ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− (春風駘蕩)
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第0話〝ROMANCE DAWN〟

主人公のイメージCVは田村ゆかりさんです。


「――俺の財宝か? 欲しけりゃくれてやる。探してみろ、この世の全てをそこに置いてきた」

 

 死刑台の上で、死を目前にしながらも笑ってみせたその男、世界最悪の犯罪者〝海賊王〟ゴールド・ロジャー。

 彼が放った一言は、全世界の男たちを海へと駆り立てた。

 力こそが正義、荒くれ者共が暴れまわる大海賊時代の幕開けである。

 海賊王の処刑から22年の時がすぎた現在でもその興奮は醒め遣らず、腕に覚えのある者たちは海で冒険に挑み、力無き人々は海賊たちの暴力に怯え、世界は未だ混沌の最中にあった。

 そんな時代に一人、あまりにも無謀で大きな夢を抱いて、最弱の海と呼ばれる東の海(イーストブルー)から飛び出した少年がいた。

 その名を、モンキー・D・ルフィ。

 

 しかし、その隣にはもう一人同行者がいた。夢に命をかける無謀な少年の行く末を見届けるため、〝彼女〟もまた荒くれ者たちの海へと挑む。

 その名を、アイザック・エレノア―――。

 

⚓️

 

 広い広い海原を、一艘の小舟が漂っていた。

 遠くからみれば木片にしか見えないであろうその小舟の上には、二つの人影が見える。

 その片方、赤いシャツに半ズボンを纏い、そして麦わら帽子を被った青年が、心地よさそうに小舟の先頭から海と空を眺めていた。

 無謀にも海を小舟で進んでいるこの少年の名はモンキー・D・ルフィ。海の危険など知ったことかと言わんばかりに笑顔を浮かべた彼は、ぐんっと背筋を伸ばして気の抜けた声を漏らした。

 

「いんやぁ〜、気持ちのい〜い日だ。絶好の航海日和だな〜!」

「……よく呑気に笑っていられるね」

 

 ケラケラと笑って青い空を見上げるルフィに、小舟の後ろに座っているもう一人の船員(クルー)が、可愛らしい声で非難がましい意見をぶつけた。

 その姿は、なかなかに奇妙だった。全身をすっぽりと覆うフードがついたマントに身を包み、青い目以外の顔の部分は全く見えない。背丈はルフィの半分程度しかなく、声を出さなければキノコの置物ぐらいにしか見えなかった。

 明らかに不機嫌そうな同乗者に、ルフィは何を怒っているのかと不思議そうに眉を寄せて振り向いた。

 

「なんだよ、エレノア。こんな気持ちのいい天気なのによ〜。何に怒ってんだよ?」

「うん……確かに風も天気も波も穏やか、絶好の航海日和で昼寝でもしたら最高だろうね。……でもさ」

 

 フードの奥の青い瞳をギラリと光らせ、エレノアと呼ばれた船員はくいっと傍にあった袋を持ち上げてみせた。

 しわくちゃになったその袋の口からは、芯だけになったリンゴが一つだけコロンと転がり落ちた。このリンゴの残骸こそ、彼女の不機嫌さの原因である食料の現状であった。

 

「どういう神経をしていたら一週間分の食料を3日で食い尽くしちゃうのかな君は……?」

「あ、ヤベェ本気でキレてる」

「当たり前だ‼︎」

 

 ドカーンと噴火でもしそうな勢いでエレノアはルフィを怒鳴りつける。さっきまで陽気に船旅を楽しんでいたルフィも流石に神妙な顔で向き直った。

 

「一番近くの島まで余裕でたどり着ける量だったんだよ本当なら‼︎ それをなんで予定の半分以下の期間で全滅させちゃうのかな⁉︎ そんなに死にたいのかな君は⁉︎」

「腹減ったからつい」

「聞いた私がバカだったよ‼︎」

 

 無謀というか阿呆な少年の考えにエレノアはハーッと深く深くため息をつく。迂闊だったのは自分の方だ、この男の考えのなさを考慮しなかった自分が一番悪い、と割と失礼なことを平気で考えて自己嫌悪に陥る。

 

「こうなったらあとはもう無心で漕ごう。体力馬鹿の君なら丸一日漕いでれば予定を前倒しして次の島に着けるでしょ」

「おう、サラッとひどいなお前」

「あん? なんか文句あんの?」

「…ごめんなさい」

 

 キラーンと光るエレノアの目に本能的に命の危機を感じ取ったルフィは、命じられるままにオールをつかんでえっさほいさと漕ぎ始めた。触らぬ神に祟りなし、という言葉は誰から聞いたのだったか。

 ほぼ波任せだった船の推進にルフィの漕ぐオールが加わり、小舟はぐんぐんと前に進んでいく。その後方でエレノアが舵を操作し、進路がずれないように微調整を加えていった。

 

「前方異常なーし。全速前しーん」

「あいあいさ……って逆だろ‼︎ 船長はオレだぞ⁉︎」

「あ。ごめんごめん」

 

 いつの間にか立場が逆転していると気づいたルフィが慌てて修正する。すでに上下関係が構築されている気がしないでもなかったが、それを指摘するとめんどくさそうだったのでエレノアはあえて何も言わなかった。

 そんな調子で航海を続ける二人だったがある時、舵取りをしていたエレノアがピクッと顔を上げ、進行方向から右手に視線をずらした。

 

「…ルフィ、警戒準備。なんか近づいてくるよ」

「ん? おう、わかっ……」

 

 オールを漕ぐ手を止めたルフィが、様子の変わったエレノアの向いた方向をにらんで袖をまくる。敵が来るのかと身構える二人だったが、ふと奇妙な音が聞こえて来るのに気づいた。

 ヒュルルル、と何かの風切音がみるみるうちに近くなっていき、急に小舟の上に何かが落下してきた。足元に結構な衝撃が走り、一瞬だけ小舟が宙に浮いた。

 

「わっ」

 

 ぐわんと揺れた小舟にしがみつき、ルフィとエレノアは落とされまいと踏んじ張る。いち早く立ち直ったルフィは、落下してきた何かを両手でつかんで持ち上げてみせた。

 

「……なんだこいつ。変なパンダだな」

「いや、鳥じゃない?」

 

 落ちてきたのは、人の背丈ほどはある大きな鳥だった、のだが目の周りや羽が黒く、丸く黒い耳もあるため確かにパンダにも見えた。つまるところかなり不気味な生き物だった。

 だがどんなに気持ち悪い生き物であろうとルフィには関係がなかった。せっかく手に入れた食料を前にダラダラとよだれを垂らし始める。

 

「なんにしてももうけた! これで飢え死にせずにすみそうだ!」

「⁉︎」

「ルフィ、食べることには賛成だけどさ」

「!!?」

「それよりも下、下」

「ん?」

 

 目を細めたエレノアの指摘に、ルフィは言われるがままに視線を下に向け、そして「げ⁉︎」と目を見開いて固まった。

 なんと鳥がぶつかった拍子に傷ついたのか、小船の船底には穴が空きゴボゴボと海水が入り込んでいたのだ。

 食われることを恐れた鳥が飛んで逃げようとするが、そうはさせるかとルフィが鳥の横腹を掴み船底の穴に押し付ける。栓をしたおかげで浸水はある程度止められ、辛うじて今の所沈没は免れていた。

 

「クエーッ‼︎ クエーッ⁉︎」

「動くなよ…いまお前のケツで穴塞いでるんだからな。エレノア、今のうちに塞いでくれ」

「んー、そうしたいのは山々なんだけどさ……」

 

 ルフィがエレノアに頼むが、返答は曖昧だった。何か不都合でもあったのかと尋ねようとしたルフィだったが、それよりも先に辺りの異常に気がついた。

 夜が訪れたわけでもないのに、辺りが急に暗くなってきたのだ。見上げれば燦々と太陽が輝いているのに、ルフィとエレノアの周りだけがひどく暗い。小舟が何かの影の中に入り込んでいるとルフィが気づいたのは、頭上から声が聞こえてきてからだった。

 

「バルーン! 早く逃げて‼︎ 殺されちゃうわよ⁉︎」

 

 顔を上げて振り向いてみれば、小船の近くにはかなり大きな船が一隻。下から見える帆や旗に描かれたマークから察するに、昨今になって増えてきた海賊船の一つだろう。船の大きさからしてかなり大規模な一団が乗っているようだ。

 

「……っはー、でっけー船」

「ガレオン船か……この辺りじゃ珍しいね。かなりの大物が乗ってるのかもしれない。気をつけて」

 

 冷静なエレノアの言葉もあまり聞かず、ルフィが呆然と口を開けて船を見上げていると、また鳥がバタバタと逃げ出そうとして暴れ始めた。

 沈んでたまるかとルフィが再び「こんにゃろ!」と押さえつけていると、近くに寄って来た海賊船の縁からバラリと縄梯子が降ろされてきた。縄梯子はスルスルと伸びていき、ちょうどルフィとエレノアの目の前に端が届いた。

 

「?」

 

 目の前に降ろされた縄梯子に首をかしげるルフィと警戒するエレノアに、船の上から声がかけられた。

 

「――その鳥を捕まえてくれて礼をいうぞ。さぁ、そのハシゴを登ってその鳥をこっちに渡してくれ」

 

 銃を担いだ男が一人、二人を見下ろしてそう言った。逆光のために顔はよく見えなかったが、辛うじて笑っていることだけはわかった。

 だが、エレノアの青い瞳はその男が浮かべている笑顔が、いやらしくゆがんだ下卑たものであることを見抜いていた。

 

 

「――なんてことしてくれたのよ⁉︎」

 

 縄梯子を登り、海賊船の上にたどり着いたルフィとエレノアを最初に出迎えたのは、一人の少女の激しい叱責の声だった。

 船の中央のマストに、ショートヘアーの少女が縛られて立たされている。その周囲を柄の悪い男たちが取り囲んでいて、ニヤニヤと少女を見下ろしたり、あるいは訪問者たちであるルフィとエレノアを睨みつけてきたりしている。どう見ても、あまりいい雰囲気ではなかった。

 海賊たちに囲まれている少女―――アンは微塵も臆する様子はなく、船に上がり込んだルフィたちをキッと睨んで声を張り上げた。

 

「バルーンを連れてくるなんて……見てたわよ⁉︎ あんたたちが捕まえているところ‼︎」

「?」

「なんだお前。あのパンダの飼い主か?」

「パンダじゃないわよ‼︎ 怪鳥(ルク)よ‼︎ それにペットじゃなくて友達‼︎」

 

 くわっと凄まじい表情で吠えるアン。縛られているのになかなかの気迫だ。

 一方でアンの罵倒を聞いていたエレノアが、ふと耳にした名前に目を見張った。

 

怪鳥(ルク)⁉︎ ……なるほど、狙われるわけだ」

「ん? エレノア、なんか知ってんのか?」

「えっとね」

 

 仲間が何を理解したのかわからず、首を傾げたルフィにエレノアが説明しようとした時、海賊の一人が船室から飛び出し、仲間に声を張り上げた。

 

「船長のお出ましだ‼︎ 並べ野郎ども‼︎」

 

 その声に、船員たちの間に緊張が走った。ぞっと顔を青く染めた彼らは急いで二列に並び、船室から続く道を作った。微動だにしない直立の姿勢は小刻みに震えて、冷や汗が滝のように流れ出している。

 ただ船長を迎えるだけの雰囲気とは思えない張り詰めた空気に、ルフィとエレノアは訝しげに目を細めた。

 

「なんだ? どうしたんだあいつら?」

「お出迎えにしては……ずいぶん大仰だね」

「きた……あいつが!」

 

 船員たちの表情は、まるで死を目前にしているようだ。

 そんな二人の疑問に答えたのは、船員たちと同じように震えながらも、必死に耐えているアンだ。恐怖に屈しそうになっているものの、それを押し殺しているようだった。

 エレノアはアンのそばまで寄り、声を潜めて尋ねてみることにした。

 

「……彼らがあそこまで怯えるなんて、何者なの? この船のキャプテンは」

「……“六角”のシュピール。この辺りで恐れられている海賊で、魔術使いよ」

「!」

 

 アンが言った言葉に、エレノアが何故か目を細めた。反対にルフィは口をへの字に曲げ、意味がわからないといった表情を浮かべた。

 

「魔術〜?」

「ええ、そうよ。あいつの怒りに触れたら、街一つだって簡単に消し飛ばしたって話もあるんだから」

「…………ふーん」

 

 なぜだかはわからないが、エレノアはどこか不満げな声で相槌を打っていた。フードの下で目を細め、海賊たちが作る道の先に現れた男を睨みつけた。

 そこに、六角のシュピールはいた。面長の顔で、自分の髪を左右で三つ、合計六つに束ねていて、独特な髪型は確かに六本の角のように見える。一度目にすれば忘れる方が難しそうな、インパクトのある見た目だ。

 しかしそんな見た目を別にしても、常人とは思えない怪しさと不気味さを感じさせる雰囲気が漂っていた。

 

「ご苦労だったな。…それにしても小舟で二人旅とは妙な連中だな」

 

 小さな細い目からじろじろと無遠慮な目を向け、ルフィとエレノアを見下ろすシュピール。明らかに見下したような視線に、対象ではないアンも嫌悪感で表情を歪ませた。

 だが、当のルフィとエレノアは何やら顔を寄せ合うと、ヒソヒソと囁き始めた。

 

「……なー、エレノア。あれさ」

「……うん。私も思った」

 

 反対にシュピールの顔を無遠慮に観察しながら、何かを同意し合う。訝しげな表情になるシュピールに気遣うことはなく、ちらとらと視線を向けては聞こえない大きさの言葉を交わす。

 そしてやがて口にした。

 

 

「「すげー変な頭」」

 

 

 決してこの船では、言ってはならないことを。

 

「⁉︎」

 

 ザワッ……と海賊船に冷たい風が吹き抜ける。誰もが目を見張り、耳を疑い、あるいは気絶した仲間を抱きかかえ静かに狼狽する。

 この船では船長が絶対であり、逆らうことは許されない。機嫌を損ねでもすれば船員でさえもタダではすまず、まず生きては帰れない。なんのためらいもなくばかにしたこの二人が、タダですむはずがなかった。

 捕らえられているアンも、サーッと顔面を真っ青にして震え始めた。

 

「あんたたち……‼︎ なんてことを‼︎」

「だって見ろよあれ」

「おっかしー」

 

 船の空気が凍りついて行くことを全く気にしていないのか、当の本人たちはケラケラと笑い転げている。その無謀さに、アンは開いた口が塞がらなかった。

 

「…………‼︎」

 

 シュピールの額に無数の血管が浮き出し、ピクピクと痙攣を始めた。毎日セットに時間をかけ、自慢とも言える髪型をバカにされた魔術使いは、凄まじい殺気とともに震える声を張り上げた。

 

「こいつらを牢にぶち込んでおけ‼︎」

 

⚓️

 

「いー景色だなー」

「牢屋にしては破格だよねー」

 

 ガレオン船の奥、そうこの横に位置する鍵付きの部屋に、ルフィとエレノア、アンは入れられた。ジメジメとした船室はどう考えても居心地最悪であったが、二人ともそんなことを感じさせないほどあっけらかんとしていた。

 

「……あんたらを殺してやりたいわ」

「やめてくれ」

「……何言ってんだか。殺されそうだったのは君の方でしょ」

「まぁ、そうだけど……」

 

 自分が危険なことをしていた自覚はあるのか、アンはそれ以上反論できずに唇を尖らせた。

 膝を抱えて丸くなる少女に、エレノアは小さくため息をつくとぽりぽりと頭をかき、隣にちょこんと腰掛けた。

 

「そもそもさ、なんで君は捕まってたの? どう見ても一般人にしか見えないけど」

「かわいいからよ」

「…………」

 

 間髪入れずに応えたアンに、じとっと疑わしげな視線を送るエレノア。本気で言っているのか、とでも言いたげだったが口にはしなかった。

 

「お、おう。そうか」

「……あっそ」

 

 ルフィは戸惑いながら、エレノアは興味を無くしたように目をそらし、再び海を眺める作業に没頭し始めた。あまり突っ込むのも後々めんどくさそうだ、と顔に出ていたが、幸いアンには見えていないようだった。

 

「そういうあんたたちこそ、なんでこんな海を小舟で旅してんのよ」

 

 アンはそう言って、色々と見た目に差がありすぎる二人組に改めて問いかける。小舟で旅をしていたことといい、関係性の見えない見た目といい、一体何者であるのかさえ判断がつかなかった。せめて旅の目的ぐらいは聞かせてもらおうと、アンはじとっとした視線で二人に尋ねた。

 そんな案に、ルフィが満面の笑みを浮かべて答えてみせた。

 

 

ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を探しにいくんだ」

 

 

 その言葉に、アンは一瞬だけ思考が停止する。数秒固まっていた彼女はようやく再起動を果たし、ルフィの方を振り向いて大きく目を見開いた。

 

「ハァ⁉︎」

 

 あんぐりと口を開けて言葉も出ない様子のアンに、ルフィはしししと誇らしげに笑っていた。

 

「それって……偉大なる航路(グランドライン)に向かうってこと⁉︎ たった二人で⁉︎」

「おう。けど今は仲間探しかな」

「まだ私だけなんだけどねー」

「…………‼︎ バカすぎる……‼︎」

 

 のんきに笑っているルフィとエレノアに、アンは開いた口が塞がらないと言った様子であきれかえり、壁に後頭部をぶつける。

 

「バカすぎるわよあんたたち……‼︎ あの海賊王が死んでから20年……誰もいまだ見つけていない、そもそも実在すら怪しい伝説よ⁉︎ 本気で死ににいくようなもんじゃないの‼︎」

 

 アンは自分で言って、よりその夢の無謀さを感じ取ったらしい。肩をすくめ、小馬鹿にしたようにため息をついた。

 

「はっ……呆れた。何を考えているのかと思ったら……そんなバカなことを……」

「……それでいいんだよ」

 

 かける言葉さえ見つからない様子のアンに、逆にエレノアの方が呆れたように言った。

 視線を向ければ、フードの下の青い目を光らせているエレノアの姿が目に入る。その声は、ルフィの夢を笑うエレノアに少しだけ怒りを覚えているように棘が混じったものだった。

 

「私は、つまらない男についていくつもりなんてない。とんでもない大法螺を吹いて、それを現実に変えるくらいの野望を持ってくれなきゃ、私はこいつと一緒に行こうなんて思わなかったよ」

「……相棒が相棒なら、あんたもあんたよ」

「そんなことは百も承知だよ。ね、ルフィ」

「ああ。俺は命をかけて、この夢を追うって決めたんだ」

 

 エレノアに背中を押されたルフィはそう言って、麦わら帽子の以前の持ち主ーーー故郷の村に長く停泊していた優しい海賊・シャンクスとの約束を思い出していた。

 彼に憧れ、彼と彼の仲間の後を追い、海賊になりたいと夢を持った。だがシャンクスは、共に行くことを許してくれなかった。

 自ら頬にナイフで傷をつけ、度胸を示して見せたが彼の答えは変わらなかった。『お前のようなガキを連れて行ける』か、と頑なに拒んだのだ。当時のルフィはただバカにしているのだと思い、憧れながらも反発していた。

 だがとある事情でルフィが窮地に陥った時、その真意を知ることになった。海の主とも言える巨大な海生物に食われかけたルフィを、シャンクスは文字通り身を張って助けてくれた。

 左腕を、犠牲にして。

 彼は知っていたのだ。海の過酷さも、ルフィの非力さも。

 だが彼は怒らなかった。友達の命に比べれば安いものだと、笑ってみせたのだった。

 ルフィは改めて、シャンクスという男の偉大さを知ってより強い憧れを抱き、己もそんな男になりたいと思った。

 麦わら帽子は、彼との別れの時に渡された物だった。

 

 ―――この帽子を、お前に預ける。

    俺の大事な帽子だ。

    いつかきっと返しに来い、立派な海賊になってな。

 

「この帽子に、シャンクスに誓ったんだ‼︎」

 

 少年の大いなる野望は、10年の時を超えてもなお健在であった。

 

「俺は、海賊王になるってな‼︎」

「…………」

「ルフィ」

 

 誇らしげに帽子をかぶるルフィに、アンは気圧されたように呆け、エレノアはウンウンと満足げに頷く。

 アンはドクンと騒ぐ胸を押さえ、ルフィとその頭に乗る麦わら帽子をじっと見つめた。

 

「……大事なものだったんだ。その帽子」

「ああ、俺の大事な宝だ」

 

 迷うことなくそう言ってのけるルフィに、アンはふと考える。

 自分には、そこまで胸を張って言えるものがあるだろうか。命をかけてでも、世界に喧嘩を挑んででも貫きたいと思う石が、守りたいと思う何かが。

 その脳裏に、自分の親友の姿が浮かんだ。

 

「……私にとっては、バルーンがそうだわ」

 

 それだけは、はっきりと言える。誰になんと言われようと、彼は自分の大切な(親友)であると。

 

「見ろエレノア。クジラだ」

「おお!」

「聞きなさいよ‼︎」

 

 最もその熱意は、この場にいる二人の耳には全く届いてはいなかったが。

 

 

 そうやって、居心地の悪い牢屋での時間を過ごす三人だったが、しばらくして寝っ転がっていたルフィがおもむろに起き上がった。さすがにこの空間に飽き飽きしてきたらしい。

 

「……飽きた、出ようここ」

「そだね」

「何言ってんのよ……そんなことができるならもうとっくに……」

 

 呆れたように吐き捨てるアン。鍵もないのにどうやって出るというのか。

 そう思っていたアンの視界の端で、青白いスパークが走った。

 

「……………………え?」

 

 振り向いたアンが見たのは、スタスタと歩き去って行くルフィとエレノアの背中だった。二人とアンの間には牢の格子があり、変わらず道を塞いでいる。

 アンは恐る恐る格子の扉に触れ、音を立てないようにゆっくり押して行く。すると扉は、キィとわずかな音だけを漏らして簡単に開いてしまった。

 

「な、何……? どうやったの……?」

 

 アンは呆然となりながら、扉とエレノアたちを何度も見比べて声を漏らす。

 エレノアは立ち止まると、小首を傾げて見せた。

 

「んー、手品?」

 

 アンは肩を落とし、それ以上は深く聞かなかった。はぐらかされたような、聞いてはいけないような気がして気が咎めたが、やはり気になって仕方がなかった。

 

「……ねぇ、あんたももしかして、魔術を使えるの?」

「んーん。魔術なんて私は使った覚えないよ」

「でもまー。似たようなもんか?」

「かもねー」

 

 どうということはない、とでもいうように笑い合うルフィとエレノアに、アンは驚きを隠しきれない。

 得体の知れない二人組であったのに、だんだんとその背中に頼もしさを感じるようになり始めた。もしかしたら、と思ったアンは、歩いて行く二人を思わず呼び止めていた。

 

「ねぇ。バルーン取り戻すの手伝ってよ。あんたたち、ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を目指すくらいなんだから強いんでしょ?」

「やだよ。自分でやりなさい」

「俺たち、船壊れたからかわりのもん探さねぇと」

 

 にべもなく断られ、アンはムッと表情を険しくさせる。

 少しくらい考えてくれてもいいだろう、とせっかく湧いた先ほどの頼もしさは一瞬で消え去ってしまった。

 

「ケチ‼︎」

「あんたの友達でしょ。そんな風に人に頼る前に自分でなんとかしなさい」

「いーだ‼︎」

 

 呆れた目で拒否するエレノアにアンは実にブサイクな顔で下を出し、ふんと鼻息荒く外に向かって駆け出して言った。

 

「……子供だなー」

 

 エレノアはそんな彼女に呆れた視線を向け、やれやれと肩をすくめてルフィとともに通路の奥へと歩き出した。

 

 

「お〜。俺たちのが乗ってきたのよりいいのができたな!」

「材料は腐るほどあるからね。ま、相手は海賊だし文句は言わせないよ」

 

 ムン、と胸を張るエレノアだったが、ふと彼女のフードの下の耳が何かを捉えた。

 

「……あれは」

 

 すぐに窓際に寄って外の様子を確認下エレノアは、目を細めて声を漏らした。

 外にあったのは、大勢の海賊たちに囲まれながら、武器を手に一人の男と戦っているアンの姿だった。

 

「ハァッ……ハァッ……どう? 私だって、ただの可愛くてか弱い女の子じゃないのよ!」

「くっ……くそっ‼︎」

 

 どこで調達したのか、丈夫そうな鉄棍を倒れた突きつけたアンが、挑戦的な目で倒れた男を睨みつけ、呼吸も荒く笑みを浮かべた。

 

「さ、いいでしょう⁉︎ 約束通りバルーンを返して‼︎ あんまりしつこいとあんたもただじゃおかないわよ⁉︎」

 

 荒くれ者の一人を倒したアンが、離れたところから見下ろしていたシュピールに向かって怒鳴る。

 どうやらアンはエレノアたちに言われた通り、自分の力だけで親友を取り戻す決意を固めたらしい。それも、海賊と賭けをするという形で(・・・・・・・・・・・・・)

 

「…………」

 

 シュピールはしばらくアンと倒れた手下を見下ろしていたが、おもむろに手下に向かって掌を向けた。

 その瞬間、アンによって打ち負かされた手下の体が、なんの前触れもなく業火に包まれた。手下の全身が発火し、あっという間に火達磨と化したのだ。

 

「ぎゃあああああああ⁉︎」

 

 突然のことに手下は悲鳴をあげ、他の手下たちにも戦慄が走る。その凄惨さにアンも言葉を失って硬直し、体が震えるのを感じた。

 人一人を生きたまま燃やしておきながら、シュピールには全く心が揺れた様子はない。鬱陶しいから、役に立たないから、邪魔だから、そんな悪意だけでこの男は命を奪って見せたのだ。

 それが、東の海(イーストブルー)を震え上がらせるシュピールの恐るべき姿であった。

 

「馬鹿め……小娘一人にいいようにあしらわれやがって……」

「…………‼︎」

「……まぁいい」

 

 不意に、シュピールはアンの足元に何かを投げつけてきた。アンは目を見開き、チャリンと音を立てて滑ってきた、いくつかの鍵がぶら下がったリングを拾い上げた。

 

「!」

「檻の鍵だ。好きにしろ」

 

 その言葉に、アンは急いで檻に向かって走った。

 シュピールが約束を守ったことに驚きながら、他のことを一切考えずに親友を助けようと無我夢中になっていた。

 

「バルーン! すぐに助けてあげるからね‼︎」

「クエーッ‼︎」

 

 アンが掲げた鍵に、バルーンも檻の中でバサバサと暴れて喜びをあらわにする。

 あと数センチで鍵穴に届く、自分の宝物が戻ってくると確信した、その時だった。

 

 

 ドンッ‼︎

 

 

「⁉︎」

 

 衝撃がアンの体に走り、全身から一瞬で力が抜ける。つんのめったアンは、そのままバルーンのいる檻に向かって顔面から倒れこみ、ズルズルと崩れ落ちた。

 

「…………ククッ」

 

 血を流し、ピクリとも動かなくなったアンに向かって、シュピールの含み笑いが響いた。魔術師はブルブルと肩を震わせ、やがてこらえきれないとばかりに盛大に笑い転げ始めた。

 

「クハハハハハハハ‼︎ 海賊が約束なんざ守るわけないだろうが、馬鹿な娘だぜ‼︎」

「ぎゃははははははは‼︎」

「…………‼︎」

 

 部下たちもシュピールとともに笑い始め、耳障りな合奏となってアンの耳に突き刺さった。

 シュピールたちの嘲笑に、アンはうつ伏せに倒れ伏したまま悔しさに涙をにじませる。騙されたことへの悔しさ、ばかにされたことへの恥、そして何より、のこのこ海賊なんかの言うことを信じてせっかくの機会を不意にしてしまったことが悔しかった。

 バルーンへの申し訳なさで、溢れ出る涙を止めることができずにいた。

 そんな時だった。ガチャリと音がして船室の扉が開いた。

 中からひょっこりと顔を出したのは、間抜けな面を晒したルフィと苦虫を噛み潰したような眼差しのエレノアだ。

 

「……ん? あ、変なとこに出ちまった」

「!」

 

 せっかく檻から逃げ出してきたのに、わざわざ自分から海賊たちの目の前に出てきた二人に、海賊たちの嘲笑じみた視線が集まる。

 ずかずかと我が物顔で海賊たちの真ん中に踏み入ったエレノアは、血の中に倒れるアンと煙を吐き出す銃を持ったままのシュピールを見やって、小さくため息をついた。

 

「……これ、あんたが?」

「あ? だとしたらなんだ?」

 

 なおも小馬鹿にしたように笑うシュピールに、フードの下のエレノアの青い目が細まる。ルフィも表情こそ変わらないが、何かを考え込むように海賊たちを見つめていた。

 

「…………」

 

 やがて、海賊たちの眼差しが訝しげなものに変わり始めた頃、ようやく二人は固く閉ざしていた口を開いた。

 

「「アメンボみたいだよな、その頭」」

 

 ルフィとエレノアが乗り込んだ時以上の衝撃が、シュピールの配下たちの間に走った。ある者は顔を青ざめさせ、ある者は恐怖に涙を流し、ある者は白目を剥いて気絶し、ある者は悲鳴を上げて頭を抱えた。

 だがそれ以上に、二度も自慢のヘアースタイルをばかにされたシュピールの怒りは燃え滾り、爆発寸前にまで届こうとしていた。

 

「あいつらまた……‼︎」

 

 倒れたまま動きを止めていたアンもあまりに怖いもの知らず、もといばかな二人組に顔をしかめる。夢のために命を懸けると言っておきながら、せっかく助かった命を軽々と捨てようとしているとしか思えない言葉に怒りが募ってきた。

 すると、ルフィとエレノアは自らアンの方へ近寄り、倒れたままのアンに呼びかけ始めた。

 

「オメーこんなとこで何寝てんだ?」

「違うわよ‼︎ 撃たれたの‼︎ ほら、ココ‼︎ せっかく死んだふりして隙を窺ってたのに……‼︎」

 

 空気の全く読めない質問に、あんは自分で言った死んだフリも忘れてわめき散らす。黙っているつもりだったが、もう我慢の限界だった。

 だが、その表情もすぐに変貌することとなる。

 ドンッと音がして、ルフィの体がくの字に折れ曲がった。アンは悲鳴を上げて目を覆い、目の前で人が殺されたことに愕然となる。

 額に血管をいくつも浮き立たせたシュピールが、激情のままにルフィの腹に向けて銃弾を撃ち放ったのだ。今度の弾は掠るだけではなく、正確にルフィの急所を狙って撃ち込まれたものだった。

 

「ヒヒヒ…バカな奴らだ」

 

 まだ把握できていないのか、エレノアはその場に立ちすくんだまま一歩も動けずにいる。相棒が殺されたことに多大なショックを受けているのだろう、と海賊たちは下卑た笑みを浮かべた。

 が、その下衆の表情は次の瞬間目を見開いた間抜けなものへと変わった。

 銃弾を受けたルフィがそのまま踏ん張り、衝撃に耐える一方で、背中の肉が長く伸びていく。銃弾は一向に肉を貫くことはなく、肉の幕に包まれて勢いを完全に殺されていた。

 

「ふんっ‼︎」

 

 突如、ルフィの上げた威勢のいい掛け声とともに、銃弾を包んで伸びていた皮膚がビヨーンと元に戻り、逆に銃弾を弾き飛ばす。

 普通に撃つよりも勢いよく跳ね返った銃弾はシュピールの頬をかすめ、一筋の傷を刻みつけた。

 

「あーびっくりした」

「……………………………………は?」

 

 シュピールも、そして配下たちも目の前で何がおきたのか全くわからず、あんぐりと口を開いたまま帽子を被り直すルフィを凝視する。さすっている腹に別段変わった部分はない。何かを仕込んでいる様子は、全くなかった。

 

「何、今の……」

 

 アンもまた、目の前で死んだものと思っていた男が平気な顔をしている姿に言葉を失う。

 度胸は只者ではないと思っていたが、本当に普通の人間ではなかったと言うことなのか。

 

「バッ……バケモノだ――――‼︎」

「たっ、弾を弾き返しやがった―――――⁉︎」

「も、燃えろ‼︎」

 

 銃を捨てたシュピールは箒を手にし、魔力を込める。すると赤い閃光が箒から迸り、ルフィとエレノアの目の前に真っ赤な業火が発生した。人間一人を軽く焼き殺せる威力の炎が、二人に向かって襲いかかっていく。

 しかし、その熱が届く寸前にエレノアが動いた。赤い熱風の前に躍り出ると、外套の下から出した小さな両手のひらをパチンと打ち鳴らし、炎に向かって突き出したのだ。

 その瞬間、エレノアの掌の前にゴボゴボと水分が凝縮し、あっという間にエレノアたちを守る水の盾が生み出された。水は炎を一瞬で飲み込んで押さえつけ、ジュウッと一瞬のうちに消し去ってしまった。

 シュピールの顔が、また面白い形で固まっていた。

 

「うっそ――――――――⁉︎」

「……おいおい、触媒使ってその程度かよ三流」

 

 宙に手のひらを向けたまま、エレノアは厳しい口調でシュピールに吐き捨てる。フードの下で光る青い目はどこか鋭く、苛立たしげな雰囲気が漏れている。

 

「“賢者の石”なんてチートアイテム使ってその程度なの? よくそんなんで魔術師なんて名乗れたね?」

「なっ…⁉︎ なななななななんのことだ⁉︎」

 

 エレノアが漏らした単語に、シュピールはギクリと肩を揺らした。表情がこわばり、慄くようにエレノアから距離を取っていく。

 図星か、というようにエレノアは肩をすくめ、深いため息をこぼした。

 

「誇りも矜持も持ち合わせちゃいない……錬金術師の風上にもおけないね、お前」

「錬金術師……?」

 

 訝しげな声を漏らすアン。それはそうだ、魔術師だけでも現実では信じがたかった名称なのに、その上金を人工的に作りだす技術だという錬金術などと口にするのだから。

 だが、エレノアにふざけている様子はない。困惑する案に、エレノアは丁寧に語り始めた。

 

「万象一切の創造原理を理解し、世界の輪を己の手の中で作り出すことであらゆるものを再構築する術……そして、理の根源を探求し追求する科学者、それが私達錬金術師」

「………⁉︎ 何故、貴様がそれを……⁉︎」

「バーカ。あれだけ錬成反応出してりゃ素人でも気づくでしょ。プロが周りにいないからって調子に乗って隠す努力もしてこなかったの?」

 

 バカにしたようにいうエレノアが見つめるのは、シュピールの持つホウキ。その根元に取り付けられている赤い宝石だ。

 

「最初にあった時から、そのホウキが怪しいと思ってたんだよね……錬金術の効果を何倍にも増幅させる増幅装置、賢者の石」

 

 鋭い視線を向けられたシュピールは明らかに動揺し、今更ホウキの宝玉を隠すように後ろ手に持つ。図星だ、というまでもなく明らかだった。

 魔術などと言う得体の知れない力を謳って人々を恐れさせ、東の海を支配した気になっている詐欺師。エレノアには、そんなことのために自分と同じ力を使っていることがどうしても許せなかった。

 

「あんたは魔術使いなんかじゃない。ただのペテン師だ」

「で、出てこいハンマー‼︎」

 

 ホウキの赤い宝玉が再び発行し、シュピールの手の中に巨大なハンマーが出現する。銃も炎も効かないのならば、自分の手で直接叩き潰してやろうとでも思ったのだろう。

 短絡的なシュピールの思考に、エレノアはまた呆れたため息をついた。

 

「往生際の悪い……」

「そんなもんきくか‼︎」

 

 迫るハンマーに一歩たりとも引かないエレノア。彼女の前にルフィが立ちはだかり、グルンとその場で勢い良く回転する。

 すると、振り上げた右腕が回転の威力で長く伸び、鞭のようにしなりながらシュピールの顔面に叩きつけられた。シュピールは顔面に裏拳を叩きつけられ、鼻血を噴き出しながら吹き飛ばされていった。

 誰もが、その光景に目を疑った。

 誰も手が出せないと思っていた魔術師シュピールを、得体の知れない力で無力化した少女も、偉業としか思えない身体で叩きのめしてしまった少年も。

 全てがまるで、夢でも見ているかのようだった。

 

「腕が伸びた……‼︎ さっきの炎といい錬金術とかと言い……なんなのよ一体⁉︎」

「ん? ああ、俺、昔悪魔の実を食ってさ。―――全身ゴム人間なんだ」

 

 そう言ってルフィは、自分の頬を掴んで左右に引っ張ってみせる。すると頬は異常なほどに伸び、それなのにルフィは全く痛そうなそぶりを見せなかった。

 体が、ゴムとなっているのだ。

 

「ご…………ゴム人間…………⁉︎」

 

 戦慄の表情を浮かべた海賊たちが、青年を凝視する。

 悪魔の実、その悪名は、誰もが知っていた。食べれば様々な海の悪魔の力が身につき、物によっては相当な高額で取引される海の秘宝。さらには能力を得た代償として、海に嫌われて二度と泳げなくなるという呪われた代物。

 それを食し、能力を得たという事実に海賊たちは恐怖で言葉を失っていた。地上において、能力者に勝てるなどとは考えられなかった。

 

「そのまま一生伸び縮みしてろ!」

 

 その時、頭上から鋭く蔑んだ声が響く。

 その場にいた全員が見上げてみれば、ホウキの上に乗って宙に浮いたシュピールが、バルーンを縄でつないでルフィ達を見下ろしている姿が見えた。全員がルフィの力に呆けていたすきに、バルーンを連れ出したようだ。

 一瞬でも目を離してしまったことをアンは後悔しながら、シュピールを憎々しげに睨みつけた。

 

「! シュピール!」

「まさか本物の錬金術師がいたとはな……カラクリを見破られるとは思わなかった。だがもはやそんなことはどうでもいい‼︎」

 

 シュピールが見下ろしているのは、ルフィとエレノアだけではない。

 自分が従えていたはずの部下たちまでも、まるでゴミのように見下していた。その視線に、部下たちは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

怪鳥(ルク)は手に入れた。もうお前にもこの船にも用はない……‼︎」

 

 縄に繋がれたバルーンを誇らしげに見せ付けながら、シュピールは強大な魔力をホウキの宝玉に集めていく。その力は、蜃気楼のように大気を歪ませてしまうほどで、その場にいた誰もが恐怖で顔を引きつらせた。

 

「船ごと沈むがいい‼︎」

 

 シュピールが高らかに宣言するとともに、ルフィたちの乗るガレオン船にべきりと嫌な音が鳴る、その次の瞬間。

 ベキベキベキベキィィッ‼︎

 まるで前後から強烈な圧力がかけられたかのように、甲板に大きな亀裂が走る。ガレオン船は大きくのけぞるように変形し、中心から真っ二つにへし折れていく。強烈な圧力により、船はみるみる瓦礫の破片とかし、海へと沈み始めた。

 

「‼︎ あのヤロウ仲間ごと‼︎」

「ぶわーっ⁉︎ 水だあああ‼︎ 溺れる―――――っ‼︎」

 

 当然、船の上にしか足場のないルフィ達も耐えられない。傾いていく甲板に必死にしがみつきながら、轟音の中に埋もれていった。

 

 

「た……助けて……‼︎」

「シュピールのヤロー‼︎ 許さねぇ‼︎」

 

 瓦礫が浮かぶ海のど真ん中で、シュピールへの怨嗟の声が響く。

 船長に見放され、その上足場も奪われた男達は、もう姿の見えないシュピールに媚びへつらうこともなく口々に罵り続ける。それがむなしいことだとわかっていても、抑えきれない怒りを打ちまけずにはいられなかった。

 そんな中、海面にボコボコと気泡が浮き始めたかと思うと、三つの人影が勢いよく顔を出し、そこらにあった瓦礫にしがみついた。

 自力で浮き上がったエレノアはいらだたしげに、アンに助けられてようやく顔を出せたルフィは涙目になりながら荒い呼吸を繰り返した。

 

「……ぷはっ。アンニャロ〜…タダですむと思うな」

「た……助かった‼︎ 命の恩人だお前は‼︎」

 

 海の悪魔の呪いで全く泳げなくなったルフィが、助けてくれたアンに礼を言う。

 だが、それに返事はなかった。

 ルフィにしがみついたまま、肩を震わせて嗚咽を漏らしていたのだ。

 

「……ッ‼︎ バルーンはね、怪鳥(ルク)の最後の生き残りって言われてるの‼︎ でもっ……あいつが欲しいのはその生き血だけ……怪鳥(ルク)の血は魔力を持ってるっていうから……‼︎」

「……そうだ。だから聞き覚えがあったんだ。怪鳥(ルク)の血も、錬金術の効率的な触媒になるから」

 

 エレノアはようやく、シュピールがバルーンに固執していた理由を理解した。

 賢者の石とは別に、魔力を持つ怪鳥のちを手に入れれば、より強い力を手に入れることができる。そうなれば、もうシュピールに怖いものはない。

 

「あの子は……私とずっと一緒だった‼︎ だから私がどこにいても必ずついてきちゃう……私が、あの子の一番の枷になってる‼︎」

 

 アンは、自分の存在がいちばんの障害であることに気がついていた。どこにいても、誰のもとに捕まっていようと、自分の親友は自分の元に来てしまう。

 それが、何よりも悲しくて仕方がなかった。自分を許せなくなりそうだった。

 

「友達なのに……あの子に何にもしてあげられない……‼︎ 私のせいで、あの子がひどい目にあっちゃう‼︎ 私……悔しくて仕方がない……‼︎」

「……じゃあ、なおさら諦めたらダメ」

 

 後悔の涙を流すアンに、そっと優しい声がかけられる。

 赤くなった目で見上げてみれば、そばにびしょ濡れになったエレノアの青い瞳が見える。その目は先ほどまでとは違う、わがままな女の子を見守る母のような、そんな慈愛に満ちた眼差しに変わっていた。

 ザパッと音がして、瓦礫の上にルフィが立つ。その姿は、出会った時と何も変わらない、自信満々で堂々とした不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「お前の宝だろ」

 

 アンの肩をポンと叩き、エレノアは瓦礫の上を飛び跳ねていく。海賊たちの視線を集めるも全く気にせず、軽々と猫のように跳ねていく。

 折れたマストの根元に降り立ったエレノアは、濡れて重くなったフードを邪魔だと言わんばかりに脱ぎ捨てる。その際、ずっと影に隠れていたエレノアの顔がようやく日の元にさらされた。

 

「……⁉︎ エレノア、あんた……‼︎」

 

 アンは、太陽のもとにさらされたエレノアの姿に絶句する。

 小さいとは思っていたが、本当に背丈は10歳未満の子供にしか見えない。だが、黒いメッシュが幾筋も入った純白の髪の下の顔は、この世のものとは思えないほど完璧に整っている。

 いたずらっ子のようにつり上がった目も、長いまつ毛も、桜色で艶やかな唇も、伸びた鼻も、玉のような肌も、サファイアのように煌めく青い瞳も、全てが絶妙な間隔で揃っていて、見たものは息を呑む他にない。

 目を引くのは、髪の上に鎮座している黒い獣の耳とお尻から伸びている長く太い尻尾。縞々の模様が入ったその尻尾が、ゆらゆらと動いて存在感を放っている。

 だが、それ以上に圧倒的な存在感を放っているのは、大きく広がる真っ白なーーー翼だった。

 大きく、そして美しく広がるその翼には所々にメッシュのように漆黒の羽根が混じり、太陽の光を反射してまばゆく輝きを放っている。汚れを微塵も知らない、異形の(かたち)を。

 その姿は、まさに。

 

「―――天使―――」

 

 誰かが、無意識に呟いた。それはさざ波のように静かに浸透し、誰もがシュピールへの罵倒を忘れて見惚れていた。

 とん、と甲板の上から飛び立ったエレノアが、大きく翼を羽ばたかせる。キラメキをこぼしながら飛翔し、海賊たちの視線を独り占めにする天使の少女はマストが伸びた場所にまで飛翔し、その真上へと降り立った。

 

「錬成‼︎」

 

 エレノアが触れたマストが、閃光を帯びて変形していく。支柱はより太く、先端は二股に分かれるとU字型に曲がり、天に向かって伸びていく。支えとなる足場までもが、閃光の中で変形していく。海賊たちをすくい上げるようにして瓦礫が集まっていき、一枚の大きな板となっていく。

 数秒も経たないうちにマストは、間にゴムのない巨大なパチンコへと変貌した。

 

「ルフィ、後は任せた‼︎」

「おう‼︎」

 

 エレノアの声で、ルフィは巨大パチンコの方へと駆け出していく。

 パチンコの支柱の両端に腕を伸ばすと、ぐるぐると巻きつけてガッチリと固定する。自身がゴムパチンコのゴムとなると、ルフィは走る勢いを利用し、反対側まで長く長く腕を伸ばしていった。

 

「ゴムゴムのォ…………ロケット‼︎」

 

 バチンッ‼︎と凄まじい勢いで、ルフィは文字通り空を飛ぶ。

 シュピールのいる場所を正確に把握しなければならない、エレノアとの完璧なコンビネーションで追い詰めにいったのだ。

 

 

「……あんたたちなら、本当に海賊王とその船員になれる気がしてきたわ」

「でしょ?」

 

 呆れたように、腰を抜かして瓦礫の上に腰掛ける案に、エレノアは誇らしげに胸を張った。

 その姿に、アンは乾いた笑い声をこぼす。

 

「それにしてもまさか、あんたが〝天族〟だったなんてね」

 

 アンはそう言って、エレノアの白く美しい翼を眺め、ため息をついた。

 天族、それは伝説に謳い継がれる、神聖なる存在。

 獣の耳と尻尾を持ち、背に生やした翼は陽の光に照らされて美しく輝くという。あらゆる知識を集めたその頭脳は際限などなく、その由来は神が与えたもうた力であるともいわれている。

 人よりもはるかに長い寿命を持ち、時に仙人のように語られることもある、神秘と謎に満ちた種族。

 何よりも、天族にはある言い伝えがあった。

『天族の乗る船は、絶対に沈まない』

 船乗りに語り継がれるそんな伝説が、この海には広く知れ渡っている。

 ゆえに天族は、船乗りたちにとっては喉から手が出るほど欲しがられる存在であった。

 アンは、海風に髪を揺らす、そのままの意味で天使のような少女を見つめ、首を傾げて見せた。

 

「なんだって、伝説の天使様が海賊なんかに?」

「ちょっと縁があってね……彼の行く末を見届けることにしたんだ」

「……物好きね。でも、そうしようと思ったのは、わかる気がする」

 

 アンは羨ましげな微笑みを浮かべ、エレノアの隣に腰掛けた。

 日差しに照らされるエレノアの横顔は、どこか誇らしげに見えた。アンがなんとなく呟いた一言に、随分と気を良くしたようだった。

 アンは、そんなエレノアがどうしようもなく羨ましく思えた。

 

「あんたたちは、本当にすごいわね。……私は、最後まで頼ってばっかりで」

「アン」

 

 自嘲気味に目を伏せたアンは、ギリギリと拳を握り締める。自分のせいで親友を危険な目に合わせた、その事実が、自分自身を責め続けているのだろう。

 今、ルフィがシュピールを撃退したとしても、また同じようなことが起こるかもしれない。その時にまた自分が親友の枷になることが、怖いのだ。

 そんな彼女に、エレノアは慈愛に満ちた眼差しを送る。

 

「あんなこと言ったけどね、私はあんたがああ言ったから戻ってきたんだよ。……あんたが友達のことを強く思ったから、手助けしてやろうと思ったんだ。自分を、そんなに卑下しないで」

 

 アンは思わず、あっけにとられながらエレノアの青い瞳を凝視する。

 自分よりもひと回り近くは小さいはずの少女に慰められているというのに、全く屈辱になど感じない。まるで、早くに亡くした母になだめられているかのような安心感がある。

 そんな、不思議な感覚であった。

 

「―――自分に、負けないで」

「エレノア……」

 

 それだけで、心に巣食っていた闇が少しだけ晴れた気がする。

 まだ闇の全てが晴れたわけではない。だがそれでも、肩に重くのしかかっていた不安という重荷が、少しだけ取り払われた気がした。

 やはり最後まで、二人には助けられてばかりだ。

 アンは、そんなことばかり考えながら、安らかな微笑みを浮かべた。

 

「……ところでエレノア。アンタ、アレどうすんの?」

「……聞かないで」

 

 ジト目で見つめてくるアンに、エレノアは目をそらして現実逃避する。

 ついでに甲板まで復活させてしまったのが悪かったのか、海賊たちは本気でエレノアを天の使いか何かだと思ってしまったようで。

 みんな一斉にエレノアに向かって平服してしまっている、この光景を見なかったことにしていた。

 

 ―――ゴムゴムの‼︎ 銃弾(ブレッド)‼︎

 

 そんな中、遥か遠くから聞こえてくる咆哮と鈍い音が、少年の揺るぎない勝利を伝えていた。

 

⚓️

 

 小舟はいく。さらに先の海へと。

 大いなる夢と野望を持って、小さな船は波をかき分け進んでいく。止めるものなどいない、振り返ることなくまっすぐに突き進んでいく。

 目指すは、偉大な冒険の海だ。

 

「しししし! 食料も手に入って得したな!」

「運がいいんだかなんなんだか……ま、いいけどね」

 

 行き当たりばったりな旅路を心から楽しむルフィと、それに頭を抱えながらも笑みを浮かべるエレノア。

 結局、シュピールは空を飛んだルフィによって成敗され、空の彼方の星になってしまった。

 だが解放されたバルーンに頭を咥えられて意気揚々と戻ってみれば、すっかり改心した海賊たちがエレノアの作った小舟にせっせと食用を詰め込んで祈りを捧げていたのだ。

 異常な光景を目にしたルフィは、それでも愉快そうに笑い転げていた。

 

「お前だって、あいつが持ってた箒持ってきてんじゃねーか。おあいこだろ」

「ああ、これ?」

 

 エレノアはそう言って、シュピールから回収した箒―――正確には飾り付けられた真っ赤な宝石のような結晶を持ち上げて見せた。血のように赤く、怪しげな光を放つそれを、エレノアはフンと鼻で笑って見せた。

 エレノアは賢者の石を箒から外すと、宙に向かって放り投げる。そして、両手をパンと合わせると、青い閃光を纏わせて石を挟み込んだ。バシバシと眩い光が発生し、一瞬ルフィの目をくらませる。

 やがて光が収まり、エレノアが閉じていた手のひらを開くと、赤い結晶はサラサラと崩れて塵と化し、風に乗って霧散していってしまった。

 

「……こんなものはね、こうしたほうがいいんだよ」

 

 満足げに呟き、空に消えていく結晶のかけらを見やる。ルフィもしししと笑い、エレノアの判断を賞賛する。

 錬金術に関してはよくわからないが、あれは相当嫌なものだったことはわかった。持っておくよりも、跡形もなく壊した方が都合がいいのだろう。

 一仕事終えたエレノアは、大きく伸びをするとコロンと寝転び、空を見上げてくつろぎ始めた。

 

「……さて、次の島に着くまで何してよっか」

「そうだな〜。ま、のんびり行こうぜ!」

 

 楽しげに笑い、ルフィもまた寝転んでしばしの船旅を堪能することに決めていた。

 旅は始まったばかりだ。

 先の見えぬ無謀な旅だが、彼らに未だ絶望はない。それらを全て越えていく、止まらない熱い想いが体を突き動かすのだ。人が生きている限り、それらは決して、止まらない。

 

「ルフィ! エレノア!」

 

 遥か頭上で、バルーンに乗ったアンが大きく声を張り上げた。もうその顔からは、バルーンと共に生きていくことへの不安も迷いも、微塵も感じられなかった。彼女たちは、乗り越えたのだ。

 ルフィとエレノアは、満面の笑顔を浮かべるアンを見上げると、自分たちも大きく手を振って応えた。

 

「なれるといいね―――海賊王に‼︎」

「なるさ‼︎ 必ず‼︎」

「まかせておいてよ、必ず私が見届けるから‼︎」

 

 互いの姿が見えなくなるまで手を振り、その姿をしかと目に焼き付ける。この奇跡のような出会いが再び起こるように願いを込めて、笑い続ける。さよならは、言わなかった。

 

 

 この後、偉大なる航路(グランドライン)にて、〝麦わら〟のルフィ、そして〝妖術師(ウィザード)〟のエレノアと言う名の二人の海賊が、名を挙げることとなる―――。




反響が良ければ続けようと思います。


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第1章 東の海編 前編 第1話〝コビーの夢〟

あんまり反響はなかったけど続けてみようと思います。
ゆっくりとですが、どうぞよろしくお願いします。


 声が、聞こえる。

 大切なものを失うまいと、奪わせまいと必死の呼び止める、〝家族〟の声が。

 

「…………!」

「……! ……‼︎」

 

 しかしその声は、何かに邪魔をされて声となって届かない。

 ひどい雑音のように、くぐもった音としてしか認識できなかった。

 

「……ァ、エレノア‼︎」

「しっかりしろ、エレノア‼︎ 意識をしっかり持て‼︎」

 

 ぼやけていた意識がようやくはっきりしてくる。

 だが自分の身に走る激痛のせいで、再び気を失いそうになるのを必死にこらえるしかなく、返事を返す余裕もない。

 ひどい耳鳴りがして、〝家族〟の声もどこか遠く感じてしまう。

 

「嘘だろ……こんなことがあっていいのかよ⁉︎」

「こんな……こんなバカな……‼︎」

 

 これは、自分で選んだ結末だというのに、まるで我が事のように嘆く声が聞こえてくる。

 思わず歯を食いしばり、悔しさに軋ませる。

 自分の苦痛のためではない、〝家族〟を悲しませていることに対してだ。

 

「……くしょう……畜生……‼︎」

 

 

 ―――痛みを伴わない教訓には意義がない。

 

 

 なぜか、師匠が耳にタコができるほどに言い聞かせてきた言葉が蘇る。

 今の状況は、まさに彼の言った通りのことであった。

 

持っていかれた(・・・・・・・)……‼︎」

 

 

 ―――人は何かの犠牲無しには、何も得ることなどできないのだから。

 

 

 失った  を押さえながら、彼女は涙を流し続けていた。

 

⚓️

 

「……………………あー、嫌な夢見た」

 

 気だるげな声とともに、エレノアは目を覚ました。

 揺れる小船の底で横になっていたせいか、身体中のあちこちが痛くて仕方がない。特に腰が痛くて仕方がなかった。

 ずれていたフードをかぶりなおしてから、エレノアは「ん〜」と大きく伸びをした。

 

「んん……寝覚め最悪」

「おう、起きたかエレノア!」

「おはよ、ルフィ。航路は順調?」

 

 交代で睡眠をとり、変なところに船が行かないように互いに航行していたはずだと思い出しながら、エレノアは尋ねた。

 するとルフィは、なんともおかしげな笑顔を見せた。

 

「いや、それがよ。この船はまず遭難ってことになっちまうな」

「は? また方角間違えたの? しょうがないなぁ……」

 

 海賊を目指しているくせに、航海術に関しての知識を一切持ち合わせていない無鉄砲な船長に呆れながら、エレノアはルフィと場所を交代する。

 どれほど予定とずれたか確認しよう、と思ったエレノアだったが。

 

「…………何これ?」

「いやー悪い悪い。いつのにかこんなことになっててよ」

 

 目の前に広がる光景に、言葉を失う。

 航路がずれていたならいい。また修正すればいいのだから。

 方角が間違っていたのならいい。小出でも方向を変えればいいのだから。

 だが、すぐ目の前に巨大な渦巻きが広がっている光景を目にしたならば、固まってしまっても許されるのではないだろうか。

 

「いやー、参った参った。あっはっは」

「……最悪だ。全くもって最悪だ」

 

 一艘の船の上で、全く正反対の反応を見せる二人。

 天気のいい日が続く東の海のど真ん中で、明るく笑う少年と暗く沈んでいる少女の明暗の差ははっきりくっきりと見えた。

 

「まさかこんな大渦に巻き込まれるなんてなー。

「……私はあんたに見張りを言っておいたはずなんだけど?」

「悪い、居眠りしてた」

「ぶっ殺してやるこのやろう‼︎」

 

 我慢の限界に達したエレノアが、火山の爆発のごとき勢いで怒鳴りつける。

 仮にも船員の命を預かる船長がなんたることか。小一時間説教をかましてやりたいところだったが、生憎そんな暇は彼らには与えられていなかった。

 

「何をどうしたら渦巻きの中に巻き込まれたりなんかするのさ⁉︎」

「いけると思ったんだけどなー」

 

 命の危機を迎えながら、のほほんとそう言ってくれるルフィの前で、エレノアのどこかからブチッと音がした。

 無言のままパチンと手を合わせたエレノアは、にっこりとルフィに向けて笑顔を見せる。

 訝しげな表情で首をかしげたルフィの真下に両手を叩きつけると、バチバチとすさまじい青色の閃光が走った。

 途端にルフィとエレノアの乗る小舟が形を変え、生き物のように動き出す。まるでルフィを捉えるように木の板が捲れあがり、驚愕の表情で固まるルフィを包み込んでいく。

 ものの数秒で小舟は、真ん中が膨らんだ筒状にーーー一つの樽となって荒波の中に放り出された。

 

「しばらくその中で反省してなさい!」

「ギャ―――――――‼︎ ごめんなさ――――――い‼︎」

 

 いち早く脱出したエレノアが見下ろす下で、ガタガタと樽の中に閉じ込められたルフィが悲鳴をあげた。

 しかし今更謝罪が受け入れられるはずもなく、その上どうしようもなく、ルフィの入った樽は渦巻きの起こした波の中に飲み込まれ、そのまま見えなくなってしまった。

 

「………フンだ。さすがに面倒見きれないよ」

 

 空中に浮きながら、エレノアは拗ねた様子で渦巻きを見下ろす。

 だがしばらくそうしているうちに、エレノアの表情がバツの悪そうなものに変わっていく。

 一応樽は隙間無く作ったし、浮力もあるだろうからそのうちどこかに打ち上げられるはずだ。それにあの男の生命力なら、きっと生き延びて冒険を続けるだろう。

 

「…………」

 

 だがそう考えながら、エレノアはその場からしばらく動かなかった。

 未だ轟々と唸りを上げている渦巻きを睨んでいると、やがてあたりの海を見やって何かを考え始めた。

 

「……この辺りの波の動き、地形、風の動きから見て……」

 

 あらゆる情報をその場で仕入れ、脳内で無数の計算式を積み重ねていく。

 そして出来上がった答えを元に、エレノアはやっとその場から動き出し、進行方向を調整した。

 

「……全く、世話の焼ける船長だよ。本当に」

 

 本気で呆れた声で、エレノアはそう呟くのだった。

 

 

 

 数刻後、エレノアはある島の岬に降り立っていた。

 そこから見下ろせる場所には、一隻の帆船が停泊している小さな入江があった。

 停泊している帆船はそう大きいものではない。しかし、黒い穂にドクロのマークが描かれたそれは、まず無視できないものであった。

 

「……ドクロの横顔に、ハートマーク。〝金棒〟のアルビダの船か」

 

 賞金首のリストに載っていた情報と照らし合わせ、その船の主人が何者なのかを推測する。

 脅威としては大したことはないが、少なくとも一般人にとっては恐るべき存在である。強烈な金棒の一撃は人体を簡単に粉砕し、気に入らないもの、自分に従わないものを容赦無く排除する危険な人物という情報が、エレノアの中にはあった。

 他に特筆すべき点といえば、自分のことを絶世の美女と思っていることだろうか。

 実際は横にも前にも大きい、いかつい中年の女であるが。

 

「めんどくさいなー。でも、ルフィが流れ着くとしたらあの辺りなんだよなー」

 

 もし自分の想像通りなら、まず間違いなく面倒臭いことになる。なぜ我が船長は自らトラブルを引っさげてきてしまうのだろうか。

 

「……ん? あれは…」

 

 唸っていたエレノアは、桟橋の方から大きな樽を転がしてくる眼鏡の少年の姿を見つける。どことなく気弱そうな雰囲気の彼は常にビクビクしながら、見覚えのある酒樽を近くの小屋の中へと運び込んで行ったのだ。

 

「…………嫌な予感」

 

 思わず呟いた、そのしばし後。

 

「あ―――――よく寝たぁ―――‼︎」

 

 思いっきり聞き覚えのある声が響き渡り、エレノアは頭を抱えた。

 今回に至ってはあの男は悪くない。ただ運と巡り合わせ、そしてタイミングが恐ろしく悪かっただけだ。

 

「ああもう何やってんのよあのバカ船長‼︎」

 

 

⚓️

 

 

「一番イカつい、クソババアです!!!!」

 

 その瞬間、覚悟を決めた男の叫びが響き渡った。

 いかつい顔にをそばかすを散らし、まるまると肥えた体で大きな金棒を担いだ東の海の女海賊・アルビダを含め、海賊たちが言葉を失う中、ぶちぶちと嫌な音がその場で鳴る。

 

「このガキャ―――――!!!」

「うわああああああ‼︎」

 

 言ってはならない言葉でアルビダの怒りを買ったのは、海賊船に不運に乗り込んでしまったドジな少年、コビー。

 アルビダに怯え、毎日雑用としてこき使われる毎日だった彼が、タルの中から現れた麦わら帽の青年の言葉を聞いた時、彼の中で何かが変わった。

 

『ぼくでも…海軍に入れるでしょうか…?』

『ルフィさんとは敵ですけど‼︎ 海軍に入って、えらくなって、悪い奴を取りしまるのが僕の夢なんです!!! 小さい頃からの!!! やれるでしょうか!!?』

 

 海賊王になるという青年―――ルフィの野望を聞き、口をついて出たのはそんな言葉だった。

 こんなところで、憎むべき海賊に顎で使われるようでは到底叶うまい、しかしどうしても諦めきれない夢が、少年に〝勇気〟を与えた。

 

 ―――僕は正しいことを言ったんだ‼︎

    後悔なんてない!!!

 

「よくやったコビー! そこで見てろ!」

「ルフィさん⁉︎」

 

 コビーの勇気を見届けたルフィが、彼をかばうためにアルビダの前に出る。

 ゴム人間ゆえに痛みを感じないがための方法だったが、コビーにとっては身を呈して守ろうとしているようにしか見えない。

 怒り狂った女海賊の金棒が、ルフィの頭を粉砕しようと振り下ろされた、その瞬間。

 

「…まったく、私はこういうのに弱いんだからさぁ」

 

 ガキィィィン‼︎

 と、金棒に向かって突き出された小さな足が、重い一撃を受け止めて見せた。

 鈍い金属音が響き渡り、ビリビリと空気が振動した。

 

「あたしの金棒を……⁉︎」

 

 目を見開くアルビダをよそに、ルフィの前に出た小さな足の主・エレノアが呆れた目を向けた。

 

「おー、エレノア! もう来てたのか!」

「全くあんたってやつは……」

「え? え?」

 

 喜ぶルフィと何が起こったのかわかっていないコビー。

 能天気な船長に呆れながら、運よく生き残っていたことに感心する。いつもいつも、たいした悪運の強さである。

 エレノアはルフィから視線を外し、視線を右往左往させているコビーに優しい眼差しを向けた。

 

「君、コビー君、だっけ? 聞いたよ、君の啖呵」

「あっ……ハイ」

「かっこよかったよ、すごく」

「…………‼︎」

 

 慈愛に満ちたエレノアの言葉に、コビーは感極まったかのように目を涙で覆った。

 今まで否定され続けた自分の夢が、初めて肯定されたように思えたからだ。

 

「いきなり出てきたくせに、あたしの邪魔をしてんじゃないよ!!!」

 

 制裁を邪魔された上に無視されたことで怒りが頂点に達したアルビだが、再び一撃をお見舞いしてやろうと金棒を振り上げる。

 近づいてくる殺気に反応したエレノアはすぐさま後退し、ルフィと入れ替わるように配置を替える。

 

「ルフィ!」

「おう!」

 

 前に出たルフィが、後ろに回した腕を振り回す。悪鬼のような形相のアルビダの目前に向けて、真正面から強烈なストレートパンチをお見舞いしてみせた。

 ゴムの凄まじい伸縮性を利用した、一撃で巨体の女海賊をノックアウトしてみせる人外のパワーを披露して見せたのだ。

 

「う、腕が伸びた……⁉︎」

「ば、化け物だ―――‼︎」

 

 船長が一撃でぶっとばされたことにどよめき、おののくアルビダ海賊団の船員たち。

 一瞬怯みそうになった海賊たちだったが、頭に手を出されたことで頭に血が上った面々が殺気立ち始めた。

 

「テメェら――――‼︎」

「あ、アルビダ様をよくも―――‼︎」

 

 手に武器を備え、ルフィたちに襲いかかる手下たち。

 コビーが悲鳴をあげる中、勇ましく拳を構えるルフィの前に立ったエレノアが、パン、と両手を合わせて地面に叩きつけた。

 

「フン」

 

 バシンと青い閃光が走り、地面がボコボコと隆起して拳の形を作り出すと、長く伸びて手下たちに激突し始めた。蛇のようにのたうつ土の塊をまともに受け、海賊たちの意識は一瞬で刈り取られていった。

 

「ぎゃあああああああああ!!!」

 

 木っ端のように軽々と空中に投げ出され、どさどさと積み上げられていく海賊たち。

 ルフィと同じくらいの猛攻を何度も食らった手下たちはなすすべなくぶっ飛ばされ、今度こそ手下たちの心が折れる。

 腕が伸びる化け物に、地面を操る化け物。船長すらも敵わない敵を二人も相手にする勇気など、東の海の一海賊である彼らにあるはずもなかった。

 

「それ以上やるってんなら、悪魔の実を食った能力者とこの私、錬金術師が相手になるよ?」

「………‼︎」

 

 相手が悪いことをようやく理解したのか、エレノアに睨みつけられた下っ端たちは青い顔で後退していく。

 そんな彼らに、ルフィは憮然とした態度で指を突きつけた。

 

「コビーに一隻小船をやれ! こいつは海軍に入るんだ‼︎ 黙って行かせろ」

「ルフィさん…」

 

 感動の涙を流すコビーは、ぐちゃぐちゃの笑顔でそう呟くしかなかった。

 

⚓️

 

「いや〜よかったなぁ、おまえ!」

「は、はい! ……それにしてもあのゴムゴムの実を食べただなんて、驚きました」

 

 ルフィとエレノアに代わって小舟を漕ぐコビーが、恐縮したように答える。

 海の秘宝たる悪魔の実を口にしたものは初めて見たので、どうしても珍しいものを見る目になってしまうのだ。

 

「えっと……エレノア、さん?も何かあるんですよね? さっきの蹴りの時、金属音がしてましたけど」

「ん? あー、まぁ、仕込みみたいなもんかな。詳しい中身は秘密だけど」

 

 興味を向けられたエレノアも律儀に答え、フードの中で微笑む。

 詳しい話を聞きたく思ったコビーだったが、エレノアがシーっと人差し指を立てて見つめてくるので追及することはできなかった。

 

「それで? これからどうするの?」

「おう! それなんだけどさ、これからコビーがいく海軍基地に捕まってるやつってのがさ。すげーやつなんだってさ」

「……ああ、〝海賊狩り〟のゾロか」

 

 近くにある島の話を思い出したエレノアは、納得したように呟く。

 聞き耳を立てていれば誰もが震える、東の海でもかなり有名な凶悪な賞金稼ぎの名だ。いい噂は聞かないはずだったが、ルフィはどこか期待するような笑顔でエレノアに告げる。

 

「いいやつだったら仲間にしようと思って」

「えーっ‼︎ またムチャクチャな事をォーっ!!!」

「いいんじゃない? ぶっ飛んだ船長にぶっ飛んだ仲間。バランス取れてるみたいだしさ」

「あなたも大概ムチャクチャですね!!?」

「ってわけでいくぞ海軍基地ーっ!!!」

「あいあいさー!」

「いやほんとにムリですってムリムリムリ!!!」

 

 楽しげな声と必死な声、悪乗りした声を乗せながら、小舟は次の目的地へと向かう。



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第2話〝海賊狩りのゾロ〟

「魔獣ねーっ」

 

 前の島を出発してしばらくして。

 ルフィ・エレノア・コビーは船を操り、順調に目的地である島を目指していた。

 凶悪さで有名な男が収監されているという、海軍基地のある島を。

 

「そうですよルフィさん。ロロノア・ゾロは〝海賊狩り〟の異名を持つ恐ろしい男です」

「聞いたことある。確か血に飢えた獣のように賞金首を嗅ぎ回って海をさすらうやばいやつなんだっけ?」

「はい。人々は、人の姿を借りた魔獣と呼んでいます」

 

 おーこわ、と肩をすくめるエレノアに苦笑するコビー。

 二人だけで海を旅するぐらいだ、その程度の噂話ではちっとも怖さなど感じないのだろう。

 

「だから仲間にしようなんてバカな考えは…」

「でも俺は、別に仲間に決めたわけじゃなくて、いいやつだったら…」

「悪人だから捕まってるんですよ‼︎」

「コビー、諦めなよ。こいつこういう時は頑固だから」

 

 はしゃいでいるルフィの方に呆れた目を送りながら、エレノアは船の前方に振り向いた。

 もう、島の影が見えていた。

 

「それにほら……もうすぐつくよ」

 

⚓️

 

 海軍基地のある島はコビーのいた島よりも大きく、そして立派な建物が並んでいた。

 民家や店が並ぶ町の向こう側に見えているのは、黒々とした煙と無数のパイプが通る建築物。そのさらに先、島の中央辺りに見える岩山などから察するに。

 

「小さな鉱山の経営で生活している島、か」

 

 小さな島だが、ちゃんとした資金源を持っているのだな、と初めて炭鉱を見たエレノアが感嘆の声を上げる。

 が、町の様子を見ていたその目が、訝し気に細められた。

 

「…の割には、ちょっとさびれてるみたいだな」

「まぁでも、ここでお前とはお別れってことだな!」

「だいぶ長いことお世話になっちゃったね」

「はい…! お二人には感謝してもしきれません‼︎ いずれは敵同士ですけど」

 

 まだ海軍に入ったわけでもないのに、感涙したコビーが二人に頭を下げる。

 エレノアには少し気になることもあるが、いずれ敵になる相手とこれ以上なれ合うのもどうかと思い口を閉じる。

 

「こ、この島で僕はきっと、立派な海兵として頑張っていきま……ぶっ⁉」

「おっと、ごめんよ」

 

 が、コビーが大きな一歩を踏み出そうとした時、近くを通りがかった少年の担いだ大きな角材が激突し、情けない声をこぼして倒れこんでしまった。

 顔面から倒れたものの大した怪我ではないようで、ルフィもエレノアも少年もさして心配はしていなかった。

 

「コビー君、大丈夫?」

「悪い悪い…お‼」

 

 そこでようやく、ルフィたちが見慣れないよそ者であることに気が付いたのか、少年が目を輝かせた。

 

「何? 観光? どこから来たの? メシは? 宿は決まってる?」

「あ、いや、ちょっ…」

「メシ⁉ お前メシ屋知ってんのか⁉」

「俺んちだよ! 決まってないならすぐ来いよ! 親父! 客だ!」

「ちょっと勝手に…」

 

 エレノアの返事も聞かず、何か作業を行っていた大柄な男に声をかける少年。

 筋骨隆々な体を動かして振り向いた男は、見慣れない連中と自分の息子を見て眉を寄せた。

 

「あー? なんだって、カヤル」

「客! 金ヅル!」

「なに⁉ でかした‼」

 

 道具をほっぽり出して向かってくる、カヤルという名の少年の父親に、エレノアは呆れた表情を浮かべた。

 

「……おい、仮にも客の前で金ヅルはないでしょ」

 

 

 ほぼ無理やり連れてこられたさきにあったのは、武骨なつくりの酒場だった。

 しかし男の妻らしき女性が作る料理は大したもので、殺風景なテーブルの上が多様な料理で華やかになった。

 

「いや、ホコリっぽくてすまねぇな。炭鉱の給料が少ないんで(こっち)と二足のワラジってわけよ」

「フーン…」

 

 バクバクと料理を平らげていくルフィをほっぽって、きょろきょろと辺りを見渡すエレノア。

 すると、別のテーブルでたむろしていた炭鉱夫たちが陽気な調子で声をかけてきた。

 

「なに言ってんでえ親方! その少ない給料を困ってる奴にすぐ分けちまうくせによ!」

「奥さんもそりゃ泣くぜ!」

「うるせぇや‼ 文句あんなら酒代のツケさっさと払え‼」

 

 怒鳴りながら、ゲラゲラと笑い合う親方と炭鉱夫たち。かなり慕われているようで、フードの下でエレノアは柔らかく微笑んだ。

 

「うんめぇなここのメシ」

「それにすごくいい人たちですね…こんなところで働けるならやる気も出るってもんですよ」

「………そうだね」

 

 ルフィの感想もコビーの感想も間違ってはいない。

 しかし何か気になるエレノアは曖昧にしか頷かず、じっと外の様子を眺めていた。

 もっと酒場というものは騒がしいイメージがあるが、ここにはそれがあまり見受けられないのが不思議だった。

 

「随分食ってるが大丈夫か? うちのカミさんのメシは高ェぞ?」

「だいじょーぶ、私がちゃんと持ってるから」

 

 ものすごい勢いで料理を平らげていくルフィが気になったのか、親方が注意してくるがエレノアはその心配をきっぱり否定する。

 もとから食うやつなのだ、そのためにエレノアは金銭の類を大目に持ち歩いている。

 が、そんな余裕は通じなかった。

 

「はい、30万ベリー」

「高ェよ!!!」

「ただのぼったくりじゃん!!!」

「だから言ったろ『高い』って」

 

 してやったり顔でにやりと笑う親方に、エレノアは徐々に殺意が芽生えてくるのを感じた。

 食うだけ食った後で高額な料金を要求してくるとは、なんという卑劣な。

 自分たちは海賊だが、あまりに横暴だと言わざるを得なかった。

 

「めったに来ない客にはしっかり金を落としてってもらわねえとな」

「エレノア、頼む。〝宝払い〟だ」

「嘘でしょ…⁉ ヤバい足りるかな………‼」

「逃がさんぞ金ヅルども」

 

 船長にまるっと問題を押し付けられ、エレノアは財布の中身を確認しながら顔を青ざめさせる。

 ギラリと光る親方の迫力は、相当なものだった。

 

「まいどありぃ‼」

「うぅ……今後の生活費が……この出費は痛すぎるよ……‼」

「ほんとすまん。いつかちゃんと返せるように俺、頑張るから」

「僕が言うのもなんですけど、ほんとにこの先大丈夫なんですかね?」

 

 ぶるぶる震えて涙を流すエレノアと、それを慰めるルフィ。

 いきなり別のピンチに追われる二人を見ると、何となくこのまま分かれるのが心配になるコビーだった。

 

「私たちのことはいいよ。あんたは自分のことをまず考えなさい」

「んで、この島の基地にいるのかな。そのゾロってやつは……」

 

 ルフィがそう言った瞬間、ガタガタガタッと騒がしい音が響いた。

 何事かと振り向いてみれば、何やらルフィ達を恐ろしげに凝視しながら身を隠している他の客達がいる。

 

「え、え? い、いったい何が?」

「い、いや……なんでもねぇ」

 

 何も悪いことや怖がられることはやっていないのにこの脅えよう、コビーはとにかく不思議に思うしかない。

 先ほどルフィが口にしたあの男の名前が原因だろうとあたりをつけたエレノアは、とりあえず話題を変えようとルフィ達に向き直った。

 

「そういや、この島の海兵ってモーガン大佐ってやつだったよ……」

 

 ガタガタガタッ。

 また騒がしい音がしたかと思うと、さっきよりも離れた炭鉱夫やほかの客たちの姿が見える。

 

「……ねぇ、さっきから何なの? なにがしたいのあんたら」

「き、気にすんな‼ ほら、もっと食うか?」

「さりげなくぼろうとしないでよ」

 

 ちょッとイライラしてきたらしいエレノアがジト目を向けるも、島の住民は視線を合わせようともしてくれない。

 気になるが、明らかに面倒ごとのようだし、関わらないほうがいいだろうと放置する。

 

「……そういえばこの海軍基地って、大佐の補佐にヨキ中尉ってやつがいるんじゃなかったっけ?」

 

 ふと思い出した知識を、コビーに確認してみると。

 

「「「ペッ‼︎」」」

 

 さっきまで怯えて離れていた連中が、一斉に苦虫を噛み潰したような表情で床に唾を吐いた。

 

「…………」

 

 なんかのコントか?そう思ったエレノアだったが。

 もう、何も喋ろうとはしなかった。

 

 

 何かと騒がしい店を後にして、並んで歩くルフィ達。

 その表情は、三者三様であった。

 

「なっはっは! おんもしろかったなぁ、さっきの!」

「笑い事じゃないですよ! 海軍であるはずのモーガン大佐にまであんなに脅えるなんて…僕なんだか不安になってきましたよ」

「ま、普通じゃないことしかわかんないよね」

 

 陽気に笑うルフィだが、確かにこの状況は異常だ。

 頼りにするべき海兵にまで怯えていては、平穏などどこに求めればいいのか。どう考えても何か問題があるようにしか思えない。

 着いて早々、不穏な気配が立ち込めているのを感じていた。

 

「…ルフィ、コビー。私はちょっとそこらで情報蒐集してくるよ」

「えっ? あっ、はい!」

「おう! じゃあまた後でな!」

 

 二人に手を振り、エレノアはその場に残る。

 その影が見えなくなってから、エレノアは他の島民の目に入らないように近くの建物の陰に入った。

 

「………さてと」

 

 エレノアは呼吸を落ち着けてから、フードの端を広げて周囲の音をよく拾えるようにした。

 その瞬間、エレノアの特殊な耳には島民たちの声が集められていく。半径1メートルしか届かないようなささやき声も、誰にも向けられていない独り言も、果ては家の中の会話までも。

 

 ―――ヘルメッポのバカ息子がまたやらかしたらしいぞ!

 ―――あいつ、親父がモーガン大佐だからって威張り散らしやがって……。

 ―――ヨキのヤロウも同罪だ!

    あいつだってもとはただの炭鉱経営者だったくせによ!

 ―――金で買った官位ってだけなのに威張り散らしやがって!

 ―――あいつらのせいで何人泣かされたことか!

 ―――けど、変に逆らってモーガン大佐の怒りに触れたら…。

 ―――気に入らない奴はかたっぱしに処刑なんて狂ってる!

 

 すると出るわ出るわ聞きたくもない嫌な噂が。

 モーガン大佐といえば、東の海で悪名を轟かせていた海賊を捕らえたことで名を挙げた一兵卒であったはず。つまり、人柄や能力ではなく結果で出世した輩だということだ。

 そして詳しい話を聞いてみれば、欲に目がくらんだ炭鉱の元経営者であるヨキは、モーガン大佐の威光を利用してやりたい放題やっているらしい。炭鉱もいまだ彼の個人資産であるうえ、権力を酷使して炭鉱夫たちの給料すらも搾り取り、懐を潤しているという。

 自らの力で横暴にふるまう支配者と、そのおこぼれにあやかって権力を振りかざす卑怯者、そして父親の権威を笠に着るバカ息子。

 早速あまりの腐敗ぶりに怒りも湧いてこなかった。

 

「……これは、コビーくんも一緒にどっかに移ったほうがいいかもな」

 

 げんなりしながらもうやめようかと思ったが、不意に気になる会話が聞こえてきたためにもう少し続けることにする。

 

 ―――ねぇ、お母さん。あの腹巻のお兄ちゃん、大丈夫かな?

 ―――ダメよ、あの人に関わったりしたら。海兵に殺されちゃうわよ!

 ―――でも、あのお兄ちゃんのおかげで私、狼に食べられずに済んだんだよ⁉︎

 ―――それでも、この島でモーガン大佐に逆らったりしたらどんな目に遭うか!

 ―――でも……!

 

 どこかの家庭から聞こえる親子の会話らしい。

 モーガンの息子のせいで危険な目にあったらしいが、腹巻のお兄ちゃんのおかげで助かったのだとか。

 

「……腹巻のお兄ちゃん?」

 

 ふと気になったエレノアは、なるべくその男が何者なのかを調べるために聴覚を集中させる。

 すると、うまい具合にその男について噂している集団を捕まえることができた。

 

 ―――おい、聞いたか。あの腹巻きの剣士……ゾロってやつ、まだ処刑場で粘ってるらしいぞ。

 ―――ほんとかよ! あのバカ息子が言った約束を本気で信じてるのか⁉︎

 ―――ああ……だが無茶だよな。1ヶ月も飲まず食わずで過ごすなんて。

 ―――それができたら釈放してやるなんて言ってたが……本気かどうか。

 

「……ふーん」

 

 まさかな、と考えながら、自分の勘が当たったことを察するエレノア。

 聞いた話をまとめれば、腹巻のお兄ちゃんことロロノア・ゾロが捕まったのは、モーガンのバカ息子が放し飼いにしていた狼を斬ってしまったため。

 囚われの身となった彼は、バカ息子の言うことを真に受けて1ヶ月の断食に挑んでいるのだとか。

 なんとバカな男なのだろうか。後先考えないことといい、バカ息子の言うことを信じることといい。

 

 だが、それがいい。

 

「こりゃ、ルフィの言った通りにしといたほうがいいかもな……手放すには惜しい男だ」

 

 フードを直し、エレノアは海軍基地がある方を見やる。

 きっとあの二人も行っていることだろう。

 予定を決めたエレノアが、海軍基地へと向かおうとした時だった。

 

 ―――相変わらず汚い店だな、ホーリング。

 

 聞いているだけでいやな気分になる声が聞こえ、エレノアは顔をしかめさせながら振り向いた。

 声の出どころは、さっき出てきたばかりの親方の店だった。



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第3話〝虎と狐と鼠〟

「…これは中尉殿。こんなムサ苦しい所へようこそ」

「あいさつはいい。このところ税金を滞納しておるようだな、お前のところに限らず、この町全体に言える事だが…」

 

 ホコリっぽい酒場の中で、親方と細身の海兵が睨み合う。

 細長い顔立ちで、かなり後退した髪や鋭い目つきが嫌味っぽさを感じさせる、神経質そうな男が嫌味を垂れる。この鼠を思わせる男こそがヨキ、この島の海軍基地の中尉だ。

 親方も負けず睨みつけるが、両脇に一人ずつ待機している屈強な海兵に阻まれてあまり効果を見せなかった。

 

「すみませんね。どうにも稼ぎが少ないもんで」

「ふん…そのくせまだ酒をたしなむだけの生活の余裕はあるのか…ということは給料をもう少し下げてもいいという事か?」

「なっ!」

 

 せめて皮肉で対抗しようとするが、逆にそれを利用されて更なる横暴のきっかけを作ってしまう。

 ただでさえスズメの涙である給料を下げられては、自分たちは飢え死にすることは間違いない。それをわかって、反抗的な態度を咎めているのだ、この男は。

 

「なんだその反抗的な目は? 大佐の耳にこの事が入ればどうなるか、わからないわけではあるまい?」

「てめェ…ふざけんな‼」

 

 我慢の限界に達したカヤルが、つい握りしめていた使い古しのぞうきんを投げつけてしまう。

 ヨキの顔面に命中し、びちゃっと張り付いたぞうきんを見て、部下の海兵が眉を吊り上げた。

 

「中尉‼ …っのガキ‼」

 

 殴りかかりそうになった時、張り付いたぞうきんを外して捨てたヨキが手を振るった。

 大した力ではなかったが、体格の差でカヤルは盛大に殴り飛ばされてしまった。

 汚らしいものに触れてしまったというように、手袋を捨てたヨキは顎で部下の海兵に示す。すると部下は頷き、腰に下げていた剣をすらりと抜き始めた。

 

「子供だからとて容赦はせんぞ…………みせしめだ」

「‼ 逃げろカヤル!!!」

 

 明らかに殺傷する気配の海兵に親方は慌て、息子のもとに走ろうとするがどう見ても間に合わない。

 殴られたカヤルは動くことができず、迫りくる刃を前に難く目をつむることしかできなかった。

 が、その刃が届くことはなかった。

 

 カヤルと海兵の間に割り込んだエレノアが、刃に向けて自分の片足を盾にしたからだ。

 

「!!?」

 

 ガキン!!! と。

 名刀ではないが鋭い切れ味の刃はエレノアの足を両断することなく、逆にぽっきりと根元から折れてしまった。

 

「…ええ!!?」

 

 予想外の事態に海兵はおののき、使い物にならなくなった自分の剣を呆然と見下ろす。

 それは予期も、そして親方も同じようで、突然割り込んできた相手を思わず凝視してしまっていた。

 

「あ、あんた……」

「よ、親方。さっきぶり」

「な、なんだ貴様は⁉ どこの小僧だ!!?」

「どうも、通りすがりの小僧……って誰が小僧だ‼」

 

 ローブのせいで仕方がないが、性別を間違われたエレノアはくわっと目を吊り上げる。

 見慣れない相手に警戒する海兵とヨキに相対し、怒りを抑えたエレノアは呆れたため息をついた。

 

「さすがにさぁ、海兵がちょっとおいたしたぐらいの子供に手を上げるのはやりすぎなんじゃないかなぁ? しかもそれ、確実に殺せるやつでしょ」

「お前には関係ない、引っ込んでおれ‼」

「おー怖い怖い。さすが中尉殿は言うことが違いますなぁ…勘違いしたネズミヤロウが」

 

 心底見下したような冷たい声に、ヨキの血管がぶちりと切れる。

 腰に下げた銃を抜くと、エレノアに照準を合わせながら海兵たちにも視線で命じ、剣を抜かせた。

 

「……‼ こいつっ…」

 

 一人の少女を相手に、大の大人が三人がかりで襲い掛かろうとしている姿に、周りの者たちも思わず止めに入ろうとするが、当のエレノアに慌てる様子はなかった。

 おもむろに出した両手のひらをパチンと合わせたかと思うと、自分の足元にポンとおいて見せた。

 

「ほい」

 

 その瞬間、青い閃光が走って周囲を明るく照らし出す。

 と思った直後、何の変哲もない床がいきなり変形し、太い角材へと形を変えて急速な勢いでヨキたちに向かっていったのだ。

 

「!!!??」

 

 ヨキと海兵たちはそれぞれ腹やあごに強烈な一撃を受け、白目をむいて転倒する。

 ガタガターンとホコリを巻き上げて倒れていく姿に、エレノアは満足そうにため息をついた。

 

「……なんてことを」

 

 しんと静まり返った酒場の中で、誰かの声が妙に響いた。

 無理もない。今日出会ったばかりの客が、誰もが逆らうことができなかった相手に喧嘩を売ったどころか、よくわからない力で一瞬でのしてしまったのだから。

 転んだ拍子に頭を打ったらしいヨキはよろよろと顔を上げ、わなわなと肩を震わせると耳障りな金切り声を上げた。

 

「き、貴様ぁ!!! 殴ったな!!? このヨキ様を殴ったな!!?」

「キンキンうっとうしい声で騒ぐからさ、物理的に黙らせてやったんだよ。文句ある?」

「このっ…言わせておけば…‼」

 

 グラグラ視界が揺れる中、憎々し気に睨みつけるヨキだが、エレノアにはそれはただの虚勢にしか見えない。

 激昂するヨキに、我に返った海兵が真っ青な顔で耳打ちをした。

 

「マズいですよ中尉! こいつの今の技…錬金術とかいうやつですよ⁉ さすがに分が悪いですって!」

「っ!!! 覚えていろ!!! このことは大佐に報告させてもらうからな!!!」

 

 相手が悪いことを理解したヨキは顔を引きつらせ、思わずその場から後ずさる。

 意識が混濁しているもう片方の海兵を促すと、ヨキはありがちな捨て台詞を吐いて店の外に向かった。

 追撃しようかと踏み出しかけたエレノアだったが、その前に親方やカヤルが慌てて立ちふさがった。

 

「やれやれ…」

「お、おい…自分が何したかわかってんのか⁉ 中尉は本気で大佐にばらすぞ⁉」

「今からでも遅くねぇ! 見つからねぇうちに逃げたほうが…」

 

 その場にいた全員が一斉にエレノアの身を案じるが、彼女にとってはそれは余計なお世話である。

 思わずため息をつき、心配そうな表情を浮かべている大人たちを睨みつけた。

 

「ちょっと待ってなさいよ、腰抜けの筋肉だるまども」

「⁉」

 

 思わぬセリフに固まる炭鉱夫たちを一瞥し、方位を潜り抜けてエレノアは歩き出す。

 呆然と見つめてくる腑抜けたちに、エレノアはフードの下から小ばかにしたような目を向けた。

 

「ガワだけで何もできないあんたらの代わりに、私がこの島の海軍基地をぶっ潰してきてやるからさ」

 

⚓️

 

「おれは、偉い」

 

 海軍基地の最上階にある執務室で、豪華な椅子に座った男がつぶやいた。

 呟いたというよりも、その言葉を自分でかみしめているようなはっきりとした声だった。

 

「はっ、何しろ大佐でありますから‼ モーガン大佐」

「その割には、近頃町民どもの〝貢ぎ〟が少ねェんじゃねぇか?」

「はっ! その…」

 

 大佐の言葉に思わず部下は顔を青くさせる。

 モーガン大佐が就任してからというもの、すでに税金以上の徴収が連日行われ、町民たちの財布は火の車となっている。

 無論海兵たちもさぼっているわけではないが、どんどん額が吊り上がっていく税率は海兵たちから見ても無茶苦茶に思えた。

 

「懐は問題じゃねぇ…、要は俺への敬服度だ‼」

 

 しかしそれを口にすることはできない。

 それだけの迫力を、モーガンは常に放っていたからだ。

 

「親父っ!!!」

「大佐っ!!!」

「どうしたヘルメッポにヨキ。騒々しいぞ」

 

 息子と部下が同時に執務室に駆け込んできても、モーガンは面倒くさそうに視線を向けるだけで振り向きもしない。

 それでも気にせず、ヘルメッポは赤く腫れた顔を涙で濡らしながら怒りをこらえて言った。

 

「ブッ殺してほしい奴が、いるんだよ!!!」

 

 ヘルメッポの隣で、顎を赤くしたヨキもうんうんと強くうなずいた。

 

⚓️

 

「急げ! 明日にはお披露目だぞ‼︎」

 

 屋上に集まった海兵たちが慌ただしく動き、横に倒された石の塊にロープを通す作業を施している。

 本来巡回やら訓練やら、治安を守るための仕事に専念しているはずの彼らが、今はなぜか一心不乱に石像の至るところにロープを結ぶ作業に集中している。

 それも何かに急かされているように引きつった顔で、異常な光景であることは確かだ。

 

「注意しろ! 少しでも傷がついたら大佐に何をされるかわからんぞ‼︎」

 

 両手を広げた、片腕が斧になった大男の像。

 そのモデルこそ、この島で恐れられている男、モーガン大佐であった。

 

「…う〜わ、やっぱろくでもないとこだった。どうしよっかなこれ」

 

 その光景を、いつの間にか基地内に侵入したエレノアは、扉の影から引きつった顔で凝視する。

 権力の象徴を無駄に金をかけた像で示そうとしたり、それをよりによって海兵にやらせていたりと随分やりたい放題だ。きっとその資金源も島の住人たちの税金によるものであろう。

 大した英雄である。

 

「…っと、こんなところで油売ってる場合じゃないね」

 

 この島の海兵の腐りっぷりに起きれていたエレノアは、本来の目的を思い出してその場を離れる。

 目的地は、あの男の得物が隠されている場所だ。

 

「ゾロくんの剣はどこかしら〜…っと」

 

 聞くところによれば、彼の得物は刀なのだとか。

 取引材料というわけではないが、持って行ってやればいい印象を抱いてくれるのではないだろうか。

 そう思って通路を歩いていたエレノアだったが、片っ端から部屋を開けて言ってもなかなか見つからない。

 武器庫か倉庫か、とにかく刀を隠しておくのによさそうな部屋は全部探したつもりだが、それでも一向に見つからなかった。

 首をかしげるエレノアだがそのうち、何やら前方が騒がしいことに気がついた。

 

「…………ん?」

 

 目を凝らせば、向こう側から何者かが走ってきている。

 よく目を凝らせば、抱えられた男が盾にされ、悲鳴を上げながら全力疾走している。

 よくよく目を凝らせば、抱えている男は頭に見覚えのある麦わら帽子をかぶっているのが見えた。

 

「どけどけ〜!!! 刀はどこだぁぁぁぁ!!!」

「アンタ何やってんだぁぁぁぁぁ!!?」

 

 船長が、大勢の海兵を引き連れながら前方から向かってくるというありえない状況に、エレノアは思わず目をむいた。

 なにがどうしてこうなったというのか。

 

「エレノア! ゾロの刀知らねえか⁉」

「あ、うん。今探してるところ……ってそれどころじゃないでしょ!!!」

「じゃあ仕方ねえ。おい‼ 早くお前の部屋どこか教えろよ‼」

「だ…だがらやべろっで!!!」

「…ああ、こいつが例のバカ息子」

 

 ルフィに引きずられる変な髪形の男に、ヨキに似た匂いを感じて納得するエレノア。

 なるほど、腐っても大佐の息子であるために海兵の盾にしたのか。

 

「で、もしかしてゾロ君の刀って、そいつが持ってるの?」

「ああ、こいつの部屋にあるって‼」

「そうかなるほど。じゃあ吐け。今すぐキリキリ吐け」

「おばえらざっぎがらおでのあづがいざづすぎだろ!!!」

「……なんて?」

 

 涙声すぎて何と言ったのか判別できず聞き返してしまった。

 だがそんな中、エレノアの耳は窓の外、磔場のあたりから騒がしい声がしているのを捉えた。

 

「ん? なんかあそこでもやってるな…って」

 

 途中で立ち止まり、様子をうかがっていたエレノアは、思わず目を見開いた。

 

「コビー君⁉」

 

 磔になっている男、おそらくはロロノア・ゾロの足元近くに、肩を赤く染めたコビーが倒れこみ、泣き叫んでいた。

 彼のことだ。不当な理由で逮捕されたゾロのために、こっそり縄を解きに来たところを狙い撃ちされてしまったのだろう。

 あの様子では急所は外れたようだが、このままでは殺されてもおかしくはない。

 

「ルフィ、ゾロ君の剣は任せた‼」

「おう! さっさと言えっての‼」

「いででいでで言うっでイッでんだろが!!!」

 

 ルフィに断りを入れてから、エレノアはパンッと手のひらを打ち合わせ、窓と壁に向けて叩きつける。

 閃光とともに、邪魔な壁は分子レベルで分解され、砂のように崩れて大きな穴が開く。

 

「待っててね、コビー!」

 

 自分一人がくぐるに十分な穴をくぐったエレノアは、そのままコビーたちの方へ体を傾け、思いっきり壁を蹴って滑空(・・)を始めた。

 

⚓️

 

「モーガン大佐への反逆につき、お前たち二人を今、この場で処刑する!!!」

 

 磔にされたままのゾロと、侵入した罪に問われているコビーに一斉に銃が付きつけられる。

 絶体絶命のピンチに、コビーは真っ青な顔で涙を流した。

 

「ロロノア・ゾロ…、てめェの評判は聞いてたが、この俺を甘くみるなよ。貴様の強さなどおれの権力の前には、カス同然だ…!!!」

「全くその通りでございます‼ さあお前ら、大いに後悔するがいい‼ このモーガン大佐に、引いてはこのヨキ様に逆らったことをな!!!」

 

 片腕が斧になった大男、海軍大佐にしてこの島の実質的な支配者モーガンと、そのおこぼれで威張り散らしてい海軍中尉ヨキがゾロとコビーを睨みつける。特にヨキは、鬼の首でも取ったようないやらしい笑みを浮かべていた。

 

「構えろ‼」

(おれは…、こんなところで死ぬ訳にはいかねェんだ…………!!!)

 

 自分を狙う銃口を睨み返しながら、ゾロはままならない現実を呪う。

 始まりは、自分が通う剣術道場でのことだった。

 師範の娘・くいなにいつも負けてばかりであった少年ゾロは、毎日のように挑んでは連敗記録を重ねていた。

 何度挑んでも勝ち星を上げられないことに感情があふれ出し、情けなく泣きじゃくりながらくいなに自分の悔しさを吐露してしまった時、くいなもまた弱くなっていく自分自身の悔しさを初めて打ち明けた。

 ゾロはそんなくいなの言葉を逃げだといいのけ、いつか最強の剣豪の座をかけて努力を諦めないことを誓わせた。

 だが、約束は果たされなかった。

 階段で転んで頭を打ったくいなが、あっさりとこの世を去ってしまったのだ。

 動かないくいなに詰め寄っても返ってくる声はなく、ただ悔しさと悲しさだけが募るばかり。

 

 だから、彼は誓った。

 

 ―――おれ、あいつのぶんも強くなるから!!!

    天国までおれの名が届くように、

    世界一強い大剣豪になるからさ!!!!

 

 そう、くいなの父である師範に誓い、くいなの剣を受け継いだ。

 だから彼は、約束を違わない。

 こんなところで約束を破るわけには、絶対にいかなかった。

 

(約束したんだ………‼)

 

 理不尽が、彼と巻き込んでしまった少年を貫こうとした瞬間。

 

 ガギギギギギン!!!

 

 上空から突如割り込んだ影が、大きく伸びて銃弾の雨を受け止めてみせた。

 純白の翼のように見えたそれは、鋼の硬さを以って銃弾の衝撃をはじき、ゾロとコビーを守り抜いた。

 

「きかないよ、そんな鉄くずなんか」

 

 海兵たちに背を向けながら、自身の翼を広げた影……エレノアが小馬鹿にするように告げる。

 目の前に現れた異形を前におののく海兵たちを他所に、天使の少女はにっこりと笑いかけた。

 

「な、なんだお前!!?」

「エレノアさ~~~~ん!!!」

 

 初めて見る少女に驚くゾロと、再び間一髪で救われたコビー。

 二種類の声を受けたエレノアは、満足げにうなずいて見せた。



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第4話〝英雄の器〟

「な、なんだあいつは……⁉」

「あのガキ……‼ って天族ぅ~~~~!!?」

 

 突如海兵たちの前に現れた、巨大な翼をもつ少女に驚愕の声が続々と上がる。

 特にヨキは、聞き覚えのある声に怒りが再燃しかけたところで、その相手が伝説の存在であったことを知って、これ以上ないほどに目を見開いていた。

 

「ば、バカな⁉ 天族が実在したというのか!!?」

「嘘だろ…⁉ 船乗りの守り神が何で海賊狩りを……⁉」

 

 海兵たちにとっても、天族の存在は神聖的なものである。

 海を守る彼らにとって、自分たちにとっても守り神であるはずの存在が敵の味方をするという事が信じられなかった。

 そんな視線を丸ごと無視して、エレノアは磔になったままのゾロのもとに近寄った。

 

「よ。なんかうちの船長があんたを勧誘するって聞かないもんだからさ、どうしようかと思ってたんだけど…人を見る目はあるみたいだね」

「え、エレノアさん、その羽根…!」

「………‼ お前、あの野郎の……?」

「詳しい話はあとにしようか。……どうせもうすぐここに来るし」

 

 得意げな顔で、エレノアがそう言った直後。

 

「ゴムゴムのォ~~~~ロケットォ!!!」

 

 声と同時に、エレノアたちのすぐ近くに飛び込んでくる影が一つ。

 盛大に砂埃を巻き上げて降り立ったそいつ…ルフィは、パンパンとズボンをはたきながら立ち上がり、へたり込んでいたコビーに手を上げた。

 

「よぉコビー。大丈夫か?」

「大丈夫じゃないですよ!!! ほら、こんなに血が!!!」

「そんだけ叫べるなら大丈夫でしょ」

「…てめェら一体、何者なんだ」

 

 どこからか走らないが、猛スピードで突っ込んできて平気な顔をして居るルフィと、伝説の天使の少女が和気あいあいと話し合っている様にゾロは呆然とする。

 するとルフィは、恥ずかしげもなくこう言った。

 

「おれは、海賊王になる男だ!!!」

 

 しばしそのセリフに目を見張っていたゾロだったが、ルフィが差し出した三本の刀を見て我に返った。

 

「あ、そうだゾロ。お前の宝物どれだ? わかんねぇから3本持ってきちゃった」

「三本ともおれのさ…俺は三刀流なんでね…」

 

 満足げに不敵な笑みを浮かべるゾロを見て、エレノアは挑戦的な目を向けた。

 その背後には、包囲網を組む数十人の海兵たちがいる。

 

「さてゾロ君。ここで私たちと一緒に海軍と戦えば、晴れて政府にたてつく悪党だ。このまま死ぬのとどっちがいい?」

「てめェ、天族のくせに悪魔みてェな奴だな…」

 

 小悪魔的な眼差しに、ゾロはやや呆れたようにつぶやく。

 だが、すぐにその挑戦を真っ向から受け止める不敵な笑みを浮かべる。

 

「まァいい…ここでくたばるくらいならなってやろうじゃねェか…、海賊に!!!」

「そう来なくっちゃね!」

 

 勧誘が成ったことに満足し、エレノアはパチンと指を鳴らす。

 そのままゾロの縄を解きにかかるエレノアを前にして、海兵たちは完全に引け腰になっていた。

 無理もない、彼らは船乗りの守り神に引き金を引いてしまったのだ。

 

「た、大佐‼ あんなのが相手じゃ、我々にはどうにも…‼」

 

 戦意を喪失しかけている海兵たちが、助けを求めてモーガンに視線を集める。

 命令したのは彼なのだから、彼にこそこの状況を何とかしてほしい、そんな責任転換の意志が表れていた。

 しかしこの男は、微塵も臆した様子はなかった。

 

「うろたえるんじゃねェ‼︎ 神だの天使だのが実在してたまるか!!! 確かにありゃ、ただの人間じゃねェ…噂に聞く、あの『悪魔の実シリーズ』の何かを食いやがったに違いねェ」

「…あの海の秘宝を!!?」

「まさか…じゃあ今の能力は悪魔の…!!!」

 

 自分が最も偉いと信じ、神をも恐れない彼にとって、先ほど銃弾を弾いたのも何かしらのトリックがあるのだと考える。

 根拠のない憶測だったが、それだけ悪魔の実の力という説得力は大きく、海兵たちに活力が戻り始めた。

 

(ピストル)が駄目なら斬り殺せ!!!」

「「「「お…うおおおおお‼」」」」

 

 いまだためらう海兵はいるものの、命令を受けた海兵たちは一斉に剣を抜いて突進を開始する。

 もはやヤケクソな勢いだったが、追い詰められた人間の勢いと力はすさまじいものであった。

 

「早くほどけ早く!」

「せかすなよ。この結び目固くってよォ」

「わー‼︎ きてますきてますって!!!」

 

 迫りくる海兵たちにゾロとコビーは焦る。

 ルフィはなぜかのんびり縄をほどきにかかっているが、動けないゾロや戦えないコビーには危機が刻々と迫ってきている。

 段取りの悪い船長と友達を見て、エレノアは深いため息をつき、パチンと両手のひらを打ち合わせた。

 

「おれに逆らう奴ァ全員死刑だァ!!!」

 

 モーガンの盛大な宣言とともに、海兵たちの刃が一斉に振り下ろされる。

 だが、響いたのは肉が裂けて血が噴き出す音ではなく、無数の金属同士がぶつかり合う甲高い音。

 パラパラとちぎれ落ちた縄を踏み、解放された男が船長の前に刃を携えて立ちふさがる。

 両手に一本ずつ、口に一本の刀を構え、数人の海兵の刃をたった一人で受け止めたゾロが、そのままの体制で海兵たちを睨みつけた。

 

「てめェらじっとしてろ。動くと斬るぜ」

「ひい…‼ ……!!!」

 

 凄まじい殺気を放つ男の目に、海兵たちは恐怖で顔を真っ青にする。

 ルフィは目を輝かせ、コビーは安堵のせいか気絶するように倒れこみ、エレノアは感嘆の口笛を吹く。

 するとゾロは、ルフィの方をぎろりと睨みつけた。

 

「海賊にはなってやるよ…約束だ‼ だが、いいか‼ 俺には野望がある!!! 世界一の剣豪になることだ!!! こうなったらもう名前の浄不浄もいってられねェ‼ 悪名だろうが何だろうが、俺の名を世界中に轟かせてやる!!! 誘ったのはてめェだ‼ 野望を断念するようなことがあったら、その時は腹切っておれにわびろ!!!」

「いいねえ世界一の剣豪‼ 海賊王の仲間なら、それくらいなってもらわないとおれが困る!!!」

「ケッ、言うね」

 

 壮大な野望に壮大な野望で返され、ゾロは獰猛な笑みを返した。

 目的は違えども、ともに野望をかなえるために同じ船に乗る仲間が一人、ここに集った瞬間だった。

 新たな仲間の誕生に、エレノアは満足げに笑う。

 

「なにボサッとしてやがる!!! とっととそいつらを始末しろ!!!」

 

 動かない部下を怒鳴りつけるモーガンの声に、ルフィとエレノアはキッと視線を鋭くする。

 

「しゃがめ、ゾロ‼ 〝ゴムゴムの…鞭〟!!!!」

「〝流星一条(ステラ)〟!!!」

 

 ちょうどよくゾロの周りで集まった海兵に、そして銃を構えたまま待機している海兵たちに、ルフィとエレノアは標的を定める。

 ルフィの足が回し蹴りの勢いで勢い良く伸び、強烈な鞭の一撃をお見舞いする。

 そして両手を合わせたエレノアの周囲で空気が凝縮し、数条の風の矢となって銃を持った海兵たちの腕に突き刺さった。

 

「…!!!」

 

 バタバタと倒れていく部下に、モーガンの怒りがさらに募っていく。

 

「や…やった‼ すごいっ!!!」

「てめェらは一体…‼」

 

 コビーは称賛するが、人外の技を見せつけられたゾロは瞠目する。

 それに対して二人は、自信満々に言ってのけた。

 

「ゴム人間と」

「錬金術師だ!!!」

 

 あっけにとられているのは海兵たちもだった。

 もう一人が能力者だったことも驚きだが、何もない空間からなにか武器のようなものを作り出したエレノアの姿を見て、全員の表情が恐怖と後悔に彩られていく。

 

「あ、あいつも悪魔の実の能力者だったのか…⁉」

「ていうかやっぱりあの天族本物じゃないか!!?」

「た…大佐‼ あいつら…‼ 我々の手にはおえません‼」

「ムチャクチャだ‼ あんな奴ら…‼」

「それに…、ロロノア・ゾロと戦えるわけがない…‼」

 

 次々に弱音を吐き、後ずさっていく海兵たち。

 彼らにモーガンは、平坦な声で言い放った。

 

「大佐命令だ。今…、弱音を吐いた奴ァ…頭撃って自害しろ」

「!!!」

「このおれの部下に、弱卒は要らん!!! 命令だ!!!」

「……‼」

 

 あまりにも理不尽な命令に言葉を失う海兵たちだが、次第に全員が銃を掲げ、自分のこめかみに銃口を当てていく。

 ただモーガンが強いからではない、恐怖が体の奥底に染みこんでしまっているために、逆らうことができないのだ。

 

(わ、私は言ってない‼ 言ったのは他のやつだ…‼ し、死にたくない…‼)

 

 ただ一人ヨキだけが内心で言い訳を吐いているが、内心で無理かもしれないと思ったために、自分も粛清対象に入っているのではないかという恐怖心を抱いていた。

 

「どうかしてるぜ、この軍隊は……‼」

 

 徹底した恐怖政治に、ゾロが思わず嘆息する。

 だがその時、じっとそれを見ていたエレノアが大きく息を吸いこみ始めた。

 

「おいぼんくらどもォ!!! 耳の穴かっぽじってよく聞きなさい!!!」

 

 腹の底まで響いてくるほどの怒号に、海兵たちはビクゥッと肩を震わせて、引き金を引こうとしていた指を硬直させた。

 情けない顔をさらしている海兵たちに、エレノアは心底軽蔑した目を向け、怒鳴りつけた。

 

「尻尾ふって生きながらえるだけがあんたたちの生き方なの⁉ あんたたちにとってこいつがどんだけ怖いかは知らないけど、矜持(プライド)を捨ててでも従った結果がこれなの!!? 情けないぞ海兵共!!!」

 

 思わぬ相手からの説教に、海兵たちの顔に戸惑いと迷いが生まれる。

 その声は、敵に対する怒りの感情などではなく、まるで母親が子供を叱るときに向ける慈愛のようなものを感じたのだ。

 

「てめェの意志を、いっぺんでも通してみろよ!!! ()の子ども!!!!」

「…!!!」

 

 悲痛な顔を浮かべていた海兵たちの目に、小さくも確かな火が灯る。

 なにか、大切なものを思い出したかのような、そんな熱い炎が。

 

「な、なんなんだあいつは…⁉」

 

 崇高な意思も、正義感もなく、ただ権力が欲しくて中尉の座を手に入れた男であるヨキは、その光景が理解できなくて戸惑うほかにない。

 そんな彼に、エレノアはギン、と鋭い目で睨みつけた。

 

「あんた、散々あの男の下で甘い汁すすってたんだろ…?」

「!!!」

 

 標的にされたことに気づいたヨキはぶわっと脂汗を吹き出させ、一歩を踏み出したエレノアに恐怖に満ちた表情を見せた。

 エレノアは唯一、この男だけは許すつもりはなかった。

 強いものに媚びへつらうもそれを恥とせず、むしろ同調して力のない人々を踏みにじり、子供まで手をかけようとした性根の腐った野郎。

 この男がいてもいなくても、この島は腐っていただろう。

 だが、それでもエレノアには、この男を許すつもりはなかった。

 ほかならぬ島の人々の声を、その耳で聞いたのだから。

 

「五体満足でいられると思うなよ!!!」

「ヒッ……お、お前たち‼︎ 私を守れェ‼︎」

 

 完全に腰を抜かしたヨキが、自分の屈強な部下たちを盾にする。

 ためらいながらも、上司の命令を忠実に守ろうと、海兵たちが再びエレノアに斬りかかる。

 

「身分も低い、称号もねェやつらは…‼ このおれに逆らう権利すらない事を覚えておけ、おれは海軍大佐〝斧手〟のモーガンだ!!!」

「おれはルフィ! よろしくっ」

 

 モーガンの相手は、ルフィが務めるらしい。

 横目でそれを見たエレノアは、必死にその光景を見届けようとしているコビーの姿に気が付いた。

 

「ルフィさん‼︎ エレノアさん‼︎ こんな海軍つぶしちゃえ!!!」

 

 声援を受け、エレノアはぐっとサムズアップで答える。

 

「うおおおおおこの化け物がァ!!!」

「こんなナマクラで、私を止められるわけないでしょ‼︎」

 

 気合の咆哮とともに振り下ろされた新品の剣が、エレノアが振るった翼によって真っ二つに両断された。

 再び使い物にならなくなった自分の剣と、金属の輝きを放つエレノアの翼、そして、エレノアの両手のひらの間で渦巻く炎を目の当たりにし、海兵たちは腰を抜かす。

 そして、エレノアの次の標的が自分であることに気づいたヨキは、涙を流しながら後ずさった。

 

「『穿て、抉れ、ブチ抜け!』」

 

 ごうごうと唸りを上げていた炎が徐々に形を成し、一本の長い槍へと変わる。

 空気を焼く炎の槍を構えたエレノアが紡ぐ乱雑な祝詞が、ヨキの魂魄に恐怖を刻み込んだ。

 

「〝穿ちの朱槍(ゲイ・ボルク)〟!!!」

「ぎゃあああああああああ!!!!」

 

 伝説の天使が操る炎の槍が全力で投擲され、ヨキの胸に突き刺さる。

 直後、込められた力が爆発し、欲深な罪びとの体は真っ赤な炎に包まれたのだった。




エレノアの技名はすべて、FGOのキャラの宝具からとっていきます。
やったことないけど。


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第5話〝ルフィとコビー〟

 炎に焦がされ、真っ黒になって倒れていくヨキ。

 どさっとその体が地面に落ちるのを確認すると、エレノアの翼が徐々に金属の輝きをなくし、普通の白い羽に変わっていく。

 ふと近くからずしんと重いものが倒れる音が聞こえてくる。

 振り返ってみれば、伸びた腕をバチンと引き戻すルフィと静かにたたずむゾロ、倒れ伏すモーガン大佐の姿があった。

 

「ナイス、ゾロ」

「お安い御用だ。船長(キャプテン)

 

 声を掛け合い、戦闘態勢を解いていく二人を見たエレノアは、次いで立ち尽くしているほかの海兵たちに目を向けた。

 

「さァ、あんたたちの頭は倒れたよ‼ どうするの⁉」

「た…大佐が負けた…‼」

「モーガン大佐が倒れた!!!」

 

 ピクリとも動かない大佐や、真っ黒こげになったヨキを見て海兵たちは言葉を失う。

 そして、ぶるぶると肩を震わせたかと思うと、一斉に拳を突き上げて声を解き放った。

 

「やったァ――――――っ!!!」

「解放された!!!」

「モーガンの支配が終わったァ!!!」

「海軍バンザーイ!!!」

「ザマーミロ、ヨキの奴め!!!」

 

 一斉に武器を放り捨て、仲間と抱き合い、手のひらを打ち合わせ、歓声を上げる海兵たちを見て、ルフィやエレノアは呆れた表情を浮かべた。

 

「なんだ。大佐やられて喜んでやんの」

「……みんな、モーガンが恐かっただけなんだ…‼」

「てかどんだけヨキのやつ嫌われてたのよ?」

 

 自分の意志で従っていたわけではないことを知り、コビーは安堵の表情を浮かべる。

 海兵に憧れる彼の夢が、壊れずに済んだのだ。

 だが、そんな空気をぶち壊すバカがこの場にはまだいた。

 

「き、貴様ら何を喜んどるかぁ!!? た、大佐に対しこの仕打ち、部下の分際で許されると思っているのかぁ!!!」

 

 黒焦げになったヨキが、はしゃいでいる海兵たちを怒鳴りつける。

 もう恐怖の対象であったモーガンは盾にできないというのに、金で買った地位が彼に虚栄を抱かせていた。

 その様に思わずエレノアは顔をしかめる。

 

「うっわ…あいつしぶといな」

「こ、殺せ‼ あの不届き者どもを殺せェ!!!」

 

 恐怖政治の中でも、ヨキのように自ら媚びへつらうことで甘い汁をすすっていた海兵が一部にはいたようで、ほかの海兵やルフィたちに武器を向け始めた。

 だが、そんな彼らの背後に、ぬぅんと大きな影が差し、びくっとその体が震えた。

 恐る恐る振り向けば、島の住民たちである炭鉱夫たちが実にいい笑顔を浮かべて集結していた。それも、数十人の集団で。

 

「おいおい、困りますなあ? 素直に負けを認めてもらわねばいつまでたっても終わりませんぜ」

「海兵様も暇じゃねェんだろ?」

「う、うるさいどけ貴様ら! ケガしたくなかったらさっさと…」

 

 武器を持っていることで優位に立っていると思ったのか、屈強な炭鉱夫たちを前にヨキも引かない。

 が、炭鉱夫たちにとって、武器など己の拳だけで十分だった。

 

「炭鉱マンの体力、なめてもらっちゃ困るよ中尉殿」

 

 ゴキゴキと鳴り響く拳を見せつけられ、ヨキや海兵たちの顔が真っ青に染まりきった。

 

「ぎゃあああああああああ!!!!」

 

 バキゴキボカグシャ!!!

 人体から鳴っていいものではない音が鳴り響き、その後ぼろクズのようになったヨキたちが放り捨てられる。

 これまでのうっぷんが見事に表れたやられっぷりに、エレノアが思わず口笛を吹いた。

 

「…親方」

「嬢ちゃんにばっかり任せたまんまじゃ、カミさんやカヤルに顔向けできねェよ」

 

 妙にすっきりした表情で汗を拭く親方に、エレノアは肩をすくめる。

 漁夫の利というか、来るのが遅いと言いたかったが、一応は炭鉱夫も一般人だ。モーガンのような猛者を相手にするのは酷だろうと、大目に見ることにした。

 

「お前さんに言われてハッとしたよ。おれの家族は俺の宝だ。俺が守らねェでどうするんだってな」

「…うん、じゃ、許す」

 

 きっとこれで、彼らは学んだことだろう。

 たとえ相手がどんなに恐ろしくとも、大切なものを守るために立ち向かう勇気を。

 力を合わせれば、戦えるという事を。

 ま、いいかというように、エレノアはため息をつくと笑みを浮かべた。

 

「よっしゃ―!!! 酒持って来い酒―――っ!!!」

「島中のみんなにこの事を伝えろォ‼ モーガンのクソ野郎は倒れたァ!!!」

 

 炭鉱夫や海兵たちが、この場にいない仲間や家族に朗報を知らせるために走り出す。

 みんな実に晴れやかな顔で、希望に満ち溢れた顔をしていた。

 

「……ところでなんであのバカ息子倒れてんの?」

「あいつ、コビーを人質に取ろうとしてたんだ」

「あぁ…」

 

 無様に倒れているヘルメッポの方を見たエレノアが、納得のため息をついた時だった。

 刀を鞘に納め終えたゾロが唐突に、糸が切れた人形のように倒れ伏したのだ。

 

「ゾロ⁉」

 

⚓️

 

「はァ、食った…!!! さすがに9日も食わねェと極限だった‼」

 

 ルフィとエレノアが最初に入った酒場のテーブルで、久方ぶりの食事を楽しんだゾロが息をついた。

 なんてことはない、先ほど倒れたのは空腹が限界に達したためであった。

 

「水もなしによくやる…」

「じゃあ、どうせ一ヵ月は無理だったんだな!」

「おめェは何でおれより食が進んでんだよ」

「すいません、なんか…僕までごちそうに…」

「いいのよ! 町が救われたんですもの!」

「その通りだァ‼ 救世主が遠慮なんてするんじゃねェよ!!!」

「ほらもっと食ってくれよ!!!」

「全く、調子いいんだから…」

 

 登場が遅れたことがやっぱりちょっと気になるエレノアは、一緒になって騒いでいる炭鉱夫たちをジトっとした目で睨みつける。

 そこへ、エレノアが声だけを聴いた、ゾロに砂糖で握ったおにぎりを渡しに行った少女とカヤルが話しかけてきた。

 

「やっぱりお兄ちゃん、すごかったのね! お姉ちゃんもありがとう‼」

「お前ら、こんなにすごかったんだな‼」

「すごいのは君の方さ。私は君がヨキに立ち向かわなきゃ、手を貸そうとは思わなかった…誇っていいよ。無謀なのは間違いないけど」

 

 カヤルの勇気をたたえると、彼は照れ臭そうに頭をかく。

 その様子に親方がわがことのように喜び、新たな酒瓶を開け始めた。

 

「それで、ここからどこへ向かうつもりだ?」

 

 一息ついたところで、ゾロがルフィとエレノアに尋ねる。

 海賊になったはいいが、今後のはっきりとした予定を聞いておく必要があった。

 それに対する、ルフィの答えは。

 

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟へ向かおう」

 

 仲間ができたときに向けて決めていたことを、告げた。

 

「んまっ、また無茶苦茶な!!!」

 

 当然コビーは驚きあきれる。

 いまだルフィの仲間は二人だけ、強いのは確かだが、たった三人だけで迎えるほど偉大なる航路(グランドライン)は優しい航路ではない。

 そんなものは常識であった。

 だが、エレノアもゾロも特に反対する様子はなかった。

 

「どの道〝ワンピース〟を目指すにはそうするっきゃないけど…」

「いいんじゃねェか?」

「いいってお二人まで!!?」

「別に、お前は行かねェんだろ……?」

「い…いか…行かないけど‼ 心配なんですよ‼ いけませんか!!? あなた達の心配しちゃいけませんか!!!」

「いや…それは」

「忠告として受け取っとくよ」

 

 一緒に行くわけでもないのに、わがことのように案じるコビーのゾロは押され、エレノアは苦笑する。

 臆病なくせに妙にお人好しな彼のことは心配だが、ちゃんと意思を表示する勇気を手に入れたようでエレノアは安心した。

 

「ルフィさん、ぼくらは…‼ つきあいは短いけど、友達ですよね!!!」

「ああ、別れちゃうけどな、ずっと友達だ」

 

 何の迷いもなく帰ってきた言葉に、コビーは安堵と喜びが混じった表情を浮かべる。

 それは彼が、何よりも望んだ言葉だったからだ。

 

「ぼくは…小さい頃からろくに友達なんていなくて…ましてや、ぼくのために戦ってくれる人なんて絶対いませんでした。何よりぼくが戦おうとしなかったから…‼」

 

 これまでの彼は、ただ愛想笑いを浮かべて流されるばかりであった。

 人との付き合いも、困難も、自分が傷つかないようにうまくやろうとしただけで、立ち向かおうとしたことがなかった。

 芯のない生き方をしていただけの少年は、たった一つの出会いによって変わったのだ。

 

「だけど、あなた達三人には……‼ 自分の信念に生きることを教わりました!!!」

 

 ルフィの生き様は、コビーの理想だった。

 自分の信じた道をまっすぐに進む彼の生き方が、途方もなくまぶしかったのだ。

 が、ルフィはそう言ったコビーに呆れた目を向けていた。

 

「だから、俺たちは〝偉大なる航路(グランドライン)〟へ行くんだよ」

「まァ、そうなるな」

「あっ、そっか。いや‼ 違いますよ、だから今、行くことが無謀だって…」

「…ぶっちゃけ、私は君の過去のほうが心配」

「え?」

「アルビダの海賊船(・・・)にいたでしょ? 素性が知れたら入隊なんてできないよ?」

 

 エレノアの指摘に、コビーはハッとなる。

 海兵たちは圧政に加担していたが、性能が落ちていたわけではない。

 海軍の諜報能力があれば、自分が海賊の一味であったことなどすぐにばれてしまうのだ。

 

「失礼!」

 

 コビーが焦りで冷や汗をかいていると、酒場のドアを開けて一人の海兵が顔を出した。

 エレノアはその海兵中佐の顔を見て、時が来たことを察する。

 彼の顔は無表情でありながら、義務感と申し訳なさがにじみ出ている複雑な表情だった。

 

「…そろそろお暇しないとね」

「すまないな…反逆者としてだが、我々の基地とこの町を実質救ってもらったことには一同感謝している。しかし…」

「わかってる。私たちが海賊を名乗る以上、黙ってるわけにはいかないよね」

 

 例え少人数であろうとも、海賊と海軍は敵同士である。

 恩人であろうとも、この定めは覆されはしなかった。

 

「即刻、この町を立ち去ってもらおう。せめてもの義理を通し、本部への連絡はさける」

「おい海軍っ‼ なんだ、そのいいぐさは‼」

「てめェらだってモーガンにゃ抑えつけられてビクビクしてたじゃねェか‼」

「我々の恩人だぞ‼」

「嬢ちゃんも一言ぐらい文句言ってやれよ‼」

 

 町民や炭鉱夫たちが一斉に海兵を非難するが、エレノアはそれを視線で制する。

 必死に擁護してくれるのはうれしいが、本来こんな事件はあるはずがないことなのだ。

 海軍と人々の間に禍根を残さないために、大ごとにはしないほうがいい。

 

「仕方ないよね、ルフィ」

「じゃ…行くか。おっさん、ごちそうさま」

「………」

「お、おい…ほんとに行っちまうのか?」

 

 親方は惜しむように言うが、エレノアが黙って首を振ると肩を落として黙り込む。

 そのままルフィとゾロと共に去ろうとした時、一人立ち尽くしているコビーに気づいた中佐が眉を寄せた。

 

「君も仲間じゃないのか?」

「え! ぼく……‼」

 

 ずっと一緒に行動していたのだから、仲間だと思っていたのだろう。

 コビーはびくっと肩を震わせると、迷いながら口ごもる。

 何度も何度も言いかけながら、やがて彼は引き絞るように意思を発した。

 

「ぼくは彼らの…仲間じゃありません!!!」

 

 きつく歯を食いしばり、拳を握りしめるコビーを見て、ルフィが何やら考え込む。

 その顔を見ただけで何をする気か察したエレノアは、ふっと微笑むと先に酒場の入り口をくぐった。

 

「ルフィ、先行くよ」

「おう」

「ゾロ、先行って船、用意しておくから」

「ああ」

 

 エレノアと入れ替わるように、ルフィがコビーの方に一歩踏み出す。

 これから彼が口にするのは、友を想うゆえの暴言。

 彼に勇気を引き出させるための、背中を押す悪口。

 聞こえてくる殴打の音に苦笑しながら、エレノアは町民や炭鉱夫たちの間を抜けて、一足先に港へ向かった。

 

 ―――ぼくは!!!

    海軍将校になる男です!!!!

「………頑張れ、コビー君」

 

 強く響いた男の信念に、エレノアは満足そうに微笑むと、再びフードをかぶって顔を隠した。

 しばらくして、頬に痕が付いたルフィとあきれた様子のゾロが港の方に合流した。

 

「たいしたサル芝居だったな。あれじゃばれてもおかしくねェぞ」

「さぁ? 最初からあの中佐さん気づいてたかもよ?」

「あとはコビーが何とかするさ、絶対!」

「何にしてもいい船出だ。みんなに嫌われてちゃ、後引かなくて海賊らしい」

「…そうだね」

 

 これが、海賊としてあるべき姿。

 そう思っても、エレノアは少し寂しい気持ちがした。

 その時だった。

 

「ル! ル! ルフィさんっ!!! エレノアさん!!!」

 

 出航間近の三人のもとへ、かけられる声。

 振り向いてみれば、吹っ切れた表情のコビーが、見事な姿勢で立派な敬礼を見せていた。

 以前までの弱気な姿などどこにもない、一回りも成長した姿だった。

 

「ありがとうございました!!! この御恩は一生忘れません!!!」

 

 これまでの感情や官舎がいっぱいに詰まった言葉で、コビーはルフィたちを見送った。

 

「海兵に感謝される海賊なんて聞いたことねェよ」

「しししし!」

「にゃはは」

「また逢おうな!!! コビー!!!」

 

 友達の声援(エール)に、ルフィは満面の笑顔で答える。

 泣きそうな顔で見送るコビーの背後に、ザッといくつもの靴音がそろった。

 

「全員敬礼‼」

 

 島にいた海兵たちが、全員そろってルフィたちに敬礼を見せていた。

 これまで前例などなかろう、海兵が一海賊に感謝の意を示した瞬間だった。

 その後ろで、炭鉱夫や町民たちがありったけの感謝を伝えようと大きく手を振り、歓声を上げて見送りに集まってくる。

 その光景がどうにもおかしくて、エレノアは腹を抱えて笑いながら、ゾロは苦笑しながら、ルフィは大きな笑い声を残しながら手を振り、小舟に乗り込んでいった。

 

「いい友達をもったな」

「はいっ」

 

 中佐の言葉に、感極まったコビーが涙を決壊させる。

 そして、三人を乗せた小舟が見えなくなったころ、一人の海兵が慌てた様子で駆け込んできた。

 

「中佐! 大変なことが…!」

「? どうした?」

 

 見送りに顔を出さなかった海兵が持ってきた書類に、中佐は眉を寄せる。

 そしてそれが何なのかを理解した瞬間、驚愕に目を大きく見開いた。

 

「これは…手配書? ってこの顔は⁉」

 

 WANTEDと大きく書かれた顔写真付きの書類を見た中佐は思わず、すでに遠く見えなくなっている小舟に視線を戻す。

 手配書に乗っている顔は、あの少女と全く同じ顔であったのだ。

 あの(・・)海賊団にいるはずの彼女がこの町に来たという情報は、海軍にとって重要なもの。

 報告すれば、相当な恩賞があるはずの情報だ、だが。

 

「……この貸しはデカいぞ、妖術師(ウィザード)殿」

 

 中佐は、約束を取った。

 せめて彼女がこの先の海を、無事に出航できることを願って。



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第6話〝海を識る女〟

 波に乗り、風に乗り、小舟は進む。

 世界一の剣豪の名を求める強者を、新たな同乗者に迎えて。

 

「おい、俺はさっそくで悪ィが、この一味に不安を覚えた」

「……だいたい予想はつくけど、何かな?」

「あー…はらへったー」

 

 小舟の先頭で、ルフィとエレノアを前に神妙な顔でゾロは言う。

 具体的には、のんきな顔で空腹を訴えながら、そのくせ操舵などはほっとんどやっていない、というかできない船長を見つめて。

 

「さすがに船長のお前が航海術を持ってねェってのはおかしいんじゃねェか?」

「お前こそ海をさすらう賞金かせぎじゃなかったのかよ」

「おれはそもそも賞金稼ぎだと名乗った覚えはねェ。ある男を探しにとりあえず海へ出たら、自分の村へも帰れなくなっちまったんだ」

「…それは何とも」

「仕方ねェからその辺の海賊船を狙って、生活費を稼いでた…それだけだ」

 

 航海術を持っていない船長も船長だが、迷子癖のある海賊狩りも大概である、とエレノアは内心で呆れる。

 というかそんな男に獲物にされた海賊たちがあまりに憐れであった。

 

「なんだお前、迷子か」

「その言い方はやめろ‼」

 

 遠慮なくルフィが口にした不名誉な呼び方にゾロが叫ぶ。だが傍から見れば、ルフィの言葉は間違ってはいなかった。

 ゾロはどっかりと座りなおすと、呆れた目でルフィを見やった。

 

「全く…! 早ェとこ〝航海士〟を仲間に入れるべきだな」

「航海術ならエレノアが知ってるじゃねェか」

「あのね、私の本業は錬金術師なの。私が知ってるのは必要最低限の航海術なの。本業の人がいないと〝偉大なる航路(グランドライン)〟に挑むのは無茶だよ」

「錬金術か…」

 

 エレノアの言葉に、以前見せられた不思議な力を思い出し、ゾロが何やら考え込む。

 そしてやがて何か思いついたのか、ルフィに呆れているエレノアの顔をじっと覗き込んだ。

 

「おい、この間やってた妙な力…錬金術は今使えるのか?」

「ん? まァ、理解さえできれば基本的にどこでも誰にでも使えるものだけど…」

「じゃ、たのむわ」

「…………?」

 

 おもむろにゾロは、自分が飲み干した空の酒瓶に海水を入れ、手ごろな重りの石とともにエレノアに差し出す。

 意図が分からず、首をかしげながらもそれを受け取るエレノアに、ゾロも不思議そうに首をかしげた。

 

「ん? 石をパンにしたり、水を酒にしたりできるんじゃねェのか?」

「ふざけんなァ!!! どっかの聖人の所業じゃないのよ!!!」

「なんもねェ所から炎を出したり、風を吹かせたりしてたじゃねェか」

「魔法じゃないんだから‼ できることとできないこともあんの!!!」

 

 錬金術を使えば何でも作れると思ったゾロが、食糧問題を解決しようと提案した考えにエレノアが怒りをあらわにする。

 しかもそれは神話やおとぎ話の登場人物がやるような奇跡であり、物理法則を超えたむちゃくちゃなことだった。

 

「いい!!? 錬金術の基本は『等価交換』なの!!! 水は水にしかできないし、石は石にしかできない!!! 何かを得ようとしたら、それと同等の代価が必要なの!!!」

「? なんだかわかんねェが、案外勝手がきかねェんだな」

「限度があるっつの!!!」

「メシ―…」

 

 あまりエレノアが言ったことが理解できていないようだが、とにかくどうにもならないとわかったゾロが文句をこぼす。エレノアにとってはたちの悪いクレームだった。

 ギャーギャーと騒ぐ一同だったが、徐々にその勢いが弱くなっていった。

 胃袋が限界に達しつつあったのだ。

 

「ダメだ…騒いだら余計におなか減った…」

 

 三人仲良く小舟の上で倒れ、雲一つない青空を見上げる。

 空腹のせいで思考も働かず、無駄な時間だけが過ぎ去っていった。

 そんな中、青空の中心にぽつんと黒い影があるのに気が付いた。十字の形の影は、遠く天を舞っている鳥のようだ。

 

「お、鳥だ」

「でけェな、わりと…」

「目算で全長10メートルぐらいか…」

 

 距離と目で見える大きさを計算し、エレノアはそれだけ大きな鳥であることを予想する。

 ぼーっとそれを見上げていた三人だったが、やがてルフィががばっと体を起こしてエレノアたちの方へ振り向いた。いきなりきらきらと目を輝かせ、やる気を取り戻している。

 

「食おう‼ あの鳥っ」

「やめときなよ。私と違って空なんて飛べないでしょ」

「おれにまかせろ!〝ゴムゴムのロケット〟‼︎」

 

 言うが早いか、ルフィは小舟のマストを伸ばした手で掴み、ゴムの伸縮を利用して勢いよく飛び出していった。

 子供のおもちゃのような原理でまっすぐに空を飛び、悠々と飛んでいる鳥の方へと迫っていく。その姿に、見上げていたゾロが感心したように息をついた。

 

「なるほどねぇ……」

「…ねぇゾロ君、私なんか嫌な予感がするんだけど」

 

 エレノアの脳裏にそこはかとなく浮かぶ嫌な予想は、残念ながら当たってしまった。

 予想よりデカかったカモメのような鳥が、自分の口の前に飛び出したルフィをパクッと咥えてしまったからだ。

 

「!!?」

 

 予想外の事態にルフィもエレノアもゾロも固まり、声も出せずに目を見開く。

 その間に、ルフィを咥えた巨大カモメはさっさとどこかに飛んで行ってしまった。

 自分の巣かどこかに、エサとして持って帰るのかもしれない。

 

「ぎゃ――――っ!!!」

「あほ――――っ!!!」

 

 悲鳴を上げるルフィに、ゾロもエレノアも血管を浮き立たせて怒鳴る。

 しかしそんな場合じゃないと我に返り、二人でオールを持ち出すと想い切り漕ぎ、巨大カモメにさらわれた船長を追いかけ始めた。

 

「一体何やってんだてめェはァ!!!」

「すみませんすみませんウチのアホ船長がほんとにアホですみません…!」

 

 文句を垂れるゾロに、手のかかる子供の保護者のようにエレノアがぺこぺこと頭を下げる。それだけで、これまでの旅で似たようなことが何度もあったのだと感じさせた。

 必死にオールを漕いで追いかけ続けるも、空を飛んでいるカモメはどんどん遠くへ行ってしまって追いつくことができない。

 そんな中、エレノアたちの進行方向上に水飛沫が立っているのが見えた。同時に、人の声も聞こえてくる。

 

「お―――い止まってくれェ‼」

「そこの船止まれェ‼」

「ん⁉ 遭難者か、こんな時にっ‼」

「ゾロ、そのまま止めないで全速力」

「あァ⁉︎」

「いいから」

 

 バシャバシャと手足をばたつかせている三人の男たちに向かって、こぎ続けるゾロが突入する。

 小舟が直撃する直前、パンッと手のひらを打ち合わせたエレノアが海面に触れる。

 その瞬間、穏やかだった海が男たちの周囲だけうねり始め、まるで巨大な手のようになって男たちを押し上げた。

 

「うお」

「どわああっ⁉」

 

 空中に投げ出された三人が、ぼとぼとと小舟の空きスペースに落ちていく。

 うまい具合に働いた錬金術と思わしき力に、ゾロが感心した目を向けた。

 

「使い勝手いいな、それ」

「でしょ?」

 

 汚名返上とばかりに、エレノアはゾロの称賛の言葉に胸を張る。

 一方で救い出された男たちは、自分たちを押し上げた妙な現象に目を見張り、戦慄の表情をエレノアに向けた。

 

「な、なんだいまのは⁉」

「ま、まさかバギー船長と同じ能力者…⁉」

「バギー…? もしかして〝道化〟のバギー?」

 

 聞き覚えのある名前にエレノアが聞き返すと、調子を取り戻したのか男たち――海賊バギーの手下たちがナイフを取り出して凄み始めた。

 

「そ、その通りだ。おい、船を止めろ。俺たちァ、あの海賊〝道化〟のバギー様の一味のモンだ」

「あァ⁉」

 

 しかしその迫力は、空腹と船長の愚行で苛立つゾロには遠く及ばなかった。

 

 

「あっはっはっはっは――っ」

「あなたが〝海賊狩り〟のゾロさんだとはつゆ知らずっ! しつれいしましたっ」

 

 数分後、ぼこぼこにされた手下たちが気色の悪い笑顔で仲良くオールを漕いでいた。

 といってもオールは二本しかなかったので、二人が漕いで一人がおべっかを使うという形になっていたが。

 

「まァ、こうなるとは思ってたけどね」

「こいつらのお陰でルフィの奴を見失っちまった。とにかくまっすぐ漕げ」

 

 呆れた口調でエレノアが見やり、ため息をつく。

 内心では苛立つ手下たちだが、〝海賊狩り〟や得体のしれない力を持つ相手には逆らえず、しぶしぶ従っていた。

 

「気になってたんだけど、バギー一味が何で海な真ん中でおぼれてたのさ?」

「それだっ‼ よく聞いてくれやした‼ あの女のせいだっ‼」

「そう、あの女が全て悪いっ!!!」

「しかもかわいいんだけっこう‼」

「……!」

 

 不要な一言をこぼした仲間を一人が殴りつける間に、もう一人が事のあらましを簡単に説明した。

 

 商船を襲い宝物を奪った三人は、成果を喜びながら船長バギーのいる島に戻ろうとしていた。

 その途中、小舟の上でぐったりとしている若い娘を見つけた。

 なかなかかわいらしい顔にメリハリの利いた身体つきの少女に手下たちは油断し、病弱なふりをしていた彼女に宝物と舟を奪われたのだという。それも、空の宝箱とボロい舟を入れ替えられる形で。

 慌てて追いかけようとした矢先、娘はまるで予知でもしたかのように発生する天気を当てて見せ、手下たちがスコールにのまれているうちにさっさと逃げてしまったのだとか。

 

「――ってゆう次第なんですよ!」

「ひどいでしょ⁉」

「ふ~ん…海を知り尽くしてるね、そいつ。航海士になってくれたら安心なんだけどな」

 

 正直手下たちの愚痴はどうでもいいが、天気を予知してみせた娘の能力は気になる。

 それだけ正確な予報ができるなら、航海士としての実力は相当なものになるだろう。

 

「あいつは絶対探し出してブッ殺す‼」

「それより宝をまずどうする」

「そうだぜ、このまま帰っちゃバギー船長に……‼」

「そのバギーってのは…?」

「この辺の海で幅を利かせているっていう、海賊の名前だよ」

 

 ゾロが尋ねると、手下ではなくエレノアが答えた。

 

「大砲好きで有名で、どっかの町で子供に自分の鼻をバカにされたからって、その町一つ消し飛ばしたって話だよ。〝悪魔の実シリーズ〟のどれかを食ったって聞いたことがあるけど…」

「嬢ちゃん、詳しいな。船長のファンか?」

「冗談! 私、仁義をわきまえないやつって嫌いなんだよね。知ってるのは、いずれぶつかるだろうから情報を集めてるだけ」

「なにおう!!?」

 

 船長をバカにされ、一味が口ほどにもないと言われたと感じたのか手下たちがいきり立つ。

 が、にらみを利かせるゾロが怖くて手が出せずにいた。

 そんな彼らを気にすることなく、エレノアは深く考え込み、フードの下で顔をしかめていた。

 

「…悪魔の実か…一応気をつけておくか」

 

 

 やがて、小舟はある島の港に到着する。

 なかなか立派な港町で、それだけ財貨もため込んでいるのだろうと思わせるたたずまいだ。

 

「つきました、お二方‼」

 

 もはやゾロたちの下っ端になったように、へこへこと手下たちがゾロとエレノアを迎える。

 しかしそれだけ騒いでも、町の人間が誰一人として出てこないことが気にかかった。

 

「なんだ…がらんとした町だな。人気がねェじゃねェか…」

「はあ、実は、この町。我々バギー一味が襲撃中でして」

 

 手下の返答に、エレノアは頭痛を感じたような頭を押さえた。

 いつかぶつかるかもと考えていた海賊のいる島にたどり着くとはなんと幸先悪いのか。しかもこの展開、ルフィがこの島に来ていてもおかしくはない。

 厄介事ばかり持ち込む船長に、呆れるほかになかった。

 

「じゃあとりあえず、そのバギーってのに会いに行くか。ルフィの情報が聞けるかも知れねェ」

「待ってて。ちょっと居場所探ってみるから」

 

 エレノアは歩き出そうとしたゾロを制し、フードの口を開けて周囲の音を集め始める。

 人の姿が見えないのなら都合がいい。余計な音を拾わずにルフィの声だけを拾うことがたやすくなるだろうからだ。

 しばらくその場で音を集めていたエレノアだったが、やがてその表情が険しくなり始めた。

 

「…あのさ、ゾロ君」

「あ?」

 

 とても言いづらそうに呼びかけるエレノアに、ゾロは早くも嫌な予感がする。

 やや迷ってから振り向いたエレノアは、心底申し訳なさそうに目をそらしながら、聞き耳の結果を伝えた。

 

「重ね重ねごめんね………なんか、うちのバカ船長、捕まってるみたい」

「はぁ!!?」

 

 聞こえてきたのは、数十人の海賊たちの宴の声と、わめきたてる船長(アホ)の声。そしてぎしぎしと縄がきしむ音と、甲高い金属音。

 これらの音から察するに、何らかの形でバギー一味に取っ捕まったルフィが縄で縛られ、檻にでも入れられてもがいているのだろう。

 考えうる最悪の展開に、ゾロもエレノアも言葉を失って立ち尽くしていた。



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第7話〝道化のバギー〟

「ナミ、てめェどういうつもりだァ!!! せっかくこのおれが部下に迎え入れてやろうってのに!!! あァ!!?」

 

 酒場の屋上に、道化のような赤い大きな鼻が特徴的な海賊、バギーの怒声が響き渡る。

 偶然出会ったルフィをダシにして、バギーに取り入って〝偉大なる航路(グランドライン)〟の海図を手に入れようとした泥棒の娘・ナミだったが、部下になった証にと縛られて檻に入れられたルフィを大砲で吹き飛ばすように言い渡された。

 迷っているうちに他の部下に無理矢理点火させられそうになり、カッとなってその男を棍棒で殴り飛ばしてしまったのだ。

 

「なんだ、お前今さらおれを助けてくれたのか?」

「バカ言わないで‼」

 

 檻の中からルフィが不思議そうに等も、ナミは吐き捨てるように否定する。

 彼女は海賊が嫌いだった。憎むほどに。

 だからバギーのあの命令にだけは、従いたくなかったのだ。

 

「勢いでやっちゃったのよ‼ ……たとえマネ事でも、私は非道な海賊と同類にはなりたくなかったから‼ 私の大切な人の命を奪った、大嫌いな海賊と同類には…!!!」

「……あー、それで嫌いなのか、海賊が…」

 

 最初に出会い、仲間になろうといった時にどうして完全否定されたのかと思っていたルフィは、その言葉に納得する。

 だが、彼女の心情など彼らは察しない。

 裏切り者を処刑しようと、部下たちが一斉に襲い掛かっていった。サーカス団の曲芸師のごとく軽やかに、たった一人で立ちふさがるナミに襲い掛かっていく。

 

「ハデに死ねェ!!!」

 

 振り回した棍棒をたやすくよけられ、至近距離にまで接近されてしまう。

 死を覚悟したナミだったが、ふいに鈍い音がして目を見開いた。

 

「女一人に何人がかりだ」

 

 鞘に納めたままの刀で、手下たちの顔面をめり込ませるゾロと、顔面に容赦なくケリを入れたエレノアが割って入った。

 騒ぎの中心に向かって急ぎ、ようやく間に合ったのだった。

 

「ゾロォ!!!! エレノアァ!!!!」

 

 嬉しそうに名を呼ぶルフィを無視し、エレノアはへたり込んでいるナミに目を向けた。

 

「ケガはない?」

「…ええ、平気…」

「やー、よかった、よくここがわかったなぁ‼ 早くこっから出してくれ」

「………もうさァ、ほんっとにあんたってばさァ、いい加減にしてくれる?」

「おまえなぁ、何遊んでんだルフィ…! 鳥に連れてかれて見つけてみりゃ今度は檻の中か、アホ!」

「ドアホ!」

 

 面倒くさそうに刀を肩に担ぎ、罵倒するゾロと肩をすくめるエレノア。

 困惑気味に見つめてくるナミは、殺気を漂わせながら近づいてくるバギーの姿を目にして表情をこわばらせた。

 

「貴様、ロロノア・ゾロに間違いねェな。おれの首でもとりに来たか?」

「いや…興味ねェな。おれはやめたんだ、海賊狩りは…」

「おれは興味あるねェ。てめェを殺せば名が上がる」

「やめとけ、死ぬぜ」

「ウオオオやっちまェ船長‼ ゾロを斬りキザめェ!!!」

「本気で来ねェと血ィ見るぞ!!!」

「……! そっちがその気なら……‼」

 

 ナイフを指の間に挟み、戦闘準備に入った船長を手下たちがはやし立てる。

 船長が負けるなどとは微塵も思っていない、自信にあふれている手下たちに囲まれたアウェイな状況で、エレノアはルフィを閉じ込めている檻に近づいた。

 

「うっわ、この鉄格子ゴツぅ…壊すのちょっとめんどくさいな」

「そう言わず頼む」

 

 船長のほぼ自業自得で入っているのだから、もう少しこのままにしておいてやろうかと思うエレノア。

 悩んでいる間に、肉が裂ける音が背後から聞こえてくる。

 振り返ってみれば、バギーの胴と腕を一刀両断したゾロが刀を収めようとしている姿が見えた。

 

「………なんて手ごたえのねェ奴だ…」

「…終わった?」

 

 戦闘音がほぼ、というか全く聞こえなかったエレノアは拍子抜けして目をしばたかせる。

 ゾロの手に負えなければ自分も加勢しようとか、手下は自分が担おうとか思っていたのに、あまりにも決着が早すぎた。

 

(いくらゾロ君が強くても、一海賊団の頭がこんなにもあっさり…?)

 

 聞いていた話や、バギーの賞金額のことを想いながらエレノアは首をかしげる。

 現に船長が倒されたというのに、手下たちはへらへらと笑ってばかりで月光も狼狽もしていない。

 

「へっへっへっへ…」

 

 不気味な笑い声が気になったが、戻ってきたゾロに気を取られて考えが及ばなかった。

 

「おいエレノア!その檻は壊せねェのか?」

「え、いや壊せないわけじゃないけど…こいつにはもうちょっとここで反省してもらおうかと思って」

「そうか、その手があったか」

「やめてくれ!」

 

 割と本気で考えているゾロとエレノアの提案に、焦ったルフィががしゃがしゃと檻を揺らす。

 この間にも手下たちは手を出そうとはせず、むしろ先ほどよりも馬鹿にした様子で笑い声をあげていた。

 

「へっへっへっへっへ‼︎」

「あーっはっはっはっは‼︎」

 

 さすがに不審に思ったエレノアが、意図を読もうと視線を巡らせる。

 誰一人として、この状況で慌ててなどいない。まるで、船長が倒されることが予想通りだったとでも言うようだ。

 

「何が、そんなにおかしい‼︎」

「笑ってないでこの檻の鍵を渡して‼︎ 私たちはあんたたちと戦う気はないよ‼︎」

「………? おっかしな奴らだなァ………」

 

 気味の悪さに、ゾロとエレノアが声を張り上げた時だった。

 エレノアは、先ほどまで真っ二つにされて倒れていたバギーが姿を消していることに、そしてその場に、一滴の血も流れていないことに気が付いた。

 そしてようやく、手下たちの嘲笑の意味に気が付いたのだった。

 

「!!? ゾロっ!!?」

「ゾロ君!!?」

「何よあの手⁉︎」

 

 その場のバギー一味以外の全員が、目を見開いて驚愕する。

 ゾロの脇腹に、一本のナイフがひとりでに突き刺さったのだ。いや正確には、手首から先に人間の手がナイフを握り、空中に浮遊してナイフを突き立てていた。

 異様な光景に、ナミやルフィが声を張り上げた。

 

「ぎゃっはっはっはっはっは‼︎」

 

 血を吐き、がくっと膝をついたゾロをバギー一味があざ笑う。

 ゾロは乱暴に抜かれたナイフと、それを持つ人間の腕を切り払おうとしながら、激痛に顔をしかめる。

 

「くそっ‼︎ なんだ、こりゃあ一体…!!!」

 

 浮遊する腕はゾロの剣を悠々と避け、嘲笑するようにくるくるとナイフを弄ぶ。

 そのありえない現象に、エレノアはハッと息をのんだ。

 

「手が浮いて………まさか、バラバラの実の能力⁉︎」

「その通り‼︎ それが、おれの食った悪魔の実の名前だ!!! おれは斬っても斬れないバラバラ人間なのさ!!!」

 

 歓声を上げる手下たちやルフィたちに見せつけるように、バギーはバラバラになった自分の体を元通りにくっつけて見せた。

 どういう原理か、斬られた服までもが元通りにくっついている。悪魔の実らしい、異常な能力であった。

 だがエレノアは素直に驚く暇もなかった。

 膝をつくゾロの出血がひどくなっていたからだ。

 

「……‼︎ 急所ははずれてる…でもあの出血はまずい‼︎」

 

 いったん引こうと、ゾロのもとへ向かうエレノア。

 しかしその直前、彼女の体を大きな影が覆った。

 

「!!!」

 

 とっさに足を振り上げ、迫ってきた巨大な人影を受け止める。

 ガキン!!!と甲高い音を立て、エレノアの足に人影の鋭い爪がぶつけられ、押されたエレノアはルフィの檻に押し付けられた。

 

「よォ、ガキィ!!! おれの名を知ってるかァ!!?」

 

 背中に走る激痛に呻きながら、モヒカンヘアーに葉巻を咥えた大男を睨みつける。

 シャツを盛り上げる分厚い筋肉に覆われた大男は、鉤爪のついた迷彩柄の機械の腕を押し付けながら、猛獣のような目でエレノアを見下ろす。

 いかつい顔に浮かんでいるのは、他の人間を見下すような嗜虐的な目だった。

 

「……‼︎ 迷彩に鉤爪の機械鎧(オートメイル)………まさか、〝徹甲〟の錬金術師ブレスロー・ガンツ!!?」

「大当たりィ!!!」

 

 名前を言い当てられ、大男は心底嬉しそうに笑い、掴んだエレノアの足を振り回す。

 投げ出されたエレノアは慌てることなく、風を錬成してふわりとその場に降り立った。

 

「嬉しいねェ嬉しいねェ‼︎ おれ様の名がここまで有名になっていようとはァ!!!」

 

 何か琴線に触れたのだろう、先ほどよりもテンションを高くしながらガンツは機械の腕を振るう。

 エレノアは目を細め、不機嫌そうに大男を睨みつけた。

 

「いやっはァァ!!!〝タイガークロー〟!!!!」

 

 そのまま、虎のように強力な横なぎがエレノアの足に振るわれる。

 エレノアはそれに逆らうようなことはせず、後ろに弾き飛ばされる勢いを利用して距離を取る。

 一方で、ガンツは生身ではありえない音を立てるエレノアの足に肩眉を上げた。

 

「その足………お前もワケありだな⁉︎ いったいどんな業を背負ってやがるんだァ!!?」

 

 追撃しようと向かってくるガンツ。

 エレノアはパンッと両手のひらを合わせ、屋上に手を叩きつける。

 すると、地面からぼこぼこと無数の木の柱が伸び、ガンツの進行を妨害した。

 

「! 錬成陣もなしに…………!!? 面白れェ!!!」

 

 ガンツは一瞬目を見開くも、すぐにまた獰猛な笑みを浮かべて障害物を破壊していく。

 少しの足止めにしかならなかったが、その間にエレノアはルフィたちのいる方へと戻った。

 

「なんなのよ、こいつら…⁉︎ バラバラになったり地面を変形させたり…‼︎ バケモノばっかじゃない!!!」

 

 絶句するナミの後ろで、バギー一味の戦い方を見ていたルフィが顔を怒りでゆがませる。

 そしてやがて、爆発した。

 

「後ろから刺したり不意打ちしたり卑怯だぞ‼ デカッ鼻ァ!!!」

 

 言ってはならない言葉をためらいなく口にしたルフィに、バギーやナミの戦慄の目が集中する。

 特にバギーは一瞬だけ呆けたかと思うと、すぐさまその顔を怒りで真っ赤に染め上げた。

 

「誰がデカッ鼻だァああ!!!!」

 

 怒りのままに、今度はルフィに突き刺してやろうとナイフを握った腕を発射する。

 ビュン、と矢のように飛んだナイフだったが、なんとルフィはそれを葉で噛んで止めて見せた。

 ナイフの刃をかみ砕き、ルフィは笑顔でバギーに告げる。

 

「お前は必ずブッ飛ばすからな‼」

「ぶあーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっブッ飛ばすだァ!!? 終いにゃ笑うぞ!!! てめェら4人、この場で死ぬんだ!!! この状況で、どうブッ飛べばいいんだおれは⁉ 野郎ども‼ 笑っておしまいっ‼」

 

 ゲラゲラとバギー一味が盛大に嘲笑する。

 そんな挑発に乗ることなく、ルフィはゾロとエレノアに目を向けた。

 

「逃げろ‼ ゾロ、エレノア!!!」

「!……何っ⁉」

「…………了解」

 

 一瞬驚いた様子のゾロとエレノアだったが、すぐさま船長の意図を察して笑みを浮かべた。

 戦慄の表情を浮かべるナミをよそに、エレノアはフードの下でにやりと笑い、パンッと手のひらを合わせて地面に触れる。

 今度は石材が錬成され、バギー一味が使っていた大砲の真下に石柱を作り出した。

 

「まさか……‼」

 

 真下から伸びた石柱が大砲を押し上げ、支柱を中心に方向を180度変える。

 その矛先は、バギー一味だった。

 

「ぎいや―――――――っ大砲がこっち向いたァ―――っ!!!」

「ぬあ~~~~っ!!! あれには、まだ〝特製バギー玉〟が入ったままだぞ!!!」

 

 町を一発で破壊して見せる威力の砲弾が向けられていることで一味は慌てだす。

 そのすきに、ゾロがナミを檻の近くに寄らせた。

 

「よし、点火だ!!!」

「ほいきた!」

「え…」

 

 ゾロの合図で、指先に特殊な砂粒を纏わせたエレノアが手を大砲に向けると、パチンッと指を鳴らして見せた。

 砂粒がすり合わされ、エレノアの手で火花が散る。

 それが空気中のチリやホコリに伝わっていき、大砲の導火線でボッと炎に変化した。

 

「よせ!!! ふせろォ―――っ!!!」

 

 バギーが叫ぶも、もう遅い。

 火は大砲の火薬に点火され、凄まじい威力の砲弾がバギーたちに襲い掛かる。

 ドウン!!!と轟音とともに屋上が吹っ飛び、爆風が煙幕のように屋上に広がっていった。

 

「今のうちだ……‼ ところでお前、誰だ」

「私…、泥棒よ」

「そいつはウチの、航海士だ」

「バッカじゃないの、まだ言ってんの!? そんなこと言うひまあったら、自分がその檻から出る方法考えたら⁉」

「あー、そりゃそうだ。そうする」

「いや、問題ない。てめェは檻の中にいろ‼」

 

 ゾロはそう言い、ルフィが入ったままの檻を持ち上げていく。

 しかしその負荷はかなりのもので、刺されたわき腹の傷からブシッと鮮血が噴き出した。

 

「オオ…‼」

「おい、ゾロ、いいよ! 腹わた飛び出るぞ」

「痛い痛い痛い‼ 見てるだけで痛いって‼」

「飛び出たらしまえばいい、おれはおれのやりてェようにやる! 口出しすんじゃねぇっ!!!」

 

 あまりの痛々しさに、ルフィやエレノアから制止の声が上がるがゾロは頷かない。

 ナミはその姿を、困惑気味に見つめるほかになかった。

 

「あいつらどこだ!!!」

「いません船長っ!!! ゾロも‼ ナミも‼ 檻まで!!!」

「バカな‼ あれは五人がかりでやっと運べる鉄の檻‼」

 

 煙が徐々に晴れていき、散々暴れた連中が姿を消していることに怒りを燃やすバギーたち。

 そこからあまり離れていない建物の屋根の陰で、檻を置いたゾロが息をついていた。

 

「ふう…」

「くそっ、この檻さえ開けば!!! 開けば!!!」

「悪いけど、錬成反応で居場所バレるから自分で何とかしてよね」

「厄介なモンに巻き込まれちまった…‼ だが一度やりあったからには、決着(ケリ)をつけなきゃな‼」

 

 何とか逃げられたが、このまま終わらせるつもりはなかった。

 不意打ちで手傷を追わせられた分や、バカにされた分も返さねば気が済まない。

 そういうゾロに、エレノアは呆れた目を向けるばかりであった。

 

 

 がれきや気絶した部下たちが転がる、ボロボロの酒場の屋上。

 積みあがった瓦礫を投げ飛ばし、ホコリまみれになったバギーが立ち上がった。

 

「ナメやがってあの四人組っ!!!! ジョ―――ダンじゃねェぞ、おいっ!!!」

 

 名もないコソ泥一味にコケにされ、苛立つバギーが怒りの声を上げる。

 その横で、ガンツは物足りなさそうに舌を鳴らし、次いで待ち足りなさそうな舌なめずりをしていた。

 

「あのガキィ…‼ おれ様に恐れをなして逃げやがったかァ…? だが逃がさねェぜ‼ 全ての錬金術師を凌駕するおれ様の実力は、まだ半分も披露できてねェんだからなァ!!!」

 

 獲物を探す獣のような顔で、ガンツは目標をどのようにいたぶってやろうかと考えるのだった。



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第8話〝犬と少女と老人〟

 ガリガリと檻を引きずり、人気のない通りを歩いていく。

 一歩を踏み出すたびにゾロの脇腹からは血が流れ、地面に点々と跡を作っていく。

 その都度、エレノアが足で地面を蹴り、痕跡を消していった。

 

「もう、だいぶ酒場から離れた。とりあえずすぐには追っちゃ来ねェだろう。おい、ほんとにこの檻は壊せねェのか…!!!」

「ごめん…錬成反応は目立つからさ。とりあえず鍵開けはやってみるけど期待はしないで」

「ちくしょう、これが開かねェとあいつが来ても何もできねェよ‼」

 

 ガシガシと檻を噛むルフィだが、鉄の檻はそれぐらいでは壊れてくれない。

 ゴトン、と檻を置き、ついにゾロはうつぶせに倒れた。

 

「もうダメだ、血が足りねェ。これ以上歩けん…‼」

 

 力尽きて意識が遠のきかけるゾロ。

 しかし、倒れた目の前にいた白い犬を目にし、ぎょっと慄いた。

 

「…何だこの犬は………‼」

「犬? あ、犬だ」

「置物かと思った…」

 

 一軒の建物の前でじっと鎮座したまま、ピクリとも動かない犬を見てルフィとエレノアが寄ってくる。

 注目されても、白い犬は視線を向けもしなかった。

 

「おい、ゾロ。こいつ全然動かねェよ」

「知るか…そんなもん犬の勝手だ。とにかく今はお前が、その檻から出ることを考えろ」

 

 気にはなるが、確かに犬がいるぐらい気にする暇はない。

 ゾロが体を休めている間に、エレノアは懐から取り出した針金でカギを開けられないか挑戦を始めた。

 暇を持て余したルフィが、檻の前の犬が生きているのか確認しようとずん、と目をつつく。

 さすがに怒った犬がルフィにかみつき、即座に喧嘩に発展した。

 

「何すんだ犬っ‼」

「ワンワン‼」

「てめェ、今の事態わかってんのか!!?」

「うるせェ騒ぐなっつってんでしょうが!!! あと傷開くよ!!!」

 

 倒れたままのゾロと、鍵開けを放り出したエレノアが怒鳴りつける。

 人が必死になっているときに一体何をやっているのかと。

 

「犬め‼」

「あーもう無理‼ めんどくさくなった‼」

「くそ…血が足りねェ‼」

 

 打つ手がなくなった三人は、その場で仲良く仰向けに寝転ぶ。

 そんな三人のもとへ、あきれ顔のナミが近づいた。

 

「あんた達、一体何やってんの三人して…こんな道端で寝てたら、バギーに見つかっちゃうわよ!」

「「「よォ、航海士」」」

「誰がよ!!!」

 

 勝手に仲間に任命されていることで、ナミがくわっと豹変する。

 だがそれも一瞬のことで、訝し気にエレノアの方に視線を変えた。

 

「ていうかあんた、さっきやってた変な力でそいつの傷ふさいだりできないの?」

「あ、そらそうだ」

「その手があるじゃねェか。よし、やれ」

「あー、いやー、それは―…」

 

 ナミのもっともな指摘に、珍しく申し訳なさそうにエレノアは頭をかく。

 ツンツンと指をつつき合わせ、言いづらそうに告白した。

 

「その…私って、作ったり形を変えたりするのは得意なんだけどさ…元通りに直したりするのは苦手で……内臓がくっついたり腸が蝶結びになったりするかもだけど…………やる?」

「やめろ!!!」

 

 そんなリスクを背負ってまで治療されたくない、というか前よりひどいことになりそうだったのでゾロは断固拒否する。

 何でもできそうで頼りがいのあるイメージがあったが、不得意な分野もあったようだ。

 

「じゃあしょうがない。一応、お礼のつもりで来たわけだし」

「礼?」

 

 そう言ったナミが、ルフィの目の前にチャリンと何かを落とす。

 リングに束になったそれは、何かしらの用途の鍵だった。

 

「あ、鍵!!!」

「あのどさくさで盗んでくるとは大したもんだ…」

「まァね…我ながらバカだったとは思うわ。他に海図も宝も何一つ盗めなかったもの、そのお陰で」

「は――っ‼ ホント、どうしようかと思ってたんだこの檻‼」

「……は…これで一応逃げた苦労が報われるな」

 

 手が届く距離に置かれた鍵に、ルフィは目を輝かせ、エレノアは感心し、ゾロは安堵のため息をつく。

 早速開けようと手を伸ばしたルフィだったが、それよりも前に檻の前にいた白い犬がぱくりと鍵を咥えた。

 

「あ」

 

 止める間もなく、先ほどの腹いせのつもりか、犬は鍵を飲み込んでしまった。

 呆然となる一同、その中でいち早く立ち直ったルフィが、白い犬につかみかかった。

 

「このいぬゥ!!!! 吐け、今飲んだのエサじゃねェぞ!!!」

 

 ガシャンガシャン通り越しに乱闘を再発させるルフィと犬。

 そんな時、どこかから雷のような怒鳴り声が響き渡ってきた。

 

「くらっ‼ 小童ども‼」

「シュシュをいじめるな‼ よそ者めっ‼」

 

 突然聞こえてきた声に、パット動きを止めるルフィたち。

 振り返ってみれば、鎧を着た真っ白な髪に眼鏡の老人と、赤毛のショートヘアの少女がルフィを険しい表情で睨みつけていた。

 

「シュシュ?」

「誰だ、おっさんとガキ」

 

 聞きなれない名前に眉を寄せ、人の気配が薄い町に現れた老人と少女を見て、首をかしげる一同。

 ぽかんとしているルフィたちに、老人と少女は胸を張って答えた。

 

「わしか、わしはこの町の長さながらの町長じゃ!!!」

「そして町民代表だ‼」

 

 

 数分後、いまだ檻から出られないルフィのもとに、少し疲れた様子の町長・プードルと町の娘・アルモニが戻ってきた。

 

「ゾロは?」

「休ませてきたよ。となりは町長の家なの」

「避難所へ行けば医者がおると言うとるのに、寝りゃなおるといって聞かんのじゃ。すごい出血だというのに‼」

「おバカですいません、ウチのものが」

 

 妙な意地を張っているゾロが迷惑をかけたと、エレノアが深々と頭を下げる。

 ナミはアルモニが持ってきたエサを食べている白い犬を見下ろし、思い切って尋ねた。

 

「この犬、シュシュって名前なの?」

「ああ」

「こいつ、ここで何やってんだ?」

「店番だよ。私たちはエサを上げに来ただけなんだ」

「あ! 本当。よく見たらここお店なんだ。ペットフード屋さんか…」

 

 視線を上げれば、店の看板がちゃんと出ている。

 プードルはペットフード屋を見上げ、懐かしそうに目を細めた。

 

「この店の主人は、わしの親友のじじいでな。この店は10年前、そいつとシュシュがいっしょに開いた店なんだ。二人にとっては思い出がたくさん詰まった大切な店じゃ。わしも好きだがね」

「ほら、この傷みて。きっと海賊と戦って、お店を守ったんだよ」

「だけど! いくら大切でも海賊相手に店番させる事ないじゃない。店の主人はみんなと避難して…」

「…たぶんだけど、ご主人はもう、亡くなってるんじゃないかな」

「!」

 

 エレノアが呟いた予想に、プードルとアルモニのほうが驚いた様子で振り返る。

 先に答えを当てられたことが予想外のようだった。

 

「お前さん、なぜそれを…」

「部屋の窓のホコリのたまり方がさ。数か月はたってそうだから」

「…うん、そうだよ。三か月前に病院へ行ったきり、病気で…」

 

 親交があったのか、アルモニが寂しそうな表情でうつむく。

 ナミは少女の悲しげな横顔を見つめ、次いでシュシュにも視線を向けた。

 

「もしかしてそれからずっと、おじいさんの帰りを待ってるの?」

「みんなそういうがね…わしは違うと思う。シュシュは頭のいい犬だから、主人が死んだ事くらいとうに知っておるだろう」

「じゃ、どうして店番なんて…」

「『宝物だから』」

 

 ナミの疑問に、エレノアが答えた。

 振り返るとエレノアは、じっとシュシュと視線を合わせて目を細めている。まるで会話でもしているようだ。

 

「『ここは、大好きだったあの人のものだから。あの人がいないときは僕が守るって、約束したから、守りたいんだ』……だって」

 

 声からわかる、真剣な思いが伝わってくる。

 エレノアのその言葉は、シュシュの声の代弁そのものだった。

 

「お前さん…!」

「シュシュの言葉がわかるの⁉ すごーい!!!」

「…………ホントに、ご主人様のことが大好きだったんだね」

「困ったもんよ。わしが何度、避難させようとしても、一歩たりともここを動こうとせんのだ。放っときゃ餓死しても居続けるつもりらしい」

 

 プードルは呆れながら、主人との約束を守り続ける忠犬をまぶしそうに見つめる。

 人間よりも強い愛で宝物を守り続ける小さな存在に、いつの間にかルフィたちも黙り込んでいた。

 その時だった。

 

グオオオオオオ…!!!!

 

 大気を震わせるすさまじい咆哮が、ナミたちの耳朶を襲った。

 人間ではありえないその咆哮に、プードルとアルモニはさっと顔を青く染めた。

 

「な…何、この雄叫び……‼」

「こ…こりゃあいつじゃ‼〝猛獣使い〟のモージじゃ」

「ぎゃ―――っ!!!」

 

 何者かはよくわからないが、こんな声を発する奴が普通なわけがない。

 不利を悟ったエレノアは、いまだ動けないルフィをいったん放置してその場で回れ右をした。

 

「よし、戦略的撤退‼」

「「「逃げろォ―――っ!!!」」」

「ルフィ、後でねーっ‼」

「あーあ、なんか来ちまったよ。鍵返せよ、お前ェ」

「ガウ」

 

 めんどくさい事態になったと嘆きながら、ルフィは頑固にその場を動かないシュシュを睨む。

 店の陰から様子をうかがっていたエレノアは、ルフィのもとに巨大な獅子にまたがった着ぐるみの男が近づいてくるのを見ながら、しばらく放っておいても大丈夫だろうとその場を後にした。

 

「……さて、と。まァ、あいつらが店に近づかなきゃ死ぬことはないでしょ…」

 

 シュシュが心配なわけではないが、向こうも人のいないペットフード屋に用はないだろうと放置する。

 ゾロが復活するまで時間をつぶそうと店の裏の通りを歩いていると、轟音とともに何かが吹き飛ばされてきた。

 

「お」

 

 反対側の民家に突っ込んだそれ――破壊された檻から抜け出したルフィを目にし、エレノアはやれやれと肩をすくめた。

 

「よっ。うまい具合に檻が壊れたもんだねェ」

「あーっ、やっと窮屈なところから出られた‼︎ これでようやくあいつら全員ブッ飛ばして、泥棒ナミに航海士やってもらうぞ!!!」

「はいはい…ま、そんだけやる気があるならいいけどさ」

 

 めげない船長に呆れながら、エレノアはルフィとともにぶらぶらと港町を歩く。

 しばらく通りを散歩し、シュシュのペットフード屋の近くに戻ってきたとき、彼らはそれを見た。

 

「ワンワン‼」

 

 響き渡る、シュシュの鳴き声。

 威嚇のものとは違う、深い悲しみを帯びたその声が向けられている方向を見て、二人は絶句する。

 

 そこは、火の海になっていた。

 二人は知らないが、バギーの手下のモージが動かないシュシュに興味を持った時、ペットフードの匂いにそそられた一味の猛獣・ライオンのリッチーが店を荒らし始めたのだ。

 シュシュはそれに挑み、何度も弾き飛ばされながらもかみつき、店を守ろうとした。

 しかしその力は及ばず、邪魔をされた怒りを買って店に火をつけられてしまったのだ。

 

「ワン‼ ワンワン‼」

 

 炎にのまれる、主人との大切な思い出の店が肺に変わっていく光景を前に、シュシュは吠え続ける。

 その目から、ぽろぽろと涙を流しながら。

 

『…あんた、なんでこんなことやってんのよ。ご主人はもういないってわかってるでしょ?』

 

 エレノアの脳裏に、シュシュとの対話が蘇る。

 

『このままここにいたら、いつか本当にあいつらに殺されるよ? 何をそんなに……』

『宝物だから』

 

『ここは、大好きだったあの人のものだから、守りたいんだ』

 

『そのためなら、ぼくはここでずっと戦い続ける』

 

 小さな忠義者は、そう胸を張って答えて見せた。

 そんな彼が泣き続ける姿を見て、エレノアの手に力がこもっていった。

 

 

「畜生、あの犬おれにまで噛みつきやがって…あーあー、血が出てる」

 

 バリバリとペットフードを箱ごとむさぼるリッチーの背中に乗ったまま、モージは傷跡の残る自分の腕を抑える。

 腹が立ったが、ずいぶん大事そうにしていた店を燃やしてやってからは随分すっきりした。

 それでもぶつぶつ言いながら一味のもとへ戻る途中、立ちふさがる二つの陰に気が付いた。

 

「……? てめェは…オイ……‼」

「しゃべるな、下郎」

 

 檻ごと吹っ飛ばし、殺したと思っていた麦わら帽の男がぴんぴんした様子で立っていることに、モージは驚愕を抑え込むのに必死になる。

 しかしエレノアは、そんな声すらも耳障りというように遮る。

 フードの下の目を怒りでめらめらと燃やすエレノアの隣で、ルフィは小馬鹿にしたように笑った。

 

「あれくらいじゃ死なないね。おれはゴム人間なんだから」

「ごむ人間? 悪運の強さは認めるが、多少頭は打ったか…バカなことは言い出すし……」

 

 モージはリッチーの背中から降り、ぽんとその背中をたたく。

 直後、新たな獲物を用意されたリッチーはすさまじい咆哮とともに二人に襲い掛かった。

 

「また、おれの前に現れるってのもバカだ!!! 頭をかみ砕いてやれっ!!!!」

「ガルルルルルルル!!!!」

 

 向かってくる巨大な獅子を前に、エレノアは片足を差し向ける。

 柔らかい肉を食いちぎろうとその足に噛みつくリッチーだが、ガキンと金属音がして牙が通らないことに困惑する。

 それどころか、数百キロはあるはずの自身の体が、徐々に持ち上げられていくのだ。

 

「どうしたネコ野郎、しっかり味わいなよ」

 

 バリバリと爪を立て、顎の力を強めるリッチーだが、一向にその足が傷つく様子はない。

 慌て始めたリッチーの視界の端で、エレノアはまた指をパチンと鳴らし、手の上に炎を錬成して見せた。

 

「!!? 火がっ…」

 

 屋上にいなかったモージは、エレノアが見せた不思議な力に驚愕で目を見開く。

 エレノアはリッチーを抑え込んだまま、手のひらの上の炎の形を徐々に長く変えていく。

 

「『選定の剣よ、力を! 邪悪を断て!』」

 

 詠唱の後、炎は十字の形に変わり、一振りの炎の剣へと形を変えていく。

 ごうごうと燃え盛り、空気を灼剣を振り上げ、エレノアは獅子を睨みつけた。

 

勝利すべき黄金の剣(カリバーン)〟!!!!

 

 振り下ろされた炎の剣が、リッチーの腹で炸裂して大爆発を起こす。

 憐れな獅子は業火に呑み込まれ、同時に自身が行った所業の裁きを、主に代わって受ける羽目になった。

 ぶすぶすと煙を吐きながら倒れていく自分の獣に、モージは言葉を失った。

 

「!!!? リッチー……!??」

 

 なにが起こったのかいまだにわからない。

 とにかく、猛獣を失った自分は非常にピンチに陥っているという事だけはわかった。

 

「なんだ……お前ら…何なんだ!!?」

「答えるつもりも、話すつもりもない…‼︎」

 

 怒りを声ににじませ、ザクザクと近づいてくるエレノアにモージは焦る。

 飛び散る火花が、彼に恐怖を刻み込んでいた。

 

「よ…よしっ! お前にな! 好きなだけ宝をやろう‼︎ そ…それと、ここは一つ穏便に……‼︎」

「喋るなと言っている!!!」

「もう謝んなくていいよ。今さら何しようと、あの犬の宝は戻らねえんだから」

 

 穏やかな声で、ルフィはモージに告げる。

 しかしその脳裏によみがえるシュシュの姿に、ごうごうと怒りの炎が燃え盛っていた。

 

「だからおれはお前を、ブッ飛ばしに来たんだ!!!!」

 

 シュシュの無念に代わり、ルフィがモージに向かって手を伸ばす。

 着ぐるみに見える自分の胸毛を掴まれたモージは、普通じゃありえない光景に目を見張り、恐怖で涙を流した。

 

「うわっ、手が…まさか、お前…バギー船長と同じ〝悪魔の実〟の能力者…!!!」

「思い知れ」

「あ…あああおい‼︎ や…やめてくれェああああ!!!!」

 

 懇願むなしく、二人と一匹分の怒りを込めた拳がモージの顔面を貫き、男の体を地面に叩きつけた。

 たとえその宝が戻ってこないとしても、因果は悪漢に戻ってきたのだった。




アルモニはゲーム版・鋼の錬金術師のキャラクターです。
ラストが切なくて仕方がなかったので、勝手に救済することにしました。


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第9話〝町長の宝物〟

 放火され、燃え尽きてしまったペットフード屋を前にして、ナミがわなわなと肩を震わせていた。

 傍らには呆然と店の跡地を見つめるシュシュの姿があり、今度こそ死んでしまったように佇んでいた。

 

「どいつもこいつも………‼︎ 海賊なんてみんな同じよ…!!! 人の大切なものを平気で奪って!!!」

「…………」

「シュシュ…」

 

 自身の海賊への怒りを再燃させ、声を震わせる姿に、プードルもアルモニも表情を暗くさせる。

 そこへ、多少怒りを収めたルフィとエレノアが戻ってきて、怒りをにじませるナミに見つかった。

 

「ん?」

「! あら、海賊、生きてたの…! てっきりライオンに食べられちゃったのかと思ったわ」

「おい…何言い出すんじゃ」

「あんたが海賊の仲間集めて町を襲い出す前に、ここで殺してやろうか‼︎」

「おいやめんか、娘っ‼︎」

「こんなところで暴れないでよっ‼︎」

 

 バギーにぶつけられない怒りを向け、理不尽な暴言を吐くナミをプードルとアルモニが抑える。

 エレノアはそれをじっと見つめると、黙ってシュシュのもとへ向かい、鎮座したままのシュシュの前に箱を置いた。

 

「やっ」

 

 ライオンに食われずに済んだペットフードの箱を渡し、エレノアとルフィがその隣に座る。

 シュシュはそれを見て、二人を不思議そうに見つめた。

 

「……ゴメンね、これだけしか取り返せなかった。あのクソ猫、バリバリ食べ尽くしやがって」

 

 エレノアは黒い炭だけになった店を眺め、ポンポンとシュシュの肩をたたく。

 その目に、形だけでも宝物を直してやれない自分への不甲斐なさと悔しさをにじませて。

 

「私はものを自由に作れても、元どおりにしたりはできない。他の錬金術師も、見た目は完璧に同じにできても、全てを同じにはできない…でもさ、目には見えないものは、どんなになっても変わんないと思うよ」

 

 トン、とシュシュの胸をたたき、じっと目を見つめる。

 目に見えない主人の思いは、燃え尽きたわけではないのだと、そう伝えようと。

 

「あんたのご主人の思いは、まだここで生きてる………違う?」

 

 シュシュはじっとエレノアを見つめ、やがてその口にペットフードの箱を咥える。

 そこで初めて、シュシュはペットフード屋の前から離れた。

 店を守るという、主人との約束は守れなかった。だが思い出は消えたわけではない。

 壊れた〝物〟は、また直せる。だが形のないものは壊れることはないのだと、賢いシュシュは気づいてくれたのかもしれない。

 

「ワン‼︎」

 

 去り際に、シュシュはルフィとエレノアに吠えた。

 それは二人に対する、感謝の咆哮のように聞こえた。

 手を振り、避難所がある方に向かっていくシュシュを見送るルフィたちをじっと見つめていたナミは、おもむろにそばによって片手を上げた。

 

「どなってごめん!」

「ん? いいさ、お前は大切な人を海賊に殺されたんだ。なんかいろいろあったんだろ? 別に聞きたくねェけどな」

「……」

 

 なんということはないと、ズボンの尻を叩いて土を払うルフィに、ナミはこれまでとは異なる眼を向ける。

 ほかの海賊とは違う何かを、感じたのかもしれない。

 そんな中、ずっと何かをこらえるように黙り込んでいたプードルが怒号とともに両手を振り上げた。

 

「………ぬぐぐぐぐ………!!! わしは、もう我慢できーん!!!」

「うわっ!」

「酷さながらじゃ‼ さながら酷じゃ‼ シュシュや小童どもがここまで戦っておるというのに‼ 町長のわしがなぜ指をくわえて我が町が潰されるのを見ておらねばならんのじゃ!!!」

「ちょっと町長さん、おちついてよ!」

「そうだよ! 町長じゃ相手にならないって!」

「男には‼ 退いてはならん戦いがある!!! 違うか小童っ!!!」

「そうだ!!! おっさん!!!」

「のせるな‼」

「あーもう…血の気が多いんだから…」

 

 勝手に盛り上がって、怒りを爆発させるプードルにルフィが賛同し、手が付けられなくなる。

 アルモニは言っても止まらない町長に困った目を向け、深いため息をついた。

 

「せめてここに、パパやお姉ちゃんがいてくれたらなぁ…」

「パパ?」

「うん。私のパパはね、すごい人なんだよ! この町だって、パパの知識や技術があってこんなに大きくなったの‼」

「そうじゃ‼ 40年前さながらっ‼ ここは、ただの荒れ地じゃった…‼ そこからわしらは全てを始めたのじゃ」

 

 アルモニの自慢に反応し、プードルは聞いてもいない町の歴史を語り始める。

 それだけで、町長がこの町に相当な思い入れがあることが分かったが、肩入れしすぎなのではないのかとも思う。

 しかし次に続いた言葉に、ルフィたちは言葉を失った。

 

「〝ここに、おれ達の町をつくろう。海賊にやられた古い町のことは忘れて…〟」

 

 かつて海賊に故郷を奪われたトラウマのある人々にとって、それは願いだった。

 過去の記憶を乗り越えようと、懸命に努力を続けた人々の努力の結晶。それがこの町だった。

 それを再び奪われることは、プードルには耐えられなかった。

 

「…初めはちっぽけな民家の集合でしかなかったが、ヴィルヘルムの知恵や技術をかりて少しずつ少しずつ町民を増やし、敷地を広げ店を増やし、わしらは頑張った‼」

「ヴィルヘルム…⁉」

「そして見ろ‼ そこは今や、立派な港町に成長した‼ 今の、この町の年寄りがつくった町なのじゃ‼ わしらのつくった町なのじゃ‼」

 

 聞こえた名前に、エレノアが反応するも気づかず、プードルはさらにヒートアップしたのか槍を掲げて勇ましく吠える。

 覚悟を決めた男の姿は、とても大きく見えた。

 

「町民達とこの町はわしの宝さながら!!! 己の町を守れずに何が町長か!!! わしは戦う!!!!」

 

 今も酒場の屋上でたむろしているはずの悪の海賊に向けて宣言した、その時だった。

 ルフィたちを、凄まじい衝撃と轟音が襲い掛かった。

 

「!!!?」

 

 一列に立ち並ぶ民家や店が、まとめて薙ぎ払われていく。

 その威力は、一度目にしたことがあるものだった。

 散々酒場の屋上でバギーがブッ放した特別な砲弾、それを今度は、ルフィたちが体験することとなったのだ。

 

「ぬあっ‼」

「きゃあ⁉」

 

 瓦礫や砂塵と一緒に吹き飛ばされ、地面に転がされるナミたち。

 いち早く起き上がったプードルが、怒りに顔をゆがませた。

 

「んぬ…わしの家まで!!!」

「あ!!! ゾロが寝てんのに!!!」

 

 今吹き飛ばされた家には、傷つき休んでいるゾロが眠っているはずなのだ。

 最悪の結果が脳裏をよぎり、プードルやアルモニの表情が変わった。

 

「死んだか…⁉ 腹まきの小童…‼」

「うそでしょォ…⁉」

「おい、ゾロ、生きてるかぁ!!?」

 

 黙々と立ち上る土埃と瓦礫の山の中に向けて、外から必死に呼びかける。

 すると、ガラガラと瓦礫の一部が盛り上がり、二日酔いの後のように頭を抱えたゾロが体を起こした。

 

「あ――寝ざめの悪ィ目覚ましだぜ」

「よかった! 生きてたか!」

「……何で生きてられるのよ…‼」

「ほんっと頑丈だな、あの人…」

 

 ルフィは仲間の無事を素直に喜ぶが、ナミもエレノアも無事でいることに呆れるほかにない。

 プードルも安堵しながら、破壊された自宅を見て胸を押さえた。

 

「……‼ 胸をえぐられる様じゃ…!!! こんな事が許されてたまるか!!! 二度も潰されてたまるか!!! こんな事では、我が友ヴィルヘルムに合わせる顔がない!!!」

「町長…」

「突然現れた馬の骨に、わしらの40年を消し飛ばす権利はない!!! 町長はわしじゃ!!! わしの許しなくこの町で勝手なマネはさせん!!! いざ勝負!!!」

「ちょっ…ちょっと待って町長さん」

「勝負って…そんな騎士道精神海賊が持ってるわけないじゃん!」

「はなせ娘っ‼」

「あいつらの所へ行って何ができるのよ‼ 無謀すぎる‼」

 

 ナミやアルモニが必死に止めるも、老人とは思えない力でプードルは引きはがそうとする。

 それでも引き留めようとする二人に、プードルは叫ぶ。

 その目に、涙をためながら。

 

「無謀は承知!!!!」

 

 その必死の形相に、思わずナミとアルモニの手が離れる。

 怒りや悲しみ、悔しさが入り混じった男の姿に、娘たちは二の句を告げなくなっていた。

 

「待っておれ、道化のバギーっ!!!」

 

 止める間もなく、プードルはがしゃがしゃと鎧を鳴らしながら走り出していく。

 アルモニはなおも引き留めようとするが、自身の中にあった同じ気持ちや無力感が邪魔をして、その手は力なく落とされた。

 

「町長…」

「行かせてあげなよ。理屈や正論じゃ納得できないものってあるから…」

 

 呆れながら、どこかほほえましそうにプードルを見送るエレノアが、アルモニの肩をたたく。

 今の今まで寝ていたゾロには人物関係はわからないが、とにかく状況が変わりつつあることは察していた。

 

「なんだか盛り上がってきてるみてェだな!」

「しししし! そうなんだ」

「笑ってる場合かっ‼」

「あんた達ねェ…」

 

 のんきに笑う二人に、エレノアが多少は空気を読めと肩をすくめる。

 しかし二人のことはとりあえず放置し、エレノアは気になっていたことを尋ねようと、アルモニの顔を覗き込んだ。

 

「ところでアルモニ? あんたの言ってたパパって、エイゼルシュタイン教授のこと?」

「! パパのこと知ってるの⁉」

「…まァ、ね」

 

 予想が当たった、とエレノアは興味深そうに街を眺める。

 田舎の島にしてはなかなか発展していると思ったら、自分の知る人物が関わっていようとは。しかも、町長の友人だとか。

 町を見渡すエレノアに、アルモニはどこか誇らしげに語り始めた。

 

「あなたにわかるかは知らないけど、パパもお姉ちゃんもすっごい力を持った人たちなの! 二人がいれば、海賊になんて絶対負けないのに…今はなんか偉い人の所で働いてて来られなくて……」

「…………なるほど」

「…私も、パパみたいに町のみんなの力になりたいのにうまくいかなくて…。パパも教えてくれないし…だから、町長の気持ちはわかるつもり」

 

 悔し気に言葉を漏らすアルモニを、エレノアはじっと見つめる。まるで、過去の自分とアルモニを重ねてみているように。

 やがてエレノアは、フードの下で不敵な笑みを浮かべた。

 

「よし、いっちょやったるか!」

「え?」

「大丈夫! おれはあのおっさん好きだ! 絶対死なせない‼」

 

 ルフィもエレノアの決断に賛同し、ぱしんと拳を手のひらに当てる。

 アルモニは一瞬言葉を失い、出会ったばかりの者たちがなぜか立ち上がろうとしていることに戸惑う。

 

「な、なんで? なんで何の関係もないあなた達が…」

「いーからいーから」

 

 ぐいぐいとアルモニの肩を押し、待ってろと言わんばかりに道の端に寄せていく。

 あまり波風を立てずに終わらせようと考えていたエレノアの体は今、やる気に満ち溢れていた。

 

「『十賢』の一人が築き上げた町か…ちょっと興味が出てきたな」

 

 その誉れ高き名をつぶやき、エレノアは笑みを浮かべる。

『十賢』。それは高い技術と深い知識を有する者に、高名な一部の錬金術師に与えられる、術師の尊敬の象徴。

 そういう立場や地位があるわけではない、しかしそう呼ぶにふさわしいと多くの人に認められた証を有する者の名であった。

 アルモニの父があの賢者というのには驚いたが、彼が『十賢』の名を手にしたルーツがここに見えた気がする。

 ぐっぐっと屈伸し、コンディションを高めていくエレノアに続くように、ゾロも刀の調子を確認し始めた。

 

「あんたも行くの? お腹のキズは」

「治った」

「治るかっ‼」

「ハラの傷より…やられっぱなしで傷ついたおれの名のほうが重症だ。いこうか!」

「ああ、いこう」

「どんときやがれってんだ!」

 

 一人はプライドを傷つけられた分を返しに。

 一人は自分が気に入った人物を死なせず、野望へ続く地図を手に入れるために。

 一人は知り合いが作り上げたという町に単純に興味を持ち、これ以上好き勝手させないために。

 三者三様のやる気を見せる海賊たちに、ナミは極めて面倒くさそうに顔を手で覆った。

 

「あっきれた…」



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第10話〝VERSUS‼〟

「ひゃ―――っはっはっはっは‼」

「やれやれェ船長ォ!!!」

「バ…バケモノめ………!!!」

「おれは後に〝偉大なる航路(グランドライン)〟を制し‼ 全世界にハデに輝く財宝を全て手中に収める男だ!!! 世界の宝はおれのもの! この世におれ以外〝宝〟を持つ者など必要ない!!!」

 

 正々堂々と戦うことなく、プードルの首を切り離した手で掴み上げ、バギーはあざ笑う。

 じたばたともがき、首を掴む手を殴りつけるが、それは自分で自分を傷つける行為と同じだった。

 

「そんなにこの町が大切だと言うんなら、一緒に消し飛べてさぞ本望だろう」

「なんじゃと貴様…‼ わしと戦え!!!」

「おいおい…自惚れンな…ブッ放せ!!!」

「この町は潰させん!!! わしと戦えェ!!!!」

 

 大砲の砲門を向けたまま、バギーは手下に点火を命じる。

 抵抗むなしく、町もろともプードルが散ってしまうかと思われたその時、バギーの目が大きく見開かれた。

 

「! 麦わらの男っ…!!!」

 

 老人の首を掴んでいた自分の手が、探していた生意気な麦わら帽の青年に外される。

 帽子のつばの下から、ルフィは不敵な笑みを浮かべて見せた。

 

「約束通り、お前をブッ飛ばしに来たぞ!!!」

「よくもノコノコと自分から…‼ 貴様ら!!! 現れたな!!!!」

 

 怒りを再燃させるバギーの目の前に、散々暴れて逃げ回っていた連中が次々に姿を現していく。

 ナミもまた標的に数えられながら、隣にいるゾロに口を酸っぱくして忠告していた。

 

「いーい? 戦うのはあんた達の勝手だけどね、私は海図と宝が手に入ればそれでいいの」

「ああ、わかってる」

「ていうかなんであんたもいるの?」

「えっと…なんか気になっちゃって」

 

 エレノアはさらっと一行に交じっているアルモニを見やり、てへっと舌を出す少女に呆れてため息をつく。

 解放されたプードルは、血を吐きながらも立ち上がり、自分をかばうように立っているルフィたちを押しのけようとした。

 

「小童共…アルモニ…何しに来たんじゃ、余所者や小童はひっこんでおれ。これはわしの戦いじゃぞ‼ わしの町はわしが守る‼ 手出しは無用じゃ!!!」

 

 そう言って、取り落とした槍を拾って再び突撃しようとするプードル。

 するとルフィは彼の後頭部を掴み、手ごろな場所にあった壁に手加減しながら叩きつけた。

 

「!!?」

 

 ごんっ、と鈍い音が響き渡り、いきなり頭部にダメージを負ったプードルは、白目をむくとその場にずるずると崩れ落ちる。

 突然のことに誰もが反応が遅れ、理解するまでに時間がかかっていた。

 

「……な!!!」

「は⁉」

「町長―‼」

「………」

 

 ルフィの蛮行に、ナミやアルモニだけではなくバギーも面食らっていた。

 ゾロやエレノアだけが取り乱さずにいる中、ナミとアルモニはすさまじい形相でルフィに詰め寄った。

 

「あ…‼ あんた‼ なんてことすんのよ!!! 何で町長さんを……!!!」

「邪魔!!!」

 

 身もふたもない言葉に今度こそ絶句する二人。

 ゾロはため息をつくと、地面に倒れたプードルを面倒くさそうに見下ろした。

 

「上策だな…」

「ほっといたらこの人、間違いなく死にに行く気だもんね。気絶してもらってた方がこっちも安心だし」

「無茶するなっ‼」

「町長になんてことすんのさ余所者っ‼」

 

 仮にも老人に対して行う所業ではないとナミは怒り、慕っている町長への乱暴にアルモニは怒鳴りつける。

 ルフィはそんな二人の猛抗議も気にすることなく、大きく息を吸い込むとバギーに向かって声を張り上げた。

 

「デカッ鼻ァ!!!!」

 

 再びその場にいた全員が絶句する。

 自分が最も気にしている言葉を二度にもわたってはっきり口にされたバギーは、わなわなと肩を震わせると悲鳴のような怒号を上げた。

 

「ハデに撃て!!! バギー玉ァ!!!! 消し飛べェ!!!!」

 

 慌てて点火された大砲から、四発目の砲弾が発射される。

 今度は身を隠す壁も、盾にする瓦礫もありはしない。受ければ致命傷は確実の強力な砲弾が、見る見るうちにルフィたちに迫っていった。

 

「何言い出すのよバカァ!!!」

「ぎゃ―――っ!!!」

「おいルフィ‼ 逃げるんだ!!! 吹き飛ぶぞ!!!」

「さーて、それはどうかなァ…?」

 

 大慌てでその場から退避しようとする面々だが、ルフィとエレノアだけはまったく動揺する様子はない。

 ルフィは4人の前に陣取ると、両足を踏ん張って足場を確保し、再び大きく息を吸い込んでいく。

 

「そんな砲弾(もの)がおれに効くかっ。〝ゴムゴムの…風船〟っ!!!!」

 

 今度は声として発するのではない。体の中に取り込み、ゴムの体を膨らませることで自身を大きく丈夫な風船に変える技を繰り出した。

 目を見開く周囲の目の前で、風船となったルフィの腹に砲弾が優しく受け止められる。

 ゴムの体は伸びに伸び、限界にまで達すると今度は砲弾を反対側へ弾き飛ばす。面食らった様子で固まるバギー一味のもとへ、砲弾は容赦なく牙をむき、大爆発を起こしたのだった。

 

「………先に言えよな」

「言ったでしょ。それはどうかなって」

 

 呆れるゾロとエレノアの前で、元に戻ったルフィが上機嫌にブイサインを送る。

 

「よっしゃ‼ 敵がへった‼ やるか‼」

「あんた一体何なのよっ‼」

「バケモノだ―――っ!!!」

「人騒がせな…」

「にゃははは」

 

 異常な現象にナミやアルモニが騒ぎ立てる。

 バギーも大概ものすごい能力を持っていたが、それまで普通の人間だと思っていたルフィまでもが人外だと知って驚くほかになかった。

 

「説明してよ‼ だいたいおかしいと思ったわ‼ ライオンと戦ってきた時からね‼」

「人間業じゃない…何なの今の風船みたいにふくれたの‼」

「ゴムゴムの風船だ‼」

「「それが何かって聞いてんのよっ‼」」

 

 説明になっていない、ただの技名を自信満々に語られ、ナミとアルモニは仲良く絶叫する。

 しかし、身内で話し合っている暇などなかった。

 

「よくもまァハデにやってくれたもんだ………」

 

 吹き飛んだ酒場の瓦礫の中から、立ち上がる人影と声が届く。

 無傷で立つ、船長バギーと参謀長カバジ、そして機械腕の男ガンツ。二人は手近な位置にいた手下やライオンのリッチーを前に差し出し、盾にすることで砲弾を防いでいた。

 

「旗揚げ以来最大の屈辱ですね、船長」

「おれァア、もう怒りで、何も言えねェのよ…」

「クックっクック…」

 

 役目を終えた手下を、使い捨ての道具のように放り捨てる彼らにナミは絶句する。

 そんな彼らの後ろで、今の今まで気絶していたモージが呻きながら目を覚まし、惨状に気がついた。

 

「げっ‼ 麦わらの男に変なガキ‼ バギー船長、あいつらにはお気をつけを‼ 奴も〝悪魔の実〟の能力者なんです‼〝ゴム人間〟なんです!!! ガキの方も妙な力を使うんです!!!」

「ゴム人間⁉」

「うん、ほら」

 

 モージの指摘に、初めて知ったナミが振り向くとルフィが頬を引っ張って肯定する。

 バギーはようやく納得がいったという表情で目を細め、ルフィを睨みつけた。

 

「……悪魔の実を…!!! バギー玉もはね返す訳だ…しかし、モージ…知ってたんなら」

 

 おもむろにモージの襟首をつかむと、バギーは自分の手を切り離し、ルフィに向かって発射させた。

 報告を怠った罰と、そのせいで手ひどい一撃を食らった腹いせのために。

 

「なんで、それを早く言わねェんだ!!!」

「一応、言いました!!!」

 

 モージの名誉のために言うが、彼はちゃんと報告していた。

 ただ意識が途切れてまともにしゃべれなかったのと、バギーが早とちりしただけで言うには言っていたのだ。

 しかし憐れなモージは目前に迫ったルフィに蹴り飛ばされ、再び気絶させられてしまった。

 

「開戦だ‼」

「よっしゃ!」

 

 崩れ落ちるモージを合図に、ルフィたちは戦闘態勢に入る。

 するとバギー一味のカバジとガンツが勢いよく飛び出し、ルフィに向かって鋭い刃を突き出した。

 

「バギー一味参謀長〝曲芸〟のカバジ‼ 一味の怒り、この私が請け負う!!!

「ひゃはははァ‼ 今度こそおれの最強の力の餌食になりやがれェ!!!」

 

 間抜け面を切り裂いてやろうと振るわれる剣と爪。

 しかしそれは、横から差し出された刀と地面からせりあがった土の盾によって阻まれ、奇襲は失敗に終わった。

 

「剣の相手ならおれがする!」

「こいつの相手は私に任せて、ルフィは本命をどうぞ!」

 

 雪辱を果たそうと燃えるゾロと、やや不機嫌そうな様子のエレノアが、そういって構えなおす。

 ガンツは取り逃がした獲物が自分から現れたことで歓喜し、土の盾を破壊して自慢の鉤爪を振り回した。

 

「ヒャハァ!!!」

 

 力任せながら、油断ならない膂力のそれをエレノアは軽々と躱し、とんとんとステップを踏みながら距離を取る。

 隙を突き、顎でも打ち抜いてやろうと地面に手をつき、土の柱を錬成していくが、ガンツの鉤爪はそれをやすやすと切り裂いて見せた。

 

「うおお! すっげェ‼」

「なんて切れ味なのよ……⁉」

 

 体格差では圧倒的な不利な組み合わせに、目的を一瞬忘れたナミが絶句する。

 その隣で、なぜかアルモニがエレノアを信じられないというような目で凝視していた。

 

「〝オクトパスクロー〟!!!」

 

 機会の腕の手甲に刻まれた円陣が輝くと、案の定名前の通りタコの足のように伸びてしなる爪がエレノアに襲い掛かる。

 縦横無尽に向かってくるそれらの凶器をエレノアは紙一重でかわし、その奇妙な攻撃の原理を考察する。

 

「錬金術で長さと柔らかさを自在に変化させてるのか…で? それだけなの?」

「ちょこまかよけやがって‼ お前の能力はその程度かァ!!?」

 

 再び陣が光り、爪の数が倍になる。

 それでもエレノアを捕らえることができず、次第にガンツの表情が苛立ちに満ちていく。

 

「逃げてばかりじゃ退屈だぜェ‼ ちっとは向かってきたらどうだァ⁉」

 

 挑発するも、エレノアは避け続けるばかりで今度は錬金術を使う様子もない。

 それが、お前は術を使わずとも十分な存在だとでも言われているようで、ガンツは怒りに顔をゆがませていった。

 だが、その怒りはよそにまで影響を与えた。

 

「きゃああっ!!!」

 

 傍観していたアルモニのすぐ近くに、ガンツの触手の爪が迫ったのだ。

 さすがのエレノアもそれには焦り、地面を錬成してアルモニを守る盾を作り出す。

 それは触手の一撃を受けて抉れはしたものの、アルモニを守るには十分な強度だった。

 

「もらったァ!!!」

 

 意識がそれた隙を狙い、ガンツが残りの爪をエレノアに向かわせる。

 エレノアの目はアルモニに向いていて、ガンツの攻撃は避けられそうにない。

 勝った、とガンツが口元を笑みに歪めた瞬間だった。

 

「少しは頭を使いなよ…」

 

 バシンッ!!!と凄まじい閃光が走ったかと思うと、エレノアの姿が一瞬見えなくなる。

 まぶしさに思わず目を腕で覆うガンツだったが、くらんだ視界の中で急速に迫る人影がうっすらと見えた。

 

「ぶごァ!!?」

 

 顔面に突如強烈な蹴りを食らい、ガンツの体がぐらりと傾ぐ。

 鼻を押さえながらたたらを踏んで後ずさると、自分の顔面を蹴り飛ばした不届き者を睨もうと目を凝らす。

 そして、その表情を驚愕でゆがませた。

 

「……ちょっとぐらい遊んでやろうかと思ったけど、気が変わった」

 

 ガシャン、と金属音を立てて、ガンツを蹴り飛ばした張本人が降り立つ。

 その声はエレノアのものであったが、姿は全く変わっていた。

 

「え⁉ だ、誰!!?」

 

 ナミが戸惑うほどに、エレノアの変貌はすさまじかった。

 7、8歳ほどだった背丈はナミより少し低いぐらいにまで伸び、胸や尻も非常に育ってローブを下から持ち上げている。

 フードの下から除く顔立ちも大人びて、鋭く尖った視線がガンツを射抜いている。

 まるで急速に大人になったように、エレノアの体は大きく変わっていた。

 

「おお、久々に見たな、あれ」

「あ、足が伸びっ…いや、なんだその姿は!!?」

「あんたごときに錬金術を使うのはもったいない…だから、あんたの好みに合わせて迫撃でお相手させてもらう」

 

 言うが早いか、エレノアはガンツに向かって突進する。

 慌てて触手爪で迎撃しようとするガンツだが、以前よりも速くなったエレノアには微塵もかすらない。

 それどころか、高く跳躍したかと思うと襲い来る触手爪を足蹴にし、踏み越えてどんどん加速していく。

 

「しかと見ておけド三流………錬金術をそんな児戯と一緒にするな!!!」

 

 怒りをにじませた目をフードの下に見て、ガンツは初めて恐怖で顔をゆがませた。

 

「う…うおわああ‼ 来るなあああ!!!」

 

 悲鳴を上げて、残った生身の腕を振り回すが何の意味もない。

 急接近していくエレノアの右脚のすねから、シャキンと刀のような刃が展開して爪先に装填される。

 まるでいくつもの舟を跳び越えていくようにして、エレノアはガンツに刃を振るった。

 

壇ノ浦・八艘跳(だんのうら・はっそうとび)〟!!!!

 

 横なぎに似た回し蹴りが、ガンツの体を切り裂く。

 ドパッと噴き出す鮮血に彩られながら、ガンツは心底信じられないという表情で膝をついた。

 

「バカな……‼ このおれが…誰にも負けたことのない最強のおれが…!!!」

「最強だとか無敵だとか…あんまりそういう意味のない大言を口にしないほうがいいよ。器が知れるだけだから」

 

 ひけらかすだけの強さに、成長など見込めるはずもない。

 少なくともエレノアの知るうちに、己こそが世界で最も優れていると天狗になった錬金術師(同業者)は他にいなかったと記憶していた。

 

「じゃあね、自称・最強さん。格の違いが分かったかな?」

 

 せめてものはなむけにそう告げ、エレノアは悠々と降り立つ。

 爪先から伸びた刃が収納されると同時に、もう一度パンッと手に平を合わせたエレノアは光に包まれ、元の子供の姿に戻っていた。

 傍らでは、カバジの曲芸剣技と卑怯な戦法に苦戦したゾロがカバジを仕留め、終了とばかりに刀を収める。

 最初の戦いは、ひとまずルフィ側の勝利で終わった。

 

「ガンツを一撃で…‼ ただものじゃねェなあのガキ…‼」

 

 ガンツの力が相応のものだと認識していたバギーは、それを圧倒したエレノアを思わず凝視する。

 沈黙が支配する中、ほっと一息をつくエレノアのもとにふらふらとアルモニが近づいていった。

 

「錬金術…あなたが、錬金術師…?」

「! アルモニ…」

 

 今になって、アルモニに今の術を見せたのはやりすぎだったかと後悔する。

 アルモニが父ヴィルヘルムのこと尊敬しているという事は、彼が錬金術師であることも知っているのだろう。

 彼のもとで学びたいとも言っている彼女からすれば、海賊である自分がそれを使っているのは嫉妬の的になるのではないだろうか。

 気づきはしたものの、もう遅い。アルモニはエレノアの目の前で立ち止まり、うつむいていた。

 

「……ごい……」

「へ?」

 

 こぼれた声はよく聞こえなかった。

 さっと上げられたアルモニの顔は、興奮と尊敬でキラキラと輝いていた。

 

「すご――――い!!! あなたって錬金術師だったのね!!? すごいじゃない!!! あのむかつく海賊を一撃でのしちゃったよ!!!」

「お、おお?」

「ねェ教えて‼ あたしに錬金術を教えて!!! まだ基礎もできてないけど、陣もなしに自分の体を変えられるなんてすごい錬金術師だよね!!? あたし頑張るから錬金術を教えてよ!!! ねェおチビちゃん、教えてよ!!!」

「おチッ…‼ それが人にものを頼む態度か!!!」

 

 不名誉な呼び方にムッとなるエレノアだったが、アルモニは全く気にせずにエレノアの肩をガッと掴む。

 その予想以上の力に、エレノアは圧倒されていた。

 

「そもそも私は海賊だよ‼ あんたにものを教える資格も義理も…!!!」

「なんでもするから!!! だからお願い!!! 弟子にしてよ!!! ねェねェねェねェねェ!!!!」

「あーもううっとうしい‼ ルフィ、あとは全部任せたから!!!」

 

 ぐいぐい迫ってくるアルモニを押し返し、エレノアはその場からの一時離脱を選択する。

 ぽかんと突っ立ったままの他の者をほったらかしにし、逃げ出したエレノアを追ってアルモニも走り出していった。

 

「待って―――‼」

「…何だ、あのガキ…」 

「ルフィ………おれは寝るぞ」

 

 思いもよらない展開にバギーも呆然とし、体力の限界に達したゾロも頭に巻いた布を外してその場に倒れる。

 

「おう、寝てろ。あとはおれがやる」

 

 残されたルフィは、当初の目標であるバギーに挑戦的な笑みを浮かべた。

 ここから先は、船長同士による決闘の時間だ。

 一味の期待を一身に背負い、猛る闘志を抱いた若き海賊は懸賞首に挑みかかった。

 

 

「弟子にして――――!!!」

「もう勘弁してよ!!!」

 

 ただし追われたままのエレノアには、それどころではなかった。



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第11話〝最初の一歩〟

「ぜェ…ぜェ…‼ あの子なかなか根性あるな…‼ とうとう町一周しちゃった…‼」

 

 アルモニに追われ、敵と戦ったすぐ後に走り続ける羽目になったエレノアが、息切れしながらこぼす。

 本気で逃げ続けたのだから、振り切ったはずだろうと後ろを振り向く。

 

「さすがにもう追っては…」

「弟子にしてくれるまであきらめないっ‼」

「ふぎゃ――――っ!!?」

 

 必死の形相で、至近距離にまで張り付いていたアルモニを目にして、エレノアが悲鳴をあげた。

 おそるべき執念である。

 

「なんなの⁉ あんたのその底なしの根性は一体何なの!!?」

「だから言ってるじゃない‼ 私はパパみたいにみんなの役に立ちたいんだよ‼ そのためなら、私はなんだってやってやる!!!」

「……‼ 強情なっ‼」

「パパもお姉ちゃんも教えてくれない…‼ どうせ使えないって‼ 才能がないからムダだって‼ あたしは真剣なのに…真剣にパパやお姉ちゃんに認めてもらいたいのに!!!」

「…………」

 

 アルモニの慟哭に、エレノアはなぜか言葉に詰まった。

 心の底から悔しそうな表情や、握り締められた手に表れている感情に、何か思うことがあったらしい。

 しばらくしてエレノアは徐々に速度を落とし、途中で立ち止まった。

 アルモニは思わず笑顔になり、大きく肩を揺らして息を切らせながらエレノアを見つめた。

 

「はァ……はァ……教える気になってくれた⁉」

「………悪いけど、私はあんたの師匠にはなれないよ。その資格も暇もない」

「……ッ‼ 資格がないなんて思わない‼ あなたはすごい錬金術が使えるし、それをひけらかしたりしない!!! 暇がないなら、私があなたの行くところについていく!!! だからっ……!!!」

「…私は海賊だよ」

「じゃああたしだって海賊に……‼」

「いい加減にしろ!!! 軽い気持ちでその言葉を口にするな!!!」

「軽い気持ちなんかじゃない!!! 真剣にあたしは錬金術師になりたいんだ!!!」

 

 何度言っても、アルモニは諦めるつもりはないらしい。

 弟子を取るつもりも、況してや他人に錬金術の手ほどきをする気などないエレノアは難しい顔で黙り込み、真剣な表情を見せるアルモニを見つめ返す。

 やがてエレノアは、大きなため息をついた。

 

「しょうがない…これだけはあんたに見せたくなかったんだけど」

 

 エレノアは観念したようにつぶやくと、自分が履いていた長いブーツのジッパーをおろしていく。

 太ももまで覆う、刃を収納するためのスリットなどを備えた特殊なブーツをするすると脱ぎ、その下に隠された自分の足をアルモニの前に晒していく。

 露わになったのは、銀色の機械の足だった。

 

「……何? その、足……」

「…錬金術師の…私の業だよ」

 

 甲冑などではない、太ももから下がまるまる金属でできた足に成り代わっているのだ。

 エレノアが抱える想像以上の闇に、アルモニは言葉を失った。

 

「これはね、人として侵してはならない神の領域に踏み込んだ私の罪なんだ。師匠にだって禁じられていた、錬金術師の最大の禁忌…それを侵してしまったの」

「………‼」

「私は後悔なんかしちゃいない。こんな姿になってまで、取り戻したかったものがあるから…でもだからこそ、私はあんたに錬金術を教えるわけにはいかない。教えていいはずがない」

 

 アルモニに才能がないから、やっても無駄だからと否定したわけではない。

 罪を犯した自分にはそんな資格がないから、エレノアはアルモニに錬金術を教えようとは思わなかったのだ。

 

「教授があんたに教えないのもそう……錬金術は誰もが幸せになれる都合のいい力なんかじゃない。相応のリスクを覚悟しないと、命の危険だってありうる。あんたの父親や姉は、あんたにそんな風になってほしくないから禁じているんじゃないのかな」

 

 アルモニの父親も姉も、彼女を軽んじているのではない。

 娘を愛し、妹を心配しているからこそ、大きなリスクを背負う錬金術から遠ざけようとしていたのだと、エレノアはそう感じていた。

 

「…でなきゃあの人が、自分の娘にそんなことを言うはずがない」

「どうしてそんなことわかるの…?」

「…私が認めた、偉大な錬金術師だからだよ」

 

 エレノアは、かつて相対した偉大な術者を思い出す。

 賢者にふさわしき実力と人格を有したあの男を、エレノアは高く評価していた。

 

「私なんかに頼らなくても、きっとこの先素敵な師匠に出会えるよ。……海賊に教えを請おうなんて思わなくてもね」

 

 厳しいかもしれないが、これがアルモニにとっても最良の答えだとエレノアは思う。

 俯いてしまったアルモニを置いて、エレノアは先へ行こうと歩き出した。

 

「じゃあね」

「……でも‼」

 

 去っていく小さな背中に、アルモニは叫ぶ。

 自分を卑下し、アルモニを傷つけない断り方をしてくれた彼女を、アルモニは嫌えなかった。

 

「あなたは…助けてくれたよ? 海賊に殺されそうになった私を…助けてくれたよ?」

 

 エレノアは振り向かず、その場でアルモニの言葉を聞く。

 アルモニは惜しそうに唇を噛み締めながら、命の恩人にして尊敬する先輩に笑顔を向ける。

 

「あなたに弟子にしてもらうのはあきらめるよ………でもね‼ 錬金術はあきらめないよ⁉ いつか絶対すごい錬金術師になって、今日助けてもらった恩を返せるくらいになってみせるよ!!! …そんな事ぐらい、願ってもいいでしょ?」

「…そっか。じゃあせいぜい頑張りなよ」

 

 実に前向きなアルモニの決意に、エレノアは内心で微笑ましさを感じながら振り向く。

 そこまで固い決意と情熱があるならば、攻めてもの選別に言葉を送るぐらいはしてやろうと、優しい笑みを浮かべた。

 

「一つだけ教えてあげるよ。錬金術の基礎は『等価交換』…あんたが本気でそこまで錬金術師を志すなら、その思いを失わないで」

 

 言葉の意味を探るアルモニに苦笑し、エレノアは彼女なりの声援(エール)を送る。

 

「あんたの夢がその思いに釣り合うかどうかは……あんた次第だよ」

「………!!! うんっ!!!」

 

 アルモニは一瞬あっけにとられながら、エレノアのアドバイスに希望を抱いたのか満面の笑みを浮かべる。

 大きな一歩を踏み出しつつある少女をまぶしそうに見つめ、エレノアはアルモニに見送られながらその場を後にした。

 

 

 そこから時間をかけ、バギーたちがいた場所へと戻ってきたエレノア。

 もういい加減、ルフィたちも問題を解決して静かになっている頃だろう、と予想して、路地裏から顔を出した。

 

「やー、ただいま…」

 

 とりあえず労ってやろうと片手をあげる。

 が、帰ってきたのは仲間の声ではなかった。

 

「あっちにも仲間がいたぞ‼」

「捕まえろォ‼」

「ふぎゃ―――っ!!?」

 

 険しい形相で、槍やらモップやらで武装した町民らしき男たちに追われ、エレノアは悲鳴をあげながら走り出した。

 海賊ゆえに仕方がないが、あまりに急なことで理不尽にしか思えなかった。

 

「あんたたち何やってんのよォ⁉」

「文句はこいつに言ってよ‼」

「なっはっはっはっはっは‼」

 

 前を走る、財宝を抱えたナミやゾロを担ぐルフィたちを怒鳴りつけるも、ナミも不本意だったのか怒号が返ってくる。

 のんきに笑うルフィの笑い声が妙によく聞こえた。

 このまま港まで追いかけられ続けるのかと思った時、町民たちの前に割り込む影があった。

 

「ワン!!!」

「うおっ」

 

 思わず足を止めた町民たちの前で、ペットフード屋の番犬シュシュが勇ましく吠えた。

 思わぬ事態に町民たちは戸惑って立ち止まり、ルフィたちは驚きの声をあげる。

 

「シュシュ!」

「犬っ」

「おい、シュシュ‼ そこをどけ‼」

「あいつら悪い海賊なんだ‼」

「ワン‼ ワン‼」

 

 魚屋のオヤジや本屋の主人に言われても、シュシュはその道を譲ろうとはしなかった。

 宝物の仇をとってくれた恩人たちを逃がすため、忠犬は必死に時間を稼ごうとしてくれていた。

 

「グルルル…‼ ワンワン‼」

「どうして邪魔をするんだシュシュ‼」

「シュシュ‼ そこを通せ!!!」

「ワン‼ ワン!!! ワン!!!」

 

 怒鳴られても、シュシュは決して動こうとはしない。

 その姿は、かつてペットフード屋を一匹で守り続けていた時よりも大きく、たくましく見えた。

 

 

「はあー、怖かった。シュシュのお陰で何とか逃げきれたわ。なんで私達がこんな目にあわなきゃなんないの?」

「いいだろ、別におれ達の用は済んだんだから!」

「そりゃそうだけどさ」

 

 とんだとばっちりにぶつぶつ言いながら、ナミはバギーから奪った財宝を抱え直す。

 財宝にこだわるだけあって、バギーのお宝は質が良かったらしく、それなりに儲かって機嫌がいいらしい。

 そうこうしているうちに、一行は自分たちの船が停められている港にたどり着く。

 ルフィはナミが乗ってきたと言う船を見て目を輝かせた。

 

「これ、お前の舟なのか? かっこいいな―‼ いーなー」

「……そうは思わないけど、私は。バカな海賊から奪ったの」

「…ああ、あいつらの」

 

 ナミの言葉に、エレノアはこの島にくるきっかけとなった三人組のことを思い出す。

 そういえば今、どこで何をやっているのだろうか。

 

「待ってたぜ泥棒女っ!!!」

 

 そんなエレノアの考えが何か作用したのか、ナミの船の中から三つの影が立ち上がった。

 そのタイミングの良さに、エレノアは呆れてしまう。

 

「あ…あんた達は…」

「ここにいれば帰ってくると思ったぜ」

「ぐっしっしっし。まさか、この港で盗まれた船に出会えるとは思わなかった」

「おれ達を忘れたとは言わせねェぞ…‼」

「うん。よく覚えてるよ」

 

 頭痛を覚えながら、エレノアはバギー一味の三人組の標的となっているナミの前に立つ。

 何か言いかけていた三人組は、立ちふさがるエレノアを見てさっと顔を青ざめさせ、ついで驚愕と恐怖に引きつらせた。

 

「!!!? ぎいや~~~~~~~っ!!!」

 

 三人組はまるで悪魔か怪物にでも遭遇したかのように、泣き喚きながら叫び声をあげ、自ら海へ飛び込んで逃げ出していってしまった。

 後に残されたルフィは不思議そうに三人組が消えた方を眺め、首を傾げた。

 

「知り合いだったのか?」

「…さあね♪」

 

 何やら上機嫌のナミは朗らかに笑い、なぜか隣に立っているエレノアの頭を撫でた。

 

「よし、行くか!」

「ナミ、その帆、バギーのマークついてるけどいいの?」

「そのうち消すわ」

 

 血が減って動けないゾロを乗せ、財宝を積み込み、ルフィたちは出航準備を終える。

 風は良好、波も穏やか。絶好の航海のチャンスにルフィたちは早速船を出した。

 

「おい、待て小童共!!!」

 

 だいぶ沖に出た四人の方へ、大きな声がかけられる。

 意識を取り戻したプードルが、ルフィにやられた傷跡もそのままに波止場に立っていた。

 決死の覚悟を決めて突撃しようとしたらそれを妨害され、気絶している間になんの関係もない連中に大切な街を救われていた。

 その悔しさよりも先に、プードルの口からはこらえきれない思いが溢れ出していた。

 

「すまん!!! 恩にきる!!!!」

 

 滂沱の涙を流しながら、送られた感謝の言葉にルフィは明るく笑う。

 

「気にすんな‼ 楽に行こう‼」

「言葉もないわ…‼」

 

 自分の喜びを、感謝をそれ以上の言葉にすることもできず、プードルは「良い」海賊たちの姿が見えなくなるまで見送る他にない。

 その隣に、慌てて駆け寄ってきたアルモニが立ち止まり、息を切らせながらも声を張り上げた。

 

「エレノア―――っ!!!」

 

 名を呼ばれ、振り向いたエレノアは大きく手を振るアルモニに目を丸くする。

 何事かと首をかしげるエレノアに向けて、アルモニは大きく叫んだ。

 

「私っ!!! いつか立派な錬金術師になるからっ!!! その時また逢おうね―――っ!!!!」

「………そんな大声出さなくても、わかってるよ」

 

 呆れながらもエレノアは、後輩の希望に満ち溢れた表情を見て安堵のため息をつく。

 きっと彼女は、大きく成長することだろう。

 挫折も失敗も経験し、大きな夢を持った少女は高く羽ばたいていくことだろう。

 その光景を見られないこちは確かに残念だが、あの笑顔を見られただけで満足だ。

 

「しししし!」

 

 ルフィはそんなエレノアを愉快そうに笑い、エレノアはなんとなく腹が立って肘でつつく。

 遠く離れていく船の影を追い続けていたアルモニは、やがてぎゅっと強く拳を握りしめた。

 

「よし‼ やるぞ‼」

 

 ここに、大きな夢を持った少女の一歩が、踏み出された。



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第12話〝キャプテン・ウソップ〟

珍獣の島は飛ばします。
内容ほぼ丸々コピーになりそうだから。


「無謀だわ」

 

 二艘並んで海を進む船の上で、真剣な表情のナミがそう呟く。

 それに真面目に頷いたのは、悲しいことにエレノア一人だけであった。

 

「まァ……そうだよね」

「何が?」

「このまま〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入ること!」

「冒険に耐えられるだけのちゃんとした船…装備…食糧…船員の数…数えだしたらきりがないよ」

 

 ローブの下から手を出し、指折り必要なものを数える旅にエレノアの表情は険しくなっていく。

 一直線に〝偉大なる航路(グランドライン)〟を目指してきたものの、あらゆる物資が不足している今の状態で挑めばたちまち返り討ちにされるだろうことは明らかだった。

 

ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を求める猛者がうようよしてる海だし、そいつらが乗ってるのも強力なやつだよ」

「あんた、あの変な力で船作ったりできないの?」

「ムリムリ。錬金術師っていうのはどっちかっていうと研究者寄りだからさ、修行を積んだ本業の人にはかなわないよ」

「どっちにせよ、ちゃんとした準備が必要不可欠ってことね」

 

 頼りにはできないと察したナミはため息をつき、肩をすくめて進行方向に目を向ける。

 ともかく今は、次の島に到着することが先決だ。

 

「ここから少し南へ行けば村があるわ。ひとまずそこへ! しっかりした船が手に入ればベストなんだけど」

「小さな村みたいだし…望みは薄そうかなァ」

「肉を食うぞ!!!」

 

 不安げに舵をとるナミとエレノア、能天気に腹を鳴らすルフィに眠りこけるゾロ。

 連携が取れているようで取れていない一行はやがて、周囲を崖で囲まれたある陸へとたどり着いたのだった。

 

「あったなー。本当に陸が!」

「なに言ってんの。当然でしょ。地図の通り進んだんだから」

「それにしても正確だよ。これから頼りにしてるよ」

 

 ルフィの感想に呆れながら、ナミは自分の船のマストをたたむ。

 今の今まで眠っていたゾロも目を覚まし、船を岸につける用意にかかった。

 

「村はこの奥だっけ?」

「うん。でもあんたの言う通り小さなところね」

 

 地図を確認しながら陸の方を見ると、確かに崖の一箇所に坂道がある。エレノアが耳を傾けると、その先から何やら人の声が聞こえてくるのを感じた。

 しかし、それとは別に気になる声も聞こえてくる。

 ヒソヒソと何人かの子供と、年長らしい男性が囁きあっているものだった。

 

「ところで、さっきから気になってたんだが」

「…ああ、あれ?」

 

 ゾロも気配か何かで気づいたのか、エレノアが見つめている方に胡乱げな視線を送っている。

 見れば、岸にある草むらが妙にガサガサと揺れていた。

 

「あいつら何だ」

「!!!」

 

 つい口に出した時、ガサガサと草むらをかき分けて三人の男の子たちが飛び出して行くのが見えた。……一番年上らしい青年を置いて。

 

「おいお前ら!!! 逃げるな!!!」

「うわああああ見つかったァ~~~~~っ!!!」

 

 青年が手を伸ばすも、子供達は一目散に逃げていって振り返りもしない。

 一人取り残された青年は呆然と立ち尽くすも、ジッと自分の方に向けられている視線にハッと我に返り、堂々と仁王立ちして視線を受け止め始めた。

 

「おれはこの村に君臨する大海賊団を率いるウソップ!!! 人々はおれを称え、さらに称え〝我が船長〟キャプテンウソップと呼ぶ!!! この村を攻めようと考えているならやめておけ‼ このおれの八千人の部下共が黙っちゃいないからだ‼」

「その八千人の部下、さっき尻尾巻いて逃げてっちゃったみたいですけど? キャプテン」

「ゲッ‼ ばれた‼」

「せめて嘘は貫き通そうよ。ばれたって言っちゃったし」

「ばれたって言っちまったァ~~っ‼ おのれ策士め!!!」

「はっはっはっはっはっはお前面白ェな―っ‼」

「おい、てめェおれをコケにするな‼」

 

 急によくそこまで話せるもんだと感心しながら、エレノアは妙に鼻の長い青年をじっと見つめる。

 ただの村人のようだが、どこかで見た覚えがするのが不思議だった。

 

「おれは誇り高き男なんだ!!! そのホコリの高さゆえ人が、おれを〝ホコリのウソップ〟と呼ぶ程にな‼」

「ほ~う…」

 

 嘘を見破られてなお、大口を叩いて自分を大きく見せようとする胆力に興味がわく。

 いたずら心が湧いたエレノアはつい調子に乗って、強者のような低い声を発して青年ーーーウソップに向けてフードの下から目を光らせた。

 

「ならば答えてもらおうか…ホコリのウソップ殿。私の質問に…」

「………!!!」

 

 異様な気配を感じたのか、ウソップはゴクリと唾を飲んで後ずさる。

 他のものも息を呑み、風もないのにローブの端を揺らすエレノアに視線を集め、発せられる言葉を待った。

 

「お腹すいたんだけど、ごはん屋はどこ?」

 

 シリアスな声で告げられた間抜けな質問に、その場にいた全員がずっこけたのはいうまでもない。

 

 

「なに⁉ 仲間とでかい船を⁉」

 

 坂を越え、村の食事処に入ったルフィたち。

 訪問の目的を聞いたウソップは驚きながら、どこか羨ましそうに興奮しながら身を寄せてきた。

 

「ああ、そうなんだ」

「は――っ、そりゃ大冒険だな‼ まァ、大帆船ってわけにゃいかねェが船があるとすりゃ、この村で持ってんのはあそこしかねェな」

「あそこって?」

「この村に場違いな大富豪の屋敷が一軒建ってる。その主だ」

 

 ウソップは言いながら、視線をどこか別の方に向ける。おそらくその先に、件の屋敷があるのだろう。

 

「だが主といっても、まだいたいけな少女だがな。病弱で…寝たきりの娘さ…‼」

「え……どうして、そんな娘がでっかいお屋敷の主なの?」

「ワケありみたいだね」

「おばさん‼ 肉追加‼」

「おれも酒っ‼」

「は~い!」

「てめェら話、聞いてんのか!!?」

「あーいいからいいから。こいつらのぶん私とナミが聞くから」

 

 放ったらかしにされて起こるウソップをエレノアとナミが抑える。

 いちいちこのくらいで説明を中断されては、いつまでたっても本題に入れない。

 怒りを収めたウソップは、渋々二人に説明を再開する。

 

「……もう1年くらい前になるかな。かわいそうに病気で両親を失っちまったのさ。残されたのは莫大な遺産とでかい屋敷と十数人の執事たち…‼ どんなに金があって贅沢できようと、こんなに不幸な状況はねェよ」

「ふーん……」

 

 重い話を聞かされ、ナミは頬杖をつきながら考え込む。

 何か思うところがあるのか難しい表情の航海士の様子が気になり、エレノアが視線を向けていると、ややあってからナミは机を叩き、体を起こした。

 

「………やめ! この村で船のことは諦めましょ。また別の町か村をあたればいいわ」

「さんせー。まだそんなに資金がたまってるわけでもないしね」

「そうだな。急ぐ旅でもねェし! 肉食ったし! いっぱい買い込んでいこう!」

「…ナミ、こいつの首輪は任せるよ」

「うん…大変ね。あんたずっとこいつと一緒だったんでしょ?」

「…もう慣れたよ」

「ところでお前ら」

 

 遠い目になるエレノアの肩を、ナミが憐れみの目になりながらポンと叩く。

 すると、勇敢なる海の戦士を自称するウソップがずいっと身を乗り出してきた。

 

「仲間を探してると言ってたな……! おれが船長(キャプテン)になってやってもいいぜ!!!」

「「「「ごめんなさい」」」」

「はえェなおい‼」

 

 即座に拒否されたウソップは、若干涙目になりながら叫び声を上げてうなだれる。

 そこへ、前髪の色素が薄い、長い黒髪の女性がパタパタと駆け足で近づいてきた。

 

「ウソップ君! そろそろじゃない?」

「ん? …おっといけねェ。もうこんな時間だ。ありがとな、ロゼ!」

「なに?」

「悪ィな、おれはこれから用事があるんだ。まァ何もねェ島だが、出発までゆっくりしてればいいさ。じゃあな!」

「おー」

 

 先ほどとは打って変わって明るく、それもどこか使命感を感じさせるキリッとした表情で立ち上がり、どこかへと去っていくウソップを見送る面々。

 急なことで、エレノアは不思議そうに首を傾げて青年が去った方を見つめた。

 

「…何しに行ったんだろ、あの人」

「さァ?」

「彼にしかできないことだよ。ほら、追加のお肉とお酒っ‼」

 

 他人のはずなのに、どこか誇らしげな笑みを浮かべている給仕が気になり、エレノアは思い切って尋ねてみることにした。

 

「店員さん…ロゼ、だっけ? ウソップにしかできない事っていったい何なワケ?」

「それは私の口から言うには野暮かなァ…」

 

 ニコニコといたずらっぽい笑みだけ返し、肝心なことは教えてくれないロゼにますますわからなくなる。

 すると、食事処の扉が開き、三つの小さな人影がルフィたちの席の前に立ちはだかった。

 

「「「ウソップ海賊団、参上っ‼」」」

 

 突然のことにルフィたちは目を丸くし、小さな乱入者たちを思わず凝視した。

 

「なにあれ…」

「さー、何だろうな…」

「…この声って確かさっきの」

「? ……‼ おい…キャプテンがいないぞ…」

「まさか…やられちゃったのかな…‼」

「お…おい海賊たちっ‼ われらが船長キャプテンウソップをどこへやった‼ キャプテンを返せ!!!」

 

 座っている面々の中にウソップがいないことに気がつき、ウソップ海賊団のメンバー・ピーマン、にんじん、たまねぎがざわつき始めた。

 ロゼはそんな三人を見やると、クスクスと微笑ましそうに笑みをこぼしていた。

 

「は――っ、うまかった! 肉っ‼」

「‼」

「え…肉…って⁉」

「まさか…キャプテン……‼」

「小骨が引っかかるのが難点だよねェ…」

「ほっ、骨ェ~~⁉」

 

 ルフィが特に意味もない感想を口にすると、面白いように勘違いして慌て始める。

 ついエレノアが便乗すると、さらに顔を青くして狼狽し始めた。なんとも素直で想像力豊かな少年たちである。ナミも思わず笑いそうになるほどだ。

 

「お前らのキャプテンならな…」

「な…何だ‼ 何をした……‼」

「さっき………喰っちまった」

 

 さらなるゾロの悪ノリで、少年たちは今度こそ恐怖で真っ青になって震え上がった。

 

「ぎいやあああああ鬼ババア~~~っ!!!」

「なんで私を見てんのよ!!!」

 

 ナミを凝視ながら悲鳴をあげ、そのままぶっ倒れる三人。

 余計なことを言って笑うゾロに抗議するナミの横で、こらえきれなくなったロゼが腹を抱えて大笑いしていた。

 

 

 しばらくして、目を覚ましたウソップ海賊団に事情を確認し、ようやく和解がかなった。…目を覚ました時、ナミの顔を前にしてまた一悶着はあったものの。

 

「あんた達のキャプテン…何しに行ったの? 時間って言ってたけど」

「あ、そうか。キャプテン、屋敷へ行く時間だったんだ」

「屋敷って病弱な女の子がいるっていう?」

「うん」

「何しに行ったんだよ」

「うそつきに!」

 

 誇らしげに答えるにんじんに、ナミもエレノアも思わず呆れる。

 あの男らしいといえばあの男らしいが、それが自慢できることかと言われればそうは思えなかった。

 

「ダメじゃねェか」

「だめじゃないんだ! 立派なんだ! な!」

「うん‼ 立派だ‼」

「そうよ、立派なのよ?」

 

 ピーマンやたまねぎが嬉しそうに言うと、ロゼもそれに同意する。

 詳しい話を聞いてみれば、確かに胸を張ってもいいと言える行為であった。

 両親を失い、自身も病気がちになって屋敷にこもりっぱなしになった屋敷の主人の少女。

 夢見る少年ウソップはそんな彼女の元へ毎日のように通い、想像できうる限りのホラ話を聞かせているのだと言う。内容は常に、勇敢な海の戦士である自分が主人公の冒険譚だ。

 悩んでいることも馬鹿らしくなるほどのホラ話に励まされ、少女の顔にも笑顔が戻ってきたそうだ。

 

「いいやつじゃん」

「へー、じゃあお嬢様を元気づけるために、1年前からずっとウソつきに通ってるんだ」

「一途でしょ。カヤお嬢様も最初はふさぎ込んで本当に体調も悪かったんだけど…ウソップ君のウソに励まされて随分体もよくなったみたいよ」

「うん。おれはキャプテンのそんなおせっかいな所が好きなんだ」

「おれはしきり屋なとこが好きだ」

「ぼくはホラ吹きなところが好き‼」

「とりあえず慕われてんだな」

「敬われてんだか貶されてんだか…」

 

 思わず半目になって、呆れるべきか感心するべきか悩むエレノア。

 話を聞いたナミは、ニヤニヤしながらロゼの方に身を寄せていた。

 

「1年もずっと通いつめるなんて、大した奴じゃないの」

「『病は気から』っていうぐらいだしね…一緒にいてくれる人がいるってだけで、お嬢様も救われたんじゃないかな?」

「そうだといいね。だからこの村も、ウソつきな彼は怒ったりするだけで疎んだりはしないの。むしろ毎朝騒いでくれるお陰で、はたらく時間だーってやる気になる人もいるくらいなのよ」

「へー……」

 

 嘘つきの意外な信頼に声が漏れる。

 塵も積もれば山となるというか、誠実さはともかく愛されているらしい。

 

「…………私も、彼には救われてる」

「?」

 

 不意に聞こえてきたロゼのつぶやきに、エレノアが聞き返そうとするが、ロゼはハッとして愛想笑いを返す。

 気にはなるが、聞かれたくないことでもあったのかと、エレノアは気にしないことにした。

 すると、急にルフィがその場で立ち上がって告げた。

 

「よし‼ じゃあやっぱり屋敷に船をもらいに行こう!!!」

「なんでそうなった!!?」

 

 思わぬ船長の決断に、エレノアは目を向いて驚愕した。





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オリジナル主人公「アイザック・エレノア」のイメージです。
なぜ大人バージョンと子供バージョンがあるのかは、今後の本編で語ります。


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第13話〝偽れぬもの〟

「こんにちは――っ、船くださーい。さあ入ろう」

「あいさつした意味あんのか……」

「ごめんね。うちのアホ船長がほんとにごめんね」

「ああ…止めてもムダなのね」

「ムダだな。つきあうしかねェだろ」

 

 我が道を行くルフィに、出会ったばかりのウソップ海賊団はおろか、ナミとゾロもあきれるほかにない。エレノアも先程から頭が上がらない。

 が、そんな船長の暴走を止めるものがたった一人だけいた。

 

「あーもう! 閉まってる門から入っちゃだめよ!」

「ぐえっ‼」

「あれ? ロゼ?」

 

 門を乗り越えようとするルフィの襟首を引っ張り、強制的に地面に引き摺り下ろしたのは食事処の看板娘ロゼ。

 ロゼは尻餅をついたルフィを見下ろし、ハァ…と大きなため息をついた

 

「なんか不穏な話してたからついてきたのよ。真っ向から入っても捕まるだけだよ?」

「じゃあどうすりゃいいんだよ」

「…仕方がないわね」

 

 ルフィの態度を見て、今見逃せばまた同じことに挑戦しかねないと思ったのだろう。

 苦笑しながら、別の入り口がある方を指差した。

 

「私、いつもこの屋敷に食料とか届けてるから、一緒に行ってあげる」

「いいの? そんなことして…」

「あのまま正面から侵入されるよりはマシでしょ? 私の連れって事にしといた方が都合がいいわよ」

 

 優しい、やんちゃな子供を見守る姉のような表情で、ロゼはルフィたちを誘った。

 

 

 広い広い屋敷の庭に、若い娘のおかしそうな笑い声が響く。

 娘は屋敷の窓から身を乗り出し、すぐそばの庭木に背を預けて腰を下ろすウソップの話を真剣に聞いていた。

 

「あはははは…で、その金魚はどうしたの?」

「その時切り身にして小人の国へ運んだが、いまだに食いきれてないらしい。そしてまたもや手柄をたてたおれを人は称えこう呼んだ」

「キャプテーン‼」

「そう…キャプテ…」

 

 いつもの締めくくりをしようとしたウソップだったが、不意に聞こえてきた知った声に思わず固まる。

 

「げっ‼ お前ら何しに来たんだ‼」

「この人が連れて来いって…」

「誰? ロゼも一緒になって…」

「こんにちは、カヤ!」

「いきなり押しかけて申し訳ありません。しがない旅人です」

「あ! お前がお嬢様か!」

 

 白いワンピースに肩口で揃った金髪の、儚げな雰囲気を感じさせる娘を見たルフィがそう気づく。

 やや慌てた様子のウソップはすぐさまルフィの肩を叩き、偉そうな顔を作った。

 

「あー、こいつらはおれの噂を聞きつけ遠路はるばるやってきた、新しいウソップ海賊団の一員だ‼」

「ああ‼ いや! 違うぞおれは‼」

 

 よく回る口に思わず頷いたルフィが否定し、本来の要件を説明しようと試みる。

 

「頼み? 私に?」

「ああ! おれ達はさ、でっかい船がほしいん…」

「君達、そこで何してる‼ 困るね勝手に屋敷に入って貰っては‼」

 

 だがそこへ、若い男の怒鳴り声が響き渡る。

 黒い丸メガネをかけた燕尾服の男が、白衣を纏ったふくよかな男性とともにこちらに向かってくるのが見えた。

 

「まァまァ…そんなにいかり肩ではお嬢様に余計な恐怖を与えてしまいますよ」

「しかしコーネロ医師…‼」

「あのね、クラハドール、この人達は…」

「今は結構! 理由なら後できっちり聞かせて頂きます‼ さあ、君達帰ってくれたまえ。それとも何か言いたい事があるかね?」

「あのさ、おれ達船がほしいんだけど」

「ダメだ」

 

 ルフィの頼みもあっさり拒否し、クラハドールと呼ばれた執事は侵入者たちを睨みつける。

 コーネロと呼ばれた医者も、困り顔でルフィたちを見やって顎に手をやっていた。

 

「困るねェ…過剰な接触は病人にはよくないとウソップ君には前々から言っているはずなんだが…」

「…あんた、もしかしてこの村のお医者?」

「ええ。小さな医院を営んでいる者です。まァ、平凡な腕前ですよ」

「平凡なんてとんでもない! コーネロ先生は立派なお医者様ですよ! 病気がちなカヤもこの人によく助けられてたんだから‼」

「………ふーん」

 

 妙に力説するロゼに驚きながら、エレノアはコーネロ医師をじっと見つめる。なぜかその目には、敵意が宿っていた。

 

「それに彼のウソは刺激が強すぎる! あまり興奮させてはただでさえ弱い体だというのに…‼」

「で、でもコーネロ先生? カヤは彼が励ましてくれるようになってかなりよくなったって…」

「ロゼ…医術に疎い彼のウソと、医者である私…どちらが正しいと思うのですか?」

「……‼ そ、それは……」

 

 表情は穏やかながら、有無を言わせない雰囲気を漂わせてコーネロはロゼを諌める。

 勢いをなくしたロゼは、ウソップに申し訳なさそうな目を向けて引き下がった。

 

「門番がよく見かけるそうだが、なぜそうまでしてここに来るんだい? 何の用があるというんだい?」

「ああ…! それはあれだ…おれはこの屋敷に伝説のモグラが入っていくのを見たんだ‼ で、そいつを探しに…」

 

 侵入したことを咎められ、押されながらもウソップはさらに嘘を重ねる。

 するとクラハドールは、不意にくつくつと嘲笑した。

 

「フフ…よくも、そうくるくると舌が回るもんだね。君の父上の話も聞いているぞ」

 

 その言葉に、ウソップの様子が変わる。

 必死に誤魔化そうとしていた表情は、怒りをこらえた険しいものに変わっていた。

 

「君は所詮、ウス汚い海賊の息子だ。何をやろうと驚きはしないが、ウチのお嬢様に近づくのだけはやめてくれないか‼」

「………‼ そういえばどっかで見た顔だと…」

 

 エレノアはクラハドールの言葉に驚き、そして引っかかっていた疑問の答えを知る。

 反対にウソップは、執事の辛辣な言葉により怒りを募らせていた。

 

「…………ウス汚いだと…⁉」

「君とお嬢様とでは住む世界が違うんだ。目的は金か? いくらほしい」

「言い過ぎよ、クラハドール!!! ウソップさんに謝って!!!」

「この野蛮な男に何を謝ることがあるのです、お嬢様。私は真実をのべているだけなのです‼」

 

 主人の擁護もはねのけ、クラハドールは今度は気の毒そうな目をウソップに向けた。

 

「君には同情するよ…恨んでいることだろう。君ら家族を捨てて村を飛び出した〝財宝狂いの馬鹿親父〟を」

「クラハドール!!!」

「てめェ、それ以上親父をバカにするな‼」

「……何をムリに熱くなっているんだ。君も賢くないな。こういう時こそ得意のウソをつけばいいのに…本当は親父は旅の商人だとか…実は血がつながっていないとか…」

「うるせェ!!!!」

 

 我慢の限界に達したのか、ウソップはついにクラハドールの顔面に向けて渾身の拳を振りぬいた。

 予想外に力がこもった一撃をまともに受けたクラハドールはその場に倒れ、赤くなった頬を抑えてウソップを睨みつけた。

 

「う……く! ほ……‼ ほら見ろ、すぐに暴力だ。親父が親父なら息子も息子というわけだ…‼」

「黙れ!!! おれは親父が海賊であることを誇りに思ってる!!! 勇敢な海の戦士であることを誇りに思ってる!!! お前の言う通りおれはホラ吹きだがな‼ おれが海賊の血を引いているその誇りだけは‼ 偽るわけにはいかねェんだ!!! おれは海賊の息子だ!!!」

 

 血でも吐きそうなほどの激情とともに、ウソップははっきりと告げる。

 飄々とウソをつき続けていた彼からは思いもよらないほどの熱が伝わり、エレノアはウソップへの評価を改める。

 

「………ヤソップ。あんたの息子は、立派に育ってるよ」

 

 おのれの信念をまっすぐに持っている彼は、立派な男の姿を見せていた。

 

「クラハドールくん…‼」

「海賊が…〝勇敢な海の戦士〟か…‼ ずいぶんとねじ曲がった言い回しがあるもんだね…だが…否めない野蛮な血の証拠が君だ…‼ 好き放題にホラを吹いてまわり、頭にくればすぐに暴力……‼」

 

 コーネロに起こされながら、クラハドールは吐き捨てるように言う。

 その目は心底、ウソップを見下し嫌悪するものだった。

 

「あげくの果てには財産目当てにお嬢様に近づく…‼」

「何だと、おれは…‼」

「何か企みがあるという理由など、君の父親が海賊であることで十分だ!!!」

「てめェまだ言うのか!!!」

 

 世間一般的な自分の意見が通じないとわかりこき下ろす彼に、ウソップが再び殴りかかろうとする。

 だがその腕にロゼがしがみ着き、突進しかけたウソップを引き留めた。

 

「もうやめてよウソップ君!!!」

 

 邪魔をされたことで眉間にしわを寄せて睨むウソップだったが、ロゼの必死な表情を見て思わず息をのんで動きを止める。

 

「…もう、これ以上カヤにいやなもの見せないで……‼」

「……………‼」

「悪い人じゃないんです、クラハドールは…! ただ私のためを思って、過剰になっているだけなの………‼」

「……………出て行きたまえ…」

 

 涙を流す娘たちを目にし、怒りがこもっていたウソップの手から力が抜けていく。

 クラハドールを介抱したコーネロはそんな青年をじっと見つめ、感情を抑え込んだような低い声でそう告げる。

 

「ここは君のような野蛮な男の来る所ではないよ。二度と、私の患者に近づかないでくれたまえ」

「……‼」

「ああ…、わかったよ。言われなくても出てってやる。もう二度とここへはこねェ!!!」

 

 クラハドールやコーネロをいまだ冷めぬ感情のまま睨むと、ウソップはいかり肩で荒々しい足取りとともにその場を後にする。

 戸惑いながらその背を見送ったロゼは、すがるようにコーネロの方を向いた。

 

「コーネロ先生…‼ あの…ウソップ君はそんなひどい人じゃ…‼」

「ロゼ…わかっているよ。私もそこまで心が狭いわけじゃない。ただ今の彼には…頭を冷やす時間が必要なだけさ…」

 

 落ち着かせるように穏やかな声で答えるコーネロに、ロゼはほっと安堵する。

 このままウソップが誤解されたままというのは、ロゼにとっては辛いことだった。

 

「それに、人と付き合うには必要な距離というものがある…カヤお嬢様とウソップ君の距離は少し、近すぎるのも事実だ。クラハドール君も口がうまい方ではないからね。どうしても、ああいうきつい物言いになってしまうのさ」

「……………」

「君も、お嬢様にシンパシーを感じている節があるからだろう……ウソップ君に味方したくなるのは」

 

 コーネロがそう言うと、ロゼは気まずげに目をそらす。

 確かにカヤとは仲がいいが、つきあいの理由には、自分の同情のようなものが混じっていることは否定できなかった。

 コーネロは困ったようにため息をつくと、遠い空を静かに眺める。

 

「君のご両親が…そして君の恋人がなくなってもう何年になるか。あの日から、君もずいぶん明るくなった」

「……先生やカヤが、ウソップ君が……村のみんながいてくれたからです。そうじゃなかったら…もうすでに私は…」

「………それで、あの…以前お話ししてくれたことなんですけど…いつになったら…」

 

 期待するような様子でロゼがそう尋ねると、コーネロはロゼの肩を強くつかんで目を合わせた。

 その口元は、優しい笑みの形を作っていた。

 

「ああ君の言いたい事はよくわかっているよ。君の思いが報われるときは近い」

「! それじゃあ…」

「だがなロゼ…今はまだその時期ではない………わかるね? ん?」

「………そう。そう…ですよね…、まだ…」

 

 しゅんとした様子で肩を落とすロゼを、コーネロはポンポンと肩をたたいてなだめる。

 その様子は患者を気遣う医者に見えたが、傍から見れば異様な雰囲気を纏って見えた。

 

「そう。いい子だね、ロゼ」

 

 口は笑っていても、ロゼを見つめるその目に宿った感情は、測ることはできなかった。

 そんな二人の様子を、クラハドールに追い出されながらエレノアが眺め、深いため息をついた。

 ウソップとかなり仲が良いようだったが、もしかすると彼は彼女にもホラ話を聞かせていたのかもしれない。

 

「…………な~んか、嫌なにおいがするなァ…」

 

 フードの下の彼女の目が、疑わし気に細められた。



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第14話〝嘘つきの誇り〟

「………まさか、彼がヤソップの息子だったとはね。驚いたよ」

「おれもだよ。あいつと顔そっくりだったし、なんか懐かしい感じがしてたからさ。さっきはっきり思い出した」

「私も…いつも聞かされてたんだよねェ」

 

 ルフィと並んで歩きながら、エレノアは感慨深げにため息をつく。

 今はルフィの恩人の海賊、〝赤髪〟のシャンクスの船員(クルー)をやっているはずのヤソップ。その息子と偶然会えたなど、驚くほかになかった。

 

「『悲しい別れだったが仕方がなかった。理由は一つ、海賊旗がおれを呼んでいたからだ』‼ って、いっつも言ってた」

「ああ! ヤソップは立派な海賊だった‼」

「…それ、あいつに聞かせてやったら?」

「お! そうだな‼ 行ってくる!」

 

 エレノアの提案を即座に採用し、ルフィは風のように走り去っていく。

 行動の早い自由な船長を見送ると、エレノアはやれやれと言った様子で肩をすくめた。

 

「………さて」

 

 気になるのは、何やら辛い過去を持っている様子のロゼと、それに付け込んで何か企んでいる様子のコーネロ医師。

 ずいぶんあの医者を信頼しているようだったが、エレノアにはどうにも得体が知れない男のように感じた。

 

「あのヤブ医者…何か怪しいことやってそうなんだよなァ…。ほっとくのも後味悪いし…どうすっかなァ…」

 

 介入するべきか、放置するべきか。

 海賊である自分が割って入ったところでどうなるかなど目に見えている気もするが、何もしないというのも後味悪い気がした。

 

 ―――それで…計画の準備はできてるんだろうな。

 

「ん?」

 

 ふいに聞こえてきた、聞き覚えのある〝声〟に足を止める。

 場所はそう遠くない、船とは反対の海岸の方からだ。

 

 ―――いつでもイケるぜ。

   〝お嬢様暗殺計画〟

 

「…………場所は、こっちの方か」

 

 さすがにそこまで物騒な話を聞かされてしまっては、放置するという選択肢を取る気にはなれなかった。

 

 

「しかし、あんときゃびびったぜ。あんた()が急に海賊をやめると言い出した時だ。あっという間に部下を自分の身代わりに仕立て上げ、世間的(・・・)にキャプテン・クロは処刑された‼ そして、この村で突然船を下りて、3年後にこの村へまた静かに上陸しろときたもんだ」

 

 海岸で、サングラスにハットという変わった格好の男・ジャンゴが会話の相手にそう言う。

 その相手は何と、カヤの執事であるはずのクラハドール――いや、真の名をクロという、計画された略奪を行うことで有名だった海賊だった。

 

「それで、おれへの莫大な遺産の相続は成立する。ごく自然にだ。おれは3年という月日をかけてまわりの人間から信頼を得て、そんな遺書が残っていてもおかしくない状況を作り上げた‼」

「………そのために3年も執事をね。あいつ(・・・)も大概だが、おれなら一気に襲って奪って終わりだがな」

「…それじゃ野蛮な海賊に逆戻りだ。金は手に入るが政府に追われ続ける。おれはただ、政府に追われる事なく大金を手にしたい、つまりは平和主義者なのさ」

「ハハハハ。とんだ平和主義者がいたもんだぜ。てめェの平和のために金持ちの一家が皆殺しにされるんだからな」

「おいおい皆殺しとは何だ。カヤの両親はおれの仕業じゃねェぞ。あれはあいつの(・・・)…」

 

 続々と恐ろしい計画の内容が出てくるが、そこへもう一つの足音が近づいてきて二人の声が止まった。

 

「お呼びでしたかな?」

「! おっと…噂をすればなんとやらだ」

 

 ジャンゴは新たな参加者を面白げに出迎え、笑い声をこぼす。

 岩場の陰から姿を現した大柄な男は、にやりといやらしい笑みを浮かべていた。

 

「どうだいお医者様よ。金持ち夫婦や善良な市民を毒殺しておきながら、村の全員に慕われている気分ってのは?」

「そうだな……一言でいうなら、〝反吐が出る〟といったところかね」

 

 ロゼやクラハドールに向けていたものとは全く異なる、残虐性がにじみ出た不気味な笑みを浮かべたコーネロがそう言う。

 

「あやつらはみな、この私を立派な医者だと信じきっているからなァ…おまけに、中には『死者をも蘇らせられる』という噂まで信じている者もいる…まったく滑稽な話だ」

「その噂の大本が何言ってやがんだか…で? ほんとにできんのかよ」

「無論そんな神の所業ができるはずもない…だが、この石があればいずれそれも可能となるやもしれん。そんな面倒なことをするつもりはないがな」

 

 コーネロはそう言うと、自分の指にはめている紅い宝石が付いた指輪を撫でる。

 ルビーとは違う、濁った血のような輝きを放つそれは、得体のしれない不気味さを感じさせるものだった。

 

「伝説の中だけの代物とさえよばれる幻の術法増幅器…〝賢者の石〟‼ 我々錬金術師がこれを使えばわずかな代価で莫大な錬成を行える…‼ おかげで私はずいぶんと儲けさせてもらったよ‼」

「見た感じ、ただの濁った宝石にしか見えねェがな…そんなすげェもんなのか?」

「手に入れるのにずいぶんと苦労したがな…だが、それに見合う結果は確かに得られた」

 

 クロがそうつぶやき、コーネロの持つ指輪をじっと見つめる。

 こちらもまた、主に向けていたものからは考えられないほど心の醜さが表れた笑みが浮かんでいた。

 

「死者をも復活させられるという医者だ…その名は馬鹿にはできんだろうな」

「お前たちとは一度袂をわかったが、感謝はしているぞ。どんな難病であっても、死を目前にしていようと恐れることはない‼ 噂が噂を呼び、よその島からも私を頼る患者が誘い込まれ、私のもとにはがっぽがっぽと金も名誉も舞い込んでくるのだからなァ!!!」

 

 こらえきれなくなったように、コーネロは欲望に満ちた哄笑を上げる。

 ジャンゴは難しい話はよくわからん、といったふうに肩をすくめ、クロに視線を戻した。

 

「まァいい…そんな事はいい…とにかくさっさと合図を出してくれ。おれ達の船が近くの沖に停泊してから、もう一週間になる。いい加減野郎どものシビレが切れる頃だ」

 

 平和な島に、悪意の嵐が訪れようとしていた。

 

 

「……最悪。イヤな話きいちゃったなぁ」

 

 一部始終を聞いたエレノアは心底面倒くさそうに吐き捨て、がっくりと項垂れる。

 あの時感じたいやな感じはコーネロの悪意だけではない。あの紅い宝石――賢者の石の気配でもあったのだ。

 それを聞いてしまったあとでは、錬金術師として見逃すことはできなかった。

 

「しょーがない、とりあえずルフィ回収すっかな」

 

 崖の上で聞いていた船長がなぜか下に落ちているらしい。

 とりあえずはクロたちがいなくなるまで待たねばなるまいと、その場に腰を下ろして空を見上げるのだった。

 

 

「え―――――――――っ!!!」

「カヤさんが殺される⁉」

「村も襲われるって本当なの⁉ 麦わらの兄ちゃん‼ フードの姉ちゃん‼」

「ああ、そう言ってた。間違いねェ‼」

「…それでなんで、お前はここで寝てたんだよ」

「それがなー、おれは崖の上にいたと思うんだよなー」

 

 ゾロの指摘に不思議そうにルフィは首をかしげる。

 執事と医者の他にいた、もう一人の男が何かしてきたと思ったらいきなり強烈な眠気に襲われたのだ。

 何が起きたのか不思議でならなかった。

 

「ま、先に情報が入ったならよかったけどね」

「そうね。逃げれば済むもの、敵もマヌケよね!」

「そうか! それもそうだ! じゃ、おれ達も早く逃げなきゃ‼」

「そうだ‼ 大事なもの全部整理して‼」

「…貯金箱とおやつと…‼ 船の模型とそれから…‼」

「急げっ‼」

「やばいっ‼ 食料、早く買い込まねェと肉屋も逃げちまう‼」

「どうでもいいわ‼」

 

 慌てて自宅に向かうウソップ海賊団に交じり、走り出そうとするルフィの頭をはたきながら、エレノアは漠然とした嫌な予感に眉を寄せていた。

 

 

 数分後、エレノアたちが村の方に向かおうとしていた時。

 ピーマンが道の向こう側からとぼとぼと歩いてくる青年の姿に気づいた。

 

「あ‼ キャプテン!!!」

「…よお‼ お前らか! ってお前っ‼ 生きてたのか‼」

「生きてた? ああ、さっき起きたんだ」

「このアホ、ずっと寝てたのよ」

「そんな事よりキャプテン‼ 話は聞きましたよ‼ 海賊達のこと早く、みんなに話さなきゃ‼」

 

 せかすピーマンだったが、ウソップの反応はどこか鈍い。

 なぜかためらっている様子の彼は、やがて背をのけぞらせるほどの笑い声をあげた。

 

「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは‼ いつものウソに決まってんだろ‼ あの執事のやろうムカついたんで、海賊に仕立ててやろうと思ったんだ‼」

 

 その発言に、ウソップ海賊団だけではなくエレノアたちも目を見開く。

 どう考えても、それはウソだった。しかしウソップは、そちらが真実であるかのようにふるまっていた。

 

「え――っ‼ うそだったんですか⁉」

「な――んだ、せっかく大事件だと思ったのに」

「くっそー、兄ちゃんも姉ちゃんもキャプテンのさしがねか‼」

 

 悔し気にルフィとエレノアを睨む面々だったが、当然二人にそんな覚えはない。

 首をかしげる二人をよそに、ウソップ海賊団の少年たちは冷めた目でウソップを見やっていた。

 

「………でも、おれちょっとキャプテンをけいべつするよ」

「おれもけいべつする‼」

「ぼくもだ! いくらあの執事がやな奴でも、キャプテンは人を傷つける様なウソ、絶対つかない男だと思ってた…!」

 

 彼らなりの信念に反している今回のウソは気に入らなかったらしく、少年たちはウソップを避けるようにして家路につく。

 遠く離れていく少年たちの背中を、ウソップは思い詰めるような表情で見送っていた。

 

 

 その夜、クロとジャンゴ、コーネロが会話していた海岸でウソップはルフィたちを前に本当の思いを吐き出していた。

 

「おれはウソつきだからよ。ハナっから信じてもらえるわけなかったんだ。おれが甘かった‼」

「信じるも信じないも、甘い甘くないも事実は事実。黒猫海賊団はこの村に襲い掛かるよ」

「ああ、間違いなくやってくる。でも、みんなはウソだと思ってる‼ 明日も、またいつも通り平和な一日が来ると思ってる………‼ だから、おれはこの海岸で海賊どもを迎え撃ち!!! この一件をウソにする!!!! それがウソつきとして‼ おれの通すべき筋ってもんだ!!!!」

 

 決意の表情で立ち上がり、ウソップはルフィたちに宣言する。

 包帯の巻かれた左腕を握りながら、ウソップはあふれ出す思いをぽろぽろと口にしていった。

 

「エレノア………お前の言う通りだよ‼ ついたウソは、貫かなくちゃなァ……‼ 腕に銃弾ぶち込まれようともよ…ホウキ持って追いかけ回されようともよ…‼ ここは、おれの育った村だ‼」

 

 痛む胸を押さえながら語られる真剣な思いを、エレノアは黙って受け止める。

 無謀でも無茶でも、彼の意思は本物だった。

 

「おれはこの村が大好きだ!!! みんなを守りたい……!!! こんな…わけもわからねェうちに…‼ みんなを殺されてたまるかよ……!!!」

「とんだお人好しだぜ。子分までつき離して一人出陣とは…‼」

「でも…そんなお人好しは大好きだよ」

 

 青年の願いに、若き海賊たちは動いた。

 拳を鳴らし、剣を差し、屈伸をして各々で構え始める。

 

「よし、おれ達も加勢する」

「言っとくけど、宝は全部私のものよ!」

 

 思わぬ言葉を聞き、ウソップはあっけにとられた様子で顔を上げた。

 ただ自分の覚悟を聞き届けてほしくて口を開いたつもりだったのに、なぜ一緒に命をかけてくれるなどと言ってくれるのか全く分からなかった。

 

「え…お前ら……一緒に戦ってくれるのか……⁉ な…何で…」

「だって、敵は大勢いるんだろ?」

「怖ェって顔に書いてあるぜ」

「お‼ おれが怖がってるだと⁉ バカいえ‼ 大勢だろうと何だろうとおれは平気だ!!! なぜなら、おれは勇敢なる海の戦士キャプテン・ウソップだからだ!!!」

「キャプテン、足」

「あっ‼」

 

 エレノアの指摘に、ウソップは必死に震える自分の足をたたく。

 それでも止まらない震えに情けない気持ちになりながら、ウソップは虚勢の鎧を引きはがしてしまった。

 

「……‼ くく……くそっ‼ 見世物じゃねェぞ‼ 相手はキャプテン・クロの海賊団、怖ェもんは怖ェんだ!!! それがどうした‼ おれは同情なら…」

「同情や慰めがあんたへの侮辱なんてわかってるよ」

 

 ウソップと視線を合わせ、エレノアはフンと鼻で笑う。

 そんな安い理由で戦うつもりなど微塵もない、単純に自分の利害が一致したというものもあるが、男を見せようとしている者を放っておけないだけだ。

 

「笑ってやしねェよ。立派だと思うから手を貸すんだ」

「同情なんかで命懸けるか!」

「…お…お前ら………‼」

 

 感極まり、涙を流す青年に、エレノアはフードの下で優しく笑いかけた。



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第15話〝坂道〟

「この海岸から奴らは攻めてくる。だがここから村へ入るルートは、この坂道1本だけだ。あとは絶壁‼」

「つまり、この坂道を死守できれば、村が襲われることはない…と。よくできた島だね」

「そうか、簡単だな」

「口で言うのはな! あとは戦力次第…お前ら、何ができる?」

 

 前方に見える坂とそこから先で広がる海を前にし、ウソップが全員にそれぞれ確認する。

 規模もまだわからない海賊団と戦うには人数は今一つ不安だが、武器がそろっていればまだ希望はあるとウソップは考えていた。

 

「斬る」

「のびる」

「盗む」

「創る」

「隠れる」

「「「「お前は戦えよ‼」」」」

 

 しかし、この場では彼が最も非力かもしれないが。

 

 

 その数分後、作業を終えたウソップは額に流れる汗をぬぐい、その出来栄えに満足げに笑みを浮かべた。

 唯一村に通じる坂道、そこは一面大量の油に覆われており、てかてかとわずかな光も反射して輝いていた。

 

「よし、完璧だ‼ これでもう、奴らはこの坂道を登れない‼」

「こんな大量の油、どっから調達したのよ…?」

「奴らが、この坂でツルツル滑ってもがいてるスキにブチのめす作戦だ。とにかく何が何でもこの1本の坂道は守り抜く‼」

「逆に自分達が滑り落ちなきゃいいけどね」

「ま、それはそれぞれ気を付けるってことで」

「お前、よくこんなちょこざいな事思いつくなー」

「そりゃそうだ‼ おれはチョコザイさとパチンコの腕にかけては、絶対の自信を持ってる!!!」

 

 自信満々に、ウソップは作戦の成功を確信する。

 しかし、エレノアは何やらじっと海岸を見つめ、ふいっと坂に背を向けた。

 

「…ちょっと私お手洗いに行ってくるよ」

「あ、おれも便所」

「お前ら…もっとこう緊張感て物をだなァ」

 

 せっかく希望が見え始めたのに、その気分に水を差すなというようにウソップが抗議するが、エレノアもルフィも気にしない。

 催してしまったのだから仕方がない、そんな風に坂を上っていくと、エレノアはまっすぐ村の方に向かっていった。

 

「おい、エレノア? 便所じゃねェのか?」

「んー…ちょっとした保険かなァ?」

 

 あいまいに答え、エレノアは用を足しに行ったルフィといったん別れる。

 そしてエレノアが戻ってきたときには、東の空はすでに明るみ始めていた。

 

「おまたせー」

「遅いぞお前ら‼ 夜明けまでもう時間ねェぞ!!?」

「レディのお手洗いは長いのよ…仕方ないでしょ? むしろあんたも肝心な時に漏らしたりしないでよね」

「するかっ!!!」

 

 ナミの冷やかしにウソップが怒鳴って返し、エレノアは「そっちの方が緊張感ないでしょ…」と言わんばかりのジト目を向ける。

 ふと、その視界の端で光がさす。

 時間は、刻一刻と迫っていた。

 

「夜明けだ。来るぞ…」

 

 今、大切な場所を守るため、たった五人で一海賊団に挑む無謀な戦いが始まる――。

 

 

 

 ところがどっこい、明るくなっても何も来なかった。

 

「来ねェなァ…朝なのに……」

「寝坊でもしてんじゃねェのか?」

「そんなバカな…」

 

 誰かがこぼしたあほな予想にエレノアが呆れる。

 一方でエレノアは、自身のいやな予感が的中していたことに焦りを感じていた。

 ナミもまた、同じ予感を抱いていた。

 

「あのさ、気のせいかしら。北の方でオーッて声が聞こえるの……」

「北⁉」

 

 ナミの指摘に、ウソップは顔色を変える。

 予想外の事態に、ウソップの脳裏は真っ白になった。

 

「おい、どうした⁉」

「き…北にも上陸地点がある…‼ まさか…」

「海岸間違えたのか⁉ もしかして‼」

「だってよ、あいつらこの海岸で密会してたからてっきり‼」

「急ごう‼ 村に入っちまうぞ‼ どこだ、それ‼」

「忘れたの? 私たちの船があるところだよ‼」

「あっちか!!!」

「まずいっ‼ 船の宝が取られちゃうっ‼」

 

 自分たちの予想が大幅に外れたことで、一同は激しく狼狽する。

 若干一名別件で慌てていたが、ウソップはなるべく冷静になるように努めながら別の策を必死に考えた。

 

「ここからまっすぐ北へ向かって走れば3分でつく。地形は、こことほぼ変わらねェから、坂道でくい止められればいいんだが‼」

「20秒でそこ行くぞ!!!」

「ちっきしょおせっかくの油作戦が台なしだ‼」

「急げ!!!」

 

 一斉に走り出そうとした五人だったが、一人だけ遅れている者がいることにゾロとエレノアが気付いた。

 振り向けば、ナミが坂道でツルツルとこけそうになっていた。

 

「おいナミ‼ 何やってんだ」

「きゃあ助けて落ちるっ‼」

「あんた自分で落ちたらやばいって言ってたじゃないの!!?」

 

 まさか味方が仕掛けた罠に自分がはまるとはと、エレノアはナミに呆れた視線を向ける。

 するとナミの手が、ゾロの腹巻きとエレノアのフードをがっしりと掴んだ。

 

「は⁉」

「え⁉」

 

 不意にかかった力で二人はバランスを崩し、そのままナミの方に引きずり降ろされていく。

 そのまま油のワナに足を取られ、三人仲良く坂の下の方に滑り落ちていった。

 

「うわあああっ‼ 手ェ離せバカ‼」

「うにゃあああ⁉」

「あ、ごめん。……‼ しめたっ」

 

 対して悪びれていないような謝り方をするナミが、何かを思いついた。

 そのままゾロを引っ張り、その体を足場にして油の罠の上を乗り越えていったのだ。

 

「‼ ……うがががががっ‼」

「ありがとゾロ‼」

「何してんのさ―――っ⁉」

 

 ナミの思わぬ暴挙に、滑り落ちるエレノアが抗議の声を上げる。

 罠の向こう側に着地したナミは一度だけ二人の方に顔を向け、

 

「わるいっ! 宝が危ないの‼ なんとかはい上がって‼」

 

 それだけ言って、自分の船のある海岸に向かって全力で走りだしていってしまった。

 

「あの女殺す‼」

「あとで覚えてろよォ!!!」

 

 足蹴にされたゾロは怒り、放置されたエレノアも怒りの声を上げる。

 なんとか追いつこうと必死に坂を上ろうとするが、どうやっても滑ってまっすぐ進むこともままならない。

 

「くっそーっどうすりゃいいんだ登れねェ!!!」

「ゾロ‼ 正面突破は無理だ‼ 別の方法を考えよう!」

「べつったって…もう敵は来てるんだぞ⁉ あいつらだけでどうにもなんねぇだろ⁉」

「大丈夫。そのための保険は準備してあるから」

 

 エレノアは不敵な笑みを浮かべると、いったん油の坂を滑り降り、海岸の波際にまで下がった。

 

「とりあえず先行くよ‼ どりゃあああああっ!!!」

 

 エレノアはそのまま全力疾走し、坂に向かって突撃する……と思いきや途中で方向を変え、坂の両脇にある崖を駆け上がっていった。

 切り立った壁面を斜めに走り、落ちる前に足を踏み出して上りきる。

 そして油の仕掛けられていない場所で降り、ウソップたちを追って走り出していった。

 

「その手があったか……ん?」

 

 置いて行かれはしたが、感心したような声を上げるゾロだが、ふと気づく。

 

「っつか飛べよお前なら!!!」

 

 

「踏み潰して村へ進め野郎どもォ!!!」

「ウオオオ―――っ!!!」

「きた―――――っ!!!」

 

 場所は変わって、本当の襲撃地点で会った北の海岸。

 キャプテン・ジャンゴに率いられたクロネコ海賊団が、なぜか先に到達していたウソップとナミを蹴散らさん勢いで迫る。

 二人はほとんど何の準備もしていないうえに、主戦力が行方不明という絶体絶命のピンチに陥っていた。

 

「ぎゃあああああ!!!!」

 

 だが、海賊たちの凶刃が届くことはなく、男たちの悲鳴が響き渡った。

 

「いてェ‼」

「うぎゃ――っ‼」

「な…何だァ⁉」

 

 見れば、坂を上っていた海賊たちの足元で無数の罠が炸裂していた。

 落とし穴に落ち、虎ばさみに挟まれ、トゲを踏んで刺さり、起き上がった板に顔面を強打される。

 

「いたたたた! 見てるだけで痛いっ‼」

「何だあの大量のワナ…おれは知らねェぞ⁉」

 

 あちこちで上がる悲鳴や血しぶきにナミが目をそらし、ウソップは危険な罠の数々に目を丸くする。

 戸惑う二人のもとに、少女の呆れた声が届いた。

 

「もー、どうせこうなるとは思ってたけど、もうちょっと考えて行動しなよ。ナミ」

 

 振り向けば、ようやく二人に追いついたエレノアがため息をつく姿が見えた。

 罠に驚く様子はない、という事は、あれらは全部彼女が仕掛けたものだという事だ。

 

「保険がきいてよかったよ」

「お前の仕業か‼ いやちょっと待て! あんなもの仕掛ける時間なんて…ってトイレか‼」

「せいかーい」

「あんたってやつはもー♡ ホント頼りになるんだからも~♡」

「現金だなァ…」

 

 手際の良さ、というか用意の周到さにウソップが驚愕し、他二人よりも役に立つとナミが嬉しそうに抱き着いてくる。見事な手のひら返しであった。

 

「…ってあれ⁉ ちょ、ちょっとエレノア‼ あいつらは⁉」

「まだ来てないってことは……たぶん迷ってるな。あいつら揃いも揃ってバカだから」

 

 深いため息をつくと、ナミも納得したように落胆の様子を見せる。しかし言っておくが、約一名はナミの自業自得のせいで遅れていた。

 ジャンゴは思わぬ邪魔が入ったことで、その顔を怒りに歪める。

 たかが子供一人に邪魔されたこともだが、()()()()()()()()()()()状況での邪魔が最も腹立たしかった。

 

「あのガキのしわざだと…⁉ 舐めやがって!!! 罠がどうした‼ 仕掛けられる数にも限りがあんだろ‼」

「このガキどもがァ―――っ!!!」

 

 それは手下たちも同じようで、憤怒に顔を歪めながら傷ついた足を引きずって襲い掛かってくる。

 残った罠は自分の武器などを使って解除し、見る見るうちにエレノアたちに迫っていった。

 

「余計怒らせちゃってんじゃないのよ!!?」

「やれやれ…」

 

 できればここで引いてほしかったのか、エレノアは面倒くさそうに自分のブーツを脱ぐ。

 そして、その下から露わになる金属の輝きに、ナミとウソップは言葉を失った。

 

「え」

 

 エレノアは金属でできた自分の足を地面に突き立て、すねの部分を左右に開く。

 すると、その中から黒い三つの筒が起き上がり、その先端を海賊たちに向けて回転を始めた、次の瞬間。

 

 ドガガガガガガガガガ!!!

 

 突如筒が火を噴き、無数の弾丸を海賊たちに向けて吐き出し始めたのだ。

 咄嗟に引いた海賊たちはかすった程度で済んだが、突然発砲された恐怖のせいか完全に引け腰に担っていた。

 

「ぎゃああああああああああ!!!!」

「な、なんだァ!!?」

「あのガキ…足に何仕込んでやがんだァ!!?」

 

 悲鳴を上げて避難する海賊たちは、容赦なく銃器を使った少女を目にしてゾッと顔を青くさせる。

 それは、ナミとウソップも同じだった。

 

「0.7ミリ連射式機関銃……初めて使ったけどなかなか使い勝手いいな」

「ど、どうなってんのよその足⁉」

「なんつー危ねェモン持ち出してきてんだよおめェはァ!!!」

 

 至近距離で機関銃を使われてビビったウソップが抗議する。ナミは幼い少女の足に機関銃が仕込まれていたことを知って、驚愕で腰を抜かしかけていた。

 エレノアはもう少しお見舞いしてやろうとスイッチを押すが、銃口はそれ以上弾丸を吐き出すことはなかった。

 

「あり?」

「弾切れか‼ 今の内だァ!!!」

 

 チャンスと見たジャンゴが命令を下し、海賊たちが再び向かってくる。

 しかしエレノアは慌てることなく、もう一方の足を出して同じように銃口を差し向けた。

 

「おかわり!!!」

「ぎゃああああああああああ!!!!」

 

 再び乱射を食らい、海賊たちは這う這うの体でエレノアから距離を取る。

 しばらく回転を続けた機関銃が動きを止めると、エレノアはそれを足の中に戻した。

 

「今度こそ弾切れ…………でも、だいぶ戦意は削れたかな?」

 

 そうつぶやくと、エレノアは今度は両手をパンッと打ち鳴らす。

 青い光とともにエレノアのシルエットが大きく伸び、大人の姿となった彼女が身構えると、海賊たちは引きつった顔でジャンゴに助けを求めた。

 

「あ、あのガキムチャクチャだ!!!」

「何しでかすかわかんねぇぞ!!?」

「チッ」

 

 情けない部下もそうだが、こんな場所で足止めを食らっていることにいら立ったジャンゴが舌打ちする。

 そう、こんなところで時間を浪費している場合ではないのだ。

 

「おいてめェら!!! そんな奴らにかまってねェでさっさと村を襲え!!!! これはキャプテン・クロの計画だという事を忘れたか‼ あの男の計画を乱すような事があったら、おれ達は全員殺されちまうぞ!!! わかってんのかバカヤロウどもっ!!!!」

 

 ジャンゴの発破に、海賊たちは一斉に顔を青くする。

 一人、一人とその表情に恐怖による活力をみなぎらせ、自身を奮い立たせるような雄たけびを上げて突撃を再開する。

 今度は、引き返すことはなかった。

 

「やばいな…どんだけ恐れられてんのさ、キャプテン・クロ…‼」

 

 恐怖による統率のすさまじさに、エレノアは冷や汗を流す。

 銃を使い切った以上、エレノアに残されているのは錬金術と体術のみ。

 しかし、それを使うには敵の数はあまりにも多すぎた。

 

「てめェら邪魔だァ、そこをどけェ!!!」

 

 応戦するナミとウソップだが、一人を止めたところでまた別の敵が襲い掛かるため手に負えない。

 不意をつかれ、ウソップは石斧の一撃を頭部に受け、その場に膝をついてしまった。

 

「ウソップ君‼ くっ…‼」

 

 助けに行きたいのはやまやまだったが、エレノアも自分の目の前の敵の相手に忙しくその場を離れられない。

 悠々と先へ進もうとする海賊の一人。

 その足に、昏倒しかけたウソップが必死の形相で縋り付いた。

 

「……………‼ ……この…‼ この坂道!!! お前らを通す訳にはいかねェ……!!! おれはいつも通りウソをついただけなんだから!!! 村ではいつも通りの一日が始まるだけなんだから」

「クソガキ黙れ!!!」

 

 容赦なく蹴り飛ばされ、血を流しながらウソップは地を転がる。

 援護しようと棍棒を振り回すナミだが、別の海賊に殴り飛ばされて崖に叩きつけられてしまう。

 

「あゥっ!!! い…たァ………!!!」

 

 残るはエレノアだけだが、応戦している間にわきを通られてしまい、すべての人数を止めることができずにいる。

 決壊した関止めのように、次々に海賊たちが村へと向かっていってしまう。

 

「畜生、待て…!!!! 村へ行くな!!!」

「うるせェ邪魔だァ!!!」

 

 妨害しようと必死に掴みかかるウソップだが、脳を揺らされて力が出ず、軽く足蹴にされてしまう。

 ナミも当たり所が悪かったのか、しばらくその場から動くことができずにいた。

 

「やめてくれ頼むからっ!!! みんなを殺さないでくれェえ!!!」

 

 悲鳴にも似た懇願をあざ笑うかのように、海賊たちは続々と村へと侵入していった……かに思われた。

 エレノアが、ふと小さくつぶやくまでは。

 

「私の役割は…もうほとんど終わってるんだよね。…………遅いんだよあんたたち」

 

 ウソップやナミが、エレノアに聞き返そうとした時だった。

 

「うっぎゃああああ!!!!」

 

 大きな悲鳴とともに、先へ進んでいた海賊たちが吹き飛ばされてくる。

 ジャンゴのもとまで落ちてきた海賊たちは、ジャンゴに抗議するような引きつった形相でまくし立てた。

 

「何なんですかジャンゴ船長…‼ この村にあんなのがいるなんて…‼ 聞いてません!!!」

 

 怯える海賊たちの視線の先。

 そこには、腹立たしげに剣を構える腹巻きの剣士と、肩を怒らせる麦わら帽の男がいた。

 

「何だ今の手ごたえのねェのは」

「知るか! これじゃ気が晴れねェ‼」

「ナミ、てめェ!!! よくもおれを足蹴にしやがったな!!!」

「ウソップこの野郎!!! 北って、どっちかちゃんと言っとけェ!!!」

 

 ナミに対して怒りを燃やすゾロと、涙目でウソップに抗議するルフィ。

 本命の戦力の到着を見越していたエレノアは、にやりと不敵な笑みを浮かべて腕を組んだ。

 

「…何だ、あいつら……」

 

 呆れたような、戸惑うような言葉を漏らすジャンゴに、エレノアは自信たっぷりに答えて見せた。

 

「うちの主戦力の、アホ船長とアホ剣士です」



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第16話〝リミッター〟

「お………お前らこんなに強かったのか……‼」

「うん」

「あんた達おっそいのよ、来んのが‼」

「てめェが、おれを落とし入れたんだろうがよ‼」

「あれは事故よ、仕方ないでしょ。三人とも落ちるより一人でも助かった方がいいじゃない」

「じゃあお前が落ちろ‼」

「戦闘力ほぼないでしょうがあんたは‼」

「だいたいだなー‼ 北とか北じゃないとかそうゆうのでわかるわけないだろ‼」

「何ィ⁉ お前自信持って、まっ先に走り出したろ」

「あれは何となくだよ、何となくっ‼」

 

 喧々囂々と、仲間内でもめている若者たちを見てジャンゴは眉間にしわを寄せる。

 あんな輩に邪魔されるのは癪だが、とにかく先へ進まなければならない。

 

「おい野郎ども。まさか、あんなガキ二人相手にくたばっちゃいねェだろうな」

「……‼」

「…お…おう…‼」

 

 すでに強烈な一撃を食らい、足に力が入っていない海賊たちは、かろうじてジャンゴの方を見る。

 ジャンゴは懐からひもの結ばれたリングを垂らし、それを自分の前でぶらぶらと左右に揺らした。

 

「いいか、おれ達はこんな所で、グズグズやってるヒマはねェ。相手が強けりゃこっちも強くなるまでだ…‼ さァ、この輪をじっと見ろ………‼」

 

 奇妙な行動に、ルフィたちは怪訝な顔で首をかしげた。

 

「何やってんだ、あいつら」

「…さァな」

「催眠術よきっと…‼ 思い込みで強くなろうとしてんの! ばっかみたい!」

「……ヤバイかも」

「え?」

 

 嘲笑するナミの横で、真剣な声でエレノアが呟く。

 訝しげな視線を受けたエレノアは、冷や汗を流しながら動作を続けるジャンゴを睨みつけた。

 

「人間ってね、普段は身体に負担をかけないために、自分自身に制限(リミッター)を設けてるの。………もしあの催眠術が、その制限(リミッター)を解除できるのだとしたら‼︎」

「そんなバカな…‼」

 

 思わずそう返すナミだが、エレノアの言う事だと万が一という事もある。

 ジャンゴはそれにこたえるように、海賊たちに揺れるリングをかざしながら集中する。

 

「ワーン‼ ツー‼」

 

 そして最後に自分がそれを見ないように、帽子のつばを勢いよく下げた。

 

「ジャンゴ!!!」

「ウオオオオオ――――――ッ!!!!」

 

 その途端、疲労困憊の様子を見せて言った海賊たちが一斉に起き上がり、凄まじい雄叫びを上げて見せた。

 ルフィとゾロにやられた傷も、エレノアから受けた負傷も微塵も感じさせなかった。

 

「うそっ‼ あんなにフラフラだったのにっ‼」

 

 予想外の事態にナミが目を見張る。

 勢いづいた海賊の一人が近くにあった崖を殴りつけると、硬い岩に大きな亀裂が入っていき、轟音を響かせながら表面が粉々に砕け散った。

 

「崖をえぐりやがった………!!!」

「そんな…‼ 本当に催眠が、かかってる!!!」

「一人でも崖をえぐるってのに、あの人数じゃ…!!!」

 

 敵の勢いが増し、ナミたちは撤退を余儀なくされる。

 ゾロとエレノアが壁となるように前に出て、やや焦燥を感じながら構えた。

 

「お前ら坂の上へ上がってろ‼ ここはおれ達がやる…‼」

「ちょっとキツイかもだけど…やるっきゃないか‼ ルフィ‼ …ルフィ?」

 

 不安は残るが退くことはできないと戦闘準備を整える二人だが、もう一人の反応がないことに気づく。

 呼びかけられたルフィが、その場で大きく両腕を掲げた。

 

「うおああああ――――――っ!!!!」

「お前も催眠にかかってんのかァ!!!!」

 

 阿修羅のような形相で、ものすごい咆哮を放つルフィの目に理性はない。

 遠く離れた場にいるはずのジャンゴの催眠を受け、潜在する力が100%発揮されていた。

 

「そうだった…ルフィってばああいう暗示とかにムッチャクチャ弱いんだった…」

「そ…そうにしてもなんて単純な奴なの。人の催眠にかかるなんて…」

「アホですから」

 

 呆れたようにつぶやくナミに、エレノアは自分が恥を感じる。

 そうこうしているうちに、ルフィは一斉に向かってくる海賊たちに一人突進し、ジャブのように拳を繰り出す。

 その勢いにゴムの伸縮が加わることにより、猛烈な連撃が繰り出された。

 

「〝ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)〟!!!!」

 

 まさに、拳の機関銃による圧倒的な攻撃が炸裂し、海賊たちがさっきよりも盛大に吹き飛ばされていく。

 木っ端のように空中に投げ出される海賊たちを、ルフィはなおも追いかけた。

 

「ぬああああ!!!」

「いやあああ!!!」

 

 催眠を受けて力を増したところで、相手も同等の力の底上げがなされれば意味がない。

 しかし悲鳴を上げて逃げ惑う海賊たちを無視し、ルフィはクロネコ海賊団の海賊船の船首に貼りついた。

 そして彼は、硬い船首を力づくで引きはがし始めたのだ。

 

「ぬうあああああああっ!!!」

「いけ―っルフィ―っ‼」

「まさにアホの一念…‼」

 

 即席の武器を手にしたルフィが、再び海賊たちにずんずんと迫っていく。

 そのごり押しに、エレノアは呆れるほかになかった。

 

「おれ達を殺す気だァ~~~っ!!!」

「船長なんとかして下さい―――っ!!!」

「ワン・ツー・ジャンゴで眠くなれっ‼ ワーン、ツーッ‼」

 

 今度はルフィ一人に向けて、窮地を逃れたジャンゴがリングを見せる。

 理性を失っている相手に聞くかは疑問だったが、あの化け物に対する対抗手段はそれ以外になかった。

 

「ジャンゴ!!!」

「すかーっ」

 

 奇しくもジャンゴの術は成功し、ルフィは船首を抱えたまま深い眠りに落ちる。

 しかし巨大な船首はゆっくりと傾ぎ、海賊たちのいる方へと倒れこんでいった。

 

「うわああ~~~っ‼」

「ぎゃああ――――――っ!!!」

 

 ズシィィン‼ と船首が起こした風圧が海賊たちを吹き飛ばし、より甚大な被害をもたらす。

 こんな状況で、立ち向かおうとするものはさすがにいなかった。

 

「やりやがったあのガキ…‼ これじゃ計画もままならねェ…!」

 

 キャプテン・クロの完璧な計画が狂いつつあることに、ジャンゴは焦りで顔を真っ青にさせる。

 一方でナミたちは安堵の表情を浮かべ、一休みするようにわき道に腰を下ろしていた。

 

「なんか、ほぼ全滅って感じするわね」

「おい…そんな事よりあいつが船首の下敷きに‼」

「大丈夫死にゃしねェよ。お前は自分の出血の心配してろ」

「…ゾロ君。構えてた方がいいよ」

「あ?」

 

 余裕の表情で刀を担ぐゾロに、エレノアが警告する。

 彼女の耳は、海賊船の中に要る二つの気配を捉えていた。

 

「船の中に誰かいる」

「…そうか」

 

 強さはともかく、動ける敵はまだ残っていると知ったゾロは表情を引き締める。

 油断して傷を負うなど、剣士にあってはならない恥だ。

 

「おいおいブチ‼ 来て見ろよえれぇこった、船首が折れてる!!!」

「なに、船首がァ!!? おいおい、どういう理由で折れるんだ‼」

 

 そしてエレノアの言う通り、船の中で待機していたらしい別の声が響く。

 その声を聴いたジャンゴは安堵の笑みを浮かべ、計画はまだ失敗していないことを喜んだ。

 

「今さら何が飛び出すんだ……⁉」

 

 警戒するゾロをよそに、ジャンゴは両手を大きく広げて、船の中のもう二人にの戦闘員を呼び寄せた。

 

「下りて来いっ!!!〝ニャーバン兄弟(ブラザーズ)〟!!!!」

 

 ジャンゴの呼び声に、彼らは船の上から大きく跳躍して海岸に降り立った。

 猫の耳とカギヅメを付けた、細身の男と太っちょの男。デコボコの組み合わせながら、降りるタイミングはぴったり同じだった。

 

「およびで、ジャンゴ船長」

「およびで」

 

 数メートルはある高さから着地しても、二人の番人はびくともしていない。凄まじい身軽さだ。

 

「なにあれ」

「すげェ…あの高さから着地した…‼ ねこみてェだ」

「見た目からネコだもんね」

 

 ウソップやナミが驚愕の声を漏らすと、エレノアも感心したように二人の門番を見やる。

 見た目はかなりふざけているが、油断ならない相手なのは確かだった。

 

「ブチ、シャム。おれ達はこの坂をどうあっても通らなきゃならねェんだが、見ての通り邪魔がいる‼ あれを消せ‼」

「そ…そんなムリっすよォ、ぼく達には。なァ、ブチ」

「ああ、あいつ強そうだぜまじで‼」

 

 しかし、呼び出された番人たちは困惑したようにそう答え、ぶんぶんと首を横に振る。

 さっきまでの自信満々な態度がウソのようだった。

 

「な…‼ なんだ、あいつら切り札じゃなかったのか⁉」

「…完全にびびってる………‼」

 

 予想外の反応にウソップたちは戸惑い、ゾロは戦意をそがれたのか呆れた顔になる。

 番人ブチとシャムは肩をすくめながら、呼び出したジャンゴに困り顔で苦言をぶつけていた。

 

「だいたいぼくらはただの船の番人なんだから」

「そうそう、こんな戦いの場にかり出されても」

「シャム‼ さっさと行かねェか!!!」

「え⁉ ぼくですかァ!!?」

「急げ‼」

「わかりましたよ行きますよっ‼」

 

 ジャンゴの剣幕に押され、シャムはどたどたとみっともない走り方でこちらに向かってきた。

 べそまでかいて、こっちが悪い気さえしてきてしまう。

 

「おい、お前ら覚悟しろ―――っ‼ このカギヅメでひっかくぞーっ」

「……‼ あれをおれにどうしろっつうんだよ……‼」

「ゾロ君、油断大敵」

「あ?」

 

 毒気を抜かれてしまうゾロだが、エレノアはそんな彼に忠告する。

 最初から最後まで、エレノアは敵を侮ることはなかった。

 

「奇襲・騙し・嘘…卑怯な戦法は海賊の十八番(おはこ)だよ」

「!!?」

 

 ゾロはハッとなり、とっさに刃を盾にする。同時にエレノアも右足を振るい、隙を見せたゾロをかばう。

 勢いを増したシャムの鉤爪が襲いかかったのは、それとほぼ同時であった。

 

「こいつ…!!?」

「貴様おれを、今見くびってただろ……!!! だが、そのガキの助言に救われたな‼ おれは今ネコをかぶっていたのに!!!」

 

 常人であればまず騙され、奇襲を受けていたであろう演技にゾロは冷や汗を流す。

 ギン、と甲高い音とともに鉤爪を弾き、距離をとった両者がにらみ合った。

 

「やっぱり…そんなこったろ―と思ったよ」

「まさかあいつ…弱くねェのか!!?」

「ゾロ⁉ 刀は!!?」

 

 ナミの指摘に、ゾロは軽くなった自分の腰を見下ろす。

 刀と鉤爪をかちあわせている間に、ゾロは残り二本の刀を失っていた。

 

「やられた…‼ なら私が…‼」

 

 眉間にしわを寄せ、代わりに相手をしようと前に出ようとしたエレノアだったが、その足がガクンと沈んだ。

 

「え…!!?」

 

 エレノアの表情に、初めて驚愕が現れる。

 力の入らない自分の足を呆然と見下ろし、ついで何かしたはずのシャムを睨みつけた。

 

「まァ、てめェらもちったァやるようだが、クロネコ海賊団〝ニャーバン兄弟〟のシャムを甘くみねェこった…」

 

 ゾロの刀を背中に背負ったシャムが、片手でボルトらしき金属を弄ぶ。

 その様に、エレノアの目に怒りの火が灯った。

 

「ネコババってやつか…なかなかシャレがきいてるじゃないの‼」

 

 

「…ウソップ君、昨日はどうしちゃったんだろう。いつもの彼らしくない…」

 

 紙袋いっぱいに食材を詰め、ロゼは定時の食料品の配達に向かう。

 その間も気になっているのは、昨日暴行事件を起こしたという青年のことだった。

 

「メリーさんに撃たれたって聞いたけど…クラハドールさんがそこまでひどいことするなんてやっぱり考えられない……。やっぱり何か誤解があるんじゃないのかしら…?」

 

 いつもの道を歩く途中、ロゼは見覚えのある燕尾服を目にし、立ち止まった。

 

「……? クラハドールさん…? こんな朝早くから海岸の方に何の用だろう…?」

 

 普段なら朝早くに屋敷での業務にかかっているはずの彼が、用のないはずの海岸方面に向かっている。

 気にはなったが、ロゼは配達の方を優先した。

 

「メリーさーん、今日のぶんの食材持ってきましたよーっ」

 

 裏口の扉を叩き、ロゼは執事長を呼ぶ。

 しかし今日は、すぐに出てきてくれるはずの彼からの返事はなかった。

 

「開けてくだ…カヤ⁉」

 

 首をかしげるロゼ。

 すると、扉を押しのけるように開き、荒い呼吸のカヤが倒れかかってきた。

 

「ちょっ…何考えてるのよ⁉ こんな時間に一人で出歩くなんて…‼」

「お願い…行かせて………ウソップさんのところにいかないと…‼」

「……⁉ で、でもウソップ君…カヤに乱暴したって噂になってて…⁉」

「ウソじゃなかった!!!」

 

 血を吐くように、カヤは叫んだ。

 目を見開くロゼにすがるように、カヤは今しがた知った真実をロゼにまくしたてるように語った。

 

「今‼ この島に…海賊が来てるの!!! あの人が……クラハドールが‼ 海賊だったの!!!」

「………!!? 嘘…でしょ…?」

 

 信じられない言葉に、ロゼは絶句する。

 しかしカヤの表情は嘘を言っているようには見えず、そんな嘘を言う理由も考えられなかった。

 

「メリーも襲われた…‼ 部屋で、血まみれになって倒れてたのっ!!! メリーが全部…本人の口から聞いたって………!!? 私……ウソップさんになんてことを…」

「カヤ…‼ 落ち着いて…まずは冷静になって」

「クラハドールの目的は…この屋敷と財産だって…村のみんなが死んでしまうくらいなら………そんなものもういらない!!! お願いよ、ロゼ‼ ウソップさんはきっと…クラハドールの所にいる!!!」

「…………」

 

 涙を流しながら、カヤは通せんぼしている体になっているロゼに懇願する。

 無理もない、彼女は大切な友人であるウソップの言葉を信じず、ひどい罵声をぶつけてしまったのだから。

 しかしそれでも、ロゼは縦に頷くことはできなかった。

 

「カヤ…悪いけど私…そんな話を聞かされてあなたを行かせるわけにはいかない…‼ あなたは私の友達だから…そんな危ない海賊の所へあなたを一人で行かせるわけにはいかない…‼」

 

 カヤの肩を掴み、ロゼは真剣な表情で決意する。

 カヤに罪があるのなら、村のみんなの言うことをまんまと鵜呑みにしてしまっていた自分にもあるはずだ。

 

「私も行く‼ 私だって…この村が大好きだから!!!」

 

 大切な友達をみすみす死なせるものかと、ロゼの目は燃えていた。



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第17話〝無音の男〟

「くっ…アンニャロー関節はずしやがったな……!!?」

 

 がしゃがしゃと自由の利かない右脚をたたき、エレノアは悔しさを声に出す。

 シャムは弄んでいたボルトをポイっと放り捨て、嗜虐的な笑みを浮かべて爪を研いだ。

 

「まずい……‼ 片足を封じられた!!!」

「じゃあ、もうあいつ動けねェじゃねェか!!! どうすんだよ!!?」

 

 ナミとウソップが焦燥じみた声を発するのをわき目に、悠々とシャムはエレノアの方に近づいていく。

 しかしその前に、怒りで目を吊り上げるゾロが割って入った。

 

「エレノア…手ェ出すなよ。こいつらはおれが相手をする。お前は休んでろ」

「…頼むよ。()の子の意地ってやつは、わかってるつもりだから」

 

 接近戦での不利を悟ったエレノアは、おとなしくその場をゾロに譲って後ろに下がる。

 敵は、何もこの場にいる者だけではないのだ。

 

「私も、今後に備えて体力温存しときたいからさ…‼」

 

 エレノアがナミたちのいる方へ下がると、刀一本だけを手にしたゾロにシャムとブチが襲い掛かる。

 しかし慣れない一刀流での戦闘の上、だまし、ふいうち、二対一という卑怯な戦い方に翻弄され、ゾロは徐々に押されていく。

 シャムが邪魔だとはるか後方に投げ捨てた刀との距離が、実際よりも遠く感じた。

 

「やばい! ゾロが押されてる。エレノア‼ ここから援護できないの⁉」

「ゾロ君がそれを望まないんだもの…それに、下手に手を出さないほうがいいよ。標的がこっちに移るから」

「だ、だがそんなこと考えてる場合じゃ…‼」

 

 パチンコで援護しようとしたウソップにそう釘をさすと、彼は悔し気に顔を歪める。

 ナミは冷や汗を流しながら、坂道の下の方に転がっているゾロの刀に目を向けた。

 

「でもこのままじゃまずい…私が刀を取りに行くわ! ゾロに渡せば必ず勝ってくれるはず!」

「だったらおれがっ‼」

「無理しないの、あんたもエレノアも動けないでしょ⁉」

「ムチャだよナミっ‼ あの催眠術師もいるんだよっ!!?」

 

 今のところ催眠術しか見せていないが、あの男の戦闘能力は未知数。戦う術に乏しいナミが向かうのは無謀だ。

 しかしナミはエレノアの制止を振り切り、ブチとシャムを抑えるゾロの横を抜けて刀のすぐ近くにまで走っていく。

 

「これさえ渡せば‼」

「刀に何の用だ」

 

 あと少しで手が届きそうになった時、ナミは肩に激痛を感じて転倒する。

 例のリングを血にぬらしたジャンゴが、億劫そうに倒れたナミを見下ろした。

 しかし、その表情が一瞬にして驚愕と恐怖に彩られた。

 

「……あ…‼ …あ…いや‼ これは…その、事情があってよ…!!!」

 

 様子の変わった船長と同じく、船員たちも一点を見つめてがたがたと体を震わせ始めた。

 ゾロと戦っていたシャムとブチもまた、真っ青な顔で凍り付いていた。

 

「…うわ…」

「あう…」

「キ…キャ…キャプテン…クロ…‼」

「…こ…殺される…」

 

 時間切れだった。

 いつまでたっても来ない襲撃に業を煮やしたクロが、苛立ちの表情で坂の上に立っていた。

 

「もう、とうに夜は明けきってるのに、なかなか計画が進まねェと思ったら…何だ、このザマはァ!!!!

 

 大気を揺るがす、凄まじい怒号。

 対象でないナミとウソップも竦むほどの怒りが、場を完全に支配していた。

 

「まさか、こんなガキ共に足留めくってるとは…クロネコ海賊団も落ちたもんだな。えェ!!? ジャンゴ!!!」

「だ…だがよ‼ あんた、あの時その小僧、放っといても問題ねェって…そう言ったじゃねェかよ‼」

「ああ、言ったな…言ったがどうした…‼ 問題はないはずだ。こいつが、おれ達に立ち向かってくることくらい、容易に予想できていた。ただ、てめェらの軟弱さは計算外だ。言い訳は聞く気はない」

「な…軟弱だと、おれ達が……⁉」

「……‼ 言ってくれるぜ、キャプテン・クロ…」

 

 クロの言葉に、ブチとシャムが反応した。

 すぐ近くにいるゾロさえ無視し、聞き捨てならないことを言ったクロを睨みつけた。

 

「確かに、あんたは強かった。だが、そりゃ3年前の話だ……‼ あんたがこの村でのんびりやってる間、おれ達は遊んでたわけじゃねェ‼」

「おおともよ、いくつもの町を襲い、いくつもの海賊団を海に沈めてきた……‼」

「何が言いたい」

「おい‼ やめねェかブチ‼ シャム‼」

「計画通りに進めなかっただけで、やすやすと殺される様なおれ達じゃねェ‼」

「ブランク3年のあんたが現役の、しかもこの〝ニャーバン兄弟〟に勝てるかってことだ‼」

 

 ブチとシャムから、怯えながらもはっきりと告げられた宣言。

 それはくしくも、クロの出現で死の恐怖に怯えていた船員たちに希望の火を灯した。

 が、エレノアにはすぐにかき消されるか細い火に見えた。

 

「…………あいつら、死んだな」

「あんたは、もう俺たちのキャプテンじゃねェんだ‼」

「黙って殺されるくらいなら殺してやる!!!」

 

 ゾロを放置し、ブチとシャムはクロに向かって全力で疾走する。

 常人では確かに対応できないほど速く、彼らの自信の裏付けともいえる力を表していた。

 

「「シャアアア!!!」」

 

 二人のカギヅメが、クロの体を切り裂こうと左右から食らいつく。

 しかし彼らが切ったのは、クロが持っていた革のバッグひとつのみ。どこにもいないクロに、ブチとシャムははっと目を見開いた。

 

「誰を、殺すだと?」

 

 そして彼らは気づく。

 何年鍛錬を積もうとも、覆すことのできない実力の差というものがあるという事を。

 

「〝抜き足〟か…‼」

「何だ、あの武器は」

 

 エレノアは静かに驚き、ゾロはクロの装備している武器に目を見張る。

 グローブの指先に備わった、刀ほどの長さを持つ爪。鋭い輝きを放つそれに、クロネコ海賊団はヒッと悲鳴をこぼしていた。

 

「回り込まれたか‼」

 

 振り返るブチとシャムだがもうそこには誰もいない。

 その直後、二人の肩に回される冷たい感触に再び凍り付いた。

 

「お前らの言うことは正論だな。今ひとつ体にナマリを感じるよ」

「いっ!!!」

「ヒィ!!!」

 

 ブチとシャムの身軽さを軽く超える速さで回り込んだクロが、二人の間に立って首に手を回していた。

 少し動けば、二人の頸動脈はスパッと軽く切り裂かれるだろう。

 

「確かに、おれはもう、お前らのキャプテンじゃねぇが…計画の依頼人だ…‼ 実行できなきゃ殺すまで‼」

 

 凄まじい殺気に、ブチとシャムはボロボロと涙を流す。

 神速とも呼ぶべき速さに、エレノアはごくりとつばを飲み込んだ。

 

「…話に聞いてた通り、ゾッとするね。〝百計〟のクロの無音の移動術。暗殺者50人集めても気配を感じる間もなく殺されるという、無音殺人術(サイレントキリング)の使い手。あの奇妙なメガネの押し上げ方は、〝猫の手〟で自分の顔を傷つけないようにするための独特の癖……‼」

 

 屋敷にいたときから見せていた独特の動きに、エレノアは納得する。

 戦闘時以外の、それも「いい人」を演じていた時にも見せていたあのクセの意味に、戦慄を禁じえなかった。

 

「ブランクなんてとんでもない………!!! あの男は3年間、自分の爪とぎを欠かしたことはなかったんだ……!!!」

 

 クロネコ海賊団はより深い恐怖に落ちる。

 唯一の希望であったニャーバン兄弟さえも赤子扱いという現実に、絶望に支配されていた。

 

「3年もじっとしてるうちに、おれは少し温厚になったようだ…5分やろう。5分で、この場を片づけられねぇようなら、てめェら一人残らず、おれが殺してやる」

「ケッ…」

「……お優しいこって」

「畜生ォっ‼ こんな奴が3年も同じ村に住んでたなんて…!!!」

 

 クロの持つすさまじい残虐性にゾロもエレノアもそう吐き捨て、ウソップはそれに気づかなかったことに恐怖を隠しきれない。

 しかし反対に、クロネコ海賊団はわずかながら力を取り戻していた。

 いや、恐怖を生への執念が上回ったというべきであろうか。

 

「5分、5分ありゃあ何とかなる‼ あいつだ‼ あいつさえぶっ殺せば!!! おれ達はこの坂道を抜けられるんだ!!!」

「そうさ、さっきまでおれらが押してた相手だ‼」

「対して強かねェ‼ 5秒で切りさいてやる!!!」

「う…うおおおやってやるぞォっ!!!」

「数の差で踏み潰しちまえェ!!!」

 

 傷ついた船員までもが、武器を手に立ち上がって進み始めた。

 相手は非戦闘員二人に、足を封じられた子供一人、そしてニャーバン兄弟にてこずる剣士一人、そして船首の下敷きになった男が一人。

 押しつぶせば、何とかなるという希望が生まれていた。

 

「ゾロ‼ 刀っ‼」

 

 しかしそこで、ナミが動いた。

 肩の負傷を手で押さえながら、ゾロの刀をまとめて空中に蹴り飛ばす。

 

「てめェは………‼ おれの刀まで足蹴に…‼」

「………お礼は?」

 

 怒りをあらわにするゾロだが、ちょうどいい位置に落ちてきた自分の刀を手にしてにやりと笑みを浮かべた。

 

「あァ…ありがとう‼」

「動けないからって、バカにすんなよ‼」

 

 三本揃えば、もはや敵はない。

 そしてエレノアも、臆することなくパンッと両手のひらを打ち合わせた。

 

〝虎…狩り〟!!!

「『血に塗れた我が人生をここに捧げようぞ』!血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)〟!!!

 

 上段からのゾロの斬撃と、地面から次々に生えてくる無数の赤黒いトゲが、ニャーバン兄弟と黒猫海賊団を残らず吹き飛ばした。

 多大なダメージを負った海賊たちを前に、ゾロは不敵な笑みをクロに向けた。

 

「心配すんな…5分も待たなくてもお前らは一人残らず、おれ達が始末(ツブ)してやる」

 

 クロはその宣言に、不機嫌そうにメガネのふちを押し上げる。

 だがエレノアは、フラフラの体で起き上がろうとしているブチに気づいた。仕留めきれなかったらしい。

 

「! あいつ、まだ生きてる…タフな脂肪で致命傷はさけたか…」

 

 警戒するエレノアは、すぐに異変に気付いた。

 ジャンゴがブチに向けて、あのリングをかざしていたからだ。

 

「ぬ"っフ――ン!!!!」

「やば! またあの催眠か‼」

 

 ただでさえ怪力を有するブチがあのパワーアップを手にしたらと思うと、エレノアはゾッとするほかにない。

 混戦の中、ナミは今度は破壊された船首の方へと向かっていった。

 

「みんな大ケガして戦ってるってゆうのにコイツったら‼ 起きろォ!!!」

「ぶっ⁉」

 

 走りながら、下敷きになったまま眠りこけているルフィの顔を踏んづける。

 ジャンゴがその背に向けてリングを投げ飛ばすのを見て、ゾロとエレノアとウソップは悲鳴を上げた。

 

「ナミ危ないよけろっ!!!」

「あれは…チャクラムっ!!? ただの催眠の道具じゃなかったのか‼」

「間に合わないっ!!!」

 

 声に気づき、振り向くナミだがもう遅い。

 その体を切り裂こうと、チャクラムの刃が食らいつこうとした瞬間だった。

 

「お前かナミィ!!! よくも顔フンづけやがっ…」

 

 船首を押しのけて起き上がったルフィの後頭部に、チャクラムの刃が深々とめり込んだ。

 突然の痛みと驚愕にルフィは目を見開き、前のめりに倒れかける。

 一応ナミの危機は去り、エレノアとゾロは呆れたように安堵のため息をついた。

 

「なんて間の悪ィ奴、というか…いい奴というか…‼」

「ほんっと悪運強いなァ…………何にしてもこれで…」

「いっ…てェ~~~っ!!!!」

 

 天に轟くルフィの叫び声に、二人は戦局が代わったことを察する。

 クロネコ海賊団もまた、風向きが不利な方を向き始めたことに気づき、絶望の表情を浮かべた。

 

「あいつが復活したァ~~~っ!!!!」

「まずいっ……‼ これじゃ5分以内は……………!!!」

 

 動揺する彼らに、クロの無慈悲な声が届く。

 

「皆殺しまで、あと3分」

「そんな…無茶だ…ジャンゴ船長とブチさんと言えどたった3分であいつらを仕留めるなんて…!!!」

「ブチ! 考えてるヒマはねェぞ、お前はあのハラマキとガキを殺れ‼ おれが麦わらの小僧を……‼」

 

 ジャンゴは冷静に、何とか3分以内にルフィたちを退ける方法を指示する。

 やれることをやらねば、キャプテン・クロは容赦なく全員を殺しにかかるだろう。それだけは避けねばならなかった。

 だが、その時だった。

 

「クラハドール!!! もうやめて!!!」

 

 この場にあってはならない声が、響き渡ったのは。



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第18話〝虚構の信頼〟

「カヤ‼ ロゼも‼ お前ら…何しに…!!!」

 

 この場にいてはならない娘たちに向けて、ウソップは叫ぶ。

 クロもこの展開は予想外であったようで、大きく目を見開いていた。

 

「これは驚いた……お嬢様………なぜここへ…?」

「メリーから全部聞いたわ」

「…今でもちょっと信じられません…あなたがまさか…‼」

「………ほう、あの男まだ息がありましたか。………ちゃんと、殺したつもりでしたが………」

 

 紡がれる残酷な言葉に、二人はぞっと身を震わせる。

 実際に目にしてもなお、目の前にいる男と自分たちの知っている人物と結びつかないのだろう。

 

「………ごめんなさい、ウソップさん…‼ 謝っても許してもらえないだろうけど……私……‼ どうしても信じられなくって…‼」

「そんなことはどうでもいいっ‼ 何で、ここへ来たんだ、おれは逃げろって言ったんだ!!! お前は命を狙われてるんだぞ!!! ロゼも何やってんだよ!!?」

「あなたは戦ってるじゃない!!! 私達はウソップ君にあんな酷い仕打ちをしたのに‼ そんなに傷だらけになって戦ってるじゃない…‼」

「おれはだから…‼ ゆ‼ 勇敢なる海の…」

「クラハドール!!! 私の財産が欲しいのなら全部あげる!!! だから、この村から出て行って!!!」

 

 ロゼに肩を借りながら、カヤは力の限り叫ぶ。

 それだけでも大変な苦痛だろうに、優しい彼女は大切な友人のために体を張った。

 

「………違いますね、お嬢様。…金もそうだが、もう一つ私は〝平穏〟がほしいのです。ここで3年をかけて培った村人からの信頼はすでに、何とも笑えて居心地がいいものになった。その〝平穏〟とあなたの〝財産〟を手に入れて、初めて計画は成功する」

 

 計画の遂行に異常な執着を見せるクロに、エレノアは言葉を失う。

 それこそが、クロが東の海で恐れられている最大の理由だった。

 

「つまり、村に海賊が攻め入る事故と、遺書を残しあなたが死ぬことは絶対なのです」

「逃げろカヤ‼ ロゼ‼ そいつにゃ、何を言っても無駄なんだ!!! お前の知ってる執事じゃないんだぞ!!!」

 

 ウソップの叫びにも、カヤは従わない。

 懐から取り出したのは、自衛のために両親が残した一丁の銃だった。

 

「村から出て行って!!!」

「なるほど…この3年であなたもだいぶ立派になられたものだ…」

 

 銃器を出すという、令嬢には考えられない選択にクロは逆に感心したような声を上げる。

 大して狼狽もせず、懐かしそうに虚空に目をやっていた。

 

「憶えていますか? 3年間いろんなことがありましたね。あなたが、まだ両親を亡くし床に伏せる前から、ずいぶん長く同じ時を過ごしました。一緒に船に乗ったり、町まで出かけたり……あなたが熱を出せばつきっきりで看病を…」

 

 その思い出が脳裏をよぎったのか、カヤの表情に迷いが生じる。

 その隙をつくかのように、クロは優しい口調で次々に記憶を掘り起こして行った。

 

「共に苦しみ、共に喜び笑い…私は、あなたに尽くしてきました! 夢見るお嬢様にさんざんつきあったのも、それに耐えたことも…すべては貴様を殺す、今日の日のためっ!!!」

「カヤ…ダメ‼ これ以上聞かないで…!!!」

 

 肩を震えさせ、涙を流しながら膝をつくカヤをロゼが必死に抱きとめる。

 もう何も聞かせたくないと覆いかぶさるも、クロは執拗に主人に悪の感情を叩きつけた。

 

「かつてはキャプテン・クロを名乗ったこの、おれが、ハナったれの小娘相手にニコニコへりくだって、心ならずも御機嫌取ってきたわけだ…」

「やめて……!!! もうやめてよ!!!」

「わかるか? この屈辱の日々…」

「クロォオオお―――――っ!!!!」

 

 我慢の限界に達したウソップが、激情をあらわにしながらクロに殴りかかる。

 しかし、以前殴られたのは善良な執事を演じていたがゆえに手を抜いていたから。当たるはずはなかった。

 

「ウソップ君……そういえば君には…殴られた恨みがあったな…」

 

 悠々と自慢の速度で避けようと振り向くクロ。

 だがその足が動くことはなかった。

 

「!!!?」

 

 何かに足を取られたクロは、そのままウソップの渾身の拳を受ける羽目になる。

 盛大にぶっ倒れるクロに向けて、吐き捨てるような罵声が届いた。

 

「耳障りなんだよ…さっきから‼」

 

 パリパリと青い閃光を走らせ、フンっと大きく鼻を鳴らすエレノアに海賊たちの視線が集まる。

 そのまま倒れこんだウソップは何が怒ったのか自分でもわかっていないようだったが、エレノアの怒声に彼女が何かやったのだと察した。

 

「ルフィ? あいつ、殴られたことが相当腹立たしいみたいだよ」

「ああ…任せろ‼ あと100発ぶち込んでやる!!!」

 

 エレノアはそれらをまるっと無視し、やる気を漲らせているルフィにハッパをかけた。

 

「何だ⁉ キャプテンクロが何もせずに殴られた…⁉」

「さっきの妙な光は一体…!!?」

 

 元船長がただの村の男に殴られたことに、クロネコ海賊団の間に動揺が走る。

 現最強だと思われていたニャーバン兄弟を軽くあしらっていたクロの異変に、戸惑いを隠せずにいた。

 

「今だァあああ――――っ!!!」

 

 その時だった。

 場に似合わない甲高い歓声とともに、クロに向かって襲いかかる小さな影があったのは。

 

「ウソップ海賊団参上っ!!!」

「覚悟しろこのやろう羊っ!!!」

「羊このやろお――っ!!!」

「何してんだあんたたち―――っ!!?」

 

 ボコボコと自力で調達したらしい棒状の道具を振り下ろすウソップ海賊団の面々に、エレノアは悲鳴をあげた。

 クロネコ海賊団やウソップも戦慄の表情を浮かべ、やめろとい叫びながら届かない手を伸ばした。

 

「………やっぱりだ‼ キャプテンは戦ってた‼」

「なんで言ってくれなかったんですか、汗くさいじゃないですかっ‼」

「違うよ‼ 水くさいじゃないですか!!!」

「何くさくてもいいっ‼ とにかく、お前らこっから離れろ‼ 逃げるんだ‼」

「いやです‼ キャプテン‼」

「そうだ‼ おれ達だって戦います‼」

「逃げるなんてウソップ海賊団の名おれです‼」

 

 勇ましく吠える三人だったが、背後で立ち上がる黒幕に気づくと、その表情を真っ青に染め上げた。

 しかしクロは少年たちに構うことなく、ギロリとエレノアを睨みつけた。

 

「下らんマネをしてくれる…さっきの妙な現象…貴様、錬金術師だな?」

「まァね?」

 

 悪びれずに答えるエレノアに、クロネコ海賊団の驚愕の表情が向けられる。

 

「何ィ!!? 錬金術ってあのヤロウと同じ!!?」

「やべェじゃねェか、他にもいるのかよあんなことできる奴が!!?」

「やっぱ変だと思ったぜさっきのトゲといいよォ!!?」

 

 圧倒的に不利になりつつあると、クロネコ海賊団の士気がどんどん下がっていく。

 クロは彼らに構うことなく、立ち尽くしていた元部下に目を向けた。

 

「ジャンゴ!!!」

「お…おう‼」

「その小娘と小僧はおれが殺る。お前はカヤお嬢様を任せる。計画通り遺書を書かせて…殺せ。それに…アリを3匹。目障りだ」

「引き受けた」

 

 もはや時間など気にしてはいられない。

 命令をこなすくらいできなければ命はないと、ジャンゴは帽子の下で冷や汗を流した。

 まずいと判断したウソップは、倒れたその場から自分の仲間に叫んだ。

 

「ウソップ海賊団っ!!!」

「はいっ、キャプテン‼」

「い…言っときますけど…おれ達は逃げませんよ!!!」

「キャプテンをあんな目にあわされて逃げられるもんか‼」

「キャプテンの敵を取るんです!!!」

 

 整列しながら、勇気を振り絞るウソップ海賊団。

 そんな彼らに、ウソップは告げた。

 

「二人を守れ」

 

 その命令に、少年たちは目を見開いて言葉を失った。

 

「もっとも重要な仕事をお前達に任せる!!! カヤとロゼを連れてここを無事に離れろ!!! できないとは言わせないぞ‼ これはキャプテンの命令だ!!!」

「「「は…‼ はい、キャプテン!!!」」」

 

 思わぬ指令にあっけに取られていた彼らだったが、確認するウソップに思わず背筋を正す。

 座り込むカヤを立ち上がらせると、ロゼの力も借りてすぐ近くの森の中に走っていった。

 

「バカが。おれから逃げられるわけがねェだろ」

 

 その後をジャンゴが追うが、入り組んだ森ではそうそう接近を許すまい。

 この森で冒険と称して遊び続けてきた彼らにとっては、絶好の逃げ場所であった。

 

「上手いこと口が回る…!」

「結局、逃げろってことじゃねェのか」

 

 嘘つきもここまでくれば一つの才能だと、ゾロもエレノアも呆れながら感心する。

 安堵の雰囲気が漂い始めた中、黒が嗜虐的な笑みを浮かべてメガネを押し上げた。

 

「……お前達、何か忘れてるんじゃないのか?」

「何⁉」

「この島に住み着いた海賊が…おれ一人だと誰が言った?」

 

 クロの言葉に、ウソップはハッと思い出す。

 そうだ、この場にはいないが、クロと密会していた人物はもう一人いたはずだ。

 

「やべっ…あのヤブ医者のこと忘れてた」

「しまった‼ あのジジイがまだ村にいるじゃねェか!!!」

 

 うっかりしていたと頭を抱えるルフィとウソップに、ゾロはため息をつきながらエレノアの方に振り向いた。

 

「おい、エレノア‼ まかせて大丈夫か!!?」

「オッケー……あのジジイには、私もだ~いぶ思うところがあるんでね…‼」

 

 準備は万端、というようにエレノアはフードの下で笑う。

 片足でどうにか立ち上がると、ウソップ海賊団が向かった方に体を向けた。

 しかしそこへ、クロが立ちはだかった。彼女こそ排除すべき最大の障害だと判断したらしい。

 

「おれが通すと思ったか?」

「押しとおる!!!」

 

 自由に動けないエレノアに向けて、クロが自慢の猫の手を振り抜く。

 細い体をたやすく切り裂いたと思われたが、クロの猫の手が貫いていたのはただの布切れだけであった。

 

「!!? どこへ…!!?」

「キャ………‼ キャプテン・クロォ!!! 上だァ~~~っ!!!」

 

 流石に動揺するクロだったが、クロネコ海賊団のものの悲鳴のような声に釣られ、視線を頭上に向ける。

 

「…………‼ 何だと…!!!?」

「あ…ありゃァまさか……!!!」

「天族ゥ~~~~!!!?」

 

 大きく目を見開き、初めて驚愕をあらわにするクロを、大きな影が覆う。

 白く大きな翼を広げたエレノアが、バサバサとそれを羽ばたかせながら不敵な笑みを浮かべていたのだ。

 その真の姿には、ナミやウソップでさえも驚愕を隠せなかった。

 

「ウソォ!!?」

「マジかっ……!!?」

「あんた達につきあってるヒマはないんだよっ‼」

 

 エレノアは大きく翼を羽ばたかせ、カヤたちが向かった方へと進路を変える。

 それを見送ったルフィとゾロは、改めて自分たちの相手と向き直った。

 

「あっちはエレノアに任せるとして…」

「さっさと片付けるとしようかね」

 

 

「後ろ! 来てるか⁉ あの催眠術師!」

「ううん、見えない! このままマいてやろう‼」

 

 深く入り組んだ森の中を、肩とロゼを引っ張るウソップ海賊団が駆け抜けていく。

 その足取りに迷いはなく、手を引かれていなければ危うく見失ってしまいそうなほどだ。

 

「たいしたものね…‼ この林が庭っていうのもあながち過言じゃないかも‼」

「この林の中でおれ達を捕まえられるもんか!」

「安心して、カヤさん、ロゼさん! 僕達が必ず守ってあげるから‼」

「そうさ‼ ウソップ海賊団の名にかけて‼」

「………ええ…、…………ありがとう…」

 

 微笑みながらも、カヤの顔色は悪い。

 もともと病弱な彼女が走り続けているうえに、精神的なショックが何度も重なったためにその負担は予想以上に大きくなっていた。

 しかしそれでも、あの海賊が少年たちを追うことはできない、そう思われていた。

 カヤたちを隠していた木々が、瞬く間に両断されていく光景を見るまでは。

 

「何処だ、チビどもォ~~~~~~~~~~っ!!!! この、おれから逃げられると思うなよ!!!」

 

 戦慄するカヤたちに向けて、ジャンゴが凄まじい怒号を発する。

 戦う姿をまだ見ていない彼らは、自分たちの想定が大きく間違っていたことをようやく察した。

 

「あいつだ‼」

「何だ…!!? ただの催眠術師じゃなかったのか………!!?」

「このままじゃ見つかる‼ 早くもっと奥に……‼」

 

 とにかく逃げる他に方法はない。

 走り続ける一同の目の前を、見覚えのあるシルエットが横切った。

 

「…おや? 君たち…こんなところで一体何をやってるのかな?」

「‼ コーネロ先生‼」

 

 ロゼは大きく目を見開き、不思議そうにこちらを見つめてくる医者のもとへ急いだ。

 なぜここにいるのかなど気にはなりはしたが、そんなことを気にしていられる状況ではなかった。

 

「先生、ここは危険です‼ 危険な海賊たちが村を襲おうとしています‼ 早く村の人たちに避難を…‼」

「何と…‼ それは非常に困る…‼」

「困るとかの話じゃないよ先生‼」

「早くみんな逃げないと…‼」

 

 カヤたちも追いつき、逃げるようにコーネロを促そうとするが、彼は一向に動こうとはしなかった。

 すると次の瞬間、コーネロの背後の土が突然盛り上がり、赤い閃光とともに巨大な壁となってカヤたちを取り囲んだ。

 

「うわあああああ~~~っ!!!?」

 

 目を疑う現象に、少年たちは悲鳴を上げて後ずさると、ある木の幹に追い詰められてしまった。

 コーネロは自分の背後にそそり立つ壁に視線を向けることなく、どこかほの暗いものを感じさせる笑みを浮かべてロゼたちを見つめていた。

 

「うっ…かっ、壁が…⁉」

「何だこれ!!? どうなってんだ!!?」

 

 慌てふためくウソップ海賊団の面々とは真逆に、ロゼは無言のまま立ち尽くしていた。

 信じられない考えが脳裏をよぎり、思考が停止しかけていた。

 

「……コーネロ、先生?」

「おーおー、ここにいたか…」

 

 微笑を浮かべたままのコーネロに向けて、ジャンゴが気安げな声をかける姿が目に映る。

 海賊と村の医師、なれ合うはずのない二人が顔見知りであるという事実に、ロゼの体に震えと恐怖が走った。

 

「お前の錬金術ですぐ居場所が分かったぜ…手間が省けた」

「いえいえ。こちらも、今後の活動のためには協力は惜しめませんよ」

「先生……⁉ 何を言って……!!?」

「…賢い君なら、答えに気が付いてもいいかと思ったんだが………意外と愚かだねェ」

 

 それでも信じられないと声を振り絞る彼女に、コーネロは暗い笑みを浮かべて告げてみせた。

 

「私も、海賊だよ? ロゼ君?」



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第19話〝賢者と愚者〟

「そん…な…私達を……だまして………」

 

 呆然自失といった様子で、ロゼが呟く。

 コーネロはさもおかしそうに笑みを浮かべ、聞かれてもいないことをペラペラと語り始めた。

 

「理由はクラハドール君…いや、キャプテン・クロと同じさ。町を襲い、海賊船を沈めて財宝を求める暮らしも嫌いじゃなかったがねェ………もっと簡単に財と名声が手に入る方法を思いついたものでね。そっちに鞍替えしたのさ」

「………たくさんの人を…救ったって……」

「この指輪はね、錬金術という万能の力を自在に使いこなせるようになる魔法の指輪なんだ……私が傷を治したり病を治したりしたのは、これのおかげなんだよ?」

「みんな………あなたを信じて……」

「居心地はよかったですねェ……バカな民衆が何も知らずに私を尊敬しあがめていると思うと正直、笑いをこらえるのが大変でしたよ」

 

 ガクンと、限界を迎えたロゼがその場に膝をつく。

 信じたくない事実を本人から突き付けられ、立っていられる方がおかしかった。

 

「ロゼさん、しっかりして‼」

「こいつはケッサクだ‼ 長年ダマされ続けたお人好しがもう一人いたとはな‼」

「さて、愚かで賢い君に一つ提案だ………私は確かに正規の医者ではないが……これまで行ってきた医療行為は本物だ。そして、私の言ったこともね?」

 

 爆笑するジャンゴをウソップ海賊団が睨みつけるが、相手は微塵も気にしてはいない。

 青い顔でうつむくロゼの耳元で、コーネロはにやりといやらしくゆがめた口で問いかけた。

 

「最愛の恋人に会いたくはないか、私は君にそう尋ねたね?」

 

 ピクリ、と、気力を失ったロゼの肩が震える。

 するとジャンゴが、顎に手を当てながら自分の乏しい知識を掘り起こした。

 

「人体錬成っつうんだったか? 錬金術師が長年方法を探し続けてるとかいう秘法中の秘法っての」

「この賢者の石があれば、数多の錬金術師が挑み続けてきたそれを成功させることも可能となるやもしれん……それができるのは私だけだ。君が本当に恋人に会いたいと思うのなら………カヤお嬢様をこちらに渡してもらえないかね?」

 

 ロゼの手がギュッと握りしめられ、全身に震えが走る。

 引き結ばれた唇は血の気が引き、見開かれた眼には迷いが生じる。

 いまだ想い人のことを忘れられない彼女にとって、その言葉はまさに悪魔のささやきであった。

 

「ロゼ…!!!」

「駄目だよロゼさん!!! そんな奴の言う事なんか聞いたら!!!」

「絶対ウソだ!!! キャプテンだってつかない最悪のウソだ!!!」

「聞いたら絶対後悔するよ!!!」

 

 必死に引き留めようとするウソップ海賊団が、カヤとロゼを背中に庇う。

 しかし今目の前にした人知を超えた現象の後では、もしかしたらできるのではないかという考えがよぎってしまう。

 もしロゼがそれを信じてしまえば、一巻の終わりだった。

 

「ロゼ…いい子だから、こちらにおいで」

 

 コーネロのささやきが、ロゼの心のスキを突く。

 差し伸べられた手に抗いがたい誘惑の力を感じ、ロゼは大量の脂汗をかきながら身を震わせる。

 カヤはその隣で、悲痛な表情でロゼを見つめているだけだった。

 

「お前の願いをかなえられるのは私だけだ、そうだろう? 最愛の恋人を思い出せ」

 

 必死に呼び止める少年たちの声が、遠くなっていく。

 妖しく響くコーネロの声だけが、ロゼの心を侵していく。もはや悪魔のような形相になりつつあるコーネロが、さらに心に傷を抱えた少女に近づいていく。

 

「さあ!!!」

 

 最後通告のように放たれた強い催促の声に。

 彼女は答えた。

 

 

 

「ふざけないで!!!」

 

 

 

 はっきりとした拒絶の言葉に、コーネロやジャンゴはおろか、ウソップ海賊団とカヤまでもが目を見開いた。

 

「……あの人にもう一度会いたいのは…確かに私の本心……!!! でも、それを大切な友達を犠牲にしてでもかなえたいだなんて思わない……!!!」

「………‼ ロゼ…‼」

「そんな……人の心を弄ぶようなあなた達と一緒にしないで!!!」

 

 コーネロに対して抱いていた尊敬の念はこの瞬間消え去り、ロゼはしっかりと自分の足で立ち上がる。

 確かにその目に、未練はある。

 しかしそれを上回る思いが、ロゼを引き留めていた。

 

「………そうか、君はもっと賢い人間だと思っていたのだがなァ…」

 

 呆れたようにつぶやき、コーネロは手ごろな枝を拾い上げる。

 ぽんぽんと触り心地を確かめるようにしながら、コーネロはどこか虚空を見つめながらつぶやいた。

 

「こちら側にくれば命は保証され、そのうえ不幸にも死んだ恋人が戻ってくる‼ そのために他人を渡すくらい簡単なことだろうに……」

「不幸だなんてよく言うぜ…この女たちの両親もろとも毒殺したのはお前だろうに」

「おいおい…ここで言う必要があったのか?」

「…………どういう、事ですか?」

 

 理解できない、したくない事実を聞かされ、ロゼは再び言葉を失う。

 そんな彼女に、コーネロは悪魔のような笑顔を見せた。

 

「君たちの両親と恋人を殺したのは………私だという事さ」

 

 立ち上がりかけた足から、力が抜けていく。

 持ちこたえていた心に今、深い亀裂が入った音を聞いた気がした。

 

「ウソ………!!?」

「奇跡を信じさせるには、それ相応の悲劇が必要でな………ちょうどいい所に目障りな笑顔を振りまくカップルがいたもんだから、強制的に協力してもらっただけのことよ」

「気の毒なこった…自分を救ってくれた医者が、実は自分の家族や恋人を殺した張本人だなんて知っちまったら、おれ達が来なくても自殺してたんじゃねェか?」

「そんなもの、私の知ったことではない。この計画が成功した暁には、私は他の島へ移ることにしている。噂が噂だ…よそでも十分稼がせてもらうとしよう」

 

 コーネロは満足げに、誇らしげに自分の所業を白状すると、拾った枝に右手の指輪をかざした。

 バチバチバチッ‼と凄まじい紅色の閃光が走ったかと思うと、ただの枝は見る間にその形を変えていく。光沢のある黒い金属に変化し、それが筒となって六つ円状に連なる。

 見る見るうちに、コーネロの手の中に凶悪な銃器が作り出された。

 

「さァ…冥土の土産はこんなもんで十分だろう。カヤお嬢様以外の面々にはさっさと退場してもらわねば」

 

 ガシャン、とコーネロは銃口をカヤたちに向けて冷ややかな笑みを浮かべる。

 引き金にはすでに指がかかり、銃弾を発射する準備は整っていた。

 

(悔しい……こんな奴らに……!!!)

(ごめんなさい……‼ ごめんなさいウソップさん……!!!)

「くっそ―――っ!!! お前らみたいな極悪人にカヤさんを殺されてたまるかァ!!!」

「もし死んでも化けて出てやるからなァ!!!」

「そんでいつか呪ってやるからなァ!!!」

 

 小さな体で必死に二人を守ろうとする少年たちだが、そんな事では盾にもなりえない。

 じりじりと後ずさっていくも、今度は木々に邪魔されてろくに距離を稼ぐこともできなかった。

 

「じゃあね、ロゼ。あの世でご両親によろしく…」

 

 無慈悲な宣告とともに、ついにコーネロが引き金を引く。

 すると銃のバレルが回転をはじめ、銃口から無数の弾を少年たちに向けて発射し始めた。辺り一面に砂埃が立ち上がり、カヤたちがその白煙の中に包まれる。

 

「おいおい…お嬢様だけは殺すなよ…?」

「ははははははははは………⁉」

 

 残酷な哄笑を上げるコーネロと、その容赦のなさに呆れるジャンゴ。

 だが不意に、その笑みが途切れた。

 いったん銃の発射を止めると、立ち込めていた土煙が徐々に晴れ始める。

 

「くっだらねェことペラペラペラペラ垂れ流しやがって…酔っぱらいの戯れ言のほうがまだましだよ」

 

 そこにあったのは、無残な子供たちや娘の死体などではなかった。

 金属の輝きを放つ、白と黒に彩られた翼が、カヤたちを守る盾となってそこに広がっていたのだ。

 

「貴様…⁉」

「「「姉ちゃァ~~~~ん!!!」」」

「エレノアさん……‼ あなた…」

 

 コーネロは驚愕と苛立ちに眉間にしわを寄せ、少年たちは歓声を上げ、カヤとロゼは困惑の声を上げる。

 フードの下に隠されていた正体を知り、誰もが言葉を失っていた。

 

「天族…⁉ それにエレノアだと…⁉ まさか…」

 

 ジャンゴは初めて聞いた気がしない名とその正体に、何かを思い出しかける。

 しかしそれよりも先に、エレノアはウソップ海賊団に視線を戻した。

 

「ここは任せて、あんた達は行きなさい」

「⁉ ま、まかせて大丈夫なのか⁉ なんかすごいことできる奴だぞ!!?」

「何にも心配することなんてないよ……」

 

 不敵な笑みを浮かべた彼女は、その場でパンッと手のひらを合わせて地面につける。

 青い閃光が走り、土が盛り上がって形を変えていく。

 見る見るうちにそれは、流麗な装飾の施された短い槍へと形を変えていった。

 

「私はもっとすごいから」

 

 ひゅんひゅんと手ごろな長さに作りかえたそれを操るエレノアは、天から遣わされた戦士のように美しく勇ましい。

 しかしコーネロは、自分と同じ力を使っていることに驚愕の目を向けていた。

 

「うぬ! 錬成陣も無しに地面から武器を錬成するとは………これが天族の力か…⁉」

「……何だ、たいそうなこと言っておいてあんた自身は三流じゃないのさ」

「何だと⁉」

 

 呆れた目を向けるエレノアに、コーネロは激昂する。

 エレノアはそれを無視し、へたり込む二人の娘の方に視線を戻した。

 

「カヤ、ロゼ…話はそこで全部聞いてたよ。できれば…あんた達が知る前に決着付けたかったけど…」

「エレノア…私………」

「でも、それはあんた達がそこで立ち止まっている理由にはならないでしょ」

「!!?」

 

 傷心の娘に向けるには辛らつな言葉に、思わずウソップ海賊団が驚愕の表情を向ける。

 しかしエレノアは、あえて厳しい声と表情で二人に告げた。

 

「こんな奴らに、そんな情けない顔は見せるな。弱音を聞かせるな。あんた達の家族の命がこいつらに奪われたってんなら、これ以上こいつらにでかい顔をさせるな!!! 笑って悲しみを吹き飛ばせるぐらい、堂々としてみろ!!!」

 

 ガシャン、とエレノアは作り物の足を踏み鳴らし、その存在を強調する。

 ぬくもりのないその足を見つめ、カヤとロゼはあふれ出しそうになる涙を抑え込んだ。

 

「立って歩け‼ 前へ進め!!! あんた達には、立派な足がついてるでしょうが!!!」

 

 ググっと表情を歪めた二人は、残された力を振り絞って立ち上がる。

 立ち上がった二人を連れ、ウソップ海賊団が再び森の中に飛び込んでいくと、ジャンゴが忌々し気に眉間にしわを寄せた。

 

「……‼ 逃がすわけねェって言ってんだろうが‼」

 

 チャクラムを操り、執拗にカヤたちを追うジャンゴを、エレノアはあえて見逃す。

 彼の相手は、自分ではないとわかっていたからだ。

 自分が相手をすべきものは、目の前にいた。

 

「来なよド三流……本物の錬金術師を見せてあげる………!!!」

「ほざけ、小娘!!!」

 

 コーネロは侮辱された怒りを、そのまま銃器に乗せて放つ。

 襲い掛かる無数の銃弾の雨を、エレノアは短槍を振り回して盾にしながら防ぐ。

 しかしそのあまりの多さと、故障している義足によって徐々にエレノアは追い詰められていく。

 エレノアの頬を汗が伝うほど、その威力はすさまじかった。

 

「いかに優れた錬金術師であろうとも、私の持つこの力は伝説の代物!!! 一介の錬金術師ごときがかなうと思うな!!!」

「石の力に頼りっきりのくせによくそこまででかい顔ができるもんだ…」

 

 エレノアのつぶやきに、コーネロは「カチーン」と額に血管を浮き立たせる。

 バチバチと指輪の宝石をスパークさせると、周囲の土を操ってエレノアを包囲していく。

 次の瞬間盛り上がった土が形を変え、全く同じ形の大砲が数十も作り出された。

 

「はははははは!!! 実に‼ 実に素晴らしい力だ!!! これ一つで私は神の領域に立っているも同然!!! どうだマネできるか⁉ 貴様にこれほどの芸当がマネできるかァ!!?」

「……『精霊よ、太陽よ! 今ひと時、我に力を貸し与えたまえ! その大いなるいたずらを』……‼︎」

 

 エレノアはさして慌てる様子もなく、打ち合わせた手のひらを地面に押し当てる。

 青い閃光が、辺りをまばゆく照らし出した。

 

大地を創りし者(ツァゴ・デジ・ナレヤ)

 

 バチンッ!!!と閃光が走り、自身を取り囲んでいた砲やコーネロの銃を貫く。

 すると閃光を受けた銃器は、見る見るうちに腐り落ち、さらさらと土に還っていった。

 

「!!??」

 

 自分の作り出したものが、あっさりと破壊されたことにコーネロは驚愕で凍り付く。

 つまらなそうにそれを睨むエレノアの周囲で、さらに強い閃光が迸った。

 

「ヘタクソが。あんたの創るものはガワだけで、肝心の中身が揃っちゃいないんだよ………あんたが持っているものは見た目だけ取り繕った欠陥品ばかり、見てるだけでイライラする」

 

 バキバキと土が盛り上がり、木々の残骸をも呑み込んでそれは一つの塊を作り出していく。

 それは徐々に、巨大な仏像を模っていき、エレノアはその肩の上で仁王立ちする。

 まるでそれは、神や仏さえも従えているようにも、それらが起こす奇跡を代行しているかのようにもだった。

 

「神? 伝説? ただの人間がその域に達することができるわけないでしょうが‼ 死んだ人間も蘇る!!? 何の覚悟もない人間が、軽い気持ちでそんな言葉を口にするんじゃない!!!」

 

 ぐらりと、生み出された仏像がコーネロに向けて拳を構える。

 小屋一軒分はありそうなほど巨大な拳が、コーネロの頭上から光を奪い去った。

 

「よく見なさい……‼ 私こそがあんたの言う神の領域に近づいた者………その罰を受けた咎人の姿だ!!!」

 

 エレノアの怒号とともに、仏像がその拳を振り下ろす。

 大気をも震わせながら、顔を真っ青に染め上げるコーネロに渾身の一撃が襲い掛かった。

 

(………鋼の義肢〝機械鎧(オートメイル)〟、ああ、そうか……こいつは手を出したのか……‼ 錬金術師の間では暗黙のうちに禁じられている『人体錬成』に………神の領域を犯す最大の禁忌に!!!!)

 

 コーネロはようやく気付く。

 この娘は自分のはるか先を行く存在であったことに。

 伝説の力を手にしようと、己は足元にも及ぶはずがなかったという事に。

 

五行山・釈迦如来掌(ごぎょうさん・しゃかにょらいしょう)〟!!!!

 

 そして、カヤの、ロゼの、二人の両親と恋人の、そして自分の怒りを全て込めた一撃が、愚かな老人を叩き潰したのだった。



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第20話〝海賊旗が呼んでいる〟

 地面に己の拳を突き立てる、巨大な仏像。

 その体が徐々に崩れ落ち、元の土くれや木の破片に戻っていく。

 大きな砂の山になった仏像の山から降りたエレノアは、ググっと背伸びをして肩のコリをほぐした。

 

「ん?」

 

 ぐりぐりと肩を回していると、大の字になって倒れ伏すコーネロの指から零れ落ちたものに気が付いた。

 近づいて拾い上げてみれば、それは少しの抵抗を残してぼろりと崩れてしまった。

 

「………完全な物質であるはずの〝賢者の石〟が何もしてないのに崩れた……あんまり質のいい代物じゃなかったのか……? どこの誰だよ、こんな悪趣味なもの創ったのは……」

 

 エレノアは気になり、元の持ち主であるコーネロを見下ろす。

 恐怖の形相で白目をむくコーネロの、ぼこぼこになった顔を見下ろしてちょっとやりすぎたかと反省する。

 が、ロゼとカヤの両親のことを思い出してまだ足りなかったと思いなおす。

 

「まァ、これで前ほどの錬金術も使えないだろうし…おとなしくなるでしょ」

 

 前ほどの腕がなければ、村で大きな顔をすることもできまい、とエレノアは老害を放置することにする。

 もう顔も見たくない相手に背を向けて、カヤたちの声を探して歩き始めた。

 すると、そこからさほど遠くないところで腰を下ろす血だらけのウソップと、ボロボロになったウソップ海賊団の姿が目に入った。

 

「……あれ、終わってる」

「よォ、エレノアか! 見せてやりたかったぜおれの華麗な活躍を‼」

「ほんとですよ‼ すごかったんですよキャプテンの最後の一撃‼」

「ハイハイ……」

 

 エレノアは適当に流し、血まみれのままのウソップのもとに向かう。

 聞かずとも、彼が勇敢に戦ったことなど簡単に察せた。動けなかったはずの彼がここにいる時点で、相当な無理をしたことはわかりきっている。

 エレノアは自分の羽根を一枚ちぎると、清潔な布に錬成してつなぎ合わせる。長く伸ばしたそれを、ウソップの傷口に合わせて巻き付けた。

 

「…ちょうどいい、お前たちに頼みたい事があったんだ」

 

 手当てを受けながら、ウソップはカヤとロゼ、ピーマンたちの方を真剣な表情で見つめる。

 

「今…ここで起こったことを全部、秘密にできるか?」

「え⁉ 秘密に⁉ どうして、そんなことするんですか⁉」

「そうですよ‼ おれ達村のために戦ったのに‼」

「キャプテンだってみんなから見直されますよ‼」

「村の英雄に…勇敢な海の戦士になれるんじゃないの?」

「ウソップさん、みんなの誤解を解かなきゃ…」

「誤解も何もおれは、いつも通りホラ吹き小僧と言われるだけさ。もう終わったことをわざわざみんなに話して、恐怖をあたえることはねェ」

「……確かに、今回みたいなことがない限りこの島を襲おうなんて海賊は現れないだろうけど……でもそれじゃ」

「村のみんなだって、そのへんは安心して毎日を暮らしてる。このまま何もなかったことにしよう。何も起きなかった……みんなウソだったんだ…」

 

 最初の宣言通り、ウソップは今日のことをウソで片付けると決めたらしい。

 それが、最善だと信じて。

 

「強制はしねェが…」

「いえ‼ できます‼ それが一番村のためになるのなら」

「おれだって‼」

「ぼくも‼ 一生黙ってる‼」

「カヤ、ロゼ。お前らは、つらいか……?」

「………いいえ」

「あなたがそれでいいなら……私もそれに従うよ」

 

 ロゼもカヤも、呆れたようなわかっていたような微妙な微笑みを浮かべて了承する。

 エレノアは、いまだ顔色が悪いロゼの目を見て息をのむも、意を決してそろそろと近づいて行った。

 

「…あのさ、ロゼ……あのジジイが言ってたことなんだけど……その」

「…いいの‼」

 

 死人さえよみがえらせると言われる石を壊したことを言おうとしたが、ロゼははっきりとエレノアの言葉を遮る。

 無理やり笑みを作った彼女は、悲しげな表情のエレノアに首を振った。

 

「確かにショックだったけど……私は今生きてる。私もカヤも…みんなのぶんをちゃんと生きてる。だから………大丈夫」

「ロゼ……」

「いいの。私はもう、吹っ切れてるから‼」

 

 どう見ても、いまだに引きずっているはずだ。

 しかしそれを必死に抑えようとしている彼女に、エレノアは自分の無力感を感じずにはいられなかった。

 その心の傷は、時間が癒すほかにないのだ。

 

 

「ありがとう‼ お前たちのお陰だよ。お前たちがいなかったら、村は守りきれなかった」

「何言ってやがんだ。お前が何もしなきゃおれは動かなかったぜ」

「おれも」

「私はあのジジイが気に入らなかっただけだし」

「どうでもいいじゃないそんな事。宝が手に入ったんだし♡」

 

 ウソップはその後、海岸の方で戦ってくれていたルフィたちに礼を言う。

 海賊クロとその一味を見事撃退した彼らは、さすがに疲弊の色を残しながら何ともないような風を見せていた。

 その強さをありがたく思いながら、ウソップは自分の決意を彼らに伝えた。

 

「おれはこの機会に一つ、ハラに決めたことがある」

 

 

 その日、いつものウソップのウソが聞こえてこず、戸惑う村の人々をよそに。

 ウソップ海賊団の解散が、船長(キャプテン)の口から告げられた。

 

 

「……! ふーっ、とれた!」

「バカだな。のどを鍛えねェから魚の骨なんかひっかかるんだ」

「あんたらに言っとくけどね、フツー魚を食べたらこういう形跡が残るもんなのよ」

「言ってもムダだよ。何回注意しても聞きゃァしないったらないんだから…」

「あんたもご飯食べてるときに油の臭いまき散らさないでよ‼」

 

 呆れたようにエレノアが言うと、怒りの形相でナミが抗議する。

 椅子の上で、カチャカチャと自分の義足のねじやらボルトやらをいじくっているエレノアだが、油も同時に差しているようでにおいが漂ってきていたのだ。

 

「ていうか………あんたが天族だったってこともだけど、両脚義足だってのには驚いたわ。普通にとんだりはねたりしてるんだもん」

「腕のいい技師に作ってもらったからねェ…でもいい加減メンテナンスしてもらわないとあちこちガタがきてんだよなァ。近いうちにバラして調整してもらわないと」

「おい…まさかとは思うが、それでまだ本調子じゃないとかいうんじゃねェだろうな」

「ま、そんな感じかな」

 

 不自由な義足でかなりの強さを誇るのに、それ以上力を増したらいったいどれほどの実力者になるのか、とゾロは戦慄する。

 ルフィは知っていたのか、それとも気にしていなかったのか、とくには口を挟まずに魚の骨を食うのに夢中になっていた。

 

「大型の鳥はね、飛ぶためにははばたく以上に風に乗る必要があるからさ…走れるぐらいにはなったけどまだまだだよ」

「あっ、助走かァ…」

「そ。しかも生身の足よりも機械鎧は重いからね……あんまり長い時間飛べないんだよ。具体的には4~5分くらい」

「いったいどういう事情があってそんな足になるわけ?」

「…………女の意地、かな?」

「なにそれ?」

 

 自嘲気味なエレノアの言葉の意味が分からず、ナミが聞き返すがもう返事は返ってこない。

 開いた皿を片付けてくれたロゼは、初めて見る精巧な作りの義足を見つめ、次いで痛々し気にエレノアを見つめた。

 

「あなたって……見た目以上にハードな人生おくってるのね」

「天族ってだけでも生きづらい世の中だからね……どう聞いてもまゆつばものの伝説ばっかりだし。狙われやすいの、よっと」

 

 最後のパーツを義足にはめ込み終え、エレノアは膝を立てる。

 適当に動かして動作に問題がないのを確認すると、翻していたローブの裾を戻した。

 

「……生き血を吸えば、永遠の命を。血肉を食らえば、不死の体を。純潔を奪えば、不変の栄光を。真に受けるのもバカらしい伝説だけど、結構そのバカが多いんだよ。この世には」

「…………」

 

 伝説の種族が抱える闇の歴史の片鱗に、ナミもロゼも閉口する。

 聞くべきではなさそうな話に、この小さな少女はどれほどの痛みを抱えてきたのだろうとつい思ってしまう。

 ゾロも何か思うところがあったのかじっと見つめるが、やがてふっと視線を外した。

 

「メシは食った。 そろそろ行くか」

「そうだな」

「寂しくなるね…もうちょっとゆっくりしてってくれてもよかったのに」

「ま、海賊ですから」

 

 ロゼが言うと、エレノアはしんみりさせてしまった空気を換えるように茶目っ気を込めて答える。

 思わず笑みを浮かべていると、店のドアが開いてカヤが顔を出した。

 

「ここにいらしたんですね」

「よう、お嬢様っ」

「寝てなくて平気なの?」

「ええ、ここ1年の私の病気は、両親を失った精神的な気落ちが原因でしたので………」

「あのヤブ医者の言うことだったしねェ…計画の信ぴょう性を持たせるつもりでウソの申告をしてたかもよ?」

「あはは、それもあるかもね…」

「ウソップさんにもずいぶん励まされたし…甘えてばかりいられません。それよりみなさん…」

 

 カヤはルフィたちの方を見ると、期待を込めた笑顔を向けた。

 それはまるで、自分の子供にプレゼントを準備し、渡す時を待ち望んでいた親のような笑顔だった。

 

「船、必要なんですよね!」

「くれるのか⁉ 船っ‼」

 

 それに最も喜んだのは、少年のような目をした麦わら帽の船長だった。

 

 

「へぇ…」

「キャラヴェル!」

「うおーっ」

「素晴らしい!」

 

 彼らが最初に到着した海岸で、一味は歓声を上げる。

 そこに停泊していたのは、羊の船首が付いた一隻の船。大きいとは言えないが、一味には十分ありがたい立派な帆船であった。

 

「お待ちしていましたよ。少々、古い型ですがこれは私がデザインした船で、カーヴェル造り三角帆(ラティーン・スル)使用の船尾中央舵方式キャラヴェル〝ゴーイング・メリー号〟でございます」

 

 包帯を頭に巻いたカヤの執事、メリーが笑顔でルフィたちを迎える。

 カヤから事情を聴いた彼は、何とか礼のできる方法を考え、今回のサプライズを敢行したのだ。

 

「あなた方ですか。ウソップ君と共にクロネコ海賊団を追い払ってくれたのは。私はもっと大柄な人たちかと…」

「これ、本当にもらっていいのか⁉」

「ええ、ぜひ使って下さい」

「動索の説明をしますが、まずクルーガーネットによるヤードの調節に関しましては…」

「あ、いいですいいです」

「船の説明なら私が聞くわ」

「苦労かけるねェ…」

 

 首をかしげる船長に代わり、ナミがメリーから操舵の方法を聞く。

 ナミがいなければ、出向前に暗礁に乗り上げるところであった。

 

「航海に要りそうなものは全て積んでおきましたから」

「恩人のためならまだ物足りないくらいだけど…」

「ありがとう! ふんだりけったりだな‼」

「至れり尽くせりだ、アホ」

 

 話を聞くに、ロゼも食料などの手配を手伝ってくれていたらしい。

 正直、自分たちがこの島に来なければ悲しい事実を知らずに済んだのかもしれないとエレノアは思う。

 しかし前を向いて歩きだそうとしている彼女にそんなことを言うのも野暮だと思いなおし、ため息をこぼすだけにとどめた。

 その時だった。

 ゴロゴロと坂を転がりながら、悲鳴を上げて近づいてくる影に気が付いたのは。

 

「うわあああああああ止めてくれ――――――――っ‼」

「……ウソップさん!」

「よしきた」

 

 どうやらありったけの荷物を詰め込んだのはいいが、重すぎてバランスを崩してしまったらしい。

 海に落ちる前に、ルフィとゾロが足を出してウソップの顔面を踏みつけることで、ようやく回転は止まった。

 

「………‼ わ……わりいな…」

「うん」

 

 もっとやり方があるのではと思ったが、ウソップの自業自得でもあるので誰も何も言わなかった。

 

「…やっぱり海へ出るんですね、ウソップさん…」

「言っておくけど、止めないよ。…そんな気がしてたし」

「なんかそれもさみしいな」

 

 眉尻を下げ、カヤとロゼはただウソップを見送る。

 本物の海賊になるという彼を、二人とも止められる気はしなかった。

 

「今度この村に来るときはよ、ウソよりずっとウソみてェな冒険譚を聞かせてやるよ‼」

「うん、楽しみにしてます」

「体には気を付けてね」

「お前らも元気でな。また、どっかで会おう」

「…ん?」

「なんで?」

 

 不思議そうに返され、ウソップは言葉に詰まる。

 二度と会うこともないとでも思われていたのだろうか。

 

「あ? なんでってお前、愛想のねェ野郎だな…。これから同じ海賊やるってんだから、そのうち海で会ったり…」

「何言ってんだよ、早く乗れよ」

「ウソップ君待ちだよ、今」

「え?」

 

 戸惑うウソップに、ルフィは当たり前だろというように答えた。

 

「おれ達もう仲間だろ」

 

 思わぬ誘いに、ウソップは今度こそ言葉を失った。

 なぜ弱い自分にとか、他にもっとすごい奴はいるだろうとか、様々な思いが頭の中をよぎる。

 だがウソップは、ぶるぶると頭を振ってそれらの考えを振り払った。

 

「キャ……‼ キャプテンはおれだろうな!!!」

「ばかいえ‼ おれが船長(キャプテン)だ!!!」

 

 こうして波乱を繰り返し、4人目の仲間が集う事となった。

 

 

 遠く離れていく帆船――今は海賊船ゴーイング・メリー号を、カヤとロゼ、メリーは静かに見送る。

 その表情には、隠しきれない寂しさがにじみ出ていた。

 

「彼はいつの日にか、ホラを現実にできるような男になるのかもしれないね…」

「…そうかもしれないわ」

「カヤ、あなたはこれから、彼の励ましに見合うようにならなきゃいけないよ?」

「ええ…‼」

 

 ロゼの励ましに、カヤは涙をぬぐいながら力強くうなずく。

 そんな彼女に、ロゼはいたずらっぽい笑顔を浮かべて横目を向けた。

 

「さ~て、私もお店で頑張らなくちゃなァ…! カヤには、負けられないから」

「………‼ フフッ、私だって!」

 

 悲しみを乗り越えようとしている娘たちの強い姿に、メリーは思わず目頭をハンカチで拭う。

 両親を亡くした病弱な娘や、生きる希望を失った不幸な娘たちは、明日に向かって大きく一歩を踏み出そうとしていた。

 

 

「新しい船と仲間に‼」

「「「「「乾杯だ―っ!!!」」」」」

 

 新たな門出を祝う一同は、知らない。

 彼らがいなくなった後も、元気にホラをふき続ける小さな守り人たちが生まれたことを。



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第2章 東の海編 後編 第21話〝二人の賞金稼ぎ〟

「できたぞ‼ 海賊旗!!! ちゃんと考えてあったんだ、俺たちのマーク!」

「……そういえば、時々紙になんか書いてると思ったら」

 

 満面の笑みを浮かべて、ヘタクソなドクロマークが描かれた旗を掲げるルフィに、エレノアはジト目でそうこぼす。

 身内の贔屓目でも、その出来はあまりにひどかった。

 

「コイツには…つまり絵心ってもんがねェんだな」

「ううん…もしかしてこれって芸術なんじゃないかしら」

「どういう芸術? キュビズム?」

「海賊旗は〝死の象徴〟のはずだろ……まァ、ある意味恐怖だけどよ」

「どうだ⁉」

「よし、描きなおそう」

「えェ――――っ⁉」

 

 情け容赦なく切り捨てるエレノアに向けて、ルフィの悲しげな叫びがこだました。

 頼りにできないルフィに代わり、ウソップがデザインを担当する。

 その結果できた海賊旗に、ナミは満面の笑みを浮かべた。ルフィの描いたものをまともにしたような、麦わら帽をかぶった立派なドクロのマークに賞賛を送る。

 

「うん! 上手いっ!」

「こんなとこか」

「同じマークとは思えねェな」

「いいな‼ あと帆にも描こう‼」

「じゃ、そっちは私に任せて」

「昔から人ん家の壁に、よく落書き(アート)してたからな。けっこう、おれは芸術に長けてるんだぜ」

「助かるよ。デザインの例がある方がやりやすいからね」

 

 できた海賊旗を確認したエレノアは、貼られたままの帆に向けてパチンと合わせた掌を当てる。

 青い閃光が走ると、無地の帆に残ったペンキが吸い込まれて、みるみるうちに海賊旗と同じマークが描かれていった。

 

「おおーっ‼ 相変わらず便利だなァお前の力は‼」

「へっへ~ん」

「よし! 完成っ‼ これで〝海賊船ゴーイング・メリー号〟のできあがりだ‼」

 

 完成した立派な海賊船に、若者達は満足げな声をあげてはしゃぐ。

 が、色々と作業を続けていた船員達はその場でバタンと仰向けに倒れてしまった。

 

「は――っ、疲れた!」

「じゃ、お茶でも淹れておくよ。でも味は期待しないでね」

 

 まだ体力に余裕のあるエレノアが、船内に備わっているキッチンに向かう。

 その途中、ふとナミが寝返りをうちながら視線を向けた。

 

「ところで、エレノア? 天族ってのはみんなあんたみたいに錬金術使ったり、大きくなったり小さくなったりできるの?」

「知らな〜い。私が会ったことのある同族は母さんだけだったもん」

 

 ナミの疑問に、エレノアは困ったように首を傾げた。

 

「その母さんも……私が小さい頃に死んじゃったし」

「あ。ごめん…」

「気にしないで、もうずいぶん昔の話だから」

 

 言葉を失うナミに、気にするなと言うように手を振る。このご時世、肉親を亡くした人間など探せばどこにでもいるものだ。

 

「ただ私は物心ついたときには体の年齢を変えられるようになってたし……種族での能力なんだと思うよ? 足はまァ………錬金術を使って伸ばしてるんだけど、種族的にも相性がいい力なんだと思う」

「まねできそうにねェな」

「そうでもないさ。私の弟弟子は人間だけど〝国家錬金術師〟になるぐらいの実力があったし」

「…? 何その…国家?」

「国家錬金術師っていうのは…」

 

 ゾロとナミが聞きなれない名称に聞き返し、エレノアが答えようとした時だった。

 ドカーン!と轟音が響き渡り、遠くにあった岩場が吹っ飛んだ。

 船に備わった大砲の練習で、ルフィに代わってウソップが狙撃したらしい。

 

「スゲ――当たった、一発で‼」

「うげっ‼ 当たった、一発で‼」

「…………」

「あー、うん、いいわ。先にアイツらどついて来ちゃいなさい」

 

 話の腰を折られ、頬をひきつらせるエレノアの肩を、ナミは同情しながらポンと叩いた。

 

 

 ルフィとウソップの脳天に仲良く一つずつたんこぶを作らせたのち、エレノアは全員の分の紅茶を淹れる。

 設備の整ったキッチンは見事なもので、エレノアも心地よく作業を進められた、が。

 

「うん、普通ね」

「普通にうまいな」

「ああ、普通だな」

「修行が足んねェぞ」

「文句あるなら飲むなっ‼ こういうのはあんまり得意じゃないんだよ!!!」

 

 振舞われた紅茶の出来は、仲間達には不評であったらしい。

 不満げな彼らの眼差しに抗議しながら、エレノアはどっかりと椅子に腰を下ろした。

 

「でもまァ、こんだけ立派なキッチンがあるなら欲しい役割が出てくるね…」

「ああ!〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入る前にはそいつが必要だ」

「長旅には不可欠な要因だな」

「そう思うだろ?」

 

 ルフィが何を言いたいか察した一同は、船長らしい台詞が聞けたことに安堵する。

 が、この男の考えはやはりずれていた。

 

「やっぱり海賊船にはさ、音楽家だ」

「アホかてめェっ‼」

「めずらしくいいこと言うと思ったらそうきたか‼」

「あんた航海を何だと思ってんの?」

「だって海賊っつったら歌うだろ⁉ 当然みんなで」

「そう思ってんのはあんただけだよドアホ」

 

 仲間全員から一斉にツッコミを受けながらも反論するルフィに、エレノアはジト目を向けて本気で呆れたため息をつく。

 そんな時だった。

 

「出て来い海賊どもォ―っ!!! てめェら全員ブッ殺してやる!!!!」

 

 そんな怒鳴り声が聞こえた直後、樽が蹴り潰される激しい音が響く。

 いきなり暴れまわっている見知らぬ男に怒りを燃やし、ルフィは険しい表情で甲板に飛び出していった。

 

「おい‼ 誰だお前!!!」

「誰だもクソもあるかァ!!!」

 

 サングラスをかけた男は、ルフィ以上の怒りを燃やしながら幅広の刀を振り回す。

 怒りのままに暴れる男を、ウソップとナミは船内から恐る恐る窺っていた。

 

「相手何人だ」

「一人…かな」

「じゃ、あいつに任せとけ」

 

 ゾロはそう言い、ルフィが騒ぎを収めるまで気長に待つ体勢に入る。

 しかしウソップとナミの後ろにいたエレノアが、ピクピクと耳を動かしながら首を傾げた。

 

「…いや、もう一人いるね。でも…」

「え?」

「…死にかけてる」

 

 そんな中、ズダン!と言う鈍い音を立てて男が倒れ込んだ。ルフィにいい一撃をくらったらしい。

 

「く……か……‼ 紙一重か…」

「分厚い紙一重だね、賞金稼ぎのジョニー」

「ジョニー…?」

 

 ジト目を向けるエレノアがサングラスの男の名を言い当てると、彼だけでなくゾロも驚きの表情を浮かべた。

 

「え…、ゾ…ゾロの兄貴!!!?」

「どうした! ヨサクは一緒じゃねェのか」

「それが……‼」

「知り合いか、なら話が早い。多分、下の小舟に乗ってるのがそうじゃない?」

「何⁉」

 

 エレノアの一言で、ゾロは慌てて船の端に駆け寄っていく。止められている小舟を確認すると、ロープを伝って横になっていた男をメリー号に移した。

 真っ青な顔で気を失っている彼に、ゾロは眉間にしわを寄せた。

 

「病気⁉」

「ええ…数日前までピンピンしてやがったのに、突然青ざめて気絶をくり返す…‼ 原因は、まったくわからねェ」

 

 医学に乏しいジョニーという男は、もうどうしたらいいかわからないという様子で俯いている。

 一方でエレノアは、冷静に男の症状を診断していた。

 

(歯が抜け落ち…傷が開いて出血…この症状は…)

「ナミ、キッチンのライム使うけど、いいよね?」

「…ええ、こいつらにはあたしが説明しとくわ」

「全く、たかが『壊血病』程度で大騒ぎしちゃって…」

 

 大きなため息をついたエレノアは、本気で一味の先行きに不安を覚えながらライムを探した。

 

「壊血病は、一昔前までは航海につきものの絶望的な病気だったの。でも原因はただの植物性の栄養の欠乏、昔の船は保存のきかない新鮮な野菜や果物を載せてなかったから…」

「お前すげーな、医者みてェだ」

「おれはよ、お前はやる女だと思ってたよ」

「船旅するならこれくらい知ってろ‼ あんたたち、ほんといつか死ぬわよ‼」

「感心しとらんでさっさとライム絞れボケどもっ‼」

「ら…了解(ラジャー)っ‼」

 

 持ってきたライムを絞り、果汁を別の器に移しながら怒鳴るエレノアに従い、ルフィとゾロは作業を手伝う。

 絞られたライムを飲んだ瞬間、真っ青になっていた男の顔色が戻りその場で小躍りまで始めた。

 

「ひゃっほー‼︎ 治ったァー‼︎」

「治るか!!! そんな急に!!!」

「いいからもう寝てなさいよ…」

 

 エレノアもナミも、ヨサクに呆れて小言を漏らす。

 病は気からと以前エレノアは言ったものの、ヨサクのそれはただのバカな勘違いにしか思えなかった。

 

「申し遅れました、おれの名はジョニー‼」

「あっしはヨサク‼ ゾロの兄貴とはかつての賞金稼ぎの同志‼ どうぞ、お見知りおきを‼ あんた方には何とお礼を言ったらいいのやら、さすがにあっしァもうダメかと思ってやした」

「しかしあらためて驚いた。〝海賊狩り〟のゾロがまさか海賊になっていようとは」

「ブヘェッ……!!!」

「ぬあっ!!!? 相棒ォ―――!!!」

「いいから黙って休んでろ‼」

 

 血を吐いて倒れるヨサクに、ゾロはややハラハラしながらおとなしくしているように頼む。

 ピクピクと痙攣しているヨサクを見下ろし、ナミは深刻な顔で一味の顔を見渡した。

 

「これは教訓ね……」

「長い船旅にはこんな落とし穴もあるってことか」

「あいつだってこの船に遭わなきゃ死んでた訳だしな」

「船上の限られた食材で長旅の栄養配分を考えられる〝海のコック〟…この船に足りていない一つは、それだね」

「よし決まりだ‼〝海のコック〟を探そう!!! なにより船で美味いもん食えるしな!!!」

「アニキアニキ! 海のコックを探すんなら、うってつけの場所がある。まー、そこのコックが付いて来てくれるかは別の話だけど」

 

 ジョニーはそういうと、この先の海にあるという店の話を語ってみせた。

 

「「「「「海上レストラン⁉」」」」」

「そう、ここから2、3日船を進めれば着くはずだ。でも気をつけねェとあそこはもう〝偉大なる航路(グランドライン)〟のそばだ」

「…やばい奴らが出入りしてるってわけね。賞金首チェックしとこ」

「よかったら案内しますぜ」

「たのむ――っ‼」

 

 ジョニーの提案に、ルフィ達はノリノリで拳を突き上げる。

 こうして一味は一旦進路を変更し、新たな仲間を勧誘すべく海上レストランを目指すのだった。



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第22話〝バラティエ〟

「着きやしたっ!!! 海上レストラン‼ ゾロの兄貴‼ ルフィの兄貴‼ ウソップの兄貴‼ ナミの兄貴‼ エレノアお嬢‼」

「なんで私がアニキなのよ…」

「私だけなんでお嬢?」

「ん?」

「おおっ」

「ああっ!!!」

 

 ジョニーの声で、ルフィたちは慌てて船首の方へと集まる。

 そして進路上に停泊しているその船の外観に、彼らは歓声をあげた。

 

「ど―――っすかみなさんっ!!!」

「でっけー魚っ‼」

「うわ――っ」

「ファンキーだな、おい‼」

 

 魚の船首を備え、派手ながらも清潔そうな装飾の施された船がそこにはあった。

 華やかで愛嬌のある店の佇まいに、一同が期待を寄せていた。

 その時だった、一隻の大型船が近づいてきたのは。

 

「え? か…海軍の船‼」

「おっと…」

 

 カモメを模したマークを掲げた戦艦の登場に、メリー号の上で動揺が走る。

 ざわめく一同を差し置いて、甲板に一人の男が顔を出すと、エレノアはさっとフードをかぶって顔を隠した。

 

「見かけない海賊旗だな…おれは海軍本部大尉〝鉄拳〟のフルボディ。船長はどいつだ、名乗ってみろ」

「おれはルフィ。海賊旗はおととい作ったばかりだ!」

 

 うろんげな目でメリー号を見やる、鋼鉄のグローブをはめた海兵・フルボディに、ルフィは全く臆する様子もなく名乗る。

 その後ろで音もなく下がるエレノアに疑問を抱いたナミが、訝しげな表情で彼女を見下ろした。

 

「…なんでいきなり顔隠してんのよ?」

「んー、一応念のために?」

 

 要領を得ないエレノアの答えに首をかしげるも、ナミはそれ以上追求することなく口を閉ざす。

 この少女に謎が多いのは今更だし、幻の種族ゆえの理由か何かがあるのだろう、と自分を納得させたらしい。

 

「運が良かったな、海賊ども。おれは今日定休でね。ただ食事を楽しみに来ただけなんだ。おれの任務中には気をつけな。次に遭ったら命はないぞ」

「……胆に銘じておくよ」

 

 脅しのようなフルボディの捨て台詞に、エレノアはやや警戒しながら呟く。

 賞金こそかかっていなくとも海賊は海賊、問答無用で沈められる事態にならなかっただけでも得だと、エレノアはフルボディに背を向けた。

 

「おい、やべェぞ!!! あの野郎大砲で、こっち狙ってやがる!!!」

 

 だが、その目論見が甘かったらしい。

 ルフィ達が油断した隙に、部下に命じたフルボディが大砲を用意させていたらしい。

 甲板でフルボディが親指を下に向けた瞬間、砲門が火を吹いて勢いよく砲弾を吐き出した。

 

「撃ちやがったァ~~っ!!!」

「ン任せろっ!!!」

 

 絶叫するウソップに代わり、ルフィが向かってくる砲弾の前に立つ。

 その場で大きく息を吸い込むと、ボンッと自らを巨大な風船のように膨らませて砲弾を受け止めた。

 

「なぬ――――っ!!!」

「なに…!!?」

「返すぞ砲弾っ!!!」

 

 かつてバギーにやってみせたように、受け止めた砲弾をゴムの張力で跳ね返すと言う離れ業を披露する。

 が、今回は受け止めかたが悪かったのかもしれない。

 

「あ、直撃コース…向こうに」

 

 エレノアがポツリと呟いた直後、跳ね返った砲弾は狙いを大きく外し、バラティエの屋根の一部に炸裂した。

 

「「「「「「どこに返してんだバカッ!!!」」」」」」

 

 爆音と瓦礫が飛び散り、黙々と煙が立ち上る大惨事に、ルフィ達もフルボディも言葉を失って立ち尽くす。

 エレノアもまた顔を真っ白にして立ち尽くし、ほろりと涙を流した。

 

「慰謝料……修理費………はぅっ」

 

 恐ろしい勢いで貯金が消えていく様を幻視したエレノアは、ぽてりと枯れ木のように倒れ伏したのだった。

 

 

「オーナー、本当に大丈夫なんですか!!?」

 

 予想外の襲撃を受けたバラティエ、その直撃を受けた店主の部屋。

 そこでは、木製の義足をつく、血まみれになった大柄な老人が憤怒の形相を浮かべていた。

 

「大丈夫じゃねェっつってんだろうが!!! いいから早く店へ戻れ‼ 働け‼」

「しかし‼ 店長の体が…‼」

「てめェらおれを怒らすのか⁉」

「……‼」

「客にメシを食わしてやるのがコックだ!!! おれの店を潰す気か、ボケナスども!!!」

 

 若いコック達の心配も鬱陶しいと怒鳴りつけ、バラティエのオーナー・ゼフは砲撃の犯人に対して怒りを燃やす。

 

「連れてきました‼ オーナー‼ 犯人はコイツらです‼」

 

 しばらくすると、一人のコックがルフィとエレノアを担いで店主の元にやってくる。

 連れ込まれたエレノアはルフィに先んじて膝をつき、フードを取り払うと完璧な土下座の体勢で深々と頭を下げた。

 

「この度はうちのものが多大なご迷惑をおかけしましたことを深くお詫びします申し訳ございませんでした」

「すまん、おっさん」

「もっとちゃんと謝れボケェ!!! …本人にもしっかりと反省させます」

「…おい、お前海賊じゃなくてただのどっかの母ちゃんだろ」

 

 ガゴン、と容赦なくルフィの頭を殴りつけるエレノアに、ゼフは冷や汗を流しながら呟く。

 少なくとも荒くれ者には見えなかった。

 

「ず…ずびばぜんでじだ……」

「本人もこの通り反省して入ります。本来ならばお詫びの品や弁証と言った誠意をお見せする場なのでございましょうが、あいにく我々は航海を始めたての弱小海賊でございましてお渡しできるものが何一つなく………」

「もういいもういい…丁寧すぎてケツがかゆくなってきた」

 

 エレノアの話し方に疲れたのか、単に慣れていないのかゼフはうんざりした顔で手を振る。

 誠心誠意謝罪されていることはわかるが、性に合わない言葉遣いを受けても困るだけであった。

 

「金がねェんじゃ働くしかねェよな…」

「そうだな。ちゃんと償うよ」

「……ちなみに、どのくらいの期間に」

「1年間の雑用タダ働き‼ それで許してやる」

「「い…1年!!?」」

 

 思ったよりも高く代償がついたことに二人は驚きの声をあげる。

 だがエレノアは、諸々の慰謝料を省みて妥当だと諦める他になかった。何割かはフルボディのせいだが、あれはあれで仕事をしただけなのだから。

 が、この男は納得しなかった。

 

「1週間にまけてくれ」

「おいナメンな…人の店を砲弾で破壊し、料理長のおれに大ケガを負わせといて、たった1週間のただ働きで落とし前はつくめェよ…」

 

 強面の顔をさらに険しくするゼフに、エレノアはこれ以上怒らせるべきではないと諌めようとするが、長年の夢がかかっているルフィは一歩も引かなかった。

 そしてついには、心底お怒りの様子のゼフがノコギリを取り出してみせた。

 

「…よし小僧。そんなに時間が惜しいのなら、手っ取り早いケジメのつけ方を教えてやろう。足一本、置いてけや!!!」

 

 自分と同じように片足になったら許してやろうとうことか。

 流石に等価ではないだろうと冷や汗を流すエレノアは、困ったように目をそらした。

 

「あ…足1本と申されましても」

 

 ためらいがちに服の裾を持ち上げ、自分の金属の足をゼフに見せる。

 すると流石に驚いた様子のゼフが、大きく目を見開いてエレノアの足を凝視した。

 

「私もうこんなんですし」

「おお!!? …そ、そうか。そりゃ悪いことを…」

 

 初心者とはいえ海賊相手に凄んでいたゼフは、少女が思った以上の苦難を抱えていることを知って同情する。

 が、すぐに我に返った。

 

「って、おれァてめェに言ってんだよボケナス!!!〝料理長ドローップ〟!!!」

 

 しれっと場を流そうとしたルフィに、ゼフは怒りの一撃を食らわせる。

 しかしゼフの攻撃は、傷ついた店主の部屋には強すぎたようで、踏みつけたその場がめこっと沈み込んだ。

 

「ぬ」

 

 あ、しまった。

 そんな表情のまま、ゼフはルフィを踏みつぶしたまま床を踏み抜き、階下のダイニングへと勢いよく落ちていった。

 

「「ああああああ!!!」」

「…なんて元気なケガ人」

 

 片足とは思えない暴れっぷりを披露したゼフに、エレノアは戦慄の表情を浮かべて体を震わせる。

 しかしいくらなんでも一年は長すぎると、なんとか代価にできるものはないかと当たりを見渡し、ふと思いついた。

 

「……直せなくても、作りかえるぐらいはできるか。ちょっとぐらいは誠意を見せとかないとね」

 

 自分にできることといえば、そもそもこのぐらいのことでしかないのだとエレノアは苦笑する。

 リフォームリフォーム、とエレノアは両手のひらを合わせ、青い閃光を部屋中に走らせた。

 

「こんなもんか! よし」

 

 数分後、元の形とは大きく異なりながらも綺麗に作り直された部屋がそこにはあった。

 瓦礫から元の形を想像し、より豪華な仕様になるようにデザインした結果、万人が唸る内装に変えることができたとエレノアは満足げに頷いた。

 

 ―――海賊クリークの手下を逃がしてしまいました‼

   〝クリーク一味〟の手掛かりにと、我々7人がかりで、やっと捕まえたのに…!!!

 

 その時、自分の耳が階下で起こる騒ぎを捉える。

 気になる名前を聞いたエレノアは、眉間にしわを寄せて記憶を辿った。

 

「…クリーク?」

 

 不穏なことを聞いたと、エレノアは店の外側から下の様子を伺う。

 聞くところによれば、悪名高いクリーク海賊団の一人を七人がかりで捕らえたはいいが、尋常ではない生命力で逃げ出してきたらしい。

 しかしすでにボロボロの様子の彼は、バラティエのコックらしい逞しい腕の男に滅多打ちにのされてしまっているようだ。

 

「代金払えねェんなら、客じゃねェじゃねェか‼」

「いいぞコック‼」

「海賊なんてたたんじまえパティさん‼」

「客じゃねェ奴ァ消え失せろ!!!」

 

 客商売とは思えない形相と口調で海賊を叩き出したコックは、エプロンの端を持ち上げて客達の拍手喝采を受ける。

 いつもよくあることのようだ。

 

「さーどうぞ『お客様』どもっ‼ 食事をお続けくださーい‼」

 

 わっと歓声が上がり、乗客達はバラティエに喝采を送ると、また食事に戻っていく。

 エレノアは久しぶりに感じる恐怖に、ブルブルと肩を震わせた。

 

「……お、おっそろしい店だな、海賊より海賊みたい…オーナーさんにも逆らわないようにしとこ」

 

 よくもまあルフィはあの男に逆らったものだ。

 できるだけ早く贖罪を終えてこの船を降りたいものだ。割と切実に。

 

「…雑用一人で1年か。じゃあ私も合わせて半年…さっきリフォームした分で5か月…いや、4か月にしてもらえないか交渉するか」

 

 こういうことはどちらかといえばナミの方が得意そうだが、巻き込むのも気がひけるために今回はなし。

 いきなり前途多難だ、とエレノアは肩を落とすのだった。

 

 

 バラティエのコック・パティに蹴り出され、空きっ腹を鳴らしながらうずくまる海賊・ギン。

 空腹に苦しむ彼の前に、コトリとピラフが盛られた皿が置かれた。

 

「食え」

 

 そう言ってギンの隣に腰を下ろすのは、金髪にぐるぐるとぐろを巻いた眉が特徴的な若い男、バラティエ副料理長のサンジ。

 ギンは目の前に置かれた食べ物に目を輝かせると、飛びつくようにそれを口に掻き込んでいった。

 

「面目ねェ…‼ こんなにうめェメシ食ったのは…おれははじめてだ…!!!」

 

 温かく美味な料理を口に入れるたびに、ギンの目からはボロボロと涙がこぼれる。

 海賊として生きてきた、あくどいことばかりをやってきた彼にとってその暖かさは、苦しいくらいに幸せなものであった。

 

「……!!! 面目ねェ、面目ねェ‼ 死ぬかと思った…‼ もう、ダメかと思った…………!!!」

「クソうめェだろ」

 

 ただただ感謝の言葉しか出ないギンに、サンジは誇らしげに笑うのだった。

 

「………どうなることかと思ったけど、探し物は見つかったね」

「おう‼」

 

 二人の様子を見ていたエレノアは、ルフィに任せるように肩を叩く。

 同じく、離れた場所でその様子を見ていたゼフの元に行き、エレノアは姿勢を正した。

 

「オーナー、さっきの件なんですが…」

「…てめェがアレ、直したのか」

「あ…」

 

 少し慌てていたからだろうか、家主の許可なく勝手にリフォームを行ったと今更になって気づいた。

 真っ青になるエレノアを、ゼフはフンと鼻で笑った。

 

「見てくれは良くてもところどころ雑だ。修理費は確かに浮くが、あれじゃせいぜい二か月分ってところだ」

「………じゃあ!」

「あの小僧と一緒に5か月…‼ カッチリ働いてもらうぞ」

「はい‼」

 

 不敵な笑みを浮かべて背を向けるゼフに、エレノアは感謝の笑顔を見せる。

 天族としての姿を見せても何も言わないところをみるに、なかなか懐が広い人らしい。

 

「とりあえず、着替えはこっちで貸してやるから着替えて来い。

「はい! …って、あれ? オーナー? あんな荒くれどもばっかりのレストランなのに、なんで女子の制服が…」

「一応募集に性別は不問だったんだが、誰一人来なくてホコリをかぶってただけだ。数だけはあるからてきとうに選べ」

「りょ、了解…」

 

 それなりに願望はあったのだな、とエレノアはゼフの印象が少し変わるのを実感する。

 さて先ずは仲間に事情を説明しなければ、と歩き出そうとしたエレノアの耳が、また声を拾う。

 

 ―――行けよ、ギン…。

 ―――ああ…悪ィな、怒られるんだろ…。

    おれなんかにただメシ食わせたから。

 ―――なーに…。

    怒られる理由と証拠がねェ。

 

 皿が割れる音と、海に落ちる音が届き、エレノアはふっと笑みを浮かべる。

 荒くれ者しかいないレストランに、とんだお人好しがいたものだ。

 

「サンジ‼ 雑用‼ てめェらとっとと働けェ!!!」

 

 ゼフの怒号に急かされる二人を見やりながら、エレノアは期待に胸を膨らませる。

 思った以上の成果が得られそうだ。

 

「…彼の勧誘は任せたよ、ルフィ」



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第23話〝新入り二人〟

「今日からお世話になります、新入りの雑用のエレノアです。よろしくお願いします!」

「おれはルフィ‼ どうぞよろしく‼」

 

 荒くれ者のコック達を前に、大人の背丈となったエレノアは丁寧に、ルフィはいつも通り堂々と自己紹介する。

 ルフィはいつもの格好にエプロンを、エレノアは用意があった女性用のウェイトレスの格好に自前でフードを追加し、耳と尻尾と背中の翼が隠れるような改造を施していた。

 そんな彼らを待ち受けていたのは、戦場であった。

 

「3番のオードブルおまちっ‼︎」

「はいっ‼︎」

「6番のデザートまだか‼︎」

「あと20秒待って‼︎ 先に7番の前菜出しちゃおう‼」

「8番の注文取ったの誰だァ!!?」

「今運びまーす‼」

 

 注文に次ぐ注文、運んでも運んでも舞い込んでくるオーダーに汗だくになりながら、エレノアは修理費等のために奔走していた。

 

「いや〜使えるわあの新入り」

「店に手ェ出された時ァブッ殺してやろうかと思ったが、こんだけ動けるならこれからもいてほしいぐらいだ」

「あとかわいいしな」

 

 初めは歓迎していなかった気性の荒いコック達も、真面目でひたむきなエレノアにほだされてデレデレとした笑みを浮かべるようになっていた。

 男しかいない職場は、やはり誰もが辛かったらしい。

 

「あ、パティ! 5番のお客様はたまご使わないで。アレルギーあるから」

「なにィ⁉︎ わ…わかった‼︎」

「あと12番のお客様はデザートおまけしてあげて。プロポーズしそうな雰囲気」

「ちくしょう爆発しちまえ!!!」

「そして何より気配り上手で話し上手だ。今日一日で常連を3人も増やしちまった」

「マネできねェ…‼」

 

 同時に、相当な世渡りの能力を発揮する海賊の娘に、戦慄の目まで向けるようになっていた。

 その傍で、ルフィは暇そうに腰かけた椅子を傾けて遊んでいた。

 

「やることねェんなら皿でも洗ってろ雑用!!!」

「よしきた」

 

 袖捲りをして洗い場に向かうルフィに舌打ちしながら、コックの一人であるカルネは隣で魚をさばくパティに目を向けた。

 

「――しかしいいのかい、パティよォ」

「何が」

「さっきお前が店でボコボコにした野郎はクリークの一味の者だったそうじゃねェか」

「ああ、そんなこと言ってたな」

「もしかしてそれって〝首領・クリーク〟? 東の海で最強最悪って言われてる?」

「おう、それだそれ」

 

 オーダーを取ってきたエレノアが興味を示すと、カルネは待ってましたとばかりに語ってみせた。

 

「50隻の海賊船の船長達を総括する『海賊艦隊』の首領なんだからな、怪物なんだよまさに‼」

「総数5千人を越える大艦隊なんだっけ? 所詮は数だけそろえた烏合の衆じゃないの?」

「だが、例えばさっきの野郎がこのレストランであんな目に遭ったとクリークに伝えたとしたら、象の大群がアリでも踏み潰すかのように、このレストランはミンチにされちまうだろうな」

「じゃあ、あの男にゃおとなしく御馳走してやった方がよかったのかい。それじゃあほかの『お客様』に失礼だろうが‼ 海上レストラン『バラティエ』名物、戦うコックさんの名が泣くぜ!!!」

「私もそう思うよ」

 

 わざとビビらせるような説明をするカルネにパティは胡散臭そうに鼻で笑い、エレノアもジト目で同意する。

 

「大艦隊って言ったって、一人ひとりが象ほどの脅威があるとは思えないな。そんなにやばい勢力なら、すでに〝偉大なる航路(グランドライン)〟で頭角を現していたっておかしくないと思うし」

「それ見ろ、おれ達が今まで一体どれだけの海賊どもを追い払ってきたと思ってんだ?」

「頼もしいね」

 

 パティが大きな腕で力こぶを作ると、よく言ったとエレノアも不敵な笑みを浮かべる。

 その裏では、パリンパリンと甲高い音が連続で鳴り続けていた。

 

「んでてめェは何枚皿割ってんだよ!!!」

「あ、わりい。数えんの忘れてた」

「それを謝んのかっ‼」

 

 別の洗い物を命じられるルフィに、呆れた目を向けるエレノア。

 そこへ、パティが小さく耳打ちしてきた。

 

「おい新入り、張り切ってくれんのはありがたいが、サンジに目ェつけられねェように気ぃ付けろよ」

「なんで? 紳士っぽかったけど」

「女癖が悪ィんだよ。今も店内(ダイニング)で客くどいてるぐらいだしな」

「またか…‼ だいたい俺はあいつが〝副料理長〟やってることだけでムナクソ悪ィんだ」

「しょうがねェよ。あいつは店一番の古カブなんだから」

「…そんなに長くいるんだ」

 

 かなり若かったために勘違いしていたが、意外と年季が入っているのだなと驚く。

 ということは相当幼い頃からこの店にいるということか。

 

「熱ぢい!!!」

「厨房から出てってくれェ!!!」

「すみませんすみませんウチのアホがほんとにすみません」

 

 その横で、使ったばかりを大鍋を洗おうとして手を焼かれ、のたうちまわるルフィにコック達から怒号が飛ぶ。

 エレノアはもう、平謝りする他になかった。

 

「あんたはもういいから、注文取ってきて。お客が何を食べたいのか聞いてくる、これだけ」

「むい」

「ちゃんとパティが教えたように接客するのよ‼」

「わかった」

 

 不器用な上に馬鹿力なこの男には、もう厨房で任せられる仕事はないと、エレノアはダイニングに追い出す。

 そこはかとなく漂う疲弊感に、パティは思わずエレノアの肩を叩いていた。

 

「…苦労してるな、お前」

「いっつもこんな感じさ………もう慣れたよ」

「……ちょっとだけつまみ食いしてけ、オーナーには黙っとくから」

 

 できたての料理を少しだけよそってくれるカルネに、エレノアは不覚にも泣きそうになった。

 その向こうで、今度はルフィが客と大騒ぎしている声が聞こえてきた。

 

「な…‼ 何てことするんだお前はァ」

「てめェが何てことするんだ!!!」

 

 厨房に重たい沈黙が降りる。

 全員が新入りウェイトレスに同情の眼差しを抜け、いたたまれなさそうに顔を歪める。

 がっくりと肩を落としたエレノアは、くっと涙をこらえて厨房を後にした。

 

「…………すみません、行ってきます!!!」

「カルネ…‼ おれァあいつが不憫でならねェ…!!!」

「あとでうまいまかない食わせてやろう、な?」

 

 気苦労の絶えないエレノアを目の当たりにし、パティは男泣きする。

 なんであんな船長について行っているのか、疑問でしかなかった。

 

「あんたは一体何やってるの!!? …ってああ、みんなか」

「あ、エレノア! その制服かわいいじゃない!」

「コイツと一緒に半年ってのはさぞ大変だろうなァ…」

「もっと叱ってやってくれ。このアホおれに鼻くそ飲ませようとしやがって」

 

 騒ぎの聞こえた方に行ってみれば、ルフィが注文を受けに行っていたのは仲間達の席だった。

 みんな雑用期間で足止めを食らうことに文句はなさそうではあったが、エレノアは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

「なんかホントごめんねー。こんなことになっちゃって」

「そんなに落ち込むことはないよエンジェル…むしろ君が犯した罪のお陰で、僕らはこうして出会う事が出来たのだから」

「ん?」

 

 肩を落として謝罪するエレノアの腰を、甘ったるい声をかけながら一人の男が抱いてきた。

 

「君の話は聞いているよエレノアちゃん……横暴な船長とあのクソジジイのために、ここに縛り付けられてしまったんだろう? 可哀想に…でも安心して。僕がいる限り、君に孤独なんて許さないから♡」

 

 気障ったらしい言葉でエレノアを慰める、副料理長サンジの姿がそこにはあった。

 デレッデレに緩んだ顔で、エレノアとナミのいるテーブルに口説きにやってきたのだ。

 

「ああ海よ、今日という日の出逢いをありがとう。ああ恋よ♡ この苦しみにたえきれぬ僕を笑うがいい。僕は君達となら海賊にでも悪魔にでもなり下がれる覚悟が今できた♡ しかしなんという悲劇‼ 僕らにはあまりに大きな障害が‼」

「サンジくん…ブレないね、君」

「障害ってのァ、おれのことだろうサンジ」

 

 エレノアが呆れていると、雷のように低い声がかけられる。

 料理長ゼフの登場に、サンジはげっと忌々しげに顔を歪めた。

 また小言を言われるのかと思えば、ゼフの口から出てきたのは驚きの一言であった。

 

「いい機会だ、海賊になっちまえ。お前はもうこの店には要らねェよ」

 

 その言葉にサンジは目を見開き、すぐに怒りに顔を歪めた。

 エレノアも驚き、その場に立ち尽くしてゼフとサンジを交互に凝視した。

 

「…おいクソジジイ。おれは、ここの副料理長だぞ。おれが、この店に要らねェとはどういうこった‼」

「客とは、すぐ面倒起こす。女とみりゃすぐに鼻の穴ふくらましやがる。ろくな料理も作れやしねェし、てめェはこの店にとってお荷物なんだとそう言ったんだ」

 

 今にも噛みつきそうな勢いでサンジが反論すると、ゼフはそれ以上に忌々しそうに吐き捨てる。

 

「知っての通りてめェはコックどもにケムたがられてる。海賊にでも何にでもなって早くこの店から出てっちまえ」

「何だと、聞いてりゃ言いてえこと言ってくれんじゃねェかクソジジイ!!! 他の何をさしおいてもおれの料理をけなすとは許さねェぞ‼ てめェが何を言おうとおれはここでコックをやるんだ‼ 文句は言わせねェ!!!」

料理長(オーナー)の胸ぐらをつかむとは何事だ、ボケナス!!!」

「うわ‼」

「おっとっと!」

 

 ゼフに掴みかかったサンジだが、ゼフの背負い投げによってテーブルの上に叩きつけられる。

 とっさにエレノアが手を伸ばし、犠牲になりかけた料理をとって避難させた。

 

「てめェが、おれを追い出そうとしてもな!!! おれは、この店でずっとコックを続けるぞ!!! てめェが死ぬまでな!!!」

「おれは死なん。あと100年生きる」

「……オーナーならホントに生きてそうなのが怖いな」

「口の減らねェジジイだぜ………‼」

 

 背を向けるゼフに宣言するも、ゼフはもう振り返りもしない。

 肩を怒らせていたサンジだったが、心配そうに見つめてくるエレノアに気づくとすぐに表情を変えた。

 

「ごめんよ、エレノアちゃん…怖いもの見せちゃって。あのジジイにはあとできつく言っとくからさ」

「なに言ってんの。こちとら海賊だよ? あれより恐いものなんてもっとたくさん目にしてきたんだから」

「でもこれで許しが出たな。これで海賊に」

「なるか‼」

「はいはい、もういいから! ルフィもサンジくんもさっさと注文取りに行って」

 

 使い物にならないテーブルを片付けながら、エレノアは二人に元の業務に戻るように告げた。

 が、席を移動した先でまた問題が起きた。サービスと言ってデザートをつけてもらったナミが、色っぽい表情でサンジに迫り始めたのだ。

 

「ところでねえ、コックさん?」

「はい♡」

「ここのお料理、私には少し高いみたい」

「もちろん‼ 無料(ただ)で♡」

 

 簡単に色仕掛けに乗るサンジに、エレノアは呆れて深いため息をつく。

 パティの言っていた通り、女性にはとことん甘い性格のようだ。逆にゾロやウソップには微塵も気遣いなどしていない。

 流石に、これ以上は見逃せなかった。

 

「サンジくん。その料理の分、君のお給料から天引きしとくからね」

「うっ!!! お…お金のことになると急にシビアになるね、エレノアちゃん……」

「〝等価交換〟だからね、ビタ壱文容赦はしないよ」

「…そのそっけない所も素敵だよ」

 

 バッサリとサンジの給料カットを宣言し、エレノアは注文を厨房に運ぶ。

 ことに金勘定で彼女は容赦をするつもりはなかった。

 そんな、年上であろうが男相手だろうが臆することのないエレノアに、ゼフは思わず唸り声をあげていた。

 

「おい雑用。タダ働き一週間にまけてやるから、お前んとこのあの娘うちにくれ」

「いやに決まってんだろ。何言ってんだおっさん」

 

 横暴な提案を、テーブルで茶を飲んでいたルフィは即座に拒否する。

 厨房からは、コック達の期待の眼差しが刺さりそうなほどに送られていたが、その要求は流石に飲むことはなかった。

 

「ところでてめェは何をくつろいでんだ雑用っ!!!」

 

 無論、サボっていたルフィはサンジに容赦のないかかと落としをくらっていた。

 エレノアは自由の日はいまだ遠いことを感じ、深いため息をつくのだった。



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第24話〝戦うコック〟

 ルフィとエレノアのバラティエでの日々が始まって、数日後のこと。

 店内は、慄きとざわめきでいつもとは違う騒がしさを見せていた。

 

「ドクロの両脇に、敵への脅迫を示す砂時計……とーとー来たかァ。〝首領(ドン)・クリーク〟の海賊船」

 

 徐々に近づいてくる海賊旗に、エレノアは目を細めながら呟く。

 その一言で、バラティエは一層大きくざわめき始めた。

 

「見ろパティ‼ マジで来ちまった‼ 追い払ってくれるんだろうな!!!」

「ま…まさか間違いじゃねェのか!!? 兵力五千人の海賊艦隊の首領(ドン)だろ…!!? たった一人の部下の仕返しのために、わざわざ来るわけ…」

「来てるんだよ、間違いなくその船が!!!」

「そうとは思えないな」

 

 まさか自分のせいではあるまいかと真っ青になるパティだが、エレノアは冷静なまま呟く。

 というか、やや困惑気味にクリーク海賊団の船を見つめていた。

 

「何言ってやがんだ!!? 現にあんなデカい船が…‼」

「うわさに聞くクリークの性格から考えても、部下をそこまで大切にする男には思えない……むしろその逆で、瀕死の部下一人平気で見捨てる残虐な奴だと思う。……何よりも」

 

 エレノアの視線の先にあるのは、艦隊とは名ばかりのたった一隻の巨大な船。

 そかもその船体は深い裂傷が刻まれ、幽霊船と見間違えそうなほどに哀れな姿をさらしている。

 

「あんなボロボロの船一隻で、仕返し?」

 

 獣の形をした船首は半分がえぐられ、別種の恐怖を抱かせるが、やはりどう見ても普通の状態ではない。

 いつ沈んでもおかしくないように見えた。

 

「あれほどの巨大ガレオン船が、ああもいためつけられるなんて…」

「まず人の業じゃねェ…なんかの自然現象につかまっちまったんだろう」

「確かにそう見えるけど…でも、なんだろあの傷」

 

 サンジの分析も、帆の状態を見る限り大体は正しいとエレノアは思う。

 しかし船体に刻まれた傷跡は、暴風雨で傷ついたにしては断面が綺麗すぎる気がした。

 

「斬撃の痕みたいだ」

 

 それができる人間(・・)を一人知っているが、"偉大なる航路(グランドライン)”でもないこんな田舎の海に出向いてくるとは思えず、ますます疑問がつのった。

 そうこうしているうちに、ガレオン船から二人の男がバラティエに渡ってきた。

 現れたのは、以前バラティエを訪れたギンと、彼に支えられる大男。おそらくは海賊艦隊の首領クリークと思われた、が。

 

「すまん…水と…メシを貰えないか…、金ならある、いくらでもある…」

 

 その声はあまりにも弱々しく、ギンに支えられてやっと立っているくらいに衰弱しきっていた。

 

「な……………」

「なんだありゃ…威厳も迫力もねぇ、あれがクリークか?」

 

 その姿からは、東の海を震撼させたおそろしき海賊であるなど考えられず、コックや乗客達に動揺が走る。

 

「…頼む、水と食料を…‼」

「お願いだ‼ 船長を助けてくれ‼ このままじゃ死んじまうよ!!!」

 

 倒れこむクリークに寄り添い、懇願するギンだが、誰一人として手を貸そうとはしない。

 腫れ物を見るかのように、冷たい目を向けるだけであった。

 

「はっはっはっはっはっはっはっはっ!!! こりゃいい‼︎ 傑作だ‼︎ これが あの名だたる大悪党〝首領・クリーク〟の姿か‼︎」

「今度は金もあるんだぜ‼︎ おれ達は客だ!!!」

「すぐに海軍に連絡をとれ‼︎ こんなに衰弱し切ってるとは政府にも、またとねェチャンスだろう!!! 何も食わせるこたァねェぞ‼︎ 取り抑えとけ‼︎」

「そうだ‼︎ そいつが元気になった所で何されるかわかりゃしない‼︎」

「日頃の行いが悪いんだ、ハラすかして死んじまえ‼︎」

「死んで当然だ。そいつはそれだけのことをやってきた‼︎」

「クリークを復活させたら、まずこの店を襲うに決まってる‼︎ 一杯の水すら与えることはねェ‼︎」

 

 パティに賛同し、客達からも罵倒の声がぶつけられる。

 どんなに衰弱していても、助けることなどあり得ないと思うまでに、クリークの悪名は知れ渡っていた。

 

「…悪いけどさ、あんたの気持ちはよくわかるよ。……でもそのクソ野郎のことだけは信用できない」

「………‼︎ あんた…」

「〝ダマし討ち〟のクリーク……海兵になりすまし、海軍の船上で上官を殺し、その船を乗っとることで海賊としてののろしを上げた凶悪な男……‼︎」

 

 他の客と同じように、冷めきった目で顔を伏せるクリークを見下ろすエレノアに、ギンはなおもすがるような目を向ける。

 しかし、クリークの所業を知っているエレノアに、そんな眼差しは意味がなかった。

 

「時には〝海軍旗〟をかかげて港に入り町や客船を襲い、〝白旗〟を振って敵船に襲いかかったり……勝ち続けるためだけに手段を選ばない、仁義も何も持ち合わせてない最低の男だよ」

「何もしねェ、食わせてもらったらおとなしく帰ると約束する…‼︎ だから頼む…助けてくれ…!!!」

「断る。どんな甘い考えで、命乞いする海賊が助けてもらえると思ってるの?」

 

 震える体で土下座し、恥も何もかも捨てて懇願するクリークにもエレノアは容赦無く、吐き捨てるだけだった。

 

「わたし達は世の嫌われ者……あんただって散々あくどいやり方で生きてきたんだ。それにふさわしい最後くらい覚悟できなきゃ、あんたは三流以下だよ」

「お願いしますから………‼︎ 残飯でも何でもいいですから…‼︎」

「首領…………‼︎」

 

 船長の情けない姿に、ギンは苦しげに顔を歪めて涙を流す。

 その哀れな姿に、乗客達からも悲痛な表情が向けられるも、エレノアは頑として睨みつけたままであった。

 

「けっ、新入りの辛辣さにゃ同情するが、土下座なんぞ意味ねェっての…‼︎」

「おい、そこをどけ。パティ」

 

 流石にちょっと厳しすぎやしないかと眉間にシワを寄せるパティが、突然真横にぶっ飛ばされた。

 邪魔なコックを蹴り飛ばしたサンジは、以前と同じようにできたての料理を盛った皿をギンに渡した。

 

「ほらよ、ギン。そいつに食わせろ」

「サンジさん‼︎」

 

 ギンから料理を受け取ったクリークは、人目も憚らず、行儀悪く素手でかき込む。

 ボロボロ涙をこぼしながら、空腹の痛みが癒されていく感覚を堪能した。

 

「すまん…!!!」

「ちょっとサンジくん!!?」

「おいサンジ!!! すぐに、そのメシを取り上げろ!!! てめェ、そいつがどう言うやつか新入りの話を聞いてなかったのか!!?」

 

 見過ごせないとエレノアが怒鳴り、カルネがエレノアに賛同する。

 

「この男、本来の強さもハンパじゃねェ…‼︎ 飯食ったらおとなしく帰るだと? こいつに限ってありえねェ話だ。そんな外道は見殺しにするのが、世の中のためってもんだ!!!」

 

 カルネが言い切った瞬間だった。

 料理を全て平らげたクリークが、恩人であるはずのサンジに強烈なラリアットを喰らわせたのだ。

 

「だから言ったのに……案の定やってくれるじゃない、死に損ないの恩知らずが」

 

 吹っ飛ばされるサンジに、エレノアは呆れたため息をつく。

 とっさに跳んで距離を稼ぎながら、クリークが噂通り、いや噂以上の外道であったことに怒りを燃やした。

 

「いいレストランだ。この船をもらう」

「言わんこっちゃねェ‼︎ これがクリークなんだ!!! この船をもらうだと!!?」

「うちの船はボロボロになっちまってな、新しいのが欲しかったんだ。お前らには用が済んだらここを下りてもらう」

 

 恩義も何も抱いていない、傲慢な要望にバラティエに緊張が走る。

 食料を要求しただけでは飽き足らず、船まで奪おうというのか。

 その間にエレノアはバラティエの裏手に回り、一般人の客達を裏口から誘導していた。

 

「はーい、落ち着いて船にお乗りくださーい。押さないで押さないで〜。落ち着きましたらまた海上レストラン・バラティエをご利用くださ〜い」

「言ってる場合かァ⁉︎ この船を奪われるかもしれねェんだぞ!!?」

「何? じゃあみすみす明け渡すっての?」

「うっ……い、いや…そんなつもりは毛頭ねェが………‼︎」

 

 ジト目でいうと、コックは気まずそうに目をそらす。

 一方で無茶な注文に怒りを燃やすカルネ達は、断固とした態度でクリークに向き合っていた。

 

「この船を襲うとわかってる海賊を、あと百人おれ達の手で増やせってのか…⁉︎ 断る!!!」

「断る…? 勘違いしてもらっちゃ困る。おれは別に注文してるわけじゃねェ、命令してるんだ。誰も、おれに逆らうな!!! それとだ……そこにいる女。そいつをこっちによこせ」

 

 さらにクリークは、誘導を言えて戻ってきたエレノアを指差した。

 半分以上聞いていなかったエレノアは目を丸くし、コック達は驚愕の表情でクリークを凝視した。

 

「その女はおれをさんざんバカにしてくれやがった……この、おれにたてつきやがった……!!! 見せしめにぶっ殺してやりてェが、その前に色々と使わせてもらうとしよう」

「なんだと………⁉︎」

「辛いだろうなァ……溜まりに溜まってる百人以上の野郎の相手(・・)をするのは。ブッ壊れようが死んじまおうが解放する気はねェがな……!!!」

 

 下卑た笑みを浮かべてエレノアを見つめるクリークに、彼女を気に入っているコック達の怒りが集まる。

 それは無論、サンジも同じであった。

 

「……クソ外道が」

「サンジさん、すまねェ…おれは…こんなつもりじゃ…」

 

 ギンにとっても、今回のことは予想外の事態であったらしい。

 申し訳なさそうにうつむく彼を、流石にエレノアも責めるわけにはいかなかった。

 するとサンジは、よりよろとややおぼつかない足で立ち上がった。

 

「てめェは…‼︎ なんて取り返しのつかねェことしてくれたんだ………! おい、どこへ行く、サンジ‼︎」

「厨房さ。あと百人分、メシを用意しなきゃならねェ」

「なにィ!!?」

 

 サンジの答えに、パティ達は驚きの声を上げる。

 厨房に行こうとするサンジを取り囲み、コック達は銃を構えて止めた。

 だがサンジは、それを敢えて受け入れるように胸を張った。

 

「わかってるよ…相手は救いようもねェ悪党だってことくらい…。でもおれには関係ねェことだ。食わせて、その先どうなるかなんて考えるのも面倒くせェ…………」

 

 思わずエレノアの眉間にしわがよるが、一応の言い分は聞こうと我慢する。

 するとサンジはわかっているというように頷き、エレノアとまっすぐ向き合った。

 

「あいにくうちのウェイトレスを渡すつもりはさらさらねェが、メシは別だ……食いてェ奴には食わせてやる!!! コックってのは、それでいいんじゃねェのか!!!」

「………それがあんたの矜持ってことか」

 

 誰かに理解されなくとも、譲れない思いがあることを察したエレノアは、売られたと勘違いしたことを恥じる。

 固い意志を持った彼をじっと見つめ、ニッコリと微笑みを浮かべた。

 サンジの股間を思いっきり蹴り上げながら。

 

「でも寝てろ」

「サンジィ―――――!!!」

 

 泡を吹いて倒れるサンジに、コック達が銃を捨てて慌てて駆け寄る。

 確かに殺してでも止めるつもりではあったが、あのような止め方をされたサンジを放っておくわけにはいかなかった。

 

「私は自分を渡す気はないし、敵に情けをかける気もない。……食いたいなら、食後のデザートだけでもたらふく食わせてやるよ‼︎」

 

 エレノアはその場でブーツを脱ぎ、自身の鋼の足をさらしながら構える。

 思わぬものの登場に、パティ達や気絶しかけていたサンジは目を見開いた。

 

「んなァっ…!!?」

「エレノアちゃん…その足………!!?」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべた瞬間、エレノアの義足の膝部分から一発の砲撃が飛び出す。

 流石に驚いたクリークにその一撃が炸裂し、バラティエのドアを粉砕しながら思いっきり吹き飛ばした。

 

「や、やるじゃねェか新入り…‼︎」

「いっけね、扉壊しちゃった…オーナーに怒られちゃうな」

「なに、店を守るためだ。小せェ被害さ…」

 

 ガシャン、と義足を戻すエレノアをコック達が讃える。

 だが、壊れた扉から立ち上る煙の中から起き上がった影に、その場にいた全員が言葉を失った。

 全身を金色の鎧で覆ったクリークが、苛立たしげに顔を歪めて立ち上がったのだ。

 

「やってくれたなクソ女…‼︎ クソマズいデザート出しやがって、最低のレストランだぜ…………」

「う!!! ウーツ鋼の鎧!!?」

「くだらねェ小細工を…‼︎ たたみかけろ!!!」

「オオッ‼︎」

「ま、待って‼︎ むやみに突っ込んだら……!!!」

 

 今度は自分たちの番だと、パティ達が武器を手に躍りかかる。

 クリークは不機嫌そうに鼻を鳴らし、鎧の各部を展開させると、そこからいくつもの銃口を露出させた。

 

「うっとうしいわァ!!!!」

「うわああああ!!!!」

 

 クリークの全身から発射される銃弾の雨にさらされ、コック達は重傷を負う。

 エレノアもまた被弾し、勢いを受けてテーブルに激突した。

 

「あぐっ‼︎」

「エレノアちゃん‼︎」

「……なっ、なんつー野郎だ…‼︎ 全身武器とは……‼︎」

「虫ケラどもが…この、おれに逆らうな…‼︎ おれは最強なんだ!!! 誰よりも強い鋼の腕‼︎ 誰よりも硬いウーツ鋼の鎧!!! 全てを破壊するダイヤの拳!!! 全身に仕込んだあらゆる武器!!! 50隻の大艦隊に五千人の兵力!!! 今まで全ての戦いに勝ってきた‼︎ おれこそが首領(ドン)と呼ばれるにふさわしい男!!!」

 

 過剰なほどの武器を備えた我が身を見せつけ、吠えるクリーク。

 力を見誤ったコック達に動揺が走る中、クリークはなおも逆らった者達に凄んでいた。

 

「おれが食料を用意しろと言ったら黙ってその通りにすればいいんだ!!! 誰も、おれに逆らうな!!!!」

「だから…聞くわけないってさっきから言ってるでしょうが」

 

 不機嫌そうにエレノアは立ち上がり、クリークを睨みつける。

 立ち上がった際に、彼女の義足からポロリと銃弾が落ち、そのまま踏み潰される。

 まだやってやるという無言の意思表明であったが、そんな彼女の前に立ちはだかる人影があった。

 

「新入り、挑発するのもそれくらいにしておけ」

「! オーナー・ゼフ…」

「百食分はあるだろう……さっさと船へ運んでやれ…」

 

 大きな袋に詰めた食料を床に置き、ゼフはクリークを見やる。

 鬱陶しそうに腕を組むその姿に、エレノアは我慢できずに詰め寄っていた。

 

「どういうつもりですか……敵に塩を送るような真似…本当にこの店乗っ取られますよ」

「その戦意があればの話だ…なァ〝偉大なる航路(グランドライン)〟の落ち武者よ…」

「…!!? まさか…」

 

 ゼフの言葉に、エレノアはハッとした様子でクリークとギンを見つめる。

 傷ついた船、衰弱した船長、一人も現れない船員、いくつもの要素が、ゼフの一言で一つに重なった気がした。

 そして、ガレオン船があのような傷を負った原因も。

 

「貴様は…〝赫足〟のゼフ」

 

 一方で、ゼフの顔と名を目の当たりにしたクリークは、その表情を驚愕に固めていた。



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第25話〝落ち武者〟

 クリークがこぼした二つ名に、エレノアはまたも目を見開いた。

 

「〝赫足〟のゼフ……⁉︎ あの…蹴り技の達人……!!?」

「噂に聞いた海難事故で、死には至らずともその大切な足を失ったとみえる。貴様にとって片方の足を失うということは戦闘不能を意味するハズだ」

「戦闘はできなくとも料理ができる、この両手があればな。てめェ、何が言いてェんだ。はっきり言ってみろ」

 

 嘲りの言葉も気にした様子はなく、ゼフはクリークを睨みつける。

 クリークもまた悪名高い元同業者を前にしながらも、見下した調子を崩さずに告げた。

 

「〝赫足〟のゼフ、お前は、かつてあの悪魔の巣窟〝偉大なる航路(グランドライン)〟へ入り、無傷で帰った海賊(おとこ)。その期間丸一年の航海を記録した『航海日誌』をおれによこせ!!!」

「…………!!!」

 

 傲慢で身勝手な要求に、エレノアの表情に嫌悪感が浮かぶ。

 冒険の知識と経験を記載した、血と汗の結晶たる航海日誌を求めるなど、本当にこの男に矜持はないらしい。

 

「『航海日誌』か。確かに…おれの手元に、それはある。だが、渡すわけにはいかんな。航海日誌はかつて航海を共にした仲間達全員とわかつ我々の誇り、貴様にやるには少々重すぎる!!!」

「ならば奪うまでだ!!! 確かにおれは〝偉大なる航路(グランドライン)〟から落ちた‼ だが腐っても最強の男〝首領・クリーク〟。たかだか弱者共が恐れるだけの闇の航路など渡る力は充分にあった‼ 兵力も‼ 野心も‼ 唯一つおしむらくは『情報』!!! それのみがおれには足りなかった!!!」

 

 クリークのその言葉は、〝偉大なる航路(グランドライン)〟そのものに対する不満に思えた。

 ある種の責任転嫁のようなその態度に、エレノアは完全にクリークを格下だと判断した。

 

「ただ知らなかっただけだ。航海日誌はもらう、そしてこの船も‼ 手土産にまずはその女を奪ってやる。せいぜい日々のうるおいに役立ってもらうぞ!!!」

「…ほんっと、バカだね」

 

 深い深いため息をつき、エレノアは自分のフードとケープを外す。

 それらを勢いよく放り捨てると、露わになった翼を広げて牽制してみせた。

 

「あんたごときに私はもったいないっての‼︎」

「んなっ……!!?」

「何ィ―――――!!?」

 

 ゼフとルフィを除く、エレノアの正体を初めて知った者たちが驚愕の声を上げる。

 クリークもまた大きく目を見開き、信じられないといった様子でエレノアを凝視していた。

 

「…本物か…⁉」

「ふはっ……はははははは!!! なんてこった、ここにきてようやくツキが巡ってきたようだぜ‼︎ まさか天族まで手に入るなんてな!!!」

「へぇ? 無知なくせに私のこと知ってるんだ」

「知らない奴らがこの海にいると思うか!!? 血肉を食らえば不老不死になる伝説の種族…!!! さすがにまゆつば物だと思っていたが、実在していたとはおれは運にも恵まれているらしいな!!!」

 

 間違った知識を堂々とさらすクリークに、エレノアは呆れかえる。

 以前からこういう勘違いした輩とは遭遇することはあったものの、ここまで馬鹿な姿をさらすものはいなかったはずだ。

 

「『航海日誌』に『不死の力』!!! それさえあればもうおれに恐れるものはねェ!!! 今度こそ…おれが〝偉大なる航路(グランドライン)〟を制して〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟を……!!!!」

「黙れド素人」

 

 雷のように低い、怒りを押し殺した声に、クリークの笑い声が途切れる。

 射殺せそうなほどに縦に鋭く裂けたエレノアの瞳孔がクリークを見据える。ここまであの海をバカにしている姿を見ると、逆に同情の念さえ湧いて来そうだった。

 

「お前のような世間知らずのクソガキに…あの海に挑む資格はない。知らなかっただけ? 知っていたらあの海を渡れたとでも? あんたに足りていないのは知識でも兵力でもない‼ その足りないおつむだよ!!!」

「てめェ…‼」

 

 ふつふつと怒りを煮えたぎらせ、額に血管を浮き立たせるクリークを放置し、エレノアは自身の豊かな胸に手を当てる。

 この身体をクリークなどに渡すなど、天地がひっくり返ってもあり得ないと思っていた。

 

「私のこの身体は……!!! 髪一本血の一滴に至るまですでに売却済みだザマーミロ!!!」

 

 仁王立ちし、人目もはばからずにそんなことを告げるエレノアに、全員の視線が集まる。

 痛々しいくらいに空気が静まり返り、若干の呆れをはらんだ驚愕の視線が突き刺さった。

 

「…ここで言うことか」

 

 ゼフが思わずそうつぶやくと、エレノアもちょっと恥ずかしかったのか黙り込む。

 その後ろで、がっくりと膝をついたサンジが血反吐を吐きそうな勢いで項垂れていた。

 

「ウソだろエレノアちゃん…⁉」

「売却って…」

「まさか!」

「いやいや、おれじゃねェよ」

 

 パティやカルネの視線がルフィに集まるが、当の本人はぶんぶんと首を振ってその可能性を否定する。

 何となくコックたちに安堵が広がる中、クリークはエレノアの爆弾発言を気にした様子もなく、フンと鼻で笑って見せた。

 

「お前がどこの誰のものだろうとおれには関係ねェ…‼ おれが奪うと言ったら奪う…‼ てめェはおれのものだ!!!」

「…オーナー、暴れますけどいいですよね?」

「好きにしろ。さすがにあんだけ言われちまったらおれも我慢の限界ってものがある」

 

 女を道具か何かとしか見ていないクリークに、能面のように無表情になったエレノアが指を鳴らす。

 元海賊のゼフも思うところがあり、多少の店への被害は仕方がないと迷わず許可を出した。

 

「ちょっと待て‼ エレノアはお前なんかに渡さないし、海賊王になるのも、おれだ」

「な…雑用っ‼」

「おい、引っ込んでろ。殺されるぞ‼」

「引けないね、ここだけは」

 

 そんな会話で自分を無視するなと言わんばかりに、ルフィが前に出る。

 ただの雑用が話に割って入ったことに、クリークは不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。

 

「何か言ったか、小僧。聞き流してやってもいいんだが」

「いいよ、聞き流さなくて。おれは事実を言ったんだ」

「遊びじゃねェんだぞ」

「当たり前だ」

 

 凄まじい殺気をぶつけるクリークと、それを柳のように受け流し、不敵な笑みを浮かべるエレノア。

 そこへ、コックたちとは違うささやき声が響いてきた。

 

「さっきの話聞いてたろ、あのクリークが渡れなかったんだぞ。な! 悪いことはいわねェよ。やめとこうぜ! あんなとこいくの!」

「うるせェな、お前は黙ってろ」

 

 エレノアとルフィが視線を向ければ、慌てた様子のウソップがゾロに詰め寄っている。

 また食事を楽しみに来たのに、今回の騒動で足止めを食らっていたらしい。

 

「戦闘かよルフィ、手をかそうか」

「ゾロ、ウソップ。いたのか、お前ら」

「別にいいよ、座ってて」

 

 その会話から、クリークは二人がルフィの手下だと判断する。

 たった二人しか仲間がいないことに、クリークの表情に嘲笑が浮かんだ。

 

「……ハ…ハッハッハッハッハッハッハッハ。そいつらはお前らの仲間か、ずいぶんささやかなメンバーだな‼」

「何言ってんだ、あと二人いる‼」

「おい、お前それ、おれを入れただろ」

「ナメるな小僧!!! 情報こそなかったにせよ、兵力五千の艦隊がたった七日で壊滅に帰す、魔海だぞ!!!」

 

 クリークが発した事実に、バラティエに動揺が走る。

 恐ろしき海だとは聞いていたが、それほどまでの戦力が数日で退く羽目になったなど、信じられなかった。

 

「な…七日!!?」

「クリークの海賊船団がたった七日で壊滅だと!!?」

「一体、何があったんだ………‼」

「きィたかおいっ‼ 一週間で50隻の船が」

「面白そうじゃねェか」

「…むしろ私からしてみれば、よくあんたたちごときが七日もったと思うよ」

 

 コックたちやウソップはおののくも、〝偉大なる航路(グランドライン)〟を甘く見ている節のあるクリークに対し、エレノアの視線は冷たかった。

 

「無謀というにもおこがましいわ‼ おれは、そういう冗談が大嫌いなんだ。このまま、そう言いはるのならここで待て。この場で、おれが殺してやる‼」

 

 クリークはそう言うと、ゼフが用意した食料袋を背負って店を後にする。

 項垂れているギンを放置し、エレノアに向けてにやりと憎たらしい笑みを浮かべて見せた。

 

「…いいか、貴様ら全員に一時の猶予をやろう。おれは今からこの食料を船に運び、部下共に食わせてここへ戻ってくる。死にたくねェ奴はその間に店を捨てて逃げるといい。おれの目的は航海日誌とこの船とその女だけだ。もし、それでも無駄に殺されることを願うなら、面倒だがおれが海へ葬ってやる。そう思え。お前は、別れのあいさつでも済ませておけ…」

 

 そう言い残し、去っていくクリークの背を見送り、バラティエには重い沈黙が下りる。

 しばらくして、不甲斐なさにうずくまるギンが震える声を漏らした。

 

「……‼ サンジさん、すまねェ‼ …おれは、まさか…、こんなことになるなんて………‼ おれは………」

「おい、てめェが謝ることじゃねェぞ、下ッ端。この店のコックがそれぞれ、自分の思うままに動いた。ただ、それだけのことだ」

 

 ギンを擁護したのは、意外にもゼフだった。

 海賊に料理を出そうとしたサンジを叱らなかったり、自ら食糧を差し出したりと、この料理人の考えは読み取りづらかった。

 そんな中、エレノアは呆れた様子でギンを見下ろしていた。

 あんな船長についていく者もそうだが、艦隊が全滅するほどの被害を受けてもまだ向かおうとしているクリークにはあきれるほかにない。

 

「しっかし、七日も航海してあんたたちは何を学んできたのさ? ただ兵力をそろえただけじゃ渡れる海じゃないってわかってもいいでしょうに」

「……………‼ わからねェのは事実さ、信じきれねェんだ…〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入って七日目のあの海での出来事が現実なのか…夢なのか、まだ頭の中で整理がつかねェでいるんだ。…突然、現れた…」

 

 がたがたと震え、怯えながらギンは語る。

偉大なる航路(グランドライン)〟に入って7日目に遭遇した、恐るべき災害(・・)のことを。

 

「たった一人の男に、50隻の艦隊が壊滅させられたなんて…!!!!」

「え!!?」

「ばかな!!! たった一人に〝海賊艦隊〟が潰されただと!!?」

 

 ギンの告白を聞いた全員が驚愕し、思わず立ち上がりながらギンを凝視する。

 航海のせいで狂ったのではないかと思えるほど荒唐無稽な話で、ギンの正気を疑うばかりだったが、見る限り彼は正常な様子であった。

 

「わけもわからねェままに、艦隊の船が次々と沈められていって…あの時、嵐が来なかったら、おれ達の船も完全にやられてた」

「…不幸中の幸いってことか…」

 

 エレノアはクリークたちの妙な悪運に感心しながら、自分の考えが間違っていなかったことを確信する。

 船に刻まれた傷跡は、自分が予想した通りのもの。そしてそれをやってのけた人物も、自分の考えている通りの相手であろうと。

 

「ねェギン、あんたの言うその男って………鷹のようにするどい目(・・・・・・・・・・)をしてなかった?」

「何だと!!?」

 

 エレノアの質問に反応したのは、ギンだけではなかった。

 ひどく取り乱した様子のゾロが、跳ね上がるような勢いで身を寄せ、エレノアを凝視していた。

 そのことには触れず、エレノアはため息をついた。

 

「…そうか、彼に出会って生き延びただけでも、運がよかったと喜ぶべきか…それとも不運だったのか」

 

 冷や汗を流し、エレノアは苦笑する。

偉大なる航路(グランドライン)〟のどこかにいるたった一人の遭遇するというのが幸運なのか不運なのか、判断はつかないが相当低い確率であろう。

 今日のエレノアは驚かされてばかりだった。

 

「〝鷹の目〟に遭うなんて」



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第26話〝ならず者たちへの洗礼〟

「た…た…たかのめ…!!?」

 

 エレノアが呟いた単語に、ウソップは戦慄の表情を浮かべる。

 が、すぐに訝しげな表情に変わった。

 

「だれだそりゃ」

「さー、誰だろうなー」

「おれの探してる男さ…」

「「え⁉」」

「あ、なるほど…あんたの野望をかなえるには確かに手っ取り早い相手だ」

 

 ゾロの一言で、エレノアは察する。

 世界の剣士の頂点を目指す彼にとって、その人物と相対することは最終的な目標と言えるだろうからだ。

 

「ジョニーの情報じゃあ、この店にも…」

「〝鷹の目〟の男か…」

真っ赤な目(・・・・・)の男ならこの店に来たことがあるけど」

「あァ、ワイン飲みすぎて目ェ真っ赤にしてた奴な」

「体に引火して爆発したどっかのバカか」

「ありゃみごとだったよ」

「………‼ あのヤローガセネタか………‼」

「そう簡単に会えるはずないって…」

 

 クリークたちが〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入って7日目で遭遇したことが幸運(?)だっただけで、本来は探してもそうそう会える人物ではないことをほのめかす。

 それはそれとしてぬか喜びさせられたゾロは、不満そうに顔を歪めていた。

 

「…艦隊を相手にしようってくらいだ。その男、お前らに深い恨みでもあったんじゃ?」

「そんな覚えはねェ! 突然だったんだ」

「昼寝の邪魔でもしたのか…あるいはただ暇だったのか…」

「ふざけるな‼ そんな理由でおれ達の艦隊が潰されてたまるか!!!」

()ならそれもあり得るってことだよ。…彼なら偉大なる航路(グランドライン)に入りたての素人海賊艦隊ていど、歯牙にも留めないはずだから」

 

 知ったように語るエレノアに不思議そうな視線が集うが、当の本人は呆れたようにギンを見下ろすだけで気にした様子はない。

 ゾロも彼女の素性の知れなさは気になったが、今さらな事だと考えて視線をそらした。

 

「く―――っ、ぞくぞくするな――っ‼ やっぱそうでなくちゃな――っ」

「てめーは、少しは身の危険を知れ‼」

 

 はしゃぐルフィとビビるウソップの様子に、ばかばかしさを感じたという理由もあるだろうが。

 

「おいおい‼ このノータリン共‼ 今の、この状況が理解できてンのか!!? 今、店の前に停まってんのはあの〝海賊艦隊〟提督、〝首領・クリーク〟の巨大ガレオン船だぞ!!! この東の海で最悪の海賊団の船だ!!! わかってんのか⁉ 現実逃避はこの死線を越えてからにしやがれ!!!」

「…さて、相手がいったいどれほどのものか」

「何ィ!!?」

 

 警戒を促すパティに、エレノアの面倒くさそうなつぶやきが耳に入る。

 完全に甘く見ているように見えるが、自然体で立つエレノアには何かに裏付けされた自身が見えるような気がした。

 

「艦隊っつっても、どうせ数の暴力に頼ったザコ集団にしか思えないんだよね…しかも食べたばっかりとはいえ、失った体力がそう簡単に戻ってるとは思えないし」

「そ…そりゃあそうかもしれねェが」

「情けない顔をしてんじゃないよ」

 

 なおも不安を隠せないコックたちに、エレノアの厳しい視線が向けられる。

 咎めるような、強い力を秘めた眼差しに、コックたちは息をのんで背筋を伸ばした。

 

「ここはあんた達の宝でしょ。失いたくなきゃ、必死に死力を尽くしなさい」

 

 

 そしてついに、その時が訪れた。

 かろうじて浮いているガレオン船の船上から、無数の男たちの雄叫びが聞こえてきたのだ。

 

「押しよせて来るぞ、雄叫びが聞こえる‼」

「守り抜くぞ、この船はおれ達のレストランだ!!!」

「……ざっと数十人ってところか」

 

 不安げながらもやる気をみなぎらせるコックたちと、冷静に敵の数を測るエレノア。

 それぞれが戦闘準備を整え終えた直後、海賊たちが次々にバラティエに向けて飛び込んできた。

 

「どけどけコック共ォ~~~っ!!!」

 

 ロープを伝い、ガレオン船の上から迫ってくる荒くれ者達。

 その時だった。

 エレノアの感覚が、以前にも感じたことのある殺気を感じ取ったのは。

 

(………!!? この気配は……!!!)

 

 その気配の持ち主に思い至った瞬間、まるで何かが爆発したかのような衝撃とともに、バラティエが揺れた。

 その原因は、半ばから真っ二つに両断されたガレオン船が沈み始めたためであった。

 

「何が起きたァ!!!!」

「首領・クリーク!!! 本船は…!!! 斬られました!!!」

「斬られた? 斬られただと!!? この巨大ガレオン船をか!!? そんな……………!!! バカな話があるかァ!!!!」

 

 突然の事態に、クリーク海賊団もバラティエのコックたちも狼狽し、揺れる船内でパニックになる。

 エレノアは窓の外から見えるガレオン船の状態に、予感が当たったとばかりに頬を引きつらせた。

 

「こんな芸当ができるのは…間違いない!!!」

「錨を上げろ!!! この船ごともってかれちまうぞ!!!」

「はいっ‼」

 

 ゼフのとっさの判断で、ようやく落ち着きを取り戻したコックが走る。

 怒りを外したことで、バラティエは波に揺られまくったものの転覆せずに済み、徐々に波が落ち着くまで耐えきることができた。

 そこでふと、エレノアは大事なことを思い出した。

 

「やべ…メリー号にナミもヨサクもジョニーもほったらかしだった」

「くそっ‼ もう手遅れかも知れねェぞ!!!」

 

 ハッとなるエレノアだったが、荒波の中から聞こえてきた声に安堵する。

 見れば放り出されたヨサクとジョニーが、号泣しながら荒波の中を泳いできていたのだ。

 

「アニギ~~‼」

「ア~~~ニギィ~~~~っ!!!」

「ヨサク‼ ジョニーッ‼ 無事か‼ 船は⁉ 船がないぞ‼ ナミはどうした⁉」

「それが…ずいばせんアニキ…!!! もうここにはいないんです‼」

 

 バラティエにたどり着いたヨサクとジョニーを引き上げると、二人は信じられないことを口にした。

 

「ナミの姉貴は‼」

「宝、全部持って逃げちゃいました!!!!」

「「「「な!!!! 何だとオオオオ!!!?」」」」

 

 不甲斐ないと泣きじゃくる彼らから話を聞くと、メリー号の上で時間を潰していた時のこと、手配書を見ていたナミの様子がおかしいことに気づいた。

 何事かと尋ねようとすると、ナミはいきなり着替えたいから見ないでほしいと色っぽく頼んできたという。

 訝しく思いながらも、簡単に篭絡された二人は言うことを聞き、背を向けたところを海に蹴り出されてしまったらしい。

 慌てて戻る暇も与えず、ナミはさっさとメリー号を操ってその場を離れてしまい、追いかけようとした時には突然起きた大波に呑み込まれ、見失ってしまったらしい。

 

「くそっ‼ あの女‼ 最近おとなしくしてると思ったら油断もスキもねェっ!!!」

「この非常事態に輪をかけやがって!!!」

 

 勝手な事ばかりする女泥棒に、ウソップもゾロもエレノアも頭を抱えて嘆く。

 やっぱり信用なんてするんじゃなかった、と。

 

「待て! まだ船が見えるぞ‼」

「何⁉」

 

 ルフィの指摘に、一同は慌てて同じ方向を見る。

 確かにその方向にメリー号らしき船影が見え、ほっと彼らは安堵した。

 

「まだ追いつける…か」

「ヨサク! ジョニー! お前らの船は⁉」

「それは、まだ残ってやすが」

「エレノア! ゾロ! ウソップ‼」

「あんた…まだこりてないの?」

「ほっとけよ、あんな泥棒女。追いかけて何になる」

「でも船は大事だろ、あの船は……!!!」

 

 裏切ったナミを追うか、放置するか、意見が割れる一同であったが、そこへルフィの制止がかかった。

 

「おれはあいつが航海士じゃなきゃ、いやだ!!!」

 

 船長としては失格なわがままであったが、ゾロたちは目を見開いて固まる。

 そして、しょうがないというように深いため息をついて肩をすくめた。

 

「わかったよ。……………世話のやける船長だぜ。おい、ウソップ! 行くぞ‼」

「お…おう」

「待って、ゾロ」

 

 ヨサクとジョニーの船に乗り込もうとした彼を、エレノアが呼び止めた。

 その目は、沈みかけているガレオン船に向けられ、真剣な表情が浮かんでいる。

 

「まだちょっとここを離れるのは早いかも」

「あ?」

「あいつだァ!!!!」

 

 ゾロが聞き返そうとした時、クリーク一味の一人が声を張り上げた。

 

「首領クリーク!!! あの男です!!! 我々の艦隊を潰した男!!!」

「ここまで追って来やがったんだ!!!」

「おれ達を殺しに来やがった!!!」

 

 男の声に、全員の視線が集まる。

 特にゾロは大きく目を見開き、食いつく勢いで現れた男を凝視した。

 

「まさか…あれが…〝鷹の目〟の男……⁉」

 

 波に揺られる、棺桶の形をした小舟。

 その中心に設置された椅子の上でくつろいでいる一人の男を見て、クリーク一味に絶望が広がっていった。

 

「あいつが…一人で50隻の船を沈めたってのか…⁉︎」

「…じゃあ、たった今クリークの船を破壊したのも⁉︎」

「普通の人間と変わらねェぞ…。特別な武器を持ってるわけでもなさそうだ…」

「武器なら背中にしょってるじゃねェか!」

 

 ゼフが見つめているのは、男の背中に備えられている十字架――いや、剣。

 まさかと言葉を失うバラティエの面々に、エレノアは不敵な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「そう…彼こそが世界中の剣士たちの頂点に立つ男、〝鷹の目〟……‼︎ ジュラキュール・ミホーク!!!」

 

 まさに鷹のように鋭い目を一瞥させ、ミホークはエレノアに視線を向ける。

 ぞくりと寒気が海賊たちを襲うが、その視線を真っ向から受けているエレノアに緊張している様子はなかった。

 

「……単なるヒマつぶしに逃した獲物を追ってきたつもりだったが、思わぬ相手と再会したな」

「久しいね…ミホーク。よくもまァこんな田舎の海に来たもんだ。あいにく海上レストランは今、休業中だよ」

「ランチを楽しむ気はない…すぐに終わるからな」

 

 軽口をたたきあう二人に、驚愕の目が向けられる。

 やけに知っている風であったが、まさか本当に互いを知った仲であったことに驚きを隠せなかった。

 

「……!!? 顔見知り、だと…」

「嬢ちゃっ…!!! 姐さん、一体あんた何モンなんですか!!?」

 

 ゾロも、今まで年下扱いしていたジョニーも言葉を失うが、エレノアは時に気にせずにミホークだけに注目する。

 ミホークはふと、エレノアに剥き出しに金属の足に視線を向けた。

 

妖術師(ウィザード)………両脚を失って一線を引いたと聞いたが……まだ健在だったようだな」

「あいにく…私の好奇心はこの程度じゃ止められやしないよ。……それに」

 

 痛々しい義足を、誇るように見せるエレノアの口元に、優しい笑みが浮かぶ。

 それを見たミホークは、どこか意外そうに眼を見開いていた。

 

「元気にやってるってこと伝えないと、この脚を捧げた相手が泣くからさ」

「………驚いたな、お前がそんな表情を見せる相手ができたとは」

「女は変わるものさ……」

 

 ふっと自慢げに足を撫でるエレノアに、ミホークは興味深そうに目を細める。

 しかし、そんな余裕気な表情が癪にさわったのか、クリーク一味の一人が目を吊り上げた。

 

「おい…‼︎ こっちを無視してんじゃねェぞ‼︎」

 

 両手に持った銃の引き金を引き、座ったままのミホークを狙い撃ちする。

 前触れもなく放たれた弾丸を前に、ミホークは微塵も狼狽する様子もなく背中の剣を抜き、静かに剣先を向ける。

 すると、弾丸は自ら意思を持っているかのように軌道をそらし、化することもなく海へと落ちていった。

 

「え………!!? は…ハズれたぞ!!!」

「外したのさ。何発撃ち込んでも同じだ。切っ先で、そっと弾道をかえたんだ」

 

 何が起こったのかわからない男が慌てていると、音もなくたったゾロが代わって説明した。

 びっくりして後ずさる男たちをよそに、ゾロは驚愕と期待が入り混じった笑みを浮かべ、ミホークを凝視していた。

 

「あんな優しい剣は見た事がねェ」

「〝柔〟なき剣に強さなどない」

「その剣でこの船も割ったのかい」

「いかにも」

「なるほど…最強だ」

 

 思わずつぶやき、ゾロは確信する。

 この男を追い求めた自分の判断は、間違ってなどいなかった。

 

「おれは、お前に会うために海へでた‼」

「………何を目指す」

「最強」

 

 頭にバンダナを巻き、最初から全力で向かうために気力を高める。

 剣を抜いて構えてみせるも、ミホークから向けられる気迫に微塵の変化もなかった。

 

「ヒマなんだろ? 勝負しようぜ」

 

 不敵な笑みを浮かべるゾロに対して、ミホークが見せたのは落胆の表情。

 彼にとって、実力の高さをあえて見せたというのに、それでも向かってくる者など愚の骨頂でしかなかった。

 

「哀れなり、弱き者よ。いっぱしの剣士であれば剣を交えるまでもなく、おれとぬしの力の差を見抜けよう。このおれに刃をつき立てる勇気はおのれの心力か…はたまた無知なるゆえか」

「おれの野望ゆえ、そして親友との約束の為だ」

 

 最初から闘志を全開にしているゾロに、億劫そうにゾロを見やるミホーク。

 だが、そこへエレノアによる擁護の声が届いた。

 

「まーまー、そう厳しいことに言わず、一手死合ってやってよ………たぶん落胆はしないだろうから」

「………………」

「時間はあるんでしょ?」

 

 本来であれば、そんな提案に乗る必要もない。

 しかしミホークは、意味深な笑みを浮かべるエレノアの瞳の奥に見える確信めいたものに興味を抱き、目の色をわずかに変えた。

 

「お前がそこまで推す男か………‼ 少し、興味が出てきた」

 

 退屈しのぎに、確かに何かいいものが見られるかもしれない。

 ミホークの様子の変化は、そんな感情の表れに見えた。




ONE PIECE × カップヌードルのCMを見たところ、ミホークが偶然にも今話に登場していてタイムリーさを感じました。


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