ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− (春風駘蕩)
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第0話〝ROMANCE DAWN〟

主人公のイメージCVは田村ゆかりさんです。


「――俺の財宝か? 欲しけりゃくれてやる。探してみろ、この世の全てをそこに置いてきた」

 

 死刑台の上で、死を目前にしながらも笑ってみせたその男、世界最悪の犯罪者〝海賊王〟ゴールド・ロジャー。

 彼が放った一言は、全世界の男たちを海へと駆り立てた。

 力こそが正義、荒くれ者共が暴れまわる大海賊時代の幕開けである。

 海賊王の処刑から22年の時がすぎた現在でもその興奮は醒め遣らず、腕に覚えのある者たちは海で冒険に挑み、力無き人々は海賊たちの暴力に怯え、世界は未だ混沌の最中にあった。

 そんな時代に一人、あまりにも無謀で大きな夢を抱いて、最弱の海と呼ばれる東の海(イーストブルー)から飛び出した少年がいた。

 その名を、モンキー・D・ルフィ。

 

 しかし、その隣にはもう一人同行者がいた。夢に命をかける無謀な少年の行く末を見届けるため、〝彼女〟もまた荒くれ者たちの海へと挑む。

 その名を、アイザック・エレノア―――。

 

⚓️

 

 広い広い海原を、一艘の小舟が漂っていた。

 遠くからみれば木片にしか見えないであろうその小舟の上には、二つの人影が見える。

 その片方、赤いシャツに半ズボンを纏い、そして麦わら帽子を被った青年が、心地よさそうに小舟の先頭から海と空を眺めていた。

 無謀にも海を小舟で進んでいるこの少年の名はモンキー・D・ルフィ。海の危険など知ったことかと言わんばかりに笑顔を浮かべた彼は、ぐんっと背筋を伸ばして気の抜けた声を漏らした。

 

「いんやぁ〜、気持ちのい〜い日だ。絶好の航海日和だな〜!」

「……よく呑気に笑っていられるね」

 

 ケラケラと笑って青い空を見上げるルフィに、小舟の後ろに座っているもう一人の船員(クルー)が、可愛らしい声で非難がましい意見をぶつけた。

 その姿は、なかなかに奇妙だった。全身をすっぽりと覆うフードがついたマントに身を包み、青い目以外の顔の部分は全く見えない。背丈はルフィの半分程度しかなく、声を出さなければキノコの置物ぐらいにしか見えなかった。

 明らかに不機嫌そうな同乗者に、ルフィは何を怒っているのかと不思議そうに眉を寄せて振り向いた。

 

「なんだよ、エレノア。こんな気持ちのいい天気なのによ〜。何に怒ってんだよ?」

「うん……確かに風も天気も波も穏やか、絶好の航海日和で昼寝でもしたら最高だろうね。……でもさ」

 

 フードの奥の青い瞳をギラリと光らせ、エレノアと呼ばれた船員はくいっと傍にあった袋を持ち上げてみせた。

 しわくちゃになったその袋の口からは、芯だけになったリンゴが一つだけコロンと転がり落ちた。このリンゴの残骸こそ、彼女の不機嫌さの原因である食料の現状であった。

 

「どういう神経をしていたら一週間分の食料を3日で食い尽くしちゃうのかな君は……?」

「あ、ヤベェ本気でキレてる」

「当たり前だ‼︎」

 

 ドカーンと噴火でもしそうな勢いでエレノアはルフィを怒鳴りつける。さっきまで陽気に船旅を楽しんでいたルフィも流石に神妙な顔で向き直った。

 

「一番近くの島まで余裕でたどり着ける量だったんだよ本当なら‼︎ それをなんで予定の半分以下の期間で全滅させちゃうのかな⁉︎ そんなに死にたいのかな君は⁉︎」

「腹減ったからつい」

「聞いた私がバカだったよ‼︎」

 

 無謀というか阿呆な少年の考えにエレノアはハーッと深く深くため息をつく。迂闊だったのは自分の方だ、この男の考えのなさを考慮しなかった自分が一番悪い、と割と失礼なことを平気で考えて自己嫌悪に陥る。

 

「こうなったらあとはもう無心で漕ごう。体力馬鹿の君なら丸一日漕いでれば予定を前倒しして次の島に着けるでしょ」

「おう、サラッとひどいなお前」

「あん? なんか文句あんの?」

「…ごめんなさい」

 

 キラーンと光るエレノアの目に本能的に命の危機を感じ取ったルフィは、命じられるままにオールをつかんでえっさほいさと漕ぎ始めた。触らぬ神に祟りなし、という言葉は誰から聞いたのだったか。

 ほぼ波任せだった船の推進にルフィの漕ぐオールが加わり、小舟はぐんぐんと前に進んでいく。その後方でエレノアが舵を操作し、進路がずれないように微調整を加えていった。

 

「前方異常なーし。全速前しーん」

「あいあいさ……って逆だろ‼︎ 船長はオレだぞ⁉︎」

「あ。ごめんごめん」

 

 いつの間にか立場が逆転していると気づいたルフィが慌てて修正する。すでに上下関係が構築されている気がしないでもなかったが、それを指摘するとめんどくさそうだったのでエレノアはあえて何も言わなかった。

 そんな調子で航海を続ける二人だったがある時、舵取りをしていたエレノアがピクッと顔を上げ、進行方向から右手に視線をずらした。

 

「…ルフィ、警戒準備。なんか近づいてくるよ」

「ん? おう、わかっ……」

 

 オールを漕ぐ手を止めたルフィが、様子の変わったエレノアの向いた方向をにらんで袖をまくる。敵が来るのかと身構える二人だったが、ふと奇妙な音が聞こえて来るのに気づいた。

 ヒュルルル、と何かの風切音がみるみるうちに近くなっていき、急に小舟の上に何かが落下してきた。足元に結構な衝撃が走り、一瞬だけ小舟が宙に浮いた。

 

「わっ」

 

 ぐわんと揺れた小舟にしがみつき、ルフィとエレノアは落とされまいと踏んじ張る。いち早く立ち直ったルフィは、落下してきた何かを両手でつかんで持ち上げてみせた。

 

「……なんだこいつ。変なパンダだな」

「いや、鳥じゃない?」

 

 落ちてきたのは、人の背丈ほどはある大きな鳥だった、のだが目の周りや羽が黒く、丸く黒い耳もあるため確かにパンダにも見えた。つまるところかなり不気味な生き物だった。

 だがどんなに気持ち悪い生き物であろうとルフィには関係がなかった。せっかく手に入れた食料を前にダラダラとよだれを垂らし始める。

 

「なんにしてももうけた! これで飢え死にせずにすみそうだ!」

「⁉︎」

「ルフィ、食べることには賛成だけどさ」

「!!?」

「それよりも下、下」

「ん?」

 

 目を細めたエレノアの指摘に、ルフィは言われるがままに視線を下に向け、そして「げ⁉︎」と目を見開いて固まった。

 なんと鳥がぶつかった拍子に傷ついたのか、小船の船底には穴が空きゴボゴボと海水が入り込んでいたのだ。

 食われることを恐れた鳥が飛んで逃げようとするが、そうはさせるかとルフィが鳥の横腹を掴み船底の穴に押し付ける。栓をしたおかげで浸水はある程度止められ、辛うじて今の所沈没は免れていた。

 

「クエーッ‼︎ クエーッ⁉︎」

「動くなよ…いまお前のケツで穴塞いでるんだからな。エレノア、今のうちに塞いでくれ」

「んー、そうしたいのは山々なんだけどさ……」

 

 ルフィがエレノアに頼むが、返答は曖昧だった。何か不都合でもあったのかと尋ねようとしたルフィだったが、それよりも先に辺りの異常に気がついた。

 夜が訪れたわけでもないのに、辺りが急に暗くなってきたのだ。見上げれば燦々と太陽が輝いているのに、ルフィとエレノアの周りだけがひどく暗い。小舟が何かの影の中に入り込んでいるとルフィが気づいたのは、頭上から声が聞こえてきてからだった。

 

「バルーン! 早く逃げて‼︎ 殺されちゃうわよ⁉︎」

 

 顔を上げて振り向いてみれば、小船の近くにはかなり大きな船が一隻。下から見える帆や旗に描かれたマークから察するに、昨今になって増えてきた海賊船の一つだろう。船の大きさからしてかなり大規模な一団が乗っているようだ。

 

「……っはー、でっけー船」

「ガレオン船か……この辺りじゃ珍しいね。かなりの大物が乗ってるのかもしれない。気をつけて」

 

 冷静なエレノアの言葉もあまり聞かず、ルフィが呆然と口を開けて船を見上げていると、また鳥がバタバタと逃げ出そうとして暴れ始めた。

 沈んでたまるかとルフィが再び「こんにゃろ!」と押さえつけていると、近くに寄って来た海賊船の縁からバラリと縄梯子が降ろされてきた。縄梯子はスルスルと伸びていき、ちょうどルフィとエレノアの目の前に端が届いた。

 

「?」

 

 目の前に降ろされた縄梯子に首をかしげるルフィと警戒するエレノアに、船の上から声がかけられた。

 

「――その鳥を捕まえてくれて礼をいうぞ。さぁ、そのハシゴを登ってその鳥をこっちに渡してくれ」

 

 銃を担いだ男が一人、二人を見下ろしてそう言った。逆光のために顔はよく見えなかったが、辛うじて笑っていることだけはわかった。

 だが、エレノアの青い瞳はその男が浮かべている笑顔が、いやらしくゆがんだ下卑たものであることを見抜いていた。

 

 

「――なんてことしてくれたのよ⁉︎」

 

 縄梯子を登り、海賊船の上にたどり着いたルフィとエレノアを最初に出迎えたのは、一人の少女の激しい叱責の声だった。

 船の中央のマストに、ショートヘアーの少女が縛られて立たされている。その周囲を柄の悪い男たちが取り囲んでいて、ニヤニヤと少女を見下ろしたり、あるいは訪問者たちであるルフィとエレノアを睨みつけてきたりしている。どう見ても、あまりいい雰囲気ではなかった。

 海賊たちに囲まれている少女―――アンは微塵も臆する様子はなく、船に上がり込んだルフィたちをキッと睨んで声を張り上げた。

 

「バルーンを連れてくるなんて……見てたわよ⁉︎ あんたたちが捕まえているところ‼︎」

「?」

「なんだお前。あのパンダの飼い主か?」

「パンダじゃないわよ‼︎ 怪鳥(ルク)よ‼︎ それにペットじゃなくて友達‼︎」

 

 くわっと凄まじい表情で吠えるアン。縛られているのになかなかの気迫だ。

 一方でアンの罵倒を聞いていたエレノアが、ふと耳にした名前に目を見張った。

 

怪鳥(ルク)⁉︎ ……なるほど、狙われるわけだ」

「ん? エレノア、なんか知ってんのか?」

「えっとね」

 

 仲間が何を理解したのかわからず、首を傾げたルフィにエレノアが説明しようとした時、海賊の一人が船室から飛び出し、仲間に声を張り上げた。

 

「船長のお出ましだ‼︎ 並べ野郎ども‼︎」

 

 その声に、船員たちの間に緊張が走った。ぞっと顔を青く染めた彼らは急いで二列に並び、船室から続く道を作った。微動だにしない直立の姿勢は小刻みに震えて、冷や汗が滝のように流れ出している。

 ただ船長を迎えるだけの雰囲気とは思えない張り詰めた空気に、ルフィとエレノアは訝しげに目を細めた。

 

「なんだ? どうしたんだあいつら?」

「お出迎えにしては……ずいぶん大仰だね」

「きた……あいつが!」

 

 船員たちの表情は、まるで死を目前にしているようだ。

 そんな二人の疑問に答えたのは、船員たちと同じように震えながらも、必死に耐えているアンだ。恐怖に屈しそうになっているものの、それを押し殺しているようだった。

 エレノアはアンのそばまで寄り、声を潜めて尋ねてみることにした。

 

「……彼らがあそこまで怯えるなんて、何者なの? この船のキャプテンは」

「……“六角”のシュピール。この辺りで恐れられている海賊で、魔術使いよ」

「!」

 

 アンが言った言葉に、エレノアが何故か目を細めた。反対にルフィは口をへの字に曲げ、意味がわからないといった表情を浮かべた。

 

「魔術〜?」

「ええ、そうよ。あいつの怒りに触れたら、街一つだって簡単に消し飛ばしたって話もあるんだから」

「…………ふーん」

 

 なぜだかはわからないが、エレノアはどこか不満げな声で相槌を打っていた。フードの下で目を細め、海賊たちが作る道の先に現れた男を睨みつけた。

 そこに、六角のシュピールはいた。面長の顔で、自分の髪を左右で三つ、合計六つに束ねていて、独特な髪型は確かに六本の角のように見える。一度目にすれば忘れる方が難しそうな、インパクトのある見た目だ。

 しかしそんな見た目を別にしても、常人とは思えない怪しさと不気味さを感じさせる雰囲気が漂っていた。

 

「ご苦労だったな。…それにしても小舟で二人旅とは妙な連中だな」

 

 小さな細い目からじろじろと無遠慮な目を向け、ルフィとエレノアを見下ろすシュピール。明らかに見下したような視線に、対象ではないアンも嫌悪感で表情を歪ませた。

 だが、当のルフィとエレノアは何やら顔を寄せ合うと、ヒソヒソと囁き始めた。

 

「……なー、エレノア。あれさ」

「……うん。私も思った」

 

 反対にシュピールの顔を無遠慮に観察しながら、何かを同意し合う。訝しげな表情になるシュピールに気遣うことはなく、ちらとらと視線を向けては聞こえない大きさの言葉を交わす。

 そしてやがて口にした。

 

 

「「すげー変な頭」」

 

 

 決してこの船では、言ってはならないことを。

 

「⁉︎」

 

 ザワッ……と海賊船に冷たい風が吹き抜ける。誰もが目を見張り、耳を疑い、あるいは気絶した仲間を抱きかかえ静かに狼狽する。

 この船では船長が絶対であり、逆らうことは許されない。機嫌を損ねでもすれば船員でさえもタダではすまず、まず生きては帰れない。なんのためらいもなくばかにしたこの二人が、タダですむはずがなかった。

 捕らえられているアンも、サーッと顔面を真っ青にして震え始めた。

 

「あんたたち……‼︎ なんてことを‼︎」

「だって見ろよあれ」

「おっかしー」

 

 船の空気が凍りついて行くことを全く気にしていないのか、当の本人たちはケラケラと笑い転げている。その無謀さに、アンは開いた口が塞がらなかった。

 

「…………‼︎」

 

 シュピールの額に無数の血管が浮き出し、ピクピクと痙攣を始めた。毎日セットに時間をかけ、自慢とも言える髪型をバカにされた魔術使いは、凄まじい殺気とともに震える声を張り上げた。

 

「こいつらを牢にぶち込んでおけ‼︎」

 

⚓️

 

「いー景色だなー」

「牢屋にしては破格だよねー」

 

 ガレオン船の奥、そうこの横に位置する鍵付きの部屋に、ルフィとエレノア、アンは入れられた。ジメジメとした船室はどう考えても居心地最悪であったが、二人ともそんなことを感じさせないほどあっけらかんとしていた。

 

「……あんたらを殺してやりたいわ」

「やめてくれ」

「……何言ってんだか。殺されそうだったのは君の方でしょ」

「まぁ、そうだけど……」

 

 自分が危険なことをしていた自覚はあるのか、アンはそれ以上反論できずに唇を尖らせた。

 膝を抱えて丸くなる少女に、エレノアは小さくため息をつくとぽりぽりと頭をかき、隣にちょこんと腰掛けた。

 

「そもそもさ、なんで君は捕まってたの? どう見ても一般人にしか見えないけど」

「かわいいからよ」

「…………」

 

 間髪入れずに応えたアンに、じとっと疑わしげな視線を送るエレノア。本気で言っているのか、とでも言いたげだったが口にはしなかった。

 

「お、おう。そうか」

「……あっそ」

 

 ルフィは戸惑いながら、エレノアは興味を無くしたように目をそらし、再び海を眺める作業に没頭し始めた。あまり突っ込むのも後々めんどくさそうだ、と顔に出ていたが、幸いアンには見えていないようだった。

 

「そういうあんたたちこそ、なんでこんな海を小舟で旅してんのよ」

 

 アンはそう言って、色々と見た目に差がありすぎる二人組に改めて問いかける。小舟で旅をしていたことといい、関係性の見えない見た目といい、一体何者であるのかさえ判断がつかなかった。せめて旅の目的ぐらいは聞かせてもらおうと、アンはじとっとした視線で二人に尋ねた。

 そんな案に、ルフィが満面の笑みを浮かべて答えてみせた。

 

 

ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を探しにいくんだ」

 

 

 その言葉に、アンは一瞬だけ思考が停止する。数秒固まっていた彼女はようやく再起動を果たし、ルフィの方を振り向いて大きく目を見開いた。

 

「ハァ⁉︎」

 

 あんぐりと口を開けて言葉も出ない様子のアンに、ルフィはしししと誇らしげに笑っていた。

 

「それって……偉大なる航路(グランドライン)に向かうってこと⁉︎ たった二人で⁉︎」

「おう。けど今は仲間探しかな」

「まだ私だけなんだけどねー」

「…………‼︎ バカすぎる……‼︎」

 

 のんきに笑っているルフィとエレノアに、アンは開いた口が塞がらないと言った様子であきれかえり、壁に後頭部をぶつける。

 

「バカすぎるわよあんたたち……‼︎ あの海賊王が死んでから20年……誰もいまだ見つけていない、そもそも実在すら怪しい伝説よ⁉︎ 本気で死ににいくようなもんじゃないの‼︎」

 

 アンは自分で言って、よりその夢の無謀さを感じ取ったらしい。肩をすくめ、小馬鹿にしたようにため息をついた。

 

「はっ……呆れた。何を考えているのかと思ったら……そんなバカなことを……」

「……それでいいんだよ」

 

 かける言葉さえ見つからない様子のアンに、逆にエレノアの方が呆れたように言った。

 視線を向ければ、フードの下の青い目を光らせているエレノアの姿が目に入る。その声は、ルフィの夢を笑うエレノアに少しだけ怒りを覚えているように棘が混じったものだった。

 

「私は、つまらない男についていくつもりなんてない。とんでもない大法螺を吹いて、それを現実に変えるくらいの野望を持ってくれなきゃ、私はこいつと一緒に行こうなんて思わなかったよ」

「……相棒が相棒なら、あんたもあんたよ」

「そんなことは百も承知だよ。ね、ルフィ」

「ああ。俺は命をかけて、この夢を追うって決めたんだ」

 

 エレノアに背中を押されたルフィはそう言って、麦わら帽子の以前の持ち主ーーー故郷の村に長く停泊していた優しい海賊・シャンクスとの約束を思い出していた。

 彼に憧れ、彼と彼の仲間の後を追い、海賊になりたいと夢を持った。だがシャンクスは、共に行くことを許してくれなかった。

 自ら頬にナイフで傷をつけ、度胸を示して見せたが彼の答えは変わらなかった。『お前のようなガキを連れて行ける』か、と頑なに拒んだのだ。当時のルフィはただバカにしているのだと思い、憧れながらも反発していた。

 だがとある事情でルフィが窮地に陥った時、その真意を知ることになった。海の主とも言える巨大な海生物に食われかけたルフィを、シャンクスは文字通り身を張って助けてくれた。

 左腕を、犠牲にして。

 彼は知っていたのだ。海の過酷さも、ルフィの非力さも。

 だが彼は怒らなかった。友達の命に比べれば安いものだと、笑ってみせたのだった。

 ルフィは改めて、シャンクスという男の偉大さを知ってより強い憧れを抱き、己もそんな男になりたいと思った。

 麦わら帽子は、彼との別れの時に渡された物だった。

 

 ―――この帽子を、お前に預ける。

    俺の大事な帽子だ。

    いつかきっと返しに来い、立派な海賊になってな。

 

「この帽子に、シャンクスに誓ったんだ‼︎」

 

 少年の大いなる野望は、10年の時を超えてもなお健在であった。

 

「俺は、海賊王になるってな‼︎」

「…………」

「ルフィ」

 

 誇らしげに帽子をかぶるルフィに、アンは気圧されたように呆け、エレノアはウンウンと満足げに頷く。

 アンはドクンと騒ぐ胸を押さえ、ルフィとその頭に乗る麦わら帽子をじっと見つめた。

 

「……大事なものだったんだ。その帽子」

「ああ、俺の大事な宝だ」

 

 迷うことなくそう言ってのけるルフィに、アンはふと考える。

 自分には、そこまで胸を張って言えるものがあるだろうか。命をかけてでも、世界に喧嘩を挑んででも貫きたいと思う石が、守りたいと思う何かが。

 その脳裏に、自分の親友の姿が浮かんだ。

 

「……私にとっては、バルーンがそうだわ」

 

 それだけは、はっきりと言える。誰になんと言われようと、彼は自分の大切な(親友)であると。

 

「見ろエレノア。クジラだ」

「おお!」

「聞きなさいよ‼︎」

 

 最もその熱意は、この場にいる二人の耳には全く届いてはいなかったが。

 

 

 そうやって、居心地の悪い牢屋での時間を過ごす三人だったが、しばらくして寝っ転がっていたルフィがおもむろに起き上がった。さすがにこの空間に飽き飽きしてきたらしい。

 

「……飽きた、出ようここ」

「そだね」

「何言ってんのよ……そんなことができるならもうとっくに……」

 

 呆れたように吐き捨てるアン。鍵もないのにどうやって出るというのか。

 そう思っていたアンの視界の端で、青白いスパークが走った。

 

「……………………え?」

 

 振り向いたアンが見たのは、スタスタと歩き去って行くルフィとエレノアの背中だった。二人とアンの間には牢の格子があり、変わらず道を塞いでいる。

 アンは恐る恐る格子の扉に触れ、音を立てないようにゆっくり押して行く。すると扉は、キィとわずかな音だけを漏らして簡単に開いてしまった。

 

「な、何……? どうやったの……?」

 

 アンは呆然となりながら、扉とエレノアたちを何度も見比べて声を漏らす。

 エレノアは立ち止まると、小首を傾げて見せた。

 

「んー、手品?」

 

 アンは肩を落とし、それ以上は深く聞かなかった。はぐらかされたような、聞いてはいけないような気がして気が咎めたが、やはり気になって仕方がなかった。

 

「……ねぇ、あんたももしかして、魔術を使えるの?」

「んーん。魔術なんて私は使った覚えないよ」

「でもまー。似たようなもんか?」

「かもねー」

 

 どうということはない、とでもいうように笑い合うルフィとエレノアに、アンは驚きを隠しきれない。

 得体の知れない二人組であったのに、だんだんとその背中に頼もしさを感じるようになり始めた。もしかしたら、と思ったアンは、歩いて行く二人を思わず呼び止めていた。

 

「ねぇ。バルーン取り戻すの手伝ってよ。あんたたち、ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を目指すくらいなんだから強いんでしょ?」

「やだよ。自分でやりなさい」

「俺たち、船壊れたからかわりのもん探さねぇと」

 

 にべもなく断られ、アンはムッと表情を険しくさせる。

 少しくらい考えてくれてもいいだろう、とせっかく湧いた先ほどの頼もしさは一瞬で消え去ってしまった。

 

「ケチ‼︎」

「あんたの友達でしょ。そんな風に人に頼る前に自分でなんとかしなさい」

「いーだ‼︎」

 

 呆れた目で拒否するエレノアにアンは実にブサイクな顔で下を出し、ふんと鼻息荒く外に向かって駆け出して言った。

 

「……子供だなー」

 

 エレノアはそんな彼女に呆れた視線を向け、やれやれと肩をすくめてルフィとともに通路の奥へと歩き出した。

 

 

「お〜。俺たちのが乗ってきたのよりいいのができたな!」

「材料は腐るほどあるからね。ま、相手は海賊だし文句は言わせないよ」

 

 ムン、と胸を張るエレノアだったが、ふと彼女のフードの下の耳が何かを捉えた。

 

「……あれは」

 

 すぐに窓際に寄って外の様子を確認下エレノアは、目を細めて声を漏らした。

 外にあったのは、大勢の海賊たちに囲まれながら、武器を手に一人の男と戦っているアンの姿だった。

 

「ハァッ……ハァッ……どう? 私だって、ただの可愛くてか弱い女の子じゃないのよ!」

「くっ……くそっ‼︎」

 

 どこで調達したのか、丈夫そうな鉄棍を倒れた突きつけたアンが、挑戦的な目で倒れた男を睨みつけ、呼吸も荒く笑みを浮かべた。

 

「さ、いいでしょう⁉︎ 約束通りバルーンを返して‼︎ あんまりしつこいとあんたもただじゃおかないわよ⁉︎」

 

 荒くれ者の一人を倒したアンが、離れたところから見下ろしていたシュピールに向かって怒鳴る。

 どうやらアンはエレノアたちに言われた通り、自分の力だけで親友を取り戻す決意を固めたらしい。それも、海賊と賭けをするという形で(・・・・・・・・・・・・・)

 

「…………」

 

 シュピールはしばらくアンと倒れた手下を見下ろしていたが、おもむろに手下に向かって掌を向けた。

 その瞬間、アンによって打ち負かされた手下の体が、なんの前触れもなく業火に包まれた。手下の全身が発火し、あっという間に火達磨と化したのだ。

 

「ぎゃあああああああ⁉︎」

 

 突然のことに手下は悲鳴をあげ、他の手下たちにも戦慄が走る。その凄惨さにアンも言葉を失って硬直し、体が震えるのを感じた。

 人一人を生きたまま燃やしておきながら、シュピールには全く心が揺れた様子はない。鬱陶しいから、役に立たないから、邪魔だから、そんな悪意だけでこの男は命を奪って見せたのだ。

 それが、東の海(イーストブルー)を震え上がらせるシュピールの恐るべき姿であった。

 

「馬鹿め……小娘一人にいいようにあしらわれやがって……」

「…………‼︎」

「……まぁいい」

 

 不意に、シュピールはアンの足元に何かを投げつけてきた。アンは目を見開き、チャリンと音を立てて滑ってきた、いくつかの鍵がぶら下がったリングを拾い上げた。

 

「!」

「檻の鍵だ。好きにしろ」

 

 その言葉に、アンは急いで檻に向かって走った。

 シュピールが約束を守ったことに驚きながら、他のことを一切考えずに親友を助けようと無我夢中になっていた。

 

「バルーン! すぐに助けてあげるからね‼︎」

「クエーッ‼︎」

 

 アンが掲げた鍵に、バルーンも檻の中でバサバサと暴れて喜びをあらわにする。

 あと数センチで鍵穴に届く、自分の宝物が戻ってくると確信した、その時だった。

 

 

 ドンッ‼︎

 

 

「⁉︎」

 

 衝撃がアンの体に走り、全身から一瞬で力が抜ける。つんのめったアンは、そのままバルーンのいる檻に向かって顔面から倒れこみ、ズルズルと崩れ落ちた。

 

「…………ククッ」

 

 血を流し、ピクリとも動かなくなったアンに向かって、シュピールの含み笑いが響いた。魔術師はブルブルと肩を震わせ、やがてこらえきれないとばかりに盛大に笑い転げ始めた。

 

「クハハハハハハハ‼︎ 海賊が約束なんざ守るわけないだろうが、馬鹿な娘だぜ‼︎」

「ぎゃははははははは‼︎」

「…………‼︎」

 

 部下たちもシュピールとともに笑い始め、耳障りな合奏となってアンの耳に突き刺さった。

 シュピールたちの嘲笑に、アンはうつ伏せに倒れ伏したまま悔しさに涙をにじませる。騙されたことへの悔しさ、ばかにされたことへの恥、そして何より、のこのこ海賊なんかの言うことを信じてせっかくの機会を不意にしてしまったことが悔しかった。

 バルーンへの申し訳なさで、溢れ出る涙を止めることができずにいた。

 そんな時だった。ガチャリと音がして船室の扉が開いた。

 中からひょっこりと顔を出したのは、間抜けな面を晒したルフィと苦虫を噛み潰したような眼差しのエレノアだ。

 

「……ん? あ、変なとこに出ちまった」

「!」

 

 せっかく檻から逃げ出してきたのに、わざわざ自分から海賊たちの目の前に出てきた二人に、海賊たちの嘲笑じみた視線が集まる。

 ずかずかと我が物顔で海賊たちの真ん中に踏み入ったエレノアは、血の中に倒れるアンと煙を吐き出す銃を持ったままのシュピールを見やって、小さくため息をついた。

 

「……これ、あんたが?」

「あ? だとしたらなんだ?」

 

 なおも小馬鹿にしたように笑うシュピールに、フードの下のエレノアの青い目が細まる。ルフィも表情こそ変わらないが、何かを考え込むように海賊たちを見つめていた。

 

「…………」

 

 やがて、海賊たちの眼差しが訝しげなものに変わり始めた頃、ようやく二人は固く閉ざしていた口を開いた。

 

「「アメンボみたいだよな、その頭」」

 

 ルフィとエレノアが乗り込んだ時以上の衝撃が、シュピールの配下たちの間に走った。ある者は顔を青ざめさせ、ある者は恐怖に涙を流し、ある者は白目を剥いて気絶し、ある者は悲鳴を上げて頭を抱えた。

 だがそれ以上に、二度も自慢のヘアースタイルをばかにされたシュピールの怒りは燃え滾り、爆発寸前にまで届こうとしていた。

 

「あいつらまた……‼︎」

 

 倒れたまま動きを止めていたアンもあまりに怖いもの知らず、もといばかな二人組に顔をしかめる。夢のために命を懸けると言っておきながら、せっかく助かった命を軽々と捨てようとしているとしか思えない言葉に怒りが募ってきた。

 すると、ルフィとエレノアは自らアンの方へ近寄り、倒れたままのアンに呼びかけ始めた。

 

「オメーこんなとこで何寝てんだ?」

「違うわよ‼︎ 撃たれたの‼︎ ほら、ココ‼︎ せっかく死んだふりして隙を窺ってたのに……‼︎」

 

 空気の全く読めない質問に、あんは自分で言った死んだフリも忘れてわめき散らす。黙っているつもりだったが、もう我慢の限界だった。

 だが、その表情もすぐに変貌することとなる。

 ドンッと音がして、ルフィの体がくの字に折れ曲がった。アンは悲鳴を上げて目を覆い、目の前で人が殺されたことに愕然となる。

 額に血管をいくつも浮き立たせたシュピールが、激情のままにルフィの腹に向けて銃弾を撃ち放ったのだ。今度の弾は掠るだけではなく、正確にルフィの急所を狙って撃ち込まれたものだった。

 

「ヒヒヒ…バカな奴らだ」

 

 まだ把握できていないのか、エレノアはその場に立ちすくんだまま一歩も動けずにいる。相棒が殺されたことに多大なショックを受けているのだろう、と海賊たちは下卑た笑みを浮かべた。

 が、その下衆の表情は次の瞬間目を見開いた間抜けなものへと変わった。

 銃弾を受けたルフィがそのまま踏ん張り、衝撃に耐える一方で、背中の肉が長く伸びていく。銃弾は一向に肉を貫くことはなく、肉の幕に包まれて勢いを完全に殺されていた。

 

「ふんっ‼︎」

 

 突如、ルフィの上げた威勢のいい掛け声とともに、銃弾を包んで伸びていた皮膚がビヨーンと元に戻り、逆に銃弾を弾き飛ばす。

 普通に撃つよりも勢いよく跳ね返った銃弾はシュピールの頬をかすめ、一筋の傷を刻みつけた。

 

「あーびっくりした」

「……………………………………は?」

 

 シュピールも、そして配下たちも目の前で何がおきたのか全くわからず、あんぐりと口を開いたまま帽子を被り直すルフィを凝視する。さすっている腹に別段変わった部分はない。何かを仕込んでいる様子は、全くなかった。

 

「何、今の……」

 

 アンもまた、目の前で死んだものと思っていた男が平気な顔をしている姿に言葉を失う。

 度胸は只者ではないと思っていたが、本当に普通の人間ではなかったと言うことなのか。

 

「バッ……バケモノだ――――‼︎」

「たっ、弾を弾き返しやがった―――――⁉︎」

「も、燃えろ‼︎」

 

 銃を捨てたシュピールは箒を手にし、魔力を込める。すると赤い閃光が箒から迸り、ルフィとエレノアの目の前に真っ赤な業火が発生した。人間一人を軽く焼き殺せる威力の炎が、二人に向かって襲いかかっていく。

 しかし、その熱が届く寸前にエレノアが動いた。赤い熱風の前に躍り出ると、外套の下から出した小さな両手のひらをパチンと打ち鳴らし、炎に向かって突き出したのだ。

 その瞬間、エレノアの掌の前にゴボゴボと水分が凝縮し、あっという間にエレノアたちを守る水の盾が生み出された。水は炎を一瞬で飲み込んで押さえつけ、ジュウッと一瞬のうちに消し去ってしまった。

 シュピールの顔が、また面白い形で固まっていた。

 

「うっそ――――――――⁉︎」

「……おいおい、触媒使ってその程度かよ三流」

 

 宙に手のひらを向けたまま、エレノアは厳しい口調でシュピールに吐き捨てる。フードの下で光る青い目はどこか鋭く、苛立たしげな雰囲気が漏れている。

 

「“賢者の石”なんてチートアイテム使ってその程度なの? よくそんなんで魔術師なんて名乗れたね?」

「なっ…⁉︎ なななななななんのことだ⁉︎」

 

 エレノアが漏らした単語に、シュピールはギクリと肩を揺らした。表情がこわばり、慄くようにエレノアから距離を取っていく。

 図星か、というようにエレノアは肩をすくめ、深いため息をこぼした。

 

「誇りも矜持も持ち合わせちゃいない……錬金術師の風上にもおけないね、お前」

「錬金術師……?」

 

 訝しげな声を漏らすアン。それはそうだ、魔術師だけでも現実では信じがたかった名称なのに、その上金を人工的に作りだす技術だという錬金術などと口にするのだから。

 だが、エレノアにふざけている様子はない。困惑する案に、エレノアは丁寧に語り始めた。

 

「万象一切の創造原理を理解し、世界の輪を己の手の中で作り出すことであらゆるものを再構築する術……そして、理の根源を探求し追求する科学者、それが私達錬金術師」

「………⁉︎ 何故、貴様がそれを……⁉︎」

「バーカ。あれだけ錬成反応出してりゃ素人でも気づくでしょ。プロが周りにいないからって調子に乗って隠す努力もしてこなかったの?」

 

 バカにしたようにいうエレノアが見つめるのは、シュピールの持つホウキ。その根元に取り付けられている赤い宝石だ。

 

「最初にあった時から、そのホウキが怪しいと思ってたんだよね……錬金術の効果を何倍にも増幅させる増幅装置、賢者の石」

 

 鋭い視線を向けられたシュピールは明らかに動揺し、今更ホウキの宝玉を隠すように後ろ手に持つ。図星だ、というまでもなく明らかだった。

 魔術などと言う得体の知れない力を謳って人々を恐れさせ、東の海を支配した気になっている詐欺師。エレノアには、そんなことのために自分と同じ力を使っていることがどうしても許せなかった。

 

「あんたは魔術使いなんかじゃない。ただのペテン師だ」

「で、出てこいハンマー‼︎」

 

 ホウキの赤い宝玉が再び発行し、シュピールの手の中に巨大なハンマーが出現する。銃も炎も効かないのならば、自分の手で直接叩き潰してやろうとでも思ったのだろう。

 短絡的なシュピールの思考に、エレノアはまた呆れたため息をついた。

 

「往生際の悪い……」

「そんなもんきくか‼︎」

 

 迫るハンマーに一歩たりとも引かないエレノア。彼女の前にルフィが立ちはだかり、グルンとその場で勢い良く回転する。

 すると、振り上げた右腕が回転の威力で長く伸び、鞭のようにしなりながらシュピールの顔面に叩きつけられた。シュピールは顔面に裏拳を叩きつけられ、鼻血を噴き出しながら吹き飛ばされていった。

 誰もが、その光景に目を疑った。

 誰も手が出せないと思っていた魔術師シュピールを、得体の知れない力で無力化した少女も、偉業としか思えない身体で叩きのめしてしまった少年も。

 全てがまるで、夢でも見ているかのようだった。

 

「腕が伸びた……‼︎ さっきの炎といい錬金術とかと言い……なんなのよ一体⁉︎」

「ん? ああ、俺、昔悪魔の実を食ってさ。―――全身ゴム人間なんだ」

 

 そう言ってルフィは、自分の頬を掴んで左右に引っ張ってみせる。すると頬は異常なほどに伸び、それなのにルフィは全く痛そうなそぶりを見せなかった。

 体が、ゴムとなっているのだ。

 

「ご…………ゴム人間…………⁉︎」

 

 戦慄の表情を浮かべた海賊たちが、青年を凝視する。

 悪魔の実、その悪名は、誰もが知っていた。食べれば様々な海の悪魔の力が身につき、物によっては相当な高額で取引される海の秘宝。さらには能力を得た代償として、海に嫌われて二度と泳げなくなるという呪われた代物。

 それを食し、能力を得たという事実に海賊たちは恐怖で言葉を失っていた。地上において、能力者に勝てるなどとは考えられなかった。

 

「そのまま一生伸び縮みしてろ!」

 

 その時、頭上から鋭く蔑んだ声が響く。

 その場にいた全員が見上げてみれば、ホウキの上に乗って宙に浮いたシュピールが、バルーンを縄でつないでルフィ達を見下ろしている姿が見えた。全員がルフィの力に呆けていたすきに、バルーンを連れ出したようだ。

 一瞬でも目を離してしまったことをアンは後悔しながら、シュピールを憎々しげに睨みつけた。

 

「! シュピール!」

「まさか本物の錬金術師がいたとはな……カラクリを見破られるとは思わなかった。だがもはやそんなことはどうでもいい‼︎」

 

 シュピールが見下ろしているのは、ルフィとエレノアだけではない。

 自分が従えていたはずの部下たちまでも、まるでゴミのように見下していた。その視線に、部下たちは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

怪鳥(ルク)は手に入れた。もうお前にもこの船にも用はない……‼︎」

 

 縄に繋がれたバルーンを誇らしげに見せ付けながら、シュピールは強大な魔力をホウキの宝玉に集めていく。その力は、蜃気楼のように大気を歪ませてしまうほどで、その場にいた誰もが恐怖で顔を引きつらせた。

 

「船ごと沈むがいい‼︎」

 

 シュピールが高らかに宣言するとともに、ルフィたちの乗るガレオン船にべきりと嫌な音が鳴る、その次の瞬間。

 ベキベキベキベキィィッ‼︎

 まるで前後から強烈な圧力がかけられたかのように、甲板に大きな亀裂が走る。ガレオン船は大きくのけぞるように変形し、中心から真っ二つにへし折れていく。強烈な圧力により、船はみるみる瓦礫の破片とかし、海へと沈み始めた。

 

「‼︎ あのヤロウ仲間ごと‼︎」

「ぶわーっ⁉︎ 水だあああ‼︎ 溺れる―――――っ‼︎」

 

 当然、船の上にしか足場のないルフィ達も耐えられない。傾いていく甲板に必死にしがみつきながら、轟音の中に埋もれていった。

 

 

「た……助けて……‼︎」

「シュピールのヤロー‼︎ 許さねぇ‼︎」

 

 瓦礫が浮かぶ海のど真ん中で、シュピールへの怨嗟の声が響く。

 船長に見放され、その上足場も奪われた男達は、もう姿の見えないシュピールに媚びへつらうこともなく口々に罵り続ける。それがむなしいことだとわかっていても、抑えきれない怒りを打ちまけずにはいられなかった。

 そんな中、海面にボコボコと気泡が浮き始めたかと思うと、三つの人影が勢いよく顔を出し、そこらにあった瓦礫にしがみついた。

 自力で浮き上がったエレノアはいらだたしげに、アンに助けられてようやく顔を出せたルフィは涙目になりながら荒い呼吸を繰り返した。

 

「……ぷはっ。アンニャロ〜…タダですむと思うな」

「た……助かった‼︎ 命の恩人だお前は‼︎」

 

 海の悪魔の呪いで全く泳げなくなったルフィが、助けてくれたアンに礼を言う。

 だが、それに返事はなかった。

 ルフィにしがみついたまま、肩を震わせて嗚咽を漏らしていたのだ。

 

「……ッ‼︎ バルーンはね、怪鳥(ルク)の最後の生き残りって言われてるの‼︎ でもっ……あいつが欲しいのはその生き血だけ……怪鳥(ルク)の血は魔力を持ってるっていうから……‼︎」

「……そうだ。だから聞き覚えがあったんだ。怪鳥(ルク)の血も、錬金術の効率的な触媒になるから」

 

 エレノアはようやく、シュピールがバルーンに固執していた理由を理解した。

 賢者の石とは別に、魔力を持つ怪鳥のちを手に入れれば、より強い力を手に入れることができる。そうなれば、もうシュピールに怖いものはない。

 

「あの子は……私とずっと一緒だった‼︎ だから私がどこにいても必ずついてきちゃう……私が、あの子の一番の枷になってる‼︎」

 

 アンは、自分の存在がいちばんの障害であることに気がついていた。どこにいても、誰のもとに捕まっていようと、自分の親友は自分の元に来てしまう。

 それが、何よりも悲しくて仕方がなかった。自分を許せなくなりそうだった。

 

「友達なのに……あの子に何にもしてあげられない……‼︎ 私のせいで、あの子がひどい目にあっちゃう‼︎ 私……悔しくて仕方がない……‼︎」

「……じゃあ、なおさら諦めたらダメ」

 

 後悔の涙を流すアンに、そっと優しい声がかけられる。

 赤くなった目で見上げてみれば、そばにびしょ濡れになったエレノアの青い瞳が見える。その目は先ほどまでとは違う、わがままな女の子を見守る母のような、そんな慈愛に満ちた眼差しに変わっていた。

 ザパッと音がして、瓦礫の上にルフィが立つ。その姿は、出会った時と何も変わらない、自信満々で堂々とした不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「お前の宝だろ」

 

 アンの肩をポンと叩き、エレノアは瓦礫の上を飛び跳ねていく。海賊たちの視線を集めるも全く気にせず、軽々と猫のように跳ねていく。

 折れたマストの根元に降り立ったエレノアは、濡れて重くなったフードを邪魔だと言わんばかりに脱ぎ捨てる。その際、ずっと影に隠れていたエレノアの顔がようやく日の元にさらされた。

 

「……⁉︎ エレノア、あんた……‼︎」

 

 アンは、太陽のもとにさらされたエレノアの姿に絶句する。

 小さいとは思っていたが、本当に背丈は10歳未満の子供にしか見えない。だが、黒いメッシュが幾筋も入った純白の髪の下の顔は、この世のものとは思えないほど完璧に整っている。

 いたずらっ子のようにつり上がった目も、長いまつ毛も、桜色で艶やかな唇も、伸びた鼻も、玉のような肌も、サファイアのように煌めく青い瞳も、全てが絶妙な間隔で揃っていて、見たものは息を呑む他にない。

 目を引くのは、髪の上に鎮座している黒い獣の耳とお尻から伸びている長く太い尻尾。縞々の模様が入ったその尻尾が、ゆらゆらと動いて存在感を放っている。

 だが、それ以上に圧倒的な存在感を放っているのは、大きく広がる真っ白なーーー翼だった。

 大きく、そして美しく広がるその翼には所々にメッシュのように漆黒の羽根が混じり、太陽の光を反射してまばゆく輝きを放っている。汚れを微塵も知らない、異形の(かたち)を。

 その姿は、まさに。

 

「―――天使―――」

 

 誰かが、無意識に呟いた。それはさざ波のように静かに浸透し、誰もがシュピールへの罵倒を忘れて見惚れていた。

 とん、と甲板の上から飛び立ったエレノアが、大きく翼を羽ばたかせる。キラメキをこぼしながら飛翔し、海賊たちの視線を独り占めにする天使の少女はマストが伸びた場所にまで飛翔し、その真上へと降り立った。

 

「錬成‼︎」

 

 エレノアが触れたマストが、閃光を帯びて変形していく。支柱はより太く、先端は二股に分かれるとU字型に曲がり、天に向かって伸びていく。支えとなる足場までもが、閃光の中で変形していく。海賊たちをすくい上げるようにして瓦礫が集まっていき、一枚の大きな板となっていく。

 数秒も経たないうちにマストは、間にゴムのない巨大なパチンコへと変貌した。

 

「ルフィ、後は任せた‼︎」

「おう‼︎」

 

 エレノアの声で、ルフィは巨大パチンコの方へと駆け出していく。

 パチンコの支柱の両端に腕を伸ばすと、ぐるぐると巻きつけてガッチリと固定する。自身がゴムパチンコのゴムとなると、ルフィは走る勢いを利用し、反対側まで長く長く腕を伸ばしていった。

 

「ゴムゴムのォ…………ロケット‼︎」

 

 バチンッ‼︎と凄まじい勢いで、ルフィは文字通り空を飛ぶ。

 シュピールのいる場所を正確に把握しなければならない、エレノアとの完璧なコンビネーションで追い詰めにいったのだ。

 

 

「……あんたたちなら、本当に海賊王とその船員になれる気がしてきたわ」

「でしょ?」

 

 呆れたように、腰を抜かして瓦礫の上に腰掛ける案に、エレノアは誇らしげに胸を張った。

 その姿に、アンは乾いた笑い声をこぼす。

 

「それにしてもまさか、あんたが〝天族〟だったなんてね」

 

 アンはそう言って、エレノアの白く美しい翼を眺め、ため息をついた。

 天族、それは伝説に謳い継がれる、神聖なる存在。

 獣の耳と尻尾を持ち、背に生やした翼は陽の光に照らされて美しく輝くという。あらゆる知識を集めたその頭脳は際限などなく、その由来は神が与えたもうた力であるともいわれている。

 人よりもはるかに長い寿命を持ち、時に仙人のように語られることもある、神秘と謎に満ちた種族。

 何よりも、天族にはある言い伝えがあった。

『天族の乗る船は、絶対に沈まない』

 船乗りに語り継がれるそんな伝説が、この海には広く知れ渡っている。

 ゆえに天族は、船乗りたちにとっては喉から手が出るほど欲しがられる存在であった。

 アンは、海風に髪を揺らす、そのままの意味で天使のような少女を見つめ、首を傾げて見せた。

 

「なんだって、伝説の天使様が海賊なんかに?」

「ちょっと縁があってね……彼の行く末を見届けることにしたんだ」

「……物好きね。でも、そうしようと思ったのは、わかる気がする」

 

 アンは羨ましげな微笑みを浮かべ、エレノアの隣に腰掛けた。

 日差しに照らされるエレノアの横顔は、どこか誇らしげに見えた。アンがなんとなく呟いた一言に、随分と気を良くしたようだった。

 アンは、そんなエレノアがどうしようもなく羨ましく思えた。

 

「あんたたちは、本当にすごいわね。……私は、最後まで頼ってばっかりで」

「アン」

 

 自嘲気味に目を伏せたアンは、ギリギリと拳を握り締める。自分のせいで親友を危険な目に合わせた、その事実が、自分自身を責め続けているのだろう。

 今、ルフィがシュピールを撃退したとしても、また同じようなことが起こるかもしれない。その時にまた自分が親友の枷になることが、怖いのだ。

 そんな彼女に、エレノアは慈愛に満ちた眼差しを送る。

 

「あんなこと言ったけどね、私はあんたがああ言ったから戻ってきたんだよ。……あんたが友達のことを強く思ったから、手助けしてやろうと思ったんだ。自分を、そんなに卑下しないで」

 

 アンは思わず、あっけにとられながらエレノアの青い瞳を凝視する。

 自分よりもひと回り近くは小さいはずの少女に慰められているというのに、全く屈辱になど感じない。まるで、早くに亡くした母になだめられているかのような安心感がある。

 そんな、不思議な感覚であった。

 

「―――自分に、負けないで」

「エレノア……」

 

 それだけで、心に巣食っていた闇が少しだけ晴れた気がする。

 まだ闇の全てが晴れたわけではない。だがそれでも、肩に重くのしかかっていた不安という重荷が、少しだけ取り払われた気がした。

 やはり最後まで、二人には助けられてばかりだ。

 アンは、そんなことばかり考えながら、安らかな微笑みを浮かべた。

 

「……ところでエレノア。アンタ、アレどうすんの?」

「……聞かないで」

 

 ジト目で見つめてくるアンに、エレノアは目をそらして現実逃避する。

 ついでに甲板まで復活させてしまったのが悪かったのか、海賊たちは本気でエレノアを天の使いか何かだと思ってしまったようで。

 みんな一斉にエレノアに向かって平服してしまっている、この光景を見なかったことにしていた。

 

 ―――ゴムゴムの‼︎ 銃弾(ブレッド)‼︎

 

 そんな中、遥か遠くから聞こえてくる咆哮と鈍い音が、少年の揺るぎない勝利を伝えていた。

 

⚓️

 

 小舟はいく。さらに先の海へと。

 大いなる夢と野望を持って、小さな船は波をかき分け進んでいく。止めるものなどいない、振り返ることなくまっすぐに突き進んでいく。

 目指すは、偉大な冒険の海だ。

 

「しししし! 食料も手に入って得したな!」

「運がいいんだかなんなんだか……ま、いいけどね」

 

 行き当たりばったりな旅路を心から楽しむルフィと、それに頭を抱えながらも笑みを浮かべるエレノア。

 結局、シュピールは空を飛んだルフィによって成敗され、空の彼方の星になってしまった。

 だが解放されたバルーンに頭を咥えられて意気揚々と戻ってみれば、すっかり改心した海賊たちがエレノアの作った小舟にせっせと食用を詰め込んで祈りを捧げていたのだ。

 異常な光景を目にしたルフィは、それでも愉快そうに笑い転げていた。

 

「お前だって、あいつが持ってた箒持ってきてんじゃねーか。おあいこだろ」

「ああ、これ?」

 

 エレノアはそう言って、シュピールから回収した箒―――正確には飾り付けられた真っ赤な宝石のような結晶を持ち上げて見せた。血のように赤く、怪しげな光を放つそれを、エレノアはフンと鼻で笑って見せた。

 エレノアは賢者の石を箒から外すと、宙に向かって放り投げる。そして、両手をパンと合わせると、青い閃光を纏わせて石を挟み込んだ。バシバシと眩い光が発生し、一瞬ルフィの目をくらませる。

 やがて光が収まり、エレノアが閉じていた手のひらを開くと、赤い結晶はサラサラと崩れて塵と化し、風に乗って霧散していってしまった。

 

「……こんなものはね、こうしたほうがいいんだよ」

 

 満足げに呟き、空に消えていく結晶のかけらを見やる。ルフィもしししと笑い、エレノアの判断を賞賛する。

 錬金術に関してはよくわからないが、あれは相当嫌なものだったことはわかった。持っておくよりも、跡形もなく壊した方が都合がいいのだろう。

 一仕事終えたエレノアは、大きく伸びをするとコロンと寝転び、空を見上げてくつろぎ始めた。

 

「……さて、次の島に着くまで何してよっか」

「そうだな〜。ま、のんびり行こうぜ!」

 

 楽しげに笑い、ルフィもまた寝転んでしばしの船旅を堪能することに決めていた。

 旅は始まったばかりだ。

 先の見えぬ無謀な旅だが、彼らに未だ絶望はない。それらを全て越えていく、止まらない熱い想いが体を突き動かすのだ。人が生きている限り、それらは決して、止まらない。

 

「ルフィ! エレノア!」

 

 遥か頭上で、バルーンに乗ったアンが大きく声を張り上げた。もうその顔からは、バルーンと共に生きていくことへの不安も迷いも、微塵も感じられなかった。彼女たちは、乗り越えたのだ。

 ルフィとエレノアは、満面の笑顔を浮かべるアンを見上げると、自分たちも大きく手を振って応えた。

 

「なれるといいね―――海賊王に‼︎」

「なるさ‼︎ 必ず‼︎」

「まかせておいてよ、必ず私が見届けるから‼︎」

 

 互いの姿が見えなくなるまで手を振り、その姿をしかと目に焼き付ける。この奇跡のような出会いが再び起こるように願いを込めて、笑い続ける。さよならは、言わなかった。

 

 

 この後、偉大なる航路(グランドライン)にて、〝麦わら〟のルフィ、そして〝妖術師(ウィザード)〟のエレノアと言う名の二人の海賊が、名を挙げることとなる―――。




反響が良ければ続けようと思います。


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第1章 英雄の器 第1話〝コビーの夢〟

あんまり反響はなかったけど続けてみようと思います。
ゆっくりとですが、どうぞよろしくお願いします。


 声が、聞こえる。

 大切なものを失うまいと、奪わせまいと必死の呼び止める、〝家族〟の声が。

 

「…………!」

「……! ……‼︎」

 

 しかしその声は、何かに邪魔をされて声となって届かない。

 ひどい雑音のように、くぐもった音としてしか認識できなかった。

 

「……ァ、エレノア‼︎」

「しっかりしろ、エレノア‼︎ 意識をしっかり持て‼︎」

 

 ぼやけていた意識がようやくはっきりしてくる。

 だが自分の身に走る激痛のせいで、再び気を失いそうになるのを必死にこらえるしかなく、返事を返す余裕もない。

 ひどい耳鳴りがして、〝家族〟の声もどこか遠く感じてしまう。

 

「嘘だろ……こんなことがあっていいのかよ⁉︎」

「こんな……こんなバカな……‼︎」

 

 これは、自分で選んだ結末だというのに、まるで我が事のように嘆く声が聞こえてくる。

 思わず歯を食いしばり、悔しさに軋ませる。

 自分の苦痛のためではない、〝家族〟を悲しませていることに対してだ。

 

「……くしょう……畜生……‼︎」

 

 

 ―――痛みを伴わない教訓には意義がない。

 

 

 なぜか、師匠が耳にタコができるほどに言い聞かせてきた言葉が蘇る。

 今の状況は、まさに彼の言った通りのことであった。

 

持っていかれた(・・・・・・・)……‼︎」

 

 

 ―――人は何かの犠牲無しには、何も得ることなどできないのだから。

 

 

 失った  を押さえながら、彼女は涙を流し続けていた。

 

⚓️

 

「……………………あー、嫌な夢見た」

 

 気だるげな声とともに、エレノアは目を覚ました。

 揺れる小船の底で横になっていたせいか、身体中のあちこちが痛くて仕方がない。特に腰が痛くて仕方がなかった。

 ずれていたフードをかぶりなおしてから、エレノアは「ん〜」と大きく伸びをした。

 

「んん……寝覚め最悪」

「おう、起きたかエレノア!」

「おはよ、ルフィ。航路は順調?」

 

 交代で睡眠をとり、変なところに船が行かないように互いに航行していたはずだと思い出しながら、エレノアは尋ねた。

 するとルフィは、なんともおかしげな笑顔を見せた。

 

「いや、それがよ。この船はまず遭難ってことになっちまうな」

「は? また方角間違えたの? しょうがないなぁ……」

 

 海賊を目指しているくせに、航海術に関しての知識を一切持ち合わせていない無鉄砲な船長に呆れながら、エレノアはルフィと場所を交代する。

 どれほど予定とずれたか確認しよう、と思ったエレノアだったが。

 

「…………何これ?」

「いやー悪い悪い。いつのにかこんなことになっててよ」

 

 目の前に広がる光景に、言葉を失う。

 航路がずれていたならいい。また修正すればいいのだから。

 方角が間違っていたのならいい。小出でも方向を変えればいいのだから。

 だが、すぐ目の前に巨大な渦巻きが広がっている光景を目にしたならば、固まってしまっても許されるのではないだろうか。

 

「いやー、参った参った。あっはっは」

「……最悪だ。全くもって最悪だ」

 

 一艘の船の上で、全く正反対の反応を見せる二人。

 天気のいい日が続く東の海のど真ん中で、明るく笑う少年と暗く沈んでいる少女の明暗の差ははっきりくっきりと見えた。

 

「まさかこんな大渦に巻き込まれるなんてなー。

「……私はあんたに見張りを言っておいたはずなんだけど?」

「悪い、居眠りしてた」

「ぶっ殺してやるこのやろう‼︎」

 

 我慢の限界に達したエレノアが、火山の爆発のごとき勢いで怒鳴りつける。

 仮にも船員の命を預かる船長がなんたることか。小一時間説教をかましてやりたいところだったが、生憎そんな暇は彼らには与えられていなかった。

 

「何をどうしたら渦巻きの中に巻き込まれたりなんかするのさ⁉︎」

「いけると思ったんだけどなー」

 

 命の危機を迎えながら、のほほんとそう言ってくれるルフィの前で、エレノアのどこかからブチッと音がした。

 無言のままパチンと手を合わせたエレノアは、にっこりとルフィに向けて笑顔を見せる。

 訝しげな表情で首をかしげたルフィの真下に両手を叩きつけると、バチバチとすさまじい青色の閃光が走った。

 途端にルフィとエレノアの乗る小舟が形を変え、生き物のように動き出す。まるでルフィを捉えるように木の板が捲れあがり、驚愕の表情で固まるルフィを包み込んでいく。

 ものの数秒で小舟は、真ん中が膨らんだ筒状にーーー一つの樽となって荒波の中に放り出された。

 

「しばらくその中で反省してなさい!」

「ギャ―――――――‼︎ ごめんなさ――――――い‼︎」

 

 いち早く脱出したエレノアが見下ろす下で、ガタガタと樽の中に閉じ込められたルフィが悲鳴をあげた。

 しかし今更謝罪が受け入れられるはずもなく、その上どうしようもなく、ルフィの入った樽は渦巻きの起こした波の中に飲み込まれ、そのまま見えなくなってしまった。

 

「………フンだ。さすがに面倒見きれないよ」

 

 空中に浮きながら、エレノアは拗ねた様子で渦巻きを見下ろす。

 だがしばらくそうしているうちに、エレノアの表情がバツの悪そうなものに変わっていく。

 一応樽は隙間無く作ったし、浮力もあるだろうからそのうちどこかに打ち上げられるはずだ。それにあの男の生命力なら、きっと生き延びて冒険を続けるだろう。

 

「…………」

 

 だがそう考えながら、エレノアはその場からしばらく動かなかった。

 未だ轟々と唸りを上げている渦巻きを睨んでいると、やがてあたりの海を見やって何かを考え始めた。

 

「……この辺りの波の動き、地形、風の動きから見て……」

 

 あらゆる情報をその場で仕入れ、脳内で無数の計算式を積み重ねていく。

 そして出来上がった答えを元に、エレノアはやっとその場から動き出し、進行方向を調整した。

 

「……全く、世話の焼ける船長だよ。本当に」

 

 本気で呆れた声で、エレノアはそう呟くのだった。

 

 

 

 数刻後、エレノアはある島の岬に降り立っていた。

 そこから見下ろせる場所には、一隻の帆船が停泊している小さな入江があった。

 停泊している帆船はそう大きいものではない。しかし、黒い穂にドクロのマークが描かれたそれは、まず無視できないものであった。

 

「……ドクロの横顔に、ハートマーク。〝金棒〟のアルビダの船か」

 

 賞金首のリストに載っていた情報と照らし合わせ、その船の主人が何者なのかを推測する。

 脅威としては大したことはないが、少なくとも一般人にとっては恐るべき存在である。強烈な金棒の一撃は人体を簡単に粉砕し、気に入らないもの、自分に従わないものを容赦無く排除する危険な人物という情報が、エレノアの中にはあった。

 他に特筆すべき点といえば、自分のことを絶世の美女と思っていることだろうか。

 実際は横にも前にも大きい、いかつい中年の女であるが。

 

「めんどくさいなー。でも、ルフィが流れ着くとしたらあの辺りなんだよなー」

 

 もし自分の想像通りなら、まず間違いなく面倒臭いことになる。なぜ我が船長は自らトラブルを引っさげてきてしまうのだろうか。

 

「……ん? あれは…」

 

 唸っていたエレノアは、桟橋の方から大きな樽を転がしてくる眼鏡の少年の姿を見つける。どことなく気弱そうな雰囲気の彼は常にビクビクしながら、見覚えのある酒樽を近くの小屋の中へと運び込んで行ったのだ。

 

「…………嫌な予感」

 

 思わず呟いた、そのしばし後。

 

「あ―――――よく寝たぁ―――‼︎」

 

 思いっきり聞き覚えのある声が響き渡り、エレノアは頭を抱えた。

 今回に至ってはあの男は悪くない。ただ運と巡り合わせ、そしてタイミングが恐ろしく悪かっただけだ。

 

「ああもう何やってんのよあのバカ船長‼︎」

 

 

⚓️

 

 

「一番イカつい、クソババアです!!!!」

 

 その瞬間、覚悟を決めた男の叫びが響き渡った。

 いかつい顔にをそばかすを散らし、まるまると肥えた体で大きな金棒を担いだ東の海の女海賊・アルビダを含め、海賊たちが言葉を失う中、ぶちぶちと嫌な音がその場で鳴る。

 

「このガキャ―――――!!!」

「うわああああああ‼︎」

 

 言ってはならない言葉でアルビダの怒りを買ったのは、海賊船に不運に乗り込んでしまったドジな少年、コビー。

 アルビダに怯え、毎日雑用としてこき使われる毎日だった彼が、タルの中から現れた麦わら帽の青年の言葉を聞いた時、彼の中で何かが変わった。

 

『ぼくでも…海軍に入れるでしょうか…?』

『ルフィさんとは敵ですけど‼︎ 海軍に入って、えらくなって、悪い奴を取りしまるのが僕の夢なんです!!! 小さい頃からの!!! やれるでしょうか!!?』

 

 海賊王になるという青年―――ルフィの野望を聞き、口をついて出たのはそんな言葉だった。

 こんなところで、憎むべき海賊に顎で使われるようでは到底叶うまい、しかしどうしても諦めきれない夢が、少年に〝勇気〟を与えた。

 

 ―――僕は正しいことを言ったんだ‼︎

    後悔なんてない!!!

 

「よくやったコビー! そこで見てろ!」

「ルフィさん⁉︎」

 

 コビーの勇気を見届けたルフィが、彼をかばうためにアルビダの前に出る。

 ゴム人間ゆえに痛みを感じないがための方法だったが、コビーにとっては身を呈して守ろうとしているようにしか見えない。

 怒り狂った女海賊の金棒が、ルフィの頭を粉砕しようと振り下ろされた、その瞬間。

 

「…まったく、私はこういうのに弱いんだからさぁ」

 

 ガキィィィン‼︎

 と、金棒に向かって突き出された小さな足が、重い一撃を受け止めて見せた。

 鈍い金属音が響き渡り、ビリビリと空気が振動した。

 

「あたしの金棒を……⁉︎」

 

 目を見開くアルビダをよそに、ルフィの前に出た小さな足の主・エレノアが呆れた目を向けた。

 

「おー、エレノア! もう来てたのか!」

「全くあんたってやつは……」

「え? え?」

 

 喜ぶルフィと何が起こったのかわかっていないコビー。

 能天気な船長に呆れながら、運よく生き残っていたことに感心する。いつもいつも、たいした悪運の強さである。

 エレノアはルフィから視線を外し、視線を右往左往させているコビーに優しい眼差しを向けた。

 

「君、コビー君、だっけ? 聞いたよ、君の啖呵」

「あっ……ハイ」

「かっこよかったよ、すごく」

「…………‼︎」

 

 慈愛に満ちたエレノアの言葉に、コビーは感極まったかのように目を涙で覆った。

 今まで否定され続けた自分の夢が、初めて肯定されたように思えたからだ。

 

「いきなり出てきたくせに、あたしの邪魔をしてんじゃないよ!!!」

 

 制裁を邪魔された上に無視されたことで怒りが頂点に達したアルビだが、再び一撃をお見舞いしてやろうと金棒を振り上げる。

 近づいてくる殺気に反応したエレノアはすぐさま後退し、ルフィと入れ替わるように配置を替える。

 

「ルフィ!」

「おう!」

 

 前に出たルフィが、後ろに回した腕を振り回す。悪鬼のような形相のアルビダの目前に向けて、真正面から強烈なストレートパンチをお見舞いしてみせた。

 ゴムの凄まじい伸縮性を利用した、一撃で巨体の女海賊をノックアウトしてみせる人外のパワーを披露して見せたのだ。

 

「う、腕が伸びた……⁉︎」

「ば、化け物だ―――‼︎」

 

 船長が一撃でぶっとばされたことにどよめき、おののくアルビダ海賊団の船員たち。

 一瞬怯みそうになった海賊たちだったが、頭に手を出されたことで頭に血が上った面々が殺気立ち始めた。

 

「テメェら――――‼︎」

「あ、アルビダ様をよくも―――‼︎」

 

 手に武器を備え、ルフィたちに襲いかかる手下たち。

 コビーが悲鳴をあげる中、勇ましく拳を構えるルフィの前に立ったエレノアが、パン、と両手を合わせて地面に叩きつけた。

 

「フン」

 

 バシンと青い閃光が走り、地面がボコボコと隆起して拳の形を作り出すと、長く伸びて手下たちに激突し始めた。蛇のようにのたうつ土の塊をまともに受け、海賊たちの意識は一瞬で刈り取られていった。

 

「ぎゃあああああああああ!!!」

 

 木っ端のように軽々と空中に投げ出され、どさどさと積み上げられていく海賊たち。

 ルフィと同じくらいの猛攻を何度も食らった手下たちはなすすべなくぶっ飛ばされ、今度こそ手下たちの心が折れる。

 腕が伸びる化け物に、地面を操る化け物。船長すらも敵わない敵を二人も相手にする勇気など、東の海の一海賊である彼らにあるはずもなかった。

 

「それ以上やるってんなら、悪魔の実を食った能力者とこの私、錬金術師が相手になるよ?」

「………‼︎」

 

 相手が悪いことをようやく理解したのか、エレノアに睨みつけられた下っ端たちは青い顔で後退していく。

 そんな彼らに、ルフィは憮然とした態度で指を突きつけた。

 

「コビーに一隻小船をやれ! こいつは海軍に入るんだ‼︎ 黙って行かせろ」

「ルフィさん…」

 

 感動の涙を流すコビーは、ぐちゃぐちゃの笑顔でそう呟くしかなかった。

 

⚓️

 

「いや〜よかったなぁ、おまえ!」

「は、はい! ……それにしてもあのゴムゴムの実を食べただなんて、驚きました」

 

 ルフィとエレノアに代わって小舟を漕ぐコビーが、恐縮したように答える。

 海の秘宝たる悪魔の実を口にしたものは初めて見たので、どうしても珍しいものを見る目になってしまうのだ。

 

「えっと……エレノア、さん?も何かあるんですよね? さっきの蹴りの時、金属音がしてましたけど」

「ん? あー、まぁ、仕込みみたいなもんかな。詳しい中身は秘密だけど」

 

 興味を向けられたエレノアも律儀に答え、フードの中で微笑む。

 詳しい話を聞きたく思ったコビーだったが、エレノアがシーっと人差し指を立てて見つめてくるので追及することはできなかった。

 

「それで? これからどうするの?」

「おう! それなんだけどさ、これからコビーがいく海軍基地に捕まってるやつってのがさ。すげーやつなんだってさ」

「……ああ、〝海賊狩り〟のゾロか」

 

 近くにある島の話を思い出したエレノアは、納得したように呟く。

 聞き耳を立てていれば誰もが震える、東の海でもかなり有名な凶悪な賞金稼ぎの名だ。いい噂は聞かないはずだったが、ルフィはどこか期待するような笑顔でエレノアに告げる。

 

「いいやつだったら仲間にしようと思って」

「えーっ‼︎ またムチャクチャな事をォーっ!!!」

「いいんじゃない? ぶっ飛んだ船長にぶっ飛んだ仲間。バランス取れてるみたいだしさ」

「あなたも大概ムチャクチャですね!!?」

「ってわけでいくぞ海軍基地ーっ!!!」

「あいあいさー!」

「いやほんとにムリですってムリムリムリ!!!」

 

 楽しげな声と必死な声、悪乗りした声を乗せながら、小舟は次の目的地へと向かう。



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第2話〝海賊狩りのゾロ〟

「魔獣ねーっ」

 

 前の島を出発してしばらくして。

 ルフィ・エレノア・コビーは船を操り、順調に目的地である島を目指していた。

 凶悪さで有名な男が収監されているという、海軍基地のある島を。

 

「そうですよルフィさん。ロロノア・ゾロは〝海賊狩り〟の異名を持つ恐ろしい男です」

「聞いたことある。確か血に飢えた獣のように賞金首を嗅ぎ回って海をさすらうやばいやつなんだっけ?」

「はい。人々は、人の姿を借りた魔獣と呼んでいます」

 

 おーこわ、と肩をすくめるエレノアに苦笑するコビー。

 二人だけで海を旅するぐらいだ、その程度の噂話ではちっとも怖さなど感じないのだろう。

 

「だから仲間にしようなんてバカな考えは…」

「でも俺は、別に仲間に決めたわけじゃなくて、いいやつだったら…」

「悪人だから捕まってるんですよ‼︎」

「コビー、諦めなよ。こいつこういう時は頑固だから」

 

 はしゃいでいるルフィの方に呆れた目を送りながら、エレノアは船の前方に振り向いた。

 もう、島の影が見えていた。

 

「それにほら……もうすぐつくよ」

 

⚓️

 

 海軍基地のある島はコビーのいた島よりも大きく、そして立派な建物が並んでいた。

 民家や店が並ぶ町の向こう側に見えているのは、黒々とした煙と無数のパイプが通る建築物。そのさらに先、島の中央辺りに見える岩山などから察するに。

 

「小さな鉱山の経営で生活している島、か」

 

 小さな島だが、ちゃんとした資金源を持っているのだな、と初めて炭鉱を見たエレノアが感嘆の声を上げる。

 が、町の様子を見ていたその目が、訝し気に細められた。

 

「…の割には、ちょっとさびれてるみたいだな」

「まぁでも、ここでお前とはお別れってことだな!」

「だいぶ長いことお世話になっちゃったね」

「はい…! お二人には感謝してもしきれません‼︎ いずれは敵同士ですけど」

 

 まだ海軍に入ったわけでもないのに、感涙したコビーが二人に頭を下げる。

 エレノアには少し気になることもあるが、いずれ敵になる相手とこれ以上なれ合うのもどうかと思い口を閉じる。

 

「こ、この島で僕はきっと、立派な海兵として頑張っていきま……ぶっ⁉」

「おっと、ごめんよ」

 

 が、コビーが大きな一歩を踏み出そうとした時、近くを通りがかった少年の担いだ大きな角材が激突し、情けない声をこぼして倒れこんでしまった。

 顔面から倒れたものの大した怪我ではないようで、ルフィもエレノアも少年もさして心配はしていなかった。

 

「コビー君、大丈夫?」

「悪い悪い…お‼」

 

 そこでようやく、ルフィたちが見慣れないよそ者であることに気が付いたのか、少年が目を輝かせた。

 

「何? 観光? どこから来たの? メシは? 宿は決まってる?」

「あ、いや、ちょっ…」

「メシ⁉ お前メシ屋知ってんのか⁉」

「俺んちだよ! 決まってないならすぐ来いよ! 親父! 客だ!」

「ちょっと勝手に…」

 

 エレノアの返事も聞かず、何か作業を行っていた大柄な男に声をかける少年。

 筋骨隆々な体を動かして振り向いた男は、見慣れない連中と自分の息子を見て眉を寄せた。

 

「あー? なんだって、カヤル」

「客! 金ヅル!」

「なに⁉ でかした‼」

 

 道具をほっぽり出して向かってくる、カヤルという名の少年の父親に、エレノアは呆れた表情を浮かべた。

 

「……おい、仮にも客の前で金ヅルはないでしょ」

 

 

 ほぼ無理やり連れてこられたさきにあったのは、武骨なつくりの酒場だった。

 しかし男の妻らしき女性が作る料理は大したもので、殺風景なテーブルの上が多様な料理で華やかになった。

 

「いや、ホコリっぽくてすまねぇな。炭鉱の給料が少ないんで(こっち)と二足のワラジってわけよ」

「フーン…」

 

 バクバクと料理を平らげていくルフィをほっぽって、きょろきょろと辺りを見渡すエレノア。

 すると、別のテーブルでたむろしていた炭鉱夫たちが陽気な調子で声をかけてきた。

 

「なに言ってんでえ親方! その少ない給料を困ってる奴にすぐ分けちまうくせによ!」

「奥さんもそりゃ泣くぜ!」

「うるせぇや‼ 文句あんなら酒代のツケさっさと払え‼」

 

 怒鳴りながら、ゲラゲラと笑い合う親方と炭鉱夫たち。かなり慕われているようで、フードの下でエレノアは柔らかく微笑んだ。

 

「うんめぇなここのメシ」

「それにすごくいい人たちですね…こんなところで働けるならやる気も出るってもんですよ」

「………そうだね」

 

 ルフィの感想もコビーの感想も間違ってはいない。

 しかし何か気になるエレノアは曖昧にしか頷かず、じっと外の様子を眺めていた。

 もっと酒場というものは騒がしいイメージがあるが、ここにはそれがあまり見受けられないのが不思議だった。

 

「随分食ってるが大丈夫か? うちのカミさんのメシは高ェぞ?」

「だいじょーぶ、私がちゃんと持ってるから」

 

 ものすごい勢いで料理を平らげていくルフィが気になったのか、親方が注意してくるがエレノアはその心配をきっぱり否定する。

 もとから食うやつなのだ、そのためにエレノアは金銭の類を大目に持ち歩いている。

 が、そんな余裕は通じなかった。

 

「はい、30万ベリー」

「高ェよ!!!」

「ただのぼったくりじゃん!!!」

「だから言ったろ『高い』って」

 

 してやったり顔でにやりと笑う親方に、エレノアは徐々に殺意が芽生えてくるのを感じた。

 食うだけ食った後で高額な料金を要求してくるとは、なんという卑劣な。

 自分たちは海賊だが、あまりに横暴だと言わざるを得なかった。

 

「めったに来ない客にはしっかり金を落としてってもらわねえとな」

「エレノア、頼む。〝宝払い〟だ」

「嘘でしょ…⁉ ヤバい足りるかな………‼」

「逃がさんぞ金ヅルども」

 

 船長にまるっと問題を押し付けられ、エレノアは財布の中身を確認しながら顔を青ざめさせる。

 ギラリと光る親方の迫力は、相当なものだった。

 

「まいどありぃ‼」

「うぅ……今後の生活費が……この出費は痛すぎるよ……‼」

「ほんとすまん。いつかちゃんと返せるように俺、頑張るから」

「僕が言うのもなんですけど、ほんとにこの先大丈夫なんですかね?」

 

 ぶるぶる震えて涙を流すエレノアと、それを慰めるルフィ。

 いきなり別のピンチに追われる二人を見ると、何となくこのまま分かれるのが心配になるコビーだった。

 

「私たちのことはいいよ。あんたは自分のことをまず考えなさい」

「んで、この島の基地にいるのかな。そのゾロってやつは……」

 

 ルフィがそう言った瞬間、ガタガタガタッと騒がしい音が響いた。

 何事かと振り向いてみれば、何やらルフィ達を恐ろしげに凝視しながら身を隠している他の客達がいる。

 

「え、え? い、いったい何が?」

「い、いや……なんでもねぇ」

 

 何も悪いことや怖がられることはやっていないのにこの脅えよう、コビーはとにかく不思議に思うしかない。

 先ほどルフィが口にしたあの男の名前が原因だろうとあたりをつけたエレノアは、とりあえず話題を変えようとルフィ達に向き直った。

 

「そういや、この島の海兵ってモーガン大佐ってやつだったよ……」

 

 ガタガタガタッ。

 また騒がしい音がしたかと思うと、さっきよりも離れた炭鉱夫やほかの客たちの姿が見える。

 

「……ねぇ、さっきから何なの? なにがしたいのあんたら」

「き、気にすんな‼ ほら、もっと食うか?」

「さりげなくぼろうとしないでよ」

 

 ちょッとイライラしてきたらしいエレノアがジト目を向けるも、島の住民は視線を合わせようともしてくれない。

 気になるが、明らかに面倒ごとのようだし、関わらないほうがいいだろうと放置する。

 

「……そういえばこの海軍基地って、大佐の補佐にヨキ中尉ってやつがいるんじゃなかったっけ?」

 

 ふと思い出した知識を、コビーに確認してみると。

 

「「「ペッ‼︎」」」

 

 さっきまで怯えて離れていた連中が、一斉に苦虫を噛み潰したような表情で床に唾を吐いた。

 

「…………」

 

 なんかのコントか?そう思ったエレノアだったが。

 もう、何も喋ろうとはしなかった。

 

 

 何かと騒がしい店を後にして、並んで歩くルフィ達。

 その表情は、三者三様であった。

 

「なっはっは! おんもしろかったなぁ、さっきの!」

「笑い事じゃないですよ! 海軍であるはずのモーガン大佐にまであんなに脅えるなんて…僕なんだか不安になってきましたよ」

「ま、普通じゃないことしかわかんないよね」

 

 陽気に笑うルフィだが、確かにこの状況は異常だ。

 頼りにするべき海兵にまで怯えていては、平穏などどこに求めればいいのか。どう考えても何か問題があるようにしか思えない。

 着いて早々、不穏な気配が立ち込めているのを感じていた。

 

「…ルフィ、コビー。私はちょっとそこらで情報蒐集してくるよ」

「えっ? あっ、はい!」

「おう! じゃあまた後でな!」

 

 二人に手を振り、エレノアはその場に残る。

 その影が見えなくなってから、エレノアは他の島民の目に入らないように近くの建物の陰に入った。

 

「………さてと」

 

 エレノアは呼吸を落ち着けてから、フードの端を広げて周囲の音をよく拾えるようにした。

 その瞬間、エレノアの特殊な耳には島民たちの声が集められていく。半径1メートルしか届かないようなささやき声も、誰にも向けられていない独り言も、果ては家の中の会話までも。

 

 ―――ヘルメッポのバカ息子がまたやらかしたらしいぞ!

 ―――あいつ、親父がモーガン大佐だからって威張り散らしやがって……。

 ―――ヨキのヤロウも同罪だ!

    あいつだってもとはただの炭鉱経営者だったくせによ!

 ―――金で買った官位ってだけなのに威張り散らしやがって!

 ―――あいつらのせいで何人泣かされたことか!

 ―――けど、変に逆らってモーガン大佐の怒りに触れたら…。

 ―――気に入らない奴はかたっぱしに処刑なんて狂ってる!

 

 すると出るわ出るわ聞きたくもない嫌な噂が。

 モーガン大佐といえば、東の海で悪名を轟かせていた海賊を捕らえたことで名を挙げた一兵卒であったはず。つまり、人柄や能力ではなく結果で出世した輩だということだ。

 そして詳しい話を聞いてみれば、欲に目がくらんだ炭鉱の元経営者であるヨキは、モーガン大佐の威光を利用してやりたい放題やっているらしい。炭鉱もいまだ彼の個人資産であるうえ、権力を酷使して炭鉱夫たちの給料すらも搾り取り、懐を潤しているという。

 自らの力で横暴にふるまう支配者と、そのおこぼれにあやかって権力を振りかざす卑怯者、そして父親の権威を笠に着るバカ息子。

 早速あまりの腐敗ぶりに怒りも湧いてこなかった。

 

「……これは、コビーくんも一緒にどっかに移ったほうがいいかもな」

 

 げんなりしながらもうやめようかと思ったが、不意に気になる会話が聞こえてきたためにもう少し続けることにする。

 

 ―――ねぇ、お母さん。あの腹巻のお兄ちゃん、大丈夫かな?

 ―――ダメよ、あの人に関わったりしたら。海兵に殺されちゃうわよ!

 ―――でも、あのお兄ちゃんのおかげで私、狼に食べられずに済んだんだよ⁉︎

 ―――それでも、この島でモーガン大佐に逆らったりしたらどんな目に遭うか!

 ―――でも……!

 

 どこかの家庭から聞こえる親子の会話らしい。

 モーガンの息子のせいで危険な目にあったらしいが、腹巻のお兄ちゃんのおかげで助かったのだとか。

 

「……腹巻のお兄ちゃん?」

 

 ふと気になったエレノアは、なるべくその男が何者なのかを調べるために聴覚を集中させる。

 すると、うまい具合にその男について噂している集団を捕まえることができた。

 

 ―――おい、聞いたか。あの腹巻きの剣士……ゾロってやつ、まだ処刑場で粘ってるらしいぞ。

 ―――ほんとかよ! あのバカ息子が言った約束を本気で信じてるのか⁉︎

 ―――ああ……だが無茶だよな。1ヶ月も飲まず食わずで過ごすなんて。

 ―――それができたら釈放してやるなんて言ってたが……本気かどうか。

 

「……ふーん」

 

 まさかな、と考えながら、自分の勘が当たったことを察するエレノア。

 聞いた話をまとめれば、腹巻のお兄ちゃんことロロノア・ゾロが捕まったのは、モーガンのバカ息子が放し飼いにしていた狼を斬ってしまったため。

 囚われの身となった彼は、バカ息子の言うことを真に受けて1ヶ月の断食に挑んでいるのだとか。

 なんとバカな男なのだろうか。後先考えないことといい、バカ息子の言うことを信じることといい。

 

 だが、それがいい。

 

「こりゃ、ルフィの言った通りにしといたほうがいいかもな……手放すには惜しい男だ」

 

 フードを直し、エレノアは海軍基地がある方を見やる。

 きっとあの二人も行っていることだろう。

 予定を決めたエレノアが、海軍基地へと向かおうとした時だった。

 

 ―――相変わらず汚い店だな、ホーリング。

 

 聞いているだけでいやな気分になる声が聞こえ、エレノアは顔をしかめさせながら振り向いた。

 声の出どころは、さっき出てきたばかりの親方の店だった。



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第3話〝虎と狐と鼠〟

「…これは中尉殿。こんなムサ苦しい所へようこそ」

「あいさつはいい。このところ税金を滞納しておるようだな、お前のところに限らず、この町全体に言える事だが…」

 

 ホコリっぽい酒場の中で、親方と細身の海兵が睨み合う。

 細長い顔立ちで、かなり後退した髪や鋭い目つきが嫌味っぽさを感じさせる、神経質そうな男が嫌味を垂れる。この鼠を思わせる男こそがヨキ、この島の海軍基地の中尉だ。

 親方も負けず睨みつけるが、両脇に一人ずつ待機している屈強な海兵に阻まれてあまり効果を見せなかった。

 

「すみませんね。どうにも稼ぎが少ないもんで」

「ふん…そのくせまだ酒をたしなむだけの生活の余裕はあるのか…ということは給料をもう少し下げてもいいという事か?」

「なっ!」

 

 せめて皮肉で対抗しようとするが、逆にそれを利用されて更なる横暴のきっかけを作ってしまう。

 ただでさえスズメの涙である給料を下げられては、自分たちは飢え死にすることは間違いない。それをわかって、反抗的な態度を咎めているのだ、この男は。

 

「なんだその反抗的な目は? 大佐の耳にこの事が入ればどうなるか、わからないわけではあるまい?」

「てめェ…ふざけんな‼」

 

 我慢の限界に達したカヤルが、つい握りしめていた使い古しのぞうきんを投げつけてしまう。

 ヨキの顔面に命中し、びちゃっと張り付いたぞうきんを見て、部下の海兵が眉を吊り上げた。

 

「中尉‼ …っのガキ‼」

 

 殴りかかりそうになった時、張り付いたぞうきんを外して捨てたヨキが手を振るった。

 大した力ではなかったが、体格の差でカヤルは盛大に殴り飛ばされてしまった。

 汚らしいものに触れてしまったというように、手袋を捨てたヨキは顎で部下の海兵に示す。すると部下は頷き、腰に下げていた剣をすらりと抜き始めた。

 

「子供だからとて容赦はせんぞ…………みせしめだ」

「‼ 逃げろカヤル!!!」

 

 明らかに殺傷する気配の海兵に親方は慌て、息子のもとに走ろうとするがどう見ても間に合わない。

 殴られたカヤルは動くことができず、迫りくる刃を前に難く目をつむることしかできなかった。

 が、その刃が届くことはなかった。

 

 カヤルと海兵の間に割り込んだエレノアが、刃に向けて自分の片足を盾にしたからだ。

 

「!!?」

 

 ガキン!!! と。

 名刀ではないが鋭い切れ味の刃はエレノアの足を両断することなく、逆にぽっきりと根元から折れてしまった。

 

「…ええ!!?」

 

 予想外の事態に海兵はおののき、使い物にならなくなった自分の剣を呆然と見下ろす。

 それは予期も、そして親方も同じようで、突然割り込んできた相手を思わず凝視してしまっていた。

 

「あ、あんた……」

「よ、親方。さっきぶり」

「な、なんだ貴様は⁉ どこの小僧だ!!?」

「どうも、通りすがりの小僧……って誰が小僧だ‼」

 

 ローブのせいで仕方がないが、性別を間違われたエレノアはくわっと目を吊り上げる。

 見慣れない相手に警戒する海兵とヨキに相対し、怒りを抑えたエレノアは呆れたため息をついた。

 

「さすがにさぁ、海兵がちょっとおいたしたぐらいの子供に手を上げるのはやりすぎなんじゃないかなぁ? しかもそれ、確実に殺せるやつでしょ」

「お前には関係ない、引っ込んでおれ‼」

「おー怖い怖い。さすが中尉殿は言うことが違いますなぁ…勘違いしたネズミヤロウが」

 

 心底見下したような冷たい声に、ヨキの血管がぶちりと切れる。

 腰に下げた銃を抜くと、エレノアに照準を合わせながら海兵たちにも視線で命じ、剣を抜かせた。

 

「……‼ こいつっ…」

 

 一人の少女を相手に、大の大人が三人がかりで襲い掛かろうとしている姿に、周りの者たちも思わず止めに入ろうとするが、当のエレノアに慌てる様子はなかった。

 おもむろに出した両手のひらをパチンと合わせたかと思うと、自分の足元にポンとおいて見せた。

 

「ほい」

 

 その瞬間、青い閃光が走って周囲を明るく照らし出す。

 と思った直後、何の変哲もない床がいきなり変形し、太い角材へと形を変えて急速な勢いでヨキたちに向かっていったのだ。

 

「!!!??」

 

 ヨキと海兵たちはそれぞれ腹やあごに強烈な一撃を受け、白目をむいて転倒する。

 ガタガターンとホコリを巻き上げて倒れていく姿に、エレノアは満足そうにため息をついた。

 

「……なんてことを」

 

 しんと静まり返った酒場の中で、誰かの声が妙に響いた。

 無理もない。今日出会ったばかりの客が、誰もが逆らうことができなかった相手に喧嘩を売ったどころか、よくわからない力で一瞬でのしてしまったのだから。

 転んだ拍子に頭を打ったらしいヨキはよろよろと顔を上げ、わなわなと肩を震わせると耳障りな金切り声を上げた。

 

「き、貴様ぁ!!! 殴ったな!!? このヨキ様を殴ったな!!?」

「キンキンうっとうしい声で騒ぐからさ、物理的に黙らせてやったんだよ。文句ある?」

「このっ…言わせておけば…‼」

 

 グラグラ視界が揺れる中、憎々し気に睨みつけるヨキだが、エレノアにはそれはただの虚勢にしか見えない。

 激昂するヨキに、我に返った海兵が真っ青な顔で耳打ちをした。

 

「マズいですよ中尉! こいつの今の技…錬金術とかいうやつですよ⁉ さすがに分が悪いですって!」

「っ!!! 覚えていろ!!! このことは大佐に報告させてもらうからな!!!」

 

 相手が悪いことを理解したヨキは顔を引きつらせ、思わずその場から後ずさる。

 意識が混濁しているもう片方の海兵を促すと、ヨキはありがちな捨て台詞を吐いて店の外に向かった。

 追撃しようかと踏み出しかけたエレノアだったが、その前に親方やカヤルが慌てて立ちふさがった。

 

「やれやれ…」

「お、おい…自分が何したかわかってんのか⁉ 中尉は本気で大佐にばらすぞ⁉」

「今からでも遅くねぇ! 見つからねぇうちに逃げたほうが…」

 

 その場にいた全員が一斉にエレノアの身を案じるが、彼女にとってはそれは余計なお世話である。

 思わずため息をつき、心配そうな表情を浮かべている大人たちを睨みつけた。

 

「ちょっと待ってなさいよ、腰抜けの筋肉だるまども」

「⁉」

 

 思わぬセリフに固まる炭鉱夫たちを一瞥し、方位を潜り抜けてエレノアは歩き出す。

 呆然と見つめてくる腑抜けたちに、エレノアはフードの下から小ばかにしたような目を向けた。

 

「ガワだけで何もできないあんたらの代わりに、私がこの島の海軍基地をぶっ潰してきてやるからさ」

 

⚓️

 

「おれは、偉い」

 

 海軍基地の最上階にある執務室で、豪華な椅子に座った男がつぶやいた。

 呟いたというよりも、その言葉を自分でかみしめているようなはっきりとした声だった。

 

「はっ、何しろ大佐でありますから‼ モーガン大佐」

「その割には、近頃町民どもの〝貢ぎ〟が少ねェんじゃねぇか?」

「はっ! その…」

 

 大佐の言葉に思わず部下は顔を青くさせる。

 モーガン大佐が就任してからというもの、すでに税金以上の徴収が連日行われ、町民たちの財布は火の車となっている。

 無論海兵たちもさぼっているわけではないが、どんどん額が吊り上がっていく税率は海兵たちから見ても無茶苦茶に思えた。

 

「懐は問題じゃねぇ…、要は俺への敬服度だ‼」

 

 しかしそれを口にすることはできない。

 それだけの迫力を、モーガンは常に放っていたからだ。

 

「親父っ!!!」

「大佐っ!!!」

「どうしたヘルメッポにヨキ。騒々しいぞ」

 

 息子と部下が同時に執務室に駆け込んできても、モーガンは面倒くさそうに視線を向けるだけで振り向きもしない。

 それでも気にせず、ヘルメッポは赤く腫れた顔を涙で濡らしながら怒りをこらえて言った。

 

「ブッ殺してほしい奴が、いるんだよ!!!」

 

 ヘルメッポの隣で、顎を赤くしたヨキもうんうんと強くうなずいた。

 

⚓️

 

「急げ! 明日にはお披露目だぞ‼︎」

 

 屋上に集まった海兵たちが慌ただしく動き、横に倒された石の塊にロープを通す作業を施している。

 本来巡回やら訓練やら、治安を守るための仕事に専念しているはずの彼らが、今はなぜか一心不乱に石像の至るところにロープを結ぶ作業に集中している。

 それも何かに急かされているように引きつった顔で、異常な光景であることは確かだ。

 

「注意しろ! 少しでも傷がついたら大佐に何をされるかわからんぞ‼︎」

 

 両手を広げた、片腕が斧になった大男の像。

 そのモデルこそ、この島で恐れられている男、モーガン大佐であった。

 

「…う〜わ、やっぱろくでもないとこだった。どうしよっかなこれ」

 

 その光景を、いつの間にか基地内に侵入したエレノアは、扉の影から引きつった顔で凝視する。

 権力の象徴を無駄に金をかけた像で示そうとしたり、それをよりによって海兵にやらせていたりと随分やりたい放題だ。きっとその資金源も島の住人たちの税金によるものであろう。

 大した英雄である。

 

「…っと、こんなところで油売ってる場合じゃないね」

 

 この島の海兵の腐りっぷりに起きれていたエレノアは、本来の目的を思い出してその場を離れる。

 目的地は、あの男の得物が隠されている場所だ。

 

「ゾロくんの剣はどこかしら〜…っと」

 

 聞くところによれば、彼の得物は刀なのだとか。

 取引材料というわけではないが、持って行ってやればいい印象を抱いてくれるのではないだろうか。

 そう思って通路を歩いていたエレノアだったが、片っ端から部屋を開けて言ってもなかなか見つからない。

 武器庫か倉庫か、とにかく刀を隠しておくのによさそうな部屋は全部探したつもりだが、それでも一向に見つからなかった。

 首をかしげるエレノアだがそのうち、何やら前方が騒がしいことに気がついた。

 

「…………ん?」

 

 目を凝らせば、向こう側から何者かが走ってきている。

 よく目を凝らせば、抱えられた男が盾にされ、悲鳴を上げながら全力疾走している。

 よくよく目を凝らせば、抱えている男は頭に見覚えのある麦わら帽子をかぶっているのが見えた。

 

「どけどけ〜!!! 刀はどこだぁぁぁぁ!!!」

「アンタ何やってんだぁぁぁぁぁ!!?」

 

 船長が、大勢の海兵を引き連れながら前方から向かってくるというありえない状況に、エレノアは思わず目をむいた。

 なにがどうしてこうなったというのか。

 

「エレノア! ゾロの刀知らねえか⁉」

「あ、うん。今探してるところ……ってそれどころじゃないでしょ!!!」

「じゃあ仕方ねえ。おい‼ 早くお前の部屋どこか教えろよ‼」

「だ…だがらやべろっで!!!」

「…ああ、こいつが例のバカ息子」

 

 ルフィに引きずられる変な髪形の男に、ヨキに似た匂いを感じて納得するエレノア。

 なるほど、腐っても大佐の息子であるために海兵の盾にしたのか。

 

「で、もしかしてゾロ君の刀って、そいつが持ってるの?」

「ああ、こいつの部屋にあるって‼」

「そうかなるほど。じゃあ吐け。今すぐキリキリ吐け」

「おばえらざっぎがらおでのあづがいざづすぎだろ!!!」

「……なんて?」

 

 涙声すぎて何と言ったのか判別できず聞き返してしまった。

 だがそんな中、エレノアの耳は窓の外、磔場のあたりから騒がしい声がしているのを捉えた。

 

「ん? なんかあそこでもやってるな…って」

 

 途中で立ち止まり、様子をうかがっていたエレノアは、思わず目を見開いた。

 

「コビー君⁉」

 

 磔になっている男、おそらくはロロノア・ゾロの足元近くに、肩を赤く染めたコビーが倒れこみ、泣き叫んでいた。

 彼のことだ。不当な理由で逮捕されたゾロのために、こっそり縄を解きに来たところを狙い撃ちされてしまったのだろう。

 あの様子では急所は外れたようだが、このままでは殺されてもおかしくはない。

 

「ルフィ、ゾロ君の剣は任せた‼」

「おう! さっさと言えっての‼」

「いででいでで言うっでイッでんだろが!!!」

 

 ルフィに断りを入れてから、エレノアはパンッと手のひらを打ち合わせ、窓と壁に向けて叩きつける。

 閃光とともに、邪魔な壁は分子レベルで分解され、砂のように崩れて大きな穴が開く。

 

「待っててね、コビー!」

 

 自分一人がくぐるに十分な穴をくぐったエレノアは、そのままコビーたちの方へ体を傾け、思いっきり壁を蹴って滑空(・・)を始めた。

 

⚓️

 

「モーガン大佐への反逆につき、お前たち二人を今、この場で処刑する!!!」

 

 磔にされたままのゾロと、侵入した罪に問われているコビーに一斉に銃が付きつけられる。

 絶体絶命のピンチに、コビーは真っ青な顔で涙を流した。

 

「ロロノア・ゾロ…、てめェの評判は聞いてたが、この俺を甘くみるなよ。貴様の強さなどおれの権力の前には、カス同然だ…!!!」

「全くその通りでございます‼ さあお前ら、大いに後悔するがいい‼ このモーガン大佐に、引いてはこのヨキ様に逆らったことをな!!!」

 

 片腕が斧になった大男、海軍大佐にしてこの島の実質的な支配者モーガンと、そのおこぼれで威張り散らしてい海軍中尉ヨキがゾロとコビーを睨みつける。特にヨキは、鬼の首でも取ったようないやらしい笑みを浮かべていた。

 

「構えろ‼」

(おれは…、こんなところで死ぬ訳にはいかねェんだ…………!!!)

 

 自分を狙う銃口を睨み返しながら、ゾロはままならない現実を呪う。

 始まりは、自分が通う剣術道場でのことだった。

 師範の娘・くいなにいつも負けてばかりであった少年ゾロは、毎日のように挑んでは連敗記録を重ねていた。

 何度挑んでも勝ち星を上げられないことに感情があふれ出し、情けなく泣きじゃくりながらくいなに自分の悔しさを吐露してしまった時、くいなもまた弱くなっていく自分自身の悔しさを初めて打ち明けた。

 ゾロはそんなくいなの言葉を逃げだといいのけ、いつか最強の剣豪の座をかけて努力を諦めないことを誓わせた。

 だが、約束は果たされなかった。

 階段で転んで頭を打ったくいなが、あっさりとこの世を去ってしまったのだ。

 動かないくいなに詰め寄っても返ってくる声はなく、ただ悔しさと悲しさだけが募るばかり。

 

 だから、彼は誓った。

 

 ―――おれ、あいつのぶんも強くなるから!!!

    天国までおれの名が届くように、

    世界一強い大剣豪になるからさ!!!!

 

 そう、くいなの父である師範に誓い、くいなの剣を受け継いだ。

 だから彼は、約束を違わない。

 こんなところで約束を破るわけには、絶対にいかなかった。

 

(約束したんだ………‼)

 

 理不尽が、彼と巻き込んでしまった少年を貫こうとした瞬間。

 

 ガギギギギギン!!!

 

 上空から突如割り込んだ影が、大きく伸びて銃弾の雨を受け止めてみせた。

 純白の翼のように見えたそれは、鋼の硬さを以って銃弾の衝撃をはじき、ゾロとコビーを守り抜いた。

 

「きかないよ、そんな鉄くずなんか」

 

 海兵たちに背を向けながら、自身の翼を広げた影……エレノアが小馬鹿にするように告げる。

 目の前に現れた異形を前におののく海兵たちを他所に、天使の少女はにっこりと笑いかけた。

 

「な、なんだお前!!?」

「エレノアさ~~~~ん!!!」

 

 初めて見る少女に驚くゾロと、再び間一髪で救われたコビー。

 二種類の声を受けたエレノアは、満足げにうなずいて見せた。



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第4話〝英雄の器〟

「な、なんだあいつは……⁉」

「あのガキ……‼ って天族ぅ~~~~!!?」

 

 突如海兵たちの前に現れた、巨大な翼をもつ少女に驚愕の声が続々と上がる。

 特にヨキは、聞き覚えのある声に怒りが再燃しかけたところで、その相手が伝説の存在であったことを知って、これ以上ないほどに目を見開いていた。

 

「ば、バカな⁉ 天族が実在したというのか!!?」

「嘘だろ…⁉ 船乗りの守り神が何で海賊狩りを……⁉」

 

 海兵たちにとっても、天族の存在は神聖的なものである。

 海を守る彼らにとって、自分たちにとっても守り神であるはずの存在が敵の味方をするという事が信じられなかった。

 そんな視線を丸ごと無視して、エレノアは磔になったままのゾロのもとに近寄った。

 

「よ。なんかうちの船長があんたを勧誘するって聞かないもんだからさ、どうしようかと思ってたんだけど…人を見る目はあるみたいだね」

「え、エレノアさん、その羽根…!」

「………‼ お前、あの野郎の……?」

「詳しい話はあとにしようか。……どうせもうすぐここに来るし」

 

 得意げな顔で、エレノアがそう言った直後。

 

「ゴムゴムのォ~~~~ロケットォ!!!」

 

 声と同時に、エレノアたちのすぐ近くに飛び込んでくる影が一つ。

 盛大に砂埃を巻き上げて降り立ったそいつ…ルフィは、パンパンとズボンをはたきながら立ち上がり、へたり込んでいたコビーに手を上げた。

 

「よぉコビー。大丈夫か?」

「大丈夫じゃないですよ!!! ほら、こんなに血が!!!」

「そんだけ叫べるなら大丈夫でしょ」

「…てめェら一体、何者なんだ」

 

 どこからか走らないが、猛スピードで突っ込んできて平気な顔をして居るルフィと、伝説の天使の少女が和気あいあいと話し合っている様にゾロは呆然とする。

 するとルフィは、恥ずかしげもなくこう言った。

 

「おれは、海賊王になる男だ!!!」

 

 しばしそのセリフに目を見張っていたゾロだったが、ルフィが差し出した三本の刀を見て我に返った。

 

「あ、そうだゾロ。お前の宝物どれだ? わかんねぇから3本持ってきちゃった」

「三本ともおれのさ…俺は三刀流なんでね…」

 

 満足げに不敵な笑みを浮かべるゾロを見て、エレノアは挑戦的な目を向けた。

 その背後には、包囲網を組む数十人の海兵たちがいる。

 

「さてゾロ君。ここで私たちと一緒に海軍と戦えば、晴れて政府にたてつく悪党だ。このまま死ぬのとどっちがいい?」

「てめェ、天族のくせに悪魔みてェな奴だな…」

 

 小悪魔的な眼差しに、ゾロはやや呆れたようにつぶやく。

 だが、すぐにその挑戦を真っ向から受け止める不敵な笑みを浮かべる。

 

「まァいい…ここでくたばるくらいならなってやろうじゃねェか…、海賊に!!!」

「そう来なくっちゃね!」

 

 勧誘が成ったことに満足し、エレノアはパチンと指を鳴らす。

 そのままゾロの縄を解きにかかるエレノアを前にして、海兵たちは完全に引け腰になっていた。

 無理もない、彼らは船乗りの守り神に引き金を引いてしまったのだ。

 

「た、大佐‼ あんなのが相手じゃ、我々にはどうにも…‼」

 

 戦意を喪失しかけている海兵たちが、助けを求めてモーガンに視線を集める。

 命令したのは彼なのだから、彼にこそこの状況を何とかしてほしい、そんな責任転換の意志が表れていた。

 しかしこの男は、微塵も臆した様子はなかった。

 

「うろたえるんじゃねェ‼︎ 神だの天使だのが実在してたまるか!!! 確かにありゃ、ただの人間じゃねェ…噂に聞く、あの『悪魔の実シリーズ』の何かを食いやがったに違いねェ」

「…あの海の秘宝を!!?」

「まさか…じゃあ今の能力は悪魔の…!!!」

 

 自分が最も偉いと信じ、神をも恐れない彼にとって、先ほど銃弾を弾いたのも何かしらのトリックがあるのだと考える。

 根拠のない憶測だったが、それだけ悪魔の実の力という説得力は大きく、海兵たちに活力が戻り始めた。

 

(ピストル)が駄目なら斬り殺せ!!!」

「「「「お…うおおおおお‼」」」」

 

 いまだためらう海兵はいるものの、命令を受けた海兵たちは一斉に剣を抜いて突進を開始する。

 もはやヤケクソな勢いだったが、追い詰められた人間の勢いと力はすさまじいものであった。

 

「早くほどけ早く!」

「せかすなよ。この結び目固くってよォ」

「わー‼︎ きてますきてますって!!!」

 

 迫りくる海兵たちにゾロとコビーは焦る。

 ルフィはなぜかのんびり縄をほどきにかかっているが、動けないゾロや戦えないコビーには危機が刻々と迫ってきている。

 段取りの悪い船長と友達を見て、エレノアは深いため息をつき、パチンと両手のひらを打ち合わせた。

 

「おれに逆らう奴ァ全員死刑だァ!!!」

 

 モーガンの盛大な宣言とともに、海兵たちの刃が一斉に振り下ろされる。

 だが、響いたのは肉が裂けて血が噴き出す音ではなく、無数の金属同士がぶつかり合う甲高い音。

 パラパラとちぎれ落ちた縄を踏み、解放された男が船長の前に刃を携えて立ちふさがる。

 両手に一本ずつ、口に一本の刀を構え、数人の海兵の刃をたった一人で受け止めたゾロが、そのままの体制で海兵たちを睨みつけた。

 

「てめェらじっとしてろ。動くと斬るぜ」

「ひい…‼ ……!!!」

 

 凄まじい殺気を放つ男の目に、海兵たちは恐怖で顔を真っ青にする。

 ルフィは目を輝かせ、コビーは安堵のせいか気絶するように倒れこみ、エレノアは感嘆の口笛を吹く。

 するとゾロは、ルフィの方をぎろりと睨みつけた。

 

「海賊にはなってやるよ…約束だ‼ だが、いいか‼ 俺には野望がある!!! 世界一の剣豪になることだ!!! こうなったらもう名前の浄不浄もいってられねェ‼ 悪名だろうが何だろうが、俺の名を世界中に轟かせてやる!!! 誘ったのはてめェだ‼ 野望を断念するようなことがあったら、その時は腹切っておれにわびろ!!!」

「いいねえ世界一の剣豪‼ 海賊王の仲間なら、それくらいなってもらわないとおれが困る!!!」

「ケッ、言うね」

 

 壮大な野望に壮大な野望で返され、ゾロは獰猛な笑みを返した。

 目的は違えども、ともに野望をかなえるために同じ船に乗る仲間が一人、ここに集った瞬間だった。

 新たな仲間の誕生に、エレノアは満足げに笑う。

 

「なにボサッとしてやがる!!! とっととそいつらを始末しろ!!!」

 

 動かない部下を怒鳴りつけるモーガンの声に、ルフィとエレノアはキッと視線を鋭くする。

 

「しゃがめ、ゾロ‼ 〝ゴムゴムの…鞭〟!!!!」

「『弔いの木よ、牙を研げ』!〝祈りの弓(イー・バウ)〟!!!」

 

 ちょうどよくゾロの周りで集まった海兵に、そして銃を構えたまま待機している海兵たちに、ルフィとエレノアは標的を定める。

 ルフィの足が回し蹴りの勢いで勢い良く伸び、強烈な鞭の一撃をお見舞いする。

 そして両手を合わせたエレノアの周囲で空気が凝縮し、数条の風の矢となって銃を持った海兵たちの腕に突き刺さった。

 

「…!!!」

 

 バタバタと倒れていく部下に、モーガンの怒りがさらに募っていく。

 

「や…やった‼ すごいっ!!!」

「てめェらは一体…‼」

 

 コビーは称賛するが、人外の技を見せつけられたゾロは瞠目する。

 それに対して二人は、自信満々に言ってのけた。

 

「ゴム人間と」

「錬金術師だ!!!」

 

 あっけにとられているのは海兵たちもだった。

 もう一人が能力者だったことも驚きだが、何もない空間からなにか武器のようなものを作り出したエレノアの姿を見て、全員の表情が恐怖と後悔に彩られていく。

 

「あ、あいつも悪魔の実の能力者だったのか…⁉」

「ていうかやっぱりあの天族本物じゃないか!!?」

「た…大佐‼ あいつら…‼ 我々の手にはおえません‼」

「ムチャクチャだ‼ あんな奴ら…‼」

「それに…、ロロノア・ゾロと戦えるわけがない…‼」

 

 次々に弱音を吐き、後ずさっていく海兵たち。

 彼らにモーガンは、平坦な声で言い放った。

 

「大佐命令だ。今…、弱音を吐いた奴ァ…頭撃って自害しろ」

「!!!」

「このおれの部下に、弱卒は要らん!!! 命令だ!!!」

「……‼」

 

 あまりにも理不尽な命令に言葉を失う海兵たちだが、次第に全員が銃を掲げ、自分のこめかみに銃口を当てていく。

 ただモーガンが強いからではない、恐怖が体の奥底に染みこんでしまっているために、逆らうことができないのだ。

 

(わ、私は言ってない‼ 言ったのは他のやつだ…‼ し、死にたくない…‼)

 

 ただ一人ヨキだけが内心で言い訳を吐いているが、内心で無理かもしれないと思ったために、自分も粛清対象に入っているのではないかという恐怖心を抱いていた。

 

「どうかしてるぜ、この軍隊は……‼」

 

 徹底した恐怖政治に、ゾロが思わず嘆息する。

 だがその時、じっとそれを見ていたエレノアが大きく息を吸いこみ始めた。

 

「おいぼんくらどもォ!!! 耳の穴かっぽじってよく聞きなさい!!!」

 

 腹の底まで響いてくるほどの怒号に、海兵たちはビクゥッと肩を震わせて、引き金を引こうとしていた指を硬直させた。

 情けない顔をさらしている海兵たちに、エレノアは心底軽蔑した目を向け、怒鳴りつけた。

 

「尻尾ふって生きながらえるだけがあんたたちの生き方なの⁉ あんたたちにとってこいつがどんだけ怖いかは知らないけど、矜持(プライド)を捨ててでも従った結果がこれなの!!? 情けないぞ海兵共!!!」

 

 思わぬ相手からの説教に、海兵たちの顔に戸惑いと迷いが生まれる。

 その声は、敵に対する怒りの感情などではなく、まるで母親が子供を叱るときに向ける慈愛のようなものを感じたのだ。

 

「てめェの意志を、いっぺんでも通してみろよ!!! ()の子ども!!!!」

「…!!!」

 

 悲痛な顔を浮かべていた海兵たちの目に、小さくも確かな火が灯る。

 なにか、大切なものを思い出したかのような、そんな熱い炎が。

 

「な、なんなんだあいつは…⁉」

 

 崇高な意思も、正義感もなく、ただ権力が欲しくて中尉の座を手に入れた男であるヨキは、その光景が理解できなくて戸惑うほかにない。

 そんな彼に、エレノアはギン、と鋭い目で睨みつけた。

 

「あんた、散々あの男の下で甘い汁すすってたんだろ…?」

「!!!」

 

 標的にされたことに気づいたヨキはぶわっと脂汗を吹き出させ、一歩を踏み出したエレノアに恐怖に満ちた表情を見せた。

 エレノアは唯一、この男だけは許すつもりはなかった。

 強いものに媚びへつらうもそれを恥とせず、むしろ同調して力のない人々を踏みにじり、子供まで手をかけようとした性根の腐った野郎。

 この男がいてもいなくても、この島は腐っていただろう。

 だが、それでもエレノアには、この男を許すつもりはなかった。

 ほかならぬ島の人々の声を、その耳で聞いたのだから。

 

「五体満足でいられると思うなよ!!!」

「ヒッ……お、お前たち‼︎ 私を守れェ‼︎」

 

 完全に腰を抜かしたヨキが、自分の屈強な部下たちを盾にする。

 ためらいながらも、上司の命令を忠実に守ろうと、海兵たちが再びエレノアに斬りかかる。

 

「身分も低い、称号もねェやつらは…‼ このおれに逆らう権利すらない事を覚えておけ、おれは海軍大佐〝斧手〟のモーガンだ!!!」

「おれはルフィ! よろしくっ」

 

 モーガンの相手は、ルフィが務めるらしい。

 横目でそれを見たエレノアは、必死にその光景を見届けようとしているコビーの姿に気が付いた。

 

「ルフィさん‼︎ エレノアさん‼︎ こんな海軍つぶしちゃえ!!!」

 

 声援を受け、エレノアはぐっとサムズアップで答える。

 

「うおおおおおこの化け物がァ!!!」

「こんなナマクラで、私を止められるわけないでしょ‼︎」

 

 気合の咆哮とともに振り下ろされた新品の剣が、エレノアが振るった翼によって真っ二つに両断された。

 再び使い物にならなくなった自分の剣と、金属の輝きを放つエレノアの翼、そして、エレノアの両手のひらの間で渦巻く炎を目の当たりにし、海兵たちは腰を抜かす。

 そして、エレノアの次の標的が自分であることに気づいたヨキは、涙を流しながら後ずさった。

 

「『穿て、抉れ、ブチ抜け!』」

 

 ごうごうと唸りを上げていた炎が徐々に形を成し、一本の長い槍へと変わる。

 空気を焼く炎の槍を構えたエレノアが紡ぐ乱雑な祝詞が、ヨキの魂魄に恐怖を刻み込んだ。

 

「〝穿ちの朱槍(ゲイ・ボルク)〟!!!」

「ぎゃあああああああああ!!!!」

 

 伝説の天使が操る炎の槍が全力で投擲され、ヨキの胸に突き刺さる。

 直後、込められた力が爆発し、欲深な罪びとの体は真っ赤な炎に包まれたのだった。




エレノアの技名はすべて、FGOのキャラの宝具からとっていきます。
やったことないけど。

8/11 読者の方から指摘があったのでエレノアの技の一つを変更しました。


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第5話〝ルフィとコビー〟

 炎に焦がされ、真っ黒になって倒れていくヨキ。

 どさっとその体が地面に落ちるのを確認すると、エレノアの翼が徐々に金属の輝きをなくし、普通の白い羽に変わっていく。

 ふと近くからずしんと重いものが倒れる音が聞こえてくる。

 振り返ってみれば、伸びた腕をバチンと引き戻すルフィと静かにたたずむゾロ、倒れ伏すモーガン大佐の姿があった。

 

「ナイス、ゾロ」

「お安い御用だ。船長(キャプテン)

 

 声を掛け合い、戦闘態勢を解いていく二人を見たエレノアは、次いで立ち尽くしているほかの海兵たちに目を向けた。

 

「さァ、あんたたちの頭は倒れたよ‼ どうするの⁉」

「た…大佐が負けた…‼」

「モーガン大佐が倒れた!!!」

 

 ピクリとも動かない大佐や、真っ黒こげになったヨキを見て海兵たちは言葉を失う。

 そして、ぶるぶると肩を震わせたかと思うと、一斉に拳を突き上げて声を解き放った。

 

「やったァ――――――っ!!!」

「解放された!!!」

「モーガンの支配が終わったァ!!!」

「海軍バンザーイ!!!」

「ザマーミロ、ヨキの奴め!!!」

 

 一斉に武器を放り捨て、仲間と抱き合い、手のひらを打ち合わせ、歓声を上げる海兵たちを見て、ルフィやエレノアは呆れた表情を浮かべた。

 

「なんだ。大佐やられて喜んでやんの」

「……みんな、モーガンが恐かっただけなんだ…‼」

「てかどんだけヨキのやつ嫌われてたのよ?」

 

 自分の意志で従っていたわけではないことを知り、コビーは安堵の表情を浮かべる。

 海兵に憧れる彼の夢が、壊れずに済んだのだ。

 だが、そんな空気をぶち壊すバカがこの場にはまだいた。

 

「き、貴様ら何を喜んどるかぁ!!? た、大佐に対しこの仕打ち、部下の分際で許されると思っているのかぁ!!!」

 

 黒焦げになったヨキが、はしゃいでいる海兵たちを怒鳴りつける。

 もう恐怖の対象であったモーガンは盾にできないというのに、金で買った地位が彼に虚栄を抱かせていた。

 その様に思わずエレノアは顔をしかめる。

 

「うっわ…あいつしぶといな」

「こ、殺せ‼ あの不届き者どもを殺せェ!!!」

 

 恐怖政治の中でも、ヨキのように自ら媚びへつらうことで甘い汁をすすっていた海兵が一部にはいたようで、ほかの海兵やルフィたちに武器を向け始めた。

 だが、そんな彼らの背後に、ぬぅんと大きな影が差し、びくっとその体が震えた。

 恐る恐る振り向けば、島の住民たちである炭鉱夫たちが実にいい笑顔を浮かべて集結していた。それも、数十人の集団で。

 

「おいおい、困りますなあ? 素直に負けを認めてもらわねばいつまでたっても終わりませんぜ」

「海兵様も暇じゃねェんだろ?」

「う、うるさいどけ貴様ら! ケガしたくなかったらさっさと…」

 

 武器を持っていることで優位に立っていると思ったのか、屈強な炭鉱夫たちを前にヨキも引かない。

 が、炭鉱夫たちにとって、武器など己の拳だけで十分だった。

 

「炭鉱マンの体力、なめてもらっちゃ困るよ中尉殿」

 

 ゴキゴキと鳴り響く拳を見せつけられ、ヨキや海兵たちの顔が真っ青に染まりきった。

 

「ぎゃあああああああああ!!!!」

 

 バキゴキボカグシャ!!!

 人体から鳴っていいものではない音が鳴り響き、その後ぼろクズのようになったヨキたちが放り捨てられる。

 これまでのうっぷんが見事に表れたやられっぷりに、エレノアが思わず口笛を吹いた。

 

「…親方」

「嬢ちゃんにばっかり任せたまんまじゃ、カミさんやカヤルに顔向けできねェよ」

 

 妙にすっきりした表情で汗を拭く親方に、エレノアは肩をすくめる。

 漁夫の利というか、来るのが遅いと言いたかったが、一応は炭鉱夫も一般人だ。モーガンのような猛者を相手にするのは酷だろうと、大目に見ることにした。

 

「お前さんに言われてハッとしたよ。おれの家族は俺の宝だ。俺が守らねェでどうするんだってな」

「…うん、じゃ、許す」

 

 きっとこれで、彼らは学んだことだろう。

 たとえ相手がどんなに恐ろしくとも、大切なものを守るために立ち向かう勇気を。

 力を合わせれば、戦えるという事を。

 ま、いいかというように、エレノアはため息をつくと笑みを浮かべた。

 

「よっしゃ―!!! 酒持って来い酒―――っ!!!」

「島中のみんなにこの事を伝えろォ‼ モーガンのクソ野郎は倒れたァ!!!」

 

 炭鉱夫や海兵たちが、この場にいない仲間や家族に朗報を知らせるために走り出す。

 みんな実に晴れやかな顔で、希望に満ち溢れた顔をしていた。

 

「……ところでなんであのバカ息子倒れてんの?」

「あいつ、コビーを人質に取ろうとしてたんだ」

「あぁ…」

 

 無様に倒れているヘルメッポの方を見たエレノアが、納得のため息をついた時だった。

 刀を鞘に納め終えたゾロが唐突に、糸が切れた人形のように倒れ伏したのだ。

 

「ゾロ⁉」

 

⚓️

 

「はァ、食った…!!! さすがに9日も食わねェと極限だった‼」

 

 ルフィとエレノアが最初に入った酒場のテーブルで、久方ぶりの食事を楽しんだゾロが息をついた。

 なんてことはない、先ほど倒れたのは空腹が限界に達したためであった。

 

「水もなしによくやる…」

「じゃあ、どうせ一ヵ月は無理だったんだな!」

「おめェは何でおれより食が進んでんだよ」

「すいません、なんか…僕までごちそうに…」

「いいのよ! 町が救われたんですもの!」

「その通りだァ‼ 救世主が遠慮なんてするんじゃねェよ!!!」

「ほらもっと食ってくれよ!!!」

「全く、調子いいんだから…」

 

 登場が遅れたことがやっぱりちょっと気になるエレノアは、一緒になって騒いでいる炭鉱夫たちをジトっとした目で睨みつける。

 そこへ、エレノアが声だけを聴いた、ゾロに砂糖で握ったおにぎりを渡しに行った少女とカヤルが話しかけてきた。

 

「やっぱりお兄ちゃん、すごかったのね! お姉ちゃんもありがとう‼」

「お前ら、こんなにすごかったんだな‼」

「すごいのは君の方さ。私は君がヨキに立ち向かわなきゃ、手を貸そうとは思わなかった…誇っていいよ。無謀なのは間違いないけど」

 

 カヤルの勇気をたたえると、彼は照れ臭そうに頭をかく。

 その様子に親方がわがことのように喜び、新たな酒瓶を開け始めた。

 

「それで、ここからどこへ向かうつもりだ?」

 

 一息ついたところで、ゾロがルフィとエレノアに尋ねる。

 海賊になったはいいが、今後のはっきりとした予定を聞いておく必要があった。

 それに対する、ルフィの答えは。

 

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟へ向かおう」

 

 仲間ができたときに向けて決めていたことを、告げた。

 

「んまっ、また無茶苦茶な!!!」

 

 当然コビーは驚きあきれる。

 いまだルフィの仲間は二人だけ、強いのは確かだが、たった三人だけで迎えるほど偉大なる航路(グランドライン)は優しい航路ではない。

 そんなものは常識であった。

 だが、エレノアもゾロも特に反対する様子はなかった。

 

「どの道〝ワンピース〟を目指すにはそうするっきゃないけど…」

「いいんじゃねェか?」

「いいってお二人まで!!?」

「別に、お前は行かねェんだろ……?」

「い…いか…行かないけど‼ 心配なんですよ‼ いけませんか!!? あなた達の心配しちゃいけませんか!!!」

「いや…それは」

「忠告として受け取っとくよ」

 

 一緒に行くわけでもないのに、わがことのように案じるコビーのゾロは押され、エレノアは苦笑する。

 臆病なくせに妙にお人好しな彼のことは心配だが、ちゃんと意思を表示する勇気を手に入れたようでエレノアは安心した。

 

「ルフィさん、ぼくらは…‼ つきあいは短いけど、友達ですよね!!!」

「ああ、別れちゃうけどな、ずっと友達だ」

 

 何の迷いもなく帰ってきた言葉に、コビーは安堵と喜びが混じった表情を浮かべる。

 それは彼が、何よりも望んだ言葉だったからだ。

 

「ぼくは…小さい頃からろくに友達なんていなくて…ましてや、ぼくのために戦ってくれる人なんて絶対いませんでした。何よりぼくが戦おうとしなかったから…‼」

 

 これまでの彼は、ただ愛想笑いを浮かべて流されるばかりであった。

 人との付き合いも、困難も、自分が傷つかないようにうまくやろうとしただけで、立ち向かおうとしたことがなかった。

 芯のない生き方をしていただけの少年は、たった一つの出会いによって変わったのだ。

 

「だけど、あなた達三人には……‼ 自分の信念に生きることを教わりました!!!」

 

 ルフィの生き様は、コビーの理想だった。

 自分の信じた道をまっすぐに進む彼の生き方が、途方もなくまぶしかったのだ。

 が、ルフィはそう言ったコビーに呆れた目を向けていた。

 

「だから、俺たちは〝偉大なる航路(グランドライン)〟へ行くんだよ」

「まァ、そうなるな」

「あっ、そっか。いや‼ 違いますよ、だから今、行くことが無謀だって…」

「…ぶっちゃけ、私は君の過去のほうが心配」

「え?」

「アルビダの海賊船(・・・)にいたでしょ? 素性が知れたら入隊なんてできないよ?」

 

 エレノアの指摘に、コビーはハッとなる。

 海兵たちは圧政に加担していたが、性能が落ちていたわけではない。

 海軍の諜報能力があれば、自分が海賊の一味であったことなどすぐにばれてしまうのだ。

 

「失礼!」

 

 コビーが焦りで冷や汗をかいていると、酒場のドアを開けて一人の海兵が顔を出した。

 エレノアはその海兵中佐の顔を見て、時が来たことを察する。

 彼の顔は無表情でありながら、義務感と申し訳なさがにじみ出ている複雑な表情だった。

 

「…そろそろお暇しないとね」

「すまないな…反逆者としてだが、我々の基地とこの町を実質救ってもらったことには一同感謝している。しかし…」

「わかってる。私たちが海賊を名乗る以上、黙ってるわけにはいかないよね」

 

 例え少人数であろうとも、海賊と海軍は敵同士である。

 恩人であろうとも、この定めは覆されはしなかった。

 

「即刻、この町を立ち去ってもらおう。せめてもの義理を通し、本部への連絡はさける」

「おい海軍っ‼ なんだ、そのいいぐさは‼」

「てめェらだってモーガンにゃ抑えつけられてビクビクしてたじゃねェか‼」

「我々の恩人だぞ‼」

「嬢ちゃんも一言ぐらい文句言ってやれよ‼」

 

 町民や炭鉱夫たちが一斉に海兵を非難するが、エレノアはそれを視線で制する。

 必死に擁護してくれるのはうれしいが、本来こんな事件はあるはずがないことなのだ。

 海軍と人々の間に禍根を残さないために、大ごとにはしないほうがいい。

 

「仕方ないよね、ルフィ」

「じゃ…行くか。おっさん、ごちそうさま」

「………」

「お、おい…ほんとに行っちまうのか?」

 

 親方は惜しむように言うが、エレノアが黙って首を振ると肩を落として黙り込む。

 そのままルフィとゾロと共に去ろうとした時、一人立ち尽くしているコビーに気づいた中佐が眉を寄せた。

 

「君も仲間じゃないのか?」

「え! ぼく……‼」

 

 ずっと一緒に行動していたのだから、仲間だと思っていたのだろう。

 コビーはびくっと肩を震わせると、迷いながら口ごもる。

 何度も何度も言いかけながら、やがて彼は引き絞るように意思を発した。

 

「ぼくは彼らの…仲間じゃありません!!!」

 

 きつく歯を食いしばり、拳を握りしめるコビーを見て、ルフィが何やら考え込む。

 その顔を見ただけで何をする気か察したエレノアは、ふっと微笑むと先に酒場の入り口をくぐった。

 

「ルフィ、先行くよ」

「おう」

「ゾロ、先行って船、用意しておくから」

「ああ」

 

 エレノアと入れ替わるように、ルフィがコビーの方に一歩踏み出す。

 これから彼が口にするのは、友を想うゆえの暴言。

 彼に勇気を引き出させるための、背中を押す悪口。

 聞こえてくる殴打の音に苦笑しながら、エレノアは町民や炭鉱夫たちの間を抜けて、一足先に港へ向かった。

 

 ―――ぼくは!!!

    海軍将校になる男です!!!!

「………頑張れ、コビー君」

 

 強く響いた男の信念に、エレノアは満足そうに微笑むと、再びフードをかぶって顔を隠した。

 しばらくして、頬に痕が付いたルフィとあきれた様子のゾロが港の方に合流した。

 

「たいしたサル芝居だったな。あれじゃばれてもおかしくねェぞ」

「さぁ? 最初からあの中佐さん気づいてたかもよ?」

「あとはコビーが何とかするさ、絶対!」

「何にしてもいい船出だ。みんなに嫌われてちゃ、後引かなくて海賊らしい」

「…そうだね」

 

 これが、海賊としてあるべき姿。

 そう思っても、エレノアは少し寂しい気持ちがした。

 その時だった。

 

「ル! ル! ルフィさんっ!!! エレノアさん!!!」

 

 出航間近の三人のもとへ、かけられる声。

 振り向いてみれば、吹っ切れた表情のコビーが、見事な姿勢で立派な敬礼を見せていた。

 以前までの弱気な姿などどこにもない、一回りも成長した姿だった。

 

「ありがとうございました!!! この御恩は一生忘れません!!!」

 

 これまでの感情や官舎がいっぱいに詰まった言葉で、コビーはルフィたちを見送った。

 

「海兵に感謝される海賊なんて聞いたことねェよ」

「しししし!」

「にゃはは」

「また逢おうな!!! コビー!!!」

 

 友達の声援(エール)に、ルフィは満面の笑顔で答える。

 泣きそうな顔で見送るコビーの背後に、ザッといくつもの靴音がそろった。

 

「全員敬礼‼」

 

 島にいた海兵たちが、全員そろってルフィたちに敬礼を見せていた。

 これまで前例などなかろう、海兵が一海賊に感謝の意を示した瞬間だった。

 その後ろで、炭鉱夫や町民たちがありったけの感謝を伝えようと大きく手を振り、歓声を上げて見送りに集まってくる。

 その光景がどうにもおかしくて、エレノアは腹を抱えて笑いながら、ゾロは苦笑しながら、ルフィは大きな笑い声を残しながら手を振り、小舟に乗り込んでいった。

 

「いい友達をもったな」

「はいっ」

 

 中佐の言葉に、感極まったコビーが涙を決壊させる。

 そして、三人を乗せた小舟が見えなくなったころ、一人の海兵が慌てた様子で駆け込んできた。

 

「中佐! 大変なことが…!」

「? どうした?」

 

 見送りに顔を出さなかった海兵が持ってきた書類に、中佐は眉を寄せる。

 そしてそれが何なのかを理解した瞬間、驚愕に目を大きく見開いた。

 

「これは…手配書? ってこの顔は⁉」

 

 WANTEDと大きく書かれた顔写真付きの書類を見た中佐は思わず、すでに遠く見えなくなっている小舟に視線を戻す。

 手配書に乗っている顔は、あの少女と全く同じ顔であったのだ。

 あの(・・)海賊団にいるはずの彼女がこの町に来たという情報は、海軍にとって重要なもの。

 報告すれば、相当な恩賞があるはずの情報だ、だが。

 

「……この貸しはデカいぞ、妖術師(ウィザード)殿」

 

 中佐は、約束を取った。

 せめて彼女がこの先の海を、無事に出航できることを願って。



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第2章 道化のバギー 第6話〝海を識る女〟

 波に乗り、風に乗り、小舟は進む。

 世界一の剣豪の名を求める強者を、新たな同乗者に迎えて。

 

「おい、俺はさっそくで悪ィが、この一味に不安を覚えた」

「……だいたい予想はつくけど、何かな?」

「あー…はらへったー」

 

 小舟の先頭で、ルフィとエレノアを前に神妙な顔でゾロは言う。

 具体的には、のんきな顔で空腹を訴えながら、そのくせ操舵などはほっとんどやっていない、というかできない船長を見つめて。

 

「さすがに船長のお前が航海術を持ってねェってのはおかしいんじゃねェか?」

「お前こそ海をさすらう賞金稼ぎじゃなかったのかよ」

「おれはそもそも賞金稼ぎだと名乗った覚えはねェ。ある男を探しにとりあえず海へ出たら、自分の村へも帰れなくなっちまったんだ」

「…それは何とも」

「仕方ねェからその辺の海賊船を狙って、生活費を稼いでた…それだけだ」

 

 航海術を持っていない船長も船長だが、迷子癖のある海賊狩りも大概である、とエレノアは内心で呆れる。

 というかそんな男に獲物にされた海賊たちがあまりに憐れであった。

 

「なんだお前、迷子か」

「その言い方はやめろ‼」

 

 遠慮なくルフィが口にした不名誉な呼び方にゾロが叫ぶ。だが傍から見れば、ルフィの言葉は間違ってはいなかった。

 ゾロはどっかりと座りなおすと、呆れた目でルフィを見やった。

 

「全く…! 早ェとこ〝航海士〟を仲間に入れるべきだな」

「航海術ならエレノアが知ってるじゃねェか」

「あのね、私の本業は錬金術師なの。私が知ってるのは必要最低限の航海術なの。本業の人がいないと〝偉大なる航路(グランドライン)〟に挑むのは無茶だよ」

「錬金術か…」

 

 エレノアの言葉に、以前見せられた不思議な力を思い出し、ゾロが何やら考え込む。

 そしてやがて何か思いついたのか、ルフィに呆れているエレノアの顔をじっと覗き込んだ。

 

「おい、この間やってた妙な力…錬金術は今使えるのか?」

「ん? まァ、理解さえできれば基本的にどこでも誰にでも使えるものだけど…」

「じゃ、たのむわ」

「…………?」

 

 おもむろにゾロは、自分が飲み干した空の酒瓶に海水を入れ、手ごろな重りの石とともにエレノアに差し出す。

 意図が分からず、首をかしげながらもそれを受け取るエレノアに、ゾロも不思議そうに首をかしげた。

 

「ん? 石をパンにしたり、水を酒にしたりできるんじゃねェのか?」

「ふざけんなァ!!! どっかの聖人の所業じゃないのよ!!!」

「なんもねェ所から炎を出したり、風を吹かせたりしてたじゃねェか」

「魔法じゃないんだから‼ できることとできないこともあんの!!!」

 

 錬金術を使えば何でも作れると思ったゾロが、食糧問題を解決しようと提案した考えにエレノアが怒りをあらわにする。

 しかもそれは神話やおとぎ話の登場人物がやるような奇跡であり、物理法則を超えたむちゃくちゃなことだった。

 

「いい!!? 錬金術の基本は『等価交換』なの!!! 水は水にしかできないし、石は石にしかできない!!! 何かを得ようとしたら、それと同等の代価が必要なの!!!」

「? なんだかわかんねェが、案外勝手がきかねェんだな」

「限度があるっつの!!!」

「メシ―…」

 

 あまりエレノアが言ったことが理解できていないようだが、とにかくどうにもならないとわかったゾロが文句をこぼす。エレノアにとってはたちの悪いクレームだった。

 ギャーギャーと騒ぐ一同だったが、徐々にその勢いが弱くなっていった。

 胃袋が限界に達しつつあったのだ。

 

「ダメだ…騒いだら余計におなか減った…」

 

 三人仲良く小舟の上で倒れ、雲一つない青空を見上げる。

 空腹のせいで思考も働かず、無駄な時間だけが過ぎ去っていった。

 そんな中、青空の中心にぽつんと黒い影があるのに気が付いた。十字の形の影は、遠く天を舞っている鳥のようだ。

 

「お、鳥だ」

「でけェな、わりと…」

「目算で全長10メートルぐらいか…」

 

 距離と目で見える大きさを計算し、エレノアはそれだけ大きな鳥であることを予想する。

 ぼーっとそれを見上げていた三人だったが、やがてルフィががばっと体を起こしてエレノアたちの方へ振り向いた。いきなりきらきらと目を輝かせ、やる気を取り戻している。

 

「食おう‼ あの鳥っ」

「やめときなよ。私と違って空なんて飛べないでしょ」

「おれにまかせろ!〝ゴムゴムのロケット〟‼︎」

 

 言うが早いか、ルフィは小舟のマストを伸ばした手で掴み、ゴムの伸縮を利用して勢いよく飛び出していった。

 子供のおもちゃのような原理でまっすぐに空を飛び、悠々と飛んでいる鳥の方へと迫っていく。その姿に、見上げていたゾロが感心したように息をついた。

 

「なるほどねぇ……」

「…ねぇゾロ君、私なんか嫌な予感がするんだけど」

 

 エレノアの脳裏にそこはかとなく浮かぶ嫌な予想は、残念ながら当たってしまった。

 予想よりデカかったカモメのような鳥が、自分の口の前に飛び出したルフィをパクッと咥えてしまったからだ。

 

「!!?」

 

 予想外の事態にルフィもエレノアもゾロも固まり、声も出せずに目を見開く。

 その間に、ルフィを咥えた巨大カモメはさっさとどこかに飛んで行ってしまった。

 自分の巣かどこかに、エサとして持って帰るのかもしれない。

 

「ぎゃ――――っ!!!」

「あほ――――っ!!!」

 

 悲鳴を上げるルフィに、ゾロもエレノアも血管を浮き立たせて怒鳴る。

 しかしそんな場合じゃないと我に返り、二人でオールを持ち出すと想い切り漕ぎ、巨大カモメにさらわれた船長を追いかけ始めた。

 

「一体何やってんだてめェはァ!!!」

「すみませんすみませんウチのアホ船長がほんとにアホですみません…!」

 

 文句を垂れるゾロに、手のかかる子供の保護者のようにエレノアがぺこぺこと頭を下げる。それだけで、これまでの旅で似たようなことが何度もあったのだと感じさせた。

 必死にオールを漕いで追いかけ続けるも、空を飛んでいるカモメはどんどん遠くへ行ってしまって追いつくことができない。

 そんな中、エレノアたちの進行方向上に水飛沫が立っているのが見えた。同時に、人の声も聞こえてくる。

 

「お―――い止まってくれェ‼」

「そこの船止まれェ‼」

「ん⁉ 遭難者か、こんな時にっ‼」

「ゾロ、そのまま止めないで全速力」

「あァ⁉︎」

「いいから」

 

 バシャバシャと手足をばたつかせている三人の男たちに向かって、こぎ続けるゾロが突入する。

 小舟が直撃する直前、パンッと手のひらを打ち合わせたエレノアが海面に触れる。

 その瞬間、穏やかだった海が男たちの周囲だけうねり始め、まるで巨大な手のようになって男たちを押し上げた。

 

「うお」

「どわああっ⁉」

 

 空中に投げ出された三人が、ぼとぼとと小舟の空きスペースに落ちていく。

 うまい具合に働いた錬金術と思わしき力に、ゾロが感心した目を向けた。

 

「使い勝手いいな、それ」

「でしょ?」

 

 汚名返上とばかりに、エレノアはゾロの称賛の言葉に胸を張る。

 一方で救い出された男たちは、自分たちを押し上げた妙な現象に目を見張り、戦慄の表情をエレノアに向けた。

 

「な、なんだいまのは⁉」

「ま、まさかバギー船長と同じ能力者…⁉」

「バギー…? もしかして〝道化〟のバギー?」

 

 聞き覚えのある名前にエレノアが聞き返すと、調子を取り戻したのか男たち――海賊バギーの手下たちがナイフを取り出して凄み始めた。

 

「そ、その通りだ。おい、船を止めろ。俺たちァ、あの海賊〝道化〟のバギー様の一味のモンだ」

「あァ⁉」

 

 しかしその迫力は、空腹と船長の愚行で苛立つゾロには遠く及ばなかった。

 

 

「あっはっはっはっは――っ」

「あなたが〝海賊狩り〟のゾロさんだとはつゆ知らずっ! しつれいしましたっ」

 

 数分後、ぼこぼこにされた手下たちが気色の悪い笑顔で仲良くオールを漕いでいた。

 といってもオールは二本しかなかったので、二人が漕いで一人がおべっかを使うという形になっていたが。

 

「まァ、こうなるとは思ってたけどね」

「こいつらのお陰でルフィの奴を見失っちまった。とにかくまっすぐ漕げ」

 

 呆れた口調でエレノアが見やり、ため息をつく。

 内心では苛立つ手下たちだが、〝海賊狩り〟や得体のしれない力を持つ相手には逆らえず、しぶしぶ従っていた。

 

「気になってたんだけど、バギー一味が何で海な真ん中でおぼれてたのさ?」

「それだっ‼ よく聞いてくれやした‼ あの女のせいだっ‼」

「そう、あの女が全て悪いっ!!!」

「しかもかわいいんだけっこう‼」

「……!」

 

 不要な一言をこぼした仲間を一人が殴りつける間に、もう一人が事のあらましを簡単に説明した。

 

 商船を襲い宝物を奪った三人は、成果を喜びながら船長バギーのいる島に戻ろうとしていた。

 その途中、小舟の上でぐったりとしている若い娘を見つけた。

 なかなかかわいらしい顔にメリハリの利いた身体つきの少女に手下たちは油断し、病弱なふりをしていた彼女に宝物と舟を奪われたのだという。それも、空の宝箱とボロい舟を入れ替えられる形で。

 慌てて追いかけようとした矢先、娘はまるで予知でもしたかのように発生する天気を当てて見せ、手下たちがスコールにのまれているうちにさっさと逃げてしまったのだとか。

 

「――ってゆう次第なんですよ!」

「ひどいでしょ⁉」

「ふ~ん…海を知り尽くしてるね、そいつ。航海士になってくれたら安心なんだけどな」

 

 正直手下たちの愚痴はどうでもいいが、天気を予知してみせた娘の能力は気になる。

 それだけ正確な予報ができるなら、航海士としての実力は相当なものになるだろう。

 

「あいつは絶対探し出してブッ殺す‼」

「それより宝をまずどうする」

「そうだぜ、このまま帰っちゃバギー船長に……‼」

「そのバギーってのは…?」

「この辺の海で幅を利かせているっていう、海賊の名前だよ」

 

 ゾロが尋ねると、手下ではなくエレノアが答えた。

 

「大砲好きで有名で、どっかの町で子供に自分の鼻をバカにされたからって、その町一つ消し飛ばしたって話だよ。〝悪魔の実シリーズ〟のどれかを食ったって聞いたことがあるけど…」

「嬢ちゃん、詳しいな。船長のファンか?」

「冗談! 私、仁義をわきまえないやつって嫌いなんだよね。知ってるのは、いずれぶつかるだろうから情報を集めてるだけ」

「なにおう!!?」

 

 船長をバカにされ、一味が口ほどにもないと言われたと感じたのか手下たちがいきり立つ。

 が、にらみを利かせるゾロが怖くて手が出せずにいた。

 そんな彼らを気にすることなく、エレノアは深く考え込み、フードの下で顔をしかめていた。

 

「…悪魔の実か…一応気をつけておくか」

 

 

 やがて、小舟はある島の港に到着する。

 なかなか立派な港町で、それだけ財貨もため込んでいるのだろうと思わせるたたずまいだ。

 

「つきました、お二方‼」

 

 もはやゾロたちの下っ端になったように、へこへこと手下たちがゾロとエレノアを迎える。

 しかしそれだけ騒いでも、町の人間が誰一人として出てこないことが気にかかった。

 

「なんだ…がらんとした町だな。人気がねェじゃねェか…」

「はあ、実は、この町。我々バギー一味が襲撃中でして」

 

 手下の返答に、エレノアは頭痛を感じたような頭を押さえた。

 いつかぶつかるかもと考えていた海賊のいる島にたどり着くとはなんと幸先悪いのか。しかもこの展開、ルフィがこの島に来ていてもおかしくはない。

 厄介事ばかり持ち込む船長に、呆れるほかになかった。

 

「じゃあとりあえず、そのバギーってのに会いに行くか。ルフィの情報が聞けるかも知れねェ」

「待ってて。ちょっと居場所探ってみるから」

 

 エレノアは歩き出そうとしたゾロを制し、フードの口を開けて周囲の音を集め始める。

 人の姿が見えないのなら都合がいい。余計な音を拾わずにルフィの声だけを拾うことがたやすくなるだろうからだ。

 しばらくその場で音を集めていたエレノアだったが、やがてその表情が険しくなり始めた。

 

「…あのさ、ゾロ君」

「あ?」

 

 とても言いづらそうに呼びかけるエレノアに、ゾロは早くも嫌な予感がする。

 やや迷ってから振り向いたエレノアは、心底申し訳なさそうに目をそらしながら、聞き耳の結果を伝えた。

 

「重ね重ねごめんね………なんか、うちのバカ船長、捕まってるみたい」

「はぁ!!?」

 

 聞こえてきたのは、数十人の海賊たちの宴の声と、わめきたてる船長(アホ)の声。そしてぎしぎしと縄がきしむ音と、甲高い金属音。

 これらの音から察するに、何らかの形でバギー一味に取っ捕まったルフィが縄で縛られ、檻にでも入れられてもがいているのだろう。

 考えうる最悪の展開に、ゾロもエレノアも言葉を失って立ち尽くしていた。



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第7話〝道化のバギー〟

「ナミ、てめェどういうつもりだァ!!! せっかくこのおれが部下に迎え入れてやろうってのに!!! あァ!!?」

 

 酒場の屋上に、道化のような赤い大きな鼻が特徴的な海賊、バギーの怒声が響き渡る。

 偶然出会ったルフィをダシにして、バギーに取り入って〝偉大なる航路(グランドライン)〟の海図を手に入れようとした泥棒の娘・ナミだったが、部下になった証にと縛られて檻に入れられたルフィを大砲で吹き飛ばすように言い渡された。

 迷っているうちに他の部下に無理矢理点火させられそうになり、カッとなってその男を棍棒で殴り飛ばしてしまったのだ。

 

「なんだ、お前今さらおれを助けてくれたのか?」

「バカ言わないで‼」

 

 檻の中からルフィが不思議そうに等も、ナミは吐き捨てるように否定する。

 彼女は海賊が嫌いだった。憎むほどに。

 だからバギーのあの命令にだけは、従いたくなかったのだ。

 

「勢いでやっちゃったのよ‼ ……たとえマネ事でも、私は非道な海賊と同類にはなりたくなかったから‼ 私の大切な人の命を奪った、大嫌いな海賊と同類には…!!!」

「……あー、それで嫌いなのか、海賊が…」

 

 最初に出会い、仲間になろうといった時にどうして完全否定されたのかと思っていたルフィは、その言葉に納得する。

 だが、彼女の心情など彼らは察しない。

 裏切り者を処刑しようと、部下たちが一斉に襲い掛かっていった。サーカス団の曲芸師のごとく軽やかに、たった一人で立ちふさがるナミに襲い掛かっていく。

 

「ハデに死ねェ!!!」

 

 振り回した棍棒をたやすくよけられ、至近距離にまで接近されてしまう。

 死を覚悟したナミだったが、ふいに鈍い音がして目を見開いた。

 

「女一人に何人がかりだ」

 

 鞘に納めたままの刀で、手下たちの顔面をめり込ませるゾロと、顔面に容赦なくケリを入れたエレノアが割って入った。

 騒ぎの中心に向かって急ぎ、ようやく間に合ったのだった。

 

「ゾロォ!!!! エレノアァ!!!!」

 

 嬉しそうに名を呼ぶルフィを無視し、エレノアはへたり込んでいるナミに目を向けた。

 

「ケガはない?」

「…ええ、平気…」

「やー、よかった、よくここがわかったなぁ‼ 早くこっから出してくれ」

「………もうさァ、ほんっとにあんたってばさァ、いい加減にしてくれる?」

「おまえなぁ、何遊んでんだルフィ…! 鳥に連れてかれて見つけてみりゃ今度は檻の中か、アホ!」

「ドアホ!」

 

 面倒くさそうに刀を肩に担ぎ、罵倒するゾロと肩をすくめるエレノア。

 困惑気味に見つめてくるナミは、殺気を漂わせながら近づいてくるバギーの姿を目にして表情をこわばらせた。

 

「貴様、ロロノア・ゾロに間違いねェな。おれの首でもとりに来たか?」

「いや…興味ねェな。おれはやめたんだ、海賊狩りは…」

「おれは興味あるねェ。てめェを殺せば名が上がる」

「やめとけ、死ぬぜ」

「ウオオオやっちまェ船長‼ ゾロを斬りキザめェ!!!」

「本気で来ねェと血ィ見るぞ!!!」

「……! そっちがその気なら……‼」

 

 ナイフを指の間に挟み、戦闘準備に入った船長を手下たちがはやし立てる。

 船長が負けるなどとは微塵も思っていない、自信にあふれている手下たちに囲まれたアウェイな状況で、エレノアはルフィを閉じ込めている檻に近づいた。

 

「うっわ、この鉄格子ゴツぅ…壊すのちょっとめんどくさいな」

「そう言わず頼む」

 

 船長のほぼ自業自得で入っているのだから、もう少しこのままにしておいてやろうかと思うエレノア。

 悩んでいる間に、肉が裂ける音が背後から聞こえてくる。

 振り返ってみれば、バギーの胴と腕を一刀両断したゾロが刀を収めようとしている姿が見えた。

 

「………なんて手ごたえのねェ奴だ…」

「…終わった?」

 

 戦闘音がほぼ、というか全く聞こえなかったエレノアは拍子抜けして目をしばたかせる。

 ゾロの手に負えなければ自分も加勢しようとか、手下は自分が担おうとか思っていたのに、あまりにも決着が早すぎた。

 

(いくらゾロ君が強くても、一海賊団の頭がこんなにもあっさり…?)

 

 聞いていた話や、バギーの賞金額のことを想いながらエレノアは首をかしげる。

 現に船長が倒されたというのに、手下たちはへらへらと笑ってばかりで月光も狼狽もしていない。

 

「へっへっへっへ…」

 

 不気味な笑い声が気になったが、戻ってきたゾロに気を取られて考えが及ばなかった。

 

「おいエレノア!その檻は壊せねェのか?」

「え、いや壊せないわけじゃないけど…こいつにはもうちょっとここで反省してもらおうかと思って」

「そうか、その手があったか」

「やめてくれ!」

 

 割と本気で考えているゾロとエレノアの提案に、焦ったルフィががしゃがしゃと檻を揺らす。

 この間にも手下たちは手を出そうとはせず、むしろ先ほどよりも馬鹿にした様子で笑い声をあげていた。

 

「へっへっへっへっへ‼︎」

「あーっはっはっはっは‼︎」

 

 さすがに不審に思ったエレノアが、意図を読もうと視線を巡らせる。

 誰一人として、この状況で慌ててなどいない。まるで、船長が倒されることが予想通りだったとでも言うようだ。

 

「何が、そんなにおかしい‼︎」

「笑ってないでこの檻の鍵を渡して‼︎ 私たちはあんたたちと戦う気はないよ‼︎」

「………? おっかしな奴らだなァ………」

 

 気味の悪さに、ゾロとエレノアが声を張り上げた時だった。

 エレノアは、先ほどまで真っ二つにされて倒れていたバギーが姿を消していることに、そしてその場に、一滴の血も流れていないことに気が付いた。

 そしてようやく、手下たちの嘲笑の意味に気が付いたのだった。

 

「!!? ゾロっ!!?」

「ゾロ君!!?」

「何よあの手⁉︎」

 

 その場のバギー一味以外の全員が、目を見開いて驚愕する。

 ゾロの脇腹に、一本のナイフがひとりでに突き刺さったのだ。いや正確には、手首から先に人間の手がナイフを握り、空中に浮遊してナイフを突き立てていた。

 異様な光景に、ナミやルフィが声を張り上げた。

 

「ぎゃっはっはっはっはっは‼︎」

 

 血を吐き、がくっと膝をついたゾロをバギー一味があざ笑う。

 ゾロは乱暴に抜かれたナイフと、それを持つ人間の腕を切り払おうとしながら、激痛に顔をしかめる。

 

「くそっ‼︎ なんだ、こりゃあ一体…!!!」

 

 浮遊する腕はゾロの剣を悠々と避け、嘲笑するようにくるくるとナイフを弄ぶ。

 そのありえない現象に、エレノアはハッと息をのんだ。

 

「手が浮いて………まさか、バラバラの実の能力⁉︎」

「その通り‼︎ それが、おれの食った悪魔の実の名前だ!!! おれは斬っても斬れないバラバラ人間なのさ!!!」

 

 歓声を上げる手下たちやルフィたちに見せつけるように、バギーはバラバラになった自分の体を元通りにくっつけて見せた。

 どういう原理か、斬られた服までもが元通りにくっついている。悪魔の実らしい、異常な能力であった。

 だがエレノアは素直に驚く暇もなかった。

 膝をつくゾロの出血がひどくなっていたからだ。

 

「……‼︎ 急所ははずれてる…でもあの出血はまずい‼︎」

 

 いったん引こうと、ゾロのもとへ向かうエレノア。

 しかしその直前、彼女の体を大きな影が覆った。

 

「!!!」

 

 とっさに足を振り上げ、迫ってきた巨大な人影を受け止める。

 ガキン!!!と甲高い音を立て、エレノアの足に人影の鋭い爪がぶつけられ、押されたエレノアはルフィの檻に押し付けられた。

 

「よォ、ガキィ!!! おれの名を知ってるかァ!!?」

 

 背中に走る激痛に呻きながら、モヒカンヘアーに葉巻を咥えた大男を睨みつける。

 シャツを盛り上げる分厚い筋肉に覆われた大男は、鉤爪のついた迷彩柄の機械の腕を押し付けながら、猛獣のような目でエレノアを見下ろす。

 いかつい顔に浮かんでいるのは、他の人間を見下すような嗜虐的な目だった。

 

「……‼︎ 迷彩に鉤爪の機械鎧(オートメイル)………まさか、〝徹甲〟の錬金術師ブレスロー・ガンツ!!?」

「大当たりィ!!!」

 

 名前を言い当てられ、大男は心底嬉しそうに笑い、掴んだエレノアの足を振り回す。

 投げ出されたエレノアは慌てることなく、風を錬成してふわりとその場に降り立った。

 

「嬉しいねェ嬉しいねェ‼︎ おれ様の名がここまで有名になっていようとはァ!!!」

 

 何か琴線に触れたのだろう、先ほどよりもテンションを高くしながらガンツは機械の腕を振るう。

 エレノアは目を細め、不機嫌そうに大男を睨みつけた。

 

「いやっはァァ!!!〝タイガークロー〟!!!!」

 

 そのまま、虎のように強力な横なぎがエレノアの足に振るわれる。

 エレノアはそれに逆らうようなことはせず、後ろに弾き飛ばされる勢いを利用して距離を取る。

 一方で、ガンツは生身ではありえない音を立てるエレノアの足に肩眉を上げた。

 

「その足………お前もワケありだな⁉︎ いったいどんな業を背負ってやがるんだァ!!?」

 

 追撃しようと向かってくるガンツ。

 エレノアはパンッと両手のひらを合わせ、屋上に手を叩きつける。

 すると、地面からぼこぼこと無数の木の柱が伸び、ガンツの進行を妨害した。

 

「! 錬成陣もなしに…………!!? 面白れェ!!!」

 

 ガンツは一瞬目を見開くも、すぐにまた獰猛な笑みを浮かべて障害物を破壊していく。

 少しの足止めにしかならなかったが、その間にエレノアはルフィたちのいる方へと戻った。

 

「なんなのよ、こいつら…⁉︎ バラバラになったり地面を変形させたり…‼︎ バケモノばっかじゃない!!!」

 

 絶句するナミの後ろで、バギー一味の戦い方を見ていたルフィが顔を怒りでゆがませる。

 そしてやがて、爆発した。

 

「後ろから刺したり不意打ちしたり卑怯だぞ‼ デカッ鼻ァ!!!」

 

 言ってはならない言葉をためらいなく口にしたルフィに、バギーやナミの戦慄の目が集中する。

 特にバギーは一瞬だけ呆けたかと思うと、すぐさまその顔を怒りで真っ赤に染め上げた。

 

「誰がデカッ鼻だァああ!!!!」

 

 怒りのままに、今度はルフィに突き刺してやろうとナイフを握った腕を発射する。

 ビュン、と矢のように飛んだナイフだったが、なんとルフィはそれを葉で噛んで止めて見せた。

 ナイフの刃をかみ砕き、ルフィは笑顔でバギーに告げる。

 

「お前は必ずブッ飛ばすからな‼」

「ぶあーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっブッ飛ばすだァ!!? 終いにゃ笑うぞ!!! てめェら4人、この場で死ぬんだ!!! この状況で、どうブッ飛べばいいんだおれは⁉ 野郎ども‼ 笑っておしまいっ‼」

 

 ゲラゲラとバギー一味が盛大に嘲笑する。

 そんな挑発に乗ることなく、ルフィはゾロとエレノアに目を向けた。

 

「逃げろ‼ ゾロ、エレノア!!!」

「!……何っ⁉」

「…………了解」

 

 一瞬驚いた様子のゾロとエレノアだったが、すぐさま船長の意図を察して笑みを浮かべた。

 戦慄の表情を浮かべるナミをよそに、エレノアはフードの下でにやりと笑い、パンッと手のひらを合わせて地面に触れる。

 今度は石材が錬成され、バギー一味が使っていた大砲の真下に石柱を作り出した。

 

「まさか……‼」

 

 真下から伸びた石柱が大砲を押し上げ、支柱を中心に方向を180度変える。

 その矛先は、バギー一味だった。

 

「ぎいや―――――――っ大砲がこっち向いたァ―――っ!!!」

「ぬあ~~~~っ!!! あれには、まだ〝特製バギー玉〟が入ったままだぞ!!!」

 

 町を一発で破壊して見せる威力の砲弾が向けられていることで一味は慌てだす。

 そのすきに、ゾロがナミを檻の近くに寄らせた。

 

「よし、点火だ!!!」

「ほいきた!」

「え…」

 

 ゾロの合図で、指先に特殊な砂粒を纏わせたエレノアが手を大砲に向けると、パチンッと指を鳴らして見せた。

 砂粒がすり合わされ、エレノアの手で火花が散る。

 それが空気中のチリやホコリに伝わっていき、大砲の導火線でボッと炎に変化した。

 

「よせ!!! ふせろォ―――っ!!!」

 

 バギーが叫ぶも、もう遅い。

 火は大砲の火薬に点火され、凄まじい威力の砲弾がバギーたちに襲い掛かる。

 ドウン!!!と轟音とともに屋上が吹っ飛び、爆風が煙幕のように屋上に広がっていった。

 

「今のうちだ……‼ ところでお前、誰だ」

「私…、泥棒よ」

「そいつはウチの、航海士だ」

「バッカじゃないの、まだ言ってんの!? そんなこと言うひまあったら、自分がその檻から出る方法考えたら⁉」

「あー、そりゃそうだ。そうする」

「いや、問題ない。てめェは檻の中にいろ‼」

 

 ゾロはそう言い、ルフィが入ったままの檻を持ち上げていく。

 しかしその負荷はかなりのもので、刺されたわき腹の傷からブシッと鮮血が噴き出した。

 

「オオ…‼」

「おい、ゾロ、いいよ! 腹わた飛び出るぞ」

「痛い痛い痛い‼ 見てるだけで痛いって‼」

「飛び出たらしまえばいい、おれはおれのやりてェようにやる! 口出しすんじゃねぇっ!!!」

 

 あまりの痛々しさに、ルフィやエレノアから制止の声が上がるがゾロは頷かない。

 ナミはその姿を、困惑気味に見つめるほかになかった。

 

「あいつらどこだ!!!」

「いません船長っ!!! ゾロも‼ ナミも‼ 檻まで!!!」

「バカな‼ あれは五人がかりでやっと運べる鉄の檻‼」

 

 煙が徐々に晴れていき、散々暴れた連中が姿を消していることに怒りを燃やすバギーたち。

 そこからあまり離れていない建物の屋根の陰で、檻を置いたゾロが息をついていた。

 

「ふう…」

「くそっ、この檻さえ開けば!!! 開けば!!!」

「悪いけど、錬成反応で居場所バレるから自分で何とかしてよね」

「厄介なモンに巻き込まれちまった…‼ だが一度やりあったからには、決着(ケリ)をつけなきゃな‼」

 

 何とか逃げられたが、このまま終わらせるつもりはなかった。

 不意打ちで手傷を追わせられた分や、バカにされた分も返さねば気が済まない。

 そういうゾロに、エレノアは呆れた目を向けるばかりであった。

 

 

 がれきや気絶した部下たちが転がる、ボロボロの酒場の屋上。

 積みあがった瓦礫を投げ飛ばし、ホコリまみれになったバギーが立ち上がった。

 

「ナメやがってあの四人組っ!!!! ジョ―――ダンじゃねェぞ、おいっ!!!」

 

 名もないコソ泥一味にコケにされ、苛立つバギーが怒りの声を上げる。

 その横で、ガンツは物足りなさそうに舌を鳴らし、次いで待ち足りなさそうな舌なめずりをしていた。

 

「あのガキィ…‼ おれ様に恐れをなして逃げやがったかァ…? だが逃がさねェぜ‼ 全ての錬金術師を凌駕するおれ様の実力は、まだ半分も披露できてねェんだからなァ!!!」

 

 獲物を探す獣のような顔で、ガンツは目標をどのようにいたぶってやろうかと考えるのだった。



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第8話〝犬と少女と老人〟

 ガリガリと檻を引きずり、人気のない通りを歩いていく。

 一歩を踏み出すたびにゾロの脇腹からは血が流れ、地面に点々と跡を作っていく。

 その都度、エレノアが足で地面を蹴り、痕跡を消していった。

 

「もう、だいぶ酒場から離れた。とりあえずすぐには追っちゃ来ねェだろう。おい、ほんとにこの檻は壊せねェのか…!!!」

「ごめん…錬成反応は目立つからさ。とりあえず鍵開けはやってみるけど期待はしないで」

「ちくしょう、これが開かねェとあいつが来ても何もできねェよ‼」

 

 ガシガシと檻を噛むルフィだが、鉄の檻はそれぐらいでは壊れてくれない。

 ゴトン、と檻を置き、ついにゾロはうつぶせに倒れた。

 

「もうダメだ、血が足りねェ。これ以上歩けん…‼」

 

 力尽きて意識が遠のきかけるゾロ。

 しかし、倒れた目の前にいた白い犬を目にし、ぎょっと慄いた。

 

「…何だこの犬は………‼」

「犬? あ、犬だ」

「置物かと思った…」

 

 一軒の建物の前でじっと鎮座したまま、ピクリとも動かない犬を見てルフィとエレノアが寄ってくる。

 注目されても、白い犬は視線を向けもしなかった。

 

「おい、ゾロ。こいつ全然動かねェよ」

「知るか…そんなもん犬の勝手だ。とにかく今はお前が、その檻から出ることを考えろ」

 

 気にはなるが、確かに犬がいるぐらい気にする暇はない。

 ゾロが体を休めている間に、エレノアは懐から取り出した針金でカギを開けられないか挑戦を始めた。

 暇を持て余したルフィが、檻の前の犬が生きているのか確認しようとずん、と目をつつく。

 さすがに怒った犬がルフィにかみつき、即座に喧嘩に発展した。

 

「何すんだ犬っ‼」

「ワンワン‼」

「てめェ、今の事態わかってんのか!!?」

「うるせェ騒ぐなっつってんでしょうが!!! あと傷開くよ!!!」

 

 倒れたままのゾロと、鍵開けを放り出したエレノアが怒鳴りつける。

 人が必死になっているときに一体何をやっているのかと。

 

「犬め‼」

「あーもう無理‼ めんどくさくなった‼」

「くそ…血が足りねェ‼」

 

 打つ手がなくなった三人は、その場で仲良く仰向けに寝転ぶ。

 そんな三人のもとへ、あきれ顔のナミが近づいた。

 

「あんた達、一体何やってんの三人して…こんな道端で寝てたら、バギーに見つかっちゃうわよ!」

「「「よォ、航海士」」」

「誰がよ!!!」

 

 勝手に仲間に任命されていることで、ナミがくわっと豹変する。

 だがそれも一瞬のことで、訝し気にエレノアの方に視線を変えた。

 

「ていうかあんた、さっきやってた変な力でそいつの傷ふさいだりできないの?」

「あ、そらそうだ」

「その手があるじゃねェか。よし、やれ」

「あー、いやー、それは―…」

 

 ナミのもっともな指摘に、珍しく申し訳なさそうにエレノアは頭をかく。

 ツンツンと指をつつき合わせ、言いづらそうに告白した。

 

「その…私って、作ったり形を変えたりするのは得意なんだけどさ…元通りに直したりするのは苦手で……内臓がくっついたり腸が蝶結びになったりするかもだけど…………やる?」

「やめろ!!!」

 

 そんなリスクを背負ってまで治療されたくない、というか前よりひどいことになりそうだったのでゾロは断固拒否する。

 何でもできそうで頼りがいのあるイメージがあったが、不得意な分野もあったようだ。

 

「じゃあしょうがない。一応、お礼のつもりで来たわけだし」

「礼?」

 

 そう言ったナミが、ルフィの目の前にチャリンと何かを落とす。

 リングに束になったそれは、何かしらの用途の鍵だった。

 

「あ、鍵!!!」

「あのどさくさで盗んでくるとは大したもんだ…」

「まァね…我ながらバカだったとは思うわ。他に海図も宝も何一つ盗めなかったもの、そのお陰で」

「は――っ‼ ホント、どうしようかと思ってたんだこの檻‼」

「……は…これで一応逃げた苦労が報われるな」

 

 手が届く距離に置かれた鍵に、ルフィは目を輝かせ、エレノアは感心し、ゾロは安堵のため息をつく。

 早速開けようと手を伸ばしたルフィだったが、それよりも前に檻の前にいた白い犬がぱくりと鍵を咥えた。

 

「あ」

 

 止める間もなく、先ほどの腹いせのつもりか、犬は鍵を飲み込んでしまった。

 呆然となる一同、その中でいち早く立ち直ったルフィが、白い犬につかみかかった。

 

「このいぬゥ!!!! 吐け、今飲んだのエサじゃねェぞ!!!」

 

 ガシャンガシャン通り越しに乱闘を再発させるルフィと犬。

 そんな時、どこかから雷のような怒鳴り声が響き渡ってきた。

 

「くらっ‼ 小童ども‼」

「シュシュをいじめるな‼ よそ者めっ‼」

 

 突然聞こえてきた声に、パット動きを止めるルフィたち。

 振り返ってみれば、鎧を着た真っ白な髪に眼鏡の老人と、赤毛のショートヘアの少女がルフィを険しい表情で睨みつけていた。

 

「シュシュ?」

「誰だ、おっさんとガキ」

 

 聞きなれない名前に眉を寄せ、人の気配が薄い町に現れた老人と少女を見て、首をかしげる一同。

 ぽかんとしているルフィたちに、老人と少女は胸を張って答えた。

 

「わしか、わしはこの町の長さながらの町長じゃ!!!」

「そして町民代表だ‼」

 

 

 数分後、いまだ檻から出られないルフィのもとに、少し疲れた様子の町長・プードルと町の娘・アルモニが戻ってきた。

 

「ゾロは?」

「休ませてきたよ。となりは町長の家なの」

「避難所へ行けば医者がおると言うとるのに、寝りゃなおるといって聞かんのじゃ。すごい出血だというのに‼」

「おバカですいません、ウチのものが」

 

 妙な意地を張っているゾロが迷惑をかけたと、エレノアが深々と頭を下げる。

 ナミはアルモニが持ってきたエサを食べている白い犬を見下ろし、思い切って尋ねた。

 

「この犬、シュシュって名前なの?」

「ああ」

「こいつ、ここで何やってんだ?」

「店番だよ。私たちはエサを上げに来ただけなんだ」

「あ! 本当。よく見たらここお店なんだ。ペットフード屋さんか…」

 

 視線を上げれば、店の看板がちゃんと出ている。

 プードルはペットフード屋を見上げ、懐かしそうに目を細めた。

 

「この店の主人は、わしの親友のじじいでな。この店は10年前、そいつとシュシュがいっしょに開いた店なんだ。二人にとっては思い出がたくさん詰まった大切な店じゃ。わしも好きだがね」

「ほら、この傷みて。きっと海賊と戦って、お店を守ったんだよ」

「だけど! いくら大切でも海賊相手に店番させる事ないじゃない。店の主人はみんなと避難して…」

「…たぶんだけど、ご主人はもう、亡くなってるんじゃないかな」

「!」

 

 エレノアが呟いた予想に、プードルとアルモニのほうが驚いた様子で振り返る。

 先に答えを当てられたことが予想外のようだった。

 

「お前さん、なぜそれを…」

「部屋の窓のホコリのたまり方がさ。数か月はたってそうだから」

「…うん、そうだよ。三か月前に病院へ行ったきり、病気で…」

 

 親交があったのか、アルモニが寂しそうな表情でうつむく。

 ナミは少女の悲しげな横顔を見つめ、次いでシュシュにも視線を向けた。

 

「もしかしてそれからずっと、おじいさんの帰りを待ってるの?」

「みんなそういうがね…わしは違うと思う。シュシュは頭のいい犬だから、主人が死んだ事くらいとうに知っておるだろう」

「じゃ、どうして店番なんて…」

「『宝物だから』」

 

 ナミの疑問に、エレノアが答えた。

 振り返るとエレノアは、じっとシュシュと視線を合わせて目を細めている。まるで会話でもしているようだ。

 

「『ここは、大好きだったあの人のものだから。あの人がいないときは僕が守るって、約束したから、守りたいんだ』……だって」

 

 声からわかる、真剣な思いが伝わってくる。

 エレノアのその言葉は、シュシュの声の代弁そのものだった。

 

「お前さん…!」

「シュシュの言葉がわかるの⁉ すごーい!!!」

「…………ホントに、ご主人様のことが大好きだったんだね」

「困ったもんよ。わしが何度、避難させようとしても、一歩たりともここを動こうとせんのだ。放っときゃ餓死しても居続けるつもりらしい」

 

 プードルは呆れながら、主人との約束を守り続ける忠犬をまぶしそうに見つめる。

 人間よりも強い愛で宝物を守り続ける小さな存在に、いつの間にかルフィたちも黙り込んでいた。

 その時だった。

 

グオオオオオオ…!!!!

 

 大気を震わせるすさまじい咆哮が、ナミたちの耳朶を襲った。

 人間ではありえないその咆哮に、プードルとアルモニはさっと顔を青く染めた。

 

「な…何、この雄叫び……‼」

「こ…こりゃあいつじゃ‼〝猛獣使い〟のモージじゃ」

「ぎゃ―――っ!!!」

 

 何者かはよくわからないが、こんな声を発する奴が普通なわけがない。

 不利を悟ったエレノアは、いまだ動けないルフィをいったん放置してその場で回れ右をした。

 

「よし、戦略的撤退‼」

「「「逃げろォ―――っ!!!」」」

「ルフィ、後でねーっ‼」

「あーあ、なんか来ちまったよ。鍵返せよ、お前ェ」

「ガウ」

 

 めんどくさい事態になったと嘆きながら、ルフィは頑固にその場を動かないシュシュを睨む。

 店の陰から様子をうかがっていたエレノアは、ルフィのもとに巨大な獅子にまたがった着ぐるみの男が近づいてくるのを見ながら、しばらく放っておいても大丈夫だろうとその場を後にした。

 

「……さて、と。まァ、あいつらが店に近づかなきゃ死ぬことはないでしょ…」

 

 シュシュが心配なわけではないが、向こうも人のいないペットフード屋に用はないだろうと放置する。

 ゾロが復活するまで時間をつぶそうと店の裏の通りを歩いていると、轟音とともに何かが吹き飛ばされてきた。

 

「お」

 

 反対側の民家に突っ込んだそれ――破壊された檻から抜け出したルフィを目にし、エレノアはやれやれと肩をすくめた。

 

「よっ。うまい具合に檻が壊れたもんだねェ」

「あーっ、やっと窮屈なところから出られた‼︎ これでようやくあいつら全員ブッ飛ばして、泥棒ナミに航海士やってもらうぞ!!!」

「はいはい…ま、そんだけやる気があるならいいけどさ」

 

 めげない船長に呆れながら、エレノアはルフィとともにぶらぶらと港町を歩く。

 しばらく通りを散歩し、シュシュのペットフード屋の近くに戻ってきたとき、彼らはそれを見た。

 

「ワンワン‼」

 

 響き渡る、シュシュの鳴き声。

 威嚇のものとは違う、深い悲しみを帯びたその声が向けられている方向を見て、二人は絶句する。

 

 そこは、火の海になっていた。

 二人は知らないが、バギーの手下のモージが動かないシュシュに興味を持った時、ペットフードの匂いにそそられた一味の猛獣・ライオンのリッチーが店を荒らし始めたのだ。

 シュシュはそれに挑み、何度も弾き飛ばされながらもかみつき、店を守ろうとした。

 しかしその力は及ばず、邪魔をされた怒りを買って店に火をつけられてしまったのだ。

 

「ワン‼ ワンワン‼」

 

 炎にのまれる、主人との大切な思い出の店が肺に変わっていく光景を前に、シュシュは吠え続ける。

 その目から、ぽろぽろと涙を流しながら。

 

『…あんた、なんでこんなことやってんのよ。ご主人はもういないってわかってるでしょ?』

 

 エレノアの脳裏に、シュシュとの対話が蘇る。

 

『このままここにいたら、いつか本当にあいつらに殺されるよ? 何をそんなに……』

『宝物だから』

 

『ここは、大好きだったあの人のものだから、守りたいんだ』

 

『そのためなら、ぼくはここでずっと戦い続ける』

 

 小さな忠義者は、そう胸を張って答えて見せた。

 そんな彼が泣き続ける姿を見て、エレノアの手に力がこもっていった。

 

 

「畜生、あの犬おれにまで噛みつきやがって…あーあー、血が出てる」

 

 バリバリとペットフードを箱ごとむさぼるリッチーの背中に乗ったまま、モージは傷跡の残る自分の腕を抑える。

 腹が立ったが、ずいぶん大事そうにしていた店を燃やしてやってからは随分すっきりした。

 それでもぶつぶつ言いながら一味のもとへ戻る途中、立ちふさがる二つの陰に気が付いた。

 

「……? てめェは…オイ……‼」

「しゃべるな、下郎」

 

 檻ごと吹っ飛ばし、殺したと思っていた麦わら帽の男がぴんぴんした様子で立っていることに、モージは驚愕を抑え込むのに必死になる。

 しかしエレノアは、そんな声すらも耳障りというように遮る。

 フードの下の目を怒りでめらめらと燃やすエレノアの隣で、ルフィは小馬鹿にしたように笑った。

 

「あれくらいじゃ死なないね。おれはゴム人間なんだから」

「ごむ人間? 悪運の強さは認めるが、多少頭は打ったか…バカなことは言い出すし……」

 

 モージはリッチーの背中から降り、ぽんとその背中をたたく。

 直後、新たな獲物を用意されたリッチーはすさまじい咆哮とともに二人に襲い掛かった。

 

「また、おれの前に現れるってのもバカだ!!! 頭をかみ砕いてやれっ!!!!」

「ガルルルルルルル!!!!」

 

 向かってくる巨大な獅子を前に、エレノアは片足を差し向ける。

 柔らかい肉を食いちぎろうとその足に噛みつくリッチーだが、ガキンと金属音がして牙が通らないことに困惑する。

 それどころか、数百キロはあるはずの自身の体が、徐々に持ち上げられていくのだ。

 

「どうしたネコ野郎、しっかり味わいなよ」

 

 バリバリと爪を立て、顎の力を強めるリッチーだが、一向にその足が傷つく様子はない。

 慌て始めたリッチーの視界の端で、エレノアはまた指をパチンと鳴らし、手の上に炎を錬成して見せた。

 

「!!? 火がっ…」

 

 屋上にいなかったモージは、エレノアが見せた不思議な力に驚愕で目を見開く。

 エレノアはリッチーを抑え込んだまま、手のひらの上の炎の形を徐々に長く変えていく。

 

「『選定の剣よ、力を! 邪悪を断て!』」

 

 詠唱の後、炎は十字の形に変わり、一振りの炎の剣へと形を変えていく。

 ごうごうと燃え盛り、空気を灼剣を振り上げ、エレノアは獅子を睨みつけた。

 

勝利すべき黄金の剣(カリバーン)〟!!!!

 

 振り下ろされた炎の剣が、リッチーの腹で炸裂して大爆発を起こす。

 憐れな獅子は業火に呑み込まれ、同時に自身が行った所業の裁きを、主に代わって受ける羽目になった。

 ぶすぶすと煙を吐きながら倒れていく自分の獣に、モージは言葉を失った。

 

「!!!? リッチー……!??」

 

 なにが起こったのかいまだにわからない。

 とにかく、猛獣を失った自分は非常にピンチに陥っているという事だけはわかった。

 

「なんだ……お前ら…何なんだ!!?」

「答えるつもりも、話すつもりもない…‼︎」

 

 怒りを声ににじませ、ザクザクと近づいてくるエレノアにモージは焦る。

 飛び散る火花が、彼に恐怖を刻み込んでいた。

 

「よ…よしっ! お前にな! 好きなだけ宝をやろう‼︎ そ…それと、ここは一つ穏便に……‼︎」

「喋るなと言っている!!!」

「もう謝んなくていいよ。今さら何しようと、あの犬の宝は戻らねえんだから」

 

 穏やかな声で、ルフィはモージに告げる。

 しかしその脳裏によみがえるシュシュの姿に、ごうごうと怒りの炎が燃え盛っていた。

 

「だからおれはお前を、ブッ飛ばしに来たんだ!!!!」

 

 シュシュの無念に代わり、ルフィがモージに向かって手を伸ばす。

 着ぐるみに見える自分の胸毛を掴まれたモージは、普通じゃありえない光景に目を見張り、恐怖で涙を流した。

 

「うわっ、手が…まさか、お前…バギー船長と同じ〝悪魔の実〟の能力者…!!!」

「思い知れ」

「あ…あああおい‼︎ や…やめてくれェああああ!!!!」

 

 懇願むなしく、二人と一匹分の怒りを込めた拳がモージの顔面を貫き、男の体を地面に叩きつけた。

 たとえその宝が戻ってこないとしても、因果は悪漢に戻ってきたのだった。




アルモニはゲーム版・鋼の錬金術師のキャラクターです。
ラストが切なくて仕方がなかったので、勝手に救済することにしました。


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第9話〝町長の宝物〟

 放火され、燃え尽きてしまったペットフード屋を前にして、ナミがわなわなと肩を震わせていた。

 傍らには呆然と店の跡地を見つめるシュシュの姿があり、今度こそ死んでしまったように佇んでいた。

 

「どいつもこいつも………‼︎ 海賊なんてみんな同じよ…!!! 人の大切なものを平気で奪って!!!」

「…………」

「シュシュ…」

 

 自身の海賊への怒りを再燃させ、声を震わせる姿に、プードルもアルモニも表情を暗くさせる。

 そこへ、多少怒りを収めたルフィとエレノアが戻ってきて、怒りをにじませるナミに見つかった。

 

「ん?」

「! あら、海賊、生きてたの…! てっきりライオンに食べられちゃったのかと思ったわ」

「おい…何言い出すんじゃ」

「あんたが海賊の仲間集めて町を襲い出す前に、ここで殺してやろうか‼︎」

「おいやめんか、娘っ‼︎」

「こんなところで暴れないでよっ‼︎」

 

 バギーにぶつけられない怒りを向け、理不尽な暴言を吐くナミをプードルとアルモニが抑える。

 エレノアはそれをじっと見つめると、黙ってシュシュのもとへ向かい、鎮座したままのシュシュの前に箱を置いた。

 

「やっ」

 

 ライオンに食われずに済んだペットフードの箱を渡し、エレノアとルフィがその隣に座る。

 シュシュはそれを見て、二人を不思議そうに見つめた。

 

「……ゴメンね、これだけしか取り返せなかった。あのクソ猫、バリバリ食べ尽くしやがって」

 

 エレノアは黒い炭だけになった店を眺め、ポンポンとシュシュの肩をたたく。

 その目に、形だけでも宝物を直してやれない自分への不甲斐なさと悔しさをにじませて。

 

「私はものを自由に作れても、元どおりにしたりはできない。他の錬金術師も、見た目は完璧に同じにできても、全てを同じにはできない…でもさ、目には見えないものは、どんなになっても変わんないと思うよ」

 

 トン、とシュシュの胸をたたき、じっと目を見つめる。

 目に見えない主人の思いは、燃え尽きたわけではないのだと、そう伝えようと。

 

「あんたのご主人の思いは、まだここで生きてる………違う?」

 

 シュシュはじっとエレノアを見つめ、やがてその口にペットフードの箱を咥える。

 そこで初めて、シュシュはペットフード屋の前から離れた。

 店を守るという、主人との約束は守れなかった。だが思い出は消えたわけではない。

 壊れた〝物〟は、また直せる。だが形のないものは壊れることはないのだと、賢いシュシュは気づいてくれたのかもしれない。

 

「ワン‼︎」

 

 去り際に、シュシュはルフィとエレノアに吠えた。

 それは二人に対する、感謝の咆哮のように聞こえた。

 手を振り、避難所がある方に向かっていくシュシュを見送るルフィたちをじっと見つめていたナミは、おもむろにそばによって片手を上げた。

 

「どなってごめん!」

「ん? いいさ、お前は大切な人を海賊に殺されたんだ。なんかいろいろあったんだろ? 別に聞きたくねェけどな」

「……」

 

 なんということはないと、ズボンの尻を叩いて土を払うルフィに、ナミはこれまでとは異なる眼を向ける。

 ほかの海賊とは違う何かを、感じたのかもしれない。

 そんな中、ずっと何かをこらえるように黙り込んでいたプードルが怒号とともに両手を振り上げた。

 

「………ぬぐぐぐぐ………!!! わしは、もう我慢できーん!!!」

「うわっ!」

「酷さながらじゃ‼ さながら酷じゃ‼ シュシュや小童どもがここまで戦っておるというのに‼ 町長のわしがなぜ指をくわえて我が町が潰されるのを見ておらねばならんのじゃ!!!」

「ちょっと町長さん、おちついてよ!」

「そうだよ! 町長じゃ相手にならないって!」

「男には‼ 退いてはならん戦いがある!!! 違うか小童っ!!!」

「そうだ!!! おっさん!!!」

「のせるな‼」

「あーもう…血の気が多いんだから…」

 

 勝手に盛り上がって、怒りを爆発させるプードルにルフィが賛同し、手が付けられなくなる。

 アルモニは言っても止まらない町長に困った目を向け、深いため息をついた。

 

「せめてここに、パパやお姉ちゃんがいてくれたらなぁ…」

「パパ?」

「うん。私のパパはね、すごい人なんだよ! この町だって、パパの知識や技術があってこんなに大きくなったの‼」

「そうじゃ‼ 40年前さながらっ‼ ここは、ただの荒れ地じゃった…‼ そこからわしらは全てを始めたのじゃ」

 

 アルモニの自慢に反応し、プードルは聞いてもいない町の歴史を語り始める。

 それだけで、町長がこの町に相当な思い入れがあることが分かったが、肩入れしすぎなのではないのかとも思う。

 しかし次に続いた言葉に、ルフィたちは言葉を失った。

 

「〝ここに、おれ達の町をつくろう。海賊にやられた古い町のことは忘れて…〟」

 

 かつて海賊に故郷を奪われたトラウマのある人々にとって、それは願いだった。

 過去の記憶を乗り越えようと、懸命に努力を続けた人々の努力の結晶。それがこの町だった。

 それを再び奪われることは、プードルには耐えられなかった。

 

「…初めはちっぽけな民家の集合でしかなかったが、ヴィルヘルムの知恵や技術をかりて少しずつ少しずつ町民を増やし、敷地を広げ店を増やし、わしらは頑張った‼」

「ヴィルヘルム…⁉」

「そして見ろ‼ そこは今や、立派な港町に成長した‼ 今の、この町の年寄りがつくった町なのじゃ‼ わしらのつくった町なのじゃ‼」

 

 聞こえた名前に、エレノアが反応するも気づかず、プードルはさらにヒートアップしたのか槍を掲げて勇ましく吠える。

 覚悟を決めた男の姿は、とても大きく見えた。

 

「町民達とこの町はわしの宝さながら!!! 己の町を守れずに何が町長か!!! わしは戦う!!!!」

 

 今も酒場の屋上でたむろしているはずの悪の海賊に向けて宣言した、その時だった。

 ルフィたちを、凄まじい衝撃と轟音が襲い掛かった。

 

「!!!?」

 

 一列に立ち並ぶ民家や店が、まとめて薙ぎ払われていく。

 その威力は、一度目にしたことがあるものだった。

 散々酒場の屋上でバギーがブッ放した特別な砲弾、それを今度は、ルフィたちが体験することとなったのだ。

 

「ぬあっ‼」

「きゃあ⁉」

 

 瓦礫や砂塵と一緒に吹き飛ばされ、地面に転がされるナミたち。

 いち早く起き上がったプードルが、怒りに顔をゆがませた。

 

「んぬ…わしの家まで!!!」

「あ!!! ゾロが寝てんのに!!!」

 

 今吹き飛ばされた家には、傷つき休んでいるゾロが眠っているはずなのだ。

 最悪の結果が脳裏をよぎり、プードルやアルモニの表情が変わった。

 

「死んだか…⁉ 腹まきの小童…‼」

「うそでしょォ…⁉」

「おい、ゾロ、生きてるかぁ!!?」

 

 黙々と立ち上る土埃と瓦礫の山の中に向けて、外から必死に呼びかける。

 すると、ガラガラと瓦礫の一部が盛り上がり、二日酔いの後のように頭を抱えたゾロが体を起こした。

 

「あ――寝ざめの悪ィ目覚ましだぜ」

「よかった! 生きてたか!」

「……何で生きてられるのよ…‼」

「ほんっと頑丈だな、あの人…」

 

 ルフィは仲間の無事を素直に喜ぶが、ナミもエレノアも無事でいることに呆れるほかにない。

 プードルも安堵しながら、破壊された自宅を見て胸を押さえた。

 

「……‼ 胸をえぐられる様じゃ…!!! こんな事が許されてたまるか!!! 二度も潰されてたまるか!!! こんな事では、我が友ヴィルヘルムに合わせる顔がない!!!」

「町長…」

「突然現れた馬の骨に、わしらの40年を消し飛ばす権利はない!!! 町長はわしじゃ!!! わしの許しなくこの町で勝手なマネはさせん!!! いざ勝負!!!」

「ちょっ…ちょっと待って町長さん」

「勝負って…そんな騎士道精神海賊が持ってるわけないじゃん!」

「はなせ娘っ‼」

「あいつらの所へ行って何ができるのよ‼ 無謀すぎる‼」

 

 ナミやアルモニが必死に止めるも、老人とは思えない力でプードルは引きはがそうとする。

 それでも引き留めようとする二人に、プードルは叫ぶ。

 その目に、涙をためながら。

 

「無謀は承知!!!!」

 

 その必死の形相に、思わずナミとアルモニの手が離れる。

 怒りや悲しみ、悔しさが入り混じった男の姿に、娘たちは二の句を告げなくなっていた。

 

「待っておれ、道化のバギーっ!!!」

 

 止める間もなく、プードルはがしゃがしゃと鎧を鳴らしながら走り出していく。

 アルモニはなおも引き留めようとするが、自身の中にあった同じ気持ちや無力感が邪魔をして、その手は力なく落とされた。

 

「町長…」

「行かせてあげなよ。理屈や正論じゃ納得できないものってあるから…」

 

 呆れながら、どこかほほえましそうにプードルを見送るエレノアが、アルモニの肩をたたく。

 今の今まで寝ていたゾロには人物関係はわからないが、とにかく状況が変わりつつあることは察していた。

 

「なんだか盛り上がってきてるみてェだな!」

「しししし! そうなんだ」

「笑ってる場合かっ‼」

「あんた達ねェ…」

 

 のんきに笑う二人に、エレノアが多少は空気を読めと肩をすくめる。

 しかし二人のことはとりあえず放置し、エレノアは気になっていたことを尋ねようと、アルモニの顔を覗き込んだ。

 

「ところでアルモニ? あんたの言ってたパパって、エイゼルシュタイン教授のこと?」

「! パパのこと知ってるの⁉」

「…まァ、ね」

 

 予想が当たった、とエレノアは興味深そうに街を眺める。

 田舎の島にしてはなかなか発展していると思ったら、自分の知る人物が関わっていようとは。しかも、町長の友人だとか。

 町を見渡すエレノアに、アルモニはどこか誇らしげに語り始めた。

 

「あなたにわかるかは知らないけど、パパもお姉ちゃんもすっごい力を持った人たちなの! 二人がいれば、海賊になんて絶対負けないのに…今はなんか偉い人の所で働いてて来られなくて……」

「…………なるほど」

「…私も、パパみたいに町のみんなの力になりたいのにうまくいかなくて…。パパも教えてくれないし…だから、町長の気持ちはわかるつもり」

 

 悔し気に言葉を漏らすアルモニを、エレノアはじっと見つめる。まるで、過去の自分とアルモニを重ねてみているように。

 やがてエレノアは、フードの下で不敵な笑みを浮かべた。

 

「よし、いっちょやったるか!」

「え?」

「大丈夫! おれはあのおっさん好きだ! 絶対死なせない‼」

 

 ルフィもエレノアの決断に賛同し、ぱしんと拳を手のひらに当てる。

 アルモニは一瞬言葉を失い、出会ったばかりの者たちがなぜか立ち上がろうとしていることに戸惑う。

 

「な、なんで? なんで何の関係もないあなた達が…」

「いーからいーから」

 

 ぐいぐいとアルモニの肩を押し、待ってろと言わんばかりに道の端に寄せていく。

 あまり波風を立てずに終わらせようと考えていたエレノアの体は今、やる気に満ち溢れていた。

 

「『十賢』の一人が築き上げた町か…ちょっと興味が出てきたな」

 

 その誉れ高き名をつぶやき、エレノアは笑みを浮かべる。

『十賢』。それは高い技術と深い知識を有する者に、高名な一部の錬金術師に与えられる、術師の尊敬の象徴。

 そういう立場や地位があるわけではない、しかしそう呼ぶにふさわしいと多くの人に認められた証を有する者の名であった。

 アルモニの父があの賢者というのには驚いたが、彼が『十賢』の名を手にしたルーツがここに見えた気がする。

 ぐっぐっと屈伸し、コンディションを高めていくエレノアに続くように、ゾロも刀の調子を確認し始めた。

 

「あんたも行くの? お腹のキズは」

「治った」

「治るかっ‼」

「ハラの傷より…やられっぱなしで傷ついたおれの名のほうが重症だ。いこうか!」

「ああ、いこう」

「どんときやがれってんだ!」

 

 一人はプライドを傷つけられた分を返しに。

 一人は自分が気に入った人物を死なせず、野望へ続く地図を手に入れるために。

 一人は知り合いが作り上げたという町に単純に興味を持ち、これ以上好き勝手させないために。

 三者三様のやる気を見せる海賊たちに、ナミは極めて面倒くさそうに顔を手で覆った。

 

「あっきれた…」



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第10話〝VERSUS‼〟

「ひゃ―――っはっはっはっは‼」

「やれやれェ船長ォ!!!」

「バ…バケモノめ………!!!」

「おれは後に〝偉大なる航路(グランドライン)〟を制し‼ 全世界にハデに輝く財宝を全て手中に収める男だ!!! 世界の宝はおれのもの! この世におれ以外〝宝〟を持つ者など必要ない!!!」

 

 正々堂々と戦うことなく、プードルの首を切り離した手で掴み上げ、バギーはあざ笑う。

 じたばたともがき、首を掴む手を殴りつけるが、それは自分で自分を傷つける行為と同じだった。

 

「そんなにこの町が大切だと言うんなら、一緒に消し飛べてさぞ本望だろう」

「なんじゃと貴様…‼ わしと戦え!!!」

「おいおい…自惚れンな…ブッ放せ!!!」

「この町は潰させん!!! わしと戦えェ!!!!」

 

 大砲の砲門を向けたまま、バギーは手下に点火を命じる。

 抵抗むなしく、町もろともプードルが散ってしまうかと思われたその時、バギーの目が大きく見開かれた。

 

「! 麦わらの男っ…!!!」

 

 老人の首を掴んでいた自分の手が、探していた生意気な麦わら帽の青年に外される。

 帽子のつばの下から、ルフィは不敵な笑みを浮かべて見せた。

 

「約束通り、お前をブッ飛ばしに来たぞ!!!」

「よくもノコノコと自分から…‼ 貴様ら!!! 現れたな!!!!」

 

 怒りを再燃させるバギーの目の前に、散々暴れて逃げ回っていた連中が次々に姿を現していく。

 ナミもまた標的に数えられながら、隣にいるゾロに口を酸っぱくして忠告していた。

 

「いーい? 戦うのはあんた達の勝手だけどね、私は海図と宝が手に入ればそれでいいの」

「ああ、わかってる」

「ていうかなんであんたもいるの?」

「えっと…なんか気になっちゃって」

 

 エレノアはさらっと一行に交じっているアルモニを見やり、てへっと舌を出す少女に呆れてため息をつく。

 解放されたプードルは、血を吐きながらも立ち上がり、自分をかばうように立っているルフィたちを押しのけようとした。

 

「小童共…アルモニ…何しに来たんじゃ、余所者や小童はひっこんでおれ。これはわしの戦いじゃぞ‼ わしの町はわしが守る‼ 手出しは無用じゃ!!!」

 

 そう言って、取り落とした槍を拾って再び突撃しようとするプードル。

 するとルフィは彼の後頭部を掴み、手ごろな場所にあった壁に手加減しながら叩きつけた。

 

「!!?」

 

 ごんっ、と鈍い音が響き渡り、いきなり頭部にダメージを負ったプードルは、白目をむくとその場にずるずると崩れ落ちる。

 突然のことに誰もが反応が遅れ、理解するまでに時間がかかっていた。

 

「……な!!!」

「は⁉」

「町長―‼」

「………」

 

 ルフィの蛮行に、ナミやアルモニだけではなくバギーも面食らっていた。

 ゾロやエレノアだけが取り乱さずにいる中、ナミとアルモニはすさまじい形相でルフィに詰め寄った。

 

「あ…‼ あんた‼ なんてことすんのよ!!! 何で町長さんを……!!!」

「邪魔!!!」

 

 身もふたもない言葉に今度こそ絶句する二人。

 ゾロはため息をつくと、地面に倒れたプードルを面倒くさそうに見下ろした。

 

「上策だな…」

「ほっといたらこの人、間違いなく死にに行く気だもんね。気絶してもらってた方がこっちも安心だし」

「無茶するなっ‼」

「町長になんてことすんのさ余所者っ‼」

 

 仮にも老人に対して行う所業ではないとナミは怒り、慕っている町長への乱暴にアルモニは怒鳴りつける。

 ルフィはそんな二人の猛抗議も気にすることなく、大きく息を吸い込むとバギーに向かって声を張り上げた。

 

「デカッ鼻ァ!!!!」

 

 再びその場にいた全員が絶句する。

 自分が最も気にしている言葉を二度にもわたってはっきり口にされたバギーは、わなわなと肩を震わせると悲鳴のような怒号を上げた。

 

「ハデに撃て!!! バギー玉ァ!!!! 消し飛べェ!!!!」

 

 慌てて点火された大砲から、四発目の砲弾が発射される。

 今度は身を隠す壁も、盾にする瓦礫もありはしない。受ければ致命傷は確実の強力な砲弾が、見る見るうちにルフィたちに迫っていった。

 

「何言い出すのよバカァ!!!」

「ぎゃ―――っ!!!」

「おいルフィ‼ 逃げるんだ!!! 吹き飛ぶぞ!!!」

「さーて、それはどうかなァ…?」

 

 大慌てでその場から退避しようとする面々だが、ルフィとエレノアだけはまったく動揺する様子はない。

 ルフィは4人の前に陣取ると、両足を踏ん張って足場を確保し、再び大きく息を吸い込んでいく。

 

「そんな砲弾(もの)がおれに効くかっ。〝ゴムゴムの…風船〟っ!!!!」

 

 今度は声として発するのではない。体の中に取り込み、ゴムの体を膨らませることで自身を大きく丈夫な風船に変える技を繰り出した。

 目を見開く周囲の目の前で、風船となったルフィの腹に砲弾が優しく受け止められる。

 ゴムの体は伸びに伸び、限界にまで達すると今度は砲弾を反対側へ弾き飛ばす。面食らった様子で固まるバギー一味のもとへ、砲弾は容赦なく牙をむき、大爆発を起こしたのだった。

 

「………先に言えよな」

「言ったでしょ。それはどうかなって」

 

 呆れるゾロとエレノアの前で、元に戻ったルフィが上機嫌にブイサインを送る。

 

「よっしゃ‼ 敵がへった‼ やるか‼」

「あんた一体何なのよっ‼」

「バケモノだ―――っ!!!」

「人騒がせな…」

「にゃははは」

 

 異常な現象にナミやアルモニが騒ぎ立てる。

 バギーも大概ものすごい能力を持っていたが、それまで普通の人間だと思っていたルフィまでもが人外だと知って驚くほかになかった。

 

「説明してよ‼ だいたいおかしいと思ったわ‼ ライオンと戦ってきた時からね‼」

「人間業じゃない…何なの今の風船みたいにふくれたの‼」

「ゴムゴムの風船だ‼」

「「それが何かって聞いてんのよっ‼」」

 

 説明になっていない、ただの技名を自信満々に語られ、ナミとアルモニは仲良く絶叫する。

 しかし、身内で話し合っている暇などなかった。

 

「よくもまァハデにやってくれたもんだ………」

 

 吹き飛んだ酒場の瓦礫の中から、立ち上がる人影と声が届く。

 無傷で立つ、船長バギーと参謀長カバジ、そして機械腕の男ガンツ。二人は手近な位置にいた手下やライオンのリッチーを前に差し出し、盾にすることで砲弾を防いでいた。

 

「旗揚げ以来最大の屈辱ですね、船長」

「おれァア、もう怒りで、何も言えねェのよ…」

「クックっクック…」

 

 役目を終えた手下を、使い捨ての道具のように放り捨てる彼らにナミは絶句する。

 そんな彼らの後ろで、今の今まで気絶していたモージが呻きながら目を覚まし、惨状に気がついた。

 

「げっ‼ 麦わらの男に変なガキ‼ バギー船長、あいつらにはお気をつけを‼ 奴も〝悪魔の実〟の能力者なんです‼〝ゴム人間〟なんです!!! ガキの方も妙な力を使うんです!!!」

「ゴム人間⁉」

「うん、ほら」

 

 モージの指摘に、初めて知ったナミが振り向くとルフィが頬を引っ張って肯定する。

 バギーはようやく納得がいったという表情で目を細め、ルフィを睨みつけた。

 

「……悪魔の実を…!!! バギー玉もはね返す訳だ…しかし、モージ…知ってたんなら」

 

 おもむろにモージの襟首をつかむと、バギーは自分の手を切り離し、ルフィに向かって発射させた。

 報告を怠った罰と、そのせいで手ひどい一撃を食らった腹いせのために。

 

「なんで、それを早く言わねェんだ!!!」

「一応、言いました!!!」

 

 モージの名誉のために言うが、彼はちゃんと報告していた。

 ただ意識が途切れてまともにしゃべれなかったのと、バギーが早とちりしただけで言うには言っていたのだ。

 しかし憐れなモージは目前に迫ったルフィに蹴り飛ばされ、再び気絶させられてしまった。

 

「開戦だ‼」

「よっしゃ!」

 

 崩れ落ちるモージを合図に、ルフィたちは戦闘態勢に入る。

 するとバギー一味のカバジとガンツが勢いよく飛び出し、ルフィに向かって鋭い刃を突き出した。

 

「バギー一味参謀長〝曲芸〟のカバジ‼ 一味の怒り、この私が請け負う!!!

「ひゃはははァ‼ 今度こそおれの最強の力の餌食になりやがれェ!!!」

 

 間抜け面を切り裂いてやろうと振るわれる剣と爪。

 しかしそれは、横から差し出された刀と地面からせりあがった土の盾によって阻まれ、奇襲は失敗に終わった。

 

「剣の相手ならおれがする!」

「こいつの相手は私に任せて、ルフィは本命をどうぞ!」

 

 雪辱を果たそうと燃えるゾロと、やや不機嫌そうな様子のエレノアが、そういって構えなおす。

 ガンツは取り逃がした獲物が自分から現れたことで歓喜し、土の盾を破壊して自慢の鉤爪を振り回した。

 

「ヒャハァ!!!」

 

 力任せながら、油断ならない膂力のそれをエレノアは軽々と躱し、とんとんとステップを踏みながら距離を取る。

 隙を突き、顎でも打ち抜いてやろうと地面に手をつき、土の柱を錬成していくが、ガンツの鉤爪はそれをやすやすと切り裂いて見せた。

 

「うおお! すっげェ‼」

「なんて切れ味なのよ……⁉」

 

 体格差では圧倒的な不利な組み合わせに、目的を一瞬忘れたナミが絶句する。

 その隣で、なぜかアルモニがエレノアを信じられないというような目で凝視していた。

 

「〝オクトパスクロー〟!!!」

 

 機会の腕の手甲に刻まれた円陣が輝くと、案の定名前の通りタコの足のように伸びてしなる爪がエレノアに襲い掛かる。

 縦横無尽に向かってくるそれらの凶器をエレノアは紙一重でかわし、その奇妙な攻撃の原理を考察する。

 

「錬金術で長さと柔らかさを自在に変化させてるのか…で? それだけなの?」

「ちょこまかよけやがって‼ お前の能力はその程度かァ!!?」

 

 再び陣が光り、爪の数が倍になる。

 それでもエレノアを捕らえることができず、次第にガンツの表情が苛立ちに満ちていく。

 

「逃げてばかりじゃ退屈だぜェ‼ ちっとは向かってきたらどうだァ⁉」

 

 挑発するも、エレノアは避け続けるばかりで今度は錬金術を使う様子もない。

 それが、お前は術を使わずとも十分な存在だとでも言われているようで、ガンツは怒りに顔をゆがませていった。

 だが、その怒りはよそにまで影響を与えた。

 

「きゃああっ!!!」

 

 傍観していたアルモニのすぐ近くに、ガンツの触手の爪が迫ったのだ。

 さすがのエレノアもそれには焦り、地面を錬成してアルモニを守る盾を作り出す。

 それは触手の一撃を受けて抉れはしたものの、アルモニを守るには十分な強度だった。

 

「もらったァ!!!」

 

 意識がそれた隙を狙い、ガンツが残りの爪をエレノアに向かわせる。

 エレノアの目はアルモニに向いていて、ガンツの攻撃は避けられそうにない。

 勝った、とガンツが口元を笑みに歪めた瞬間だった。

 

「少しは頭を使いなよ…」

 

 バシンッ!!!と凄まじい閃光が走ったかと思うと、エレノアの姿が一瞬見えなくなる。

 まぶしさに思わず目を腕で覆うガンツだったが、くらんだ視界の中で急速に迫る人影がうっすらと見えた。

 

「ぶごァ!!?」

 

 顔面に突如強烈な蹴りを食らい、ガンツの体がぐらりと傾ぐ。

 鼻を押さえながらたたらを踏んで後ずさると、自分の顔面を蹴り飛ばした不届き者を睨もうと目を凝らす。

 そして、その表情を驚愕でゆがませた。

 

「……ちょっとぐらい遊んでやろうかと思ったけど、気が変わった」

 

 ガシャン、と金属音を立てて、ガンツを蹴り飛ばした張本人が降り立つ。

 その声はエレノアのものであったが、姿は全く変わっていた。

 

「え⁉ だ、誰!!?」

 

 ナミが戸惑うほどに、エレノアの変貌はすさまじかった。

 7、8歳ほどだった背丈はナミより少し低いぐらいにまで伸び、胸や尻も非常に育ってローブを下から持ち上げている。

 フードの下から除く顔立ちも大人びて、鋭く尖った視線がガンツを射抜いている。

 まるで急速に大人になったように、エレノアの体は大きく変わっていた。

 

「おお、久々に見たな、あれ」

「あ、足が伸びっ…いや、なんだその姿は!!?」

「あんたごときに錬金術を使うのはもったいない…だから、あんたの好みに合わせて迫撃でお相手させてもらう」

 

 言うが早いか、エレノアはガンツに向かって突進する。

 慌てて触手爪で迎撃しようとするガンツだが、以前よりも速くなったエレノアには微塵もかすらない。

 それどころか、高く跳躍したかと思うと襲い来る触手爪を足蹴にし、踏み越えてどんどん加速していく。

 

「しかと見ておけド三流………錬金術をそんな児戯と一緒にするな!!!」

 

 怒りをにじませた目をフードの下に見て、ガンツは初めて恐怖で顔をゆがませた。

 

「う…うおわああ‼ 来るなあああ!!!」

 

 悲鳴を上げて、残った生身の腕を振り回すが何の意味もない。

 急接近していくエレノアの右脚のすねから、シャキンと刀のような刃が展開して爪先に装填される。

 まるでいくつもの舟を跳び越えていくようにして、エレノアはガンツに刃を振るった。

 

壇ノ浦・八艘跳(だんのうら・はっそうとび)〟!!!!

 

 横なぎに似た回し蹴りが、ガンツの体を切り裂く。

 ドパッと噴き出す鮮血に彩られながら、ガンツは心底信じられないという表情で膝をついた。

 

「バカな……‼ このおれが…誰にも負けたことのない最強のおれが…!!!」

「最強だとか無敵だとか…あんまりそういう意味のない大言を口にしないほうがいいよ。器が知れるだけだから」

 

 ひけらかすだけの強さに、成長など見込めるはずもない。

 少なくともエレノアの知るうちに、己こそが世界で最も優れていると天狗になった錬金術師(同業者)は他にいなかったと記憶していた。

 

「じゃあね、自称・最強さん。格の違いが分かったかな?」

 

 せめてものはなむけにそう告げ、エレノアは悠々と降り立つ。

 爪先から伸びた刃が収納されると同時に、もう一度パンッと手に平を合わせたエレノアは光に包まれ、元の子供の姿に戻っていた。

 傍らでは、カバジの曲芸剣技と卑怯な戦法に苦戦したゾロがカバジを仕留め、終了とばかりに刀を収める。

 最初の戦いは、ひとまずルフィ側の勝利で終わった。

 

「ガンツを一撃で…‼ ただものじゃねェなあのガキ…‼」

 

 ガンツの力が相応のものだと認識していたバギーは、それを圧倒したエレノアを思わず凝視する。

 沈黙が支配する中、ほっと一息をつくエレノアのもとにふらふらとアルモニが近づいていった。

 

「錬金術…あなたが、錬金術師…?」

「! アルモニ…」

 

 今になって、アルモニに今の術を見せたのはやりすぎだったかと後悔する。

 アルモニが父ヴィルヘルムのこと尊敬しているという事は、彼が錬金術師であることも知っているのだろう。

 彼のもとで学びたいとも言っている彼女からすれば、海賊である自分がそれを使っているのは嫉妬の的になるのではないだろうか。

 気づきはしたものの、もう遅い。アルモニはエレノアの目の前で立ち止まり、うつむいていた。

 

「……ごい……」

「へ?」

 

 こぼれた声はよく聞こえなかった。

 さっと上げられたアルモニの顔は、興奮と尊敬でキラキラと輝いていた。

 

「すご――――い!!! あなたって錬金術師だったのね!!? すごいじゃない!!! あのむかつく海賊を一撃でのしちゃったよ!!!」

「お、おお?」

「ねェ教えて‼ あたしに錬金術を教えて!!! まだ基礎もできてないけど、陣もなしに自分の体を変えられるなんてすごい錬金術師だよね!!? あたし頑張るから錬金術を教えてよ!!! ねェおチビちゃん、教えてよ!!!」

「おチッ…‼ それが人にものを頼む態度か!!!」

 

 不名誉な呼び方にムッとなるエレノアだったが、アルモニは全く気にせずにエレノアの肩をガッと掴む。

 その予想以上の力に、エレノアは圧倒されていた。

 

「そもそも私は海賊だよ‼ あんたにものを教える資格も義理も…!!!」

「なんでもするから!!! だからお願い!!! 弟子にしてよ!!! ねェねェねェねェねェ!!!!」

「あーもううっとうしい‼ ルフィ、あとは全部任せたから!!!」

 

 ぐいぐい迫ってくるアルモニを押し返し、エレノアはその場からの一時離脱を選択する。

 ぽかんと突っ立ったままの他の者をほったらかしにし、逃げ出したエレノアを追ってアルモニも走り出していった。

 

「待って―――‼」

「…何だ、あのガキ…」 

「ルフィ………おれは寝るぞ」

 

 思いもよらない展開にバギーも呆然とし、体力の限界に達したゾロも頭に巻いた布を外してその場に倒れる。

 

「おう、寝てろ。あとはおれがやる」

 

 残されたルフィは、当初の目標であるバギーに挑戦的な笑みを浮かべた。

 ここから先は、船長同士による決闘の時間だ。

 一味の期待を一身に背負い、猛る闘志を抱いた若き海賊は懸賞首に挑みかかった。

 

 

「弟子にして――――!!!」

「もう勘弁してよ!!!」

 

 ただし追われたままのエレノアには、それどころではなかった。



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第11話〝最初の一歩〟

「ぜェ…ぜェ…‼ あの子なかなか根性あるな…‼ とうとう町一周しちゃった…‼」

 

 アルモニに追われ、敵と戦ったすぐ後に走り続ける羽目になったエレノアが、息切れしながらこぼす。

 本気で逃げ続けたのだから、振り切ったはずだろうと後ろを振り向く。

 

「さすがにもう追っては…」

「弟子にしてくれるまであきらめないっ‼」

「ふぎゃ――――っ!!?」

 

 必死の形相で、至近距離にまで張り付いていたアルモニを目にして、エレノアが悲鳴をあげた。

 おそるべき執念である。

 

「なんなの⁉ あんたのその底なしの根性は一体何なの!!?」

「だから言ってるじゃない‼ 私はパパみたいにみんなの役に立ちたいんだよ‼ そのためなら、私はなんだってやってやる!!!」

「……‼ 強情なっ‼」

「パパもお姉ちゃんも教えてくれない…‼ どうせ使えないって‼ 才能がないからムダだって‼ あたしは真剣なのに…真剣にパパやお姉ちゃんに認めてもらいたいのに!!!」

「…………」

 

 アルモニの慟哭に、エレノアはなぜか言葉に詰まった。

 心の底から悔しそうな表情や、握り締められた手に表れている感情に、何か思うことがあったらしい。

 しばらくしてエレノアは徐々に速度を落とし、途中で立ち止まった。

 アルモニは思わず笑顔になり、大きく肩を揺らして息を切らせながらエレノアを見つめた。

 

「はァ……はァ……教える気になってくれた⁉」

「………悪いけど、私はあんたの師匠にはなれないよ。その資格も暇もない」

「……ッ‼ 資格がないなんて思わない‼ あなたはすごい錬金術が使えるし、それをひけらかしたりしない!!! 暇がないなら、私があなたの行くところについていく!!! だからっ……!!!」

「…私は海賊だよ」

「じゃああたしだって海賊に……‼」

「いい加減にしろ!!! 軽い気持ちでその言葉を口にするな!!!」

「軽い気持ちなんかじゃない!!! 真剣にあたしは錬金術師になりたいんだ!!!」

 

 何度言っても、アルモニは諦めるつもりはないらしい。

 弟子を取るつもりも、況してや他人に錬金術の手ほどきをする気などないエレノアは難しい顔で黙り込み、真剣な表情を見せるアルモニを見つめ返す。

 やがてエレノアは、大きなため息をついた。

 

「しょうがない…これだけはあんたに見せたくなかったんだけど」

 

 エレノアは観念したようにつぶやくと、自分が履いていた長いブーツのジッパーをおろしていく。

 太ももまで覆う、刃を収納するためのスリットなどを備えた特殊なブーツをするすると脱ぎ、その下に隠された自分の足をアルモニの前に晒していく。

 露わになったのは、銀色の機械の足だった。

 

「……何? その、足……」

「…錬金術師の…私の業だよ」

 

 甲冑などではない、太ももから下がまるまる金属でできた足に成り代わっているのだ。

 エレノアが抱える想像以上の闇に、アルモニは言葉を失った。

 

「これはね、人として侵してはならない神の領域に踏み込んだ私の罪なんだ。師匠にだって禁じられていた、錬金術師の最大の禁忌…それを侵してしまったの」

「………‼」

「私は後悔なんかしちゃいない。こんな姿になってまで、取り戻したかったものがあるから…でもだからこそ、私はあんたに錬金術を教えるわけにはいかない。教えていいはずがない」

 

 アルモニに才能がないから、やっても無駄だからと否定したわけではない。

 罪を犯した自分にはそんな資格がないから、エレノアはアルモニに錬金術を教えようとは思わなかったのだ。

 

「教授があんたに教えないのもそう……錬金術は誰もが幸せになれる都合のいい力なんかじゃない。相応のリスクを覚悟しないと、命の危険だってありうる。あんたの父親や姉は、あんたにそんな風になってほしくないから禁じているんじゃないのかな」

 

 アルモニの父親も姉も、彼女を軽んじているのではない。

 娘を愛し、妹を心配しているからこそ、大きなリスクを背負う錬金術から遠ざけようとしていたのだと、エレノアはそう感じていた。

 

「…でなきゃあの人が、自分の娘にそんなことを言うはずがない」

「どうしてそんなことわかるの…?」

「…私が認めた、偉大な錬金術師だからだよ」

 

 エレノアは、かつて相対した偉大な術者を思い出す。

 賢者にふさわしき実力と人格を有したあの男を、エレノアは高く評価していた。

 

「私なんかに頼らなくても、きっとこの先素敵な師匠に出会えるよ。……海賊に教えを請おうなんて思わなくてもね」

 

 厳しいかもしれないが、これがアルモニにとっても最良の答えだとエレノアは思う。

 俯いてしまったアルモニを置いて、エレノアは先へ行こうと歩き出した。

 

「じゃあね」

「……でも‼」

 

 去っていく小さな背中に、アルモニは叫ぶ。

 自分を卑下し、アルモニを傷つけない断り方をしてくれた彼女を、アルモニは嫌えなかった。

 

「あなたは…助けてくれたよ? 海賊に殺されそうになった私を…助けてくれたよ?」

 

 エレノアは振り向かず、その場でアルモニの言葉を聞く。

 アルモニは惜しそうに唇を噛み締めながら、命の恩人にして尊敬する先輩に笑顔を向ける。

 

「あなたに弟子にしてもらうのはあきらめるよ………でもね‼ 錬金術はあきらめないよ⁉ いつか絶対すごい錬金術師になって、今日助けてもらった恩を返せるくらいになってみせるよ!!! …そんな事ぐらい、願ってもいいでしょ?」

「…そっか。じゃあせいぜい頑張りなよ」

 

 実に前向きなアルモニの決意に、エレノアは内心で微笑ましさを感じながら振り向く。

 そこまで固い決意と情熱があるならば、攻めてもの選別に言葉を送るぐらいはしてやろうと、優しい笑みを浮かべた。

 

「一つだけ教えてあげるよ。錬金術の基礎は『等価交換』…あんたが本気でそこまで錬金術師を志すなら、その思いを失わないで」

 

 言葉の意味を探るアルモニに苦笑し、エレノアは彼女なりの声援(エール)を送る。

 

「あんたの夢がその思いに釣り合うかどうかは……あんた次第だよ」

「………!!! うんっ!!!」

 

 アルモニは一瞬あっけにとられながら、エレノアのアドバイスに希望を抱いたのか満面の笑みを浮かべる。

 大きな一歩を踏み出しつつある少女をまぶしそうに見つめ、エレノアはアルモニに見送られながらその場を後にした。

 

 

 そこから時間をかけ、バギーたちがいた場所へと戻ってきたエレノア。

 もういい加減、ルフィたちも問題を解決して静かになっている頃だろう、と予想して、路地裏から顔を出した。

 

「やー、ただいま…」

 

 とりあえず労ってやろうと片手をあげる。

 が、帰ってきたのは仲間の声ではなかった。

 

「あっちにも仲間がいたぞ‼」

「捕まえろォ‼」

「ふぎゃ―――っ!!?」

 

 険しい形相で、槍やらモップやらで武装した町民らしき男たちに追われ、エレノアは悲鳴をあげながら走り出した。

 海賊ゆえに仕方がないが、あまりに急なことで理不尽にしか思えなかった。

 

「あんたたち何やってんのよォ⁉」

「文句はこいつに言ってよ‼」

「なっはっはっはっはっは‼」

 

 前を走る、財宝を抱えたナミやゾロを担ぐルフィたちを怒鳴りつけるも、ナミも不本意だったのか怒号が返ってくる。

 のんきに笑うルフィの笑い声が妙によく聞こえた。

 このまま港まで追いかけられ続けるのかと思った時、町民たちの前に割り込む影があった。

 

「ワン!!!」

「うおっ」

 

 思わず足を止めた町民たちの前で、ペットフード屋の番犬シュシュが勇ましく吠えた。

 思わぬ事態に町民たちは戸惑って立ち止まり、ルフィたちは驚きの声をあげる。

 

「シュシュ!」

「犬っ」

「おい、シュシュ‼ そこをどけ‼」

「あいつら悪い海賊なんだ‼」

「ワン‼ ワン‼」

 

 魚屋のオヤジや本屋の主人に言われても、シュシュはその道を譲ろうとはしなかった。

 宝物の仇をとってくれた恩人たちを逃がすため、忠犬は必死に時間を稼ごうとしてくれていた。

 

「グルルル…‼ ワンワン‼」

「どうして邪魔をするんだシュシュ‼」

「シュシュ‼ そこを通せ!!!」

「ワン‼ ワン!!! ワン!!!」

 

 怒鳴られても、シュシュは決して動こうとはしない。

 その姿は、かつてペットフード屋を一匹で守り続けていた時よりも大きく、たくましく見えた。

 

 

「はあー、怖かった。シュシュのお陰で何とか逃げきれたわ。なんで私達がこんな目にあわなきゃなんないの?」

「いいだろ、別におれ達の用は済んだんだから!」

「そりゃそうだけどさ」

 

 とんだとばっちりにぶつぶつ言いながら、ナミはバギーから奪った財宝を抱え直す。

 財宝にこだわるだけあって、バギーのお宝は質が良かったらしく、それなりに儲かって機嫌がいいらしい。

 そうこうしているうちに、一行は自分たちの船が停められている港にたどり着く。

 ルフィはナミが乗ってきたと言う船を見て目を輝かせた。

 

「これ、お前の舟なのか? かっこいいな―‼ いーなー」

「……そうは思わないけど、私は。バカな海賊から奪ったの」

「…ああ、あいつらの」

 

 ナミの言葉に、エレノアはこの島にくるきっかけとなった三人組のことを思い出す。

 そういえば今、どこで何をやっているのだろうか。

 

「待ってたぜ泥棒女っ!!!」

 

 そんなエレノアの考えが何か作用したのか、ナミの船の中から三つの影が立ち上がった。

 そのタイミングの良さに、エレノアは呆れてしまう。

 

「あ…あんた達は…」

「ここにいれば帰ってくると思ったぜ」

「ぐっしっしっし。まさか、この港で盗まれた船に出会えるとは思わなかった」

「おれ達を忘れたとは言わせねェぞ…‼」

「うん。よく覚えてるよ」

 

 頭痛を覚えながら、エレノアはバギー一味の三人組の標的となっているナミの前に立つ。

 何か言いかけていた三人組は、立ちふさがるエレノアを見てさっと顔を青ざめさせ、ついで驚愕と恐怖に引きつらせた。

 

「!!!? ぎいや~~~~~~~っ!!!」

 

 三人組はまるで悪魔か怪物にでも遭遇したかのように、泣き喚きながら叫び声をあげ、自ら海へ飛び込んで逃げ出していってしまった。

 後に残されたルフィは不思議そうに三人組が消えた方を眺め、首を傾げた。

 

「知り合いだったのか?」

「…さあね♪」

 

 何やら上機嫌のナミは朗らかに笑い、なぜか隣に立っているエレノアの頭を撫でた。

 

「よし、行くか!」

「ナミ、その帆、バギーのマークついてるけどいいの?」

「そのうち消すわ」

 

 血が減って動けないゾロを乗せ、財宝を積み込み、ルフィたちは出航準備を終える。

 風は良好、波も穏やか。絶好の航海のチャンスにルフィたちは早速船を出した。

 

「おい、待て小童共!!!」

 

 だいぶ沖に出た四人の方へ、大きな声がかけられる。

 意識を取り戻したプードルが、ルフィにやられた傷跡もそのままに波止場に立っていた。

 決死の覚悟を決めて突撃しようとしたらそれを妨害され、気絶している間になんの関係もない連中に大切な街を救われていた。

 その悔しさよりも先に、プードルの口からはこらえきれない思いが溢れ出していた。

 

「すまん!!! 恩にきる!!!!」

 

 滂沱の涙を流しながら、送られた感謝の言葉にルフィは明るく笑う。

 

「気にすんな‼ 楽に行こう‼」

「言葉もないわ…‼」

 

 自分の喜びを、感謝をそれ以上の言葉にすることもできず、プードルは「良い」海賊たちの姿が見えなくなるまで見送る他にない。

 その隣に、慌てて駆け寄ってきたアルモニが立ち止まり、息を切らせながらも声を張り上げた。

 

「エレノア―――っ!!!」

 

 名を呼ばれ、振り向いたエレノアは大きく手を振るアルモニに目を丸くする。

 何事かと首をかしげるエレノアに向けて、アルモニは大きく叫んだ。

 

「私っ!!! いつか立派な錬金術師になるからっ!!! その時また逢おうね―――っ!!!!」

「………そんな大声出さなくても、わかってるよ」

 

 呆れながらもエレノアは、後輩の希望に満ち溢れた表情を見て安堵のため息をつく。

 きっと彼女は、大きく成長することだろう。

 挫折も失敗も経験し、大きな夢を持った少女は高く羽ばたいていくことだろう。

 その光景を見られないこちは確かに残念だが、あの笑顔を見られただけで満足だ。

 

「しししし!」

 

 ルフィはそんなエレノアを愉快そうに笑い、エレノアはなんとなく腹が立って肘でつつく。

 遠く離れていく船の影を追い続けていたアルモニは、やがてぎゅっと強く拳を握りしめた。

 

「よし‼ やるぞ‼」

 

 ここに、大きな夢を持った少女の一歩が、踏み出された。



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第3章 海賊旗が呼んでいる 第12話〝キャプテン・ウソップ〟

珍獣の島は飛ばします。
内容ほぼ丸々コピーになりそうだから。


「無謀だわ」

 

 二艘並んで海を進む船の上で、真剣な表情のナミがそう呟く。

 それに真面目に頷いたのは、悲しいことにエレノア一人だけであった。

 

「まァ……そうだよね」

「何が?」

「このまま〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入ること!」

「冒険に耐えられるだけのちゃんとした船…装備…食糧…船員の数…数えだしたらきりがないよ」

 

 ローブの下から手を出し、指折り必要なものを数える旅にエレノアの表情は険しくなっていく。

 一直線に〝偉大なる航路(グランドライン)〟を目指してきたものの、あらゆる物資が不足している今の状態で挑めばたちまち返り討ちにされるだろうことは明らかだった。

 

ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を求める猛者がうようよしてる海だし、そいつらが乗ってるのも強力なやつだよ」

「あんた、あの変な力で船作ったりできないの?」

「ムリムリ。錬金術師っていうのはどっちかっていうと研究者寄りだからさ、修行を積んだ本業の人にはかなわないよ」

「どっちにせよ、ちゃんとした準備が必要不可欠ってことね」

 

 頼りにはできないと察したナミはため息をつき、肩をすくめて進行方向に目を向ける。

 ともかく今は、次の島に到着することが先決だ。

 

「ここから少し南へ行けば村があるわ。ひとまずそこへ! しっかりした船が手に入ればベストなんだけど」

「小さな村みたいだし…望みは薄そうかなァ」

「肉を食うぞ!!!」

 

 不安げに舵をとるナミとエレノア、能天気に腹を鳴らすルフィに眠りこけるゾロ。

 連携が取れているようで取れていない一行はやがて、周囲を崖で囲まれたある陸へとたどり着いたのだった。

 

「あったなー。本当に陸が!」

「なに言ってんの。当然でしょ。地図の通り進んだんだから」

「それにしても正確だよ。これから頼りにしてるよ」

 

 ルフィの感想に呆れながら、ナミは自分の船のマストをたたむ。

 今の今まで眠っていたゾロも目を覚まし、船を岸につける用意にかかった。

 

「村はこの奥だっけ?」

「うん。でもあんたの言う通り小さなところね」

 

 地図を確認しながら陸の方を見ると、確かに崖の一箇所に坂道がある。エレノアが耳を傾けると、その先から何やら人の声が聞こえてくるのを感じた。

 しかし、それとは別に気になる声も聞こえてくる。

 ヒソヒソと何人かの子供と、年長らしい男性が囁きあっているものだった。

 

「ところで、さっきから気になってたんだが」

「…ああ、あれ?」

 

 ゾロも気配か何かで気づいたのか、エレノアが見つめている方に胡乱げな視線を送っている。

 見れば、岸にある草むらが妙にガサガサと揺れていた。

 

「あいつら何だ」

「!!!」

 

 つい口に出した時、ガサガサと草むらをかき分けて三人の男の子たちが飛び出して行くのが見えた。……一番年上らしい青年を置いて。

 

「おいお前ら!!! 逃げるな!!!」

「うわああああ見つかったァ~~~~~っ!!!」

 

 青年が手を伸ばすも、子供達は一目散に逃げていって振り返りもしない。

 一人取り残された青年は呆然と立ち尽くすも、ジッと自分の方に向けられている視線にハッと我に返り、堂々と仁王立ちして視線を受け止め始めた。

 

「おれはこの村に君臨する大海賊団を率いるウソップ!!! 人々はおれを称え、さらに称え〝我が船長〟キャプテンウソップと呼ぶ!!! この村を攻めようと考えているならやめておけ‼ このおれの八千人の部下共が黙っちゃいないからだ‼」

「その八千人の部下、さっき尻尾巻いて逃げてっちゃったみたいですけど? キャプテン」

「ゲッ‼ ばれた‼」

「せめて嘘は貫き通そうよ。ばれたって言っちゃったし」

「ばれたって言っちまったァ~~っ‼ おのれ策士め!!!」

「はっはっはっはっはっはお前面白ェな―っ‼」

「おい、てめェおれをコケにするな‼」

 

 急によくそこまで話せるもんだと感心しながら、エレノアは妙に鼻の長い青年をじっと見つめる。

 ただの村人のようだが、どこかで見た覚えがするのが不思議だった。

 

「おれは誇り高き男なんだ!!! そのホコリの高さゆえ人が、おれを〝ホコリのウソップ〟と呼ぶ程にな‼」

「ほ~う…」

 

 嘘を見破られてなお、大口を叩いて自分を大きく見せようとする胆力に興味がわく。

 いたずら心が湧いたエレノアはつい調子に乗って、強者のような低い声を発して青年ーーーウソップに向けてフードの下から目を光らせた。

 

「ならば答えてもらおうか…ホコリのウソップ殿。私の質問に…」

「………!!!」

 

 異様な気配を感じたのか、ウソップはゴクリと唾を飲んで後ずさる。

 他のものも息を呑み、風もないのにローブの端を揺らすエレノアに視線を集め、発せられる言葉を待った。

 

「お腹すいたんだけど、ごはん屋はどこ?」

 

 シリアスな声で告げられた間抜けな質問に、その場にいた全員がずっこけたのはいうまでもない。

 

 

「なに⁉ 仲間とでかい船を⁉」

 

 坂を越え、村の食事処に入ったルフィたち。

 訪問の目的を聞いたウソップは驚きながら、どこか羨ましそうに興奮しながら身を寄せてきた。

 

「ああ、そうなんだ」

「は――っ、そりゃ大冒険だな‼ まァ、大帆船ってわけにゃいかねェが船があるとすりゃ、この村で持ってんのはあそこしかねェな」

「あそこって?」

「この村に場違いな大富豪の屋敷が一軒建ってる。その主だ」

 

 ウソップは言いながら、視線をどこか別の方に向ける。おそらくその先に、件の屋敷があるのだろう。

 

「だが主といっても、まだいたいけな少女だがな。病弱で…寝たきりの娘さ…‼」

「え……どうして、そんな娘がでっかいお屋敷の主なの?」

「ワケありみたいだね」

「おばさん‼ 肉追加‼」

「おれも酒っ‼」

「は~い!」

「てめェら話、聞いてんのか!!?」

「あーいいからいいから。こいつらのぶん私とナミが聞くから」

 

 放ったらかしにされて起こるウソップをエレノアとナミが抑える。

 いちいちこのくらいで説明を中断されては、いつまでたっても本題に入れない。

 怒りを収めたウソップは、渋々二人に説明を再開する。

 

「……もう1年くらい前になるかな。かわいそうに病気で両親を失っちまったのさ。残されたのは莫大な遺産とでかい屋敷と十数人の執事たち…‼ どんなに金があって贅沢できようと、こんなに不幸な状況はねェよ」

「ふーん……」

 

 重い話を聞かされ、ナミは頬杖をつきながら考え込む。

 何か思うところがあるのか難しい表情の航海士の様子が気になり、エレノアが視線を向けていると、ややあってからナミは机を叩き、体を起こした。

 

「………やめ! この村で船のことは諦めましょ。また別の町か村をあたればいいわ」

「さんせー。まだそんなに資金がたまってるわけでもないしね」

「そうだな。急ぐ旅でもねェし! 肉食ったし! いっぱい買い込んでいこう!」

「…ナミ、こいつの首輪は任せるよ」

「うん…大変ね。あんたずっとこいつと一緒だったんでしょ?」

「…もう慣れたよ」

「ところでお前ら」

 

 遠い目になるエレノアの肩を、ナミが憐れみの目になりながらポンと叩く。

 すると、勇敢なる海の戦士を自称するウソップがずいっと身を乗り出してきた。

 

「仲間を探してると言ってたな……! おれが船長(キャプテン)になってやってもいいぜ!!!」

「「「「ごめんなさい」」」」

「はえェなおい‼」

 

 即座に拒否されたウソップは、若干涙目になりながら叫び声を上げてうなだれる。

 そこへ、前髪の色素が薄い、長い黒髪の女性がパタパタと駆け足で近づいてきた。

 

「ウソップ君! そろそろじゃない?」

「ん? …おっといけねェ。もうこんな時間だ。ありがとな、ロゼ!」

「なに?」

「悪ィな、おれはこれから用事があるんだ。まァ何もねェ島だが、出発までゆっくりしてればいいさ。じゃあな!」

「おー」

 

 先ほどとは打って変わって明るく、それもどこか使命感を感じさせるキリッとした表情で立ち上がり、どこかへと去っていくウソップを見送る面々。

 急なことで、エレノアは不思議そうに首を傾げて青年が去った方を見つめた。

 

「…何しに行ったんだろ、あの人」

「さァ?」

「彼にしかできないことだよ。ほら、追加のお肉とお酒っ‼」

 

 他人のはずなのに、どこか誇らしげな笑みを浮かべている給仕が気になり、エレノアは思い切って尋ねてみることにした。

 

「店員さん…ロゼ、だっけ? ウソップにしかできない事っていったい何なワケ?」

「それは私の口から言うには野暮かなァ…」

 

 ニコニコといたずらっぽい笑みだけ返し、肝心なことは教えてくれないロゼにますますわからなくなる。

 すると、食事処の扉が開き、三つの小さな人影がルフィたちの席の前に立ちはだかった。

 

「「「ウソップ海賊団、参上っ‼」」」

 

 突然のことにルフィたちは目を丸くし、小さな乱入者たちを思わず凝視した。

 

「なにあれ…」

「さー、何だろうな…」

「…この声って確かさっきの」

「? ……‼ おい…キャプテンがいないぞ…」

「まさか…やられちゃったのかな…‼」

「お…おい海賊たちっ‼ われらが船長キャプテンウソップをどこへやった‼ キャプテンを返せ!!!」

 

 座っている面々の中にウソップがいないことに気がつき、ウソップ海賊団のメンバー・ピーマン、にんじん、たまねぎがざわつき始めた。

 ロゼはそんな三人を見やると、クスクスと微笑ましそうに笑みをこぼしていた。

 

「は――っ、うまかった! 肉っ‼」

「‼」

「え…肉…って⁉」

「まさか…キャプテン……‼」

「小骨が引っかかるのが難点だよねェ…」

「ほっ、骨ェ~~⁉」

 

 ルフィが特に意味もない感想を口にすると、面白いように勘違いして慌て始める。

 ついエレノアが便乗すると、さらに顔を青くして狼狽し始めた。なんとも素直で想像力豊かな少年たちである。ナミも思わず笑いそうになるほどだ。

 

「お前らのキャプテンならな…」

「な…何だ‼ 何をした……‼」

「さっき………喰っちまった」

 

 さらなるゾロの悪ノリで、少年たちは今度こそ恐怖で真っ青になって震え上がった。

 

「ぎいやあああああ鬼ババア~~~っ!!!」

「なんで私を見てんのよ!!!」

 

 ナミを凝視ながら悲鳴をあげ、そのままぶっ倒れる三人。

 余計なことを言って笑うゾロに抗議するナミの横で、こらえきれなくなったロゼが腹を抱えて大笑いしていた。

 

 

 しばらくして、目を覚ましたウソップ海賊団に事情を確認し、ようやく和解がかなった。…目を覚ました時、ナミの顔を前にしてまた一悶着はあったものの。

 

「あんた達のキャプテン…何しに行ったの? 時間って言ってたけど」

「あ、そうか。キャプテン、屋敷へ行く時間だったんだ」

「屋敷って病弱な女の子がいるっていう?」

「うん」

「何しに行ったんだよ」

「うそつきに!」

 

 誇らしげに答えるにんじんに、ナミもエレノアも思わず呆れる。

 あの男らしいといえばあの男らしいが、それが自慢できることかと言われればそうは思えなかった。

 

「ダメじゃねェか」

「だめじゃないんだ! 立派なんだ! な!」

「うん‼ 立派だ‼」

「そうよ、立派なのよ?」

 

 ピーマンやたまねぎが嬉しそうに言うと、ロゼもそれに同意する。

 詳しい話を聞いてみれば、確かに胸を張ってもいいと言える行為であった。

 両親を失い、自身も病気がちになって屋敷にこもりっぱなしになった屋敷の主人の少女。

 夢見る少年ウソップはそんな彼女の元へ毎日のように通い、想像できうる限りのホラ話を聞かせているのだと言う。内容は常に、勇敢な海の戦士である自分が主人公の冒険譚だ。

 悩んでいることも馬鹿らしくなるほどのホラ話に励まされ、少女の顔にも笑顔が戻ってきたそうだ。

 

「いいやつじゃん」

「へー、じゃあお嬢様を元気づけるために、1年前からずっとウソつきに通ってるんだ」

「一途でしょ。カヤお嬢様も最初はふさぎ込んで本当に体調も悪かったんだけど…ウソップ君のウソに励まされて随分体もよくなったみたいよ」

「うん。おれはキャプテンのそんなおせっかいな所が好きなんだ」

「おれはしきり屋なとこが好きだ」

「ぼくはホラ吹きなところが好き‼」

「とりあえず慕われてんだな」

「敬われてんだか貶されてんだか…」

 

 思わず半目になって、呆れるべきか感心するべきか悩むエレノア。

 話を聞いたナミは、ニヤニヤしながらロゼの方に身を寄せていた。

 

「1年もずっと通いつめるなんて、大した奴じゃないの」

「『病は気から』っていうぐらいだしね…一緒にいてくれる人がいるってだけで、お嬢様も救われたんじゃないかな?」

「そうだといいね。だからこの村も、ウソつきな彼は怒ったりするだけで疎んだりはしないの。むしろ毎朝騒いでくれるお陰で、はたらく時間だーってやる気になる人もいるくらいなのよ」

「へー……」

 

 嘘つきの意外な信頼に声が漏れる。

 塵も積もれば山となるというか、誠実さはともかく愛されているらしい。

 

「…………私も、彼には救われてる」

「?」

 

 不意に聞こえてきたロゼのつぶやきに、エレノアが聞き返そうとするが、ロゼはハッとして愛想笑いを返す。

 気にはなるが、聞かれたくないことでもあったのかと、エレノアは気にしないことにした。

 すると、急にルフィがその場で立ち上がって告げた。

 

「よし‼ じゃあやっぱり屋敷に船をもらいに行こう!!!」

「なんでそうなった!!?」

 

 思わぬ船長の決断に、エレノアは目を向いて驚愕した。





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オリジナル主人公「アイザック・エレノア」のイメージです。
なぜ大人バージョンと子供バージョンがあるのかは、今後の本編で語ります。


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第13話〝偽れぬもの〟

「こんにちは――っ、船くださーい。さあ入ろう」

「あいさつした意味あんのか……」

「ごめんね。うちのアホ船長がほんとにごめんね」

「ああ…止めてもムダなのね」

「ムダだな。つきあうしかねェだろ」

 

 我が道を行くルフィに、出会ったばかりのウソップ海賊団はおろか、ナミとゾロもあきれるほかにない。エレノアも先程から頭が上がらない。

 が、そんな船長の暴走を止めるものがたった一人だけいた。

 

「あーもう! 閉まってる門から入っちゃだめよ!」

「ぐえっ‼」

「あれ? ロゼ?」

 

 門を乗り越えようとするルフィの襟首を引っ張り、強制的に地面に引き摺り下ろしたのは食事処の看板娘ロゼ。

 ロゼは尻餅をついたルフィを見下ろし、ハァ…と大きなため息をついた

 

「なんか不穏な話してたからついてきたのよ。真っ向から入っても捕まるだけだよ?」

「じゃあどうすりゃいいんだよ」

「…仕方がないわね」

 

 ルフィの態度を見て、今見逃せばまた同じことに挑戦しかねないと思ったのだろう。

 苦笑しながら、別の入り口がある方を指差した。

 

「私、いつもこの屋敷に食料とか届けてるから、一緒に行ってあげる」

「いいの? そんなことして…」

「あのまま正面から侵入されるよりはマシでしょ? 私の連れって事にしといた方が都合がいいわよ」

 

 優しい、やんちゃな子供を見守る姉のような表情で、ロゼはルフィたちを誘った。

 

 

 広い広い屋敷の庭に、若い娘のおかしそうな笑い声が響く。

 娘は屋敷の窓から身を乗り出し、すぐそばの庭木に背を預けて腰を下ろすウソップの話を真剣に聞いていた。

 

「あはははは…で、その金魚はどうしたの?」

「その時切り身にして小人の国へ運んだが、いまだに食いきれてないらしい。そしてまたもや手柄をたてたおれを人は称えこう呼んだ」

「キャプテーン‼」

「そう…キャプテ…」

 

 いつもの締めくくりをしようとしたウソップだったが、不意に聞こえてきた知った声に思わず固まる。

 

「げっ‼ お前ら何しに来たんだ‼」

「この人が連れて来いって…」

「誰? ロゼも一緒になって…」

「こんにちは、カヤ!」

「いきなり押しかけて申し訳ありません。しがない旅人です」

「あ! お前がお嬢様か!」

 

 白いワンピースに肩口で揃った金髪の、儚げな雰囲気を感じさせる娘を見たルフィがそう気づく。

 やや慌てた様子のウソップはすぐさまルフィの肩を叩き、偉そうな顔を作った。

 

「あー、こいつらはおれの噂を聞きつけ遠路はるばるやってきた、新しいウソップ海賊団の一員だ‼」

「ああ‼ いや! 違うぞおれは‼」

 

 よく回る口に思わず頷いたルフィが否定し、本来の要件を説明しようと試みる。

 

「頼み? 私に?」

「ああ! おれ達はさ、でっかい船がほしいん…」

「君達、そこで何してる‼ 困るね勝手に屋敷に入って貰っては‼」

 

 だがそこへ、若い男の怒鳴り声が響き渡る。

 黒い丸メガネをかけた燕尾服の男が、白衣を纏ったふくよかな男性とともにこちらに向かってくるのが見えた。

 

「まァまァ…そんなにいかり肩ではお嬢様に余計な恐怖を与えてしまいますよ」

「しかしコーネロ医師…‼」

「あのね、クラハドール、この人達は…」

「今は結構! 理由なら後できっちり聞かせて頂きます‼ さあ、君達帰ってくれたまえ。それとも何か言いたい事があるかね?」

「あのさ、おれ達船がほしいんだけど」

「ダメだ」

 

 ルフィの頼みもあっさり拒否し、クラハドールと呼ばれた執事は侵入者たちを睨みつける。

 コーネロと呼ばれた医者も、困り顔でルフィたちを見やって顎に手をやっていた。

 

「困るねェ…過剰な接触は病人にはよくないとウソップ君には前々から言っているはずなんだが…」

「…あんた、もしかしてこの村のお医者?」

「ええ。小さな医院を営んでいる者です。まァ、平凡な腕前ですよ」

「平凡なんてとんでもない! コーネロ先生は立派なお医者様ですよ! 病気がちなカヤもこの人によく助けられてたんだから‼」

「………ふーん」

 

 妙に力説するロゼに驚きながら、エレノアはコーネロ医師をじっと見つめる。なぜかその目には、敵意が宿っていた。

 

「それに彼のウソは刺激が強すぎる! あまり興奮させてはただでさえ弱い体だというのに…‼」

「で、でもコーネロ先生? カヤは彼が励ましてくれるようになってかなりよくなったって…」

「ロゼ…医術に疎い彼のウソと、医者である私…どちらが正しいと思うのですか?」

「……‼ そ、それは……」

 

 表情は穏やかながら、有無を言わせない雰囲気を漂わせてコーネロはロゼを諌める。

 勢いをなくしたロゼは、ウソップに申し訳なさそうな目を向けて引き下がった。

 

「門番がよく見かけるそうだが、なぜそうまでしてここに来るんだい? 何の用があるというんだい?」

「ああ…! それはあれだ…おれはこの屋敷に伝説のモグラが入っていくのを見たんだ‼ で、そいつを探しに…」

 

 侵入したことを咎められ、押されながらもウソップはさらに嘘を重ねる。

 するとクラハドールは、不意にくつくつと嘲笑した。

 

「フフ…よくも、そうくるくると舌が回るもんだね。君の父上の話も聞いているぞ」

 

 その言葉に、ウソップの様子が変わる。

 必死に誤魔化そうとしていた表情は、怒りをこらえた険しいものに変わっていた。

 

「君は所詮、ウス汚い海賊の息子だ。何をやろうと驚きはしないが、ウチのお嬢様に近づくのだけはやめてくれないか‼」

「………‼ そういえばどっかで見た顔だと…」

 

 エレノアはクラハドールの言葉に驚き、そして引っかかっていた疑問の答えを知る。

 反対にウソップは、執事の辛辣な言葉により怒りを募らせていた。

 

「…………ウス汚いだと…⁉」

「君とお嬢様とでは住む世界が違うんだ。目的は金か? いくらほしい」

「言い過ぎよ、クラハドール!!! ウソップさんに謝って!!!」

「この野蛮な男に何を謝ることがあるのです、お嬢様。私は真実をのべているだけなのです‼」

 

 主人の擁護もはねのけ、クラハドールは今度は気の毒そうな目をウソップに向けた。

 

「君には同情するよ…恨んでいることだろう。君ら家族を捨てて村を飛び出した〝財宝狂いの馬鹿親父〟を」

「クラハドール!!!」

「てめェ、それ以上親父をバカにするな‼」

「……何をムリに熱くなっているんだ。君も賢くないな。こういう時こそ得意のウソをつけばいいのに…本当は親父は旅の商人だとか…実は血がつながっていないとか…」

「うるせェ!!!!」

 

 我慢の限界に達したのか、ウソップはついにクラハドールの顔面に向けて渾身の拳を振りぬいた。

 予想外に力がこもった一撃をまともに受けたクラハドールはその場に倒れ、赤くなった頬を抑えてウソップを睨みつけた。

 

「う……く! ほ……‼ ほら見ろ、すぐに暴力だ。親父が親父なら息子も息子というわけだ…‼」

「黙れ!!! おれは親父が海賊であることを誇りに思ってる!!! 勇敢な海の戦士であることを誇りに思ってる!!! お前の言う通りおれはホラ吹きだがな‼ おれが海賊の血を引いているその誇りだけは‼ 偽るわけにはいかねェんだ!!! おれは海賊の息子だ!!!」

 

 血でも吐きそうなほどの激情とともに、ウソップははっきりと告げる。

 飄々とウソをつき続けていた彼からは思いもよらないほどの熱が伝わり、エレノアはウソップへの評価を改める。

 

「………ヤソップ。あんたの息子は、立派に育ってるよ」

 

 おのれの信念をまっすぐに持っている彼は、立派な男の姿を見せていた。

 

「クラハドールくん…‼」

「海賊が…〝勇敢な海の戦士〟か…‼ ずいぶんとねじ曲がった言い回しがあるもんだね…だが…否めない野蛮な血の証拠が君だ…‼ 好き放題にホラを吹いてまわり、頭にくればすぐに暴力……‼」

 

 コーネロに起こされながら、クラハドールは吐き捨てるように言う。

 その目は心底、ウソップを見下し嫌悪するものだった。

 

「あげくの果てには財産目当てにお嬢様に近づく…‼」

「何だと、おれは…‼」

「何か企みがあるという理由など、君の父親が海賊であることで十分だ!!!」

「てめェまだ言うのか!!!」

 

 世間一般的な自分の意見が通じないとわかりこき下ろす彼に、ウソップが再び殴りかかろうとする。

 だがその腕にロゼがしがみ着き、突進しかけたウソップを引き留めた。

 

「もうやめてよウソップ君!!!」

 

 邪魔をされたことで眉間にしわを寄せて睨むウソップだったが、ロゼの必死な表情を見て思わず息をのんで動きを止める。

 

「…もう、これ以上カヤにいやなもの見せないで……‼」

「……………‼」

「悪い人じゃないんです、クラハドールは…! ただ私のためを思って、過剰になっているだけなの………‼」

「……………出て行きたまえ…」

 

 涙を流す娘たちを目にし、怒りがこもっていたウソップの手から力が抜けていく。

 クラハドールを介抱したコーネロはそんな青年をじっと見つめ、感情を抑え込んだような低い声でそう告げる。

 

「ここは君のような野蛮な男の来る所ではないよ。二度と、私の患者に近づかないでくれたまえ」

「……‼」

「ああ…、わかったよ。言われなくても出てってやる。もう二度とここへはこねェ!!!」

 

 クラハドールやコーネロをいまだ冷めぬ感情のまま睨むと、ウソップはいかり肩で荒々しい足取りとともにその場を後にする。

 戸惑いながらその背を見送ったロゼは、すがるようにコーネロの方を向いた。

 

「コーネロ先生…‼ あの…ウソップ君はそんなひどい人じゃ…‼」

「ロゼ…わかっているよ。私もそこまで心が狭いわけじゃない。ただ今の彼には…頭を冷やす時間が必要なだけさ…」

 

 落ち着かせるように穏やかな声で答えるコーネロに、ロゼはほっと安堵する。

 このままウソップが誤解されたままというのは、ロゼにとっては辛いことだった。

 

「それに、人と付き合うには必要な距離というものがある…カヤお嬢様とウソップ君の距離は少し、近すぎるのも事実だ。クラハドール君も口がうまい方ではないからね。どうしても、ああいうきつい物言いになってしまうのさ」

「……………」

「君も、お嬢様にシンパシーを感じている節があるからだろう……ウソップ君に味方したくなるのは」

 

 コーネロがそう言うと、ロゼは気まずげに目をそらす。

 確かにカヤとは仲がいいが、つきあいの理由には、自分の同情のようなものが混じっていることは否定できなかった。

 コーネロは困ったようにため息をつくと、遠い空を静かに眺める。

 

「君のご両親が…そして君の恋人がなくなってもう何年になるか。あの日から、君もずいぶん明るくなった」

「……先生やカヤが、ウソップ君が……村のみんながいてくれたからです。そうじゃなかったら…もうすでに私は…」

「………それで、あの…以前お話ししてくれたことなんですけど…いつになったら…」

 

 期待するような様子でロゼがそう尋ねると、コーネロはロゼの肩を強くつかんで目を合わせた。

 その口元は、優しい笑みの形を作っていた。

 

「ああ君の言いたい事はよくわかっているよ。君の思いが報われるときは近い」

「! それじゃあ…」

「だがなロゼ…今はまだその時期ではない………わかるね? ん?」

「………そう。そう…ですよね…、まだ…」

 

 しゅんとした様子で肩を落とすロゼを、コーネロはポンポンと肩をたたいてなだめる。

 その様子は患者を気遣う医者に見えたが、傍から見れば異様な雰囲気を纏って見えた。

 

「そう。いい子だね、ロゼ」

 

 口は笑っていても、ロゼを見つめるその目に宿った感情は、測ることはできなかった。

 そんな二人の様子を、クラハドールに追い出されながらエレノアが眺め、深いため息をついた。

 ウソップとかなり仲が良いようだったが、もしかすると彼は彼女にもホラ話を聞かせていたのかもしれない。

 

「…………な~んか、嫌なにおいがするなァ…」

 

 フードの下の彼女の目が、疑わし気に細められた。



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第14話〝嘘つきの誇り〟

「………まさか、彼がヤソップの息子だったとはね。驚いたよ」

「おれもだよ。あいつと顔そっくりだったし、なんか懐かしい感じがしてたからさ。さっきはっきり思い出した」

「私も…いつも聞かされてたんだよねェ」

 

 ルフィと並んで歩きながら、エレノアは感慨深げにため息をつく。

 今はルフィの恩人の海賊、〝赤髪〟のシャンクスの船員(クルー)をやっているはずのヤソップ。その息子と偶然会えたなど、驚くほかになかった。

 

「『悲しい別れだったが仕方がなかった。理由は一つ、海賊旗がおれを呼んでいたからだ』‼ って、いっつも言ってた」

「ああ! ヤソップは立派な海賊だった‼」

「…それ、あいつに聞かせてやったら?」

「お! そうだな‼ 行ってくる!」

 

 エレノアの提案を即座に採用し、ルフィは風のように走り去っていく。

 行動の早い自由な船長を見送ると、エレノアはやれやれと言った様子で肩をすくめた。

 

「………さて」

 

 気になるのは、何やら辛い過去を持っている様子のロゼと、それに付け込んで何か企んでいる様子のコーネロ医師。

 ずいぶんあの医者を信頼しているようだったが、エレノアにはどうにも得体が知れない男のように感じた。

 

「あのヤブ医者…何か怪しいことやってそうなんだよなァ…。ほっとくのも後味悪いし…どうすっかなァ…」

 

 介入するべきか、放置するべきか。

 海賊である自分が割って入ったところでどうなるかなど目に見えている気もするが、何もしないというのも後味悪い気がした。

 

 ―――それで…計画の準備はできてるんだろうな。

 

「ん?」

 

 ふいに聞こえてきた、聞き覚えのある〝声〟に足を止める。

 場所はそう遠くない、船とは反対の海岸の方からだ。

 

 ―――いつでもイケるぜ。

   〝お嬢様暗殺計画〟

 

「…………場所は、こっちの方か」

 

 さすがにそこまで物騒な話を聞かされてしまっては、放置するという選択肢を取る気にはなれなかった。

 

 

「しかし、あんときゃびびったぜ。あんた()が急に海賊をやめると言い出した時だ。あっという間に部下を自分の身代わりに仕立て上げ、世間的(・・・)にキャプテン・クロは処刑された‼ そして、この村で突然船を下りて、3年後にこの村へまた静かに上陸しろときたもんだ」

 

 海岸で、サングラスにハットという変わった格好の男・ジャンゴが会話の相手にそう言う。

 その相手は何と、カヤの執事であるはずのクラハドール――いや、真の名をクロという、計画された略奪を行うことで有名だった海賊だった。

 

「それで、おれへの莫大な遺産の相続は成立する。ごく自然にだ。おれは3年という月日をかけてまわりの人間から信頼を得て、そんな遺書が残っていてもおかしくない状況を作り上げた‼」

「………そのために3年も執事をね。あいつ(・・・)も大概だが、おれなら一気に襲って奪って終わりだがな」

「…それじゃ野蛮な海賊に逆戻りだ。金は手に入るが政府に追われ続ける。おれはただ、政府に追われる事なく大金を手にしたい、つまりは平和主義者なのさ」

「ハハハハ。とんだ平和主義者がいたもんだぜ。てめェの平和のために金持ちの一家が皆殺しにされるんだからな」

「おいおい皆殺しとは何だ。カヤの両親はおれの仕業じゃねェぞ。あれはあいつの(・・・)…」

 

 続々と恐ろしい計画の内容が出てくるが、そこへもう一つの足音が近づいてきて二人の声が止まった。

 

「お呼びでしたかな?」

「! おっと…噂をすればなんとやらだ」

 

 ジャンゴは新たな参加者を面白げに出迎え、笑い声をこぼす。

 岩場の陰から姿を現した大柄な男は、にやりといやらしい笑みを浮かべていた。

 

「どうだいお医者様よ。金持ち夫婦や善良な市民を毒殺しておきながら、村の全員に慕われている気分ってのは?」

「そうだな……一言でいうなら、〝反吐が出る〟といったところかね」

 

 ロゼやクラハドールに向けていたものとは全く異なる、残虐性がにじみ出た不気味な笑みを浮かべたコーネロがそう言う。

 

「あやつらはみな、この私を立派な医者だと信じきっているからなァ…おまけに、中には『死者をも蘇らせられる』という噂まで信じている者もいる…まったく滑稽な話だ」

「その噂の大本が何言ってやがんだか…で? ほんとにできんのかよ」

「無論そんな神の所業ができるはずもない…だが、この石があればいずれそれも可能となるやもしれん。そんな面倒なことをするつもりはないがな」

 

 コーネロはそう言うと、自分の指にはめている紅い宝石が付いた指輪を撫でる。

 ルビーとは違う、濁った血のような輝きを放つそれは、得体のしれない不気味さを感じさせるものだった。

 

「伝説の中だけの代物とさえよばれる幻の術法増幅器…〝賢者の石〟‼ 我々錬金術師がこれを使えばわずかな代価で莫大な錬成を行える…‼ おかげで私はずいぶんと儲けさせてもらったよ‼」

「見た感じ、ただの濁った宝石にしか見えねェがな…そんなすげェもんなのか?」

「手に入れるのにずいぶんと苦労したがな…だが、それに見合う結果は確かに得られた」

 

 クロがそうつぶやき、コーネロの持つ指輪をじっと見つめる。

 こちらもまた、主に向けていたものからは考えられないほど心の醜さが表れた笑みが浮かんでいた。

 

「死者をも復活させられるという医者だ…その名は馬鹿にはできんだろうな」

「お前たちとは一度袂をわかったが、感謝はしているぞ。どんな難病であっても、死を目前にしていようと恐れることはない‼ 噂が噂を呼び、よその島からも私を頼る患者が誘い込まれ、私のもとにはがっぽがっぽと金も名誉も舞い込んでくるのだからなァ!!!」

 

 こらえきれなくなったように、コーネロは欲望に満ちた哄笑を上げる。

 ジャンゴは難しい話はよくわからん、といったふうに肩をすくめ、クロに視線を戻した。

 

「まァいい…そんな事はいい…とにかくさっさと合図を出してくれ。おれ達の船が近くの沖に停泊してから、もう一週間になる。いい加減野郎どものシビレが切れる頃だ」

 

 平和な島に、悪意の嵐が訪れようとしていた。

 

 

「……最悪。イヤな話きいちゃったなぁ」

 

 一部始終を聞いたエレノアは心底面倒くさそうに吐き捨て、がっくりと項垂れる。

 あの時感じたいやな感じはコーネロの悪意だけではない。あの紅い宝石――賢者の石の気配でもあったのだ。

 それを聞いてしまったあとでは、錬金術師として見逃すことはできなかった。

 

「しょーがない、とりあえずルフィ回収すっかな」

 

 崖の上で聞いていた船長がなぜか下に落ちているらしい。

 とりあえずはクロたちがいなくなるまで待たねばなるまいと、その場に腰を下ろして空を見上げるのだった。

 

 

「え―――――――――っ!!!」

「カヤさんが殺される⁉」

「村も襲われるって本当なの⁉ 麦わらの兄ちゃん‼ フードの姉ちゃん‼」

「ああ、そう言ってた。間違いねェ‼」

「…それでなんで、お前はここで寝てたんだよ」

「それがなー、おれは崖の上にいたと思うんだよなー」

 

 ゾロの指摘に不思議そうにルフィは首をかしげる。

 執事と医者の他にいた、もう一人の男が何かしてきたと思ったらいきなり強烈な眠気に襲われたのだ。

 何が起きたのか不思議でならなかった。

 

「ま、先に情報が入ったならよかったけどね」

「そうね。逃げれば済むもの、敵もマヌケよね!」

「そうか! それもそうだ! じゃ、おれ達も早く逃げなきゃ‼」

「そうだ‼ 大事なもの全部整理して‼」

「…貯金箱とおやつと…‼ 船の模型とそれから…‼」

「急げっ‼」

「やばいっ‼ 食料、早く買い込まねェと肉屋も逃げちまう‼」

「どうでもいいわ‼」

 

 慌てて自宅に向かうウソップ海賊団に交じり、走り出そうとするルフィの頭をはたきながら、エレノアは漠然とした嫌な予感に眉を寄せていた。

 

 

 数分後、エレノアたちが村の方に向かおうとしていた時。

 ピーマンが道の向こう側からとぼとぼと歩いてくる青年の姿に気づいた。

 

「あ‼ キャプテン!!!」

「…よお‼ お前らか! ってお前っ‼ 生きてたのか‼」

「生きてた? ああ、さっき起きたんだ」

「このアホ、ずっと寝てたのよ」

「そんな事よりキャプテン‼ 話は聞きましたよ‼ 海賊達のこと早く、みんなに話さなきゃ‼」

 

 せかすピーマンだったが、ウソップの反応はどこか鈍い。

 なぜかためらっている様子の彼は、やがて背をのけぞらせるほどの笑い声をあげた。

 

「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは‼ いつものウソに決まってんだろ‼ あの執事のやろうムカついたんで、海賊に仕立ててやろうと思ったんだ‼」

 

 その発言に、ウソップ海賊団だけではなくエレノアたちも目を見開く。

 どう考えても、それはウソだった。しかしウソップは、そちらが真実であるかのようにふるまっていた。

 

「え――っ‼ うそだったんですか⁉」

「な――んだ、せっかく大事件だと思ったのに」

「くっそー、兄ちゃんも姉ちゃんもキャプテンのさしがねか‼」

 

 悔し気にルフィとエレノアを睨む面々だったが、当然二人にそんな覚えはない。

 首をかしげる二人をよそに、ウソップ海賊団の少年たちは冷めた目でウソップを見やっていた。

 

「………でも、おれちょっとキャプテンをけいべつするよ」

「おれもけいべつする‼」

「ぼくもだ! いくらあの執事がやな奴でも、キャプテンは人を傷つける様なウソ、絶対つかない男だと思ってた…!」

 

 彼らなりの信念に反している今回のウソは気に入らなかったらしく、少年たちはウソップを避けるようにして家路につく。

 遠く離れていく少年たちの背中を、ウソップは思い詰めるような表情で見送っていた。

 

 

 その夜、クロとジャンゴ、コーネロが会話していた海岸でウソップはルフィたちを前に本当の思いを吐き出していた。

 

「おれはウソつきだからよ。ハナっから信じてもらえるわけなかったんだ。おれが甘かった‼」

「信じるも信じないも、甘い甘くないも事実は事実。黒猫海賊団はこの村に襲い掛かるよ」

「ああ、間違いなくやってくる。でも、みんなはウソだと思ってる‼ 明日も、またいつも通り平和な一日が来ると思ってる………‼ だから、おれはこの海岸で海賊どもを迎え撃ち!!! この一件をウソにする!!!! それがウソつきとして‼ おれの通すべき筋ってもんだ!!!!」

 

 決意の表情で立ち上がり、ウソップはルフィたちに宣言する。

 包帯の巻かれた左腕を握りながら、ウソップはあふれ出す思いをぽろぽろと口にしていった。

 

「エレノア………お前の言う通りだよ‼ ついたウソは、貫かなくちゃなァ……‼ 腕に銃弾ぶち込まれようともよ…ホウキ持って追いかけ回されようともよ…‼ ここは、おれの育った村だ‼」

 

 痛む胸を押さえながら語られる真剣な思いを、エレノアは黙って受け止める。

 無謀でも無茶でも、彼の意思は本物だった。

 

「おれはこの村が大好きだ!!! みんなを守りたい……!!! こんな…わけもわからねェうちに…‼ みんなを殺されてたまるかよ……!!!」

「とんだお人好しだぜ。子分までつき離して一人出陣とは…‼」

「でも…そんなお人好しは大好きだよ」

 

 青年の願いに、若き海賊たちは動いた。

 拳を鳴らし、剣を差し、屈伸をして各々で構え始める。

 

「よし、おれ達も加勢する」

「言っとくけど、宝は全部私のものよ!」

 

 思わぬ言葉を聞き、ウソップはあっけにとられた様子で顔を上げた。

 ただ自分の覚悟を聞き届けてほしくて口を開いたつもりだったのに、なぜ一緒に命をかけてくれるなどと言ってくれるのか全く分からなかった。

 

「え…お前ら……一緒に戦ってくれるのか……⁉ な…何で…」

「だって、敵は大勢いるんだろ?」

「怖ェって顔に書いてあるぜ」

「お‼ おれが怖がってるだと⁉ バカいえ‼ 大勢だろうと何だろうとおれは平気だ!!! なぜなら、おれは勇敢なる海の戦士キャプテン・ウソップだからだ!!!」

「キャプテン、足」

「あっ‼」

 

 エレノアの指摘に、ウソップは必死に震える自分の足をたたく。

 それでも止まらない震えに情けない気持ちになりながら、ウソップは虚勢の鎧を引きはがしてしまった。

 

「……‼ くく……くそっ‼ 見世物じゃねェぞ‼ 相手はキャプテン・クロの海賊団、怖ェもんは怖ェんだ!!! それがどうした‼ おれは同情なら…」

「同情や慰めがあんたへの侮辱なんてわかってるよ」

 

 ウソップと視線を合わせ、エレノアはフンと鼻で笑う。

 そんな安い理由で戦うつもりなど微塵もない、単純に自分の利害が一致したというものもあるが、男を見せようとしている者を放っておけないだけだ。

 

「笑ってやしねェよ。立派だと思うから手を貸すんだ」

「同情なんかで命懸けるか!」

「…お…お前ら………‼」

 

 感極まり、涙を流す青年に、エレノアはフードの下で優しく笑いかけた。



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第15話〝坂道〟

「この海岸から奴らは攻めてくる。だがここから村へ入るルートは、この坂道1本だけだ。あとは絶壁‼」

「つまり、この坂道を死守できれば、村が襲われることはない…と。よくできた島だね」

「そうか、簡単だな」

「口で言うのはな! あとは戦力次第…お前ら、何ができる?」

 

 前方に見える坂とそこから先で広がる海を前にし、ウソップが全員にそれぞれ確認する。

 規模もまだわからない海賊団と戦うには人数は今一つ不安だが、武器がそろっていればまだ希望はあるとウソップは考えていた。

 

「斬る」

「のびる」

「盗む」

「創る」

「隠れる」

「「「「お前は戦えよ‼」」」」

 

 しかし、この場では彼が最も非力かもしれないが。

 

 

 その数分後、作業を終えたウソップは額に流れる汗をぬぐい、その出来栄えに満足げに笑みを浮かべた。

 唯一村に通じる坂道、そこは一面大量の油に覆われており、てかてかとわずかな光も反射して輝いていた。

 

「よし、完璧だ‼ これでもう、奴らはこの坂道を登れない‼」

「こんな大量の油、どっから調達したのよ…?」

「奴らが、この坂でツルツル滑ってもがいてるスキにブチのめす作戦だ。とにかく何が何でもこの1本の坂道は守り抜く‼」

「逆に自分達が滑り落ちなきゃいいけどね」

「ま、それはそれぞれ気を付けるってことで」

「お前、よくこんなちょこざいな事思いつくなー」

「そりゃそうだ‼ おれはチョコザイさとパチンコの腕にかけては、絶対の自信を持ってる!!!」

 

 自信満々に、ウソップは作戦の成功を確信する。

 しかし、エレノアは何やらじっと海岸を見つめ、ふいっと坂に背を向けた。

 

「…ちょっと私お手洗いに行ってくるよ」

「あ、おれも便所」

「お前ら…もっとこう緊張感て物をだなァ」

 

 せっかく希望が見え始めたのに、その気分に水を差すなというようにウソップが抗議するが、エレノアもルフィも気にしない。

 催してしまったのだから仕方がない、そんな風に坂を上っていくと、エレノアはまっすぐ村の方に向かっていった。

 

「おい、エレノア? 便所じゃねェのか?」

「んー…ちょっとした保険かなァ?」

 

 あいまいに答え、エレノアは用を足しに行ったルフィといったん別れる。

 そしてエレノアが戻ってきたときには、東の空はすでに明るみ始めていた。

 

「おまたせー」

「遅いぞお前ら‼ 夜明けまでもう時間ねェぞ!!?」

「レディのお手洗いは長いのよ…仕方ないでしょ? むしろあんたも肝心な時に漏らしたりしないでよね」

「するかっ!!!」

 

 ナミの冷やかしにウソップが怒鳴って返し、エレノアは「そっちの方が緊張感ないでしょ…」と言わんばかりのジト目を向ける。

 ふと、その視界の端で光がさす。

 時間は、刻一刻と迫っていた。

 

「夜明けだ。来るぞ…」

 

 今、大切な場所を守るため、たった五人で一海賊団に挑む無謀な戦いが始まる――。

 

 

 

 ところがどっこい、明るくなっても何も来なかった。

 

「来ねェなァ…朝なのに……」

「寝坊でもしてんじゃねェのか?」

「そんなバカな…」

 

 誰かがこぼしたあほな予想にエレノアが呆れる。

 一方でエレノアは、自身のいやな予感が的中していたことに焦りを感じていた。

 ナミもまた、同じ予感を抱いていた。

 

「あのさ、気のせいかしら。北の方でオーッて声が聞こえるの……」

「北⁉」

 

 ナミの指摘に、ウソップは顔色を変える。

 予想外の事態に、ウソップの脳裏は真っ白になった。

 

「おい、どうした⁉」

「き…北にも上陸地点がある…‼ まさか…」

「海岸間違えたのか⁉ もしかして‼」

「だってよ、あいつらこの海岸で密会してたからてっきり‼」

「急ごう‼ 村に入っちまうぞ‼ どこだ、それ‼」

「忘れたの? 私たちの船があるところだよ‼」

「あっちか!!!」

「まずいっ‼ 船の宝が取られちゃうっ‼」

 

 自分たちの予想が大幅に外れたことで、一同は激しく狼狽する。

 若干一名別件で慌てていたが、ウソップはなるべく冷静になるように努めながら別の策を必死に考えた。

 

「ここからまっすぐ北へ向かって走れば3分でつく。地形は、こことほぼ変わらねェから、坂道でくい止められればいいんだが‼」

「20秒でそこ行くぞ!!!」

「ちっきしょおせっかくの油作戦が台なしだ‼」

「急げ!!!」

 

 一斉に走り出そうとした五人だったが、一人だけ遅れている者がいることにゾロとエレノアが気付いた。

 振り向けば、ナミが坂道でツルツルとこけそうになっていた。

 

「おいナミ‼ 何やってんだ」

「きゃあ助けて落ちるっ‼」

「あんた自分で落ちたらやばいって言ってたじゃないの!!?」

 

 まさか味方が仕掛けた罠に自分がはまるとはと、エレノアはナミに呆れた視線を向ける。

 するとナミの手が、ゾロの腹巻きとエレノアのフードをがっしりと掴んだ。

 

「は⁉」

「え⁉」

 

 不意にかかった力で二人はバランスを崩し、そのままナミの方に引きずり降ろされていく。

 そのまま油のワナに足を取られ、三人仲良く坂の下の方に滑り落ちていった。

 

「うわあああっ‼ 手ェ離せバカ‼」

「うにゃあああ⁉」

「あ、ごめん。……‼ しめたっ」

 

 対して悪びれていないような謝り方をするナミが、何かを思いついた。

 そのままゾロを引っ張り、その体を足場にして油の罠の上を乗り越えていったのだ。

 

「‼ ……うがががががっ‼」

「ありがとゾロ‼」

「何してんのさ―――っ⁉」

 

 ナミの思わぬ暴挙に、滑り落ちるエレノアが抗議の声を上げる。

 罠の向こう側に着地したナミは一度だけ二人の方に顔を向け、

 

「わるいっ! 宝が危ないの‼ なんとかはい上がって‼」

 

 それだけ言って、自分の船のある海岸に向かって全力で走りだしていってしまった。

 

「あの女殺す‼」

「あとで覚えてろよォ!!!」

 

 足蹴にされたゾロは怒り、放置されたエレノアも怒りの声を上げる。

 なんとか追いつこうと必死に坂を上ろうとするが、どうやっても滑ってまっすぐ進むこともままならない。

 

「くっそーっどうすりゃいいんだ登れねェ!!!」

「ゾロ‼ 正面突破は無理だ‼ 別の方法を考えよう!」

「べつったって…もう敵は来てるんだぞ⁉ あいつらだけでどうにもなんねぇだろ⁉」

「大丈夫。そのための保険は準備してあるから」

 

 エレノアは不敵な笑みを浮かべると、いったん油の坂を滑り降り、海岸の波際にまで下がった。

 

「とりあえず先行くよ‼ どりゃあああああっ!!!」

 

 エレノアはそのまま全力疾走し、坂に向かって突撃する……と思いきや途中で方向を変え、坂の両脇にある崖を駆け上がっていった。

 切り立った壁面を斜めに走り、落ちる前に足を踏み出して上りきる。

 そして油の仕掛けられていない場所で降り、ウソップたちを追って走り出していった。

 

「その手があったか……ん?」

 

 置いて行かれはしたが、感心したような声を上げるゾロだが、ふと気づく。

 

「っつか飛べよお前なら!!!」

 

 

「踏み潰して村へ進め野郎どもォ!!!」

「ウオオオ―――っ!!!」

「きた―――――っ!!!」

 

 場所は変わって、本当の襲撃地点で会った北の海岸。

 キャプテン・ジャンゴに率いられたクロネコ海賊団が、なぜか先に到達していたウソップとナミを蹴散らさん勢いで迫る。

 二人はほとんど何の準備もしていないうえに、主戦力が行方不明という絶体絶命のピンチに陥っていた。

 

「ぎゃあああああ!!!!」

 

 だが、海賊たちの凶刃が届くことはなく、男たちの悲鳴が響き渡った。

 

「いてェ‼」

「うぎゃ――っ‼」

「な…何だァ⁉」

 

 見れば、坂を上っていた海賊たちの足元で無数の罠が炸裂していた。

 落とし穴に落ち、虎ばさみに挟まれ、トゲを踏んで刺さり、起き上がった板に顔面を強打される。

 

「いたたたた! 見てるだけで痛いっ‼」

「何だあの大量のワナ…おれは知らねェぞ⁉」

 

 あちこちで上がる悲鳴や血しぶきにナミが目をそらし、ウソップは危険な罠の数々に目を丸くする。

 戸惑う二人のもとに、少女の呆れた声が届いた。

 

「もー、どうせこうなるとは思ってたけど、もうちょっと考えて行動しなよ。ナミ」

 

 振り向けば、ようやく二人に追いついたエレノアがため息をつく姿が見えた。

 罠に驚く様子はない、という事は、あれらは全部彼女が仕掛けたものだという事だ。

 

「保険がきいてよかったよ」

「お前の仕業か‼ いやちょっと待て! あんなもの仕掛ける時間なんて…ってトイレか‼」

「せいかーい」

「あんたってやつはもー♡ ホント頼りになるんだからも~♡」

「現金だなァ…」

 

 手際の良さ、というか用意の周到さにウソップが驚愕し、他二人よりも役に立つとナミが嬉しそうに抱き着いてくる。見事な手のひら返しであった。

 

「…ってあれ⁉ ちょ、ちょっとエレノア‼ あいつらは⁉」

「まだ来てないってことは……たぶん迷ってるな。あいつら揃いも揃ってバカだから」

 

 深いため息をつくと、ナミも納得したように落胆の様子を見せる。しかし言っておくが、約一名はナミの自業自得のせいで遅れていた。

 ジャンゴは思わぬ邪魔が入ったことで、その顔を怒りに歪める。

 たかが子供一人に邪魔されたこともだが、()()()()()()()()()()()状況での邪魔が最も腹立たしかった。

 

「あのガキのしわざだと…⁉ 舐めやがって!!! 罠がどうした‼ 仕掛けられる数にも限りがあんだろ‼」

「このガキどもがァ―――っ!!!」

 

 それは手下たちも同じようで、憤怒に顔を歪めながら傷ついた足を引きずって襲い掛かってくる。

 残った罠は自分の武器などを使って解除し、見る見るうちにエレノアたちに迫っていった。

 

「余計怒らせちゃってんじゃないのよ!!?」

「やれやれ…」

 

 できればここで引いてほしかったのか、エレノアは面倒くさそうに自分のブーツを脱ぐ。

 そして、その下から露わになる金属の輝きに、ナミとウソップは言葉を失った。

 

「え」

 

 エレノアは金属でできた自分の足を地面に突き立て、すねの部分を左右に開く。

 すると、その中から黒い三つの筒が起き上がり、その先端を海賊たちに向けて回転を始めた、次の瞬間。

 

 ドガガガガガガガガガ!!!

 

 突如筒が火を噴き、無数の弾丸を海賊たちに向けて吐き出し始めたのだ。

 咄嗟に引いた海賊たちはかすった程度で済んだが、突然発砲された恐怖のせいか完全に引け腰に担っていた。

 

「ぎゃああああああああああ!!!!」

「な、なんだァ!!?」

「あのガキ…足に何仕込んでやがんだァ!!?」

 

 悲鳴を上げて避難する海賊たちは、容赦なく銃器を使った少女を目にしてゾッと顔を青くさせる。

 それは、ナミとウソップも同じだった。

 

「0.7ミリ連射式機関銃……初めて使ったけどなかなか使い勝手いいな」

「ど、どうなってんのよその足⁉」

「なんつー危ねェモン持ち出してきてんだよおめェはァ!!!」

 

 至近距離で機関銃を使われてビビったウソップが抗議する。ナミは幼い少女の足に機関銃が仕込まれていたことを知って、驚愕で腰を抜かしかけていた。

 エレノアはもう少しお見舞いしてやろうとスイッチを押すが、銃口はそれ以上弾丸を吐き出すことはなかった。

 

「あり?」

「弾切れか‼ 今の内だァ!!!」

 

 チャンスと見たジャンゴが命令を下し、海賊たちが再び向かってくる。

 しかしエレノアは慌てることなく、もう一方の足を出して同じように銃口を差し向けた。

 

「おかわり!!!」

「ぎゃああああああああああ!!!!」

 

 再び乱射を食らい、海賊たちは這う這うの体でエレノアから距離を取る。

 しばらく回転を続けた機関銃が動きを止めると、エレノアはそれを足の中に戻した。

 

「今度こそ弾切れ…………でも、だいぶ戦意は削れたかな?」

 

 そうつぶやくと、エレノアは今度は両手をパンッと打ち鳴らす。

 青い光とともにエレノアのシルエットが大きく伸び、大人の姿となった彼女が身構えると、海賊たちは引きつった顔でジャンゴに助けを求めた。

 

「あ、あのガキムチャクチャだ!!!」

「何しでかすかわかんねぇぞ!!?」

「チッ」

 

 情けない部下もそうだが、こんな場所で足止めを食らっていることにいら立ったジャンゴが舌打ちする。

 そう、こんなところで時間を浪費している場合ではないのだ。

 

「おいてめェら!!! そんな奴らにかまってねェでさっさと村を襲え!!!! これはキャプテン・クロの計画だという事を忘れたか‼ あの男の計画を乱すような事があったら、おれ達は全員殺されちまうぞ!!! わかってんのかバカヤロウどもっ!!!!」

 

 ジャンゴの発破に、海賊たちは一斉に顔を青くする。

 一人、一人とその表情に恐怖による活力をみなぎらせ、自身を奮い立たせるような雄たけびを上げて突撃を再開する。

 今度は、引き返すことはなかった。

 

「やばいな…どんだけ恐れられてんのさ、キャプテン・クロ…‼」

 

 恐怖による統率のすさまじさに、エレノアは冷や汗を流す。

 銃を使い切った以上、エレノアに残されているのは錬金術と体術のみ。

 しかし、それを使うには敵の数はあまりにも多すぎた。

 

「てめェら邪魔だァ、そこをどけェ!!!」

 

 応戦するナミとウソップだが、一人を止めたところでまた別の敵が襲い掛かるため手に負えない。

 不意をつかれ、ウソップは石斧の一撃を頭部に受け、その場に膝をついてしまった。

 

「ウソップ君‼ くっ…‼」

 

 助けに行きたいのはやまやまだったが、エレノアも自分の目の前の敵の相手に忙しくその場を離れられない。

 悠々と先へ進もうとする海賊の一人。

 その足に、昏倒しかけたウソップが必死の形相で縋り付いた。

 

「……………‼ ……この…‼ この坂道!!! お前らを通す訳にはいかねェ……!!! おれはいつも通りウソをついただけなんだから!!! 村ではいつも通りの一日が始まるだけなんだから」

「クソガキ黙れ!!!」

 

 容赦なく蹴り飛ばされ、血を流しながらウソップは地を転がる。

 援護しようと棍棒を振り回すナミだが、別の海賊に殴り飛ばされて崖に叩きつけられてしまう。

 

「あゥっ!!! い…たァ………!!!」

 

 残るはエレノアだけだが、応戦している間にわきを通られてしまい、すべての人数を止めることができずにいる。

 決壊した関止めのように、次々に海賊たちが村へと向かっていってしまう。

 

「畜生、待て…!!!! 村へ行くな!!!」

「うるせェ邪魔だァ!!!」

 

 妨害しようと必死に掴みかかるウソップだが、脳を揺らされて力が出ず、軽く足蹴にされてしまう。

 ナミも当たり所が悪かったのか、しばらくその場から動くことができずにいた。

 

「やめてくれ頼むからっ!!! みんなを殺さないでくれェえ!!!」

 

 悲鳴にも似た懇願をあざ笑うかのように、海賊たちは続々と村へと侵入していった……かに思われた。

 エレノアが、ふと小さくつぶやくまでは。

 

「私の役割は…もうほとんど終わってるんだよね。…………遅いんだよあんたたち」

 

 ウソップやナミが、エレノアに聞き返そうとした時だった。

 

「うっぎゃああああ!!!!」

 

 大きな悲鳴とともに、先へ進んでいた海賊たちが吹き飛ばされてくる。

 ジャンゴのもとまで落ちてきた海賊たちは、ジャンゴに抗議するような引きつった形相でまくし立てた。

 

「何なんですかジャンゴ船長…‼ この村にあんなのがいるなんて…‼ 聞いてません!!!」

 

 怯える海賊たちの視線の先。

 そこには、腹立たしげに剣を構える腹巻きの剣士と、肩を怒らせる麦わら帽の男がいた。

 

「何だ今の手ごたえのねェのは」

「知るか! これじゃ気が晴れねェ‼」

「ナミ、てめェ!!! よくもおれを足蹴にしやがったな!!!」

「ウソップこの野郎!!! 北って、どっちかちゃんと言っとけェ!!!」

 

 ナミに対して怒りを燃やすゾロと、涙目でウソップに抗議するルフィ。

 本命の戦力の到着を見越していたエレノアは、にやりと不敵な笑みを浮かべて腕を組んだ。

 

「…何だ、あいつら……」

 

 呆れたような、戸惑うような言葉を漏らすジャンゴに、エレノアは自信たっぷりに答えて見せた。

 

「うちの主戦力の、アホ船長とアホ剣士です」



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第16話〝リミッター〟

「お………お前らこんなに強かったのか……‼」

「うん」

「あんた達おっそいのよ、来んのが‼」

「てめェが、おれを落とし入れたんだろうがよ‼」

「あれは事故よ、仕方ないでしょ。三人とも落ちるより一人でも助かった方がいいじゃない」

「じゃあお前が落ちろ‼」

「戦闘力ほぼないでしょうがあんたは‼」

「だいたいだなー‼ 北とか北じゃないとかそうゆうのでわかるわけないだろ‼」

「何ィ⁉ お前自信持って、まっ先に走り出したろ」

「あれは何となくだよ、何となくっ‼」

 

 喧々囂々と、仲間内でもめている若者たちを見てジャンゴは眉間にしわを寄せる。

 あんな輩に邪魔されるのは癪だが、とにかく先へ進まなければならない。

 

「おい野郎ども。まさか、あんなガキ二人相手にくたばっちゃいねェだろうな」

「……‼」

「…お…おう…‼」

 

 すでに強烈な一撃を食らい、足に力が入っていない海賊たちは、かろうじてジャンゴの方を見る。

 ジャンゴは懐からひもの結ばれたリングを垂らし、それを自分の前でぶらぶらと左右に揺らした。

 

「いいか、おれ達はこんな所で、グズグズやってるヒマはねェ。相手が強けりゃこっちも強くなるまでだ…‼ さァ、この輪をじっと見ろ………‼」

 

 奇妙な行動に、ルフィたちは怪訝な顔で首をかしげた。

 

「何やってんだ、あいつら」

「…さァな」

「催眠術よきっと…‼ 思い込みで強くなろうとしてんの! ばっかみたい!」

「……ヤバイかも」

「え?」

 

 嘲笑するナミの横で、真剣な声でエレノアが呟く。

 訝しげな視線を受けたエレノアは、冷や汗を流しながら動作を続けるジャンゴを睨みつけた。

 

「人間ってね、普段は身体に負担をかけないために、自分自身に制限(リミッター)を設けてるの。………もしあの催眠術が、その制限(リミッター)を解除できるのだとしたら‼︎」

「そんなバカな…‼」

 

 思わずそう返すナミだが、エレノアの言う事だと万が一という事もある。

 ジャンゴはそれにこたえるように、海賊たちに揺れるリングをかざしながら集中する。

 

「ワーン‼ ツー‼」

 

 そして最後に自分がそれを見ないように、帽子のつばを勢いよく下げた。

 

「ジャンゴ!!!」

「ウオオオオオ――――――ッ!!!!」

 

 その途端、疲労困憊の様子を見せて言った海賊たちが一斉に起き上がり、凄まじい雄叫びを上げて見せた。

 ルフィとゾロにやられた傷も、エレノアから受けた負傷も微塵も感じさせなかった。

 

「うそっ‼ あんなにフラフラだったのにっ‼」

 

 予想外の事態にナミが目を見張る。

 勢いづいた海賊の一人が近くにあった崖を殴りつけると、硬い岩に大きな亀裂が入っていき、轟音を響かせながら表面が粉々に砕け散った。

 

「崖をえぐりやがった………!!!」

「そんな…‼ 本当に催眠が、かかってる!!!」

「一人でも崖をえぐるってのに、あの人数じゃ…!!!」

 

 敵の勢いが増し、ナミたちは撤退を余儀なくされる。

 ゾロとエレノアが壁となるように前に出て、やや焦燥を感じながら構えた。

 

「お前ら坂の上へ上がってろ‼ ここはおれ達がやる…‼」

「ちょっとキツイかもだけど…やるっきゃないか‼ ルフィ‼ …ルフィ?」

 

 不安は残るが退くことはできないと戦闘準備を整える二人だが、もう一人の反応がないことに気づく。

 呼びかけられたルフィが、その場で大きく両腕を掲げた。

 

「うおああああ――――――っ!!!!」

「お前も催眠にかかってんのかァ!!!!」

 

 阿修羅のような形相で、ものすごい咆哮を放つルフィの目に理性はない。

 遠く離れた場にいるはずのジャンゴの催眠を受け、潜在する力が100%発揮されていた。

 

「そうだった…ルフィってばああいう暗示とかにムッチャクチャ弱いんだった…」

「そ…そうにしてもなんて単純な奴なの。人の催眠にかかるなんて…」

「アホですから」

 

 呆れたようにつぶやくナミに、エレノアは自分が恥を感じる。

 そうこうしているうちに、ルフィは一斉に向かってくる海賊たちに一人突進し、ジャブのように拳を繰り出す。

 その勢いにゴムの伸縮が加わることにより、猛烈な連撃が繰り出された。

 

「〝ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)〟!!!!」

 

 まさに、拳の機関銃による圧倒的な攻撃が炸裂し、海賊たちがさっきよりも盛大に吹き飛ばされていく。

 木っ端のように空中に投げ出される海賊たちを、ルフィはなおも追いかけた。

 

「ぬああああ!!!」

「いやあああ!!!」

 

 催眠を受けて力を増したところで、相手も同等の力の底上げがなされれば意味がない。

 しかし悲鳴を上げて逃げ惑う海賊たちを無視し、ルフィはクロネコ海賊団の海賊船の船首に貼りついた。

 そして彼は、硬い船首を力づくで引きはがし始めたのだ。

 

「ぬうあああああああっ!!!」

「いけ―っルフィ―っ‼」

「まさにアホの一念…‼」

 

 即席の武器を手にしたルフィが、再び海賊たちにずんずんと迫っていく。

 そのごり押しに、エレノアは呆れるほかになかった。

 

「おれ達を殺す気だァ~~~っ!!!」

「船長なんとかして下さい―――っ!!!」

「ワン・ツー・ジャンゴで眠くなれっ‼ ワーン、ツーッ‼」

 

 今度はルフィ一人に向けて、窮地を逃れたジャンゴがリングを見せる。

 理性を失っている相手に聞くかは疑問だったが、あの化け物に対する対抗手段はそれ以外になかった。

 

「ジャンゴ!!!」

「すかーっ」

 

 奇しくもジャンゴの術は成功し、ルフィは船首を抱えたまま深い眠りに落ちる。

 しかし巨大な船首はゆっくりと傾ぎ、海賊たちのいる方へと倒れこんでいった。

 

「うわああ~~~っ‼」

「ぎゃああ――――――っ!!!」

 

 ズシィィン‼ と船首が起こした風圧が海賊たちを吹き飛ばし、より甚大な被害をもたらす。

 こんな状況で、立ち向かおうとするものはさすがにいなかった。

 

「やりやがったあのガキ…‼ これじゃ計画もままならねェ…!」

 

 キャプテン・クロの完璧な計画が狂いつつあることに、ジャンゴは焦りで顔を真っ青にさせる。

 一方でナミたちは安堵の表情を浮かべ、一休みするようにわき道に腰を下ろしていた。

 

「なんか、ほぼ全滅って感じするわね」

「おい…そんな事よりあいつが船首の下敷きに‼」

「大丈夫死にゃしねェよ。お前は自分の出血の心配してろ」

「…ゾロ君。構えてた方がいいよ」

「あ?」

 

 余裕の表情で刀を担ぐゾロに、エレノアが警告する。

 彼女の耳は、海賊船の中に要る二つの気配を捉えていた。

 

「船の中に誰かいる」

「…そうか」

 

 強さはともかく、動ける敵はまだ残っていると知ったゾロは表情を引き締める。

 油断して傷を負うなど、剣士にあってはならない恥だ。

 

「おいおいブチ‼ 来て見ろよえれぇこった、船首が折れてる!!!」

「なに、船首がァ!!? おいおい、どういう理由で折れるんだ‼」

 

 そしてエレノアの言う通り、船の中で待機していたらしい別の声が響く。

 その声を聴いたジャンゴは安堵の笑みを浮かべ、計画はまだ失敗していないことを喜んだ。

 

「今さら何が飛び出すんだ……⁉」

 

 警戒するゾロをよそに、ジャンゴは両手を大きく広げて、船の中のもう二人にの戦闘員を呼び寄せた。

 

「下りて来いっ!!!〝ニャーバン兄弟(ブラザーズ)〟!!!!」

 

 ジャンゴの呼び声に、彼らは船の上から大きく跳躍して海岸に降り立った。

 猫の耳とカギヅメを付けた、細身の男と太っちょの男。デコボコの組み合わせながら、降りるタイミングはぴったり同じだった。

 

「およびで、ジャンゴ船長」

「およびで」

 

 数メートルはある高さから着地しても、二人の番人はびくともしていない。凄まじい身軽さだ。

 

「なにあれ」

「すげェ…あの高さから着地した…‼ ねこみてェだ」

「見た目からネコだもんね」

 

 ウソップやナミが驚愕の声を漏らすと、エレノアも感心したように二人の門番を見やる。

 見た目はかなりふざけているが、油断ならない相手なのは確かだった。

 

「ブチ、シャム。おれ達はこの坂をどうあっても通らなきゃならねェんだが、見ての通り邪魔がいる‼ あれを消せ‼」

「そ…そんなムリっすよォ、ぼく達には。なァ、ブチ」

「ああ、あいつ強そうだぜまじで‼」

 

 しかし、呼び出された番人たちは困惑したようにそう答え、ぶんぶんと首を横に振る。

 さっきまでの自信満々な態度がウソのようだった。

 

「な…‼ なんだ、あいつら切り札じゃなかったのか⁉」

「…完全にびびってる………‼」

 

 予想外の反応にウソップたちは戸惑い、ゾロは戦意をそがれたのか呆れた顔になる。

 番人ブチとシャムは肩をすくめながら、呼び出したジャンゴに困り顔で苦言をぶつけていた。

 

「だいたいぼくらはただの船の番人なんだから」

「そうそう、こんな戦いの場にかり出されても」

「シャム‼ さっさと行かねェか!!!」

「え⁉ ぼくですかァ!!?」

「急げ‼」

「わかりましたよ行きますよっ‼」

 

 ジャンゴの剣幕に押され、シャムはどたどたとみっともない走り方でこちらに向かってきた。

 べそまでかいて、こっちが悪い気さえしてきてしまう。

 

「おい、お前ら覚悟しろ―――っ‼ このカギヅメでひっかくぞーっ」

「……‼ あれをおれにどうしろっつうんだよ……‼」

「ゾロ君、油断大敵」

「あ?」

 

 毒気を抜かれてしまうゾロだが、エレノアはそんな彼に忠告する。

 最初から最後まで、エレノアは敵を侮ることはなかった。

 

「奇襲・騙し・嘘…卑怯な戦法は海賊の十八番(おはこ)だよ」

「!!?」

 

 ゾロはハッとなり、とっさに刃を盾にする。同時にエレノアも右足を振るい、隙を見せたゾロをかばう。

 勢いを増したシャムの鉤爪が襲いかかったのは、それとほぼ同時であった。

 

「こいつ…!!?」

「貴様おれを、今見くびってただろ……!!! だが、そのガキの助言に救われたな‼ おれは今ネコをかぶっていたのに!!!」

 

 常人であればまず騙され、奇襲を受けていたであろう演技にゾロは冷や汗を流す。

 ギン、と甲高い音とともに鉤爪を弾き、距離をとった両者がにらみ合った。

 

「やっぱり…そんなこったろ―と思ったよ」

「まさかあいつ…弱くねェのか!!?」

「ゾロ⁉ 刀は!!?」

 

 ナミの指摘に、ゾロは軽くなった自分の腰を見下ろす。

 刀と鉤爪をかちあわせている間に、ゾロは残り二本の刀を失っていた。

 

「やられた…‼ なら私が…‼」

 

 眉間にしわを寄せ、代わりに相手をしようと前に出ようとしたエレノアだったが、その足がガクンと沈んだ。

 

「え…!!?」

 

 エレノアの表情に、初めて驚愕が現れる。

 力の入らない自分の足を呆然と見下ろし、ついで何かしたはずのシャムを睨みつけた。

 

「まァ、てめェらもちったァやるようだが、クロネコ海賊団〝ニャーバン兄弟〟のシャムを甘くみねェこった…」

 

 ゾロの刀を背中に背負ったシャムが、片手でボルトらしき金属を弄ぶ。

 その様に、エレノアの目に怒りの火が灯った。

 

「ネコババってやつか…なかなかシャレがきいてるじゃないの‼」

 

 

「…ウソップ君、昨日はどうしちゃったんだろう。いつもの彼らしくない…」

 

 紙袋いっぱいに食材を詰め、ロゼは定時の食料品の配達に向かう。

 その間も気になっているのは、昨日暴行事件を起こしたという青年のことだった。

 

「メリーさんに撃たれたって聞いたけど…クラハドールさんがそこまでひどいことするなんてやっぱり考えられない……。やっぱり何か誤解があるんじゃないのかしら…?」

 

 いつもの道を歩く途中、ロゼは見覚えのある燕尾服を目にし、立ち止まった。

 

「……? クラハドールさん…? こんな朝早くから海岸の方に何の用だろう…?」

 

 普段なら朝早くに屋敷での業務にかかっているはずの彼が、用のないはずの海岸方面に向かっている。

 気にはなったが、ロゼは配達の方を優先した。

 

「メリーさーん、今日のぶんの食材持ってきましたよーっ」

 

 裏口の扉を叩き、ロゼは執事長を呼ぶ。

 しかし今日は、すぐに出てきてくれるはずの彼からの返事はなかった。

 

「開けてくだ…カヤ⁉」

 

 首をかしげるロゼ。

 すると、扉を押しのけるように開き、荒い呼吸のカヤが倒れかかってきた。

 

「ちょっ…何考えてるのよ⁉ こんな時間に一人で出歩くなんて…‼」

「お願い…行かせて………ウソップさんのところにいかないと…‼」

「……⁉ で、でもウソップ君…カヤに乱暴したって噂になってて…⁉」

「ウソじゃなかった!!!」

 

 血を吐くように、カヤは叫んだ。

 目を見開くロゼにすがるように、カヤは今しがた知った真実をロゼにまくしたてるように語った。

 

「今‼ この島に…海賊が来てるの!!! あの人が……クラハドールが‼ 海賊だったの!!!」

「………!!? 嘘…でしょ…?」

 

 信じられない言葉に、ロゼは絶句する。

 しかしカヤの表情は嘘を言っているようには見えず、そんな嘘を言う理由も考えられなかった。

 

「メリーも襲われた…‼ 部屋で、血まみれになって倒れてたのっ!!! メリーが全部…本人の口から聞いたって………!!? 私……ウソップさんになんてことを…」

「カヤ…‼ 落ち着いて…まずは冷静になって」

「クラハドールの目的は…この屋敷と財産だって…村のみんなが死んでしまうくらいなら………そんなものもういらない!!! お願いよ、ロゼ‼ ウソップさんはきっと…クラハドールの所にいる!!!」

「…………」

 

 涙を流しながら、カヤは通せんぼしている体になっているロゼに懇願する。

 無理もない、彼女は大切な友人であるウソップの言葉を信じず、ひどい罵声をぶつけてしまったのだから。

 しかしそれでも、ロゼは縦に頷くことはできなかった。

 

「カヤ…悪いけど私…そんな話を聞かされてあなたを行かせるわけにはいかない…‼ あなたは私の友達だから…そんな危ない海賊の所へあなたを一人で行かせるわけにはいかない…‼」

 

 カヤの肩を掴み、ロゼは真剣な表情で決意する。

 カヤに罪があるのなら、村のみんなの言うことをまんまと鵜呑みにしてしまっていた自分にもあるはずだ。

 

「私も行く‼ 私だって…この村が大好きだから!!!」

 

 大切な友達をみすみす死なせるものかと、ロゼの目は燃えていた。



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第17話〝無音の男〟

「くっ…アンニャロー関節はずしやがったな……!!?」

 

 がしゃがしゃと自由の利かない右脚をたたき、エレノアは悔しさを声に出す。

 シャムは弄んでいたボルトをポイっと放り捨て、嗜虐的な笑みを浮かべて爪を研いだ。

 

「まずい……‼ 片足を封じられた!!!」

「じゃあ、もうあいつ動けねェじゃねェか!!! どうすんだよ!!?」

 

 ナミとウソップが焦燥じみた声を発するのをわき目に、悠々とシャムはエレノアの方に近づいていく。

 しかしその前に、怒りで目を吊り上げるゾロが割って入った。

 

「エレノア…手ェ出すなよ。こいつらはおれが相手をする。お前は休んでろ」

「…頼むよ。()の子の意地ってやつは、わかってるつもりだから」

 

 接近戦での不利を悟ったエレノアは、おとなしくその場をゾロに譲って後ろに下がる。

 敵は、何もこの場にいる者だけではないのだ。

 

「私も、今後に備えて体力温存しときたいからさ…‼」

 

 エレノアがナミたちのいる方へ下がると、刀一本だけを手にしたゾロにシャムとブチが襲い掛かる。

 しかし慣れない一刀流での戦闘の上、だまし、ふいうち、二対一という卑怯な戦い方に翻弄され、ゾロは徐々に押されていく。

 シャムが邪魔だとはるか後方に投げ捨てた刀との距離が、実際よりも遠く感じた。

 

「やばい! ゾロが押されてる。エレノア‼ ここから援護できないの⁉」

「ゾロ君がそれを望まないんだもの…それに、下手に手を出さないほうがいいよ。標的がこっちに移るから」

「だ、だがそんなこと考えてる場合じゃ…‼」

 

 パチンコで援護しようとしたウソップにそう釘をさすと、彼は悔し気に顔を歪める。

 ナミは冷や汗を流しながら、坂道の下の方に転がっているゾロの刀に目を向けた。

 

「でもこのままじゃまずい…私が刀を取りに行くわ! ゾロに渡せば必ず勝ってくれるはず!」

「だったらおれがっ‼」

「無理しないの、あんたもエレノアも動けないでしょ⁉」

「ムチャだよナミっ‼ あの催眠術師もいるんだよっ!!?」

 

 今のところ催眠術しか見せていないが、あの男の戦闘能力は未知数。戦う術に乏しいナミが向かうのは無謀だ。

 しかしナミはエレノアの制止を振り切り、ブチとシャムを抑えるゾロの横を抜けて刀のすぐ近くにまで走っていく。

 

「これさえ渡せば‼」

「刀に何の用だ」

 

 あと少しで手が届きそうになった時、ナミは肩に激痛を感じて転倒する。

 例のリングを血にぬらしたジャンゴが、億劫そうに倒れたナミを見下ろした。

 しかし、その表情が一瞬にして驚愕と恐怖に彩られた。

 

「……あ…‼ …あ…いや‼ これは…その、事情があってよ…!!!」

 

 様子の変わった船長と同じく、船員たちも一点を見つめてがたがたと体を震わせ始めた。

 ゾロと戦っていたシャムとブチもまた、真っ青な顔で凍り付いていた。

 

「…うわ…」

「あう…」

「キ…キャ…キャプテン…クロ…‼」

「…こ…殺される…」

 

 時間切れだった。

 いつまでたっても来ない襲撃に業を煮やしたクロが、苛立ちの表情で坂の上に立っていた。

 

「もう、とうに夜は明けきってるのに、なかなか計画が進まねェと思ったら…何だ、このザマはァ!!!!

 

 大気を揺るがす、凄まじい怒号。

 対象でないナミとウソップも竦むほどの怒りが、場を完全に支配していた。

 

「まさか、こんなガキ共に足留めくってるとは…クロネコ海賊団も落ちたもんだな。えェ!!? ジャンゴ!!!」

「だ…だがよ‼ あんた、あの時その小僧、放っといても問題ねェって…そう言ったじゃねェかよ‼」

「ああ、言ったな…言ったがどうした…‼ 問題はないはずだ。こいつが、おれ達に立ち向かってくることくらい、容易に予想できていた。ただ、てめェらの軟弱さは計算外だ。言い訳は聞く気はない」

「な…軟弱だと、おれ達が……⁉」

「……‼ 言ってくれるぜ、キャプテン・クロ…」

 

 クロの言葉に、ブチとシャムが反応した。

 すぐ近くにいるゾロさえ無視し、聞き捨てならないことを言ったクロを睨みつけた。

 

「確かに、あんたは強かった。だが、そりゃ3年前の話だ……‼ あんたがこの村でのんびりやってる間、おれ達は遊んでたわけじゃねェ‼」

「おおともよ、いくつもの町を襲い、いくつもの海賊団を海に沈めてきた……‼」

「何が言いたい」

「おい‼ やめねェかブチ‼ シャム‼」

「計画通りに進めなかっただけで、やすやすと殺される様なおれ達じゃねェ‼」

「ブランク3年のあんたが現役の、しかもこの〝ニャーバン兄弟〟に勝てるかってことだ‼」

 

 ブチとシャムから、怯えながらもはっきりと告げられた宣言。

 それはくしくも、クロの出現で死の恐怖に怯えていた船員たちに希望の火を灯した。

 が、エレノアにはすぐにかき消されるか細い火に見えた。

 

「…………あいつら、死んだな」

「あんたは、もう俺たちのキャプテンじゃねェんだ‼」

「黙って殺されるくらいなら殺してやる!!!」

 

 ゾロを放置し、ブチとシャムはクロに向かって全力で疾走する。

 常人では確かに対応できないほど速く、彼らの自信の裏付けともいえる力を表していた。

 

「「シャアアア!!!」」

 

 二人のカギヅメが、クロの体を切り裂こうと左右から食らいつく。

 しかし彼らが切ったのは、クロが持っていた革のバッグひとつのみ。どこにもいないクロに、ブチとシャムははっと目を見開いた。

 

「誰を、殺すだと?」

 

 そして彼らは気づく。

 何年鍛錬を積もうとも、覆すことのできない実力の差というものがあるという事を。

 

「〝抜き足〟か…‼」

「何だ、あの武器は」

 

 エレノアは静かに驚き、ゾロはクロの装備している武器に目を見張る。

 グローブの指先に備わった、刀ほどの長さを持つ爪。鋭い輝きを放つそれに、クロネコ海賊団はヒッと悲鳴をこぼしていた。

 

「回り込まれたか‼」

 

 振り返るブチとシャムだがもうそこには誰もいない。

 その直後、二人の肩に回される冷たい感触に再び凍り付いた。

 

「お前らの言うことは正論だな。今ひとつ体にナマリを感じるよ」

「いっ!!!」

「ヒィ!!!」

 

 ブチとシャムの身軽さを軽く超える速さで回り込んだクロが、二人の間に立って首に手を回していた。

 少し動けば、二人の頸動脈はスパッと軽く切り裂かれるだろう。

 

「確かに、おれはもう、お前らのキャプテンじゃねぇが…計画の依頼人だ…‼ 実行できなきゃ殺すまで‼」

 

 凄まじい殺気に、ブチとシャムはボロボロと涙を流す。

 神速とも呼ぶべき速さに、エレノアはごくりとつばを飲み込んだ。

 

「…話に聞いてた通り、ゾッとするね。〝百計〟のクロの無音の移動術。暗殺者50人集めても気配を感じる間もなく殺されるという、無音殺人術(サイレントキリング)の使い手。あの奇妙なメガネの押し上げ方は、〝猫の手〟で自分の顔を傷つけないようにするための独特の癖……‼」

 

 屋敷にいたときから見せていた独特の動きに、エレノアは納得する。

 戦闘時以外の、それも「いい人」を演じていた時にも見せていたあのクセの意味に、戦慄を禁じえなかった。

 

「ブランクなんてとんでもない………!!! あの男は3年間、自分の爪とぎを欠かしたことはなかったんだ……!!!」

 

 クロネコ海賊団はより深い恐怖に落ちる。

 唯一の希望であったニャーバン兄弟さえも赤子扱いという現実に、絶望に支配されていた。

 

「3年もじっとしてるうちに、おれは少し温厚になったようだ…5分やろう。5分で、この場を片づけられねぇようなら、てめェら一人残らず、おれが殺してやる」

「ケッ…」

「……お優しいこって」

「畜生ォっ‼ こんな奴が3年も同じ村に住んでたなんて…!!!」

 

 クロの持つすさまじい残虐性にゾロもエレノアもそう吐き捨て、ウソップはそれに気づかなかったことに恐怖を隠しきれない。

 しかし反対に、クロネコ海賊団はわずかながら力を取り戻していた。

 いや、恐怖を生への執念が上回ったというべきであろうか。

 

「5分、5分ありゃあ何とかなる‼ あいつだ‼ あいつさえぶっ殺せば!!! おれ達はこの坂道を抜けられるんだ!!!」

「そうさ、さっきまでおれらが押してた相手だ‼」

「対して強かねェ‼ 5秒で切りさいてやる!!!」

「う…うおおおやってやるぞォっ!!!」

「数の差で踏み潰しちまえェ!!!」

 

 傷ついた船員までもが、武器を手に立ち上がって進み始めた。

 相手は非戦闘員二人に、足を封じられた子供一人、そしてニャーバン兄弟にてこずる剣士一人、そして船首の下敷きになった男が一人。

 押しつぶせば、何とかなるという希望が生まれていた。

 

「ゾロ‼ 刀っ‼」

 

 しかしそこで、ナミが動いた。

 肩の負傷を手で押さえながら、ゾロの刀をまとめて空中に蹴り飛ばす。

 

「てめェは………‼ おれの刀まで足蹴に…‼」

「………お礼は?」

 

 怒りをあらわにするゾロだが、ちょうどいい位置に落ちてきた自分の刀を手にしてにやりと笑みを浮かべた。

 

「あァ…ありがとう‼」

「動けないからって、バカにすんなよ‼」

 

 三本揃えば、もはや敵はない。

 そしてエレノアも臆することなくパンッと両手のひらを打ち合わせ、パチンと指を弾いて火炎を生み出した。

 

〝虎…狩り〟!!!

「『この剣は太陽の現し身。あらゆる不浄を清める焔の陽炎』転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)〟!!!

 

 上段からのゾロの斬撃と、エレノアの手に現れた炎の剣から放たれた円月状の斬撃が、ニャーバン兄弟と黒猫海賊団を残らず吹き飛ばした。

 多大なダメージを負った海賊たちを前に、ゾロは不敵な笑みをクロに向けた。

 

「心配すんな…5分も待たなくてもお前らは一人残らず、おれ達が始末(ツブ)してやる」

 

 クロはその宣言に、不機嫌そうにメガネのふちを押し上げる。

 だがエレノアは、フラフラの体で起き上がろうとしているブチに気づいた。仕留めきれなかったらしい。

 

「! あいつ、まだ生きてる…タフな脂肪で致命傷はさけたか…」

 

 警戒するエレノアは、すぐに異変に気付いた。

 ジャンゴがブチに向けて、あのリングをかざしていたからだ。

 

「ぬ"っフ――ン!!!!」

「やば! またあの催眠か‼」

 

 ただでさえ怪力を有するブチがあのパワーアップを手にしたらと思うと、エレノアはゾッとするほかにない。

 混戦の中、ナミは今度は破壊された船首の方へと向かっていった。

 

「みんな大ケガして戦ってるってゆうのにコイツったら‼ 起きろォ!!!」

「ぶっ⁉」

 

 走りながら、下敷きになったまま眠りこけているルフィの顔を踏んづける。

 ジャンゴがその背に向けてリングを投げ飛ばすのを見て、ゾロとエレノアとウソップは悲鳴を上げた。

 

「ナミ危ないよけろっ!!!」

「あれは…チャクラムっ!!? ただの催眠の道具じゃなかったのか‼」

「間に合わないっ!!!」

 

 声に気づき、振り向くナミだがもう遅い。

 その体を切り裂こうと、チャクラムの刃が食らいつこうとした瞬間だった。

 

「お前かナミィ!!! よくも顔フンづけやがっ…」

 

 船首を押しのけて起き上がったルフィの後頭部に、チャクラムの刃が深々とめり込んだ。

 突然の痛みと驚愕にルフィは目を見開き、前のめりに倒れかける。

 一応ナミの危機は去り、エレノアとゾロは呆れたように安堵のため息をついた。

 

「なんて間の悪ィ奴、というか…いい奴というか…‼」

「ほんっと悪運強いなァ…………何にしてもこれで…」

「いっ…てェ~~~っ!!!!」

 

 天に轟くルフィの叫び声に、二人は戦局が代わったことを察する。

 クロネコ海賊団もまた、風向きが不利な方を向き始めたことに気づき、絶望の表情を浮かべた。

 

「あいつが復活したァ~~~っ!!!!」

「まずいっ……‼ これじゃ5分以内は……………!!!」

 

 動揺する彼らに、クロの無慈悲な声が届く。

 

「皆殺しまで、あと3分」

「そんな…無茶だ…ジャンゴ船長とブチさんと言えどたった3分であいつらを仕留めるなんて…!!!」

「ブチ! 考えてるヒマはねェぞ、お前はあのハラマキとガキを殺れ‼ おれが麦わらの小僧を……‼」

 

 ジャンゴは冷静に、何とか3分以内にルフィたちを退ける方法を指示する。

 やれることをやらねば、キャプテン・クロは容赦なく全員を殺しにかかるだろう。それだけは避けねばならなかった。

 だが、その時だった。

 

「クラハドール!!! もうやめて!!!」

 

 この場にあってはならない声が、響き渡ったのは。




8/25 エレノアの使用する(宝具)を〝血濡れ王鬼(カズィクル・ベイ)〟〝から転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)〟に変更しました。


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第18話〝虚構の信頼〟

「カヤ‼ ロゼも‼ お前ら…何しに…!!!」

 

 この場にいてはならない娘たちに向けて、ウソップは叫ぶ。

 クロもこの展開は予想外であったようで、大きく目を見開いていた。

 

「これは驚いた……お嬢様………なぜここへ…?」

「メリーから全部聞いたわ」

「…今でもちょっと信じられません…あなたがまさか…‼」

「………ほう、あの男まだ息がありましたか。………ちゃんと、殺したつもりでしたが………」

 

 紡がれる残酷な言葉に、二人はぞっと身を震わせる。

 実際に目にしてもなお、目の前にいる男と自分たちの知っている人物と結びつかないのだろう。

 

「………ごめんなさい、ウソップさん…‼ 謝っても許してもらえないだろうけど……私……‼ どうしても信じられなくって…‼」

「そんなことはどうでもいいっ‼ 何で、ここへ来たんだ、おれは逃げろって言ったんだ!!! お前は命を狙われてるんだぞ!!! ロゼも何やってんだよ!!?」

「あなたは戦ってるじゃない!!! 私達はウソップ君にあんな酷い仕打ちをしたのに‼ そんなに傷だらけになって戦ってるじゃない…‼」

「おれはだから…‼ ゆ‼ 勇敢なる海の…」

「クラハドール!!! 私の財産が欲しいのなら全部あげる!!! だから、この村から出て行って!!!」

 

 ロゼに肩を借りながら、カヤは力の限り叫ぶ。

 それだけでも大変な苦痛だろうに、優しい彼女は大切な友人のために体を張った。

 

「………違いますね、お嬢様。…金もそうだが、もう一つ私は〝平穏〟がほしいのです。ここで3年をかけて培った村人からの信頼はすでに、何とも笑えて居心地がいいものになった。その〝平穏〟とあなたの〝財産〟を手に入れて、初めて計画は成功する」

 

 計画の遂行に異常な執着を見せるクロに、エレノアは言葉を失う。

 それこそが、クロが東の海で恐れられている最大の理由だった。

 

「つまり、村に海賊が攻め入る事故と、遺書を残しあなたが死ぬことは絶対なのです」

「逃げろカヤ‼ ロゼ‼ そいつにゃ、何を言っても無駄なんだ!!! お前の知ってる執事じゃないんだぞ!!!」

 

 ウソップの叫びにも、カヤは従わない。

 懐から取り出したのは、自衛のために両親が残した一丁の銃だった。

 

「村から出て行って!!!」

「なるほど…この3年であなたもだいぶ立派になられたものだ…」

 

 銃器を出すという、令嬢には考えられない選択にクロは逆に感心したような声を上げる。

 大して狼狽もせず、懐かしそうに虚空に目をやっていた。

 

「憶えていますか? 3年間いろんなことがありましたね。あなたが、まだ両親を亡くし床に伏せる前から、ずいぶん長く同じ時を過ごしました。一緒に船に乗ったり、町まで出かけたり……あなたが熱を出せばつきっきりで看病を…」

 

 その思い出が脳裏をよぎったのか、カヤの表情に迷いが生じる。

 その隙をつくかのように、クロは優しい口調で次々に記憶を掘り起こして行った。

 

「共に苦しみ、共に喜び笑い…私は、あなたに尽くしてきました! 夢見るお嬢様にさんざんつきあったのも、それに耐えたことも…すべては貴様を殺す、今日の日のためっ!!!」

「カヤ…ダメ‼ これ以上聞かないで…!!!」

 

 肩を震えさせ、涙を流しながら膝をつくカヤをロゼが必死に抱きとめる。

 もう何も聞かせたくないと覆いかぶさるも、クロは執拗に主人に悪の感情を叩きつけた。

 

「かつてはキャプテン・クロを名乗ったこの、おれが、ハナったれの小娘相手にニコニコへりくだって、心ならずも御機嫌取ってきたわけだ…」

「やめて……!!! もうやめてよ!!!」

「わかるか? この屈辱の日々…」

「クロォオオお―――――っ!!!!」

 

 我慢の限界に達したウソップが、激情をあらわにしながらクロに殴りかかる。

 しかし、以前殴られたのは善良な執事を演じていたがゆえに手を抜いていたから。当たるはずはなかった。

 

「ウソップ君……そういえば君には…殴られた恨みがあったな…」

 

 悠々と自慢の速度で避けようと振り向くクロ。

 だがその足が動くことはなかった。

 

「!!!?」

 

 何かに足を取られたクロは、そのままウソップの渾身の拳を受ける羽目になる。

 盛大にぶっ倒れるクロに向けて、吐き捨てるような罵声が届いた。

 

「耳障りなんだよ…さっきから‼」

 

 パリパリと青い閃光を走らせ、フンっと大きく鼻を鳴らすエレノアに海賊たちの視線が集まる。

 そのまま倒れこんだウソップは何が起こったのか自分でもわかっていないようだったが、エレノアの怒声に彼女が何かやったのだと察した。

 

「ルフィ? あいつ、殴られたことが相当腹立たしいみたいだよ」

「ああ…任せろ‼ あと100発ぶち込んでやる!!!」

 

 エレノアはそれらをまるっと無視し、やる気を漲らせているルフィにハッパをかけた。

 

「何だ⁉ キャプテンクロが何もせずに殴られた…⁉」

「さっきの妙な光は一体…!!?」

 

 元船長がただの村の男に殴られたことに、クロネコ海賊団の間に動揺が走る。

 現最強だと思われていたニャーバン兄弟を軽くあしらっていたクロの異変に、戸惑いを隠せずにいた。

 

「今だァあああ――――っ!!!」

 

 その時だった。

 場に似合わない甲高い歓声とともに、クロに向かって襲いかかる小さな影があったのは。

 

「ウソップ海賊団参上っ!!!」

「覚悟しろこのやろう羊っ!!!」

「羊このやろお――っ!!!」

「何してんだあんたたち―――っ!!?」

 

 ボコボコと自力で調達したらしい棒状の道具を振り下ろすウソップ海賊団の面々に、エレノアは悲鳴をあげた。

 クロネコ海賊団やウソップも戦慄の表情を浮かべ、やめろとい叫びながら届かない手を伸ばした。

 

「………やっぱりだ‼ キャプテンは戦ってた‼」

「なんで言ってくれなかったんですか、汗くさいじゃないですかっ‼」

「違うよ‼ 水くさいじゃないですか!!!」

「何くさくてもいいっ‼ とにかく、お前らこっから離れろ‼ 逃げるんだ‼」

「いやです‼ キャプテン‼」

「そうだ‼ おれ達だって戦います‼」

「逃げるなんてウソップ海賊団の名おれです‼」

 

 勇ましく吠える三人だったが、背後で立ち上がる黒幕に気づくと、その表情を真っ青に染め上げた。

 しかしクロは少年たちに構うことなく、ギロリとエレノアを睨みつけた。

 

「下らんマネをしてくれる…さっきの妙な現象…貴様、錬金術師だな?」

「まァね?」

 

 悪びれずに答えるエレノアに、クロネコ海賊団の驚愕の表情が向けられる。

 

「何ィ!!? 錬金術ってあのヤロウと同じ!!?」

「やべェじゃねェか、他にもいるのかよあんなことできる奴が!!?」

「やっぱ変だと思ったぜさっきのトゲといいよォ!!?」

 

 圧倒的に不利になりつつあると、クロネコ海賊団の士気がどんどん下がっていく。

 クロは彼らに構うことなく、立ち尽くしていた元部下に目を向けた。

 

「ジャンゴ!!!」

「お…おう‼」

「その小娘と小僧はおれが殺る。お前はカヤお嬢様を任せる。計画通り遺書を書かせて…殺せ。それに…アリを3匹。目障りだ」

「引き受けた」

 

 もはや時間など気にしてはいられない。

 命令をこなすくらいできなければ命はないと、ジャンゴは帽子の下で冷や汗を流した。

 まずいと判断したウソップは、倒れたその場から自分の仲間に叫んだ。

 

「ウソップ海賊団っ!!!」

「はいっ、キャプテン‼」

「い…言っときますけど…おれ達は逃げませんよ!!!」

「キャプテンをあんな目にあわされて逃げられるもんか‼」

「キャプテンの敵を取るんです!!!」

 

 整列しながら、勇気を振り絞るウソップ海賊団。

 そんな彼らに、ウソップは告げた。

 

「二人を守れ」

 

 その命令に、少年たちは目を見開いて言葉を失った。

 

「もっとも重要な仕事をお前達に任せる!!! カヤとロゼを連れてここを無事に離れろ!!! できないとは言わせないぞ‼ これはキャプテンの命令だ!!!」

「「「は…‼ はい、キャプテン!!!」」」

 

 思わぬ指令にあっけに取られていた彼らだったが、確認するウソップに思わず背筋を正す。

 座り込むカヤを立ち上がらせると、ロゼの力も借りてすぐ近くの森の中に走っていった。

 

「バカが。おれから逃げられるわけがねェだろ」

 

 その後をジャンゴが追うが、入り組んだ森ではそうそう接近を許すまい。

 この森で冒険と称して遊び続けてきた彼らにとっては、絶好の逃げ場所であった。

 

「上手いこと口が回る…!」

「結局、逃げろってことじゃねェのか」

 

 嘘つきもここまでくれば一つの才能だと、ゾロもエレノアも呆れながら感心する。

 安堵の雰囲気が漂い始めた中、黒が嗜虐的な笑みを浮かべてメガネを押し上げた。

 

「……お前達、何か忘れてるんじゃないのか?」

「何⁉」

「この島に住み着いた海賊が…おれ一人だと誰が言った?」

 

 クロの言葉に、ウソップはハッと思い出す。

 そうだ、この場にはいないが、クロと密会していた人物はもう一人いたはずだ。

 

「やべっ…あのヤブ医者のこと忘れてた」

「しまった‼ あのジジイがまだ村にいるじゃねェか!!!」

 

 うっかりしていたと頭を抱えるルフィとウソップに、ゾロはため息をつきながらエレノアの方に振り向いた。

 

「おい、エレノア‼ まかせて大丈夫か!!?」

「オッケー……あのジジイには、私もだ~いぶ思うところがあるんでね…‼」

 

 準備は万端、というようにエレノアはフードの下で笑う。

 片足でどうにか立ち上がると、ウソップ海賊団が向かった方に体を向けた。

 しかしそこへ、クロが立ちはだかった。彼女こそ排除すべき最大の障害だと判断したらしい。

 

「おれが通すと思ったか?」

「押しとおる!!!」

 

 自由に動けないエレノアに向けて、クロが自慢の猫の手を振り抜く。

 細い体をたやすく切り裂いたと思われたが、クロの猫の手が貫いていたのはただの布切れだけであった。

 

「!!? どこへ…!!?」

「キャ………‼ キャプテン・クロォ!!! 上だァ~~~っ!!!」

 

 流石に動揺するクロだったが、クロネコ海賊団のものの悲鳴のような声に釣られ、視線を頭上に向ける。

 

「…………‼ 何だと…!!!?」

「あ…ありゃァまさか……!!!」

「天族ゥ~~~~!!!?」

 

 大きく目を見開き、初めて驚愕をあらわにするクロを、大きな影が覆う。

 白く大きな翼を広げたエレノアが、バサバサとそれを羽ばたかせながら不敵な笑みを浮かべていたのだ。

 その真の姿には、ナミやウソップでさえも驚愕を隠せなかった。

 

「ウソォ!!?」

「マジかっ……!!?」

「あんた達につきあってるヒマはないんだよっ‼」

 

 エレノアは大きく翼を羽ばたかせ、カヤたちが向かった方へと進路を変える。

 それを見送ったルフィとゾロは、改めて自分たちの相手と向き直った。

 

「あっちはエレノアに任せるとして…」

「さっさと片付けるとしようかね」

 

 

「後ろ! 来てるか⁉ あの催眠術師!」

「ううん、見えない! このままマいてやろう‼」

 

 深く入り組んだ森の中を、肩とロゼを引っ張るウソップ海賊団が駆け抜けていく。

 その足取りに迷いはなく、手を引かれていなければ危うく見失ってしまいそうなほどだ。

 

「たいしたものね…‼ この林が庭っていうのもあながち過言じゃないかも‼」

「この林の中でおれ達を捕まえられるもんか!」

「安心して、カヤさん、ロゼさん! 僕達が必ず守ってあげるから‼」

「そうさ‼ ウソップ海賊団の名にかけて‼」

「………ええ…、…………ありがとう…」

 

 微笑みながらも、カヤの顔色は悪い。

 もともと病弱な彼女が走り続けているうえに、精神的なショックが何度も重なったためにその負担は予想以上に大きくなっていた。

 しかしそれでも、あの海賊が少年たちを追うことはできない、そう思われていた。

 カヤたちを隠していた木々が、瞬く間に両断されていく光景を見るまでは。

 

「何処だ、チビどもォ~~~~~~~~~~っ!!!! この、おれから逃げられると思うなよ!!!」

 

 戦慄するカヤたちに向けて、ジャンゴが凄まじい怒号を発する。

 戦う姿をまだ見ていない彼らは、自分たちの想定が大きく間違っていたことをようやく察した。

 

「あいつだ‼」

「何だ…!!? ただの催眠術師じゃなかったのか………!!?」

「このままじゃ見つかる‼ 早くもっと奥に……‼」

 

 とにかく逃げる他に方法はない。

 走り続ける一同の目の前を、見覚えのあるシルエットが横切った。

 

「…おや? 君たち…こんなところで一体何をやってるのかな?」

「‼ コーネロ先生‼」

 

 ロゼは大きく目を見開き、不思議そうにこちらを見つめてくる医者のもとへ急いだ。

 なぜここにいるのかなど気にはなりはしたが、そんなことを気にしていられる状況ではなかった。

 

「先生、ここは危険です‼ 危険な海賊たちが村を襲おうとしています‼ 早く村の人たちに避難を…‼」

「何と…‼ それは非常に困る…‼」

「困るとかの話じゃないよ先生‼」

「早くみんな逃げないと…‼」

 

 カヤたちも追いつき、逃げるようにコーネロを促そうとするが、彼は一向に動こうとはしなかった。

 すると次の瞬間、コーネロの背後の土が突然盛り上がり、赤い閃光とともに巨大な壁となってカヤたちを取り囲んだ。

 

「うわあああああ~~~っ!!!?」

 

 目を疑う現象に、少年たちは悲鳴を上げて後ずさると、ある木の幹に追い詰められてしまった。

 コーネロは自分の背後にそそり立つ壁に視線を向けることなく、どこかほの暗いものを感じさせる笑みを浮かべてロゼたちを見つめていた。

 

「うっ…かっ、壁が…⁉」

「何だこれ!!? どうなってんだ!!?」

 

 慌てふためくウソップ海賊団の面々とは真逆に、ロゼは無言のまま立ち尽くしていた。

 信じられない考えが脳裏をよぎり、思考が停止しかけていた。

 

「……コーネロ、先生?」

「おーおー、ここにいたか…」

 

 微笑を浮かべたままのコーネロに向けて、ジャンゴが気安げな声をかける姿が目に映る。

 海賊と村の医師、なれ合うはずのない二人が顔見知りであるという事実に、ロゼの体に震えと恐怖が走った。

 

「お前の錬金術ですぐ居場所が分かったぜ…手間が省けた」

「いえいえ。こちらも、今後の活動のためには協力は惜しめませんよ」

「先生……⁉ 何を言って……!!?」

「…賢い君なら、答えに気が付いてもいいかと思ったんだが………意外と愚かだねェ」

 

 それでも信じられないと声を振り絞る彼女に、コーネロは暗い笑みを浮かべて告げてみせた。

 

「私も、海賊だよ? ロゼ君?」



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第19話〝賢者と愚者〟

「そん…な…私達を……だまして………」

 

 呆然自失といった様子で、ロゼが呟く。

 コーネロはさもおかしそうに笑みを浮かべ、聞かれてもいないことをペラペラと語り始めた。

 

「理由はクラハドール君…いや、キャプテン・クロと同じさ。町を襲い、海賊船を沈めて財宝を求める暮らしも嫌いじゃなかったがねェ………もっと簡単に財と名声が手に入る方法を思いついたものでね。そっちに鞍替えしたのさ」

「………たくさんの人を…救ったって……」

「この指輪はね、錬金術という万能の力を自在に使いこなせるようになる魔法の指輪なんだ……私が傷を治したり病を治したりしたのは、これのおかげなんだよ?」

「みんな………あなたを信じて……」

「居心地はよかったですねェ……バカな民衆が何も知らずに私を尊敬しあがめていると思うと正直、笑いをこらえるのが大変でしたよ」

 

 ガクンと、限界を迎えたロゼがその場に膝をつく。

 信じたくない事実を本人から突き付けられ、立っていられる方がおかしかった。

 

「ロゼさん、しっかりして‼」

「こいつはケッサクだ‼ 長年ダマされ続けたお人好しがもう一人いたとはな‼」

「さて、愚かで賢い君に一つ提案だ………私は確かに正規の医者ではないが……これまで行ってきた医療行為は本物だ。そして、私の言ったこともね?」

 

 爆笑するジャンゴをウソップ海賊団が睨みつけるが、相手は微塵も気にしてはいない。

 青い顔でうつむくロゼの耳元で、コーネロはにやりといやらしくゆがめた口で問いかけた。

 

「最愛の恋人に会いたくはないか、私は君にそう尋ねたね?」

 

 ピクリ、と、気力を失ったロゼの肩が震える。

 するとジャンゴが、顎に手を当てながら自分の乏しい知識を掘り起こした。

 

「人体錬成っつうんだったか? 錬金術師が長年方法を探し続けてるとかいう秘法中の秘法っての」

「この賢者の石があれば、数多の錬金術師が挑み続けてきたそれを成功させることも可能となるやもしれん……それができるのは私だけだ。君が本当に恋人に会いたいと思うのなら………カヤお嬢様をこちらに渡してもらえないかね?」

 

 ロゼの手がギュッと握りしめられ、全身に震えが走る。

 引き結ばれた唇は血の気が引き、見開かれた眼には迷いが生じる。

 いまだ想い人のことを忘れられない彼女にとって、その言葉はまさに悪魔のささやきであった。

 

「ロゼ…!!!」

「駄目だよロゼさん!!! そんな奴の言う事なんか聞いたら!!!」

「絶対ウソだ!!! キャプテンだってつかない最悪のウソだ!!!」

「聞いたら絶対後悔するよ!!!」

 

 必死に引き留めようとするウソップ海賊団が、カヤとロゼを背中に庇う。

 しかし今目の前にした人知を超えた現象の後では、もしかしたらできるのではないかという考えがよぎってしまう。

 もしロゼがそれを信じてしまえば、一巻の終わりだった。

 

「ロゼ…いい子だから、こちらにおいで」

 

 コーネロのささやきが、ロゼの心のスキを突く。

 差し伸べられた手に抗いがたい誘惑の力を感じ、ロゼは大量の脂汗をかきながら身を震わせる。

 カヤはその隣で、悲痛な表情でロゼを見つめているだけだった。

 

「お前の願いをかなえられるのは私だけだ、そうだろう? 最愛の恋人を思い出せ」

 

 必死に呼び止める少年たちの声が、遠くなっていく。

 妖しく響くコーネロの声だけが、ロゼの心を侵していく。もはや悪魔のような形相になりつつあるコーネロが、さらに心に傷を抱えた少女に近づいていく。

 

「さあ!!!」

 

 最後通告のように放たれた強い催促の声に。

 彼女は答えた。

 

 

 

「ふざけないで!!!」

 

 

 

 はっきりとした拒絶の言葉に、コーネロやジャンゴはおろか、ウソップ海賊団とカヤまでもが目を見開いた。

 

「……あの人にもう一度会いたいのは…確かに私の本心……!!! でも、それを大切な友達を犠牲にしてでもかなえたいだなんて思わない……!!!」

「………‼ ロゼ…‼」

「そんな……人の心を弄ぶようなあなた達と一緒にしないで!!!」

 

 コーネロに対して抱いていた尊敬の念はこの瞬間消え去り、ロゼはしっかりと自分の足で立ち上がる。

 確かにその目に、未練はある。

 しかしそれを上回る思いが、ロゼを引き留めていた。

 

「………そうか、君はもっと賢い人間だと思っていたのだがなァ…」

 

 呆れたようにつぶやき、コーネロは手ごろな枝を拾い上げる。

 ぽんぽんと触り心地を確かめるようにしながら、コーネロはどこか虚空を見つめながらつぶやいた。

 

「こちら側にくれば命は保証され、そのうえ不幸にも死んだ恋人が戻ってくる‼ そのために他人を渡すくらい簡単なことだろうに……」

「不幸だなんてよく言うぜ…この女たちの両親もろとも毒殺したのはお前だろうに」

「おいおい…ここで言う必要があったのか?」

「…………どういう、事ですか?」

 

 理解できない、したくない事実を聞かされ、ロゼは再び言葉を失う。

 そんな彼女に、コーネロは悪魔のような笑顔を見せた。

 

「君たちの両親と恋人を殺したのは………私だという事さ」

 

 立ち上がりかけた足から、力が抜けていく。

 持ちこたえていた心に今、深い亀裂が入った音を聞いた気がした。

 

「ウソ………!!?」

「奇跡を信じさせるには、それ相応の悲劇が必要でな………ちょうどいい所に目障りな笑顔を振りまくカップルがいたもんだから、強制的に協力してもらっただけのことよ」

「気の毒なこった…自分を救ってくれた医者が、実は自分の家族や恋人を殺した張本人だなんて知っちまったら、おれ達が来なくても自殺してたんじゃねェか?」

「そんなもの、私の知ったことではない。この計画が成功した暁には、私は他の島へ移ることにしている。噂が噂だ…よそでも十分稼がせてもらうとしよう」

 

 コーネロは満足げに、誇らしげに自分の所業を白状すると、拾った枝に右手の指輪をかざした。

 バチバチバチッ‼と凄まじい紅色の閃光が走ったかと思うと、ただの枝は見る間にその形を変えていく。光沢のある黒い金属に変化し、それが筒となって六つ円状に連なる。

 見る見るうちに、コーネロの手の中に凶悪な銃器が作り出された。

 

「さァ…冥土の土産はこんなもんで十分だろう。カヤお嬢様以外の面々にはさっさと退場してもらわねば」

 

 ガシャン、とコーネロは銃口をカヤたちに向けて冷ややかな笑みを浮かべる。

 引き金にはすでに指がかかり、銃弾を発射する準備は整っていた。

 

(悔しい……こんな奴らに……!!!)

(ごめんなさい……‼ ごめんなさいウソップさん……!!!)

「くっそ―――っ!!! お前らみたいな極悪人にカヤさんを殺されてたまるかァ!!!」

「もし死んでも化けて出てやるからなァ!!!」

「そんでいつか呪ってやるからなァ!!!」

 

 小さな体で必死に二人を守ろうとする少年たちだが、そんな事では盾にもなりえない。

 じりじりと後ずさっていくも、今度は木々に邪魔されてろくに距離を稼ぐこともできなかった。

 

「じゃあね、ロゼ。あの世でご両親によろしく…」

 

 無慈悲な宣告とともに、ついにコーネロが引き金を引く。

 すると銃のバレルが回転をはじめ、銃口から無数の弾を少年たちに向けて発射し始めた。辺り一面に砂埃が立ち上がり、カヤたちがその白煙の中に包まれる。

 

「おいおい…お嬢様だけは殺すなよ…?」

「ははははははははは………⁉」

 

 残酷な哄笑を上げるコーネロと、その容赦のなさに呆れるジャンゴ。

 だが不意に、その笑みが途切れた。

 いったん銃の発射を止めると、立ち込めていた土煙が徐々に晴れ始める。

 

「くっだらねェことペラペラペラペラ垂れ流しやがって…酔っぱらいの戯れ言のほうがまだましだよ」

 

 そこにあったのは、無残な子供たちや娘の死体などではなかった。

 金属の輝きを放つ、白と黒に彩られた翼が、カヤたちを守る盾となってそこに広がっていたのだ。

 

「貴様…⁉」

「「「姉ちゃァ~~~~ん!!!」」」

「エレノアさん……‼ あなた…」

 

 コーネロは驚愕と苛立ちに眉間にしわを寄せ、少年たちは歓声を上げ、カヤとロゼは困惑の声を上げる。

 フードの下に隠されていた正体を知り、誰もが言葉を失っていた。

 

「天族…⁉ それにエレノアだと…⁉ まさか…」

 

 ジャンゴは初めて聞いた気がしない名とその正体に、何かを思い出しかける。

 しかしそれよりも先に、エレノアはウソップ海賊団に視線を戻した。

 

「ここは任せて、あんた達は行きなさい」

「⁉ ま、まかせて大丈夫なのか⁉ なんかすごいことできる奴だぞ!!?」

「何にも心配することなんてないよ……」

 

 不敵な笑みを浮かべた彼女は、その場でパンッと手のひらを合わせて地面につける。

 青い閃光が走り、土が盛り上がって形を変えていく。

 見る見るうちにそれは、流麗な装飾の施された短い槍へと形を変えていった。

 

「私はもっとすごいから」

 

 ひゅんひゅんと手ごろな長さに作りかえたそれを操るエレノアは、天から遣わされた戦士のように美しく勇ましい。

 しかしコーネロは、自分と同じ力を使っていることに驚愕の目を向けていた。

 

「うぬ! 錬成陣も無しに地面から武器を錬成するとは………これが天族の力か…⁉」

「……何だ、たいそうなこと言っておいてあんた自身は三流じゃないのさ」

「何だと⁉」

 

 呆れた目を向けるエレノアに、コーネロは激昂する。

 エレノアはそれを無視し、へたり込む二人の娘の方に視線を戻した。

 

「カヤ、ロゼ…話はそこで全部聞いてたよ。できれば…あんた達が知る前に決着付けたかったけど…」

「エレノア…私………」

「でも、それはあんた達がそこで立ち止まっている理由にはならないでしょ」

「!!?」

 

 傷心の娘に向けるには辛らつな言葉に、思わずウソップ海賊団が驚愕の表情を向ける。

 しかしエレノアは、あえて厳しい声と表情で二人に告げた。

 

「こんな奴らに、そんな情けない顔は見せるな。弱音を聞かせるな。あんた達の家族の命がこいつらに奪われたってんなら、これ以上こいつらにでかい顔をさせるな!!! 笑って悲しみを吹き飛ばせるぐらい、堂々としてみろ!!!」

 

 ガシャン、とエレノアは作り物の足を踏み鳴らし、その存在を強調する。

 ぬくもりのないその足を見つめ、カヤとロゼはあふれ出しそうになる涙を抑え込んだ。

 

「立って歩け‼ 前へ進め!!! あんた達には、立派な足がついてるでしょうが!!!」

 

 ググっと表情を歪めた二人は、残された力を振り絞って立ち上がる。

 立ち上がった二人を連れ、ウソップ海賊団が再び森の中に飛び込んでいくと、ジャンゴが忌々し気に眉間にしわを寄せた。

 

「……‼ 逃がすわけねェって言ってんだろうが‼」

 

 チャクラムを操り、執拗にカヤたちを追うジャンゴを、エレノアはあえて見逃す。

 彼の相手は、自分ではないとわかっていたからだ。

 自分が相手をすべきものは、目の前にいた。

 

「来なよド三流……本物の錬金術師を見せてあげる………!!!」

「ほざけ、小娘!!!」

 

 コーネロは侮辱された怒りを、そのまま銃器に乗せて放つ。

 襲い掛かる無数の銃弾の雨を、エレノアは短槍を振り回して盾にしながら防ぐ。

 しかしそのあまりの多さと、故障している義足によって徐々にエレノアは追い詰められていく。

 エレノアの頬を汗が伝うほど、その威力はすさまじかった。

 

「いかに優れた錬金術師であろうとも、私の持つこの力は伝説の代物!!! 一介の錬金術師ごときがかなうと思うな!!!」

「石の力に頼りっきりのくせによくそこまででかい顔ができるもんだ…」

 

 エレノアのつぶやきに、コーネロは「カチーン」と額に血管を浮き立たせる。

 バチバチと指輪の宝石をスパークさせると、周囲の土を操ってエレノアを包囲していく。

 次の瞬間盛り上がった土が形を変え、全く同じ形の大砲が数十も作り出された。

 

「はははははは!!! 実に‼ 実に素晴らしい力だ!!! これ一つで私は神の領域に立っているも同然!!! どうだマネできるか⁉ 貴様にこれほどの芸当がマネできるかァ!!?」

「……『精霊よ、太陽よ! 今ひと時、我に力を貸し与えたまえ! その大いなるいたずらを』……‼︎」

 

 エレノアはさして慌てる様子もなく、打ち合わせた手のひらを地面に押し当てる。

 青い閃光が、辺りをまばゆく照らし出した。

 

大地を創りし者(ツァゴ・デジ・ナレヤ)

 

 バチンッ!!!と閃光が走り、自身を取り囲んでいた砲やコーネロの銃を貫く。

 すると閃光を受けた銃器は、見る見るうちに腐り落ち、さらさらと土に還っていった。

 

「!!??」

 

 自分の作り出したものが、あっさりと破壊されたことにコーネロは驚愕で凍り付く。

 つまらなそうにそれを睨むエレノアの周囲で、さらに強い閃光が迸った。

 

「ヘタクソが。あんたの創るものはガワだけで、肝心の中身が揃っちゃいないんだよ………あんたが持っているものは見た目だけ取り繕った欠陥品ばかり、見てるだけでイライラする」

 

 バキバキと土が盛り上がり、木々の残骸をも呑み込んでそれは一つの塊を作り出していく。

 それは徐々に、巨大な仏像を模っていき、エレノアはその肩の上で仁王立ちする。

 まるでそれは、神や仏さえも従えているようにも、それらが起こす奇跡を代行しているかのようにもだった。

 

「神? 伝説? ただの人間がその域に達することができるわけないでしょうが‼ 死んだ人間も蘇る!!? 何の覚悟もない人間が、軽い気持ちでそんな言葉を口にするんじゃない!!!」

 

 ぐらりと、生み出された仏像がコーネロに向けて拳を構える。

 小屋一軒分はありそうなほど巨大な拳が、コーネロの頭上から光を奪い去った。

 

「よく見なさい……‼ 私こそがあんたの言う神の領域に近づいた者………その罰を受けた咎人の姿だ!!!」

 

 エレノアの怒号とともに、仏像がその拳を振り下ろす。

 大気をも震わせながら、顔を真っ青に染め上げるコーネロに渾身の一撃が襲い掛かった。

 

(………鋼の義肢〝機械鎧(オートメイル)〟、ああ、そうか……こいつは手を出したのか……‼ 錬金術師の間では暗黙のうちに禁じられている『人体錬成』に………神の領域を犯す最大の禁忌に!!!!)

 

 コーネロはようやく気付く。

 この娘は自分のはるか先を行く存在であったことに。

 伝説の力を手にしようと、己は足元にも及ぶはずがなかったという事に。

 

五行山・釈迦如来掌(ごぎょうさん・しゃかにょらいしょう)〟!!!!

 

 そして、カヤの、ロゼの、二人の両親と恋人の、そして自分の怒りを全て込めた一撃が、愚かな老人を叩き潰したのだった。



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第20話〝海賊旗が呼んでいる〟

 地面に己の拳を突き立てる、巨大な仏像。

 その体が徐々に崩れ落ち、元の土くれや木の破片に戻っていく。

 大きな砂の山になった仏像の山から降りたエレノアは、ググっと背伸びをして肩のコリをほぐした。

 

「ん?」

 

 ぐりぐりと肩を回していると、大の字になって倒れ伏すコーネロの指から零れ落ちたものに気が付いた。

 近づいて拾い上げてみれば、それは少しの抵抗を残してぼろりと崩れてしまった。

 

「………完全な物質であるはずの〝賢者の石〟が何もしてないのに崩れた……あんまり質のいい代物じゃなかったのか……? どこの誰だよ、こんな悪趣味なもの創ったのは……」

 

 エレノアは気になり、元の持ち主であるコーネロを見下ろす。

 恐怖の形相で白目をむくコーネロの、ぼこぼこになった顔を見下ろしてちょっとやりすぎたかと反省する。

 が、ロゼとカヤの両親のことを思い出してまだ足りなかったと思いなおす。

 

「まァ、これで前ほどの錬金術も使えないだろうし…おとなしくなるでしょ」

 

 前ほどの腕がなければ、村で大きな顔をすることもできまい、とエレノアは老害を放置することにする。

 もう顔も見たくない相手に背を向けて、カヤたちの声を探して歩き始めた。

 すると、そこからさほど遠くないところで腰を下ろす血だらけのウソップと、ボロボロになったウソップ海賊団の姿が目に入った。

 

「……あれ、終わってる」

「よォ、エレノアか! 見せてやりたかったぜおれの華麗な活躍を‼」

「ほんとですよ‼ すごかったんですよキャプテンの最後の一撃‼」

「ハイハイ……」

 

 エレノアは適当に流し、血まみれのままのウソップのもとに向かう。

 聞かずとも、彼が勇敢に戦ったことなど簡単に察せた。動けなかったはずの彼がここにいる時点で、相当な無理をしたことはわかりきっている。

 エレノアは自分の羽根を一枚ちぎると、清潔な布に錬成してつなぎ合わせる。長く伸ばしたそれを、ウソップの傷口に合わせて巻き付けた。

 

「…ちょうどいい、お前たちに頼みたい事があったんだ」

 

 手当てを受けながら、ウソップはカヤとロゼ、ピーマンたちの方を真剣な表情で見つめる。

 

「今…ここで起こったことを全部、秘密にできるか?」

「え⁉ 秘密に⁉ どうして、そんなことするんですか⁉」

「そうですよ‼ おれ達村のために戦ったのに‼」

「キャプテンだってみんなから見直されますよ‼」

「村の英雄に…勇敢な海の戦士になれるんじゃないの?」

「ウソップさん、みんなの誤解を解かなきゃ…」

「誤解も何もおれは、いつも通りホラ吹き小僧と言われるだけさ。もう終わったことをわざわざみんなに話して、恐怖をあたえることはねェ」

「……確かに、今回みたいなことがない限りこの島を襲おうなんて海賊は現れないだろうけど……でもそれじゃ」

「村のみんなだって、そのへんは安心して毎日を暮らしてる。このまま何もなかったことにしよう。何も起きなかった……みんなウソだったんだ…」

 

 最初の宣言通り、ウソップは今日のことをウソで片付けると決めたらしい。

 それが、最善だと信じて。

 

「強制はしねェが…」

「いえ‼ できます‼ それが一番村のためになるのなら」

「おれだって‼」

「ぼくも‼ 一生黙ってる‼」

「カヤ、ロゼ。お前らは、つらいか……?」

「………いいえ」

「あなたがそれでいいなら……私もそれに従うよ」

 

 ロゼもカヤも、呆れたようなわかっていたような微妙な微笑みを浮かべて了承する。

 エレノアは、いまだ顔色が悪いロゼの目を見て息をのむも、意を決してそろそろと近づいて行った。

 

「…あのさ、ロゼ……あのジジイが言ってたことなんだけど……その」

「…いいの‼」

 

 死人さえよみがえらせると言われる石を壊したことを言おうとしたが、ロゼははっきりとエレノアの言葉を遮る。

 無理やり笑みを作った彼女は、悲しげな表情のエレノアに首を振った。

 

「確かにショックだったけど……私は今生きてる。私もカヤも…みんなのぶんをちゃんと生きてる。だから………大丈夫」

「ロゼ……」

「いいの。私はもう、吹っ切れてるから‼」

 

 どう見ても、いまだに引きずっているはずだ。

 しかしそれを必死に抑えようとしている彼女に、エレノアは自分の無力感を感じずにはいられなかった。

 その心の傷は、時間が癒すほかにないのだ。

 

 

「ありがとう‼ お前たちのお陰だよ。お前たちがいなかったら、村は守りきれなかった」

「何言ってやがんだ。お前が何もしなきゃおれは動かなかったぜ」

「おれも」

「私はあのジジイが気に入らなかっただけだし」

「どうでもいいじゃないそんな事。宝が手に入ったんだし♡」

 

 ウソップはその後、海岸の方で戦ってくれていたルフィたちに礼を言う。

 海賊クロとその一味を見事撃退した彼らは、さすがに疲弊の色を残しながら何ともないような風を見せていた。

 その強さをありがたく思いながら、ウソップは自分の決意を彼らに伝えた。

 

「おれはこの機会に一つ、ハラに決めたことがある」

 

 

 その日、いつものウソップのウソが聞こえてこず、戸惑う村の人々をよそに。

 ウソップ海賊団の解散が、船長(キャプテン)の口から告げられた。

 

 

「……! ふーっ、とれた!」

「バカだな。のどを鍛えねェから魚の骨なんかひっかかるんだ」

「あんたらに言っとくけどね、フツー魚を食べたらこういう形跡が残るもんなのよ」

「言ってもムダだよ。何回注意しても聞きゃァしないったらないんだから…」

「あんたもご飯食べてるときに油の臭いまき散らさないでよ‼」

 

 呆れたようにエレノアが言うと、怒りの形相でナミが抗議する。

 椅子の上で、カチャカチャと自分の義足のねじやらボルトやらをいじくっているエレノアだが、油も同時に差しているようでにおいが漂ってきていたのだ。

 

「ていうか………あんたが天族だったってこともだけど、両脚義足だってのには驚いたわ。普通にとんだりはねたりしてるんだもん」

「腕のいい技師に作ってもらったからねェ…でもいい加減メンテナンスしてもらわないとあちこちガタがきてんだよなァ。近いうちにバラして調整してもらわないと」

「おい…まさかとは思うが、それでまだ本調子じゃないとかいうんじゃねェだろうな」

「ま、そんな感じかな」

 

 不自由な義足でかなりの強さを誇るのに、それ以上力を増したらいったいどれほどの実力者になるのか、とゾロは戦慄する。

 ルフィは知っていたのか、それとも気にしていなかったのか、とくには口を挟まずに魚の骨を食うのに夢中になっていた。

 

「大型の鳥はね、飛ぶためにははばたく以上に風に乗る必要があるからさ…走れるぐらいにはなったけどまだまだだよ」

「あっ、助走かァ…」

「そ。しかも生身の足よりも機械鎧は重いからね……あんまり長い時間飛べないんだよ。具体的には4~5分くらい」

「いったいどういう事情があってそんな足になるわけ?」

「…………女の意地、かな?」

「なにそれ?」

 

 自嘲気味なエレノアの言葉の意味が分からず、ナミが聞き返すがもう返事は返ってこない。

 開いた皿を片付けてくれたロゼは、初めて見る精巧な作りの義足を見つめ、次いで痛々し気にエレノアを見つめた。

 

「あなたって……見た目以上にハードな人生おくってるのね」

「天族ってだけでも生きづらい世の中だからね……どう聞いてもまゆつばものの伝説ばっかりだし。狙われやすいの、よっと」

 

 最後のパーツを義足にはめ込み終え、エレノアは膝を立てる。

 適当に動かして動作に問題がないのを確認すると、翻していたローブの裾を戻した。

 

「……生き血を吸えば、永遠の命を。血肉を食らえば、不死の体を。純潔を奪えば、不変の栄光を。真に受けるのもバカらしい伝説だけど、結構そのバカが多いんだよ。この世には」

「…………」

 

 伝説の種族が抱える闇の歴史の片鱗に、ナミもロゼも閉口する。

 聞くべきではなさそうな話に、この小さな少女はどれほどの痛みを抱えてきたのだろうとつい思ってしまう。

 ゾロも何か思うところがあったのかじっと見つめるが、やがてふっと視線を外した。

 

「メシは食った。そろそろ行くか」

「そうだな」

「寂しくなるね…もうちょっとゆっくりしてってくれてもよかったのに」

「ま、海賊ですから」

 

 ロゼが言うと、エレノアはしんみりさせてしまった空気を換えるように茶目っ気を込めて答える。

 思わず笑みを浮かべていると、店のドアが開いてカヤが顔を出した。

 

「ここにいらしたんですね」

「よう、お嬢様っ」

「寝てなくて平気なの?」

「ええ、ここ1年の私の病気は、両親を失った精神的な気落ちが原因でしたので………」

「あのヤブ医者の言うことだったしねェ…計画の信憑性を持たせるつもりでウソの申告をしてたかもよ?」

「あはは、それもあるかもね…」

「ウソップさんにもずいぶん励まされたし…甘えてばかりいられません。それよりみなさん…」

 

 カヤはルフィたちの方を見ると、期待を込めた笑顔を向けた。

 それはまるで、自分の子供にプレゼントを準備し、渡す時を待ち望んでいた親のような笑顔だった。

 

「船、必要なんですよね!」

「くれるのか⁉ 船っ‼」

 

 それに最も喜んだのは、少年のような目をした麦わら帽の船長だった。

 

 

「へぇ…」

「キャラヴェル!」

「うおーっ」

「素晴らしい!」

 

 彼らが最初に到着した海岸で、一味は歓声を上げる。

 そこに停泊していたのは、羊の船首が付いた一隻の船。大きいとは言えないが、一味には十分ありがたい立派な帆船であった。

 

「お待ちしていましたよ。少々、古い型ですがこれは私がデザインした船で、カーヴェル造り三角帆(ラティーン・スル)使用の船尾中央舵方式キャラヴェル〝ゴーイング・メリー号〟でございます」

 

 包帯を頭に巻いたカヤの執事、メリーが笑顔でルフィたちを迎える。

 カヤから事情を聴いた彼は、何とか礼のできる方法を考え、今回のサプライズを敢行したのだ。

 

「あなた方ですか。ウソップ君と共にクロネコ海賊団を追い払ってくれたのは。私はもっと大柄な人たちかと…」

「これ、本当にもらっていいのか⁉」

「ええ、ぜひ使って下さい」

「動索の説明をしますが、まずクルーガーネットによるヤードの調節に関しましては…」

「あ、いいですいいです」

「船の説明なら私が聞くわ」

「苦労かけるねェ…」

 

 首をかしげる船長に代わり、ナミがメリーから操舵の方法を聞く。

 ナミがいなければ、出向前に暗礁に乗り上げるところであった。

 

「航海に要りそうなものは全て積んでおきましたから」

「恩人のためならまだ物足りないくらいだけど…」

「ありがとう! ふんだりけったりだな‼」

「至れり尽くせりだ、アホ」

 

 話を聞くに、ロゼも食料などの手配を手伝ってくれていたらしい。

 正直、自分たちがこの島に来なければ悲しい事実を知らずに済んだのかもしれないとエレノアは思う。

 しかし前を向いて歩きだそうとしている彼女にそんなことを言うのも野暮だと思いなおし、ため息をこぼすだけにとどめた。

 その時だった。

 ゴロゴロと坂を転がりながら、悲鳴を上げて近づいてくる影に気が付いたのは。

 

「うわあああああああ止めてくれ――――――――っ‼」

「……ウソップさん!」

「よしきた」

 

 どうやらありったけの荷物を詰め込んだのはいいが、重すぎてバランスを崩してしまったらしい。

 海に落ちる前に、ルフィとゾロが足を出してウソップの顔面を踏みつけることで、ようやく回転は止まった。

 

「………‼ わ……わりいな…」

「うん」

 

 もっとやり方があるのではと思ったが、ウソップの自業自得でもあるので誰も何も言わなかった。

 

「…やっぱり海へ出るんですね、ウソップさん…」

「言っておくけど、止めないよ。…そんな気がしてたし」

「なんかそれもさみしいな」

 

 眉尻を下げ、カヤとロゼはただウソップを見送る。

 本物の海賊になるという彼を、二人とも止められる気はしなかった。

 

「今度この村に来るときはよ、ウソよりずっとウソみてェな冒険譚を聞かせてやるよ‼」

「うん、楽しみにしてます」

「体には気を付けてね」

「お前らも元気でな。また、どっかで会おう」

「…ん?」

「なんで?」

 

 不思議そうに返され、ウソップは言葉に詰まる。

 二度と会うこともないとでも思われていたのだろうか。

 

「あ? なんでってお前、愛想のねェ野郎だな…。これから同じ海賊やるってんだから、そのうち海で会ったり…」

「何言ってんだよ、早く乗れよ」

「ウソップ君待ちだよ、今」

「え?」

 

 戸惑うウソップに、ルフィは当たり前だろというように答えた。

 

「おれ達もう仲間だろ」

 

 思わぬ誘いに、ウソップは今度こそ言葉を失った。

 なぜ弱い自分にとか、他にもっとすごい奴はいるだろうとか、様々な思いが頭の中をよぎる。

 だがウソップは、ぶるぶると頭を振ってそれらの考えを振り払った。

 

「キャ……‼ キャプテンはおれだろうな!!!」

「ばかいえ‼ おれが船長(キャプテン)だ!!!」

 

 こうして波乱を繰り返し、4人目の仲間が集う事となった。

 

 

 遠く離れていく帆船――今は海賊船ゴーイング・メリー号を、カヤとロゼ、メリーは静かに見送る。

 その表情には、隠しきれない寂しさがにじみ出ていた。

 

「彼はいつの日にか、ホラを現実にできるような男になるのかもしれないね…」

「…そうかもしれないわ」

「カヤ、あなたはこれから、彼の励ましに見合うようにならなきゃいけないよ?」

「ええ…‼」

 

 ロゼの励ましに、カヤは涙をぬぐいながら力強くうなずく。

 そんな彼女に、ロゼはいたずらっぽい笑顔を浮かべて横目を向けた。

 

「さ~て、私もお店で頑張らなくちゃなァ…! カヤには、負けられないから」

「………‼ フフッ、私だって!」

 

 悲しみを乗り越えようとしている娘たちの強い姿に、メリーは思わず目頭をハンカチで拭う。

 両親を亡くした病弱な娘や、生きる希望を失った不幸な娘たちは、明日に向かって大きく一歩を踏み出そうとしていた。

 

 

「新しい船と仲間に‼」

「「「「「乾杯だ―っ!!!」」」」」

 

 新たな門出を祝う一同は、知らない。

 彼らがいなくなった後も、元気にホラをふき続ける小さな守り人たちが生まれたことを。



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第4章 戦うコック 第21話〝二人の賞金稼ぎ〟

「できたぞ‼ 海賊旗!!! ちゃんと考えてあったんだ、俺たちのマーク!」

「……そういえば、時々紙になんか書いてると思ったら」

 

 満面の笑みを浮かべて、ヘタクソなドクロマークが描かれた旗を掲げるルフィに、エレノアはジト目でそうこぼす。

 身内の贔屓目でも、その出来はあまりにひどかった。

 

「コイツには…つまり絵心ってもんがねェんだな」

「ううん…もしかしてこれって芸術なんじゃないかしら」

「どういう芸術? キュビズム?」

「海賊旗は〝死の象徴〟のはずだろ……まァ、ある意味恐怖だけどよ」

「どうだ⁉」

「よし、描きなおそう」

「えェ――――っ⁉」

 

 情け容赦なく切り捨てるエレノアに向けて、ルフィの悲しげな叫びがこだました。

 頼りにできないルフィに代わり、ウソップがデザインを担当する。

 その結果できた海賊旗に、ナミは満面の笑みを浮かべた。ルフィの描いたものをまともにしたような、麦わら帽をかぶった立派なドクロのマークに賞賛を送る。

 

「うん! 上手いっ!」

「こんなとこか」

「同じマークとは思えねェな」

「いいな‼ あと帆にも描こう‼」

「じゃ、そっちは私に任せて」

「昔から人ん家の壁に、よく落書き(アート)してたからな。けっこう、おれは芸術に長けてるんだぜ」

「助かるよ。デザインの例がある方がやりやすいからね」

 

 できた海賊旗を確認したエレノアは、貼られたままの帆に向けてパチンと合わせた掌を当てる。

 青い閃光が走ると、無地の帆に残ったペンキが吸い込まれて、みるみるうちに海賊旗と同じマークが描かれていった。

 

「おおーっ‼ 相変わらず便利だなァお前の力は‼」

「へっへ~ん」

「よし! 完成っ‼ これで〝海賊船ゴーイング・メリー号〟のできあがりだ‼」

 

 完成した立派な海賊船に、若者達は満足げな声をあげてはしゃぐ。

 が、色々と作業を続けていた船員達はその場でバタンと仰向けに倒れてしまった。

 

「は――っ、疲れた!」

「じゃ、お茶でも淹れておくよ。でも味は期待しないでね」

 

 まだ体力に余裕のあるエレノアが、船内に備わっているキッチンに向かう。

 その途中、ふとナミが寝返りをうちながら視線を向けた。

 

「ところで、エレノア? 天族ってのはみんなあんたみたいに錬金術使ったり、大きくなったり小さくなったりできるの?」

「知らな〜い。私が会ったことのある同族は母さんだけだったもん」

 

 ナミの疑問に、エレノアは困ったように首を傾げた。

 

「その母さんも……私が小さい頃に死んじゃったし」

「あ。ごめん…」

「気にしないで、もうずいぶん昔の話だから」

 

 言葉を失うナミに、気にするなと言うように手を振る。このご時世、肉親を亡くした人間など探せばどこにでもいるものだ。

 

「ただ私は物心ついたときには体の年齢を変えられるようになってたし……種族での能力なんだと思うよ? 足はまァ………錬金術を使って伸ばしてるんだけど、種族的にも相性がいい力なんだと思う」

「まねできそうにねェな」

「そうでもないさ。私の弟弟子は人間だけど〝国家錬金術師〟になるぐらいの実力があったし」

「…? 何その…国家?」

「国家錬金術師っていうのは…」

 

 ゾロとナミが聞きなれない名称に聞き返し、エレノアが答えようとした時だった。

 ドカーン!と轟音が響き渡り、遠くにあった岩場が吹っ飛んだ。

 船に備わった大砲の練習で、ルフィに代わってウソップが狙撃したらしい。

 

「スゲ――当たった、一発で‼」

「うげっ‼ 当たった、一発で‼」

「…………」

「あー、うん、いいわ。先にアイツらどついて来ちゃいなさい」

 

 話の腰を折られ、頬をひきつらせるエレノアの肩を、ナミは同情しながらポンと叩いた。

 

 

 ルフィとウソップの脳天に仲良く一つずつたんこぶを作らせたのち、エレノアは全員の分の紅茶を淹れる。

 設備の整ったキッチンは見事なもので、エレノアも心地よく作業を進められた、が。

 

「うん、普通ね」

「普通にうまいな」

「ああ、普通だな」

「修行が足んねェぞ」

「文句あるなら飲むなっ‼ こういうのはあんまり得意じゃないんだよ!!!」

 

 振舞われた紅茶の出来は、仲間達には不評であったらしい。

 不満げな彼らの眼差しに抗議しながら、エレノアはどっかりと椅子に腰を下ろした。

 

「でもまァ、こんだけ立派なキッチンがあるなら欲しい役割が出てくるね…」

「ああ!〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入る前にはそいつが必要だ」

「長旅には不可欠な要因だな」

「そう思うだろ?」

 

 ルフィが何を言いたいか察した一同は、船長らしい台詞が聞けたことに安堵する。

 が、この男の考えはやはりずれていた。

 

「やっぱり海賊船にはさ、音楽家だ」

「アホかてめェっ‼」

「めずらしくいいこと言うと思ったらそうきたか‼」

「あんた航海を何だと思ってんの?」

「だって海賊っつったら歌うだろ⁉ 当然みんなで」

「そう思ってんのはあんただけだよドアホ」

 

 仲間全員から一斉にツッコミを受けながらも反論するルフィに、エレノアはジト目を向けて本気で呆れたため息をつく。

 そんな時だった。

 

「出て来い海賊どもォ―っ!!! てめェら全員ブッ殺してやる!!!!」

 

 そんな怒鳴り声が聞こえた直後、樽が蹴り潰される激しい音が響く。

 いきなり暴れまわっている見知らぬ男に怒りを燃やし、ルフィは険しい表情で甲板に飛び出していった。

 

「おい‼ 誰だお前!!!」

「誰だもクソもあるかァ!!!」

 

 サングラスをかけた男は、ルフィ以上の怒りを燃やしながら幅広の刀を振り回す。

 怒りのままに暴れる男を、ウソップとナミは船内から恐る恐る窺っていた。

 

「相手何人だ」

「一人…かな」

「じゃ、あいつに任せとけ」

 

 ゾロはそう言い、ルフィが騒ぎを収めるまで気長に待つ体勢に入る。

 しかしウソップとナミの後ろにいたエレノアが、ピクピクと耳を動かしながら首を傾げた。

 

「…いや、もう一人いるね。でも…」

「え?」

「…死にかけてる」

 

 そんな中、ズダン!と言う鈍い音を立てて男が倒れ込んだ。ルフィにいい一撃をくらったらしい。

 

「く……か……‼ 紙一重か…」

「分厚い紙一重だね、賞金稼ぎのジョニー」

「ジョニー…?」

 

 ジト目を向けるエレノアがサングラスの男の名を言い当てると、彼だけでなくゾロも驚きの表情を浮かべた。

 

「え…、ゾ…ゾロの兄貴!!!?」

「どうした! ヨサクは一緒じゃねェのか」

「それが……‼」

「知り合いか、なら話が早い。多分、下の小舟に乗ってるのがそうじゃない?」

「何⁉」

 

 エレノアの一言で、ゾロは慌てて船の端に駆け寄っていく。止められている小舟を確認すると、ロープを伝って横になっていた男をメリー号に移した。

 真っ青な顔で気を失っている彼に、ゾロは眉間にしわを寄せた。

 

「病気⁉」

「ええ…数日前までピンピンしてやがったのに、突然青ざめて気絶をくり返す…‼ 原因は、まったくわからねェ」

 

 医学に乏しいジョニーという男は、もうどうしたらいいかわからないという様子で俯いている。

 一方でエレノアは、冷静に男の症状を診断していた。

 

(歯が抜け落ち…傷が開いて出血…この症状は…)

「ナミ、キッチンのライム使うけど、いいよね?」

「…ええ、こいつらにはあたしが説明しとくわ」

「全く、たかが『壊血病』程度で大騒ぎしちゃって…」

 

 大きなため息をついたエレノアは、本気で一味の先行きに不安を覚えながらライムを探した。

 

「壊血病は、一昔前までは航海につきものの絶望的な病気だったの。でも原因はただの植物性の栄養の欠乏、昔の船は保存のきかない新鮮な野菜や果物を載せてなかったから…」

「お前すげーな、医者みてェだ」

「おれはよ、お前はやる女だと思ってたよ」

「船旅するならこれくらい知ってろ‼ あんたたち、ほんといつか死ぬわよ‼」

「感心しとらんでさっさとライム絞れボケどもっ‼」

「ら…了解(ラジャー)っ‼」

 

 持ってきたライムを絞り、果汁を別の器に移しながら怒鳴るエレノアに従い、ルフィとゾロは作業を手伝う。

 絞られたライムを飲んだ瞬間、真っ青になっていた男の顔色が戻りその場で小躍りまで始めた。

 

「ひゃっほー‼︎ 治ったァー‼︎」

「治るか!!! そんな急に!!!」

「いいからもう寝てなさいよ…」

 

 エレノアもナミも、ヨサクに呆れて小言を漏らす。

 病は気からと以前エレノアは言ったものの、ヨサクのそれはただのバカな勘違いにしか思えなかった。

 

「申し遅れました、おれの名はジョニー‼」

「あっしはヨサク‼ ゾロの兄貴とはかつての賞金稼ぎの同志‼ どうぞ、お見知りおきを‼ あんた方には何とお礼を言ったらいいのやら、さすがにあっしァもうダメかと思ってやした」

「しかしあらためて驚いた。〝海賊狩り〟のゾロがまさか海賊になっていようとは」

「ブヘェッ……!!!」

「ぬあっ!!!? 相棒ォ―――!!!」

「いいから黙って休んでろ‼」

 

 血を吐いて倒れるヨサクに、ゾロはややハラハラしながらおとなしくしているように頼む。

 ピクピクと痙攣しているヨサクを見下ろし、ナミは深刻な顔で一味の顔を見渡した。

 

「これは教訓ね……」

「長い船旅にはこんな落とし穴もあるってことか」

「あいつだってこの船に遭わなきゃ死んでた訳だしな」

「船上の限られた食材で長旅の栄養配分を考えられる〝海のコック〟…この船に足りていない一つは、それだね」

「よし決まりだ‼〝海のコック〟を探そう!!! なにより船で美味いもん食えるしな!!!」

「アニキアニキ! 海のコックを探すんなら、うってつけの場所がある。まー、そこのコックが付いて来てくれるかは別の話だけど」

 

 ジョニーはそういうと、この先の海にあるという店の話を語ってみせた。

 

「「「「「海上レストラン⁉」」」」」

「そう、ここから2、3日船を進めれば着くはずだ。でも気をつけねェとあそこはもう〝偉大なる航路(グランドライン)〟のそばだ」

「…やばい奴らが出入りしてるってわけね。賞金首チェックしとこ」

「よかったら案内しますぜ」

「たのむ――っ‼」

 

 ジョニーの提案に、ルフィ達はノリノリで拳を突き上げる。

 こうして一味は一旦進路を変更し、新たな仲間を勧誘すべく海上レストランを目指すのだった。



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第22話〝バラティエ〟

「着きやしたっ!!! 海上レストラン‼ ゾロの兄貴‼ ルフィの兄貴‼ ウソップの兄貴‼ ナミの兄貴‼ エレノアお嬢‼」

「なんで私がアニキなのよ…」

「私だけなんでお嬢?」

「ん?」

「おおっ」

「ああっ!!!」

 

 ジョニーの声で、ルフィたちは慌てて船首の方へと集まる。

 そして進路上に停泊しているその船の外観に、彼らは歓声をあげた。

 

「ど―――っすかみなさんっ!!!」

「でっけー魚っ‼」

「うわ――っ」

「ファンキーだな、おい‼」

 

 魚の船首を備え、派手ながらも清潔そうな装飾の施された船がそこにはあった。

 華やかで愛嬌のある店の佇まいに、一同が期待を寄せていた。

 その時だった、一隻の大型船が近づいてきたのは。

 

「え? か…海軍の船‼」

「おっと…」

 

 カモメを模したマークを掲げた戦艦の登場に、メリー号の上で動揺が走る。

 ざわめく一同を差し置いて、甲板に一人の男が顔を出すと、エレノアはさっとフードをかぶって顔を隠した。

 

「見かけない海賊旗だな…おれは海軍本部大尉〝鉄拳〟のフルボディ。船長はどいつだ、名乗ってみろ」

「おれはルフィ。海賊旗はおととい作ったばかりだ!」

 

 うろんげな目でメリー号を見やる、鋼鉄のグローブをはめた海兵・フルボディに、ルフィは全く臆する様子もなく名乗る。

 その後ろで音もなく下がるエレノアに疑問を抱いたナミが、訝しげな表情で彼女を見下ろした。

 

「…なんでいきなり顔隠してんのよ?」

「んー、一応念のために?」

 

 要領を得ないエレノアの答えに首をかしげるも、ナミはそれ以上追求することなく口を閉ざす。

 この少女に謎が多いのは今更だし、幻の種族ゆえの理由か何かがあるのだろう、と自分を納得させたらしい。

 

「運が良かったな、海賊ども。おれは今日定休でね。ただ食事を楽しみに来ただけなんだ。おれの任務中には気をつけな。次に遭ったら命はないぞ」

「……胆に銘じておくよ」

 

 脅しのようなフルボディの捨て台詞に、エレノアはやや警戒しながら呟く。

 賞金こそかかっていなくとも海賊は海賊、問答無用で沈められる事態にならなかっただけでも得だと、エレノアはフルボディに背を向けた。

 

「おい、やべェぞ!!! あの野郎大砲で、こっち狙ってやがる!!!」

 

 だが、その目論見が甘かったらしい。

 ルフィ達が油断した隙に、部下に命じたフルボディが大砲を用意させていたらしい。

 甲板でフルボディが親指を下に向けた瞬間、砲門が火を吹いて勢いよく砲弾を吐き出した。

 

「撃ちやがったァ~~っ!!!」

「ン任せろっ!!!」

 

 絶叫するウソップに代わり、ルフィが向かってくる砲弾の前に立つ。

 その場で大きく息を吸い込むと、ボンッと自らを巨大な風船のように膨らませて砲弾を受け止めた。

 

「なぬ――――っ!!!」

「なに…!!?」

「返すぞ砲弾っ!!!」

 

 かつてバギーにやってみせたように、受け止めた砲弾をゴムの張力で跳ね返すと言う離れ業を披露する。

 が、今回は受け止めかたが悪かったのかもしれない。

 

「あ、直撃コース…向こうに」

 

 エレノアがポツリと呟いた直後、跳ね返った砲弾は狙いを大きく外し、バラティエの屋根の一部に炸裂した。

 

「「「「「「どこに返してんだバカッ!!!」」」」」」

 

 爆音と瓦礫が飛び散り、黙々と煙が立ち上る大惨事に、ルフィ達もフルボディも言葉を失って立ち尽くす。

 エレノアもまた顔を真っ白にして立ち尽くし、ほろりと涙を流した。

 

「慰謝料……修理費………はぅっ」

 

 恐ろしい勢いで貯金が消えていく様を幻視したエレノアは、ぽてりと枯れ木のように倒れ伏したのだった。

 

 

「オーナー、本当に大丈夫なんですか!!?」

 

 予想外の襲撃を受けたバラティエ、その直撃を受けた店主の部屋。

 そこでは、木製の義足をつく、血まみれになった大柄な老人が憤怒の形相を浮かべていた。

 

「大丈夫じゃねェっつってんだろうが!!! いいから早く店へ戻れ‼ 働け‼」

「しかし‼ 店長の体が…‼」

「てめェらおれを怒らすのか⁉」

「……‼」

「客にメシを食わしてやるのがコックだ!!! おれの店を潰す気か、ボケナスども!!!」

 

 若いコック達の心配も鬱陶しいと怒鳴りつけ、バラティエのオーナー・ゼフは砲撃の犯人に対して怒りを燃やす。

 

「連れてきました‼ オーナー‼ 犯人はコイツらです‼」

 

 しばらくすると、一人のコックがルフィとエレノアを担いで店主の元にやってくる。

 連れ込まれたエレノアはルフィに先んじて膝をつき、フードを取り払うと完璧な土下座の体勢で深々と頭を下げた。

 

「この度はうちのものが多大なご迷惑をおかけしましたことを深くお詫びします申し訳ございませんでした」

「すまん、おっさん」

「もっとちゃんと謝れボケェ!!! …本人にもしっかりと反省させます」

「…おい、お前海賊じゃなくてただのどっかの母ちゃんだろ」

 

 ガゴン、と容赦なくルフィの頭を殴りつけるエレノアに、ゼフは冷や汗を流しながら呟く。

 少なくとも荒くれ者には見えなかった。

 

「ず…ずびばぜんでじだ……」

「本人もこの通り反省して入ります。本来ならばお詫びの品や弁証と言った誠意をお見せする場なのでございましょうが、あいにく我々は航海を始めたての弱小海賊でございましてお渡しできるものが何一つなく………」

「もういいもういい…丁寧すぎてケツがかゆくなってきた」

 

 エレノアの話し方に疲れたのか、単に慣れていないのかゼフはうんざりした顔で手を振る。

 誠心誠意謝罪されていることはわかるが、性に合わない言葉遣いを受けても困るだけであった。

 

「金がねェんじゃ働くしかねェよな…」

「そうだな。ちゃんと償うよ」

「……ちなみに、どのくらいの期間に」

「1年間の雑用タダ働き‼ それで許してやる」

「「い…1年!!?」」

 

 思ったよりも高く代償がついたことに二人は驚きの声をあげる。

 だがエレノアは、諸々の慰謝料を省みて妥当だと諦める他になかった。何割かはフルボディのせいだが、あれはあれで仕事をしただけなのだから。

 が、この男は納得しなかった。

 

「1週間にまけてくれ」

「おいナメンな…人の店を砲弾で破壊し、料理長のおれに大ケガを負わせといて、たった1週間のただ働きで落とし前はつくめェよ…」

 

 強面の顔をさらに険しくするゼフに、エレノアはこれ以上怒らせるべきではないと諌めようとするが、長年の夢がかかっているルフィは一歩も引かなかった。

 そしてついには、心底お怒りの様子のゼフがノコギリを取り出してみせた。

 

「…よし小僧。そんなに時間が惜しいのなら、手っ取り早いケジメのつけ方を教えてやろう。足一本、置いてけや!!!」

 

 自分と同じように片足になったら許してやろうとうことか。

 流石に等価ではないだろうと冷や汗を流すエレノアは、困ったように目をそらした。

 

「あ…足1本と申されましても」

 

 ためらいがちに服の裾を持ち上げ、自分の金属の足をゼフに見せる。

 すると流石に驚いた様子のゼフが、大きく目を見開いてエレノアの足を凝視した。

 

「私もうこんなんですし」

「おお!!? …そ、そうか。そりゃ悪いことを…」

 

 初心者とはいえ海賊相手に凄んでいたゼフは、少女が思った以上の苦難を抱えていることを知って同情する。

 が、すぐに我に返った。

 

「って、おれァてめェに言ってんだよボケナス!!!〝料理長ドローップ〟!!!」

 

 しれっと場を流そうとしたルフィに、ゼフは怒りの一撃を食らわせる。

 しかしゼフの攻撃は、傷ついた店主の部屋には強すぎたようで、踏みつけたその場がめこっと沈み込んだ。

 

「ぬ」

 

 あ、しまった。

 そんな表情のまま、ゼフはルフィを踏みつぶしたまま床を踏み抜き、階下のダイニングへと勢いよく落ちていった。

 

「「ああああああ!!!」」

「…なんて元気なケガ人」

 

 片足とは思えない暴れっぷりを披露したゼフに、エレノアは戦慄の表情を浮かべて体を震わせる。

 しかしいくらなんでも一年は長すぎると、なんとか代価にできるものはないかと当たりを見渡し、ふと思いついた。

 

「……直せなくても、作りかえるぐらいはできるか。ちょっとぐらいは誠意を見せとかないとね」

 

 自分にできることといえば、そもそもこのぐらいのことでしかないのだとエレノアは苦笑する。

 リフォームリフォーム、とエレノアは両手のひらを合わせ、青い閃光を部屋中に走らせた。

 

「こんなもんか! よし」

 

 数分後、元の形とは大きく異なりながらも綺麗に作り直された部屋がそこにはあった。

 瓦礫から元の形を想像し、より豪華な仕様になるようにデザインした結果、万人が唸る内装に変えることができたとエレノアは満足げに頷いた。

 

 ―――海賊クリークの手下を逃がしてしまいました‼

   〝クリーク一味〟の手掛かりにと、我々7人がかりで、やっと捕まえたのに…!!!

 

 その時、自分の耳が階下で起こる騒ぎを捉える。

 気になる名前を聞いたエレノアは、眉間にしわを寄せて記憶を辿った。

 

「…クリーク?」

 

 不穏なことを聞いたと、エレノアは店の外側から下の様子を伺う。

 聞くところによれば、悪名高いクリーク海賊団の一人を七人がかりで捕らえたはいいが、尋常ではない生命力で逃げ出してきたらしい。

 しかしすでにボロボロの様子の彼は、バラティエのコックらしい逞しい腕の男に滅多打ちにのされてしまっているようだ。

 

「代金払えねェんなら、客じゃねェじゃねェか‼」

「いいぞコック‼」

「海賊なんてたたんじまえパティさん‼」

「客じゃねェ奴ァ消え失せろ!!!」

 

 客商売とは思えない形相と口調で海賊を叩き出したコックは、エプロンの端を持ち上げて客達の拍手喝采を受ける。

 いつもよくあることのようだ。

 

「さーどうぞ『お客様』どもっ‼ 食事をお続けくださーい‼」

 

 わっと歓声が上がり、乗客達はバラティエに喝采を送ると、また食事に戻っていく。

 エレノアは久しぶりに感じる恐怖に、ブルブルと肩を震わせた。

 

「……お、おっそろしい店だな、海賊より海賊みたい…オーナーさんにも逆らわないようにしとこ」

 

 よくもまあルフィはあの男に逆らったものだ。

 できるだけ早く贖罪を終えてこの船を降りたいものだ。割と切実に。

 

「…雑用一人で1年か。じゃあ私も合わせて半年…さっきリフォームした分で5か月…いや、4か月にしてもらえないか交渉するか」

 

 こういうことはどちらかといえばナミの方が得意そうだが、巻き込むのも気がひけるために今回はなし。

 いきなり前途多難だ、とエレノアは肩を落とすのだった。

 

 

 バラティエのコック・パティに蹴り出され、空きっ腹を鳴らしながらうずくまる海賊・ギン。

 空腹に苦しむ彼の前に、コトリとピラフが盛られた皿が置かれた。

 

「食え」

 

 そう言ってギンの隣に腰を下ろすのは、金髪にぐるぐるとぐろを巻いた眉が特徴的な若い男、バラティエ副料理長のサンジ。

 ギンは目の前に置かれた食べ物に目を輝かせると、飛びつくようにそれを口に掻き込んでいった。

 

「面目ねェ…‼ こんなにうめェメシ食ったのは…おれははじめてだ…!!!」

 

 温かく美味な料理を口に入れるたびに、ギンの目からはボロボロと涙がこぼれる。

 海賊として生きてきた、あくどいことばかりをやってきた彼にとってその暖かさは、苦しいくらいに幸せなものであった。

 

「……!!! 面目ねェ、面目ねェ‼ 死ぬかと思った…‼ もう、ダメかと思った…………!!!」

「クソうめェだろ」

 

 ただただ感謝の言葉しか出ないギンに、サンジは誇らしげに笑うのだった。

 

「………どうなることかと思ったけど、探し物は見つかったね」

「おう‼」

 

 二人の様子を見ていたエレノアは、ルフィに任せるように肩を叩く。

 同じく、離れた場所でその様子を見ていたゼフの元に行き、エレノアは姿勢を正した。

 

「オーナー、さっきの件なんですが…」

「…てめェがアレ、直したのか」

「あ…」

 

 少し慌てていたからだろうか、家主の許可なく勝手にリフォームを行ったと今更になって気づいた。

 真っ青になるエレノアを、ゼフはフンと鼻で笑った。

 

「見てくれは良くてもところどころ雑だ。修理費は確かに浮くが、あれじゃせいぜい二か月分ってところだ」

「………じゃあ!」

「あの小僧と一緒に5か月…‼ カッチリ働いてもらうぞ」

「はい‼」

 

 不敵な笑みを浮かべて背を向けるゼフに、エレノアは感謝の笑顔を見せる。

 天族としての姿を見せても何も言わないところをみるに、なかなか懐が広い人らしい。

 

「とりあえず、着替えはこっちで貸してやるから着替えて来い。

「はい! …って、あれ? オーナー? あんな荒くれどもばっかりのレストランなのに、なんで女子の制服が…」

「一応募集に性別は不問だったんだが、誰一人来なくてホコリをかぶってただけだ。数だけはあるからてきとうに選べ」

「りょ、了解…」

 

 それなりに願望はあったのだな、とエレノアはゼフの印象が少し変わるのを実感する。

 さて先ずは仲間に事情を説明しなければ、と歩き出そうとしたエレノアの耳が、また声を拾う。

 

 ―――行けよ、ギン…。

 ―――ああ…悪ィな、怒られるんだろ…。

    おれなんかにただメシ食わせたから。

 ―――なーに…。

    怒られる理由と証拠がねェ。

 

 皿が割れる音と、海に落ちる音が届き、エレノアはふっと笑みを浮かべる。

 荒くれ者しかいないレストランに、とんだお人好しがいたものだ。

 

「サンジ‼ 雑用‼ てめェらとっとと働けェ!!!」

 

 ゼフの怒号に急かされる二人を見やりながら、エレノアは期待に胸を膨らませる。

 思った以上の成果が得られそうだ。

 

「…彼の勧誘は任せたよ、ルフィ」



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第23話〝新入り二人〟

「今日からお世話になります、新入りの雑用のエレノアです。よろしくお願いします!」

「おれはルフィ‼ どうぞよろしく‼」

 

 荒くれ者のコック達を前に、大人の背丈となったエレノアは丁寧に、ルフィはいつも通り堂々と自己紹介する。

 ルフィはいつもの格好にエプロンを、エレノアは用意があった女性用のウェイトレスの格好に自前でフードを追加し、耳と尻尾と背中の翼が隠れるような改造を施していた。

 そんな彼らを待ち受けていたのは、戦場であった。

 

「3番のオードブルおまちっ‼︎」

「はいっ‼︎」

「6番のデザートまだか‼︎」

「あと20秒待って‼︎ 先に7番の前菜出しちゃおう‼」

「8番の注文取ったの誰だァ!!?」

「今運びまーす‼」

 

 注文に次ぐ注文、運んでも運んでも舞い込んでくるオーダーに汗だくになりながら、エレノアは修理費等のために奔走していた。

 

「いや〜使えるわあの新入り」

「店に手ェ出された時ァブッ殺してやろうかと思ったが、こんだけ動けるならこれからもいてほしいぐらいだ」

「あとかわいいしな」

 

 初めは歓迎していなかった気性の荒いコック達も、真面目でひたむきなエレノアにほだされてデレデレとした笑みを浮かべるようになっていた。

 男しかいない職場は、やはり誰もが辛かったらしい。

 

「あ、パティ! 5番のお客様はたまご使わないで。アレルギーあるから」

「なにィ⁉︎ わ…わかった‼︎」

「あと12番のお客様はデザートおまけしてあげて。プロポーズしそうな雰囲気」

「ちくしょう爆発しちまえ!!!」

「そして何より気配り上手で話し上手だ。今日一日で常連を3人も増やしちまった」

「マネできねェ…‼」

 

 同時に、相当な世渡りの能力を発揮する海賊の娘に、戦慄の目まで向けるようになっていた。

 その傍で、ルフィは暇そうに腰かけた椅子を傾けて遊んでいた。

 

「やることねェんなら皿でも洗ってろ雑用!!!」

「よしきた」

 

 袖捲りをして洗い場に向かうルフィに舌打ちしながら、コックの一人であるカルネは隣で魚をさばくパティに目を向けた。

 

「――しかしいいのかい、パティよォ」

「何が」

「さっきお前が店でボコボコにした野郎はクリークの一味の者だったそうじゃねェか」

「ああ、そんなこと言ってたな」

「もしかしてそれって〝首領・クリーク〟? 東の海で最強最悪って言われてる?」

「おう、それだそれ」

 

 オーダーを取ってきたエレノアが興味を示すと、カルネは待ってましたとばかりに語ってみせた。

 

「50隻の海賊船の船長達を総括する『海賊艦隊』の首領なんだからな、怪物なんだよまさに‼」

「総数5千人を越える大艦隊なんだっけ? 所詮は数だけそろえた烏合の衆じゃないの?」

「だが、例えばさっきの野郎がこのレストランであんな目に遭ったとクリークに伝えたとしたら、象の大群がアリでも踏み潰すかのように、このレストランはミンチにされちまうだろうな」

「じゃあ、あの男にゃおとなしく御馳走してやった方がよかったのかい。それじゃあほかの『お客様』に失礼だろうが‼ 海上レストラン『バラティエ』名物、戦うコックさんの名が泣くぜ!!!」

「私もそう思うよ」

 

 わざとビビらせるような説明をするカルネにパティは胡散臭そうに鼻で笑い、エレノアもジト目で同意する。

 

「大艦隊って言ったって、一人ひとりが象ほどの脅威があるとは思えないな。そんなにやばい勢力なら、すでに〝偉大なる航路(グランドライン)〟で頭角を現していたっておかしくないと思うし」

「それ見ろ、おれ達が今まで一体どれだけの海賊どもを追い払ってきたと思ってんだ?」

「頼もしいね」

 

 パティが大きな腕で力こぶを作ると、よく言ったとエレノアも不敵な笑みを浮かべる。

 その裏では、パリンパリンと甲高い音が連続で鳴り続けていた。

 

「んでてめェは何枚皿割ってんだよ!!!」

「あ、わりい。数えんの忘れてた」

「それを謝んのかっ‼」

 

 別の洗い物を命じられるルフィに、呆れた目を向けるエレノア。

 そこへ、パティが小さく耳打ちしてきた。

 

「おい新入り、張り切ってくれんのはありがたいが、サンジに目ェつけられねェように気ぃ付けろよ」

「なんで? 紳士っぽかったけど」

「女癖が悪ィんだよ。今も店内(ダイニング)で客くどいてるぐらいだしな」

「またか…‼ だいたい俺はあいつが〝副料理長〟やってることだけでムナクソ悪ィんだ」

「しょうがねェよ。あいつは店一番の古カブなんだから」

「…そんなに長くいるんだ」

 

 かなり若かったために勘違いしていたが、意外と年季が入っているのだなと驚く。

 ということは相当幼い頃からこの店にいるということか。

 

「熱ぢい!!!」

「厨房から出てってくれェ!!!」

「すみませんすみませんウチのアホがほんとにすみません」

 

 その横で、使ったばかりを大鍋を洗おうとして手を焼かれ、のたうちまわるルフィにコック達から怒号が飛ぶ。

 エレノアはもう、平謝りする他になかった。

 

「あんたはもういいから、注文取ってきて。お客が何を食べたいのか聞いてくる、これだけ」

「むい」

「ちゃんとパティが教えたように接客するのよ‼」

「わかった」

 

 不器用な上に馬鹿力なこの男には、もう厨房で任せられる仕事はないと、エレノアはダイニングに追い出す。

 そこはかとなく漂う疲弊感に、パティは思わずエレノアの肩を叩いていた。

 

「…苦労してるな、お前」

「いっつもこんな感じさ………もう慣れたよ」

「……ちょっとだけつまみ食いしてけ、オーナーには黙っとくから」

 

 できたての料理を少しだけよそってくれるカルネに、エレノアは不覚にも泣きそうになった。

 その向こうで、今度はルフィが客と大騒ぎしている声が聞こえてきた。

 

「な…‼ 何てことするんだお前はァ」

「てめェが何てことするんだ!!!」

 

 厨房に重たい沈黙が降りる。

 全員が新入りウェイトレスに同情の眼差しを抜け、いたたまれなさそうに顔を歪める。

 がっくりと肩を落としたエレノアは、くっと涙をこらえて厨房を後にした。

 

「…………すみません、行ってきます!!!」

「カルネ…‼ おれァあいつが不憫でならねェ…!!!」

「あとでうまいまかない食わせてやろう、な?」

 

 気苦労の絶えないエレノアを目の当たりにし、パティは男泣きする。

 なんであんな船長について行っているのか、疑問でしかなかった。

 

「あんたは一体何やってるの!!? …ってああ、みんなか」

「あ、エレノア! その制服かわいいじゃない!」

「コイツと一緒に半年ってのはさぞ大変だろうなァ…」

「もっと叱ってやってくれ。このアホおれに鼻くそ飲ませようとしやがって」

 

 騒ぎの聞こえた方に行ってみれば、ルフィが注文を受けに行っていたのは仲間達の席だった。

 みんな雑用期間で足止めを食らうことに文句はなさそうではあったが、エレノアは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

「なんかホントごめんねー。こんなことになっちゃって」

「そんなに落ち込むことはないよエンジェル…むしろ君が犯した罪のお陰で、僕らはこうして出会う事が出来たのだから」

「ん?」

 

 肩を落として謝罪するエレノアの腰を、甘ったるい声をかけながら一人の男が抱いてきた。

 

「君の話は聞いているよエレノアちゃん……横暴な船長とあのクソジジイのために、ここに縛り付けられてしまったんだろう? 可哀想に…でも安心して。僕がいる限り、君に孤独なんて許さないから♡」

 

 気障ったらしい言葉でエレノアを慰める、副料理長サンジの姿がそこにはあった。

 デレッデレに緩んだ顔で、エレノアとナミのいるテーブルに口説きにやってきたのだ。

 

「ああ海よ、今日という日の出逢いをありがとう。ああ恋よ♡ この苦しみにたえきれぬ僕を笑うがいい。僕は君達となら海賊にでも悪魔にでもなり下がれる覚悟が今できた♡ しかしなんという悲劇‼ 僕らにはあまりに大きな障害が‼」

「サンジくん…ブレないね、君」

「障害ってのァ、おれのことだろうサンジ」

 

 エレノアが呆れていると、雷のように低い声がかけられる。

 料理長ゼフの登場に、サンジはげっと忌々しげに顔を歪めた。

 また小言を言われるのかと思えば、ゼフの口から出てきたのは驚きの一言であった。

 

「いい機会だ、海賊になっちまえ。お前はもうこの店には要らねェよ」

 

 その言葉にサンジは目を見開き、すぐに怒りに顔を歪めた。

 エレノアも驚き、その場に立ち尽くしてゼフとサンジを交互に凝視した。

 

「…おいクソジジイ。おれは、ここの副料理長だぞ。おれが、この店に要らねェとはどういうこった‼」

「客とは、すぐ面倒起こす。女とみりゃすぐに鼻の穴ふくらましやがる。ろくな料理も作れやしねェし、てめェはこの店にとってお荷物なんだとそう言ったんだ」

 

 今にも噛みつきそうな勢いでサンジが反論すると、ゼフはそれ以上に忌々しそうに吐き捨てる。

 

「知っての通りてめェはコックどもにケムたがられてる。海賊にでも何にでもなって早くこの店から出てっちまえ」

「何だと、聞いてりゃ言いてえこと言ってくれんじゃねェかクソジジイ!!! 他の何をさしおいてもおれの料理をけなすとは許さねェぞ‼ てめェが何を言おうとおれはここでコックをやるんだ‼ 文句は言わせねェ!!!」

料理長(オーナー)の胸ぐらをつかむとは何事だ、ボケナス!!!」

「うわ‼」

「おっとっと!」

 

 ゼフに掴みかかったサンジだが、ゼフの背負い投げによってテーブルの上に叩きつけられる。

 とっさにエレノアが手を伸ばし、犠牲になりかけた料理をとって避難させた。

 

「てめェが、おれを追い出そうとしてもな!!! おれは、この店でずっとコックを続けるぞ!!! てめェが死ぬまでな!!!」

「おれは死なん。あと100年生きる」

「……オーナーならホントに生きてそうなのが怖いな」

「口の減らねェジジイだぜ………‼」

 

 背を向けるゼフに宣言するも、ゼフはもう振り返りもしない。

 肩を怒らせていたサンジだったが、心配そうに見つめてくるエレノアに気づくとすぐに表情を変えた。

 

「ごめんよ、エレノアちゃん…怖いもの見せちゃって。あのジジイにはあとできつく言っとくからさ」

「なに言ってんの。こちとら海賊だよ? あれより恐いものなんてもっとたくさん目にしてきたんだから」

「でもこれで許しが出たな。これで海賊に」

「なるか‼」

「はいはい、もういいから! ルフィもサンジくんもさっさと注文取りに行って」

 

 使い物にならないテーブルを片付けながら、エレノアは二人に元の業務に戻るように告げた。

 が、席を移動した先でまた問題が起きた。サービスと言ってデザートをつけてもらったナミが、色っぽい表情でサンジに迫り始めたのだ。

 

「ところでねえ、コックさん?」

「はい♡」

「ここのお料理、私には少し高いみたい」

「もちろん‼ 無料(ただ)で♡」

 

 簡単に色仕掛けに乗るサンジに、エレノアは呆れて深いため息をつく。

 パティの言っていた通り、女性にはとことん甘い性格のようだ。逆にゾロやウソップには微塵も気遣いなどしていない。

 流石に、これ以上は見逃せなかった。

 

「サンジくん。その料理の分、君のお給料から天引きしとくからね」

「うっ!!! お…お金のことになると急にシビアになるね、エレノアちゃん……」

「〝等価交換〟だからね、ビタ壱文容赦はしないよ」

「…そのそっけない所も素敵だよ」

 

 バッサリとサンジの給料カットを宣言し、エレノアは注文を厨房に運ぶ。

 ことに金勘定で彼女は容赦をするつもりはなかった。

 そんな、年上であろうが男相手だろうが臆することのないエレノアに、ゼフは思わず唸り声をあげていた。

 

「おい雑用。タダ働き一週間にまけてやるから、お前んとこのあの娘うちにくれ」

「いやに決まってんだろ。何言ってんだおっさん」

 

 横暴な提案を、テーブルで茶を飲んでいたルフィは即座に拒否する。

 厨房からは、コック達の期待の眼差しが刺さりそうなほどに送られていたが、その要求は流石に飲むことはなかった。

 

「ところでてめェは何をくつろいでんだ雑用っ!!!」

 

 無論、サボっていたルフィはサンジに容赦のないかかと落としをくらっていた。

 エレノアは自由の日はいまだ遠いことを感じ、深いため息をつくのだった。



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第24話〝戦うコック〟

 ルフィとエレノアのバラティエでの日々が始まって、数日後のこと。

 店内は、慄きとざわめきでいつもとは違う騒がしさを見せていた。

 

「ドクロの両脇に、敵への脅迫を示す砂時計……とーとー来たかァ。〝首領(ドン)・クリーク〟の海賊船」

 

 徐々に近づいてくる海賊旗に、エレノアは目を細めながら呟く。

 その一言で、バラティエは一層大きくざわめき始めた。

 

「見ろパティ‼ マジで来ちまった‼ 追い払ってくれるんだろうな!!!」

「ま…まさか間違いじゃねェのか!!? 兵力五千人の海賊艦隊の首領(ドン)だろ…!!? たった一人の部下の仕返しのために、わざわざ来るわけ…」

「来てるんだよ、間違いなくその船が!!!」

「そうとは思えないな」

 

 まさか自分のせいではあるまいかと真っ青になるパティだが、エレノアは冷静なまま呟く。

 というか、やや困惑気味にクリーク海賊団の船を見つめていた。

 

「何言ってやがんだ!!? 現にあんなデカい船が…‼」

「うわさに聞くクリークの性格から考えても、部下をそこまで大切にする男には思えない……むしろその逆で、瀕死の部下一人平気で見捨てる残虐な奴だと思う。……何よりも」

 

 エレノアの視線の先にあるのは、艦隊とは名ばかりのたった一隻の巨大な船。

 そかもその船体は深い裂傷が刻まれ、幽霊船と見間違えそうなほどに哀れな姿をさらしている。

 

「あんなボロボロの船一隻で、仕返し?」

 

 獣の形をした船首は半分がえぐられ、別種の恐怖を抱かせるが、やはりどう見ても普通の状態ではない。

 いつ沈んでもおかしくないように見えた。

 

「あれほどの巨大ガレオン船が、ああもいためつけられるなんて…」

「まず人の業じゃねェ…なんかの自然現象につかまっちまったんだろう」

「確かにそう見えるけど…でも、なんだろあの傷」

 

 サンジの分析も、帆の状態を見る限り大体は正しいとエレノアは思う。

 しかし船体に刻まれた傷跡は、暴風雨で傷ついたにしては断面が綺麗すぎる気がした。

 

「斬撃の痕みたいだ」

 

 それができる人間(・・)を一人知っているが、"偉大なる航路(グランドライン)”でもないこんな田舎の海に出向いてくるとは思えず、ますます疑問がつのった。

 そうこうしているうちに、ガレオン船から二人の男がバラティエに渡ってきた。

 現れたのは、以前バラティエを訪れたギンと、彼に支えられる大男。おそらくは海賊艦隊の首領クリークと思われた、が。

 

「すまん…水と…メシを貰えないか…、金ならある、いくらでもある…」

 

 その声はあまりにも弱々しく、ギンに支えられてやっと立っているくらいに衰弱しきっていた。

 

「な……………」

「なんだありゃ…威厳も迫力もねぇ、あれがクリークか?」

 

 その姿からは、東の海を震撼させたおそろしき海賊であるなど考えられず、コックや乗客達に動揺が走る。

 

「…頼む、水と食料を…‼」

「お願いだ‼ 船長を助けてくれ‼ このままじゃ死んじまうよ!!!」

 

 倒れこむクリークに寄り添い、懇願するギンだが、誰一人として手を貸そうとはしない。

 腫れ物を見るかのように、冷たい目を向けるだけであった。

 

「はっはっはっはっはっはっはっはっ!!! こりゃいい‼︎ 傑作だ‼︎ これが あの名だたる大悪党〝首領・クリーク〟の姿か‼︎」

「今度は金もあるんだぜ‼︎ おれ達は客だ!!!」

「すぐに海軍に連絡をとれ‼︎ こんなに衰弱し切ってるとは政府にも、またとねェチャンスだろう!!! 何も食わせるこたァねェぞ‼︎ 取り抑えとけ‼︎」

「そうだ‼︎ そいつが元気になった所で何されるかわかりゃしない‼︎」

「日頃の行いが悪いんだ、ハラすかして死んじまえ‼︎」

「死んで当然だ。そいつはそれだけのことをやってきた‼︎」

「クリークを復活させたら、まずこの店を襲うに決まってる‼︎ 一杯の水すら与えることはねェ‼︎」

 

 パティに賛同し、客達からも罵倒の声がぶつけられる。

 どんなに衰弱していても、助けることなどあり得ないと思うまでに、クリークの悪名は知れ渡っていた。

 

「…悪いけどさ、あんたの気持ちはよくわかるよ。……でもそのクソ野郎のことだけは信用できない」

「………‼︎ あんた…」

「〝ダマし討ち〟のクリーク……海兵になりすまし、海軍の船上で上官を殺し、その船を乗っとることで海賊としてののろしを上げた凶悪な男……‼︎」

 

 他の客と同じように、冷めきった目で顔を伏せるクリークを見下ろすエレノアに、ギンはなおもすがるような目を向ける。

 しかし、クリークの所業を知っているエレノアに、そんな眼差しは意味がなかった。

 

「時には〝海軍旗〟をかかげて港に入り町や客船を襲い、〝白旗〟を振って敵船に襲いかかったり……勝ち続けるためだけに手段を選ばない、仁義も何も持ち合わせてない最低の男だよ」

「何もしねェ、食わせてもらったらおとなしく帰ると約束する…‼︎ だから頼む…助けてくれ…!!!」

「断る。どんな甘い考えで、命乞いする海賊が助けてもらえると思ってるの?」

 

 震える体で土下座し、恥も何もかも捨てて懇願するクリークにもエレノアは容赦無く、吐き捨てるだけだった。

 

「わたし達は世の嫌われ者……あんただって散々あくどいやり方で生きてきたんだ。それにふさわしい最後くらい覚悟できなきゃ、あんたは三流以下だよ」

「お願いしますから………‼︎ 残飯でも何でもいいですから…‼︎」

「首領…………‼︎」

 

 船長の情けない姿に、ギンは苦しげに顔を歪めて涙を流す。

 その哀れな姿に、乗客達からも悲痛な表情が向けられるも、エレノアは頑として睨みつけたままであった。

 

「けっ、新入りの辛辣さにゃ同情するが、土下座なんぞ意味ねェっての…‼︎」

「おい、そこをどけ。パティ」

 

 流石にちょっと厳しすぎやしないかと眉間にシワを寄せるパティが、突然真横にぶっ飛ばされた。

 邪魔なコックを蹴り飛ばしたサンジは、以前と同じようにできたての料理を盛った皿をギンに渡した。

 

「ほらよ、ギン。そいつに食わせろ」

「サンジさん‼︎」

 

 ギンから料理を受け取ったクリークは、人目も憚らず、行儀悪く素手でかき込む。

 ボロボロ涙をこぼしながら、空腹の痛みが癒されていく感覚を堪能した。

 

「すまん…!!!」

「ちょっとサンジくん!!?」

「おいサンジ!!! すぐに、そのメシを取り上げろ!!! てめェ、そいつがどう言うやつか新入りの話を聞いてなかったのか!!?」

 

 見過ごせないとエレノアが怒鳴り、カルネがエレノアに賛同する。

 

「この男、本来の強さもハンパじゃねェ…‼︎ 飯食ったらおとなしく帰るだと? こいつに限ってありえねェ話だ。そんな外道は見殺しにするのが、世の中のためってもんだ!!!」

 

 カルネが言い切った瞬間だった。

 料理を全て平らげたクリークが、恩人であるはずのサンジに強烈なラリアットを喰らわせたのだ。

 

「だから言ったのに……案の定やってくれるじゃない、死に損ないの恩知らずが」

 

 吹っ飛ばされるサンジに、エレノアは呆れたため息をつく。

 とっさに跳んで距離を稼ぎながら、クリークが噂通り、いや噂以上の外道であったことに怒りを燃やした。

 

「いいレストランだ。この船をもらう」

「言わんこっちゃねェ‼︎ これがクリークなんだ!!! この船をもらうだと!!?」

「うちの船はボロボロになっちまってな、新しいのが欲しかったんだ。お前らには用が済んだらここを下りてもらう」

 

 恩義も何も抱いていない、傲慢な要望にバラティエに緊張が走る。

 食料を要求しただけでは飽き足らず、船まで奪おうというのか。

 その間にエレノアはバラティエの裏手に回り、一般人の客達を裏口から誘導していた。

 

「はーい、落ち着いて船にお乗りくださーい。押さないで押さないで〜。落ち着きましたらまた海上レストラン・バラティエをご利用くださ〜い」

「言ってる場合かァ⁉︎ この船を奪われるかもしれねェんだぞ!!?」

「何? じゃあみすみす明け渡すっての?」

「うっ……い、いや…そんなつもりは毛頭ねェが………‼︎」

 

 ジト目でいうと、コックは気まずそうに目をそらす。

 一方で無茶な注文に怒りを燃やすカルネ達は、断固とした態度でクリークに向き合っていた。

 

「この船を襲うとわかってる海賊を、あと百人おれ達の手で増やせってのか…⁉︎ 断る!!!」

「断る…? 勘違いしてもらっちゃ困る。おれは別に注文してるわけじゃねェ、命令してるんだ。誰も、おれに逆らうな!!! それとだ……そこにいる女。そいつをこっちによこせ」

 

 さらにクリークは、誘導を言えて戻ってきたエレノアを指差した。

 半分以上聞いていなかったエレノアは目を丸くし、コック達は驚愕の表情でクリークを凝視した。

 

「その女はおれをさんざんバカにしてくれやがった……この、おれにたてつきやがった……!!! 見せしめにぶっ殺してやりてェが、その前に色々と使わせてもらうとしよう」

「なんだと………⁉︎」

「辛いだろうなァ……溜まりに溜まってる百人以上の野郎の相手(・・)をするのは。ブッ壊れようが死んじまおうが解放する気はねェがな……!!!」

 

 下卑た笑みを浮かべてエレノアを見つめるクリークに、彼女を気に入っているコック達の怒りが集まる。

 それは無論、サンジも同じであった。

 

「……クソ外道が」

「サンジさん、すまねェ…おれは…こんなつもりじゃ…」

 

 ギンにとっても、今回のことは予想外の事態であったらしい。

 申し訳なさそうにうつむく彼を、流石にエレノアも責めるわけにはいかなかった。

 するとサンジは、よりよろとややおぼつかない足で立ち上がった。

 

「てめェは…‼︎ なんて取り返しのつかねェことしてくれたんだ………! おい、どこへ行く、サンジ‼︎」

「厨房さ。あと百人分、メシを用意しなきゃならねェ」

「なにィ!!?」

 

 サンジの答えに、パティ達は驚きの声を上げる。

 厨房に行こうとするサンジを取り囲み、コック達は銃を構えて止めた。

 だがサンジは、それを敢えて受け入れるように胸を張った。

 

「わかってるよ…相手は救いようもねェ悪党だってことくらい…。でもおれには関係ねェことだ。食わせて、その先どうなるかなんて考えるのも面倒くせェ…………」

 

 思わずエレノアの眉間にしわがよるが、一応の言い分は聞こうと我慢する。

 するとサンジはわかっているというように頷き、エレノアとまっすぐ向き合った。

 

「あいにくうちのウェイトレスを渡すつもりはさらさらねェが、メシは別だ……食いてェ奴には食わせてやる!!! コックってのは、それでいいんじゃねェのか!!!」

「………それがあんたの矜持ってことか」

 

 誰かに理解されなくとも、譲れない思いがあることを察したエレノアは、売られたと勘違いしたことを恥じる。

 固い意志を持った彼をじっと見つめ、ニッコリと微笑みを浮かべた。

 サンジの股間を思いっきり蹴り上げながら。

 

「でも寝てろ」

「サンジィ―――――!!!」

 

 泡を吹いて倒れるサンジに、コック達が銃を捨てて慌てて駆け寄る。

 確かに殺してでも止めるつもりではあったが、あのような止め方をされたサンジを放っておくわけにはいかなかった。

 

「私は自分を渡す気はないし、敵に情けをかける気もない。……食いたいなら、食後のデザートだけでもたらふく食わせてやるよ‼︎」

 

 エレノアはその場でブーツを脱ぎ、自身の鋼の足をさらしながら構える。

 思わぬものの登場に、パティ達や気絶しかけていたサンジは目を見開いた。

 

「んなァっ…!!?」

「エレノアちゃん…その足………!!?」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべた瞬間、エレノアの義足の膝部分から一発の砲撃が飛び出す。

 流石に驚いたクリークにその一撃が炸裂し、バラティエのドアを粉砕しながら思いっきり吹き飛ばした。

 

「や、やるじゃねェか新入り…‼︎」

「いっけね、扉壊しちゃった…オーナーに怒られちゃうな」

「なに、店を守るためだ。小せェ被害さ…」

 

 ガシャン、と義足を戻すエレノアをコック達が讃える。

 だが、壊れた扉から立ち上る煙の中から起き上がった影に、その場にいた全員が言葉を失った。

 全身を金色の鎧で覆ったクリークが、苛立たしげに顔を歪めて立ち上がったのだ。

 

「やってくれたなクソ女…‼︎ クソマズいデザート出しやがって、最低のレストランだぜ…………」

「う!!! ウーツ鋼の鎧!!?」

「くだらねェ小細工を…‼︎ たたみかけろ!!!」

「オオッ‼︎」

「ま、待って‼︎ むやみに突っ込んだら……!!!」

 

 今度は自分たちの番だと、パティ達が武器を手に躍りかかる。

 クリークは不機嫌そうに鼻を鳴らし、鎧の各部を展開させると、そこからいくつもの銃口を露出させた。

 

「うっとうしいわァ!!!!」

「うわああああ!!!!」

 

 クリークの全身から発射される銃弾の雨にさらされ、コック達は重傷を負う。

 エレノアもまた被弾し、勢いを受けてテーブルに激突した。

 

「あぐっ‼︎」

「エレノアちゃん‼︎」

「……なっ、なんつー野郎だ…‼︎ 全身武器とは……‼︎」

「虫ケラどもが…この、おれに逆らうな…‼︎ おれは最強なんだ!!! 誰よりも強い鋼の腕‼︎ 誰よりも硬いウーツ鋼の鎧!!! 全てを破壊するダイヤの拳!!! 全身に仕込んだあらゆる武器!!! 50隻の大艦隊に五千人の兵力!!! 今まで全ての戦いに勝ってきた‼︎ おれこそが首領(ドン)と呼ばれるにふさわしい男!!!」

 

 過剰なほどの武器を備えた我が身を見せつけ、吠えるクリーク。

 力を見誤ったコック達に動揺が走る中、クリークはなおも逆らった者達に凄んでいた。

 

「おれが食料を用意しろと言ったら黙ってその通りにすればいいんだ!!! 誰も、おれに逆らうな!!!!」

「だから…聞くわけないってさっきから言ってるでしょうが」

 

 不機嫌そうにエレノアは立ち上がり、クリークを睨みつける。

 立ち上がった際に、彼女の義足からポロリと銃弾が落ち、そのまま踏み潰される。

 まだやってやるという無言の意思表明であったが、そんな彼女の前に立ちはだかる人影があった。

 

「新入り、挑発するのもそれくらいにしておけ」

「! オーナー・ゼフ…」

「百食分はあるだろう……さっさと船へ運んでやれ…」

 

 大きな袋に詰めた食料を床に置き、ゼフはクリークを見やる。

 鬱陶しそうに腕を組むその姿に、エレノアは我慢できずに詰め寄っていた。

 

「どういうつもりですか……敵に塩を送るような真似…本当にこの店乗っ取られますよ」

「その戦意があればの話だ…なァ〝偉大なる航路(グランドライン)〟の落ち武者よ…」

「…!!? まさか…」

 

 ゼフの言葉に、エレノアはハッとした様子でクリークとギンを見つめる。

 傷ついた船、衰弱した船長、一人も現れない船員、いくつもの要素が、ゼフの一言で一つに重なった気がした。

 そして、ガレオン船があのような傷を負った原因も。

 

「貴様は…〝赫足〟のゼフ」

 

 一方で、ゼフの顔と名を目の当たりにしたクリークは、その表情を驚愕に固めていた。



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第25話〝落ち武者〟

 クリークがこぼした二つ名に、エレノアはまたも目を見開いた。

 

「〝赫足〟のゼフ……⁉︎ あの…蹴り技の達人……!!?」

「噂に聞いた海難事故で、死には至らずともその大切な足を失ったとみえる。貴様にとって片方の足を失うということは戦闘不能を意味するハズだ」

「戦闘はできなくとも料理ができる、この両手があればな。てめェ、何が言いてェんだ。はっきり言ってみろ」

 

 嘲りの言葉も気にした様子はなく、ゼフはクリークを睨みつける。

 クリークもまた悪名高い元同業者を前にしながらも、見下した調子を崩さずに告げた。

 

「〝赫足〟のゼフ、お前は、かつてあの悪魔の巣窟〝偉大なる航路(グランドライン)〟へ入り、無傷で帰った海賊(おとこ)。その期間丸一年の航海を記録した『航海日誌』をおれによこせ!!!」

「…………!!!」

 

 傲慢で身勝手な要求に、エレノアの表情に嫌悪感が浮かぶ。

 冒険の知識と経験を記載した、血と汗の結晶たる航海日誌を求めるなど、本当にこの男に矜持はないらしい。

 

「『航海日誌』か。確かに…おれの手元に、それはある。だが、渡すわけにはいかんな。航海日誌はかつて航海を共にした仲間達全員とわかつ我々の誇り、貴様にやるには少々重すぎる!!!」

「ならば奪うまでだ!!! 確かにおれは〝偉大なる航路(グランドライン)〟から落ちた‼ だが腐っても最強の男〝首領・クリーク〟。たかだか弱者共が恐れるだけの闇の航路など渡る力は充分にあった‼ 兵力も‼ 野心も‼ 唯一つおしむらくは『情報』!!! それのみがおれには足りなかった!!!」

 

 クリークのその言葉は、〝偉大なる航路(グランドライン)〟そのものに対する不満に思えた。

 ある種の責任転嫁のようなその態度に、エレノアは完全にクリークを格下だと判断した。

 

「ただ知らなかっただけだ。航海日誌はもらう、そしてこの船も‼ 手土産にまずはその女を奪ってやる。せいぜい日々のうるおいに役立ってもらうぞ!!!」

「…ほんっと、バカだね」

 

 深い深いため息をつき、エレノアは自分のフードとケープを外す。

 それらを勢いよく放り捨てると、露わになった翼を広げて牽制してみせた。

 

「あんたごときに私はもったいないっての‼︎」

「んなっ……!!?」

「何ィ―――――!!?」

 

 ゼフとルフィを除く、エレノアの正体を初めて知った者たちが驚愕の声を上げる。

 クリークもまた大きく目を見開き、信じられないといった様子でエレノアを凝視していた。

 

「…本物か…⁉」

「ふはっ……はははははは!!! なんてこった、ここにきてようやくツキが巡ってきたようだぜ‼︎ まさか天族まで手に入るなんてな!!!」

「へぇ? 無知なくせに私のこと知ってるんだ」

「知らない奴らがこの海にいると思うか!!? 血肉を食らえば不老不死になる伝説の種族…!!! さすがにまゆつば物だと思っていたが、実在していたとはおれは運にも恵まれているらしいな!!!」

 

 間違った知識を堂々とさらすクリークに、エレノアは呆れかえる。

 以前からこういう勘違いした輩とは遭遇することはあったものの、ここまで馬鹿な姿をさらすものはいなかったはずだ。

 

「『航海日誌』に『不死の力』!!! それさえあればもうおれに恐れるものはねェ!!! 今度こそ…おれが〝偉大なる航路(グランドライン)〟を制して〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟を……!!!!」

「黙れド素人」

 

 雷のように低い、怒りを押し殺した声に、クリークの笑い声が途切れる。

 射殺せそうなほどに縦に鋭く裂けたエレノアの瞳孔がクリークを見据える。ここまであの海をバカにしている姿を見ると、逆に同情の念さえ湧いて来そうだった。

 

「お前のような世間知らずのクソガキに…あの海に挑む資格はない。知らなかっただけ? 知っていたらあの海を渡れたとでも? あんたに足りていないのは知識でも兵力でもない‼ その足りないおつむだよ!!!」

「てめェ…‼」

 

 ふつふつと怒りを煮えたぎらせ、額に血管を浮き立たせるクリークを放置し、エレノアは自身の豊かな胸に手を当てる。

 この身体をクリークなどに渡すなど、天地がひっくり返ってもあり得ないと思っていた。

 

「私のこの身体は……!!! 髪一本血の一滴に至るまですでに売却済みだザマーミロ!!!」

 

 仁王立ちし、人目もはばからずにそんなことを告げるエレノアに、全員の視線が集まる。

 痛々しいくらいに空気が静まり返り、若干の呆れをはらんだ驚愕の視線が突き刺さった。

 

「…ここで言うことか」

 

 ゼフが思わずそうつぶやくと、エレノアもちょっと恥ずかしかったのか黙り込む。

 その後ろで、がっくりと膝をついたサンジが血反吐を吐きそうな勢いで項垂れていた。

 

「ウソだろエレノアちゃん…⁉」

「売却って…」

「まさか!」

「いやいや、おれじゃねェよ」

 

 パティやカルネの視線がルフィに集まるが、当の本人はぶんぶんと首を振ってその可能性を否定する。

 何となくコックたちに安堵が広がる中、クリークはエレノアの爆弾発言を気にした様子もなく、フンと鼻で笑って見せた。

 

「お前がどこの誰のものだろうとおれには関係ねェ…‼ おれが奪うと言ったら奪う…‼ てめェはおれのものだ!!!」

「…オーナー、暴れますけどいいですよね?」

「好きにしろ。さすがにあんだけ言われちまったらおれも我慢の限界ってものがある」

 

 女を道具か何かとしか見ていないクリークに、能面のように無表情になったエレノアが指を鳴らす。

 元海賊のゼフも思うところがあり、多少の店への被害は仕方がないと迷わず許可を出した。

 

「ちょっと待て‼ エレノアはお前なんかに渡さないし、海賊王になるのも、おれだ」

「な…雑用っ‼」

「おい、引っ込んでろ。殺されるぞ‼」

「引けないね、ここだけは」

 

 そんな会話で自分を無視するなと言わんばかりに、ルフィが前に出る。

 ただの雑用が話に割って入ったことに、クリークは不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。

 

「何か言ったか、小僧。聞き流してやってもいいんだが」

「いいよ、聞き流さなくて。おれは事実を言ったんだ」

「遊びじゃねェんだぞ」

「当たり前だ」

 

 凄まじい殺気をぶつけるクリークと、それを柳のように受け流し、不敵な笑みを浮かべるエレノア。

 そこへ、コックたちとは違うささやき声が響いてきた。

 

「さっきの話聞いてたろ、あのクリークが渡れなかったんだぞ。な! 悪いことはいわねェよ。やめとこうぜ! あんなとこいくの!」

「うるせェな、お前は黙ってろ」

 

 エレノアとルフィが視線を向ければ、慌てた様子のウソップがゾロに詰め寄っている。

 また食事を楽しみに来たのに、今回の騒動で足止めを食らっていたらしい。

 

「戦闘かよルフィ、手をかそうか」

「ゾロ、ウソップ。いたのか、お前ら」

「別にいいよ、座ってて」

 

 その会話から、クリークは二人がルフィの手下だと判断する。

 たった二人しか仲間がいないことに、クリークの表情に嘲笑が浮かんだ。

 

「……ハ…ハッハッハッハッハッハッハッハ。そいつらはお前らの仲間か、ずいぶんささやかなメンバーだな‼」

「何言ってんだ、あと二人いる‼」

「おい、お前それ、おれを入れただろ」

「ナメるな小僧!!! 情報こそなかったにせよ、兵力五千の艦隊がたった七日で壊滅に帰す、魔海だぞ!!!」

 

 クリークが発した事実に、バラティエに動揺が走る。

 恐ろしき海だとは聞いていたが、それほどまでの戦力が数日で退く羽目になったなど、信じられなかった。

 

「な…七日!!?」

「クリークの海賊船団がたった七日で壊滅だと!!?」

「一体、何があったんだ………‼」

「きィたかおいっ‼ 一週間で50隻の船が」

「面白そうじゃねェか」

「…むしろ私からしてみれば、よくあんたたちごときが七日もったと思うよ」

 

 コックたちやウソップはおののくも、〝偉大なる航路(グランドライン)〟を甘く見ている節のあるクリークに対し、エレノアの視線は冷たかった。

 

「無謀というにもおこがましいわ‼ おれは、そういう冗談が大嫌いなんだ。このまま、そう言いはるのならここで待て。この場で、おれが殺してやる‼」

 

 クリークはそう言うと、ゼフが用意した食料袋を背負って店を後にする。

 項垂れているギンを放置し、エレノアに向けてにやりと憎たらしい笑みを浮かべて見せた。

 

「…いいか、貴様ら全員に一時の猶予をやろう。おれは今からこの食料を船に運び、部下共に食わせてここへ戻ってくる。死にたくねェ奴はその間に店を捨てて逃げるといい。おれの目的は航海日誌とこの船とその女だけだ。もし、それでも無駄に殺されることを願うなら、面倒だがおれが海へ葬ってやる。そう思え。お前は、別れのあいさつでも済ませておけ…」

 

 そう言い残し、去っていくクリークの背を見送り、バラティエには重い沈黙が下りる。

 しばらくして、不甲斐なさにうずくまるギンが震える声を漏らした。

 

「……‼ サンジさん、すまねェ‼ …おれは、まさか…、こんなことになるなんて………‼ おれは………」

「おい、てめェが謝ることじゃねェぞ、下ッ端。この店のコックがそれぞれ、自分の思うままに動いた。ただ、それだけのことだ」

 

 ギンを擁護したのは、意外にもゼフだった。

 海賊に料理を出そうとしたサンジを叱らなかったり、自ら食糧を差し出したりと、この料理人の考えは読み取りづらかった。

 そんな中、エレノアは呆れた様子でギンを見下ろしていた。

 あんな船長についていく者もそうだが、艦隊が全滅するほどの被害を受けてもまだ向かおうとしているクリークにはあきれるほかにない。

 

「しっかし、七日も航海してあんたたちは何を学んできたのさ? ただ兵力をそろえただけじゃ渡れる海じゃないってわかってもいいでしょうに」

「……………‼ わからねェのは事実さ、信じきれねェんだ…〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入って七日目のあの海での出来事が現実なのか…夢なのか、まだ頭の中で整理がつかねェでいるんだ。…突然、現れた…」

 

 がたがたと震え、怯えながらギンは語る。

偉大なる航路(グランドライン)〟に入って7日目に遭遇した、恐るべき災害(・・)のことを。

 

「たった一人の男に、50隻の艦隊が壊滅させられたなんて…!!!!」

「え!!?」

「ばかな!!! たった一人に〝海賊艦隊〟が潰されただと!!?」

 

 ギンの告白を聞いた全員が驚愕し、思わず立ち上がりながらギンを凝視する。

 航海のせいで狂ったのではないかと思えるほど荒唐無稽な話で、ギンの正気を疑うばかりだったが、見る限り彼は正常な様子であった。

 

「わけもわからねェままに、艦隊の船が次々と沈められていって…あの時、嵐が来なかったら、おれ達の船も完全にやられてた」

「…不幸中の幸いってことか…」

 

 エレノアはクリークたちの妙な悪運に感心しながら、自分の考えが間違っていなかったことを確信する。

 船に刻まれた傷跡は、自分が予想した通りのもの。そしてそれをやってのけた人物も、自分の考えている通りの相手であろうと。

 

「ねェギン、あんたの言うその男って………鷹のようにするどい目(・・・・・・・・・・)をしてなかった?」

「何だと!!?」

 

 エレノアの質問に反応したのは、ギンだけではなかった。

 ひどく取り乱した様子のゾロが、跳ね上がるような勢いで身を寄せ、エレノアを凝視していた。

 そのことには触れず、エレノアはため息をついた。

 

「…そうか、彼に出会って生き延びただけでも、運がよかったと喜ぶべきか…それとも不運だったのか」

 

 冷や汗を流し、エレノアは苦笑する。

偉大なる航路(グランドライン)〟のどこかにいるたった一人の遭遇するというのが幸運なのか不運なのか、判断はつかないが相当低い確率であろう。

 今日のエレノアは驚かされてばかりだった。

 

「〝鷹の目〟に遭うなんて」



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第26話〝ならず者たちへの洗礼〟

「た…た…たかのめ…!!?」

 

 エレノアが呟いた単語に、ウソップは戦慄の表情を浮かべる。

 が、すぐに訝しげな表情に変わった。

 

「だれだそりゃ」

「さー、誰だろうなー」

「おれの探してる男さ…」

「「え⁉」」

「あ、なるほど…あんたの野望をかなえるには確かに手っ取り早い相手だ」

 

 ゾロの一言で、エレノアは察する。

 世界の剣士の頂点を目指す彼にとって、その人物と相対することは最終的な目標と言えるだろうからだ。

 

「ジョニーの情報じゃあ、この店にも…」

「〝鷹の目〟の男か…」

真っ赤な目(・・・・・)の男ならこの店に来たことがあるけど」

「あァ、ワイン飲みすぎて目ェ真っ赤にしてた奴な」

「体に引火して爆発したどっかのバカか」

「ありゃみごとだったよ」

「………‼ あのヤローガセネタか………‼」

「そう簡単に会えるはずないって…」

 

 クリークたちが〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入って7日目で遭遇したことが幸運(?)だっただけで、本来は探してもそうそう会える人物ではないことをほのめかす。

 それはそれとしてぬか喜びさせられたゾロは、不満そうに顔を歪めていた。

 

「…艦隊を相手にしようってくらいだ。その男、お前らに深い恨みでもあったんじゃ?」

「そんな覚えはねェ! 突然だったんだ」

「昼寝の邪魔でもしたのか…あるいはただ暇だったのか…」

「ふざけるな‼ そんな理由でおれ達の艦隊が潰されてたまるか!!!」

()ならそれもあり得るってことだよ。…彼なら偉大なる航路(グランドライン)に入りたての素人海賊艦隊ていど、歯牙にも留めないはずだから」

 

 知ったように語るエレノアに不思議そうな視線が集うが、当の本人は呆れたようにギンを見下ろすだけで気にした様子はない。

 ゾロも彼女の素性の知れなさは気になったが、今さらな事だと考えて視線をそらした。

 

「く―――っ、ぞくぞくするな――っ‼ やっぱそうでなくちゃな――っ」

「てめーは、少しは身の危険を知れ‼」

 

 はしゃぐルフィとビビるウソップの様子に、ばかばかしさを感じたという理由もあるだろうが。

 

「おいおい‼ このノータリン共‼ 今の、この状況が理解できてンのか!!? 今、店の前に停まってんのはあの〝海賊艦隊〟提督、〝首領・クリーク〟の巨大ガレオン船だぞ!!! この東の海で最悪の海賊団の船だ!!! わかってんのか⁉ 現実逃避はこの死線を越えてからにしやがれ!!!」

「…さて、相手がいったいどれほどのものか」

「何ィ!!?」

 

 警戒を促すパティに、エレノアの面倒くさそうなつぶやきが耳に入る。

 完全に甘く見ているように見えるが、自然体で立つエレノアには何かに裏付けされた自信が見えるような気がした。

 

「艦隊っつっても、どうせ数の暴力に頼ったザコ集団にしか思えないんだよね…しかも食べたばっかりとはいえ、失った体力がそう簡単に戻ってるとは思えないし」

「そ…そりゃあそうかもしれねェが」

「情けない顔をしてんじゃないよ」

 

 なおも不安を隠せないコックたちに、エレノアの厳しい視線が向けられる。

 咎めるような、強い力を秘めた眼差しに、コックたちは息をのんで背筋を伸ばした。

 

「ここはあんた達の宝でしょ。失いたくなきゃ、せいぜい死力を尽くしなさい」

 

 

 そしてついに、その時が訪れた。

 かろうじて浮いているガレオン船の船上から、無数の男たちの雄叫びが聞こえてきたのだ。

 

「押しよせて来るぞ、雄叫びが聞こえる‼」

「守り抜くぞ、この船はおれ達のレストランだ!!!」

「……ざっと数十人ってところか」

 

 不安げながらもやる気をみなぎらせるコックたちと、冷静に敵の数を測るエレノア。

 それぞれが戦闘準備を整え終えた直後、海賊たちが次々にバラティエに向けて飛び込んできた。

 

「どけどけコック共ォ~~~っ!!!」

 

 ロープを伝い、ガレオン船の上から迫ってくる荒くれ者達。

 その時だった。

 エレノアの感覚が、以前にも感じたことのある殺気を感じ取ったのは。

 

(………!!? この気配は……!!!)

 

 その気配の持ち主に思い至った瞬間、まるで何かが爆発したかのような衝撃とともに、バラティエが揺れた。

 その原因は、半ばから真っ二つに両断されたガレオン船が沈み始めたためであった。

 

「何が起きたァ!!!!」

「首領・クリーク!!! 本船は…!!! 斬られました!!!」

「斬られた? 斬られただと!!? この巨大ガレオン船をか!!? そんな……………!!! バカな話があるかァ!!!!」

 

 突然の事態に、クリーク海賊団もバラティエのコックたちも狼狽し、揺れる船内でパニックになる。

 エレノアは窓の外から見えるガレオン船の状態に、予感が当たったとばかりに頬を引きつらせた。

 

「こんな芸当ができるのは…間違いない!!!」

「錨を上げろ!!! この船ごともってかれちまうぞ!!!」

「はいっ‼」

 

 ゼフのとっさの判断で、ようやく落ち着きを取り戻したコックが走る。

 怒りを外したことで、バラティエは波に揺られまくったものの転覆せずに済み、徐々に波が落ち着くまで耐えきることができた。

 そこでふと、エレノアは大事なことを思い出した。

 

「やべ…メリー号にナミもヨサクもジョニーもほったらかしだった」

「くそっ‼ もう手遅れかも知れねェぞ!!!」

 

 ハッとなるエレノアだったが、荒波の中から聞こえてきた声に安堵する。

 見れば放り出されたヨサクとジョニーが、号泣しながら荒波の中を泳いできていたのだ。

 

「アニギ~~‼」

「ア~~~ニギィ~~~~っ!!!」

「ヨサク‼ ジョニーッ‼ 無事か‼ 船は⁉ 船がないぞ‼ ナミはどうした⁉」

「それが…ずいばせんアニキ…!!! もうここにはいないんです‼」

 

 バラティエにたどり着いたヨサクとジョニーを引き上げると、二人は信じられないことを口にした。

 

「ナミの姉貴は‼」

「宝、全部持って逃げちゃいました!!!!」

「「「「な!!!! 何だとオオオオ!!!?」」」」

 

 不甲斐ないと泣きじゃくる彼らから話を聞くと、メリー号の上で時間を潰していた時のこと、手配書を見ていたナミの様子がおかしいことに気づいた。

 何事かと尋ねようとすると、ナミはいきなり着替えたいから見ないでほしいと色っぽく頼んできたという。

 訝しく思いながらも、簡単に篭絡された二人は言うことを聞き、背を向けたところを海に蹴り出されてしまったらしい。

 慌てて戻る暇も与えず、ナミはさっさとメリー号を操ってその場を離れてしまい、追いかけようとした時には突然起きた大波に呑み込まれ、見失ってしまったらしい。

 

「くそっ‼ あの女‼ 最近おとなしくしてると思ったら油断もスキもねェっ!!!」

「この非常事態に輪をかけやがって!!!」

 

 勝手な事ばかりする女泥棒に、ウソップもゾロもエレノアも頭を抱えて嘆く。

 やっぱり信用なんてするんじゃなかった、と。

 

「待て! まだ船が見えるぞ‼」

「何⁉」

 

 ルフィの指摘に、一同は慌てて同じ方向を見る。

 確かにその方向にメリー号らしき船影が見え、ほっと彼らは安堵した。

 

「まだ追いつける…か」

「ヨサク! ジョニー! お前らの船は⁉」

「それは、まだ残ってやすが」

「エレノア! ゾロ! ウソップ‼」

「あんた…まだこりてないの?」

「ほっとけよ、あんな泥棒女。追いかけて何になる」

「でも船は大事だろ、あの船は……!!!」

 

 裏切ったナミを追うか、放置するか、意見が割れる一同であったが、そこへルフィの制止がかかった。

 

「おれはあいつが航海士じゃなきゃ、いやだ!!!」

 

 船長としては失格なわがままであったが、ゾロたちは目を見開いて固まる。

 そして、しょうがないというように深いため息をついて肩をすくめた。

 

「わかったよ。……………世話のやける船長だぜ。おい、ウソップ! 行くぞ‼」

「お…おう」

「待って、ゾロ」

 

 ヨサクとジョニーの船に乗り込もうとした彼を、エレノアが呼び止めた。

 その目は、沈みかけているガレオン船に向けられ、真剣な表情が浮かんでいる。

 

「まだちょっとここを離れるのは早いかも」

「あ?」

「あいつだァ!!!!」

 

 ゾロが聞き返そうとした時、クリーク一味の一人が声を張り上げた。

 

「首領クリーク!!! あの男です!!! 我々の艦隊を潰した男!!!」

「ここまで追って来やがったんだ!!!」

「おれ達を殺しに来やがった!!!」

 

 男の声に、全員の視線が集まる。

 特にゾロは大きく目を見開き、食いつく勢いで現れた男を凝視した。

 

「まさか…あれが…〝鷹の目〟の男……⁉」

 

 波に揺られる、棺桶の形をした小舟。

 その中心に設置された椅子の上でくつろいでいる一人の男を見て、クリーク一味に絶望が広がっていった。

 

「あいつが…一人で50隻の船を沈めたってのか…⁉︎」

「…じゃあ、たった今クリークの船を破壊したのも⁉︎」

「普通の人間と変わらねェぞ…。特別な武器を持ってるわけでもなさそうだ…」

「武器なら背中にしょってるじゃねェか!」

 

 ゼフが見つめているのは、男の背中に備えられている十字架――いや、剣。

 まさかと言葉を失うバラティエの面々に、エレノアは不敵な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「そう…彼こそが世界中の剣士たちの頂点に立つ男、〝鷹の目〟……‼︎ ジュラキュール・ミホーク!!!」

 

 まさに鷹のように鋭い目を一瞥させ、ミホークはエレノアに視線を向ける。

 ぞくりと寒気が海賊たちを襲うが、その視線を真っ向から受けているエレノアに緊張している様子はなかった。

 

「……単なるヒマつぶしに逃した獲物を追ってきたつもりだったが、思わぬ相手と再会したな」

「久しいね…ミホーク。よくもまァこんな田舎の海に来たもんだ。あいにく海上レストランは今、休業中だよ」

「ランチを楽しむ気はない…すぐに終わるからな」

 

 軽口をたたきあう二人に、驚愕の目が向けられる。

 やけに知っている風であったが、まさか本当に互いを知った仲であったことに驚きを隠せなかった。

 

「……!!? 顔見知り、だと…」

「嬢ちゃっ…!!! 姐さん、一体あんた何モンなんですか!!?」

 

 ゾロも、今まで年下扱いしていたジョニーも言葉を失うが、エレノアは時に気にせずにミホークだけに注目する。

 ミホークはふと、エレノアに剥き出しに金属の足に視線を向けた。

 

妖術師(ウィザード)………両脚を失って一線を引いたと聞いたが……まだ健在だったようだな」

「あいにく…私の好奇心はこの程度じゃ止められやしないよ。……それに」

 

 痛々しい義足を、誇るように見せるエレノアの口元に、優しい笑みが浮かぶ。

 それを見たミホークは、どこか意外そうに眼を見開いていた。

 

「元気にやってるってこと伝えないと、この脚を捧げた相手が泣くからさ」

「………驚いたな、お前がそんな表情を見せる相手ができたとは」

「女は変わるものさ……」

 

 ふっと自慢げに足を撫でるエレノアに、ミホークは興味深そうに目を細める。

 しかし、そんな余裕気な表情が癪にさわったのか、クリーク一味の一人が目を吊り上げた。

 

「おい…‼︎ こっちを無視してんじゃねェぞ‼︎」

 

 両手に持った銃の引き金を引き、座ったままのミホークを狙い撃ちする。

 前触れもなく放たれた弾丸を前に、ミホークは微塵も狼狽する様子もなく背中の剣を抜き、静かに剣先を向ける。

 すると、弾丸は自ら意思を持っているかのように軌道をそらし、擦ることもなく海へと落ちていった。

 

「え………!!? は…ハズれたぞ!!!」

「外したのさ。何発撃ち込んでも同じだ。切っ先で、そっと弾道をかえたんだ」

 

 何が起こったのかわからない男が慌てていると、音もなくたったゾロが代わって説明した。

 びっくりして後ずさる男たちをよそに、ゾロは驚愕と期待が入り混じった笑みを浮かべ、ミホークを凝視していた。

 

「あんな優しい剣は見た事がねェ」

「〝柔〟なき剣に強さなどない」

「その剣でこの船も割ったのかい」

「いかにも」

「なるほど…最強だ」

 

 思わずつぶやき、ゾロは確信する。

 この男を追い求めた自分の判断は、間違ってなどいなかった。

 

「おれは、お前に会うために海へでた‼」

「………何を目指す」

「最強」

 

 頭にバンダナを巻き、最初から全力で向かうために気力を高める。

 剣を抜いて構えてみせるも、ミホークから向けられる気迫に微塵の変化もなかった。

 

「ヒマなんだろ? 勝負しようぜ」

 

 不敵な笑みを浮かべるゾロに対して、ミホークが見せたのは落胆の表情。

 彼にとって、実力の高さをあえて見せたというのに、それでも向かってくる者など愚の骨頂でしかなかった。

 

「哀れなり、弱き者よ。いっぱしの剣士であれば剣を交えるまでもなく、おれとぬしの力の差を見抜けよう。このおれに刃をつき立てる勇気はおのれの心力か…はたまた無知なるゆえか」

「おれの野望ゆえ、そして親友との約束の為だ」

 

 最初から闘志を全開にしているゾロに、億劫そうにゾロを見やるミホーク。

 だが、そこへエレノアによる擁護の声が届いた。

 

「まーまー、そう厳しいことに言わず、一手死合ってやってよ………たぶん落胆はしないだろうから」

「………………」

「時間はあるんでしょ?」

 

 本来であれば、そんな提案に乗る必要もない。

 しかしミホークは、意味深な笑みを浮かべるエレノアの瞳の奥に見える確信めいたものに興味を抱き、目の色をわずかに変えた。

 

「お前がそこまで推す男か………‼ 少し、興味が出てきた」

 

 退屈しのぎに、確かに何かいいものが見られるかもしれない。

 ミホークの様子の変化は、そんな感情の表れに見えた。




ONE PIECE × カップヌードルのCMを見たところ、ミホークが偶然にも今話に登場していてタイムリーさを感じました。


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第27話〝頂点に立つ男〟

 破壊された巨大な海賊船の上で対峙する二人の剣士。

 向かい合うその視線には、非常に大きな温度差があった。

 

「こんなに早く会えるとは、正直考えてなかったぜ…」

「無益」

 

 三本の刀を構えた若き剣士の目は闘志に熱く燃え、対して、十字架の大剣を背負った剣士の目は冷めている。

 東の海で最も知られた剣士と、世界の頂点に立つ剣士。

 そのカードを、その場にいた誰もが息をのんで凝視していた。

 

「世界最強の剣士と…海賊狩りのゾロ…‼」

 

 どれほどの死闘が繰り広げられるのか、固唾をのんで見守られる中、ヨサクとジョニーはゾロの勝利を確信していた――わけではなかった。

 冷や汗を流すその顔には、もしもの時を想像した不安がよぎっていた。

 

「アニキに敵う奴なんているわけねェ‼」

「そう…彼は強い。おそらくは東の海では(・・・・・)無敗の剣士…」

「で…ですよね!!?」

 

 エレノアの言葉に希望を抱いた二人が振り向くが、エレノアの表情に笑顔はない。

 ただ静かに、対峙する二人を見つめるだけであった。

 

「だから、知らない。自分よりも強い剣士を…決着はたぶん、一瞬でつくよ」

 

 エレノアが呟いた直後、海上にどよめきが起きた。

 完全に武装したゾロとは真逆に、ミホークは首から下げていた十字架を外し、仕込んでいた小さな刃を抜いただけであったのだ。

 

「オイ、何のつもりだそりゃあ」

「おれは、うさぎを狩るのに全力を出すバカなケモノとは違う。多少名を上げた剣士がいたところで、ここは〝赤い土の大陸(レッドライン)〟〝偉大なる航路(グランドライン)〟により四つに区分される海の中でも、最弱の海『イースト・ブルー』。あいにくこれ以下の刃物は持ちあわせてはいないのだ」

「人をバカにすんのも、たいがいにしろ…‼ 死んで後悔すんじゃねェぞ!!!」

 

 過少に評価されていることに怒りを燃やしたゾロが、猛烈な勢いでミホークに斬りかかる。

 交差した剣を左右に振りぬく力技〝鬼斬り〟を初手で放ち、すまし顔をゆがませてやるつもりであった。

 だが、その一撃は発動すらしなかった。

 両手の剣の交差した中心に突き立てられたナイフによって、〝鬼斬り〟が止められてしまったのだから。

 

(こんな………バカな事があるか………!!!)

 

 これまで幾人もの海賊を斬り倒してきた剣技でミホークを吹き飛ばそうとしても、一歩も前へ進む事が出来ない。

 何度刃を振るおうとも、ただのおもちゃのような刃によって剣撃は防がれ、いっぺんの傷をつける事すらもかなわない。

 目の前にいるはずなのに、あまりにその距離が遠く感じられる。敵の姿が巨大に見え、向かい合ってるはずなのに、はるか上を見上げているように感じられる。

 自分の感覚までもが信じられなくなり始め、ゾロの表情に焦りが見え始めた。

 

「…これが世界だよ、ゾロ君」

 

 余裕をなくしていくゾロに向けて、エレノアはつぶやく。

 これまでたった一度の敗北もなく、己の道を進み続けてきた彼に立ちはだかる、巨大な壁。

 見た事もないほど大きく、分厚く、越えられる未来を予想させないその壁に、ゾロは相対していた。

 

「あまりに広く、険しく、遠く、目指す未来がかすんでしまうほどに絶望的な道…それがこの先に待つ〝偉大なる航路(グランドライン)〟。どんなに強靭な魂を持った剣士であろうとも、たやすく心折られてしまう修羅の道……‼」

「ウソだろう兄貴!!! 本気を出してくれ!!!」

「アニキィ!!!」

 

 ヨサクとジョニーからの声援を受けても、ゾロの猛攻が届く気配は見えない。

 徐々に息を切らし、動揺が剣に表れ始めると、ミホークは落胆したように冷たい眼差しを向けるのだった。

 

「なぜあいつが肩入れするのかわからんな……何を背負う。強さの果てに何を望む。弱き者よ……」

 

 ミホークの嘲りの言葉に、ゾロの怒りが燃え上がる。

 同じく、兄貴分をバカにされたことでヨサクとジョニーも身を乗り出しかけた。

 

「アニキが弱ェだとこのバッテン野郎ォ!!!!」

「てめェ思い知らせてやる、その人は………‼」

「やめなさい!」

 

 憤慨する二人をルフィが押さえつけ、エレノアが怒鳴りつける。

 自分も飛び出したいのを必死に我慢している船長に頷きながら、エレノアもまたじっと攻防を見守り続ける。

 

「ちゃんとガマンしろ…!!!」

 

 そしてじきに、隙を見せたゾロがミホークに弾き飛ばされる。

 それでもゾロは立ち上がり、敵を見据えて剣を構えなおす。

 フラフラになった体に叱咤しながら、ゾロは両方の剣を上段に掲げる〝虎狩り〟の構えに入る。

 だが、それが炸裂する直前、懐に入ったミホークのナイフに胸の中心を突き刺され、ゾロの動きが止まった。

 

「アニギィ~~~っ!!!」

 

 勝負あり、と誰もが戦慄の表情を浮かべる。

 しかし、ミホークはわずかながら目を見開いていた。

 心臓の直前まで刃をつき立てられているゾロが、なおも前に進もうとしていたのだ。

 

「このまま心臓を貫かれたいか、なぜ退かん」

「さァね…わからねェ…ここを一歩でも退いちまったら、何か大事な今までの誓いとか約束とか…いろんなモンがヘシ折れて、もう二度とこの場所へ帰って来れねェような気がする」

「そう、それが敗北だ」

 

 冷たくそう告げるミホークに、ゾロは不敵な笑みを返す。

 

「へへっ…じゃ、なおさら退けねェな」

「死んでもか………」

「死んだ方がマシだ」

 

 死を目前にしながら、それでもなお己が道を進もうとしている若き剣士の姿に、ミホークはしばし言葉を失う。

 未熟な小僧を前に動きを止めた世界最強の剣士に、エレノアは満足げに笑みを浮かべていた。

 

(気づいてくれた? ミホーク…)

 

 自分が言った、後悔はしないという言葉の意味を察してくれたことを願い、エレノアは心の中で誇らしげに笑う。

 

(私が彼に期待しているのは…剣の腕でも、その剛力でもない…‼︎ あの海を渡る資格……‼︎ 彼の持つ、たぐいまれなる(つわもの)の魂!!!)

 

 最弱の海(東の海)に生まれながら、世界に挑もうとしている彼の姿を見続けてきたエレノアは、確信していた。

 いずれ彼は、己の野望をかなえうる器であると。

 

(今はまだ若き稚魚……!!! けどいずれ大海を越え、天にも昇る竜ともなりえる逸材…!!! 私は彼に、その可能性を見た…!!!)

 

 ゆえに彼女は、この戦いを薦めた。

 彼が目指すべき世界の頂、その片鱗を知ってほしかったから。

 そこへ目指す意志の炎を、より一層強く燃え上がらせるために。

 

「小僧…名乗ってみよ」

「ロロノア・ゾロ」

「憶えておく、久しく見ぬ〝強き者〟よ。そして剣士たる礼儀をもって、世界最強のこの黒刀で沈めてやる」

 

 その炎は、世界最強の剣士にも確かに届いていた。

 いずれ己に近づきうる逸材として再認識し、真の武器を自ら抜き放ってみせたのだ。

 

「黒刀『夜』を抜いた…‼ 次で決まる………!!!」

 

 相手が本気を出したことを察知し、ゾロも構えを変える。

 片方の刃を逆手に持ち替え、三本の刀の切っ先が三角を描く。ゾロの有する剣技のうち、最大の破壊力を有する一撃の構えだった。

 

「散れ!!!」

「三刀流奥義!!!」

 

 持ち手を中心に、刀を回転させる。

 高速で回転する刃を携え、ゾロは急接近するミホークを見据え、渾身の一撃を以って迎え撃つ。

 そして、次の瞬間。

 

〝三・千・世・界〟!!!!

 

 二人の剣が激突し、砕けた刃が四散する。

 ゾロの奥義はミホークには届くことはなく、口にくわえた一本を残してバラバラに砕け散る。

 海賊狩りと呼ばれた男の、初めての敗北であった。

 だがゾロは、咥えていた刀を鞘に戻すと、ミホークに向かって己の全身をさらす。

 訝しむミホークに向けて、ゾロは不敵な笑みとともに答えた。

 

「背中の傷は、剣士の恥だ」

「見事」

 

 そのやり取りの直後、ミホークの刃がゾロの胸を切り裂く。

 おびただしい量の血を噴き出させながら傾いでいくゾロが、ゆっくりと海の中へと沈んでいった。

 

「ゾロォ――っ!!!」

 

 最後まで見守っていたルフィが、悲痛な声を上げて吠える。

 悲鳴を上げるヨサクとジョニーに向けて、エレノアがぽんと肩を叩いて促した。

 

「ヨサク、ジョニー。助けてあげて」

「いっ…言われなくてもわかってますよ!!!」

「姐さんの薄情者ォ!!!」

「チキショオッ!!! チキショオオ―――――ッ!!!」

 

 慌てて海に飛び込むヨサクとジョニーの横で、ルフィがミホークのもとへと飛び出していった。

 ミホークはそれをやすやすと躱すも、次にはなった一言は怒り狂ったルフィを一瞬で黙らせた。

 

「若き剣士の仲間か…貴様もまた、よくぞ見届けた……!!! 安心しろ、あの男はまだ生かしてある」

 

 目を見開くルフィの目に、ガレオン船の残骸の上にゾロを引き上げるヨサクとジョニーの姿が映る。

 同時に、血反吐を吐きながらも呼吸をしているゾロの姿も。

 安堵で言葉を失うルフィの横で、ミホークはゾロに告げた。

 

「我が名、ジュラキュール・ミホーク‼ 貴様が死ぬにはまだ早い」

 

 外套を揺らし、ミホークははじめて名乗りを上げる。

 それは、いずれまた相まみえることを信じての行為。

 ゾロがそれだけの器だと確信しての、ミホークなりの未熟者への声援(エール)であった。

 

「己を知り、世界を知り‼ 強くなれ、ロロノア!!! おれは、先幾年月でも、この最強の座にて貴様を待つ‼ 猛己が心力挿して、この剣を越えてみよ!!!」

 

 ミホークの言葉が、大気を揺るがせる。

 世界最強という肩書を背負った男による、強き言葉がゾロに贈られた。

 

「このおれを越えてみよ、ロロノア!!!」

 

 エレノアにとって、その言葉が聞けただけで十分だった。

 そしてエレノアの厚意は、ミホークにとっても有益な事であったようだ。

 

「お前の言う通りだったな……有意義な時間だった」

「それは何より」

 

 ミホークは満足げなエレノアに微笑みを見せ、次いでルフィに目を向けた。

 

「小僧、貴様は何を目指す」

「海賊王!」

「ただならぬ険しき道ぞ。このおれを越える事よりもな」

「知らねェよ‼ これからなるんだから!!!」

 

 ベーっと舌を出し、ミホークの言葉を微塵も気にしないことを表すルフィ。

 その姿を横目で見ながら、エレノアはウソップとヨサク、ジョニーに目を向けた。

 

「ウソップ君! ゾロの具合は?」

「無事じゃねェよ‼ でも生きてる‼ 気ィ失ってるだけだ‼」

「アニキい‼」

「アニギ返事してぐれえ~~~っ!!!」

 

 動かないゾロに、必死に呼びかける一同。

 その時、ゾロの右手が唯一砕けなかった刀――亡きくいなの刀を掲げた。

 

「…ル…ルフィ…? …聞…コえ…るか?」

「ああ‼」

 

 途切れそうなか細い声で、ゾロはルフィに問う。

 今にも気を失いそうになりながら、致死量ほどの血を流しながら、それでもゾロは戦おうとしていた。

 険しき道を、見据えながら。

 

「不安にさせたかよ…おれが………世界一の剣豪にくらいならねェと…お前が、困るんだよな………!!! ガフッ‼」

「アニキ‼ もう喋らねェでくれ‼」

「アニギ‼」

 

 両の目から、涙があふれる。

 初めての敗北を経験し、頂点の遠さを知りながらも、立ち止まるという選択を捨てようとしていた。

 再び、立ち上がろうとしていた。

 

「おれは、もう‼ 二度と敗けねェから!!!! あいつに勝って大剣豪になる日まで、絶対に、もう、おれは敗けねェ!!!! 文句あるか、海賊王‼」

「しししし‼ ない!!!」

 

 悔しさをも糧にし、ゾロは誓う。

 いつかその時まで、敗北する姿など決して見せたりはしないことを、歩き続けることを。

 

「いいチームだ。また会いたいものだ、お前達とは…」

 

 ミホークにとっても、その姿はまぶしかった。

 なにか、ひどく懐かしいものを見ているかのように。

 

「お前の目は…確かなようだな」

「当然だよ。………じゃあねミホーク。いずれ、あの海で」

「…そう願おう」

 

 ややエレノアにのせられたことも気にせず、ミホークは素直に満足する。

 まるで、後の楽しみが増えた、そう喜んでいるようにも、エレノアには感じられた。

 

「ウソップ君、ヨサク、ジョニー‼ ゾロを頼んだよ」

「え⁉ 姐さんは!!?」

「まだ仕事が残ってるからね………あの恩知らず共はここで潰しておく」

 

 エレノアが視線を向けると、残っていたガレオン船の大きな残骸が吹き飛ばされる光景が目に入った。

 ちょうど、クリークが乗っていたあたりだ。

 

「「「「「ぬは―――っ!!!!」」」」」

 

 どうせクリークが余計な事でもしたのだろう。

 ミホークが去り際に邪魔な相手をあしらい、余波でクリーク一味がぼたぼたと吹き飛ばされていく。

 エレノアはその姿に少しだけ機嫌をよくし、ポキポキと拳を鳴らして残った一味を睨みつけた。

 

「ウソップ‼ 行ってくれ‼」

「………‼ わかった‼ おれとゾロは必ずナミを連れ戻す‼ お前らは、しっかりコックを仲間に入れとけ‼」

 

 ルフィの合図で、ウソップはゾロを乗せた船を出発させる。

 ミホークに殴りかかった際に外れてしまった麦わら帽を投げわたし、ウソップは大きな声で約束した。

 

「6人ちゃんと揃ったら‼ そんときゃ行こうぜ〝偉大なる航路(グランドライン)〟!!!」

「ああ‼ 行こう!!!」

 

 荒波にさらわれる形で、ウソップたちを乗せた船はナミを追って進んでいく。

 それを見送ると、エレノアのそばに立ったサンジが面倒くさそうにつぶやいた。

 

「…やっと来るぜ、疫病神がよ」

「おっさん‼ あいつら追い払ったら、おれ雑用やめていいか?」

「………! 好きにしろ」

 

 むしろ好都合だ、というようにゼフはやすやすと了承する。

 さらに小さくなった残骸にしがみつき、海から這い上がる海賊たちを見据えながら、コックたちは再び臨戦態勢に入る。

 

「さァ、あらためまして……‼ 暴れようか!!!」

 

 エレノアの瞳が縦に裂け、その激情をあらわにした。



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第28話〝トリオ〟

 ミホークの襲来という未曾有の〝災害〟が去り、それでもなお航海の意思を見せるクリーク。

 苦言をこぼす部下は撃ち殺し、恐怖によって支配すると、再びバラティエに毒牙を向けようとしていた。

 しかし戦うコック達も、ただやられるだけではなかった。

 

「向こうもやる気みたいねー…」

「うほ――っ! 燃えてきた‼」

「パティとカルネは?」

「やる気満々だ、もう戦闘態勢さ! こういう時はたのもしいぜ、あいつら‼」

「こういうときだけな…操作室行って『ヒレ』開いて来い」

「え……いいのか⁉ 敵に足場与えることになるんだぜ⁉」

「店ン中戦場にしちゃクソジジイがうるせェだろ」

「なんか言ったかクソガキ」

「オー、うるせェっつったんだよ」

 

 圧倒的な戦力を前にしているとは思えない、やる気に溢れた様子のコック達に、クリーク一味の殺気も膨れ上がる。

 何よりも略奪を成功させなければ、自分たちの命がないのだ。

 

「その船を渡せコックどもォ――っ!!!」

「渡すわけないっての」

 

 ダンッと踏みならした義足の脛から刃が生え、陽光を受けて鋭く輝く。

 ルフィも手すりを掴んで腕を伸ばすと、ゴムの張力を利用して勢いよくクリーク海賊団に向かって行った。

 

「〝ゴムゴムの…ロケット〟!!! と‼ 〝大鎌〟っ!!!!」

 

 ゴムパチンコそのものの動きで接近し、伸ばした手で多数の男達にラリアットを食らわせる。

 予想できない動きに、海賊達は為す術もなく海へと叩き落とされて行った。

 

「やるじゃねェか雑用ォっ!!!」

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟にゃ、こんな奴らがウヨウヨいるってのか…」

 

 ルフィに賞賛が送られ、サンジは驚愕の目を外せなくなる。

 これまで戦う姿を見ていなかったためか、大きな口を叩けるだけの力があることに感心していた。

 その時、何やら金属が噛み合う音が響き、バラティエの魚の船首が振動を始めた。

 

「出動―――――――っ!!! バラティエ海戦兵器‼『サバガシラ一号』!!!」

「死にたくねェ奴ァはだしで逃げ出せェ!!!」

 

 その中から、キコキコとペダルを漕ぐ音とともに、パティとカルネの威勢のいい声が響く。

 魚(サバ?)が独立して動き出し、二人乗りの船へと変化したのだ。

 

「なんじゃいあの謎のギミックは…」

「かっこいい―――っ!!!」

 

 エレノアは呆れるだけであったが、こういう合体・変形などの男のロマンに目がないルフィは目を輝かせる。

 少年の期待の眼差しを受けながら、コックコンビに操られるサバガシラ1号は、口の中に仕込んだ大砲を発射し始めた。

 

「パティ‼ カルネ‼ やっちまえ!!!」

「『ヒレ』開くぞォ――――――っ‼」

 

 パティとカルネが先制攻撃を開始するとともに、サンジに言われて店内に戻ったコックの一人が合図を出す。

 するとバラティエそのものが揺れ始め、海中から何かがせり上がってきた。

 

「存分に戦ってやろうじゃねェか、海賊ども」

 

 不敵に笑うゼフが言うと同時に、それは海の上に姿を現した。

 バラティエの真下に折りたたまれていた大きな木板が、まさにヒレのように開いて水平に広がる。

 本来であればより多い来客のための足場が、今回は戦闘の場のために用意された。

 

「海の中から足場が現れた!!!」

「おもしれ――――――っ!!!」

「…いいじゃない」

 

 ルフィほどではないにせよ、カラクリには多少興味があるエレノアも感心する。

 ロボには興味はないが、内部機構には大いに興味をそそられていた。

 

「海賊相手に‼ コックに何ができる――っ!!!」

「海のコックをナメンじゃねェ――っ!!!」

 

 足場は海賊達にとっても好都合。

 武器を手に、ざばっと勢いよく上がった彼らを、怒号をあげながらコック達が迎え討った。

 しかしコック達よりも早く、両方の爪先に刃を備えたエレノアが突撃し、鋭い切っ先をかまいたちのように素早くふるった。

 

「一歩音越え、二歩無間、三歩絶刀‼︎無明三段突き(むみょうさんだんづき)〟!!!!

「「「「ぎゃああああああああああ!!!!」」」」

 

 舞うように、華麗に剣技を見せるエレノアによって、勇ましく向かってきていた海賊達が吹き飛ばされた。

 空腹に苦しんだ直後とはいえ、荒波を超えてきた猛者達が気持ちいいほどに吹っ飛ばされる光景は、コック達の度肝を抜いた。

 

「うおおおおお!!!」

「す…すげェぞ新入り‼︎ 義足とは思えねェ!!!」

 

 華奢で不自由な体で、いったいどんな力を秘めているのか。

 出番を散らされた感のある戦うコック達は、呆然と天族の娘が暴れまわる姿を眺めることしかできなかった。

 

「ぎゃっはっはっはっはっは‼ やれやれェ‼ 戦うコックさんの力を見せてやれ!!!」

「おうパティ‼ 余所見してんじゃねェ‼ ヤツを狙うぞ!!!」

「よっしゃクリーク‼ 覚悟しろ!!!」

 

 砲撃をあらゆる場所に向けながら、好き勝手に暴れていたパティとかルネ。

 彼らが次に標的にしたのは、不甲斐ない部下を見下していた親玉クリークだった。

 だが、体当たりで吹っ飛ばしてやろうとしたサバガシラ1号が、突如その動きを止める。

 サバガシラ1号の鼻先に手を置いたクリークが、凄まじい剛力で押しとどめてみせたのだ。

 

「おれは首領・クリーク。世界の海を制す男だ………‼ てめェらの遊びにつきあってるヒマはねェ!!!」

 

 相手が予想以上の力を見せたことに、エレノアは警戒の度合いを上げる。

 ただの卑怯者ではなく、あれだけの人数を支配できるだけの力があると、評価を改めなければならなかった。

 

「…思ってたよりやるな」

「それはおれだっての‼」

 

 憤慨するルフィだが、クリークは気にも留めない。

 サバガシラ1号の鼻先をつかむ手に力を込め、なんと片手で持ち上げて投げ飛ばしてしまった。

 

「うわああああ――っ!!!」

「やべェ―店につっ込む―――っ‼」

 

 信じられない事態にパティもカルネもパニックになり、迫り来るバラティエを前にひしっと抱き合って騒ぐ他にない。

 そんな二人に向けて、深いため息をついて向かう黒い影があった。

 

「サンジ!!!」

 

 高く跳躍したサンジは、〝赫足〟のゼフを彷彿とさせる足技を披露し、猛スピードで迫るサバガシラ1号を蹴り返してみせたのだ。

 コック達がほっと安堵の息をつくそばで、エレノアも目を見開いて素直に驚いていた。

 

「お、サンジくんやるな……それに引きかえあんたたちは…‼」

「む…無茶言うんじゃねェよ新入り‼」

「ありゃサンジの奴の方がおかしいんだ‼」

「ハイハイ…」

「サンジてめェーーーーー!!!」

「あーもう、うるさいなァ…」

 

 元気に這い出してきたパティとカルネに呆れながら、エレノアが向かってきた敵の一人を切り捨て、踏みつけて海に蹴り落とすと、もう足場の上に残っている海賊の姿は見えなくなる。

 ほとんど無傷のコック達は、全くと言っていいほど出番がなかったことを嘆く他になかった。

 

「あ、あの女…‼ ほとんど一人でこれだけの数をのしちまった…!!?」

「やべェ…‼ なんでこんな奴が最弱の海(イースト・ブルー)にいるんだよ……!!?」

 

 海に蹴り出された海賊達が、戦慄の表情でエレノアを凝視する。

 クリークに負けずとも劣らない恐怖を感じ、逆らう意思が砂城のように崩れ落ちて行った。

 そんな時だった。

 波間に紛れて近づく、奇妙な人影に気づいたのは。

 

「何をやってんだか、君達は…」

「ん?」

 

 呆れたような声が聞こえると同時に、エレノアに強烈な風が襲いかかった。

 風はただ吹き飛ばそうとするだけではなく、含まれた水しぶきでできた小さな刃を運んで、エレノアやコック達の体を切り裂いてきたのだ。

 

「ぐっ……⁉︎」

 

 思わぬ攻撃に、エレノアの表情に初めて苦悶が浮かぶ。

 防御が間に合わなかったコック達や、隙ができたパティたちに突然打撃が襲いかかり、一瞬でほぼ全員が昏倒させられてしまった。

 

「ハァ―――ッハッハッハッハ‼ てっぺき‼ よって無敵‼」

「真打が登場だぜェ〜‼︎」

 

 腹と背中、両手を巨大な真珠のついた盾で武装した大男と、見るからに柄の悪そうな男三人組が、倒れたコックたちに派手な名乗りをあげた。

 男たちは皆似たような顔つきながら、それぞれ坊主、モヒカン、黒髪を跳ねさせていると個性的な頭をしていた。

 

「おおっ!!! パールさん‼ それにエレメント・トリオだ!!!」

「エレメント・トリオが戻ってきた!!!」

「…何そのダサい名前」

 

 傷を押え、半目になったエレノアがボソッと呟くが、幸いにも聞こえていなかったらしい。

 

「パティ‼ カルネ‼ 無事か⁉」

「ハァ――ッハッハ‼ 無事じゃね~~よ、この、おれの殺人パンチ〝パールプレゼント〟をくらっちまったんだからよォ‼」

 

 硬い真珠と鋼鉄の盾による殴打で、皆大きなダメージを負って立てずにいる。

 新たな助っ人の参上で、クリーク海賊団の士気が再燃し始めた。

 

「あの人たちが来たからにはもうお前の好きにはできねェぞ‼」

「そうだ‼ 悪魔の実の能力者だろうが、敵じゃねェ!!!」

 

 傷を負っているエレノアを見て、調子に乗り始めたようだ。

 ばかにしたように笑っていると、エレノアの姿をよく見たエレメント・トリオの表情が変わった。

 

「ひょ――っ‼ なかなかかわいこちゃんがいるじゃねェか!!?」

「それにい~い身体してんじゃねェかァ~!!!」

「真っ裸に剥いてさっさと楽しもうぜェ~!!!」

「やっちまえ‼︎ ゲルプ‼︎ ブラオ‼︎ ロート‼︎」

 

 刻まれ、肌を所々露出させてしまっているエレノアに気分が上がったのか、下卑た声をあげて鼻の下を伸ばす男たち。

 羞恥に頬を染めることはなかったが、エレノアは嫌悪感に眉間にしわを寄せた。

 

「まずはその邪魔な布切れ‼ み~んなまとめて切り刻んじゃうよォ~!!!」

 

 ゲルプと呼ばれた男が、複雑な模様の描かれた指ぬきグローブを掲げてエレノアに向ける。

 すると、先ほどと同じ風の刃が生み出され、一斉にエレノアに襲いかかった。

 

「なんだありゃあ!!?」

「あいつらも…悪魔の実の能力者か!!?」

 

 錬金術を見たことがないコックたちは、勘違いしながら目を見開く。

 パールとともに海から出てきたことからそうじゃないことは分かり切っていたが、悪魔のみが身近にない彼らにとってはその程度の常識も知らなかった。

 

「風属性か…」

「次は俺だァ‼」

 

 服をさらに切り裂かれながら、かろうじて躱すエレノアに今度はブラオが挑む。

 海水に手を突っ込み、その流れを操って水の槍を作り出す。

 エレノアのスカートが貫かれ、その勢いによって大きく引き裂かれてしまった。

 

「水属性…‼」

「隙だらけだぜェ~!!! おらァ!!!」

 

 今度はロートが、オイルライターを構えて嗤う。

 シュボッと火がともされると、突然その勢いが増して蛇のようにのたうつと、エレノアに食らいついてきた。

 

「今度は火…!!?」

「何だこいつら⁉ 魔法使いか何かか!!?」

「新入りィ~~!!!」

「エレノアちゃん‼︎」

 

 翻弄されるエレノアに、動けないコックたちは悲鳴をあげるしかできない。

 体に攻撃が当たることはなかったが、そもそもトリオはエレノア自身を狙っているわけではなかった。

 みすぼらしく衣服をボロボロにされたエレノアの生肌を、徐々に晒していこうとしているだけであった。

 

「ひゃっはァ!!! おいロート!!! 今チラッと見えたぞォ!!?」

「ズリィぞゲルプ‼ 場所替われ‼」

「もっと剥いてやろうぜ、ブラオ!!!」

「………なんで最近の錬金術師って、こんな下品で最低な奴らばっかりなんだろうな」

 

 最近出会う同業者がゲスばかりなことを思い出し、エレノアはこぼれそうになる自分の胸を隠しながら嘆く。

 あれが世間一般的な錬金術師だと勘違いされることだけは、断固として止めたかった。

 

「風‼」

「水‼」

「火‼」

「三つの属性をそろえたおれ達に死角はねェ!!!」

「あんまり逆らうならァ…!!!」

「真っ白いお肌が傷だらけになっちゃうよォ~~~!!?」

 

 さらに辱めてやろうと、エレメント・トリオは同時に錬金術を発動させる。

 くだらない目的に利用される三つの力をジト目で見やると、エレノアは静かに掌を合わせた。

 

「『術理、摂理、世の理……。その万象……一切を原始に還さん』破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)〟‼

 

 その瞬間、トリオが出現させていた風、水、炎が霧散し、跡形もなく消えてしまった。

 

「「「…………は⁉」」」

 

 両手をあげた間抜けなポーズで固まる三人に、エレノアは激情を押さえ込んだ能面のような表情を見せた。

 

「三人がそれぞれ得意な属性の錬金術を使う陣形…そんなもの、各個撃破すればたいした脅威じゃないんだよ」

 

 パンッともう一度掌を合わせ、今度はそれを自分の刃に当てる。

 すると、刃が真っ赤に熱され、空気が揺らぐほどの高熱を発し始める。

 大気をも焼く烈火の刃を振り上げ、エレノアは軽やかに舞うように走り出し、トリオに迫った。

 

「『魂なぞ飴細工よ。苦悶を溢せ──』」

 

 慌てふためく三人に向けて、エレノアは刃を容赦なく振るう。

 その姿はまるで、死を目前にした罪人を裁く死神のような恐ろしさであった。

 

妄想心音(ザバーニーヤ)〟!!!

 

 

 目にも止まらぬ速さで斬り倒された三人は、手を出そうとしたことを激しく後悔しながら吹き飛ばされる。

 いつも以上に力のこもったその一撃は、半分以上エレノアの私怨によるものであった。

 

「がはっ…!!?」

「エレメント・トリオがやられたーーーーー!!!?」

「格の違いが分かったかな? 三流錬金術師諸君」

 

 血反吐を吐き、海に沈んでいく三人に海賊たちは慌て、エレノアは満足げに笑みを浮かべる。

 勝ったことよりもまず、色々と危ない自分の格好をどうにかしたかった。

 

「身の危険‼ 身の危険‼」

「え?」

 

 だがその時、ガツンガツンと何かをたたき合わせる音と、興奮した荒い呼吸が聞こえてきた。

 

身のキケ――ン!!!

「うわわわわ!!?」

 

 エレノアが振り返ると同時に、バラティエの足場に炎が撒き散らされた。

 慌てて飛び退いたエレノアは、もう一人残っているパールの相手をしていたサンジを睨みつけた。

 

「あんた何しちゃったの!!?」

「い…いやおれァ別に」

「なんか鼻血出したらああなったんだ」

 

 困ったように頭をかくサンジと、鼻くそをほじるルフィ。

 変わって答えたのは、狼狽した様子のクリーク海賊たちだった。

 

「やべェ‼ 出ちまった‼ ジャングル育ちの悪いクセ!!!」

「猛獣の住むジャングルで育ったパールさんは、身の危険を感じると火をたいちまうクセがあるんだ!!!」

「何その迷惑な病気!!!」

「おれに近づくんじゃね―――っ‼〝ファイヤーパ~~~~ル〟!!!〝大特典〟‼︎」

 

 興奮し、味方のいうこともクリークの命令さえも聞かなくなったパールが、取り出した真珠を発火させて投げつけまくる。

 一気に炎が燃え広がり、あたり一面火の海へとなってしまった。

 

「あつあつあつっ!!!」

 

 羽に引火したら一大事と、エレノアは慌てて海の中に飛び込む。

 正直濡れて動きづらくなるのが嫌だったが、背に腹は変えられなかった。

 

「ぶはっ‼」

 

 一旦顔を出すと、サンジが火を恐れることなくパールに蹴りかかっている姿が目に入った。

 懐にやすやすと入り、防御を抜いてダメージを負わせているものの、日の勢いはますます強くなるばかりであった。

 

「ハァ…ハァ…‼ こうなったらこの辺の海水錬成して氷漬けに…‼」

「ぬあ‼」

 

 どうにか援護できないかと考えていた時、ゼフのうめき声が聞こえてハッと目を見開いた。

 その先にあったのは、苦悶の表情を浮かべて倒れふすゼフと。

 

「もうやめてくれ、サンジさん。おれはあんたを殺したくねェ!!!」

「く……‼」

「オーナー‼」

 

 その頭に銃を突きつけている、ギンの姿だった。

 

「ギン‼」

「ギン、てめェ…!!!」

 

 料理長(ゼフ)が踏みにじられている光景に、サンジの目に怒りの炎が灯った。



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第29話〝同じ夢〟

「過去にどれだけスゴかった男でも、こうなっちゃただのコック。頭を撃ち抜くのも簡単だ」

「あンの野郎店主(オーナー)の義足を!!!」

「畜生ォっ、店主(オーナー)‼」

 

 倒れ伏したゼフの後頭部に銃口を突きつけるギンに、コックたちから悔しげな声が飛ぶ。

 しかし最も悔しげな表情を浮かべているのは、他ならぬギンの方に見えた。

 

「この男を助けたいだろ? 頼むサンジさん、おとなしくこの船を降りてくれ‼」

「船を降りろ? やなこった」

 

 わずかな期待を込めてサンジを見るギンだが、一秒もたたずに返ってきた答えに目を見開く。

 コックたちも、あまりの非情さに愕然としていた。

 

「バ…バカ野郎サンジ‼」

「挑発すんじゃねェ‼ 店主(オーナー)が………‼」

「なんてマヌケな姿だよクソジジイ。そんなんじゃ示しがつかねェだろ? 戦うコックどもに‼」

「フン…チビナスにァ何も言われたかねェな」

「何がチビナスだクソ野郎っ!!! いつまでも、ガキ扱いすんじゃねェ!!!」

 

 こんな状況下でも罵り合う二人に、コックたちから困惑の目が向けられる。

 一体何がそこまで彼らに壁を作るのか。

 だが、その考えは間違い出会ったことに気づいた。

 

「ギン。その銃、おれに向けろ」

 

 思わぬ言葉に、エレノアも目を見開いてサンジを凝視する。

 それは、憎み合うものが口にするとは到底思えない選択肢であった。

 

「………死ぬ気?」

「まァね」

 

 憎たらしげに笑みを浮かべるサンジに、コックたちはおろかギンも困惑する。

 たかが店を明け渡すだけで助かるのに、なぜ命を張るような真似をするのか、全くわからなかった。

 

「そんなに死にたきゃ…殺してやるぜ、いぶし銀にな‼〝超天然パ~~~ルプレゼント〟ッ!!!」

 

 動かないギンに代わるように、パールが真珠の盾でサンジを殴りつける。

 防御もできずに超硬度の打撃をくらってしまった彼は、吐血しながら膝をついた。

 

「サンジ!!! このっ…」

「手ェ出すな雑用っ!!!」

 

 飛び出しかけたルフィを制し、サンジはぼたぼたと血を流しながら唇を噛む。

 その表情には、激しい悔恨の念が浮かんでいた。

 

「卑怯じゃねェかよギン…そんな条件どっちものめねェよ‼」

「あんた…どうしてそこまで…⁉」

「何でだ‼ 簡単だろ、この店捨てりゃ全員、命は助かるんだぜ!!? ただ店を捨てるだけでみんな…」

「この店は、そのジジイの宝だ!!!」

 

 困惑するギンは、はっきりと言い切ったサンジにかける言葉を見つけられずにいる。

 たかが店としか思えない彼には、サンジがこだわり続ける理由がわからなかった。

 

「おれはクソジジイから何もかも取り上げちまった男だ。力も!!! 夢も!!! だからおれはもう、クソジジイには何も失ってほしくねェんだよ!!!」

「こんな時に下らねェことほざいてんじゃねェ………チビナスが」

「うるせェな‼ おれを、いつまでもガキ扱いするなっつってんだろうが!!!」

 

 罵る間にも、パールの猛攻がサンジに襲いかかる。

 意識が飛びそうになるのを必死にこらえ続けるうちに、サンジの脳裏にはかつての記憶が蘇っていた。

 

「………‼」

 

 サンジはかつて、別の海上レストランで見習いをしていた。

 今ほど食べ物を大切にするこだわりはなく、誰にも理解されない夢を見ながら日々を必死に生きるだけであった。

 そんな時、ある嵐の中でレストランは襲撃を受ける。

 現役の海賊であったゼフが率いるクック海賊団は食料以外の全てを略奪しようとした。

 それにサンジが反抗した時、高波にサンジはさらわれた。

 そして気がついた時には、ろくな植物も生えていない小さな島に、彼を救い出したゼフとともに流れ着いていた。

 残された食料を二人で分け、別々の場所で助けを待ち続けていた二人であったが、一ヵ月二ヵ月を超えたところでサンジは限界を迎えた。

 ゼフの食料を奪おうとさえ思っていた。

 だがそれはできなかった。

 ゼフの食料袋に入っていたのは、島ではなんの役にも立たない財宝の山。

 そしてゼフは、〝赫足〟と恐れられた片足を失っていた。

 

「…てめェの足をてめェで食って、おれに食糧を残してくれたんだ……。……おれを生かしてくれた」

 

 縁もゆかりもない、命をも狙おうとした子供をゼフは生かした。

 なぜなら彼らは、同じ夢を抱いていたから。

 いつの日か、〝偉大なる航路(グランドライン)〟で〝オールブルー〟を見つけるという夢を。

 

「レストランは渡さねェ‼ クソジジイも殺させねェ…たかがガキ一匹生かすためにでけェ代償払いやがったクソ野郎だ。おれだって死ぬくらいのことしねェと、クソジジイに恩返し出来ねェんだよ!!!!」

 

 血まみれになりながら、鈍い痛みの走る体に鞭打ち、サンジは立ち上がる。

 己が仁義を貫くために。

 恩人(ゼフ)にどれだけ拒否されようとも、コックたちに嫌われようとも、その意志だけは曲げられなかった。

 

「なぜ……立ち上がるんだよ、サンジさん…!!!」

「ハ―――ッハッハッハッハッハッハ‼ まだ受け足りねェか、おれの攻撃(プレゼント)を!!! キミに勝ち目はナイんだぞ‼ 結果が全ての勝負の世界‼ やられた奴が敗けなのさ‼ 人質とろうが店質とろうがブチのめした奴の勝利だ‼ 違いますか首領・クリーク!!!」

「そういうことだ」

「そうでしょう⁉ ギンさん‼」

 

 嘲笑するパールが同意を求めるが、ギンからの返事はない。

 それを勝手に同意と判断し、パールは心底可笑しそうに嗤った。

 

「つまり貴様はおれ達に手出しもできずに散っていくのさ、それでもなお、ナゼ立ち上がる‼ フンバるだけ無駄なのに」

「一時でも長く、ここがレストランで在るためさ」

 

 迷うことなく答えたサンジに、コックたちに動揺が走る。

 

「あ…‼ あの野郎死ぬ気かよ‼」

「クソガキが…」

 

 誰もが信じられないと言った表情で凝視するものの、ニヤリと不敵に笑うサンジの表情に本気であることを察する。

 あちこちから息をのむ音が聞こえる中、ギリッと歯をくいしばる音が響いた。

 

「……………男って、ほんとバカ」

「うゥ……‼︎」

 

 無言で事の成り行きを見守っていたエレノアが、そう言ってパチンと手を合わせる。

 同時に、怒りを押し殺したような唸り声を漏らしたルフィが、天に向かって勢いよく足を伸ばした。

 

「そういうバカは、好きになれないんだよっ!!!」

 

 バチィッと自らの翼に触れて、含んでいた水分を残さず分解し、もう一度手を合わせて今度は船の残骸に触れる。

 メキメキと音を立てて、木片が集まって一振りの太い槍へと変化していく。

 それを持ったまま、突如エレノアは天高く飛び立った。

 

「何する気だあいつらっ!!!」

 

 全員が目を見張って空を見上げる中、槍を携えたエレノアは頭上で振り回すと、黒く染まった槍の穂先をバラティエに向ける。

 一方でルフィも、長く伸ばした足を渾身の力で引き戻し、足元に向かって振り下ろした。

 

〝ゴムゴムのォ…戦斧(オノ)〟!!!

「吹き飛びなァっ!!!不毀の極槍(ドゥリンダナ)〟!!!

 

 同時に二つの強烈な一撃が炸裂し、バラティエの「ヒレ」が一発で粉々に砕け散る。

 その衝撃により、海中にいたコックたちや海賊たちがまとめて吹き飛ばされそうになった。

 

「ううわあああ―――っ!!!」

「『ヒレ』が砕けたァ―――っ!!!」

「あの小僧共、妙なマネを………!!! ギン‼ ゼフの頭をブチ抜け!!!」

「…しかし…」

 

 苛立つクリークの命令にギンはためらう。

 サンジへの義理のために、彼に戦わないように人質をとったのは確か。

 しかし自分たちへの攻撃ではなく、船への攻撃に関しては約束を破ったと判断するわけにはいかなかった。

 

「頭冷えたか大馬鹿野郎ども…」

「エレノアちゃん!!! どういうつもりなんだ!!?」

 

 ふわりと降り立つエレノアと、フンッと鼻息荒く拳を上げるルフィにサンジの怒号が飛ぶ。

 そんな彼に、エレノアは気だるげな目を向けた。

 

「もういい……うだうだうだうだ面倒臭いこと考えるのはやめにした。この船をアイツらに渡したくないってんなら、今ここで私がブッ壊してやる」

 

 エレノアの暴言に、コックたちはおろか海賊たちも目を吊り上げた。

 

「ああ!!? 何つったあいつ今!!!」

「船を沈めるだと!!?」

「ふざけんなァ――――っ!!!」

「おれ達の海賊船だぞ‼」

「フザけんなァ―――――っ‼」

 

 怒号が一斉に向けられるも、エレノアは表情一つ使えない。

 流石に聞き捨てならないサンジが、珍しく険しい視線をエレノアに向けた。

 

「いくら君だってな……それだけは許さねェぞ………‼︎ おれが今まで何のために、この店で働いてきたと思ってるんだ」

「それと君が代わりに死ぬことに…何の関係があるの?」

「君が、おれの受けた恩のデカさとこの店の何を知ってるんだ‼」

 

 サンジの剣幕に、今度はルフィがムッとした様子で向かった。

 胸ぐらに掴みかかり、本気で怒りをあらわにする。

 

「だからお前は店のために死ぬのかよ。バカじゃねェのか!!?」

「何だと!!?」

「死ぬことは恩返しじゃねェぞ!!! そんなつもりで助けてくれたんじゃねェ!!! 生かしてもらって死ぬなんて、弱ェ奴のやることだ!!!」

 

 ルフィにもエレノアにも、サンジの決断は許せるものではなかった。

 同じ命懸けで救われた者として、その命を無駄に散らす行為など、二人には許せるわけがなかった。

 

「じゃあ他にケジメつける方法があんのか!!!」

「まァケンカはよせよ、キミ達。キミらの不運は、ただこのクリーク海賊団を相手にしちまったことだ。どうせ何もできやしねェだろ‼ あの人質がある限りな‼」

 

 敵を差し置いて喧嘩を始める三人に、パールがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて向かってくる。

 燃える盾を振り上げ、無防備な三人に襲いかかった。

 

「ファイヤーパールで燃えて死ねェ!!!」

 

 空気を焼くその重い一撃が放たれようとした時だった。

 ドゴォン!!!と鈍い音がして、パールの鉄壁の鎧が一瞬にして砕け散った。

 それをやってのけたのは、奇妙な形のトンファーを携えた、ギンだった。

 

「悪いなパール、ちょっとどいてろ」

「何で…!!? ギン…さん…!!?」

「ギ‼ ギンさん、なんでパールさんを!!?」

「ギン、てめェ‼ 裏切るのか!!!!」

「申し訳ありません、首領・クリーク。…やはり我々の…命の恩人だけは、おれの手で葬らせて下さい」

 

 クリークや一味から非難の声が上がるが、ギンは決意を秘めたような表情でトンファーを構える。

 どこか吹っ切れた様子のある彼に、エレノアは満足そうに笑みを浮かべた。

 

「そうだ……それでいいんだよ、ギン」

 

 予想通りだ、とでも言いたげなエレノアにギンの訝しげな、しかしなんとなく答え合わせを従っているような目が向けられた。

 

「あんたも彼も譲れないものがある。そんなやり方で奪ったって、あんたにはきっと後悔だけが残る。恩や情が邪魔をして踏ん切りがつかないってんなら……一度真っ向から存分にぶつかればいい」

「……そのために、あんなことを言っておれをたきつけたのか」

「エレノアちゃん……だからあんなことを…」

「このままサンジくんがやられたままだったら、本気でこの船を沈めるつもりだったよ」

「フン………悪女め」

 

 サンジはどこかほっとしたように、ギンは呆れたような笑みを浮かべ、天族の少女の胆力に震えを覚える。

 

「……ほ、ほらうまくいった」

「うそつけ!!!! てめェは本気で船壊す気だったろ!!!」

 

 引きつった顔で嘯くルフィには、サンジのツッコミが入った。

 ゼフはエレノアをじっとりとした目で睨みながら、フンと鼻で笑った。

 

「……小娘が、でけェ口叩きやがる」

「くぐってきた修羅場の数が、あんな奴とは比べ物にならないもんで」

「いくつだてめェは…勝てんのか、あの小僧は」

「勝ちますよ。背負ってるものが違う」

 

 自信満々に言い切るエレノアに、ゼフはもう聞くまいというように視線を外してサンジたちに注目する。

 エレノアも軽くため息をつくと、ルフィとパンッと手を合わせて背を向けた。

 

「ルフィ、親玉は譲るよ……私はもう疲れた」

「おう‼︎ まかせとけ…あいつはおれがブッ飛ばす!!!」

 

 肩を落とし、そのままバラティエの中に入っていくエレノアに、ハッと我に返ったパティが声を荒げた。

 

「…は? お、おい‼︎ こんだけ引っ掻き回して引っ込むつもりかよ⁉︎ 何考えてやがんだてめェは!!!」

 

 ピタッと足を止めたエレノアは、ブルブルと肩を震わせると、振り返ってパティを鋭く睨みつけた。

 

「着替えるんだよ!!!!」

「……あ、スマン」

 

 エレメント・トリオにボロボロにされた服のことを忘れていたパティは、思わず素に戻って頭を下げた。

 ゼフの隣を通って船内に入り、壁に背を預けると、エレノアは深いため息をつく。

 

「………なんでこう、男の子ってのはバカな事くり返しちゃうんだろうな…」

 

 そのせいでハラハラさせられるのは、いつだって女の方だ。

 自分が両足を捧げた相手もそうであったと、またため息をついてしまうのだった。

 それからしばらくしてだった。

 血相を変えたパティとカルネが、船内に飛び込んできたのは。

 

「!!? 何⁉ どうしたの⁉︎」

「伏せろ新入り!!!」

「クリークの野郎が、猛毒ガス弾をぶっぱなしやがったァ!!!」

「なっ…!!?」

 

 ゼフを引っ張り込んでドアを閉める二人の言葉に、エレノアは目を見張る。

 慌てて両手を合わせた直後、物凄い衝撃とともに扉がぶちあけられ、毒々しい色の煙が侵入した。



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第30話〝信念の槍〟

 危険な毒ガスがバラティエを包み込む。

 海賊たちは防毒マスクをつけ、コックたちは海の中に飛び込んで難を逃れる。

 街一つを滅ぼせるという殺傷能力を持った兵器の中、エレノアたちも生き残っていた。

 

「………‼ 海賊が戦闘に毒ガスを使うなんて……‼」

「あっぶねェ……!!! この妙な風…お前がやってんのか…⁉」

「と、とにかく助かったぜ…‼」

 

 ドアの隙間から漂ってくるガスに恐怖していたパティとカルネだったが、エレノアの周囲に巻いている風の壁によって命拾いしていた。

 片足のゼフの身を案じながら、エレノアはガスが薄まって行くのを確認してから扉を恐る恐る開いた。

 

「ルフィたちは…無、事………!!!」

 

 外の様子を伺おうとした彼女の目に飛び込んできたのは。

 マスクを顔面に押さえつけられるサンジと、大量に吐血しながらマスクを押さえつけようとしているギンの姿だった。

 

「まさか…ギンはさっきのを食らって……!!?」

「お前はついてく男を間違えたらしいぜ…‼」

「クリ――――――ク!!!!」

 

 サンジとルフィが、部下をも見殺しにするクリークに怒りを燃やす。

 呆然としていたパティとカルネも、外に出てようやく状況を理解し始めた。

 

「サンジ!!?」

「うおっ‼ あの下っ端野郎毒ガスくらいやがったんだ‼」

 

 血まみれのギンを見て即座に察する二人に、サンジが必死の形相で怒鳴りつける。

 

「パティ‼ 解毒剤あったろ‼」

「おお…、あ…あるにゃあるが、でもありゃ食当たり用のだぜ⁉ 大体その野郎は敵なん…」

「なんでもいいから持って…‼」

「それじゃダメだよ‼」

 

 サンジの取ろうとしている対処を、エレノアが止める。

 クリークの毒ガス団がどんな種類のものかもわからない以上、手当たり次第に薬を使うのは逆に危険であった。

 焦るエレノアの目に、転がっている防毒マスクが目に入った。

 

「パティ‼ そのマスク持ってきて‼ 多少なりとも助剤を含んでるはずだからそれで何とかもたせるよ‼」

「ま、マスクってこれか⁉」

「2階へ運んでよく呼吸させて‼ 解毒は私が何とかするから‼ 早く、パティ!!! カルネ!!!」

「わ‼ わかった!」

「おれもかよ」

 

 慌てて向かってきたパティとカルネがギンを抱え上げ、バラティエの二階のテラスに連れて行く。

 まだ毒の余韻が残っていそうな一回よりも空気がきれいそうという考えのようだが、エレノアも正しいと考えた。。

 

「死なせない…私の目の前で、あんたは死なせない…‼」

 

 パンッと掌を合わせ、わずかに残っている毒ガスの痕跡に触れる。

 毒々しい色のガスが一瞬にして集まり、エレノアが取り出した瓶の中に液体となってこぼれ落ちた。

 

「絶対死ぬなよ、ギン…‼」

「!」

「フン…無駄だ…。もって一時間ってとこか…」

 

 クリークは目の前で苦しむ部下に、つまらなそうに鼻で笑う。

 忠義を尽くしてきた部下に対するあまりの暴言に、ルフィは血管が切れそうなほどの怒りをあらわにした。

 

「あんな奴になんか、殺されるな!!! 意地で生きろ‼ わかったな!!? あいつは、おれがブッ飛ばしてやるから」

「よせ…‼ あんたじゃ…あ、あの男に、勝てない…」

「バカ、落ちつけ!!! 真正面から飛び込めばあいつの思うツボだろ‼ 死ぬぞ!!!」

「死なねェよ」

 

 サンジとギンの制止も聞かず、ルフィはクリークに向かって走り出す。

 先ほどまで散々だまし討ちに会い、身体中に傷を負っているにもかかわらず、ルフィはクリークの顔面に拳を突き立てることだけを考えていた。

 

「撃ちたきゃ好きなだけ撃ってみろ!!!」

「おい!!! クソッ、勝手にしろっ……‼」

 

 無謀な突撃に、サンジもかける言葉が見つからない。

 勢いの衰えない彼の背中を、黙って見送るしかできなかった。

 

 

「おい、下っ端‼ しっかりしろよ‼」

「さぁ、空気吸え‼ いい空気いっぱい吸え‼ 水飲むか⁉」

「そうだ、おれの特製プリン食うか⁉」

「バカ、中毒者に毒くわしてどうすんだよ」

「毒とは何だコラ、てめェに人のこと言えんのか‼」

「おれの肉料理は世界一の…」

「ガフッ!!!」

「「死ぬな下っ端ァ‼」」

 

 毒が回っているためか、それとも周りがうるさすぎたのか、血を吐くギンにパティとカルネは慌てる。

 任されたばかりだというのに、ギンはいまにも死にそうになっていた。

 

「よく持ちこたえさせたよ、あんたたち‼」

「新入りィ!!?」

 

 そこへ現れたエレノアに、二人は期待と困惑の混じった目を向ける。

 二人だけではどうにもならなかったために、きてくれたことは喜ばしい。だが正直エレノアにどうにかできると思えなかった。

 

「ちょっと離れて、ギンの体内の毒を中和するから‼」

「ち、中和⁉ できんのかよそんなこと⁉」

「毒の成分さえわかればね。それに少し手間取った‼ でも、もう大丈夫‼」

 

 目を見開くパティを、エレノアは説明する時間も惜しいとばかりに押しのける。

 パンッと手を合わせ、激しく痙攣するギンの胸に手を当てた。

 

「『どうか、誰も傷つけぬ、傷つけられぬ世界でありますように』〝修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)〟!!!」

 

 青い閃光が辺りを照らし出し、ギンの体を蝕む毒素をまとめて消し去る。

 先ほど集めた毒を解析し、その成分を〝理解〟さえできれば、あとは手順通り〝分解〟して取り除くことができるはずだった。

 

「…これでもう、これ以上ギンの体内に毒が回ることはないよ」

「ほ、ほんとかァ⁉」

「毒を分解して、無害な物質に作りかえた……でも、毒に侵された部分は、私じゃ直せな(・・・)い……‼」

 

 普通じゃない解毒方法ではあっても、万能ではない。

 これ以上手の出しようがないエレノアは、自分の未熟さと無力さに歯噛みする他になかった。

 

「あとは、ギン自身の回復力に懸けるしか…‼」

「お、おおお…‼ が、頑張れよ下っ端ァ‼」

「死ぬんじゃねェぞ‼ クリークの奴は雑用が…いけるかなあ?」

「バカ‼ そこはおまえ、信じてだなァ…‼」

「無理だ…! あの人に、勝てるわけ…‼」

「そのへんは…」

 

 眉を寄せるパティとカルネに、エレノアはなんということはないという表情を向ける。

 その目は、いままさに激闘の音を響かせる海上に向けられていた。

 

「心配する必要ないと思うよ」

 

 鋼の鎧に無数の武器、無敵を誇ってきたクリークはいま……名もなき若き海賊によって猛攻を食らっていた。

 体に槍が突き刺さりながら、爆撃を何度も食らいながら、それでも立ち向かってくる青年に、クリークは煮え湯を飲まされ続けていた。

 

「…あの野郎、やりやがるぜ…」

「……」

「ね? 言ったでしょ?」

 

 剣山のようなマントで身を守っても、それごと殴りつけられて膝をつくクリークを見て、エレノアは笑みを深める。

 

「…ウーツ鋼の鎧もダイヤモンドの拳も、全身に仕込んだ無数の武器も、結局は人間が作った武器。なら、人間の力で壊せない道理はない」

 

 爆撃によって黒焦げになりながらも、硬いウーツ鋼の鎧に幾度も掌底を叩き込み、ヒビを入れるルフィが、駄目押しとばかりに両腕を伸ばす。

 

「そしてそれら、ただの道具は…己の奥底を貫くたった一本の槍にはかなわない」

「〝ゴムゴムの…〟‼」

 

 消して砕けぬ槍を備えた彼の目に、クリークは完全に気圧されていた。

 

「〝信念〟という大槍には!!!」

「〝バズーカ〟!!!」

 

 両腕から繰り出される渾身の掌底が、鎧もろともクリークの腹のど真ん中を貫く。

 鎧を破壊した威力がそのままクリークに襲いかかり、意識が一瞬で刈り取られかける。

 だがクリークはしぶとく、さらに隠し持っていた網をルフィに絡ませた。

 

「うかれるな!!!!」

「うわっ‼ 生きてた‼」

「クハハハハハ‼ 逃げられんさ、鉄の網だ!!! 下は海だぜ!!! 勝負あったなカナヅチ小僧ォ‼ 引きずり込めばてめェは溺れ死ぬ‼」

 

 死なば諸共、いやルフィだけを溺れさせて自分だけは助かろうという魂胆か。

 しかしそれでも、ルフィは諦めていなかった。

 

「勝負の果てに笑うのは常に、おれだと決まってる!!!」

「手足が出せれば、こっちのモンだ!!!」

 

 網の間から手足を伸ばし、クリークに向かって勢いよく伸ばす。

 クリークの顔面を両足で挟み込むと、両足をぐるぐるとねじってきつく縛り上げた。

 

「てめェら援護しろ!!!」

「は‼ はい首領・クリーク!!!」

 

 危機を悟ったクリークが部下たちに命令する。

 だがそんな彼らは、ギロリと恐ろしい目で睨みつけてくるサンジに止められていた。

 

「止めとけ、オロすぜ」

「ひいっ‼」

 

 部下たちの援護もなく、使える武器もなく、クリークはもうされるがままだった。

 ねじれた両足が元に戻り、それによって挟み込まれたクリークの体が回転する。

 

「〝ゴムゴムの〟ォ!!!〝大鎚〟!!!!」

 

 回転の勢いをつかせたまま、ルフィは敵をハンマーのように振り下ろし、船の残骸に向けて叩きつける。

 鎧を失ったクリークは、その一撃に耐えきることはできなかった。

 

「あああああああああ!!!」

「首領・クリ―――――ク!!!」

「やったぜ雑用ォオ!!!」

「や……や、やりやがった………‼ 海賊艦隊提督首領・クリークを…」

 

 クリーク海賊団の悲鳴が、コックたちの歓声が響き渡る中、死闘を終えたルフィは目を閉じ、鉄のあみに囚われたまま海へ落ちて行く。

 たった一人で立ち向かった青年に、ゼフは呆れたような目を向けて呟いた。

 

「…………クリークのかき集めた艦隊も武力、百の武器も毒も武力なら、あの小僧の〝槍〟も同じ武力ってわけだ」

 

 言葉を失うサンジに向けて、ゼフは皮肉げに笑ってみせた。

 

「下らねェ理由で…その槍を噛み殺してるバカを、おれは知ってるがね…………何してる。さっさと助けてやれ。あいつは浮いちゃ来ねェぞ。悪魔の実の能力者は海に嫌われカナヅチになるんだ」

「‼ バ…バカ野郎、それを早く言えよクソジジイ!!!」

 

 ゼフの一言で我に返ったサンジが、慌てて海に飛び込む。

 その必死な姿に、ゼフもエレノアも苦笑する他になかった。

 

「おれが最強じゃねェのかァ!!!」

 

 その時、ひび割れたような怒号が響き渡る。

 エレノアとルフィを抱えて海から上がったサンジが視線を向ければ、そこには白目を剥き、血反吐を吐き続けるクリークが駄々をこねるように暴れている光景があった。

 

「誰も、おれに逆らうな!!!! 今日まで全ての戦闘に勝ってきた‼ おれの武力に敵うものはありえねェ!!!」

「やめてください首領!!!」

「そんなに叫んだら体が…!!!」

「首領を抑えろ!!! もう意識は失ってる!!!」

「おれは勝ぢ…ガ…勝ぢ続ガ…ア!!! 勝ぢ…おれは最強の男だ!!!」

 

 勝者であり続けることにこだわり、自分の敗北を認められずに立ち上がろうとしている哀れな男に、エレノアは不快げな目を向ける。

 その声が、唐突に途切れた。

 

「首領・クリーク…おれ達は敗けました。潔く退いて、ゼロから出直しましょう」

 

 未だ青い顔色のギンが、クリークの腹に拳を入れ、強制的に黙らせたのだ。

 自分の倍はある体格のクリークを肩に担ぎ、ギンは不敵に笑った。

 

「世話になったな、サンジさん…」

「おォ…おととい来やがれ」

「おい下っ端‼ お前毒吸ってんだぞ猛毒っ‼」

「しかも、てめェを殺そうとしたその男連れてどうしようってんだ‼」

 

 まだ何か企んでいるのかとパティたちが騒ぎ出すが、ギンは吹っ切れた様子で、眠りこけているルフィに目を向けた。

 

「サンジさん…その人が目ェ覚ましたら言っといてくれるかい。『〝偉大なる航路(グランドライン)〟でまた会おう』ってよ」

「…まだ海賊やる気なの?」

「よく考えてみたら、おれのやりてェことはそれしかねェんだ。いつの間にか首領・クリークの野望は、おれの野望になってたらしい…」

 

 以前よりも生き生きとした表情でそういうギンだが、突然口から大量の血を履いて体を傾がせた。

 目を見開くエレノアたちだが、ギンは構うことなく立ち続けていた。

 

「もしかしたら…おれは。もうあと数時間の命かも知れねェな…悪いな……せっかく毒抜いてもらったってのに……」

「………あんたの命だ。自分のため(・・・・・)に使うってんなら、好きにしなよ……」

「ああ…時間がねェから覚悟が決まるってのも間抜けな話だがいい薬だよ。今度はおれの意志(・・・・・)でやってみようと思う…好きな様に。そしたらもう、逃げ場はねェだろ?」

 

 死にかけで大言を口にするギンに、エレノアは呆れた目を向ける。

 それでも、無駄死にを望んでいるわけではなさそうであるために文句はなかった。

 

「何が首領への忠義だ! おれは今まで首領クリークの名を〝盾〟に逃げてただけだ。覚悟きめりゃあ、敵が恐ェだのてめェが傷つかねェ方法だの、下らねェこと考えなくて済むことをその人に教えてもらったよ…‼」

 

 エレノアはギンをじっと見つめ、やがて深いため息をつくと、翼を使って一階に降りる。

 もう一度手を合わせ、ガレオン船の残骸に触れると、バラバラだったそれは一瞬で集まっていき、一隻の小型の船へと変化した。

 

「…餞別。出来はそこまでよくないけど、どうせあんたたちの乗ってきたものだから、好きに使いなよ」

「………‼ 十分だ…もったいねェくらいだ」

 

 少女が見せる不思議な技に見とれていたギンは、これ以上ない贈り物に不敵な笑みで答える。

 海賊たちや気絶したクリークとパールを積み上げ、沈みそうになる船に乗ってから、ギンは改めて振り返った。

 

「じゃあな。ありがたく貰ってくよ。返さなくていいんだろ? この船」

「返しに来る勇気があったら来てみれば?」

「ああ…また歓迎してやるよ」

「おっかねェレストランだな」

 

 挑発じみた捨て台詞に苦笑し、ギンはわずかな期待を抱いて、サンジとエレノアを見おさめる。

 そんな彼を、他のコックたちも勇ましい態度で見送った。

 

「おーよ、脳ミソに打ち込んどけ。ここは戦う海上レストラン『バラティエ』だ‼」

 

 海賊よりも恐ろしいコックたちのいるレストランを後にし、落ちぶれた海賊たちは再び海へと向かうのだった。



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第31話〝また逢おう〟

 最後の皿洗いを言えたエレノアは、一階でサンジと語らっているルフィを見下ろす。

 しばらくの間眠っていた彼と、サンジは伝説の海オールブルーへの夢を語っていた。

 

「ルフィも起きた…これで取りあえず、ノルマは終わったってことでいいんですよね?」

「小僧はともかくてめェはちと惜しいが……まァ仕方がねェ。さっさとどこへでも行っちまえ」

 

 相変わらず優しさのかけらもないゼフであったが、これしか彼は口にできないのだと理解しているため気にならない。

 しかしふと、神妙な顔つきでゼフはエレノアを見つめてきた。

 

「だがその前に、少しばかし茶番につきあっちゃくれねェか」

「え?」

 

 驚くエレノアに、ゼフは前々から決めていたある芝居について明かす。

 エレノアは思わず顔をしかめ、ジト目でゼフを睨んだ。

 

「…………彼に、彼自身を解放させるおつもりで?」

「おれァもともとあんなクソガキの贖罪なんざ必要としちゃいねェ…目障りなんだよ、あいつのことは」

「それが最後の命令なら……わかりました」

 

 フニオチないといった様子でため息をつくエレノアは、サンジを見下ろすゼフに呆れた目を向ける。

 あの二人は最後まで、憎まれ口を叩き続けるのかと。

 

「…最後くらい笑って見送ってやればいいのに。意地っ張りどもめ」

 

 そんな毒舌にも気付かず、ゼフは楽しそうに夢を語っているサンジに笑みを浮かべていた。

 

「うれしそうな顔しやがって…バカが」

 

 

「メシだァ――っ‼ 野郎どもォ――っ!!!」

「おい誰だ、今日の当番は」

「おれ様と‼」

「あ、おれ様よ‼」

「なんだ極道コンビかよ。たいした味じゃねェな、どうせ」

「黙って食えこのアホのボイル共っ‼」

 

 クリーク一味が去り、いつも通りの柄の悪さが戻ってきたバラティエであったが、この日は少し違っていた。

 

「ん? おい…おれ達の席は?」

「めしは?」

「おめェらのイスはねェよ」

「へっへっへ、床で食え床で‼」

「椅子がねェ⁉ …んなことあるかよ、レストランだぜここは」

 

 いつもしないような意地悪を言い、ばかにしたような態度で笑う彼らに、サンジもルフィも訝しげな表情を浮かべる。

 エレノアだけが、ブスッとした様子で黙り込んでいた。

 

「しょうがねェな」

「何かへんだな、あいつら…」

「いつもへんだよ、あいつらは。エレノアちゃんも何で黙ってるんだ?」

「…別に」

「おい今朝のスープの仕込みは、誰がやったんだ⁉」

 

 文句を言いながら床に座っていると、唐突にパティがスープのもられた皿を手に立ち上がった。

 それを見たサンジは思わず笑みを浮かべるが。

 

「…おう! おれだ、おれ‼ うめェだろ⁉ 今日のは特別にうまく…」

「こんなクソマズいもん飲めねェよ!!! ブタのエサかこりゃあ!!?」

 

 パティはそれを、なんのためらいもなく床に叩き落とした。

 このレストランではご法度である、食べ物を粗末にするという禁忌を、パティは犯したのだ。

 

「おい、人間の食べ物はお口に合わなかったかいクソダヌキ」

「はん…ここまでマズイと芸術だな、吐き気がするぜ。クソでも入れたか?」

「悪ィが今日のは自信作だ。てめェの舌がどうにか…」

「ウエッ、まずっ‼」

「飲めねェ飲めねェみんな捨てちまえっ‼」

「ぺっぺっぺっこりゃ飲めねェ‼」

 

 怒りをあらわにするサンジの前で、コックたちは次々にスープを床に捨て、絨毯を汚し始めた。

 エレノアはわかっていたように何も言わなかったが、それでも険しい表情でパティたちを見つめていた。

 

「てめェら一体何のマネだ!!!!」

「てめェなんざ所詮〝エセ副料理長〟だ、ただの古カブよ‼」

「もう暴力で解決されるのはウンザリだぜ」

「マズイもんはマズイと言わせてもらう」

「何だと…」

 

 絶句するサンジの背後で、ガチャンと皿が落ちる音がする。

 振り返れば、不快げな顔をしたゼフがサンジを睨みつけ、床に落としたスープを指差していた。

 

「おい何だこのヘドロみてェなクソまずいスープは!!! こんなもん客に出されちゃ店がつぶれちまうぜ!!!」

「ふざけんなクソジジイ!!! てめェの作ったスープが、これとどう違うってんだよ‼ 言ってみろ!!!」

「おれの作ったモンと…? うぬぼれんな!!!」

 

 激昂したゼフは、サンジを殴った(・・・)

 料理人として一度も手を使って人を傷つけたことなどない彼が、サンジにだけ初めて拳を振るったのだ。

 それはつまり、サンジを料理人としてではなく、ただの一人の人間として扱ったという意味にも取れた。

 

「てめェが、おれに料理を語るのは、百年早ェぞチビナス!!! おれァ世界の海で料理してきた男だぜ!!!」

「………!!! クソ!!!」

 

 悔しさと怒りに顔をくしゃくしゃにしたサンジが、苛立ちをぶつけ損ねたまま背を向ける。

 しんと静まり返ったバラティエの中で、エレノアはジト目を向けた。

 

「…大根役者どもが」

「このスープメチャクチャうめぇのにっ‼」

「そんなことは……ここのみんな知ってるみたいだよ。ねェ?」

「……そうだよ」

 

 エレノアが聞き返すと、コックたちは苦虫を噛み潰したような表情で答えた。

 

「あー、恐かった。あいつマジでキレんだもんなー」

「サンジの料理の腕はここにいる全員が認めてる」

「こうでもしねェと聞かねェのさ、あのバカは………‼ なァ…小僧共…」

 

 どんなに喧嘩しようとも、嫌おうとも、仲間が努力してきたことも、その実力も知っている。

 これは素直に本音を伝えられない彼らなりの、サンジへの優しい嘘だった。

 

「…………あのチビナスを、一緒に連れてってやってくれねェか。…………〝偉大なる航路(グランドライン)〟はよ……あいつの夢なんだ」

「全く店主(オーナー)も面倒くせェことさしてくれるよなァ」

「ヒヤヒヤしたよじっさいよー」

「おれスープおかわり‼」

「おれも」

「おれもだ‼」

 

 もうサンジの目が届かないことをいいことに、コックたちは自分でこぼしたスープをもったいなさそうに見下ろしてから厨房に向かう。

 本当に素直じゃないと呆れながら、エレノアは扉の外でうずくまっているサンジのことは黙っておこうと決めた。

 

「……で? どうする? 船長」

「いやだ」

「「「「何――――――――っ!!?」」」」

 

 が、コックたちによるせっかくの演技は、ルフィにとっては気に入らない結果だったらしい。

 

「どういうことだ小僧‼ 貴様、船にコックが欲しいんじゃねェのか⁉ あの野郎じゃ不服か」

「ううん。素質は充分……ていうか期待以上だと思うよ」

「でもあいつはここでコックを続けたいって言ってるんだ。おっさん達に言われてもおれは連れてけねェよ」

「あいつの口から直接聞くまで納得出来ねェってわけか」

「わけだ」

「当然の筋でしょ?」

「……まァ確かにな。だが、あのヒネくれたガキが素直に行くと言えるかどうか…」

「言えるわけないっスよ。あいつはかたくなにアホだから」

 

 これでは無理やり連れて行くのと変わらない。

 サンジが自分から行くという言葉を聞ければいいが、彼の性格を見る限り難しく思えた。

 だがその時、店に大きな衝撃が響き渡った。

 バラティエの扉をぶちあけながら、人間の上半身と魚の下半身の形をした影が飛び込んできたのだ。

 

「何事⁉」

「サンジ‼」

「何だこいつは‼ 人魚か⁉」

「魚人等からはるばるうちのメシを食いに⁉」

「こんなに不格好な人魚はさすがにいないと思うよ…これただのパンサメに食われた人間だ。……ってヨサク⁉」

「ああ…エレノアの姉貴…‼」

 

 見覚えのある男がまた瀕死になっているという光景に、エレノアは大きく目を見開いた。

 冷えた体を温めるために、コックたちが用意してくれた毛布で体を包み、温かい飲み物を飲みながらヨサクは語った。

 

「追いついたわけじゃねェんすけどね。ナミのアネキの船の進路で、大体の目的地がつかめたんす」

「ふーん。じゃ連れ戻せるじゃん」

「それが、その…そのアネキの目的地っつうのが、あっしらの予想通りだとしたらとんでもねェ場所で…‼」

「それであんただけ知らせに戻ってきたと…」

 

 結構な距離があっただろうによくやる、とエレノアは半分感心し半分呆れる。

 実力はともかく根性は相当なものだ。

 

「まァ、詳しいこと後で話しやす! とにかくおふた方の力が必要なんです。あっしと来て下さい‼」

「よし! 何かわかんねェけどわかった‼ 行こう‼」

「いろいろと言いたいこともあるしね…」

「待てよ」

 

 早速準備を進めようとする四人の元に、サンジから制止の声がかかった。

 

「おれもいくよ。連れてけ」

「え⁉」

「サンジ、お前…」

「つきあおうじゃねェか、〝海賊王への航路〟。バカげた夢はお互い様だ、おれはおれの目的の為にだ。お前の船の〝コック〟おれが引き受ける。いいのか? 悪ィのか?」

「いいさ!!! やった―――――っ!!!」

 

 急な心変わりにルフィは戸惑いながらも喜び、ヨサクとともに手をつないで回りだすが、エレノアは心配そうな表情を浮かべていた。

 

「……いいんだね?」

「あぁ…ゴメンよ。バカ共のヘタクソな演技につきあわせちまって」

「てめェ知ってたのか‼」

「筒抜けだよ。てめェらバカだから」

「何ィ!!?」

 

 早速戻ってきた毒舌に反応しかけるが、サンジはあざ笑うようにゼフを見やるだけであった。

 

「…つまり、そうまでしておれを追い出してェんだろ? なァクソジジイ」

「てめェは何でそういう口の聞き方しかできねェんだ、コラ‼」

「どうしてこう………素直になれないのか」

 

 どっちも本当に伝えたい思いがあるだろうに、それを口にしない、いやできない姿にエレノアは歯噛みする。

 もどかしくて仕方がなかった。

 

「…フン、そういうことだチビナス。もともとおれはガキが嫌いなんだ。くだらねェモン生かしちまったと後悔しねェ日はなかったぜ、クソガキ」

「は……上等だよクソジジイ。せいぜい余生楽しめよ」

 

 そんないつも通りの憎まれ口を叩きあった後、サンジは準備のために自室へ向かう。

 コックたちからしばらくの航海のための食料を分けてもらいながら、エレノアは一人一人に別れと感謝の言葉を述べていった。

 ものすごく引き止められたが。

 

「遅いっスね、コックのアニキ」

「もう来るよ。…ほら」

 

 サンジの買い出し船に乗って待っていると、片手にカバンを下げたサンジがやってくる。

 そんな彼に、背後から巨大なスプーン状の武器を振り上げたパティとカルネが襲いかかった。

 

「積年の恨みだ!!!」

「覚悟しろサンジ!!!」

 

 これまでの怒りをぶつけようとするが、当然のごとく二人は瞬殺された。

 

「勝てねェって、お前らじゃ」

「行こう」

「? いいのか? …あいさつ」

「いいんだ」

 

 のびている二人を気にすることなく、コックたちの方に振り返ることもなく、サンジはルフィたちを促して出発しようとする。

 そんな彼の背に向けて、ゼフが小さく口を開いた。

 

「おい、サンジ。カゼひくなよ」

「……!!!」

 

 その何気無い一言が、引き金となった。

 ゼフから初めて聞いた気遣いの言葉が、サンジの胸にこれまで積み重ねてきた感情を思い起こさせる。

 溢れ出す涙をこらえるこちができず、サンジはその場で膝をつき、ゼフに向かって深々と頭を下げていた。

 

「オーナーゼフ!!! ……長い間!!! くそお世話になりました!!! この御恩は一生…!!! 忘れません!!!!」

「くそったれがァ!!! さみしいぞ畜生ォオ!!!」

「ざびじいぞ――――っ!!!」

 

 サンジが初めて口にした感謝の言葉に感極まり、気絶していたはずのパティとカルネが号泣しながら本音を口にする

 それを皮切りに、他のコックたちもボロボロと涙をこぼしながらサンジとの別れを惜しみ始めた。

 

「ざびじいぞォ!!!」

「かなしいぞ畜生ォ!!!」

「……バカ野郎どもが……‼ 男は黙って別れるモンだぜ」

 

 そういうゼフの目からも、隠しきれない涙の雨がこぼれ落ちる。

 ともに同じ時を過ごしてきた彼らの心は今、なんのしがらみもなく繋がっていた。

 エレノアとルフィは顔を合わせ、満面の笑みを浮かべる。

 

「また逢おうぜ!!!! クソ野郎ども!!!!」

 

 多くの仲間に見送られながら、忠義の男サンジは大海へと踏み出したのだった。



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第5章 アーロンパーク 第32話〝アーロンパーク〟

お久しぶりです。
ようやく書き切れたので投稿させていただきます。


「うわあああああん…」

 

 広い広い海のど真ん中で、なぜか一人の男が号泣する声が響く。

 海上レストラン『バラティエ』の荒くれコックたちに見送られ、男泣きしながら出発した一行であったが。

 

「……なんであんたが泣くのよ、ヨサク」

「だっで感動じだんでやんず!!! あっぱれな別れっぷりでじだコックのアニギ…………!!!」

「お前、この進路ちゃんとあってんだろうな…」

 

 当のサンジはとっくに泣き止んでいるというのに、ほとんどバラティエにいなかったはずのヨサクが一番泣いているという謎の状況。

 チクチクと地道にフードを直すエレノアがジト目になってしまうのも仕方がなかった。

 

「あー早くナミ連れ戻して〝偉大なる航路(グランドライン)〟行きてーなー‼︎」

「やけに嬉しそうだな。ナミさんが帰って来てもまだ、たった6人だろ? 本当に6人で〝偉大なる航路(グランドライン)〟へ行く気かよ」

「あの海をナメるなって、いつも言ってるんだけどねェ…」

「仲間集めなら〝偉大なる航路(グランドライン)〟でもできるさ! なんたって『楽園』だもんなー」

「『楽園』? 『海賊の墓場』だろ⁉︎」

 

 不思議そうな顔で尋ねるサンジに、ルフィは夢と期待に満ちた表情で答えてみせた。

 

「レストラン出る前にさ、オーナーのおっさんが教えてくれたんだ。〝偉大なる航路(グランドライン)〟を『楽園』と呼ぶ奴もいるんだと‼︎ しししし‼︎」

「…………クソジジイがそんなことをね……まァ、おれはナミさんとエレノアちゃんが一緒なら、たとえ三人だけでも…」

「甘すぎるっすアニキ達!!!」

 

 呑気に笑うルフィと、二人の美女と一緒に航海する光景を妄想して鼻の下を伸ばすサンジ。

 そんな二人に、ヨサクは鬼のような形相で待ったをかけた。

 

「だいたいアニキ達はエレノアの姉貴の言う通り〝偉大なる航路(グランドライン)〟を知らなさすぎる!!! 今回だってその辺の知識があれば、ゾロのアニキ達もあっしと一緒に引き返してきたはず!!! ナミの姉貴が向かった場所がどんなに恐ろしい奴のもとかってことくらい理解できたはずなんす!!!」

「メシにすっか」

「そうしよう?」

「そこになおれ!!!」

「なんかごめんねヨサク」

 

 せっかく忠告のつもりで話しているのに、全くのガン無視をかまして食事の用意を進めようとしている二人に、ヨサクは思いっきり怒鳴りつける。

 気を使ってくれるエレノアはともかく、この二人の認識はあまりにも酷すぎた。

 

「これから行く場所について、あんたがたも知っておかなきゃならねェ‼︎ そもそも〝偉大なる航路(グランドライン)〟が海賊の墓場と呼ばれるのは…」

「君臨する三大勢力…〝世界政府〟〝七武海〟〝四皇〟のせい、でしょ?」

「その通りっす‼︎ わかってるのはあんただけっすよ!!!」

「そんな泣かなくても…」

「七ブカイ?」

 

 聞きなれない名称にルフィが首をかしげる。

 エレノアは苦虫を噛み潰したような顔で振り向き、深いため息をついてからこの海の()()を教えてやることにした。

 

「簡単に言えば、世界政府公認の七人の海賊達のこと。未開の地や海賊を略奪のカモとして、その収穫の何割かを政府に収めることで海賊行為を許された海賊達だよ」

「他の海賊達にいわせりゃ〝政府の狗〟に他なりやせんが、奴らは強い!!!」

「あの〝鷹の目〟だって七武海の一人だからね。正直この先で相対するのは避けたいよ」

 

 やれやれと言った様子で肩をすくめるエレノアだが、ルフィにとってはとんでもない真実であったらしい。パンパンとサンダルを鳴らして興奮しまくっていた。

 

「そりゃすげーっ‼︎ あんなのが7人もいんのかよ‼︎ 7ブカイってすげェ‼︎」

「…で? なんでナミの行き先に七武海が関連するわけ?」

 

 相変わらず海の知識に乏しい船長にジト目を向けながら、エレノアはヨサクに注目を戻した。

 ヨサクはやっとかというようにため息をつき、神妙な顔で身を乗り出した。

 

「問題はその七武海の中の一人、魚人海賊団の頭〝ジンベエ〟‼︎」

「魚人か! おれ、まだ会ったことねェよ!」

「魚人といやあ〝偉大なる航路(グランドライン)〟の魚人島は名スポットなんだろ? そりゃあ、もう世にも美しい人魚達がいるって話だぜ」

 

 別の注目でまた話が脱線しそうになり、エレノアはルフィとサンジをギロッと睨みつけた。しかしすぐに自分を落ち着かせ、ヨサクに話の続きを促した。

 

「〝海俠〟のジンベエ? あの人が何をしたっていうの?」

「ジンベエは〝七武海〟加盟と引きかえに、とんでもねェやつをこの東の海(イーストブルー)へ解き放っちまいやがった」

「こういうのかな」

「お前、そりゃキモい魚だよ」

「あんた達に集中力はねェのか‼︎」

「あいつらはもういいから、さっさと話進めてよ」

 

 さっきから全く関係ない話で盛り上がっている二人にヨサクがキレかけるが、半ば諦めたエレノアは放置を決めた。

 ヨサクもあまり込み入った話をしても仕方がないと思ったのか、同じようにため息をつくと続きを話した。

 

「ややこしい戦いの歴史はとっぱらいやす。今あっしらが向かっているのは〝アーロンパーク〟!!! かつて〝七武海〟の一人ジンベエと肩を並べた魚人の海賊〝アーロン〟の支配する土地です!!!」

「〝ノコギリ〟のアーロンか…個人の実力なら、首領クリークをしのぐだろうね。あんたがそこまでビビるのも仕方がないか」

 

 ヨサクが告げた海賊の名から以前見た手配書の賞金額を思い出し、エレノアは眉間にしわを寄せる。

 普通に考えれば、これまであってきた賞金首たちの額を大きく上回る魚人が相手なのだ、ヨサクが恐れるのも仕方がない。

 

「…………でもよ…、お前途中で引き返してきたんだろ? 何でナミさんがそこへ行くってわかるんだ? 同じ方角の別の場所かもしれねェだろ」

「あっしとジョニーに少し心当たりがありやしてね………‼︎ 進路踏まえてよォく今思い返してみると…‼︎ 確かに姉貴はアーロンの手配書ばかりじっと見てた。そしてアーロン一味が最近また暴れ出したってことをあっしらが口走った直後…」

「宝をもって船を出したと…確かに偶然にしてはできすぎてるね」

「きっと何らかの因縁が…」

 

 なかなか見えてこない真相に真剣な表情で悩むエレノアとヨサク。

 その横で、ルフィはさっき書いた魚人の絵を新しく描き直したものを見せていた。

 

「みろ‼︎ これは⁉︎」

「そりゃさっきの魚を立たせただけじゃねェか。しかしナミさん、その魚人に何の用なんだろうなァ。もしかして彼女は人魚だったりしてな! あのかわいさだもんなー」

「いや関係ないでしょ」

 

 タバコの煙をハートの形にして、デレデレしただらしのない顔を見せるサンジに、エレノアは冷たい目を向ける。どうしてさっきからこの男はこんなことしか考えられないのか。

 サンジのセリフを聞いたルフィは、戸惑った様子で自分の魚人の絵にオレンジ色の髪を付け足した。

 

「……え?」

「ブッコロスぞてめェ‼︎」

「あんたがたあっしの話ちゃんと理解したんですか⁉︎」

 

 ナミが変な化け物に変えられたことでキレるサンジに、流石に我慢の限界に達したヨサクが叫ぶ。

 そんな彼に、ルフィは相変わらずの笑顔を見せた。

 

「ああ、強い魚人がいるんだろ。わかったよ」

「いいえ、わかってやせんね‼︎ だいたい強さをわかってねェ‼︎」

「そんなもん着きゃあわかんだろうがよ」

「そうそう、心配しないでよヨサク」

「あっしの話した意味がねェっ!!!」

 

 せっかく真剣な話をしていたのに、警戒させることもできなかったヨサクは思わずがくりと膝をつく。

 その肩をエレノアがよしよしと優しく叩いてやっていた。

 

「とにかく飯にしようぜ。何が食いたい?」

「骨ついた肉のやつ!!!」

「あっしモヤシいため!!!」

「カルパッチョでも頼もうかな」

「よし‼︎ 任せろ‼︎」

 

 吹っ切れたのか一緒になって騒ぎ出したヨサクに苦笑しながら、エレノアもリクエストを出す。

 しばらくして香り出すいい匂いに、ルフィは実に幸せそうな笑みを浮かべた。

 

「ん――いいよなー、コックがいると」

「おれはお前らなんかより、早くナミさんにお食事作ってさし上げてェよ。あ、エレノアちゃんもいっぱい食べてくれると嬉しいな‼︎」

「はいはい」

「あっし! モヤシ! 大盛りで!」

 

 さりげなく口説いてくるサンジを適当にあしらいながら、エレノアはヨサクが教えてくれた航路の先を見つめる。

 この先にいるのは、七武海の一人によって解き放たれたおそるべき海賊が支配する島。それを思うと、エレノアの眉間には深いシワがよるのだった。

 

「アーロンパーク…ねェ。こりゃあ〝偉大なる航路(グランドライン)〟に行く用事がもう一つ増えちゃったな」

 

 その呟きは他の仲間たちに届くことはなく、不穏な雰囲気を残したまま風に消えるのだった。

 

 

「ンッンーンーンンッンンー♪ そろそろ時間か‼ モーム!!! メシの時間だぞーっ!!!」

 

 口先が長く伸びた、六本に腕を持つタコの魚人が陽気に鼻歌を歌っている。

 その手には、こんがりと香ばしく焼けた大きな豚が丸々一匹刺さった棒を持っている。

 彼は自分の口を掴むと、まるでラッパのような軽快な音を鳴らして海の中にいるある怪物を呼び出そうとした。

 しかしいつまで経っても水面に影が現れることはなく、静かな時間だけが過ぎて行った。

 

「っっっっかシーな⁉ あのヤロー⁉ ブタの丸焼きはあいつの好物なのにな⁉ もうメシ済ましちまったのかな⁉ おれが食っちまうかな⁉ なァフカ爺いいかな⁉」

「ぐがー…」

 

 流石におかしいと思ったのか、訝しげな顔で首をかしげるタコの魚人は傍で仰向けになって眠りこけている魚人の老人に話しかける。

 しかし老人は大きないびきをかいたまま、反応することはなかった。



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第33話〝偉大なる航路(グランドライン)の怪物〟

 アーロンパークを目指すルフィたちの前には、ある一匹の訪問者の姿があった。

 小舟がまるまる隠れてしまうほどの巨大な影を前にして、ヨサクを除いた三人は訝しげな半目を向けていた。

 

「何だ、こいつ」

「でけェ………」

「おや珍しい」

「うわああああああああ海獣だァああああああ!!!」

 

 ヨサクの悲鳴が響き渡る。

 ルフィたちの前に現れた影、その正体は十メートルは超える巨体に大きなヒレを持つ、牛の顔を持った怪物。海獣と呼ばれる、陸の動物の特徴を持った巨大な水棲生物の一種だった。

 

「牛だーっ!!! でけーっ‼」

「牛か? 泳ぐか? フツー…カバだろ」

「いや、これは海牛!〝偉大なる航路(グランドライン)〟の生き物だよ。…ちなみに哺乳類か魚類かは私も知らないや」

「のんきなこと言ってる場合っスか!!? こいつどう見てもこっちを狙ってますよ!!!」

 

 ボケーっとした顔で小舟を覗き込んでくる海牛にヨサクはさっきから騒ぎっぱなしであった。

 件の海牛はサンジの作っている料理に興味を惹かれたのか、クンクンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。

 

「狙いはメシだ!!! 早く渡してください、船をひっくり返されちまう!!!」

 

 こんなところで海の藻屑となるなどごめんだ、とヨサクは料理を持っているサンジに促す。

 が、そんな提案をこの男がのむはずがなかった。

 

「〝ゴムゴムの(ピストル)〟!!!!」

 

 料理に気を引かれていた海牛の横っ面に、情け容赦ないルフィの拳が炸裂する。

 海牛の巨体が一瞬海上に浮き、口から漏れた血とともにざぶんと海に沈み込むのを見届けると、ルフィはビシッと指をさした。

 

「おれのメシに手ェ出すな!!!」

「やった‼ すげぇ‼ ルフィの兄貴!!!」

 

 出会ったら即逃げようと考えていたヨサクだったが、この船に乗っているのは常識外の連中ばかりであったことを思い出して内心かなりホッとしていた。

 しかし小舟の上であまり力が入っていなかったのか、海牛はすぐさま眼を覚ますと凄まじい形相で向かってきた。

 

「モォオオオ!!!」

「うわっ‼ 怒りをかったみてェっス‼」

「もう一発か‼」

「バカ野郎どもォ‼ 腹空した奴をむやみにブッ飛ばすな‼」

 

 即迎撃に入ろうとするルフィとヨサクの脳天に、サンジのかかとが食い込んだ。

 サンジは料理を装った皿を持つと、慈愛のこもった目で海牛を見つめた。

 

「きっとこいつはケガでもして自分でエサをとれねェんだ。なァ…そうだろう?」

「優しいねェ…」

「なんて愛だ…」

「……………?」

 

 空腹な奴にのみもたらされるサンジの深い愛に、ヨサクやエレノアは思わず閉口する。

 実際は飼い主にエサの時間に呼ばれたはいいが、出るところを間違えただけとは夢にも思うまい。

 

「さァ、食え」

 

 ホカホカと出来立ての料理の皿を差し出し、笑みを浮かべるサンジ。

 そんな彼の前で、海牛は大きな口を開く。…エレノアに向けて。

 

「「死ねコラァ!!!!」」

「あんたら何やってんスか!!!」

 

 サンジとエレノアの渾身の蹴りを受け、海牛がまた空中にブッ飛ばされる。

 先ほどと180度も違う塩対応に、思わずヨサクは絶叫していた。

 

「あのヤロー今、エレノアちゃんを食おうとしやがった‼」

「恩を仇で返しやがってあのヤロー…」

 

 スパー、と不機嫌そうにタバコの煙を吐くサンジに、危うく餌にされかけたエレノアが靴を鳴らす。

 今度こそ仕留めたかと思いきや、再び水面が盛り上がりさっきよりも凄まじい怒りを燃やした海牛が顔を出した。

 

「モォオオオ!!!!」

「来たァ!!! 船沈める気でやすよ!!!」

「…ねェ知ってる?」

 

 慌てふためくヨサクをよそに、顔に影を落としたエレノアがポツリと呟く。

 

「海獣の肉ってねェ……抵抗の強い水中だとかなり引き締められてお肉がおいしくなるんだってさ………」

「!!!?」

 

 にっこりと黒い笑みを浮かべるエレノアに、その場にいた誰もがゾッと背筋を震わせた。

 無論海牛も例外ではなく、燃えたぎっていた怒りが一瞬で鎮火し、エレノアから距離を取ろうとザバババッと後ずさる。

 しかしその時にはすでに、エレノアは海牛のすぐ目の目にまで跳んでいた。

 

「『我が槍は是正に一撃必倒。「神槍」と謳われたこの槍に一切の矛盾なし!』神槍无二打(しんそうにのうちいらず)〟!!!

 

 鋼鉄の義足、そして卓越した脚技による一撃が、海牛の首に炸裂する。

 すでにルフィとサンジによる度重なる攻撃を受けていた海牛は耐えきれず、白目を向いて海に倒れ込んでいった。

 

「今日の食材ゲッツ」

 

 満面の笑みで小舟の上に着地する天使の少女。

 その変貌ぶりに、男子たちは味方とわかっていながらもゴクリと唾を飲み込んでいた。

 

 

「ほら、食卓に上がるのがイヤならさっさと引きなさい」

「鬼っスね…エレノアの姉貴」

 

 その後、気が付いた海牛を脅しつけ、小舟を引かせることにし、快適な速さでアーロンパークまでを目指すこととなる。

 ボロボロの海牛を無理やり働かせるエレノアに、ヨサクは戦慄の目を向けるばかりであった。

 

「さ――メシだ」

「あいよ」

「おなか減ったァ」

「ムチャクチャだ、この人達」

「ヨサク、茶ァ‼」

「茶ァ‼」

「へ――い」

 

 否応がなく見せつけられる化け物っぷりに、もう突っ込む気にもなれず、いつのまにかお茶汲み係になってしまうヨサク。

 そしてそんな旅の果てについに、目的地である島が見え始めた。

 

「見えたぞ、アーロン・パーク!!!」

「コラ‼ 疲れるなカバ‼」

「やっぱあれだよ、あんた達のが効いてんのよ…」

 

 徐々に衰えていく海牛の泳ぐ速度に、自分のことを差し置いて呆れたように呟くエレノア。

 息も切れ切れの海牛にそのまま進ませていると、目印にしていた門のような建物から向きがズレ始めた。

 

「おい‼ 違うぞもっと左だ!!!」

「あの建物だぞ‼」

「だめだ岸にぶつかるゥ!!!」

 

 慌てて方向を変えさせようと指示を出すが、もはや海牛は前に向かって泳ぐしか頭にないほど疲弊しているようだった。

 そしてついに、海牛は門の脇の岸に激突し、引っ張られていた小舟はその衝撃で空中に吹っ飛ばされてしまった。

 

「うほ―――っまるで空を飛んでるようだ――」

「ブッ飛んでんだよ、バカ‼」

「あの海獣には悪いことしたな…」

「落ちる――――――――――っ!!!」

 

 身動きの取れない空中でパニックになる小舟。

 とっさに帆を操り、正面からの風を使って小舟の落下先を変えて操るエレノアが叫ぶ。

 

「林につっ込むよ!!! しっかりつかまってなさい!!!」

 

 その直後、バキバキと枝をへし折りながら小舟が木々の中に突っ込んでいく。

 幸いにも小さな森の中の下り斜面に着地したために惨事は免れたが、ソリか何かのように滑り落ちる速度は上がる一方であった。

 

「うおっ‼ 着地した‼」

「でも止まりやせェん!!!」

「舌噛むからしゃべんないでよ‼ なんとか平地で減速して…」

 

 森の中を抜け、小舟を止めるすべを探そうと試みるエレノア。

 その進行方向上に、なぜかゾロが飛び出してきた。

 

「え!!? ゾロ君!!?」

「アニキィ!!!」

「ルフィ…!!!」

 

 あっけにとられ、船の操縦を誤るエレノアと突然の事態に固まるゾロ。

 その直後、凄まじい轟音とともに小舟の残骸があちこちに散らばっていった。

 

 

「てめェら一体何やってんだ!!!」

「何ってナミを連れ戻しにきたんだよ。 まだ見つかんねェのか? ウソップとジョニーは?」

「ヨ…ヨサク大丈夫ー?」

 

 小舟の残骸の中で、血まみれになりながら怒鳴るゾロにルフィが答える。

 原因とも言えるエレノアは、なぜか頭から地面に突っ込んでいるヨサクを介抱するという口実で視線を逸らした。

 

「ウソップ……⁉ そうだ! こんな所で油うってる場合じゃねェっ‼」

「ん? どうした⁉」

「あの野郎今、アーロンに捕まってやがんだ! 早く行かねェと殺さ…」

「殺されました!!!」

 

 慌てて駆け出そうとしたゾロに、別行動していたらしいジョニーが叫ぶ。

 一瞬彼が何をいっているのかわからなかったゾロは、呆然とした様子でジョニーを凝視した。

 

「…ジョニー…?」

「手おくれです…ウソップの兄貴は、もう殺されました!!! …………!!! ナミの姉貴に!!!」

 

 その信じられない一言に、誰もが言葉を失っていた。

 

 

 ルフィたちが島に到着したちょうどその時、アーロンパークでは別の騒ぎが起きていた。

 島に近づく海軍の船が見えたからだ。

 

「第77支部?」

「ああ、そう書いてあった」

 

 報告したエイの魚人に訝しげに聞き返す、刺々しい長い鼻を持つノコギリザメの魚人。

 この男こそ、恐怖と力によって島を支配する海賊、そしてナミが()()する魚人海賊団のボス、〝ノコギリ〟のアーロンであった。

 

「新顔だな…妙なマネしてくれるなと。誰か行ってお偉いさんと交渉してきな。2百万で手を打てねェ様なら消していい」

 

 最も近い海軍基地である第15支部は、すでにアーロンが買収しているために危険はない。

 しかし面識のない海軍支部の連中ならば、また一から交渉を始めねばならないと、面倒そうな顔になるアーロン。

 しかしそんな彼の元に、軍艦から一発の砲弾が発射されるのが見えた。

 

「な‼ 撃ってきやがった」

「アーロンさん、危ねェ‼」

 

 慌てて部下の魚人たちが警告するが、アーロンは椅子に座ったまま動こうともしない。

 砲弾が目前にまで迫った瞬間、アーロンは大きく口を開けると砲弾を咥え、バギンとそのまま噛み砕いてしまった。

 

「交渉は?」

「ナシだ」

 

 ブッと砲弾の破片を吐き捨てるアーロンはようやく立ち上がり、指示を今か今かと待っている部下たちに視線を向けた。

 

「よし行くぞ、海戦だァ‼」

「オイ…ちょいと待ちな小童共」

 

 アーロンの号令に、歓声をあげかけた魚人たちを止める一人の老いた魚人。

 アーロンは彼の目を見ると、昂ぶっていた闘志を即座に沈静化させた。

 

「たかがゴミ掃除に全員で向く必要もあるめェ……わし一人で十分だ」

「フカ爺…⁉ あ、あんた一人で行くってかよ!!?」

「いくらなんでもそりゃあ…」

 

 いくら人間とはいえ、相手は訓練された海兵数十人。

 老人一人に行かせるには心苦しいとためらう彼らに、アーロンは椅子に座りなおすとニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「引けてめェら…フカ爺は確かに歳だが、人間ごときに後れをとるほど衰えちゃいねェよ」

 

 アーロンのその笑みには、過去に裏付けされた確信があった。

 

 

「おかしいな…………」

「准将⁉ 砲弾は不発の様です」

「もう一度だ。これは開戦の合図だぞ‼ 正面きってこちらに戦闘の準備があることを知らせねばならん‼ 相手は魚人。みんな、油断するな‼」

「ハッ‼ プリンプリン准将!!!」

 

 島の住民からのSOSを受け、精鋭部隊を引き連れてやってきた第77支部の准将。

 自分と部下たちのやる気を上げるために、砲弾の炸裂は必要なことであった。

 

「大砲、点火します‼」

「あ?」

「!!? うわ!!!」

 

 しかしもう一度発射しようとした瞬間、大砲の前に突如大柄な老人が現れた。

 驚いた海兵は点火を止めることができず、発射された砲弾は真正面から老人に炸裂した。

 

「ちょ…直撃した!!!」

「なんと愚かな…大砲の前に立つなど」

 

 勝手に現れ勝手に自滅したとあざ笑う海兵たち。

 だがその目の前に、ほとんど無傷の魚人の老人が残忍な笑みを浮かべて現れた。

 

「あァ…? 今…なんかしたか?」

「な…‼ 砲弾が効いていないだと!!?」

「アーロン一味だ‼︎ かかれ‼︎ 戦闘だ!!!」

「待て、落ちつけっ‼」

 

 敵が突然単体で現れたことで動揺し、我先にと襲い掛かりそうになるのを、准将が冷静に止めさせた。

 

「私は海軍第77支部准将プリンプリン。我々は多少なり名の通った精鋭部隊…君らが、もし大人しく…」

「うるせェ!!!」

 

 しかし説得を一切聞く様子はなく、プリンプリン准将は魚人の老人に思いっきり殴り飛ばされる。

 軍艦の壁を破壊するほどのその拳により、プリンプリン准将は一撃で気絶してしまった。

 

「准将ォ!!!」

「よくも准将を!!!」

「討ち取れェ!!!」

 

 大将がやられたことで、海兵たちは半ばパニックに陥りながら老人に向かって襲いかかる。

 老人は小さく舌打ちすると、迫り来る海兵たちをまとめて右手で薙ぎ払った。

 

「鬱陶しいわァ!!!」

「ぎゃあああああああ!!!!」

 

 たった一度腕を振るっただけで、海兵たちはズタズタに切り裂かれながら吹き飛ばされる。

 ピクリとも動かなくなった海兵たちを前に、老人はいらだたしげに眉間にしわを寄せた。

 

「おいおい…この程度で精鋭部隊なんぞと名乗ってやがるのかァ? さすがは最弱の海と名高い東の海(イーストブルー)だなァ………あくびが出そうだ」

 

 そう呟き、手頃ば場所にあった大砲に手を振り下ろす。

 その瞬間、鋼鉄の筒は一瞬で叩き潰され、使い物にならなくされてしまった。

 

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟にいた連中と比べるのもおこがましいわ」

 

 そこからは、ただただ地獄が繰り広げられるだけであった。

 銃弾も砲弾も刀剣も効かず、拳や蹴りで体がズタズタに切り裂かれてしまう。

 存在そのものが凶器のような化け物が暴れまわる姿を目の当たりにしながら、血まみれで倒れ伏していた一人の海兵が戦慄の表情を浮かべていた。

 

「お、思い出した……‼ あいつは…間違いない…‼」

 

 仲間たちの血を浴び、骸を積み上げ、破壊と暴力の限りを尽くす老人とは思えない戦いぶりを見せる魚人。

 その魚人の名を、海兵はたった一人だけ知っていた。

 

「懸賞金5千万の海賊……‼ 元魚人海賊団幹部!!!〝鮫肌〟のフカだ!!!」

 

 その名を思い出すには、彼はかなり遅すぎた。

 もし思い出していれば、彼に挑もうなどという愚行など起こさなかったかもしれないのに。

 

 

 最後に残った一人を踏み潰し、フカ爺と呼ばれていた老人はようやく落ち着きを取り戻した。

 あたりに飛び散る血痕や残骸は、もはや原形をとどめていないほど悲惨な状態を表している。

 

「あァ…ダメだな。たまには適度に運動せにゃァ、体が鈍る」

 

 かつて〝偉大なる航路(グランドライン)〟で名を売ったオオメジロザメの魚人は、そう気だるげに首を鳴らしながら獰猛な笑みを浮かべたのだった。

 

「昔ほど動けねェってのァ………悲しいもんだな」



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第34話〝魔女ナミ〟

5万UA達成!!
みなさん本当にありがとうございます!!!


「お前、もういっぺん言って見ろ、ブッ飛ばしてやるからな!!!」

「やめろルフィ‼ ジョニーにゃ関係ねェだろ!!?」

「デタラメ言いやがって!!! ナミがウソップを殺すわけねェだろうが!!!! おれ達は仲間だぞ!!!!」

「信じたくなきゃそうすればいいさ…‼ でも、おれはこの目で……‼」

 

 ナミがウソップを殺したというジョニーの言葉によって、一味の中でよくない波紋が広がってしまう。

 誰もが狼狽し、戸惑い、罪もないジョニーにきつい言葉を浴びせかけてしまう。ルフィには珍しく、自分でもどうしようもないくらいに感情を持て余してしまっていた。

 その時だった、最も聞きたい声が聞こえてきたのは。

 

「誰が仲間だって? ルフィ」

 

 背後から聞こえてきた声に、ルフィたちは目を見開いて一斉に振り向く。

 言葉を失い、立ち尽くすルフィたちの前で、冷たい表情を浮かべたナミが気だるげに肩をすくめていた。

 

「何しに来たの?」

「何言ってんだ! お前は俺の仲間だろ、迎えに来た‼」

「大迷惑。〝仲間〟⁉ 笑わせないで、くだらない助け合いの集まりでしょ?」

 

 真剣な目でナミを見つめ、大きな声で告げるルフィに、ナミは冷たく吐き捨てるように返す。

 不穏な空気が流れる中、サンジがナミの姿を見て満面の笑みを浮かべて手を振った。

 

「ナ‼ ナミさ~~ん♡ おれだよ、憶えてる⁉ 一緒に航海しようぜ‼」

「サンジ君、悪いんだけど今そのテンションやめて」

「えェ…」

「ひっこんでろ‼ 話がややこしくなんだろうが!!!」

「アンだとコラ、恋はいつでもハリケーンなんだよ‼」

 

 エレノアの咎める視線にがっくりと肩を落とし、ゾロの非難に逆に食ってかかる。

 全く関係のない因縁が燃え上がる中、ジョニーが我慢の限界とばかりに声をあげた。

 

「言ったでしょう⁉ この女は魔女なんす!!! 隠し財宝のある村を独り占めするために、アーロンに取り入って平気で人も殺しちまう‼ こいつは根っから性の腐った外道だったんすよ!!! 兄貴達はずっとダマされてたんだ!!! この女がウソップの兄貴を刺し殺す所をおれは、この目で見た!!!」

 

 ナミを指差し、自分の見てきた悲劇と抱いた怒りをぶちまけるジョニー。

 その必死な形相をつまらなそうに見やったナミは、やがてフッと冷笑を浮かべた。

 

「…だったらなに? 仕返しに私を殺してみる?」

「‼ ………なに!!?」

「一つ教えておくけど、今〝ロロノア・ゾロとその一味〟をアーロンは殺したがってる。ゾロがバカなマネをしたからね。いくら、あんた達の化物じみた強さでも、本物の〝化け物〟には敵わないわ」

 

 アーロンの戦力を笠に着て、憤怒の形相に変わるジョニーを微塵も恐れないナミ。

 これまで見せてきた笑顔の全てを否定するような冷酷な態度を見せる彼女に、ゾロは今にも殺しそうなほど殺気を迸らせて目を細めた。

 

「そんなこたァどうでもいい、ウソップはどこだ」

「海の底」

「てめェいい加減にしろ!!!」

「いい加減にすんのはてめェだクソ野郎‼」

 

 思わず斬りかかろうとしたゾロの腕に、横から割って入ったサンジの蹴りが炸裂する。

 サンジはそのままゾロの前に立ち、ナミをかばうように睨みつけた。

 

「剣士ってのァ、レディにも手をあげんのか? ロロノア・ゾロ」

「なんだと? 何の事情も知らねェてめェが出しゃばるな!!!」

「ハッ…屈辱の敗戦の後とあっちゃイラつきもするか」

「あァ!!?」

 

〝鷹の目〟との戦いのことを持ち出され、ゾロの目に剣呑な光が宿る。

 相手に強者と認められたとはいえ、手傷さえも負わせられなかった屈辱を思い出させられ、ゾロは頬をヒクヒクと痙攣させた。

 

「……おい、口にァ気をつけろ。その首飛ばすぞ」

「やってみろ大怪我人が」

 

 度重なる挑発に、ゾロの標的が目の前のぐるぐる眉毛のコックに変更される。

 殺し合いでも始まりそうなほど緊張感が高まり、互いが得物を構えあってじりじりと力を溜め始めた。

 

「いい加減やめれ」

「!!?」

 

 が、ぶつかり合う寸前で割って入ったエレノアにより脳天に一撃ずつ食らわされる羽目になった。

 頭を抑えて悶絶する二人を見下ろし、エレノアは深いため息をついた。

 

「あんた達がはり合ってどうすんのよ……時間のムダよまったく」

「そういうこと‼ ケンカなら島の外でやってくれる? 他所者がこれ以上この土地のことに首つっこまないで!!!」

 

 勝手に喧嘩を始める二人に嫌悪の混ざった目を向け、ナミは腰に手を当てて告げる。完全にルフィたちのことを邪魔者としか見ていないようだ。

 

「まだわかんないの⁉ 私があんた達に近づいたのはお金のため!!! 今の一文なしのあんた達なんかには何の魅力もないわ!!! 船なら返すから航海士見つけて、〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟でも何でも探しに行けば⁉ さっさと出て行け‼ 目障りなのよ!!!」

 

 まくしたてるように罵声を浴びせかけ、ナミはルフィたちを睨みつける。

 徐々に彼らとの間に壁と距離ができていくのが見えるようで、エレノアは悲しげに眉をひそめることしかできずにいた。

 

「さようなら」

 

 一応の挨拶といった風に告げ、ナミはルフィたちに背を向ける。

 その宣告にルフィはしばらく黙りこくり、やがてゆっくりと体を傾がせ、ばたりと仰向けに倒れこんだ。

 

「ねる」

「寝るゥ!!? この事態に!!? こんな道の真ん中で!!?」

「島を出る気はねェし、この島で何が起きてんのかも興味ねェし…ちょっとねむいし、ねる」

「…勝手にしろ!!! 死んじまえ!!!」

 

 馬鹿にしているとしか思えないルフィの態度に、ナミは激高したように叫び、足早にその場を離れていく。

 その背を見つめていたエレノアは、彼女の姿が見えなくなる寸前で呼び止めた。

 

「ナミ!」

「…‼ なによ…」

 

 もういい加減にしろ、とでも言いたげな視線を受けながら、エレノアは悲しげに目を細める。

 その視線は、ナミの手の甲に巻かれた包帯に向けられていた。

 

「左手の傷、もういいの?」

「………!!!」

 

 エレノアの指摘に、ナミは一瞬しまったというように目を見開くが、唇を噛んで視線をそらすとそのまま走り出していってしまう。

 返事ももらえなかったエレノアは、呆れたようなため息をついて肩をすくめた。

 

「…頑固者め」

 

 エレノアの心配するような態度に待ったをかけたのは、ヨサクとジョニーだった。

 

「あんた達おかしいぞ‼ あのイカレ女はあの通り‼ ウソップの兄貴も殺された!!! おれ達ァアーロンに狙われてるんだぜ⁉ 何の理由があって、ここに居すわるんだ‼ あっしもジョニーの言葉を信じる‼」

「短ェ付き添いだったが、おれ達の案内役はここまでだ。みすみすアーロンに殺されたくねェしな‼」

「おう」

「いろいろ世話になっちゃったね…」

 

 流石にこれ以上は危険に付き合わせるわけにもいかないだろうと、ゾロもエレノアも快く彼らを見送る。

 敬愛するゾロに対しては最低限の礼儀を尽くし、ヨサクとジョニーは深々と頭を下げてその場を後にした。

 

「じゃまた、いつか会う日まで!」

「達者でなー、兄貴達‼」

「お前らもな!」

「体に気を付けて!」

 

 一人、二人と抜け、馴染みのない道の端に取り残されたルフィたち。

 気の幹に背を預けて寝転がったゾロは、ブスっとした顔で虚空を眺める。そんな彼に、サンジが無遠慮に声をかけた。

 

「オイ」

「あァ⁉」

「ナミさんは本当にあの長っ鼻を殺してねェのか?」

「どうかね、おれが一度〝小物〟ってハッパかけちまったから、勢いで殺っちまったかもな」

「小物⁉」

 

 ゾロの一言に、サンジの目がぎらりと剣呑に光を放つ。

 嫌な予感がすると腰を浮かせたエレノアよりも早く、サンジは再びゾロに片足を振りかぶった。

 

「ナミさんの胸のどこが小物だ…ぶごはァ!!!」

「ぶごッ!!!」

「セクハラァ!!! …あ」

 

 至極どうでもいい反論を持ち出したサンジの横っ面に、エレノアの怒りの回し蹴りが炸裂する。

 しかしその瞬間、一つだけうめき声が多かったことに気づき、エレノアは思わず頬を引きつらせて言葉を失った。

 サンジの顔とエレノアの足に挟まれるように、いつの間にか混ざっていたウソップが巻き込まれていたのだ。

 

「生きてたよ」

「いや、死んだぜこりゃ…」

「………ゴメン」

 

 涙目で崩れ落ちるウソップに、エレノアはそう返すことしかできなかった。

 

 

「ウソップ――――――っ!!! お前これ、ナミにやられたのか!!?」

「…ゴメン、本当にごめんなさい」

 

 目を覚ましたルフィは、ボロボロで倒れているウソップを目の当たりにして激しく狼狽する。

 エレノアは珍しく、しゅんと落ち込んだままウソップに頭を下げるばかりであった。

 

「おおルフィ、お前来てたのか」

「ああ」

「あ、おれも来たぜ。よろしくな」

「てめェいつか殺すからな‼」

 

 思ったよりも早く復活したウソップは、自分の怪我の間接的な原因がヘラヘラと会話に入ってきたことで怒りを燃やす。

 だがすぐにそんな場合ではないと表情を変え、ルフィたちに向き直った。

 

「問題はナミだ。おれはあいつに命を救われた‼ どうやらあいつが魚人海賊団にいることにはワケがあるとおれは見てる!!!」

「やっぱりね…いろいろ納得いかないもの」

 

 ナミが自分が殺したと言っていたのに、ピンピンしている様子のウソップにエレノアが安堵のため息をこぼす。

 先ほどのナミの言葉にも、色々と矛盾が混ざっていたのだ。

 

「さっきあの子、わかりにくいけど言ってたもの……〝アーロンが探してるから逃げろ〟って」

「…そういうことか」

「ナミさんってば素直じゃないんだからもォ~♡」

 

 本当にアーロンに殺させる気なら、居場所を知らせるなり何も教えないなりすればいいのに、彼女はそうしなかった。

 危険を知らせたり忠告したりと、どう考えてもルフィたちを逃がそうとしているようにしか思えない。

 しかしその意図がわからず、考え込むエレノアたちの元に近づくある一人の女性がいた。

 

「無駄だよ。あんた達が何をしようとアーロンの統制は動かない」

「! ノジコ」

 

 腰に手を当ててそう告げる、左肩にタトゥーを彫った青い髪の美しい女性に、ウソップが反応を返した。

 

「だれだ?」

「ナミの姉ちゃんだ」

「ンナ‼ …ナ‼ ナミさんのお姉さま♡ さすがお奇麗だ~~~♡」

「無駄ってのはどういうことだ?」

 

 約一名無駄にテンションを上げている男がいるが完全に無視し、ゾロがノジコと呼ばれた女性の発言の意味を尋ねる。

 全員の注目を受けると、半端な覚悟で聞くのなら承知しないと言った風に、ノジコは厳しい目をルフィたちに向ける。

 

「お願いだからこれ以上この村に係わらないで。いきさつは全て話すから、大人しくこの島を出な」

 

 ますますわけがわからないと、眉を寄せるゾロとエレノア。

 しかし、事情を知っているらしいノジコに対して、彼は全く興味を示すことはなかった。

 

「おれはいい。あいつの過去になんか興味ねェ‼」

 

 はっきりと言い切ったルフィは、そのままノジコに背を向けて気ままに歩き出してしまう。

 あまりの態度に、エレノアも流石に厳しい声で呼び止めていた。

 

「ちょっとルフィ‼ どこ行くの⁉」

「散歩」

「オイこら…」

 

 わざわざこんな島にまでやってきたというのに、事情も聞く気がないらしいルフィに訝しげな目を向けるノジコ。

 エレノアたちは苦笑し、しょうがないと言った風に顔を合わせた。

 

「………あいつは?」

「気にしないで。ああいう人だから」

 

 やれやれと肩をすくめるエレノアに、ノジコは戸惑ったように眉を寄せる。

 どうしたらいいのかと迷っている彼女に、後頭部で腕を組んだゾロが不敵な笑みを浮かべた。

 

「話ならおれたちが聞く。聞いて何が変わるわけでもねェと思うがね」

「…うん、そうだね」

 

 たまにはいい気遣いを見せるじゃないかと、ゾロに感心した目を向けるエレノアであったが、振り向いた時にはすでにゾロは大きないびきをかいていた。

 

「って寝てるし‼」

「言ったそばから寝てんじゃねェよ!!!」

 

 有言を微塵も実行できていない彼に、ウソップとサンジとエレノアから非難が殺到するが、ゾロは全く起きる気配を見せない。

 呆れる三人は呆然と立ち尽くすノジコに気づくと、やる気を見せるように背筋をピンと伸ばした。

 

「…………おれは聞くぜ‼ 理解してェ」

「おれも♡」

「一応聞いとこうかな」

 

 ウソップは単純に恩人を心配して、サンジは綺麗なお姉さんの話を聞きたくて、エレノアは今後の方針を決める参考として、ノジコが話し始めるのを待った。

 ルフィやゾロを含め、五者五様の反応を見せる一味に、ノジコは思わず困ったような笑みを浮かべていた。

 

「なるほど…ナミが手こずるわけだ…」

 

 その態度に毒気を抜かれてしまったノジコは語り始める。

 今のナミを形作った、辛く悲しい過去について。



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第35話〝たった一人の戦い〟

 その悲劇は、今から8年前のとある日に起きた。

 戦災孤児であったナミとノジコは、元海兵であったベルメールに引き取られ、貧しくも強かに生きていた。

 家にお金があまりないことを気に病み、ナミは時々本屋から万引きをしては、村の駐在のゲンに叱られるということをくり返していた。

 ベルメールはそんな娘の手癖の悪さに呆れながら、娘たちを深く愛し、日々を生きていた。

 

 しかしそこへ、悪夢がやってきた。

偉大なる航路(グランドライン)〟からやってきた魚人海賊団を名乗るならず者どもが、瞬く間に島を占拠してしまった。

 さらに彼らは圧倒的な力で島の人々を脅し、毎月大人10万(ベリー)、子供5万(ベリー)の金銭を奉納することを要求してきたのだ。

 小さな村ゆえ、あっという間に干上がってしまいそうな要求ではあったが、幸いその段階では犠牲者は出ていなかった。

 しかしゲンには、村のはずれにすんでいるベルメールのことが気がかりだった。女手一つで娘二人を養っているあの家に、20万(ベリー)もの大金があるとは思えなかったからだ。

 無事に逃れてほしいという願いもむなしく、ベルメールの家は魚人たちに見つかり、襲撃された。

 元軍人の体さばきで応戦するベルメールであったが、アーロンの手によって抵抗むなしく抑え込まれてしまった。貯金も10万(ベリー)しかなく、どう考えても絶望的であった。

 そこでゲンが提案する。二人の娘をいなかったことにし、奉具の額をごまかすというものであった。

 一度は娘たちの無事を考え、その案を呑んだベルメールであったが、たとえ血のつながりはなくとも母でありたいという願いから、アーロンに娘がいることを告白してしまう。

 その結果、ベルメールはナミとノジコの目の前で、残酷に殺されてしまったのだった。

 

 悲劇はそれで終わらなかった。

 以前からナミが描き上げてきた海図が魚人たちに見つかってしまい、その精度の高さに目を付けたアーロンがナミを連れて行こうとしたのだ。

 無論ゲンたちは必死に抵抗した。しかしやはり魚人の力には敵わず、ナミは連れていかれてしまった。

 その後、一人で戻ってきたナミの左肩には、アーロン一味の刺青(タトゥー)が彫られていた。彼女はアーロン一味に入ることと引きかえに、好きなだけ金銭を受け取れる契約を結んだのだと村人たちに告げた。

 育ての親の思いを踏みにじったとナミは村人たちに嫌われ、その場から姿を消した。

 しかしノジコだけは、急遽建てられたベルメールの墓の前に座っていたナミから本当の思いを知ったのだ。

 アーロンから、1億(ベリー)で自分の村を買うのだと。

 自分が村を取り戻すまで、一人で戦うことを決めたのだと。

 

「8年前のあの日から、あの娘は人に涙を見せることをやめ、決して人に助けを求めなくなった…!!! あたし達の母親のように、アーロンに殺される犠牲者を、もう見たくないから…!!!」

 

 ナミのそばで、ずっと彼女が孤独に戦い続けてきた姿を知っているノジコは、血を吐きそうな表情でエレノアたちに語った。

 

「わずか10歳だったナミがあの絶望から一人で戦い生き抜く決断を下すことが、どれほど辛い選択だったかわかる?」

「……………村を救える唯一の取り引きの為に、あいつは親を殺した張本人の一味に身をおいてる訳か…」

「あァ愛しきナミさんを苦しめる奴ァこの、おれがブッ殺してやるァ!!!」

「落ちつけ騎士道コック」

 

 憤慨するサンジの脳天に、呆れた表情のエレノアのかかとが突き刺さる。

 ゴガンッ!と鈍い音がし、あまりの痛みでサンジはその場にうずくまった。

 

「え…エレノアちゃん、なにを………⁉」

「ノジコはそれをやめろって言いに来てんだよ。私達がここで騒げば、ナミは魚人たちに疑われ、8年の努力が無駄になる。…そういうことでしょ?」

「そういうことさ。だからこれ以上…あの娘を苦しめないでほしいの!!!」

 

 村の解放を願い、ずっと一人で悲しみや痛みを抱え続けてきた義妹の戦いを、ムダにしてほしくないと義姉は切に願う。

 かといって、納得することなど彼らにできるはずもなかった。

 

「だ…だからってほっとくのかよ⁉ お前あいつとけっこう仲良かったじゃねェか‼ なのに…」

「だから何もしないんだよ………あの娘がそれを()()()()()()()()

 

 エレノアとて、何も思わないわけではない。

 しかしナミが望んでいるのは、このまま何事もなく自分の願いが叶うこと。部外者である自分たちが引っ掻き回し、事を荒立ててしまうのは間違っていると、そう考えていた。

 ギリギリと握りしめられている拳を目にし、ノジコは羨ましそうな笑みを浮かべた。

 

「…いい友達、持ったんだね」

「姉にそう言われるとはちょっと鼻が高いかな」

 

 相手を想うからこそ、自分の感情を抑え込む。

 それができるエレノアという存在に、ノジコはナミが少しでも救われていることを感じた。

 

「ん?」

 

 しかしその時、ピクンとエレノアの耳が真上に立ち、ある一つの声を捉えた。

 

 ―――聞く所によると、キミは海賊から宝を盗むらしいな。

    まァ相手が海賊なんだ、君を強くとがめるつもりはない。

    しかし泥棒は泥棒、罪は罪だ。

 

 村のはずれから聞こえる、そんな粘っこい声。

 無数の足音や金属音が聞こえることから、武装した集団であることが。そして罪だの咎めるだの言った発言から、海軍に所属するものと予想する。

 だが、エレノアはその声に激しく嫌な予感を覚えていた。

 

 ―――わかるかね?

    罪人から盗んだもの、ならば当然その盗品は我々政府が預かり受ける。

 

 一瞬何を言っているのかわからなかったエレノアだったが、徐々にその意味を把握すると大きく目を見開いて絶句する。

 

 ―――今までに貴様が盗み貯えた金を、全て我々に提出しろと言ったんだ!!!

 

 信じられない内容に、エレノアはその場で呆然と立ち尽くす。

 ナミの家で起きている騒ぎを知らないノジコは、突然表情を変えたエレノアに訝しげな視線を向けた。

 

「…どうしたの? こわい顔して…」

「……悪いんだけどさ、ノジコ。ナミの覚悟、ムダになるかもしれないよ」

 

 震える声でつぶやかれた言葉に、ノジコはますます眉間にしわを寄せる。

 エレノアは自分の中で燃え上がった怒りにのまれかけながら、ノジコに伝わるように要点だけを伝えた。

 

「今、海兵がナミの家にいる。……ナミを、泥棒として。集めた金を……没収するって」

「………!!!」

「ノジコ‼」

 

 エレノアの言葉で察したのか、徐々にノジコは顔を真っ青に染め上げ、勢い良くその場から走りだした。

 何が何だかまるでわかっていない男たちは、慌ててエレノアに事情を聞こうと視線を向けた。

 

「お…おい‼ 何が起こってるんだよ!!?」

 

 問われるエレノアだが、正直それにこたえている余裕はなかった。

 今も聞こえてくる会話から、島に訪れた海兵たちのどうしようもないほどに腐った性根が伺えてしまったからだ。

 

「…クズどもが……‼」

 

 

「これまでだ!!! 武器を取れ、戦うぞ!!!」

「「「「「うおォォ――――――っ!!!」」」」」

 

 刀を手にした、帽子に風車をつけた全身傷だらけの駐在ゲンの号令に、村人全員が雄叫びを上げて応えた。

 

「私達は8年前、一度は命を捨てとどまり! 誓った。奴らの支配がどんなに苦しく屈辱でも、ナミが元気でいる限り〝耐え忍ぶ戦い〟を続けようと‼ だがこれがあいつらの答えだ!!!!」

 

 ナミの覚悟を、ゲンたちはノジコを問い詰めて知っていた。

 しかしアーロンはもとから村を解放する気はなく、買収した海兵にナミのことを伝え、せっかく集めた金品を丸ごと没収するように仕向けたのだ。

 ナミの孤独な8年間の戦いを愚弄する所業に、村人たちの怒りが限界を迎えた。

 

「この村の解放という突破口が閉ざされてはこの島の支配圏にもう希望はない!!! もとよりあの娘の優しさをもてあそぶあの魚人どもを我々は許さん!!!! 異存は!!?」

「あるわけねェ‼ 行こう!!!」

「これ以上あいつらの支配なんか受けるか!!!」

「村人全員いつでも戦う覚悟と準備はあったんだ‼」

「戦るぞ!!!」

 

 全員が全員不退転、玉砕を覚悟した形相で武器を取る。

 クワや草刈り鎌など、まともな武器はほとんど揃っていない。武器を所持していたものは、アーロンによって反抗の意志ありと判断されて罰せられていたからだ。

 とても戦いに勝てる格好ではない。しかしそれでも、村人たちは止まるわけにはいかなかった。

 

「待ってよみんな!!!」

 

 しかしそこへ、息を切らせて駆け付けたナミが飛び出してきた。

 アーロンパークを背にし、村人たちを止める壁のように手を広げる。

 

「ナミ……‼」

「もう少しだけ待ってよ‼ 私、また頑張るから!!! はは…もう一度、お金を貯めるから!!! 簡単よ今度は…」

「………‼ ナッちゃん…」

 

 何ということはないと平気な笑顔を張り付け、ナミは村のみんなを説得しようと試みる。

 こんな結末を迎えても、それでも一人で村人たちを守ろうとする健気な姿に、ゲンの目から涙がこぼれた。

 

「……………‼ もういいんだ………!!! 無駄なことくらいわかってるだろう…我々の命を一人で背負って……よくここまで戦ってくれた………!!! お前にとってあの一味に入ることは、身を斬られるより辛かったろうに………!!! よく戦った」

「ゲンさん…」

 

 ゲンに強く抱きしめられ、ナミは呆然と立ち尽くす。

 ナミの想いを知り、知らないふりをして自分の負担にならないようにしてくれた彼らの気持ちに、ナミの目にも涙がにじんでいた。

 

「お前はこのまま、村を出ろ」

「え⁉ ちょ…」

「あんたにはさ……! 悪知恵だってあるし! 夢だってある‼」

「ノジコ……‼」

 

 ナミを安心させようとみんなが浮かべる笑顔に、ナミは焦燥に駆られる。

 止めなければ、思いとどまらせなければ、この笑顔がすべて失われる。そう予感したナミは、ナイフを抜いてゲンたちにつきつけた。

 

「やめてよみんな!!! もう私…‼ あいつらに傷つけられる人を見たくないの!!! 死ぬんだよ…⁉」

「知っている」

 

 だがそれでも、ゲンたちの覚悟を変わらなかった。

 大切な家族の想いを踏みにじった悪党にこのまま屈し続けることなど、許せるはずもなかったのだ。

 

「無駄じゃ。わしらは心を決めておる!!!」

「ナミ」

「どきなさい!!! ナミ!!!!」

 

 ナミが持つナイフの刃を掴み、ゲンは大きく怒鳴る。

 かつて悪さをしてしかられた時よりもすさまじい声に、そしてゲンの手から流れる血に、ナミの体はびくっと硬直してしまった。

 

「いくぞみんな!!! 勝てなくてもおれ達の意地を見せてやる!!!」

 

 呆然と立ち尽くすナミを置き去りにし、村人たちは総出でアーロンパークに向かって前進する。

 誰もその顔に、恐怖など抱いていない。たとえ死んでも、最後の瞬間まで抗うことを決めた彼らに、迷いなどありはしなかった。

 

「アーロン…!!!」

 

 座り込むナミの目に、左肩の刺青(タトゥー)が眼に入る。

 忌々しい、8年もの月日を、母を、そして家族を、全て奪い取っていく憎い男の紋章に、ナミの怒りが膨れ上がる。

 それが目に入る事さえ憎くて、ナミは刃を自分の肩に突き立てていた。

 

「アーロン!!! アーロン!!! アーロン!!!!」

 

 何度も何度も、自分の左腕が真っ赤に染まっても刃を突き立てることをやめない。

 痛みなどほとんど感じない。村人たちを止められなかった自分を責め、傷ついていく自分の心の痛みの方が、はるかに苦しく辛かったから。

 その時不意に、深々と傷をえぐるナミの手が、小さな手に止められた。

 

「そんなことしても、何の意味もない………あんたが痛いだけ」

「エレノア…‼」

 

 背後に音もなく降り立った、鋼の義足をもつ天使。

 悲しげに見つめてくる金の瞳に、近づいてくる麦わら帽の青年に、ナミはきっと鋭い目を向ける。

 今はもう、誰の顔も見たくはなかった。何もできなかった自分の姿を、誰にも見てほしくはなかった。

 

「ルフィ…‼ なによ…‼ 何も知らないくせに…!!!」

「うん、知らねェ」

「だって、あなたは何も言ってくれないから」

「あんた達には関係ないから…‼ 島から出てけって……‼ 言ったでしょう!!?」

「ああ、言われた」

 

 地面の砂を振りまき、八つ当たりのような拒絶を見せる。

 ボロボロとみっともなく涙があふれて止められず、体の震えも抑えられない。

 一度突き放した相手に言うのはおかしいとわかっている。だがそれでもナミは、何も言わずにそこにいてくれている彼らに、縋らずにはいられなかった。

 

「ルフィ………エレノア………助けて…」

 

 ナミが初めて見せた、弱々しく縋り付く姿。

 ルフィは無言で近づくと、ナミの頭に自分の麦わら帽子をかぶせる。

 誰にも触らせようとしなかった、傷つけられた時には烈火のごとき怒りを見せた、大切な帽子を。

 

「当たり前だ!!!!!」

 

 ルフィもまた、自分の胸の内で燃える激昂を解き放ち、凄まじい怒号を放つ。

 彼の向かう先にはすでに、戦闘態勢に入った仲間たちが待っていた。

 

「いくぞ」

「「「「オオッ!!!」」」」

 

 

 それぞれ武器を手に、アーロンパークへと集った村人たちだったが、その門の前には先客の姿があった。

 

「おいっ‼ 大丈夫かあんた達‼ アーロンにやられたのか⁉」

「悪いがそこをどいてくれ、おれ達も魚人に用がある!!!」

 

 閉ざされた門の前に陣取っているのは、血まみれで座り込む二人組の男たち。

 ゾロたちと別れたばかりの、ヨサクとジョニーであった。

 

「フン…ナミの姉貴の侘びのつもりで挑んだが、紙一重で敗けちまった……!!!」

「林の中で真相聞いてりゃ、おれ達のとんだ勘違い。姉貴にゃ会わせる顔がねェ」

「悪ィが勝機もねぇあんた達にこの扉は譲れねェ‼」

「ここへ必ずやってくるある男たちを、あっしらは待ってるんでね」

「……………!!? ある男達⁉」

 

 自分たちが挑み、敗北した相手の元に村人たちを向かわせまいと、その場を微塵も動こうとしない二人の賞金稼ぎ。

 そんな二人の目に、ある一団の姿が映る。

 目に見えるほどの怒りを燃やし、倒すべき敵の元へと近づいていく5人の戦士。

 その一人、黒髪の青年が大きく拳を振り上げ、固く閉ざされた門を力尽くでぶち破った。

 

「アーロンっての、どいつだ」

「何だ…あいつァ」

 

 無作法に侵入してきた青年たちに、デッキチェアーに座っていたアーロンは苛立たし気に目を向けた。



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第36話〝今こそ立ち上がれ!〟

「アーロンってのァ、おれの名だが……?」

 

 デッキチェアに不遜にもたれかかったまま、島の支配者は横柄に答える。

 気だるげに、そして不機嫌そうに向ける目には、黒髪の青年とフードの少女が映っていた。

 

「おれはルフィ」

「エレノア」

 

 アーロンと同じく不遜に答える二人の海賊。

 自分の城に無遠慮に足を踏み入れられ、激しい怒りを宿した目は真っ直ぐにアーロンを見つめ、射抜く。

 

 

「そうか…てめぇらは何だ?」

「「海賊」」

 

 会話すら鬱陶しいとばかりに短く答え、ズンズンと進んでいく二人。

 その前に魚人達が立ちはだかり、下卑た笑みを浮かべてその肩を押しとどめた。

 

「おい、待てよてめェ」

「へへへ、どこへ行くんだ。まずはおれ達に話を通してもらわねェと困るぜ」

「なァおい…」

「止まらねェと……」

 

 力も劣る、下等種族である人間を見下している魚人達はへらへらとルフィ達を見下ろす。

 邪魔をする魚人達に、二人は無言で手を伸ばした。

 

「どけ」

「!!?」

 

 ゴキンッ!!! ドシャァッ!! と。

 いらだたしげに答えたルフィが二人の魚人の後頭部をつかんで互いにぶつけあわせ、エレノアが軽くその場で投げ飛ばす。

 大した力を入れていないように見えたために、見ようによっては勝手に倒れたように見えていた。

 

「!」

「な…」

 

 同胞が簡単にのされたことと、仲間に手を出されたことに目を見開くアーロンとその一味。

 突き刺すような視線も気にせず、二人はアーロンの目前にまで進んでいく。

 

「海賊がおれに何の用だ」

 

 傲慢な態度を崩そうともしないアーロンに、フンッと鼻息荒く向かおうとするルフィを抑え、エレノアがアーロンを見つめた。

 

「交渉しに来たんだ」

「交渉だァ…?」

「そ。交渉」

 

 ギロリと見下すアーロンに微塵も臆さず、エレノアはフードの下でニヤリと笑う。

 

「あんた、1億ベリーであの村を売ってやるって言ったんだってね」

「ンァ? ああ…ナミとの約束か。シャハハ、どっから聞きつけたかは知らねェが、てめェには関係ねェ話だぜ」

「あるさ。あの村を、私が買おうと言ってるんだ」

 

 エレノアの言葉に、魚人たちの表情に苛立ちが生じた。

 見るからに子供の戯れ言だが、下等種族と見下している人間から、そんな冗談のような提案を聞かされること自体が不快な様であった。

 

「おいおい冗談きついぜ。おれは相手がナミだったからあんな破格の値段で売ってやるって言ったんだ。何処の馬の骨ともしれねぇ奴にそんな額で売るつもりは……」

「10億ベリー」

 

 ほんのはした金とでも言うように、エレノアは表情一つ変えずに告げた。

 一瞬だけ無音になるアーロンパークだったが、少し遅れて魚人達に驚愕と動揺した様子が表れ始めた。

 

「何…?」

「ニュ~!!? じゅ、10億ベリ~!!?」

 

 一部の魚人達は舐められていると思ったのか、エレノアに対して怒りの視線を向ける。ハチだけが、本気で驚愕した様子で大きく目を見開いていた。

 その中でも、アーロンはひときわ強くエレノアを睨みつけ、ギリギリと牙を食いしばった。

 

「………おい小娘、このおれを前に大したハッタリをかませるもんだな……⁉」

 

 エレノアはアーロン達の怒りの形相も微塵も気にした様子はなく、テクテクとアーロンパークの柱の方に歩いていく。

 訝しげに見つめてくる魚人達の前で両手をパチンと合わせたエレノアは、叩きつけるように柱に触れた。

 その瞬間、青い閃光とともに柱の色が変わり始めた。

 

「………!!?」

 

 目を見開くアーロン達の前で、ただの石柱がみるみるうちに眩しい輝きを放ち始める。

 エレノアの姿が全て映るほどの反射性を持つ、黄金色の金属の塊に。それがなんなのかわからないものは、アーロンの一味にも島の住民達にもいなかった。

 あっという間にエレノアの触れた石柱は、大きさもそのままに黄金の塊へと変化した。

 

「……どう? これで10億ベリーには十分だと思うけど」

 

 キラキラと眩しい輝きを前に、エレノアは自信満々に尋ねる。

 エレノアの言葉に、一切の偽りはなかった。本気でエレノアは、ココヤシ村を買うつもりだった。

 

「お、黄金………⁉」

「さぁ、どうなんだい? 私はちゃんと10億ベリー出して見せた。あんた達も、ちゃんと約束を守って見せたらどうなんだい? それとも、あんた達魚人海賊団は約束も守れないようなクソったれな集団なの?」

 

 目の前で起きている信じられない光景に、魚人海賊達は言葉を失い、立ち尽くす。

 ただ一人、アーロンだけがエレノアを凝視し、その目に見る見るうちに怒りを募らせていった。

 

「……人間ごときが、このおれ様たちをコケにしやがって……‼」

 

 ビキビキと顔の血管を浮き立たせるアーロンに気づき、魚人たちはようやく我に返った。

 理解のできない、不可思議な力を使うようだが、所詮は下等生物であると思いなおしたようだ。

 

「バカが‼ てめーらごときと対等な約束なんざ成立するわけねェだろうが!!!」

「テメェが黄金を作れるってんなら、一生俺たちの下で使ってやるだけだァ!!!」

 

 正確な海図を描けるナミだけではない、無限の黄金を生み出せる少女も手に入れれば、アーロン帝国実現の大きな足掛かりとなるだろう。

 そう考えた不埒者たちが少女を狙い、下卑た表情で襲い掛かる。

 

「雑魚はクソ引っ込んでろ!!!」

「!!? ぐあああっ!!!」

 

 しかし魚人たちの手がエレノアにかかる直前で、黒い蹴りの嵐が魚人たちに襲い掛かる。

 海のコックの足技によって、強大な力を持つ戦士たちが冗談のように吹き飛ばされる光景に、アーロンはより強い怒りの炎を燃やした。

 

「――もー、エレノアちゃんたら一人で突っ走らないでよ」

「別に、おれ負けねェもんよ‼」

「バーカ。おれが、いつてめェの身ィ心配したよ‼」

 

 不満げに返すルフィに、サンジは呆れたように返す。

 言われなくとも、ルフィがこの程度の相手にやられるとは思ってさえいなかった。

 

「獲物を独り占めすんなっつってんだ」

「そうか」

「えー、だってムカつくんだもん」

「お…おれは、別にかまわねェぞ、ルフィ、エレノア」

「…たいした根性だよお前は…」

 

 ルフィとエレノアのもとに、ぞくぞくと仲間たちが集まっていく。

 少し離れたところで胸を張るウソップには、ゾロが呆れたように肩をすくめた。

 

「ロロノア・ゾロ…‼」

「だろ‼ あいつだろ‼ おれをダマしやがったんだ‼ まんまとのせられた……いや‼ のせてやったんだがよ‼」

「長ェ鼻の男が…、生きてる……‼」

「死んだはずじゃ…‼」

「海賊か………なるほどてめェらそういうつながりだったか」

 

 ウソップがピンピンした様子でこの場にいることに、魚人たちの間に動揺が走る。

 散々ここで暴れまわったゾロと、ナミの手によって死んだはずの男がともにいることで、アーロンは彼らの関係性を一瞬にして理解した。

 無論、ナミとの関係も。

 

「最初から、ナミを逃がすつもりはなかったわけだね」

「シャハハハ‼ たった5人の下等生物に何ができる!!!」

 

 表には出さないが、エレノアの内心もぐつぐつと煮えたぎっていた。

 同じ女として、大切なものを守ろうとしたナミの想いを踏みにじった彼らが許せなかったのだ。

 ナミが願ったから、手を出すことをよしとしなかった。

 だが約束が破られた今は、もう彼女たちを止めるものは何もなかった。

 

「バカヤロォ、お前らなんかアーロンさんが相手にするかァ、餌にしてやる!!! 出てこい、巨大なる戦闘員よ!!!!」

 

 身の程を知らず挑んできた人間たちを嘲笑し、ハチが自分の唇を掴んでラッパのように吹き鳴らす。

 その直後、ごぼごぼと海面に泡がたち、波がうねり始めた。海の底から、何か大きな生物が上がってこようとしているようだ。

 

「な…まさか…」

「何だ何だ何事だ!!!」

「ゴサを潰した〝偉大なる航路(グランドライン)〟の怪物か…!!?」

 

 アーロンパークの外から見守っていた村人たちの表情に、戦慄が生じる。

 たった一体で村を一つ壊滅させた本物の化け物が呼び出されたことで、あの勇敢な青年たちもただでは済まないと恐怖が芽生えてしまっていた。

 

「出て来い、モーム!!!」

 

 ハチの声で、ついにその怪物が姿を現す。

 海上にそびえたつ巨大な体、頭から生える二本の太い角、人間数人をまとめて呑み込めるような巨大な口。

偉大なる航路(グランドライン)〟に生息する怪物が。

 

「モォ~…」

 

 頭にでかいたんこぶをつけ、涙目で上がってきた。

 

「出たァ~~っ‼ 怪物だ~~~~っ!!!」

「は…………?」

「あれが……海牛モーム………!!!」

 

 ウソップが悲鳴を上げ、ハチが戸惑ったような声を上げ、村人たちが言葉を失う。

 その場にいた者たちが様々な反応を見せる中、モームは辛そうな顔で辺りを見渡した。

 その目に、真下から見上げてくる小さな少女の姿が入った。

 

「あァ、どんな奴が出てくるかと思ったら……君かァ」

 

 聞こえてきたその声に、モームはびくっと体を震わせる。

 エレノアだけではない、そばにいるルフィもサンジも、モームにとっては恐るべき恐怖の対象であった。

 ガタガタと震えるモームに、エレノアはフードの下でにっこりと笑みを浮かべた。

 

今晩の食材に決定だね

 

 それは端から見れば、天使のような慈愛に満ちた笑顔。

 しかし視線を向けられているモームにしてみれば、自分の命を虎視眈々と狙う悪魔の笑顔にしか見えなかった。

 

「ンモ………!!!」

「待てモーム‼ どこへ行く!!!」

 

 ぶるりと身を震わせたモームは、そろそろと海の中に潜っていこうとする。

 ハチが慌てて呼び止めるが、もっと怖い存在に睨まれているからには逃げる以外の選択肢はなかった。

 だが、そんな彼の背にアーロンがぎろりと目を向けた。

 

「モーム…何やってんだてめェ…まァお前が逃げてェんなら、別に引き留めはしねェが? なァ、モーム」

 

 その瞬間、モームの背筋にぞくっ‼と寒気が走る。

 エレノアの殺気を上回る強大な負の気配に、モームの恐怖心は簡単に上書きされた。

 逃げれば殺される、逃げなくても殺される。退路を完全に阻まれ、モームはついに牙を剥いた。

 

「モオオオオオオ!!!!」

「きたァ!!!!」

「よっしゃモームに続けェ!!!」

「出しゃばった下等種族の末路を教えてやる!!!」

 

 やけになったモームを筆頭に、武器を手にした魚人たちが波のように押し寄せてくる。

 ウソップはこの世の終わりのような悲鳴を上げるが、反対にゾロとサンジ、エレノアは好戦的な笑みを浮かべて得物を構えた。

 

「おれがやる!!! 時間のムダだ!!!」

 

 だがそれより先に、鼻息を荒くしたルフィが拳を合わせて前に出た。闘牛のように、憤怒の形相で向かってくる魚人たちを睨みつけていた。

 

「ぬうァ‼ ふんっ!!!」

 

 怒涛の勢いで向かってくる魚人たちを前に、ルフィは相撲の四股を踏むように地面を踏みつけ、足を深々とめり込ませる。杭のように自分の足を打ち付け、ルフィはその場に体を固定した。

 

「何をする気だあんにゃろ」

「いい予感はしねェな」

「とりあえずいったん退避しとく?」

 

 そこはかとなく漂う嫌な予感に、ゾロたちは頬を引きつらせて目を合わせる。

 どんどん距離を詰めてくる魚人たちを前に、よけることも逃げることもできなくなったルフィを、ウソップは戸惑ったように凝視した。

 

「おい、逃げろ‼」

「何⁉ 何すんだあいつは⁉」

「知らねェ!!!」

「ろくでもないってことだけは確か!!!」

 

 慌ててその場から離れていくエレノアたちをよそに、ルフィは腕を伸ばすとモームの頭の角をがっしりと掴む。

 驚きで足を止める魚人たちに構わず、ルフィは渾身の力で腕を引き、モームの巨体を引きずり回す。自分の体を限界までねじり、徐々にモームを振り回す勢いを強めていった。

 

「〝ゴムゴムのォ〟!!!〝風車〟!!!!」

「ぎあああああああ!!!!」

 

 それはまるで、台風のような力であった。

 モームの巨体を武器に、集まっていた魚人たちをあっという間に一網打尽にしてしまう。加速したモームの重量をまともに受けた魚人たちは、何が何だか理解もできない間にのされてしまっていた。

 ばらばらと吹き飛ばされていく同胞たちを目の当たりにし、アーロンの目が天に向かって吊り上がっていった。

 

「おれはこんな奴ら相手しに来たんじゃねェぞ‼ おれがブッ飛ばしてェのは、お前だよっ!!!!」

 

 激しく息を切らせ、ルフィはアーロンに指を突きつける。

 たのもしさなど感じられない不安な姿であったが、その声には無視できない力を有していた。

 名指しで呼ばれたアーロンの額に、無数の血管が浮かんだ。

 

「そいつは丁度よかった。おれも今、てめェを殺してやろうと思ったとこだ」

「どうやら…我々もやらねばならんらしい」

「同胞達をよくもォオオ!!!」

「種族の差ってやつを教えてやらなきゃな、チュッ♡」

「久々に骨が折れそうじゃのゥ…」

 

 アーロンの怒りに呼応するように、幹部の四人が続々と立ち上がる。

 入って来て早々にこれだけのことをやらかした人間たちに、彼らもまた怒りを燃やしていた。

 

「主力登場か…」

「あのサメのおじーさんどっかで見たな…」

「危ねェだろうがてめェ‼」

「おれ達まで殺す気かァ‼」

「あ…」

 

 殺気を膨らませる5人の魚人たちに、ゾロは刀を抜きながら舌なめずりをし、エレノアは妙な既視感に首をかしげる。

 一方で危うく巻き込まれかけたサンジとウソップに小突かれるルフィは、何かやらかしたというように引き攣った表情を浮かべていた。

 そんな彼らを呆然と見つめるのは、村人たちであった。

 

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟の怪物を…振り回すなんて…‼」

「なんという…破壊力…信じられない………‼」

 

 魚人たちにも劣らない力を見せつけた麦わら帽の青年に、村人たちは開いた口が塞がらない。

 絶望しかなかったこの状況に、希望の光が察したように思え始めていた。

 

「魚人と渡り合える人間がいるなんて。これが、この世の戦いなのか…⁉」」



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第37話〝魚人海賊〟

「こんなことなら初めから我々が戦るべきだった。アーロンさん、あんたは大人しくしててくれ」

「あんたに怒りのままに暴れられちゃ、チュッ♡ このアーロンパーク粉々に崩壊しちまうぜ‼」

「また建て直させるのも面倒じゃからなァ」

「………」

 

 道着を着たエイの魚人クロオビが、オネェっぽい格好の着物を着たキスの魚人チュウが、大柄なサメの老人フカが、座ったままのアーロンを止める。

 その後ろで、背中を丸めたタコの魚人ハチが何かを溜めむような体勢になっていた。

 

「ん~~‼ くらえ……‼」

 

 明らかに何か企んでいる様子のタコの魚人に、エレノアたちは警戒心をあらわにする。

 

「あのタコ、何かやる気だ」

「タコは、まず塩ゆでにしてスライス。オリーブ油とパプリカで味をつければ酒のつまみに最適だ」

「いや、あれ確かにタコだけど人だから。料理人目線で話さないで?」

「おい、ちょっと困った話を聞いてくれ」

 

 戦闘前とは思えない気の抜けた会話をしているが、敵の動向から目を話すことは決してしない。

 しかしただ一人ルフィだけが、仲間に聞いてもらおうと手招きをしていた。

 

「視界ゼロ〝たこはちブラーック〟!!!」

「〝蛸墨〟か!!!」

 

 準備を終えたハチは、ルフィたちに向かって口から大量の墨を吐き出した。

 警戒していたエレノアたちはかろうじて降り注ぐ黒を躱すことに成功する。が、ルフィはなぜか墨の直撃を受けて真っ黒になってしまった。

 

「あ―――っ!!!」

「バカお前、何でよけねェ‼」

「あ――‼ 前が見えねェ―――っ!!!」

 

 影のように真っ黒になったルフィが、慌てて辺り構わず手を振り回す。

 身動きもできない彼の前に、巨大な瓦礫を持ち上げたハチが近づいていった。

 

「おいルフィ!!! よけろォ!!!」

「うん、問題はそこだ。なんと動けねェんだが、見えねェし」

「…え、今なんて?」

 

 言葉を失ったエレノアが見てみれば、先ほどモームを振り回す際に突っ込んだ足がそのままになっている。

 しかも思った以上に深く突き立てすぎたのか、全く抜ける様子がなかった。

 

「は」

「何であいつは……‼」

「てめェ自分でつっこんだ足だろうが!!!」

 

 あまりの船長のアホさに、全員から呆れた視線が集中する。

 格好の獲物に、ハチは容赦なく瓦礫を振り下ろした。

 

「〝たこはちブラック・オン・ザ・ロック〟!!!!」

 

 凄まじい轟音とともに、巨大な瓦礫がルフィを押しつぶす。

 あまりにもあっけない最期に周りにいたものたちが呆然となるが、一瞬瓦礫に青い閃光が走ったかと思うと、ボロボロと巨大な塊が崩れ始めた。

 

「ほん…っと―――に…情けない。なんでこの人について行こうなんて思っちゃったんだろうなァ…うらむよほんと……」

「おおー、いいぞエレノア」

 

 パリパリと電流が走る両手を挙げたエレノアが、じとっとした半目で虚空を睨む。

 すでにフードは脱ぎ捨てられ、長い手足の大人の姿に変化している。魚人たちを相手するために、全力の戦闘形態に変身したのだ。

 

「同感だ……」

「すげェぞ、エレノア‼」

「まァ、レディーを傷つけるようなクソ一味よりは百倍良いってことで」

「………そういうことにしとくか」

 

 ほっと安堵の息をつく一味に、エレノアも仕方がないといった笑みを浮かべる。

 一方で、エレノアの真の姿を見た魚人たちには動揺が走っていた。

 

「ニュ~~~ッ!!? て…天族ゥ~~!!?」

「まさか実在してたとはな……チュッ♡」

「ありゃあ…昔一度だけ見た錬金術とかいうもんじゃな。あの小娘……見た目で侮っていると痛い目に遭うぞ」

「ならばあの小娘はフカ爺に任せよう」

 

 ハチやが戸惑いの表情を見せる中、フカは冷静にエレノアの能力を分析する。

 年の功ゆえか、多少変わったものを見た程度で慌てるような愚は見せなかった。

 

「…人間にしちゃあ少しはやるようだが…海賊がそんな騎士道を振りかざすとはしょせん生ぬるい」

「……へ、おれの騎士道が生ぬるいかどうか試してみるか、サカナマン? これでも、おれは半生を海賊に育てられてんだ」

「貴様は魚人という種族の本当のレベルを知らんようだな」

 

 冷笑するクロオビに、サンジは皮肉げな笑みを浮かべて右足をあげて構える。

 二人が睨み合う隙に、どうにかルフィの足を抜こうとウソップが体を思いっきり引っ張っていた。

 

「何を遊んでやがるんだ、あいつらは‼ このアーロンパークで!!! 殺す!!!」

「うわああああああ!!! おい、てめェいい加減抜けろ‼」

 

 気づいたハチにまた瓦礫を用意され、ウソップは必死の形相でルフィを抱えて走り出す。

 すると瓦礫を構えたままのハチの背後で、不敵な笑みを浮かべたゾロが剣を抜いた。

 

「おいタコ、あいつら今忙しいんだ。おれが相手してやるよ」

「ニュ‼ ロロノア・ゾロ‼ そうだ忘れてた‼ お前、よくもおれをダマしたな!!!」

 

 別に騙したわけではなく、うまいこと言いくるめて案内させただけなのだが、今更否定するつもりもない。

 六本の腕でそれぞれ剣を持つハチに、ゾロの笑みは凶暴なものに変わっていく。

 

「そうだ‼ また思い出したぞ!!! てめェはおれの同胞をいっぱい斬りやがったんだ!!!」

「そんな古い話興味ねェな。お前が、おれをどんな因縁で殺したがってようが関係ねェ……もう状況は変わってんだよ。お前らが俺たちを(ツブ)してェんじゃねェ‼ おれ達がお前らを(ツブ)してェんだ!!!」

 

 逃げ惑う間に二組の組み合わせができ、ひとまず安堵したウソップは汗を拭きながら親指を立てた。

 

「よ…よーしゾロ、そのタコはお前に譲るぜ。ナイス………しまった‼ 離しちまった‼」

 

 長く長く引っ張られていたルフィの体が、ゴムの張力で元の場所に戻っていく。

 と思いきや、ルフィは引っ張られた反動で向こう側にいたチュウの腹に激突してしまった。

 

「…失敬」

「てめェはやっぱり、おれに殺されてェようだな‼」

「うわああああああああああああああああ!!!」

 

 偶然とはいえ、攻撃した張本人であるウソップにチュウの殺意が向けられ、ウソップは半ば号泣しながら逃げ出した。

 あっという間に消えていく狙撃手の姿に、エレノアは思わず立ち尽くしていた。

 

「はやっ!」

 

 一度は逃走したウソップだが、チュウの注意が村人たちに向けられると、今度は自分の意思で攻撃して引き寄せる。

 逃げたり挑んだりと忙しい彼の戦いに苦笑し、エレノアは肩をすくめた。

 

「……勇ましいんだか情けないんだか」

「余所見していると死ぬぞ、小娘」

 

 気を抜いていたエレノアは、背後から声が聞こえた瞬間右足の脛を盾にして飛び退る。

 ギャリン!と耳障りな金属が鳴り響き、オレンジ色の火花が飛び散った。

 エレノアは一旦体勢を立て直し、自分を襲った魚人の顔を見て大きく目を見開いた。

 

「〝鮫肌〟のフカ……‼〝海峡〟のジンベエの右腕と呼ばれた男か。タイヨウの海賊団が解散した後は行方知れずになったって聞いたけど……ここにいたとはね」

「女子供をいたぶる趣味はないんじゃがのゥ……まァこれもわしら魚人に逆らった罰じゃと思ってあきらめるがええわ」

 

 皺だらけの顔を凶悪に歪め、フカは両拳を構える。

 そしてエレノアが反撃に出る隙も与えず、弾丸のごとき鋭い突きを放ってみせた。

 

「〝阿羅削り〟!!!」

 

 エレノアは真正面から受け止めようとし、寸前で感じた嫌な予感から慌てて受け流しに移行する。

 しかし防御が甘かったのか、鈍い衝撃とともに先ほどより身激しい火花が飛び散った。

 

「………!!? 削れてる…!!?」

「わしの肌は魚人の中でも相当危険らしくてなァ……若ェ頃はすれ違うだけで相手がズタズタになっちまったものよ」

 

 ブーツが裂け、機械鎧(オートメイル)の装甲がヤスリで削られたように抉れているのを目にし、エレノアのこめかみを冷や汗が流れる。

 もし生身の肉体であったならば、一撃で出血多量に持っていかれる重傷を負っていただろう。

 

「『鮫肌拳』……!!! くらってみりゃあその恐ろしさがわかるだろうよ」

「フン…相手にとって不足はない‼」

 

 だがそれでも、エレノアはフカの前から逃げようとはしなかった。

 むしろ自分にふさわしい相手だと、その目に強い闘志を燃やして構えをとった。

 続々と対戦カードが組まれていく中、一歩後ろで引いていたアーロンがゆっくりと近づいてきた。

 

「アーロンさん、あんたはここで暴れねェでくれって言っただろう」

「暴れやしねェさ。だがちょっとな」

 

 アーロンはニヤリと笑うと、ルフィが突き刺さった石床に指を突き立て、バキバキと塊ごと持ち上げていく。

 何をするつもりかはわからないが、こちらもロクでもないことは確かだった。

 

「お前はおれが!!! ブッ飛ばす!!!」

 

 身動きの取れないルフィはアーロンの顔面を殴り飛ばそうともがくが、逆に腕を掴まれ拘束されてしまう。

 触れることすらも満足にできない人間に、魚人の海賊は残虐な笑みを見せつけた。

 

「てめェら本気でおれ達に勝てるとでも……?」

「だったらどうした」

「なめてると痛い目見るよ?」

「思ってるよバ――カ‼ 手ェ離せ‼」

「何か、言いたそうだな」

「いや…結構‼」

 

 アーロンは実に愉しそうに笑いながら、拘束したルフィを高々と持ち上げる。

 その視線の先にあるのは、チャプチャプと波打つ深い海だ。

 

「じゃあ、こういうゲームはどうだ? 悪魔の実の能力者はカナヅチだ。まァ、この状態なら能力者じゃなくても沈むがな…‼ シャハハハハハハハハハ‼」

「まさか…海へ!!?」

 

 エレノアが意図に気づくが、時はすでに遅かった。

 同じく気づいたルフィが殴りかかり、噛みつき、やめさせようともがくがアーロンにはさほど効かず、ぽいっとゴミでも放るように海に投げ捨てられてしまった。

 

「ルフィ‼」

「てめェ!!!」

「なんてむごいことを…‼」

「今助けに…‼」

 

 ザブン!と勢いよく沈んでいくルフィを目の当たりにし、エレノアたちの表情に焦りが生じる。

 慌てて飛び込もうとするサンジであったが、寸前でその肩をエレノアが掴んで止めた。

 

「待って‼ 海の中じゃ魚人には敵わない‼ こいつらの思うツボだよ!!!」

「ルフィを助ける方法は一つだ………‼」

「こいつらを陸で秒殺して海へ入るのか、上等だぜ」

 

 アーロンの前で待ち構える、三人の魚人の戦士たち。

 もう一人は勇敢な海の戦士が引き受け、どこか遠くへ引きつけて行ってくれたが、残った連中も相当に強力な奴ばかりだ。

 ルフィの息が続く間に倒しきるのは、困難と判断できた。

 

「やるぞ!!!」

「「おゥ!!!」」

 

 だがそれでも、希望を繋ぐためには無茶でもやってみせるしかなかった。

 

「シャハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 アーロンの腹立たしい哄笑が辺りに響き渡る。

 魚人海賊団の幹部たちも、同じように馬鹿にした態度で笑い声をあげていた

 

九体(ごたい)満足でいられると思うなよ、タコ助‼」

「アッハッハッハッハッハ‼ ゲームゲーム!!!」

「腐ったマネしてくれるぜ、クソ魚野郎ども‼」

「フン……そう焦るな。どう転ぼうと貴様ら全員生き残れる希望などないのだ」

「覚悟できてんでしょうね……‼ もう容赦しないよ!!!」

「ほざけ小娘……頭が高ェと思い知れ」

 

 敵の大将を倒すため、そして自軍の大将を救い出すため、三人のの戦士たちは自分にあてがわれた敵を見据え、闘志を燃やす。

 

「穿て‼〝破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)〟!!!〝必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)〟!!!」

 

 パンッ!とエレノアが両手のひらを打ち鳴らし、地面を力強く叩く。

 青い閃光とともに勢い良く伸びていく二本の槍を振り回し、魚人の大男に斬りかかる。

 長さの異なる、異なった意匠を持った槍の穂先がフカの分厚い胸板に食らいつく、かに見えたが、激しい火花を散らして弾かれるだけであった。

 

「硬ったァ…‼」

 

 魚人の肉体の強靭さは有名な話だが、ウロコを貫くこともできなかったエレノアはその表情に驚愕をにじませながら飛び退る。

 まるで全身余すことなく鎧を着こんだ武者を相手にしているかのようだ。

 

「そんなナマクラでわしのウロコが貫けるかァ!!!」

「うおゥ!!?」

 

 ただ硬いだけではない。

 フカの鱗の一つ一つは小さな刃のように鋭く、空気を切り裂いて甲高い音を響かせている。

 フカが腕を振るうだけで、荒く重いヤスリのようにエレノアに襲い掛かってくる。とっさに跳躍して躱すが、掠った衣服の一部がビリビリと簡単に引き裂かれ、肌の一部がさらされてしまった。

 

「ニャロ…」

 

 ローブが引き裂かれ、わき腹が丸見えになってしまったエレノアが、フカを睨みつける。

 作り出した槍も刃が欠けてしまい、使い物にならなくなったために投げ捨てるしかなかった。

 その時、エレノアの耳がドサッという音を捉える。

 

「⁉ ゾロ!!?」

「くそ…何でこんな時に…‼」

 

 見れば苦痛の表情を浮かべたゾロが倒れこんでいる。

 体に雑に巻き付けた包帯からは、すでにじわじわと血が滲み始めている。アーロンパークに到着してすぐ暴れまわり、先ほどから続けているハチとの戦闘で傷が開いてしまったようだ。

 

「やっぱりあの傷が深すぎたんだ……」

「そりゃそうだ、常人なら死ぬか半年は歩けもしねェ程の傷なんだ…‼ 兄貴ずっと我慢してたのか‼」

「あれほどの戦闘して平気な顔してやがるからおかしいと思ったぜ‼ バカかあの野郎」

 

 苦悶の表情を浮かべるゾロに、エレノアは心配そうな眼差しが送られ、サンジは憎まれ口をたたきながら焦燥を浮かべる。

 思わず駆け寄りかけた彼に、突然すさまじい衝撃が襲い掛かった。

 

「エイッ!!!」

 

 サンジのみぞおちに突き刺さる、エイの魚人による正拳突き。

 闘牛の突進か、それ以上の衝撃がサンジに襲い掛かり、体格では半分以下のサンジの体が勢いよく吹き飛ばされる。

 アーロンパークの兵に激突し、突き破り、そのままはるか遠くまで撥ね飛ばされていった。

 

「サンジくん!!!」

「よそ見とは…ずいぶん余裕だなァ!!!」

 

 絶叫するエレノアの背後に、フカがもう一度腕を振りかぶる。

 真正面から迫りくる巨大な拳を目にし、エレノアは即座に後方に跳躍し、両足を振り上げて盾にする。

 しかし衝撃を完全に殺しきることはできず、エレノアは口から血を吐きながら海面に叩きつけられた。

 

「片付いたぜ、アーロンさん…」

「ロロノア・ゾロはどうするよ」

「海へでも捨てとけ。たわいもねェ奴らだな…つまらん。おいハチ‼ 起きろ‼ いつまで寝てやがる………‼」

 

 気だるげに腕を振り、フカたちはアーロンのもとに集まっていく。

 先ほどのゾロとの攻防で瓦礫の山の下敷きとなったハチが、遅れて瓦礫を吹き飛ばしながら立ち上がった。

 

「ンニュ~~~~っ!!! このタコ野郎がァ!!! もう起こったぞ、おれはてめェをブッ殺す!!! おれ様を魚人島で一人を除けばNo.1の剣豪〝六刀流〟のハチと知っているのかァ!!! 貴様ら人間など、天地がひっくり返ってもこのオレには勝てねェんだぞォ!!!! ニュ~~~~っ!!! ニュ?」

「誰に言っとるんじゃお前は…」

 

 すでに起きている者は誰もいないのに、怒りのままに叫ぶハチにフカから呆れた目が向けられる。

 これで本当に終わりか、と絶望が村人たちの間に走った時、ザッと地面を踏みしめる音が響いた。

 

「〝六刀流〟か、くだらねェ。一体、何がすごいんだ⁉」

 

 たった一本残った刀を掴み、どう猛な笑みを浮かべたゾロがほとんど満身創痍の体で立ち上がる。

 突けば倒れそうなほど弱っているというのに、常人ならば思わず射すくめられるほどの迫力に満ちた目で、余裕の態度をとる魚人たちを睨みつけていた。

 

「これだけは言っとくがな、タコ‼ おれには会わなきゃならねェ男がいるんだ……そいつにもう一度会うまでは、おれの命は死神でも取れねェぞ!!!」

 

 ギラリと光る眼で射抜かれ、ハチは眉間にしわを寄せて睨み返す。

 すると、コツコツと靴音を響かせ、壁に空けられた穴を通ってサンジが戻ってきた。

 額から血を流しながら、煙草をくわえて不敵な笑みを浮かべるその姿は、狩人のような静かな殺気に満ちていた。

 

「な――んだ…あいつの正拳(パンチ)が40段なら、いつもくらってたクソジジイの蹴りは400段だな…」

 

 一撃で仕留めたと思っていたクロオビは、存外丈夫な人間に不快げな目を向ける。

 その背後から、ざばっと水飛沫をたてて影が飛び立った。

 

「…あー、ビックリした」

 

 ずぶ濡れになりながら地面に降り立ったエレノアは、ぶるぶると体を振って水滴を落とし、髪をかき上げて肩をすくめた。

 相当な力を加えたはずだが、思ったほどダメージを負っていないことにフカは眉を寄せてエレノアを睨みつけた。

 

「鱗の硬さは健在、動きの切れもまあまあ………でも肝心の(パワー)はだいぶ衰えてるみたいだね、おじーちゃん?」

「……どうやらあれだけやってもわからんらしいのう。これだから最近の若い奴はァ…‼」

 

 小悪魔のような、馬鹿にした態度にフカは苛立たし気に牙をむき出しにする。

 子供かどうかはともかく、女ということもあって手加減してやろうと思っていたのかも知れないが、フカの理性はそこで完全に切れた。

 

「ああああああ!!!」

 

 今もなお逃げ回っている嘘つきの彼も、彼なりの戦いを続けるのだった。



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第38話〝妖術師(ウィザード)エレノア〟

「この老いぼれの手を煩わせるな!!!」

 

 凶器の正拳が突き出され、エレノアの顔面に迫る。

 まともに直撃すれば肉が大きく抉り取られそうな鋭さに瞠目しながら、エレノアは両方の義足を振るって、内蔵された刃を展開して受け止めた。

 ギャリン、と激しい火花と金属音を撒き散らしながら、エレノアは力強く義足の刃を振るった。

 

「『私は来た! 私は見た! ならば次は勝つだけのこと!』黄の死(クロケア・モース)〟!!!

 

 ただ真正面からぶつけるのではない、魚の鱗をそぐように斜めから刃が食らいつく。

 しかしフカの鱗ははがれることはなく、あまりの硬さにエレノアの刃の方が弾かれてしまった。

 

「ムダだというのがわからんのか!!? わしのウロコは千の刃さえも通すことはない!!!」

 

 動きを止めてしまったエレノアに、フカが猛烈な拳打を浴びせかける。

 義足を盾に猛攻を受け流すエレノアであったが、もともとが不自由な義足であるために徐々に押され始めてしまう。

 やがて、エレノアの生身の体にもフカの鱗がかすり始めた。

 

「くっ…‼」

「そらそらどうしたァ!!? 息が上がっておるぞ!!!」

 

 懸命に立ち回るエレノアだが、ついにはバランスを崩して決定的な隙を見せてしまう。

 歴戦の戦士であり、凶暴なサメの魚人がそれを見逃すはずがなかった。

 

「〝鮫肌拳『刺鯁(しのぎ)』〟!!!」

 

 掘削機のごとき勢いで迫る貫手に、エレノアは慌てて義足を持ち上げて防御を図る。

 しかし凶悪なウロコの刃はガリガリと義足の装甲を削り取り、内部の構造までもを破壊していく。

 備えられた刃はそれに巻き込まれ、バキンッ‼と音を立てて根元から折れてしまった。

 

「あああああ!!! エレノアの姉御の刃が…!!!」

 

 ヨサクが悲鳴を上げ、窮地に陥るエレノアを凝視する。

 なんとか体勢を立て直したエレノアが後ずさり、反撃に出ようとするが、がたがたにされた義足はまともに立つこともできなくなり、よろよろとおぼつかない足取りで膝をつく羽目になる。

 

「武器なら……いくらでも作れる!!!」

 

 虚勢をはり、地面から槍を作り出すが歩くこともできない以上ろくな戦闘は期待できない。

 槍を支えに何とか立ち上がるエレノアに、フカがさらなる追撃を始めた。

 

「〝『波羅丸(はらまる)』〟!!!〝『緋刺(ひし)』〟!!!〝『牢啼刄(かたなば)』〟!!!」

 

 ヤスリのようなウロコが槍を、残った義足の装甲を削り、破壊し、エレノアを追い込んでいく。

 もうこうはエレノアの肌を掠り、刻まれた一条の傷跡から鮮血が迸った。

 

(耐えて…‼)

 

 もはや戦いにすらなっていない、一方的な殺戮に周囲から悲鳴が上がる。

 ゾロやサンジは自分の敵を相手するのに手いっぱいで、助けを求める余裕さえなく身を守ることしかできなかった。

 

「いい加減しぶとい奴じゃ……〝破魔繰(はまぐり)〟!!!」

 

 いい加減苛立ちが限界に達したフカが、向けられる義足を払って体勢を崩させる。

 ハッと目を見開いて狼狽するエレノアに、再び鋭い勢いの貫手が放たれた。

 バランスを崩したエレノアの防御を抜き、フカの鱗が大きくわき腹をえぐり、肉片をあたりに撒き散らした。

 

「ぅあああああ!!!」

 

 腹部に走る激痛に、エレノアの口から悲鳴が上がる。

 勝利を確信してにやりと笑うフカ、しかし突き出した腕を引き抜こうとした彼から、なぜか笑みが消えた。

 

「……‼ 手間が…省けた……‼」

 

 自分の脇腹をえぐる凶悪な凶器の腕を、エレノアが素手で掴んで止めている。

 鱗で手が切れて血が噴き出すのも構わず、決して逃がしはしないという気迫を込めてしがみついている。

 目を見開くフカの口の中に、エレノアは半壊した自分の義足を突っ込んだ。

 

「もがっ⁉」

「買い替え時だったんだよね!!!」

 

 不敵な笑みを浮かべたエレノアは、パンッと手のひらを合わせるとつっこんだ義足に触れる。

 バキッ‼と閃光とともに義足が半ばから崩れ、半分以上をフカの口に残したままエレノアの体が落下する。

 

(脚を…!!?)

 

 意図が読めず、狼狽するフカが義足を外そうとするが、無理につっ込まれたためか抜くことができない。

 もがき苦しむ魚人の老人に向けて、虎耳の天使はパンッと打ち合わせた両手のひらを向けた。

 

風王鉄槌(ストライク・エア)〟!!!

 

 手のひらの中で生み出された風の弾丸がはじけ、エレノアの体を吹き飛ばす。

 もがいているフカには全くダメージになっていなかったが、大きく辺りの塵や鉄粉が舞い上がり、一瞬にして大きな距離を稼ぐことに成功していた。

 ゴロゴロと地面を転がりながら、エレノアは自分の右手に白い手袋をはめる。

 

「打撃だの斬撃だの物理攻撃には強いみたいだけど………これはどうかな?」

 

 以前にも使った、陣が描かれた特殊な手袋。

 笑みを浮かべたエレノアは、パチンと大きく指を鳴らした。

 

「『焼き尽くせ木々の巨人』‼」

 

 特殊な布で覆われた指と指がこすれ合ったことで、手袋から火花が発生する。

 空気中に舞った塵と鉄粉に火花は燃え移り、導火線代わりとなって空気中を走っていく。

 驚愕に目を見開くフカの口の中の義足に火花が到達すると、カッと強く大きな閃光が発生した。

 

灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)〟!!!

 

 義足が真っ赤に染まり、直後に凄まじい爆発が生じる。

 深紅の業火に魚人の体は呑み込まれ、ビリビリと大気を振動させる轟音と衝撃があたりに四散した。

 少し煙に巻かれながら、エレノアはちろっと舌を出して流し目をよこした。

 

「『粉塵爆発』……水場が近かったからちょっと心配だったけど、うまくいってよかったよ」

「ぐ……ォ…」

 

 口の中という、ウロコのない無防備な部分を強烈な熱で焼かれ、フカの巨体が震えた。

 いくら丈夫とはいえ、体内を焼かれても動けるほどではない。たった一瞬で、優位な位置にいたはずの老人は大きな負傷を被っていた。

 

「こンの……ガキが……!!!」

 

 それでもぎろりと殺気のこもった目を向けられるのは、下等な種族を相手に膝をつくことを忌むプライドか。

 だがそれでも、片足を失って動けないエレノアに近づくこともできずにいた。

 

「ッッぶはァ!!!!」

 

 その時、すぐそばに水面から勢いよくサンジが顔を出した。

 口元に血をにじませながら、新鮮な空気を求めて盛大に咳き込む彼に、エレノアとゾロが注目する。

 

「お前っっ‼」

「サンジくん!」

「ぶはァ!!! ぶほっ!!! あ~~~ぶはァ!!!!」

 

 なんとか呼吸を落ち着けると、サンジは陸の上に上がって腰を下ろす。

 海中にはいまだルフィが囚われているはずだが、そちらはもう解決しているのだろうか。

 

「…安心しろ、あいつは無事だ」

「本当か」

「半分な」

「半分⁉」

「どういうこと⁉」

「事情は後だ…!!!」

 

 ぎろりとサンジは、同じく息を切らせて陸地に上がってきたクロオビを睨みつける。

 同じくゾロも剣を手に突進するハチに、エレノアはぶるぶると首を振って正気を取り戻すフカに視線を戻す。

 戦いはまだ終わっていない、だが決着はもうすぐそこに迫っていた。

 

「さて、じゃあ…終わらせますか」

 

 両手のひらを打ち鳴らし、フカに向き合うエレノア。

 まともに立つこともできないのに、余裕の表情を崩さないエレノアにフカの怒りは高まっていく一方であった。

 

「小娘がァ‼ なぜ貴様のようなガキに……わしらの悲願が邪魔されねばならん!!! 薄汚い人間どもが…!!! 魚人の怒りを知るがいい!!!」

 

 フカの言葉の端々から見えるのは、単純な選民意識などではない。

 人より長く世界を見てきた、人間と相対してきたが故の、経験と記憶からくる怒りと憎しみ。

 決して拭い去ることなどできない、人間との間に刻まれた溝であった。

 

「……あんた達の痛みは知ってる。私もさんざん、人間の悪意を目の当たりにしてきたから。……でも、だからって関係ない別の誰かにその憎しみをぶつけることは違うでしょ…‼」

 

 エレノアには、彼の気持ちが痛いほどよくわかった。

 世界の理不尽を、人間の身勝手さを目の当たりにしてきたのは、彼女も同じであったから。

 だからこそ、エレノアはそこから引くわけにはいかなかった。

 

「あんた達みたいな奴らのせいで………これ以上あの子が涙を流すなんて、私には耐えられない…!!!」

 

 思い出される、ナミの涙。

 気丈に悪い女を演じ続けた強い彼女が見せた、本当の想い。

 二度とそんな涙を見たくないから、エレノアはこの場所に来たのだ。

 

「私の友達の島を荒らしてんじゃないよ…‼ ハナったれども!!!」

「…!!? てめェ…」

 

 フカは憎悪にゆがんだ形相のまま、わずかに目を見開く。

 グラグラと槍を支えに立ち上がるエレノアの背後に、見覚えのある影が見えた気がしたのだ。

 まるで巨大な山のようにそびえたつ、強大な覇気を発する一人の男の姿を。

 

「この島は!!! 私の縄張りにする!!!」

 

 すべての人間を圧倒する叫びとともに、エレノアがはっきりと宣言する。

 知らない人間が聞けば、小娘の戯言のような傲慢な一言だ。

 しかしその一言は、彼ら魚人からしてみればやすやすと口にしていいものではなかった。

 

「………!!! 小娘ェ…!!! 貴様ァああ!!!!」

 

 さらなる激昂とともに、フカはよろよろとおぼつかない足取りのままエレノアに突進を開始する。

 この娘だけはこの手で殺す、そんな殺意をあらわにしながら。

 

「もおォ、お前本っっ当許さん本気でブッ殺してやる!!!」

 

 六本の剣の切っ先を一転に集める独特な構えを取ったハチに、ゾロはヨサクとジョニーから預かった剣を構えた。

 しかし相手の防御を崩す構えで突撃するハチにたいし、ゾロはそれをあえて攻撃で防ぐ。

 凄まじい剛の剣の一撃によって、直撃したハチの剣は全て根元からバラバラに砕かれた。

 

「これで、おれとお前の剣の重みの違いが理解(わか)ったか? タコ助…‼ 気が済んだろ」

 

 呆然となるハチに、ゾロの凶暴な双眸が突き刺さる。

 そしてゾロは、渦を巻く竜のように三本の剣を構えた。

 

 クロオビは水中で散々痛めつけた生意気な海賊を相手に、愚か者を見るような目で魚人空手の構えを取る。

 

「……まだわからんようだな、根本的な力の差が…………水中だろうと陸上だろうと同じことだ。その上お前はおれを怒らせた。〝魚人空手〟の精髄で殺し…」

「お前が俺から何を奪うって…⁉」

 

 堂々と告げるクロオビの体に、サンジの蹴りが深々と突き刺さる。

 魚人の皮膚をやすやすと貫く強烈な蹴撃に、クロオビの意識が一瞬途切れかけた。

 

首肉(コリエ)!!! 肩肉(エポール)!!! 背肉(コートレット)!!! 鞍下肉(セル)!!! 胸肉(ポワトリーヌ)!!! 腿肉(ジゴー)!!!」

 

 クロオビの全身に、サンジの急所を狙った蹴りが次々に突き刺さっていく。

 魚人の力にも匹敵する連撃を受け、クロオビは反撃も防御もできずにいた。

 

「『束ねるは星の息吹。輝ける命の奔流。受けるが良い!』」

 

 パァンッ‼とひと際強く合わせられた掌が、青い閃光を撒き散らす。すると周囲から光が収束し、エレノアの手元で集まって形を成していく。

 光と熱が徐々に剣の形を成し、風を飲み込んでさらに強く輝きと熱さを増していく。

 雄叫びとともに向かってくるフカに向けて、エレノアは高々と掲げた光の剣を振り下ろした。

 

〝龍巻き〟!!!!

羊肉(ムートン)ショット〟!!!!

約束された勝利の剣(エクスカリバー)〟!!!!

 

 三人の強者によるそれぞれの攻撃が、凶悪な魚人たちに炸裂する。

 ハチは斬撃の竜巻に巻き上げられ、クロオビは強烈な足技で吹き飛ばされ、フカは巨大に膨れ上がった光の剣に呑み込まれていく。

 それぞれの想いを載せた一撃は、容赦なく魚人たちを戦闘不能にし、崩壊したアーロンパークの上に叩きつけた。

 

「悪ィが、てめェは眼中にねェ」

 

 しゅるりと手ぬぐいを外し、気だるげにゾロが息をつく。

 

「デザートは…要らねェか」

 

 タバコをくゆらせ、面倒くさそうにサンジが呟く。

 

「これでもだいぶ加減したんだ、感謝しなよ……ジンベエへの貸しさ」

 

 がくりと膝をつき、息を斬らせたエレノアが誰にともなく告げる。

 全員既に満身創痍には違いない。しかしすさまじい力を見せた彼らは、人間の上位に属する種族であるはずの魚人たちを倒して見せたのだ。

 

「クロオビ…ハチ…フカ爺…」

 

 倒れ伏す幹部たちを見て、アーロンが呆然とつぶやく。

 いっそ哀れなその姿に、ゾロたちは改めて不敵に笑って見せた。

 

「しょせん雑魚。この〝ゲーム〟はおれ達の勝ちだな」

 

 耳に届いたその言葉に、アーロンの顔中に血管が浮かび上がる。

 もう種族がどうなどさしたる問題ではない。大切な同胞たちを完膚なきまでに叩きのめしたこのゴミどもを、血祭りにあげなければ気が済まなかった。

 

「てめェら、よくもおれの大切な同胞達を次々と…少し調子に乗りすぎじゃねェのか!!!?」

 

 目前から迸るすさまじい殺気を前に、フラフラの一同は表情を変える。

 どう考えても圧倒的に不利な状況だが、まだ倒れるわけにはいかなかった。

 

「オイ…ルフィが半分無事ってのはどういう意味だ」

「とりあえず死にゃしねェってこった でも、そのためには俺が、もう一度海底へ行かなきゃいけねェ」

「……それ、あいつが許してくれるとは思えないね…」

 

 一難去ってまた一難。

 勝利の時は、まだまだ夢の果てにあった。



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第39話〝私と一緒に死んで!!!〟

 重い沈黙が降りていた。

 目の前で繰り広げられていた信じられない光景に希望を抱き始めた矢先、それを簡単に覆い潰す絶望を目の当たりにし、言葉も出なかった。

 

「淡い…夢だったのか…⁉」

「…あ…あのサメ野郎何しやがった?」

「わからねェ。水をかけられたと思ったら、三人とも血ィ吐いて吹き飛んじまった‼」

 

 圧倒的な身体能力を持つ魚人たちを相手に、見事勝利を手にしたエレノアたち。

 しかしいま彼女たちは、たった一人の魚人を前に力なく倒れ伏してしまっていた。

 

「かはっ……‼ 撃水(うちみず)…か…‼」

「おォ…よく知ってんじゃねェか。てめェら程度の人間なら、直接手を触れなくても少量の水がありゃ十分に殺せる…これが魚人と人間の力の差だ」

 

 口から吐血しながら、手のひらで水滴をもてあそぶアーロンを睨みつける。

 信じられないことだが、アーロンはその場から一歩たりとも動かず、本気さえ出していなかった。

 

「フザけんな…!!!〝胸肉シュート〟!!!」

 

 激痛をこらえ、サンジがアーロンに蹴りをお見舞いする。

 しかし炸裂するよりも前に、無造作にアーロンが放った水滴が体に衝突する。

 それはまるで散弾銃のような衝撃を有し、サンジの体を軽々と吹き飛ばしてしまった。

 

「オェ…!!!」

「さっさとくたばれ。たいした価値はねェんだぜ? てめェらの命なんざァ…」

 

 とどめを刺すことも面倒くさそうに、もだえ苦しむサンジを見下ろすアーロン。

 ゾロもエレノアも、はるか上から見下してくるアーロンに反抗する余力さえ残されていなかった。

 

「アーロンッ!!!!」

 

 そんな時だった、絶望に染まりつつあった空気を切り裂く声が上がったのは。

 

「ナミ…」

「ナミさん……♡」

 

 肩に乱雑に包帯を巻き、硬い意志のこもった目でアーロンを睨むナミに、エレノアたちや村人たちのの視線が集まった。

 アーロンはさも愉し気に笑みを浮かべると、足元の惨状を見せつけるように手を広げた。

 

「今ちょうどどこぞの海賊どもをブチ殺そうとしてたとこだ。何しにここへ?」

「あんたを、殺しに……!!!」

「殺しに⁉ シャハハハハハハハハハ‼」

 

 ナミの言葉に、アーロンは馬鹿にするような盛大な笑い声をあげた。

 

「おれ達といた8年間…お前がおれを何度殺そうとした…? 暗殺…毒殺…奇襲…結果おれを殺せたか!!? 貴様ら人間ごときにゃおれを殺せねェことぐらい身に沁みてわかってるはずだ…!!!」

 

 エレノアはその言葉で、ナミが味わってきた8年間の苦しみの片鱗を感じて唇を噛む。

 ただ耐え続けただけではない。彼女は8年もの歳月の中、光を求めて必死に抗い続けていたのだ。

 

「いいか…おれはお前を殺さねェし…お前はおれから逃げられん…!!! お前は永久にウチの〝測量士〟でいてもらう……だが、おれも知っての通り気のいい男だ! 若い女を監禁などしたくねェ。お前には、できれば望んで測量士を続けてほしいもんだ」

 

 にやにやと笑いながら、アーロンはエレノアの壊れかけの義足を踏み潰す。

 痛みはないが、立ち上がるための足を踏みにじられるという屈辱で、エレノアの表情は険しくなった。

 

「……おれはこれからここにいるお前以外の人間を、全員ブチ殺すことになるわけだが…お前が、もしまた〝アーロン一味〟に快く戻り、幹部として海図を描くというのなら、そこにいるココヤシ村の連中だけは助けてやってもいい……‼ まあ…こいつらはダメだがな。暴れすぎた。要はどっちにつくかだ…」

 

 ぞくりとナミの背筋に寒気が走る。

 アーロンの残酷な提案、いや最早一択しか残されていない強要からは、絶望しか感じられなかった。

 

「今の内におれについて村人と共に助かるか、この貧弱どもについてみんなで、おれと戦ってみるか…………‼ ……最も頼りのこいつらがこのザマじゃあ惨劇は目に見えてるがな…‼ ナミ…!!! お前はおれの仲間か? それともこいつらの仲間か…?」

「……!!! てめェ…‼」

 

 アーロンにナミを解放する意思はさらさらなかった。

 ルフィたちを選べば村人たちが、村人たちを選べばルフィたちが殺される。

『希望』を選んで『宝』を奪われるか、『宝』を選んで『希望』を捨てるか。どの結果を選んでも、ナミの心は折られることは間違いなかった。

 

「ごめんみんな!!!」

 

 だがナミの顔に、絶望はなかった。

 少しだけ迷ったナミは、村人たちに笑みを見せて決断を伝えた。

 

「私と一緒に、死んで!!!」

「「「「「ぃよしきたァ!!!!」」」」」

 

 彼らは『希望』にすべてを託すことを決めた。

 どんな結果が待っていようとも、力に屈しない未来を選んだのだ。

 

 その決意に、彼は応えた。

 

「ブゥ――――ッ!!!! …っっぱァ!!!!」

 

 突如アーロンパークの端の物陰から、盛大な水の柱が立ち上がった。

 噴水のごとき水の勢いと人の声に、アーロンは表情を変えて目を見開いた。

 

「何だ!!?」

「きたか! あとは足枷を外すだけだ‼」

「! …なんだ、そういうことか…」

「了解ィ…‼」

 

 理解が追い付いていないアーロンをよそに、エレノアたちは全てを把握して笑みを浮かべる。

 サンジの言葉と、今この場にいない彼のことを思い出したことで、己がなすべきことを見出した。

 

「30秒‼ それ以上はもたねェ」

「それで充分だ‼」

 

 満身創痍の体を無理矢理起こし、ゾロとエレノアがよろよろと立ち上がる。

 その間に、サンジが勢いよく水中に潜っていった。

 

「あんなところに噴水はねェぞ⁉ まさか、あのゴム野郎か!!?」

 

 すぐさまサンジを追おうとしたアーロンだが、その頬に小さな痛みが走る。

 つぅ…と流れ落ちる赤い血を目にし、アーロンはぎろりと突きつけられる刀の持ち主を睨みつけた。

 

「気にすんな。なんでもねェよ、半魚野郎」

「その言葉は二度と口にするなと言っといたはずだぜ、瀕死のロロノア・ゾロよ…」

 

 怒りに燃えるアーロンと不敵に笑うゾロ。

 すると今度は、アーロンの顔面にパキッと黄色い液体が炸裂した。

 

「〝卵星〟っ!!!! 援護するぞ、ゾロ!!!」

「ウソップ君⁉ いったいどこから…」

 

 魚人の一人を引き連れて逃げていったもう一人の声を聞き、エレノアは辺りを見渡す。

 そしてサンジが吹き飛ばされてできた穴から覗くウソップの姿を目にし、カクッと肩を落とした。

 

「存分に戦え!!!」

「そこかァ!!!」

「遠いよウソップ君…」

 

 だいぶ安全な場所で構えている彼に、ゾロとエレノアから呆れた視線が向けられる。

 ため息をつきながら、ゾロは槍を支えに立っているエレノアに横目を向けた。

 

「おい、片足のてめェはいい加減休んでろ。邪魔だ」

「冗談! できるわけないじゃん……せっかくこいつの顔面に一発ブチ込めるってのに」

 

 好戦的な笑みを浮かべ、エレノアはアーロンを見据える。

 ナミが耐えてきた8年間を自分でも叩きつけなければ気が済まないほど、彼女自身も怒りを燃やしていた。

 

「コックの兄貴だ!!! 海中で何が起きてんのか知らねぇが、コックの兄貴の行動が〝鍵〟なんだ!!!」

「ゾロの兄貴‼ エレノアの姉御‼ フンバレ――――――っ!!!」

 

 エレノアとゾロがアーロンを海中に向かわせないように振る舞っていることから、ヨサクとジョニーが察して応援の声を上げる。

 海中での異変に気付いているアーロンは、立ちはだかる二人を心底邪魔そうに睨みつけた。

 

「悪魔の実の能力者は海中じゃあその能力はもちろん、もがく力すら奪われ死ぬはずだ。そいつが、まだ生きてるとすりゃあ誰かがこの戦い(ゲーム)に水を差してるってことになる!!!」

「水を差すゥ? もともとそんな正当なゲームじゃなかったでしょうに‼」

「何にせよ邪魔者は確かめる必要がある!!! おれの前に立ちはだかるってこたァ、まずはてめェらが死にてェらしいな!!!」

 

 アーロンの殺意が、まずはエレノアとゾロに向けられる。

 エレノアたちの意図を察したウソップが、注意を引こうと大声をあげてアーロンを狙うが、彼が今構えているのは攻撃力皆無の輪ゴムであった。

 

「今だ、いけっゾロ」

「あんた何がしたいのよっ!!!」

 

 背後でそんなやり取りが行われていたが、当のアーロンは完全に無視していた。

 

「「その〝自慢の鼻〟へし折ってやる!!!」」

「バカが……ヘシ折れねぇから〝自慢の鼻〟だ!!!」

 

 エレノアとゾロによる同時攻撃が放たれるが、アーロンは何と自分のノコギリのような鼻で受け止め、微動だにしない。

 驚愕に目を見開く彼らに、アーロンは徐々に鋭く尖った鼻を押し付けていった。

 

「お前らがもし‼ 万全だったならば…‼ ……あるいは傷くらい残せたかもな!!!」

「くぅっ…‼ ……ん⁉」

 

 ギリギリと鼻先が迫り、二人の顔に焦燥が浮かぶ。

 その時ふと、背後で動いた影に気づいた二人が視線を向けた。

 なぜか全手のひらを前に出し、プルプルと目を瞑って震えているハチの姿に、その場にいた全員に困惑が生じた。

 

「は!!? しまった‼ 輪ゴムが飛んでくるかと思った!!!」

「何ィ―――――っ!!?」

「何――――――っ!!? みろ‼ 俺の狙いはあいつだったんだ!!!」

「アーロンって叫んでたでしょ」

 

 目論見が外れたが、これ幸いとアピールするウソップにナミのツッコミが飛ぶ。

 いつの間にか目を覚ましていたハチは、憤怒の表情でゾロたちを睨みつけた。

 

「お前らの思い通りにはさせんぞ…‼ ロロノア・ゾロ!!! それから…えっと…まァいいや‼ 海に入ったお前らの仲間を殺してやる!!!!」

 

 会話らしい会話をしていないエレノアだけ名前がわからなかったようだが、すぐに考えるのをやめてハチが海に飛び込む。

 先に海に入っていったサンジのことを見ていたのだ。

 

「しまっ…‼」

「くやしがることはねェ…どのみち、てめェら全員死ぬんだよ!!!!」

 

 アーロンの鼻が二人の得物を弾き、ゾロを踏みつける。

 バランスを崩したエレノアの胸に、アーロンの鼻が深々と突き刺さった。

 

「うわあああ!!!」

「エレノアァ!!!」

 

 返しが付いた凶悪な刃を受け、たまらずエレノアは悲鳴を上げる。

 アーロンは残虐な笑みを浮かべてエレノアの首を掴むと、もはや形を保っていない義足をぐしゃりと握りつぶした。

 

「たいそうなオモチャをぶら下げやがって……邪魔なんだよォ!!!」

 

 怒りのままに、邪魔なエレノアの衣服を引きちぎる。

 女を辱める行為に村人たちの間から悲鳴が上がりかけるが、その直後に見えたものにしんと静まり返った。

 

 エレノアの衣服の下に見えた、おびただしい傷跡を目にして。

 

(何だこのガキの体は………!!! 見える傷跡だけでも全部致命傷ばかりじゃねェか!!!)

 

 腹部に、胸に、背中に、肩に、無事な部分がほとんどないほどの、痛々しい傷跡。

 自分が付けたものだけではない、もっと前からあるらしい傷の数々に、さすがのアーロンも絶句する。

 海賊ゆえ、傷を負うことはあっても致命傷が残ることはあまりない。そんな傷を追えば魚人と言えど死ぬ可能性が高いからだ。

 しかしエレノアは、それだけの傷を受けながら生き延びている。

 そしてそれを悟らせないほど、気丈に戦っていた。

 

(こいつ………‼ ただのガキじゃねェ!!! 天族ってだけじゃねェ…何か得体の知れねェ凄みを感じる…!!!)

 

 もうまともに動くこともできないはずの少女を相手に、アーロンは気圧されていた。

 まるで、少女の姿をした化け物を相手にしてしまったかのように。

 

(こいつらは今…‼ 確実に、ここで殺しておかねばならん存在だ!!!)

「にゃ、ははは…」

「ア?」

 

 怒りではない、恐怖や焦りにも似た感情を抱いて身構えたアーロンに、エレノアの口から笑い声がこぼれる。

 

「…大人しくしてればよかったのに…ホントバカだね…!!!」

「…そういうことだな…てめェでてめェがおかしいか…」

「そっちじゃないよ…」

 

 エレノアがそうつぶやいた直後、はるか遠くから大きな水飛沫が上がる。

 深い深い海中から、ゴムの張力で飛び上がった青年が、歓喜の声を上げた。

 

「戻ったァ――っ!!!!」

「遅ェよ、バカ…!!!」

「にゃははは…!」

 

 耳に届く雄叫びに、ゾロとエレノアは勝利を確信した笑みを浮かべる。

 血まみれで身動きの取れない二人を目にしたルフィは、空中から勢いよく自分の腕を伸ばした。

 

「ゾロ!!! エレノア!!!」

 

 伸ばされた手は二人の体にぐるぐると巻き付き、しっかりと固定する。

 途端に感じる引っ張られる力に、二人の顔色は真っ青に染まった。

 

「オイ…やめろ…」

「ちょ…ま…まさか…」

「交替だ!!!」

「うわああああ!!!!」

「うにゃあああ!!!!」

「「「「「ドアホーッ!!!」」」」」

 

 空中のルフィが、引っ張り上げた二人をそのまま後ろに投げ飛ばす。

 強制的に戦線離脱させられたエレノアとゾロは悲鳴を上げ、あまりの暴挙にヨサクとジョニーたちから怒号が響き渡る。

 構わずルフィは、自分が倒すべき敵を鋭く見据えた。

 

「〝ゴムゴムの……鐘〟っ!!!! と…〝鞭〟っ!!!!〝銃弾(ブレッド)〟っ!!!!〝銃乱打(ガトリング)〟っ!!!!」

 

 立ったままであったアーロンに、ルフィの連続の猛攻が襲い掛かる。

 数々の敵を倒してきた豪華な必殺技の連撃により、アーロンの巨体が建物の壁に吹き飛ばされていった。

 だが彼は、けろりとした表情で体を起こした。

 

「…なにか…やったか?」

「き…効いてねェ!!!」

 

 人間であれば過剰なほどの攻撃を食らい、アーロンは平気な顔をしている。

 しかしルフィも、予想通りといった様子で指を鳴らしていた。

 

「うん、準備運動」

 

 

 一方で、思いっきり吹っ飛ばされた二人は、アーロンパークの入り口でぐったりと倒れ伏していた。

 あまりにも雑な扱いに、怒る気にもなれなかった。

 

「あいつ…コロス……」

「……もうツッコむ気にもならない…もう、無理だ……寝よう」

「おォ…」

 

 しかし、十分役目を果たしたことを思い出すと、二人はあっさりと意識を手放したのだった。



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第40話〝三人目〟

 さざ波の音で、エレノアは目を覚ました。

 あちこちが痛み、骨が軋みを上げるのをこらえて背中を伸ばす。

 ふとその目に、アーロンパークに近づいてくる一隻の軍艦を捉え、不快げに目を細めた。

 

「……ゾロ、きたよ」

「んァ? …………ああ」

 

 しばらく隣で眠っていたゾロを揺さぶり、どうにか起こす。

 彼にも近づいてくる軍艦の姿を見せると、満身創痍の体に叱咤して二人で立ち上がった。

 

「しょうがねェ、もうちっとやってやるか」

「ほいきた」

 

 もうあっちは片が付いているだろう、そう考えたゾロとエレノアは最後の一仕事だと気合を入れ直した。

 

 

 ルフィの放った最後の一撃により、完全に崩壊したアーロンパーク。

 その瓦礫の頂上に立ち、ルフィはナミに大きな声で告げる。

 

「お前は俺の仲間だ!!!!」

「…………うん!!!」

 

 ナミの痛みと苦しみが染み付いた部屋を破壊し、力の限り暴れまわった若き海賊の青年に、ナミは涙に濡れた目を向ける。

 母の仇は、悲しみと憎しみの鎖は砕かれた。

 8年もの間囚われ続けてきた娘はついに、自由を手に入れたのだ。

 

「よくやった」

「アーロンパークが落ちたァ!!!!」

 

 それは皆、同じ気持ちであった。

 理不尽な支配を受け、屈辱の中で生きながらえ続けてきた彼らに舞い降りてきた希望。

 溢れ出す涙を止める術を、誰も持っていなかった。

 

「そこまでだ貴様らァ!!! チッチッチッチッチ!!!」

 

 その時だった。歓喜の声を上げる島の住人たちの間に、空気をぶち壊す耳障りな雑音が混ざってきたのだ。

 アーロンに買収され、ナミから1億ベリーを奪った外道である海軍大佐ネズミが、いやらしい笑みを浮かべてそこに立っていたのだ。

 

「あいつは…‼」

「なんと言う今日は大吉日(ラッキーデー)!!! いや、ごくろう。戦いの一部始終を見せてもらった。まぐれとはいえ貴様らの様な名もない海賊に魚人どもが敗けようとは思わなかった」

 

 海兵たちを引き連れ、我が物顔でアーロンパーク跡地に入り込むその男に、住人たちから嫌悪の目が向けられた。

 悪魔に魂を売った最低な人種に、誰もが歯を食いしばった。この男がいなければ、ここまでひどい事態にはなっていなかったかもしれないのに。

 

「だが、おかげでアーロンに渡すはずだった金も、このアーロンパークに貯えられた金品も全て私のものだ!!! 全員武器を捨てろ!!! 貴様らの手柄、この海軍第16支部大佐ネズミがもらったァあ!!!」

 

 強欲にも、アーロンの持っていた全ても奪い取ろうとネズミが海兵たちに命じる。

 しかし、邪魔な住人たちに手を上げてでも金銭を求めるその汚い心の持ち主に、ついに天罰が下った。

 

「うるせェハイエナどもがァ!!!!」

「あああああっ!!?」

 

 赤黒い無数のトゲが地面から生え、海兵たちが吹っ飛ばされていく。

 ボチャンボチャンと海に沈んでいく海兵たちに呆然となるネズミの後頭部が、万力のような力で締め上げられた。

 

「ゾロ‼ エレノア‼」

 

 狙っていたかのようなタイミングで現れた二人の仲間に、ナミが笑顔を見せる。

 ゾロはどう猛な笑みを浮かべて、ギリギリとネズミの頭を握りつぶさんばかりに締め上げた。

 

「人が大いに喜んでる所に」

「水差すんじゃないよ」

 

 エレノアも怒りに満ちた笑みを浮かべながら、立ち尽くしている住人たちにキッと視線を向けた。

 

「ぶっ潰せ野郎ども‼ 魚人でないならこいつらなんかにあんたたちが敗けるかァ!!!」

「うおおおおお!!!!」

「ぎゃああああ!!!?」

 

 その言葉でハッパをかけられた住人たちが、雄叫びをあげて海兵たちに襲いかかった。

 助けを無視し、魚人に媚を売り、挙句に守るべき人々を足蹴にして甘い汁をすすっていたクズどもに、住人たちの溜まりに溜まった怒りが爆発したのだった。

 

 数分後、一箇所にまとめられた海兵たちは、顔中腫れあげたボロボロの状態で山積みにされる。

 一応残っていた理性により、人死にまでは出ていなかった。

 

「おばえらおでに手ェ出してびろ、ただじゃすばないがらなァ?」

「まだ言ってんのか…」

「あきれた連中…海軍の矜持も何もないただのゴミクズじゃないか」

 

 もはや誰かもわからないほど殴られたネズミが、それでも傲慢な態度を崩さずに罵倒する。

 エレノアでさえゴミを見るような目を向けていると、棒を持ったナミがネズミの正面にしゃがみこんだ。

 

「ノジコを撃った分と……ベルメールさんのみかん畑をぐちゃぐちゃにしてくれた分…」

「あァ‼」

 

 ばかにするように声をあげたネズミの顔面に、ナミの渾身の薙が炸裂する。

 さらに顔を膨らませ、血を吐いたネズミが地面に叩きつけられた。

 

「ィよっし!」

「ありがと! ナミ、スッキリしたよ」

「あと千発くらい入れてやれ‼」

 

 思わずガッツポーズを取るエレノアに、ナミはブイっと指を二本立てて答える。

 そしてしくしくと泣いているネズミの頬を掴むと、力の限り引っ張って鋭く睨みつけた。

 

「あんた達はこれから魚人達の片付け‼ ゴサ復興に協力‼ アーロンパークに残った金品には一切関与しないこと‼ あれは島のお金なの。それともう一つ、私のお金返して」

「いで―――いで―――ゆーとーりにしばす‼ がえすっすがえすっす‼」

 

 痛みに耐性のないネズミはすぐさま約束し、手が離れたことで慌ててその場から逃走を開始する。

 と言っても船は住民たちに占拠されてしまったために、海に飛び込んで泳いで支部まで戻る羽目になっていた。

 

「覚えてろこの腐れ海賊ども!!! 麦わらの男!!! 名前をルフィといったな!!! お前が船長なんだな!!? 忘れんな!!! テメェらすごいことになるぞ!!! おれを怒らせたんだ!!! 復讐してやる!!!!」

「………まだ反省が足りないようだね」

「ヒィイイイイ!!!」

 

 散々ボロクソにされても偉そうな態度を崩さないネズミに見えるように、エレノアが手袋をつけた右手を掲げる。

 何をしようとしているのかはわからないがとにかくヤバそうだと察し、ネズミたちは悲鳴を上げて全力で泳いで行った。

 

「すごいことになるってよ」

「何で、おれが海賊王になること知ってんだ」

「そうじゃねェだろ。バカだなお前」

「おい、どうする‼ マジですごいことになったらどうする!!?」

「負け犬の遠吠えってやつだよ。気にしないのが吉さ」

 

 慌てふためくウソップに、肩をすくめて安堵を促す。

 エレノアは心底疲れたという様子でため息をつき、もう一度ネズミが泳ぎ去った方を睨みつけた。

 

「さて、と」

「ん? おい、エレノア。なんだそりゃ」

「ああ、これ?」

 

 おもむろにエレノアが取り出した棒状の何かに、ゾロが訝しげな目を向ける。

 エレノアは少し得意げに、取り出したそれを見せた。

 

「いやァ、さっきのネズミ野郎があんまりにムカつくからさァ…………ちょっと制服に仕掛けておいたんだよね」

 

 そう黒い笑みを浮かべて取り出したのは、何かやばい気配を発する小さなスイッチ。

 ドクロマークが描かれたそれを見たウソップは、ぎょっと目を見開いた。

 

「げっ!!?」

「もう一発くらっとけ」

 

 一切の情け容赦なく、エレノアはスイッチをポチッと押す。

 その瞬間、ネズミ大佐が泳いでいるあたりの海で、どかーんと激しい水しぶきが上がったのが見えた。

 

「…………悪魔かお前は」

「てへ♡」

 

 小悪魔の笑みを浮かべ、可愛らしく舌を出して頭を小突くエレノアだが、やった所業を考えればもう悪魔にしか見えなかった。

 ウソップやゾロは戦慄の視線を向けるが、他のものたちはもうネズミのようなクズに構っている暇などなかった。

 

「さぁ、みんな!!! 私達だけ喜びにひたってる場合じゃないぞ!!!」

「この大事件を島の全員に知らせてやろう!!!」

「アーロンパークはもう滅んだんだ!!!」

 

 歓声をあげ、この場にいいない人々に朗報を伝えるために一斉に走り出していく。

 もう見ることはないとさえ思えていた光景をもう一度よく見渡しながら、ナミは穏やかな笑みを浮かべた。

 

 ―――終わったよ、ベルメールさん。

    8年もかかったけど、やっとみんな、自由になれた‼

 

 晴れやかな気持ちで、ナミは遠い天に行ってしまった母に心の中で伝えた。

 

 

「うぎゃああああああっ‼」

 

 村の唯一の治療所から、凄まじい悲鳴が上がる。

 死んでいてもおかしくない傷を負っていたゾロは、戦いが終わると問答無用でベッドの上に叩き込まれてしまい、ほとんど麻酔も無しの治療を受けさせられていた。

 

「バカモンが‼ こんな大傷自分で処理しおって‼ お前らの船にゃ〝船医〟もおらんのか⁉」

「いやー…知識はあっても技術がないもんで…」

「医者かー、それもいいな―…でも音楽家が先だよな」

「あんたのその謎のこだわりは一体何なわけ?」

「だって海賊は歌うんだぞ?」

 

 旅を始めたときから微塵も変わっていない彼の謎の持論に、エレノアは思わず眉間にしわを寄せる。

 しかしその目は、全く別のことを考えていっぱいになっていた。

 

「しっかし…ちょっとばかし暴れすぎちゃったかしら?」

 

 

 なんとか海を泳ぎきり、支部の通信室にたどり着いたネズミ大佐。

 彼は憤怒の形相で、八つ当たりのようにある電伝虫に取り付けられたダイヤルを回した。

 

「もしもし⁉」

『はい、海軍本部』

「もしもし!!? 本部か!!? こちら海軍第16支部大佐ネズミ!!! M・C(マリン・コード)00733‼ 本部に要請する!!!」

『そう怒鳴らなくても聞こえてるよ』

 

 怒りのままにまくしたてるネズミに、通信の向こう側の海兵は鬱陶しそうな声を返す。

 所業はともかく性格は伝わっているのか、ネズミに対する態度はかなり悪かった。

 

「いいか⁉ 麦わら帽子をかぶった〝ルフィ〟という海賊‼ 背中に羽根を生やした〝エレノア〟という女海賊‼ 並びに以下4名の〝その一味〟を我が政府の『敵』とみなす!!!」

『ルフィ…とエレノア………ん? どっかで聞いた名だな』

 

 通達された名前をメモする海兵だが、耳にした名前に覚えがあることを思い出して手を止める。

 構わずネズミは、憎い連中を追い詰めるために通話を続けた。

 

「かのアーロンパークの〝アーロン一味〟を討ち崩す脅威、危険性を考慮の上その一味の船長の首に賞金を懸けられたし‼ 特にエレノアという女は危険だ!!!」

『了解』

「写真を送信(おく)る!!!」

 

 ネズミが用意した写真が、電伝虫を通じて相手側に伝わる。

 すると、写真を受け取った海兵の表情がみるみるうちに強張り、驚愕の形で硬直してしまった。

 

「もっとマシな写真は撮れなかったのか」

「ええ、あれしか」

『…………早急な事実確認の後、上に承認を求める。だがその前に一つ」

「あァ⁉」

 

 先ほどの海兵とは異なる声が聞こえてきたが、それに気づかずにネズミは偉そうな態度のまま反応する。

 ネズミよりも上の階級であった海兵は、ぎりっと歯をくいしばると大きく息を吸い込み、ビリビリと振動する怒号を放った。

 

『貴様の目は節穴かァ!!?』

「へ…⁉ えっ、いや‼ 危険で凶悪な海賊と判断したからこそこうして…‼」

『もしくは貴様の頭がぼんくらかだ!!! この女が危険だと!!? そんなことはとうにわかっているわ!!! 貴様は〝妖術師(ウィザード)〟の顔も知らないのか!!?』

 

 突然怒鳴られたネズミの思考が停止しかける。

 支部では最も偉く、怒られた経験が全くと言っていいほどない彼には、通信相手が何に怒っているのか全くわからない。

 通信相手の海兵は、怒りを押し殺した低い声で丁寧に説明してやることにした。

 

『奴こそ懸賞金1億の賞金首!!! すでに〝偉大なる航路(グランドライン)〟では名の売れた世界政府の敵……あの〝白ひげ〟の娘だぞ!!!』

「…………………え?」

 

 全くの予想外の真相に、ネズミはしばらくの間考えることを放棄してしまった。



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第41話〝回れ風車〟

 ―――また夜がやってきた。

    波は今日も静かだった。

 

    島を上げた盛大な宴はその夜も、また次の夜も終わることはなかった。

    人々は今のために生きたのだ。

    笑うために生きたのだから――。

 

「えー、おれ様が‼ 魚人の幹部を仕留めた、キャプテ~~~ンウソップだ‼ 歌います!!!」

「いいぞ兄ちゃん!」

「サイン

くれ!」

「あははははは、この2人踊れるぞ」

「ぎゃはははははは」

「6曲目‼『ウソップ応援歌』‼」

 

 急遽建てられた高い台の上で、メガホンを持ったウソップが音頭をとる。

 ヨサクとジョニーが村人達と代わる代わる踊り明かし、騒がしいくらいに笑い声が響き渡る。

 自由を掴み取った人々の心は、晴れ渡っていた。

 

 

 大きな喧騒が聞こえる村の広場から少し離れた、Dr.ナコーの診療所にて。

 ナミは、自ら傷つけた肩の治療を受けていた。

 アーロンによって刻まれた刺青を大きくえぐるように突き刺したナイフの傷は、思わず目を背けたくなるほど深いものだった。

 

「消える?」

「完全には無理じゃな。傷は多少残る。刺青っちゅうのはそういうモンじゃ」

「ごめんねナミ。私がもっと修復の錬金術が得意だったら…」

「ううん、いいの。自分でやったことだから」

 

 そういってナミは、刻まれた傷に自分で触れる。ドクターのおかげで出血は止まっているが、痛みはまだ残っている。

 体ではない、心の方の痛みだ。

 

「……うん、一生消せないのにね…」

「………」

 

 切なげな声で呟くナミに、エレノアもどこか思うところがあるように目を伏せる。

 傷は消えない。体の傷も、そして何より心の傷も。

 けれどエレノアは不憫に思ったりはしない。彼女は、その傷を抱えて歩き出そうとしているのだから。

 

「じゃ、あたしはもうちょっとみんなと踊ってくるわ。……ナミ、安静にね」

「いってらっしゃ~い」

 

 カタカタと急遽作った代わりの義足をつき、エレノアは診療所の扉をくぐる。

 ひらひらと手を振り、見送るナミは微笑を浮かべると、治療を続けるドクターに声をかけた。

 

「ねえドクター、彫って欲しい刺青があるんだけど」

「んん?」

「これっ」

 

 訝しげに眉を寄せるドクターに、ナミはあるデッサンの紙を渡した。

 

 

「ベルメールよ…お前の娘たちは実に逞しく立派に育ったよ…まるで生前のお前を見てるようだ………」

 

 島の外れの崖の上、ポツリと一つだけ立てられた簡素な墓。

 今は亡きベルメールが眠るその場所に、ゲンがトクトクと酒をかけていた。

 みんなが願ってきた時がきたことを、彼女が命をかけて守り抜いた娘達の無事を報告するために。

 

「我々はこれから、精一杯生きようと思う。あまりにも多くの犠牲の上に立ってしまった。だからこそ精一杯、バカみたいにな…笑ってやろうと思うのだ…!!!」

「それが一番、いい行供養になると思いますよ」

 

 穏やかな笑みを浮かべていた彼に、松葉杖をついたエレノアが小さな花束を手に近づいていった。

 

「……君か。それは…ベルメールに?」

「一応は……ここで亡くなったすべての方々に贈るつもりで」

 

 ゆっくりと膝をつき、花を添える。

 ゲンが静かに見守る中、スゥッと息を吸い込んだエレノアは、眠りについた者達を想った声を紡いだ。

 

―――祈りは遥か…旅立つ君に届け…♪

 

 やさしい歌声が、風に乗って響き渡る。

 ゲンには聞き覚えのないその歌は、旋律は、不思議にも胸に染み渡り心を震わせる。

 

眠れ、安らかに…想い抱いて往けよ…♪ この胸の痛み…色褪せてしまわぬうちに…♪

 

 眠りにつく我が子を見守るような、あるいは旅立つ愛しい人に送る声援(エール)のように、エレノアは美しい歌声を紡ぐ。

 顔も知らない、それでも仲間の家族のために、力強く歌う。

 

唱え、その想い…愛しき人のために…♪ 歌え、この音を…彼の人が迷わぬように…♪

 

 その歌声を届ける相手は、もうこの場にはいない人たちだ。

 だがエレノアの見せる眼差しは、確かに祈りを届ける相手を見定めているように思えた。

 旅立った者たちがどこへ行ったのか、知っているようだった。

 歌い終えたエレノアは、穏やかな微笑をたたえて黙祷を捧げる。

 ゲンはただ、一枚の絵画のようなその姿をじっと見つめていることしかできなかった。

 

鎮魂歌(レクイエム)か……!」

「これでも海賊の先輩ですから…何度か、家族を見送ったこともあります」

「……そうか、辛いな」

「そうですね…」

 

 この天使の少女が、想像もできない過酷な経験をしてきたことは、彼女の体の傷跡を目の当たりにした村人たちから聞かされた。

 それでも痛みを表に出すことなく、他者のために祈りを捧げることのできる彼女を、ゲンは眩しく思えた。

 

「生ハムメロン!!!」

 

 そんな空気を吹き飛ばす、騒がしい声が響いてゲンはギョッとなる。

 声の主に心当たりのあるエレノアは、心底あきれた様子で振り向いた。

 

「あり…この辺は食いもんねェな…まいった。戻ろ」

「待て小僧っ!!!」

 

 両手いっぱいに骨つきの肉を持ったルフィががっかりした様子で立ち去ろうとするが、すぐさまゲンが呼び止める。

 立ち止まったルフィは、ゲンとエレノアの前に立っている簡素な墓に首を傾げた。

 

「? 墓か……誰か死んだのか」

「ああ…死んだよ、昔な」

「いやそれはどうも、このたびはゴチューショーさまでした。ん?」

「………ご愁傷様ね」

「それでした」

 

 全くと言っていいほど礼儀のなっていない態度に呆れるが、一応は死者を痛む気持ちを持っているようなので何も言わないことにする。

 しかしゲンには、いまのうちに言っておかなければならないことがあった。

 

「おい小僧よ。…ナミはお前の船に乗る海賊になる…危険な旅だ。……もし、お前らがナミの笑顔を奪うようなことがあったら…私がお前らを殺しに行くぞ!!!!」

「まー別におれは奪わねェけどさ…」

「わかったな!!!!」

 

 幼い時から見守ってきた、もはや娘と言っても過言ではないほど大切に思ってきた少女を送り出す。

 それを止めることのできない彼なりの、せめてもの意地であった。

 

「………わかった」

 

 否定を許さないゲンの迫力に、アーロンにも臆さなかったルフィはゴクリと口の中の肉を飲み込んで頷く。

 一人の父親を前に気圧されているルフィの珍しい顔に苦笑し、エレノアはもう一度ベルメールの眠る墓に目を向けた。

 

「……安心していてください。きっとあの人のたびは、いつも笑い声が絶えない…そんなバカみたいに光に満ちた旅になりますから」

 

 彼女の魂はここにはないかもしれない。

 しかしせめてこの誓いだけは聞いていてほしいと、祈りを込める。

 やがておぼつかない足取りで立ち上がったエレノアが立ち去ろうとした時、不思議な感触の風が吹いた。

 

 ―――頼んだよ…。

 

 幻聴のような、本当にささやかな声。

 はっと振り向いたエレノアの目には、墓の隣で腕を組んで浮かべて立っている、気の強そうな笑顔の女性の姿が見えた気がした。

 

 

「あっしらはまた本業の賞金稼ぎに戻りやす。兄貴達にゃいろいろお世話になりやした」

「ここでお別れっすけどまた、どっかで会える日を楽しみにしてるっす」

「そうか、元気でな」

「兄貴達も」

 

 すっかり傷の癒えたヨサクとジョニーが、お決まりのポーズをとってゾロたちを見送る。共に過ごした時間はなかなか楽しいもので、エレノアは少しばかり寂しさを感じた。

 同時にエレノアは、海賊が村人全員から歓迎されながら送られるという珍しい光景に苦笑する。

 しかしそこには、一人足りなかった。

 

「しかし来ねェな、あいつ」

「来ねェんじゃねェのか?」

「来ないかもねー」

「来ねェのかナミさんは!!? オォ!!?」

「お前な‼ 生ハムメロンどこにもなかったぞ‼」

 

 未だ姿を見せないナミにサンジは慌てふためき、今か今かと到着を待ち望む。

 一方でエレノアは、港で交わされているゲンたちの会話に耳を傾けた。

 

「何⁉ 宝を全部置いてく⁉ あの1億ベリーをか?」

「金を持たずに旅に出るのか? 第一あの金はナミが命をはって…」

「また盗むからいいってさ……」

 

 ノジコとゲン、ドクターの会話にエレノアは首をかしげる。

 あのがめつさの理由は村のことが一因であったことは確かだが、生来のものも含まれていたように思える。

 そんな彼女が自ら宝を手放すというのは、どうにも違和感を拭えなかった。

 

「…………なんかすんごい嫌な予感が」

 

 絶対に何かが起こる。

 証拠はないがそう確信していたエレノアの耳に、当の本人からの叫びが届いた。

 

「船を出して!!!!」

 

 見れば、道の向こう側からナミが走り出し、一直線にメリー号に向かってくるのが見える。

 その手には何も持たず、一心不乱に駆け込んできていた。

 

「走り出したぞ!!? 何のつもりだ⁉」

「船を出せってよ………とにかく出すか」

「ウソップくん、ゾロくん、帆をはって!」

「お…おォ‼」

 

 戸惑いの表情を浮かべたゾロたちだったが、エレノアの号令でそれぞれ出航の支度に入る。

 ナミの行動に困惑していたゲンは、やがてはっと何かに気づいた様子で目を見開いた。

 

「まさかあいつ…我々に礼も言わせず、別れも言わずに行こうというのか⁉」

「そんな…」

「止まれナッちゃん!!!」

「礼ぐらいゆっくり言わせてくれ!!!」

 

 一緒に居られる時間を惜しみ、またまともに礼も言えずに別れることを恐れ、村人たちがナミの前に立ちはだかる。

 その間にも、帆を張ったメリー号が進み出し、気づいた村人たちが振り向いて叫んだ。

 

「あ…あいつら船を出しやがった!!! 君らにも、まだ改めて礼を…」

「いやいや…私達全員海賊なんで。そういうのガラじゃないんで」

 

 恩も何も返せていない村人たちが呼び止めるが、困り顔のエレノアがパタパタと手を振って遠慮する。

 海賊の自分が英雄扱いされるのは性に合わないのだ。

 そしてついにナミは港へ到着し、一切速度を落とさないまま人々の間を駆け抜けていった。

 

「ナミ待て!!! そんな勝手な別れは許さんぞ!!!」

 

 慌てるゲンたちの隙間を、スルスルと抜けていく。

 ダンッと力強く跳躍し、振り向くことなくメリー号に飛び乗るナミは、おもむろに自分の服の裾を開いた。

 その直後、ぼとぼとと落下する無数の財布に、村人たちの目が点になった。

 

「あ!!? あれ⁉ サイフがないぞ!!?」

「おれもだ!」

「わしのも‼」

「私も‼」

「おれのも!!!」

 

 そこで初めて、自分の懐が物理的に軽くなっていることに気づき、村人たちは慌てて体を探る。

 やがて芽生えた嫌な予感に、恐る恐る船の上に視線を集めた。

 

「みんな、元気でね♡」

 

 いたずらっぽい笑みを浮かべ、お札を一枚掲げてみせる村一番の問題児の姿に、村人たちはようやく我に返った。

 

「「「「「やりやがった、あのガキャ―――ッ!!!!」」」」」

 

 被害にあった全員、ヨサクやジョニーたちも一緒になって怒号をあげる。

 別れの余韻に浸る暇も与えない、最後まで村を騒がせてくれた小娘に、村人たちは完全に涙の悲しみも忘れ去っていた。

 

「おい、変わってねェぞ、こいつ」

「また、いつ裏切ることか」

「ナミさん、グ――ッ‼」

「あ~あ、締まらないなぁ、もう」

「だっはっはっは」

 

 海賊たちもナミのブレなさにあきれ、しかしなぜか安堵も覚えてしまう。

 これが一番、彼女らしいと思ったのだ。

 

「この泥棒猫がァ――っ!!!」

「戻って来ォい!!!」

「サイフ返せェ!!!」

「この悪ガキィーっ!!!」

「いつでも帰ってこいコラァ!!!」

「元気でやれよ!!!」

「お前ら感謝してるぞォ!!!」

 

 もう怒っているのか笑っているのかもわからない。

 思いの丈を全てぶつける叫びをあげ、村人たちは新たな冒険者たちに声援を送り続けた。

 ナミもまた、満面の笑顔でそれを受け止めていた。

 

「じゃあね、みんな!!!! 行って来る!!!!」

 

 大切な家族に大きく手を振り、ナミは旅に出る。

 母に誓った夢を叶えるために、大きく強く育った自分を誇りに思ってもらえるように。

 隣に立つエレノアは、そんな彼女をまぶしそうに見つめるのだった。

 

「……いい所だね」

「うん…‼」

 

 陽気に海へ出る優しい海賊たちを、崖の上に立った墓が、そしてその根元に立てられた風車がじっと見送る。

 その後ろ姿が見えなくなるまで。

 

 ――空は快晴、風は軟風。

   風車がよくまわる――――。




エレノアが歌った鎮魂歌(レクイエム)は『ハオラ・モスラ』を基にしています。


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第6章 船出の時 第42話〝偉大な海から来た女〟

お待たせしました皆々様……ついに鋼の錬金術師側のメインキャラが登場の回です。


「うわちゃー…やばいよナミ。私の所持金が尽きそうだ」

 

 甲板の上に並べた貨幣を前に、エレノアが愕然とした表情を浮かべる。

 新聞売りのカモメ(ニュース・クー)から新聞を買ったナミは、そんな彼女に呆れた視線を送っていた。

 

「いや…あんた所持金が尽きそうって、いくらでも作れるでしょ」

「わかってないなァ。……一応説明すると、錬金術師にはある二つの暗黙のルールがあるんだよ」

 

 ガックリとうなだれながら貨幣を財布に入れ直したエレノアが、やれやれといった風に肩をすくめてナミに向き直り、人差し指を立てた。

 

「一つ〝金を造るべからず〟。あまりに多すぎる金を急に造っちゃえば物価が大きく変動して、札束がただの紙切れになることだってある。よっぽどのバカじゃなきゃそんなマネはしないんだよ」

「ふーん…難儀ねェ。もう一つは?」

「もう一つは〝人を創るべからず〟。人間が人間を作り出そうなんてのは神への冒涜だって、倫理的な理由でずっと禁じられてきたの」

「……それはなんかわかる気がする。そんな事が出来ちゃったら、もはやそいつの事を人間なんて思えないわ」

 

 凄まじい力を持つイメージのある錬金術師だが、思った以上に制約が強いらしい。

 しかしそういう事情があったにせよ、ナミにはエレノアがそこまでの素寒貧になる理由がわからなかった。

 

「そもそもあんた、いつそんなにお金使ってるのよ? 胃袋が無限のルフィじゃあるまいし」

「これだよこれ」

 

 困り顔で、エレノアは自分の義足をコンコンと叩く。

 もはや以前ほどの動きは見せられず、松葉杖なしでは移動も困難なほどの哀れな相棒の姿に、エレノアは深いため息をついた。

 

機械鎧(オートメイル)を維持するにはいろいろ物入りなんだよ。油も特殊だし、予備パーツも安くはないし、メンテナンスも欠かせないし………私の場合、中の武器の整備にも使うからさ、あっても足りなくなるばっかりさ」

「不便ねェ…」

「ナミ、次の島についたらお金貸してくれない? 一回全部専門の人に預けなくちゃいけないから、ちょっと困ってるんだよ」

「いいわよ? 利子つくけど」

「……他あたるわ」

「いいじゃねェか貸すぐらい。お前、もう金集めは済んだんだろ?」

「なに言ってるの、あの一件が済んだからこそ今度は私のために稼ぐのよ。ビンボー海賊なんてやだもん」

 

 何やらシートを引いて何かをいじくっていたウソップが口を挟むが、今や一味の財布の紐を担う彼女にしてみれば看過できない状況らしい。

 するとその時、どこからともなく吹き飛ばされてきたルフィがウソップと激突した。

 

「さわるなァ!!!」

「うわァ!!!」

「ぎいやあああああ!!!」

 

 ルフィはそのまま甲板を転がり、今まさに作っていたタバスコ星なる香辛料入りパチンコ玉を目に食らったウソップが盛大な悲鳴を上げる。

 原因たるサンジは、メリー号の一部に植えられたミカンの樹々の前で仁王立していた。

 

「ここはナミさんのみかん畑!!! このおれが指一本触れさせねェ。ナミさん‼ 恋の警備万全です‼」

「んっ! ありがとサンジくん♡」

「いいように使われちゃってまー…」

 

 ナミに色仕掛けされ、ベルメールの形見でもあるミカンの木の護衛役に抜擢されたサンジにエレノアは呆れた目を向ける。

 プライドもへったくれもない。

 

「…しかし、世の中もあれてるわ。ヴィラでまたクーデターか」

「あれま、昔は陽気な街なんて呼ばれてたのに……時代は変わるもんだねー」

 

 買ったばかりの新聞の記事に目をやるナミは、書かれている不穏な内容に眉を寄せる。

 すると、新聞と一緒に挟まれていたらしい二枚の紙がヒラヒラと落ちた。

 

「ん?」

 

 足元に落ちたそれに目を向けたナミは、一瞬固まってから大きく目を口を開く。

 ナミが見せる驚愕の表情に、気になった他の面々も顔を寄せていき。

 

「あ…」

「あ…」

「あ」

「ぐー……ん?」

「お」

「あ、やば」

 

 エレノアを除く全員の表情が、驚愕で固まった。

 

「「「「あああああ――――っ!!!」」」」

 

 こぼれ落ちたのは、二枚の手配書。

 一人は、東の海(イーストブルー)で暴れまわった名だたる海賊たちを討ち取ったことで名をあげた新星(ルーキー)

〝麦わら〟のルフィ、懸賞金3千万ベリー。

 前例のない最初の懸賞金額に対してもちろん驚きはある。

 しかし問題なのは、ともに落ちてきたもう一枚に書かれた名と懸賞金額であった。

 

妖術師(ウィザード)〟エレノア、懸賞金1億ベリー。

 

「い……1億ベリィ~~~~~!!!?」

 

 少なくとも東の海(イーストブルー)では聞いたことのない億越えの手配書に、ナミたちはルフィの手配書のことも忘れるほどに驚愕の悲鳴をあげていた。

 

「あちゃ~…やっぱりあのクズ大佐から伝わっちゃったかァ…ていうかこれ、絶対あのクズ大佐からの嫌がらせだよなァ」

 

 しまったと顔に手を当てるエレノアは、もうすでに支部に戻っているであろうネズミに憎々しい感情を抱く。

 もう1発ぐらい仕込んでおけば、このイライラを解消できたかもしれないのに。

 

「え…エレノアちゃんの首に、1億の賞金が……!!?」

「ど……どういうことよ!!?」

「…………!!!」

「どうって言われても…」

 

 聞き捨てならない情報に、ナミたちが一斉にエレノアに詰め寄る。

 困り顔で後ずさると、エレノアはその場でくるりと背を向け、翼を大きく左右に広げてみせた。

 

「こういうことだとしか」

 

 翼を通すために、背中が大きく開いた衣服をまとっているエレノアの白い背中。

 そこには華奢な肩甲骨から生える翼に挟まれるように、白い牙のようなひげをたくわえたマークが彫られていた。

 

「し…〝白ひげ〟のマーク……!!?」

 

 世界で最も恐れられているといっても過言ではない大海賊の証を目にし、一同はゴクリと息を飲む。

 只者ではないとは思っていたが、ここまでとは予想だにしていなかった。

 

「思い出した…‼︎〝妖術師(ウィザード)〟っつったら超有名な女海賊の名前じゃねェか‼︎ なんでそんな奴が東の海(イーストブルー)にいるんだよ!!?」

「リハビリ」

 

 エレノアの回答は単純明快であった。

 一瞬理解が遅れたウソップは、エレノアの義足と松葉杖を見てようやく落ち着きを取り戻していった。

 

「…………ああ、そうか」

「そりゃあ……その足じゃ〝偉大なる航路(グランドライン)〟の航海なんざ耐えられないわな」

「昔より体力落ちちゃってさー…一時期戦線離脱して、ある伝手からルフィのところで世話になってたんだよ」

 

 やれやれといった風に肩をすくめ、自由の効かない足を睨みつける。

 そもそもこんな状態でなければ、こんな騒ぎになることもなかっただろうが、自分で選んだ結果であるために我慢する他にない。

 

「だからって1億ベリーなんて…何したらそんな額が付くのよ!!? だいたい、なんでそんな大事なこと黙ってたのよ!!?」

 

 ややヒステリー気味にナミが詰め寄る。

 ルフィを超える賞金首であったことを隠されていて、少しばかりショックを受けているようだ。

 

「……だって」

 

 そんなナミに気まずげに目をそらし、エレノアはすぐそばにいるもう一人に視線を向ける。

 そこには、自分の手配所を凝視してわなわなと肩を震わせる青年の姿があった。

 

「ルフィが絶対わめきそうなんだもん」

「なんで船長(キャプテン)のおれよりおまえの方が懸賞金が高いんだよ!!? もの申すぞ3千万ベリー!!!」

「あー…」

「…いやあんたも最初の額にしては十分高いから」

 

 みっともないほどに声を張り上げるルフィの姿に、ナミたちの興奮が冷めていく。

 自分たち以上に取り乱している者の姿を見て落ち着きを取り戻したようだ。

 

「……考えてみりゃ、妥当かもしれねェな。世にも珍しい『天族』で不思議な『錬金術』の使い手、そのうえ名高き『白ひげ海賊団』の仲間(クルー)だ。海軍にとっちゃ、何しでかすかわからねェ女を放置するには危なすぎる逸材ってわけだ」

「そう考えてみると、1億ベリーでも安い気がしてきたわ」

「くっそー、絶対いつか超えてやるからな?」

「あーハイハイ…勝手にしてよ」

 

 恨めしげに睨みつけてくるルフィを適当にあしらい、エレノアは深いため息をつく。

 すると、別のやる気をみなぎらせていたルフィが、船の遠い前方に見える影に気づいた。

 

「おい、なんか島が見えるぞ?」

「見えたか……」

「ようやく、偉大なる航路(グランドライン)に近づいてきたね」

 

 ぞろぞろと興奮気味に集まってくるルフィたちの後ろで、エレノアが意味深な笑みを浮かべる。

 一同が今目指している場所。そこにある町こそ、東の海からへ渡る玄関口にして、この時代の始まりとなった場所であった。

 

「海賊王が死んだ町……‼」

「行く?」

 

 ルフィの答えは、もう決まっていた。

 

 

「ウ――ッ‼ でっけー町だー」

 

 大きく発展した、多くの人々で賑わう町の入り口でルフィが大声を上げる。

 かつて海賊王ゴールド・ロジャーが生まれ、処刑された町。終わりと始まりの町、それがここ『ローグタウン』である。

 

「ここから海賊時代は始まったのか」

「よし‼ おれは死刑台を見てくる‼」

「ここはいい食材が手に入りそうだ。あといい女♡」

「おれは装備集めに行くか」

「おれも買いてェモンがある」

「貸すわよ、利子3倍ね」

「気を付けてよ、骨の髄までしゃぶりつくされる前に」

「…おう」

 

 エレノアの忠告に、ゾロはわずかに頬を引きつらせる。

 ギラリと目を光らせるナミの言葉が、同にも冗談に聞こえなくなってきたようだ。

 ふと考えたエレノアは、武器屋に向かおうとしていたゾロの元に追いついた。

 

「あ、ゾロ。刀買いにいく前にちょっとつきあってよ。片足になっちゃったから戦いづらくってさ」

「ん? ああ、前に言ってたメンテナンスとかいうのか? この町でいいのか?」

「うん。ていうか、この町じゃなきゃダメなんだ」

 

 松葉杖をつきながら、笑みを浮かべているエレノアだったが、しばらくするとその表情に憂いを混ぜ始めた。

 

「……でも怒られるだろうなァ。前に来てから1年しかたってないもんなァ…憂うつ」

「あ? 海賊のお前が誰に怒られんだ?」

「うちの整備士に」

 

 ガックリとうなだれたエレノアは、困ったような顔でそう返した。

 

 

「これでよし」

 

 ある一軒の店先で、一人の小柄な老婆がスパナを置いた。

 義足の調整を受けた初老の男性は、目に見えるほどに調子のよくなった義足に笑みを浮かべた。

 

「おっ、いい感じです。さすがピナコ先生」

「どうだい。思いきって機械鎧(オートメイル)にしてみないかい?」

「はは…冗談でしょう?」

 

 煙管を燻らせる、ピナコと呼ばれた老婆の提案に、男性は苦笑いを返した。

 

「確かに便利かもしれませんが、手術後の痛みとリハビリが大変だというじゃありませんか」

「いい年して何をビビってんだい。右手と左足をいっぺんに機械鎧(オートメイル)にしたガキも、両足を取り換えた女もいるってのに」

「私にはそんな勇気はありませんよ。じゃあ」

 

 ズボンの下に義足を隠し、ややぎこちない足取りで去っていく男性に、ピナコは肩をすくめてため息をこぼす。

 彼女が店の中に戻ろうとした時、店先で寝そべっていた黒い犬が顔をあげて吠え始めた。

 

「ん? なんだい、デン」

 

 振り向いたピナコは、通りの向こう側からやってくる二人組の片割れを目にし、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「――おや、来たね」

 

 デンと言う名の、左前足が特製の義足となった飼い犬が駆け寄っていくのを見やり、ピナコは中にいるもう一人の家族に向けて声を張り上げた。

 

「上客が来たよ、ウィンリィ!」

 

 エレノアは朗らかな笑みを浮かべ、出迎えてくれたピナコに片手をあげて応えた。

 

「やっほー、ピナコさん。また頼むよ」

「フン…元気そうじゃないか、エレノア」




*技名について「イメージと違いすぎるのですが、別にオリジナルで良かったのでは?」と言う指摘をいただきました。
無論その通りなのですが、この連載を始める当初から主人公の技は「過去の英雄の武器・道具を錬金術で再現する」と言うコンセプトで考えていて、FGOの宝具は自分なりのイメージに合っていたんです。
詠唱に関しましてもご指摘を頂いた通り「ONE PIECEのイメージに合わない」と言う方がいらっしゃるのは確かです。
ですがいまの自分が一から詠唱を考えたところで、「FGOの技名をパクっただけのダサい名前」になってしまう可能性があったため、特に変えずに名前の響きやその場の状況によって描いています。
しかし、自分がFGOに対して理解が足りていないことは事実であり、今後よく調べ直した上で修正を加えていくつもりであります。
FGOをプレイしている読者の皆様にはご不快な思いを抱かせてしまうかもしれませんが、何卒ご理解ご了承の程をよろしくお願いいたします。

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第43話〝機械鎧(オートメイル)技師ウィンリィ〟

「デーン! ひっさしぶりだねェ~会いたかったぞォ~~♡」

 

 一目散に出迎えてくれた黒い犬に抱きつき、エレノアは思う存分撫でまくる。

 デンも久しぶりに会えた客人に思いっきり甘え、ベロベロと顔中を舐め回していた。

 

「コラコラ。あたしより先に犬に挨拶とは随分じゃないかい」

「にゃははは…ごめんごめん」

 

 放ったらかしにされたピナコがニヤリと笑みを浮かべ、我に返ったエレノアは苦笑する。

 かなり親しい仲に見える二人を見下ろし、ゾロは目を丸くした。

 

「こいつがお前の義足を作った奴か」

「ん? あァ違う違う。ピナコさんも機械鎧(オートメイル)技師だけど私のを作ったのは……」

 

 デンと戯れる手を止め、関係性を説明しようと顔を上げたエレノアだったが、不意にその耳がピクリと動いた。

 

「コラァ‼ エレノア‼」

「おっと!」

 

 とっさに手を伸ばし、飛んできた金属製の棒状のものを受け止める。

 寸前でスパナを受け止め、冷や汗を拭う仕草をするエレノアの元に、若い娘の怒鳴り声が響いてきた。

 

「メンテナンスに来る時は先に電伝虫使えって言ってあるでしょ――――!!!」

「ちょっとちょっとウィンリィ‼ あいさつ代わりにスパナ投げんのホントにやめてってば!!!」

 

 ドスドスと荒々しい歩き方で店の奥から顔を出したのは、金の長い髪をポニーテールにした作業着の少女。

 快活さと気の強さが表情に表れた、若々しさに溢れた彼女はエレノアと向き合うと、やがて満面の笑みを見せた。

 

「あはは! ひさしぶり‼」

 

 変わらぬ親友の笑顔の出迎えに、エレノアも嬉しそうに笑い声を上げていた。

 

 

「んな――――――――!!?」

 

 が、歓迎ムードはそれで終わりだった。

 エレノアの義足の成れの果てを目の当たりにした少女ウィンリィは、まるで宝物を壊されたかのような悲壮な表情で固まってしまった。

 

「いやーごめんごめん。こんなんなっちゃった」

「あ…あああ、あんた⁉︎ 何がどうなったらあたしが丹精こめて作った最高傑作の超高級機械鎧(オートメイル)がこんなことになるのよ!!?」

「ちょっと魚人とバトっちゃって、ごめんね?」

「ぎょじっ……バカじゃないの!!?」

 

 あまり悪びれる様子のないエレノアの前で、ウィンリィはよろよろと壁にもたれかかって頭を抱える。

 流石にエレノアも多少は罪悪感を抱いていた。

 

「あーも―……あんたと言いエドと言い、あたしの顧客はなんで機械鎧を大事にしないやつらばっかりなのよォ…」

「あ、エド来たんだ。元気にしてた?」

「ええ、そりゃもう元気でしたよ…機械鎧がボロッボロになるぐらいにはね…」

 

 長く顔を見せていなかった幼馴染のことを思い出し、ウィンリィは深いため息をつく。

 思えばあいつらとこの子は似たところが多いな、と嘆きながら。

 

「………こんなガキが、あんな高性能な義足を作ったのか」

 

 ベテランの風格を見せるピナコではなく、ウィンリィのような若い娘があれだけの代物を作ったのだと知ったゾロが思わず呟く。

 すると、見知らぬ顔ぶれがいたことを思い出したピナコとウィンリィが視線を向けた。

 

「こちらは?」

「ロロノア・ゾロ。今世話になってる海賊一味の切り込み隊長さん」

「…悪くねェな、その呼び名」

「そうかい、あたしはピナコさ。んで、こっちは孫のウィンリィ」

「は、はじめまして」

「おう」

 

 ピナコは海賊と紹介されたにもかかわらず堂々と、ウィンリィは少し緊張しながら挨拶を交わした。

 普通ならそう歓迎されるものではないだろうが、エレノアに対する信頼の方が優っているのだろう。

 

「リハビリを1年で切り上げるとは、お前さんも思い切ったことをしたね。本来なら2、3年はかかるところだよ」

「船長が17歳で旅立つって決めてたらしくってさ。機会がその時しかなかったんだよ。…時々後悔するけど」

「それでまたこっちに転がり込んでちゃ世話ないわよまったく…」

 

 困ったようにエレノアにぼやくと、二人の技師はエレノアの機械鎧(オートメイル)の点検を始める。

 といっても、その必要がないほどに悲惨な有様となっていたのだが。

 

「残った方もだいぶガタが来てるね。こりゃァ、まとめて交換しちまった方が早い」

「あんたはも~…あたしが丹精込めて作った機械鎧をこうもズタボロに……」

「でも武装と自爆機能は役に立ったよ?」

「ならばよし」

「おめェかよ!!! あんな危ねェ兵器取り付けたのは!!!」

 

 海賊たちに使っていた銃器や刃、魚人の戦士に使っていた爆薬のことを思い出し、思わず声を上げるゾロ。

 役に立ったのは確かだが、義足につけるような機能でないのは確かだった。

 

「んじゃ、一応身体検査だけしとこっか。どうせ自分で大きさかえられるだろうけど」

「まーね…じゃ、ゾロ君。あとでね?」

「おォ…」

 

 メジャーを持ったウィンリィに促され、エレノアは松葉杖をつきながらその場を後にする。

 残されたゾロが、工房のあちこちにおかれている機会鎧(機械鎧)の部品を眺めていると、煙管の煙を吐いたピナコが不意に口を開いた。

 

「………あの子は元気でやってるかい? 東の海(イーストブルー)じゃよその情報なんざそうそう入って来ないし、あの子もあの子で手紙の一つもよこさないからあたしゃ心配でね」

「海賊に手紙出せってのも無茶じゃねェのか?」

「はっ! そりゃそうだ‼」

 

 ゾロの冷静なツッコミに、ピナコは豪快に笑って返す。

 妙に肝の座った様子の老婆に呆れながら、ゾロはずっと気になっていたことを思い切って尋ねた。

 

「……あいつの両脚、何があってああなった?」

「あたしの口からは何とも言えないね…ただあの娘がここに転がり込んできた時には驚いたもんさ……〝偉大なる航路(グランドライン)〟にいるはずの海賊が車イスに乗って現れたんだから」

 

 ピナコは作業机の席に着き、いくつかのコードや部品を取って組み立てていく。手慣れた様子でパーツが組み上がっていき、見覚えのある機械鎧(オートメイル)の部品になっていく。

 

「伝説上の存在とさえ言われる天族、そしてあの〝白ひげ〟の娘が何であんな姿になっちまったかはあたしもよくは知らない……だがあの子は今のあの姿を嘆いちゃいない。誇ってさえいる……あたしにできんのは、あの子が望む代わりの脚を作ってやることだけさ」

 

 ふとピナコは手を止め、制作途中の部品を置いて肩を落とす。

 ゾロはじっと、何か思い出している様子のピナコを見下ろしていた。

 

「あの脚が苦痛じゃなかったはずがない…あの海へ戻ると告げたときも、大人でさえ悲鳴を上げる機械鎧(オートメイル)の手術に耐えたときも…………あんな小さい身体のどこにあれだけの強さがあるのかと思ったよ」

 

 そしてまた作業を再開し、呆れているような、不安そうな複雑な表情を浮かべてため息をこぼした。

 

「そして、そこまで強いからこそどこかで何かの拍子にくじけてしまった時、立ち直れるだろうかと心配になる」

「………長い付き合いなのか?」

「あの子の弟弟子が、あたしの馴染みの酒飲み仲間の子供でね……その付き合いでそれなりの時間を一緒にメシを食ってきたんだ」

 

 ちらりと向けられた先にあるのは、壁に貼られた無数の写真。

 ピナコの若い頃の写真や、ウィンリィの幼い頃の写真、見知らぬ金髪の少年たちの写真、そしてエレノアがともに写っている写真を見て、ピナコはふっと笑みを浮かべた。

 

「まったく、三人そろって心配ばかりかけさせるんだから……」

 

 苦笑するピナコを、ゾロは何も言わずに見つめる。

 そうこうしているうちに、エレノアとウィンリィが戻ってきた。

 

「ばっちゃん! おわったよ」

「おォそうかい…それじゃ、ぼつぼつ始めようかね」

 

 ある程度組み立てた部品を広げ、ピナコとウィンリィはエレノアの足元に陣取る。

 調べた座高の高さをメモした紙を見ながら、ピナコはブツブツと呟いた。

 

「身長は変わらないから、お前さんの分は作るのは楽だね」

「いっつも気になってるんだけど……あんたどっちが本当の姿なわけ?」

「知らない。結構ポンポン姿変えるからわかんなくなっちゃった」

「ますますわけがわからん種族だ…」

 

 あっけらかんといった感じに答えるエレノアに、ゾロは思わず険しい顔になる。

 構わずピナコとウィンリィはエレノアの義足の分の作業工程を確認し始めた。

 

「既存の部品を組み立てて、微調整、接続、仕上げと…まァ半日もあれば十分か」

「急がせちゃって悪いね。連絡手段ないから急な訪問になっちゃったし」

「いいわよ、あんたなら仕方がないし。…どこぞのバカは連絡ならいつでもできるくせにしないし」

「あはは…」

 

 ウィンリィの言うどこぞのバカのことを思い出したのか、エレノアは困ったように笑い声をこぼす。

 いつかそのうち再会できるのだろうか、そんなことを考えていた。

 

「…おれは、もういいのか?」

「あ、うん。手間かけちゃってごめんね? 私はしばらくここにいるから、気にしないで」

「そうか、なら後で迎えに来るか?」

「ううん。足ができればあとは一人で十分だよ。……ってそうだった」

 

 手持ち無沙汰になったゾロに礼を言い、エレノアはパタパタと手を振る。

 ふと、思い出したように目を見張り、出て行こうとしたゾロを呼び止めた。

 

「ここの前の通りをずっと行ったところに刀を売ってるところがあるからそこにいくといいよ。店主さんケチだけど、刀を見る眼はいいから」

「そうか…わかった。助かる」

「じゃ、後でねー」

「おう」

 

 今度こそ出ていくゾロの背中を見送り、エレノアは一仕事終えたように息をつく。

 静かになった工房で、ウィンリィがためらいがちにエレノアの元に近寄っていった。

 

「エレノア…」

 

 先ほどとは打って変わった不安げな声に、エレノアは訝しげに眉を寄せて振り向いた。

 

「…また、あの海に行くのね」

「うん。あの人たちのところに、一日でも早く追いつきたいからさ」

 

 ウィンリィの問いに、エレノアはどこか誇らしげに答える。

 それ以外に自分が選ぶ選択肢はないのだ、とでも言うような堂々とした態度に、ウィンリィは納得していないように見える。

 

「両足がこんなことになって………辛い目にしか会ってないのに、どうしてそこまでするの…?」

「あの場所でしか見えない景色があるからさ。…この体を突き動かす好奇心を、私は止められないし止めたくない。だから行くんだ」

「まったく…頑固なところはあいつと一緒か」

 

 この場にいない、ずっと旅に行ったままの幼馴染達のことを思い出し、ウィンリィは困ったように肩をすくめ、やがて笑みを浮かべる。

 命知らずのバカが手助けを求めているのなら、存分に付き合ってやるだけだ。

 そんな思いを抱いているように見えた。

 

「それじゃ、冒険に耐えられる完璧な足を用意するから待ってなさい! あ⁉︎ でもあんたももうちょっと大事に使いなさいよね!!?」

「あー、はいはい。わかってるってば」

 

 耳にタコができるほど聞かされた小言に顔をしかめ、それでもエレノアは笑顔になる。

 心配や迷惑をかけてばかりの自分を、ここまで助けてくれる友達の貴重さを、改めて実感しながら。

 

「ありがとね、ウィンリィ」

「アンタたちの願いを支えるって決めたんだから…頑張りなさいよ?」

 

 そう言って腕まくりをするウィンリィは、誰よりも頼もしく見えた。



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第44話〝道化、再び〟

「…………やっぱ三本あるとおちつく」

 

 武器屋で仕入れた新たな相棒たちの重さを実感し、ゾロが感慨深げにつぶやく。

 死んだ幼馴染に瓜二つな娘や、手に入れた妖刀をめぐる騒動があったものの、望んだ以上の結果が手に入ったことで彼は上機嫌だった。

 

「アイツの勧めた店で正解だったな…迎えに行くついでに礼も言っておくか」

 

 時間まで適当に町をぶらつこうと思っていたゾロは、そういってうろ覚えの機械鎧(オートメイル)工房への道を辿った。

 

 

「オオッ‼ おいおい何だ、このファンキーな魚はっ‼」

 

 ある魚屋の店先で、ドンッと目立つようにおかれた象のように長い鼻の巨魚を目にし、サンジが興奮した声をあげた。

 

「こいつァ『エレファント・ホンマグロ』。このあたりじゃ見ねェだろ? どうやら南海から泳いできたらしいんでェ。そこを、おれが一本釣りよ‼」

「おめーが釣ったのか‼」

「切ろうか?」

「いや…まるごともらう‼」

「気前がいいねェっ、あんちゃん。まいどっ」

 

 一流を自負する料理人としての血が騒ぎ、一人では抱えきれない巨魚を即購入してしまう。

 捌き甲斐のありそうな巨体が包まれるのを待ちながら、あらゆるレシピを脳内にピックアップしていった。

 

「さてどう手を加えるか……エレノアちゃんは確か酸味の効いたさっぱりした味が好みだったっけ? あの娘の笑顔がありゃあおれは……おれはァ……♡」

 

 人の目も気にせず、にへらとだらしのない笑みを浮かべるサンジは、妄想の中のエレノアの笑顔で鼻血を吹きそうになる。

 ふとそこで、義足を壊されて不自由していた彼女の様子を思い浮かべた。

 

「義足の修理に行ってるっつってたっけか。どのくらいかかるんだ…?」

 

 行きは腹立たしいがアホ剣士が送っていったが、やつにも用事があるから帰りは一人で戻ってくることになるだろう。

 ウズウズと体を震わせた彼は、やがてハッと天啓を受けたかのように目を見開いた。

 

「いや…おれが迎えに行けばいいじゃねェか‼」

 

 

「これ、くだ…さいっ‼」

 

 またある一件の服屋では、両手いっぱいに衣類を抱えたナミがレジの店員のおばちゃんに会計を頼む。

 そのあまりの量に、店員はつい疑うような目を向けていた。

 

「これ全部⁉ お金はあんだろうね」

「あるわよ、失礼ね」

 

 疑われたナミがちゃんと会計をすませると、コロッと機嫌をよくした店員は満面の笑顔を見せて見送った。全く現金なことである。

 

「またよろしくね――っ」

 

 好みの衣類を安くたくさん買えたことで、ホクホク顔で歩いていたナミであったが、ふとその表情がしかめられた。

 

「ん? 空気が変わった………」

 

 航海士として研ぎ澄まされた感覚が、天候の急激な変化を察知して警告を与える。

 ナミは自身の知識と経験から、そう遠くないうちに激しい雨が降り注ぐことを予測し、不満げに目を細めた。

 

(…………気圧も落ちてる…こりゃ一雨来るか…………あとでエレノアも誘おうと思ったのに…)

 

 出会った頃から戦いやルフィの面倒を見てばかりで、オシャレやショッピングを楽しむ余裕もなかったのだから、せめてこの街でくらいは目を外させてやろうと思っていたのだが。

 そう考えたナミは、やがてにっと笑みを浮かべて店に引き返した

 

「しょうがない、迎えに行ってやるか! すいませーん、おばさーん。でっかいビニールあるー?」

「ビニール? 雨の日でもあるまいし」

 

 

「いやー、ちょうどいい所にお前がいて助かった。そういやおれ、さっきライオン見たぜ。しかも変な着ぐるみマンが乗っててよォ…」

「何でおれが重い方なんだよ‼」

 

 ちょうどいいところでウソップを見つけたサンジは、彼をアゴで使いながらエレファントオオマグロを抱えて通りを歩く。

 向かう先はもちろん、人づてに聞いた機械鎧(オートメイル)工房だ。

 

「ずいぶん人気が薄れてきたな…」

 

 同じく工房を目指すゾロは、通りから徐々に人の姿が薄くなっていくことを訝しむ。

 そういえば天気も悪くなってきたな、と人ごとのように天を見上げ、マイペースに歩いていた。

 

「異常に気圧がおちてく。早く船に戻った方が無難かも」

 

 ナミは予想以上に早く変化していく天気に急かされるように、小走りになって工房に急ぐ。

 修理が遅れていたら、豪雨の中を船に戻らなければならないかもしれないからだ。

 

「お」

「あ」

「ん」

 

 そして工房の店先で、四人は測ったかのようなタイミングで集まった。

 互いの顔を見合わせていた彼らの中で、ナミは深いため息をついて肩を落とした。

 

「みんな考えることは一緒ってわけね…」

「何でてめェがまだここにいるんだよコラ」

「うるせェな。おれの勝手だろ」

「ここが機械鎧(オートメイル)専門の工房かー…」

 

 早速喧嘩を始めるゾロとサンジをよそに、機械鎧(オートメイル)ニヤや興味があったウソップが工房の看板を見上げて感心した声をあげる。

 中には何かの部品や道具が置かれていて、男子の心を揺さぶる匂いが立ち込めている。

 いい加減迎えにいってやらねばと、四人が工房に入ろうと一歩踏み出した時だった。

 

「フギャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 工房の奥から、地面まで振動させるような絶叫が響き渡り、ゾロたちの表情を一瞬にして変えた。

 

「どうした!!? エレノア!!!」

 

 まさか一億の賞金を狙った何者かに襲われたのではないか、そんな想像をしてしまった彼らは、我先にと声がした方へと武器を手に駆け込む。

 そして、そこで目にしたものは。

 

「…なんなんだいアンタたち」

 

 スパナを持ったまま訝しげにこちらを向いてくる老婆と少女、そして医療用の椅子の上で悶絶するエレノアの姿だった。

 ポカンと固まる彼らに気づいたエレノアは、プルプルと体を震わせながら手を上げて無事を知らせた。

 

「や…やァアンタたち……待たせてゴメンね…」

「震えながら言うセリフじゃねェだろ……」

 

 痛々しい姿にウソップからツッコミが飛び、エレノアはガックリと天井を仰いで深く息を吐いた。体を起こすだけでも今は辛いらしい。

 

「…毎回毎回、この神経繋ぐ瞬間イヤなんだよね……あー死ぬかと思った」

「だらしないこと言わないの。もっとキツイ手術を耐えたくせに…はい、動かしてみて」

 

 ウィンリィに急かされ、エレノアは準備運動のように新調した義足を動かしてその調子を確かめる。

 ギシギシと小さく軋む機械鎧(オートメイル)を凝視していたナミは、思わずゴクリと息を飲んでいた。

 

「知らなかった……機械鎧(オートメイル)ってあんなに苦痛を伴うものなの?」

「さァ…どんな苦しみかは、足を失った本人にしか理解できないよ。だが生身の脚よりもおそろしく手間がかかるし、不自由になることは間違いないね」

「何言ってるのばっちゃん! かっこいいじゃない機械鎧(オートメイル)! オイルの匂い、きしむ人工筋肉、唸るベアリング…そして人体工学に基づいて設計されたごつくも美しいフォルム……ああっ、なんてすばらしいのかしら機械鎧(オートメイル)‼」

「機械オタクか」

「うるさい長っ鼻」

 

 恍惚とした表情で機械鎧(オートメイル)への愛を語る少女にウソップから呆れた視線が向けられるも、少女は毅然として言い返す。

 音の変化から具合を確かめ、微調整を繰り返すこと数分。

 

「さ、完成だよ!」

 

 ピナコの声で、ようやくエレノアは椅子の上から降り、新しく生まれ変わった自分の足の調子を確かめた。

 

「どうだい?」

「うん、いい感じ!」

「アンタの翼のこと考えて、今回は炭素の比率を高くして軽さを重視したの! 一応強度も上がってるけど、今回みたいな無茶はしないでよね」

「毎回ありがとうね、ウィンリィ」

 

 他の仕事も山積みだっただろうに、それらを後回しにして助力してくれた二人には感謝しかない。

 改めて礼を考えていると、ススッとウィンリィとピナコの前にお盆に乗った紅茶が差し出された。

 

「お疲れ様ですお嬢さん方……紅茶などいかがでしょう?」

「おや、気が利くね」

「ちょうどのど渇いてたのよねー…ってこれウチの茶葉じゃないのよ‼」

 

 キザなサンジの気遣いに、一瞬流されそうになったウィンリィだったが、目の前の男が勝手にキッチンを使ったことに気づいて怒鳴り声をあげる。

 エレノアはじとっとした目でそれを見ていたが、やがて何かを思いついたのかにやりと笑みを浮かべた。

 

「サンジ君、ちょっと力貸してくれる?」

「何だいエレノアちゃん♡ 君の為ならおれはどんなことだって………」

 

 女性に頼られるとなればやらずにはいられまい、と意気揚々と振り向くサンジ。

 その顔面に、鋼の蹴りが襲いかかった。

 

「えっ…ちょっ! ちょっとエレノアちゃん⁉」

 

 間一髪それを躱したサンジだが、続いて何度も振るわれる蹴りに困惑しながら逃げ惑う。

 

「あぶっ‼ 危なっ!!!」

「フフッ…♪ 軽くていい子だね‼」

 

 反撃できないサンジとは裏腹に、エレノアは新たな義足が予想以上にいい具合であることに上機嫌になっている。

 突然の事態に呆然となっていたゾロたちは、やがて理由に気づいたのかポンと手のひらに拳を当てた。

 

「どうしたエレノア、ついにそのエロコックに制裁与える気になったか?」

「おおいいぞ。おれ達の分もやっちまえ」

「ふざけんなマリモに長っ鼻コラァ!!! ……違うよね!!? そんな考えないよねエレノアちゃん!!?」

「違うよー」

 

 必死の形相で蹴りをかわし続けるサンジに、エレノアは気の抜けた声で答える。その間も、鋭い蹴りは絶え間なく突き出されていた。

 

「作動確認もかねての組手さ。ここしばらく動けなかったからカンを取り戻さないと」

「そ…それならそうと言ってくれればァ!!?」

「なるほどねー…」

「ただしまァ……そういう意図もないと言えばウソになるね」

 

 ちょっと頬を擦りかけ、のけぞったサンジがよろける。

 その瞬間、エレノアの瞳がキラーンと怪しい光を放った。

 

「私の友達に色目を使うな!!!」

「ごめんなさい!!!!」

 

 親友を毒牙にかけさせないと、女たらしへの制裁が見事に決まる。

 相変わらず義足とは思えない威力の見事な蹴りに、ナミたちやウィンリィたちから賞賛の拍手が送られる。

 サンジ一人だけが不幸な目にあっていたが、ほぼ自業自得であるために誰も同情しなかった。

 

「ていうか私…錬金術って戦いのイメージないんだけど、必要なの? さっきみたいの」

「私の師匠がさー、『精神を鍛えるにはまず肉体を鍛えよ』ってさ、こうやって日ごろから鍛えておかないとならないワケ」

「それでヒマさえあれば組手やってんの? そりゃ機械鎧(オートメイル)もすぐ壊れるわよ」

「まァ、こっちはもうかっていいけどねェ」

 

 最後にもう一度具合を確かめると、エレノアはブーツで機械鎧(オートメイル)を隠して身なりを整える。

 体をすっぽりとローブで覆うと、エレノアはウィンリィに親愛のまなざしを送った。

 

「よし、足はできた。……じゃ、行くね」

「ああ…またここも静かになるねェ」

「向こうの海でエドとアルに会ったら言っといてよ! たまにはメンテしに戻って来いって‼」

「はいはい…って言っても、あいつらと気軽に会えるとは思えないけどね」

 

 面倒なことづけを頼まれたエレノアは面倒そうに手を振り、振り返ることもなく工房を後にする。

 それに少しだけ寂しそうな表情を浮かべ、ウィンリィは不満げにため息をついた。

 

「いくよー、みんな」

「う、うん…」

 

 そんなあっさりした別れでいいのかと戸惑うナミたちも放置し、錬金術師はさっさと集合場所へと向かってしまった。

 仕方なく跡を追おうとした彼らを、突如ピナコが呼び止めた。

 

「アンタたち……あの娘のこと頼んだよ」

「……おう」

 

 ピナコの願いに、今の仲間たちは言われるまでもないと力強く頷き、今度こそ工房を後にする。

 その姿が見えなくなる直前、工房を飛び出したウィンリィがエレノアに向かって声をあげた。

 

「エレノア! …いってらっしゃい」

「………うん!」

 

 不敵な笑みとともに振り向く親友を見送り、ウィンリィは今度こそ満足げな笑みを浮かべる。

 遠く見えなくなっていく若き海賊たちの背中を、ピナコはどこか遠い目で見送っていた。

 

「さて……あの子が見出した仲間は、世界の深淵に至れるのかねェ……なァ、オールディ?」

 

 

「ところであいつは?」

「死刑台を見るって…言ってたわよね…」

「死刑台のある広場って向こうだよな?」

 

 それぞれの用事を終えた一同は、本来ならばいち早く工房にきていなければならない人物を探して広場に向かう。

 そこで何やら騒がしい音を聞きちったエレノアが、そこはかとなく漂う嫌な予感に立ち止まった。

 

「…………みんな、アレ」

 

 エレノアの予感は当たった。

 死刑台を見学するだけだったはずの青年は、事もあろうに死刑台の上で首と両腕を拘束され、今まさに命の危機にあったのだから。

 

「な!!! 何であいつが死刑台にっ!!!?」

 

 開いた口が塞がらず、誰もがなぜそんなことになったのか想像だにできなかった。

 

 

「罪人!!! 海賊モンキー・D・ルフィは〝つけあがっちまっておれ様を怒らせちまった罪〟により『ハデ死刑~~~~~っ』!!!」

 

 死刑台の上にいたのは、拘束されたルフィだけではなかった。

 かつて一度戦った、〝道化〟のバギーが分厚いカットラスを持って大騒ぎしていたのだ。

 

「ハデに騒げ!!!」

「ひゃーっほォ!!!」

「動くんじゃねェぞてめェら!!!」

 

 広場はすでにバギー一味の手によって占拠され、暗雲漂う恐ろしげな雰囲気に変貌してしまっている。

 そんな状況の中、当の本人は妙に落ち着いた様子でうつ伏せにされていた。

 

「おれ死刑って初めて見るよ」

「てめェが死ぬ本人だよ!!!!」

「ええっ!!? ふざけんな――っ!!!」

「てめェがふざけんなァ!!!」

 

 ようやく自分のおかれた状況を理解したルフィだったが、もう彼は動ける状態ではなくなってしまっている。

 海賊王を目指していた彼は、冒険が始まる遥か前で絶体絶命のピンチに陥っていた。

 

「これよりハデ死刑を公開執行する!!!!」

「いやだ――っ!!!」

 

 稲妻が走る黒雲の下、青年の叫びと道化たちの哄笑が響き渡るのだった。



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第45話〝天の采配〟

「おい‼ たしぎは、まだ戻らねェのか‼」

 

 ローグタウンの海軍の派出所の中で、ひとりの男が苛立たしげに怒鳴り声をあげる。

 口いっぱいにタバコをくわえた白髪の男は、いつまで立っても戻ってこない部下に呆れて天井を仰いでいた。

 

「たしぎ曹長は武器屋へ刀を取りに行くと……‼」

「何時間かかってんだそれに‼ 海賊達の目撃情報が入ってる。お前ちょっと行って呼んで来い」

「はっ‼ スモーカー大佐‼」

「しょ~~がねェな、あのトロ女………‼ 海軍本部の恥だぜ………」

 

 慌てて走っていく海兵を見送ると、男はモクモクとタバコの煙を撒き散らし、険しい顔で足を組んだ。

 その時、暇を持て余す彼の元に、バタンと乱暴に扉を開けて一人の眼鏡の男が顔を出した。

 

「よう、スモーカー! 部下のかわいこちゃんとはちゃんとよろしくやってるかァ?」

 

 開口一番からからかう気満々のセリフに、スモーカーと呼ばれた男は忌々しげに顔をしかめた。

 

「…おい、ヒューズ。てめェはおれを犯罪者にでも仕立て上げてェのか。あんなガキに興味ねェよ…」

「そう怖ェ顔すんなって、女っ気のないお前へのおれなりの心配だよ」

「余計なお世話だバカヤロウ」

 

 子供なら真っ先に泣き出しそうな剣幕にも、ヒューズという名の男は飄々とした態度を保ったまま歩み寄る。

 やがてその表情は、懐に持った写真を見つめてでれっとだらしないものに変わった。

 

「家族はいいぞォ~~? どんなに危険な任務についても何が何でも帰るってやる気が漲る。とくに娘が可愛くってよォ…『パパ大好き~』って言ってもらえた日にゃ一億の賞金首だって仕留められそうだぜ!!!」

「わかったからいちいち娘自慢してくるんじゃねェよ‼ しかもわざわざ報告のたびに‼」

「娘だけじゃない‼ 妻も自慢だ‼」

「そういうのはマスタングの奴にやれ…!!! そして黒焦げにされてこい」

 

 鬱陶しそうにあしらうと、スモーカーはソファに預けていた背を起こして座りなおす。

 こんな適当な態度ばかり見せる男が中佐だと言うのだから、今の海軍も随分と甘くなったものである。

 

「まァ、冗談はこのぐらいでおいといてだ…」

「最初からそうしやがれっての…」

「本部から新しく賞金首になった連中の手配書が届いたぜ。なかなかの大物が揃ってやがる」

 

 ヒューズが渡してきた手配書の束を受け取り、スモーカーはそれをパラパラと流し見る。

 どれもこれも大した額ではないために興味もわかなかったが、ある一枚の手配所を目にすると彼の片眉がピクッと上げられた。

 

「…ほゥ?〝妖術師(ウィザード)〟がこの街に?」

 

 東の海(イーストブルー)ではまず見ない高額賞金に、スモーカーは初めて表情を変えた。

 かの有名な女海賊がいるとなれば、ここでくつろいでいる場合ではなかった。

 

「ここ数年姿を見せねェもんだから死んでんのかと思ったら………」

「おれァ、あの娘には借りがあって頭上がらねェから、見つけたときは頼むぜ」

「てめェはそれでも海軍本部中佐か」

「だって仕方ないじゃないの!!! うちのカミさんと娘の友人なんだもん!!! エリシアちゃんなんか超なついてるんだもん!!!」

「てめェの家庭事情なんざ知るか」

 

 涙目で悔しそうにハンカチを噛むヒューズを適当にあしらいながら、スモーカーは獰猛な肉食獣のような目で手配書を睨む。

 するとそこへ、先ほど出て行った者とは別の海兵が慌てた様子で飛び込んできた。

 

「大佐‼ スモーカー大佐、大変です‼ 海賊が死刑台の広場で騒ぎを!!! あっ、ヒューズ中佐…」

「よっ、おれの用事は終わったから気にすんな」

「はっ…し…失礼しまし…」

「で? 何があったって?」

 

 緊張した様子で敬礼する部下に、スモーカーは仕事を促す。

 不要な話をしている場合ではないと思い出した海兵は、すぐさまスモーカーに向き直った。

 

「え…えーとですね」

「海賊が死刑台の広場でバカやってんだな、思い出した。一等部隊を港へ行かせろ。二等部隊は通りから広場を隠密包囲。残りは広場の射程距離に待機、以上だ」

「は…はいっ」

 

 即座に指示を出したスモーカーは、自分のジャケットを羽織るとやや気だるげに外の基地に向かって歩き始めた。

 町に出て、問題の起こった広場の方へと歩いていると、そこへ一人の女性が息を切らせて駆け寄ってきた。

 

「スモーカーさん‼ 遅くなりました‼」

「たしぎィ!!! てめェトロトロと何やってた!!!」

「ご…ごめんなさいっ‼ すぐ支度を」

「ほい、たしぎちゃん。ジャケット持って来といたよ」

「あ…ヒューズ中佐‼ ありがとうございます‼ いつこちらへ?」

「いまさっきだ」

 

 眼鏡をかけた黒髪の女性は、ヒューズからジャケットを受け取ると気恥ずかしそうに頬を染め、整備が終わったばかりの刀を提げる。

 やや頼りなさげだったたしぎと呼ばれた女性は、その瞬間から生真面目そうな海兵へと変身を遂げた。

 

「ちょ…ちょっと腰が抜けてて」

「ヌケてんのは気合いだけじゃ足らねェのかっ!!!」

「ご…ごめんなさい」

「ついて来い。もう広場で事は起きてる‼」

「はいっ」

 

 しかしスモーカーにしごかれているのは変わりなく、早足で彼の後を追う。

 ヒューズはやれやれといった様子で彼らの後ろ姿を眺め、同じく問題の起きた広場の方へを足を向けた。

 

「あっ、大佐‼ 中佐‼ 曹長‼」

「状況は?」

「民間人が取り抑えられています」

 

 広場を見渡せる高さにある基地の中に入り、スモーカーたちは現時点での状況を確認する。

 双眼鏡を持った部下が、騒ぎが起こっている死刑台とその周辺を見て報告する。

 

「まず今、広場にいる賞金首は3人。〝金棒〟のアルビダ、〝道化〟のバギー、〝麦わら〟のルフィ」

「ん⁉ ルフィ⁉ 知らねェ名だ」

「ほれ、さっき持ってきた手配書に載ってた賞金首になりたての奴だ。3千万(ベリー)の大物だってよ」

「3千万‼ そりゃ久々に骨がありそうだな」

「いえそれが…」

 

 やや興味を引かれた様子のスモーカーが声をあげるが、部下の反応は戸惑い気味であった。

 

「その男今…殺されそうです」

 

 部下から双眼鏡を受け取ったスモーカーとヒューズが、交代で死刑台の様子を見て呆れた声をあげた。

 

「あららー…」

「なるほど、海賊同士のいざこざか」

「す…すぐに突撃を⁉」

「バーカあわてんな………」

「しかしぐずぐずしていては……‼」

 

 海賊たちが暴れ出すことを危惧してか、焦燥している様子の部下に、スモーカーはギロリと怒りの形相で睨みつける。

 

「おれがこの町から、海賊を逃がしたことがあるか?」

 

 少なくとも部下に見せるものではない凄まじい迫力に、海兵は背筋をピンと伸ばしてブルリと震えた。

 

「い…いえ‼ ありません」

「なら黙ってろ」

「海賊が海賊を始末してくれようってんだから、世話ねェよな…」

 

 たしぎにも様子を見せてやろうと双眼鏡を渡したヒューズが、そういって気の抜けた態度で肩をすくめる。

 そう問題は起きそうにないなと楽観視している様子の彼に代わり、スモーカーは淡々と指示を与えた。

 

「いいか、あの〝麦わら〟の首が飛んだらバギー、アルビダ及びその一味を包囲、たたみかけろ」

 

 

「ごめんなさい、助けてください」

「助けるかボケェ!!!」

 

 死刑台の上で拘束されているルフィは、面倒臭そうな表情でバギーに頼む。

 が、当然その願いは却下された。

 

「フン……我々に逆らえば当然こうなる」

「あたしの見込んだ男も、ここまでか…………」

「あのクソアマも来やしねェ……」

 

 カバジや縁あってともにいるらしい、恐ろしく容姿が変貌したアルビダ、両腕が機械鎧(オートメイル)になったガンツが呟く。

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、バギーは優越感に浸った様子でルフィを見下ろした。

 

「最後に一言何か言っとくか? せっかく大勢の見物人がいる」

「………」

「まーいいさ、言うことがあろうがなかろうが、どうせ誰も興味など…」

 

 時間の無駄だと切り上げようとしたバギーだったが、ルフィは死刑台の上で拘束されたまま、誰もが言葉を失うことを口にした。

 

 

「おれは!!!! 海賊王になる男だ!!!!」

 

 

 何の恥も臆することもなく、堂々とその言葉を口にした瞬間、広場は沈黙に包まれる。

 そして何人かは噴き出し、そんなバカなといった様子でルフィを嘲笑し始める。よりにもよってこの町で、そのうえ死刑台の上でそんな大それたことを言うなど、頭がおかしいと評価されてもおかしくはなかった。

 

「言いたいことは…それだけだなクソゴム!!!」

「その死刑待て!!!!」

 

 バギーが下卑た笑みを浮かべてカットラスを振り下ろそうとした瞬間、広場の外側から三つの人影が飛びこんでくるのが見えた。

 

「サンジ!!! ゾロ!!! エレノア!!! 助けてくれェ!!!」

「きたなゾロ、エレノア。だが一足遅かったな…‼」

 

 駆け込んでくる三人組の中に、見覚えのある二人が混じっているのを尻目に、バギーの余裕は崩れなかった。

 

「とにかくあの死刑台を壊すんだ‼」

「おう!」

「わかってるよ」

 

 瞬時に戦闘態勢に入った三人は、内心激しい焦りと戦いながら真っ直ぐに突進した。

 そんな三人を、アルビダの指揮のもとバギー一味が阻んだ。

 

「やっちまいなお前達っ!!!」

「やっちまいますアルビダ姉さん!!!」

 

 曲芸師のように跳ねながら、バギーの部下たちが一斉に襲い掛かってくる。

 一人一人は一撃で片付くような雑魚ばかりだが、その人数もしつこさも異常でなかなか死刑台に近づく事が出来ない。

 

「どけ邪魔だァ!!!」

 

 うっとうしい海賊達を蹴散らしながら、エレノアは一直線にルフィのもとへ急ぐ。

 そんな彼女の前に、凄まじい笑みを浮かべたガンツが立ち塞がった。

 

「クソガキィ!!!」

 

 以前よりも一回り大きくなり、そして両腕に備えられた機械鎧(オートメイル)を振りかざし、ガンツはエレノアに鋭い爪を向けた。

 

「てめェにやられてからおれはさらに改造を重ね、大幅に性能を上げた機械鎧(オートメイル)を両腕に備えた!!! 今度こそてめェに復讐を……」

「邪魔だっつーの!!!」

「ぐげふっ!!?」

 

 うだうだと恨み言と自慢を口にしようとした彼は、面倒くさそうに舌打ちしたエレノアによって一蹴され、大した見せ場もなく沈められてしまった。

 厄介な敵が一人減ったが、それでもまだルフィのもとには届かず、三人は歯を噛みしめて険しい顔になる。

 

「ぎゃはははははは‼ そこでじっくり見物しやがれっ!!! てめェらの船長はこれにて終了だァ!!!!」

 

 手こずっているエレノアたちを見下ろしながら、バギーが再びカットラスを高々と振り上げる。

 稲光に照らされ、カットラスの刃が不気味な光を放った。

 

(あの死刑台さえ蹴り倒せば………!!!)

(死刑台さえ斬り倒せれば……!!!)

(射程範囲まで近づければ………!!!)

 

 刻一刻とルフィの首に迫る刃に、一味は冷静ではいられない。

 焦りが表情に現れ始めたとき、それまで黙っていたルフィがふいに口を開いた。

 

「エレノア‼ ゾロ‼ サンジ‼ ウソップ‼ ナミ‼」

 

 突然名を呼ばれ、目を向けたエレノアたちの前で。

 彼は、笑った。

 

 

 

「わりい、おれ死んだ」

 

 

 

 その笑顔は、今際の際に見せるものにしてはあまりにも清々しく。

 まるで家に帰る子供が別れを告げるような、己が死ぬことなど微塵も感じさせない、この状況には不釣り合いすぎる笑顔。

 エレノアはそれを目にした瞬間、全ての思考を停止させてしまっていた。

 

「………え」

 

 思わずエレノアの口から声が漏れたとき、広場に眩い閃光が落ちる。

 天から落とされた槍のようにそれは突き刺さり、続いてすさまじい轟きを町中に響かせる。

 やかれた死刑台がゆっくりと傾いでいき、崩れ落ちる中、誰もが言葉を失って立ち尽くしてしまう。

 そんな中、黒焦げになったバギーを置いて、青年が満面の笑みで立ち上がった。

 

「なははは、やっぱ生きてた。もうけっ」

 

 暢気に落ちてきた帽子をかぶりなおす船長の姿に、ゾロもサンジも半ば呆然となっていた。

 

「おい、お前。神を信じるか?」

「バカ言ってねェでさっさとこの町出るぞ。もう一騒動ありそうだ」

 

 ついガラでもないことを言ってしまったサンジに、すぐさま正気に戻ったゾロが促す。

 冷静になってみれば、周囲には何人もの海兵の姿が見える。このまま突っ立ったままではろくなことにはなるまい。

 

「……同じだ」

 

 エレノアもまた、目の前で起きた現象に呆け、立ち尽くしていた。

 だがそれは、ただ信じられない光景を目の当たりにした衝撃のためだけではなかった。

 

「あの時と、同じ感覚だった……‼」

 

 自分がいつの日か感じた、心臓を貫くかのような衝撃。続々と背筋に走る震え。

 あの海でも数えるほどしか感じたことのない予感のようなものを、あの麦わら帽の青年から感じ取れたのだ。

 

 

 一方で、海軍基地の中で一部始終を見ていたスモーカーとヒューズも、あまりの衝撃に言葉を失っていた。

 今まで数々の海賊を拿捕してきたスモーカーでさえ、目を疑う光景を目の当たりにしてしまったのだ。

 

「…………おい、スモーカー。あいつ今…笑ったよな」

「ああ……おれも見た」

 

 なかなか衝撃から立ち直れず、立ち尽くしたまま顔も見合わせられない二人が呟く。

 そこへ、彼らから指示が来ないことで慌てた様子の部下が口を挟んだ。

 

「大佐‼ 海賊たちのだ捕を」

「おい、お前…死刑台で笑った海賊を見た事があるか?」

「わ…笑う…⁉ どんな虚勢をはった大物でも死の瞬間は必ず青ざめ、絶望に死ぬものです」

「笑ったんだよ、あの麦わらの男が!!!」

 

 そんなバカなといった態度で返す海兵に、スモーカーは焦燥じみた表情を浮かべながら怒鳴りつける。

 彼らは思い出していた。ずっと昔にも、同じ光景を見た事があるのだと。

 

「忘れもしねェ…22年前!!! この町のあの(・・)死刑台で笑った、海賊王(ゴールド)・ロジャーと同じ様に!!!」

 

 ヒューズのこめかみを、冷や汗が流れていく。

 ただのルーキーと高をくくっていたのに、ふたを開けてみればこの体たらく。

 ごくりとつばを飲み込んだのは、はたしてどちらだったのか、それすらもわからないほど緊張が走っていた。

 

「あいつらはどっちへ?」

「西の港へ向かいました」

「一等部隊が向かってるはずだな」

「い…いえそれが…突然の雨で火薬類が全てやられ、今、装備の仕直しに派出所へ……」

「じゃあ港は素通りか!!!」

 

 用意した策がすでに役立たなくなっていることに、スモーカーは愕然と目を見開く。

 まさかと思って風を見れば、案の定予想外の方向へ吹き抜けていっている。

 

「風は西向き…あいつらの船には追い風ってことか……‼」

「これが全て偶然か…!!? まるで〝天〟があの男を生かそうとしてる様だ!!!」

 

 あらゆるものがあの麦わら帽の青年を助けているような、そんな突拍子もない考えまで浮かんできて、スモーカーはギリッと表情を改めて目つきを鋭くする。

 スモーカーの中の本能が、あの男は危険だと吠え続けていた。

 

「あの男だけは……!!! 絶対にこの島から逃がしちゃならねェ!!!」



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第46話〝船出の時〟

 ―――これらは止めることのできないものだ。

   〝受け継がれる意志〟

   〝人の夢〟

   〝時代のうねり〟

 

 凄まじい勢いの豪雨が降り注ぎ、ローグタウンを闇の中に包む。

 人一人いなくなった真っ暗闇の中で、フードを被った二人組が立っていた。

 

 ―――人が「自由」の答えを求める限り、

     それらは決して―――止まらない

海賊王G・ロジャー

 

 雨に濡れ、凍えるような冷たさの中にありながら、男たちはただ無言で佇んでいる。

 そのうちの一人、顔の左半分に竜の鱗のような刺青を刻んだ男が、不意にニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「海賊か………それもいい…」

 

 刺青の男の反応にもう一人の男、眼鏡をかけた大柄な男が目を向ける。

 フードの下から覗く金の髪を強風に揺らし、金の瞳をどこかへ向け、何かを待ち望んでいるような強い眼差しを浮かべた。

 

「ようやく………時代が動く時が来たようだな…」

 

 二人は目を合わせることもなく、ただ無言のままに嵐の中を歩いていく。

 世界の全てを敵に回した彼らの見ているものは、まだ誰にも分からなかった。

 

 

 大勢の海兵たちに追われながら、ルフィたちは懸命にメリー号を停めた位置へと戻る。

 その背中を、なぜだか強風が後押ししているようだった。

 

「風がひどくなってきた」

「しつこいなあいつら、止まって戦うか」

「やめとけキリがねェ。それにナミさんが早く船に戻れっつってたんだ」

「すごいなー、ナミの予報ドンピシャだよ」

 

 感心したようにエレノアがつぶやいていると、彼女の耳が突如ピクンと立ち上がった。

 

「ロロノア・ゾロ!!!」

 

 走り続ける一同の前に、一人の黒髪の女性が立ちはだかる。

 刀を提げた、ジャケットを羽織ったその顔を見た瞬間、ゾロの表情がわずかに険しくなった。

 

「あなたがロロノアで‼ 海賊だったとは‼ 私をからかってたんですね‼ 許せないっ!!!」

「お前あの娘に何をしたァ!!!」

「?」

「てめェこそ海兵だったのか」

 

 全く面識のないはずのサンジがなぜか激昂するのを尻目に、ゾロは無言で刀を構えた。

 女性もまた刀を抜き、ゾロに対して強い怒りをあらわにしながら突っ込んできた。

 

「名刀〝和道一文字〟回収します」

「………やってみな」

 

 互いに戦う意思を見せた直後、甲高い音を響かせて刃が激突する。

 三人の盾になるように前に出たゾロが、目線だけをルフィに向けて短く告げた。

 

「先行ってろ」

「おう」

 

 ルフィもゾロの意思を尊重し、この場を彼に任せて走り続ける。

 その背後で幾度も剣がぶつかり合う音を聞きながら、ルフィたちはただまっすぐにメリー号の元へと急いだ。

 

「あの野郎レディに手ェ出すとは…」

「はいはい後で後で‼」

「行くぞ‼」

 

 そのままにしておけばゾロに突撃して行きそうなサンジを引きずり、エレノアはルフィの後に続く。

 すると再び、彼女の耳が何者かの立てた音を捉えた。

 

「待って! まだ前に誰かいる‼」

「またか」

 

 面倒臭そうにルフィが視線を向ける。

 しかしエレノアは、豪雨の中に姿を見せた、巨大な十手を背負った白髪の男性を前にし、大きく目を見開いた。

 

「来たな、〝麦わらのルフィ〟。〝妖術師(ウィザード)〟のエレノア」

「〝白猟〟のスモーカー!!?」

 

 海軍の中でも有数の実力者が現れたことに、流石のエレノアも立ち止まり、真剣な表情で立ち止まる。

 自然(ロギア)系の能力者であるスモーカーは自分の体を煙へと変え、ルフィたちに向かって勢いよく噴き出させた。

 

「お前らを海へは行かせねェ!!!」

「うわっ何だ何だ何だ!!?」

 

 白煙にまとわりつかれ、ルフィは狼狽しながらもがく。

 しかし煙はルフィを拘束したまま離れず、なのにルフィからは全く掴むことができない。

 

「このバケモノがァ!!!」<