どうして守護者がアルバイトなんてやってるのさ (メイショウミテイ)
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日常編〜他サバとの絡み〜
イメージと違う


モチベ維持も兼ねて、もうひとつ


拙い文章をお楽しみくださいな


 錬鉄の守護者。

 

 

 数多の剣を作成して、正義を為そうとした男。

 

 

 1人でも多くの人命を救う為にその身を捧げた。

 

 

 自己を殺し、全てを救おうとした馬鹿な男。

 

 

 

 正義の味方……。それを目指したその男の名は……、さて、何だったかな。

 

 

 

 余りにも昔の事でよく覚えていないな……。

 

 

 

 名前なんて、他人を判別するためのただの道具にしか過ぎない。

 

 

 正直、生前の私にとっては、他人の事などまるで興味がなかった。

 

 

 ましてや、名前なんてものが一番。

 

 

 救おうとする対象が生きていれば、それだけでいい。

 

 

 

 だから名前なんてものは、余り覚える癖を付けてこなかった。

 

 ──まぁ、私がこうなる以前は覚えておかないと、タダじゃ済まなかったのだがね……

 

 

 だが、どういう因果か、また俺は人の名前を覚えて、かつ気を配ったりしなきゃいけなくなってしまったようだ……

 

 

 

 はぁ……。また、忙しい日々が始まるのか……

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

 その日もいつものようにバイトが入ってしまっている。というか、ほぼ毎日入っている訳だが。

 

 すっぽかすとオーナーが面倒臭くなるので諦めて出勤準備を始める。

 

 やはり、料理というのは楽しいものだ。心の欠けた俺のような奴にも楽しさを見出すことが出来るのだからな。暇な時間と、材料さえあれば後は自分の力でなんとでもなる。

 

 何も考えずに適当に作ったそれを食べ、さっさと洗う。

 洗面台に備え付けられた鏡には、浅黒く焼けた顔が写っていた。いつの間にかこんな人相になってしまっていて、生きて行くのには辛いようになってしまった。

 

 

 

 何はともあれ、支度の終わった私は時間に余裕を持って出勤するのがいつもの流れって奴になっている。

 

 自宅から歩いて15分位の所にあるライブハウス、CiRCLE。どうしてここで働く事になってしまっていたのかは、よく覚えていないが、ここが私の職場だ。

 

「お〜! 今日も早いね〜!」

 

「……早い事で悪いことはありませんので」

 

「うんうん! 仕事熱心で私は嬉しいよ!」

 

「はぁ……、そう言ってもらえて嬉しい限りです」

 

「じゃあ、今日も一日頑張って行こーか! エミヤ君!」

 

 一応、俺という個人はそう名乗っている。エミヤシロウ。俺の残った記憶の内、魂に刻み込まれたその名前を忘れる事は、生涯無かった。

 

 それは、俺の存在意義に大きく関わる事だからだろうな。正直言ってエミヤ、そしてシロウ。その二つの名前にどういう意味があったのかは最早覚えていないが……。

 

 

 ──だが、恐らく俺の義父の話になるので、今はしないでおくとしよう。

 

 ちなみに、さっき話していた女性は月島まりな。このライブハウスのオーナーの娘だと。ここのオーナーは体が弱いらしく(物理)、余りここには来ない。よって、彼女がここの実質的なオーナーになる。オーナーとはいっても私とはタメなので、あまり目上の人という感じがしないのだが……。

 

 彼女に失礼な態度を取ってしまえば、私の首は簡単に飛んでしまうことだろう。ここのバイトが俺の食い扶持になっているので、敬意を持って相手しなければならない。サーヴァントならば食事が必要ない事は皆様ご存知の事と思うが、そこにはちょっとした訳がある。

 

 率直に言ってしまえば、俺の今の体はサーヴァントのものでは無い。訳は後日話すとしよう。

 

 職務開始から30分ほどたった頃、本日のお客様方第1号がやって来た。

 

「あら、こんにちはエミヤさん」

 

「今日もよろしくお願いします」

 

「ああ、こちらこそ」

 

 名前を覚えなければいけなくなってしまった要因その1。

 実力派ガールズバンド、Roselia。

 中高生の演奏とは思えないレベルの技術を持っている。この少女達がこれ程の技術を獲得するには、大量の時間と努力を重ねてきた事だろうな。

 つまりは音楽以外の何かを削っている証拠だ。だがそれでは、いつかは身体もしくは精神にガタが来るものだ。ソースは私。

 

 中高生なら、もう少し余裕を持って遊んだっていいんじゃないのか? 

 ──ん、私か? 当然だが、それどころでは無かった、とだけ言っておくよ。

 

「ところで、エミヤさん」

 

「ん、何かね。あと10分程で君達の予約時間になるが……」

 

「大丈夫よ、あなたがしっかりしていればすぐに終わるわ」

 

 この流れは何度もやっているものだ。

 正直このやり取りに俺は価値を見出すことが出来ないな。

 

「私たちの名前は覚えてくれたかしら?」

 

「……。…………。ふん、当然だろう。顧客の名前を覚える事すら出来ずにバイトは務まらん」

 

「なら言ってみなさい」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……えっと、まずは……、ボーカルの湊友希那……だろう?」

 

「ええ、正解よ」

 

 何故このような訳の分からないやり取りをしているのか。

 

「次は……、ギターの氷川……紗夜、だろう?」

 

「はい、よく出来ました」

 

 それすらも忘れてしまいそうだが。

 

「……ベース、今井リサ」

 

「おぉ〜! 覚えられてる!」

 

「キーボード……、……白金……燐子?」

 

「えっと、はい。正解です♪」

 

 この紫ツインドリルは……、たしか……。たしか……! あ、あこだ。そう、あこ。

 

「ドラム……、待ってくれ、ここまで出てきてるんだ……。えっと……あ、あこだな?」

 

「あこなんですけど、上の名前は?」

 

「……申し訳ない。まだ……」

 

「えぇぇ〜!! また下の名前だけですかぁ〜!?」

 

「あこちゃん落ち着いて……、覚えられてないわけじゃないんだから……」

 

「そうよあこ。次会う時には、きっと覚えていてくれるわ」

 

「友希那さんは良いですよね! 今回は覚えてもらってたんですから!」

 

 あー、申し訳ない気持ちはあるが、下の名前覚えてるんだから良いだろう。もう少し寛大になってくれてもいいと思うのだが、きっとダメなんだろうな……。

 

「宇田川です! 宇田川あこ! 次は覚えてくださいね!」

 

「あ、あぁ、努力する」

 

「もう、このやり取りも4回目ですからね!」

 

「申し訳ない」

 

「宇田川さん、いつまでも話していないでそろそろ準備して下さい」

 

「あ、はーい! 分かりました! じゃあエミヤさん、失礼します!」

 

「あぁ、成果がある事を期待しているよ」

 

 やはり、人と話すのは疲れるものだ。相手の事をいちいち考えないといけないとはな……。

 

 Roseliaってもう少しクールな印象があったのだがな……。歌を聞いたことは無いが、少なくともポップな感じではない事は分かる。

 彼女たちがライブをすれば、この小さい会場は直ぐに満員御礼になってしまうからな。人気も相当あることが伺える。

 

 

「人は見た目に限らず、ってところかな」

 

 

 私は心のメモ帳にそう刻み込んでから、職務を再開させた。

 

 今日はもう一組来る予定らしい……。面倒なことにならなければ良いのだがな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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燃え上がる夕陽

前回お気に入りしてくれた方、有り難き幸せです。
あと、なんか凄い方から誤字修正きて、ちょっとびっくりしてます。


文章力は書いてるうちに上がってくると思うんで、多少は我慢してね。


えー、んじゃ、どぞ。


 出来ることなら誰にも死んで欲しくはなかった。

 

 

 その面では俺は爺さんとは違った。

 

 

 六を救って、四を見捨てる。

 

 

 爺さんはそういう人だった。

 

 

 戦争だとか、テロだとか、そう言うのを理解した上で、

 

 

 これ以上自分のような子供は生み出したくなかったから、

 

 

 そして、全てを救う事が出来ないと分かっているから。

 

 

 

 でも、あの時だけは違った。

 

 

 人生の分岐点のあの出来事だけは……

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

 また、昔の夢を見ていたようだな……。

 

 とても目覚めが悪い、吐き気を催す程だよ。

 ──職務中にうたた寝してしまっていたことは黙っていてもらえると有難い。

 

 なので、化粧室にて顔を洗ってみる。

 実際、顔を洗った所でほぼなんの意味も無い。

 眠気が一気に覚める訳でもない。

 

 そんな事は基本的に俺はしない筈だが……。

 ま、要は気分の問題だろう。

 

 

 顔を洗い終わってから、鏡に写る己の顔を見つめてみる。

 

「相変わらず、酷い顔だ……」

 

 いつの間にかこんな無様な顔になってしまっていたのだろうな。

 

 

「さて、職務に戻ろうか」

 

 自分のどうでもいい考えに区切りをつけて、仕事再開、という所で時間を確認してみると、

 

「1時間も寝てしまっていたのか、これは職務怠慢だな……」

 

 バレていたら減給も覚悟しておこう。っと、そうじゃなかった。

 Roseliaが入ってから1時間経っているということは、次のバンドの予約時刻まで余り時間は無い。

 

 急いで、スタジオの準備を始める。各種機材のチェックが面倒なのでいつものアレ(魔術行使)で済ませてしまうか。

 誰も見ていない事を確認してから、長年の合言葉──今回は多少意味合いは違うが──を言い放つ。

 

同調、開始(トレース・オン)

 

 生前の私が自らの可能性に気づくまでは、こっちの使い方だったが。

 魔力を通してみて、途切れる事があればそこが何らかの異常を吐き出しているのだと分かる。

 

 こんな事だけ出来ても、そりゃあ魔術師としてはへっぽこと言われるのも無理はないだろうな……。

 

 

同調、終了(トレース・オフ)

 

 結果異常は見つから無かったので、簡単にスタジオの清掃を行ってから退室する。

 

 まだ、次の客は来ていないだろうと思ってロビーに戻るが、

 

「あ、やっと出てきた」

 

「も〜! エミヤさん遅いです!」

 

「君達の予約時間にはもう少し時間がある筈だが……?」

 

「ひーちゃんが早く行きたいって言うからー」

 

「モ、モカ! いいのそういう事は言わなくて!」

 

「まぁでも、事実だろ?」

 

「いや、えっと、そうだけど〜……」

 

「まぁまぁ、取り敢えず受付だけ済ませちゃおうよ」

 

「つぐはいっつも真面目だね〜」

 

「モカも少しはやる気出したら?」

 

 次のバンド、Afterglowだ。正直言ってこの時間には予約を入れて欲しくなかったバンドだ。理由は、先に入っているRoseliaにある。

 

「よし、ではスタジオ2番を使ってくれ。機材に異常があれば直ぐに言ってくれ」

 

「分かりました!」

 

 そう言って、5人はスタジオ2番へと入っていく。その直前で私に声がかかる。

 

「あ、エミヤさん」

 

「……何かね」

 

 バンドのボーカル、美竹蘭。美竹、と言えばこの地域でも有名な華道の家柄だ。恐らくはその家系の娘なのだろう。

 

「1番ってどこが入ってるんですか?」

 

「Roseliaだ。一時間前には来ていた」

 

「……Roselia。教えてくれてありがとうございます。それじゃ」

 

「ああ、励んでくるといい」

 

 そう言って、最後の美竹もスタジオに入っていく。

 

 あぁ……休憩時間に鉢合わせたりしなければいいのだが……。

 ──その期待は無残にも打ち破られるのだがね。

 

 

 

 それからさらに1時間後。

 やる事も無くなってしまっているので、自宅に溜めてあった小説だとか、哲学書だとかを持ってきて暇を潰している。

 

 ちょうど『功利主義入門』を読み終わった所だ。

 ふと考えてみたのだが、功利主義は爺さんの考えと似ているところがあるんじゃないかって。

 

 ベンサムが言うには、多数派が得を出来るのならば、少数派は切り捨てても良いと言う。『最大多数の最大幸福』というやつだ。

 爺さんはそういった面では、ある種の功利主義者なのかもしれない。

 

 

 そんな下らないことを考えていると、1番スタジオの扉が開き、Roseliaの面々がロビーへと流れてくる。どうやら休憩時間のようだな。

 

「休憩かね?」

 

「ええ、そうよ。コーヒーを貰えるかしら」

 

「了解した、席に座って待っていたまえ」

 

 注文を受けて、カウンターに座るよう促す。

 

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

 湊は従って、席に座った。

 ここのコーヒーはそこらのカフェよりも割高だが、それだけ上質なものを取り寄せてもいるし、自惚れではないが私の腕も良い、と言ってくれる客もいる。

 ──目の前の湊もその1人だ。

 

 自分の作るものを楽しんでもらえるというのは、作り手からすればこれ以上無い幸福だ。さらに、良い評価を貰えたのなら冥利に尽きるというものだ。

 

 ただ、一つだけ問題があるとすれば……

 

「待たせたな、どうぞ」

 

「ありがとう……。えっと」

 

「ん、あぁ。申し訳ない、すっかり忘れていた」

 

 そう言って、私は角砂糖が大量に載った皿を差し出す。

 そう、湊はコーヒーを頼むくせして、砂糖をたんまりと入れて飲むのだ。

 

 苦いのが無理なら、最初からカフェ・オ・レにでもしておけば良いのに。

 

 目の前でトポトポと、音を立ててコーヒーに吸い込まれていく角砂糖。

 その数は6個……、ん? 6個だと? 

 

「おい湊、前は9個入れていなかったか?」

 

 気になった私は、率直に聞いてみる。

 

「あ……、よく気づいたわね」

 

「ほぼ毎日飲むのを見ているわけだからな、それ位は気づくさ。余り話したくなければいいがね」

 

「いえ、話すわ。そんな大した理由でもないし。……砂糖を入れ過ぎると、あなたの入れてくれたコーヒーの……、風味が損なわれる気がしたのよ」

 

 顔を若干赤くしながら、そんな事を言う。

 なるほど。クールな奴かと思っていたが、やはり可愛い所もあるじゃないか。

 

「それなら、今度はカフェ・オ・レを頼んでみるといい。あれはあれで風味と甘味が程よくマッチしている。自信を持ってお薦めしよう」

 

「……っ! 、そ、そう。なら次は頼んでみるわ」

 

 やはり顔を赤くしながらそう答える。

 

 

 そんな時、スタジオ2番の扉が開き、Afterglowのメンバー達が外に出てくる。

 あー、面倒事にならなければいいが……。

 

 大体休憩の時、美竹はこっちに来てコーヒーを頼むのだが、今ここにはあの湊がいるのだ。余りバチバチと火花は飛ばして欲しくないのだ。

 

 案の定、美竹はカウンターに近づいてくる。そして、

 

「エミヤさん、コーヒーをお願いします」

 

「あぁ、少々待っていたまえ」

 

「はい、ここ座らせてもらいますね」

 

 喧嘩にならない事を祈りながら、さっきと同じようにコーヒーを作っていった。

 

 ──────────────────────

 コーヒーを頼んで、席に座る。

 隣には湊さんが居て、ちょっと居心地が悪い。でも、湊さんの頼んでいるものを見て、思わず呟いた。

 

「湊さんも、コーヒーですか?」

 

「ええ、そうよ。やっぱりこの辺りのお店よりも、エミヤの入れてくれるコーヒーの方が美味しいもの」

 

「それは確かにその通りですね。つぐみの家のもなかなか美味しいんですけど……」

 

「羽沢さんの家……、羽沢珈琲店ね。確かにあそこのコーヒーも美味しいわね。でも」

 

「そうなんです。申し訳ないんですけど、やっぱりエミヤさんの方が美味しいんですよね」

 

 結構若く見えるのに、どうしてここまで美味しいものが作れるのかな? 

 待っている時間、あたしはそれを考えていた。

 

 ──────────────────────

 

 

 湊と美竹は仲が良さそうに話をしている。

 意外なこともあるものだ。てっきり喧嘩でもしてしまうと思ったのだが。

 まぁ、私の心配は杞憂で済んで良かったな。

 

「お待たせ、コーヒーだ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 湊と違って、美竹は何も入れずにコーヒーを飲む。

 それを見て、湊は驚きの表情を浮かべる。

 

「うん、やっぱり美味しいです」

 

「お褒めに預かり光栄だよ」

 

 

 10分後、彼女たちはまた練習に戻るのだが、その顔は心做しか良いものに変わっていた。

 




一応解説しておくと、エミヤはノーマルと、オルタの中間位の性格って設定です。

エミヤの性格が、時間をかけて腐り出していく直前位って感じですかね。


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無限の色彩

あ、誰かを主体にした話が欲しいとかあったら遠慮なくどうぞ。

拙い文章の創作でよければ、なんか作ってみますんで。



あ、それじゃ、本編どうぞ


 今日も今日とて仕事を入れてしまっているのだが、それほどまで面倒なことにはならないだろうとタカをくくっていた。

 

 今日のお客はなんと言っても、最近テレビにも出始めていて、人気が徐々にではあるが着々とついてきているあのPastel*Pallettsなのだ。

 

 

 テレビに出ている一流の芸能人。何かおかしな事がある方がおかしいだろう。だから、今日は余っている本でも読み進めてしまおう、そう思っていたのだ。

 

 だが、私の幸運Eは伊達では無かったのだろうな……。

 

 似た者同士、仲良くしようじゃないか……? 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

 今日も眩しいほどの日光を浴びて目覚めた訳だが、当然のことながら気分は最低最悪。生きているのが嫌になる気分だね。

 

 だが、折角もう一度生を受けているのだから、そう簡単に終わらせようとも思わないが。

 

 いつものように、飯を作り、それを食べ、身だしなみを整えてから家を後にする。暦の上ではもう6月に差し掛かろうかという時期であり、ちょうど梅雨に入るという所だ。

 

 時の流れは早いものだ──俺が覚えていないだけだろう。

 この体になってから、妙に忘れっぽくなってしまっている気がする。日記でも付けておかなければいけなくなるかもしれないな……。

 

 

「エミヤ君! 今日も仕事熱心で感心だねぇ!」

 

「……それはどうも」

 

「あれー? ちょっと元気無いのかな、大丈夫?」

 

「いつもこんな感じでしょう、大丈夫ですよ」

 

「なら、いいけど! 今日も一日頑張っていこうか!」

 

 朝はやはり苦手だよ……、どうして月島さんは朝からあのテンションで働けるのだろうか。俺には到底理解できないな。

 

 まぁ、私の事には関係が無いから、取り敢えず置いておこう。

 

 今日は11時から1番スタジオで、あのPastel*Pallettsが予約を取っている。何回かこのライブハウスで練習をしているが、普段は事務所が用意している。大方いつもの場所が先取りでもされていたのだろう。

 

 気になる訳では無いが、今日の仕事は楽そうで良かったよ。芸能人なら、多少落ち着きもあるだろうしな。

 

 

 というわけで、1番スタジオの機材のチェックに入った訳だが、このアンプ、少々異常が見つかった。早速修理に取り掛かるとしよう。最悪間に合わなそうならば、投影で何とかしよう。

 

同調、開始(トレース・オン)

 

 ふむ、やはりおかしいな。1度解体して確認してみると、電解コンデンサから電解液のガスが漏れ出していた。こうなった事が割と早期に発見出来て良かった。このまま放っておいたら、漏れだした電解液のガスが他の部分を侵食してしまって、アンプ全体がダメになってしまう所だった。

 

「こうなってしまっては仕方が無いな。取り替えてしまおう」

 

 なので、コンデンサを抜き出して、新しいものを詰めることによりまた正常に動作するはずだ。

 

 あいにく、私はギターなどは持っていない。投影で作り出してもいいが、ギターなんて弾いたことは無い。よって、いつもの手を使う事にした。

 

同調、開始(トレース・オン)

 

 魔力がアンプを駆け巡る。そして、全ての魔力がまた私の元へと戻ってくる。つまりは、何も異常はない、という事だ。

 

「よし、次だな」

 

 

 ──といった具合に仕事をしていると、時計の針は11時45分を指していた。

 

 ロビーに戻り、今日も家から持ってきた本でも読もうとした時、入口の外に人影がある事を確認した。

 

 あの女性は……、余り得意ではない。

 何か、似た感じがする。良くは分からないが、掴めない女性だ。

 

「白鷺、バンドの仲間を待っているのか?」

 

「あら、エミヤさん。そうですよ」

 

「なら、中で待っているといい。誰もいないのでな」

 

「そうですか……、ではそうさせてもらいますね」

 

 中へ入ってくるように勧めると、素直に従ってくれる。

 ──白鷺千聖、彼女は何かを隠しているのだろう。私には当然だろうが、あのバンドの仲間にも何らかの事柄を秘匿しているように思える。

 

「さて、バンドの練習前に何か飲んでいくかね?」

 

「ふふ、奢ってもらえるんですか?」

 

「……別に構わないが」

 

「いえ、冗談ですよ♪ ……そうですね、ならエミヤさんのお勧めでお願いします」

 

「お勧めか……。ふむ、了解した」

 

 お勧めか……。よし、ならば最近試作しているアレでも出してみようか。ちょうど他人の意見が欲しかった所だしな。

 

 ──────────────────────

 

 

 この男、やはり何か違和感があるわね。

 いえ、根は優しい人なんでしょう。けれど、他人に必要以上に干渉するのを恐れているような。

 

 その面では、きっと昔の私と貴方は似た者同士()()()わね。

 今は違う。私は彩ちゃんの夢を叶えてあげたい。と言うよりも、彩ちゃんのアイドルとしての完成系が見たい。

 

 その為なら、きっと私はなんだってするでしょう。

 

 でも、そんな私だからこそ、貴方が何に恐れているのかは、何となくわかる気がするの。

 

 ──────────────────────

 

 

 試作しているとはいえ、やはり慣れないな。

 だが、美味しいものである事は保証できるだろう。

 

「お待たせした、どうぞ召し上がれ」

 

「? こんなメニューは無かったはずじゃ……」

 

「あぁ、試作品だからな。この抹茶ラテをやっと人に出せるレベルにまで改良できたから、少し味見と意見を貰おうと思ってね」

 

「あら、そういう事でしたか。それなら、厳しい意見もぶつけても構わないのね?」

 

「あぁ、遠慮なく」

 

「分かりました、では、いただきますね」

 

 そう言って、彼女はカップを口に付けた。

 

 ──────────────────────

 

 

 抹茶ラテ、ね。

 

 確か、エミヤさんはコーヒーがとても美味しかったはず。それもドリップコーヒー。新商品なら、コーヒーを活かした方が良かったのではないかしら。

 

 どうして抹茶ラテなんて選んだのかしら……? 

 

 考えても仕方ないわね。取り敢えず頂きましょう。

 そう思って、カップの中身を口に移しこんだ。

 

 ──美味しい……! 

 自然と表情が柔らかくなるのを自覚する。

 程よいミルクと甘味に、それを纏める抹茶の苦味がよくマッチしている。

 

 これが、やっと人に出せるですって……? 

 

 ──────────────────────

 

 

 彼女が抹茶ラテを飲んだ瞬間、顔が綻んでいくのを確認した。

 良かった。その反応なら安心出来る。

 

「どうかね、試作品の味は?」

 

「ええ、とても美味しいわね。これでやっと、人に出せるレベルだなんて、自分の事を過小評価しすぎだと思うわ……」

 

「いや、そうでも無いさ」

 

「はっきり言って、貴方の腕前はミシュランの腕前とそう変わりはないわ」

 

「まさか……、私がミシュランとは。世辞が過ぎるのではないか」

 

「本心よ」

 

「さて、どうだかな。君は隠し事や嘘が多そうだからな、白鷺千聖」

 

「……っ、まさかそれを貴方に言われるとは思いませんでした。エミヤさん」

 

 二人して、静かに火花を散らす。凍り付いた空気は、突如として流れ込んできた温風によって溶かされる事になる。

 

「ほらほらー! みんな遅いよー!」

 

「日菜ちゃんが早すぎるんだよ〜!」

 

「はぁ、はぁ……、なんであんな長時間走れるんですか……?」

 

「体力を付けることも、きっとブシドーなのですね!」

 

「それは違うよ、イヴちゃん……」

 

 

 

「む……」

 

「あら……」

 

 Pastel*Pallettsの残りのメンバー達が少し遅れながら到着したようだ。

 あの空気はこちらとしても困っていたので、ナイスなタイミングだろう。

 

「あー! 千聖ちゃんもういたんだ!」

 

「ええ、30分前にはね。それにしてもやけに遅かったけど、どうかしたの?」

 

「アヤさんが寝坊してしまったのです!」

 

「ゔ……、ちょ、ちょっとイヴちゃん! それは言わないでって言ったのに〜……!」

 

「あらあら、彩ちゃん……。それはどういう事かしらね……?」

 

「千聖ちゃん……、いや、待ってこれには深い訳が……」

 

「そんな事ではアイドル失格よ? 時間も守れないようでは」

 

「うぅ、ごめんなさい……」

 

 白鷺、さっきの雰囲気はどうした。全くの別人じゃないか。仮面を被っていても、いい事なんて余りあるものでは無いぞ? 

 

「まぁ、それくらいにしておきましょうよ。そんな事より、少し時間に遅れてしまっているので、早くスタジオ入った方がいいと思うんですけど……」

 

「遅れた分は延長したりしないからな。急いだ方がいい」

 

「ほ、ほらエミヤさんもこう言ってますし……」

 

「……はぁ、そうね。時間が惜しいもの。彩ちゃん、次は気を付けるのよ?」

 

「う、うん、分かった! もっとうるさい目覚まし時計にするね!」

 

 ふむ、だが、その生き方には共感を覚えるよ。精々守ってやれ。

 その生き方の先に何があるかは私は知らないが、少々興味が湧いたよ。

 

「じゃあ、エミヤさん。受付をお願いできるかしら?」

 

「ああ、いいとも」

 

「それと、さっきのラテのお代を払わないと……」

 

「それはいい、私も未完成の品を出したのだ。お代は結構だ」

 

「……、分かりました。美味しかったですよ、本当に」

 

「そうか、素直に受け取っておくよ」

 

「ふふ、そうしておいて下さい♪」

 

 1番スタジオへと入っていく彼女達。練習が上手くいくことを祈っておこう。だが、それにしても……

 

 

 

 

 

 

 

 白鷺千聖、やはり不思議な女性だよ、あんたは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貴方も大概ですよ、エミヤさん♪ 

 




筆が進みまくった。後悔してない。

てか千聖メインになってしまった。他のパスパレ推しの方々すまんまん。この埋め合わせは今度必ず。

次は原作キャラでも出してみようかな…。

あ、そうそう。前回の話にコメントとかお気に入りしてくれた方々、
大好き❤もっとして頑張るから❤

なんかこういう話を作ってとかも、気分で受け付けてます。
腕には期待しないで❤


追記:徘徊中に気づいたのでお礼をば。
ろひろひさん、星9評価あざます!すげぇ励みになります!
他の人も遠慮せずもっと評価して❤


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魚屋の苦悩と楽しげ(イカれた)な集団

えー、夜寝て朝起きたら、評価バーが真っ赤になっててびっくりしました。評価してくださった方々は後書きにて発表ッ!

エミヤっていうと料理って考えはおかしくないはず。
でも、それでバンドメンバーとの絡みがなくなるのも違うよなぁ。

ちょっと考えとかなきゃね…


 パスパレ来訪の翌日、珍しく昼時から出勤する予定だった私だが、家に居てもやる事が無いので暇を潰しに街を当てもなく歩き回っていた。

 

 朝飯を食べていない事を忘れてしまっていたので、商店街の人気店であるやまぶきベーカリーにて食事を取ることにした。

 

 そう大きい店ではないのだが、朝は多くの学生がこの店を訪れ、昼から夜にかけては仕事帰りの労働者やら夜食を求めて来る客もいると言う。

 

 つまりは、繁盛店というやつだろう。

 

 

「あ、エミヤさん! おはようございまーす!」

「あぁ、おはよう」

 

 そんなやまぶきベーカリーで働いている──というよりかは、手伝いをしている──この少女は山吹沙綾。このパン屋の家庭の長女なんだと。

 

「朝から手伝いとは、感心じゃないか」

「ふふ、ありがとうございます!」

 

 などと柄にもなく言ってみると、彼女は笑ってそう返してくる。

 邪魔するのも悪いので、さっさと選んだものをトレーに載せて、レジへと運ぶ。それを彼女がテキパキと慣れた手つきで会計していく。

 

「合計で324円です」

「了解した」

 

 財布を取り出し330円を支払う。

 

「330円のお預かりなので、6円のお返しですね」

「ああ、ありがとう」

 

 お釣りを受け取り店を後にする直前、珍しくひとつの事を思い出した。

 

「そうだ、今日はお前達は予約していたよな?」

「えっと……はい。今日は1時からの予定ですね。それがどうかしたんですか?」

「いや、唐突に思い出してしまったから少し確認しておこうと思ってね。深い意味は無いから安心してくれ」

「はい、分かりました。あ、またのお越しをお待ちしてまーす!」

 

 さて、これからどうしようか……? 

 

 先程買ってきたパンを齧りながら考える。ん、美味しいじゃないか……、このチョココロネ。深みのある味わいのクセして、さほどしつこさを感じない。

 

 これは人気が出るわけだよ。何も考えずに3つ程パンを掴んできてしまったが、コロネがこれ程美味なのに他がダメなんて事は無いだろう。そう安心しながら、これからの行き先を決定させた。

 

 

 ──────────────

 

 

 20分程歩いた後到着したのは、海がすぐそこに見える波止場だった。

 ここならば静かなひと時を過ごす事が出来ると同時に、パンも美味しく頂けるだろうしな。

 

 ──だが残念な事に、私の思い通りにはならないようだ。

 

 そこには先客が一人。そいつは季節外れのアロハを何故か上手く着こなし、半袖の先から大幅にはみ出した腕は余分な贅肉を感じない程に鍛え上げられている。

 

 男の手に握られているのは、文字通り何の変哲もない釣竿。人間の知恵を結集して作られた文明の機器たるリールや計測器の着いていない、己の直感のみを頼りにした釣竿。

 

 やはり、奴は野蛮な獣だな……。

 

 奴とは長い付き合いだ。別々の、自らが仕える主のために互いに多くの血を流した。別の機会では、同じ主の為に肩を並べて戦うことだってあった。そんな古くからの付き合い、という言葉だけでは言い尽くせない程の複雑怪奇な関係。

 

 

「ランサー」

「んあ? ──っとと……」

 

 

 そこの自販機で買っておいた缶コーヒーを高速で投げつける。奴も何の危なげも無しにそれをキャッチする。しかめっ面をこちらに向けながらも、吹き飛ばされてきた物の正体を確かめている。

 

「どういう風の吹き回しだ、こりゃ」

「ふん、ただの気まぐれだ。気にするな」

「そーかよ」

 

 

 クー・フーリン。ケルト神話の光の御子。コノートの軍勢から、アルスターという国をたった一人で守ろうとした男。結局は敵国の女王の奸計にはまり、無残に命を落とした大英雄だ。

 

 そんな男が何故ここに? というのは野暮な話だろう。何者か、もしくは何らかの原因があり、受肉という形でこの世に再び生まれ落ちた、いわばイレギュラーだ。その事に関しては私も同じ事だからな。

 

「しかし、君も飽きないな。またここで釣りを楽しんでいるとはな」

「ふん、俺が何しようが勝手じゃねぇか。第一、てめぇこそ訳の分からんバイトしてるじゃねぇかよ」

「あれはあれで割と楽しいものでな。結構気に入っているよ」

「はっ! テメェの口からそんな感想が聞きてぇわけじゃねぇよ」

 

 奴の傍らに置かれているポリバケツの中を確認する。

 

「む……、何故このような近海でサバはともかく鯛が釣れる……!」

「んな事俺が知るかよ。何にせよ釣れてるんだから、ここら辺はそういう場所なんだろうよ」

 

 

 なるほど……。なら、今度の休日は釣りでもしてみようか。

 そんな事を考えていると、奴がなにか呻き出した。

 

「やっぱ受肉はめんどくせえもんだな」

「それは何故かね?」

「腹が減っちまうんだよ、この体は。おかげで気分が悪いことこの上ねぇんだよ」

「ふむ、なるほど。なら飯を食えばいいだろう。簡単な話だ」

「そう思ってよ、コンビニで弁当だかなんだかを食ってみたんだが、これが存外美味くねぇんだ。だから飯も食いたくなくなるんだよ」

 

 そうか、それなら……。

 

「よし、ならばランサー。お前この後暇か?」

「ん、ああ。今日はずっとこのまま釣りだ。他はやることが無ぇ」

「分かった。ならうちの職場で試作品でもご馳走しようじゃないか」

「……はぁ?」

「なんだ、聞こえなかったか?」

「ちげぇよアホ! 第一てめぇ料理出来るのかよ?」

「ああ、当たり前だ。だから試作品を作ると言っているのだ」

「……」

「疑うくらいなら一度食ってみるといい」

「わーったよ、ご馳走になってやろうじゃねぇか」

 

 というわけで、此奴に飯を作ってやる事にした訳だ。

 

 そんな訳で、ところ変わってCiRCLEに来たのだが……。

 

「今日も早いねー、エミヤ君!」

「こんにちは、まりなさん」

「うんうん、感心感心。えっと、隣の方は……」

「こいつは私の知り合いでね」

 

 名前を教えようとしたのだが、その必要は無かったらしい。

 

「あ、思い出した! 魚屋のランサーさんですよね?」

「おう、よく思い出したな、まりなちゃん!」

「なんだよ、知り合いだったのか……」

 

 まりなさんは魚屋のランサーと知り合いだったらしい。常連なのだろうな。心底どうでもいいから、それは今は置いておくとしよう。

 

「知っているなら話が早い。そいつに飯を作ることになったから、カウンターキッチンを使わせてもらいます」

「うん、それはいいけど……、そろそろポピパの子達来ちゃうからそれには間に合わせてね」

「了解した、では作るとしよう」

 

 許しは得た、なら後は何を作るかだけだが……。

 

「おい、ランサー。釣った魚の中に鮭はあるか?」

「おう、あるぞ。鮭を使うのか?」

「そうだ」

 

 ランサーから活きのいい鮭を受け取り、店で売っているようなサイズにまで小さく切り落とす。

 それから、その鮭に軽く塩を振って下味を付けておく。

 その間に、(何故かあった)えのきとしめじの石づき部分を切り落としておく。

 

 それが出来たら、アルミホイルにそれらを包んでフライパンで熱していく。

 ──そう、鮭のホイル焼きだ。

 

 ──────────────

 

 

 おお、美味そうな匂いがしてきたじゃねえか! 

 鮭を使うって言うからどんなものが出て来るかと思ったが、なんて料理だこれは……? 

 

「これは、鮭のホイル焼きですね。美味しそうな匂いです」

「なんで、ここで料理してるんだろう?」

「ん、誰だ! って、パン屋の沙綾ちゃんじゃねぇか! それと、チョコの嬢ちゃん!」

「はい、ご無沙汰してます」

「こ、こんにちは」

 

 何故ここに、ってここはライブハウスだ。バンドでも組んでるんだろうな。是非とも一度、演奏でも聞かせてもらいたいもんだな。

 

「嬢ちゃん達はバンドの練習か?」

「そうなんですけど……、どうして私達がバンドだって──」

「バンドやってなきゃここには普通こねぇだろ?」

「あ、確かにそうですね」

 

 だが、2人ってことは無いだろうな。それともまだ始めたてでメンバーでも居ないのか、まぁそこまで首を突っ込むつもりは無ぇしな。

 

「お前達2人だけか?」

「いえ、あと3人いるんですけど……」

「……ん、どうした?」

「あはは……、そのうち2人が遅れてしまって、それを連れてくるために1人が戻っちゃって……」

「そろそろ着く頃だと思うんですけど……」

 

 ほう、もうすぐか。割とどんな奴かは楽しみだな。だが、今は……

 

「さぁ、出来たぞ」

「鮭のホイル焼きねぇ……」

「君たちの分もあるが、食うか?」

「「頂いてもいいですか……?」」

「ああ、存分に味わうといい」

 

 3人の前に皿と橋を差し出し、鮭が口に放り込まれるのを待つ。

 鮭が口に入った瞬間、やはりというかなんと言うか、口元が緩くなっているのをしっかりと見届けた。

 

「おぉ! うめぇじゃねぇか!」

「はい! 美味しいです!」

「あぁ〜、口が蕩けちゃうぅ〜」

「お気に召したようで何よりだよ」

 

 そうして、食事がある程度進んだ頃。

 

「やっと着いたぁ〜!」

「ほんとにやっとだね。有咲が遅いから」

「お前らが遅れなければこんな事にはなってねぇー!」

「あ、何か食べてる! いいなー! 私にもちょーだい!」

「私も走ったらお腹すいちゃった。エミヤさん、私たちの分もあったりする?」

「ああ、あるとも。手を洗ってから食べるといい」

「話を聞けーっ!!」

「有咲! 早くしないと有咲の分無くなっちゃうよー?」

「あー、もう! うぜぇ!」

 

 あー、えっと、なんだっけ名前……。あー、そうだ。

 

「市ヶ谷」

「あ、はい。なんですか?」

「君の分もあるから、落ち着いたら食べるといい」

「あ、ありがとうございます……」

 

 そう言って、私は使った調理器具などを片付け始める。そんな時に、こいつは空気を読まずに話しかけてくる。

 

「正直、舐めてたわ」

「……、美味かっただろう?」

「あぁ、文句のつけようが無い、完璧だ」

「お褒めに預かり光栄だね」

「また気が向いたら飯食いに行くから、用意しておけよ!」

「ふん、了解した」

 

 結局、ポピパは練習時間を大幅にオーバーしながら、料理を楽しんでいた。

 

 

 うむ、やはり料理というのは良い文明だな。

 

 

 

 




期待に応えられるよう、頑張って執筆してまいります!
今後ともどうかよろしくお願いします!


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夢見る少女と幸せの代償

違う、違う違う違う!!

こんなシリアスが書きたかったんじゃない!
ま、でも仕方ないよね。ノーマルエミヤじゃなくて、オルタに片足突っ込んでるんだもんなぁ。


あ、誤字報告感謝します。前回の後書きに追記で乗っけて置いたけども。


それと、評価してくださった方々は後書きにて。


えっと、1日に2本って結構ハイペースだよね?


「あなたは今、心から笑えているのかしら?」

 

 俺はその質問に対して、答える術がないという意味を込めて無言を貫く事で答とした。

 

 ──否、答える術が無いというのは嘘だ。俺はお前のその溢れんばかりの光から逃げたかっただけなんだろう。

 

 

 ──────────────

 

 

「こんにちは! エミヤ!」

「……はぁ。朝から元気なのはいいが、はしゃぎ過ぎて怪我でもしなければいいが……」

 

 朝からうるさい奴らが来ている……

 

 弦巻こころが主宰する、主に子供を対象にしたようなバンド。

 ──ハロー・ハッピーワールド! 

 

 ここによく来る5バンドの中で最も個性が飛び抜けて強く、かつ騒がしいバンドだ。ポピパもうるさい時はうるさいが、こいつらほどではない。

 はっきり言って、俺はこいつらを苦手としている。

 

 特に弦巻こころだ。

 

 こいつは、白鷺千聖とはまた違うベクトルで、俺の心を覗いてこようとする奴だ。この弦巻こころの願い──世界を笑顔にしたい──は到底叶えられるものでは無い。

 

 まぁ、俺が言えたことではないがな。

 正義の味方って存在も中々に胡散臭く、実現しがたい夢だった。

 

 だから、弦巻こころは1人で実行するのではなく、それを叶える為の集まりを作った。

 それがこの『ハロー・ハッピーワールド!』というバンドなのだ。

 

 

 そこが、俺とは違う点。

 

 同じ点と言えば、現実を上手く直視できていない事。もしくは、本当に自分にはその力があると思っているのか……。

 

「あー……、今日もごめんなさいエミヤさん」

「ん、あぁ。もう慣れつつある、気にしないでも大丈夫だ」

「──あー……っ。とうとうエミヤさんまでも慣れ始めてしまった……。どうしよう花音さん」

「もう、仕方ないんじゃないかな……? あ、エミヤさん。カプチーノをお願いします」

「じゃああたしは……、そうだなー、このꫛꫀꪝ! って出てる抹茶ラテをお願いします」

「承った、少々待っていたまえ」

 

 ここでバイトを初めてからそれなりに時間は経っているので、手こずること無く仕上げていく。抹茶ラテもたかだか五日前に発表した新商品だが、試作品を相当数作っているおかげで慣れているしな。

 

「お待たせ、召し上がれ」

「エミヤさん、その抹茶ラテって千聖ちゃんが言っていたのと同じものですか?」

 

 ん、そうだったろうか……? そもそも白鷺千聖にこれを飲ませ……、確かに試作品を飲ませていたな……。

 

「ああ、あれからさらに改良を加えたものだ」

「そうなんですね、千聖ちゃんがとっても美味しかった、って言ってたので」

「そうなの? 千聖さんが美味しいって言ったなら、何も心配いらないじゃん」

「……そうか」

 

 あの女、もし今日までにロールアウトしていなかったらどうしてやろうかと思ったが……。ふん、まぁいい。

 

 

 ふと、ロビーが随分と静かな事に気がついた。あの弦巻こころ達が静かに出来るとは思えん。何かしらの問題でも発生したか? 

 

「おい奥沢、松原。弦巻こころ達はどうした?」

 

 何かしらの情報を持っているだろうから、それを引き出そうとする。化粧直しなら一言くらいなにか言ってるはずだろう。いや、そもそも弦巻こころが化粧など──あぁ。あの普段から周りに取り付いている黒服がやるのだろう。

 

「あれ、いつの間に! ちょっとこころー! はぐみー! 薫さん! どこいっちゃったかな〜!」

 

 前言撤回、ヤツはつくづく勝手な行動ばかりするお嬢様気質らしい。こんなのに振り回されるのは相当疲労が溜まりそうだな。それに周りも周り……、うん。この二人以外の連中の話だ。

 

 ヤツらもなかなかに手がかかっているらしい、見ていれば自然と分かる。その上、松原に関しても条件が重なれば問題児に早変わりするというのだから、この集団が何故集団として活動できるのか。

 

「あはは……、やっぱり美咲ちゃん大変そうだなぁ……」

「それはそうだろう。あの問題児たちを一手に引き受けているのだからな」

「それもそうですね……」

 

 などと話していれば、全く予期せぬ方向からこれまた予期せぬ人物の声が聞こえた。カウンターの内側から覗く輝く金色の髪で、誰なのかが分かってしまうのが悲しい。

 

「エミヤ! 美咲は行ったかしら?」

「……弦巻こころ、お前は……」

「こころちゃん、何してるの?」

 

 怒りを抑えて、とりあえずは松原が放った質問への回答を待つ。それ次第では、きっと俺の堪忍袋の緒が切れる事になるだろう。

 ──どうも、最近キレっぽくなっている気がするのだが……

 

「かくれんぼよ! 最高に楽しいでしょう?」

「…………」

「こ、こころちゃん……」

 

 そういえば。アホ三人衆の内、アホパープルとアホオレンジが居ないことに気付く。

 ロビーを注意深く観察してみると、所々違和感がある事に気付く。

 貸し出しライブ衣装のマネキンの横に、違和感を感じさせずに瀬田がポージングしながら直立していた。

 また、入口の鉢植えには己の小ささを活かして北沢が上手く隠れていた。

 

 こいつらは……、本当に高校生なのか? 

 

「それで、花音とエミヤは何の話をしていたのかしら?」

「……。なに、ちょっとした世間話さ」

「あら、そうなの? それならちょっとあたしの話を聞いてくれるかしら?」

「別に勤務時間内なら構わないが……」

「それは良かったわ! じゃあ花音は私の代わりに何処かに隠れていてちょうだい!」

「ふぇぇぇ……、そんなぁ……。私、もう少しエミヤさんと……

 

 残念そうにしながら、松原は席を離れてとぼとぼと歩いていく。

 

「それで、どんな話かね?」

 

 こいつは未知だ。どんな話題が飛んでくるかまるで見当がつかない。だからこそ、一刻も早く話題の内容を知ろうとするのは、別に不思議なことでは無いだろう。

 

「あなたは今、心から笑えているのかしら?」

「…………」

 

 案の定というか、なんと言うか。随分と踏み込んだ質問じゃないか……。こいつに取っては何のことない、普通の会話のつもりだろうが、俺にしてみれば早くもついて行けなさそうな予感が。

 やはりそうなると答える義務を感じないので無視で通す。

 

「質問を変えましょう! あなたが最後に心から笑ったのはいつかしら?」

「ふん、簡単な話だ。さっきだって笑っていただろう?」

「いいえ、私が見ているのは顔じゃないわ。あなたの心よ」

「…………」

「私たちはハロー・ハッピーワールド! なの。世界を笑顔にするために集まったのに、あなた1人笑顔に出来なきゃ意味なんてないでしょ?」

 

 この時、俺は確信した。本質的には、こいつは俺と同類だ。

 自分の理想を信じ、可能性を手に何にでも噛み付いていく狂犬。

 だが、その行為には犠牲が付きものだ、という事に弦巻こころはまだ気づいていない。

 ──あるいは、目を背けているのか……

 

 昔、誰かがよく言っていた言葉がある。

 

『士郎、いいかい。誰かを救いたいということはね他の誰かを救わない、ということなんだよ。人はね、生きている限り全員同じ価値を持っているんだ。全員が救えないって分かってるなら、少しでも多くの命を救う方がいいだろう?』

 

 私は最初、その考えを信じなかった。

 

 ──というより、信じたくなかった、と言った方が正しいだろう。これこそ見えていながら、見えていないふりをしていたという事だ。

 

 たが、時が経つにつれて段々と現実を突き付けられていったのだ。

 どんなに信念があっても、どんなに必死になっても、出来ないことは出来ない。一代で魔術を究める事が出来ないのと同じように。

 

 理想を打ち破られた失意のまま、俺は命を失った。

 

 だから、俺と同じ道を歩もうとしている奴を止めようとするのも、これまた不思議なことで無いだろう。

 

「やめておけ、ろくな事にならない。俺は……、それと似た夢を抱いていた奴の末路を見てきた。お前もいずれは、そうなる」

「やってみなければ分からないでしょ? それに、その人だって後悔はしていないと思うわ!」

 

 あぁ……、とことん腹が立つ。昔の俺を見ているみたいで苛立ちが止まらない。

 

「……まぁ、お前の勝手にしろ。ただ、俺にはあまり踏み込んでこない方がいい。これは忠告だ。人の忠告は素直に聞き入れた方がいい」

「……どうしてなの……?」

「はぁ……、何がだね?」

「どうして、あなたは……」

 

「あ、やっと見つけた! こころー!」

「え、美咲……?」

「あれ、こころ。どうして、泣いてるの……?」

「……弦巻に何か話をして欲しいと頼まれてね。引越しの際に捨てられてしまった飼い犬と、その飼い主の感動のエピソードでも話していたら、いつの間にか泣いてしまっていてね」

「っ! ……そうなのよ! これは飼い犬と飼い主の愛が感じ取れたわ……!」

「あ、そうなの。割とそういうのこころ泣いたりしなさそうだったから、ちょっと驚いちゃった」

「あら、失礼ね!」

「あー、待って! そろそろ練習時間だから、スタジオ入ろうよ」

「スタジオ3番だ。セッティングは済んでいる。もちろん、奥沢のアレ(着ぐるみ)もな」

「あ! 何から何まで、ありがとうございます! ほらこころ、行こう」

「え、ええ、行きましょう!」

 

 

 ──俺はそれと似た夢を抱いていた奴の末路を見てきた

 

 

 

 ──これは忠告だ

 

 

 

 

 エミヤ……。どうして貴方は、あんなにも冷たい目が出来るの……?




みよしさん殿、生田神社さん

夕凪煉音さん、薬袋水瀬さん、秋鮫さん、(●´ϖ`●)さん?Lily Royalさん、コリコリ軟骨さん

新たに評価してくださった上記の方々。また、お気に入り登録してくれた方々。閲覧して頂いた全ての方。

感謝の極みです!ありがとうございます!


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願ってもないお誘い

あー、Roselia回が長くなりそうなんで取り敢えず前後編に分ける予定です。

アンケートをここで取っては行けなかったらしいんで、アンケート回はこちらで消させてもらいました。アンケートに協力してくださった方々は感謝とともに、謝罪をさせてもらいます。申し訳ございませんでした。

なので、またアンケートすると思いますので、活動報告の方でやらせてもらいます。なので、機会があればご確認いただければ幸いです。


それと、今回も誤字報告や評価してくださった方々には感謝の言葉しか出てきませんね!ありがとナス!

いつも通り、後書きに発表させてもらいます。


えー、はい、それじゃ本編の方どうぞ


「はぁ……。暇だな」

 

 今日は珍しくバイトもない非番の日だ。バイトがあると、仕事をしながら余った時間で本でも読んだりできるのだが、一日丸々空いてしまうと時間の潰し方に困るな。

 

 これは無理矢理にでも、毎日シフトを入れた方がいいかもしれんな……。

 

 朝を適当に済ませてから……、うむ、やはり暇だな。何をしようかと考え始めたその時、余り触れることの無いスマートフォンがバイブし始めた。

 

 何かとおもえば、電話がかかって来ていた。

 それも、呼び出し人は『今井』となっている。今井……、今井……。

 今井リサか! 

 

 知り合いである事を思い出し、電話に出る。

 

『あ、出た! おはよー、エミヤさん!』

「何の用だね?」

 

 内心、暇を潰せる案件なら良いのだが……、なんて思ってるこの男。

 

『あー……えっとさ、今日って暇?』

「あぁ、絶賛暇を持て余している。それがどうかしたか?」

『ホントっ!? じゃ、じゃあさ、ちょっと出掛けたりとか出来ないかな〜、なんて……』

「いいだろう、折角の誘いだからな。引き受けよう」

『そ、そうだよね〜……。やっぱりダメだよ……。え! 良いの!?』

「そう言ったんだ。実際、私としては暇が潰せればそれでいいのだが……」

『えっと、じゃあさ! 最近この辺に出来たショッピングモール分かる?』

「ああ、そこに何時までに入ればいい?」

『12時ね! 遅れないでよ?』

「了解した、任せておけ」

『分かった、じゃまた後でね!』

 

 それを最後に電話は切れた。よし、今日は暇を持て余さずに済んだな。家を出る時間までは本でも読んでおくとしようか。

 

 いや、待て。来ていく服を考えなくてはいかんな。

 そう思って、私は服が収納されているであろうクローゼットの扉を開いた。

 

「何……?」

 

 服の量が明らかにおかしい……。何故こんなにも数が少ないのだ。

 

 私は普段から、仕事用の服と外出用の服は使い分ける主義でね。恐らく、仕事ばかりしていたから、外出用のクローゼットの中身など確認する事も無かったのだ。

 

「しかし、これはいくら何でも少ない。というか……」

 

 赤と黒の服ばかりだ……! 確かに自分でも赤と黒は良く似合うと自負している。

 ──英霊として召喚された時もそれだったしな。

 

 それに、私は最近の流行だとかは分からないぞ……。

 

 うむむむ……。っ! かくなる上は……! 

 

投影、開始(トレース・オン)

 

 まず流行を知るためには、バイト先に置いてあるファッション雑誌を投影して……。

 

 私はそういうのを読んだことが無いんだったろ? じゃあ投影できないな、うん。

 

 クソッ! こうなったら、適当に服でもズボンでも投影してみるしか……! 

 

 ──その結果、余りいつもと変わらない私が出来上がってしまったよ……。

 

 

 ──────────────────────ー

 ホント良かったー! やっぱ勇気出して誘ってみて正解だったねー。

 

 あー、どうしよう! どんな服着て行こうかな〜? 

 エミヤさんは元がカッコイイから、私もそれに釣り合えるような格好しなきゃね! 

 

 やっぱり緊張するなー……、もう1人くらい誘った方が良かったかも……。

 

 うん、そうしようかな! 

 

 

 そう思ってあたしは、いつもの幼馴染に電話をかけた。

 あ、ワンコールで出てくれた。

 

『もしもし、どうしたのリサ』

「あ、友希那ー。今日ってこれから暇?」

『そうね……。強いて言うなら、発声練習とかする予定よ』

「じゃあ暇なんだね? 今日、ショッピングモール行かない?」

『……。いえ、遠慮しておくわ』

「えー、なんでー!」

『それだったら、家で練習しておく方がいいと思ったからよ』

 

 そういう事言っちゃうんだー……、ふーん。

 そう思ってあたしは、今回に限ってのメリットを話した。

 

「今日はエミヤさんも来るのにな〜……、残念だよ〜」

『えっ……、エミヤさんが……?』

「そうなんだよー……、あー残念だなー友希那来ないなんてー(棒)」

『……! …………』

 

 揺さぶりを掛けていく私。くぅ〜、悪い女だねー、私は! 

 さてさて、答えはどうかなーっと。

 

「どうするー、友希那?」

『……、行くわ』

「それは良かった! じゃあ、12時にショッピングモールだから遅れないでね〜」

『……ええ、分かったわ』

「それじゃ、また後でー」

 

 友希那一本釣り〜! あっははは! 友希那焦っちゃって可愛いなぁー! 

 でも、ありがとね。きっとあたし、エミヤさんと二人でいたら、恥ずかしくってどうなっちゃうか分かんないからさ……

 

 ──────────────────────ー

 服選びに時間と労力を掛けて、いつもとあまり変わりない服装になってしまった。それを受けて、これからは流行にも注目しなければ、と心に決めた私だったが、第二の試練が立ちはだかった。

 

「新しく出来たと言っていたが、それは何処だ?」

 

 カッコつけて知っている風を装っていたが、服の流行すら知らない男がそんな事を知っている訳が無かったのである。

 

 全く恥ずかしい限りだ。地図を投影しようにも、ここの当たりの地理を完璧に理解している、もしくは地図そのものを記憶できていないと投影は出来ない。

 

 

 恥を忍んで今井に電話しようと思い、スマートフォンを取り出した時、エミヤの脳内に電流が走る! 

 

「っ! スマートフォンのマップ機能を使えば良いじゃないか……」

 

 やはり、常日頃から携帯を触っていない私は、そういうのにとても疎いようだ。マップのアイコンをタッチすると、自分を中心に半径1キロのマップが出現した。

 

「この時代は便利なものだな」

 

 

 結果、文明の機器のおかげで、自分の信条である30分前行動を実行することが出来た、という話だった。

 

 

 時刻は11時半。

 

 約束の時刻の30分前である。

 そんな時刻に私は、持ってきておいた本をベンチにて読むという、至って普通の行動をしているはずなのだが……。

 

「どうも、周りの視線が気になって仕方がない……」

 

 

 注目を集めるのも仕方が無いことなのだ。ズボンは黒であるが、上は黒のインナーに、赤い……、そう、紅いシャツを羽織ってきているのだ。

 加えて、この男本来のルックス。それが相まって注目を集めてしまっている事に、この男はまるで気づいていないのだ。

 

 

 まぁ、この男はまだ良いだろう。

 

 問題はその男と待ち合わせている彼女達の方がに近付きづらくなっているという事だ。

 

「えっとさ……、あの人だよね……?」

「……ええ、違いないわ」

「これ、どうしようか……」

「……そうね、メールを送って待ち合わせ場所を変更するしか無いんじゃないかしら」

「うん、そうする。あ、あと友希那がいる事も言っておかなきゃ」

 

 という彼女達の配慮に気付くことなく、唐突に送られてきた待ち合わせ場所変更、及び湊も一緒にいる事という内容のメールに、多少の疑問と憤りを覚えながらもそれに従うエミヤなのだった。

 

 

 

「それで、一先ず湊がここに居ることは置いておくとして、あの待ち合わせ変更のメールはどういう意味の物だ?」

「え? 気づいてなかったの?」

「む、何かあったのか?」

「エミヤさん、貴方は結構目立っていたの、気付いていたかしら?」

「……いや。そうだったのか、道理で視線を感じる訳だよ」

「「…………」」

 

 だからって何故、待ち合わせ場所を変更する必要があった……。いや、よく考えればわかる話だ。

 

「そうか、俺が目立ってしまっているから、そこには入って行きたくなかったということか」

「うん、正解!」

「気を使わせてしまったか、済まない」

「いいえ、気にしてないから謝らないで頂戴」

「あ、でも罪悪感あるなら、お昼奢ってほしいな〜」

「ちょっとリサ! さすがにそれは──」

 

 まぁ、それくらいならいいか。私も彼女達に貸しを作りっぱなしという訳にもいかないからな。それに、バイトで入ってくる金も余りまくっているから、多少の高額出費でも問題ないだろう。

 

「ふむ、いいだろう。どこの店だ?」

「やった! じゃあ着いてきてー」

「エミヤさん、リサの言うことは聞かなくても大丈夫よ?」

「いや、いい。これは私から君達への感謝の気持ちだ。受け取ってもらえると嬉しいのだがね」

「っ! そ、そう/////」

「さ、早く行こう。今井の歩くスピードが速すぎて見失ってしまいそうだからな」

「わ、分かってるわ」

 

 湊の顔がいつもと比べて赤かったが、熱でもあるのか? 

 だが、そんな素振りは見せていなかった……。気のせいであることを祈っておこう。

 

 悪い考えを頭から消し去って、私はその飲食店へと歩みを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ハルヤマ太郎
cocklobin
ゴロン族

やはりまだまだ未熟というわけですかね…。
厳しいご意見もありますが、評価してくださった方々、お気に入り登録してくれた方々、このSSを読んでくれた方々、全てに!

感謝を!


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溶ける青薔薇

えー…、遅くなりましたね。

まぁ、次の話も気長に待っててくれい。

UA13000超え…。
感動のあまり声も出ませんね…。本当、こんなSSをこれだけの人に見てもらえて嬉しい限りです!

いつも通り後書きにて評価してくださった方々の発表は行わせてもらいますが、指摘と言うよりアドバイスを貰ったので、評価値の方は伏せさせてもらうことにしました。

ご了承おば。




 さて、そんな訳で今井の行きたがっていたレストランに来た訳だが……。

 

「ほう、なかなかいけるじゃないか」

「でしょ〜! みんな良いって言ってたからアタシも行きたくなっちゃってさ〜!」

「確かに美味しいわね……。でも……」

「だよねー……」

 

 湊と今井が顔を合わせて頷きあっている。何をしているんだ、そのような事をしている間に料理がどんどん冷めていってしまうというのに……。

 

 そして、唐突に視線をこちらに向けてきた。二人は口を揃えて、

 

「「でも、エミヤさんの料理には敵わないわ(よね)」」

「……っ!」

 

 いや、私もこの料理を美味しいものだと思っていたし、下手をすれば……、とも思っていたのだが……。

 そこまで断言されると少々むず痒いな……。

 

「……そうか、素直に受け取っておくよ」

「「っ!? 」」

 

 私はその言葉と同時に、感謝を込めて笑みを浮かべた。

 瞬間、二人の顔が沸騰したように熱くなった。何処に照れる要素があったのだろうか? 全く理解できない。

 

あれを無意識でやってるんだからね……

余計にたちが悪いというものだわ……

「何を話しているんだ?」

「「なっ、なんでもないわ(ないよ)!」」

「む、ならいいが……」

 

 その後は終始様子がおかしかった二人を眺めながら、私も静かに食事を楽しんだ。結局様子がおかしい理由は分からなかった。何か異常が無ければいいがね……。

 

 

「それで、次は何処へ行くのかね?」

「少し、楽器屋によってもいいかしら。音楽雑誌と新曲が見たいから……」

「私はいいよー、エミヤさんは?」

「私もそれでいい」

「決まりね」

 

 という訳で、次は全国にチェーン展開されている楽器屋へと向かうことになった。私は楽器には疎いので、何かする事があればいいが……。

 

 

 歩き回る事5分、目的の楽器屋に到着した。

 私はドラムとキーボード位しか名前が分からないし、ギターとベースの違いが弦の数という事しか分からないほどの素人でね。

 ──なら何故ライブハウスでバイトしてるのか、なんて聞かないでおいてくれるか? 

 

 と、一人悶々としている間に、

 

「友希那ー。どう、見つかった?」

「ええ、売れ残っていてくれて良かったわ」

 

 どうやら目的の品は入手出来ているみたいだ。後は会計だけのようだが、列には人が結構並んでいるようだ。

 

「少し会計までに時間が掛かるようだな」

「そうみたいね、悪いけど待っていてもらえるかしら?」

「言われなくとも。店内をぶらついているから、終わったら呼んでくれるか?」

「分かったわ。リサもそれでいいかしら?」

「いや、私は友希那と一緒にいるから大丈夫!」

「あらそう、じゃあエミヤさん」

「あぁ、また後で」

 

 こうして二つに別れた訳だが、私には一つやっておきたい事が見つかっていた。

 

 ──────────────────────ー

 私の会計の順番を待っている間、リサがこちらをニヤニヤ見つめていた。

 

「リサ、何かあったの?」

「いーや? 別に〜」

「? おかしなリサね」

「そうそう、友希那」

「何かしら」

「どこを好きになったの?」

「…………はぁ?」

 

 な、何を言っているのか分からないわ……。内心、動揺してしまっているのは気づかれていないだろうか? 

 

「リ、リサ? 何を言っているの──」

「何って、エミヤさんの事だよ〜。分かってるくせにー」

「待って! 私が彼を意識した事は……」

「無いわけじゃないでしょ?」

 

 からかってるだけなの? それとも、本当に私の気持ちに気づいてしまっているの? 

 

 確かに今日だって予想していないところで感情が出てしまったりしたけど……。いや、でもそれだけじゃ……。

 

「いいや、分かるよ。今の友希那の気持ち」

「……どうして」

「あたしもきっと、おんなじ気持ちだからさ」

「っ!?」

「ただのバイトしてる人だったのが、いつの間にか自然と目で追っちゃうような存在になっちゃっててさ。結構意識しちゃってたんだよねー。その時にね、友希那を見てたらもしかしてって思ってさ」

 

 驚いたわ……。リサもエミヤさんに好意を抱いているなんて。

 

 私も気づかれたく無かったから、あまり感情が表に出ないように意識はしていたのに。それでも気付いてしまうなんて……。

 

「はぁ……、やっぱりリサには敵わないわね。ええ、きっと私はエミヤさんに……、恋、しているんだと思う」

「うん、分かるよ。でもそれは私も同じだから」

「ええ、これからは当然仲間でもあるわ。でも、同時にライバルでも……」

「相手が私だからって、気を抜いちゃダメだよ? 友希那にだって手加減しないから」

「ええ、私だって望むところよ」

 

 そう私は決意を固める。これはリサにだって、いいえ。誰にも負けられないわ。

 私には女としての魅力なんて無いかもしれない。けど……! 

 

 

「次のお客様! 3番レジへどうぞー!」

「取り敢えず友希那。お会計してきなよ〜」

「あっ……、ええ、そうね。行ってくるわ」

 

 確固たる決意を持って、私はまた一歩を踏み出した。

 

 ──────────────────────ー

 そんな女の戦いの裏で、この男は何をしていたのかというと……。

 

 自分が直感的に気になった中・古・の・ギターを観察したり、触ってみたりしていた。その中で、『特に歴史がありそう』だとか、『使い古されている』ギターを選んでいった。

 

 結果、三つのギターが彼の目の前に佇んでいた。

 

 

 私はその3つのギターを、順番に触れていく。

 

同調、開始(トレース・オン)

 

 ギターと俺の精神を交わらせていく。

 見える景色は、誕生日にプレゼントにギターを買って貰って喜んでいる少年。

 また、その少年がバンドを組んで様々な歌を奏でている姿。

 

 そして最後には、バンドが内部分裂してしまい挫折してしまった悲しい少年の姿。

 

 

 このギター自体はあまり高いものではなかった。

 ──そもそも、ギター自体が平均的に高額な品物なので、安いかどうかはよく分からないが……。

 

 それでも、やっと夢の第一歩を踏み出す事が出来るんだ! 、と少年は燃え上がっていて沢山練習を重ねたようだが、とてもこのギターを大事にしていた事が分かる。

 

 小さい傷は所々あったが、汚れは全く無かったからだ。

 毎日、手入れを欠かさずに行っていたのだろうな。

 

 

 その少年は、ある歌をよく演奏していたようで、その歌のイメージが頭に流れ込んでくる。

 そのイメージの通りにギターを弾いてゆく。

 

 〜〜♪ 〜♪ 

 

 

 ……、私はこの曲を知らないが、いい曲じゃないか。

 次は歌詞も合わせて聞いてみたいものだな。

 

「綺麗な音ね」

 

 その声に反応して後ろ振り向くと、そこには会計を終えてきた二人が立っていた。

 

「……もしかして聴いていたのか……?」

「うん、バッチリとね」

 

 どうやら買いたいものは買えているようだ。いや、そこはいいとして……。

 

 

 ここで一つ問題がある。私は周囲の人間には音楽のことはからっきし分からない、と伝えている。それは当然、利用客にも。

 ──いや、実際知らないのだがね。

 

 そんな男が、そこそこ上手くギターなんて弾いていたら、それを聞いていた人間が次何をするかなんてのは……、考えなくても分かるだろう。

 

「でも、エミヤさん。あなたは確か音楽の事は何も知らないはずよね?」

「……、ああ」

「の割には、初心者とは思えない腕前だったねぇ?」

「もしかしたら紗夜よりも……。いえ、それはいい。それで、どういう事かしら?」

 

 純粋な疑問がぶつけられる。

 

 返答に困るな、いやしかし。本当の事など言える訳が無い。

 

「……、そんな事を言われても、私はただ気持ちのままに弾いてみただけだよ。それ以上は何も無いのだが?」

「「…………」」

 

 向けられる疑問の目。ここは一つそういう事で片付けては貰えないだろうか? 

 

「まぁ、そういう事にしておくわ」

「踏み込んだって仕方ないしね〜」

「……踏み込むも何も──」

「何かを隠してるのは……、なんとなく分かった。だから何時でもいい。だから話して貰えないかしら?」

 

 ……、はぁ。この際仕方ないだろう。

 

「分かった、降参だよ。いつかは話すよ、約束だ」

 

 なんて、本当かどうかも確かめようの無い事を、私は放っていた。

 

「ええ、約束よ。リサも覚えておいて」

「うん、りょーか〜い♪」

 

 逃げ場はどうやら無くなってしまったようだな……。

 

 

 

 まぁ、その後はと言うと、リサの買い物──夏物の洋服が買いたいのだと──に連れ回されたり、夜ご飯までご馳走するはめになったりなど、久しぶりに楽しめた休日だったのでは無いだろうか? 

 

 

 

 

「エミヤさん! 今日はありがとね! 付き合ってくれちゃって」

「いや、気にすることは無い。私も暇だったのだからな」

「友希那もありがと! 急に誘ったのに」

「い、いえ! 今日はそういう気分だったから……」

「それでも……、ありがと」

「……ええ、いいのよリサ」

 

 いい空気になるのはいいが……。

 

「もう日も落ちてしまっている。早めに帰った方がいい」

「ええ、そうさせてもらうわ」

「うん、それじゃ。えっと……、また今度、エミヤさん!」

 

 家は近いらしいので、送らなくても大丈夫なのだと。なので、このまま送り出す。

 

「ああ、気を付けて」

 

 

 正直言って、こういうのは私の性にはあわないと思ったが……。

 

 

 

 

 

 まぁ、また今度。こういうのがあってもいいかも、しれないな。

 

 

 

 

 

 




評価してくださった方々の紹介と行きましょう!

ドアホン/ケンジンさん、0924さん、吉田さん、マイペース系さん、SPImark2さん、粉みかんさん。

ありがとうございます!

そして、お気に入り登録してくれた方々と閲覧して下さった方々にも、合わせて感謝を!



あ、申し訳ないですけど、これから投稿ペースが落ちます。
基本不定期なんで、休みじゃなくなっちゃったんだから仕方ないよね。


いや、ごめんなさい。本当、頑張っていくんで。
これからもどうか、よろしくお願いします!


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彩りの裏

UAが凄いことになってますね…。17000て…。


あと、いろいろ意見とかアイデアが欲しいので、意見箱を後で活動報告の方に設置します。

どしどし意見ちょうだいな〜!


「勉強を教えてくださいっ!」

「……は?」

 

 いきなり何を言っているのだろうか、この少女は。

 

 パステルピンクの髪をふわふわさせている少女──丸山彩はそんな事を私に頼み込んできた。私以外にもいるはずだが……、もしかして、友人関係をうまく築けていなかったりするのか? 

 

「いや、待て。何故私なんだ? 確か君の学校には、同じバンドの白鷺千聖がいたはずだろう。そいつに頼めばいいじゃないか」

「後で教えてもらう予定なんですけど、今は忙しいみたいで……」

「……、そうか」

「お願いしますっ! もう頼れるのはエミヤさんぐらいしか……!」

「……。他の客が来たらそっちを優先するが、それで構わないかな?」

「! はい! ありがとうございます!」

 

 良かった、どうやら私の心配は杞憂で終わってくれたようだ。

 返事を背に受けながら、私はまた試作品を制作し始める。今回の物は、カプチーノのバリエーションとしてキャラメルカプチーノを作っているのだ。

 

 カプチーノにキャラメルソースを加えるだけだと思うだろうが、自作しているキャラメルソースとカプチーノの比率だったり、作成する間の温度とかいろいろ考える事もあるのだ。

 

 それにしても、高校の学問なんて何年ぶりになるかな……。

 今まで英霊として過ごしてきた時間も含めてしまえば、三桁の年数では足りないだろう。

 

 しかし、今の私の外見上は……、ざっと20歳過ぎ位だろう。高校の勉強が出来ても不思議ではない、といいが。

 

「エミヤさん! 準備出来ました!」

「あぁ、分かった。それと、ほら」

 

 そう言って、試作キャラメルカプチーノを差し出す。

 

「え、私頼んでないですよね?」

「私の好意だと思って受け取るといい。あぁそうそう、試作品だからお代は結構だが、感想は聞かせてくれると助かるよ」

「そんな……! 今日は私がお世話になる側なのに、こんな事まで……」

「……、勘違いしないでもらいたいがね。私が君の勉強を見るんだ。なら君も私の試作品を味わって意見を聞かせてくれ。それで、等価交換だ」

 

 私も、つくづく素直じゃない性格だな。ただ、それを飲んで集中して勉強を頑張ってほしいと言えばいいのにな。

 

「そ、そういう事なら……。ありがたく頂きますね!」

「あぁ、召し上がれ」

 

 そんな私の意図に気づいたかは不明だが、取り敢えず素直に受け取っては貰えた。

 そんな彼女は、カプチーノにゆっくりと口を近づけ、そして飲んだ。

 

「っ!? 何これ、すっごく美味しいです!」

「口に合ったようで何よりだよ」

「なんて言うんだろ……、すっごく口当たりが良いです!」

「おいおい、アイドルなんだからもっとわかり易い事が言えないのか? 食レポだってするんだろう?」

 

 大人気なくからかってみる。丸山はこういう扱いをしてやった方が輝きを放つ事を、私は、丸山と他のバンドメンバーとの絡み方で理解しているつもりだからな。

 

「そ、そんなぁ〜! いいこと言ってませんでしたかぁ〜!?」

「いやいや、済まない。少しからかい過ぎたようだ」

「はぁ……、もう! やめてくださいよ〜!」

 

 まぁ、それはそれとして。与えられた仕事はきっちりこなさなければな。俺のプライドが穢れるってもんだな。

 

「さて、それでは始めていこうか」

「はい! お願いします、エミヤ先生!」

「む……、なかなかむず痒い呼び名だ」

「あ、えっと、嫌でしたか」

「……、いや。好きに呼んでくれて構わないよ。そんな事より、ほら、どこが分からないのか言ってみろ」

「えっと、ここなんですけど……」

 

 

 と言った具合に1時間程先生をやっていた頃。

 

 ──────────────────────ー

 私は何やってるんでしょうね……。

 

 今日は用事なんて何も無い。だけど、私は自分で彩ちゃんから遠ざかってしまった。守るべきだって分かってるのに……。

 

 

 でも、それほど私は、あのエミヤシロウという男に興味を持っているのかもしれない。だから、今日だって私がエミヤさんに会える口実として、彩ちゃんをエミヤさんの所に誘導だってしたのだから。

 

「本当に、何をやっているのかしら……」

 

 私は今、CiRCLEの窓ガラスに張り付いて、中に居る二人の様子を伺っている。傍から見れば通報待ったなしの状況でしょうね。

 

 彩ちゃんも当然心配だけれど、それよりも彩ちゃんとエミヤさんの絡みの方が気になってしまう。彩ちゃんに限って『間違いは無い』と思うけれどね……。

 

 

 はぁ……。やっぱりこんな回りくどい事はやめましょう。あのエミヤさんが嘘をつくなんてあまり考えられないものね。

 

 そう思って──言い聞かせて、かも──私はCiRCLEの扉を開け放つ。

 

 

 ──────────────────────ー

「む、ようやく来たようだな」

「も〜! 遅いよ千聖ちゃん!」

「ごめんなさいね、彩ちゃん。でも私だっていろいろ忙しいんだから……」

 

 不意に扉が開いたと思ったら、丸山に後で来ると伝えられていた白鷺千聖が姿を現した。何かピリピリした空気が漂って来た……、気がしているだけだろうが……。

 

 その白鷺千聖は丸山の隣の椅子に腰掛けて、余程心配していたのだろうな、丸山の学習の成果をじっと見つめて吟味している。

 初めは険しい顔をしていたが、徐々にその顔色が良くなっていく。

 

 基礎はそこそこ理解していたので、一度基礎を軽く説明してから応用へと移っていったのが良かったのだろう。丸山もそこまで馬鹿な訳では無いのが、私も今日理解したよ。

 

 丁寧に説明したら、一回で覚えていくのだからな。大方、学校の教え方が悪いのか、もしくは授業中に寝てしまっていてそもそも内容が入っていないのか。

 ──恐らく後者なんじゃないかと……。

 

 

「エミヤさん、コーヒーを貰えますか?」

 

 と、そんな時。確認の終わった白鷺が注文を寄越してくる。断る理由がない、というか断ったら職務怠慢で最悪解雇されてしまうだろう。

 

「了解した。砂糖はいるかね?」

「いえ、無しでお願いします」

「へぇ〜、千聖ちゃんいっつもブラックで飲むの?」

「いつも、という訳では無いわ。今日はそういう気分だから、としか説明出来ないわね」

「私、ブラックなんて苦すぎて飲めないよ……。やっぱり千聖ちゃんは凄いな」

「うふふ、ブラックが飲めるだけで褒められるなんて思わなかったわ」

 

 ふむ、やはりというか何というか。丸山と白鷺の仲は悪くないみたいだ。

 これなら、このバンドが解散になるなんて事にはならないだろう。丸山も白鷺も仲間の為によく働く人物だと、少なくともこの店で見かけるうちではそう思っている。

 ──事務所とやらではどうかは知らんが。

 

 コーヒーを作る意識の隅の方でそんな考えを巡らせていたが、それも不意に打ち切られる。

 

「あら、彩ちゃん。メイクが少し崩れてしまっているわよ」

「えぇ? ウソっ! ど、どうしよう……?」

「どうしようも何も、直してきたらいいんじゃないかしら」

「あ、それもそうだね。じゃあちょっと行ってくるね!」

「慌てないでゆっくりと仕上げてきてね」

 

 どうやら、また二人だけになってしまったようだな……。この気まずい空間をどう処理したものか。

 取り敢えず出来上がったコーヒーは出すことにしようか。

 

「コーヒーだ。ゆっくりと味わうといい」

「ええ、ありがとうございます」

「…………」

「……。はぁ……。やっぱり美味しいですね」

「……、やはり君の褒め言葉には何か違和感があるよな気がしてならないよ」

「私の素直な気持ちなのですけどね」

「そりゃどうも」

 

 他愛のない会話。その会話の中にも何かしらの闇、というか重圧を感じてしまうな。決して気のせいではないのだ。白鷺は──率直に言ってしまうと──様々な性格というか人格があるような気がしてならないのだ。

 

 そういった面に関しては、素直に恐怖を抱くよ。それが出来るか出来ないかと聞かれれば、可能ではある。ただ、そうするうちにどの人格が自分の素面かが分からなくなってしまいそうなのだ。

 

 ──遠い記憶に、新宿でそう言って悩んでいた奴が居たっけか……? まぁ、今となっては昔の話だし、仕事上の関係だった事も相まってあまり覚えていないがね。

 

「…………」

「…………」

 

 考えの裏では沈黙が続いている。はぁ……、やはり苦手な事には変わりはないみたいだな。

 

 なので、ここはひとつ気になっていた事でも聞いてみようか。

 

「白鷺。君は……、辛くは無いのかね?」

「え、何を言っているんですか? 当然役者の仕事は疲れるものばかりですけれど……」

「……、まぁそれならそれでもいいが、その行動はいつかお前の身を滅ぼす事になる。後悔がないのならいいが」

「……。私にはこの生き方しか出来ないんですよ、きっと。小さな頃から役者をやって来て、様々な人の人生を演じてきた。だから普通の女の子を演じるのは何も苦痛では無いんですよ♪」

「……。君は……、既に……」

 

 白鷺にはもはや自分の素面が分かっていないのか……? 

 

「親は何も分かってはくれません。自分達もそうだったからかも知れません。でも、私のようなただのちっぽけな女の子に、そんな事はとても耐えられません……。彩ちゃんにもそうやって接してきたんですから」

「白鷺……」

「本当は普通に接してあげたいんです。でも、私は本当は誰なのか、がもう分からなくなってきてしまってきて……。どうすればいいんでしょうね……?」

 

 突然の吐露。これまで溜め込んできた心の叫びをぽつりぽつりと放っていく。正直、想像を超えていた。これだけの闇を抱えながら今まで生きてきたというのか……。様々な影響を受けやすい子供時代にそうなってしまっては……。

 

 だが……。それでも、ひとついい事があった。

 

「よく人に話そうと思ったな」

「そんなものはただの成り行きですよ」

「確かに、そういう理由もあるだろう。が、こうやって人に話す決意をしたということは助けを求めている証拠だ」

「……、助けなんて子供の頃から欲しかったですよ。でも、そんなものは……」

「いや、あるだろう」

「そんなものっ! 何処に!!」

 

「千聖ちゃんお待たせ〜!」

「……! あや、ちゃん」

「あれ? どうしたの、千聖ちゃん」

「……。あなたが言っているのは」

「ああ、正しくその通りだ。どうするかは君が決めるといい。ただ、君がどのような選択をしようと、私は君を助ける事を誓おう」

「え……、え? なんの話、なの?」

「……、はぁ。分かったわ。私は……、決める事を恐れません。だから、あなたも待っていて」

「ああ、勤務時間内ならばいつまでも待とう」

「……。そこは何時でもでしょう……。よし! ありがとうございます、台本の読み合せを手伝ってもらっちゃって……!」

 

 台本……、台本ね……。

 

「あぁ、気にすることは無い」

「え? どういうことなの?」

「ごめんなさい、彩ちゃん。少し台本の読み合せを手伝ってもらったのよ」

「……、あ! そういう事か!」

「元はと言えば、彩ちゃんの帰りが遅いのがいけないのよ」

「えへへ……、ごめんなさい」

 

 君は、もう少し我儘になってもいい。自分の周りの事にもっと干渉していけ。そうすれば、自分という人間が少しは理解出来るようになるさ。

 

「……まぁ、いいわ。それじゃ続きをしましょう!」

「え? 続きって……」

「決まっているでしょう、勉強の続きよ」

「そんなぁ〜……!」

 

 

 丸山の悲鳴は、静かだったCiRCLEのロビーにまた喧騒を呼び込んでいく。活気溢れていくロビーを見遣りながら、面倒な事に首を突っ込んでしまったと振り返る。

 

 まぁ、それでも、

 

 

 

 

 

 君という存在が少しはわかった気がするよ、白鷺千聖。

 

 

 

 

 ただ、

 

 

 

 

 

 

 

 おかげで貴方の事が一層気になりました、エミヤシロウさん。

 




かぐらすすさん、プライスさん、際涯さん、C18H27NO3さん、水雪儚さん、カツ丼君さん、ライオギンさん、パスタにしようさん。

評価して頂きありがとうございます!

またお気に入り登録してくれた方々、閲覧して下さった方々。
ありがとうございます!

これからも頑張っていきます!



っていうのは置いといて、意見箱の話ね。

一人一回でオナシャス。

内容は基本自由にどうぞ、誰と誰の絡みが見たい!(今のところ出ているサーヴァントとも可)
誰を主軸に書いてほしいとか…、はきついかもだけど善処します。

そういう訳なんで、どんどん意見送ってきて❤


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笑顔の価値

時間かかったね…。何回も書き直してましたわ。

次のアフロかポピパのネタは上がってるんで、書く時間があれば良いだけなんですよ!だから許して❤


あっ、そうだ(唐突)

お題箱をね、作ってあるんですよ。みんなもっと意見くれてもええんやぞ?


 私は人生の内で沢山の笑顔を見てきた。今までに救ってきた人々は、皆決まって笑顔で礼を述べてくる。

 

 

 当然、悪い気分はしなかったさ。

 

 というよりそれが無ければ、私は周りが望む『正義の味方』に成れている実感が湧かなかったのだからな。

 

 

 笑顔によって、次の目的地への活力に繋がる。

 

 

 私が笑顔を作り出す事で、世界が望む『正義の味方』へと少しずつ形を作り上げている……。

 

 そう感じる事が出来た。

 

 

 

 それでも。

 

 

 それと同じくらい──いや、それよりも多くの悲痛な顔や死に顔を見てしまってもいたのだがね。

 

 

 ──────────────────────

 俺がこのバイトの中で最も嫌う仕事のひとつに、ライブの設営がある。

 

 会場の大きさに見合った調整をいちいち施さなければならなかったり、その機材に異常があるか点検しなければならない。

 

 他にもあるが、ここでそれをボヤいていたところで無駄な事は分かっているからな。

 

 俺は基本的に無駄な事はしたくはない主義だからな。

 

 ──まぁ、いつもの『正義の味方』をやってる時は考えないようにはしているがね。

 

 

 セットが面倒な事はこの際どうでもいい。それは職務であるから、結局は逃れられないものだから。

 

 問題は今回ライブを行うバンドが、あの『ハロー、ハッピーワールド!』だという事だ。

 

 彼女たちのバンドの演奏を聴いたことは無い。というより、ここに通うバンドのひとつにさえ興味はない。

 

 

 だが、彼女たちは音楽に興味が無い俺でも分かる『ライブでは絶対使わないであろう物品』を用意させてくるのだ。

 

 

 ああ、そうだ。この際だから言ってやろう……。

 

 

 

「なぜ……! 大量のパンがライブに必要なんだ!」

「世界を笑顔にするライブの為よ!」

「ほんとごめんなさい……、エミヤさん……」

 

 奥沢は力なく項垂れながら、謝罪の言葉を述べている。彼女も犠牲者なのか……。

 

 今日はハロー、ハッピーワールド! の弦巻こころと、例の暑苦しい人形の中の人である奥沢美咲が打ち合わせにやって来ていた。これだけでも実際助かる。

 他の二人が来るだけで、この場はきっと収拾がつかなくなってしまうだろうからな。会議なんてそっちのけでな。

 

 

 ええい、それにしても意味が分からん! ライブ中にパンを見せつけながら食べようとしているのか!? それとも、パンを観客にばら撒くつもりか!? 

 

 どちらにせよ、後片付けが面倒になるのはゴメンだ! 

 

「はぁ……、取り敢えずお前はそれをどういう用途で使おうとしているんだ?」

「ライブの観客を盛り上げるのよ!」

「違う! どうやって盛り上げるのかを聞いているんだ!」

「ライブに来てくれたお客さんにパンをプレゼントするのよ! 凄いアイディアでしょう?」

「……、ライブ終わりだよな……?」

「いいえ、何を言っているの? ライブ中に決まっているじゃない!」

「正気じゃないぞ、こいつは!」

「ええ、あたしもそう思いますよ……」

 

 とても着いていけない……。こいつはいつも何を考えて生きているんだ! 

 

 

 確かにそれをする事で笑顔になるかと聞かれれば、まぁ、恐らくなってくれると思うさ。しかし、一度それをしてしまうと『このバンドはライブに行く度、何か貰える!』なんて決まりが暗黙の了解になってしまう危険性がある事を、全く考えていないのだろうか? 

 

 たかがライブごときで大げさな、なんて思っている察しの悪いお前達には、後でみっちりとその危険性について講義でもしてやる。

 

「でもね、きっと笑顔になってくれると思うの!」

 

 さっきも言ったが、確かにそうなのだ。

 しかし、こいつはそこに潜む危険性をまるで理解していない。第一、食物を無駄にしてしまう可能性が大いにある、という事は考えているのか。

 

「でもさこころ。パンをライブ中に投げて配るとしてね、ライブ会場とか汚くなっちゃうかもしれないし、食べ物も無駄になっちゃうと思うんだけど……」

「うーん……、確かにそうね。笑顔になるのはいい事だけど、食べ物を粗末にするにはいけない事ね」

 

 良かった……。奥沢の説得が成功したようだ。これで片付けは面倒にはならずに済むだろう。

 

 しかし、意見を否定するだけ否定するのも、なにか悪い気がするので代案を考えてみる。

 

「じゃあさ、紙吹雪とかでどう? 片付けもそんなに苦労にはならないだろうしさ」

「うむ、それくらいなら許そう。普通の掃除とあまり変わらないだろうからな」

「じゃあそれにしましょう! う〜ん、楽しみね!」

 

 楽しそうで羨ましいよこっちは。厄介事が増えなくて本当に良かったよ。奥沢も同じようにぐったりとしているな。このバンドのストッパーである彼女は、疲労が蓄積していそうだな。

 

 後で一杯、プレゼントしてやるか。

 

 

 と、そんな時。

 

「はい! 受け取ってくれるかしら?」

「ん、なんだこれは」

「私達のライブのチケットよ! エミヤ、あなたを私達のライブに招待するわ!」

 

 余計な事を……。その日はたまたま休日であるが、あまり乗り気にはならないな。適当に嘘を言って誤魔化すとするか。

 

「済まないな、その日はシフトが入っているんだ」

「いいえ、入っていないでしょ?」

「は?」

「その日とその次の日はお休みでしょ?」

「…………」

 

 何故……。何故知られている? シフト表は月島さんしか……。

 

 おい、まさか……。

 

「……誰に聞いた」

「まりなさんよ! 快く教えてくれたわ!」

 

 あのアマァ……! だが、バレてしまったいる以上は受けるしかないか……。

 正直言って、乗り気じゃないのだがね。

 

 取り敢えず後で、月島さんにこの件を問い詰める決意をしたところで。

 

「……。分かった、行くよ」

「あなたならそう言ってくれると思っていたわ!」

「本当にごめんなさい、エミヤさん……。折角の休日を……」

「ああいや、どうせその日も家で惰眠を貪るつもりだったからな。気にすることは無いよ」

 

 

 そういう話があって、ライブ当日。

 

 

 何だか新鮮な気持ちだ。バイトじゃない日でここに来るのは。

 そんな感情を噛み締めつつ、CiRCLEへと足を踏み入れていく。そこにはいつもと変わらない様子で月島さんが出迎えてくれる。

 

「おお〜! エミヤ君、本当に来るとは……」

「どういう意味ですかそれ。招待を受けた以上行かないわけにはいきませんから」

「そっか。それならチケットを拝借!」

「どうぞ」

「…………。よし、確認終わりっと。あと十分で始まるから急いでねー!」

「どうも」

 

 月島さんをぞんざいに扱いつつ、普段はあまり足を踏み入れることの無いライブ専用スタジオへと入場する。

 

 

 ──瞬間、物凄い熱気が体を突き抜けていった。

 

 

 会場内は今日の主役である彼女達を待つ歓声で一杯になっていた。それ程までに彼女たちの演奏は凄いのだろうか? 

 

 演奏を聴く前の予想が止まらなくなっていく。

 

 

 そして、なんの前触れも無しに、

 

 

『みんな〜!! 元気〜〜!!』

 

 

『イエェェェェ──イ!!!』

 

「っ!?」

 

 この会場全体が、一瞬にして彼女たちのテリトリーに変わっていった。

 まるで会場の観客が一人残らずに『ハロー、ハッピーワールド!』のメンバーであるかのように。

 

 そして始まる演奏。

 

 楽曲と楽曲の間に挟まれるMC。

 

 その全てが、ある種のカリスマ性を持っているのだと感じる。

 演奏中だってミスをする場面はあった。だが、それでも……。

 

 

 ──彼女(弦巻こころ)は……。いや、彼女たち(ハロー、ハッピーワールド!)は笑顔を失うことは無かった。

 

 

 

 ライブ終了後。特に理由はないのだが、さっさと帰ってしまおうと思っていた私だったが。

 

「やぁ、私達のライブを見に来ていたという話は本当だったみたいだね」

「……あぁ、誘われたからには行かなければな。今回のライブに来たくても来れなかった奴だっているだろうしな」

 

 素直な意見だ。その権利があるのならば、やはり使ってしまう方が良い。俺という存在が誰かよりも一歩先へと進んでいる感覚が──。

 

 おっと、違ったな。折角その権利があるならば使ってしまわなければもったいないだろう? 

 

「その事に関しては感謝の気持ちを述べよう。どうだったかな、私達のライブは?」

「……。君達の演奏には人を引きつける魅力があるように感じたよ。演奏はまだまだと思ったが、パフォーマンスやMCが独特の雰囲気を創り出している。名前の通りだったよ」

「ふふ、そこまで好評されるとは! あぁ、なんて儚いんだ!」

「はぁ……、他のバンドメンバーに『お疲れ様』って言っておいてくれ。それじゃあな」

「ふふ、また会おう。赤の騎士よ」

 

 

 

 

 

 ──何を言っているんだあいつは。

 

 

 




評価してくれた方々!
ドアホン/ケンジンさん、ドレミーさん、噂のあの人さん、saturdaymidteemoさん、石見人さん、積怨正寶さん、シコスタルさん、ザインさん。
ありがとうございます!

そして、お気に入り登録してくれた方々!閲覧して下さった方々!
重ねて感謝を述べさせてもらいます!ありがとうございます!

今後ともご贔屓に!



お題箱の方も忘れないで❤(活動報告の方にありますのでね)


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切れない糸

ちょっと短めです。


特に何もないんでどうぞ。




あ、違う。お題箱忘れないでね、活動報告の方にありますので。


 救ったものの数だけ、同じものをまた失う。

 

 

 結局の所、イタチごっこだったって事だ。

 

 

 

 しかもそれを自分の身も顧みず、なんの躊躇いもなく実行に移していた自分が恐ろしく感じるよ。自分の事を蔑ろにし過ぎていたな。

 

 

 それ程までに俺という存在に刻み込まれた信念が強かったのだろう。

 

 

『正義の味方』なんてな。

 

 

 

 何処かの誰か──知り合いのような感じがしたが、悪いが忘れてしまったよ──が言っていた。

 

『全体の後始末なんて押し付けられたら、最期には必ず燃え尽きてしまう』

 

 

 実際、燃え尽きかける寸前だったよ。あの自称慈悲深いクソ尼にも、結局辿り着けなかったしな。

 

 どんなに記憶を喪ってしまっても、最近の事すら覚えていなくても、それでも──

 

 

 

 ──それでも、殺すべき存在の事だけは……、しっかりと覚えているよ。

 

 ──────────────────────

 

 

 だが、こんな世界に来てしまって、殺害対象も何処にも居ないという。

 

 

『なら今の俺は、なんの為に生きながらえているのか』

 

 それは、俺がこの世界に受肉した時からの一番の疑問だ。

 

 自己を削り続けたが為に料理以外の趣味を持たず、趣味なんて以ての外だからな。

 

 趣味が欲しいわけじゃない。暇な時間が欲しい訳でもない。

 

 

 ただ、この俺に、中身が抜け落ちてしまった器に、何か意味を与えて欲しいだけなんだろう。

 

 

 信念があれば人は限界を超えて生きていけるだろう。信念でなくとも、それに準ずる『生存理由』を見出した奴らは、今も楽しく生きているはずだ。

 

 

 思考の末に、課題は結局自分の元へと帰ってきてしまう。

 

 

 俺は……、一体、どうして、

 

 

 

「おい! 蘭!」

 

 物凄い勢いで2番スタジオの扉が開け放たれ、一人の少女が外へと飛び出す。そしてそのままライブハウスの外へと走り去って行く。

 

 少し遅れてそれを追いかけるように、四人の少女がスタジオから姿を現す。

 

「ああくそ、何やってんだあたしは!」

「自分を責めるのは後だよ! 蘭を探さなきゃ!」

「でも、蘭ちゃんは何処に……」

「エミヤさん、知りませんか?」

 

 目がマジになっている青葉に問い詰められる。何処へ行ったか……。さすがに三十秒前の事は覚えているよ。安心してくれていい。

 

「外へ走っていったよ」

「ああクソ、やっちゃったかぁ……」

「自分を責めるのは後で! 蘭を探さなきゃ!」

「あたしはあっち探してくるね」

「わ、私は商店街を!」

「じゃあ私は公園の辺りを探してみるね!」

 

 と、彼女たちが危機迫っている顔でこちらにも助けを求めてきた。

 

「エミヤさんも手伝って貰えませんか!?」

「お願いします!」

 

 一瞬耳を疑ったよ。

 

 彼女たちAfterglowは仲が良い事を前々から教えて貰っていた。小さい頃から五人で一緒に遊んだりして、何をするにも五人一緒だったと。

 

 当然、彼女たちも喧嘩はする。しかし、そういう諍いを彼女たちは全て自力で跳ね除けてきた。彼女たちの中にある『絆の糸』を大きく、強く、次は決して避けないように編み上げて来た。

 

 そして、今回もまたその糸が切れかかってしまう事態になった。

 

 

 私は今回も自分達で上手く解決するのだろうと、半ば期待のようなものを向けていた。だからこそ──

 

 

 今の発言には、少しばかり……、腹が立ってしまった。

 

 ──まだ怒ったりできるって事は、まだまだ人間として生きられているんだろうな。もっとも、人に説教垂れることが出来る立場では無いのだが。

 

「悪いが、断らせて貰うよ」

「「「「!?」」」」

 

 目の前の四人の少女は驚きの顔を露わにする。直後、

 

「どういう事ですか。よく分からないんですけど」

 

 青葉が私に詰め寄って、胸ぐらを掴んでくる。む、意外と力があるな……。

 

「言葉の通りだよ。君達を助ける事は……、まぁ、致し方なくなった時に助ける事はするかもしれないが……。現時点で助けの手を差し伸べるなんて事は出来ない」

「ど、どうして!?」

「エミヤさん! 前は困ったら助けてくれるって……!」

 

 羽沢と上原もそんな言葉を投げつけてくる。宇田川は罪悪感を感じているようで、何もアクションは起こさない。だからといって、上の空という訳でもない。耳はこちらに傾けているようだ。

 

「確かに言ったさ。だが、今回は別だ」

「だからどうして!?」

 

 はぁ……。

 

 

「お前達のバンドの問題は、お前達で解決してみせろ! 今回もな!」

 

 

「「「「っ!」」」」

 

「お前達が小さい頃から仲が良かった事は話を聞いたから知っている。喧嘩の度に自分達で仲直りだってしてきた。なら、何故今回はそうしない?」

 

「どうしても助けて欲しいと懇願されたら、さすがに助けないわけには行かない。だが、私が助けたとして、それでお前達がこれまで積み上げて来た絆だとか信頼は、果たして元通りになるか?」

 

「探して、探して、探し尽くして、それでも見つからないなら喜んで助けてやるさ。実際、美竹が今どこに居るかはある程度分かるしな」

 

 決して嘘ではない。受肉してから様々なスキルが弱体したが、千里眼と投影魔術に関しては何故かランクアップしている。美竹の居場所も半径100メートルくらいには絞り込めるだろう。

 

「この場面で私に助力を求めるという事は、所詮君達の絆とやらはその程度のものだったという事さ」

 

「「「「…………」」」」

 

 これまでの事は紛れもなく私の本心だ。単に面倒だったという面も否定は出来ないがね。

 

「……、それで、何か文句があるならば聞くが?」

「……」

「っ……」

 

 沈黙。ええい、ここでしょげてしまっても仕方ないだろうに……。

 

「……。ああ、やっぱりそうだよな。アタシ達は五人揃ってのAfterglowだ。今までも、どんな時も、協力して乗り越えてきた仲間だ!」

「うん、うん! そうだよね! 今も蘭ちゃんは一人で悩んでるんだ!」

「……、あたし達が助けてあげなきゃ、ね」

「うっ……、ううっ……。うんっ! 蘭は素直じゃないし、言葉も強いし、反応も素っ気ない……。でも、私達の事を一番に思ってくれる仲間想いの、私達の友達なんだから!」

 

 やっとその気になってくれたか。まったく、世話が焼けるよ。

 

「友達なら、美竹が行きそうな場所だって分かるだろう。早く行ってやるといい」

「あ、あぁ! 言われなくても! ありがとな、エミヤさん!」

「礼を言われるほどの事じゃない。そんな事をする前に早く行け」

「分かってる!」

 

 そう言って、宇田川を先頭に四人は飛び出していった。

 

 我ながら、らしくない事をしてしまったか……

 

 まぁ、そこも私の中で何らかの変化が起こっている証拠なんだろうな。

 

 

 

 

 

 後日、無事に仲直りを果たした彼女たちは、遅れてしまっている練習を行うため、CiRCLEへと足を運んでいた。

 

 

 が、予約時間の三十分前。

 

「……えっと、どうも」

「ああ、こんにちは」

 

 美竹蘭は一人でやって来ていた。どんな意図をもっての行動なのかは分かりはしないが。

 

「コーヒー……、ブラックで」

「承った、少々待っていたまえ」

 

 コーヒー豆を手動ミルの中へと移し挽いていく。最近は勝手にコーヒーを作ってくれる機械が出現しているようだが、やはりこのやり方でないとコーヒーを作っている感覚がしない。

 

「……この前は、迷惑かけたね。ごめん」

「喧嘩の事か」

「うん……。あれは、あたしのせいだからさ」

「……。私は君達の喧嘩の概要は知らないが、君にも仲間が居るということを忘れてはならない。一人だなんて思ってはいけないんだ」

 

 ──かつての私は常に独りだったから、少し羨ましく思っているのだろうか? 

 

「うん、そうだね。私にはみんなが居てくれるんだ」

「大事にするといいさ。助け、助けられ、人は成長していく。人としても、バンド全体としてもレベルアップが出来るだろう」

「その言葉、絶対忘れないでおく」

「ああ、そうしてくれ」

 

 話の終りと同時にCiRCLEに四人の少女が姿を見せた。

 

 そして、

 

 

「──蘭、今日も練習、頑張っていこうぜ!」

 

「──うん、そうだね巴。『いつも通り』頑張ろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




kuufeさん、評価してくれてありがとうございます!


そして、お気に入り登録してくれた方々、いつも見てくれている方々、初めて閲覧して下さった方々。

皆様に最大の感謝を!




追記として、活動報告の方にお題箱と重大なお知らせがありますので、余裕のある方は是非ご覧になって貰えると嬉しいです。

書きたいことはそちらに書いてありますので、返信もそちらにお願いします。

それでは、また1、2週間後に会いましょう!


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Help me!! EMIYAAAAAAA!

あー、はい。

結果は分かりませんが取り敢えずAO入試終わったので、投稿再開していきます。お待たせしてしまって、本当に申し訳ない。

これからは1〜3日で1本投稿出来るように努力していきます。今後ともよろしくお願いします。



話は大きく変わります。

Roseliaのキーボード担当の白金燐子役を務めていた明坂聡美さんが、卒業したという事で。

明坂さん。
これまでお疲れ様でした。ゆっくりとお休みしてください。
また、別のところで貴女の声が聞けることを楽しみにしています。


――えー、という訳でどうぞ。


 平日の仕事は憂鬱で堪らないよ。

 

 

 家で暇にしているのが嫌だからわざわざ仕事に来ているのに、客がまるで来ないのだ。まぁ、平日だから仕方無いのだが。

 

 いつも贔屓にしてもらっている五バンドの彼女たちは、きっと学校にて勉学に励んでいることだろう。そして、現時刻は2時過ぎ。

 

 つまりは、いつもの利用客が来るまでに最低でもあと一時間はかかるという事になる。よってそれまでの時間は、『仕事場に来ているくせして暇な時間を持て余す』という状態になってしまう。

 

 

 掃除は既に終わっている。各種機材のメンテナンスもだ。いつも使っている手動ミルとか、キッチン周りの清掃も済んでいる。

 

「ハァ、暇だな……」

 

 つまりは、もうやる事が無いのである。

 

 話し相手もいないし、諦めて本でも読み進めてしまおう……。

 

 そう考えカウンター席を離れようとして、CiRCLEに2人の少女が入店してきた。だが、この時間には居るはずが無いので、少し探りを入れてみようか……。

 

「この時間はまだ学校じゃないのかね?」

「えっと……、今日は短縮授業なんです」

「なるほど、そうだったか。それで、他の3人はどうした」

「あはは……、香澄たちはこの前あったテストの成績が悪すぎて先生に怒られてます……」

「またそれか……」

 

 店に現れたのは牛込と山吹だったようだ。PoppinPartyは常識人3人と、頭のネジが外れたぶっ飛んだのが2人という、バランスの取れているバンドだ。

 

 その内のぶっ飛んだ方である戸山と花園の2人は説教中なんだと。あいつらが居ないだけでこのバンドは静かになってくれる。

 だが、常識人──このバンドの引率係──である市ヶ谷の姿が見えない。どういう訳か。

 

「市ヶ谷はどうした? あいつは頭が悪そうには思えないのだが……」

「香澄とおたえの説教が済み次第、有咲先生の補習授業があるんですよ」

「……、なるほど……。つまり今日来るのは2人だけか?」

「えっと、そうなりますね」

 

 アホ2人は今日来ないらしい。これは仕事が円滑に進みすぎてしまうかな。多少の問題くらい起こしてもらう方が、こちらとしては仕事が増えていいのだが。

 まぁ、あの2人が来てしまってはその程度では済みそうにないが。

 

「それで、今日は何の用だね」

「少し、頼みたい事がありまして……」

 

 ほう、あの他人に余り仕事を頼まない山吹の頼みか……。気になりもするが、訳の分からない爆弾を投下してきそうで分からないな。あの笑顔には……、なんていうのかな、闇が見え隠れしているような感じがしてならない。

 

「何だ、言ってみるといい」

 

 考えすぎも良くない。取り敢えず聞くだけ聞いてみればいいだろう。

 

「えっと、今週末って空いてますか?」

「今週は木曜と金曜以外は全て空いている」

「そうなんですか、良かった! それなら土曜日の9時30分に、やまぶきベーカリーに来てくれませんか?」

 

 ふむ、どうせ私は暇だ。家で何もせずに硯に向かって、なんてことないことを書き連ねていくよりかは、数十倍いいだろう。ただ……、

 

「了解した。それで、何をするつもりだ?」

「えっと……。それは来てからのお楽しみでお願いします!」

 

 あぁ、何か嫌な予感がする。だが、あの山吹が私に頼み込んでいるのだ。普段頼んでこないから、どう言った内容かは正直気になる。

 

「……、分かった。引き受けよう」

「何も言えずにごめんなさい。そして、ありがとうございます」

 

 結局、山吹の頼みを受ける事にした。まぁ、きっと変な事は頼まれないだろうさ。……多分。

 その後、山吹と牛込はさっさと出て行ってしまった。『今日はこれだけを伝えに来た』との事らしい。

 

 出来ることなら、もう少しくらい話し相手になって欲しかったのは、ここだけの話だ。なんせ暇だからな。

 

 

 

 

 時は過ぎ、土曜日。

 

 言われた通りの時間にやまぶきベーカリーを訪ねる。明かりが付いていないことから、営業はしていないようだった。

 

 来たはいいのだがこれからどうすればいいのか。店の扉を勝手に開けてしまっては、不法侵入で即豚箱行きは確定だろう。

 一応、今流行りのスマートフォンとやらは持っているが、私の電話帳の中には残念ながら『山吹沙綾』という名前は登録されておらず、連絡手段が無いのだ。

 

 大声を出せばもしかしたら気づくかもしれないが、反応の有り無しに関わらず私が目立つのは必至。出来ることならば商店街のど真ん中で声を張り上げて、近隣の方々に迷惑を掛けることは避けたい。

 

 さて、どうしたものか……。

 

「あ、エミヤさん。申し訳ないんですけど、あと少し待ってて貰えますか?」

 

 と、店の二階部分から山吹の声がする。

 

 女性の準備にいちいち時間が掛かるのは百も承知だ。それは、これまでの人生──遠い昔の、夢のようだった日々──で学んでいる。というか、魂に(物理的に)刻み込まれている感覚がする。

 

 何があったのかはよく覚えていないが、きっと今の生活のような楽しさがあったんだろうと思う。それは、私がこういう状況を疎ましく思っていない事からも分かる事だろうさ。

 

 

 程なくして、山吹が店のドアを開けて出てくる。

 

「すみません、出迎えが遅くなっちゃって……」

「いや、気にすることは無い。女性の準備に時間が掛かることはよく知っているからな」

 

 この発言に山吹は明らかに一歩後ずさった。若干目付きも鋭くなっているみたいだ。

 

「それ、どういう意味ですか?」

 

 どうやら彼女は、私が女遊びをしている男と勘違いしているのだろうか? 

 その誤解は早めに解いておかなければ、後々私の身に火の粉となって降り注ぐことになるだろう。

 

「誤解しないでほしいのだが、私は女性を取っかえ引っ変えするような男では無いからな」

「じゃあ、さっきの発言は何だったんですか?」

「所謂、言葉の綾って奴だよ。そういう関係になった事は無いが、女性の知り合いは多かったからな」

「ふーん……。それなら昔も今も、女の人の知り合いだらけじゃないですか」

「ちゃんと男だっているさ」

 

 多分。

 

「それじゃ、冗談はこれくらいにしておいて始めますか!」

「待て、始めるって何をだね?」

「それはもう、当然……」

 

 

 10分後、私は胸にやまぶきベーカリーとプリントされたエプロンを着た

 状態で、レジの人にジョブチェンジしていた。

 

 なんでも、今日は山吹夫妻は結婚記念日だったらしいのだが、いつもと変わらぬ調子で仕事を始めようとしたので無理矢理、楽しんでこいと家を追い出してしまったらしい。

 

 きっと将来、彼女はいいお嫁さんになれるよ……。

 

 だが、それだと店は回らなくなってしまう。だから、ピンチヒッターとして私が呼ばれたという話だ。ちなみに、山吹は中でパンを焼いているよ。パンの焼ける良い香りが漂ってきて、食欲がそそられる。

 

 と、雑な回想をしている間に第一お客様のご来店だな。

 

「こんにちはー、さーや」

「ああ。だが私は『さーや』では無いので気をつけてくれ」

「えぇー! さーやが男の人になっちゃった〜」

「そもそも、お前と私は初対面ではないだろう。青葉」

 

 第一来客者は、青葉モカ。何でも無限の胃袋を持つとされている彼女。実際に食べる量を見たことは無いから本当かどうかは知らんが、何個のパンで満足するのだろうか。

 

 そんな私の考えを知らない青葉は、トレーを持って自由気ままに店内を物色し、そのお眼鏡に叶ったパンを慣れた手つきで積み上げていく。

 

 そしてその結果……。ひい、ふう、みい、よ……。

 

 10個ってお前……、私の一日の食事と同じくらいのカロリーを摂取しているのではないか? 

 

「あれ、モカ? 来てたんだ」

 

 手にパンが沢山乗った番重を持って、山吹がやって来る。そのまま青葉のトレーの上に載っているパンを確認して、驚いたように言う。

 

「どうしたのモカ、いつもの半分くらいしか載っかってないけど……」

「もー、さーやー。いちいち言わなくてもいいのー」

「何、いつもはもっと食べているのか!?」

 

 驚きが止まらない。あんな小さく華奢な身体のどこに20個ものパンが収納されていくのだろうか。とても想像出来ないよ……。

 

「ほらほら、エミヤさん。止まってないでお会計お願いしまーす」

「あ、ああ……」

 

 急かされるままレジキャッシャーを打っていく。表示される購入金額、私はそれにまた驚かされることになるのだ。

 

「1430円だ……」

 

 一日の食費がこの値段ならまだ分かるのだが、これが一食分の金額なのだからな……。正直恐れを感じたよ。

 

「全部これでー」

 

 そう言ってモカが差し出してくる5枚のカード。大きく『300円券』と書いてある。

 

「た、確かに受け取ったよ……」

 

 お釣りの70円を手渡しながら、引き攣った顔を何とか元の表情に戻そうと努力する。

 

「それじゃあ、また来ますねー」

 

 嵐のような時間は終わりを告げた。正直言って、私の想像を遥かに超えすぎていた。あれは女性が食べるような量ではないのだ。そんな私の心を見透かしているのか、

 

「あれ、全部一人で食べるんですよ。ちょっと、何処にパンは入っていくんですかね……」

 

 あー、そうなんですかー。覚えておきまーす。

 

 

 

 

 そんな出来事があったものの、職務終了時間である4時を迎えた。本来はもっと遅くまで営業しているらしいのだが、人員不足と疲労の蓄積によって閉めることになった。

 

「今日は手伝ってもらって、本当にありがとうございました」

 

 4時すぎ。帰りの支度の途中、山吹はそう感謝の言葉を述べてきた。

 

「いや、こちらとしても楽しかった。礼を言うのはこちらの方でもあるさ」

「そんな! 手伝ってもらったのはこっちなんですから……」

「確かにそうだな、済まない。少し意地悪すぎたな」

「本当ですよ……! まったく……」

 

 楽しかったというのは嘘ではない。商店街周辺に住む様々な人との会話はそこそこ楽しかった。ここで働くのも割と悪くないかもと思う程に。

 

 だが、みんな個性が強すぎるんだよ……。もう少しくらい落ち着いて欲しいものだがね。

 

 なので去り際に、

 

「また人手が欲しければ何時でも頼んでくれ。私はライブハウスのバイトが無ければ基本暇だからな」

 

 そう言い残して、店から立ち去っていった。

 

 

 

 今日の夕日は、やけに焼け焦げているな……。心做しか、私の気分も良いものに変わっていく感じがしたよ。

 

 

 

 




さて、しばらく放っておいたから評価もなんもついとらん。

という訳で。

お気に入り登録してくれた方々、閲覧してくれた方々。
ありがとうございます!

そして、長い間続きを待っていてくれた方々。
私は帰ってきたァ!しっかり投稿していくから、もっと応援してくれよな!


以下、補足のような事
これからの投稿は以前設置しておいたお題箱の方からもアイデアを貰っていきます。ので、『誰だして欲しい!』とか、『こういう話作って!』とかいった意見をお待ちしております!

じゃんじゃんおいでー!


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ネトゲとリアルは紙一重?

えー、リクエストで燐子が沢山いたので、燐子回を作りました。

要望どうりになっていないのは御了承頂きたく。


はい、それじゃない、どーぞ


 オンラインゲーム。それは世界中のあらゆる者が行っているという、大規模なコンテンツである。

 

 その中の一つであるNeoFantasyOnline──通称、NFO──は、その独特な世界観と多彩なジョブなどによって、日本でも世界でも人気を博しているMMORPGである。

 

 世界観の説明は面倒だから省かせてもらうとして、このゲームのもう一つの……、いや他にもあるけど、売りとなっているのはジョブの多さだ。

 

 前衛職(アタッカー)の剣士や槍兵、モンク、騎乗兵など。

 後衛職(バックアッパー)である僧侶、魔術師、召喚士など。

 支援職(サポーター)の弓兵、魔法剣士、シーフなど。

 

 当然他にもある訳だが何よりも目を引くのは、超高難度イベントの上位100名にのみ利用権が与えられる特殊職・英霊(レジェンダリー)

 

 ここには、防御以外の各種ステータスに上方修正が掛かる狂戦士(バーサーカー)や、高耐久かつ、攻撃を受ける度に攻撃力が上昇していく復讐者(アヴェンジャー)などがある。

 

 さらにそこから、特殊職・英霊(レジェンダリー)を除く各ジョブには上級職が存在して、経験を積むことでそれに成り代わる事が出来るのだ。

 

 レイドボス討伐には、これらの職業のプレイヤーが協力して共に戦っていくのだと。

 

 

 

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 

 そのゲームのトップランカーであるPN『RinRin』は、ゲーム内ロビーにて2人の仲間を待っていた。保有ジョブは魔術師の上級職であるキャスター、僧侶。特殊職・英霊(レジェンダリー)には大賢者を持つ。

 

 今日パーティを組む予定の二人のうち一人はリアルでも関わりがあるのだが、もう一人はネット上だけの関係だ。

 

 白金自身はそれでも良かったのだが、もう一人の方は是非会ってみたいと言うに違いないだろう。結局、それが杞憂で済むことは無いのだが。

 

 

 集合時間10分前に、一人のプレイヤーがログインしてくるのを確認した。

 PN『Gorgon』はログインしてくるなり、

 

「すみません、少し遅れましたか?」

 

 と、謝罪の言葉をチャットで送ってきていた。プレイヤーの礼儀の正しさが伺えるようだ。すぐさま返信の言葉をタイプしてゆく白金。

 

「いえ、全然間に合ってるので大丈夫ですよ♪」

「それはよかったです」

「それにしても、あこちゃん遅いですね……」

「そうですね。いつもこの時間にはいるはずですが……」

 

 もう一人の仲間をチャットしながら待っている二人。Gorgonもこのゲームをやり込んでいて、RinRinと同じくトップランカーとしてプレイしている。RinRinや、もう一人よりも遅くに始めてはいるものの、今はそれに張り合えるだけの能力を持っている。

 

 ちなみに、ジョブは騎乗兵の上級職、ライダー。槍兵、復讐者(アヴェンジャー)を持つ。

 

「ごめーん! 二人とも待った〜?」

 

 そこにもう一人のランカーが姿を現す。PN『聖堕天使あこ姫』という名前は、中の人がなんかカッコ良さを追求するあまり様々な言葉をめっちゃくちゃに詰め込んだ結果である。しかし、こんなアホ全開な名前でもトップランカーである。

 

 保有ジョブは魔法剣士の上級職であるセイヴァー、及び特殊職・英霊(レジェンダリー)狂戦士(バーサーカー)を持つ。

 

「今日はちょっと遅かったね、あこちゃん」

「何かあったのですか?」

「ううん。特には無かったんだけどね、ドラム叩いてて気付いたら時間が……」

「あこさんはどらむをやっているんですか?」

「うん、そうなんだ! ドラムってドーン! って音が出て、バーン! ってカッコイイから大好きなんだ!」

「なるほど……」

 

 当然だが、今日の目的はそんな世間話をするためではない。レアリティの高い素材を乱獲するために集まったのだ。

 

「えっと、それじゃあ、早速行きましょうか」

 

 パーティーのまとめ役であるRinRinが先導して、クエストに向かう。結果を言ってしまえば大成功だった。

 

 狂戦士と復讐者という血の気しか感じられないジョブの二人を前に出し、大賢者が後ろからバフやら、回復やらを絶え間なく振りかけ続けることにより、敵モンスターのHPはゴリゴリ削れていく。

 

 可哀想になるほど、容赦の無い編成だった。

 

 

 そして、クエスト終わり。白金の予想どおり、あの話題がテーマになって会話が始まっていく。

 

「そうだ! 二人共、オフ会しよーよ!」

「私はいいですけど、住んでる地域とかは大丈夫ですか?」

「Gorgonさんは花咲川って所知ってますか?」

「あ、全然近かったです。行けますよ」

「よかったー! RinRinはどう?」

 

 正直、行きたくは無かった。だが、あこを一人にはして置けなかったらしく、結局は了承していた。会場は最近出来た大型デパートのカフェという事になった。

 

 

 そんな訳でオフ会当日。あこと燐子は、件のカフェの前にて待機していた。どんな人が来るのかワクワクしていたり、不安に押し潰されそうになっていたりと、思う事は様々であったのだが。

 

 その二人に迫り来る影。その不審人物との面識は、当然だが無い。

 

「あら、あなた……?」

「……っ!? え……、な、何ですか……?」

「りんりん、知り合いじゃないの?」

 

 燐子の前には、その身に青ベースの服に纏った一人の女性が立っていた。とても青紫色の長髪が美しい。いかにも、いい所のお嬢様なんです感が半端ない。道行く人が必ず振り返ってしまうような程の美貌の持ち主であるその彼女は、果たして一体何者なのか? 

 

「あなた、いい顔をしているわ……。とても、私好みの……、いい顔よ……」

「え、えぇ……?」

 

 どう解釈しても変態だった。もう一度言っておくが、燐子と不審人物の面識は一切無い。戸惑うのも無理はないだろう。

 

 燐子があからさまに戸惑った顔をしていると、またしても知らない人物が乱入してくる。もう訳が分からないよ……。

 

「あなたは……、メディアですね。何故ここにいるかは問いませんが、何をしているのですか……?」

「げ……、メデューサ……。まさか貴方までここにいるなんて……」

 

 おいてけぼりのあこと燐子。勝手に談話を始める目前の二人。

 

 カフェの前には、異常な空間が形成されつつあった……。

 

 

 

 どういう訳か、さっきの二人とカフェに入ってしまったあこと燐子。何とも話しかけにくい空気のなか、あこが勇気をだして口を開いた。

 

「えっと、お二人はどういった関係なんですか?」

 

 割と回答に困る質問だった。真名がそもそも神話上のものだし、関わりと言ったら、『私達殺しあっていたんです』なんて言える訳が無い。二人は目を合わせると、話を合わせにかかる。

 

「私達は同郷の知り合いなんです」

「腐れ縁? ってやつかしらね」

 

 決して間違いではない。年代は違えど、同じギリシア神話の人間だ。同郷と言っても差し支えは無いだろう。まぁ、現実の話では無いのだが。オマケに第五次聖杯戦争(Fate/staynight)でも敵として現界していたり、人理焼却の危機(Fate/GrandOrder)の際には、共に戦う仲間として肩を並べていた事もある。

 

 その質問を皮切りとして、メディアも気になっていた事を聞き出していく。

 

「あなた達二人は、学校の知り合いかしら?」

「学校も学年も違うけど、一緒にバンドしたりゲームしてるんだ!」

「あこちゃん、ちょっと話しすぎじゃないかな……?」

「大丈夫だよりんりん! 悪い人には見えないよ?」

「あこ……。りんりん……。っ!」

 

 何かに気づいたメドゥーサ。

 

「あなた達、『聖堕天使あこ姫』と『RinRin』?」

「はぁ? あなたいきなり何言って……」

「え? 何でそれを……、って!」

「もしかして、貴女が……、『Gorgon』さんですか?」

 

 最初の予定とは大きく外れているものの、見事合流を果たしていたようだ。めでたしめでたし。

 

 

 その後も、その話題で盛り上がったり、メディアと燐子が裁縫という共通の趣味を持っている事が分かったり、様々な話題に付いて話し込んでいたおかげで、いつの間にか時計は午後5時を過ぎていた。

 

「あら、もうこんな時間ね」

「そ、そうですね……」

「あこ、今日はすっごく楽しかった!」

「ええ、そうですね。私も有意義な時間を過ごせました」

「是非とも、また集まりたいものね。特に白金さんとは……ね」

「ど、どういう意味ですか……?」

「ちょっとメディアさん! あんまりりんりんを怖がらせないでくださいよー!」

 

 談笑しながらカフェを出ると、既に夕陽は姿を消していて、街はいつもとはまた違った盛り上がりを見せていた。

 

 

 

 また近い内に会う事を約束して、四人はそれぞれの帰路へと向かうのだった。

 




のるのるさん、プライスさん、かわかわちさん、フォンバックさん、愛河さん。
評価ありがとうございます!

そして、お気に入り登録してくれた方々、閲覧してくれた方々。
同じくありがとうございます!

あー、あとお題箱の方も忘れないでな…?
活動報告に作ってあるんで。暫くはお題箱から話作っていくんで、意見があればどんどん欲しいです。よろしくお願いします。


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昔も、今も、変わらないもの

連日投稿なので初投稿です。

今回はかの騎士王との絡みを作ってみたよ…?


その次も一応決まってますけど、ネタ切れしそうなんでもっと意見ちょうだいな❤

それとも、私の発想に任せる感じならそれでも全然いいんだけどね?




 ブリテンの騎士王。つまりは、『騎士王アーサー』の事である。諸君も名前ぐらいは聞いたことがあるはずだ。グレート=ブリテン島の諸部族を統一して、善政を敷いたとされる世界で最も有名な人物。まぁ、神話上の話ではあるが。

 

 白馬の王子様的な想像をする者もいるだろう。あながち間違いではないと思う。──以前の私であれば、その意見を持っていたさ。

 

 

 だが、実際のところ、アーサー王は…………。

 

 

 

 

 

「はむっ…………、むぐむぐ……、もっきゅもっきゅ……」

 

 こんなにも大食らいで、

 

「……っ、ふぅ……、シロウお代わりです! 次はカツ丼をお願いします!」

「はぁ……、分かった」

 

 男ではなく、女で、

 

「えっと、セイバーさん。口元に米粒が……」

「む、これは失礼しました。ありがとうございます、蘭さん」

「あ、えっと、どういたしまして……?」

 

 ──これほどまでに、残念だったものか……。

 

 ──────────────────────

 

 いつもと同じようにCiRCLEでのバイトに勤しんでいた私は、勢いよく扉を開け放ち食事を求めてくる彼女に全く反応ができなかった。

 

 そこには、あの時と何一つ変わらないセイバーがそこに立っていた。──それと美竹も。

 

 嬉しさ、戸惑い、懐かしさ……。様々な感情が流れ込んでくる。だが、そんな気持ちよりもまず、口から放たれたのは……。

 

 

「おかえり、セイバー」

 

 

「はい、ただいま戻りました。シロウ」

 

 

 そんな、俺たちにとっては何気ないいつもの挨拶だった。

 

 ──────────────────────

 

 

 そしてその後何事も無かったかのように食事を要求してくるセイバーに、適当な品を作っていた。それにしても、食べる量が昔よりもだいぶ増えた感じがするな。

 

 確かに聖杯戦争(Fate/staynight)の時は、私の魔力量が足りないせいだと思うが、その皺寄せが食費に現れていた。あの時は……、えっと、誰だったけか、よく覚えていないが、先生っぽい人が資金を援助してくれていたお陰でやりくり出来ていたが。

 

 だが、今セイバーは『現界』ではなく、私やランサーと同じような『受肉』している状態だと推測する。何故か、だと? そんなのは決まっているだろう。マスターがいなければ、サーヴァントは現界していられないのだからな。

 

 やたらと高笑いが腹立つ慢心王(人類最古の金ピカ)の事を例に出せば、聡明なる読者諸君は分かってもらえるだろう。

 

 ん、分からないって? ……、『Fate/Zero』を見てくださいな。

 一糸纏わぬ、金ピカの裸体を拝めるから。

 

 

 さて、話を戻していこう。

 

 私やランサーが受肉していたように、セイバーも受肉していたようだ。これまでは、財布の中身が空になるまで食べ歩いていたらしいが、そんな無計画に金を使ったお陰で、残金は脅威の32円。金を使い尽くしてからは、何も食していないという問題のある生活をしていたらしい。

 

 そのおかげで、近くにある公園のど真ん中で倒れていたらしく、それを発見したのが、バンドの練習終わりだったAfterglowの面々だったという。

 

 ひとまず、美竹家に厄介になっていたらしい。美竹曰く、「食べる量が半端無かった。あと、泣きながら食べてた」らしい。自業自得だよ……。

 

 確かに、サーヴァントの状態であれば食事は必要ないが、今は受肉している状態だ。食物を取らなければ、元は英霊であっても最悪死に至る。

 

 その事についてみっちりと説教してやりたい所だったが……、まぁ、こんなにも幸せそうな顔をして作った飯を食っているセイバーを見ていると、不思議と怒りは収まってしまう。

 

「あむっ……、はふっふっ……ぅむっ……。ふぅ……。ごちそうさまでした、シロウ」

「どうしてそう爽やかな顔が出来るんだ……、全く。改めて礼を言わせてくれ美竹。こいつを拾ってくれてありがとう」

「いえ、あのまま見捨てていても、こっちの気分が悪くなってしまいそうでしたから」

 

 美竹は普段は素っ気ない対応をしてくるが、心の中ではみんなの事をとても大切に思っている。他のバンドメンバーは口を揃えて、彼女の事をそう評価している。今回の件でそれがよく理解出来たよ。

 

「そう言ってくれると助かる。一応、お前の分のカツ丼も作ってあるが……、食うか?」

「さすがシロウです! もうお代わりが出てきましたね!」

「引っ込め」

 

 お前はもう食べただろうが。お願いだから静かに座っててくれ……。

 

「え、ホントですか! 是非頂きます」

「よかった。よく味わって食べてくれ。コイツみたいな食い方だけはしないでくれ……」

「言われてもしませんよ……」

 

 美竹の反応は割と良いもので、捉え方によれば『待ってました!』みたいな顔をしていた。

 

 そういえば、美竹は素直じゃないとも言っていた。きっと、本当は食べたがっていたのだろう。そう結論づけて、調理器具の片付けを初めていった。

 

 

 

「そういえば、シロウ。他にも……、いるのですか?」

 

 食後のデザートを作っている途中、セイバーから疑問を投げつけられる。

『他にも』というのは大方、他のサーヴァントは現界しているのか、という質問だろう。

 

「私が確認した中では、ランサーだけだ。それ以外は分からない」

「そうでしたか。ランサーが……。いえ、それはそれとして──」

「今食わせてやれるものは何も無いぞ」

「まだ何も言っていません!」

「おやつか何かを要求してくるのだろう? デザートがもうすぐ出来るから、それまで待っていろ」

「さすがはシロウです! 抜け目がありません」

「はぁ、本当に残念な奴だな……」

 

 適当にセイバーをあしらっておく。こんなやり取りですら懐かしさが溢れてくるようだよ。

 

 やはり、セイバーの存在は俺の中でも大きい存在だったようだな。生前の記憶の大部分が抜け落ちているはずなのに、セイバーに関することは結構覚えているのだから。マスターとサーヴァントの関係だった頃のことや、同じサーヴァントという存在として、肩を並べて戦った事までも覚えている。

 

「なんか、お二人は長年連れ添った夫婦……? みたいな感じがしますね」

 この中途半端な距離感の私達の間に、爆弾が投下されてしまった。

 

「ふぅっ! ふふふ、ふふふふふふ……!」

「美竹、そういう事は心の中でだけ思っていて欲しかったよ……」

「いえ、ちょっと無理でしたね……」

 

 しかし、そんなに間違いではないのだ。マスターとサーヴァントとして生死を共にしてきたし、同じマスターに仕えたりもした訳だから、付き合いは結構長い。

 

「蘭さん! な、何を言っているのですか! わ、私とシロウがそ、そんな……」

「そうだぞ美竹。そもそも、今日久しぶりに再会したんだ。セイバーとは何かあるわけが無いだろう」

「まぁ、そんなに知りたいわけじゃ無いんですけどね」

 

 やっぱり美竹は結構ドライだな。この場面では結構助かっているがね。他のメンバーであれば──特に青葉や上原の場合──こんな淡白な会話だけでは済まされなかっただろう。再度、美竹への感謝を心の中から送っておく。

 

 

「それでセイバー。これからどうやって生きていくつもりだ?」

「え、シロウが何とかしてくれるのではないのですか?」

「え、セイバーさん……、無職なんですか……?」

「……、はぁ……」

 

 私の住んでいるアパートは家賃が安い代わりに広くもない、だがキッチンやユニットバスが完備されているという割といい所だった。

 

 しかし、そこに二人の人間が住めるだけのスペースは無い。よって、何か策を考えなければならないのだが……。

 

「じゃあ、新しい家が見つかるまでウチに居れば?」

 

 美竹が全てを解決してくれる一言を放っていた。

 

「こ、これから少しの間ですがよろしくお願いします!」

 

 セイバーに至っては、既に住まいが決まったように振舞っている。……こいつ、昔よりも頭のネジが吹っ飛んでいるような感じがするな……。彼女が『かの有名なアーサー王なんです』って誰が信じられるものか……。

 

 い、いや、そうではなくて! 

 

「もし美竹の親が良いからと言っても、筋は通しておきたい。私も一緒に行って頼み込ませてもらう。構わないな、セイバー」

「仕方ありませんね、構いませんよ、シロウ」

 

 お前のためだって言うのに、なんだそのでかい態度は……。そんな子に育てた覚えは私にはありません! 

 

「えっと、それじゃ行きますか?」

「ああ、ちょうど職務時間も終わった。少し待っていてくれ、着替えと支度をしてくる」

「分かりました」

 

 

 という訳でその後。美竹家の住人へと『セイバーをしばらくの間、居候させて欲しい』という旨を伝え、何事も無く承諾された。

 

 それを見届けた私は早々に立ち去ろうとしたのだが、美竹家の玄関前にてセイバーに引き留められる。

 

「シロウ」

「なんだ」

「あなたに、また会えてよかった……」

「……っ、そうだな。私も会えるとは思っていなかったさ」

「また、あなたの顔が見れるなんて思っていなかった。またあなたの声をこの耳で聴けるなんて、あなたのご飯が食べられるなんて、あなたとこうして笑い合う事が……」

「…………」

「……ですが、結局私は何も成し遂げられてはいない。祖国の人々を救えていない、幸せに出来ていない。そんな私が、ここまで人に優しくされて、幸せになっても……、いいのでしょうか……?」

 

 そうだったな。セイバーは昔っからそんな奴だった。自分の為ではなく、自分の国の未来を変えるため、民の幸せを願って戦い続けていた。こんな歳から、王としての責務を果たすべく、たった一人で戦い続けて来た。

 

 結局の所、セイバーは救われていないのだ。冬木の大聖杯は既に汚染されていて、自分の求める聖杯ではなかった。どんな願いでも叶う程の魔力は秘められていたが、それを彼女はしなかった。

 

 冬木の地を安定させる為のリソースとしてしまった。私の預かり知らぬ所で彼女は一人、葛藤していたのは何となくだが分かる。

 

 

 つまり彼女は、『自らの理想を叶えることすら出来ていないのに、私はこの世界で楽しく、幸せに生きてもいいのだろうか?』そう悩んでいるのだ。

 

 その問いに、以前の私ならばキッパリと『No』と答えただろう。

 

 だが私は、

 

「いいじゃないか、それぐらい。私だって大層な理想を抱えて生きてきた。だが、今でもそれは叶っていない。だからと言って、幸せに生きていけないなんて決まりは無いんだ。私だって、今のこの生活をそれなりに楽しんで生きている」

「…………」

「それに、これは私の我儘なのだが……。私はセイバーの笑顔を見ていたい。お前にはそんな暗い顔は似合わないからな」

「……っ!」

「偶に昔の事を思い出したっていい。理想の事を考えたっていい。だが、笑顔で生きて行ってくれ。これは私の願いでもあるし、命令でもある。

 なんなら令呪を以て命じてもいいが、どうする?」

「……ふふっ、あなたもやはり、何も変わっていない様ですね。いいえ、令呪など必要ありません。私は、この世界で人並みの幸せを見つけてみる事にします。だから、あなたも……」

「ああ、もちろんだとも。気が向いたなら、また飯でも集りにでも来るといい。いつでもでは無いが、歓迎するよ」

「ええ、また伺わせてもらいますよ」

 

 どうも、私は何も変わっていないらしいな。この世界では、信念や理想などは何一つ叶えられないかもしれない。だが、私が本当に求めていたものは、こういった平凡な毎日だったのかもしれないな……。

 

「それで、お話は終わった?」

「え、ええ! 終わりましたとも!」

「それならご飯だってさ、エミヤさんの分もあるから、食べてって」

「では、ご馳走になる」

「よし。じゃ、行こ」

「はい、行きましょう、シロウ」

「ああ、今行くよ」

 

 

 

 

 

 俺は、誰かのこんな小さな幸せを守る事が出来ていたのかな? 

 

 

 ──じいさん

 

 

 

 




シーライトさん、KURAHIDEさん、評価ありがとうございます!

毎度の事ながら、お気に入り登録してくれた方々と閲覧してくれた方々に向けて、再度感謝を申し上げます!

感想や、ご意見のほど、お待ちしております!


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武士道とブシドー

前置きは無しです。話すことありませんもの。


少し纏め方が雑になりましたかね…?


 その男を一言で言えば、『雅』だろう。

 

 

 所々に趣のある所作、実に着物が良く似合ういい男。

 

 結構酒は嗜む方。

 

 そしてその背に帯びた長刀、『備前長船長光』通称、『物干し竿』

 その名の通り通常の刀よりも明らかに長いと分かるその刀を、男は自分の手足のように扱う。

 

 その流れるような剣さばきに見蕩れた者は、次の瞬間にはこの世からおさらばしてしまっているという。

 

 

 そもそも実在していたのかは定かではないが、彼を語る上で最も大きなトピックはやはり……。

 

 

 新免武蔵守藤原玄信、つまり宮本武蔵との船島──巌流島とも──での決闘だろう。

 

 武蔵の二天一流、小次郎の巌流。

 

 

 勝負の行方はと言えば、武蔵に軍配が上がった。

 

 そして、小次郎はその地にて生涯を終えたのだった。

 

 

 終えているのだが……。

 

 ──────────────

 花咲川の商店街は、今日もいつも通り賑わっていた。

 

 例のパン屋然り、例のコロッケ屋然り……。

 

 

 その賑わいの中を一人、季節外れの着物を着た男が通り過ぎていく。

 

 薄い青色の着物に身を包み、まるで何も考えていないようにぶらついて行くその男は、一つの店の前でその足を止めた。

 

「ふむ……、今日はこの店にでも入ってみようか……」

 

 そう決めた男は店の中へと足を踏み入れる。

 

 

「あ、いらっしゃ……いませ!」

 

 店に入ると給仕係の少女が出迎えてくれるが、見るからに戸惑っているような顔だった。それもそのはず、この喫茶店という場所に着物で入っているのだ。店の雰囲気から浮いてしまっているのは、この男も分かるだろう。

 

「えっと、お一人様ですか?」

「うむ、そうだ」

 

 しかしこの少女は、それを分かっていながら仕事を果たそうとしている。何とも好感が持てるな。

 

「それでは、こちらの席へどうぞ!」

「忝ない」

「注文がお決まりの頃、お伺いしますね!」

 

 そう言い残し、可憐な給仕係の少々は立ち去って行った。いかにも日本人のような服を着たその男は、手渡されたメニューを眺めながら店内を観察していた。

 

「(ふぅむ……、もう夕刻だと言うのに結構人が入っているな……。つまるところ、この店は余程居心地が良いらしいな。今日の私は勘がいい様だな)」

 

 時刻は五時過ぎ、喫茶店であればそろそろ閉店の時間である。にも関わらず、店内の半分以上が客で埋め尽くされていた。学校終わりの学生や、仕事終わりの大人、主婦のような者達が店内で寛ぎの時間を過ごしていた。

 

 それほどこの店は人気があって、愛されているという事が伝わってくるようだ。

 

 

 今日の気分は……、そうだなぁ……。紅茶と宇治抹茶あんみつでも頂くとしようかな。さて、メニューは決まったが、これからどうすれば良いのだ? 先の少女は決まった頃伺うと言っていたが……。む、この仕掛け……、注文が決まったら押せ、と書いてあるな。

 

 カチッ、ポーン……。

 

 なんだこの腑抜けた音は、こんな物で本当に呼べているのか? 音で知らせるとするならば、この装置は不良品だな。

 

「お待たせしました! ご注文をお伺いしますね!」

 

 ほう……。どういう仕掛けかは知らぬが、不良品では無かったようだな。店員はしっかりと呼べていたようだ。

 

 が、先程の店員とは違う者だな……。茶髪の女ではなく、白髪の少女がやってきたでは無いか。いや、そもそも日本人では無いな……、何処の国の出かは知らぬが珍しいものだな。

 

「うむ、ではこの紅茶と宇治抹茶あんみつというのを頼む」

「紅茶はホットとアイスの二つがあります。どちらにしますか?」

「では温かい方で頼む」

「かしこまりました! 少々お待ちください!」

 

 先程の少女と同じく快活な女だったな。それにしても、日本人では無いはずなのだが、やけに日本語が流暢であったな。相当な量、練習を重ねて来たのだろうな。

 

 

 十分程経った頃、白髪の少女がトレーを持って此方に向かってくる。その上には、私が頼んだ紅茶とあんみつが載せられていた。

 

「お待たせしました! 紅茶と、あんみつですね!」

「ああ、感謝する」

 

 机の上に置かれた二品。ふぅ、いい香りだ、食欲を唆られるようだ。

 さて、早速頂くとしよ──。

 

 なぜこの少女は目の前で固まっているのだ。私が何か無作法な事をしてしまったのだろうか? 

 

「どうなされた、そこにずっと突っ立って居て」

「……えっ? あ、いえ! 少し気になった事があって、それを聞こうかを考えていました!」

「私に答えられる事であれば、それに答えよう」

「本当ですか!? そ、それじゃ一つだけ質問をさせて下さい!」

 

 私のこの場に相応しくない格好の事でも聞いてくるのだろう、そう思っていたのたが……、質問の内容は予想の遥か上空へと突き抜けていった。

 

「あなたからは、ブシドーを感じますっ!」

「……、はぁ?」

 

 い、いかん。素の声が出てしまった。いや仕方あるまい、まるで意味が分からない質問なのだからな。そもそも質問ですらなかったでは無いか。武士道、と言ったか? 

 

「何を勘違いしているのかは知らぬが、私は武士(もののふ)などでは無い。きっと勘違いだろうさ」

「いえ! あなたからはブシドーの何たるかを学べる気がしました!」

 

 頭のおかしい女だ……。そもそもなぜ武士道がどうだとか言っているのだろうか。それすらも分からないな。

 

「いや、そもそもなぜ私から武士道を?」

「ブシの格好をしています!」

「何を……、確かにそうさな……」

「やはりあなたはブシだったんですね!」

 

 こうなってしまっては武士である事を否定できなくなってしまったなぁ……。期待に満ちた眼差しを向けられてしまっているし……。期待を裏切る訳にもいかんしなぁ……。

 

 いや、やはりいい機会だ。ここで私の剣技でもひとつ見せてやれば、満足して絡んでくる事も無くなるだろうさ。

 

「はぁ……、こうなってしまっては仕方あるまい。そなたに武芸の一端をお見せしよう。貴殿、名前はなんと?」

「良かったです! 若宮イヴと言います! よろしくお願いします!」

「イヴ殿か……。私の事は……、そうさな、小次郎とでも呼ぶがいい。この後のお時間を少々頂いても宜しいか?」

「バイトの時間はもう終わったので大丈夫です!」

「では、私の屋敷へと招待しよう。今日は不思議と良い気分だからな」

 

 そんなやり取りを交わしつつ、私が先導して自宅──昔ながらの武家屋敷──へと向かっていった。その途中から、背後に一人の女性が着いてきているのを、イヴは分かっていなかっただろうが、小次郎は察知していた。

 

 

「さて、着いたぞ」

「わぁ〜! もの凄くブシドーです!」

 

 それはよく分からぬが、あまり外に女性を待たせるものでは無いな。

 

「では中へ入ってくるといい。遠慮する事は無いぞ」

「お言葉に甘えて? 失礼します!」

 

 と、ここで。

 

「少し、待って貰えるかしら……!」

 

 疑問と怒気を含んだ声が小次郎に投げ掛けられる。

 

 その声の主は金色に似た色の髪を靡かせ、顔を強ばらせてこちらを見つめて──いや、睨んで──いた。

 

「どうしたんですか、コジロウさん?」

「いやな、これまた可愛らしい少女が近付いてきたのでな。相手をしているのだ」

 

 イヴにはそう茶化して答えるも、小次郎は内心焦っていた。目の前の女性は、私がいたいけな少女を自宅に招き入れる所を見てしまったのだ。その前にあったやり取りをすっ飛ばし、その結果だけを見てしまっている。つまり、私は誘拐だと疑われているのだろうな。さて、どう説明すれば良いのだろうか……。

 

「おや、チサトさん! どうしてここに?」

「イヴちゃん! その人から離れて!」

「どうしてですか? この人は私にブシドーを教えてくれると言うのですが……」

「っ! やはり騙されているようね……!」

 

 事態は一瞬で悪化してしまったようだ。このままでは私はお巡りとやらに捕縛されて、人生を制限されてしまう未来しか無くなってしまうな。

 

「そうだ。私は武士の一族の末裔だからなぁ。今からその証拠を見せようとしていた所なのだが……?」

 

 数瞬の思考の結果、私は武士になった。こうするしか、事態を収集する術を見つけることが出来なかったのである。

 

「そんな事を私が信じるとでも……?」

「証拠を見せると言ったのだ。知りたければそこで少し待っているがいいさ」

 

 そう言って、私は屋敷の中へと様々な道具と愛刀を取りに戻った、もとい逃げ帰った。

 私が戻ってくるまで彼女達が残っていてくれなければ、私のこれからの生活はお先真っ暗だ。

 

 

 結果から言えば、二人共残っていてくれていた。私の生活の安定は保たれたようだ……。

 

 私の実力を一目で分からせるには……、アレを放つ他あるまいな。

 

「では、よく見ていろ……」

 

 そういえば、こいつ(物干し竿)を握るのも随分と久しぶりのような感じがする……。戦いのない世の中はこんなにも楽しいものだというのを忘れてしまっていたのだな。

 

「秘剣……」

 

 生前に編み出してきた剣技の頂点。人の身でありながら、神の領域へと一歩踏み込んでしまった紛れも無い魔剣。元はと言えば、ふと思いついて燕をたたっ切ろうと努力していただけなのだがなぁ……。

 

 

 一念鬼神に通ず、とはこの事だな。

 

 

 

「燕返しッ!!」

 

 

 

 

 一瞬の内に小次郎と名乗った男の目の前から、一本の丸太が4つの端材へと切断されていた。信じられないわ……、彼は本物の武士だったって言うの? 

 

 

 

「ふぅ……、さて、これで信じて頂けたかな?」

 




えー、終わりです。

次は金ピカ王でも書こうかなと思っております。
ホロウの話を知ってる方なら、ニヤリとするんじゃないでしょうか…。


いや、それはそれとして話は変わるのですが…。

マキブONがそろそろ終わるとのことで、新機体とか色々気にしてるわけですが…、何よりも私が気になっているのはですね。

百式の修正についてなんですよね…。耐久580で前出れるわけねぇだろオルァァァン!60増やせ馬鹿野郎!

あー、今回もこの駄文を読んでいただき誠にありがとうございました!

補足:評価者の発表はにつきましては、一つご意見を頂いたので廃止させて下さい。何卒よろしくお願いします。


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天国に一番近い場所

今回の話は、全て美咲視点になります。

そこらへん注意してご覧下さいな。



 特に何のアクシデントも無く学校生活を送り、バンド活動に勤しんできた私の癒しになる筈だった週末。

 

 基本的に他のみんなの予定がなかなか合わないので基本はお休み。はぐみはソフトボールの練習があったりなかったりだし、薫さんは演劇部、花音さんやこころにも当然予定があるわけだし。

 

 しかし、どうも今週は全員の予定が揃ってしまったため、ハロー、ハッピーワールド!全員揃っての会合が開かれる事になったのですが…。

 

 

 とても纏めきれる内容では無かったので、ダイジェストでお伝えしていきますね…。

 

 

 ──────────────

 「さぁ、今日も世界を笑顔にする為に、作戦会議よ!」

 

 「それで、今日の議題はなんだい、こころ?」

 

 「ライブがしたいのだけれど、そろそろ新曲が作りたいの!だから、それのアイデア探しね!」

 

 「あーはいはい、ライブの日はミッシェルに頼んで取ってきてもらうね。新曲はみんなも考えてね…」

 

 「じゃ、じゃあ水族館行かないかな?」

 

 「花音さん、それ先週行ったじゃないですか…」

 

 「それならソフトボールしよーよ!楽しいよー!」

 

 「はぐみ、それは昨日の放課後やったじゃん…。それで満足しなかったの…?」

 

 「うーん…、そうね…。あ!いい事を思いついたわ!」

 

 「それはどのような事なんだい?」

 

 「あー、もの凄く聞きたくない。どうせろくな事じゃあ…」

 

 「魚釣りに行きましょう!楽しいわよ!」

 

 「「「「魚釣り(だって?)(!?)(…!)」」」」

 

 

 はい、そういった感じでダイジェスト終わりです。

 

 大体分かりましたよね?

 

 

 ──────────────

 空は快晴。

 強い日差しは今の季節の感覚を麻痺させてくるようです。

 海風が頬に心地よく当たってきて、ウミネコもまるで気持ちが良さそうに空を飛び回っています。

 

 文句無しの、絶好のロケーション日和。

 私達のような訳の分からない集団だったり、恋人達が訪れても雰囲気が良さそうな場所であるはずの港は…。

 

 

 知り合いに限りなく良く似た褐色の肌をした『赤い』男と、こちらも知り合いに限りなく良く似ているが、どういう訳かダウナーな雰囲気が漂うアロハシャツの『青い』男によって、ふわふわな空気が一瞬で掻き消されてしまうほどの険悪な空気が生み出されてしまっていた。

 

 「なんだこの港は…。面白いように魚が釣れるなぁ!はっはっはっ!ところで後ろの方に居る青い男よ、今日それで何フィッシュ目だ?」

 「はぁ…、うるせぇなぁ…!騒ぎてぇなら他所でやれ、他所で!」

 「まぁ、その旧時代的な竿では高が知れているのだが――おおっと済まないねぇ!18匹目フィィィッシュ!!」

 「チィッ!黙って魚を釣れねぇのか阿呆が!」

 

 

 「え、なにこれ。どういう状況なの?」

 

 ていうか、エミヤさんとランサーさんだよねアレ、何やってんの…ってそりゃ魚釣りだよね…。なんだかランサーさんが凄く疲れてる様に見えるのは私だけかな?

 

 「二人とも楽しそうね!」

 

 いや、どこが?ランサーさん凄くエミヤさんの事煙たがってるじゃん。どうしたらあれが仲良さそうなやり取りに見えるの?いや、見えないよ…。

 

 「なんと…!先客がいたとはねぇ」

 「どうしよっか、こころん?」

 「そんな事決まっているわ!私達も負けていられないわよっ!」

 「えぇ…?この険悪な空気の中で…?」

 「そ、そんなぁ…。で、でも釣りは楽しそうだしなぁ…」

 

 と、こころに引っ張られて私以外の3人はさっさと進んで行ってしまった。そんな中私は、近くの自販機で缶コーヒーを購入。どうしてかって?

 それは、もちろん…

 

 「ランサーさん、差し入れです。どうぞ」

 「ん、おお、ありがてぇ!サンキュー、美咲ちゃん!」

 「いえ、この辺りで釣りをさせて貰うので、場所代みたいなものですよ」

 

 …ランサーさんへの差し入れです。何だか今日は苦労してそうだったので、少し親近感が湧いてきたって言うのが、本当の理由。場所代もあるけど建前に近い理由だ。

 

 「まったくよ…、後ろの赤い男も差し入れくらい寄越せっての!」

 「何か言ったかね、青いの」

 「いいえ、何でもございませんとも」

 「あ、あはは…」

 

 こんなに仲悪かったけかな?というかエミヤさん、キャラ変わってない?大丈夫かな…。

 

 「それで、どうですか?釣れてますか?」

 「サバばっかり釣れて困ってるな。あー、でもどういう訳か知らねぇが、さっきヒラメが釣れたんだよな…」

 「え、ヒラメが…?」

 

 こんな近海で釣れるものだったっけ、ヒラメって。いやそもそも、こんな大量のサバが釣れてる時点で、この港はまともじゃないということがよく分かります。

 

 ランサーさんの傍らに置いてあったポリバケツの中を覗いてみれば、確かにヒラメの姿を確認できた。ホ、ホントに何で?

 

 「そういえば、ランサーさんは何時からここで?」

 「んー、そうだな…。朝からだな、何時かは覚えてねぇな。あぁだが、お天道様がようやく顔出した位からだったな」

 「凄い朝からじゃないですか!今の今までずっと竿握りっぱなしだったんですか!?」

 「そうだな、まぁでもいいんだよ。いつ当たりが来るか分からないこの緊張感だったりとか、竿と糸で海の様子を見るのも悪くは無いんだ。やってみると結構楽しいもんだぜ」

 

 集中力が半端ないなぁ…。というか、腕疲れませんかそれ…?いや、それよりもご飯はどうしてるんだろう。それも聞いてみたかったのだが、ふと一つの思考が頭を過ぎった。

 

 ――そういえば、ライブの日程早めに決めておかなきゃ…

 

 

 基本的にはこころの思い付きでライブは決まるので、その提案が出た時点で直ぐに予定を作るのは私の仕事です。というか、私しかできないと思います。

 

 もし忘れてしまっていて、ライブの日程が取れなかった場合の事を考えたくはないので、早めに行動する。それが私のルーティンみたいな物になりつつあります。

 

 なので、ランサーさんに断りを入れて話を打ち切ってから、こころ達にもその旨を伝える。無論、予定を取ってくるのはミッシェル――という設定――である。

 

 ──────────────

 無事に予定を取れたあたしは少し寄り道をして行った。

 

 その目的地とは、やまぶきベーカリー。この商店街でも一、二を争うほどの繁盛店である。そこに寄った理由はと言えば…。

 

 「あれ奥沢さんだ、珍しいね」

 「こんにちは山吹さん、今日は差し入れを買いに来たんだよね。まぁ、自分達の分もあるけどね」

 「なるほどね〜。だったらこの詰め合わせとかどうかな?何人に差し入れするのか分からないけど」

 

 ランサーさんへの差し入れ、それに加えてこころ達の軽食も買っていこうと考えたのだ。

 

 詰め合わせにはパンが5個ランダムで詰められている物だった。こころ達とあたしの分で二つ、ランサーさんには丸々一つを、と考えている。あの人見かけ通りよく食べそうだしなぁー…。

 

 「じゃあそれを3つ下さい」

 「かしこまりました!じゃ、お勘定するね〜」

 

 詰め合わせを3つ取った山吹さんは、それをレジのキャッシャーに持って行ってぱぱっと金額を出してくれた。

 

 ちょうどの金額を払って、レシートとパンを受け取って店を出る。

 

 ぴったり払えた事で、何だか少しいい事が起こりそうな気がしていたあたしは、その気分のまま港へと戻って行った。

 

 ──────────────

 空は快晴。

 強い日差しは今の季節の感覚を麻痺させてくるようです。

 海風が頬に心地よく当たってきて、ウミネコもまるで気持ちが良さそうに空を飛び回っています。

 

 絶好のロケーション日和。

 あたしと違って努力熱心なスポーツマンや、年配の方々への清涼剤になるはずの港はしかし――。

 

 

 「ふはははは!!見ろ雑種共!我はマグロとやらを釣り上げたぞ!」

 「な…、なんだと…!バカな、この最新式のリールでも引き上げられないというのに…!」

 「凄いわー!ギル君あなた最高よ!!」

 「今更気づいても遅いわ!だが、そこな贋作者(フェイカー)よりかはマシだな。この我が財力も実力も兼ね備えた全能者だと気づいたのだからな!ふはははははっ!!」

 「チィッ!負けていられるものか…。贋作が真作に勝てない道理は無い。見せてみろ、カラドボルグ!(釣竿+リールの名前)」

 「さぁ、私達もギル君に負けていられないわよ!マグロでも何でも釣り上げて見せましょう!」

 「「「おー!!」」」

 

 一般人の侵入を受け付けない、決戦のバトルフィールドを形成してしまっていた。

 

 「あたしは…、帰った方が良いのかな…?」

 「一般人のつもりなら、そのまま通り過ぎるのが正解だったな。ここに踏み入れちまった以上、収拾を付けなきゃならねぇ義務を負ったぞ」

 「はぁ…、ですよね…。あ、とりあえずこれ差し入れです」

 「何から何まで悪いな。お、これは沙綾ちゃんとこのパンじゃねぇか!」

 「あ、知ってたんですね」

 「あそこに居る赤いのから勧められてな。試しに食ってみたらこれがうめぇんだよなぁ…。それからは気が向いた時に食いに行ってるのさ」

 「へー、なんか意外でした…」

 

 詰め合わせを手渡したところ、遠慮なく包を破って中に入っていたパン無造作に一つ掴んで、そのまま口へと放り込む。そして、

 

 「んー、やっぱうめぇなぁ、こりゃあ!」

 

 そう感想を呟いていた。そんなランサーさんを置いて、こころ達の方にもパンを私に行ったあたしは、そういえば、と気づく。

 

 「あの隣の人…、誰?」

 「我のことか?我の事はギル君とでも呼ぶがいい!今日の我はすこぶる機嫌が良いのでな!ふはははは!」

 

 あー、この人も人の話聞かなそうだなぁ…。なんか、見れば分かる。こころと同じタイプの人間だよー…。

 

 「あーはい分かりました。それで、そのギル君が何故ここに?」

 「身の程を弁えろ…、といつもは言っていただろうが、なにせ今日の我は気分が良い!多少の無礼は許そうでは無いか。王であるこの我の行動に理由など要らぬのだ、しかと覚えておけよ!ふはは!」

 「あーありがとうございます王様」

 

 もうやだ…。花音さん助けてぇ…。

 

 

 あ、花音さんがマグロ釣り上げてる…

 

 

 




ギル君こんな感じでいいよね?

エクスクラメーションマーク(!)ばかり付けとけば割とそれっぽくなるかなって言う考えがありました。ゆるして。


ホロウ知ってる人は、クスッとしてくれたかな?
それに似せて書いてみましたので、気づいてくれたならば幸いであります。

さて、今日はこの辺りで失礼します。

今回も読んでいただき、誠にありがとうございます!


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君の夢は…?

今回は友希那回です。

本当は、友希那と燐子の短編を二つ投下するはずだったんですけど、如何せん私の文才が無いばかりで…。

だからって、確実に次話が燐子回になる訳でも無く…。


 私がCiRCLEを見つけた話が聞きたい、だと?

 

 余り面白いものでは無いぞ、何か代わりの話にした方がいいと思うが……。

 

 

 む……、そうだな……。

 

 よし、なら一ついい話があったぞ。それでよければ、時間潰しにでもいてくれたまえ。何か注文したまえ、話の料金代わりに1杯飲んでいけ。

 

 ──────────────

 

 

 CiRCLEでバイトを初めて半年が過ぎた頃。

 

 最近結構細かい頻度でやって来る客が現れた。

 

 

 利用者の名前は、湊友希那。誰も寄せ付けないようなオーラを放つ、銀髪の紛れもない美少女。街に繰り出したのなら、見る人全てが釘付けになるであろうというレベルの、だ。

 

 見ていて思ったのだが、やはり黒と白がよく似合うのだ。大体その二色の服で身を包んでいる──まぁ、私がそれしか知らないだけだろうがね。

 

 しかし、ライブハウスというのは基本バンドを組んでいる者に向けたものである。一概にそう言える訳では無いが、バンド単位での利用者の方が圧倒的に多い。

 

 その中でも、一人で、何の楽器も持たずに、ここへと足を運んでくる彼女に少し興味が湧いてくるのは仕方の無い事だと理解して欲しい。

 

 

 ある時、その彼女がカウンターへとやって来た事があった。目的はもちろん、小休止のためだろう。

 

「……すみません。このオリジナルコーヒーを頂けますか?」

 

 今よりも、大分硬い感じで話しかけられた。彼女は客で、私は店員。断る事など以ての外だ。

 

「承った。砂糖とミルクは必要か?」

 

 私としてはコーヒーを頼むからには、基本ブラックで飲んでほしいという願いがある。前面に押し出される苦味の中に、その中に秘められた旨みを感じて欲しいからだ。

 

「ミルクはいりません。砂糖だけ貰えますか」

 

「了解した。スティックと角砂糖が選べる様になっているが、どうする?」

 

「角砂糖でお願いします」

 

「よし、少々時間を頂くぞ」

 

 注文を受けてから、ミルに豆を投入して挽いていく。この豆が砕けていく感覚は堪らないものだな。

 

 っと、そうでは無かった。今日の私はこの少女に少し聞きたい事があったのだったな。

 機を見てから、質問を繰り出す。

 

「君は、バンドは組まないのかね?」

 

 なかなかに踏み込んだ質問だが、所詮は店員と客の関係だ。余り気にするような事でも無いだろう。

 

「……、私も、本当はバンドが組みたいわ。けれど……」

 

「けれど……?」

 

「私に付いてくる人が見つからない……、というより、私の『夢』に共感してくれる人が居ない、と言った方が正しいわね」

 

 どういう夢だ、それは? 想像も付かないな。

 

「私はそもそも人付き合いが余り得意じゃないわ。学校で孤立しているわけではないけれど。単純に同じ趣味を持つ人が居ないってだけかもしれない」

 

 なかなか近寄り難い雰囲気に加えて、そういう点もあるとすればバンドを結成させるのは相当苦労するだろうな。いや、そもそもだ。

 

「では、君がバンドを組んでまで叶えたい夢とは何かね?」

 

「それは……、私の父の音楽を認めさせる事。一番近い目標としては、同じ目標を持つ者同士でバンドを組んで、FW.Fesに出る事」

 

 名前ぐらいは私も聞いたことはある。バイトの一環で名前を聞くこともあるが、巨大な音楽の祭典……、のような物だと私は認識している。そこに出るという事は、自分達の名前が知れ渡っている証明になる、とまで言われている程のだ。

 

 

 だが、私の意識はそんな些細な事よりも別の方に向いてしまっていた。いまこの目の前の少女は、『私の父の音楽』を認めさせると、『自分の音楽』では無く。

 

 たとえ彼女が、『私の音楽は父の音楽と同じ』だと言おうが、それこそ何故音楽などやっているのかという話になる。自分の伝えたい事を表現するのが音楽なのに、彼女はそこに『父の音楽』という、自分とは関係の無いもの詰め込もうとしている。

 

 ならば、そこに湊友希那の自我は果たしてあるのだろうか。己を伝えられずに、半ば親に縛られてしまっている状態の彼女に。

 

 

 いわば、今の『湊友希那』という器の中には自分のものでは無い『異物』が注がれているのだ。

 

 ■宮士■も似たような物だったな。己を殺してきた結果として、器の中には『借り物の理想』だけが残ってしまっていたのだから。

 

 

「君は、父の理想を継ぐことが、父の為になると思っているのか?」

「もちろんよ。父は私の理想だった、けど無念を残して音楽を辞めさせられた……。だから、私がそれを引き継いで形にするの。それが私の……」

 

「ならば、君にとって音楽とは復讐の道具でしかないのか?」

 

「…………」

 

「確かに、君の父親は優秀だったのだろう、強い信念もあっただろうさ。──残念だが私は音楽に疎くて殆ど知らないがね」

 

最早経験談のようなものをそのまま垂れ流しているだけだが、境遇が似ている以上そうしてやるのがベストだろう。

最終的にアイツも他人の受け売りでは無く、自分自身の答えを出したのだから、彼女もきっと何かを見いだせるはずさ。

 

「──だが、その人物から教えを受ければその信念が継げるというのは思い違いも甚だしい。信念や理想というのは、生きる中で見出す事が出来るものだ。他人に与えられるものでは無い」

 

「私には、父の音楽を認めさせるという信念がある!」

 

 湊はカウンターを叩き、感情を露にして激昴する。

 

 まるで昔の自分を見ているようだ。その先の結末を知らないで、がむしゃらに理想を追い続ける。それが正しいのかを考えようとせずに。

 

 ──奴の場合は、それが間違いであったとしても、最後まで貫き通す意思があったわけだが。

 

「なら、君の父はそれを望んでいるのか? 無念を果たしてくれなどと頼み込まれたのか?」

 

「そ、それは……」

 

「己の無念を果たさせるためにこれまで技術を教わってきたのか、君は。だとしたら、君の父親がとてもとても憐れで何も言えないな」

 

「…………」

 

「技術を有していても信念が欠けてしまっていては、それは錆びた剣にも勝ることは無い。問題なのは、君が、君自身がどうしたいかだろう?」

「私……、自身が……?」

 

 

 一人悩み始める彼女の前に、ドリッピングの終わったコーヒーを差し出す。それと、皿に乗せた角砂糖も。

 

「代金は要らない、よく考えてみるといい。時間はたっぷりとあるのだからな」

 

「…………」

 

 それからの会話は無い。私も話す事は話したし、彼女も深く考えを巡らせているのだろう。

 

 

 ん……、いや待て……! 角砂糖を何個入れるつもりだこの女は! 16……個だって……!? それではコーヒーの持つ風味が──。

 

 

 ──────────────

 時は過ぎて、一週間後。

 

 私の目の前のカウンター席には、先週と同じように湊が座っている。

 

 またあのショッキングな光景──角砂糖16個の悲劇──を見たくはないので、今日は紅茶をすかさず目の前に出して置く。

 

「サービスだ、受け取ってくれ」

 

「……ありがとう」

 

 何ですかこれは、という顔で見られはしたが、無事に受け取ってくれた。コーヒー豆の未来は明るいものになる事だろう。

 

「あれから……、少し考えてみたわ」

 

「……ふむ」

 

「今の私に自分の音楽なんて物は無い。父の無念を果たす事ばかりを考えてしまっていたから」

 

「…………」

 

「でも、一つやりたい事が見つかったわ。自分の音楽を見つけてから、私の父も出場したFW.Fesに出たい。もちろんバンドで、だけれど」

 

「……それなら、それを貫いてみせろ。君ならきっと出来るさ」

 

「ええ、きっとやり遂げてみせる……!」

 

 これにて、この騒動は一件落着という事だな。どうも、深く関わりすぎたな、とっくに店員と客の関係を超えてしまっているな。今後は自重しなければ、な。

 

「ありがとう、エミヤさん」

 

「礼を言われる事はしていないさ。……ん、何故私の名前を……?」

 

「名札に書いてあるじゃない」

 

「む、確かに……」

 

「貴方にとっては些事であっても、私にとっては感謝できる事なのよ」

 

「……、そうかい」

 

 

 やはり女性という生き物は理解に苦しむよ。どの時代でも、ね。

 

 

 

 

 あの時からね、あの人の事を心から信頼出来るようになって、私の中で大きな存在に変わっていったのは……。




なんか日に日に文章力が低下している感じが否めないっすね…。

次の話からもう少し時間掛けて投稿させていただきます?


それとこれとはあんまり関係ないんですけど、5〜7話位で完結する合宿の話とかが作りたくなってきまして…、考えが固まった際には連絡させていただきます。

今回も読んでいただき誠にありがとうございます。

それでは、また。



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休日の過ごし方(蘭剣)

時間…、かかったね…。

割とネタ切れが近いんだよなぁ。



あ、そんなわけで!どぞ。


 我が家には居候がいる。

 

 名前はセイバーさん。イギリス出身で単身日本に渡ってきたという。日本のご飯がとても大好きらしく、日本にきた理由もそれなんだって。

 

 でも、持って来たお金を全部ご飯に使ってしまって、ご飯を食べる事はおろか、ホテル代とか諸々にかけるお金を失ってしまった。

 

 そして、あたしの家の近くの公園に倒れていたってわけ。「お腹が空きました……」 なんて呻き声をあげていたっけ。

 

 放っておけなかったあたしは家に連れて帰って来たんだけど、そこで明かされた衝撃の真実。

 

「家出同然で日本に来てしまったので、故郷には帰れず、この国に頼れる人もいないんです……」

 

 国境を超えた家出少女でした。まぁ、そういう訳で家でしばらく面倒を見ることになったわけ。

 

 名前はセイバー。年齢は18歳、出身はイギリス、好きな事は食べる事。

 仕事は無職。

 

 イギリスから来たばかりで仕方ないのは分かるが、エミヤさんも呆れていたっけ。お金の使い方が無頓着すぎるって。

 まぁでも、家出したくなる気持ちが分からないわけじゃないから、あんまり否定ばっかりっていうわけにもいかないんだけどね。

 

 その後、「暫くは迷惑を掛けてしまうが、よろしく頼みます」っていうエミヤさんのお願いに、あたし達はしっかりと面倒を見ることを約束した。

 

 

 状況確認終わり、ここからが本編だよ。

 

 ──────────────

「蘭さん、私、ショッピングモールという所に行きたいのですが!」

 

 彼女が家にやって来てから早2週間が過ぎていて、当初持っていた品格のありそうな雰囲気はなりを潜めて、アホっぽさを全開に出している。

 

 そんなセイバーさんは、また何処かに出掛けたいとお願いをしてきた。今日はショッピングモールに行きたいとの事で、手帳で予定を確認しようとする。

 

「え、今日いきなり? ……少し待ってもらえる?」

「ええ、分かりました」

 

 一応断りを入れてから手帳を見てみると、今日は丸一日フリーだという事がわかった。

 

 どうせ家に居てもギターを触るか、作詞活動をするだけのいつもと変わらない一日を過ごすだけなので、連れて行ってあげても良いかな……。どうせなら、モール内の楽器屋に寄って見るのもいいかも。

 

「うん、今日は予定無いから後で行こうか?」

「分かりました。いつもありがとうございます、蘭さん」

「ううん、いいよ別に。あたしも寄りたい所あったし」

 

 よく考えたら、あたしがあの4人以外と出かけるのなんて結構珍しい事じゃないかな。

 

 まぁ、たまにはそういうのも良いと思うけど、ね。

 

 ──────────────

 そんな訳でセイバーさんと一緒に、最近近くに出来たショッピングモールに来たんだけど……。

 

「おぉ〜……、とても大きいのですね……」

「そりゃあね、この街で一番大きい筈だしね」

「なんと……、一層楽しみになってきました!」

 

 本当の子供みたいにはしゃいでいるセイバーさん。少し前の余所余所しかった感じが嘘みたいじゃん。ま、ずっと猫かぶったままでいるよりかは、断然良いんだけど。

 

 ……誰かとこういう所に行ったことが無かったからなのかな……? 向こうでは余り外出は出来なかったって言ってたっけ。

 

「それで、最初は何処で食事を摂るのですか?」

「……いや、朝ご飯食べたじゃん……。5回お代わりしてたよね?」

 

 父さん軽く引いてたし。大丈夫だよ父さん、私も恐怖を感じてるから。女の人が食べる量じゃないって母さんも驚いてたし。でも、美味しそうに食べてくれるから頑張っちゃう、とも言ってたね。

 

「最初に行かなきゃいけない所があるの。そこ、行くよ」

「分かりました」

 

 

 これは私の意思ではなく父さんから頼まれた事で、なるべく早く済ませなければならない問題。それも、父さんが直接解決するというのは相当なメンタルが必要な仕事だった。

 

 

「ここは、衣服屋ですか?」

「そう。セイバーさんの服を買ってきてって、父さんから頼まれたから。あたしも新しい服買おうと思ってたし、良い機会だったよ」

「そんな……、居候にそこまでして貰う訳には……!」

「でもセイバーさんが持って来たスーツケースの中、今着てるやつの他に上下合わせて1セットしか無かったじゃん……。流石にあたしも心配するレベルだよ……」

「うっ……、そ、それは、急いでいたもので……」

「だから、今日は案内もあるけどそれも兼ねて来てるの」

「……な、なるほど」

 

 正直あたしもファッションとかには疎いほうだと思う。本当ならこういうのは巴だったり、ひまりだったりに頼むのが手っ取り早いんだけど、その二人はどっちも都合が悪いらしくて……。

 

 でも、何となくセイバーさんには青とか白とかの色が似合いそうな感じだね。ベージュみたいなのもいいかもしれない。やっぱり髪の毛が金色だからかな……。

 

 しかし、見るからにセイバーさんのテンションが下がっているのが分かる。セイバーさんも服とかに興味無さそうだし、最初からご飯食べる気で居たんだから、こうなるのは当然といえば当然だよね。

 

「……買い物終わったら、ご飯食べよ。ここに入ってるお店に外れはないらしいから」

 

 ソースはモカ。オープン初日に全ての飲食店の味見をしてきたらしく、「あそこのモールの食べ物、み〜んな美味しかったよ〜」ってチャットで送られてきていたから。

 

 まぁ、なんて言うか、流石モカって感じだよね……。

 

「っ!? それは本当ですか! それなら直ぐに始めましょう!」

「あっ! ちょ、ちょっと! ……はぁ、ほんと切り替え早いんだから……」

 

 

 

 お目当ての品を見つける事が出来たあたしはそこそこハッピー、やっとこれから美味しい食事にありつける、とセイバーさんもハッピー。

 そんなセイバーさんに何が食べたいのかを尋ねてみたところ、「私、ラーメンという物が食べてみたいです!」って意見を出してくれた。

 

 確かモカは……、ラーメン屋も二つ入ってるって言っていたっけ。どっちもどういう物かは分かってないけど、まぁセイバーさんに選ばせてあげればいっか。

 

 それにもし無くっても、なんか別の物でも満足してくれそうだし……。

 

 

「蘭さん、ラーメン屋は一つしか無いようですね……」

「もう一つは定休日だったんだね」

「そうみたいですね……。では、営業している方に入りましょう!」

「……、はぁ、ほんと食べ物の事になると行動が早いよね……」

 

 店の中には16席の内の半分以上が埋まっていた。注文した物を待っている人や、食べ進めている途中の人、店員と話している人など様々。

 食券を買うように指示されたので、言われた通りに購入。

 

 ……モカが言ってたけど、ここのラーメンは並盛でも相当な量があるらしい。だからあたしは小ラーメンというのを購入。セイバーさんは……。え、大ラーメン? マジで……? 

 

 空いているカウンター席に座ったあたし達は、食券を渡して料理を待つ、はずだったのだが……。

 

「麺が茹で上がったんで、トッピングのお伺いを致しますが……?」

「あ、あぁ、えっと……だいjy」

「メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシです!」

「「え?」」

 

 この人なんて言ったの? メンカタ……、何? 

 

「いいのかい嬢ちゃん、それで……?」

「この店ではこう唱えるのがルールなのでしょう? ではそれでお願いします!」

「え、あっ……な、じ、じゃああたしも同じので!」

「え、本当に良いんだね……?」

「はい、お願いします!」

 

 なんか……、店員さんの目がヤバいんだけど。というか、店内の全ての客の視線が集まっている。バカを見る目というか、憐れむような目というかそんな感じの目で見つめてきている。小さな声で「あんな小柄な女の子二人が……」「おいおいマジかよ……」なんていう声が聞こえてくる。

 

 やがて、決意したように「じゃあ、そのように致します……」と、絶望に満ちた表情で調理を再開し始めた。

 

 その約1分後。

 あたし達の目の前にラーメン野菜の塊が姿を現した。え、ラーメンは? セイバーさんの物はあたしの奴の2〜3倍はあるだろう。これ、ホントに食べられるのかな、あたし。

 

「ほほう、なるほど。これがラーメンというものですか……」

「いいや……! そいつは『次郎』っていう食い物だ。決してラーメンなんかじゃない」

「えぇ!? ラーメンでは無いのですか?」

 

 セイバーさんはなんか隣の常連客っぽい人に話しかけられている。あたしもこんな物をラーメンとは、とてもじゃないが呼びたくは無い。何故なら、あたしが知っているそれの姿とは大きくかけ離れ過ぎているのだから……。

 

「時間が過ぎれば過ぎるほど、食うのが辛くなるぞ。さっさと食っちまいな!」

「分かりました! 遠慮なく頂きます!」

「……あっ、ぁぁ、い、いただきます……」

 

 常連客に進められるままに食事を始めるあたしとセイバーさん。あっ、大量に積み上げられた野菜の下に麺が……、というかすっごく臭い! 何コレっ? ニンニク? 

 

 どう食べようか苦しんでいると、あたしの横にまた別の常連客がやって来て、

 

「少し器貸してくれるかな? 食べやすくしたげるから」

「え、あっ、お願いします……」

 

 そう言って、慣れた手つきで野菜とその下の麺の位置を文字通り『ひっくり返した』

 

「はいどうぞ。これは『天地返し』って言うんだ。覚えておきな」

「あっありがとうございます……」

 

 そんな事があり、何はともあれ麺が表に上がってきた。これでやっと食べられる。セイバーさんにも教えてあげようとして、隣を見た時……。

 

 

 あれだけ山盛りに積み上げられていた筈の野菜は姿を消し、これまたただでさえ多かった筈の麺も大半がセイバーさんの胃の中へと吸い込まれていたのだ。

 

「……はぁ?」

 

 こんな反応しかできないあたしを許して……

 

 

 その後、何とか食べきったあたしはセイバーさんを連れてさっさとショッピングモールを後にしていた。後に聞いた話なんだけど、小ラーメンも女の子が食べるにしては異常な量だったらしい。いやまぁ、店内の雰囲気的に何となく分かってたけどさ。

 

 

 

 それじゃあセイバーさんはどう説明すればいいの……? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




特になし。

今回も読んでくれてありがとナス!


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合宿編〜カオスの舞踏曲〜
CiRCLE会談〜合宿編プロローグ1〜


前置きは無し。遅れてスマン!


 私が休日を悉く嫌っているという事は、周知の事実に成りつつある。基本的に平日は毎日出勤し、休日も結構な確率で出勤していれば、誰でも分かるようなことだ。

 

 だが、それにも懲りずに『もっと休みを取ってほしい』という月島さんの頼みや、代表的な例としては白鷺や今井に『買い物に付き合って欲しいから、この日空けておいてもらえる?』というような誘いがやってくるので、当初の予定よりも休みの日は多く取る事になっているのだが……。

 

 というよりか、実際のところは『暇な時間』があるというのが嫌いなだけだ。体の休息という目的なら別なのだが、そもそも私の体は元々サーヴァントだ。こうなってからは余り疲れを感じたりする事は無くなってしまっている。

 

 そういった理由から、私はバイトを詰めまくっているのだ。そう、それは勿論、今日も例外では無かった。

 

 

 だが、今日のバイトは少し違うらしい。

 

 月島さんからは、「スタジオ1番で会議の予定が入ってるから、長机5個と、椅子を25個セットしてもらっていいかな?」と指示が入っている。

 

 そうか、そういう使い方もできるのか……。確かにスタジオは場所によるが広い所も多く、防音なので会議の内容や大きな声が外に漏れることは無い。うむ、実にもってこいな場所じゃないか。

 

 そんなわけで長机を五つ、そしてそれぞれの前にパイプ椅子を五つ並べていく。ちょうどセットし終わった時に月島さんが再び現れる。彼女の手には、二脚の豪華そうな椅子があった。それを放射状に並べてある長机を全て眺められるところに設置させた。

 

「それは来賓の席ですか?」

「あー、えっと……、一つは私のなんだけどね……! あはは……」

「それは……、失礼しました」

「あー、そうそう! 来賓以外の全員が揃ってからでいいから、人数分の飲み物を用意してもらえるかな?」

「了解しました。ちなみに月島さんは何にしましょうか?」

「んー、そうだなー。じゃあ、アイスティーをお願い出来るかな」

「畏まりました。時間と人数を見て用意させてもらいます。では、また後で来ます」

「分かったよー、ありがとー!」

 

 その言葉を背に会議用にセッティングされたスタジオを後にする。今の時間は正午に差し掛かる頃だった。件の会議まではあと30分といったところ。

 

 ドリンクの準備でもしておこうと、私の根城であるカウンターに向かう途中。

 

「あら、エミヤさん」

「げ、白鷺……」

 

 あんまり得意じゃない相手に出会った。どういう訳か、こいつはあの時以来、私に対する態度が大分軟化したように思える。以前のような仮面に形作られた笑顔ではなく、多少ぎこちなくはあるものの自然な笑顔に変わっているのだ。

 ──一つ彼女を擁護しておくが、彼女の仮面の笑顔はとてもハイレベルであり、常人がそれを嘘の笑顔と見抜く事は先ず出来ないだろう。

 

「……人に会ってその態度はおかしいとは思わないかしら」

「いや、すまない、ここに居るとは思わなかったのでな。何故ここに?」

「会議の為です……って、あなたがそれを知らなかったの?」

「何だと……、私は何も聞いてはいないのだが」

「今日はガールズバンドが5つ集まって会議する予定になっていたのだけれど……、その顔を見るに本当に知らなかったみたいですね」

 

 全くもってその通り、私は月島さんから何も聞いてはいない。今日に至るまでにこの事は何一つ、だ。

 

 まぁ、あの人は割と天然なところがあるから、伝えたつもりでいたというのは十分に予想できる。

 

「五バンドというと、『あいつら』しか居ないな……」

「ええ、その『あいつら』で間違いないと思いますよ」

 

 それならば、と。

 

「白鷺、君は会議中に何が飲みたい」

「……そうね、紅茶……、かしらね」

「ミルクと砂糖はどうする」

「一応用意しておいて貰えると助かるわ」

「よし、ではその時に持っていこう。先に会場に入っているといい」

「ええ、そうさせてもらうわ♪」

 

 先程よりも違和感のなくなった、自然な笑顔をこちらに向けてから、彼女はスタジオへと向かって行った。

 

 

 そして、その後もバンドメンバー全員で集まって来た奴らもいれば、ばらばらで来たり、遅刻したりする奴らもいたがしっかりと全員集まっているようだな。

 

 機を見計らって、用意しておいた飲み物を搬入していく。誰がどの飲み物を手にするかは基本的に私がランダムで配る為、ランダムとなっている。

 飲めないのがあればバンド内で交換とかしてくれるだろうと思い、そこら辺は適当にさせてもらっている。

 

 あぁ、ただ、先に来ていた白鷺は紅茶を確実に用意しておいた。それと、普段から注文してくれているお陰で飲む物が大体分かっている奴らも除くが。美竹とかはブラックを、湊にもブラックを用意しておいた。

 ──まぁ、湊のブラックには角砂糖もセットしてあるのだがね……。

 

「う……、何故私の目の前にはブラックコーヒーが置かれているんだい?」

「あれ、薫さんってブラック飲めないんですか? てっきり飲めるものだと思って……」

「いや、飲めることには飲めるのだけど、余り好きではなくてね……」

「あー、まぁでも、1回飲んでみるのがオススメですよー。エミヤさんのコーヒーはとっても美味しいですから」

「……美咲がそこまで言うなら、仕方ないね……」

 

「おや、湊さん。ブラックですか?」

「ええ、そうよ。流石はエミヤさんね、分かっているわ」

「しかし、その隣には大量の角砂糖が……」

「きっと他のメンバーに対しての心配りね。流石はエミヤさんよ」

「しかし私達は湊さん以外、砂糖を使うであろう飲み物はありませんけど……」

「…………」

「……湊さん?」

 

 

 まだ会議も始まっていないというのに、結構な盛り上がりだな。さて、飲み物も何事も無く終わった事だし、私はさっさとカウンターに戻らせてもらうとしようか……。そう思って、スタジオの出口のドアノブに手を掛けたその時。

 

「あー、エミヤくーん! ちょっとこっち来てくれるー?」

「……、分かりました……」

 

 月島さんの隣に控えるように直立する。そして、彼女の次の言葉を待っていたのだが。

 

「違う違う、ここ座って」

「ここは来賓の席と言っていたではないですか?」

「来賓は、君だよ。エミヤくん」

「……。ま、何となく分かってましたけどね……」

 

 促されるまま席へと着席。すると隣の月島さんが会合開催の音頭を取り始める。

 どうやら今回の会議の議題は、『CiRCLE開店4周年記念のイベント』の件らしい。後ろのホワイトボードに書いてあった。

 

 日時はちょうど一月後。時間は十分にある、そう私は思っていたのだが、

 どうやら月島さんにはなにか考えがあるらしいな……。先程から口元の笑いが隠しきれていないからな。

 まぁ、何をしようが俺には関係の無い事だ。いつも通りの仕事をこなすだけだ。

 

「ここで一つ! 私の方から催したいことがあるんだ!」

 

 参加者たちは人それぞれの反応を示している。期待、傍観、無関心、興味などと。

 

「そのイベントでは、バンドメンバーのシャッフルをして貰います!」

 

 その発表の直後、会場は困惑により支配される事になった。正直言えば私もピンと来ていないのだ。

 

 説明を掻い摘んでいくと、五バンドの各役職(Vo、Ba、Gt、key、Drの事。例外はあるがね)を運営が作成したくじ引きによってシャッフルするというもの。

 

 練習期間は当然イベントまでの一月、その即興バンドでの練習時に限り代金を割引する、と言ったこともやるらしい。

 

 そして、これが一番の問題点なのだが……。

 

「来週の月曜日から木曜日までの予定は空けておいてくれたかな?」

 

 どういう意図を持っての発言なのか、私には想像もつかなかった。しかし、何となく月島さんが何かとんでもない事を考えているという事は理解していた。

 

 各バンドリーダーから『予定は空いている』との報告を受けた月島さんは、再び言葉を繋ぎ始める。

 

「では、全員予定は空いているとの事なので〜、沖縄にて特別合宿をしたいと思います! どうかな、みんな?」

「いいですね〜! 楽しそー!」

「沖縄か……、あたし行ったことないな……」

「モカちゃんもありませ〜ん」

「りんり〜ん! 沖縄だって!」

「う、うん……。きっと、楽しいよ……!」

「沖縄……、日焼け対策はしっかりしておかなくちゃ……」

「え、沖縄っ……、高温……、ミッシェル……。うっ、頭が……」

 

 喜んでいる者もいれば、困惑している者、露骨に嫌そうな顔をしているのも少々。だが、イベントの為だと思って割り切って行ってもらうしかないだろう。

 

 その間、私は留守番の役目だろうな。女だらけの合宿に1人だけ男が居ては、私の立場が居た堪れない様になってしまうからな。ただ、そう断わってしまっては若干の申し訳なさを感じるので、予定があると嘘を着いておくことに決めた私。

 

「どうしたの〜、エミヤくん。そんな私は行きませんよー、なんて顔しちゃってさ」

「いえ、どうあっても私は行けませんよ。予定がありますのでね」

「あれれ〜、そんな予定無かった筈なんだけどな〜」

「……、何故そんな事を?」

「だって、その日もしっかりバイトが入っているんだもん。予定があるなんて……、ねぇ?」

「…………」

 

 仕事のし過ぎだ、馬鹿野郎……。

 

「いや、しかし! 女所帯の中に一人だけ男だと言うのも──」

「でも女だけだと、ナンパされた時困っちゃうなー」

「……その為の沖縄ですか……」

「ううん、それは違うよ。ただ季節的な面を含めてここが良いかなってなっただけだよ。あ、ちなみに私は行かないからね〜。そこの所、よろしくー!」

「何だと……!」

「合宿中もここは通常通り営業しなきゃいけないから、誰かが残らなきゃいけないからねー」

 

 それはさらにキツイ状況になってしまった……。このまま男一人で向かってしまうのは、とても耐えられるものでは無い! 

 

 ここは……。

 

 

 うむ、アレしか無いな……。

 

「取り敢えず、付き添いとして行く事は了承します。が、付き添いの人数をこちらで増やしても構いませんか?」

「あてがあるならいいけど、ウチの他のスタッフは申し訳ないけど、合宿に着いていける程の予定がみんな空いてないから、連れて行けないけど……」

「ええ、大丈夫です。こちらで用意できるので」

「それならいいよ! 許可します!」

 

 よし、これで一人ではなくなった……。私の心に、ようやく若干の晴れ間が見えたぞ……。

 

 

 

 そんな感じで、会議は終了。くじ引き結果は、出発の当日の朝発表だと。というよりか、そういう指示が出ているのだ。

 

 

 こちらの準備は万全だ。協力者も快く引き受けてくれた、それも四人もだ。これならば……。

 

 そう思い、私は希望に満ちた顔で当日の朝を迎える事になった……。




今の世の中(バンドリSS界隈)は、妹モノがブームと聞く。

ではワシもやるしかあるまいて!
というけわけで、誰をメインにするかは決まってませんが、新作ちゃちゃっと作る事を決意した、作者であります。

近いうちに上がるかな?分かんないけど、まぁ期待しててねー。


あー、そうそう次回は合宿編の導入作るんですけど、ランダムバンドのメンバー、誰と誰をバンドとして組ませて欲しいとかあればお題箱に入れといてもらえると嬉しい。基本先着順にするんで、恨みっこなしでオナシャス!


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メンバー発表。さて、どうなるかな…?

また遅れたね。新作これから手つけます。


「シロウ、私達は何処へ向かっているのですか?」

「その通りよ坊や。オキナワに行くにはまずは空港に行くべきなのでしょう?」

「いや、その通りなのだが……」

「まぁまぁ、きっと何かしらの事情があるのでしょう。ここは従っておいた方がいいでしょうね」

「はっ! 何でも良いが、オキナワって所のメシは美味なのか?」

「そうです! 私もそこが気になっていました!」

「私が作るから問題は無い」

「そりゃあ安心だな! ははははは!」

「なんと……! それはそれとしてお腹が空いてきました。昼食にしましょう」

「セイバー、貴女朝ご飯しっかりと食べたのですか?」

 

 沖縄への出発当日の朝。私は割と信頼出来る保護者数人を同伴の元、待ち合わせ場所へと向かっていた。その場所とは、文明の機器スマートフォンのマップ機能にも載っていない白紙の地。キャスターの言う通り、沖縄へ飛ぶには空港へ向かい、そこから発着している飛行機を用いて飛ぶのが一般的だ。

 

 待ち合わせて行くのであれば別だが、二度手間になる事はあまりしたくは無いものだ。効率が悪いのだ。究極な所、現地集合でも良いくらいだが、そこは防犯の観点から却下される事は必然だが。

 

 

 さて、そろそろ目的の場所に着くはずだな。スマートフォンも私の手の中でブルブルと振動している。こいつは目的地にもうじき着くことを、振動する事で私に教えてくれているらしい。……昔のガラパゴスケータイが懐かしく思えるようだな……、あの持ち運びができて且つ、連絡も出来るあの衝撃は、きっと忘れることは無いだろう。

 

 その待ち合わせ場所に差し掛かる所で。

 

 

 一人の、この閑静な住宅には似合わない男が電柱に寄っかかっていた。

 

 いかにも武士の格好をしたそいつは、

 

「うん? 遅かったではないか……。待ちくたびれたぞ……?」

 

 

 

 誰が誘った? 

 

 というか、そもそもこいつ居たのか? 

 

「若宮殿にどうしてもと言われてしまってなぁ……。女子の誘いを断る訳にはいかんだろう?」

「いや、そもそも聞いていないのだが……」

「あら? 貴方、佐々木!?」

「おぉや、女狐殿も居られたか……。やはりここに来たのは失敗であったか……

「なんですって?」

「いいや何も」

 

 それは置いておくとしてだ。

 

 このだだっ広い場所には、読んで字のごとく『何も無かった』。ただ、一つを除いて。

 

 足首をギリギリ超えないくらいの草が生い茂っているのみ、その他には何も無い。えー、ただ……、一つを除いては……。

 

 

 あの存在感満載の、プライベートジェットを除いて……、は。

 

 

 ジェット機の周りには黒服の男達が、一糸乱れることなく屹立していた。

 そして、その近くには、例のバンドメンバー計25人が既に集合していて、仲良さそうに会話を楽しんでいた。ある者はバンド内で、そしてある者はバンドや学年、学校の垣根を超えて会話に勤しんでいた。

 

「あら? やっと来たわね!」

「すまない、待たせたようだな」

「いいえ、大丈夫よ! みんなも楽しみで早く来ているだけだもの!」

「嬢ちゃんも楽しそうだな?」

「もちろんよ! 楽しくないわけが無いわ!」

 

「あの金髪の元気そうな子……、こころって言うのかしら。顔は好みなのだけれど、性格が明るすぎるわ……。燐子ちゃんとかの方が断然……、はっ! 居たわ、私好みの可愛い女の子! ブロンドのロングで、ハーフアップで纏めてて、お淑やかそうな……、そうあの子よ!」

「キャスター……、まずは貴女がここで脱落するべきですね……?」

「お……、おほほほほ、じょ、冗談よ……。そんな殺意を剥き出しにしないでくださるかしら……?」

 

 

 よし、これで何事も無く全員集合のようだな。では、余り目立ちたくもないしさっさと始めてしまおう。

 

「全員揃っているな……、よし。ではこれより沖縄へと飛ぶ事になるのだが──」

「はいはいはーいっ! 質問でーす!」

「質問は後にしてくださーい、続けまーす」

 

 なんか質問してきた戸山を軽くあしらってから、説明に入る。移動手段がこの目の前にある弦巻家専用プライベートジェット機である事や、バンドメンバー発表は機内で行うだとか、まぁ色々だ。ここで話しては少し時間が掛かるので割愛させてもらう事にしよう。

 

「それで戸山、質問は?」

「えーと……、忘れちゃったのでいいです!」

「なんも無いなら最初から言うんじゃねー!」

「……、市ヶ谷。しっかり保護者として面倒を見てくれよ……」

「保護者じゃねーし!」

 

 絶望の顔が見える見える。私も戸山の相手をしていると、脳味噌が溶けてしまう気がしてならない。なんと言えばいいのか……。精神年齢が下がってしまう感じ、だろうか。

 ──まぁ、そもそも今の俺の精神なんてまともなもんじゃないが……。

 

 しかし、自家用ジェットを保有するだけの財があるとはな、そこまで弦巻は巨大な組織なのか。何を作ってるとかは全く知らないが、そういうのは割と身近にあったりするかもしれないな。

 

「機内の何処に座ってもいいという許可を得ているが、くれぐれも機械の破損などは無いようにしてくれ。これは私のものでは無いのでな」

 

 多少手こずりはするだろうが投影が出来るので、最悪の場合はそうさせてもらうことも吝かではないが。

 

「あら、別にいいのよ? もうじき新しいのを作るみたいだから、古いのは要らなくなる、って黒服の人達が言っていたわ!」

「えぇ……。い、いやそれでもだ。機内の破損は私が許さん、肝に銘じておけ」

 

 弦巻の所有物なので、弦巻本人が壊してしまう分には何も問題は無いが、他の別人がやってしまったならば、それは問題になる。特に、氷川(妹)だったり戸山とかは本当にやりかねん。「キラキラドキドキ! ヒャッホー!」とか、「るんっ! って来た! ヒャッホー!」とか。それに加えて、割とドジを踏む丸山も結構危ういだろう。

 

 

 だが、今のところは何事も無く全員思い思いの席に着席して、発進する時を待っている状態になっている。そこに、飛行機特有の機内でのマナーだったり、緊急時の避難方法とかを知らせるアナウンスがかかり始める。が、そこにも直ぐに違和感を感じる、というか、全員気づくはずだろう。

 

『やっほー! みんな、楽しめているかしら? 今回だけ、私がアナウンスをする事になったわ! よーく聞いておくのよ?』

 

 どうやら、今回だけの特別アナウンスらしい。弦巻こころの声で様々な注意事項が結構雑に、というより擬音とかフィーリング増し増しでアナウンスされている。用意は良いのだが、大事な所くらいしっかりとするべきだろう……。まぁ、らしいと言えばらしいのだが……。

 

 

 アナウンス後は流れるように離陸。母なる大地とは暫しのお別れ、大いなる空へと不思議な鉄屑は羽ばたいて行く。私が引き連れてきたサーヴァント達もそんな訳で、話題は当然というかなんというか、イベント用のバンドメンバーの話へと移り変わっていた。

 

「エミヤさん! そろそろいいんじゃないですか〜?」

「ん、何がだね。……いや、言いたいことは分かるとも。バンドの件だろう?」

「はい、その通りです! 機内で発表するって言ってたから……」

「まぁ、いいか。じゃあそうするとしようか」

 

 何故か隣の席に座っていた上原に勧められて、席を立ち機内に備え付けられていたマイクを手に取る。瞬間、視線が私に集まるのを感じた。うむ、やはり全員気になって仕方が無かった様だな。勿体ぶるものでも無かったか。

 

「よし、それでは今回のイベントの目玉であるシャッフルバンドのメンバーを発表させてもらおう。一つ補足を加えておくと、夜の部屋班もその5人となるので、今の内に交流を深めておく事を勧める……が、心配することでも無かったか」

 

『!!!!』

 

 全員露骨に驚いているな……。まぁ、無理も無い、たった今の思い付きで決めたのだからな。

 

「それに加えてバンド練習には、私の連れてきた連中を1人か2人付けさせてもらう。一種の防犯セキュリティと考えてくれて構わない。そいつらに演奏を聞いて貰ってもいいんじゃないだろうか」

 

 月島さんに迷惑がかかる云々の前に、何か面倒事に巻き込まれてしまってはこちらとしても面倒だ。サーヴァントがいる以上、野蛮な男達も寄り付かないだろうという私の考えだ。

 演奏を聞いてもらうとかは、これまた私の思い付きだ。

 

「……、それでは発表の方に入らせてもらおう」

 

「チームA。湊、青葉、牛込、奥沢、宇田川(妹)」

 

「……、大丈夫かしら……?」

「もんだいないっすよ〜」

 

「チームB。弦巻、氷川(妹)、上原、白金、松原」

 

「きっと楽しくなるわ! ヒナ!」

「うん、そうだねー!」

 

「チームC。戸山、氷川(姉)、北沢、市ヶ谷、大和」

 

「あぁ〜りさぁ〜!」

「くっつくなー! 離れろーっ!!」

 

「チームD。美竹、瀬田、白鷺、若宮、山吹」

 

「まさか、子猫ちゃんと一緒になるなんて……! これは運命か!」

「まさか。それは悪運というものよ……」

 

「チームE。丸山、花園、今井、羽沢、宇田川(姉)」

 

「つぐ! 頑張ろうな!」

「うん、頑張って成功させようね!」

 

「以上だ。付ける付き添いはまた後ほど発表させてもらう。さぁ、これからの機内での行動は自由だ、好きに動きてくれたまえ」

 

 そうなると、自分の席に留まったままの者は一人もおらず、バンドのグループで集まり始めて、早速会議を始めている。

 

 うむ、これなら上手く行きそうだな……。そう思った私も、トランプの興じているアホどもの所に戻る事に決めたのだった。




新作も作ってるので、よければ見に来てね(ダイマ)

それじゃ、またこんど。


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海と浜辺とシュノーケル

題名のセンスェ…。


ま、まぁいいです。ほんと遅れて申し訳ない!新作も全く進んでませんけど、取り敢えず本編どうぞ!


 

 

 

 じりじりと照りつけてくる憎たらしい太陽。

 

 その輝きを我がものとして、熱を獲得した大地。てか砂。

 

 

 その上をかける美少女達。なお布一つのみをつけた状態の。

 

 

 

 それを追い掛ける、青い狂犬ランサー。

 

 

 

 それをさらに追い掛けるは、神言魔術式・灰の花嫁ヘカティック・グライアー。

 

 

 これが私の勝手な予想だった。きっと恐らくこうなるだろうと、画面の向こうの皆様方も思ったのではないか? 

 

 

 だが、残念。どうも、違ったみたいだ……。

 

 

 

 ──────────────

 

 

「らぁッ!!」

 

「セイッ!」

 

「甘いっ!」

 

「ふぅッ!」

 

 

 さて、私達の乗ったジェットはあの後もなんのトラブルも無く、予定通り沖縄の那覇へと着陸を成功させた。那覇空港の一角を貸し切るとは……、弦巻の財力は計り知れないな。

 

 途中、セイバーが何かおかしな物天翔る王の御座を発見したが、見て見ぬふりをするように伝えてある。あれに構っては、とても面倒くさくなる事は想像に難くないのでね。

 

 そのあと弦巻の別荘に到着してからは基本的に自由行動にしたのだが、5バンドの全員が海でのバケーションにする事に決めたらしい。あのRoseliaでさえ、それを了承したというのだから驚きだ。まぁ、大方今井と宇田川が粘ったのだろうけど。

 

 そのそれぞれを見守るように、引き連れてきたサーヴァント達に指示を出しておいた。ポピパにはランサーを、アフロにはセイバー、パスパレにアサシン──やはり小次郎という名前の方が呼びやすい──、Roseliaにはライダーとキャスター、そしてハロハピには私という具合に彼女たちの保護環境は万全に整っている。あくまで目安だ。基本的に全員に注意は向けてあるが、これで何か問題が起こることはまず有り得ないだろう。

(イベント用のバンドとは関係は無いので、悪しからず)

 

 別荘に荷物を置いて、少数の弦巻家使用人を留守番として。残りのメンバーは揃ってビーチへと向かって行った。

 

 

 ──というのがたった1時間前の話だ。

 

 平穏な空間で見守りだけを行い、決して自分の不利益になるような行為はしない。要は報酬分の仕事だけを行うスタンスで臨んでいたのだが、これまたどうした事か──

 

 

「ほぅ……、なかなかやりますね、セイバー」

「いえ、ライダーこそ。その俊敏性には助けられます」

 

「おいアーチャー! ぼさっとしてんじゃねぇ!」

「あぁ、悪かったな。どうしてこうなってしまったのか、軽く回想していたのだ。次からは集中しようじゃないか」

 

 ライダーによって打ち上げられたボールがセイバーの鞭のように撓った手によって強烈に打ち付けられ、こちら側のコートに大きく衝撃を与えながら地面へと激突。

 

 セイバー達の得点になり、8-9で1点のリードを許している状況。

 

 

 そう、私──私達はビーチでの遊戯にはメジャーであると言える、ビーチバレーに励んでいる真っ最中である。

 

 周りには自分達の遊びを中断してまで、観戦するメンバーが多く存在していて、その中からは自分を応援する声も聞こえてくる。

 

 

「エミヤさん、負けたら承知しないから」

「何としても勝つのよ、エミヤ」

「美竹さん……、湊さんも……。あー、ほどほどに頑張って下さ〜い」

「うふふ、エミヤさん。勝ったらご褒美ですよ♪」

 

 

 ──応……援……? もはや脅迫のように聞こえたのだが……? てか、最後怖すぎませんかね……。

 

「ランサーさーん、鋭いの一発いきましょ~!」

「おうよ、沙綾ちゃんの期待に応えるぜ!」

 

 ランサーは山吹の声援で戦意上昇。

 

「セイバーさんなら勝てますよー!! えい、えい、おーっ! です!」

「ええ、ヒマリ。えい、えい、おーっ!」

「え、えっと……、ライダーさん……。その、ま、負けないでっ……!」

「負けるつもりなど毛頭ありません。見ていてください、燐子」

 

 セイバーとライダーも応援を受けて、やる気に満ち溢れている様だ。こちらと相手のポテンシャルレア度は若干こちらが押されているが、反攻出来ない戦力差ではない。遠距離型な性能な分、技術面クラス相性では勝っているのだ。充分戦える、これまでもそうやって凌いできたのだからな。

 

「よし、ランサー。『仕切り直す』としようじゃないか……」

「はっ! 良いだろう、確かにこのリードされている状況。これ以上ない好機だからな……!」

 

 ランサーの周囲を仄かに蒼い闘気が漂い始める。それならば、と。私はランサーにアタックを任せるとしよう。

 

 だが、セイバーの周りにも紅い闘気が見える。『魔力放出』か……? いや、違いない! すかさず俺も『哂う鉄心』を解放。そのままランクがダウンした『千里眼』で着弾地点を割り出しにかかる。

 

「ふぅっ……、ハァッ!」

「ランサー! 右斜め前だ!」

「任せろッ! フンッ!」

 

 予測地点を指示して、レシーブさせる。浮いたボールをトスして、スパイクの下準備は完了。あとは奴が上手くやってくれるさ……、ククッ……。

 

「よぅし、よくやった……。やれェッ!」

「いいボールだァッ!」

 

 瞬間、蒼い閃光が地面に突き刺さった──かに見えた。

 

「っ! 何とかなりましたね……」

「よく拾いました!」

 

 ランサーによって放たれた強力な一撃は、恐らく『怪力』を発動させたライダーによってレシーブされていて、それによって打ち上がったボールに合わせて、セイバーがアタックを試みようとしていた。

 

「させるかッ!」

 

 咄嗟の判断で『防弾加工』を開放。ブロックに徹する事で相手のアタックに備えるという戦法を取った。結果的にそれは成功して、再び敵陣へと落ちていくボールにライダーが反応したものの、『怪力』が発動中だっためか力の加減に失敗して、レシーブしたボールはネットに接触しそのまま地面へと落ちていく。

 

 そういう訳でイーブンの状況に持ってくる事が出来た。

 

 

 

 結局のところ、この試合に決着が着くことは無かった。

 

 デュースを6回続けた辺りでお昼時になり、試合は中断。そのまま無効試合となってしまった為である。

 

 

 

 そんな訳で、ここからはお昼休みを挟んだ後の話。つまりは、午後の部である。

 

 ──────────────

 沖縄に行ったことがある方は、その海の透明度にさぞビックリさせられたことだろう。事実、私もそうだったのだからな。

 

 神奈川県には江ノ島という観光名所がある。あそこは水族館だったり、日本では珍しい路面電車──江ノ電──が走っていたりする事で有名な場所である。そこを貶めるつもりは無いのだが、世辞抜きであそこの海よりも綺麗なのだ。

 

 なんと言っても、海の中で泳いでいる魚が視認出来るのだからな。それだけで沖縄の海が透き通っている事が証明できるだろう。

 

 

 

 何故こんな話をしているのかと言うのなら。

 

 

 

「ぷはぁっ! ……凄いわ! みんな今の見たかしら!?」

「ふぅ……、うんうん。居たね、凄いの」

「わ、私、ウミガメなんて初めて見たなぁ……」

「はぐみも! なんかねー、とっても凄かった!」

「あぁ、私も大いなる自然を感じた気がするよ……!」

「それは何よりであります、プリンセス」

 

 ハロハピの要望に応え──というより、こころの願いなのだが……──少し沖に出てシュノーケリングを行っているためである。念の為、小型のクルーザーを投影してあるので、万が一の事態は起こらないだろう。当然の事ながらキッチンは完備。弦巻ならば泳ぐ魚を鷲掴みにして持ち帰る可能性もない訳では無いからな。ただ、潜っているのはハロハピの5人のみで、私はボートの上で有事の際に動けるようにしている。

 

「他にも何か見えたか?」

「お魚さんが沢山泳いでいたわ! 羨ましいわ、あんなに自由に泳げるなんて!」

「サンゴとかもあったよね、割とサンゴも見たこと無かったかも」

「まぁ、街の港とは訳が違うからな」

 

 あそこも十分以上地帯ではあるのだが。タコが釣れる港なんて聞いた事がないぞ。因みに釣ったのは、察しのいい皆様ならきっと分かる事なのでここでは語らないことにしておく。

 

 その会話の裏では、先程から松原が海面に頭を突っ込んで必死に何かを探している様子を発見した。大方予想は着くが……。

 

「松原、何をしている?」

「……ぷはぁっ……。い、今、はぐみちゃんと薫さんにも手伝ってもらって、クラゲを……、探しているんです」

 

 そう言われて周りを見渡してみれば、先程の松原と同じような感じで、透き通る海面にオレンジ色と紫色のアクセントが付いていた。

 

「…………、まぁそんな事だと思ったが」

「あら、そうだったのね。なら私も一緒に探してあげるわ! 行くわよ花音!」

「え、本当に? ありがとう! って、ちょっと待って〜! 泳ぐの速すぎるよこころちゃ〜ん!」

 

 松原を引き連れ物凄いスピードで泳ぎ出す弦巻。行動力の高さはピカイチだが、その前に少しでも良いから頭を使って欲しいものだよ……。まったく、やはり松原も苦労するな……。

 

「あー、えっと……。私はどうしたら良いんですかね?」

 

 そうなると、そこには1人取り残された奥沢がポツンと浮かんでいた。とりあえず、私はこう勧めておいた。

 

「ボート、上がるか?」

「あー、ありがとうございます。じゃあ、そうさせてもらおうかな……」

「それなら、二人しか居ないが紅茶と菓子でも出しておくとしようか。どうせ後であいつらも戻ってくるだろうからな」

「あ、私も手伝います」

 

 ただ、用意をしながらでも、クラゲ捜索隊の行動は全て把握しておかなければならない。奥沢に少し準備を任せて、離れ気味になりつつある彼女達の方へと船を進めておく事を忘れない。

 

 ──────────────

 弦巻達が戻ってきたのは、それから10分〜15分後の事だった。水の中に入っていると、それだけで体力を消耗してしまう事は割と世間の人々も知っている事だ。

 

 ボートに上がって来た彼女達は、見るからに疲労が溜まっていることが見て取れた。いつもはしゃいでいて体力が有り余っているような弦巻や北沢も然り、演劇部で作り上げられた体力を持っている瀬田も然り、ドラムという、バンドの中では最も体力を消費する役割を背負っている松原も然り。

 

 そんな時に、私と奥沢で用意しておいた紅茶と茶菓子が役に立つのだ。こういう事は予想できるくらいになってしまっている。きっと、私の生前にそうせざるを得ない理由があったのだろうが……、生憎とそんな記憶を持ち合わせてはいないので。

 

「はぁ……、やはりウェイターの持ってくる紅茶はとても美味しいよ……」

「お褒めに預かり光栄でございます、マドモアゼル」

「ねぇねぇシー君! このお菓子はなんて名前?」

「し、シー君? ……いやともかく、それはスコーンという物だ。イギリス発祥の『美味しい』お菓子だ。今回はプレーンと、レーズンを練り込んだもの、チョコブロックを練り込んだものの三種を作ってみた」

「とっても紅茶との相性が良くって……、美味しいです!」

「やっぱりエミヤの作るものはなんでも美味しいのね!」

「奥沢にも手伝ってもらったから、礼は彼女に言うといい」

「え!? いやほとんどエミヤさんが作ってたじゃないですか……!」

「そうなのね、ありがとう美咲!」

「みーくんは凄いね! はぐみじゃ作れないよ〜!」

「あ、うん。えっと、どういたしまして?」

 

 

 という訳で、午後はシュノーケリングを楽しみましたとさ。めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、クラゲ見れたのかどうか聞くの忘れてたな……

 




エクバ2がとうとう解禁されましたね…。オンライン固定、新たな筐体、新機体、クソ機体の調整…。

今回もいいゲームになるといいんですけどね…。固定とか組みたいって人はTwitterの方来てくれるとありがたいです!いるかは知らないけど。


それじゃ、次の話まで…。ホァイ


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クッキング・ママ(意訳)

さて、書き上げましたとも。今回は早めに上げられました事を、ここにご報告させていただきます。


サラリと本編お楽しみになって❤


「久し振りだな、この感覚。この大人数を相手に料理が振る舞えるとは……、存分に腕が奮えそうだな」

 

 遊び疲れた彼女達の夕食を用意するのは当然、私だ。その為に買い出しだって既にしておいたのだ。25人+‪α‬の期待が私の双肩に掛かっている……。人理焼却騒動(グランドオーダー)以来のなんとも心地のよい感覚に、私はこの上ない歓喜を覚えていた。

 

 献立は定番のカレー。至って普通のメニューだが、そこでひと工夫を加えるのが私だ。カレーは辛さに応じて作り分けて、追加でロースカツを数枚揚げる予定だ。

 

 調理開始……と、ここで。

 

「エミヤさ〜ん、手伝いに来たよー」

「何か手伝えることはあるかしら?」

 

 Roseliaの仲良し幼なじみコンビがやって来てしまった。ここで私のワンマンクッキングライフは終わってしまった。が、まぁ……いいか。一緒に料理をするのは、不思議と懐かしい感覚がする……。

 

「はぁ……、休んでいろと言っていたはずだが?」

「私達はそんなに動いていないから、疲れていないわ」

「友希那なんて、大体の時間は作詞してたしね〜」

「こういった経験からも何か得られるかも、と思ったからよ」

「ふっ、まぁいい。30人分の量を作る予定だ、相当体に疲れが来ると思うが……、大丈夫か?」

「望むところよ」

「うんうん、そーいうこと♪」

「よし、それなら始めようか」

 

 忘れる事は無いが、一応作っておいたレシピ表を二人に手渡して、甘口カレーの作製を指示してから私も調理を開始を始めていった……。

 

 

 ──────────────

 今井の腕前は全く心配は要らないだろうが、湊に関しては未知数だ。何せ音楽しかしてこなかったイメージがあるからな。手伝いに来てくれた所悪いが、怪我などはして欲しくは無い。そこは何とか今井にカバーを頼む事になるだろう。

 

 

 なんてエミヤは思っているのだろうけれど、音楽にしか興味が無かった私はもう、ここには居ないことをここで証明してみせる……、リサと一緒に練習したもの、リサの期待にも応えたいしね。

 

 玉ねぎはくし切りにして置いて、じゃがいもは水洗いして芽の部分を取り除いてから、皮を剥いて一口大に切っていく。

 

 よし、十分上手くできているわね。

 

「お、友希那〜、上手く出来てるじゃん!」

 

 リサも満足そうに褒めてくれた。本当にリサには頭が上がらないわね、日常の色々な事から、学校での事、当然Roseliaの事もね。

 

「ええ、リサが教えてくれたから」

「あはは〜、まさか友希那から『料理を教えて欲しい』なんて言われるなんて思ってなかったよー」

「リ、リサ! そういう事はいちいち言わないで!」

 

 こういうところは、やっぱり一言多いけれど。そんな事言っていると──

 

 

「ほう、やはり練習していたのか」

 

 

 ──────────────

「ほう、やはり練習していたのか」

 

 私は湊が料理をする、などとは微塵も想像出来なかった。なぜなら、彼女の『Roseliaにすべてを懸ける覚悟はある?』という言からも分かるように、音楽ばかりしてきたイメージがあったからだ。

 

 包丁の持ち方は分かっても、どう切ればいいかが分からない。それくらいのレベルを想像していたのだが。その予想を裏切って、レシピ通りに玉ねぎやじゃがいも、ナスまでも切り分けていくのだからな。

 

「そうなんだよ〜! 友希那から教えてなんて頼まれるなんて思わないでしょ〜!」

「リ、リサ! ちょっと!」

「ああ、まったくだな」

「エミヤまで……」

「だが、料理というものに興味を持ってくれたということでもある。私はそれが、純粋に嬉しいよ」

「っ!」

「あー……、あはは〜……」

 

 途端二人とも沈黙してしまう。よく分からないが、何かしてしまったのだろうか? 

 

「って、友希那! 鍋見て!」

「え? あっ!」

 

 覗いて見ると、少し具材に焦げが生じてしまっていた。む……、無駄話が過ぎたかな。

 

「話が盛り上がってしまってたからな、仕方ないさ。それに、これぐらいでは誰も怒ったりしないだろう」

 

 話が面白かった事と一緒に、失敗に対するフォローを入れておく。だが、それを除いても仕上がりは上々であった。

 

 

 ──────────────

 それからはあまりたいした会話もなく、順調に進んでいって……。

 

「よし、完成だな」

「うん! こっちも終わったよ〜!」

 

 計4つ、大小の鍋にカレーが出来上がっていた。そこからは他のメンバーに手伝って貰って、全員が入れる大部屋に机と椅子をセッティングして、手早く配膳を進めてもらった。

 

「Roseliaはあと紗夜だけだな……。紗夜にはこれを持って行ってくれ」

「は、はい……、分かりました。あっ……、少し待ってください……!」

「む、どうした」

「───────」

「───────」

「ごめんなさい、こんな事……頼んでしまって……」

「いや、構わないよ。むしろこちらの配慮が足りていなかった、直ぐに取り掛かろう。取り敢えずこれ持って行ってくれるか」

「はい、分かりました……!」

 

 手伝ってくれている白金にそう言ってカレーの器を手渡す。さてと、これで全員分のカレーが行き渡ったはずだ。念の為、少し声を張り上げて呼び掛ける。

 

「注文通りのカレーが行き届いていない所はあるか?」

「ポピパ全員ありまーす!」

「Roselia、問題ないわ」

「ハロー、ハッピーワールド! も大丈夫よ!」

「Afterglowも全員分ありますよ!」

「パスパレもオッケーでーす!」

「セイバーが量が足りないって言ってるぞ〜!」

「ええい! 勝手にお代わりをさせておけ! では各自、しっかりいただきますをしてから、よく噛んで食べるように!」

 

『いただきまーす!!』

 

 ええいセイバーめ……、少しの間も我慢できないとは……! アイツに関しては前よりも退化してしまっているじゃないか! 

 

 

 

 あぁ、それよりも。

 

 向こうの方はどうなっているのだろうか? 

 

 ──────────────

 カレー。

 

 様々な具材をカレー粉によって作り出される、パーティや大人数が集まる時にはもってこいの献立。

 

 私はカレーがあまり好きではありません。理由は簡単、『にんじん』が入っているからです。昔は大好きだった物の筈なのに、いつの頃からか……、全く食べれなくなってしまっていました。

 

 だから、今日のメニューがカレーと知った時はどうしようかと思っていました。思っていたんですけど……。

 

「私のカレー、にんじんが入っていない……?」

 

 湊さんや今井さん、それだけじゃない。他のみんなのカレーにはにんじんが入っているのに、私のカレーにはそれが含まれていないのです。きっとエミヤさんが気を使ってくれたのでしょうけど……。

 

「それはそれで疎外感を感じてしまいますね……」

「んー、どうしたの紗夜〜?」

「いえ、私のカレーにはにんじんが入っていなくて良かった、と思っただけです」

「エミヤが作り分けていたのね」

「うん、そうみたいだねぇ」

「いやいやそうじゃなくって、紗夜さん! 良く見てくださいよ! 私たちのカレーも!」

 

 どういう意味かしら……? 全く理解できないけれど、宇田川さんに言われた通りに隣に座っていた白金さんのカレーを見つめてみました。すると、どういうことでしょうか。

 

「にんじんが……、入っていない、ですね……」

「きっと紗夜はそう言うだろうって燐子が提案してくれたわ」

「い、いえ……、こういう時くらい、みんなで同じ物を……、食べたくて、ですね……」

「白金さん、皆さん……」

 

 やはり私は……、ひとりじゃないんですね……! 

 

 

 ──────────────

 うむ、上手くいったようだな。白金にRoselia全員分のカレーを『にんじん抜き』にしてくれと言われた時、私は自分の考えの浅はかさを痛感したよ。あのままカレーを出していたならば、氷川のメンタルに色々と関わる問題になっていた可能性も否めない。白金には感謝だな。

 

「おいセイバー! そのカツは俺のもんだっつったろうがよ!」

「知りませんそんな事いただきます!」

「おいテメェ! バカヤロウ!」

「五月蝿いわよ駄犬! 大人しくなさい!」

「カルデアにいた頃も割とこんな感じでしたね」

「あぁ……、全く。風流の欠片も無いでは無いか……」

「佐々木、しれっと私のカツをパクらないで貰えるかしら……?」

「はて、なんの事やら……」

 

 こいつらもこいつらだが……。

 

 わざわざこんな場所にまで着いてきてくれたことに関しては、素直に喜ばしい事だな。

 

 

 心の中で感謝の言葉を唱えつつも、私はカレーを口へと運んでいった。

 

 

 

 

 

 




エクバ2の青プレ帯が既に魔境と化している件について。
ほんとに頼むから全覚受け覚とかされちゃったら勝てるわけないやん?相方はもっと半覚吐いて❤吐け(豹変)
せめて階級くらいは引き継いで欲しかったなぁ…。



まぁ、それはさておき。
これから各イベントバンド毎に1話ずつ話作ろうと思ってるんですけど、このバンドのお遊びシーンが欲しいとかあったら遠慮なくどうぞ。あ、鯖の方でも可ですよ。


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感情乖離

半失踪状態になってしまって、ホントごめんなさい!


ペースは上がりませんけど、失踪だけはしないつもりなのでまだまだお付き合い下さい!


 世界には二通りの人間が存在している。

 

『当事者』と『観測者』

 

 

 いや、観測者というよりも『傍観者』と言うべきかもしれない。

 

 どちらにせよ、私の成すべき役割には全く関係の無い話なのだが……。それなら何故この話を始めたのかと思うだろう。

 

 そう、君のような人間にはね。

 

 

 世界に『守護者』の役割を押し付けられ、呼び出された世界で私は幾度となくその役割を果たして来た。

 

 俺──エミヤシロウの奥底に秘められた信念、『正義の味方』という幻の虚像を履行する為に。

 

 数多くの笑顔を守る裏側で、その瞬間まで笑顔だった人間の顔を恐怖で捻じ曲げる──最悪の場合は、その命を奪う。

 

 

 守りきれずに失う物もある。何度も何度も、両親を失った小さなか弱い少年少女の悲痛な顔を俯瞰しては、己を傷付けた。

 

 見殺しにする事だって多々あった。行けば助けられる、だがそれよりも多くの人間が命を落とす。

 

 

 結局の所、私には世界の希望になる事などは叶わず。

 

 目の前の人間すら救えない。

 

 

 

 私は『当事者』ではなく、自分には人を救う事が出来る力があると思い込んでいただけの──ただの『傍観者』だったのだ。

 

 

 

 

 ──────────────

 合宿2日目の朝。30人余りの好き嫌いを把握し切っている私にとって、全員が最高の状態で練習できるようなメニューを立案し、作り上げる事は文字通り朝飯前だ。

 

 にんじんだったり、薄味が苦手だったりとか色々あるが。

 

 そういう様々な要素を頭に入れながら料理をするというのは、私にこの上ない悦びと嬉しみを与えてくれる。

 

 

 因みにだが、朝食は山吹が手伝ってくれた。感謝の言葉を述べさせてもらおう。なんでも山吹家でいつも朝食を作るのは、長女である山吹沙綾が行っているらしい、調理中にそう語っていた。そのいつもの癖で目が覚めてしまったのだろうが、こちらとしては助かっているよ。

 

 朝食後は各々のバンド毎に集まって会議を始めていた。といっても、セットリスト等は合宿前に決めてあるはずなので、情報の擦り合わせ程度のものだろう。

 

 程なくして、食堂には人っ子一人居ない状態になってしまっていた。なので、昼に軽く摘めるような軽食を作りつつ、ドリンクの用意もそれと並行させながら昼時の時間まで暇を潰していた。

 

 ──────────────

「そろそろ休憩したらどうだ? 差し入れを持ってきたのだが」

「あ、えっと……、ありがとう……」

 

 正午過ぎに例の差し入れを持って、練習中のバンドを訪問している途中。

 現在は美竹や瀬田、白鷺などを擁するDバンドに配達している最中である。

 

「それじゃこれで私は」

「おや……? そこにいるのはエミヤさんじゃあないか!」

「チィ……、絡まれたか……」

 

 美竹に渡すものを渡してさっさと立ち去るつもりだったのだが、一番喧しい奴に引っかかってしまったようだ。お前、普段はもう少し静からしいじゃないか、なんでこういう時だけは五月蝿いだか……。

 

「一体、何を作ってくれたんだい?」

「おにぎりとサンドイッチ、中身は適当だ。それとスポーツドリンクだな」

「なるほど……、中身は……いや、聞かないでおこうか。自分が一体何を引き当てるか、それもまた……!」

「儚い」

「ああ! 儚い!」

「薫、うるさい。早くお弁当をこっちに寄越しなさい。蘭ちゃんや沙綾ちゃん達が待ってるのよ」

 

 扱いに困る瀬田を、そこにやって来た白鷺は適当にあしらって弁当箱をかっさらって行く。そしておもむろに此方に振り返っては、

 

「エミヤさん、ありがとうございます。いただきます♪」

「──っ、あ、ああ」

 

 ファンではなくても軽く殺せるであろう、本気のスマイルを浮かべながら、そう言い放つ。そういうのは私にじゃなくて、君のファンの皆様にやってやればいいだろう? 

 

「貴方にも……、私のファンになって欲しいんです♪」

「心でも読んでいるのか君は……。早く弁当を味わってみてくれ」

「ええ、そうします」

 

 白鷺も瀬田とは違った扱いづらさがあるな、と再認識したところで……。そこに放ったらかしにされていた瀬田に向き直る。

 

「はぁ……、子猫ちゃんは私にはどうも当たりが強いな……。愛情表現なのだろうか……!」

「いや、そのお前のキャラがウザったいだけだろうさ」

「キ、キャラだって……?」

「気付かないフリをするのは勝手だが、状況は何も良くなりはしない。責めて白鷺の前でだけはお前の素面を出してもいいんじゃないか?」

「…………」

「いつか……、そのまま成長してしまえば『自分という存在』を見失ってしまうかも知れんぞ」

「……、善処しよう……」

「今はそれでいい、大事なのはこれからの未来だ。さぁ、こんな重苦しい話はお前には似合わない、昼食を摂ってこい」

「あ、ああ。そうさせてもらうよ」

 

 あいつも『自分という存在』に振り回されているだけなのだ。その状態で居れば必ず綻びが生まれる。いつかは誰かが、その綻びをしっかりと解いてやらなければ取り返しが付かなくなってしまう。無論、それをするのは私ではないがね。

 

「あ、薫さん帰ってきた」

「なんだい、私のことが恋しかったのかい?」

「いやそんなんじゃなくって……」

「ふふっ、やはり儚いものだね……!」

「これは全部貴女の分よ薫。さあ、しっかりと噛んで味わいなさい!」

「待ってくれ千聖! そんな大量に口に捩じ込まれてはっ……! 噛めないッ! (迫真)」

「千聖さん……、凄く気がたっているみたいですね」

「白鷺先輩ってこんなアグレッシブな人でしたっけ……?」

「いいえ、違うのよ沙綾ちゃん。ただ薫を見てると何だか無性に腹が立ってしまうだけなのよ♪」

「あ、あぁ〜、そうなんですか……」

「薫さんと千聖さんはやっぱり仲良しですねっ!」

「さぁ……! しっかり食べなさい……!」

「むごごごッッ! むごごぉッ!!」

「ちょっ、ちょっと待って。薫さん溺れる!」

 

 なんだ、割と上手くやれているじゃないか……。心配は無用だったかな。さて、改めてキッチンに帰るとしようか。

 

 そう思って、スタジオのドアノブに手を掛けた時。

 

 そう言えばここの見学をしていたはずのセイバーは何処に行ってしまったのだろうか、なんていう割と重要な事を思い出した。

 

「お前達、ここにセイバーが居たと思うのだが……」

「あぁ、セイバーさんならエミヤさんと入れ違いになる感じでスタジオの外に出て行きましたけど……」

 

 山吹の返答に戦慄を隠せない私。まさかとは思うが……。

 

「何処に行く、とかそういう事を言っていなかったか!?」

「えっと……、確かキッチ──」

 

 

 私は激怒した。

 何故最初に腹ペコキングの為に飯を作って置かなかったのか、と。

 

 若宮の返答の途中で勢いよくスタジオを飛び出して、私の王国であるキッチンへと全力で走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




言う言葉が見つからないです…。


ほんと遅れて申し訳無いです!それだけ!


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デモリッション

随分と長い休暇だったな…。クリスマスまでには帰れなかったよ…。




 ハッキリと言うが、私は薔薇という植物はあまり好きではない。奴らには色ごとに花言葉が付けられている事を知っているだろうか。

 

 私はその全てが好きではない。赤薔薇には『情熱』、白薔薇には『清純』、黄薔薇には『友情』と言った具合にどれもこんな腐れ切った私には似つかわしいとはとても思えないだろう? 実際、そんな事とは縁のないような私からしてみればこれらの言葉などは、所詮ただの虚構……、作られただけの、全く意味の無いモノだ。

 

 何故薔薇の話を持ち出したのか。

 

「エミヤ……? 大丈夫かしら?」

「……ふん。あぁ、何も問題は無いさ」

「何か思い詰めたような顔をしていたけれど……」

「気にすることは無いよ。それよりも、今日の朝食はどうだ」

「ええ、とても美味しいわ。流石はエミヤね」

 

 今日で3日目となった合宿の朝。

 

 健康バランスと活力の出るようなメニューを一晩掛けて仕込んでいたので、今日もしっかりと寝不足気味になっている。後で少し仮眠を取ることを決めた私に、湊に同調した声があがる。

 

「いや〜、ほんと美味しいですね〜。ほっぺが蕩けちゃいそー」

「市販の鮭がどうしたらこんな美味しくなるんですか……?」

「試行錯誤の賜物だな。暇な時は大体料理ばかりをしていたのでな」

 

 私の作った鮭のムニエルを美味しそうに平らげながら、感想を述べてくれる青葉と奥沢の二人。料理人の端くれとして、感想を伝えられる事はとても嬉しいものだ。作っている甲斐が有る。

 

「これなら皮まで丸ごと食べられちゃいますよね!」

「えぇ! 鮭の皮って食べられるの!?」

「なんだ、知らなかったのか。味を染み込ませてあるから食べやすいと思う。是非とも食べてみてくれ」

 

 驚異的なスピードで鮭とご飯を平らげていく宇田川に、意外にも鮭の皮を食べれる事を今の今まで知らなかったの牛込。私が料理をし始めたばかりの時によく作っていたので、相当長い年月を掛けて完成されたメニューなのだ。美味くないわけがない、当然皮にも旨みが染み込んでいるからな。

 

 

 

 薔薇の中でも、特に青薔薇だよ。

 

 青薔薇の花言葉。それは『夢が叶う』、『神の祝福』。

 ハハハッ……! 全く俺とは正反対の内容だろう? それだから俺は特に青薔薇が嫌いなんだ。

 

 幾度の戦場を越えて腐敗した俺の精神、時代に呑まれ風化した我が理想が遂に叶う事は無く。疲れ切った俺を神は祝福するどころか、あのクソビッチ聖女(殺生院)を差し向けてきやがったのだからな。何とも素晴らしい神の祝福だろう? これ程までに、神という存在を恨めしく思ったことは無い。

 おかげで今の俺には何も残っていない。あの女にまともな精神と、腐れ堕ちた理想すらも奪われた俺にはもはや何も……。

 

 まぁそんな事はどうでもいいさ、数少ない覚えている事でもこんな事はさっさと忘れてしまいたかったのだがな。

 

 

 だから俺はRoseliaというバンドとは余り関わり合いにはなりたく無かった。咲き乱れる青い薔薇は俺にはとても眩し過ぎて、俺とは正反対の奴らなんだ。仲間に恵まれ、理想を分かち合って自分たちを高め合っていく。

 仲間には見捨てられ、理想を奪われ、地に落ちた俺に彼女達を直視する事が許される筈がないのだ。いや、そもそも叶わない事だ。

 

「と、とっても美味しかったです!」

「うん、そうだろう? なんと言っても何年も掛けて完成させた一品だからな」

「あこは、このチーズのお肉? みたいなのが美味しかったな!」

「これはピカタと言うんだ。卵と鶏肉とチーズを使った料理だ。今度調べてみるといい」

 

 だが、それも今は関係がない事なのだろう。俺が苦しむ事は無い世界、争いなんて無い、魔術もだって、当然あのエセ神父だってな。

 

 だから今はいい。何も気にせず自由に生きるって、俺はそう決めたんだよ。多分それが、俺の魔術の先生(あかいあくま)だったり、妹のような存在(紫のラスボス系ヒロイン)が望んでくれた事なんだろうから。

 

 ──────────────

 

 

 先程も言ってあるが、今日で合宿の半分が過ぎた。という事で練習にもスパートを掛け始める良い時期であり、また自分達の腕を上げる為にもより一層、練習を突き詰めなければならない。

 

 当然、そのサポートをするのは私だ。今日も今日とて昼の軽食や水分などの準備を行っている最中。

 

「あの〜、今ちょっといいですか……?」

「ん、奥沢か。何か用かね?」

「あ、ちょっと用意して欲しいものがありまして……」

 

 どうやら湊から頼まれたらしく、はちみつティーを持ってきて欲しいとの事たった。その用件に関しては、練習前からこの時間に持って来て欲しいと頼まれていたので、軽食の時間と合わせて持っていく用意をしていたのだ。

 

「ふむ、用意は出来てる。だがもう少し待ってくれるか、軽食も一緒に持って行こう」

「ありがとうございます。それにしてはやけに用意が早くないですか……?」

「はちみつティーの事なら前々から頼まれていたのでな、それくらいの用意はしてあるさ」

「あはは……、頼んであるなら自分で取りに行けばいいのに……。あの人もどうも素直じゃないみたいなんですよね」

「やる時はしっかりとやる人間だからだろうさ。中途半端にはしないのが彼女の良いところだよ」

 

 そうさ、湊は曲がらない。昔ならば自分の限界を知って一人苦悩していただろうが、今は違う。彼女には仲間と掲げた目標がある、理想がある。彼女はその為に必要なことなら何でも取り組むようになったのだ。今回の合宿も、私は知らないがRoseliaの中で何かしらの目標を持ってやって来たと語っていた。ある種の尊敬を抱く程のな。

 

「エミヤさん、こっちは終わりましたよ」

「む、早いな。こっちももうすぐだよ」

「エミヤさんに頼まれたので頑張っちゃいましたよ……!」

「そうか……、それは頼もしい限りだよ」

 

 思考の裏ではしっかりと作業を進めていく。サンドイッチを、クッキングペーパーを下に敷いておいたバスケットの中に形が崩れないよう、丁寧に敷き詰めていく。そんな時、別の仕事を任せていた奥沢からお呼びが掛かった。どうやら仕事が終わったようで報告を寄越してくれたのだ。

 

 そのまま軽食入りのバスケットと飲み物を持って、スタジオへと向かう道中。奥沢が唐突に口を開いた。

 

「湊さんは凄いですよね。自分の目標の為、真っ直ぐ進んでいっているんですから」

「ああ、全くだよ。尊敬に値するよ」

「それと比べて、私は本当に頑張れているのかなって。この合宿中考えてるんです」

「…………」

「なんの目標も持たずに、ただこころに引っ張られるままバンドを続けて、本当にそんなんでいいのかなって」

 

 奥沢の言っていることも理解出来る。人間は基本的に何かしらの行動理念を持って動いているモノだ。かく言う私もその一人だった、というのはご存知のはずだ。

 

 そんな俺は理想に破れた結果、自らで命の幕を引いた。

 

 人間とはそれだけの小さな存在だ。尽くを否定されてしまっては生きる価値すら見い出せないようなか細く、小さな存在。

 

 

 でも、今は……──

 

「いいじゃないか、それで」

「……え?」

「後悔はしていないんだろう?」

「それは……、まぁ……」

「それなら、いいじゃないか。俺が言えた事じゃないが、今をもっと、純粋に楽しんでみればいい。まだこんな歳から何かを重く考えるような物じゃないさ」

 

 どうも、俺も何か異常があるらしいな。こんな事をアドバイス出来るような人間じゃないというのに。だが、これが彼女にとっての正しい道である事を俺は知っている。大層な理想を掲げても、それに見合う実力、そして精神が強靭でなければ、いつかは自分の理想に押し潰されてしまう。

 

 その危険性を最も知っているのは、他の誰でもない。

 

「なんだか……、意外です……。エミヤさんからそんな言葉が出てくるなんて」

「今の俺がその状態さ、今の俺に目標なんてものは無い。ただ生きているだけだからな。だが、それでも得るものはある」

「得るもの……」

「お前のバンドは世界を笑顔にするんだろう? お前がそんなしょぼくれた顔をしていては本末転倒というモノだ」

 

 ──これまでの自分の行動に後悔がないなら、自らの意思で進み続けろ。決して歩みを止めるな……

 

 

 

「あら、随分と時間が掛かったわね?」

「エミヤさんおっそ〜い、モカちゃんはお腹ぺこぺこなんですよー」

「あこもあこもぉ〜!」

「すまないな、少々チョココロネの調整に手間取っていた」

「チョココロネっ!?」

「りみ、慌てなくてもコロネは逃げないよ〜。ちょっ、りみ……っ、よだれ……」

 

 練習スタジオに着いた頃には、Aチームのメンバーは既に休憩時間を各々楽しんでいたようだ。青葉と宇田川は、新作が出たとかどうとか言っていた某大乱闘なんたらをやっている様で、所々で声にならない断末魔が聞こえる。

 牛込はベースの弦の張り替えをしている。どうやらつい先程切れてしまったらしく、時間も良い頃合いだったのでその流れで休憩に入ったようだった。

 で、残る湊はと言えば。

 

「にゃ〜ん♪♪ ふふふっ、にゃ〜お 」

「「…………。……?」」

 

 待機していた弦巻の黒服にダメ元で頼んでみたところ、なんと5匹のネコが野に解き放たれた……らしい。さっき黒服からそんな事を聞いたのだが、本当に頼めば何でも出せるのか……。

 

 

 ところで、さっきから寝転がってネコに埋もれながら鳴き真似をしている銀髪の少女は一体誰……? 

 

 隣をチラと見てみれば、一瞬前の私と同じような渋い顔をした奥沢が所在なさげに直立していた……。

 

 

 ──ちなみに……。今後何かしらで使えるかもしれないと思って、カメラを投影して写真に残しておいた、というのは内緒の話にしておいてくれ。




Twitterのアカウント変わりました。興味ある方はワシのページに飛んでいただければ、リンクが載っけてある筈ですので、そこからどうぞ。生存確認はそこで出来ると思います。

エクバ2の相方とかも受け付けてます、いや、知らへんがなって人はスルー推奨です。


えー、全くもって私事ではありますが、今年受験生である私はそろそろ本腰を入れて勉学に励まざるを得ない状況にまで切迫しております。ので、投稿ペースとかの問題では無く、いつ投稿出来るかは全くもって分かりません!

本当に申し訳!多分そこら辺もTwitterで色々呟いてるかもしれないけど…。


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幸運Eは伊達じゃ無い

多分これが最後の更新かも。

これから受験勉強で忙しくなるから、終わり次第また戻ってきます…。


 五匹の猫に埋もれていた湊にとても良く似た銀髪の少女がボーカルを務めているAチームが昼の休憩に平らげた食事を片付ける途中。

 

 

 カァン……、カカッ……、カッカァン……、と。

 

 

 スタジオとは違う場所から何かがぶつかり合っているのだろう、甲高い音が何度も響いてきていた。片付けの途中ではあったのだが、どうも気になってしまって。気づけば私はふらりと、音の鳴るほうへと歩みを進めてしまっていたのだった。

 

 

 弦巻邸別荘、その広大な土地のおよそ三分の一が宿泊施設などの建造物で占められている。そういう訳なので、その他の三分の二は基本的に未だに開拓されていない──ものだと思っていたのだが。

 

「遅いなッ!」

「ふっ! まだまだですね!」

「なかなか素早いではないか……!」

「そちらこそ! 何時ぞやの時よりも腕を上げたようですね!」

 

 その三分の二の土地には野外でも遊んだりする為の設備が、どうやら色々と作り出されているようだった。遠くの方では数台の重機が今まさに建設事業を推し進める真っ最中なのだ。

 ──なんだあれは……。観覧車のようなモノが見えるのだが……? 

 

 なのだが……、その重機が作業している場所にて。

 

 

 和服を纏った自称雅な男(佐々木小次郎)洋服の自称大食いキング(アルトリア)が何を血迷ったか、作業区画の中心で木刀をカンカン打ち合っているのだ。偶に重機の作業によって砂埃が巻上がる中で、所々で大きく打ち合い、風が巻き起こる。相当な気迫で仕合っているらしく、遠く離れたこの場所にまで風圧が届いている。

 

 さながらあの夜の柳洞寺の戦いの様ではあるが、両者共に顔は笑みを浮かべているので、喧嘩が原因という訳ではなく、遊びだとか鍛錬などが目的なのだろう。わざわざこんな所に来てまでやることでは無いだろうがな。それならば、彼女達の演奏でも聞いてやった方が為になるだろう。というかその為に連れてきたハズだったが……? 

 

 いや、まぁ何にせよ。

 

 勝ち負けや試合展開については全く興味は無いし、厄介事には巻き込まれたくないタチなのでそそくさとその場を後にするのだが、私の背後からは未だに打ち合いが続いている事を示す様に、重機の作業音の中から木材特有の音波が届けられるのだった。

 

 

 ──────────────

 

 

 さて、要らない寄り道をしてしまったな……。正直あれを見たあとでは他のサーヴァント共が何をしているのかとても気になるところではある。キャスターやライダーは割と大人しくしていそうだが、ランサーは怖い。しかしながら、一応私にも仕事があるのでね。それをすっぽかしてまで見に行きたいと思うほどの意欲は無い。断然料理に励んでいる方が愉しいだろうさ。

 

 所変わって、ここは洗面所兼風呂。もはやちょっとしたコインランドリー程の大きさを保有する洗濯室とそこに併設された脱衣所、と言うよりも更衣室の方が正しいだろうか。つまり、浴室もそのすぐ隣という訳だ。しかしこの更衣室、ひとつ気になる所がある。この一つしか更衣室がないのだ、それに加えて男女の隔ても無い。これでプライバシーやら何やらは守りきれるのだろうか……? 細かい所が若干雑になっているのはどうなのだろうか……。

 まぁ、今は気にするところでは無いな。

 

 この洗濯室には25人の可憐な少女達と、他数人の巫山戯たアホ共の洗濯物がこの場所に集約されているので、その量は膨大となるのも必然。しかし家事サーヴァントと化した私には、この量を捌くのは造作もない事。

 

 部屋ごとに纏められて集められたので、6つの洗濯カゴが私の前に屹立としている。これのカゴの中身を更に2つに分けて、それぞれを洗濯機へと投入。適当に投影した洗剤やら何やらを適量注ぎ入れて安心と信頼のおまかせコース(脱水・乾燥つき)で作業開始。

 

 ──今を思えば、この時に気づいておくべきだったのだろう。この部屋の構造に……。

 

 とりあえず今のところは仕事が終わったので、自然と体の力が抜けていってしまい、それと同時に私は強烈な眠気に襲われてしまった。まだやる事はあったのだが、どうやら連日の夜中にまで及んだご飯の仕込みが祟ってしまったらしい。

 

 人間の三大欲求である食欲、性欲、睡眠欲。これらはひとつが欠けるだけならば割と我慢が効くものだと聞いたのだが、その話は真っ赤な嘘だったか……。

 

 そうして私はとても堪えることが出来ずに、約1時間後に終わる洗濯の間だけまで、と。既に運転を開始している洗濯槽に寄り掛かって少しの間、仮眠を取る事に決めたのだった。

 

 ──────────────

 

 

 その頃。

 

「あぁぁ〜……。疲れが抜けていくぅ〜……」

「あら、だらしないわよひまり!」

「それこころんが言える事ー?」

 

「た、楽しそうですね……。こころちゃん達……」

「は、はい……、そうですね……」

 

 弦巻こころがボーカルを務めているBチームは、スタジオでの練習を早めに切り上げてお風呂──というよりも、温泉といって差し支えない大きさを誇るのだが──で汗を流していた。練習が順調に進んでいるのかは知らないが、少なくとも松原と白金は共に入浴はしているものの早くも危機感を抱き始めていた。

 のだが、目の前で脱力しきっている3人を見ていると、「やっぱり少しくらいは休んでも大丈夫だよね……」という全く根拠は無いがそう思えてくるのが不思議だった。

 

「この温泉は小さい頃にあたしが掘ったのよ! すごいでしょう?」

「えー? それってホントー?」

「絶対嘘でしょ〜!!」

「その時の写真も残ってるのよ! 後で見せてあげる!」

「それすっごく見たい!」

「なんかるんってしてきそうな感じだよー!」

 

 後々細かく聞いた話では、なんでもまだ幼いこころが沖縄へと襲来した頃、宿泊していた場所で穴を掘って遊んでいたというのだが、火山帯でもないのに源泉を引き当ててしまったのだと。そこでこころの親父殿は宿泊地を含めた周辺の土地を買収。結果として、この別荘が建設されたという話らしい。どうやら昔からラッキーガールだったようだ。

 

「あ、そうだ。燐子ちゃんは何がきっかけでキーボードを始めたの?」

「あ、その……、私はもともとピアノをやっていたんですけど……、その時、あこちゃんが……私をRoseliaのキーボードに、推薦してくれて……、それからですね……」

「ピアノやってんたんだね、それならキーボードも直ぐに弾けるように?」

「は、はい。少し勝手が違ったりもしたんですけど……」

 

 先程の3人とは別の話を繰り広げている白金と松原は、同じ様な性格同士だからか、上手く波長があっているようで話が自然と盛り上がっていた。どちらも大人しく、一歩引いた所に居るような感じの人間ではあるが、それでも心にはしっかりとした目標を持っている。どちらも今の自分を変える為にバンドに参加している、彼女達はそういう所からも似通ったモノがあるのだ。

 

「そんな端っこで何を話しているのかしら?」

「そうだよー! もっと一緒に話そーよ!」

「ふぇぇぇ……、こころちゃん危な──」

「ちょ……、ちょっと日菜さ──」

 

 残念ながら落ち着いた時間はこれまで。氷川・弦巻のアホ2人のダイビングヘッドが諸に直撃した松原と白金は、しっかりと受け止めながらも水面へと沈んでいった。

 結果、そこには「あれ? 私も行った方が良かったかな?」なんて可愛らしく首を傾げる上原だけが取り残されたのだった。

 

 ──────────────

 

 

「あー、すっごい気持ちよかったねー!」

「日菜先輩はほとんど温泉浸かってなかったじゃないですか」

「ひまりの言う通りよ、日菜はもう少し落ち着いた方がいいわよ!」

「あうぅ……、クラクラします……」

「大丈夫燐子ちゃん……? もうちょっとゆっくり歩こっか」

 

 五人はあれからも少し温泉に浸かったり(?)、お湯を掛け合って遊んでいたりしていたが、途中から白金の様子がおかしくなり出していた。やたらと顔が、というか体全体が赤く火照り始めていたのだ。

 つまりは、のぼせてしまったのだ。

 

 なのでお風呂はこれまでとして、更衣室で着替えてから自分達の部屋で白金を介抱すると言う事で、四人の意見は纏まっている。まぁ、それに加えて褐色の頼れる背中の男(エミヤ)がいれば、正しい処置を施してくれるだろうという望みも、多少は含まれているらしい。

 

「か、花音さん……、ここからは一人で……」

「う〜ん……、本当に大丈夫?」

「はい、大分調子が良くなりましたから……」

「そういう事なら……。で、でも! 無理はダメですよ?」

 

 浴場と更衣室の渡り廊下を渡り切る頃には白金の調子は大分良くなっていて、一人でも歩いて行けるほどにまで回復していた。と、白金自身ではそう思っていたのだが。

 

「あ……、ぁぁぅ〜……、やっぱり……グラグラします……」

「り、燐子さーん!」

「やっぱりダメだったじゃないですかぁ〜! 燐子先輩!」

 

 弦巻が更衣室のドアを開いたと同時に、バタリと。大きな音を立てて白金燐子ダウン。慌てて近寄る上原と松原。触れてみるとすぐに分かったらしいのだが、白金の体はまだまだ熱いままなのだ。ちっとも快方に向かってはいなかった。

 

「……今の音は……、なんだ……?」

 

 と、そこに。全く空気の読めない声が掛かるのだった。

 

 ──────────────

 

 

「ありがとう、シロウ。貴方が私のマスターで、本当に良かった……」

 

 彼の国の騎士王は俺にそう賛辞を述べて、光へと消えていった。

 

 

「私ね、ロンドンに行くのよ。ええ、その時計塔で間違いないわ。多分3年くらいは帰って来れないと思う」

 

 俺に魔術を教えてくれていた先生は、そう言って俺から離れていってしまった。

 

 

「先輩……、私、暫くはここには帰って来れません。弓道部も忙しくなってきてるし、何より姉さんが居なくなっちゃったから私がこの土地を支えないといけないから」

 

 よく料理や家事を学びに来ていた妹のような後輩は、そう言って自らの道を進み始めた。

 

 

 みんな、いなくなった……。いや、違うだろう。

 これで元通りになったんだろ。また何も考えずに学校に行けて、一成だったり、蒔寺率いる三人衆だったりと楽しく生活が出来るじゃないか。

 

 命を狙われる心配だって無いだろ。

 

 これが普通、これが平穏。

 

 そうやって心では理解しているつもりでも。

 

 

 どうして……、

 

 俺は流れ出る涙を押し留める事が出来ないんだろう……? 

 

 

 ──────────────

 

 

 バタリ、と。普段普通に過ごしていれば聞くことはほとんど無いであろう異音が響いた。それに続いて耳に響くような音なのか、声なのか。いや、どちらにせよ目覚ましにはちょうど良い。

 

「……っ、なんだ……?」

 

 まだ寝ぼけている脳味噌と、硬くなって動きが鈍くなっている体を手で解しながら、立ち上がろうとする。……、目がしょぼついてしまっていて、とても違和感がある。やはりもう少しだけ何もせずに眠っていたい……。

 

 いや、しかしさっきの異質な物音がやはり気になってしまう。少しだけ様子を見てみるとしようか……。ついでにチラりと洗濯機を見てみたが、まだ20分しか経っていないようだったな。何が起こったのかを確認したら、また眠りにつこうか……。

 

 そう考えながらも、現場に急行。

 

「……今の音は……、なんだ……?」

 

 ただの独り言のつもりで吐き捨てたその言葉に答える者は居ないと思っていた、が。

 

「ふぇ……?」 ある者はまだ状況が飲み込めていない様子で。

「あれ?」 ある者は小さく首を傾げながら。

「あら!」 ある者は心の底から嬉しそうに。

「あー!」 ある者は待ってました、と言わんばかりの笑顔で。

 

「…………?」 そしてある者は何が起こったのか分からずに、ボーッと床に横たわりながら。

 

 

 そして全員に共通して言えることはというと……。

 

 

 身に付けている衣服が何も無く、バスタオルを体に巻き付けているのみ。白金に至っては倒れ伏しているからタオルを身に付けておらず、その……なんだ……。

 

 体のラインが凄い。

 

 いやそれを言ったら上原もなんだが、って待て! 俺は何をしみじみと感想を──

 

「きゃあぁぁぁぁ! エミヤさんのエッチーッ!!」

「うげぇ……!」

 

 次の瞬間には、ピンクのパンチで壁に叩き付けられる。火事場の馬鹿力というやつで即座に意識を刈り取られていたのだと。私は何故事実を確認しようとしたのかを、どうしようもないとは思いながらも、後悔したのだった。

 




て事で、如何でしたか。

書きかけの原稿を急ピッチで仕上げたんで、若干展開とか雑なあれだけどお許しください!

前書きの通り、多分受験勉強で忙しくなるのでこれが最後の更新になってしまうと思いますが、時間と余裕があればまたちょっとだけ戻ってきたりもしますので、見捨てないで居てくれると此方としてはとても嬉しい限りです。


それでは、また、いつの日かお会いしましょう、じゃあね。


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月明かりの下(Memory of midnight)

良くもまぁのこのこと、こんな話を投稿できたものだ…。








 上原による頭部へのクリーンヒットが直撃したおかげで、私はしっかりと気絶させられてしまっていた。のだが、さらにそこから弦巻と氷川に強制的に意識を覚醒させられて、本日3度目の起床。

 

 今度は全員しっかりと衣服を纏っているのでなんの憂いも無いのだが……、とりあえず頭がグラグラして痛い。上原には「ご……、ごめんなさいっ! 居るとは思わなくって……!」と一応謝罪された。

 

 それに加えて「さっきの事は全部忘れて下さいよ!」とも釘を刺されている。いや……そうはいっても、誰かにこの件を言いふらすような事をしても意味がないのでな。というか私が裁きを受けかねない。誰とは言わないが、あのパツキンの食王とか、紫フードの陰キャ叔母様から。

 

 さて、Bチームの5人に状況を確認してみれば、どうやら白金が浴場内でのぼせてしまったというので、この五人の自室へと白金を連れていく事になったが、悲しい事に黒服の人が都合良く居なかったので、他に打つ手が無いので白金をおぶって部屋まで搬送。

 ……確かに体中が熱いな、これはそこそこ重症かもしれん……。

 

 いやあの、それよりもですね。背中に当たっている二つの感覚とか、手に広がっている柔らかな感触の感想は無いのか、だって? 

 じゃあ一つだけ、熱いままで苦しそうにしている白金は、とても艶っぽかったです。

 

 他の4人に布団を敷いてもらってそこに優しく寝かせる。次は濡れタオルと水分を持ってこなければいけないのだが、時間も惜しいし何より面倒臭いので、パパっと投影して用意する

 

「あら、いつの間に用意したのかしら?」

「さっき黒服の人に用意してもらった。それだけだよ」

 

 弦巻は目ざといな、よく気づいた……、と言いたいところだがこのからくりを見られる訳にはいかないのでな。適当にはぐらかしておこう。この時、俺は弦巻を通して黒服の方々に作って欲しいものがあったので、それを頼んでみたところ、快く承諾してくれたよ。今日の夜までには作り上がるらしいので、楽しみにしておこう。

 水分を程よく含むように絞った濡れタオルを白金のおでこにセットして、その傍らに水分を置いておいて、同室の4人にも指示を出してからその場を後にした。

 

 

 そんなタイミングで携帯に連絡が入っている事に気が付いた。差出人は大和麻弥、珍しい人間からの連絡で驚いたな。これが初めてのやり取りなので、どのような内容なのかとても気になってしまうが……。

 

 

 ──────────────

 

 

「あー、エミヤさん! お待ちしてましたよ」

「少し待たせてしまったようだな……。それで」

「はい、こっちです」

 

 大和が属しているCチーム、星がキラキラ蛮族の戸山がボーカルを務める少々やべーチーム。それに加えて運動神経がバツグンだが、頭が若干弱い戸山の親友である北沢も付いている。さらにやべー。

 しかし戸山の保護者である市ヶ谷と、風紀委員のやべーやつこと氷川紗夜がしっかりとストッパーの役目を果たしてくれるだろう。全然やばくねーやん。

 そしてそこに常識人である大和が加わり、広い目で見れば、バランスも取れていて非常にまともなチームだと思える。なので他のチームよりも安心した目で見ていられるという事で、心臓にとても優しい設計となっている。このチームが本番でどのような音を紡ぎ出すのかが、今から楽しみになってくるよ。

 

 そんなチームの一員である大和に連れられてやって来たのは、そのCチームが使っているスタジオだった。中に入れば若干沈んだ雰囲気の氷川がすぐに気づいて、こちらを手招きして呼んでいる。そうしてから、氷川は「ご迷惑をおかけしてしまって、ごめんなさい……」と、いの一番で謝罪の言葉を伝えてくる。まぁ、こちらとしてもちょうど暇になってしまっていたところに、ちょうどよく仕事が舞い込んできたので感謝している──なんて言ってしまっては可哀想だろうと思い、心の奥底に閉まっておくことにした。

 

「替えの弦は持ってきてなかったのか? 氷川がそんなミスをするとは、珍しいものだ」

「お恥ずかしい話ですが、買うのを忘れてしまっていました……」

「そうか……。それで切れてしまっているのは……、ふむ、3弦か。確か替えは用意してあったはずだ。ちょっと待ってくれ」

「ありがとうございます、エミヤさんがいてくれて良かった……」

 

 氷川からの感謝の言葉を背に受けて、私は持ってきていたショルダーバッグから替えの弦を取り出す振りをして、バレないように投影魔術で弦を生成する。作り出した弦をそのまま出すのは怪しすぎるので、適当なパッケージと共に1〜6弦までを含めた商品に見立てて、カバンから取り出す。

 

 そう。大和に呼び出された理由といえば、これだ。

 

 氷川の使っているギターの弦が断裂してしまって、張り替えようとはしたがそもそも替えの弦が用意されていなかった。だから、そこで俺の出番という訳だった。

 

「これを使ってみろ。恐らくこれでいける筈だ」

「はい、では早速」

 

 彼女の美しい手がギターのポストに弦を差し込む。そこからペグを使って弦を張っていく。その一連の作業の流れは洗練されていて、私がやるよりも遥かに迅速に終わった。やはり自分で頻繁にメンテナンスをしている奴は違うようだ。私のはメンテナンスとは似て異なるものだからな、見る奴が見れば一種の侮辱行為として捉えられかねない。ひとつひとつ丁寧に作業して修復されるモノが、私の手に掛かってしまえばちょっと物体に触れて、造られた経緯、どのような信念をもって作ったか、誰がこの物体の材質を作ったか等。そこらへんの事を適当に追跡トレースして、想像上のモノを現実に写しあげる。それが、俺の持ちネタであり、たった一つの武器さ。

 

 

 さて、その後にあった事と言えば、練習終了後に飯を作って全員で食べた。いろいろ話をしたりして楽しかったですまる

 

 あ、ちなみに。ランサーはいろいろなバンドを覗いていたらしいが、奇跡的に1度も出会う事が無かった。ホントに良かった。

 キャスターに関して言えば、白金に頼まれた新しいRoseliaの衣装のアイデアを一人悶々と考えていたらしい。暗い部屋で。なんか独り言いいながら。こわ。

 ライダーは知らん、アサシンとセイバーは今日あんなだったから、きっと鍛錬ばかりやっているのだろう。

 

 

 いやほんと、こいつらは一体何しに来たのか? 

 

 

 ──────────────

 

 

 今日も彼女達に使用されていたスタジオの清掃は終わらせた、明日の朝ごはんの仕込みも今しがた終わったところだ。いつもの私ならば、ここらで明日に備えていい夢を見ようと努力しているだろうが、今日はどうもそんな気分では無かった。

 

 そう言えば、と。

 

 弦巻に頼んであった例のアレが既に出来上がっているという連絡を受けていた私は、どうせ今日と明日しか使えないのだし、折角作って貰ったからには使ってみようかと考えた。

 誰も見ていない事を確認してから私は魔法の言葉を唱える。

 

投影、開始(トレース・オン)

 

 これまでに何度も繰り返して、作成を重ねてきた逸品。幾度もの修羅場を共にくぐり抜けてきた、相棒と言って差し支えのない程の究極の一品──と言えるほど対した物じゃないかも知れないが、己の目的の為に動いていた時(衛宮士郎の抹殺)でも使用していた、例の夫婦剣に次いで愛着のある自作品だ。

 

 それを創り出した私は戸締りを確認してから玄関を通って、昼間とは違って若干肌寒さを感じるような風が吹いている砂浜へとその足を進めて行った。

 ──しかし、その姿を見つけ後をつけた人物がいた事をこの時の私はまだ知らなかった。

 

 

 

 そこには突貫工事ながらも安全性をしっかりと備えた、伝統的な日本家屋に見立てた──

 

 弓道場が出来上がっていた。引き戸をガラリ、と開いて内装はどうかと、視線を至る所へと巡らせる。

 ふむ……、えっと確か、生前の私が通っていた──。

 

 チィ……、その学園に良く似ている造りだな。まぁ、狙ってできるものでは無いだろうからたまたま、というより私が弓道場というものに勝手にデジャヴュを感じているだけだと考えを纏めあげてから、私は次の瞬間には、全ての思考を打ち切っていた。

 

 ここには己の肉体と精神、そして60m先に打ち立てられたちっぽけな目標しか無い。微かに耳に届くさざ波の音が自然の精神安定剤となり、その狙いを完全なものへと近づけていく。

 

 

 

 

 

 ッヒュッ! カッ! 

 

 

 

 

 それ迄の静寂を破壊へと導く一閃が唸る。

 

 強烈な力によって弓から射ち放たれた矢は、当初の狙い通りに的のド真ん中を甲高い音を響かせながらぶち抜いた。

 

「我が腕前は、未だ劣る事を知らないようだ……」

「見事な腕前ですね……。真ん中を射抜くなんて……」

「なっ! 誰だ……! ってその声は、何故ここにいる氷川」

 

 なんと、そこには就寝時間を必ず守るような、そして同室の者達には無理やりにでもそれを守らせるような鉄の女、またの名を氷川紗夜がそこにいらっしゃったのだ。

 しかも、その手には弓が握られているのだ。

 

「たまたまエミヤさんの姿が見えたもので、後をつけてみました」

「何故だ。お前のようなルールに厳しい女が、就寝時間を破ってまで私の後をつけた?」

「興味があったんですよ、こんな時間から何をするのかと。それに規則を破っているのはエミヤさんも同じでしょう?」

「む……、それを言われるのは痛いな……。いや待て、それは良いとしてもだ。なぜ弓を持っている」

「何故かと言われても、それは弓を射るほかに用途なんて無いでしょう?」

 

 違う、俺が言っているのはそこじゃない。何故射掛けようとしているのかと、そういう意味で聞いたはずだったのだが……。そんな俺の内心を知らないであろう彼女は、おもむろに弓を構え始める。その動作はゆっくりであるものの、何か洗練された動きの様に感じる。そして彼女が纏っているのは、必中の意気込み。

 

 それを見せられた──いや、その姿に魅せられた私は、黙ってその行方を見守る事にした。

 

 先程と同じような波が押し寄せては引いて行く、そのかすかな音。

 私と彼女の、互いの呼吸の吐息。

 弓道場を満たしている、冷たく緊迫した雰囲気。

 

 

 

 ヒュッ! カッ! 

 

 

 

 

 その矢もまた、狙い通りに中心の──私の射掛けた矢を半分に割いて、さらにその中心を射抜いていた。

 

「……ほう、やるな氷川」

「ええ、ありがとうございます。エミヤさんも素晴らしい腕前ですね」

「伊達に何年も続けていない、という事さ」

 

 二人してそこそこ良い感じの汗をかいてしまったところで時間を確認してみれば、もうすぐで12時を回ってしまう程だった。ざっと1時間半くらいはここに居たという事か。

 なので、そのままの流れで弓道場を出て、歩いて宿舎へと戻る帰り道。

 

「氷川、もしかして弓道を習っていたのか?」

「はい、私は弓道部に所属しています。ライブに必要な集中力を高める事が出来ますので」

「なるほど……。まぁ氷川のイメージとも不思議なぐらいに合っているな……」

「そうでしょうか?」

「ああ、和服というか……、振袖とかがよく似合いそうだと思うよ。なんというか、人間で『和』というものを表してみたという感じだろうか」

「ふふ、なんですかそれ。褒めてくれているんですか?」

 

 まぁ、私の勝手なイメージの話なので皆様に伝わるかどうかは別の話だ。そのイメージを裏切って意外と似合わないなんてこともありそうだが……、いや、それは無いか。

 

「恐らくお正月とかになれば、振袖を着てRoseliaで初詣に行くと思うのでその時であればお見せできますよ?」

「……、氷川がそんな話を持ちかけてくるとは……。人はやはり変わるものだな」

「ええ、私は変わりました。Roseliaの皆さんと出逢えて、CiRCLEというライブハウスに巡り会えて、そして。エミヤさん、あなたと出会えた事で、私は大きく変わることが出来ました」

 

 そう言って、先を歩いていた彼女はゆっくりと振り返った。煌々と光る月明かりを背に受け、彼女のライトグリーンの長い髪が輝きを放つその姿に、私は思わず見蕩れてしまいそうになる。そうして彼女は整った動作で、ペコりとその頭を下げた。

 

「──本当にありがとうございます、エミヤさん。私は貴方に出逢えた事で、音楽とも、そして日菜とも正面から向き合えました」

「その事に関して言えば私はほとんど何もしていないだろう。関係を修復できたのは君の努力の証だ」

「それは分かっています。でもエミヤさんは私の背中を優しく押してくれた。それが大きかったんですよ?」

「……、そうか。ああ、その事はどういたしまして、と言っておくよ」

「えっと、それであの……、全く関係の無い話なのですが」

 

 唐突に話を変え始めた彼女の顔は、月明かりの逆光でうまく読み取る事が出来なかったが、その頬がうっすらと赤みを帯びていた事だけは分かった。

 

「わ、私の事は下の名前で、『紗夜』と、呼んでくれませんか……?」

「……? はぁ、別に構わないが」

「ほ、本当ですか?」

「ああ、氷川姉妹の呼び名はどうしようかと思っていたところだったんだ。下の名前で呼ばせてくれるならば願ってもないことだからな」

「……はぁ、なんだかとても複雑です……

「、何か言ったか……?」

「いいえ! なんでもありません!」

「何故怒っているのだ、私は何もしていないだろう?」

「胸に手を当ててよく考えてみてください! それでは、えっと、お、おやすみなさい!」

 

 

 そう言って彼女は逃げるように宿舎へと戻って行った。私が彼女に何かをしたらしいが、結局私はその失態についての事を解明することは、暫くの間考えても出来なかった。

 




紗夜と日菜の話は作者の心に余裕があれば、補足として一話作ることにします。

合宿編は最後残りの1バンドを終わらせて、終了って事で。なお、シャッフルライブの結果とかは話にするつもりはありません。そんなことやってたら地の文だらけになっちゃいそうですし。


あー、連絡は以上です。


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『思い』の力強さ

 今日は合宿最終日という事でだが基本やる事は変わらず、飯を作って、食器を洗ってから洗濯をして、空いた時間は練習を見に行く方針で、今日一日の──飛行機の予約時間まではそうやって過ごすつもりだったのだが。

 弦巻家所属の黒服にもいろいろ事情があるようで、別荘の最終清掃とやらのおかげで私の仕事は全て没収。

 

 朝から暇な時間を持て余してしまうのかと思っていたが……、朝食後まだ食堂に残っていた今井から「それなら、アタシ達の練習見に来ない?」という、なんとも有難いお誘いを受けたのでその言葉に甘えさせて貰った。

 

「あぁ〜! また音外しちゃったよ〜!!」

「彩先輩、もしかして調子悪い?」

「いや、多分違うと思うな〜……」

「ですよね……、さすがに分かっちゃうよなぁ……」

「あ、彩さん……! きっと次は上手くできますよ!」

「ふぇ〜ん! つぐみちゃ〜ん!」

 

 しかし、どういう訳か丸山がガッチガチに緊張してしまっていて、若干リズムより先走ってしまっていたり、キーが外れてしまったりというミスが多発してしまっている。今日の朝ごはんの時には体調の悪さなどは見受けられなかったし、むしろいつも以上に食物を口に入れていたはずだが……。やはり緊張等では無く、どこか調子が悪いのだろうか。

 

「大丈夫か、丸山。花園の言う通り、どこか調子が悪いのか?」

「へ? いえいえ! 全くそんな事は……!」

「本当か? 確かに朝ごはんはあれだけの量を平らげていたが……」

「も〜! そういう事は言わなくていいんですぅっ!」

「やっぱり元気そうだな。ならただ緊張していただけなのか……?」

 

 原因を究明しようと丸山に問い掛ける。すると彼女の顔がたちまち真っ赤に燃え上がっていくのが分かる。そして、「し、知りませんっ!」って何を怒っているのかが全くわからないまま、彼女は大股で歩き去っていってしまった。

 

「エミヤさんも悪い人だね〜♪」

「……どういうことだそれは」

「いいえー、なんでも無いですよ〜」

「…………」

「エミヤさんに練習見てもらう機会とか無いから照れてるんですよ多分」

「おたえちゃん!? 言わなくていいの!!」

「あれ? 当たってたんですか?」

「もぉ〜!!」

 

 どうも俺が原因らしいな。それならば邪魔者はさっさと退散するにかぎ──

 

「もう、行っちゃうんですか……? もう少しだけ、見ていって欲しいです……!」

 

 羽沢に服の裾をちょこっと掴まれて、無意識の上目遣いでそうお願いされてしまう。いや、待って? 話聞いて? 丸山が全く使い物にならない今、練習を見るも何も……

 

「ほ〜ら彩! そろそろ再開するよー」

「そうですよ彩さん。今こそエミヤさんにいい所見せるところですよ! ソイソイ頑張っていきましょうよ!」

「ソ、ソイソイ……? う、うん。みんな、もう1回通してみよっ!」

「はーい、がんばっていきましょー」

「ほらつぐちゃんも! もう1回頑張ろ!」

「はい、一緒に頑張りしょう!」

 

 ……ふむ、とても即興で作られたバンドとは思えない程の結束力だな……。他の4つのバンドも繋がりが強いところもあったが、ここ程の結び付きは無かったからな。ドジを踏むことが多い丸山を、今井や宇田川が上手いことフォローしている。花園はアホで、羽沢は可愛い。

 

 ほらな、完璧にバランスが取れたバンドだろう。バンドの空気も他の4バンドよりも格段に柔らかいモノが生まれている、これならば喧嘩などのトラブルに陥る事も考えられん。

 

「じゃあエミヤさん! もうちょっとだけ付き合ってください!」

「フッ……、いいだろう。とことん付き合うとしようじゃないか。どうせこれ以外にやることなんかないしな……

「じゃあ巴ちゃん、『しゅわりん☆どりーみん』行くよっ」

「任せてください! カウント行きますよ!」

 

 宇田川がその手に携えたスティックを力強く4回、今にもその真ん中から綺麗に裂けてしまいそうな程の力でカウントを始めた。そして、そこから彼女達が万全な状態に調律した旋律が紡がれ始める。

 

 

 ──────────────

 

 

「エミヤさん、えっと……、どうでしたか……?」

 

「…………」

 

 率直な感想としては、非の打ち所のないほど良い演奏だったと言えよう。丸山の特徴的な甘ったるい声──通称アイドル声というのだろうか? 聞く人の心を溶かしていくような魅惑の音色。それをまるでジェットコースターのような力強く強烈なドラムと、そのドラムをも纏めて包み込んでしまうような包容力を感じるベースの土台。

 

 その拵えられた土台の上で、自由人花園の正確さと遊び心を兼ね備えたギターと、羽沢の常日頃からの弛まぬ努力によって磨き上げられてきたキーボードが煌めく。

 

 文面で聞いてもバラバラじゃないかと思うだろうが、これが不思議とピッタリマッチングしているのだ。重ねがさね言わせてもらうが、個々の技術

 はまだまだかも知れない。だが、その足りない部分をメンバー全員で支え合う事で、発揮できる能力は大幅に上乗せされる。バンドは一人で行うものではない、その事実を、より良く実感する事が出来た。

 

「はぁ……、これが最初から出来ていれば私としては何も文句の無い、最高のライブだったと感想を述べていたよ」

「うっ、そ……、それはそうなんですけど……」

 

 

「──ただ、もう一度言うが、さっきの音は完璧な物だったよ。それは事実だし、お前達のチームワークの良さが齎した結果だ。そこは誇るべき点だよ。本番でこれが……。いや、これ以上のモノを生み出せるよう、まだまだ努力していってくれ」

 

「「「「「…………」」」」」

 

 うん? なんで五人とも固まっているんだ、私としては普通にいい事を言ったつもりだったのだが……。まさかいつもの如く、知らないうちに地雷を踏み抜いていたりしていたのだろうか。

 

「ぷっ、あはははは!」

「なっ、何故笑う! 今井!」

「いやぁ〜ほら……、エミヤさんからそんなガチの感想が飛んでくるとは思わなくってさ!」

「どういうことだそれは……、私がいつも不真面目だとでも言うのか」

「そういうことじゃないと思いますよ。私も少しくらい驚きましたし……」

「アタシ達の事をすごく評価してくれてるのはすごく嬉しいんですよ!」

「うん、ただ……。似合わないなって思った」

 

「…………」

 

 こ、こいつらは……。この私が真面目にお前らの演奏を聞いて、有難い感想を考えて伝えてやったというのに……。いや、確かに似合わない事をしたという意識は少なからずある。だが、こんな仕打ちで返されるとは思わなんだ。

 あー……、今井が俺を小馬鹿にしたような顔をしている……。その顔面、1発だけでいいから殴らせて欲しいものだ。

 

「でも!」

 

 そんな時、丸山が声を上げる。

 

「確かに似合わなかったけど……、私たちの演奏を最後までちゃんと聞いててくれたから、ああいう感想が言えたと思うし、それだけ期待してくれてるって事も分かったから……」

「うんうん」

「えっと……、だから……。私たちの演奏を聞いてくれてありがとうございました!」

 

『ありがとうございましたー!』

 

「……、ふっ……」

 

 まぁ、礼を言われて悪い気なんかはしないよな。……昔は、俺にもそうやって礼を言ってくれような奴が沢山いたんだろうな……。こいつらのそういった顔を見ていると、どうも忘れている記憶が蘇ってきそうで正直、恐ろしい。けど──

 

「さ、感傷に浸るのはそこまでにしろ。さっさと片付けてしまわないと、帰りの飛行機の発着時間が遅れてしまう。それは避けなければならないからな」

 

 彼女達にそう指示を出して、私も彼女達の片付けの手伝いをする。

 

 

 ライブイベントまでの残り時間は余りない。秋に突入してしまえばあっという間だ。

 

 私も、もう少しくらい気を引き締めなければな……。




今回で合宿編は終了。


次回からは一気に時間を飛ばして、2nd season時空まで、つまりは新学期までスキップします。その間の期間は、気が向いたらぷちぷち埋め潰していきます。


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2nd日常編
いつも通り(Afterglow)


 

 春。

 

 それは多くの人間にとって重要な時期であろうと思う。

 

 進学もしくは進級、逆に卒業。また就職だとか異動。そういった外面的な面から、新しいことにチャレンジがしたくなったり、恋人探しに必死になったりと。まぁ、いろいろあるのだろう。出会いと別れの季節とはよく言ったものだ、今の世の中に生きる人類は皆出会いが無いだとか喚いているのだから、この世も終わりが近いのだろう。

 誰も自分から動かないから出会いが無いという、隠された真実に辿り着くことは無いのだ。まぁそれが、この日本の国民性である――と、言ってしまうのは簡単だが。

 

 その他には、ただその季節に楽しめる行事を楽しみたいと思う人間だっているだろうさ。仲の良い友人達と花見然り、今のうちにGWの予定を詰めておくなど、そちらの面でも人それぞれである。

 

 

 じゃあそんな事を延々と、キリのない内容について考え続けている私はどうなのか、と言われれば。

 

 「こんにちは、エミヤ」

 「ああ。今日も早いな」

 「まあね。今日は一杯飲んでから練習しようって決めてたから」

 「それは結構な事で…。いつものでいいか?」

 「うん、いつものお願い」

 「フッ…、畏まりました」

 

 結局のところ、何も変わることは無かったのだ。いや本当に、申し訳ない。あんな事をほざいておきながら、私には就職なんかは勿論のこと、出会いも別れも、何一つ無かったのだ。ここのバイトの時給が上がることすら無いのだから当然なのかもしれんが。

 

 相も変わらずこのCiRCLEでバイトとして、社畜生活を送っている。変わった事と言えば、ここのオーナーが正式に月島さんに託されたといったところ。前からそんな物だったので、特筆する内容ではないな。

 

 「調子はどうだ、新学期になって何か変わりはあったか?」

 「…特にはないかな。いつも通りだったよ」

 

 少し考える素振りをしてから、蘭はそう言いきった。いつも通り、ねぇ…。

 春だからといって、こういう感じに全く変わらない人間だって多少はいるモノさ。この世界に不変のものは無い、それは断定であり決められた終着点(Fate)なのだ。

 だからこそ人はやがて来るその変化を恐れて、そしてその流れに逆らおうと必死にもがく。心に決めた仲間と共に生きていける時間というのは、その膨大な時間の中では極僅かなものだ。

 

 それを彼女は、蘭は理解しているのだろう。彼女も自分の家柄と真正面から向き合うようになっている。偶にここのカフェにやって来ては、華道の集まりの時の事を愚痴るようになった事は、私にとっても美竹にとってもまた、変化なのだ。

 

 「クラスはどうだった。去年は他のメンバーと一緒になれなかったと、暫くは嘆いていたじゃないか」

 「そうだった。今年はみんな一緒になれたんだ、ホント良かった…」

 「それは嬉しい変化だな」

 「違うよ。これまでが変化してて、やっと元通りになれたの」

 「ああ、そうだな。お前達は5人で居なければな」

 「うん、Afterglowじゃないし、いつも通りじゃない」

 

 5人での日常を大切にしている蘭にとっては、これまでの時間がいつも通りとはかけ離れたものだと捉えているようだ。しかしいつかは、一人でいる時間が自然と長くなる。やがて必ず来る、さよならの時には必ず孤独になるものだ。

 

 「当然だけど…、アンタもその中に含まれてるから…

 「……、それは嬉しい事だな。肝に銘じておくよ」

 「!き、聞こえて…!?」

 「さ、いつもの…だ。どうぞ召し上がれ?」

 「…っ!………!」

 

 いつものメニュー、オリジナルのブラックを差し出す。コーヒーを作る人間としては、漂ってくる出来たての匂いが堪らなく心地良いのだ。差し出された方もそれを分かっているのか、受け取りながらも薫りを楽しんでいる。

 

 そういう所で普通に言ってくれない所が、また彼女らしい。聞かれてしまって、恥ずかしさでなんとも言えない顔をしてしまうくらいなら、心の中

 で留めておけばよかったのに。しかし、その言葉は私にとって、相当心にくるものではあったがね。

 

 

 「…はぁ、やっぱり美味しい…」

 「お褒めに預かり、光栄であります。蘭お嬢様」

 「やめてよ…、そんな柄じゃないんだから…!」

 

 華道の家元ならばお嬢様のようなモノだろう、と私は勝手に思っている。詳しくは知らない。そもそも華道とは何かすら、あまりピンと来ていないのだからな。ただ一つ言えることは、蘭はとても晴れ着が似合いそうだという事だけだな。」

 

 「はぁ!?何言ってんの!?」

 

 次の瞬間、蘭が原因不明のバグを引き起こした。何をそんなに大声で怒鳴るような事があったのだ…

 

 「いきなり声を張り上げるな。何を言ってるとはどういうことだ?」

 「それは!いや…、あたしの晴れ着がどうとか…」

 「……、そんな事言ってたか?」

 「え、うん…。晴れ着が似合いそうだって…」

 

 どうやらバグっていたのは私だったようだ…。意識外で心の声が外に漏れ出てしまっているとは。これは迂闊だったな。カウンター越しに座っている蘭の顔は、今にも蒸気が吹き出てしまいそうな程に紅潮している。いつも素直じゃない蘭の、こういう照れてる顔を見れるのはなかなかに珍しい事――じゃない!どうにか言い訳しないと…!

 

 「あ、あぁ、蘭!別に嘘なんかじゃ無いんだぞ。それは俺のほんし――「じゃあ今見せてあげましょうか?」んで…、ってはぁ?」

 

 必死に弁解しようとしている途中に、予想外の場所から第三者の介入を受けた。声のした方向へと意識を向けて見れば…。

 

 「ひ…、ひまり…」

 「モカに巴も、それにつぐまで…。みんな来てたの…?」

 「あぁ!ついさっきな」

 「い、いつから…、居たの…?」

 

 今にも消えてしまいそうな、か細く透き通るような声で、蘭がカフェの入口で棒立ちしている蘭以外のアフロメンバーに疑問を投げ掛けた。彼女たちは直ぐに答えることはせずに、少し四人で顔を見合わせる。

 

 その間は当然俺と蘭、そして彼女達との会話は無くなる。嫌な予感はガンガンしている。し、しかしだ。有名な人は言っていた、まずは観察するのだと。だんだんと彼女たちの顔がいつか見たような、俺の人生でベスト10以内に入る程嫌悪していた男が、良くしていたような顔に歪んでいく。唯一の救いはつぐみだけは苦笑のままという事だけだ。

 

 そうして歪んだ顔のまま、判決は下る。

 

 「「「「最初から、だよ!」」」」

 

 「あああああああああああああああっ!!!

 「……、はぁ…」

 

 そこからしばらくの間は、年頃の女性の金切り声がカフェ全体を支配したのだった。

 




モチベ向上につき連日更新やぞ。


短いけどな。


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気まぐれエンカウント

受験大変。

大変変態。









 はぁ……、朝は嫌いだ……。

 

 

 眩しい太陽の光――言うまでも無く最悪だ。

 

 響き出すエンジン音――当たり前だが最悪だ。

 

 上の階の子供がドンドンと跳ねている――これが一番最悪。

 

 

 多くの人間が一斉に活動を開始する時間なんだ、当然騒がしくもなるだろう。ただし、限度ってものがあるはずだ。

 私は朝か夜かと聞かれれば、間違いなく夜の人間だ。朝は寝床である、この殺風景な部屋で朝を越すのが一番似合っている。私はそう思っているけど、実際のところはどうかな。

 

 簡素なベッドから降りて、冷蔵庫に貯蔵してある水の入ったペットボトルを一本取り出す。銘柄はいつものボルヴィッツだ。キャップを開けて口に流し込む。なんの味もしない液体が喉を通り過ぎていく感覚を味わいながら、今日一日の予定を考える。

 

 「――まぁ、どうだっていいか……」

 

 寝巻きに使っている白い着物を脱ぎ捨てて、いつもの薄い紺色の着物を慣れた手つきでさっと着込んだ。半分にまで減ったペットボトルを冷蔵庫に再び叩き込んでから、そのまま玄関へと。

 

 ちゃんと赤い革ジャンも忘れずに。

 

 あー…、たしかアイツも言ってたっけか…。なんでそんな和洋折衷が微妙に計れてない奇妙な格好をするのかって。そんなの着物に慣れちゃったのが大きいし、それ以外に着る気にならないんだよな……。ていうよりも、ぶっちゃけ服なんかどうだっていいんだ、着たいものだけを着れればいいじゃないか。

 

 編み上げのブーツを履いてから革ジャンを羽織って、玄関の重い扉を抜ける。鍵は持ってない、てか失くした。そんな他愛ない事を思い出しながらも、また一つ。そういえば、と。

 

 ――あー…そっか、アイツなら持ってるんだったよな……。

 

 

 ──────────────

 

 

 季節感もクソもへったくれも無いような格好――私は気に入っているが――で外へと出る。私の部屋に時計なんてものは無い、精々固定電話が勝手に時報を読み上げるくらいでしか、現在時刻を知る方法は私には無い。

 

 ま、そんな時間がどうだとかの概念は気にもならない。こんな……、終わりのない世界に意味なんてないのだから。

 

 「よ、邪魔するぜ」

 

 「あ、式さん!いらっしゃいませ!」

 

 「頼んでたもの、あるか?」

 

 「もう少しで用意できるので、もうちょっとだけ時間貰えますか?」

 

 「分かった。じゃあそれまでは、店内をうろつかせてもらうぜ」

 

 「はい、どうぞ見ていってください」

 

 確かに意味は無い。だけど、ここの人との生活は存外興味をそそられるような面白い事で満ち溢れていた。それは私にとっても、こんな何も知らないような人々も不利益にはならない。

 

 この世界の死を俺は『視ている』。けど、そんなつまらない事をしても仕方が無いだろ?だから私は、このあるがままに今を俯瞰するだけ、そういうスタンスでふらふらとしている。

 

 「ふーん…、こいつなかなか美味そうじゃないか」

 

 「それ、新作なんですよ」

 

 「道理で見たことが無いと思った訳だ。これ、なんてヤツなんだ?」

 

 「クイニーアマンって言うんですよ。知ってます?」

 

 「いや、興味無いな。だけど、美味そうだから買う」

 

 「お買い上げありがとうございます♪」

 

 店内をぶらついていれば、見たことないようなパンを見つけた。見ただけで分かる……、甘ったるそうなパンだ。まぁ、一回食ってみれば分かるか。

 

 「で、サーヤ。オレのご注文の品は?」

 

 「はーい、用意出来てますよ」

 

 「よし、会計だ。いつものに加えてこの、クイ…、ク……。何だっけ?」

 

 「クイニーアマンですね。これも一緒にお会計しますね」

 

 「ああ、頼んだ」

 

 俺がサーヤと呼んだ女は選んだパンをトレーに持って、レジへと向かって行った。私もそれに続いてレジへと向かう。

 

 

 

 

 「ありがとうございましたー!また来てくださいね〜」

 

 「ああ、近いうちにまた来るよ」

 

 買ったばかりの特製塩パンを頬張りながら、店を出る。

 

 うん…。やっぱここの塩パンは私の口にぴったりと合うな……。しつこくない味わいなのに、ちゃんと主張してくる塩っけが絶妙なんだよな。ここのパン屋で一番好きなヤツだな。

 

 

 そのまま太陽が雲に隠れてしまっている商店街を、何かしらの目的を持たずうろつく。

 

 「あ?それは沙綾ちゃんとこのパンじゃねぇか」

 

 「ああ、そうだぜ。って、お前職務中だろ。サボってていいのか?」

 

 「はん!道行く通行人と話してるだけでサボりになるわけねぇだろ」

 

 さっきのパンに齧りつきながら魚屋の前を通りかかれば、水色の魚屋特有の前掛けエプロンが良く似合う、サバサバした性格の高身長・青髪の青年――周りに気を使いながらも『新鮮な魚!』とプリントされたのぼり旗を、それはもう高速でブンブンと振り回していた。

 

 「あ、そうだ。これからも暇なんだけどさ、どこか暇を潰せそうな良い場所は無いか?」

 

 気が向いた私は、その青年にこれからの私の予定を決めさせる事にした。

 面白くない事でも言うものだったら……、その時は『直死』が唸るかも知れないけど。

 

 「これからもってお前なぁ……」

 

 呆れ顔をしながらもそいつは、『この近くにあるライブハウス兼カフェ』の場所を教えてくれた。私はここに喚び出されてから、そう時間は経っていない。現に、さっきの自称魚屋から他数人の情報を伝えられたが、未だにこいつしか会ったことは無い。

 

 別に断る理由も無いし、今日は日が出てないから私の気分もそこそこ良い。それに割と楽しめそうだったから、その提案の通りに辺りを散策しながら、件の『ライブハウス兼カフェ』を探してみることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「───────」

 

 「よぉ、色男」

 

 結果として、また面白い人物と巡り会うことが出来た。ありがとな、自称青タイツの魚屋さん?

 

 驚いてる顔がこれまた面白いじゃん、そんな顔も出来たのかお前。

 

 

 ──────────────

 

 

 「まさか、お前までもがこちらに来ているとは……」

 

 「ああ。オレとしても予想外だった。青タイツが居るってことは、他にもいるんだろ?」

 

 「まぁ、な。で、ここには何故?」

 

 「青タイツの推薦を受けてな。ここに行けば面白くなるってさ」

 

 「呪ってやるランサー……。はぁ、出会ってしまったのも何かの縁だろう。料理でもご馳走しよう」

 

 「お、気が利くじゃないか色男。お前の飯は何食っても美味いからな、久し振りに食えるのは、素直に嬉しいな」

 

 「……色男は辞めてくれるとありがたいのだが」

 

 「じゃあなんて呼べばいいんだよ」

 

 「前と同じでいい……」

 

 「分かった、色男」

 

 ギリリ、と音が聞こえてきそうな歯軋りをこちらに向けつつ、色黒の頼れる背中が光る青年は、「これでも飲んで待っててくれ」という言葉と共に紅茶を差し出してくる。そのまま奴は、カフェに併設されている厨房へと引っ込んで行った。

 

 「――ふーん……」

 

 なかなか美味しい。向こうに出張していた時と何ら変わらない味が、口の中全体に広がっていく。これまた良い茶葉を取り寄せてるっぽいな……。あいつ、そういうこだわりは強いんだよな。

 

 あ、そうそう。こだわりと言えばだ……。

 

 「おいエミヤ、お前の作ったっていうあの二振り。ちょっと見せてくれよ」

 

 「あのな……。ここは喫茶なんだぞ、そういう危ないものはお取り扱いしてない」

 

 「ちぇ、まぁいいや」

 

 「そんな事より、ほら。出来たぞ、簡単なものだが」

 

 赤いエプロンを付けたエミヤが、料理の載った皿を私の前に届ける。

 

 「ふーん、オムライスね…」

 

 「どうぞ、召し上がれ」

 

 似合わないお辞儀を丁寧にやってのけるエミヤ。はん、気持ち悪いったらありゃしないっての。

 

 

 「――む」

 

 その癖料理は美味いと来たから、余計に腹が立つってものだ。ケチャップライスは含まれている具材とトマトの風味が絶妙に整えられているし、外の卵だってふわふわのとろっとろだ。

 

 やっぱりこいつの洋風メニューは、いつ食っても美味いな……。ま、和食は負ける自信が無いけどな。一応言っておくが、こいつの和食が特段不味いわけじゃない。むしろ世間一般からすれば十分に美味い。

 

 「今度、私にも和食をご馳走してくれるんだろう?」

 

 「はん…、ほざくな」

 

 誰が作るか誰が。料理は別に好きでも嫌いでもないけど、途轍も無く面倒臭いのは確かなんだ。そんなものは誰かに任せておけばいい。

 

 

 それからも紅茶を嗜みながらも会話していると。

 

 「エミヤ、コーヒーを貰えるかしら」

 

 壁に3つ埋まっていた扉のうち、真ん中の扉が開く。中からは美しい銀髪に蝶の髪飾りを付けたちっこい女が出てくる。そうなると……

 

 「あら、あなたは?」

 

 そこまで親しげにはしていなかったが、いろいろ話しているのを見られてしまったので、知り合いか何かと思われてしまっているみたいだな。正直、人付き合いは苦手――というか嫌いなので接待はこいつに任せて、私はそのまま紅茶を飲み下す。…

 

 「……ああ、彼女は……。両儀式という、特に覚える必要は無い」

 

 「両儀さんね、よろしく」

 

 「そんなかしこまる必要は無いぜ。なんせそんなに深い関わりになんかならないだろうからな」

 

 というより、私がそういうのを避けたいと思っているのだが。

 

 「じゃあな、色男。気が向いたら、また来るぜ」

 

 「――ああ。飯が食いたくなったら、また来るといい」

 

 「そっちの銀髪もじゃあな。何やってるのかは興味無いけど。ま、頑張れ」

 

 「え、ええ……。」

 

 そんな感じで、そそくさと奴のカフェを後にする。

 

 さて、これからどうしようか。またそんな事を考えていれば、時間はいつの間にか過ぎ去っていたらしい。

 

 

 ――今日もまた、時間を無駄にしたかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 




らっきょ大好き。



みんなも読め。






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三人でカフェ巡りして来ました

リハビリです。期待しないで。


そもそもすっごい難産だった。

それよりもだよ。





ほんっと!遅れてすんませんっしたァ!!!!!




 今日は朝から晩までバイトが無いという、私にしては珍しい日だ。そんな日に限って、普段から絡みのある彼女たちからのお誘いが無い。

 何もすることが無い時間ほど、生産性というものは少ないものだ。そんな事は分かっていても、予定を考えるためにわざわざ頭を使わないといけない事に心底うんざりする。

 

 ま、久しぶりの休みを無益にしたくは無いが、適当にふらついてるだけで一日が終わってくれるだろう。そんな薄っぺらい考えのもと、重い足取りで家を飛び出したのが確か2時間ほど前の話だったかな……。

 

 

 同じような顔をした有象無象共が蔓延る現代社会で、一般的な労働者に『休み』という物がもたらす効果は底知れないものだ。普段追いかけられ続けている職務からの開放。それは大方、ほとんどの人間が追い求めるモノ。

 

 子供の頃はおもちゃやゲーム、おままごとの道具。

 

 思春期の頃になれば、性別によって欲しいものが変わってくる。男子であれば彼女だったり、連むような友達だったりだろうか。女子は少し分からないがスマホだったり、遊ぶためのお金とかだろうか……。

 

 では、とっくの昔に義務教育を終えて社会に羽ばたいた社会人達は何を求めるのか。

 ――その答えというのは、何を隠そう休日である。

 

 仕事を辞めたいだとかお金が欲しいとかでは無く、何故か休みを欲しがるのだ。……そういう点だけ言えば日本人というのは、ある種の現実主義を追い求めている生き物なのかも知れない。

 ただ、一緒に働いている月島さんは少し異常な人だろう。事ある毎に「これなら昇給ありそうかな〜?」とか、休みよりもお金の方に目が無い反応を示しているのだから。

 

 偶にテレビとかで特集されていたりするが、外国の人々に日本人はみんな勤勉な性格をしていると言われるのも、何となくだが分かるような気がする。

 

 そんな事は言っても、私も元はサーヴァントの肉体を持っているだけあって、肉体が悲鳴をあげるほど疲労したことなど無い。だから休日なんてものは趣味も何も存在しない私には必要無いモノなのだ。

 

 だから稀に訪れる休日の少なさが、自分がアホみたいにシフトを入れるのがいけないという事を失念している訳では無い。むしろ進んでそうしているのだから、一部の人間からバカだのアホだのと罵られる事もあったりするのだが。

 

 

 時刻は11時を過ぎようとしている頃。

 

 やる事が無く暇で暇で仕方が無くないので、もはや恒例となった商店街ぶらぶら旅を敢行する事に決めた。

 

 「ふっ、君は今日も働いているのか……。愚かな人間だ」

 「死んでもてめぇにだけは言われたくねぇ」

 「まぁ精々頑張ってくれたまえ。君の粗雑な接客態度がどこまで通用するのかは知らないがね」

 「はっ、言っとけ!おら、冷やかしなら帰んな!気の所為だと思いたいが、なんかあのエセ神父と同じ空気が……

 

 やはり恒例行事とばかりに魚屋のバイトのお兄さん(ランサー)に心無いヤジを飛ばしてながら通り過ぎたり。

 

 「あれ、今日は少し買ってくれる数が多いんですね?」

 「ああ、少し買い置きしておこうと思ってね」

 「ふふふっ、今日もお買い上げありがとうございまーす♪」

 

 これまたいつもの癖なのか、自然と足がやまぶきベーカリーへと進んでいって、店の看板娘と他愛のない会話を楽しんで。

 

 「あっ!シー君だ!コロッケ食べない!?」

 「あ、あー……いや。やまぶきベーカリーのパンがあるから――」

 「じゃあコロッケも買ってコロッケパンにしよーよ!おいしーんだよ?」

 「待て、話を聞け。いやお願い聞いて?私が買ったのはメロンパンなんだ、普通に考えてコロッケと合うわけがないだろう!」

 「えー!?ウチのコロッケもさーやのパンもおいしーから絶対合うって!ねぇ買ってってよ〜!」

 「――もう、好きにしてくれ……」

 

 半ば強引にペースに嵌め込まれて、そこから抜け出せずに為す術なくコロッケを購入したりと、まぁいろいろ充実した時間を過ごしていた。

 

 

 

 行く宛さえ見つからずに昼下がりの線路沿いを彷徨う。

 

 傍から見ればまるで迷子のようだが、一応こと辺りの地形は把握しているつもりだ。いやそもそも、線路沿いを歩いていれば道に迷うことなどあるはずも無いが。

 

 やたらと人の並んでいるカフェを通り過ぎる。そこでふと、何か既視感を覚える。仕事をサボって暇潰しに見ていた雑誌で特集をされていた事を思い出し、その店の名物が店長の洗練された腕前によって施される、何でも絵柄がラテアートが話題を呼んでいる……、はずの店だ。

 

 外観は記憶の通りでこの店の周りは、不思議と中世のような雰囲気を錯覚させる。そう、まるであの時のオルレアンのような、いやトゥリファスか……?まぁどちらにせよ、それらと比べても何ら遜色は無いほどの出来栄えだ。

 

 「――見事な外観だな、よく出来ている……。また今度、暇な時にでも行ってみるか」

 

 暇な時間なんて作るつもりも無いのによく言ったものだと、1人で皮肉問答をしながらそそくさと通り過ぎて行く。

 

 

 最寄りの隣の駅へと到着しようかというその時。見覚えのあるアクアブルーをサイドテールで纏めた少女と、個人的に見つけたくなかったブロンドの少女が目に入ってしまい――その場から急いで離脱を図った。

 

 「あらエミヤさん、奇遇ですね?」

 「う、うむ……。そうだな……、腕の力が強い……

 「何 か 言 い ま し た か ?」

 「あーいえ何も」

 「こ、こんにちはエミヤさん」

 「……ああ。こんにちは、花音。……千聖も」

 「はい♪いい天気ですね」

 

 おっかしいなー、いつの間にか肩っていうか首元をがっしりとブロンドの少女にホールドされているんですけど。おい、そろそろ離せって。松原がすっごい申し訳なさそうな目でこちらを見てるぞ。

 

 2時間余りの放浪の末に白鷺と松原という、致命的なまでの方向音痴コンビを引き当ててしまったようだ。彼女たちはバンドは違えど、ある出来事のおかげで固い友情が出来上がっているらしい。今日も2人の共通の趣味であるカフェ巡りを敢行していたらしい。

 

 どうもこの辺りで人気の店らしいのだが、本来降りるはずの駅から2つほど駅を通り過ぎてしまいようやく戻って来たはいいが、今度は駅の降り口を間違えて、目当てのカフェの方向とは逆の通りを突き進んだ挙句、やっとここにまで戻ってきたのだと。

 

 「どんな店なんだそれは」

 「えっと、カフェの店員さんが()()()()()()()3()D()()()()()()()()()()()()()っていうお店なんです。今SNSとかですっごく話題になってて」

 「それで花音と2人でそのお店に行ってみようって話をしていたんですけど……、案の定迷ってしまって」

 

 そりゃそうだろうよ。私もお前達二人で出掛けると聞けば、迷うこと必至だと思う。申し訳ないとは思うが。

 ――ん、ラテアートだと?それも3Dラテアート……。

 

 そうなれば、必然的にさっきの店が浮かぶ。

 

 方向音痴コンビを放っておくわけにもいかないだろうなぁ……。

 

 

 

 ──────────────

 

 

 「ありがとうございます、案内してもらっちゃって……」

 「いや、気にすることは無いよ。私も機会があれば訪れてみようと思っていたんだ」

 

 30分余りを行列の中で過ごしてから、店内へと案内された私たち3人。内装もなかなか趣の感じられる、良い仕上がりだな。

 

 しかし、まさかこんなに早く実現してしまうとは、さしもの私でも思わなかったが。

 

 「あら、世情に疎いエミヤさんが、最近の流行のこのお店を知っているとは思えないのですけど……?」

 「職務中にたまたま置いてあった雑誌を見てね。そこにここの事が特集されていたのさ」

 「……堂々と職務怠慢してるなんて、やっぱり暇なんじゃないですか。はぁ……、私とはなかなか予定を合わせてくれないクセに……

 

 いくらカフェも併設しているとはいえ、平日の午前ともなれば客足など伸びるはずが無い。そういう時に暇を潰せるモノというのは必須になる。筆頭として書籍などだな。

 

 「お待たせ致しました。3Dラテアート日替わりケーキセットお二つと、ブラックコーヒーのチーズケーキセットになります」

 

 「わぁっ……!」

 「可愛いっ……」

 「これは、凄いな」

 

 ラテアートに三者三様の反応を示しながら、注文した品を受け取る。

 

 彼女たち2人が受け取った柄の入ったティーカップからは、薄茶色の泡が膨らんでドームのような形を作り上げていた。

 

 「可愛いうさぎのラテアートだなぁ……!」

 「あら、花音はうさぎなの?」

 「えっ?千聖ちゃんのは違うの?」

 「ええ。私のは……、ほら」

 「これは、犬のアートだね!こっちも可愛い〜」

 

 あれ、私もやったらカフェで人気出たりするかな……。相当難しそうだが、やってみる価値は大いにありそうだな。

 

 それから白鷺と松原は、2人でラテアートと一緒に自撮りをしたり、SNS用に写真を撮ったりしていたが。

 

 「……エミヤさん」

 「どうした、千聖」

 「ちょっとこっち来てください」

 「???……、まぁ構わないが」

 

 そうして少し席を立って白鷺の隣へと移動して、

 

 「少し屈んでもらっていいですか?」

 「……私に何をさせたいんだ、君は」

 

 言う通りに姿勢を低く、膝立ちの状態で待機していたら。

 

 「花音はエミヤさんの隣ね」

 「いつでもいいよ、千聖ちゃん」

 「じゃあ、撮るわよ」

 

 

 「はい、チーズ」

 

 

 パシャリ、パシャリ、パシャリ、と。

 

 3回続けてフラッシュの音が鳴り響いた。写真が撮りたかっただけか、素直に聞いてくれれば良かったものだが。

 

 「エミヤさんは嫌がるかな、って思ったんですよ……」

 

 白鷺はそうやって少し顔を背けながら言うが、そんな頑固な男に見えるのだろうか私は。

 

 「まぁでも、ありがとう千聖。後で写真を送っておいてくれると助かる」

 「え……?あ、はい!分かりました……」

 

 ……少し戸惑っていたが、写真は後でくれるらしい。

 

 これもまた一つの思い出だな、こっちに来てからも色々な事があった。今回の出来事も、忘れてしまうには勿体ない程の出来事だ。できる限り記憶にとどめなければ。

 

 ――心做しか、白鷺の顔が赤く見えたのは錯覚だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 後日、白鷺と松原が揃ってSNSにアップロードした3人の記念写真に関して、複数人の少女達から物凄い剣幕で迫られたのは。

 

 

 別の話ってことにさせて欲しい……。

 




なんか、書きたいことと若干違う感じあるけど、

ま、投稿出来ただけいっか!





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モデラート・ソート

サボっていたオンボロ・バジーナ!


ゆるされざるいのち


ほんと許し亭許して……!もっと早く更新する予定だったんや……!(大嘘)

はなくそほじくりながら脳を溶かして書きました。1ヶ月の成果がこれとは……



 

 ライブハウスでの勤務が終わり、日も完全に落ち切った頃。

 

 こっちに迷い込んだ時から使っているマンションの一室へと、かつかつと靴音を鳴らしながら歩みを進める。

 ただ、一つ違うことがあるとすれば、今日は一人ではないという事か。

 

 「何も無いところだが、勝手に寛いでくれていい」

 「お、お邪魔します……」

 

 普段とは少し違う、おどおどとした様子で私の部屋へと入ってくるのは。ハッキリ言わせてもらうが異常者だらけのガールズバンド、『ハロー!ハッピーワールド』のDJを務めているクマのミッシェル――というキグルミの中の人を押し付けられている奥沢美咲という人物だ。

 

 サバサバとした性格で、余り他人に関心が無いように感じるその素振りだが、意外にも面倒見が良いのだ。おかげでなんて事ない、小さな事で知り合った3バカトリオを放っておく事が出来ず――というより為す術なく巻き込まれているという方が正しいだろうが、何はともあれ今はバンドの一員として落ち着いている。

 

 ――余談ではあるが、彼女も何だかんだ苦労人気質なので私とはそこそこ気が合う。というか、偶にいろいろ愚痴を聞かされたりもしている。

 

 

 「荷物はそこら辺の、ソファの横にでも置いておいてくれ」

 「はっ、はい。分かりました」

 

 彼女はそれなりに大きなリュックを黒皮のソファの隣につける。何が入っているのかは分からないが、『ゴスッ』という鈍い音を響かせながら置かれたソレの中には、大量のモノが詰め込まれているというのは確かだ。

 

 ――もしかしたらミッシェルでも詰め込まれているのかも知れんな……。

 

 私の下らない疑問はさておき、短針はそろそろ7時を回りかけている。ならば普通の人間の普通の食生活ならばこの時間は夕食の時間、という事で今日は珍しく客がやって来ているので、リクエストでも聞いてみようか。

 

 「夜ご飯の時間には少しばかり早いが、何かリクエストはあるかね?」

 「うーん、特には無いですね……」

 「そうか、なら好きな食べ物とかは無いか?」

 「好きな食べ物、ですか。うーん……、これと言って無いんですよね〜……」

 「む、そうか……」

 

 何を作るにしても、材料なら買い置きが十分にあるから何だって作れる。それなら奥沢が好きなものでも作ろうかと思ったのだが……、どうしたものか。まぁ仕方無い、シェフの気まぐれランダムコースでも――

 

 「あ、私ファミレスに良く行くんですけど、そういう所の料理の味付けがわりと好きなんですよ」

 「ふぅむ、ファミレスか。例えばどのようなメニューだ?」

 「そうですね……、スパゲティとかですね」

 「ほぅ、スパゲティ……。ひとつ尋ねるが、牛乳と卵にアレルギーはあるか?」

 「アレルギーですか?無いですね」

 

 よし、これで腹は決まった。

 

 これまた意外だが、奥沢はファミレスとかの大衆に好まれるようなタイプの料理が好きらしい。もっとこう、お上品というか、薄味というか……。あまり主張の少ないような、そういうものが好きそうに感じたのだが。

 

 人は見かけによらないって事か。

 

 

 ──────────────

 

 

 「だからほっといてって言ってんじゃん!!」

 

 電話を一方的に切断する。ツー……ツー……、と無機質な響きが耳に当てられたままのスマホから届けられる。

 

 あーあ……、やっちゃったかな……。

 

 きっかけはなんて事ない、ほんの小さな事だった。母さんが善意であたしの部屋を軽く掃除してくれていた時に、これまたなんて事ない何処にでも売っている一冊の本を間違えて捨ててしまった事。

 

 それはあたしが小さな頃からずっと大事にしていた物で、まだまだ子供なあたしはそれを知って気を荒らげてしまって、母さんに強く当たってしまった。さっきだってわざわざ電話までして謝ってくれたのにあの対応……。

 

 「美咲、何かあったのか?」

 「え、ああエミヤさん……。はい、ちょっと……」

 

 今日はハロハピの練習は無い日だけど、あたしはライブハウスに次のライブの予定を決める為に少し顔を出していた。

 

 さっき声を荒らげて電話を切ってしまったから、時間も時間なので閑散としているカフェのカウンターで、豆を入れていないコーヒーミルを延々とグルグルさせて暇を持て余していたエミヤさんが気付かないわけが無かった。

 

 

 「ふむ、なるほど。親御さんと喧嘩したのか」

 「……はい。母さんはただの善意でやってくれたのに、あたしが子供なばっかりで……」

 「誰だって大事なものを取られてしまったら、そういう態度にもなる。今回の件は仕方が無かっただろうさ」

 「…………」

 「今回は美咲だけが悪かった訳では無い。だが、美咲も悪い所はあった。それは事実だよ」

 

 「だから、今回の過ちはただ認めて、次の糧にしてしまえばいい。それでいいのさ、それだけで君は大きく成長出来るだろうさ」

 「……成長、ですか」

 

 カフェカウンターの向こう側。ドリンクディスペンサーの隣に設置されてる、今となってはエミヤさんが私物化しているも同然なキッチン。

 

 エミヤさんはそこに向かったままで表情を読み取ることはできない。きっといつものような仏頂面なんだろうな。……でも、それを語っている声は不思議と震えているように思えた。

 

 「さぁ、今日も閉店だ。客足もそこそこだったし、私もそれなりに暇を持て余してしまった」

 「あはは……、お疲れ様です」

 

 その言葉で会話を終わりにして、あたしも帰ろうかと思った時。

 

 

 グゥゥ〜……。

 

 

 「へっ!?」

 

 すごい、大きな音が。

 

 すごい、身近なところから。

 

 いや、あたしでしょ。

 

 あたしも全く意識していなかったところで、腹の虫が食物を寄越せと唸りを上げてしまった。そう言えば今日は喧嘩してしまったから、お昼抜いて来ちゃったんだった……!

 

 「ふっ!ははははははっ!」

 

 カウンターの向こうの人間にも笑われてしまい、急速にあたしの顔が真っ赤になっていくのが自分でもよく分かる気がする。

 

 「わっ、笑わないでくださいよ!喧嘩してから何も食べてないんです!」

 「だったらもう少し早く来れば良かっただろう。何か軽いものでも作ってやったのに」

 「むしゃくしゃしててそれどころじゃなかったんですっ!」

 

 あぁぁ〜……!ほんっと恥ずかしい!まだ花音さんとかこころの前だったら、何も恥ずかしくは――いやちょっとは恥ずかしいかも知れないけど、異性の前ってなるとそれはもう最悪だよ……。

 

 「それで、夜ご飯はどうするつもりだ?」

 

 声を上げて笑っていたエミヤさんもようやく落ち着いて、話はまたご飯の元へ帰ってくる。そうだなぁ……。

 

 「まだ、母さんとは会いたくない、ですね……」

 「うん、まぁ無理もないだろうな」

 「ファミレスでも行きますよ」

 「金はあるのか」

 「ちょっと確認を……。――あっ」

 

 なんで今の今まで食べ物を口に出来なかったのか。そりゃお金があれば勝手に何か食べていたはずだよ。

 

 「財布、家です……」

 「……君は、そこまでおっちょこちょいな人間では無いと思っていたんだがな……」

 

 こうなったらエミヤさんからお金を借りて――

 

 「それなら、私の家にくるか?このまま返すわけにもいかないしな。なにかしらご馳走しよう」

 

 

 あ、やっぱりお金なんて要らないです。どこまでも着いて行きます。

 

 

 

 ──────────────

 

 

 牛乳、というよりクリームと卵を使ったスパゲティ。私が作ったものはその中でも王道を征く定番中の定番、カルボナーラだ。具材はベーコンのみ、ファミレスのカルボナーラは食べた事など無いが味は濃いめだと話は聞いている。

 少し調味料を多めに投入して、作り上げたそれを。

 

 「こんな本格的だと、ファミレスというよりも高級イタリアンじゃないですか」

 

 などと文句を言いながらも、美咲はしっかりと全部食べ切り。

 

 「ご馳走様でした、とっても美味しかったです」

 

 彼女にしては実に珍しい、満面の笑顔で私のカルボナーラを絶賛してくれた。

 

 

 「……無理をして仲直りする必要は無い、時間を掛けてでもいいからしっかりと話し合う事だ」

 「はい、ありがとうございます。ご飯も、ご馳走さまでした」

 「気にしなくていい、こんなのは私の自己満足なんだ。たまに誰かに料理の腕を振るいたくなってしまう、発作みたいなものさ」

 「それでも、本当に今日は助かりました……」

 

 ご飯の後は、時間も時間なのでさっさと家に帰りますと、美咲がそういうので見送りというより護衛をしながら、家路を帰っている。

 

 「ここまでで大丈夫ですよ、もう近いので」

 「いや、まだ危険だ。その短い距離に何があるか――」

 「心配症ですね、エミヤさんは……。大丈夫ですよ、あたしもこれから、なんとか頑張っていきますから」

 「――――」

 

 

 「それじゃ、今日はありがとうございました。今度は、あたしがご飯、ご馳走しますから楽しみにしててくださいね?」

 

 

 

 

 

 

 




次は……、明日かな!





がんばりましゅ!


てかお腹減ったゾ……


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サポート・メンバー

日曜になんて投稿出来るわけねぇんだよなぁ……。

でもそこそこ速かったから許してや





 肌色と黒色が混じったようなダンボールを、私はサインをしてから2つあるそこそこ大きい荷物を両手で抱えるように受け取る。中からは小さな物体――それも粒の様なものがぶつかっているような音がしている。

 

 荷物を送り届けた事で満足したような顔をした業者は、

 

 「毎度ありがとうございまーすっ!」

 

 と、帽子を被り直しながら、社交辞令にしては元気すぎる挨拶と共に乗ってきたトラックに乗り込んで、瞬く間に姿を消して行った。

 

 「エミヤ君、それは?」

 「ああ、月島さん」

 

 そこにやって来たのは、我らがCiRCLEの主である月島オーナー様であった。彼女の視線が私の持っているダンボールに注がれているのが分かっているので、

 

 「楽器のメンテナンスに使う道具ですよ」

 「あー、頼んでおいたモノだねー。そっちのは?」

 「これは私が使うものですよ、コーヒー豆です」

 「……それってさ、CiRCLEの経費で買ってたりする……?」

 

 すごく渋い顔でこちらを見つめてくる月島さん。その目からは、祈りの感情が見て取れる。おそらくというか絶対、CiRCLEの経費で買っていませんように、なんて思ってるんだろう。

 

 「大丈夫ですよ、自費で買ってます。月島オーナーにはカフェのキッチンを貸してもらっているので」

 「そっ、そっかぁ〜!で、でも少しはCiRCLEのお金も使っていいよ?余裕が無い訳じゃないし……」

 「いえ、お心遣いは有難いですが、生憎私は稼いだお金の使い道には困っているもので」

 

 月島さんが平均的な成人女性よりもちょっぴりひもじい生活をしている事に対しての、ちょっとした皮肉を込めて一言。

 

 そのまま荷物を自分の仕事場へと運び終わってから、再びまりなさんに声を掛けられる。

 

 「エミヤ君、今日はもう上がっていいよー」

 「いえ、そういう訳には――」

 

 いきませんよ、そう続けようとしたが途中で遮られる。

 

 「確かに上がっていいとは言ったけど、ちょっとそれは間違いなんだ。正確には……出張に出て欲しいんだ」

 「出張、ですか?」

 「うん、ここの2つ向こうの駅の近くに新しくライブハウスがオープンしたんだー。でも、まだオープンしたてだから働いてる人も少ないらしくてね」

 

 なるほど。確かに開店前に人員を集めるのはなかなか大変だろう。そこでこの店にお鉢が回ってきた、って言うことか。

 

 「なるほど、今日はそこからの要請でサポートに入って欲しい、と?」

 「そういうこと!だから今日はこれで上がってくれていいよー」

 「あー、それと。既に一個機材に不具合が出てるっぽいから、早めに向こうに行ってあげられたら嬉しいかな」

 「了解しました、そういう事なら直ぐに出立します」

 「開店後初のライブイベントらしいから、頑張って成功させてきてね!」

 

 声援というよりも、圧力のようなものを若干感じる発言だったが、まぁ気にせずにおこう。それよりもなるべく急いでと言っていたな。いくら開店したてとは言ってもメンテナンス道具くらいはあるだろう、万が一無ければそれはそれで()()()()()()()だろうし。

 

 

 ──────────────

 

 

 電車に揺られること僅か10分。

 

 そしてそこからの徒歩5分程度の道のり。何かが起きるはずも無く……

 

 「美咲ーっ!こっちよーっ!!」

 「ちょっとこころ!?道間違ってるからー!」

 「ふふふ、今日も子猫ちゃんたちに会えるなんて……!」

 

 起きるはずも……。

 

 「あ、湊さん」

 「あら、美竹さん」

 「今日は……、頑張りましょう」

 「ええ、お互いのライブ成功の為にね」

 

 起きる……のか……。

 

 「あー!!エミヤさーん!」

 「ちょおまっ!いきなりエミヤさんに飛びかかるなっての!エミヤさんが怪我……するとは思えねぇけど、とにかく危ねぇだろ!」

 「ふふっ、香澄ったら……。こんにちは、エミヤさん」

 

 起きちゃったかー……。

 

 「……あぁ、うん。こんにちは」

 

 

 

 頭のぶっ飛んだキラキラドキドキガールから大雑把な話を聞いた話では、件のライブハウス――名前を『Galaxy』というのだが、そこからのライブ出演のお願いが回ってきたらしく。

 

 「さぁ!今日はここでみんなを笑顔にするわよっ!」

 

 そう言った天真爛漫を体で表現したような彼女は弦巻こころ、そんな彼女が引っ張りまわしているバンド。『ハロー、ハッピーワールド!』

 

 「私達の実力を、成長を見せるわよ!」

 

 ストイックさが体から滲み出ている彼女は湊友希那、率いるは高校生のバンドとは思えないほどの高い実力を持ったバンド。『Roselia』

 

 「あたし達は、いつも通りの演奏をしよう」

 

 赤メッシュの厳ついイメージとは裏腹に仲間思いの美竹蘭、幼馴染5人によるコンビネーションが光るバンド。『Afterglow』

 

 「久しぶりのライブハウスだけど、みんなでキラキラドキドキしようっ!」

 

 猫耳ヘアーで希望に満ち溢れた眼をしている戸山香澄、学校で知り合い数々の出来事を共に乗り越えた5人の友情を感じるバンド。『Poppin’Party』

 

 もう1つ知り合いの『Pastel*Pallettes』というバンドは事務所がプロデュースしているバンドのため、さすがに出演する事は叶わなかったと言うが、それでもこの4バンドが集結している光景はなかなかに圧巻だろう。

 

 

 そこにおまけの私……、いる?

 

 いや要らないとか言われても仕事だからどうにもならないのだが。

 

 

 ──────────────

 

 

 「同調、開始(トレース・オン)

 

 ライブに使用する予定の大型アンプに、自身の魔力を流し入れる。その通した魔力が何事もなくアンプの電子回路を一周してくればよし、だがそうでない場合は――。

 

 「確かにこのアンプは不具合を吐き出している……、一部回路から先に魔力が伝わらなくなっているようだな」

 

 様々な工具を駆使して分解作業を経た後、回路を交換。そして元に戻す。そうして再び魔力を通す。

 直っていればこれだ魔力が全て一周して戻ってくるはずだが。

 

 「……よし、完了だな」

 

 異常は無い、私が整備をする以上不具合など吐き出させてなるものか。そこには曲がりなりにも、毎日メンテナンスをこなして来た私のプライドが掛かっているのだからな。

 

 「朝日さん、これで修理は完了だ。次はどうすれば?」

 「あ、はい!ありがとうございます!さっき看てもらったアンプが最後の設備なので、これで頼んでいた仕事は全部終わりです。ありがとうございました!」

 「む……、そうか。ではライブまで待機しているよ、何かまた異常が見つかれば直ぐに呼んでくれて構わない」

 「わかりましたっ!」

 

 最近ここのバイトになったばかりのバイトである朝日六花に確認を取ってみれば、どうやら私の全ての仕事は終わってしまったらしい。さて、暇になってしまったな……。どのようにして時間を潰そうか。

 

 

 「あ、Hey!ちょっとそこの!」

 

 私は呼ばれたような気がして体の向きはそのまま、少し体を捻って後ろを振り返ってみる。が、私の視界は人の姿を認めることが出来ない。空耳かと思って――。

 

 「こっちよこっち!」

 

 また後ろから声が掛けられる。今度は体全体を動かして振り返ってみる。

 すると、そこには。

 

 「今日の出演バンドを確認したいのだ――、何よその顔は」

 

『子供』がいた。そう、どう見ても子供だ。

 

 ピンクの床にまで届きそうな長い髪で、首に猫耳のヘッドフォンを付けた『子供』が立っていた。それも私の身長の実に3分の2程度の大きさだった、道理で首だけ振り返っても見えないわけだ。自分の頭の中だけで考えをまとめ、目線を合わせる為に立て膝の体勢で子供に向き直る。

 

 「あんた、ワタシをバカにしてるのかしら?」

 「ここまで迷い込んでしまうとはな。怖かっただろう、出口まで案内しよう」

 「ちっがうわよっ!ワタシはライブを見に来たのよっ!」

 

 そう言って少女が肩からかけているバッグから取り出したのは、

 

 「なに……。確かに今日の日付で、会場もここで間違いない……。ようこそいらっしゃいました、お客様」

 

 にこやかな笑顔で努めて、なんとか取り繕おうと接客する。

 

 まずい……、今回はこのライブハウスに派遣されているのだ。何か不祥事を起こしてしまうのは、私以上に月島さんに迷惑が掛かってしまう。

 

 「はぁ……、まぁいいわ。それよりも!今日の出演バンドを確認させて欲しいのだけど」

 「はい、今日のラインナップは『ハロー、ハッピーワールド!』、『Afterglow』、『Poppin’Party』、それに『Roselia』となっております」

 

 最後に紹介したバンドのRoseliaを耳にした瞬間、目の前の少女の顔付きが僅かに変わった。

 

 「Roselia……!ふふっ、Excellentよ!今日は来た意味があったわ!」

 「あなたはRoseliaが目当てで来たのですか?」

 「そういう訳では無いわ、ただ前々から気にはなっていたけれど」

 

 子供には似つかわしくない口調でそう話す彼女。

 

 「ワタシは何者にも負けない、最っ強にカッコイイ音楽を作り上げるのよ!」

 「……ふむ、つまり君はプロデューサーを目指していると?」

 「目指しているでは無いわ、今なっているもの」

 

 彼女はまたしてもカバンから何かを取り出す。財布ほど大きくは無い、言うなればパスケースのようなものだ。その中からは一枚の紙切れ、もとい名刺が取り出され。

 

 「あなたも覚えておきなさい!このワタシ、チュチュの名前を!」

 

 

 どうやら、コイツはとんでもない奴かも知れない。

 

 本能的に、そう感じた。

 

 

 




そろそろおやすみをもらいます。2話しか投稿してないけど、お休みしたいです。


え、だめ?


あっそう……。


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リーディング・ロール(主役は?)

おサボりマン参上、時間を頂いていく!






Galaxyでのライブは、文句無しで成功と言えるだろう。4バンドが連続して作り上げた、途切れる事の無い熱狂の輪。会場のボルテージは常に最高の状態を維持していた。

 

 ――実際、音楽に関しては素人な私はそう感じた。実に見事な、彼女たちの全てが出し切られたライブだと。

 

 ヘルプに来てくれたサービスだと言われ、二階席の前列真ん中の席――ステージを一望できる好ポジションを宛てがわれた私は、終始熱気に包まれていた会場で振り返る。

 

 

 だが、どうも私の隣で手すりに前のめりになってだらんとしている奴は、そんなライブの何かが気に入らなかったらしい。楽しんでいなかった――というよりも、楽しみの為に来た訳では無いというのが、その態度からひしひしと伝わってくるようだ。

 

 「今日のライブは、不満か?」

 「……、いいえ。当初の予想通りだったけど、得るものはあったわ」

 「やはり、Roseliaか」

 「ええ、彼女達を目的に来たけれど、もしかしたらもっと大きなdiscover(発見)があるかも知れない。そう思っていたけれど……」

 「目が……、いや。耳が肥えていらっしゃる事で」

 「そうでも無ければやっていけないわ、ワタシの作る最っ強の音楽を奏でるparts(部品)を探すにはね」

 

 決意と希望に満ちた目で、4バンドが勢揃いしたステージを眺めるプロデューサー様。彼女の視線はやはり、一番端の黒と紫を基調とした衣装を纏っていて、重大な発表をたった今行った彼女たちに注がれていた。

 

 「ワタシにClassical road(王道)は要らない。ワタシが求めるものはカタにはまらない原石、One off(この世で一つ)の煌めきを放つ……。言わばAstray(道から外れたモノ)よ。今の停滞したつまらない音楽をぶっ潰せるだけの、AmazingでPowerfulなモノよ!」

 

 

 ──────────────

 

 

 「――そ、それでその後は……?」

 「さてな、私もそこで彼女と別れてしまってな。どうなったかは知らんが……」

 

 そこで一呼吸置いてから。

 

 「Roseliaが――ましてや自分の父の音楽を認めさせたいとか言って、後先考えずに突っ走っていた彼女が、そんな誘いに乗るとは思えんがね。……お待ちどう様、いつものだ」

 「うん、ありがと……」

 

 何だかんだで盛り上がったライブから3日が経って、私も元のCiRCLEでの通常勤務に戻っている。目新しい客が訪れることは少ないが、いつも贔屓にしてくれるお客様がいらっしゃるので、そこまで売上がどうとかいう問題にはならない。

 

 今日もその贔屓のお客の1組であるAfterglowの面々がスタジオを利用しに来ているのだ。が、何故かここには美竹しか居ないのは何故だろうか。

 まぁ、こっちに来れない理由でもあるのだろうな。深くは考えずに、目の前の人物に向き直る。

 

 「あのライブでの、あたし達の演奏は……、どうだった?」

 「ああ……。『いつも通り』良かったさ」

 「そ、そう……、ありがと……」

 

 そう言って彼女はいつもの、真っ黒い液体を喉に少しずつ流し込んでいく。

 

 「それにしても、主催ライブか……」

 

 カップの中身が半分位減った時、彼女は一息ついてから話のネタを投下してくる。ネタというかただの独り言だったが、私としてもそこは気になっていた所なので、突っ込んでみることにした。

 

 「Afterglowはやらないのか?」

 「あたし達は……、多分やらないかな」

 「ほう、どうして?」

 「そこまで興味が無いっていうのは、あるけど……。だけどそれ以上に――」

 「それ以上に?」

 「――つぐみがまた倒れそう」

 

 あー……。羽沢には本当に申し訳ないが容易に想像できるというか、彼女の性格的にそれは免れようの無い真実かも知れない。前にもそれで一回体調を崩してしまい、病院送りになっている前科があるしな。そこが彼女のいい所でも有るのだが、問題なのは加減を知らないという事だな。

 

 「まぁ、Afterglowらしいと言えば、らしいがな」

 「うん、あたしもそう思った」

 「ただ、二度と体調を崩して欲しくはないがね。こちらの心臓にも悪い」

 「あたしだって同じだよ、無理なんてして欲しくない」

 

 そうして美竹は飲み終わったコーヒーのカップをこちらに寄越して、おもむろに席を立つ。どうやら私のおサボりタイムと、彼女の休憩時間は終わりを告げているらしい。

 

 「じゃあ、練習終わりにまた……ね」

 「お会計が残ってるからな、当然だが」

 「……そういうとこ、ほんっと。……じゃあね」

 「ああ、無理をし過ぎないように羽沢に言っておけ」

 「うん、そうする」

 

 そうして彼女はこちらに手を振りながら、3番スタジオの扉の内側へと入っていく。

 

 

 

 「う〜んっ!お腹が空いたわっ!」

 「……だったら、なんだと言うんだね」

 「あ!スパゲティが食べたいわ!美咲も美味しいって言ってたもの!」

 「言うなと言っておいた筈だが……」

 

 おサボりタイムはどうやらアディショナルタイムを超えて、延長戦まで持ち越してしまったらしい。

 

 

 

 ──────────────

 

 

 「凄いわっ!黒服さんが作ってくれるご飯よりも美味しいわ!」

 「きっとそれは気のせいだよ……」

 「いや、自信持ってくださいよ。お店開けるレベルで美味しいですって」

 

 こころのお世話係である奥沢も含めて、三人での談話――もとい職務怠慢と来た。美味しい美味しいと口にしながら、ミートソースを口にポンポン運んでいく弦巻を横目に、奥沢も私の料理を絶賛している。

 

 ちなみに2番スタジオからは未だにギターとベースの音が響いて来ている。防音であるはずなのにここまで音が届くとは、相当力強い演奏が行われているのだろうと思うが。

 

 ハロハピならば別だな、北沢と瀬田が遊んでるだけだろうから。それに付き合わされている松原には両の手を合わせておこう。

 

 「あ、そう言えば知ってますかエミヤさん」

 「ん、何がだ」

 「Roseliaが主催ライブするんですって」

 「ああ、知っている。というかその日はGalaxyにヘルプに入っていたじゃないか」

 「そう言えば……、そうでしたね」

 

 やはり共演者の重大発表だからというのもあるのだろうか、話題はそこになってくる。ましてや誰も予想していなかっただけに、驚きも大きいのだろう。それはRoseliaとほとんど関わりがないと言っても差し支えのない、ハロハピですら食いついて来るのだから。

 

 

『Roseliaの主催ライブ』

 

 

 力の付いてきたバンドが必ず行う、自分たちの実力を自分達が作り上げた舞台で見せ付ける。簡単に言うならばそんな所だろう。私だってそこまで詳しい訳では無いから、それくらいの説明しか出来ないが。

 

 なんにせよ、半端な覚悟と実力では執り行うことすらままならない一大イベントなのだ。

 

 「美咲ー、あたし達もやりましょう!」

 「いやあたし達はいっつもライブしてるじゃん……」

 「私からも聞きたい、ハロハピは主催ライブをする予定は無いのかね?」

 

 私が追求の態度をとると、あからさまに「えっ、知りたいんですか?」みたいな顔をされた。別に答えたくなければそれでいいんだが……。

 

 「うーん……。あたし達はハロハピとして地域の幼稚園とか、遊園地だったり、色々な所でワンマンライブを強行してきたので……。今更やる必要あるのかなーって私個人は思っていてですね」

 「――なるほどな。それはそうだ」

 

 ハロハピと言えば、この地域では知らない人は居ないというぐらいに知れ渡っている。それこそ、さっきまでここにいた美竹を含めた5人の幼なじみのバンド『Afterglow』にも勝るとも劣らない程のだ。

 彼女達が今どきの高校生達にウケているのならば、ハロハピは幼稚園などの小さな子供から中学生位までをターゲットにしている。人気の層は確実に違うが、どちらも人気があると言えよう。

 

 「分かったこころ?あたし達はこのまま地域でライブを重ねた方が、ハロハピらしいって事」

 「確かにそうね!それじゃあ、次のライブはいつにしようかしら?」

 「先を見るのが早いなぁ……。日程とか調整するのあたしなんだよぉ……?」

 「私だってそれに振り回されている側なのだがね」

 「いや、その節はホントにお世話に……」

 

 

 それから程なくして、ミートソースを平らげた弦巻を連れて1番スタジオへと戻っていく奥沢を見送って。

 

 「フロアの清掃でもするかなぁ……」

 

 やはり暇を持て余している私は、真面目に職務に励もうと努力するのだった。

 

 

 

 ──────────────

 

 

 とある建物の裏路地。

 

 そこに2人の少女が向かい立っていた。

 

 一方は、黒と紫を基調としたゴシックを彷彿とさせる、可愛いとカッコイイを両立させたような衣装の、銀髪の少女。

 

 もう一方は、プラスティックのビール箱の上に小さな背丈を上乗せした、膝くらいまで伸びているピンク髪と猫耳を模したヘッドフォンを首に掛けている。

 

 「Why!どうして!?ワタシのプロデュースする音楽をあなた達が奏れば、何者にも負けない最っ強にCoolな音楽が作り上げられるのに!」

 

 激昴、憤怒、理解不能。

 

 ピンクの少女を駆け巡るのはそんな黒い感情と、まるで自分のプライドを否定されたような感覚。さらに、彼女が予想に反した返答を見せたことによる失望。

 

 「貴女の音楽は素晴らしいと思うわ、いつも購読している音楽雑誌にも貴女の名前があった。誰も聞いたことの無い、新時代のミュージック・クリエイター……。実力もあって行動力もある、未来を担っていくのはこのような人物だろう、と」

 

 銀髪の少女は、対面の彼女に絶賛の言葉を。

 

 だからこそ、なおさら意味が分からなかった。この女は何故私の実力を知りながら、その誘いの手を蹴るような真似をしたのか。

 

 「だったら……。だったら、なんでっ!?」

 

 だから自然と投げ掛けられる言葉は、語気の強い疑問の問いかけになってしまう。

 

 「……確かに私達も、頂点を目指しているわ」

 「…………」

 「でも、そこに私達5人以外の手が加えられてしまうのは、Roseliaの存在意義にも繋がるわ」

 「――!存在……意義……?」

 「私達は、この5人で作り上げたRoseliaで頂点を掴み取る。だから貴女のプロデュースは、要らない」

 

 キッパリと拒絶の態度を表す銀の歌姫に、プロデューサーは何も応えることが出来ない。

 

――でも、せめて。せめてこれだけは

 

 自分の目指す、理想の音楽を知らないまま逃がす訳にはいかない。ピンク髪の少女は羽織っていた学生服のポケットから、小型のUSBを取り出して既に立ち去ろうとしている彼女に手渡す。

 

 「なら責めて、ワタシの作ろうとしている音楽を聞いてみて!それで変わるかは分からないけれど、貴女には知っていて欲しい!」

 「…………」

 

 返答はなく終始無言だったが、その目からは肯定の意思が感じ取れた。やはり彼女も音楽に携わるものとして、何か思うところがあって受け取ったのかも知れない。それは何となく理解出来た。

 

 ――が、鬱憤が溜まっていないだとか、イライラしていないという訳では無い。

 

 「なんなのよーっ!!ワタシの音楽を評価してるクセに誘いに乗ってこないってどーゆう事よ!?Incredible(信じられない)!!」

 

 憎しみと苛立ちが込められた八つ当たりのキックが、近くにあった青いゴミ箱に炸裂する。横転するゴミ箱からは中身がぶちまけられている。一時の感情で行ってしまった事にハッとして、急いで元通りにゴミを回収してから。

 

 「あんなバンド……、ぶっ潰してやるッ!!」

 

 

 思えば、この裏路地から彼女達の全てが動き出したのかもしれない。そう考えずにはいられなかった。




お分かりの事と思いますが、チュチュと友希那の出会いのシーンは一部改編ってか、作者の気に入る形に作り変えてます。

ご了承くださいませ。




次回は……、1、2週間は貰いますね


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アルバイトとブンカサイ

…………


…………?


最後に更新したのは……、昨日か!

これで連続更新だな!(錯乱)


正直申し訳無かった。反省しているけどエクバは止めません。

それもこれも全部、インチキな横特をブンブンしてくる胚乳と相変わらず修正の入らない騎士ギスライトニングがいけません。僕は悪くありません(サボっててほんとすんませんした)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロウ! 是非とも私を、この店で働かせて欲しい!」

 

 

 

 

 

 

 ──その日突然、出逢いたくもなかった運命と邂逅した。

 

 きっと何かしら考えあっての事だろう……。いや、彼女の事だからもしかしたら思いつきかもしれないが、とりあえずこの提案は受けるべきではないと判断した。

 

 理由は聡明なる皆様であればもちろん、お分かりだろう? 

 

 だが、それを私から言ってはさすがに彼女にも可哀想だから、まりなさんに適当に擦り付けて断ってもらおう。

 

 

「──却下だ。理由はともかくとして、それを頼むなら私ではない。このライブハウスそのものを運営しているまりなさんに頼むのが筋であって──」

 

「まりなさん! 私をこの店で働かせて欲しい!」

 

「いいですよー、細かい仕事は彼に教わってくださいね〜」

 

「ありがとうございます! お世話になります!」

 

 

 ??????? 

 

 

 理解出来ないぞ? なぜここまで早く採用の流れが出来上がってしまっている? 

 いやそれよりもだ! このままでは確実にまずい……。こいつを雇った暁には店の経営が崩壊してしまうではないか! 

 

 

「待って! 考え直してくれませんか!? それではここの経費がいくらあっても足りはしない!」

 

「そこはエミヤ君が上手く纏めあげてねー。それに最近は人手が足りないー、って言ってたでしょ? 知り合いみたいだし仲良くしてね〜」

 

「バカな……、自分の首を絞めているとも知らずに……」

 

 

 崩壊の暴風がすぐそこまで迫っていた事に、私は全く気づかなかったのだ……

 

 

 

 

 

 

 と、これが少し前にあった幕間である。

 

 結果はと言えば大成功も大成功、客足が遠のくどころか逆に経営繁盛してしまうという大誤算だった。心配していたセイバーの食い意地だったが、ちゃんと弁えているようで仕事中には泣き言ひとつ漏らさず少女らしい笑顔を振りまいている。

 

 それはもう歳相応の可愛らしいモノで……

 

 

 ──っていうのが口コミで広がったらしく、セイバーを一目見ようとする男性のお客様もぽつりぽつりではあるが増えてきている。

 

 おかげで私の新商品の作成時間、つまるところ暇潰しに充てていた時間はとうに消え失せて、馬車馬のように働いている始末であった。

 

 

「シロウ! 2番テーブルに『しっとりふわふわパンケーキ』を2つ! セットの飲み物はアイスティーと抹茶ラテです!」

 

「了解した! ……あ、待て! これを4番テーブルに持って行ってくれ」

 

「これは……、『フレンチトースト』と『ブレンドコーヒー』ですね。4番テーブル、行ってきます!」

 

 

 平日の昼間からずっとこの忙しなさでは気が滅入ってしまう……。

 一体この時間帯に来るお客様は何者だ、仕事はどうしたというのだ。そりゃ休みだから来てるんだろうが、愚痴の1つでも言いたくなるものだ。

 

 

 ──あー……、これはバイトでも募集した方がいいんじゃないか……? 

 

 つい考えてしまったが、よくよく考えてみればバイトを新しく雇ったおかげで、新たにバイトが必要な程に忙しくなってしまい、結局またバイトを雇う……。

 というアホな結果には意地でもしてやるものか、と踏みとどまる事を決意した。

 

 

 ようやく客足が落ち着いてきた3時過ぎではあるが、ここからはまた別のお客様がやってくる時頃となる。

 

 

「エミヤさーん! ポッピンパ!」

 

「……は?」

 

「香澄……、エミヤさんにその挨拶は通らないぞ。ってか、その挨拶も流行らない」

 

「えー!? かわいい挨拶だと思ったんだけどなぁ〜」

 

 

 という訳で、別のお客様である団体様──『Poppin'Party』のご来店でございます。

 何やら挨拶のような事を口にしながら入店した戸山の後ろには、たった今ツッコミを入れた市ヶ谷を含め、4人の姿があった。

 

「あっ、セイバーさんだ! ポッピンパ!」

 

「おや、カスミではありませんか。それにアリサに、リミ、サーヤにオタエも。こんにちは」

 

「オタエのオはひらがなでいいんだよー」

 

「おたえちゃん何言ってるの……?」

 

「こんにちはーセイバーさん、エミヤさんもね」

 

 ピークが過ぎてからは空調の音がよく聞こえるほど静かだった店内が、彼女達の話し声によっていつものような雰囲気に戻っていくのが分かる。

 

 他に客も居ないわけだし静か過ぎて退屈になるよりかは、多少うるさくてもBGM代わりにになってくれる方がいいのだ。というのも少しの雑音がある所で本を読むのが最近のブームだったりしているのも、まぁ関係しているのだろうが。

 

「んー、あれ?」

 

「? どうしたの、おたえ」

 

 いつもならもう少し暴れん坊している花園は、セイバーの方をじっと見つめて何やら不思議そうな目線を向けている。アホ毛でも付いてるのだろうか。

 山吹が心配そうな声色で花園にどうしたのかと聞いたのだが。

 

「セイバーさん、エプロンしてるー。なんでだろ」

 

 とまぁ、そんな小さな事だった。

 

 頻繁に店に通ってくれる常連客であればもう知っていることだが、彼女達がセイバーがバイトをし始めた事を知らないもの無理は無いだろう。

 セイバーはほんの1週間前に働き始めたばかり、そして彼女達も最後にCiRCLEで練習したのは1週間前のいつかだった。

 

「私は1週間前からここでアルバイトをしているのですよ」

 

「へぇ〜! すっごくエプロン似合ってます!」

 

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 セイバーは正式な制服が届くまで、黄色の生地で出来たエプロンを身に付けて仕事をしている。ワンポイントでライオンがあしらわれた、実に可愛らしいモノだった。

 ──正味、これをまりなさんが着ているとなると……。あまり想像がつかない……とだけ言っておこう。

 

 まりなさんが家から持ってきたお古だと言うが、状態がとても良くこれを使って料理などした事は無いのではないか、と思う程だ。

 

「その話は置いておいてくれ。今日は確か3時間の予定だったな?」

 

「はい、その予定であってます。今日はよろしくお願いします」

 

 というわけで、保護者兼ツッコミの市ヶ谷と事務的な話を済ませてから、今日のスタジオに案内する。

 その僅かな道中で、少し気になる事を彼女達は話していた。

 

「文化祭まで2週間切ったから、今日の練習で新曲の方も追い込みかけなきゃねー!」

 

「そーだよー? いつまでも蔵でうちのパンばっかり食べてる訳には行かないんだからね〜」

 

「い、いっつもパンばっかり食べてる訳じゃ無いでしょ〜!」

 

「昨日は香澄ちゃん、休憩の時にパン食べてたらいつの間にか寝ちゃってたね〜……」

 

「そーだぞー。それで昨日はお開きになったんだからな〜? ちゃんと夜には休んでるのか?」

 

「も〜、心配症だなーありさは〜」

 

 

 文化祭……。確か前のライブからそう時間は経ってないはずだが、もう次のライブの予定を建てているのか。なかなかにハードスケジュールじゃないのか? 

 

「お前達、文化祭でもライブをするのか? いやそれよりも……文化祭の噂など全く聞かなかったな

 

「そうなんです! 文化祭で披露する予定の新曲も練習してて〜……。あっ、そうだ! エミヤさん達も私たちの文化祭来ませんか!?」

 

「物凄く唐突だな……」

 

「今年の文化祭は羽丘と合同でやる事になって、去年よりも規模が大きくなってるんですよ。──え、エミヤさんももしその日が暇だったら来て欲しいんですけど……

 

「へぇ……?」

 

「シロウシロウ。ブンカサイ? とは、一体なんです?」

 

「──セイバーは少し黙っててくれ、後で説明してやるから」

 

 人が話をしている時に割り込んでくるなバカタレ。

 

 それに市ヶ谷。何故人を文化祭に誘うだけでこんなにも赤面する事があるのだろうかと、私はものすごく訝しんだぞ。

 

 まぁ、それはともかくだ。せっかくお誘いを受けたのだから、行く努力くらいはしてみようじゃないか。

 

「……仕事がなかったら、行くよ」

 

「ほ、ホントです──」

 

「やったーっ! じゃあ絶対私達のライブ見に来てくださいねー!!」

 

 ──やっぱり戸山って、すごくうるさい。耳キーンってなったわ。

 

「はいはい分かったから、さっさと練習してこい」

 

「はーい! いってきまーす!」

 

 溢れんばかりの笑顔を浮かべながら、彼女達はスタジオへと入っていく……。

 

 ──ん? 

 

「おい花園」

 

「…………」

 

「花園……?」

 

「…………」

 

 1人だけ立ち尽くしたままの花園。その表情は、先程の彼女達のノリとは全く異なり、とても暗いものになっている。

 

「花園!」

 

「っ! ……え?」

 

「──他のメンバーはみんなスタジオに入ったぞ。君も早く入ったらどうかね?」

 

「あ……。は、はい」

 

 ようやく意識を取り戻した彼女だったが、依然としてその表情には陰りが見える。やはり何か事情があるのだろうが……

 

「苦しいのなら、仲間に話してみろ。そうすれば気も晴れる、君にはそれが出来る仲間がいるんだからな」

 

「──え?」

 

「さぁ、さっさと行け。彼女達が待ってる」

 

 花園の肩を押してスタジオに入るように促し、彼女もそれに抗うこと無くスタジオに吸い込まれて行った。

 

 閉じていく扉の向こうからは、花園を待っていたのだろう。他のメンバーの話し声が聞こえてくる。──願わくば、彼女達が作り出す空気で花園が救われて欲しいものだが……

 

 

「シロウシロウ、ブンカサイとは一体なんなのですか?」

 

「……はぁ、セイバー。一足先に食器を洗っておこうとかは思わなかったのか?」

 

 セイバーが店内でエプロンを付けて働いている姿は、やはりどこか抜けていて。

 だが、最近はそれも不思議とは思わなくなってきた。

 

 これが慣れ、と言うやつだろうか?




次回の予定は未定ですが、一応ストーリーの筋書きは浮かんでいるのでモチベ次第です。



続編が欲しければ祈っててください。



まぁそんな応援される事なんて無いでしょうが。


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文化祭1日目 〜幕間〜

もはや何も言うまい



予告しておきますと、次は文化祭2日目。つまりポピパの乱です。




 

 

なんだかんだで、学校という施設に足を踏み入れる事になるのは随分と久しぶり……、いや初めてかもしれない。

 

そこら辺の判断はなかなか難しいものだ。

守護者として限界した私は、顔の無い一般市民の総意によって喚び出された存在、言わば何か特定の伝説があるわけでもなければそもそも名前すら無いのだ。

 

一応大元の人間──と言っても半ば反転あと1歩手前というところだが──は存在するし、その人格が表に出てきているのもそう。しかし、その人間の記憶も完全に保持しているという訳でもなければ、多くの顔の無い存在をひとつに纏めるのだから多少の記憶の齟齬も起こる。

 

 

──つまり何が言いたいかといえば、学校はあまり居心地が良いものではないという事だ。

 

 

 

いつも贔屓にしてもらっている5バンドの皆々様から、しっかり忘れることなく文化祭への招待状を貰ってしまった私は渋々といった感じで足を運ぶ事にしたのだ。

 

普段よりも相当足取りは重いが、チラと顔を出してサッと帰れば何も問題は無いだろうから、そのつもりで学校の続く坂道を上り進めている。

あくまで私自身はそれで良かった。

 

「シロウシロウ!楽しみですねブンカサイ!」

 

「……、はァ……」

 

一人で行くのであれば何も考えずに、バンドの子達だけを見つけて軽く話をして帰れたのだが、今回は残念な事にセイバーのお守りも兼ねてしまっている。

 

少し前から新たなバイトメンバーとして加わったセイバー。

 

いつも仕事を少しずつサボりながら5つのバンドの面々と会話をしていた所に、セイバーがあたらしく混ざるわけだから。

当然2週間前にあった会話もバッチリ聞かれていて、説明をした流れで連れて行けとなるのはセイバーの性格上仕方の無い事だとは思う。

その場面で一人で行けとは、言い出せずに結局連れ添って歩みを進めている。

 

 

「あまり子供みたくはしゃぐな、ちゃんと前を見て歩け……」

 

前をクルクルと回転しながら小走りしているセイバーに向けて注意を飛ばす。

外見は麗らかな少女ではあるが、中身は相当な苦労を積み重ねて来て子供らしい欲も長いこと禁じられて来た身分だったのだ。その反動がここで来ても、それは何ら不思議ではないし仕方のない事だろう。

 

聞いた話に拠ると、聖杯戦争にてマスターに喚び出された英霊はその戦争終結後に『英霊休暇』なるものが発生するらしい。もしかすれば訳も分からずに現界しているこの期間は、第5次聖杯戦争のそれになるのかもしれない。

しかしまぁ、そういうものであれば期間がちゃんと決められていたりするものだろう。

 

「あっ!見えてきましたよシロウ!あれが学校でしょう?」

 

「あぁ、そうらしい……」

 

 

まぁ、アレ以外無いだろうな。

 

校門にもしっかり『花咲川女学園』という時代を感じる石のプレートと、その横に『本日文化祭!!』と、ご丁寧に立て看板も。

 

 

 

辿り着いた学校では今もなお、多くの客や学生たちで賑わいを見せている。

 

えー。

 

そして、おそらく屋上に括り付けられている、私としては見慣れた生き物……、着ぐるみ……である、ピンクのデブ熊ミッシェル。

 

それを精巧に模したバルーンもふよふよ浮いている。

 

「あのミッシェルは、この学校の御旗のようなものでしょうか?」

 

「馬鹿言え、あんなの御旗にする学校が何処に……。──やりかねんな……」

 

 

まずは屋上に行きましょうシロウ!とグイグイ腕を引っ張っていくセイバーに引き摺られて、先ずは屋上へと。

 

その道中で『武士道コロッケ喫茶』という、クラスでの話し合いの末に妥協に妥協を重ねて生み出されたのであろう業の深い出店で、コロッケバーガーを購入したり、居合斬り体験なるものをさせてもらったり。

 

「エミヤさん!また来てくださいね!」

 

「おいしーコロッケーー!!あるよーーー!!食べてかなーい!!!」

 

「コロッケ美味しいですねシロウ!」

 

「……多分、二度と来ない……」

 

 

学校の一室を借りて設けられた、出張やまぶきベーカリーに寄ったり。

 

「いつもありがとうございます、セイバーさん」

 

「いえ、こちらこそですサアヤ。こんなに美味しいモノを食べさせてくれて、感謝の言葉もありません」

 

 

紆余曲折を経て屋上へ。

 

屋上にはテーブル席などが設置されて、青空の下でのんびりと休憩をしている客も結構居るようだ。

 

「いい風が吹いていますね、シロウ」

 

「風がどうこうとかは、特に私には分からないが。君が言うならそうなんだろうな」

 

「ええ、今日は良い日です。付き添ってくれるシロウには感謝しかありません」

 

突然照れくさい事を言うセイバー。ニカッと屈託のない笑顔が太陽とかぶって眩し過ぎる程だ。

 

「──私も、彼女たちに来いと半ば命令のようなものを受けている手前、行かないと何を言われるか分からん。今日がたまたま、いい機会だっただけだろう」

 

「……ええ、今日は。とても良い日ですよ……」

 

二人して屋上の鉄柵の前で賑わう学園の姿を見下ろす。不思議と懐かしさを感じるが、自分の記憶かどうかも分からない思い出が自然とリフレインされてしまうようで少し恐怖を感じ体が強ばってしまう。

 

私が、私達が守った世界とは、果たしてこの世界なのだろうか。

 

聖杯戦争で、人理を守る戦いで、世に蔓延る悪を滅ぼす為、何度も体を燃やして戦って。

その度に最後まで守りきれずに倒れて、信念を貫く事も叶わずに斃れて。

 

その先にあったのが、深い闇。

 

 

「なあ、セイバー」

 

「……はい、なんでしょう」

 

「オレたちが守った世界ってのは、この世界なのかな。それとも、また別の知らない世界なのかな」

 

 

小さな気の迷いがセイバーに疑問を投げかけてしまった。そんな事セイバーが知るはずも無いのに。

 

「いや、忘れてくれ……。ちょっと疲れているのかも──」

 

「私には、それは分かりません」

 

遮るようにセイバーが口を開くが、その答えは予想通りのものだった。

 

「でも、たとえこの世界でなくても、貴方が世界を救うために、誰かを助ける為に動いていた事実を、私は一生忘れません」

 

「────」

 

「シロウ、貴方が何に悩み苦しんでいるか。私にはそれは分かりません、恐らく話をされても大半が理解出来ないでしょう。しかし、あなたの行為は決して無駄ではなかった、それだけは断言できます」

 

 

意味があった、それだけで。それを知る事が出来ただけで十分だったのかもしれない。

オレの存在を肯定してくれる人が居るだけで、それだけで良かったのかも知れない。

 

心のつかえが自然と溶けていったような、身体が不思議と軽くなったような。

 

 

「そうか……。そうかな……」

 

「きっとそうですよ、シロウ」

 

彼女の言葉はやはり、優しく心に響くものだった。

 

 

「──さぁ、もう少し学校の中を見て回ろう。今日はその為に来たんだからな」

 

「はい、お供してくださいね、シロウ」

 

 

ここからもう一度、足を踏み出そう。

 

その決意が、ようやく出来た。

 

 

 




今後の予定を決める為に、というかどこまで書けば良いのかが知りたいので。

今回は投票というよりアンケートを初めて設けます。

是非ご回答ください。


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二日目の大ピンチ

うーん……。


人が涙を流し悲しむ顔を、出来るだけ見たくはなかった。

 

 

それは『エミヤシロウ』という、焼け落ちた人間の最奥に眠っていた最後の核だったのだろう。

だから、あの場所でバイトをすることも。そこにやってくる少女たちと関係を深める事も。また殺し合う運命になるかもしれないサーヴァント達と一時の間とは言え時間を共有する事も。

 

こんな限られた時間の中だけは、自分の周りで泣いている人間を作り出したくはなかった。

 

そう思っていた。

 

――思っていただけだろう?所詮は。だから今回も、失敗したんだ。

 

 

 

自分の心の中では、既に結論が出てしまっているようだった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

合同文化祭2日目。

 

その日もセイバーを引き連れて――もとい、引き摺られて*1。再び文化祭が開催されている学校へやって来た。

 

前日では回れなかった出し物を見て回るつもりだったが、隣のセイバーの食い意地は凄まじいモノで、二日連続で『武士道コロッケ茶屋』を訪れる羽目になった。誰も止める人間は居なかったのかと頭を抱えたが、北沢と若宮を抑えきれる人物等居るのだろうかと考えて、まぁ無理だよなごめんなさいと、心の中でこのクラスの生徒に謝罪する。

お会計は当然全てこちら持ち、しかしコロッケバーガーを6個注文したが締めて1800円と良心的過ぎる値段設定。一個300円なら学生でも気軽に購入できるだろうと、一歩引いた視線から物事を捉えてしまう悪い癖が出てしまったな。

 

その後も食料を買い足しながら校内を練り歩いていく。

 

「オバケもハッピーなんて最高でしょ!」

 

「あぁ……、そうかもしれないな……」

 

「もっきゅもっきゅ……、ふぅ。お代わりをください!」

 

「やるかバカ。次行くぞ」

 

オバケカフェという、お化け屋敷と喫茶の融合した新感覚な出し物を堪能したリ。

 

 

「まさか、本当に来てくれるとは思ってなかったわ。ありがとう、エミヤさん」

 

「いやなに。自分が住んでいる地域の事ぐらい、知っておいて損は無いからな」

 

「えぇ、まったくです。私と白鷺さんでクラスを説得した甲斐がありました」

 

「紗夜ちゃんのあの時の気迫は凄まじかったわ……」

 

「う、うん……。ちょっと、いや凄く怖かったかな……」

 

「……あまり知りたくはないな」

 

花咲川の歴史を解説するという、先ほどとの落差で風邪を引きそうな程真面目な出し物を見たり。

 

 

羽丘女子学園のブースへと足を運んでみれば、校舎の外にまで続く程アホ長い列が嫌でも目に入る。最後尾の女子生徒はプラカードを持っており、そこには『薫Cafe 待機列最後尾』という文言と共に見知った顔が印刷されていた。――あれは、行かなくてもいいか。

 

長蛇の列を無視して校内に入り、しばらく宛てもなく歩くと前方に見えてきた――

 

「猫カフェ……?」

 

「学校に猫を持ち込むとは……」

 

今時の学校では猫カフェも出来るのかと、最近の学校行事に戦慄してしまった。今はこれが普通なのだろうか……?

 

だが、実際にはそうではなく。

 

「……に、にゃーん……」

 

「……」

 

「な、何か反応してちょうだい……!」

 

「……あぁ、いいんじゃないか、可愛らしくて」

 

「~~~///」

 

「ちょっと友希那~!まだ注文取ってないでしょ~!」

 

「私は猫に餌付け出来るオムライスセットを所望します!」

 

「お前はお前で何を注文――いやこれはダメだろう!」

 

銀髪の恥ずかしがりな猫や、茶髪のギャルっぽい猫がそこには居た、人型の。……いや、それよりもだ!メニュー表の一番下に、今までの事がどうでもよくなる程にエッグい文言が見えた。なんだ『猫に餌付けできるオムライスセット』って!?不審者が来たらどうする!

 

「このメニュー表は特別なものだよ~、知り合いが来た時にしか見せないヤツね。ちゃ~んと普通のもあるよ」

 

「柄にもなく焦ったぞ……」

 

「シロウ!先程の猫が表れました!餌付けします!」

 

「ッ!……勘弁して、お願い……!」

 

珍しく焦った湊の表情を見れたから……、まぁいいか。

 

 

そんなこんなでセイバーの世話をしつつ、二日目の文化祭を堪能した。

 

――までは良かったのだが……。

 

 

 

 

「花園が居ない?どういう事だ」

 

「おたえは今日、別のバンドのヘルプに行ってるんです……」

 

「なんとかライブの順番も一番最後に変更してもらって、ギリギリまで待てるようにはしてたんです……」

 

文化祭を締めくくるべく計画された、有志によるライブが始まってからしばらく経った頃。参加を表明していたポピパの皆が血相を変えた様子でこちらの観客席の方へやって来た。

 

「もう向こうのライブは終わってる頃なんです、何かあったのかな……」

 

「考えられとすれば、アンコールが長引いている可能性だな。とは言え、アンコールがそこまで長くなるとも思えん。時期に来るのではないか?」

 

「そうだと良いんですけど……。大丈夫かなぁ、おたえちゃん……」

 

心配そうな彼女たちを横目にセイバーが顔を耳元に近づけてくる。何が言いたいんだ、こんな状況でお腹が空いたなど言ってきたら――

 

「シロウ、()()()()()の事件に巻き込まれた可能性は?」

 

「……考えにくいと個人的には思う。他にもサーヴァントがこちらにやって来ているとしても、それをするメリットがあるかどうか……」

 

こちら側の話を聞かせる訳にはいかんのだ、どうか詮索はしないで欲しい。

 

 

その間にもライブの工程は順調に進行していく。いつもは起こってほしくないと思うイレギュラーを、この時ばかりは願ってしまう。アンプから音が出ない、ギターの弦が千切れる、マイクが不協和音をまき散らす。どんなことでも良いから何か起こってほしいと願ってしまうのは、人として最低な事だろう。

 

えぇっ!アドリブで時間稼ぎ!?そんなぁ~……え、えぇっと……、そうだ!最近の話なんですけど――」

 

「あれも、そういう事か」

 

現在ステージ上では、MCのようなアドリブがハチャメチャに下手くそな丸山が必死になって時間を稼いでいるようだった。前にも増してMCが上手くなったようにも感じる、というのは今感じるべき感想ではないな……。

 

「市ヶ谷、花園がヘルプに行ったバンド。どこでライブをやっているか分かるか?」

 

「えっ……と、多分ここだったハズです!」

 

ここからだと、それなりに時間が掛かる場所だな……。こんな距離を歩きで向かうなど、何も予定がない日であればまだしもこんな一秒を争うような状況では考えられん。

 

「そこそこ大きな箱を確保しているとは……、いやそれよりも」

 

行くしかない、彼女たちを迎えに行かせて行き違いにでもなってみろ。それだけで彼女たちが準備を重ねてきたライブはご破算になってしまう。

 

「お前たちはここで待っていろ、私が行く」

 

「わ、私も行きます!」

 

「駄目だ!お前たちが探しに出て万が一行き違いにでもなってみろ!そうなれば、おしまいだろう」

 

「で、でも……」

 

「香澄、落ち着け。エミヤさんの言う通りだ。今私たちが迎えに行っても、おたえが早くこっちに到着できる訳でもねぇ。私だって何も出来ないのが悔しいけど、ここは信じて任せるしかない……」

 

「う、うぅ~……!」

 

「香澄ちゃん、私たちはいつおたえちゃんが来てもライブ出来るように準備しておかなくちゃ」

 

「りみりん……」

 

表に出る前にセイバーに彼女たちから目を離すなと伝えておくか……。ここで感情的になって行動しても、良い方向に動くとは考えにくい。ここで待たせておいた方が、何事も万全を期せるはずだ。

 

「セイバー、彼女たちを頼む」

 

「私が迎えに行った方が良いのでは?私の騎乗能力を活かせば……」

 

「それは許さん、今のお前はただの一般人だ。これが聖杯戦争なら何も言わないが、今はそうじゃないだろう。今のお前はどう見ても中高生位の外見でしかない、そんな奴がバイクや車を運転してみろ」

 

「確かに、今は聖杯戦争では無いのでしたね……」

 

「だから、ここは任せる。くれぐれも彼女たちから目を離すな」

 

「えぇ、任せておいてください。――シロウ、武運を」

 

「あぁ、分かっている」

 

 

最早一刻の猶予も残されていないと考えるべきだ。魔術を行使するにも、まずは学校から離れなければならん。

 

「エミヤ、こんな時間に何処へ?」

 

「っ!湊か!」

 

ちょうどいい、彼女にもダメ元で頼んでみるしかあるまい。少しでも時間が稼げるならば……!

 

「花園の迎えだ!」

 

「でも、これからPoppin'Partyはライブでしょう?今からじゃ――」

 

「頼みがある」

 

「……時間稼ぎをして欲しいって事ね」

 

「埋め合わせはどこかのタイミングで必ず」

 

「……他でもない貴方に頼まれてしまってはね。本当は出るつもりは無かったのだけど」

 

「すまない」

 

「いえ、私も意地が悪かったわね。他のメンバーに聞いてみてからになるけれど、それでも?」

 

「それでいい、助かる」

 

「分かった、やってみるわ」

 

これで少し猶予が出て来たと思いたいが、それでも差し迫った状況には違いない。

校舎から少し離れた場所で投影魔術を使ってバイクを作製し、それに飛び乗ってエンジンを掛ける。

 

 

なんとか間に合わせて見せる、目の前の人間一人助けられないようでは……!

 

 

 

 

*1
筋力Dのエミヤさんはセイバーさんの筋力Bとの対抗ロールを振って下さい。




何も言えませんね、これは。


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千里眼(この状況では無理)

色々時間かかった言い訳は二つほど。

これとは別に、並行して投稿している作品がある事。
それに加えて期限が迫った卒論の処理に追われている事が挙げられますな。

今の時期、卒論以外考えてられんね全く。


文化祭の顛末を語ろう。

 

あの後、私はバイクを投影し全力で花園を迎えに行った。それこそ、道交法を違反するかしないかギリギリをせめて、だ。黄色信号でも構わず吶喊し、狭く入り組んだ裏路地を利用した近道も進んだ。

しかし、それでも間に合わない事には全てが無駄である事を忘れていたようだ。

 

ヘルプの役目を終えた花園を会場前で待ち続け、終わった所をすぐさまピックアップして全力でバイクを飛ばした。騎乗スキルが無くとも生前に免許を取っていたし、それからも事ある毎にバイクを乗り回していた事もあり人並み以上には運転が出来ると自負していたが、それでも限界はあったらしい。

 

結果として、再び学園祭会場へと戻ったのはライブ行程が全て終わってしまった後だった。もちろん、最後にライブを行う予定だった一団体はキャンセルという形になってしまったらしい。

 

 

間に合わなかった。

 

残念だが、私では力不足だったようだ。

 

Poppin'Partyの面々からは気休めの言葉を頂いたが、寧ろ私の心に傷を残すばかりだった。そのような資格など、最初から私には無いというのに。

 

 

 

 


 

 

 

 

あっという間に文化祭から一週間が経ってしまった。あれ以来Poppin'PartyがCiRCLEに訪れる事はなく彼女たちが今現在どういう状況なのかは分からないが、考えてみれば普段は市ヶ谷の実家で練習をしているのだから、わざわざここに金を払ってまでやって来ることもないか。

 

「……貴方がそこまで気落ちする必要もないでしょう」

 

「分かってはいるんだ。所詮人間一人に出来る事など限られている事くらい」

 

「貴方が出来なかったのだから、他の誰がやってもきっと無理だったのよ」

 

「まさか、適任なら他に居たさ。その場に私しかいなかっただけで、その私が失敗したというだけさ」

 

「……」

 

個人で歌声の調整に来たらしい湊はそういってくれるが、やはり思ってしまった事はある。あの時、運転者が私ではなくライダーなら何とかなったのだろうか、そう考えずにはいられなかった。ヤツの騎乗スキルがあれば投影したバイクであっても、とんでもない速度が発揮できただろう。

 

――いや、違うな。

 

その前に俺が法定速度など気にしなければもしかしたら間に合ったかもしれない。知らずのうちに、自分の此処での生活と彼女たちのライブを天秤にかけてしまっていたのではないだろうか?

ライブの話で言えば、湊にも世話を掛けてしまったな。いきなりライブに出て時間を稼いでくれと、とんでもない頼みをしてしまったのに見事にやり遂げた。突発的だったから、他のメンバーはチューニングだってまともに出来る時間は無かっただろうに。湊自身、喉だって全く作れていない状態だったはずだ。

 

「改めてだが、突然の頼みを引き受けてもらってすまなかった。そちらにもいろいろ事情があっただろう」

 

「……その言葉、Poppin'Partyの子たちにも言われたわ。彼女達にも言ったけれど、『すまない』じゃなくて『ありがとう』と言って欲しいわね」

 

「……そうか。感謝する、湊。君たちには助けられた」

 

「ええ、それでいいのよ」

 

過ぎた事をいつまでも引き摺っても仕方がないか、そろそろ切り替えていかなければな。クククッ、そうじゃないか。……元はと言えば、俺には関係の無い話なのだから、な。このまま崩れていくにせよ持ち直すにせよ、私には所詮関係のない事なんだろ……?

 

「それで、私との約束はどういう形で守ってくれるのかしら?」

 

「約束……?」

 

約束とはなんだ……、約束……。

 

「その顔だと覚えていないようね」

 

「あぁいや、確かに言ったな。……時間稼ぎを引き受ける代わりだったな?」

 

「えぇ、その通りよ」

 

一瞬、湊の顔に凄まじい圧を感じた……!?思い出せなかったら、三途の川観光ツアーに連れていかれるところだった……。い、いや……それにしても、湊は最近ではよく感情が顔に出るようになったな、

ひと昔前は鉄仮面が剝がれる事など滅多になかったというのに、何がここまで彼女を変えたんだろうな……。

 

「う、ううむ。何か欲しい物だったりして欲しい事はあるか?」

 

「欲しい物、して……欲しい事……」

 

「お、おう……」

 

眼が怖い、色々な感情が混ざりに混ざった目をしている……。俺はなぜこのような眼光を向けられているんだ……、何故なんだ。

 

「……次会う時までに考えておくわ。明後日にはまたここで練習するのだし」

 

「そ、そうか。そう……」

 

ふふふ……、何をしてもらおうかしら……

 

「……」

 

ま、まぁいいか。そこまで鬼畜な頼み事にはならないだろうさ。そうだよな、湊?

自分の世界に入っている湊は放っておいて、こちらもさっさと頼まれたコーヒーを作ってしまおうか。いつもの手順通りにミルに豆を投入して、コロコロ磨り潰していく。バイトの中で一番心が落ち着く時間と言っても過言では無いな。

 

気分で適当に荒めに挽いた豆をフィルターをセットしたドリッパーへと移し替えてから、一旦蒸らす意味でお湯を投下していく。この手順を踏むことでコーヒーの旨味が引き出される……らしい。他人の受け売りだから、その人が言うにはになってしまうが。

 

そうしてドリップしていったコーヒーは、いつもに比べて気持ち香り豊かな感じがする。そういう気分的な感覚なのかもしれないが、こういう感覚は大事にしておいた方がいい。人生が豊かになると、学校に行っていた頃に家に出入りしていた親しい人から教えられたような気がする。――どうだったかな、よく覚えていないが。

 

「で、そのコーヒーに角砂糖がね……」

 

「何かしら、これでも前より数は減ったのよ」

 

「まぁ、楽しみ方は人それぞれだものな」

 

別に砂糖を入れる事に否定的という訳ではないが、それならミルクも入れてカフェオレにでもすればいいとも思う。コーヒーの苦みがミルクによって抑えられつつもコーヒーの良さはしっかりと残っている、だから苦手な人間でもコーヒーを楽しめるハズなのだが。彼女には彼女なりのそういう拘りがあるというのは、最早なんでもいい事だ。

 

自分の分のコーヒーを抽出し終わったので、ドリッパーを片づけているとカフェの出入り口に取り付けてある、来客を知らせる意図のベルがチリンチリンと鳴り響く。

 

「いらっしゃいませ。……ん、おや」

 

「え?……what?アナタなんでここに――隣に居るのは……ユキナ!?」

 

「お知り合いなんですかチュチュ様?」

 

「はぁ……」

 

知り合いでは無いが、印象に残っていた顔がやって来た。それとマジで全く知らない、髪の毛がとんでもなく蛍光色――ピンクと水色のツインテールの活発そうな女の子がやって来た。見ているだけで頭が痛くなってきそうな程だ、最近の流行というヤツだろうか。

 

「確か名前は……」

 

「チュチュ、と言っていたわね」

 

「That's right!えぇ、私はチュチュ!こっちは……」

 

「パレオはパレオです!」

 

「あぁ、そう……よろしく」

 

怒涛の急展開過ぎて頭の理解が追い付かないが、よろしくしたい事だけは分かった。まぁ、何にせよ……。

 

今日は保護者が付いてくれていて何よりだ……

 

「聞き捨てならないわねその発言!誰が誰の保護者よ!」

 

「しまった……」

 

思った事が口に出てしまっていたようだった。プリプリ怒る姿はやはり子供のようだが、実際の所はそうではないのかもしれない。

 

「ワタシとパレオは同い年!何ならワタシは飛び級してるから高校生!」

 

「流石ですチュチュ様~!」

 

「パレオは知ってるんだからいちいち反応しなくていいの!」

 

「コントでもやってるのか?」

 

「知らないわ……」

 

やって来たのは良いが、どういう目的があってここに来たのか、そもそも彼女たちはいったい何者なのか、色々知りたいことが浮かんでくる。だが、目の前のチビッ子お二方は良く通る声で好き勝手喋り続けている。どのような目的があろうが、一介のバイトである私には関係ないのだが。

 

「それで君たちの要件はなんだ?ここを利用したいのなら、事前の利用予約は済んでいるか?」

 

「No,No!今日は本当に偶然なのよ、曲作りに行き詰ったから散歩がてらにね」

 

「……なるほど」

 

そこまで深い意味がある訳でも無かったらしい。それはそれでいいが、気ままにライブハウスに入ってみようと普通の人間なら思わないのでは……、作曲しているならそういう事もあるのか。ただ、折角ここまで足を運んでもらった事もある、それが例えたまたまであったとしてもね。

 

「折角だ、休憩がてら何か出そうじゃないか」

 

ちょっとエミヤ……

 

「Really?本当に散歩のつもりだったから、cashなんて持ってきてないけれど……」

 

「気にしなくてもいい、こちらも試作品を作って感想を聞くだけだからな。未完成の品物で金は貰えんよ」

 

「……どうしますか、チュチュ様?」

 

「確かに、そろそろ疲れてきたのも事実ね……。Thank's!有難く頂いていくけれど、ワタシ味にはうるさいわよ?」

 

「フッ、望むところだとも。湊も食べていくか?簡単なスイーツを作る予定だが……」

 

「私は……。いえ、頂いていくわ」

 

そういう建前を作っておけば、遠慮せずに休んでいけるだろう。いらない気遣いかもしれないが、湊とチュチュと言った少女はどうやら知り合いらしいしな。何かしら話す話題でもあるんじゃないか、それこそ音楽の話とかな。*1

 

そう思って、私はカウンターを離れて裏のキッチンブースへと歩いていく。私が居ては話しにくい事だってあるだろう、存分に語り合うといい。どのみち私には理解の及ばない、ハイレベルな会話になるだろうからな。

 

 

*1
悲しい事に彼の千里眼では、この巨大な地雷は看破できなかったらしい。




年末までにもう1~2本は書き上げたい、と思っています。


なんだかもうよくわかりません、ありがとうございました。


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