれているその形――。

 

 

「……け、携帯電話のアンテナマーク……?」

 

「呆けてんな! 行くよっ――!」

 

 

叫び、杏子が地を蹴った。

 

それに呼応し、物陰よりアンテナマークの使い魔が大量に姿を表し、一歩遅れてさやかも突貫。

光と電子音の飛び交う世界の中に、新たに戦闘による光と音が加わった。

 

 

 

 

 

 

(これで、この辺りは全部……)

 

 

杏子達が突入した魔女の結界。

それより遠く離れた街角で、暁美ほむらは構えていたレーザー銃をゆっくりと下ろした。

 

その足元には一つのグリーフシードが転がっており、無造作に拾い上げるとレーザー銃とまとめて盾の中へと放り込む。

今しがた、魔女を一体屠った所だ。

 

 

(まったく、忌々しい程に勤勉ね。あの獣は)

 

 

苛立ち紛れに溜息を吐き、長い黒髪を掻き上げる。

 

姿を表さなくなって久しいインキュベーターであるが、見滝原での暗躍は未だ続けられていた。

どこから魔女を集め、誘導し。まどかを魔法少女とするため、毎日のように彼女の生活圏内を脅かしているのだ。

 

特に今はバッドエンドの件もあり、最寄りのターゲット足り得るほむら達魔法少女三人は、まどかと共に居る事が難しい状態にある。

普段は常に一緒であったさやかもそれは分かっているのか、現状まどかから離れており、常以上に気を張る必要があった。

 

 

(公園の方にも、魔女が出たみたいだけれど……)

 

 

ちらりと、先程魔力の出現反応があった方角を見る。

 

どうやら、また新しく魔女が出現しているようだが――少し前に、その結界へ突入する2つの魔力反応も感知していた。

火と水を思わせる対象的な質のそれらは、言わずもかな杏子とさやかの放つものだ。ほむらは彼女達に加勢するべきか、寸瞬考え。

 

 

(いえ、必要ないわね)

 

 

すぐにそう思い直し、向けていた意識を外した。

 

こと戦闘面に関しては、杏子の実力はあの巴マミをも凌ぐ程だ。経験の浅いさやかのフォローに回る事も多少あるだろうが、彼女が居れば魔女を倒しそびれる事はまず無いだろう。

それは今までの経験から裏打ちされた確信であると同時、信頼でもあった。

 

そうして、ほむらはそれきり公園に現れた魔女を気にかける事もなく、静かにその身を翻す。

魔女を一体二体倒した程度では、まだ安心は出来ない。己が離れている間に、まどかへ新たな魔女をけしかけられてはたまらない。取り急ぎ、彼女周辺の警戒に戻らねばならなかった。

 

 

(……インキュベーターがまどかに近づけないのは良いけれど、これはこれで気疲れするわね)

 

 

せめてバッドエンドの件が無ければ……とは思うが、彼の出現がインキュベーターの枷となっている部分もあり、どうにも複雑だ。

ほむらは憎々しげな溜息を一つ残すと、移動時間のロスを省く為、盾に手をかけ時を止め――

 

 

「――……、?」

 

 

盾の、端。内蔵された砂時計を覆う金属部分に、白く見える何かが映り込んでいた。

 

大きさは人間の拳程度だろうか。反射の角度的に、その何かはすぐ背後にある電灯に張り付いているようだ。

 

……まさか、インキュベーターが隠れそこなっているという訳ではあるまいな。

眉を顰めたほむらは、そのまま盾の機構を作動させつつ、何気なく電灯へ振り返り、

 

 

「――っ!?」

 

 

――そこにあったものを認めた瞬間、軽く息を呑んだ。

 

目に飛び込むのは、金属の銀。空から注ぐ陽光の反射を、白と錯覚していたのだ。

そして丸みを帯びた小さな胴と幾本もの細い足を持っており、頭部に輝く無機質なレンズがほむらの姿をハッキリと映し込んでいる。

 

敢えて表現するならば、それは。

 

 

「……機械の、クモ――……、っ!?」

 

 

首を傾げかけ、思い出す。

己の盾の中に眠る『TX及びクモ強奪計画』。今目の前にあるクモは、そこに記載されていた図と非常によく似ていた。

 

――つまりは、遠隔操作型の爆弾。ほむらの全身が総毛立ち、時が停止している事も忘れ反射的にクモから距離を取った

 

 

(何故こんな物がここに――違う、そんなの決まっている)

 

 

……レジスタンスによる『TX及びクモ強奪計画』は、果たされる事無く潰えたのだ。

となれば今このクモを持ち、そして操っている存在は、最早考えるまでもなく。

 

 

(――私達はもう、バッドエンドに見つかっていた……!)

 

 

繋がった。

奴は今、山奥にある例の実験施設に居る。何故そんな場所に居るのか分からなかったが――理由は、これだ。

 

……上条恭介、或いは美樹さやかの情報から辿ったのか、それとも無作為に放たれたものに偶然かかっただけなのか。いずれにしろ、発見されている事実に違いは無い。

予想以上に早く事態が進んでいる事に、焦燥だけがただ募り。

 

 

(だけど、なぜ何もして来なかった? チャンスは幾らでもあった筈……)

 

 

クモを付けられているのが己だけとは思えない。当然、さやか達にも放たれていると見るべきだ。

なのに、今まで誰が欠ける事も無く、無事だ。監視はされているのだろうが、接触も爆殺もされていない。

 

何か思惑があるのか。それとも、それが出来ない理由があるのか。止まった時の中、ほむらは静かに思考して。

 

 

(……いいえ、考えるのは後。それよりも、今は)

 

 

しかし、納得できる答えを出すには情報が足りず、疑問をひとまず横へ置く。

 

そして軽く深呼吸し――徐に、目先にあるクモに対して魔力を放つ。ほむらの得意とする、機械操作の魔法だ。

 

短絡的にクモを破壊すれば、バッドエンドがどのような行動をするか分からない。かといって、放置する訳にも行かない。

だが、クモ自体を支配してしまえば、バッドエンドを刺激すること無く無効化が可能なのだ。成功すれば動作不良を装い監視の目を逸らす事や、起爆の阻止も出来るだろう。

 

……とはいえ、ほむらには『TX』の支配に失敗している過去がある。率直に言って、あまり期待はしていなかったのだが――。

 

 

(……? これは、支配できるのね)

 

 

が。ほむらの懸念とは裏腹に、クモは至極あっさりと彼女の支配下へと落ちた。

クモの全身を紫の魔力が包み込み、今や一声かければ自爆すらさせられる状態だ。

 

……同じジャジメント製だろうに、『TX』と何が違うのか。

どうにも腑に落ちないほむらであったが、支配できるのならばそれに越した事はない。気を取り直し、機械操作の魔法をより広い範囲へと拡散させる。

 

膜を張るように、隙間なく。これで、他に潜んでいる筈のクモも一網打尽だ――そう、思っていたのだが。

 

 

(反応が、無い……?)

 

 

困惑に眉が寄る。

半径数十メートル。少なくとも、ほむらの周囲には他のクモは潜んでいないようだった。

 

何度精査しようとも、相対する一匹しかクモの存在は感知できない。

そこら中到る場所に潜み、絶えず監視されていると覚悟していたほむらにとって、肩透かしも良い所だ。

 

 

(まさか、他の個体は全て魔避けのステルス機能付き……なんて事は無いでしょうけれど)

 

 

その辺りまで警戒してはキリがない。

ほむらは、ひとまずは近くに居るクモは一匹のみであると仮定し、それを元に動くと決める。

 

そうして時を止める直前に居た位置に戻ると――同じく時を止める直前に取っていた姿勢を寸分違わず再現し、盾の砂時計を動かした。

 

長くこの魔法と付き合っていれば、こうした場合の取り繕い方も否応なく熟練する。

クモのレンズに映る世界は違和なく繋がり、バッドエンドにこちらの察知を悟らせなかった……その筈だ。

 

 

「……早く、戻らないと」

 

 

時が動き出し、色づいた世界の中で。

ほむらは敢えて聞かせるように呟くと、魔法で強化した身体能力で持って付近の建物を駆け上がり、空へと跳んだ。

 

同時にクモの動きに注視したが、流石に追いつく事は出来ないらしく、電灯の側から動く様子は無かった。

暫く観察してもそれは変わらず、途中で機械操作の魔法を周囲に展開しても、新たなクモは現れず。ひとまずは撒いたであろう事を確信し、ほむらはほぅと息を吐いた。

 

 

(この程度で引き離せるのならば、絶えずストーキングされている訳ではない? ポイントを定めての監視か、それとも……)

 

 

新たな疑問が湧き出すが、それも後だと首を振り。

まずは杏子にクモの件を知らせるべく、テレパシーを繋ごうと試みた……が。

 

 

(……駄目ね。ノイズが激しすぎる)

 

 

どうやら、魔女の魔力によりコンタクトを阻害されているらしい

杏子だけではなくさやかからも返事は無く、小さく舌打ちをする。

 

 

 

(討伐が終わるのを待つしかない、か……)

 

 

杏子達へ危機を伝えに行っている隙に、まどかに何かがあれば本末転倒だ。

安全を期すのならば、下手に動かずテレパシーが可能となるまで待つべきだろう。

 

ほむらはそう結論付けると、クモの存在に注意を払いつつ、通学路の方面に向け空を駆ける。

 

 

「――……」

 

 

……その、間際。僅かに公園を盗み見て。

鉄面皮の下、ほむらは小さく唇を噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

――視界一面に、無数のアンテナが立っていた。

 

 

「うわっ――とぉ!」

 

 

眼前。空を裂き迫る棒のような物を咄嗟に弾き飛ばし、さやかは鍔裏のトリガーを引き絞る。

 

すると即座に刀剣の刃先が射出され、先の攻撃に乗じ不意を突こうとしていたアンテナマークの使い魔を貫き、爆散。

ちぎれた棒のような物――使い魔の手足が周囲に撒き散らされ、数体の使いを巻き込み吹き飛んで行った。

 

全方位、見える範囲は全て敵。さやか達は、そのような状況に陥っていた。

 

 

「ああもう、うじゃうじゃ鬱陶しい! どんだけ出てくんのよこいつら!」

 

 

そうして大きな隙を晒した使い魔達に、続けて刃先を打ち込み文字通り止めを刺して。

しかしそれでも減ったように見えない敵の数に、さやかはうんざりとした声を上げた。

 

先程接敵してからこちら、既に数十体以上の使い魔を屠っている。にも関わらず、後から新たなアンテナマークが現れるのだ。

背中側で戦う杏子も、言葉にはしないが辟易としているようだ。乱雑に槍を振り回し手近な使い魔を屠ると、苛立ち混じりに唾を吐く。

 

 

「……どうやら、連絡役が居るみたいだよ。見な」

 

「へ?」

 

 

そう言って杏子が指差した先には、一匹の使い魔が何やらこそこそと妙な動きをしていた。

 

よく見ればその使い魔は携帯電話を持っており、棒の手足を器用に操り何処かへと連絡を取っているようだ。

そうして頭部のランプから稲妻型の電波マークが何処かへと飛び、その方向からまた使い魔の群れが現れる。結界中の仲間をこの場へと呼び寄せているのだ。

 

 

「いやアンテナ自体が電話使うって意味不明でしょ!?」

 

「はン、あいつらに人間の理屈が通じるかってーのッ!」

 

 

無造作に杏子が投擲する長槍が連絡役の使い魔を貫き、電話共々破壊する。

しかし、次の瞬間には使い魔の群れの中から新たな電波マークが飛び始め、何処かへの連絡は途切れず続いているようだ。

 

 

「くそ、これじゃあキリねーな……!」

 

「あんたの魔法でどうにかなんないの!? 幻覚で動き止めたりとかさ」

 

「……チッ!」

 

 

遅い来る使い魔を切り捨てながらの問いかけに、杏子は不機嫌そうに舌打ち一つ。

そして、丁度飛びかかってきた使い魔を鷲掴むと、魔力の乗った視線で睨みつける。幻惑魔法の暗示により、その体の自由を奪ったのだ。

 

その行動の意図を掴みかねたさやか疑問を発する前に、杏子は金縛りにした使い魔を思い切り投げ飛ばし――直後、電波マークが使い魔の脳天へと降り落ちた。

 

 

「……は?」

 

 

さやかの呆けた声が響く中、使い魔はビリビリとコミカルな電撃エフェクトを迸らせ、地面に墜落。

しかしその身体には傷一つ無く、すぐに立ち上がると今度はさやかへ突貫する。

 

無論、すぐに刀剣の錆となったが――その動きには、杏子の暗示の影響など微塵も感じられなかった。

 

 

「えぇ……何、今の」

 

「見たろ。あの電波、連絡だけじゃなくあたしの魔法も解きやがるのさ。多分、命令か何かを受信して、暗示を上書きしてんだ」

 

 

これ以上無くアンテナしてるよ、あいつら。杏子は苦々しげにそう言い捨てた。

 

 

「そ、そんな事出来んの?」

 

「実際やられてんだから出来るんだろ。幾ら幻惑に落としても、これじゃイタチごっこにしかならねー」

 

「でもちょっとの間は動き止められるんでしょ? それに分身だって……」

 

「魔力は無限じゃねーって分かってんだろ! こんだけの数に暗示だの分身だの盛大に使ってたら、すぐにガス欠になっちまう――よッ!」

 

 

言葉の途中、杏子は襲いかかってきた使い魔を瞬時に屠ると、長槍を多節棍へと変形。

そのまま大きく振り回し、電波マークの発信元を勢いよく叩き潰す。地面たる基盤が砕け、ランプの欠片が宙を舞った。

 

……しかし、すぐに別の場所から新たな電波が飛び出した。それを見た杏子は心底腹立たしそうに石突で地を叩き、単身使い魔の群れへと向かっていく。

 

 

「あ、ちょっと!?」

 

「そっちはそっちで戦っときな! 少しでも数減らさないと押し潰されちまうよ!」

 

「わ、分かってるわよ!」

 

 

さやかはその怒気に若干腰が引けつつも、彼女と同じく自身の戦いへと戻る。

 

いつの間にか近寄っていた使い魔を振り向きざまに切り捨て、死骸を足場に跳躍。

空中で生み出した無数の刀剣を流星群のごとく降り落とし、使い魔の群れの中で爆破。それなりの数を巻き込むも――後から新たな群れが現れ、欠員を補充した。

 

 

(……やっぱ、ケータイ持ってる奴を優先して叩くべきなんだろうけど)

 

 

先の話を胸に留めつつ、一世代前の携帯電話を持つ個体を狙い、切る。

しかし、やはり根本を断つには至らない。その個体が倒れた瞬間、また新たな個体がどこからか携帯電話を取り出すのだ。

 

 

(そうだ、いっそ電波の飛んでく方向に行ってみれば魔女の所に……いや、うーん……?)

 

 

そう思い電波マークの飛び去る方向を観察するも、それぞれが思い思いの方向に飛び交っており、とてもではないが一処に集っているとは思えない。

一体どれが魔女の下に飛んでいるのか。さやかには、判別がつかなかった。

 

 

「……ねぇ! もしかしてこれ一旦仕切り直した方が良くない!? 何か作戦立てないと無理そうなんだけど!」

 

「だから同じ事考えてんじゃねーよ! あたしもバカっぽく見えるだろうが!」

 

 

どうやら、杏子も今まさに同じ考えをしていたらしい。

あまりの言い草にさやかが抗議する前に、杏子の多節棍が大きくうねり、刃の竜巻を生み出した。

 

それは使い魔だけではなく、地面やそこに走る光の筋をも細かく削り、切り刻み。風の渦に巻き込んで、即席の煙幕として広い範囲へ撒き散らす。

使い魔の肉片と、砕けた基盤の粉塵。そして撹拌された魔力の光が、その場に居た者全ての視界と感知能力を一時的に奪い取った。

 

 

「なっ……うわぁっ!?」

 

 

当然、さやかも堪らずマントで顔を覆い――瞬間、腕を強く引っ張られた。

煙幕に紛れ走り寄っていた杏子が、さやかを引きずりこの場からの離脱を図ったのだ。

 

 

「そら、今のうちだ! ぼーっとしてないで走れ!」

 

「ぺっ、げほっ……後で覚えてなさいよ、色々……!」

 

 

口に入ったアンテナの欠片を吐き出し、恨みがましい目を向けて。

さやかは杏子の手を振り払うと、その背を追って煙幕の中を駆け抜ける。

 

使い魔達は混乱しているようで、追いすがる様子は無かった。

アンテナマークの隙間を潜り、時には頭部のランプを踏み越え、砕き。そうして、少しでも敵の少ない方向へとひた走り――。

 

 

「――くそッ! やっぱ、そう上手くはいかねーか……!」

 

 

しかし、すぐに足が止まる。

既に連絡が回っていたのだろう。煙幕を抜けた先には新たな使い魔達が集い始めており、二人の行く先を塞いでいるのだ。

 

咄嗟に他の退路を探すものの、目に付く先からアンテナマークが立っていく。

 

 

「ど、どうすんのよ! このままだと数に嬲り殺されるルートじゃん!?」

 

「中々死なないあんた向きの展開だろ、丁度いいし囮やれ」

 

「誰がするかッ!? あんたこそ分身できる癖に何言って――、っ!?」

 

 

背後から襲いかかってきた使い魔を躱しつつ、さやかは杏子と背中合わせに刃を構える。

前方、後方。二人の目に映る景色に、そう差異は無かった。

 

 

「……どうにも、囮に手を割く暇すら無さそうだよ。良かったね」

 

「これじゃ囮やるのと変わんないっつーの!」

 

 

さやかはヤケクソ気味に叫びつつ。がむしゃらに刀剣を投げつけ、すぐに爆破。

同時に背後で杏子が多節棍を振り回しており、使い魔達のおぞましい断末魔が響く。

 

互いに振り向きもせず、前方の敵だけを見つめ刃を振るう。単に襲い来る目前の敵に対処していただけではあったが、背を預け合う構図にはなっていた。

 

 

「ほんと、どんだけ使い魔飼ってんのよ! ここの魔女……!」

 

「ま、棒を四本組むだけだからね! 作るのも簡単なんだろ!」

 

「結界の主ってんなら、こんな手抜き使い魔ばっかり寄越してないで自分でもてなせッ!」

 

「ハン! 魔女ごときがそんな気の利く事――……」

 

 

はた、と。唐突に杏子が黙り、考え込む様子を見せた。

使い魔達はすかさずその隙を突き、杏子の元に手足のアンテナが殺到し――慌てて割って入ったさやかが、その尽くを弾き落とす。

 

 

「ちょ……! 人にあんだけ言っといて何ボーッとしてんのよ!?」

 

「……チッ。あんた発ってのは気に入らないが、やってみる価値はあるか」

 

「お礼もナシかい……ていうか、何の話?」

 

 

怪訝な表情をするさやかに、杏子は鼻を一つ鳴らした。

そして使い魔の群れに紛れている、携帯電話を持った個体をじろりと睨み。

 

 

「――あんたの言う通り、主自らオモテナシして貰おうって話さ」

 

 

鋭く細められたその瞳に、赤い魔力が渦巻いた。

 

 

 

 

 

 

――結界の中心部。

 

ゆっくりと瞬く無数のランプに照らされながら、その物体は穏やかに宙を漂っていた。

 

 

「ロロマロロ、ロロンロロ……」

 

 

それは、酷く歪な造形をした魔女だった。

 

まるで複雑に絡み合った電源コードのような、細く黒い紐の集合体。

ギチギチと音が立つ程にきつく寄り集まったそれらは、ともすれば膝を抱えた人の形を成しているようにも見えるだろう。

 

――偽人の魔女。ある魔法少女は、その魔女をそう呼んでいた。

 

 

「ロマロロンロ……ロロロロ……」

 

 

頭や四肢、その先端から垂れる多種多様の紐先(差込プラグ)を揺らしつつ、魔女は鳴き声ともつかない異音を発する。

偽人の魔女と、その配下たるアンテナマークの使い魔にしか理解できない、異質な言語だ。

 

同時に差込プラグを翳し、魔力を稲妻の形に固めたものを――電波マークを放射する。

それは魔女と使い魔の間にのみ成立する連絡手段。今しがた発した言葉を絶対遵守の命令電波と変えて、結界中に放っているのだ。

 

 

「ロ――」

 

 

徐に、有り余る差込プラグの一つを基盤の地面に突き立て、魔力を流した。

 

すると即座に基盤が盛り上がり、幾つものアンテナが生え揃う。

それらはひとりでに地より抜け出すと、それぞれ手近にあったランプを身体に突き刺し己の頭部と変え、適当なアンテナ三つを胴に組み付けた。新たな使い魔達の完成である。

 

そうして彼らは生まれた側から走り出し、何処かへと散っていく。向かう先は結界の端、今まさに使い魔達が消費され続けている戦場だ。

 

 

――現在、偽人の魔女の結界は、敵による襲撃を受けていた。

 

 

敵――つまりは、魔女にとっての定められた宿敵たる、薄汚い魔法少女達。

無断で庭を荒らす彼女達に対し、偽人の魔女も応戦。大量の使い魔達に指示を出し、撃退に当たらせているのだ。

 

少ない魔力で生み出せる使い魔を主軸とした物量戦は、偽人の魔女の得意とする所であった。

使い魔からの戦況報告では、今回もその戦法により優位に立ち回れているようだ。このまま順調に推移すれば、問題なく魔法少女達を打ち取れる事だろう。

 

魔法少女の死体は、一般人のそれより味が良い。偽人の魔女は舌舐めずりの代わりか、上機嫌にプラグを揺らし――。

 

 

「――……!」

 

 

ふと、遠くに何かが見えた。

空中を滑るように流れるそれは、チカチカと瞬く電波マーク。魔法少女と交戦中の使い魔からの連絡だ。

 

どうやら、戦況に動きがあったらしい。魔女は差込プラグから電波を吸収すると、それに込められた言葉を咀嚼する。

 

 

「――??――??」

 

 

しかし、使い魔の連絡を把握した瞬間。偽人の魔女の首がぎしりと傾き、紐の身体が大きくたわむ。

 

 

――主の救援を求む。

 

 

受け取ったのは、そんな簡素な一言だった。

余計な情報の付随しない、これ以上無く分かりやすい報告ではあったが――だからこそ、意図が読めない。

 

少し前、偽人の魔女が受け取った連絡では、戦況は優勢であった筈だ。なのに、何故助けを求める事態になっているのか。

 

 

「――……」

 

 

同じ場所に居る他の個体からも情報を募るが、そちらには変化は無い。相も変わらず、戦況は優勢だと伝えてくるだけだ。

つまりは、この一体だけが全く違う情報を送っているという事に他ならない。

 

……低コストで産み出す使い魔に知能や思考能力はほぼ無く、それ故に嘘や見間違いとは無縁である。

起きたことをそのまま伝えてくる以上、何かがあった事には間違い無いだろう。

 

偽人の魔女はそう結論付けると、ゆっくりと差込プラグを持ち上げる。

背中側の紐が緩み、まるで翼のごとく広げられ――自身の頭上。その空間そのものに、深く深く突き刺した。

 

 

「ロロロロ、ロロロロ……」

 

 

プラグの先端が溶けるように消え、魔女の結界と同化する。空間を歪め、戦場への道を創り出すのだ。

 

無論、直接姿を現す訳では無く、のぞき穴程度の小さな道だ。

気になったからと言って安易に魔法少女達の前に姿を現す程、偽人の魔女は考えなしではなかった。

 

バチバチと、プラグから迸る電流が結界を小さな円形に切り取り、戦場の一角へと空間を繋げる。

翼の形に緩んだ紐に、頭上で輝く円の電流。それは端から見れば魔女ではなく、翼を広げた天使の姿を象っていた。

 

 

「――ン……」

 

 

そうして、のぞき穴たる円の向こうに浮かぶ、結界端の景色を見上げる。

 

極めて明瞭に映し出されたそこでは、やはり魔法少女との戦いが続いているようだ。

視認できる範囲では、青を基調とした装束の魔法少女が見苦しく飛び跳ね使い魔達を屠っており、砕けたアンテナが絶え間なく宙を舞っている。

 

とはいえ、やはり数の差は大きいらしい。偽人の魔女の目には、その奮闘は数に飲み込まれんと水際で耐える、みっともない悪あがきにしか映らなかった。

 

……やはり、優勢ではないか。

現状、この戦いに己の助けが必要だとは到底思えず、偽人の魔女の首が一層たわむ。

 

そして救援を求めた件の使い魔を探し、魔女は戦場を見回すように、ゆっくりと円に映る景色を動かし――。

 

 

「――ここ、かッ……!」

 

 

――唐突に。円の外側より、人間の手指が差し込まれた。

 

 

「!?!?」

 

 

驚き、思わず身を反らす。

その隙に指は円の縁をしっかりと掴むと、電流に肉を焼かれる事を気にも留めず、強引に円を拡張し始めた。

 

空間が甲高い音を立て、大きく深くヒビが割れ。魔女の周囲には、その負荷による衝撃波すら巻き起こる。

偽人の魔女は慌ててプラグを引き抜き、空間の繋がりを絶とうとした――その間際。

 

 

「捉えた――!!」

 

 

……一際大きな叫びと共に、円の向こうに真っ赤に燃える赫怒を見た。

 

それがもう一人の侵入者――赤い装束の魔法少女の瞳だと気付いた時には、既に遅く。

 

魔女の意識は身体の自由と共に、幻惑の闇間に吹き飛んで行った――。

 

 

 

 

 

 

「出――ッろぉぉぉおおおおおおッ!!」

 

 

――絶叫。

 

杏子の腕が空中に浮かぶ電流の円を裂き広げ、その内部より人の形に絡まり合った紐の塊を強引に引きずり出した。

 

おそらくは、それこそがこの結界の魔女なのだろう。

杏子は電流に焼かれ炭化する腕に苦悶の表情を浮かべながらも、しかし決して手は離さず。その巨躯を思い切り己の背後へ投げ飛ばす。

 

大きな紐の塊が幾度も地面を跳ね飛び、転がり。下敷きとなった使い魔の断末魔が、幾重にも重なった。

 

 

――杏子が行った作戦は、至極単純なものだった。

 

 

携帯電話を持つ使い魔に暗示をかけ、魔女を杏子達の戦うこの場に呼び出してもらう。たったそれだけ。

 

例えすぐに暗示を解かれようとも、その前に連絡の電波マークが飛べばそれで良し。

後は魔女が連絡に応え、姿を表してくれる事を祈っていたのだが――どうにか策は成ったようだ。

 

数の減らない使い魔相手に疲労が隠せなくなった頃。杏子達の前に現れたのは、魔女の開けたのぞき穴という小さなチャンス。

 

無論、それを見逃す杏子ではない。即座に電流の円に飛びつくと、その向こうでこちらを観察していた魔女に暗示を行使。

意識を奪い逃亡の隙すら与えず、無理矢理に戦いの場へと誘ったのである。……少々、乱暴な方法ではあったが。

 

 

「チッ! 無茶しすぎた……けどッ!!」

 

 

そうしてようやく現れた敵の親玉に向かい、魔法で産み出した十三の分身が突貫する。

 

意識を奪いはしたものの、余裕がない状態での暗示だった為あまり深い幻惑には落とせなかったのだ。

目を覚ます前に魔女を仕留めるべく、分身達は思い思いの斬撃を紐の身体に叩き込み――。

 

 

「――!?!! ! 、ロン、ロロマロ……!!」

 

「思った側から……! はえーんだよッ!」

 

 

直前、何処からか飛来した電波マークが魔女のプラグに吸い込まれ、その意識を覚醒させる。使い魔からのモーニングコールだ。

 

そしてすぐに状況を把握すると、咄嗟にプラグを掲げ十三の斬撃全てを受け止めた。

けたたましい音を立て刃と金属部分がかちあい、火花が踊る。

 

――だが。

 

 

「――オラァッ!!」

 

「!?!?」

 

 

直後、分身全てが自爆した。

 

強烈な爆風がプラグの紐を吹き飛ばし、魔女の身体が大きくたわむ。

きつく絡み合った紐が千々に切れ、風に煽られ弾け飛び。最早人の形すら保てず、その中身を外気に晒す。

 

――そうして解け落ちる紐の隙間に、リボンを付けた携帯電話が小さく見えた。

 

偽人の魔女。その核だ。

 

 

「ハ! 随分ちゃっちぃ心臓だねッ――!」

 

 

あれを砕けば片が付く――杏子は再び分身を呼び出すと、同じように突撃させた。

 

しかし、魔女も学習はしたようだ。何処からか湧き出したアンテナマークの使い魔が分身の進路を塞ぎ、動きを止める。

咄嗟に分身を自爆させ吹き飛ばすも、やはり使い魔の数は減らず。必死に主の姿を覆い隠そうと、壁の形に組み合い始めた。

 

 

(くそ、このまま逃したら面倒くせーぞ……!)

 

 

少なくとも、子分を上手く運用する程度の知能はある。同じ手には二度と引っかからないだろう。

 

そうなれば、後は物量に圧される展開に逆戻りだ。

杏子は舌打ちと共にまた十三の分身を送り込むと、自らも長槍を抱えて走り出す。

 

腕は未だ激痛を訴え、手指も禄に動かない。しかし杏子は歯を食いしばり、力の限り地を蹴って――。

 

 

「っ――――」

 

 

――瞬間、杏子の背に深々と刃が突き刺さる。

 

周囲のランプの光を映す、鋭い刀身。考えるまでもなく、さやかの刀剣から撃ち出された物だった。

 

 

(あのバカ、何処狙って――……、?)

 

 

瞬間的に頭に血が上るも、すぐに痛みが無い事に気がついた。

 

否、それどころか徐々に腕の痛みすらもが消えている。

手元を見れば、炭くずのようになっていた肉が徐々に再生し、元の姿へと戻っていた。

 

 

「……回復魔法――?」

 

 

僅かに首をひねり、さやかが戦っている筈の場所を見る――が、そこに彼女の姿は無い。

 

おそらく使い魔を捌き切れず、無様に押し潰されたのだろう。

大量に積み重なったアンテナの山から腕が生え、ぶんぶんと刀身の無い剣の柄を振っていた。状況の割には、意外と元気そうではある。

 

 

(……刀身に魔法込めて撃ち出したのか……? 器用っつーか、発想が物騒っつーか)

 

 

そもそも、こちらを慮れる状態では無いだろうに、よくこちらの怪我に気がついたものだ。

腕の完全治癒と同時、傷も残さず砕け散った背中の刃に失笑一つ。

 

しかしすぐに気を引き締めると改めて長槍を握り込み、躊躇う事無く突貫。分身を含めた十四の軌跡が魔女の元へと殺到する。

 

 

「――――!!」

 

 

――五つの爆炎が、群がる使い魔を吹き飛ばし。

 

――四つの刃が、アンテナの壁を切り分け。

 

――三つの旋風が、分解したそれらを散り散りに吹き飛ばし。

 

――そうして拓いた偽人の魔女への道を、残りの二人が突破する。

 

 

 

「ッッッ!?!?」

 

 

迫りくる死の影に、魔女は声にならない悲鳴を上げて。

千切れた紐を空間に溶かし込み、再び電流の円を作り出そうと試みるが――しかし。

 

 

「させるかってーの!!」

 

 

最後の分身が槍を地面に突き刺すと、無数の鎖が基盤を突き破り顕現。

別の空間へと逃亡を図る魔女を絡め取り、中空へ固定するように拘束した。

 

――最早、逃げる手立ては無し。そう笑みを浮かべる分身の髪を掠めて、巨大な槍刃が飛翔する。

 

 

「――盟神快槍(くがたち)ィッ!!」

 

 

最後に残った本体――杏子自身の突きと共に放たれたその一撃は、偽人の魔女の身体を貫き、砕き。

周囲一帯の使い魔をも巻き込み爆炎を上げ、その一切を灰燼と変えたのである――。

 

 

 

 

 

 

「あいたたたた……うわ、身体のあちこちに擦り傷ができてる……」

 

 

偽人の魔女を屠り、少し経ち。

主を失い消えゆく使い魔の山から這い出しながら、さやかは痛む身体に眉を顰めた。

 

その呑気な様子に、揺らぎ始めた結界の景色を眺めていた杏子は、呆れたように小さく笑う。

 

 

「……あんだけ群がられて、そんだけで済んでんのがすげーよ。逆に」

 

「さやかちゃんはタフな女の子なんでねー。それよりさ、ホントに終わったんだよね? これ」

 

「ああ、ほら」

 

 

そう言って掲げられた杏子の手には、真新しいグリーフシードが乗せられていた。偽人の魔女の物だ。

分かってはいたが、こうしてハッキリと倒した証を見るとようやく実感が湧いてくる。さやかは心底ホッとした様子で溜息を吐き、座り込む。

 

 

「はー、つっかれたー……暫くケータイ見る度ウッてなりそう」

 

「ま、いい経験にはなったろ。それよりも、手ぇ出しな」

 

「え? うわ、ちょっ」

 

 

ぽい、と。突然掲げられていたグリーフシードが放り投げられ、慌ててさやかが受け止める。

一回、二回と腕の中で跳ねさせ、やっとこさ握り込み。激しく動悸を繰り返す胸を抑えつつ、下手人の杏子を強く睨みつけた。

 

 

「あっ……ぶないなぁ!? 落として割れてまた出てきたらどうすんのよ!」

 

「そんな程度で割れるかって―の。いいから持っときな、今回の働き分さ」

 

「働きって……」

 

 

魔女を倒したのは杏子ではないか――そう口にする前に、彼女はこれ見よがしに腕をさする。つい先程まで炭化していた場所だ。

 

 

「……お礼、ってコト?」

 

「さぁね。まぁ――よく見て考えたじゃないか、とは言っとくよ」

 

 

杏子はそう呟きつつ、見下すような、しかしどこか温かみのある笑みを浮かべ、それきり話を打ち切った。

どうやら、突き返しても受け取る気は無さそうだ。

 

気勢が削がれ、何とも座りが悪くなったさやかは、目を逸らしついでにグリーフシードに視線を落とし。

いつもは不気味さしか感じられないその黒が、今に限っては妙に明るいものに見え――そうする内に、ふと思い出す。

 

 

「あー……そういえば、あんたに渡しそびれてたの、あったわ」

 

「あん? ……グリーフシード?」

 

 

そう言って懐から取り出したのは、先程渡されたものと同質の黒い陶器だ。

さやかは訝しげな表情をする杏子に苦笑すると、徐にそれを差し出した。

 

 

「ほら、時計塔の形した魔女のやつ。返したけど結局受け取んなかったじゃん」

 

「……ああ、あの刀に括り付けられてたやつか」

 

 

杏子が倒し、さやかが拾ったグリーフシード。

あの時はバッドエンドとの戦いで気が立っており、結局回収していなかった気がするが……再びさやかに回収されていたらしい。

 

 

「律儀だねぇ。いつ拾ったんだい、あの状況で」

 

「逃げる時につま先で……って、そんなのは良くてさ。で、えっと……いる?」

 

「は?」

 

 

返す為に取り出したのではないのか。首を傾げれば、言い訳がましく言葉が続く。

 

 

「あーいや、まぁあたしとしては返す気ではあるんだけどさ、その……受けとります? みたいな」

 

「…………」

 

 

あんたみたいな奴からの施しなんているかよ――。

 

……どうやら、当時に返却拒否された時の言葉を地味に引きずっているようだ。

おずおずといったその様子に、杏子は気まずげに後頭部を掻き、やがてひったくるようにグリーフシードを奪い取る。

 

――今は、受け取ってもいい。そう思えた。

 

 

「あ」

 

「……これでいいだろ。変にグジグジしてんじゃねーよ、気持ちわりぃ」

 

「……そんな言い方、無いじゃん」

 

 

と、俯きつつも、僅かに見えるさやかの表情に怒りは無い。むしろどこか嬉しそうな様子で、口元の笑みを隠しているようにも見えて。

……それが妙に気に食わず、杏子は舌打ちを鳴らしながら顔を背けた。

 

 

 

 

 

「……やっと、消えるか」

 

 

最早世界の体すら成せず、歪みきった姿を晒す結界に杏子の呟きが響く。

 

結界の各所に流れていた魔力光の影響か多少時間がかかったが、ようやく全て消え失せたようだ。

見る見る間にも歪な世界は薄れ、やがて元の現実世界――自然公園の光景が広がった。突然視界に日光が差し込み、その眩しさに目を細める。

 

 

「あー……太陽って落ち着くな―、やっぱ魔女の結界は精神削られますわぁ……」

 

「日向ぼっこする前に、早いとこ変身解いときなよ。誰かに見られても誤魔化してやらねーぞ」

 

 

杏子はそう言って変身を解くと、この場にもう用は無いと歩き出す。

すると大手を上げて日光を浴びていたさやかも制服姿へと戻り、慌てて彼女の背を追った。

 

 

「ちょちょちょ、待ってったら。まったくすーぐ置いてくんだもんなー」

 

「ついてくんなよ、魔女討伐は終わっただろ」

 

「恭介の周りうろつくんでしょ? 忘れてないかんね、あたし」

 

 

その声音からは、険は完全に消え失せていた。

 

……これはこれで面倒くせぇ。杏子はうっそりとした半眼になりつつも、しかしそれほど悪い気分でも無く。

そんな自分に苛立ちを感じ、気安く絡んで来るさやかを鬱陶しげに振り払い――。

 

 

 

「――……ッ!?」

 

 

 

――杏子の身体に、猛烈な悪寒が突き抜けた。

 

 

 

「っ……何だ……?」

 

「……杏子? どしたの?」

 

 

問いには答えず、再び魔法少女の装いとなり戦闘態勢。周囲に警戒を走らせる。

 

新たな魔女か、使い魔か、それともバッドエンドか。何にせよ、経験上こういった感覚には従っておいて損はない。

杏子は戸惑うさやかに無言で変身を促しつつ、悪寒の発生源を見極める。

 

 

「…………?」

 

 

――すると、少し離れた物陰に、陽光を反射する何かを見た。

 

金属だろうか。地面に張り付くそれは非常に小さく、光の反射も相まって全貌を捉えることが出来ない。

マナーの悪い誰かが捨てた、ただのゴミ――常識はそう判断するも、勘は煩く騒いでいた。

 

杏子は警戒を途切れさせないまま、その金属へと一歩近づき、

 

 

 

(――二人とも、今すぐそこを離れてッ!!)

 

 

 

「――!」

 

「うわぁっ!?」

 

 

唐突に、脳裏を甲高い声が貫いた。暁美ほむらからのテレパシーだ。

その鬼気迫る声音に、杏子は胸元のソウルジェムに触れ、さやかは呑気に憤慨した。

 

 

(ちょっとびっくりさせないでよ! もー心臓止まるかと、)

 

(いいから走って!! 今、あなた達の側には、アレが――)

 

 

 

 

 

 

(――――バッドエンドの『印』が、そこに跳んだの!!)

 

 

 

 

 

 

「――え」

 

 

間の抜けたさやかの声が、小さく漏れた。

それは、前触れ無く放たれたほむらの宣告の為――ではない。

 

 

――すぐ眼前。先を進んでいた杏子の胸元に、突如大きな穴が穿たれたからだ。

 

 

「……あ……?」

 

「はい、捕まえた」

 

 

驚愕に目を見開く杏子の付近で、どこかで聞いた男の声がした。

 

されど、立ち竦む彼女の付近に人影は無い。

 

ただ一人、呆けた表情のさやかだけが立ち。杏子の背中から胸に向かってくり抜くように開いた穴と、その先に浮かぶ赤いソウルジェムを眺め。

 

 

(ぁ、あ? あな……死っ、あ、たすっ、ぁぁ、あ――!!)

 

 

何故ソウルジェムが浮かんでいるのだと、疑問に思う余裕も無かった。

 

凍りついていた脳が徐々に溶け、焦燥と恐怖の火が灯る。さやかの顔が瞬時に青ざめ、パニック状態へと陥った。

そうしてすぐに傷を治すべく、杏子に縋り付くように駆け出して――。

 

 

「き、杏っ――!」

 

「――捕まえたのは、お互い様だ……!」

 

「……へっ?」

 

 

――しかし、当の杏子自身がそれを阻んだ。

 

いつの間にか彼女の腕が動いており、己の胸元を掻き抱くような形に固めていたのだ。

丁度、宙に浮くソウルジェムの目前。一見すると何も無い空間であるにもかかわらず――ギチギチと、何かを締め付けるような音は確かに聞こえていた。

 

 

「く……!? あなた、まさか――」

 

「死んどけ、カマ野郎ッ――!!」

 

 

――焦った声と、怒声が響き。

 

杏子の身体に魔力が満ち、炸裂。周囲一帯に、大きな爆炎を撒き散らした。

 

 

 

 

 

 

「わあああああああああああ!?」

 

(美樹さやか!? 何があったの!? 返事を――)

 

 

轟音。

 

吹き荒れる強烈な光と熱が、さやかの身体を吹き飛ばす。

石畳が剥がされ、顕になった土をマントに巻き込んで。爆風に煽られるまま、無様に地面を転がった。

 

ほむらの叫びに返す暇も無い。

何もかもが分からないまま、彼女はただ流される事しか出来ず――「んがっ!?」いきなり転がる背中を踏まれ、強引に勢いを殺された。

 

――咄嗟に首を捻れば、そこには不敵に笑う杏子の姿。胸の穴は、見当たらない。

 

 

「ぐえ……な、何で……?」

 

「幻惑に決まってんだろ。ほむらの知らせで、ギリギリ小細工が間に合った」

 

 

さやかの首筋を掴み立たせつつ、無傷の杏子は未だ収まらぬ土煙をじろりと睨む。

正確には、その向こうに居る筈の怨敵を。

 

 

「――オンナノコの胸。背中ぶち抜いてまで触ってくるとか、痴漢でもやんねーぞ」

 

「…………」

 

 

返答は無かったが、小さな呼気はあった。杏子はすぐに長槍を生み出すと、荒々しく刃を振るう。

 

それにより生み出された風が土煙を吹き飛ばし、分身の自爆により荒れた景観を露呈させた。

焼けた草木に、砕けた石畳の欠片、抉れた地面。そこには、先程までの美しさは見る影もない。……そして、人の影も。

 

 

「あ、あれ? 誰も居ない……」

 

「透明になる能力を使うって言っただろうが。見えないだけで、今もニヤけた面で立ってんだろ――なぁ、バッドエンド」

 

「っ……!」

 

 

 

――バッドエンド。

 

 

 

先程のほむらの叫びが蘇り、さやかの身体が硬直。慌てて背中の足を跳ね除け立ち上がり、刀剣を構えた。

すると誰も居ない空間から、バッドエンドの声が響く。

 

 

「……やぁ、どうも。お久しぶり……と言うには、早い再会ですかね」

 

「……?」

 

 

……少し、違和感がある。気がした。

しかし杏子がそれを問い詰める前に、前方からの言葉が重ねられた。

 

 

「まったく、お友達が近くに居たのに無茶をしますねぇ。危うく、一緒に巻き込まれるところでしたよ」

 

「フン、こいつは相当頑丈で治りも早いからね。傷つくのは実質テメェだけさ」

 

「……え、っと……?」

 

 

二人の会話についていけず、首を傾げるさやかをチラリと見やり。杏子は小さく溜息を一つ。

 

 

「攻撃の反射能力――あれ、自爆とかそういうのは反射できずに食らうんだろ? 前にやりあった時の事思い出して気付いたよ、テメェは自爆する幻惑だけ律儀に捌いてやがったからな」

 

「正解です。さっきの自爆も、逃げ遅れていれば少々日焼けしていたかもしれませんねぇ」

 

「……身体に穴でも開けたのかい? 掴んでた手が、スルッと通り抜けたけど」

 

「ふむ、ではそれを第二問としましょうか。どうぞお考え下さい」

 

 

あくまで余裕を崩さないその声音が、心底気に食わない。

以前のように声を封印してやりたい所ではあったが、姿を視認出来ない以上はそれも不可能。杏子は苛立たしげに目を細めると、長槍の刃を眼前へと突き出した。

 

 

「ともかくだ。反射能力のカラクリが分かった今、あたしはテメェを殺せる。日焼けどころかまっ黒焦げにしてやるよ」

 

「おや怖い。ですが、それだけで私をどうにか出来ると思われるのも心外ですねぇ」

 

「他にも洗脳やら何やらあるってのは、よーく知ってるよ。だが――『今』は使えねーだろ?」

 

「……さて、何のことやら」

 

 

白々しいとぼけ方に、嘲笑が漏れた。

 

 

「今気づいたんだ。さっき自爆から逃げた時、一瞬だけ透明化を解いたろ。それと、前の結界で洗脳してきやがった時もさ」

 

「……ああ、成程。本当に目が良い事で……ふふふ」

 

「え? え……?」

 

 

感心したといった様子で笑みを漏らすバッドエンドだが、さやかには全く意味が分からなかった。

しかし杏子も今度は説明する気は無いようで、静かに声のする空間を睨み続けている。

 

 

「洗脳の言葉を口にする瞬間、また声を奪ってやるよ。あたしの方が、先に出来る」

 

「……私としては、極力貴女を害したくはなかったのですがねぇ」

 

「ハッ! いきなりソウルジェムのぶっこ抜きにかかってきておいて、何ネゴト言ってんだ」

 

「いやいや、だからこそですよ。ソウルジェムさえ抜いてしまえば、殺さず無力化出来るでしょう?」

 

「……馬鹿が。胸に穴を開けられりゃ、人は死ぬだろうが」

 

 

低い声でそう返せば、バッドエンドはまたも小さく笑う。

 

 

「ええ、ええ。人は死にますね、人は」

 

「……何が言いたい?」

 

「ま、私なりの慈悲だったんですよ。約束とは言え、もう一つの方法はあまり気乗りしませんので」

 

「…………」

 

 

やはり、何かがおかしい。バッドエンドから感じる強い「ズレ」に、杏子は一層気を引き締める。

そして何が起こっても対応出来るよう、意識をピンと張り詰めて――。

 

 

(――無事かしら、杏子)

 

 

突然ほむらからのテレパシーが届き、ピクリと目元が引きつった。

 

 

(……ああ、あたしも青いのも無事だよ。今立て込んでるから、出来れば後にして欲しいんだが)

 

(悪いけど、こちらも早急に伝えたい事があるの。無事だというのならば、今すぐに)

 

 

そっけなく返せば、ほむらはどこか必死な声音で食い下がる。

 

……常に冷静さを忘れない彼女にしては、珍しい。余程の事なのか、聞くべきか否か。

杏子が警戒を解かないまま迷っていると――焦れたほむらが、言い募った。

 

 

(バッドエンドだって、既に撤退しているのでしょう? なら――)

 

 

「――……何だって?」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、思わず声に出していた。

杏子の前方からは相変わらずバッドエンドの声が響き、意図の読めぬ戯言を垂れ流し続けている。

 

違和感が、像を結んだ気がした。

 

 

(……バッドエンドなら、あたしらの目の前で喋ってる。何かの間違いだろ……!)

 

(え……? けれど、『印』は離れた場所へ移っているわ。間違いなく、彼はそこに居な)

 

 

最後まで聞く余裕もなく。半ば反射的に、長槍を地面に叩きつけた。

 

轟音と共に大地が揺れ、再び激しい土煙が上がり。

散らばる瓦礫や土塊が勢いよく空へと飛び跳ね――その合間に、銀に輝く何かが見えた。

 

 

「――――」

 

 

それはつい先程にも見かけていた、正体不明の金属であった。

 

おそらく、転がる瓦礫の影にでも隠されていたのだろう。

小さなクモの形をしたそれは、頭部にあるレンズで杏子をじっと見つめており――。

 

 

『あら、見つかっちゃいました』

 

 

――その腹部に取り付けられたスピーカーから、バッドエンドの声が聞こえた瞬間。

 

彼女は、己が致命的なミスを犯した事を悟った。

 

 

「――く、そがあああああああああッ!!」

 

 

バッドエンドが、この場に居ない――。

まんまと騙された自分への怒りのまま、クモを破壊せんと長槍を振り下ろす。

 

 

 

『――二種類以上の能力を、一度に使う事が出来ない。あなたは、私に課せられたそのルールをも見抜いたのですね』

 

 

 

土煙を裂き、瓦礫を弾き。

その刃は、疾風の如き速度で持って、銀の躯体へと迫った。だが、

 

 

 

『だからこそ、私が透明化をしてこの場に居ると錯覚し、期待した。他の能力が使えない状態であると誤解し、挑んだ』

 

 

 

……だが、遅かった。

 

確かに、杏子の刃はクモに届き、裁断した。銀の躯体はガラクタとなり、無残に宙へ散らばった。

されど、その時には既に、その一言は放たれていたのだ。

 

 

 

『本当に才があった。目があった。……それだけに、本当に惜しい』

 

 

 

それは、魔法少女という存在にとって、あまりにも残酷な言葉。

彼女達を根底から陵辱し、殺し尽くす致死の毒。

 

 

 

『……さようなら、赤き魔法少女。貴女の存在は、私の心に刻みましょう。故に――』

 

 

 

杏子は振り返り、訳も分からぬまま呆然とするさやかを見た。

 

そうして何事かを叫ぼうとしたものの――それより先に、二人へ絶望(バッドエンド)が辿り着く。

即ち――。

 

 

 

 

 

 

 

 

――安心して、希望を持って下さいね――

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『偽人の魔女』
かつて「本物になりたい」と願った機械仕掛けの少女。
彼女は「本物」になれた事を喜び、絶望し、涙と共に最期を迎えた。
「そう、ロマンよ、ロマン! ロマンを感じるな」


『クモ』
これを自由自在に操作できる存在は、故・デウエスと白瀬、甲斐を始めAランク以上に属する者たちである。
その為、デウエス存命時と違い、あまり小回りの効く存在ではなくなっている。


分割しようと思ったけど、まいっか。


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19話 『いきなよ』

――まるで、氷の泥に沈められているようだった。


何も見えず、息ができない。
度を越した恐怖と絶望だけが心を覆い、思考すらもままならない。

一体何が起こっているのか、あたしは何をされたのか。

……全部、分からない。理解も出来ない。
けれど、きっと碌でもない事になっているのは確かだと思う。

でなければ、こんなにも辛い筈がないだろう。こんなにも悲しく、そして痛い筈がないだろう。

……沈む。沈んでいくのだ、あたしは。
必死に手を伸ばし、泥から這い出ようと藻掻くけれど、指先は何処にもかからなかった。

ずぶずぶと、昏く寒い泥の底へと落ちていく。

そうして苦しむ内に、自分が自分で無くなっていくのが分かる。
あたしの中心、核とも言える部分が大きな痛みを訴えていて、そこから何かが生まれようとしているのだ。

それはきっと、とても嫌な事だ。
心底理解しているけれど、あたしにはどうしようもなかった。ただ首を振り、泣き喚くしか許されない。


「――! ――!」


誰かの名を、叫んだ。

それは両親。それは想い人。それは親友。それは……ちょっと嫌いだけど、大嫌いじゃないヤツ。
色々な人に助けを求め、叫んだけれど――当然、こんな所に来るヤツなんて誰も居ない。

あたしは一人、このまま孤独に消えていくしか無い。それが分かって、更に泣いた。

……ああ、ダメだ。痛みと苦しみは耐えきれない程大きくなり、自分の意識を保てない。

何も分からなくなった。
記憶、心、魂。全部が消えて、あたしは何者でも無くなるのだ。

そうして、生まれようとする何かは、あたしの胸に手を突き立てる。身体を引き裂き、外に出ようとしている。

……朧げな意識の中、必死に抑え込もうとするけど、やっぱり無理で。
あたしはみっともなく泣き叫びながら、呆気なくその最期を迎えた――。


『――――』


――寸前、冷たい泥が一斉に燃え上がった。

驚き慄く余裕も無かった。
その炎は恐怖や絶望、そして生まれようとしていた何かでさえ一切合切焼き払い、灼熱の渦に呑み込んだ。

当然、泥の中に沈んでいたあたしにそれを避ける術なんて無い。

訳も分からぬまま、踊り狂う劫炎に巻かれ――『上書き』を、されていくのだ。
自分が自分でなくなっていく……それは泥と同じだったけど、何故だかこっちはあまり不安はなかった。

……そんな中、炎の中に一つの人影を見た。

それは赤い髪を靡かせ、呆れたような、或いは己を恥じるような、そんな半眼となり。
涙と泥でぐちゃぐちゃになっている筈のあたしを見て、小さく笑う。


――そうして、意識が燃え尽きる間際。

ソイツが残したその言葉だけが、強く、深く――あたしの心に焼き付いた。




 

 

ことり。

 

少女の目の前に、湯気の立つビーカーが静かに置かれた。

 

 

「……こんな物で申し訳ない。もう食器の類は片付けてしまったのでね」

 

「いえ……どうも」

 

 

紅茶だろうか。茶葉の良い香りを漂わせるそれを眺めつつ、パイプ椅子に座る少女――保澄雫は、僅かに頭を下げた。

 

とはいえ、彼女がビーカーに手を付ける様子はない。

ただじっと紅茶の水面を見つめるだけで、その湯気は徐々に小さくなっていく。

 

 

(……何で、こんな状況になってるんだか)

 

 

まるで警戒した猫のようなその様子に、テーブルを挟んだ対面に腰を下ろした男性――ここ見滝原兵器実験施設の責任者であった男は、小さな溜息を一つ。

殺風景な部屋の中。特に意味もなく壁を眺め、徐に己の分のビーカーを傾けた。

 

 

――現在。保澄雫は、見滝原の山奥にあるジャジメントの兵器実験施設を訪れていた。

 

 

無論、見学などいった理由ではなく、任務の為だ。

 

雫のジャジメントにおける基本的な任務は、固有魔法を用いた物資の輸送である。

当然今日もまたその任務に従事し、世界各国を飛び回る予定であったが……前日の深夜に突如それらがキャンセルされ、代わりに上司に当たるホンフーへの同行を命ぜられたのだ。

 

……多少のキナ臭さは感じたものの、雫に拒否する選択肢はない。

 

そうして渋々と施設の扉を潜った彼女は幾つかの作業をこなした後、当のホンフーが唐突に出奔。

結果として全く面識のない男性と二人、何とも気まずい空気を生み出す羽目に陥っていた。

 

 

「あー……保澄くん、だったかな。君はバッドエンドさん直属の部下という事だが――」

 

「違う、あくまで協力者です。仲間じゃない」

 

 

バッサリと。迸る強い拒絶の意思に、責任者の男は気圧された。

 

 

「……そ、そうか。では、そういう事として……あの方は、結局何の為にわざわざここまで来たのだろうか?」

 

 

気を取り直し、男は心底分からないと言った風に問いかける。

 

――それもその筈。彼はこの施設の責任者という立場でありながら、今回ホンフーが訪れた目的を把握していなかった。

 

昨夜、突然に現れたホンフーから監視機材の要求を受け、言われるがままに用意しただけ。

何やら急いていたのか特に細かい説明もなく、徹頭徹尾、蚊帳の外のまま放置されていた。

 

……逆らえず、そして深入りすれば面倒事に繋がるとは分かってはいたが、施設の責任者という立場上ホンフーの行動には思うものもある。

言葉の端々に滲む僅かなトゲは、隠し切れていなかった。

 

 

「本当ならば、昨日今日で施設の移転作業を終える筈だったんだ……あの方のしたい事が分からないと、再開の目処すら立てられないのだがね」

 

「…………」

 

 

その疲れを隠さぬ表情に、雫は申し訳なさそうに目を伏せる。

責任の在り処は全てホンフーにあるとはいえ、居心地の悪さは多少なりとも感じていた。

 

 

「……ごめんなさい。私も、詳しい事は知らされていません。でも……『状況が定まった』とは言っていたと思います」

 

「状況……? では、君の方は彼に何を命じられていたんだ? 何某かの能力――いや、魔法か――を使っていたようだが」

 

「……え、と。指定された位置……見滝原の住宅街と、その近くにある幾つかの施設。あと、魔力を感じた場所に、『空間結合』の魔法でそこの機械を配置していました」

 

 

そう言って雫が指出す先には、クモの形をした機械が転がっていた。

ジャジメントの開発した兵器、自律行動型の爆弾兵器の一つ――その、改造品である。

 

見た目通りに『クモ』とだけ呼ばれるそれは、元々この施設でも開発・実験が繰り返し行われていた物だ。

しかし施設の移転に伴い、その全ては別の場所へと移送されている。

この改造品は、そんな状況の中で精一杯ホンフーの要求に応えるべく、僅かに残っていた廃棄パーツで急遽組み上げた代物だった。

 

その為必然的に個体数も少なく、稼働可能時間の減少を始めそれなりの不備も出ている。

何よりクモを効率的に操るには、電子戦特化能力者や専用にチューニングされたサイボーグがほぼ必須だ。

彼らが居ない現状では、監視機器としての作業効率は著しく低下してしまう。

 

……しかし、テレポート能力の類と組み合わせれば、移動や配置に関する手間を始め、幾つかの問題のカバーは可能であった。

それらを考慮すれば、空間結合能力を持つという雫を用いたホンフーの行動に、一定の理解は出来る――のだが。

 

 

(……そも、彼なら、本社に協力を要請し万全の監視体制を敷く事も容易いだろうに。一体何故、このような切羽詰まった方法を……?)

 

 

それを待つ程の時間的余裕が無い、という事だろうか。それとも、単に逸っているのか。

どちらにせよ、巻き込まれる側はたまったものではない。責任者の男は眉間のシワを揉み込むと、深く溜息を吐き出した。

 

 

「それで、その監視対象とは何かな。魔力絡みならば、魔法少女か魔女になるのだろうが……」

 

「……多分、一番は魔法少女の方だと思います。前に、見滝原の魔法少女について聞かれたから……」

 

 

自然と、雫の視線がとある一席――先程までホンフーが居た場所に向く。

 

つい数分前まで、彼はそこで専用の携帯端末により雫の放ったクモを操作し、それらが映し出す何者かの動向を監視していた。

一体何を見ていたのか彼女には分からなかったが、少なくとも相当の興味を持っていた事は確かだろう。

 

そうして、自然公園の一角に出現した魔力反応――魔女と、それに呼応して現れた魔法少女の反応に向け、クモを送った後。

やがてホンフーは嬉々とした表情で、自身もそこに送るよう命令したのだ。

 

……その場所に居る魔法少女の事を思えば、気が進まない命令ではあった。

されど拒否出来る筈も無く、端末を見ながら何某かのタイミングを図ったらしき彼の合図と同時、空間結合に放り込んだ。

 

今頃、現地で何が起こっているのか――深く考える程に雫の良心が抉られ、気が沈む。

 

 

「――ると、あの方がいきなり消えたのは、透明化ではなくテレポートさせたという事か」

 

 

罪悪感に苛まれている内に、責任者の男の言葉を数節ほど聞き飛ばしたようだ。

その内容を問い返す気にもなれず、聞こえた部分だけに頷き返し、茶を濁す。

 

 

「あの方は基本的に自分で動くタイプだとは聞くが……それでも、少々入れ込み過ぎている気がするな」

 

「……そう、ですね。何か、浮かれているような……」

 

 

雫への呼び出しにも、そうと感じられる程の喜色が紛れていた。

普段の感情を読ませない飄々とした様子を知っている二人としては、少々の違和感を感じざるを得ない。

 

そうして暫く考え込んでいると、やがて責任者の男は溜息と共に頭を振った。

 

 

「……まぁ何であれ、早く目的を果たして頂きたいものだよ。でないと、私もいつまでも家に帰れないからね……」

 

「…………」

 

 

そんな切なげなぼやきに何と答えるべきか分からず、雫は目を伏せ黙り込み。

しかしそれを気にした風もなく、男は冷めきったビーカーの中身をヤケクソ混じりに飲み干した。

 

それきり二人の会話は途切れ、再び気まずい空気が舞い戻る。

 

 

(……いやな、顔)

 

 

未だ手を付けていない、目の前に置かれたビーカー。

その中に揺れる己の顔を眺めながら、雫は心の中で呟いた。

 

 

(……あの場所の子は、きっともうダメだ。私が、そうした……)

 

 

殺害か、洗脳か、それとも『もう一つ』の方法か。いずれにしろ、無事では済まない事は確かだろう。

 

……せめて、『人間』のままで。

雫は膝上に置いた拳を強く握りしめ、心の底からそう願い――。

 

 

「――……」

 

 

――突然、その拳がゆらりと開いた。力無く俯き、揺れる前髪が目元を隠す。

 

 

「……? どうかしたかね?」

 

「…………」

 

 

責任者の男の言葉には応えずに、手近なクモにそっと手を伸ばした。

 

今ここにホンフーの姿は無いとはいえ、その指示には従わなければならない。

彼らから見捨てられれば、雫はまた恐怖に苛まれる事になる。魔法少女という存在が抱える絶望に、正面から向き合わざるを得なくなる。

 

報酬であるグリーフシードが得られなくなるというだけではない。あの男は、不要となった魔法少女を言葉一つで死に誘う事が出来るのだ。

……否。死よりもなお恐ろしい、魔法少女にとっての絶望に――。

 

 

「……っ」

 

 

ソウルジェムを握り込み、唇を噛みしめて。

じわりと滲む血の味を無視し、彼女は己の魔力で触れたクモの在る空間を切り取り、繋げた。

 

 

――魔女の反応が、新たに一つ。

ホンフーを送った自然公園の中に、生まれていた。

 

 

 

 

 

 

――何が。一体、何が起こった。

 

 

見滝原の上空。吹き付ける強風に髪を乱れさせながら、暁美ほむらは奥歯を噛む。

 

彼女の目線の先にあるものは、少し離れた自然公園の俯瞰。

そこはつい先程まで、佐倉杏子と美樹さやかが魔女と戦っていた場所であり――そして今まさに、新たな魔女の結界が出現した場所だ。

 

 

(何故、何故、何故……!)

 

 

何度も何度も、頭の中で疑問の言葉が渦を巻く。

 

想定通り、杏子とさやかが魔女を倒したまでは良かったのだ。

だがその直後、唐突に現れた反応によって全てが崩れ去ってしまった。

 

 

――バッドエンド。奴が、突如として介入を果たしたのである。

 

 

「くッ……!!」

 

 

ほむらとて、予想していなかった訳ではない。

奴が瞬間移動のような能力を用いると知った時から、心の何処かで今の状況を覚悟していた筈だった。

 

だが、甘かった。前触れ無く発生したその『想定外』は、彼女の心構えを完膚なきまでに打ち崩し、酷い焦燥を与えていた。

 

 

(私は、あの時確かに時を止めた……なのにッ……!)

 

 

空中を落下する浮遊感の中、バッドエンドが杏子達の元へ現れた直後の出来事が蘇る。

 

何が起きたのか、テレパシーで杏子の怒声とさやかの悲鳴が聞こえたあの時。ほむらは彼女達の救援へ向かうべく、自然公園へと引き返していた。

 

無論、これ以上まどかを放置する事への迷いはあった。

しかし、ワルプルギスの夜と戦う前に戦力を減らしてしまっては、本末転倒でしか無い。

 

そして移動時間のロスを無くす為、彼女は当然ながら己の魔法で時を止めた。盾の砂時計を堰き止め、己一人の世界を作り出した――だと、いうのに。

 

 

 

(――何故、奴の時間は止まらなかった……!?)

 

 

 

……動いていた。動いていたのだ。

 

風も、光も、全てが停止した時の中――バッドエンドの『印』が、僅かな揺らぎを見せていた。

 

それはつまり、彼に時間停止の魔法が作用していなかった事に他ならず――。

 

 

(あり得ない……私が解除しない限り、そんな事は起こり得る筈がないのに!)

 

 

ほむらが感じた衝撃は、初めて魔女に襲われた時の比ではなかった。

 

足と思考が停止し、呆然とその場に立ち尽くし――しかしすぐに我に返ると、慌てて時間停止の魔法を解いた。

僅か数秒足らず。一呼吸ほどの間ではあったものの、それがバッドエンドにとってどれ程のチャンスであった事だろう。

 

幸い、彼も驚きや警戒を抱いていたのか、杏子達の前から離脱する隙と充てたようだったが……その一方で、ほむらも酷い混乱に陥っていた。

 

――魔法が上手く発動しなかった?

――盾の機構に不備があった? 

――それとも、時間停止を無効化する能力や装置があった?

 

様々な仮設を立て、自問自答し、しかし答えは出ず。杏子とさやかの下へと向かうという当初の目的を思い出すまでに、また少しの時間を浪費した。

 

そうして何とか多少の冷静さを取り戻し、テレパシーで杏子達の安全を確認。

未だ存命である事に内心安堵の息を吐き、すぐに現状報告を試み、そして――杏子達とのテレパシーが途切れ、新たな魔女の反応が現れた。

 

――それはほむらにとって、現状が最悪に近いものとなった事を意味している。

 

 

(杏子! さやか! お願い、生きているのなら返事を……!)

 

 

先程から幾度となくテレパシーで呼びかけているが、二人からの返事はない。

 

激しさを増す警鐘に呼吸が浅くなる中、ほむらはようやっと自然公園へと降り立ち、走る。

空を駆けた勢いそのまま石畳を踏み砕き、強引に木々の中を突っ切って。やがて戦闘痕が生々しく残る、荒れ果てた場所に辿り着いた。

 

人影と呼べるものは皆無であり、近くには破壊されたクモの残骸。そして少し離れた場所に転がる、別のクモの姿があった。

 

 

「っ邪魔!」

 

 

最早、取り繕っている余裕もない。

ほむらは転がるクモへ躊躇無くレーザー銃を撃ち込み破壊すると、ソウルジェムに手を当て集中。

 

この場にある結界の入口を探り、魔力によって現世へと浮き上がらせ、そして。

 

 

「――……」

 

 

――そこに現れた、魔女の紋章。

馬のシルエットが刻印されたそれを認めた瞬間、大きな失意に包まれる。

 

……ほむらは、その形に見覚えがあった。

繰り返される時間の中、その魔女と出会った回数はそう多くはない。しかし彼女は現れる度、ほむらの心に深い傷跡を残し、消えて行く。

 

その、魔女の名は。

 

 

「――佐倉、杏子……」

 

 

――武旦の魔女。

 

彼女は、かつて佐倉杏子と呼ばれた少女の成れの果てであった――。

 

 

 

 

 

 

素質ある少女が魔法少女と変わる時。

彼女達には魔女の討伐の他、決して逃れられない宿命が課せられる。

 

非業の死。

魔法少女となった者は例外なくその最期を迎え、安寧を得る事は許されない。

 

魔女や敵対する魔法少女に敗れ、殺される。そのようなケースも少なくはないが、主因は全く別の事柄だ。

 

――それこそが、魔女化。

 

魔力の使用や強い精神的負荷を受け、ソウルジェムが濁りきった時。魔法少女は魔女を産む。

 

そして母体となった魂は完全に消滅し、元に戻る事は無い。一欠片の救いすら与えられぬまま、ただ消える。

或いは、戦いの中で迎える死こそが彼女達にとっての最善かもしれない……そのようなもの。

 

それは当然、ほむら達も例外ではなく――佐倉杏子もまた、その最期を辿ったのだ。

 

 

(どう、して――!)

 

 

絶望、哀傷、憤激――動揺。受け止めきれず、ほむらの身体がふらりと揺れる。

 

彼女の知る限り、佐倉杏子の精神は相当に強靭なものである。

家族の心中という大きな絶望を一度乗り越えている為か、並大抵の不幸や悲劇を「そういうもの」と割り切る強さを持っていた。その筈だった。

 

無論、思春期の少女である以上、脆い部分も存在する。

特に、本質的に相性の良い美樹さやかと深く触れ合い、愛情を持つに至った結果。その死が魔女化のトリガーとなったケースも少なくはない。しかし、

 

 

(――違う。今回は、そうじゃない)

 

 

――結界の中に、微かに美樹さやかの魔力反応があった。

 

そう、彼女はまだ、結界の中で生きているのだ。

では一体何故、佐倉杏子は魔女となった。ぐるぐると、上手く動かない脳が空回りを始め――。

 

 

(……ダメ。考えるのは後……!!)

 

 

二の腕に思い切り爪を立て、痛みで思考をリセット。大きく深呼吸を繰り返し、頭を冷やす。

 

考える事は様々あるが、魔女が現れた以上やる事は決まっている。

ほむらは盾からレーザー銃を構えると、眼前に広がる紋章に魔力を流し、魔女の結界を押し開く。

 

……例えかつての仲間であろうと、魔女は討つ。これまでの繰り返しの中、既に慣れ切った覚悟だった。

 

 

「――……」

 

 

そうして侵入した結界内部は、深い霧に包まれていた。

 

視認できる範囲には赤い石畳の道が延々と続き、それを区切る冊の外には奈落が広がり、浮島のように下層階が漂っている姿が薄っすらと見える。

見上げてもそれと同様の景色があり、吹き抜けから見える上層階の床裏と、何処からか垂れ下がるカンテラ。そして霧の海を大きな金魚が悠々と泳ぎ、水草のように漂う五線譜にじゃれ付いていた。

 

……どことなく中国的な雰囲気を見せるその世界は、今となってはバッドエンドを想起させる。

それがよりにもよって杏子から生まれた魔女の住処となる事に、酷い皮肉を感じざるを得なかった。

 

 

(早く、中心部に――)

 

 

無意識の内に盾を作動させようとした手が、寸前で留まる。

 

もし今時を止めたら、バッドエンドはどう動く? 何をする?

最早、時の止まった世界は自分だけのものではないかもしれない――ほむらの胸裏に小さくない恐怖が巻き起こり、魔法に躊躇いが生まれてしまう。

 

だが、この魔法なくして暁美ほむらは魔法少女足り得ない。

振り切るように盾を回し、時の流れを堰き止めて。結界内部を駆け抜ける。

 

……結界を隔てている為か、バッドエンドの『印』は上手く感知できなかった。

その事に不安と同時、若干の安堵を感じる自分に腹が立つ。

 

 

(美樹さやかは、やはり魔女のすぐ側に居るか)

 

 

ともあれ、そうして使い魔を回避しつつ魔女の居る中心部へと近づく内に、さやかの魔力もまた近づいている事に気がついた。

 

おそらく杏子の魔女化に居合わせた流れで戦闘に入ったのだろう。

一時的に時間停止を解けば、戦闘のものと思われる激しい反応と、僅かながらではあったが絶え間ない剣戟の音も聞こえてくる。

 

どうやらそれなりに善戦はしているようだが――相手は武旦の魔女である。

 

杏子から産まれただけあり戦闘力は相当に高く、ほむらの魔法があろうとも、気を抜けば一瞬で敗北しかねない強敵だ。

美樹さやか程度の実力では、そう長くは保たないだろう。

 

 

(……今は、死なれては困る)

 

 

この場で何が起こったのかを正確に知る為に、さやかには生きていて貰わなければならない。

 

それは己の甘さが囁く言い訳ではあったが、事実でもある。ほむらは髪を大きくかき上げるとまた時を止め、走り出す。

過去の経験から、この結界の構造は多少詳しく把握している。組み合う通路を無視し、中空のカンテラを足場に直接上層階へと向かった。

 

上へ、上へ、上へ――更に奥へ。

 

踏破にどれ程時間をかけようと、一秒すら経たないのであれば正しく一瞬。

 

そうして辿り着いた結界の最奥。魔女の座す空間を閉じる格子前に立ち、ほむらは盾より手榴弾を取り出して――。

「……、」ふと、気付き。徐に身体を数歩分横にずらすと、時間停止を解除する。

 

 

「――ぅぅぅぁぁぁあああっ!」

 

 

途端、勢いよく格子を突き破り飛び出す影があった。

白いマントを身体全体に絡みつかせ、石畳の上を跳ねるように転がって。しかし咄嗟に体勢を立て直し、鬱陶しげにマントを払いのける。

 

――その下から現れたのは、険しい顔をした美樹さやかの姿。

亡骸だとは思っても居ないのだろう。弛緩した杏子の身体を抱え、多節棍のように連結させた刀剣を格子の向こうへ向けていた。

 

 

「っ、あんた――」

 

 

彼女もほむらに気付いたようだ。

ほんの一瞬驚いたように視線を向けたが、すぐにまた正面を睨み、その場から跳躍。

 

直後、格子が粉々に吹き飛び、突き出た巨大な刃が先程までさやかの居た場所を破壊した。

 

 

「くっ……!」

 

 

飛び散る瓦礫を盾で弾きつつ、ほむらもまたさやかの睨んでいた方角へと視線を向ける。

 

濛々と立ち込める霧と土煙。その向こう側に、朧げに揺らめく光があった。

それは巨大な馬に跨がり、極彩色の武槍を携えて。中華風の京劇衣装を纏った身体から伸びる頭部は、真っ赤な炎の燃え盛る蝋燭の形となっている。

 

――武旦の魔女。その形貌だ。

 

彼女はゆっくりと格子の外へと踏み出し、炎を揺らし周囲を睥睨。

そして付近のほむらに目を留めると、敵意を剥き出すように槍の刃先を床先で擦り、威嚇混じりの火花を散らす。

 

 

「…………っ」

 

 

……言うべき事は、何も無かった。

ほむらは強くレーザー銃のグリップを握り締め、躊躇いなく銃口を向け――その引き金を引く寸前、横合いから刀剣が飛来する。

 

 

「そらぁッ――!!」

 

 

先に戦闘中であった、さやかからの攻撃だ。

石突に鎖を括り付けられたそれは正確に魔女の身体を狙うものの、振り上げられた槍に阻まれ明後日の方向へと飛び、やがて霧の奈落に落ちていく。

 

しかし同時にうねる鎖が槍の刃先に引っ掛かり、道連れとばかりに牽引。魔女の手より弾き飛ばした。

そのさやからしからぬ技巧に、ほむらは思わず目を丸くして――。

 

 

「ちょっと! 何ぼさっとしてんのさ!」

 

「!」

 

 

その叱責を受けた瞬間、引き金を引いた。

今や聞き慣れた「ビューン」という間の抜けた銃声と共に光線が発射され、跨る馬ごと魔女の腹を穿ち、貫く。

 

 

「――!?!?!?」

 

 

生まれたばかりで、まだ痛みに慣れていないのだろう。

魔女は大きく悲鳴を上げると、その巨体をぐらりと傾け――次の瞬間、全身に無数の風穴が空いた。時間停止魔法を併用した、たった一人による一斉射撃だ。

 

 

「――ク繝ヌ繝ム繧……ッ!」

 

 

しかし、致命傷には至らなかったようだ。倒れる事無く地を踏みしめ、憎々しげに頭部の炎を揺らめかせる。

 

単に丈夫なのか、それともあの一瞬で躱したのか。

ほむらは舌打ち一つ。空になった銃のバッテリーに魔力を代替充填しつつ、すぐさま再び時を止め、

 

 

「――オイ、右だっ!」

 

「なっ……!」

 

 

――反射的に、身を反らせば。目前を馬脚と鉄の蹄が通過した。

 

霧の中に潜んだ、魔女の分身による不意打ちだ。

 

さやかの声がなければ、時を止める前に頭蓋を叩き割られていた事だろう。

千切れ飛んだ髪先に総毛立ちつつ、ほむらは改めて時間停止。飛び退きざまに分身へと数発のレーザーを撃ち込んだ後、再び武旦の魔女に銃口を向ける。だが。

 

 

「っ……しまった……!」

 

 

銃口の先には既に魔女の姿は無く、濃い霧が広がるのみだった。

 

武旦の魔女は、杏子の魔法と同じく分身を用いる他、霧の中に身を隠し自由自在に移動する性質を持っている。

その移動範囲に制限は無く、速度も瞬間移動と見紛う程だ。分身と併用されれば、先程のように反応できない域での不意打ちが飛ぶ。

 

 

(魔力の反応は……ダメね。霧から一部でも出てこなければ、ハッキリとは……)

 

 

……こうなれば、また出現するまで待つしか無い。

 

ほむらは杏子の骸の側で停まっているさやかと背中合わせに立つと、時間停止を解除する。

先程の分身がレーザーの直撃に倒れ、背後で小さく刀剣が揺れる気配がしたが、気にせず声をかけた。

 

 

「私はこちらを張る。だからあなたは……」

 

「……分かってるよ、二人がかりでモグラ叩きしようってんだろ?」

 

「……? え、ええ……」

 

 

その口調に、違和感を覚えた。

 

しかし問いかける時は今ではない。

二人はそれきり黙り込み、互いの死角を最大限に警戒。見通せない霧の動きを見極める。

 

数秒、或いは数分か。じりじりとした緊張感がほむらの胃の底を焼き、冷や汗が落ち。

 

 

「……っ!?」

 

「……チッ……」

 

 

――されど、魔女の姿は現れず。反対に霧が晴れていく。

否、それどころか魔女の結界自体が徐々に薄れていき、現世の光景が浮き出し始めたではないか。

 

 

(結界が、消える……)

 

 

武旦の魔女に、逃げられた――。

 

それを理解した時には、既に魔女の気配は何処にもなく、元の破壊された自然公園の一角に戻っていた。

後に残るは、ほむらとさやか、そして――その足元に転がる、杏子の骸。誰も何も言わぬまま、強風が砂埃を巻き起こす。

 

 

「…………」

 

 

……バッドエンドも、現れる様子は無い。

 

さやかは徐にしゃがみ込むと、杏子の頬へ手を当てた。

そしてそのまま首筋、喉、胸元と徐々に移動する。生命活動の有無を確かめているようだ。

 

その彼女らしからぬ冷静な様子に、やはり強い違和感があり。ほむらは表情を固くして、さやかへ一歩詰め寄った。

 

 

「――ソウルジェムが、割れたんだ」

 

 

……しかし、何か問いかけを発する前に。さやかが、ぽつりとそう呟く。

 

 

「あのカマ野郎の声を聞いた瞬間、いきなり心が冷え切った。ソウルジェムがあっという間に濁って、砕けた」

 

「…………」

 

「そしたら……中から、さっきの魔女が出てきたんだ。あたしみたいなチカラ使って、問答無用で襲いかかって来やがった」

 

 

――あたしみたいな。

 

その一言が聞こえた瞬間、ほむらの抱く違和感が明確な像を結んだ。

目を見開き、息を呑み。数多の疑問に塗れながら、さやかに重なる彼女の名を小さく呟く。

 

即ち。

 

 

 

「――杏子、なの……?」

 

 

 

肯定も、否定も無かった。

ただ黙し、背を向けたまま立ち上がり――そしてゆっくりと振り向くと、さやかのそれとは似ても似つかぬ鋭利な視線を、ほむらへと向ける。

 

 

「――教えなよ。言ってない事、まだあんだろ」

 

 

……そう吐き捨てる彼女の双眸には、確かな赫怒が二つ。

炎の如く、揺らめいていた――。

 

 

 




『暁美ほむら』
杏子の分身がホンフーに胸を貫かれ、自爆した直後。さやかの悲鳴を聞いたほむらは、救援に向かうため一度時間を止めていた。
しかし魔法が通用せず動揺し、数秒の空白が発生。ホンフーの離脱の隙となった。
以前のさやかの時とは逆に、その魔法は意図せず彼女達を窮地に陥れてしまったようだ。


『美樹さやか』
デス・マスの洗脳により強制的に絶望させられ、魔女化しかけていたようだ。
何やら様子がおかしい。


『佐倉杏子』
デス・マスの洗脳により強制的に絶望させられ、魔女化してしまった。
最後の最期に何かをやった。


『武旦の魔女』
かつて「皆が父親の話を聴くように」と願った少女。
後悔し、怒り、憎み。そして絶望の中で最期を迎えたが、守れたものはあった。
「食うかい?」


『ウ・ホンフー』
その後、みふゆには「約束は守った」と笑顔で告げた。
ほむらの時間停止魔法に対し、何らかのアプローチが成功したようだ。


『保澄雫』
自分の居場所を見つける前に魔女化する事を恐れており、ジャジメントと手を切れないようだ。
己の任務に罪悪感を抱く事も多いが、明確に反発できない自分に嫌気が差している。


『責任者の男』
職員ともども徹夜してクモを用意した。
ホンフーの無茶振りに辟易としているが、特別報酬が出ると聞いて許した。


『クモ』
正規品ではなく、突貫で用意したジャンク品。
様々な不備があり、数も少ない。おまけに専用の能力者やサイボーグが居ない事も手伝い、非常に扱いづらい。
ホンフーはこれを雫の魔法によって魔女の反応近くなどに転移させ、魔女討伐に現れるほむらや杏子を待ち構えていた。


もう少し分かりやすい文章がかけるように頑張りたいっす。
あと今更だけどマギレコ一部完おめでとう。


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20話 魔法は解けるからこそ魔法なんだ

――時が、止まっている。

 

ホンフーがそれを認識したのは、黒髪の魔法少女との交渉決裂から僅か数時間後。

拠点のホテルに戻りがてら、彼女から得た魔法の種火を身に馴染ませ、検証を行っていた最中の事だった。

 

 

『これ、は――』

 

 

世界が色あせ、薄となり。

空、大地、建造物。そして道を行く人々でさえ。ありとあらゆる物がその動きを止めているのだ。

ホンフーは突然の異常事態に驚き、次に警戒。何らかの異能力による攻撃と判断し、事態の把握もままならないまま戦闘態勢をとった。

 

……しかし、幾ら待てども襲撃の類は無く、何者かからの接触も、光景の変化もない。

周囲に視線を走らせる傍ら、ホンフーの眉間にシワが寄る。

 

 

《……これは、黒髪の少女の時間操作……か?》

 

 

そうしている内、自然とその結論に行き着いた。

よくよく観察すれば、風に吹かれる桜の花弁や、塵埃の一粒ですらその動きを止めている。

ホンフーの知る限り、このような事象を起こせる能力は、彼女の時間操作魔法しか思い至らなかった。

 

……だが、何故それを己が知覚できている?

 

今までにも幾度か彼女の魔法を間近で使われた事はあったが、その全てにおいて認識する事が出来なかった。

今回のような出来事は、その片鱗すら感じた事は無かったのだ。なのに。

 

 

かの少女が、敢えてそうした? 否。だとしたら、その意図とは?

賢い彼女の事だ。よもや示威行為などといった浅はかな考えでは無いだろう。

全くもって分からない。一体何の目的で、こんな――……。

 

 

『――……相、乗り?』

 

 

ぽつり。

混乱にも似た思考の最中、ふとその言葉が浮き上がる。

 

それは、かつての保澄雫との一幕。彼女は己の空間結合魔法に触れたホンフーに対し、そのような表現をしていた筈だ。

雫自身もしっかりと把握していないようで、その場は有耶無耶のままに終わってしまった。気にはなったが積極的に蒸し返しもせず、ひとまず後回しとしていたのだが。

 

 

《だが……そう、だとすれば》

 

 

魔法への相乗り――もし本当にそういった現象があるのであれば、今がまさにそうなのではないか?

今この瞬間、あの黒髪の魔法少女が使った魔法に巻き込まれているのだとすれば――。

 

 

『…………』

 

 

そっと、未だ時間操作魔法の種火の収まる胸を抑える。

 

以前と今。明確に違う要素は、この種火の有無だ。

 

これを持ち、纏っている今だからこそ『相乗り』が可能となっているのかもしれない――そう思い至ったホンフーは、少しの逡巡の後、意を決して己の内から種火を外した。

 

瞬間、色あせていた世界は元の色を取り戻し、再び強い風が吹きつける。時間が正常に流れ始めたのだ。

それは即ち、種火を外した瞬間に己も時間停止魔法の影響を受け、その解除まで停止していた事を意味している。

 

 

《タイミングが重なった……なんて、流石に考えすぎかしら》

 

 

疑いつつ即座に周囲へ視線を走らせるが、目に見えるような異変は無い。どうやら、黒髪の魔法少女からのちょっかいは無いようだ。

果たして、気づいているのかいないのか。ホンフーは軽く息を吐き残すと、次に魔法の種火の着脱を繰り返す。

 

……先の交渉時の様子から言って、黒髪の魔法少女は巴マミと違い『悪さ』をするタイプだろう。

なおかつ己という脅威が存在する今、警戒と安全確保のため小刻みに魔法を利用している可能性は高い。ならば――。

 

 

『――……』

 

 

――予想通り、再び時が止まった。

 

そして色が薄れた世界の中、それを認識するホンフーの胸には確かな熱が灯っている。

魔法の種火が発するそれは、彼の考察する『相乗り』の理屈を補強するものであり。

 

ホンフーの唇に、鮮やかな弧が描かれた。

 

 

 

 

その後、何度も検証を重ねた結果、最終的にホンフーは己の考察に間違いは無いと断じた。

 

【種火を身に馴染ませている状態に限り、時の停止を認識する】

【種火を外している状態では何も起きず、感じない】

 

幾度検証を繰り返そうともその二つは変わらず、偶然とするには些か状況証拠が整いすぎていたのだ。

 

とはいえ、罠である可能性も考慮すべきではあった。

魔法は黒髪の魔法少女が手綱を握っている。何らかの意図を持ち、魔法に関する事実誤認を図っている可能性もなくは無いのだ。

 

それを行う意味や、彼女がどこまでこちらの超能力を知っているのか、など大きな疑問は残るものの、相手は超能力以上に突飛な現象を起こせる魔法少女である。

何があってもおかしくは無く、幾ら疑いを重ねても損は無かったが――しかしホンフーはあっさりと思考を止めると、過剰な警戒として投げ捨てた

 

見滝原の壊滅がリミットとしてある以上、慎重になりすぎている暇はないのだ。

『相乗り』の理屈は確かなもの。ひとまずは、そう信じた。

 

 

『贅沢は言いません。ある程度の範囲を監視できる機器を融通して頂きたい――』

 

 

そして見滝原山中の兵器実験施設へ連絡を繋いだホンフーは、戸惑う責任者の男へとそう告げた。

黒髪の魔法少女及び、その捕縛の障害足り得る赤の魔法少女の動向を正確に探る為だ。

 

黒髪の魔法少女と敵対した事により、既に状況は定まっている。

本音を言えば、ジオットにでも応援を要請し、万全の体制を敷きたいところではあった。

 

しかし現在ジャジメントは大規模な人体実験計画を進めている最中であり、情報戦に長けた人員の多くもそれに従事している。

その為、ホンフー直属の部下扱いである雫を除き、人材や機器の派遣には自由が利かず、多少の調整時間が必要となってしまうのだ。

 

長くとも僅か数日程の待機時間であるとはいえ、見滝原にそれを待つ時間的猶予があるかどうかも不明瞭。

万全と速度であれば、現状において優先されるべきは後者である。そういった意味で、見滝原兵器実験施設は実に適当な存在であった。

 

 

そして翌日。

ホンフーは保澄雫を(無理矢理に)実験施設へと呼び出すと、彼女の空間結合魔法でもって、責任者の男に用意させた監視機器――『クモ』の改造ジャンク品を見滝原の要所へと配置した。

 

『クモ』を自在に操る電子系の能力者がいない以上、繊細な操作は出来ず、また用意できた個体の数もそう多くは無い。

その為、黒と赤の魔法少女と繋がりがあるらしき『さやか』と親しく、現状唯一住所の判明している上条恭介の自宅とその周辺地域に監視場所を絞り。そして雫が魔力を感じた場所に『クモ』を送るという手法を取った。

 

おそらくはその殆どが魔女やその使い魔だろうが、魔法少女である彼女達であれば討伐に現れる可能性は高いだろう。

最も、魔女の結界などといった存在がある以上、確実に彼女達の姿を追える保証は無かったが――運は、ホンフーに味方をした。

 

 

『! あれは――』

 

 

雫が感知した魔力の下に送った『クモ』が映したものは、魔女の討伐直後と思われる黒髪の魔法少女、その後ろ姿であった。

 

絶好のチャンス。

ホンフーはすぐにその場へ急行するべく、傍らの雫に声をかけ――その瞬間、またも世界が色あせた。時間操作魔法への『相乗り』が起きたのだ。

 

前日に『相乗り』を認識して以降、ホンフーは例え僅かな時間であっても魔法の種火を纏う事を癖としていた。

雫のように何らかの反応を察知される恐れもあったが、やはり黒髪の魔法少女と認識を同じくするという利は大きいものだ。

 

そして今回もまた世界の時間は止まり、端末に映し出されていた監視映像も停止する。

咄嗟に雫の肩を揺らすも石造のように固まっており、髪の毛一本すら揺らせない。種火を持つ者にしか『相乗り』は出来ないのだと窺えた。

 

そうして逸る心を宥めつつ待つ事暫し。やがて世界に色が戻り、同時に端末が途切れた世界の続きを流す。

咄嗟に視線を画面に戻せば、そこには時が止まる前と寸分違わぬ少女の姿があり……彼女を見失わずに済んだ安堵の前に、強い違和感を覚えた。

 

 

《……これは、敢えて同じ姿勢を取ったのか……?》

 

 

時間停止を挟みつつも、途切れた映像に一切の画的なズレが無い。

彼はそこに、黒髪の魔法少女による奸計を見た。

 

少なくとも、監視に気づかれている事は間違いない。警戒したホンフーは、立ち去る少女をひとまず見逃す事とすると、もう片方の標的へと意識を移す。

黒髪の魔法少女の補足と同時刻。彼女とは別に、自然公園にて赤と青の魔法少女の姿を確認していたのだ。

 

こちらは逆に魔女の討伐へ向かう最中だった様で、結界に乗り込んだのかすぐに姿が見えなくなっていた。

ホンフーは雫に再度魔女の付近へとクモを送らせると、暫く待機。魔女討伐が成され、結界から放り出され気の緩んだタイミングを見計らい、自身も跳んだ。

 

……摘み取ると決めた赤の魔法少女であるが、完全に惜しむ気持ちが消えた訳では無い。

加えて、梓みふゆとの不殺の約束もある。その為ホンフーは殺害を避け、彼女のソウルジェムを抜き取る事による無力化を図った。

 

魔法少女という存在は、魂たるソウルジェムと肉体とで完全に分離している。

そしてソウルジェムを奪えば肉体機能は停止するが、戻せば息を吹き返す。この習性を利用すれば、赤の魔法少女を殺さず排除する事は可能ではあるのだ。

後は全ての事が済んでから、殺し合いなり懐柔なりをすればいい。

 

それはある種、ホンフーなりの慈悲でもあったのだが――その目論見は、彼女自身の抵抗により無に帰した。

いつの間にか彼女の身は分身と入れ替わっており、自爆攻撃を敢行したのだ。

 

咄嗟にワームホールを用いて躱したものの、奇襲は失敗。

こうなっては、生かす事は骨が折れる。至近距離での爆発音に多少ふら付きつつ、ホンフーは己の声帯を喉の上から擦った。

 

 

《透明化をすれば、暗示の対象から逃れられる。だがそうなれば、『相乗り』が……》

 

 

迷いかけ、しかしすぐに結論は出た。

 

声の封印は、梓みふゆに頼ればどうとでもなる。優先すべきは、時間停止への警戒だ。

ホンフーは暗示を受ける覚悟をすると、能力を魔法の種火へと切り替え――その瞬間、またも世界が停止した。

 

……黒髪の魔法少女が仲間の為に作った猶予は、意図とは真逆の致命的な隙となり。

今この時、二人の魔法少女の命運が決した。

 

 

『――安心して、希望を持って下さいね――』

 

 

……ホンフーが魔法少女を殺害する時、その方法は二つに分けられる。

 

一つは単純に、肉体やソウルジェムを破壊する物理的な殺傷。

そしてもう一つは、心の破壊。即ちデス・マスの能力を用いて精神を殺す方法だ。

 

魔法少女は、絶望により魔女を産む。

どんなに賢しい魔法少女も、魔女となればそこらの獣と同じ。人間である時よりも対処は容易く、放置しても問題ない程度の存在となり下がる。

 

ホンフーは停止した数秒に『相乗り』し、離脱の隙と利用すると、その場に残した『クモ』を介してデス・マスを発動。

魔法少女達を強制的に絶望させ、魔女化へと導いたのだ。

 

停止した時間の中では、相手への干渉が出来ず。いつ世界が再動するかも分からない以上、不意打ちにはリスクもある。

一度安全圏に下がってからの魔女化の強制は、現状最も確実な殺害方法であった。

 

……何より、梓みふゆとの約束を守る事にも繋がる。

 

殺しはしないが、魔女にしないとは言っていない。そんな屁理屈。

苦笑いと共に、ホンフーは赤の魔法少女へ小さな謝罪と黙祷を捧げた。

 

 

 

 

その後、雫から新たに魔女が生まれたという報告があった。

すぐに結界に引き籠られた為詳しくは分からなかったようだが、赤と青の魔法少女が産んだ魔女である事は明白だろう。

 

さて、結界の中ではいつかのように殺しあっているのか、それとも仲睦まじく寄り添っているのか。

直後には長い時間停止が挟まれ、新たに公園へ配置した『クモ』も破壊されている。もしかすると今頃は黒髪の魔法少女も参戦し、愉快な事になっているかもしれない。

 

ホンフーもすぐに引き返し、馳せ参じようかと迷ったものの……先程見た奸計の影が髪を引いた。

 

 

(……ま、目的の一つは果たした。今はこれで良しとしますか)

 

 

欲をかき、何らかの罠に嵌ってもつまらない。

障害となる赤の魔法少女(と、そのおまけ)は削ったのだ。最低限のノルマは果たしたと判断し、ホンフーは離脱先の路地裏を歩き出す。

そうして雫に通信を繋ぎ、空間結合での迎えを頼もうとしたものの――。

 

 

「……うーん、盛り上がってますねぇ。どうも」

 

 

まるで、電灯が点滅するように。

短い間隔で停止と再動を繰り返す世界に、ぽつりとぼやく。

 

やはり、件の魔女と戦っているのだろうか。これでは落ち着いて通話する事も出来ない。

 

 

(とはいえ、こんな事で種火を外すのも流石にね)

 

 

相手の動向を探る為にも、ここは待つべきだろう。

ホンフーは溜息を零しつつ、壁に背を預け待ちの姿勢。端末を仕舞い込み、静かに空を見上げた。

 

 

「…………」

 

 

まるでコマ送りのように雲が流れ、強風に吹かれた桜吹雪が舞い踊る。

 

魔法により何度も静止する事で、返って流れの速さが強調される。

前日よりも、幾分か風の勢いが強まっているようにも感じられた。

 

 

「……この風が、巨大ストームにでもなるのかしら」

 

 

吐息と共に呟く。

 

予知夢で見た瓦礫の山と化した街並みに、大量の死者。

今なおホンフーの背中を突いているそのタイムリミットは、如何なる理由で引き起こされるものなのか。

 

今の所、大規模な戦闘行為が行われるという情報は無く、目立った異変はこの強風くらいしかない筈だ。天変地異だとするならば、原因としての違和感はない。

 

……が、どうにもしっくり来ない。他にも何かがあるのではないのか。

ちょうど目の前で静止した桜の花弁を弄りつつ、ぼんやりと考え込み――やがて時が動き出し、花弁が指先をすり抜けた瞬間。ふと、浮かぶものがあった。

 

 

「――魔法……いや、魔女?」

 

 

呟けば、昨日黒髪の魔法少女が示唆した存在が脳裏をよぎる。

 

 

――とある強力な魔女の討伐にあたり、あなたの協力を。若しくはジャジメント経由で兵器類を融通して頂きたい――。

 

 

「……ふむ」

 

 

時間操作能力を持つ程の者が、他人に助力を乞う程の強力な魔女。

単なる建前とも思ったが――もし、全て本当だったとすれば。

 

果たしてそれはどんな化物で、どこに居る……?

 

 

「――……」

 

 

目を細め、風上を振り返る。

 

当然そこに何がある訳でもなく、風に流れる分厚い雲があるだけ。

目に見える異常は、何も無い。何も無いのだが、しかし。

 

――吹き荒ぶ風の中心から、耳障りな哄笑を聞いた。そんな、気がした。

 

 

 

 

ゆらり、ゆらりと。

白い部屋。天から垂れる振り子がゆっくりと揺れ、無数の額縁に影を落とす。

 

如何なる魔法か、支えもなく宙を漂うそれらには、数々の魔女の姿画が収められていた。

薔薇園の魔女、お菓子の魔女、ハコの魔女……それぞれの姿画の横には呼び名が書き添えられており、同時に特性や性格などの詳細な情報も記されているようだ。

 

そのどれもが不気味で、おぞましく。

見る者全てに嫌悪感を抱かせる類のものであったが――その中において、一層目立つ姿画があった。

 

――ワルプルギスの夜。

その魔女の額縁だけが複数あり、広範囲に渡り散らばっていた。

 

他の魔女とは比べ物にならない程に深く、緻密に情報の記されたそれは、書き手の強い執着と憎悪を纏い。ただでさえ異様な部屋の雰囲気を、より異質なものへと加速させている。

 

……静寂の中。振り子を揺らす歯車の軋みが、まるで魔女の哭き声のようにも響き。

そんな、静謐でありながら混沌とした空間の中で――二人の少女が、静かに向かい合っていた。

 

――暁美ほむらと、美樹さやか。

武旦の魔女を退けた二人は、情報共有を行う為、ほむらの拠点たるこの場所を訪れていた。

 

 

「――魔法少女は、絶望によって魔女になる、ね……」

 

 

ぽつりと、さやかが呟く。

 

ソファに腰かけ、揺れる振り子を目で追いながらのその声音は、発した衝撃的な事実とは裏腹に大した揺らぎは感じられない。

しかし一方で、その瞳の奥には小さく盛る炎があった。彼女は眉間に深くシワを寄せると、対面に座る少女を――暁美ほむらをじろりと睨む。

 

 

「嘘だろ――なんて、今更言わねーよ。実際この目でも見たし、疑う気は無い。むしろ逆に、キュゥべえの野郎の態度やら何やら、色々納得する所もある」

 

「……そう。取り乱さないでくれて、助かるわ」

 

「ハン、こちとらもう泣き喚いてる段階じゃなくなってんのさ」

 

 

彼女は、さやからしからぬ乱暴な口調で吐き捨て、舌打ち一つ。

そして乱暴にソファへ寝転がり、怒りを抑え込むような深い溜息を吐きだした。

 

……激情はあれど、錯乱はせず。

己の中だけで絶望を割り切るその様子に安堵するものの……時の繰り返しにより、長くさやかとの関係を続けるほむらにとっては、どうにも違和感を拭えない姿でもあった。

 

そんな感情が空気にでも出ていたのだろうか。さやかは、そんなほむらを一瞥すると、つまらなさげに鼻を鳴らす。

 

 

「……まぁ、あんたの考えも分かんなくもないさ。魔女化なんて話、いきなり言われても信じるか怪しかったし――こいつなんて、どんな面倒くさい事になってたか分かりゃしねー」

 

 

そう言って、さやかは己の胸を指さした。

 

まるで、己が美樹さやかでは無いとでも言うかのような所作であったが、それに異を唱える者は無い。

一人、ほむらだけが僅かに眉を顰め……暫くの沈黙の後、意を決したように口を開いた。

 

 

「……ひとまずは、あなたの疑問には答えたわ。そろそろ、こちらの質問にも答えて欲しいのだけれど」

 

「…………」

 

 

返事は無く、ただ視線だけが返った。

ほむらはそれを了承と捉え、静かに問いを口にする。即ち。

 

 

「美樹さやか……いいえ、佐倉杏子。あなた達は今、どんな状況にあるというの?」

 

 

……それを受けた、彼女――美樹さやかの姿をした佐倉杏子は、無言のまま隣のソファへと視線を移す。

 

――そこにあるのは、鼓動の止まった空躯と、赤いソウルジェムの破片が数個。

佐倉杏子という少女の、紛う事無き死の証明であった。

 

 

 

 

 

 

「――簡単に言えば、暗示の応用さ」

 

 

淡々と、さやか(杏子)は答えた。

 

 

「そもそも、あたし達があのカマ野郎に何されたのか。あんた、分かるかい?」

 

「……いいえ。私が到着した時には、既にあなたは魔女に変わった後だった。何故そうなったのかも、殆ど把握してはいないわ」

 

 

おそらく、例の洗脳能力を使われたのだろうとは予測していた。

とはいえ具体的な事は何も分からず、ほむらの裡では未だ混乱が渦巻いている。

 

さやか(杏子)も忌々しげに頭を掻きむしり、貧乏揺すりを繰り返す。

 

 

「……きっと、アレも魔法少女のカラクリを知ってやがったんだ。機械のクモから洗脳を流して、あたし達を無理やり絶望させて魔女にした」

 

「……最悪ね」

 

 

思わずといった風に、声が漏れた。

 

ほむらも洗脳や暗示を扱う能力には、杏子を筆頭に幾らかの心当たりがあった。

当然、今回バッドエンドが行ったという手法も、想定しなかった訳では無いが――実際に起こったとなると、やはり動揺は隠せない。

 

 

「あの時の感覚は思い出したくもない。暗くて寒い所に落ちてく感じがして……ああこりゃもうダメだってなる寸前、同じように苦しんでる『こいつ』が見えた」

 

「……本物の、美樹さやかね」

 

「あのバカ、助けてとか何とかみっともなくボロボロ泣いててさ。情けなくて見てらんなかったよ」

 

 

……嘲るような口調で笑うが、実際は酷く心配したのだろう。

でなければ、今のような状況にはなっていない。杏子とさやかの相性の良さを、ほむらはよく知っていた。

 

 

「で、そん時に、ふっと思い出した事があった。あのカマ野郎が出てくる前に倒した、魔女の事――」

 

 

そうして語られたその魔女は、ほむらが偽人の魔女と呼ぶ個体であった。

 

魔女の中では比較的高い知能を持ち、広大な結界とそこにひしめく大量の使い魔との連携を武器とする、中々に厄介な相手だ。

杏子達が自然公園で戦っていたのは、彼女であったらしい。

 

 

「そいつ、自分の魔力を電波みたいに飛ばして、使い魔達に命令を送るんだ。そんであたしが使い魔に暗示をかけても、魔力で上書きして無理やり元に戻しやがる」

 

「っ……じゃあ、まさかあなたも」

 

「ああ。『こいつ』の――潰されそうだったさやかの自我を魔法で上書きして、洗脳を弾いたのさ」

 

 

――吐き捨てられたその言葉は、ほむらの鉄面皮を大きく剥いだ。

 

 

「待ってちょうだい。その、それは……」

 

「精神を殺されそうになってるのは分かってたからな。あの時は、これしか思いつかなかったんだよ」

 

 

魔女化っての考えると、判断としては大正解っぽかったけどさ――。

 

揺れる振り子に再び目をやりつつ、さやか(杏子)は皮肉気な笑みと共に吐き出した。

……ほむらは一度目を閉じ心を落ち着かせると、改めて彼女を見据える。

 

 

「……じゃあ、今のあなたは『佐倉杏子の人格を持っただけの、正真正銘の美樹さやか』……という事?」

 

「あー……これがさやかの身体ってのはその通りだけど、中身は全部あたし(杏子)になってる。まぁ、ガワの違う分身の一人って感じさ」

 

 

どうやら、さやか自身が己を杏子と思い込んでいるという訳でも無く、記憶や精神の全てが杏子の物になっているようだ。

説明を受けたにもかかわらず混乱はより深まり、こめかみが鈍い痛みを発し始める。

 

 

「……美樹さやかの自我は、もう戻らないの?」

 

「……前に言ったろ。魔法は解けるからこそ魔法なんだ、って」

 

 

さやか(杏子)の視線が、彼女自身の躯へと向かう。

己の死を見つめるその瞳が、何を思っているのか。理解できる者は、無い。

 

 

「今のあたしは、ただの残り香。死んだ佐倉杏子の魔力が、さやかの心を覆ってるだけで……その内、解けて消えちまう。そうなりゃ、さやかは元のバカに戻るよ」

 

「それは、いつ?」

 

「まぁ、もって一日かそこらって感じかな」

 

 

約束、守れそうにねーな。

さやか(杏子)は呟き、ワルプルギスの夜の姿画を見上げた。

 

……かの魔女がこの街を訪れるまで、残り数日。

目と鼻の先ではあるが、しかしそれは明日ではない。杏子の助力を得る事は、最早不可能であった。

 

ほむらは俯き、強く唇を噛み締めるが――すぐに冷静さを取り戻し、顔を上げる。

 

 

「……延命の手段は」

 

「そこらへんは、あんたのが詳しいんじゃねーの。心当たり、何かあるかい?」

 

「…………」

 

 

反対に問われ、黙り込む。その沈黙が、答えを雄弁に物語っていた。

珍しく消沈した様子を見せるほむらに、さやか(杏子)は小さく苦笑する。

 

 

「……魔女を魔法少女に戻すってのも、無理なんだよな?」

 

「……少なくとも、私は聞いた事が無いわ。逆に不可能という話も聞かないけれど」

 

「変に気遣かうなよ。いいさ、分かってんだ」

 

 

魔女となった時点で、魔法少女の魂は消滅する。

武旦の魔女を産んだ佐倉杏子の魂も、既に消え失せ元に戻る事は無い。

 

己にはもう、起こり得る奇跡も、残された希望も無いのだと、さやか(杏子)は心の底から理解していた。

 

 

(……あー、いや。そんな事もねーか……)

 

 

――ふと、思い直し。さやか(杏子)は徐に立ち上がり、己の躯に手を伸ばす。

 

そうして衣服の裏を探り、黒い陶器――グリーフシードを取り出すと、柔らかく目を細め。無造作に己のポケットへと突っ込んだ。

 

 

「あたしは、ここらで退場だな。あのカマ野郎をぶっ殺せなかったのは残念だが……ま、悪いね」

 

「……てっきり、刺し違えに行くとでも言い出すと思ったけれど」

 

「ああ、そりゃまぁ――」

 

 

と、そこで言葉を切り、乱暴に後頭部を掻き回し。しかし結局は何も言うことなく、部屋の扉へと歩き出す。

ほむらは振り向かないまま、すれ違う彼女を目で追った。

 

 

「……どこへ行くの?」

 

「せめて、あたしが産んだ魔女を探す。残された時間で見つかるかは分かんねーが、やんなきゃいけない後始末だ」

 

「――……」

 

 

……その声音からは、確かな決意が感じられたものの――ほむらには、どうにも信じ切れなかった。

 

あれ程にバッドエンドへの怒りに燃えていたというのに、こうも容易く諦めきれるものなのか。

先ほど言ったように、例えさやかの身体であっても、彼を殺す為に一人突貫するのではないか。

これまでの繰り返しにおいても前例が無い展開という事もあり、ほむらは杏子の動きを図りかねていた。

 

するとそんな猜疑心が伝わったのか、さやか(杏子)は不愉快げに振り返る。

 

 

「……あのな。あたしが全力出してもアレは殺せなかったんだ。このバカの身体で勝てるとは思ってねーし、そのつもりならあんただって引きずってくよ。それに――」

 

 

途中、またも言葉を切りかけたが、観念したように嘆息し。

 

 

「――希望……なんて大層なもんじゃないが、残せたもんを自分で潰しちゃ世話ねーだろ」

 

 

さやかの顔で、困ったように笑い。

警戒の為だとバッドエンドの『印』の位置を把握すると、扉を開けて出て行った。

 

後にはほむらだけが残り、歯車が断続的に軋みを上げる。

 

 

「……希望、か」

 

 

呟き、ゆっくりとワルプルギスの夜を見上げた。

 

振り子の影を被るそれは、相も変わらずおぞましく。ほむらの心に、強い憎しみと絶望を与えてくる。

そこには最早、一片の希望も残っていない。杏子が散ったその瞬間に、跡形もなく消えているのだ。

 

だが、ほむらに諦めるという選択肢は無い。

この時間軸がどのような状況となろうとも、最後まで足掻き抜かなければならず。

 

 

――どろり、と。ほむらのソウルジェムに、濁りが躍った。

 




『ウ・ホンフー』
約束は覚えていればまぁそれなりに守る男。
未だ魔法を扱う事は出来ないが、『相乗り』によりその恩恵に与れるようにはなった。
しかし一度に扱える超能力は一つだけという制限に則り、『相乗り』中は他の超能力を使う事が出来ないようだ。
さやかが生き残っている事には、まだ気づいていない様子。


『暁美ほむら』
幸運によりホンフーの襲撃を躱し、不幸によりホンフーの手助けをしてしまった。
杏子という最大戦力を失う事が確定し、ガックリ来ているようだ。
ループの途中で見滝原組以外の魔法少女と結構知り合ってたりするんじゃなかろうか。特にあすなろ組とか割と接触率高そう。


美樹さやか(佐倉杏子)
見た目はさやか、中身は杏子のフュージョン体。
偽人の魔女を真似、さやかの自我を杏子の魔力で上書きした結果、ホンフーの洗脳を解除し魔女化を逃れる事が出来た。
しかし本体である杏子の魂が魔女となり消滅したため、杏子の自我も一日程度で消滅する。


『杏子が取り出したグリーフシード』
さやかから貰ったもの。



令和になっての一発目。遅くなってすいませんほんと。
みんなはPCクラッシュに泣かないよう、週一くらいでデータのバックアップをしとくのじゃよ。


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21話 その願いは、誰も幸せにしねーんだ

見滝原の郊外には、風力発電の為の風車が設置されている。

 

街外れから、県境付近の山岳地帯まで。風の通り道に並ぶそれには、都市の近代化に合わせ最新式の物が採用されている。

識者からは、見滝原の発展を象徴する一つとも見なされているものだ。

当然、発電効率のみならず耐久性も非常に高い。風車はどれ程に強い雨の日も風の日も変わらず稼働し、そのプロペラで見滝原の風を受け続けていた。

 

……しかし、現在においては風車は数基を残し稼働停止し、一斉に沈黙している。

ここ数日見滝原を襲っていた強風が、ついに風車が稼働できない危険域にまで達していたのだ。

 

――そして、その停止した山岳地帯の一基。

大きく揺れるプロペラの先に、小柄な人影が見えた。

 

まるでシーフのような出で立ちをした、十代半ばの少女の影。

それは長いマフラーを強風になびかせつつ、その勢いに目を細め。雲のに覆われた夕暮れ空を睥睨する。

 

 

(……何も、居ない)

 

 

少女――保澄雫は、何かを探すように暫く感覚を研ぎ澄ませていたものの、やがて溜息を吐き。

瞬時にその場から消え去ると、数キロ離れた場所の風車の上に出現。再び集中し、遥かな遠景を注視した。

 

 

――現在、保澄雫はホンフーよりとある任務を言い渡されている。

 

ここ数日弱まる事無く、それどころか勢力を増し続けている猛風。その原因の調査である。

 

明らかに魔法少女では無く気象予報士の仕事であり、当初は雫も疑問符を浮かべた。

しかしホンフーの推測によれば、これには魔女が関わっている可能性があるらしく、そうなれば魔法少女の領分ではある。

雫としても敵対者の殺害任務などでは無い以上、特に異論は無く。吹き荒ぶ風の流れを遡りつつ、魔女の気配を探り続けていた。

 

 

(この辺にも、なし……)

 

 

とはいえ、未だそれらしき魔力反応は見つからない。

空間結合魔法で向かい風を無視し、移動する事数時間。捜索範囲は徐々に広がり、街から遠く離れた山奥にまで来てしまった。

 

市街地と違い山岳地帯は明確な区切りが無く、魔力の探知にも手間がかかる。

風車のプロペラの影に身を潜め休憩するが、風を完全に遮断は出来ず。眼前で踊る前髪が眼球を擦り、思わずぎゅっと目を瞑った。

 

 

(……本当に、魔女の仕業なのかな。この風)

 

 

じんわりと涙が染みる瞼の裏で、愚痴混じりの猜疑心が顔を出す。

 

そもそも、彼は魔法や魔女といったものの気配を感知できない筈なのに、何故そうと分かったのか。単なる自然現象を深く考えすぎているだけではないのか。

心中に浮かんだ胡散臭い笑顔に、「ジトりん」とした目を向けてやる。

 

 

(まぁでも……『何か』はあるんだろうけど……)

 

 

あのホンフーがわざわざ調査を命じたのだ。

原因が魔女か自然現象かはさておいて、危惧するようなものは潜んでいるのだろう。

 

彼は任務に対して、良くも悪くも嘘を吐いた事は無い。それは既に、嫌になる程に分かっているのだが……。

 

 

 

「……はぁ。休憩、おわり」

 

 

敢えて口に出し、立ち上がる。風で固定が緩んでいるのか、プロペラが大きく軋んだ。

 

例え己がどう思おうが、仕事は仕事。真面目にこなさねば、命を繋ぐためのグリーフシードは貰えない。

心身共に疲労は嵩むが、殺人が絡まないだけまだ楽だ――雫はそう気を取り直すと、空間を継ぎ接ぎ次の風車へと移動する。

 

より遠く、強まる風のその先へ。

再び意識を研ぎ澄ませ、遠方を中心に魔力反応を探り――。

 

 

「…………っ」

 

 

咄嗟に、東の空を見上げた。

風上。遠い遠い空の彼方に、僅かな魔力反応を感知したのだ。

 

分厚い雲に覆われその正体は見えず、反応もすぐに消えてしまったが、決して勘違いなどでは無かった筈だ。

雫は両手に愛用の大きなチャクラムを生み出すと、プロペラを強く蹴り、跳躍。空間結合を併用し、感じた魔力の下へと瞬時に迫る。

 

 

(空の上……流石に、飛行魔法を持った魔法少女、とかじゃないよね)

 

 

こんな山奥の、それも荒れ空だ。好き好んで飛行している者が、魔女以外に居るとも思えなかった。

 

雫は雲の真下にまで接近すると、足裏の空間のみを眼下の地面と繋げ、空中に立つ。疑似的な空中歩行法だ。

そうしてゆっくりと歩みを進めつつ、周囲を警戒。小さな魔力も見逃さないよう、細心の注意を払っておく。

 

 

(……結界の反応は無い。じゃあ、さっきのは――)

 

 

――思考の途中、風の乱れた音を聞いた。

 

 

「っ――!?」

 

 

感じた怖気のままに飛び退けば、背後より炎の帯が通り抜けた。

 

風に逆らい流れるそれは、躱してもなお灼熱を持って雫の肌を焼き炙る。もし直撃していれば、今頃は火傷の一つでは済まなかった事だろう。

熱気によるものとは別の嫌な汗をかきつつ、炎の飛来した方角へとチャクラムを構え振り向いた。

 

 

「あれ、は――?」

 

 

――そこに居たのは、少女の姿を模した影だった。

 

顔もなく、装飾もなく、起伏もなく。ただ黒いシルエットが少女の形をとっている。

おそらくは、使い魔だろう。はぐれなのか、近くに魔女の気配は無い。

彼女の右手部分には細長い棒状の影が伸びており、その先端を雫へと向けていて――。

 

 

『♪ ♪ ♪』

 

「、なっ!?」

 

 

使い魔の詳細を把握する前に、棒の先端から勢いよく炎が吐き出された。

 

先程飛んできたものと同じ、灼熱の帯。雫は咄嗟に空間結合で回避すると、お返しに背後からチャクラムを投擲する。

しかし使い魔は慌てる事なく右手の棒でそれを弾くと、そのまま踊るように回転。円を描くように、炎を広範囲へと放射した。

 

 

(手から……じゃなくて、火炎放射器みたいなものを持ってる……?)

 

 

拡散する炎の渦を躱しがてら使い魔の全身を観察する内、そう気づく。

 

ジャジメントの任務において、兵器類に触れる機会は多い。

雫もそれなりに造詣は深まっており、シルエットの節々を不自然に盛り上げる輪郭から、火炎放射器に類する武器を装備しているのだとすぐに察する。

 

随分と、人間的な道具を扱う使い魔だ。物珍しさを覚えるも、今はそれどころではないと頭を振った。

雫は再び両手にチャクラムを生み出すと、足裏の空間を地面から使い魔の頭上に直結。落下の勢いそのままに切りかかる。

 

 

「やあっ!!」

 

『~~~♪!』

 

 

しかしその刃は、またもや右手の棒――火炎放射器の銃部によって防がれ、火花を散らす。

そのまま鍔迫り合いの形となるも、長くは続かず。喧しい笑い声と共に銃部が振り抜かれ、雫を勢いよく弾き返した。

 

 

(っ……力負け、した……!?)

 

 

驚きが脳裏を染める。

たかが使い魔。そんな侮りがあった事は否定しないが、先程の一撃は確かに屠る為の物。

刃の閃きに一切の手抜き心は挟まなかった、その筈だ。

 

 

(ただの使い魔じゃない。神浜のよりも、もっと……!)

 

 

――出し惜しみしていい相手では、無い。

 

雫は警戒の度合いを一気に引き上げると、吹き飛ぶ先の空間を再び使い魔の下に結合。弾き飛ばされた勢いを乗せ、チャクラムを振りかぶった。

 

 

『~~~!♪!♪』

 

「く、ぅっ――!」

 

 

しかし、またもや防がれ、弾かれる。

遮る物の何も無い空の上。雫の身体は先程よりも勢いを増し、遥か眼下の山中へと墜落し――。

 

 

「――まだっ!」

 

『っ♪!♪?』

 

 

その次の瞬間には、使い魔の背後に現れ刃を振るう。

使い魔は今回もまた反応したものの、先程よりも増した速度に刃を受け流すだけに留まった。

 

当然雫は勢いを落とさぬまま使い魔とすれ違い、再び落下。

しかしその直後には使い魔の傍に現れ、更に勢いの乗った斬撃を振り下ろし――その繰り返し。

 

空中という常に落下を続ける環境は、雫の固有魔法と非常に相性の良い戦場でもあったのだ。

 

 

『♪ !? !♪! ッ』

 

 

一太刀ごとに、斬撃の速度と威力が増していく。

 

使い魔も徐々に反応が遅れ始め、影の身体に細かな傷が刻まれる。

そしてやがては銃部での防御すら貫通し――強烈な一撃を受けた銃部が跳ね上げられ、甲高い音と共に致命的な隙を晒した。

 

 

「諦める訳には、いかないのっ――!」

 

 

鼓舞の一声。雫は好機を逃す事なく、ソウルジェムの魔力を解放。

広範囲の空間を大きく歪ませ、姿を消して。一瞬の後に、使い魔の全方位より大量の刃が飛来する。

たった二枚のチャクラムが、魔法により閉じられた空間内をループし、無数にあるように見えているのだ。

 

ミリアドゥ・メーゼ――空間結合という能力を最大限に活用した、必殺の魔法(マギア)である。

 

 

『――♪っ!?♪!?』

 

 

魔力の光を纏ったチャクラムが更に加速し、使い魔の右手を銃部ごと切り落とす。

武器を失った彼女は苦し紛れに鬼手を思わせる鉤爪を生み出すも、それすら裁断。影の切れ端が空に舞った。

 

 

「これでぇっ!」

 

 

最早、使い魔に反撃の余地は無い。

雫は乱れ飛ぶチャクラムの中に姿を現すと、飛来する二枚を強引に掴み取り、一層の魔力を込めて投げ放つ。

 

二枚の白刃が、十字に閃き。

使い魔は成す術もなく、身体の中心から縦横四つに疾く裂かれ――

 

 

『――♭ ♭ ♭』

 

「っ、な――きゃあっ!?」

 

 

――その寸前、横合いからチャクラムが弾かれた。

 

同時に雫の身体を衝撃波が呑み込み、堪らず大きく吹き飛ばされる。

咄嗟に体勢を立て直し宙に着地するが、多少頭がふらつき膝をつく。耳奥で、甲高い異音が響いていた。

 

 

(……何、が……?)

 

 

吐き気を抑え強引に前を向くと、そこには仕留め損なった使い魔と――その周囲を回る数体の影絵があった。

 

キャンディ型の杖を持った影。特徴的な頭をした影。箒を持った影――。

 

それぞれ異なるシルエットをしているが、おそらく同じ種類の使い魔だろう。

彼女達は火炎放射器の使い魔を立ち上がらせ、そのままくるくると軽やかに踊り始めた。

 

 

「……ピンチに、仲間が駆け付けたってこと?」

 

 

相手が人の形をしているという事もあり、こちらが悪者の気分になってくる。

多少は平衡感覚の戻った雫は、眉を顰めつつも立ち上がり。新たに生み出したチャクラムを構え、使い魔達と対峙した。

 

並の使い魔よりも強力ではあるが、先の一戦により全力で当たれば対処は容易いと分かっている。

最初から必殺の魔法(マギア)を放ち、全員纏めて切り刻む――雫は手持ちのグリーフシードをソウルジェムの真上に魔法で落とし、濁った魔力を浄化。

魔力を猛らせ、一帯の空間を再度歪め、

 

 

「――――」

 

 

――瞬間。強大な魔力が、空より落ちた。

 

大きく身体が跳ね、息が詰まり。

そして常人ならば立っていられない程の暴風が吹き荒れるが、雫はそれに目を細める事すら忘れ。ただ、上空を見上げた。

 

 

「――ぅ、あ……?」

 

 

……遠い遠い、荒れる雲の内側。

見通す事の出来ない濁りの先に、何かが見えた。

 

全容ではない。歪む空間の綻びから垣間見えた、ほんの一部にすぎないもの。

 

それはルージュの塗られた、逆さの唇。

遥か下方に位置する雫からでもそうと分かる程に巨大な、女の口だ。

 

その隙間からは尚赤い舌先がぬらりと覗き、狂笑のような叫びを上げている――。

 

 

「――――ッ!!」

 

 

――あれは、何だ……!

 

あまりの異質さと、狂笑が纏う悪意と絶望の深さに、とてつもない危機感が沸き上がる。

足が震え、血の気が引いて。しかし何故か赤い唇からは目が離せず、魅了されたかのように動けない。

 

駄目だ。あれと相対してはいけない。

早く。早く、逃げなければ……!

 

理性が己を取り戻し、激しく警鐘を鳴らした。

そうして咄嗟に空間結合魔法を発動しようとするも、突然に足首が引っ張り上げられ、転倒。

足首に締め付けられるような痛みを感じ、反射的に目を向ける。

 

 

(……! これっ――)

 

 

するとそこには、影絵の帯がきつく結びつけられていた。

目で追えば、それは先程の使い魔の内の一体から伸びている。どうやら、呆然としている隙を突かれたらしい。

 

 

「っの……!」

 

 

雫は舌打ちする間すら惜しみ、影を裁断するべくチャクラムを振る。

 

――だが、僅かに遅かった。

 

影を裂き、拘束を解いた雫が魔法を使う、その直前。

暴風により風力発電機から折れ飛んだ巨大なプロペラが――明確な悪意の導く軌道でもって、雫の身体へと激突した。

 

 

 

 

 

 

「……ふん。ここら辺にも、居ないか」

 

 

朝。風の吹き荒れる街の中。

適当な鉄塔の上から街並みを眺め、周囲に魔力を走らせていたさやか(杏子)は、不機嫌そうに呟いた。

 

 

(結界、ついでに『クモ』も無し……ったく。クモはいいが、どこほっつき歩いてんだ、元あたしは)

 

 

心の中でぼやきつつ、鉄塔から目についたアパートの屋根へと飛び移る。

 

高所からの落下。通常であれば大怪我は必至であるが、魔法少女にとっては道にある縁石程度の段差だ。

怪我一つ無くあっさりと着地すると、そのまま道に飛び降りようとして――向かい側から来る通行人に気づき、外廊下付けの階段を使い普通に降りた。

 

杏子としての身体であれば気を使う必要など無かったが、今はさやかの身体であり、負い目もある。

少しは彼女の外聞に配慮し、人目に付かない行動を心掛けてやる気にはなっていた。

 

 

(つっても、もう焼け石に水だろうけど……っと)

 

 

ブルリ、と。丁度さやかの携帯端末が震え、苦々しい顔で取り出し画面を見る。

そこには大量の着信通知が並んでおり、留守電も山のように積み重なっていた。

 

その殆どはさやかの両親からの物で、通知は前日の夕方からひっきりなしに続いている。

電源を切れば済む事ではあったが――さやか(杏子)には、とてもそんな気にはなれなかった。

 

 

(……キリキリすんな。こういう感じ)

 

 

腹底を重くする後ろめたさに溜息を吐き、さやか(杏子)は連絡を返す事なく端末をしまい、歩き出す。

 

――ほむらの拠点を後にして、およそ半日。

さやか(杏子)は美樹さやかの実家に帰宅する事も無く、夜通し己の本体の成れ果てたる武旦の魔女を探し続けていた。

 

 

 

 

 

 

生前の佐倉杏子は、演技には少々の自信を持っていた。

 

他人を騙す為の嘘や空惚けは勿論、その気になれば舞台での演劇もそつなくこなせた事だろう。かつて父の教会で多くの人の悩みを聞き、様々な人生を学んだ経験の賜物である。

 

それは当然、彼女を本体とするさやか(杏子)にとっても同じ事。

嘘も演技も、生前の杏子そのままの技量を持ち――現状においても、違和感なく美樹さやかとして振る舞う事は可能である筈であった。

 

……だが、今のさやか(杏子)にそんな事をしている余裕は無い。

 

杏子としての自我が消滅するまで、残り半日足らず。

それまでに魔女を見つけなければならず、さやかの世間体を守り規則正しく生活していては、あっという間に時間切れである。

 

家に帰らず、夜街を徘徊し、今日は学校すらサボる。

さやか(杏子)としては、仕方が無い事と割り切ってはいる。だが、心配しているだろうさやかの両親を思うと、流石に多少の罪悪感は覚えざるを得なかった。

 

 

(一応、外泊メールは送っちゃいるが……ま、納得してくんねーよなぁ)

 

 

愛されてんなぁ、などと嘯き。

強風のせいか人の少ない大通りを歩きつつ、さやか(杏子)はバイブレーションを続けるポケットに遠い目をして――。

 

 

(――杏子ちゃん、大丈夫……?)

 

「!」

 

 

突然、さやか(杏子)の脳裏に声が響く。魔力を通じたテレパシーだ。

己を案ずるその声音にさやか(杏子)はうんざりとした様子で溜息を吐き……しかしこちらは無視する事無く、渋々それに応じた。

 

 

(……またあんたか。毎回へーきだっつってんのに、しつこいね)

 

(ご、ごめんね……でも私、すごく心配で……)

 

 

鹿目まどか――さやかの親友にして、協力関係となっている者達の中で唯一魔法少女となっていない少女だ。

 

おそらく、ほむらから事のあらましを聞いたのだろう。

前日の夜に取り乱しながらテレパシーを繋いで来て以降、まどかは頻繁にさやか(杏子)の安否確認を行っていた。

 

 

(ま、あんたから見ると、あたしは殺す殺す言ってる物騒な奴だろうしね。そんなのが親友の身体動かしてるとなりゃ、そうもなるわな)

 

 

何せ初対面時では、さやかを叩きのめしている姿を目撃されているのだ。

そもそもまどかとは碌な接点もなく、好感度は地を這っている筈だ。そう思っていると、まどかは即座に否定して、

 

 

(確かに最初は怖い人だなって思ったけど……でも、命がけでさやかちゃんを助けてくれた人だもん。疑うなんてこと、絶対に無い。……さやかちゃんのパパとママには、一言声かけてあげて欲しいなとは思うけど)

 

(…………あ、そ)

 

 

あのさやかにして、このまどかあり。と言ったところだろうか。

妙な居心地の悪さにぽりぽりと首筋を掻いていると、まどかは切り出し方を迷ったように唸り出す。

 

その煮え切らない様子に、さやか(杏子)は片眉を上げた。

 

 

(……消えないで、ってか?)

 

(――……)

 

 

念の向こうで言葉に詰まる気配を感じ、さやか(杏子)は呆れ混じりに鼻で笑う。

 

 

(ハッ、親しくもねー奴に心砕いてんなよ。余計なお世話だっつーの)

 

(……っ、だって杏子ちゃん、このままじゃ死んじゃうんだよ……!?)

 

(バーカ、もう死んだ後なんだ。終わってる事、今更グチグチ言ってんな)

 

 

現実を突きつけるように言い放てば、まどかは小さく息を呑む。

そのまま暫く無言の時が過ぎ――やがて、恐怖と覚悟が混在した声音で切り出した。

 

 

(……あ、あのね……? もし、もしも、私が――)

 

(――魔法少女の願いであたしらを戻す……とか考えてんなら、やめときな)

 

 

――最後まで言わせずに、強引に遮る。

 

 

(っ……でも、前にキュゥべえが私なら人を生き返らせたりもできるって。だったら、杏子ちゃんや……ううん、さやかちゃんとほむらちゃんだって、元通りに……!)

 

(それであんたが代わりに魔法少女になったら意味ねーよ。その様子じゃ、魔女化についても聞いてんだろ)

 

 

自分の為にまどかが魔法少女となり、魔女化の運命を背負ってしまったのなら、きっとさやかは酷く自分を責めるだろう。それこそ、絶望する程に。

ほむらもあのすまし顔の裏で、妙にまどかに執心している節がある。魔法少女となった彼女を見て膝をつく姿が、容易に想像できた。

 

 

(あたしだってヤだね。誰かの自己犠牲で生き永らえるくらいなら、このまま消えてった方が何百倍もマシさ)

 

(そんな……)

 

(……分かりなよ。その願いは、誰も幸せにしねーんだ)

 

 

その言葉は、まどかに深く突き立ったようだ。

それきり言葉は途切れ、小さな嗚咽が念に乗る。

 

わざと聞かせている――などとは、思えなかった。僅かな時間の触れ合いではあったが、さやか(杏子)は鹿目まどかという少女の優しい性根を理解していた。

 

 

(ごめん……ごめんね、杏子ちゃんっ……)

 

(……何であんたが謝んのさ。ほんとバカだね)

 

 

どこまでも他人を気に掛けるまどかに、さやか(杏子)は苦笑を一つ。

テレパシーを切らないまま、手近なビルの影へ寄り添うように背を預けた。

 

……これは単なる休憩だ。自分以外の誰かに、そう言い訳をして。

己の世界の風だけに混じる泣き声を聞きながら、ただ曇天を眺め続けていた。

 

 

 

 

 

 

――ありがとう。

 

テレパシーでの会話を終える直前、まどかは消え入りそうな声でそう残した。

 

それが何に対する感謝なのか。さやか(杏子)は敢えて深く考えず、軽い相槌だけを返しあっさりとテレパシーを打ち切った。

いい加減にうんざりしたという気持ちが無かった訳では無いが、それ以上にまどかへ興味を抱きつつある自分に気が付いたのだ。

 

 

(……これから居なくなるってのに、何考えてんだかな)

 

 

もっと早く機会があれば――ともすればそう思いかける自分に呆れ、振り切るように武旦の魔女の捜索に戻った。

 

街中に潜むというバッドエンドの監視機器に注意しつつ、高所から魔女の結界の反応を探り。

時折ぶらりと街中を歩き、魔女の口づけを刻まれた人間か居ないか観察する。その繰り返し。

 

しかし魔女の痕跡と言えるものは見つからず、時間だけが過ぎていく。

そしてふと携帯端末を見た時には、時刻は既に十二時近くにまでなっていた。さやか(杏子)の顔に明確な焦りが浮かび、大きな舌打ちを鳴らす。

 

 

(くそ……まさかもう、この街から出てったんじゃねーだろうな……)

 

 

あり得ない、とは言い切れなかった。

 

昨日のほむらかの銃撃で武旦の魔女が負った傷は、さやか(杏子)の目からしてもそれなりに深いものに見えた。

その傷を癒す為、近い場所で人間を食い、魔力の回復を図るだろうと思っていたのだが――。

 

 

(元があたしなら、風見野の方に行ったってコトもあんのか……?) 

 

 

かつて杏子がテリトリーとしていた隣町。

果たしてあの蝋燭頭にどの程度杏子としての記憶があるかは定かではないが、それを辿り自らの根城と認識して退避した……など、考えられない話では無い。さやか(杏子)の眉に深いシワが刻まれる。

 

 

(どうする。今からでも風見野の方へ――いや、合ってる保証はねぇ。それにあっちはあっちで、かち合ったら面倒くせーのが……ああくそっ!)

 

 

焦り、迷い、苛立ち。

しかし唸っている時間すらも惜しい。さやか(杏子)は頭を強く掻きむしりつつ、やけくそ気味に街中を行く歩みを早め――。

 

 

「――、っと……?」

 

 

――ぶくり、と。心の中で、泡が弾ける音がした。

 

そして唐突に意識が揺らぎ、足が縺れ。堪らず通りがかりの店窓に手を突き、蹲る。

 

 

「な……あれ……。んだ、これ……?」

 

 

……思考に雑味が混じり、上手く物事を考えられない。

訳が分からないまま店窓に縋り、身を起こし――そこに映ったさやかの顔と目が合った。

 

――己の物では無い筈のそれに、何一つの違和感は、無く。

 

 

(……ああ、そうか。そろそろ、戻り始めてんのか……)

 

 

ごく自然に、『さやか』である事を受け入れている――。

それに気が付いた時、さやか(杏子)は杏子としての自我が薄れつつある事をハッキリと自覚した。

 

 

(ハッ、一日すら持たねーのかよ、くそったれ……!)

 

 

ぶくり、ぶくり。心の中の泡が弾ける度、自我が千切れて散っていく。

心の奥底に沈んださやかの意識が、徐々に浮上を始めているのだ。

 

……己が消える事はいい。だがそれは、もう少し後の話だ。

 

せめて魔女の尻尾でも掴まなければ、死んでも死に切れるものではない――さやか(杏子)は必死の思いで自我を繋ぎ留め、浮き上がる泡を心の奥へと押し戻す。

 

 

「う、ぐ、く……!」

 

 

そうしてしっかりと意思を保てば、どうにか身体は動かせた。

 

さやか(杏子)はガラスを支えとして強引に立ち上がると、鋭い視線で前を睨み。

未だふら付く足を引きずり、ゆっくりと歩を進め――。

 

 

「――……さやか、さん?」

 

「!」

 

 

突然、背後から声をかけられた。

 

咄嗟に振り向けば、そこに居たのは見覚えの無い一人の少女。

強風に流れる髪を片手で押さえ、反対の手には学生カバンが揺れている。

 

 

――志筑仁美。

 

 

さやか(杏子)と同じ制服を身に纏った彼女は、苦しむその姿を気遣わしげな瞳で見つめていた。

 

 

 




『保澄雫』
空間結合の固有魔法を持つ、神浜の魔法少女。メイン武器は大型チャクラム。
ホンフーの命により見滝原壊滅の原因を捜索していたら、見事に大当たり。街に近づきつつあったワルプルギスの夜と遭遇してしまった。
とある理由により、親友と喧嘩中。ジャジメントの件もあり、疎遠となっているようだ。
怒るとたまに「プチりん」「カチりん」などといった可愛らしい擬音が発生するが、割と本気でキレている合図なので侮ってはいけない。


『影の使い魔』
別名、影魔法少女。ワルプルギスの夜を始めとした、幾つかの強力な魔女が引き連れている。
強大な魔力に惹かれて集まった魂であり、もしかしたら幽霊カフェに行けなかった子達でもあるのかもしれない。

・【火炎放射器の影】
かつて『赤い服の女から助けて』と願った少女。
結果的には赤い服の女から逃げ切る事は出来たが、その最期は穏やかなものでは無かったのかもしれない。
「あれってやっぱり、あたし達に見つけて欲しかったのかな?」

・【キャンディ型の杖を持った影】
通称、劇団シモテ。
お菓子の魔女ことシャルロッテとの関係がウワサされている。百江なぎさと、ではないのがポイント。

・【特徴的な頭をした影】
通称、劇団カミテ。
足技をメインにしてたけど、元は誰なんだろうか。

・【箒を持った影】
通称、劇団ソデ。
和服ちゃん。個人的に三人の中で一番かわいいと思う。


『ワルプルギスの夜』
みんな大好き舞台装置の魔女。
上機嫌に笑いながら移動していたら何か魔法少女を発見したので、上機嫌に遊んであげた。
最近、ほむらが眼鏡をかけた状態でこいつを突破するルートが開拓された。
鍵はマミさんに魔法少女とキュゥべえの真実を告げずに周回を重ね、とある少女が小石を蹴っ飛ばすのを待つ事だ! キツいぜ!


美樹さやか(佐倉杏子)
探知の魔法を使いすぎたため、杏子の人格を維持する魔力が予想より早く散ってしまったようだ。
元の身体よりも豊満な胸部にイラっと来たが、元の身体よりプニっとした腰回りに「ヘッ」と笑ったとか笑わないとか。
「風見野の面倒くせーの」とは、おりマギの方々。この時間軸でも何人かとは顔見知りでしょう、多分。


『鹿目まどか』
杏子の死とさやかの現状をほむらから聞き出し、酷く驚き悲しんでいるようだ。
媒体によっては、実際にさやかを人間に戻すために魔法少女となる事もあったりする。
学校では行方不明扱いのさやかに代わり、上条恭介のサポートを行った。


『志筑仁美』
恋のさや当てをする覚悟は出来ましたわよ!
……え、さやかさんが欠席? は、いくえふめい……? 
あわわわ、どうしましょう。どうしましょう――はっ、さやかさん!?



まどかと杏子は色んな所で仲良さそうな描写多くてほっこりするよね。
火炎放射器と鬼の手はパワポケ7大正冒険奇譚編から。火炎放射器のままのが強かったような。


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22話 今だったら、やれるってんでしょ

――志筑仁美にとって、上条恭介はとても魅力的な男の子であった。

 

そもそも仁美の歩んできた15年足らずの人生において、男子に対し恋愛感情を持った事は殆ど無かった。

幼少の頃から多くの教養を積み、他より少しだけ大人びた精神を持っていた彼女の目には、同年代の男子達はその多くが異性として映らなかったのである。

 

幼稚である、とまでは言わない。

しかし常に落ち着きもなく騒ぎ、喧嘩し、そして時たま己を含めた女生徒達に下品なちょっかいをかけるその姿は、やはり子供と言わざるを得ず。

仁美とて人並み以上に恋愛への興味はあったが、そんな彼らに恋する事は難しかった。

 

――しかし、上条恭介だけはそうでは無かった。

 

他の男子達と違い清潔感があり、落ち着きがあり、物腰も柔らかだ。

何より、彼の抱くヴァイオリンへの真摯な想いは、仁美の乙女心を好感を以て擽った。

 

最初は小さな興味であったそれは、目で追う内に好意となり、やがて恋心に至る。

されどそれは、彼の幼馴染である美樹さやかが抱いているそれと比べ、遥かに遅い芽生えであった事も自覚していた

 

――だが、横恋慕では無い。

 

仁美にとって、さやかはとても大切な友人だ。

そしてさやかにとっての己もそうであるとは信じているし、そんな彼女の想い人に懸想してしまった己に悩み耽った事も、一度や二度では無かった。

 

しかし仁美の見る限り、さやかの想いは一方通行でしかない。

恭介からの感情は親友に対する好意であり、そもそも異性として見られていない事は見て取れた。

 

……ここで己の心を押し殺せば、きっと消えない棘が残る。

 

分かるのだ。もしこのまま恭介とさやかが結ばれた時、己は『身を引かなかった場合』を夢想し、妬むだろう。

反対に彼らが結ばれなかった時は、傷心のさやかに気が引け、この恋心を封じ込めてしまうだろう。

その蟠りは、今後のさやかとの関係に大きな影を落とす事になる。

 

だからこそ、この恋心は殺さない。隠さないと、決めた。

 

……それにより、やはりさやかとの友情は崩れてしまうのかもしれない。

嫌だった。怖かった。けれど、彼女と本当の友人で居たいからこその決心である事も、また確か。

 

――決意を告げるは、今日として。

仁美は寝ずに考えたさやかへの宣戦布告を胸に、さやかと衝突する覚悟を決めた――。

 

……つもりだった、のだが。

 

 

 

 

「……具合、少しは良くなりまして? さやかさん」

 

「……ん……」

 

 

街中の公園。

風よけの衝立が設置されたベンチに腰掛け、仁美は己のすぐ横を見る。

 

そこには仁美のカバンを枕として、ぐったりと身を横たえる美樹さやかの姿があった。

傍目から見ても体調を崩している事はよく分かり、返事にもまるで覇気が無い。

 

 

(……一体、何故こんな事に)

 

 

それは己の現状に対する疑問ではあったが、それよりもさやかを案ずる意味合いの方が強かった。

 

――何せ今の彼女は、行方不明の扱いとなっている。

その上でこの様子となれば、何かしらのトラブルに巻き込まれている事は火を見るよりも明らかだ。

 

……衝突する覚悟を決めたとはいえ、それは友人の一大事よりも優先すべきものでは決して無い。

 

 

「…………」

 

 

仁美は『その時』が遠のいた事に僅かな安堵を抱きつつ、しかしそれ以上の心配を以て。

小さく唸るさやかの髪を、そっと撫でた。

 

 

 

 

(……いや、誰だよコイツ……)

 

 

一方、当のさやか――否、さやか(杏子)といえば、困惑の渦中にあった。

 

先程、自我の消失に抵抗していた際、唐突に現れたこの少女。

苦しむ己を見た途端に慌てふためいたかと思うと、突然手を引き最寄りの公園へと引っ張り込み、ベンチに寝かせつけてきたのだ。

 

その時の心配そうな表情を見る限り、おそらくはさやかの親しい友人か何かなのだろう。

しかし当然ながら、さやか(杏子)に面識はない。身体は美樹さやかとは言え、心と記憶は杏子の物なのだから。

 

……タイムリミットの迫った現状、何とも面倒な事になった。

髪を撫でる優しい手つきに、出かかった舌打ちを唸り声でかき消した。

 

 

「……その、やはり救急車を呼びませんか? ちゃんと診て頂いた方が……」

 

「え? あ、ああ――だから大丈夫だって。ちょっと休めばへーきへーき」

 

 

見知らぬ少女のお節介に、咄嗟に『さやか』を装い首を振る。

これ以上厄介な展開になってはたまらない。意識を強く保って身を起こし、力強くガッツポーズを取った。

 

ひょうきんが過ぎたかとも思ったが、あまり違和感は与えなかったようだ。

仁美は僅かに表情を和らげ「そうですか」と呟き……しかしすぐに居住まいを正すと、さやか(杏子)を静かに見つめた。

 

 

「さやかさん。私、あなたに聞きたいことがありますの。分かっておいででしょうけれど」

 

「……。昨日から、帰ってない事……?」

 

「ええ。突然の事で理由も分からず、本当にびっくりしましたわ」

 

 

……一瞬、今のさやか(杏子)の状態を見抜かれたかと思ったが、違った。

 

そもそも、この少女はまどかと違い、魔法少女の素質は感じ取れない。

魔法関係の事も秘密にされているらしく、一体どう誤魔化せばいいのやら。心の中で頭を抱えつつ、視線を逸らし。

 

 

「家出に加えて、学校にも来ないなんて……私は勿論、まどかさん達も凄く心配しています」

 

「あー……それはまぁ……や、てかそっちこそ、学校は」

 

「……この強風ですよ。山の方では風力発電機すら壊れてしまったらしく、大事を取って午前中での授業切り上げとなりました」

 

 

まぁ、そのおかげでさやかさんと会えましたので、ある意味神風だったのかもしれませんが――。

 

仁美はあからさまな話題逸らしに若干の皮肉を返しつつ、小さくさやか(杏子)の服の端を引く。

……無視をするのも流石に気が引け、逸らしていた目を渋々と仁美の顔へと戻した。

 

 

「……何があったのか、お話し頂けませんか? 悩みがあるのなら、一緒に考えますから……」

 

「…………」

 

 

それが本心から来る言葉であるとは、さやか(杏子)にも伝わった。

 

しかし、言える訳が無い。

彼女が魔法関係の事を信じるかどうかという以前に、事態は極めて複雑かつ危険なものとなっているのだ。

もし下手に巻き込み、魔女やバッドエンドの目に留まるような事になれば、さやかにとって非常に難しい状況となるだろう。

 

 

(……仕方ねぇ。適当に振り切るしかねーか)

 

 

己が消えた後のさやかと彼女の関係を想像すると罪悪感が滲むものの、危険に晒すよりはマシな筈だ。

さやか(杏子)は仁美を無視して立ち上がり、未だふら付きの抜けない足を強引に引きずった。

 

 

「さやかさん……!」

 

「悪いけど、何も話せない。ほっといてくれればその内元に戻るから、忘れて」

 

 

冷たさを意識しつつ吐き捨て、風除けの衝立から身を外に出し――瞬間、予想よりも強い風に押され、たたらを踏んだ。

倒れ込むほどでは無かったが、その一瞬は様々な意味での隙となったようだ。

すぐに仁美の腕がさやか(杏子)を支え、そのまま傍らに寄り添った。

 

 

「……私では、お力になれませんの……?」

 

「……なれるか、なれないかで言ったら、なれないよ。絶対」

 

「っ……」

 

 

その一言は、仁美の心を大きく傷つけたようだ。

 

ショックを受けた拍子に彼女の手が緩み、それを好機とさやか(杏子)は腕を引き抜いた。

そして舌打ちを風音で打ち消しながら、その渦中へと歩を進める。

 

 

「あ……」

 

 

……背後で、小さく声が震えた。

 

僅かに歩みが鈍るも、しかし止まらず無視をして。

さやか(杏子)の姿は、荒れ狂う砂塵と桜の花弁の中に消えていく――。

 

 

 

「――わた、くし。上条君に、告白しようと思って……ます、の」

 

 

 

――寸前。唐突に放たれた宣言が、その鼓膜を揺らし。

胸裏で大きな泡が生まれ、弾けた。

 

 

(……あ……?)

 

 

しっかりと保っていた筈の自我が、大きく揺らぐ。

己の意思に反して身体が動き、ゆっくりと背後を振り返り始めた。

 

――浮き上がりかけたさやかの意識が、上条恭介の名に反応したのだ。

 

 

(オイオイ、マジかって……)

 

 

そこまで自我が崩れかけているのか。

軋む身体に顔を歪めていると、背後を向いた視界に仁美の顔が映り込む。

 

 

「え……あ、ら……?」

 

 

少し離れた場所に立つ彼女は、両手で口を抑え、目を丸く見開いていた。

まるで、勝手に口が動いてしまったかのような、今のさやか(杏子)にとっては少しの親近感を覚える反応だ。

 

自分で言っておいて、何を驚いている――そう、眉を顰めたのだが。

 

 

「……っ!? ち、違うんです! 私、今のさやかさんに、こんな……つもり、無……く……――」

 

「……?」

 

 

どうも、様子がおかしい。

 

焦点すらも散らばりかける目で睨む内、仁美の顔から波が引くように生気が抜け落ちていく。

そして目つきは甘く蕩けた物となり、口元は穏やかに笑みを浮かべ。ふらりふらりと左右に揺れる。

明らかに異常な振る舞いに、さやか(杏子)は鈍い動きで警戒態勢を取り――すぐに表情を強張らせた。

 

――揺れる髪の隙間に覗く、首筋。

肌の白さが映えるそこに、異様な存在感を放つ紋章が一つ。刻まれていた。

 

 

「あれ、は……っ」

 

 

馬の影を中心に置いた、騎士団を思わせる形。

見間違う筈も無い。それは今まさに己が探している、武旦の魔女の口づけだ。

 

 

「――っそがぁ!!」

 

 

今まで何も感じなかった以上、先程背を向けた一瞬にでも刻まれたのだろう。

だが、何故コイツに――そんな疑問を考える前にさやか(杏子)の足が地を蹴ったが、それより早く仁美が動いた。

 

近づくさやか(杏子)に倒れ込むようにして抱き着くと、その耳元に口元を寄せ、寝ぼけたように囁きを落とす。

 

 

「――私、以前から上条君の事、お慕いしてましたの。だから……告白して、勝負をぉ……」

 

「――ッ!?」

 

 

ばちん。また大きな泡が弾け、意識が大きく揺さぶられる。

唇を強く噛み何とか持ちこたえたものの、更に身体が重くなり。指先を動かすだけでも酷く精神力を消耗した。

仁美を振り払う事が出来ず、拘束されたまま共に大地を転がった。

 

 

(――そうか、向こうもあたしを狙ってやがったのか……!)

 

 

せめてもの抵抗として、覆い被さる仁美の口に手を当て言葉を封じつつ、悟る。

 

佐倉杏子は、己の在り方を凌辱したバッドエンドを憎み、執拗に追っていた。

武旦の魔女もそれと同じく、己を傷つけたさやか(杏子)達を憎んでいたのだ。

回復の為、人を食らおうと結界を開く短慮も犯さず、探知魔法すら掻い潜り。じっと息を潜めて復讐のチャンスを窺っていた――。

 

 

(クソがッ! 逃げ隠れるどころか、やる気満々じゃねーかあの蝋燭頭!)

 

 

手負いである以上、各個撃破を狙っていくのは当然だ。ほむらと違い一晩中街をうろついていた己は、さぞ見つけやすかった事だろう。

そしてターゲットと親し気な様子を見せた仁美に口づけを刻み、さやか(杏子)の隙を突く駒とした。

 

……とはいえ、武旦の魔女にさやか(杏子)の状態を正確に把握する術がない以上、そこに杏子の自我を散らす意図は無かった筈だ。

魔女の口づけにより朦朧とした仁美が、偶然さやかの意識を擽る言葉を落としただけ。

単純に、さやか(杏子)の運と間が悪かったとしか言いようが無い。

 

と、なれば――さやか(杏子)に仁美を抱き着かせた、本来の意図とは?

 

 

「っく、あぁッ!」

 

 

思い至ったさやか(杏子)は逆に仁美を抱き寄せると、強引に身を跳ねさせる。

背や首の幾つかの筋が嫌な音を立て、鈍い痛みが身を襲う。しかし決して仁美を放さず、そのまま無様に転がって、

 

 

「ぐ――うおぉっ!?」

 

 

――斬。

今まさにさやか(杏子)達が倒れていた場所に、巨大な槍刃が降り落ちた。

 

地面が大きく弾け、土塊を撒き散らし。さやか(杏子)もその余波を受け、仁美を手放し吹き飛んだ。

碌に動かない身体では受け身も取れず。背中を打ちつけた痛みを堪え身を起こせば、空に仁美の首筋にあるものと同じ紋章が浮いていた。

 

魔女の結界――その入口だ。

 

 

(……やっぱ、あの女は使い捨てか)

 

 

ちらりと目だけで仁美を見れば、未だ朦朧とした状態のまま力なく倒れていた。

 

……他者を囮として利用し、敵に抱き着かせるなり気を引くなりしてその場に釘付け、纏めて屠る。

幻惑魔法を封印する前の佐倉杏子が、分身を用いてよく使っていた戦法だ。

 

そんな己の残滓の残る行動に皮肉気な笑みを浮かべていると、地に突き立っていた槍刃が空へ溶けるように消え去った。

不意打ちが失敗した事を察したのだろう。同時に結界の入り口がゆっくりと薄れ始め、武旦の魔女がこの場から逃げ去りつつある事が察せられた。

 

 

(向こうも向こうで、あんま無茶できる状態じゃねーな、こりゃ……)

 

 

追撃や、結界に引き込もうとする動きが無いのがその証拠だ。

 

可能であれば、このチャンスを逃さず結界内部に突入し、始末を付けたいところではあった。

しかし先程の無茶な動きで精神を使い果たしたのか、身体がピクリとも動かない。

 

武旦の魔女に襲われないよう、戦意のハッタリだけは利かせているが……最早、変身する事も不可能だろう。

 

 

(……ここまで、か)

 

 

――諦めが胸裏をよぎった瞬間、また泡が弾けた。

 

自我が薄れ、散逸する。

思考能力が著しく低下し、己が誰かも曖昧になっていく。

 

佐倉杏子という存在が、完全に、終わる――。

 

 

(く……そ。せめて、この事、ほむらに……)

 

 

閉じようとする瞼を必死に開き、自我を繋ぐ。

 

結界の入り口は既に消えたとはいえ、その痕跡たる魔力は残っていた。

このままでは数分もせずに散って消えるだろうが――時間停止魔法を持つほむらであれば、まだ間に合う。

元々、武旦の魔女を見つけ次第呼ぶ予定だったのだ。すぐに飛んで来てくれるだろう。

 

 

(じゃねーと……後が、気が……かり、だしな……)

 

 

ここで武旦の魔女を逃がせば、奴は今度こそ傷の回復に努め、改めて復讐にやってくる。

そしてその時襲われるのはさやか(杏子)ではなく、さやかである。

 

……果たして、彼女が返り討ちに出来るかどうか。

まぁ、無理だ。100%、確実に。

 

 

(……ハ、頼りない、希望だよ……)

 

 

さやか(杏子)は小さく苦笑を残すと、最後の力を振り絞ってほむらへと意思を送り――。

 

 

 

 

――――なら。今だったら、やれるってんでしょ……!

 

 

 

 

(……あ?)

 

 

ブツン、と繋がりかけたテレパシーが断たれた。

 

そしてそれを疑問に思う前に、さやか(杏子)の意思を無視して腕が持ち上がり、ソウルジェムの指輪を前に翳し――発光。

魔力による閃光が身を包み、一瞬の後に纏う衣装を変えていた。

 

――言うまでも無く、魔法少女の装いだ。

 

 

(な……)

 

 

一体、何が起きた。考えようとするものの、上手く頭が回らない。

 

そうする内にもさやか(杏子)の身体は勝手に動き、倒れたままの仁美を抱えると、ベンチの上に横たえた。

 

 

「……さ……か、さん。私……ご、め……」

 

――…………。

 

 

そうして朦朧とする仁美の頭を軽く撫で、さやか(杏子)の身体は迷いを振り切るように空を見上げる。

そこは先程まで、武旦の魔女の紋章が浮いていた場所だ。

 

さやか(杏子)の身体は何も言わず、目を細め――徐に刀剣を生み出したかと思うと、力の限り投擲。漂う魔力の残滓を切り裂き、結界の入り口をこじ開ける。

 

 

(……おい。ま、て――)

 

 

引き留めるが、しかし身体は応えない。

さやか(杏子)は再び生み出した刀剣を両手に構え、地を蹴って。

意識と身体の噛み合わないまま、結界の中へと突入して行った――。

 

 

 

 




『志筑仁美』
何ともタイミングの悪い、常識的な女の子。さやかと恋愛勝負する事を望んでいるが、関係を壊したくも無い微妙なお年頃。
なお恭介はヴァイオリン一筋で女の子を意識した事が無いので、先に告白した方と付き合うというベリーイージーモードだったりする。
なので正々堂々さやかに先手を譲った場合、自動的に負けが確定する。かませやんけ!
実は結構惚れっぽく、恭介への恋を諦めると展開次第でほむらにも惚れる事がある。


美樹さやか(佐倉杏子)
現在の比率は杏子が3、さやかが7くらい。そろそろ言語機能にも影響をきたし始めているようだ。
仁美とさやかの関係に亀裂が入らないか、ヒヤヒヤしながら欺いた。


『武旦の魔女』
自身を傷つけたほむらに怯え、全力で息を殺していた。
しかし街中をうろつく憎きさやか(杏子)を発見。隠れがてらに隙を窺っていたが、仁美を見て『これだ!』と思ったようだ。
身体は未だ穴だらけ。50%の力が出せたらいいとこである。おのれほむらァ!



ゲーム版のはっちゃけほむルート仁美ちゃん、いいよね。
明日くらいにもう一話投稿します。


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23話 ……ああ、安心した

――結界内部。深い深い、霧の中。

首無しの馬にまたがる武旦の魔女は、その蝋燭頭を激しく盛らせ、歪な世界を駆け抜ける。

 

無暗矢鱈と長槍を振り回し、通りがかりにあるもの全てを破壊して。まるで、癇癪を起こした子供のよう。

表情こそないものの、酷く苛立っている事がよく分かる。

 

 

『――ッ』

 

 

唐突に魔女が呻き、胸部を抑えた。

指の隙間からは幾本もの黒い筋が流れ、石畳に染みが落ちる。前日に受けた傷から溢れるものだ。

 

 

『――ク繝ヌ繝ム繧……ッ!』

 

 

――失敗した。

 

絶好のチャンスだったというのに、青い魔法少女を仕留める事が出来なかった。

この身を苛む傷により、不意打ちの刃を鈍らせてしまったからだ。

 

魔法少女達――特に黒髪の魔法少女――に気配を悟られないよう結界内に引き籠り、潜伏を徹底していたのだが、やはり人を喰わねば回復は遅いらしい。

一晩経っても引かない痛みが蝋燭頭へ赫怒を注ぎ、一層激しく燃え盛る。

 

……全身に穿たれた、無数の銃創。

それを刻んだ者は件の黒髪の魔法少女であったが、しかし武旦の魔女はそちらでは無く、青い魔法少女にこそより大きな殺意を抱いていた。

 

――分かるのだ。あれは、かつて己だった存在が残したものだ。

 

見ているだけで酷い憎悪が湧き出し、殺し尽くしてやりたいという衝動が身を焦がす。

あれを残し置いてはならない。この手で消し去る事で、己はようやく始まる事が出来る――理屈では無く、本能の部分でそう感じていた。

 

 

『――……ッ』

 

 

最後に一度、槍で強く床を叩いた。それは八つ当たりであると同時、首無し馬への号令だ。

武旦の魔女は再び走り出した馬に身を預け、他の同類よりは多少回りの良い思考を巡らせる。

 

……一度不意打ちに失敗した以上、二度目のチャンスは無いだろう。

ならば今は撤退し、傷の回復に努めよう。一度この街を離れ、安全な場所で人間を喰らい、鋭気と魔力を蓄えるのだ。

そして万全の状態になった時、今度こそ、確実に、あの青い魔法少女を殺す。そう決めた。

 

武旦の魔女は屈辱に肩を震わせながら、己を結界ごと移動させ――。

 

 

『――――!?』

 

 

その時、結界が大きく揺れた。

 

霧が波打ち、色の無い衝撃波が身を襲う。

一体何が起きた――考えかかけ、すぐに気づいた。

 

――何者かが、強引に結界をこじ開け侵入したのだ。

 

 

『辜レ簸、駁サ啝――!!』

 

 

そして今、それを行う者は一人しか考えられず。

武旦の魔女の蝋燭頭が、瞬時に炎を吹き上げた。

 

 

 

 

 

 

走る。走る。走る。一筋の青い閃光が、充満する霧中を疾走する。

 

延々と続く石畳を踏み砕き、立ちはだかる女官姿の使い魔を両の刀剣で切り捨てて。

逃げも隠れもせず、真正面から強引突破。

それはかつてこの世界を踏破した者とまるで真逆の方法ではあったが、勢いだけは彼女を上回っている事だろう。

 

――結界内に侵入を果たした、美樹さやか(佐倉杏子)。その猛進である。

 

 

(お、い……いい加減、止まれって、このバカ……!)

 

 

しかし身体とは反対に、その内側は酷く歪な状態だ。

 

希薄になる杏子の自我に対し、芯の入った行動をするさやかの肉体。

何度引き留めようとしても、さやかの身体はそれを無視して走り続け、まったく言う事を聞かない。

さやかの意識側からの反応もなく、完全な暴走状態に陥っていた。

 

 

(ああもう、寝ぼけてんのか、こいつ……!?)

 

 

気を抜けば千々に乱れる自我を必死に保ち、身体を止める方法を考える。

 

幾ら武旦の魔女の傷が癒えていないとしても、流石に今の状態で討伐できるかどうかは怪しい所だ。

テレパシーも繋ぐ端からすぐに切れ、ほむらを救援に呼ぶ事も出来ない。このままでは、下手をすれば返り討ちに遭い――守ったその手でさやかを殺す(・・・・・・・・・・・・・)という笑えない結末になるかもしれない。

 

それだけは絶対に避けねばならない。ならないのだが、

 

 

(くそ! 何もできねぇ……!)

 

 

最早、眼球すら震わせられない今、一体何が出来るというのか。心の中で頭を抱えた。

 

 

(……どうする、どうする、どうするっ――!)

 

 

焦るものの、今となっては冷や汗すら流せず。

固定された視界の中、ただ深い濃霧を見つめ続けるだけで――。

 

――その時。彼女の視界右端で、僅かに霧が揺らめいた。

 

 

(――右だっ!)

 

「――っ!」

 

 

咄嗟に呼びかければ、さやか(杏子)の身体は大きく前傾。

倒れる寸前にまで身を屈め――瞬間、旋毛の上を巨大な刃が通過する。

 

明らかな殺意を以て放たれたそれは、さやか(杏子)の髪先を掠め、背後へと流れ去り。

続く槍柄の根元を見れば、巨大な影が霧に紛れて立っていた。

 

盛る炎を隠さず、煌々と霧闇を照らす蝋燭頭――疑うべくもない、武旦の魔女の姿だ。

 

 

(出やがったな……!)

 

 

わざわざこんな所まで駆け付けるとは、相当に憎まれているらしい

瞬時に戦闘姿勢を取らない身体をもどかしく思いつつ、その一挙手一投足を見逃さないよう注意を配る。

 

しかし魔女はまたも不意打ちを外した事に相当苛立っているようで、一度大きく蝋燭頭を猛らせると、すぐに霧の中へと姿を消した。

この場から逃げた――などと気を抜く程、楽観的にはなれない。

 

さやか(杏子)の身体もそれは分かっているのか、少し遅れて警戒態勢。数多の刀剣を周囲に突き立て簡易的な盾とし、両手の刃を静かに構えた。

 

 

(……おい。ホントは、もう起きてんだろ?)

 

「…………」

 

 

その最中、杏子の意識はさやかへ向けてそう呟く。

これまでと同様、返事は無い。しかし杏子には、さやかが既に意識を取り戻しているという確信があった。

 

 

(さっき避けた時、反応したろ? バレバレだよ、このダイコン)

 

「んぐっ……、……」

 

 

やはり言葉は無かったものの、図星を刺されたように息を詰まらせた。演技の才能は無いようだ。

 

ともあれ。理由はともかく、現状の暴走がさやかの意思で行われているのならば、まだどうにかなる。

壊れかけの自我の裏で、杏子は安堵と怒りの入り混じる溜息を吐いた。

 

 

(……とにかく、さっさと逃げな。今なら、まだ間に合う――)

 

「――うっさいッ!」

 

 

杏子の声を遮り、さやか(杏子)の身体が――否、さやかが大声を発した。

同時に死角から槍刃が放たれるが、咄嗟に刀剣を振り回し迎撃。甲高い金属音が響き、差し込んだ一本を犠牲に刃をいなす。

 

 

(……お、い。あんた……!)

 

「この魔女はっ、今……あたしがここで倒すんだっ!!」 

 

 

その叫びと共に、もう片方の刀剣を槍刃の放たれた方角へ向け、鍔裏のトリガーを引いた。

しかし射出された刀身は容易く躱され、武旦の魔女は再び霧の中へと沈む。直後に刀身が爆発し霧を吹き飛ばすも、そこには既に何も無い。

 

 

「んのっ……全身穴だらけって話じゃないの!?」

 

(そうだよ。だから、あんたでも凌げてんだ)

 

「っ……」

 

その返答にさやかは強く歯を食いしばると、手近に刺さる刀剣から手当たり次第に投擲、爆破する。

数多の爆風が連続し、立ち込める霧を爆炎の中に散らすものの……その隙間に残る霧の濃い場所から、またも槍刃が飛来した。

 

 

「よしっ!」

 

 

しかしそれは、さやかの狙い通りではあったようだ。

 

今度はしっかりと刃を合わせ、不格好ながらも下方へ受け流し。石畳を削る槍の柄を半ば転がるようにして、魔女へと接近。

そのまま回転の勢いを乗せ、一息に魔女の蝋燭頭を裁断し――直後、さやか(杏子)の身体もまた、大きく裂かれた。

 

 

「ガッ!?」

 

(さやかっ!)

 

 

激痛。後、血飛沫。

右乳房から左の脇腹にかけ裁断され、吹き出した大量の血液が霧に舞う。

 

 

「ご、ぼ……何でっ……!」

 

 

混乱が頭の中を支配する中、目前に立つ魔女の身体が、斜めにずれた。

既に頭部の無い上半身が滑るように地に落ち……その背後に立つ大きな影を露にする。

 

――それは大槍を振り切った姿勢の、武旦の魔女。

まんまと囮の分身にひっかかり、諸共身体を切り裂かれた――そう考えが至った瞬間、武旦の魔女は槍を逆手に持ち替え、トドメの一撃を繰り出した。

 

 

「ぐ――ぁ、あああッ!!」

 

 

咄嗟に片手の刀剣を爆破させ、その場から吹き飛ぶ形で回避する。

 

数本の指が千切れ、肌が焦げ。何度も石畳を転がった。

爆音と激痛、そして回転により平衡感覚すら失い、さやかの意識が遠のきかける。だが。

 

 

(――負けないッ……!)

 

 

気合一発。

さやかは大きく目を見開くと、刀剣を地面に突き刺し体勢を整え、同時に治癒魔法に全魔力を注ぎ込んだ。

途端、裂かれた肉が盛り上がり、失った指が生え揃い。重傷だった身体が、無傷に等しい状態にまで巻き戻る。

 

……とはいえ、精神的な負担は如何ともし難いようだ。

膝をつき、血の気の失せた青い顔で大きく嘔吐く。すると気道に詰まっていた血液が零れ、石畳を濡らした。

 

 

「げ、ほっ……はぁっ、はっ……!」

 

(……もう分かったろ。アレの相手は、あんたにゃまだキツイ)

 

「だから、うるさいっ!」

 

 

杏子の言葉に反発し、さやかは再び刀剣を握り、立つ。

しかしその足取りは頼りなく、痛みへの恐怖に震えていた。

 

明らかな虚勢を張り続けるさやかに、杏子の舌打ち――無論、敢えて聞かせる為の物――が大きく響く。

 

 

(いい加減にしろよ! 早く、ほむらを呼べ。それが一番なんだって……!)

 

「……だとしても。これは……これはっ、あたしがやんなきゃダメなの!」

 

(くそ、聞き分けがねぇな……! 何でそんなムキに――)

 

 

「――だって、あんたにしてやれる事、それしか無い……っ!!」

 

 

――隙を突いて放たれた槍刃を弾きつつ、さやかは叫んだ。

 

 

(何……?)

 

「知ってんのよ! 魔法少女や魔女の秘密とか、あんたの今の状態とか! ついさっきまで意識は無かったけど――杏子の記憶は、ちゃんと引き継いでる……!」

 

 

さやかの心に、杏子の心が溶け込んだかのように。

杏子の過ごしたここ一日ほどの記憶が、元々自身のものであったと勘違いする程によく馴染み、経験として受け入れている。

 

……だからこそ焦り、そして恐れているのだ。

 

 

「今戦ってるのが、あんたの成れの果てだってのも分かってるの! それで……も、もう、人間に戻れないって事もっ!」

 

 

刀剣を握るさやかの手は白く握りしめられ、その結末に納得がいっていない事は明白だ。

しかし、本物の杏子から分離した存在が抱いた確信は、記憶と共に受け継がれていた。

 

 

(…………)

 

「……あ、あたしの中に居るあんたも、もうすぐ消えちゃう。なのに」

 

 

さやかの震えが止まり、その瞳を決意が満たす。

強く石畳を踏みしめ、顔を上げ。二本の刃で霧を裂く。

 

 

「今、こんな時に何も出来ないあたしなんて――そんなの、助けてくれた杏子がバカみたいじゃん……!」

 

 

瞬間、またも背後から槍刃が飛んだ。

さやかはすぐさま反応し打ち払うと、背後へと駆ける。目線の先で、蝋燭頭が燃えていた。

 

 

「杏子が命がけで残した希望が、頼りないとかザコとか……そんな風に思われたまま、終われるもんか……!」

 

(……さや、か……)

 

「あの魔女が杏子の産んだ絶望だっていうなら、あたし(希望)が絶対倒すんだっ! そんで大丈夫だって見せてあげなきゃ、あんただって――!!」

 

 

最後まで言い終える事なく、目前にまで迫った武旦の魔女へ切りつける。

その刃は先程と同じく、蝋燭頭を切り落とすべく閃き――しかし、今度はそれが成される前に、頭上の霧から槍が落ちた。

 

 

「そう何度もっ!」

 

 

さやかもそれは想定はしていたのか、咄嗟に回避。まず目前の個体を両断し、そのまま振り切った刃を上方へ向けトリガーを引き絞る。

 

射出された刀身は真上に控えた魔女を貫き、爆発。吹き飛ばされた魔女の四肢が散乱するが……すぐに薄れ、掻き消えた。

 

 

(また分身――、っ!?)

 

 

さやかの背筋に悪寒が走り、反射的にその場から跳び退いた。

直後、それまで立っていた場所を槍の刃が通り――同時に黒鉄の蹄がさやかを強烈に打ち据える。魔女の乗る首無し馬の脚が、跳んだ先から突き出したのだ。

 

何とか刀剣を盾にしたものの容易く叩き落され、地に背中から突っ込んだ。

 

 

「がっ!? い、ったぁ……!!」

 

(……ハ、大口叩いといて、そんなもんかよ)

 

 

背中の痛みと共に、杏子の嘲笑がよく響く。

さやかは強く歯を食いしばり、それを無視。濁った霧の中を睨みつつ、刀剣を杖に立ち上がり――。

 

 

(なぁ。あんたの魔法は、なにが……できるん、だっけ……?)

 

「……何、急に」

 

 

唐突な問いに、思わず怪訝な表情を浮かべた。

杏子はそれに返さず、無言のままで答えを待つ。

 

 

「……、……知ってんでしょ。傷を治す魔法よ」

 

(じゃあ、つかいなよ。それ)

 

「は? いや、さっき切られた時も使ったでしょうが」

 

(そうじゃ、ねーよ。たたかうことにも、つかえ……ってんだ……)

 

「……杏子?」

 

 

いつの間にか、胸裏に響く声は弱々しいものとなり、端々が聞き取れない程となっていた。

されど杏子は変わらず、言葉を続ける。

 

 

(あんたには、経験も、小手さき、の……ぎじゅつも、ない。だったら、あるもの、めいっぱい……つかわねー、と……)

 

「ねぇ、よく聞こえない。やだ、まだ頑張ってよ、杏――」

 

(――はしれっ!)

 

「っ!」

 

 

轟音。号令に従い地を蹴れば、すぐ背後に大槍が突き刺さった。

しかし刃はそれで止まらず、ガリガリと石畳を削りながら、恐ろしい速度でさやかを追跡。肉薄する。

 

 

「や、ばっ……!?」

 

(そら、もっと身体、強化しな。限界、超えて……魔力、そそいで……)

 

「何言ってんの!? そんな事したら――……」

 

 

文句を叫ぶ最中、何かに気づいたかのように目を見開く。

そしてほんの一瞬逡巡するも、すぐに覚悟を決め、懐からグリーフシードを取り出した。

 

……かつて杏子から渡された、それ。さやかの目から、恐怖が薄れた。

 

 

「……こうなったら、何だってやってやるわよっ!!」

 

 

グリーフシードをソウルジェムに押し付け、魔力を浄化。

続いて限界を超えた魔力を肉体に注ぎ込む。

 

 

「あ、ぐぅ……!?」

 

 

途端、全身に引き裂かれるような痛みが走る。

筋力や感覚を何十倍にも引き上げられるその強化は、例え魔法少女の肉体であっても耐え切れるものでは無いのだ。

 

しかしさやかは唇を噛み、我慢して。そして足裏で石畳を削りつつ振り返り――目前にまで迫った刃に、思い切り刀剣を打ち合わせた。

 

 

「うぐ、く――ぅあああああああああッ!!」

 

 

――バキン。音が三つ、鳴り響く。

 

自身の腕と、刀剣と、そして槍刃。

魔法により常軌を逸した膂力が、それら全てを分け隔てなく破砕したのだ。

 

 

「――ッ痛ぅ……!」

 

 

しかし、自身の腕は魔法によってすぐに再生。

2、3度腕を振り動作を確認すると、今度は思い切り地を蹴り出した。石畳と共にふくらはぎが弾け飛び、爆発的に加速する。

 

 

「あぎっ!?」

 

(……わる、いな。実力、埋める方法……この無茶、しか……)

 

「っぜ、全ッ然平気だけど!? 取り越し苦労もいいとこだっつーの!!」

 

 

嘘だ。気を抜けば、気絶してしまいそうだった。

 

一歩踏み出すたびに、どこかの肉が弾け、腱が切れる。

強化に強化を重ねた身体が、大きな悲鳴を上げている。

 

 

(でも、あたしの魔法なら、いけるっ!)

 

 

そうして崩れ続ける身体を治癒の魔法で無理矢理に保ち、動かして。

槍が壊れ、呆然とする武旦の魔女へと突貫し、反応すら許さない速度で以て真っ二つに切り裂いた。

 

 

『儺、轜ッ……!?』

 

 

当然ながらそれも分身だったが、武旦の魔女に驚きは与えたようだ。

小さな驚愕がどこからか落ち――膂力と同じく大幅に強化された聴力が、それを捉えた。

 

――右斜め上空。空に浮かぶ、カンテラの先。

さやかは深く身を屈めると、勢いよく身を跳ねさせる。ぶちぶちと、身体の中で音がした。

 

 

(……霧。流れを、よくみな……少し、ゆらめ、く……)

 

「っ、うん……っ!」

 

 

杏子の声は、最早ホワイトノイズのように小さく、弱く。

さやかは決して聞き逃さず、一言一句を心に留め、刻み込む。

 

――杏子からの教えを受けるのは、これが最後なのだから。

 

 

「――見つけたっ!!」

 

 

杏子の言う通り、霧の一部が僅かに揺らぎ、不自然な波を作り出していた。

 

さやかはすかさず刀剣を生み出すと、全力で投擲。

刀剣は衝撃波すら纏う速度で飛翔し、揺らいだ霧の付近で爆発する。

 

異常な速度を乗せた爆風は周囲の霧を吹き払い、乱れる衝撃波が渦を巻き――そうして一瞬だけ生まれた空白地帯に、武旦の魔女は立っていた。

 

 

「――!」

 

 

――あれが、本体だ。

 

そう直感した瞬間、全力で石畳を蹴り割った。

足の腱を犠牲に急加速し、構えた刀剣を振りかぶる。

 

 

『刳ン麝練ェッ!!』

 

 

しかし今度は武旦の魔女も反応し、周囲に分身を生み出し突撃させる。

激しい憎悪を纏った無数の槍刃が閃くが――動体視力、そして思考速度すら強化された今のさやかにとって、それらは酷く遅いものと映った。

 

 

(分身、あたしは13……が、げんかい、で……、……)

 

「……魔女も同じって事ね」

 

 

強く頷き、刃を薙ぐ。

 

1体目を袈裟に切り捨て、2体目を刺し貫き。

すれ違いざま、3体目に生み出した大量の刀剣を突きさすと、簡易的な爆弾として利用。分身の群れの中に投げ飛ばし、複数纏めて始末した。

 

 

(あと5つ……!)

 

 

9体目と10体目を両足と引き換えに蹴り殺し、11体目を縦に割る。

そして立ちはだかった12体目の胴を突き通り、残るは逃げようとしている本体と、それを守るように立つ13体目のみ。

 

またも折れた腕を再生しつつ、銀の刃を振り下ろす。

しかし分身は巧みに槍の刃先を合わせ、その一撃を受けきった。

 

 

「くっ……邪魔っ!」

 

 

時間をかけては、本体に逃げられる。

さやかは治る端から壊れ続ける腕の痛みに耐えながら、今はひとまず本体を追うべく13体目を遠くへ弾き飛ばし――。

 

 

「――なんて、ねっ!」

 

『、譌ッ――!?』

 

 

唐突に、降り落ちた刀剣がその身体を貫き、その場へと縫い付けた。

分身であれば、確実に消滅するであろう傷だったが――しかし、13体目が消える気配は無い。

 

――脆い幻惑ではない、実体。つまりは、こちらこそが本体だ。

 

 

(ハ……わかってん、じゃん……)

 

「……よく見て、よく考えろ。覚えてるわよ」

 

 

呟きつつ、本体の振りをしていた最後の分身に刀剣を投げ、爆破。

 

これでもう、武旦の魔女を遮る物は何も無い。

さやかは刀剣の先を魔女へ向け、揺らめく波紋に魔力を通す。鋼の上で、青き燐光が踊った。

 

 

『彌、蟆ィ……!』

 

 

必殺の魔法(マギア)が、来る。

 

魔女は己に突き刺さった刀剣を引き抜き離脱を図るものの、次の瞬間には新たな刃が降り注ぎ、より強く張り付けられた。

 

そうして、さやかは深く身を沈め。捻る刃が、斬るべき敵を見定めて――。

 

 

「……っ」

 

 

……刃先が、僅かに震えた。

 

今まさに踏み込もうとしていた一歩が、動かない。

脳裏に杏子の憎たらしい顔が幾つも浮かび、決して小さくない迷いが心を揺らす。

 

本当に、どうしようもないのか。

杏子はもう、戻らないのか。

 

猜疑。躊躇い。或いは未練。

そのようなものたちが、さやかの決意を鈍らせるのだ。

 

――けれど。

 

 

『――いきなよ』

 

「ッ!!」

 

 

――背中を、そっと押された。

 

それが、記憶の中の声なのか。それとも、今まさに胸裏に響いた声なのか。

判別は付かなかったが、どちらであっても変わらない。

 

刃の震えはぴたりと止まり、澄んだ覚悟を取り戻す。

 

 

「……負ける、もんか……ッ!!」

 

 

石畳が破裂し、さやかの姿が掻き消えて。一瞬の後には既に武旦の魔女の前に現れ、下から上に切り裂いた。

刃先に纏う魔女の血が宙を昇り――すぐに下方へ流れ弧を描く。

 

 

「りゃぁぁぁああああああああッ――!!」

 

『厭巍ィャ驤ァ媾擧ィ!!』

 

 

そうして振り下ろされた刃に続き、無数の剣閃が走る。

青い魔力が水飛沫のように帯を引き、魔女を刻んだ。

 

 

『    』

 

 

「!」

 

 

斬撃の最中。また、声を聴いた。

咄嗟に胸裏に呼びかけるも、最早、返事は無く。

 

 

「っ……まだまだ、こんなもんじゃないわよっ!!」

 

 

跳躍。

一度大きく距離を取り、刃を突き出し突貫の構え。

 

狙うは当然、満身創痍の武旦の魔女。

足元から浮き上がる魔力の水泡越しに、その心臓の位置を見た。

 

 

「今ッ――!!」

 

 

うねる魔力が激流と化し、さやかの身体を包み込み。

閃く刃の軌跡に沿って、水龍の如く飛翔する。

 

――プレスティッシモ・アジタート。

 

武旦の魔女は成す術も無く必殺の魔法(マギア)に呑まれ、またがる馬共々に両断された。

身体の破片や、吹き出す黒の血液すらも波に溶け、魔女の全てが流れて消える。

 

 

 

 

 

――そして、蝋燭頭の灯が消える、その間際。

 

 

穏やかに笑う杏子の顔を、弾ける泡の向こうに見た。

……そんな、気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――見たか、本気のあたし!」

 

 

魔女の結界が、消える。

主を失った世界が崩れ、元の公園の姿を取り戻していく。

 

霧が晴れ、木々が伸び。延々と続いていた石畳も剥がれ、見慣れた現実世界へと早変わり。

途端、強い風がさやかの顔を叩き、思わず顔を手で覆った。

 

 

「わぷっ……っと、そっか。風が強いの忘れてた」

 

 

激しくはためくマントに眉を顰め、魔法少女の装いを解く。

 

とてつもない疲労感が身を襲うものの、倒れる時は今ではない。

慌てて辺りを見回すと、すぐに近くのベンチに近寄り、寝かせていた仁美の無事を確認。

未だ気を失ったままの彼女の身体には傷の一つも無く、安堵の息を吐き出した。

 

 

「……見てない間、使い魔とかに襲われてなくてよかったぁ。あれ、元があんたならさ、サイアク人質とかイヤらしい作戦取られてたかもしんないし」

 

 

努めて明るい口調で己の胸に話しかけるが、返事は無かった。

しかしさやかは表情を変える事もなく、静かに掌を握りしめる。

 

 

「っ……それにしても、さっきのあたし、凄くなかった? こう、超早くて、強くて……」

 

 

仁美の傍に腰掛けながら、剣を振るジェスチャー。

当然、それを見る者は居らず、風の吹き荒ぶ音だけが虚しく響く。

 

 

「あんたもさぁ、あんな手があったなら、もっと早くに教えてくれたってよくない? 確かにちょっと……嘘、めっちゃ痛かったけど、あんなの、全然へっちゃらだし……」

 

 

段々と、声音が萎む。それに伴い自然と首が下を向き、握った掌が視界に入った。

その強く固められた指の隙間に、黒い何かがちらりと覗く。

 

……さやかの視界が、ぼやけた。

 

 

「……見てた、でしょ。あたしだって、ちゃんとやれたよ。あんたの希望は、頼りないザコじゃなかったよ……?」

 

 

最早、最初の明るさは見る影もない。

ゆっくりと掌を開くと、そこには黒い陶器が乗っていた。

 

――武旦の魔女のグリーフシード。

 

かつて、杏子の魂だったものにして、先程の戦いにおける戦利品だ。

 

 

「ねぇ、何か言ってよ。ホントはまだ居るんでしょ? あんたの事だから、返事が面倒だとかで、無視してるだけで……」

 

 

ぽたりと、その表面に水滴が落ちた。

さやかは再びそれを握りしめると、大切に胸へと掻き抱く。

 

固く、冷たい。しかしさやかは、そこに確かな温もりを感じて。

 

 

「……杏、子っ……――」

 

 

それきり、言葉は途切れ。

後にはただ、たった一人の嗚咽が響くだけ。

 

 

 

――……ああ、安心した――。

 

 

 

……先の斬撃の最中に聞いた、その声が。

さやかの胸に、いつまでも、いつまでも残り続けていた。

 

 

 




『美樹さやか』
友に報いる為、かつての友だったものを討つ。
この時間軸では、それが魔法少女として初めて討伐した魔女となった。


『佐倉杏子』
本物の彼女は既に消滅していたが、その意思は確かに安らぎを得た。
この時間軸では、完全に退場する。


『武旦の魔女』
もし傷の治癒に専念していれば、杏子の意識が消えたさやかなど容易く葬る事が出来た。
憎しみに囚われた結果死に至った構図は、奇しくも杏子のそれと似通った物だった。


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24話 さて、どう応えてあげましょうかね

今朝、未明。

風見野市にて、一人の少女の遺体が発見された。

 

その遺体は、隣町付近に放置された廃教会の前に横たえられていた。

通りがかりの近隣住人がすぐに救急へ連絡したが、その場で死亡を確認。しかし外傷や薬物が用いられた形跡は無く、死因を特定する事は出来なかった。

 

身分証の類も所持しておらず、身元の判明すら危ぶまれたが――上着のポケットに氏名らしきものの書かれたメモがあり、そこから少女の素性が判明する事となった。

 

……数年ほど前。遺体の発見された廃教会には、とある神父が勤めていた。

いつしか彼は教義に外れた教えを説くようになり、破門。最後には、一家心中という悲惨な結末を迎えたのだが……唯一、長女の行方だけが判明していなかったそうだ。

 

そう――今回遺体で発見された少女こそが、件の長女であった。

 

警察は殺人と自殺の両面から捜査を開始し、ワイドショーでも散々に騒がれたものの、その足跡が明らかになる事は無く。

結果として捜査自体も打ち切られ、遺体は彼女の家族が眠る墓地へと共に埋葬された。

 

一体、少女に何があったのか。真実は、終ぞ闇の中。

 

やがては人々の関心も薄れ、その記憶から消え失せていった。

 

 

 

 

 

 

「――これでよし、と」

 

 

見滝原の街より少し外れた、名も知らぬ山の中。

その中腹にある広場にて、美樹さやかは満足げに息を吐く。

 

彼女の目前には一本の樹が生えており、その枝にはしっかりと結ばれたリボンが二本。強風に煽られ、千切れんばかりに揺れていた。

 

 

「……本当に、これでいいの? さやかちゃん……」

 

「きっとね。……あーいや、余計な事をーって文句言ってるかも」

 

 

傍らに寄り添う鹿目まどかの問いかけに、寂し気な笑みを浮かべて。

さやかは棚引くリボンを――マミと杏子の墓標であるそれらを見上げつつ、背後へと振り返る。

 

そこには、風に乱れる黒髪を抑える暁美ほむらの姿があった。

 

 

「……あんたも、ありがとうとは言っとく。いちおーだけど」

 

「別に。あなた達に勝手に動かれて、妙な騒ぎになるのも嫌だっただけよ」

 

 

少し離れた場所に佇む彼女は、さやか達に目も向けずそう答えた。

バッドエンドの『印』や、クモを警戒しているのだろう。休みなく周囲に視線を走らせる傍ら、静かに鈍色の空を眺め続けている。

 

その相も変わらず友好的とは遠い態度に、さやかは小さく鼻を鳴らし。再びリボンへと視線を戻した。

 

 

 

 

――杏子が完全な死を迎えてから、一夜明け。

さやか達三人は、出来る範囲で彼女の弔いを行っていた。

 

魔女に喰われ、遺体の残らなかったマミの時とは違い、杏子の身体はしっかりとした形で残っている。

バッドエンドとワルプルギスの夜という大きな脅威は控えていたが、さやかとまどかは友人として、きちんと幕引きを行う事としたのだ。

 

……とはいえ、杏子は天涯孤独の身であり、家も無い。

当然ながら遺体の引き取り手があるかどうかも不明であり、二人はその処遇に頭を抱えた。

 

そうしてほむらに知恵を求めたところ、彼女は苦々しげに溜息を一つ。徐に杏子の氏名を手近な紙切れへ書き記すと、その上着に忍ばせて――直後、遺体の姿だけが跡形も無く消えていた。

時を止め、どこかへと運び去ったのだ。

 

突然の事に慌てたさやかが問い詰めれば、杏子のテリトリーであった風見野に放置して来たとの事だった。

 

何せ、誰も杏子の弔いに必要な情報を知らず、それを可能とする力も無いのだ。

だが、彼女の遺体が他者に発見されるよう仕向ければ、あとは通報された警察が勝手に身元を調べ、適切な処理を行ってくれる。

そして発見場所が縁の深い場所であるのなら、更にスムーズに事が済むだろう……ほむらは妙に慣れた様子で、そう言った。

 

……さやかにも、それが現状においてはそれが最善であり、杏子を家族の元に届ける唯一の方法であるという事は理解できた。

 

しかし、感情的に納得がいくかどうかはまた別だ。

全てが蚊帳の外で行われる事に、さやかは悔し気に俯き――その様子を見たほむらがまたも溜息を吐くと、懐から取り出した何かを、さやかへと押し付けた。

 

 

『これがあれば、墓を作れるのでしょう?』

 

 

見れば、黒の混じった赤い紐。

――それは杏子の遺体から抜き取ったと思しき、髪留めのリボンであった。

 

 

 

 

 

「……杏子ちゃん、ゆっくり眠れてるといいね」

 

 

ぽつり。風に乱れるリボンを眺めつつ、まどかは小さな呟きを落とす。

その目元には僅かな赤が差し込み、擦った腫れが出来ていた。

 

 

「どうだかね。マミさんの隣だし、久しぶりにお説教でもされてんじゃない?」

 

「え……マミさんと杏子ちゃんって、お友達だったの?」

 

「ああ、何か昔は二人でコンビ組んでたんだってさ。想像できないよね~」

 

「そうだったんだ……そういうの、もっとおはなし、したかったな……」

 

 

まどかが杏子と触れ合った時間は短いものだったが、それでも彼女と友人になりたいとは思っていたのだ。

今のような物騒な状況じゃなく、普通に出会えていたのなら――そんな『もしも』を考えかけ、涙の気配を感じて首を振った。

 

そしてそのまま言葉は途切れ、二人揃ってただ空を見る。

強まる風が身を冷やし、気づけば互いの肩が触れていた。

 

 

「……さやかちゃん。これから、どうするの?」

 

 

まどかが小さく問いかける。

 

 

「昨日……その、色々あってからも、まだお家に帰ってないよね。さやかちゃんのパパとママ、凄く心配してるよ……?」

 

「…………」

 

 

さやかは気まずげに唇を尖らせ、後頭部を掻く。

 

そう、前日に武旦の魔女を討伐してからこちら、彼女は未だ帰宅していなかった。

杏子が主人格であった状況のまま、ほむらの拠点に身を寄せている。家族への連絡もしておらず、携帯端末の通知は更に積み重なっていた。

 

 

「それにね……昨日から、凄く風が強くなったでしょ? さやかちゃんが帰ってこないのは、災害に巻き込まれたからかもって……警察とか捜索隊とか、色々大変な事に」

 

「わー! わー! 聞きたくない聞きたくない!」

 

 

予想よりも大事になっている状況に、さやかは耳を抑えてしゃがみ込む。

 

ワルプルギスの夜が近づいている影響か、見滝原の天候は悪化の一途を辿っている。

今日においては見滝原にある学校のほぼ全てが休校となり、生徒達に自宅待機を命じる程だ。

時間ごと風を止めるほむらの魔法が無ければ、まどかも家を抜け出しこの場所を訪れる事は難しかっただろう。

 

……そして、その最中に行方不明となっているさやかの扱いたるや、もう。

事情を知らない関係者の間では、常に悲壮感が漂っているらしい。

 

 

「うぐぐぐ……おのれ杏子め。これ、拳骨の一個や二個じゃすまないヤツじゃん……!」

 

「う、うん。だから、せめて一回おうちに帰った方が……」

 

「……や、それはダメ。全部終わるまで、帰んない」

 

 

慮りには、確かな拒否が返った。

顔を上げたさやかの目には決意が宿り、まどかはほんの少しだけ気圧された。

 

 

「家族巻き込みたくないってのもあるけどさ。今戻ったら、自由に動けなくなるじゃん? たぶん外出禁止は確実だし、そんな事になったら動きづらくてしょーがないもん」

 

「……やっぱり、殺し屋の人と戦うの?」

 

「もう、恭介が狙われるからってだけじゃないしね。まぁ……怒られるかもしんないけど」

 

 

誰に、とは言わずとも分かった。

どちらからともなく、揃って赤いリボンを見上げ――さやかの瞳に、赫怒が灯る。

 

 

「……殺すとか殺さないとか、そういうの考えてやんない。とにかく、あの綺麗な顔をパンパンに腫らしてやるんだ。杏子の分まで、ボッコボコに……!」

 

「さやかちゃん……」

 

「だから、ゴチャゴチャしたのは全部片付いた後! 帰るのも、怒られるのも、考えるのも……あと、恭介と仁美の事もね」

 

「!」

 

 

呟くように付け加えられた言葉に、まどかは肩を跳ねさせて。

恐る恐る、さやかの顔を窺った。

 

 

「……さやかちゃん。それは、その、えっと……」

 

「昨日、口づけ刻まれた仁美を助けたって言ったじゃん? そん時にまぁ、ぽろっと」

 

 

気恥ずかしげに頬を掻くその表情には、負の感情は見えなかった。

それどころか、安堵の混じった穏やかなものだ。

 

 

「結局、気絶したまんま家の前に寝かせてきたから、まだちゃんと話せては無いんだけどさ。でも多分、本音なんだろうなって」

 

「……うん。私も、何となくそうなんじゃないかなとは思ってた」

 

「えー、じゃあ言いなさいよー……って、そりゃヒドい話か」

 

 

親友二人が、同じ人物に懸想する。ある意味では、外から見守る事しか出来ないまどかこそが、一番心労の嵩む立場だろう。

さやかは意地の悪い笑みを浮かべつつ、樹の幹に背を預け。

 

 

「……何だろ。恭介が取られちゃうって焦りも無いって訳じゃないけど、それ以上に安心のが強い、かな」

 

「安心?」

 

「うん。こんな状況だと、恭介の事を想ってくれてる人が他にも居るって、何か心強いっていうか……うーん、どう言えばいっかな」

 

「……っ」

 

 

それはポジティブな言葉であったが、まどかには不穏が感じられた。

 

まるで、これから自分が上条の傍から居なくなる事を予期しているかのような。そんな錯覚。

思わず引き留めるようにさやかの腕に抱きつけば、彼女は驚き、苦笑した。

 

 

「いやそんな『だから死んでも大丈夫』みたいな事じゃないって。仁美とは後でキッチリ修羅場るつもりだからさ。心配しないでよ」

 

「……それはそれで、別の心配があるんだけど……」

 

「いやー、ああ見えてあの子アホみたいに強いからね~。逆にボコられちゃうかも」

 

「どういう修羅場を想定してるの……?」

 

 

シャドーボクシングをするさやかの姿に気が緩んだのか、まどかも僅かな笑みを漏らす。

そうして互いに笑い合い、柔らかな空気が二人の間を包み込む。さやかの愛する、日常の一幕だ。

 

最早非常に貴重なものとなってしまったこの時を、さやかは強く心に刻み――今は指輪の形を取っている己の魂を、そっとなぞった。

 

 

(……うん。これも、今はいい。あたしはただ、前を向く――)

 

 

杏子の記憶によれば、今この肉体は死人に近い状態となっているらしい。

それはとても辛く、悲しく。ともすれば叫び声を上げそうな程に、怖い事だった。

 

……だが、同時に。この身体と魂は、杏子が命を賭して守り、遺した希望でもある。

 

それを思えば、己を卑下する事など出来はしないのだ。

例えゾンビであろうが何だろうが、杏子の希望として相応しくあらねばならない。故に。

 

 

「――バッドエンドも、何とかの夜も全部たおーす! そして帰って、仁美にも勝ーつ!」

 

「えっ、わぁ!?」

 

 

赫怒とは異なる炎が瞳の奥で燃え盛り、滲む涙を焼き払う。

 

その視線の先には、風に暴れるリボンが二つ。

さやかは徐にまどかと手を繋ぐと、困惑する彼女と共に勢い良く拳を突き出した。

 

 

 

 

 

 

(……随分と、簡単に言ってくれるわね)

 

 

……背後から強風に乗って届く、宣言。

その身の程知らずとしか言えない内容に、ほむらは人知れず眉を顰めた。

 

 

(あなたがまともに戦えるようになった程度で、あの魔女が倒せるのならば。私はとうの昔に、この終わりのない迷宮から抜け出している)

 

 

これまで繰り返したワルプルギスの夜との戦いでは、マミと杏子が揃った上で無様に敗北を喫したケースも数多い。

彼女達が居ない今、未熟なさやかが多少強くなった所で、何も変わりはしないのだ。

 

 

(バッドエンドだって、そう。全力の杏子でも勝てなかった相手に、付け焼刃で傷をつけられるかどうか……)

 

 

正直に言って、まともにやり合えるかどうかすらも危ういと言わざるを得ない。

 

とはいえ、現状では数少ない戦力である事もまた確か。

さやかの力に期待する以外の選択肢は無く、苛立ち混じりの溜息が落ちた。

 

 

「…………」

 

 

また、空を見る。

 

空を流れる雲は早く、吹き付ける風はほむらの髪を大きく乱す。

それは記憶に残る同じ時期の景色――多くの時間軸で見たそれよりも、幾分か勢いの強いものだった。

 

 

(……やはり、そうだ。ワルプルギスの夜が、予想よりも速く移動している)

 

 

先程から何度も確認し、何度も記憶を精査した。

だが間違いない。このままでは、明日か明後日には見滝原の街に襲来するだろう。

 

同様の事は、これまでの時間軸でも何度かあった。

幾ら舞台装置の魔女といえど、本能に忠実な性質は他の個体と変わらない。故に、外部から何らかの刺激を受けた結果、行動パターンを変える事がままあるのだ。

 

おそらく今回もその類なのだろうが――間が悪いにも程がある。

 

二つの敵は強大だというのに、こちら側の戦力はもとより、時間までもが削られる始末。

考えれば考えるほど、困難極まる状況に眩暈がした。

 

 

「…………」

 

 

……しかし、暁美ほむらが暁美ほむらである限り、逃避や諦観はあり得ない。

 

全ては、愛するまどかを救う為。

例え希望が無いと分かっていようと、前を向き続けなければならないのだから。

 

……それはさやかの抱いた覚悟とよく似ていたが、本人達にそれを知る術はなく。

 

 

(もう、躊躇っている暇はない……か)

 

 

ほむらは乱れる髪をかき上げると、片手に盾を出現させ、金属の塊を取り出した。

 

――ほむら達の監視の為、街に撒かれたクモ。その一体。

魔法による支配で機能停止している銀の身体に、昏い瞳が反射した。

 

 

 

 

 

 

――重傷を負い、昏睡状態に陥っていた保澄雫が目を覚ました。

ホンフーにその報せが届いたのは、つい先ほどの事だった。

 

 

「――それで、彼女の容態は?」