赤目のヒーロー (ささやく狂人)
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雄英高校入学編
プロローグ:ある夏の日


『それしか方法が無いなら僕はやるよ。それでこの悪夢が終わるんだ』

『そんな悲しそうな顔しないでよ、シンタロー君。でも僕ね、ちょっと嬉しいんだ。昔から憧れてたんだよ。こうやってみんなを救う、ヒーローってやつに』

『だから、もう行くよ、それじゃ、みんなの力、“奪う”ね』

 

『…来い、カゲロウデイズ』

 

真っ白な空間に出来た歪みは、この世界の歪さを表しているようで。永遠に終わらない世界を終わらせる為、僕は世界を移動する。

 

そんな、夏の日。

 

 

 

目覚ましの音で僕は目を覚ます。平均より少し高めの背の僕にとっては、二段ベッドの上にいるので天井に気をつけなければいけない。

小さい頃は気にしなかったが中学3年生の僕にとってはこれが日課だ。

 

僕には前世の記憶がある。前世、と言っても1度死んだのかはわからない。いや、むしろ何千回も死んでいるらしいがそんな記憶は残っていない。今でもそんな前世の頃の夢を見る。その頃の僕は20歳前後だったのだが、この世界に辿り着いた時には8歳だった。世界を渡る影響のようなものだろうか。

 

病弱だった僕にとってはこの結果はかなり嬉しいものだった。そして、健康体として辿り着いたこの世界の常識は前の世界では信じられない常識があった。

 

 

『個性』 初めは信じられなかったが、この超人社会では超常が日常に。架空は現実に。

『ヒーロー』 個性の影響で現れた敵ーーーヴィランを退治する仕事。

 

この2つが、異常な僕を普通にさせた。

いや、厳密に言うと普通ではなかった。さらに言うと僕のもつ異常な力は『個性』ではない。前世で手に入れた『能力』だ、しかも複数。

それを知った時、僕はヒーローの道に進む事を迷わず決めていた。この世界では個性の複数持ちはかなりのレアケース、その点で役に立てると思ったのが1つ。そして、純粋に、誰かを救うヒーローという職業にどうしようもなく憧れてしまったから。

 

職業としてプロヒーローの道を目指すとなると進学する高校はもう決めていた。

『雄英高校』 倍率300であり、数多くのプロヒーローを輩出してきた名門校だ。あのNo.1ヒーローの出身校でもある。詳しくは知らないけど、最近この街にも来てるとか。

 

ともあれ、今日は僕のその雄英高校の入試当日だ。

手早く準備を済ませ、親に行ってきますを伝えて、家を出る。

 

ヒーローを目指す上で、僕が気をつけなければいけない事がある。それは、僕のは『能力』であり『個性』ではない、という事だ。仮に個性を消す個性の人に会ったとすると、僕のは個性ではないとバレてしまうだろう。隠す理由も無いのだが、うまく説明する理由も思いつかないのだ。体を調べられる事もあるかもしれない。だから長考の末、『能力』である事を隠すことにした。仮にバレてもあまり問題は無いだろうし。

 

 

 

そんな事を考えながら、雄英高校の門前に着くと、くせっ毛の緑色の髪をしている少年が転びそうになっている所を目にする。近くにいた少女が助けて高校内に入っていった様だが、残って立ち止まっている少年の様子が少しおかしい。

数秒迷った末、声をかけることにした。

 

「…君、大丈夫?って顔赤いよ?」

「あ、あぁ、大丈夫!です!ちょっと女子と喋ってしまったのでそれを味わってたってだけっていうかなんというか!」

「そ、そっか…?」

 

ちょっと何言ってるかわからないが元気そうで何よりだ。というか喋ってたのかな。ヤバい人な気がしなくも無いが仲良くなっておこう、恐らくこれも何かの縁だ。

慌てた様子の少年が落ち着いたのを見計らって僕は聞く。

 

「僕は九ノ瀬遥(ここのせはるか)、一緒に入学できたらいいね」

 

少年は笑顔で返す。まっすぐに僕の『目』を見て。

 

「僕は緑谷出久って言うんだ。入試、頑張ろうね!」

 

ーーーーーーこれが、次期No.1ヒーローとの出会いだなんて、その時は全く予想できなかった。

 



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脳筋

校門前で話し続けるのも邪魔なので、そろそろ動く事にする。

 

「それじゃ、行こうか」

 

そう言って2人で並んで歩き出す。

ふと気になったので緑谷君に聞いてみた。

 

「そういえばさっき浮いてなかった?あの茶髪の女の子の個性なのかな?それとも君の?」

 

すると緑谷君は下を向いて饒舌に話し出した。かなり早口だ。

 

「いや、僕の個性じゃないよ。あの人が僕に触った瞬間浮いてたから、多分触れたものを浮かす個性だね。浮かした後も操作できるなら遠距離攻撃もできそうだし、自身を浮かせられたら空中の移動でもできるからかなり強い個性だ…でも物を浮かす個性でも上限はやっぱりあるかな…人を浮かせたままにして行動不能にするのもできるだろうし…」

 

あ、ヤバい人だ、願わくば演習会場が別でありますように。

お互い頑張ろう、別の会場で。ブツブツという音が聞こえて来そうな彼の呟きを聞き流し、実技試験の説明会場へ向かう。

 

 

 

 

願いが通じたのか試験会場は緑谷君と別になった。彼はB会場で僕はA会場だった。

実技試験のルール説明はプロヒーローのプレゼントマイクによるものだった。

簡単に言うと『ポイント効率良くロボットを倒す』というものだった。

 

正直に言っちゃうとこのルールだと僕の能力じゃかなり厳しい。対人戦ならともかく、機械相手だと『能力』がかなり制限されてしまうのだ。

前にも言ったが僕の能力は複数ある。だからある程度の苦手な場面はカバーできるとは思っていたが…。

この試験ルールで1番役に立つのは『身体増強』などの物理的に強い力だろう。ただロボを破壊し続ければ良いだけだし、僕もそれが理想だ。それに近い『能力』も一応僕は持っている。しかし僕には現時点では扱いきれないのだ。

 

『能力』が強すぎて身体がもたない、というわけではない。そもそも小さい頃に発現したのならそれに見合った体になるだろう。個性を発現したての赤子じゃあるまいし。

 

…僕の『能力』の問題は精神的なものだ。僕が『身体増強』させると、僕はその身体を動かすことが出来ない。

 

とにかく筋力にはあまり頼れない。一世一代の入試で博打をする気もない。だから今使える『能力』でこの試験を乗り切るしかない。

 

僕は頭を切り替え、作戦を模索しながらA会場に向かった。

 

 

 

 

『スターーーーーーートゥ!!!』

 

「……え」

 

唐突な開始の合図。しまった。結局何も思いつかなかった。

とにかく走り回って周りの様子を伺いながら考える事にする、何かのヒントが欲しい。

 

いきなりの開始だったので多くの人が1番に飛び出した人に勢いでついて行っていた。とりあえずその人並みに紛れて僕も追いかける。

 

前方にいるのは手のひらから爆破を繰り返し上空を勢いよく移動しているツンツン頭の少年だった。確か緑谷くんの友人だったと記憶している。

 

彼は素人から見てもわかるほどの桁外れな才能を持っていた。ロボットを余すことなく壊していく。しかもスムーズに。その姿は圧倒的だった。そんなライバルの存在は僕を奮い立たせる。

 

ーーーー負けてられないな。

 

とにかく0ptの現状を打破しないとね。

 

 

 

勢いで飛び出した人も冷静さを取り戻しそれぞれに散っていく。僕はそれらを改めて観察する。

 

真っ黒な鳥みたいな人は爆破君を避けるように動き、ぶどうの実を頭にくっつけている少年も困っている様子で動き出した。

 

そんな周りの様子を見ても案の定何も思いつかなかった。

なんだこのルールは。どう考えても不利すぎる。愚痴なんて言いたくないがどう考えても個性によって有利不利が出てくる。プロヒーローってのは脳筋であればいいのかと疑ってしまう。

 

 

とにかくパワーが足りてないし僕だけじゃ補いきれない。

それなら協力要請でも何でもするべきだろう。ネットゲームでもあるあるだ。

だから次は、協力する相手に絞って周囲を見渡す。

 

黒い鳥の様な彼は黒い影のような生き物を出して的確にロボットを破壊していた。なかなか興味深い個性だが彼は1人で何とかなっているから僕の力なんて必要ないだろう。

 

ぶどうを投げ続けている少年は泣いていた。ぶどう君が投げたぶどうはその場にくっついてぶどうに触れた瞬間ロボはそこから動けないようだった。ぶどうじゃないなアレ。当たり前だけど。ただ彼には僕と同じように攻撃力がないらしい。親近感がわく。僕も泣きたい。

 

身体中を金属化してロボットを殴り壊している少年もいた。機動力には欠いているが僕がそれをカバーできるとは思わないし、カバーできたとしても僕にポイントが入らないだろう。トドメをさすのは彼なのだから。

 

ピンク色の髪をしたエイリアンガールもいた。彼女は酸を飛ばしてロボを壊しているようだが、遠距離攻撃だと躱しているロボも出てくる。周辺に酸を撒き散らしているようだからあまり近づきたくない。

危ないし。まぁ彼女もその辺は気をつけているようだが。

 

5秒ほど考えた末に、協力する相手を決め、僕は歩き出した。

その『目』を真っ赤に染めながら。

 



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約束

…2分ほど考えた後、僕の中で親友の位置に属したぶどう君に声をかけることにした。

泣きたいのはこっちもだよ、という意味を込めて話しかけるのもあったが、少し作戦を思いついたのだ。彼の肩をポン、と叩く。

 

「…ぶどう君、一緒に戦わないか?」

「…!?はぁっ?お、お前どっから現れた⁉︎」

 

…あ、『能力』が発動していたらしい。確かこの『能力』は悲しい気持ちだと稀に暴発するんだったか。しまったな。ファーストコンタクトは最悪だ。

 

「いや、僕の個性なんだ、それはそうと、ちょっと協力したいんだ。僕も未だ0pt、このままじゃまずいだろう?僕ら」

 

「…俺とお前の個性で協力できるのか?見たところお前の個性は透明になる個性、か?羨ましいなコンチクショウ!」

 

「うん、何が羨ましいのかは全くわからないが僕の個性に関してはその認識で間違いない。とにかく協力してほしい、とりあえずptを効率良く集める方法を思いついたんだ、念のため君の個性も知っておきたいけど、教えてくれる?」

 

「おれの個性はこのボールみたいなやつだ、くっつく。自分にはくっつかない、乱用すれば血出る。これくらいでいいか?」

 

「うん、充分だ、教えてくれてありがとう」

 

ここで僕は周りを見渡す。身体を金属化してロボットを倒している少年、手のひらから酸を出してロボットにかけて倒すエイリアン少女。

 

…やはり僕らにはこのような攻撃力が足りない。

 

ただ、ぶどう君のおかげで拘束力は足りた。攻撃力があってもロボは移動を続けて躱す事もある、そうなると効率は良くないだろう。

 

あとは僕が攻撃力と拘束するまでの方法をカバーすれば良い。

 

「行こう、ぶどう君」

「……てかぶどう君って俺かよ…」

 

まぁそれは不服かもしれないが、今は時間が惜しいし、それに。

 

「お互い入学式で名乗ろう、ぶどう君」

 

それは、この試験を一緒に合格する約束。

 

 

 

初めに探したのは攻撃力。金属化の少年を見て思いついたが、彼は個性の都合上、自分の腕を武器にしていた。それなら僕らは代わりの腕を見つければいい、つまり武器だ。

 

そもそも2人でポイントを得るのだから拘束しても交互に倒してちゃ合格ポイントなんて不可能だ。それなら1つの武器を持って同時に倒す事、それが2人でポイントを得る方法だ、確証はないが。

 

それで見つけたのが、エイリアンガールの酸で支柱が不安定になっている交通標識だ。エイリアンガールの酸はロボによけられて辺りに散らばっている、ぶどう君と組めばもっとptを稼げただろう。

 

とりあえずボロボロの交通標識を支柱から折り、槍のように使う事に決めた。金属化の彼に比べては劣るかもしれないが、彼のロボを倒す様子から見て攻撃力は足りてるだろう。

 

あとはロボをおびき出す事だ。これに関しては僕が『能力』を発現させるだけでいい。さっき見せた消える『能力』じゃない。むしろ、その逆だ。

 

「…ぶどう君、準備はできた!?」

 

「あぁ!ちゃんと配置しておいた、そして頭痛ェ!」

 

どれほどの痛みかは知らないが血が出てるので痛そうだ。かなり助かる。感謝だ。

 

それじゃあ、あとは、待つだけだ。

 

「いくよ!ぶどう君!」

「準備OKだ!頼んだぞ!」

 

僕は『能力』を発動させる。

 

ーーーーー『目を奪う』

 



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ぶどう君

『能力』の使用中は僕の両目は真っ赤に染まる。

前で鉄の棒を槍のように持っているぶどう君には見えないだろう、見たら少し怖がるかもしれない。

 

「…なぁ、これでロボが来るのか?向こうから?」

「大丈夫だよ、今、来る」

 

『目を奪う』という能力はその名の通り、目を奪う。言い換えれば注目を集める。ただこの『能力』はかなりピーキーだ。暴発してしまうとうっかり売れっ子人気アイドルになってしまうかもしれない。それほどに注目を集めるのだ。ヒーローとしては広告業務とやらもあるだろうしメディア面で役立ち、戦闘では囮の役割を担えるだろう。

 

ただ、この場合はロボだ。例えばこの『能力』が『人の注目を集める』というものならこの作戦は台無しだ。試験終了まで待ちぼうけを食らう事になる。

しかしもちろんそこは実験済みだ。さっき交通標識の近くで『目を奪えば』ロボはこちらに寄って来たし、そこで解除すると僕に近づく事なく酸の回避を始めた。余談だがその酸は交通標識にかかり折れやすくなってしまった。偶然にもそれは今僕らの手元だ。

 

「ーーきき、来た!!!」

 

ぶどう君が叫ぶ。

 

「…落ち着いて。動きが止まった所を刺そう」

 

僕らのいる場所はかなり細い裏路地だ。

ここならロボの避ける手段もないし、ぶどう君の個性も設置しやすい。

 

普通ならこんなところにロボは来ないだろう。ここに来る輩といえばただの臆病者だ。そんなの、合格するわけがない。

ーーーそれを、僕の『能力』で可能にする。

更にいえば、元々ロボと戦闘していた人はおびき寄せたロボを追って来るかもしれない。それでもこの試験において、裏路地まで深追いして時間を使うのは得策ではない、すぐさま他のターゲットを見つけるべきだ。

一気にロボを集めてしまうと不思議がる生徒も多くなりこの作戦がバレてしまうので、そこは僕の調整次第だ。

 

 

引き続き動きが止まった1ptロボを倒す。

掛け声をかけて同時に倒すことに意味があるかはわからないが、プロヒーローになるなら協力するのも必要なのだ。これを判断しないのなら、雄英高校なんて名門校じゃない。落ちても全く悲しくない。

 

それに僕らはスタートからかなりの遅れをとっている。だからこれから誰かが取るptを『奪っても』全く心が痛くならない。そもそもこれは入試だ、遠慮は無用。僕がヒーローになれれば、それでいい。

 

正直この作戦が成功したのはかなり嬉しい事だ。恐らくかなりのペースでロボを壊すことができている。

 

僕1人でも合格する布石は既にうっておいたのだが、ぶどう君と一緒に合格できるのは喜ばしい事だ。彼の名前でも予想してみようか。

 

 

そうして僕らがかなりのペースでロボを破壊し続けていた時、彼はやって来た。上から。爆破しながら。真っ赤な目で彼を見上げる。

 

 

「…テメェらか、俺の獲物奪ってんのは」

 

…全く、調子に乗りすぎだ、九ノ瀬遥。

 

 

 

「…ごめん、ちょっとロボは任せた、ぶどう君」

 

そう言って僕は武器から手を放す。

 

「…あぁ、お前はどんどんおびき寄せろ!」

 

お言葉に甘えて、『能力』を発動させたまま爆破君を見上げる。

こんな裏路地まで人が来るとは思っていなかったが、彼なら納得がいく。ここまで深追いして時間ロスを気にしないというのは余程優秀で余裕があるんだろう。

だが、そんな強者が僕らに手を出す理由もない。

 

「悪いね、僕の個性だ。ところでそんなに睨みつけてどうしたんだい?この試験はロボをヴィランと想定してのものだ。僕らに構っているのはヒーローとして良くないだろう?」

 

言外に、ここから立ち去れ、と告げる。屋上から見下ろすのは結構だ。彼は優秀な、プロヒーローの卵だ、僕らの遥か上をいく才能を持つ。だからといって、僕らの邪魔をしないでほしい。君のような強者が、僕ら弱者を妨害するのは、気にくわない。弱者をいたぶる悪党ってのは1番嫌いなんだ。この考えは筋力増強の『能力』が使えないのにも関係はある。

 

「…ケッ。口が達者だな。赤目野郎。悪いが、俺は1位を取りてぇんだよ。お前らにこれ以上獲物取られちゃ、クソみたいな気分なんだわ」

 

たしかに彼は恐らく既に合格ラインは超えているだろう。だから僕らに構うことは無いと思っていたが、入試1位、首席を狙ってるなら話は別だ。僕がおびき寄せたロボを爆破する事もあるだろう。この場合に関してはロボの破壊に先手を取られた僕らの負け、爆破君にもペナルティなどは無いだろう。そしてそれは僕らにとって不利な決断。

 

…はぁ。なんとなく負けた気分だが、ここは退いてもらおう。

僕は南西方向を指差す。

 

「…僕の個性には範囲がある。君がポイントを伸ばしたいのなら向こうに行って伸ばしてくれ。向こう側のロボに個性は発動しない事を約束しよう。これ以上のヒーロー同士での会話は不毛だ」

 

「英断だ。ここでデタラメ教えるのはヒーローとして良くねぇよなぁ?」

 

爆破君はニヤニヤして言う。

さっきの僕の発言の意趣返しか、なかなか底意地が悪い。とりあえずこの試験の設定を使って追い返す文言を考える。

 

「…そうだね。向こうの範囲のヴィランは君に任せた。こっちは僕らに任せてくれ」

 

それを聞いた彼も設定に乗っかって皮肉を返す。

 

「あぁ、そうだな、プロヒーロー同士、頑張ろうぜェ?」

 

「健闘を祈ってるよ」

 

それを聞いた爆破君は南西方向へ向かって行った。

それを見届けた僕はぶどう君に任せっきりだったロボ破壊を手伝う事にした。

 

「ごめん、ぶどう君、任せちゃって。大丈夫?」

 

「あ、あぁ。それは大丈夫だ。アイツ…俺らごと倒すのかと思ってヒヤヒヤしたぜ」

 

「いや、それはありえないよ。先生が見てるんだ。ヒーロー同士のいざこざなんてマイナス点だよ。1位を目指してるらしいしね。プレゼントマイクも言ってたろ?生徒同士の戦闘はご法度だって」

 

「そうか…。アイツ、そこまで考えてこっち来たのか。時間のロス気にせずこっちに来て情報もらう方が良いって思ったんだな。単細胞でも無かったか」

 

「まぁ、そうだね。見た目に似合わずクレバーな男だ。戦闘のセンスも見た限りピカイチだし」

 

「問題は性格だな」

 

「…それしか問題がないのが、1番まずいね。改善されたら恐ろしい、雄英で同じクラスにならない事を祈るよ」

 

するとぶどう君はニヤニヤした顔で振り返る。

 

「なんだよ、お前、もう受かった気なのか?って目赤いな!?大丈夫か?個性の使いすぎとかかよ?」

 

…ホントに優しい子だ。なまじ精神年齢高いから子供扱いしてしまうが、とても優しい、ヒーローに向いてる少年だよ、君は。だから今、ここで一緒にいるんだ。

 

「…ううん。大丈夫。それじゃ、ラストスパート行こうか!」

 

「おぉ!任せろ!」

 

僕らは気合いを入れ直し、周囲に警戒しながらもptを稼いでいった。

 



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俺のヒーロー

『残り2分半を切ったゼイ!?』

 

プレゼントマイクのアナウンスが会場に鳴り響く。

 

ふむ、2分半…そろそろだろうか。

そう考えた瞬間、爆音が鳴る。心なしか地面も少し揺れたように思える。

共にロボを破壊し終えたぶどう君が慌てる。

 

「おわっ!?なんだこれ!?」

 

うーん、結構近いな。これはまずいかもしれない。

 

「どうやら0ptロボが動き出したみたいだよ、ぶどう君」

 

そこで気づいたようだ。原因がわかったからか余裕の表情である。

 

「なんだ、そんな事か。それならお前の個性抑えてくれよ?デカいロボが来ても倒せないだろ俺たちじゃ」

 

僕の『目を奪う』能力はもう消してる。赤目じゃない事を見ればわかると思ったが、発動中は赤目になる事を言ってなかったな、そういえば。まぁ今はいいか。

 

「もう消してあるよ、個性は。…それより、僕らはどうするべきだと思う?」

 

質問の意図がわからないようで首を傾げるぶどう君。少し言葉足らずだったか。

 

「何言ってんだ?俺らがでかいロボに立ち向かっても何も良い事はないだろ?ここならかなり安全だろーし。あ、場所を変えるって話か?」

 

その返しはちょっと意外だった。彼は少し臆病なところがあるから理由もなく籠城策を推してくると思っていたが、思ったより考えられていた。

でも僕は彼の案を否定する。

 

「…まだ向こうの様子がわからないけど、さっきのロボ出現の音からするとかなり近い所にいるとは思うんだ。そして僕から見ても想定外に大きそうだ、おそらく0ptロボ周辺の生徒は混乱しているし、場合によっちゃ怪我するかもしれない。」

 

僕がこれから言う事を汲み取ったのか、ぶどう君の顔が青ざめる。

 

「…ロボ周辺の人を助けるって事かよ。…ここで俺らがptを稼ぐのは可能なんだろ?人は来ないでロボだけおびき寄せるようにできる程お前の個性は万能だろ?それじゃダメなのか?」

 

またもや意外。僕の『能力』についてちゃんと考察していたようだ。その考察は正解だ。でもダメなんだ。

 

「多分、君の案は言い換えると怪我人を見捨てる事だ。僕らのように戦闘に不向きな人が怪我する事だってあるだろうし、避難させる必要がある。それにーーーーーーこの試験でまだ誰も救ってない。ロボを倒すだけじゃダメなんだ。それだけじゃ、ヒーローにはなれない、僕はそう思うんだ」

 

少し考えたい様子のぶどう君だったが、悪いけどあまり時間はあげられない。残り2分のアナウンスからかなり経っている。避難させる姿勢を先生方に見せるには少し時間が足りない。それに、彼が先に着いてしまうかもしれない。

 

「…1つ、訂正させろ。俺はお前にちゃんと救われてる」

 

「…うん」

 

「だから、従う。作戦、あるんだろ?」

 

 

 

 

僕は走って細い路地から大通りへ出る。

そして目にするのは今までのロボとは比べものにならないくらいのサイズの0ptロボ。

その周辺を見る、まだ逃げ遅れた人がいるようだった。当然だ。これは入試、自分自身の安全を確保する事を優先するだろう。手を差し伸べる事はない。

 

ーーーでもそれはヒーローじゃない。

 

僕は何人もヒーローを知っている。その人達はこの世界にはいない。彼らは僕が1番尊敬するヒーローだ。みんな集まって、命を、街を救おうとしていた。

 

たとえもう会えないとしても、彼らを目指す気持ちは変わらない。僕のヒーローはこの世界で数多くのヒーローに会ったとしても、ずっと彼らだ。

 

だから、彼らがくれたこの『能力』で僕は誰かを救う。

 

『目を奪う』を発動して巨大ロボを見上げる。

 

「ーーーーこっち見ろよ」

 

 

 

 

足が震えて上手く走れない。

それでも俺は暗い路地を進みながらアイツが言った作戦を思い出す。

 

『僕が囮になる。個性でロボの気を引きつける。その間に避難誘導をしてくれ。避難する場所はここだ。君がさっき言った通り、ここは安全だからね。時間はこっちでたっぷり作るから。単純だろ?』

 

『…いや何言ってんだ!?それじゃお前が危ないだろぉが!人だけおびき寄せればいいだろここに!』

 

『ロボはともかく、人を強引に移動させる事は出来ない。ロボの場合はターゲットを貰いやすいから、だ。今回は特殊パターンなんだ。この個性の真の使い方は囮だよ』

 

…アイツの個性は注意を引きつける程度のモノ。ロボの場合はそれが大きく響いたって事だろうか。だとしてもアイツの負担が大きすぎる。

正直この作戦には不満だ。

それでも従う。それ程の実績があると、俺は思ってしまった。たかだか数分の協力で。

 

『…そして何より、君の声は高めでよく響く。大声張り上げて避難させてくれよ?』

 

そんな冗談を言って、アイツは笑った。

 

アイツとは別ルートで大通りに出て周りを確認する。0ptロボはアイツの仕事だ。そっちは見ない。

 

怪我人はいないようだが逃げ遅れたヤツが4人いるようだった。

俺は息を吸い込み声を張る。アイツにも届くように、

 

「こっちが安全だ!!!死にたくネェやつはこっちに来い!!」

 

 

そっちは任せたぜ。俺のヒーロー。

 



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クソ赤目野郎

前世とは違い至って健康体の僕にとって0ptロボの攻撃を躱すのはそこまで難しい事でも無かった。そもそも時間稼ぎが目的だしそれに徹すればいいだけだ。しかし、ロボに反撃する為の矛はまだ無い。

横っ跳びしながらロボの無機質な拳をスレスレで躱す。地面をえぐる風圧でそのまま吹っ飛ばされるがしっかりと受け身をとる。

 

 

見上げると逆の拳がすぐさま飛んでくる。すぐさま近くにいた2ptロボの『目を奪って』ロックオンさせ僕の前に2ptロボが出てくる。僕を倒すために。0ptロボの拳で殴られた2ptロボは木っ端微塵に吹き飛ぶ。この場合ポイントは入るのだろうか。

 

こんな風に逃げ回っていたが、そろそろ攻撃手段が欲しいところだ。先生から見てこのままだと逃げ回る臆病者だろう。

ただ、攻撃するのは僕じゃない。

 

「…何やってんだクソ赤目野郎」

 

爆音

 

気にくわないツンツン頭。手のひらからは煙。

 

まったく、君なら来ると信じてたよ、なぜか。

 

攻撃する術はこれでいい。もう『目を奪う』理由もない。ちょっと来るのが遅いのは誤算だが、大体予想通りだ。

 

「俺が来ることも想定済みって顔だな…。イカレ野郎が」

 

君程のセンスなら余裕があったと思っただけだ。路地裏の小競り合いで僕の『能力』上この近くから離れさせてしまったから登場が遅れたんだろうけど。まぁ、来るだろうとは思ったけど、一応南西範囲だけ『目を奪って』おいたよ。クソ赤目野郎が裏切った事を知らせる為にね。

そうすれば激昂した彼は嫌でもこの付近まで来るだろう。

 

そう言いたいが少し疲れて何も話したく無い。口が達者なイメージが崩れちゃうかな。

それに、もう彼はロボの上で破壊を続けてる。口に出しても意味ないか。

 

なんとか上を見上げる。

 

…助けてもらってなんだけど、彼はヒーローっていうよりやっぱヴィランみたいな雰囲気出してるなぁ。

 

 

 

 

『残り30秒だぜぃ!?』

 

プレゼントマイクによる親切なアナウンスだ。30秒で0ptロボが倒せるだろうか、爆破君。

…久しぶりに能力を酷使してしまったせいか頭の中で声が響く。爆破君のロボ破壊を見上げながら、その声に耳を傾ける。

 

『ンダよ、今回も俺に頼らないつもりか?『目を醒ます』を持つ俺なら余裕で合格できるってわかってんだろ?』

 

「…うるさいな、『冴える』黙ってろ」

 

『普段は俺の存在を『隠し』てるのに、今出て来れたのは俺が必要だから、ってわかってんだろ?』

 

…『奪う』を酷使したから、お前を『隠す』事に意識が回らなかっただけだ。『奪う』と『隠す』を1人で同時に扱う事は不可能だし。

まるで言い訳のような文を作りながら、強制的に脳内から追い出す事にする。

 

「…お前の主は僕だ」

 

『ヘイヘイ。でも主サマの為の行動ならいいだろ?ちょっとだけ体借りるぜ、主サマ?』

 

ーーーまずい。

 

「…っ!爆破君!離れろ!!」

 

 

 

『目を醒ます』

 

それは言ってしまえばこの世界で身体増強系に位置する『能力』だ。人並み外れたパワーを持ち、僕の身体に1番適合している『能力』であり、実際に『蛇』に選ばれたのは僕だ。見ただけの情報だが、腹に穴が空いてもそこから身体を造り直す、というかなりの再生能力も持つし、銃弾もなんて事無く受け止められる。

正直に言うと、これを扱いきれればこの試験なんて余裕だった。ぶどう君と協力する必要なんて無いくらいに。

 

ただ『目を醒ます』能力の持ち主が『目が冴える蛇』だった。それだけだ。

 

『目が冴える蛇』

これを『能力』と一括りにしていいのかはわからないが、自我を持つ『蛇』だ。『冴える』という言葉の通りかなり賢いだろう。狡猾とも言うべきか。この『冴える』に前世の僕らは負け続けた。殺されていた。

 

…その地獄に終止符を打つ為には、全ての『能力』を僕が受け持つしかなかったのだ。ただ、その時点では、『冴える』は『醒ます』を保有していた。僕の中にあるのは『醒ます』と『冴える』で1つの『能力』なのだ。

 

つまり今の僕が『醒ます』を使える状況というのは、『冴える』に意識を預ける事である。

 

『目が冴える蛇』というヴィランに。

 

そしてそれは、僕のヒーローとしての負けを意味する。

 

 

 

 

意識が戻った時には0ptロボなんて跡形も無く消え去っていた。地面には僕を始点としてえぐれた跡が残っている。『冴える』があの数秒で何したのか、なんて考えたくは無かった。こんな結果が、僕の為になると思っていたのか。

 

試験終了のアナウンスは既にされていたようで、ぶどう君が立ち呆けている僕の側へ駆け寄る。…少しだけ、怯えた表情で。当然だろう。僕の個性は注目を集める程度のモノと認識していたのだから。

 

「お、お前…大丈夫かよ?」

 

「…大丈夫。ちょっと、聞いてもいいかい?」

 

「…何だよ」

 

聞かなければいけない。知らなければいけない。いつかは彼を受け入れなければいけないだろう。前世で僕のヒーロー達を殺したヴィランだとしても。この超人社会では、『醒ます』が必要なのだから。

 

「僕は、どうやって0ptを倒した?」

 

ぶどう君自身も信じられない風景だったようで、困惑しながら僕の問いに答える。

 

 

「…その場で右腕を一振りしてただけだぜ?風圧でロボは全て吹っ飛んでた」

 

全く、どこかのNo.1ヒーローのようだな。『醒ます』で天気は変えられるかどうかは知らないが。ただ、やはり『醒ます』の強大さは異常だ。そしてその強大な力を手にした『冴える』というヴィラン。僕が『冴える』に屈した瞬間、それは僕がヴィランになった瞬間だ。恐らく、『冴える』はこの街を支配する。

 

ぶどう君が恐る恐る僕に聞く。

 

「…なぁ、どっからあんなパワー出したんだ?…お前、何者なんだ?」

 

それは僕も答えるのが難しいんだ、ぶどう君。けど、今は。

 

「ヒーローだよ」

 

少なくとも、今は。

 



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片鱗

爆破君と協力して0ptロボを倒す。それが当初の目的だった。

先生方からの採点基準は明確ではないが、恐らくロボ破壊のptは基準値を超えているだろう。ただ、そうなると気になるのは数値化されていないptだ。

 

これはヒーロー試験。それならプロヒーローの仕事を参考にしての基準だと予想した。そこでテーマになるのは『協力』だ。ヴィランを倒す為の連携。最近はヒーロー同士のチームアップが少しずつ行われているようだ。

 

その結論にたどり着いた時、先生方にそのアピールをする為の作戦を考えた。それがぶどう君と『協力』した作戦。

 

ただ1つの誤算は爆破君だった。試験上悪い事ではないのだが、言ってしまえば僕らの作戦は人のptの横取り。そこでマイナス精査を食らう事は無い。

ただそれに不満を持った生徒との口喧嘩。これは由々しき事態だろう。

 

会話が聞こえているかどうかはわからないが、ヴィランがいるのにヒーロー同士で口喧嘩をする状態。これは紛れもなく減点だ。

 

だから、最後に爆破君と『協力』する姿勢を見せる必要があった。

そもそも『協力』なんて採点項目など無く、減点0、杞憂に終わる可能性もあった。

 

まぁ正直、爆破君は恐らく合格するだろうし、後々仲良くするキッカケを作りたい気持ちが8割くらいだった

 

 

とまぁ、ここまで色々と考え抜いて出した結論、行動をアイツは全て台無しにした。

 

『冴える』の言葉を思い出す。

 

『主サマの為の行動ならいいだろ?』

 

ヤツが何を考えてあの行動をしたかは、いくら考えてもわからない。

アイツには、僕には見えない何かが見えているんだろう。

 

 

 

 

共に戦った仲間、ぶどう君と試験会場を後にする。攻撃を避けた際の怪我も擦り傷程度だったので、リカバリーガールの治癒も丁重にお断りしておいた。色々と迷惑をかけた爆破君を探したのだが、見つからなかった。

広い廊下を人混みに紛れながら2人で歩く。

 

「…多分僕らは合格だと思う。採点基準がかなり突飛なものじゃなければ、だけど」

 

「おぉ!やったなぁ!これで心に余裕が出来たぜ!俺、筆記には自信あるし!」

 

彼と一緒にいるのにいつまでも考え混むのは失礼だろう。無邪気に喜ぶ彼を見て、頭を切り替える。

 

「…にしても、お前の個性、すげぇな!2つ持ってるなんて!血筋とか?」

 

「……ん?2つ?」

 

少し、その問いに何か引っかかる。僕は彼の前で『能力』を発動させた。その種類は3つと記憶している。

 

1つは、ファーストコンタクトの『目を隠す』

 

次に、裏路地作戦の要の『目を奪う』

 

そして最後に『目を醒ます』

 

『冴える』の存在は知らないだろうし、知っていても数が合わない。

また考え込みそうになる僕の思考に、ぶどう君の声が響く。

 

「え?『自分への注目操作』と『超パワー』の2つじゃないのか?」

 

…あぁ、たしかに。そういう考え方もできる。『目を隠す』は注目されないようにしていた、個性の応用って事か。というかそもそも個性の3つ持ちなんて考えもしないだろう。

 

僕はぶどう君に噛み砕いて『能力』の説明をする。

 

「いや、僕は『姿を隠す』個性と、『注目を集める』個性と、『身体増強』で………!」

 

実はまだ色々持っているんだ、と繋げて話そうとした瞬間、電撃が走ったかのように閃く。

 

そこで『冴える』の行動にも合点がいった。

 

『個性』の複数持ち、それは雄英にとって手に入れたい人材だ。そんなことは僕も当然気付いていた。だから『隠す』と『奪う』の2つを使ったのだ。僕は路地裏作戦の時点でそのアピールは完了した気になっていたが、それじゃ不十分だったのだ。複数持ちのアピールをするなら、方向性の違う個性を使うべきだった。

 

最悪僕だけでも合格する布石は打っておいたとあの時点では考えていた。けど、それは成功してなかった。だから『冴える』が改めて『醒める』の力でアピールしたのだ。それは、確かに『僕の為の行動』だ。

 

…そんな事考えもしなかった。他者からの視点が無いと見えない答えだ。

 

こんな事に気づいたからといって『目が冴える蛇』を飼いならす事には繋がらないかもしれない。そもそも『冴える』の目的はもっと別なものなんだろう。僕になんか想像もつかない、他の理由。でも、僕は素直に嬉しかった。まだまだ謎が多い『冴える』の行動原理、その片鱗を知る事ができたから。

 

…そして、それに気づかせてくれたこの小さい彼には、感謝してもしきれない。本当に。

 

僕が個性の3つ持ちと聞いて大騒ぎしている彼を見る。

 

彼の名前はまだ知らない。けど今は聞かない。お互いに。

 

 

そして入学式の日、僕らは約束を果たす。

 

これが、ぶどう君ーーーーー峰田実くんとの再会だ。

 



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採点基準

「とりあえず、実際に話してみて判断したいです。ワタシは」

「そいつがヤツと関係してる可能性は高いだろう。個性を複数持っている時点でヤツの手にかかっていると考えるべきだ」

「それはわかりますが…映像を見た限りそこまで悪い印象は感じませんでしたよ」

「…その判断はオレがする。お前は人を信じすぎだ、とにかく会う約束を取り付けてくれ、そこにオレも同席する」



『春から雄英教師のワタシが投影されたァ!』

 

「……はい?」

 

少しばかりの緊張感を持って開いた合否通知。

その瞬間No.1ヒーロー、オールマイトが投影された。おなじみのフレーズを口にして。

 

オールマイト。

別名、平和の象徴。彼の圧倒的な力とカリスマ性でヴィランの犯罪数が低下し続けている事からそう呼ばれている。ちなみに個性はまだ明らかになっておらず、彼自身も爆笑ジョークで個性を明かそうとしていない。そんな彼が雄英教師、か。中々驚きだ。

 

そんな新任の英雄が今僕の目の前に投影されている。そんな事に少し困惑しながらも映像の中の彼は続ける。

 

『…普通ならここで合格!と告げて歓迎の言葉を並べるのだが……個人的に直接会って君に聞きたい事があるんだ。今日の夕方6時、君の家の前で会えないかな?いきなりで申し訳ないが、よろしく頼む!』

 

そこで映像は途切れた。

 

返事をしたところで向こうには伝わらないだろうが、了承の意を込め頷く。とにかく合格という結果はわかったので安心だ。

 

メディアで見るオールマイトとは違う、真剣な表情。No.1ヒーローにこんな顔をさせる行動をしただろうか。身に覚えがない。

 

ただこんな貴重な機会を断る理由も無いので、素直に外へ出る準備をする。

 

今は5時半、雪も溶け始めた季節だがまだ時刻的に肌寒い。部屋着のパーカーを脱ぎクローゼットからコートを取り出す。

 

近くの自動販売機で温かいコーヒーでも買って家の前で待つことにした。

 

 

 

 

予定通り缶コーヒーを2つ買って家に向かうと、2人の人影を見つけた。

1人はスーツ姿のオールマイト、本人と会うのは初めてだが、威圧感を持ちながらもヴィランという風格など感じさせない笑顔を顔に浮かべている。紛れも無い、No.1ヒーローの風格がそこにはあった。

 

もう1人は黄色いコスチュームを纏った背の低いご老人だった。ある程度プロヒーローの知識を持っている僕でも存じ上げない。オールマイトのサイドキックとかだろうか。

 

同時に2人もこちらに気づいたようで、互いに近づく。まずは挨拶からだろう。

 

「初めまして、オールマイト」

 

「やぁやぁ!ワタシが来てるよ!九ノ瀬君!」

 

「えぇ、知っています。…それで、そちらの方は?」

 

僕はオールマイトの隣にいる老人に目を向ける。

僕の問いにオールマイトが答える。

 

「…あぁ、この方はグラントリノと言って、私の知人だ。…知らなかったかな?」

 

僕は正直に答える。

 

「はい、知りませんでした。有名な方だったのなら失礼な事を言いましたね。申し訳ない」

 

未だ何も喋らないグラントリノさんに軽く頭を下げ謝罪の意を表す。

グラントリノさんが口を開いた。

 

「いいや、オレは表立ってヒーロー活動をしてないからな。知らないのも無理はないぞ。気にしなくていい」

 

……じゃあ何故オールマイトはあんな質問をしたのだろうか。

少し疑問は残るが、まだ本題にも入っていない。というか家の前でこれ以上話すのも近所の噂になりそうだな。なんせNo.1ヒーローがいるんだから。

 

「とりあえずちょっと場所を変えようか!ワタシが来て目立ってしまいそうだし!」

 

…流石No.1ヒーロー、気遣いもしっかりできるようだ。

 

「えぇ、近くの公園でいいですか?今家の中散らかってるので…。あ、あとこれどうぞ」

 

僕は缶コーヒー2つを彼らに差し出す。ホントはオールマイトと自分の分だったが、まぁ些細な問題だ。冬用のコートだから寒さには困らない。

 

 

 

 

公園に着いた僕らはベンチの近くで話を始める。ベンチが近くにあるのに座らないというのも変な話なので、グラントリノさんには座ってもらった。お年寄りに席を譲るのは日本人の美徳の1つだ。

 

僕は話を切り出す。

 

「…それで、聞きたい事ってなんですか?」

 

オールマイトは困ったような笑顔で、返す。

 

「それより遅れてしまったが、入学おめでとう!まずは今回の入試についての、雄英教師からの評価から説明させてもらおう」

 

へぇ、しっかりと採点基準とかも教えてくれるのか。流石雄英だ。今後の参考になるので正直助かる。

ただ、これが本題では無いのだろう。合格者1人1人に採点基準を教えてたら莫大な時間を要する。恐らく他の人は映像で明かされたに違いない。

 

僕は相づちをうって先を促す。

オールマイトは周りに人がいない事を確認して話し出す。一応個人情報だからだろうか。

 

 

「まず、筆記!ボーダーは超えているもののギリギリだったな。終盤の応用問題はともかく、基本でのミスがかなり目立ったぞ。特に数学だ!ハハハ!」

 

これに関してはぐうの音も出ない正論だ。僕は中学の授業はあまり聞いてる方では無かった。一度習った範囲だったからだ。それと、無断欠席がかなりあったようだ。僕の記憶のなかでは皆勤賞なのだが。

 

オールマイトは続ける。

 

「次に実技試験だが…一言で言ってしまえば優秀だよ、君は。ただ、学校側が提示した仮想ヴィランのptは合格者平均を超えてはいなかった。初動が遅かったのと、同時に倒したからと言っても2人にptは入らない、そこは平等に等分だ!そこに気づけていなかったのが原因だろう。しかし!ヒーローの活動はヴィラン退治のみではない!そう!レスキューポイント!」

 

ptが達していなかったのはアテが外れて驚きだった。が、しかしもっと意外なのはレスキューポイントだ。

これは数値化されていないptだろう。その存在は予想していたが、内容は見事に外していた。

 

オールマイトは続ける。少し興奮した声で。

 

「君が、いや、君たちは0ptロボにも立ち向かい、その場にいた人の避難を見事に果たした!これは45のレスキューポイントという教師陣からの評価で、2人に加点されている!」

 

どうやら『協力』による加点はあまり無いようだったが、ヒーローとしての行動を学校側は評価しているようだった。恐らく最後に助けに来た爆破君にもレスキューポイントは与えられているだろう。

 

「…と、まぁ学校側からの採点は以上だ。これらを統合して、九ノ瀬遥は実技入試では合格、三位という好成績を残した。おめでとう!」

 

どうやら教師としての話が終わったようで、喉が渇いたのかコーヒーを飲む。ただ、まだ本題は終わってないだろう。

 

ベンチに座っていたグラントリノさんが立ち上がって、僕の方を向き、僕を見上げる。少し睨んでるようにも見える。

 

「とし…オールマイトから聞いたが、お前、個性を複数持っているんだって?」

 

厳密に言えば『能力』だが、僕は「はい」と頷く。

オールマイトがグラントリノさんを止めようとする素振りを見せるが、グラントリノさんは続ける。

 

「…それは、誰から与えられたものだ?」

 

 

正直、何を聞かれてるのかわからなかった。

 

季節は冬の終わり。

春が近いのにも関わらず、冷たい風が僕の身体を冷やした。

 



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嫌です

意味のわからない問いだった。

『誰から与えられたのか』

それはつまり、個性の譲渡が可能という事を意味している。そんな事今まで聞いた事がない。

 

No.1ヒーローの顔をうかがう。グラントリノさんに怒った様な表情で、しかし真剣な顔だ。この問いに関する僕の答えを待っている事がわかる。

 

僕は今、重要な事を聞いてしまったのだろう。彼らの真剣さを見てわかる。ただ、今の僕にはこの問いでどうこうしようなんていう気は全くない。むしろ意味がわからない。

 

出来る事と言えば、正直に答える事だけだ。

 

「おっしゃっている意味がわかりません。僕は確かに特殊な個性の複数持ちですが、与えられた、なんて事はありません」

 

グラントリノさんの顔が曇る。

 

「…それが通じれば良いんだがな。個性の複数持ちは異常だ。そしてそんな事が起きるとしたら、オレらにとってお前は敵になりうる」

 

ますます意味がわからない。僕の理解力が足りないのか。ただわかる事と言えば、彼らは『個性を与える個性』を敵視してる事。

 

グラントリノさんは続ける。

 

「仮にお前さんが自然な個性複数持ちだったとして、それには原因があるはずなんだ。お前さん、中学の時にかなりの欠席があっただろう?その時に何かあったんだとオレは予想してるんだ」

 

僕には欠席したという記憶は無い。しかし結果的に欠席は確かにあった。けど僕はそこに疑問を持っていない。『冴える』の体の乗っ取り、飼いならす事が今よりも出来てない頃の話だ。

 

だから、この話には全く関係無いし、そもそも僕の『能力』の生い立ちなんて忘れる訳がない。あの夏の日に彼らから『奪った』のだから。あの夏の日の光景は、今でも僕の目に『焼き付いている』

 

僕が『能力』を持つ理由は前世があるから。その一言が信じられる訳もなく、この問いに答える術を僕は知らないのだ。

 

あの無限に続いた地獄を思い出し、僕は苛立ちを隠せなかった。

 

「…この世界で個性を複数持っているのが異常なのは分かっています。ただ僕には、自分が個性を2つ持っている理由を知っています。そしてそこには、あなた方が警戒している『誰かさん』の介入なんて全く無い」

 

こんな支離滅裂な意見で納得する訳がなかった。それでも僕の心は情けない事に荒んでいた。

 

ーー僕の『能力』に“原因”なんて表現を使うな。僕のヒーローの力を否定するな。

 

「その理由とやらを知りたいんだ。お前さんに記憶が無くてもヤツが個性を与えてお前さんを利用してる可能性だってーーーーー」

 

「嫌です」

 

僕は食い気味に答える。

 

『能力』の生い立ちを話すのならば、僕は『冴える』についても話さないといけない。ヴィランの人格を持つヒーロー、そんな事まで言わないといけない。

 

ーー僕が自分のヒーローを殺した事も言わないといけない。

 

「…これ以上、僕の個性について話せる事はありません」

 

グラントリノさんから目を逸らし、オールマイトを改めて見る。

彼は困ったように笑っている。失礼な態度を取っている僕な怒っている様子はあまり見られない。僕はそんな彼に軽くおじぎする。

 

「…合格通知、ありがとうございました。また、学校で会いましょう。失礼します」

 

僕はそう告げた後、グラントリノさんの手元を少し見てから背を向け歩き出した。

 

今日の会話から、オールマイト達は“個人的な理由”で僕を警戒している事はわかった。会話の内容に加え、グラントリノさんは僕の買った缶コーヒーに口をつけなかった。毒物でも警戒したのだろうか。そしてそれはまるで、監視する為の雄英合格、なんて悪い想像までさせてくれた。

 

苛立ちを隠せず早歩きになってしまう中、頭の中に声が響く。それは忌々しい、僕の中にいる蛇の声。

 

『…なるほどナ。“個性を与える個性”ねェ…それがヴィランの親玉の個性ってコトだ』

 

足を止める。そして思い返す、事の発端を。

 

『冴える』による『能力』複数アピールが無ければ今日の会話は無かった。No.1ヒーローレベルしか知らない重要な事実を偶然知ってしまったのだ。いや、偶然じゃなかった。

 

全て『冴える』の手のひらの上だった、という事を思い知らされ、どうしようもなく悔しかった。

悔しさで歪んだ顔を隠す為、フードを被って帰路についた。

 



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既視感

なんか…カゲプロの歌詞を勢いで入れちゃったので、暇な方は探してみてください。趣味全開過ぎる。書いてて楽しかったので後悔はないですが。

歌を知らない方でも問題は無く構成したつもりですが、無理やり感あったら申し訳ない。


ーーこの夢は、終わらない。

 

夢の中での僕は、無力であり強力だった。僕の意に反して動く『醒ます』の身体は僕の親友の首元を掴み、そのまま引きちぎる。『醒ます』の力なら余裕だろう。赤いジャージを着た親友の首元から出る血が辺りに散らばるのも気にせず、僕は周囲を見渡す。

 

そこには、僕の憧れのヒーロー達が、ただ僕を睨みつけている姿があった。それを見た僕は、さらに不気味な笑みを深くする。

 

また、光景が変わる。

 

猛スピードで現れたトラックが、目の前にいる2人の少年少女を襲う。僕の身体なら助けられるのに、身体が動かない。少年少女はお互いに庇い合い、必ずどちらかは死ぬ。何度も見た光景だ。前回は少女が少年を突き飛ばしていたが、この夢では少年が少女を突き飛ばす。その一瞬後、小さな体はまた飛び散った。

 

「ーーーーーーー」

 

少年が小さな声で呟いた言葉は、聞き取る事が出来ない。

 

ーーーーーー少年が何故か笑っている事に気付いた僕は、ただ彼の視線を追い、そこに立ち揺らめくカゲロウを見る。

 

カゲロウに向かって僕は言う。

 

「ーーいつか彼らを、救ってみせる」

 

僕の言葉は、届かない。カゲロウはこちらを見ない。

 

カゲロウから目を逸らし、泣き叫ぶ少女を『目醒めない』は見ていた。空に暗雲が立ち込め、雨が降り出したころ、僕の夢は終わるだろう。けど、この世界は終わらない。また僕は親友を殺し、少年少女は繰り返す。『カゲロウデイズ』という真っ白な世界で、繰り返される。

 

そこで夢が終わる。少年少女を取り残して。

 

 

目を覚ました僕は体を起こして、顔を洗おうとベッドから抜け出す。

 

洗面台の前に立った僕は鏡の中の自分の姿を見る。

 

ーーーいつも通り、表情は最悪だ。

 

『目を覆いたくなる』程の悪夢だ。こんな事が僕には不定期にある。夢の内容は僕の記憶している前世の通りだったり、不思議な事に微妙に変化しているものもある。ただ、夢の中の僕は、必ずヒーローを殺す。その事実だけは変わる事は無かった。

 

悪夢のおかげで早く目が覚めてしまった僕は、学校に行く準備も程々に、パソコンを立ち上げる。シンプルなガンシューティング、敵を倒pt数で世界の猛者達と競うオンラインゲームだ。ちなみにこれにはレスキューポイントなど導入されていない。

 

『ヘッドフォンアクター』

 

この世界に来て、僕が作ったゲーム。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

時計を見た僕はパソコンの電源を切り目の疲れをとる。そろそろ家を出るべきだろう。朝食を済ませて親に「行ってきます」と伝える。初めて着る制服を身に纏い、高揚感を隠さずに歩き出した。

 

今日は、雄英高校の入学式。

通学路には雄英の制服を着た少年少女が緊張しながらも雄英高校へ足を運んでいる。季節は春。そんな春に相応しい、微笑ましい光景だった。

 

 

雄英高校の門前に辿り着くと、緑色の髪のくせっ毛な少年が目に入る。既視感を覚える光景だが、彼は以前とは違い、僕と同じ制服を着ている。それを見た僕は嬉しくなって小走りしながら、彼に声をかけた。口元がちょっとニヤッとしそうだ。

 

「…合格したんだね!緑谷君!」

 

僕の存在に気づいた彼もまた、笑顔で返す。

 

「…うん!よろしく、九ノ瀬君!」

 

僕はそのまま緑谷君と並んで歩き出す。太陽の光に目を細めながら、校舎を見上げる。

 

ここから始まる。僕のヒーローアカデミアが。

 

そんな事を考えるとやはり笑みが溢れて、緑谷君と笑い合った。

 



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担任

会話もそこそこに、緑谷君と話しながら校舎内を進む。時間に余裕があるとは言えない。慣れてない場所なのもあり気持ち急ぎながら教室を目指す。

 

1年A組。かなりの高倍率をくぐり抜けて辿り着いた、選ばれた40人の内の20人がクラスメイトとなる。そんな中の1人が、僕の隣にいる彼、緑谷出久くんだ。

 

確かによく見たらしっかりと鍛えられている。気弱そうな態度と対照的に筋肉などはついていて、合格という結果には意外とは思わない。しかしこの超人社会、やはり気になるのは彼の個性だ。直接聞いてみようと思ったその時、緑谷君が立ち止まる。

 

「あ、着いたみたいだね。怖い人がいなければいいけど…」

 

どうやら着いたようだ。考え事に夢中で気づかなかった。僕たち2人はバリアフリーの関係なのか異常に大きいドアの前に立ち尽くす。

緊張してるような彼を励ます。

 

「まぁ学生とはいえヒーロー志望。そこまで素行の悪い人はいないと思うよ?」

 

僕はそう言ってドアを静かに開ける。

そこで目に入った光景は。

 

「机に足を掛けるな!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」

 

「あぁ?テメェどこ中だよ?端役が!」

 

見事に素行の悪い爆破君とメガネをかけた青年が几帳面に注意をしているところだった。

 

なるほど、彼が居たか…。そういえば緑谷君と爆破君は知り合いだったっけか。怯えていたのも納得だ。

 

絶望感が見事に表情に出ている緑谷君に聞いてみる。

 

「あー、あの髪ツンツンの彼って、名前なんて言うの?ほら、机に足かけてる」

 

「…爆豪勝己。僕はかっちゃんって呼んでる。幼馴染なんだ」

 

爆破君ーー改め、爆豪君の本名を聞いた僕は、教えてくれた緑谷くんに軽くお礼を言って、爆豪君に近づく。

 

後ろで緑谷君と誰かが会話してるのが聞こえてそちらの方を見やると“浮かす系女子”と話していた。一応顔見知りだからだろうか。

 

そのまま歩みを進めて爆豪君の目の前に立つ。メガネの少年は僕が爆豪君に用がある事を汲み取ったのか、緑谷君に話しかけていった。試験で一緒だったのかな。

 

爆豪君の表情を見るも、あまり感情が読み取れなかった。不機嫌そうではあるが、少し表情が硬いようにも見えた。

 

僕は切り出す。

 

「…入試の時、危ない目に合わせてしまったと思う。ごめん」

 

そう言って軽く頭を下げる。深々と下げられても悪目立ちしそうだし。

 

実は謝る機会をずっとうかがっていた。試験の時は結果的に彼を利用するために呼び寄せて、結局巻き込むかもしれなかったレベルの攻撃で勝手に解決してしまった。彼はしっかりと躱したようだが彼からしてみればあまり良いことではない。

 

彼はぶっきらぼうに返す。

 

「…別に」

 

こうやって謝られるのに慣れていないのか、拍子抜けするほど簡単に許された。この件で恨まれていたら面倒だし、許してくれるのなら助かるが。

 

しかし入試のときに見た彼とは態度が全く違うのは、少し不可解だった。メガネくんへの対応の様に素を出してない様に見えるし、それはちょっと不満だ。ただこの空気ではそんな事言えないので、この場を流そうと発言する。

 

「そっか。それは良かっーー」

 

「お友達ごっこしたいならよそへ行け。ここはヒーロー科だぞ」

 

僕が彼に返事をしようとした時、聞き慣れぬ声を耳にする。

声がした教室入り口を振り向くと、そこには寝袋に入って横たわっている小汚い人がいた。いや小汚いな。

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 

 

 

指定された通りの席に座り最初のHRが始まる。しかし座席表を見て気づいたが、何故だかこのクラスには21個の席がある。5×4の席で1つだけあぶれている形だ。ちなみに僕がその1つの席で、前に峰田君、緑谷君と続いている。調べた情報では1クラス20人と聞いていたが、何か理由があるのだろうか。

 

そんな事を不思議に思いつつ、担任、相澤先生の話を聞く。

 

「全員、配布された運動着を着てグラウンドに集まれ、今すぐだ」

 

会って数分でクレイジーな先生という事がわかる。

やはり、雄英は他と一味違うという事か。

 








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『705.2』

 

『個性把握テスト⁉︎』

 

相澤先生の指示によってグラウンドに集められた僕ら。紺を基調とした運動着を身につけ待機していた所、彼が口にしたのは意外なワードだった。

僕は思わず口を開く。

 

「あの、入学式とか、ガイダンスとかはしないんですか?」

 

すると先生は怪訝な顔をして、僕の方に向き直る。気怠げな表情に見えるが、その目には僕に対する嫌悪感を感じ取った。…グラントリノさんの様に警戒されているのだろうか。僕は思わず顔をしかめる。

 

「…ヒーローになるならそんな悠長な行事出る時間ないよ。雄英は自由な校風が売り文句、そしてそれは先生側もまたしかり」

 

つまり、相澤先生独自の判断という事だろうか。そしてそれは学校側も問題にしない。入学式に1クラス丸々出ないというのはどうなんだろう。まだ見ぬ校長先生が悲しむ姿を思い浮かべる。

 

相澤先生は続ける。

 

「お前たちも中学の頃からやってるだろ?個性使用禁止の体力テストを。…国はいまだ画一的な記録を取って平均を作り続けている。合理的じゃない。ま…文部科学省の怠慢だな」

 

唐突に文部科学省への悪口を言う相澤先生。ただその意見はわからなくもない。中学の頃に行われた個性把握テストでは、もどかしい思いをした生徒は少なからずいただろう。

 

「実技入試成績のトップは爆豪だったな。中学のときソフトボール投げ何メートルだった?」

 

へぇ。爆豪君が実技入試トップだったのか。確かオールマイトは『実技試験では合格、3位だった』と言っていた。2位は一体誰なんだろうか。

 

相澤先生に聞かれた爆豪君はつまらなそうに答える。

 

「67m」

 

「じゃあ個性を使ってやってみろ、思い切りな。道具はそこにある。はよ」

 

急かす事も忘れず爆豪君に見本を促す。指名された爆豪君はすぐさま準備を終え、白円の中で意識を集中させ、大きく振りかぶる。

 

「死ねぇええぇぇ!!」

 

(死ね……)

 

不謹慎な掛け声と共に投げ出されたボールは爆破によって起きた爆風に乗って遥か彼方へと飛ばされる。67mなんて余裕で超えた、大記録だ。

 

「まず自分の最大限を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

相澤先生は手に持っていた記録機の画面を僕らに見せる。恐らくボールと繋がっているのだろう。僕らが目にした数値は『705.2』

 

「何これ面白そう!」

「個性思いっきり使えんだ。さすがヒーロー科!」

 

騒ぎ出す1年A組の面々。そんな姿を見て相澤先生は薄く笑う。

 

「面白そう…か。ヒーローになるための3年間そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」

 

その笑みと雰囲気から僕らは嫌な予感を感じとる。笑みを保ったまま先生は続ける。

 

「よし、8種目トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し除籍処分としよう」

 

先生は恐らく前々から決めていたのだろう事を白々しく発表する。すると先ほどの笑顔溢れる騒ぎとは違う意味で騒ぎ出すA組。僕自身も冷や汗が止まらない。僕にとってもこの試験は中々に厄介だ。

 

周りを見ると他より一層顔を青ざめている緑谷君が目に入る。彼もこのルールでは分が悪いのだろうか。そういえばまだ彼の個性は聞いていない。

 

「俺自身としてもこれからお前らを教えていく立場として、今のお前らがどれだけ個性を扱えるか、伸び代はどれくらいあるのかはしっておきたい。…手加減などせずに、本気で取り組んでもらいたいからこその判断だ」

 

相澤先生の方を見ると丁度僕と目が合う。今の発言はまるで僕が『能力』をまだ明かしていない事を知っているようだった。もしくは“底が知れない生徒”などの評価をもらっているのかもしれない。

 

相澤先生は僕から目を逸らし僕ら全体を見る。

 

「生徒の如何は俺たちの自由。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」

 

男性にしては長い黒髪をかきあげながら、先生は続ける。

 

「これから3年間雄英は全力で君達に苦難を与え続ける。更に向こうへ…PlusUltraさ」

 



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50m走

 

50m走、握力測定、立ち幅跳び、反復横跳び、ボール投げ、持久走、上体起こし、長座体前屈。

 

この8つの種目でいくつか大きな結果を残さないといけない。まず考え付いたのはこの発想だ。しかし見事に身体増強の『能力』である『目を醒ます』が大活躍のラインナップだ。やはりヒーローになる上で、『醒ます』引いては『冴える』のコントロールは必要な事を再認識させられる。

 

だがそのヒーローになる一歩目で除籍になってしまったら元も子もない。とにかくこの試練は乗り越える、必ず。

 

〈50m走〉

 

50m走の結果測定にはゴールラインに配置されている三脚の様な機械が使われている。ラインを越えたら勝手にタイムを教えてくれる優れものだ。近づいてみると超小型カメラが付けられているのがわかり、かなりハイテクな様だ。やはり雄英、格が違う。

 

メガネ君ーーーー飯田天哉くんの個性は『エンジン』で、両足についているエンジンで超スピードを生み出す。この種目にうってつけの個性で記録は3.04秒、流石だ。

 

飯田君と一緒に走った蛙吹梅雨さん。個性は『蛙』で、四足歩行で体をいっぱいに伸ばす走り方だった。記録は5.58秒。

 

浮かす系女子である麗日お茶子さん。個性は『無重力(ゼログラビティ)』で、靴や服を軽くして記録を伸ばしていた。どうやら緑谷君の以前の予想の通り、触れたものを無重力化する個性らしい。記録は7秒15。

 

麗日さんと一緒に走った尾白猿夫くん。彼の個性は『尻尾』らしく地味だがバネとして使っていた。記録は5秒49。

 

尾白君の結果を見届けた僕は先生にトイレにいく旨を伝えてこの場から離れる。赤く輝く目を隠しながら。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

いきなり僕に『ワン・フォー・オール』を扱えるようになる筈もなく、50m走は7秒02というパッとしない結果に終わってしまった。次で挽回しよう、と自分を鼓舞するも不安は拭えない。そんな中僕のオタク気質な性格がクラスメイトの個性を気にさせる。

 

次に走るのは雄英入試の時に出会って、今も仲良くしてくれてる九ノ瀬遥くんだ。一緒に走るのは幼馴染のかっちゃん。このテストは順番などは生徒自身で決める形式で、九ノ瀬君がかっちゃんを誘ったようだった。

 

そういえば、九ノ瀬君はさっき更衣室で「爆豪君が僕にだけ態度が違うように思うんだけど、何かしちゃったかな…」と困った様に笑っていた。朝も今日も教室で何か話してたし、どうやら九ノ瀬君はかっちゃんと仲良くなりたいようだった。それならこの組み合わせも納得だ。

 

九ノ瀬君の個性はまだ知らない。相澤先生の話を聞いていた時、僕と同じように焦っている印象を受けたから、このテストではあまり有利ではないのかもしれない。

 

九ノ瀬君とかっちゃんがスタートラインで準備をする。九ノ瀬君がかっちゃんに何か言いたげな表情をしていたが、彼は結局何も言わなかった。

 

無機質なスタートの合図が鳴る。

瞬間。かっちゃんは個性『爆破』で手のひらからジェットを吹き出すようにスピードを上げていく。その際、爆破による影響で黒煙が2人を覆う。すぐさまかっちゃんはその中から出てきてゴールを決め、記録は4秒13。悔しいけど、やっぱり凄い。

 

ところが、黒煙が晴れて全体を見渡せるようになっても、九ノ瀬君の姿は見えなかった。()()()()()()()()()

 

僕ら面々がざわつきながら彼の姿を探す中、かっちゃんゴールした3()()()()()、記録を告げる機械の無機質な音声が耳に届く。

 

『2秒32』

 

「………は?」

 

すぐさまゴールの方を見やると、息一つきれてない九ノ瀬君の姿を見つける。いや、突然そこに現れた。僕の視点からだと走ってる姿は全く見えなかったし、そもそもタイムがおかしい。なんでかっちゃんより早いんだ。なんとなく相澤先生を見ると、眉根を寄せて不機嫌そうな顔を九ノ瀬君に向けていた。

 

九ノ瀬君はそんな相澤先生の視線を真っ直ぐに受け止め、まるで自慢するかのように爽やかに笑う。

 

何故か僕にはそんな彼の笑顔が貼り付けた様な物に見えてしまって、不気味だと思ってしまった。

 



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合理的

[注意]
今回は『能力』の説明が多くてかなり長めな内容になっております。カゲプロ未読の方には今回の『能力』の説明はかなり重要なモノになると思われますのでじっくりと読んでいただくと助かります。

ちなみに、明かされていない『能力』はまだまだあります。


ーーこの短時間で『能力』を多用しすぎだな。しかもまだ発動させている。少し目の疲れが残ってしまう気がする。でも、それで手に入れた結果は上々。まぁまだ終わっていないが、一つ目でこれほどの結果を残せるのはかなり後が楽になるだろう。

 

幾ばくかの安心を覚えてみんなの元へ帰っていくと、相澤先生が話しかけてきた。

 

「…待て、九ノ瀬。お前、今何をした?」

 

まぁ、ごもっともな疑問だ。

 

恐らく先生や見ている生徒から見たら不思議な現象を目にしたんだと思う。爆豪君の『爆破』で姿が見えなくなった瞬間、僕の姿を視認できなくなり、気づけばゴール。そしてそれはありえない結果だ。先にゴールした爆豪君のタイムよりも速い結果を出したのだから。

 

ただ、僕はそんなありえない結果を叩き出した。もちろん『能力』のおかげだ。

 

僕はこの短時間で『能力』を3つも使っている。ただ、それは全然別のタイミングだ。そもそも僕の『能力』は特別な場合を除いて、1つずつしか使えないのだ。

 

まずは、『能力』の説明から始めよう。

 

 

 

 

まず1つ目に、『目を隠す』

 

これは入試の時に少し見せたものだ。

自分や一定の範囲内にいる対象者の存在感を極限まで薄くし、周囲から認識されないようにすることができる。つまり、人から見えなくなる『能力』だ。

ただ、能力を使う時に相手が目を離していないと、能力を使ってもその相手には姿が見えたままになってしまう。

ちなみに『能力』を緩めると、顔も覚えていない他人位の認識で認知される事もできる。

そしてこの『能力』は第三者に触れられると強制的に解除される仕組みだ。入試の時は峰田君に声をかけようと肩に手を置いた所で解除され、彼を驚かせてしまった。

 

前回は意図せずに発動させてしまったが、今回に関しては爆豪君の爆破のタイミングに合わせて僕が自ら発動させた。

 

今回1番厄介だったのは《この能力を使う時に相手が目を離していないと、能力を使ってもその相手には姿が見えたままになる》というルールだ。

このルールをかいくぐる為に再び爆豪君を利用させてもらった。彼の個性は前から知っていたし、他人から一瞬でも見えない様にするには彼の『爆破』は丁度良かった。

 

さて、彼を走者に誘ってみんなの『目を隠す』事にはしっかりと成功したが、それでもまだこの結果を作るには足りないだろう。今のままだとただ透明になって走っただけだ。『2秒32』という結果はありえない。

 

 

そこで使ったのは『目を覚ます』

この『能力』の本質は不老不死の精神を得ることができる、というものだ。

…この『能力』によって肉体を失い消滅しかけたある少女がいたが、精神だけが電子化して残ることができた、という事例がある。

その事例の名残なのか、電子機器が近くにあれば電脳世界に精神を飛ばす、という『能力』として僕に受け継がれている。

 

簡単に言うと、僕、九ノ瀬遥という存在を()()()()()()()()()()()()()()()が可能。という訳だ。

 

今回に限っては一体どんな電子機器に干渉したか、という疑問はあるだろうが、そんなのもちろん1つしかない。

 

ゴールに配置されている記録を測定し、無機質な声で読み上げる三脚のような機械だ。僕はそれを()()()()()した。

 

…いや、ハッキングといっても大した事はしていない。次の次に記録されるタイムを設定しておいただけだ。つまり、僕が20秒かけて50mを走ろうが、記録は必ず2秒32になるように設定したのだ。

 

それに『目を覚ます』の発動中は精神が電脳世界へ行く為、現実世界の肉体はほったらかしになり、不可解に思われるだろう。そこはしっかりとトイレを申し出て誤魔化しておいた。そう、僕が走る前には『目を覚ます』は使っていた。

 

この2つの『能力』での下準備を行なった後は、50m走を走り切るだけだ。そしてゴール直前に『目を隠す』を解除する。これで消えた理由も、タイムの矛盾も全て説明がつく。

 

……と、ここまで長々と説明をしてきたが、この事全てを目の前にいる相澤先生に打ち明けるべきか否か。答えはもちろん、NOだ。

 

相澤先生の問いに僕は笑顔で答える。そんな僕の息は50m走を走り切ったとは全く思わせない証拠がある。僕は、()()()()()()()()()()

 

「個性を使いました。瞬間移動の様なモノと思ってくれて結構です」

 

疲れた様子など全く見せず、僕は貼り付けた笑顔で、彼の『目を欺く(あざむく)

 

 

 

 

これが、今回使った最後の『能力』

 

『目を欺く』

 

他人に自分の姿を違った姿に見せることができる『能力』だ。

範囲が小さく自分自身にしか反映されないが、相手によって見せる姿を調整することができ、また自分自身ではなく完全に別の人物や生き物の姿を見せることもできる。

ただし、実際に対面したことがあり、なおかつ鮮明にイメージできる有機物のみに限られている。

 

まぁ簡単に言ってしまえば、自分の姿を自由に変える『能力』だ。

 

今現在、僕はこの『能力』で、“50m走を走り切って疲れた顔の九ノ瀬遥”を“瞬間移動を使って50m走を終えた九ノ瀬遥”に変身している。

 

ちなみにこの『能力』は“痛み”によって解除されてしまう。もし目の前にいる相澤先生が何を思ったか暴力を僕に振るうもんなら、このズルも露呈する可能性がある。

 

そう、ズルだ。僕のこの『2秒32』という記録はハッキングという卑怯な手で生み出したものだ。

 

実際こんな嘘はいつかバレてしまうだろう。ただ、今じゃなければいいのだ。除籍を免れるのならそれでいい。

 

『目を欺く』を発動させながら、相澤先生の返事を待つ。

 

「…それならあの結果は何だ?音声が流れるのは爆豪のゴールの後だったし、2秒32という結果はおかしいだろう」

 

間髪入れずに僕は答える。もちろんこの問いも想定済みだ。あらかじめ用意していた答えを返す。

 

「さぁ?あまり詳しい事はわかりませんが、ラグ、みたいなものじゃないでしょうか?ネットゲームならよくある事ですよ」

 

…我ながら支離滅裂な思考・発言だが、理由はこの程度でも先生ならここで退くと予想している。

 

「…そうか」

 

その返事を聞いた瞬間、僕は内心でガッツポーズをとる。相澤先生は背を向けて歩き出し、他の生徒に「次、早く走れ」と促す。

 

…騙してごめんね、相澤先生。でも貴方なら信じてました。再テストはしない、と。

 

僕の50m走のズルは再テストをすれば簡単に破綻し、僕の7秒前後という正直な結果が露呈するだろう。相澤先生は先程指摘した不可解な矛盾があるというのに再テストをしなかった。それはなぜか。

 

今までの相澤先生の発言を省みて、僕はある仮説を立てていた。それは僕じゃなくても、誰もが気づく仮説。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

その仮説に僕はほぼ確信を持っていた。だからある程度の矛盾なら誤魔化せると踏んでいたのだ。だって、彼は合理的だから。再テストなんていう時間の無駄になる可能性があれば、それは好まない選択だ。

 

僕に背中を向けた相澤先生を見る。今は『欺く』の発動中で、目は赤々と輝いている。僕は『欺く』でその色さえ見せずに、薄く笑う。

 

もう発動させる必要もないと気づいた僕は『欺く』を解除し、みんなの元に戻る。

 

ーーー歩く先にいた緑谷君の透き通った目には、素の僕の笑った顔が映っており、緑谷君は何故か怯えた表情をしていた。

 



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握力測定

僕が走った後、他の人も無事に走り終え、50m走を終えた僕らは次の種目の為に移動をした。

 

僕はこの個性把握テストの8つの種目を聞いた時、『目を覚ます』を使って記録の書き換えを1番に思いついた。しかし、ただ記録の書き換えをすれば良いのではなく、それを誤魔化さ無ければいけない。現に、爆豪君の爆破が無かったら『目を隠す』は使えず、50m走の好タイムはあり得なかっただろう。

 

そして僕は、明かされていない採点基準に関してもある程度の予想はつけている。恐らく、順位をポイント化している。1位の人には21pt、2位の人には20ptという風に加点していき順位を決める方法だ。

 

50m走で爆豪くんの4秒13というタイムに矛盾をしてまで僕が2秒32を選んだ理由はそこだ。

 

万が一の為にも学級1位の記録を叩き出し、ptを稼ぐこと。少し不自然になってしまったがこれは必要な事だった。

 

実際、僕の『能力』で好タイムを出す種目は限られている。さっきも言った通り、『覚ます』のハッキングを誤魔化しながら種目をこなす、というのは至難の技だ。

 

だから、僕の目標は最低でも2種目で高記録、欲を言えばクラス1位の記録だ。それを達成できたら、最下位の除籍はまず無いと見ている。

 

そして僕はこの2つ目の種目で、一気にケリをつけるつもりだ。

 

〈握力測定〉

 

恐らく先程の50m走で相澤先生にかなりマークをつけられているだろう。だがこのテストなら特に問題はない。

先生は僕らに告げる。

 

「3人1組を組んで各自測定しろ、表示された結果をグループの他の奴が俺に報告する形だ、ほら、早く始めろ」

 

なるほど、多分誰かさんの不正でも疑っているのだろう。元々あった形式かは知らないが、合理的ではない方法に思える。

 

だが、自分以外の第三者の存在、これは確かに厄介だ。僕の『目を隠す』は注目されていたら効果を為さないし、この時点で1つの『能力』を封じられている。

 

ただ、この種目で『目を隠す』必要は無いだろう。使うのは『目を覚ます』のみでいい。

 

僕は手元に配布された握力測定器を見る。正式な名称は知らない。

さっき先生が〈表示された結果〉と言っていた事からわかると思うが、この握力測定器も電子機器の様に画面が数値を表してくれる優れモノだ。中学の時の様なメーター式じゃなくて助かる。

 

この程度のモノなら数秒でハッキングは終わるだろう。丁度手元にある上にまだグループを作る前だ。『覚ます』の使用中は僕の意識は電子化するので、現実世界に干渉できなくなる。第三者に見られたら不審がられる事だろう。

 

僕は目を赤く輝かせ、『覚ます』を発動する。

 

 

 

 

僕が現実世界で『目を覚ました』直後、目の前に少女がいる事に気づき、驚いた。しまった。僕が『覚ます』を発動する前から近づいていたのだろうか。少女は怪訝な顔で僕を見る。そりゃそうだ、話しかけても何の反応もないし、全く動かないのだから。

 

「…アンタ、大丈夫?具合でも悪いの?」

 

ーーーーーその声を耳にした瞬間、なぜだか僕は懐かしい気持ちになった。いや、()()()。夢の中、そして記憶でしか会えない愛しいある少女に。

 

鼓動が速まるのを自覚しながら、僕は目を逸らして答える。いや、逸らしちゃ失礼だろ。

 

「…大丈夫。ちょっとボーッとしてただけだよ」

 

咄嗟に『目を欺く』を使って大丈夫そうな顔を作り、目を合わせた。心の中では混乱が渦巻いているが、僕はそれをおくびにも出さない。

 

「そ。ならいいけど。でさ、ウチらとグループ組んでくれない?てかもうこの3人しか残ってないし」

 

よく見れば彼女の後ろには少年が立っていた。僕は笑顔を貼り付けて答える。

 

「勿論だよ。それじゃ、簡単に自己紹介から。僕は九ノ瀬遥(ここのせはるか)。そっちの君は?」

 

僕は今まで会話に参加して来なかった少年に声をかける。寡黙な人だが、50m走の走り方を見るとかなり独特な個性だった。氷を重ねて走ってて楽しそうだな、とも思ったな。彼は無表情だったが。

 

「…轟焦凍(とどろきしょうと)。よろしく」

 

中々クールな少年であまり馴れ合いとかを好まない感じかな。爆豪君に似ているものを感じる。

 

髪色が赤と白にはっきりと半分で分かれているクールな少年の名前を聞いた僕は、最初にグループに誘ってくれた少女の方へ顔を向ける。

 

耳からイヤホンの様なものを出して、少女にしては目つきが少し悪く、ぶっきらぼうな少女。

 

耳郎響香(じろうきょうか)。…それじゃ、さっさと測っちゃおっか」

 

僕は頷いて、先に測らせてもらう了承を頂く。2回連続で測るので、ちゃんと2回とも高記録に設定してある。

 

僕の記録はもちろん、設定しておいた通りの結果だ。

 

「…お前、すげぇな」

 

僕の結果を見た轟君は感嘆の声を漏らす。無口な彼が僕に驚いて口を開いたのは、何故か誇らしく思った。

 

「うわ、343kg⁉︎え、何この数値?何で轟はもっと驚かないの?」

 

まぁ、確かにこの結果に対して轟君の反応は薄すぎた。もっと驚いてくれると思ったので、少し残念だ。中途半端に高い結果だと「俺と握手しようぜ!」なんて輩がいるかもしれないから挑ませない程の高い結果に設定しておいたのだ。

 

そんな謎の寂しい気持ちを抱いていると、轟君が僕の結果を相澤先生へ報告しに行ってくれた。それじゃあ、次は耳郎さんだ。と、彼女に握力測定器を渡そうとしたところで、比較的近い所にいた別のグループが騒ぎ出した。

 

『540kgってあんたゴリラ!?あっタコか!』

『タコってエロいよね』

 

僕らはそちらの方に顔を向ける。握力測定器を持っているのは……確か、障子目蔵(しょうじめぞう)くん、だったか。個性の『複製腕』で腕を増やし、重ねた手のひらで驚異の結果を叩き出したようだ。

 

入試の時の戦友が意味不明な事を言っていてつい苦笑いしていると、耳郎さんが思わず、という風に言葉を零した。

 

「…へぇ。540ってすごいな…」

 

その言葉を聞いた僕は、もっと高く数値を設定しておくべきだったか、なんて思ってしまった。いや、何考えてんだ僕は。どう見ても引いてるだろ。

 

変な考えを打ち消すように頭を振ると、丁度轟くんから僕の異常な結果を聞いた相澤先生と目が合った。やはり彼は僕の事を嫌悪しているようで、厄介者を見るような目で僕を見ていた。さっきまでとは違い、不思議に思っている感情も見て取れたが、その真意はわからなかった。

 

相澤先生が僕を警戒している理由はまだはっきりしないが、恐らくもう高記録を残す必要も無いし、知らなくても問題無いだろう。残りの種目は小細工せずに平均的な記録でも最下位は免れる。

 

これ以上相澤先生へ反抗理由もなくなったので、僕は彼の視線を受け流す。まぁ、元々反抗する気は無いのだが。

 

僕と耳郎さんは轟君が小走りでこちらへ帰ってくるのを待ち、残りの2人の測定をつつがなく終わらせた。

 

 

 

 

ちなみに握力測定の1位は案の定障子くんだったが、2位は砂糖力道(さとうりきどう)という少年で、僕はそれに次ぐ3位だった。

 

砂糖君は『シュガードープ』という個性で、一時的にパワーを5倍にするらしく、356kgという記録で僕は僅差で負けていた。

 

ちょっと悔しかったが、まぁ問題は無いだろう。

 

他の人の調子はどうなのだろう、と周りを見てみると、ある少年を見つけた。この個性把握テストが始まってからずっと青ざめた顔をしている、緑谷出久くんだ。

 

彼はまだ個性を見せていない。一体どんな個性なのかは知らないが現状の記録では最下位の可能性があるのだろう。

 

「…よし、全員終わったな。それじゃ、次の種目行くぞ」

 

緑谷くんの事は心配だったが、そんな相澤先生に促され、僕らは移動を開始した。

 




ただの握力測定に尺を使いすぎだろ、と一言。
ちなみに3人1組っていうヤツはアニメで握力測定時、轟、口田、上鳴、の意外な3人の姿が見えたので元々そんな仕組みだったと予想してます。


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『705.3』

かっちゃんの705.2と出久の705.3っていうこの10㎝差が、なんか好き。



〈立ち幅跳び〉

 

グラウンドに移動して測定したのは立ち幅跳びだった。中学校と同じように長方形のサラサラした砂の枠で測る仕組みで、ただ1つ違うのは50m走でおなじみの三脚のような機械が配置されている事だろうか。

 

まぁ、このテストは別の場所で2人ずつ測定する形なのだが、50m走の様に誤魔化す事は不可能だ。高記録を出しても矛盾がいくつも出てくるだろう。もはや見慣れた機械だが、もうお役御免。僕はテキトーに初めの方に名乗り出て、無難な結果に終わらせた。

 

僕の次に測定したのは青山優雅くんで、へそからビームを出す『ネビルレーザー』という個性だった。後ろ向きに飛んでビームの勢いを利用し記録を伸ばしていた。1秒以上は射出できないらしく、大記録、というわけでもなかったが。

僕は彼のへそ部分にあるサポートアイテムに少し興味を持ちながら、次の人の測定を待った。

 

爆豪くんは流石、というべきか爆破を細かく繰り返して勢いを増していた。両手だと威力が分散されてしまうらしく、彼は不満気な表情だったが、かなりの記録だ。余裕で僕を超えている。そう思った時、彼が僕の方をチラリと見た。なんだろう。

 

ところが彼は舌打ちと同時に目を逸らして緑谷くんの測定を見た。一体なんなんだ。

 

正直なところ、50m走の時は彼から見るとラグなんていう意味不明に負けている結果だ。だから走り終わった後すぐに僕に絡みにくると思い、痛みで『欺く』が解けてしまうのではないか、と危惧していたのだが、特に接触は無かった。拍子抜けだ。

 

ちなみに爆豪くんの目を向けた先にいる緑谷君は個性を使う素振りもなく、残念ながら後ろに倒れてしまい平均より少し下の結果で終わっていた。

 

〈反復横跳び〉

 

この地味な種目で1番目立っていたのは入試の時の相棒、峰田君だった。個性の『もぎもぎ』を左右に山のように配置したぶどうにぶつかり続け高記録だ。自分にはくっつかない、という特徴をうまく活用しているようだった。さすがだ。

 

ちなみに僕は平均程度の結果で終わらせた。さっきも言ったが一位を目指す訳でもないので高記録を取る必要はもう無いのだ。

 

〈ボール投げ〉

 

ここまで4つの種目を終え、あと残っているのはボール投げ、持久走、上体起こし、長座体前屈。この半分だ。

 

反復横跳びも平均的な結果で終わった緑谷君の事はやはり気にかかるが、僕は他のある1つのことに頭を悩ませていた。というか言い訳をしていた。

 

他でも無い、耳郎響香さんの事だ。いや、ファーストコンタクトでドギマギしてしまった事は認める。ちょっと似てる雰囲気もあって、ある少女と重ねてしまっていた。ただあれは『覚ます』の使用直後の事だからであって、元の使用主である彼女が思い浮かんだだけなのだ。多分。それだけだ。

 

そんな言い訳をしていると、相澤先生の声が意識外から聞こえてきた。

 

「…おい九ノ瀬、早くしろ、意識とんでるぞ」

 

…どうやら相澤先生が僕を呼びかけていたようだ。早くボールを投げろ、という事だろう。

 

麗日さんが大記録を残したらしく騒いでいた面々が僕のボーッとしていた姿を見てクスクスと笑う。

その1人には当の耳郎さんも含まれていて、何故だか急激に恥ずかしい思いを味わった。

 

僕はさっきと同じ様に『能力』を使わずに全力で投げる。2回。最高記録は51mという無難な結果だが、まぁ問題はないだろう。前半2つの種目の貯金はかなりある。

 

僕と入れ違いに入ったのは緑谷君だった。すれ違った時、覚悟を決めた表情をしているのが見えたので、恐らく個性を使うのだろう。まぁ確かに残りの種目を考えると、圧倒的な記録を出すのは難しい気もする。緑谷くんはここで高記録を出さないと厳しい。

 

僕は轟君の隣に立って緑谷くんの測定を待つ。世間話として、轟君に話を振ってみた。

 

「緑谷君…今投げる彼だけど、多分これから個性を使うよ。どんな個性だと思う?」

 

轟君はチラリとこちらを見た後、緑谷君の姿を観察する。観察が終わったのか、僕に問いに返す。

 

「…さぁ、知らねぇ。アイツ、今まで個性使ってねぇのか?」

 

あぁ、どうやら周りに興味が無いらしく、緑谷くんなんて気にも留めなかったのだろう。こんな機会ならクラスメイトの個性を見ておきたいと思う気がするけど。

 

僕は轟君の返事に頷いて返し、緑谷君を改めて見る。

 

緑谷君から目を逸らさずに観察していると、比較的近いところにいた2人の会話が聞こえてきた。喧嘩腰の様にも思える。

 

『緑谷君はこのままだとまずいぞ』

『ったりめぇだ!無個性のザコだぞ』

 

どうやら飯田くんと爆豪くんの会話だ。爆豪君は緑谷君の幼馴染と聞いていたが、無個性というのは信じられなかった。無個性であの入試をクリアできる訳がないだろう。どうなってる。

 

『無個性!?彼が入試時に何を成したか知らんのか?』

『はあ?』

 

飯田君の発言が意味不明な様で、爆豪君がイラついて返す。なんだ、この矛盾は。

 

向こうへ行って詳しく話を聞きたい気持ちはあるが、緑谷君が大きく振りかぶったのでそちらに意識を集中させる。投げるフォームに入った横顔は、必死な気持ちと泣きたい気持ちが重ね合わさっている様に見えた。

 

待ちに待った彼の個性のお披露目、そしてそれは、叶う事は無かった。

 

『46m』

 

何とも、拍子抜けの結果だ。この種目でも個性を使わないつもりなのか、緑谷君。

 

『なっ…今確かに使おうって…』

 

緑谷君が自分の手を見て信じられない様につぶやく。

それに返すように、僕らの横にいた相澤先生が口を開く。

 

「個性を消した」

 

そちらの方を向くと、首元にあった白い布が全身で怒りを表現するように浮き、緑谷君を見るその目は赤く光っていた。

 

その目を見たとき、馬鹿らしくも僕と同じ『能力』の類なのか、と、この世界のメデューサの存在を危惧したが、そんな事は杞憂だった。

相澤先生は緑谷君に向かって言葉を紡ぐ。

 

「つくづくあの入試は()()()に欠くよ。お前のようなヤツも入学できてしまう」

 

緑谷君は相澤先生の言葉を聞いて、何か思い当たる事があったのか、思わず、という風に叫んだ。

 

「あのゴーグル…。そうか!見ただけで人の個性を抹消する個性。…抹消ヒーロー〈イレイザー・ヘッド〉!」

 

イレイザー・ヘッド。うーん、僕は聞いた事がない。それは他のクラスメイトも同じなようで、知っているのは少数だった。

 

「え、俺知らない」

「聞いたことあるわ。アングラ系ヒーローよ」

 

アングラ系。つまり表立って活動する事はせずに裏方のヒーロー活動。業務、もしくはサポートに徹するのだろう。そしてそんな事を知っている緑谷君はかなりのヒーローオタクのようだ。入試のときから薄々勘付いてはいたが。

 

イレイザー・ヘッドーー相澤先生は緑谷くんに近づいていく。僕らから離れてしまったので、2人の会話は聞こえない。雰囲気から見ても褒めているようには全く思えない。十中八九説教だろう。

 

それにしても、何故相澤先生は緑谷君の個性を消したのだろう。個性を把握したいんじゃなかったのか。

気になった僕は緑谷君の個性を知る飯田君に話しかけに行った。

 

「ねぇ、飯田君。ちょっと聞いてもいい?」

 

「む。君は九ノ瀬君だったな!答えられる範囲ならもちろん答えるぞ!」

 

飯田君のありがたい言葉に甘えて、1つの問いを口にする。

 

「彼…緑谷君の個性って、何?」

 

飯田君が答えようとしたところを遮るつもりは無かったのだろうが、結果的に相澤先生が遮る。

 

「個性は戻した。ボール投げは2回だ。とっとと済ませな」

 

そう言って先生は僕らの所に戻ってくる。

緑谷君は数秒逡巡したのち、覚悟を決めたように顔を上げる。

 

それを横目に見ながら、僕は飯田君に話の続きを促した。彼は口を開く。そしてそれはまるで、()()()()()()()()のような行動で。

 

「入試時の彼はーーーーーー大跳躍、そして右腕の一振りで0ptの仮想(ヴィラン)吹き飛ばしていた」

 

『ーーーーーーSMAAASH(スマァァッシュ)!!!!!!!』

 

彼の指先から伝わった超パワーが、ボールの勢いを増していく。ボールはそのまま爆風に乗ったように高く舞い上がり、僕らからでは見えなくなっていく。

 

相澤先生の手元にある測定器の表示は『705.3m』

偶然にも、幼馴染の爆豪君の記録より10㎝遠い結果だ。

 

そんな大記録を叩き出した彼の指先は何故かドス黒く変色していて、僕はそれを痛々しいと思った。ただ激痛の中でも彼は相澤先生へ笑ってみせて、そんな彼をカッコいいな、とも思った。

 




映画の〈I・アイランド〉編を書きたいけど記憶がもうあやふや過ぎる。でもメリッサが好きなので絡ませたい。サポートアイテムを作らせたい。てかメリッサが好きだ。


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結果発表

長くなります。そして勢いで書いたのを後悔してます。



人差し指の色がドス黒くなりなんとも痛々しい。それでも彼はその右手を相澤先生に自慢気に見せる。痛みをこらえながらも、挑戦的な顔で笑い、彼は言う。

 

「先生…まだ、動けます!」

 

「こいつ…!」

 

それを見た相澤先生はつられたように笑う。心なしか嬉しそうだ。涙目の彼ーーーー緑谷君も笑みを崩さない。

 

なんだよ、カッコいいじゃないか、少年。

 

 

 

 

ーーーーと、緑谷君を見直したのだがその後の結果は散々だった。持久走、上体起こし、長座体前屈の3種目では平均以下の結果だ。長座体前屈はみんなそこまで代わり映えしない結果だったのだが。(芦戸という入試の時に見かけた少女は高記録だった。後に聞くとダンスをやっていたらしい)

 

しかしあとの2つ、持久走と上体起こしは人差し指の痛みに意識を奪われ、結果は振るわなかった。特に持久走だ。個性を使っていない透明少女にも負ける始末。

 

これでは、ボール投げで得た恩恵が少ないだろう。結果が不安だ。

 

〈結果発表〉

 

全種目を終えたA組は最初の集合場所に集まり、相澤先生からの結果発表を待っていた。

全員揃ったのを確認した相澤先生は、リモコンを操作して水色の画面を表示する。

 

「んじゃパパッと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ」

 

僕らは画面を見る。

 

気になる僕の順位は9位。最初の貯金だけでここまで来れたのなら上々の結果だ。僕はホッと胸をなでおろす。

 

そして最下位、つまり21位の横にある名前は、緑谷出久。…やはりボール投げでの大記録はあまり意味を成さなかったのかもしれない。クラス順位をpt化して加点するなら、麗日さんという絶対的な1位がいる限り、2位以下のptしかもらえないから他と差をつけにくいのだ。

 

表記されている彼の名前と、当の俯いてる本人を見て、短い付き合いだが悲しい気持ちになっていると。

 

「ちなみに除籍はウソな。君らの個性を最大限引き出す()()()()()

 

…。

 

『はぁ!?』

 

しんみりとした空気を良い意味でぶち壊すような相澤先生の発言。緑谷君の周りにいる麗日さんや飯田君が中心になって騒ぎだしたA組。僕は唖然として、開いた口が塞がらなかった。

 

騒ぎ出したみんなを呆れるように見て、告げる八百万(やおよろず)(もも)さん。

 

「あんなの嘘に決まってるじゃない。ちょっと考えれば分かりますわ」

 

そう言ってため息をつく八百万さん。それを聞いた面々は気付いていた者と気づかなかった者に表情が分かれる。僕は当然後者だ。

 

ちょっと考えただけでわかる八百万さんを尊敬の眼差しで見る。彼女の個性は『創造』だ。身体的に言えば並の少女と同じくらいだが、この個性を使って彼女は今回の個性把握テストで1位を取っている。

 

うん、正直途中からみんなこの八百万さんが1位なんじゃないか、というのには薄々気付いていた。だって彼女はボール投げの時には大砲を創造し高記録、持久走ではスクーターを創造し1位、握力測定でも万力を創造して、僕に次ぐ4位だ。かなり万能な『個性』であらゆる面で高順位。これが推薦入学者の実力か。ちなみにもう1人の推薦入学者は轟君らしい。知らなかった。

 

そんな彼女は除籍がウソと知っていたのに全力で一位を取りに行ったらしい。どうやらかなり真面目な少女だ。

 

しかし、ウソか…うーん。ハッキングして結果を改竄(かいざん)までしたのに、する意味が無かったと知るとかなり疲れが襲ってきた。

 

ただ、緑谷君が除籍されないという事実を嬉しく思いながら、僕はこれから共に過ごすクラスメイトを笑って見ていた。

 

 

 

 

みんなが騒ぎ終わった事を確認した相澤先生は「HRを始めるから早く戻れ」とだけ告げて、校舎に戻っていく。教師用玄関などがあるのだろう、校舎裏へ向かっているようだ。

 

僕は詳しく話を聞かせてもらった飯田君にお礼を言いながら、その後を追いかける。飯田君たちは生徒用玄関へ向かい、相澤先生とは逆方向だ。

 

校舎の陰に入っていく所の相澤先生に声をかける。

 

「…相澤先生。ちょっと時間いいですか?」

 

相澤先生は振り返る。当初より僕を警戒してるようには見えないが、まだ疑心のようなものが見える。

 

「…手短にな」

 

僕は感謝を言って遠慮なく言葉を紡ぐ。

 

「えーと、まず、僕の個性は『瞬間移動』じゃないんです。僕が個性を複数持ってるってのは知ってると思いますが、それを応用して瞬間移動に見せかけたんです」

 

僕はあんなに必死に誤魔化した50m走の小細工を自ら暴露する。手短に、と言われたのでかいつまんで話し、相澤先生は黙って聞いている。

 

「まぁ端的に言ってしまうと、ハッキング、というか…記録を塗り替えたんです。それが、僕の個性の1つです。50m走と握力測定の時に使いました」

 

聞く側として良い気がしない言葉だ。ハッキング。ただそれしか思いつかなかったのだから仕方ない。

 

そもそも、そんなハッキングをしたのは除籍を免れる為なのだ。そしてそんな除籍が合理的虚偽だったのなら、後々の為にも早めにバラしてしまった方が良いだろう。

 

さらにいうと、最初の50m走や握力測定の時には気づかなかったのだが、ハッキングが許される、という可能性も出てきた。

八百万さんのように、万力などの使用が認められるのなら、ハッキングもアリという可能性がある。記録の塗り替えがセーフかどうかは微妙なラインだが、個性を把握するテストなのだからその場に合う個性を活用出来るか、も観点の1つだ。

 

そして自白しようと思った理由はもう一つ。相澤先生が()()()()だからだ。飯田君によると緑谷君はまだ個性を制御できてないらしく、全力を使うとその部位を破壊してしまうらしい。その怪我を未然に防ぐ為に1回目のボール投げを中止させたのだ。個性を消して。

 

そもそも頭も良い相澤先生は僕の個性が瞬間移動なんて本気で信じていないだろう。ただ面倒くさがってそれを暴こうとしなかっただけなのだ。

 

「…そうか。そんじゃお前の個性、ハッキングするってやつ、握力測定の時にいつ使ったんだ?」

 

不思議な疑問で驚いて先生の顔を見ると、先生は不可解な顔をしていた。恐らく僕が自白した事に疑問を持っているのだろう。

 

それにしても意味不明な問いかけだ。

 

「…えーと、グループ分けをしろ、って言われてからすぐ、ですかね、確か」

 

僕は曖昧な記憶を掘り起こしながら、正直に答える。その答えを聞いた先生はため息をつきながら返す。

 

「…そうか。ならいい。そんじゃ俺にその力の詳細を教えろ。お前の個性名…『目を合体さ(あわ)せる』ってやつじゃ抽象的過ぎて学校側も把握してねぇんだよ」

 

どうやらハッキングはこの個性把握テストでは不問になったようだ。この件で除籍の心配はもう無くなり、一安心だ。

僕は曖昧に微笑む。()()()()()1()0()()()()()()()()()のだから、今詳細を教えたらHRに遅れてしまうだろう。僕は簡単に話す。

 

「まぁ、個性を複数所有できる個性、みたいな感じなんです。今はそのくらいで、また今度改めて話します」

 

僕はその辺で話を打ち切ろうとしたが、まだ聞きたい事があったのを思い出す。時間が無いのはわかっているが、勢いで聞いてみた。

 

「そういえば、A組が21人って何故なんですか?入学前は20人って聞いてたんですけど…」

 

僕が除籍を本当と信じた理由はここにある。クレイジーな相澤先生なら21人を入学させ、このテストで1人除籍する。そしたら当初の予定の20人だね(にっこり)。なんていう残酷な事をしかねないと危惧したのだ。

 

それを聞いた相澤先生はさっきよりも深いため息をつき、頭をかいた。いや、なんでだ。「お前がそれを言うか…」なんて呟きも聞こえてきた。

それについて問い質そうとすると、先生は遮るように言葉を被せてきた。

 

「…今年は有望な生徒が多かった、って事だ。そんじゃ、もう時間だ。…早めに教室入っとけよ」

 

何か納得のいかないようなモノを覚えながら、渋々と相澤先生に背を向け歩き出す。

 

ふと後ろを振り返ると、いつのまにか出てきたオールマイトと相澤先生が会話しているのが見えた。僕との話が終わるのを待っていたのだろうか。一体どんな話をしているのか気になったが、時計を見て余裕が無いことを知り、そのまま歩きを進めた。

 

ーーーーー後になって思うと、この時先生方の話を聞きに行っていたら、怒りに身を任せ自主退学をしていたかもしれないな。いや、どうだろう、もしもの話だ。誰にもわからない。

 

そもそも、小さなヒントはそこら中に転がっていたのだ。

 

例えば、僕を警戒するオールマイト達と、僕を嫌悪していた相澤先生。

 

情報を手に入れるという自分の為ではなく、“僕の為”という言葉を使った『冴える』

 

『ヘイヘイ。でも主サマの為の行動ならいいだろ?』

 

吐いた嘘を飲み込むように、“(ヴィラン)かもしれない少年から貰ったコーヒー"を口にするオールマイト。

 

『…と、まぁ学校側からの採点は以上だ。これらを統合して、九ノ瀬遥は()()()()()()()()、三位という好成績を残した。おめでとう!』

 

21人である理由を聞いた時、深いため息をついて呟いた相澤先生。

 

『お前がそれを言うか…』

 

ーーーー全く、もっと勉強すれば良かったな。

 

 

 

 

「相澤くんの嘘つき♡」

 

「…見てたんですね。暇なんですか?」

「合理的虚偽って?エイプリルフールは1週間前に終わってるぜ」

 

ワタシのその言葉でそのまま歩き去ろうとした相澤君は足を止めた。

彼はワタシの方を見ない。

 

「君は去年の1年生1クラス全員除籍処分にしている。見込み0と判断すれば迷わず切り捨てる」

 

彼はまだこちらを見ない。ワタシはそんな彼を指差す。

 

「そんな男が前言撤回。それってさ、君もあの子に可能性を感じたからだろ?」

 

「“君も”?随分と肩入れしてるんですね、緑谷()

 

ゔっ、と言葉が詰まる。

ようやくこっちを見たと思えば、責めるような顔でワタシを見ていた。

 

「…九ノ瀬なんて()()()()させるくらいなんですから、肩入れは教師として控えて貰わないと困りますね」

 

そんな軽い皮肉に、ワタシは返す言葉を持たない。

 

「…ま、素質は感じましたよ、性格も悪くない。だからと言って貴方のした事を許せる訳ではないですけど」

 

「…すまないね。根津校長も許可はしたが、発案はワタシだ。新米教師の癖に、出過ぎた真似をしたと思っている」

 

…根津校長はオールフォーワンの存在を知る数少ない方だ。そんな方に、『オールフォーワンと関係すると思われる少年を監視したい』なんて理由で説得するのは、そう難しくはなかった。

 

相澤君は素直に謝るワタシを一瞥し、言葉を返す。

 

「九ノ瀬にどんな期待してるのかは知りませんが、肩入れするなら数学を教えるくらいに抑えてくださいよ」

 

holly sit(ちくしょう)‼︎ワタシが数学の教師免許を取っていれば…!」

 

白々しく悔しがるワタシを冷めた目で見る相澤君。そして歩き出す。

 

「ま、九ノ瀬は不思議な奴ってのはわかりましたよ。俺の個性が効いてないので、まだ何か秘密があるんでしょう」

 

「…なんだって?」

 

彼の言葉を聞いて顔を上げたが、相澤君はもう歩き出しており、何も答えなかった。

 

確かに、九ノ瀬少年は不思議だ。複数の個性を持ちながら、先生のプレッシャーに屈しない精神力。しかも相澤君の『抹消』が効かないときた。

 

そしてそんな謎多き少年ーー九ノ瀬遥は、筆記試験で不合格という結果を叩き出していた。





なんてひどい伏線回収だ(愕然)

感想欄で貰った指摘をまるで自分が気づいたかのように振る舞う少年。それがコノハ君です。感想をいつでも待っています。

そして言い訳から。
原作リスペクトの気持ちが強い故に21人にするにはこんな発想しか無かったんです。私の貧困な発想力ではこれが限界でした。オリ主モノの人数問題みんなどうしてるんですかね…!


コノハ、ひいてはオールマイトや校長への風当たりが強くなりそうな展開なのですが、全部オールフォーワンが悪いって事にしましょう!

不自然無くA組を21人にしたかったのに逆に不自然な展開になってしまった。それが今回の話です。A組は21人、ってのを教えたかったのです。にしても展開が酷いな…!(憤怒)いつか駄文に発狂して消すかもしれません。


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《エネの電脳紀行》

僕がギリギリでHRに間に合うと、相澤先生は業務的な連絡だけして終わらせた。明日からは通常通りの授業らしい。今日一日でこれほどハードなのだから、明日からの事を考えると気が滅入る。

 

緑谷君の指はいつのまにか包帯が巻かれ、彼自身も痛みを耐えるような表情は無かった。相澤先生に保健室届けを貰っていたから、リカバリーガールに治して貰ったのだろう。

 

緑谷君と一緒に帰ろうとも思ったが、せっかちな飯田君に引き連れられて、さっさと帰ってしまった。そしてそれを見た麗日さんが2人を追いかける。なんだか、この3人がしっくり来る。

 

僕は他の人との交流を深めようと思い、辺りを見渡す。峰田君と話している少年が目に入ったので、そちらに近づく事に決めた。共通の知り合いがいれば仲良くなりやすいだろう。

 

確か彼はーーー瀬呂範太(せろはんた)くん、だったか。握力測定でもこの2人は組んでたっけな。歩きを進めて、教室で駄弁っている2人に近づくと。

 

「…ふむ。1位は八百万で見解は一致しているな?」

 

「あぁ、でも麗日が下位ってのは納得できねぇな、蛙水ってやつも中々…」

 

…ふむ。なんだろう。嫌な予感しかしない。この2人の会話は個性把握テストの結果について議論しているようにも思えるのだが、直感的に違う気がする。

 

僕の中の何かが近づくな、と叫んでいるので綺麗なUターンを決めて帰路につく事にした。

 

…さよなら。峰田くん。

何故か僕には入試の時の友情は無かった事にしたい気持ちがあった。

 

 

 

 

特にハプニングも無く家に着いたのだが、『覚ます』を多用したからか、ゲームをしたい気持ちに襲われた。僕は自分の部屋に戻り着替えると、パソコンを立ち上げた。

 

『ヘッドフォンアクター』

 

ルールは基本的に1vs1。それぞれのステージに分かれて、出現してくるモンスターをお好みの銃で撃ち抜いていく。一定時間内に数多くのモンスターを撃ち抜いて、スコアの高い方が勝利となる。

 

ただの1学生の僕にこんなゲームを作る事なんて出来ない。もちろんこのゲームは『目を覚ます』を使って、僕1人で作ったものだ。ただ、初代ヘッドフォンアクターは違う。僕と、優しい先生と、愛する少女の3人で作ったのだ。僕と先生がこのゲームを作り、少女がプレイして勝ち続ける、そんな学園祭の出し物だった。

 

『…え?ゲーム作るの⁉︎今から⁉︎』

『そうだよ?遥、ゲームに出てくる絵、全部描けるんだよ?やる気出るでしょ?』

 

『動物をモチーフにしたモンスターかぁ…うん、それなら描けるかも、ありがとう貴音(たかね)

『よし、決まりね!当日にバグなんか起こしたら承知しないよ』

 

『やったね貴音!また勝った!いや、今は…《閃光の舞姫・エネ》って呼んだ方が良いのかな…?』

『うるさい、阿呆…』

 

やはり彼女との会話なら一字一句覚えている。一緒にこのゲームを作った日々が懐かしくて、気持ちが和らぎ、目を細めた。あの時は技術的に足りなかったが、『覚ます』を使えば多くの種類の敵が無限に湧き出るプログラムにする事が出来た。

 

そんな事を思い返しながら、僕は慣れた手つきで隠れていたゴリラのモンスターを撃ち抜く。画面の右端にサルとゾウが合体した謎のモンスターを見つけ銃を構え直すも、そこでゲーム終了の画面に変わる。WINの表示だ。

 

そしてまたもや画面が切り替わり、広場に飛ばされた。オンライン対戦を終えた相手にお疲れ様でした、と労いの言葉をかける。

 

するとその言葉を受けた少女のアバターが僕に声をかけてきた。広場の画面の左下に表示された個人チャットのログが進む。

 

『お疲れ様でした!最後の撃ち抜くなんて凄いですね!完敗です!』

 

どうやらかなり褒めてくれたようだった。褒められて悪い気はしなかったので、僕は丁寧に返す。返信先は『M,S』見たことがある名前だ。つまり、過去対戦済みなのだろう。

 

『恐縮です。最後はただのマグレですよ。いつも対戦ありがとうございます』

 

そう答えて僕のアバターは握手のアクションを出す。それに『M,S』という少女も応える。ふむ、薄い黄色の長髪。何回か対戦した記憶があるし、どれも手強かった気がする。今回のスコアで言えば、僕の26体に対して、彼女は24体。僅差と言っていいだろう。

 

終わりの挨拶もそこそこに、チャットルームを閉じる。白髪で背の高い少年のアバター、『コノハ』もこの部屋から消え、ゲームの最初の画面に戻される。

 

『ヘッドフォンアクター』

 

その画面に戻った事を確認した僕は、パソコンをシャットダウンし、椅子に背もたれを預ける。低めの天井を見て、1人の少女を思い浮かべた。それは、先程とは違い、今日出会った少女。目つきが悪く、ぶっきらぼうな態度に加え、笑った顔にドキリとした。

 

「耳郎響香さん…か」

 

“昔のクラスメイト”と“今のクラスメイト”の2人を思い浮かべるも、何とも表現しにくい感情に襲われて、僕は逃げるように夢の世界へ落ちていった。

 

そしてそれは、いつも通りの悪夢だった。

 

 

 

 

ーーーこれは、やっぱり『冴える』の記憶だ。

 

無人の校舎内の廊下で、崩れ落ちる少女の姿を見ていた。

 

『ーーーーーーー』

 

少女は苦しそうに口を開き言葉を紡ぐも、その一瞬後に動かなくなった。彼女が告げた言葉も、今の僕には聞こえなかった。

背の高い大人の視点でそれを見届けた『冴える』は、うつ伏せに倒れた少女の髪を引っ張り、顔を上げさせる。

 

普段の悪い目つきは閉じていて、死んだように眠っていた。

『冴える』は近くにあった彼女のスマホが青く点滅しているのを赤い目で確認すると、薄く笑い、呟く。

 

「ーーーやっぱり、『覚ます』はお前を選んだな。貴音(たかね)

 

『冴える』は少女の身体を抱え、移動させる。

 

青く点滅していたスマホは画面を変え、目を瞑ったままの、彼女ご愛用のアバターが涙を流す。

 

『能力』に選ばれ()()()した青髪の少女が真っ赤な『目を覚ました』時には、現実世界の身体を失い、そのまま電脳世界を彷徨(さまよ)う事になる。

 

これは、榎本貴音(えのもとたかね)という愛する少女の、繰り返す夏の日の始まりだ。彼女のアバターである、『エネ』の電脳紀行の始まりだ。

そして、それを救えなかった、九ノ瀬遥の物語だ。

 

『冴える』に蹂躙されていくだけの、ただの地獄だ。

 




島から出てこれないけどメールは送れる…!つまり、オンラインゲームもできる…!ふと思ったけどゲームしてるから入試落ちるんじゃないか?

あ、ちなみにカゲプロ知らない人はキャラの画像だけでも調べるとイメージがつきやすいかも…?コノハ君のカッコよさに惚れて下さい。


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ヒーロー基礎学

いつもの悪夢から目を覚ました時、身体に違和感を持ち、両手を確認する。“何か失った”ような感覚だ。試しに『能力』を1つずつ使ってみると、特に問題なく全て使えた。気のせいだろうか。

 

 

 

 

昨日の個性把握テストを終え、今日からは通常のカリキュラムに入る。午前中の座学や学食など気になる所はあるが、やはり楽しみなのはヒーロー基礎学だ。今年度から赴任したオールマイトが担当する、ヒーロー志望にとっては興味が湧く。

 

一体どんな授業をするのだろうか、という楽しみに包まれながら、僕は雄英高校へ向かった。そういえば、昨日相澤先生に『能力』の詳細について話すって言ってしまったのだ。今日がちょうど良いタイミングだろう。どう説明しようかも考えながら、僕は歩きを進めた。

 

 

 

 

充分の余裕を持って教室に入る。というところで、耳郎さんに声をかけられた。

 

「お、九ノ瀬、早いねー」

 

突然声をかけられたせいか、心臓が波打つ。昨日はどんな顔で会話したかもあまり思い出せず、微妙な笑顔になってしまった。

 

「あぁ、うん。バスがこの時間くらいしか無くてね」

 

「へぇ…大変だね…ってか調子悪い?ちょっと顔赤いし」

 

僕の顔をよく見た耳郎さんは不思議な表情で聞いて来た。ん?どうしたんだ?

僕も不思議な表情でその真意を問いかける。

 

「いや、なんか…昨日と違和感あるっていうか…。いや、なんでもないならいいんだよね」

 

はて、おかしな人だ。昨日の僕の顔と何か違うのだろうか。今日も鏡を見て来たが、特に変化は無かった。

 

そんな奇妙な会話の中でも、僕の動悸は収まらなかった。なんだこの感情は。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

相澤先生からの気怠げなHRが終わり、いよいよエリート校の座学だ。と、意気込んだまでは良かったのだが、一言で言えば普通だった。

 

プロヒーローだからといって教師の才能が秀でている訳では無いし、当たり前の事なのだが。むしろ教師が副業だ。そこにまでエリートさを求めるのは傲慢というものだろう。

 

プレゼントマイクのごくごく普通の英語の授業をありがたく受けながら、僕は考えを改める。

 

昼は大食堂で一流の食事を安価で頂けた。これだけでも入学した甲斐があったというのものだ。うまい。そして安い。

 

そして、午後。いよいよだ。待ちに待ったーーーーヒーロー基礎学。

 

「ワーターシーがー…普通にドアから来たァー!」

 

そんなオールマイトの登場に、僕ら面々は目の色を変える。僕の席からは見えないが、緑谷くんなんて目を輝かせている事だろう。オールマイトの掛け声、『SMASH』をボール投げで叫んでいたし、恐らく大ファンだ。

 

「オールマイトだ…!」

「あれ…!シルバーエイジのコスチュームね…!」

「画風違い過ぎて鳥肌が…!」

 

そんなざわつくA組に構わず、大きな声で彼は僕らに告げる。

 

「私の担当はヒーロー基礎学。ヒーローの素地を作るため、様々な訓練を行う科目だ。単位数も、最も多いぞ!…早速だが…!今日はコレ!“戦闘訓練”!」

 

どこから出したのか、『battle』と書かれたプレートを僕らに見せる。それを聞いた僕らの何人かの雰囲気が変わる。爆豪君の表情はギラついているだろう。見なくてもわかる。

 

「そしてー…!それに伴ってこいつだ!」

 

オールマイトが指を指した壁から、数字の書かれた箱のようなものが飛び出してきた。数字に関しては出席番号だろう。

 

「入学前に送られた個性届けと、要望に沿ってあつらえたコスチューム!」

 

それを聞いた僕らはまたもや騒ぎ出す。やはりヒーロー志望にとって、自分のコスチュームというのは心が躍る。僕も要望通りになっているか気になる。

 

「着替えたら順次、グラウンドβに集まるんだ。いいね?」

 

そんなオールマイトの言葉に声を合わせて返事を返し、僕らは軽い足取りで更衣室へ向かった。

 

 

 

 

「格好から入るのも…大事な事だぜ、少年少女!自覚するんだ…今日から自分は…ヒーローなんだと!」

 

そんな呼びかけに応じて僕らはグラウンドβに集まった。

オールマイトが僕らのコスチューム1人1人を見やる。

 

僕のコスチュームは上半身は白を基調として、破れないような素材の至ってシンプルなデザイン。下半身は黄色の硬い素材を膝まで伸ばし、膝から下は黒いサポーターのようなものをつけて動きに支障が出ないようにしている。極め付けに、普段の黒髪を隠すように、白いウィッグをつけていた。

 

これが僕のネットのアバターでありヒーローコスチューム。

コノハの姿だ。

 

そんな僕らを見て、オールマイトは笑う。

 

「いいじゃないか…みんな!カッコいいぜ!…さぁ始めようか!有精卵ども!」

 



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作戦会議

雄英高入学前に個性届、身体情報、デザイン等の要望を提出すると、学校専属のサポート会社が最新鋭のコスチュームを用意してくれる素敵なシステム。

コスチュームに関しては自分の要望を優先してくれるので、あらかじめ配られた希望用紙にデザインを書いて提出してある。

 

幸いにも絵に自信のある僕は、要望に違いなくコノハのコスチュームを受け取ることができた。

 

周りを見てみると特に戦闘向けには見えないデザインもあるし、今後改良していく人も増えていくのだろう。

 

緑谷君は名前を意識したのか知らないが緑一色と言ってもいいくらいの緑だった。ただ、頭にあるウサギの耳の様なモノはオールマイトを意識したんだなぁと分かり、つい苦笑する。

 

オールマイトもそんな自分リスペクトのコスチュームを見て、笑いを堪えている様だったが、咳払いをした後に戦闘訓練の詳細を僕らに告げる。

 

「君らにはこれからヴィラン組とヒーロー組に分かれて2対2の屋内戦を行ってもらう」

 

どうやら早くも実践訓練の様で、それに驚いた様子の蛙水さんが呟く。

 

「その基礎を知るための実践さ!ただし今度はぶっ壊せばOKなロボじゃないのがミソだ」

 

まぁ、入試の時との差は当然出てくる。対ロボと対人なら個性の加減が難しいと言う人もいるだろうし。

 

「採点基準はどうなります?」

「ぶっ飛ばしてもいいんすか?」

「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか?」

「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいですか?」

「このマントやばくない?」

 

「んんんん聖徳太子~!」

 

…うん。初めてのヒーロー基礎学だし、生徒も先生も慣れてない。少しグダってしまうのも仕方ない、のかな?

 

 

 

 

というわけでメモを見ながらも質問に答えてくれたオールマイト。

 

僕はこの訓練のルールを改めて咀嚼する。

 

・ヒーローの勝利条件は隠された核を回収する事。もしくは敵を拘束する事。

 

・敵の勝利条件は制限時間まで核を回収されない事。もしくはヒーローを拘束する事。

 

・核回収の基準は触れる事であり、拘束の基準は配布されたロープを利用する事。

 

なるほど、中々シンプルだ。理解に時間をかけている内にクジで決められるグループが発表された。A組は21人だから1つだけ3人になってしまうが…。

 

結果をみると僕のグループは2人組で、敵が3人組だった。

 

ヴィランチームJ:耳郎・上鳴・瀬呂

 

ヒーローチームB:九ノ瀬・切島

 

うわ。しかも比較的有利なヴィランが3人なのか。これはバランスが取れてないと不満の眼差しをオールマイトに向けるが、困ったように笑ってあしらわれた。

 

「それじゃ、最初の組み合わせはAグループ対Dグループだ!他のみんなはモニタールームで見学だ!」

 

当のAチームは緑谷君、麗日さん。Dチームは爆豪君、飯田君だ。Dチームにかなり戦力が偏っている印象だ。緑谷くんが個性を扱えないのなら、これは厳しい戦いになるだろう。それをわかっているのか緑谷くんの表情は固い。

 

…まぁ、不利な状況を覆すのもヒーローの役目だ。更に向こうへ。あ、それは僕もか。

 

 

 

 

結果はなんと緑谷君の勝利。ホントにプルスウルトラしてきた。まぁ、勝ちといって良いのか微妙な所ではあるけども。

 

この講評の時間で、八百万さんにその痛い所を突かれていた。当の緑谷君は怪我でこの場にいないが。

 

「ーーー爆豪さんは見る限り私怨丸出しの特攻。そしてオールマイトが仰ってた通り建物の大規模破壊は愚策。緑谷さんも同様ですわ。さらに核を本物として見ているなら最後の攻撃はありえませんわ。…このヒーローチームの勝利は、訓練だからこその、いわば反則の様なモノですわ」

 

緑谷君だけでなく爆豪君も酷評を受けているが、中々的を得ている。八百万さんの真面目な一面がここでも伺えた。

 

それにしても緑谷君の最後の攻撃ーーーあの腕の一振りでビルに風穴を開ける程のパワー、『醒ます』を使った時と同じくらいのパワーだな。ちょっと彼には気をつけよう。

 

八百万さんの講評を黙って聞いている爆豪君の姿は魂が抜けた様で、ショックな様子が見て取れた。心配になって声をかけようとしたら、パートナーである切島君から声をかけられた。

 

「なぁ、九ノ瀬。俺ら次だろ?軽く打ち合わせしねぇか?」

 

緑谷君達の姿を見て熱くなってるのか、目が輝いている。

たしかに次の出番は僕らだ。個性の擦り合わせも行なっておいた方がいいだろうし。僕は頷き、切島君に向き直る。

 

「そうだね。切島君の個性は“硬化”だよね?」

 

「まぁな。地味だけど戦闘は任せてくれ!九ノ瀬の個性は“瞬間移動”だよな?」

 

…あ。そうか、言われてみればまだ2日目だもんな。この段階では人の個性を勘違いしても仕方ない。ただ今回は仲間なので訂正を入れておく。

 

「あー、実は僕の個性は“瞬間移動”じゃないんだ。ちょっと特殊なんだけど、僕個性色々持ってるからさ。その応用って感じ。…とりあえず作戦があるんだ。まぁ、単純だけどかなり効果を発揮する…はず」

 

 

 

 

「ーーー九ノ瀬の個性は“瞬間移動”じゃない?それマジかよ?」

 

上鳴の驚いた様な声が、核を置き終わったビルの一室で響く。ウチも意外に思ったので瀬呂に聞く。

 

「それ、どこ情報?」

 

瀬呂は曖昧な表情で答える。中々歯切れが悪い。

 

「んーと、峰田って奴。入試の時一緒だったらしくてさ。昨日の放課後少しあいつと話してたんだけど、九ノ瀬の凄さについて語ってくれたんだぜ、色々と」

 

峰田…あのぶどう頭の小柄な奴か。入試の時一緒だったという情報ソースから信用はできる。危なく勘違いしたまま訓練に臨むと思うと恐ろしい。

 

「それで?九ノ瀬の個性について何て言ってたの?」

 

「えーと確か…『身体を見えなくする』と『おびき寄せる』と『超パワー』だって言ってたようなーー」

 

思わず「は?いやいや、そんなのありえないじゃん」と遮りそうになったが、握力測定の結果と50m走の不思議な現象を思い出し自然と納得できた。

 

「…そっか。瞬間移動は『見えなくなった』だけって事なのか。なるほどね」

 

色々と不可解な事はあるものの話を進める。この試験で厄介なのは多分その『見えなくする』個性だ。優位に核に近づく事のできる上に、人数のハンデをほぼ帳消しにする強さ。

 

「…最低でも九ノ瀬は姿消して行動してくるだろうね。単純だけど1番有効な攻め方…って、()()()()()()()()()()

 

耳から出るイヤホンをいじりながら考える。と、瀬呂が思い出した事を打ち明ける様に話す。

 

「そういえば、峰田が入試後に聞いた情報だと、“見られている状態だと姿は消せない”らしいぜ?」

 

「うーん、このビルは曲がり角が多いからあんまり役立ちそうに無いけど、対策としてはそれくらいだね。九ノ瀬の姿を見逃さないように」

 

「あぁ、それじゃあ俺の『テープ』で軽い罠でもはっときますかね」

 

「そだね。索敵はウチがするから、あんたら2人で迎撃をーーーーって上鳴?大丈夫?」

 

全く話に入ってこれてない上鳴に呼びかける。クエスチョンマークを頭に浮かべてる上鳴には悪いがそろそろ時間だ。簡単な指示を送る。

 

「…瀬呂と一緒に戦闘してきて。ウチが場所教えるからそこに向かって」

 

「いやいやいや?姿見えないんだろ九ノ瀬?索敵ってどうやって?」

 

…。少し照れくさいので、個性『イヤホンジャック』を上鳴に見せつける。

 

「さぁ、なるようになるんじゃない?」

 



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本物として

『Bチーム対Jチーム。訓練開始』

 

訓練開始を告げる無機質な音声を敏感なウチの耳が拾う。

 

ウチが今ここにいるのは最上階の一室。壁を登ってくるなんて方法は取れないだろうし、単純に入り口から最も遠い場所に置いて時間を稼ぐ。

 

ただ、ウチらの狙いは時間切れじゃなく“ロープでの拘束”。せっかく瀬呂という有利な個性持ちがいるのなら拘束も視野に入れて行動できる。核の周辺にはテープが張り巡らされて、一応の為の時間稼ぎにもなっている。

 

こちらの作戦は潜伏しているであろう九ノ瀬は放置。ウチが切島を見つけて2人ががりで拘束。その間にテープによる時間稼ぎで九ノ瀬を抑え、3対1の構図に持っていく。これが、勝ち筋。

 

部屋の入り口付近に立つウチは試験開始と同時に行動を始める。“イヤホンジャック”を壁にくっつけ些細な音でも拾う。テープで罠を張っている2人の足音は瀬呂と上鳴だ。作戦通り共に行動してるのを確認して他の音を探す。これがウチの出来る精一杯の索敵。

 

…。

 

『どうだ?耳郎?』

 

索敵に期待する瀬呂からの通信。耳を澄ませている時だったので少し響くが、何とか返す。

 

「…ダメ。アンタら以外には聞こえない。これ、まずいかも」

 

薄々嫌な予感はしていたが、ウチの個性が通用しなかった事を認めざるをえない。『姿を見えなくする』と聞いていた時は何とかなると思っていたけど、考えが甘かった。

 

「…作戦変更!帰ってきて!」

 

思わず歯ぎしりしながら、撤退の指示を送る。

 

『姿を見えなくする』個性じゃなかった。正確には、『周りのモノ全てを隠す』なんだろう。

 

ウチの個性で音が拾えないって事は、多分九ノ瀬は()()()()()()。さらに、パートナーである切島の足音も聞こえない。それはさらに、()()()()()()()も隠す事もできる事を意味している。判断が早すぎるかもしれないが、切島の個性は“硬化”。音が出ないのは不自然過ぎる。

 

未だ底が知れない九ノ瀬遥の個性に怖気づきそうになる。索敵不可能の『隠す』個性。はっきりいって強すぎる。

 

“触れれば解除される”らしいので質量を持つ。つまり透過とは違う事から、バリケードを作り通り道を塞げば対策はできるが、その為の瀬呂は撤退せざるを得ない。有効な対抗策は思いつかない。

 

バリケードを作りに入り口方面へ進んでいた2人が撤退を始めているのを確認する。

 

『瀬呂、バリケードの調子は?』

 

『…3階から4階の階段には貼ってある。絶対通る道だから、一瞬だけでもテープを破壊する音が鳴るかも知れない』

 

“切島の足音すらも消す”個性だ。“テープ”を破壊する音すらも聞こえない可能性は充分にある。あまり期待できそうにない。

 

とにかく部屋の入り口に瀬呂が置いていったテープを貼りバリケードを増やす。時間を稼いで3対2に持っていくのが最優先。

 

くそ。『見えなくなる』個性が想定していたよりも上をいく。考えていた対策が意味をなさない。九ノ瀬だけでなく切島すらも探せないのはかなり痛い。

 

その瞬間。突如として耳に届く4つの足音。4つーーーーそれはつまり。

 

『ーっ!しまっーー!』

 

『ーーー先手取られたからって焦りすぎだよ…ねぇ?耳郎さん?』

 

 

 

 

お茶目な通信を終わらせ、ロープで縛られた瀬呂君を見下ろす。

 

「…ふぅ」

 

僕の考えた作戦は至ってシンプル。『目を隠す』で切島君と一緒に核の元へ突っ走る。これだけだ。

 

前も言ったが、『目を隠す』は、自分や一定の範囲内にいる対象者の存在感を極限まで薄くし、周囲から認識されないようにすることができる能力だ。そしてこの隠す対象というのは“音”も同様。耳郎さんの個性で索敵するのは不可能だ。

 

比較的早い段階で瀬呂君と上鳴君を見かけた時はその時に奇襲するのも良かったが、核の元へ戻るような素ぶりが見えたのであえて泳がせておいた。核を探す時間短縮にもなるだろう。

 

4階に向かう時点で最上階の5階にある事は予想がついたので奇襲をしかけた。

 

もちろんヴィランチームで最も厄介な個性『テープ』を持つ瀬呂君を優先。個性の関係で懐に潜り込まれたら抵抗が難しい彼は為すすべなくロープによって手首を拘束された。その間上鳴君は切島君が抑えてくれている。といっても、瀬呂くんの拘束は一瞬で終わったが。

 

残りの上鳴君は後退しながらも切島君の猛攻に耐えている。“硬化”という近接戦闘に強い個性による奇襲だ。それでもまだ耐えているというのは中々感嘆する所がある。

 

僕はトドメに上鳴君に向かって『目を奪う』を発動させる。僕に“目を奪われた”上鳴君は大きな隙ができる。よそ見という大きな隙を切島君が見逃すはずもなく、大振りの拳で気を失わせる。

 

確実に気を失った事を確認した僕はロープで彼の手首を縛る。意識が無いのなら電気を恐れる必要もないから、この作戦は正解だった。

 

そこで、口を開こうとする瀬呂君の姿を目にする。僕はそれを彼の“テープ”で阻止する。皮肉な事に自分の“テープ”で口を塞がれ目を白黒させる瀬呂に向かって、僕は笑う。

 

「…戦闘不能扱いだよ、ヴィランさん」

 

耳郎さんの援軍が来るかも、とは思ったが、こちらに向かう途中で『目を隠す』を使われたら詰むのは確実だ。中々に聡明だな。

 

しかし、これで3対2から1対2。見事な形成逆転だ。

 

ヴィランチームは僕の個性が姿だけでなく音を消すことに気づいて撤退したのだろう。しかしそれは悪手だ。

 

『最初から最後まで核のある部屋で数の利を生かす』僕が敵ならそうする。『目を隠す』の対策はそれしかないのだ。テープを破壊する瞬間をリスクなく確認できるのは核のある部屋だ。つまり、『隠す』を認識できる最大のチャンス。

 

これをせずに核から遠ざかった理由。それは多分、()()()()()()()()が無意識に残っていたんだろう。

 

 

ーーーー「核を本物として見ているなら」

 

ーーーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“帯電”という電気を完全にコントロールできない個性。

まぁ、これを無意識に思い込んでしまったのか単純なミスかどうかはわからない。ただ、このお陰で上鳴君は核から離れる。そしてそれは絶対的なチャンス。

 

「…さぁ、行こうか切島君」

 

「奇襲なんて卑怯だと思ってたけど、良い作戦だな!」

 

「単純だね」

 

悔しそうな瀬呂くんの視線を受け流し、僕らは核のある部屋を目指す。

軽く話しながらも小走りに5階へ向かう。そして、僕らはテープが入り口に貼られている部屋を見つける。

満遍なく貼られているから部屋の様子は見えないが、これでは『隠す』でこっそりと突破する事は不可能になる。

 

というわけで、やってやれ。切島君。

 

「ーーーーオッシャァァ!」

 

『硬化』を発動させながらテープの壁に突っ込む切島君。

 

続けて部屋に入ると耳郎さんの悔しそうな顔を目にする。たしかに、この戦力差では手の打ちようが無いだろう。ただ、目は死んで無い。まだ諦めてないことを悟り、油断を無くす。

 

僕の姿を見た途端、視線を僕に集中させる耳郎さん。不覚にもちょっとドキッとした。しまった、油断した。

 

…じゃなくて、多分『目を隠す』対策だろうか。どこから聞いたかは知らないが、こちらの『能力』の情報はある程度知っているようだ。まぁ、もう『隠す』必要はないのだけども。

 

…それに、現状では好都合だ。男2人で耳郎さんをリンチする趣味は無い。なので、僕はその耳郎さんの視線を真っ直ぐに見返し、『能力』を発動させる。

 

ーーーー『目を合わせる』

 

真っ赤に染まった瞳が耳郎さんの目を見据える。その瞬間、耳郎さんはピクリとも動かなくなる。固まったように。まるで石になったかのように。

 

これが、『目を合わせる』だ。

究極的に言えば目を合わせた者を石化させる。ただこの『能力』の本当の持ち主は()()()()()だ。“偽物”の僕では本当の効果は発揮できない。

 

僕の劣化版『目を合わせる』は約4秒、相手の動きを止める。持続時間が短い上に()()()()()()()()()()()()()()()のが1番の難点だ。

 

ただ、この場合だと最適な『能力』だ。『隠す』を防ぐ為に自ら目を合わせて来る耳郎さんとは楽に『目を合わせる』事ができる。そしてこの部屋で唯一動く事の出来る人物は僕の心強い味方だ。

 

見つめ合う僕らの沈黙の4秒間の間に、切島君は核に触れる。

 

ーーそして、訓練終了を告げる無機質な音声が、僕の耳に届いた。

 



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向上心

「“姿を消す”個性をフル活用しての奇襲。近接戦闘に強い切島さんと近接戦闘に持ち込む九ノ瀬さんのコンビネーションは見事でしたわ。上鳴さんは狭い通路だったので電気を広範囲に伝えることでまだ挽回の余地はあったと思いますわね。作戦を切り替えるという迅速な判断は良かったのですがそれに対応しようとする焦りが2人に見えてしまったのが今回のウィークポイントでーーーーー」

 

…ホントに真面目だなぁ。

 

今は僕らの戦いの講評タイム。前回と同じく八百万さんの独壇場である。オールマイトが寂しそうな顔をしてるが、気を取り直すように言葉を引き継ぐ。

 

「…まぁ、そうだね!九ノ瀬少年の個性が今回の訓練では強すぎた感じだ。Jチームが後手に回りすぎたという側面もあるが、先手を取れたとしてもこのケースで勝つことは難しい」

 

今回のMVPは九ノ瀬少年だ!と締めくくり、次のチームへ準備を促す。褒められ過ぎて照れ臭いが、悪い気はもちろんしない。口元がニヤっとしてしまいそうなのを堪え、次の組み合わせを見る。

 

ヒーローチームC;轟・障子

 

ヴィランチームI:尾白・葉隠

 

昨日少し仲を深めた轟君がヒーローチームだ。相方は怪力の障子君。対するヴィランチームは尻尾が特徴の尾白君と、透明ガールの葉隠さんだ。

 

葉隠さんがヒーローチームなら有利に事を進められたけど、残念ながらヴィラン役だ。戦闘に不向きなのは厳しいだろう。

 

そして注目は轟君だ。推薦入学者だからというわけでは無いが、昨日の個性把握テストでも本気には見えなかった。まだ力を隠している印象だ。

 

さて、お互いどんな手を使ってくるか。

 

ワクワクしていると誰かからの視線を感じる。そちらの方向を見ると爆豪君の姿。

 

一瞬目が合ったと思ったらすぐ目を逸らされた。さっきからこんな事が続いている。何か用があるようには見えないけど。

 

不思議に思っていると、スピーカーから訓練開始の音声が流れたので、モニターに集中する。

 

ーーーもっとも、勝負は一瞬でついたが。

 

 

 

 

「ーーそれじゃ、ワタシは緑谷少年に講評を伝えてくる!さらばだ!」

 

あの後も特に大怪我なく、全ての組み合わせを終わらせた。こうして最初のヒーロー基礎学は何故か急ぐようなオールマイトの背中で幕を閉じた。

 

昨日の個性把握テストに加え、今日の戦闘訓練でクラスメイトの個性を大体把握する事が出来た。今回で意外に思ったのは、緑谷君の『超パワー』と、轟君の『半冷半燃』だなぁ。2人とも想像以上のポテンシャルを秘めているし、それが成長すると僕に匹敵するレベルになるだろう。

 

ーーまぁ、それでも僕には敵わないだろうけど。

 

少し考え込んでいると今日の親友(パートナー)である切島君から声をかけられる。

 

「お疲れ九ノ瀬!あのさ、これから教室で反省会するんだけど、一緒にどうだ?」

 

反省会か、向上心はヒーローにもってこいだ。さすがヒーロー科。もちろん断る理由が無いので了承し、切島君と更衣室へ向かう。

 

 

 

 

「ーおい、爆豪?どこ行くんだ?」

 

帰りのHRも終えて反省会の準備をする中、切島君の声が教室に響く。聞かれた当の爆豪君はこちらを見ないままドアを開ける。僕からでは表情が見えない。

 

「…ぅっせぇな。帰る」

 

「お、おい?」

 

切島君や麗日さんが引き止めようとするものの、それを無視して歩きを進める。

 

ヒーロー基礎学の訓練以降、爆豪君の様子は明らかにおかしい。入試の頃の自尊心がナリを潜めているようで、恐ろしく静かだ。それに僕への対応もおかしいし、余計なお世話かもしれないが追いかける事を決意した。

 

切島君に断りの言葉をかけ、僕は爆豪君を追いかける。

 

切島君は「ダチの為なら仕方ねぇな!へへ!」なんて言ってたけどなんか違う気がする。爆豪君とは友達では無い。

 

ーーというか、僕は爆豪君から嫌われているような気がする。これまでの反応からして。

 

少し広い校舎に迷ってしまい、爆豪君は思ったより先に進んでいた。校門へ進む背中をやっと見つけ、小走りに近づき、背中に触れようとしたその時。

 

「ーーーーーかっちゃん!」

 

微かな声を僕の耳が拾って、振り向く。

そこにはギプスで右腕を固定した緑谷君の姿。リカバリーガールに治療してもらえなかったのだろうか。

 

爆豪君に聞こえていないと判断した緑谷君はさらに近づき、もう一度呼びかける。

 

「ーーーかっちゃん!」

 

後ろで身体を振り向かせる気配がする。爆豪君は無言で緑谷君を睨みつける。

 

「あぁ?」

 

…………うん?何かがおかしい。

 

緑谷君が2回も呼びかけた名前に僕が無かった事。爆豪君が振り向いた先のすぐ近くにいる僕へのノーリアクション。

 

まるで僕の姿が見えていないかのようで。

 

一体何が起こっているのかと頭をフル回転させている中、緑谷君は言葉を続ける。

 

「…僕の個性は、人から授かったモノなんだ」

 

「は?」

 

意味不明な状況で意味不明な事を告げる緑谷君。思わず僕の口から声が漏れる。

 

そしてそんな僕の声が、『隠されている』事に気付いた。

 

ーーーー悲しい気持ちだと稀に暴発する…。

 

ーーーー僕は爆豪君から嫌われているような…。

 

…何をやってんだ僕は。すぐさまその場から離れて彼らの声から耳を塞ぐ。頭が痛い。あの程度で入試の時の様に『隠す』が暴発した?そんなバカな。

 

それに緑谷君のあの表情。真剣な顔で嘘を言っているようには見えない。いや、この事は忘れろ。結果的に盗み聞きだ。そんな中どこかの公園で聞いた“個性を与える個性”というのを思い出す。

 

瞬間。僕の頭から()が響く。それは蛇の高笑い。僕の悲しい気持ちが引き金(トリガー)だったのだろうが、()()()の力も加わっていたのかもしれない。

 

ただ、『冴える』がこんな事をした意味が理解できない。そんな中でも、コイツがこの世界の真実に辿り着く材料を見つけたような感覚はする。賢くて狡猾な『冴える(ヴィラン)』には見えているものが、(ヒーロー)の目では見えていない。

 

校門を出て壁によりかかる。酷い頭痛だ。とにかく『冴える』を抑える事に集中してーーーーーー

 

『…そんだけ!』

 

口論がヒートアップしたのか、爆豪君の声が微かに聞こえる。

 

『…氷のヤツ見て敵わねぇんじゃって思っちまった!』

 

『…くそッ!ポニーテールのヤツの言うことに納得しちまった!』

 

目を押さえつけて精神を集中させる。蛇を飼い慣らせ。

 

『…入試の時も今日も!赤目野郎の個性には敵う気がしなかった!』

 

そんな彼の叫びを聞いて、僕の赤く染まった目は落ち着きを取り戻す。次第に頭痛も消えていく。

 

『くそが!くそッくそッ!てめぇもだデク!』

 

『ーーーこっからだ!俺はこっから!俺はここで1番になってやる!』

 

そんな涙声を聞いて、僕はその場を離れる。背後からはオールマイトの声が聞こえるが、僕は歩きを止めなかった。

 

ーーなんだよ。ただのライバル心か。

 

僕に対する妙な反応の納得がいき、嫌われてる訳ではないと安心する。盗み聞きになってしまったのは申し訳ないけど、僕も今ので火がついた。

 

『こっからだ!俺はこっから!俺はここで1番になってやる!』

 

…1番、か。それはオールマイトをも超えるという事。結構な向上心だ。カッコいいヒーローの本質。

 

「……ま、そこを譲る気はないけどね」

 

そう小さく呟いた僕は目を細める。ライバルの登場を喜ぶように、その目は赤く輝いていた。



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波乱の初ヒーロー基礎学の翌日。もう慣れた通学路をいつものように歩き、校門前に着くと、何やら騒がしい。というか人が集まっていて邪魔である。

 

「オールマイトの授業はどんな感じですか?」

「あっ…すみません僕保健室に行かなきゃいけなくて…」

 

「平和の象徴が教壇に立っている様子を聞かせてくれる?」

「え~っと…筋骨隆々!です」

 

うわぁ…。どうやらマスコミの人が教師としてのオールマイトについて質問攻めしているようだ。もう既に囲まれている緑谷君と麗日さんには申し訳ないが、見捨てさせてもらおう。

 

マスコミは幸いまだこちらに気づいていない。というわけで僕は『目を隠す』を発動し、他人から視認されない状態となった。

 

あとはマスコミに触れられない様に気をつければ特に問題なく教室まで辿り着けるはずだ。と、そこでうんざりした顔でマスコミを遠くから見ている耳郎さんを見つけた。

 

どうやら彼女も困っているようだったので、一旦『隠す』を解除して話しかける。

 

「おはよう、耳郎さん。一緒に教室まで行かない?」

 

こちらに気づいた耳郎さんは挨拶を返す。

 

「おはよ、九ノ瀬。それはいいけど、マスコミが邪魔なんだよね…」

 

それに関しては問題無い。時計を見るとそろそろ教室に着いておきたい時間だ。

 

「えーっと、それじゃ、僕から離れないでね」

 

「ーーちょっ⁉︎」

 

僕は耳郎さんの腕を軽く引っ張り密着する形を作る。頰を赤く染めて慌てる耳郎さんの目が、僕の赤く光る目を見る。それを見て素早く理解した耳郎さんは黙って僕の隣で歩き出した。やはり頭が良い。

 

まぁ、声すらも遮断するから黙る必要は無いんだけど、なんとなく気恥ずかしいので、ちょっとこれは仕方ない。鼓動が速まる感覚はあるが、それも気にしない。

 

一定範囲『隠す』事ができる『目を隠す』でも、実はこの一定範囲というのが狭いのだ。僕を中心として1m弱と言った所だろうか。1人2人程度しか隠せない上に密着しなければ使えないように“僕の身体”ではなっている。

 

心の中でそんな言い訳をしながらも僕らは教室へ向かった。…飯田君がしっかりと答えているので記者の注目はほとんど向こうだ。助かった。

 

 

 

 

無事教室へ辿り着き相澤先生による朝のHRが行われる。

 

「昨日の戦闘訓練、お疲れさん。VTRと成績見させて貰った」

 

そして爆豪君を見て言葉を続ける相澤先生。

 

「爆豪。お前もうガキみたいな真似するな。…能力あるんだから」

 

「…わかってる」

 

ぶっきらぼうな爆豪君の返事を確認した相澤先生は、後ろの緑谷君を見る。

 

「で、緑谷は。また腕ぶっ壊して一件落着か。“個性の制御”。いつまでも出来ないじゃ通させないぞ。俺は同じ事を言うのは嫌いだ。そこさえクリアすればやれる事は多い。…焦れよ、緑谷」

 

「…!はいっ!」

 

緑谷君の嬉しそうな返事を確認した相澤先生は更に後ろにいる僕を見る。え、僕?問題児2人の流れで僕?

 

「そして九ノ瀬。昨日勝手に帰っただろ。今日の昼休みにでも“個性”について詳しく教えろ、わかったな」

 

あ。すっかり忘れていた。個性把握テストの時教えるって言ってたなそういえば。

 

「了解です」

 

聞き分けの良い返事をしてこの話題は流れる。

 

「そんじゃ、HRの本題だ。急で悪いが今日は君らにーーーー」

 

嫌な予感を感じ取らせる一拍。また何か臨時テストかと身構えた僕らに、相澤先生は告げる。

 

「ーーーー学級委員長を決めてもらう」

 

嫌な予感を裏切られて安堵したのも一瞬。1番後ろの僕の視界は、沢山の腕で埋め尽くされた。立候補の嵐だ。

 

……これはちょっと収集がつかないな…。

 

 

 

 

「僕、3票⁉︎」

 

他を牽引する立場だから信頼ある者というわけで“自分投票アリの投票形式”となった。飯田君の発案でやっと話が進む。

ちなみに僕は自分投票しておいた。

 

そして明かされた投票結果。緑谷君3票、八百万さん2票という事で決定したようだ。まぁ悪くない人選だろう。

 

「良いんじゃないかしら」

「緑谷は何だかんだアツイ男だしな!八百万は講評の時かっこよかった!」

 

他の面々も特に不満はないようで、今日のHRは問題なく終了した。

 

 

 

 

そして昼休み。

 

朝のHRで言われた通り僕の“個性”ーーー『能力』について教える時間だ。相澤先生に呼び出された会議室へ行くと、そこにはオールマイトと相澤先生がソファに座っていた。

 

「やぁ九ノ瀬少年!私が来てるよ!」

 

「あ、はい。オールマイトも一緒に聞きますか?」

 

自分で聞いといてそりゃそうか、と納得する。グラントリノさんとの件もあるし、僕の『能力』について聞きたがるのは当然だ。オールマイトが頷き、僕が向かいのソファに座ったのを見て相澤先生は僕に話を促す。

 

「そういうこった。座っていいぞ。…そんじゃ、早速説明してくれ。お前の個性、『目を合体(あわ)せる』についてな」

 

ーーちゃんとどこまで打ち明けるかのラインは決めてある。学校側が僕の『能力』を把握しておきたいのと同時に、僕も学校側(プロヒーロー)に把握しておいてもらいたいのだ。そういう面で言えば、ここでオールマイトがいるのは話が早い。

 

「はい。『目を合体(あわ)せる』は一種の“異形系の個性です。蛙水さんの“蛙”やギャングオルカの“シャチ”の様に。言い換えるなら、僕の個性は“蛇”です」

 

“蛙”の例で言うと舌を伸ばしたり壁にくっついたりするなどの多様な可能性を持っている。それが異形系。

 

だからここでは、そのパターンとして説明する。とりあえずここを理解してもらわないと話が進まないのだ。

 

「…“蛇”の出来ることが消えたりハッキングしたりするって事かい?納得はできないね」

 

一瞬。「あなたには納得が必要なんですね」という喧嘩腰な発言が思い浮かぶがオールマイトは何も間違ったことは言ってない。たとえ向こうから何も教えてくれないとしても。

 

「…厳密に言えば細かい違いはありますが、その類いと納得してほしいです」

 

いつものにこやかな表情を崩さないオールマイトに、相澤先生が言う。

 

「…俺の『抹消』が効かないって事は“異形系”と見ていいでしょ。オールマイトさん。話進めていいですか?」

 

オールマイトが僕について疑ってる事を知らなかったのか、不思議なモノを見るような目で相澤先生がオールマイトを見る。

てか『抹消』使っていたのか。幸運にもそれで信憑性が増した。異形系が消せないのも新たな情報だ。

 

なんにせよ相澤先生の助け舟はラッキーだ。遠慮なく話を進めてもらおう。

 

「…つまり、『目を合体(あわ)せる』というのが、個性を複数持つ器へと変化させる。そんな個性です。そしてその複数の個性についての情報は、このメモに書いています」

 

僕は相澤先生にメモを差し出す。メモにさっと目を通し、『能力』の多さを見た相澤先生が口を開く。

 

「なるほど、合理的だな」

 

「えぇ、全部説明してたら昼休み終わっちゃいますし」

 

というか、まだ昼食をとってないのだ。早く本題を終わらせて食堂へ行きたい。

 

オールマイトもそのメモを覗き込み、驚きの表情を貼り付ける。それを確認した僕は本題に入る。相澤先生の目的は達成したが、僕はこっからだ。

 

「…この『冴える』ってのは他と違うようだね?」

 

オールマイトが僕に聞く。そう、それが本題。自我を持つ蛇。

 

「はい。簡単に言えば、僕は二重人格で、もう1人の僕は(ヴィラン)です」

 

多分この説明が1番手っ取り早い。

オールマイトと相澤先生の表情が変わる。流石プロヒーローだ。

 

「…まだ僕はこの『冴える』を完全にコントロールできていません。だからもし、『冴える』が現れた時には、僕をヴィランとして扱ってください」

 

これが、本題。最近の『冴える』は頻繁に行動している。多分いつか、本格的に目を覚ます。その時にプロヒーローに僕の事情を知ってもらわないと、対応に遅れる。人を傷つける。それじゃダメなんだ。

 

雄英高校という数多のプローヒーローを輩出してきたと同時に、数多のプローヒーローが在籍しているここは、『冴える』にとって檻同然だ。

 

「できれば他の教師の方にも伝えて欲しいです。端的に言えば、監視して欲しいです」

 

オールマイトをちらりと見る。“監視して欲しい”発言は、僕の本心であると同時に、僕の疑いを晴らす事にも意味する。

 

入試の時、『冴える』は僕を助けた。それはつまり、雄英高校でやりたい事があるわけだ。その望みは予測できないが、()()なら対応できる。

 

雄英高校。冴えるにとってここは、下手な刑務所よりよっぽど地獄なはずだ。

 

伝えたい事はこれで終わり。これで安心、というわけではないが、少し肩の荷が下りた。

 

僕の話を理解し受け入れた様子の相澤先生が口を開く。

 

「…俺は同じ事を2回言うのは嫌いだ。今日の朝緑谷に言った事を覚えてるな?」

 

『“個性の制御”。いつまでも出来ないじゃ通させないぞ』

 

僕は相澤先生の朝の言葉を思い出す。

 

「わかってますよ」

 

いつかこの“蛇”を飼いならす。手遅れになる前に。

 

そして話したい事はお互いに終わったようなので、帰る素ぶりを見せる。

 

「あ、それじゃあそろそろーーー」

 

その瞬間。警報が鳴り響く。

 

相澤先生とオールマイトは立ち上がって顔を見合わせた。

 

『セキュリティー3が突破されました。生徒の皆さんは、速やかに屋外に避難してください。繰り返しますーーー』

 

放送によって流された避難命令。ここはプロヒーローの指示に従おうと思って先生方の言葉を待つ。すると、マイク先生が会議室のドアを開けて入ってきた。

 

「イレイザー!確認したらただのマスコミだったゼ!対応するからついて来てくれ!」

 

…なんだ、ただのマスコミか…。

一安心した僕を横目に、相澤先生とプレゼントマイク先生は去っていく。

 

オールマイトと会議室で2人きりになるも、特に話す事は無い。

 

一礼してその場を離れる事に決めた。

 

「えーっと、それじゃ、食堂で昼食とってきますね」

 

オールマイトはいつもの爽やかスマイルで告げる。

 

「いや、避難中だから食堂は使えないよ?」

 

あ、マスコミが原因でも避難はするんですね…。お腹減った…。

 

 

 

 

トボトボと歩き避難していく青年の背中を見る。

 

「んー!やっぱり、悪い人には見えないよな〜」

 

そう呟いて、ワタシは彼と反対方向へ走り出し、騒ぎの沈静化に尽力した。

 



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USJ

そんなマスコミ事件から数日。午後のヒーロー基礎学前に、教室で相澤先生に集合をかけられた。

 

「今日のヒーロー基礎学だが俺とオールマイト、そしてもう1人の3人体制で見ることになった」

 

“なった”…?当初の予定とは違ったのかな。不思議に思いながらも僕は質問する。

 

「何するんですか?」

 

先生は戦闘訓練の時のようにパネルを見せる。書かれてる文字は『RESCUE』

 

「災害水難なんでもござれ。レスキュー訓練だ。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗って行く。以上、準備開始」

 

『はい!』

 

 

コノハのコスチュームに着替えた僕はバス乗り場へ向かう。今思うと敷地内にあるバス乗り場って凄いなぁ…。

 

「あれ?デク君コスチュームは?」

「あ、ほんとだ」

 

麗日さんの発言に同調する。緑谷君は雄英高校の指定体操服で、前回の戦闘訓練のコスチュームではない。

 

「あぁ、戦闘訓練でボロボロになっちゃったからサポート会社の修復待ちなんだ」

 

まぁ、そりゃそうか。爆破食らいまくってたし。というか体操服の方が似合っている…という言葉は飲み込んでおいた。

 

数言会話を3人で続けていると飯田君の指示がある。

 

「1ーA集合!スムーズにバスに乗る為に番号順で並んでおこう!」

 

…。そういえばあのマスコミ騒ぎの直後、緑谷君が飯田君を委員長に推薦して変わったんだっけな。何があったのかは知らないが、他の皆も“非常口飯田”として認めているようだったし、丸く収まって良かった。…非常口?

 

現委員長の飯田君が張り切ってるのを見て微笑ましく思いながらも、バスに乗り込む。

 

 

 

 

「みなさん、待ってましたよ」

 

バスに揺られる事十数分。

 

ドーム型の演習場へ入り、そこで待機していたプロヒーロー“13号”先生と対面した。

 

スペースヒーロー13号。災害救助で目覚ましい活躍をしている紳士的なヒーローだ。個性は『ブラックホール』で、いつも宇宙服を着ている。

 

13号先生は僕らを見渡して、口を開く。A組が13号先生の話を聞くのは初めてだ。中々興味深い。

 

「皆さんご存じとは思いますが僕の個性は“ブラックホール”。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

 

『ブラックホール』を使いどんな災害からも人を救いあげる、そんなプロヒーローは言葉を続ける。

 

「ーーしかし簡単に人を殺せる力です」

 

僕らはその言葉を聞いて息を呑む。直接的な表現が効いたのか、13号先生の声は静かな空間に響く。

 

「超人社会は個性の使用を資格制にし厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。しかし一歩間違えば容易に人を殺せる行き過ぎた個性を個々が持っていることを忘れないでください」

 

13号先生はシリアスな空気を吸い込むように明るい口調に変えて言葉を繋ぐ。

 

「君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない。助けるためにあるのだと心得て帰ってくださいな」

 

そう言って僕をチラッと見る13号先生。『冴える』への説得という意味も込められていたのかもしれない、わからない。

 

かなり心に響いたようで、盛大な拍手を送るA組の面々。それが落ち着いた頃を見計らって僕は聞いた。

 

「オールマイトも同伴するって聞いてたんですけど、いないんですか?」

 

「…あぁ、オールマイト先生は他の仕事があるので、それが終わったら来ますよ」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

僕が質問した時、13号先生の雰囲気が少し変わった。この反応を見て、『冴える』についてしっかりと教師陣へ伝わっている事を確認する。安心だ。

 

「…他に質問は無いな?そんじゃまずはーーー」

 

その瞬間。

 

この演習所、ウソの(U)災害や(S)事故ルーム(J)中心の広場。そこに現れた黒い(もや)

 

そこから出てきた多くの人間。相澤先生の険しい顔つき。黒い靄の隣にいる銀髪の少年の雰囲気から、これが訓練じゃないことは察せた。

 

「ーーー全員!ひとかたまりになって動くな!」

 

相澤先生が僕らに指示を送っているのを頭で聞きながら、僕は身体中に手の型をつけている銀髪の少年を見る。というか、目が離せなかった。

 

…姿に覚えはない。ただ、何故か彼を待っていた僕がいる。

 

ーーーーーそれは僕で、僕じゃなかった。

 

『…会いたかッたぜ。死柄木弔』

 

僕の頭の中から響く声。忌まわしい『冴える』の声だ。

 

ーー何故?何が目的だ?

 

『目が冴える蛇』の望んだ展開である事を理解した僕は歯軋りする。蛇が這い寄ってくる感覚に不快さを覚え、意識を切り替える。

 

ーー今は目の前の(ヴィラン)に集中しろ。

 

「13号!避難開始。学校に電話試せ、センサーが稼働しないってことは妨害してる奴がいるはずだ。上鳴もな」

 

焦った様子の緑谷君が相澤先生に言う。

 

「…先生は⁉︎1人で戦うんですか?個性を消すといっても、あの数じゃ…!」

 

「…同感です。見たところ異形型も少なくない。そうなると先生が不利になりますよ」

 

緑谷君の意見に同調して僕も告げる。そんな僕らに相澤先生は首にかけてたゴーグルをつける。

 

「…一芸だけじゃヒーローは務まらん。ーー任せた、13号」

 

そして跳躍。一気に広場まで降りていく。

 

それと同時に13号先生が避難を促す。A組の面々は13号先生の後ろを走り、出口へ向かう。

 

ーーーこんな用意周到な奇襲をする敵が、それ(避難)を許すはずもなかったが。

 

直後、僕らの視界は黒い靄に覆い尽くされた。広場に最初に現れた敵。

 

見えない口を開く黒い靄。

 

「初めまして、我々はヴィラン連合。この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは…平和の象徴、オールマイトに息絶えて頂きたいと思っての事でして」

 

かなりの丁寧口調で目的を口にする。口調とは裏腹な内容に僕らの顔が青ざめる。

 

「本来ならば、ここにオールマイトがいらっしゃるはずでしたが、何か変更があったのでしょうか?…まぁ、それとは関係なく、私の役目は“これ”…!」

 

そして動き出すヴィラン。その動きを見逃さず13号先生も迎撃態勢をとるが、それより早く動いた生徒が2人。

 

「ーーーだぁっ!」

「ーーオラァっ!」

 

切島君の“硬化”した拳と爆豪君の“爆破”がヴィランを襲う。

 

「その前に俺たちにやられる事は考えなかったか⁉︎」

「ーー馬鹿っ!」

 

僕は前に進み出て2人の首を掴み後ろへ投げる。爆破の黒煙でヴィランの姿が見えなくなる上に向こうの個性もはっきりしていない。完全な悪手。『目を合わせる』で石化させようにも、相手の目が見えないと不可能だ。

 

13号先生の邪魔にならないように僕も後退する。黒煙が未だ晴れぬまま、攻撃が効いたようには見えないヴィランの声が耳に届く。

 

「危ない危ない…生徒といえど、優秀な金の卵。私の役目はーー貴方達を散らして、なぶり殺す!」

 

13号先生が“個性”を発動するがもう遅い。黒い靄は僕らの周辺を覆っていく。僕の視界が黒に染まった瞬間、僕は『()()()()』を発動する。

 

そして僕らは、闇に飲み込まれていった。

 



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意地

1時間ほど前に前話あげたので、見てない方はそちらからお願いします。


暗闇に放り込まれた感覚も一瞬、僕の身体は投げ出されて、うつ伏せに倒れる。

 

“火災ゾーン”である事を確認した僕はそこに配置されていた大勢のヴィランを確認した。

 

『散らしてなぶり殺す』

 

つまり黒い靄の個性は“ワープ”や“転送”の類。そう判断した僕は咄嗟に『目を奪う』を使いワープさせる対象を僕に集中させた。あのタイミングなら救えても数人だろうが、僕に集中した分“ワープ”される人数は減らせた筈だ。

 

多人数との戦闘は時間がかかる。ここは撤退の一手。精鋭揃いならまだしも、この程度の有象無象に構っている暇は無い。

 

「あぁ?なんだよ、ガキ一人か?」

「物足りねぇな」

 

口から火を吐くヴィラン達が残念そうな顔でこちらを見る。

 

「…さぁね。黒い靄の人に期待されてないんじゃない?君ら」

 

ため息をつきながら答える僕。案の定そんな挑発で怒った面々が僕に炎を吐いてくる。

 

その瞬間に『隠す』を使って彼らからは見えなくなる。そして見えない姿の僕は炎をギリギリで躱して、彼らは僕の姿を見失う。

 

“火山ゾーン”に有利な個性という事は“火”や“炎”を扱う可能性が高い。炎の使用中はそもそも眩しいので、彼らの視界から外れて『隠す』事は容易だ。

 

僕の姿を簡単に見失ったヴィランが「燃やし過ぎたか⁉︎」と変な勘違いをしている間に僕は走り出す。

 

目指すべき場所はセントラル広場。間にある水難ゾーンも気になるけど、広場にいた死柄木って奴とその隣にいた得体の知れないデカブツは危険だ。そんな気がする。

 

それ以外のヴィランに構ってる暇は無いだろう、主犯を捕らえれば僕ら(ヒーロー)の勝ちだ。

 

火災ゾーンのヴィランが慌てふためく声を聞きながら、僕は広場へ向かって走り続けた。

 

「相澤先生…!」

 

 

 

 

「ーー教えてやるよ。イレイザーヘッド。そいつが対平和の象徴(オールマイト)。ーーーーー怪人脳無」

 

抑え付けられた俺の腕をいとも容易くへし折る“脳無”。堪らず叫び声をあげる。

 

「ーーぐあぁぁっ!」

 

主犯と思われるガキがそれを見て楽しそうに告げる。

 

「…個性を消せる。素敵だけどなんて事ないね。圧倒的な力の前では、つまりただの無個性だもの」

 

“個性”を消してるのにこのパワー。つまり、素の力がこれか…。オールマイト並じゃねぇか…!

 

そんな事に絶望しながらも脳無は動く。俺のもう一方の腕を砕こうと、太い腕を振り上げる。

 

……。

 

衝撃に目を瞑るが、いつまで経っても俺の腕は砕かれなかった。何が起こっているのか確認する為に目を開くと、その視線はある一点に引きつけられた。

 

会議室で貰ったメモに書いてあった、『目を奪う』

 

脳無は白髪の少年の姿に“目を奪われ”、俺への攻撃を中断していた。そんな事出来るのはただ一人。

 

思わず俺は呟く。何故、来たんだ。

 

「九ノ瀬…!」

 

「もう大丈夫ですよ、相澤先生。…僕が来ましたから」

 

そんな事を告げる九ノ瀬の両目は、怒りを表現するような真っ赤な色をしていた。

 

 

 

 

耳障りな笑い声がする。死柄木弔。

 

「ーーおいおいおい。この状況を見て飛び込んで来たのかよ…。流石ヒーローの卵。死にたがりだなぁ」

 

そう告げて僕に拍手をする。そしてどこかを指差す。

 

「けど馬鹿だな。そこの隠れてる3人の方がよっぽど頭が良い」

 

死柄木が指差した先に目を向ける。そこにはこちらの様子を伺っていた緑谷君、蛙水さん、峰田君の姿があった。中々早い到着なので、近くの水難ゾーンにいたんだと思う。

 

その3人の姿を確認した僕は脳無から目を離さないまま叫ぶ。

 

「安全な場所へ!とにかく僕から離れて!」

 

あまり3人を庇っている余裕は無い。むしろ、大ピンチだ。

 

オールマイト並の身体能力を持つ“脳無”と不自然に肘の皮が剥がれている相澤先生から、その類いの個性を持つ死柄木。

 

この2人を僕1人で捌き続けるかどうか。答えはNOだ。

 

「…自分1人で何とかなるってか?ナメられたもんだなぁ、カッコいいよ、ヒーロー」

 

途端に不機嫌になった死柄木。イラついた様子で口を開く。

 

「脳無、やれ」

 

ーーー来る。

 

相澤先生から離れて僕に向かって走ってくる脳無。その動きは速すぎて、目で追えるレベルじゃない。

 

なので、死柄木の命令の言葉を聞いた瞬間に横っ飛び。さっきまでいた地面が抉れるのを確認する暇もなく、脳無の位置を確認する為に体勢を整える。

 

顔を上げた先にある大きな拳を身体を捻ってスレスレで躱し、左足を軸にして回転し右足の踵を剥き出しの脳へ直撃させる。

 

 

ーーーーーーそれを全く気にした様子も無く、脳無は上がった僕の右足を掴み上げ、僕は逆さまになって宙ぶらりんの状態になる。

 

脳無は右足を掴んだ手に力を入れて僕の足からメキメキと骨が軋む音がする。

 

…痛い。痛い。痛い。

 

途端、右足を掴む手の力が強まる。手加減していたのか、相澤先生が脳無に“抹消”を使っていたのかはわからない。

 

「ーーーっがぁぁぁっ!!」

 

小枝を折るように僕の片足を砕いた“脳無”は掴んだ右手とは逆の左手で拳を作る。

それを激痛の中確認した瞬間、拳は振り抜かれ、僕の腹を貫通した。血を口から吐き出す。

 

「ーーーーーーー」

 

もう、声も出ない。僕の腹に風穴を開けた脳無は腕を引っこ抜き、僕を投げ捨てる。もう勝負はついたと思ったのだろう。

 

ーーーーあぁ、確かに。もう、限界だ。

 

考えることをやめたくなるような痛みの中、僕はそれでも頭を回転させる。

 

ーーーー使わなくても、勝てたのかな。

 

最初から、結果がこうなる事はわかりきっていたのだ。『能力』を使わせない程のスピードと反応力、小細工で勝てる筈が無かった。相澤先生(プロヒーロー)でも敵わなかったんだから。

 

けど、勝ちたかった。勝てば、()()()を否定できたから。アイツがいなくても大丈夫だと。僕のヒーロー達の力で、勝ちたかった。

 

ーーーーけど、もう限界だ。

 

本当に、つまらない意地を張った。僕はまだまだ子供で、何一つわかっちゃいなかった。

 

でも、もうなりふり構ってられないだろう?

 

だって、ヒーローはどんな手を使ってでも人を救うんだから。

 

そんな言い訳の中、僕の目は赤くなっていく。僕の周りに広がっていく血の色の様な、赤を。

 

『とにかく僕から離れて!』

 

ーーーー緑谷君達はちゃんと避難しただろうか。この後危険なのは“脳無”や“死柄木”じゃない、僕だ。

 

『自分1人で何とかなるってか?カッコいいよ、ヒーロー』

 

ーーーー違うよ、死柄木。何とかするのは僕じゃない。

 

『圧倒的な力の前では、つまりただの無個性だもの』

 

ーーーー“圧倒的な力”に対抗するには、それすらも上回る、“圧倒的な力”が必要だ。

 

僕は覚悟を決めて、『能力』を発動する。

 

ーー『目を醒ます』

 

 

 

“目を醒ました”瞬間、僕の身体は()()()されていく。『醒ます』の超パワーはこの能力の本質では無い。

 

『醒ます』は“身体を“造り直す”能力。僕はこの時、《強い身体》を望んだのでその追加効果として超パワーが生まれる。

 

そして『醒ます』は、僕の腹にあいた風穴も、粉々に砕けた右足も、全てを“造り直した”。簡単に言えば再生能力だ。

 

ーーそんな風に僕の身体が元通りになっていくのを確認した、『醒ます』を使ってから4秒ほど経った頃。

 

僕の思考は唐突に途切れ、蛇に飲み込まれて行く。

 

『じゃーな、主サマ』

 

そんな忌まわしい声を聞きながら、僕は久しぶりにあの世界へと辿り着く。



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コンティニュー

「ーーっがぁぁぁっ!!」

 

生意気なガキが脳無に蹂躙され始めたのを愉快に見ていると、隣に黒霧がワープして来た。

 

脳無達から目を離し、黒霧に話しかける。

 

「黒霧、13号はやったのか」

「行動不能にはできたものの散らし損ねた生徒がおりまして…1名逃げられました」

「……は?」

 

黒霧の言葉の意味を咀嚼する度に苛立ちが増していく。無意識に首をポリポリと掻いていた。

 

「オマエ…ワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ…!…さすがに何十人ものプロ相手じゃ敵わない。あ~あ、今回はゲームオーバーだ。帰ろっか」

 

ーーーーその前に、白髪のガキでも殺して、平和の象徴としての矜持でもへし折ってやろう。

 

そうやって脳無に指示を送ろうと目を向けた瞬間。

 

「………あ?」

 

()()()()()()()()()()()()

 

叫び声をあげて一瞬固まった脳無を蹴り上げる。そのまま蛇の様に足を脳無の頭に絡み付け首からゴキリと鈍い音を出させる。

 

すぐさま脳無から離れたガキは右足で脳無を蹴り飛ばし脳無は壁に打ち付けられた煙で見えなくなった。

 

赤く目を光らせて着地したガキは俺と黒霧に向き直る。その顔は“俺の大嫌いなヒーローの様な、貼り付けたニヤケ面”で、さらに俺を苛立たせた。

 

「おいおいおい…。対オールマイト兵器だぞ?こんなガキに負けててどうすんだよ…!」

 

「…死柄木弔。この少年は?」

 

「知らねぇよ、バケモンだろ」

 

黒霧の問いに適当に答えている間、白髪のガキはニヤケ面を保ったまま呟いていた。

 

「…なるほどなぁ。(ヴィラン)から(てき)と認識されている間はヒーロー活動(脳無を倒すこと)を強いられる。中々考えたな主サマも」

 

その内容が意味不明過ぎて、俺は顔をしかめる。

そんな手に隠れて見えない表情を読み取ったのか、笑みを深くするガキ。

 

「ーーーあぁ。もうオレはお前らに興味無いから、好きにやっテくれよ」

 

「ーーーーーー餓鬼が」

 

俺は黒霧に手を突っ込み、黒霧のワープがガキの背後に現れる。そこから出てきたオレの手のひらが奴の肩を掴み、オレの個性が発動する。

 

ガキの肩の表面は崩れ落ちていき、筋繊維が露わになる。そんな事を気にもとめず、ますます笑顔になるガキに吐き気がしてくる。

 

そんな中、有能な黒霧が吹き飛ばされていた脳無を正面にワープさせる。その勢いで脳無が繰り出した拳を、溜息吐きながら躱す。

 

「ーーーなるほどねぇ。“崩壊”か」

 

一瞬で俺の個性を看破した驚きの中、ガキの崩された肩が治っていく。俺は思わず呟く。

 

「…お前、“超再生”か」

 

「ざァんねん。お前は不正解だな」

 

そう煽りながらも脳無の攻撃を躱し続けるガキ。何故か攻撃に転じないものの、完全に脳無の動きを見切っている事は確かだ。

 

俺の苛立ちが最高潮に達した時、冷静に黒霧がオレに告げる。

 

「死柄木弔。幸いな事にあの少年の攻撃は“脳無”に効いていません。“ショック吸収”と“超再生”の賜物でしょうが、時間をかければ少年を倒す事は可能かと…」

 

そう。たしかに脳無は腹の風穴も首の骨折も完全に修復している。奴が“超再生”に対応出来ないのなら、スタミナ切れを待てばいい。

 

「へぇ。鋭いなぁ、黒霧…だっけ?いいセンいってるよ」

 

こちらに話しかける余裕がありながらも、脳無の攻撃を躱すだけと言う事は、自分の攻撃が脳無に効いていない事を把握しているのだろう。

 

「…けど、時間使ってる間にプロヒーローの応援が来たらゲームオーバーだ。…コイツを無視して帰るぞ」

 

「はい。少年はこちらに危害を加える気は無さそうですし、それが最善かと」

 

先ほどの俺の“崩壊”に対して反撃する事は無かった、ということは先程の「興味無い」発言は真実なのだろう。

 

「…イラつくな。俺らを見逃すってのが。何が目的かもわかんねぇのが気持ち悪い」

 

脳無をまたも蹴り飛ばし余裕の表情でガキは告げる。

 

「アぁ?逃げんのかよ。そいつは勿体ねぇだろ。ーーーほら、遅れたヒーローの登場だぜ?」

 

その瞬間、何かが破壊された音が鳴り響く。その“何か”とは入り口の扉で、砂埃が舞う中その正体が露わになる。

 

「もう大丈夫…!ーーーー私が来た!」

 

「…あーあ、コンティニューだ」

 

脳無との戦闘でウィッグが取れたのか、いつのまにかガキの髪色は白から黒へと変化していた。

 

そんな妙に似合う鮮やかな黒髪と赤い目を光らせるガキは、耳障りな声で嗤いながら呟いた。

 

ーー“それだよ、目的は”。

 

自分の言った言葉を思い出し、“それ”が“コンティニュー”の事だと気づくのに、時間がかかった。

 




コンティニュー(continue)

継続すること。続くこと。


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脳無対オールマイトは原作通りなので全カット。南無。
30分程前に前話投稿してます。お気をつけて。


「ーーーヴィランよ…!こんな言葉をーー知っているか!」

 

上空から打ち付けられた脳無はそのダメージを吸収できないまま、無防備な体勢になる。

 

“ショック吸収”の速度を上回る連打撃。防御の姿勢すら取れず、大きな拳が迫ってくるのをただ呆然と見ることしかできない脳無。

 

「更に向こうへ…!ーーーPlus…Ultra‼︎‼︎」

 

振り抜かれた拳は脳無を遥か上空へ吹き飛ばし、ドーム型の天井を破壊し見えなくなっていく。

 

「…コミックかよ…!究極の脳筋だ…」

「デタラメな力だ…再生も吸収も無いことにしちまった…!」

 

ワタシの耳に、そんな生徒達の声が聞こえてくる。

 

『…確かに速いけど、目で追えないって訳じゃない。ーーー本当なのかな?弱ってるって話』

 

主犯らしき少年が煽る様に告げたその言葉に、ワタシは皮肉の意味を込めて返す。

 

「やはり衰えた…。全盛期なら、5発も撃てば充分だったろうに…。ーー300発以上も撃ってしまったよ」

 

ーーーそして、時間切れだ。

 

「…チートが……!」

 

「…ワタシが来る前から脳無は少し弱っていたからね!まだワタシは全然やれるぞ!」

 

ハッタリだ。弱っていたのは確かだが、今のワタシが時間切れギリギリである事は間違いない。

 

「ーーーークソっ!脳無さえいれば…!」

 

悩め。迷え。時間を稼げ。()()()が来るまで!

 

「…うん、そーだ。…目の前にラスボスがいるんだもの」

 

…その願いも儚く打ち砕かれ、ヴィラン2人はこちらに向かって来る。来るんかい…!

 

瞬間。飛び出して来た緑谷少年。雄英指定ジャージの隙間から見える足は、どす黒く痛々しい色に変色していた。

 

ーーーー本当に…!君ってやつは…!

 

それに対応した死柄木の手のひらが緑谷少年の顔を掴もうとする。その一瞬前。

 

手のひらは銃弾によって撃ち抜かれた。スネイプ君の個性、“ホーミング”だ。

遠距離にいる相手の位置を一瞬で把握し、急所を撃ち抜くことができる個性は、的確に死柄木の手を撃ち抜いた。

 

「ーーーチッ!…次は殺すぞ…オールマイト…!」

 

そんな言葉を吐き捨てながら、ワープゲートに飲み込まれていった死柄木。

 

ーーーー終わったか。

 

周囲を見ると数々の雄英教師ーープロヒーローがこの場を制圧していた。

 

それを確認したワタシは地に伏している緑谷少年を見る。

 

「何も…出来なかった…っ!」

 

と、悔しがっている彼に、慰めと感謝の言葉をかけようとしたが、ワタシはそれを中断する。

 

ーーーいつのまにか背後に立っていた九ノ瀬少年に、ワタシは前を向いたまま話しかけた。

 

「キミかい?脳無を抑え時間稼ぎしたのは」

 

 

 

 

ワタシの姿はもはや半分本当の姿(トゥルーフォーム)に変わってしまっている。九ノ瀬少年からの角度では見えないだろうが、後ろは向けない。

 

九ノ瀬少年は普段と変わらぬ様子で口を開く。

 

「はい。『目を合わせる』なら時間は稼げますし」

 

「ーーー誤魔化さなくてもいいよ、『冴える』君」

 

一瞬。背中越しでもわかるくらい雰囲気が変わる。悪の感情だ。しかしいつものトーンは崩さなかった。怖いくらいに。

 

ワタシは言葉を続ける。

 

「入って1番にこの広場を見た時に気づいたよ。キミの“目”を見てね」

 

ーーーーーー『暴力は暴力しか生まないのだと!お前を殺す事で、世に知らしめるのさ!』

 

死柄木の一見理想論かと錯覚してしまう、自己正当化の言い訳に対して、ワタシはこう返した。

 

ーーーーーー『…無茶苦茶だな。そういう思想犯の“目”は静かに燃ゆるもの…!自分が楽しみたいだけだろ…!』

 

USJに入って視界に入った九ノ瀬少年の姿。白髪のウィッグが取れて黒髪になった彼の目からは、そんな“思想犯”の目に見えた。

 

「ーーーーだから、すぐわかったよ。キミは話に聞いていた通りの、『冴える』ーーそうだね?」

 

九ノ瀬少年ーーーいや、『冴える』はため息をついて答える。

 

「ヤレやれ…侮っていたよ。No.1ヒーロー。見た目は変わってないのは確かだが、“目”を見るだけで区別がつくか…。ヒーロー歴が長いだけあるな」

 

「…意外とすんなり認めるんだな?」

 

「別に。オレの前科でもあれば捕らえられるだろうが、オレは罪を犯していない。ムしろ脳無と戦ったんダ。褒められるべき功績だろう?」

 

そう。ワタシは『冴える』がヴィランという確証を持っていない。口頭で聞いただけの情報だし、現に脳無と戦ってくれた。それは紛れもなくヒーローだろう。

 

だから、今捕らえる理由はない。

 

「…でも、ワタシは生徒を信じてるよ。九ノ瀬少年をね」

 

「……まぁ、そうナンだろーな。今もスナイプがオレをこっそりと撃ち抜ける準備中だ」

 

聞いていた通り、中々厄介な蛇らしい。スナイプ君の“ホーミング”すらも察知している。つまりそれは、教師陣は“九ノ瀬少年を(ヴィラン)として扱っている”という事。

 

「…にシても、“ショック吸収”速度を上回るっていう脳筋発想は無かったな。やっぱり、コの世界で1番厄介なのはアンタだ」

 

「ーーかといって、今ワタシを殺す事はしないんだな」

 

ギリギリマッスルフォームの状態とは言え、今の状況なら『冴える』がワタシを殺す事は可能だ。

 

会議室で貰ったメモに書いてあった、『目が冴える蛇』の説明を思い出す。

 

“非常に狡猾な蛇で、表立って殺人などの行動はしないと思われる。その後のリスクが大きいので”

 

今ワタシを殺せば『冴える』はヴィランとして扱われ、警察に追われる身になる。だから今は行動しないのだろう。

 

けど、彼の口から出たのは違う理由だった。まるでこの茶番に飽きたかのように、つまらなさそうに告げる。

 

「ーー別に?アンタの時代はもう終わるかラな。そのまマ朽ちていけよ?“先生”?…次は、オレだ」

 

そう言って場が凍りついた瞬間。コンクリートの壁がワタシを囲う。これでワタシの姿は誰からも見えなくなった。

 

 

ーーありがとう。セメントス君。もう限界だったよ。

 

ワタシはマッスルフォームを解き、ガリガリの身体になり、コンクリートの壁に寄りかかる。

 

「どうしたものか…」

 

会議室で話した九ノ瀬少年の顔を思い出す。

 

それは、泣きそうで、脆い、呪われているような悲痛の表情だった。

そんな顔で、「僕をヴィランとして扱ってほしい」と言ったのだ。彼を『冴える』の呪いから救い出したかった。

ただ、今のワタシは『冴える』に手を出せない。

 

そして、『冴える』の顔を思い出す。

 

長年やってきたヒーロー活動の中で、これまで見てきた思想犯とは格が違う。そんな目だった。

 

そして、あの赤い目が本格的に行動を起こす時には、ワタシは彼の言う通り朽ちているのだろう。

 

“次”がいつになるかどうかはわからない。

 

けど、“次”の彼には、まだ教える事が沢山ある。オール・フォー・ワンの事も、先代の事も。それら全てを教えて、悪と向き合う頃。

 

彼は九ノ瀬少年と戦う事になるだろう。

 

ワタシじゃ九ノ瀬少年を救えなかった。

 

“次”は君だ。緑谷少年。

 

そんな生徒2人の成長(たたかい)を、ワタシは側で見ていたい。2人の“先生”として。

 

だから、そう簡単に朽ちる訳にはいかないのだ。

 



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主人公

ーーー僕は、偽物だ。

 

赤く目を輝かせながら、白い世界にポツンと立ち尽くす。

 

なんだか夢心地のようで、頭がフワフワする。頭がうまく回らない。

 

真正面にあるのはテレビだ。この真っ白な空間にあるテレビは、一際異質だった。

 

うまく思考できない僕の耳に、テレビから流れる“声”が届く。

 

『ーーーだから、“醒ます”を使えばーーー』

 

そんな嬉しそうな声を発しているのは、僕だった。これは、僕が『目を醒ます』しか持っていない時の話だ。

 

()()()ーー“冴える”もこの世界にいる今回がチャンスだよ』

 

今となっては本当に懐かしい。

 

『醒ます』ーーー身体を造り直す能力。

 

僕は、コレを使って、“全ての能力を受け持つ身体(メデューサ)”に造り直す。更にーーー。

 

ーーーそうすれば、悲劇は終わる。

 

現に、悲劇は終わった。世界はループを止め、時は動き出した。

 

これでみんなが報われる。

 

そう信じて疑わなかった僕だけど、本当にこれが正解だったのかはわからない。結果的に僕は苦労しているし、『能力』も完全に扱えている訳ではない。当たり前だ、元々僕のモノじゃないのだから。

 

だから、僕は偽物なんだ。

 

それでも、あの8月中盤よりは幸せだし、そこまで不幸とは言えないんじゃないだろうか。

 

きっと誰にもわからない。

 

画面内にいる赤いジャージを着た僕の親友は睨みつけるように、僕を見ている。どう考えても怒っているのは明らかだ。

 

頭の良い彼だけど、彼にもきっとわからない。

 

『…お前1人に背負わせる訳ねぇだろ!』

 

ーーー僕にしかできないんだから、僕がやるべきだよ。

 

僕の思考と画面内の僕の発言が被る。当たり前だ、同じ人間なのだから。まぁ、何も考えが変わっていないって事なんだろうけど。

 

本当に、“自分にしか出来ないこと”という、存在証明に似通ったモノに憧れていた。まだまだ子供だなぁ、と苦笑してしまう。

 

それを頭で理解しながらも、結局は僕はみんなの反対を押し切ってこの案を実行する。これが結末。

 

もう見るまでもない光景だ。ただ、画面は説得しているシーンがまだ続いている。少し喧嘩になっているようで、唯一のクラスメイトである少女は僕の胸ぐらを掴んで、叫んでいる。

 

それをガタイのいい嘘が嫌いそうな青少年が抑える。彼の後ろには怯えた様子の白髪の少女。その目は赤く輝いている。

 

まだ、エンドロールは遠い。

 

主演は僕の友達の名前が並ぶだろう。

 

それでも主人公(ヒーロー)は、きっと僕だ。

 

画面に映る白い床に、赤い血が飛び散った。

 

それを見て思わず僕は目を瞑る。

 

そしてもう一度目を開く。

 

そこは白い世界ーーー“カゲロウデイズ”ではなく、コンクリートの壁がそびえ立っていた。

 

 

 

 

「…は?」

 

いつのまにか近くにいたセメントス先生に声をかけられる。

 

「九ノ瀬君ですね。話が終わったのなら、向こうに集まってもらえますか?…けが人の確認などもしたいので」

 

訳もわからず頷いて、僕は言われた方向へ歩き出す。周囲を見渡すと、多くのプロヒーローが右往左往している様子だった。スナイプ先生とも目が合う。

 

現実世界では確か、脳無にボコボコにされて『醒ます』を発動した筈だ。あの状況なら『冴える』が脳無と敵対する事は間違いないし、ボコボコにされるのは必要な工程だった。かなり痛かったけど。

 

あいにく、『冴える』に乗っ取られた時の記憶は残っていない。よって、『冴える』が脳無を倒したのかはわからないけど、雄英教師がこんなに集まっているという事は…。

 

少し考え込み、結論を導き出す。

 

つまりこれは

 

「…終わったのか?」

 

ヴィラン連合を制圧、もしくは撃退したのだろう。それを読み取り、息を整える。

 

なんにせよ、良かった。一安心した僕はみんなの所へ走り出す。『冴える』がした行動についても誰かから聞いておかないとな。

 

なんとなく振り返るとまたスナイプ先生と目が合ってしまい、不思議な感覚がした。

 

ヘトヘトに疲れているみんなの所へ戻ると、僕を見ると安心したような笑顔を浮かべる。

 

この反応を見るに、僕が腹を貫かれた光景などは見ていないのだろう。若い少年少女にトラウマを植え付ける事が無くて本当に良かった。

 

と、そこに興奮した様子の切島君が話しかけてきた。

 

「おぉ九ノ瀬!オールマイト凄かったよなぁ!流石No.1って感じで!」

 

「あ、あぁ、うん。そうだね」

 

まったくもって何の事かわからないけど、話を合わせるために困惑の表情を見せずに頷いておく。オールマイトの戦いを見て興奮しているのかな。

 

…当のオールマイトの姿が見当たらない事を不思議に思いつつ、もう1人欠けている少年について尋ねる。

 

「…そういえば、緑谷君ってどこにいったの?」

 

見渡しても、この面々の中には見当たらないのだ。そんな問いに切島君はまたもや興奮した様子で話す。

 

「後ろに下がってたから見えなかったのか?今は多分オールマイトとそこにいるぜ。そーいや緑谷も凄かったよなぁ!すげぇスピードだったぜあれ!」

 

指をさした方向は僕が目を覚ました時にいたコンクリートだった。そこにオールマイトと緑谷君がいるって事か。

 

すごいスピード…か。“超パワー”を使いこなせてない彼なら、足を負傷してしまったのかもしれないな。それならここにいないのも納得だ。

 

とりあえず、これで全員無事なことがわかった。

 

僕は本心からの笑顔を浮かべて、切島君にこれまでの経緯を聞くことにした。

 

 

 

 

ーーーそして、あるビル。

 

「ーーいってぇ…。両腕両足撃たれた、完敗だ…!脳無もやられた…手下どもは瞬殺だ…子供も強かった…!」

 

ワープされ、手足がうまく扱えないまま倒れこむ死柄木。血だまりを作りながら、苛立ちを隠さぬまま呻く。

 

「平和の象徴は健在だった…!ーーー話が違うぞ先生!」

 

それに答えて、狭いバーに声が響く。

 

『違わないよ。ただ見通しが甘かったねぇ…ところで、脳無はどうしたんだい?』

 

黒霧がそれに悔しそうに答える。黒い靄はユラユラと揺れている。

 

「…吹き飛ばされました。位置情報を把握してワープする時間もなく、回収はできませんでした…」

 

『ふぅん…せっかくオールマイト並のパワーにしたのにねぇ。まぁ、仕方ないか。残念だ』

 

「パワー…」

 

その会話を聞いて、思いついた様に呟く死柄木。

 

「そうだ、1人…いや、2人か。オールマイト並の速さを持つ子供がいたな。…それに一方は、完全に脳無と渡り合っていた」

 

『…へぇ?』

 

それを聞いた機械越しの声は、興味深そうに呟く。

 

「…最後の邪魔が無ければ、オールマイトを殺せたかもしれないのに…!アイツによる脳無の消耗も多少はあった筈だ。ガキどもが…!」

 

『消耗…ねぇ。回復もできる筈だけど、それすらも上回る深いダメージだったのかな。ーーーちょっと、興味深いね』

 

ーーーーそれに、僕の周りを嗅ぎまわるネズミの存在も気にかかる。

 

『忙しくなりそうだよ、死柄木弔。まずは、精鋭集めだ』

 



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雄英体育祭編
フレンド申請


ヴィラン連合によるUSJ襲撃事件の翌日。

 

メディアへの対応や負傷者への治療なども兼ねて学校は臨時休校となった。

 

『ーー警察の調べによると犯人グループは自らをヴィラン連合と名乗り、今年春から雄英高教師に就任したオールマイトの殺害を計画していたことが新たにわかりました』

 

朝起きて家のソファに座って、テレビを見ていると、雄英襲撃の報道が流れていた。

 

『警察は72名のヴィランを逮捕しましたが主犯格の行方は依然としてわかっていません』

 

72名。1クラスと数人のプロヒーロー相手になら充分な数だが、質が悪かった。幸いな事にチンピラ同然だった事で、僕らには大きなダメージは残ってない。

 

僕はテレビの電源を切って、自分の部屋に戻る。

ベッドに寝転んで、目を瞑るが、眠くはならない。

 

「…はぁ」

 

切島君に聞いた話だとあの脳無を倒したのはオールマイトらしい。切島君達が増援に来た時には僕は後ろでただ見ていたと聞いている。

 

『醒ます』では脳無を倒せなかったのか、意図的に倒さなかったのかは判断つかないが、やはり『冴える』は何か目的を持って行動している。

 

ーーー会いたかったぜ、死柄木弔。

 

確か、そう言っていた。つまり、死柄木に会う事が『冴える』にとってメリット、という訳だろうか。

 

だめだ、考えても無駄だ。ヴィランの思考をトレースするのは僕じゃ無理だ。

 

それに、僕のこの思考すらも『冴える』は読み取れるのかもしれないし、考えたところで無駄というものだ。

 

「…よっし!」

 

暗い気持ちを切り替える様に声を出して、机に向き直る。

 

机の上に置いてあるパソコンを起動し、久しぶりだが、お馴染みのゲーム画面へと移動する。

 

『ヘッドフォンアクター』

 

 

 

 

「…うわ、危な」

 

スコアを表す画面を見て、思わず声を漏らす。

 

コノハ 34pt

 

M,S 33pt

 

僅差で勝ったが、運の要素も多少はあったと思う。前回と時間が空いて久しぶりのプレイとなったけど、それでもこの結果には驚きを隠せない。

 

このM,Sさんの上達速度は凄まじいものだ。日頃からパソコンに触れている事は間違いないだろう。生粋のゲーマーかIT関係の職業とか、その辺だろうか。

 

『覚ます』で電子化すれば更に圧倒的なスコアを叩き出す事は出来るが、それはもちろんフェアじゃない。

 

勝負の後はお互いに労い、当たり障りの無いチャットでM,Sさんはルームから抜け出した。忙しいのだろうか。

 

僕は少し迷った末、“フレンド申請”という文字をクリックした。

 

 

 

 

『クソ学校っぽいの来たぁああ‼︎‼︎』

 

ゲーム三昧の一日が終わり、いつも通り雄英に登校し、朝のHR。

 

包帯でぐるぐる巻きの相澤先生から告げられた言葉に、僕らA組の面々は騒ぎ出す。

そんなやかましい環境にかき消されるのは僕の呟き。

 

「雄英体育祭…かぁ」

 

まぁ心踊る行事ではあるけど、こうなると問題は…。

 

尾白君が僕の心中を代弁するように尋ねる。

 

「ヴィランに侵入されたばっかなのに体育祭なんかやって大丈夫なんですか?」

 

世間体から鑑みてもここで開催するのはあまり良くないんじゃないだろうか。普通の高校なら中止にして親御さんを安心させる対応かと思う。

 

ただ、雄英は普通の高校ではない。

 

「逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示すって考えらしい。警備も例年の5倍に強化するそうだ」

 

なるほど。確かにそういう考え方もあるか。

 

「ウチの体育祭はプロヒーローへ自分をアピールする絶好の機会だ。

年に1回、計3回だけのチャンス。ヒーロー志すなら絶対に外せないイベントだ。その気があるなら準備は怠るなよ」

 

相澤先生はそう言って、朝のHRを締めくくった。

 

 

 

 

そして昼休み。

 

雄英体育祭の話題でもちきりの教室から出て、食堂へ向かう。

 

すると赤と白の特徴的な髪色の背中を見つけた。方向的に食堂へ向かう事を察し、笑顔をつくって声をかける。

 

「1日ぶりだね、轟君。一緒に食堂へ行ってもいいかな?」

 

轟君はこちらを見ると、少し目を見開く。

 

「…あぁ、別に」

 

…?なんだか冷たい反応だ。いや、入学当初から軽く会話して、暖かい反応が返ってきた事は無いけど。

 

はて、彼に何かしただろうか。僕の顔に何かついてるって事はありえないだろうし。

 

そんな疑問を抱えていると、轟君から話しかけてくれた。珍しい。

 

「…お前、個性を色々持ってるんだってな」

 

「うん。…それがどうかした?」

 

まだクラスメイトに全てを明かした訳じゃないけど、ハイブリッド型では説明できない程の個性持ち、ってのは伝わってるみたいだ。

 

轟君は警戒した様に口を開く。

 

「…それ、再生もあんのか?」

 

「うん、あるよ」

 

これに関しては特に嘘をつく理由もない。

 

『目を醒ます』で身体を造り直す時の話だろう。まぁ再生と言って構わない。

 

いつも無表情の轟君の顔が強張る。これまた珍しい。

雄英体育祭のライバルとして認めてくれた、みたいな感じかな。

 

…あぁ、そうか。轟君はその場にいなかったとはいえ、僕のコスチュームの有り様から察したのだろう。

 

僕のコスチュームの腹と背中には太い腕程の穴が空いていた。それはつまり、腹に風穴を空けられても再生で元どおりになれる事を意味している。“再生”については賢いクラスメイトなら気づいてるかもしれないな。

 

まぁ、ちょっとグロいし強すぎるよね。轟君にとっては。

 

本当はこの“再生”も僕は満足に扱えていないのだが、わざわざ言う必要は無い。弱点を教える様なものだ。

 

お互いに警戒するという、変な空気が流れてしまい、僕は会話の種を探す。

すると、麗日さんと飯田君の会話が耳に届く。

 

「ーーデク君なんだろうね?オールマイトに呼ばれて」

 

「USJの事件でオールマイトがヴィランに襲われた際、1人飛び出したと聞いたぞ。その件じゃないか?…2人の超絶パワーは似ているし、オールマイトに気に入られてるのかもな。流石だ」

 

「うんうん!」

 

つまり、今は緑谷君とオールマイトが一緒にいると言う事か。

 

入学から観察しても、2人の仲が良いのはすぐにわかった。飯田君の言う通り、気に入られているのだろう。

 

「………」

 

ふと隣の轟君を見ると、飯田君達の方へ目を向けて、考え込んでいるようだった。

 

その目からは僅かな憎悪が読み取れ、僕は1人首を傾げた。

 

ちなみにお揃いにして食べた蕎麦はとても美味しかった。

 

 

 

 

轟君と一緒にそばを食べた昼休みも終わり、今日の全ての授業も終わった。

 

帰りのHRも合理的に短く済まされ、僕らは放課後を迎えた。

 

特に教室に居残る理由も無いし、試してみたい事もあったので、さっさと帰り支度を終え、教室から出ようとする。その時、相澤先生から声をかけられた。

 

「おい、九ノ瀬」

 

僕は振り向いて、言葉の続きを待つ。

 

「…体育祭の種目は探るなよ」

 

「げ」

 

思わず声を漏らした。恐らく相澤先生は『覚ます』のハッキングで体育祭の内容について調べる事を禁止してきたのだ。

 

今ちょうど考えていた事なので顔をしかめていると、ため息をつきながら相澤先生は口を開く。

 

「…プロになるには臨機応変な対応力も必要な要素だ。過去のデータで予想するのはいいが、そこまでされると平等性に欠くだろ」

 

ごもっともな話だ。雄英程の情報レベルなら『覚ます』で調べるのも一苦労だし、苦労が減ったと考えよう。それじゃ、今日は何しようかな。

 

相澤先生の話も終わったようなので、僕は教室のドアを開け、帰ろうと足を踏み出そうとする。その足はすぐに止まった。

 

「…なにこれ」

 

そこにあったのは多くの人だかり。ほとんどの人が初対面で、A組の教室内を見ようと試みている。ザワザワとうるさい。

 

「ななな、何事だぁ⁉︎」

「出れねぇじゃん、何しにきたんだよ⁉︎」

 

後ろを振り向くと麗日さんと峰田君が驚愕の表情を浮かべていた。さらに後ろには爆豪君がおり、気にもとめず足を進める。

 

「ーー敵情視察だろザコ。そんなことしたって意味ねぇから。どけモブ共」

 

うん、とりあえず知らない人をモブって言うのやめようか。

 

そんな爆豪君に返すのは紫色の髪をした目つきの悪い少年。無気力系男子、という風を装っているがその目には何か力がこもっている。

 

「噂のA組どんなもんかと見に来たが随分と偉そうだよなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?」

 

爆豪君の言い方が100悪いとはいえ、少しトゲのある言葉を返す少年。

言葉を遮るようで悪いが、少し言い返す。

 

「…そうやって一括りにされるのは心外かな。敵情視察するならもっと詳しく見てほしいね」

 

爆豪君のような荒い人ばかりじゃないし。

 

笑顔で言い返した僕を見て、不機嫌そうな顔になる少年。

 

敵情視察しても無駄だよ、という風に受け取られたかもしれないな…。

 

「余裕だねぇ…。敵情視察?少なくとも俺はいくらヒーロー科とはいえ調子に乗ってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー宣戦布告しに来たつもり」

 

それは楽しみだ、と返したつもりだが、彼の後ろからする大きな声にかき消された。よく見ると入試の時の金属君だった。確かB組だったっけな。

 

「隣のB組のモンだけどよぉ!ヴィランと戦ったっつうから話聞こうと思ったんだが、エラく調子づいちゃってんなオイ!」

 

この大きな声を皮切りに、この場はちょっとした騒ぎになる。切島君達も爆豪君を責めだす。

 

「おめーのせいでヘイト集まりまくってんじゃねぇか!」

「上にあがりゃ関係ねぇ」

 

「くっ…シンプルで男らしいじゃねぇか」

「いやいや騙されんな無駄に敵を増やしただけだぞ」

 

「はぁ……」

 

だめだこりゃ。

 

収集がつかない事を察した僕は『隠す』を使いながらこの場をこっそりと抜け出した。

 



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必殺技

今日二話目です


敵情視察やら宣戦布告が飛び交う教室前から抜け出た僕は、今日の今後について考える。

 

相澤先生にハッキングは禁止されたし、過去の体育祭のデータでも見ようかな。

 

廊下を歩きながら考え込んでいると、人とぶつかり、よろける。

 

しまった、ボーっとしてた。

僕は慌てながらも、相手に頭を下げる。

 

「…あっ、すいません、僕の不注意で…」

 

ところが、当のぶつかった人から特に反応が返ってこなく、不思議に思った僕は下げていた頭をあげる。

 

「…‼︎」

 

“ぶつかられた人”は目を細め、眼力の強さを感じさせる目で僕を見ている。口をパクパクさせながらも言葉が出ないようで、僕は困惑する。

 

「…えっと…?」

 

「困惑してる所に俺がDOOON‼︎‼︎」

 

「ーーうわっ⁉︎」

 

すると、廊下の横の壁から金髪をオールバックにした、デフォルメされたような童顔がヌッと出てきた。いや、怖い怖い。

 

「ハハ!君、驚いたよね⁉︎いやー、良かったよ、お返しできて!」

 

壁に浮かんでいる顔はそのまま口を開き、嬉しそうに笑う。僕は後ずさりながら言葉を返す。

 

「そりゃ驚きましたけど…お返し?」

 

「いやー、キミ、突然そこに現れたから、俺らビックリしちゃってさ!ほら、そこの彼、天喰環(あまじきたまき)っていうんだけど、驚きすぎてほぼ死んでるよね!」

 

「突然?…あ」

 

そういえば、『隠す』を教室前から発動したままだったような。だから天喰って人は気付かずぶつかり、触れた事で『隠す』が解除。

 

たしかに、彼らから見れば突然現れた様に見える。これは申し訳ない事をした。とりあえず謝り倒そうとして2人を見る。

 

「正直隣にいたオレもビックリして、悔しかったからすぐに“透過”してこのサプライズをしちゃったよね!ハハ!」

 

「すいません、反省してるのでとにかく出てきてくれませんか」

 

「うんうん!じゃあ服着るからちょっと待ってね!」

 

なんで服着てないんだよこの人。もう怖すぎる。でもごめんなさい。

 

 

 

 

「気分転換に廊下歩いてたら、こんな面白い一年生に会えるとはね!」

 

そういって快活に笑うのは、通形ミリオ先輩。横にいる天喰環先輩はまだ僕を睨みつけている。ホントごめんなさい…。

 

互いに自己紹介をした結果、2人とも三年生だった。怖い先輩じゃなく本当に良かった。

 

「個性無意識に使ってまして…。すいません…」

 

「ハハ!いーよいーよ!体育祭も近いし、個性の特訓も必要だからね!」

 

別にそういう訳じゃないのだが、許してくれたのはありがたい。

 

普通ならここで謝罪の言葉を述べて立ち去る所なのだが、これは大チャンスだ。偶然にも雄英キャリアの長い三年生に出会えたのだ、ダメ元で聞いてみる事にする。

 

「その体育祭の事なんですけど…先輩、少しだけ時間貰ってもいいですか?」

 

敵情視察や宣戦布告も大事だけど、情報収集も大切だよ、普通科の人。

 

通形先輩は笑顔でOKの返事をくれた。この人ホントに笑顔絶やさないなぁ…オールマイトみたいだ。

 

仕返しの発想がえげつないけど。

 

 

 

 

「種目か…。去年は確か、徒競走だったね!まぁ、オレは服が落ちて結果が散々だったけど!ハハ!」

 

通形先輩の苦い思い出も交じりつつ、話を聞く。もっとも、本人が笑って話すので苦い思い出には聞こえないけど。

 

「でも一昨年はパン食い競争だったからね!やっぱり前例は参考にならないと思うよ!…でも、最終的にはトーナメント戦なのは確かだよね」

 

「なるほど、参考になります」

 

1vs1のトーナメント戦かぁ…。厳しいなぁ。

 

少しだけ体育祭へのモチベーションが下がったところで、僕は質問を変えた。

 

「それじゃ、先輩の主観でいいんですけど…体育祭のこの期間にするべき“準備”って何だと思います?」

 

これは数値化などはできない、先輩自身の感情論とか、そういったものだ。経験豊富な三年生からの、違った視点も必要だろう。

 

「ふむ、中々向上心があるようだし、3年生の今の状況を教えようかな?」

 

つまり、3年生の準備とやらを教えてくれるらしい。まだ 1年生の僕が3年生と肩を並べようなんておこがましい考えだけど、3年生の真似をするかどうかは自分で考えろ、ということだろう。

 

「…はい、参考までに」

 

少し真面目な雰囲気を出しながらも笑顔を絶やさない通形先輩は口を開く。

 

「3年生は今ーーーー」

 

その瞬間。僕の頭に何かの記憶が流れ込んでくる。

 

それはどこにでもあるような公園。

僕の視線は低く、まるで子供になった感覚を味わう。視界には黒髪の少女。かつての後輩の面影のある少女はナイショ話をするように辺りを見渡し、声を落として口を開く。

 

『ーー必殺技だよっ。必殺技の練習』

 

「…へぇ、必殺技…」

 

僕は流れてくる記憶を見ながらも、通形先輩の言葉に反応を返す。ちょっと頭がクラクラしてきた。

 

「ーーといっても、仕上げの段階だけどね!手の内を明かしているクラスメイトが敵となるから、それを超える“進化”を見せないと!って話さ!オレでいうとブラインドタッチめつぶーーーーって、大丈夫かい?」

 

僕の様子がおかしい事に気付いた通形先輩が心配そうな声色になる。ずっと黙っていた天喰先輩が僕の肩を支える。

 

「…だ、大丈夫です。必殺技について、詳しく…」

 

「ミリオ、そろそろこの辺で。とにかく保健室に」

 

 

天喰先輩の声を初めて聞いた事に反応もできず、僕は『欺く』で“元気な九ノ瀬遥”を演じようとする。

 

けど、2人はまだ心配の表情を浮かべている。…『欺く』が発動できてない?

 

“『欺く』の蛇の記憶”が流れている影響だと理解する前に、僕は口を開く。

 

こんなに優しい先輩2人の手をこれ以上煩わせる訳にはいかないだろ。

 

「ホントに大丈夫ですから…!貴重なお話、ありがとうございました。では、失礼します」

 

納得のいっていない2人に一礼して、僕は振り返り歩き出した。そんな僕の背中に通形先輩は声をかける。見えないけど、その表情はきっと笑顔だ。

 

「体育祭、頑張ってね!一年生!」

 

その日の夜。今日の事を思い返していると、僕は必殺技を思いついた。

 



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幕開け

先程、4話と5話をまとめたので、話数にズレが出ているかと思われます。ご了承ください。


緊張と期待の日々はあっという間に過ぎていき、僕らはその日を迎えた。

 

ーーー雄英高校体育祭。

現役プロヒーローもスカウト目的で観戦に来るため、ここで活躍した生徒・注目を集めた生徒は今後の進路で有利となるため、業界への個性アピールには最適の行事。

 

主役はやはりヒーロー科で、ここ、 1年A組控え室でもピリピリした空気が流れている。

 

今日はクラスメイトがライバルとなるのだから、当然といえば当然だが、少し緊張しすぎの様な気もする所だ。

 

「みんな準備は出来てるか!?もうじき入場だ!」

 

休める為に瞑っていた“目”を開けると、学級委員長の飯田君が僕らに指示を送っていた。そんな彼の動きも緊張からかカクカクしている。いや、これは関係ないか。

 

「緑谷」

「轟くん…どうしたの?」

 

そんな飯田君を横目に、轟君は緑谷君に話しかけていた。

 

「客観的に見ても実力は俺の方が上だと思う。ーーーーけどお前、オールマイトに目ぇかけられてるよな。別にそこ詮索するつもりはねぇが…お前には勝つぞ」

 

「…おお~クラス最強が宣戦布告?」

「おいおい急にケンカ腰でどうした!?直前にやめろって」

「…仲良しごっこじゃねぇんだ。何でもいいだろ」

 

そんな轟君の言葉に、緑谷君は困惑する。傍観していた上鳴君は重い空気を吹き飛ばす様に茶化し、切島君は喧嘩腰の轟君を止めている。

 

そんな中、緑谷君は戸惑いながら、顔を俯かせながら口を開く。

 

「轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのかはわかんないけど…。そりゃ君の方が上だよ。ーーーというか、大半の人に敵わないと思う」

 

これまで傍観を決め込んできた僕だが、思わず口を出してしまった。

 

「いやいや、緑谷君もそう悲観しなくてもーーー」

「でも!」

 

僕の言葉を遮る様に、言葉を重ねる緑谷君。その目に迷いなんて微塵も無くて、不思議とボール投げの時の様に、かっこいいと思わせる。

 

「みんな…本気でトップを狙ってるんだ。最高のヒーローに。遅れをとるわけにはいかないんだ」

 

緑谷君は一呼吸置き、俯いていた顔を上げ轟君を真っ直ぐに見据える。

 

「ーーー僕も本気で獲りに行く」

 

それを聞き届けた僕は、爆豪君に目を向ける。

 

「………」

 

轟君から“宣戦布告”されなかった事に苛立っていると思っていたが、予想に反して静かに目を瞑って意識を集中させていた。いつもの荒さは無く、真剣な様子なのは誰もがわかった。

 

轟君や緑谷君に興味が無いのか、2人より倒したい相手が他にいるのか。まぁ、後者な気がする。

 

『ーーーこっからだ!俺はこっから!俺はここで1番になってやる!』

 

僕は期せずして聞いてしまった彼の言葉を思い出す。

 

ーーーー()()で行くよ、爆豪君。

 

 

 

『刮目しろオーディエンス!群がれマスメディア!1年ステージ生徒の入場だ!ーーーーつっても、やっぱ目当てはこいつらダロ⁉︎』

 

『敵の襲撃を受けたのにも関わらず、鋼の精神で乗り越えた、奇跡の新星!』

 

『ーーーヒーロー科、 1年A組ダロォ⁉︎』

 

そんなプレゼントマイクの解説と共に入場した僕らを包んだのは、怒号の様な大歓声だった。

 

会場を見渡し歩きながらも、僕は思わず呟いた。

 

「…うわ、人が凄いな」

 

「まぁ話題もってるからねー、ウチら」

 

耳郎さんの言う通り、僕らはUSJ襲撃事件の生還者として取り上げられている。この事件関係で見に来る、って人も多い。下手すると3年生より注目されているかもな。

 

予想しているよりも多い人数で少し気圧されてしまった。これ程の人数の前で『目を奪う』を使ったら大騒ぎになりそうだな。

 

『奪う』に関しては調整をしっかりと気をつけないと。最近は“必殺技”の為に多用していたから、調整は今まで以上にうまくできると思うけど。

 

『話題性では遅れを取るが、こっちも実力派揃いだァ!ヒーロー科、 1年B組!…続いて、普通科、C、Dーーーーー』

 

A組(僕ら)に続いて、他クラスの紹介も当然される。

 

B組に関しては今日までの準備期間でそれなりに調べてきている。といっても、“必殺技”の特訓やちょっとした調べ事も並行していたので、名前と個性程度だが。もちろんプライバシーに関する事は一切触れていない。

 

B組担任、ブラッドヒーロー“ブラドキング”は、その厳つい風貌に反して、生徒について丁寧にまとめていた。…職員室のパソコンに。

 

「いや、種目に関しては調べてないからセーフ…うん、セーフ」

 

「…何ブツブツ言ってんの。緑谷みたいになってるけど」

 

隣にいた耳郎さんから冷ややかな視線を受け我に帰った僕は、耳郎さんに曖昧な微笑みを返し、ステージの上を見る。

 

ステージの上には爆豪君が立っていて。

 

「…せんせー。俺が一位になる」

 

ちょっとした騒ぎになった。

 

うん、絶対やると思った。

 

 

 

 

そんな暴動から数分後。18禁ヒーロー“ミッドナイト”からの第1種目の発表が行われた。

 

「ーーーー気になる第1種目はこちら!“障害物競走”よ!」

 

こうやって、体育祭は幕を開けた。

 

前も言ったけど、前世の僕は病弱だった。そのせいで運動会などの行事はほとんど参加してこなかった。

 

だからだろうか。こんなささやかな“幕開け”というのが、僕にはとても嬉しく思える。

 

辛い事もまだまだあるけど、やっぱりこの世界に来て良かった。

 

心から、そう思えた。



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情報戦

話数ズレてしまってるので前話を見てない方もいるかと思われます。申し訳ありません。


「…1年ステージ。第1種目もようやく終わりね?ーーそれじゃあ結果をご覧なさい!」

 

モニターに上から表示される名前の数々。1位から順に表示されていくそれは、42位で終わっていた。

 

1位の横にあるのは緑谷出久の名前。その下には轟焦凍。更に下には爆豪勝己。

 

…。

 

肝心の僕の名前はそこから遠い。むしろ下から数えた方が断然早い。そして、見つける。

 

39位の横にある名前、九ノ瀬遥。まぎれもない、僕の名だ。

 

「あれー!私と同じくらいだね九ノ瀬君!」

 

隣を見ると A組の透明ガール、葉隠透さんが話しかけて来た。僕は困惑した様子で返す。

 

「えっと…そんなに意外?」

「うん!意外と順位低いね!」

 

買い被りすぎだよ、と笑って返すも、僕の心は少しだけ傷ついていた。

 

葉隠透の名前は僕の真上、つまり、38位という訳だ。

 

「…まぁ、そりゃそうか」

 

なぜなら、この“障害物競走”僕は『隠す』を常時発動して走り抜けただけなのだから。個性“透明”の彼女と順位があまり変わらないのは納得しかない。

 

ーーーーそしてこれは、僕の狙い通りの結果だ。

 

会話もそこそこに、葉隠さんと別れた僕は、ミッドナイトの立つステージ前へ進み出す。

 

その時、肩を掴まれた。僕は振り向いてこの手の主を確認する。

 

「やぁ☆」

 

「…青山君」

 

お腹に手を置き、プルプルと震えている青山君がそこにいた。トイレの場所でも知りたいのだろうか。

 

「どうしたの?」

 

「監視カメラの無い最後のトンネル。そこに、気絶している人がいたね☆」

 

「…あぁ、そういえばいたーーーー」

 

「キミでしょ?倒したのは☆」

 

…へぇ。僕は順位が表示されているモニターを見る。青山優雅は42位。予選通過者の中では最下位の結果だ。

 

まぁ、()()()()()()()()()か、そりゃあ。

 

「…キミがこんなに下位なのも、皆を観察する為だよね☆僕がキミを見つけたように」

 

僕は思わず笑う。正直に言って青山君に看破されるとは思ってなかった。

 

笑いながら僕は返す。

 

「まぁね。それが、どうかした?」

 

「僕からは一言。中々スマートだったよ、あの技☆」

 

そう言い残して彼は去っていった。きっとトイレに向かってるんだろう。間に合えばいいけど。

 

青山君は42位。つまり、僕が気絶させた元39位の彼がいたらランク外だった訳だ。その事による感謝を言いたかったのかな…?

 

A組の中でも、彼は最も不思議な人だ。個性的とも言える。

 

こういう時ふと、心が読めたらいいのに、なんて思ってしまう。

 

 

 

 

青山君の言う通り、今回の“障害物競走”は観察を念頭に置いて行動していた。

 

そもそも、第1種目で 1位を取っても特に意味は無いのだ。これは予選。ある程度のボーダーが決まっており、その中に入る事が絶対条件だ。

 

そしてこれは、B組の“個性”の使い方を直に見る事が出来るチャンスなのだ。

 

対して僕は『隠す』しか使ってない事で情報を全く見せない。これは中々のアドバンテージなんじゃないかと思う。

 

さて、その気になる“予選のボーダーライン”をどうやって知る事が出来たか、についてだけど。

 

単純だ。前回、前々回、その前回と、“雄英体育祭”のあらゆるデータを分析した結果だ。もちろん、『覚ます』を使って。

 

分析した結果、予選のボーダーは『40〜50』の範囲だとわかった。これ程注目されているイベントだし、エンターテイメント性も加味すると、例年のボーダーは大幅に変化しないだろう。

 

あとは『隠す』を使って妨害を受ける事なくB組の個性を観察しながら、40位以内に入るだけ。

 

元39位の彼には本当に悪いことをした。予選通過者が40位未満の可能性もあったので、39位がベストだったのだ。

 

“必殺技”の試し打ちにもなったから、僕としてはそこまで後悔してないけど。

 

…予選で 1位の緑谷君も僕と同じように“分析タイプ”だから、ある程度の順位を保つだけだと思っていたんだけどな。

 

まるで誰かに“体育祭で目立って欲しい”と頼まれたかのようにトバしてきている。

 

『ーー僕も本気で獲りに行く』

 

うん、いいね、アツい戦いになって来た。

 

ひとまず僕は賭けに勝った。これで第2種目から楽になるんじゃないだろうか。

 

“個性”を明かしてないアドバンテージ。これは大切にしていこう。

 

『覚ます』を持つ僕にとって、“情報戦”で負ける事はあり得ない。

 

こうやって調子に乗った僕は、“出る杭は打たれる”ってあるんだな、と思い知る事となる。

 

 

 

 

「さぁて、気になる第2種目の発表よ。…第2種目はこれ!“騎馬戦”よ!」

 

ミッドナイトが指差すモニターに表示されたのは騎馬戦の文字。

 

もちろん、僕ら予選通過者はざわつく。

 

「き、騎馬戦⁉︎」

「…個人戦じゃないけど、どうやるのかしら?」

 

そんな疑問に答えるように、ミッドナイトはモニターを駆使して説明する。

 

それを要約するとこんな感じ。

 

・騎馬は2〜4人。

・予選の順位によって振り分けられたptを合計したハチマキを騎手は付ける。

・最下位が5ptで、上位へいくにつれて5ptずつ上がる。

・ 1位は特別に1000万pt

 

…隣の緑谷君が石化したかのように固まる。ちなみに『合わせる』は使っていない。だというのに、蛇に睨まれた蛙のように、萎縮してしまった。

 

そんな空気の中でも、ミッドナイトは説明を続けている。

 

「ーーーそれじゃこれより15分!チーム決めの交渉スタートよ!」

 

さて、39位の僕は20pt。自チームの騎馬ptは高くしておきたいだろうし、これは難航しそうかな…。

 

と、思っていた矢先だった。

 

「…九ノ瀬。俺と組んでくれ」

 

声の主を見て、僕は少しだけ驚く。正直彼から声をかけてくれるとは思ってなかった。

 

「…メンバーは?」

 

「八百万にはもう声をかけてある。あと1人は、飯田の予定だ」

 

機動力、攻守ともに優れたメンバーだ。それにしても判断が早いというか何というか。

 

なぜ僕を選んだのかはわからないが、誘ってくれたのはありがたい。

 

「よろしくね、轟君」

 

「あぁ。ーーーー1千万を獲りに行く」

 

もちろん、僕もそのつもりだ。

 

 

 

ーーーなんて息巻いていた自分を殴りたい。

 

まんまと轟君に嵌められたね。参った参った。

 

「…時間もない、早く教えてくれ。お前の“個性”について」

 

…自分で言うのもなんだけど、A組の中で最も謎が多い人ってのは僕だと思う。

 

正確には、底が知れない生徒、だろうか。

 

過去類を見ない“個性複数持ち”として扱われているのだから、当然の話だ。先生方には苦しくも異形型と説明したけど、それはただの理論上可能と言う話。

 

はたから見れば、“個性”を複数持つ超人として、扱われ、警戒される。

 

いや、僕も『能力』について永遠に秘密にするという訳じゃない。けど、やっぱり『冴える』については話すのが抵抗はあるし、進んで話す気は特に無かった。

 

ただ、話さないことでこの“雄英体育祭”において相手の想定を上回る動きが出来る事は確かなのだ。僕は遠形先輩の言葉を思い出す。

 

『手の内を明かしているクラスメイトが敵となるから、それを超える“進化”を見せないと!って話さ!』

 

それなら手の内を明かさなければいい。…という予定だったのだが、今回の騎馬戦では仲間となる相手に、話さないというのはおかしな話だ。

 

チームの雰囲気に関わるし、更には連携がうまく取れない恐れがある。それで負けたらまさに本末転倒だ。

 

僕はため息をついて口を開く。仕方ない。手早く説明して轟君達の個性について理解を深める方が賢明だ。

 

「“目を合わせる”は名前の通り。“目を合わせた相手”を石化させる個性だよ。厳密には相手の身体の動きを止める。思考すらも止めるよ。…ただ、その効果が相手の目を反射するせいか、僕の身体も止まる。持続時間は4秒」

 

…僕の身体すら石化してしまうのは僕が偽物の器だからなんだと思う。『合わせる』がレーザーとして考えるとイメージしやすいけど。相手の目を通して反射した『合わせる』は“元”人間の僕の身体には効果を発揮するらしい。

 

「…“奪う”ってやつと同時に使えねぇか?その隙に“氷結”で動きを確実に止められるんだが」

 

“障害物競走”のスタートと同時に出した氷結はA組以外にも回避した生徒が多かった。恐らくその事を考えて“確実”という言葉を使ったのだろう。

 

「ごめんね。同時使用は何度か試してるんだけど、うまくいってないんだ。A組の人には“奪う”を使って視線を集中させても、“合わせる”までのタイムラグの内に目をそらされちゃうと思う」

 

『合わせる』について何となく知ってるA組には、通用しない。けど。

 

「それはつまり、初見の相手には通用するという事じゃないか?」

 

そう、飯田君の言う通り、B組達には十中八九通用するはずだ。初見の相手には『奪う』と『合わせる』のコンボで相手の動きを止める事が出来る。

 

話を聞いていた八百万さんが困ったように呟く。

 

「…けど、緑谷さん達には通用しませんのよね」

 

ただ、僕らが狙うのは1000万だ。

分析型の緑谷君は『合わせる』について当然対応してくるだろうし、効果は見込めない。

 

緑谷君のグループは常闇君、麗日さん。そしてサポート科の…確か、発目さん、だったはずだ。

 

先ほどの“障害物競走”で観察した所、彼女の発明品は恐るべき性能を持っていた。だから立てれる作戦がある。

 

「…多分だけど、緑谷君達の機動力はサポート科の人の発明品に頼ると思うんだ」

 

「それがどうかしたのかい?」

 

飯田君の疑問に僕は答える。確かに、この『能力』は表立って使った事は無かった。

 

「“覚ます”って個性を使おうと思う」

 

まったく、これで障害物競走のアドバンテージ(情報)が無駄になったな。

 

よりにもよってこんな強敵に『能力』を説明するというのは、後のトーナメント戦での不安が残る。できれば3人とは対戦したくない所だ。

 

そんな不安を抱えながら、僕は3人へ『覚ます』の説明を続けた。

 




轟グループの上鳴の代わりに九ノ瀬となっております。


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騎馬戦決着

 

540ptのハチマキを頭につけた轟君が騎手。その右側を支えるのは八百万さん。左側が僕で、真ん中は飯田君。

 

これが僕らの騎馬形態だ。

待機場所で騎馬をつくりあげた僕らはそれぞれ他の騎馬を観察し、準備する。

 

『さァー行くぜぇ!残虐バトルロイヤル!ーーーースタートォ!』

 

大歓声が湧くその瞬間。あらゆる騎馬が動き出す。

向かうはーーー当然、緑谷君だ。

 

遠くで叫ぶ緑谷君の声が微かに聞こえる。

 

「ーーーもちろん、逃げの一手!」

 

こちらの予想通り、やはり彼は1000万を保持する作戦だ。まぁ、当たり前だけど。

 

右翼側を担当している八百万さんが轟君に聞く。

 

「…本当に私達は向かわなくていいんですの?緑谷さんがハチマキを取られてしまう可能性も当然ーーー」

 

「さっきも言っただろう」

 

前で聞いている飯田君が、こちらを振り返らず答える。その目は緑谷君を真っ直ぐに見据えている。

 

「ーーー彼はそこまでヤワじゃないさ」

 

「同感だね、それに、緑谷君以外でも対応出来るはずだよ」

 

飯田君の言葉に賛成し、僕は八百万さんを安心させるよう言葉を投げかける。

 

「…その事だが、本当に大丈夫なのか?」

 

「大丈夫だよ、最前線にいた君らとは違って僕はB組の個性も把握してる」

 

もし緑谷君以外の手に1000万が渡ったとしても、僕らの力なら取り返せる。

 

「とにかく、序盤は緑谷君の近くには近寄らないように、混戦状態は避けたいからね」

 

「…あぁ、そうだな。動くのは緑谷が逃げ切ってからだ」

 

 

 

 

“障害物競走”で強さを見せつけたからか、轟君が騎手の僕らには敵が寄ってこなかった。

 

一瞬、“宣戦布告”してきた普通科の人ーーー心操人使君と目が合ったが、他のチームへと向かっていった。

 

彼の騎馬は尾白君と青山君、そして上鳴君だった。

 

それを見て僕は悟る。

 

…まぁ、初見殺しの“個性”だからなぁ。

 

B組の“個性”について調べるついでに、印象に残っていたので彼の個性は一応調べておいた。

 

それはかなり強力で、ヒーローというには歪な個性だ。それでも、予選を勝ち上がってこの場に来ているって事は、つまりそういう事なんだろう。

 

僕らが敵と交戦する事ないまま、プレゼントマイクのアナウンスが流れる。

 

『さぁ!7分経過した現在の順位を、スクリーンに表示するぜぇ!ーーーーって、あれ?』

 

交戦状態から抜け出している僕らはスクリーンを見る。一位は1000万を保持している緑谷君。しかし、他の2〜4位を独占してるのは、どれもB組だった。僕らは5位に入っている。

 

『なーんか…A組緑谷以外パッとしてねぇっつーか…爆豪⁉︎あれっ⁉︎』

 

「…!」

 

僕は爆豪君の方に思わず目を向ける。

 

そこにはB組の生徒、物間寧人にハチマキを奪われた爆豪君の姿があった。

 

「…単純なんだよ、A組」

 

物間君はあざ笑うかのように爆豪君を見る。

 

「…ミッドナイトが“第1種目”と言った時点で、予選段階から極端に数を減らすとは考えにくいだろう?」

 

物間君は更に言葉を続ける。笑みを深くする彼とは対照的に、爆豪君の顔は険しくなる。

 

「B組のほとんどは、“障害物競走”では後方からライバルとなる者たちの個性や性格を観察させてもらった」

 

そう言われて見ると、今この段階でB組がA組のハチマキを奪ってる事には納得できる。A組の個性を把握し、対策はあらかじめ練られていたんだろう。

 

「ーーーその場限りの優位に執着したって仕方ないだろう?」

 

…つまり、僕と同じ考えだったって訳だ。

この言い方だと、立案者は物間君なんだろう。もしかすると、この高校で1番気が合うかもしれない。

 

「切島ァ…予定変更だ…!デクの前に、コイツら全員ぶっ殺す!」

 

ただそれでも、今一番仲良くなりたいのは君なんだよね、爆豪君。

 

だから、こんな所で負けないでくれよ。

 

爆破音を耳にしながら、ついに僕らは動き出した。

 

 

「くっ…轟か」

 

B組の拳藤一佳さんが嫌そうに呟くのを見ながら、僕は轟君に告げる。

 

「騎手の人の個性は“大拳”。リーチが長いからもう少し離れよう」

 

「…!」

 

個性がバレてると悟った拳藤さんは先手必勝と言わんばかりに“個性”を発動し、轟君の頭に手を伸ばす。

 

「八百万!伝導の準備を!」

 

八百万さんの肩から“創造”された棒は轟君と地面をつなげる橋だ。棒を通じて氷結される床。拳藤さんは騎馬の人達に氷結の回避の指示を送るが、僕はそれを妨害する。

 

「九ノ瀬!」

 

轟君の呼びかけに応えるように、僕の目が赤く染まる。

拳藤さんの動きが完全に止まり、そのせいで騎馬も動くに動けなくなる。

 

その隙を見逃さず騎馬を氷結させる轟君。無防備な状態の拳藤さんの頭と首からハチマキを奪い取り、僕らは2位に浮上する。

 

「…悪りぃな。一応貰っとく」

 

拳藤さんの悔しそうな声を背中で聞きながら、僕らは緑谷君達のいる場所へ向かった。

 

 

「ーーーーそろそろ獲るぞ」

 

 

 

 

発目さんのサポートアイテムで一時的に空中に逃げた僕らは、麗日さんの“無重力”のサポートで何とか着地する。

 

B組の作戦なら、他のA組を狙っても上位4位には入れる。つまりーー

 

「僕らに固執する可能性が少なくなる…!これなら…!」

 

逃げ切れる、と言おうとした瞬間。前騎馬の常闇君が急停止する。

 

よろけた態勢を整え、僕は顔を上げる。

 

「ーーーーそろそろ獲るぞ」

 

「そう上手くは…いかないか…!」

 

騎手の轟君がこちらを真っ直ぐに見据える。その下にいる八百万さん、飯田君、九ノ瀬君もこちらを見る。

 

ーーそんな九ノ瀬君の瞳は真っ赤に染まっていて。

 

「ーーみんな!九ノ瀬君の方は極力見ないように!動けなくなる!」

 

「うん!わかっとるよ!」

 

麗日さんからの返事を聞きながら、僕はこれからの対応を考える。ちょっとでも気を抜くと九ノ瀬君へ視線が引きつけられる。

 

タネが割れてるのにこの威力…!

 

意識の片隅に置かなければいけない九ノ瀬君の存在は、いるだけで厄介な存在だ。

 

「もう少々終盤で相対するモノだと思っていたが…随分買われたな、緑谷」

 

「残り時間はあと半分!足止めないでね!」

 

そう言って周囲を確認する。

 

「…もう失うものは何もねぇ…!障子!フルアタックモード!行けぇ!」

 

「行くよーーみんな!」

 

すると、轟君の後方から向かってくる多数の騎馬。

 

目的は僕だろうけど、轟君達もこれに対応せざるを得ないはず…!この隙に一旦距離を…!

 

その瞬間。冷たい風が強く吹く。

思わず閉じた目を開けると、轟君達の背後にある大氷結が、僕らを閉じ込めるような壁を作り上げていた。

 

僕らの逃げ場を封じると同時に外部からの妨害を防ぐ。

 

残り6分程度で、僕らは完全に一騎打ちに持ち込まれた。

 

「…轟さん!相手は空を飛べるのですし、もう少し氷結を高くした方がいいのでは?」

 

八百万さんの疑問に答えるように、反対側にいる九ノ瀬君が口を開く。

 

「ーーーー大丈夫!さっきの峰田君の攻撃のダメージがあるから、相手はもう空を飛べない。“覚ます”も使わずに済むよ!」

 

「…くそ、よく見てるな…!」

 

九ノ瀬君の言う通り、峰田君の“もぎもぎ”でサポートアイテムの片足が破損している。着地に不安が残る以上、空を飛ぶのは厳しい。

 

厄介な存在の九ノ瀬君を()()()()()と、その赤く染まった目を真正面から見ることとなった。

 

それはつまり、彼の“個性”が発動している事を意味していて。

 

「ーーーッ!麗日さん!」

 

 

 

 

 

 

気づけば、僕は宙に浮いていた。いや、浮いていたという表現はあまり正しくない。

 

常闇君の個性、“黒影”(ダークシャドウ)によって抱えられていたのだ。それも僕ら4人全員が。

 

麗日さんの苦しそうな顔を見ると、“黒影”でも抱えられるよう咄嗟に4人を“無重力”にしたのだろう。

 

どう考えても“容量超過(キャパオーバー)だ。けど、お陰で動ける。

 

僕らが行える最大の回避手段。それをこんな中盤で使ってしまうなんて…!

 

「ごめん固まってた!着地するよ!」

 

どうやら固まっていたのは僕だけだったようで、発目さんや常闇君は迅速に動き出した。

 

余計な重さの“バックパック”を取り外し、轟君達の進路を妨害するように投げつけ、何とか着地する。

 

そして改めて、状況を確認する。

 

轟君は頭に540ptのハチマキをつけており、首元には2本のハチマキ。

 

「デク君…。やばいかも…」

「あぁ!私の発明品(ベイビー)がぁ!」

 

「ーーー常闇君!黒影!」

 

『アイヨ!』

 

サポートアイテムは使用不可能。麗日さんもコンディション最悪。

 

そんなピンチに、僕は笑う。

 

この高校の校訓を思い出せ。まだやれる。

 

今度はこっちが仕掛ける番だ。

残り6分弱。確かに轟君達の騎馬は強い。

 

けど、黒影の弱点…“光”を持たない以上、まだ勝機はある。

 

オールマイトの為にも、ここで負けるわけにはいかない。

いや、目指すのは優勝だ。だからここで轟君達を脱落させれば、一気に優位に立てる…!

 

 

 

正直、これに関しては完全に誤算だった。

 

常闇君…ひいては、黒影が強すぎる。

 

残り2分といったところで、まさかの緑谷くんは攻撃に転じてきた。もっとも、攻撃してくるのは黒影だが。

 

予想以上の黒影の中距離攻撃力に、僕らは防戦一方という状況に陥っていた。

 

「…チッ!」

 

轟君の苛立った声と同時に、八百万さんの方向から氷結を繰り出す。けど、緑谷くんは轟君から見て左に位置するよう動いているので、前騎馬の飯田君が邪魔で最短距離の氷結は繰り出せない。

 

『ヨッシャア!』

 

遠回りした所で、黒影が対応してきて終わりだ。現に今も、氷結を難なく壊している。

 

更に黒影が狙ってくるのは防御の(すべ)を持たない僕と、炎を使わないと明言している轟君の左側だ。

 

確かにこれでは黒影に対応出来ない。

 

それにしてもこの場面、逃げ切り確実の状況で攻めに転じてくるってのは…。

 

「強気だな…緑谷君…!」

 

『さぁさぁさぁ!残り2分を切ったゼイ⁉︎まさかの轟チームが苦戦という予想外の展開だが、このままだとハチマキ取られて0ptもあり得るぜぇ⁉︎まさに“攻撃は最大の防御ォ”‼︎』

 

プレゼントマイクの言う通り、ここでハチマキを取られるのは最悪のパターンなのだ。僕らが不利の状況に陥った以上、ここは撤退も考えて、2位をキープするのもアリだ。

 

「ーーーいや!奪るぞ!」

 

けど、轟君は全く退く気はない。まるで意地を張っているかのようで、なぜそこまで緑谷君に固執するかわからなかった。

 

ただ、飯田君も同様に退く気はないようで、その目は闘志に燃えている。

そんな飯田君にこっそり話しかける。

 

「…そろそろ時間もない。あの技の準備して欲しい」

 

「ーーあぁ、そうだな」

 

けどその瞬間、ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、焦った緑谷くんは黒影に指示を飛ばす。

 

「ーーー()()()!」

 

今まで黒影の中距離攻撃で、騎馬を接近させる事無かった緑谷君が、ついに動く。

 

その事に動揺した僕らは黒影の攻撃により騎馬をよろめかせる。

 

『モラッタ!』

 

僕の側から攻めてきた黒影が轟君の頭に近づく。咄嗟に発動させた『奪う』で黒影の動きを鈍らせる。凍らせた右腕で応戦する轟君と、反対側から“創造”された盾で何とか攻撃を防ぐ。

 

攻撃を防がれた黒影と入れ違いに接近してきたのは、騎手の緑谷君だった。

 

…まだ攻めてくるのか…⁉︎

 

接近してくる緑谷君と対照的に、飯田君は後ずさる。一旦距離をとろうという魂胆だろう。

 

ただ、それでも緑谷君の腕は伸びる。その腕には“超パワー”が流れ込んでいるようで、思わず僕らは気圧される。

 

このパワー…!まるで、オールマイトの…!

 

その瞬間、僕の頭上には熱気が立ち込める。それは轟君の左腕…つまり、炎を。

 

「ーー相手の防御を…崩して!」

 

緑谷君は右腕を振り切り、その余波で、轟君の左腕も流れる。つまり、完全な無防備の状態。

 

まずい…!

 

“炎を使った事に動揺している”轟君は、緑谷君の右手によって首元のハチマキ2本を奪われ、頭上から攻めてきた“黒影”によって頭の540ptまで奪われてしまった。

 

つまり。

 

『おぉーーーっとここで轟チーム‼︎まさかの!返り討ちで0ptダァーーーー‼︎』

 

「何やってるんだ僕は…!」

「……!」

 

思わず呟く僕と、自分の左腕を呆然と見ている轟君。

 

今の攻撃、緑谷君の首元に伸びる腕はともかく黒影の攻撃は防げたはずだ。なのに防げなかったのは単純、…臆したから。

 

「反省している場合ではありませんわ!とにかくここは他のチームからーー」

 

「いや、ダメだ!他のptの散り方を把握できてない!ここで1000万を獲る!」

 

時間は残り1分。まずい…!

 

もうなりふり構っていられない。

 

「ーーーー飯田君!」

「あぁ!わかってる!」

 

奪ったハチマキを首元につける時間と、余裕ができた事による油断、使い時はここしかない。

 

「ーーしっかり掴まっていろよ!」

 

瞬間、目にも留まらぬ速さで緑谷君達とすれ違う。仲の良かった緑谷君も知らない、飯田君の必殺技。

 

「“トルクオーバー…ーーーーレシプロバースト”‼︎」

 

“間違った使用法”なので言うつもりは無かったらしいが、僕が『能力』について説明しているのを見て、打ち明けてくれたこの技は、初見で対応する事はほぼ不可能だ。

 

「…な、今のは…」

「言っただろう緑谷君。ーーーー君に挑戦すると」

 

緑谷君の警戒が薄れた頭の1000万のハチマキを奪い取った轟君は、首元にそれをつけ、氷結で緑谷君との間に壁を作る。

 

モニターの順位が目まぐるしく変わる。画面に表示された一位の横には轟チーム。緑谷チームは一騎打ち時点での僕らのpt数で、2位になっていた。

 

瞬間、爆破音が耳に届く。

轟君が作った氷結の壁を爆破で乗り越え、上空からこちらの様子を確認する…爆豪君。

 

僕は思わず呟いた。

 

「それアリなんだ…」

 

「クソナード…!いや、1000万は…!」

 

轟君の首元にあるのが1000万と瞬時に判断した爆豪君は単体でこちらへ向かう。爆風に乗って近づく爆豪君を迎え撃つように、僕らの周りは冷気で覆われる。

 

爆豪君の登場から、緑谷くんは先程までの攻めの姿勢から一転、僕らを遠くで見守る形となっていた。“爆破”を見て前騎馬にいる常闇くんの個性、“黒影”が退いた形になっているのに気付いた僕は電撃が走ったかのような感覚を味わう。

 

ーーー何で今まで気づかなかったんだ…!黒影の弱点に…!

 

繰り出された氷結を爆破で破壊しながら、接近した爆豪君は、ついに僕らの頭上を取る。

 

と、そこで。

 

『タイムアップ!!第二種目・騎馬戦終了!』

 

ミッドナイトから終了の言葉が告げられ、最終トーナメントへの通過者が決定した。

 







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