【完結】僕の『敵連合』 (とりがら016)
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第0話 後ろへの第一歩

 事の始まりは中国軽慶市。発光する赤児が生まれたというニュースだった。

 

 以降人々に『個性』という超常が確認され、やがてそれは日常になり、架空(ゆめ)は現実になった。

 

 ただし、その夢はいい夢だけではなく悪い夢を見せる場合もある。

 

 日本における総人口一位の東京都では珍しいことに、一人の少年(・・)が路地裏を歩いていた。辺りにある明かりはちかちかと点滅する電灯のみで、生ゴミと不法投棄された様々なゴミによる腐臭が立ち込める、およそ少年と呼ばれる年齢の子どもには相応しくない場所にいた。

 

 が、この少年自身は自分以外誰もいないこの場所が自分に相応しいと思っているし、誰にも迷惑がかかることのないこの場所が好きだった。

 

 ふらふらとした足取りで路地裏を歩いていた少年は、ぐにゅ、と何かもわからない物体を裸足で踏んで顔から地面に倒れ込む。嫌な臭いが余計に鼻をつくが、生気を帯びていない目をしている少年はまったく気にしていない様子であった。

 

 ここで、少年の一生--とはいっても現在5歳だが--について説明しておこうと思う。

 

 東京都のある一般家庭に生まれ、その個性が発現する4歳までは平和な暮らしをしていた。収入が多いわけではないが明るくたくましい父親、そんな父親を支える笑顔が素敵で綺麗で優しい母親。そんな両親のもとに生まれた少年は、元々の可愛らしい容姿も相まって大層可愛がられていた。

 

 その個性が発現する4歳までは。

 

 ある日、少年の個性が発現すると一瞬で平和な暮らしは崩壊した。

 

 少年が4歳になった誕生日、その当日寝静まった頃に少年の個性が発現し、その当日にたまたま家が連続放火魔の(ヴィラン)に目を付けられ、火の手があがり、たまたま逃げ道を塞ぐように炎が回り、家が崩れ落ち、全焼して両親のみが死んだ。その日、ヒーローや消防はたまたますぐに駆け付けられる位置にいなかったという。焼け焦げた家から一人救出された少年は、すぐに親戚の下へ預けられた。

 

 が、その親戚の下に預けられて温かく接してもらい、少し心を開いたその日に。

 

 その家は強盗にあい、少年以外は殺された。

 

 流石に2つ家庭で自身以外が亡くなっているという経歴を持つ少年を引き取る親戚はおらず、とある施設に放り込まれた少年は、その経歴を知ってなお温かく接してくれる施設の人に助けられ、すくすく育っていくかと思いきや、巨大化する敵に少年以外が踏みつぶされてまたも一人だけ生き残った。

 

 しかし、少年は優しい(ゆがんだ)心の持ち主だった。

 

 施設の全員が殺されたその瞬間、自分の周りに長くいすぎると死ぬということを直感的に理解し、誰の目にも触れることがないようその場から逃げ出した。道中、なぜか工事中の現場から鉄骨が落ちてきたり、通りすがりの敵に攫われたり、その敵が事故で死んだり、その拍子に橋から投げ出されたりしたが、少年はなんだかんだで生きていた。そこからなぜか色々死にそうな目にあい、今に至る。

 

 語った通り、少年の体はボロボロだった。ここにくるまで何も口にしておらず、更に度重なる事故で骨が折れ、腕や足が曲がってはいけない方向に曲がっており、背中に至っては全面はがれていた。

 

 もうすぐ死ぬのか、薄れゆく意識の中、少年はそう考えながら目を閉じていく。

 

 だが、それに待ったをかけた人物がいた。

 

「少年、もう大丈夫だ。僕がいる」

 

 声を聞いて、少年は「あぁ」と絶望した。自分に近づくすべての人は例外なく酷い目にあう。だから一人になるようここまできたのに、また人に会ってしまった。

 

「みたいなことを考えているんだろうけど、僕は大丈夫。君の個性を考えれば、僕が影響を受ける理由がない」

 

「……?」

 

 少年に話しかける男はまるで無邪気な子どものように、ショーを行うマジシャンのように楽し気で、少年を引き付けるような口調だった。今まで何回も聞いてきた嘘の大丈夫とは別の、心の底からの大丈夫に聞こえた気がして、少年は生気のない目を声のする方へ向けた。

 

 どうやら男はしゃがみこんでいるようで、少年には足元しか見えていないが傍から見れば少年の身を案じているように見える。

 

「それに、君は死なないし、死ねない。どんな事故が起きても、どんなに殺されても、最後には綺麗さっぱり元通りさ」

 

 ほら、ワン、ツー、スリー、とやはりマジシャンのようにカウントすると、少年の傷や骨が元通りになり、空腹さえもなくなっていた。

 

「……え?」

 

「今まで辛かっただろう?だが大丈夫、君は居場所を間違えてしまっただけで、そんな不幸(かわいそう)な君に相応しい居場所を用意してあげよう」

 

 少年は戻った腕にぷるぷると力を込めて四つん這いになると、男の顔を見上げた。

 

「こいよ。そこが君の敵連合(ヴィランアカデミア)だ」

 

 男は楽しそう(凶悪)に笑っていた。




月無(つきなし)凶夜(きょうや)(少年)

7月4日生まれ

個性:不幸

自分が不幸になる。不幸の振れ幅は大きく、果ては死に至るものまである。周りに幸せな人が多いほどその効力が増す。


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第1話 わくわく入学式

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 最近思うが、どうやら僕は落ち着いた行動というのがどうも苦手らしい。先生のおかげで周りの人に迷惑をかけることはなくなり、鉄骨が落ちてくることも、車が突っ込んでくることもなくなった。これは、僕が不幸の範囲を制御しているからであり(僕自身は変わらず不幸であるが)、鉄骨を落とすこと、事故を起こすことは僕以外にも不幸が及ぶため、そんなことは起こらなくなる……というのが先生談。

 

 しかし僕は不幸なので、このようにゴミ捨て場の中心に頭から突き刺さっている。なぜこうなったか僕にもわからない。最近は何かの拍子で始まった不幸に「あ、こんにちは。いつものやつさん」といつものやつに心の中で挨拶し、後は何も考えず流れに身を任せているため、始まりと終わりしか把握できていない。

 

 ちなみに、始まりは野良猫を可愛がっていたら突然牙をむかれたことだった。それがなぜゴミ捨て場に突き刺さることになるのか。おかしい。しりとりでりんごと言ったらその拍子で国会議員になるくらいおかしい。なんの拍子だ。

 

 そんなことを考えながらゴミ山から抜け出していると、不意にスマホが震え、たった一つの連絡先から電話がきた。一応言っておくと、僕が不幸な割にこのスマホは壊れたことがない。先生曰く、「連絡がくるほうが不幸だから」とのことだ。そりゃ、凶悪な敵だし、一般論からすればそうかもしれないが。

 

 それは一般論なので、個人的には恩がある先生を待たせるわけにはいかないと通話の文字をタップした。

 

「もしもし」

 

『もしもし。元気そうだね、凶夜』

 

「うん、元気だよ」

 

 今しがためちゃめちゃに臭くなったところだけど、と心の中で付け足す。

 

『確か、君は今年で16歳になるのかな?ということは一般的に言えば高校生というわけだ』

 

 そういえば、と言われて思い出す。

 

 先生が与えてくれる住処でだらだらと過ごしていたため実感がわかないが、恐らく僕は今年16歳になる。違っていてもおかしくないが、先生が16歳になるというのであればそうなのだろう。

 

 しかし、僕に対して高校生とはおかしなことを言う。ボケる個性でも手に入れたのだろうか。

 

「高校生といっても、僕義務教育終わってない……というかそもそも受けてないからなれないよ?」

 

 そう、僕は中学校はおろか、小学校にも通っていない。個性の制御ができていない僕が通えばどうなるかは想像に難くないし、個性の制御と一緒に先生が勉強を教えてくれたため、特に不自由はなかったからだ。

 

『はは、普通の学校じゃないよ。君を拾ったとき言っただろう?君に相応しい居場所を用意してあげようって』

 

 そんなこと言っていただろうか。あの時の僕はボロボロ……とはいっても途中でなぜかきれいさっぱり治ったんだけど、精神まではきれいさっぱりというわけにはいかなかったからあまりあの時のことを覚えていない。が、恩人に覚えてませんというのは失礼なので、覚えているということにしておこうと思う。

 

「そういえば。ということは先生が居場所を作ってくれたってこと?」

 

『あぁそうさ。ちゃんと君の学友もいるよ。数は少ないけどね』

 

 先生はうまく騙されてくれたみたいだ。人とろくに話したことがないのに人を騙すことがうまいとは、自分の才能が怖くなる。まぁ僕にそんな前向きな才能があるとは思えないので、スルーしてくれたんだろうけど。

 

「それは、なんか、嬉しいな。僕も個性が制御できてるし、あとは僕が迷惑をかけなければいいんだ」

 

 先生が学校を用意してくれたのは素直に嬉しい。僕は人生が人生なだけに、普通というものにものすごく憧れる。僕だってこんな個性がなければ普通に学校へ通いたかったし、友だちと遊びたかったし、なんならカワイイ女の子と青春したかった。「桃色の」がつくとなおよし。

 

 ここで僕はもしかして、と思った。

 

 先生は全知全能な(気がする)ので、僕の願望を細かく理解し、そのための学校を用意してくれたのではないのか。そうであれば僕は一生先生を尊敬する。僕が憧れているのはどっちかというと先生ではなくオールマイトだが、それがひっくり返るくらい尊敬しちゃう。

 

『そうか。喜んでくれて嬉しいよ……さて、君に場所を教えて向かってもらってもいいが、無事に辿りつけるとは思えないからね。迎えを用意しているから、そこで大人しくしていてほしい』

 

「おーけー先生。愛してるよ」

 

『僕も君の不幸を愛してるよ』

 

 はは、つれないな。と笑っていると、僕はいきなり黒に飲まれた。

 

 

 

 真っ暗な視界が明けると、そこは薄暗いバーで、そこにいたのは手を顔面にはりつけた痩せた男と、僕の後ろからするりと現れた何やら黒いやつだった。

 

「嘘つき!先生の嘘つき!」

 

「なんだお前、臭いぞ」

 

 先生は嘘をついていないとか、手の男から発せられた自分に対する言葉が「なんだお前、臭いぞ」という無礼オブ無礼だったことはどうでもいい。

 

 ただ、人は相応に夢を見なければ、と再学習したところである。

 

 

 

 ともあれ。

 

 コミュニケーションは挨拶から、自己紹介から始まる。それすらできないやつは人として終わっている。つまりこの論からいくと、手の男は人として終わっているということになる。なんだいきなり臭いって。性根ねじ曲がってんのか。確かに臭いけど。

 

「どうもこんにちは、初めまして!月無凶夜と申します!個性は不幸で、自分と周りを不幸にします!今は制御できているので僕だけが不幸なので心配しないでください!月無だけに、ツキがないんです!よろしくお願いします!」

 

 まず挨拶から入り、名前を告げ、個性を明かすことで僕はあなたに対して警戒心を抱いていませんアピールをする。そしてトドメに爆笑ジョーク。これは手をたたいて爆笑するに違いない。あれ?そういやあの手の男ってどの手叩くの?顔の手外して両手で挟むようにして叩くの?ぜひ見せてほしい。

 

 そんな願いと裏腹に、手の男の指の間から除く目は、ものすごく冷ややかだった。そういえば僕は不幸なので、どんな爆笑ジョークでも人にウケるわけがなかった。決して面白くないわけではない。

 

 手の男は呆れたようにため息を吐くと、背のモニターに向かって話しかけた。

 

「おい先生。使えるやつがくるって言っていたが、これなんだ?」

 

 そう言って指を指してくる手の男。どうでもいいけど顔の手の印象が強すぎて君が手を使って何かしらする度笑いそうになるんだよやめろ。あと人を物扱いするな。

 

『おいおい、いけないじゃないか。あれが自己紹介をしたんだから、君もしないと』

 

 モニターの男は、なんと先生だった。あとナチュラルに先生にも物扱いされた。僕何かした?何もしてないのに何かされるこの僕が?ツキなしジョークの次に面白い冗談だな、それ。

 

 先生の言葉を受けて小さく舌打ちすると、手の男は「……死柄木弔」とボソッと呟いた。個性は?爆笑ジョークは?

 

 弔くんの次の言葉にわくわくしていると、何か黒いやつが「私は黒霧です、よろしくお願いします」と挨拶をしてくれた。ワープゲートという個性を持っていて、名の通りワープできるらしい。僕がその個性を持てばうっかり火口にワープしそうだなぁ。

 

 先生は仕方ないなぁ、といった風に小さく笑うと、「さて、」と言葉を切り出した。

 

『ここに集まった、もしくは集まる君たちは少なからず社会に反感を持っている。中には犯罪を犯してしまったり、思想を持っていたり。そんな人たちの居場所がここ、敵連合(ヴィランアカデミア)さ』

 

敵連合(ヴィランアカデミア)……?つまり、敵の卵ってこと?」

 

 僕が疑問を口にすると、先生は「いや」と言って、

 

『正確には、巨悪の卵さ。君たちには、世界の敵になれる可能性がある。僕になれる可能性がある』

 

 僕に、ねぇ。いや、なりたいといった覚えもないし、僕は僕だし。というか、こんなに不幸な先生がいたら嫌だ。あと顔に手がついた先生も嫌だ。ん?そういえば先生は顔がないから手があった方がいいのか?

 

「こいつに?」

 

 どうでもいいことを考えていたら、弔くんが僕を見ていた。手をふりふりしておく。

 

 僕のキュートさに嫉妬したのか、鬱陶しそうな目をすると弔くんはモニターに向き直った。僕の扱いがひどい気がする。

 

『そう。凶夜は下手をすればオールマイトにだって勝てるかもしれない。凶夜の個性は、幸せな者に対する切り札なんだ』

 

「説明しろ」

 

「なんか、僕の個性って不幸な人には薄い効果で、幸せな人にはエグイ効果なんだって。実際、僕の周りにいたいい人はみんないなくなっちゃったし。その点、君たちとは友達になれそうでよかったよ」

 

「エグイ効果っていうのは、どの程度だ?」

 

 友達のくだり無視するなよ。

 

「最高で死ぬ程度。この場合最悪っていうのかな?」

 

 僕にとって個性で誰かを殺すことは最悪だし、殺される人にとっても死ぬことは最悪だし、最悪の方が適切か。

 

 弔くんは僕の言葉を聞くと、僕の前で初めて笑った。とはいっても明るい笑い方ではなく、にたり、という音が似合うような気持ちの悪い笑い方だったが。

 

「なんだ、それ。使えるな」

 

 使える、とはまた僕のことを道具扱いしているのか。僕がいくら道具扱いされて然るべき地位にいるとはいえ、少しは気をつかってほしい。僕だって人並みに傷つくんだ。でも使えると言ってくれたのはうれしい。やっぱり友だちになれるかもしれない。というかもう友だちかもしれない。友達だ。

 

「好きに使ってよ、弔くん。先生からもよく言われるんだ。『君は幸せな人を不幸にする天才だ』って」

 

 となれば、握手だ。いい関係は身体的コミュニケーションから生まれる。こう言っておけば合法的に女の子に触れる気がする、なんてことはこれっぽっちも思っちゃいない。ただ、僕はオープンな人間になることを目指している。

 

いい(悪い)個性だな、月無。あと、握手はやめておこう。俺の個性は崩壊。5本の指で触れたその瞬間、触れたものを粉々に崩す」

 

「そうか!なら4本指で握手しよう!」

 

 ごちゃごちゃ言っているのが正直鬱陶しかったので、手首をひっつかんで無理やり握手した。慌てて親指をピン、と伸ばしたのが面白かった。

 

「あぶねぇだろお前……!話聞いてなかったのか!」

 

「え?聞いてたよ。聞いてたから、僕に個性を使う気がないって判断して、こうした。っていうか君人の事気遣う性格なの?意外」

 

 顔に手つけてるのに。

 

 なんとなく地雷な気がしたので心の中で呟くと、弔くんは小さく息を吐いた。

 

「使えるってわかったやつを、わざわざ壊すやつがいるか」

 

 あ、なるほど。気遣ったわけじゃないのか。そりゃ誰だって買いたてのゲーム機を真っ二つにしないもんね。僕はゲーム機ほど高性能じゃないけど。

 

 「いつまで手ぇ握ってんだ気持ち悪い」と手を振り払われ、自分の服でごしごし手を拭いていることから、僕に気を遣ったわけじゃないっていうのが本当だということがわかる。というか、今思えば僕ゴミの中にいたから臭いのか。だから拭いてるのか。なるほど。

 

「そうとなれば。黒霧さん、お風呂行かせて」

 

「私をタクシー代わりに使うのやめてもらえます?」

 

『連れて行ってあげなよ。二度と帰ってこなくなるよ?』

 

「……やっぱ使えねぇんじゃねぇか、お前」

 

 僕だって好きで帰らないわけじゃないが、言っても聞かなさそうなので無視して弔くんの腕をひっつかみ、黒霧さんへと飛び込んだ。

 

 なぜか弔くんがブチ切れていたが、僕にとってはブチ切れられるのも新鮮なので、もっと嫌がらせをしようと思う。おい、臭いとか言うな。

 

 

 

『あ、言うの忘れてた。ようこそ、ここが君の敵連合(ヴィランアカデミア)だ』



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USJ襲撃
第2話 学友とゲーム


 僕の不幸は周りの人間がクズばかりだからか、外に出て猫を撫でていたら川に流される程度になりを潜めていた。もうちょっとマシに潜め。

 

 黒霧さんが助けてくれたものの、弔くんには「外に出るな」と顔を4本の指で触れられながら脅された。すると、先生から「弔と凶夜が一緒に行動すればマシなはずだよ」という言葉をいただき、僕が外に出るときはいやいや弔くんもついてくることになった。となると黒霧さんも一緒になるわけで、最近はちょくちょく3人でおでかけしている。あと僕は猫が嫌いになった。

 

 そんな中、とある計画のために僕が一緒に行動しても問題ないようなクソ野郎どもをスカウトしていたのだが、なんともまぁ、弔くんに意外なカリスマ性があることがわかった。なんというか、弱い者の味方というか、弱い者の気持ちがわかるというか、ここらへんの他人の心につけ入るスキルは、先生とどこか通じるものがあると思う。

 

 そういう話をチンピラにしてみたら、どうやら僕にも不思議なカリスマがあるらしい。なんでも「こんなやつがいるなら俺たちはいけてるほうだ」と思えるとか。言い換えれば、僕という存在によって前を向かせることができるということで、大変素晴らしいカリスマである。おかげでスカウトした初日は僕の姿を一目みようというチンピラであふれかえっていた。そんなに下なのか。僕は。

 

 弔くんに「舐められてんじゃねぇよ」と言われたので、「マジカルマジカル、不幸になーれ」とお調子者な感じでチンピラのうちの1人を不幸にしてみたら、たちまち「厄災の神」と恐れられるようになった。なんでも、僕が不幸にした瞬間家が敵に襲われ、わかりやすいくらいの無一文になったらしい。ぎゃーぎゃーうるさかったので、「やられる覚悟もないのにここに立ってるんだ?」とそれらしいことを言ってみたら静かになった。弔くんには殴られた。

 

 君が舐められてんじゃねぇよとかいうからこうなったんだ、と反論すると、今度は「崇められてんじゃねぇよ。丁度いいところねぇのかお前」と言われた。丁度いいところに調節できるような人間なら、今頃君の隣に立っていなかったと思う。

 

 そんなこんなで僕が敵連合に入学してから数日。かの有名なヒーロー科のある雄英高校に弔くんと黒霧さんが潜入するというので、僕もついていこうとしたところ、「お前がいると必ず目立つからくるな」と言われた僕はめちゃくちゃ暇していた。最近はいつも弔くんと黒霧さんと一緒だったため、この暇が苦痛で仕方ない。

 

 ので、チンピラくんと遊ぶことにした。不幸にしたチンピラくんである。

 

「チンピラくん。ゲームしよー」

 

 暇すぎたのでバーに呼びつけ、バンバンとカウンターをたたきながら言うと、チンピラくんは呆れたような目で僕を見た。あれ?崇められてるんじゃなかったっけ?

 

「ゲームって……月無さん、ゲーム恐ろしく弱いじゃないですか」

 

 そう、僕はゲームが恐ろしく弱い。それもそのはず、不幸なんていう個性を持つ僕は、運の関わる要素を持つゲームで勝てた例がない。弔くんと黒霧さんと時々ゲームをするが、運要素があるゲームではとことん勝てない。じゃあ運要素がないゲームをすればいいじゃないと思うかもしれないが、果たして、それでいいのだろうか?そんなことをしたら個性に屈服したようなものではないか?

 

「ふっ、僕らは敵連合。例えそれが自分の個性であろうと負けちゃいけないのさ」

 

「月無さん……」

 

 チンピラくんはなぜか涙ぐんでいた。あれは尊敬とか感動とかではなく、憐みの色が強い気がするのは気のせいだろうか。

 

「というわけで、今回やるのは数字あてゲーム!」

 

「数字あてゲーム?」

 

「うん、僕が考えた(大嘘)ゲームさ」

 

 ルールを説明しよう。

 

 1.お互いに0~9までの数字を組み合わせた4桁の数字を作る。この時、数字の重複はなし。不正を防ぐために紙に書いておく。

 

 2.先攻後攻を決め、先攻が0~9の数字を組み合わせた4桁の数字を宣言する。宣言された側は宣言された数字と自分が作った数字を比べて、場所と数字があっていればH、数字だけあっていればBと宣言する。例えば、作った数字が1234で、宣言されたのが1546なら、1があってるから1H、4が数字だけあってるから1B。

 

 3.(2.)をお互いに繰り返していき、4桁の数字を当てた方が勝ち。当てられた方が負け。

 

「おっけー?」

 

「まぁ、はい。要は4桁の数字を当てればいいんですよね?」

 

 ふふ、こんな理解度のやつに僕が負けるわけがない。僕は不幸だけど頭がいい。って先生が言ってたから、これで僕の不幸を加味しても勝率は70パーセントは固いだろう。僕はこのゲームを発見した時、すぐに答えを見つけ出す方法を編み出した。いや、僕が作ったんだった。今のなし。

 

「じゃあ、経験者の僕が後攻でいいよ」

 

「わかりました。4桁の数字ができたら教えてください」

 

 ここは、今適当に思い浮かんだ「文字数」という言葉を頼りに、1986にしよう。

 

「決まったよ」

 

「俺も決まりました。じゃあいきますよ?」

 

 さぁこい。僕の脳には既に君の負ける姿が浮かんでいる。そしてその瞬間、僕の不幸克服の第一段階が終了したことになる。

 

 僕の進化の礎となれ!

 

「9186」

 

「は?」

 

 待って。僕のつくった数字ってなんだっけ?確か1724?そうだ。そうだった。僕は紙をびりびりに破いて新しい紙に1724という数字を書いた。

 

「ちょっと待ってくださいよ!何堂々と目の前で不正を働いてるんですか!」

 

「うるさいよ!だってこんなん僕の負けじゃんか!こっからの勝ち方なんてバカでもわかる!」

 

「いや、俺大バカですし、もしかしたら月無さんが運よく俺の数字を当てられるかも」

 

「ほんとだ。2H2B。僕の運の良さを見せてやろう」

 

 よく考えればこんなチンピラがまともな考え方できるわけがないし、僕がここで運の良さを見せつけば、それは克服の一歩となる。

 

「じゃあ行くよ!2391!」

 

「あ、0です」

 

 よし!これで数字が4つ消えた。後はじわじわ追い詰めていくだけだ!

 

「えーっと、俺の番ですね。1986」

 

「バカ!バーカ!正解だバカ!でてけ!二度と僕の前に現れるな!」

 

 全然面白くない。なんだこのゲーム。誰とやっても最大2手で負ける気がする。僕だけが不幸になって周りのみんなを幸運にしてる気がする。

 

 むしゃくしゃした僕はチンピラくんを追い出し、詰め将棋を始めた。運要素がないので、心のオアシスである。

 

 ちなみに弔くんが帰ってきた後やってみたが、見事に一手目で敗北した。黒霧さんともやったが、一手目で敗北した。激怒した僕は人生ゲームを取り出したが、約束手形を取りつくしたところで涙目になった僕を慰める形で終了した。

 

 ただ、弔くんが僕の醜態をみてえらく楽しそうだったので、よしとする。が、やっぱりムカついたので夕飯のおかずをよこどりした。僕のおかずがすべて崩壊させられた。ボロボロになったおかずを平気な顔をして食べていたら、びっくりしたような目で見られたんだけど、なんでだろう。たぶん、ボロボロになったものすべてをノーミスでつかむ僕の箸使いに恐れをなしたのだろう。

 

 ただ、なぜか黒霧さんが僕の頭を撫でながらおかずをわけてくれた。僕はかわいそうな目で見られることが多い気がする。

 

 ちょっとした後、弔くんが「将棋でもするか」と誘ってくれた。この前やったとき僕が勝ってしまい弔くんが癇癪を起したから嫌いなのかと思ったけど、誘ってくれたのならぜひやろう。

 

 負けた。こっそり練習していたらしい。悔しい!!

 

 

 

『やぁ、弔、凶夜。色々と順調みたいだね』

 

 弔くんに4本の指でつつかれながらおちょくられていると、モニターがついて先生があらわれた。色々とってなんだろう?一つは雄英に関することだと思うけど、

 

「あ、もしかして生活のことについても?」

 

『あぁ。凶夜、不幸の副産物か、君は察しがいいね』

 

 褒められちゃった。あんまり先生に褒められると基本的に先生大好き人間の弔くんがいい顔をしないので困るが、褒め言葉は素直に受け取っておくが吉である。

 

「察しがよくなってしまうほど不幸だって憐れんでるんだよ、バカ」

 

「バカって言うな!この前僕に将棋負けたくせに!」

 

「ついさっきその負かした相手に負かされてんだろ。ちゃんと考えてもの喋れ」

 

 悔しくなった僕は再び駒を並べ始めた。今度は僕が負かしてやる!

 

 そう僕が意気込んでいると、先生が笑いをこらえるような調子で話だした。

 

『弔、凶夜。将棋は大局を見る目を養うのにいい。実践に勝るものはないが、できるだけ毎日やるといいよ』

 

「毎日?こいつの相手を毎日すんのは疲れるぞ」

 

「負けるのが怖いの?」

 

「上等」

 

 パチ、パチと将棋を始めた僕たちに、先生が問いかける。

 

『君たちは、将棋の駒ならどれが好き?』

 

 それは、どういう問いかけなんだろう。役に立つからとか、単純に強いからとか、そういう答えを求めて問いかけているものではない気がする。なら僕の答えは決まっている。

 

 僕が答えようとすると、弔くんが先に答えてしまった。

 

「王」

 

『それは、どうしてだい?』

 

「死なねぇから」

 

 いや、相手に負けたら死ぬと思うんだけど……まぁ、負けを考えないっていうのは弔くんらしいか。やるからには勝つが当たり前だもんね。

 

「僕は、歩かな」

 

 僕があげたのは前にしか進めない歩。相手の陣地に入れば金の動きができるけど、そうなるまではほかの駒の道を開いたり、壁になったり釣り駒になったりと大忙しの駒である。

 

『それは、どうしてだい?』

 

 弔くんに対する問いと同じ問いをしてきた先生に、僕は歩を一歩前進させながら答えた。

 

「歩である限り、前にしか進まないから。それに、何度やられても次がある」

 

「だが、取られたら相手の駒になるだろう?」

 

 ん?あれ、弔くんの王が好きって、もしかしてそういうこともある?自己投影しすぎじゃない?僕が言えた義理じゃないけど。ただ、お忘れだろうから言わせてもらう。

 

「僕は死なないし、死ねないよ。だから、相手の駒にもならない」

 

「今将棋の話してんだろ」

 

 あれ?わざわざキメ顔で言ったのに、軽く突き放された。しかも飛車とられた。いつの間に。

 

 慌てる僕がおかしかったのか、先生が楽しそうに、満足そうに笑っていた。後で黒霧さんが教えてくれたが、弔くんも微妙に笑っていたらしい。僕に恥かかせてそんなに楽しいか。



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第3話 社会見学前夜

 どうやら、明日は社会見学に行くらしい。行先はかの有名なUSJ。絶対嘘だと思って問いただしてみると、雄英高校にあるウソの災害や事故ルーム、略してUSJというらしい。

 

「え?それ僕死ぬんじゃない?」

 

 いくらウソの災害や事故だからと言って、僕からすれば最大限の凶器となりえる。僕にかかれば猫だってゴミの中や川の中にワープさせるマシーンになるのだ。ウソの災害や事故なんて、ドストレートに危険すぎてむしろ笑えてくる。

 

「お前死ねないんだろ?なら大丈夫だろ」

 

 何言ってんだこいつ、と目で語る弔くんは、僕を信用するような言葉を口にした。人の温かみはこんなにも優しい気持ちになれるのかと感動しかけたが、弔くんの性格を考えると、これは「お前は死なないからどんなひどい目にあってもいい」という意味である。おい、聞き捨てならないな。

 

「いざというときは私か先生が回収しますので、ご安心を」

 

 黒霧さんがそういうなら仕方ない。それに先生が僕を回収してくれるならなお安心だ。回収という言い方が気になるけど、もう今更そういうことを指摘してもキリがない。それに僕がそういう扱いに目くじらを立てる度弔くんが嬉しそうに笑うのだ。人を馬鹿にして笑うのはよくないぞ。腐敗臭のする性格め。

 

「ならいいけど……僕を連れて行って大丈夫なの?個性の都合上、あんまり団体行動に向いてないっていうか」

 

 僕の個性は不幸で、僕自身は常に、あとは設定した相手を不幸にできる。先生曰く僕は人に迷惑をかけたくないと言いつつも心の中ではどうでもいいと考えているので、誰かを巻き込むことを不幸と考えていないということから僕にのみ不幸が降りかかるらしいが、雄英に入学したようなキラキラする若者たちは、きっと他人を巻き込むことが何より不幸に違いない。それは一般人然り、敵然り。となると、僕の個性は雄英生に発動した時点で無差別な殺戮兵器となる。

 

 それに、幸せな人にはめちゃくちゃ効く僕の個性だ。最悪、チンピラくんたちが全員死ぬことも考えられる。

 

「構わねぇ。あいつらは所詮捨て駒だ」

 

「そっか。なら構わないね」

 

 少々心が痛むが、弔くんが言うなら気にしないことにしよう。僕の居場所はチンピラくんたちのところじゃなくて、あくまでもここだし。こんなに不幸が控えめになる居心地のいい場所は二つとない。はず。

 

 僕の個性がなくなれば別だろうけど。

 

「お前の個性は幸せなやつには滅法強いんだろ?なら連れて行かねぇ選択肢はない」

 

 それに、と弔くんは続けて、

 

「お前は対オールマイトの切り札になりえる……らしいから、今回はその試運転だ。だからお前にはオールマイトとは会わずに、バラけさせたガキの相手をしてもらう。お前の天敵のイレイザーヘッドもいるかもしれないからな」

 

「イレイザーヘッド?」

 

 その言葉を聞いて、僕はハゲ頭を思い浮かべた。ハゲが僕の天敵とは、どこまでもしょうもない男である。僕。

 

 よく聞いてみると、目でみるとその人の個性が打ち消されるという個性らしい。その人の目だけもらえないかな。えぐりだして僕の目に移植する、みたいな。そういえば先生は人の個性を奪って誰かにあげられるみたいだし、頼んでみようかな?

 

「一応言っとくが、イレイザーヘッドの個性を貰おうなんて考えるなよ。そんな幸運、お前の個性が許すわけがない」

 

「何が起こるかわかったものではありませんからね」

 

 そんな考えが顔に出ていたのか、弔くんと黒霧さんに釘を刺されてしまった。いいじゃないか別に。この不幸って個性めちゃくちゃ邪魔なんだよ?君たち不幸にしてやろうか。

 

「でも僕がもらえたところで自分の個性は消せないのか。雑魚じゃんイレイザーヘッド。だからハゲなんだよ」

 

「更に言っておくがイレイザーヘッドはハゲじゃない。むしろぼさぼさだ」

 

 こういうときって普通ふさふさって言わない?そう疑問に思っていると黒霧さんも頷いていた。どうでもいいけど、黒霧さんって真っ黒だから頷くとか、そういう動作がわかりにくいんだよね。もっと声に出して伝えてほしい。コミュニケーションを知らないのか?

 

「さて、本題はお前がどのエリアに行くかだ。お前の個性のことはお前が一番わかってるだろ。だからお前が決めろ」

 

 僕の個性のことは先生が一番わかってると思うけど。なんとなく。先生がいなかったら範囲の設定なんかできっこなかっただろうし。

 

 僕は黒霧さんからUSJの地図を受け取り、どんなところがあるかじっくりと眺めた。なんか、旅行前にどこに行くかを決めてるみたいでわくわくする。実際はどこでひどい目にあうか決めているんだけど。

 

「大雨・暴風ゾーンはなしだね。雄英の子を見つけられない可能性がある」

 

「あぁ、お前にはできるだけ怪我をしてもらいたい」

 

「弔くんって僕のこと嫌いなの?」

 

「いや、好きだ。お前の不幸がな」

 

 やっぱり先生と似てるな、弔くん。

 

 弔くんが僕に怪我をしてもらいたいらしいので、その要望を踏まえつつ消去法でゾーンを削っていく。

 

「となると、水難ゾーンもなし。僕泳げないし」

 

「そうなのか?いや、そうだろうとは思っていたが」

 

 むしろ義務教育を受けず、個性の制御と勉強ばかりしていた僕が泳げたらそれはものすごい才能の持ち主ではないだろうか。もちろん、そんな才能が不幸な僕にあるわけがない。個性が発現する前は泳げていたのかもしれないが。

 

「山岳ゾーンもなし。雄英の子が来る前に落っこちちゃう」

 

「お前クズと一緒ならそこまで不幸にならないんじゃなかったか?」

 

「念のためだよ」

 

 僕の不幸を舐めちゃいけない。常に最大限の注意を払う必要がある。

 

「火災ゾーンは……うん、やめとこう」

 

「やめとこう?」

 

 あの時のことを引きずってるわけじゃないけど、できれば避けておきたい。個性の発現があの状況だったから火はむしろ得意分野だと思うけど、あまり肉を焼きたくはない。無条件で一番怪我をしやすいところだけど、やめとこう。

 

「となると、土砂ゾーンか倒壊ゾーンだけど……」

 

「倒壊ゾーンだな」

 

「やだよ。目と耳が潰れちゃうかもしれないし、そうなると役立たずじゃん」

 

 というわけで僕は土砂ゾーンにしよう。チンピラくんたちに僕を囲ってもらえば土砂に巻き込まれることはないだろうし。不幸なのは僕だけで、チンピラくんたちを不幸にしなければいいからね。

 

「おい、怪我をするって話どうなった」

 

「そこらへんは雄英の子にボコボコにしてもらうから」

 

 我ながら情けないな、僕。襲撃しに行くのにボコボコにしてもらうって何?女の子相手なら歓迎だけど。できれば蹴りで。マゾかよ。

 

「というか、なんで怪我してほしいの?先生から僕の個性に関係するって言われたの?」

 

「あー、関係するっちゃするな」

 

 怪我することが不幸に関係する?なんだそれ。僕が不幸そうな状況であればあるほど不幸が強くなるってこと?追い打ちすぎでしょそれ。どんだけ報われないんだよ。

 

「まぁ、怪我をすればわかる。わからねぇかもしれんが、先生はお前に対する試験みたいなもんだって言ってたな。自分で気づけ、らしい」

 

 試験か。学校ぽくてテンション上がるな。

 

「僕の個性に関して僕自身で気づけって?不幸な僕に気づけるのかな」

 

「先生曰く、絶対に気づけるらしいですよ」

 

 ……ということはつまり、不幸な僕に気づける程度には絶望的で、最悪な個性だってこと?それに気づくことが僕にとって不幸だってこと?

 

 それは、なんというか。

 

「気づきたくないなぁ」

 

「気づけ。お前の個性は理解さえすれば最悪だからな」

 

 なんで理解するだけでひどい目にあわなければならないのか。運命は僕をいじめすぎだと思う。今のめちゃくちゃ痛いやつみたいじゃない?思春期とか中二病とかなかった僕からすると恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい。実際に穴があったら入りたくなくても入ることになるんだろうけど。

 

「楽しみにしてる。お前は、明日を境にまた一歩こちらに近づくことになる」

 

「ってことは、弔くんともっと仲良くなれるってこと?」

 

 僕のセリフに弔くんはものすごく嫌そうな顔をしたけど、気にしない。弔くんは僕の中で嫌がっているときは大抵照れ隠しだって決めつけてるから、きっと弔くんも僕と仲良くしたいに違いない。

 

 そうと決まれば、頑張ろう。明日はUSJの土砂ゾーンに行って、雄英の子に会って、ボコボコにされて、個性について理解すればいい。

 

 個性について理解するのは難しいだろうけど、他はそんなに難しいことじゃない。いつも通り流れに身を任せれば、勝手になっているだろう。なんせ、ひどい目にあうことに関しては右に出るものはいないから。

 

 主観だけどね。



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第4話 社会見学

「絶対に離れないでね!絶対に離れないでね!」

 

 僕は今、USJの土砂ゾーンにいる。チンピラくんたちに囲まれるような形で。僕自身の不幸は他人を巻き込まないということは、こうしていれば土砂に襲われる可能性が低くなるということである。我ながら名案だ。こっちにきた子がすごい個性を持っていたら一網打尽になるけど。

 

 まぁそんなことはありえないだろう。僕は不幸だけど。……あれ、不幸だからむしろその可能性しかないのか?というか、そもそもここで何の事故も起きないっていうのはそんな事故よりもここにくる子の個性でやられる方がよっぽど不幸ってことかもしれない。

 

「あー、みんなごめん。なんかものすごい子がきちゃうかも」

 

「え?いやいや、所詮ガキでしょ。心配しなくても大丈夫ですって」

 

 あ、僕知ってる。そういうのフラグって言って、大体いい結果にならないんだよ。

 

 ほら、こんな風に。

 

 黒霧さんのワープゲートで移動してきた瞬間、みんな仲良く氷漬けにされるくらい、悪い結果になるんだ。

 

「あはは、チートだチート。生まれながらの勝ち組個性……羨ましいなぁ」

 

 どうか交換してほしい。僕の個性と半分頭の君。移動してきた瞬間にこの規模を一瞬で凍らせるって、どんな個性だよ。そりゃ僕もやる気になれば一瞬でこの施設をめちゃくちゃにできるけど、スマートさが違う。何よりクールでかっこいい。というか個性の持ち主もクールでかっこいい。

 

 あぁ、なんか、弔くんたちに影響を受けたのか、よくない考えが浮かんでくる。

 

 僕はこっちに向かってくる半分頭の子をしっかりと目で捉えながら、無理やり氷で地面と固定されている足を振り上げて、拘束をといた。その際に足がボロボロに崩れるが、気にしない。あ、足がないと歩けないじゃん。そのことに気づいた時には、前のめりに倒れて凍った腕が衝撃で折れてしまった。

 

「月無さん!?」

 

「な、なにやってんだお前!?」

 

 チンピラくんたちから、半分頭の子から、驚いたような声が聞こえてくる。腕と脚が欠損することは久しぶりだからちょっと感覚がおかしいけど、いいだろう。これで自由に動けるようになったんだから。

 

 それに、個性を使える余裕もできた。

 

「ねぇ君。名前なんていうの?」

 

 

 

 半分頭の子……と凶夜に心の中で呼ばれていた少年、轟焦凍は、腕と脚を無くしながらも笑顔で名前を聞いてくる凶夜に、身を震わせていた。明らかな異常。個性の影響で冷えた体からくる震えとは別の震えが轟を襲っていた。

 

 単純な恐怖。理解できない行動。

 

(これが、敵……)

 

「ねぇ、聞いてる?」

 

「……人に聞くときは、まず自分からだろ」

 

 轟の脳内で警鐘が鳴る。こいつと話すな、口を聞くな。関われば関わるほど、とんでもないことになる。だが、そう思っていても、目の前の異常から目を離せなかった。

 

 轟の言葉を受けた凶夜は「それもそっか」と納得したように頷くと、変わらない笑顔で自己紹介を始めた。

 

「僕の名前は月無凶夜!君と同い年で、個性は……言わない方がいいのかな?まぁ君とは違ってクソみたいな負け組個性だから、気にしないでいいよ!君は?」

 

「……とどろ「喋っちゃダメ!」」

 

 見えないところから聞こえてきた声に、轟はハッ、と我に返った。凶夜は「女の子の声?」と倒れながらきょろきょろと辺りを見回している。その目に宿る妙な執念に、轟はドン引きした。

 

 声の主は葉隠透。個性:透明を持つ透明人間で、基本全裸である。

 

「相手のペースに乗せられちゃダメだよ、轟くん。ヒーロー名があるならともかく、私たちが本名を名乗っちゃダメ」

 

「へー、轟くんって言うんだ!よろしく!」

 

「しまった!」

 

「葉隠……」

 

 おそらく凶夜の雰囲気にあてられたのか、葉隠がうっかりと轟の名前を伝えてしまった。それを聞いた凶夜はうれしそうな顔をして、「これから僕たち友だちだね!」と明るく言い放つ。凶夜からすれば、名前を交換すればそれだけで友だちなのだ。オープンな男を目指している凶夜の目標は、友だち百人である。

 

 腕と脚を失いながら、それも敵に対して名前を伺ったあげく「友だち」だと言い放つ凶夜に、理解できない何かに轟と葉隠の動きが止まった。それに不思議だと言わんばかりに首を傾げる凶夜だが、突如がくん、と首を落とした。

 

 それもそのはず、周りが冷やされ大幅に下げられた体温に、腕と脚の欠損。普通の人間なら間違いなく死ぬ。

 

 自分の個性で人を殺したことのない轟は、顔色を変えて凶夜に近寄った。流石ヒーロー志望というべきか、敵の死すら見逃せないようだ。それも特別気持ち悪い凶夜の死すら。

 

 轟の行動を心配と受け取ったのか、凶夜は消え入りそうな声で呟いた。

 

「心配しなくても、大丈夫」

 

 凶夜が言葉を紡いだ瞬間、バキン、と何かが割れる音が土砂ゾーンに響いた。何か、というより凶夜が氷を砕いた時と同じ音。見る人によってはトラウマになるような音が、再び響いたのだ。

 

 まさか、と思い轟が敵の方を見ると、敵のうちの一人が腕と脚を欠損させ、倒れていた。誰がどう見ても明らかに死んでいる。だが、轟が敵に目を向けているとき、葉隠は凶夜を見て、驚愕に目を見開いた。傍から目は見えないが。

 

 凶夜の腕と脚が治って、立ち上がろうとしている。

 

「と、轟くん」

 

 思わず、といったように葉隠が轟の腕をつかむと、轟も凶夜が立ち上がろうとしているのに気が付いた。無くなっていたはずの腕と脚が治っているのも。そして、今死んでいった敵の腕と脚が凶夜と同じ崩れ方をしていることにも。

 

(誰かを自分の身代わりにする個性……?いや、それなら俺たちのどちらかに発動するはず。個性の制御が利かない?だとすると、傷つければ傷つけるほどマズい!)

 

「葉隠、走れ!逃げるぞ!」

 

「え!?う、うん!」

 

 轟はこれ以上死人を出さないために、凶夜以外の敵に向けて炎を放ちつつ、駆け出した。凍っていた敵は既に気絶していた様子だったため、氷が溶けたところで問題ない。

 

 走りながら凶夜を見ると、完全に立ち上がっていた凶夜は、先ほどまで顔に張り付けていた笑みを消し、感情の一つも窺えない能面のような表情になっていた。

 

(なんだ、あいつ……!)

 

 それが轟の恐怖心を加速させ、思わずそこにいる(であろう)葉隠を抱え上げ、氷を使って一目散に逃げ出した。

 

 

 

 チンピラくんの腕と脚が割れたとき、僕はすべてを理解した。違う、心配しなくても大丈夫って言ったのはそういうことじゃなかったのに。理解するべきじゃない、これは、理解しちゃいけない。こんな取返しのつかない個性だったなんて、僕自身が理解したくない。

 

 でも、賢い僕は理解した。理解してしまった。何度も陥った死の危険。そのたびに綺麗さっぱり治る僕の体。そして今砕け散ったチンピラくんの腕と脚。治った僕の腕と脚。

 

 思えばおかしかったんだ。たった4歳の僕が、大人が死ぬほどの炎の中で生き延びたこと。だって、一緒に寝ていたんだ。甘えん坊の僕は、お父さんとお母さんと一緒に寝ていたんだ。いくら守ってくれたって、4歳の体力じゃ大人より生き延びられるわけがない。じゃあなんで?ならなんで僕は生きていた?僕が思い出さないようにしていた記憶の中で、お父さんとお母さんの最後の言葉はなんだった?

 

 俺より先に、私より先に死なないで。

 

 おかしくないか?もっと、こう、あの両親なら。そして僕が普通に生き延びていたとしたら。幸せになってとか、生き延びてとか、そういうことを言うんじゃないのか?死なないでって、まるで死に行く人にかける言葉みたいじゃないか。

 

 実際、僕は両親より先に(・・・・・・)死んでいた。そして発動したんだ。僕の不幸とは別の個性が。

 

 さっきの状況と今の僕の綺麗な体を見れば予想はつく。

 

 誰かに自分の状態を押し付ける個性。僕の個性、不幸は他人には作用しない。作用させていたのは押し付ける個性。そして、制御ができていないのにも関わらず、僕が死にかけたときに傷の押し付けが発動するのは、不幸が僕に死ぬことを許してくれないから。

 

 ということは、つまり、なんだ。

 

 事故(ふこう)で死んだと思っていた両親は、施設のみんなは。

 

 ぼくが、完全に、ぼく自身が殺していたっていうのか?

 

「あー、なんか、そうだな」

 

 いつの間にかいなくなっていた轟くんと女の子のことを残念に思いつつ、僕は轟くんが去っていた方を見つめた。

 

 なんとなく、なんとなく。こんな不幸でも、どれだけ報われなくても。いつかはかっこいいヒーローが、もう大丈夫だって言ってくれる気がしてたんだ。でも、誰が助けてくれるんだ。こんな死にたいと思えば思うほど死ねなくて、幸せな人を不幸にして、自分はきれいさっぱり無傷でのうのうと生きているやつのことなんて。僕がヒーローなら殺しちゃうね。こんなやつ。

 

「そうだ、そうだそうだそうだ。先生が言ってた。敵連合が僕の居場所だって」

 

 だって敵連合は僕の敵連合(アカデミア)。これも、それらしくなるための第一歩。ならそれらしくなってみせよう。そうすれば、いつかは死にたくないって思えるかもしれない。そうすれば死ねるかもしれない。あれ?そうなるとだめなのか、死んじゃダメなのか?

 

「まぁ、いいや」

 

 僕は敵だ。最高にかっこいいヒーローと対になる、最悪でかっこわるい敵。そりゃそうだ。死ねないし、みっともなく生きてるんだから。

 

 でも、先生曰く僕は先生のような敵になれるらしいから。そう考えると、悪くない。だって、悪は滅びるって、正義は勝つって決まってるんだから。

 

「そうだ。轟くんならいい感じに殺してくれるかな?」

 

 僕は轟くんが去っていった方へと歩き始めた。

 

 さぁ、始めよう僕。不幸(かわいそう)な僕が、幸福()を手に入れるために。




 終わりそうですが、続きます。


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第5話 敵連合(ヴィランアカデミア)一年生

 轟くんが作ったであろう氷を辿りながら、僕はセントラル広場へ向かっていた。確かそこに弔くんと黒霧さんと、あのグロい脳みそまるだしの怪人脳無がいたはず。脳が無いのに脳があるなんて、おかしいと思ったのは僕だけだろうか。多分おかしいのは僕だろう。

 

 何度かこけて氷が刺さってボロボロになっているが、それでもたどり着けないほどじゃない。やっぱり周りに人がいないとこの個性は大人しい。それが喜ばしくもあり、悲しくもあるんだけど。だって人と関わるななんてあまりにも悲しい。だから一緒にいても平気な弔くんのようなクソ野郎がいるのは嬉しい。やはり敵連合は僕の居場所だ。

 

 ずるずると足を引きずりながら歩いていると、セントラル広場が見えてきた。位置関係的に僕は土砂ゾーンから飛び降りなきゃいけないらしい。いや、土砂ゾーンの入り口があるからいけないってことはないけど、なんかその方がカッコ良い気がする。カッコ悪い僕が言うのもなんだけど。

 

 それに、遠目にオールマイトが見えた。彼より目立つには、彼がかすむ程ひどい目にあうしかない。

 

 気合一発、僕は土砂ゾーンからセントラル広場に向けて跳躍した。自慢じゃないが、僕は色々ひどい目にあって、最初のころは無様にも抵抗していたので身体能力には自信がある。ヒーロー科の子にだって遅れをとらないと自負している。

 

 ただ、どうしようもなく不幸な僕は、綺麗な着地なんてできるわけがない。

 

 結果。

 

「ぶへぇっ!!」

 

 べちゃ、とおよそ人間から出るとは思えない音とともに、僕はセントラル広場に落下した。

 

「な、何!?」

 

 緑のもじゃもじゃの子がびっくりしている。そりゃそうだ。僕もこんな人生を歩んでいなかったらびっくりする。だって、いきなり上から人が降ってきて、ろくな着地もできず、血をまき散らしながらゴミのように落ちてきたんだから。

 

「やっぱりきやがったか……!」

 

 聞く限り、轟くんは怖がっているみたいだった。この僕を?こんなにキュートで、こんなにユーモアがあるのに。今死にかけてるけど。あ、やばいひゅーひゅー鳴ってる。僕から。こんな楽器があっても一生使われないことだろう。それぐらい汚い音がしている。

 

 でも、僕のもう一つの個性のお披露目会。ここは綺麗にスマートにカッコ悪く、最悪な感じで決めたい。

 

 僕は震える脚に喝を入れ、がくがくと震わせながら立ち上がった。

 

「……月無、なんできた」

 

 弔くんは冷静な目で僕を射抜く。そういえばセントラル広場にくるなって言ってたっけ。でも仕方ないじゃないか。なぜかきちゃったんだから。

 

 でもピンチだったみたいだし、ここはカッコよく決めておこう。

 

「君のピンチには駆け付ける。もう大丈夫だ。僕が来た!」

 

 オールマイトを心底嫌う弔くんはこのセリフを嫌うだろうけど、決めるならこれしかない。それに、轟くんとそのお友達の心を掴むならこのセリフしかないだろう。同時に敵認定されるわけだけど。

 

「そんな自信満々に言うってことは、仕上げてきたんだな?」

 

 仕上げてきたっていうのは、僕の押し付ける個性のことだろう。そういえばこの個性の名前、何にしよう。名前って大事だよね。それだけで印象も変わってくるし、認知度も変わってくる。

 

 よし、決めた。今決めた。弔くんは僕のセンスが悪いっていうけど、これはめちゃくちゃオシャレ。

 

「弔くん、僕ってさ。サプライズが大嫌いなんだ。だってあれって結局自己満足の塊で、相手のことを考えましたっていう満足感に浸るだけじゃないか。そして、同じように僕のこの個性も大嫌いだ。はた迷惑で、カッコ悪くて、最悪で」

 

 僕がしゃべり始めると同時、オールマイトが動き出した。それと同時に脳無も動き出し、黒霧さんを抑えていた爆発頭の子に攻撃をしかける。それを無視するわけにもいかないオールマイトは、爆発頭の子を守るために僕から遠ざかった。ナイスフォロー、脳無。

 

「お前ら!なるべくあいつから離れろ!」

 

 轟くんが叫びだし、雄英の子たちが僕から離れていく。しかし、無駄だ。僕の個性は僕が視認、もしくは場所がわかっていれば任意に発動できる。不幸の押し付けもそうだった。

 

「でも、それを押し付けるのがこの個性。僕の不幸も、何もかも!」

 

 今の僕は気分がいい。手始めに、みんなの希望であるオールマイトに使おう。僕の個性はオールマイトすら倒せるらしいし、いい試運転になる!

 

「受け取ってよオールマイト!僕の迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)!」

 

 その瞬間、僕の体は綺麗さっぱり元通りになり、

 

 脳無の体がぐちゃぐちゃになった。

 

「は?」

 

「え?」

 

 弔くんの苛立った声が、オールマイトの呆けた声が聞こえた。いや、だってさぁ。

 

「おい月無!相手が違うだろ!?」

 

「だってオールマイトだよ!?やだよ!オールマイトがぐちゃぐちゃになるの!カッコ悪いじゃん!僕みたいなのに傷つけられるなんて!」

 

「テメェ……!!」

 

「落ち着いてください死柄木弔!」

 

 これを好機ととらえたのか、オールマイトは再生中の脳無にラッシュをかけ、はるか彼方へと吹き飛ばしてしまった。あれ、これもしかしなくても僕のせい?

 

「あぁもうどうすんだこれ……!!お前が不幸じゃなけりゃ今ここで殺してた……!」

 

「不幸じゃなかったら会ってないよ」

 

「あなたという人は……」

 

 雄英の子たちがなんだあいつら、と言いたげな目でこちらを見ていた。というか実際に赤いツンツン頭の子は言ってた。失敬だな、ただの仲良しな友だちだっていうのに。

 

 僕がイライラしだした弔くんにごめんごめんと謝っていると、オールマイトがこちらへ一歩踏み出した。

 

「さてと敵。色々腑に落ちないが、お互い早く決着をつけたいね?」

 

 おおおおおお、生オールマイト!ほんとに現実の生き物?めちゃくちゃ漫画みたいな見た目してるけど。彫りが深いどころの騒ぎじゃない。

 

「クソが……!お前があそこでオールマイトをやってりゃ脳無もやられなかったし、俺もここまでイラついてなかった!」

 

「どうかなぁ。オールマイトだし、どっちにしろやられてたと思うよ」

 

「チートすぎだろ……でもなんか、オールマイトダメージでかそうだな?」

 

 あれ、キレてる割に冷静だ。てっきりどうしようどうしようって言いながら迷うと思ってたのに。黒霧さんもびっくりしてる。ついでに僕も。

 

「ええ、そうですね。子どもたちも手を出してこない様子。死柄木と私で連携すればオールマイトを殺れるチャンスは十分にある」

 

「あれ、僕は?」

 

「お前自分がさっきやった行動思い出してみろ」

 

 オールマイトに加勢したこと?うん、なら僕が悪い。でもオールマイトは悪い人じゃないから、僕も悪くない。つまり僕は正義?まずい、知らない間に僕が雄英生になっているかもしれない。数秒で除籍にされそう。

 

「お前は適当に子どもをやっとけ!」

 

 そう言って弔くんと黒霧さんはオールマイトに向かって行ってしまった。邪魔したあげく邪魔者扱いされるなんて、やっぱり僕はツキがない。月無だけに。

 

 なぜかぼーっとしていると怒られそうなので、言う通り子どもを不幸にしようと思う。轟くんと友好を深めたいし。

 

 なんてことを思っていたその時。

 

 緑のもじゃもじゃの子が、弔くんと黒霧さんめがけて突っ込んだ。辛うじて反応できるレベルで、その速度はオールマイトを彷彿とさせる。というかあれ、脚折れてないか?

 

 うーん、不幸にしようかと思ったけどなんかあの子からはオールマイト臭がぷんぷんするし、オールマイトが嫌がるようなことはしたくない。じゃあ敵やめろって話だけど、それとこれとは話が別。それ死ねって言ってるようなもんだし。え?死ねるの?やめようかな。

 

 そんな冗談は置いておいて、これは少々マズい。別に緑くんに弔くんと黒霧さんがやられるって思ってるわけじゃないけど、なんとなく嫌な予感がする。常に不幸と隣り合わせだった僕が感じる特別な予感。この予感が外れたことは今までに数回しかない。数回あるのかよ。

 

「あ」

 

 嫌な予感が当たってしまった。緑くんを崩壊させようとしていた弔くんの手が、弾丸に撃ち抜かれた。ついでに僕の両脚も。人の両脚をついでに撃つなよ。

 

「増援か……黒霧、月無、帰るぞ」

 

 手を撃たれた弔くんは冷静に言うが、少し待ってほしい。多分このままだと弾丸の嵐にさらされてしまう。ここは僕が引き受けよう。傷ができても誰かに押し付けられるしね。

 

 僕は両脚から血をだらだら流しながら、銃の人から守るように、弔くんの壁になった。それと同時に、僕の全身が弾丸で撃ち抜かれる。なにこれ痛すぎ。やばい。死んじゃう。いや死んでも死なないんだけど。

 

「痛くてムカつくなぁ……!!迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)!!」

 

 僕がかばっておいてなんだけど、イラついたので銃の人に傷を押し付ける。すると僕の体に空いた穴は塞がり、代わりに銃の人の体に穴が開いた。さっき自覚したばかりの個性なのにこの精度。やはり僕は天才だ。

 

「やっと役に立ったな……今回は失敗したが、今度は殺すぞ」

 

 黒霧さんに飲み込まれながら、弔くんは血走った目でオールマイトを見ていた。

 

「平和の象徴、オールマイト」

 

「じゃ、また今度お会いしましょう!」

 

 ワープゲートをくぐりながら弔くんに殴られた。なんでさ。

 

 

 

「結局完敗。脳無もやられて、手下は瞬殺。収穫は月無の個性が覚醒しただけ」

 

 場所はUSJからワープしていつものバー。撃ち抜かれた右手以外は無事な弔くんが椅子にドカッと座りながら、モニターに向かって言った。

 

「ただ、言ってた通りだった。平和の象徴は衰えてた」

 

『だろう?でも、見通しが甘かった。ワシと先生の共作である脳無も回収できていないようだしな』

 

「正確な位置座標を把握できていなければなんとも。探す時間もありませんでした」

 

「言い訳みたいになるが、実際オールマイトを殺せるとは思っていなかったしな。これで殺せるなら平和の象徴と呼ばれている意味がわからない」

 

 初めて会ったとき、弔くんは子どもっぽい感じがしたけど、今はその感じを少し残しつつ、常に冷静でいられている。元のカリスマ性も合わさってますます王に近づいてきた感じだ。友だちとして僕も誇らしい。

 

『オールマイト並みのパワーを使い捨ての駒扱いするのは君くらいだ』

 

 脳無どころかチンピラくんたちみんな使い捨ての駒にしちゃったけどね。また三人に逆戻り。

 

 モニターの向こうの声に、弔くんは「そういえば」と呟いた。

 

「オールマイト並みの速さを持つ子どもがいたな……月無があいつを抑えていれば、もしかしたらがあったかもしれない」

 

 焦った。話がこっちに飛んできた。仕方ないじゃないか。気づいた時にはもう飛び出してたんだから。

 

「勘弁してよ。その後銃の人からかばってあげたじゃないか」

 

「まぁ、ヒーローの一人をボロボロにできたのは痛快だったが……いや、イレイザーヘッドと13号を合わせると三人か」

 

 弔くんは本当に嬉しそうな笑顔で言った。ヒーロー嫌いな弔くんは、ヒーローがひどい目にあうことが何よりも好きだ。と、勝手に僕は思っている。いや、敵らしくていいと思うよ。性根を個性で崩壊させちゃったのかと思うけど。

 

 弔くんは僕をちらりと見ると、最近では日課となった将棋の盤の上に、駒を並べ始めた。

 

「今度は、オールマイトを確実に殺せるような精鋭を集める」

 

 弔くんが駒を並べるとき、まず王を置いてから歩を並べ、そうしてから飛車と角、金、銀と弔くんが個人的に強くて使えると思った駒から並べていく。歩を先に置くのは、そういうことだろうか?聞いても弔くんは絶対に否定するだろうけど。

 

『そうだ!そして君という恐怖を世に知らしめろ!死柄木弔!』

 

「俺と月無だ。間違えるな」

 

「あれ、僕も?」

 

「……恐怖で言えば、お前のが上だと思ってる。実際、子どもの一人が折れかけてた」

 

「?」

 

 実際に話したって言えるのは轟くんだけだけど、轟くんが?友だちなのに?まぁ僕って気持ちが悪いから、仕方ないかもしれない。悪いことしたなぁ。

 

 でも、うん。大丈夫でしょ。

 

 なんていったって、轟くんはヒーローなんだから。




月無凶夜

個性:不幸

自分が不幸になる。不幸の振れ幅は大きく、果ては死に至るものまである。周りに幸せな人が多いほどその効力が増し、不幸な人が多いほど不幸が落ち着く。周りに人がいてもその人がどうでもいい、または死んでほしい人であれば不幸に巻き込まれず、死んでほしくない人なら不幸に巻き込まれる。

個性:迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)

視認している、もしくは場所が分かっている生物に自分の傷や不幸などを押し付ける。死んだときには不幸の「死なない方が不幸」というトリガーが引かれ、周りの生物に死を押し付けて生き返る。第0話では、そこら辺の虫に押し付けた。実は先生がやられる可能性もゼロではなかった。


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保須市
第6話 友だちとテレビ鑑賞


 社会見学という名の雄英襲撃の後、僕たちはそれなりに平和な毎日を送っていた。顔が割れたため大っぴらにはお出かけできなくなったが、黒霧さんのおかげで散歩はできる。カメラがないところに限るけど。

 

 毎日運要素を交えたゲームをしつつ、やっぱり勝てないので将棋をやる。弔くんとの戦績は五分五分だが、黒霧さんとやると結構負け越してしまう。敬語キャラは頭がよさそうと思ってたけど、あれは本当だった。でも、悔しがる僕を見て優し気な声で笑うので、不思議とムカつかない。弔くんは僕が悔しがっているとめちゃくちゃ煽ってくるけど。運要素絡まないゲームで負けるって、お前の価値どこにあんの?みたいな。君が不幸に価値を見出してるからここにいるんだろうが!

 

 まぁ、僕の意思でもあるんだけど。

 

 将棋と言えば最近、ヒーロー殺しのステインという人がヒーローを殺して回っているらしい。あれ?将棋は関係ない。まったく別の話。ごめんなさい。

 

 それはそれとして、なんでステインはヒーローを殺して回っているんだろう?ただの愉快犯にしては、あまりピンとこない。名を上げるとか、力を示すとかなら有名どころを殺すのが一番だし、実際僕ならそうする。雑魚なんか狩らない。あ、今までやられたのが雑魚って言ってるわけじゃないよ。ほんとに。ただ、彼らは運がなかっただけだろう。ステインというヒーロー殺しに目をつけられて、誰にも助けられることなく死んでしまった。

 

 こんな不幸があるだろうか。彼らは折角ヒーローになったのに、助けを求める立場になって、助けられずに死んでいく。おい、オールマイトは何してんだ。そういえば僕らがボロボロにしたんだった。正確には脳無。

 

 あの程度でオールマイトが活動を止めるとは思えないから、本当に運がなかっただけだと思うけど。

 

 それで僕が思ったのは、あのステインとかいう人殺しは僕らのアカデミアに相応しいということだ。何か特別な信念や想いがあるかもしれないけど、人殺しは人殺し。人殺しは等しくクズだ。轟くんの場合は、僕が無理やり死にに行ったからノーカウントで。むしろチンピラくんを殺したのは僕だから、僕もクズ?いやいや、そんなわけがない。だって、殺したくて殺したんじゃないんだから。

 

「ねぇ弔くん」

 

「あ?クズはクズだろクズ」

 

 こんなにクズと連続して言う人間はいるだろうか。こんなことはクズしか言えないと思う。ということは類を友を呼ぶという言葉があるように、ステインはこのアカデミアに相応しい。黒霧さんをクズと呼ぶのには抵抗があるけど、僕が入学する以前に死柄木と一緒にいた時点でクズだろう。恐らく。

 

「というわけでステインをスカウトしたらどうだろ?」

 

「もう黒霧が行ってる」

 

「僕をナチュラルに仲間はずれにするのやめてくれない?」

 

 なんということだ。僕が勝手に一人でうんうん悩んでいる間に、二人の間でスカウトすることが決定したらしい。それを僕に伝えず実行している始末。たぶんスカウトに行くと言われたら僕も行く!と言い出していたので、それを危惧してのことだろう。僕のことをわかってくれているようで嬉しい。が、嬉しくない。ちょっとムカついたから背中をつんつんしておいた。気持ち悪かろう?

 

 鬱陶しそうに僕を見る弔くんに満足すると、ふと弔くんが見ているものが気になり、尋ねてみることにした。

 

「弔くん、何見てるの?それ」

 

 弔くんの見ている画面に映っているのは、体操服?を着ている子たちが障害物……なの?あれ。綱渡りみたいなことしてるけど。僕のイメージしてる障害物はハードルとか、ネットとかそういうのなんだけど。僕があれやったら確実にロープ切れるよ。今すぐやめよう。

 

「雄英体育祭……子どもたちが思ったよりも強かったから、敵情視察みたいなもんだ」

 

 なるほど。確かに轟くんみたいな子が何人もいたらめちゃくちゃ困るし、力を知っておくことは重要だ。弔くんも緑くんの個性を知らなかったからああやって隙をつかれたわけだし。

 

「というか、体育祭に中継が入るって流石雄英だね」

 

「今人気の職業のヒーローを育てる学校で、しかも名門。オリンピックの代わりになるくらい収益が望めるのも納得だ。忌々しい」

 

 今日の弔くんのヒーロー嫌いも絶好調だ。弔くんのヒーロー嫌いが留まるところを知らない。そんなヒーロー嫌いを抑えて敵情視察するなんて、弔くんはボスの鏡だなぁ。僕だけじゃないか。何もしてないの。

 

 流石にそれはまずい気がしたので、僕も一緒に見ることにした。友だちと一緒にテレビを見るなんて、青春っぽいじゃないか。僕の青春のハードル低すぎないか?

 

「あ、轟くんだ」

 

 僕が画面を見ると、友だち(僕からすれば)の轟くんが映っていた。いや、映っているのは轟くんだけじゃないけど、そういえば一緒に映ってる爆発頭くんも見た覚えがある。どうやら、二人がトップらしい。流石轟くん。

 

「轟くん?この氷のやつか?」

 

「そう。この前友だちになったんだ」

 

「やめてやれ」

 

「なんで」

 

 やめてやれって言い方はあんまりじゃない?僕だって僕自身と友だちになっていいことがあるとは思えないけど、実は他人の不幸を吸い取って不幸になっているって感じの個性だったりしない?しないか。一人でも不幸だもんね。

 

 ただなんとなく、轟くんからは絶望的な何かを感じたんだけどなぁ。

 

「轟とかいうガキ、あの時折れかけてたのに持ち直したのか?お前、目の前で死んで、それを他のやつに押し付けたんだろ?そんな簡単に持ち直せるトラウマじゃないだろ」

 

 うーん、僕の目からすれば、持ち直したとかそういうわけでもなく、ただ単にそれを気にする余裕がないというか、考えないようにしてる?ように見える。前ちょこっと調べたけど、轟くんのお父さんはあのNo.2ヒーローエンデヴァーみたいだし、色々複雑ななにかがあるんだろう。

 

 しかも、雄英はちゃんとした学校だろうし、カウンセリングもしっかりしてるはずだ。轟くんの精神は回復していくことだろう。カウンセラーに感謝である。

 

「でも轟くんすごいとは思ってたけど、天下の雄英で一位になるなんて、やっぱりすごいんだなぁ」

 

「まだ終わってないだろ。……でも、決まったようなもんか」

 

 弔くんは前回の教訓から、侮るということをしなくなった。ということは、人の実力を正しく評価できるということである。弔くんの目には、轟くんと爆発頭くんが優秀に映っているのだろう。というかカメラには轟くんと爆発頭くんしか映っていないから二人の事しかわからないんだけど。

 

 弔くんも認める轟くんのすごさに内心誇らしくなっていると、画面内でどんでん返しが起きた。

 

 緑くんが後ろから地雷を使って猛追し、さらに持っていたプレートみたいなもので地面をたたき、地雷を起爆させて二人を追い越していった。あの子って確か、最後に弔くんの邪魔をしたオールマイト並みの速さを持つ子だよね?個性使わないのかな?

 

「あいつ……!」

 

 一位になった緑くんを見て、弔くんが爪を噛んだ。お行儀よくないからやめた方がいいよ。

 

 それはそうと、なんで個性を使わないんだろう?あんなに速く動けるなら個性を使えば楽々一位だったろうに。何か理由があって使えないのかな?そういえば、あの時脚が折れていたような……。

 

「弔くん弔くん」

 

「なんだ」

 

「あの緑くん、体が個性についてきてないのかも。全力出したら大怪我しちゃうとか」

 

「そんなバカみたいな個性が……いや、あるか」

 

 弔くんは途中までバカにしていたが、僕を見てなぜか納得した。なんだ、僕をバカみたいな個性だと言いたいのか?そういうのは先生に言え。先生に。あんなのバカの集合体だろ。バカバカしいを越えてバカバカバカしい。

 

「僕あの子なら勝てる自信あるなぁ。あれ、不幸にしたら調整失敗して自滅しそうだし」

 

「お前の言う通りなら相性よさそうだな。しかも、幸せそうだった」

 

 幸せそうで個性の相性もいいとなると、僕の独壇場だ。覚えておこう。

 

「緑谷出久くんか……」

 

「お前がこの前個性使うのを渋ったやつだ」

 

「次ならいけるよ。うん。ヒーローとして僕の前に現れたら、だけど」

 

 ヒーローと敵の戦いでやられたなら、オールマイトも文句は言えないだろう。悲しむとは思うが、仕事上のことだ。仕方ないと割り切るのがプロだ。でもオールマイトはヒーローだし、許せないのかな?難しいぞ。

 

「今度オールマイトがどうとか言ってみろ。殺すぞ」

 

「殺してくれるなら嬉しいけど、死なないしそうなると弔くんが危ないからやめて」

 

 僕はいまだに死にたいし、この状態で死ぬと周りの人が死んで僕が生き返ることになる。弔くんが僕のことを殺すなら、弔くんが死ぬ可能性だって十分あるんだ。友だちを殺すなんて僕にはできないからね。仕方なく殺しちゃったならそれは仕方ないけど。僕は友だちをなんだと思ってるんだ。

 

「お前はわけのわからない理由でわけのわからない行動をしだすからな。あまり俺をイラつかせるなよ」

 

「そこが僕の可愛いところだと思わない?」

 

「思わねぇよ死ね」

 

「ありがとう」

 

 喋りつつもテレビをしっかり見ている弔くんは本当に真面目だと思う。実はあの襲撃であまり収穫がなかったこと、めちゃくちゃ悔しかったんじゃないだろうか。ちょっと子どもっぽくなくなったとはいえ、基本的には負けず嫌いなのには変わりない。だからこそ、こんなにも真面目にテレビに噛り付いている。僕は飽きたのに。あれ?弔くんは僕のこういうところにイライラしてるのか?そこに気づくとは、やはり僕は賢い。

 

 暇になったので、詰め将棋をしようと思った。不幸な僕に必要なのは、冷静な思考力。どんな状況でも自分のペースを崩さない胆力。僕の不幸に僕が飲まれちゃいけない。どんな雑魚だよそれ。

 

 僕がパチパチと詰め将棋をしていると、弔くんが立ち上がって僕の対面に座った。はて?

 

「やるぞ」

 

「テレビはもういいの?」

 

「ずっと見てると疲れるんだよ」

 

 多分ウソだ。だって、前に将棋したとき勝ったのは僕だから。きっと、前の負けが悔しくてリベンジしようということだろう。

 

 弔くんはやはり負けず嫌いだ。



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第7話 編入生、ひとり

 僕が将棋に負けて文句をたれ、もう一回もう一回と弔くんの周りをウロチョロしていたときにそれはきた。

 

 もはや見慣れた黒霧さんのワープゲートが現れ、そこから目のところに包帯を巻き、刀を背負い、ナイフを装備したいかにもな男がでてきた。何あれめちゃくちゃ怖い。いかれてない?完全に表を歩く格好じゃないでしょ。これをファッションというならその人の正気を疑う。でも、僕は最近の流行を知らないから案外これがトレンドなのかもしれない。刀を背負うのが?バカかよ。

 

 あれ?そういえば黒霧さんって確かヒーロー殺しを迎えに行ってたんだっけ?ということはこのいかれた人がステイン?どうしよう、仲良くできる気がしない。だって怖いし。刀背負ってるもん。いつ殺されるかわかったもんじゃない。死なないんだけど、痛いのは嫌だしね。

 

 僕が弔くんの隣でぶるぶる震えていると、弔くんが「きたか」と呟いた。

 

「ようこそ、悪党の大先輩。そこの黒霧から話は聞いてるか?」

 

「いや……詳しい話は聞いてない。ただ、同類と言われたからな」

 

 ステインは舌をベロっと出して息を吐きながら言った。その姿は私おかしいですよとアピールしてるみたいで、とても気持ち悪い。その癖やめた方がいいと思う。あんなのじゃ友だちができるわけがない。でも、ヒーローを殺してるから欲しくないのかな?ならいいか。積極的にその癖をやっていくといい。僕がその効果を保証する。

 

「なら、説明しよう。先輩、あの雄英が襲撃されたことは知ってるか?」

 

「なるほど……お前たちが雄英襲撃犯ということか?」

 

「先輩は話がわかるやつだな」

 

 弔くんが僕の方を見ながら言った。もしかして僕のことを話がわからないやつって遠回しに言ってる?まぁ確かに弔くんの言うことは大体聞かないけど、それはわかりつつやってるから話がわからないってわけじゃない。僕という人間の意味がわからないだけだ。余計ひどくない?

 

「それで、先輩には俺たちの一団に加わってほしいんだ」

 

 弔くんはあくまで自分が上だというかのように、椅子に座ってカウンターに肘をつき、脚を組みながら勧誘を始めた。僕がこんな勧誘されたら絶対に断っちゃうね。多分個性の関係で断っても入っちゃうんだけど。ほんとなんだこの個性ふざけんな。

 

「目的は何だ」

 

 こんな態度をとられても怒った様子のないステインは心が広いと思う。そんなに広い心があるならヒーローのことも許してあげればいいのに。ヒーローに一族全員殺されたっていうなら仕方ないけど。復讐はナンセンスだっていうひともいるだろうけど、僕はそうは思わない。人を殺したんだから殺されて当然だからね。ほら、あれだよ。因果応報ってやつ。

 

 そういえば僕たちの目的ってなんだっけ?と首を傾げていると、弔くんはニタァ、と邪悪な笑みを浮かべて、凶悪に目を見開いていった。こわい。

 

「そうだなぁ……ムカつくガキを殺したい、オールマイトを殺したい」

 

 弔くんからあふれ出る狂気に、凶器を持ったステインでさえ気おされている。今の爆笑ジョークはいつか使うことにしよう。人気者間違いなしだ。

 

 弔くんがこういうことを口にするとき、ものすごく悪そうに笑うけど、同時にものすごく楽しそうになる。心の底からの言葉だから、こういう風になるんだろう。言ってる言葉はゴミみたいなやつだけど。

 

 弔くんは尚も楽しそうに笑いながら、言葉を紡ぐ。

 

「オールマイトみたいなゴミが祀り上げられてるこの社会をブッ潰したいなぁ……と思ってる」

 

 本当に弔くんはオールマイトが嫌いだなぁ。祀り上げられて然るべき人だと思うのに。あの調子で僕を助けてくれれば、一生崇めることだろう。今でも好きだけど。

 

 弔くんの言葉を聞いて、ステインは弔くんの意思を確かめるようにゆっくりと頷いた。

 

「……俺とお前の目的は対極にあるようだ」

 

 だが、とステインは言って、

 

現在(いま)を壊す。この一点に於いて俺たちは共通している」

 

「交渉成立ってことでいいのか?」

 

「信念も想いもない子どもかと思ったが……中々どうして、お前には生かしておこうと思わせる何かがあった」

 

 生かしておこうと思わせるって、もしかしたら殺されるかもってこと?だとしたら一人になっちゃうじゃん、僕。なんてことするんだ!

 

「はは、ならよかった……ようこそ、ここがお前の敵連合(ヴィランアカデミア)だ」

 

「ふん、用件は済んだ、保須へ戻せ。あそこにはまだ成すべきことがある」

 

 成すべきことって、ヒーロー殺しかな?忙しいなぁステイン先輩は。働き者すぎて涙が出ちゃうぜ。有能そうだし、これもう僕働かなくていいんじゃない?

 

 と思ってたけど、どうやらそうはいかないらしい。弔くんに呼ばれた黒霧さんがワープゲートを発動させると、僕ごと弔くんとステイン先輩を飲み込んだ。君この前まで僕を外に出すことに抵抗なかったっけ?なのになんで今回は無条件で連れてくの?

 

 僕の疑問は発せられることなく、視界は黒に飲まれた。

 

 

 

 ワープゲートを抜けると、思った以上に栄えている街が見えてきた。多分ここが保須市だろう。ここで今からヒーローが殺されるのか。ご愁傷様というしかない。

 

「先輩、何人くらい殺すの?」

 

 ふと疑問に思って聞いてみた。万が一綺麗な女のヒーローが、いや、ヒロインっていうのか?どっちでもいいけど、とにかく女の人が殺されたら困る。もしかしたら僕に優しくしてくれる人かもしれないしね。色々と優しくされたい。何言ってんだ僕は。

 

 僕の言葉にステインはいかれた目を僕に向けると、保須市を見降ろして語り始めた。

 

「ヒーローとは偉業を成した者にのみ許される称号……英雄気取りの拝金主義者は、粛清対象だ」

 

「なるほど。ヒーローはおせっかいが本分だからね。言ってることなんとなくわかるよ」

 

「ハァ……お前とは気が合いそうだ」

 

「どうかな。僕と気が合う人なんていないと思うけど」

 

 これはほんとに。一緒にいる弔くんですら、あんまり気が合ってるとは思えないし。僕が不幸持ちじゃなくて、尚且つ殺せる人間なら多分僕は弔くんに殺されてる。まぁ、その仮定なら僕は弔くんと出会ってないんだけど。

 

 先輩はおしゃべりは終わりだ、と保須市へと飛び降りてしまった。あの高さから落ちたら僕なら確実に死ぬ。羨ましいな。まぁ僕が死ぬ代わりに別の誰かが死ぬんだけど。

 

 先輩が去った後、弔くんは重たいため息を吐いた。

 

「どうしたの?」

 

「いや、合わないと思ってな。俺もお前も、あの先輩に。ブッ潰したいならもっと計画的に、確実にやるべきだ。成功するかもわからねぇボランティアなんてやる価値もねぇ」

 

「ですが、成果は表れていますよ。実際に彼が現れた街では犯罪率が低下しています」

 

 黒霧さんの言葉に弔くんは「知ってるよ」と低い声で返した。

 

「先輩の名前は注目を浴びやすい。ここは精鋭を集めるために、先輩の名前を借りようじゃないか。おい黒霧、脳無出せ」

 

 弔くんが言うと、黒霧さんはワープゲートを開いて、脳無を3体連れてきた。いつ見ても思うけど、めちゃくちゃ気持ち悪いよね、脳無。もっとスマートなデザインなかったのかな?

 

「脳無を捨て駒に、敵連合が動いたってことを世に知らしめる。そして、先輩とつながりがあることを示唆させて、敵連合に精鋭を集める!でも、象徴は2人もいらない。後はわかるな?月無」

 

「……あぁなるほど。先輩が現れるこの街で、先輩に会うことはなによりも不幸だろうね」

 

 要は、先輩へのヒーローの誘導。そして被害を目立たせヒーローを集めて、弔くんより人気になりかねない先輩を捕まえてもらう。あんな戦力になりそうな先輩を捕まえさせるなんて、弔くんはやっぱり冷静そうで子どもっぽい。

 

「殺しても死なねぇお前にしかできない仕事だ。勝手なことするなよ」

 

「ははは!やだなぁ。僕が勝手なことするわけないじゃないか」

 

「勝手なことしかしねぇだろ。黒霧、こいつ送れ」

 

「送った先で問題を起こさないでくださいね?」

 

 計画を今ここで教えられて、なんの問題も起こさずクリアしろなんて無茶言うなよ。でも、不幸の対象がいるフィールドなら僕の個性は最凶だ。なんて言ったって、陥れるのは僕の得意分野だからね。

 

 脳無が街へ行くのと同時、僕はワープゲートに飲み込まれた。



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第8話 路地裏の喧嘩

 黒霧さんのワープゲートから出た僕は、とあるビルの屋上に放り出された。放り出されると大抵大怪我をする僕だが、黒霧さんがそんなミスをするはずもないので、今の僕は無傷である。

 

「じゃ、黒霧さん。また後でね」

 

「よい働きを」

 

 黒霧さんはクールに告げて、弔くんの下へとワープしていった。そういえば今思ったんだけど、僕どうやって帰ったらいいんだろう。どれだけ暴れても回収しに来てくれるならいいんだけど、暴れて迎えにきてくれなかったら僕が自力で逃げ回るしかないのかな?まぁいっか。多分先生が助けてくれるでしょ。

 

 僕は自分の不幸を最大限に警戒しながら、ビルの下を覗き込んだ。するとそこには先輩がいて、何やら男の子をいじめている。あれ、たぶん雄英の子だ。銃の人をやったときに近くにいた子な気がする。なんでここにいるんだろ。職場体験かな?ということは轟くんもいるかも。

 

 あ、そうだいけないいけない。先輩を見つけたんだったらここに誰かを連れてきて目立たせないと。……でも、なんかめんどくさいな。雄英の子がいるならあの子を生かして、つながりがあるって伝えてもらった方がいいんじゃないかな?なんか殺されそうになってるけど。ここは僕が一肌脱ぐしかないか。人肌脱げるかもしれないけど。

 

 僕が意気揚々と飛び降りようとしたその時、先輩がいきなり現れた出久くんに殴られ、吹き飛ばされた。危ない。僕が飛び降りてたら絶対僕が殴られてた。飛び降りた勢いと殴られた勢いが一気に顔に来るなんて冗談じゃない。でもそんな冗談を引き起こすのが僕の個性。面白くない冗談だ。

 

 出久くんがきたなら安心かな?オールマイト並みのパワーを出せるはずだし、さっきのパンチでも大怪我をしていない。大丈夫だ。先輩なんかイチコロだ。後は適当なタイミングで僕が出て、つながりを認識してもらえばいい。思ったより簡単な仕事だった。

 

 だが、先輩が刀を舐めた瞬間出久くんの動きが止まり、再び雄英の子がピンチに陥ってしまった。血液を摂取することで動きを止める個性?だから傷を作れる刃物をあんなに持っているのか。というかマズいぞ、どうしよう。

 

 あれ?でも出久くんは見逃されてるっぽいし、いいのか。いやよくない。先輩を殺させなきゃいけないんだった。やっぱむずすぎるだろこの仕事。

 

 僕が賢い頭をうんうんと悩ませていると、路地裏に再び乱入者が現れた。僕が見慣れない炎とともに現れたのは僕の友だち。

 

「轟くんだ!!」

 

 嬉しくなった僕は何も考えずビルの屋上から飛び降りた。まさかこんなところで友だちに会えるなんて、僕はついている。いや、そんなことはありえないからついてないのか?まぁそんなことはどうでもいい。氷なんていう僕を完全に封殺できるかもしれない個性を持っている轟くんを前にして、僕が現れないなんて冗談あってはいけない。

 

 飛び降りた僕は地面に激突し、ぐちゃぐちゃで無残な姿になった。飛び降りて死ななくなったのは、飛び降り経験値の賜物だろう。

 

「あいたたた。これはもうすぐ死ぬかもしれない。助けて先輩!」

 

 ごろん、とうつ伏せになっていた体を仰向けにしながら先輩に助けを求めると、先輩はかなり冷え切った目で僕を見た。エモノも鋭ければ、眼光も鋭いのか。

 

「何しにきた」

 

 短い言葉で非難するように言う先輩は、なぜだかものすごく怒ってるみたいだった。もしかして僕が倒れているからだろうか。確かに、このままでは失礼だ。

 

 僕はぎょろぎょろと目を動かし、殺してもよさそうな人を探した。先輩にやられて動けなさそうな人、先輩の粛清対象なら、殺してもいいはずだ。少なくともこの場では。

 

 今僕は死んでないから死なないだろうけど、瀕死になるのは間違いないから、ごめんね!

 

迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)

 

「かっ……」

 

 僕は壁に寄りかかっていたヒーローっぽい人に怪我を押し付けて元通りになると、ゆっくりと立ちあがった。ヒーローっぽい人がひゅーひゅー言っているので、大丈夫かなと心配になりつつ、友だちとの再会に笑みを浮かべた。

 

「何って先輩。友だちに会いに来たんだ!久しぶりだね轟くん!知らない間に熱い男になっててびっくりしたよ!」

 

 手をあげて挨拶する僕に、轟くんは左手に灯していた炎を消した。今でもちょっと炎は怖いから、消してくれるのはありがたい。僕の心情を気遣ってじゃないだろうけど。多分僕の個性を警戒したんだろう。

 

「……USJの時といい、お前の個性。どうやら自分の傷を押し付けるらしいな」

 

「自分の傷を……!?」

 

 轟くんが冷静に、だけどどこか焦ったように言うと、出久くんが倒れながらも僕を睨みつけ、声をあげた。

 

「そのために、飛び降りてきたのか……!人を、殺すために!命をなんだと思ってんだ!」

 

 出久くんは優しい子なんだろう。本気で怒ってるっていうのがわかる。でも、言っていることは何かおかしい。

 

「殺すために?いや、僕はここに来ようと思って飛び降りたら怪我しちゃっただけで、誰かを殺そうなんて思ってなかったよ。ただ……」

 

 僕は息絶えたヒーローっぽい人を一瞥して、悲しみを抑えながら言った。

 

「彼は、ツキがなかっただけさ」

 

 先輩に目をつけられた上、僕がここに現れるという不幸。ほんとについてない。もしかしたら僕と同じ不幸の個性持ちかもしれない。あれ、でも死んでるから不幸じゃないのか。それとも押し付けを持ってないから?どっちにしろ死んじゃったから迷宮入りだ。

 

「勘違いしないでよ。僕は別に殺したくて殺してるわけじゃない。ただ僕の周りにツキがない人がいるだけで、僕自身もツキがないだけだ。強いて言うなら、僕に殺させるような原因を作った方(・・・・・・・・・・・・・・・・)が悪い」

 

 僕の言葉を聞いた瞬間、轟くんが分かりやすいくらい動揺した。出久くんはそれを見て、焦ったように叫ぶ。

 

「轟くん!耳を貸しちゃダメだ!アレは君のせいじゃない!」

 

「っ、わりぃ、緑谷」

 

 ん?やっぱりUSJのこと気にしてたのかな。それは悪いことをした。いや、僕は悪くないんだけど、轟くんが悪いとも思えないから。第一、あの時殺させる原因を作ったのは弔くんだ。つまり、弔くんが全部悪い。

 

 轟くんは震えていた体を抑えると、確かな意思がこもった目で僕を睨みつけた。

 

「何と言おうとお前は人殺しの敵。それだけは変わらねぇ」

 

「何か、色々と吹っ切れた目をしてるね。ちょっと興奮しちゃうな」

 

「おい、いい加減にしなければお前も殺すぞ」

 

 僕が轟くんとの会話を楽しんでいると、先輩に背後から声をかけられ、頬を切られて舐められた。くせぇよ。

 

「粛清対象を殺してくれたのには礼を言うが、お前は趣味が悪すぎる。俺があのガキを殺すまで、大人しくしておけ」

 

 そういうと先輩は轟くんの方へ走りながらナイフを投げた。突然のことに反応が遅れたのか、轟くんの頬にナイフがかすり、切り傷ができる。轟くんに何すんだ!僕が黙っちゃいないぞ!動けないけど。

 

 ただ、傷ができたことによって先輩の個性の発動準備が整った。一度血を摂取されればもう勝ち目はない。いや、轟くんは炎と氷を出せるから、まだ抵抗はできるのか?

 

「轟くん!そいつ、多分血の経口摂取で相手の動きを止める!」

 

「目の前で見てた。わかってる!」

 

 轟くんは先輩に近づかれることを嫌ったのか、近づいてくる先輩に向かって氷結する。USJでも見せてくれたとおりかなり大規模な氷結だったが、先輩はその場で跳躍すると氷を足場にして氷結を避けきった。ほんとに動きを止める個性一つだけなの?

 

「己より素早い相手に対して自ら視界を遮る……愚策だな」

 

 言うと、先輩は氷を切り刻んだ。お前絶対別の個性持ってるだろ。なんだそれ。強すぎだろ。というかこのままじゃ轟くんがマズい。ここはひとつ、僕の得意分野をお見せしようか。見えないんだけど。

 

(僕から先輩へ、不幸の迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)

 

 僕の不幸という個性はバレていないはず。これで僕が手を加えたこともバレず、先輩が不幸にもやられてくれるだろう。相手は雄英の子だから殺されないだろうけど、捕まった時点で先輩は大犯罪者だから、表にでることはないはずだ。

 

 早速不幸が現れたのか、先輩は出久くんに首根っこを掴まれ、壁に引き摺られていた。ちょっと面白い。しかも、壁に引き摺られなんかしたら不幸が必ず働く。どんな運動能力を持っていたとしても、その上、その隙をつくように不幸が訪れる。

 

「くっ」

 

 先輩は出久くんに肘打をして離脱したが、引き摺られたとき目に破片が入ったのか、目から血を流している。そのせいで変な着地をしたのか脚が少し震えていた。

 

「大丈夫?」

 

「お前、何かしたか?」

 

 あれま、気づかれた?言わなきゃわからないだろうけど、察しがいいね。恐ろしい。

 

「そんなことするわけないじゃん。それより先輩、その状態で大丈夫なの?よかったら、いい提案があるんだけど」

 

 先輩が僕の方を見た。興味を示してくれたみたいでよかった。

 

「僕を傷つければ、その傷がそのままあの子にいくけど、どう?」

 

「!!」

 

 それが聞こえていたのか、出久くんがものすごい速さでこっちに向かってきた。反応の早さは流石だが、正面からきて先輩を越えられるわけがない。

 

「あ」

 

 そういえば先輩目と脚を怪我したんだった。どこか動きの鈍い先輩の攻撃を潜り抜け、出久くんは僕のところへたどり着いてしまった。

 

「緑谷!」

 

「うん!」

 

 そして轟くんの声が聞こえたと思ったら、僕は勢いよく投げられた。ちょっと楽しいが、その楽しさは異常な冷たさによって消え失せる。轟くんが僕を動かないようにするために、空中で凍らされたらしい。僕の視界は上空に固定されてるし、押し付けようにも誰がどこにいるのかわからない。対処完璧すぎじゃない?というか僕これ捕まらない?

 

「ハァ……阿呆が。何しに来たんだ」

 

「それは同感だが、人の事気にしてる暇あるのか?」

 

 なんか先輩やられそうだし。僕何してんだほんと。生きてる意味あるの?ないから死ねないかな。死ねないだろうな。

 

 僕はどこか遠くで聞こえる決着の音を聞きながら、これからどうしようかと考え始めた。



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第9話 雨降って地ぐちゃぐちゃ

 お気に入り200件越えに加え、評価バー色付き、身に余る光栄でございます。読者の皆様方に飽きられないよう努力しますので、これからも読んでいただけるならそれ以上の幸運はございません。


「せんぱーい、せんぱーい?」

 

 轟くんが作った氷の柱に捕らえられながら、先輩の安否を確認する。目が潰れようと脚にガタがこようと執念でなんとかしそうな人なので、まだやられてないかもしれない。むちゃくちゃな打撃音が聞こえたけど、まだ大丈夫かもしれない。僕なら打ちどころが悪くて死んじゃうかもしれないけど。

 

「お前の言う先輩なら、気を失ったぞ」

 

 そんな僕の儚い思いは、轟くんの無慈悲な一言によって一蹴された。そうか、負けちゃったか。短い付き合いだったけど、好きだったよ、先輩。ウソだけど。僕なら何の未練もなく送り出せる自信がある。会ったばっかの人間にそこまで入れ込めるかよ。ビビらせるな。

 

「じゃあじゃあ。僕下ろしてよ。ちょっと寒さと冷たさが尋常じゃないレベルになってきてさ」

 

「悪いが、得体の知れないお前はプロヒーローがくるまでそのままにしておく。どうやら人が見えない位置に目線を固定していれば、押し付ける個性は使えないみたいだからな」

 

 人を氷にはりつけて放置って、むしろこれ敵側の所業じゃない?鬼畜すぎでしょ。まぁ、僕の人生ではマシな方だから全然許せちゃうんだけど。それに、これは友だち同士のじゃれあいだろうしね。轟くんの声色が友だちに向けるそれじゃないけど。あれ、ていうか。

 

「出久くんたちは?」

 

 そういえばいつの間にか出久くんたちの声が聞こえない。もしかして僕の耳死んだ?いやいや、轟くんの声が聞こえるからそれはないはず……ないよね?

 

「お前の先輩を縛って、一足先に路地裏から出て行ってもらった。俺を残していくの、すげぇ渋ってたけどな」

 

「もしかして僕と友だちになりたかったからかな?嬉しいなぁ出久くん!もう一人は知らないけど!」

 

「単に、俺とお前の間で何があったか知ってるからだろ」

 

 何そのいやらしい言い方。ドキドキしちゃう。それってカップルに気を遣う人のそれに聞こえない?僕は男で轟くんも男だからそれはないけど。でも僕は世間一般で言うと可愛らしい顔をしているらしいから、もしかしたらがあるかもしれない。轟くん相手なら僕は受け入れるぜ!嫌だけど!

 

 その状況になったら死んでやると決意していると、轟くんが迷いのある声色で僕に話しかけた。

 

「それに、聞きたかったことがある。お前が俺と……緑谷を友だちって言いたがる理由はなんだ?」

 

 あれ、これって友好的な何かを築こうっていう感じのやつ?いやいや、そんなことはないはずだ。嬉しいけど、世間一般的に言うと僕は人殺しで、許されていいような人間じゃない。許されなくてもいいんだけど。むしろそれがいい。

 

「ふふふ、それは簡単なことさ。君にだから教えるけど、他の人に教えないでね?」

 

「それは内容による。事情聴取でお前がこのことについて喋らねぇかもしれねぇからな」

 

 ん?事情聴取?轟くんの中ではもう僕が捕まること決定してるのか。ふーん。まぁいいや。

 

「うん、まぁいいや。それで、僕が轟くんや緑谷くんを友だちって言いたがる理由だよね?」

 

 それに関しては僕にしては珍しく一貫している。僕自身の目標のためだ。この個性が発現したその時から、僕がずっと叶えたかった願いのため。

 

「僕の個性は迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)だけじゃなくて、もう一つある。それは、どうしようもなく不幸になる個性。メリットは何もなし。ただただ不幸になる」

 

 死にたくなるほどにね、と付け加えると、轟くんは押し黙ってしまった。弔くん曰く、僕が不幸について語るときはものすごくかわいそうに見えるらしい。でもそれはプラスな見え方じゃなくて、「どうしようもない」っていう諦観とか、恐怖に近いなにかとか。つまり、嫌な気持ちにさせてるっていうこと。

 

 轟くんをそんな気持ちにさせるのは気が重いけど、轟くんが知りたがってるんだ。話すのを止めることはできない。

 

「そして、僕は生きてる方が不幸だから、死ねないんだ。死にたいって思っている限り、僕は死ねない」

 

 いつも考えてた。不幸な目にあうたび、ひどい目にあうたび。表面上ではどうでもいいと諦めつつも、心のどこかで諦めきれない不幸からの脱却。

 

「君たちは、何か、僕を殺してくれる気がしたんだ」

 

 多分僕は笑っていた。一生で一番の歓喜だったかもしれない。轟くんと初めて会ったあのとき、轟くんの中に僕のそれ(・・)と似たような絶望的な何かを感じた。幸せなはずなのに、不幸せ。轟くんは、ちょっと普通だっただけで、ちょっと道を間違えれば僕になれる可能性があるように思えた。出会う人が違えば、歩む道が違えば。

 

 僕のこういうかわいそうな人を見る目は間違いない。

 

 緑谷くんには、希望的な何かを感じた。僕がオールマイトに感じているそれと同質のもの。みんなのヒーロー、世界の味方。未知の期待値。それに、緑谷くんは雄英なんて勝ち組の道を歩みつつも、「弱い人の気持ちがわかる」気がする。報われないその気持ちを、成したいことが成せないその気持ちを。

 

「だからさ」

 

 そう、だからなんだ。僕が君たちを友だちと言いたのは、仲良くしたいと思ったのは。

 

「友だちになれば、助け(殺し)てくれるでしょ?君たちはヒーローだから、どうしようもなくお節介だから。心のどこかで否定しつつも、僕の気持ちがわかってしまうから」

 

「お前」

 

「だから仲良くしよう(僕を憎んで)友だちになろう(僕を助けて)。……でも、君たちはヒーローだから、殺すなんてことはできないと思った。だから、殺さなきゃだめだと思われるような理由(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)がほしかった」

 

「君!大丈夫か!?」

 

 その時、僕と轟くんとは別の声が聞こえた。多分、プロヒーローの誰かだろう。

 

 ヒーローなんていう幸せな人が僕の周りに増えたんだ。僕の不幸はこういう時に必ず発揮される。

 

 プロヒーローの足音が近づくたび、僕を拘束している氷の柱に異変が訪れる。轟くんは、プロヒーローに意識がいっていてその異変に気づかない。

 

「うん、そうだ」

 

 そして、プロヒーローが僕たちの近くにきたその時。

 

「だから僕は、世界の敵になることにした」

 

 氷が割れて、偶然一緒に凍らされていた先輩のナイフが僕と一緒に宙を舞った。

 

「っ!?なんで!」

 

「簡単さ」

 

 僕は迫りくるナイフの気配を感じながら、プロヒーローの姿を確認した。あぁ、せっかくヒーローなんて幸せな仕事につけたのに、この人はツキがなかったんだろう。今このとき、僕のところへくるなんて。

 

「僕がこのまま拘束されて捕まるなんて、そんな幸福ないだろう?」

 

 その言葉の直後。

 

 僕は死んで、生き返って、プロヒーローが死んだ。体はぐちゃぐちゃで、胸にナイフの形をした穴が開いていた。僕が落下してナイフで突かれて死んだからだろう。むごすぎて、すごくかわいそうだ。

 

 僕に刺さっていたナイフはきゅぽんと抜けて、僕の手に収まる。血まみれで汚いが、先輩の形見だ。もらっておくとしよう。

 

 裏路地を出て通りに出ようとする僕に、轟くんが待ったをかけた。

 

「っま、待て!何しに行く気だ!」

 

「心配しなくていいよ、もう殺しはしない」

 

「行かせると思うか?」

 

「僕は、君が凍らせるよりも早く僕を殺せる」

 

 対象は設定しないから、誰が死ぬかはわからないけどね?と笑顔で言うと、轟くんは苦虫を嚙み潰したような表情で舌打ちした。僕もこんなこと言いたくないけど、僕は敵だから。ごめんね。まぁ僕が自殺なんてできるわけないけど。僕が死ぬのは殺されるか、事故死のみだ。自分で死ねるなんて、それは幸せだろう。誰も認識できない場所でひっそり死ねるんだから。

 

 でもそんなことを知らない轟くんは、手出しができない。USJの件もあるし、あまり僕に対して危害を加えたくないんだろう。

 

「……なら、これだけは言わせてくれ」

 

「なに?」

 

 お前には響かねえかもしれねぇけど、と轟くんは小さく呟き、

 

「どれだけ不幸でも、どんなに死にたいと思っても、自分の意志で他人を巻き込むのは間違えてる。……だから、ヒーローなら、お前が友だちになりたいっていう俺なら」

 

 轟くんの表情に迷いはなかった。

 

「お前を生きたいって、思わせられる。誰が死ぬこともなく、助けられる。考え直してはくれねぇか?俺のこの個性なら、他の誰よりもお前をどんな状況からも助けてやれる」

 

 確かに、実際、轟くんと二人きりで氷漬けにされていた時、僕の不幸は起こらなかった。轟くんの言っていることは間違いじゃない。でも、間違いだ。

 

「轟くん」

 

 轟くんは見落としていることがある。僕は既に人殺しで、君と一緒にいられるような人間じゃない。人殺しを学生の隣に置くなんて、それは絶対に無理だ。その上できたとしても「僕と轟くんの二人でいなければならない」という条件がある限り、轟くんは学生生活を棒に振ることになる。それに、人の道を外れた僕にだって。

 

「僕にだって、殺したくない人はいる」

 

 弔くんたちは不幸だから平気だろうけど、轟くんは幸せだ。そして、生きていた方が世界にとっていい人だ。僕が殺したくないと心の底から思ってしまったその時、僕の不幸は作用する。

 

「君たちはどうか、僕を憎んでくれ。僕が生きたいと思ったそのとき必ず、君たちの前に現れる」

 

 僕が死ねるとしたら、生きたいと思えたとしたら、僕は轟くんと緑谷くんの手で殺されると確信している。だって、生きたいと思えたそのとき、殺してほしいと思っていた相手に殺されるのは、そのとき一番不幸だから。

 

 ゆっくり歩いていた僕は、通りに出た。数人のプロヒーローと、雄英の子がいる。なぜか緑谷くんと先輩が近くにいて、更にその近くでは脳無が死んでいた。

 

 僕はプロヒーローと雄英の子を無視して、緑谷くんに向かって歩き始める。先輩の隣を通るときにお疲れ様、と一言呟くと、なぜかへたり込んでる緑谷くんに視線を合わせるようにしゃがんで、言った。

 

「どうも、さっきぶり」

 

「え……あれ、お前は」

 

「轟くんなら生きてるよ。こっちにきてたもう一人は知らないけど」

 

 今この瞬間、僕の運命が決まるこの時、僕は場を支配していた。敵がヒーローでもない子どもに話しかけるというこの状況で、誰も動いてこなかった。それは、僕のこの行動が何より僕が不幸になるという証拠。

 

 それがどういうことかは、わかりつつもあんまり考えないようにした。

 

「詳しいことは轟くんに聞いてもらうとして、僕は君に期待してる。ねぇどうか、いつの日か、僕が生きたいって思えたその時に、僕を幸せに()してほしい。誰よりもヒーローで、優しい君にも頼みたいんだ」

 

 僕は返事を待たずに立ち上がり、両腕を広げ、歌うように叫びだす。

 

「みなさんお初にお目にかかります、僕は敵連合の月無凶夜!世界の敵になる男!」

 

 叫びながら先輩の隣に移動する。

 

「僕たちは思想を、信念を、弱者を歓迎する!クソったれな社会に警鐘を!」

 

 ここで初めてヒーローたちが動き出した。でも遅くない?僕はもう見覚えのある黒に包まれかけている。僕を助けて先輩を助けないあたり、しっかりしてるなぁ。

 

 黒に完全に飲まれる前に決め台詞。さぁみなさん声高に。

 

「こいよ!ここが君の敵連合(ヴィランアカデミア)だ!」

 

 そしてこの時。

 

 世界の敵が産声をあげた。



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第10話 ヒーロー

 なんだかんだ1話通して凶夜出てこないのは初めてかもしれない。


 とある病室。そこには雄英の生徒3人がいた。ヒーロー殺しステインと戦った3人、緑谷出久、轟焦凍、飯田天哉である。誰かのおかげ……あるいは誰かのせいでというべきか、ステインは途中で目が潰れ、脚を負傷したが、それでも強く、結果重傷とはいかずとも病院へ運ばれるに至った。

 

 結果的に死者2名がステイン以外の者の手によって出たこの事件。その重さと、個性の不正使用の隠蔽のために3人の功績は明るみに出ないこととなった。それ自体に文句はないが、問題はそのヒーロー2人を殺害した人物にある。

 

 自分のことを「世界の敵」と称した敵、月無凶夜。ステインの思想が社会に広まることが予想される中、更に「敵連合」の名前を出して演説をしてみせた狂人。彼の演説の中には、明らかに「ステインとのつながりがあること」が示唆されていたことから、社会に蔓延る悪意や思想を持つ者たちが敵連合に集うことは想像に難くない。

 

 ステインにはそれほどのカリスマもあり、同時にあの演説も「救われない者」からすれば魅力的で、救いであった。

 

 というのが多くの人に知られていることだが、轟は事情聴取において、いまだ伝えていないことがあった。それは緑谷も同じであり、2人にとっては口にすることが憚られるもの。

 

「緑谷、飯田、少しいいか」

 

 轟の言葉に緑谷は体を固くし、飯田は不思議そうに首を傾げた。死者が2名出ているため談笑という気分にもなれず、警察から「ありがとう」の言葉を受けて少し気持ちが軽くなったその後に、轟がどこか緊張した声色で話し始めたのだ。

 

 緑谷はその意味を知っていた。

 

「月無のことだね」

 

 月無凶夜。近く、ステインとともに話題性ナンバーワンを争うであろう存在。不幸と迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)の個性を持つ、今注目の凶悪敵。

 

「あいつは、異常だった。俺たちと同じようで、すべてが狂っている、という印象を受けた。理解できないという言葉が一番近い」

 

 少しおかしな表現になるが、この場では月無との距離が一番遠い飯田。彼の月無に対する思いは、恐らく一般の人が月無と相対した時に思うことと同質のものだろう。「同じようで、狂っている」。知っている、わかっている常識があって、敢えて潰しているような存在。

 

「今からする俺の話を聞いて、率直な意見を聞かせてほしい。これをヒーローに話すかどうか」

 

「そういうことを言うってことは、路地裏で何かあったんだね」

 

 緑谷の言葉に轟は小さく頷いた。何かあったなんてものじゃない。あれは月無凶夜の目指す先、目的、行動理念。そのすべてであった。

 

(相手が普通の敵なら、迷いなく話すべきなんだろうが)

 

 こと月無凶夜においては、普通の敵という表現はあてはまらない。このことを伝えると、逆に被害が増える可能性があるからだ。あらかじめ対策をしようとしても対策のしようがなく、真正面から理不尽に押しつぶされる。

 

「一体何を言われたんだ?」

 

「あいつは、俺と緑谷と、友だちになりたがってた」

 

「友だちに?」

 

 轟は思い出した。月無が友だちという言葉を口にするとき。今まで見た中で一番純粋な表情をしていたことを。

 

「あぁ。それ、なんでかって聞いたんだ、あいつに。そしたら、あいつ、俺たちに殺してほしいから、って答えたんだ」

 

「殺してほしい……」

 

「自ら世界の敵と称した敵が、そう言ったのか?」

 

 明らかな異常だろう。凶悪な敵が「自分を殺してほしい」と言っているという事実。死にたがりな最凶敵など聞いたことがない。

 

「あいつの個性、押し付ける以外にあるって言っただろ?」

 

「うん、『不幸』だよね。自分が不幸になるっていう完全なデメリット個性。ただ、敵側に回るならこれほど怖い個性はない。だって月無には押し付ける個性があって、これ多分、傷とか死とか以外にもこの不幸だって押し付けられる可能性があるから。あれほどの身体能力を誇ったステインがドジともいえるあの負傷をしたとき、おかしいと思ったんだ。あれは月無が何かしていたのかって」

 

「緑谷くん、申し訳ないが今はその癖を控えた方がいいと思うぞ」

 

「あ、ごめん」

 

 緑谷は個性を分析することに長け、咄嗟の判断にも優れている。が、このように話の途中でもぶつぶつと考え出すのが玉に瑕。緑谷の友人である2人は気にしないが、初対面でこれをやられると普通に引いてしまうレベルだろう。

 

 轟は緑谷の癖を見ていつも通りだと小さく口の端を上げると、再び話し始めた。

 

「そう、不幸だ。俺はそれを事情聴取のときにただ不幸になるだけの個性って伝えたが、実はそれだけじゃない。いや、個性に関してはそれだけだが、月無の中核に関わるものだっていうことを伝えてないんだ」

 

 月無凶夜の行動理念、その原点。それは間違いなく不幸にある。

 

「それは、不幸が原因であいつが死にたいって思っていること」

 

「それが、殺してほしいってことにつながるのか」

 

「ただ、それだと死を押し付けている意味がわからない。実際俺たちも見ていたはずだ。月無が他人に自分の死を押し付けているところを」

 

 飯田の言葉に、緑谷は顎に手を当てて考え始めた。何か、意味とかそういうものではなく、もっとどうしようもない何かがある気がして、不幸というキーワード、死にたいと考えていること。その2つを考えて、もしかしたら、と思いつく。

 

「……いや、飯田君、あんまり当たってほしくない考えだけど、こう考えたら辻褄があう」

 

 緑谷は轟をちら、とみてから言った。

 

「死にたいって思ってるから、死ねない。死んだ瞬間に、不幸が働くんだ。月無は『生きている方が不幸』なんだと、思う」

 

 知らず知らずのうちに、緑谷の額に汗が浮かんでいた。気持ちのいいものではなく、質としては最悪のもの。それがどういう気持ちか、どういうことなのか。それを考えてしまった緑谷は、当人でもないのにひどく絶望した気持ちになった。特に寒いわけでもないのに、身体が震える。

 

「何!?そんなことが……いや、そうなのか?轟君」

 

 飯田の言葉に、どこか否定してほしいと訴えかける緑谷の目に、轟は頷いた。

 

「そうだ」

 

「それで、その、つまり、死にたいって思えば思うほど死ねなくて、でも死ねる時には生きたいって思ってることで、でもそう思ってると不幸だから、死ぬ?なんだ、なんだそれ」

 

「大丈夫か!?緑谷君!?」

 

 緑谷は、誰がどう見ても優しい少年だ。友だち思いで、正義感が強く、ある場面では誰よりもヒーローになれる。同時に、報われないものが報われる、報われたことを身をもって知っている。だからこそ、これは、月無のこれは、誰よりも重く捉えてしまった。

 

「そんな報われない話、あっていいのかよ……!」

 

「……俺の個性は、あいつの行動を封じるのに向いてる。だから、俺と一緒に生きることはできねぇかって聞いたんだ」

 

「……いいよ、わかってる。月無が死んでほしくないって思う人ほど、死んでしまう。それが月無にとっての不幸だから」

 

「人殺しだという事実は変わらないが、それだけでは収まらないな」

 

 多分、この話を聞いた大半の人は月無に同情する。実際に月無がどう思っていようとも、仕方なく死んで、仕方なく他の人が死んでしまうという風に見えてしまう。そうなれば月無は敵ではなく、恵まれない個性の被害者として扱われてしまう可能性がある。

 

「俺がそう聞いちまうくらいだ。この話をしたら、なんとか月無を助けようとする人がでてきてもおかしくねぇ」

 

「そして、月無は絶対に救われない。だから、助けようとする人に不幸が牙をむく」

 

「なるほど、それで話すべきかどうか、か」

 

「あいつは、確信していた。今俺と緑谷に殺されたいって思ってるってことは、いつか生きたいって思えたその時、必ず俺と緑谷に殺されるって」

 

 轟の拳に、力が入る。「月無が生きたいと思える時を待って、そうなったときに殺すしかない」という現状に、己の無力に腹を立てるように握る拳は、いつしか手のひらを傷つけて血を流させていた。

 

 重たい沈黙の中、緑谷は静かに、泣きそうな声で「駄目だ」と呟いた。

 

「だって、死にたいから死ねなくて、人を殺して、生きたいってなったら死んで、勝手すぎる、そんなの。そんな敵、許しちゃダメだ」

 

「緑谷君……」

 

 事実、緑谷は泣いていた。「絶対に救われないかもしれない個性」を持っている人物がいるという事実に。その人物を、もしかしたら自分の手で殺さなければならないという事実に。そして、己の無力に。

 

「でも、もし本当に月無が苦しんでるなら、助けてほしいって思ってるなら。殺さない、生きて、償わせなきゃ、報われなきゃダメだ」

 

「……そうか、緑谷。安心した。同情だけじゃないんだな」

 

 緑谷は溢れる涙を乱暴に拭って、力強く頷いた。

 

「月無は敵だ。だから、捕まえるのが当たり前。そうでしょ?」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 緑谷の選択が、どういう影響を及ぼすか、どういう結果になるかはまだわからない。ただ、ヒーローの本質は余計なお世話。緑谷は、緑谷と轟は、その本質を全うするだけである。

 

 今、この時。

 

 世界のヒーローが、産声をあげた。

 

「……それで、結局、話すのか話さないのかは聞いていいのかい?」

 

「「あ」」

 

 協議の結果、満場一致で話さないに決定した。



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第11話 王と核

 感想をいただくたび、ドキドキしながら見ています。こういう初心って忘れちゃダメだなって思いつつ、そんな思いが吹き飛ぶくらい喜んでます。端的に言うと、お気に入りに登録してくださっている方々、感想、評価を入れていただいた方々、ありがとうございます。

 凶夜が幸福になる物語、完走させますので、どうか最後までご覧ください。


 突然だが、僕はいつものバーの床で、正座させられていた。目の前には脚を組んでカウンターを指でトントンと叩いている弔くんがいる。明らかにイライラしていた。僕何かしたっけ?

 

 と思っていると、弔くんが僕の顔に新聞を投げつけてきた。受け止めようと思って手を伸ばすが、正座でしびれていた脚に衝撃が走り、バランスを崩して仰向けに倒れてしまう。ちょうどいい感じに顔を覆った新聞を持ち上げて読んでみると、そこには素敵な僕の写真と、捕まった先輩の姿があった。

 

「なになに、保須市で暴動、世界の敵月無凶夜が率いる敵連合とヒーロー殺しはつながっていた……」

 

 写真の中の僕は、両腕を広げて楽しそうに笑っていた。確かにあの時はテンション上がってたし、世界が僕を中心に回っているような気がしてたけど、こんなに笑ってたのか。ちょっと恥ずかしい。というか率いるって何?率いてるのって弔くんじゃないの?

 

 疑問に思った僕はそのことについて聞いてみようとすると、弔くんが僕の首根っこを掴んで動画サイトを開いたパソコンの画面を見せられた。

 

 僕がいた。あの時の短い演説が、コメントによって袋叩きにあっている。中には「テンション上がってくる」といったコメントもあったが、大半は僕という存在、敵連合という存在に対して恐怖するようなコメントで埋め尽くされていた。

 

 続いて、先輩の動画を見せられた。こちらは僕のとは逆に、かっこいいやら、かっこいいやら、かっこいいやら、とても羨ましいコメントが複数あった。死ねや。

 

 見せたいものを見せ終わったのか、弔くんは僕を手放した。いきなり離された僕はろくに受け身もとれず、情けなく顔面を強打する。

 

 痛みに床をゴロゴロする僕を弔くんが足で踏んづけて止めると、4本の指で僕の頬をぺちぺちしながら話し始めた。

 

「先輩の思想、強いカリスマ、それを取り込んでいた敵連合……恐怖の象徴世界の敵、月無凶夜。動画はアップされたそばから消されるが、広まり過ぎた。これはもう覆らねぇ」

 

 どうでもいいけど踏んづけながらしゃがみこんで僕の頬をぺちぺちするのきつくない?女の子だったら大分危険でセクシーなポージングになってるよ?弔くん男だけど。おい、女の子に生まれ変われ。

 

「確か俺は勝手なことするなって言ったな?象徴は2人もいらないって言ったよな?」

 

「うん、覚えてるよ」

 

 言うと、弔くんは4本の指で僕の頬をぐにぃーと押し始めた。地味に痛い。ムカついたので頬の内側から舌で弔くんの指の感触を確かめるようにぺろぺろしていると、思い切り殴られた。今のは僕が悪かったと思う。

 

「お前、勝手なことした挙句象徴になってんじゃねぇよ!!思い通りの情報は回ったが、目立ちすぎだ!」

 

 あ、そうか。今思えばあの演説はいらなかったかもしれない。先輩だけで集客率は十分だし、僕はいらなかった。今になって恥ずかしくなってきたぞ、なんであんなことしたんだ僕。死ねよ僕。死ねないんだった。

 

 弔くんはため息を一つ吐くと、僕から足をどけ、腕を引っ張って立ち上がらせてくれた。

 

「まぁ、お前に妙なカリスマがあることは確かだ。先輩だけでも敵連合には精鋭がきただろうが、お前の演説でより高い効果が期待できる」

 

 弔くんは、怒りつつもメリットがわかっているみたいだ。僕自身僕にカリスマがあるとは思えないけど、そういえば弱い者に効くカリスマのようなものがあるってチンピラくんが言ってたし、もしかしたらそうなのかも。僕いいことした?やっぱり死ぬな僕。いや、死ね。

 

「言いたくないが、俺はお前を認めてる。だから、最低限は違えるな。ルールは守れよ」

 

「わかってる。王は君だ、弔くん」

 

 僕は上に立つ器じゃないし、下の方でみっともなくウロチョロする方が性に合ってる。それに、惹きつけるカリスマはあったとしても、引っ張っていくカリスマは僕にはない。弔くんが僕を認めてくれているように、僕も弔くんを認めている。なんか上から言うみたいで、気が進まないけど。

 

 僕の答えに満足したのか、弔くんは椅子にドカッと座って、「今後の話をしよう」と切り出してきた。静かに見守っていた黒霧さんもこちらに近寄ってきて、参加の体を表す。

 

「これからは、恐らく狙い通り精鋭たちがここに集う」

 

 弔くんは指でトントンと叩く。ここ、とは敵連合のことだろう。友だちが増えそうで嬉しい限りだ。女の子がくるといいな。

 

「ただ、どれだけ精鋭が集まっても誰かさんみたいに勝手をされると困る。組織としては目的、信念が一貫してないといけない」

 

 わかるか?と聞いてくる弔くんに、僕はとりあえず頷いておいた。何かバカにされた気がするけど、ここで反論するときっとひどい目にあう。僕の勘がそういっている。

 

「先輩は言ってたな、現在(いま)を壊す。そしてそれは変わらねぇ」

 

 これだ。弔くんがこの感じになると、ぞくぞくというか、わくわくというか、何かが始まるような気がして、目が離せなくなる。人を惹きつけ、引っ張っていくカリスマ。僕みたいなどうしようもないやつは、これに惹かれるんだ。

 

 弔くんは手をぶるぶると震えさせ、ぐっと握って言った。

 

オールマイト(いま)を壊す。象徴を壊す、壊し続ける。そして、正義の脆弱さを証明する」

 

 弔くんは僕の胸にトン、と指を置くと、あの気持ちの悪い笑顔を浮かべながら言った。

 

「その胸に刻んどけ。お前の脳には期待するだけ無駄だからな」

 

「うん、わかった。わかってる。正義の脆弱さも、その強さも。僕は、理解してる」

 

 この個性を持ったその時から、理解せざるを得なかった。助けてもらいに行く努力をしようとしても、絶対に届かないから。でもやっと、最近届くかもって思える人がいた。これは多分、迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)を自覚したからだ。あの時点で、僕の運命はねじ曲がった。その点において、先生や弔くんには感謝している。

 

「死柄木、月無」

 

 今までだんまりを決め込んでいた黒霧さんが、僕たちを呼んだ。

 

「敵連合の核は間違いなく、あなたたち2人です。これから様々な方が敵連合の門を叩き、人数も増えるでしょうが、そこだけはブレてはいけない。理解はしているでしょうが、そこは覚えておいてください」

 

「いや、核は弔くんでしょ?」

 

「いや、王が俺で、核は俺たち2人だ」

 

 何それ、どういう意味だろう。不思議になって聞いてみると、お前は知らなくていいと返ってきた。おい、いきなりブレるぞ。いいのか。頬を膨らませていたら、黒霧さんがこっそり教えてくれた。

 

「絶対にいなくてはならない人、ということですよ」

 

「黒霧」

 

 ということは、弔くんはさっき僕にいなくならないでって言ったってこと?なんだそれ嬉しい。弔くんすき。やっぱり女の子に生まれ変われ。でもやっぱり嫌だ。だって顔に手ぇ張り付けてるんでしょ?絶対ろくな女の子じゃないよ。

 

「でも納得できないなぁ、僕なんていてもいなくても変わらなくない?」

 

「あんなことやらかしといて、まだそんなこと言うのか」

 

 お恥ずかしい。できれば触れないでもらいたい。でもそら言うよ。自信を持たないことに関しては右に出るものはいないからね。あれ、これは自信になるのかな。

 

「月無。あなたの弱さとおかしさは誇っていい。間違いなくいなくてはならない存在です」

 

「バカにしてるのか褒めてるのかどっち?」

 

「バカにして褒めてるんだよ」

 

 日本語って難しい。先生の教育だけでは理解に追いつかない。いや、これは先生が悪いわけじゃなくて僕が悪いんだろうけど。でもとりあえず弔くんはバカにしてるってことがわかった。僕は天才だからね。

 

「それはもういい。おいておけ」

 

 弔くんは鬱陶しそうに手を振った。弔くんってこういう話苦手だからね。人を褒めるのとか、さっきの認めてるとか、そういう発言。こういうことを口にするときは、大抵テンションが上がってるときって決まってる。そして、そのテンションが上がる理由は、先を見てわくわくしているときだ。

 

「精鋭たちを集めてからだが、雄英をやる」

 

「オールマイトもいるし、話題性も抜群だからね」

 

「狙うところとしては雄英以上はないでしょう」

 

 ここは満場一致。一度USJに襲撃してるし、また襲撃を許したとなれば雄英の評判は落ちて、正義の脆弱さも表れる。

 

「そして、今度は明確に被害を出す。子どもを殺すのもいいが、一番の目的はこれにする」

 

 そう言って、弔くんは1枚の写真を取り出した。その写真には雁字搦めにされた爆発頭の子がものすごい形相で睨みをきかせていた。こわすぎ。

 

 この写真の子をどうするの?と言葉に出さず目で問いかけると、弔くんは鬱陶しそうに顔をしかめつつ答えた。傷つくぞ。

 

「こいつを攫う。あわよくば敵連合に入ってもらう。社会に抑圧されたかわいそうなやつを受け止めるのが、敵連合だからな」

 

 確かに、抑圧に抑圧されているような写真だ、これは。でも、無駄だと思うけどなぁ。この子、自尊心というかそういうのが透けて見える。少なくとも僕らに染まるような人間じゃないと思う。けど、攫うことに関しては無駄じゃない。

 

「なるほど、何度も襲撃を許すゴミみたいな管理体制に、僕らみたいなのに生徒を奪われちゃあ、もう大きい顔できないね」

 

 でもそうなると出久くんや轟くんに申し訳ないなぁ。もしそうなったら親御さんが黙ってないでしょ。最悪轟くんは大丈夫だろうけど、出久くんは一般家庭のはずだから、雄英に通い続けるかどうかも怪しい。

 

「そういうこと。地道に進めて行って、正義に詰みをかける。精鋭がそろったその時、俺たちは理想へと一歩近づく」

 

「いいねいいね。そういえばそれって僕も行っていいの?」

 

 答えは右ストレートという暴力で返ってきた。うっかり死んだらどうするんだ。



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開闢行動隊
第12話 おいでませ、敵連合(ヴィランアカデミア)


 やっぱりなんか評価がついたりお気に入り登録が増えたりすると嬉しいから、つい見ちゃうんですよね、ランキング。
 
 20位でした。駆け抜けるなら今しかないと思い、頑張ります。


 僕は一生女の子と触れ合えず死ぬと思ってた。死ねないけど。そりゃ僕にだって人並みの性欲というかなんかそういうものがあるから、女の子が好きだ。できるなら青春したいし、いい関係になりたいとも思ってる。でも僕は不幸だから今までそんな機会なかった。出会いを求めて出歩いても死にかけるだけだし、結構女の子に関しては諦めかけてたんだ。

 

 でも、そんな僕の前に。

 

 金髪のかわいい女子高生がいた。いつものバーに。あとなんかつぎはぎの男が横にいる。何しにきたんだお前は。

 

 僕が内心ニコニコ、というか実際にニコニコしていると、女の子が手をぶんぶんと振りながら話し始めた。つぎはぎの男は僕をみて「こいつら気色悪ぃな」と言っていたのは聞こえてる。覚えとけよ。結構繊細なんだ僕は。

 

「いた!生凶夜様!かっこいい!気持ち悪い!ねぇ、私も入れてよ!敵連合!」

 

 結構繊細だって言わなかった?いや、かっこいいて言ってくれたのはいいけど、気持ち悪いはないでしょ。そこのつぎはぎと合わせて2票入っちゃったよ。弔くんが1気持ち悪いで僕が2気持ち悪い。結果僕の方が気持ち悪いということになっちゃうじゃないか。くじけそうだ、僕。

 

「……また、個性的なのがきたな」

 

 弔くんは頭が痛いと言わんばかりに頭を押さえた。弔くんの頭を2つの手が覆っていて申し訳ないけど面白い。初対面の人と打ち解けるための一発ギャグか何か?

 

「まぁ、初対面でゴミみたいな臭いさせてたお前よりはマシか」

 

「不可抗力だよ。好きでああなったんじゃないんだ」

 

「不可抗力でも普通の人はああなりませんよ」

 

 あれは猫が悪いんだ、猫が。あそこに猫がいなければ、弔くんと黒霧さんとは最高の初対面でいられたんだ。多分。

 

「おいおい、こっちのこと無視して喋りだすなよ。個性的だが、きっと役に立つ。紹介だけでも聞いときなよ」

 

 僕がいじめられていると、タバコの煙を吐き出しながらブローカーさんに注意されてしまった。確かに、客人がいるのに放置するのは失礼だ。僕としたことが、礼儀に欠けたことをしてしまうなんて。割と日常のような気がするが、気のせいだろう。

 

 ブローカーさんは一歩前に出て、女の子を指さした。

 

「まずはこちらのカワイイ女子高生。名も顔も未成年だから世間には割れてねぇが、連続失血死事件の犯人として追われている」

 

 あ、なんか青春できるかもと思ったけどダメそうだ。そもそも敵連合にくる女の子がまともなはずなかったんだ。なんだよ連続失血死事件の犯人って。めちゃくちゃ苦しそうな殺し方してるじゃないか。カワイイ顔して恐ろしい。でもそこも素敵!

 

 女の子はキラキラした目で僕を見て、自己紹介を始めた。

 

「トガです!トガヒミコ!生きやすい世の中を求めて、ここにきました!」

 

 じゃあ人殺すなよと思ったのは僕だけじゃないはず。いや、ここの人みんなおかしいから僕だけなのか?まいった。まともなのが僕だけなんて。日本の教育はこんなところまで落ちていたのか。そういえば弔くんって教育受けてたのかな?

 

「ステ様になりたいです!ステ様を殺したい!でも今一番殺したいのは凶夜様です!だから入れてよ弔くん!」

 

 よし。誰がトップかを間違えていないようでよかった。でもよくない。なんだ僕を殺したいって。女神かよ。でも怖いからできればやめてほしい。殺されたらヒミコちゃんが死んじゃうかもしれないしね。そんなことになったら弔くんに叱られる。

 

「はは、そりゃいい。演説の効果があったな、殺されてもらえよ凶夜サマ」

 

「殺してくれるならありがたいけど、そんなことしたら他の人が死ぬからやめといた方がいいよ」

 

「いい薬になるだろ」

 

「死体に薬は効かないでしょ」

 

「……仲いいなおたくら」

 

 僕たちの楽しい会話を遮るように、つぎはぎの男が口を出した。どこか呆れの色を含んでいるそれに、弔くんの眉がぴくりと動く。

 

「こんなんじゃ大義があるか不安になってくる……が、そこの月無凶夜の演説は、嘘に聞こえなかった。実はそこはあんまり心配してない。問題はこのイカレ女みたいなやつがいることだ。こいつまさか入れるんじゃねぇよな?」

 

 僕って結構有名人なの?ヒミコちゃんも様づけで呼んでくるし、つぎはぎの男も一応は僕を評価してくれてるみたいだし。でも、弔くんはいまだ子どもっぽいところがあるので、イラついているみたいだ。僕と先輩の話題しか出ないからだろう。カワイイやつだな。

 

 まぁ、イラついているのはそれだけじゃなくて、このつぎはぎの男の態度が気に入らないんだろう。一応トップだから、舐められた態度をとられるのはまずい。僕はものすごく舐めた態度をとることがあるけど、僕は核らしいからいいのだ。いいのかな?

 

「おいおい、そのJKのことをイカレ女っていう資格はお前にはないぞ。大人の癖に名乗れもしないのか?」

 

 なんか、弔くんがJKって言うと面白いよね。俗っぽい言葉は弔くんに絶望的なほど似合わない。そういえば弔くんとそういう下ネタ的な会話したことないけど、興味あるのかな?でも弔くんは触った瞬間にボロボロになるかもしれないから、女の子はたまったもんじゃないよね。僕の方が断然マシだ。目の前でいきなり死ぬかもしれないけど。

 

 つぎはぎの男は弔くんの言葉を気にした様子もなく名を告げる。

 

「今は荼毘で通してる」

 

「……まぁ、いい。この際本名は必要ない」

 

 弔くんは僕を一瞥した。だって弔くんも黒霧さんも、それに僕だって本名じゃないからね。これに関しては人の事を言えない。

 

「そこのトガとかいう女は生きやすい世の中を、凶夜サマを殺すことを。荼毘、お前は何を求めてる?どんな意思がある?」

 

 簡単な面接みたいなものだろう。人を殺して生きやすい世の中を求めているヒミコちゃんは紛れもなく立派なクズだ。弔くんは荼毘くんも立派なクズか確かめたいんだろう。というか凶夜サマって言い方、もしかして気に入ってたりする?

 

 弔くんに聞かれて、荼毘くんは瞳にほの暗いものを宿らせて言った。

 

「ヒーロー殺しの意思を、全うする」

 

 ここでも先輩か。弔くん自身はあんまり目立った行動をしていないとはいえ、他の人の名前ばかり出てくるのは気分良くないよね。証拠に弔くんは数秒固まった後、重く長いため息を吐いた。先輩を利用すると決めたとはいえ、先輩の意思を全うする集団になるかもしれないことを危惧しているんだろう。

 

 そこを軌道修正するのが弔くんの仕事だ。なんていったって、弔くんは敵連合のトップだからね。

 

 弔くんはゆっくりと立ち上がって、言い聞かせるように言った。

 

「お前らが何をしたいのか、どんな意思があるのか、俺はそこに文句は言わないし、邪魔するつもりもない。ただ、この組織に入る以上、方針には従ってもらう」

 

 これは当たり前だろう。いくら敵だとはいえ、組織は組織。これでもやりたいことを邪魔しない分ルールがゆるゆるだし、優しい方だ。僕は好き勝手しすぎだけど。

 

「俺たちは、現在(いま)を壊す。そして正義の脆弱さを証明する。『救われなかった人間などいなかった』とへらへら笑ってる、この社会(いま)を」

 

 両腕を広げて言う弔くんに、ヒミコちゃんと荼毘くんの視線が釘付けになった。今日も調子いいな、弔くんのカリスマ。先生もすごい才能だよね、弔くんみたいな人を見つけるなんて。あれ?僕も先生に見つけてもらえたから、僕もすごい人ってこと?すごいかわいそうな人ってこと?うるさいよ。

 

「これだけは忘れるな。それさえ守れるなら、こいよ」

 

 僕の演説動画が流れたその日から、密かに流行ってるフレーズ。僕は先生に影響されて使ってたけど、結構テンション上がる言葉だと思うんだ。僕の演説も、この部分だけ評価されていた。結構バカにした言い方だったけど。

 

「ここがお前らの敵連合(ヴィランアカデミア)だ」

 

 これで弔くんの手をとらない敵なんているのだろうか?いや、手を取ったらボロボロになるんだけど。

 

 僕の思いの通り、ヒミコちゃんは弔くんの手を取りに行って避けられ、荼毘くんは気味悪そうにしながらも弔くんの手を叩いた。あ、暴力的なやつじゃなくてハイタッチみたいなやつね。あと弔くんの手っていっても顔についてる手じゃないからね。ややこしいんだよ弔くん。手って言ったら普通腕についてるやつのことだけを指すだろ。

 

 弔くんは2人の反応を見て、満足そうに笑っていた。僕と黒霧さんは目を合わせて、静かに笑った。黒霧さん笑ってるよね?

 

 今日、敵連合(ヴィランアカデミア)に仲間が増えた。ヒミコちゃんとはぜひ仲良くしたいと思う。



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第13話 デートしよう

 どんな評価でもしていただけると嬉しいですよね。評価しようと思っていただける程度にはこの作品を読んでいただけているということですから。評価をいただけたら、どのお話で評価をいただけたのかがわかるようになっていますし、それはその話が低評価だった場合、何か足りない点があるということで、ハーメルン様のシステムに感嘆しています。

 改めて、評価、並びにお気に入り登録をしていただいている方々、これを読んでいるかはわかりませんが、一度でもこの作品を読んでいただいた方々に感謝を。凶夜の物語、ぜひご覧ください。

 思ったんですけど、私前書きでいつも感謝してません?しつこすぎてゲボ吐きました、今。


「やだやだ行きたい行きたい!死にたい!」

 

 僕はみっともなく駄々をこねていた。バーの床に転がり、両腕両脚をばたばたさせながら僕は意思を曲げないぞとアピールする。

 

 そんな僕を弔くんは絶対零度の視線で射抜いていた。そういう飾らないとこ、素敵だと思うよ。ただちょっと恥ずかしくなるし、情けなくなるし、正直めちゃくちゃ怖いからやめてほしい。弔くんって、表情で物を語るのが得意なんだよね。言葉も上手だけど、僕からすると表情の豊かさはそれ以上だと思う。

 

 大抵僕を蔑む表情なんだけどね。

 

「おい、もう一度どこに行きたいのか言ってみろ。お前のそれに、意味はあるのか?」

 

「意味はあるよ!弔くん、やりたいことは邪魔しないんでしょ?僕のやりたいことは死ぬこと!死にたいんだ僕!だから生きたいと思わなきゃ!というわけで」

 

 僕は床に転がるのをやめ、正座し、姿勢を整えてから土下座した。なんか、僕って土下座似合いすぎる気がする。

 

「ヒミコちゃんと、ショッピングデートさせてください!!」

 

「今ほどお前という存在を後悔した日はない」

 

 僕の渾身のお願いは無慈悲な一言で一蹴された。そこまで言わなくてもよくない?むしろ今までと比べるとかわいいほうでしょ。勝手に人殺しとデートのお許しをいただくこと、どっちがどれだけひどいかなんて、バカでもわかる。つまり弔くんはバカ以下だ。反省しろド底辺。

 

 しかし、このまま振り切って出ていくと自力で帰れなくなる。挙句、弔くんは烈火のごとくブチ切れる。それは嫌だ。それなら死んだ方がマシだ。いや、死ぬことが最高なのか。じゃあ生きた方がマシだ?

 

 諦めかけて落胆の息を吐くと、面白そうに僕の周りをちょろちょろしていたヒミコちゃんがしゃがみこんで、ナイフで僕をぺちぺちしながら言った。

 

「私からもお願いします!生きたいって思わせないと凶夜サマを殺せないんです!」

 

 そう、これは別に僕だけが行きたいからお願いしてるわけじゃない。利害の一致というやつである。僕は生きたいと思いたいからカワイイ女の子とデートしたい。ヒミコちゃんは僕を殺したいからデートしたい。ほらね。どちらもハッピーになれる双方合意のお願いだ。

 

 それを聞いた弔くんは「バカかお前」と吐き捨てるように言うと、

 

「いいか?ショッピングって言ったら確実にへらへらと鬱陶しいいかにも幸せそうな一般人がごろごろいる。そんな中にお前を放り込んだらどうなるか、お前自身が一番理解してるだろう?」

 

「大丈夫だよ!ヒミコちゃんは正真正銘最低最悪超ド級のクズだから、僕の隣にいれば不幸が緩和されること間違いなし!きっと死にかけ程度で収まるよ!」

 

 もし死んじゃっても、それはそれでそこら辺の人に押し付ければいいし。申しわけないけど、僕はもう世間から見れば立派な敵だしね。それに、こんなことで躊躇してたら轟くんと緑谷くんが殺してくれなくなってしまう。それはだめだ。

 

「あのなぁ、お前、もう有名人なんだぞ?百歩譲って普通にしてたらバレないとしても、お前の不幸が発動すると嫌でも目立つ。自覚しろよ世界の敵」

 

 そう言われるとそうか。そういえば僕とんでもないことしてたな。さっき自分でも世間から見れば立派な敵だって言ってたのに失念してた。バカだなぁ僕は。でもそういうところが魅力的だと思うんだよね。お茶目っていうか、隙がある方が好ましいっていうか。まぁ僕は隙だらけなんだけど。

 

 弔くんがイライラしながら吐き捨てた言葉に、ヒミコちゃんはぷくーっと頬を膨らませた。かわいい。

 

「弔くん、言ってること違います。したいことの邪魔思い切りしてる」

 

 そうだそうだ!邪魔しないって言ってたじゃないか!でも弔くんの言うことも一理あるんだよね。万が一何かあったら弔くんも困るだろうし、今は組織だからあんまり好き勝手するのもよくない。ちょっとわがままが過ぎたかな?

 

 弔くんはガシガシと頭を掻いて、面倒くさそうに言った。

 

「あー……したいことってこういうことじゃないんだよな……でも、そうだな。部下の鬱憤はため込むのもよくはない。俺も譲歩しよう」

 

 もしかして、と期待していると弔くんが黒霧さんを呼んだ。え、優しすぎない?ほんとに弔くん?

 

「何かあったら戻ってくる。これが許せる最低ラインだ。だが、お前らなら何かあったとしても戻ってこない可能性がある。そこで」

 

 弔くんは僕の腕をガシッと掴んだ。おいまて違う。それは違う。僕の予想が正しければ、それは一つたりとも譲歩していない。

 

「俺とデートしようぜ。凶夜サマ」

 

「うわああああああああ!!!」

 

 恐怖の言葉とともに、僕と弔くんは黒に飲まれた。黒霧さん覚えてろ。弔くんの言うことばっかり聞きやがって!

 

「……行っちゃった」

 

「何してんだお前ら……」

 

 飲まれる直前、荼毘くんの心底呆れたような声が聞こえた。

 

 僕も好きでこうなったわけじゃないんだよ!!

 

 

 

「ではお気をつけて」

 

 黒霧さんはニタニタと憎たらしく笑う弔くんと、わかりやすいくらい不満な顔をしているであろう僕を置いて帰って行ってしまった。弔くん別になんの用もないはずなのに僕を引っ張ってきたのは、確実に嫌がらせのためだろう。

 

 不機嫌なまま舌をべー、と出して弔くんをバカにしていると、弔くんは僕を無視してすたすたと歩いて行ってしまった。あれ、本当に行くの?僕もう行く意味ないんだけど。

 

 でも弔くんの顔を見る限り、どうやらそうじゃないみたいだ。なんでだろうと首を傾げていると、僕の疑問を察したのか弔くんが教えてくれた。

 

「お前の個性は不幸だ」

 

「バカにしてんのか」

 

 いきなりの罵倒に憤慨すると、弔くんは「褒めてんだよ」と言って指で僕を小突く。

 

「そんなお前が行きたがったショッピングモール(ここ)、何かある、それか何かいると思った方が自然だろう。不自然だが」

 

 どういうこっちゃ。えっと、つまり、不幸という個性を持つ僕が行きたいと行ったところには、必ず僕がひどい目にあうであろう何かしらがあるかもしれないってこと?確かに、僕が願望を口にするとろくなことがない気がする。いや、思うだけでも大抵願望とは逆のことが起きるから、僕はヒミコちゃんとデートすることは不可能だった……?

 

 知れば知るほど嫌になるな、この個性。ムカつく。

 

「でも、それなら僕を連れてくる理由なかったんじゃない?」

 

「あの状態のお前をトガと放置させられるか。絶対面倒くさいことになる」

 

「僕と一緒にこういうとこ行っても面倒くさいことになると思うけど、へー、ふぅーん」

 

 弔くんはやはり僕のことが好きらしい。いやぁ、照れちゃうな。でも今ばかりはその好意が死ぬほど鬱陶しい。ヒミコちゃんと一緒にいさせろ。ぶち殺すぞ。いや、殺さないけど。

 

「うるさいぞ。おら、フードぐらい被っとけ」

 

 弔くんは鬱陶しそうな表情を隠そうともせずに言うと、僕のフードを掴んで強く被せた。少し痛い。いくら折れ慣れてるとはいえ、首が折れるかと思った。冗談だけど。

 

 弔くんもフードを被ると、僕たちは無駄に足をそろえてショッピングモールに入った。今回までは弔くんがこういうところにくるのを嫌がっていたので来たこと自体あんまりなかったからか、目に入るすべてが真新しく見える。個性を持つ様々な人のことを考慮しているのか、どう考えても大きすぎる服とか、逆に小さすぎる靴とか、おとぎ話の世界に入ったようだ。ここは現実で、おとぎ話にしては機械的すぎるけど。

 

 僕があっちへふらふら、こっちへふらふらしていると、見知った緑の頭を持つ子と、もちもちで明るそうでかわいい女の子がいた。

 

「でっっ、!!?」

 

 思わずルンルン気分で駆け寄ろうとすると、あっちへふらふらこっちへふらふらしていた僕に、保護者かよと思うくらいぴったりくっついてきていた弔くんに肘鉄をもらった。出かけた言葉がそのまま嘔吐感に変換されるが、ありもしない意地でぐっと飲み込むと、何すんだと言わんばかりに弔くんを睨みつけた。

 

 すると、そこには、味方ですら恐怖するような邪悪で凶悪な笑みを浮かべた弔くんがいた。え、何?何故?あ、そういえば弔くん、出久くんのこと「クソムカつく」って言ってたっけ。何かオールマイトに似てるとこあるもんなぁ、出久くん。弔くんにこの顔をさせるなんて、ご愁傷様。

 

 弔くんは僕を放置してゆっくりと出久くんに近づいて行った。僕は?放置しちゃまずいんじゃないの?おーい。

 

「うるさい。ちょっとちょっかいかけてくるから、好きにしとけ」

 

 弔くんは本当にどうでもよさそうな感じで吐き捨てると、今度こそ出久くんのところへ行ってしまった。マジかよ。僕のこと好きじゃないの?いや、いいんだけど、いいの?何するかわかんないよ?後悔するなよ?

 

 よし。

 

「靴を見に行こう!」

 

 せっかくだし、ショッピングモールを楽しみたいよね!

 

 

 

「すみませんでした!!」

 

 僕は靴屋の店員さんにがっつり土下座していた。すんなり辿り着けたと思ったら、こういうことだったのか。

 

 まさか靴を試着していたピンク色の肌をした女の子と、透明でありながら、いや、透明であるからこそのどことないエロスに見惚れていたら、走り回っていた子どもが僕の脚にぶつかり、巻き込むわけにはいかないと身をよじると目の前には高く積まれた靴の箱。そして僕の犯行をばっちり目撃できるであろう位置にいる店員さん。これはダメだと思う暇もなく、僕は壁を打ち崩す砲弾と化した。

 

 現状が、箱に入っていた靴の大半をぶちまけ、挙句その箱を僕の体重で押しつぶし、なぜか両手に靴をはめるという間抜けな恰好。とりあえず謝ろうと思ってそのまま土下座したけど、これ逆効果じゃない?

 

 事実、僕が恐る恐る顔を上げたら、明らかな無の表情をした店員さんがそこにいた。あ、よく見るとこれ僕が履いてるメーカーと同じ靴じゃん。へへ、このメーカーを贔屓にしているということでどうかここはひとつ。

 

「いや、許さないけど」

 

 まぁダメですよね。僕だって逆の立場なら絶対ダメだっていうもの。だってこれ営業妨害レベルだし。なんだよ靴をぶちまけて箱を潰して両手に靴はめるって。一発ギャグにしちゃ大がかりすぎだろ。一発ギャグ『靴屋にて積まれていた靴の箱をブチ崩し、飛び出てきた靴を両手にはめる男』ってなんだ。どこに需要があるんだよ。

 

 ないから許してもらえないのか。

 

「あーもうどうすんだよこれ……もちろん片づけは手伝ってもらうとして、売り物にならなくなった物は弁償かなぁ」

 

「えぇそんな!それだけは勘弁してください!そんなことになったらと……と、父さんに数十分ぶん殴られた上、体中をボロボロにされたあとカラスの餌にされちゃいます!」

 

「君の家庭バイオレンスすぎないか?」

 

 危ない危ない。危うく弔くんって言うとこだった。どこで誰が聞いてるかわからないからね。目立たないように、言動にも気を付けよう。めちゃくちゃ目立ってるけど。

 

「あのー」

 

 僕が内心でどうしようかなーと思いつつ壊れた赤べこのように何度も土下座していると、可愛い声が僕の鼓膜を震わせた。

 

 声の方へバッ、と振り向くと、そこにはピンクの女の子と透明の女の子がいた。あとうしろにおまけの男2人。ていうかメガネの子見たことあるような……。

 

「流石に弁償はどうしようもないけど、片づけなら手伝いますよ?流石にこの量を一人では……」

 

「それにドジそうだし!見たことないですよ、こんなことする人!」

 

 女神だった。あぁ、ヒミコちゃんがいなくて絶望してたけど、こんなカワイイ女の子たちが僕を助けてくれるなんて。一人透明だけど、この子絶対カワイイでしょ。あれ、透明って何かひっかかるな。まぁいいか。

 

「ほんとに!?ありがとう!お礼は僕とのデートでどうかな!」

 

「お礼はいいですよ!私、ヒーロー志望なんです!」

 

「それになんかバイオレンスなこと聞いちゃったし、そんな人からお礼なんてもらえませんよー」

 

 体よく断られた気がする。いい子たちだけど、それが余計に僕の胸にきた。うぅ、ヒミコちゃんはあんなに僕を慕ってくれるのに。殺そうとしてくるけど。

 

 僕がニコニコしながら「さぁ片づけよう!」と意気込んでいると、メガネの子が「少し、いいですか」と声をかけてきた。俺たちも手伝いましょうっていうやつかな?同じグループだろうに、律儀に言ってくれるなんてこの子もいい子に違いない。

 

「何かな?」

 

 こんなにいい子たちが世の中にはいるのかとニコニコしながらその子の方へ顔を向けると、メガネの子は険しい顔をしていた。あれまて、これ嫌な予感ってやつだ。この場合の僕の不幸ってなんだ?この女の子たちが実は男の子二人の彼女ってこと?いや、それは仕方ない。第一学生だろうし、それは残念だけどあってもおかしくない。じゃあなんだ、今の僕の立場から考えよう。敵。この前すごい演説をした敵。話題性ナンバーワン。

 

「フード、取っていただいてもよろしいでしょうか」

 

 あ。これバレてるやつじゃない?



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第14話 世界の敵とは

 フードを取ってくれ、とメガネの子から言われた僕は、どうしようかなぁと半ば諦観の念を抱きながら考えていた。だってこれ、どう言い逃れすればいいの?フード取りたくないんだ。何故?コンプレックスがあるから。あぁそうですか申し訳ございませんでした。そんなうまくいくか?大体コンプレックスがあるならショッピングモールなんていう人が大勢いるところなんてこないでしょ。いや、これは偏見か。よくない。

 

 でも他に思いつかないから、これでいこう。

 

「ごめん。あんまりこのフード取りたくないんだ」

 

 できるだけ悲しそうな声で、沈みがちに。普通の人と比べてかわいそうといってもいい僕は、この手の演技は中々様になっている。この前弔くんと喧嘩したときにこの演技をすると、舌打ちしながら殴られたし、完璧だ。殴られてるじゃねぇか。

 

 弔くんと同じく、メガネの子は僕を疑っているみたいだった。

 

「お願いします。勘違いだといいのですが、知人の声によく似ていまして」

 

 その知人は、捕まえないといけない人なんです。と、メガネの子ははっきり言った。間違いなくバレてる。というか思い出した。あの時メガネしてなかったから思い出せなかったけど、この子路地裏にいた子だ。しかもあの演説を生で聞いてた子。バレないはずがないだろ。バカか僕は。

 

 いや、でもまだチャンスはある。相手は優しい子だ。そして今はメガネの子しか気づいてない。うまくやってメガネの子以外を味方につけよう。

 

「ほんとに、ダメなんだ。コンプレックスってやつ。このフードの中にろくな思い出がないから、触れないでほしい」

 

「おい、どうしたんだよ飯田?一般人に詰め寄るなんてらしくないなんてもんじゃねぇぞ」

 

 メガネの子は飯田くんというのか。いいぞチャラい子。君がバカそうでよかった。そのまま押し切れ。正義の味方だろ?

 

「では、顔を正面からみせていただけますか?フードの中ではないならいいでしょう?」

 

 まずい、これはまずい。確かに僕はフードの中としか言っていないし、顔にもコンプレックスがあるならきちんと隠しているはず。でも僕は顔には何にも細工してないし、自慢の爽やかフェイスそのままだ。気づかれなかったのはあの演説動画の言葉が強烈だったからで、僕の姿はそれほど重要視されていないから。顔がよく見えなければ、まだ誤魔化せる範囲にある。

 

 ここで顔も見てほしくない、はあまりにもおかしい。困った。僕はものすごくバカだ。自分で逃げ道塞いで得意気になってた。恥ずかしすぎる。

 

「……」

 

 相手にバレるかもしれないこの状況で、しかも相手はヒーローの卵。正義の味方。対して僕は名前だけなら知れ渡っている敵。どうしよう。弔くんもまだこのショッピングモール内にいるから迷惑はかけられない……いや?

 

 そういえば僕はとんでもないクソ個性の持ち主じゃないか。ただ立っているだけで誰かを人質にとれるような飛び切りのクソ個性。誰かが周りにいるこの状況なら、僕は最凶だった。そして僕は敵だった。ならそれらしいことをして切り抜けるしかないじゃないか。こんなことにも気づかなかったなんて僕は正真正銘のバカだ。

 

 いや、気づけたからやはり天才だ。

 

 僕は女の子とのふれあいに名残惜しさを感じつつも背を向けて、人がたくさんいる中央の方へ目を向けた。

 

「待て!」

 

 当然僕の正体に気づいている飯田くんは待ったをかけるが、もう遅い。なぜなら、だって。

 

「飯田くんっていったっけ」

 

 僕の迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)は目に見えている人、位置が分かっている人が対象だ。そして、僕の目には多くの一般人が映っている。

 

「ここって、いっぱい人がいるよねぇ(・・・・・・・・・・・)

 

「!」

 

 賢そうな飯田くんなら、僕の個性を知っているであろう飯田くんなら、このセリフの意味がわかるはずだ。ちら、と後ろを見ると飯田くん以外はわけのわからなさそうな顔をしているが、飯田くんはものすごく悔しそうな顔をしている。どうやら、人質ができたという状況を理解できたようだ。ここは二階だし、僕はこの高さでも十分死ねる。

 

「……何が目的なんだ」

 

 飯田くんの問いに、僕は首を傾げた。別にここでの目的なんて何もないんだけどなぁ。強いて言うならヒミコちゃんとのデートだったけど、ここにたどり着く前にそんな目的吹っ飛んだし。でも、普通の敵ってこういうところに現れたら目的があるものなのかな?

 

「いや、別に、目的なんてないよ」

 

 あ、弔くんいた。出久くんと仲良さそうに話してる。いいなぁ、友だちになったのかな?首に手ぇ回してるけど。あれは弔くんなりのスキンシップなのかもしれない。

 

「ただ、ここにきたかっただけなんだ。僕は、本当に」

 

「っ」

 

 僕の言葉に飯田くんは悲しそうな顔をした。なんで?まさか今の言葉で僕がデートしたかったけどなぜか男ときてしまった哀れなクソ野郎だってことを察したの?天才かよ。

 

「君は……本当に」

 

「ごめんボス!見つかっちゃった!!」

 

 僕は飯田くんの言葉を遮って、叫んだ。黒霧さんとの連絡手段は僕も持ってるけど、弔くんがやる方が確実だろう。僕がやれば何が起こるかわからない。

 

 僕の声が届いたのか、弔くんがこっちを見て、ため息を吐いた。いや、元はといえば君が僕を放置したんじゃないか!僕を放置するとこうなるんだ、覚えておけ!

 

 弔くんはゆっくり立ち上がって、出久くんに手を振った。近くではもちもちの子がどこかに電話をかけている。あれ、弔くんもバレてない?これヒーロー来ない?

 

 となると、僕の行動は一つだ。混乱を引き起こして、それに乗じて逃げる。これに限る。僕はフードに手をかけて、一気に取っ払った。そして、振り返る。

 

「あ……」

 

 飯田くん以外の子も気づいたみたいだ。はっきり素顔を晒せばわかってもらえるなんて、僕も有名になったなぁ。感動するよ。なんか怖がってるけど。いいんだ、女の子に怖がられてへこむなんて、僕がそんな小さいメンタルの持ち主なわけがない。……さっきまで優しそうな顔してたのになぁ。

 

「どうもこんにちは。初めましての方は初めまして!世界の敵を自称する、爽やかボーイの月無凶夜と申します!以後よろしく!」

 

「月無……凶夜!」

 

 僕の名前は、名前だけは有名だ。世界の敵、不幸の象徴。僕がいるというだけで、その場の平和は脅かされる。

 

 僕の自己紹介が聞こえていたのか、一人、また一人と僕の名前が伝わっていく。小さい波から、大きい波へ。やがてショッピングモール内に広がった月無凶夜の名前は、災害の如き大混乱を生んだ。そらそうだ。僕はあの演説で敵連合の名前を使った。僕がいるということは、組織の誰かがいるかもしれない、僕一人だけじゃないという可能性があるということ。まぁ、僕と弔くんしかいないんだけど。

 

 でも、報道の仕方も悪いよね。僕を見かけたらとりあえず逃げてください、なんて。

 

 マナーもへったくれも、恥も捨てて逃げ回る人たちを見降ろして、小さく笑った。多分こういうの弔くん好きだろうなぁ。

 

「君は、君たちは僕に顔を晒させちゃダメだった。だって、僕は世界の敵で、月無凶夜だから。こうなるってこと、わからなかった?」

 

 出久くんは必死に落ち着くよう呼び掛けている。あー、悪いことしたなぁ。僕という影響力が嫌になる。なんであんなことしちゃったんだろ、僕。定期的に後悔するぞ、あれは。

 

「でも、飯田くんは悪くないよ。こういう状況になったのは僕のせいで、つまり僕が悪い。君は気にしなくていい。ただ、ちょっとばかり正義に素直過ぎたんだ」

 

 僕はこちらへ歩いてきた弔くんに手を振りながら、動けなくなっている飯田くんに告げる。うーん、お友だちも動けてないし、僕ってそんなにすごいやつなの?そらあの演説をしたけど、それだけじゃないか。飯田くんは僕の醜さを実際に目で見て知ってるけど、他の子は知らないんじゃない?……あれ、透明の子ってもしかしてUSJの時の……見えないからわかんないよ。見えろ。

 

 弔くんが話せる位置にきたかと思うと、下の惨状を指さして一言。

 

「お前って、ほんとに時々いいことするな」

 

 と、心底愉快そうな顔で言った。いい性格してるね。

 

 機嫌がよさそうな弔くんが僕の頭を弱い力でこつん、と叩いたと同時、黒霧さんが現れた。飯田くんたちが身構えるが、僕たちに戦う意思はないんだよね。敵だから警戒されるのは当然だけど、もっと楽に生きてもいいと思う。僕のせいで無理なんだけど。

 

 でも、下であんなことになってるのに僕たちに釘付けはあんまりなので、僕は下を指さしながら言った。

 

「いいの?避難誘導。ヒーローの卵なんでしょ?」

 

「……!!」

 

 飯田くんは悔しそうに歯ぎしりしている。僕を、僕たちを無視するわけにはいかないもんね。何をするかわからないから。まぁ何かしたとしても、僕の個性は目に見えてわかりにくいんだけど。

 

 黒霧さんのワープゲートに半身を飲み込まれたとき、飯田くんがゆっくりと口を開いた。

 

「……話したいことは、山ほどあったが」

 

 飯田くんはちら、とお友だちの方を見た。聞かれたくないことなのかな?でも、僕飯田くんと話したの今日が初めてだぞ。なんで話したいこと山ほどできるんだ。

 

「これだけは言っておく。お前は、敵だ」

 

 ……うん。そうか、そういうことになったのか。そういえば飯田くんと出久くんと轟くんは同じ病室になってもおかしなことじゃない。多分、その時に僕の話を聞いたんだろう。だとしたら、今飯田くんが言った「敵」という言葉は普通の敵という言葉と少し異なった意味を持つ。

 

 だとしたら、そうだな。

 

「ありがとう」

 

 やっぱり好きだ。出久くんと轟くん。

 

 僕は怪訝そうな表情を浮かべる弔くんを見ながら、ワープゲートに飲まれていった。



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第15話 僕たちの話

 歪む話、歪んだ話。


 ショッピングモールを訪れた日から数日経って。僕たち敵連合も、そこそこの大所帯になってきた。初めは弔くんと黒霧さんと僕だけだったのに、今は僕たちの他に九人いる。残念ながら女の子は一人……いや、二人。二人しかいないけど。そのうち一人は本当に残念だけど。何がとは言わない。

 

 簡単に紹介しておこうと思う。

 

 まずは荼毘くん。つぎはぎのある肌が特徴で、ところどころ紫になっているクールっぽい人。弔くんからは無礼者の烙印を押されていて、実際に僕たちとコミュニケーションをあまりとろうとしない。僕たちが楽しくしていたら、ボソッと大体バカにしたような言葉を吐くだけである。そしてバカにされるのは大体僕だ。嫌いだ。嫌い!

 

 と、この前伝えたら「俺は嫌いじゃないけどな」と言われてしまった。きゅんときた。とりあえずありがとうと伝えておくと、「ん?おう」と不思議そうに頷いていた。ちょっぴり天然が入っている、僕にとっては悪い人じゃない、そんな人。あと地味にほとんどバーにいる。

 

「実は仲良くしたいんじゃない?」

 

「死ぬほど生きろ」

 

 罵倒されてしまった。

 

 次はヒミコちゃん。待ってました!僕の天使!ブラッディエンジェルヒミコちゃん!ヒミコちゃんは血が大好きなみたいで、好きなタイプはボロボロの人。僕をボロボロにして殺したいからか、弔くんの次に一緒にいることが多い。この前ついに血をチウチウされてしまった。癖になりそうだった。新たな性癖に目覚めるかと思った。ただ、僕は傷口から直接チウチウされ……していただいたが、僕たちの協力者のある人が便利な機械を作ってくれるようで、それは刺すだけでチウチウできるものらしい。製作者を許すな。

 

 最近は僕に生きたいと思わせるため、あの手この手で僕を幸せにしてくれようと色んなことをしてくれるが、大体ひどい目にあっている。簡単に言えば騒ぎすぎて弔くんにブチ切れられ、説教されたあげくご飯がなくなった。あれ、優しい?僕の不幸どこにいったの?

 

 ヒミコちゃんも僕がバーにずっといるので、ほとんどバーにいる。実は心地よくもむさくるしい空間だと思っていたので、ヒミコちゃんがいるのはすごくありがたい。

 

「ありがとうございます」

 

「?」

 

 首を傾げるヒミコちゃんもかわいい。

 

 次からは新しい人たち。最初はマスキュラーさん。血狂いだかなんだかで、ムキムキの大男。笑いながら背中をたたかれて嘔吐したのを覚えている。あのときの弔くんはめちゃくちゃ嫌そうな顔をしていた。僕が知るかよ。

 

 この人も人を殺したいと考えるおかしい人であり、内心ぐちゃぐちゃにされるんじゃないかとびくびくしている。この前それを聞いたら、流石に殺しても生き返る人形は相手にする気はないらしい。人形て。舐めてんのか。ただ、そうは言いつつも僕のことをちょっとは評価してくれているらしい。強いからじゃなくて、清々しいほどに弱いくせに絶望的だから、だそうだ。結果的にバカにしてないか?

 

 あまりバーにいることはなく、そこらへんで人殺しをして気紛れにやってくる。ここがバレやしないかとひやひやしているが、やりたいことをやらせろと話を聞かない始末。だから筋肉なんだお前は。

 

「でも表面にでてくる筋線維の感触ってくせになるんだよね」

 

「やっぱお前狂ってるな」

 

 またバカにした!

 

 次に、マスタードくん。学生服を着た中学生くらいの男の子で、ガスの個性を持つ。僕が近くにいたら間違いなく吸っちゃうね。どうか個性を使わないでほしい。無理か。

 

 なんでも学歴にコンプレックスを持っているみたいで、高学歴、名門を敵視する傾向がある。雄英なんかその代表みたいなものだしね。でも、僕なんかは小学校も行ってないし、なんなら学生服を着たことすらない。学歴は真っ白。先生に勉強を教えてもらっていたから、学歴とか勉強とか、そういう系統の挫折を知らないから、あんまり気持ちをわかってあげられないのが少し申し訳ない。

 

 マスタードくんもバーにはあまりいない。思春期特有のあれが抜けきっていないんじゃないかと思う。僕は気にしてちょくちょく話しかけるんだけど、大体が軽くあしらわれる。

 

「マスタードくん、牛乳飲む?」

 

「殺すぞ」

 

 ほら……あれ?

 

 次は、ムーンフィッシュさん。脱獄した死刑囚で、肉面が好きらしい。恐ろしすぎない?僕もこの人ばかりは敬遠……しようと思ったが、興味があったのでこの前話しかけてみると、問答無用で切り刻まれかけた。一生近づかない。

 

 次、スピナーくん。爬虫類みたいな見た目をしてるけど、先輩をリスペクトしたような恰好をしている。先輩の思想がお気に入りというか、心酔しているというか、とにかく先輩が大好き。先輩の意思にそうかどうかで物事を判断している節がある。あの演説の動画を見て、先輩を見捨てたように見えた僕が嫌いなみたいだ。口も聞いてくれない。じゃあなんでここにきたんだ、君。

 

 次はヒミコちゃん以外の女性メンバーであるマグ姉。大柄でごつごつしておひげも見えるが、女性である。間違えちゃいけない。ルールに縛られて生きにくくて、そんな人たちを受け入れる敵連合の僕たちが、彼女らしさを受け入れないなんて冗談あってはいけない。弔くんもマグ姉のことをオカマってはっきり言ってたけど、本心からバカにしたような言い方じゃなかった。その証拠に弔くんマグ姉に夜誘われてたし。僕が生贄にされてひどい目にあいかけたけど。

 

 マグ姉はその人生経験からか、とにかく優しい。人殺しだけど、身内には甘いタイプなのかなと思う。僕のことをしょっちゅう撫でくり撫でくりしてくれるし。あの瞬間だけは心の底から女の人なんじゃないかと思えてしまう。

 

 バーには結構訪れるが、友だちにも会いに行ってるらしい。彼女が彼女だから、同じようにルールで縛られたお友だちがいるんだろう。こんなに優しい人なのに生きにくいなんて、ひどい世の中だよね。

 

「ほんと凶夜くんっていいコよねぇ。庇護欲わいちゃう!」

 

「くっ、くるしい……」

 

 抱きしめられた。肺の空気が全部出そうになった。

 

 気を取り直して、次にいこう。全身黒ラバースーツがかっこいい彼はトゥワイスさん。楽しい人で、悲惨な出来事で生まれた支離滅裂な言動が不謹慎だけど面白い。その出来事が原因で普通の社会では生きられなくなって、敵連合にきた。トゥワイスさんもいい人感がぷんぷんする。ちゃんと悩めてちゃんと悲しめるような、そんな感じ。

 

 トゥワイスさんにとっては敵連合が居場所。イカレてしまった人間に居場所はない、ヒーローが救ってくれるのは正しい人間だけ。この前話したときにでてきた言葉で、そんなトゥワイスさんを受け入れた敵連合がものすごく居心地がいいらしい。

 

「そのスーツいいよねー。僕もほしいな」

 

「ハァ!?誰がやるかよ!少し待ってろ!」

 

 言い忘れてたけどトゥワイスさんの個性は二倍。物を二倍にできる。増やしたものをもらってしまった。

 

 最後に、シルクハットを被り、トレンチコートを着た紳士なマジシャンっぽいMr.コンプレスさん。エンターテイナー気質で、僕に通じるところがある。と、この前言ったら「どこがだ?」と言われてしまった。ひどいよ。

 

 敵連合の中ではしっかりしていて、ものすごく仕事ができそうだ。エンターテイナーという癖が悪い方向に働かなければ、仕事に関しては毎度の如くいい成績を残してくれるだろう。

 

 彼はしっかりしているので、バーの外にいても定期的に連絡をしてくれる。弔くんにとっての心のオアシス。

 

「これからも弔くんをよろしくお願いします」

 

「月無、お前も問題児だぞ」

 

 そんなぁ。照れるぜ。

 

 さて、そんな敵連合のみんなが今バーに集まっているのは、他でもない。雄英襲撃ならびに、爆豪くん誘拐作戦の決行が迫ってきているからである。今しがた役割、といっても大半は暴れるだけだが、それを振り終えたところで、弔くんは最終確認に入っていた。

 

「今回は俺と黒霧は出ない。お前たちだけで行ってもらう。そして、どれだけ暴れてもいいが、爆豪くんを攫うこと。これが今回の目的だ」

 

 これを達成できなければほとんど意味がないと言える。襲撃を許すだけでも雄英の評判は落ちるだろうが、押しが弱い。明確に、わかりやすい被害が欲しい。出久くんや轟くんの友だちはできれば死んでほしくないから、やっぱり誘拐が一番だろう。爆豪くんじゃなくて女の子がいいけど、ここは弔くんの判断だから文句は言えない。この前言ったけど。案の定殴られた。

 

「あとは、何をしてもいい。それぞれの意思に従って行動しろ。だが、それでも組織にとって危険と思ったやつは殺しておくべきだ、と俺は思う」

 

 弔くんが僕を見たので、私情がまざったそれに頷いておいた。

 

緑谷出久と轟焦凍(・・・・・・・・・)。見かけたらでいい。この二人は特に優先して殺害しろ」

 

 

 

 あれは、ショッピングモールから帰ってきたときのこと。

 

 バーに戻ってきた僕は、弔くんに腕を掴まれると奥の部屋へ連れて行かれた。

 

 そして腕を離され、開口一番。

 

「お前、まさか死ねるんじゃないだろうな」

 

 どこか、弔くんにしては珍しく、怯えの色を含んだ声に、僕はわかりやすいくらい戸惑った。だって、あの弔くんが。まるで、失うことを怖がる子どもみたいな声を出すなんて。

 

 きっと、きっかけはショッピングモールからワープする前の最後の言葉。僕が敵と言われ、それに対してありがとうと言ったこと。多分、弔くんはそれだけで察してしまえたんだろう。僕の歩む道に、見えない新しいレールが敷かれたことに。僕にさえ明確にわからないそれに、弔くんはひどく怯えているようだった。

 

「誰だ」

 

 弔くんは震える声で言葉を紡ぐ。

 

「お前は一体、誰に殺されるんだ?」

 

 弔くんの言葉には確信めいたものがあった。もしかしたら、僕よりもわかっているんじゃないか、このレールのこと。いや、これは、このレールに対する僕の期待以上に、弔くんは恐れを抱いているのか?

 

 弔くんは僕の胸に額をあてて、握りこぶしを作って僕の肩を弱くたたいた。あ、なんだこれ、何か知らないけど泣きそうだぞ?これ、なんだ。

 

「……出久くんと、轟くん」

 

 今、僕が殺されたいのは出久くんと轟くん。僕が本当に死ねるとしたら、僕を殺してくれるのは出久くんと轟くんだろう。だから、僕はそう答えた。

 

 僕の答えを聞くと、弔くんは額を僕の胸に預け、肩にこぶしを置いたまま、呟いた。

 

「お前が本当にあいつらに殺されるっていうなら、どんなに狙われても、どんな目にあっても、死なないはずだよな」

 

「弔くん」

 

 いつもの弔くんなら、よかったな、さっさと殺されてこいって言っていただろう。いつもの、がどのときを指すのかもう僕にはわからないけど、みんなから見える弔くんらしさが、今はない。今は、そうだ、うん。

 

「お前が、生きたいって思ってるとき。お前は、俺の隣にいなきゃだろう」

 

「うん」

 

「だって、俺たちは、そうだって思ってた。お前も、そう思ってるんだって思ってた」

 

 この「そう」って言葉の意味、多分、僕と弔くんにしか理解できないだろう。ただ、僕が不幸で、死にたがりで、弔くんのそばにいたってこと。それが結果的に不幸だっていうこと。その不幸に対する解釈が、お互い違ってたんだってだけの話。

 

「お前は、俺の隣で、生きたいって思えよ。せめて、俺の手で殺されろよ……、俺は、お前だけはって」

 

 僕が、弔くんが、泣いているのか泣いていないのか、僕にはわからなかった。でも、僕は出会ったその日から、表面上ではどう思っていても、心の奥底で理解していたことがある。

 

 弔くん、僕が生きたいって思えたその時。

 

 君は本当に、僕を、殺せるの?




 意味がわからないし理解もしにくいと思いますが、これが凶夜と弔くんだということで、ここはひとつ。


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第16話 林間合宿

「思ったんだけど、開闢行動隊ってクソダサくない?」

 

 僕は雄英の林間合宿の地を崖の上から見下ろして、ぽつりと呟いた。弔くんが現場の判断は荼毘くんに任せるって言って、その荼毘くんがつけた今回この作戦に参加する僕たちの団体名。開闢行動隊って、我ら開闢行動隊!って言った後に、火薬をふんだんにつかった爆発が背後で起きるようなそんなダサさがある。いや、そういうのがかっこいいと思う人もいるかもしれないけど、僕たちはダークでクールな敵連合。こういうところがダサいのはよくない。ダークでクールだって。ちょっと穴に埋まってきます。

 

 僕の言葉を聞いて、荼毘くんがゆっくりと僕を見た。あれが「じゃあお前に何か考えがあるのか」の眼差しというやつか。ふん。自分に考えが無いのにただただ否定する僕じゃない。時々するけど。

 

 僕はふん、と鼻を鳴らして、自信満々に言い放った。

 

「ない。ただダサい」

 

 今回がその時々だったというだけである。

 

 僕の言葉でキレたのか、荼毘くんは不吉な炎を宿して叩きつけようとし、マグ姉に止められていた。僕を殺す=僕以外が死ぬ、というのはみんな知ってる。だから手をあげるのはナンセンス。

 

「あいたぁ!?」

 

 のはずだが、思い切り頭を殴られた。なんだよ!ちょっとセンスをバカにしただけじゃんか!大人げないぞ!

 

「痛いよー。ヒミコちゃん、なでなでしてー」

 

「わかった!任せて凶夜サマ!」

 

 ヒミコちゃんはナイフを振りかぶっていた。いや、待って。撫で斬りしてってことじゃない。僕はそんな物騒な言葉を「なでなで」なんて可愛い表現をした覚えがない。大体どこの世界に撫で斬り撫で斬りしてっていう狂人がいるんだ。それに応える人間もそう多くはいないはず。

 

 僕がみっともなくしゃがみこむと、コンプレスさんがヒミコちゃんのナイフを圧縮して助けてくれた。やっぱり頼りになるぜ、コンプレスさん。

 

「おいトガ。今回の目的に月無の殺害があった記憶はないが?」

 

 圧縮したナイフを掲げ、ぴょんぴょんと跳んで取り返そうとするヒミコちゃんを回避するコンプレスさん。どうかもっとやってほしい。僕に癒しを提供してくれ。

 

 ヒミコちゃんは取り返すのを諦めたのか、唇の先を尖らせて文句をたれた。

 

「ちょっとした冗談です。敵連合は好きだから、殺すわけないです」

 

「あれ?でもヒミコちゃんって僕を殺したいんだよね?」

 

「殺したい!でも、殺したくないの。敵連合、好きだから」

 

 ……あー、そういうのやめてほしい。そういう言葉、今の僕にすごく効く。ちょっと前ならへらへら笑って聞けたのになぁ。

 

 気まずくなったので頬をぽりぽり掻いていると、マグ姉が僕の脇に手を入れて立ち上がらせてくれた。くすぐったかった。立った僕の頭をぽんぽんすると、マグ姉が優し気な声で語りかける。

 

「凶夜くんと弔くんがいての敵連合よ。あなたたちがいるだけで、私たちスゴク生きやすいんだから。みんな形は違えどそう思ってるわ」

 

 まぁ、それは、生きにくい人を受け止めるのが敵連合だし、僕と弔くんは核らしいから、その核がそれを否定してちゃ話にならない。って反論してみたけど、マスキュラーさんが口角を大きくつりあげて笑いながら僕の反論を否定した。

 

「お前らからは『そうしなければならない』っていう無理した感じはしねぇ。お前らは俺たちみたいなろくでなしを受け入れるようにできてるんだろうな。このガキどもも、お前を嫌ってるがそう思ってる」

 

「……ふん」

 

「待て、ガキというのはもしかして俺もか?」

 

 マスタードくんが不機嫌そうに鼻を鳴らし、スピナーくんが自分を指さしながらマスキュラーさんに確認する。が、マスキュラーさんは「さぁな」と言って笑っていた。マスキュラーさんって筋肉ダルマに見えて、結構落ち着いてるっていうか、落ち着いてるって言っていいのか……?衝動的に人殺すような人だぞ?

 

「俺も感謝してるぜ!好きだ!敵連合!」

 

 トゥワイスさんが両手でサムズアップをしながら高いテンションで答える。いつもは言葉の後に逆のこと言ったりするけど、今回に関してはその言動が消えていた。多分、これは一貫して思っていること、っていうことだろう。トゥワイスさんって本心の本心がでるときわかりやすいから、それだけに結構響く。うん、僕も好きだ。敵連合。

 

 ……普通にいい人たちじゃないか。この人たち。ダメダメ、こんなのダメだ。恥ずかしい!僕は知らず知らずのうちに集まった頭の熱を、ぶんぶん首を振って払い飛ばす。マグ姉が「あらあら」と言ってお上品に笑っていたが、気にしない。

 

「おう、終わったか?なら、最終確認しよう」

 

「荼毘くん、君ってブレないよね」

 

 でも今はそのブレなさがありがたい。弔くんは荼毘くんのこういうところを評価して今回のリーダーにしたんだろう。ちなみに、弔くんが荼毘くんを指名したときに「僕は?」と聞いてみると、「できると思うか?」と言われてしまった。思いません、とすぐに引き下がったのは我ながら賢かったと思う。

 

 荼毘くんは指をぴっ、と立てて確認を始めた。

 

「まず、マグネとスピナー。お前らはプロヒーローをやってもらう。マグネは純粋な戦闘力。スピナーは……ステインの意思がな」

 

「はーい。任せて!」

 

「俺はステインの仰る主張を通すまでだ」

 

 本来の目的とは外れたサブミッション的なやつ。それを達成するのに、スピナーくんは向いてない。だから、森を動き回るのは他の人の方がいい。マグ姉は普通に強いから、大丈夫だろう。それにやさしいし。あれ、僕マグ姉好きすぎ?

 

「次、俺とトゥワイス。俺たちは雄英のプロヒーローの足止めに回る。俺の分身を作って足止めをすることになるから、実質楽な仕事で悪いが」

 

「気にするな!プロの足止めは必要さ!誰かがやらなきゃいけねぇ!プロなんて怖くないけどな!」

 

 荼毘くんとトゥワイスさんが組むのは当たり前と言えば当たり前。誰かを足止めする役で、勝手な行動をせず足止めをできる戦闘力を持つ人。一番はリーダーである荼毘くんだろう。それに、足止めにはその方法が一番いいってわかってるから、誰からも文句はない。

 

 荼毘くんは「そうだな、プロは怖くない」とトゥワイスさんを軽くあしらうと、マスタードくんに目を向けた。

 

「マスタード。お前は生徒に被害を出すってことに関しては一番やりやすい個性を持つ。それに、俺の炎とお前のガスで回収地点を見えづらくする意味もある。重要な役割だが、お前にしか頼めない」

 

「わかってる」

 

 荼毘くんの声に、マスタードくんはぶっきらぼうに答えた。実際、雄英の評判を落とすのに一番手っ取り早い手段を持っているのはマスタードくんだろう。直接的な戦闘力よりも広範囲に及ぶ被害を出せるのは、何が起こるかわからない僕を除けばマスタードくんが一番だ。次点で荼毘くん。

 

「マスキュラー、ムーンフィッシュ、トガの三人は好きに動いてくれていい。やりたいことやってこい。ただし、トガはできるだけ多くの血を回収しろ。無理な戦闘はしなくていい」

 

「太っ腹だなぁおい!だが安心しろ、仕事はちゃんとしてくるからよ」

 

「肉……仕事……」

 

「荼毘くん、それ私だけ矛盾してません?」

 

 好戦的なマスキュラーさんと、歯をがちがち鳴らすムーンフィッシュさん。むくれるヒミコちゃんの三人は個人行動だ。マスキュラーさんは血狂いだし、ムーンフィッシュさんは肉面狂い。誰かが一緒にいてリードするより、一人で暴れてくれた方がかえって効率が良かったりする。ヒミコちゃんは血さえ手に入れればその人に変身できるから、組織として考えるのならヒミコちゃんが優先するべきは血の回収だろう。楽にチウチウできる機械も持ってるし、申しわけないけど、頑張ってもらいたい。

 

「最後に、Mr.と月無は一緒に行動して、目標の回収にあたれ。嫌に目立つ月無と、回収に向くMr.が一緒なら、回収は容易いはずだ。無駄な接触や戦闘は極力避けろ」

 

「任せろよ。月無のどうしようもなさをもコントロールするのがエンターテイナーだ」

 

「よろしくねコンプレスさん。何かあったら見捨てていいからね!」

 

 最後に僕とコンプレスさんが一緒。なぜか僕はいやに目立つから、人から注目されやすい。コンプレスさんの個性は静かに回収するのに向いてるから、こと誘拐において僕たちの相性は抜群だ。僕が何も起こさなければだけど。

 

「で、忘れちゃいけねぇのが今回の目標。爆豪ってガキの誘拐だ」

 

 言いながら、荼毘くんは懐から雁字搦めにされた爆豪くんの写真を取り出す。写真の中の爆豪くんはもうすでに誘拐されているかのような格好だ。これ、体育祭の表彰式でしょ?どんな学校だよ。

 

 荼毘くんは爆豪くんの写真をしまうと、一拍おいて言った。

 

「あと、好きに殺していいが、あまり無理な殺しはしなくていい。が、死柄木からは緑谷出久と轟焦凍は優先して殺しておけと言われている。できればでいい」

 

 これに関してはあまり殺してほしくないんだけど、この人たちが相手なら危ないかもしれない。かといって、その殺しを僕が邪魔するわけにはいかないしなぁ。それを知ったら弔くん不機嫌になりそう、だし。

 

 荼毘くんは崖下に目を向けながら、「行くぞ」と呟いた。

 

「各自指定の位置に。目標を確認したら連絡しろ。その他にも各自連絡すべきと判断したことは積極的に連絡、覚えとけ」

 

 みんなの表情は様々だった。いきいきしていたり、ものすごい笑顔だったり、何かを期待していたり。荼毘くんはみんなの表情を見回すと、小さく、でも響く声で言った。

 

「開闢行動隊。正義の脆弱さを証明するぞ」

 

 ……そのネーミングで決定したんだ。いいけど。



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第17話 僕とエンターテイナー

 前話で脳無の話がなかったのは、そもそも今回脳無がいないからです。


『始まったか』

 

 僕の隣……ではなく木の上にいるコンプレスさんが、森を覆うガスと炎を見て呟いた。僕は見つかってもいいけどコンプレスさんは見つかっちゃいけないから、この配置である。それだけではなく、僕の見えない場所を木の上から見てカバーしてくれている。僕は一応ガスマスクをしているが、万が一があるからあまりガスの方に近づかない方がいいからね。

 

『月無、勝手に離れちゃいけないよ』

 

『うん、わかってる。いざというときは僕を圧縮してね』

 

 そして、バレないように離れているのに、喋るときに大声を出すなんてカッコ悪い真似はバカオブバカなので、僕とコンプレスさんは常に通信でつながっている。どちらかがどちらかを見失ったとしても、これなら安心だ。どんなに激しい動きをしても壊れない優れものらしいので、僕がボロボロになっても通信機だけは無事な可能性だってある。かなしすぎない?それ。

 

 いちいち雄英の子に会ってたらキリがないので、木々の間を抜けつつ人影を探す。ツンツンの爆発頭が特徴なあの子は見つけやすいと思っていたが、中々見当たらない。というか人影一つ見当たらない。誰とも出会わない。なんで?

 

 でも、焦る必要はないか。弔くんから聞いた爆豪くんの性格を考えると、誰かと接敵して大人しくしていられるタイプではないはず。それに、個性が爆破となればその音はものすごく派手なものだろう。僕が頼るべきは視覚じゃなくて、聴覚だ。見るのはコンプレスさんに任せたほうがいいかもしれない。もちろん、最低限は見渡すけど。

 

『しかし、ほんとにいないね。こりゃ誰かにとられたかな?』

 

『もしかしたらそうかもな。爆豪くんは個性使えないだろうし、見つけるのは骨が折れそうだ』

 

 ん?個性を使えない?あ、そういえば。

 

『そっか。森の中で、ヒーロー志望だもんね』

 

『ここで使ってくれる子なら、とっくに敵になってただろうよ』

 

 ちょっと感覚狂ってた。普通は森の中で爆破なんて、使えないよね。もしかしたら自分で逃げ道なくしちゃうかもしれないし、他の子の逃げ道をなくしちゃうかもしれない。そう考えたら、ヒーロー志望の子が使えるわけなかった。あれ、ということは爆豪くんが一人でいたらチャンスってことか。肝試しだから、誰かと一緒にいるだろうけど。ガスで倒れてたら楽なのになぁ。

 

『ガスを避けて施設に向かってると思ったが、案外ガスで倒れてるかもしれないな』

 

『いや、それはないよ。爆豪くんがその程度の人なら、弔くんが勧誘しようって言うはずがない』

 

『どういう根拠だ?それ』

 

 簡単に言えば信頼かな。他の人からすると根拠にならないだろうけど、僕からすれば立派な根拠だ。弔くんの目が間違えるわけがない。多分。信頼してるんじゃないのかよ。

 

 周りに注意を払いつつ、ちょっと暇なので静かに話しながら歩いていると、遠くの方で地鳴りのような音が聞こえた。自然的な何かじゃなくて、明らかな破壊音。

 

『これは、マスキュラーさんかな』

 

『誰か殺したか?早いな。かわいそうに』

 

 確かに。仕事……って言っていいのかな。とにかく早い。そんなにたまってたのかな。それとも、初めての仕事でテンション上がってるとか?落ち着いてたように見えたけど、実は内心ワクワクだったのか。

 

『あと、いいか?』

 

『何?』

 

 ……あれ、返事が返ってこない。無視?いきなりいじめ?

 

 不思議に思っていると、少し遠くから木がなぎ倒される音がした。木をなぎ倒す……?ムーンフィッシュさんは裂くって感じだし、マスキュラーさんは地鳴りの方だろう。ヒミコちゃんも無理だし、じゃあ一体誰が?雄英の子?

 

 はは、そんなまさか。ここまで派手な破壊を雄英の子がするわけない。だって、場所を教えているようなものじゃないか。それに、ヒーローの卵なら逃げるべきだし。

 

 僕が音に気づいたことを察したのか、コンプレスさんが話し出した。

 

『あれ、雄英だ。それも飛び切りいい個性。並みの敵なら相手にならないとんでもない暴力性だ。月無には見えていないだろうが、俺の目には見えている。独断で悪いが、あいつも貰おう』

 

『そんなにいいの?』

 

『あぁ。あれは化け物だ』

 

 化け物か。そんな子雄英にいたっけ?腕六本の子はいた気がするけど、その子かな?じゃあなんで今?逃げもせずに交戦して、尚且つ居場所が割れるような真似を?可能性としては個性の暴走か。

 

『お友だちがどうにかしてくれるのを待って、落ち着いたところをいただこう。俺が見える範囲で移動する』

 

『了解。でも忘れちゃダメだよ?第一目標は爆豪くん。今コンプレスさんが欲しがってる子はあくまでおまけだって』

 

『あぁ。わかってる。ついでさ。ついで』

 

 にしては、声色がものすごくワクワクしてるように感じるけど。まぁコンプレスさんだし、心配ないか。僕と組むような人なんだ、心配されるような人じゃ務まらない。自然と自虐しちゃった。

 

 コンプレスさんの誘導に従ってゆっくり進む。貰うと決めたからには慎重にならなきゃいけない。静かな行動静かに行動。爆豪くんを攫う予行演習みたいなものと思えばいいか。人を何だと思ってるんだ?

 

『ストップだ。しばらく様子を窺って、暴走が止まりそうにないなら爆豪くんを探しに行こう』

 

『おっけー。ここからなら僕にも見えるよ……確かに、すごいね』

 

 僕の目に映ったのは、巨大な黒。影って言った方がいいのかな。とにかく巨大な何かが一撃で木をなぎ倒すほどの力を軽々と振るい、六本腕の子を攻撃していた。確か、障子くんだったか。それで影ということはあの巨大な黒は常闇くんだろう。影の個性とは聞いていたけど、ここまですごくなるものなのか。

 

『どうやら、音に反応してるみたいだね。気を付けないと』

 

『……悪いが、月無が気を付けるって言葉を使うとろくなことないイメージがある』

 

『ハハハ、そんなわけ……』

 

「敵!?」

 

 ないでしょ。と言おうとしたら、後ろから可愛い声が聞こえてきた。どうやら、一瞬常闇くんの個性に目を奪われ、その一瞬で周りへの注意が散漫になっていたらしい。

 

『こっからは別行動で。ごめんね』

 

『いや、俺も悪かった。爆豪くんを見つけたら連絡する』

 

『了解。またね』

 

『いざとなればフォローに回る。捕まるなよ』

 

 安心して。それはない。

 

 短く言葉を交わすと、コンプレスさんは木々を飛び移り、やがて見えなくなってしまった。常闇くんを気にしていたみたいだから近くにはいるだろうけど、ここらへんの隠密スキルは流石である。いざとなれば自分を圧縮すればいいしね。

 

 さて、僕は僕の仕事をしよう。こんなに思い切り見つかったんだから、言い逃れはできない。

 

 ゆっくりと振り向くと、おっぱ……確か、百ちゃんだっけ。どこがとは言わないけど大きい女の子、百ちゃんと、バンダナを被っている男の子、泡瀬くんがいた。やはり僕のことを知っているのか、目を大きく開いてびっくりしている。

 

「初めましてかな。僕は月無凶夜。世界の敵で、つまり君たちの敵だ」

 

「月無凶夜……!」

 

 僕が自己紹介をすると、百ちゃんが肌からこけしを生み出した。何それ?不思議すぎない?いや、確か個性は創造だっけ。恐らく肌からしか創造できないんだろう。そういえば弔くんに見せてもらった写真は大胆な恰好をしていた気がする。おい、今もしろ。

 

 ただ、こけしが何になるっていうんだろう。勢いよく投げてきたから、何かしらの細工があると考えるべきだ。僕の個性は知ってるはずだから傷つけることはしたくないはず。だとしたら、選択肢は絞られる。例えば、僕の動きを封じるもの。そして投擲物となれば。

 

「スタングレネードか、何かかな」

 

 僕は耳をふさいで、目をつむった。そしてこけしから距離をとる。耳を塞いでいても緩和できる音はごく微量だろう。閃光も厄介だから背を向けて、走り出した。見えている脅威に対するレスポンスなら、自信がある。

 

 やがて、塞いだ耳越しにスタングレネードが弾けた音がした。ちょっと耳がキーンとするけど、我慢できる。問題は今百ちゃんたちに背を向けているっていうこと。スタングレネードを投げた以上向こうもすぐには追撃とはいかないはずだが、それでも今不利なのは僕の方だ。

 

 さぁどうするかと考えていると、通信機越しに焦ったようなコンプレスさんの声が聞こえる。耳の機能が万全とはいえないからあまり聞こえないけど、焦りの感情だけは伝わった。なんで?まさかもう追撃が来てるとか……いや、待て。

 

 確か、スタングレネードってすごい音を……。

 

 直後。

 

 僕は巨大な影に吹き飛ばされた。

 

「いっ、!?」

 

 ガスマスクが外れ体が宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられる。まずい、音に反応するなら、吹き飛ばす威力の攻撃を連続でくらうと自然と音が鳴る。つまり、逃げるのは難しいってこと。ここでとれる最善はなんだ。コンプレスさんに助けてもらう?ナンセンス。僕たちの目標は爆豪くんの誘拐で、コンプレスさんはそれが一番やりやすい。僕を助けるために姿を晒すのはよくない。じゃあなんだ、押し付ける?位置がわからない。そして僕が近くにいる人で今一番殺したくないのはコンプレスさんだ。任意に死を押し付けられないなら無差別に押し付けることになって、つまりそういうことになる。

 

 ……常闇くんの弱点は光。百ちゃんのスタングレネード。だったら、僕の個性を知っているということを最大限に利用する。

 

 叩きつけるような攻撃をしてきた影を転がって避け、腹の底から叫んだ。

 

「いいの!?百ちゃん!僕が大怪我するぞ(・・・・・・・・)!ここで誰かが死ぬことを、君はよしとするのかい!?」

 

 正義の心、優しい心。僕の個性を知っているなら、誰かが大怪我して、もしかしたら死ぬかもしれないという現実を自分が止められるとわかっているなら、ヒーローの卵がそれをやらない理由がない。

 

 僕に巨大な影が振り下ろされる直前、視界は強烈な光に包まれ、鼓膜に鋭い音が突き刺さった。

 

 これで死ぬことはなくなった。あとは無事に逃げるだけ……だったんだけど。

 

 やはり、百ちゃんは見た目通り賢かった。身動きが取れない僕の隙をついて、創造したであろう枷で両手両脚を拘束されてしまう。捕まった。

 

「そのくらいの怪我であれば、押し付けられても我慢できますわ」

 

 百ちゃんは僕をうつ伏せにして背中に乗り、僕の頭を押さえつける。なぜだか知らないけど僕の背中をまさぐっていた。こんなときにいうのもなんだけど、ありがとうございます。

 

「発動条件は怪我、そして対象が視界に入っているか、対象の位置がわかっているかのどちらか。無理やりの拘束はしたくありませんので、目隠しをする間はどうか抵抗なさらないでください」

 

 うーん、これは、どうしようもないか。不幸には頼りたくないし、仕方ない。

 

「ごめんね、コンプレスさん」

 

「さっきも聞いたな、その謝罪」

 

 頼るしかない。本当にごめんなさい。僕がいない方がスムーズだったよね、これ。

 

 僕のそんな思いを察したのか、コンプレスさんは「いや」と言って、

 

「月無のおかげで、欲しいもの(・・・・・)が手に入った。謝る必要はない」

 

「その、玉の中……!」

 

「常闇さんと、障子さん!?」

 

 常闇くんに動きがあったその時に障子くんを圧縮して、スタングレネードで常闇くんが弱った瞬間に圧縮したのかな。鮮やかすぎて逆に怖い。あと泡瀬くん今までなにやってたんだ。百ちゃんの隣から声が聞こえるし、君百ちゃんの隣にいたいだけじゃないの?離れろよ!!

 

「さぁ、取引といこうか、ヒーロー……いや、卵だったか」

 

 大丈夫、コンプレスさんはエンターテイナー。なんの心配もいらない。

 

「二人と一人。どっちが多いかなんて、聞かれなくてもわかるよな?」

 

 ……エンターテイメントは?



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第18話 敵と悪

 両手両足を拘束され、頭を押さえつけられている僕。僕を押さえつけている百ちゃん。その隣に立っている泡瀬くんと、圧縮した常闇くんと障子くんを持つコンプレスさん。状況で言えば人質一人と人質二人。でもその人質は敵連合の核……世界の敵を自称するとんでもないバカと、ヒーローの卵二人。常闇くんの方はコンプレスさんが欲しがってたけど、別にいなくてもいい。世間から見ればどうするべきかなんて、どうした方がいいかなんて明らかだ。

 

 でも、百ちゃんと泡瀬くんは常闇くんと障子くんを見捨てるなんてこと、できないだろう。ヒーローの卵はそこまで冷徹になれないはずだ。極論を言えば常闇くんたちを無視して僕を完全に捕らえたって、誰も文句は言わないだろう。だって、明らかな被害を出している敵と、どんな未来があるかわからないヒーローの卵。どっちが重い?口ではどう言おうと内心は僕を捕まえてほしい、というのが普通だろう。一般の人からすれば。

 

 痛いところはついていく。交渉や舌戦、戦闘ではこれが重要だ。

 

 偉そうに語っている僕は人質なわけだけど。口と思考は達者だけど基本的に情けない僕は月無凶夜です。よろしくお願いします。

 

「そうだな……俺としては、いや、俺たちとしては、そこのバカはどうしても失いたくないんだよ。正直に言うと」

 

 なんで痛いところを晒してるの?どうしてもなんて言ったら百ちゃんたち勘違いしちゃうじゃん。優位に立てるって思っちゃうじゃん。……いや、百ちゃんたちからすれば常闇くんたちも失いたくないからなのか?とんとんにする意味なんてある?ないでしょ。少なくとも今の言葉がなければ優位に立っていたのはコンプレスさんなんだから。

 

「俺はこの二人と月無とじゃ釣り合わないと思ってる。だから、この二人を投げるから月無の上からどいてくれ。いいな?」

 

 ええ!?どいちゃうの!?やめてよ!なんてことするんだコンプレスさん!裏切者!裏切者?

 

「……そんなうまい話あるか?お前、何を考えてる」

 

「言っただろう。この二人と月無じゃ、そもそも釣り合わない。そう思ってるからこそ、すんなり返すことで誠意を示そうとしてるんじゃないか」

 

 人質をとった人が誠意なんて言葉口にするんじゃないよ。敵だってこと忘れてない?でもまずいぞ。このままじゃ僕の上から柔らかさが消えてしまう。今のうちに堪能しておこう。

 

「わかりました。ですが、投げるのではなくその場に置いてください。そしてその場から離れて下されば、私も拘束を解きますわ」

 

「オッケー、感謝する。聞き分けのいい子で助かった」

 

 あぁ助かるけど助かりたくない。何がとは言わないけどこんなダイナマイト、二度とないかもしれないのに。泣くぞ僕。

 

「じゃあ、ほらよ」

 

「なっ!?」

 

 あれ、百ちゃんがどいた。その場に置くって話じゃないの?ていうかなんで拘束したままなの?

 

 芋虫みたいに立ち上がって状況を確認しようとすると、コンプレスさんが僕の隣を走って通り過ぎる。何してんの?……いや、そういうことか。コンプレスさん、その場に置かずに二人を投げたんだ。百ちゃんたちの後ろに。解放条件もわからないから見失うわけにもいかないし、第一お友だちが投げられて無視できるわけがない。一瞬の出来事に混乱して、僕の上をどいたのか。でもなんで百ちゃんたちの方に行くの?

 

「言っただろ」

 

 両手両足を拘束されたままなんとか立ち上がると、コンプレスさんが百ちゃんと泡瀬くんに手を向けていた。

 

「月無と二人じゃ釣り合わない(・・・・・・)って」

 

 か、かっこいい!コンプレスさん百ちゃんと泡瀬くんも圧縮する気だったんだ!流石エンターテイナー!観客全員いなくなるけど!あ、でも。

 

「コンプレスさん!しゃがんで!」

 

 コンプレスさんは賢い人だ。言葉の意味はわからなくても、必要なことと必要ないことの区別はつく。今回は必要なことと判断してくれたみたいで、泡瀬くんを圧縮した後、近くに転がっていた玉……常闇くんか障子くんかのどちらかをしゃがみながら回収していた。しゃがむ動作だけでどんだけ仕事するんだよ。

 

 そのしゃがんだコンプレスさんの上を、跳び蹴りの体勢の出久くんが通り過ぎて行った。

 

「緑谷さん!」

 

「危ない危ない。助かった、月無」

 

「僕のセリフだよ、コンプレスさん」

 

 出久くんの攻撃を避けたコンプレスさんは、すぐに僕の所へ戻ってきた。出久くんは近くにあった木を蹴って、地面に着地している。忍者かよ。

 

「このまま離脱する。途中まで圧縮して運ぶぞ」

 

「お願い」

 

 出久くんとお話できないのは残念だけど、これは仕方ない。爆豪くんを探さないといけないし、出久くんが優先殺害対象とはいえ、流石に殺すなんて時間がかかること、本来の目的を後回しにしてやることじゃない。コンプレスさんは捕まえるのがうまいからね。逆に直接的な戦闘能力はあまりないから、ここは逃げた方がいい。

 

「ではごきげんよう!そっちの子どもは解放してやるから、許してくれ!」

 

「待て!返せよ!」

 

 僕が圧縮される前に見たのは、必死の形相でこちらを見る、ボロボロな出久くんだった。

 

 

 

 いやー、焦った。危なかった。本当に捕まるかと思った。コンプレスさんには頭が上がらない……と、さっきまで思ってた。

 

 まさか、途中で落とされるなんて。

 

 落としたことに気づいて解除してくれたみたいだけど、如何せん森の中。道にでなければちゃんとした方角はわからない。

 

『これ、僕がわかりやすい場所に出た方がいいよね』

 

『月無が俺のところにたどり着ける確証がないからな。同じようにわかりやすい場所にいけるかどうかもわからないが、騒ぎを起こしてくれるならそれでいい。悪いな、月無』

 

『いいよ。多分これはコンプレスさんが悪いわけじゃないから』

 

 とは思いつつも、コンプレスさんに対して何か思わざるを得ない。だって、僕が普通に歩いてて崖から落ちちゃうっていうならわかるけど、圧縮されて自由が奪われた状態で落ちるなんて、明らかにコンプレスさんのドジだ。僕のせいじゃない。きっと。でも多分、ぼくのせいなんだろうなぁ。

 

 わかりやすい場所を探して、とりあえず音が聞こえる方に行こうと思って耳をすませると、何かを刻む音、何かを削る音が聞こえる。

 

 木をすり抜け、その音が聞こえる方に移動しながらコンプレスさんに連絡した。

 

『刻んだり削ったりする音が聞こえるから、多分ムーンフィッシュさんがいる。コンプレスさんもその音が聞こえるならそっちに移動してほしい』

 

『了解。それなら俺も聞こえてる』

 

 僕を落としたとはいえ、そこまで距離は離れていないはずだ。聞こえてる可能性は高いと思ってたけど、聞こえていたみたいでよかった。思ったより早く合流できそうだ。

 

 それにしても両手両足を拘束されていると動きにくい。なんでぴょんぴょんしながら移動しないといけないの?みじめすぎない?みじめがデフォルトみたいなものだけど、流石に地味すぎて悲しい。僕何か悪いことした?してたね。ごめんなさい。

 

 しばらくぴょんぴょんしながら移動していると、視界が開けてきた。どうやら何らかの広場か道に出たみたいだと思ってぴょんぴょんすると、そこには。

 

 氷の壁と、宙を裂く無数の刃。そして、今まさに無数の刃にさらされようとしていたのが。

 

 轟くんと、爆豪くん。あとなんか轟くんに背負われてる子。

 

「いや」

 

 僕は脚に力を込めて、全力で跳躍した。拘束されている分あまり力が入らないが、十分だ。十分届く距離。

 

「殺しちゃダメでしょ」

 

 跳んで目に映ったのは、刃の雨。凶器の嵐。

 

 体が硬いとか、対抗する個性を僕が持っているわけもなく、僕の体は刃の雨にさらされた。腕が千切れ、脚が千切れ、顔が裂けて胸や腹が貫かれる。轟くんたちは一瞬緩んだ刃を見て、瞬時に回避できる位置に移動したみたいだ。よかった。

 

 僕をズタズタにした刃が引き抜かれると、僕は重力に逆らうことなく地面に叩きつけられた。肉の鈍い音と血の水音が混ざったそれは、人の不快感を煽りに煽る絶望的なまでに気持ち悪い音だった。と、思う。耳は聞こえてないからわからない。

 

 ただ、命が消える直前に、ムーンフィッシュさんの位置だけは確認できた。ごめんね。無差別にするわけにはいかないから。無差別になると、多分、弔くんの命令、組織としての第一目標。その爆豪くんが死んでしまう。轟くんも怪しいけど、今は多分爆豪くんだ。きっと。

 

 だから、ごめんね。生まれてきてごめんなさい。せめて僕の肉面を手向けに、受け取って。

 

迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)

 

 かすれた声で言うと、忌々しいことに僕の体は綺麗に戻り、腕と脚が千切れたからか、拘束も解けていた。ということは、成功だ。僕の後ろからは悲鳴が聞こえないし、僕の押し付けは任意の正しい形で成功した。僕は立ち上がると、氷の壁を静かに見てから、轟くんたちを探す。氷の壁の向こうでは、きっと、ある意味氷よりも冷たい死体があるはずだ。

 

 轟くんたちはすぐに見つかった。あの短時間で長い距離を移動できるはずないし、当然だけど。

 

「月無……お前」

 

『お仕事だよ、コンプレスさん。爆豪くんが見つかった』

 

『……あぁ、俺にも見えてたよ。さっきのは、ムーンフィッシュが悪かった』

 

 爆豪くんの話をしてるのに、コンプレスさんはなぜかムーンフィッシュさんの話をしてきた。離れてた数分で日本語が通じなくなったのかな?コンプレスさん、あんなにいい人だったのに……。今も変わらずいい人みたいだけど。

 

「久しぶり、轟くん。元気にしてた?」

 

「あぁ、会えてよかった。月無」

 

 口では何と言いつつも、わかってた。いつだって、どんなときだって、悪いのは僕なんだって。

 

「お前は、絶対に捕まえないといけないからな」

 

「……知ってるよ」

 

 右手を構える轟くんを見て、僕は笑いながら言った。

 

 だって、僕は敵なんだから。



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第19話 不幸の道

 僕に注目を集めろ、何かがあることを悟らせるな。僕に注目を集めて、僕だけを警戒してくれれば、コンプレスさんが目標を達成してくれる。僕は囮になるだけでいい。どれだけ傷ついても、最悪押し付けることができる。問題なのは、さっき百ちゃんに拘束されたときみたいな状況。轟くんには路地裏で一度同じようなこと……それも、僕が任意で対象を選べなくなったということを考えると百ちゃんよりも完璧な拘束をやられたことがある。氷の柱に捕らわれて、視線を固定されてしまったあの時。あの状況になるのだけはまずい。

 

 そして、恐らく轟くんは同じ手段をとってくる。

 

 轟くんが何らかのアクションをとったその瞬間に、僕は動けるように構えていた。事実、轟くんが右手を振って生まれた地をはう氷結を、僕は先輩の真似をして回避した。氷は物体、そして轟くんの氷結は一瞬ですべてを凍らせるわけではない。氷の柱を作るなら、柱が出来上がる前にそれを足場にしていって跳べばいい。

 

 気づいたことがある。最近気づいたことだからあまり実践はできないが、僕の不幸という個性。いつどでかい不幸がくるのか、小さい不幸がくるのかわからないが、ある点だけわかっている不幸がある。

 

 それは、僕が死にたいと思っているから、死ねないこと。拘束されると幸せだから、拘束されたとしても絶対に抜けられること。または拘束されないこと。さっきの百ちゃんのときは、なぜだかわからないが拘束される方が不幸だったんだろう。轟くんのときも同様に。僕の状態、不幸には何らかの意味がある。だから、僕はこの二つの不幸においては逆手にとった行動ができる。なんだかんだ言っても、どういう状況だとしても、僕が死ぬ、拘束される、捕まる。これが幸せだってことは曲がらないから。

 

 僕のこの超人ともいえる避け方は、今の法則が関係している。拘束されることが幸せなら、理論上可能であれば僕の不幸が後押しをして拘束を避けることができるということ。先輩の戦いを見ててよかった。あれを見てなかったらこんな避け方は思いつかない。

 

 出来上がった氷の柱の上に立った僕を見て、轟くんが驚愕に目を見開いていた。いつもクールに見える分、ちょっとかわいい。

 

「お前、本当に月無か?」

 

「そう思うよね。僕自身もびっくりしてるから」

 

 多分、轟くんの中では流れで傷ついて、流れで誰かに押し付けることしかできないクソ雑魚野郎というイメージだったんだろう。あながち間違いじゃないけど、僕だって個性と向き合えば成長するさ。いや、僕のこれ成長っていうのかな?不幸に逃げてるからむしろ退化じゃない?悲しいなぁ。

 

「あんな雑魚に避けられてんじゃねぇよクソが!!おい、俺もやるぞ!」

 

「やめとけ。お前の爆破であいつが傷ついたらどうする」

 

「言い方考えろや半分野郎!!」

 

 轟くんの今の言葉、僕の体を気遣ってじゃなくて押し付けを警戒しての言葉だろうけど、確かに爆豪くんの言う通り言い方を考えた方がいい。僕がそういう趣味の人だったらどうするんだ。うっ、考えただけで吐きそう。

 

 爆豪くんに注意された轟くんは「悪い」と言いながら首を傾げていた。天然か。

 

「ごめんね。今の僕は殺されないし捕まらない。それに、今のこの状況、見ればわかると思うけどちょっとした衝撃で落下しちゃう。そしたらどうなる?」

 

「俺が助ける。お前は死なせない」

 

「わざとやってんのかテメェ!!」

 

 またも轟くんは首を傾げて「悪い」と言っていた。なんだあの子は。轟くんってモテそうだなぁ。イケメンでクールで天然ってかわいいも兼ねそろえたチートじゃない?しかも強いし。あれ、妬ましくなってきたぞ。わかってたことだけど、人はまったく平等じゃない。ていうか爆豪くん、敵を前にしてなんで味方に怒ってるんだ。

 

 ただこの状況は都合がいい。コンプレスさんが爆豪くんを攫う準備をするには、派手に動き回るよりお話する方がやりやすいだろう。幸い、なのか、不幸なのか。相手からすれば傷つけるのがマズい僕には向いている。

 

「轟くんってモテそうだよね。羨ましいよ」

 

「……なんでだ?わかるか、爆豪」

 

「知るか!何普通に敵と喋っとんだ!」

 

「いや、今思ったんだけどよ。月無のあの状況、むしろ何もできねぇんじゃねぇかって」

 

 ……はっ!!ほんとだ!僕が飛び降りたとしても、轟くんに助けられる。だってそれが轟くんの意思で、しかも僕は死ねないから。ということは飛び降りることができないっていうことで、それはここから移動できないということになる。

 

 策士……!恐ろしい、恐ろしいよ轟くん。まさかこんなに頭がよかったなんて。多分、僕が個性の新しい使い方に舞い上がってたせいだと思うけど。僕は本当に恥ずかしいやつだな。爆豪くん穴掘ってくれないかな?

 

「あ、そうだ爆豪くん。君を迎えに来たんだ。僕の名前は月無凶夜、どうぞよろしく」

 

「誰がよろしくするか!大体世界の敵とか言ってるやつがせけぇマネしてんじゃねぇよ!!」

 

「うっ、それは、ごめんなさい」

 

「おい爆豪、謝れ」

 

「いい加減ぶっ飛ばすぞ!」

 

「いや、あいつが何もできないってわかったらちょっとな。悪い」

 

 爆豪くんにものすごく痛いところをつかれた僕は座り込んで床……今は氷だ。氷をつんつんして拗ねた。いまだに世界の敵に関しては「言っちゃったなぁ」って思ってるんだ。触れないでほしい。いや、なりたいとは思ってるんだけど、なんかこう、恥ずかしいじゃん。

 

 そんな僕の姿があまりにかわいそうだったのか、轟くんが謝罪を要求すると、爆豪くんが手で小さく爆発を起こしながらキレた。そりゃそうだ。敵に謝れって正気じゃない。緩みすぎだよ轟くん。僕のせいか?僕のせいか。

 

「いやでもね、困ってない?実際。凝り固まった価値観に縛られて、その価値観に道を決められて。僕たちは生きやすい世の中のために、正義の脆弱さを示すために行動している。爆豪くん、生きにくくない?」

 

「その道選んだなら胸張っとけや!だがテメェらクソ敵は胸張んな!俺に謝罪しながら死ね!」

 

「爆豪」

 

「それにな、俺がここ(・・)にいんのはオールマイトがいたからだ!誰にだって曲げらんねぇモンはあるんだよ!わかったらおとなしく死ね!」

 

 ……正直、舐めてた。なんか似てるなぁ。爆豪くん。子どもっぽくて、大人っぽい。言動とか行動とか、そこらへんは子どもの要素が強いんだけど、軸にあるものは中々大人って感じがする。だって、今、僕は撃たれた。他でもない爆豪くんの言葉に。納得させられてしまった。そうか、爆豪くん()オールマイトか。

 

「ふふ、確かにね。じゃあ僕との交渉は不成立か。僕は無理だと諦めたよ」

 

 僕の目に映る、コンプレスさん。爆豪くんの背後にいるコンプレスさんを視界にとらえた僕は、コンプレスさんが爆豪くんを捕らえたのを見たと同時に飛び降りた。その先に展開される黒は、お馴染み僕らの黒霧さん。

 

「僕はね。また会おうよ!轟くん!」

 

「しまっ、緩みすぎた!バカか俺は!」

 

 そう、バカだよ君は。爆豪くんもとられて、僕も逃がして。

 

 ねぇ轟くん、君が何を思ってるか知らないけど、敵は敵だよ?忘れないでね。

 

 

 

 視界が明けた先、そこは回収地点にしていた場所だった。連絡をしなきゃいけないし、そのままバーにとは行かないか。

 

「では私はマグネとスピナーの様子を見に行きますので、お待ちください」

 

「ありがとー。黒霧さん」

 

「有能過ぎて逆に引くな」

 

 黒霧さんを見送った僕は、通信機が壊れていないことを確認して全体に連絡した。爆豪くんを回収できたわけだし、もうここにいる理由はない。

 

『えー、こちら月無とコンプレスさん。目標達成しました。お疲れ様。帰るまでがなんとやらということで、気を付けて回収地点までよろしく!5分以内にね!』

 

「気が抜けるな」

 

「こういうユーモアは大事だよ。わかるでしょ?」

 

「死柄木からは月無を甘やかすなと言われている」

 

 いけず。弔くん僕のこと好きすぎか?保護者かよってレベル。僕の自由はもしかして奪われつつある……?

 

 恐怖に慄いていると、荼毘くんとトゥワイスさんがやってきた。二人は回収地点から近いところでお仕事してたはずだから、当然か。

 

「お疲れだな、月無、Mr.コンプレス!働けよ!」

 

「月無がいる割に早かったな。よくやってくれた」

 

「僕もびっくりしてるよ。僕が僕じゃなくなった気分だ」

 

「まぁ、いつも通りだったけどな。それより聞いてくれ。爆豪くんの他におまけも手に入れた」

 

 そう言ってコンプレスさんが取り出したのは三つの玉。外からはあまり見えないが、中には爆豪くんと常闇くんか障子くん……コンプレスさんが嬉しそうにしているから多分常闇くんだろう。あと泡瀬くんがいるはずだ。

 

「一人は流れで持ってきちまったが、もう一人の子がめちゃくちゃいい。きっと死柄木も気に入ってくれるぜ」

 

 そうかなぁ。多分、常闇くんに関しては先生好みのそれだと思う。好みといっても、奪うとかそういう方向の好みだけど。というか泡瀬くんかわいそすぎない?攫われたのに流れでって。解放してあげなよ。

 

「そいつはいいな!今すぐ捨てろ!」

 

「三人も誘拐されたとなると、雄英どうなるだろうな」

 

「きっと大バッシングさ。社会は冷たいからね……あっ」

 

 みんなを待ちながら談笑していると、草葉の間からヒミコちゃんがやってきた。よかった、間に合わなかったらどうしようと思ってた。

 

「よかった、凶夜サマ!死んじゃってるかと思ってた!」

 

「まだ死にたいからね、僕。それはそうと何か嬉しそうだねヒミコちゃん」

 

「あ、そうだ!聞いてください凶夜サマ!お友だちができたんです!」

 

 それはよかった!すばらしい!ヒミコちゃんのお友だちってことは、多分女の子だろう。いや、絶対そうだ。そうに違いない。だから僕も紹介してもらおう。よろしくね。

 

「あと、気になる男の子いたのです」

 

「なんだって!?」

 

「トガちゃん、それって俺のこと!?ごめん!付き合おう!」

 

「うるせぇ……」

 

 ヒミコちゃんのトンでも発言に思わず劇画タッチになって驚く僕と、クソバカ勘違いをかますトゥワイスさん。荼毘くんはそんなやりとりに辟易しているみたいで、ため息を吐いていた。コンプレスさんは笑ってるからよしとしよう。ていうかごめんね。コンプレスさんの手柄の話だったのに。

 

「おいトガ、それはどうでもいい。血は何人分回収できた?」

 

「一人です」

 

「そうか。最低三人は欲しかったが、まぁ今回は複数人で行動してたみたいだから、仕方ねぇ」

 

「ヒミコちゃんの無事が第一だからね!」

 

「そうだぜ!生きててよかった!」

 

 ヒミコちゃん、荼毘くん、トゥワイスさん、コンプレスさん、それに僕。予定ではあとマスキュラーさんとマスタードくんとムーンフィッシュさんがくる予定だけど、ガスが晴れてるし、ボロボロの出久くんとあの地鳴り、マスキュラーさんもやられてると思っていい。ムーンフィッシュさんは……うん。

 

「もうすぐ5分かな、もうちょっと待って……」

 

 僅かな希望をもって、待ってみようと言おうとしたその時。

 

 空からたくさんの腕がナイスな障子くんと、その腕に抱え込まれた出久くんと轟くん、背中に張り付いている百ちゃんが降ってきた。

 

「おいおい、雄英は飛行能力のテストでもあるのか?」

 

「それよりコンプレスさん、障子くんが出てきてるのはなんで?」

 

「ちょっと、エンターテイナーの血が、な」

 

「ごちゃごちゃ言うのは勝手だが」

 

 轟くんが小さく呟くと、戦隊ヒーローよろしく四人が横一列に並んだ。

 

「返してもらうぞ、敵連合!」

 

「これ、お前のせいじゃねぇの」

 

「流石に違うでしょ……」

 

 四人を指さして言う荼毘くんに、そんな馬鹿なと思いながら言葉を返す。

 

 でも、なんでここがわかったんだろう?




 凶夜の不幸

・現状、死ぬこと、拘束、捕まることが幸せということは一貫して曲がらない不幸である。

・なので、「死ねない」「捕まらない」。または、「死んでも死ねない(押し付け)」「捕まっても抜け出せる」ということになる。

・それを逆手にとり、拘束してくるもの、殺しにくるものの回避が理論上可能であれば、度が過ぎた無茶でなければ回避できる。

・可能でなければ死ぬ、または拘束される。何らかの不幸があった後解放される。その不幸が何かはわからない。その場で起こる不幸かもしれないし、後に響く不幸かもしれない。

・痛みが不幸、という考えは薄れつつある。極論押し付ければいいため。今は自分が大怪我しようがしまいがどっちでもいい。ので、状況に応じて傷ついたり傷つかなかったりする。ただ、基本的には傷つく。理由は様々。

・ただ、凶夜自身で感覚的に避けられないと思った不幸は、ほぼ間違いなく訪れる。


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第20話 何かしろ

 凶夜が役立たずな話。


 時はさかのぼり、凶夜とMr.コンプレスが去った後、轟は緑谷、八百万、障子、更に途中で緑谷たちと合流したであろう個性:無重力(ゼログラビティ)を持つ麗日と、個性:蛙を持つ蛙吹たちとも合流していた。本来は互いの無事を喜ぶ瞬間があってもいいのだが、この状況においてはそんな暇は一切なかった。緑谷が聞き出した敵連合の目的、爆豪。その爆豪が攫われ、更に常闇と泡瀬も攫われた。喜ぶ前にやることがある。そのことをその場にいる全員が理解していた。

 

 だが、やることをやるためにはどうすればいいのか。敵の姿は既に見失っており、ただ手掛かりもなく探し回って見つけられるとは思えない。現状それしかないのは確かだが、他に手はないかと頭を抱えようとしていたその時、八百万が何かを創造した。

 

 携帯型のレーダーのような何か。それを全員に見えるように掲げながら、八百万ははっきりと通る声で全員を呼び掛けた。

 

「みなさん、これをご覧ください」

 

「八百万、それは」

 

「時間がありませんから端的に言います。これは発信機の信号を受け取る受信機で、発信源は月無凶夜。見る限りここから離れてはいませんから、場所についてはクリアしていますわ」

 

 八百万が創造したのは受信機。その発信機はいつ取り付けたのかといえば、凶夜が八百万に乗られてご満悦だったその時、泡瀬の個性:溶接で凶夜の服の裏に取り付けていた。八百万が凶夜の不幸という個性をその情報から『自分が不利になるものは無条件で受け付ける』レベルだと考え、更に迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)も考慮し、発信機を体に溶接すると、万が一体が元通りになった時発信機がついていない状態に戻ってしまうかもしれないという可能性を考えて、服の裏に取り付けた。

 

 途中で気づかれて服を捨てられる可能性も考えられたが、世界の敵を自称する凶夜の不幸を信じた形になる。

 

「なら、後はそこまでどう行くかだ」

 

 障子が腕を組んで静かに言うと、緑谷は瞬時に答えを出した。ヒーローの個性の考察を普段から行ってきた緑谷は、こと個性の考察においては優れており、自分の学友の個性の考察さえ怠っていなかった。

 

「麗日さんは僕らを浮かして!蛙吹さんは浮いた僕らを舌で思いっきり投げて!障子くんは空中での軌道のコントロール!八百万さんは準備してる間にもう一つ麗日さんに受信機を!あと僕らが持っておく用の発信機をお願い!麗日さんは二つの信号が近づいたら個性を解除して!」

 

「お任せを!」

 

「おい待て緑谷。いや、それで移動すること自体は問題ない。ただ、その怪我でまだ動く気か?」

 

 轟は作戦を聞いて麗日に背負っていた男子生徒円場を預けながら、緑谷を見た。骨と筋肉がボロボロで、どう見てもまともに動ける状態じゃない。恐らくもう動ける状態ではないが、何か強い意志だけで意識を保っている状態。

 

「そうだよデクくん!そんな怪我で行っちゃ何があるか……」

 

「痛みとか怪我とか、気にしてる場合じゃない!今動けるんだ、今なら届くんだ!ここで行かない選択肢なんて、僕にはない!」

 

 麗日は明らかな無謀とわかりつつ、その意志に押された。せめてと思い緑谷の腕に添え木をするが、これからやることを考えれば恐らくあまり意味はない。その後、蛙吹の下に巻き付けられている緑谷、轟、障子、八百万に触れて行って無重力状態にすると、蛙吹に合図を出す。

 

「いいよ!つゆちゃん!」

 

「ええ、任せて。みんな、必ず三人を助けてね」

 

 そして、蛙吹は力の限り、空に向けて四人を投げ出した。

 

 

 

「こいつら知ってるぜ!お前ら誰だ!?」

 

 トゥワイスさんはこんな時まで愉快な人だ。本当に知らなかったら弔くんの話を聞いていなかったことになるから、それは大問題だけど。

 

 トゥワイスさんの愉快な発言をスルーして、荼毘くんが一歩前に出て、青い炎を放出した。荼毘くんが一歩前に出たその時に回避行動をとっていたのは流石雄英生、というべきだろうけど、轟くんと百ちゃんの二人は避けていた。多分、障子くんはボロボロであまり動けない出久くんのカバーだろう。涙ぐましい連係だ。

 

 でも、僕らも連係に関しては負けていない。と思う。

 

「死柄木が殺せって言ってたやつだなお前!言ってなかったけどな!」

 

 トゥワイスさんがメジャーを引きながら轟くんの背後に回る。荼毘くんの炎を見て轟くんの回避先、そしてその裏をとれるように動けるのは素直にすごいと思う。でも、トゥワイスさんって直接的な戦闘力なかったよね?

 

「あっつ!」

 

 案の定轟くんの氷結にやられかけていた。というかこういうときも逆なんだ。知れば知るほど面白いな。

 

 出久くんの方にはヒミコちゃんが向かって行った。チューブでつながれた刺さればチウチウできる注射器のようなものを投げると、ボロボロながらもなんとか動けたのか出久くんがそれを回避する。その隙にヒミコちゃんが跳んで、出久くんに馬乗りになった。は?何してんだ。

 

「トガです!出久くん!もっと血だそうよ!きっとカッコいいよ出久くん!」

 

 ヒミコちゃんは出久くんを刺そうとナイフを振りかぶった。馬乗りのまま。あぁ羨ましい。百ちゃんに心惹かれたことは謝るからどうか僕にも乗ってほしい。クソ、腹立ってきたぞ。そうだ。僕も行こう。百ちゃんもいるし、もしかしたらもう一回乗ってくれるかもしれない。

 

 そんなことを考えていたら障子くんがヒミコちゃんを殴り飛ばしていた。

 

「この野郎!」

 

「あ、お前は行くな……って、遅かったか」

 

「俺が行くよ荼毘」

 

 思わず走り出してこけた僕をコンプレスさんが回収しにくる。なんだ、僕を笑いにきたのか!どうせ僕は女の子一人守れないクズなんだ!うぅ、呪ってやる、あの六本腕。障子くんのせいで僕がこけてコンプレスさんに情けないって笑われるんだぞ。

 

「月無は大人しくしておこう。ほら、オジサンの手を取って」

 

「うぅ……何回もごめんねー」

 

 ただ百ちゃんに乗ってほしかっただけなのに。……そういえば、百ちゃんは何してるんだろう?

 

 そう思ったちょうどその時、百ちゃんが声を張り上げた。

 

「皆さん、手筈通りに!」

 

 手筈通り?ということは何かしらの作戦があるってこと?みんながバラバラで、百ちゃん以外は戦っている敵がいるのに?いや、むしろこの場を打開できるからこそのタイミングだと考えた方がいいのか?

 

 僕がコンプレスさんに引き起こされて目に映ったのは、百ちゃんがこけしを投げた姿。百ちゃんでこけしと言えば。

 

「みんな!このこけし、スタングレネードだ!」

 

「マトリョーシカだろ」

 

 そんなことはどうでもいいんだよ荼毘くん。どうでもいいんだよ!僕はスタングレネードの効果を緩和するために目を瞑って耳を塞ぐ。その後、ふと気づいた。

 

 味方すらスタングレネードの対策をしていないのに、この場面で使うか?

 

「バカ月無!その女止めろ!」

 

 コンプレスさんはスタングレネードではないことに気づいていたのか僕から離れていた。そういえば、向こうは攫われた子たちを回収できればいいのか。だとすれば狙いはコンプレスさん。百ちゃんの接近を防げたはずの僕は間抜けにも視界と音を自ら断っていたため、結果的にコンプレスさんは襲われてしまった。

 

 荼毘くんが慌てて炎を出そうとするが、轟くんの氷結に牽制される。トゥワイスさんなにしてるの?あと僕も何してるの?

 

 流石にこのままでは大戦犯になりかねないので、慌てて百ちゃんを抑えに行こうとしたが、僕も轟くんに牽制されてしまった。また柱かよ!上に乗っちゃう癖できちゃったよクソ!

 

 僕は内心悪態をつきながら、柱の上からトゥワイスさんの名前を呼ぶ。何してんだという意味を込めて。

 

「トゥワイスさん!?」

 

「無理言うな!こんな攻められ続けちゃ増やせねぇ!増やせるけどな!」

 

 そんなトゥワイスさんは「あつっ」と言いながら氷結を避けていた。そんなに避けられるなら増やす余裕くらい……ないのか。ここは轟くんを流石だと褒めるべきかな?なんで偉そうなんだ僕。こんな間抜けの役立たず他にいないぞ。

 

 でも柱の上からだと戦況がよく見える。ほら、今ヒミコちゃんと障子くんが戦っていて、出久くんはコンプレスさんと百ちゃんが戦っているところに向かって……。

 

「荼毘くん!コンプレスさんのサポート!出久くんきてる!」

 

「わかってる!少し待て!トゥワイス!」

 

「わかってる!二度と迷惑かけねぇよ!」

 

 よし、今のタイミングなら荼毘くんの炎が間に合う。あとはコンプレスさんが自分を圧縮すればいい。

 

「避けろ!Mr.!」

 

「了か、い!?」

 

 コンプレスさんが自分を圧縮しようとしたその時、出久くんがその場で跳躍し、コンプレスさんを上から押さえつけた。

 

「返せよ!三人はお前らのものじゃない!」

 

「おかしな話だなぁ、まるで君らの物みたいな言い方だ……!」

 

「緑谷さん!お怪我お辛いでしょうが、しばらく抑えていてください!」

 

 あぁマズいマズいマズい。何がマズいって僕が何もできていないのがマズい。仕方ない、ここは飛び降りて出久くんをやる、しか!

 

 そう決めた僕が柱の上から飛び降りたその時、僕を掬うように氷が現れた。僕の決死の飛び降りは、ただ氷の上に着地しただけのクソ雑魚ジャンプに早変わりしてしまう。

 

「と、っどろきくぅぅぅうううん!?」

 

「言ったろ、死なせねぇって」

 

「ごめん月無!土下座しろ!」

 

 なんでだよ!君が土下座しろ!準備できてなかったら戦闘力あんまりないから仕方ないけど、仕方ないけども!というかマズい!百ちゃんがコンプレスさんをまさぐってる!あの状況じゃ荼毘くんも手を出せないし、なにより羨ましい!僕のこともまさぐれ!

 

 奇しくも、戦況を確認する僕の姿は土下座のような姿だった。満足かよトゥワイスさん。

 

「お願い出久くん!そこどいて!百ちゃんはその行為を僕にして!間違えた!今すぐやめて!」

 

「やめるか!何言ってるんだよお前!」

 

「ありましたわ!小さな玉が三つ!皆さん、すぐに離脱しましょう!」

 

 あー見つかった!この百ちゃんのまさぐり上手!

 

「あー逃げるな!いいのか轟くん!死ぬぞ僕!死んでやるぞ!ここから跳ぶだけで簡単に死ねるんだ僕は!」

 

「仲間を殺すのか?」

 

「きぃー!!」

 

 悔しい!なんか轟くん可愛くなくなったぞ!というか出久くん百ちゃんに背負われてって恥ずかしくないのか!恥ずかしいのは僕だ!

 

「クソッ、やるだけやって逃げんじゃねぇよ!」

 

 荼毘くんが言えたセリフじゃないと思うけど、同意だ。

 

「やっちゃえ荼毘くん!」

 

「いや、行かしてやれよ荼毘、月無」

 

 コンプレスさんは落ち着きを持って立ち上がり、コートについた土を払いながら楽しそうに言葉を紡ぐ。

 

「エンターテイナーを自称するからには、人を喜ばせなきゃ話にならない」

 

「いや、僕たちの立場で喜ばせたまんまじゃダメでしょ!」

 

「あぁ、それとエンターテイナーはマジックも達者なんだ」

 

 コンプレスさんは舌をべろ、と出した。

 

 そこには、百ちゃんが持って行ったはずの三つの玉。あれ、それってつまり。

 

「いいマジック(悪夢)だろ?君たちにとっちゃ」

 

「コンプレスさぁぁぁああん!!」

 

 なんて仕事ができる人なんだ!無駄に焦って損した!

 

「回収できたようで何よりです。五分は既に過ぎているので、戻りましょう」

 

 コンプレスさんのかっこよさが振り切ったと同時に、黒霧さんが僕たちを迎えに来てくれた。おい、いたんなら手伝えよ。

 

「すみません。月無の邪魔はするなと言われておりまして」

 

「なにそれ。なんで?」

 

「さて、なぜでしょう」

 

 一気に安心した僕は黒霧さんのワープゲートに飛び込んだ。これ、倒れ込むように入ると気持ちいんだよね。なんか新感覚。宇宙空間にあるベッドに飛び込むみたいな。そんな感覚。

 

「じゃあ、また会おうね!」

 

 今度会ったらまた百ちゃんに乗ってもらおう。

 

 呑気にそんなことを考えながらコンプレスさんの方を何気なくみると。

 

 コンプレスさんの仮面が男の夢、レーザーに吹き飛ばされていた。

 

「コンプレスさぁぁああん!?」

 

 僕は倒れ込むようにワープゲートに入っていたので助けに入ろうとも入ることはできず。宇宙空間のベッドへと旅立った。



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第21話 せんか

「ぶへぇ」

 

 ワープゲートに放り出されて、バーの床に転がされる。思いのほか楽しかったのでそのままごろごろしていると、弔くんに足で止められてしまった。もうちょっと丁寧に扱ってほしい。まぁ僕自身がゴミみたいのごろごろ転がっていたんだけど。

 

「おかえり。元気そうだな」

 

「ただいま。残念ながら、元気だよ」

 

 弔くんはしゃがみこんで僕と目を合わせると、おかえりって言ってくれた。最近の弔くんは嫌に素直で、前まではおかえりとかただいまとかあんまり言わなかった。言ったとしても、ぶっきらぼうに視線を合わせず他所を向いたまま。でも、最近は今みたいに目を合わせて言ってくれる。ただ、この後は決まってすぐに目を他所へ向けるんだ。

 

 今回もそうで、僕がただいまと返すと、弔くんは僕から視線を外して立ち上がり、近くの椅子に座ってしまった。できれば起こしてほしかったけど、仕方ない。自分で立ち上がるか、と僕が芋虫のようにもぞもぞしながら立ち上がろうとすると、先に帰っていたマグ姉が僕の脇に手を入れて立ち上がらせてくれた。マグ姉、これ気に入ってるの?

 

 確認のためにマグ姉を見てみると、困ったように眉尻を下げていた。

 

「凶夜くん、今のはダメよ?」

 

「?今のって?」

 

「いいよマグネ。俺たちはこれがいい」

 

「んまぁ!妬けちゃう!」

 

 マグ姉が弔くんと話したかと思うと、いきなり頬に手を当ててくねくねし始めた。何かの個性にやられたのかな?元気そうだから大丈夫なんだろうけど、ちょっと心配。そう、心配といえば。

 

「コンプレスさんはまだなの?」

 

「お前と同タイミングでワープさせてもらったが、大丈夫だ。ワープゲートに半身入ってたから、判断を間違えない限り帰ってくる」

 

 僕がここにくる前、僕はコンプレスさんの仮面がレーザーで飛ばされるのを見た。肌にはまともに直撃していないだろうけど、コンプレスさんは口の中に誘拐した三人を入れていたから、もしかしたら全員取り返されたかもしれない。

 

 コンプレスさんと行動してて迷惑しかかけてなかったから余計に気になる。黒霧さんがいるから大丈夫、と思いたい。

 

「クッソ、俺のショウが台無しだ!」

 

 大丈夫だった。開闢行動隊で回収地点に集まっていて帰ってきていなかったのがコンプレスさんだけ。あの場所にいたメンバーはみんな無事帰ってこれたということになる。

 

「無事でよかった、コンプレスさん!」

 

「無事は嬉しいが、ショウが台無しになったのは嬉しくないな。黒霧のおかげで二つは回収できたが、もう一つは返しちまった」

 

 いやいやいや。十分でしょ。僕はてっきり人数差で押し切られて、全部持っていかれたのかと思ってた。

 

「よくやってくれたコンプレス。疲れてるだろうが、確認させてくれ」

 

 敵連合のリーダーが板についてきたのか、弔くんは労りの心を忘れない。荼毘くんには一言もなかったけど、多分二人はそういうのがいいんだろう。二人ともなんとなくリーダー気質だから、どことなく通じるところがあるみたいだし。

 

「あぁ、それについては心配しないでくれ。多分、一番の正解を引き当てた」

 

 コンプレスさんは二つの玉を手のひらで転がした後、ひょいと下手で緩く投げた。およそ人が入っているとは思えないその軽さに、コンプレスさんの個性のすごさを改めて実感する。

 

「黒霧」

 

「眠らせる準備はできています」

 

 いきなり暴れられても困るので、明らかに非合法な睡眠薬だけど、攫ってきたその瞬間に眠らせることは決定している。なにしろあの爆豪くんだ。大人しくできるわけがない。

 

 コンプレスさんが投げた玉が床につく直前、コンプレスさんは陽気に「ワン、ツー、スリー!」とマジシャンみたいに言って指をパチン、と鳴らした。それと同時にパッ、と何かが弾ける音がして、それぞれの玉から人が一人出てくる。

 

「なるほど、確かに一番だね」

 

「こうならなかったらエンターテイナーの名を返上しようかと思ってた」

 

 現れたのは、爆豪くんと常闇くん。弔くんが攫うよう指示した子と、コンプレスさんが「いい」と思った子だ。

 

「黒霧」

 

「はい。お任せを」

 

 黒霧さんは仕事ができる人。ここがどこかわからないといった様子の二人を、不思議な香りで眠らせてしまった。一応勧誘するつもりだから段々眠っていく感じだけど。それでも嗅いだ瞬間自由を奪われるのは間違いない。

 

「爆豪くんと……もう一人は常闇だったか」

 

「あぁ。常闇くんの個性がよくてな。暴走し始めたらここにいる全員が勝てるかわからない」

 

 実際、そう言っても言い過ぎじゃないくらい狂暴だった。あの状態の常闇くんを相手にしたら、一生転がされ続けて死んじゃう自信しかない。あれ?僕が死んだら常闇くんに押し付ければいいのか。もしかして僕って強い?いや、クソ弱いけど厄介なのか。

 

「俺知ってるぜ、そいつの個性!なんだ!?」

 

「影です。光に弱いらしいです」

 

「Mr.の話を聞く限り、暗いほど制御しにくくなるみたいだな」

 

「どうであろうと、最終的にはステインの主張に沿うか否かだ」

 

「スピナー。この二人は勧誘するんだから、私たちの仲間になるかもしれないのよ?」

 

 思ったより、みんな……と言っていいのか。弔くんからもらった情報を覚えているようだった。あの量を覚えるのは結構きついから、いい個性……気をつけなきゃいけない個性の子だけ覚えてたってだけかもしれないけど。

 

 常闇くんの個性についてはほどほどに、マグ姉が二人を担ぎ上げ、いつの間にか黒霧さんが持ってきていた椅子に座らせると、「ごめんねー」と言いながら二人を拘束する。何か、バカにするわけじゃないんだけど、危険な光景にみえる。いや、普通に危険な光景だったか。だって攫われてるんだもんね。

 

「目を覚ましたらすぐに?」

 

「あぁ、こういうのは早い方がいい……とは思うが、状況が状況だ。効果的なニュースが出てからの方がいいだろう」

 

 あー、そういうこと。やらしいなぁ弔くん。爆豪くんは多分無理だろうけど、もしかしたらがあるもんね。自分たちが通っている学校がバッシングされるところを見るのは、中々くるものがあるだろう。僕は敵連合が一般的に悪いとされる集団だってわかってるから、悪く言われるのは嫌だけど、まぁわからなくはない。でも、爆豪くんと常闇くんが通っている雄英は、みんなの味方を育てる学校。だからこそ成功だけを求めているのかもしれないけど、恐らく、生徒に被害がでたこの状況を「よく頑張った」と世間は褒めちゃくれない。正義の方が責められるというおかしな状況が、近々でてくるはずだ。

 

 悪いのは僕たちなのにね。

 

「じゃあ、その時がくるまで休もうか。みんな疲れただろうし」

 

「そうだな。全員よくやってくれた。後は各々休んでくれ」

 

 弔くんの言葉を皮切りに、みんなが黒霧さんのところに集まった。人数も多くなったのであまり頻繁に出入りすると誰かに見られるかもしれないということで、可能であれば黒霧さんがそれぞれの住んでいるところ、もしくは弔くんが必要になるだろうと思って用意したこことは別の拠点へ送ってくれることになっている。黒霧さんが大変すぎて泣ける。頑張って。応援してるよ。

 

 慣れたもので、黒霧さんがぶわっとワープゲートを広げると、僕と弔くん以外を包み込んで一気にワープしていった。一気に、ということは拠点に行くことにしたのかな。あそこ、無駄に凝って寝れるようにも生活できるようにもしたから居心地いいんだよね。それに、何かあったときこっちに集まりやすいし。あれ、本拠地向こうの方がいい?ははは、まさかそんな。

 

「こと、あるかも」

 

「何がだ」

 

「ううん。なんでも」

 

 そう、なんでもない。多分みんなにとっては向こうの方がいいかもしれないけど、僕にとってはここ以外本拠地とは言えない。なんとなくだけど、多分弔くんもそう思っているはずだ。思ってなかったら恥ずかしいな。僕いつも恥ずかしがってない?

 

「そうか……なぁ、月無」

 

「うん?どうしたの弔くん」

 

 みんながいなくなって椅子が空いたので座ってカウンターにぐでーっとしていると、弔くんがこっちを見ないまま、お酒のボトルを見つめながら言った。

 

「全員無事とは行かなかったな」

 

「……うん、そうだね」

 

 マスキュラーさんにマスタードくん、それにムーンフィッシュさん。この三人は恐らく捕まっているか、死んでいる。うち一人は、僕のせいだけど。

 

「今回だけで三人か。軽くないな」

 

「僕が言うのもなんだけど、今回は子どもたちを褒めるべきだ。雄英の子ってだけあって、みんな強かった」

 

「これは想像だが、お前コンプレスにおんぶにだっこだったろ」

 

「ぎくり」

 

「口でぎくりって言うやつがいるか」

 

 弔くんはやはり僕がやらかすと思ってコンプレスさんをつけてくれたみたいだ。おかげで助かった。なんで僕を行かせてくれたのかはわからないけど、弔くんには弔くんなりの考えがあるんだろう。役立たずの僕を戦場に出す考え?なんだそれ。

 

 呆れたように笑っている弔くんの目には、強い意志が宿っていた。よく狂気的というか、おかしい光が宿ったりするけど、この目は好ましい色だ。多分一般人だってこの目を見れば敵だなんて思わないんじゃないかな。それは言いすぎた。

 

「次は、ゼロだ」

 

 ゼロってなんだろうとは流石に言わない。弔くんが言っているのはきっと、いや、絶対に僕たちのこと。リーダーが板についてきた分、弔くんは仲間意識も断然強くなった。いくらイカれた人が多いとはいえ、仲間には変わりない。そう、仲間には、変わりないんだ。

 

「だから、安心しろ。今度はあいつらがゼロにしてくれる」

 

 いつの間にか弔くんは僕のことを見ていた。意志の宿ってその目で、僕を。

 

「俺とあいつらを信じろ。俺もお前とあいつらを信じてる」

 

「……何を今更。僕の方が弔くんより信じてるもんね」

 

「かもな」

 

「そこって普通対抗してくるとこじゃない?」

 

 めんどくさいんだ、と笑う弔くんの目からは、結構前に宿っていた濁りが感じられなかった。それがどういうことか僕にはわからないけど、そう思いつつもなんだかわかる気がした。

 

 変化は着々と訪れる。



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第22話 ご飯は残さず

「はい、あーん」

 

「ぶっ殺すぞテメェ!!」

 

 どうやら僕はぶっ殺されてしまうらしい。

 

 あれから一日が経って……とはいっても林間合宿襲撃の夜から一夜明けてその翌日なんだけど。とにかく今日、眠らされていた爆豪くんと常闇くんが目を覚ました。とりあえず目を覚ましたらお水とご飯だと思って用意したご飯をあげようとしたのだが、そうしようとする度に噛みつこうとしてくる。ので、「食べ物を粗末にするなよ。ヒーローだろ?」と言ってはみたものの、「ヒーローが敵から出された飯食うか!」と言われてしまった。そりゃそうか。毒の可能性があるし、そうじゃなくたって何か変な物が入っていると考えた方が自然だ。

 

「何も変なの入ってないのに……」

 

「誰が信じられんだよ!」

 

「常闇くん、爆豪くんがいじめるんだ」

 

「何故俺に振る……」

 

 常闇くんはなぜだか辟易していた。目を覚ました時僕がご飯を持ってきて、「あ、常闇くんは個性使って食べられるよね」と言ってからずっとこうである。なんでかな?

 

「なぁ、いいか」

 

 僕が爆豪くんにご飯をあげている姿を黙ってみていた弔くんが、突然僕に声をかけた。どうしたのかな。もしかしたら弔くんも爆豪くんにご飯をあげたいのかも。……いや、ないな。弔くんが「あーん」をしたその瞬間、僕は腹がぐちゃぐちゃになるくらい笑い転げて死ぬ自信がある。結果誰かが腹がぐちゃぐちゃになって死ぬ。なんだその幸せそうな死に方は。

 

「何?弔くん」

 

 流石に「あーん」をしたいはないだろうが、今この状況について何かいいたいことがあるのは間違いない。だって、呆れた感じの声だ。ということはこの状況に呆れているということだ。きっと僕が爆豪くんにご飯を食べさせることができていないからに違いない。

 

 弔くんはいつものように椅子に座って、頬杖をつきながら言った。

 

「それ、お前が毒見してみればいいんじゃないか?」

 

「あ、そっか。いやでも、間接キスになっちゃうし」

 

「気持ちわりぃこと言ってんじゃねぇ!」

 

「え、でも爆豪くんそういうの絶対気にするでしょ」

 

「ったりめぇだろ!テメェの不幸菌がうつるわ!」

 

「爆豪、幼子のような罵倒はやめろ」

 

 不幸菌、不幸菌か。なんかしっくりくるな。流石雄英体育祭一位。感覚も才能にあふれているのか。そんな未来ある若者を攫ってしまうなんて、僕はなんてことをしてしまったんだ!こういう風に言っておけば油断してくれないかな?してくれないよね。だって敵よりも敵らしい爆豪くんが相手だし、常闇くんも落ち着いてるから疑うことはやめないだろう。実際ご飯一口も口に運んでないし。せっかく便利な個性なのになぁ。

 

「んー、じゃあどうしようかな……あ!ひらめいた!」

 

「それ実際に言葉にするとバカに見えるな」

 

 いや、バカだったか。という弔くんの呟きは聞かなかったことにして、爆豪くんに提案してみる。これなら受け入れてくれるはずだ。

 

「拘束解いてあげるから、ご飯食べてよ!」

 

「ハァ!?自分で何言ってっかわかってんのか!」

 

「ご飯食べてよ?」

 

「前半部分のことだよ!不幸過ぎて思考回路ぶっ飛んでんのか!」

 

「一理あるな」

 

「まったくだよ」

 

「がぁぁぁあああああ!!!」

 

「落ち着け爆豪!乗せられている!」

 

 爆豪くんが椅子に拘束されながらがたがたと暴れている。何が気に入らないんだろう。僕のすべてか。とりあえず暴れるとご飯が危ないので、爆豪くんの肩を暴れないように抑えると、手に持っていたご飯を落としてしまった。そらそうなる。ちなみに爆豪くんは辛い物が好きそうという偏見から、ご飯は激辛麻婆丼だ。

 

「っ、黒影(ダークシャドウ)!」

 

「アイヨ」

 

 このままでは爆豪くんの下半身が激辛になってしまう。どうにかして麻婆丼を救わなければ。が、ここで常闇くんが危険と判断したのか、個性を使って麻婆丼を救いに動いてくれた。なぜか個性の黒影くんの元気がなさそうというか、やる気がなさそうだった。よく考えればそうか。敵の前なのに、麻婆丼をキャッチするために使われたんだから。

 

 黒影くんは麻婆丼に腕、でいいのかな?を伸ばし、見事容器の端をはじくと、そのまま僕の顔目掛けて麻婆丼が飛んできた。ちなみにもう一度言うが激辛だ。その激辛が僕の顔に飛んできた。

 

「うわぁぁぁああああ!!」

 

「おい、お前何してるんだ……?」

 

 顔が激辛になった僕の耳に、弔くんの本気で困惑した声が聞こえてきた。

 

 

 

「さて」

 

 弔くんが麻婆丼が入っている袋をたぷたぷさせながら、仕切り直しと言わんばかりに切り出した。僕が片づけするとろくなことがないので、こういう時片づけするのは僕以外の仕事になる。つまり、僕と弔くんしかいないこの状況では自動的に弔くんの仕事になるということだ。本当に申し訳ない。でもこれは爆豪くんが悪いと思う。

 

「悪かった。このバカが失礼を働いたこと、謝罪する」

 

 弔くんがぺこりと二人に頭を下げた。まさかの僕の尻拭いだった。保護者か。

 

「呆れすぎてさっきみたいなことになったが、もちろん俺たちはあんなことをしたいわけじゃない」

 

 僕はしたかったんだけど、いや、したかったっていうか、お腹すくとしんどいでしょ?せっかく攫ってきたんだから、丁重に扱わないと。これ間違ってないよね?

 

「端的に言うと、君たちには俺たちの仲間になってほしい」

 

「寝言は寝て死ね」

 

「断る」

 

 弔くんはその返答を聞いて肩を竦めた。「まぁ、今はそこまで期待してない」と言ってゴミ箱に向かうと、悪の象徴である激辛麻婆丼をゴミ箱にぶち込んだ。あれ持ちながら勧誘ってかっこつかないもんね。一回かっこつかないことやっちゃったけど。

 

 弔くんはそのままカウンターの方へ向かい、そこに置いてあった新聞を持って再び二人の前に立つと、ある新聞記事の一面を二人に見せる。そこに書かれていたのは、雄英への誹謗中傷、大失態、実際の被害、そして、二人が攫われたということ。

 

「これが世間の声だっていうことをまず知ってほしい。正義を責める、平和な社会。誰もかれもが結果しか見ずに、原因に目を向けようとしない。俺たちの行動理念」

 

 言いながら、弔くんは新聞を握りしめた。すると、弔くんの個性によって新聞がボロボロに崩れ、やがて塵になる。社会は『雄英が敵に襲われ被害を出した』事実を責めたて、追及することに躍起になっている。まるで、敵は雄英だといわんばかりに。あの人たちにとっての敵とは誰なんだろうか。それは間違いなく僕たちなんだろうけど、じゃあなんで雄英が一番責められているんだろう。何故責められるかはわかるが、なぜ僕らよりも雄英が注目を集めるのか。それはもちろん簡単、売れるから。

 

「耳がいいやつはもう聞こえているが、悪いやつは聞こえていない。俺たちが行った社会への警鐘。君たちの目には、今の社会は耳がいいか悪いか、どっちに映った?」

 

 別に新聞がすべてってわけじゃないから何とも言えないけど、何とも言えないだけで、予想はできる。きちんと義務教育を受けて家族の下で育っていれば、尚更予想しやすいだろう。社会の現状ってやつは。

 

「いつになるかわからないが、きっとわかりやすい形でその答えが見えるはずだ。まぁ、勧誘しといてなんだが、それを見ても君たちの意思は変わらないと思う。だが、少しでも意識を変えることができれば俺はそれでいいと思ってる」

 

「じゃあ攫うなや!」

 

「言ったろ。社会への警鐘だ」

 

 弔くんは二人の間に立って、個性が発動しないよう指先でちょん、と二人の肩をつつく。

 

「ただ、君たちは形は違えど敵連合になれる素質がある。できれば、君たちが色いい返事をしてくれることを願ってるよ」

 

 爆豪くんは社会が決めたヒーロー像に縛られて。常闇くんはそもそもの個性に縛られて。どちらも可能性の話でそうなると決まったわけではないが、今道を示しておくことに意味がある。人間誰しも挫折っていうものがあると思うんだ。僕は。そして、挫折したとき。その挫折がとんでもないものだったとき、ふと僕たちを思い出してくれれば、いつでも僕たちは受け入れる。だって、そのための敵連合だから。

 

「弔くんがこう言ってるから、僕は今この時は君たちを仲間だと思ってる。だから君たちを気遣うし、弱らすのも嫌だ。でも信頼はしてない。そういう状態だと思っておいて」

 

「信頼してねぇのに拘束解こうとしたのかよ」

 

「だってご飯食べられないじゃん」

 

「支離滅裂……」

 

 そうかな?筋通ってるでしょ。少なくとも僕の中では。コミュニケーションとってるんだから僕の中だけじゃ意味ないのか?反省した。僕は謝ることができる男なので、常闇くんに頭を下げておく。

 

「支離滅裂を認めるのか……」

 

「僕は素直なのさ」

 

「バカってことだろ」

 

 ムカついたので爆豪くんにデコピンしておいた。僕をバカにするとどうなるか思い知れ!

 

「何すんだテメェ!」

 

「うるさい!バカって言うから悪いんだ!」

 

 言い争う僕と爆豪くん、辟易する弔くんと常闇くん。そんな訳の分からない空間に入ってきたのは、僕らの黒霧さんだ。そんな黒霧さんは両手にビニールの袋を持って、一言。

 

「ご飯、買ってきましたよ。私の分も合わせて計五つ」

 

「……食べさせてあげよっか?」

 

「また顔面に食らわされてぇのか!」

 

「黒影は二度とやらんと言っていた」

 

 それはよかった。僕もあれは二度とやらないでほしい。

 

 ちなみにご飯だが、爆豪くんが頑なに食べないので口を開かせた状態で固定し、ぐちゃぐちゃにしたご飯を流し込んで地獄を見せたら、常闇くんは黒影を使って大人しく食べ始めた。爆豪くんはキレた。



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第23話 先生から生徒へ

 歪んだ友情を表現すると、ホモと言われてしまう。凶夜の不幸は現実にも干渉する……?

 なぜこの断りを入れなければいけないのか疑問ですが、凶夜も弔くんもホモではないので、もしそういう期待がある方はそういうことは一切ないので、ご了承ください。


 いつものバー、いつものみんな。その中に、いつものとは違う光景があった。

 

 椅子に縛られている爆豪くんと、常闇くん。そして、モニターに映し出されている雄英の謝罪会見。敵に襲われた雄英に、今度は世間の冷たさが襲い掛かっていた。

 

「確かにさ」

 

 弔くんは謝罪会見の様子が映し出されたモニターを背に、爆豪くんと常闇くんの二人に語りかける。

 

「謝罪会見ってのは、必要だ。君たちを預かっている学校には責任がある。だって、まだ自立していないんだから。君たちがどう思っていようと君たちは本来守られる立場だ」

 

 でもさ、と弔くんは一拍置いて、二人を指さした。

 

「君たちは今捕まっていて、謝罪会見で頭下げてるのは君たちの先生で、ヒーローだ。まだ助けられる。まだ手が届く。なのにヒーローを謝罪会見で縛って、動けるヒーローの数を減らして、正義を悪者扱い。生徒に被害が出たってことに目を向けて、大事なことを無視してないか?」

 

 弔くんは二人を指すのをやめ、両腕をバッ、と広げる。そして僕たちを見回して、少し首を傾げながら言った。

 

「一番に責められるべきは俺たちじゃないのか?俺、何かおかしいこと言ってるか?」

 

 人を攫っておきながらこんなことを言うのはおかしいとは思うが、確かに僕もそう思う。国民は、みんなは、まず第一に僕たちを責めるべきなんだ。この謝罪会見の間に二人がどうにかなってたらどうする?プロヒーローが二人増えるだけで変わるんだ。そう思ったから林間合宿の時に足止めしてた。

 

 この謝罪会見は、謝らせることだけが目的のように思える。世間の思想は固まっちゃってるから、こんな言い方もなんだけど「犯罪をして当然の敵」より、「わかりやすく失敗した正義」を責める。そういう風にできている。この謝罪会見は「皆さん、この方々は失敗したんですよ」というマイナスの要素しか伝えていない。僕たちの力は、強大さは、厄介さは?一切説明せず、「失敗」のところだけピックアップして、そりゃあ国民は責めるしかない。

 

 なぜ失敗を責めるのか。それは、「助けてもらえて当然、ヒーローは助けて当然」だと思っているからだ。ヒーローからすれば助けるのが当然だが、助けてもらう方からすれば、それはどうだろう?いるよね、お客様は神様だって自分から言う人。

 

 実際に、何か事件が起こっても、どんな敵が街中で暴れても。それが凶悪なネームド……みんなに知られている敵でない限り、やじ馬が集まりやすい。スマホを取り出して写真とか動画とかも撮り始める。その被害が我が身にくることなんて、ちっとも考えちゃいないような間抜け面をしている。

 

 弔くんは、そういうことが気に入らないらしい。特に、助けてもらえて当然って部分。

 

 弔くんは椅子から立ち上がって、ゆっくりと二人のところへ歩いていく。

 

「正義ってなんだと思う?謝罪会見で頭下げれば正義なのか?」

 

 弔くんが僕を見て、目があった。何か知らないけど真面目な雰囲気なので、きりりとした表情で弔くんの目を見る。

 

「俺たちみたいなやつが生まれるような世の中を作るのが、正義なのか?」

 

 自業自得、因果応報。そんな言葉があるけど、そんな言葉にあてはまらないまま敵になった人だっているだろう。そんな人は決まって社会に縛られて敵になってしまった人ばかりだ。そしてそういう人はどこかおかしくなる。やがて敵として完成する。そうなれば世間から見れば立派な敵だ。生まれた理由なんて考えやしない。敵だから。それは当然なんだけど、そういう人は敵にならない可能性があったはずだ。

 

「俺たちの戦いは、社会への警鐘、及び問いだ」

 

 正義とは何か、今生きているこの社会が正しいのか。疑問に思う人はいるだろう。ただ、それを考えることがないだけで。

 

「俺たちは、勝つつもりだ。ルールで縛り、生き方を縛るこの世の中に」

 

 言って、弔くんは二人の拘束をその個性で崩壊させた。どういう意図があって、拘束を解いたのか僕にはわからないが、きっと皮肉だろう。弔くんはちょっと趣味が悪いから。

 

「もう一度聞く。俺たちの仲間になる気はないか?」

 

「ねぇよ」

 

 常闇くんからは返事が聞こえなかったが、爆豪くんははっきりと断った。椅子から立ち上がって、弔くんを正面から睨む。

 

「テメェらは、一度負けてんだろ。だからそうなる、だからこうする。テメェのザコを他人のせいにしてんじゃねぇ」

 

強い(・・)意見だな。こう言っちゃダサいが、君ならそういうと思ってた。だが、心のどこかでわかりあえると思ったから勧誘したんだ。それを覚えておいてほしい。……さて」

 

 弔くんは自分を睨んでくる爆豪くんをちょん、と押して、再び椅子に座らせた。爆豪くんが個性を使って暴れないのは予想外だが、そうなるくらい、口では何と言っても考えることはあったってことかな?いや、ただ単に隙を窺っているだけか。

 

 爆豪くんを座らせた弔くんは、いまだに黙っている常闇くんに視線を移し、問う。

 

「君はどうだ?常闇くん」

 

 声を聞いて、常闇くんは伏せていた目をあげ、弔くんと目を合わせた。何に対して迷っているのかはわからないが、迷いがある瞳。困惑した表情。クールで落ち着いている印象があったので、どこか年相応なその表情を意外に思った。

 

「正直、わからない」

 

 言うと、目線を下に向ける。

 

「理解できないというわけではなく、単純に困惑している。ただ、考えさせられると、そう思った」

 

 普通は、爆豪くんのように意思を貫き通すことは難しい。だって常闇くんは雄英に通っているとはいえ子どもで、世間から見れば守られるべき存在だ。そんな子が、誘拐されてこんなことを言われたら、困惑するのも無理はない。そして、この話に対して何か思うことがあるのも。

 

「あぁ、十分だ。君とは気が合いそうだな」

 

 弔くんは嬉しそうに笑っていた。少しとはいえ、自分の気持ちが伝わったことが嬉しいんだろう。二人は仲間にはならないけど、受け入れる準備はできた。芽吹くかはわからないけど、種も植えた。誘拐犯にしては十分すぎる結果だろう。

 

 上機嫌な弔くんは二人に背を向けて、いつの間にかモニターに映っていた先生に話しかけた。

 

「先生、俺さ、らしくないが、感謝してる。だから、勝つよ。俺が、俺たちが」

 

『あぁ、知っている』

 

 弔くんは「敵わねぇな」と笑った。

 

「できれば先生に見ていてほしかった。俺たちが勝つところを、生きる(・・・)ところを。でも、ダメなんだよな」

 

『あぁ、あの時言った通りだ』

 

 

 

「今、何て言った?」

 

 申し訳ないけど爆豪くんと常闇くんを眠らせて、二人でバーの裏に引っ込んだ後。僕たちは先生と話をしていた。突然連絡をとってきたから何事かと思ったが、何事だった。

 

『ある程度体が治ったから、終わらせるよ』

 

 終わらせる。その言葉だけでは「何を?」と聞きたくなるが、僕たちには不思議とすんなり意味が分かった。ここでのその言葉の意味は。

 

「先生を終わらせるってこと?」

 

『やはり、凶夜は察しがいいな』

 

 今まではしょっちゅう連絡をとってきたのに、最近はあまりなかったから不思議に思ってたんだ。同時に嫌な予感もしていた。僕の嫌な予感は、よく当たる。いつも当たってほしくないと思ってるんだけどね。

 

「それ、どういうことだ」

 

『君たちは、僕から離れるべきだと思った』

 

 こういうのって、普通離れさせようとする本人には言わないもんじゃない?大丈夫だって思って言ってくれたなら嬉しいけど。

 

『弔、凶夜。君たちは僕の予想を超える早さで成長してくれた。それを見て、僕はもう必要ないかと……いや、僕がいては成長の妨げになると判断した』

 

「勝手に決めんなよ」

 

『なるよ。そして、今のままでは僕が上だという考えも消えることはない。君たち(・・・)にとっての王は誰だ、と言えばわかるかい?』

 

 先生の存在は、その強大な力からは信じられないほど知られていない。世間から見れば敵連合の主犯格は弔くん……もしくは僕で、敵連合内のリーダーの立ち位置にいるのは弔くんだ。先生じゃない。先生は、僕たちの手助けをするという位置に居続けた。

 

『わかってくれ。弔、凶夜。君たちを想う僕の気持ちを』

 

「わからない」

 

「弔くん」

 

「わからないよ、先生。だって、俺まだ」

 

 弔くんは震えていた。弔くんの抜けきっていない子どもが震えていた。先生と話すとき、時々子どもっぽい口調になるのは、そういうことだと思う。僕は納得したくなくても理解はできる。ずっと『先生』と一緒何て、ありえないんだから。引き際とか見送る時とか、そういうの大事だって、理解できる。

 

「俺まだ、何も返せてない」

 

 弔くんだって人だ。喜ぶし、怒るし、悲しむし、何かに喜んだり楽しんだりする。そして、感謝だってする。いくら敵とか犯罪者とか言われたって、気持ちがなくなるわけじゃない。

 

『弔、僕は信じてるんだ。君の勝利を、君たちの勝利を、生きる未来を。この信頼は君たちに貰ったものだ。先生にとって、生徒の成長が一番のお返しさ』

 

「勝手だ」

 

『あぁ、勝手だね』

 

 弔くんは歯を食いしばって、何かを耐えるように目を伏せると、絞るように声を出した。

 

「……いいよ」

 

 しばらくして、弔くんは顔を上げた。モニター越しの先生を見る目は、強い力が宿っていた。

 

「俺だって、わがままだって思ってる。先生の言ってることが正しいってことも、そうしなきゃならないほど俺が間抜けだってことも。だったらそんなの、納得するしかないじゃないか」

 

 弔くんは、笑った。さっきまでの感情を隠すように、心配するなと言うかのように。二本の脚で堂々と立つ姿は、まさしく大人だった。

 

『ありがとう……凶夜は、何も言ってくれないのかい?』

 

「あれ、寂しいの?」

 

『あぁ、かわいい生徒に何も思われていないかもしれないと思うと、とてつもなく悲しいよ』

 

「ふふ、何それ」

 

 でも、そうだな。先生のこれは冗談だろうけど、ちゃんと言葉にしなきゃいけないっていうのは僕にでもわかる。

 

「じゃあ、先生。これだけは言わなきゃって思ってたんだ」

 

 僕は、モニターから目を離さない弔くんをちら、と見てから先生を見た。モニターの中の先生からは優しい雰囲気がして、世間から見れば恐怖を与える凶悪な敵であるはずなのに、僕には安心感を与えてくれる。僕は、誰が何と言おうと先生が好きだった。

 

「どうしようもない僕に居場所をくれてありがとう。あの時僕を拾ってくれてありがとう。心配だろうけど、安心して。僕たちは弱いけど、弱くない。勝つよ。先生」

 

『今生の別れみたいに言うね。助けにきてはくれないのかい?』

 

「先生はそれを望まないでしょ?」

 

『どうかな』

 

 先生は何かにつけて考えさせるような何かを言ってくる。簡単なものから難しいものまで様々だけど、今回は簡単なものだった。「じゃあ行かないよ」という弔くんの言葉を聞いて、先生は愉快そうに笑った。

 

 やがて笑いを収めると、ゆっくりと、言葉を紡ぐ。

 

『最後に、先生らしいことをさせてほしい。僕の手で古い時代は終わらせよう。今の平和の象徴は僕が終わらせる。そして、今のうちに伝えておこう。弔』

 

 名前を呼ばれた弔くんはぴく、と反応すると、気持ち背筋を伸ばした。

 

『君はリーダーとして成長した。だが、まだ子どもっぽいところがある。それは悪いところばかりではないが、きちんと自分と向き合って、周りとも向き合おう。見失ってはいけないよ。君の進む道を、みんながいることを。そしてもう一度言わせてほしい。君が最高のリーダーになることが、僕にとっての最高の幸せだ。……凶夜』

 

「はーい」

 

 名前を呼ばれたので、元気よく返事する。こんなときに心配かけちゃダメだからね。

 

『君は、優しい子だ。いつだって自分の周りの人のことを考えられる。残酷にも聞こえるが、僕が拾ったから君はこうなったということを覚えていてほしい。そして、そういう性質を持つ君だからこそ、君は境遇が違えば、ヒーローになれる素質もあった。君は否定するだろうけどね』

 

「うん。この個性でヒーローってなんの冗談だって思うよ」

 

『はは、世間から見れば君が優しいというのも冗談に聞こえるだろうね。だけど、そんな君だからこそ、世界の敵になれる素質がある。僕とはまた、別の方向に行ってるけどね。そして、これが一番君に言いたいことだ』

 

 目のない先生が、弔くんを見た気がした。

 

『君にはどうか、生きてほしい。不幸になれって意味ではないよ』

 

「それは、どうだろ。わかんないや」

 

『そうか。これも覚えておいてほしいんだが、先生より先に死ぬのは、とんでもない不幸者だ』

 

「なら生きないとな、月無」

 

「うー、どうしよ。やっぱなしで」

 

『はっはっは!君は本当に不幸だなぁ』

 

 そうでしょ。と僕がいうと、弔くんが呆れたようにため息を吐いた。なんだよ、僕の不幸にケチ付けるのか。

 

『それじゃあ、今のうちだ。君たちに贈れる最後の言葉を』

 

 先生は、僕たちを指さして言った。

 

『今日からここが、君たちの敵連合(ヴィランアカデミア)だ』

 

 今日からと、君たちの、という言葉の意味は。僕たちはすぐにわかった。



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第24話 じゃあね

「さぁ、行こう。もたもたしていたらヒーローがくる」

 

 弔くんは「黒霧」と黒霧さんに合図を送ると、黒霧さんがワープゲートで弔くんと僕以外のみんなを別拠点に送り始めた。

 

 弔くんのヒーローがくるという発言は、ちゃんと根拠がある。謝罪会見で捜査を進めていると言っていたからではない。なぜかというと、僕の服に発信機がついていたからだ。それに気づいた時にはもう遅かった。バーにいすぎたから、既にバレていると考えた方がいい。だから、利用することにした。ここを手放すのは惜しいが、別拠点に移動することにして、発信機がついた服を脳無を保管しているところに昨日置いてきてもらい、今日回収して今はバーにある。これは、先生のためだ。

 

 きっと、このバーと保管所にヒーローがくるだろう。そして、オールマイトも絶対にくる。そうすれば先生と会う。どっちにオールマイトがくるかわからないが、今発信機があるのはここなので、ここにくる可能性の方が高い。その間に先生が保管所にきたヒーローを倒しておいて、そのあとにオールマイト。相手をする数の話だ。先生がオールマイト以外に苦戦するとは思えないけど、一応ね。

 

「みんな行ったね」

 

「あぁ、俺たちも行くか」

 

 爆豪くんと常闇くんは、みんなが移動するのを黙ってみていた。移動先をつきとめようと突っ込んでくるかと思ったのに。まぁ、自分から助かる道を放棄するわけないか。

 

「じゃあね。爆豪くんに、常闇くん。今度会うときはいい関係になった時がいいね」

 

「ちゃんと助けてもらえよ」

 

 僕たちがワープゲートをくぐっても、爆豪くんたちが喋ることはなかった。僕たちと話さないっていう選択肢は、正しいのかな?どうだろう。

 

 ワープゲートでふわふわしながら、そんなことを考えた。

 

 

 

 モニターの中では、先生とオールマイトが戦っていた。その戦場は崩れた建物の残骸だらけで、そこが本当に日本なのか疑わしくなるくらいの惨状だった。流石先生、流石オールマイト。僕たちでは、ああいう目に見えてわかりやすい絶望はまだ作れない。やっぱり、先生は先生だった。

 

「先生は、凄いな。敵わないって何度も思う」

 

「だから先生なんじゃない?」

 

 別れを決めても、僕たちはモニターから、先生の戦いから目を離せなかった。できればその場で見ていたい、先生の最後を見届けたい。でも、ダメだ。それを先生は望んでない。

 

 そんな僕らの様子を見て、要望に合わせて調達した花柄チェアーに腰かけているヒミコちゃんが疑問を投げかけた。

 

「先生って、知ってる人ですか?」

 

「うん。僕たちの先生で、恩人」

 

 何をしてもらったか、なぜ恩人なのかは語らない。先生で恩人であるという情報以外は必要ない。その中身は、僕たちだけの話だ。なんか秘密みたいで楽しいね。

 

「へぇ、先生なの。どうりでトンでもないと思ったわ」

 

 マグ姉が頬に手をあててほお、と息を吐いてから言った。どうりで、トンでもないって?どういうことだ、それは。まるで僕と弔くんがトンでもないみたいじゃないか。いや、トンでもないのか?それは敵としては正しいんじゃないのか?ここはお礼を言うべきだ。ありがとう。

 

「なんのための俺たちだって思っちまうくらいのトンでもなさだな」

 

 なんのための。だから先生はこういう選択をしたんだと思う。初めて見た荼毘くんですらそう思うんだ。先生の引き際は正しかったと思うべきかな?

 

「あぁ、オールマイト……」

 

 スピナーくんがオールマイトの劣勢を見て心配そうにしていた。そういえば先輩の熱心なフォロワーだから、オールマイトは殺す対象とか、倒すべき相手とか、そういうのじゃないのか。ごめんね、スピナーくん。でも、これからは大丈夫だから。疑問に思ってもついてきてほしい。

 

「てか二人ともなんか元気なくねぇか?落ち着けよ!」

 

 トゥワイスさんは変わらず愉快だった。ちらりとトゥワイスさんの方を見てみると、片足を上げて両手の人差し指を立たせながら、片方の手を前に出し、もう一方の手を顔の横に持って行ってちっちっちっ、と横に振っていた。元気だね、トゥワイスさん。

 

「無理はよくない。マジック見るか?」

 

 ポン、と個性でお花を出すコンプレスさん。コンプレスさんも愉快さが増してきたよね。マジックが似合いすぎて、本物のマジシャンよりもマジシャンに見える。いや、マジシャンなのかな?マジシャンに違いない。今度教えてもらおう。……なぜだろう、なんだかんだでひどい目にあう未来しか見えない。未来は見えないけど。

 

「死柄木、月無。言うまでもないですが、目を離してはいけませんよ」

 

 黒霧さんには、先生が離れるということを弔くんが話しておいた。先生の存在を知っていたし、初期メンバーだし。初期メンバーとかそういうので区別するつもりはないけど、これは伝えておかなきゃいけないことだと思ったから。ちなみに、僕になんの相談も確認もなく話した、と言っておく。

 

「弔くん」

 

 モニターには、オールマイトの、平和の象徴のしぼんだ姿が映し出されていた。オールマイトが弱っているということは聞いていたので、あまり驚きはない。弔くんも同じなようで、だが、油断もなくモニターを見ていた。

 

「わかってる。忌々しいが、先生が勝って戻ってくることは、ない」

 

 先生は、オールマイトに力を使い果たさせるように負けに行く。先生はすごい人だ。勝ち方も、負け方も知っている。そして、オールマイトは勝つ。ヒーローは必ず勝つを体現している。期待しちゃいけない。先生から離れることを納得したんだ。決めたんだ。弔くんもそれをわかってるみたいで、冷静でいてどこか興奮した表情で頷いた。今の、失礼だったかな。

 

「ありがとう、月無」

 

 失礼ではなかったみたいだ。ならよかった。僕は声を出さず小さく首を横に振る。このありがとうにはどんな意味があるんだろう。僕は僕なりの解釈をしたけど、弔くんの思いと合ってるかどうかはわからない。でも、多分合ってる。

 

 オールマイトは、右腕だけをいつものマッスルな形にして、先生は右腕を歪で凶悪な形にして、お互いがぶつかりあった。多分、もうすぐ決着する。みんなの象徴と、僕らの先生の戦いが。

 

「見てるぞ、先生」

 

「見せてよ、先生」

 

 僕たちは見てるよ。先生の姿を、知りうる限り最大の巨悪を。だから見せてよ。僕たちに先生を。最後の先生を。

 

 モニターの中の先生は、オールマイトの左腕で殴られたところだった。当たり方、喰らい方からして、通りは浅い。オールマイトの一撃とは思えない。ということは、これは囮の囮。本命は別にある。

 

 僕の予想は正しく、オールマイトの右腕がまた膨れ上がった。

 

「弔くん、見てる?」

 

「あぁ、見てる」

 

 モニターから目を離せる気がしなかったので、確認してみた。よかった。弔くんは、ちゃんと向き合えてる。これなら先生が離れても大丈夫。

 

 やがて、訪れる決着。それは、オールマイトの右腕によって訪れた。

 

 その瞬間。

 

 多分、僕らにだけだと思う。僕らにだけ、モニターの中から、はっきりと声が聞こえた。今オールマイトの手によって、地に沈んだ、僕らの先生の声が。

 

 『じゃあね』と『勝て』。短い言葉だったけど、僕たちにはとても重く、色々な意味が詰まった言葉だった。

 

 それは、僕らへの別れの挨拶。今までを完全に過去にする言葉。決意の後押し。

 

 それは、僕らへの激励の言葉。これからを期待する言葉。決意の後押し。

 

 先生の期待の証明。

 

「弔くん、聞こえた?」

 

「……あぁ、聞こえた」

 

 先生は、ずるい。与えるだけ与えて、貰うものは勝手に貰って、そして去っていった。本当は見てほしかった。弔くんが言うように、僕たちが勝つところを。僕たちがこの世界で、胸を張っているところを。弔くんと、みんなと一緒に。成長しきったところを見てほしかった。そこに僕がいるかはわからないけど。

 

 そういえば、先生、生きてほしいって言ってたなぁ。

 

「ありがとう、先生」

 

「勝つよ、先生」

 

 僕がお礼を、弔くんが決意を。それぞれ告げると、なんだろう。

 

 人間って不思議なもので、僕たちには遠くの人に言葉を告げる個性なんてないはずなのに。モニターの中の先生は全然見えないはずなのに。

 

 先生が、笑った気がした。

 

 わかってる。聞こえてる。伝わってるよ。

 

『次は、君だ』

 

 オールマイトの敵への警鐘。平和の象徴の折れない姿。

 

「わかってる。次は僕たちだけど」

 

「勝つのは、俺たちだ」

 

 オールマイトのメッセージに、静かに返す。負けないよ、この社会に。負けないよ、ヒーローに。勝つよ。僕たちは。だって、僕らは、先生の。

 

「あれ、二人とも、泣い……」

 

「今は、そっとしておいてあげてください」

 

 震える僕たちの声を聞いて、体を見て、ヒミコちゃんが心配そうに声をかけてくれたが、黒霧さんが待ったをかけた。流石、気遣いをできる男。できれば、今この時は、最後まで先生を見届けたい。

 

「あら、もうこんな時間ね。夜更かしは乙女の敵よ。ヒミコちゃん、行きましょ」

 

「……わかりました。みんな、また明日、です」

 

 うん、また明日。マグ姉とヒミコちゃんは早く寝ないとね。

 

「そういえば、武器の手入れを忘れてた」

 

 スピナーくんが、中々の棒読み加減で言う。

 

「あぁ、マジックの花が切れてることを忘れてた」

 

「俺花が咲いてるところ知ってるぜ!枯れてるけどな!」

 

 コンプレスさんがおどけた口調で言って、トゥワイスさんが愉快な調子で花を探しに行った。

 

「あー……思いつかねぇ。行くか、黒霧」

 

「あなたは……」

 

 荼毘くんはいつでもブレなかった。それがありがたかったりもするんだけど、黒霧さんは呆れたみたいだ。

 

 みんながそれぞれ別の部屋、別の場所に行って、弔くんと僕の二人になる。

 

「……ねぇ、弔くん」

 

「なんだ、月無」

 

「人の期待って、嬉しいね」

 

「あぁ」

 

「弔くん」

 

「なんだ、月無」

 

「人の優しさって、嬉しいね」

 

「……あぁ」

 

「弔くん」

 

「なんだ、月無」

 

 そこで、ここにきて初めて弔くんと目が合った。

 

「知ってたけど、わかってたけど、お別れって、悲しいね」

 

「……、あぁ」

 

 でも、いつまでも悲しんでちゃダメだ。けど、今日だけ、今日だけは。

 

 悲しむこと、許してくれてもいいよね。先生。



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ヤクザ、死穢八斎會
第25話 それぞれ


 先生の逮捕、平和の象徴の喪失、敵連合の完全な周知化。当然世の中は緊張状態で、平和の象徴の存在によって成り立っていた平和は、少しずつ崩れていっている感じがした。とはいっても先生のような災害ともいえる力を持つ敵が出てきたというわけではなく、オールマイトの存在によって機能していた鎖が、その喪失によって引きちぎれた、というだけで。喪失以前と以後で強盗等の犯罪率は増加していた。それも、敵同士が徒党を組む形で。

 

 これは大物ブローカー義爛さんから聞いた話だが、僕たち敵連合は敵たちのカリスマのような存在らしい。あの雄英に襲撃して連日世間を騒がせたのだから当然といえば当然なのかもしれないが、僕らの真似をして徒党を組まれるのは、少しくすぐったくて、少しバカらしい。だって、僕たちは僕たちだからあの結果になったわけで、オールマイトに縛られて行動をせず、今強盗なんて『ただの犯罪』をしている敵は、僕たちに憧れようとただの敵にしかなれない。ただ暴れたいだけだ。じゃあ信念があれば暴れてもいいのかと言われると、そうでもないんだけど。少なくとも、世間から見れば。

 

 そんなこんなで。各地で起こる犯罪でヒーローや警察が対応に追われる中、あまり大々的に動けない僕たちは、勢力拡大のために各地へ散らばっていた。散らばっていた、とはいっても実際はずっと会っていないわけじゃなくて、定期連絡に加えて週に何回かは必ず今の本拠地に集まっている。「つながりは大事だろ」というのが弔くん談。移動時間の関係で勢力拡大の効率は悪くなるが、そこは黒霧さんの個性でカバー。黒霧さんの負担が大きいが、文句も言わずやってくれている。おかげで余計に頭が上がらない。

 

 みんなが各地で勢力拡大に精を出す中、弔くんと僕はずっと本拠地にいる。といっても何もやらないわけではなく、情報を漁って気になる敵を探り、目星をつける作業。普段のニュース、ネットに転がっている情報以外にも、各地に散らばっているみんなの情報も元にできるので、結構毎日やることがある。気になるな、からその人たちの有用性、目的、行動パターン。それらを判断して、いいと判断したらスカウトに動く。残念ながら、今動いている敵でスカウトしたいと思った人はいないんだけど。いや、いたにはいたのか。

 

 死穢八斎會。指定敵団体で、簡単にいうとヤクザさん。そこの若頭の写真は先生に見せてもらったことがあり、その目的はわからないけど、今まで見てきた中ではまともな部類だと感じた。ここでのまともの意味は、イカれてるっていう意味だ。

 

 ただ、弔くんはどちらかがどちらかの傘下になることはないと言っている。「先生の生徒が誰かの下にって、何の冗談だ?」って言ってたし、僕もそう思う。傘下になることに、先生の期待があるとは思えない。「あって同盟、いや、協力だな」と、弔くんがくだらなさそうに言っていた。今のところそうするメリットはないからね。勢力拡大といえば勢力拡大だけど、結局いつ裏切るのかもわからないし、僕らの『敵連合』という名前を向こうに持っていかれるかもしれない。

 

「結構難しいんだね、勢力拡大ってやつは」

 

「やることがやることだからな」

 

 弔くんはパソコンのキーボードを規則的な速さで叩きながら、僕の言葉にぼそりと呟いて返した。僕はといえば、ここ最近の新聞記事をみて、とりあえず気になると判断した記事、敵の情報を抜き出している。この作業を続けすぎて、僕は文字が嫌いになりそうだった。最近は目を閉じても瞼の裏で文字が躍る。僕の瞼は文字たちのパーティ会場となっていた。人の瞼で勝手に楽しそうにされると腹が立つ。

 

「義爛さんに頼むのが一番よさそうなんだけど」

 

「俺たちの目で見るのが一番いい。恐らく、形にこだわれるのは今だけだからな」

 

 オールマイトがいないときに畳み掛ける。そういうのもありだと思うけど、きちんとした象徴がいないときに僕たちが攻めても意味はあるのかと考えたとき、それは微妙としか言えなかった。僕たちはただ支配したいわけじゃなくて、正義が何なのかって言いたいんだ。偉そうな言い方をするけど、僕たちが手を出す時じゃない。だから、こだわるなら今なんだろう。

 

「あんまりこういうこと言うのってよくないと思うんだけど、ちょっと気が滅入るよね」

 

「仕方ない。惹かれるような行動をしないザコどもが悪いと思っておこう」

 

 ひどい言い方だ。いや、その通りなんだけど。きっとみんなオールマイトがいなくなってハイになってるだけなんだ。そして、そうやってハイになる人は僕たちのお眼鏡にかなう人ではない。はず。今が実際そうだから。

 

「荼毘くんも『腹立ったから何人か燃やしちまった、すまん』って言ってたしねぇ」

 

「目立つ行動はさけて欲しかったんだが……きっととんでもないバカだったんだろうな」

 

 敵連合の話をしようと思ったら「気持ち悪い顔」って言われたとか。それは怒ってもいい。燃やしちゃっても仕方ない。荼毘くん、かっこいいもんね。この前気分転換に外に出たとき女の子の敵たちに会ったんだけど、その子たちは荼毘くんのファンらしかった。ちょくちょく街中や路地裏で見かけて、クールで強い姿に惚れちゃったらしい。僕は?と聞いてみたら「なし」と即答されたので、とぼとぼと帰ったのを覚えている。

 

 僕が一番有名だと思うんだけど、なぜかファンがいない。いや、いないわけじゃないのか。ヒミコちゃんをファンって呼んでいいなら、だけど。

 

「あ」

 

「どうした?」

 

 そういえば、と思い出した。そろそろあれがあるんじゃなかったかな。

 

「ヒーローの仮免試験、もうすぐじゃなかった?」

 

「あー……忘れてたな。そういやそうか。で、それが?」

 

 弔くんがぼーっとした目で僕を見る。ずっと情報を辿って、パソコンに張り付いていたから疲れてるんだろう。みんなに何があるかわからないし、連絡のときは起きなきゃいけないしね。

 

 お疲れ様、と心の中で言いつつ、僕は考えたことを口にした。

 

「や、ヒミコちゃんならって思ってさ」

 

「……なるほど」

 

 ぼーっとしていた弔くんの目が少し開いた。最近の弔くんは興味を持つとこうやって目を開く。もっとも、あまり目を開いたところは見たことないけど。

 

「確かに、トガならいけるかもな。ただ、間に合うか?結構ギリギリだろ、日にち的に」

 

「うーん、どうかなぁ。多分、こんな世の中になったから雄英一年も仮免試験受けると思うんだけど」

 

 だったらヒミコちゃんにはぜひ雄英の子の血をとってきてほしい。雄英にはいろんな種をまいてるから、尚更ね。

 

 僕がうんうん言ってると、連絡用のスマホがぶるぶると震えた。画面を見ると、ヒミコちゃんという文字。僕と弔くんはまさかと顔を見合わせて、とりあえずと僕がスマホを取った。

 

「もしもし。僕だよ」

 

『あ、凶夜サマ!聞いてください』

 

 電話の向こうのヒミコちゃんは、ぴょんぴょんと跳ねそうなくらい喜んでいる様子だった。まるで褒めて褒めてかと言っているように。いい敵でも見つけたのかな?それとも、そういうことかな。

 

「どうしたの?」

 

『士傑の人の血、ゲットしました!仮免試験行ってきてもいい?行くね!』

 

「ヒミコちゃん大好きだ!」

 

 なんていい子なんだ。かわいくて仕事ができるなんてとんでもない超人。天使。僕はヒミコちゃんのために生まれてきたと言ってもいい。言い過ぎた。許してほしい。

 

 ヒミコちゃんの声が聞こえていたのか、弔くんは静かに頷いた。オッケーサインだ。

 

「お願い、ヒミコちゃん。できれば雄英の子の血とってきてほしいな」

 

『任せてください凶夜サマ!ご褒美待ってるね!』

 

「え?いいの?」

 

 しまった。欲望が前面に出すぎて「いいの?」と言ってしまった。女の子にご褒美をあげられることに舞い上がってしまった。バレてないかな。

 

『貰うの私なのに、変です凶夜サマ!結構ヨユーないので、もう切るね。弔くんにもよろしく言っておいてください!』

 

 また、です!と言ってヒミコちゃんは電話を切ってしまった。いつも思うけど、女の子との電話は声が近くていけない気分になる。いけないいけない。いけない気分になるのはいけない。うん?いけないいけない?いけない。何言ってるんだ僕は。おかしくなってしまったのか。

 

「トガがうちにいてくれてよかった。こんなこと言いたくはないが、俺たちと敵対していたらと思うと、ゾッとするな」

 

「ほんとだね。あんなに可愛い子が僕たちの仲間じゃないって思うと、ゾッとするよ」

 

「お前はズレていることを自覚しろ」

 

「?」

 

 ごめんね、自覚してるんだ。ズレてるの。自覚してこれなんだから世話ないね。

 

「あ、そういえば弔くん」

 

「なんだ?」

 

「ヒミコちゃんがよろしくだって」

 

「お前のことをか?」

 

「違うよ!多分」

 

 いや、違わない方がいいのか?だって、僕のことをよろしくってことは僕はヒミコちゃんと特別な関係ということになる。そっちの方がいいんじゃないか?

 

「やっぱりそうかも」

 

「は?やだよ。トガに断るって連絡入れとけ」

 

「つれないなぁ」

 

 弔くんは表情で冗談がわかりやすいのがいいと思う。真面目な顔で冗談言うと本気で受け取っちゃう人がいるからね。みんな弔くんを見習うべきだ。僕はほとんど冗談と思われるんだけど、なんでかな?

 

「なーんか、こういうのいいね。遠くにいてもつながってるって感じ」

 

「連絡してるだけだろ?」

 

「それがいいの」

 

「そういうもんか。……いや、そうだな」

 

 だって、僕たちみたいな人間が、ちゃんと連絡して、ちゃんと集まれる。すごいことだと思わない?こういうところを見れば、何で世間からはみだしたのかわからないくらいちゃんとしてるのに。

 

「恵まれてるよ。何だかんだで」

 

「だねぇ」

 

 僕が恵まれてるって、どういうことかわからないけど。これがいいことなのか悪いことなのか、今の僕にはわからなかった。



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第26話 あっち、どっち、こっちの話

 ヒミコちゃんが出久くんの血を手に入れたらしい。そう聞いたのは、仮免試験が終わってすぐ、他でもないヒミコちゃんからの連絡からだ。それを聞いた時、弔くんは珍しく「よくやった!」って大声で褒めてた。電話の向こうのヒミコちゃんはうるさそうにしてたけど。ただ、弔くんが喜んでるのを聞いて嬉しそうにしていた。かわいかった。

 

 勢力拡大とはいかないが、ヒミコちゃんが出久くんの血を手に入れたなら随分やりやすくなる。ということはヒミコちゃんの仕事量が増えるっていうことだけど、そこはごめんなさい、お願いしますというしかない。申しわけないけど。いや、この場合申し訳ないって言う方が失礼なのかな?お礼を言う方がいいか。

 

 定期連絡でみんなからちょくちょく話を聞くが、いつも元気な声を聞かせてくれて安心する。や、普通に会えるんだけど、どうしてもね。離れていると心配にならない?信じてないわけじゃないんだけどね。

 

 そういえば、定期連絡一つとっても、みんなの個性が……これは能力的な話じゃなくて、性格とかそういうの。その個性が色濃くでる。

 

 荼毘くんは落ち着いた声で淡々と。でもしっかり連絡してくれる。どこにどんな人がいた。どこでどんな人が喧嘩を売ってきた。この地域は弱い気がする。時々主観が入っているが、そういうのは大事だ。この地域は弱いって、それ荼毘くんが蹴散らしてるから言えることなんじゃないかって思うと暴れすぎじゃない?って思ったりもする。尻尾は掴まれていないみたいで安心したけど、ひやひやするのは間違いない。

 

 ヒミコちゃんは定期連絡関係なく結構連絡してくれる。何かあったら連絡してくれる、という感じだ。それが重要なものでも重要なものじゃなくても。便りがないのは元気な証拠というが、便りがあっても元気な証拠だ。それに隠れる、見つからないのが上手いみたいで、それは仮免入試に潜入できたことから嘘じゃないということがわかる。心配だけど安心できる子だ。

 

 スピナーくんは意外にも、というと失礼かもしれないが、ちゃんと定期連絡をしてくれる。ぶっきらぼうで不機嫌そうな声だけど、伝えてほしいことは伝えてくれる。「ちゃんとご飯食べてる?」と聞くと、「言われるまでもない」と返してくれたりする。相変わらず先輩の思想に心酔しているようで、スカウト基準もそこらしい。

 

 マグ姉はスカウトや勢力拡大などに精を出しつつ、お友だちに会ったりしてるみたいだ。会った後は本当に嬉しそうで、それを聞くたびに友だちっていいなぁって思う。マグ姉はそれを感じ取ったのか、「凶夜くんのことも大事よ!」と言ってくれた。本当にいい人なのになぁ。あと、集まった時にはなぜか抱き着いてくる。マグ姉は僕のファンらしい。

 

 トゥワイスさんはマスクを被らないまま定期連絡をしてくれるときがあるけど、ものすごく心配になる。マスクを被るとあんなに愉快なのに、マスクを脱ぐとああなるなんて、想像もつかない。ただ、マスクを被るといつも通りになるので、ちょっとびっくりする。トゥワイスさんの定期連絡はびっくりしたり面白かったりするので、楽しみでもある。

 

 コンプレスさんはいつもきっかり定期連絡をしてくれる。時間になると一番最初に、時間ちょうどに。怠慢になるけど、そのおかげで僕たちは時間を確認しなくてもコンプレスさんのコールで定期連絡の時間だと気づける。離れていてもしっかりさ加減で助けてくれるコンプレスさんには本当に助かっている。

 

 そして今、定期連絡とは別の連絡がトゥワイスさんからきていた。愉快な調子なのでマスクを被っているみたいだ。ただ、その内容までは愉快かどうかは、どうだろう。

 

『死穢八斎會の若頭と会ってな、話をさせろってさ!いいわけないよな!』

 

 僕はちらりと弔くんを見た。貸せ、らしい。

 

「トゥワイス、俺だ。会うのはいいが、場所はこっちが指定する。あの不衛生なゴミ廃工場だ」

 

『了解、日時はどうする?』

 

「できるなら早い方がいい。今夜……そうだな、22時は空いてるかどうか聞いてくれ」

 

『……大丈夫らしい。後は俺に任せろ!期待するなよ!』

 

 言って、電話はブツリと切れてしまった。

 

「……どうするの?」

 

「あー、まぁ、遅いか早いかの違いだ。いつかは会うと思ってた」

 

 弔くんは疲れたように椅子に深く腰掛けた。どちらも目立つ勢力だから接触があるのは当然といえば当然だが、こういうのは気が滅入るっていうのは、まぁわかる。ただそうも言ってられないのがリーダーの辛いところだよね。

 

「今日今すぐに全員集めるのはキツイか……仕方ない。俺たちだけで行くぞ」

 

「仲間になってくれるかなぁ」

 

「なってくれるといいな、としか言えないな」

 

 なんかこうしてると弔くんって普通の人みたいに見えるなぁ。いや、それはありえないんだけど。普通の人が敵連合のリーダーなんてできるわけがない。むしろ普通の人だからできるのか?

 

「まぁ、利用できるようなら利用させてもらうさ。ヤクザなんだし、色々いいことはあるだろう」

 

「弔くん、怖い顔してる」

 

 子どもが見たら大声で叫びながら逃げ出すであろう笑顔を見せる弔くんに、流石の僕もドン引きした。気が滅入るか気合が入るかどっちかにしてくれない?

 

 僕たちは22時に備え、情報収集もそこそこに仮眠をとった。もしもがあったときに疲れていたらいけないからね。

 

 

 

 22時、見るからに埃っぽい不衛生でゴミみたいな廃工場。その中で僕と弔くんは人を待っていた。死穢八斎會の若頭。きっと一筋縄ではいかないというか、人の下につくような人じゃない。むしろ僕たちを下につけようとしてくる気がする。それくらいじゃないと若頭なんて務まらないだろう。

 

 僕らは利用しようとしているが、誰かの下につく気はない。先生の生徒だから。これは意地の話だ。多分、下についたほうが上手くいくこともあるとは思う。でも、そうすると生徒として何かが終わる気がする。勘だけど。

 

「来たみたいだな」

 

 鈍い金属音をたてて、廃工場の扉が開いた。開けたのはトゥワイスさんで、その後ろには嘴みたいなデザインの……おしゃれな、おしゃれなマスクをした人がいた。この人が若頭だろう。随分なおしゃれさんらしい。

 

「まずは、こんな場所にきてくれて感謝する。本拠地はもっと綺麗なんだけどな」

 

「いや、いい。会いたいと言ったのはこっちだからな」

 

 それで、と若頭は言葉を繋いで、

 

「お前らだけで全員か?てっきり警戒してフルメンバーでいるかと思った」

 

「そうしようかと思ったが、出払っていてな。もちろん、警戒っていう意味じゃなくて、これからいい関係を築くであろう若頭との初顔合わせ、その場に居合わせないのはどうかな、と思ってな」

 

「いい関係ね。俺もそう思ってるよ」

 

 お互いよく口が回ると思う。ほら、トゥワイスさんなんか二人の顔を見比べて、ちょっと泣きそうな顔をして僕を見てる。大丈夫だよ、トゥワイスさん。喧嘩してるわけじゃないから。……ないよね?

 

「正直に言うと、俺たちヤクザには金がない。投資しようとする物好きなんていない。……だが、お前たちの名前があれば話は別だ」

 

「傘下に入れという話ならノーだ。そこはお前も俺も譲れないところだと思ってたが」

 

「ならどうする」

 

「提携という形ならいい。俺たちは名前を貸すために人材を寄越し、俺たちは勢力拡大ができる。ただ、俺たちの名前はでかすぎると思うんだが、どうだ?」

 

「あぁ、だから俺も興味を持った」

 

 僕たちの名前は膨れに膨れ上がっている。知らない人はいないくらいに。そろそろ教科書に載ってもいいんじゃないだろうか。言い過ぎか。ただ、ヤクザの若頭が興味を持ってくれるほどの名前になったというのは、少し誇らしい。

 

「だから、俺たちが名前を貸すメリットがあるかどうかが知りたい」

 

「……お前たちに教えるのは不安だが、いいだろう」

 

 若頭は胸の内ポケットあたりをごそごそと探り、あるものを取り出した。

 

 針が付いた弾丸のようなもの。針ってことは、何かを注入するもの?ということはなんだろう。偏見だけど、ヤクザってクスリのイメージがある。

 

「それがメリットって?」

 

「あぁ。これは、個性を壊すクスリだ」

 

「個性を」

 

「壊す……?」

 

 若頭がいることも忘れて、弔くんと僕は顔を見合わせた。個性を壊すってもしかして。

 

「おい、それ人体への影響は?」

 

「個性を壊す。個性因子を傷つけるだけだ。痛みはほとんどないと思ってもらっていい」

 

 それって……いや。

 

「無理だ、弔くん。きっと、それを使おうとしたら不幸が暴走する」

 

「……そうか」

 

 多分、それを使って僕の個性を壊そうとすれば、僕の不幸が暴走する。絶対に不幸な個性を壊させることはさせないだろう。それに、どっちの個性が消えるのかもわからないのに。個性因子を傷つけるから、どっちも消えるのか?わからないけど、それを使わない方がいいってことはわかる。

 

「?どうした」

 

「いや、こっちの話だ。悪かった」

 

 弔くんは首を横に振って、若頭に謝罪する。そして。

 

「協力するよ若頭。寄越す人材については別途連絡を取り合おう」

 

「……いきなりだな」

 

「言ったろ」

 

 弔くんは一瞬だけこっちを見て、薄く笑った。

 

「こっちの話さ」



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第27話 ヤクザへ

 若頭と会った日から数日。僕たちは現本拠地に集まっていた。みんな帰ってくるたび何かしらの家具を持ってくるので、仕切りを用意してそれぞれの部屋を作ったりしている。壁を作れる個性の人とかいないかな。ここって広いけど部屋がないから仕切り立てないとダメなんだよね。それってプライベートな音が聞こえちゃうから、ちょっとよくない。

 

 本拠地の中央には会議テーブルよろしく大きな円卓がある。僕たちは何か全体で話すべきことがあると、決まってここに座っていた。別に長方形の会議テーブルでもよかったのだが、なんとなく席順で優劣をつけているみたいで好ましくなかったのと、単純に声が届きづらそうだと思ったから円卓にした、らしい。ちなみに今の席順は弔くんの左に僕、順に、ヒミコちゃん、マグ姉、トゥワイスさん、スピナーくん、コンプレスさん、荼毘くん、黒霧さんとなっている。この順番で円卓を囲んでいる感じだ。

 

 ヒミコちゃんが僕の腕に噛みついてチウチウしようとしていたのをマグ姉が「コラ!凶夜くんを食べるなら、いい意味で食べてあげなさい!」と僕の評価を地の底に落とすような注意をしたとき、弔くんが口を開いた。あ、あとぜひ食べてください。

 

「月無とトゥワイスは知っているが、死穢八斎會と手を組むことになった」

 

「死穢八斎會……あぁ、ヤクザか」

 

 荼毘くんはその名前を知っていたみたいで、納得したみたいだった。恐らく荼毘くんは暴れまわっていた関係上、一番そういう情報を得やすかったからだろう。

 

「やだ、極道ってこと!?危険な香り!ドキドキしちゃう!」

 

「ヤクザって、私たちと何が違うんです?」

 

 マグ姉は頬に両手をあてていやんいやんとくねくねしていた。隣にそんな人がいるのに、ヒミコちゃんは首を傾げて僕に聞いてくれる。その可愛さににこにこと笑みを浮かべつつ、僕は説明してあげた。

 

「ヒーローが出てくるまで裏社会を取り仕切っていた団体で、今は監視されてる敵予備軍ってとこかな」

 

「時代遅れの天然記念物さ」

 

 僕の説明に付け加えるように、コンプレスさんが肩を竦めながら言った。今から協力しようって相手に時代遅れの天然記念物扱いは失礼だと思ったけど、実際そうだから仕方ない、のかな?

 

「それで、協力ってどういうことだ?」

 

 スピナーくんが腕を組んで弔くんを睨みつける。先輩のフォロワーだから、ヤクザと協力すること自体が気に入らないんだろう。睨まれた弔くんは「落ち着け」と言ってから、

 

「こっちから向こうに人を寄越すってことだ。まぁつまり、ヤクザ入りだな」

 

「……それはまた」

 

 黒霧さんはこの意味をいち早く理解したみたいで、呆れたように呟いた。多分この段階では、あの場にいた僕とトゥワイスさん、そして黒霧さんしかわからない。

 

「なんだ?ヤクザになれってことか?」

 

 荼毘くんが頬杖をつき始めた。気に入らないと顔に書いている。多分、ヤクザはルールが多そうだからって理由で行きたくないんだろう。大して仲もよくない相手からああしろこうしろと言われるのはストレスだ。特に僕たちみたいな連中はね。

 

「ヤクザになるのは一時的だ!死柄木はメリットだけ掻っ攫おうとしてるのさ!」

 

 あの場にいたトゥワイスさんは元気がいい。自分が敵連合の有益になりそうなものを見つけてこれたことにテンションが上がってるのかな。いつもの何倍も愉快そうだ。

 

「あいつらの功績、努力。すべて俺たちが貰おうと思ってる」

 

「悪だくみさ。いつものね」

 

 個性を破壊するクスリなんて、僕でなくても欲しがるに決まってる。どんなヒーローだって撃ち込まれればイチコロだ。あれがあれば戦闘は大分楽になるし、色々なことにも使える。色々な悪だくみができる。

 

「それで、ヤクザを潰すため、誰かに行ってほしいんだ。向こうの要望は黒霧、トガ、トゥワイス。月無は絶対いらないって言われてしまった」

 

「ほんと失礼だよね。目の前で言うんだよ?そら僕だって向こうの立場なら絶対いらないって言うけどさ」

 

 これでも弔くんの右腕らしき存在だ。そんな右腕がいらないなんて言われてしまうなんて、組織として格好がつかない。あれ、僕のせいじゃない?これ。

 

「が、月無は押し付けることにした。俺の右腕だって言って、信頼の証だと。めちゃくちゃ嫌そうな顔してたな、あいつ」

 

 確かに。眉間にこれでもかと皺を寄せて、僕が睨まれてしまった。提案したのは弔くんなのに。絶対僕の印象悪いよね。

 

「で、黒霧はやれない。他にやってもらうことがあるからな。そうなると自動的にトガとトゥワイスになるが……月無を押し付けたせいか、もう一人要求されてしまった。俺としては、できるだけ人を攫いやすい個性を持っている方がいい」

 

 人を攫いやすい、というのはどうやら個性を破壊するクスリは人から作っているらしい、ということからだ。はっきりとは言っていなかったが、多分そうだ。だって、個性なしに科学的に作れるものなら、僕たちが存在を知っていてもおかしくなかった。個性を破壊するなんてもの、目立たないわけがないからね。

 

「そうなると俺か。あんまり気が進まないなぁ」

 

 人を攫うって言うならコンプレスさんが一番だ。触れるだけで圧縮して持ち運べてしまうんだから。触れられた時点で抵抗はできない。強すぎない?コンプレスさん。

 

「んーなら、私でもいいの?」

 

 乗り気ではないコンプレスさんを見て、マグ姉が手を挙げた。まさか自分から行こうと言ってくれる人がいるとは思っていなかったので、ちょっとびっくりする。でも確かに、そうか。攫うっていうならマグ姉の磁力も向いている。コンプレスさんは触れなきゃいけないけど、マグ姉は少し離れていても磁力を付加して引き寄せることができる。問題は、相手がめちゃくちゃ強かったら、っていうところだけ。でもそれならどっちみちコンプレスさんでも無理か。

 

「いってくれるなら、助かる。ありがとうマグネ」

 

「いやん!お礼何ていいわよ!それに私、極道気になっちゃって!」

 

 マグ姉はそう言うが、多分みんなが乗り気じゃないからだろう。マグ姉は面倒見がいいというか、なら私がと言える人というか、とにかくいい人だ。本当は甘えちゃいけないんだろうけど、正直助かってる。

 

「……トガ、トゥワイスはどうだ?」

 

「俺はいいぜ!嫌だけどな!」

 

「私も、凶夜サマと一緒のお仕事なら行ってみたいです」

 

 ボロボロになるかもしれないですし、と付け足すヒミコちゃんは、恍惚とした表情を浮かべていた。そんなに見たいの?その現場に立ち会うとものすごく危ないんだけど。もしかしたらがあるし、できれば見せたくないなぁ。

 

「ありがとう。正直、こんなに早く決まるとは思っていなかった」

 

 弔くんもすんなり決まったことにびっくりしているみたいで、気持ち目を少し見開いていた。それでもお礼を言える辺りきちんとしていると思う。お礼一つで結構違ってくるからね。ありがとうと言われて気分が悪くなる人はあまりいないと思う。いるとしたら相当捻くれている。

 

「数日後、迎えを寄越してくれる手筈になっている。それと、その日からヤクザが潰れるまではここにずっといてもらう。何があるかわからないからな」

 

 そう言うと、弔くんは僕、ヒミコちゃん、マグ姉、トゥワイスさんを順番に見て、言った。

 

「目的は、ヤクザの努力を貰うこと。お前らならできると信じてる。何かあったら俺たちがサポートする。安心して、そして帰ってこい。それだけだ」

 

 弔くんは返答を待たず立ち上がると、弔くんの部屋である仕切りの向こうへ行ってしまった。恥ずかしかったのかな?

 

「弔くん、絶対照れてます」

 

「かわいいわねぇ。でもああいう子だからついていきたくなっちゃうのよ」

 

「いいやつだよな!感じ悪いぜ!」

 

「あんまり言わないで上げてね。多分聞こえてるから」

 

 仕切りしかないとこういう言葉も聞こえちゃうから、やっぱり壁が欲しい。いや、むしろこれは聞こえた方がいいのかな?弔くんは聞こえない方がいいだろうけど。

 

「なぁ、この近くで行動すんのはいいのか?」

 

「いいけど、暴れないでね。目をつけられたらもしものとき手が足りなくなるから」

 

 荼毘くんはつまらなさそうにそっぽを向いた。暴れる気だったな?

 

「それじゃあひとまずこれで解散。ヒミコちゃんとマグ姉とトゥワイスさんは向こうにいったときのことについて話し合おう」

 

 解散の合図を出すと、ヤクザ組四人以外が立ち上がって各々の時間を過ごし始めた。荼毘くんが頭をたたいてコンプレスさんが肩をたたいてきたけど、なんでだろう。頑張れってことかな?深い意味はないかもしれない。

 

 僕は暇になったのか、ヒミコちゃんに意味もなく足を踏まれながら、話し合いを始めた。



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第28話 ヤクザの面接

スマホから。


「地下をぐるぐるぐるぐる30分。ここまで生き延びてきたヤクザは流石、工夫が違うね」

 

「簡単に見つかるわけにもいかないし、客が何を考えているのかもわからないからな」

 

 死穢八斎會の本拠地、その地下。そこにある応接間に、僕たちヤクザ組はきていた。レディに優しくということでヒミコちゃんとマグ姉にソファーに座ってもらうと、その後ろに僕とトゥワイスさんが立つ。それを見た若頭が眉をピクリと動かして、僕に問いかけた。

 

「……お前ら四人のリーダーは、お前かと思っていたが」

 

「ヤクザになっても、僕らのリーダーは弔くんだ。それに女の子には優しくしないと」

 

「女?にしては随分ガタイがいいな」

 

 若頭の隣にいるちっちゃいマスコットみたいなやつがマグ姉を見て言った。おいちょっと待て、僕たち仲良くしにきたんだよな?

 

 マグ姉をバカにされたと感じたのか、何だかんだで一緒に生活することが多かったヒミコちゃんが少し身を乗り出した。仲間意識の強いトゥワイスさんも睨みつけながら、頭を下げて威嚇する。

 

「マグ姉はマグ姉です。バカにしてます?」

 

「随分な挨拶だなテメェ!よろしくお願いします」

 

「やめなさいヒミコちゃん、トゥワイス。私たちは仲良くしにきたのよ?」

 

 マグ姉はヒミコちゃんと僕と過ごすことが多かったからか、本来の性格なのか、面倒見がいい。こういうときのストッパーにも率先してなってくれる。でも、今はダメだ。

 

「仲良くしにきたからこそだよ。ジョークで済むことと済まないことがあるんだから」

 

 アイデンティティ、生き方。双方どんな思惑があろうと、一時的であろうと、手を取り合って協力しようっていうときに、それを否定するかのような物言いはよくない。ちゃんと教育してるの?若頭。

 

 咎める意味も込めて若頭を見ると、「すまない」と言って少し頭を下げた。

 

「せっかく足を運んでくれたのに、これはない。謝るよ。女性に優しくという点では、連合の方が上のようだ」

 

「そうでしょ」

 

 褒められて嬉しくなった僕はにこにこしながら頷いた。トゥワイスさんが僕の肩を叩いて首を横に振ってるけど、どうしたんだろう。お腹痛いとか?

 

 ヒミコちゃんはまだ何か言いたげだったが、僕の「そうでしょ」を聞くと僕をちら、と見て乗り出していた体をソファーに落ち着けた。それを見た若頭が僕に目を向けて、「やっぱりリーダーか」と呟き、その呟きを振り払うかのように「本題に入ろう」と切り出した。

 

「まずは、個性の詳細を教えてほしい。もしものときに連携がとれないと困るからな」

 

「いいよー」

 

 僕がそう答えると若頭がマグ姉を見た。マグ姉は首をふるふると振っている。何さ?

 

「僕の個性は不幸と迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)。不幸はその名の通り不幸になるだけで、周りに幸せな人がいればいるほど不幸が強まる。逆に、悪人が近くにいれば不幸は弱まる」

 

 ヒミコちゃんがソファーにもたれて、僕を見上げた。

 

迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)は僕が耐えられないと思った傷とか不幸とか、死を押し付ける。対象は任意で選べて、選ばずに死んだりしたら周りにいる生物の誰かに押し付ける。死を押し付けられるのは、生きてる方が不幸だから死なないってことで」

 

「……考えようによっては頼もしいな」

 

 ありがとう。僕の個性は敵向きで、平和を殺すのに向いている。若頭もそれをわかってくれたみたいで、僕の個性を褒めてくれた。それでも嫌そうな顔をしてるけど。

 

「じゃあ、次は私ね」

 

 マグ姉は気持ち姿勢を正して、若頭と目を合わせた。

 

「私の個性は磁力。人に磁力を付加させる個性で、範囲は大体半径4.5m、全身でも一部にでも付加できるし、その強さも調整できるけど、私自身にはムリ。男の子はS極で、女の子はN極。今日は持ってきてないけど、普段は大きい棒磁石を持ってるわ」

 

「便利だな、連携しやすそうだ」

 

 マグ姉は実際、連携することに長けている。黒霧さんの次、それか並ぶくらいには。磁力を付加させる、大きな棒磁石を持っているということは反発させて距離をとらせることができるってことだし、半径4.5mの範囲なら、その磁力で仲間を助けることができる。轟くんみたいな範囲攻撃を避けにくいってことが黒霧さんとの違いかも。

 

「次は俺だ!」

 

 トゥワイスさんは左手首につけているメジャーを伸ばしながら、元気よく説明を始めた。

 

「あらゆるものを二つに増やす!必要なのは明確なイメージ!しっかり見てしっかり測って初めて一つのものを二つにできる!本物と違うところはその耐久力!ものによって異なるが、一定のダメージが蓄積されると崩れ去る!同時に増やせるのは二つまで、二つ目は耐久力が更に下がる!そして一身上の都合で俺は俺を増やせない!」

 

「おい月無、お前だけ不便が過ぎないか?」

 

「僕は毎日思ってるよ」

 

 トゥワイスさんの個性のすごいところは、人を増やしたとき、その個性すら再現できるというところ。若頭が欲しがったのも頷ける。僕が若頭でもトゥワイスさんは絶対指名する。戦闘身代わりなんでもござれ。指名しない人はアホだ。

 

「最後は私です」

 

 ヒミコちゃんは舌をぺろ、と出して話し始めた。かわいい。

 

「血を摂るとその人に変身できます。摂取量が変身時間と比例していて、コップ一杯で大体一日くらい。一度に色んな人の血を飲めばそれだけ色んな人に変身できます。服も含めて変身できますが、元々着てる服と重なって裸んぼにならないといけないから恥ずかしい」

 

「……月無?」

 

「ブラボー!ブラボー!」

 

 ヒミコちゃんの個性の説明に興奮した僕は、拍手をして喜んだ。興奮っていうのは別に性的な意味じゃなくて、こう、昂ぶるものがあるというか、なんというか。特に最後の方はものすごく昂ぶった。

 

「凶夜くん、ダメよ?」

 

「恥ずかしいです……」

 

「最低だな月無!最高だけどな!」

 

 しょうがないなぁと言わんばかりの表情のマグ姉に、縮こまるヒミコちゃん、僕の肩に手を置いてぐっ、とサムズアップするトゥワイスさん。最高ってそれ、本心じゃない?

 

「僕としたことが。ごめんね、ヒミコちゃん」

 

「んー、気にしてないよ、凶夜サマ」

 

 言って、にこっと笑ってくれた。天使。ヒミコちゃんのためなら死ねる。いや、生きれる?生きれる。

 

 落ち着いた僕は「いやぁお恥ずかしい」と言いながら若頭を見た。頭を抱えていた。

 

「……悪いが、お前を受け入れたのはいまだに失敗だと思ってる」

 

「いいよ。それに関しては君が正しい」

 

 連携も取りにくい、何があるかわからない、何をするかわからない、おまけに変人。こんな人を失敗と言わずなんて言うんだ?失敗が正解だろう。そんな失敗を受け入れるしかないんだけどね。僕も若頭も。

 

「でもまぁ、月無凶夜の名は便利だ。そこに関しては有難いが、それを打ち消すくらいの何かがあるのも事実。失礼な物言いにはなるが、大人しくしててくれ」

 

「えー、僕大人しくしてろって言われてできるような人間じゃないんだよね」

 

 どのタイミングで個性が発動して、どんなことを引き起こすかわからないから。それに、大人しくできない別の理由もあるし。

 

「あ、そうそう。裏切るわけじゃないけど、僕らも君たちを使う気でいるってことは覚えておいてほしい。若頭の計画のメリットを聞かされたこっちとしては当然の判断だって思ってくれると助かるな」

 

「俺たちもお前らを使う気でいる。利用され合う関係でいよう。何も、本気で懐柔できるなんて思ってない」

 

 若頭は僕たちを見回して、小さく息を吐いた。

 

「それに、敵連合ともあろうやつらが、他の組織につくわけがない」

 

「あら、わかってるわね若頭。惚れちゃいそう」

 

「惚れるのはやめてくれ」

 

「いーじゃねぇか若頭!お似合いだぜ!お前にマグ姉は似合わないけどな!」

 

「それは褒めてると受け取っていいのか?」

 

「貶してるんですよ」

 

 さっきの若頭の発言を聞いて褒められたと勘違いしたのか、みんなが騒ぎ出す。若頭は笑っても怒ってもいないから、別に騒いでもいいってことだろう。今この時から僕たちは仲間だ。きっといつかどちらかが利用されて、どちらかがいなくなるんだろうけど、そういう関係でいいんだっていう言質はとった。なら、好きにするのが僕たち流。何かに縛られるなんて、らしくないしね。

 

「こちら側の人間の個性は後でデータとして送る。気になる個性のやつがいれば会ってもいい。特に分倍河原……トゥワイスは積極的に。増やすと役に立つやつも多いからな」

 

「誰が会うかよ!どこにいるの?」

 

「まー、わかりやすい乱打戦ができる人を測っておいたほうがいいと思うよ。壁になりやすいし」

 

 できれば大きい人がいいよね。速くて、力が強くて大きい人。今回は荼毘くんみたいな広範囲攻撃を持つ人はあまりよくない。だって、相手が見えなくなると危険だし、トゥワイスさんちょっと油断しちゃう癖があるから。なんだかんだ生き残れるんだけど。

 

「お前らは手配犯。だから自由にするわけにもいかない。しばらくはこの居住スペースから出ないように頼む……というのも、地図も案内もなしに出歩かれると、迷うかもしれないからな」

 

「おっけー。連絡したいときは?」

 

「内線がある」

 

「部屋は一緒?」

 

「男女別だ。……旅行かなにかと勘違いしてないか?」

 

「そんな、まさか」

 

 目をそらす僕に、若頭がため息を吐いた。

 

 これから僕たちのヤクザ生活がスタートするっていうのに、随分気の抜けたやつである。



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第29話 近い距離

 薄暗い部屋、未開封のおもちゃ、ぬいぐるみ。所謂子ども部屋そのものな内装をしているそこには、子どもという言葉から想像できる楽しげな雰囲気は一切なかった。そして、異様ともいえる存在がそこにいた。

 

「やぁ、エリちゃん。はじめまして!月無凶夜です!」

 

 いつも笑顔な不幸者。月無凶夜その人である。

 

 

 

「壊理に会わせろ……?」

 

「そう!僕なら死ぬ心配もないし、結果的に僕が大人しくなるし、いいでしょ?」

 

 居住スペースに押し込まれたままぼーっとしているわけにはいかないので、若頭に交渉してみた。核の子に会わせてくれ。僕が最初言った時若頭は何言ってんだ、みたいな顔をしたけど、今は頭ごなしに却下しようとせず、顎に手を添えて考えてくれている。

 

「……お前らが壊理を欲しがってるかもしれない今、下手に会わせるわけにもいかない。が、お前らが何をしでかすかわからないやつらである以上、ここは素直に会わせた方が賢明」

 

 若頭が僕を睨みつけた。鬱陶しそうなものを見る目。僕そういうのに敏感なんだぞ、気をつけろ。

 

「わかった。だが、お前が何かしたとわかった瞬間、お前の仲間を殺す。それでいいな?」

 

「いいよ。むしろもっと酷いこと要求されると思ってた」

 

「信頼の証さ」

 

「ありがとう」

 

 信頼って、僕たちの仲間意識のことかな。多分、人質にとるだけで僕にとっては十分枷になると思ったんだろう。正解だクソッタレ。ろくな死に方しないぞ。

 

 君も、僕も。

 

 

 

 いきなり入ってきて自己紹介した僕を、エリちゃんはきょとんとして見ていた。ぽけーっとしているその表情は、子どもっぽくて癒される。こんくらいの歳の子って、普通なら思い切り遊びたい頃だよね。普通があんまりわかんないけど。

 

「こんなに暗いと確実にこけちゃうから、電気つけてもいい?」

 

「え……うん」

 

 タメ口か。今暮らしてる環境的に、初対面、それか得体の知れない相手には敬語を使うと思ってたけど、案外そうでもない?でも、距離が近いのはいいことだ。ある程度は警戒されてないってことだし。

 

 僕は電気をつけると、入り口付近の壁にもたれかかってにこにこ笑う。安心させなきゃ話にならない。コミュニケーションは親しみを持って。基本だね。基本だよ。

 

「ごめんね、いきなりきて。僕ここじゃ自由にできなくて寂しいから、話し相手がほしくてさ」

 

 いいかな?と首を傾げながら聞くと、エリちゃんはゆっくりと、小さく頷いてくれた。よかった。断られてたらおしまいだった。ダサすぎた。きっと帰ってからみんなに笑われてたはずだ。

 

「そっちに行っても大丈夫?」

 

「、それはダメ!」

 

 わかりやすい拒絶。これは予想できてた。エリちゃんの個性上、人を近づけるのは躊躇うはず。自分の個性で人をどうにかした経験、あるはずだ。だって、何も知らない子どもを縛り付けるには、一番いい薬だから。

 

 でも、僕はどうにもならない。だって死ねない。死にたい。だから、僕が近くに行ってもエリちゃんの個性は発動しない。

 

「個性のことなら、心配しなくていいよ。僕は、そうだな……色々あって、死なない個性なんだ!大丈夫。それに、お話するのにこれだけ離れてたら、寂しいじゃん」

 

 わかりやすいようにしょぼくれてみせた僕を見て、エリちゃんは困ったように視線を彷徨わせていた。そりゃ、会ったばかりの人間の言うことなんて信じられない。僕がどんな人間かなんてわかったものでもない。ただ、エリちゃんの個性を知っていて、それでもなお近くにいようとする人物だってことはわかるはずだ。なら、死なないっていうのは信じてもらえるかもしれない。

 

 エリちゃんは個性の制御ができなくても、個性によって何がもたらされるかを知ってるから。

 

「……ほんと?」

 

 ベッドに座り込んだエリちゃんは、シーツをぎゅっと握って上目遣いで僕に聞いた。危ない、これがヒミコちゃんだったら我を失ってた。

 

「ほんと!僕は女の子に嘘はつかない主義なんだ」

 

「?男の子にはつくの?」

 

「つくかもしれないし、つかないかもしれない」

 

「なにそれ」

 

「僕は女の子に優しいってこと」

 

 今の僕、嘘ついてるように見えるかな?と聞くと、エリちゃんはすぐ首を横に振ってくれた。信じられない、信じたくない人が周りにいっぱいいたからこそのスキルだろう。危機察知能力。この数分で僕に危険はないと思ってくれたみたいだ。

 

 ゆっくり歩いていってベッドに座り、びくっとしたエリちゃんを抱っこして膝の上に座らせる。怖がっている子への荒療治。一気に距離をつめて大丈夫だってことを証明する。効果は他でもない僕が保障する。僕もそうだったから。

 

「ごめんね。びっくりした?」

 

「んー、んーん。したけど、いい」

 

 エリちゃんの髪を撫でると、エリちゃんがくすぐったそうに身をよじった。ふわふわの感触は触れていてクセになる。親が子どもをかいぐりかいぐりする気持ちが今わかった。こりゃ人をダメにするぞ。僕はもうダメになってるからいいけど。

 

「月無さん、どこからきたの?ここの人って感じ、しない」

 

 僕を見上げたエリちゃんのほっぺをぷにぷにしながら、にっこり笑って答えた。どこからきたのって、地球人じゃないみたいで面白いね。

 

「んー、どこって言えばいいかなー」

 

「んー?」

 

 僕が首を傾げると真似をして一緒に首を傾げたエリちゃんに、思わずふふっ、と笑ってしまうとエリちゃんも真似してふふっ、と笑った。僕に気を許しすぎじゃない?大丈夫?エリちゃん。悪い人についていったりしてない?いや、今悪い人のところにいるのか。

 

「楽しいとこ、かな。みんな笑顔で、みんな優しくて、みんな大好きになれる、そんなところから」

 

「楽しいとこ?」

 

「そう、楽しいとこ」

 

「いいなぁ」

 

 エリちゃんは僕の胸にぽすん、と体を預けて、拗ねたように言った。

 

「私も行ってみたい」

 

「じゃあ行こう」

 

 僕の言葉に、エリちゃんはまた僕を見上げた。

 

「したいことを我慢して、行きたいところに行けなくて、言いたいことを言えなくて。そんなのつまらない、楽しくない。子どもはもっとワガママでなきゃ」

 

 僕も子どもだけど、と付け足す僕に、エリちゃんは何か言いたげな表情で口をもごもごしていた。

 

「でも、今のままじゃエリちゃんも僕も自由になれない。だから、自由になれるそのとき」

 

 僕と一緒に、楽しいとこ行ってみる?と聞くと、エリちゃんは少し迷った後。

 

「うん」

 

 と、しっかり頷いた。

 

「そっか」

 

 我慢して縛られて、何もできなくて。あんまり、そういう子どもは見たくない。できれば僕が自由にしてあげたい。傲慢かな?傲慢さ。でも、僕は知ってるから。

 

「エリちゃんって、楽しい何かを想像したことある?」

 

「あるよ、毎日。どんなことが楽しいか、あんまりわかんないけど」

 

「僕もさ、エリちゃんみたいな時があったんだよ」

 

「月無さんに?」

 

 不思議そうに首を傾げるエリちゃんに、にこやかな笑みを浮かべながら頷いた。

 

「うん。今は制御できてるけど、僕の個性って人をどうしようもなく傷つけるものだったんだ。だから、自分から一人になった。頼りになる大人の人が助けてくれたから今はこうしていられるけど、そうなってなかったらどうなってたかと思うと」

 

 今、個性に縛られているエリちゃんにする話じゃないと思うけど、エリちゃんは僕の服をぎゅっと握ってくれた。お返しだと頭をぽんぽんすると、エリちゃんが僕を見上げた。心配そうな顔をしてたから、安心させるように笑顔を浮かべる。

 

「そんな僕でも今は楽しいとこにいられるんだ。エリちゃんみたいな優しい子なら、絶対に楽しいとこにいけるよ。毎日が笑顔で、明日が待ち遠しいそんなところに」

 

「優しいよ」

 

「?」

 

 エリちゃんは腕をぐっと伸ばして、僕の頬にその小さくて柔らかい手をそっと当てた。

 

「月無さんも、優しいよ」

 

「……ほんといい子っ!」

 

「わぷっ」

 

 感極まった僕はエリちゃんを抱きしめると、柔らかい髪をわしゃわしゃした。きゃー、とくすぐったがるその声は、僕には確かに、楽しそうに聞こえた。

 

 

 

「あいつ、俺が見てること知ってるよな?」

 

「ごめんね、若頭くん。あの子わかっててやるタイプだから」

 

「清々しくていいよな!最低だと思うぜ!」

 

「あそこ、私も行っていいですか?」

 

「お前はダメだ」

 

 凶夜が壊理とじゃれあっているその頃、モニター越しにその様子を見ている人物がいた。若頭と、ヤクザ組のトガ、トゥワイス、マグネである。何かあったら仲間を殺すと言って様子を見ていたものの、何かはあったが気の抜ける内容だったため、若頭は疲れたように息を吐いて文句を言った。

 

 ただ、壊理とあそこまで距離をつめる手腕。その一点だけに若頭は注目していた。堂々と連れ去る発言をしていたが、そこはもう気にするところではないと首を振る。

 

「あいつ、いつもあぁなのか?」

 

「あぁって……んー、仲良くなるのは上手ね。あと、他人にナメられるのも上手」

 

「私たちみたいにマイナス要素を持ってる人にとっては、安心感みたいな何かを与えるって弔くんが言ってました」

 

「実際俺もそう思うぜ!気が気じゃねぇけどな!」

 

「なるほどな……」

 

 凶夜はその人生経験からか、はたまた教育者の指導の賜物か、人の気持ちがわかってしまう。時々鈍いが、特にある種のシンパシーを感じる相手とはすぐに距離をつめてしまう。口調も柔らかく、笑顔を絶やすこともない。

 

「あいつがトップじゃない組織、恐ろしいな」

 

「あら、褒めてくれてるの?」

 

「やっと良さがわかったか!」

 

「でも、凶夜サマがトップならそれはそれで恐ろしいです」

 

「何をするかわからないから、か」

 

 だから俺もこっちに入れたくなかったんだ、と若頭は頭を抱えた。



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第30話 すること、やること、やったこと

 凶夜がおかしいのはいつも通りと思って読んでいただければ。


「ん……」

 

 目を覚ますと、子どもっぽい空間、ふわふわのベッド、暖かい体温。それらの情報が、まだ覚醒しきっていない僕の脳にじんわりと入り込んできた。そうだ、確か僕、部屋から出て行こうとしたらエリちゃんが悲しそうな顔したから、思わず一緒に寝てしまったんだった。

 

 珍しくベッドから転げ落ちなかったことに感謝しつつ隣を見ると、静かに寝息をたてるエリちゃんがいた。僕の服をぎゅっと握って、まるで行かないでって言ってるみたいだ。

 

 ……懐かれたなぁ。子どもらしくていいけど。

 

 僕はエリちゃんの頭を撫でながら、これからどうしようかと考えた。エリちゃんが離してくれるといいんだけど。……もしかして、若頭は僕がこうなることがわかってたからエリちゃんと会わせてくれたのか?だとしたら、天才に違いない。恐れ入った。ただ、この先若頭の思い通りになるかどうかは別だ。

 

 僕は、エリちゃんを連れて行くつもりでいるから。

 

 

 

「ほんとに?絶対きてね。絶対だよ」

 

「うん、絶対。ごめんね、ほんとは連れて行ってあげたいけど」

 

 エリちゃんが目を覚ましてからしばらくして。

 

 流石にヒミコちゃんたちとずっと別行動はまずいし、このままだと外の状況もわからないから部屋から出ようとすると、案の定引きとめられてしまった。僕の服を掴んで離さないエリちゃんをなんとか宥め、またくることを約束することでようやく許して貰えた。

 

 エリちゃんの部屋から出た僕は、手下くんの案内でみんなのところに辿り着いた。戻ってきた僕に対する反応は様々で、ヒミコちゃんは笑顔でおかえりなさい、トゥワイスさんも笑顔でおかえりなさい、マグ姉は熱い抱擁。

 

「凶夜くん、私感動しちゃった!」

 

「マグ姉待って!締めないで!出る、なんか知らないけど出る!」

 

「やだ、ごめんなさいね。盛り上がっちゃって」

 

 やだもう私ったら、と自分の頭をコツン、と叩いて舌をぺろ、と出すマグ姉が、今の僕には殺戮兵器に見えた。エリちゃんとの約束があるのに、仲間の手で殺されるなんて。いいけど、よくない。

 

「でも確かに、見てて微笑ましかったぜ。怒りっぱなしだったけどな!」

 

 顔の右半分を顰めながら左半分で笑うトゥワイスさんは、僕が今まで見た中で一番辛そうな表情をしていた。どうなってるのそれ。顔の筋肉発達しすぎじゃない?表情が豊かにも程があるでしょ。

 

「凶夜サマ、いつもより優しく見えました。羨ましいです」

 

 優しげな表情でありつつ、どこか拗ねた様子のヒミコちゃんは今日も可愛かった。君が望むならいくらでも優しくしよう。優しく色んなことしよう。絶対できないけど。

 

「まぁ、いつもより優しくっていうのはその通りだと思うよ。相手は子どもだしね」

 

「ホント、和んじゃった!カワイイわね、あなたたち!」

 

「お兄ちゃんみたいでした」

 

「いつもはガキっぽいのにな!大人だけどよ」

 

 なんか、大絶賛されてる。僕としては優しく接しただけなのに。それだけでも何か感じるところがあったんだろうか。あったからこうなってるのか。

 

 こういうことで全力で騒ぐみんなを見ると、なんとなく帰ってきたなぁって気持ちになる。いや、ここヤクザの家だから帰ってきたっていうのはちょっとおかしいんだけど。なんか、気持ち的に。そう、楽しいとこにきたってやつ。

 

「そうだ、若頭何か言ってた?」

 

 そうそう、これは聞いておかないといけない。イライラしてたなら控えなきゃいけないってことだから。そうしなきゃ、ヒミコちゃんたちに何をされるかわからない。何ならぶち殺してエリちゃんを連れて行ってもいいんだけど、四人に対して相手がデカすぎるから無理。

 

 顔色窺うのは嫌だけど、仕方ない。

 

「若頭?うーん、凶夜くんはいつもあぁなのか、とかかしら。基本的に呆れてる感じだったわね」

 

「頭いたそうにしてました」

 

「ストレス抱えてたぜ。すっきりしてたけどな!」

 

「ストレスかぁ。自由すぎってことかな?」

 

 自分の家で、見られているのにも関わらず核の子どもにガンガン距離をつめて一緒に寝る始末。そりゃ呆れるし、ストレスにもなる。どこで何をやるかわからないって思われても仕方ない。今度会ったら謝っておこう。謝ったところで好きにするのは変わりないんだけど。

 

「あぁ、そういえばここが攻められたときの行動も聞いたわ」

 

 そんな重要なことを僕がいない間に?僕に言っても無駄だと思われてる?……というか、攻められたときってまるでこれから攻められますって言ってるようなものだよね。何かあったのかな?

 

「私と凶夜くん、ヒミコちゃんとトゥワイスが一緒に行動で、状況によるけど基本的にヒミコちゃんたちが遊撃、私たちは若頭の護衛、らしいわ」

 

「へぇ、他の組織からきた僕たちを護衛にって、随分思い切ったことするね」

 

「一番何をするかわからないコを近くに置きたかったんじゃない?」

 

 わかってたよ。僕でもそうする。ただでさえエリちゃんと距離の近い僕は、それだけで警戒対象になるはずだ。見えないところで暗躍されるより、見えるところに置いて行動を制御したほうがいい。ヒミコちゃんたちへの内緒の連絡もとりにくいしね。

 

 それに、僕たちを近くに置くってことは何かあったときいつでも始末できるっていう自信の表れでもある、と思う。結局僕は殺されるけど、マグ姉は普通に死んじゃうから、どうしたって行動は制御される。

 

「この分だと、エリちゃんも若頭と一緒っぽいね」

 

「凶夜サマばっかりズルイです。私もエリちゃん可愛がりたい」

 

「どうにかして連れてこいよ!置いてきていいぜ!」

 

「任せて。そのための私なんだから」

 

 盗聴器とかカメラとかあってもおかしくないのに、堂々と攫う宣言するって大分肝が据わってるよね。いや、そういえば僕も似たようなことしてた気がするけど。あれ、僕の方がひどい?見ようによってはその場のノリと捉えてくれるかもしれないけど、エリちゃんと話してるときの僕は死ぬほど本気だったし。死なないけど。

 

 エリちゃん可愛がりたいって言ってるけど、ヒミコちゃんエリちゃんの血見ようなんてこと思わないよね?大丈夫だよね?嫌だよある日突然ヒミコちゃんがエリちゃんに変身しだしたら。絶叫して倒れる自信がある。でもなんだかんだ姉妹みたいになりそう。なんだこの妄想気持ち悪いな。

 

「できれば優しく攫いたいんだけど、チャンスが誰かに攻められたときか、壊滅したときだもんねぇ。マグ姉に頼るしかないか」

 

「優しくキャッチしてみせるわ。若頭から逃げ切れるかどうかが問題だけど」

 

「攻めてきた誰かを囮にしましょう」

 

「十中八九ヒーローだから、きっと俺らのことも追ってくるぜ。逃げないけどな!」

 

 三人の言うことはもっともで、僕とマグ姉には機動力がない。つまりヒミコちゃんが言ったように囮を用意するしかないんだけど、トゥワイスさんの言うように攻めてくるのはヒーロー。そして僕らは敵。絶対素直に逃してはくれない。いっそ善良な市民と勘違いしてくれないかな?無理か。完全に顔割れてるし。

 

 僕は部屋にあるソファーにダイブして、うー、と唸った。そのときにならなきゃ状況はわからないとはいえ、エリちゃんを連れ出すのは中々難しい気がする。

 

「悩んでる?凶夜サマ」

 

 ソファーにダイブした僕に視線を合わせるようにしゃがみこんだヒミコちゃんが、僕を顔を覗き込みながら言った。ちょっと、可愛いからやめてほしい。いや、やめてほしくないけど。

 

「あら、らしくないわね。エリちゃんがいるからかしら?」

 

 あらあらまぁまぁ仕方ないわね、と言いたげなマグ姉は、少し嬉しそう。何が嬉しいんだろ。僕が悩むことが?何でだ。僕のことが嫌いならその理由で納得するんだけど。

 

「好きなことやんのが俺たちだろ?嫌いなこともやるけどな!」

 

 嫌いなことって、今ヤクザに縛られてるこの状況のことかな。確かに、自由を求めてるのにこの仕打ちはちょっときつい。ヤクザからすれば当然のことなんだけど。

 

 それはそうとして、好きなことをするのが僕たち、か。それはそうなんだけど、今回に限っては何か違う気がして、何も違わない気がする。多分、こう感じてる理由にはエリちゃんが絡んでると思うんだけど、詳しいことがわからない。ただ、なんとなく、敵である僕がブレるような何かを感じてる。

 

 僕はソファーに座って、三人を見た。ニコニコしながら不思議そうにしてるヒミコちゃん。目を合わせた瞬間手を振ってくれたマグ姉。見た瞬間に両手でサムズアップしたトゥワイスさん。

 

 僕から見たらいい人たちなんだけど、結局世間から見れば敵で、僕も敵。それは変わらない事実で、追われる立場。

 

 でも、エリちゃんはどうなんだろ。どっちかっていうと被害者じゃないかな。エリちゃんにとっての本当の幸せってなんだろ。僕にとって……や、これは違う。何考えてんだ僕。

 

 ……あー、もういいや。けど、これだけは言っておこう。

 

「マグ姉」

 

「何?凶夜くん」

 

 優しい表情で首を傾げるマグ姉に、僕は手を合わせながら言った。

 

「もし弔くんに怒られたら、一緒に謝ってくれる?」

 

 いきなり変なことを言い出した僕に、マグ姉はきょとんとしてまた首を傾げた。が、すぐに仕方ないわね、と言って笑ってくれた。

 

「凶夜くんだもの。仕方ないわ」

 

 本当に、マグ姉には頭が上がらない。こんないい人がなんで敵なの?社会が悪いから?どうなってんだ社会。ぶっ殺すぞ。

 

 ……本当は弔くんの言うこと聞きたいけど、好きなことするのが僕たちらしいから。弔くんの言うこと聞くのも好きだけど、今回は何か、譲れないって思っちゃったから、仕方ない。そう、簡単な話。

 

 僕らは敵だってこと。ヒミコちゃんとトゥワイスさんは僕が言った謝ってくれる?って言葉に不思議そうな顔をしてるけど、多分、近々その意味がわかると思う。

 

 僕らしいって、笑ってくれるといいな。

 

 

 

「ヤクザ、ナイトアイと接触。多分見られた(・・・・)な、あれ」

 

 凶夜たちがヤクザのところでゆったりしているその頃、チャーミングな仮面をつけたコンプレスは黒霧のゲートから少しだけ顔を出し、弔に連絡をとっていた。内容は、死穢八斎會のヤクザと、未来がみえる個性を持つというサー・ナイトアイの接触。

 

 実は、ヤクザのことをヒーローが探っていることを知り、自分たちの目撃情報を流すことで接触するように誘導していた。理由は簡単。

 

『これで攻めてもらえるかもな。敵に助けてもらうヒーローってどんなんだよ』

 

 コンプレスは通信を聞きながらゲートに身を沈め、本拠地に戻った。それと同時に自慢のハットを取って、仮面越しに苦笑する。

 

「そう言うなよ。ヒーローだってよくやってくれてるさ。実際、俺たちの目撃情報に猿かって思うくらい飛びついた」

 

「お前の方が言ってないか?」

 

 どうでもよさげに言う荼毘に、コンプレスは肩を竦めた。

 

「まぁ、いい。今回はヒーローに感謝しなきゃいけない立場だからな。これで、ある収穫とともにあいつらが帰ってくることがほぼ確定した」

 

 弔は詰将棋をしながら、愉快そうに笑う。待ち遠しいと顔に書いていると言っても嘘に聞こえないようなそれは、スピナーの失言を招く素材としては十分だった。

 

「最近元気がなかったのは月無がいなかったからか」

 

 直後、スピナーの額目掛けて歩の駒が投げられた。



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第31話 結局

 動きます。


「おい、月無」

 

 朝起きて、やることもなくだらだら集まってごろごろしていた僕たちのところに、若頭がやってきて、上を指差しながら言った。

 

「ヒーロー、きたぞ」

 

 トップは落ち着きが大事だって言うけど、落ち着きすぎだと思う。ちょっと慌てた方がチャーミングでいいと思うよ?でも、かっこいいから僕も真似して冷静にいこうと思う。いいところは取り込んだ方がいいからね。

 

「みんな、仕事だよ」

 

「かっこつけるのはいいけど、ソファーに寝転んで緩み切った顔で言うのはどうなの?」

 

 マグ姉の指摘に顔を赤くした僕は「行きましょう」と若頭に敬語を使って促し、マグ姉を連れて部屋を出た。また会おう、ヒミコちゃん、トゥワイスさん。できればお互い、元気な姿で。

 

 

 

 攻めてこられたと言っても、予定では地下から逃げるだけだからそんなに緊迫した感じではない。僕が緩みすぎなだけかもしれないけど。普通の個性ではすぐに辿り着けないであろう地下を歩きながら、そんなことを考える。や、僕もいつもなら真剣に取り組むんだけど、本番は若頭が襲われてからだし。あれ、これって位置的に僕たちが先に襲われない?

 

 何か白い人にだっこされているエリちゃんに手を振りながら、マズイなぁと首を傾げた。ヤクザの家に突入するくらいだから、きっとものすごく強いに違いない。そうだった場合は交戦するフリもせず寝返ろう。でも寝返っても拘束されたりするのか?じゃあもう逃げるしかない。そうしよう。

 

「マグ姉、もしものときは磁力、お願いね」

 

「任せて。なんでも引き寄せちゃうわ」

 

 誰に対して、とは言わないけど。若頭頭良さそうだし、察してるとは思う。だって睨まれたもん。なんで睨むんだよ。ちょっとエリちゃんにマグ姉の個性を使ってもらうだけじゃないか。だけじゃないな、一大事だ。

 

「睨まないでよ若頭。ちょっと口を滑らしただけじゃないか」

 

「いや、お前じゃない」

 

 え?と言う前に。

 

 横からいきなり、僕の頭が蹴られた。

 

「お出ましね!ヒーローちゃん!」

 

「まさか、敵連合がいるなんてね!」

 

 痛い。ヒーローって普通お話ししてから手を出すものじゃないの?問答無用で人を悪者にして頭を蹴るなんて、ひどくない?いや、僕に対しては正しい対処なのか。やるじゃん!

 

「でもお仕事しないと。酒木さん、音本さん!」

 

 僕が名前を呼ぶと同時、僕を蹴ったと思われる、マントがイカしているヒーローがいきなりふらついた。天井のパイプにぶら下がっている酒木さんの個性『泥酔』。近くにいる人の平衡感覚を奪うそれである。

 

 そこを逃さず、黒のノッポの人、音本さんが発砲した。しかし、その銃弾はマントヒーローの体をすり抜ける。すり抜ける銃弾……?バカか。これは、すり抜けるのがマントヒーローの個性と思っていいだろう。

 

 なら、ここまでこれたのも頷ける。きっと壁や床すらすり抜けることができる。だから誰よりも最短距離でここにこれる。そして、銃弾がすり抜けたとき地に足がついていたということは、すり抜けは部分化が可能ってことで、つまり、マグ姉の個性も有効ってことか?

 

「個性はすり抜け……カッコ悪いから、透過にしよう。そんな感じ?音本さん、一応聞いてみて」

 

「わかってる。……お前の個性は?」

 

「透過!発動中はあらゆるものがすり抜ける……!?」

 

 ビンゴ。僕って天才?まぁわかったところで僕にはどうしようもないんだけど。でも、今の僕は喋れる。弔くん曰く、僕は喋れるだけで結構鬱陶しいらしい。ついこの前若頭からもそんなことを言われた。喋るだけで鬱陶しいって、なんだそれ。喋るなってこと?いや、僕らは敵だから喋れってことか。

 

「マグ姉」

 

「オッケー、任せて!」

 

 マグ姉は判断が早くて、僕の考えていることを理解してくれる。マントヒーローに磁力を付加させて、引き寄せる。が、当然マントヒーローは全身を透過して磁力を回避し、地面に沈んだ。

 

「離れるよ!マグ姉!」

 

「はーい。あとついでに、マントちゃんにプレゼント!」

 

 言って、マグ姉は音本さんを引き寄せて、ちょうどマントヒーローが沈んだ真上にくるように音本さんを放り投げた。

 

「お前っ……!」

 

「ごめんね。私たち敵連合だから」

 

「楽しかったよ。そんなに話してないけど!」

 

 直後、音本さんと酒木さんを襲う連撃。あのマントヒーロー、気絶させることにめちゃくちゃ慣れてない?鮮やかすぎる。というかマズイ、マントヒーローがあの二人をどうにかしている間に若頭たちとごちゃごちゃしとこうと思ったのに!

 

 僕の願いとは裏腹に、マントヒーローは僕たちの方に向かってきていた。そういや僕の人生裏腹ばっかだった!バカヤロウ僕!一度計画をたてたらその裏をつくのが確実な方法だっていうのに!

 

 あの精度の透過なら、ガードは意味がない。だとしたら、避けるしかない。

 

 マグ姉も同じ結論に至ったみたいで、くるであろうマントヒーローの攻撃をよけるために、その場から跳んだ。そんな僕らの間を走っていくマントヒーロー。着地した僕たちは無視。……あれ?

 

俺たち(ヒーロー)の勝利条件は、何よりもまず対象の保護!」

 

 マントヒーローは言いながら、若頭と白い人に攻撃をしかけた。若頭には避けられたが、エリちゃんを抱っこしていた白い人の顔面には、その鋭い蹴りが突き刺さる。僕、あれくらってたんだ。謝れマントヒーロー!

 

「今の一瞬でなんとなくわかった。お前らが純粋に協力しあってないことを!」

 

 だとしても、僕たちは倒しておくべきじゃない?何するかわからないやつらを放置しておくことほど、怖いことはないと思うんだけど。

 

 マントヒーローは宙に投げ出されたエリちゃんをお姫様抱っこして、キメ顔で言った。

 

「エリちゃんのヒーローになるのは、俺だ。お前たちじゃない!」

 

 マントヒーローの目は、僕を射抜いていた。いや、だからなんで僕たちを放置したのか聞きたいわけで、バカなの?倒せたであろう敵をわざわざ放置するなんて。それとも自信家?

 

「……ヒーロー失格かもしれないけど、助けたいって思ってる人の目は、何よりも純粋だ」

 

「は?」

 

「違ったなら笑っていい。そしたら俺は今すぐにまとめてお前らをやっつける。それが、この子のためだと思ってる」

 

 ……じゃあ何か、僕の目が誰かを助けたがってる目だって?いや違うよヒーロー。僕はエリちゃんを僕たちのところに連れて行きたいだけで、助けるとかそんな綺麗なものじゃない。そんなんじゃない。僕をバカにしてんのか。

 

 でも、うん。乗ってやってもいい。

 

「……ハハッ、笑わないよ、ヒーロー。バカな君に免じて、僕が協力しよう!君と!ごめんね若頭。僕、基本的にはヒーロー好きなんだ!」

 

「笑ってるわよ、凶夜くん」

 

 マグ姉が隣で微笑みながら、大きな棒磁石を担ぎ直した。

 

 マントヒーロー、君おかしいよ。僕たちみたいな人間を信用して、大丈夫だって安心するなんて。その判断基準が目?バカげてる。しょうもない。なんてヒーローだ。憧れる。いや、憧れない。でもきっと。

 

 こういうヒーローに助けられる人は、幸せなんだと思う。

 

「……英雄気取りの病人に、ゴミ臭い社会不適合者ども」

 

 若頭がボソッと呟いて、地面に手を触れた。

 

「全員まとめて今すぐバラす」

 

「マグ姉、抱っこ!」

 

「あらあら、甘えん坊ね」

 

 僕がマグ姉に片腕で抱かれると同時、地面が粉々に分解された。若頭の個性、オーバーホール。分解と修復が可能なデタラメ個性。ただ、若頭の修復はどっちかっていうと構築っぽくて、分解して粉々になったものを棘みたいな形に修復できる。

 

 それで突き刺そうとしても、僕たちには突き刺さらない。若頭が嫌がってるから。だって、今の僕はマグ姉とセットだから、殺そうとしたら不幸な僕が死ぬかもしれない。そうすると押し付けが発動する。万が一を考えると、僕たちには攻撃できないよね。

 

「マントくん!弾くるよ、個性破壊するやつ!」

 

「目がいいね、君!」

 

 白い人が起き上がったので報告しておく。棘の上に立つと下がよく見えて気持ちがいい。僕は立つというか、抱えられてるんだけど。

 

 個性破壊の弾を撃つということは、遮蔽物が邪魔になってくる。この状況で透過の個性を持つマントヒーローに当てるのは、至難どころの騒ぎじゃない。

 

 思った通り、棘が粉々に分解された。足場を失ったマグ姉は慌てることなく、静かに着地する。マントヒーローはというと、マントを翻して弾から身を隠していた。マントかっこいい!僕もつけようかな、マント。多分色々あって死ぬ原因になると思うけど。

 

「多分もうすぐ離れるよ、マグ姉」

 

「了解、エリちゃんに磁力ね」

 

 若頭を何かごちゃごちゃ言いながら殴っているマントヒーロー……もうマントないからヒーローでいいか。を横目に見ながら、マグ姉が磁力を使ってエリちゃんを引き寄せる。引き寄せたエリちゃんは、直前で僕を手放したマグ姉の腕に収まった。

 

「月無さん!」

 

「やっほ、エリちゃん。とりあえずおりて僕のとこにおいで」

 

 マグ姉がエリちゃんを優しく下ろして、そのエリちゃんを抱き上げる。めちゃくちゃあれてる場所で和やかな雰囲気を堪能しながら、僕はどうやって逃げようか考えていた、その時。

 

「音本!撃て!!」

 

 ガシャ、と何かが落ちる音がした。音がした方を見ると、倒れている音本さんが、僕……正確には、エリちゃんに銃の照準を合わせているところだった。なるほど、不幸な僕がエリちゃんを抱いているなら。僕はエリちゃんを欲しがってるから、結果的にどう足掻いても僕じゃなくてエリちゃんに当たるってことか。僕の個性のせいで。ということは、エリちゃんを守りにくるヒーローに当てたいってこと?

 

 でもダメだ。僕の個性が不幸だけじゃないってこと、知らないはずないよね?

 

 音本さんが銃を撃つ前に、不幸を音本さんに押し付ける。これで音本さんは不幸になって、音本さんの思惑とは外れた結果になる。

 

 僕の考えは正しくて、結果的に音本さんの思惑は外れた。僕の目の前には守りにきたであろうヒーローがいて、僕の腕の中にはエリちゃんがいる。

 

 そして、僕の隣には。

 

 肩を抑え、膝をついたマグ姉がいた。

 

 簡単で、当たり前とも言える話。音本さんが不幸で、結局、僕も不幸だったってだけのこと。音本さんの思惑が外れて、僕が不幸だったってこと。

 

「ごめんね、凶夜くん」

 

 マグ姉は苦しさを顔に出さず、心配させまいと笑みを見せた。なんで、マグ姉が謝るのさ。だって、それは、これは、僕の、個性が、不幸が。

 

 マグ姉の担いでいた大きな棒磁石が、音を立てて地面に落ちた。



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第32話 そのころ

「トガちゃん、もうすぐくるってよ。めんどくせぇな、ワクワクするぜ!」

 

「無能なヤクザさんを手助けするのが私たちのお仕事です。凶夜サマもそういってました」

 

 ぐにゃぐにゃする壁や床に身を預け、呑気に話しているのは敵連合のトガとトゥワイス。自分のやりたいことに関しては積極的に、かつかなりのやる気を持って取り組むのだが、今回に関してはヤクザのお手伝い(やりたくないこと)。二人のテンションは、普段からは信じられないほど低かった。

 

 トガは自分の頬をナイフでぺちぺちしながら、不満げに呟いた。

 

「でも、めんどくさいですね。せっかく凶夜サマと一緒にお仕事できると思ってたのに」

 

「俺じゃ不満か?嬉しいな!」

 

「仁くんと一緒なのが不満なわけじゃないよ。できれば凶夜サマかマグ姉とがよかったけど」

 

 トガの飾らない発現にトゥワイスは崩れ落ちた。凶夜曰く愉快な言動も発さず、ただただうなだれるばかりである。感情がわかりやすいのがトゥワイスという男のいいところであり、悪いところでもあった。そんなわかりやすく落ち込むトゥワイスを見て、トガは口元に手をあててクスクスと笑う。

 

「冗談です。仁くんとのお仕事、嬉しいよ」

 

「妻……!」

 

 落として上げる。使い古された手法にまんまとはまったトゥワイスは、膝をついたまま少量の涙を流した。不幸な凶夜と行動をともにすることが多かったトガは、人を揶揄うスキルを変な形で身に着けた。こうすると、男が喜ぶということを知っているのである。なぜか、と聞かれると答えられないが。

 

「あ、もうそろそろみたいだね。分断、襲撃、お仕事です。仁くん」

 

「嫁に……」

 

 なんとも言えない形で持ち場につくトガとトゥワイス。

 

 そんな二人を見て、地下に入り込んで地形を歪めている死穢八斎會本部長の入中は、ブチ切れかけていた。

 

 

 

 所変わって、死穢八斎會に攻め込んできているヒーローたちは、入中の手で圧殺されようとしていた時、急に広がった空間を見て困惑していた。トガとトゥワイスのお仕事をするための準備なのだが、そんなことを知る由もないヒーローたちはとりあえず現状を確認しようと辺りを見渡す。

 

 その時、ヒーローたちを分断するように壁が出現した。

 

「うわ!」

 

 入中の個性で壁が生まれ、ヒーローたちが分断される。個性:施錠を持つプロヒーローのロックロックは、他とは違ってただ一人の状況となる。となれば、辿り着く答えは一つ。

 

 孤立したロックロックの背後で、気配を消していたトガがナイフを振りかぶっていた。寸前で気づいたロックロックが振り返り、自分の手でナイフを受け止め、施錠を発動する。施錠は、触れたものをその場に固定する個性。その個性を用いて、自分の手に刺さったナイフを固定し、トガが困惑した一瞬の隙をついて拳を放つ。

 

「敵連……!」

 

 分断された味方に襲撃されたこと、襲撃されるかもしれないことを伝えるために拳と放った言葉は、最後まで紡がれることはなかった。

 

 ロックロックの手を刺したトガは拳を受けるとドロ、と溶け、その背後から本物の(・・・)トガが口を塞いだのだ。それと同時に、腹部を深くえぐるようにナイフを突き立てる。

 

「仁くん」

 

「オッケー、任せとけ!頼るなよ!」

 

 僅かでも叫ばれたからか、トガの音もない襲撃をぼーっと眺めていたトゥワイスは、右手でサムズアップしながらよしてくれ、と言うように左手で手を振る。先ほど溶けたトガは、トゥワイスの個性で作られた偽物。そして、今から作るのも偽物であるが、戦闘力はピカイチのヤクザである。

 

 トガがロックロックに変身し、トガたちがいる空間の壁が割れる音とともに、それは作られた。

 

「やっちまってくだせぇ!乱波の兄貴!」

 

 乱波。個性:強肩を持つ、エグイ肩の回転でかなりの威力を誇る乱打を撃つ鉄砲玉八斎會の一人。トゥワイスによってつくられたその偽物が、壁を割ってきた緑谷と、個性を見ただけで打ち消すことができる個性を持つイレイザーヘッドに、その強肩をもって嵐のような乱打を放つ。しかし、正面からくるそれは、イレイザーヘッドにとって対処は容易いものであった。

 

 イレイザーヘッドはその個性によって強肩を打ち消し、首に巻いた捕縛武器を乱波の脚に巻き付け、バランスを崩させた。そのバランスを崩した乱波に緑谷が蹴りを一閃。本物であれば耐えられるものであったが、この乱波は偽物。蹴りによって吹き飛ばされた後、ドロリと溶けてしまった。

 

「……ヤクザ、つっかえねぇな!」

 

 一瞬でやられた乱波を見て、目を見開いて本心を口にするトゥワイス。そんなトゥワイスに気づかないはずもなく、緑谷が無力化するためにトゥワイスへと駆け出した。

 

「敵連合!大人しく捕まってもらうぞ!」

 

「大人しく捕まるようなやつらが、こんなところにいるかよ!」

 

「っ、まてデク!右だ!」

 

 トガの気配を消し、接近するスキル。変身しても変わらないそれは、トゥワイスに注意を向けている緑谷に近づくには十分なものだった。気づかれたとしても、その姿は味方であるロックロック。反応するには一瞬のラグがある。

 

 個性の性質上緑谷よりスタートが遅れたイレイザーヘッドは、いち早く緑谷に近づくロックロックに気づいた。乱波を転ばせたときに確認した倒れているロックロック、不自然に緑谷へ近づくロックロック。怪しいと思うのは、当然のことだった。

 

 緑谷が右へと視線を向けたとき、トゥワイスは後ろへ走り出し、ロックロックの姿をしたトガはナイフを振りかぶる。と同時に、イレイザーヘッドの個性によって変身が解け、狂気的で狂喜的な笑顔を浮かべたトガが現れた。

 

「トガヒミコ!」

 

「トガ!!そうですトガです、トガヒミコ!また会えるなんて、嬉しいなぁ!だから刺すね!出久くん!」

 

「情熱的だなトガちゃん。もっとホットになってもいいんじゃねぇか!?」

 

 トガの服を回収しつつ、妙に荒い息をたててトゥワイスが言うと、イレイザーヘッドとその他の三人を分断するように壁ができた。二対一の状況になったと理解した緑谷は、トガのナイフを前に走って避け、その勢いのまま壁を蹴破る。

 

「戻るぞトガちゃん!俺たちとあのボサボサ、死ぬほど相性悪い!勝てるけどな!」

 

「不満だけど、仕方ないです。ヤクザさん!」

 

 トガの呼びかけで、再び壁が生まれる。それを追おうとした緑谷だが、ロックロックが倒れていたため、その足を止めた。

 

「なんで、敵連合が……」

 

「接触があったっていう報告はあった。ありえない話じゃない」

 

 ロックロックを担ぎながら言うイレイザーヘッドに、緑谷は恐る恐るといったように、ゆっくりとした調子で言った。

 

「……もしかしたら、月無が」

 

「考えておいた方がいいな。最悪の想定はしておくべきだ」

 

 最悪の想定。その言葉に、緑谷は眉間に皺を寄せた。

 

 

 

「トガちゃんって着替え早いよな……」

 

「個性で慣れちゃった。裸んぼは恥ずかしいです」

 

 緑谷たちから逃げたトガとトゥワイスは、先ほどまで戦っていたとは思えないほどゆったりしていた。まるでここでの自分たちの仕事は終わったかのような振る舞い。トガはぴっと袖を伸ばし、トゥワイスはどことなく残念そうな表情でそれを見ていた。

 

「ヤクザさんの援護がへたくそだから、恥ずかしいことになっちゃった。使えない人はどうしようもないですね」

 

「それな!最初のやつはともかくとして、後から来たボサボサはありえねぇだろ!分断の仕方考えろよな!」

 

 そしていつものように、なんでもない風に気に入らないやつを攻撃する。

 

「だからせせこましく生きるしかなかったんだよ。誇らしい生き方だな!」

 

「絶滅寸前の天然記念物です。仕方ないよ、仁くん」

 

 気に喰わないやつは、ぶっ壊す。トガは、天井を見て言った。

 

「きっと、寝たきりの組長さんがしようもなかったんだよ」

 

「──!!」

 

 その言葉で、地下を動かしていた入中がキレた。

 

 奇声とともに無差別に動く床や壁。入中の場所がヒーローに割れるのに時間はかからなかった。

 

「そろそろエリちゃんを手に入れてる頃でしょうし」

 

「俺たちは脱出用意しなきゃだから、そういうことで」

 

「「バイ」」

 

 イレイザーヘッドに個性を消され、落ちていく入中に二人は手を振った。

 

 

 

 凶夜たち敵連合ヤクザ組がだらだらしていた時、ある程度の作戦を立てていた。とはいってもそこまで難しいものではなく、あくまで方針的なものである。

 

「僕とマグ姉は多分、逃げづらいよね。若頭の護衛だから」

 

「襲撃に乗じてっていうのは難しそうねぇ。外から黒霧の力を借りないと」

 

「そ。だから、ヒミコちゃんとトゥワイスさんにはその役をお願いしたいんだ」

 

 凶夜はソファーの上で暇を潰すように体を揺らしながら言った。お願いの形式とは程遠いその姿に気を害した様子もなく、トゥワイスは力こぶを作って「任せとけ!」と一言。トガは凶夜の頭に顎を乗せて一緒に揺れながら、「了解です」と短く呟いた。

 

 その答えに満足した凶夜は揺れるのをやめ、頭に当たる感触に集中しつつ、作戦を告げる。

 

「弱い人をつけば、逃げやすくなるはずだよ。例えば、入中さん。襲撃にくると絶対あの人が地下に入って地形を動かすはずだから、逃げるときには入中さんを攻撃してほしい。あ、口でね。キレやすそうだから、あの人」

 

「そんなんで大丈夫なのか?上手くいくだろうけどよ」

 

 ふわふわとした口調で話す凶夜に不安を感じたのか、トゥワイスが疑問を投げかける。その疑問に凶夜はにっこりとして、得意気に返した。

 

「僕の弱さを見抜く目を信じてほしい。ダメかな?」

 

 瞬間、その場にいる全員が「信じる」と言って、頷いた。凶夜は嬉しく思いつつも、どこか微妙な気持ちになったという。



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第33話 月無凶夜:オリジン

 燃える家、僕を守る両親、力が抜けていく体。それは、ぼく(・・)の終わりの記憶で、始まりの記憶。

 

 

 

「やぁ、元気かな?○○くん」

 

「元気だよ、先生」

 

 あの頃の僕は、生を、死を諦め始めていた頃だった。毎日を先生と共に過ごし、不幸を制御できてきて、勉強も教えてもらって。充実しているように見えて充実していない日々に、何かを得つつも何かを失っていく日々に。時々先生が見せてくれるヒーローの映像だけをキラキラした目で見て、後は生きているのか死んでいるのかわからないような濁った目をしていた。元気かな?っていうのは僕に対する皮肉だったのかもしれない。子どもにやることかよ。

 

「君は本当に国語が好きだね。辞書を読むのが楽しいなんて、あまり聞いたことがない」

 

 僕は本が好きだった。夢に浸れるようで、現実味がない話。現実味がある話も、僕にとっては立派なファンタジーだった。僕が読んでいる物語の中では、僕は幸せな主人公になれた。なぜか感情豊かな僕は、感情移入の鬼というか、物語の登場人物にでさえ感情移入できる。このスキルがむなしいと気づいたのは、しばらくしてからだったけど。

 

 そんな物語を読むためには、確かな語彙力、国語力が必要だった。それを身に着ければ一層物語を楽しめるから。ただ、辞書自体を読むことが楽しみになるなんて思ってもなかったけど。

 

「だって、僕の個性って不幸でしょ?なら、言葉だけでもちゃんとしておかないと。言動がユニークなら、友だちができやすいっていうし」

 

 そのための語彙力、国語力。いくら特殊な環境にいるといっても、僕は子どもだったし、当然友だちが欲しかった。だって話す相手がいつも先生って、何か寂しいし。コミュニケーションの大切さはこの頃から知っていた。他でもない僕だからこそ。まぁ、子どものころはほとんどコミュニケーションをとる機会なんてなかったんだけど。

 

「だからって、君の年齢でそこまで口達者な子はいない。同じ年齢の友だちは逆にでき辛くなってるよ?」

 

「え、うそ」

 

 達者で豊富な語彙力を持っているはずの僕は、このときばかりはそれを発揮できなかった。呆然とする僕に笑顔で頷いて見せた先生は、やはり趣味が悪いと思う。思わず辞書を投げつけようかと思ったが、やめておいた。先生に何かをしても無駄になるだけだって知ってたから。

 

「それに、こんなことを言われて全然沈まないような子は、やはり無理だ」

 

「えー……でも、仕方ないじゃん」

 

「そうだね、仕方ない。君は不幸で、僕に拾われたから」

 

 僕の不幸は、僕の邪魔をする。この頃は基本的にそうだった。まだ不幸とうまく付き合えていなかった僕は、不幸の範囲を制御できていても、自分自身が不幸に振り回されていた。実は持っている辞書、八冊目くらいだったりする。七冊目をダメにしたときなんて「どうにかして辞書をダメにしようと思っていないか?」と先生に言われたくらいだ。そんなわけないじゃないか。ものすごくバリエーションに富んだ方法でダメにしていったけど。僕の不幸を信じてほしい。

 

「……?○○くん、何を書いてるんだい?」

 

 先生は、僕が読んでいる辞書の上に乗っかってある紙を見て、首を傾げた。勉強するなら紙があってもおかしくはないが、そこに書かれていたのがただの漢字が数個という、それだけみれば意味がわからないものだったからだと思う。僕からしてみればうんうん悩んで選んだ漢字なんだけど。

 

「これ?あれだよ。ヒーローネーム?みたいなやつ。○○○○って名前は、不幸になる前の僕の名前だから。捨てなきゃダメなんだ」

 

「両親からもらった名前を?」

 

「だからだよ。不幸な僕は、ぼく(・・)じゃない」

 

 確か、両親からもらった名前は優しい感じのやつだったと思う。漢字二文字で、その意味はみんなに優しく、他人のことを考えて、何かを与えれる人に、みたいなやつ。そんなの不幸な僕には相応しくない。

 

「ヒーローネームか……敵名じゃなくて?」

 

「うーん、今は敵ってわけじゃないし、前向きに考えた方がよくない?」

 

「ははは。敵は後ろ向きか。やはり君は常識人みたいだね」

 

「どうだろ」

 

 僕が常識人なら、多分この世の中は争いもなく平和になっていると思う。少なくとも僕はそう思ってる。だって、個性からして常識があるとは思えない。いや、個性はどっちかっていうと非常識な存在であって常識の存在だから、常識がないとはあんまり言えないのかな?世界中を探せば僕みたいな人がいるかもしれない。いないか。

 

「どうせなら常識人らしく、ユーモアのある名前の方がいいよね」

 

 言いながら、僕はメモしていた漢字を丸で囲んでいった。色々選んだけど、今の僕にはこの名前がぴったりな気がする。

 

「月無凶夜。ツキがないだけにってね!」

 

 何も無くて、ツイてなくて。

 

 燃える家、僕を守る両親、力が抜けていく体。それは、ぼく(・・)の終わりの記憶で、始まりの記憶。終わりの夜で、始まりの夜。

 

 僕がツイてないと思った、初めての夜だった。

 

 

 

「……まだだ」

 

 そうだ。マグ姉は死んでいない。生きてる。まだ終わりじゃない。

 

「マグ姉、後でいくらでも謝るから!ごめん!立てる!?」

 

「、ええ!ちょっと個性がないっていう感覚がつかめなくて。大丈夫よ!」

 

 大丈夫だと僕に伝えるように、大きめの声で言ってくれるマグ姉。何気を遣わせてんだ僕。死ね。ほんと死ね。

 

「大丈夫?月無さん」

 

「……うん、大丈夫。ありがと」

 

 僕の頬を撫でてくれるエリちゃんをぎゅっと抱きながら、お礼を言った。何エリちゃんを心配させてんだ僕。死ね。ほんと死ね。

 

 でも今は、後悔とか反省とかは後だ。今の僕は敵連合の月無凶夜。後ろ向きだけど前向きに。それが僕で、それが僕たちだ。

 

「ヒーローさん!若頭お願いね!」

 

「ごめん!ありがとう、任せろ!」

 

 ヒーローは僕がいなかったら自分がどうなっていたのかを理解していたようで、僕に謝ったあとお礼を言った。いや、ヒーローが敵に謝ってお礼を言うなよ。バカにしてんのか。それとも僕のことを敵と思ってないのか?舐められてる?

 

 そんなことはどうでもいい。僕たちはまず逃げなきゃいけない。できればヒーローが若頭を倒してくれている間に。あのヒーローめちゃくちゃ強いもん。勝てるわけない。前向きに考えたって無理だ。

 

「マグ姉、磁石!」

 

「オッケー。発信!」

 

 落とした棒磁石を拾っていたマグ姉が棒磁石を少しいじると、小さいボタンが棒磁石から出てきた。押したら受信機に向けて信号を放つ発信機。発信が強力すぎる特別製のやつで、これがあればいつでも黒霧さんがきてくれる。手筈通りならヒミコちゃんとトゥワイスさんが近くまで呼んでくれているはずだから、寸分の違いもなく迎えにきてくれるはず。

 

 マグ姉が勢いよくボタンを押そうとしたその時、地面からヒーローがぬっと出てきた。

 

「それはさせない!」

 

「マグ姉!」

 

「やだ!変態!」

 

 マグ姉はヒーローの手から逃れるように後ろに下がり、ボタンをかばいながら押した。ただ、押せたのはいいけどマズい。

 

「若頭もうやられてんの!?役立たずすぎでしょ!」

 

 僕の視界には、倒れている若頭が映っていた。あの一瞬で、あの若頭を倒すなんて。いや、結構ダメージ受けてたけど、そんな早く倒されるなんて思ってなかった。どんだけ強いんだよ!

 

「……呼ばれたからきてみれば、ピンチみたいですね」

 

 発信機の信号を受けて現れた黒霧さんは、出てきた途端にため息を吐く勢いで言った。僕がいるから仕方ないみたいなその言い方、やめろや。

 

「黒霧さん、コンプレスさんをお願い!」

 

「もうきてるぜ。エンターテイナーを舐めるなよ」

 

 流石仕事ができる代表の二人!素敵!抱いてほしくはない!

 

 コンプレスさんは自分のやることをわかっているのか、ワープゲートに半身つっこんだままエリちゃんに手を伸ばした。すると当然、ヒーローはやってくる。

 

「あだっ」

 

「ってぇ!」

 

 コンプレスさんの手が叩き落とされ、僕の顔が思い切り蹴られた。エリちゃんは手放すまいとぎゅっと抱きしめるが、ヒーローの追撃で肩をやられて、腕が緩んだ瞬間にエリちゃんをとられてしまう。

 

「黒霧さん!」

 

「ええ、わかってます」

 

 エリちゃんをとられるわけにはいかないと、黒霧さんを呼ぶと黒霧さんは僕の考えを理解したのか、それとも自分でそうしようと思っていたのか、ヒーローの腕から先をワープゲートで通し、ヒーローの手でだっこされているエリちゃんもワープゲートを通ってコンプレスさんの前に移動した。しかし、ヒーローはそれを見ると自らワープゲートに突っ込み、ワープゲートを通ると、迫りくるコンプレスさんの手を透過して避け、僕たちから距離をとった。

 

 なんだあのヒーロー。すごすぎる。

 

「これは少々……引きますか?月無」

 

「あのコ、とんでもないわね」

 

「俺のショウが始まりもしねぇ!」

 

「……僕たち全員の動きが見えてるみたいだ。漫画かよ」

 

 位置的に僕たち全員は逃げられる位置にいるが、エリちゃんが僕たちのところにいない。ヒーローの保護対象がエリちゃんであるように、僕たちの目的もエリちゃんだ。追いすぎるのはよくないが、エリちゃんとは、約束がある。敵としてはバカらしいけど。大事にしなきゃいけない。僕たちのところに連れて行くって言ったんだ。約束は守るもの。子どもには正しいことを教えなきゃいけない。

 

 でも、どうしよう。あの透過、厄介すぎる。エリちゃんを抱えている限り僕たちから逃げることはできないだろうけど、増援がくるのも時間の問題。早くしなければ。

 

 そんなことを考えているときに、壁が割れた。それと同時に現れるヒーローたち。

 

「……うわぁ」

 

 見覚えのある姿もそこにあり、嬉しく思いつつ絶望的な何かを感じた。

 

「月無!」

 

「思ったよりいるな、敵連合。……というか、敵連合以外やられてるのか?」

 

 マズいマズい。頭を働かせろ。今なら間に合う。今ならみんな逃げることができる。仲間とエリちゃん、どっちが大事だ?どっちも大事だ。だからこそ選ばなきゃいけない。連れていけるかもしれないエリちゃんか、確実に逃げることのできる仲間か。

 

 そんな僕に決断させたのは、他でもないエリちゃんの声だった。

 

「やだ!離して!月無さんと一緒に行くの!」

 

 場の空気を凍らせるエリちゃんの言葉。無垢な子どもが、敵と一緒に行くという、洗脳ととられてもおかしくない言葉。ただ、この言葉はそんなに簡単なものじゃない。エリちゃんのこの発言は、つまり、言ってしまうところまで言ってしまえば「ヒーローが間に合わなかった」ってことだから。

 

「私のヒーローは、月無さんなの!」

 

 その言葉とともに、エリちゃんの角が。

 

 一瞬、光った。



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第34話 帰宅

「ぐっ、なんだ!?」

 

「エリちゃんの巻き戻す個性!離さないとなくなるよ!」

 

 エリちゃんの言葉を聞いた僕は、考えるよりも先に走り出していた。エリちゃんの個性で苦しみ、一瞬緩んだヒーローの腕から抜けるために、エリちゃんはヒーローの胸を蹴って走っている僕に向かって跳んでくる。

 

「みんな、サポートお願い!」

 

「エンターテイナー使いが荒いな!」

 

「増援行きますよ!マグネは月無の近くで援護を!」

 

「ええ、任せて!」

 

 腕を広げる僕とエリちゃん。エリちゃんの個性が発動してしまう可能性がある以上、ヒーローはエリちゃんに触れられない。ぼさぼさの人の個性はみんなが壁になって発動しないようにしてくれている。いつの間にかヒミコちゃんとトゥワイスさんもきてるし。パーティかな?

 

「月無さん!」

 

「行こう、エリちゃん!」

 

「させるか!!」

 

 僕がエリちゃんを受け止める直前、出久くんがものすごい速さで跳んできた。だが、僕はそちらを一瞥もせず、エリちゃんを受け止めることだけに集中する。僕は僕がしなきゃいけないことだけをすればいい。

 

 出久くんが僕らのところに来る前に、出久くんは横から飛んできた棒磁石が直撃して、弾き飛ばされた。

 

「やらせないわよ!」

 

「ナイスだマグ姉!さぁ行け荼毘!炎で囲め!」

 

「何だこの状況。やるけどよ」

 

 声とともに、僕とエリちゃんを囲む青い炎。荼毘くんもきてたの?いや、トゥワイスさんの個性か。便利すぎでしょ。炎によって囲まれた僕たちは、個性で邪魔されることはなくなった。警戒すべきヒーローはひとりいるけど、気にしなくていい。もう僕の腕の中にはすでにエリちゃんがいる。そして、黒霧さんも炎の内側にきてくれている。

 

 僕はエリちゃんを抱えたままワープゲートに飛び込み、地面から出てきたヒーローに向かって、炎の外にいるであろうヒーローに向けて、言った。

 

「君が、君たちがヒーローなら、僕からエリちゃんを救ってみせろ!どうせ僕が勝つけどな!ザマァみろ!」

 

 少なくとも、今回は僕の勝ちだ。恐らく。みんなが帰ってきてくれれば、だけど。

 

 

 

「核の子は確保しました!帰りますよ!」

 

「いいけどよ!あのボサボサとリーマン鬱陶しいぜ!楽勝だけどな!」

 

「俺の個性で圧縮しようとしても、的確に俺を見て個性を消してきやがる!やらしいったらありゃしねぇ!」

 

 黒霧の報告を聞いて、敵連合がヒーローから距離をとる。イレイザーヘッドの視界を遮ることができればよかったため、そこまで近い距離ではなかったが、見るだけで個性を消す、遠距離でも機能する捕縛武器、更にナイトアイが動きを読んでいるかのように投げてくる押印によって、敵連合は好きに動けないでいた。

 

「帰れる人から行きますよ!トガ!」

 

「うー、役に立てなくてごめんね!またあとでね!」

 

 そんな中、ヒーローと一番遠いところにいたトガがワープゲートを通る。役に立てなくてとは言ったが、棒磁石に弾き飛ばされた緑谷に気配を消して近づき、襲撃を繰り返していたため、緑谷の意識をロックする役割は果たしていた。

 

「逃がす、かっ!?」

 

「女の子におイタはダメよ!」

 

 ワープゲートを通るトガを逃がすまいと走り出した緑谷だったが、マントヒーロー……ルミリオンの攻撃から逃げていたマグネが緑谷の腕に飛びつき、そのまま引き倒す。無理な体勢で引っ張ったため自身もバランスを崩すが、トガは無事ワープゲートを通れた。

 

「行くなら今だな!とっておきのマジックだ、受け取れよ!」

 

 トガがワープゲートを通ったのを見て、コンプレスがイレイザーヘッドとナイトアイに向かって小さな球体を複数投げる。二人の目がそれへつられた瞬間、コンプレスとトゥワイスが背後に開かれたワープゲートに飛び込んだ。それと同時にコンプレスが指を鳴らすと、大量の岩が出現する。押しつぶされまいとイレイザーヘッドは捕縛武器を飛ばしつつ、ナイトアイは押印を投げながら前進した。

 

 トゥワイスが捕縛武器に捕らえられ、コンプレスに押印が直撃するかと思われたその時、それぞれの体が沈むワープゲートから、腕が伸びてきた。

 

 トゥワイスのワープゲートから伸びてきた腕が捕縛武器を掴むと、たちまち崩壊していき、コンプレスのワープゲートから伸びてきた腕はナイトアイごと焼き尽くすかのように青い炎を放った。

 

「っ、サー!」

 

 頭上からの落石、前方からの炎。避けられないと判断したルミリオンは、その個性を使ってナイトアイの救出に向かう。緑谷はマグネを拘束していたが、コンプレスとトゥワイスがワープゲートを通ると同時、マグネの真下にワープゲートが開いた。

 

 マグネとともに落ちていく緑谷を見て、イレイザーヘッドが短くなった捕縛武器を伸ばして、緑谷を掬い上げる。

 

「先生!敵が!」

 

「いい!お前が向こうへ行くよりマシだ!」

 

 でも、と出かけた言葉を、緑谷はぐっと飲み込んだ。

 

 ここにいる全員がわかっていた。負けたということ。ヤクザは逮捕できるだろうが、この場に現れた敵連合全員を取り逃がし、保護対象は連れ去られる……いや、連れ去られるという表現も間違っているかもしれない。なぜなら、保護対象のエリは、敵連合の凶夜とともに行くことを自ら望んでいた。

 

 あの「ヒーローは月無さん」という言葉。あの言葉に、全員が動揺していた。敵がヒーローと呼ばれること。ヒーローの手を払いのけたこと。

 

(僕たちは間に合わなかった……そして、月無は間に合った)

 

 全身を襲う敗北感。ただ、緑谷は心のどこかで納得していた。納得してしまっていた。

 

 心のどこかで、緑谷は、「月無は人を救うのに向いている」と思ってしまっていたのだ。ルミリオンが凶夜の目に何かを感じたように、誰かに何かを感じさせることができる人間なのだと。

 

 

 

「おかえりマグ姉!」

 

「あらあら、どうしたの?甘えんぼさんね!」

 

 僕は最後に帰ってきたマグ姉に飛びついた。そのまま受け止めてもらって、くるくるとその場で回る。よかった。最後まで帰ってこなかったから、もしかしたらって考えちゃってた。だって、僕のせいでマグ姉の個性が、なくなっちゃったから。

 

 回るのをやめてその場に下ろしてもらうと、僕はしっかりと頭を下げて謝った。

 

「ごめんなさい。僕のせいで、マグ姉の」

 

「ストーップ」

 

 ぷにゅ、と。言い切る前に、僕の頬をマグ姉の大きな手が挟んできた。そのまま無理やり前を向かされると、目の前には優しい顔をしたマグ姉。そんなマグ姉は、首をゆっくり横に振りながら言った。

 

「あなたは納得しないでしょうけど、いいの。私は、あなたが優しいコだって知ってるから」

 

 そして、ゆっくりと頭を撫でてくれる。お母さんかよ。なんで、僕はこんないい人を……いや。

 

 僕は小走りで近づいてきたエリちゃんを抱き上げて、エリちゃんに頬をぺちぺちされながら言った。

 

「でも、ごめんなさい。そして、生きててくれて、帰ってきてくれてありがとう。僕のせいって思うことはやめないけど、今は引くよ。困らせたくないから」

 

「はーい。こちらこそ、帰る場所をくれてありがとね」

 

 どこまでいい人なの?というかなんでみんなはニヤニヤしながら見てるの?恥ずかしいんだけど。疲れてるだろうから部屋に戻っていいんだよ?面白いものでもないでしょ。面白いから見てるのか。趣味悪いぞコラ。

 

「月無さん、大丈夫?」

 

「……ホントにいい子だね、エリちゃん」

 

 純度100%の良心は心にくる。僕はエリちゃんを撫でながら、にこーっと笑った。心配させちゃいけない。楽しいところに連れてくるって言ったんだからね。

 

 そんな僕に、弔くんがこれまたニヤニヤと憎たらしく笑いながら言った。

 

「随分と懐かれてるな。洗脳の個性でも持ってたのか?」

 

「失礼な。ちゃんとお話ししてきたんだよ」

 

「だろうな、知ってるよ」

 

 そう言った弔くんの表情は満足気だった。元々の目的はエリちゃんを連れてくることだったからかな。多分そこまで期待してなかったんだろう。弔くんとしては、僕たちが好き勝手ヤクザを掻きまわすことができればそれでいいと思っていたはず。弔くんは、僕に期待しないことで有名だからね。敵連合の中で。

 

「手?」

 

 弔くんを見て、エリちゃんが不思議そうに首を傾げた。そりゃ顔に手をつけてる人なんて見たことないだろうからね。それにしたって「手」って言うだけなのはどうかと思うけど。

 

 手、と言われた弔くんは少し眉間に皺を寄せた後、らしくもなく手を小さく振った。

 

「初めまして、俺は死柄木弔。こいつらのリーダーってことになるが、気にしなくていい。きたばかりだから部屋はやれないが、できるまでは月無と一緒に生活してくれ」

 

「お、一緒にだって。やったね!」

 

「ありがとう!死柄木さん!」

 

「……あぁ」

 

「慣れないことしたから、照れてます」

 

 にこにこと楽しそうに笑いながら弔くんを揶揄うヒミコちゃんは、「トガヒミコです。よろしくねー」とエリちゃんの小さい手を握って自己紹介をしていた。エリちゃんを可愛がりたいって言ってたから、本当に嬉しそうにしている。というか、僕がエリちゃんを抱っこしてるからものすごくヒミコちゃんが近い。ずっと抱っこしておこう。

 

「俺はトゥワイス!よろしく!」

 

 僕の背後からぬっと現れて自己紹介するトゥワイスさん。エリちゃんはそれに驚きつつ、ぺこりと頭を下げた。トゥワイスさんは面白い人だから、すぐに仲良くなれると思う。自分の番は終わったと、トゥワイスさんは弔くんの隣に立って肩を叩いていた。揶揄ってるのかな?

 

「スピナーだ」

 

 スピナーくんは、少し離れた所から名前だけを言った。こういうのに慣れてないんだろう。子どもとの距離の取り方がわからないっていうか、そもそも自己紹介が苦手っていうか。そんな不愛想なスピナーくんに、エリちゃんはしっかり頭を下げて「宜しくお願いします」と言った。エリちゃんのが大人じゃない?

 

「エリちゃん初めまして。私はマグネ。凶夜くんたちからはマグ姉って呼ばれてるから、そう呼んでほしいな」

 

「マグ姉?」

 

「はーい」

 

 マグ姉の優しい雰囲気を感じ取ってか、エリちゃんの反応が良かった。マグ姉と手を合わせて首を傾げる姿は、何というかめちゃくちゃ和む。こういう可愛らしさを持ってる人って、僕らの中にはいなかったからなぁ。や、ヒミコちゃんも可愛いんだけど。

 

「荼毘だ。俺の顔平気か?」

 

「うん、大丈夫」

 

 意外にも、エリちゃんにしっかり目線を合わせて自己紹介する荼毘くん。どっちかというとスピナーくんのタイプかと思ってたから、びっくりした。あと自分の顔が怖いかどうかを確認したのも。子どもを気遣える人だったんだ。スピナーくんが隅の方で「何……!?」と言って固まるくらい意外。……スピナーくんも荼毘くんのこと自分側だと思ってたんだ。

 

「ハイどうぞ、お嬢さん」

 

「わ」

 

 コンプレスさんが前に出て、圧縮していた花をポン、とエリちゃんの前で咲かせた。びっくりしているエリちゃんの表情は、子供らしくて微笑ましい。

 

「おじさんはMr.コンプレス。気軽にコンプレスさんって呼んでくれ」

 

 自慢のハットを脱いで仮面を外し、ウインクしながら言うコンプレスさんに、エリちゃんは花を受け取りながら少し笑って頷いていた。エンターテイナーなコンプレスさんは、エリちゃんと相性がいいかもしれない。というか、マジックを見て喜んでくれる人との相性が抜群ってだけか。マジックに見せかけた個性なんだけど。

 

「最後は私ですね。黒霧です」

 

「もやもやだ」

 

 黒霧さんを見て、エリちゃんは不思議そうに言った。このままだともやもやさんと呼ばれることになるかもしれないので、「黒霧さんだよ」としっかり教えておく。

 

「……やっと終わったか」

 

 トゥワイスさんに肩を組まれながら、鬱陶しそうな表情をした弔くんが、疲労の色を込めた声で言った。トゥワイスさんに何かやられたのか、いつもより髪がぼさぼさになっている。

 

「今日からここがお前の……エリの家だ。好きな時に好きなことをして、好きに過ごせ。ここはエリの自由を奪わない。誰にでも存分に甘えていい。……まずは、そうだな」

 

 弔くんは共同生活スペースの方を見てから僕とエリちゃんを見た。

 

「俺たちは用事があるから、先に風呂入っとけ。月無と一緒にな」

 

「お、いいの?実はちょうど入りたかったんだ」

 

「あら、なら私も入ろうかしら。女の子の髪は繊細だもの」

 

「月無さんとマグ姉と一緒?」

 

「……らしいね」

 

 後から聞くと、なぜか僕は苦い顔をしていたらしい。



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第35話 ただいま日常

 死穢八斎會から帰ってきて数日。僕はやることもなくだらだらしていた。あまりにも暇なので僕に傷をつけてもらってエリちゃんの個性の特訓をしようと思ったんだけど、やろうとした瞬間に泣かれてしまって断念し、その後自分の体は大事にしなさい、と怒られてしまった。なんで子どもに怒られてるんだ?僕。

 

 ただ、やることがなく暇だといっても、それはお仕事関係のことを言っているだけであって、日常でいえば暇なことなんて全然ない。死穢八斎會で暴れすぎたから街中で敵の動きが警戒され、勢力拡大ともいかなくなり、みんながでかけることはあまりなくなった。お出かけをまったくしないわけじゃないけど、一日帰ってこないっていうことはない。そして、どこから手に入れてくるのか、みんなは帰ってくるたびエリちゃんにプレゼントを持ってくる。いつまでも僕と一緒の部屋というわけにもいかないので、家具を持って帰ってきたり、可愛い服を持って帰ってきたり。採寸はトゥワイスさんがやってくれたから、サイズの間違いはない。

 

 そういえば、スピナーくんも服を持って帰ってきたのは意外だった。よっぽど荼毘くんがエリちゃんに愛想よかったのが効いたのかな?でも、ガッチガチの迷彩柄だったのはいただけない。実際、マグ姉とヒミコちゃんからめちゃくちゃに言われていた。しょんぼりするスピナーくんがかわいそうに見えたのか、エリちゃんがその迷彩柄の服を着て、スピナーくんに「ありがとう」と言わなければ今頃スピナーくんは引きこもりになっていたかもしれない。エリちゃんがいい子でよかった。

 

 コンプレスさんは出かける度にマジックのネタを仕入れてくるみたいで、いつもエリちゃんを喜ばせている。わかりやすく喜んでくれる相手がいるとやりがいがあるみたいで、コンプレスさん自身も楽しそうだ。かくいう僕も、エリちゃんを膝の上にのせて一緒に楽しんでたりするんだけど。すごいんだよコンプレスさん。個性関係なしにマジックしちゃうんだから。本当にタネがわからないやつも何個かあった。悔しい。

 

 黒霧さんとは、結構行動をともにしている。というのも、エリちゃんをずっと拠点にいさせるわけにもいかないので、散歩がてら外にでかけることがあるのだ。といっても、人の目につかないところで、テーマパークとかはいけないんだけど。でも、黒霧さんは座標さえわかればどこにでもいけるので、色んな自然を楽しませてもらっている。思わずはしゃぎまわって二人そろって泥んこになったときは、黒霧さんから「死なないでくださいね」と注意されてしまったけど。どんな注意だよ。

 

 最近僕の中で意外性の男という印象がつきつつある荼毘くんは、やはり意外にもエリちゃんとよく遊んでいる。この前なんてエリちゃんを喜ばせるために、炎で模様や文字を描く練習をしていたくらいだ。この前までその炎で人を燃やしていたのに、今はその炎でエリちゃんを喜ばせようとしているのだから、人というのは不思議なものである。というかなんで荼毘くんそんなにエリちゃんのこと気に入ってるの?と聞いてみると、「可愛げのある年下が初めてだから、気になっちまうんだ」と返ってきた。僕に可愛げがないって?

 

 マグ姉はといえば、エリちゃんがよく懐いている。僕が色々手を離せないとき、よくマグ姉の後ろをとてとてとついて行っているのを見かけるから、間違いない。マグ姉にはお仕事関連の話があまりこないから、一番手が空いているというのもあり、よくエリちゃんと遊んでくれる。何気にさんづけで呼ばない唯一の相手だったりするし、実は僕より懐いてる?ちょっと複雑だ。

 

 トゥワイスさんは面白い人なので、エリちゃんとはすぐ仲良くなれた。トゥワイスさんはエリちゃんが可愛くて仕方ないみたいで、度々頭を撫でたりほっぺをつついたりと鬱陶しいくらいに可愛がっている。エリちゃんが猫ならトゥワイスさんに一生近づかなくなるくらいに。でも、エリちゃんはその可愛がりが嬉しいのか、トゥワイスさんに可愛がってもらっているときはものすごく楽しそう。あれだ。親戚のおじさんと人懐っこい子みたいなあれ。

 

 ヒミコちゃんもものすごくエリちゃんを可愛がっている。僕からエリちゃんを奪い取って膝の上に乗せたり、一緒にお風呂に入ったり。エリちゃんの個性が発動した時は僕がいないとダメなので僕も一緒に入ろうとしたけど、割と本気で殴られてしまった。エリちゃんは心配してくれたが、ヒミコちゃんは怒ったままエリちゃんを抱いてお風呂に行ってしまったので、土下座しながら待機したのを覚えている。下からみるお風呂上りのヒミコちゃんは最高だったと言っておこう。

 

 弔くんは子どもが苦手……なりに、ちゃんとエリちゃんと接している。エリちゃんがおはようと言えばおはようって言うし、おやすみって言えばおやすみって言う。この前なんて僕と弔くんが将棋をしていたとき、エリちゃんが将棋盤をじっと見ていたからか、「……やるか?」と誘っていた。あとから聞いてみると「お前とやりたいのかと思ってな」って言ってたけど、結局エリちゃんは僕の膝の上に乗って将棋をしたので、相手は弔くんになっていた。わざと接戦に持っていく弔くんは見てて面白かった。だって僕とやるときより悩む時間長いもん。慣れないことしてます感がすごかった。

 

 そんなこんなで、僕たちは敵とは思えないくらい平和だ。エリちゃんが加わったことで前よりも大分ゆったりとした感じになっている。なんか家族みたいでちょっと楽しい。

 

「そうなるとみんなどういう役割になるんだろ?」

 

「なんの話だ」

 

 エリちゃんがヒミコちゃんにお風呂に連れて行かれて暇になったので弔くんに話を振ってみると、いくら無二の親友だとはいえ、何の脈絡もなかったら話を理解できなかったらしい。

 

「僕たちが家族だったらって話」

 

「は?なんだそれ」

 

 なんだそれって。そんなに不思議なことかなぁ。ほら、あるじゃん。なんかのグループがあったらみんな家族!みたいに言うあの鬱陶しいやつ。僕は嫌いじゃないけど。あーでも、弔くんは嫌いそう。スレてるからね。

 

「……暇つぶしなら他当たれ」

 

「えー、ノリ悪いなぁ兄さん」

 

「おい」

 

「あ、待ってごめん。許して」

 

 ふざけて兄さんって呼んでみたら首を掴まれた。四本の指が五本になる前に許してもらわないとボロボロになる。ということは近くにいる誰かが死ぬ。それはまずい。許して。

 

「気持ちの悪いこと言うんじゃねぇよ。とうとう気が狂ったか?」

 

「元々じゃないかな」

 

 離してもらった首をさすりながら言うと、弔くんが「悪かった」と謝ってくれた。でもこれ、「そういえばそうだったな」っていうバカにした感じのやつだと思う。だって顔が笑ってる。

 

「でもさ、エリちゃんから兄さんって呼ばれてみたくない?」

 

「みたくない。むしろ呼ばれたいって思うのか?」

 

「思うよ。だって慕ってくれる年下の子って初めてだもん。憧れない?」

 

「憧れない。大体、呼ばれたいならそう頼んでみればいいだろ」

 

 うーん、そういうんじゃないんだよなぁ。なんというか、頼んで呼んでもらうんじゃなくて、自然と言っちゃった!みたいな感じのやつがほしい。きっと可愛いから。よくあるじゃん。先生のことをお母さんとかお父さんとか呼んじゃうあれ。よくあるか知らないけど。あれって本人は恥ずかしいけど言われた方はその子の事めちゃくちゃ可愛いってなると思うんだよね。体験したい。気になる!

 

「というか、お前が憧れるってことは一生ないってことだろ。兄さんって呼ばれることが不幸なのか?」

 

「……弔くんきらい」

 

「おーおー、弟に嫌われちまった。兄さんショックだなぁ」

 

「何言ってんの?」

 

「よし、動くなよ」

 

 殺意に満ち溢れた目で僕を睨み、腰を上げた弔くんを見て僕はすぐに逃げ出した。絶対やられる。目がキレてる。

 

 僕は走って荼毘くんの部屋の前に行くと、紫色のカーテンを開けて助けを求めた。

 

「荼毘くん助けて!」

 

「どうした?ゴキブリでも出たか」

 

 ゴキブリ程度で僕が助けを求めるか!求めるとしてもゴキブリごと拠点を燃やしそうな荼毘くんには頼まないよ!

 

「弔くんが僕を殺そうとしてくるんだ!」

 

「?よかったじゃねぇか」

 

「よくないよ!このままじゃ僕以外の誰かが死ぬ!」

 

「あー、そういやそうか」

 

 僕は荼毘くんを盾にすると、顔だけをひょっこりと出して追ってきた弔くんに頭を下げた。カーテンを開けて現れた弔くんは、ものすごく冷たい目で僕を睨んできている。お茶目な冗談でそこまで怒る?怒らせた僕が言うのもなんだけど。

 

「落ち着け死柄木。このまま月無を殺すと結果月無以外全滅するぞ」

 

「殺さずに苦しめる。問題ない」

 

「だってよ。よかったな」

 

「なんですぐによかったことにしようとしてるの?実は僕のこと嫌いでしょ」

 

「前に嫌いじゃないって言わなかったか?」

 

 きょとんとしている荼毘くん。めちゃくちゃ天然っていうか、マイペースだよね。人のこと言えないと思うけど。もしかしたら助けを求める相手間違えたかもしれない。

 

「ごめんって弔くん。ちょっとふざけただけじゃん」

 

「駄目だ。イラついた」

 

「子どもみたいなこと言うなよリーダー。月無がイラつくことなんていつものことだろ?」

 

「いつものことだからだよ。そろそろ罰を与えないと調子に乗り続ける」

 

 罰って。子ども扱いするなよ、子どもだけどさ。ちょっとコミュニケーションがユーモアに溢れているだけで、何も悪いことなんてないでしょ。悪いことあるから弔くんが怒ってるのか。

 

 一歩も引かない弔くんに、荼毘くんは頭を掻いてから小さく息を吐いた。申し訳ないけど、もうちょっと守ってほしい。

 

「わかった。月無は今夜飯抜き。それでいいだろ」

 

「そんなぁ!?」

 

「……まぁ、それでいい。ついでに今日は豪華にするか」

 

 なんて嫌がらせだ!そんなことされるくらいならいっそボコボコにしてくれ!それで許して!

 

 そんな願いもむなしく、弔くんはどこか満足気な表情で去っていった。きっとマグ姉にご飯抜きを伝えに言ったんだ。僕はもうおしまいだ。

 

「……こっそりわけてやるから、そんな顔するな」

 

「荼毘くんすき!」

 

 僕が飛びつくと、荼毘くんに避けられて顔を床に打ってしまった。やっぱりきらいだ。きらい。



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終わりの始まり
第36話 チームアップ?


「緑谷、轟、常闇、爆豪。この後すぐ会議室にこい」

 

 雄英高校とある日の放課後。1-Aの教室で、担任の相澤、ヒーロー名イレイザーヘッドから四人の生徒に呼び出しがかかった。学校において先生からの呼び出しというのは死の宣告に等しいものがある。それは雄英高校においても変わらないようで、緑谷は後ろの席に座っている峰田から、なぜか冷や汗を流しながら恐る恐る声をかけられた。

 

「おい緑谷、また何かしたのか?」

 

「またって……心当たりがあるような、ないような」

 

 緑谷は前に、爆豪と喧嘩をして謹慎を受けたことがある。更に、つい最近はインターンで死穢八斎會という敵団体に乗り込み、現在誘拐された……という形になっているエリの関係でインターンの存続が不透明になっている状態。緑谷自身に何か悪いことをした記憶は今のところないが、呼び出されてもおかしくはないという自覚はある。

 

 しかし、呼び出されたメンバーが問題で、どういう共通点があるのかわからない。緑谷と常闇はインターンに参加していたが、轟と爆豪はつい最近仮免講習でヒーローの仮免をとったばかりである。そして、死穢八斎會に行ったのは緑谷のみ。となれば、四人にどのような共通点があるのか。

 

 緑谷は心配そうな目で見てくるクラスメイトに手を振りながら、相澤の後を追うように教室を出た。廊下には既に緑谷以外の呼び出されたメンバーが待機している。

 

「きたか。行くぞ、先生を待たせると怖い」

 

「悪鬼の如く……」

 

 緑谷の姿を確認すると、背を向けてクールに歩き出す轟と、轟の言葉に怒った相澤の姿を思い出したのか、目を伏せながら同じくクールっぽく歩き出す常闇。「俺の前を歩くなや!」と二人を追い抜かす爆豪の三人に置いて行かれないよう、緑谷は慌てて小走りで追いかけた。そのまま追いつくと、今回呼び出された理由を話題に口を開いた。

 

「なんで僕らなんだろうね。インターンなら、切島くんたちがいないとおかしいし」

 

「あ!?んなもん少し考えりゃわかんだろ!」

 

 それに対して、爆豪が間を空けずに怒鳴って返した。爆豪の声をうるさそうにしながら常闇が首だけを動かして緑谷を見て、恐らくの共通点を告げる。

 

「敵連合だ。恐らくな」

 

「あ」

 

 敵連合という言葉を聞いて、納得した。確かに、その点で見れば共通点がある。緑谷と轟は敵連合の月無凶夜に執着され、常闇と爆豪は一度敵連合に攫われている。ただ、このタイミングで呼び出されるのはなぜか。その疑問を持つと同時、前を見ながら轟が言った。

 

「多分、敵連合に何か動きがあったんだろうな。そこらへんは、お前のがわかってるんじゃねぇのか、緑谷」

 

「……心当たりは、あるよ」

 

 緑谷が考えるのは、エリのこと。ヒーローに助けられるチャンスがありつつ、その手を振り払って敵連合の下へ望んで行った子ども。そして、敵連合の月無をヒーローと言ったこと。あれは、月無の、敵連合の脅威がわかりやすく表れていた。極端に言えば、善悪の判断がつかない、あるいはついていても人を惹きつける魅力があるといえる。前に拡散された月無の演説動画にもそれは表れていた。

 

「ならすぐに気づけや!ふわふわしてんじゃねぇぞコラ!」

 

「うん、その通りだ。ごめんねかっちゃん」

 

「すぐに認めんなカス!」

 

「理不尽が過ぎる」

 

 もはや何を言ってもキレるのではないかという爆豪の様子に、呆れた様子で常闇が呟く。非を認めてもキレられ、何も言えなくなってしまった緑谷は敵連合について考えながら黙り込んだ。死穢八斎會とつながりがあった敵連合。この様子では、他の敵とつながりがあってもおかしくない。いつかのUSJ襲撃事件でも、一人ひとりはチンピラレベルの強さではあったが、あの数を集めたのは事実。

 

「緑谷、考えんのは後にしろ。ついたぞ」

 

 更に深く考えそうになった緑谷を現実に引き戻したのは、轟の声であった。教室のドアと同じく、様々な個性に対応するための大きな会議室のドアの前に立ち、緑谷が現実に戻ってきたのを見て爆豪が力強くノックした。その乱暴なノックに返ってきたのは、相澤の短い「入れ」という声。

 

 失礼します、と言いながら四人が入ると、その会議室には相澤と、緑谷たちの先輩にあたる、緑谷と同じインターン先の通形ミリオ、ヒーロー名ルミリオンがいた。会議室の割には、参加する人数が少ない気がした緑谷はミリオに挨拶しつつ、疑問を口にする。

 

「僕たちだけですか?」

 

「みたいだよね!いや、実際には関係者がいっぱいいるみたいなんだけど、雄英関係者以外はあんまり入れたくないみたいで」

 

 ちょっと失礼かもね!と快活に笑いながら告げるミリオに、緑谷は首を傾げた。関係者がいっぱいいるという発言。それは、これから話される内容を既に知っているかのような。

 

「通形には既に話してある。が、今回も時間を削ってきてもらった」

 

「あの合理性の塊の相澤先生が……!?」

 

「天変地異の予兆」

 

「俺らの仮免、手違いでも起きてるのかもな」

 

「あ!?だとしたらテメェのだけだよ半分野郎!」

 

「おい」

 

 合理性の塊である相澤が、同じ話をわざわざ分けてするということに緑谷が驚きながら言うと、常闇が続き、とどめに轟が失礼をかますと、相澤の威圧が飛んだ。ここまで好き勝手言われるのは、それほどの驚きがあったということだ。その流れを見ていたミリオはやはり、快活に笑っている。

 

「ハハハ!元気がいいね一年生!ただ、ちょっと真面目な話するから座ろうか!」

 

 笑いながら、先輩として話を進めるために後輩を誘導するミリオ。決して相澤の機嫌が悪くなっていくのを見たからではない。変な汗をかいてはいるが。

 

 全員が席についたのを見て、相澤が早速と小さく口を開く。

 

「お前らを呼び出したのは、敵連合についてだ」

 

 敵連合という名を聞いて、四人に緊張が走る。それぞれ考えることは違っても、名前だけで人に影響を与えるのが敵連合。直接関わったことのある四人にとっては、様々な意味を持つ名前だった。

 

「簡単に言うと、敵連合に動きがあった。それを捜索するために各ヒーロー事務所がチームアップして、捜査することになってな」

 

「すみません、俺らはインターンに参加していないんですが」

 

「それも説明する。緑谷と常闇はインターン先がチームアップに名前があがっているからだ。そして、轟は緑谷と同じ理由があり、爆豪は常闇と同じ理由がある」

 

 その言葉に、それぞれが理解した。緑谷と轟はあの日、病室でのことを。常闇と爆豪は攫われた日のことを。それぞれの敵連合に対する記憶はそれらが一際強烈で、敵連合関連の共通点といえばそれしかなかった。

 

「緑谷、轟。お前らは月無と何かがある。それは間違いないな?」

 

「「はい」」

 

「常闇、爆豪。お前らは敵連合に一度攫われた。そして、それはスカウトの意味もあった。そうだな?」

 

「っス」

 

「はい」

 

「そういう理由があって、今回の敵連合捜査に参加してもらうことになった。敵連合が動いているとわかっている以上、下手に保護するより、すぐに力を使える状況、プロヒーローが近くにいる状況にいる方が安全だと判断した。……こういうのもなんだが、他の生徒も巻き込むかもしれないからな」

 

 敵連合が動いているかもしれないという状況で、緑谷たちが雄英にいた場合。敵連合が雄英に攻めてくるという可能性もゼロではない。実際USJは襲撃され、林間合宿にも敵連合は現れた。USJ、林間合宿時点ではプロヒーロー数人に勝てる戦力があるとは思えなかったが、今はどこまで勢力を伸ばしているかわからない。雄英に勝てる戦力を持っている可能性もある。そうなると、一般の生徒にも被害が及ぶ。

 

「それで、敵連合の話だ。最近、敵連合のメンバーそれぞれが動いて、勢力を伸ばしている。捕まえた敵がそんなことを漏らしていた」

 

「勢力を……」

 

「お前たちも見たと思うが、月無の演説。そして、緑谷と通形が知っているように、敵連合……月無は人を救う才能もある」

 

「それは……」

 

 緑谷は轟と爆豪の方を見た。話してもいいのかという視線だったのだが、それに気づいたミリオがぐっと親指を立てる。

 

「問題ないよね!今回の捜査に参加する以上、聞いておかなきゃいけないことだ」

 

「あぁ。簡単に言うが、緑谷と通形が乗り込んだ死穢八斎會に保護対象の子どもがいたんだが、そこに敵連合がいてな。その子どもが、通形の手を振り払って自ら敵連合のところへ行ったんだ。そして注目するべきなのが」

 

 相澤は一拍溜めて、全員を一瞥してから言った。

 

「その子どもが、自分にとってのヒーローは月無と言ったことだ」

 

「……」

 

「お前ら、心のどこかで納得してないか?それが敵連合の怖いところだ。何かがあると思わせるところ。お前らが黙っている以上、何か感じるところはあるはずだ。特に、月無と触れた時間の多いお前らなら」

 

「考えたことは、あります」

 

 俯きながら言った緑谷に、相澤の目が向く。緑谷はその視線を感じたのか、顔をあげてはっきりと言った。

 

「月無は、その個性が原因で救われない人の気持ちが誰よりもわかる。だからこそ、その、救われていない人が惹かれるのかもしれません。きっと、立場が違うだけで、月無は人を救うことができると、思います」

 

 月無はその個性上、報われない、救えない。だからこそ、同じような境遇にある人間の気持ちが誰よりもわかる。そして、それは敵連合のほぼ全員にも言える。社会的弱者の気持ちがわかるもの、社会的少数派の気持ちがわかるもの、社会を生きにくいと感じるもの。それぞれに賛同する人間がいてもおかしくない。選り好みさえしなければ、勢力拡大はすぐだろう。

 

 緑谷の言葉に相澤は頷いた。

 

「緑谷のような考え方が一般的だと思った方がいい。だからこそ、勢力が拡大しきる前に敵連合を見つけ出し、叩くことにした」

 

「それでチームアップ!サーはもちろん、常闇くんがお世話になっているホークスも参加する!気になるところは轟くんと爆豪くんだよね!なんと二人をお世話してくれるのは」

 

「エンデヴァーだ」

 

 腕を振りながら意気揚々と言おうとしたミリオは、セリフを取られたため笑顔で数秒固まってしまった。

 

 エンデヴァーは、オールマイトが引退した今、実質のNo.1。No.1になってから初の大仕事ということになる。そして、轟の父でもある。成績、実力的には雄英1-AのNo.1とNo.2を受け入れるにはここしかないという受け入れ先。

 

「敵連合は黒霧がいるから、どこにでも勢力を拡大できる。今回はそれを考慮して様々な地方のプロヒーローがチームアップする」

 

「規模が大きいですね」

 

「それほどの脅威だ。プロも本気になってる」

 

 エリの情報は、既に各プロヒーローに回っている。敵連合が無視できない脅威である証拠ともなりうるそれ。それは、実際に見ていた緑谷とミリオ、相澤の記憶に新しい。

 

「詳細はちゃんとした場で説明されるが、今はそういうことがあると認識しておいてほしい。……こうは言ったが、敵連合は強大だ。参加しないという手もある。今返事しなくてもいいが、近いうちに教えてくれ」

 

「俺は行くよ。って、こういうの言わない方がいいんだっけ!」

 

 アッハッハッハ!と笑うミリオに返せる者は、この場には誰もいなかった。



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第37話 装備

 色々な地方の力のある敵が、いつの間にか敵連合の傘下に入っていた。そのことに気づいたのは、弔くんに「そういえばお前、勢力について把握できてるのか?」と将棋をうちながら言われた時だった。知らないと言えば、とんでもなくびっくりしていた。てっきり、僕がみんなからスカウト成功の報告を受けていたと思っていたらしい。こういうこと言うのあまり気が進まないけど、一応僕は敵連合内でNo.2的なところにいるから。

 

 何やら敵連合を崇拝している敵が多いみたいで、僕のイメージだとそういう人は大体弱いと思ってたんだけど、どうもみんな当たり……っていうと失礼だけど、当たりを引いてきたらしく、スカウトに成功した敵が合わさると敵連合にも勝てるんじゃないかっていうくらいの戦力が集まりつつある、という話を弔くんから聞いた。

 

 後でみんなになんで僕に教えてくれなかったの?と聞くと、僕に教えると勝手に会いに行きそうだから、とみんなが返してきた。別に会いに行ってもいいと思うんだけど。それを弔くんに言うとなぜか納得していた。なんでも、僕は敵からの人気が凄そうだから、らしい。パニックになるのを恐れたのか。いい気分。でもNo.2なのに、会わなくていいのかな?弔くんは会ったみたいだし、僕も会った方がいいと思うんだけど。

 

 そんなこんなで平和な日常を送りつつ、不穏な動きを見せている僕たち敵連合は、今日も今日とて暇していた……わけではなく。

 

 死穢八斎會からの戦利品、個性破壊弾についてお喋りしていた。

 

「これ、お前に撃ってみるか?」

 

「たぶんどっちかが死ぬよ。やめとこう」

 

 そうなると死ぬのは俺だろ、と言いながら弔くんは銃をいじって楽しそうに笑う。弔くんは個性上銃を使うと個性が片手分使えなくなるので、銃を使うつもりはないと言っていたが、もしもの時のためにと感触を確かめている。

 

「銃を持たせて仕事してくれそうなの、誰だと思う?」

 

「ヒミコちゃんかなぁ。やっぱり。あの個性不意打ちにはちょうどいいし」

 

 話している内容は、個性破壊弾の運用について。結構貴重なものだし、生産法もまだ確定してないから迂闊に使えない。最悪生産できないとなると今持っているものだけになってしまうので、できるだけ慎重に使いたい。その点、ヒミコちゃんなら変身して不意打ちしやすいので、慎重に使ってくれることだろう。ふと思ったけど、不意打ちできる状況なら殺せるんじゃない?

 

「そうだろうな。だが、これからのことを考えるとマグネに持たせたくもある」

 

「へー。弔くんマグ姉のこと考えてくれてるんだ」

 

「当たり前だ。俺たちの中で一番危険なのはマグネだろ」

 

 組織的には、戦力にならない人は他の仕事をさせるのが一般的だけど、僕たちみたいな敵はいつ攻め込まれるかもわからないし、いつヒーローと会うのかもわからない。もしヒーローと会った時、個性がなくなったマグ姉はほとんど抵抗できず捕まるだろう。そして、抵抗できないということは銃を持っても撃つ前に個性で封殺されるかもしれないということだ。つまり、そんなマグ姉に貴重な個性破壊弾を渡すのは組織にとってはハイリスク。

 

 でも、弔くんはマグ姉に銃を持たせたいと言った。マグ姉に抵抗する力をあげるために。僕は感動した。みんなの前で誰かを気遣う言葉なんてほとんど言えないのに、こんなにさらっと言えるようになるなんて。僕の前だからかな?それともエリちゃんのおかげで丸くなったのかな?どちらにせよこのことについて言うと多分怒られるので、黙っておくことにする。

 

「マグ姉に持たせてもすぐに捕まっちゃうかもしれないよ?いいの?」

 

「量産できることがわかればだ。できなければトガに持たせる」

 

「じゃあできなかったらマグ姉はどうするの?」

 

「黒霧がいる。安全な場所は確保してあるから、そこに逃げてもらうさ」

 

 何それ聞いてない。安全な場所?本当に?バレてたりしないよねそこ。まぁそんなミスするはずないだろうけど。というかマグ姉だけじゃなくてみんなでそこに行けばよくない?

 

 そのことを言うと、弔くんは首を横に振って少しイラつきながら言った。

 

「ただただ逃げるってのが気にいらない。逃げるのは何か嫌がらせしてからだ」

 

「ちっさ」

 

「何もせずに逃げたら脅威じゃなくなるだろ。俺たちのことを常に危ない存在だと思わせなきゃならない」

 

 そういえばそうか。敵連合はいつの間にか敵のカリスマ的存在だから、そんなカリスマが相手から何もせずに逃げるなんてことしたら一気に人が離れていくに違いない。カリスマはカリスマらしい行動を求められている。何それ嫌だ。僕逃げたいもの。安全が一番でしょ。

 

「それに、いつも逃げるつもりだといざ交戦する時に気持ちが鈍る。基本的には嫌がらせだ。それは全員に伝えてる」

 

「僕それ聞いてないよ?」

 

「お前には言わなくても大丈夫だと思ったからな。お前はその場に流されるやつだ」

 

 そう言われると肯定しかできない。僕はこの人生流され続けてるから。好き勝手してるけど、僕の個性を考えると結果的に流されてるってことになる。ムカつく。

 

「とりあえずは、一応全員に銃の練習をさせておく。そろそろまた勢力拡大に移るから、その時に銃を使わせるようにして」

 

「全員銃を使えるようにするってことだね。ブラフの意味も込めて」

 

 僕の言葉に、弔くんがゆっくり頷いた。

 

 誰が個性破壊弾を持っていようと、僕たちが個性破壊弾を持っているという事実があれば、それは僕たちの誰もが個性破壊弾を持っているかもしれないと思わせることができるということである。となると、僕たちが銃を構えると相手はそれを警戒しなければならない。銃を見せるだけで行動を抑止できるというのはものすごい武器だ。僕も練習したいが、恐らく僕が銃を持つとろくなことにならない。きっと暴発する。

 

 この社会において、個性は重要な位置にある。個性がないだけでヒーローの道は諦めろって言われたり、いじめられたり。個性がなくてもやっていけると思うんだけど。実際先輩も身体能力を強化する個性でもないのに超人的な動きができていたし、十分無個性でも色んな道があると思う。もしかしたら、個性持ち特有の骨格とか、個性ごとに体の育ち方が違うとかあるかもしれないけど。

 

 そんな個性を破壊されるかもしれないとなれば、かなりの警戒対象だ。ヒーロー側は若頭たちの誰もが個性破壊弾を持っていないのを見て、僕たちがそれを盗んだということがわかっているはずだし、当然警戒してくるだろう。銃を見せるだけでおびえるヒーローは滑稽に違いない。弔くんが喜びそうだ。

 

「あと、俺たちそれぞれの装備も作ってもらってる」

 

「あ、それ知ってる。前荼毘くんが空飛んでたもん」

 

 あれはびっくりした。エリちゃんとのお出かけに荼毘くんがついてきたと思ったら、いきなりエリちゃんを抱えて色んなところから炎を出して空を飛んだんだから。降りてきたとき、荼毘くんはどこか得意気な表情で、エリちゃんはキラキラした目で喜んでいた。あとで荼毘くんに聞いてみると、空を飛べるようになるまで結構苦労したらしい。出力、バランス、その他色々。だから得意気だったのか。あれちょっとムカついたけど、そういうことならいい。

 

「荼毘は機動力が不安だったからな。その分なぜか炎の緻密な操作が得意だから、飛べるような装備を頼んだんだ」

 

 文字書こうとしてたからだ。

 

「一応言うが、お前にはないぞ」

 

「知ってるよ!いちいち言わなくても!」

 

「怒るなよ」

 

 まぁまぁと言いながら僕に手のひらを向ける弔くんを睨む。期待なんかしてないよ。ちょっとうらやましいけど。だってかっこよくない?自分専用の装備だよ?オンリーワンじゃん。どうでもいいけどオンリーワンっていうヒーロー名ありそうだよね。唯一ヒーローオンリーワン。なんか強そう。

 

 話がそれた。何が言いたいかというと、とにかくかっこいいっていうこと。個性のサポートアイテムって、あるのとないのとじゃまったく違うっていうし。ヒミコちゃんは装備をつければ直接血をチウチウしなくてもよくなるし、荼毘くんはさっき言った通り空を飛べるようになる。空飛ぶのと飛ばないのとじゃ全然違う。縦の動きが加わるのって、大分厄介だ。

 

 ……まぁ僕に関して言えば仕方ないけど。だって、僕が何かしらの装備をすれば必ずと言っていいほど不具合を起こす。下手すれば僕が怪我をする。個性をサポートするから、ある意味正しい形だけど。僕の個性は不幸だから、不幸の原因を増やすのはサポートすることになる。悲しいな。

 

「んー、でも、なんか仲間外れみたいで寂しいなぁ」

 

「サポートする必要がないほど、お前の個性が強力なんだよ」

 

「バカにしてるの?」

 

「まさか、褒めてるんだよ」

 

 弔くんは肩を竦めて、少し笑った。バカにした感じだけど、これは本当に褒めているやつだ。本当に褒めてるの?弔くんは褒めるポイントまで捻くれてるのか。弔くんの将来が心配である。敵連合のリーダーなんてやっている時点で心配もクソもないけど。

 

「まぁ、一応全員の装備は確認しておいてくれ。お前は現場判断に優れてるから、知っておくことに意味がある」

 

「初めて言われたかも。そうなの?」

 

「人を見る目は確かだからな。色んな意味で」

 

 色んな意味ってなんだ。色んな意味って言うとちょっといやらしく聞こえるよね。聞こえないならごめんなさい。気のせいでした。

 

 弔くんがそういうならそうなんだろう。となれば、みんなに見せてもらおう。ちょっとワクワクする。荼毘くんが空飛んだ時もすごいってなったし、かっこよかった。きっとみんなもかっこいいに違いない。ヒミコちゃんはかわいいだろうけど。

 

 かわいいといえばそうだ。

 

「エリちゃんはどうするの?」

 

「あぁ、エリか」

 

 僕の言葉に、弔くんは懐から何かを取り出した。そのまま机の上に置いたそれは、なんと。

 

「防犯ブザー?」

 

「らしいだろ」

 

「らしいけど」

 

 とうとう弔くんはバカになってしまったらしい。防犯ブザーを引き抜く前に僕たちが助ければいいだけの話なのに。

 

 僕のかわいそうなものを見る目にイラついたのか、弔くんが僕にデコピンしながら言った。

 

「ただの防犯ブザーじゃない。これは発信機で、これとは別に受信機がある」

 

「あ、それをみんなが持つってこと?エリちゃんの危険を知るために」

 

「こういうところ、本当に察しいいよな」

 

 よく言われる。先生にもよく言ってもらってたし。先生の教育さまさまだ。

 

「あぁ、ちなみにこれもお前には持たせない。うっかり落とされたら死ぬほど困るからな」

 

「いけず!」

 

 色々耐えられなくなった僕は、デコピンされた勢いそのままに弔くんのところから離れた。傷ついたので、スピナーくんのところで遊んでいるエリちゃんに癒してもらうことにする。

 

 子どもに頼るなんて恥ずかしい気もするけど、気のせいだろう。きっと。



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第38話 記憶

 エリちゃんが僕のところにきて、こう言った。

 

「最近、みんな構ってくれないの」

 

 今までの僕なら「なんだと!?僕が怒ってやる!」とぷんぷんしていたところだが、今回はなんとなく察するところがあった。

 

 あ、これまた何か仲間外れにされてるな?と。

 

 

 

 とはいえ、エリちゃんはみんなが構ってくれなくてしょんぼりしていることは事実なので、事の真偽を確認するべく僕はエリちゃんを抱っこして弔くんのところに向かった。今は部屋にいるはずなので、すぐ隣に移動するだけでいい。

 

 エリちゃんに髪の毛をぐいぐい引っ張られながらカーテンを開けると、弔くんが机に肘をついて、その机とは不釣り合いなカウンターチェアに腰かけながら僕たちを待っていた。僕たちがくることわかってたなんて、運命みたいだ!

 

「隣だから聞こえるんだよ」

 

「だよね」

 

 弔くんの隣にあるカウンターチェアを引っ張り出して座りながら、小さく笑う。今の隣だから聞こえるんだよって、僕の表情から思ってることを読み取ったってことだよね。運命を否定しながら肯定してるみたいでちょっと面白い。

 

 僕の膝の上にエリちゃんを乗せると、エリちゃんが不思議そうに弔くんを見た。弔くんの目がエリちゃんに向いているからだろう。弔くんは基本的に自分が話す相手を見るから、それを知ってる賢いエリちゃんは不思議に思ったんだろう。いつも僕と一緒にいるときに弔くんと会うと、決まって僕と弔くんが初めに話して、しばらくしてからエリちゃんと弔くんだから。

 

 エリちゃんに見られた弔くんはぽん、とエリちゃんの頭に五指で触れないようにしながら手を乗せると、「悪い」と切り出した。

 

「あいつらが構ってくれないのは、俺が頼んだことが原因だ。あいつらはあまり責めないでやってほしい」

 

「……責めるとか、責めないとかじゃないよ。ただ、ちょっと寂しいなって」

 

「そうか。月無だけじゃ不満だもんな」

 

「そうだけど、そんなことない!」

 

 そうだけど……?不満なのか。僕じゃ不満なのかエリちゃん!なんか別れ際のカップルみたいだ。いけない。今のエリちゃんの言葉は、僕と一緒でも十分だけど、みんなと一緒にいるときの楽しさを知ってしまっているから「そうだけど」って言ったんだろう。恐らく。ただ単に僕と一緒にいることが不満だってことだったら僕は拗ねる。

 

 弔くんは珍しくも優しく笑うと、僕に目を向けた。僕の番か。

 

「あいつらは今、各スキルのレベルアップをしている」

 

「レベルアップ?」

 

 前話した銃のことだろうか。そう思って首を傾げていると、弔くんが「それもあるが」と言って、

 

「戦術の幅を広げるために、個性の運用法の見直し、そもそもの身体能力の鍛錬、その他色々。個人個人と相談して、必要だと思ったことを伸ばしてもらっている」

 

「え、当たり前のように聞いてない」

 

「言ってないからな」

 

 弔くんがバカにしたように笑った。エリちゃんには優しく笑ったのに、扱いが違うくない?差別はよくないぞ。僕が拗ねたらどうするんだ。

 

「一応お前にも言おうとは思っていたがな……あいつらのレベルアップが終わらないとお前のは無理なんだ」

 

 ということは、僕のレベルアップ?にはみんなが関わるってことか。そしてレベルアップ後のみんなの腕試しの機会にもなるってこと。でも、僕の個性ってどう伸ばすんだろう。確か、理解することが重要だった気がするけど。

 

「エリ。お前にも手伝ってもらうぞ」 

 

「私も?」

 

 エリちゃんは僕を見た後、弔くんを見て首を傾げた。エリちゃんは賢いから、今の話で自分の出る幕はないと思っていたのか、急に自分の名前がでてきてびっくりしている。?が頭の上に浮かんでいるのが見えそうなくらいだ。

 

 そんなエリちゃんに弔くんが小さく笑うと、頷いた。

 

「当然そのときになると月無もいるし、あいつらの誰かもいる。もう少しで目一杯構ってもらえるから、そのときまで我慢してくれるか?」

 

「……じゃあ、そのときまでずっと月無さんと一緒にいる」

 

「そうしろ。と言いたいが、ちょっと席を外してくれるか。レベルアップのことで月無と話したいことがある」

 

「えー……わかった。あとで遊んでね」

 

「あぁ分かった。月無も連れて行く」

 

 エリちゃんは少しむくれて、僕の膝の上からぴょん、と跳ぶと、ばいばいと手を振りながら弔くんの部屋を出て行った。今は僕たち以外誰もいないので、最近できた自分の部屋に行ったんだろう。

 

「弔くん、子ども嫌いじゃなかったっけ?」

 

 気持ち悪いくらいエリちゃんに優しい弔くんに怖くなった僕は、恐る恐る聞いてみる。弔くんは自分でもいうくらい子どもが嫌いだったはずだ。ムカつくことをされればついつい殺しちゃうくらいに。

 

 僕が聞くと、弔くんは僕をじっと見て、ため息を吐いた。

 

「お前、何歳だ?」

 

「確か十六だっけ」

 

「そう、ガキだ。そんなお前が俺の隣にいる時点で、もうほとんど気にしてない。気づけ」

 

 そういえばそうだった。僕も弔くんからすれば子どもだった。そんな僕が弔くんと無二の大親友、運命共同体ともいえる一蓮托生の存在なんだから、子ども嫌いなんてあってないようなものだろう。

 

「まぁ、エリが賢いからってのもあるが」

 

 違った。まだ子ども嫌いだけど、エリちゃんは賢いしいい子だから、嫌う理由がないってだけだろう。あれ?僕自分で言うのもなんだけど、バカだしムカつくぞ?なんで嫌われてないんだろう。そういえば個性が好み、だったか。

 

「さて、レベルアップの話だ。もっと後にする予定だったが、この際だからな」

 

 弔くんが改めて言ったので、気持ち姿勢を正す。受け止める準備をしておかないと。みんながやってることだし、真面目に聞かないとね。こういうところで終始ふざけると、弔くんはものすごく怒る。当然だけど。

 

「お前の個性、伸ばすためには何が必要か覚えてるか?」

 

 それは覚えている。USJの前あたりに聞かされたんだっけ?時期は詳しく覚えてないけど、内容は覚えてる。

 

「確か理解だったよね」

 

 僕の言葉に、弔くんは頷いて肯定する。

 

「そうだ。お前の個性はまだわかっていないところが多すぎる。だから、できること、制約、発動条件、色々なことがわかるだけで脅威が増す」

 

 それはわかる。僕の不幸は意識ができるってだけで大分変ってくる。いつどんなことが起こるかわからないものより、いつでも何かを起こせるものの方が使い勝手がいいに決まってるからね。でも、僕の個性でそれは可能なんだろうか。迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)ですら僕が耐えられないものしか押し付けられない、っていう警戒されたら終わりな制約があるのに。

 

 僕の考えていることを察したのか、弔くんは首を横に振った。

 

「そこで、お前には自分の個性の原点に帰ってもらう。お前の個性がなんなのか、なぜその個性なのか。それに気づいてもらう。そのためには……」

 

 言いながら、弔くんはファイルを取り出し、僕に手渡してきた。開いてみると、そこに書かれていたのは『僕』の記録。生まれた時から、敵連合に入るまで。

 

「これって……」

 

 僕が生まれた時からの記録があるのは、いくらなんでもおかしい。弔くんにそんなことができるわけがないし、そもそも生まれた時からなんて誰にでもできることじゃない。……一つだけ、こんなことができるかもしれない人を知っている。そうなると、その人は生まれる前から僕に目をつけていたってことになるけど。だから、なんとなく僕の個性を知った風だったのかな?

 

「先生の、だよね」

 

「あぁ。先生から然るべきタイミングでお前に渡すようにと頼まれていた」

 

 写真こそないが、僕がどういう風な家庭で、どういう風に育ってきたかということも書かれてある。どうやって見てたんだろう。怖すぎる。

 

「お前のレベルアップには、記憶が不可欠だ。そして、お前は無意識に記憶に鍵をかけている」

 

 ……?記憶に鍵って何?そんなつもりないけど。だから無意識なのか。といっても僕が覚えてないことなんてないと思うけど。

 

「お前に思い出してもらいたい項目は、あらかじめ抜いてある。ただの事実としてつきつけられるより、自分で思い出して実感を持った方がレベルアップできる。個性ってのは気持ちが大事だからな」

 

 このファイルの中に書かれていないこと、なんだろう。僕の生年月日、育った家、拾われてからの個性のこと、勉強の進捗、能力。色々なことが書かれていて、何も漏れてるものはないとは思うけど。

 

「気づかないのが無意識に鍵をかけてるって言ってるんだよ」

 

「そんなこと言ったってわかんないもん」

 

「拗ねるな気持ち悪い。……名前と個性だよ」

 

 ……?名前と、個性?僕の不幸の個性は書かれてるし、名前は月無凶夜って名前が……。

 

「月無凶夜になる前は?お前の両親の名前は、個性は?」

 

 言われて、数秒考えた。そういえば。僕の両親の名前も個性も、そして、僕が月無凶夜になる前の名前もない。そして、今の僕は、それらを思い出せない。普通なら誰でも覚えてる、なんでもないこと。いや、なんでもないわけない。親からもらった名前と、親の個性、親の名前。普通は忘れるわけがないんだ。なら、なんで僕は忘れてる?いや、忘れてるわけじゃなくて、思い出そうとしていないのか?

 

「それを思い出せ。意識さえすればすぐなはずだ」

 

 弔くんの言葉に、鋭い痛みが頭を襲う。僕の名前、両親、昔のこと。僕の原点。

 

 僕が不幸じゃなかった頃のこと。



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第39話 望月豊優:オリジン

 いきなりきます。


 男は全力で走っていた。可愛い一人息子の誕生日、仕事を早めに切り上げたはいいものの、色々あって早めの帰宅ができなくなるかもしれないための全力疾走である。

 

 というのは、この男は困っている人を見捨てられない性質であり、その振る舞いはヒーローのよう。実際にはヒーローではないのだが、家から会社までにいる人たちの間では、ちょっとした有名人だった。曰く、下手なヒーローよりヒーローらしい。

 

 そんな男は、大荷物を抱えて歩道橋の階段を上ろうとしているおばあちゃんというベタな人を見つけ、進行方向を変えておばあちゃんの下へと駆け付けた。

 

「麗しいレディ!お困りのようで」

 

 男の見た目はたくましい大柄な体に、いつでも明るい笑顔を浮かべている男らしく整った顔立ち。恵まれた容姿に、困っている人は見捨てられないという性格。手を差し伸べるその姿は、頼りがいのある男そのものだった。

 

「あら、力渡(りきと)さん。今日も元気そうねぇ」

 

「それが俺である証ですから!ハッハッハ!」

 

 腰に手を当てて胸を張り、大きく笑う男は望月(もちづき)力渡(りきと)。ちょっとした有名人なので、おばあちゃんももちろん力渡のことを知っていた。

 

「ハッ!そういえばお困りのご様子でしたね!何か手伝えることはありますか!」

 

「そうなの。ちょっとこの荷物が重くて、階段を上るのが億劫でねぇ」

 

「そういうことならお任せあれ!」

 

 そう言って力渡が力こぶを作ると、おばあちゃんにたちまち元気と力がわいてくる。この力こそが力渡の個性。

 

 個性:譲渡。自分の力、気力等を誰かに渡すことができる。自分の傷も渡せるが、「渡したい」という気持ちがなければ何も渡すことができないため、渡したことはほとんどない。更に、渡す相手の「成し遂げたい何か」がわかっていれば、それに必要な分の力を渡せるほどの緻密なコントロールも可能。

 

「しかし、俺が荷物を運ぶわけではありません!今日は時間がないので!その代わり力をあげました!これで大丈夫なはずです、頑張って!」

 

 それでは!と手を振りながら再び全力疾走した力渡に、おばあちゃんは優しく笑いながら手を振り返した。誰かに力を渡してもまったくパワーダウンした様子を見せないのが、力渡のすごいところである。

 

 

 

 所変わって望月家。そこには、力渡の嫁である幸と、二人の可愛い息子の少年がいた。幸は男が十人いれば十人振り返るような美人で、スタイル抜群、そして個性のこともあり、まさに完璧と言える女性であった。

 

 個性:幸福。自分が幸福になる。それだけ。それだけだが、その幸福の幅は無限に広がり、金運だけで生活できてしまうほどのものである。訪れるタイミングはランダムだが、個性のおかげで元々幸福。

 

 そんな幸に似たのか、少年は可愛らしい容姿で、父親の影といえば性別と髪質くらいであった。それ以外のパーツはほとんど幸に似ている。力渡は少年が成長する度複雑な気持ちになりながらも、「こりゃ個性も幸寄りか!」と気にしていない風に言って笑っていたという。幸からしてみれば、気にしていることがバレバレであったのだが。

 

 少年は両親が大好きで、今も幸にべったりしている。クーラーで涼みながらも椅子に座る幸の膝の上に座り、自分の腹に回された幸の手を小さな手できゅっきゅっ、と握っていた。暇そうである。

 

「ねー」

 

「んー?なぁに?」

 

 あまりにも暇だったのか、少年が幸の豊かな胸にもたれかかりながら顔をあげ、幸を見る。幸はそんな可愛らしい少年の姿にだらしなく緩みそうになる頬をなんとか我慢して、優しい聖母のような笑みを浮かべて答えた。ご近所さんの前ではいつも素敵な笑顔でいることができるが、夫である力渡と息子の少年の前では色々と綺麗な表情ができなくなってしまうことがある。

 

 少年は幸の笑顔を見てにこーっと笑うと、その可愛らしい笑顔を浮かべたまま話し出した。

 

「おとーさんまだ?」

 

「きっとまたみんなを助けてるんじゃないかな。でも、もう少しだよ」

 

「もう少し?」

 

「そう。おとーさんはいつだって家族が一番だから」

 

 幸は昔のことを思い出した。

 

 力渡が下手なヒーローよりヒーローらしいのは、その実、天下の雄英高校に在籍していたことにも原因がある。力渡は成績優秀で、仮免を取った後はインターン先の活躍でたちまち有名になったが、幸と出会った途端、ヒーローになるのをやめたのだ。なぜかと当時の幸が聞くと、「ヒーローはいつだってみんなを優先しなきゃいけないけど、俺は一番大事な人を優先したいから、ヒーローはダメだ。他の誰かか幸なら、俺は迷いなく幸を選ぶ」とものすごく真面目な顔で言われてしまった。ちなみに、その当時力渡と幸は交際関係ではなかったという。

 

 そして、一番大事な人、人たちを守るために今力渡はヒーローではなく、企業勤めのサラリーマンである。他の誰より大事な人を優先する力渡は、大切な家族行事があれば人助けをそこそこにするため、急いでいる力渡を見る人々の目はものすごく温かい。

 

 今日はそんな大事な人、息子の誕生日。力渡が遅くなるわけがないと、幸は確信していた。

 

「家族が一番なら、なんで夜になるとおとーさんとおかーさんは二人で遊んでるの?僕とおかーさん、同じくらい大事にしなきゃおかしいよ」

 

「んー、それはねぇ」

 

「あ、でもこの前裸で喧嘩してたよね。ダメだよ、喧嘩しちゃ」

 

「んー?それは、ねぇ」

 

 どうしよう、と優しい笑顔を浮かべたまま幸は考えた。少年が言っているのは夫婦としては当然の営みのことで、その行為を通して少年も生まれたわけだが、それを教えるには少々早すぎる。とりあえずとして、「あれは仲良くしてるんだよー」と言ってみると、少年は「僕も仲良くする!」と言ってしまった。「大人にしかできないの。ごめんね」と返すと、「えー、早く大人になりたいなぁ」とのこと。幸は、少年が大人になれば仲良くしなければならないのだろうかとバカなことを考えた。

 

「ううん、きっと、いい人が見つかるはず」

 

 ファイト、と誰に向けているのかわからない言葉に、少年は首を傾げた。

 

 そんなふんわりとした空気の中でふわふわした会話を楽しんでいると、玄関のドアが開く音とともに、一家の大黒柱である力渡の声が家中に響いた。

 

「ただいまぁああああ!!愛しのパパが帰ってきましたよ!」

 

 言葉とともに、廊下を走る音、足音が止んだその時には、力渡が幸たちの目の前に現れていた。

 

「あ!幸のふかふかを独占するとは、我が息子ながら油断ならないやつ!幸をかけて勝負だ!」

 

「おかーさんは渡さないもん!」

 

「ふふ、なにそれ」

 

 一般的?な家庭の幸せな一ページ。

 

 少年の誕生日なので、幸は遊ぶ夫と息子を横目に微笑みつつ、ご馳走の用意をしに席を立った。

 

 

 

 そんな幸せな一ページは、炎で埋め尽くされた。親子川の字で寝静まった頃に火の手があがり、逃げ道が塞がり、少年が虫の息。少年の誕生日が、最悪の形で終わろうとしていた。

 

「なんだってこんな日に……!しっかりしろ!俺より先に死ぬのは許さねぇぞ!」

 

「この子だけ燃えるなんて……!お願い、私より先に死なないで!」

 

 消えゆく命をつなぎとめようと、二人は必死に呼びかける。抱えて逃げる道もなく、あくまで人に力を与えるだけの個性である力渡には、道を開くことはできなかった。同じく幸福であるだけの個性の幸では、自分だけ助かることはできても、息子を助けることはできない。しかし、なぜ幸福という個性があって少年が死にかけているのか、なぜ幸の家が放火されたのか。

 

(この子の、個性……!)

 

「力渡、この子の個性」

 

「幸と逆の個性だろ!だったらなんだ!諦めろってか!?」

 

「違う!力渡の個性、渡せる!?」

 

 幸の言葉を聞いた力渡は、驚愕に目を見開いた。力渡の個性は自分の力を渡すこと。文字にしてみれば可能に見えるが、そんなことができる個性など、力渡は聞いたことがなかった。いや、できたとして、それでどうなるというのか。

 

「その個性を私に渡して!そして私の幸福と力渡の譲渡をこの子に渡すの!そうすればこの子は生き残れる!確か、譲渡って傷とかも渡せるんでしょ!?」

 

「……そりゃあ、そうだが。お前、それは」

 

 力渡が躊躇したのは、子どもに自分たちを殺させるかもしれないということ。優しいこだと知っているから、いざそれを知った時どうなるかと考えたとき。子どもにそれを背負わせるのは果たして正しいのかどうか。

 

 そんな考えは、幸の叫びで消え失せた。

 

「この子なら大丈夫!前を向けるって信じてる!私たちの息子だから!」

 

「……やっぱイイ女だな、幸!」

 

 力渡は幸を抱きしめて、個性を発動する。個性、譲渡。自分の力を誰かに渡す個性。その個性を、幸福の個性を持つ幸に発動し、その個性を渡した。

 

 個性、幸福。自分が幸福になる個性。息子を助けることができる譲渡の個性を貰うことは、幸にとって幸福なことである。

 

「……力渡の、きた」

 

「なんか興奮するな、それ」

 

「ばか」

 

 幸は力渡から離れ、少年を優しく抱きしめた。そして、譲り受けた譲渡の個性でまず自分本来の個性である幸福を渡す。そして、次に譲渡を。

 

 その瞬間、少年の傷が、痛みが、疲労が、幸と力渡の二人を襲った。

 

「二人同時……?どういうことだ、これ」

 

「この子にとって、私たち二人同時にこうなることが、一番不幸だったってことじゃない?」

 

「なるほどな」

 

 途切れそうになる意識をなんとかつなぎ止め、力渡は少年を抱いている幸ごと抱きしめた。

 

「聞こえてるか。多分これが最後だから、伝えておく」

 

 そのまま、優しく語り掛ける。既に、幸の目には涙が浮かんでいた。

 

「お前は優しい子だ。幸みたいに、誰よりも優しくて、誰にでも優しくて」

 

「力渡みたいに、誰かを助けられる。誰かに何かをあげることができる。私たちの幸せは、あなたにもらったものなんだよ」

 

 少年がうっすらと目を開けた。それに喜びながら、力渡は言葉を続ける。

 

「これから先、お前の個性たちがどうなるかわからない。だから、頼れる大人を見つけろ。自分一人で生きていこうとするな」

 

「あなたは誰かにあげることができるんだから、一人なんて絶対ダメ。多くの人に触れて、その優しさをあげてほしい」

 

 少年が二人の服をぎゅっと握った。その手に自分たちの手を添える。

 

「それから、名前」

 

 力渡と幸は目を合わせ、涙を流しながら笑顔で頷いた。

 

「自分のために生きるのは当然だ。その上で、大事にしてほしいことがあったんだ」

 

「人はひとりじゃ生きていけないから。どんな個性を持っていても、どんな性格でも、どんな立場でも。きっと人には支えが必要で、あなたには、優しく、誰かのために、何かをあげられる人になってほしくて……力渡のセンスが悪くて、ごめんね」

 

「なんだよ、いいだろ。シャレが効いてて」

 

 誰かのために、何かをあげられる、豊かな優しさ。

 

豊優(ほうゆう)。for youだけにってね!」

 

「響きはともかく、いい名前だと思うから。大事にしてね。でもでも、自分のことを大切にしてほしいし、えっと、えっと」

 

「落ち着け。豊優が困るだろ」

 

「そう、だね。えっと、うん。色々言うと覚えられないだろうから、これだけは言わなきゃね」

 

 荒く息を吐きながら、ぎゅっと、豊優を抱きしめて、綺麗な笑顔で言った。

 

「ありがとう、愛してるよ。これからも、ずっと」

 

「俺もだ。俺たちは、ずっとお前を愛してる。それだけは、忘れないでくれよ」

 

 優しい子どもの優しい両親。明るくたくましい父親と、笑顔が素敵で綺麗で優しい母親。

 

 そんな二人の命が、消えた。



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第40話 望月豊優:リスタート

「望月、豊優。僕の、名前」

 

 思い出して、溢れ出したのは、悲しい気持ちと、温かくて優しい気持ち。大好きだった、いや、大好きなお父さんとお母さんとの記憶。

 

「俺は、先生からお前のことを聞かされていてな。全部、知っていた」

 

 弔くんは気遣うように目線を僕から外し、言った。僕の方に差し出されているハンカチは、弔くんの個性とは逆にとても綺麗で、使った形跡なんて見当たらないくらい真っ白だった。僕はそれを受け取って、溢れ出たものを拭きながら言葉を待つ。

 

「お前に話さなかったのは、経験がなかったから。この事実を受け止めるだけの経験。人との触れ合い。お前の個性上、もっとも必要なものだと先生が判断した」

 

 僕の中にある個性は三つ。自分自身の個性、不幸。お父さんの個性、譲渡。お母さんの個性、幸福。全部が人に関わるもので、全部が暴走すると厄介なもの。不幸は僕がめちゃくちゃいい人なら暴走すると周囲がめちゃくちゃになるし、幸福は僕が悪い人ならやはり周囲がめちゃくちゃになる。譲渡は、まさに何が起こるかわからない不幸や幸福を誰かにあげてしまうかもしれない。そして、基本的にその三つは目に見えない。だから、あまり止めようがないから、ショックな出来事を受け止めることができる心がまず必要だって判断したんだろう。先生はすごい。

 

「譲渡に関しては、USJの時に顔を出した。もっとも、お前の不幸の個性のせいで少し歪んだ形になったがな。本来の譲渡としても使えるだろうが、不幸だけが表面化している状況だったから、迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)になったんだろう」

 

 譲渡は本来、プラスなものもあげることができる。お父さんもそういう使い方をしていたし、それは間違いない。でも、僕の迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)は僕が耐えられないと思ったマイナス要素のみを誰かに押し付けるもの。……となると、もしかしたら。

 

「もしかしたら、僕の不幸……それに幸福も、個性を作り替える可能性がある?」

 

「恐らくな。お前の幸福が表面化すれば、幸福+譲渡でまた別な効果が生まれるかもしれない。あくまで可能性の話だが、迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)がある以上、ない話じゃない」

 

 迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)が譲渡と違うところは、僕が死ぬなら無条件で発動するというところだ。死にたいと思っている僕は不幸のせいで死ねない、なら、その不幸が発動して迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)が発動する。更にそんなギリギリになるまでしか発動できない。譲渡なら、自分が渡したいと思えばどんな状態であれ渡すことができる。

 

 簡単に違うところをまとめると、譲渡は渡したいという意思が必要で、自分の力、傷を渡すことができる。迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)は渡したいという意思ではなく対象に選ぶだけでよくて、死ぬ間際に自動発動。そして、渡せるのはどうしようもない傷等と不幸だけ。

 

 このことから考えてみると、不幸は個性をどうしようもないものにする特性があって、譲渡に関して言えば相手にとっても不幸な形の個性になっている。

 

「そういうことだ。お前の中に個性が三つあるとわかった以上、それに対する考察、理解、それを進めていけ。できればあまり考える時間を与えたくなかったが、この際仕方ない」

 

「?なんで時間与えたくなかったの?」

 

「……」

 

 ……?もしかして、心配してくれたのかな?時間を与えすぎるとお父さんとお母さんのことを考えて、沈みこんじゃうかも、みたいな。いや、どうだろう。最近の弔くんならありえるかもしれないけど。

 

 試しに僕はわかってるよ、みたいな感じでにまにま笑ってみると、弔くんが舌打ちした。どうやらそうだったらしい。

 

「ふふ、ありがとう、弔くん。大丈夫だよ。今の僕にはみんながいるから」

 

「……そうか。ならいい」

 

 ひょっとしたら、お母さんからもらった幸福の個性が無意識に働いたのかも。こんないい人、いい人たちに囲まれるなんて、幸せだとしか思えない。……幸せなんて、しばらくというか、ずっと忘れてたなぁ。幸福をもらったってことを思い出して、やっと自覚できた。今の僕、幸せだ。

 

「できれば、早くに幸福を表面化させろ。この話をした以上、不幸だけが表面化していればお前が死ぬ可能性がある」

 

「?あ、そういえば」

 

「そうだ。不幸なお前は、死にたくないって思うと死ぬ。いつになるかはわからないが、そう決まっている」

 

 そうだそうだ。それはいけない。あれ?それはいけないって思ってるってことは、今の僕はそう思ってるってこと?うーん、なんか、あんまりその感覚がわからない。ずっと死にたいって思ってきたし、生きたいって感覚がどんなものなのか。……もしかしたら、その生きたいって感覚が、幸福を呼び起こす何かになるかもしれない。なんとなく、だけど。

 

「……その幸福を呼び起こすための賭けが、お前のレベルアップだ」

 

「賭け?」

 

 弔くんは難しい顔で、僕の目を見て言った。賭けって、どういうことだろう。いつもの僕ならもっと察しがいいんだけど、今は、ちょっとダメだ。なんでかは教えない。

 

「今、いつ死ぬかわからない状況のお前を、あいつらの誰かと、エリとともに外へ行ってもらう。俺たちとエリがお前にとっての幸福だと判断してのことだ」

 

 俺たちって。弔くんがこういう時にさらっと自分を含んでくるとこ、自信家すぎて好きだ。

 

「そして、お前の原点……いや、お前のもう一つのありえたかもしれない未来。そこでお前がやっているであろうことをあいつらと一緒にやってもらう」

 

「……?」

 

 もう一つのありえたかもしれない未来。もう一つって言うからにはそれとは真逆の未来があって、それが今の僕ってこと?ということは……今の僕が敵だから、もう一つっていうと……。

 

「人助けだ。お前の個性、知識を活かして人助けをしてもらう」

 

「人、助け?」

 

 人助け。なんの冗談だろう。今の僕は世界の敵で、名前だけで怖がられるような敵だ。実際にはそんなに怖くないんだけど、そういうイメージが世間に定着している。そんな僕が今更人助け何て、できるのかな。それに、みんなだって指名手配犯だし、そんなに簡単なことじゃないと思う。

 

 弔くんは考え込む僕を見て、小さく笑った。

 

「お前が救ったつもりはなくても、お前に救われたやつはたくさんいる。お前は、それができる人間だ。お前がいつもあいつらが敵なのが信じられないくらいいい人だって思っているように、俺たちもお前のことをそう思ってる」

 

 ……。なんか、弔くんが優しい。いつもなら何かがあるかもって警戒するけど、今回はそんな打算もなにもなく、ただただ弔くん本来の優しさがでてるってわかる。弔くん本来の優しさって、あんまり見えるものじゃないからわかりにくいけど。

 

 そうだ。いつもより声色が柔らかいっていうか、そもそも表情がものすごく優しくて、なんか、安心する。弔くん、いつの間にそんなスキル身に着けたの?

 

「大丈夫だ、心配しなくていい。お前は、誰かに優しさをあげることができる。それだけの優しさがある。それは、誰よりも俺がわかってる」

 

 僕は思い出していた。お父さんのこと。道を歩いては人助けをして、僕もその人助けのお手伝いをしていた。お父さんの個性、譲渡は僕に人助けができるくらいの力をくれて……信じられないくらいのパワーが出せたとき、自分で言うのもなんだけど賢かった僕はお父さんの力だってわかってた。でも、人助けの後お父さんは決まって言うんだ。「豊優はすごいな!俺より早く困っている人を見つけてた!あの人を助けられたのは、間違いなく豊優の力だ!」って。

 

 今思うと、お父さんは僕を見ておかなきゃいけないのとは逆に、僕は興味のままにきょろきょろできるから見つけられるのは当たり前なんだけど。でも、それって僕の興味が「困っている人」だってことだったのかな?

 

「誰よりも優しいお前なら、誰かを救ったことのあるお前なら、安心しろ。お前は必ず、ヒーローになれる」

 

 幼い頃見ていた夢。僕の夢は、お父さんに憧れたのか、紛れもなくヒーローだった。お父さんみたいにみんなを助けて、他の人と家族がまるごと危なくなってもみんなまとめて救えるような、そんなヒーロー。

 

「できるかな、僕に」

 

 呟いた僕に、弔くんは温かく笑って、言った。

 

「ああ。お前は、幸福になれる」

 

 望月豊優は、どういう子だったんだろう。きっと、みんなに優しくて、誰かに何かを与えられる、そんなとんでもなくいい子。自分のことだとは思えない。でも、自分だ。僕は、望月豊優。

 

 だったら、できる。月無凶夜じゃ救えなかった人でも、望月豊優なら。

 

「まぁ一番の理由は、敵連合に救われた人間がいるってなった時のヒーローの顔が見たいからなんだけどな」

 

「……だと思ったよ。流石弔くん」

 

 うん。僕たちはあくまで敵連合だからそこはブレちゃいけないよね。僕たちの目的は正義とは何かという問い。なんだ。それなら僕がやることはぴったりじゃないか。あれ?弔くん僕を気遣ってじゃなくて計画のために使っただけ?……いや、ないか。

 

 だって、さっきの言葉無駄に早口だったし。きっと、それまでの自分の言葉が恥ずかしくなったんだろう。らしくなかったし。らしかったけど。

 

「ふふ。ありがとね、弔くん」

 

「あ?何がだ」

 

「なんでも。いこ。エリちゃんが待ってる」

 

「……お前、口調変わってないか?」

 

「?そうかな。そんな意識ないけど」

 

「……気のせいかもな」

 

 立ち上がった僕たちは、暇をしてむくれているであろうエリちゃんの部屋へ向かった。

 

 僕のことをヒーローって言ってくれた、エリちゃんのところへ。



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第41話 スカウト

 お久しぶりです。忙しい期間が終わりました。


「このジェントルってやつさぁ」

 

 弔くんは動画に映っている紳士的な男の人を見て、クスクス笑いながら言った。

 

「いいと思わないか?」

 

 後日、僕はジェントルさんとコンタクトをとるために、拠点から蹴りだされた。

 

 

 

 義賊、という言葉がある。お金持ちから色々貰って、貧しい人たちに分け与えるっていう意味……だったと思うけど、それに近い行動をしているのが今から会いに行こうとしているジェントルさんだ。商品のラベルの偽装とか、そういう小さいと言えば小さいことを見逃さず、制裁を与える紳士的な義賊。それだけで強盗するのは迷惑極まりないけど。まぁ僕たちが言えたことじゃない。

 

 そんなジェントルさんを「いい」と弔くんが言ったのは、その行動理念。おかしいと思ったことに制裁を加えるところ。正義とは何か、という問いをする僕たちにとって、仲間にしたい人であることは事実だ。いい人そうだし。動画は面白くないけど。

 

 ジェントルさんを見つけるには、最近不祥事があった店を探すのが一番早い。最近あったのはファミレスでの食中毒。明らかにその店の物を食べて集団食中毒になったのに、まだしらを切りとおそうとしているとんでもないところ。ジェントルさんが放っておくわけがない。

 

「というわけで、やってきました!せっかくだから何か食べる?」

 

「緊張感というか、そういうのはないのか……?」

 

「パフェがいい。パフェ!」

 

 腕を組んで呆れたように言うスピナーくんに、手をあげて元気に言うエリちゃん。スピナーくんは早々にレベルアップが終わったみたいで、今回ついてきてくれることになった。ファミレスに似合わない物騒な武器は、大きな布を被せて見えないようにしている。どうやら武器にも変更点があるらしいんだけど、スピナーくんは教えてくれなかった。なんでも、「その方が面白いだろ」らしい。確かに。

 

 エリちゃんのリクエストに応えてパフェを頼み、紅茶を二杯頼む。ジェントルさんはお仕事の前と後、そのお仕事の大きさによってブランドを選ぶらしいので、僕も気分的に飲むことにした。スピナーくんに紅茶でいいか確認するの忘れてたけど、別にいいだろう。

 

 ジェントルさんからすると、ファミレスを襲撃するのはどれくらいのお仕事なんだろう。僕は紅茶のブランドがわからないからそもそもブランドの名前を言われてもわからないけど、なんとなく気になる。多分ファミレスの紅茶じゃ釣り合わないんだろうな。

 

 届いた紅茶に砂糖をこれでもかと放り込んで台無しにしつつ、そんなことを考える。スピナーくんは一口飲むと、静かに砂糖を入れていた。紅茶って好き嫌い分かれるよね。

 

「紅茶はあんまり好かん」

 

「まぁまぁ。これから話す人の気持ちを少しでも理解するのは、悪いことじゃないよ」

 

「ルーティーンを真似てそいつの気持ちがわかるのか?」

 

「いや、わかんない」

 

「お前は……」

 

 小さくをため息を吐くスピナーくんに、パフェを食べて笑顔を浮かべていたエリちゃんと一緒に首を傾げた。レベルアップで疲れてるのかな?きっと僕のせいだけど。

 

 ゆったりと会話をして、エリちゃんがパフェを食べ終わった頃、店員さんのいらっしゃいませという声とともに、紳士的な服を着ている男の人が入店した。

 

 ジェントルさんその人である。

 

 いきなり行動を起こされても困るので、僕はスピナーくんに目配せをして席を立つと、懐に手を入れて何かを取り出そうとしているジェントルさんの腕をつかんだ。

 

「どうも、お久しぶりです」

 

「……なんだい君は?」

 

「紅茶、何飲んできました?」

 

 僕の言葉に、ジェントルさんがピク、と反応する。紅茶を飲んできたかとジェントルさんに言うということは、ジェントルさんのことを知っていて、今から仕事をするということを知っているということを伝える意味がある。ジェントルさんもそれがわかっているのだろう、少し目を細めた。

 

「お連れの方ですか?」

 

 おかしい雰囲気を感じながらも、店員さんが恐る恐る聞いてくる。僕とジェントルさんがあまり友好的じゃないからそうなっても無理はない。

 

 僕は店員さんに微笑みながら頷くと、ジェントルさんの腕を掴んだままスピナーくんとエリちゃんが待つテーブルへと連れて行った。後ろからはカメラを構えた女の人が慌てた様子でついてくる。アシスタントさんか何か?

 

 さっきはスピナーくんが一人、向かい側に僕とエリちゃんが座っていたが、今はスピナーくんとエリちゃんが並んで座っていたので僕がそちら側に座り、ジェントルさんと女の人を向かい側に座るよう促す。

 

 ジェントルさんと女の人が座ったのを確認して、エリちゃんが僕の膝の上によじ登るのを微笑ましく思いながら口を開いた。

 

「突然すみません。ジェントルさんであってますよね?」

 

「あぁ、確かに。そういう君は確か……」

 

「敵連合」

 

 女の人が忌々し気に呟いた。確かに僕らは社会に恨まられるようなことをしているけど、敵に恨まれるようなことはそんなにないはずだ。もしかしてこの人は敵じゃない?いや、ジェントルさんと一緒に行動してる時点でそれはないはずだ。じゃあなんで?

 

「敵連合の月無凶夜。転載動画でジェントルのお株を奪ったいやーなやつ!敵と言えばあなたたち。ほんとやな感じ!」

 

「……あぁ、そういう」

 

 ジェントルさんは動画界……って言い方でいいのか、そこで活躍する敵だから、あの僕の演説動画はとても邪魔な存在だっただろう。あれは反響が大きくて、ニュースにも取り上げられ、あれで月無凶夜という名前が世間に広まったから。知らない人なんて山奥に住んでいる人くらいなはずだ。

 

 だから、この女の人は僕を、敵連合を目の敵にしているのか。それで、ジェントルさんのことで怒ってるっていうことは、ジェントルさんに対して特別な気持ちがある?なんか、そんな感じがする。僕のこういう勘はよくあたる。何に役立つかはわからないけど。

 

「あれに関しては、まぁ確かに狙ったところはありますが、その影響力に負けないくらいの動画を作ればいいでしょう?」

 

「世間の目を向けるのは難しいことなの!中心にいるあなたにはわからないでしょうけど!」

 

「ラブラバ、外に原因を求めてはいけない。彼の言うことはもっともだ」

 

 ジェントルさんが渋く髭を撫でながら、ラブラバさん?を窘める。そのまま僕に目を向けて、落ち着いた声で言った。

 

「しかし、そういう話をしにきたのではないのだろう?わざわざコンタクトを取ったということは、何か目的があるはずだ。違うかい?」

 

 僕はスピナーくんをちらっと見た。いつでもやれる準備をするように。

 

「単刀直入に言います。あなたを、敵連合にスカウトしにきました」

 

 僕の言葉に、ジェントルさんは体を硬直させた。

 

 僕が言うのもなんだが、敵連合のスカウトは、ヒーローで言う雄英高校へのスカウトと同じ程度の意味がある。ラブラバさんが言ったように、敵と言えば敵連合。敵の象徴。そんな敵連合からのスカウトは、並の敵なら大喜びする。

 

 だが、それは並の敵ならの話。何か大きな信念、理想、意志がある敵は、敵連合とそれが一致しない限り頷かない。

 

「なら、単刀直入に言おう。ノーだ」

 

 ジェントルさんは、頷かなかった。

 

「過激で暴力的な行動は私の流儀に反する。それを行う集団に属することはできない」

 

「なんだかんだ言って、最後は暴力だろう」

 

「それはヒーローが捕まえにくるからだ。それさえなければ私は何もしないよ」

 

 スピナーくんの言葉を冷静に返すジェントルさん。なら最初から犯罪行為をするなと言いたくなるが、そういう話ではない。ジェントルさんはきっと、確かな信念があって敵になったんだ。

 

 だとしたら、信念には信念を。想いには想いを。

 

「ジェントルさんは、なんで犯罪をし続けるんですか?」

 

「何?」

 

「僕たちは、戦っています。生きにくい世の中と、理不尽な世の中と。正義とは何か、ヒーローとは何か。それを問うために。あなたは、どうですか?」

 

「……歴史に名を残す。そのためだ」

 

 歴史に名を残す。その割にはやることが小さいが、それはジェントルさんの人間性がそうさせるんだろう。本当に悪いことはできない。自分で義賊と名乗るくらいだから、それは間違いない。だから、僕たち敵連合という明らかに悪そうな集団に属するのはよくない。義賊として、ある種の正義として名を残すことに意味がある。

 

「なら、なおさら僕たちと一緒にきてください。僕たちには、僕たちの正義がある。内に入って見えるものもある。違ったなら抜けてもいいです。でも、歴史に名を残せることは約束します。だって、僕たちは社会に勝つから」

 

 ジェントルさんは、その資質がある。間違いない。敵であることが一番恐ろしい、そんな存在。言ってしまえば、敵連合向きな人。

 

「なぜ、そこまで私を勧誘する?」

 

「だってさ」

 

 僕はにこっと笑った。最初は弔くんに言われたからだったけど、話しててわかった。この人は、ジェントルさんは。

 

「あなたは、僕たちだから」

 

 社会から弾き出された人。優しいのに、他の人と何も変わらないのに。

 

 僕の言葉を聞いて、ジェントルさんはしばらく目を閉じてから、覚悟を決めた目で僕を見た。

 

「……わかった。行こう。世間が思っているような集団ではなさそうだ」

 

「ふふ。そう思ってくれたなら嬉しいです」

 

 さぁいこう。いつもの決め台詞。

 

「こいよ。ここが君の敵連合だ」

 

 僕の差し出した手を、ジェントルさんが固くぎゅっと握った。

 

 それと同時。

 

「動くな、敵!抵抗しなければ手荒な真似はしない!」

 

 入り口から四人のヒーローが現れた。敵、というのは間違いなく僕たちのことだろう。……そういえば、ここファミレスだっけ。普通の声であんなこと話してれば、そりゃ通報されるか。

 

 僕はエリちゃんをおんぶして、ジェントルさんとスピナーくんに目配せした。

 

「さ、いこう。初仕事だよ、ジェントルさん」

 

「やれやれ、飲んでくるブランドを間違えたか」

 

「カメラ回すわね!ジェントル!」

 

「お前と外にでると落ち着かないな……」

 

 人数だけなら四対五。ラブラバさんとエリちゃんを数に入れなければ四対三。

 

 新生敵連合、行きます!



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第42話 敵ふたり

「クソッ、バレたか!」

 

 僕らが立ち上がって戦闘態勢に入った時、僕らとは違うところから声があがった。バレたか?それはつまりどういうこと?

 

 声がした方に目を向けると、真っ赤な髪を逆立てた釣り目の男と、僕より背の低いタンクトップの男がいた。そのうちの赤髪の男が立ち上がって、ヒーローを睨みつけている。もしかして、あの人たちも敵……なのかな?

 

「目立ったことはしてねぇはずなのに、なんでバレた!」

 

「バカ!僕らじゃないかもしれないだろ!いやでも、僕らかもしれない。だって敵だし、強いし、オーラからして違うし。そうか、僕らだ!おいヒーロー!四人だけとは舐めやがって!返り討ちにしてやる!」

 

 こういう二人組って大抵はどちらかが冷静なイメージがあるんだけど、あの二人組はどちらもバカだった。赤髪はわかりやすくバカそうで、背が低いのは自分を大きくするバカだ。正直、ああいう敵が同じ店にいて助かった。これでこっそり逃げられる。

 

「いや、お前らじゃないんだが……」

 

「は?そんなテンション下がること言うなよ。アゲてこうぜ、お互いに!」

 

 赤髪が言ったと同時にヒーローへと走り出し、赤髪の走ったあとがいきなり燃え上がる。炎の個性?なら走らなくてもよくないか。遠距離から攻撃できるんだから、わざわざ接近する意味ないでしょ。

 

 まぁいい。勝手にやってくれるならこそこそ逃げるまで!赤髪が暴れ始めたことによって客から悲鳴があがる中、僕はみんなを見て言った。

 

「みんな、あの人が暴れてる間に逃げよう!」

 

「しかし月無君!敵連合たる君が敵に背を向けていいのかね!」

 

「粛清……!」

 

「ジェントル!ド級のネタよ!やるしかないわ!」

 

「あつーい」

 

 バカが三人に緊張感ゼロが一人。こっちのパーティも絶望的だった。多分緊張感ゼロは僕たちの責任だけど。教育を見直すべきかもしれない。こんなところで学校に行っていなかった弊害がでるなんて思ってなかった。

 

「ここで暴れたら増援がくる!黒霧さんに連絡して、すぐに迎えに来てもらわなきゃ」

 

「や、そんなつまらないことするなよ月無凶夜」

 

 僕が言い切る前に、後ろから声をかけられた。バカと緊張感ゼロを前にして気が抜けていた。僕がこんな簡単に後ろをとられるなんて!僕の後ろをとることなんて容易いけど。

 

「ファンです。死んでください!」

 

 振り向くと、背の低い男が拳を振りかぶっていた。ファンかよ。嬉しい。ただ、嬉しがってはいられない。僕エリちゃん抱っこしてるし、派手な動きはできない。

 

 どうしようかと悩んでいる間に動いていた人が一人。

 

「無意味な暴力は、粛清対象だ」

 

 舌を出し、楽しそうに笑っている僕らがスピナーくん。スピナーくんは相手の脇に潜り込み、その勢いのまま武器を横なぎに振るった。背の低い男は寸でのところで反応し、大きく息を吸い込む。すると、

 

「なっ、にぃ!?」

 

「うわぁ!?」

 

「すごいわジェントル!巨人よ!」

 

「ハッハッハ!背が低いのに巨大化する個性とは!実にユニーク!」

 

「おっきぃー」

 

 背の低い男が巨大化し、近くにいた僕らは吹き飛ばされた。男は天井を突き破り、ついでに服も破けている。十メートルくらいか。あ、背の話ね?

 

「ジェントルさん、傘!」

 

「もうやっているよ。なぜなら私は、ジェントル・クリミナル!」

 

「かっこいいわ!ジェントル!」

 

 破れた天井の破片が落ちてくるため、ジェントルさんに傘を作ってもらうように頼むと、サムズアップとともに仕事ができる男アピールをされてしまった。どうりで上の方で何かがはじかれる音がするわけだ。

 

 ジェントルさんの個性は弾性。触れたものに弾性を付与することができ、それは空気にも付与させることができる。それを利用し、破片から身を守る傘を作ってもらったというわけだ。万能すぎて羨ましい。

 

「おいおい、おいおいおいおいガストちゃん!また破けてるぜ、刺激的だな!」

 

「うるさい!お前も出力間違えてよく服を燃やす癖に!」

 

「よせよ!燃やし上手だなんて!」

 

「褒めてないよ!」

 

「ごちゃごちゃうるさいぞ!大人しくしていろ!」

 

 赤髪がテンション高く、背の低い男……ガスト?を煽り、それに反論するガスト。ちなみに全裸。そして赤髪はヒーローに取り押さえられていた。どういうメンタルしてるんだ。

 

「……この気が抜ける感じ、覚えがあるぞ」

 

「奇遇だね、僕もだ」

 

「ジェントル、大変だわ!汚いものが映っちゃった!」

 

「こらこら、立派なものじゃないか!汚いの一言で片づけてはいけない」

 

「みんなと同じ感じがする」

 

 どこからどう見てもどう聞いてもおかしいこの光景に、僕とスピナーくん、そしてエリちゃんは敵連合を思い出していた。いや、戦闘中はこんな不真面目じゃないはずだ。そんな余裕ないし。日常はこんな感じだけど。少なくとも全裸になったりはしていない。

 

 ガストと同じくよく裸になるらしい赤髪は取り押さえられながら大笑いする。

 

「おいヒーロー!俺が炎を出せば、テメェが燃えるってことわかってんのか!?」

 

「俺の個性は吸収!炎なら俺の手の平で吸収できる!というかそれで吸収されたから今捕まってるってこと忘れたのか!」

 

「なんて馬鹿なやつだ……」

 

「捕まったらちゃんと教育を受けるんだぞ」

 

「大丈夫だ。お前はテンションが高くてウザいだけだ。更生できるさ」

 

 とうとうヒーローたちが赤髪を慰め始めた。ガストはといえば巨大化してナニをぶら下げていることに羞恥心を抱いたのか、元の大きさに戻って爆笑しながら赤髪のことを見ている。助けに行かなくていいのか。というかさっき僕を殺そうとしてたのに、今はいいの?

 

「似合ってるぞニュート!一生そうしてろ!」

 

「うるせぇ!お前こそ一生全裸でいろ!」

 

「好きでこうなってるわけじゃないんだよ!」

 

 懲りずにぎゃーぎゃーと騒ぎ始める二人。そんな二人を見て、僕たちを小さくを息を吐いた。

 

「……気が抜けた。帰るか」

 

「あぁ。敵という感じがしなくなった。早く敵連合に案内してくれ」

 

「今日ね、弔くんと遊ぶの」

 

「んー?いつから弔くんって呼ぶようになったの?ズルくない?」

 

「燃える店と全裸しか映像に残ってない……」

 

 黒霧さんに連絡して、それぞれが疲れたように呟きながら裏口から出ようとすると、赤髪……ニュートが大声で待ったをかけた。

 

「おいおい、おいおいおいおい!待てって敵連合!ファンなんだよ、お話しようぜ!」

 

「できるか!おい敵連合!貴様らも逃がさんぞ!あとそこの全裸!」

 

「ヒーローのくせに雑な呼び方するなよ!全裸だけども!」

 

 ニュートが言って、ガストが怒るが、僕たちは足を止めない。きっと気が抜け続けちゃうから。こういう空間は僕たちの中だけでいいんだ。他人がああいう感じだとこうも疲れるなんて初めて知った。次からは控えるようにしよう。絶対無理だけど。

 

「あーあー、ファンの声を無視するのかよ。いや、今この状況の俺が不甲斐ないからか!?この程度をどうにかできねぇようなやつとは話さねぇってか!?テンション上がるなオイ!」

 

「炎を出すな!吸収できるってことを理解していないのか!」

 

「吸収ってことはさぁ!」

 

 あ、バカなくせに気づくんだ。まずい、早くしないとあのバカ二人に捕まるかもしれない。

 

 ニュートは真っ赤な髪を逆立ててゆらゆらと揺らしながら、声にならない叫びをあげた。

 

 その瞬間、ニュートを中心に真っ赤な球状の炎が燃え上がった。一瞬だけ弱まったのは吸収したからだろうけど、それも一瞬。球状の炎の勢いは例えるなら爆発で、その炎が収まった後には、辛うじて生きているレベルで焼け爛れたヒーローたちと、案の定全裸のニュートがそこにいた。

 

「限界があるってことだよな、ヒーロー」

 

 カッコよく言っているが、全裸で台無しになってしまっている。僕たちのようにアイテムを作ってくれる人がいないんだろうか。燃えない服とか、巨大化に合わせて伸びる服とか作ってもらえばいいのに。

 

 ここで足を止めないと何をされるかわからないので、立ち止まる。あの威力を見せられたら、大人しくするしかない。一瞬であの火力っておかしいでしょ。というかなんで自分自身は無事なの?熱で倒れるでしょ普通。

 

 そんな疑問を解消してくるわけもなく、全裸のニュートが炎をまき散らしながら近づいてきた。途中で合流したガストからは距離をとられている。そりゃそうだ、熱いもの。

 

 そうして僕の目の前に立つと、ニュートがにっこり笑いながら握手を求めた。

 

「まずは名前から!俺はニュートで、こっちはガスト!敵名で、本名じゃねぇ!悪いな!」

 

 僕は炎を出し続ける手を見て、ニュートの顔を見て、もう一度手を見た。……燃えてるなぁ。でも、握手なら応えないとダメだよね。それが礼儀ってやつだ。

 

 僕はスピナーくんにエリちゃんを預けて、ニュートの手を握る。肌が焼ける感触に顔をしかめそうになるが、それは失礼だからにっこり笑って、答えた。

 

「僕は月無凶夜。知ってるみたいだから言うけど、敵連合です。よろしく」

 

「ハハッ!俺の握手に応えてくれたやつ二人目だ!テンション上がるなオイ!」

 

「噂通りの変な人だ……殺すべきかな?」

 

 なんでガストはちょくちょく殺戮衝動にかられるんだろう。ただ単に僕のことが嫌いなのかな?ファンって言ってたけど。

 

「あー、んで、俺が話したかったのは、そう!ちょっと力貸してほしいんだよ。かの有名な敵連合さんに」

 

「僕たちの力を借りたいってことは、ろくなことじゃないよね」

 

 火傷した手を見ながらいう僕に、ニュートが首を傾げた。あぁそうか。世間から見ればろくなことじゃないけど、敵を名乗る人間がまともな感性を持ってるわけがなかった。

 

「いや、ただ単にさ。燃やしたいんだよ、ヒーロー」

 

「僕は潰したい。ヒーロー」

 

 あっけらかんと言う二人に、スピナーくんがピクリと反応した。スピナーくん先輩のことが大好きだから、こういう信念がないように見える殺意とか、大嫌いなんだよね。エリちゃんを抱いていなかったら既にとびかかってると思う。多分。

 

「なんでかって、聞いてもいい?」

 

「窮屈だからさ!」

 

 体からあふれ出る炎で店内を燃やしつつ、ニュートが言った。

 

「俺は燃やすのが好きだ!でも好きなことをしていると、必ずヒーローがやめろって言ってくる!だから燃やす!」

 

「僕も同じ。潰すのが好きだから、それを止められたくないから」

 

「要するに、好きなことを邪魔されるのが嫌だからってこと?」

 

「そういうことだ!」

 

「合ってる」

 

 なるほどなるほど。つまり無差別にヒーローを殺せば邪魔されないじゃんってことか。それはそれは。

 

「却下」

 

 僕が頷きながら口を開こうとすると、その前にエリちゃんをゆっくり下ろしながらスピナーくんが言った。我慢できなくなったのか。

 

「俺たちの戦いは、問いだ」

 

 スピナーくんが武器の布を取って、そのまま構える。見た目はそこまで変わっていないが変更点のあるらしい武器。色々な刃物が鎖でひとまとめにされているそれは、見るからに殺傷能力が高い。

 

「正義とは何かという問い。無論、殺すこともあれば、生かすこともある」

 

 その武器を床に突き刺し、二人を睨みつけた。エリちゃんはいつの間にか僕の膝にしがみつき、じっとスピナーくんを見ている。

 

 その場にいる全員の視線と、カメラを向けられながら、スピナーくんは意志のこもった目で二人を睨みながら言った。

 

「無差別にヒーローを殺す貴様らとは、相容れない」

 

「それは、やりあうってことでいいんだよな?」

 

「放っておくわけにはいかないからな」

 

「チャンスよジェントル!加勢するの!」

 

「私は今日、何をしにきたのか忘れてしまったよ」

 

「僕もさ。ジェントル」

 

「月無さん。外いこ、外。あつい」

 

 獰猛な笑みを浮かべるニュートを前にして、僕はエリちゃんに引っ張られながらへらへら笑っていた。



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第43話 上がる炎

「上がるぜ、オイ!」

 

 鬱陶しいマンガの主人公のようなセリフを言いながら、身体から炎を吹き出す。なんとなくだけどこの炎、テンションに左右されてる?言動からすると、テンションが上がってるときに激しい炎を出している気がする。

 

 エリちゃんに当たるとまずいので、放たれた炎に向かって走り出し炎を受け止めた。炎相手にならあまり時間は稼げないが、この一瞬があればスピナーくんかジェントルさんが逃がしてくれるだろう。

 

 しかし僕の思惑とは逆に、僕を燃やしていた炎が掻き消えた。僕らの中で炎を吹き飛ばせるような個性はないはずだから、ニュートが自分で消したことになる。なんで?

 

「バカニュート!傷つけると押し付けられるだけだろ!」

 

「まさか自分から向かってくるとは思わねぇだろ!最高にホットだな!」

 

 そうか、迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)。敵なら知っていてもおかしくない。あれをやられるとひとたまりもないからね。他人事みたいに言うけど。僕を相手にするなら、じわじわと削って気絶させるべきだ。

 

 まぁ、迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)とか関係なく譲渡があるんだけど。

 

「ってぇ!なんだ!?」

 

 ニュートに僕が受けた火傷を譲渡する。個性上火傷に耐性があるかと思ったけど、そうでもないみたいだ。しっかり爛れて、苦しそうにしている。

 

 そのひるんだ隙を逃さず、ジェントルさんとスピナーくんが一気に距離をつめる。先に片づけるべきはニュートの方だと判断してのことだろう。あの火力を出されると、僕たちじゃどうしようもない。

 

 僕がスピナーくんたちと入れ替わるように後ろへ下がると、すぐさまガストが追ってきた。ニュートの加勢にいかないのは信頼の証か、それとも。

 

「っと!」

 

 ガストが踏み込むと、その足場が少し崩れてバランスを崩す。こんなに燃えてガストの巨大化で不安定になった店内で、足場が崩れないなんてことあるわけないよね。ピンポイントでそうなるなんて、不幸な人だ。僕のせいだけど。

 

 譲渡に関しては、コツをつかむのに苦労しなかった。元々迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)で表面化していただけはある。こういう風に不幸と組み合わせて使えるし、さっきみたいに傷を押し付けることもできるようになった。僕ってもしかして最強じゃない?

 

 バランスを崩したガストを思い切り蹴って吹き飛ばす。巨大化されないか不安だったけど、やられなくてよかった。落ち着かないとできないのかな?

 

「ラブラバさん、ついてきて!ここじゃ燃えちゃう!」

 

「え、でもジェントルが!」

 

「こっちからの方がいい映像がとれるよ!」

 

「仕方ないわね!」

 

「エリちゃんも、ごめんね。我慢してね」

 

「うー、あついけど、いい」

 

 ぐったりとしているエリちゃんを背負って、店の入り口へ向かう。あの爆発のような炎の影響で火が燃え盛っているが、入り口には無視できない存在がいる。炎によって倒れたヒーローたち。打算はあるが、今の僕が無視しちゃいけない。

 

「頼んだよ、二人とも!」

 

「言われなくても!」

 

「できればすぐに戻ってきてほしい!」

 

 スピナーくんの頼もしい声と、ジェントルさんの弱音を背に、僕は走り出した。

 

 

 

 スピナーとジェントルがニュートに距離をつめたとき、ニュートは近づけさせまいと自分を囲うようにドーナツ状の炎を展開した。ニュートの周りごと二人を燃やすかと思われたその炎はしかし、ジェントルの手によって回避される。

 

「乗りたまえ、スピナーくん!」

 

「あぁ!」

 

 ジェントルが足場に弾性を付与させ、トランポリンの要領で跳びあがる。ニュートが見上げた時には、既にジェントルが空気に弾性を付与させ、跳ねた勢いを乗せた膝が眼前に迫っていた。回避が間に合わないと悟ったニュートは、両腕を交差させながら体から炎を放出させる。ただではやられないという抵抗。

 

 そして、直撃。顔面に突き刺さる膝と、ジェントルを襲う炎。その炎は強く燃え上がったが、次第に弱まっていく。

 

(なんだ?普通の燃え方をしていない?)

 

 ジェントルが疑問に思うのを他所に、スピナーが吹き飛ばされたニュートに追撃をしかける。武器をまとめている……いや、武器と武器をつないでいる鎖を解きバラけさせ、一振り。すると、連結刃のようになった武器がニュートを襲った。五本の連結刃が生き物のように蠢き、ニュートを貫こうとしたその時、ニュートを巨大な手が掴み、寸でのところで回避した。

 

 凶夜に飛ばされていたガストの仕業である。部分的に巨大化し、ニュートを掴んだその瞬間自分を軸にして元に戻ることによって、ニュートを自分のところへと引き寄せたのだ。本人は熱そうにしているが。

 

「何急にやられそうになってんの!」

 

「ガストが月無を逃がすからテンション下がっちまったんだよ!もっと粘れやバカ!」

 

「まずは助けていただいてありがとうございますと言え!」

 

「あ、助けていただいてありがとうございます」

 

「あ、いえいえ。そんなそんな」

 

「楽しそうだな」

 

 ふざけているとしか思えない二人の下へ、スピナーが二本となった武器を持って走ってきた。ジェントルはスピナーと横並びになり、いつでもサポートできる体勢に入っている。それを見たガストは舌打ちして、ニュートを横目にしながら言った。

 

「正直、スピナーは僕と相性が悪い。的がでかくなるだけで、ズタズタにされて終わりだ。だから、ニュートにはスピナーをお願いしたいんだけど」

 

「共闘っぽくてテンション上がるな、それ!」

 

 言って、爆発的に炎を膨れ上がらせたニュートは、スピナーとジェントルを分断するように、二人の間に炎を放った。そして、二人がそれを回避したのと同時に、ニュートとガストも動き出す。

 

 ニュートは地を這う炎を、ガストは五メートルほどに巨大化し、ジェントルへ蹴りを放った。

 

 

 

 スピナーは片方の武器の鎖を解いて天井に連結刃を伸ばして刺すと、ターザンのようにぶら下がって炎を回避した。そうしながらもう片方の武器の鎖も解くと、連結刃でニュートに攻撃をしかける。

 

 スピナーに足りていなかったのは、中遠距離での選択肢。武器の関係上距離が離れると選択肢がかなり限られてしまっていたため、レベルアップはそこを重点的に伸ばしていった。結果が、武器の改造。更に断然機械化されたその機能を扱いこなすための地道な反復練習。スピナーのレベルアップは至ってシンプルであった。

 

 だからこその厄介さ、隙のなさが生まれる。数本に分かれる武器、それによって増えたとれる行動の数、回避しながらの攻撃。選択肢が増えたスピナーは、戦闘において相手の選択肢を減らすことに重きを置いていた。

 

 その実、ニュートが連結刃を回避したその先では、天井から抜いた連結刃が襲い掛かってくる。金属と熱。そしてあれほどの火力を出せるニュートであればニュートの方が有利に思えるが、現状、個性の関係でそうでもない。

 

 ニュートは連結刃を避けながら、考える。この男、火を見るとテンションが上がり、戦っているとテンションが上がるタイプの危険な男であり、それが個性にも関係している。

 

 個性:炎上。テンションが炎になって表れる。炎の威力はテンションによって左右され、炎を放つごとにテンションを消費する。が、本人が火を見てテンションが上がるタイプなため、個性を使う限りテンションは上がりっぱなし。

 

(金属溶かすための炎をちまちま出してたら、テンション下がった瞬間にやられちまう。あのトカゲ、あんまり危険視してなかったが中々やるな……)

 

「上がるなぁ、オイ!」

 

「いちいちうるさい男だな」

 

 着地していたスピナーは、二本の連結刃を横に振るう。かなりの力を込めて勢いよく振られた連結刃は鞭のようにしなり、ニュートに襲い掛かる。跳んでも回避できない絶妙な高さで振るわれるそれを避けられないと判断したニュートは、胸の前でぎゅっと握りこぶしを作ると、真っ赤な髪をゆらめかせ、気合一番叫んだ。

 

「上がるぜ、オイ!」

 

 そのままスピナーに向かって走りながら、炎を放出させる。爆発的に膨れ上がったそれは、連結刃の中心を溶かして、中心から先を千切れさせた。しょんぼりした真っ赤な髪が、先ほどの炎の出力を物語っている。

 

 だが、ニュートは火を見るとテンションが上がる男。燃える店内を見てテンションを徐々に上げていき、スピナーへと走り出す。

 

「至近距離での大火力!やられたら困るから、ちまちまちまちま遠くからやってんだろ!?」

 

「あぁ、そうだな。だから待っていた」

 

 中心から先がなくなった二本の連結刃を一つにし、地を蹴って一瞬で距離をつめる。

 

 そのまま振りかぶり、一閃。

 

「デカい炎を使った後は、決まって行動が大人しい」

 

「……いってぇ」

 

 無数の刃によって生まれた、無数の切り傷。抉られた体からは、夥しいほどの血が流れ出ていた。

 

「テンションに身を任せ過ぎだ。それでは勝てるものも勝てん」

 

 傷を押さえて膝をつき苦しむニュートに、スピナーは上段に構えながら言った。

 

「せめてお前の好きな炎の中で殺してやろう」

 

 スピナーが武器を振り下ろそうとしたその時。

 

 ニュートから炎があふれ出し、膨れ上がった。

 

「ぐっ!?」

 

 その熱に危険を感じ、スピナーはニュートから距離をとる。スピナーが考察したのは、ニュートの行動から。大火力の後の大人しさを見て、大火力を放つのにはインターバルが必要だと判断した。

 

 しかし今。ニュートは大火力と遜色ない威力を持った炎を放っている。考えられるのは、テンションが爆発的に上がる何かがあった、ということ。

 

「……おぉおぉ、上がるなぁ、オイ」

 

 よろよろと危なげな足取りで炎をまき散らしながら立ち上がったニュートは、獰猛な笑みを浮かべていた。一目でおかしい人間だとわかる、危険を感じさせる笑み。狂気的なそれに、スピナーは目を細めた。

 

「俺が一番上がる瞬間、知ってるか?」

 

 ハァ、と口からも炎を漏らし、右腕を掲げる。

 

「俺が、俺自身を燃やすとき!焼いたぜ、お前につけられた傷!」

 

 現れたのは、巨大な炎の腕。燃え上がるテンションの象徴。

 

「さぁ上げてこうぜ!互いによ!」

 

「傷で興奮とは、変態か」

 

 生々しい傷跡に、獰猛な笑み。

 

 スピナーの前に立つニュートは、まさしく敵そのものだった。




 あ、ニュートとガストは全裸です。


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第44話 デビュー

 ジェントルはガストの蹴りに対し、その線上の空気に弾性を付与した。それによりガストの蹴りは空気に弾かれ、バランスを崩すことになる。

 

 かと思われたが、ジェントルの動きを見ていたガストは瞬時に巨大化を解くと、蹴りの勢いのままその場で一回転した後、ジェントルに向けて拳を振るった。通常では到底届かないその拳は、ガストの個性によって届くようになる。拳を振るうと同時に個性を発動し、肩から先を巨大化させた。現れるのは、巨大な腕。ジェントルを襲うのは巨大な拳。

 

 まるで砲弾のようなそれを、ジェントルは足場に弾性を付与し、トランポリンのように跳ぶことによってギリギリで回避した。巨大な拳が眼下を通り過ぎるのに冷や汗を流すのも束の間、すぐに第二撃が襲ってくる。

 

 回避されることも予想済みだったのか、巨大化を解いたガストはすぐに走り出し、ジェントルへと接近する。そして、そのまま巨大化。ジェントルは目と鼻の先。

 

 ガストが何か行動を起こすよりも先に、ジェントルは空気に弾性を付与して、地面に向かって跳んだ。巨大化している相手を前にして空中にいるのは愚策。ガストと同じ目線にいれば、その巨大な手に掴まれることは想像に難くない。

 

 しかし、ガストは潰すのが大好きな狂人である。むしろ、ジェントルが地面に向かったのはガストにとって嬉しいことだった。

 

 ガストはその場で跳び、地面に背中を向ける。そして、更に巨大化。店の天井がそのまま落ちてきたかのようなそれを、ジェントルはまたも回避する。

 

 空気に弾性を付与し、前に跳ぶ。その先でも弾性を付与し、更に前に飛ぶ。それの繰り返しで、ガストが店内の床を壊し地に沈む直前にガストの下から逃れることに成功する。

 

 しかし、かなりの巨大さを誇るガストの落下は、近くにいるだけで大きな衝撃をもたらす。それはジェントルの足を止める地響きになって現れた。

 

 足を止めたその瞬間を、ガストは見逃さない。

 

 仰向けに倒れたまま巨大化を解くと、ジェントルがいる方向へ拳を向け、肩から先を巨大化する。ただ巨大化するだけで、人間にとっては高威力の砲弾。そして、それを避ける術はジェントルにはなかった。

 

「かっ……」

 

 体の全面を襲う巨大な拳。肺の空気が吐き出され、ジェントルの体が紙のように吹き飛んだ。幸い骨が砕けた様子はないが、それでもかなりの衝撃。受け身をとった後も膝をつき、視界が揺れるほどのダメージを負った。

 

 やはりその隙を、ガストは逃さない。

 

 吹き飛ばされたジェントルを追うように走っていたガストは、既にジェントルの目の前にたどり着いていた。ジェントルがそれに気づく前に大きく息を吸い、吠える。

 

「      !!」

 

 声にならない咆哮ともいえるそれに、ジェントルの耳は破壊された。隣で雷が落ちたような轟音。およそ人が放ったとは思えないその音に、ジェントルは膝を震わせる。

 

 ガストの個性は大化。自分と自分から発せられるものを大きくすることができる。自身の体から始まり、声、意味はないが血や涙なども大きくできる。今大きくしたのは、声。最大限まで大きくした声により、ジェントルの耳が破壊された。

 

「なんか、拍子抜けというか。お前、戦う気あるの?」

 

 働かない聴覚では聞こえないとわかりつつ、ガストはジェントルに目線を合わせるようにしゃがみこみ、問う。自分の勝利を確信したからこその余裕。油断と捉えられてもおかしくはないが、客観的に見ても勝敗は明らかだった。人間は、感覚一つ失うだけで想像よりも脆くなる。

 

「僕を攻撃しようと思えばできたはずだけど。僕の下敷きになりかけたとき、あの速さで移動できるなら、僕がお前の目の前で巨大化したときに目を潰すくらいはできたはずだ」

 

 それはジェントルが地面に移動する前。ガストが巨大化してジェントルの眼前に現れたとき。あの瞬間、逃げずに攻撃をしていればまた違う結果になっていたはずだ、とガストは言う。確かに、あの場でガストに攻撃していれば反撃をもらったかもしれないが、今のようにガストが無傷というわけにはいかなかったかもしれない。

 

「なんか、本気じゃない気がするんだよね。そう、必死じゃないっていうか、逃げ腰っていうか。潰しがいがない」

 

「何を言っているかはわからないが」

 

 聞こえないことをいいことに好き勝手言うガストに対し、ジェントルは不敵に笑いながら言った。

 

「全裸というのは、紳士的ではないね」

 

「……こいつ」

 

「それに」

 

 怒りに一瞬固まったガストの隙をつき、ジェントルは足払いをかけた。そして足場に弾性を付与し、前方に跳んでその勢いを乗せた拳をガストの顎にくらわせる。それは例えるなら弾丸。相手の急所を確実に撃ち抜くスマートな技。

 

「敵連合としてのデビュー戦だ。追い詰められてからの逆転、盛り上がると思わないかい?」

 

「言ってくれるじゃん……!」

 

 ジェントルは地味に回り続けているカメラに向かってキメ顔で言った。先ほどから心配で倒れそうになっていたラブラバは、別の意味で倒れかけていた。

 

 

 

 辛うじて息のある焼き焦げたヒーローたち。僕とエリちゃんはそのヒーローたちを前にしていた。こういうのもなんだが、あまり見ていて気持ちのいいものではない。僕は慣れてるけど、エリちゃんは気持ち悪そうにしている。あの時マズいと思ってエリちゃんには見せないようにしてたからのほほんとできていたが、流石にこのヒーローたちを前にすると、そんな気分も吹き飛んだらしい。

 

 死穢八斎會でも、なんだかんだ大事にされていたエリちゃんは、こういう生々しいものは見たことがなかっただろう。自分が傷を受けたことはあっても、誰かが傷を受けるのをみたことはあまりなかったはずだ。それに、ただでさえ小さな子どもなんだ。できれば見せたくなかったけど、僕の力ではどうしようもないから。

 

 それにこれは、エリちゃんのためでもある。言い訳くさいけど。

 

「エリちゃん、僕たちが実は悪い人たちだってこと知ってた?」

 

「うん。でも、月無さん優しいよ?」

 

 少し顔を青くしながら答えてくれるエリちゃんを、思わず抱きしめる。天使かよ。

 

「で、ヒーローがどんな人たちかわかる?」

 

「……人を助ける、お仕事をしてる人たち」

 

 お仕事と言ってしまうあたり、エリちゃんがヒーローにどういう感情を持っているかが推測できる。いや、僕の考えすぎかもしれないけど。でも、ヒーローという存在を知っていると、救われない、救ってほしい状況にあるときにどうしても期待してしまう。そして、救われなかったら勝手に裏切られた気分になって、よくない感情を抱いてしまう。実際僕もそうだったし。僕は個性の関係である程度割り切れたけど。

 

 でも、エリちゃんはそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。まぁ、自分でいうのもなんだけど、ヒーローより先に助けちゃったからこうなってるんだけど。

 

「そうだね。だからさ、助けたいんだ、僕。基本的にはヒーローが好きだからさ」

 

 実際には殺したことがあるからどの口が言うんだって話だけど、あのときの僕は不幸一色だったから。だからといって仕方ないとは言えないんだけどね。

 

「悪い人なのに?」

 

「悪い人でも好きなものは好きなのさ。エリちゃんは、みんなのこと好きでしょ?」

 

「うん。大好き」

 

 録音してみんなに聞かせてあげたい。もっというと弔くんには直接聞かせたい。更に言えば「弔くん、大好き」と言わせてみて弔くんの反応を見てみたい。いや、そんな話をしてるんじゃないんだ。

 

「だから、おかしくないのさ。いい子のエリちゃんが悪い人を好きなように、悪い人の僕がいい人を好きになってもおかしくない」

 

 それに、僕たちの、敵連合の目的のためにはヒーローは多い方がいい。正義とは何か、それを問うたその後。ヒーローがいないなら話にならない。別にヒーローじゃなくてもいいといえばいいんだけど。そういう打算的な意味抜きでも好きだけどね。

 

「だから、助けたい。ヒーローを、ヒーローに救ってもらえるかもしれない人たちのことを」

 

「……私も。月無さんがいなかったらって思うと、やだ」

 

 それは僕をヒーローと思ってくれてるってこと?やだ、エリちゃんへの愛しさが止まらない。いやいや、そういう話じゃない。そういう話でもあるけど。

 

「うん。だから、助けちゃおう。エリちゃんの個性で」

 

「っ、私の、個性?」

 

「そう。ヒーローたちを怪我をする前まで巻き戻す。僕でも、スピナーくんでも、ジェントルさんでも、ラブラバさんでもできない。エリちゃんにしかできないことだ」

 

「でも、私の個性は」

 

 エリちゃんは、個性を発現してから訓練を受けていない。つまり、それは制御ができないということで、触れたものを際限なく巻き戻してしまう。人に触れれば有精卵以前まで。簡単にいうとふっと消えてしまうまで巻き戻してしまう。きっと、やったことがあるんだろう。だから「でも」という言葉が出てくる。

 

 僕は震えるエリちゃんの体を痛くないようにぎゅっと抱きしめる。

 

「大丈夫。エリちゃんの個性は優しい個性だ。自分を信じて、この人たちを助けたいっていう自分の思いを信じてほしい。エリちゃんは優しい子だから、大丈夫だよ」

 

 優しく語り掛けて不安を取り除く。エリちゃんが個性を使うには、巻き戻しを成功させるには明確なイメージと自信がいる。自分の個性に対する恐怖心があると、いつまでたっても個性をちゃんと使えない。ちゃんと使うには、個性に対して前向きにならないといけない。できること、やりたいこと、そのイメージ。学校の入試の時、受ける学校の校門の前で自分が映った写真を撮ると受かりやすいっていうあれと似ている。

 

 要は、恐怖心ではなく前向きなイメージ。人を殺すものから、人を救うものへという変化。

 

「エリちゃんならできるよ。思い浮かべて、エリちゃんがヒーローたちを元気にしている姿。助ける姿、優しい個性のこと」

 

 エリちゃんは、ゆっくりとヒーローへ手を伸ばす。個性を怖がっていたエリちゃんが伸ばす、前への第一歩。伸ばしてるのは手だけど。

 

 さて、ここからは僕の仕事だ。僕の中に眠る幸福の個性、そして今この状況。今、僕は幸福を自覚できている。まだ、あまりわからないけど。

 

 エリちゃんが成長する姿。エリちゃんと一緒にいる時間。みんなと一緒にいる時間。誰かがそばにいるっていうこと。多分、それが僕にとって幸せってことなんだ。

 

 だから、条件は整ってる。僕の中に眠る譲渡と幸福。お父さんとお母さんからもらった二つの優しい個性。その複合。迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)が不幸に反応するなら、これは幸福に反応する。

 

 平等な幸福(for you)



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第45話 信念

 個性に必要なのは明確なイメージ。諸説あるが、一般的にはそうとされている。自分の向き不向き、できること、その認識。それが個性使用には必要とされる。

 

 ニュートの場合、そのイメージがしっかりしていた。燃え上がるテンションの象徴を腕とし、テンションが最高潮のときにそれを顕現させる。そして、ニュートの個性上テンションが高い状態で保たれていれば、その炎は消えることはない。その結果現れるのは、高い操作性を持つ炎の腕。

 

「燃え上がろうぜ!スピナーさんよぉ!」

 

 放たれるのは炎の腕。炎でありながらスピナーを握りつぶそうとするそれを、スピナーは余裕をもって右に跳んで避ける。くらえばひとたまりもないものであっても、腕という形で現れている以上初動を見ることができる。スピナーにとっては、腕が現れる前の方が幾分厄介であった。

 

 避けたスピナーを追うように炎が伸びてくるのを見るまでは。

 

「っ!」

 

 伸びた炎はスピナーの左腕を捉えた。肌が焼ける感覚に顔を歪めるが、足を止めることなくそのままニュートのもとへ向かう。

 

(武器が半分千切れた以上、遠距離で戦う術はほぼない。それに加えあの炎の腕がある以上、距離をとっていれば成す術なくやられる)

 

 感覚がなくなりかけている左腕を垂らして走りながら、右手で持つ武器を二本の連結刃に変形させ、一本の柄を歯で噛み、もう一本を右手で持った。炎の腕で続けて攻撃してくるのであれば、恐らく。

 

(横なぎの攻撃)

 

 スピナーの予想通り辺りを一掃するように炎の腕が振るわれた。予想していたスピナーは連結刃を天井に刺して跳びあがり回避する。そして天井から連結刃を外すと、一瞬連結刃を手放して懐にあるナイフを取り出し、ニュートに向かって投げた。

 

「あぶねっ」

 

 胴体に向かって投げられたそれを大げさな動作で回避するのを予測していたスピナーは連結刃をその回避先に放った。一撃必殺を狙い心臓を狙ったそれはしかし、左腕が使えない分忙しくなった右手が影響したのか、少し外れる。

 

「ぐっ」

 

 連結刃はニュートの左肩を捉え、深く突き刺さる。スピナーはニュートがひるんでいる隙に着地し、連結刃をニュートから引き抜いて再び二本の連結刃を一つの武器にした。狙いが外れたことに舌打ちしつつも、その行動を止めることはない。

 

 戦場で動きを止めることは死に直結する。それをレベルアップで体にしみ込ませてきたスピナーは、確実に戦士として完成され始めていた。

 

「ホット!すばしっこい!上がるなぁオイ!」

 

 肩に刃を受けてなお余裕を見せるニュートに、スピナーは妙な警戒心を抱いた。腕は恐らく間に合わない。いや、腕を解除して普通に炎を放ってくるかもしれない。そんな考えをニュートは一瞬のうちにして吹き飛ばした。

 

「燃え上がれよ!スピナー!」

 

 ニュートは叫ぶと右腕の巨大な炎の腕をかき消し、左肩に受けた傷口から新たに巨大な炎の腕を生やした。傷口から伸びるその腕はニュートの傷口を焼き、正面にいるスピナーをも燃やそうとその腕を伸ばす。

 

 自らが抱いた警戒心に従い回避体勢に入っていたスピナーは右に勢いよく跳んで避けようとするが、予想外の勢いで伸びてきた腕に再び左腕を焼かれ、完全に焼き焦げた。それでも、スピナーの目はニュートを射抜いている。

 

(……!)

 

 そこでスピナーは気づいた。ニュートの炎の腕があった、その右腕。

 

「お前、まさか自分の腕を」

 

「言ったろ。俺が一番上がる瞬間は、俺が俺自身を燃やすとき!」

 

 ニュートの右腕はスピナーの左腕と同じく焼き焦げていた。それが意味するのは、あの炎の腕は使用者すら燃やすということ。そして、その行為はニュートのテンションを高く保ち続ける。

 

(自分のテンションを保つために、自分を燃やしているのか!)

 

 いくらそれで強くなるとはいえ、狂気的な行動。しかしそこにあるのは自分の炎に対する絶対的な信頼。

 

 ニュートの個性は本来、高くなったテンションを炎という形にして放出する。テンションが高いほど威力が高くなるが、その関係上、一度放出するとその分テンションが低くなる。しかし現在出している炎の腕。これはニュート自身を燃やし続けることによって、炎を高威力に保ったままにすることができる。

 

 自分を燃やすことが好きだから。一番テンションが上がる方法がそれだから。

 

 言葉にするのは簡単だが、それがどれだけ狂気的なことか。体が燃えるというのは想像を絶する痛みを伴うはずで、いつ意識が途切れてもおかしくはない。

 

 ないのだが、ニュートが浮かべているのは変わらず獰猛な笑み。

 

「……その情熱を、正しさに向けようと思ったことはないのか?」

 

 ふと沸いた疑問を、ニュートにぶつける。燃やすことに関してここまで一直線であれば、その情熱、熱さを他に向けることはできなかったのか。燃やすという形は何も一つではない。

 

 疑問をぶつけられたニュートはおかしそうに笑い、自分の傷を、体を燃やしながらはっきりと言った。

 

「正しさってなんだよ!人を燃やすのが間違ってんのか?自分を燃やすのが間違ってんのか!?」

 

「正しさとは、正義だ。お前の個性なら、性格なら、いいヒーローになれただろう」

 

 熱さというのは、時に鬱陶しく、時に人を惹きつける。今のニュートからおかしさを差し引けば、きっといいリーダーとなる。更に、炎というのはわかりやすく、それがテンションによって左右されるというのだからなおさらだ。

 

 しかし、ニュートはスピナーの言葉を笑い飛ばす。

 

「ハハッ、敵がヒーローを語んのか!だったらなんでテメェはヒーローになってねぇんだよ!敵が理想語ったって何も聞いちゃくれねぇぜ!」

 

「ヒーローもよかったかもしれないな。だが」

 

 スピナーは入り口の方を一瞥して、武器を構えて言った。

 

「ついていきたいと思ったやつが敵だった。俺が正しいと思った信念を持つやつが敵だった。正しさにヒーローも敵もない」

 

「熱いなぁオイ!ならよ、他人の好きなこと否定すんのは正しいのかよ!好きなことしてんのは正しくねぇのかよ!」

 

「時と場を選べ。正しさとは自分だけで成り立つものではなく、必ず他がいて成り立つものだ。お前の押し付ける正しさは、孤立している」

 

 スピナーはゆっくりと歩き始める。決着をつけるために。

 

「そんなご立派なご高説をたれるくらいだ。よっぽどな信念を掲げてるんだろうな」

 

「よっぽど、だが」

 

 スピナーはそこで初めて、そこが日常であるかのように笑った。

 

「偉そうなことを言ったが、俺も、俺たちも、正しさを押し付けるクチでな。お前との違いは孤立しているかいないか、というだけかもしれない」

 

「……なーんか、羨ましくなっちまったなぁ。お前ら、最高にアツそうだ」

 

 言うと、ニュートは炎の腕を消し、背中から一対の炎の翼を生やした。

 

「イケてるだろ?」

 

「飛べるのか?」

 

「飛べるといいけどなぁ」

 

 今までハイテンションを貫いてきたニュートが、ふと自嘲気味に言ったそれに、スピナーは勢いよく地を蹴って笑いながら言った。

 

「飛ぶために戦っているのが、敵連合だ」

 

「かっけぇなぁ、上がるぜ!オイ!!」

 

 翼とは、空とは自由の象徴。ある男が「僕にとっては空も危険まみれだから自由でもないかもね」と言っていたのを思い出し、スピナーは勢いよく振るわれた炎の翼が振り下ろされる前に笑いながら突っ込んだ。

 

「ハハッ、嘘だろ!」

 

 人体の限界かと思うほどの加速で炎の翼を突き破り、それでもなお背中に火傷を負いながら向かってくるスピナーに思わず笑うニュート。そのスピナーは武器を振りかぶり、笑う。

 

「少なくとも」

 

 思い出すのは、敵連合内での日常。本当に敵なのかと思えるほど楽しく明るいあの空間。確かな正しさを感じるあの空間。

 

「俺たちが自由じゃないのは、正しくないと思ってる」

 

「……なんだよ」

 

 ニュートは語るスピナーの表情を見て、小さく吹き出した。

 

「テメェも、好きなことやってんじゃねぇか」

 

 言葉が終わると同時に、命を刈り取る一振りが放たれた。

 

 

 

 強がってみせたジェントルだが、実はかなり危険な状態にいた。音を拾わない聴覚に、ふらつく体、揺れる視界。いくら弾性という個性を持つとはいえ、自分の意思とは関係なく揺れる視界への耐性は持っていなかった。

 

(参った。想像以上に強いな)

 

 ジェントルは心の中で弱音を吐く。それは精一杯の強がりで、カメラを回している愛する女性を心配させないがためのものだった。それに、あそこまでキメたのにその直後に弱音を吐くなんてカッコ悪い、という気持ちもある。

 

「謝るよ、潰しがいがないって言ったこと。聞こえないだろうけど」

 

「ありがとう。聞こえはしないが、ある種の称賛であることは伝わるよ」

 

「かっけぇ」

 

 ガストは思わず漏れた言葉にハッとすると、首を横に振ってその思いを吹き飛ばし、ジェントルを正面から睨んだ。

 

「だから、加減せずに潰すよ。潰しがいがある人、好きなんだ」

 

 そう言って、ガストは三メートルほどに巨大化し、ジェントルに向かって走り出す。

 

 巨大化すると、その体を動かす感覚は当然通常の身長のときとは異なる。よって、個性を使うにあたってガストはそれぞれのサイズで体の動かし方に慣れる必要があった。その中でたどり着いたのが、結局部分的に巨大化した方が虚をつける上に強いということ。そして更にその中でたどり着いたのが、今の状態。

 

 最も通常の身長と近い三メートルという巨体で動き、さらに部分的に巨大化する、というスタイル。

 

 ガストはジェントルに拳を向け、腕を巨大化させた。先ほどまでのことで学んだのか、ジェントルは空中ではなく横に避ける。ならばと、ガストは腕を元に戻し、足払いをかけるように脚を横なぎに振るいながら巨大化させる。ただ単に巨大化させた腕とは違い、力をかけながらの巨大化なため体が持っていかれるが、潰すためと言い聞かせて気にしない。相手を潰すことに情熱をかけるのがガストである。

 

 避けたと思ったら潰されかけているこの状況にジェントルは目を剥きつつも、床に弾性を付与して跳びあがる。次に備えて空中に弾性を付与していると、案の定ガストが次を放つ準備に入っていた。

 

 崩した体勢から無理やり腕をジェントルに向け、そのまま巨大化。その動作を見ていたジェントルは小さく上に跳ね、巨大化をあざ笑うかのようにその腕に乗る。

 

「僕を踏むなよ!小さいくせにさぁ!」

 

 わかりやすく腹を立てたガストは腕を元に戻すと、ジェントルはそれを待っていたかのように空中に弾性を付与し、一直線にガストのもとへ跳ねた。決めるなら不意打ちに近い形で。ガストの個性上、やろうと思えば延々と巨大化と元に戻るのを繰り返し、ヒット&アウェイに似た戦法で一方的にやられてしまう。

 

(チャンスは逃すべきではない、やるなら速攻!)

 

 弾性を付与し続け、それを使い跳ねることで加速を重ね、三メートルの巨体に拳を放つ。

 

 しかしそれは、ガストに突き刺さることはなかった。

 

 ジェントルの拳が当たる直前、全身を更に巨大化させることでジェントルを弾き飛ばした。突然の衝撃と加速の勢いが重なり、かなりの衝撃がジェントルを襲う。

 

「自分から壁にぶつかりにくるようなものだよ、それ。体勢崩してるの見て安心した?」

 

(私としたことが油断した……!かなり戦闘に慣れている)

 

 床をゴロゴロと転がり、荒い息を吐きながら考える。息をつかせない攻撃をすると思えば、突然隙を見せてそれを利用したカウンター。いとも簡単にひっかかってしまったことに恥を覚えつつ、息を整えて立ち上がる。

 

(正直、見逃してほしいくらい勝てるかわからない)

 

「だが、私はここで倒れるわけにはいかんのだよ……!」

 

「気持ちは立派だけどさ、震えてるよ」

 

 いつの間にか三メートルの巨体に戻っているガストに指摘されたジェントルは、度重なる打撃によって全身を震えさせていた。一撃一撃が全身を打つものなため蓄積されるダメージは相当なものである。実際、今ジェントルが立っているのは意地に近い。

 

 自分の名を後世に残すため。歴史に名を刻むため。その道への進歩ともいえるべき敵連合への加入を前に倒れるのはありえない。

 

「私には、成すべきことがある。貫くべき信念がある。それを潰されるにはあまりにも早い」

 

 それに、と続け、ラブラバを見る。

 

「いつか。もしかすると今。私の生き様に救われる者がいるかもしれない。私の信念が、意志が、誰かを救うかもしれない。もう私が名を残したいからというだけではない」

 

 ジェントルの震えが止まった。凛々しく立ったままラブラバに微笑んだ後、ガストをきっと睨みつける。

 

「偉そうなことを言うようですまない。大きさに関する個性のようだが……」

 

「ジェントル、愛してるわ。だから」

 

 勝って!というラブラバの叫びとともに、ジェントルの内側から膨大な力が湧いてくる。それは個性の力と言ってしまえばそれまでだが、その実は少し異なるもの。

 

 言うなれば、想いの力。

 

「想いの大きさというものは、知っているかね?」

 

 ラブラバ、個性:愛。愛を囁くことで、愛する者ただ一人だけを短時間パワーアップさせる。その力は、何十倍にも膨れ上がる。

 

 ジェントルは床に弾性を付与し、今までとは比較にならない速さでガストのもとへ跳んだ。その速さは、ガストが接近に気が付かず、まさしく消えたと思うほど。そして、そう思ったときには既にジェントルの拳が腹に突き刺さっていた。

 

「げぇっ……」

 

「まだだ」

 

 空中に弾性を付与し、また一撃。更に繰り返し一撃。空中を跳ね続け、加速と純粋な力が乗った連撃をガストの巨体にあびせていく。ジェントルはガストの顎を蹴り上げ、そのままガストの真上に行くと、弾性を付与した空気を限界まで伸ばし、勢いをつけた。

 

「君の敗因は一つ。紳士的ではなかったということだ」

 

「ば、かにしやがってぇぇえええ!!」

 

 ガストは吠えるが、もはやジェントルがどこにいるのかわかっていない。攻撃されている場所はわかっても、動きを目で追えていなかった。それを可能にしているのは、ラブラバの個性。ジェントル曰く、想いの大きさ。

 

 そして、敵連合としてのデビュー戦を終えるべく。

 

 ジェントルが跳んだ。



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第46話 感謝と不穏

 エリちゃんの角が発光し、個性が発動する。エリちゃんの個性、巻き戻しは触れた対象を前の状態まで巻き戻す。それは個性が発動している限り働き、発動し続ければあっという間に人を無にしてしまう。

 

 だが、正しく使用すると……正しくという表現があっているかどうかわからないが、怪我をしている人を無傷の状態まで巻き戻すことができる。ちょうど、今エリちゃんがやったみたいに。

 

 エリちゃんの角から発せられる光が収まると、ひどい状態だったヒーローが一人、綺麗な状態まで巻き戻った。薄目を開けているのはあの状態でも意識を保っていたという証拠で、意地というかなんというか、ヒーローの信念のようなものを感じて素直に尊敬する。

 

「できた……できた!」

 

 個性をちゃんと使えたことに、跳びあがりそうなくらい喜ぶエリちゃん。両手をぎゅっと握って、本当に嬉しそうな笑顔で振り返り、きらきらした目で僕を見る。あまりの喜びように僕の個性でサポートしたことを申し訳なく思う。後で僕がサポートしていたこと教えなきゃ。僕がいないところで個性を使われるとどうなるかわからない。

 

 それでもエリちゃんが個性をちゃんと使えたことに変わりはないので、褒めてオーラを全身から放つエリちゃんをゆっくり撫でる。そうするとエリちゃんは嬉しそうな笑顔を更に嬉しそうなオーラで彩り、まるで幸せが擬人化したみたいだった。人を幸せにする笑顔というのは、エリちゃんの笑顔のようなことを言うんだろう。そういう笑顔。

 

 だが、まだ一人。後三人いることを忘れちゃいけない。

 

「エリちゃん。後三人助けてあげて」

 

「任せて!」

 

 私がいる!とついさっきまでの不安な感情はどこへやら。どこかで聞いたようなフレーズを口にして一人ひとり巻き戻していく。

 

 そんな中、一番最初に巻き戻したヒーローが首だけを傾けて僕を見ているのが目に入った。その目は疑念のような、あまりよろしくないような色を含んでいる。まぁ、僕は敵だから当たり前なんだけど。

 

「どういう、つもりだ」

 

「何が?」

 

 巻き戻された感覚がまだ掴めていないのか、言葉を途切れさせながら聞いてくるヒーローに疑問で返す。どういうつもりって、どういうことだ?この状況のことを言っているのは間違いないけど。

 

「お前たち敵が、ヒーローを助ける理由だ。今向こうで戦っている二人も、別に相手をする必要はないはず」

 

 向こうで……スピナーくんとジェントルさんのことか。ニュートとガストは放っておくととんでもない大事件を引き起こしそうだから、僕たちが相手してもおかしくないだろう。普通にヒーロー四人を瞬殺する力があるし。気になるのは、なぜあの二人が一緒にいたかってことだけど。もしかしたら、僕たちみたいな組織に属しているのかもしれない。

 

「んー、そうだねぇ。僕たちがそうしたかったからそうした、っていう答えで納得できる?」

 

「なぜそうしたかったのかと聞いている」

 

 それもそうか。さっきのじゃ答えになってるけど、答えになってないようなものだからね。そうしたかった理由、かぁ。そうなると僕たちの目的のためと言うしかないんだけど、あとエリちゃんの個性の練習。でも、こういうことを言っていいのか。

 

「月無さん!できたよ、できた!」

 

 僕が悩んでいると、エリちゃんが走ってきて僕の胸元に飛び込んできた。落とさないようにしっかり抱きとめると、お疲れ様、とねぎらうように背中をぽんぽんする。

 

「……お前たち敵は、捕まえるべき相手だ。そう思ってる」

 

「うん。それが普通だし、そうするべきだと思うよ」

 

 何を言い出すのか、ヒーローが体を起こしながら僕とエリちゃんを交互に見て、倒れている他のヒーローたちを見る。綺麗なその姿に安心したのか、ほっと息を吐くとさっきとは違って穏やかな色を含んだ目で僕を見た。

 

「だが、お前たちが本当に悪者なのか、わからなくなった。俺たちを助け、敵たちの足を止め、結果的に市民を助けている。助けたかったから、では敵とは思えない」

 

 あー、そうなるのか?ニュートとガストは放っておいたら逃げていった客や店員を焼いて潰していただろうし、今スピナーくんとジェントルさんが相手していることでそういうつもりはなくても助けている、という捉え方をされるのか。確かにそれだけ聞くと敵かどうか怪しいと思うよね。僕でもそう思う。

 

「君がそう思うなら、それでいいんじゃない?僕たちは僕たちの目的のために助けて、戦ってるだけだから。んー、言っちゃうと、僕たちの目的のためには今ヒーローと市民は殺せないってこと」

 

「敵なのにか?」

 

「じゃあ聞くけど、敵って何?」

 

 別に殺さなくても敵は敵だと思う。そういう枠組みがある時点で、僕たちはそうだと決められている。社会のはみ出しもの、不適合者。ジェントルさんみたいな人でも、敵は敵だしね。こうなると正義とは何かっていうのと同じく悪とは何かっていうのも気になるところだ。きっとその二つは似ているんだけど。なんとなくそう思う。

 

 僕の問いに、ヒーローは悩むように唸る。簡単に言えば悪いことをするやつ、で片づけられるんだけど、ヒーローがさっき言っていたように誰かを助ける敵の姿を見てしまったから悩んでいるんだろう。

 

「……改めて聞かれると、難しいな。考えたこともなかった」

 

 はっきりとした答えは返ってこなかった。まぁ仕方ない。今まさに悩み始めたその瞬間に答えを出せる人なんてそうそういないだろうし。いるとすれば、かなり気持ちのいい性格をしている。

 

 僕に考えさせられたということが屈辱だったのか、ヒーローが俯く。いや、考えすぎで卑屈すぎか。でも、今は俯くべきときではないと思う。偉そうで申し訳ないけど。

 

「じゃ、そういうことで。他のヒーローつれて病院行った方がいいよ。今動けるの君だけだから」

 

 それとも増援いるのかな。そうなると僕たちがマズいんだけど、これだけ時間が経って増援がこないということはいないと思っておこう。何事もポジティブに。戦場では最悪を考えておくほうがいいって言うけど。

 

「待ってくれ」

 

 ヒーローに背を向け、スピナーくんたちのところへ向かおうとしていたところに、ヒーローから待ったがかかった。別れの挨拶かな?もしかしたら友だちになりたいのかも。そんなわけないけど。

 

 首だけというのは失礼なので体ごと振り返ると、ヒーローが僕に、僕たちに頭を下げてから言った。

 

「助けてくれて、ありがとう。お前たちがいなかったら、きっと多くの死者が出ていた。ヒーローだとか敵だとか関係なくお礼を言わせてほしい」

 

「……ふふ」

 

 少し嬉しくなって、小さく吹き出す。エリちゃんが真似して「ふふー」と言ったのをみて今度こそ声を出して笑うと、いい顔と目をするヒーローと目を合わせた。

 

「ヒーローからお礼言われちゃった。帰って自慢しよっと」

 

「……変なやつだな、お前は」

 

 呆れた声に今度こそ背を向けて歩き出す。歩きながらエリちゃんを見ると、ものすごく嬉しそうにニコニコしていた。個性がちゃんと使えたことが嬉しいのかな、と思ったが、エリちゃんはニコニコしたまま僕を見ると、一際笑顔を輝かせて僕の胸に頭をすりすりする。角が当たらないようにしているのは流石、というべきか。

 

「どうしたの?」

 

 手を離せば飛んで行ってしまいそうなくらいふわふわと嬉しそうなエリちゃんにこっちも嬉しくなり、思わずといったように聞くとエリちゃんは顔をあげてにしし、とエリちゃんにしては珍しい笑い方で笑った。

 

「お礼言ってもらえてよかったね、月無さん」

 

「……エリちゃん、ほんと、もう」

 

 にこにこにこにこするエリちゃんがたまらなく可愛くて耐えきれずぎゅっとすると、「わー」と楽しそうな声をあげながら僕の胸にうまる。うまるような胸はないけど。

 

 エリちゃんが喜んでいるのは、嬉しそうなのは、勘違いじゃなければ僕がある種認めてもらえたのが自分のことのように嬉しいから、だと思う。自分で言うのもなんだけど、エリちゃんは僕のことをヒーローと言ってくれるから、そういう風に誰かが認めてくれるっていうのが嬉しくてたまらない。僕も、みんなが褒められると嬉しいし、認めてもらえると嬉しい。

 

 それはその人が好きだっていうことだと思ってる。好きな人が褒められると、自分のことのように嬉しいよね。ということは、エリちゃんは僕の事が好きっていうことか。可愛すぎかよ。

 

「エリちゃん、ありがとね。君がいなかったら助けられなかった」

 

「いなかったらっていうの、おもしろくない」

 

 言いながら、てい、と頭で胸をついてくる。本人的には不満を表しているんだろうけど、それが可愛らしくて笑ってしまう。

 

 僕が笑ったことを更に不満に思ったのか、エリちゃんは頬を可愛らしく膨らませて僕の頬をぺちっと叩いた。

 

「ずっといっしょだもん。いなかったらなんてありえないもん」

 

 わかってんのか、こら。と言いたげな目でぺちぺち叩くエリちゃんに、自分でも引くくらいだらしなく微笑むと軽く頭を下げて謝った。確かに、エリちゃんに対していなかったらとか、不安に感じるような言葉はよくない。でも叩きすぎなので、お返しに頬をつっつく。

 

 そんな僕の指をエリちゃんがにぎにぎし始めたとき、前の方から人が歩いてきた。

 

「……お前、いつも気を抜いていないか?」

 

「平和そうでなによりだよ、月無君」

 

「早く手当ができる場所に!もたもたしないで!」

 

 歩いてきたのは、スピナーくんとジェントルさんとラブラバさんだった。あれだけ大きかったスピナーくんの武器は大分コンパクトになっていて、それだけで戦闘の規模がどれほどのものだったかすぐに予想がつく。ただ、それでもジェントルさんに肩を貸しているタフネスは異常だと思う。よくみたら左腕焦げ焦げだし。

 

 エリちゃんはボロボロなスピナーくんを見て慌てふためいた。僕の腕をぐいぐいしているのは、僕の腕から抜け出してスピナーくんに個性を使おうとしているからなのだろうか。個性がちゃんと使えるようになると、何回も使いたくなっちゃうよね。

 

「エリちゃん、治すのは帰ってからにしようか。誰かがくるといけないし」

 

「迎えにきてみればほぼ焼け野原……外出する度心配になりますね」

 

「そこは、ほら。ご愛敬ってことで頼むよ、黒霧さん」

 

 言って、帰るために見慣れた黒へと飛び込んだ。

 

 

 

 スピナーとジェントルと戦ったニュートとガスト。その二人は、決着がつく前にある人物の個性でその人物のもとに飛ばされていた。一般的な一戸建て、そのリビングに燃え上がる男と巨大になる小さな男が転がる。

 

「だぁぁあああ!!何してくれてんだ!決着つかねぇままって不完全燃焼じゃねぇか!」

 

「まだ勝てたぞ、僕は!絶対潰せてた!今すぐ戻せ!」

 

「や、無理だって。結構いいタイミングで呼べたと思ったのに、酷くない?」

 

 負けかけていた、というよりほぼ負けていたボロボロの二人に文句を言われたのは、その二人を個性で呼んだ人物。薄い茶色の髪をふわふわと肩の後ろまで伸ばし、透き通った青い目でじとーっと二人を見るスタイルのいい女。完成されたプロポーションとその美貌に鼻の下を伸ばす男性は少なくないだろう。しかし、そんな女の目の前にいる男二人は痛む体を無視してじたばた暴れながら戻せ戻せと猛抗議する。

 

「あーあー、上がんねぇー。せっかく楽しかったのによ。いっそのこと燃やすか。ここ」

 

「潰してからにしよう。お互い幸せにいこうよ」

 

「やめなさい」

 

 女が手をパン、と叩くと、二人は転がっていた体勢のままいきなり空中に現れ、そのまま落下する。「ぎゃあ!」という悲鳴とともに静かになったのを確認した女は、鼻をふん、と鳴らしてからソファで寝転んでいる男に声をかけた。

 

「ねぇ、今落とした私が言うのもなんだけど、早く治したげて。結構重傷だわ、二人」

 

 声をかけられた男はのそりと起き上がり、床に転がってぴくりとも動かない二人を見た。

 

 それだけ。それだけで、二人の傷が治り、そればかりか服も元通りになった。

 

「相変わらず反則くさい個性ね。ていうかこれ、昨日着てた服じゃない?」

 

「今日会ってないからな。第一そいつらの服なんていちいち見てないから、それで合ってるかもわからん」

 

「合ってるから今こいつらが服着てるんでしょ。羨ましい記憶力だこと」

 

「まぁ、記憶力はよくないとな。面白いやつのことも忘れてしまう」

 

 男はにやりと笑って、ある日のことを思い出す。十数年前に人を殺したときのこと。その時に会った子どものこと。

 

「確か、望月だっけ。ニュートとガストとも会うなんて、運命感じるよなぁ」

 

「望月?誰それ」

 

「こっちの話だよ」

 

 あっそ、と聞いておいて興味なさげに返した女に、男は肩を竦めた。



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第47話 次へ

 


「ニュートとガストとの動画をみてからずっと弔くんが引きこもってるんだけど、どうしよう?」

 

 事の始まりは僕たちが帰ってきてからスピナーくんとジェントルさんの治療をし、ラブラバさんが早速と動画を編集してアップしたこと。スピナーくんとジェントルさんがかっこよくて、「何かのドラマ?」「こんなにかっこいいやつらが敵なわけないだろ!」などというコメントがつく中、弔くんがふとその動画をみたとき、更に言えばニュートとガストをみたとき、よく見ないとわからない程度に目を見開き、自分の部屋に引っ込んで行ってしまった。

 

 これが三日前のこと。あれから一歩も部屋からでてきていない。いや、黒霧さんを経由して色々してるみたいだけど、僕たちの前には現れていない。

 

「あいつらどう見ても強かったし、スカウトじゃねぇのか」

 

 円卓を囲んで座るほど重大にしていいのかということと、なんとなく円卓で席が空いていると寂しいからという理由でソファに寝転びながら言った僕に、荼毘くんがソファの空いたスペースに座りながら言った。

 

 荼毘くんは昨日レベルアップを終わらせていて、つい昨日帰ってきたときに炎で文字や綺麗な模様を描いてエリちゃんを喜ばせていた。戦う以外の優しい個性の使い方のお手本みたいなそれに、僕も大喜びで見学させてもらった。あとちゃっかりヒミコちゃんとトゥワイスさんも隣に座って歓声をあげていた。

 

「それはないと思うよ。強さだけがあっても仕方ないし」

 

 あれは相当な頑固者だと思う。自分のやりたいことを曲げないし、死ぬまであのスタンスでやるだろう。そうなると、僕たちの目的とはだいぶ異なるし、仲間にはなれない。自分の好きなこと、やりたいことを誰に何を言われても貫き通せるのはすごいことだと思うけど。周りを気にして縮こまっちゃう人っているよね。

 

「てなるとなんだ。恋でもしたのか?」

 

「ニュートかガストに?それならそれで応援するけど、今の聞こえてたら殺されるよ」

 

「でてくるならいいだろ」

 

「……なんか、いい方向に変わったね、荼毘くん」

 

 そうか?と首を傾げる荼毘くんの表情は前と比べて豊かだった。とはいってもとぼけたような表情は変わらないけど、なんというか喜怒哀楽がわかりやすくなったし、冗談も言えるようになった。冗談じゃなくて天然かもしれないが。

 

 念のため弔くんの部屋を見ると、物音もなく、出てくる気配はない。安心するとともにやっぱりそれは残念で、小さくため息を吐いた。

 

「調子狂うか?」

 

「うーん、そうだねぇ。なんだかんだいっつも弔くんと一緒にいたから、結構持て余すよ」

 

 エリちゃんは個性の反動なのか、しばらくお昼寝タイムが増えたし、じゃあ暇つぶしにとジェントルさんと交流しようと思ったら、レベルアップが終わったはずのスピナーくんと鍛錬に出かけるし。強くなるのはいいことだけど、仲良くするのも大事だと思う。だって僕が暇だ。

 

「俺たちも俺たちで調子狂うな。お前らが軽口叩きあってないと帰ってきたって感じがしねぇ」

 

 助けてーって言ってくることもないしな。と僕の額を軽く叩きながら言う荼毘くんに軽くパンチで返す。あれは悪かったと思うけど、僕だって好きでああなっているわけじゃない。いや、好きでああなってるのか?

 

「意外に騒がしいの好きなんだ?荼毘くん」

 

 クールな感じしといて案外かわいらしいところあるな、とにやーっとしながら聞いてみると、荼毘くんは僕と目を合わせて首を傾げた。

 

「それが俺たちだと思ったが、違ったか?」

 

「……違わないです」

 

 荼毘くんってこんなに口うまかったっけ。どういうレベルアップをしたんだ?実は炎でショーをやってたとかじゃないよね。マズい。このままでは荼毘くんが僕以上にモテてしまう。クールでかっこよくて口がうまいなんて、完璧かよ。僕が女の子なら求婚してふられちゃうね。

 

「そういや、トガとトゥワイスはいねぇのか?昨日見かけたから、てっきりレベルアップが終わってるもんだと思ったが」

 

 周りをきょろきょろして、僕に聞く荼毘くん。僕もそう思ってたけど、昨日聞いてみたらどうも違うらしくて。

 

「みんながいないと暇だから、適当に帰ってきたらしいよ。まだ終わってない」

 

「……あいつら」

 

「仕方ないよ。そういうモチベーションの維持って大事じゃない?」

 

 呆れたように言う荼毘くんにフォローをいれる。勉強もそうだけど、なんとなく身に入らないときってあると思うんだよね。そういうときにどうモチベーションを保つかっていう話で、それがヒミコちゃんとトゥワイスさんにとってはここに帰ってくるってだけだったんだから。むしろ、そうしないと遅れる可能性すらある。

 

「それ、モチベーションが目的のためじゃなくて、ここに帰ってくるためになってるってことだろ。目的よりここの存在のがデカいってのは、どうなんだ」

 

「ここの存在のための目的があるわけだし、あんまり変わんないよ」

 

「目的を達成したとしても、そこに俺たち全員がいるわけじゃないってことを理解してりゃいいが」

 

 それは、戦いの末誰かが捕まるかもしれない、死ぬかもしれないっていうことを言っているんだろうか。冗談が言えるようになったと思ったら、ふと現実的なことを言う。そりゃ、僕たちは敵で戦力が足りていない。全員一緒でっていう方が無理なように思える。

 

「いるよ」

 

 体を起こして、荼毘くんと目を合わせて言う。荼毘くんはどこか探るような目で僕を見ていた。

 

「全員、いるよ。だって、そうじゃなきゃ達成した意味がない」

 

「……それは、そうだが。そういう話じゃなくねぇか?」

 

「そういう話なんだ、これは」

 

「そういう話か」

 

 言って、荼毘くんは小さく笑った。あれ、からかわれてた感じ?それとも何かの確認?僕が困惑していると、荼毘くんが微笑んだまま柔らかい声で言った。

 

「いや、しばらく離れてたからな。少しは変わってるんじゃないかと思ったが、変わってなくて安心した」

 

「なにそれ。疑ってたってこと?」

 

「心配してたんだよ。お前が全員を大事にしているように、俺たちもお前が大事なんだからな」

 

 泣けることを言うな。そういうキャラじゃないだろ君。さては本当に人と触れ合ってレベルアップしてきたな?人間的に成長しすぎでしょ。それともこれが本来の荼毘くんってことか。どちらにしろいい人すぎる。一生ついてきてほしい。

 

 そのとき。僕らの背後から足音が聞こえてきた。今ここにいるのは僕と荼毘くんを除いてエリちゃんと弔くんしかいない。そして、この重さはエリちゃんじゃない。

 

「嬉しいこと言ってくれるな、荼毘」

 

「弔くん!」

 

 ソファの背もたれから乗り出して、久しぶりに見た弔くんを迎える。そのまま頭から落ちそうになったが、荼毘くんが引っ張って止めてくれた。申しわけない。ありがとう。

 

「よう、随分引きこもってたみたいだな」

 

「あまり言うなよ。俺も悪いと思ってるさ」

 

 言いながら、弔くんは僕と荼毘くんの間に座った。悪いと思ってる人の態度とは思えないほどどっかり座ったのは触れないことにする。絶対悪いと思ってないよね。

 

「あいつらのことを調べていてな。俺たち以外に組織が出てくると面倒だし、それに」

 

 弔くんが僕を見た。何もわかっていない僕を見て弔くんは小さく息を吐く。

 

「月無に関係のある敵だからな。警戒しておきたかった」

 

「僕に?」

 

 僕に関係する敵って、どういうことだろう。先生と過ごしていたときはほとんど人と会っていないし、敵連合に入ってからは心当たりがない。そもそも、ニュートとガストって個性が特徴的だから一目みたら忘れないと思う。

 

 首を傾げる僕に、弔くんはじとっとした目を向けた。そんな目で見られても、覚えがないものはないから仕方ない。

 

「お前が小さいとき」

 

 弔くんが背もたれに体重を預け、天井を見上げながら言う。普段人と目を合わせて話す弔くんにしては珍しいその行動に、引きこもってたから話し方を忘れたのかな?と呑気なことを考える。

 

「家が燃やされて、施設が巨大化する敵に潰された。ここまで言ってわからないお前じゃないだろ」

 

 それは、僕が個性を発現してすぐの記憶。家が燃やされ、預けられた親戚の家が強盗にあい、入った施設が巨大化する敵に潰された。そして、ニュートの個性は炎で、ガストの個性は巨大化。いや、そんなことないでしょ。何年前で、どんな確率だよ。

 

 弔くんを見ると、冗談を言っているような表情ではなかった。

 

「……まぁ、お前に執着しているわけではなさそうだ。あくまで矛先はヒーローだな」

 

「執着されてたらたまんないよ。ここが燃やされて潰されたら、何するか」

 

「おい落ち着け月無。なんの話か知らねぇけど」

 

 大丈夫。落ち着いてる。お父さんとお母さんを殺したのは僕だ。ニュートが燃やしていなくても結果的に僕が殺していただろう。施設のみんなだってそうだ。ガストがこなくても、結果的にはみんな殺していた。あれは、僕のせいだ。

 

「だからといって無視できるわけじゃないが。ヒーローに矛先を向けてるってことは、一番早いのが雄英だ。あいつらがヒーロー根絶を目的にしているなら、必ず狙う」

 

 あの二人は決着がつく前に消えた。ということは、少なくとももう一人仲間がいるということだ。そうなると、組織になっていてもおかしくはない。あの二人は一瞬で被害を出すことに長けてるし、集団を狙うのに適している。

 

「だからさぁ、しばらく雄英周りを警戒しておいてほしいんだよ。雄英がやられちゃ話にならないからな」

 

「雄英周りって、下手したらすぐに見つかるぞ」

 

「月無が一緒なら大丈夫だ。心配しなくていい」

 

 なぜか僕を過大評価する弔くん。でも確かに、僕の不幸と幸福があれば無敵な気がする。幸福を表面化するのはまだ慣れてないけど。

 

「だが、気を付けろよ。あの動画があがったことで、街中警戒してるからな」

 

「じゃあ時間空けるとかないの」

 

「ない」

 

 僕の言葉をばっさり切った弔くんは立ち上がって、笑いながら言った。

 

「俺があいつらなら、今暴れる方が面白いって考えるからな」

 

「趣味わりぃ」

 

 荼毘くんに言われた弔くんは気にした様子もなく、「次、荼毘と行けよ」と僕に言い残して去っていった。そういえば、僕のレベルアップって話あったな。色々あって忘れてた。

 

 雄英と言うと、轟くんと出久くんのことを思い出す。もしかしたら会えるかもしれないと思うと、なんとなく頬が緩んだ。



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第48話 二週間後に

 雄英高校1-Aではある話題で持ちきりになっていた。

 

 ジェントルと敵連合であるスピナーが、炎の個性を持つ敵ニュートと巨大化の個性を持つ敵ガストと戦う動画。それについてのこと。数日前アップされたこの動画はいくら削除されようと何度もアップされ続け、そのしつこさはステインを彷彿とさせた。

 

 そして、それは世間の流れもそうであり。

 

 動画のコメント欄に敵連合を称賛するようなもの、応援するもの。多くの前向きなコメントがあり、それは敵連合が一般人のファンを得たかもしれないということである。彼らの行動はおよそ敵には見えず、むしろ一般人を守るヒーローに映ってしまっている。そしてそれとは逆に「ヒーローは何してんだ」というヒーローを責めるようなコメントも見受けられる。

 

(これ、あまりよくないというか。確実にマズい)

 

 緑谷は寮の共同スペースでソファに座り、動画のコメントを確認しながら考える。敵連合という大物敵が受け入れられ始めるというその流れ、警戒心の薄れ。ヒーローたちは警戒を強めるだろうが、一般人からすれば敵らしくない敵は警戒心を抱きにくい。ただでさえヒーローと敵が戦っていれば野次馬と化す一般人が敵らしくない敵と出会えばどうなるか。

 

 恐らく、通報しない。敵連合がいなければ死んでいたという事例が出てしまった以上、あり得ること。更に、このような事例がこれからも起こってしまうと尚更マズい。敵が敵として扱われなくなる。

 

「また見てんのか、それ」

 

「轟くん」

 

 動画を熱心に見る緑谷に、背後から轟が声をかけた。ある一件で最近なにかと一緒にいることが多くなったため、緑谷が動画を何度も見ていることを轟は知っていた。そして、それに対する考えも。

 

「これじゃ、どっちが悪者なんだかわかんねぇな」

 

 言いながら、緑谷の隣に座る。そして動画を覗き込むと、見知った顔に反応した。

 

「そういや、月無すぐにどっか行ったな。先に逃げたのか?」

 

 月無凶夜。動画の前半部分に出ていたが、戦闘が始まった直後にどこかへ走り去り、それから二度と動画に出てくることはなかった。一見逃げたように見えるそれに、緑谷は「違うと思うよ」と否定する。

 

「こんな被害があって、ヒーローがこないわけがない。にも関わらずこの動画にはヒーローが映らなかった」

 

「ヒーローと交戦しに行ったのか?」

 

「これみて」

 

 轟の疑問に、緑谷はスマホの画面を見せる。そこには、恐らく現場にいたであろう人物の「そういやこいつらが暴れる前にきたヒーローはどこ行ったんだ?」というコメントがあった。

 

「これは……」

 

「少なくとも、この戦闘が起こる前にヒーローは現場にいたってことになる」

 

「んで、この動画にヒーローが出てきてないってことは」

 

「やられたってことだね。この動画の前に」

 

 そして、緑谷は知っていた。月無とともに走っていく少女のことを。その少女の個性。その個性は、制御できれば怪我人に対して最適な個性と言える。そこから考えられるのはまさかという考え。

 

「じゃあ、月無は」

 

「多分、助けに行ったんじゃないかな。やられたヒーローを」

 

 緑谷はこの事件でかけつけたヒーローが現在無事であることを知っている。無事どころか無傷であることも。どれだけ軽傷であっても、この数日で完全に治るということはほとんどありえない。それをマスメディアに指摘されたヒーローが、苦々しい表情でノーコメントを貫いたことも知っている。

 

 緑谷の考察に、轟は一瞬言葉を失った。不幸の象徴、敵連合の一人。どちらかと言えば完全な悪と称される月無が、まさかのヒーロー助け。そのことに驚愕しつつ、同時に危惧する。敵が敵らしくないことをするとろくなことがないというある種の偏見。実際打算があってのヒーロー助けであるため、轟の考えは当たっていた。

 

「敵連合を捕まえるためにチームアップしたけど、急がないとマズいね。こういうことが何度もあると、いざ捕まえたときにヒーローの立場が危うくなる」

 

「もしかしたら、第二第三の敵連合が出てくるかもしれねぇってことか」

 

 轟の言葉に、緑谷は意志の宿った目で頷いた。

 

 現段階ではこのようなことはないだろうが、もし、敵連合が人助けを続け、それが世間に周知された場合。ヒーローにとっては敵を捕まえただけなのだが、世間にとってはヒーローがヒーローを捕まえたと同じ事と捉えられかねない。そうなった時、敵連合を捕まえるのが正義なのかという問題が生じてしまう。そうして反発することにより生まれるのが、第二第三の敵連合。反社会勢力。

 

 ただでさえ敵のカリスマ的存在である敵連合が、世間すら味方につけてしまうことの意味。下手をすれば、新たな敵を生み出してしまうかもしれない。

 

「そういや、ある子どもが月無のことをヒーローって言ったんだったか。実際にそういうことがあった以上、バカらしいとも言えねぇな」

 

「うん。僕はそうなると思ってる。月無のことを深く知ってるわけじゃないけど、あの影響力を甘く見ちゃいけない」

 

 言いつつ、緑谷は月無に執着に近い何かをさせられていることを自覚する。事実、必ず捕まえなければと考えてもいるし、そう思ったためチームアップの参加にも頷いた。ここで危険なのが、その捕まえなければという考えがブレてしまうということ。

 

 緑谷は月無を思い出す度に考える。敵になるしかなかった、救われなかった結果敵になった相手を、勝ち誇ったように捕まえるのは果たして正義なのか。そうして続けていればまた同じことが繰り返されるだけではないのか。

 

「緑谷、あんまり考えすぎるな」

 

「あ、ごめん」

 

 思考の海に溺れていた緑谷を、轟が軽く頭を小突くことで引き上げる。緑谷は元から考えすぎる癖があったが、最近ではその癖がひどくなり、先ほどのような思考を頻繁にするようになった。その度近くにいる者が声をかけて思考から起こすのだが、直らない。いい風に捉えればそれほど真剣に考えているということなのだが。

 

「月無が何をしようと敵は敵。あとは俺たちがどう変わるかだろ」

 

「そうだね。うん、その通りだ」

 

 捕まえるということは一貫していなければならない。敵だという考えを曲げてはいけない。それを理解していながらも考えてしまうのだから悪癖といえる。

 

「つっても、文化祭が一か月後にあるってのにこうも物騒な話が出ると不安になるってのもわからなくはねぇが」

 

 雄英文化祭。体育祭がヒーロー科のためのイベントなら、文化祭は他の科のためのもの。しかし、敵の動きが活発な今、開催するのはやめておいた方がいいのではという声もある。実際に敵連合が雄英に数回襲撃しているため、格好の的になりかねない。

 

「心配だよね……警戒すべきが敵連合以外もってなると余計に」

 

「動画を見る限りこいつらヒーローを根絶やしにすんのが目的みたいだからな。むしろ襲撃の可能性のが高いだろ」

 

「ニュートとガスト……一瞬で被害を出せる個性だから怖いんだ」

 

 轟が、緑谷が雄英に襲撃してくると考えているのは敵連合ではなく、ニュートとガストの方。敵連合が襲撃してくる可能性もなくはないが、最近の動きを見るとその可能性は限りなく低く思える。その上、動画内でのヒーローを殺すという発言がニュートとガストからあがっている以上、警戒すべきはどちらかというのは言うまでもない。

 

「そういや聞いたか?その関係で雄英周りのパトロールを増やすらしいっての」

 

「あ、聞いたよ。僕らも一応参加できるんだってね。事情的にやめといた方がいいって言われたけど」

 

「俺は一件入れたぞ。チームアップに参加する以上、文化祭とかで忙しくても行っとくべきだと思ってな」

 

「うーん、となると轟くんと合わせた方がいいのかな?」

 

 悩む緑谷に、轟が小さく頷いて肯定する。

 

「親父がくるらしいから、そうした方がいいな」

 

「エンデヴァーが?でも、そうなるのか。僕も行くなら先輩がついてきてくれるって言ってたし」

 

 思い出すのは、透過の個性を持つ頼りになる先輩、通形ミリオ。ナイトアイもパトロールに合わせて行っている捜査を中断してくれるらしく、緑谷はそう考えると行くと言い出せない気もしてしまった。性格上、どうしても申し訳なさの方が先に立つ。ただ、ナイトアイとミリオ、エンデヴァーがいればなんとかなるかもしれないと考えてもいる。

 

「あれ、そうなるとかっちゃんは?」

 

「誰がテメェと一緒に行くかってブチ切れてた。行くらしいけどな」

 

「行くんだ……」

 

 かっちゃん、というのは緑谷の幼馴染である爆豪のことで、轟と同じくエンデヴァーの世話になる形でチームアップに参加する。文化祭ではドラムを担当するため忙しいはずなのだが、才能でカバーできるのだから恐ろしい。

 

「じゃあ行こうかな。こんな簡単に決めていいものじゃないけど……轟くんはいつ?」

 

「ちょうど二週間後だな」

 

「うん、なら僕も二週間後で言ってみる。ありがとう」

 

 あぁ、とそっけなく返す轟に、緑谷は薄く笑みを浮かべた。

 

 

 

「イライラする……なんで俺は燃やしてねぇんだ。燃やすか、燃やすか?」

 

「あー潰したい。ものすごく潰したい。ニュート、潰してみていい?」

 

「あ、なら燃やさせてくれよ。それからな」

 

「僕死ぬじゃん」

 

「俺今テンション低いから死なねぇよ」

 

「ねぇ、あの二人無気力にもほどがあるんだけど、どうする?」

 

 床にごろごろ転がりながら言い合うニュートとガストに、女が呆れながら男に聞く。どうするって言われてもなぁと男が頭を掻きながら言うと、一つの提案を投げかけた。

 

「じゃあ、あと二週間したら雄英周りのヒーローぶち殺しに行くか。俺もたまってるし」

 

「わかってるじゃねぇかバリー!上がってきたぜ!」

 

「よし、潰すぞ!めためたに潰すぞ!」

 

「あれ、いいの?二週間後って文化祭が近いけど」

 

 女の言葉にバリーと呼ばれた男は手を振りながら「いいんだよ」と返す。

 

「今暴れる方が面白いと思わねぇか?サミー」

 

「……そういうもんかしらねぇ」

 

 二週間後を想像して大盛り上がりをみせるニュートとガストに、サミーは小さくため息を吐いた。



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第49話 三シーン

「やー、今日も快晴快晴!パトロール日和だよね!」

 

 あれから二週間後、パトロール当日。

 

 緑谷は同じヒーロー事務所へインターンに行っている先輩通形とともにパトロールをしていた。敵隆盛の時とは思えないほど平和な街並みに安心感を覚えながらも、何か異常がないか最大限注意を払う。パトロールは敵のことだけではなく、困っている人を助けることも仕事の一つだ。

 

 緑谷は腕をぶんぶん振りながら隣を歩く通形の腕を体をそらして避けつつ、空を見上げる。確かに雲一つない快晴であり、そろそろ涼しくなってもいい季節であるというのに日照りのせいで暑く感じる日であった。パトロール日和というのには首を傾げるしかないが、とりあえず気分がいいということだろうと緑谷は一人納得する。

 

「サーがくるまで二人で頑張ろう!敵まみれになられるかと思うと不安だけどね!」

 

 俺たちに何かあればサー預かりになるから余計にね!と後ろ向きな発言とは逆に大きく笑って言う通形に、緑谷は苦笑した。

 

 緑谷と通形を受け入れているプロヒーロー、サー・ナイトアイは現在その個性を活用して敵連合を追っている。怪しい敵の未来を予知し、捜査を広げるというナイトアイにしかできない仕事。それの関係で、緑谷たちの下へ向かうのが遅れるらしいということを数分前に聞いていた。

 

「いえ、先輩がいると心強いです。不安なんてないですよ」

 

「そういうと思って言ったんだけどね!言わせちゃった!」

 

 タハー!と笑う通形に、またも苦笑する緑谷。通形は通形で緊張しているであろう緑谷を和ませるという狙いがあるのだが、どうやらその狙いは果たせなかったらしい。緑谷はどこかびくびくしながら周りを警戒している。

 

 その様子を見た通形は笑みを浮かべながら緑谷の頭を軽くチョップした。

 

「ヒーローが不安そうな顔してちゃいけないぜ!というかこの前はそんな感じじゃなかった気がするけど、何かあった?」

 

 通形と緑谷は死穢八斎會に乗り込む前にパトロールをしたことがある。その時緑谷は緊張はしつつもそれを周りに悟らせず、ヒーローらしく人助けをしていたのだが、今は緊張を隠せていない。

 

 通形の言葉に緑谷は痛いところをつかれたと頭を掻くと、言い出しにくそうに呟いた。

 

「敵連合がいるかもしれないと思うと、どうしても」

 

 敵連合は世間にとってもそうだが、緑谷にとっては普通の敵とは違う位置にいる敵であった。月無との関係もあり、ただ単に襲撃を受けたことも関係している。現れると何かを残していく敵連合のことを考えると、緑谷はどうしても身構えてしまうのだ。

 

 そんな緑谷を見て、通形は緑谷の頭をぐしゃぐしゃ撫で、自分を指さして快活に笑いながら言った。

 

「それこそ、俺がいると心強いってことさ。そうじゃなくてもエンデヴァーが近くにいるんだから、そんなに気負うことはないよ!適度な緊張感は大事だけどね!」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

 白い歯を光らせて笑い、いいってことさ!と言う通形は緑谷にとって尊敬できる先輩だ。少しスベる癖はあるが。

 

 緊張を表に出すのはよくないと深呼吸しながら歩く緑谷。緑谷は困った人を見ると、敵を見るとすぐさまヒーローらしくなるが、それまでの振る舞いがおどおどしていることが多く、現在もそのパターンである。これは緑谷の人生経験に起因していて、とりあえずの課題であった。

 

 緑谷は自身の中にある緊張をとりあえず置いておき、周りを見渡す。今はちょうど人通りが多くなる時間帯であり、中には家族連れも見かけられた。ヒーロー科最高峰とも言われる雄英高校自体に抑制力があるためか、このあたりの住民は安心した顔で通りを歩いている。

 

「いいことだよね」

 

 通形は緑谷と同じ方向を見て、柔らかい口調で言った。

 

「だから、守らないと」

 

 通形とは逆に重く言う緑谷に、通形は「カッコいいな、ヒーロー!」と茶化しているのか褒めているのか微妙なラインで背中を叩いた。痛くもなく咳き込むこともない力加減は流石だと変なところで緑谷は感服する。

 

 そんなとき、緑谷はビルの下に人だかりができているのを見つけた。

 

「先輩、あそこ」

 

「ん?妙だね。何かイベントでも……」

 

 通形はビルの屋上を見て、そこで言葉を切った。それにつられて見上げた緑谷は同じく、一瞬息を詰まらせる。

 

「そういうわけじゃ、なさそうだね」

 

 ビルの屋上に、フェンスの外側に人が立っていた。ここから顔は見えないが、体格と服装から恐らく男であることがわかる。

 

「ここは俺が行った方がいいね。もし落ちたときはカバー頼むよ!」

 

 通形の個性は透過。息を止めている間は体が透け、物体を透過する。透過している状態で解除するとそこから弾き出される特性を持っており、それを利用して縦横無尽な動きを可能とする。

 

 緑谷は走り出した通形の後を追うように走り出すと、その瞬間。

 

 ビルの屋上に立っていた男が飛び降りた。ビルの下にいた人たちは悲鳴を上げて逃げていき、その場には走り出した緑谷と通形だけが取り残される。

 

 通形は飛び降りたのを見て途中で助けることにしたのか、ビルの壁を透過し、体の向きを調節して上へ上へと上がっていく。

 

「やった!」

 

 そして、落ちてきた男を掴み、救助に成功した。その成功に緑谷は思わず喜びを口にする。

 

 それが間違いであることも知らずに。

 

 今救助されたその男。いい大人であるが身長が伸びず、見下ろされること、踏まれることが嫌いであった。それとは逆に、好きなことは見下ろすこと潰すこと。そしてその男の個性は好きなことにおあつらえ向きな大化。自分と、自分から出るものを大きくする個性。

 

「ヒーローなら助けると思ってたよ」

 

 敵名はガスト。つい最近知れ渡った今警戒されている敵の一人。

 

 通形がその正体に気づいた瞬間、ガストは巨大化した。

 

 

 

 ガストが工夫してヒーローを襲撃している頃。

 

「アツそうなヒーローいるなぁ」

 

 ニュートは轟と爆豪を連れているエンデヴァーを見て、凶悪な笑みを浮かべた。燃やすのと燃えるのが何よりも好きなニュートにとって、エンデヴァーは好相性相手だった。

 

 そうと決まればとエンデヴァーの正面から堂々と近づく。エンデヴァーの後ろで言い合いをしている二人に凶悪な笑みを浮かべながら首を傾げるが、ニュートにとって上がるテンションの前ではさして気にならない要素である。

 

「クッソ、あの程度で泣きやがって……」

 

「あれはお前が悪いだろ。怖いんだよ、顔」

 

「あぁ!?怖がるなや!」

 

「俺に言うなよ」

 

 爆豪は先ほど類稀なる反射神経で事故に遭いそうになっていた子どもを救ったのだが、「危ねぇだろうが!」と叱ったところ、ものの見事に泣かれてしまったのである。反応からの助ける速さは完璧ともいえたが、助けた後がよくなかった。仮免講習の子どもとの触れ合いである程度マシになったはずだが、人間そう簡単には変われないようである。

 

「まぁ、助かったという安心感もあったのだろう。言葉遣いは褒められたものではないが、手際は見事だった」

 

 言い合う二人を見かねてか、エンデヴァーが爆豪のフォローに入る。とはいっても、最近まではファンへの対応が最悪だったエンデヴァーに言われてもというのが爆豪の内心であり、しかし基本的には優等生である爆豪は「っス」と言って頭を下げた。これでも優等生なのである。

 

 対して、エンデヴァーの実の息子でもある轟は微妙な表情で聞いていた。ここがプライベートな空間であれば、どの口がと噛みついていたに違いない。最近どこか変わったかもしれないと思いつつも、爆豪と同じく人間とはそう簡単には変われないもので、轟はいまだに父親との距離を測りかねていた。それはエンデヴァーも同じくだが。

 

 フォローを入れたエンデヴァーはそこで、前方から歩いてくる人物に気づく。真っ赤な髪に好戦的なつり目。凶悪な笑みを浮かべているのは、事実敵だからだろう。

 

「気を付けろ、敵だ」

 

 エンデヴァーは情報としてニュートのことを知っていた。そもそも、あの動画は一般人でも見ることができ、ニュースにも取り上げられたため知っていない方がおかしいのだが。

 

 エンデヴァーの注意に、轟と爆豪も身構える。二人もニュートのことを知っているため、そこに油断はなかった。

 

「こんにちは。俺の名前はニュート!エンデヴァーのファンです!」

 

 言って、握手を求めるニュート。それに応じず、エンデヴァーはニュートを見下ろして一言。

 

「目的は?」

 

「燃やして燃えること!上がってこうぜ、互いによ!」

 

 言葉とともにニュートは炎を放った。

 

 

 

 僕はエリちゃんと手を繋いで、荼毘くんと並んで雄英付近を歩いていた。とはいってももちろん変装はしていて、荼毘くんは目立つつぎはぎを隠すように、僕は伊達メガネをかけて長いウィッグを被っている。僕の顔は可愛らしい方らしく、一週間前にレベルアップを終わらせたマグ姉とヒミコちゃんにノリノリで仕上げられてしまった。「素材がいいから、あまり手を加えられないのが残念ねぇ」と言っていたのが恐怖ものである。

 

 レベルアップと言えば、既にみんな終わらせて帰ってきた。以外にも一番時間がかかったのがコンプレスさんで、曰く「地獄を見た」らしい。今日もついてきてるらしいけど、手を出さないに越したことはないと一緒に歩いてはいない。あくまで非常時のサポート、という名目でついてきている。のかな?気配がなくてわからない。

 

 僕が気になってきょろきょろしてコンプレスさんの姿を探していると、荼毘くんが僕を見てボソッと呟いた。

 

「お前、案外サマになってんな」

 

「女装が?服装は男ものだから、そこまでサマになってるとは思えないけど」

 

「いや、一目で月無だってわかんねぇって話だ。よく見りゃわかるが、それも俺たちくらいじゃねぇとわかんねぇだろ」

 

 それ、俺たちの絆は特別だってこと?嬉し恥ずかし。今ウィッグ被っていることがそもそも恥ずかしいんだけど。取っていい?取ったらバレるのか。

 

 うーん、と首を傾げていると、エリちゃんがくいくいと僕を引っ張るのでエリちゃんを見ると、くりくりした目で僕を見つめて言った。

 

「月無さん、かわいいよ?」

 

「ありがとー。エリちゃんも可愛いよ?」

 

「あれ、かわいいって言ったら月無さんが嫌がるからって弔くんが言ってたのに」

 

「え、今の嫌がらせだったの?ちょっと今の姿もいいかなって思っちゃったよ」

 

「ここまで想定して嫌がるって言ったんじゃねぇか、死柄木」

 

 それを聞いて歯ぎしりした。悔しい。弔くんの手のひらのうえで転がされている気がして気に入らない。一緒にいなくても遊んでくるってどういうことだ。僕がバカってことか。納得した。

 

 そんなことを言いながらぶらぶら歩いていると、前方に立ち止まっている一組の男女がいた。女の人は綺麗で、ヒミコちゃんというものがありながら目を奪われてしまう。ヒミコちゃんと特別な関係ってわけでもないけど。なんでだ?

 

 荼毘くんも気づいたのか、不審そうに目を細めた。不審と言えば僕たちもなんだけど、棚に上げるのが得意だからね、僕たち。

 

「おい、あれ、ナイトアイじゃねぇか」

 

 どうやら荼毘くんが見ていたのは男女ではなくその近くにいたサラリーマンらしい。ナイトアイって、確かヒーローだったか。そういえば一回会ったことあったっけ。会ったっていう印象はないけど、確かに覚えている。女の人に目を奪われすぎて気づかなかった。

 

 ナイトアイの個性上、僕たちを見られると非常にマズいのでルートを変えることにする。というか帰った方がいいのかもしれない。でも帰るって選択肢をとると下手をすれば拠点がばれるのか?厄介すぎだろナイトアイ。

 

 とりあえずルートを変えることにした僕たちは前に行くのをやめて曲がろうとすると、綺麗な女の人の隣にいた男が手をパン、と鳴らした。パフォーマンスかな?と内心わくわくしていると、わくわくできない存在が複数現れた。

 

 むき出しの脳、ちぐはぐな筋肉、身体、明らかな異形。

 

 僕らはそれを、脳無と呼んでいた。



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第50話 集合!

 


 脳無。詳しい製造方法は知らないけど、個性を複数持っている並のヒーローじゃ手がつけられない怪人。実際、オールマイト対策で作った脳無はあと一歩まで追い詰めるまでに至ったらしい。それほどの規格外。

 

 そんな脳無が、僕の視界に三体もいる。翼の生えたやつと、黒い体をして目がないやつ、そして細い体をしたやつ。それぞれが最高に気持ち悪く、デザインしたやつをぶっ飛ばしたくなる。あれ、デザインは先生なのか?よし、牢獄まで行ってぶっ飛ばしてやろう。

 

 それはさておいて。脳無が出てきた割には、動きがない。とはいえ脳無を出されては無視するわけにはいかないので、荼毘くんとアイコンタクトをとって男のところへ向かうことにした。幸い今の僕は可憐な美少女だから警戒されないはず。いや、脳無がいるのに近づいて行ったら流石に警戒されるか。

 

 案の定一定の距離まで近づくと、男がこちらに反応した。目に痛いほどの金髪をさらっと靡かせ僕を見ると、驚いたように目を見開いて言った。

 

「おや、この状況を見て近づいてくるなんて度胸のあるカップル……いや、夫婦か?危ないから離れておけと言いたいところだが、デモンストレーションにはちょうどいいか」

 

 デモンストレーションってなんのことだろう。というか夫婦て。私たちそう見えるのかしらというお決まりのあれをやればいいのだろうか。男と?生憎僕にそんな趣味はないので、勘弁してほしい。女装はしてるけど。

 

 そんな呑気なことを考えていた僕の目の前に、黒い拳が迫っていた。

 

「お」

 

 更に呑気な荼毘くんの声とともに、僕は軽く殴り飛ばされた。顔のどこかの骨が折れたんじゃないかっていうくらいの衝撃に、ろくに受け身もとれず地面に叩きつけられる。これが水面への飛び込みだったなら、全身真っ赤になっていたに違いない。ていうか荼毘くん情けなくない?おってなんだおって。

 

「月無さん!」

 

 エリちゃんが僕の変装を一瞬で台無しにする一言を叫びながら僕のところへ走ってくる。耳が潰れていないことに安心したが、正体がばれたことで安心できなくなった。いや、近づいた時点でばれることは確定していたようなもんだから別にいいけど。

 

 エリちゃんを迎えるために、もう必要がなくなったぐちゃぐちゃの伊達メガネとウィッグを苦労しながら外し、身体を起き上がらせる。

 

 視界には、エリちゃんの後ろから迫ってきている黒い脳無の姿が映っていた。

 

「エリちゃん!後ろ!」

 

「え」

 

 僕の言葉にエリちゃんが振り向いたときにはもう遅く。

 

 僕のときは助けてくれなかったくせに、荼毘くんが綺麗な青い炎でブーストをかけエリちゃんをお姫様抱っこし、空へと逃げていった。

 

 荼毘くんは炎の操作性、威力、更に身体能力と様々なものを鍛え上げ、装備で飛べるようになっている。それだけ色々やっていてレベルアップが早かったのは、日ごろからそういう練習を行っていたからだろう。実は努力家なのだ。

 

 荼毘くんは空から僕の隣にふわりと着地すると、エリちゃんを僕の隣に降ろした。エリちゃんは心配そうな表情を隠そうともせず、僕に触れて個性を使用する。あ、待って。押し付けであのムカつく男にやってやろうと思ったのに。

 

 ただ、個性を使ってくれているのにそんなことを言えるはずもなく、綺麗さっぱり元通りになるまで静かに待っていた。

 

 僕とエリちゃんの相性は抜群だった。こういうと誤解を招きそうだけど、個性の話である。

 

 エリちゃんの巻き戻しは、僕がいないときちんとした精度で発動できない。平等な幸福(for you)がなければ普通に人を消してしまうだろう。やったことはないが。その点、僕相手にならちゃんと個性が働く。どうやら僕の中の今の幸福は僕が幸福だと思う象徴がいると働くようで、つまりエリちゃんやみんながいると働く。だから、幸福にも個性が暴走することなく、きちんとした形で受け入れることができるというわけだ。

 

 もちろん、僕が不幸な状態でも個性はきちんと働く。これは今の僕の状況がちぐはぐだってことで、生きたいのか死にたいのかわからないってことを意味している。ただ、不幸な状態のときは随分な大怪我じゃないとエリちゃんの個性を受け付けないけど。

 

「大丈夫か、月無」

 

「僕の時に助けてくれればよかったんじゃない?」

 

「悪い。夫婦って言われたのが面白くてな」

 

「ユーモア優先してる場合じゃないでしょ」

 

 軽口を叩きあいながら立ち上がると、僕に脳無をけしかけた男が、どういうわけか何もせず待機していた。と思ったけどいつの間にかナイトアイが二体の脳無と戦っている。二対一なんて卑怯とは思わないのか!思わないだろうけど。僕も思わない。

 

 男は面白いものを見つけたと笑みを浮かべ、黒い脳無を隣で座らせて言った。

 

「まさか、こんなところであの月無凶夜と会えるなんて。可憐な美少女かと思ったぜ」

 

「可憐な美少女を殴るなよ」

 

「殴ったのはこいつだろ。俺じゃない」

 

「殴らせたのは君だろ?」

 

「覚えてないなぁ」

 

 バカにしたように笑う男は、なぜか楽しそうだった。自分が優位に立っていると信じて疑っていないそれに、少しカチンときつつもそら僕を相手にしているんだからそうなるかと悲しい納得をした。

 

 それに、そんなこと気にしている場合ではない。男の隣に立っている美女に僕は用がある。君は後でね。

 

「まぁ寛大な僕は許してしまおう。こうして無傷なわけだし。それよりもそこのお嬢さん。失礼ですがお名前をお伺いしても?」

 

「こいつはバリーって言うの」

 

「野郎の名前じゃねぇよテメェふざけてんのか」

 

「落ち着け。実は許してないだろお前」

 

 おっと、僕としたことが取り乱してしまった。弔くんにエリちゃんを使ってバカにされたことが尾を引いているのだろうか。八つ当たりは一番よくない。何と比べて一番なのかわからないけど。

 

 何が面白いのか、男……バリーは手を叩いて笑っていた。ゲラなのか?幸せそうでなによりだ。ぜひ幸せのコツを教えてほしい。

 

「ハハッ、ナイトアイもユーモアがあったが、お前はもっとユーモアがあるな。記憶とは違って面白そうなやつで安心した」

 

「記憶?」

 

 記憶って、会ったことないぞ。こんなによく笑う人をムカつかせるようなやつは忘れないはずだ。本当に忘れてるだけかもしれないけど。

 

「そうそう、記憶。まぁ覚えてなくても無理はないけど。言っちゃおうか、なぁ!?」

 

 にたにたと憎たらしく笑いながら言っていたバリーの背中にナイトアイが押印を投げた。ザマァ見やがれとほくそ笑むが、そんな余裕があるのかと驚く気持ちもある。

 

「本人への衝撃で解ける個性ではないみたいだな」

 

 なるほど、と頷きながらもいっぱいいっぱいに見えるナイトアイ。あの脳無たちはバリーの個性?脳無が個性ってどういうのだよ。チートじゃん、チート。脳無一体だけでも相当なのに三体同時に出せるなんて。

 

「クッソが……ちょっと待ってくれよ月無。先にこのリーマンぶち殺してやるからよ」

 

「あ」

 

「お」

 

 バリーが振り向く前に、僕と荼毘くんは頼れる人の姿を見て思わず声を出してしまった。ぽん、という間抜けな音とともに姿を消すナイトアイと細い脳無、バリーが振り向くと同時にその場から跳ねて僕たちのところへ着地したエンターテイナー。

 

「コンプレスさん!」

 

「どうも。おじさんうずうずしちゃってな」

 

「マジックみせて、マジック!」

 

「帰ったらねー」

 

 目の前に敵がいることも忘れたのか、ぴょんぴょんと跳ねてコンプレスさんにねだるエリちゃん。コンプレスさんのマジック楽しいから仕方ないよね。その隣で対抗心を燃やしたのか荼毘くんが文字を書いているのがすごく面白い。come on て。

 

 コンプレスさんは圧縮したナイトアイと脳無を懐にしまうと、ステッキをくるくる回しながらくつくつと笑った。あの一瞬でばれないようにナイトアイと脳無を圧縮するのは流石としか言いようがない。

 

「余裕ぶってたらこれって、恥ずかしくないの?」

 

「あー、なんだ、正直ハズいな。脳無とられちゃったし。つっても」

 

 バリーが本当に恥ずかしいのか、顔を赤くしながら指をパチン、と鳴らすと、今圧縮されたはずの細い脳無が黒い脳無の隣に現れた。コンプレスさんはワオ、と言って拍手をしている。最近ではショウが台無しにされても驚くことがあれば嬉しくなったらしい。エンターテイナー気質が加速したのだろうか。

 

「俺の個性には関係ないんだけどよ」

 

「脳無を作り出す個性か?羨ましいが、羨ましくないな」

 

「気持ち悪ぃしな、あれ」

 

「先生には悪いけど、趣味悪いよね」

 

「頭がきもちわるい……」

 

 得意気に語るバリーに脳無を所持しているはずの敵連合から大批判。趣味悪いとは言ったけど、なんかかわいそうになってきた。ほら、よく見ればどことなく愛嬌あるじゃん。むき出しの脳みそがキュートだ。んなわけあるか。

 

「脳無を作り出す個性か。そんなちゃちなもんじゃねぇぜ。もっとびっくりするもん見せてやろうか?」

 

「あ、いいです」

 

「なんなら俺がびっくりさせてやってもいい」

 

「火、見るか?すげぇぞ」

 

「みせてみせて!」

 

 僕が断り、コンプレスさんがエンターテイナー気質を丸出しにし、それに対抗する荼毘くん。まとめてみたがるエリちゃん。バリーに申し訳ないくらい緊張感がない。なんだこれ。誰のせいでこうなったんだ。僕のせいじゃないことは確かだ。

 

 僕らの反応にバリーはなおも笑うと、「そういうなよ」と宥めてきたので、どうしても見せたいならいいよと許可を出すことにした。

 

「あ、待って。その前にニュートが三対一できつそうだから脳無貸してあげて」

 

「やだ。サミーが呼べばいいだろ」

 

「それもそうね」

 

 サミーと呼ばれた美人なお姉さんが手を鳴らすと、僕らの目の前に二人の少年が落ちてきた。

 

「轟くん、出久くん!久しぶり!元気にしてた?」

 

「な、月無!?」

 

「んだ、この状況……」

 

「おいサミー。今呼ぶなよ。どんだけ場を混乱させる気だ」

 

「呼べって言ったのはそっちでしょ?」

 

「そういやそうか。ありがとう」

 

 なんだ、敵っていうのはこう緊張感がなくなるものなのか?喧嘩するなって言おうとしたら仲直りしてるし。実はいい人説が浮上してきた。こうして轟くんと出久くんと会えたし。というか結構久しぶりじゃない?ほんとに。

 

 こっちおいでーという手招きに、誰が行くかという反応をされたが、出久くんがエリちゃんを見た瞬間にこちらへ飛んできたのを見て轟くんもため息を吐きながらこちらへきた。君らも緊張感なくないか?

 

「あー、こほん。それでは今から君たちをびっくりさせたいと思います」

 

「なんだそりゃ。エンターテイナー失格だな」

 

「文字書くか?」

 

「どんだけ書きたいの荼毘くん」

 

 僕らの言葉は聞かないことにしたのか、バリーは頭上に手を掲げ、指を鳴らした。パチン、という音とともに現れたのは、僕にとって、或いは僕らにとって懐かしい人。

 

「ちょうどそこの雄英生も知ってるんじゃないか?この脳無は職場体験と時期被ってたはずだから、もしかしたらだが」

 

 バリーの前に突然現れたのは、荼毘くんたちがくる前の敵連合に協力してくれていた、あの人。

 

「先輩だ」

 

「ハァ……誰だ、貴様」

 

 どうやらあの先輩は僕を忘れてしまったらしい。悲しすぎて涙が出そうになった。嘘だけど。



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第51話 トップ現る

 ごちゃごちゃしてます。


 今目の前にいる包帯で目を隠し、刀を構えて今すぐ僕らを殺そうとしている人は、間違いなく先輩だった。一般的な通り名というか、知られている名前はステイン。通称ヒーロー殺し。何人ものヒーローを偽物として殺したり、再起不能にしたりしていた敵の大先輩だ。

 

 でも、今ここに先輩がいるのはおかしい。先輩は結構前に捕まったはずで、その個性も自力で牢獄から抜け出せるような個性ではないからだ。いくら先輩でも、拘束された状態から血を経口摂取するのは難しいだろう。

 

 じゃあなんで、という話になる。実はこれ、もう大体は予測できている。先ほどのバリーの発言からすると、脳無三体は職場体験のもので、先輩も職場体験の時に捕まった。ということは同じ日、ほぼ同じ時間に暴れていたということになる。そして、脳無は別にその三体だけというわけではなく、性能ならUSJのときの脳無の方が上だ。

 

 ならなぜあの三体をチョイスして、今使っているのか。回収したというのはありえない。バリーが実演したように、生み出すのは一瞬だった。バリーの個性であることは間違いない。そして、生み出されたものがバリーの意思で動くということ。これは、先輩がバリーを攻撃していないことからわかる。先輩なら、バリーのようなやつは真っ先に攻撃するはずだ。

 

 予測として、知識として知っているものを生み出し、それを操る。そしておそらくそれは記憶に起因する。バリーは知っている脳無しか生み出せていないからだ。それは先輩を生み出したことで証明されている。先輩と同じタイミングででてきた脳無というのを知っているということは、少なくともその脳無を見たことがあるということだ。

 

「記憶かな」

 

 まず個性にあたりをつける。自身の記憶を具現化する個性。もしこれが合っているのならチートすぎて嫌になる。でも、相手の力は大きめに見積もっていて損はない。舐めるよりは断然いい。

 

「轟くん、出久くん。ここは共闘といこう。あの男、バリーっていうんだけどさ、あいつが意識を保っている限り脳無とか先輩とか無限に生み出すことができる。多分ね」

 

「今目の前でステインがいきなり現れたように?」

 

 出久くんが油断せず正面の敵を睨みながら言う。敵と言っても僕じゃなくて、先輩やバリーたちのことね。

 

 出久くんのことを詳しく知っているわけではないが、出久くんは分析に長けていると思う。出久くんが一番早く僕の言葉に反応したのがいい例だ。きっと出久くんも前にいる敵の個性について考えていたんだろう。相手が襲ってきていない以上、考えるのは当然だけど。ただでさえ雄英は体育祭で有名になってるから、先手は打ちにくいしね。

 

「隣の女の人の個性は?」

 

「多分、自分のところに呼ぶ個性かな。周囲か、それとももっと範囲が広いのか、そもそも生物以外は呼べるのか、色々わからないことはあるけど」

 

 これはわかりやすかった。さっき轟くんと出久くんがいきなり現れたこと、そして二人が僕たちのところにきたこと。バリーの個性によって生み出されたものっていう可能性がないでもないけど、僕の感覚がそうではないと言っている。僕が間違えるはずがない。

 

「あー、そろそろいいか?お喋り待ってるの暇でよ」

 

 バリーが脳無を見てへらへら笑う。あれはおもちゃを見る目だ。バリーにとってはすぐに生み出せるおもちゃだろうけど、僕らにとっては最悪の凶器だ。コンプレスさんは一瞬で無力化してみせたけど、バリーがすぐ生み出せることがわかっている以上、どこから出るかわかったものではない。

 

 そういうこともあって、余裕なんだろう。恐れもなにもない脳無はいい武器で、いい盾だから。

 

「月無、あのステインは偽物ってことでいいのか?」

 

 僕の肩を叩き、そう尋ねる荼毘くん。本人も理解しながら言っているんだろうけど、聞かれたから一応頷いておく。これで先輩本人だったらごめんなさい。

 

「とりあえず、あいつをやりゃ向こうの戦力は削がれるってことでいいんだな」

 

 バリーを見ながら言う轟くん。僕が言うのもなんだけど、共闘に関しては文句ないの?現状の危険度で言えば向こうの方が高いけど、一応僕も敵だよ?後ろからやられるかもしれないって考えたりしないのかな。

 

「人徳が成せる業さ」

 

 荼毘くんと同じように僕の肩をぽん、と叩いてコンプレスさんが肩を竦めた。仮面をしているからその表情はよくわからないけど、きっとウインクをしているに違いない。コンプレスさんは気取るのが得意なのだ。気取るのが得意って言い方するのかな?

 

「よし、みんな。行け!エリちゃんは僕のところにおいで」

 

 合図を出した僕にジト目を向けながら荼毘くん、コンプレスさん、轟くん、出久くんの四人が敵のもとへ向かう。一対一の形をとるのであれば向こうは脳無が三体、先輩が一人、バリーとサミーの二人だから六体四になる。数的には不利だけど、こっちは精鋭だ。先生にだって負ける気がしない。それは嘘。

 

 エリちゃんを抱っこしながら戦況を眺める。

 

 先輩が迫る四人にナイフを投擲しながら突っ込む。先輩の個性は凝血、血液の経口摂取によってその人の動きを止める個性だ。そのため、ナイフ等の血がでる武器を多用する。先輩の前で血を見せたらしばらくは動けなくなると思った方がいい。

 

 轟くんと出久くんは先輩との戦闘経験からか、いち早く反応した。接近してくる先輩の足をとるように凍らせると、先輩がそれを避けるために前方に跳ぶ。ここで前方に跳ぶのが流石先輩と言ったところだが、ここは雄英連係プレー。出久くんが先輩を追うように跳んだ。ただし接近はせず、デコピンの風圧で先輩を攻撃する。接近戦は不利だと判断したのかな?出久くんくらいなら大丈夫だと思うけど、路地裏での印象が拭いきれないのか。

 

 風圧を受けるかと思われた先輩は、受ける直前でふと姿を消した。どこに行ったのかと視線を動かせば、サミーの近く。どうやらサミーの個性で近くに呼ばれたらしい。アポートみたいなものか?何にせよ、倒すべきはバリーとサミーのコンビで決まりだ。

 

「少し下がってろ」

 

 荼毘くんが一歩前に出て、巨大な炎を放つ。そのまま行けばバリー達を燃やし尽くしていたであろうそれは、一体の脳無に吸収される。脳無の中で一番細い脳無。僕は脳無に詳しくないからよくわからないけど、見る限り吸収の個性だろう。

 

 だが、それだけではなかった。脳無は焼け焦げた体を震わせると、荼毘くんと同じ青い色をした炎を荼毘くんに向けて放った。

 

「吸収して放出する個性か」

 

 迫る炎に焦った様子もなく、冷静に呟く荼毘くん。そんな荼毘くんを見て助けに向かおうとする轟くんと出久くんを叫んで止めた。

 

「いいよ!荼毘くんなら大丈夫!」

 

 というか、そうやって一瞬でも足を止めたら、ほら。轟くんたちが先輩に、更に黒い脳無に襲われる。黒い脳無は恐らくパワータイプだ。相手が二人とも近接タイプだから、轟くんとは相性がいいだろうけど……。というか荼毘くんを助けに行こうとするって、共闘関係守ってくれるんだね。お人よしすぎない?

 

 荼毘くんは迫ってくる炎を、炎を噴出させることで飛び、空中に逃げる。ただ忘れちゃいけないのは向こうにも飛べるやつがいるってこと。翼の生えた脳無は荼毘くんの上をとり、叩き落とすために腕を振り下ろす。

 

 それでやられる荼毘くんではない。荼毘くんは炎を噴出させて急旋回すると、一瞬で空を飛ぶ脳無の上をとった。そして脳無の背中に両手を置いた。二対の脳無は直線上にいる。

 

 直後に放たれたのは、広がる炎ではなく拳ほどの大きさを持つ貫く炎。炎というよりレーザーに近いそれは、翼を持つ脳無と細い脳無をまとめて貫いた。

 

「おー、やるねぇ」

 

 僕の隣でぱちぱち拍手するのはコンプレスさん。他三人の動きを見て「あれ、俺いらないんじゃね?」と感じて戻ってきた、らしい。働けよ。や、僕もだけど。

 

 僕の思っていることを感じ取ったのか、コンプレスさんが肩を竦めると前方を指さす。つられてそちらを見ると、凍らされている先輩と、地に沈む黒い脳無の姿があった。荼毘くんを見ている間に倒してしまったらしい。あれ、轟くんと出久くん先輩に苦戦してたよね?なんで?

 

 戦力が一瞬でやられたためか、バリーは顔を手で押さえ天を仰いだ。僕だってそうする。あんなに余裕ぶって出した戦力がこうも簡単にやられるんだから。僕だってかっこよく個性を使って参戦するところまで妄想していたのに、拍子抜けだ。どうしてくれるんだよ。

 

「いやいや、予想外だって。ステインと脳無は強いもんだと思ってたが、記憶違いだったか?しゃあねぇ、サミー」

 

「はいはい」

 

 言葉とともに、出久くんがバリーの隣に現れた。今度はバリーの個性で生み出されたものじゃなくて、さっきまで先輩と戦っていた出久くん自身。恐らくサミーの個性で呼ばれたんだろう。でも、出久くんを呼び寄せるなんてどういうつもりだ?下手したら一撃でやられるぞ。

 

「こんにちは」

 

「えっ、ぶっ!!」

 

 そんな下手したらはなく、バリーの拳をモロに顔面に喰らい、面白いくらいに出久くんの体が吹き飛ばされた。出久くんは炎を放とうとしていた荼毘くんの下へ吹き飛ばされ、意外なことに荼毘くんが出久くんを抱えるようにキャッチする。共闘するって言って共闘するような律儀な人だったっけ、荼毘くん。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「礼言う暇あるなら前を見ろ」

 

 あれ、荼毘くん先輩ヒーロー?頼りがいしかない。レベルアップで善性という善性を身に着けてきたんだろうか。荼毘くんが柔らかすぎておかしい。

 

「おーおーおー。そうか、デクくんはこういう記憶か。いや、好都合。その個性誰かのに似てるなって思ってたら、そういうことだったのか」

 

「触れた相手の記憶を見ることができるのか。万能すぎない?バリー」

 

「月無の頭も万能すぎると思うけどなぁ」

 

 呆れたように言うコンプレスさんに、そうかな?と首を傾げる。だって、出久くんを殴って、その直後に出久くんの記憶に関しての発言をしたんだ。こういう結論になるのは当然のことだと思うけど。というより今攻めなくていいの?隙だらけに見えるよ。

 

「デクくん。お前の記憶、ちょっと借りるな」

 

 そんな隙だらけなバリーがその一言とともに出現させたのは、既に引退したはずのあのヒーロー。頂点に君臨し続けていたみんなの憧れ。

 

 僕らの驚きを代表して、まだ荼毘くんに抱かれたままの出久くんが裂けるように叫んだ。

 

「オールマイト!!?」

 

 僕らの前に現れたのは、オールマイト。先生が終わらせて、先生を終わらせたヒーローがそこにいた。



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第52話 それぞれの相手

 オールマイト。あのとんでもない先生に勝つくらいとんでもないヒーロー。ヒーローを志す者なら大抵の人は憧れる最高で最強のヒーロー。

 

 そんな存在が、今僕たちの前にいた。平和の象徴が、今まさに牙を剥こうとしている。

 

「オールマイトの強さってのはあんまりイメージしにくくてな。記憶にはあってもそれは不完全なもので、俺の記憶を参照して作ると木偶の坊にしかならなかったんだが……」

 

 バリーはデクくんを見て、にやりと笑った。人を見透かすような、自分が優位に立っていると信じて疑わないような笑顔。色んな種類の笑顔を見てきたけど、あそこまで趣味の悪い笑顔は初めてだ。弔くんだってもっとマシに笑う。

 

「デクくんは、随分しっかりしたオールマイトのイメージがあるんだなぁ」

 

「ヒーローに憧れていたから。分析は得意な方なんだ」

 

「俺もそうなんだけどな。個性柄、観察と分析は得意なんだよ。実際、脳無は木偶の坊にはならなかったしな……まぁ、実力差的には木偶の坊と変わらなかったが」

 

 会話を聞く限り、出久くんはとんでもないオールマイトオタクってこと?それとも、オールマイトの秘密について知っているっていうことかな。オールマイトの個性ってずっと誤魔化され続けてきたし、案外そこらへんのことを記憶を覗いて知っちゃったのかもしれない。

 

 まぁ、そんなことは関係ない。僕の知ったことではないし、今気にしなきゃいけないのはとんでもない脅威が目の前にあるってこと。というかほとんど詰みじゃない?オールマイトに勝てるのなんて先生くらいでしょ。負けたけど。

 

 もし、勝てるとすれば。

 

「バリーを無力化すればオールマイトは消える。つまり優先的に倒さなきゃいけないのはバリーだ」

 

 僕を思考から掬い上げるように、出久くんが言った。優先的に倒すべきはバリー。それはみんなわかっていることだろう。今更言うまでもない。ということはほかに言いたいことがあるってことだ。多分。

 

「もう一人の個性も厄介だ。だから、オールマイトの足止めが三人で、あとはひとりずつあいつらを倒すっていう分け方が一番いいと思う」

 

 それは僕もそう思う。サミーの個性はものすごく鬱陶しいし、それにできることがまだはっきりわかっていない。アポートだけじゃなくてテレポートもできるかもしれないし、まだまだ未知数だ。だからこそ、自由にしちゃいけない。オールマイトの相手をしていたらいつの間にか、って感じでやられるかもしれない。

 

 出久くんは僕に視線を寄越して、それからみんなを見回した。

 

「月無、分けるとしたら、誰を誰にあてる?」

 

 本来は敵である僕の意見を聞くのか。いや、共闘しようとは言ったけど、ここまで協力的になってくれるなんていちいちびっくりする。

 

 そうだな、サミーがアポート、テレポート系の個性である以上、近接はダメだ。下手をすれば近づけないまま終わる。となると、遠距離は荼毘くんと轟くん、用意があればコンプレスさんなわけだからこの三人のうちの誰かになる。

 

 バリーは個性はわかってるけどその限界がわからない。だから、一撃必殺が望ましい。僕たちの中で一撃必殺、もしくはそれに近いものを持っているのは出久くん、コンプレスさんの二人。荼毘くんと轟くんも一撃必殺と言えば一撃必殺だけど、確実性に欠ける。

 

 そして、オールマイト。確実に出久くんがいる。オールマイトに追いつけるのは出久くんしかいない。コンプレスさんが圧縮してもいいけど、捉えることができないだろうし。無力化って意味では轟くんもいいかもしれない。オールマイトでも氷には耐えられない、はず。耐えられないよね?

 

 よし、決まった。周りが優秀だと助かる。全員何かできるってとても素晴らしいことだと思うんだよね。

 

「荼毘くんがサミーで、コンプレスさんがバリー。僕と轟くんと出久くんがオールマイト。これでいこう」

 

「俺責任重大だな。信頼だと嬉しいんだが、適材適所ってやつか?」

 

「コンプレスさんは積極的に圧縮を狙ってほしい。コンプレスさんのことだから遠距離にも対応できるように準備はあると思うし、立ち回りに関しては多分この中で一番上手いから」

 

 エンターテイナーは身のこなしも華麗でなくてはならない。前にコンプレスさんが言っていたことだ。その言葉に嘘はなく、スピナーくんと鍛錬しているときの攻撃を受ける回数はものすごく少ない。鍛錬が実際の戦闘なら僕だと数十回死んでいるであろうところを、コンプレスさんは軽傷ですんでいる。僕が弱いのかコンプレスさんがすごいのかどっちだ?

 

「荼毘くんはアポートされたとしても、空中で移動ができるし、移動に一番自由が利く。ああいう個性相手には適任じゃないかな」

 

「すぐに焼けたらあのバリーとかいう野郎を焼けばいいのか?」

 

「うん。お願い」

 

 荼毘くんはこの中で唯一空中を移動できる。出久くんももしかしたら、轟くんも氷を使えばいけるかもしれないが、荼毘くんほどスマートにはいかない。それに、炎の精度というか、個性の精度はこの中で一番と言っていい。なんだかんだ努力の人なのだ。

 

「出久くんはオールマイトに対抗できるんだよね?君の個性とバリーとのやり取りを見る限り、オールマイトに近いものがあるのは間違いないだろうし」

 

「……今のでわかるのか。うん、間違いないよ。でも、オールマイトに近い威力を出すと大怪我しちゃうけど」

 

 なるほど、大怪我。個性が体に合ってないのかな?出久くんが個性を使うと必ず怪我をするわけではないから、個性の条件が怪我ってわけでもないだろうし。多分、一定以上の出力で個性を使うと怪我しちゃうのかな?

 

「轟くんは、オールマイトの拘束を狙ってほしい。あと出久くんのサポート。オールマイトの動きは目で追えないだろうから、予測に予測を重ねて。できそう?」

 

「やる。緑谷……今はデクだったか。デクならその隙作れるだろ」

 

「期待が重い……でも、任せて。足止め程度なら大怪我しなくてすむかもしれないし」

 

 轟くんの氷結はすごく速い。オールマイトが動くより早く氷結すれば、多分ちょうどいいタイミングで凍らせることができるんじゃないかな。それが難しいんだけど。出久くんがいなかったら絶対できないレベルのことだ。職人技といってもいい。

 

「よし、行こう。ここまで待ってくれていたバリーをブッ倒すんだ。余裕ぶりやがって!そういうやつは絶対に倒されるって決まってるんだぞ!」

 

「余裕ぶっているっていう意味なら、月無もそうだと思うけど……」

 

「ぶっては見えるけど、余裕ではないよ。あと出久くん、ほい」

 

 軽い言葉とともに、エリちゃんを抱き上げて出久くんに背負わせた。大怪我をするっていうなら、エリちゃんは適任だ。巻き戻す個性と出久くんの大怪我。出久くんの口ぶりからすると、怪我が大きいほど威力が増すみたいだし。

 

「エリちゃん、出久くんは僕の友だちなんだ。エリちゃんの個性で助けてほしいんだけど、いいかな?」

 

「えー……月無さんと一緒がいい」

 

「帰ったらいっぱい遊ぼう。それで許してくれる?」

 

 僕の服をぎゅっと握るエリちゃんを優しく撫でると、少ししたら小さく頷いてそっと離してくれた。懐いてくれるのは嬉しいけど、最近ますますべったりになっている気がする。僕が悪いのかな?僕が悪いんだろう。あと弔くんは弔くんって呼んでるのに、なんで僕は月無さんなんだ。

 

「エリちゃんの個性は巻き戻す個性。あとはわかるよね」

 

「……大怪我し続ける。これならいけるかもしれない。でも、エリちゃんの力を借りるのは……危ないよ」

 

「確かにね。でも、守るのがヒーローの仕事じゃない?」

 

「サミーとバリーがいる以上、僕が背負っている方が安全っていうのもわかるけど、オールマイトが相手な以上守れるかどうか」

 

「エリちゃんは幸福だから、大丈夫だよ。攻撃を受けるなら出久くんだけだ、それに」

 

 僕は一歩前に進んで振り返り、出久くんを見て笑う。

 

「今守られてるのは君だぜ。君が守って初めてフェアでしょ」

 

 助ける助けられるに立場は関係ないしね。持論だけど。

 

「君は本当に口が上手いというか、物は言いようというか」

 

「おい月無。あいつ待たされすぎてブチ切れかけてるぞ。早くいこう。待たせんのはよくねぇ」

 

 出久くんの呆れと、轟くんのどこかズレた発言を背にオールマイトを目指す。一緒に戦うのは敵連合のみんなではなく、なぜかヒーローの卵である雄英の子となのがどこかおかしく、そしてなぜか嬉しい気持ちになり、思わず少し笑ってしまった。

 

 

 

「なんか仲いいな、あいつら」

 

 荼毘は緑谷と話している月無を見てぽつりと呟いた。誰に呟いたわけでもないそれは、隣にいたエンターテイナーに面白そうな顔をして拾われる。

 

「なんだ、嫉妬か?おじさんに話してみろよ、力になるぜ」

 

 仮面の下で愉快そうに笑うコンプレスに、荼毘は月無を見たまま特に表情を変えることもなくまたぽつりと呟いた。

 

「かもな」

 

 おや、とコンプレスは荼毘の反応を意外に思う。どうせ「なんだそれ」と冷たくあしらわれるかと思っていたため、肩を竦める準備をしていたコンプレスは竦める肩を失ってしまった。誤魔化す必要はないのだが、コンプレスは一応肩をぐるりと回して荼毘の言葉を待つ。

 

 荼毘としては今の返事で会話は終わりだと思っていたのだが、コンプレスからの視線を感じ、仕方なくゆるりと口を開いた。放っておくとつつかれるのはわかっているのだ。

 

「どうもな。敵じゃねぇ月無の姿を見せつけられた気がしてよ」

 

「……なるほどね」

 

 敵じゃない月無。月無の言う先生、最悪の敵も言っていた可能性の話。もしも、月無が個性の譲渡を自身の個性が発現するよりも早くされていれば。もしも、助けてくれたのがオールマイトであれば。

 

 そのもしもの人生を月無が歩んでいればと思うと、きっと今よりろくでもないことになっていただろうな、と荼毘は勝手に想像する。

 

 コンプレスは荼毘の言葉を自分の中で咀嚼して、敵連合全員の共通認識を吐き出した。

 

「んなの、頻繁に見てるだろ。今更さ」

 

 コンプレスは今度こそ肩を竦め、ポケットの中で何かを圧縮した玉を転がしながらバリーの下へ向かった。



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第53話 平和の象徴(偽)

 荼毘は個性、能力的に戦闘特化である。操作性が高く高威力の炎、三次元的な動きを可能とするサポートアイテム、滅多なことでは動じない図太い心臓。脳無二体を瞬時に倒してみせたのがそのいい例で、状況判断にも長けているといえる。

 

 そんな状況判断に長けている荼毘だからこそ、サミーは短期決戦で仕留めなければならないと考えていた。未だ個性の詳細がわかっていない相手であり、恐らくアポート、テレポートが行える個性。黒霧のようにモーションが分かりづらいため、放っておくと何をされるかわからない。

 

 そう判断した荼毘は、手始めにサミーを覆いつくす炎を放った。青い炎の波はサミーを焦がすと思われたが、波に覆われる寸前にサミーの姿が消える。これで仕留めきれると思っていなかった荼毘はサポートアイテムから炎を噴かして空を飛ぶ。荼毘の個性の性質上、先ほどのような攻撃をすると相手の姿が見えなくなってしまうため、その攻撃の後は視覚的優位をとるために飛ぶ必要があるのだ。

 

 今はどちらにしろ飛ぶ必要があったのだが。

 

 姿を消したサミーは上空に移動しており、荼毘より少し高い位置にいる。視覚的優位をとろうとして逆にとられるとは、と荼毘は小さく息を吐いた。さして気にしていないが、なんだかんだで癪に障るというやつである。

 

 サミーは吹き上げる風にスカートを揺らしながら、荼毘に向かってウインクした。

 

「今日は気合入れて黒を履いてきたの。あなたいい男だからみてもいいわよ」

 

「燃えりゃ全部一緒だろ」

 

 月無ならば当選確実かと言わんばかりに両手をあげて拝み倒すところを、荼毘は容赦なく炎を放った。「消し炭にするんだから、結局黒だろ」とどうでもいいことを考えつつ放った炎は、やはり転移されて避けられる。

 

 転移先は荼毘の背後。転移したその瞬間に背後から荼毘の顎に指を添え、首元に息を吹きかける。

 

「ねぇ、二人きりでいいことしましょ?」

 

 その言葉とともに、その場から荼毘とサミーの二人が消えた。

 

 

 

 転移した先はとあるビルの屋上。

 

 美女と密着して後ろから息を吹きかけられ、「いいことしましょ?」という必殺コンボを喰らえば、普通の男であれば脳を痺れさせしばらくは身動きがとれなくなることだろう。そんな男の夢を、荼毘は自分を中心に炎を展開し、サミーを遠ざけた。

 

 色仕掛けをしつつもどうせ引っかからないと踏んでいたサミーはその炎を受けることなく、荼毘の数メートル先に転移する。

 

「もう、せっかちさん。そんなすぐにやろうとしなくてもいいじゃない」

 

「わりぃな。お前みたいないい女、こういう状況でなけりゃ色々やってやるんだが」

 

「あら、嬉しい。あなた結構好きなの?」

 

「あぁ、月無は女が好きだからな」

 

「?」

 

「そういうことだよ」

 

 え、どういうこと、とサミーが聞き返す前に、荼毘から膨大な量の炎が溢れ出た。荼毘を中心に渦を巻く青い炎は、周りにある空気すら焼いてみせる。轟々と燃え続ける炎にサミーは頬をひきつらせた。

 

「これを展開し続けてお前に近寄れば焼けんだろ」

 

「嘘でしょ?そんな炎の中心にいるって、あなたが耐えられないはず」

 

「まぁ、そうだな」

 

 荼毘は腰を落として静かに告げる。炎を使うとはいえ、暑いものは暑い。ある程度慣れてはいるが、長い間耐え続けられるかと言えばそれはノーだ。周囲に炎の渦を展開し続けるのはそれだけの操作とそれの維持、それに耐えることが必要になってくる。生半可な練度では行えることではない。

 

 しかし、荼毘には自信があった。テレポートを繰り返す相手に追いつき、燃やす自信が。

 

「鬼ごっこやんのは久しぶりだな」

 

 瞬間、サポートアイテムから炎を噴かし、サミーに向かって飛んだ。サミーは向かってくる脅威に汗を浮かべ、慌てて上空に転移する。瞬時に移り変わる視界に慣れない違和感を覚えつつ、目線を荼毘がいるであろう下に向けた。

 

 そこには、爆発的に膨れ上がる炎の渦があった。

 

「なんでっ!」

 

 荼毘がやったことは単純。転移するであろう瞬間に無差別で炎の渦を広げただけである。燃やせれば嬉しいなくらいの気持ちで。それが運よくサミーを捉えようと襲い掛かっているだけで、特に動きを読んだというわけではない。

 

 しかし、そのことを知らないサミーは焦りから声をあげ、更に上空へ転移する。荼毘と炎の渦が視界に入るような位置に移動し、とりあえず安心しようという思いで転移したサミーは、その視界に荼毘が入っていないことに気づいた。

 

「どこに」

 

「個性は焦ると精度を欠く」

 

 荼毘は、サミーの背後にいた。

 

 荼毘が炎の渦を広げ、サミーが声をあげたその時。荼毘はその声を聞いて、上にいると判断した。そうとわかれば後はサポートアイテムから炎を噴出させ、空へ上がるだけである。転移で視界が一瞬暗転する瞬間をつき、サミーの背後に移動したのだ。

 

 そして、荼毘がサミーの背後をとれた理由。

 

「それが転移っていうなら、精度を欠いた時の選択肢は一つ前の転移と同じ方向へ行くことだ」

 

 個性は初めから完璧に扱えるわけではない。個性のほとんどが精神状態に影響され、焦りは個性の精度を欠く。中には個性の調整ができず大怪我をする者もいれば、いなくなる状態まで巻き戻してしまう者もいる。いくら鍛え上げたとしても、それが精密さを要する個性であれば不測の事態で精度を欠くことは珍しくない。

 

 そこからくる予想。博打に近いそれが、うまくはまった形である。

 

「そんなバカな話……!」

 

「あるんだから仕方ねぇ」

 

 荼毘はサミーの服を掴み、サポートアイテムから炎を噴かせてその場で高速回転する。ただ燃やし、殴るだけでは転移されるかもしれないため、まずまともな思考力を奪うために視界を揺らす。

 

 そして、数回転した後、眼下に広がる炎の渦に向かってサミーを投げ飛ばした。ダメ押しにサミーに向かって炎を放ち、完全に冷静さを奪いきる。

 

 サミーが炎に包まれるのにはそれほど時間はかからなかった。

 

「     !!」

 

 声にならない悲鳴をあげるサミーを上空から眺める荼毘は、ある程度時間が経つと炎を消し、サミーの呼吸を確かめる。辛うじて息をするサミーを確認すると、荼毘は立ち上がってサミーに背を向けた。

 

(別に、殺してもよかったが)

 

 荼毘は、月無のレベルアップについて思い出す。ヒーローの真似事、人助け。となれば、殺していいか悪いかのどちらかなど、考えずともわかることだった。

 

「ヒーローは殺さねぇもんだろ。多分」

 

 誰が聞いているわけでもないのにそう呟き、荼毘はビルの屋上から飛び降りた。

 

 そういやここどこだ、とふわふわ考えたまま。

 

 

 

「うわあああああ!!」

 

「月無がやられた!」

 

 それぞれで戦闘が始まったその瞬間、僕は気持ちいいくらい吹き飛ばされた。風圧だからよかったものの、拳を受けていたらミンチになっていた可能性がある。いや、なっていた。きっとその後オールマイトにハンバーグにして食べられるに違いない。オールマイトって料理できるの?

 

 無様に転がりつつ、そんなことを考える。いつでも平常心、いつも通りに。僕の個性はそれが大事になってくる。暴走したらとんでもないことになるからね。

 

 体勢を立て直して、オールマイトに向かって走り出す。僕が怪我をすることでそれを譲渡することができるから、積極的に戦いに行かないと。やられるために行くって情けなくない?

 

 と、思ったが、僕いらない説が出てきた。目の前にある光景は、エリちゃんを背負いながら何かバチバチして拳を放つ出久くんと、めちゃくちゃ笑顔でヒーローの卵にラッシュをかけるオールマイト。あれにどうやって交ざれって言うのさ。

 

「こうやってだろ」

 

 僕の考えを読んだのか、轟くんが言いながらオールマイトを氷漬けにしようとするが、オールマイトはそれを見てから余裕で避け、その避けた勢いのまま轟くんの下へ移動した。速すぎ。

 

 だけどやらせない。出久くんがオールマイトにたどり着くまでの一瞬、その一瞬時間を稼ぐだけでいい。それなら、僕の個性は最適だ。

 

 オールマイトに不幸を譲渡する。本物なら申し訳なくてできないけど、あれは偽物だからやっていいはず。それでも気が進まないけど。

 

 僕の不幸は譲渡されたその瞬間、なんらかの形で作用する。例えば鉄骨が降ってきたり、猫に噛まれたり、川に流されたり、財布を落としたり。そもそも不幸が起きる原因がなければ大した不幸は訪れないけど、今は戦闘中。そして相手はオールマイト。あのパワーがあれば不幸の原因は途切れることなく溢れ出てくる。

 

 オールマイトが足を踏み出した瞬間、足を滑らした。おっちょこちょいでユニークなオールマイトにありがちなドジである。ドジというか轟くんの氷結で凍った地面で滑ったんだけど。

 

 そして、この明確な隙を出久くんは見逃さない。

 

 出久くんは猛スピードでオールマイトに向かって跳ぶと、その勢いのまま蹴りを放った。だが流石はオールマイトと言うべきか、体勢を崩しながらもその蹴りを腕でガードする。

 

 それでもうまく防げたわけではなかったのか、更に体勢を崩したオールマイトは距離を取ろうと風圧で移動しようとするが、それをする前に轟くんがオールマイトの足を凍らせた。

 

「完璧!轟くん!」

 

「お前がいなきゃ俺がやられてた。お互い様だろ」

 

 どうやら僕がオールマイトに不幸を譲渡したのがばれていたらしい。よく見てるよね、轟くん。

 

 ここまでうまくいっているのは、ほとんど同じ力を持っている出久くんがいるからだろう。出久くんがいなければ、一瞬でみんなやられていたに違いない。それだけの力がオールマイトにはある。

 

 でも、それにしたってちょっと弱くない?このオールマイト。とても平和の象徴と呼ばれていたとは思えない。僕のせいか。

 

 ごちゃごちゃ考えているその間に、出久くんの渾身の一撃がオールマイトに突き刺さる。凍っていたオールマイトの足を破壊し、オールマイトの体を凹ませるその一撃はとてもヒーローの一撃とは思えない。偽物だって割り切りすぎじゃない?

 

「……勝った?」

 

 拳を振り切った状態でぽかんとしている出久くん。信じられないっていうのはわかるよ。だって相手はオールマイトだもの。今この状況を見れば勝ったことは明白だけど。

 

「バリーの個性も記憶を完全に再現するってわけじゃないのかな?誰かから抽出した記憶は弱体化されるとか」

 

「記憶って言う割には随分曖昧だな。倒せたんなら何でもいい……が……」

 

 クールに言う轟くんが、前を見て固まってしまった。その目線の先には、オールマイト。足が砕けて体が凹んだはずのオールマイトが、綺麗な体で立っていた。

 

「……記憶の再現」

 

「どういうことだ?」

 

「怪我のないオールマイトの記憶。それがあれば、治療すら可能ってことじゃない?」

 

「……マジかよ」

 

 味方にとっては安心できる素敵な笑顔。敵にとっては絶望を与える素敵な笑顔。うん、今理解した。オールマイトを相手にするっていうのはこういうことなのか。

 

 平和の象徴は倒れない。こういうことじゃないと思うんだけどなぁ。



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第54話 エンターテイメント

 コンプレスは懐に忍ばせてある何かを圧縮させた小さな玉を数個手で転がしながら、正面にいる敵を見た。記憶を現実に呼び出す個性。記憶さえあれば何の準備もいらず、特にわかりやすいモーションもない規格外の個性を持つのが、コンプレスの正面にいるバリーだ。

 

(勝利条件は気絶させることかね。エリちゃんがいるし、できるだけ殺しはナシだ)

 

 コンプレスは転がしていた玉を数個取り出し、指の間に挟んでバリーに見せるように掲げた。不意打ち気味にやってもいいのだが、エンターテイナー気質のコンプレスは「わざと見せつける」というマジックらしい行為が好きなのである。

 

 仮面の下でにやりと口歪め、手始めに二個高く放り投げた。

 

「さぁご注目!稀代のエンターテイナーMr.コンプレスの、種も仕掛けもあるショーをご堪能あれ!」

 

 コンプレスが指を鳴らすと、現れたのは二輪の青いバラの花。何がくるかと身構えていたバリーは目を丸くして、二輪のバラを見つめる。

 

「青いバラの花言葉って知ってるか?」

 

 コンプレスは尋ねながら銃を取り出し、バリーに向けて引き金を引いた。銃声とともに放たれたそれを、バリーは記憶から自分の正面に大岩を呼び出して防ごうとする。

 

 しかし、それは意味がない。コンプレスの銃はオーダーメイドの特別製。撃ちだしたものはコンプレスが圧縮した何かである。そして弾としてこめる以上、コンプレスは単純な強度を基準として選び、弾丸にしていた。

 

 今回現れたのは、巨大な鉄球。その鉄球は撃ちだされた勢いそのままに大岩へ直撃した。砕ける大岩に冷や汗を浮かべたバリーは回避するために走り出すが、その先にも銃が放たれる。舌打ちして記憶から呼び出すのは、突風。

 

「来る前に逸らせば関係ねぇだろ!」

 

「岩に風まで出せんのかよ。向いてるぜ、エンターテイナー」

 

 銃をくるくる回してへらへら笑うコンプレスに、バリーは笑って「お前には負けるよ」と返した。個性として優秀なのはバリーには違いないが、実際戦ってみるとあっという間にあと一歩のところまで追い詰められてしまったのだ。バリーとしては、その上手さを称賛する以外ない。

 

「そういやさ、もう一回オールマイトとかださねぇの?もしかして呼び出せる記憶には限界があるとかなのかね」

 

「どうだろうな。お前程度に出す気はないってだけかもしれないぞ」

 

 それに、とバリーは地面に落ちている二輪の青いバラを見た。

 

「バラが二輪なら、この世界は二人だけって意味だろ?お前が嫉妬しちまうかと思ってな」

 

「オシャレだな。知ってたのか?」

 

「男の子なら一度はあるもんだろ。そういうのがカッコイイと思っちまう時期がさ」

 

 所謂恥ずかしい時期である。思春期の頃にそういう時期が訪れ、神話や星、今のような花言葉など、あらゆるものをオシャレ、またはカッコいいと思い込み、更には妄想の世界に浸るまである一種の病気ともいえるもの。なまじ記憶のいいバリーは、その時期を思い出して苦い表情を浮かべた。

 

 その言葉にコンプレスは肩を竦め、銃をしまって新たに玉を取り出し、一言。

 

「俺は今でもカッコいいと思ってるぜ」

 

「そりゃ悪かった。遅めの思春期なんだな」

 

 放り投げたのは五つの玉。コンプレスの個性は重さすら小さくし、そのため所持するのにほとんど苦労がない。あるとすれば、見た目からは中身の判別ができないため、ポケットを複数用意して種類ごとにわけるしかないというところか。

 

 放り投げた五つの玉を見てバリーは再び突風を起こそうとするが、その前にコンプレスが指を鳴らした。ちなみに、指を鳴らす必要は全くなく、単なるかっこつけである。

 

「は?」

 

 現れたのは、五本のボウリングのピン。バラの時と同じようにぽかんとするバリーだったが、コンプレスがもう一つ投げたのを見てすぐに我に返るが、それより早いのがコンプレスの個性。投げ出された玉はボウリングの玉。ボウリングの玉は一本のピンに当たり、それによって弾き出されたピンが別のピンに当たり、そのピンがバリーに向かって弾き出された。

 

「お、スプリット」

 

「バカかよ!」

 

 遊びとも見えるそれに苛立ちながら、突風でピンを吹き飛ばすバリー。しかし、バカにしているように見えてコンプレスは意外に考えていた。

 

 記憶を呼び出すインターバルを狙い、バリーに向かって走り出す。走りながら玉を前方に転がし、それを解放した。現れたのは、トランポリン。

 

「また遊ぶ気かよ!」

 

「最近知ったんだ。トランポリンの楽しさを!」

 

 コンプレスは軽い身のこなしでトランポリンに飛び込み、勢いよく宙へ跳んだ。華麗に宙返りを決めてみせ、上空から玉をバラまいた。コンプレスが両腕を広げて指を鳴らすと、無数の玉が岩の雨となってバリーに降り注ぐ。

 

「いきなり真面目な攻撃してんじゃねぇよ!」

 

 バリーはコンプレスがトランポリンで跳んだ瞬間に走り出しており、間一髪のところで岩を回避する。砕けた岩の破片が脚に突き刺さるが、潰れるよりはましだと己を奮起させ、いまだ宙にいるコンプレスに向けて炎を放った。記憶から生み出される炎は、かなりの熱を誇っている。喰らえばひとたまりもないだろう。

 

 その炎を見て焦ることなく、コンプレスは圧縮させていた人が入れる大きさの真っ黒な電話ボックスのようなものを取り出し、その中に入る。見た目は脱出マジックのようで、バリーはそのふざけた見た目に頬をひきつらせた。

 

 だが、このボックスはふざけたものではなく、あらゆる衝撃や熱などから身を守れる核シェルターに近いものである。作られた経緯は「ショーに使えるボックスが欲しい」というふざけた理由からだが、その性能は抜群。死柄木に「お前が強くなったんじゃなくて、アイテムが強いんだろ」とまで言わせたほどだ。これにはコンプレスも頷いてしまった。

 

 コンプレスがボックスに入った直後、炎が襲い掛かる。ボックスがその性能を最大限に発揮し燃えることはなかったが、扉から少しだけ漏れてきた熱と、落下の衝撃を受けてコンプレスは苦痛に顔を歪めた。

 

 いつまでも入っていてはいつの間にか追い詰められてしまう事態になりかねないので、コンプレスはすぐにボックスから脱出した。普通に出ては脱出ショーっぽくないので、ボックスの中に数個玉を転がし、圧縮させていた発煙筒を出して煙とともに脱出する。

 

「そろそろ種も無くなってきたんじゃねぇか?」

 

「冗談。エンターテイナーの種は尽きないのさ」

 

 言いながらコンプレスは距離を詰める。色々遠距離から攻撃をしていたが、なんだかんだで一番手っ取り早いのは直接触れて圧縮することだ。そのことを理解しているバリーは種が少なくなってきたからだとあたりをつけ、愉快そうに笑いながら炎を呼び出す。コンプレスの種が有限なのに対し、バリーは意識か記憶を失わない限り武器は無限に用意できる。

 

「反則だよな、それ」

 

 炎に晒される寸前、なおも笑いながらコンプレスは地面に手をつけた。コンプレスの圧縮は、壁や地面などに対しても例外なく使用できる。触れた地面は個性によって圧縮され、それによってできた穴に飛び込んだ。

 

「モグラかよ」

 

 バリーは鼻で笑って、コンプレスが出したボックスに向かって走り出した。足音をごまかすため拳と同程度の大きさの石を落としながら、煙を吐き出し続けているボックスの下へ向かう。触れられてはひとたまりもないため、目くらましにはちょうどいいと考えての事だった。途中でボロボロにされているオールマイトが目に入り、少々驚きながらも個性で元に戻す。

 

 傷がない状態のオールマイトの記憶があれば、その再現によって元に戻すことが可能なのだ。バリーは雄英生と月無の絶望する表情を想像しながら悪そうな笑みを浮かべた。

 

 そんな中、コンプレスはモグラのように移動はしておらず、穴からスタングレネードを放り投げた。様々なものが出てくるその様は、さながらびっくり箱である。

 

 スタングレネードを見たバリーはコンプレスが出したボックスの中に逃げ込み、扉を閉じた。炎を防ぐならば閃光や音も防ぐはず。その考えは当たっており、音は聞こえるものの閃光は完全に遮断されていた。外の音があまり聞こえないのは出るタイミングが難しいためそのあたりが欠陥だな、と煙で咳き込みながらどうでもいいことを考えつつ外に出ると、目の前にはコンプレス。

 

「軽くホラーだな、オイ!」

 

 伸ばされた手をはじき突風でよろけさせた後、蹴りを放ってコンプレスを吹き飛ばす。今までの身のこなしを見ていたバリーはあっさり攻撃を受けたコンプレスに違和感を覚えるが、成功したからいいかと違和感を振り払い、炎を呼び起こそうとした。

 

「敵の手を借りるのは気が進まないが」

 

 その時。背後から聞こえた声に思わず振り向くと、目の前には押印。

 

「感謝しよう、Mr.コンプレス、そして敵連合。私だけではやられていた」

 

 サー・ナイトアイ。数分前にコンプレスが圧縮したプロヒーロー。ボックスで煙をたいた時、圧縮していたナイトアイをボックスの中に転がしていたのだ。

 

 バリーの頭が押印によって弾かれ、強い衝撃に脳が揺れる。遠のきそうになる意識をなんとかつなぎとめ、無事な自分の姿を思い出して揺れる脳と遠のく意識をリセットしたときには、視界が暗くなっていた。

 

「人は考えているときと安心したときに油断するものさ。エンターテイメントはその緩急が大事なんだ」

 

「覚えておくよ、Mr.コンプレス」

 

 圧縮したバリーをナイトアイに投げ渡し、得意気に語る。別に最後バリーに蹴り飛ばされたあの時に圧縮はできたのだが、面白さを優先してナイトアイを解放した。プロヒーローを解放するのは敵であるコンプレスにとってはマズいことでしかないのだが、このあたりがコンプレスの悪い癖である。

 

「よかったのか?私を解放して。お前たちなら私の個性くらい把握しているだろう」

 

「予知だろ。別にいいさ。何かを変えようとしている俺たちが、未来を見られんのを怖がってどうするんだよ」

 

 それにさ、とコンプレスはいつの間にか回収していた二輪の青いバラの花をナイトアイに見せた。

 

「青いバラの花言葉は奇跡なんだぜ」

 

「……なるほど、洒落ている」

 

 ナイトアイは薄く笑みを浮かべると、押印を取り出した。今までは協力していたが、その相手がいなくなった以上完全なる敵同士。見逃すはずがない、が。

 

 ナイトアイはオールマイトが消えてなぜかハイタッチしている敵同士なはずの月無、緑谷、轟の三人、正確には緑谷が背負っている少女を見て押印をしまった。

 

「おや、やらないのか?」

 

「あぁ。保護対象がいて、月無凶夜という脅威がいる以上焦って戦う意味もない。行動はともかく、話がそこそこ通じる相手でもあるようだしな」

 

「……なるほどね」

 

 コンプレスはナイトアイとともに三人の下へ歩きながらぽそりと呟いた。

 

「俺たちがすぐに逃げなきゃいけないってわかって言ってんだろ、それ。やだなぁもう」

 

 コンプレスは空を飛んでくるエンデヴァーと爆豪、なにやら不思議な高速移動をする通形を見て大きくため息を吐いた。ポケットの中の携帯で黒霧に「いつものピンチ。頼む」と連絡しながら。




 ちなみに、ナイトアイを解放したのは『この世界は二人だけ』への裏切りというエンターテイメントも理由の一つです。

 ついでに、ニュートとガストの戦闘シーンは書きません。恐らく。


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第55話 敵に

 コンプレスさんがやってくれたらしく、オールマイトは掻き消えた。オールマイトが一度全快してからは捉えきることができず、偽物でも流石オールマイトと言ったところか。僕と轟くんは満身創痍だった。出久くんはエリちゃんを背負っているからまったく堪えていない様子である。ずるいぞ。

 

 なにはともあれ、オールマイトを撃退?したのは事実。普通の友だちみたいに三人でハイタッチし、出久くんが背負っているエリちゃんともハイタッチしていると、空から爆音が聞こえてきた。新たな敵かと目を向けると、そこにはエンデヴァーと爆豪くん。

 

 その二人を見て、そういえば僕たち捕まえられてもおかしくないよね、ということに気づいた。

 

「まずい!」

 

 出久くんと轟くんもそのことに気づいたのか、僕から距離をとる。まずいって、そんな僕が何かするみたいに言うなよ。さっきまで一緒に戦ってたのに悲しいなぁ。まぁ正しい反応なんだけど。正直さっきまでの様子の方が大分おかしい。僕としては好ましい。

 

 エンデヴァーと爆豪くんが降り立つと同時、死穢八斎會のときにみたヒーロー……ルミリオンが地中からぬっと現れた。四面楚歌か?

 

「お疲れ、月無。ところでどうする?」

 

 そして僕の隣に立って肩を叩くのはコンプレスさん。

 

「うーん、きびしい」

 

 無理でしょ。轟くんの優秀さは知ってるし、一度スカウトした爆豪くんのすごさも知っている。出久くんはエリちゃんを背負っている以上とんでもないパワーが出るし……とはいってもエリちゃんが個性を使わなければいい話なんだけど。ただ、そうでなくてもエンデヴァーと若頭を瞬殺したルミリオンもいる。ナイトアイだって油断できないし、もしかしたら僕の未来を見られるかもしれない。正直言って最悪だ。

 

 でも、エリちゃんを置いていくなんて選択肢はない。出久くんの隙をついてエリちゃんが個性を発動すれば抜け出すことは可能だろうから、その一瞬が大事だ。エリちゃん以外の人を不幸にすればそれは可能だろう。多分。不幸を取り除いた僕は、一瞬だけ幸福が勝るから。

 

 ただ、マズいことが一つある。

 

「コンプレスさん」

 

「ん?……あぁ、なるほどね」

 

 僕の呼びかけに、コンプレスさんは一瞬首を傾げたが、僕が一瞬向けた視線の先を見て納得した。その先には、テレビのカメラがある。そりゃあれだけ暴れたんだから、きていてもおかしくない。

 

 じゃあ何が問題かって、エリちゃんの立場だ。お優しいヒーローのことだから、エリちゃんは誘拐された扱いになっているはず。でもこの場面で、エリちゃんが望んで僕たちのところにくるとしたら、それはマズい。その映像が出回ればエリちゃんは立派な敵だ。別に僕たちの仲間じゃないって言ってるわけじゃないけど、できれば敵なんてものをエリちゃんに背負わせたくはない。

 

 だとしたら、エリちゃんをヒーローに引き取ってもらう?いやいやそれはナンセンス、ありえない。それは弔くんやみんなを見捨てるのと一緒だ。そんなことをしたら下手をすればみんなに殺されかねない。

 

「月無凶夜、Mr.コンプレス……いや、望月豊優と迫圧紘と言った方が早いか?」

 

 どうしようかな、と考えている僕たちに痺れを切らしたのか、エンデヴァーが口火を切る。コンプレスさんはともかく、僕の本名もバレているのか。調べてわかることなら何故僕は前まで知らなかったのか。恥ずかしい。

 

「今は月無凶夜でお願い。その名前は敵の僕に相応しくないから」

 

「そうか?いい名前だと思うぜ」

 

「ありがとう、迫さん」

 

「俺はMr.コンプレスだ」

 

「そういうことだよ」

 

 やられた、と大げさな動作でおどけてみせるコンプレスさんを見てクスクス笑っていると、エンデヴァーが呆れたように小さく息を吐いた。いけないいけない、すぐにふざけてしまうのは僕たちの悪い癖だ。真面目にふざけてるんだけど。

 

「大人しくしてくれれば少なくともこの場では悪いようにはしない。抵抗せず投降してくれると嬉しいが……」

 

「や、敵相手にそれはないでしょ。無理無理」

 

「だろうな。これで投降するならそもそもやっていない」

 

 言って、エンデヴァーはその手に炎を灯す。最近炎ばっか目にするな。ニュート然り、轟くん然り、エンデヴァー然り。炎の個性が多すぎるんだ。僕がトラウマになってたらどうする。

 

 なんてことを考えている暇はない。時間稼ぎの策を。ヒーローからすれば時間稼ぎとわかっていても、僕たちに手が出せないようなそんな策を。

 

 ……実は結構前に思いついてたけど、あまりというかまったく気が進まない。でも、やるしかない。あとでエリちゃんとみんなに謝るとして、気が進まないとしてもやるしかない。テレビカメラがあることだしね。

 

 僕はコンプレスさんを弱い力で叩き、視線を送ってから一歩前に出た。ヒーローが身構えるが、できるだけ柔らかく笑って警戒を解いてもらうように尽力する。無理だけど。

 

 これから言う言葉は最低で畜生極まりない言葉だ。もしかしたら僕が嫌われてしまうかもしれないけど、それもいいかもしれない。いや、よくない。黒霧さんどうせ見てるなら早くきてほしいなぁ。今きたらやられるから出ないんだろうけど。

 

 そんなことを考えても仕方ないので、短く息を吸って、それから言葉を吐いた。

 

「別に、このまま帰ったっていいんだけどさ。僕としてはそれはありえないというか、ねぇ、出久くん」

 

 僕に名前を呼ばれた出久くんは表情を強張らせた。そんなに警戒することかな?することか。

 

「エリちゃん、返してよ。僕たちに必要なんだ、その子……というよりは、その個性か」

 

「なっ……」

 

 あのテレビカメラが音を拾うかはわからないが、実際にあれがある以上、エリちゃんを完全な味方だと思わせてはいけない。あくまで僕たちはエリちゃんの個性が必要だから欲していると思わせる。人としてではなく物としての価値。そう思い込ませることによってエリちゃんの立場を綺麗なものにする。僕は今うまい表情ができているだろうか。この時ばかりは僕の不幸な人生が嫌になり、助かる思いもある。

 

 出久くんと轟くんは、なぜだか知らないがショックを受けていた。爆豪くんも片方の眉を吊り上げ、訝し気に僕を見る。僕がそんなことを言うとは思ってなかったのかな?僕も思ってなかったさ。オールマイトに勝つためとはいえ、エリちゃんを気軽に預けすぎた。必死になって後を考えていなかったのは反省点だ。

 

「いい個性だよね。死穢八斎會も上手い商売をしたもんだ。個性を破壊する弾、知ってるよね。そんないいものを作れる個性を持っている子、わざわざ手放すのはバカだと思わない?」

 

「……ただの外道ではないと思っていたが、勘違いだったか?」

 

 エンデヴァーが出久くんの前に出て僕を睨む。エリちゃんを気遣ってのことか。カッコいいじゃん。惚れるぜエンデヴァー。

 

「さぁ?感じ方は人それぞれでしょ。エンデヴァーがそう思うならそうだし、そう思わないならそう。さて、エリちゃんはどうかな?」

 

 ここからが勝負の分かれ目。エリちゃんが僕を拒否したのなら、僕がエリちゃんの個性を意図的に暴走させて出久くんから引きはがし、そのままみんな不幸にしてエリちゃんを抱え、コンプレスさんに圧縮してもらう。そこから黒霧さんのところへダイブだ。エリちゃんが賢ければ、自分で個性を使って引きはがし、僕らのところへきてくれるだろう。それは虫が良すぎるか。最低だ、死ね僕。

 

「おじさん、どいて」

 

 エンデヴァーの背後から、聞きなれた可愛らしい声が聞こえた。その声は震えていて、それだけで罪悪感に押しつぶされそうになる。あれ、僕やはり死んだ方がいいのでは?

 

 エンデヴァーは少し考えた後、出久くんの前からどいた。おじさんと言われたときにピクリと眉を動かしていたのは気のせいだろう。エンデヴァーはその程度で動じない。

 

 エリちゃんは出久くんの背中からぴょこっと頭を出して僕を見ていた。僕の目がおかしくなければ、エリちゃんの目は確かに潤んでいた。ヒーローたちからは見えないようにコンプレスさんが僕の背中を叩く。痛いが、仕方ない。

 

「月無さん」

 

「……なにかな?」

 

 さて、出てくる言葉は拒絶か、それとも個性の発動による逃亡か。どちらにしろ土下座案件だ。

 

「私ね、知ってるよ。月無さんが優しいってこと」

 

「……?」

 

 あれ、おかしいぞ?僕の作戦にはない反応が返ってきた。

 

 出久くんの肩をぎゅっと掴むエリちゃんを気遣うように出久くんがエリちゃんの手をぽんぽんしている。

 

「だからね、さっき月無さんがあぁ言った理由も、わかるよ。私を敵にしたくないからなんだよね」

 

「……感じ方は人それぞれだって言ったよ。そういう捉え方もあるかもね」

 

「でも、それは悲しいよ。……私は、みんなのことが大好き、月無さんのことが、大好き!あの場所が、あったかいあの場所が大好き!だから、いいの。立場がなんだって、例え世界が敵になったって!私はあの場所がいいの、あの場所じゃなきゃ嫌なの!前に言ったよね、私にとって、月無さんは」

 

「っ、それ以上は」

 

「ナイトアイ!」

 

 エリちゃんの言葉を止めに入ろうとしたナイトアイを、出久くんが叫んで、止めた。出久くんは歯を食いしばって、ぎりぎりと拳を握っている。

 

「言わせないなんて、それはないでしょう……!」

 

 今の出久くんの行動は、ヒーローとしては正しくないかもしれない。ただ、なんだろう。出久くんがエリちゃんを想ってくれているというのが伝わって、すごくうれしい。ただ、それ以上に。

 

「私にとって、月無さんはヒーローなの!だから、そんなこと言わないでよ!バカ!」

 

「……ふふ」

 

 バカか。確かに。僕はものすごくバカだった。さっきの僕の言葉はそれ以上ないエリちゃんへの侮辱だっただろう。勝手にエリちゃんを守らなければいけないと決めつけて、自己満足の塊でしかなかった。本当はこんなに強い女の子なのに。

 

 僕の背中を、今度はヒーローからも見えるようにバシン、とコンプレスさんが強く叩いた。

 

「さ、行こうぜバカ。このままじゃダセェ枯れ木で終わっちまう」

 

 コンプレスさんが僕の隣に立ち、仮面を圧縮してウインクした。

 

「花咲かせんのがエンターテイナーだろ?」

 

「ふふっ、キザだなぁ」

 

 僕は自分の頬を思い切り叩いた。うん、目が覚めた。僕はバカだった。ずっとバカだったけど、さっきは特に。でももうバカにはならない。さっさと帰って、さっさと怒られよう。それが僕たちらしい。きっとエリちゃんも、そういうところが好きなんだ。だって、僕も好きだから。

 

「エリちゃん、個性!」

 

 僕の言葉とともに、エリちゃんが個性を発動する。ただそれは想定内だったのか、出久くんが拳を振りかぶっていた。恐らく、拳圧で僕たちを吹き飛ばす気だろう。でもそれも想定内。

 

「解除!」

 

 僕は横に跳びながら叫んだ。それと同時にエリちゃんの個性が解除され、出久くんの一撃が放たれる。調整なし、最大力の一撃を放った出久くんの腕は当然ズタズタになる。

 

「いってぇぇええ!!」

 

「ごめんなさい!」

 

 痛みに苦しむ出久くんを蹴り飛ばし、エリちゃんが僕の下へ走ってくる。同じようにエリちゃんの下へ走りながら、譲渡によって不幸をヒーローたちへプレゼントした。

 

「不幸のプレゼントだ!遠距離攻撃すると不幸にも暴走して色んな人巻き込んじゃうかもね!」

 

 そして、言葉による牽制。これで一瞬の隙は作れる。その間にエリちゃんを抱いて、あとは帰るだけだ。

 

「確か、渡す相手は見えてないとダメだったんだよね!」

 

 聞こえてきたのは、足元から。そういえば僕の視界に入っていなかった人が一人いた。迂闊すぎだろ!やっぱバカだ僕は!

 

 後悔もそこそこに、ルミリオンに殴り飛ばされエリちゃんとの距離を空けられた。マズい、この間にエリちゃんを取られたら次はどうしようもない。

 

「黒霧きたぞ月無!サポートするにも限界だ!できれば早く決めてくれ!」

 

 コンプレスさんが銃を乱射したり、圧縮していた岩を放り投げたりして嫌がらせの限りを尽くしている。エンデヴァーと轟くんがいるから、あちらも時間の問題だろう。

 

 ルミリオンにボコボコにされながら考えていると、突然エリちゃんとヒーローたちを隔てるように青い炎の壁が現れた。青い炎といえば、僕が知る限り一人しかいない。

 

「わりぃ、遅くなった」

 

「荼毘!エンターテイナーかお前は!」

 

「?それはお前だろ、Mr.」

 

 言いながら、荼毘くんは空から僕めがけて飛んできた。加勢してくれるんだろうけど、今はこっちじゃない。

 

「エリちゃんをお願い!僕はいいから!」

 

「っ、させない!」

 

 ルミリオンは僕を蹴飛ばし、エリちゃんの下へ向かった。ルミリオンの個性は移動に適している。荼毘くんより速いのは間違いない。ただ、エリちゃんに触れると個性が発動……いや、エリちゃんはしないか。エリちゃんは人を消すような真似はしない。万が一があるが、どちらにしろさせてはいけない。

 

「不幸の譲渡を……!」

 

 体を起こしてルミリオンを見ようとしたその時、僕の頭に、優しくて大きな手がぽん、と乗せられた。

 

「凶夜くん、そんなに人を不幸にする必要はないわ。どこまでも優しいあなたが素敵なんだもの」

 

 大きな棒磁石を担ぎ、それに引き寄せられるのは今まさにルミリオンに取られようとしていたエリちゃん。荼毘くんはそれを見て、進路を変えて僕たちの方へ飛んできた。

 

 やがてその人の腕にエリちゃんがぽすんと納まると、茶目っ気たっぷりにウインクして言った。

 

「エリちゃんに戻してもらってから決めてたの。次誰かに個性を使うときは、あなたたちのために使おうって」

 

「マグ姉ぇええええ!!」

 

「感動ほのぼのは後だ!早くしねぇとトンでも集団が追ってくるぞ!」

 

 コンプレスさんの言葉に慌てて黒霧さんの下へ向かう。本当にごめんなさい、黒霧さん。いつも助かってます。

 

 黒霧さんのワープゲートに半身を埋め、炎の壁を突っ切って向かってくるヒーローたちへ手を振った。

 

「また会おうね!敵連合の月無凶夜とエリちゃんをよろしく!」

 

 調子のいいことを言って、慣れた黒へと飛び込んだ。



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第56話 くんとさん

 帰ってきてからしばらく後。

 

 僕は正座していた。理由は言うまでもなく、嘘とはいえ一度突き放したことである。エリちゃんは椅子に座って足をぶらぶらさせ、口の先を尖らせて私拗ねていますアピールをこれでもかというくらい僕に見せつけてくる。今まで数多くの弾劾を受けてきたが、今回のはめちゃくちゃ効く。いや、僕が悪いんだけど。

 

「えっと、エリちゃん。ほんとにごめんね?同じ仲間なのに、ひどいことしちゃったって思ってる。反省してます」

 

「……」

 

 先ほどから何度も謝罪の言葉を口にしているが、エリちゃんは変わらずつーんとするだけだ。正直可愛いが、それを言うと尚更拗ねてしまうというか、怒ってしまうのでぐっと飲み込んでおくことにする。あとヒミコちゃん、エリちゃんの頭を撫でるのやめてほしい。更に可愛すぎて我慢できそうにない。僕は本当に反省しているのか?

 

 まったく動かないエリちゃんと小さな女の子に正座をして謝罪をしている僕を見かねてか、コンプレスさんが圧縮したものを整理しながら僕の味方についてくれた。

 

「月無もエリちゃんを想ってやったんだ。客観的に見れば敵にならない方がいいってのは常識だからな」

 

「でも、月無さんは敵だもん」

 

 エリちゃんは僕をじとっと睨んだ。それは、なんだ。僕が敵だから敵がいいってこと?己惚れてもいいのかな。というか僕の謝罪は無視してコンプレスさんには返事するのか。仕方ないとはいえなんとなく悲しい。

 

 エリちゃんの言葉にコンプレスさんは圧縮したものを懐にしまって、肩を竦めた。

 

「そこを履き違えちまったのさ。エリちゃんにとっての幸せは敵連合で、月無から見たエリちゃんの幸せは表で光に当たって生きること。ここはすれ違ってしまったってことで、許してやってくれないか?」

 

 優しい口調のコンプレスさんに、エリちゃんは俯いてしまった。エリちゃんは賢いから、今言ったこともわかっていたとは思う。それでも子どもだから割り切れないことがあるんだろう。理解はできても納得するのかと言われれば、そういうわけでもない。

 

 黙ってしまったエリちゃんに、今度は意外……といってもいいのかな?弔くんが僕の頭を小突きながら話しかけた。実は子ども好きになってるでしょ。

 

「こっちが不幸ってわかってるから言ったんだ。にしたってアレはないと思うが……オイ月無。例えば俺がお前に敵は向いてねぇって言って、ここから追い出したりしたらどう思う?」

 

「舐めんなって思う」

 

「そういうことだ。エリを舐めるな」

 

 見上げる僕に、弔くんはニヤリと笑ってみせた。何にか知らないけど負けた。エリちゃん好きすぎでしょ弔くん。親かよ。

 

 俯いていたエリちゃんは顔をあげて、椅子からぴょんと飛び降りて僕の下へ歩いてきた。ほぼ同じ目線で歩いてくるエリちゃんにどことなく違和感を覚えながら、許されたわけではないのでもはや感覚を失ってきている脚を意識の外に追いやりつつ、エリちゃんを待つ。

 

 僕のところにきたエリちゃんは背を向けて、僕の膝の上に座った。ほとんどいつも通りの光景だが、今はそれに脚のしびれがプラスされている。意識の外にやったはずのそれがすぐに僕の意識へただいましてきた。多分エリちゃんはわかっててやってる。こういうねちっこい攻めは誰に似たんだ。絶対弔くんだ。

 

 エリちゃんは完全に体重を僕に預け、僕の手をにぎにぎしながらぽつりぽつりと話し始めた。

 

「別に、そんなに怒ってない。でも、やっぱりヤなの。月無さんが一緒じゃないところを想像するの」

 

 きゅっと手を握る力が強くなった。そのままエリちゃんの意思に従って腕をエリちゃんを抱くように回す。

 

「私を敵にしたくないのって、万が一を考えてるからだよね。月無さんが、敵連合がなくなるっていう、万が一」

 

 本当に六歳なのか?賢すぎない?もっと子どもらしく考えてもいいのに。僕が言えたことではないだろうけど。僕がエリちゃんくらいのときは先生と一緒にお勉強の毎日だったしね。今のエリちゃんより子どもらしくなかったと思う。や、エリちゃんは十分子どもらしいけど。

 

「それが悲しいから拗ねてたの。私は、みんなと一緒の未来以外考えたくない。みんなと一緒がいい。だから、二度とあんなことは言わないって約束してくれるなら、いいよ」

 

「約束します」

 

「即答は嘘っぽいぞ」

 

 うるさいぞ弔くん。僕みたいな人間は差し出された手に弱いんだ。時と場合によるけど。

 

 僕の即答にエリちゃんはくすりと笑うと、腕を解き、膝の上から降りて振り向きながら言った。

 

「うん、信じるね。凶夜さん」

 

 花の咲いたような綺麗で可愛い笑顔にくらっときつつ、ふとエリちゃんの言葉を頭の中で繰り返してみる。

 

 ……、凶夜さん!?

 

「エリちゃん、名前!」

 

「距離が縮まったということを表現してみました。どう?」

 

「弔くんはくんづけなのになんで僕はさんなの!弔くんの方が距離近い感じがしてズルい!」

 

「そこは嬉しいとかありがとうとか言うもんだろ。ブレねぇなお前」

 

 呆れたように言う弔くんがムカついたので足払いをかけた。避けられて痺れている脚を蹴られた。どこまでも上を行くつもりか!喧嘩の勝ちくらい僕に譲れよ!

 

「幼くともレディはレディということか。やはり愛は偉大だね」

 

「エリちゃんが大きくなるのが楽しみね。その前に私が頂いちゃうかもだけど!」

 

 なぜか仲良さげに話すジェントルさんとマグ姉の会話は聞かなかったことにした。

 

 

 

 エリちゃんに許してもらった後。

 

 僕は弔くんの部屋にきていた。なにやら複雑そうな表情で呼ばれたので何事かと身構えているが、一体何の話だろう。多分ろくでもないことだ。

 

 弔くんは暇そうにしている僕を横目に、何かの資料を取り出した。難しい話はやめてほしいんだけど、見もせずに拒否するのはよくない。偉い僕はその資料を弔くんの許可を得ず覗き込んだ。見ちゃだめなことはないだろうし、まぁ怒られたらそのときはそのときだ。

 

 そんな軽い気持ちで見た資料には、最近知った人の写真が載っていた。ニュート、ガスト、バリーの三人である。

 

「あれ、この三人がどうしたの?」

 

 もしかしたらスカウトするという話だろうか。だとしたらもう捕まってるだろうから無理だと思うけど。黒霧さんが頑張ればまだチャンスはあるのか?でもどっちにしろ無理だ。黒霧さんのワープゲートから出た瞬間捕まる自信しかない。

 

 きょとんとする僕に弔くんはため息を吐いた。

 

「いや、一応だ。こいつら、お前に関係する敵だから妙なこと考えてないかと思ってな」

 

 ニュートとガストは前に説明してくれた通り僕の家を燃やし、僕がいた施設を潰した敵だってことは知ってるけど、バリーも?どんな確率だよ。世界は僕のことが嫌いなのか。……もしかしてバリーはあのときの強盗?あの頃の記憶はほとんど吹き飛んでるから覚えてないけど、だとしたら奇跡すぎる。

 

「妙なことって?」

 

「復讐とか、そういうやつだ。その様子を見る限り考えてないみたいだな」

 

 うーん、復讐といってもあんまりピンとこないし。あの頃の僕は本当に僕が悪いことがほとんどだったし、誰かを恨むこと自体がおかしい。僕がいなければみんな死ぬことはなかったんだから。というか、もう捕まってるから復讐も何もない。

 

「大丈夫だよ。前も言ったけど、あれは僕が悪いんだし。なんか僕より気にしてない?」

 

「もうそろそろデカいことやるって時に、精神が不安定になられちゃ困るからな」

 

 デカいこと?なんだそれ聞いてないぞ。また僕だけ仲間外れか?

 

「いや、これはまだ誰にも言ってない。やるとは言ったが計画段階だ」

 

「僕何も言ってなかったんだけど。思考覗く個性でも持ってるの?」

 

「顔に出やすいんだよ、お前」

 

 そんなはずはない。僕は演技派だ。僕以上にポーカーフェイスが上手な人はいないだろう。まぁ敵連合内でポーカーフェイスをやったことはないんだけど。だからバレたのか。納得した。

 

 納得した僕がバカそうな顔だったのか、弔くんは小さく笑って説明し始めた。

 

「お前の働きが思った以上によくてな。今世の中に多くの種が蒔かれている」

 

 僕働いた覚えないけど。何かしたっけ?大体みんなのおまけ扱いでちょこまかしていた記憶しかない。役立たずかよ。

 

「デカいことってのは、その種を蕾にすることだ。花を咲かせるのでもいい。そこで刻み付けるんだ。俺たちを、敵連合を」

 

「一発屋の犯罪者では終われないからね。何せ勝つんだから」

 

「あぁ、ヒーローは必ず勝つって言うからな」

 

 あれ、それじゃあ負けるじゃん。僕たち敵じゃん。向こうヒーローじゃん。弔くんはそんな簡単なこともわからなくなってしまったのか。

 

 そんな僕の考えを察してか、弔くんは小さく笑ってから僕を指さした。

 

「月無はヒーローらしいからな。勝てるだろ」

 

「……なるほどね」

 

 ヒーローが背負う負けられないっていう感覚は、こういうもののことを言うのか。や、ちょっと種類は違うんだろうけど、背負うっていう意味では一緒な気がする。何せ、大げさに言えば僕たちは未来を背負ってるんだから。

 

 僕たちの目的。正義とは何か。第二第三の僕が現れない社会に。

 

「詳細はまた全員で話し合おう。中心はお前に決めてるけどな」

 

「僕そういうの緊張するタイプなんだけど」

 

「嘘つけ。テレビ出演経験あるやつが言っても説得力ないぞ」

 

 出たくて出たわけじゃ……いや、出たくて出た記憶があるぞ。先輩のときは自分からカメラの前に行っていた気がする。そういえば今回もカメラきてたし。これ以上変な方向で有名になりたくないんだけど。敵になっているからそれは無理か。

 

 実は今回回されていたカメラの映像が放送された後、思っていたよりも意外なことになるのだが、それはまた少し後の話。



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第57話 デート

『あの動画のときは怖いなって思ったんですけど、今は悲劇のヒーローって印象です』

 

『子どもにヒーローって言ってもらえるって、実はそんなに怖い敵じゃないと思いますね』

 

『少なくとも、すぐ近くにいても危険はないんじゃないですか?』

 

 あれから数日経って、あのことが世間に広まった結果。

 

 以上が、あのときの映像をみた人たちの大体の意見である。あれは生中継だったらしく、にも関わらず音を拾える日本の技術にびっくりだ。いや、そういう話ではない。

 

 なんでも、僕が一度エリちゃんを突き放し、そこからのエリちゃんの叫び。そのコンボがとてつもなく反響がいいらしく、僕に対してのイメージがめちゃくちゃ良くなってきている。僕は敵なのに、それでいいのか。少なくともヒーロー側はいい顔をしていないと思う。だって、この状況は弔くんが望んでいた状況そのものだからだ。

 

「お前、もう表を堂々と歩いても問題ないんじゃないか?」

 

「それはないでしょ。プラスな意見がすべてじゃないし」

 

 みんながみんな僕に対していいイメージを持っているかと言えばそうでもないだろう。僕が犯罪者であることに変わりはないし、何食わぬ顔で表を歩いていれば通報されることに変わりはない。はず。もしかしたら事なかれ主義の日本人は通報しないかもしれないけど。それか、「こんなところにいるはずがない」みたいな思い込みで気づかれないとか。

 

 それは可能性の話で、自分で言うのもなんだけど僕みたいな大物敵が表を歩くリスクは桁違いだ。それをわからない弔くんではないはず。なのに、なんで弔くんはそんなことを言ったんだろう。冗談を言うときはあるが、何故だか僕の感覚がこれは冗談ではないと言っている。こういうとき感覚を疑いたくなるけど、大体この感覚は当たるんだ。

 

「そういえば、前にトガとデートしたいって言ってなかったか?」

 

「うん。言ってたね」

 

 ヒミコちゃんとデートなんて、いつでもしたいに決まっている。なんならおやすみからおはようまで一緒にいたい。間違えた。おはようからおやすみまでだ。意識がないときに一緒にいても何も楽しくない。一緒に寝るっていう意味では楽しいと言えるかもしれないけど。

 

 ただ、この流れはあれだ。弔くんのセリフが冗談ではなかったという証明になりそうで、僕は諦めにも似たため息を吐いた。

 

「行ってきていいぞ。エリも連れてな」

 

「それデートじゃなくない?」

 

 両手に花だろ?と憎たらしい笑顔で言う弔くんに、僕は確かに、と納得してしまった。これだから僕は怖くないなんて言われてしまうんだ。

 

 

 

「というわけで行きましょう」

 

「凶夜サマと一緒は久しぶりだね!どこに行くんです?」

 

 体を揺らして喜びを表現するヒミコちゃんに、顎に手をあてて考える。僕の隣で真似をするエリちゃんを微笑ましく思いつつ、ピンときた場所を提案した。

 

「ここはリベンジとして木椰区ショッピングモールに行こう!何かありそうな気がするし」

 

「凶夜サマがそういうこと言うと絶対当たるからやめてほしいです」

 

 確かに。僕の予感は必ずと言っていいほど的中してしまう。ということはきっと何かある。例えば雄英の生徒がいるとか。いやいやそんな短い間隔で遭遇するわけない。なんだかんだ短い間隔で遭遇してるんだけど。ということはありえない話でもないのか。

 

「凶夜さんなら大丈夫。何があっても帰ってこれるもん」

 

 なぜか胸を張ってエリちゃんが言った。僕が帰ってこれてるのはほとんどみんなのおかげなんだけど、誇らし気なエリちゃんを見ているとそれを言うのは少し躊躇してしまう。あれだ。サンタクロースを信じている子にサンタクロースは実在しないって言う、みたいなこと。何を言っているんだ僕は?

 

 わけのわからない思考に自分で首を傾げていると、ヒミコちゃんも不思議がって首をこてん、と傾げた。それを見たエリちゃんも首を傾げ、僕の思考に負けないくらいわけのわからない空間が出来上がってしまった。ただヒミコちゃんとエリちゃんが可愛いので、僕の思考よりはよっぽど意味がある。

 

「そこは疑ってないよ。凶夜サマだもん」

 

 ヒミコちゃんがエリちゃんの頭を撫でて微笑みながら言う。いつもはどちらかと言えば子どもっぽい言動とか行動とかが目立つけど、エリちゃんの前ではしっかりお姉さんだ。いいよね。女の子が小さい子に優しくしてる姿。自分まで優しい気持ちになってしまう。

 

 腕を組んでうんうんと頷く僕に、黒霧さんが呆れた声で言った。

 

「そろそろ送ってもいいですか?」

 

「あ、お願いします。」

 

 送ってもらうために黒霧さんがいることを忘れてしまっていた。これはヒミコちゃんとエリちゃんが悪い。僕じゃなくてもこうなるはずだ。ただ女の子のせいにするのは男らしくないので、やっぱり僕が悪い。

 

 天才的な結論に至った僕は黒霧さんに謝りつつ、ワープゲートを通った。

 

 

 

 日曜ということもあってか、ショッピングモールには大勢の人がいる。僕は個性の関係上人が多いところにいるのは慣れていないので少し緊張してしまう。こういう緊張をするようになったってことは、やっとまともな感性に近づいてきたってことなのかな?そう考えると嬉しいような気がするが、この年になって今更と考えると悲しい気もする。

 

 しかし、今は悲しんでいる場合ではない。何せエリちゃんを僕とヒミコちゃんの間に挟んで親子のように手を繋いでいるという全世界の男たちから羨まれる状況にあるのだ。悲しんでいては二人に失礼というもの。

 

「やっぱり人多いですねー。エリちゃん、手離したらダメですよ?」

 

「はーい。凶夜さんも離したらダメですよ?」

 

「心配しなくても大丈夫……と言いたいけどそれでも心配されるのが僕だったりするんだよね」

 

 僕の言葉に二人が頷いた。ちくしょう。子どもにまで心配される僕ってなんなんだ?情けなさ選手権全一かよ。

 

 それは今に始まったことではないので、周りを見渡しつつまずどこに行くか考える。ショッピングは女の子の気が向くままにすればいいとは思うけど、何の意思もなくついていくのもそれはそれで問題だ。だってそれ、僕がいなくてもいいってことになりかねないし。

 

 視界の端に金髪のチャラそうな男の子と耳たぶがコードのようになっている女の子を捉えながらそんなことを考える。耳たぶがコードて。セクシーかよ。ヒミコちゃんとエリちゃんがいなければぜひお近づきになろうとして断られるところなんだけどな。断られるのか。その説が濃厚だけど自分で言うことではなかったかもしれない。

 

 あの子たちもデートなのかなーと当初の思考からそれたことを考えていると、ヒミコちゃんが僕の肩を指先でとんとんと叩いた。

 

「どしたの?」

 

「凶夜サマは行きたいところあります?ないなら」

 

 ヒミコちゃんはエリちゃんに視線を向けた。つられて僕もエリちゃんに視線を向けると、キラキラした目でショッピングモールをきょろきょろと見渡している。あぁ、なるほど。本当にお姉さんだね。そういうことなら僕もそれに乗る以外ない。

 

「んーん。ないよ。ヒミコちゃんは?」

 

「私はエリちゃんが行きたいところに行きたいです」

 

「え、私?」

 

 遠慮しがちに言うエリちゃんだが、目で「いいの?」と語りかけてくる。正直すぎるその表情に思わず笑ってしまうと、エリちゃんが頬を膨らませて僕の手を強く引いた。ヒミコちゃんが緩やかに歩くのに対し、いきなり引っ張られた僕は情けなくもたたらを踏んでしまう。この前までたたらを踏んだら自動的に大怪我していたものだが、最近は大人しくなった。いい変化である。僕を見てエリちゃんも満足気に笑ってるし。

 

 エリちゃんが向かった先は、どこでもなかった。とりあえずモール内を練り歩きたいらしい。ある程度物色してから入る店を決めるとは、さては買い物上手?一つ目の店で何かを買って二つ目に行ったとき、「あれを買っていなければ!」っていうことあるよね。僕は経験したことないけど。そんなことになるくらいなら行く店を絞った方がよっぽど賢いと僕は思う。僕はね。実際色んな店に入って店内を歩くのも楽しいだろうけど。

 

「ふわぁ……」

 

 エリちゃんは見る店見る店で可愛らしい反応をして僕を和ませてくれる。死穢八斎會では外に出られなかったし、敵連合にきてからもこういうところにきたことはなかった。自然溢れるところには行っても、俗っぽいところにはきたことがないから目に入るものすべてが珍しいんだろう。ヒミコちゃんもそんなエリちゃんを見てニコニコしている。これではヒミコちゃんとのデートのはずが、エリちゃんで和むの会だ。

 

「ふふ。こうしてると家族みたいです」

 

「お、それは遠回しなプロポーズ?」

 

「私が姉で、エリちゃんが妹で、凶夜サマが弟です」

 

「あ、そういう……」

 

 一瞬でも舞い上がった僕が恥ずかしい。思い上がるな。僕は自分自身を道端に転がっている石と同価値の存在だと思っておけばいい。それは言い過ぎだ。僕にはもっと価値がある。

 

「でも、そう見えるかもね。顔は全然似てないからやっぱり夫婦とその子どもに見えるっていうのを僕は推すけど」

 

「ふふ」

 

「曖昧に笑って誤魔化すのやめない?」

 

「ヒミコお姉ちゃんを困らしちゃだめだよ。凶夜さん」

 

 エリちゃんに怒られてしまった。ヒミコちゃんは楽しそうに笑ってるから本当に困っているわけではないだろうが、ノリで「ありがとー、エリちゃん」と言っている。これでは僕が悪者だ。女の子の前では男はこうも弱くなってしまうのか。

 

 諦めたように首を横に振っていると、正面からさっき見かけたカップル?が歩いてきていた。今の僕を嘲笑うかのようなタイミングに思わず舌打ちしそうになるが、エリちゃんの教育に悪いので我慢する。敵だから教育に悪いなんて今更だけど。

 

 ただ、あのカップルの男の子の方、何か見覚えがある。実際に見たわけじゃなくて映像越しだった気がするんだけど、どうだったか。まぁ気のせいだろう。僕の記憶なんてあてにならない。最近まで自分の名前すら忘れてたんだし。

 

「あれ」

 

 しかし、このときばかりは僕の記憶はあてになった。金髪の男の子が僕の顔を見て立ち止まり、一言。

 

「敵連合?」



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第58話 ダブルデートと優雅?な日曜日

「やぁ久しぶり、元気にしてた?僕は女の子を連れてデートするくらいには元気さ」

 

 バレたことは確実。なら、騒がれる前にこちらのペースに持っていけばいい。殴る蹴るは向いていないが、自分のペースに引きずり込むのは得意だ。自称だけど。

 

 ポイントは、バレたことに動じずここにいるのが当たり前のように振る舞うこと。それでいて気安い態度をとること。相手の意識の隙に潜り込み、掻っ攫う。まともに生きていれば到底できない技術だ。もちろんこれは自前のものではなく、先生から教えてもらったものである。でも、僕には元々そういう才能があったらしい。嬉しくない。

 

 偶然出くわした友人を装って近寄る僕に、相手の二人は一瞬呆けた顔をした。この一瞬で僕はヒミコちゃんとアイコンタクト。いつの間にか近寄る技術なら、敵連合で僕とヒミコちゃんがツートップだろう。あ、個性の使用はなしでね。

 

 一瞬で触れることのできる範囲まで接近した僕たちにはっとするが、もう遅い。僕は男の子と肩を組み、ヒミコちゃんは女の子と手をつないだ。袖から小型のナイフを出すオプションつきで。

 

「被害を出したくないなら、騒がず大人しくしておくべきだ。僕たちと君たちは友だち。それでいこう」

 

「見逃せるわけないだろ」

 

「今の一瞬で殺したってよかったんだよ?優位と劣位がわからないわけないよね雄英生」

 

 そういえばこの子、一度ここで会ったことがある。まともな会話をかわしたわけではないけど、確か靴屋にいた子だ。あのときはメガネの子と女の子たちの印象が強すぎて記憶に残らなかったけど今思い出した。この子とはここにくれば会えるの?イベントキャラかよ。

 

「あなたたちの個性は把握しています。その上で近づいたことの意味、教えた方がいいですか?」

 

「……大人しくしていれば何もしないんだね?」

 

 にこにこと、本当に友だちと話しているように笑うヒミコちゃんに、苦い顔をする女の子。その耳たぶ気になるなぁ。触ってもいいのかな?ダメか。ダメだよね。そんなことをした瞬間一気に戦闘が始まるに違いない。なんとなくだけどヒミコちゃんも敵に回る気がする。世界の敵改め女の敵。面白くねぇよ。

 

「約束するよ。だってさ」

 

 そこで言葉を切って、僕とヒミコちゃんが二人から離れる。相手に何かをしてほしい時は、基本的に対等でなければならない。あんな物騒な距離でお話ししてても気を張り詰めるだけで楽しくないからね。

 

「今日は折角の日曜日なんだから。楽しくいこうぜ」

 

 そう、折角の日曜日を台無しにしてしまうようなバカはいない。そんなの日曜日に失礼だし、ここにきているみんなにも申し訳ない。それに、エリちゃんもいるしね。

 

 僕とヒミコちゃんはさっきと同じようにエリちゃんの手を握ると、またも呆ける二人を先導して言った。

 

「歩きながら話そうよ。ダブルデートでもしようじゃないか」

 

「……ウチらに背を向けてもいいの?」

 

「言ったでしょ」

 

 振り向いて、訝し気な表情を浮かべる女の子にウインクしながら茶目っ気たっぷりに。

 

「僕たちは友だちだって」

 

「オッケー。耳郎、ダブルデートしようぜ!」

 

 見るからにノリがよさそうな男の子はこの状況に乗ることにしたらしい。女の子……耳郎ちゃんの手を勢いよく握って、溌剌と笑顔を浮かべた。

 

 ただ、手を握った瞬間個性で攻撃されていたのでダブルデートというわけではないらしい。仲良さそうに見えたんだけどなぁ。

 

 

 

「それで、二人はどうしてここにきたの?」

 

 やっぱりデート?と聞くと、耳郎ちゃんが表情を無にして首を横に振った。そういうのって必要以上に相手の男の子を傷つけるからやめた方がいいんだよ。僕まで胸が痛くなった。男の子……上鳴くんはサムズアップをかましてるから、この子に対してはそういう態度でいいのかもしれないけど。

 

「一か月後に文化祭があってね。そこでウチらが演奏するんだけど、このバカがさ」

 

「カッコよくキマるようなアクセサリー欲しくてよ。イケメンとギターが合わされば最強だろ!」

 

「イケメンは置いておいて、ギターできるのはカッコイイですね」

 

「そう?上鳴くんイケメンだと思うけどなぁ」

 

「男に言われても嬉しくねー」

 

 肩を落とす上鳴くんに、呆れたように笑いながら肩を叩く耳郎ちゃん。僕から見れば上鳴くんはイケメンなんだけど、女の子からすると何か変なオーラが見えてしまってそれがマイナス印象を与えるのかもしれない。そのオーラの正体は僕にもわからないけど。

 

 というかヒミコちゃん、ギターできるのはカッコいいって?これは僕も始めるしかない。ギター買おう。そして弔くんにやらせようとして「あ、五本指で持ったら崩壊しちゃうんだったね、ごめんね!」と言って煽ってやろう。と思ったが、殺されるのでやめておくことにした。絶対キレるよ。

 

「僕も始めようかなー。耳郎ちゃん、今度教えてよ」

 

「凶夜サマが弦で指切って血だらけになるとこ見たいです!」

 

「やっぱいいや。ごめんね」

 

「や、どっちにしろ教えらんないけど……」

 

 耳郎ちゃんから突き刺さる同情の視線が痛い。いや、ヒミコちゃんはいい子なんだよ?ただちょっと性癖が歪んじゃってるだけで、それも立派な個性だ。僕が当事者になりたいかどうかは別として。

 

 僕があり得るかもしれない未来に震えていると、エリちゃんが僕の手をくいっと引っ張った。エリちゃんを見ると、そこには期待の眼差し。

 

「やらないの?」

 

 ……あれか。エリちゃんもギターができるとカッコいいって思う感じ?といっても僕音楽に触れてきたことがほとんどないからなぁ。先生が聴かせてくれたのはよくわからないものばっかだったし。精神安定とか能率向上とかそういう系統のやつ。

 

 そんな僕にギターができるとは思えない。別にヒミコちゃんの期待通りになりたくないからとかそういうわけではなく、ただできるとは思えないからやらないだけで、本当にそういうことはない。ないのである。

 

「やっぱり教えてください……!」

 

 やはりエリちゃんの期待の眼差しには勝てなかった。子どもの期待に応えたいと思うのが年長者だと僕は思う。なんでもかんでもはいはい言うことを聞いていたらとんでもなくわがままになってしまう気もするが、エリちゃんはそんなことないだろう。なんたってエリちゃんだから。敵連合には僕よりもしっかりしている人がいるしね。

 

 絞りだしたような声を出す僕に、耳郎ちゃんはもはや僕を見るときに定番化されているともいえる同情の視線を送った。

 

「だから無理だって。アンタと私の関係思い出してみなよ」

 

「恋人」

 

「うぇっ、マジ!?」

 

「通報するよ?」

 

 素直に頭を下げておいた。勢いでいけるかと思ったんだけど、無理だったらしい。折角穏便に済んでいるのに戦場に早変わりするところだった。

 

 僕を非難する意味か、エリちゃんが僕の腕に頭突きをかます。地味に痛いな。

 

「そういえば、アクセサリー買うなら一人でもよかったんじゃないですか?やっぱりデートだったりするんです?」

 

「違う。なんでウチがこいつとデートしなきゃなんないの」

 

 言いながら、上鳴くんの頬をコード状になっている耳たぶについているプラグでつつく耳郎ちゃん。そういうことするから勘違いされるってことを自覚した方がいい。男女間に友情は成立する説を推しているから「あぁ、気安い友だち関係なんだな」って思うけどさ。

 

 楽しそうに笑っている上鳴くんはいいが、耳郎ちゃんが困っていそうだったので面白そうに二人を見るヒミコちゃんから解放するために助け船を出すことにした。

 

「それはほら。女の子にもてたいからでしょ」

 

 ね?と上鳴くんにパスを出すと、上鳴くんは耳郎ちゃんの肩を軽くぽん、と叩いた。

 

「おう。やっぱ女の子の意見があった方がいいしな。キメたつもりで外したらダセェし」

 

 それは耳郎ちゃんのセンスで上鳴くんに似合うものを選ぶっていうことなんだけど、そこらへんわかってるのかな。そうなるとその上鳴くんをカッコいいと思うのは耳郎ちゃんだけになるかもしれないんだけど。というかこれ助け船じゃなくて泥船じゃない?

 

 まさかそんな。と思いながらヒミコちゃんを見ると、目を輝かせていた。少し顔を赤くして上鳴くんの手を払いのけた耳郎ちゃんがツボだったらしい。わかるぜ。だから変に突っつかずに見守ることにしよう。というアイコンタクトを送るとしっかり頷いてくれた。めちゃくちゃ複雑な内容をアイコンタクトで伝えることができるのは、僕たち敵連合の特技である。ウソだけど。

 

「あの二人仲いいね。見てるとほわほわするの」

 

 別の角度からの恥ずかしさが耳郎ちゃんを襲った。こんな小さい子に和まれる関係って、それはそれでものすごくいい関係だと思う。だからそんなに恥ずかしがらなくてもいいよ。これは僕でもものすごく恥ずかしくなると思うけど。だって子どもに微笑ましく思われるなんて、思春期の高校生にはそれはそれは恥ずかしいことだろう。上鳴くんは「サンキュー!」とエリちゃんにお礼を言っているが。どういうつもりなんだこの金髪は?

 

「できればそっとしておいてあげてね。それに僕とヒミコちゃんもあの二人に負けないくらい仲いいよ」

 

「種類が違うと思う。凶夜さんとヒミコちゃんは見てるとわくわくする」

 

 わくわくってなんだ。それはあれでしょ、面白いってことでしょ。どうしたってギャグにしかならないってことでしょ。まぁ自覚はある。僕にヒロインなんて一生存在しないんだ。来世あたりではいるかもしれないけど。僕に来世があるかどうかは別として。

 

「大変なんだね」

 

「わかってくれる?でもこういうわかりやすい平和って、ものすごく貴重なんだぜ」

 

 ふっ、とカッコよく笑いながら言った僕は、ふと視線の先に小さな男の子が泣いているのを捉えた。ショッピングモールで迷子って、そんなこと本当にあるんだなーと思いつつ向かっていく足。ダメだダメだ。折角の日曜日なんだから笑顔じゃなきゃ。

 

 男の子のところに辿り着くと、目線を合わせるためにしゃがみこんで頭にぽん、と軽く手を置いた。不思議そうに僕を見る男の子にできるだけ柔らかく笑みを浮かべる。不安がっている子はまず安心させないといけない。幸い僕は弔くんみたいに怖い見た目をしていないので、こういうのは適役というやつだろう。

 

「どうしたの?」

 

 首を傾げながら聞くと、男の子は泣きながらも途切れ途切れに母親とはぐれたことを伝えてくれた。こういうときに泣いてばかりではなくきちんと喋れるのはほんとに偉いと思う。僕よりもよっぽど。や、僕は偉くないんだけど。

 

 まだ泣き続けている男の子を安心させるために、僕が安心できるフレーズを口にした。僕が安心できるっていうところが安心できない要素だけど、気にしないことにしよう。

 

「よし、なら僕たちと一緒に見つけよう。もう大丈夫だ。僕がいる」

 

 そして、エリちゃんとつないでいる手とは逆の手を男の子へと伸ばした。それを掴んだのを確認すると、後ろにいる上鳴くんと耳郎ちゃんに向かって一言。

 

「ごめん、手伝って」

 

「アンタねぇ……いや、いいけど」

 

「ヒーローだしな!断るわけねぇって」

 

 ありがとうとお礼を言うとともに、男の子に飴玉を渡した。糖分は脳にいいのである。



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第59話 ほのぼの捜索

 さて、ショッピングモールで迷子を見つけたときどう対処するべきか。僕はこういうところにきたことがないので、迷子への対処方法なんてわかったものじゃない。そもそも僕自身が一生を通して迷子みたいなところがあるので、むしろ僕が助けてほしいくらいである。

 

 そんなことを考えていても仕方ないので、とりあえず思いついたことを言っていこう。幸いここにはヒーローの卵が二人いるし。

 

「自分の子どもがいないってなったら迷子センターに行ってそうなもんだけど」

 

 日曜日のショッピングモールで小さな子どもを見つけるのは難しいだろう。自分の子どもがいないと分かった時点で迷子センターに行き、放送をかけてもらうというのが普通だと思う。ただ、少し気になることがあって、

 

「その割には迷子の放送聞こえなかったけど」

 

「耳郎が聞き逃すってことはないよなぁ」

 

 そう、その迷子の放送がかかっていないということ。つまり、この子の親は迷子センターに行っていない。はぐれたのは数分前らしく、いないことに気づいてから迷子センターに行くまでの時間は十分にあるはずだ。ということはその親は焦って迷子センターという考えに至らない、というところだろうか。ショッピングモールといえば迷子センターだろう。知らないけど。

 

「どこではぐれたかとかはわかる?」

 

 首を横に振る。まぁわかんないから迷子なのか。このくらいの歳だと興味の赴くままにあっちこっちに行くから仕方ない。僕もこのくらいの歳のときはあっちこっちを旅してミンチの少し長い製造過程を味わっていた。迷子どころの騒ぎじゃない。

 

「んー、よし。上鳴くん、この子に肩車してあげて」

 

「お?いいけど、何か思いついたのか?」

 

 不思議そうにしながらもしっかり言う通りにしてくれる上鳴くん。色んな意味で柔軟でよかった。バッチバチに警戒されていたらやりにくすぎて困るからね。爆豪くんあたりだと僕の言葉すら聞いてくれない可能性がある。

 

 目線が高くなったことに喜ぶ男の子。目線の高低で見えてくる景色は大分違うから、それだけで楽しかったりするんだよね。僕もやってもらおうかな。僕って絶対軽いし。

 

「親の特徴とか聞かなくていいの?」

 

 はしゃぐ男の子と上鳴くんを見ながら微笑ましそうにして、小声で僕に聞いてくる耳郎ちゃん。親子みたいだね!と言って揶揄うのもいいが、迷子の子を前にしてそれはないので我慢しつつ疑問に答える。

 

「いいのいいの。ほら、この子自身の力で見つけたってなったらこの子が嬉しいでしょ?」

 

「や、早く見つけてあげた方がいいと思うんだけど……」

 

「んー、次また迷子になったとき、そこに僕たちがいるわけではないから。自分でできるっていう意識は大事……っていうのは建前で」

 

「凶夜サマがいれば親の特徴は必要ないんです。詳しくは教えませんけど!」

 

 後ろからガバッと耳郎ちゃんに抱きついて耳たぶコードをいじるヒミコちゃん。顔を赤くして抵抗する耳郎ちゃんと楽しそうにじゃれあうヒミコちゃんの姿はとても目の保養になる。男の宝だ。この光景を見れば弔くんだって手を合わせて拝むに違いない。手を合わせたら崩壊するのか。じゃあ手を合わせない。

 

 ヒミコちゃんが言ったことの秘密は、僕の譲渡と幸福にある。僕が男の子に幸福を譲渡すれば、幸福にも親の姿を見つけることができるというわけだ。もちろん幸福はその人自身に作用するものであり、親が見つけられる範囲でなければそうはならないのだが。

 

 というわけで、ローラー作戦的な感じでこの子に親を探してもらおうというわけだ。見つけられなくても親が迷子センターに行って放送をかけるかもしれないし。気長に楽しくいこう。

 

「君が親を見つけるか、親が君を見つけるか競争ってわけさ。燃えるだろ?」

 

「僕が勝つ!」

 

「ちょ、手ぇ離すなって、危ねぇから」

 

 気合十分に男の子が両腕をあげると、上鳴くんが慌てて支えなおした。チャラい見た目だが、中々様になっている。お姉さんが子どもに優しくしているのもいいが、お兄さんが子どもに優しくしているのもまたいい。微笑ましさって大事だと思う。

 

「月無の個性って不幸と押し付けじゃないの?」

 

「詳しくは教えませーん」

 

 耳郎ちゃんは背中に引っ付きながら歩くヒミコちゃんを引きはがすのを諦め、情報収集に打って出た。うん、やれることはやるってヒーローらしくていいと思う。教えないけど。というかヒミコちゃんコードいじるのやめたげて。それが耳たぶだとするなら他人からいじられるのって結構くすぐったいはずだし。いじりたいのはわかるけど。

 

 そんな中、可愛らしい絡みを見せるヒミコちゃんと耳郎ちゃんをじっとエリちゃんが見つめていた。なんだ、交ざりたいのか。それはそれで微笑ましいだろうけど、僕が一人になるからやめてほしい。

 

「あのね、凶夜さんは幸福の個性も持ってるの」

 

「エリちゃん?」

 

 あれ、エリちゃんって賢かったはずだけど。そんなエリちゃんがヒミコちゃんが秘密にしていたことをわからないはずもないし、その理由だってわかっているはずだ。ついこの前敵がどういう存在かわかっていてそうなる選択をしたんだし、間違いないと思う。

 

 ヒミコちゃんもきょとんとしていた。エリちゃんと一緒に過ごす時間が長いから、余計にびっくりしたんだろう。

 

「幸福?ってことは個性三つ持ちってことか。チートじゃん!」

 

 こういうときでもよく考えず発言するのが上鳴くんってことは、この短い付き合いの中ですらわかるようになった。捉えたことを感じたまま口にする。僕が幸福を持つっていうことの意味を考えた方がいいと思うけど。いや、理解していながら言ってるのか?チートだって言ってるし。

 

「幸福、ねぇ。ってことは幸福も押し付けることができるってことか。敵らしくないね」

 

「んー。できれば秘密にしておきたかったところだけど、まぁそういう解釈であってるよ」

 

「普通こういうのってもっと隠そうとするもんじゃないの?」

 

「エリちゃんが言っちゃったんだから仕方ない」

 

「仕方ないです」

 

 さっきのエリちゃんの表情は何か不満気な感じがしたから、多分僕が幸福を持っていないって思われてることに不満を感じたんだろう。推測でしかないけど。それなら、ここで僕が幸福を否定しちゃいけない。どうせエリちゃんが言ってしまった時点で疑惑は残るんだ。完全に知られてるってわかっている方がこちらも動きやすい。

 

「……ごめんなさい」

 

「いやいや。エリちゃんは事実を言っただけだから、気にすることないよ」

 

「うん、ありがと」

 

 僕なら引き下がらずになおもごめんなさいというところを、エリちゃんはすぐに引き下がってありがとうとお礼を言える。こんなにいい子がこの世にいますか?いるんですね。それがエリちゃん。どうやら僕が謝り倒すところを見せてマグ姉が「あぁいう風になっちゃダメよ」と言っていたらしい。ダメだけど、何ともいえない気持ちになる。それって僕という人間がダメなやつみたいじゃない?

 

「愛されてんのね」

 

「ん?あぁ、エリちゃんはいい子だからね。そりゃ愛されるよ」

 

「いや、月無のことじゃね?」

 

 上鳴くんの言葉に、はてと首を傾げる。僕が愛されてるって、それはどういうことだろう。愛されキャラとは程遠いと思うけど。むしろ鬱陶しがられて排斥されるタイプだ。顔はいい方だけど。なんせ両親の顔がよかったからね。これでブスが生まれてきたらそれは嘘だ。

 

 首を傾げる僕に、耳郎ちゃんは僕と手をつないでいるエリちゃんの頭をぽん、と撫でてから僕にコードをつきつけた。指を指すのと同じ意味があるのかな?

 

「さっきの、アンタが不幸って言われてるみたいで気にいらなかったんじゃない?」

 

 そうなのだろうか。や、僕も冗談半分でさっきそう考えていたけど、これで外したら恥ずかしすぎるぞ。

 

「話が分かるお姉ちゃんだね」

 

「アンタ、この生意気どうにかしなよ」

 

「良い個性じゃん。面白くない?」

 

 うんうんと頷くエリちゃんは誰かに似ている気がした。誰かと言えばもうそれは僕しかいないと思うんだけど。だってこんな生意気言う人なんて敵連合には全然いない。いるとすれば僕か弔くんくらいだ。……もしや弔くんの影響か?ちょっと仲良すぎない?

 

 というか僕でさえエリちゃんがなぜばらしたか曖昧にしかわからないのに、耳郎ちゃんと上鳴くんが察せるのはどういうことだろうか。考えられるのは、あの映像の影響だということか。今地味に韻踏んでた。

 

 実際、あの映像を通してのエリちゃんの叫びは印象的だったし、あれが民衆から見た僕たちのイメージに関わってくるって弔くんも言っていた。僕もいまだに見返すことがある。その度エリちゃんにはぽこぽこ殴られるんだけど、それをされると可愛いからなおさら見たくなってくるというものである。

 

 ……もしかしてその印象も手伝って耳郎ちゃんと上鳴くんはここまで警戒心がないのだろうか。嬉しい副産物だ。

 

「……なんとなく、アンタが懐かれるのもわかる気がするけどね」

 

「お?惚れた?」

 

「通報するよ」

 

 それは勘弁してほしい。通報されても仕方ない立場だけど。というか今それをしたら男の子はどうなるんだ。親の心配を加速させてどうする。

 

「凶夜サマ」

 

 耳郎ちゃんの耳に息を吹きかけて遊びつつ、ヒミコちゃんが僕を呼ぶ。コードで叩かれているヒミコちゃんを羨ましく思う気持ちをどこかへ追いやって、努めて冷静な表情を作った。

 

「どうしたの?」

 

「あの人、そうじゃないですか?」

 

 ヒミコちゃんが指さすのは、落ち着かない様子できょろきょろと辺りを見回す女の人。明らかにショッピングを楽しみにきた感じではない姿。

 

 試しに、その人に幸福を譲渡してみる。あの人が男の子の母親なら、こちらを見つけられるはずだ。

 

「あ、気づきましたね」

 

 案の定、あの人は男の子の母親だったらしい。こちらに気づくと、人込みをかきわけながら向かってくる。

 

「上鳴くん、ゴー」

 

「え?お前はいいのか?」

 

「僕の立場がなにか忘れちゃいけない」

 

「あぁそうか。わりぃな」

 

 何に対して悪いと思ったかはわからないが、上鳴くんは一言謝るとお母さんと思わしき人のところに向かっていった。あれか、手柄を横取りしたみたいって思ってるのかな。上鳴くんはそういうところ変に律儀な感じがするし、恐らくそうだろう。いいやつかよ。

 

「というか、流石に警戒しなさすぎじゃないかなぁ。今耳郎ちゃんが襲われたらどうするつもりなんだろう」

 

「アンタがそういうことを声に出して言うようなやつだから、あいつも心配せずに行ったんでしょ」

 

「流石。通じ合ってるね」

 

 コードで叩かれた。願いは叶うというのはこういうことか。



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第60話 とる

 迷子の子を引き渡した後。

 

 僕たちはエリちゃんの「パフェを食べたい」という願望のままにファミレスにきていた。わがまま言っちゃいけません、みたいなことも言わなきゃいけないんだろうけど、僕にはどうしても無理だ。ほら、贅沢ってできるときにしておかないと後悔するものだし。この先その贅沢すらできるかどうかもわからないし。

 

 ということを少しは思っているが、実際はエリちゃんの頼みに弱いだけのダメ男である。なんなんだろう、あの子どもからのお願いという凶悪な武器は。あれに逆らえる人なんていないんじゃないかと思うほど僕に効く。一撃必殺と言っても過言ではない。

 

 そのエリちゃんは目を輝かせてパフェを食べながら足をぶらぶらさせてご機嫌な様子だ。僕の脚がちょくちょく蹴られているのはわざとではないと思いたい。先ほどからなぜか僕に対して当たりが強いのはなぜなのだろうか。ファミレスにきてからしたことといえば、耳郎ちゃんがドリンクバーから持ってきたドリンクにストローを二本ブッ刺し、「一緒に飲もうよ!」と言った瞬間にぶち殺されかけたことだけなのに。

 

 まったく、耳郎ちゃんは恥ずかしがりだ。サバサバしてるように見えて実は乙女なところがあるとみえる。友だちから恋人になりやすいタイプの子だ。どう?耳郎ちゃん。隣に上鳴くんっていういい子がいるんだけど。というのは口に出すとまた殺されそうなのでぐっと飲み込んでおく。

 

「耳郎ちゃんって髪が短いと可愛い感じだけど、伸ばしたら綺麗になりそうだよね」

 

「は?」

 

「耳郎、一応褒めてくれてる相手に『は?』はないんじゃね?」

 

 照れ隠しではない直球の「は?」にビビっていると、上鳴くんがフォローを入れてくれた。一応は余計だけど。僕はちゃんと褒めているのに。嘘はつくけど、少なくとも女の子に対して嘘はあんまりつかない。今回は本音だ。

 

「わかります!耳郎ちゃんってクールでカワイイから」

 

「クールでカワイイってある意味最強だと思うんだよね、僕」

 

「私は?」

 

「エリちゃんは最強に可愛いよ!」

 

「バカじゃないの」

 

「言ってやるな。男は女に弱い生き物なのさ」

 

 対面で上鳴くんがコードで叩かれていた。確かに、男は女に弱い生き物であるらしい。

 

 上鳴くんはコードで叩かれて少し赤くなった頬をさすりながら僕を見た。男に見られて喜ぶ趣味はないけど、ここで目をそらすのも失礼なので僕も視線をぶつける。すると、上鳴くんは確かめるように口をもごもごさせた後、こう切り出した。

 

「あのさ、そろそろ真面目な話していいか?」

 

 今までのおちゃらけた印象からは想像もつかないような真面目な声を出す上鳴くんに、僕はおろか、ヒミコちゃんと耳郎ちゃん、更にはエリちゃんですら驚きに体を硬直させた。その中でも上鳴くんに一番距離の近い耳郎ちゃんは気遣うように上鳴くんの顔を覗き込んだ後、恐る恐るといったように、

 

「……上鳴、大丈夫?」

 

「あのなぁ」

 

 上鳴くんは心外だと言わんばかりに腕を組むと、右手の指をピン、と立たせた。

 

「俺たちはヒーロー……見習いで、今目の前にいるのは超重要人物。ここで話聞かないなんてことはありえないと思うんだが。あとこのアングル俺的にドストライクだから、続けて?」

 

「よかった、いつものアンタだった」

 

 容姿が恵まれているからか、ギリギリ可愛く上鳴くんが首を傾げてみせると、ほっとした息を吐く耳郎ちゃんに頬を手で押されていた。さっきは真面目に切り出した上鳴くんの顔が、今では面白おかしく歪んでいる。独創的なオブジェとはああいうもののことをいうのかもしれない。

 

「それで、真面目な話だったね」

 

 このままでは上鳴くんの真面目さがお流れになってしまうと思い、軌道修正のため話を振る。振ってから、あれ、これ流れた方がよかったんじゃないかということに気づき、焦ったときにはもう遅かった。上鳴くんを気遣って、もといバカにしていた耳郎ちゃんも真面目な表情になり、心なしか姿勢を正しているようにみえた。

 

「あぁ、ここ最近の動きがどうもクセェって話があってな」

 

「この前の動画の件と」

 

 耳郎ちゃんはそこで言葉を区切り、エリちゃんを一瞥した。

 

「あの映像の件。どちらかと言えば敵っていうよりヒーローに見えるアレ。何企んでんの?」

 

 ふむ、何を企んでいる、ときたか。それもそうか。一般人は「もしかしたら僕たちは怖い人ではないのかもしれない」程度の認識で収まっても、ヒーロー側からすれば何か目的があってやっているようにしか見えないのだろう。それは正解で、その目的は既に達成しつつあるのだが。

 

 ヒミコちゃんに目配せすると、ニコニコしながら一言。

 

「こういうのは凶夜サマに任せるね!」

 

 と元気よく言った。戦闘ではろくに役に立たないから仕方がないとはいえ、それは少し心細い。とはいえ任せられてしまったら仕方ない。何かマズいことを言ってしまったなら後で弔くんにごめんなさいをすればいいだけだ。

 

「うーんとね。確かに僕たちが目的を持って外に出たことは確かだけど、その二件は結果的にそうなっただけであって、まぁ端的に言えばあいつらが邪魔だったってだけかな」

 

 あいつら、とはバリー達のことである。実際僕らの目的のためには本当に邪魔だったし、結果的に人助けになっただけであって主眼はバリー達を倒すことだった。それを世間がいい風に捉えてくれた、という話。

 

「僕たちだって、ただ何の意味もなく敵連合を組織したわけじゃないし、一つの大きな目的がある。それの邪魔になるなら例え(ヴィラン)だって敵さ。今回はそういう事例だったってだけ」

 

 一般的に見れば。そう、一般的に見れば、バリーたちと戦っていたあの時、僕たちはバリー側になりヒーローたちを倒すというのが自然な流れだろう。僕たちは敵だから。そこが世間の好印象につながったのかもしれない。それと同時に今みたいな疑惑も生まれるわけだけど。

 

「じゃあ何だ。わざわざこんなとこにデートしにきて、迷子を助けるのも目的のうちってことか?」

 

 うーん。やっぱりついてくるよね、そこ。僕たちはできることならバレない方がいいし、そんな奴が迷子を助けるなんてどう考えてもおかしい。上鳴くんたちに任せて去っていってもいい場面だった。そうしなかったのは迷子のあの子に昔の僕を見たからかもしれない。

 

 しかし、迷子がいなくなる社会を目指すという意味では目的に合致するところがあるので、あながち間違いではないのかもしれない。となればどう答えるべきか。

 

「あれは、そうだね。子どもの前ではいいかっこをしたいものさ」

 

「?」

 

 僕はエリちゃんの頭を撫でながらそう答えた。実際エリちゃんは敵だが、正しく育ってもらいたいという思いはある。迷子を見捨てて自分たちだけ楽しく、というのは正しいのか正しくないのかと言われると、それはエリちゃんにとって正しくないだろうから。身近にいる大人がその正しさを実行しなくてどうするんだという話である。エリちゃんなら路地裏でぐちゃぐちゃになっていた僕でも助けてくれただろうし。

 

「なんか……アレだね。ヒーロー殺しのときにみたアンタと今のアンタ、何か違う気がする。なんて言うんだろ、その」

 

「まともになった?」

 

「それ!」

 

 テンションが上がったのか、耳郎ちゃんは指をさしていった上鳴くんと同じように指をさすと、二人で指をくっつけあった。考えと行動が合致するのは仲がいい証拠である。見ていて気持ちがいい。

 

 ただ耳郎ちゃんは恥ずかしかったようで、指をくっつけあってしばらくすると頬をほんのりと赤く染め、腕を下ろして軽く咳払いした。

 

「正直、あの動画見たときは怖さがあった。おかしいっていうか、こう言うと悪いんだけど、普通じゃないって感じ。敵本来の恐ろしさみたいなのがあったの」

 

「見なかったことにしてってことか……」

 

 呟く僕に一睨み。降参するように両手をあげると、ため息を吐かれた。

 

「でも、最近はそういう感じしなくなってきて、敵なのに敵らしくない。今のこの状況だって、普通の敵ならありえないでしょ」

 

「広く一般的な敵のイメージからするとそうかもね」

 

 普通、一般人が目にする敵の姿は犯罪を犯している姿だ。強盗、通り魔、誘拐等々、敵の日常シーンなんて見ることはほとんどない。見たとしてもその少し後に敵は暴れているだろう。そう考えると今この状況はありえないと言われても頷ける。

 

「そんなやつらが何をしようとしているのかって気になるんだよな。それって教えてくれたりしねぇ?」

 

「第二第三の僕……『僕たち』が出ないように。これだけ。後はもういわなーい」

 

 言って、口の前で小さくばってんを作った。二人は首を傾げているが、これ、実は出久くんと轟くんに伝わったら一気に色々バレる気がする。言っちゃったから今更か。それに、目的を言っても作戦を言ったわけじゃないし。セーフセーフ。

 

 恐らく、『僕たち』の意味もよく理解していないんじゃないかな。想像はできるだろうけど、確信ではない。

 

「しかし、まともねぇ」

 

 まともか。もし本当に僕がまともになってきているのであれば、それは成長ということだろう。あの日失った日常を今取り戻しているってところか。まぁ納得はできる。今まで僕になかったものが今はあるわけだし。……それをほとんど初対面の子に見抜かれるって、どんだけわかりやすいんだ、僕。

 

「だからこそ怖いってのもあるんだけどな」

 

 上鳴くんはなんでもないようなことを言うかのように頭の後ろで手を組んで、口にくわえたストローを上下させた。飛び散る水滴に嫌な顔をする耳郎ちゃんを気にした様子もなく、行儀悪く口にくわえたままストローをグラスへ戻すと、テーブルに頬杖をついて言った。

 

「なんか、身近に感じるから、敵っぽくないから世間を味方につけそうなんだよな。ヒーロー殺しをカッコいいっていうやつがいたみたいによ」

 

 実際前のは痺れたぜ。と笑みを浮かべながらエリちゃんに言う上鳴くんに、エリちゃんは首を傾げていた。

 

 うーん、なぜ上鳴くんはこうアホっぽいのに核心に近いところをついてくるんだろう。何か負けた気分になる。何の勝ち負けかは知らないけど。我関せずを貫いていたヒミコちゃんですら今の言葉には反応したし。といっても僕しかわかってないだろうけど。ヒミコちゃんはバレないことに関しては天才的だから。

 

 僕も何か大きな反応をすると怪しまれるので、へらへら笑った。

 

「ファンがつくなら、耳郎ちゃんみたいな子がいいな」

 

「アンタのファンになるくらいなら、上鳴のがマシだわ」

 

「え、それ告白?」

 

「バカにしてんのよ」

 

 うん?と首を傾げる上鳴くんを見てると途端にバカらしくなった。もっとも、これくらいの方が愛嬌があっていいのかもしれないが。

 

「さて」

 

 これ以上ここにいると余計なことを言ってしまいそうなので、すっと立ち上がる。おしゃべりが好きだから、どうしても喋り過ぎちゃうのは僕の悪い癖だ。いい癖でもある。

 

「そろそろ解散しようか。僕たちも十分休日を楽しめたし、君たちは買い物できてないし、邪魔しちゃ悪いし」

 

「あ、そういえばデートの途中でしたね」

 

「違う!」

 

 ここぞとばかりに話に入ってくるヒミコちゃんの言葉を、耳郎ちゃんが強く否定した。この子はどうしてもデートだと思われたくないらしい。上鳴くんいい子じゃん。何が不満なのさ。

 

 僕は両腕を広げてこちらを見るエリちゃんを抱き上げ、財布からお金を抜き出して耳郎ちゃんの前に置いた。きっちり全員分。これが僕の色男たる所以である。

 

「じゃあね。騒ぎは起こさないから安心していいよ」

 

「や、目離すわけにはいかないでしょ」

 

「うーん、でもね」

 

 ヒミコちゃんが隣に並んだのを確認して、耳郎ちゃんたちの方へと振り向いた。

 

「ついてくるのはおすすめしないよ。何せ僕たちは敵なんだから」

 

 驚いた様子の二人に笑みを浮かべて、僕たちはファミレスを後にした。

 

「……今のって、どうなっても知らないぞって意味?」

 

「どうだろうな。一つ言えるのは、ちびりかけたってことだ」

 

 そんな会話を背にしながら。

 

 

 

 

 黒霧さんのいる場所へと向かっている途中。そういえばと思い、ヒミコちゃんに尋ねた。

 

「そういえば、上鳴くんのは?」

 

 ヒミコちゃんは僕の言葉に、針のついたスポイトを二つ取り出し、可愛い笑顔を浮かべた。

 

「採りました。さっきテーブルの下で」

 

 耳郎ちゃんのは最初会ったときに。と付け足すヒミコちゃんに、「天才かよ」と賞賛を送った。

 

 ヒミコちゃんが持っているそれは、刺されたことすら気づかない夢のような針である。そして、それを耳郎ちゃんと上鳴くんとの接触時に刺し、血液を採っていた。今まで見つからずに生きてきたヒミコちゃんが持つ『バレない力』、その一端。

 

「騙すみたいで心苦しいけど、仕方ないよね」

 

「だって私たち敵ですし」

 

「ですし!」

 

 ヒミコちゃんの真似をするエリちゃんに二人して笑いながら、ふと考えた。

 

 バレないように針をさせるってことは、それが毒ならバレずに殺せるってことなんだよね。仲間ながらに恐ろしい。



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第61話 次の予定

 僕は敵連合拠点の共同スペースにあるソファで、うつ伏せになってだらけていた。僕の上で同じようにエリちゃんがぐでーっとなっているのもご愛敬である。

 

 僕らがこんな状態になっているのにも理由がある。いや、ないといった方が正しいか。つまり、何もすることがなくて暇なのだ。ヒミコちゃんとデート?……デート。に行ってからしばらく経ち、はっきりと秋を感じるようになったこの季節。特にイベントもなく、敵連合は敵とは思えないほどゆったりとしていた。各々鍛錬は欠かすことはないが、それだけである。

 

 弔くんと黒霧さんなんかはあちらこちらから情報を集めているらしいが、その進捗については教えてくれない。そういえばこの前ラブラバさんも手伝っているところを見たから、ジェントルさんは知っているのかもしれない。ラブラバさん、ジェントルさんに対しては口軽そうだし。こういっては失礼か。

 

 何はともあれ、暇である。どれくらい暇かと言えば、僕の上でぐでーっとしているエリちゃんの頬をつつくヒミコちゃん、マグ姉と紅茶を楽しむジェントルさん、ソファの空いたスペースに座って僕の頭を肘掛けにしている荼毘くん、トゥワイスさんにマジックを披露しているコンプレスさん、難しい顔で新聞を読んでいるスピナーくん。

 

 見るからに平和な光景が広がるくらいには暇だ。この場にいない弔くんと黒霧さんとラブラバさんは情報集めに勤しんでいるが、そこだけしか敵っぽくない。どうなっているんだ僕たちの組織は。

 

「お前、実質No.2みたいなもんなのに、なんでハブられてんだ?」

 

 僕が組織のことを心配していると、僕の頭を肘掛けにしている荼毘くんからそんな言葉が投げかけられた。ハブられてる、とは弔くんたちのことだろう。実質のNo.2なら弔くんたちといて情報集めして然るべきなのに、なぜこうも暇そうにしているのか。

 

「多分、荼毘くんに肘掛けにされるようなNo.2だからじゃないかな」

 

「そうか、わりぃ」

 

 悪いと思うなら肘をどけてほしい。いや、痛いとかそういうのは一切ないんだけど、むしろ頭のちょうどいいところに当たって気持ち良かったりもするんだけど、そういうことではないと思う。エリちゃんが真似したらどうするんだ。そういうことでもないのか?

 

 荼毘くんに肘を置かれていて首を傾げられないため、内心で疑問に思っていると、やっと荼毘くんが肘をどけてくれた。それと同時に押し殺した笑い声が聞こえてくる。

 

 笑い声の方を見ると、ジェントルさんが口元に手を当てて笑っていた。僕の視線に気づくと、「いや、失礼」と言ってから紅茶を一口。

 

「ここまで親しみやすい敵もどうかと思ってね。気を悪くしたのであればすまない」

 

「僕たちの仲がいいってことでしょ?悪くなんかしないよ」

 

 言うと、ジェントルさんは温かく笑った。なんだ、今の面白かった?知らない間に爆笑ジョークを生み出してしまったのかもしれない。

 

「そうしていると四人兄妹に見えるものねぇ。一番上が荼毘で、一番下がエリちゃんかしら」

 

「私は上から何番目ですか?」

 

「んー、そうね」

 

 マグ姉は人差し指を立てて口元に当てながら、首を傾げて考える。そして僕を見たかと思えば、優しい笑顔で言った。

 

「上から荼毘、凶夜くん、ヒミコちゃん、エリちゃんかしら」

 

「異議ありです!私は凶夜サマよりしっかりしている自信があります!」

 

「異議なし」

 

「それはどうなんだ、月無」

 

 ヒミコちゃんの異議に賛同すると、荼毘くんに呆れながら言われてしまった。でもそうだと思うんだよね。僕よりしっかりしていない人なんているのだろうか。暇だからといってソファに倒れて肘掛けにされるような人間だよ?肘掛けだから人間ですらないのかもしれない。知らず訪れた人権の危機である。

 

 自身に訪れた人権の危機に身を震わせていると、背中のエリちゃんがもぞもぞと上がってきて、僕の頬をぺちりと叩いた。なんだ、僕悪いことした?

 

「凶夜さんはしっかりしてないけど、守ってくれるもん」

 

 どこか誇らしげに聞こえるその言葉に、ヒミコちゃんは「カワイイ!」と言ってエリちゃんを抱きしめてしまった。勢いはよくてもエリちゃんが痛がらないその抱き上げ方は流石というか、変なところで技術を使わないでほしい。や、使った方がいいんだけども。

 

 しかし、ヒミコちゃんが妹か。……お兄ちゃんって呼んでくれたりするのだろうか?

 

「お兄ちゃんって呼んでもらうのって男の夢だよね、荼毘くん」

 

「それはわからねぇけど、弟は何て呼ぶんだ?おとうちゃん?」

 

 ジェントルさんが紳士らしからぬ勢いで紅茶を噴き出した。ツボだったらしい。

 

「おとうちゃんは父親に対するものでしょ。弟は普通に名前呼びじゃないの?弟!って呼ぶとなんか距離感じるし」

 

「不思議とお兄ちゃんは距離感じませんよね、お兄ちゃん!」

 

「僕は今日死ぬのかもしれない」

 

「マジか」

 

 思った以上の破壊力だった。スナイパーで脳を撃ち抜かれる感じかなと思っていたが、ミサイルで木っ端微塵にされた気分だ。思わず変な力が入り、市政を正して……姿勢を正してヒミコちゃんへ向き直る。市政を正してどうするんだ。いや、妹ヒミコちゃんのためなら頑張れるかもしれない。しかしそこまで行くと気持ち悪いのでやめておくことにする。

 

 人生なんでも自重が大事なのだ。

 

「凶夜さん、死んじゃうの……?」

 

「いやいや死なないよ安心してエリちゃん。僕は愛に生きて愛に死ぬのさ」

 

「死んでんじゃねぇか」

 

 くすくすとヒミコちゃんの腕の中で笑うエリちゃん。どうやら揶揄われたらしい。演技で涙をためるなんて誰に教わったんだ。まったくもう、と腕を組んでいるとマグ姉が僕にウインクしてきた。あなたですか?

 

 と、いうより。

 

「エリちゃんはお兄ちゃんって呼んでくれないの?」

 

 この流れなら自然と呼んでくれると思ったんだけど、さっきは凶夜さんだった。このチャンスを逃す手はないと思い切って聞いてみると、エリちゃんは可愛らしく両手の人差し指でばってんを作った。

 

「凶夜さんは、凶夜さんなのです」

 

「そうなのですか」

 

「凶夜サマ、顔がだらしないことになってます」

 

 いけないいけない。年下にだらしない男なんて引かれてもおかしくない。ある程度ならいいが、女の子に「顔がだらしない」なんて言われてしまえば終わりだ。しかもエリちゃんの口調につられて「なのですか」なんて気持ち悪すぎる。

 

 気を引き締めて男前な顔つきを意識すると、ジェントルさんが咳き込んでいた。今の僕そんなに面白いの?僕という人間がもう一人できないだろうか。いや、それはその僕がかわいそうだ。

 

「まぁでも実際さ」

 

 おかしいところがあるのかと両手で頬をぐにぐにして顔の調子を確かめつつ、言い訳に近い何かを口にする。

 

「表情が豊かっていいことだと思うんだ。ほら、表情があまりないとモテそうにも……」

 

 そこで言葉を切って、荼毘くんを見た。本人は首を傾げて続きを待っている。

 

「ない、こともない」

 

「どっちなんです?」

 

 そういえば荼毘くんはモテるんだった。僕はオスとして荼毘くんに大敗北していた。ということは僕も表情をなくせばチャンスがくるということ?愛嬌の塊ともいえるこの僕が?いや、だからこそそのギャップがいいのかもしれない。

 

「僕もクールになろう」

 

「無理してる凶夜さんは見たくない」

 

 無理してるって、まるで僕がクールに振る舞えないみたいじゃないか。クールなんて簡単だ。語尾を「だろ」とか「よな」とかにして笑うときは口角を少しあげればいいんだ。

 

「そうだろ?」

 

「凶夜くん、やめなさい」

 

 マグ姉に怒られてしまった。そんな真面目に言わなくてもいいじゃないか。僕だって傷つくんだ。でもまぁいつもの僕がいいと言ってもらえている気がして悪い気はしない。あれ、傷つくのか?僕。

 

「あぁ、やめた方がいい。お前みたいなバカにクールなんて一生無理だ」

 

「あ、弔くん」

 

 するっと現れ、弔くんは僕の隣に腰を下ろした。僕をバカにする言葉を添えながらなのは流石である。バカは余計でしょ、バカは。

 

「クールぶろうとして失敗する癖に」

 

「クールぶれずに失敗するやつよりはマシだと思うけどな」

 

 言って、僕にデコピンを一発。確かに。これは僕の負けだ。やって失敗よりやれずに失敗のほうが断然劣っている。クールさで負けてしまった。いや、クールでいられないのが僕の持ち味だ。前向いて行こう。

 

「まぁ、月無がクールかどうかは置いておいて、一つ面白い話を持ってきた」

 

 遅れて、黒霧さんとラブラバさんがやってきた。黒霧さんはもやもやしていてわかりにくいが、ラブラバさんは目に見えて疲れた様子で、あくびをかみ殺している。

 

 そんな中平気そうにしている弔くんはさぼっていたのか、それとも弔くんが特別なのかわからないが、とにかく平気そうに、それでいて楽しそうに弔くんは告げる。

 

「お前ら、オークションに興味はないか?」

 

「オークション?」

 

 あれか、出された商品に対して一番いい値を出す人が買える、みたいな。日本で普通に生活していれば恐らく一生経験しないであろうそれ。興味がないと言えば嘘になる。

 

「オークション、テンション上がるな!落ち込むぜ」

 

 話を聞いていたトゥワイスさんが僕と弔くんの間に割り込んできた。全身でのアピールがすごい。

 

 割り込んできたトゥワイスさんを見て、弔くんは頷き、僕に視線を送った。

 

「なら、月無とトゥワイス、エリと俺で行くか」

 

「あれ、弔くんも行くの?というかエリちゃん連れてって大丈夫なの。オークションって大人なイメージだけど」

 

 一瞬大人な恰好をしたエリちゃんを思い浮かべたが、あまりにも似合わなさ過ぎてすぐに記憶から抹消した。忘れることは得意なのである。

 

「今回は俺が行きたいってのもあるからな。それにエリのことだが、俺が行きたいってことはだ」

 

 弔くんは悪そうな笑みを浮かべて、トゥワイスさんと肩を組んだ。

 

「ろくでもねぇ集まりってことさ。いいな?」

 

「やっぱり興味ないかも……」

 

 珍しく弱気になるトゥワイスさんを見て、僕はひしひしと嫌な予感がしていた。ろくでもないオークションに弔くんと行くって、それ、絶対何か起きるでしょ。

 

 ほとんど絶望的ともいえる直近の未来に、僕は深くため息を吐いた。



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第62話 オークションへ

 アメリカンスピリット、通称アメスピは普通のタバコより燃えにくいタバコとして有名だ。普通のタバコは燃焼促進剤が葉に配合されているが、アメスピには配合されていない。無添加というやつである。かといって、体に害がないのかと言われればそうでもないのだが。

 

「タバコを吸うと思考がクリアになるのさ」

 

 いつもつけているマスクをつけず、額に大きい縫合の痕があるトゥワイスさんが吐き出した紫煙を眺めながら言った。タバコを吸う人はすぱすぱと落ち着かない様子で吸っていたり、背中を丸めて情けなく吸っていたりとあまりいいイメージがないが、トゥワイスさんはそのどちらにも当てはまらず、むしろ大人の渋さすら匂わせていた。

 

 トゥワイスさんがレベルアップを終えてからというもの、マスクをつけない頻度がぐんと増えていた。昔に個性で増やした自分の分身に殺されかけたこともあり、マスクをしていないと意識がごちゃまぜになって分裂してしまうというデメリットのようなものがあったが、今はそんな様子は中々見せない。ただ、どうもマスクをつけている状態が慣れてしまったようでつけなくなったというわけではないけど。

 

 トラウマを克服するのはかなりの根気がいるはずだ。なんでもないような顔でタバコを吸っているこの人は、壮絶な訓練をしたに違いない。

 

「そうでもない。敵連合のためと思ったら苦でもなかった」

 

 口角を吊り上げて笑い、タバコを指ではじいて灰を落とす。僕はあまりタバコが好きではないが、トゥワイスさんが吸うタバコは好きだ。どこか甘い匂いがするのは、ヒミコちゃんに嫌がられたから甘いものに変えたらしい。そこまでして吸いたいものなのだろうかと気になるくらいにはサマになっていた。

 

「トゥワイスさん、一本くれない?」

 

「未成年だろ。それにエリちゃんが甘えてくれなくなるかもしれないぜ」

 

「それは困る」

 

 いくら今甘い匂いがするとはいえ、しみつく臭いは甘くない。タバコの臭さをまとっていたらエリちゃんが近づいてこないと思うと、一生吸わないようにしようと決意した。

 

「エリちゃんと言えば、遅いな。ドレスアップにしてもかかりすぎじゃないか?」

 

 タバコの火を消して携帯灰皿に入れながら、トゥワイスさんは小さく息を吐いた。

 

 僕たち……僕とトゥワイスさん、それに弔くんとエリちゃんの四人は今からオークションに向かおうとしている。なんでも、公式の場でやるオークションとはまた違った色を持つらしく、人が競売にかけられるのはお手の物、クスリや臓器など様々なものが出品されるらしい。そんなとこにエリちゃんを連れて行くのには当然反対したが、「敵になるんなら遅いか早いかの違いだろ」と無理やり押し切られてしまった。エリちゃん自身も乗り気だったので僕としてはそういうグロいものが出品されていないことを祈るばかりである。

 

「まぁ女の子だし、仕方ないんじゃない?僕らみたいに見た目を気にせず、というわけにはいかないだろうし」

 

「バカ言うな。俺は結構気にしてる」

 

「いつもはラバースーツじゃん」

 

「イカしてるだろ?あれ」

 

 得意気に言うトゥワイスさんの感性は少しずれていると思う。

 

 見た目を気にせず、とは言ったが、一応オークション。しかも僕たちは敵連合なので、みっともない恰好をするわけにはいかない。だから僕とトゥワイスさんはスーツを着ている。トゥワイスさんは大人なので渋い感じに仕上がっているが、僕はどちらかといえば可愛らしい顔をしているので、スーツに着られている感じだ。マグ姉には抱きつかれて頭を撫でられてしまった。そんな背伸びをしているように見えるのか、僕は。

 

 に、しても。ああは言ったがエリちゃんは遅いと思う。オークションが開催されるビルに僕たちがついたのは二十分前。一緒にゲートを通っていけばいいと思うのだが、なぜか弔くんとエリちゃんは後からくるらしい。開始時間まではまだあるのでそこまで焦る必要はないが、わざわざ分けていく意味がわからなかった。別に別行動をとるわけでもないのに。

 

「もしかして死柄木がエリちゃんのドレスを崩壊させちまったとか?」

 

 にやりと笑いながらトゥワイスさんが言った。冗談だとしてもここで遅れた原因を弔くんにするあたり、いじる人間をわかっていると思う。女の子を遅れた原因にすると後が怖いからね。どこで誰が聞いているかわからない。まぁ、怖いのは弔くんもなんだけど。

 

「かも。ダメにした歯ブラシ何本だっけ」

 

「確か十はいってなかったか?あいつ、朝弱いんだよな」

 

 弔くんは朝起きて歯磨きする時、歯ブラシをぎゅっと握ってしまってダメにすることがある。大抵一緒に磨いているので、それを注意したときの弔くんの表情は子どもっぽくて面白い。こう、やっちゃった!みたいな。普段クールぶってるから余計に。

 

「いや、二十だな」

 

 弔くんをバカにする流れになっていた僕たちの背後から、弔くん本人の声が聞こえてきた。振り向くと、どう見ても表の人間には見えないスーツ姿の弔くんに、その後ろからひょっこりと顔だけ出しているエリちゃんがいた。顔だけ出しているといっても、ドレスのスカートに動きがあるためか完全に隠れているわけではないが。

 

「朝もそうだが、寝る前も気が抜けてな。どうも握るのはダメだってことを忘れちまう」

 

「自分の個性なんだからしっかりしようよ」

 

「そうだぜ死柄木。敵連合のリーダーが歯ブラシをダメにする人間じゃカッコつかねぇ」

 

「個性に関してはお前らに言われたくはない」

 

 そう言われてしまうと言葉に詰まるのが僕たちである。弔くんの歯ブラシは全然取返しがつく失敗だが、僕とトゥワイスさんはそんなレベルの失敗ではない。どちらがしっかりしなければいけないかと言われれば、それは僕たちである。

 

「……それより、エリちゃん。弔くんに隠れてどうしたの?汚いから離れなさい」

 

「お前」

 

「言い返せないから仕返ししてるんだろ。何も言わないでやってくれ、死柄木」

 

 味方に図星をつかれると辛いところがある。トゥワイスさんは僕側でしょ。仕方ないなみたいに首を横に振らないでほしい。

 

 エリちゃんは弔くんを見上げて「汚くないよ?」と言って、僕を見て、顔を赤くして弔くんの後ろに縮こまる。何故だ。まさか僕のスーツ姿がカッコよすぎて直視できないとか?わかる。ヒミコちゃんも可愛いって言ってくれたし。可愛いのかよ。

 

 冗談は置いといて、やはり恥ずかしいのだろう。エリちゃんはドレスを着ること自体が初めてなハズだし、それを年が離れているとはいえ、異性に見せるのは恥ずかしい。僕は少し値が張るだけのスーツだから何も恥ずかしくないけど、ドレスははっきりと似合う似合わないがでてしまうから。とはいっても、エリちゃんだから何を着ても似合うに違いない。だから恥ずかしがらなくてもいいのに。

 

「ほら、エリ。見せてやれよ。月無のことだからきっと『天使だ』って言って褒めてくれるさ」

 

 いやいや、流石に天使とは言わないよ。そりゃエリちゃんは天使だけど、それを口にしたら引かれること間違いなしだ。僕は自重ができる人間である。

 

 エリちゃんの瞳が不安に揺れて、しかし意を決したように弔くんの後ろから出てきた。

 

 子どもっぽさを全面に出すなら、やっぱり温かい色がいいと思う。オレンジとか、ピンクとか。エリちゃんみたいな子なら落ち着いた青系統でもいいと思う。イメージってあるよね。自分が持っているその人のイメージカラーをその人が着ていると似合うと思ってしまうアレである。

 

 しかし、エリちゃんが今着ているドレスは白だった。純白。上品なレースの七分袖に、動きのあるふんわりとしたスカート。ベルトはリボンベルトで、邪魔にならない程度にビジューが煌めいている。

 

 大人らしさの中にある確かな子どもらしさが感じられるドレスで、はっきり言えば天使だった。

 

「天使だ……」

 

「ほらな」

 

 なぜか勝ち誇った様子の弔くんは無視して、エリちゃんに微笑んだ。

 

「本当に綺麗で可愛いよ。こんなに可愛いなら恥ずかしがらなくてもいいのに」

 

「……うー、だって」

 

「女心さ。わかれよ月無」

 

 僕の肩に手を置いてやれやれと首を振るトゥワイスさん。女心はどれだけ勉強してもわかる日はこなさそうなので、無理だと首を振っておく。だからモテないのか?

 

「僕が十年生まれるのが遅ければコロリといってた。なんて凶悪なんだ」

 

「む」

 

 何がマズかったのか、エリちゃんが可愛らしく頬を膨らませた。わかれよと言われた途端にこれである。やはり女心は一生わかりそうにもない。

 

 エリちゃんは膨れたまま僕の隣までくると、僕の手を胸に抱いた。背丈が一緒であれば、恋人のように見えるであろうそれである。

 

「なら、十年後にコロリといかせるもん。どうせそれまで独り身だろうし」

 

「うっ、なんてことを言うんだエリちゃん……」

 

 二十六まで独り身とは、かなり辛いところがある。僕だって人並みに女の子が好きだから、そりゃ彼女だってほしいのだ。環境的に無理かもしれないが。

 

 さっきまで膨れていたエリちゃんが段々上機嫌になっていくのに首を傾げていると、弔くんが「さて」と仕切り直すかのように切り出した。

 

「そろそろ行くか。トゥワイス、マスク被っとけ。ここでは敵連合として見られた方が都合がいい」

 

 法から外れた場では敵連合の名前は役に立つ。敵連合の名前は大きく、その影響力も計り知れない。それに、あらゆる方面に敵連合の名前を売っておいても損はないはずだ。そのため、トゥワイスさんはマスクをつけた状態の方が知られているため、敵連合としてはそうしてもらった方がいい。

 

「はいよ。ったく、スーツにこれは似合わないんじゃねぇか?ばっちり決まってるけどな!」

 

 落ち着いた口調から一転して、コミカルな雰囲気へ。あと一応言うとばっちり決まっていない。

 

 トゥワイスさんがマスクをつけたのを確認すると、弔くんは一つ頷いた。

 

「まず、オークションへ行く前に確認だ。今回の目的は覚えているな?」

 

 弔くんの言葉に僕たちは頷きで返した。

 

 今回はお買い物にきたわけではなく、単純にぶち壊しにきただけである。欲しいもの……人がいないわけではない。ただ、弔くんが「法の外でやってることのルールに則るのはバカらしいだろ」と言ったため、そういうことになった。

 

 ちなみに、欲しい人がいるとは言ったが僕たちは聞かされていない。

 

「そろそろ教えてよ。欲しい人って誰の事なのさ」

 

 聞くと、弔くんはエリちゃんを一瞥して空を見上げて言った。

 

「あー……お前らが死穢八斎會から帰ってきたとき、俺が用事あるって言ってでかけたろ。あれの関係だ」

 

 後は見てからのお楽しみな。と特に笑いもせず言う弔くんに、なぜか嫌な予感がした。

 

 多分、僕の勘違いでなければあの人だろうと思う。



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第63話 開催

「意外だな、こういうとこはもっとキメてるやつがくるかと思ってたが。十分キマッてるけどな!」

 

 あまりそういうことを大声で言わないでほしい。

 

 今僕たちがいるのは軽い立食パーティーの会場のようなところで、いたるところに色とりどりの料理が設置されている。それにほとんど誰も手を付けた様子がないのは流石と言ったところか。

 

「こういう場面で自分をデカく見せようとして料理に手を付けるバカがいるが、そういうやつは大抵すぐに死ぬもんだ」

 

 弔くんがそのほとんどに漏れ、料理を美味しそうに食べている人を見ながら吐き捨てるように呟いた。万が一料理に毒が盛ってあったらその時点で終わりだからね。主催者側からやられるかもしれないし、参加者側からやられるかもしれない。

 

 ここはそういうところで、トゥワイスさんの発言もここにかかってくる。

 

 キメてるというのは何も恰好のことではなく、「薬を」という枕詞がつく。簡単に言えばろくに話もできない脳無しどもがくるのかと思っていた、とトゥワイスさんは言ったわけだ。まぁ社会のはみ出し者が参加するオークションだからそのイメージは仕方ないけど、そんな脳無しがオークションに参加できるわけがないわけで。

 

 そんな脳無しが参加するとすれば、そう、例えば「今日のご飯にもありつけないほど追い詰められている」としか思えない。そして、そういうやつは他の参加者からなめられて終わりである。ちょうど弔くんが料理食べている人をバカにしているように。

 

「まぁ、ここにこれないやつらよりはマシかもな。獲物を嗅ぎつける能力はあるらしい」

 

「狩れるかどうかは別にしてな!」

 

 笑いながら言うトゥワイスさんだが、実は料理をちらちら見ていることは僕にも弔くんにもバレている。エリちゃんだって料理を見ず大人しくしているというのに。エリちゃんの場合は背丈の関係で見えないだけなんだけど。

 

 いよいよエリちゃんがテーブルの上見たさにジャンプしそうだったので仕方なく、本当に仕方なく、実は天使のようなエリちゃんを抱き上げたかったとか別にそんなことは一切なく、仕方なく抱き上げていると、エリちゃんが料理を食べている人を見て一言。

 

「おいぬ……こほん。ご飯抜きにされたときの凶夜さんみたい」

 

「お犬さんとストレートに言わなかったことを褒めるべきか、僕を貶したことについて叱るべきか」

 

「いや、叱れよ」

 

 と言いながらやはり弔くんは笑うのだが。

 

 僕は敵連合でよくいたずらをする。とはいってもそんな大きないたずらではなく些細ないたずらで、例えば弔くんの部屋のカーテンをピンクのハートをあしらった『OK』と書かれたものに換えたり、更にはベッドと枕すらその仕様のものに換えたり。可愛らしいいたずらなのに、弔くんは無慈悲にもご飯抜きと言ってくるのだ。

 

 弔くんに拗ねられては困るので、みんなも言う通りにする。その後弔くんの目がないところで誰かが食べ物をくれたりするのだ。そういうときは基本的にお腹がすきすぎて何かしていないと落ち着かないからエリちゃんとじゃれあっているので、ご飯にがっつくみっともない姿を見られていたらしい。

 

 そう考えると、僕が悪い気がしないでもない。でも仕方ないじゃないか。まともに食べられるものなんていつなくなるかわからないんだから。

 

 僕が一人で勝手にうんうんと納得していると、僕らの背後からそっと声がかけられた。

 

「敵連合というのは、品がない連中なんだね」

 

 振り向くと、さらさらとした金髪を靡かせた碧眼のカッコいいお兄さんがいた。いちいち際立った顔のつくりからして、純粋な日本人ではないことは確かである。

 

 そして、こういう口調でこういう話しかけ方をするやつはろくなやつじゃない。

 

「エリ、こういう手合いは無視するに限るんだ。覚えておくといいぞ」

 

「エリちゃんは可愛いからな。俺の方が可愛いけどよ!」

 

「うん、覚えておくし、トゥワイスさんは可愛いよ?」

 

「エリちゃんよりトゥワイスさんの方が可愛いなんて、バカ言っちゃいけない」

 

 そんなことは天地がひっくり返ってもあり得ない。比べようがない。ラバースーツにマスクの男と天使。同じステージに立てると思うな。ごめん言いすぎた。

 

 まともに取り合おうとしない僕たちに腹を立てた様子はなく、むしろ気分をよくして金髪の人は鼻を鳴らした。

 

「会話を放棄するとは、人としてどうなんだい?人は会話できる生き物なんだ。それを放棄するのは人をやめることと等しい」

 

「え、それは困る」

 

「月無、お前がそんなんだから段々エリに頭が上がらなくなるんだ」

 

 いや、だって人をやめることと等しいなんて。それは困るでしょ。あれ、それをまともに受け止めたから怒られたのか?でも人が会話できる生き物だっていう点は僕もそう思う。何せ会話って楽しいからね。さっき僕はこの人のことをろくなやつじゃないって言ったけど、実はいい人かもしれないし。

 

「敵連合は動物園らしい。カリスマが聞いて呆れる」

 

「……」

 

「月無、無言で『殺していい?』みたいな目をするのはやめろ。俺はやるけどな!」

 

 本気じゃないだろうけど、ファイティングポーズをとりながら言うトゥワイスさんを弔くんが腕で制する。そんなことするとトゥワイスさんが余計アホに見えるからやめた方がいいと思う。

 

 証拠に、やはりと言うべきか金髪の人はクスリと笑った。

 

「あー、悪かったな。失礼、名前は何て言うんだ?」

 

「ふん、無視すると言っておきながら結局話すとは。程度が知れる」

 

「大物と絡んで自分をデカく見せるパフォーマンスに付き合う気はなかったんだ。気を悪くしないでくれよ」

 

 気を悪くしないでくれよと言いながら喧嘩を売る。弔くんは基本的に面倒事は避けるタイプだが、時々こうやって相手を挑発したりする。どうもこういうのが趣味らしい。自分のことを大物と言って更に相手との差を言葉に含める。なるほど、これは確かにムカつく。今度僕も弔くんにやってご飯抜きにされよう。

 

 が、金髪の人は我慢強いのか、隠しているのかもしれないが堪えた様子はなく肩を竦めた。

 

「パフォーマンス?僕が?なぜ大物の僕がそんなことを」

 

「この状況で話しかけにくるような小物に用はねぇって言ってんだ。伝わってないのか?」

 

 そこで初めて、金髪の人が悔しそうに顔を歪めた。イケメンが台無しである。

 

 弔くんが言っていたことは大体当たっていたらしい。自分をデカく見せようとするためのパフォーマンス。なるほど、そうなると僕たちと話すのが一番の近道なわけだ。弔くんが扱いやすい人なら、の話だけど。この場にいるのが僕だけならよかったんだけどね。

 

 捨て台詞も残さないまま去っていく金髪の人に小さく手を振るエリちゃんを見ていると、弔くんが呆れたようにため息を吐いた。

 

「あぁいう悪食がいるとオークションの質も怪しくなってくるな。ガセネタ掴まされてないといいが」

 

 悪食というのは誰の事だろうか。あの料理を食べている人?それともさっきの金髪の人?

 

 首を傾げていると、弔くんが金髪の人の方を指さした。

 

「アイツ、ここじゃ有名らしくてな。どうも人がお好きらしい」

 

「なぁるほど」

 

「だから誰も近寄らねぇのか。喋ってる限りまともそうだったんだが。完全にイカレてたけどな!」

 

「へんたいさんだ。へんたいさん」

 

 エリちゃんが思ったより精神的なダメージを受けていないのが驚きである。普段一緒にいる僕たちがおかしいからだろうか。流石に悪食まではいかないと思うけど。僕なんかは知らない間に口にしていた可能性はあるが。

 

 僕たちの話が聞こえていたのか、料理を食べている人の手がぴたりと止まった。そりゃ食欲も失せる。僕だって今何か食べるかと言われても食べる気がしないから。

 

「げぇぇぇっぷ」

 

 お腹がいっぱいだったらしい。世界一げっぷらしいげっぷをしていた。程度が知れるって、ああいう人のことを言うんじゃないだろうか。ちょっと面白くて気になっている自分もいるけど。

 

 僕がじろじろげっぷの人を見ていると、エリちゃんが僕の頬をぺちぺちと叩いた。

 

「んー?」

 

「始まるみたいだよ」

 

 おっと、僕としたことが。オークション開始をげっぷの人を見ていて見逃すわけにはいかない。

 

 エリちゃんに言われて、会場にあるステージの方に目を向けた。ステージと言ってもそれほど広いわけではなく、両端の舞台裏が見えないようわかりやすく布で仕切られているため、実際見えている部分と言えば電車一両にも満たない。

 

 そんなステージの中央で、鼻の下に小粋なちょび髭を生やしたタキシードのおじさんが、マイク片手にスポットライトを浴びていた。

 

『どうもみなさんお集まりいただいてありがとうございます!ただいまから世にも素敵なオークションを開催いたします!』

 

 げっぷの人と悪食の人だけが拍手を送っている。ふと、近くから拍手の音がするなと思えばトゥワイスさんも拍手していた。実は拍手する人が大物なのでは?

 

 となると僕も拍手をしようかと悩んでいると、おじさんの声に悩みがかき消された。

 

『そこの悪食のあなたにも!たらふく食べてげっぷをしたいあなたにも!マスクが素敵なあなたにも!様々なお客様のニーズに応える商品を取り揃えております!』

 

 悪食と言われた金髪の人は、少し嫌そうな顔をした。自分のしていることなんだから誇りを持たないと。やりたくてやってることには自信を持とう。それとも悪食扱いされたくないからだろうか。本人は美食のつもり、とか。

 

『今回は敵連合というスペシャルなお客様がいらっしゃる!それに合わせてか、大目玉商品もございます!むしろこれはあなた方のためにあるのでは!?』

 

 そう言ってウインクしてくるおじさんに、とりあえずウインクで返した。こういうのはノリが大事なのである。そこらへんを弔くんはわかっていない。いや、弔くんがウインクしたらそれはそれでやめてほしいんだけど。

 

 というか一つの団体を贔屓するようなことを言っていいのだろうか。敵って言うのは心が狭い人ばかりだからそういうのはよくないと思うんだけど。

 

「そこらへんの最低限のマナーがあるからここにこれてるんだろうな」

 

 マナーがないやつもいるみたいだが、と悪食の人を見る弔くんは、どこか楽し気な表情だった。大目玉商品が楽しみなのだろう。恐らく。僕はそれが何か知らないけど。

 

『さぁ、まずは一品目の登場です!今日の商品が出るのは今日だけ!皆様、どうか今日という日を存分にお楽しみください!』

 

 そして、しつこい開会の挨拶とともに、オークションが開催された。



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第64話 大目玉商品は

「例えばの話だ」

 

 弔くんは何かの液体につけられている内臓が競られているのを興味なさげな目で見ながら言った。ただし目は興味なさげだが、口角は大目玉商品への期待を隠せないのか少し上がっている。

 

 そんな弔くんに僕とトゥワイスさん、それにエリちゃんが耳を傾けるのを確認していたのか、少し間を空けてから話し出した。

 

「護送中の大物敵が襲われたとする。襲った側の目的は何だと思う?」

 

「復讐とか?ほら、自分の手じゃないと気が済まないってやついるじゃねぇか」

 

 一番反応が早かったのはトゥワイスさんだ。仲間想いのトゥワイスさんだからこそ復讐を連想したのだろう。彼自身が自分の手じゃないと気が済まないタチだとは思えないが。どちらかというとやられるより先にやるタイプだ。

 

「あるかもな。復讐を遂げた後どうすんだって思うが、わからなくもない」

 

 欲しがっていた答えではなかったのか、弔くんは大して感情を変化させずに答えた。

 

 確かに、護送中に襲って復讐できたとしよう。その後はおまぬけにもヒーローと警察に捕まる未来が待っているだけである。それを切り抜けられる実力を持っているのであればそもそもその復讐相手が捕まる前に復讐できていたはずである。一概には言えないんだけど。

 

 というか、いきなりどうしたんだろうか。大目玉商品以外に興味がないのはこれまでの態度でなんとなくわかっているが、それまでただただお喋りするのはもったいない気もする。弔くんはそんなことをする人ではなかったと思うが。

 

 となると、この問いには何か意味があるということで。つまり大目玉商品と関係があることなんだろう。

 

 僕がそこまで考えたその時、エリちゃんが思いついたと言わんばかりに手をうった。

 

「その人が欲しいから?」

 

「へぇ、どうしてそう思った?」

 

 どうやらほしい答えに近かったらしい。興味なさげだった目が期待に光を帯びた。

 

 弔くんの問いかけにエリちゃんは可愛らしく首を傾げ、うーんと唸っている。思いついたと手をうったはいいが、その先はあまり考えていなかったらしい。

 

 エリちゃんが言葉を探す様子をじっと見守っていると、やがてゆっくりと確かめるように口を開いた。

 

「えっと、ごそうちゅう?ってことはヒーローさんとか警察さんとかいるはずだから、そこを襲うってことはその人は敵なんじゃないかなって」

 

「それで?」

 

 弔くんは小さい子への問いかけ方を学んだ方がいい。それで?はないだろう。冷たいにもほどがある。

 

 僕の憤りは関係なく。エリちゃんは気にした様子もなく続けた。

 

「なら、弔くんが好きな利用が目的だと思うの。そこを襲ってもおつりがくるくらいのリターンがあるのが前提だけど」

 

 突然難しい言葉を使いだしたエリちゃんに目をむいていると、弔くんが満足気に頷いた。……さては、エリちゃんに何か仕込んでいたな?例えば物事のリスクリターンの話とか、全体的な捉え方とか。そういえばおつりがくるくらいのリターンなんて言葉、弔くんが言いそうな言葉だ。適当に言ったけど。

 

 弔くんはエリちゃんの答えに機嫌を良くしつつも、出品されていた女性ヒーローが悪食に落札されているところを見て眉間に皺を寄せた。女性ヒーローまで商品になっているとは、主催者側の手腕はとてつもないものだということが想像できる。

 

 ……あれ、もしかして。今の話とこのオークションの話がつながっているって考えたけど、そうすると弔くんは護送中に襲われた大物敵がこのオークションの商品になっているって言いたいのか?

 

 試しに確かめるような視線を弔くんに送ってみると、鼻で笑われた。なぜ鼻で笑われたかは不明だが、どうやら正解らしい。というか今のはアイコンタクトで通じていい内容なのか?

 

「この場ではエリが言ったので正解だな。そして、月無が考えていることも正解だ。このオークションには大物敵が出品されていて、そいつが俺の欲しいやつでもある」

 

「……なーんか、アレだね。もう予想付いたよ僕。でも襲われたってニュースあったっけ?」

 

「襲われただけならまだしも、連れて行かれたとなるとな。雄英の地位が下がってきている今、警察も共倒れになるわけにはいかなかったんだろう」

 

「なにそれ。結局バレたら一緒じゃん。いや、もっとひどいか」

 

「バレる前に捕まえればいいのさ。まぁ、俺たちの方が早く捕まえるんだが」

 

 弔くんは楽し気に笑みで頬を歪ませた。久しぶりに見るあの邪悪な笑い方である。悪いことを考えているときは大体この笑みを浮かべるが、正直やめた方がいいと思う。実際エリちゃんも少し引いてるわけだし。トゥワイスさんもそっと目をそらしていた。

 

『さぁいよいよお待ちかね!大目玉商品の登場です!』

 

 おじさんのアナウンスに会場が沸き立った。まだ何が出てくるかわかったものでもないのにえらい盛り上がりようである。僕は大体、というか確実に予想できているけど。

 

「でも、エリちゃん大丈夫なの?僕としてはダメだと思うんだけど」

 

「まぁ、もしもの時は頼む。壊しは俺とトゥワイスでやるさ」

 

「?なんだかわからんが、任せろ。あんま頼るなよ!」

 

 トゥワイスさんは話が見えてこないのか、不思議そうに首を傾げていた。

 

 もしもの時、というのはエリちゃんの個性が暴走するかもしれないということだ。僕たちといて大分表情豊かになり、個性も安定してきたが今から出てくるであろう人を見ることになるとそれはまた別の話になる。もしかしたら途端に個性が安定しなくなるかもしれない。そうなると僕の幸福、もしくは不幸の出番である。僕以上に他人の制御に向いている個性はないかもしれない。

 

『皆さまからしても記憶に新しいでしょう!先月に捕まえられたあのヤクザ!この中にもお世話になった方がいらっしゃるのではないでしょうか!』

 

 ヤクザ、という言葉を聞いてエリちゃんが少し体を震わせた。賢いエリちゃんなら、ここで予想がついたことだろう。僕らのさっきの会話、大物敵が護送中に襲われるという話。トゥワイスさんも気づいたようで、気遣わしげにエリちゃんを見ていた。

 

 ここでエリちゃんが僕の胸に顔をうずめたり、拒否反応を示したりしたらそれこそ僕の出番だったのだが、エリちゃんは体を震わせはしたがしっかりとステージに目を向けていた。

 

 過去に折り合いをつけるというのは、存外難しいことである。それも、エリちゃんくらいの歳になるとより一層難しい。僕はこの年齢になって色々経験、というか諦めてきたからすっぱりと開き直ることができるが、エリちゃんの歳だとトラウマを引きずってもおかしくない。

 

 そんな中ここまでしっかりとステージを見ているのは、己惚れてもいいのであれば環境のおかげだろうか。何があっても守ってくれるという安心感があるからかもしれない。エリちゃんから信頼されている気がして、ものすごく嬉しいのは内緒である。

 

『煮るもよし、焼いてもよし!強者をサンドバックにしたいのであればそれもよし!顔がいい彼と色々楽しむのもそれまたよし!』

 

 ステージの中央に黒い布が被せられた車輪付きのベッドのようなものが転がされてきた。ベッドといっても寝かされている状態ではなく立った状態なためはりつけのようなイメージがあるが。

 

 弔くんがエリちゃんを一瞥して、小さく笑った。安心?それとも、強いエリちゃんを見て誇らしくなったのだろうか。あれだ、俺の方が上手くできてるぞ、みたいな。流石にそこまで悪趣味……いや、悪趣味か。

 

『さぁではご覧ください!そして驚いてください!これが本日の大目玉商品!』

 

 おじさんが黒い布を取っ払うと、その人が姿を現した。

 

 ベッドにバンドで体を固定され、一切の動きを封じられたその状態。手を介する個性のためか、手全体を覆う錠のようなものをかけられている。

 

 喪失の色が込められたその瞳は、僕らの方を見ると驚愕の色へ変わった。

 

『その本名は治崎廻!その正体はあの死穢八斎會の若頭!あらゆるものを分解し修復するその個性はいまだ健在!彼を懐柔できればその強さが手に入る!これほど魅力的な商品が今まであったでしょうか!』

 

 オーバーホール、死穢八斎會、若頭。僕たちが前お邪魔したヤクザであり、そこの若頭である。あらゆるものを分解し修復する個性。強すぎる。ルミリオンに負けたのはルミリオンの方が強かったからで、若頭は十分強い。仮にも一組織のボスだった男だ。当たり前と言えば当たり前の話ではあるが。

 

 弔くんは歪んだ笑顔を浮かべ、僕たちを見た。トゥワイスさんは、ゴーグルのようなものを装着し、エリちゃんは可愛らしく握りこぶしを作り、僕は仕方ないといった風に笑った。若頭の目的は死穢八斎會の復興。それを知っている弔くんなら、必ずそこをつくはずだ。相変わらず人の弱みをつくのが好きというか、利用するのが好きというか。若頭が簡単に頷くとも思えないが、復興する信念が本物なら頷いてもおかしくない。

 

 問題のエリちゃんのケアもなんとかなり……そうかはまだわからないけど。小難しいことは弔くんに任せて、今は弔くんの言う通り、敵らしく壊して奪うことにしよう。

 

「よし、動くか。トゥワイス」

 

「若頭は測ったぜ。イメージもバッチリ。増やすか?」

 

「いや、俺を増やせ。あそこまで行く俺とかき乱す俺が必要だ」

 

「オーケイ死柄木。俺は何をすればいいんだ?」

 

「それから月無」

 

 とぼけた風なトゥワイスさんを無視して、僕を見る弔くんに自然と背筋が伸びた。

 

「お前は完全なサポート役だ。もしぐちゃぐちゃになったらエリに治してもらえ。治るかはわからないけどな」

 

「ぐちゃぐちゃならないように気を付けるよ。黒霧さんは?」

 

「スタンバイしてる。あれを持って逃げるだけだ。簡単だろ?」

 

 どうだろう。重そうに見えるけど、案外そうじゃないのか?というか黒霧さんにここの座標を教えてワープゲートで持っていけばいいと思うんだけど。

 

「いや、何だ。最近こもってばかりだったからな」

 

 弔くんが肩を回して、勢いよく地面に手をついた。

 

「「少し運動、付き合ってくれよ」」

 

 いつの間にかトゥワイスさんが増やしていた弔くんと本体の弔くんの声が重なり、そして。

 

 会場の崩壊も重なった。



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第65話 いい関係

前書きで言うことではないですが、電波障害にむしゃくしゃしてtwitter始めました。

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 弔くんの個性は言うなれば、積み木を崩しているようだった。今まで積み上げてきた努力の結晶を一瞬でぐちゃぐちゃにするような、そんなイメージ。個性の名前が『崩壊』であることから、それもあながち間違いではないと思う。

 

 そんな『崩壊』だが、無差別的に崩壊させるかと思いきや実はそうでもない。弔くんはしっかりと崩壊させるところをコントロールできるし、その早さだってコントロールできる。むちゃくちゃするように見えて、実は緻密だったりするのだ。

 

 しかし今はコントロールができるということを忘れそうになるくらい会場がぐちゃぐちゃに崩壊している。崩壊していないのは若頭がいるステージと僕らの周りだけだ。他は床が崩れ、ほとんどの人が宙に投げ出されている。まぁ他が崩れているということは僕らが立っているところも最終的には崩れるっていうことなんだけど。

 

「よし、エリちゃん!しっかり捕まっておいてね!」

 

「離してくれた方が安全な気もする」

 

「「ハハっ、違いねぇ!」」

 

「気にすんなよ月無!お前はどんくせぇ野郎だ!」

 

 崩れかけの床を転々とするためエリちゃんに捕まっておくように言うと、容赦のない口撃が飛んできた。トゥワイスさんが増やした弔くんが二人とも同じことを言うのは、流石同じ人と言うべきか。表情までぴったり同じなのは、イメージが完璧なことの表れである。そんなイメージが完璧なトゥワイスさんだけが優しい言葉をかけてくれた。後半は罵倒だが。

 

「うるさい!僕は普段ダメだけど、追い込まれたとき、ピンチなときは大体無事でいられるのさ!」

 

 そう言って跳んだ第一歩は、見事に宙に浮いた床を踏みしめた。

 

 人生は行き当たりばったりでなんとかなるものである。僕はそれを自分の個性で痛いほどわからされた。というか行き当たりばったりにしかならない個性だったから、そうならざるを得なかったというだけの話。

 

 そんな僕は不測の事態、ピンチですら日常と捉える精神があり、どんな状況でもパフォーマンスが落ちることは滅多にない。「あぁ、仕方ないな」という諦めの境地というやつである。悲しいとか言っちゃいけない。これはこれで大事な個性だから。

 

 崩れる床を器用に跳び移りつつ、周りに目を向ける。

 

 げっぷの人は落ちながらも料理を食べ続け、悪食の人は女性ヒーローに蹴り落とされていた。女性ヒーローが連絡を取っているのは、恐らくヒーローと警察に違いない。というかあのスマホ悪食の人のやつでしょ。カバーに臓器の写真があるもの。悪趣味すぎる。

 

「弔くん」

 

「「わかってる。まぁまた名が広まると思っておけばいい。早く済ませて帰ればすむ話だ」」

 

 どうする?と聞く前に答えられてしまった。うむ、流石はNo.1とNo.2。通じ合えているというのはこうも気持ちいものなのか。

 

「でもあのヒーローさん、無視できそうにないよ」

 

 エリちゃんが言いながらステージを指さした。そこには床の崩壊から逃れた女性ヒーローが、厳しい目つきで僕らを睨んでいる姿がある。どうやら目的がバレているらしい。そりゃそうか。死穢八斎會と敵連合はつながりがあったってバレてるんだから。となると、あのヒーローを倒さないといけないわけだけど。

 

「俺に任せろ!」

 

 誰が行く?とアイコンタクトをとる前に、トゥワイスさんが両腕に着けているメジャーを引き伸ばして天井に突き刺した。

 

 トゥワイスさんのゴーグルは、それを通して映るものの重さ、長さ、その他諸々の情報をスキャンできる。それだけではちゃんとしたデータはとれないが、それを補うのがトゥワイスさんの観察眼。見ることに慣れている彼だからこそできる情報の読み取り。となると、メジャーの役割が薄くなってくるため、長さを測る道具ではなく移動のための道具と化した。

 

 どこかに突き刺し、巻き取ることで三次元的な動きを可能にする。スピナーくんや荼毘くんもそうだが、縦に動けるようになった人が多い。僕もそうならないだろうか。多分それができたときは死んだ時だ。天に昇る的な意味で。

 

「ひゃっほう!」

 

 楽し気に叫びながらステージに向かって跳ぶトゥワイスさん。そんな無防備に跳んでいって大丈夫なのだろうか。僕的には思い切り蹴られて終わりだと思うんだけど。

 

「ぶへぇ!」

 

 案の定、トゥワイスさんはヒーローに思い切り蹴られて宙を舞った。やられる姿が美しいのは、コミカルなトゥワイスさんだからこそかもしれない。

 

 そのまま落ちるわけにもいかないトゥワイスさんは天井にメジャーを射出して、それにぶら下がる形で停止した。「鋼鉄だ、鋼鉄!シャレになんねぇ!」と騒いでいるのをとりあえず無視して、僕と弔くん×2はステージへ降り立った。

 

 なにもトゥワイスさんはただやられたわけではなく、僕たちが到着するまでの時間稼ぎである。そりゃ彼がヒーローを倒してくれればそれはそれでよかったが、直接的な戦闘には向かないのにそれを求めるのは重すぎるというものだ。

 

「敵連合の旦那方、こりゃないですよ!楽しい一夜が台無しだ!」

 

「「いや、悪いな。だがお前らがこんな魅力的なやつを出すのが悪いんだぜ」」

 

「落札するくらいなら奪い取る方が早いしね」

 

「めちゃくちゃ」

 

 うきうきして話す僕と弔くんに、エリちゃんから呆れた声が漏れた。うん、僕もめちゃくちゃだと思うよ。でも僕たちは敵だから、やりたいことやるほうがそれらしいのさ。

 

「すみませんが、ここで止めます。敵連合なんていう大物、逃がすわけにはいきませんから」

 

 すぅっと腰を落としてヒーローが構えた。さっき応援を呼んでいただろうし、時間を稼がれると少し厄介だ。僕はヒーローの個性を知らないし、もしとんでもなく強い個性だったら少しマズい。でもこの人美人だから時間を稼がれてもいい気がする。何か、こう、いじめてほしくなるような見た目してるし。長い黒髪にきつそうな目つき。恰好が恰好ならイケナイお姉さんという感じだ。僕はイケルけど。

 

「むー!」

 

「いたいいたい」

 

 まじまじとヒーローを見つめていたらエリちゃんに叩かれてしまった。ごめんよ。どうしても真面目になり切れないのは僕の悪い癖だ。いや、真面目にやるときもあるんだけどね。

 

「うーん、そうだなぁ……トゥワイス!」

 

「ん?なんだ死柄木。俺は今ぶら下がりながら吸うタバコに極上のウマさを見出してるところなんだが」

 

 あとは僕たちに任せて大丈夫だと思ったのか、トゥワイスさんは呑気にタバコを吸っていた。他のみんなはなんだかんだカッコいいところを見せてくれたが、この人はほとんど変わっていない。むしろそこがいいところだとも思う。

 

 煙を吐き出すトゥワイスさんに弔くんが小さくため息を吐くと、隣に立つもう一人の弔くんを指さした。

 

「こいつ、消せ」

 

「え?オイオイそのままなら確実に勝てるってのに舐めプすんのか?いいぜ!ちょっと待ってろ」

 

 一瞬でドロリと溶けるもう一人の弔くん。それを見てヒーローは眉間に皺を寄せた。トゥワイスさんが言った通り、舐めプされてるみたいで気に喰わないんだろう。向こうからすればそれはありがたい話なんだろうけど、癪に障るというのもわかる。

 

「バカにしてるんですか?」

 

 先ほどより少し声を低くして問うヒーローに、弔くんはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら首を横に振った。

 

「いや、ヒーローをバカにするなんてとんでもない。ただ、こんなにいい女なんだ。一人占めしたくなるのが男ってもんさ」

 

「……」

 

 や、それバカにしてるでしょ。ほら、あの人エリちゃんが目をそらすほどとんでもなく怖い顔になってるし。今のは敵としてじゃなくて女として見る発言だから、真面目に捕まえようとしているヒーローからすれば怒るのも無理はない。でも弔くんが言うことも一理ある。いやぁ、やはり弔くんも男だなぁ。

 

「そんな怖い顔するなって。いい女が台無しだ」

 

 なおもいやらしく笑う弔くんにキレたのか、ヒーローがものすごい速さの蹴りを放った。トゥワイスさん曰く鋼鉄のように重いらしいその蹴りは、いとも容易く弔くんに受け止められる。

 

「なんだ、大胆に脚広げて。誘ってんのか?」

 

「さっきから下品な言葉ばかり……もう少し女性の扱いを勉強したらどうです?」

 

 崩壊しかける脚に顔を歪めつつ、あっさりと手を離した弔くんから距離をとって挑発するヒーロー。ぜひ僕に勉強を教えてほしい。いつの間にか隣に立っているトゥワイスさんも鼻息を荒くしていた。僕たちは何をしてるんだ?

 

 鼻息を荒くするトゥワイスさんとは対照的に、弔くんは肩を竦めた。

 

「環境がなかったんでね。気を悪くしたなら謝るよ」

 

「自分からその環境に行かなかったの間違いでは?」

 

「うーん、そうだなぁ」

 

 言われた弔くんは僕を一瞥して、一度小さく頷いた。

 

「ヒーローにそう言われんのは、ムカつくな」

 

 ふら、と。

 

 弔くんの体が揺れたかと思えば、一瞬でヒーローとの距離をゼロにしていた。人の意識をつくその技術。いい意味で性格の悪い弔くんだからできる芸当。ちなみにこれは僕もヒミコちゃんもできる技である。客観的に見るとめちゃくちゃすごい技だ。すごいな、僕。

 

 一瞬で距離を詰められたヒーローは脚を振り上げようとするが、それよりも先に脚を払われ、重いきり体勢を崩した。

 

「咄嗟にでる動きってのは、そいつ自身にしみついた行動が出るもんだ。お前の場合は蹴り技。それが一番威力が高いし、一番速く出せる技なんだろうな」

 

 弔くんは体勢を崩したヒーローの襟首を掴んで引き寄せ、勢いのままに肘鉄を顎に叩き込んだ。

 

「ちょっとは考えた方がいいぜ、ヒーロー。捕まって売りに出されてる場合かよ」

 

「あ……なたは……」

 

 ヒーローが何かを言いながら崩れ落ちた。何を言いたかったのかはわからないが、多分最低とかそういう感じの言葉だろう。実際そうだから何も言えない。僕は無言で気遣うように弔くんの肩を叩いた。

 

「多分いい子ちゃんなんだろうよ、このヒーロー」

 

 そんな弔くんの口から出たのはよくわからない言葉。いや、いい子ちゃんなのには違いないだろうけど、今言うことなのか?それ。もしかして捕まって売りに出されてる場合かよっていうのは戒めの言葉で、ヒーローは真剣に受け取ったとか、そういうこと?わかんないや。いやはや、人の感情というものは難しい。

 

「さて」

 

 弔くんはいつの間にかいなくなっていた司会者のことは気にもせず、縛られている若頭の拘束を迷いなく解いた。流石に手錠はそのままにしているが、若頭ほどの男を自由にするのはもう少し考えたほうがいいと思う。

 

「……何しに来た」

 

 若頭は虚ろな瞳で、かすれた声で言った。何もかもを失った今、気力なんてものはゼロに等しいのかもしれない。僕だって、みんなを失ったらこうなるかもしれないし。もしかしたらこれより酷くなるかもしれない。

 

 弔くんは若頭に小さく笑いかけ、「覚えてるか?」と切り出した。

 

「俺たちはいい関係でいようっていう話。あれ、俺の中じゃまだ続いてる話なんだ」

 

「今の俺に、メリットはない。あいつらもいなければ、エリもお前らが持って行った。俺を戦力として迎えたいって話ならお断りだ。何せ、もう死穢八斎會はないんだからな」

 

「つまらないこと言うなよ若頭」

 

 弔くんは一歩若頭に近寄ると、その手錠を崩壊させた。驚愕に目を見開く若頭に笑いかける。

 

「お前はもう自由だ。ならどうする?お前は何がしたい?組の復興はどうした。お前は生きてて自由、更に仲間も死んだわけじゃない。ただ厄介なところに閉じ込められているだけだ」

 

 だけ、ってとんでもないこと言うなぁ。先生からするとだけっていう言い方で間違いはないんだろうけど。

 

「まだやり直せる。終わったわけじゃない。檻も何もかもぶち壊して、もう一度やり直せばいい。そのために俺たちを利用してみせろ。その代わり俺たちもお前を、お前たちを利用する。いい関係ってのはそういうことだったろ?」

 

「信じられん。お前が俺のためにそこまでするメリットがない」

 

「お前のためじゃない。ただ、檻をぶち壊してくれると都合がいいんだ。それだけさ。お前はやり直せて、俺たちは目的に近づく。まぁ、お前がうじうじして縮こまるってんならそれまでだが」

 

 そこで弔くんはニヤリと口を歪めた。

 

「なんなら、やり直してから襲って来いよ。エリが欲しいならな」

 

 弔くんは火をつけるのが上手い。考えることができる相手ならなおさらだ。一度弔くんと話してその在り方を知っている若頭だからこそ、この話はめちゃくちゃ効く。僕らのリーダーはできやしないことは口にしない。一度学生のヒーローに敗れた若頭がやり直せると本気で思っている。態度は薄っぺらく見えるが、その内面は恐ろしく厚い。簡単な言葉で片づけるなら、それはカリスマって言うんだろう。

 

「……随分好き勝手に言ってくれる」

 

 若頭は小さく笑うと、その瞳に色を取り戻した。

 

「今ここで俺を拾ったこと、後悔するなよ。俺はお前ほど優しくない」

 

「誰が優しいって?まだ目が覚めてねぇのか若頭」

 

 握手はないが、二人の強い視線が交差した。うんうん、丸く収まったみたいでよかった。

 

 そこでふと、気になったことが。

 

「No.2の位置が危うい……?」

 

「元からないみたいなものだし、気にしなくても大丈夫だよ」

 

 慰めているのか貶しているのか、どちらかはわからないがエリちゃんの言葉が僕に突き刺さった。いや、こだわりはないけど、それはそれで寂しいじゃん。



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第66話 日常とその裏

 若頭は潔癖症だ。

 

 まず僕たちと触れ合うことはものすごく嫌がるし、部屋を作ってからは一歩も部屋に入らせてくれない。弔くんは部屋に入れているあたり、部屋を汚しそうな人間と汚さない人間でわけているんだろう。僕は一切汚さないのに。

 

 ただ、そんな潔癖なところがある若頭も敵連合にはすぐに馴染んだ。誰でも受け入れられるのが敵連合の特性というか、なんとなくものすごく気遣いの上手い人たちばかりだと思う。僕も含めて。むしろ僕が気遣いのできる男世界一である。

 

 馴染んだとは言っても、完全な身内感はない。弔くんはあくまで若頭とは「いい関係」だと言っているし、僕らもそれに従っている状況。仲間というよりは同盟、みたいな。若頭が仲間を救出したその瞬間に僕らへ牙を剥くこともありえるからね。若頭は賢いからすぐには牙を剥かないとは思うけど。

 

 そんな若頭は弔くん、黒霧さん、ラブラバさんと怪しい会話をしている。弔くんは僕らのリーダーで、黒霧さんは座標さえわかっていればどこへでもワープゲートをつなぐことができる。そしてラブラバさんはハッキングのプロ。この組み合わせで考えられるのは、捕まっている仲間の解放についての話し合い、辺りだろうか。捕まっているとなると思い出す人がいるが、あの人は出られる状況になっても出てこないような気もする。出てきても一生大人しくしていそうだ。

 

 さて、そういう話し合いをしているということはもうそろそろ大きく動き出す頃ということだろうか。若頭が入念に打ち合わせをしたいから何度も話し合いをしているということもあるかもしれないけど、多分弔くんは早く動き出そうと考えているはずだ。なぜなら、今はNo.1ヒーロー、所謂平和の象徴が不在の状況だからだ。叩くなら今で、今だからこそ社会の脆さみたいなものがでてくる。この状況でエンデヴァーにめちゃくちゃカッコいいことされたらこっちが大打撃受けるかもしれないけど。

 

 エンデヴァーといえば。最近会っていない轟くんのことを思い出す。耳郎ちゃんと上鳴くんに僕の個性の事がバレたし、轟くんも知っていることだろう。ただ、僕の個性のややこしさを本当に理解しているかはわからないけど。

 

「うーん、僕いつあたりに死ぬのかなぁ」

 

「いきなり物騒なことを言うな」

 

 テーブルに突っ伏しながらボソッと呟くと、対面に座っている荼毘くんに呆れられてしまった。敵連合っていう敵の象徴みたいな集団が「物騒なことを言うな」っておかしい気がしてならない。

 

「何か悩みがあるのであれば相談してもいいのだよ。紅茶でも淹れよう」

 

 僕の隣で紅茶を楽しんでいたジェントルさんが新たにカップを取り出し、そのカップから少し外れた場所に紅茶を注ぎ始めた。僕の近くに置いたカップから少し外れた場所、そこには当然僕がいる。

 

 頭に降り注ぐ熱に思わず跳び起きた。

 

「あっつ!?」

 

「すまない!つい」

 

「ついの量じゃないでしょ!紅茶をこんなたっぷりかぶったのは初めてだよ!」

 

 紅茶で濡れて重くなった髪をあらかじめこうなると予想していたとしか思えないタイミングで荼毘くんがくれたタオルで拭く。よく考えると紅茶を飲んでいるジェントルさんの隣で突っ伏していたらこうなるに決まっていた。もしかしたら僕が悪いのかもしれない。

 

「いや、すまない。こんなこともあろうかとお風呂を沸かしておいた。入ってくるといいよ」

 

「僕に紅茶をかけるつもりで隣に座ったってこと?めちゃくちゃバカなの?」

 

「いい勝負してるぞ」

 

「うるさいよ!」

 

 のほほんとしている荼毘くんにもなぜかキレそうになりつつ、僕はお風呂場へ向かった。髪を紅茶で濡れたままにはしておけない。僕の綺麗な髪が傷つくことは世界にとってもよくない。それは言いすぎた。

 

「あれ、確か今風呂に……」

 

「荼毘。たまには月無くんもいい思いをしてもいいだろう?」

 

 背後でかわされた会話も無視して、共同生活スペースのドアを開けた。そして風呂場のドアを開けると、そこには。

 

「あら」

 

 エリちゃんを抱いたマグ姉がいた。そして二人とも完全な裸である。

 

「ごめんなさいね。本当ならヒミコちゃんがエリちゃんと入る予定だったんだけど、お洗濯代わってくれるって言ってくれたから」

 

「なにそれ。それってもしかして今マグ姉がいるところにはヒミコちゃんがいたかもしれないってこと?」

 

「だからごめんなさいって言ったの。それはそうと、凶夜くんも一緒に入る?」

 

「いや、いいです」

 

 人生で一番心が無になった瞬間かもしれない。いや、別に一緒に入りたくないわけじゃないけど、不甲斐ないことにマグ姉に甘やかされて腑抜けになる自信がある。この人は母性が半端ないのだ。

 

 というわけで背を向けて風呂場から出ようとしたとき。

 

「でてって」

 

「え?」

 

「でてって!!」

 

「僕出ていこうとしてるよね!?」

 

 怒るエリちゃんの声を背に、急いで風呂場から飛び出した。エリちゃんも女の子だから恥ずかしかったのかもしれない。僕が入った時にマグ姉が体でエリちゃんを隠していたけど、それでも。うーん、僕には女の子がわからない。

 

「あれ、凶夜サマ。エリちゃんのおっきな声が聞こえたんですけど、どうしたんです?」

 

 紅茶に濡れた髪をどうしようかと悩んでいると、気配を消していたヒミコちゃんに隣から話しかけられた。ここでびっくりして焦るとダサいので、あくまで気づいていましたという風にヒミコちゃんに顔を向けた。

 

「紅茶の香り?香水なんて持ってましたっけ」

 

 どうやら今の僕は何をしてもダサくなるらしい。紅茶を頭からかぶるなんてダサいにもほどがある。「え、凶夜サマって頭で紅茶を飲むんですか?」と言って笑われかねない。いや、ヒミコちゃんが笑ってくれるならいいのか?

 

「や、ちょっとエリちゃんたちが入ってるって知らなくて僕が入っちゃってね」

 

 とはいえやはり恥ずかしいので、話をそらすために初めの質問に答えた。参った参ったと頭の後ろに手を回すと、手に紅茶が付いた。許さんぞジェントル。

 

「わ。ダメですよそれ。後で謝らなきゃですね」

 

 私も一緒に謝ってあげます。とウインクするヒミコちゃんの可愛さに思わず死にかけた。思わずで死ぬやつなんているのか。恐らく世界中で僕だけだろう。死因はどうなるんだろう。ウインク?ガガンボでも死なねぇよ。

 

「ヒミコちゃんは謝らなくてもいいでしょ。エリちゃんも困っちゃうよ」

 

「いえ、本当なら私が一緒に入っているはずだったので」

 

 それでなんでヒミコちゃんが謝るんだろう。もしかしたら「凶夜サマが私にくぎ付けになるから」っていう理由だろうか。可愛すぎて抱きたくなるかもしれない。

 

「そうなっていれば記憶を失うくらいぐちゃぐちゃにできました」

 

 マグ姉は優しすぎるんです。そう呟くヒミコちゃんの笑顔は輝いて見えた。あぁいや、僕が期待したところで無駄だってことはわかっていたけど。

 

「まぁでも」

 

 ヒミコちゃんは輝く笑顔を引っ込めてふんわりと柔らかい笑みを浮かべると、そっと僕の手を両手で握った。紅茶がついた方の手とは逆の手だったことに安心しつつヒミコちゃんを見ると、どこか色気すら感じる表情でこう言った。

 

「凶夜サマがかわいそうなので、お風呂、私と一緒に入ります?」

 

 少し頬を赤くして首を傾げるヒミコちゃん。もちろん答えは一つ。

 

「お願いしま――」

 

「ふぅ、いい鍛錬だった」

 

「スピナーは飛び回り過ぎなんだよ!俺と戦い方被ってるし」

 

 覚悟を決めて世界一イケメンな顔で答えようとしたその時、鍛錬を終えたであろうスピナーくんとトゥワイスさんがピンクの空気をぶち壊しながらやってきた。スピナーくんは相変わらず体を動かしていないと落ち着かないらしく、度々誰かを鍛錬に誘っている。そういえばさっきトゥワイスさんを連れ出していたのを見かけた。

 

「なんでこのタイミングで!?」

 

「いや、すまん。気を遣って待っていたんだが、荼毘が行け、と」

 

「待ってたんだ……」

 

「まぁまぁ、結果的に助かったんだからよしとしようぜ」

 

 助かった?どういうことだろう。もしかして僕がものすごくヘタレだからヒミコちゃんといざお風呂に入ろうとしたときにとんでもなく恥をかくから、ということだろうか。ありえる。

 

 首を傾げていると、スピナーくんがヒミコちゃんを一瞥して、小さく息を吐いた。

 

「その、なんだ。人は裸のとき無防備になる、といえばいいのか」

 

「あ、それってもしかしてヒミコちゃんが僕をぐちゃぐちゃにしようとしてたってこと?」

 

 ヒミコちゃんを見ると、ものすごくいい笑顔をしていた。

 

「でもヒミコちゃんの裸見れるならいいか」

 

「ふふ、ではお断りします」

 

「お願いだから結婚して……」

 

「おい、お前おかしいんじゃねぇか?」

 

 身も蓋もないトゥワイスさんの言葉は聞かなかったことにした。

 

 

 

 

 特殊拘置所タルタロス。海にあり、周囲を高い壁に覆われ、そこまで渡る手段は一本の橋のみ。その橋ですら厳重なセキュリティがあり、大きな罪を犯した者だけが収容される監獄。

 

 そこに捕らえられている人物に、元平和の象徴であるオールマイトが面会にきていた。以前も面会にきたことがあり、そのときはオールマイトがもやもやしたものを抱えさせられたまま面会が終了した。

 

 面会相手は、ある者からすれば悪の象徴。ある者からすれば先生。

 

 オール・フォー・ワン。無数の個性を持つ最強で最恐の敵である。

 

「……おや、また会いに来てくれたのか、オールマイト」

 

 オール・フォー・ワンは一切身動きせず、何の抑揚もない平坦な調子で言った。感情を一切悟らせないその声は、興味が惹かれない話は一切しないという意思を感じさせられる。オール・フォー・ワンは内心でそんな話をしにくるわけがないと思っているのだが、一応巨悪で通っているため格好つけのために平坦な調子を演じていた。演じるという生き抜く術は、ある教え子に必要なものだった。

 

「あの子たちは貴様の手を離れたと言ったな」

 

「あぁ、言ったね」

 

 あの子たち。死柄木と月無。オール・フォー・ワンを先生と呼ぶ二人で、敵連合のトップツー。オール・フォー・ワンの下を離れた二人は着々と勝つための準備を進めている。

 

 そして、オールマイトがここにきたのはその準備に関すること。

 

「死穢八斎會の若頭を取り込んだ。近々大きい動きを見せるんじゃないかと厳重な警戒状態が続いている」

 

「……はは、そうか」

 

 そこで初めて、オール・フォー・ワンは感情を見せた。喜怒哀楽のどれかで言えば、それは。

 

「なら、今度は外で会えるかもしれないな」



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最終章:敵連合
第67話 始まり


 なんでもない日常っていうのは、なんでもないからこそどうしようもなく愛しく思える。そのことに気づいたのはつい最近で、それこそなんでもない日常がなんでもない日常であるということに気づいた時だった。

 

 今までの僕はといえば。

 

 両親を亡くして、親戚を亡くして、施設のみんなを亡くして、ぐちゃぐちゃのどろどろになって、そこを先生に拾ってもらえて。思えば拾ってもらってからも大体先生と二人か一人ぼっちで勉強するだけだったので、愛しく思える日常なんてなかったように思える。唯一愛しいと思えるのは両親と一緒にいたときか。

 

 ただ、そんな僕が日常を愛しいと思えたのは他でもない敵連合のおかげで、犯罪者を名乗りつつも心地良いこの場所が何よりも愛しい。ちょっと依存してしまっているところもあるかもしれない。でも仕方ないと思う。僕にとって一番いい環境が敵連合なんだろうから。

 

「そう考えると不思議でもあるんだ」

 

 弔くんの部屋で機器のチェックをしながら言うと、弔くんが何でもないように頬杖をついて鼻を鳴らした。

 

「今の僕はどうしたいのかなって。や、敵連合の目的とかそういうのじゃなくてさ」

 

「死にたいかどうかってことか?」

 

 小さく頷く。

 

 僕は死にたがりだった。どこにいても何をしても不幸で、僕が生きていない方がきっと世界はよく回る。僕一人が生きているだけで世界の不幸が何倍にも膨れ上がる。ただでさえ僕のせいで死んだ人たちを見てきたんだ。そう思うのが自然なことだろう。

 

 じゃあ今の僕は。なんでもない日常を愛しく思うようになったこの僕はどうなんだろう。死にたいのか、生きたいのか。不幸と幸福の両方の個性を持っていると自覚してから、どうにもそこらへんが曖昧になっている。今僕が生きているのは『生きたい』という願いに『幸福』が反応して生きているのか、『死にたい』という願いに『不幸』が反応して生きているのか。そもそも僕の個性に僕の意思は関係あるのか?

 

 考えれば考えるほどわからない。自分が生きたいのか死にたいのか。僕が個性と上手く生きていけることなんて、一生ないのだろう。このまま生き続けても一生悩まされる気がする。

 

「そうだなぁ……月無、お前自分のことどう思ってる?」

 

「え、カッコいいとかそういうこと?」

 

「カッコよくはない」

 

 切り捨てられてしまった。エリちゃんは僕のことをカッコいいって言ってくれるのに。まぁ弔くんにカッコいいって言われてもなんだかなってなるだけだけど。

 

「つまり、自分がどういう人間かってことだよ」

 

「……うーん」

 

 腕を組んで首を傾げる。

 

 どういう人間か。今の僕に当てはまるのは何だろう。平和を脅かしつつ、実はいい人なんじゃないか説が世間に出回るような中途半端な敵。弔くんが言うには敵に見えない敵が一番恐ろしいっていう話だけど、それで言えば僕はろくでもない人間なんじゃないかと思う。

 

「うん。死んだ方がいい人間だ」

 

「でもお前は生きている」

 

「じゃあ僕の不幸が反応しているってこと?」

 

「さぁ、どうだろうな」

 

 質問しておいて投げ出すとはどういうことだろうか。後は自分で考えろってこと?自分で考え続けてわからなかったからこうして話してるのに。

 

「俺はさ」

 

 弔くんは何故か僕に背を向けた。人と話すときは大体目を見て話すのに、珍しい。そんなに僕がカッコいいのかな。

 

「世間から見たお前と、敵連合から見たお前がぶつかり合って、相殺した結果普通になってると思ってる」

 

「えーっと」

 

 つまり、世間から見ると僕は死んだ方がいいから『死にたい』と思ってるけど、敵連合の僕は『生きたい』と思ってるってことで、それぞれに『不幸』と『幸福』が反応しているってこと?

 

「お前は自分勝手かと思えばどこか怖いくらいに外から自分を見る癖がある。だから何もおかしな話じゃない。その癖がお前を生かしているんだ」

 

 そうだろうか。僕はどちらかと言えばものすごく自分勝手だと思うんだけど。自分勝手にした結果他人のためになったとかそういうことがあったわけでもないと思うし。

 

「だが、まぁ、その……」

 

 弔くんは髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜ、うめき声をあげた。何か気に入らないことがあったのだろうか。もしかして僕と一緒にいるのが耐えられなくなったとか?あり得る。悲しいことに。

 

「お前がどう思ってるかは別として、俺はお前に生きてほしいと思ってる」

 

「……」

 

「今だから言うが、感謝もしてる。俺がこんな風に敵連合のトップをやれてるのはお前がいたからだ。もちろん他のやつらのおかげでもあるが、一番はお前だ」

 

「一番は先生でしょ」

 

「それはそうかもな」

 

 それはそうなのかよ。

 

「だから、死んだ方がいいなんて言うなよ。俺は、全部終わった後にお前がいない未来は嫌だぞ。一緒に生きて、一緒に帰って、また一緒に笑うんだ」

 

 弔くんはそこまで言って、僕に向き直った。強い意志が宿ったその目は、敵連合のトップだって言いながらもどこまでも澄んで見える。

 

 きっと、僕たちが出会ったころにはできなかった目だ。お互いに。

 

「いいか、月無。勝つぞ。『俺たち』の未来のために」

 

 僕に拳をつきつけ、にやりと笑った。そんな仕草がどこかおかしくて、思わず笑ってしまう。普段なら笑っちゃうとすぐに拗ねる弔くんも、今回ばかりは笑みを深めていた。

 

「キャラじゃなくない?そういうの」

 

 僕が拳を合わせると、弔くんは昔を懐かしむかのように目を閉じた。

 

「だからお前が一番なんだよ。お前が変えたんだ」

 

 

 

 

 その日はいつも通りだった。

 

 いつも通りに学生が学校へ向かい、大人が仕事へ向かい、ヒーローがパトロールをする、至って平和でいつも通りな日常。

 

 そんな日常は、意外とあっさり終わりを迎える。

 

「なんだ、あれ?」

 

 誰かが空を指して言ったその言葉に、ほとんどの人間が空を見上げた。

 

 そこにあったのは、黒い渦のようなもの。日常にはありえない確かな異物。

 

 その黒い渦を見つけた瞬間、地上にも無数の渦が現れた。明らかな異常に困惑し、誰もがその正体について考察し始めたその時。

 

 明らかな異形が数体、上空の渦から現れた。脳をむき出しにし、まったく釣り合いのとれない体を持つ怪人。

 

 それを人は、脳無と呼ぶ。

 

 脳無だけではない。地上の渦からは大勢の敵が現れ、手当たり次第に人を襲い始めた。悲鳴をあげながら逃げ惑う人々を、ギリギリの距離で追い続ける敵。

 

 こうして、いつも通りの日常は崩壊した。

 

 

 

 

「いや、やべーって」

 

 日曜日。文化祭に向けて準備を進めていこうとしていた雄英高校1-A組は、共同スペースに集まってテレビを観ていた。その上空からの映像には、敵に追われる人々の姿、戦うヒーローの姿、そして、無慈悲に破壊を続ける脳無の姿。

 

「特撮かなんかって言われた方がまだ信じられるぜ。んだよ、これ」

 

「アンタの言う通りなら、大分気が楽なんだけどね」

 

 重い空気に耐えられなかったのか、上鳴が軽い調子で言った言葉に耳郎が固い調子で返す。ほとんどが唐突に起きた事態に未だ現実を受け入れ切れない中、緑谷は一人納得したような表情で頷いていた。

 

「……おかしいと思ってた」

 

 思い浮かべるのは、最近の敵連合の動き。人助けのようなことから、オークション壊滅まで。世間から見てプラスになるようなことを度々していたのは、どう見てもおかしなことだった。あれが何かの準備だったとなれば、納得いくというものである。

 

「確かに、いいタイミングかもしれない。だって今はオールマイト……平和の象徴がいないし、最大限暴れる準備ができているなら事を起こすなら今しかない。今の敵連合が考えなしに何かを起こすとは思えないから、確実に勝てると思って仕掛けてきていると捉えて間違いない」

 

 ぶつぶつと、隣にいても聞こえにくいような小さな声で呟いて、緑谷は頭を回した。

 

(予測しろ。今回の敵連合の目的。きっと大きなことを考えてる。だとすると……もしかしたら、敵連合がいつも言っていた目的を果たすときなのかも)

 

「「正義とは何か」」

 

 初めて緑谷が全体に聞こえる声で言ったと同時に、轟も同じタイミングで同じことを言った。『正義とは何か』。敵連合が戦う理由として掲げてきた、核ともいえる言葉である。

 

 重なる声を聞いて、爆豪がぴくりと眉を動かした。

 

「こんだけ派手に暴れてるなら、あいつらはこれが最後だって考えてても不思議じゃない」

 

 テレビ越しに荒れていく街を見ながら、いつもの調子で轟が言った。轟がいつもの調子なのは、この光景に何も感じないというわけではなく、こんなことがいつか起きると常に考えていたことの証明である。

 

 それはぶつぶつと呟いていた緑谷も同じことで、轟の言葉に頷いた緑谷はまっすぐ画面を見つめた。

 

「だから、僕たちも覚悟しておかなきゃいけない。だって、あいつが僕たちを無視するとは思えないから」

 

 二人だけわかった風に話しているのを疑問に思った誰かが口を挟もうとしたその時。

 

『ちょ、なんですかあなたたち……!』

 

 現場の状況を伝えていたリポーターの慌てた声がテレビから聴こえてきたかと思えば、映像が一瞬揺れた。そして次に映っていたのは、敵連合のトップ。No.2とは逆に、メディアへの露出がほとんどなかったその男。

 

『どうも皆さんこんにちは。敵連合です』

 

 死柄木弔は、テレビの中で笑っていた。

 

『いいなー弔くん。僕も一回テレビに出てみたかったんだけど』

 

『出てたろ。しかも結構最近』

 

『や、能動的にさ。あれ隠し撮りと変わんないじゃん』

 

『お前みたいなやつは隠し撮りして頂いたぐらいに考えとけ』

 

 ひどいや、と言うその声は、その状況とはあまりにも合っていない。まるでカメラの周りだけが日常であるかのような。

 

『バカにペースを乱された。あー、俺が今出てきたのは、そうだな』

 

 わざとらしく考えるそぶりを見せて、またにやりと笑う。

 

『正義とは何か。その答えが知りたくてな』

 

 死柄木は黒い渦を背にしながら、はっきりと告げた。

 

『お前ら、俺たちから平和を守ってみせろよ』

 

『それではそういうことで。また会おうね!』

 

 勝手に言葉を告げた後、映像はそこで途切れた。

 

「……行こう、轟くん」

 

 緑谷は立ち上がって、轟へ呼びかける。いくら仮免があるとはいえ、まだ学生である身分の緑谷が自分から現場へ行くのは許されるとは思えず、委員長である飯田が止めようと身を乗り出したと同時に。

 

「さて」

 

 1-A組の誰でもない声が共同スペースへと落とされた。

 

 その声の主は、つい先ほどまでテレビに声だけ出演していた、世界の敵。

 

「久しぶり、って言えばいいかな」

 

 敵連合のNo.2。敵らしくない敵。

 

「お話ししようよ。ゆっくりとさ」

 

「月無……!」

 

 月無凶夜。1-A組の前に、大ボスともいえる存在があっさり現れた。



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第68話 飛び出せ!

「あまり動かない方がいいと思うよ。何が起こるかわからないし」

 

 体をこちらへ向けた爆豪くんを見てあらかじめ牽制しておく。危ない危ない。反応がいいっていうのも考え物だよね。何か喋る前に爆破されるところだった。爆破される相手が誰かはわからないけど。

 

「今この状況なら僕はいつでも誰でも不幸にできる。動いた瞬間使うと思ってくれていいよ。もちろんそこの透明ガールも動かないでね」

 

 そこにいるであろう全裸の女の子に興奮しながら言うと、ゆらゆらと動いていた気配がぴたりと止まった。人と関わらないように、見つからないように生活していたときの特技がここで活かされるとは思ってもいなかった。人生に無駄なことなんて一つもないとは本当のことだったらしい。僕は生きているのが無駄という説もあるけど。

 

 この場にいる全員が動きを止めたのを確認して、僕はその場に座り込んだ。こういうのは余裕ぶっている方が結構なにもできなくなったりする、と思っている。何をするのかわからないという状況を作るのが一番だ。だからこそ、普通ではないという刷り込みが大事。どちらにせよ僕が不幸にできるのは変わりはないから意味ないんだけど。

 

「さて、僕がここにきたのはお話したいからなんだ」

 

 しーんとしている雄英の子たちを見ながら、構わず話し出す。まだ僕の登場に驚きを隠せない子がいるみたいだけど、そんなに意外だったかな。結構早い段階で雄英の敷地内にカチコミにいってたよね。いや、あの頃とは僕たちの規模が違うか。

 

 あの時はチンピラで、今は大物敵。自分で言うの恥ずかしいな。

 

「話って?」

 

 固まっている雄英生の中で一番早く僕の存在を認めたのは出久くんだった。轟くんも僕をじっと見ているが、話すのは出久くんの役目なのだろうか。まぁイメージだけど轟くんは口が上手そうじゃないし、妥当かもしれない。

 

 落ち着きながらもどこか硬い表情の出久くんににっこり微笑みつつ、両腕を広げた。

 

「や、ほら。今外がああいう状況でしょ?あれを止める方法知りたくないかなぁって」

 

「テメェをブッ飛ばしゃいいんだろ」

 

「今そういうのはナシ。ほんとにやめたほうがいいって」

 

 眉間に千切れるんじゃないかっていうくらい皺を寄せて爆豪くんが脅してきた。短気は損気だよ。っていっても爆豪くんの言ってることは正解に近いんだけど。

 

 両手をあげて爆豪くんを宥めてからゆっくりとみんなに聞こえるように話し出す。

 

「僕たちから平和を守ってみせろ、ってことなんだけど」

 

 これはテレビで弔くんが言っていたはず。大分偉そうでムカつく放送だったことだろう。弔くんの親友として申し訳ない。

 

「まぁなんだかんだ一番早いのは頭を叩くことなんだよね」

 

 自分で頭を叩きながらウインクしてみせる。僕が一番の頭ってわけではないけど、似たようなものだろう。いくらなんでももう自分が敵連合の核だって自覚はある。少し。ほんのちょっと。

 

「一応言っておくけど、僕か弔くんのどちらかがやられたら今すぐこの騒ぎを収めると約束するよ。これは絶対に」

 

「は?」

 

「え?」

 

 誰が言ったか、呆けたような声が聞こえた。

 

 無理もないか。僕たちが倒れたところで暴れさせとけばいい話なんだから。止める意味がわからない。

 

 でも、止めなきゃいけない。僕たちが待っているのはこの状況で僕たちを止めることができるヒーローなんだから。

 

「んで、まぁこっからは個人的な話」

 

 周りがわからないように出久くんと轟くんに視線を送る。多分、僕が止められる、やられるとしたらこの二人。僕の個性はややこしくなったけど、これだけは変わらないはずだ。他でもない僕の個性が言っている。大体嘘つくけど。

 

「僕はここのみんなに期待してる。みんなならきっと僕たちを止めてくれるって。だから、そうだね」

 

 僕がにっこり微笑むと、1-Aのみんなをワープゲートが覆った。

 

「しまっ」

 

「人助け、よろしくね」

 

 不意をついたワープゲートに1-Aのみんなが吸い込まれていく。流石だ。隙をつくのは世界一上手いかもしれない。ヒミコちゃんと僕といい勝負をしている。コンプレスさんも得意だし。やはり敵連合は万能だ。

 

 と、にやにやして安心しているとワープゲートから一人だけ僕に向かって飛び出してきた子がいた。

 

「舐めんなぁぁあああ!!」

 

「爆豪くん……!」

 

 手の平を爆破させながら巧みな姿勢制御をもって僕に向かってくる。その顔はとてもヒーローとは思えない悪魔のような形相で、正直ちびりそうだ。敵志望って言ってくれた方がしっくりくる。

 

 ただ、せっかくコスチュームと揃えて外に連れて行ってあげようとしたのにそれを断って僕のところにくるとは、なんというか。

 

「もしかして、僕のことが好き?」

 

「寝言は寝て死ね!」

 

「死んだら寝言言えないじゃん」

 

 向かってくる右の大振りを避けもせずただじっと座って眺める。

 

 僕の個性はきっかけが必要だ。

 

 不幸は何か不幸が起こる要素がなければ起きないし、幸福も同じこと。例えば、不幸だからと言って何もないところから鉄骨は落ちてこない。工事をしているという事実があるから鉄骨が落ちてくる。更に、幸福であれば鉄骨が落ちてくるという事実があって、幸福だからそれにかすりもしないという結果が出てくる。

 

 今であれば、きっかけは爆豪くんだけで事足りる。なぜなら、爆破というわかりやすいきっかけがあるからだ。

 

 爆豪くんが攻撃してくるこの瞬間、爆豪くんに不幸を譲渡するだけでほら簡単。

 

「なっ」

 

 今までほとんど失敗したことがないだろう姿勢制御をミスして、空中でバランスを崩す。

 

 僕が不幸を譲渡するということは、その一瞬僕の不幸を幸福が上回るということに等しい。つまり、一対一の状況であれば「不幸な相手」と「幸福な僕」という図式が完成するわけだ。その結果、僕に不都合なことはまず起こらない。

 

「ということは、こういうこともできる」

 

 爆豪くんに不幸を譲渡しながら右手を上へ突き出す。すると回り込もうとしていた爆豪くんの顎にちょうど直撃し、面白いくらい回転しながら宙を舞った。ギャグマンガみたいだ。

 

「僕の個性は生き方そのものなんだ。最近やっと気づいた」

 

 さっきので鼻血がでたのか、指でぴっと血をはじきながら僕を睨みつける。

 

 爆豪くんはセンスの塊だ。きっと性格がものすごくまともで言動もちゃんとしていればみんなの人気者だっただろう。そんなの爆豪くんじゃないけど。とか言いながら爆豪くんのことをよく知っているわけでもない。でもまぁ爽やかな爆豪くんは多分気持ち悪いに違いない。爽やかな弔くんくらい。

 

「僕の個性が強くなる条件は、うまく付き合っていくこと。人生を知ることが僕の強みになる」

 

「んだ、いきなりベラベラと」

 

「おしゃべりが好きなんだよ、僕」

 

「なら獄中でゆっくりクソ看守が聞いてやるよ!」

 

 クソ看守て。獄中て。本当にヒーロー志望で学生なのだろうか。いや、正義感はあるんだろうけど。

 

 さっきのことがあったからか、爆豪くんは個性を使わず走って僕に向かってきた。確かに、ただ走っているだけならきっかけとしては弱いかもしれない。だが、僕は猫を撫でていたらゴミ捨て場に頭から突っ込んでいた男。走っているだけでも十分不幸のきっかけになる。

 

 が、弱いきっかけであることは事実。そういうときはきっかけを足してやればいい。

 

 こうやって拳を振りぬけば、不意をつこうとして加速した爆豪くんが見事に直撃してくれる。

 

「ぶっ」

 

「ごめんねー」

 

 受け身をとる爆豪くんを見ながらなんとも変な気持ちになる。前までの僕って今の爆豪くんより酷かったんだよね……。きっと不幸が前面に出ていたときの僕なら走っているだけで死にかけていたはずだ。となると爆豪くんはまったく気にしなくていいし、僕も謝らなくていい。

 

「クッソ、腹立つ個性だなァ……!!」

 

「もうちょっと優しい顔してくれないかなぁ」

 

 目を吊り上がらせ、歯をむき出しにして歯ぎしりをする爆豪くんに変な汗をかいてしまう。僕自身腹が立つ個性だと自覚している分、どうも調子が狂う。目で見てわかりやすい個性でもあり、わかりにくい個性でもあるからね。爆豪くんは賢いから、今何が起きているのかもきちんと理解しているのだろう。

 

「つまりだ」

 

「ん?」

 

 爆豪くんは指をボキボキと鳴らして姿勢を低くしながらこれまた低い声で呟いた。それ獣の姿勢じゃない?大丈夫かヒーロー候補。

 

「テメェの個性がテメェの人生に左右されるってことは、テメェが揺れる何かがありゃ弱くなるってことか」

 

「鋭っ……いや、そんなことはないよ?」

 

 危ない危ない。僕の個性の秘密がばれるところだった。僕の心、幸福と不幸の定義が揺さぶられれば弱いってことが。なんて鋭いんだ。賢すぎる。

 

 まぁわかられたところで爆豪くんに僕を揺らすことができる要素はないんだけど。

 

「ってなると、デクか半分野郎か」

 

「なにっ」

 

 バレてた。なぜ。いや、同じ学校に通ってるんだから知ってても自然なことか?それにしたってこんなデリケートな問題、あの二人が話すとは思えないけど。自分でデリケートって笑えるな。

 

「なら俺はお前に勝てねぇってことか」

 

「う、うん。そうなるね」

 

 やけに落ち着いている爆豪くんも気になる。とても勝てないからって諦めるような人間には見えないけど。まぁヒーローも勝てないからって諦めるわけにはいかないだろうし。そういう意味では爆豪くんは向いているのかもしれない。引き際をわかっていれば、だけど。

 

「つーことは」

 

 爆豪くんは凶悪な笑みを浮かべながら、手の平に爆発を起こした。

 

「足止めくらいならできるってことだよなぁ!」

 

「あ」

 

 なるほど、勝てないから足止めか。戦略的にはそれで大正解なんだろうけど、ふむ、僕が相手だったのがものすごく惜しい。

 

「一応言っておくけど、君は足止めがしたくて、僕は足止めがされたくないんだよね」

 

「アァ!?」

 

「この意味、わかる?」

 

 言葉と同時に、あっさりと爆豪くんを飲み込むワープゲート。声にならない声をあげながら、ワープホールの向こうへと爆豪くんが沈んでいった。

 

「うーん、あんなに抜けてたっけ、爆豪くん」

 

「おい、何遊んでるんだ」

 

 首を傾げて不思議に思っていると、ワープゲートから弔くんが現れ、早速ため息を吐かれた。

 

「何って、そもそも弔くんが爆豪くんをもらすからダメなんじゃないか」

 

「あんな飛び回るやつ抑えられるかよ。猛獣使いでも無理だ」

 

「確かに」

 

 納得させられてしまった。やはり僕はバカなのだろうか。

 

「それより、帰るぞ」

 

 弔くんはワープゲートを背にして、にやりと笑った。

 

「お姫様がお待ちだってよ」

 

「それはそれは」

 

 行かない理由がない。

 

 僕は弔くんに連れられるままにワープゲートに入り、ゆっくり目を閉じた。

 

 そういえば、雄英の子は無事だろうか。



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第69話 敵連合、留置所

「にしても、若頭。ちとうまく行き過ぎとは思わねぇ?」

 

 街中が敵の暴動で荒れている頃、トゥワイス、マグネ、治崎の三人は留置所にいた。正確には留置所の看守室。

 

 そう、別に捕まっているわけではなく、死穢八斎會の組員解放のために動き出し、看守室を制圧していたところだった。手順としては簡単であり、トゥワイスの個性で看守を増やし場を混乱させ、更にマグネの個性で看守たちを飛ばしに飛ばし、トドメに治崎が強引に看守室までの道を切り開いただけである。

 

 治崎が綿密に打ち合わせをした結果、死柄木からの「うちにはスニーキングミッションができるやつなんてほとんどいない」という言葉によって、今回正面突破することになったのである。

 

(まぁ、他へのデカいアピールにはなるだろうが)

 

 わかりやすい力によって牽制程度にはなるだろうと考えながら、治崎は看守から牢屋の鍵を探り当て、あらゆる機器をぶち壊しながら話しかけてきたトゥワイスに鍵を放り投げた。

 

「拍子抜けはしたな。三人相手にこうも簡単に破れる牢獄ってのはどうなんだ?」

 

「だから、罠かもしれねぇって話」

 

 鍵の束を目の前で揺らして眉を顰めるトゥワイス。留置所を襲撃するバカが今までいなかったからここまでザルなのか、自分たちが強いのか、それともこの状況が罠にかかっている状況なのか。このどれかだと推測し、トゥワイスは妙な危機感を感じていた。

 

「罠って?」

 

 巨大な棒磁石を担ぎなおし、マグネが問いかける。何も危惧していない風に問いかけてはいるが、マグネも順調すぎる現状に違和感を持っていた。今までうまく生きてきた者特有の、日陰者が感じる何か。

 

 このような感覚は、生きていくのに役に立つと二人は経験則で知っていた。

 

 それは治崎も同じで、牢屋のある方へ向かう足は止めないまま考えた。

 

「罠、か」

 

 小さく呟きながら牢屋の前に立った治崎は、二人の方へ振り向いて一つ、舌打ちを落とした。

 

「やられたな。空だ」

 

「あらやだ」

 

「マジ?」

 

 この留置所には死穢八斎會のメンバーのほとんどが捕まっており、その情報を掴んでの襲撃だったのだが肝心のメンバーがいない。となれば、偶然他の所へ護送されたか、あるいは先ほど危惧されていた罠の可能性を考えるべきだろう。

 

「偶然とは考えにくいな」

 

 となるとやはり罠。囮ということだろう。しかしここで治崎が引っかかったのは、タイミングが良すぎるということ。今回起こした暴動の前兆はほとんどなく、襲撃を予測する要素はほとんどなかったはずだった。そんな中、こうしてしてやられたというこの状況。まるで襲撃されるのがわかっていたかのような……。

 

「あ」

 

 そこでトゥワイスがポン、と手の平を打った。

 

「確か、サー・ナイトアイって」

 

「トゥワイス!」

 

 直後、トゥワイスを無数の押印が襲った。周囲を警戒していたマグネは間一髪個性でトゥワイスを引き寄せると、押印が飛んできた方を睨みつける。押印というユニークなアイテムで攻撃してくる人物と言えば一人しかいない。

 

 どこからどうみてもサラリーマンにしか見えないが、その実『予知』という個性を持った立派なヒーロー。

 

「どうも、死穢八斎會とは縁があるらしいな」

 

 サー・ナイトアイその人である。

 

「……大方、看守の未来を見たってとこか」

 

「その通り。察しが早くて助かる」

 

 焦った様子もなく、治崎はため息を吐いた。サー・ナイトアイがヒーロー側にいる時点でこのような状況は予測できたため、然程驚くこともないのである。とはいってもできればこうなるのは避けたかったというのが本音だが。

 

「君ならここにくると思ってね。悪いがはめさせて貰った」

 

「組員はどこへやった?」

 

「さぁ。教える必要はない」

 

「今のさぁってサーとかけてんのかな?」

 

「しっ、静かに!」

 

 一触即発の空気の中、緊張感のないいつもの敵連合がいた。「だってユーモアが大事らしいし……」となぜか涙目になるトゥワイスをこれまたなぜかマグネが「ごめんね」と宥めている。治崎は心の中でこの二人と組んだことを後悔していた。

 

 しかし、ここでマグネからナイトアイに質問が投げかけられる。

 

「ちょっといい?罠にしては、看守たちがやられてからくるのって違和感あるんだけど」

 

 鋭い質問に、治崎が感心したようにほう、と息を吐く。

 

 サー・ナイトアイはヒーローである。その事実は疑うところはなく、死柄木弔が敵であることと同じ程度信頼できる事実。ここで疑問になってくるのが、ヒーローがやられるとわかっている看守を見殺しにするだろうか。予知した結果やられるとわかったのであれば、やられる前に三人を拘束するように動けばよかったのではないのか。

 

「あー、確かに。あれか。見た未来は変えられないとかそういうやつ?」

 

 ゴーグル越しにナイトアイを見ながら、フック付きのメジャーを伸ばす。アホそうにびよんびよんと伸ばしているが、その言葉は的を射ていた。

 

「あぁ、なるほど。それで看守たちが倒れた後にのこのこやってきたのか」

 

 あえて挑発するような言葉を選んで投げかける治崎。倒れている看守を踏みつけながら言うその姿は、なるほど若頭であり、トゥワイスは軽く引いていた。「そんなことしなくても……」と眉尻を下げている。

 

 投げかけられたナイトアイはと言えば大して気にした様子もなく肩を竦めている。

 

「未来は変えられない。そう決まっている」

 

「えー、つまんねー」

 

 どこか諦観を感じさせるナイトアイの物言いに、トゥワイスはシンプルな言葉で反論する。やりたいことをやり、物事を捻じ曲げることが得意な敵連合のトゥワイスだからこそ、未来は変えられないという言葉はとてつもなくつまらなく感じた。

 

「そこはほら、どうにかして違う未来にしたいってならねぇ?」

 

「だから、できないと言っている」

 

「ははーん、さてはお前、国語が苦手だな?俺は苦手だけどな!」

 

 唇の先を尖らせ、眉をあげて目で弧を描くというやたらと鬱陶しい表情でバカにしたように言うトゥワイスに、流石のナイトアイも眉を顰めた。何しろ味方であるはずのマグネと治崎も嫌そうな顔をするほどである。その鬱陶しい表情を直接向けられているナイトアイはたまったものではないだろう。

 

 トゥワイスは鬱陶しい表情のまま指をチッチッチ、と揺らして、得意気に言った。

 

「俺はしたいってならねぇ?って言ったのに、できないはおかしいだろ。この場合はやりたいかやりたくないかで答えねぇと。俺はやりたいぜ!」

 

「やったところで確実にできないとわかっているから」

 

「だからさー」

 

 ふぅ、とあきれたようにため息を吐くトゥワイスに、マグネはとうとう手を出そうかと握りこぶしを作った。

 

「いつかはできるかもしれないだろ。そう思ってやり続けた方がきっと楽しいって」

 

「ま、できないできないっていうのは窮屈でしょうし」

 

 握りこぶしをそっと解き、マグネは賛同した。

 

 敵連合はそこに所属する人間のやりたいことを決して止めない。好きなようにやりたいことをやって生きる。そういうことができる組織で、そんな敵連合を所属している全員が居心地よく感じている。誰かのせいで少しお茶らけた面が目立つが、それも居心地を良くするのを手助けしている。

 

 そして、思うのだ。最初から社会が敵連合のようであれば、と。日陰にいるという選択を取らずに済んだのではないかと。

 

「俺は知ってるぜ!」

 

 トゥワイスは胸を張って、高らかに叫んだ。

 

「何かに縛られながらも自由に生きてる面白いやつを!俺たちにとってのヒーローさ!俺の方が自由だけどな!」

 

「やつっていうより、やつらかしらね」

 

 サムズアップするトゥワイスに、肩を竦めるマグネ。二人が思い浮かべるのは、悪の組織のトップとは思えないほど仲のいいトップ2。まるで置き去りにしてきた青春時代を今過ごしているかのような二人。種類は違えど、圧倒的なカリスマを持つ二人のこと。

 

「誰であろうが構わないが」

 

 穏やかな表情の二人にナイトアイは押印を構えることで応え、地面を足でトン、と叩いた。

 

「敵のやりたいことをさせないのがヒーローだ」

 

 その音を合図に、治崎の背後から人影が飛び出した。

 

 ナイトアイが受け入れているインターン生。最も平和の象徴に近い男。

 

「また会ったな、治崎!」

 

 通形ミリオ。ヒーロー名ルミリオン。かつて治崎を一方的に破った男。

 

「若頭!」

 

 焦ったようにトゥワイスが叫ぶが、もう遅い。

 

 ルミリオンの拳は治崎の背に突き刺さり。

 

 治崎の姿が泥のように崩れて消えた。

 

「なっ」

 

「これは……!」

 

「なんちゃって」

 

 崩れた治崎を見て驚くナイトアイとルミリオンを頬をパンパンに膨らませてトゥワイスがバカにする。

 

 治崎が崩れた理由は簡単。治崎はトゥワイスの個性で作り出されたものであり、衝撃が与えられたため崩れてしまった、というだけである。

 

 そう、留置所を襲撃した三人はここに死穢八斎會の組員がいないことなどわかっていた。つまり、厄介なヒーローを引きつけるための囮である。

 

「さて種明かし」

 

「実は私たちもそうなの」

 

 言って、トゥワイスとマグネはお互いを小突くと、二人の姿も崩れて消え去った。

 

「やられた……!」

 

(この部屋にいる看守の姿を見るべきだった……!)

 

 ナイトアイが未来を見たのは、確実に襲撃を知ることができる牢を見回る看守の未来。その看守が看守室にいないため、襲撃にきた三人が偽物であるという情報をつかみ損ねた。

 

「いや、サー!俺たちがこうして釣られたということは、他で何かデカいことをしようとしているってことじゃないですか!?」

 

「デカいこと……留置所関係でデカいことと言えば」

 

 大犯罪を犯した者が投獄される大監獄。

 

「タル、タロス」

 

 

 

 

「さてと」

 

 僕は広がるワープゲートを前に気合を入れて、不安で瞳を揺らしているエリちゃんに優しく言った。

 

「じゃ、パパっとやって帰ってくるから、待っててね」

 

「……ぜったい」

 

「ん、絶対」

 

 エリちゃんの小さな小指と僕の小指をきゅっと結び、約束する。さっきは泣かれちゃって大変だったけど、今は我慢してくれているみたいだ。小さい子に我慢させるなんてどれだけ恥ずかしい人間なんだ、僕。

 

「ジェントルさんとラブラバさんは僕たちからの連絡がきた後に。みんなは状況に応じてね」

 

「あぁ、わかってるよ」

 

「しくじるんじゃないわよ!」

 

 ジェントルさんの頼もしい頷きと、ラブラバさんの激励に頷きで返すと、ワープゲートに半身を沈めた。

 

「よし、行こう。弔くん」

 

「あぁ、頼む。黒霧」

 

「えぇ、分かりました。行きましょう。死柄木、月無」

 

 今から行くのは僕らの恩人も捕まっている大監獄。敵にとっての不自由の象徴。

 

 タルタロス。




 次回、『敵連合、タルタロス』です。


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第70話 敵連合、タルタロス

 タルタロスの設定は詳しく出ていないので、オリジナルです。


 機械というのは僕との相性がとてつもなくいい。

 

 僕は不幸と幸福の個性を併せ持ち、どちらか一方を表に出すことが可能だ。例えば鉄骨が落ちてくるという事象があったとして、その事象に対し『不幸』か『幸福』かの選択をすることが可能ということである。その代わりその事象を僕が意識していないと任意の選択はできず、ランダムに『不幸』か『幸福』かが表に出る。

 

 さて、ここでその事象をタルタロスに置き換えて考えてみよう。

 

 タルタロスは海に囲まれ、そこへ行く手段は一本の橋のみ。厳重なチェックを受けて中へ入れたとしても、更に厳重な警備があって見つからずに行くのは少々難しい。独房だけでなく廊下にもバイタルと脳波をチェックする銃があり、怪しいものには即発砲。どんなに身のこなしがよくても延々逃げ続けることは不可能だろう。

 

 そこで僕の個性である。

 

 こういう僕に対して有害なものだらけなところでは、僕の独壇場と言っても過言ではない。常に危険があるということは、僕にとって常に武器があることと同義なのだ。その危険は僕に対してだけは絶対に牙を剥かない。僕の『不幸』と『幸福』はどれだけ安全性と確実性の高い機械でもかなり確率の低い誤作動を引き起こす。

 

 つまり、タルタロスは僕向きだ。

 

「ふんふふーん」

 

 陽気に鼻歌を歌いながら廊下を歩く。僕ならタルタロス内を歩き回っても死なないから、完全な囮だ。僕が引き付けている間に弔くんと黒霧さんが管制室を突き止め、アジトから人員を追加する。僕がいるからこそのシンプルな襲撃プラン。今頃看守のみんなはびっくりしていることだろう。

 

 なにせ、センサーが反応せず銃がうんともすんとも言わないのだから。まぁ僕は死人みたいなものだし、反応しないのも無理はない。でもこれ、しっかり意識の内に入れておかないとうっかり不幸が発動して死ぬってこともありえるんだよなぁ。

 

「気を付けないと……お?」

 

 ゆったりと歩いていると背後から迫る足音。敵連合のうちの誰かだと嬉しいなって思うけど、まぁ違うよね。

 

 振り向くと、そこには数人の看守。ものすごい剣幕で多種多様な武器を持っている。タルタロスを守るのは警察だから強個性持ちが少なく、主に棒術やら銃撃やらを得意としているらしい。万が一攻められた時にはヒーローに一発で連絡が行くようにしているけど、さて、ヒーローがくるのと僕たちが攻め終わるの、どちらが早いか。多分このタイミングで橋は崩れているだろうし、五分五分ってとこだろう。

 

「敵連合月無凶夜!抵抗せず捕まれ!」

 

「武器振りかざして言うことじゃないよね、それ」

 

 鬼のように顔中に皺をよせ、僕を攻撃してくる看守。勇ましいけど、僕の個性をあまりわかっていないようだ。

 

 廊下にはセンサーで反応する銃だらけ。ということは僕が最強になれる場所ということである。

 

「ぱぁん!」

 

 僕の声と同時に、看守の頭がはじけ飛ぶ。いやぁ、できれば殺さずに目的を達成したかったんだけど、難しいな。この状況じゃどうしても殺してしまう。

 

「動かない方がいいよ。こうなりたくないならね」

 

 首から上が無くなった看守の死体を指さして警告する。僕の個性は偶然を引き起こす。さっきのでそれを理解してくれればいいんだけど、果たしてどうだろうか。見たところ足を進めることに躊躇している気はする。

 

「……目的はなんだ」

 

「目的?」

 

 捕まえるのがダメなら、情報を取りに来たか。それに僕が答える必要はないんだけど、お喋りが好きだから答えてしまうかもしれない。クソ、僕の弱点をついてきやがったな?

 

 とはいっても、大体わかっていそうなものだけど。敵連合がタルタロスを襲撃しにきたってなったら、目的は一つだ。

 

「仲間の解放……というより、ほら。こんなところに閉じ込められてたら窮屈でしょ?かわいそうだから出してあげようかなって」

 

「ここにいるのは死刑にすることすら生温い大罪を犯した者が入る場所だ。解放したところで貴様の言うかわいそうな人間が増えるに決まっている」

 

 ふむ、正論だ。マスキュラーさんもそうだし、先生もそうだし、先輩もそうだ。タルタロスに捕まえられているすべての人が世に放たれたらきっと世の中はボロボロになる。僕たちみたいな子も増えることだろう。

 

 それなら、みんなが僕たちみたいな敵になるしかない世界にしてしまえばいい。そうすれば敵は日陰者にならず、当たり前に好きなことをして生きていける。日本全体が敵連合だ。

 

「見てればわかるよ。ここにいる人を解放したことで、世界がどうなるか」

 

 というか、僕たちが行動したことで世界がどうなるか。

 

 まぁ僕たちが勝ったらの話だけど。勝った方が正義っていうのは昔から決まっていることだし。でもオールマイトがいなくなっただけでガタガタになる社会なら、負けることはないと思うけどなぁ。

 

 みんなのヒーローって胸を張れる、そんな素晴らしい人がいるのならともかく。

 

「一体何を考えている」

 

「平和さ」

 

 理解できないといった表情の看守に、丁寧に答えてあげる。めちゃくちゃぼかして言ってるからわからなくても仕方ないけどね。

 

「僕たちなりの平和を作る」

 

「今の平和を壊してか?」

 

「それは君たちの平和だろ?」

 

 表で生きていける人間の平和と、裏でしか生きていけない人間の平和は違う。前までの平和は僕たちにとって平和でもなんでもない。だって、外を歩いたら捕まるんだから。地獄でしょ。

 

「あぁそうだ。君たち独房のパスワード知らない?教えてくれると嬉しいんだけど」

 

「誰が教えるか」

 

 そりゃそうか。鍵とかなら奪って終わりだったんだけど、まさかパスワード式とは思わなかった。考えてみればこんな機械機械しているところの独房なんだからそれも当たり前か。うーん、できれば僕だけで何人か解放できればよかったんだけど。

 

 どうしようかな、と首を傾げていると、僕の隣にワープゲートが現れた。警戒する看守とは逆に、明るい笑顔でワープゲートから現れた人を迎える。

 

「やっほ!弔くん、もう終わったの?」

 

「見つけはした。今は乗っ取ってるところだが、ラブラバがシステムを理解できなきゃ強行突破になるな」

 

 むーん、そうか。こんな大監獄だからシステムを理解できなくても仕方ないけど、できればそっちの方が楽だったからやってほしかった。看守室を乗っ取ってシステムをダウンできれば楽に解放できるのに。

 

「敵連合、死柄木弔……」

 

「ところで月無、なんであいつらは生きてるんだ?」

 

「やー、だって、殺すの慣れてないし」

 

「何を言ってるんだ?不幸にも死んでしまうだけで、別にお前が殺したわけじゃないだろう?」

 

 弔くんは首のない死体をぐりぐりと踏みつけながら看守に嘲笑を向ける。あーあーそんなことしたら弔くんの足が汚れちゃうじゃないか。いや、違う、それは人間がすることじゃない。この外道!

 

「き、様ぁ!」

 

「待て!」

 

 耐えかねた看守の一人が廊下を駆ける。タルタロスを任されているだけあってめちゃくちゃ速いが、それだけ。

 

 数歩走ったところで頭が吹き飛び、勢いのまま体が投げ出される。飛び散る血を嫌そうな顔で眺めた弔くんは吹き飛んだ死体を指さして一言。

 

「見ろ。死んだのにダンスしてやがる」

 

「――!」

 

 激昂する看守をもう一人の看守が必死に押さえつけている。本当に弔くんは人を挑発するのが、というか人の心を踏みにじるのが上手い。ろくな人生を歩んでいない証拠だ。僕と同じくらいろくでもない人生だろう。

 

「おい、月無」

 

「えー、やんなきゃダメ?」

 

 弔くんの指示に、口の先を尖らせて不満を表す。生かしておくと邪魔なのはわかるけど、あまり殺したくないんだよなぁ。

 

「いいから」

 

 弔くんは呆れ顔で僕を見て、どうでもよさそうな口調で言った。

 

「どうせ殺したくない理由は、血の臭いがついたらエリに嫌がられるからだろ?」

 

「ま、まままままさか、まままさか」

 

 僕がそんな心ない人間なはずがない。ほら、僕はもっと清き心の持ち主で、ヒーローになれたかもしれない男なんだ。

 

「そうじゃないっていうなら殺してみろよ」

 

「やってやろうじゃねぇか!」

 

 声とともに弾ける二つの頭。

 

 まぁヒーローになれたかもとか今は敵だから関係ないけどね。

 

「お前のこういうところが好きだな、俺」

 

「それ褒めてる?」

 

「褒めてるし、貶してるさ」

 

 だろうね。顔が笑ってるし。笑ってると言っても嫌な種類の笑いだ。

 

 看守の死体に背を向けて、また廊下を歩きだす。僕がいればセキュリティーなんてないものと一緒だから心配しなくてもいい。問題は僕たちが一番解放したい人がどこにいるかだけど。

 

「それに関してはもうわかってる」

 

「僕まだ何も言ってなくない?」

 

「表情に出やすいんだよ、お前は」

 

 そんなことないと思うけど。弔くんの前だから緩みが出るのか?このシリアスイケメンフェイスの僕が?ないない。弔くんがエスパーなだけだろう。そんなことある?

 

 弔くんはしばらく歩くと、ある独房の前で立ち止まった。

 

「まずはここ」

 

 そして、パスワードをうつタッチパネルを無視し、扉に手を当てる。すると、扉はたちまち崩壊し、向こう側が露わになった。触れるだけでボロボロにできるって相変わらずチートすぎない?

 

 中にいたのは数か月前一緒に行動した、いかつい顔の大男。狂っているようで実は冷静な筋肉さん。

 

「マスキュラーさん!」

 

 血狂いマスキュラーさん。かつて雄英の合宿に襲撃したとき一緒に行動した仲間だ。久しぶりすぎて少し泣きそうになってしまう。

 

「うっわ久しぶり!元気にしてた?」

 

「この状態で元気にできるかよ。相変わらずおかしいなお前」

 

 久しぶりに会うマスキュラーさんの筋肉は少ししぼんで見えた。やはりここにいると体を動かせないから、嫌でも鈍ってしまうのだろう。

 

「久しぶりだな、マスキュラー。そして」

 

 弔くんは僕たちとマスキュラーさんとの間にある仕切りを崩壊させ、マスキュラーさんの拘束も崩壊させる。状況を理解できないままに自由になったマスキュラーさんは目を白黒させている。

 

「行こう。遅くなって悪かった」

 

「……いや、構わねぇさ」

 

 が、弔くんの一言ですべてを理解したらしい。「また暴れることができる」というシンプルなことを。それだけわかっていれば十分だ。後の難しい話は後回しでいい。

 

「しかし、銃が反応しねぇとなるとお前らここを乗っ取ったのか?」

 

「や、それは僕の個性が関係しててね。つまり僕に感謝してほしいってこと」

 

「なるほどな」

 

 マスキュラーさんは大きな手で僕の背中を強く叩いた。彼なりの感謝の表現だとは思うが、基本僕は軟弱なのでやめてほしい。血反吐を吐いてしまう。

 

 そんな咳き込む僕を横目に、弔くんは床に手の平を当てようとしていた。いや、そんなことしたら僕たち真っ逆さまなんだけど。おかしくなっちゃったの?

 

「あぁ、心配するな。次は真下なんだ」

 

 やはり弔くんはエスパーらしく、僕の心の中を読んで返答してみせた。以心伝心みたいで嬉しいけど、そこそこ怖くもある。まさか心を読む個性持ってないよね?

 

「よし行くぞ。できるだけ端に寄ってくれ」

 

 言われたままに端に寄り、それを確認した弔くんが両手を床につけ、一気に崩壊させる。弔くんの個性は片手より両手でついた方が崩壊の速度は早く、その速度は数秒で物体を塵にできるほどだ。この床は分厚いから時間がかかっているが、多分もうそろそろ大穴が空くことだろう。

 

「って」

 

 無警戒で崩壊を眺めていると、突然床が抜けて真っ逆さまに落ちてしまった。運よくマスキュラーさんが筋肉のクッションで助けてくれたが、運が悪ければぐちゃぐちゃになっていたことだろう。この野郎!

 

 文句を言うためにマスキュラーさんにお礼を言ってから立ち上がった。そして辺りを見渡すと、そこには。

 

「おや」

 

 ついこの前別れた恩師。僕が今こうして生きている理由となっている人。

 

「騒がしいと思ったら、やはり君たちか。生きていてなによりだよ」

 

「……そこは、元気そうでとかじゃないの?」

 

 記憶と変わらない調子で、いつものように笑う先生がそこにいた。



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第71話 敵連合、参上

「ふむ、やはり自由というのは心地いいな。しばらく縛られるのは懲り懲りだ」

 

「できればしばらくじゃなくて一生だといいんだけど」

 

 拘束が解かれて自由になった体の調子を確認する先生にボソッとつっこむ。タルタロスにくるなんて相性はいいとはいえほとんど博打みたいなものだし、できれば二度ときたくない。殺風景すぎて頭がおかしくなりそうだし。

 

「そうだ、直接会うのは初めましてになるのかな。弔と凶夜の先生だ。よろしく、マスキュラー」

 

「ってことは頭のおかしいやつってことか。よろしく頼む」

 

「一度力の上下ってのをわからせてやる必要があるらしい」

 

「上に立つ者なら余裕を持たなきゃダメじゃない?」

 

 うるせぇ、と言って小突かれてしまった。いつになっても子どもみたいなところは直らない。男なんていつでも子どもだっていう言葉をよく聞くけど、こういうことではない気がする。

 

 少し機嫌が悪くなった弔くんを宥めながら廊下に出た。他の独房に入っている囚人を解放しなきゃならないし、今は感動の再会に浸っている場合じゃない。幸い、弔くんと先生は問題なく扉をこじ開けられるしそこまで時間はかからないだろう。

 

「そういえば弔、凶夜。ここにいる全員を解放するのかい?」

 

 ある独房の前で立ち止まり、先生が聞いてくる。僕と弔くんは顔を見合わせて首を傾げ、代表して弔くんが答えた。

 

「こうした方がいい、とは言わないんだな」

 

「敵連合の長は君たちだろう?なら、僕は君たちに従うまでだ」

 

 先生は肩を回して、年甲斐もなく無邪気に笑う。

 

「こうして助けられた恩もあることだしね」

 

「先生が恩の話すんのかよ」

 

「嫌味ととられても文句言えないよ?それ」

 

 呆れを装いながらも僕と弔くんは頬を緩ませた。だって、今の先生のセリフは「上に立つ僕たち」を認めてくれたということだから。先生の中ではやはりもう僕たちは先生の下を卒業したという扱いらしい。それにしたって僕たちに従うって、割り切り過ぎだとは思うけど。

 

 弔くんは「まぁいい」と首を横に振ると、少し早口で答えた。

 

「もちろん全員解放する。自由を主張する俺たちがここにいるやつら全員を自由にしなくてどうするんだ」

 

「もし解放したそのときに牙を剥かれたら?」

 

「別にいいよ。こんなこと言うのはなんだけど、僕は敵連合のみんなが僕に牙を剥いたって文句は言わない。それがやりたいことなら仕方ないし」

 

「お?ならいいか?」

 

「まぁ抵抗はするけど」

 

 僕の肩に置かれたマスキュラーさんの手を死ぬほどビビりながらどかす。言った傍から牙を剥かれるなんて思ってもいなかった。そういえばマスキュラーさん戦闘狂の癖があったんだった。あのとき僕に手を出す気はないって言ってたけど、気が変わったのかな?

 

「それほど成長したということさ」

 

「心読まないでよ」

 

「顔に出やすいんだよ、お前」

 

 弔くんに言われ、そうかな?と頬をむにむにする。しばらくしてからこういうところかと気づいたときにはもう遅かった。マスキュラーさんは爆笑し、僕の背中をバシバシ叩いている。悔しい。

 

「ま、そういうことだ。だから、こいつも例外なく解放する」

 

 あまり時間がないことを気にしてか、弔くんが会話を切り上げて独房の扉に触れた。タルタロスの地図は頭の中に叩き込んでるはずだから、もちろんここにいる人のことも知っているはずだ。僕は知らないから結構ドキドキする。知った顔かもしれないし。

 

 そんなドキドキを抱えた僕の視線の先には、知った顔がいた。みんなが集まる前に手を組んだヒーロー殺し。

 

「……騒がしいと思ったら、お前らか」

 

「騒がしい=僕らってバカにされてる気分だね」

 

「実際にされてるんだよ。主にお前だけな」

 

「どっちもどっちだと思うがなぁ」

 

「ちなみに僕は褒めてたつもりだよ」

 

 騒がしいという褒め方なんてあるのだろうか。賑やかですねと言っても悪口と捉えられる世の中だから、騒がしいなんてド級の悪口だと思うんだけど。賑やかと違っていいイメージがまったくないし。

 

 弔くんは僕らと先輩の間を阻む障害物をすべて崩壊させながら、無警戒に近づいて行く。先輩は拘束されてるから警戒のしようがないけど、万が一ってこともあるし。血液の経口摂取で個性が発動するから、どんな状態であろうと油断は禁物だ。流石に武器は持っていないだろうけど、噛まれたら一発だし。

 

「よし、行くか」

 

 なんていう心配を他所に、弔くんは本当に無警戒で先輩の拘束を解いた。一度利害が一致して協力しあった仲とはいえ、本来先輩は僕たちのことが大嫌いなはずだから、話し合ってから解放したほうがよかったと思うんだけど。

 

 まぁ、それじゃ平等じゃないからこれでいいのか。

 

「どういうつもりだ」

 

 拘束が解かれた人が口にするセリフ第一位「どういうつもりだ」。僕も一回言ってみたい。年貢の納め時だな、とかそういうセリフ憧れるよね。僕だけではないはずだ。人間誰しもカッコいいものには惹かれる性質を持っているんだから。

 

 拘束を解かれた先輩は座ったまま弔くんを睨みつけて、返答を待っている。流石にすぐ暴れることはしないか。外の状況もわかっていないだろうし、この状況で暴れて無事で済むと思えるほど楽観的な思考じゃない。僕なら暴れるけど。

 

「どういうつもりもなにも、俺は仲間を助けにきたつもりだ」

 

「手を組んだだけだ。お前たちからすれば、俺という存在は面倒なものだと思っていたが」

 

 確かに面倒だ。この問答も面倒だし。

 

「今外では敵が暴れまわっている。ヒーローが平和を守れるか、俺たちが平和を壊すかの競争さ。手っ取り早いと思わないか?」

 

「何?」

 

 弔くんは訝し気な表情をする先輩を見て口元を邪悪に歪ませた。

 

「こういう状況でこそ正義ってもんが生まれるんだ。追い詰められれば人間の本性ってのが浮き彫りになる。プチプチとスライムばっか倒してちゃ見れねぇ景色だ」

 

「それと俺を解放すること、何の関係がある?」

 

「真の英雄はみんな救っちまうんだよ」

 

 弔くんは強引に先輩を引っ張り上げて立たせ、軽く胸を叩いた。

 

「だから俺たちは自由を謳うんだ。後は自分で考えろ」

 

 それだけ言って、先輩に背を向けた。ざっくり言うと、「お前は自由だ」みたいなことだろう。それっぽいことを言う弔くんの言葉はわかりやすいようでわかりにくい。言い回しの飾り付けが派手すぎるんだよ。僕もテンション上がったらそんな感じになっちゃうけど。

 

 歩を進める弔くんに続く。マスキュラーさんは先輩の方を指さして僕に視線を向けてくるが、黙って首を横に振っておいた。ちなみに、マスキュラーさんのジェスチャーの意味は「戦ってもいいか?」である。「放っておいてもいいのか?」みたいなことではない。

 

 このままではマスキュラーさんが我慢できず襲い掛かってしまうので急いで出ようと僕が歩を速めた瞬間、先輩が待ったをかけた。振り向くと、何やら意志の込められた瞳を僕たちに向けている。

 

「暴れるというのは、別にどの立場で暴れてもいいわけだな?」

 

「自分で考えろって言わなかったか?鈍ってんのか、先輩」

 

 へらへら笑って答えた弔くんに、先輩もニヤリと笑っていた。

 

 

 

 

 タルタロスの下層でそんなやり取りが行われている一方で、上空には状況を伝えるためのヘリが飛んでいた。一度ジャックされた程度ではめげない不屈の根性である。

 

 しかし、一般市民に情報を伝えるためにはテレビ、ラジオを通すのが一番早い。言うなれば、根性で安心を届けているのである。

 

「御覧ください!今真下にある大監獄タルタロス!この内部に主犯格である敵連合がいるという情報が入りました!唯一入れる手段である橋も敵連合の手によって壊され、完全な孤島となっております!」

 

 リポーターがヘリから身を乗り出し、現場の状況を伝える。ボロボロに壊された橋、倒れている看守たち。安心を届けるはずが、見事に不安を届けてしまっていた。これでは、敵連合がタルタロスを破ったと言っていることと同じである。

 

 それでも、この情報を届けないという選択肢はない。ヒーローたちは様々な情報を欲しがっており、いち早く事態を収束させようと駆けまわっている。敵連合を追うということは、解決への一番の近道なのだ。

 

 そのような根性のもと構えているカメラの中に、なにやら動きが見えた。タルタロスの屋根の上に立ち、大きな旗を掲げている。

 

「あそこ!カメラ寄って!」

 

 それを目敏く見つけたリポーターがカメラに指示を出し、ヘリが下降してカメラがズームする。そして、その旗がはっきり見えた。

 

 その旗には、こう書かれていた。

 

「敵連合、参上……?」

 

 シルクハットを被ったマジシャン風の仮面の男と全身ラバースーツにマスクをつけた男が持っている旗には、確かにそう書かれていた。

 

 

 

 

「お、見つけたみたいだぜ!見んなよ!」

 

「エンターテイナーとしてはこういう目立つ行為、ゾクゾクするなぁ」

 

 旗を掲げていたコンプレスとトゥワイスは呑気に座りながら空を眺めていた。とても日本を大変なことにしている集団とは思えない態度である。

 

「つか、俺働きすぎじゃね?橋壊すのに死柄木出したし、その前には三人。次は何したらいい?」

 

「戦闘が起きなきゃ何もしなくてもいいぜ。まぁ飛行能力持ったヒーローなんて早々いねぇから大丈夫だろ」

 

 手の中で球を転がしながらぼんやりと空を見上げる。この『敵連合参上!』は敵連合がこういうことをしていますよ、と伝えるためのパフォーマンスだ。タルタロス内のことは他のメンバーがやってくれている以上、この二人の役目は既に終わったものとみていい。

 

「街中で暴れてるチンピラども、どれくらいで鎮圧されると思う?」

 

「どうかねぇ。救助がどれくらい必要かによるが、そこらへんはチンピラの腕の見せ所だな。俺たちがどれだけヒーローの気を引くかにもよる」

 

 トゥワイスはマスクを半分脱ぎ、タバコを咥えて火をつけた。

 

「あと不満があるんだけどよ」

 

「タバコ税についてか?」

 

「それもあるが」

 

 トゥワイスは紫煙を吐き、流れていくそれを見つめながら、

 

「ヒーロー側の勝利条件よ」

 

「あー」

 

 二人は旗を裏返して、裏面に書かれている文字をカメラに見せた。

 

『勝利条件は、死柄木弔か月無凶夜をブッ倒すこと!』

 

「これ、俺たち全員がブッ倒されたらでよくね?」

 

「こういうところがらしさなんだろ。だからあいつらがトップなんだ」

 

 だよなぁ、と同意する声はどこか投げやりだった。



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第72話 三人、はじまり

「さて、お前らに集まってもらったのは他でもない」

 

 今僕らの目の前には極悪人が集まっている。みんなタルタロスに収監されていた罪人で、見た目ものすごく悪そうな人から見た目はそうでない人まで様々だ。こういうのって大体見た目悪くなさそうな人の方が危険な気がする。危なくなさそうっていう気持ちから実は危なかったっていうギャップが怖いのかな?

 

「今世の中は荒れている。敵たちが好き勝手に暴れまわり、自分のやりたいことをやっている」

 

 極悪人の集まりだから何人かはすぐ暴れるだろうと思っていたけど、意外にみんな大人しくしている。弔くんのカリスマがそうさせるのだろうか。それとも、極悪人だからこそ考えなしに暴れまわることはしないってことか。現にタルタロスを落としているわけだし、敵対したくないというのが本音かもしれない。

 

「お前らには自由になってほしいと思っている。今だけじゃない、これからもだ。だから、協力してほしい。今この時、世界が変わる一瞬。俺たちみたいなやつでも自由になれるそんな社会になるまで、クソッタレなお前らの力を、敵連合に」

 

 言って、弔くんは壁に手をあてる。すると個性によって壁が崩れ、それは天井にまで伝わっていき、やがて壁と天井が塵になり、頭上に空が現れた。

 

 いつかの僕らじゃ見ることすら叶わなかったあの空が。

 

「好きに暴れろ、好きなことをやれ!今この時からお前らは自由だ!ただ一つ、俺かこのバカがやられたらもう暴れるな。それだけは約束しろ」

 

 簡単だ。自由を謳って暴動を起こしたそのリーダー格が落とされてしまえば、政府、そしてヒーローはもう耳を傾けない。交渉事があったとして、僕らのどちらかが落とされていればはっきり言ってこちらが劣勢なことは確実だから。

 

「ただし、世界が変わったその後。お前らは完全に自由だ。もう俺の言うことを聞く必要もない。なんなら俺を殺しに来てもいい」

 

 殺されることはありえないっていう自信があるからそういうことが言えるんだろう。僕は誰かが殺しに来たらみんなに危険が及ぶから来てほしくないんだけど。みんなが強いとか弱いとか関係なく、危険なことはない方がいい。

 

 弔くんは腕を天に向けて伸ばし、叫んだ。

 

「さぁ今の社会にはクソほどの役にも立たねぇゴミども!せめて社会を変えられるってことを証明してみせろ!お前らの力で自由を謳え!」

 

 ここにいる全員から期待が伝わってくる。まるで時代を変える先導者を前にしているような、そんな感覚。弔くんの隣に立っているとひしひしと伝わってくる。弔くんにみんなが期待している。

 

 弔くんは一斉に沸きあがったみんなを見て、無邪気な子どものように笑った。

 

「黒霧、ゲート広げろ」

 

「まったく人使いの荒い」

 

 文句を言いつつ黒霧さんは特大のワープゲートを開いた。ここからみんなが街に出ていき、存分に暴れまわることになるのだろう。

 

「演説お疲れ様。いや、何事もなくてよかったよ」

 

 どんどんゲートを通っていくみんなを横目に、弔くんをねぎらう。上に立つ人間ってこういう人のことを言うに違いない。僕はせいぜいその隣か後ろにいてちょこちょこ口を出すサブみたいなものだ。

 

「あいつらが全員通ったら一旦戻る。そっから各自やりたいことをやるだけだ」

 

「やりたいことねぇ。タルタロスに行くって言ったときに泣いちゃったエリちゃんといっぱい遊ぶとかは?」

 

「今この状況でそれができるんなら大したタマだな」

 

 だってものすごく申し訳なかったし。そりゃタルタロスに行くっていったら行かないでっていうのが普通の反応だろうけど、それでもあんなに泣かれるとは思ってなかった。そんなに信用ないのかなぁ。いや、僕自身ですら僕に信用はないけど。

 

 だから、無事に帰ってきましたよって言って遊びたいのは本音だ。街で暴れるのはさっき出ていったみんなに任せて。僕は一人で暴れるのには向いてるけど、味方がいる中で暴れるのは少し難しい。気を遣いながら幸福と不幸を使い分けなきゃいけないから。もしかしたら巻き込んじゃうかもしれないし、暴れまわるのはパスだ。

 

「弔くんはどうするの?」

 

 否定はしなくとも僕のやりたいことを遠回しにバカにした弔くんに聞く。きっとスケールのでかいことをしてくれるのだろう。

 

「現No.1を落とす。そこからが最初で最後の勝負だな」

 

 でかかった。つまり、エンデヴァーを落とすということか。弔くんの個性だと相性が悪いように思えるけど、どうなんだろう。炎を崩壊させることなんてできないだろうし、近づく前にやられそうだ。

 

「別に俺がやる必要はない。俺たちにはこいつらがいるしな」

 

 そう言って周りを見渡す弔くん。僕らの周りには敵連合のメンバーがいた。

 

 天井が崩れたときに上から飛び降りてきたトゥワイスさんとコンプレスさん。二人とも分厚いマットの上で寝転がって空を見上げている。まるで学生の青春風景だ。学生っていう歳じゃないけど。

 

 マスキュラーさんとその筋肉を撫でているマグ姉。数か月身動きが取れなかったのにあまり衰えていない筋肉にびっくりしているらしい。ガチガチだもんね。男として少し羨ましくもある。ちょっとだけくれないかな?

 

 ジェントルさんとラブラバさんは二人でふわふわとした空間を作り上げている。スピナーくんがそれを見て顔を顰めているが、どうか我慢してあげてほしい。見た目の割に初心だからあまり慣れないかもしれないけど。

 

 荼毘くんは火で僕の顔を描き、それをヒミコちゃんに見せて遊んでいる。楽しそうなのはいいが、度々顔の一部分を抉るのやめてほしい。

 

「いい組織を作ったね」

 

 二人でみんなを眺めていると先生がこちらへ歩いてきた。一仕事終えた黒霧さんもすぐ後ろについてきている。

 

「みんなこんな状況だというのにのびのびしている。いや、自由を謳うのに相応しい」

 

「見ようによってはバカに見えるけどな」

 

 先生に褒められた弔くんはわかりやすくそっぽを向いた。照れているんだろう。ずっと上に立っていたから、あまり人から褒められるのに慣れていない。どちらかと言えば褒める立場だったし。

 

「恐らくこれは君たち二人が上に立っていたからこそだろう。僕があのときいなくなって正解だった。本当に先生冥利に尽きる」

 

「いやいやそんなそんな。いくら僕たちが完璧だからってそんなに褒めなくても」

 

「少しは謙遜しろ」

 

 賛辞は全部受け取るのが一番だ。自信にもつながるし、何も悪いことがない。なんて恥のないやつだって相手に思われるだけだ。つまり悪く思われるのが普通の僕にとって何も悪いことがないということ。やはり僕は賢い。

 

「それで、現No.1を落とすと言っていたね」

 

 先生は楽しそうに笑っている。平和の象徴を落とした先生だから弔くんがNo.1を落とすことがなんとなく嬉しいんだろう。後を辿る行為だし。違うところと言えば負けに行かないというところか。それと弔くんだけが戦うわけでもないというところ。そもそも弔くんは戦うかどうかもわからないし。

 

「僕の助け、いるかい?」

 

「いらねぇ」

 

 先生の問いに、弔くんは即答した。うん。それじゃ意味がないし。

 

「先生はゆっくりしててよ。暴れてくれてもいいけど、ほどほどにね」

 

「本気で暴れられるとさっき街に行ったあいつらの取り分がなくなる。それに、俺たちができねぇことでもないんだ。本当にいざというときは手を貸してもらうが、それまでは大人しくしてろ」

 

「随分な言いようだね。くくっ」

 

 先生は少し声を漏らして笑う。弔くんが対等に話し始めていることを愉快に思ったのかな。前までは柔らかい口調だったからね、弔くん。

 

「それに」

 

「それに?」

 

 弔くんはそっぽを向いて、ぼそっと小さな声で言った。

 

「まだ、何も返せてねぇし」

 

 返す。なるほど、僕らにとって先生は恩人だ。そんな恩人の手を煩わせるなんてありえない。ふんぞり返って僕らの成長をみてもらってこそ恩返しというものだろう。

 

「クハハハハ!」

 

 そんな弔くんの言葉に、先生は大きく笑った。何か面白いことがあっただろうか。みんなも不思議がってこちらを見ている。そういえば僕たち以外は先生とろくに交流がなかったから先生がどんな人か知らないのか。あの日ものすごい力で暴れまわっていたということと、僕らの先生だということしか知らないはず。

 

 笑う先生に、弔くんは首を傾げた。そして先生は弔くんの頭にぽん、と手を置く。

 

「もう十分返してもらってるよ。むしろ僕が返さなければいけないくらいにね」

 

 数回ぽんぽんと頭を軽くたたいて、今度は拳を軽く胸に当てる。先生はどう見ても極悪人には見えない笑顔を浮かべていた。

 

「返す返さない。そういう関係はなしにしよう。僕と君たちの仲だろう?」

 

 そういえば。僕たちは先生って呼んでるけど、実際にはもうそういう関係ではないんだっけ。あの日先生を終わらせたはずだし、となれば今この関係はどうなんだろう。

 

「僕は敵連合の一員、それだけだ。だから僕も使ってくれないと困るんだ」

 

「……それが、先生のやりたいことか?」

 

 静かに聞いた弔くんに、先生は頷きで返した。

 

「僕は頂点から引いた身だからね。弔がもう一度上に立てというならそうするが、そんなこと言わないだろう?」

 

「言わねぇよ」

 

 確かに先生はまだ上に立てるし、それだけの力もある。でも、今は弔くんだ。社会ではそうなってるし、もちろん僕らの中でもそうだ。僕らの頂点は弔くん以外にありえない。平和の象徴がオールマイトであったように、僕らの象徴は弔くん。いつか言った、王は君だってやつ。

 

「ならご命令を。一番やりたいことが僕より上の人間に従うことだからね。遠慮せずに言ってくれ」

 

「そうだな」

 

 弔くんは僕をちらっと見た。そしてニヤリと笑うと、先生に一つ命令する。

 

「今拠点には子どもが一人いるんだが、そいつと遊んでやってくれ。いい子だからきっとすぐに仲良くなれる」

 

「……なるほどね」

 

 納得したように頷くと、先生は肩を竦めた。

 

「わかった。僕のすべてを使ってその子と遊ぼう。君たちに振り向かなくなるくらいにね」



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第73話 月無、エンデヴァー

「ひえー早い。流石エンデヴァー、事件解決だけはお手の物か」

 

 ビルの屋上、そこから見える街の光景は阿鼻叫喚。ではなく、燃え盛るヒーローによって暴れていた敵たちが鎮圧されているところだった。

 

 そのヒーローとは現No.1ヒーローであるエンデヴァー。確かにそこらのチンピラでは歯が立たない。敵連合のメンバーですら勝てる人はいないのではないだろうか。連係すればもしかしたらいけるかもしれないが、そのもしかしたらで誰かがやられたらいけない。

 

 というわけで、僕が駆り出されたわけである。先生にエリちゃんを奪われるかもしれない瀬戸際で、なぜこんなことをしなければいけないのか。

 

「エンデヴァーの相手なら荼毘くんを当てたらものすごく面白いと思うのに。勝てるかどうかは別として。ねぇコンプレスさん」

 

 駆り出されたのは僕だけではなく、コンプレスさんも一緒だ。とはいってもコンプレスさんはそこまで手をだすわけではなく、あくまで僕を送り届け、僕を回収する役、もしくは状況を伝える役である。つまり、場合によってはものすごく楽な仕事だ。

 

「勝てるかどうかがわからん、というか勝てない可能性の方が高いから当てないんだろ」

 

 そう答えながらシルクハットを指先でくるくる回す。

 

 それはわかってるけど、なんというか、僕の役割だけめちゃくちゃ重くない?一応僕がやられると暴動を止めるって言ってるのに現No.1を僕が相手するっておかしいと思うんだ。信頼の証ともとれるけど、こんな信頼の仕方よくないよ。隠し玉があるとはいっても無茶が過ぎる。

 

「まぁ、一対多なら負けることはないと思うけど。相手がヒーローなら尚更ね」

 

「勝てることもないだろ」

 

 それはわからない。勝てるかどうかは完全に運任せだ。僕が運任せってのは皮肉なもんだけど。

 

「よし、じゃあ初見殺し行ってきます」

 

「自分で死にかけねぇと殺せないって不便だよなぁ」

 

 不便なんて、生まれてちょっとしてからずっと思ってたことさ。

 

 コンプレスさんに手を振って、ビルの屋上から身を乗り出す。そしてそのまま躊躇することなくダイブした。こうして飛び降りるのは何度目だろうか。何度か自殺しようとしたことはあるけど、しばらくぶりな気がする。

 

 ただ、今回は死ぬためではなく攻撃のためのダイブだ。落下のインパクトの瞬間に不幸を譲渡することで一瞬だけ幸福が不幸を上回る。そうすれば僕は即死ではなく瀕死になれるわけで、その怪我を譲渡すれば初見殺しの必殺技が完成するわけだ。

 

 頭の中でプランを組み立てながら落下。地面に叩きつけられるもはや心地よい感覚とともに聞こえてきたのはエンデヴァーの焦った声。

 

「お前ら、今すぐここから離れろ!」

 

 やはり勘がいいらしい。この中の誰かが僕の手によってぐちゃぐちゃにされるのを一瞬で理解したようだ。しかし、もう遅い。僕がぐちゃぐちゃになった時点で逃げても無駄だ。

 

「ぐおあああああああっ!?」

 

 エンデヴァーのサイドキックらしいヒーローが悲鳴をあげてぐちゃぐちゃになる。そして無事になるのは僕の体。

 

 残りはエンデヴァー合わせて三人。意外と少ないのは日本中大変なことになっているからだろうか。

 

「受け取っていただいてありがとうございます。迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)、いかがでしたか?」

 

「月無凶夜……!」

 

 ヒーローがする顔じゃないでしょ、それ。泣く子も黙るどころか泣く子を殺す表情だ。怖すぎて。実際僕もちびりかけたし。かけただけだ。決してちびってはいない。

 

「全員そいつを連れて逃げろ!相手が悪すぎる!」

 

「いえ、しかし!」

 

「お喋りしてる暇あるの?」

 

 もめている間にエンデヴァーの下へ走り出す。意識をずらす、呼吸をずらすのは得意だから、走るのが速くなくても自然と肉薄できる。

 

「くそっ」

 

「できても倒せるわけじゃないんだけどね」

 

 肉弾戦は普通の人よりはできる程度なので、プロヒーロー相手だと簡単に止められる。ただ、こうやって腕を掴まれたなら無理やり抜け出すことができるわけだ。僕の個性ならノーダメージだからね。

 

「ダメだよエンデヴァー、僕に怪我さしちゃ!」

 

「させるつもりはない」

 

 無理やり体をひねって腕を折ろうとしたとき、それを察知していたエンデヴァーは腕を離した。それはそれでやりようはあるんだけど。

 

 自由になった体をその勢いのままサイドキックたちの方へ向け、一気に走り出す。今の状態でエンデヴァーとやりあったところで勝負がつかないのは目に見えている。なら、人質役であるサイドキックをこの場に止まらせるべきだ。

 

 サイドキックは僕に手を向ける。恐らく個性を使うつもりなのだろうが、殺傷能力のある個性であれば好都合だ。エンデヴァーにでも押しつければ勝手に自責の念で自滅してくれるだろう。

 

「そいつを傷つけるな!さっき一人やられたのを見ていなかったのか!」

 

「ま、そうはいかないよね」

 

 叫ぶエンデヴァーの声を背に、動揺したサイドキックの隙をついて胸に蹴りを入れる。そうして動きを鈍らせてから足を潰そうとしたところで、他のサイドキックがこちらへくる姿と、後ろからエンデヴァーがくる気配を察知し、僕は迷わず胸を押さえているサイドキックを引き寄せて盾にした。

 

「あ、個性を使うと暴発するのは確実なのでよろしく」

 

「悪者らしい行動だな!」

 

「おいおい、悪者なんて言うなよ。僕らからすれば君たちは悪者なんだぜ?だってそうだろ」

 

 エンデヴァーの方へ盾にしていたサイドキックを蹴飛ばし、僕を悪者と言ってきたサイドキックへ向き直る。

 

「みんなが敵対する相手のことを悪者扱いするのさ。言い換えればみんなが自分を正義だと思ってる。それを区別するのはナンセンスだ。違うかい?」

 

 言いながら、ポケットにあるものを握りしめ、相手の目に向けて放り投げた。舞うのは細かい砂、石。こざかしい目つぶしのために採取していたものだ。

 

 当然ヒーローであれば個性を使って防いだり、そもそも目つぶしなんてものともしない個性だったりするのだろう。しかし今は個性を封じられている状態。であれば取る行動は限られてくる。

 

 サイドキックは腕で目を庇った。それは不正解。

 

「この場合は下を向くか後ろに下がった方が賢明だと思うけど」

 

 目を庇ったことでがら空きになった胴体に蹴りを入れる。個性で派手なパフォーマンスとともに敵退治やレスキューなどをしていたからこういう泥臭い戦いは苦手なのだろうか。いや、ヒーロー全体に言える話ではないだろうが。

 

「だってエンデヴァーはそうじゃないみたいだ、し!」

 

「ちっ、気づいたか」

 

 僕を拘束しようと後ろから伸ばされていた腕を転がって避け、エンデヴァーから距離をとる。あれは体ごと拘束する気だったに違いない。かわいい僕を抱きしめてぎちぎちに縛るつもりだったんだ。変態さんめ、そうはさせない。

 

「んー、サイドキックの人たちはどうにかできそうな気はするけど、やっぱりエンデヴァーが相手だとそうはいかないか」

 

「お前に慣れるのも時間の問題だ。個性を使えなくとも、ただのチンピラを相手にするのとなんら変わりはない」

 

 それはちょっと違うんだけど、ただのチンピラと戦闘力自体は変わらないというのは否定しない。だって僕普通に弱いし。

 

「たーだ、そろそろそこの人連れて行った方がよくない?待ってるから、サイドキックのお二人さん連れて行ってあげてよ」

 

「信じられると思うか?」

 

「信じる信じないより、連れて行かなきゃダメじゃない?死んじゃうじゃん」

 

「あぁそうだな、例え手を出そうとも俺が止めればいいだけの話」

 

 言って、エンデヴァーは腰を落として腕を広げる。ああやってやられると抜くのは難しそうだ。これがカバディで僕がレイダーならゼロポイントで帰ることになるだろう。逃がす気はなかったのに、逃がすことになってしまうとは。めちゃくちゃダサいじゃん。

 

 とはいえ、他の人がいる状況は個性縛りという点でめちゃくちゃデカい。今のうちにエンデヴァーを仕留めないと少々マズい。

 

 というわけで僕が脚にぐっと力を込めた時、エンデヴァーが静かに口を開いた。

 

「知っているか」

 

 何を?と首を傾げる。質問の仕方を知らないのだろうか。知っているか、だけでは答えようがない。

 

「数百数千に上る被害。怪我人も少なくない。そしてヒーローは敵の対処に駆り出され、医療機関もパンクする状態だ。そんな中で一瞬が命を左右する状況の人間が生き残れるのは簡単なことだと思うか?」

 

「難しいんじゃないかな。その一瞬が潰される状況なんだから」

 

「そうだな。それで、知っているか?」

 

「だから何をさ」

 

「この事件で亡くなった人々の数をだ」

 

 僕は実際に被害状況をこの目でちゃんと見たわけではないから知るはずもない。そもそも数えられるわけがない。日本全国に目を向けられる人なんているのだろうか。先生ならいけそうだけど。

 

「重要なのは今守らなきゃいけない人の数でしょ。亡くなった人のことを悔やんでいる間にまた死んじゃったら元も子もないし」

 

「あぁ、だがこんな状況ではその数すら数えるのもままならない」

 

 そして、燃え盛る火炎。そこで初めてサイドキックが逃げるまでの時間稼ぎをされていたことに気が付いた。お喋りが好きだからつい乗ってしまった。なんという策士。

 

「だから、俺はここでお前を倒す。確か、お前か死柄木を倒せばこの状況は収まるんだったな?」

 

「うん、約束するよ。僕たちの正義に誓って」

 

 さて、どうしよう。僕を倒したいと思っているエンデヴァーを不幸にすれば僕に攻撃が当たらないのはわかってるけど、彼くらい個性の扱いがうまいならそのタイミングが掴みづらい。一歩間違えれば攻撃をくらってしまう。譲渡を発動しなければ幸福か不幸のどちらかがランダムで発動するから、不幸を引き当ててしまえばもう一撃で終わる可能性だってある。拘束だって同じことだ。

 

 うん、ここからはほとんど運勝負だ。僕らしいと言えば僕らしいじゃないか。

 

「信じよう。お前たちの正義を」

 

「嬉しいような、嬉しくないような」

 

 でもやっぱり嬉しい気はする。このまま無事に帰れたら。



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第74話 1-A、離散

「次に期待する身としては」

 

 死柄木は和やかに遊んでいるオールフォーワンとエリを横目で見つつ呟いた。

 

「やっぱり縁のある雄英1-Aだよな」

 

 月無がエンデヴァーと接敵している中、自分たちも動かなければいけない。となれば、自分たちが負けても次が残るような相手と戦い、種を植えておかなければならない。

 

(もう俺たちだけの敵連合じゃないし)

 

 今度は横目ではなく、しっかりとエリに目を向ける。視線に気づいたエリが手を振ってくるのを適当な感じでひらひらと返し、さて、と腰を上げた。

 

「今から街にいる雄英生に喧嘩売りに行くが、くるやついるか?」

 

 反応は様々だった。恍惚とした笑みを浮かべる者、静かに頷く者、紅茶をこぼす者、首を傾げる者、両手を合わせる者、サムズアップする者、すっと隣にくる者。

 

 全員を見て、死柄木は薄っすら笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「さぁ次はどうしやしょう治崎のアニキ!」

 

「どんなやつでも潰して見せますぜ!」

 

 妙なことになった、と治崎はため息を吐いた。

 

 自分の部下が襲撃対策のためにタルタロスへ移されていて、だからこそ自分が囮になり元々部下がいた留置所へ向かったのはいい。あとは暴れていれば部下たちが戻ってきて、形だけでも死穢八斎會再始動、というのが治崎の思い描いていたものだった。

 

「敵連合同盟、死穢八斎會若頭治崎のアニキのお通りだ!」

 

「死にたくなけりゃ股開いてワンと吠えるかケツ向けてヒヒーンと鳴いてみろや!」

 

 部下たち以外の明らかにガラの悪い連中が治崎に従うようになっているのはどういうことだろうか。頭を悩ませつつも、どうせ敵連合のせいだろうと治崎は高を括っている。

 

(まぁザコを片づけてくれるのは正直助かるが)

 

 いきなりワープゲートから現れたこのチンピラたちは確かに強く、戦力になるものだった。タルタロスにいたとなればそれもそのはずだが、人の下につくイメージがなかったのも事実。従ってくれているのであればそのままにしておいても問題ないが、これからも執着されるかと思うとため息ものである。治崎は実際にずっとため息を吐いている。

 

 そこで、と気になることを聞いてみることにした。隣にいる音本に耳打ちして、周りのチンピラに質問させる。音本の個性は問いかけた相手に本心を悟らせる真実吐き。こういう状況であれば重宝する個性だ。

 

「聞かせてくれ。若を、オーバーホールを慕う理由は何だ?」

 

「んなもん簡単!敵連合の同盟とくれば恩人の同盟と同じこと!」

 

「監獄から助け出されたその時!俺たちは敵連合に忠誠を誓うと決めたのさ!」

 

 なるほど、と治崎は頷いた。ということは、死穢八斎會までついてくる気はないらしい。同時に、敵連合の、正しくは死柄木弔と月無凶夜のカリスマに恐れに近い何かを抱いた。

 

 タルタロスに捕らえられていたものは死刑すら生ぬるい犯罪を犯した者たちであり、当然クセがある。簡単に人に従うものではなく、大体が自分の思想、若しくは欲望に従っていたものたちであり、今のような誰かに従う状況とういうのはまったく想像できないものだ。

 

(クズでも恩は感じるんだな)

 

 死柄木と月無が特別従いたくなる何かを持っている、と言われればなんとなく納得してしまう自分も大概だが、と治崎は自嘲した。

 

「しかし、困りやしたね。これ明らかに若がリーダーだと思われてやすよ」

 

「まぁ再始動のインパクトにはちょうどいいだろう。あとは」

 

 こいつらにここを任せて、エリを返してもらうだけだ、と誰にも聞こえないような声で呟いた。

 

 

 

 

 雄英1-Aは誰一人欠けることなく戦場を駆け抜けていた。学生でありながら場慣れしていたことも手伝って、傷を負ってはいるものの大きな怪我はない。

 

「仮免のときよりマシかもな!」

 

「敵だらけじゃないし、言えてる!」

 

 強がりか軽口か、仮免と比較してなおこの状況をマシと言ってのける上鳴に、珍しく耳郎が同意した。仮免の時は雄英潰しという体育祭で個性が割れており、更に有名校であることから周りの学校から狙われるという状況だったが、今は他のヒーローもいるため敵の数で言えばマシとはいえる。

 

(危険度は断然こっちの方が上だけど)

 

 しかし、そんなことを考えられるくらいに緑谷には余裕があった。現れる敵がチンピラ程度だからだろうか。初めてチンピラを相手にしたUSJの時より成長しているため、その時より余裕があって当然と言うべきか。

 

「そろそろここも少なくなってきたな」

 

 轟の言葉に周りを見渡すと、敵の数はぽつぽつと確認できる程度で、もうここに自分たちの力は必要ないように思える。

 

 緑谷たちはずっとこの戦場にいたわけではなく、段々学校に向けて移動していっている。というのも、仮免があるとはいえ自分たちは戦闘許可が下りたわけではなく、今はただの雄英生でしかないためだ。これでもし重傷、果てには死亡でもしてしまえば、責任をとるのは雄英だ。この状況であれば「帰る」というのが正しい選択肢だろう。

 

 それでいて「助ける」というのも正しいことだ、と満場一致で決定した雄英1-Aは学校に向かいながらその戦場戦場で制圧を繰り返している。

 

「よし、行こうみんな!周りに注意を払いながら帰るんだ!」

 

 委員長の飯田が叫び、後に全員が続く。

 

(悔しさは、みんなあると思う)

 

 雄英のヒーロー科にいる以上、全員がヒーロー志望だ。この街の全員が助けを求めている状況では、学校からの許可関係なく助けに行きたいというのが本音だろう。それでも行かないのは敵連合に襲われた経験があるから。爆豪たちが攫われたとき、結果的に意味はなかったとしても緑谷たちは救出に赴いた。しかも仮免すら所持していなかったときの話だ。

 

 正直、緑谷自身飛び出してしまいたい気持ちがある。なぜなら今回は無視できない敵連合が起こした騒ぎで、月無も出てきている案件だ。それでも。

 

(かっちゃん救出、先生の信頼、寮に入る時のお母さんのこと)

 

 帰らなければ、どの面下げて会えるというのだろうか。

 

「デクくん?」

 

 暗い顔をする緑谷に気づいた麗日が心配そうに顔を覗き込んで名を呼んだ。それに「なんでもないよ」と返して前を向く。ヒーローが下を向いてしまえば、市民がどこを向いていいかわからないから。

 

 そして、前を向いたことで気づいてしまった。鳥を空に飛ばして索敵している口田、個性を使って音を聴く耳郎、複製腕を使っている障子。その三人の警戒を抜けてきた存在に。

 

 目の前に現れたのは黒い渦。それを初めてみたのはUSJの時。

 

 こちらへ広がってくるそれに、飯田が焦った声で叫んだ。

 

「みんな、逃げろ!ゲートに触れてしまえば終わりだ!」

 

 しかし、気づくのが遅かった。そう叫んだときには飯田はゲートに飲み込まれてしまっている。

 

 それに反応したのが切島だった。手を伸ばして飯田を掴む。が、その体を引っ張れることはなく逆に引きずり込まれていく。

 

「切島くん、手を離せ!このままでは君まで」

 

「一人で行くよりマシだろ!」

 

 手を離せと言う飯田に男前な言葉で返す切島。

 

「じゃ」

 

 そんな切島の手を掴む者がいた。

 

「二人より三人のがマシだよね?」

 

「芦戸!?」

 

「まずは、三人」

 

 ずるり、とゲートに三人が飲み込まれていく。

 

「ちくしょう!勝手に送り出したと思ったらまた勝手にどっかに送んのかよ!」

 

 若干涙目になりながら峰田が叫ぶ。無理もない。このワープゲートには何一ついい思い出がないのだ。もはや恐怖を植えつける存在でしかない。

 

「送られっかよ!」

 

 ほとんどが逃げる中、爆豪は飛び出した。経験で黒霧には実体があるとわかっているため、押さえるのが一番だと判断したのだ。このままにしておけば全員どこかへ送られることが目に見えている。

 

 しかし、ゲートから巨大な棒磁石が現れ、爆豪を引き寄せた。

 

「なっ」

 

「うふっ、いらっしゃーい」

 

 爆豪は後ろを見て目を見開きながらゲートに引きずり込まれる。ゲートからはうきうきとした声。緑谷はなぜかその声にゾッとした。

 

「次」

 

 平坦な声でゲートが伸ばされ、そのゲートが捉えたのは。

 

「おわっ」

 

 上鳴。爆豪が動き出した瞬間加勢しようとして一瞬で爆豪が引きずり込まれたため手持無沙汰になったところを狙われた。はっきり言って間抜けである。

 

 先ほどゲートに飲み込まれれば抜け出せないということをわかったため、ほとんど誰も動き出さない。そんな中、上鳴は人生で一番男前な表情をして言った。

 

「なんでもしますので、誰かきてください」

 

「ぶはっ」

 

 顔はいい上鳴がなぜかモテないのはこういうところだろう。どこまでもイケメンになり切れないというか、情けないというか、一言で言えば残念なところ。

 

「クソッ、笑っちまった!しゃあねぇから行ってやるよ、上鳴!」

 

 瀬呂は上鳴にテープを貼りつけてそれを巻き取ることでゲートに向かう。その途中、同じくゲートに向かっているものがいた。

 

「あれ、耳郎?」

 

「……」

 

 瀬呂はゲートから近い距離にいる耳郎を見て首を傾げた。最初からゲートに行こうと思っていなければいられないはずの距離。そこに耳郎がいるということはつまりそういうことで。

 

「おおっ、耳郎!信じてたぜ!お前だけはきてくれるって!」

 

「うっさい!誰かきてくださいって言ってたのみんな知ってんだからね!」

 

 上鳴の調子のいい言葉に即座に叫んで返し、かと思えばそっぽを向いて。

 

「ま、いなくなられても困るし。仕方なくね、仕方なく」

 

 それを見た瀬呂は、変な汗を流して振り向きながら言った。

 

「誰か助けて!ラブコメだこれラブコメ!ヒーローになりたくてもお邪魔虫にはなりたくねぇんだよ!」

 

 いやだぁあああと叫びながら引きずり込まれる瀬呂を、全員が微妙な目で見つめていた。峰田が敬礼しているのは、はたしてどういう理由からだろうか。

 

「敬礼している場合ではないぞ峰田!」

 

「英霊に敬礼しなくてどうすんだ!」

 

「瀬呂は死者ではない!」

 

 ゲートに飲み込まれそうになっていた峰田を常闇が黒影で救出し、そのまま走り出す。しかし、ゲートを広げる黒霧はそれを見逃さない。既に峰田の一部はゲートに飲み込まれ、徐々に体も引きずり込まれていた。

 

「常闇ぃ」

 

「遺憾千万……」

 

 抵抗せず立ち止まる常闇は男前だった。

 

「みんな飲み込まれていく……!どうすれば」

 

「凍らせるしかねぇか」

 

 右半身から冷気を出し、凍らせようと右手を向ける。しかし、それと同時に青い炎がゲートから放たれた。激しい炎に氷が溶かされ、氷結が無効化される。

 

「轟くん!」

 

「チッ」

 

 轟は背を向けることもせず、足を止めた。ゲートから炎が出るのを見た以上、背を向けるわけにはいかない。あれの正体が不明な以上、いつでも対処できる状況でなければならない。さらに、今ゲートの向こうに炎の使い手がいるのであれば自分以上の適任はいないと。

 

「誰もくるなよ。俺一人で十分」

 

「というのはナシですわよ。轟さん」

 

 覚悟を決める轟の三歩後ろに、八百万はいた。

 

「ついていきますけど、いいですわね?」

 

「……あぁ、助かる」

 

 頷きあった二人は、一緒にゲートに飲み込まれた。

 

「瀬呂の二の舞にならなくてよかったぜ……」

 

「うん、俺も行きかけたよ。危なかった」

 

 胸をなでおろす砂藤と尾白。緑谷も内心で頷いていた。轟の言い方は「俺がこの中で一番強いからきても足手まといになる」という言い方に聞こえてしまい、「なんだとコラ」とついて行きたくなってしまうのだ。そこからの八百万に対しての「助かる」は明らかにラブコメである。

 

「この人数なら、もう固まった方がいいかもしれないわね」

 

 蛙吹が隣を走る緑谷を見ながら静かに言った。今残っているのは八人。ここから散らされるよりは固まって同じところに行った方がいいという判断だ。特に口田は生物がいないところで力を発揮できないため、万が一にでも一人になってはいけない。

 

「そうだね、みんな固まって……」

 

 蛙吹の言葉に頷き、全員に伝えようと緑谷が後ろを見たその時。

 

「いや、実際働き過ぎだと思うんだよな、俺」

 

 シルクハットの中に玉を二つ入れながら呟く、トレンチコートを着た仮面の男がいた。

 

 いなくなったのは、砂藤と口田。

 

「ま、訳あって今は戦えねぇから仕方ない。黒霧、帰してくれ」

 

「わかりました」

 

 ゲートに帰ろうとするコンプレスに反応したのは緑谷と青山。青山はレーザーを溜め、緑谷は飛び出そうと体を後ろに向けた。

 

「あかん!」

 

「ダメよ、緑谷ちゃん!」

 

 しかし、緑谷は麗日に後ろから抱かれ、蛙吹にも止められる。なぜ、と思う前に答えは出た。

 

 緑谷の進行方向にゲートが現れたのだ。

 

 ならばと緑谷が青山に視線を送るが、いつまでたっても青山がレーザーを撃たない。

 

 その答えはコンプレスにあった。コンプレスが手に挟んだ二つの玉。あれが砂藤と口田かもしれない以上、レーザーを撃つことができない。

 

「じゃあ。また貰っちゃって悪いね」

 

「許さない☆」

 

 かと思われていた青山が、レーザーを放った。狙いは、

 

「何ッ」

 

「許してほしいなら仮面と帽子を取らないと」

 

 コンプレスの被っていたシルクハットと仮面。「撃てない」ということを刷り込ませてからゲートをくぐる寸前に放ったレーザーは見事にコンプレスの仮面を割り、シルクハットを吹き飛ばした。

 

 そして、そのシルクハットから二つの玉が飛び出す。それを打ち合わせでもしていたかのように尾白と障子の二人が掴みに行った。

 

「クソ、またショウを台無しにしやがって!とでも、言うと思ったか?」

 

 コンプレスが指を鳴らすと、現れたのは折れたステッキ。

 

「では今度こそ、さようなら」

 

 玉を取りに行ったことでゲートに近づいてしまった二人とレーザーを撃つために立ち止まった青山がゲートに飲み込まれているのを笑いつつ、手を振ってコンプレスはゲートに沈んで行った。

 

「……麗日さん、蛙吹さん」

 

「何、デクくん」

 

「梅雨ちゃんと呼んで」

 

「掴まって。二人なら抱えて逃げれるから」

 

 え、どこに。と麗日聞く前に。

 

 緑谷は麗日をすっと抱き上げた。俗にいうお姫様抱っこというやつである。

 

「え、えぇ!?」

 

「梅雨ちゃんは背中に掴まって!」

 

「梅雨ちゃんと……呼んでるわね。わかったわ、緑谷ちゃん」

 

 慌てる麗日と冷静な蛙吹という正反対な二人を前と後ろに抱え、緑谷は走り出した。

 

「しっかり掴まって!」

 

 個性を発動し、常識外のパワーでゲートを振り切る。見てから判断できるその脚力は規格外。数回逃したところで、黒霧はゲートで転移させるのを諦めた。

 

「死柄木が一番やりたがっていた相手に逃げられるとは……死柄木の運がいいのか、悪いのか」

 

 既に小さくなった背中を見ながら、黒霧はゲートを開いてどこかへと消えていった。



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第75話 敵連合、開戦(1)

少し短いです


 飯田と切島と芦戸の三人はどこかもわからない山の中にいた。先ほどまで見ていた空とあまり変わらないことから日本であることは間違いないが、それ以上の情報はない。むしろ敵があふれかえっている街中よりは安全かと思われたが、むしろどこかわからない山の中の方が危険だ。帰れるかどうかもわからない。

 

「圏外……だよねー」

 

「クソッ、正面から戦わねぇなんて漢らしくねぇ」

 

「まだ敵がいないと決まったわけではない。警戒して行こう」

 

 とりあえずといったように山を下っていく。途中で木に印をつけておくことで来た道をわかりやすくしながら下りていくも、当然景色は変わらない。

 

「これは、少し精神が削られるな」

 

「正面切って出てきてくれりゃあちょっとは楽なのによ」

 

「周りから音すら聞こえないし、妙っていうか」

 

 三人が話しながら歩いていた、その瞬間。

 

 突然、正面から無数の刃が飛んできた。

 

「っ、下がれ!」

 

 それを見た切島が個性によって硬化しつつ前に出て刃を受け止める。硬化の壁を突き破れなかった刃は弾かれて地面に落ちるが、そのうちの数本が足元のワイヤーを切断した。すると、

 

「な、丸太!?」

 

「マンガでよくみるやつ!」

 

 三人の後方からどこかにつるされた巨大な丸太が振り子のように振り下ろされてきた。あらかじめ用意されていたかのようなトラップに驚愕しつつも、回避行動をとる。

 

「切島くん!後ろから丸太だ!」

 

「どっちも受け止める!」

 

 前方からはいまだに刃が飛んできており、迂闊には動けない。切島は、前方からの刃と後方からの丸太、どちらも受け止めるという選択をした。

 

 しかし、ここは斜面。いくら受け止めるだけの硬さがあるとはいえ、その衝撃を吸収しきれるわけではない。

 

 結果。

 

「ぐっ」

 

 後方から振り下ろされた丸太の衝撃で切島の体は宙に浮いた。それと同時に前方からの刃も止む。

 

「わ、飛んだ!」

 

「落下地点へ急ぐぞ!……いや、まて、なんだ!?」

 

 飯田は、見上げた先の切島の上に現れた人影に気づいた。その影は様々な武器がまとめられた一振りの巨大な凶器を振りかぶっている。どこからどう見ても敵だった。

 

「切島くん、上だ!」

 

「上!?」

 

「遅い」

 

 そして、切島が振り向く前にその凶器は振り下ろされた。

 

 何かを削る音は、切島の硬化を削る音だろうか。やがてそれはぶち、と肉が裂ける音になり、それと同時。

 

 飯田と芦戸の頭上で鮮血が舞った。

 

「切島!」

 

「貴様!」

 

 切島を叩き切ったその影は危なげなく着地すると、凶器を地面に突き立てた。

 

「わかるか」

 

 小さく呟いたはずのその言葉は、やけにその場に響いた。辛うじて意識を保っている切島の耳にもその言葉は届き、得体のしれない威圧感に身を震わせる。

 

「今の一瞬、俺は誰でもやれた。つまり、硬いこいつではなく貴様らのうちのどちらかをやっていれば、一人死んでいたということだ」

 

 切島が生きているのは、硬化の恩恵によるものが大きい。もし硬化がなければ最初の一振りで全身引き裂かれていたに違いなく、まさに硬化に助けられたと言っていい。

 

 それを聞いた三人は、顔を青ざめさせた。もしかしたら今、誰かが欠けていたのかもしれないという事実に。

 

「俺はスピナー」

 

 地面に突き立てられた凶器を抜き、静かに構える。倒れていた切島がゆっくりと立ち上がるのを見て、薄っすらと笑みを浮かべた。

 

「貴様らの正義、見せてもらおうか」

 

 

 

 

 とある廃ビルの中。

 

 爆豪は、敵連合の一人と対峙していた。

 

「また会ったわね、私の事覚えてる?」

 

「知らんわクソオカマ!」

 

「まぁ乱暴!」

 

 いやんいやんと体をくねらせるのは敵連合のマグネ。爆豪をここへと引き寄せた張本人である。

 

「でもワイルドなのも素敵よ。どう?私と熱いひと時を過ごさない?」

 

「焦げ死ね」

 

「いやん!焦げるほど熱くさせてくれるのね!」

 

 困っちゃう!とまたも体をくねらせるマグネに我慢の限界がきたのか、爆豪は爆破による空中機動でマグネに接近する。

 

「さっさとやられろや!」

 

「あらせっかちさん」

 

 爆豪の強みはその類稀なるセンスと恵まれた個性。ある程度までなら見てから反応できるその反射神経と、戦闘であれば初見の相手に遅れはとらないスキルを持っている。

 

 しかし、マグネの個性は接近してくる相手ならばかなり自由度の高い強さを誇る。

 

「ぎっ!?」

 

 爆豪の体は突然後方へ引っ張られ、そのまま後ろにある柱に激突した。途中で方向を変えることすらできないほどの速度で打ち付けられ、肺の空気が一気に吐き出される。

 

「うーん、燃えちゃう!きっとあなたは何度突き放しても私のところにきてくれるんでしょうね!やだどうしよう!」

 

「テ、メェ……」

 

 巨大な棒磁石に抱きついてくねくねするマグネに青筋を立ててキレかける爆豪。それをみたマグネはウインクとともに明るい調子で言った。

 

「さ、お姉さんを捕まえてみなさい」

 

「上等ォ!!」

 

 ブチィ、と何かがキレる音がした。

 

 

 

 

「真っ暗」

 

 上鳴と耳郎と瀬呂の三人はここがどこかすら全く分からない暗闇の中にいた。

 

「上鳴が帯電すりゃ電灯代わりになるんじゃね?」

 

「なんか気が進まねぇなそれ。やるけど」

 

 バチッ、と弾ける音とともに上鳴が帯電し、その周囲だけがぼんやりと明るくなる。しかしそれだけで、この場所の情報がわかるほど明るくはならず、ただ上鳴が明るくなっただけだった。

 

「なんかアホっぽいねそれ」

 

「あんまり役に立たないのな」

 

「んだよ!真っ暗よりはマシだろ!」

 

 確かに暗闇よりはマシにはなったが、それだけである。どちらかといえば真っ暗なところに上鳴だけがピカピカと光りながら現れ、相当間抜けな絵になっていると言っていい。

 

 明かりとしてそこまで期待できそうにないので、耳郎は個性で周囲を警戒し始めた。こういう暗闇では耳郎の個性が役に立つ。視覚が役に立たないのであれば聴覚だ。いくら暗闇であろうと、音が消えるわけではない。

 

「……まって」

 

「ん?どうした」

 

 すると、耳郎の耳が音を拾った。かすかに聞こえる、個性がなければ聞こえなかったような音が。

 

「もう一人、誰かいる」

 

「マジか」

 

「位置は?」

 

「ちょっとま、むぐっ!?」

 

 耳郎が音を聞いて報告したその瞬間。何者かに口が塞がれ、それと同時に耳郎の声が聞こえなくなった。口が塞がれようとも騒ぐくらいはできるはずなのに。

 

「耳郎!?おい、耳郎!どうした!」

 

「上鳴、放電……は耳郎に当たるかもしれねぇし、ダメか!」

 

 音もなく攫う敵に、警戒心と緊張感が一気に上がっていく。が、

 

 突然、明かりが灯った。

 

「まぶしっ」

 

「んだいきな、り……」

 

 そして、上鳴と瀬呂は見た。

 

 そこは、なにもない殺風景な一室。正方形で、縦と横それぞれ十五メートルほどだろうか。その中央に、それはあった。

 

 ピンク色の悪趣味な十字架に縛られた血濡れの耳郎と、そのすぐ下に立つもう一人の耳郎。

 

 そのもう一人の耳郎は二人を見るとにっこり笑った。

 

「あれ、二人ともどうしたの?そんな驚いた顔して」

 

 自然に振る舞うその姿が二人に恐怖を植え付けた。まるで十字架に縛られている耳郎が存在していないかのように。いや、存在していてもそれが当たり前だというように。

 

「な、あ……お前、誰だ」

 

 辛うじて上鳴の口から出たのはそんな言葉。笑っている耳郎が絶対に耳郎ではないと確信して。

 

 誰だ、と言われたもう一人の耳郎は首を傾げた。

 

「誰って、耳郎だよ耳郎。アホ過ぎて忘れちゃった?」

 

「なら、その縛られてる耳郎は?」

 

 瀬呂に言われ、振り向いたその瞬間。

 

「ふふっ」

 

 もう一人の耳郎が笑った。

 

「うふふ、ふふっ、ふふふふふ!」

 

 くるりくるりと、その場で回りだす。

 

「ふふっ!だめ、だめだめだめだめ!我慢できません!耳郎ちゃん可愛いね!痛がってる表情が真っ暗な時にしか見れなかったのが残念だけど、ふふ。こうしてみると、本当に可愛い」

 

 くるり。上鳴と瀬呂に向かい合う位置で止まり、首を傾げてにっこり笑った。

 

「ね、可愛いよね。そう思いません?」

 

 だからねだからね、ともう一人の耳郎は物々しい注射器とナイフを取り出した。

 

「一緒にカッコよくしてあげるね!」

 

「女の子からのアプローチがここまで怖いと思ったのは初めてだ」

 

「俺もだよ」

 

 敵連合トガヒミコ。好みのタイプは血の香りがしてボロボロな人。

 

 

 

 

 ジジ、とタバコが燃え、灰が床に落ちる。

 

「で、俺の相手はお前らってことでいいのか」

 

「そのようだな」

 

「別に戦わなくてもいいんだぜ!いや、ほんとに」

 

 覚悟を決めて対峙する常闇とは対照的に、峰田は手をぶんぶんと振って説得しようとしていた。平和を訴えるためならどれだけ立派だっただろうか。実際には怖気づいているだけである。

 

「戦わないならそれが一番さ。それでも戦わねぇといけないときがある」

 

 タバコを律儀に携帯灰皿に入れ、マスクを取り出してぐっと被った。よく見慣れたトゥワイスの完成である。

 

「俺戦うの好きだけどな!」

 

「常闇!あいつおかしいって!」

 

「敵連合はおかしなやつらばかりだった。今更見たところで不思議には思わない」

 

「今の社会に!」

 

 トゥワイスはメジャーを伸ばしてゴーグルをかける。すると常闇と峰田の身体情報が数値化され、脳内に伝えられた。

 

「そのおかしなやつらを受け入れるところがどれだけあるか!安心して暮らせるところがどれだけあるか!そんなとこあるわけねぇって?いやあるさ!」

 

 トゥワイスの隣にわきでてきたのは敵連合のボス。崩壊の個性を持つ、死柄木弔。

 

「敵連合さ!テメェらに敵連合の居心地のよさってのを教えてやるぜ!知らねぇけどな!」

 

「ラスボスがでた!?」

 

「狼狽えるな。冷静に行くぞ」

 

「さぁやろうぜ!一つもやる気ねぇけどな!」



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第76話 敵連合、開戦(2)

 ビルの屋上。真下に見える街中には人影がなく、遠くの方で戦闘音が響いている。

 

 荼毘はフェンスに寄りかかりながら、ゲートから出てきた轟と八百万を見て指先に小さな火を灯した。そのまま指をすべらせると、空中に青い炎で文字が書かれる。『ようこそ』。一般的には歓迎の言葉のはずのそれに、轟は眉間に皺を寄せた。

 

「ゲートの向こうから炎出してきといて、ようこそはねぇだろ」

 

「いや、悪いと思ってる。だがお前に来てもらうためにはそうするしかないと思ってな」

 

 荼毘は『ようこそ』の文字をかき消し、次に『Welcome!』と空中に書く。その文字に添えるようもう片方の手で星のマークを描いており、轟にはそれが挑発しているようにしか見えなかった。荼毘自身は決してそのような意図はなく、ただ単純に炎の調子を確かめているだけなのだが。

 

 ここで、八百万は首を傾げた。荼毘の「お前に来てもらうためには」という言葉に引っかかったのである。

 

「あのゲートは行先を任意に設定できるのでは?」

 

 そうでなければあそこまでピンポイントにA組を襲撃できるはずもない。にも関わらず「来てもらう」という言葉。轟と戦いたいのならば初めからゲートの使い手に頼んでおけばいい。そう考えた八百万が疑問を投げかけると、荼毘は『random!』と空中に書いた。

 

「別に、誰とどう戦おうがやることは一緒だからな。今回のゲートは完全にランダム、黒霧が勝手にゲート開いて俺たちのところとつないでただけだ」

 

 一拍置いて、荼毘は『success!』と書き、

 

「ま、俺は狙い通りの相手を連れてくんのに成功したんだが」

 

 ちらり、と八百万に目を向けて、荼毘は首を傾げた。

 

「まさか、一人でこないとは思わなかった。これ、俺を舐めてるってことでいいのか?」

 

「お前を舐めてる?二人できたのにか」

 

「いや」

 

 轟の言葉に短い否定で返し、フェンスから身を離す。そしてフェンスを掴み、そこを起点に炎が溢れだした。荼毘の放った炎は屋上のフェンスを焼き切り、青い炎の壁が出来上がった。その青い炎を背に、見下した視線で二人を見る荼毘は、先ほどまでより低い声で吐き捨てるように言った。

 

「一人抱えてやりあえると思ってんのかってことだ」

 

 抱える。それはお荷物に対して使う言葉。つまり、荼毘は八百万を『お荷物』と認識しているのだ。

 

「実際、そう思わないか?俺たちは範囲攻撃が得意だが、お前は巻き込まないように、俺は何も気にすることなく攻撃できる。この時点で明確な差ができるんだ」

 

 それに、と荼毘は続けて、

 

「緑谷と轟と爆豪と常闇。正直こいつら以外は敵にもならないと思ってる。いてもいなくても同じの有象無象だ」

 

「戦ったこともねぇくせに、よく言えるな」

 

「なんつーかな」

 

 荼毘は自分の手を見つめ、握ったり開いたりを繰り返してから手の平に拳ほどの大きさの炎を灯す。

 

「別に、侮ってるわけじゃない。ただ、意味がないって思うんだよ」

 

「意味……?」

 

 反応した八百万を興味がなさそうな目で見て、一つ質問を投げかけた。

 

「聞くが、燃料にならないとわかってるものをわざわざくべるか?」

 

「……どれだけお前が強いか知らねぇが、勘違いしてるみたいだな」

 

 轟は荼毘に対抗するように炎を灯し、八百万は一歩前に出た。

 

「そもそも、あなたに燃料にされるほど私は弱くありませんわ」

 

「まぁ月無なんかはお前に勝てないだろうな。色んな意味で」

 

 あいつ女好きだし、と頭の中で呟いて今度は空中に『come on!』と書いた。

 

「ま、そこまで言うなら見せてくれよ。俺が参ったと思ったら謝ってやる」

 

「謝んのは世間にか?」

 

「必ず参ったと言わせてみせます」

 

 思ったらって言ったんだけどな、とぼーっと考えながら荼毘は正面に炎を放った。

 

 

 

 

「メンドクセェ障害物はない方がいい」

 

 尾白、障子、青山の前で拳を打ち付ける大男。趣味の悪い義眼をはめて、好戦的な笑みを浮かべている。

 

「俺がやりてぇのは真正面からの殺し合い。出てきたばっかだからブランクはあるが、許してくれよ。もしかしたら楽に殺してやれねぇかもしれねぇ」

 

 大男の腕を纏うのは筋線維。これは力をブーストするものであり、体表に纏うことで衝撃に耐えられる防御力を得られるものでもある。

 

 血狂いマスキュラー。格闘戦を主とする尾白と障子との相性は最悪。勝ち目がないと言ってもよかった。

 

「どう考えても相性が悪い」

 

「かといって逃げられるとも思えない」

 

 尾白と障子の頭の中には、既に自分は囮だという考えが浮かんでいる。見た限りあの筋線維は衝撃には強いが、青山のレーザーを受け止められるとは思えない。それこそ筋線維の穴を見つければもっと。

 

「……なら、やるしかないね」

 

 青山はバッ、とマントをはためかせ、マスキュラーを指さして宣言する。

 

「僕はCan't stop twinkling! 今から君を倒すヒーローの名さ。覚えておいて損はないよ」

 

「なるほど。お前をブッ潰せば早いってことか」

 

「それは」

 

「俺たちがやらせん」

 

 青山を後ろに、前に立つ尾白と障子。

 

 一瞬の選択が命を左右する戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

「いやー危ない危ない。スペアの仮面持ってきておいてよかった」

 

 割れた仮面を捨て、新しい仮面をつけながら安堵の息を吐くコンプレスに、隣に立つ黒霧は呆れた目を向けていた。

 

「その仮面をストックしている暇があれば、武器の一つでも持っておけばどうです?」

 

「仮面とハットはマジシャンの嗜みさ。わかるだろ?」

 

 シルクハットをくるくると指先で回しながら、もう片方の手で二つの玉を弄ぶ。その中身は砂藤と口田。先ほど手に入れた雄英の生徒だ。

 

「さて、こいつらどうしようかね。あんまり利用価値はなさそうだし、ポイと捨てんのもありかもな」

 

「タイミングを見て適当に解除すれば済む話ですしね。むしろ間違って解除しないように手放しておいた方が賢明かもしれません」

 

 コンプレスが圧縮したものは外側からは確認できない。普段は入れるポケットによってその圧縮したものが何かを判断しており、この二つの玉を入れるところはもうないのだ。ポケットのどれかに入れてもいいが、間違って砂藤か口田の入っている玉を取り出してしまえば、たちまち大ピンチになる可能性がある。

 

「ま、一理あるか。あっちの方にいる月無の護衛とか加勢とかもしなきゃならんし、ここに置いてさっさと」

 

「行かせはしないがな」

 

 コンプレスの声に気だるそうな、しかし意志が込められた声が割り込んできた。その声の主は灰色の布でコンプレスが持っていた砂藤と口田が入っていた玉をかすめ取り、自らの手元に落とす。

 

 そして、ゴーグル越しにコンプレスを見た。すると、

 

「うおっ」

 

「……!!」

 

「ぎゃー!!」

 

 砂藤と口田の姿が現れ、コンプレスのポケットというポケットから様々な物が溢れだす。花や岩、棺桶などバラエティーに富んだ物が次々に飛び出していく。

 

「まさか、あなたがくるとは」

 

 コンプレスから遠ざかって避難していた黒霧は乱入者を見て冷や汗を流す。それもそのはず。コンプレスと黒霧では相性が悪すぎるのだ。

 

「寮にいないかと思えばこんなところにいたか」

 

 その人物は砂藤と口田の前に立ち、首に巻いている灰色の布、捕縛武器を手に持って正面にいる敵二人を睨みつけた。

 

「他の生徒がどこに行ったかは、あいつが知ってそうだな」

 

「先生!」

 

 抹消ヒーローイレイザーヘッド。ヒーローの他に雄英高校1-Aクラス担任という側面を持つ、合理性の塊のような男である。

 

「クソ、マジシャンはびっくり箱みたいなもんだが、実際にびっくり箱になるなんてよ」

 

「これは少し想定外ですね。いや、実際にマズい」

 

「さて、拘束させてもらうぞ」

 

 手当たり次第に圧縮しているコンプレスと焦る黒霧に、捕縛武器が伸ばされた。

 

 

 

 

「ここまでくれば安全かな」

 

 街の大通りで足を止め、抱えていた麗日を下ろして一息つく。辺りを見渡しても人はおらず、どうやらここに現れた敵は全員掴まり、ヒーローたちは他の場所へ移動しているらしいことがわかった。

 

「あ、ありがとう、デクくん」

 

「助かったわ、緑谷ちゃん」

 

「うん、むしろいきなりでごめんね。あの状況でばらけるのはマズいと思って」

 

 お礼を言われた緑谷は照れくさそうに頬を掻いた。実際あの状況を見ると正しい判断なのだが、そこは二人が女の子というところを意識してどうも素直にお礼を受け取れないでいるのだ。

 

「それより、みんなを探さなきゃ。確か発信機を持ってるのって八百万さんと峰田くんと麗日さんだったよね。受信機は僕が持ってるから……ここからなら八百万さんが一番近いかな?」

 

 1-Aはもしもはぐれたときのために八百万が受信機と発信機を創造していた。発信機は八百万と峰田と麗日が持ち、受信機は戦闘力の高い緑谷と爆豪と轟と常闇が持っている。本来なら受信機を持つ者と発信機を持つ者+数人で分かれて行動するという想定だったが、今のような状況でも助かることに変わりはない。

 

「なら早く行きましょ。みんなが送られた先、恐らく敵がいるはずよ」

 

「うん、しかも敵連合だと思う。黒霧が狙ってきたなら多分そうだ」

 

「癖のある人が多そうやし、早めに助けに行かな」

 

 そう言いつつ受信機を見て走り出そうとしたその時。

 

 緑谷たちの頭上から、一人の人物が飛び降りてきた。

 

「こーんにちはー!」

 

 その人物は飛び降りてきて着地したかと思うと、なぜか地面がぐにゃりと曲がってその勢いで飛び跳ね、また空中へと戻っていった。見た目は老紳士。一見人のよさそうな姿をしている。

 

 数回飛び跳ねると勢いが弱まっていき、緩い振動とともに地面に着地?した。

 

「どうも改めてこんにちは。私の名前はジェントル・クリミナル。義賊の紳士改め、敵連合のジェントルさ」

 

「この人、動画の……!」

 

 燃えるファミレスの中で戦っていたジェントルと名乗る男。あれ以来姿を見せていなかった男が、緑谷たちの前に現れた。

 

「いかにも!さて、君たちはヒーローの卵で私は敵。ならばどうする?」

 

「……やろう、麗日さん、梅雨ちゃ」

 

「ノー!それはナンセンスだ。私たちは会話できる生き物、人間なのだよ?話し合いで解決できるのであればそれが一番じゃないか」

 

 笑いながら指をチッチッチ、と振って煽るように言うジェントルに、緑谷は困惑した。あれ、もしかしていい人なのでは?と。警戒することはやめないが、話を聞いてみるくらいの気持ちにはなった。

 

 そこで、はっと思い直す。確かに話し合うことも大事だが、自分たちにはそんな暇もないことを。

 

「すみませんが、先を急いでいるんです。話をしている暇もない」

 

「おや、そんなに急いでどこに行こうというんだい?」

 

「友だちを助けに」

 

 ジェントルはふむ、と考えた。顎に手をあて、少し首を傾げてみせる。

 

「うん、ダメだ。恐らくその友だちはこの先にいるのだろう?」

 

 そしてジェントルは八百万たちがいる方向を指さした。居場所を把握していなければできない芸当に警戒心がぐっと跳ね上がる。いや、そもそもジェントルはどうやって緑谷たちを見つけたのか。

 

「あっとうっかりジェントル。受信機を落としてしまった」

 

 その疑問を持ったところに、ジェントルがわざとらしく機械を落とす。それは、緑谷が持っている受信機と酷似しているもの。

 

「それ、は……!」

 

「おや、話を聞く気になったかい?」

 

(かっちゃんか轟くんか常闇くんがやられた?いや、轟くんは炎の人が相手なはずだから違う。ということはかっちゃんか、常闇くん……)

 

「いや、よく見れば違う。その受信機、自作?」

 

「バレた!びっくりジェントル!あぁそうさ。優秀なメカニックがいてね。その発信機を拾える受信機を作ってもらってここにきたのさ」

 

 一組取り逃がしたと聞いてね、とジェントルは首を振った。

 

「というわけで、君も私を逃がすわけにはいかないだろう?さぁ話し合いをしよう。もっとも、その場合どちらもこの場から動くことができなくなるけどね」

 

「戦うよ」

 

「ほう」

 

「今助けが必要な人たちがいるかもしれないのに、足止めをくらってる暇なんてないんだ。初めから譲る気がないなら、押し通る!」

 

 覚悟を決めた緑谷の目に、ジェントルは口元を歪めて嬉しそうに笑った。

 

「うん、うん。これはあの二人がおアツになるわけだ。私も君とならいい紅茶が飲めそうだと思ったところだよ。ところで」

 

 そこで言葉を切り、麗日と蛙吹を指さして、

 

「三対一かい?」

 

 情けなくも、弱気な声でそう言った。



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第77話 月無、敗北

 エンデヴァーは流石現No.1というだけあって、強い。そもそも僕自体がまったく強くないのでその差はアリとゾウくらいなのだが、僕の個性がなんとか渡り合わせてくれているという状況だ。

 

 更に、僕に『譲渡』の個性があるからエンデヴァーは僕を傷つけることを躊躇する。重傷を負ってしまえばそれが自分に返ってくることがわかっているから。ただ、『譲渡』の条件は相手の位置がわかっていること。だから僕の目と耳を潰してしまえば防げるのだが、僕もそれがわかっている以上易々とやられるわけにはいかない。

 

 僕の個性によって不自然にそれた炎の熱を感じながら、ちょろちょろと逃げ回る。

 

「どうやら面倒くさい相手なようだな。まさかここまで逃げ続けられるとは」

 

「逃げるだけなら僕の個性はピカイチさ」

 

 僕が接近しないのは、油断すると無傷で捕まるからである。僕の攻撃手段はお粗末な格闘術と傷の譲渡しかない。そして、その格闘術はエンデヴァーには通用しないだろうから、一瞬で捕まることが目に見えている。そうなれば傷の譲渡もできないだろうし、終わりだ。不幸を譲渡すればなんとかなるかもしれないが、なんとかなるというレベルである。

 

 まぁ、最終的には近づくしかないんだけど、できれば僕からは行きたくない。何かあるってアピールしているようなものだからね。

 

「って、あれ?」

 

 そこでふと、周りの状況がマズいことに気づいた。エンデヴァーの放った炎が壁となり、僕とエンデヴァーを包囲している。

 

「やっと気づいたか。周りを気にしていられないほど追い詰められていたということか?」

 

 図星である。エンデヴァーの挙動を見ておかなければ、不幸を譲渡するタイミングが掴めない。見逃してしまえば不幸か幸福のランダム発動で、不幸が発動してしまえば一瞬で丸焦げだ。そして、丸焦げになればエンデヴァーの正確な位置がわからないため傷を押し付けられない。今の僕が死にたいかどうかもわからないから、譲渡が強制発動しないことも十分ありえる。

 

 しかし、そうか。大ピンチじゃん僕。

 

「少し話し合いしません?ほら、誰も傷つかずに済むならそれはそれはいいことじゃないですか」

 

「貴様に時間を与えるとろくなことがない。悪いが、捕らえさせてもらう」

 

 やっぱりだめか。うーん、もうちょと人が集まってからの方がよかったんだけど、しょうがない。現No.1には一人ひっそりとやられてもらおう。

 

 じりじりと近寄ってくるエンデヴァー。きっと僕の譲渡を警戒しているのだろう。捕らえにくる瞬間に不幸の譲渡が成功すれば、もしかしたら僕に逃げられるかもしれないから。

 

 とはいえ、タイミングが掴みづらい。炎の熱気もあわさって、少し頭もふらついてきた。でも、まだだ。僕を捕らえられると思ったその瞬間、一瞬の気のゆるみをつく。

 

 しかし、エンデヴァーは僕に飛び掛かって捕らえようとはせず、当たれば大火傷するであろう炎を躊躇なく放ってきた。まさかここで炎がくるとは思っていなかった僕はまともに炎を受け、体が焼かれてしまう。

 

「う、あぁぁぁああああっ!?」

 

 僕の体を燃やす炎にのたうち回る。この怪我を譲渡することはできるが、エンデヴァーの位置をしっかり視認する余裕がない。

 

 だが、視認するまでもなくエンデヴァーは僕に近寄ってきた。譲渡してやろうと顔を上げた瞬間、エンデヴァーの蹴りが僕の顎を捉えた。

 

 元から炎に囲まれて薄くなっていた意識が、エンデヴァーの蹴りによって余計に薄くなる。マズい、このままじゃやられてしまう。意識を失えば譲渡が使えない。不幸と幸福の発動もランダム。とはいえ、やられたという結果が出てしまえば暴動を収めなければならない。

 

 コンプレスさんは、どうしたのだろう。今の僕の状況を見て手助けというか隠し玉というか、やってくれてもいいはずなのに。もしかして、誰かの襲撃にあったとか?だとしたら絶望的だ。久しぶりかもしれない。このどうしようもないっていう感覚。

 

「──」

 

 エンデヴァーが何を言っているのかも聞き取れない。どうやら本格的に意識を失いかけているらしかった。タルタロスはめちゃくちゃにしたからあそこには連れて行かれないだろうが、ひどい目にあうことは確実だろう。願わくば、みんなはなんとか逃げてほしいところだが。

 

 でも、負けたとわかっていてもこのまま負けるのは少しカッコ悪い。

 

 ぐっと力を入れて、立ち上がる。どこになにがあるのかも見えやしない。音もほとんど聞こえない。これじゃ譲渡は無理だろう。触れればなんとかなるかもしれないが、エンデヴァーが今の僕に近寄ってくるとも思えない。離れていれば勝手に倒れるだろうからね。

 

 でも、正しい位置はわからなくても大体の位置ならわかる。ポケットの中にあるものを取り出し、それを握ってエンデヴァーがいるであろう方へと向かった。

 

 今炎で焼かれると本当にどうしようもない。ただ、エンデヴァーは殺すことをよしとするのだろうか。前までの彼なら殺されていたかもしれないが、最近の彼はどうも違う気がする。殺されないという確信がある。

 

「──」

 

 音が近い、気がする。困惑してる?それもそうか、死にかけのゴミがふらふらと近づいてきてるんだから困惑もするだろう。エンデヴァーが僕を放置してどこかに行かないのは、黒霧さんの存在があるからだろうか。確かに、この状態の僕を逃がすわけにはいかないからね。その場にいなくても警戒される黒霧さんは流石だ。

 

「っ」

 

 流石に限界がきていたのか、足が絡まってバランスを崩した。うまく体を動かせないのでそのまま前のめりに倒れていってしまう。僕が握っていたものも転んだ拍子で手放してしまい、恐らくだが前へと転がっていってしまった。

 

 転がったのは、小さな玉。

 

 瞬間、エンデヴァーの叫び声のようなものが耳に届いた。あれ、なんでだ?コンプレスさんが何かしてくれた?いや、チャンスを何度も逃しておいて、今更それはない。じゃあなんで。

 

「上出来だ、月無」

 

 音も聞こえない、視界も霞む、力も出ない。そんな状況の中で、なぜかその言葉だけははっきりと聞こえた。

 

 僕が隠し持っていたその玉は、コンプレスさんの個性によって圧縮されていたある人物。僕らのボスで、僕の相棒で、僕の友だち。

 

 僕の友だちは僕に何かを、恐らくエンデヴァーの腕を触れさせた。何をすればいいかはわかる。こんなボロボロにしやがって、全部譲渡してやろう。

 

 譲渡の個性を発動すると、霞んでいた視界が晴れ、耳もはっきりと音を拾うようになった。ゆっくりと体を起こしながら周りを見ると、炎の壁と、まだ息はあるものの無残な姿になったエンデヴァー。そして、

 

「流石に焦った。お前あっさりやられそうになってんじゃねぇよ」

 

 呆れながらも、どこか安心した様子の弔くんがそこにいた。

 

「た、助かったぁ。コンプレスさん何やってんだほんと。危うくやられるところだった」

 

「実際やられてたようなもんだけどな。恐らく、位置がバレたんだろう。連絡もつかねぇから戦闘中だろうな」

 

 あれ、ならどうして弔くんが出てこれたんだろう。コンプレスさんが解除しない限り外には出てこられないはずなのに。

 

 僕が首を傾げいてるのを見て、弔くんはニヤリと笑った。

 

「一つ面白い仮説がある。1-Aの担任といえば?」

 

「イレイザーヘッド?」

 

 あのぼさぼさの人だ。確か抹消っていう見るだけで個性を打ち消す個性を持っていたはず……うそ。

 

「もしかして、コンプレスさんが?」

 

「見られたんだろうな。ちょうどさっき」

 

 そんなバカな。このことをイレイザーヘッドが知ったら自殺物だろう。だってエンデヴァーがやられる原因を作ったようなものなんだから。いやでも、なんだ。僕の幸福が発動したのかもしれないけど。でもコンプレスさんが襲われるのは幸福なのか?どうだろう。

 

「ま、何にしろNo.1はやれたんだ。後は俺たちがやったっていう証拠を残すだけだな」

 

 そういうと弔くんはスマホを取り出し、僕と弔くんとエンデヴァーが丁度収まるように自撮りして、それをどこかに送った。いやいや。

 

「何してるの?」

 

「ラブラバに送ったんだ。あとはラブラバが適当に情報流してこの事実を広めてくれるさ」

 

 スマホを操作しながら炎の中から出る。それに続いて炎の中から出ると、空にハトが飛んでいるのが見えた。一、二、三……五羽くらいだろうか。こんなに街は荒れているというのに、呑気なものである。そのハトはしばらく旋回すると、あるビルの方へ飛んで行って見えなくなってしまった。

 

「月無、何してるんだ?」

 

「あ、いや。ハトがいたからさ。呑気でいいなーって」

 

「ハト、か。うん……まぁ、いい。ひとまずコンプレスのところに行こう。予定通りならそこに黒霧もいるはずだ」

 

「予想通りならイレイザーヘッドもね」

 

「会ったらバカにしてやろう。お前のせいでエンデヴァーが散りましたよってな」

 

「趣味悪」

 

 このままだとイレイザーヘッドがかわいそうなので、僕が幸福過ぎたせいにしておこう。いやぁ、幸福は幸福で辛いなぁ。不幸よりはよっぽどいいけど。

 

 軽口を叩きながら、コンプレスさんと黒霧さんがいるであろうビルへと向かう。イレイザーヘッドと二人は相性が悪い。無事だといいけど、無傷とはいかないかもしれない。少し急いだほうがいいだろう。

 

「あー、早く帰ってエリちゃんとだらだらしたい」

 

「先生の個性に目輝かせてたけどな。相手してくれんのか?」

 

「くれるよ!多分」

 

 自信ないけど。でも、エリちゃんはきっと僕が帰ったら笑顔で駆け寄ってくれるはずだ。そんなエリちゃんの後ろから先生が「君がいなくて寂しそうだったよ」なんて言うはずなんだ。なんだこの気持ち悪い妄想。死んだ方がいいかもしれない。

 

「なら黒霧見つけたら一回帰るか。忘れられてないといいな」

 

「そんなことがあったら僕は身を投げる」

 

「悪かった。まさか泣くほどとは」

 

 泣いてない。これは目から涙が出ているだけだ。泣いてんじゃねぇか。



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第78話 敵連合スピナー(1)

 スピナーくん視点です。


 俺は、ステインの夢を紡ぐために敵連合に入った。それが一番の近道だと思ったし、なによりステインは敵連合と手を組んでいたということがわかっていたからだ。最初はその程度の理由で、ただただステインの意志を全うすることだけを考えていた。

 

 しかし、敵連合で過ごしていくうちにあのわけのわからない男に影響されたのか、その考えは少しずつほころび始めた。

 

「酸は厄介だな」

 

 芦戸だったか。ピンクの女が放つ酸から武器を連結刃にし、その連結刃で遠くにある木を捉えてその場から離脱した。木々を飛び移るサマはさながらターザンと言ったところか。

 

 敵連合には様々な人物がいる。その誰もが各々好き勝手なことをし、好き勝手に生き、守るルールと言えば敵連合内に存在する「ヒーローに拠点をバラさないこと」だけだ。それ以外うちのトップは強制することがなく、むしろ好き勝手やれと言わんばかりの態度をとる。

 

 それがどれだけ生きやすいことか、あいつらはそれをわかって「好き勝手」を与えているのだろうか。片方はきっとわかっているが、もう片方はわかっていないだろう。あいつは素でそういうことをするタイプだ。個性が個性なら天然人たらしとでもいうべきか?

 

「いや、カリスマというものか」

 

「何の話だ!」

 

 木の枝に着地した俺の背後から飯田が現れ、そのまま蹴りの体勢に入った。なるほど、木々を三角跳びして俺のところまできたのか。まるで忍者のようだ。雄英は忍者まで育てているらしい。

 

「別に。あと、不意をつくなら声を出すのはナンセンスだろう」

 

 連結刃とは別に備えてある刀を振り向きながら抜刀する。が、突如として浮遊感が襲った。足元を見れば、溶けている木の枝。

 

「なるほど」

 

 流石に雄英生。連携は取れているらしい。飯田に意識を向けさせ、芦戸が俺の足場を溶かし、無防備にさせると。俺に連結刃がなければこの時点で終わっていただろう。

 

 周りを瞬時に確認し、連結刃を伸ばす。切島の姿が見当たらないということは、怪我を気にして安静にしているか、それともこの連携を完成させるため姿を隠しているか。どちらにせよ、芦戸がいない方に連結刃を伸ばせば溶かされることもなくまたこの場から逃れることができる。

 

「当たり!」

 

「む」

 

 伸ばした連結刃に硬い感触。見れば、その先に切島がいた。

 

「まずいな」

 

 恐らく俺が芦戸を敬遠しているのを理解して、芦戸がいない側に張っていたのだろう。俺が連結刃を刺す木はそれで確定できないため、後は運、といったところか。自分のところにくれば硬化で受け止め、外れれば次は切島が俺の不意をつけばいい、と。

 

 連結刃を刺せなければ空中で身動きをとれない。これは安易に同じ移動を繰り返そうとした俺のミスだ。眼前に迫る飯田の蹴りを見ながら、連結刃の柄を手放し、空いた手で懐から小刀を取り出して構える。ただで蹴られるわけにはいかない。脚を一本道連れにしてやろう。

 

 だが、ここでも俺の考えは甘かったらしい。飯田の蹴りは俺の予測した軌道を描かず、エンジン音とともに俺の腹を捉えた。

 

「お、前」

 

 あれほどの速度で急に軌道を変えるのは体に負担がかかるはず。戦闘が始まったばかりの今その負担は致命傷となりえる。それを押しての攻撃をしてくるということは、狙いは短期決戦か。

 

 思考しながら小刀を手放し再び連結刃を手に取って、笑みを浮かべた。三体一だが一人は激しく動くのが難しいほどの傷を負い、一人は時間で治るだろうが現在は体に負荷を与えている。であれば。

 

 結局出番のなかった刀を鞘に戻し、地面に叩きつけられるとともに煙玉を投げる。中距離手段を持つ芦戸の方に一つと、俺のところに一つ。奇襲を警戒して受け身をとり、連結刃を一つにまとめた。この行動で切島に俺の場所が割れたため、すぐに行動を起こす。

 

 遮光ゴーグルをつけ、閃光玉を一発。今三人は俺の飛び出しを警戒して俺がいるであろう場所を見続けているはずだ。ならばそれを逆手にとって目を潰してやればいい。

 

「眩しっ!」

 

「くそっ、目くらましか!」

 

 ここで狙うやつを間違えてはいけない。俺にとって相性の悪い相手は芦戸。近接戦を主体とする切島と飯田は対処のしようはあるが、武器を溶かしてくる芦戸は今削っておくべきだ。

 

 視界が元に戻る前に肉薄し、武器を振るう。刃物という刃物を一つにまとめあげたこれは、切島のように硬化がある相手ならば耐えうる攻撃だが、それ以外の者がこの武器の一撃を喰らうと死に直結する。

 

 しかし、俺の手に伝わってきた感触は斬撃によるものではなく、打撃によるものだった。

 

「う、あぁぁぁぁああああ!?」

 

「芦戸!」

 

「芦戸くん!」

 

 芦戸の悲鳴が聞こえる。攻撃は間違いなく当たったらしい。ならばなぜ斬った感触がないのか。

 

 まさか、溶かされたか。

 

 武器を確認してみればその中心部が溶けており、刃をまとめていた鎖も溶かされたためそこを中心に武器が折れてしまっていた。折れた、というよりは上部と下部に分かれてしまった、と言った方が正しいか。

 

 つまり、中心より上は使い物にならない。中途半端に溶かされて今はまだつながってはいるが、一振り二振りで千切れ飛ぶことは間違いない。

 

 ならばと、芦戸を確実に気絶させるべく武器を叩きつけた。溶けたのは中心部のみで、上部と下部は無事。直撃さえすれば切り刻むことができる。

 

 しかし、俺の一撃は横から飛んできた切島によって弾かれてしまった。それによって中心部から上が千切れ跳び、俺の武器が何とも頼りない姿になってしまう。

 

「無事か!芦戸!」

 

「う、んん……」

 

「まだ見えていないはずだが……勘で飛び出したのか。中々運がいいらしい」

 

 もっとも、芦戸はここで脱落か。俺の武器を削ったのだから働きとしては最上だろう。雄英の生徒ならば無傷とはいかないまでも苦労することはないと思っていたが、中々やる。

 

 俺は下部のみになった武器を捨て、背中にある刀を抜いた。使い慣れていない状態の武器を使うよりもこちらの方が断然いい。それに、まとめかたも不安定な上、リーチも短くなっている。あれではただ重量があるだけの鉄屑だ。

 

「気絶が一人に手負いが二人……」

 

 煙が晴れ、三人の姿が視界に映った。俺の姿をしっかりと捉えていることから、どうやら視界は戻りつつあるらしい。咄嗟に目を庇うことができたのか。学生とは思えないほど実戦慣れしたやつらである。

 

 刀を正面に構え、静かに息を吐いた。思えばステインは刀を用いていたのだったか。ならばステインの夢を紡ごうとしていた俺にとっては最高の瞬間とも言える。まぁ、今の俺にとっては最高でもなんでもなく、ただ一振りの刀を持って俺の正義を証明する、というだけなのだが。

 

 今の俺に、ステインの意志を全うしようだとか、ステインの意志にそぐわないものは殺すだとか、そういうものは全くと言っては嘘になるがほとんどない。何せ、俺は敵連合のスピナーで、ステインではないからだ。

 

「貴様らは、正義を何だと考える」

 

 正面にいる三人を捉えつつ、問いを投げかける。実際には二人に投げかけていることになるのか。

 

 唐突な問いに警戒の色を隠そうともせず切島と飯田の二人が構えた。

 

「なんだよいきなり」

 

「時間稼ぎか……?」

 

「時間を稼いで不利なのは俺の方だろう。これは純然たる興味からくる問いだ」

 

 敵連合のツートップが考える正義は、まさに俺たちらしいと言えるもの。俺たちらしい社会を目指すもの。それを実現するためには、未来あるこいつらを殺すのは少し躊躇いがある。もちろん俺たちの正義に反していれば手を下すが、俺たちの正義に沿うのであれば気絶はさせても殺しはしない。まぁ、完全に俺たちの正義に沿っていればそいつはバカだと言うしかないのだが。

 

「正義とは何か、だったか」

 

 死柄木がよく使うフレーズ。社会への警鐘も意味するその言葉を一体どれだけの人間がその身の内で考えたことだろうか。

 

「そう聞かれると難しい。その答えを出すための経験が、まだ俺にはない」

 

「俺も、これから見つけていくモンだと思ってる」

 

 これから見つけていくもの、か。確かに、学生に投げかけるには抽象的な問いだったか。

 

「しかし、経験か。ならば、貴様らと同じ歳の月無はその答えを見つけ得る経験を既にしているということだな」

 

 二人の表情が強張った。月無、経験。この二つの言葉を並べるだけで人にこのような表情をさせるとは、やはりあいつは敵の鏡だ。不快感の塊。不幸の押し売り。そんなやつだからこそ死柄木も肩を並べ、俺たちも後ろをついていくのだろう。あの二人は俺たちの前にいるようで、常に隣にいる。

 

「別に月無がすごいだとかかわいそうだとかそういうことを言いたいわけではない。単にあいつの運がなかっただけで、今のあいつがああなっているのは自業自得だ。何せ好きで敵をやっているからな」

 

 実際、あいつが「好きで敵になったわけじゃない!」と本心から叫んだならば、どれほどのヒーローがあいつに手を貸すだろうか。数人のお人好しが手を貸し、それが伝播していってあいつはたちまち表の人間になれるかもしれない。

 

 ただ、あいつはそんなことを思ってもおらず、「え?僕が敵以外できるわけないでしょ。ちゃんと考える脳ある?」と平気な顔をして言うムカつくやつだ。何度叩き切ろうと思ったことか。

 

「ただ、なぜ敵は生まれるのか考えたことはあるか?」

 

「なぜ、って」

 

「それは」

 

「いや、なぜ俺たちは敵と言われるのだろうな?」

 

 この計画を遂行する前、敵連合の拠点で死柄木がぼそっと呟いた一言。その後に月無が返したのは、確か「キリンはなんでキリンなの?っていうのと同じ感じのやつ?それ」という言葉だったか。

 

 つまり。

 

「敵という言葉があるから俺たちは敵と呼ばれるんだ」

 

「……まさか、敵連合の目的は」

 

「え、なんだよ?何かわかったのか?」

 

 一人勘の悪いやつがいるらしい。勘がいいのだか悪いのだか。

 

 そうだな、あいつらが言いそうな言葉で返してやるとしよう。

 

「同じ人間なんだから、仲良くしよう。といったところか」




 お久しぶりでございます。最近忙しく、更新する機会というか気力というか、様々なものがありませんでした。ですが気を振り絞って更新していきたいと思います。よろしくお願いします。

 スピナーくん、弔くんと凶夜のこと好きすぎません?


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第79話 敵連合スピナー(2)

 さて、どうしたものか。正直俺の勝ち筋はほぼないと言っていい。俺にあるのは刀一振りに小刀が数本、閃光玉が一つ、煙玉が一つ。飯田はどうにかなるかもしれんが、切島に耐えられると少々鬱陶しい。流石に鉄のように硬いあいつを刀一振りで削り切るのは至難だ。いつものあの武器であれば可能だったろうが、今アレは使い物にならない。

 

 であれば、先に狙うべきは飯田だろう。切島を倒せる可能性が薄い以上、避けるべきは二対一の状況を長引かせることだ。

 

 俺は油断なく構える二人を見て、小さく笑った。

 

 人が対峙した時、無意識に見るところはどこか。こんな質問をやつがしてきたことがある。俺は迷わず足と答えた。なぜなら人は動くときに必ず足に力を込めねばならず、ということは足を見ていれば自動的に動く方向もわかるということだからだ。

 

 しかし、俺たちのツートップは口を揃えて「表情だ」と言った。なぜか。

 

 人は、人の顔色を窺うようにできているから、らしい。

 

「なっ」

 

 そして、表情の変化を捉えた時、人は小さくとも心が揺れる。表情は感情が一番表れるところであり、感情を読み取るときに見るところだからだ。だからこそ脳は小さな変化であろうともそれを捉え、そこに一瞬の隙ができる。ただ、その隙をつく芸当ができるやつにろくなやつはいない。なぜなら、今まで出会ったやつの中でこれをできるやつらは、皆ろくなやつではなかったからだ。

 

 俺はその一瞬の隙をつき、飯田に肉薄した。もう既に刀は飯田を斬る軌道を描いている。こいつの個性は確かに機動力に優れているが、いきなり後ろに下がれるわけでもない。エンジンの機構がそうすることに向いていない。となれば、前方からの襲撃には攻撃することで対処するか、無理やり脚を捻って離脱するしかない。

 

 では、飯田はどちらを選択するのか。攻撃?飯田の個性ならば大して体勢が整っていなくとも体当たりだけで十分な力を発揮する。ただし、俺は右手に持った刀を左から振っている。つまり、致命傷は必至だ。必ず倒せるわけでもない選択肢なのにも関わらず致命傷を負うのはナンセンス。なくはないが、ほぼないと見ていい。

 

 なら離脱?こっちだろう。そもそも俺の攻撃に飯田の攻撃が間に合うとは思えない。ならば離脱するのが安全策。ならどの方向に?決まっている。

 

「ぐあっ!」

 

 俺は無理に左へ移動した飯田にぴったり張り付いて移動し、その脚を小刀を投げて突き刺した。

 

 あいつらは「人は人の顔色を窺うようにできている」とは言っていたが、俺がそうするという話ではない。俺は人の下半身の動きを見て動きを予測する。

 

「お前は、わかりやすいな」

 

 そして逃げる方向もよくない。本来なら二対一の状況に持ち込むために切島の方へ逃げるべきだった。まぁ俺が左へ逃げるように誘導させたのだが。

 

 事実、切島はすぐに助けに向かえず、飯田をここで仕留めることが、

 

「チッ」

 

 迫りくる気配に俺はその場から引き、一旦距離を取った。今一番してはいけないことが切島に足止めされること。二対一の状況で押し切れる相手ではない。交戦するのは避けるべきだ。

 

 しかし、なぜ切島が間に合ったのか。俺の眼前には飯田を庇うようにして立つ切島の姿があった。

 

「勘がいいのか悪いのか、微妙な奴だ」

 

 いや、勘と言うより俺がついた飯田のような隙が、切島にはそこまでなかったのかもしれない。どちらかというと考えて動くより、感覚で動くタイプのように見える。俺からすればこういうまっすぐな相手は苦手なタイプだ。単純なやつは読みやすく、また読みにくい面もある。

 

「大丈夫か、飯田!」

 

「あぁ、すまない。油断していたわけではないが」

 

 油断なく俺を警戒しながら飯田を気遣う切島。あいつならのほほんと後ろを向いて仲間の安否を確認したことだろう。その隙に攻撃すれば卑怯だと騒ぎだすのだ。まぁ、あいつは後ろに目がついているのかというほど気配に敏感なのだが。

 

 さて、今の状況は少しマズい。正面から切島と睨みあう形なってしまっては、どうしても切島とやりあわなければならない。ならば。

 

 俺は数本の小刀と同時に閃光玉を投げた。その発光と同時、前へと走り出す。切島は手負いの飯田から離れられないはず。視界が奪われたのならば尚更だ。飯田を狙うようにして投げた小刀があるのなら絶対に。であれば視界が晴れる前に最短ルートで飯田を狩るのが最善策。危険を察知した飯田に逃げられる前に。

 

 だが、俺は気づいた時には宙を舞っていた。飯田を仕留めようと前に進んだところで、いきなり顎に衝撃を受け、そのまま。揺れる脳に耐えながら、着地地点に煙玉を投げる。脳が揺れているため不格好な受け身を取り、煙が晴れないうちに身を潜めた。

 

 何が起きたか。一瞬の出来事だったためはっきりとはわからないが、恐らく切島にやられたのだろう。顎を殴られる前の一瞬、小刀を弾きながら前進してくるとんでもないやつの姿を見た。閃光玉をくらっていようがなかろうが、アレはそうすると決めていなければできない動き。つまり、飯田のそばについて飯田を守るという考えではなかったことの証明だ。それでもヒーローか?と思ったのその時。

 

 飯田が木の影に隠れている俺の目の前に現れた。そして個性により勢いを増した蹴りが俺を捉えるその瞬間、俺は片手で容易くその蹴りを受け止めた。

 

「そうか、貴様らはどちらもヒーローだったな」

 

 心のどこかでまだ侮っていたのだろう。自分より実力の低い相手ならば自分の思い通りに動き、詰め将棋のように仕留めることができる、と。そんな芸当ができるのはうちのリーダーだけだ。そういえばNo.2のあいつに言われたことがある。「君、想定外の事態にめちゃくちゃ弱いよね。人生経験足りてないんじゃないの?」と。俺はあれから何も成長していないということか。

 

 飯田の脚を掴んだ手に力を込める。骨が軋む音、苦しむ声。

 

「なんて、力……!」

 

「そんな状態で仕留めに来た度胸は買ってやるが、貴様、俺を舐めすぎじゃないか?」

 

「飯田!」

 

 それは予想できている。飯田が俺を仕留めきれなかった時に切島が近くにいなければ終わりだからな。必ずくると思っていた。

 

 声が聞こえてきた方向から切島の位置を予測し、その方向に飯田を投げる。普段あの鉄の塊を持っている俺からすれば軽いもので、ほとんどまっすぐ切島に向かって飛んで行った。

 

「硬化しろよ」

 

「っ、ワリィ飯田!」

 

 俺の狙いが分かったのか、受け止めた飯田を横に放り捨てて切島が硬化する。受け止めている飯田を斬れればよかったのだが、やはり勘はいいらしい。ここで方向転換して飯田を狙っても、切島に殴られることだろう。残す小刀も一本のみ。これが追い詰められるということか。

 

「こい!」

 

 迎撃体勢に入っている切島を見て、思わず笑ってしまう。俺の先ほどの怪力を見ていなかったのだろうか。アレがあれば刀を使う必要もないというのに。

 

 迫る俺に、切島は右ストレートを打ってくる。ジャブも何もないいきなりの本命に俺は刀を鞘に入れ、切島の右ストレートを避けてその腕を左わきに挟み込む。そして走った勢いのままに木へと押し付けた。硬くなっていようと衝撃を逃がすことはできまい。

 

 更に挟み込んだ右腕を締め上げる。その苦痛から逃れるために右腕を硬化していくが、そんな悠長なことをしていていいのだろうか。すぐに全身を硬化すれば俺は何もできないというのに。それをしないということは。

 

「貴様、今あまり意識がないな?」

 

「!」

 

 意識の薄まりによって個性が上手く発動できず、部分的にしかできないといったところか。ここで最初の攻撃がきいてくるとは、俺も運がいいのか悪いのか。

 

「なら、貴様は後回しだ」

 

「まっ」

 

 待て、だろうか。それを言い終わる前に切島を投げ飛ばし、俺の背後まで近づいてきていた飯田を睨みつける。苦痛に歪む表情は脚の怪我からくるものだろう。個性が脚に関係する以上、それ相応の負荷もかかるはずだ。

 

「よくやる」

 

「今ここで俺が倒れるわけにはいかないからな!」

 

 そして懲りずに蹴り。威力が出るというのはわかるが、腕も使うと選択肢が増えてより一層面倒くさくなるだろうに。惜しいやつだ。

 

「っと」

 

「なにっ!?」

 

 途中で軌道を変えた蹴りを掴むと、飯田が驚愕の表情を浮かべる。何を驚くことがあるというのか。戦闘において一度やったことを繰り返すのはうまくいかないというのが常識だというのに。だからこそやつも常に不可解な行動を……いや、あいつはそんなことを考えてやっていないだろう。個性に踊らされているだけだ。

 

「焦りが見える。戦闘では常に冷静でいることだな」

 

 次に活かせ、と小さく呟き、皮肉のように飯田の顎に蹴りを入れて意識を刈り取る。切島の拳が俺の顎を正確に捉えていれば、俺もこうなっていたことだろう。よくわからないまま殴られたが、経験が咄嗟に当たる位置をずらした、ということか。

 

「さて」

 

 淡々と終わらせ、残すは一人。飯田と戦っている間に割り込んでくるかと思ったが、そうでもないということは気絶したのだろうか。

 

「……そんなはずもないか」

 

「て、めぇ」

 

 息も絶え絶えに、木に手をついて俺を睨みつける切島が現れた。飛んでくる元気もなかったのか、心なしか脚も震えて見える。

 

「思えば、初めに勝負が決まっていたのだろう。俺と相性の悪い貴様に致命傷を与えられた時点で」

 

「まだわかんねぇだろ」

 

「……フン」

 

 まだわからない、か。あいつらも何かゲームをして負けそうになる度「まだわからないだろ!」と鬱陶しく喚き散らしていた。将棋にしても「はいワープー。僕のかちー、君のまけー」とみっともなく煽り倒していた。明らかな反則で褒められた勝ち方ではないが、果たして『敵』と呼ばれる俺たちに褒められた勝ち方は必要なのだろうか?あらゆる意味で、あいつは敵向きだったのかもしれない。

 

 あいつらはとにかく大逆転を好む。見栄えが良く、また相手を突き落とすその瞬間がたまらないそうだ。一人は大逆転をメイキングする力があり、一人は大逆転を無意識に引き寄せる力がある。対して俺は、大逆転のメイキングも、引き寄せる力もない。

 

 どちらかというと。

 

 切島の全身が鎧のような見た目に変わっていく。通常の硬化のもう一段回上、ということだろうか。まったく、アレはできないと踏んでいたのだが、やはり俺は想定外の事態に弱いらしい。

 

「随分と男らしい見た目だな」

 

「案外話がわかるやつだな!でも許さん!」

 

 前が見えているのかどうかも怪しい足取りで俺の方へ進んでくる。アレを放っておいて逃げれば俺は勝てるのだろうが、「あまり意識がないな?」と煽った俺もそこまで意識がはっきりしているわけではない。今の俺がやつに背を向けた時点で、やつは勝負を決めにくるだろう。それを仕留めきれるだけの余力が俺にはない。

 

「おい、一つ聞くぞ」

 

 迫ってくる切島は、俺の声に足を止めた。

 

「貴様にとって正義とは……いや、これはいい」

 

「あ?なんだよ」

 

「切島、負けるのは嫌いか?」

 

 言うと、切島はガチガチになった顔なのにも関わらず器用に間抜け面をしてみせ、しばらくした後拳を打ち合わせた。

 

「当然!」

 

 それが敵に見せる笑顔か、と心の中でツッコミを入れ、背負っていた刀を地面に置いた。そうだろう。負けるのは誰だって嫌いだ。そこに男だとか女だとか、人間だとか動物だとか、ヒーローだとか敵だとか関係ない。

 

「そうか」

 

 それと似たように、同じなんだ。だからこそあいつは日々を笑って過ごしている。誰だって受け入れる。それにどれだけ救われたことか、どれだけ温かさを感じたことか。

 

 笑う切島に俺も笑みを浮かべ、短く、簡潔に返した。

 

「俺もだ」




 遅い上に低クオリティ。お許しを。


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第80話 敵連合スピナー(3)

お待たせいたしました。


「そもそもさ」

 

 月無はソファにもたれながら適当に、しかしどこか真剣に聞こえる声色でぽそり、と呟いた。

 

(ぼくたち)はできないことの方が多いんだから、もうそこから違うよね。何を成すとか、成さないとか、成せるとか成せないとか」

 

 言って、最近気に入っているのであろう耳障りな口笛を少し吹いてから俺を見る。月無を見る度思うことだが、こいつは濁っているように見えて誰よりも純粋そうな目をしている。性格や行動などを鑑みれば濁っていると断言できるが。

 

「でも『できないからじゃあダメだ』ってなんか悔しいじゃん。だから僕はどれだけみっともなくてもめちゃくちゃにしてやるんだ。で、負けるのは嫌いだから勝ってみせる。『頑張ったけどダメでした』っていうのも大嫌いだし」

 

 そこらへんは弔くんも同じじゃない?と死柄木に話を振ると、死柄木は面倒くさそうにため息を吐いた。

 

「お前はこういうことを話すとき饒舌になるよな。ただ、要領を得ないし無駄に長い」

 

「弔くんも人と会話するの苦手だよね。単純な返事もできないなんて、脳も個性で崩壊させちゃったの?」

 

 そう言って月無は死柄木が何か行動を起こす前にソファから飛び跳ね、床に伏せた。こういうときは決まって死柄木がキレて殴るか崩壊させようとするため、それを避けようとしたのだろう。なるほど、みっともない。

 床に伏せた月無はへらへら笑いながら「ごめんごめん」と中身のない謝罪をする。死柄木はよくキレるが本気で怒っているわけではないからこれで許してしまうのだ。だから月無が調子に乗るというのに。

 

 死柄木はまたため息を一つ吐いて、ぼそっと話始めた。

 

「まぁ、負けるのは誰だって嫌いだろ。『負けてもいい』なんて、自分に自信も何もないゴミが考えることだ。将棋でワープしだすのはどうかと思うがな」

 

「え?それもしかして僕のこと?」

 

「安心しろ、お前のことじゃない」

 

「よかった。まさか僕がそんなことするはずないし」

 

 俺の知っている限りでは五回に四回はしていたはずだが、気のせいだったのだろうか。それにしても、まったく。

 

「二人は、友だちみたいだな」

 

「は?」

 

 思ったことを口にすると死柄木は目を丸くして、月無はにこーっと嬉しそうに笑った。誰が見ても思うであろうことを言っただけなのだが、なぜそんな顔をするのだろうか。立場的には敵連合のツートップだが、二人の関係を『友だち』と表現しても何もおかしいことはないだろう。

 

「そうだね。みたいじゃなくて友だち、それどころか大親友さ。ね?」

 

「死にたいのか?」

 

「わかんない」

 

 よっ、と身軽に立ち上がり、月無はソファにダイブした。そしてまたへらへらと笑いながら俺を見る。

 

「もちろん、スピナーくんも僕にとっては友だちだよ。例えばさ。スピナーくんが危なくなったら助けたいし、スピナーくんが嫌がってもその時は何よりも優先したい。まぁ僕が助けにいったところで僕が助けてもらう側になるのは目に見えてるけど」

 

 伝わるかなぁ、と何が楽しいのかにこにこしながら言う月無の隣に死柄木が座り、流れるように月無をソファから突き落とした。やはり今までの会話で少しムカついていたらしい。

 

「そこが月無がザコなところだな。つまり俺たちの誰かが人質にとられたら何もできなくなるってことだろ?」

 

「いや、助けられる可能性がゼロじゃなかったらどうにかするよ。ゼロでもどうにかするけど」

 

 だって負けるの嫌いだし。と続けて、「そういえば何の話だったけ?」と言って死柄木を呆れさせた月無は床で寝転びながら楽しそうに笑った。そんな月無に、一つ聞いてみる。

 

「負けるのが嫌いってことは、負けたやつも嫌いなのか?」

 

「そんなまさか」

 

 俺の質問に月無は死柄木をどうにかしてソファから引き摺り下ろそうとしていた手を止め、何でもないように言った。

 

「そしたら僕は僕自身のこと物凄く嫌いになるし。喧嘩とかしても無事で帰ってこられるならそれでいい。なんだかんだ言って、こうやってだらだらしてるのが僕は一番好きだしね。ねー弔くん?」

 

「黙れナメクジ」

 

「ナメクジ」

 

 月無曰く、死柄木がこうやって罵倒する時は大抵心の中では同意している時らしい。態度を見る限りそうは見えないが、月無が言うのだからそうなのだろう。二人は親友らしいから。

 

「……誰がどう思おうが気にするな」

 

 結局ソファに座って肩を組み始めた月無の腕を鬱陶しそうに外しながら死柄木が俺を見て言った。

 

「お前はお前でいい」

 

「多くを語らない男。流石弔くん!カッコイイ!」

 

 月無はまたソファから突き落とされた。学習能力がないのだろうか、こいつは。

 

 ……この二人には、不思議な力がある。超常のようなものではなく、人の心を見透かすというか、人の傍に立てるというか、所謂カリスマのようなものだろうか。ついていきたくなるような……、いや、隣に立ちたくなるような何かが。

 

 だからこそ、そんな二人に報いたいと思うのは当然なことだと思う。少なくとも俺はそう考えている。

 

 

 

 

 

「――ふぅ」

 

 地面に仰向けになって倒れ、空を見上げながら小さく息を吐いた。ちょうど真上を飛んでいる鳥は、今俺がいるところに月無がいれば糞を落とすことだろう。そして月無は「今日の不幸は優しいね?」と死柄木の服に糞をこすりつけながら笑うんだ。容易に想像できる。

 

「いや、負けた負けた。もう動けん。お前以外が相手なら勝てたのに。なんでここにきたんだバカ。勝たせろ、俺に」

 

「なんか、一気に子どもっぽくなったな」

 

「集中が切れた。アー、クソ。どんだけ鍛えてきたと思ってんだ。コンプレスにもトゥワイスにも負けてるけど。大体あいつら個性強すぎるだろ。しまうし増やすし。俺は爬虫類。恐竜とかだろ。せめて」

 

 コンプレスはびっくり箱だし、トゥワイスは増やして増やすし、そもそも敵連合俺以外強い個性だろ。そんなやつらにギリギリで負けるくらいまで追いついてる俺、実はすごい。あんな武器扱えるの俺くらいだし。俺にしかできないことだ。

 

「そういやお前の個性なんなんだ?ずっと使ってないように見えたけど」

 

「ヤモリ。なんとこれが壁に張り付くことができる。ただあんな武器使っている以上それをする暇がない」

 

「でもあんな武器使えるんだろ?スゲェよ」

 

「だろう?にしても敵に対して気安いな、お前。勝ったからって調子に乗ってるのか」

 

「いーや」

 

 切島は空を見上げて笑ったかと思えば、疲れ果てたように座り込んだ。

 

「救助待ちで、お前の監視」

 

「仲間はいいのか?手当でもした方がいいだろう」

 

「あぁ、やった。つっても飯田の止血しかできなかったけど」

 

 なんと仕事の早い。月無なら慌てふためくこと間違いなしなのに。慌てふためいているところをエリが「仕方ないなぁ」とでも言いたげにやってきて治療を始める。あいつは本当に想像しやすいやつだ。それだけいつも素でいるということなのだろうが。

 

「アー……、なぁ、切島」

 

「ん?なんだ?」

 

 ぼーっと空を眺めていると、どうやらお迎えが来たらしい。あの人なら全員がどういう状況にいるか把握するのは容易いことだろうから、俺を迎えに来た……回収しようとしているのだろう。

 

「次に戦う時が来れば、その時は勝つ。覚えてろ」

 

「いや、次も俺が勝つ。俺はヒーローだしな!」

 

 ムカつくほどいい笑顔で言い切った切島に小さく笑みを浮かべつつ、俺は『転送』された。驚いてこちらに手を伸ばす切島に「ザマァみろ」と吐き捨てて。

 

 

 

 

 

「おかえり」

 

「スピナーさん、おかえりなさい」

 

 いつもの拠点、俺たちがいつもいる場所に帰ってきた。相変わらずこの転送は臭くて嫌になるが、助けられたため文句も言えない。黒霧がどれだけいい個性なのか思い知った。

 

「ただいま」

 

 心配そうにこちらへ駆け寄ってくるエリと、オール・フォー・ワン……先生に返事をして、倒れたまま周りを見る。どうやら俺が一番乗りらしい。

 

「負けたね」

 

 先生は短く言って、その間に俺の体は綺麗に戦う前の姿まで戻った。度が過ぎると恐ろしい個性だが、ちゃんと制御できるとエリの個性はとてつもなくいい個性だ。月無とともに完成させたというのが信じられない。

 

「あぁ負けた。一番早く」

 

「仕方ないさ。君のところは三人いたんだ」

 

「関係ない。三人いようが何人いようが負けは負けだ。煽ってるのか?」

 

 エリを撫でて「ありがとう」と言ってから立ち上がり、先生を睨みつける。……この飄々とした雰囲気はどこかで感じたことがあるが、気のせいだと思いたい。

 睨みつける俺に先生は「いや、すまないね」とくつくつと笑いながら言った。

 

「うん、あの子たちらしいな。この分ならあの子たちは上に立つにふさわしい人物になっているらしい」

 

 一人で満足そうに頷く先生に、俺は首を傾げた。確かに上に立つと言われてもしっくりくるが、あの二人、特に月無が上に立つということが一番しっくりくるかと言われればそうでもない。

 

 そう、あの二人は上に立つというより。

 

「真ん中、だな」

 

 横並びになって、あの二人はいつも中心にいる、そんな感覚。

 

「上って感じはしないな。なぁエリ?」

 

「うん?うーん、隣、かなぁ」

 

 なるほど。確かに横並びになるのであればエリは月無の隣だろう。どちらにせよ横並びであることに変わりはない。

 

「そうか、真ん中。それはいい仲間を持ったね」

 

「いや、あいつに言わせれば仲間であり友だちらしい」

 

「あぁ、それはまた」

 

 いい友だちを持ったね。と先生は嬉しそうに言った。どうでもいいが、こんなに飄々としているのにあの災害級の強さは信じられない。その辺りがあいつらと似ている……いや、あいつらが似ているのは偶然だろうか。

 

 いや、いい先生を持ったあいつらのことだから、完全に影響されているに違いない。

 

 あいつらに俺が負けたと言えばなんと言われるだろうか。きっといつものように、普段通り話始めるに違いない。その時に世間がどうなっているかはわからないが、きっとみんなが集まっているはずだ。そうして俺たちらしい日常が帰ってくる。

 

 それにしても。

 

「いや、負け、負けかぁ……実際三対一で惜しいとこまでいったし、勝ったようなもんじゃないか?どう思う?」

 

「さっき負けは負けって言ってたと思うが、違ったかい?」

 

 だって、よく考えればあいつら煽ってきそうだし。ムカつくし。こうなれば俺の勝敗を聞かれたとき得意気な顔をして「どうかな?」と言うことで「勝ったんだな」と思わせる作戦でいこう。ウソはついてないからセーフだ。セーフ。

 

 慰めるように俺をぽんぽんしているエリを見て自分自身を情けなく思いながらも、保管している武器を取りに行った。早く全員帰ってこいと願いながら。




文章力の低下がみられます。


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第81話 敵連合マグネ

お久しぶりで短いです。


 自分の好きなものを好きと言って、何物にも縛られず好きな生き方をできる世界。そんな世界が実現すればどれほど過ごしやすいことだろう。私たちはこうして好き勝手暴れて、好き勝手自分を表現できる場所があるが、そのような場所を持たず窮屈な思いをしている人は大勢いるはず。

 

 例えばいじめだとか、人とは違う趣味だとか、性別だとか。私たちのリーダーのような例もあるかもしれない。様々な要因によって差別、区別され、窮屈な思いをしている人。ヒーローでも、一般人でも、敵でも、どこにでもいるはずだ。

 

「そういう人は誰が助けるんだろう?」

 

 可愛らしく首を傾げながら、私たちのNo.2が言っていたのを覚えている。

 

「ほら、ヒーローって基本的に『助けて!』って言ったら助けてくれるけど、『助けて』って言えない人は助けられないじゃん?そういう声をあげられない人って大勢いると思うんだよね。これ経験談」

 

 笑っていいのかどうか微妙なジョークをけらけら笑いながら言うこの子は、口では軽く言っているがその当時はとてつもなく苦しい思いをしたことだろう。世界を恨んだことだってあるかもしれない。世界を恨み、復讐という形で実現することができるほどの力はあるのだから。

 

「まぁ僕は特殊なケースだとして、好きなものを好きって言えないってひどいと思わない?何かを好きになれることは素晴らしいことなのに。だからさ」

 

 本当に敵なのかと疑ってしまうほど柔らかな笑顔で、世界中の誰より不幸を経験したであろうその子は言った。

 

「助けるとか救うとかは難しいから、せめて『我慢しなくていいんだよ』って言ってあげられるような世の中にしたいよね」

 

「だからと言って人の食いモン取っていいってわけじゃねぇだろ?」

 

 お菓子の空き箱を持ったNo.1にお仕置きされるNo.2は、それでも笑顔だった。

 

 

 

 

 

「素敵だと思わない?」

 

「あ?」

 

 ある日の出来事を思い出しながら自分の頬を撫で、素敵な爆発ボーイに問いかける。あらやだ、剃り残し。

 

「自分の好きなことを受け入れてくれる場所って」

 

 私の場合は敵連合。いや、あそこは受け入れるというより好き勝手させている、と言った方がしっくりくる。受け入れていると言えば受け入れてはいるのだろうが。

 

「別に。受け入れねぇってンなら正面から認めさせるだけだろ」

 

「うーん。それも素敵。でも、そのラインにすら立てない人たちがいるの」

 

 言うなれば敵連合はそのラインまで引っ張り上げてくれるところ。敵連合だけでなく雄英もそういうところという認識でいいだろう。敵として、あるいはヒーローとして名を上げればその言葉に、行動に力が宿る。そうすることで初めて真正面から認めさせにいくことができる。敵が真正面かと言えばそうでもないのだが。

 

「例えば歩くだけで災害を振りまく子を、国は守ってくれると思うかしら?」

 

「……」

 

「うん。即答できないところがもう答えみたいなものよね。人はわからないものに恐怖を抱くもので、その子がどれだけの災害を起こすかわからない。だから被害が出る前にその子を切り捨てるっていうのが自然な流れだと思うの」

 

 切り捨てることすらできない子なんだけど、と心の中で呟いてから続ける。

 

「そういう子に寄り添える人って世界中に何人いると思う?ヒーローに必要なのは自己犠牲の精神ってやつらしいけど、天秤にかけられるのがその子と自分を含めた周りだとしたら?その子がそういう状況を嫌がって、自分一人で閉じこもって周りと関係を持つことを一切やめたら?」

 

 磁石を担ぎなおして、あの子たちを想う。

 

「そういう子たちに手を差し伸べられるって、素敵じゃない?」

 

「話が長ぇ」

 

 綺麗に話をまとめようとしたら、爆豪が目の前まで接近していた。この子の性格上こういう手段をとってくるであろうことは予想できていたので、慌てず磁力を付与して弾き飛ばす。

 

 が、もう弾き飛ばされることに慣れてしまったのか、爆破を利用して体勢を立て直すと、危なげなく地面に着地した。なるほど、やはりセンスはピカイチらしい。

 

「要は、ぶっ殺すかぶっ殺されるかのどっちかってことだろ。後の話はテメェをぶっ殺した後でゆっくり適当に聞いてやる」

 

「あら野蛮。でも嫌いじゃないわ」

 

 投げキッスをすると露骨に嫌な顔をされてしまった。凶夜くんは笑顔で返してくれるというのに。ちょっとひきつってるけど。

 

「でも、私に近づけないんじゃ話にならないわよ?私を中距離から爆破させようとしても、こんな廃ビルじゃあちょっとの衝撃で崩れちゃうかもしれないわね」

 

「なら至近距離でぶっ放せば問題ねぇな」

 

「だから近づけさせないってっ!?」

 

 近づいてくる爆豪を弾き飛ばすためにS極を向け、磁力を付与しようとしたその時、背後から何者かに磁石を弾き飛ばされた。私の腕には柔らかい感触が伝わるのみで、誰かの姿が見えるわけでもない。遠距離攻撃?もう援軍が到着した?いや、ありえない。いくらなんでも早すぎる。だとすれば何故?

 

「死ねやコラ!!」

 

「まずっ」

 

 爆豪の接近とともに腕にあった柔らかい感触が離れる。磁石のことを意識しつつ、爆破を腕で防御した。爆破はほとんど耐久力無視で肉体を削ってくるのでガードしてもあまり意味をなさないが、急所をやられてはいけない。最悪片腕が使えればひっくり返すことはできる。

 

「磁石吹っ飛ばされて、俺の攻撃をガードした時点で終わってんだよ」

 

 何が、と返そうとしたところで、鼓膜を爆発音が揺らした。ガードもろとも吹き飛ばす、強力な一撃。必殺技というやつだろうか。凶夜くんが必殺技を羨ましがっていたことを思い出す。

 

「くたばれや」

 

 吹き飛んだ私に油断なく追撃をしかける爆豪に、思わず笑ってしまう。彼に容赦という言葉はないらしい。いや、敵なんだから仕方のないことだろう。

 

「レディには優しくしろって習わなかった?」

 

「敵だろ、テメェ」

 

 ほら、私は敵らしい。その言葉を最後に、私の意識は刈り取られた。

 

 

 

 

 

「透明の少女だね」

 

 臭いヘドロのようなものにまみれながら送られてきたマグ姉を見ていると、先生がぼそりと呟いた。

 

「透明?」

 

「あぁ、マグネの磁石が背後から弾き飛ばされてね。どうやら黒霧のゲートを誰にもバレないように通り抜けていたらしい。いや、爆豪くんにはバレていたのか?」

 

 何が楽しいのか声を押し殺して笑う先生に、エリが小さく息を吐いた。

 

「もう、マグ姉が怪我してるのに」

 

 可愛らしく頬を膨らませ、エリがマグ姉を治療する。いや、元に戻すから治療という表現は正しいのだろうか。まぁ怪我がなくなるから治療でいいだろう。細かいことは気にしないタチだ。

 

「しかしこれで二敗か。学生でこれならプロヒーローはどれほど強いことだろうか」

 

「俺とマグ姉は弱い方だからきっと他のやつらは勝ってくる。はず」

 

「トガと荼毘、コンプレスに黒霧、トゥワイスにマスキュラー、そしてジェントル。うん。じゃあこの中で誰が勝ってくるか賭けでもするかい?」

 

「全員勝つ」

 

 即答すると、先生は一瞬驚いたように言葉を詰まらせると、微笑ましいものを見る目で俺を見る。いや、正しく言えば目はないのだが、そんな雰囲気で俺を見ている。もしかして俺は喧嘩を売られているのだろうか。敵連合のスピナーとして売られた喧嘩は買わないわけにはいかない。

 

 腰をあげようとした俺をぽんぽんと叩いたのは、なぜかにこにこしているエリだった。なんだお前ら。バカにしてんのか?

 

 

 

 

 

「でさ、どうしたらヒミコちゃんは僕と結婚してくれると思う?」

 

「は?死ね」

 

「少しふざけただけでこれ?」

 

 僕の将来設計に欠かせない相談をすると、弔くんに一蹴されてしまった。死ねって。どんだけ僕と喋るのがめんどくさいんだよ。 

 

 あ、もしかして。

 

「僕にヒミコちゃんを取られたくないからそんなこと言うんだ?うふふ。かわいいとこあんじゃーん!」

 

「……」

 

「無言は怖いよ。ねぇ、ねぇってば!」

 

 ちょっとした冗談のつもりで弔くんを煽ったら背を向けて行ってしまった。会話する上で無視が一番辛いということをわかっていないのだろうか。いや、弔くんのことだからきっとわかっていてやっているに違いない。何せ嫌がらせすることが大好きなんだから。ただ単にムカついてるだけだと思うけど。

 

「いや、お前とトガの子どもは大変だと思ってな」

 

「は?世界一幸せで可愛いに決まってんだろぶち殺すぞ」

 

「何が琴線に触れたんだよ」

 

 弔くんが恐ろしいほどの妄言を吐いたのでブチ切れる。まったく、可愛いヒミコちゃんと人類ド底辺の僕の子どもなんだから、幸せに決まってるじゃないか。僕という人間が近くにいることでどんなことでも幸せに感じられる。ほら、世界一幸せだ。

 

「ん?まて。ヒミコちゃんと結婚した僕は幸せなはずだから……ん?ん?」

 

「バカみてぇなこと考えてないでさっさと行くぞ。人の形をしたゴミ」

 

「あ、うん。ごめんね。あと今物凄い罵倒しなかった?」

 

「気のせいだろ」

 

 弔くんが気のせいだというなら気のせいではないのだろう。いつかとんでもない仕返しをしようと心に誓いつつ、屋上への階段を上っていった。




爆豪が苦戦するビジョンが見えませんでした。

マグ姉は相手が悪かったということで……。


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第82話 敵連合トガヒミコ(1)

 不幸だ不幸だといいつつ、実はちっとも自分のことを不幸だと思ってないんだろうな、と感じる人がいる。きっとあの人にとって不幸は当たり前のことで、あの人にとっての普通だからそう感じるのだろう。私が好きな人の血を啜って生きるように、あの人は不幸を笑って生きていく。

 

「人の気持ち?」

 

 人の気持ちってわかるものなのかな、と問いかけると、あの人は小さく首を傾げた。もう十六にもなるはずなのにどこか少年的で可愛らしく思えるのは、童顔だからだろう。「僕としてはもっとハンサムだと嬉しかったんだけど」と言っていたのを覚えている。童顔な方がらしくていいのに。

 

「ある程度読むことはできるとは思う。なんせ僕らみたいな生活してると、相手の思考を読むって言うのは必須といってもいいからね。……や、でも思考と気持ちは違うか。うーん、例えば、僕がヒミコちゃんのことが好きっていうのはわかる?」

 

 いつもの通り呼吸をするかのように告白してくるあの人に、私は一つ頷いた。あれだけ好きだ可愛いだと言ってくれているのにそれを疑うなんてできるはずもない。

 

「うん。で、それは僕の言動や行動から推測できること。でも、その理由まではわかんないよね?理由は僕の気持ちに起因してくるもので、それを理解するっていうのはものすごく難しい。僕ですら親友の弔くんの気持ちもあんまりわかんないのに」

 

 そうかな、と今度は私が首を傾げた。弔くんはあの人と話している時が一番楽し気で、一番笑っていると思う。それはお互いがお互いの気持ちを理解して、その時々のタイミングにあった会話をして、リアクションをして。そういうことができる人たちがお互いの気持ちを理解し合っていないと言われると、やはり疑問だ。

 

 首を傾げる私をあの人はくすくす笑う。

 

「まぁ、気持ちを理解するなら相手のことを好きになること。これが一番じゃないかな?僕みたいなやつが何言ってんだって思うかもしれないけど」

 

「?誰かが誰かを好きになることって変なことなの?」

 

「その気持ちに嘘偽りがなければ変なことじゃない。素晴らしいことさ。ところでヒミコちゃん。どうだい今夜?よかったら僕と一緒に……」

 

「盛ってんじゃねぇぞカス。エリもいるんだからやめとけ」

 

「わかったよママ」

 

 追いかけっこをし始めた二人を見てくすくす笑う。

 

 あの人たちにとっての普通は居心地がいい。敵だってヒーローだって、普段のあの人たちを見てくれればきっと好きになってくれるはずだ。だって、好きになるっていう気持ちはみんな一緒で、私がこんなにも好きなんだから。

 

 

 

 

 

「右、左、正面」

 

 声に出しながら二人の攻撃を避けていく。凶夜サマに「妖精のダンスみたいだ!」と褒めてもらった回避スキルでひらひらと。こうして避けていると相手のことが理解できているようで嬉しくなる。

 

「前にポインター、着地点にテープ」

 

 わかっていれば簡単だ。ポインターが放たれる前に動き出し、ひらりとテープをかわす。スカートもひらり。あら、これはダメです。女の子として。でも今服装以外は耳郎ちゃんだから、二人は嬉しかったりするのかな?

 

「クソッ、未来でも見えてんのかあの子!ぜひ俺の未来の彼女でも見てもらいたいな!」

 

「見てるのは未来じゃないよ」

 

 まだ余裕があるのか、軽口を叩く瀬呂くんに肉薄する。人の意識の隙間に入り込むスキル。凶夜サマと弔くんとお揃いみたいで少し嬉しいと思ったのは内緒だ。

 

「気持ちを見てるのです」

 

 驚愕に目を見開く瀬呂くんに注射器をぷすり。そしてチウチウ。こうすると相手の気持ちがもっとわかる。そしてもっと好きになる。誰にでも人を想う心はあるんだから。耳郎ちゃんが上鳴くんと瀬呂くんのことを、瀬呂くんが上鳴くんと耳郎ちゃんのことを想う心。その気持ち。

 

「瀬呂!」

 

 上鳴くんがこちらへ向けて何かを飛ばしてくる。いや、何かではなくポインターだったか。上鳴くんは電気を操れないが、あのポインターを設置すればそこへ向けて一直線に電気を走らせることができるらしい。お友だちなら装備のことまで知ってるんだね。仲良しで微笑ましい。

 

「っと」

 

 微笑ましいと思っている場合じゃない。テープを伸ばしてきた瀬呂くんの脇を潜り抜け、その勢いのまま首を掴む。ぐえっ、という潰れた声が聞こえたのは瀬呂くんの喉が圧迫された証拠だろう。ごめんね。でも私はあまり力がないから、積極的に急所を狙っていくしかない。

 

「それ!」

 

 そのまま上鳴くんに向かって投げ飛ばす。上鳴くんは近くに味方がいると個性を使い辛い。そしてポインターを使わなければ基本的には範囲攻撃。なら上鳴くんの攻撃がヤバいと思ったら瀬呂くんの近くに行くか、今みたいに瀬呂くんを投げ飛ばす。もしくは動けない耳郎ちゃんのところに行く。あと不用意に距離はつめないし、とらない。だよね?耳郎ちゃん。

 

「瀬呂!大丈夫か!?」

 

「っぶねぇ!首!首!ナイフじゃなくてよかった!」

 

 油断なくこっちを見ながら構える二人に、私は余裕そうにへらへら笑ってみせる。実のところ、ああやってこっちに注目されているだけなら私はやることがない。一人の意識の隙間に入り込むのならともかく、二人となれば話は別。高い拘束能力と範囲攻撃を持つ相手に、正面きってこっちから仕掛けるつもりはまったくない。狙うなら、向こうから仕掛けてきてそれが崩れたとき。さっきのがその例だ。

 

「殺す気がないとか?元々殺す気なら耳郎だってやられてただろうし」

 

「それか上鳴を警戒してのことかもな。上鳴に味方を気にさせることで個性を制限させる、みたいな」

 

 ほとんど正解。別に上鳴くんを一人にしても瀬呂くんか耳郎ちゃんを盾にすればいいんだけど、殺す気がないのは本当。おかげで決定打がなくて困っている。締め上げても一対二という状況ではもう一人に邪魔される。さてどうしよう。

 

「……なら」

 

「どうにかしてポインターを私につけようとしてます?」

 

 それをされたら私は負ける。電撃に対する防御力なんてかよわい女の子である私にあるわけがないから。ポインターを避ける自信はあるけど。ただ、ポインターを避けた後にポインターがどこにくっついたかを覚えておける自信があまりない。

 

「なんでポインターのことを?」

 

「耳郎ちゃんと瀬呂くんが教えてくれました」

 

「瀬呂!」

 

「いや、教えてねぇって!どこに教えるタイミングがあったんだよ!」

 

 ついさっき、と言えば混乱するだろうか。いや、雄英に通う二人のことだから私の個性の正体を見破るかもしれない。凶夜サマには初見で見破られたし、案外簡単なのかも?なぜわかったのか聞いた時は「愛がなせる技さ」と言っていたから、見破られたらその人は私のことが好きということだろうか。照れる。

 

「まぁバレてるんならしゃーねー!バレても問題ないくらいバラまいたらぁ!」

 

「少しは考えて設置しろよ?」

 

 呆れたように瀬呂くんが言うが、何気にそれが一番マズい。私はわかっていても避けられないものには滅法弱い。弔くんのようにわかっているから壊すということができればいいのだが、私はチウチウすることとわかること以外はちょっと身軽なだけの女の子。ごり押しには弱いのだ。

 

 となれば、早めに勝負を決めるのが吉。それか、凶夜サマのように口で足止め。

 

「二人はさ」

 

 気づけば私は後者を選択していた。なぜかは自分にもわからない。でも、きっと私がそっちの方が好きだって感じたからだと思う。なぜ好きだと思ったかは少し恥ずかしくて言えないけど。

 

「何かを好きになることって、どう思います?」

 

「何かを?」

 

「例えば、血」

 

 私はストックしてある血からとっておきを取り出し、口に含んだ。すると可愛い可愛い耳郎ちゃんから可愛くてカッコいい凶夜サマへと姿が変わる。凶夜サマになると頭がガンガンするからあまりならないようにしてるけど、今は特別だ。

 

「私は、その人を感じられる血が好き。凶夜サマが女の子を抱きたいって言うのと同じように、私は好きな人の血を啜るのが好き」

 

 あぁ、本当に凶夜サマは考えていることがわからない。頭の中に浮かんでくるのは「耳郎ちゃんの脚っていいよね」という欲望が一番。「上鳴くんってカッコいいよね」という羨望が二番。「瀬呂くんのテープのとこって骨あるのかな?」という疑問が三番。この人はその場の状況のことは頭の隅に置いておく程度で、自分が興味を持ったことに忠実なようだ。子どもみたい。

 

「血、か……普通じゃないとは思うけど、人の好きなモンにダメって言うわけにはいかねぇしなぁ」

 

「人殺しと比べたら血が好きなのは可愛いもんだよな」

 

「比べるモンがエグイ」

 

「人殺しが好きでもダメなの?」

 

 ぎょっとした目で二人が()を見る。あれ、いや、私をみる。すごいなぁ凶夜サマ。自分が強いというか、ブレないというか、このままじゃ私が危ない気がする。

 

 でも、心地良い。

 

「ただ単に人殺しをするのはどうかと思うけど、それが好きなら仕方ないよね?その人が好きすぎて殺しちゃうのかもしれないし。ほら、()たちが愛を確かめるのにキスをするのと同じでさ。ほら、そう考えただけで何かとても尊いものに感じてこない?()なら殺されたいね。それも飛び切り可愛い子にっ、ゲホッ」

 

 これ以上はダメだと脳が判断したのか、私から凶夜サマが溶けていく。せっかくいい気持ちだったのに。また凶夜サマを理解できた気がして。

 

「ふふ」

 

 凶夜サマが溶け切って、私が笑う。まったく、これだから。

 

「人を好きになるって、気持ちいぃねぇ!」

 

 人の意識の隙間。凶夜サマが意図的に作れるって言ってたのは本当だったようだ。だって、こうして二人が隙間を見せてくれている。やっぱり凶夜サマはすごい。

 

 ほら、もっと好きになった。

 

 

 

 

 

「わお」

 

 ビルの屋上について出た第一声はおまぬけなそれだった。でも仕方ないと思う。だって。

 

「お、二人ともいいところに!助けてくれ!」

 

 コンプレスさんと黒霧さんがイレイザーたちから逃げ回っていたから。

 

「うーん、下手に戦って拘束されるよりはマシなのかな?」

 

「イレイザーの個性は厄介だから仕方ない。安心しろ!コンプレス、黒霧!」

 

 弔くんは声を張り上げてから悪い笑みを浮かべて、地面に両手をつけた。

 

「……く、黒霧さん!黒霧さぁん!?」

 

「助けてやるよ」

 

 慌てたようにゲートを伸ばす黒霧さんと捕縛武器を伸ばすイレイザーを視界に入れながら、僕たちがいたビルはあっけなく崩れ去った。




ヒミコちゃんは私自身書いていてわけわかんなくなるというところがポイントです。


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第83話 敵連合トガヒミコ(2)

期間が空くと低クオリティになります。


「ぶへ」

 

 間一髪間に合った黒霧さんのゲートによって拠点に送られた僕は、いつも通りゲートから床に落ちた。いつになれば綺麗にゲートを通り抜けることができるのだろうか。きっと僕が僕である以上一生その日はこないだろう。僕の一生があとどれだけあるかわからないけど。

 ゆったりと起き上がりながら、周りを見る。さっき合流した黒霧さんとコンプレスさんに、一緒にいた弔くん。そしてここでずっと待っていた先生とエリちゃん。他のみんなはどうしたんだろうときょろきょろすると、どうやら帰ってきているのは二人だけならしい。見慣れた二人に手をあげ、いつもの調子で声をかけた。

 

「や!お疲れ!」

 

「あぁ」

 

「ごめんねー凶夜くん。負けちゃった!」

 

 なぜか僕の方を見ずに片手をあげて返してくれたスピナーくんと、バクゴーくんつよーい!とくねくねしているマグ姉。となると、帰ってきていないのはヒミコちゃん、トゥワイスさん、荼毘くん、マスキュラーさん、ジェントルさんにラブラバさんか。こう言っちゃうのはなんだけど、なんとも強い人たちが帰ってきていないというか、なんというか。心配なのはヒミコちゃんとジェントルさんくらいだし。

 他のみんなのことはとりあえず置いておくとして、マグ姉は負け。となるとスピナーくんはどうだったのだろうか。なんとなく察しはつくが、一応聞いておこう。

 

「スピナーくんはどうだったの?」

 

「どうだと思う?」

 

「弔くん。スピナーくんも負けたらしい」

 

「だろうな」

 

「負けたとは言ってないだろ!」

 

 いつの間にか隣にきていたエリちゃんを見ると、スピナーくんを憐みの目で見ていた。負けたからって恥ずかしがることないのに。悔しがることはあるけど。

 

「でも、スピナーさん頑張ったの」

 

「そうだねエリちゃん。だから負けたところで気にしないのに。多分三体一くらいだったんじゃない?」

 

「まぁそうだな。確かに三体一だった」

 

「数の差なんて負けた理由にしちゃいけないけどね」

 

 ムカつく……!と僕を睨むスピナーくんを無視してエリちゃんを抱き上げ、先生のところに行く。いやぁ最初会った時と比べて随分話しやすくなった。いじりやすいし。弔くんと違って素直に返してくれるし。弔くんはひねくれ過ぎなのだ。めちゃくちゃ。

 

「ねぇ先生?」

 

「だからこそ君と弔でちょうどバランスがとれていると思うのだが」

 

 なんで心読んでるの?怖いんだけど。

 

「いや、なに。君たちのことならある程度はわかるさ。それが僕というものだからね」

 

「なにそれカッコいい。でも僕だってエリちゃんの気持ちなら大体わかるもんね」

 

「うそつき」

 

 なぜかエリちゃんに殴られてしまった。ウソは言っていないのに。恐らく。

 

 ソファに座っている先生の対面に座って、一息つく。エンデヴァーと戦ったから結構気持ち的な疲労がすごい。なんだって僕が現No.1と戦わなきゃいけないのさ。僕って一応No.2だから、ここは初めから弔くんが戦った方がよかったんじゃないかな?いや、別に動きたくないとかそういうわけじゃないんだけど。

 

「で、これからどうするんだい?」

 

 ごちゃごちゃ考えている僕に、先生が聞いてくる。先生には基本僕たちをただ見ておいて、と言っているので、作戦的なものは何も話していない。

 

「そうだなー。しばらくはゆっくりしていたいけど、こういうのって勢いが大事だし。ちょっと加勢しに行って、アレをやって……弔くん。加勢するなら誰のとこかな?」

 

 偉そうに僕の隣にどさりと座った弔くんに問うと、「そうだなー」と憎たらしくも僕の真似をした弔くんは後ろを指して、

 

「マスキュラーはまずいらないだろ。帰ってきたし」

 

「え」

 

 弔くんの指した方を見ると、ヘドロのようなものにまみれながらマスキュラーさんが現れた。目立った傷もなく首をゴキゴキ鳴らしているその姿から予想するに、あまり手応えはなかったらしい。

 

「いやァ、流石にあんなところで籠ってるとなまっちまうもんだな。負けようがない相手だったってのに随分かかっちまった」

 

「お疲れさま。いやいや、やっと一勝だよ。別に勝ち負けなんか関係ないんだけど」

 

「あ?なんだ、俺以外のヤツは負けてんのか?」

 

 意外そうに目を丸くしたマスキュラーさんに、マグ姉は肩を竦め、黒霧さんとコンプレスさんは途中で離脱したことをアピールし、スピナーくんは地団太を踏んだ。めちゃくちゃ悔しがるな、スピナーくん。

 

「これであとはトガにトゥワイス、荼毘にジェントルとラブラバか。確かジェントルとトガは位置が近かったな?」

 

「うん。ちょうど加勢に行くならその二人だし。あとは誰が行くかなんだけど、まぁ……」

 

「あ、俺はマジックのタネがなくなったからパス」

 

「私は移動手段なので」

 

「……俺も武器がない」

 

「私はいってもいいけど、ねぇ?」

 

「あぁ、だな」

 

 みんなの方を見ると、みんなが見ているのは僕たち二人。どうやら全然行く気がないらしい。いや、これからのことを考えると僕らが行った方がいいっていうのはもちろんそうなんだけど、もうちょっと交戦欲というか、そういうのないのかなぁ?マスキュラーさんとか特に。

 

「殺したらダメな戦闘はやりにくくてな」

 

 あらそう。

 

「なら僕たちだね」

 

「元からそのつもりだ」

 

 あぁエリちゃんが名残惜しい。せっかくゆっくりしようと思っていたのに。こんな大混乱を招いておいて何考えてんだって話だけど。

 

「凶夜さん、もう行っちゃうの?」

 

「うん。ごめんねー。ちゃちゃっと終わらせてすぐ帰ってくるから。帰りが遅かったら迎えに来てくれてもいいよ」

 

「ダメだろ。外は危ないんだぞ」

 

「ほら、夢だったんだ。誰かに迎えに来てもらうの」

 

 流石にさっきのは冗談だけど、と言いながらエリちゃんを下ろして、二人で黒霧さんのところに向かう。トップ二人がよく働くグループって、結構ホワイト感強くない?部下を休ませて働く上司って素敵だと思うんだよね。その上司が有能かどうかは別として。

 

「すぐ帰ってきてね」

 

「うん。僕が約束を破ったことあったかい?」

 

「嘘ついたことしかないからしらない」

 

 それもそうか、と納得し、ゲートをくぐる弔くんに冷たい目で見られながら僕も黒霧さんのゲートをくぐった。

 

 

 

 

 

 

 心の隙間をつく、というのは案外難しい。凶夜サマや弔くんは簡単にやってのけるけど、私はそこへたどり着くのに物凄く苦労した。何せ、私には人の気持ちがわからなかったし、わかろうともしていなかった。相手が私のことをわかろうとしていなかったのと同じように。

 

「チウ」

 

 ゆらり、と日陰者特有の歩法で二人に近づき、注射器を上鳴くんに刺す。放電されると面倒なので瀬呂くんを盾にしながら。遅れて私に気づいた瀬呂くんが私に気づいたころには血を吸い終えて距離をとっている。うん、これは人をおちょくるときと似たような感覚。すべてが私の掌の上にあるようだ。

 

「とと」

 

 いけないいけない。調子に乗り過ぎると凶夜サマみたいに痛い目を見る。人の心の隙間をつくには、自分の隙間を見せてはダメだ。わざとならいいけど。ペースはずっとこちらが握っておかないと、私のようなかよわい女の子はすぐに倒されてしまう。

 

「ふんふんふーん」

 

 先ほど吸い取った上鳴くんの血液を飲み、変身。服装がそのままなのは上鳴くんに申し訳ないが、これはこれでカワイイような気もする。凶夜サマあたりは絶対に嫌な顔をするだろうけど。あの人はいつだって女の子が好きなのだ。

 

「……まさかそういう趣味だったとは。いや、人の趣味にケチはつけねぇけど」

 

「本物の俺はこっちだって!にしても俺カッコよくね?ほら、イケメン特有の女装したら似合っちゃうってやつになってね?」

 

 ……上鳴くんになったのは失敗だったかもしれない。へらへらした凶夜サマを余計へらへらさせたような思考だ。一言で言うとチャラい。上鳴くんから引き出せる情報はほとんどゼロに近い。

 

「解除」

 

 それならもう変身する必要はないだろう。この三人のことは大体わかったし、後は翻弄してちょちょいとやっつけるだけ。まったく、殺していいなら早いのに。

 

「上鳴くん、私の事ちょっと色っぽいなって考えてます?」

 

「は?はぁ!?そ、そんなことねーし!おい瀬呂、お前もなんか言ってやれ!」

 

「あの子思考のトレース的なことできるみたいだし、お前の負けだろ」

 

「俺になんか言ってんじゃねぇよ!」

 

 憤慨する上鳴くんにクスクス笑う。本当に仲がいい。耳郎ちゃんが磔にされているのに、まるでその事実がないみたいに。

 凶夜サマが言っていた。「僕が勝つにはまるで戦ってないみたいな状況にするのが一番いいんだよね」と。今ならその意味がよくわかる。戦いの中にある日常。完全におかしいことなのに、まるでおかしいと思わない。そういう状況になると私や凶夜サマみたいな人間は物凄く強くなる。というより、そういう状況にしないと勝てないと言った方が正しいか。

 

「よっ」

 

「あぶねっ!」

 

 言い合う二人に向かって当たり前のようにナイフを投げる。流石雄英生と言うべきか、瞬時に気づいてひらりと避けられてしまった。ナイフの投擲には自信があったのに。

 

「危なかった!秒!秒遅れてたら死んでたぞ俺!」

 

「上鳴!」

 

 チッ、と舌打ちを一つ。まだ油断がなくなっていなかった上鳴くんに近づいてぐさりといこうと思ったが、瀬呂くんに気づかれてしまった。こちらに伸ばされたテープを避けて、ついでに投げたナイフの回収に向かう。瀬呂くんは地味に優秀で少しやりづらい。

 

「もうちょっと気ぃ張れよ!ただの女の子じゃないんだぞ!」

 

「わかってるって」

 

 怒られた上鳴くんはこちらに両手の指を向けた。まるで西部劇のようだ。もしかして電気の弾でも撃つのだろうか?カッコよさそう。

 

「ただの女の子じゃねぇってことはよ!」

 

 上鳴くんの指先から放たれたのは期待したものとは違って、まっすぐ伸びる電気だった。少し体を逸らすだけで避けられる程度のそれを軽く躱し、にやにや笑う。実際危なかったけど。ポインターの場所なんて覚えられないもの。

 

「惜しかったねぇ!ポインターの場所がもう少しズレてればビリビリしてた!」

 

「いや、ベストな位置だぜ」

 

 してやったりな表情の上鳴くんに首を傾げる。もしかして私が気づいていないだけで、本当はもう電気で焼かれているのだろうか。それはカッコよすぎる。凶夜サマが上鳴くんのことをカッコいいと言っていたのはこういうことだったのか。

 

「──っ!?」

 

 そうして上鳴くんのカッコよさに納得しているところに突如。

 鼓膜を揺らすどころか、鼓膜を突き破る程の衝撃が脳を揺らした。

 

「なっ、に、が……」

 

 いや、驚きつつももう理解している。油断していたのは私の方だ。私の背後には磔にされていた耳郎ちゃんがいて、ということはつまり、上鳴くんが拘束を焼き切ったということだろう。

 

「ありがと、上鳴。ちょっと焼けたけど」

 

「うっそ!?ベストじゃないじゃん!」

 

 あぁしてお茶らけているあの男の子は、初めから耳郎ちゃんを助けるために行動していたのか。まったく、男の子というかなんというか。ヒーローというかなんというか。

 

「よし。拘束はこの瀬呂くんにお任せ!」

 

 倒れる私に、瀬呂くんがテープを伸ばす。拘束されても私は転送されるから意味ないんだけど。ただ、一人も倒せなかったことが残念だ。天下の敵連合の名が泣いてしまう。

 私は、伸ばされたテープをじっと見ながら薄く笑った。あの人たちは負けたことを責めはしないだろうけど、できることなら勝って役に立ちたかった。何かに負けることがこれほど悔しく感じるのは、いつ以来だろうか。

 迫ってくる敗北を受け入れようと目を閉じる。せめて優しく縛ってくれないかなぁと期待しながら拘束を待つ。

 

「……?」

 

 が、いつまで経ってもテープが私を縛らない。まさか失敗したのだろうか。この距離で?それともできるだけえっちな拘束の仕方をしようと思案しているのだろうか。だとするとちょっと恥ずかしい。男の子だから仕方ないとは思うけど。

 戸惑いつつゆっくり目を開ける。開けた瞬間に拘束するなんていう鬼畜みたいなことはやめてほしいなと思いつつ前を見ると、そこには。

 

「いち、にぃ、さん……うん、多いな。しかも個性的にキツイ相手だっただろ」

 

 最近優しい顔で笑うようになった、私たちのボス。

 

「だがまぁ」

 

 その人は黒く染まっていく視界の中、地面に両手をつけてまるで子どもみたいににっかり笑った。

 

「もう大丈夫だ。俺がいる」

 

 きっとありがとうっていうと照れくさくなって逃げるんだろうなぁと思いながら、私は包み込んでくれる黒に身を任せた。




マスキュラーさんが雄英生を瞬殺する未来以外見えなかったので、尾白くんと障子くんと青山くんには犠牲になってもらいました。ファンの方は申し訳ございません。


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第84話 敵連合トゥワイス(1)

「自分を保てなくなること?」

 

 首を傾げる月無に、一つ頷く。いつも飄々としているがやるときはやる月無だが、芯を持っているように見えてそうでもないようにも見えるので、このあたりがわかりづらい。自分を持っていることは確かだが。

 

「うーん、どうだろ。自分が何なのかって実は全然わかんないものだし。多分。自分がどんな人間かって説明するのって、ものすごく難しいと思うんだよね。誰かのことを説明するのは簡単なのに。それが合ってるかどうかはともかくとして」

 

 いつもの調子で答える月無にまた頷く。自分が何なのかがわからないというのは大いに同意する。あ、今ちょっと韻踏んだ。

 

「まぁでも、自信を持って言えるのは敵連合が大好きな自分が僕ってことかな。今いいこと言ったんだけど、どう?」

 

「恥ずかしい。ゼロ点」

 

「あっ、弔先生だ!どうしてそんなに捻くれてるのか教えてもらっていいですか?」

 

「社会のせいで、俺のせいだよ」

 

「つまり弔くんは社会そのもの?」

 

 バカなことを言い合って笑う二人に、つられて俺も笑う。あぁ、今笑っているのは確かに俺だ。なんで今までこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。それはきっと、俺が俺自身から逃げていたからに違いない。

 

 月無が言っていたように、俺が俺であることはものすごく簡単なことだったのに。

 

 

 

 

 

 

「やばっ、とれねぇ!助けてくれ死柄木!俺を殺せ!」

 

「お前は……」

 

 床に引っ付いているもぎもぎを踏んづけてしまったので、死柄木に助けを求める。逆のことを口走ってしまうのはもはや癖だ。これも俺だ。

 死柄木は俺を拘束しているもぎもぎに触れ、一瞬でボロボロにする。その気になればもぎもぎに触れている俺もボロボロにできるそれに一瞬冷や汗をかくが、同時に頼もしさを覚えてサムズアップすると、死柄木はため息を吐いた。流石俺。死柄木をよく見ているからこその再現度。

 

 いや、こいつも死柄木なのだから再現がどうとか言うのはおかしいか。

 

「あのブドウ、ザコそうに見えて中々厄介だ!余裕だし放置しとくか!」

 

「確かに、拘束系の個性は厄介だな……加えて」

 

 ファイティングポーズをとっていると、隣にいた死柄木に引っ張られた。何事かと思っていれば俺がさっきまでいた位置を駆ける黒い影。

 

「普通に強い個性の常闇くんか。これは面倒くさい」

 

「サンキュー死柄木!余計なことしやがって!」

 

 言いながら、もぎもぎの子にメジャーを伸ばす。確か峰田だったか。あのもぎもぎはやっかいだから数を増やされる前に倒さなければならない。

 しかし、俺が伸ばしたメジャーは空を切り、峰田は人とは思えない速度で跳ねまわった。少し楽しそう。

 

「っぶねー!あんなもん刺そうとしてきやがって!死んじゃったらどうするんだよ!」

 

「死なないようにしろ」

 

「してるわ!見ろこの頭!もう血が出てるだろ!?」

 

 なるほど、使いすぎると血が出る、と。最初の方にめちゃくちゃもぎもぎを投げてたからその反動であぁなってるのか。つまり、今あるもぎもぎをぶっ壊していけば楽に戦える。

 

「死柄木!」

 

「そうしよう」

 

 俺の意をくみ取ったのか、死柄木が頷いて両手を地面につけた。あれ?それってもしかして。

 

「一旦壊せばいいだろ」

 

「雑!繊細なやつだな!」

 

「峰田!」

 

「うおわぁ!?地面が!まともじゃねぇってあいつ!」

 

 廃ビルの七階から六階へ全員が落ちる。常闇は飛行能力を持っているようで、峰田を支えながら緩やかに着地。死柄木は身軽に崩れる地面をひょいひょいと移動しながら華麗に着地。俺はメジャーを天井に突き刺そうとして失敗し、無様に落下。

 

「ぐわぁ!やられた!まさかの味方に!ちくしょうやりがったなテメェら!」

 

「今味方にやられたって言ったじゃねぇか!」

 

「いちいちヤツの言動に耳を貸すな」

 

 起き上がって、またもファイティングポーズ。死柄木のおかげでもぎもぎはゼロになった。本当に恐ろしい個性だ。死柄木にかかれば今あの場にいた全員をボロボロにすることだってできたのだから、本当に味方でよかったと思う。

 

「よし行くぜ死柄木!あのブドウ頭狙いだ!」

 

「ひぃっ!助けてくれ常闇!」

 

 同時に距離をつめる俺たちに、常闇の黒影が襲い掛かった。しかしそうくるのは予想済み。今度こそ高くなった天井にメジャーを突き刺し、ターザンのように黒影を避ける。そしてメジャーを引っこ抜いて峰田に向かって跳び蹴りを、

 

「うおっ!」

 

「拘束成功!」

 

 しようとしたが、間一髪峰田に避けられ、更にいつの間にか地面に置いていたもぎもぎに引っ付いてしまった。またこれか。

 

「死柄木!」

 

「もうお前じっとしてろ」

 

「死柄木!?」

 

 なんてことだ。まさか味方に見捨てられるなんて。俺も俺自身のことをじっとしておいたほうがいいと思ってたけど。

 死柄木は黒影と攻防しつつ、目で峰田を牽制する。黒影自身は死柄木が触れれば一瞬霧散するので対処はしやすそうだが、隙を見せて峰田に拘束されればなし崩し的にやられてしまう。めちゃくちゃいいコンビじゃないか?この二人。

 

「あー、なんで元に戻るんだお前。消えっぱなしでいろよ」

 

「影ハ消エネェダロ!」

 

「一瞬消えるから言ってんだよ」

 

「……」

 

 死柄木が頑張っているところ悪いが、暇になってきたのでタバコを吸うことにする。この戦場で吸うタバコがまた格別にうまい。この余裕感がたまらない。子どもの前で吸うのは教育に悪いが、そこはヒーローと敵という関係性的に許してほしい。

 

「くっそ!あいつオイラのもぎもぎをことごとくボロボロにしやがって!もう一人はタバコ吸ってるし!……あれ、こいつブッ叩けばあいつ消えるんじゃね?」

 

「まっ、待て!落ち着け!お前は値上げしたタバコの一本一本がどれだけ貴重かわかんねぇのか!」

 

「やれ、峰田」

 

「ほい」

 

 俺の命乞いを無視して峰田は仰向けに寝ている俺の顎を思い切り蹴った。容赦がなさすぎる。本当にヒーローなのか?これ、周りから見ればこいつらのが敵だろ。やり口的に。

 ……ただ、勘違いしている。そりゃあの死柄木は俺が作り出したんだから俺を叩けば消えるだろっていう考えにはなるだろうが、なぜそれを正しいと思い込んでしまったのか。

 

「無様だな、トゥワイス」

 

「き、消えねぇ!?」

 

 あの死柄木は俺がやられた程度で消えやしねぇ。そりゃそうだ。なんてったって俺たちのNo.1。下がやられて動揺するようなやつには務まらない。クールで熱いあいつだからこそ務まるポジションだ。

 

「油断したのが運のツキだな」

 

 死柄木は一瞬で距離をつめ、峰田を抱え上げた。ついでに俺を拘束していたもぎもぎをボロボロにする。

 

「さて、どうする?といっても、大人しく拘束されるしかないだろうが」

 

 四本の指で峰田に触れながら脅しをかける。さっき地面を丸ごと崩壊させたところを見ていたからだろう。常闇と峰田の二人が顔を青くさせ、ゆっくりと頷いた。うん、それでこそ死柄木。やっぱり強い。

 

「トゥワイス。メジャー借りるぞ」

 

 どうぞ、という意思を込めて小さく手をあげる。容赦なく顎を蹴られたため脳が揺れてあまりうまく動けない。無理やり動くことはできるだろうが、そうすれば吐く自信がある。今吐いてしまえばマスクがぐちょぐちょになり、地獄と化すことだろう。そんなことをすればトガちゃんに嫌われてしまう。

 

「あぁ、そういえば黒影がいるから拘束しても逃げ出せるか。だったら適当に痛めつけておこう」

 

 ……さっきあいつらの方が敵だと言ったことを謝りたい。峰田を抱えながら常闇をボコボコにする死柄木は、紛れもない敵だった。正直ちびった。峰田はちびってた。




短いですがキリがいいので。


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第85話 敵連合トゥワイス(2)

「おーい、大丈夫か?」

 

 増やした死柄木を消して峰田を縛り上げつつ倒れている常闇に話しかける。流石の常闇と言えど、『触れたらバラバラにできる』個性を持つ死柄木相手ではどうしようもなかったか。……あいつ、めちゃくちゃ強いよな。本気出せば一瞬でバラバラにできるし。地面崩壊させたときも手加減してたし。俺の個性は分身の耐久力が増したが、命令は聞かずに自分で考えて行動するっていうのがまた少し怖いところ。いい風に言えば信用できるやつなら最強の個性だと胸を張れるんだが。

 

「おい、息してんのか?大丈夫なんだろうな?」

 

「あぁ、息はしてる。うちのリーダーがそんなミスしねぇって」

 

 マスクを脱ぎ、タバコを咥える。個性が強くなったのはいいが、それと比例するように俺自身が弱くなった気もする。アレだ。仲間がそばにいると安心しちまうっていうアレ。こいつがいれば安心だって思っちまうから、どうしても気が抜けてしまう。こういうところは月無に影響されたのだろうか。いや、俺のこれは月無のそれより酷い。あいつは気が抜けているように見えて実はしっかりしている。と思う。

 

「まぁ、死柄木相手なら仕方ねぇ。殺しはしねぇがちょっと縛って」

 

「クセェ」

 

 おこう、と言おうとした俺を、常闇から伸びた黒影が弾き飛ばした。ほら、月無ならこういう油断もないんだ。俺は敵連合一詰めが甘い。

 

「ヒーローの前で呑気にタバコとは、舐められたものだな」

 

「常闇ィ!」

 

 しかもここで峰田を掴んでおくことではなくタバコを守ることを優先してしまうというのも俺の悪い癖。喫煙者の悲しい性だ。一本一本の重要性が高いんだ、この時代。

 

「おっ」

 

「悪いが、大人しくしてもらおう」

 

 倒れ込んでまだ呑気にタバコを吸っている俺に、黒影がのしかかってきた。腕を拘束され、咥えタバコになる。灰が顔に落ちた。熱い。

 

「また増やされる前に気絶してもらう。悪く思うな」

 

「……俺のことは俺が一番理解してる」

 

「何?」

 

「つまり、俺を増やすのにモーションも何もいらねぇってことよ」

 

 例えば、誰かを増やすときは記憶の引き出しを開ける、というワンステップが必要になる。測った長さ、体格、そして性格やそいつとの思い出。そのすべてを引き出してから増やすという手順を踏むが、俺を増やすときはその手順は必要ない。俺のことは俺がよくわかっている。俺はいつだって引き出しの前でスタンバイしている。

 

「ぐおっ」

 

「フミカゲ!」

 

 増やした俺が常闇を襲い、一瞬黒影の拘束が緩んだ瞬間に抜け出した。そして視線の先にはマスクをしている俺。分身の強度を上げるのはそこまで苦労しなかったが、俺を増やすのはやはり苦労した。まだ条件がないと増やせないところがまたダサい。月無は「なんか必殺技っぽくてカッコいいね!」と呑気なことを言っていたが。

 

 その条件とは、俺が『マスクを脱いでタバコを吸っていること』。つまり、俺は『分倍河原仁』として『トゥワイス』を増やしている、ということ。そして、俺を増やした時点で一度に増やせるものが二つまでという制限はあってないようなものだ。

 

「よう、久しぶり、俺!相変わらずイカしたツラしてるな!このブス!」

 

「おう、そうだな。悪いが協力してくれ、俺。夢見がちなガキどもに大人ってやつをわからせてやろう」

 

 と、やっている間に峰田の拘束が解かれてしまった。おいおい、俺は二人になっても油断だらけか。それならそうだな、何人にでも増やしてしまおう。

 

「「見せてやろうぜ、分倍河原仁(トゥワイス)を!」」

 

 俺が俺を増やし、また俺が俺を増やす。増殖の永久機関、俺の個性の真骨頂。

 

「「『俺であり俺でなく、やはり俺である(m y s e l f)』。その恐ろしさ、とくとご覧あれ!」」

 

 ダサいがイカしたこの技名は、月無がうきうきしながらつけてくれた大切なものだ。あいつやっぱセンスズレてるぜ。百点満点だ!

 

「なんだぁ!?めちゃくちゃ増えたぞ!」

 

「自分も増やせるのか!これは、マズい」

 

「おうおう逃げるなよ!このトゥワイス様が成敗してくれる!」

 

「二対何だ?おい、俺!何人増やした?」

 

「俺は俺だ!つまり二対一!」

 

「流石俺、賢いな!」

 

 傍から見ると、俺は結構おしゃべりだなということがよくわかる。月無より喋ってるんじゃないか?これ。アレより喋っているのはとてつもなく不安だ。余計なこと喋り過ぎて負ける可能性がある。というか拘束されたときにすぐ畳み掛けられてたら負けてたし。

 

 まぁ、もう負けることはない。

 

「どうすんだよ常闇!」

 

「本体を叩いても意味がなかったということは、この数を一気に倒すしかない。……できないことはない、が」

 

「強がりはやめな坊や!今謝ったら許してやるぜ!」

 

「なにを!?」

 

「俺に暴力を振るったことさ!」

 

「でも俺もあいつを傷つけた!」

 

「アレをやったのは死柄木さ!俺じゃねぇ!」

 

「謝んないならやっちまうぜ!覚悟しろ!」

 

 口々に騒ぎつつ、俺たちが常闇と峰田に殺到する。あの数なら殴らなくても埋もれて気絶しそうだ。というかあの俺たちはあんな数でまとまってて息できるのか?何人か窒息でやられてないだろうな。

 

 ま、どちらにせよ勝っただろう。触れただけで壊せる死柄木や、逆に数がいると無双を始める月無が相手ならこの個性はほとんど意味ないが、単純な戦闘能力しかない相手なら十分強い。数は正義だ。

 

「うわー!!」

 

「なんだこれ、とれねぇ!」

 

「おい、俺!離れろ!」

 

「離れたくても離れられねぇよ!俺だからな!」

 

「いや、そういうんじゃねぇって!この玉だ、俺たちをくっつけてんのは!」

 

 ん?と思ったとき、俺たちを飛び越えて誰かが、いや、言うまでもなく常闇と峰田が現れた。峰田は上から玉をバラいており、あいつらのところに向かっていた俺たちはというと全員団子になって固まっている。

 

「増えたお前も間抜けだな!オイラのもぎもぎで全員引っ付いちまった!」

 

「どんだけ間抜けなんだ俺たち!!?」

 

 そういや俺も度々引っ付いてた。それで死柄木に呆れられちまったんだ。忘れてた。そりゃ俺は俺だからそうなる。

 

「ただ、忘れてねぇか?俺はまだ俺を増やせるんだぜ!」

 

 俺自身が増やしたのは一人のみ。もう一人ならまだ増やせる。

 

「おい、俺!俺たちが固まってるが、アレなんだ!?」

 

「俺が俺だったってだけさ!ちなみに敵は上だ!」

 

「任せろ俺!」

 

 言っている間に俺は峰田の玉に拘束され、増やされた俺は叩き潰されてしまった。

 

「俺、よわっ!」

 

「峰田と相性が悪かったようだな」

 

 悪いどころじゃない。間抜けポイントをことごとく踏み抜く俺からすれば相性最悪。俺が俺であるばかりに!

 

「ちくしょう!」

 

 その場にいては黒影にやられてしまうので、メジャーを離れた床に刺し、引き戻しながら跳躍して一気に離脱する。逃げ方だけは本当に上手くなったんだ、俺。なのに拘束されるってどういうことだよ。

 

「がんばれー!俺!」

 

「いいぞ!ついでに助けてくれ!」

 

「増やした先にも玉が散らばっててもう増やしても無駄なんだ!」

 

「なら死柄木増やせ!あいつなら拘束解いてくれる!」

 

「やらせん」

 

「はやっ!」

 

 大分距離を稼いだつもりだったが、峰田を抱えた常闇がもうすぐそばまで来ていた。そのまま峰田は血だらけの頭から玉をもぎって俺に投げつけてくる。

 

「もうくらうかよ!」

 

「いや、くらわせる」

 

 投げつけられた玉を軽くよけ、また逃げようとメジャーを伸ばそうとした時、黒影が玉を掴んで俺に引っ付けてきた。いや、そんなことしたら黒影と俺引っ付いちゃうじゃん……マズくね?

 

「待って!お互い引っ付きあってファイトって、そんなバカな話あるか!男らしいにもほどがある!」

 

「確実にやるためだ」

 

「鬼かよ、ちくしょう!」

 

 名残惜しく思いつつ、このままでは何も増やせないのでタバコを捨て、マスクをかぶる。こうすれば増やした俺は消える。どろどろになってなくなっていく俺たちを見て申し訳なく思いつつ、俺は死柄木を増やそうとするが、

 

「アイヨ!」

 

「いてっ!」

 

「アイヨ!」

 

「ちょ、まってほんと!」

 

 引っ付いた黒影が俺をボコボコにしてくる。あぁ、死柄木にやられてるとき常闇はこんな感じだったのか。こりゃ情けないしめちゃくちゃ痛い。おい、もっとヒーローらしい戦い方しろよ。こんなもんテレビで映せないぞ?

 さぁ、どうする。このままだとボコボコにされて終わりだ。俺以外を増やすには少し落ち着く時間がいる。少しでいいんだが、その少しですらこいつは与えてくれない。……いや、まて、確か黒影って光に弱いとかなんとか……。

 

「こいつでもくらいやがれ!」

 

「オワッ!?」

 

 俺はポケットをまさぐり、ライターを取り出して黒影の目の前で着火した。少しびっくりした程度であまりきいた様子はなかったが、それで十分。メジャーを常闇目掛けて発射し、常闇の肩に刺した。

 

「ぐっ」

 

「こっちこいやオラァ!近寄んな!」

 

 そして、黒影が一瞬弱っている間に一発顔面に拳をぶち込む。ついでに峰田にも色んな恨みをこめて蹴りを入れておいた。せっかくの俺の必殺技を台無しにしやがって!

 

「テメェだけ離れたところで安全に戦いやがって、男らしくねぇ!正々堂々殴り合おうぜ!」

 

「お前に言われたくはない……!」

 

「いてぇ!あいつオイラの顔蹴りやがった!常闇、降ろしてくれ!」

 

「悪いが、そんな暇は、ない!」

 

 峰田は常闇の懐にまるでカンガルーの子どものように収まっている。俺は峰田が出てこないように常闇を殴り続けるだけだ。黒影がめちゃくちゃにボコってくるが、気にしていられない。

 

 俺は何をしてるんだろう。せっかく鍛えた個性も使わず、殴って蹴って。ちくしょう、こんな拘束された状況じゃなけりゃ俺のスマートな個性が猛威を振るったっていうのに。

 

「おら!オイラのもぎもぎをくらえ!」

 

「ぐ、おっ!?」

 

 常闇と殴り合っていると、足に玉をつけられてよろけてしまった。マズい。目の前でこんな隙を見せたら、

 

「行くぞ黒影!」

 

「アイヨ、フミカゲ!」

 

 よろけた俺に、常闇と黒影が同時に攻撃する。今まではなんとか防御できていたが、よろけた体勢で防御できるほど体力も残っていなかった俺は、モロにそれを喰らって足が地面と引っ付いているせいでろくに衝撃も殺せずにその場に倒れ込んだ。

 

 脳が揺れるとはこういうことか。今なら鏡を見たら俺が超絶美形に見えるに違いない。いや、俺はどうなろうと俺だから、それはありえないか。

 

「っ、……あー、あー。ダメだ、もう立てねぇ。詰んだ。クソ、普通俺が俺を増やせば勝てるだろ。間抜けか俺」

 

 あいつは間抜けな俺こそ俺らしいと笑うのだろうが、それはそれで情けない。俺が間抜けだからこそ俺は俺を増やせる、みたいなところもあるのかもしれないが。

 

「大人しくしていろ。といっても、どうせ動けないだろうが」

 

「うぅ、くっそー、頭いてぇ。オイラ人生で一番もぎもぎ投げた。絶対。頭から肉見えてる自信あるぜ」

 

「大丈夫だ。恐らく」

 

 コエーよ!と言っている峰田を見て小さく笑う。うん、まぁ俺を止められるくらいの拘束力なら上出来だろう。というかクソ強くないか?峰田。常闇だけなら勝てた自信しかないし。

 

「まー、今回は俺の負けだ。大人しくしろってのは無理な話だが、そうだな」

 

 黒いモヤが俺を覆う。これは黒霧のやつか。ってことは黒霧はもう帰ってるってことか。あいつらにも会えるといいなぁ。

 

「頼むぜ、未来のヒーロー」

 

「おい、待て!」

 

 待てって言われて待つ敵がいたらそりゃずっと平和だったろうな、と思いながら俺は黒に飲まれていった。




カッコいいトゥワイスを見たかった皆さまは申し訳ございませんでした。


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第86話 敵連合荼毘(1)

 毎日が楽しいか、と聞かれれば肯定する。初めはステインの意志をまっとうするために入った敵連合に居心地の良さを感じ始めたのはいつからだったか。らしくもなく炎で文字を書けるようになったのは、あいつ、もしくはあいつらの影響だと断言できる。

 

 そもそも、敵とはなぜ敵と呼ばれるのだろうか。犯罪者だから、悪いやつだから。じゃあその背景には何がある?憤り、不満、革命、または不幸。

 

(そうやって追い詰められてるやつを助けるのがヒーローなんじゃないのか?)

 

 いつも記憶の片隅で誰かが泣いている、とあいつは詩人みたいなことを口にして一人で恥ずかしがっていた。そんなダサいやつでも敵連合のNo.2を名乗れるのだから、世界というものはわからないものだ。

 

 まぁ、実際にはNo.2というのもわからなくはない。戦力を集めているときに会った

チンピラどもは『月無凶夜』を尊敬していた。ところが、そいつらは決まって「上に立つって言うより、友だちみたいな感じ」と口にする。わからなくもない。あいつはいつだって上に立つことはなかった。ただ前を向いて、遅れているやつがいたら自ら戻ってきて引っ張っていくような、そんなやつ。

 

 だからこそ、俺は誰かのために炎で文字を書こうという気持ちが芽生えたんだろう。

 

「……さて」

 

 俺は『victory』という文字を指先でゆらゆらさせつつ、目の前で膝をついている二人を見る。俺が思っていたよりも早くバテたな。炎の中で戦うっていう訓練は積んでないらしい。もっとも、個性的に轟は戦えてもおかしくないのだが。

 

「威勢がよかった割には、大したことねぇな」

 

「……まだだ」

 

「そりゃそうだ」

 

 返事とともに放たれた氷を炎の壁で受け止める。「殺すな」って言われてるから攻撃は手加減しないとダメだが、防御は全力でやれて気が楽でいい。八百万が大砲か何かを持ちだしたら危険だが、ここがビルの屋上である以上、砲弾が落ちる危険性を考えればそれは使えない。そもそも何かを作る前に牽制して今のところ何一つ作らせていないのだが。轟がサポートしようと放つ炎や氷も簡単に俺の炎で飲み込める。

 

「お、またか」

 

「くっ!」

 

 にも関わらず性懲りもなく創造しようとした八百万に向けて炎を一つ。大雑把に炎をまき散らすだけではなく、こういう細かい圧縮した炎を出せるようになったのもあの文字の特訓のおかげか。誰かのためにっていうのも存外悪くない。

 

「あぁ、そういやエンデヴァーがやられたって知ってるか?」

 

「なっ」

 

「はい油断」

 

 一瞬動揺したところに炎を放つ。少し遅れながらも炎で対抗してくるところは流石というべきか、反射神経からして他とは違うらしい。

 

「メディアが有能ならもう広まってるところだろ。まぁそれをどれだけの人間が聞けてるかわからねぇが」

 

 もっとも、そろそろラブラバがチンピラ引き連れて局にかち込むところだろうから、そうなればエンデヴァーがやられたって事実は瞬く間に広まる。まったく、最初にNo.1をやるってどれだけ大胆なんだ、あいつら。

 

「ったく、No.1を名乗っておきながら開戦後すぐにやられるって、マジでNo.1か?うちのNo.2でもめちゃくちゃするが流石にやられはしねぇぞ」

 

「……エンデヴァーがどうとかはどうでもいい」

 

「お?」

 

「今は、お前を倒すだけだ」

 

「言うねぇ。どうせ無理なのに」

 

 といっても俺はあまり長期戦に向いていない。だからできるだけ早めに決着をつけなければと思っているのだが、燃やすという特性上どう加減したところで死ぬ、もしくはなにかしらの後遺症が残る可能性がある。いつもなら躊躇なく燃やすところだが、今回の命令だとそれもよくない。こいつらが諦めるタチでもないだろうし。

 

「八百万。俺があいつを止めておくから、下がって隙を見て創造してくれ」

 

「はい!ですが何を」

 

「任せた」

 

「……おいおい。そりゃ作戦か?お粗末だな。そういうやつには将棋がいいらしいぜ」

 

「いや」

 

 八百万が下がったと同時、今までとは桁違いな威力の炎が俺の視界を埋め尽くした。その炎の波に炎をぶつけて相殺する。あいつ、やっぱり足手まといじゃねぇか。

 

「なるほど。味方が隣にいたんじゃそりゃこの威力は出せないな」

 

「燃費とか色んなモン無視してでもやらねぇと勝てねぇって思ったから、こうした」

 

 そういや、炎の方はまだ大雑把で慣れてないんだったか。つかなんだ炎の方はって。冷静に考えりゃ氷と炎どっちも使えるっておかしくないか?

 

「それは光栄。だが、お前が何をしてきても俺は全部防げる自信がある。あとは八百万が何をしてくるかによるが……」

 

 まぁどうせこけしか何かだろう、と思いながら俺の方に飛んできた物体を見ると、やはりこけし。なんだ、あいつこけし好きなのか?

 

 ただ、こけしの中に何が入っているかはまだわからない。スタングレネードか?いや、轟がゴーグル類をつけて対策をしていないことから可能性はゼロじゃないがそうではないと思っていていいだろう。

 

「お」

 

 しかし中から出てきたのは手榴弾。なんの変哲もない現代兵器。

 

「ヒーローが使う代物じゃねぇだろ!」

 

 自身を炎で覆って爆発から身を守る。ただでさえ炎を使うと肌が焼けるのにこんなことをすれば余計にひどくなるが、飛散した破片が刺さるよりはマシだ。

 

 ……いやちょっと待て。そもそも仲間が近くにいる状況で手榴弾なんか使うか?そういや俺もさっき言ったな。ヒーローが使う代物じゃねぇって。

 

「やられた!」

 

「おせぇ」

 

 あいつの間抜けがうつったのか、視界まで塞ぐという愚の骨頂。まんまと罠にはまったことに気づいたときには、俺の体はビルから投げ飛ばされていた。確か膨冷熱波、だったか。こんなとこで使ったら普通の相手なら死ぬぞ。俺でよかったな、本当に。

 

 炎を微調整しながら、轟と八百万のいるビルに戻る。正直体中痛いが、あれだけ余裕ぶった手前何でもない風でいないととてつもなくダサい。……こういう考え方自体、あいつに染まってきている気がして物凄く嫌だ。

 

「どうした?何か焦げクセェが」

 

「あぁ、驚いた。まさかここまで自分が間抜けになっているとは」

 

「そんなおまぬけなあなたに教えて差し上げますわ」

 

 は?と言いながら八百万を見ると、こちらに得意気に掲げているリモコンが一つ。足元にはさっきのこけし。

 

「それ、リモコン式ですの」

 

「ちょっと待」

 

 再び衝撃。実物の手榴弾よりは威力を抑えているみたいだが、それでも結構な衝撃だ。当たり前だろう。どれだけ威力が低いと言っても爆発は爆発。すげぇ痛い。

 

「悪いな」

 

 そして、目の前に迫るのは轟が放つ氷。炎で体勢を整えようとしていた俺はそれに反応できず、

 

「……全身凍らせてよろしいのですか?」

 

「ちょっと経ってから溶かせば死にゃしねぇよ」

 

 凍らされてしまった。

 

 

 

 

 

 

「うおー!カメラを持つアニキもナイスだぜ!」

 

「流石敵連合の同盟の首領!何をしてもサマになる!」

 

 ……俺はなぜこんなことをしているのだろうか。エリを取り返すためにやつらの本拠地に行こうとしたところ、周りのチンピラに「助太刀ですね!?」と勘違いされ、あれよあれよという間にラブラバという女と合流。そのまま局を制圧し、なぜかカメラを持たされ、街頭モニターに映るチンピラどもにため息を吐いているのが今。そしてそのチンピラを映しているのが俺だ。

 

「若」

 

「何も言うな」

 

「さぁ行くわよ!戦えない者には戦えない者の戦場があるの!」

 

 はじめは組員が解放された今、敵連合の作戦など知ったことかとカメラをぶち壊してやるつもりでいたが、今それをすると周りのチンピラが鬱陶しい。一人ひとりなら相手にしても問題はないだろうが、こいつらが束になってかかってくるとなれば無事ではすまないだろう。だったら、ここは協力しておいて敵連合との関係が密になったところでエリを取り返すというのが一番だろう。

 

 あいつらのカリスマには感心する。これでは日本全国に敵連合の目があるみたいなものだ。

 

「あんたたちは邪魔するやつらを片っ端からぶっ飛ばして!あ、殺しちゃダメよ。そういう命令だから」

 

「了解しやしたラブラバの姉御!」

 

「伊達にタルタロス入ってませんぜ!」

 

 自慢にもならないことを口走りながら、向かってくるヒーローを迎え撃つチンピラを適当に映しつつ、「結構ノリノリだな、俺」と自分自身を鼻で笑った。短い時間一緒にいただけでここまで影響されるか。とんでもないな、敵連合。

 

「月無はジェントルのところに向かうらしいわ、好都合よ!ジェントルの雄姿を全国に届けるために、全速力よ!私を担ぎなさい!」

 

「へい!失礼しやす!」

 

「オラどけどけ!!ラブラバの姉御と治崎のアニキのお通りだ!」

 

「ってかオイ!何治崎のアニキにカメラ持たせてんだ!労働させるなんざ恐れ多い!」

 

「いや、いい。カメラを持つのは敵連合と対等な俺の方がいいだろう」

 

「そんなお考えがあるとは露知らず!申し訳ございません!」

 

「怒らないでやってください!どうか俺の首一つで勘弁願えませんか!」

 

「気にするな」

 

「アニキー!!」

 

 まったく、騒がしい。本当にこいつらタルタロスに入ってたのか?これも敵連合の影響ってやつか?だとすれば俺はとんでもないやつらを敵に回そうとしているようだ。これならエリを取り返すよりも同盟という立場に落ち着いておくほうがいいかもしれない。

 

「……あれ、若?」

 

「なんだ」

 

 ヒーローと戦うチンピラ、なぜか民間人の避難誘導をしているチンピラを映しながら音本に返事をする。何か気になることでもあったのだろうか。

 

「笑ってます?」

 

「……」

 

 音本の問いかけに、口元を引き締めて前を見た。まさか、そんなはずはない。いくらなんでもそこまで影響されないはずだ。戦場で笑って、まるで日常であるかのように過ごすなど。

 

「いやぁ、若のそんな笑顔が見れるなら、案外いいかもしれませんね。敵連合」

 

「あくまで同盟だ。俺たちは敵連合じゃない」

 

「わかってますよ」

 

 ならその顔はなんだ、と聞いてやると、「笑ってましたかね?」と返ってきた。



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第87話 敵連合荼毘(2)

「……おい嘘だろ」

 

「そんな、まさか」

 

 微かに聞こえてくるその声は、驚愕、はたまた恐れ、いや、やはり俺にはわからない。こういうのは死柄木や月無が得意にしているところだ。感情を読み取る前に燃やしていた俺には理解しようもない。あいつらの感情はなんとなく読み取れるが、親しくもないこいつらの感情なんて読めるのはそれこそあいつらくらいだろう。

 

 俺を凍らせていた氷を溶かしながら、装備を外していく。酷使しすぎたのだろう。妙な音を立てて変形してしまっている。これはあとでどやされるな。安くないんだぞって。

 

「いい感じに冷えた。相性いいのかもな、俺たち」

 

「凍った後に内から溶かすって、なんだお前」

 

「知らねぇが、できたもんは仕方ねぇだろ」

 

 俺自身も驚いている。凍らされた時は負けたと思ったが、まさか凍らされてなお炎を出せるとは。芯まで凍ってたら流石に負けていただろう。そこは轟の殺さないようにという手加減に感謝するべきか。

 

「さて、どう倒すか。お前の氷って便利だよな。炎は殺さないようにすんのが難しいが、氷は拘束に使える」

 

 羨ましい。俺も炎の質を変えて拘束する、みたいなことができればいいのに。いや、そうなると拘束したところが延々と燃え続けて結局死ぬことになるか。殺さないようにっていうのは本当に難しいな。

 

「あ、さっきのやつはやめてくれよ。今度ビルから投げ出されたらそのまま落下して死ぬから」

 

「殺す気はねぇよ」

 

 だろうな。ヒーローだし。俺たちはヒーローじゃないのに殺す気ないけど。本当に敵らしいけど敵らしくないというか、不思議なやつだ。月無も、死柄木も。

 

『アニキに続けー!』

 

『うおー!!』

 

「お」

 

 お互い睨みあって膠着状態に入っていたところ、何やら愉快そうな声が聞こえてきた。見ると、街頭モニターに複数の敵が映し出され、全員笑いながらヒーローと戦っている。そして、敵に担がれているラブラバの姿も見えた。何やってんだアイツ?

 

「なんですのアレ……」

 

「局の制圧が完了したってところだろ」

 

 呆けている八百万に答えてやると、二人が目を丸くした。いやいや。

 

「脅しはしていても殺してはいないはずだ。元々民間人に手は出さねぇようにとは言われてる。それでも手を出してるやつを後で焼くのが俺の仕事でもあるんだが……あぁ、今のは忘れてくれ。どうもあいつと一緒にいるとおしゃべりがうつっていけねぇ」

 

 内緒な、と言いながら『secret』という文字を見せる。これにまた二人は目を丸くした。そんなにこの芸が面白いのだろうか。それなら俺も習得してよかったと思えるものだ。……この気分はMr.のがうつったか?

 

「お前、何か雰囲気変わったか?」

 

「ん?頭は冷えたな。それでさっきとは別の余裕が生まれたとか……あとはそうだな」

 

 下の方から聞こえてくる聞きなれた音を感じつつ、背後に開かれたゲートに飛び込みながら、

 

「実は、もう俺の仕事終わってるんだ」

 

「なっ、待て!」

 

 俺に手を伸ばす轟だったが、直後バランスを崩した。それもそのはず、このビル自体が崩壊しているから。

 

 ま、後はあいつに任せて俺は帰ろう。八百万はともかく、轟は見るまでもなかった、って報告すりゃいいだろ。多分。

 

 

 

 

 

 

「わー、ラブラバさん!」

 

「だねぇ。頑張ってるねー」

 

 エリちゃんを膝の上に乗せながら、テレビに映るラブラバさんを一緒に観る。この映像を撮っているのはエリちゃんにとってトラウマともいえる人なのだが、それを気にしていないのは強くなったのか、はたまたあの人に影響されて歪んでしまったのか、どちらにせよ怯えないというのはいい傾向、かな?

 

「ヒミコ姉、凶夜さんまだかな」

 

「まだじゃないかなー。あの人、間がいいようで悪いですから」

 

 ヒミコ姉、と呼ばれるたびににやにやしてしまうのは私だけの秘密。随分仲良くなったというか、ここにきた当初と比べて子どもらしくなったな、と思う。一番懐いている凶夜サマが子どもっぽいからというのもあるだろうが、それ以上にエリちゃんが子どもっぽくなれる環境を作った私たちがすごいということで、胸を張ってもいいんじゃないかと思う。

 

「おい、めちゃくちゃするな、死柄木のやつ」

 

「あ、荼毘くんおかえりです」

 

「おかえりなさい」

 

 エリちゃんを可愛がりながらテレビを観ていると、黒霧さんのゲートから荼毘くんが帰ってきた。あまり怪我がないことから、戦いの途中で帰ってきたっぽい。不完全燃焼ですって顔してるし。

 

「あれね、出て行くついでに私を助けてくれたの。カッコよかったよ?」

 

「本当に働き者だな、うちのツートップは」

 

 言いながら、私の隣に座った荼毘くんは、エリちゃんのほっぺをつんつん突いた。こら、手洗ってないでしょ。

 

「いけねぇぜ荼毘!外から帰ってきたらまずは手洗いうがい!いつも綺麗にしてるな!」

 

 その光景を見ていた仁くんがすぐに咎める。まったく、エリちゃんに菌がうつって病気になったらどうするの。そんなことになったら凶夜サマが動揺して使いものにならなくなるに決まってる。

 

「あぁ、悪い。大役を任せられてるから緊張してるかと思ってな。ほぐすつもりだった」

 

「それなら俺がやっといたぜ。筋肉繊維うんていだっつって呑気に遊んでやがった。間違いなく月無の影響を受けてやがる」

 

 こちらも不完全燃焼のマスキュラーさん。さっきエリちゃんと遊んでいたのはものすごく意外、というか何やら犯罪臭がした。エリちゃんが楽しそうにしていたのはマスキュラーさんの言う通り凶夜サマの影響だろう。だって、普通の子ならマスキュラーさんは怖いに決まってる。

 

「ほんと逞しくなったわよねぇ。もう凶夜くんよりしっかりしてるもの」

 

「確かにな。合宿襲撃の時は苦労したぜ」

 

「俺はあいつをサポートしきる自信ないな……」

 

 マグ姉とコンプレスさんとスピナーくんもやってきて、遠回しに凶夜サマの悪口を言う。本当に悪く言ってるわけじゃないけど、本人が聞いたら拗ねそうだ。結構繊細だし。面倒くさいって言うのかな?

 

「あの子は誰かに何かを与えるのが得意だからね。苦労もそのうちの一つさ」

 

「七割苦労な気がしますよ、一体どのような教育を?」

 

「さて、あの子が勝手に育ったからね」

 

 先生と黒霧さんも合流して、今ここにいる全員が揃った。みんな暇なのかな。まぁしばらくは仕事がないし、私も暇だから人の事言えないけど。

 

「これでもあの子たちの成長には喜んでるんだ。まさか弔があんなこと言うなんて思っても……いや、不思議ではないか」

 

「死柄木にとって月無は特別ですからね」

 

「弔くんはみんなのことも特別だと思ってるよ?」

 

 黒霧さんの言葉に、首を傾げたエリちゃんが返す。うん、それはそうなんだけど、なんというか。あの二人は同じ方向を向いているようで向いていないというか、その状況で弔くんが同じ方向を向かせようとしているというか、うまく言えないけどそういう意味で特別。はじめから同じ方向を向いている私たちを向かせる必要はないもんね。

 

「特別っちゃ特別だろうが、ま、こんな規模で利用されちゃあな」

 

「同じラインではないわよねぇ」

 

 それは私も思う。あの二人もう親友すら超えてるんじゃないかと思うことが多々ある。通じ合っているというわけではないけど、お互いがお互いの人生の一部になってるというか、うーん、うまく言い表せないのがあの二人のいいところ、というまとめ方をしておこう。

 

「全部終わった後、あいつはどういう気持ちなんだろうな」

 

「さぁ?怒るかもしれねぇし、笑うかもしれねぇし、泣くかもしれねぇし。こればっかりは予想もできねぇ」

 

「きっと笑ってます」

 

 色々予想するみんなに、自信を持って告げる。だって、

 

「それが私たちですから」




荼毘、と言いつつほとんど荼毘じゃない。

最後のは「何言ってるんだ?」と思って頂ければ。


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第88話 敵連合ジェントル(1)

「ハーッハッハッハ!いかがかね!?空中トランポリンジェントル!君たちが捉えることなど一生かかってもできまい!」

 

 私はジェントル。いずれ歴史に名を刻む男。本日のお相手は将来有望な雄英の生徒三人組。正直勝てる気がしなかったが、別に勝たなくてもいいんじゃないか?と思ってからは逃げ続けている。あの男の子すごく速いし、あのほわほわした女の子は触れられたら終わりだし、カエルの子は隙がないというか、他の子を攻めればすぐにサポートするというか、言ってしまえばこの三人組、攻めるのが難しい。

 

「どうやら君たちには空中戦を行えるだけの能力はあるようだが、それだけだ。私に勝てるとは到底思えない!わかったら大人しく降参したまえ!」

 

「あの、行っていいですか?」

 

「答えはノー!」

 

 なにやら呆れ顔で私を素通りしようとした三人の前に格好よく着地する。目の前の敵を倒さず背を向けようとするとは、何たる怠慢。私とて向かう先が仲間のところでなければはいどうぞと言うところだがそうはいかない。が、

 

「何人かは通してあげてもいいかな……」

 

「え?」

 

「ほら、今から行こうとしているのは荼毘くんのところだろう?彼、私よりも強いし、一人二人増えたところで関係ないのではと思ってね」

 

「あ、じゃあ」

 

「しかしやはり答えはノー!」

 

 腕でバツを作り、高く掲げる。三対一という劣勢、だが仲間のためには戦わねばならない。こんな熱い展開、果たして逃すことなどできようか。粘っていればラブラバがきて、世を震撼させるような映像を撮ってくれることだろう。私のできることと言えばその時まで粘り、そしてきたと同時に逆転すること。演出としては完璧だ。

 

「うん、うん。これでいこう。そうと決まれば紅茶をいいかね?」

 

「え、あ、え?全部こぼれてる……」

 

 持ち歩いている紅茶を取り出し、カップに注ぐ。全部こぼれてると少年がこぼすが、そんなはずはない。緊張して上手く注げないなんてことあるはずがない。

 

 そんな武者震いで紅茶を上手く注げない私に、キューティーな舌が伸ばされた。月無くんなら喜んで受け入れそうなその舌を、弾性を持たせた空気が弾き飛ばす。まったく、油断も隙も無い。私もあの子たちも。

 

「ケロ……」

 

「紅茶を嗜もうとしている紳士を邪魔するとは、雄英はマナーの教育はしていないようだ」

 

「マナーの教育受けてなくても、紅茶注がれへんことはないと思う……」

 

「ハハ、これは油断しているように見せかけているだけさ。いい大人な私が紅茶を注げないなんて、まさかそんなことあるはずないだろう?」

 

 これ以上醜態をさらすわけにはいかないので紅茶をそっとしまう。いい加減戦闘しなければいけないだろう。カメラを回した時にお互い無傷だと、如何せん盛り上がりに欠ける。

 

「さて、君たち。トランポリンの中に閉じ込められるという経験は如何かな?」

 

「くるよ!二人とも!」

 

 戸惑いがちだった少年の目の色が変わった。ふむ、頼りなさそうな見た目をしている割には場慣れしているような感じがする。確か緑谷くんだったか。月無くんが「あぁ、強いんじゃない?」と適当に言っていたあの子。

 

 ならあの子は残しておこう。そうした方が映えそうだ。

 

「ジェーンートーリー」

 

 地面に弾性を付与し、勢いよく跳躍。そしてすかさず空中に弾性を付与、その跳ね返りを利用してほわほわ少女に、

 

「ダイブ!」

 

「させない!」

 

「こっちのセリフ」

 

 私の動きに反応して止めようと動く緑谷くんには流石の一言だが、予測していれば弾性を付与して弾き飛ばすなど造作もないこと。カエルの子も似た要領で弾き飛ばすことができる。何も逃げ回っていたのは単に逃げるためだけではなく、この子らの動きを見ていたのさ。

 

「そして狙うなら君だ。個性は脅威だが、如何せん機動力に欠ける」

 

「くっ」

 

 中々堂に入った構え。以前の私ならうっかり触れられて浮かされていたところだろうが、今の私は一味違う。空中で体勢を変えながら弾性を付与、付与、付与!

 

「何か虫みたいに跳ねて、ってあれ?通り過ぎた?」

 

「私が虫なら、その虫に捕らえられる君は滑稽と表現するほかないね」

 

 華麗な空中機動で少女の周りの空気に弾性を付与し、どう移動しても弾かれる空気の檻に閉じ込めた。あの子の個性も強いが、触れられさえしなければただの女の子。ひやひやしていたのは内緒だ。

 

「私は暴力的な解決は嫌いでね。悪いが閉じ込めさせてもらったよ」

 

「なにこれ!?どこいっても弾かれる!」

 

「そうか、麗日さんの周りの空気に弾性を付与して……でも、あの一瞬で!?」

 

「ふざけた感じだけど凄く強いわ、あの人」

 

 ふざけた感じ、というのを親しみやすいと変換すれば気持ちのいい賛辞だ。私を持ち上げてどうするつもりだ?

 

 ただ、さっきのような方法はもう使えないだろう。残りの二人は機動力がある分、周りの空気に弾性を付与しきる前に逃げ切られてしまう。となると、隙をついて閉じ込めるしかないか。まったく、弾性を付与したままにするのは骨が折れるというのに。

 

「ジェーンートーリー」

 

「またくる!」

 

「ハイジャンプ!」

 

 虚を突き、上空へ高く跳躍する。そしてまた空気に弾性を付与して跳躍した勢いそのままに自分の体を弾き飛ばし、そのまま緑谷くんに向かってダイブ!

 

「遥か上空から重なる弾性の層、君は受けたことがあるかね!?」

 

「まずっ」

 

 私と接触する直前に方向転換するが、それで避けられると思ったら大間違い。すぐさま弾性を付与して方向転換し、緑谷くんに弾性の層を叩きつけた。が、しかし。

 

「おや」

 

 目の前から緑谷くんがいなくなってしまった。と思い回りを見てみると足に舌が絡みついている緑谷くんの姿。なるほど、カエルの子が間一髪助けたということか。やはり状況をよく見てその状況に適したことができる子らしい。いや、優秀。

 

「ありがとう、梅雨ちゃん!」

 

「ヒーローだもの、当然よ」

 

 中々いいコンビ。一番機動力に優れる緑谷くんが戦闘を行い、そのミスやピンチをカバーするという形。ふむ、それをされると厄介だ。できるだけ早くどちらかを閉じ込めなければならない。

 

「行くよ、梅雨ちゃん!」

 

「ええ、任せて」

 

 だが、悩む暇もなく緑谷くんが向かってきた。正面からの攻撃は弾いてみせたというのに。うっかりしていたのかな?

 

「あ」

 

 前方に弾性を付与して安心していたら、緑谷くんが跳んだ。まさか上からくるとは。しかし、そんなことをしても逃げるのは容易いこと。虚を突いたつもりだろうが、まだまだだね。

 

「え?」

 

 と、調子に乗っていたら足に何かが絡みつく感触とともにバランスを崩した。あぁ、なるほど。上に目を向けさせてから地を這うように舌を伸ばして絡めとったということか。いやはや、同時に上と下を見ることができればいいのだが、人間そうもいかない。ははは。

 

「ちょっとまって」

 

「無理です」

 

 そして振り下ろされる拳。しかしタダでやられないのがジェントルという男。すかさず地面に弾性を付与し、緑谷くんの攻撃の勢いを乗せた、

 

「ジェントリーミサイル!」

 

「ぎっ」

 

 いうなればすてみの体当たり。ただ、状況的に言えば緑谷くんは小さな車にはねられたといったところか。私もめちゃくちゃ痛いが、緑谷くんのダメージも相当なものだろう。

 

「緑谷ちゃん!」

 

「よそ見していていいのかい?」

 

 そのまま緑谷くんを追撃することはせず、カエルの子に向かって自分を弾き、弾性を付与、付与、付与!一瞬隙を見せれば瞬く間に閉じ込める。それが、

 

「ジェントリープリズン!」

 

 隙をつかれたとき、一際優れた反射神経でも持っていなければ逃げ出せない弾性の牢獄。それがジェントリープリズン。緑谷くんには乱暴なことをしてしまったが、女の子は傷つけずに捕らえることができた。上出来だ。

 

「さて、あとは君だけだ。できれば大人しく」

 

「デラウェアスマッシュ」

 

「ん?」

 

「エアフォース!」

 

 デコピンの形を作った緑谷くんに首を傾げていると、きたのはお腹への強い衝撃。なんと、空気砲。なるほど、見えないものを使うのはなにも私だけではなかったと。

 

「だが、私に近づくことはできない!」

 

 私がモロに空気砲をくらったのを見て迫ってくる緑谷くんを弾き飛ばすため空気に弾性を付与する。ただ、何をしてくるか何ができるかわからないので油断しないでおこう。

 

「ごめん、梅雨ちゃん!」

 

 何を謝っているんだ、と思っていると緑谷くんが突然カエルの子に向かって跳んだ。助け出そうとしているのか?いや、それならごめんと言った意味が……。

 

「あ、っぶない!」

 

 気づいたのはカエルの子の周りに張ったジェントリープリズンを使って緑谷くんが私に殴りかかろうとする寸前だった。地面に弾性を付与して跳ね、跳ねた先の空気に弾性を付与してまた跳ね、着地する。なんと油断ならない。まさか私の個性を利用してくるとは。となると、今まで私が張ったジェントリーシリーズも警戒しておかねば。

 

「やるね、緑谷くん。もう少し気づくのが遅れていればやられていたよ」

 

「デラウェアスマッシュエアフォース!」

 

「会話というものを知らないのかね!?」

 

 慌てて空気砲を避け、避けた先の地面に弾性を付与して跳ねる。体勢を崩したままいるのは危険だ。緑谷くんの速さなら一瞬で距離を詰めることなど造作もないだろう。今私のすぐ後ろについてきているように。

 

「はやっ」

 

 さっきの地面に付与したものを使われたのか。どういう目と学習能力してるんだ、この子。

 

「ぐっ」

 

 かと思えば空気砲を撃って行動を阻害。そして握りしめる拳。あぁこれは、少々まずい。

 

「から、ジェントリー離脱!」

 

「なっ」

 

 私が使ったのは、初めの方に付与したジェントリートランポリン。まだ私が戦わずに観察するだけにとどめていたあの時のもの。流石にそこまでは覚えていなかったのだろう。目に見えて驚いている。

 

「私の個性を利用していい気になっていたようだが、私の個性のことは私が一番よくわかっている!そして、安易に私のフィールドである空中にきた時点で君の負けだ!そう、ここは言うなればジェントリーネスト!」

 

 縦横無尽に跳ねながら、的を絞らせずに緑谷くんに接近。そしてそのまま勢いを乗せたジェントリーサンドイッチを、

 

「む?」

 

 くらわせようとしたその時。私の目の前に手榴弾が投げ込まれた。

 

「危なっ!」

 

 急いで弾性を付与して逃げる。手榴弾?最近の子はそんな危ないものを持っているのか。見たところそこまで爆発の威力は強くないが。いや、まて、何かまだ爆発音が聞こえるような……。

 

「死ねやコラァ!!」

 

「なっ」

 

「かっちゃん!?」

 

 気づいた時には鬼の形相をした少年がすぐそばまできていた。手の平を爆破させていることから、さっきの手榴弾もこの子のものだろう。ただ、ここは私のフィールド。今きたばかりの子にやられることなどありえない。若干焦りつつも跳ね続け、少年から距離をとると、少年は緑谷くんとともに地に降りた。

 

「何しとんだデクテメェ!あんなクソ敵さっさとぶち殺せや!」

 

「ごめん!でも、かっちゃん気を付けて!あの人ものや空気に弾性を付与できて、麗日さんも梅雨ちゃんもそれに閉じ込められたんだ!今も弾性を付与した空気が色んな所にある!」

 

「知るか!」

 

「えぇ!?」

 

 ……相性がよくないのかな?喧嘩しているように見える。跳ねている私がばからしくなるくらいだ。まさかあの二人で戦い始めないだろうね?

 

「俺ァ適当にぶち殺す!だから俺が危なくなったら弾性を付与した空気の位置を覚えてるお前が助けろ!」

 

「……!わかった!」

 

「あ、マズいやつだね、これ」

 

 ふむ、緑谷くんだけでも張っていたジェントリーネストがあったからギリギリいけそうだったのに、そこにいかにも強そうなかっちゃん?が加わるとは。

 

 これはジェントリー困った。どうしよう。



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第89話 敵連合ジェントル(2)

 私が敵連合に入る前に敵連合に抱いていた印象と言えば、とんでもない敵集団。そんなところだった。暴力による解決を好み、人を地に落とすことを目的とした極悪集団。そんな印象は敵連合に入ったことによってまるっと覆った。それもそのはず。月無くんを見ていればそうなるに決まっている。

 

 面白いものを好み、会話を好み、女性を好み、子どもを好み。まるで敵とは思えないほどの少年っぷりを見せるあの子を見れば、あぁ、私の抱いていた印象は間違いだったんだなと思わされた。暴力を用いることもあるが、それも私のように目的があってのこと。彼らも初めの頃は無茶したようだが、若者は間違えるものだ。その辺りには目を瞑る。

 

 月無くんは無邪気、と言えばいいのだろうか。暇になったら「ジェントルさん、トランポリン」と言って私を遊びの道具にする。いや、あれは人をバカにしているのか?エリちゃんを遊ばせるために私の個性を使っているのかと思えば自分も楽しそうに跳ねて落ちて怪我をしているし。まぁそのおかげで弾性の維持ができるようになったのは礼を言うべきか。

 

 まったく、人を遊ばせるために個性を伸ばすとは、なんと、なんと素晴らしい伸ばし方だろうか。人間こうあるべきだ。人を幸せにするために個性を伸ばす。戦うことだけが個性の使い道ではない。それを理解しているから月無くんは楽しそうに「ジェントルさん、トランポリン」と言うのだろう。少々生意気だが、可愛いものだ。

 

 確かに、敵連合は悪者だ。しかし、愛を知る者たちが本当に悪いだけの者と言えるだろうか?

 

 私は、そうは思わない。

 

 

 

 

 

 

「うーん、困った」

 

 かっちゃん、爆豪くんがジェントリーネストに引っかかり、チャンスと思えば緑谷くんがこちらを牽制。その間に爆豪くんは逃げ、次なる攻撃を仕掛けてくる。緑谷くんにちょっかいをかけようとしても今度は爆豪くんが牽制してくる。状況に応じてサポートしあえるとは、実は仲いいな?

 

 しかも、時間をかければかけるほど爆豪くんがジェントリーネストの場所を覚えてしまう。新たに弾性を付与しても緑谷くんか爆豪くんがそれを見ていれば、それも覚えられる。若者の記憶力というものは素晴らしい。弾性の維持はできるようになっても自分の意思で消すことはできないままなため、故意に隙を作り出すことも難しい。

 

「追いついたぞ!」

 

「逃げるがね」

 

 とうとうジェントリーネストの位置をすべて覚えたのか、爆豪くんが迷いなく私に肉薄した。が、相手をせずその場から離脱する。一人に応戦すればすかさずもう一人がやってくる。足を止めた時点で私の負けだ。

 

「デク!」

 

「わかってる!」

 

 は?と思えば緑谷くんが私に向けて指を弾いていた。あれか、空気砲。

 

「かっ」

 

 そうか、爆豪くんは何も考えず攻撃にきたわけではなく、避ける方向を誘導して。

 

「くたばれ!」

 

 足を止めた時点で私の負け、と思ったのが数秒前の私。やはり私が考えていることに間違いはないようだ。緑谷くんの空気砲で止まった私は、爆豪くんの接近をまんまと許し、そのまま爆破を受けて地に落ちた。

 

「……いたい」

 

 地面に弾性を付与して跳ねつつ、体が限界を迎えていることを知る。というかほら。私がまだ動けることを知った二人が追撃をしかけにきてるじゃないか。やられたフリをしていればよかったのに。

 

 うーん、まぁよく頑張った方だろう。相手が悪かったとしか言えない。負けて帰った私をラブラバは慰めてくれるだろうか。いや、きっとあの子は自分を責めるだろう。愛を届けにいけなかったと。私はいつだって、あの子から愛を貰っているというのに。

 

「うおおおお!!」

 

「ついたぜ姉御!」

 

「って、うおー!本物のジェントルだ!」

 

「バカやろう!ジェントルの旦那とお呼びしろ!」

 

 そんなことを考えていた時だった。何やら騒がしい声が場を埋め尽くす。思わずといったように声の方を見てみると、そこには。

 

「ジェントル!」

 

「ラブラバ」

 

 君は、そうだ。いつだって私のそばにいてくれる。こんな危ない場所にだってきてくれる。そうだ、そうだった。

 

「勝って、帰りましょう!あの場所へ!」

 

「あぁ、そうだな」

 

 想いの力は絶大だ。諦めるなどらしくない。そう、私は。

 

「ジェントル・クリミナル!」

 

「な、んだ!?」

 

「かっちゃん!」

 

 空気に弾性を付与し、それを引っ張って弾く。普段なら攻撃に用いれるほどの威力は出せないが、想いの力があれば可能。弾かれた空気は爆豪くんを襲い、勢いよく弾き飛ばした。ふむ、ゴムパッチンを思い出す。これはアレより数段痛いが。

 

 強化された肉体と個性でジェントリーネストを更に広げていく。自分の得意に持っていくのが戦闘だ。覚えておくように。

 

「爆豪くんが戻ってくる前に、各個撃破だ!いくぞ緑谷くん!」

 

「くっ!」

 

 そして、弾いた勢いを持って緑谷くんに肉薄。緑谷くんはジェントリーネストを使って逃げようとするが、

 

「弾かれた先を予測するなど、私にとっては容易いこと!」

 

「なっ」

 

 長年付き合ってきたこの個性。弾かれた先を予測できなければそもそもジェントリーネストなど張れはしない。

 

「さぁくらえ!ジェントリー……」

 

「させるか!」

 

「やっぱりくるよな爆豪くん!」

 

 こちらに向かってくる爆豪くんの方に弾性を付与。今ここで緑谷くんを仕留めなければ後がキツイ。少々体力が削られ過ぎた。ここを逃せばチャンスはもうないと見ていい。

 

「改めていくぞ!ジェントリー!」

 

「デク!」

 

 やられる仲間の名前を叫ぶとは、なんと美しい友情。その友情に免じて、手加減なしの技をぶつけよ、

 

「うっ!?」

 

 ぶつけようとした私を襲ったのは、前後左右がわからなくなるほどの強い光。これは、爆豪くんか。確かに、何をも弾く空気も光は通してしまう。

 

「デトロイトスマッシュ!」

 

 というか、緑谷くん動けるのか。ということは爆豪くんが何をするかわかっていたということで、つまり名前を呼ばれただけで何をするか理解したってことか。なんだ、仲いいじゃないか。あれ、このまま地面に叩きつけられたもしかしてものすごく痛い?私は無事でいられるのだろうか。

 

 想像を絶する痛さだろうと身構えていた私に訪れたのはしかし、痛みではなく、妙な浮遊感だった。それとともに聞こえてきたのは、

 

「あ、幸福だったね。ジェントルさん」

 

 という、のんびりとした声だった。

 

 

 

 

 

 

 所変わって、とあるビル。だったもの。

 

 先ほどまでそこにあったはずのビルは崩れ去り、見るも無残な瓦礫となっていた。

 

「無事か?八百万」

 

「えぇ、なんとか……脚は、そうでもありませんが」

 

 傷つきながらも瞬時の判断で助かった轟と八百万の二人だが、八百万は脚に行動不能レベルの怪我を負っていた。屋上から落ちてその程度で済む方がおかしいのだが、ヒーローとして悔やんでも悔やみきれない様子。それもそのはず、日本中ではいまだ敵が暴れており、その状況を考えれば倒れるわけにはいかないのだ。

 

 それはこの場にいる全員が思っていることで。

 

「いったー……」

 

「あぶねぇ!ギリだギリ!」

 

「俺の個性テープでよかったわ、ホント」

 

「上鳴、瀬呂!」

 

「耳郎さんも!」

 

 轟と八百万と同じく瓦礫の上にいたのは、上鳴、瀬呂、耳郎の三人。五人は同じビルにおり、同じ被害を受け、奇跡的に全員無事でいられた。とはいっても瀬呂と耳郎と八百万は結構な傷を負っており、とても救助活動を行えそうにはない。

 

「同じビルにいたのか。よかった、無事で」

 

「お前らもな……ってそうじゃねぇ!」

 

 無事を確認してほっとする轟に和やかに上鳴が返すが、思い出したように周りを警戒しだした上鳴に轟と八百万は首を傾げた。

 

「上鳴さん、どうかされまして?」

 

「お前ら、気を付けろ!あいつがどこにも行ってねぇなら、まだ近くに」

 

「お、全員生きてたか。まぁそうなるように壊したんだが」

 

 その声が聞こえてきたとき、五人を恐怖が襲った。得体のしれない、というものではなくわかりやすい恐怖。まるで、常に命を握られているかのようなそんな感覚。

 

「といっても、何人かは戦闘不能っぽいな。厄介そうなのが残ってるのは気にしないでおこう。……で」

 

 この惨状を作り出した男は五人が感じている恐怖など無視して、普通に語り掛けた。

 

「どうする?お前ら。やらねぇなら見逃してやってもいいが」

 

 死柄木弔。敵連合のリーダーで、日本を騒がせているこの現状を止める鍵。

 

「……ここでお前を逃がすっていうのは、ないんじゃね?」

 

「おいおいよくみろチャラ男。そっちには何人も怪我人がいるだろ?巻き込まずに戦う自信があるのか?俺はないな」

 

 それは、明確な脅し。このままここで戦闘を行えば、怪我人の誰かに攻撃する。死柄木は遠回しにそう伝え、五人にも正しく伝わった。

 

「あぁあと、そこにいる透明人間も何もしないようにな。というか全裸って寒くないのか?」

 

 そして、死柄木は姿を現さず隠れていた葉隠にも釘を刺し、牽制する。敵連合のNo.2である者と比べ油断も隙もない。というより、No.2がありすぎるのだ。その油断も隙も個性と相性がいいから許されているということを理解しているのかどうかというのが、死柄木が常に思っていることである。

 

「よしよし。動かないってことはそういうことでいいんだよな」

 

「……いや、死柄木。俺だけ場所を変えて戦うってのはできないのか」

 

「な、何言ってんだ轟!そんなのアイツが許すわけ」

 

「いいぞ」

 

「は!?」

 

「だから、いいって。ほらこいよ。行こうぜ」

 

 まるで友だちに言うかのように気安く手招きする死柄木に、轟は何の疑問も持たず立ち上がって近づいて行った。当然、

 

「待てって!罠に決まってるだろ!それに一人でどうにかなる相手とは思えねぇ!」

 

「戻ってください轟さん!」

 

「まぁそういうな。ここは勇気ある轟くんの行動を褒めるべきじゃないか?」

 

 というか罠じゃないし、と拗ねたように口にする死柄木に轟はどこか月無の影を重ねつつ、

 

「上鳴、葉隠。三人を頼んだ」

 

「いや、ホントに行くのか!?」

 

「行くだろ」

 

 焦る上鳴に轟は冷静に返し、

 

「この今を止められるかもしれないってんなら、そりゃ行くだろ」

 

 必ず帰る。そう言い残して、轟は死柄木とともにその場を去っていった。



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第90話 敵連合月無凶夜(1)

 さて、状況を整理しよう。周りには出久くんと爆豪くんと、梅雨ちゃんとお茶子ちゃん。そしてラブラバさんとなぜかカメラを持った若頭に、大勢の敵。出久くんは結構ダメージを受けてるみたいだけど、他はほとんど無傷。ジェントルさんらしい。あの人なら本気を出せば勝てはしなくてもみんなボロボロにできただろうに。多分。

 

「どうも月無凶夜です、っていう挨拶は置いといて、なんでカメラ持ってるの?若頭」

 

「成り行きだ」

 

「そう。じゃあ仕方ないね」

 

 成り行きで協力してくれる程度には心を許してくれているということか。いやぁ、この騒動の中でエリちゃんを取り戻しにくると思ってたからこれは嬉しい誤算。一体どういう心境の変化があってこうなったのか。あの若頭がカメラマンになってるなんて正直笑える。ちょうどそこにいるから指さして笑っておこう。ぷーくすくす。

 

 鬼の形相になった。怖いよ。

 

「月無……」

 

「あ、久しぶりだね出久くん。それと爆豪くんも。まぁそこまで久しぶりでもないっていうか、数時間前に会ったんだけど」

 

「死ね」

 

「死ね?」

 

 挨拶をすると死ねと言われるこの理不尽。やはり僕は不幸だと思ったが、爆豪くんは誰に対してもこうなんだろう。なんとなくだけどわかる。ヒーローのクセにめちゃくちゃ怖いし。まず髪型が攻撃的すぎる。ベストジーニストくらいきっちりした方がいいね。

 

「本当はジェントルさんの加勢にきたつもりだったんだけど、直前で負けちゃったみたいだね。でも強かったでしょ?」

 

 言いながら、梅雨ちゃんに一歩一歩近づいて行く。

 

「戦績的にこっちが負け越してるし、いやぁ強いな最近の学生は。将来有望で安心するべきなんだけど、ちょっと悔しいよね。だから」

 

 梅雨ちゃんの隣に立って、顎に攻撃。ついでに不幸をプレゼント。

 

「僕は勝とうと思ってね。ごめんね梅雨ちゃん」

 

 僕みたいな人間の力で人を一瞬で気絶させることは難しいが、不幸をプレゼントすればあら不思議。気絶しちゃうんだ、これが。打ち所が悪かったのかな?僕からすればよかったっていう表現が合ってるのか。どっちでもいいや。

 

「梅雨ちゃん!」

 

「なっ、なんで動かなかったんだ、僕?」

 

「……オイコラ何しやがったテメェ!!」

 

「何もしてないよ。ただ普通に近づいただけ。久しぶりに会った友達に何気なく近づくみたいにさ」

 

 カッコよく言えば弱者の境地。警戒レベルが一定以下の相手なら、僕は普通に、ゆっくりと近づける。相手からすれば僕は道端の石ころ同然の存在になる。意識の隙間とはそういうこと。ヒミコちゃんには「真似できません。気持ち悪い」と罵られてしまった。ヒミコちゃんも十分すごいんだけど。

 

「何の、何の敵意も、脅威も感じなかった……どういう人間なんだ、こいつ」

 

「もう油断すんなよ!目の前であぁいうことが起きた以上、何されてもおかしくねぇ!」

 

「爆豪くんもね!」

 

 ただ、こう油断なく構えられてしまうとさっきみたいなやつは無理だ。最初だけしか使えないなら、どうせなら出久くんか爆豪くんを狙えばよかったかな。失敗しても特にリスクなさそうなのが梅雨ちゃんだったから梅雨ちゃんにしたけど、失敗だった。どう考えてもあの二人のどっちかにした方がよかったじゃん。

 

 さぁ、こうなると誰から潰していくかっていうことになる。まぁそんなの考えるまでもなくお茶子ちゃんなんだけど。だって出久くんか爆豪くんを狙おうとしたら強すぎて倒すのに時間がかかって、そのまま負けるなんてこともありえるし。前提として僕は普通に弱いっていうことを覚えておかなきゃいけない。

 

「よし、よろしくね!お茶子ちゃん!」

 

「いやや!」

 

「女の子からいやって言われると普通に傷つく……」

 

 でも「いやや!」って可愛いよね。なんか子どもっぽくて。弔くんに言うと「キモい」って言われてバラバラにされるんだろうけど。はい、僕一回死んだ。

 

 さっきみたいにゆっくり歩いていくと今度は的になるだけなので、踏み込んでから一気に加速する。弔くん曰く、「ゴキブリみたいな加速の仕方でキモい」僕のこの加速は常人なら一瞬反応が遅れるほどの速度だ。逃げ続けた人生で得たこのスキル、今ここでたんと披露しよう!

 

「させるか!」

 

「お、反射神経すごっ」

 

 お茶子ちゃんのところへ向かう僕のそばに、爆豪くんがやってきた。相変わらず爆発音がうるさいので、ちょっと弾き飛ばすことにする。腕を勢いよく振って、不幸を譲渡。すると爆豪くんは吸い寄せられたかのように僕の腕に顔をぶつけ、吹っ飛んで行った。ただこれ、殴った時の衝撃がなくなるわけじゃないから普通に腕が痛い。

 

「寮でやってみせたのに、学習能力あるんだかないんだか」

 

「こい!」

 

 視界の端でこちらに向かう出久くんを捉えながら、油断なく構えるお茶子ちゃんに腕を伸ばした。狙うは顎、お腹、頭。運が悪ければ気絶を狙える箇所が好ましい。そうすれば無駄に傷つけずに倒すことが……。

 

 と、考えているとき、頬にぷにっという感触が。見ると、お茶子ちゃんの手が僕の頬に触れている。ははは。そんなまさか。

 

「なにぃ!?まさか僕の『幸福』が働いて、『女の子に触れてもらえるという幸福』が訪れたのか!?策士、お茶子ちゃん!敵ながらあっぱれ!」

 

「何アレ……」

 

「いや、僕もよく知らない……」

 

 僕の下では助けにこようとしていた出久くんが呆然と僕を見上げている。僕だって信じられるか。ちょっと真面目に戦ってみようと思ったらこんなことになるなんて、なんだ?僕の個性が実は生きてて、僕を弄んでるとかそういうことか?……まぁ、女の子に触れてもらえるのが幸福だっていうのはそうなんだけども。だって荼毘くんとか弔くんとかばっかモテるし。いい加減にしろよ。

 

「ねーねーお茶子ちゃん!ちょっとおろして?ほら、こういうのってよくないと思うんだ。敵連合のNo.2がまさかこんな間抜けな捕まり方するなんて、世間は望んでないと思う。僕も油断してたところがあるし、ここはほら、仕切り直しっていうことで」

 

「いややけど」

 

「おい!出久くん!君もなんとか言ってやれ!」

 

「そうか、麗日さんの個性って今の月無相手には効果的なのか?月無の不幸が発動して落下する可能性もあるけど、轟くんの氷結と違って麗日さんの個性は任意で解除できるからそれもない、か?あ、かっちゃん。月無には手を出さないでね。攻撃は月無の個性の餌にされるから」

 

 ダメだ。なんか僕とお茶子ちゃんの個性を面白がってぶつぶつ言ってる。おい、人を浮かしてぶつぶつ言ってんなよ。君は人を浮かすということのとんでもなさを理解していないのか?こんなに情けないのに。謝れ、僕に。ついてきてくれたみんなに。あと爆豪くんすんなり言うこと聞くな。「知るか!」って言って僕を攻撃しろ。

 

「生月無さん!加勢しやしょうか!?」

 

「あぁいいよ。自分でなんとかできるし」

 

 というか生ってなんだ生って。僕を慕ってくれてるんだろうけど、なんか嫌な言い方だ。アイドルかなんかに使う表現でしょ、生って。それか肉。

 

「よっ」

 

 体を捻って下を向く。無重力というのはどうもなれない。というかちょっと気持ち悪い。まったく、僕の内臓が色々狂ったらどうするつもりなんだ。これはお茶子ちゃんに責任を取ってもらうしかない。

 

 ポケットからそこらへんで拾った小石を取り出し、お茶子ちゃんに向かって投擲。そのままお茶子ちゃんに不幸を譲渡。

 

「わっ、とっ」

 

 小石とはいえ、何かを投げられたら反応してしまうのが人間というもの。お茶子ちゃんは小石を避け、しかしその拍子に不幸にも崩れていた地面に足を引っかけ、不幸にも個性の発動条件である手で自分の肌に触れてしまった。結果。

 

「わ、わわ!」

 

「麗日さん!」

 

「何やってんだ丸顔!」

 

「丸顔て。女の子になんてこと言ってんの」

 

 お茶子ちゃんも浮いてしまい、二人でふわふわという状況に。確かお茶子ちゃんって自分に使ったり許容量をオーバーしたりすると吐いちゃうんだよね?それに耐えようとしても長時間続くとどうなるかわからないから、解除するしかないと思うんだけど。

 

「ふふふ!不幸だったねお茶子ちゃん!それとも僕と一緒にふわふわできるから幸福と言うべきかな?」

 

「下ろすわコラ」

 

「あ」

 

 調子に乗っていたら手の平を爆破させながら飛んできた爆豪くんがお茶子ちゃんを回収し、地面に降りた。せっかくの二人の時間を邪魔するなんて、横暴すぎる。

 

「うぅ……ありがと爆豪くん」

 

「テメェが耐えりゃアイツはあのまんまなんだ。気張れ」

 

「吐-け!吐-け!」

 

「月無、さっき女の子になんてこと言ってんのって言ってなかったっけ……?」

 

 うるさいぞ出久くん。人間は変わる生き物なんだ。

 

 というか爆豪くん、お茶子ちゃんをずっと掴んでおくって、風船じゃないんだから。こう、横抱きにするとかない?その方がカメラ映えするんだけど。するわけないか。爆豪くんだし。

 

「ねーお茶子ちゃん、辛いでしょ?解除しようよ」

 

「うっせ!舐めんな!」

 

「何で爆豪くんが言うの?」

 

 多分お茶子ちゃんに喋らせないようにするためだろう。見た目と言動によらずちょっと優しいんだよね、爆豪くん。モテそう。でも普段がゴミだからやっぱりモテなさそう。

 

「うーん、解除した方がいいと思うんだけどねぇ。だってよく考えてみてよ。僕はもうお茶子ちゃんの位置を確認してるんだよ?」

 

「……まさか、月無!」

 

「お、出久くんはやっぱり察しがいい」

 

 そう、僕は位置さえわかっていれば何でも譲渡することができる。例えば僕が感じている嘔吐感、不幸、浮遊感、その他諸々。だから、お茶子ちゃん今物凄く辛いと思うんだよね。

 

 ほら、倒れた。

 

「おい、麗日!」

 

「麗日さん!」

 

「僕対策として何もできなくさせて待つって言うのは正解。でもちょっと甘かったか、なぁ!?」

 

 お茶子ちゃんが倒れたと同時、僕は上空から落下した。体中が痛い。これ折れてる?もしかして折れてる?はは、そんなまさか。いくらなんでも僕だって落ち慣れてるから、受け身の一つや二つ。

 

 落ち慣れてるからわかる。折れてるわコレ。

 

「かっちゃん!月無の視界に入らないように逃げて!」

 

「チッ!」

 

「や、遅いでしょ」

 

 爆豪くんに怪我を譲渡。いやぁ、あの浮いた状態で他のヒーローにこられてたらマズかった。ここはヒーローを足止めしてくれているであろう敵たちに感謝かな。おかげで、

 

「よし、これで一対一か。僕にしては早い方じゃない?というか何もしてないね出久くん」

 

「……!」

 

 まぁ僕相手なら何もできなくても仕方ないけど。傷をつければ押し付けてくる、何もしなくても勝手に何かして不幸を押し付けてくる。こんなやついる?僕なら目の前に現れた瞬間逃げるね。それができないのがヒーローなんだけど。

 

「おぉ、いたいた。これ、お前がやったのか?」

 

「緑谷!」

 

「あ、弔くんに」

 

「轟くん!?」

 

 僕はのほほんと、出久くんはキリっとして睨みあっていると、弔くんと轟くんが仲良く歩いてきた。いつの間にそんなに仲良くなったの?どうせ脅してきたんだろうけど。性格悪いぞ弔くん。

 

「や。どう?四対一から一対一に持っていく僕の手腕」

 

「よう。どうだ?四対一から一対一に持っていったのを、二対二に持っていく俺の手腕」

 

「尊敬する」

 

「だろ」

 

 軽口を叩きつつ、弔くんは僕の隣に並んだ。轟くんは倒れている三人の安否を確認した後、屋内に連れて行く。おいおい、それは僕たちを警戒しなさすぎじゃないか?何もしないけど。

 

「ところでなんで轟くんと一緒に?」

 

「あぁ、なんでも俺をぶっ飛ばしたいらしい」

 

「それは僕も」

 

「実は俺もお前をぶっ飛ばしたいんだ」

 

 言って、弔くんは足を踏んづけてきた。この野郎。

 

「冗談はこの辺にしておいて、あれ?なんで若頭がカメラマンやってるんだ?」

 

「お前ら、似てきてるな」

 

「は?」

 

 轟くんが帰ってきて出久くんの隣に並んだタイミングで弔くんが切り出そうとしたが、やはり若頭がカメラマンをしているのが気になったらしい。煽ったつもりが煽られてるけど。あれ?僕と似てることって煽りになるのか?

 

「……まぁ、いい。さて、カメラがここにあるってことはこの場所はバレバレってわけで、ヒーローも民間人も敵もみんな見てるわけだ」

 

 そうだね、と相槌を打っておく。これで映ってなかったら若頭がバカすぎるし。

 

「となると、ヒーローがここに大勢やってくるだろう。俺たちはこいつらと戦う、お話するのに集中したいから困るわけだ。そこで、敵諸君」

 

 弔くんはらしくもなくカメラに向けて指を指し、にっ、と笑って言った。

 

「俺たちを助けにきてくれ。頼んだぞ」

 

「うわ、これで助けに来ない敵なんていないでしょ。流石弔くんカッコいい!」

 

 弔くんは僕を殴りつつ、こう締めた。

 

「さ、最後だ。やろうぜ」



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第91話 敵連合月無凶夜(2)

「一つ、聞かせてくれ」

 

 弔くんがカッコよくキメたところに、轟くんが水を差す。弔くんはお話もしたいって言ってたからいいんだろうけど。僕もお話好きだし。なんなら殴り合いなんかじゃなくて話し合いがいい。

 

「なんだ?」

 

「お前たちの本当の目的ってなんだ?」

 

 本当の目的。気になるところだろう。「正義とは何か」っていうのはあまりにも抽象的でわかりにくい。その問いが目的なんだっていうのは理解していても、じゃあ僕たちの正義ってなんだ?っていう話になるし。その正義を実行しようとしているのが今って考えるのが妥当なところで、その結果どうなるかが知りたいのだろう。

 

 轟くんの質問に対し、弔くんは僕を一瞥した後、腕を組んだ。教えようかどうか悩んでるのかな?

 

「そうだな、例えば……」

 

 そのままカメラを見た後、この場にいる敵を見て、

 

「この世から敵はいなくなると思うか?」

 

 聞かれた二人は目を合わせ、少し考えた。この世から敵はいなくなるか。それはいなくなるとも言えるしいなくならないとも言える。屁理屈を言うなら地球がなくなればいなくなるし、なんとでも言えるんだ。二人は賢いからそんな屁理屈ぶつけてこないだろうけど。

 

「いなくならない、と思う」

 

 先に答えを出したのは出久くんだった。おどおどしてそうな外見とは逆に、はっきりとした意志の灯った眼差しで僕たちを射抜いてくる。輝いている目ってこういうことを言うんだろうな。僕は濁りまくってるけど。ドブだドブ。は?

 

「みんな何かしら不満を持ちながら生きてて、その不満を世の中に直接ぶつけるのが敵。だとしたら、世の中が完璧になるなんてことはないから敵はいなくならないと思う。いつか敵がいなくなるような抑止力になれるヒーローになれれば、と思うけど」

 

「俺も大体、同じだな。どれだけ恵まれた環境にいても敵になるやつはなってしまう。それを根本からなくすことは、そりゃできればいいが無理、だと思う」

 

「そうだな。そういう意見もありだ。ただ緑谷クン、ちょっと聞きたいんだが」

 

「?」

 

 弔くんは組んでいた腕を広げ、その腕が僕に当たったことを無視しつつ、腕を少し小突かれるという僕の仕返しを受けながら、

 

「抑止力って、じゃあ俺たちは自分の思いを我慢しなきゃならないのか?」

 

「なっ」

 

 そりゃ「なっ」ってなるだろうね。だって、出久くんが言ったようにみんな不満を抱えてそれを我慢してるのに、「俺たちは我慢したくない」って言ってるんだもん。大人だろ?って返されると「ううん」と唸ってしまう。普通は。ただ僕たちは普通じゃない。

 

「窮屈じゃないか?それ。やりたいことを我慢して、意志も何もかも抑えつけられて、最後には勝ち誇ったように笑われる。そうなる前に助けてくれなかったクセにな」

 

 おっと私情、と一瞬口を塞ぐ。周りから言わせれば全部私情なんだけどね。弔くんにとってはそうじゃないんだから、そうじゃないんだ。そう納得しろ。いいか、日本のみんな。

 

「俺、ヒーロー嫌いだからさ。ヒーローをなくそうと思うんだ。いい世界だろ?」

 

「そんなこと許されるわけ!」

 

「なんでだ?ヒーローがいなくなるのは平和な証拠だろ。助けなくてもいいんだから」

 

「言い方だけだろ」

 

 弔くんは責められてるのににやにや笑っている。なんだ、変態か?流石に僕でも男に言葉責めされて快感を覚える趣味はない。女の子に言葉責めされたらどうだっていうのはノーコメントだ。僕のイメージが崩れる。崩れるイメージがあるのか?

 

「ま、そういうことだよ。俺たちにとっちゃこれも正義だ。お前らの正義も否定しないが、押し通すぞ」

 

「止める!」

 

「行くぞ、緑谷」

 

「え、何?始まるわけ?」

 

 どうでもいいことを考えていたらみんなが一斉に戦闘態勢に入った。僕だけ置いて行くなんてどういうことだ。いや、勝手に置いて行かれたんだけども。

 

 そんな置いて行かれた僕と置いて行かれていない弔くんに向けて、轟くんが容赦なく炎を放ってきた。僕さっきエンデヴァーにやられかけたから結構トラウマなんだけど。そういや轟くんエンデヴァーの息子だし。このトラウマ親子め。

 

「弔くん」

 

「言われなくても」

 

 ただ、今の僕には弔くんがいる。弔くんは炎に手のひらを向け、そっと五指で触れた。すると、

 

「は?」

 

「炎が、消えた!?」

 

「正確には消えたんじゃなくて、火の粉はあるんだが」

 

「ちょっと、熱いんだけど?」

 

「なら燃えカスになった方がよかったか?」

 

 すみません、と謝っておいた。

 

 弔くんは、いつの間にかとんでもないことになっていた。弔くんの『崩壊』は個体を崩壊させるものだと思っていたのに、いつの間にか炎すら散らせるようになってしまい、どうやったら勝てるんだ?というくらい強くなってしまった。ただ、触れることは触れるため炎に触れると少しは熱いらしい。少しかよ。

 

「残念なことに、俺と轟クンは相性がいいみたいだ。緑谷クンも近づいてきたときに触れれればバラバラ。俺、最強じゃね?」

 

「そりゃそうでしょ。これ僕いらなくない?弔くん一人で事足りるよね」

 

「デラウェアスマッシュ」

 

「ん?」

 

「エアフォース!」

 

 油断した。また油断した。何か言ってるなーと思って出久くんを見た時にはもう僕は吹き飛ばされていた。なんだアレ。空気砲?デコピンじゃん。それでそんな威力出すなよ。化け物か?

 

「あー、そんなことできるのか。悪い月無」

 

「ぐ、う。弔くん反応できたでしょ!わざと傷つけようとして、って、弔くん!出久くん止めて!」

 

「お」

 

 僕を吹っ飛ばした出久くんがものすごい速さで僕に畳み掛けようとしてくるのが見え、焦って弔くんにお願いする。出久くんは速いが、弔くんの反応速度もなかなかのもの。触れるくらいならできるんじゃないかな。

 

「させねぇ」

 

「うざ」

 

 が、そうはさせないのが轟くん。弔くんが出久くんの方を見る前に、弔くんに向けて氷結。これを無視すると凍ってしまうので崩壊させなければならず、結果出久くんは僕のところに。

 

「うわー!いいのか出久くん!僕を傷つけると君にダメージを」

 

「いい!気絶するまでぶん殴る!」

 

「君そんな過激だっけ!?」

 

 そんな人を安心させるような見た目しておいて気絶するまでぶん殴るって!あれか、僕と心中しようとしてるのか?僕はごめんだよ、男と心中なんて。

 

 このままだとボコボコにされるので、不幸を譲渡する。これで勝手にどうにかなって僕は助かるは、

 

「ずっ!?」

 

「いっ!?」

 

 はずだったのに、出久くんから突如黒い鞭のようなものが現れ、僕を攻撃した。いや、なんで攻撃できるんだよ。というか出久くんってそんな個性だったっけ?僕みたいに複数持ち?恵まれっ子かよ。

 

「なん、だこれ!?」

 

「あれ、出久くんも知らない感じ……?」

 

 出久くんの新技かと思いきや、制御できている様子はない。無差別に周りを壊し、弔くんも轟くんも襲っている。弔くんには片手間で崩壊させられ、轟くんは凍らせてしのいでるから全然なんともなさそうだけど、僕はそうでもない。

 

「出久くん!それ引っ込めて!そのわけわかんないの!」

 

「む、りっ!クソッ、こんなときに!」

 

「無理って、自分の個性でしょ!?あ、僕が言えたことじゃなかった。ごめんなさい」

 

「ダメだ、抑えきれない!」

 

「げふっ!」

 

 せっかく謝っていたのに黒い鞭に弾き飛ばされてしまった。痛すぎる。危うく何かが千切れ飛ぶところだった。よくもやってくれたな?いや、やってくれたのはあの黒い鞭か。出久くん制御できてないみたいだし。何か知らないみたいだし。……僕の不幸があの個性に譲渡された?個性に不幸を譲渡ってできるの?生き物じゃあるまいし。

 

 うーん、このまま自滅を待っててもつまらないし、どうにかして収めてほしいんだけど無理そうかな。知らない個性を制御するのがどれだけ難しいかわかってるし、残念だ。

 

「弔くーん。そっちまぜて」

 

「あ?いらねぇ」

 

 そんな。冷たすぎる。この状態の出久くんと戦えって言うの?ダメージ譲渡したらもっと暴走しそうなんだけど……あ。

 

 幸福を譲渡すればいいのか。そうすれば収まるでしょ。

 

「って、あれ?」

 

「止まっ、た?」

 

 いざ幸福を譲渡しようと思ったら、出久くんの個性が収まった。出久くんも不思議そうな顔してるし、運よく、みたいな?制御に成功されたらそれはそれで勝てないからそっちのほうがありがたい。

 

「おい緑谷。お前またワケの分からないことしてるな」

 

「……あー、なるほど」

 

 聞こえてきた声は、出久くんたちにとって頼りになるであろう存在のもの。基本的に異形型以外は相性最悪だという個性を持つヒーロー。

 

「ただ、よく頑張ったな。加勢するぞ」

 

「先生!」

 

「ひゅー。ヒーローっぽい!個性消したのか」

 

「おいマズいぞ月無。俺の個性が消されたら俺は今すぐ丸焼けか美しい氷のオブジェになる」

 

「そりゃ僕だって。無能からゴミに成り下がる」

 

 っていうか。

 

「雄英生!助太刀にきたぞ!」

 

「プロの力見せてやろうぜ、お前ら!」

 

「なんで死穢八斎會の若頭がカメラ持ってるんだ!?」

 

 続々とプロヒーローがこの場に集まってきた。ほらー、弔くんが挑発するからこうなる。まぁそれは僕たちにも言えることで。

 

「我らが敵連合の長のために!」

 

「お助けしろ!あのお二方の邪魔をさせるな!」

 

 各地から集まった敵たちがプロヒーローの邪魔をする。プロヒーローが集まるんだから、そりゃ敵も集まってくるよ。なんか僕たちへのリスペクトがすごいのが気になるけど。

 

「よし!カメラマンの周りの子たちも戦って!」

 

「ですがそれではアニキが!」

 

「心配ご無用!」

 

 若頭も強いから安心といえば安心だけど、それだけじゃ不安なのはわかる。ただ安心してほしい。僕たちには心強い仲間がいる。

 

「お願い、みんな!」

 

 カメラに向けて言うと同時、おなじみの黒いゲートが現れた。

 

「まったく、ロクに武器もないっていうのに……」

 

 ぶつくさ文句を言いながら、それでも笑って出てきたのはスピナーくん。物々しい武器をぶら下げて目をぎらつかせ、獲物を探している。

 

「さ、私たちのリーダーをいじめるコはお仕置きよ!」

 

 やたらくねくねしながら棒磁石を担いで出てきたのはマグ姉。そのまま担いでいた棒磁石を振り回し、地面に突き刺した。怖い。

 

「任せて、弔くん、凶夜サマ」

 

 ぴょこ、とあざとく出てきたのはヒミコちゃん。出てき方は可愛らしいが、血が入った小瓶が夥しい数あり、腰にぶら下げている。

 

「うわ、イレイザー!働きモンだなぁオイ」

 

 イレイザーヘッドにトラウマがあるのか、嫌そうな声を出して渋々出てきたのがコンプレスさん。きっとイレイザーとは戦わないだろう。めちゃくちゃ相性悪いし。

 

「殴る」

 

 獰猛な笑みを浮かべながら出てきたのはマスキュラーさん。スピナーくん以上に目をぎらつかせ、舌なめずりしながら拳を掌に打ち付けている。逃げたい。

 

「さぁ俺がきたからには百人力だ!」

 

 なにやら増えながら出てきたのはトゥワイスさん。冗談抜きに百人力なので、非常に頼りにしている。トゥワイスさんがいれば数の差なんてあってないようなものだ。

 

「なんだ、結構いるんだな」

 

 ぼーっとしながら適当に出てきたのは荼毘くん。装備をつけていないのは壊れちゃったからかな?空が飛べないなんて残念だ。あれ結構綺麗なのに。

 

「まったく、ジェントルづかいの荒い。さっきやられたところだというのに」

 

 優雅に紅茶をこぼしながら出てきたのはジェントルさん。こぼれてるよ、と指摘するのは無粋だろう。アレはアレで楽しんでいるはずだ。

 

「さ、連れてきましたよ」

 

「うん、ありがと」

 

「悪いな、黒霧」

 

「いえ、この程度」

 

 そして、黒いゲートを開いていたのは黒霧さん。いつも苦労をかけて申し訳ない。有能すぎるんだよこの人。

 

「よし、揃ったな敵連合。悪いが、俺たちが色々やってる間」

 

「足止めお願い!頼んだよ!」

 

 おう!と重なった声が返ってきた。どれだけ頼りになるんだこの人たち。



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第92話 敵連合月無凶夜(3)

 僕は結構自分の感情に正直だ。カッコいいからカッコいい、可愛いから可愛い、面白いから面白い。自分が感じたことを素直に受け止めて、なぜそう感じるのかと考えることはあまりない。

 

 ただ、最近感じていることに関しては、ものすごく考えているというか、その感情を疑っている。僕らしくもなく、また僕らしいともいえる疑っているその感情の名前は、幸福。幼いころから自分を不幸だと決めつけて生きてきたのに、最近になって自分が『幸福』を持っているということを知り、でも不幸じゃなかったわけじゃなくて。色々ごちゃごちゃしてるからこの感じている『幸福』が果たしてなんなのか、僕にはまったくわからなかった。信じていいものなのか、どうなのか。

 

「うーん、流石雄英生。強いな」

 

「轟くんの軽く打ち消しといて、よく言うよ」

 

「これでも手は痛いんだぜ?そういうお前は、結構辛そうだな」

 

 手だけがボロボロな弔くんと、体中ボロボロな僕が出久くんと轟くんを前にして笑いあう。

 

 信じたい、と思えるようになったのは自然だった。みんなといる日常は楽しいし、面白いし、ただ、『生きたい』と自分が願っているのかどうかが僕にはわからなかった。今まで死にたがりだった僕が、そんないきなり『生きたい』なんて、そういう感覚がわからない。

 

「アレだ、お得意の譲渡で押し付けりゃいいだろ。その傷」

 

「うーん、そうなんだけど、ね」

 

 二対二と言いつつも、僕は轟くんに手を出さないし、弔くんは出久くんに手を出さない。お互いが「まぁ大丈夫だろう」と思っているから、だろうか。こういうのも信頼って言うのかな?

 

「ぶっ」

 

 ものすごい速さで打ち出される出久くんの拳や蹴りをいなしていると、反射神経の限界が訪れたのか顔面にモロで入ってしまった。ものすごく痛い。優しそうな顔してこんなことするんだもん。いやぁ、侮れない。

 

「ふー。強いね、出久くん」

 

「……月無こそ」

 

「僕が?僕は、弱いでしょ」

 

 僕を強いというのなら、世界中の人間はみんな強い。僕なんか最底辺だろう。僕より下なんてそうそういない。これは自己評価だから、周りから見ればそうじゃないって言ってくれるかもしれないけど。

 

 立ち上がりつつ、周りを見る。ヒーローと敵が大集合して戦っている光景は、不思議と心が躍るものだった。全員が必死で、まさに『生きてる』というか、『生きてる』ってこういうことかと実感させられるような、そんな感じ。

 

「ねぇ出久くん、不思議だと思わない?」

 

「何が」

 

 伸びをして、体がバキバキと音を鳴らすのを楽しみながら問いかける。ここで油断しないのも出久くんのいいところだ。実にヒーローっぽい。

 

「基本的に(ぼくたち)って自分のためにしか動かないのに、ここに集まってるみんなは僕たちのために戦ってくれてる」

 

 ここにいるみんなは僕たちについてきてくれると言ってくれて、実際にこうして助けに来てくれた。今まで自分のことだけを考えて悪いことをし続けてきたはずなのに、実は誰かのために動ける人たちだった。こんな僕に従ってくれているというのは少し申し訳なく感じるけど、同時にありがたくも思う。

 

「助けるとか、誰かのためにとか、そういうところはヒーローも敵も同じだと思うんだよね」

 

「でも、悪いことをしていいってわけじゃない」

 

「悪いこと、ね。もう僕には何が悪くて何が正しいのかなんてほとんどわからないよ」

 

 自分の好きなことをして、例えばそれが犯罪だったとして。好きなことを好きなだけするのは正しいとも言えるし正しくないとも言える。それは立場によって様々な見方ができて、ただ外面だけ見て判断していいことじゃないことでもある。例えば、そう。ヒーローが助けてくれれば敵にならずにすんだのに、助けなかったヒーローがその敵になったやつを倒して勝ち誇る。これは正しいのか正しくないのか。

 

 僕みたいな人間が生きたいと願うことは、正しいのか正しくないのか。いや、もう自分自身でもわかってる。多分僕は、生きたいって願ってる。でも、それは幸福なのか不幸なのか。

 

 それは、

 

「生きたいと願うことって、幸せなんだと思ってた」

 

 振るった腕は止められて、逆に殴られる。

 

「でもさ、違ったんだ。だって、普通の人は『生きたい』って願う必要がないから」

 

 ぐっと踏ん張って、襟をつかんだ。そのまま勢いをつけて上半身を捻り、頭突き。個性がある時代に、なんて昔の喧嘩をしてるんだ、僕。

 

「だから、僕はどこまでいっても不幸なのさ。これって悪いことなのかな?正しくないことなのかな?」

 

 このまま傷を譲渡すればまた楽になれるんだろう。僕の戦い方的にはそうあるべきで、そうするべきだ。でも、なぜかそれをしたくないというか。

 

 頭突きをくらった額を抑えながら出久くんが僕を睨みつける。怖いなぁ。僕そんな睨みつけられるようなことしたっけ?したか。したな。

 

「……それが悪いとか悪くないとか、正しいとか正しくないとか」

 

 ちょっと脳が揺れただろうに、すぐ僕に向かって攻撃してくる。呆れたタフネス。意地ってやつか?それともヒーローってそうなんだろうか。何があっても立ち向かえるってものすごくカッコいいよね。

 

「僕に決めることはできない、けど」

 

 出久くんの腕を弾いて、顔を殴る。クリーンヒットしたのはさっきの頭突きを合わせてこれで二回目だ。ちょっと体力なくなってきたのかな?

 

「あ」

 

 違った。これさっきの仕返しだ。僕の襟を掴む出久くんの手を見て冷や汗が出る。

 

「お前は、バカだ!!」

 

 単純な罵倒とともに頭突きをくらった。頭が割れそうだ。プロレスか?これ。もっと文明人らしい戦いをしようよ。いや、先に仕掛けたのは僕なんだけども。

 

「さっき、自分で言ってただろ。『ここに集まってるみんなは僕たちのために戦ってくれてる』って」

 

 襟を離さなかった出久くんは続けて僕を殴る。僕を殺す気なのだろうか。出久くんのパワーで連続攻撃されたら人は死ぬでしょ。……いや、個性を使ってない?

 

「誰かがお前のために動きたいって思うんだ、思えるんだ。そんなやつが不幸だなんて僕は思わない」

 

「月無」

 

 ふらついて倒れそうになった僕の後ろに、氷の壁が現れる。こんなことができるのは轟くんしかいないと思ってそっちを見ると、弔くんがポケットに手を突っ込んでサボっていた。おい、戦えや。

 

「自分のために誰かが動いてくれるって、想われてるって証拠じゃねぇのか?それ、幸せだろ。俺でもわかるぞ」

 

 言い終わると同時、弔くんが氷の壁を崩壊させた。慌てて体勢を整えながら、揺れる視界に出久くんと轟くんの姿を捉える。

 

 幸せか。生きたいと願うことが?僕にはそう思えないんだけど。だって、普通の人は生きたいって願うことなんてないじゃないか。そう願うときは大体死にかけてるときで、死にたくないときで、そういうときは大抵不幸なときだ。つまり、僕は不幸なんだ。

 

「難しいことじゃないと思う。だって」

 

 体勢を整えたが体に限界がきていたのか、バランスを崩して倒れそうになった僕の腕を出久くんが掴んで、しっかりと支えてくれた。

 

「月無は、今生きてる」

 

「……」

 

「今、生きてるんだ」

 

 なぁ出久くん。君、ボロボロじゃないか。一体何で?僕みたいなザコと君みたいなのが戦えば無傷で済んだだろうに。あれか。譲渡しない僕を見て、出久くんも個性使うのやめたとか?それ舐めプって言うんじゃない?

 

 ……でも、嫌いじゃない。多分出久くんは対等にいようとしてくれたんだろう。こんな僕と、対等に。

 

「そうか、今生きてるから幸せか。なるほど」

 

 生きたいと願う必要がないのは、今生きてるから。めちゃくちゃ簡単なことだ。なんで僕は気づかなかったんだろう。

 

「出久くん、轟くん」

 

 名前を呼ぶと、戦っていた轟くんが攻撃するのをやめて、弔くんがポケットに手を突っ込んだ。君、実は余裕でしょ。

 

「もしも、もしも僕の歩む道が今と違っていれば、今と違う出会い方をしていれば。僕たち、いい友だちになれたと思うんだ」

 

 僕、ヒーロー好きだし。二人ともいい人だし。これでいい友だちにならない理由がない。あれ、でもそうなると僕が雄英に入らないといけなくなるのか。そりゃ無理だ。いや、でも歩む道が違った僕は最強かもしれない。今と違って。

 

 今が嫌っていう意味じゃないんだけどね。

 

「でも、だからこそ、勝ちたい」

 

 出久くんの手を振り払って、構える。和やかに終われそうだったけど、それじゃだめだ。今の僕は敵連合の月無凶夜。勝つか負けるかの勝負の途中。

 

「君たちとの未来より、今から歩む弔くんたちとの未来の方が幸せだって、胸を張って言えるように」

 

 敵同士だけど、ありがとうと心の中で呟く。僕に生きたいと、幸せだと思わせてくれてありがとう、と。

 

 おかげで僕は、本当の意味で幸せになれ、

 

「……?」

 

 突然、全身から力が抜けた。そして、体中を表現できないほどの痛みが襲い。

 

 周りの地面が、建物が、不自然に崩壊を始めたと同時に、僕は意識を失った。



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第93話 敵連合死柄木弔

「月無!?」

 

「どうなってんだ、これ」

 

 倒れた月無と不自然に崩壊を始めた街を見て、始まったか、と息を吐く。『不幸』の真骨頂か。いや、こんなものじゃないだろう。もっと時間が経てば日本を、或いは世界すら危なくなるかもしれない。

 

 『生きたい』、『自分は幸せ』だと完全に自覚したことで始まった『不幸』の暴走。俺の考えた通りだ。できれば、ここからも俺の考えた通りに物事が進んでくれるといいんだが、どうなるか。

 

 まぁ、どうにかなるだろう。カメラがまだ回ってる事を確認してから、倒れた月無に近づいて行く。

 

「死柄木、これ、もしかして」

 

「考えてる通りだ。月無の『不幸』が暴走してる」

 

 近づいてきた俺を警戒しつつも構えはしない緑谷に答えてやる。ここで俺が襲い掛かったらどうするつもりだったんだろうか。それをしないと思っているということは、月無がこうなっている状態で俺が月無を放っておくわけがないと思われているということで、それはなんとなく気持ちが悪い。

 

「こうなったらまぁ、止めるには月無を殺すしかないな」

 

「殺す、って」

 

「そうだろう?大勢の命と一人の命、天秤にかけてどっちが重いかなんて誰にでもわかる」

 

 ここで月無が目を覚まして個性を制御する、っていうのはまぁない。月無が幸せを自覚している限り、暴走は続く。月無が死ぬまで。その頃に世界がどうなっているかはわからないが、十中八九無事では済まない。何人死ぬだろうか。きっとその死人の中に俺もいることだろう。

 

「俺の氷で仮死状態にすんのはダメなのか」

 

「どうだろうな。そうしたところでこいつは凍ったまま人生を終えるだけだ」

 

 生きているには生きているが、死んでいるのと同じだ。じっとしているなんてこいつには耐えられないだろう。

 

「幸いなことに、今周りを巻き込んで死のうとしているこいつは殺そうと思えばあっさり殺せる。どうすんだろうな、ヒーローたちは」

 

 俺の声は、日本中に届いている。つまり、『月無を殺せばこの事態は収まる』ということを日本中が理解したということだ。そうすれば当然、多くの敵を乗り越えて月無を殺そうとしてくるヒーローも出てくるわけだ。それは正しい。そうしなければ大勢の命が失われるから。

 

 ただ、葛藤するヒーローもいる。何か助ける手段はないのか、本当に殺すしかないのか、今の緑谷と轟と同じように。

 

「ま、ヒーローにやられる前に、俺がやるんだが」

 

「お前、本当に月無を殺すのか!?」

 

「は?俺が月無を殺すかよ」

 

 予定より少し遅れて、俺の隣に黒い渦が現れる。そこから出てきたのは、エリと先生。

 

「やぁ、始まったね」

 

「あぁ、始まった」

 

「で、終わらせるの」

 

 ぐっと拳を握りしめて気合いを入れているエリをぽんぽんと撫で、月無の隣にしゃがみこんだ。ムカつく顔してやがる。いつになったら大人らしい顔つきになるんだ?こいつは。もしかして一生子どもみたいなまま終わるんじゃないか?

 

「俺は今から、月無の『不幸』を壊す」

 

「それって」

 

「個性を、壊すってことか?」

 

 頷く。今、この状況。この状況でしか月無の個性は壊せない。あらゆる攻撃を受け付けて、死のうとする今この状況でしか。個性破壊弾も考えたが、あれじゃ『不幸』『幸福』『譲渡』のどれが死ぬかわかりゃしねぇ。それなら、俺の個性を信じるしかない。

 

「そんなことできるのか!?大体、直接体を崩壊させたらすぐに死んで……まさか」

 

 緑谷が俺に詰め寄り、死んでしまうと言い切る前にエリを見て、目を丸くした。やはり察しがいい。頭が回るやつは嫌いじゃない。

 

「やるよ、私」

 

 エリは月無の頬をぺちぺちと叩いて、それから手をぎゅっと握りしめた。

 

「次は、私の番だもん」

 

 月無に助けてもらったから、次は。実際に月無が聞いていたら号泣していたことだろう。鬱陶しい。

 

 ただ、助けたもらったから、っていうなら俺も同じか。

 

「俺が壊して、エリが治す。それだけだ。俺が壊した個性をうっかり治すなんてことするなよ?」

 

「しないもん」

 

「よし」

 

 ゆっくりと、月無の体に手を近づけていく。覚悟はしていたつもりだったが、ここまで緊張するとは。こんなところまで月無に変えられたか?クソ、昔の俺が将来誰かを助けたいって思うことになるって知ったら、何て言うだろうな。信じないに決まってる。それぐらい子どもだった。

 

「お前らは、どうする?殺すか、殺さないか」

 

 立ち尽くす二人に聞く。周りのヒーローは悩みつつも答えを出して、自分の思う通りに動いている。敵は最初から守る方向に動いているのは流石と言うべきか、月無好かれ過ぎだよな、ほんと。

 

「……あぁ、ヒーローはこういう言葉に弱いんだっけか」

 

 まだ悩む二人に、笑いながら言った。

 

「俺と一緒に、月無を助けてくれ」

 

「……ズルい」

 

 俺の言葉に、緑谷はふにゃりと笑った。一応ここは戦場なのに、なぜそんな顔で笑えるのか。それが緑谷が緑谷たる所以で、ヒーローたる所以なんだろう、と思う。

 

「必ず助けろよ。それまで誰一人ここにこさせねぇから」

 

 言って、俺たちに背を向ける。まったく、ヒーローは味方だとこうも頼りになるのか。それでもまだ嫌いではあるが。

 

「よし、なら僕も手伝うとしよう。弔、いいかい?」

 

「やり過ぎない程度にな」

 

「了解」

 

 ふらふらと歩く先生は、どこか楽し気だ。なんでそんな楽しそうなんだ、と聞くと「君たちの成長が嬉しくてね」と言うに決まってるから聞きはしないが、あの人ここが戦場だってこと理解してるのだろうか。

 

 まぁ、どっちでもいい。

 

「エリ。始めるぞ」

 

「うん」

 

 月無の体に、完全に触れた。それと同時にゆっくりと崩壊が始まる。

 

「俺たちで、助けるんだ。月無を」

 

「うん!」

 

 そして、また生きるんだ。月無と一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

『どうもこんにちは、初めまして!月無凶夜と申します!個性は不幸で、自分と周りを不幸にします!今は制御できているので僕だけが不幸なので心配しないでください!月無だけに、ツキがないんです!よろしくお願いします!』

 

 初めは「なんだこいつ」と思い、その臭さに殺意すら抱いた。あいつはずっとマイペースで、楽しそうだった。いや、楽しもうとしていたって言うべきか?どちらにせよ、俺にとってムカつくやつであることには変わらなかった。

 

 ただ、そういう態度をずっととられると、自然と心を許してしまっていて。気づけばあいつが隣にいることが普通になっていた。人と距離を詰めるのがうまいのだろう。あいつがそういうことを考えているかどうかはわからないが、そういう才能があるのは間違いない。

 

 弱いやつは、弱いやつの気持ちを理解できる。まさにその通りで、あいつは敵にとって救世主のような存在になった。俺たちのようなやつらに手を伸ばしてくれるようなやつはそうそういない。ただ、あいつは手を伸ばせる人間だった。そしてあいつの近くにいると、自然と手を伸ばせるようにできる人間でもあった。そんなやつだからみんなが付いて行こうとするし、隣にいようとする。

 

 だから、こうしてみんなが必死になって助けようとしてくれる。

 

「月無さんを守れ!死柄木さんを守れ!」

 

「オラヒーローども!俺たちが相手じゃい!」

 

「ハッハッハー!余裕なさそうな顔してんな!?」

 

 月無の周りにはいつだって笑顔があった。それは俺も例外じゃない。認めるのは癪に障るが、俺もあいつといると自然と笑顔になれた。

 

 友だちってこういうものなんだな、と思ったんだ。

 

 失いたくなかった。

 

 だから、助けたいんだ。

 

 だから、月無の『不幸』を暴走させるために、日本を混乱に陥れた。一番最悪な形で暴走させるために。そのついでに敵連合の目的を達成するために。我ながら気持ち悪い。たった一人のために日本を巻き込む大犯罪。いや、むしろカッコいいのか?正しいのか正しくないのか?

 

 正義なのか悪なのか?

 

「ぐっ、クッソ」

 

 個性の制御が難しい。殺さないように体を崩壊させながら『不幸』を見つけ、壊す。それと同時にエリの治す速度も見ておく必要がある。こんだけ苦労させやがって、死にやがったらどうしてくれようか。いや、死んだらどうしようもできないから生きたときにどうにかしよう。

 

 というか、死ぬなんてありえない。俺とエリが死なせない。

 

「ぐっ!?」

 

 俺の腕が崩壊し始めた。無理な制御をしているからか?そりゃ個性を壊そうとしてるんだ。これくらいないと張り合いがない。それとも月無の個性が反応して俺を殺そうとしてるとか?どこまでも苦労かけやがって。大人しくしてりゃいいんだ。

 

「弔くん!」

 

「大丈夫だ、集中しろ!」

 

 どこだ、『不幸』。ずっと隣にいた俺がわからないはずがない。見つけて、壊して、それで終わりだ。見つけりゃそれでしまいなんだ。

 

「……!」

 

 捉えた、『不幸』。今更だがなんだ個性を壊すって。できそうだからいいが、めちゃくちゃ言ってたんだな俺。それくらい必死だったってことか?

 

「じゃあな」

 

 見つけた『不幸』を掴む。そして、



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第94話 for you

 ふと気づけば辺りは真っ暗で、所々ひびが入っては直り、ひびが入っては直りを繰り返す空間にいた。なんとなくひびの入り方に見覚えがあるが、多分気のせいだろう。そんなことよりここはどこだ、という話になる。

 

 確か、出久くんと戦おうとしたところでいきなり気を失ったはず。そこからどうなったかはわからないし、どれだけ経ったかもわからない。わかるのは真っ暗でひびが入って直る、ということだけ。随分おかしな空間だ。

 

 もしかして、僕は死んだのだろうか。これからだっていうところだったのに、そんなことある?ダサすぎでしょ、僕。

 

「……?」

 

 頭を抱えていると、遠くの方で何か音が聞こえた。声?何か苦しむような、そんな声が。ずっとここにいても仕方ないので、とりあえずそちらに向かうことにする。何もかも真っ暗なので音だけを頼りに歩いて行くと、次第に周りに入るひびが多くなっていった。こっちにきて大丈夫なのだろうか。死ぬんじゃないか?いや、死んでるのか?もういいや。それは置いておこう。

 

 歩く、歩く、歩く。ひびが多くなってなかったら前に進んでいるかどうかもわからず頭がおかしくなっていたところだ。ここはひびに感謝するべきだろう。ありがとう、ひび。めちゃくちゃ怖いけど。

 

「!」

 

 歩いて行くと、男女の背中が見えた。男の方は逞しく、女の方は綺麗。美しい。ただ、いつもなら求婚するのになぜかあの人を見てもそんな気持ちは出てこなかった。何か、懐かしいというか、温かいというか。

 

「お、きたか」

 

「あ、ほんとだ」

 

 そして、二人が振り向いた時僕は目が飛び出るくらい驚いた。実際に飛び出ていたかもしれない。瞼を触りつつ、まだ目があることを確認してからもう一度その二人をよく見てみる。

 

「ん?俺の顔に何かついているか?カッコいい目と鼻と口とか?」

 

「どっちかっていうと、逞しいかな?」

 

 小さい頃の記憶で朧気だが、間違いない。

 

「お父さん、お母さん?」

 

「久しぶり!」

 

「元気だった?」

 

 死んだはずの、僕の両親だ。

 

「あれ、っていうことはやっぱり僕死んでるの?」

 

 死んだ両親がここにいるのなら、そう考えるのが自然だ。まさか天国が本当に存在するなんて思ってなかった。天国にしては地獄みたいに不気味な空間だけど、お父さんとお母さんがいるなら天国で間違いない。この二人が悪いことしてるはずないし。……僕はしてるぞ?

 

「あぁ違う違う。死んでないし、なんなら俺たちも正しく言えばお前の両親じゃないしな」

 

「?」

 

「もう、わざと遠回しに言って困らせてるでしょ。悪い癖だよ?」

 

「ハッハッハ!いやぁついな!」

 

 両親じゃない?両親の姿なのに?で、僕は死んでない?どういうことだ。

 

「まぁ簡単に言えばここはお前の中で、俺たちは『個性』だな」

 

「『個性』?」

 

「『譲渡』と『幸福』、っていえばわかりやすい?」

 

 僕の中で、二人は個性。はぁ。

 

「ま、細かいことは気にすんな。とりあえずそういうことだって理解しておけばいい」

 

「えっと、まぁ、死んでないのは死んでないんだよね?」

 

「うん。それは間違いないよ」

 

 僕のお母さんほんと綺麗だな。お父さんはカッコいいし。僕に二人の遺伝子が受け継がれているのか疑わしくなるくらいだ。僕はカッコいいし可愛いから受け継がれてるんだろうけど、二人には及ばない。

 

「で、だ。今お前の『不幸』が暴走して街を、日本を壊そうとしている」

 

「え、嘘?」

 

「ほんと。で、このひびは豊優のお友だちが助けようとして『不幸』を壊そうとしてるの」

 

 見上げてひびを見る。お友だちってことは弔くんだろう。だから見覚えがあったのか。というか、『不幸』を壊すってどういうことだろうか。

 

「で、だな。ここでちょっと相談なんだが」

 

「なに?」

 

 さっきお父さんは自分たちのことを個性だと言っていたが、個性が相談ってどういう状況なのだろうか。『譲渡』と『幸福』は元々は僕の個性じゃないからレアなケース?二人の意思が込められていた、とか?僕は学者じゃないからわからないけど、そういうことで納得しておこう。

 

「今、『不幸』が殺されようとしてるんだけど、私たちとしては息子みたいなものだから」

 

「同じ息子のお前に『不幸』を助けてもらおうと思ってな」

 

「え?」

 

 『不幸』を、助ける?

 

「何その不思議。個性を助けるってできるの?」

 

「『不幸』は生きている」

 

 自信満々に言うお父さんに首を傾げた。

 

「お前の中でずっとな。いつまで経ってもちゃんと制御できなかったのはそういうことだ。お前も生きてる個性には覚えがあるだろう?」

 

 生きてる個性と言えば、常闇くんの黒影。そういえばあの子も個性なのに生きていた。生きているっていうのか?でも、自分の意思を持っているのは間違いない。

 

「あの子が表に出てない状態、って言えばいいのかな。そもそもそういう個性じゃないから表には出られないんだけど」

 

「そんな細かいことはどうでもいい。本題は『不幸』を助けてやってくれってだけだ」

 

「や、それはいいんだけど……いや、いいのかな?『不幸』を助けたら日本終わるんじゃない?」

 

「『幸福』にしてやればいい」

 

 お父さんはお母さんをぐっと引き寄せて、にかっと笑った。本当に僕の親か?この人。気持ちいい笑い方するなぁ。いや、厳密に言えばこのお父さんは僕のお父さんじゃないんだっけ?個性だもんね。

 

「豊優にはそれができる。私の『幸福』があるから」

 

「うーん、親孝行はするものだし、いいよ。その『不幸』はどこにいるの?」

 

「あぁ、歩くにつれてひびが多くなっていっただろ?恐らく一番ひびが多い場所に『不幸』はいる。お前の友だちが壊そうと張り切ってるからな」

 

「すごいよね。豊優のためにここまでしてくれるなんて」

 

 すごいでしょ。僕の自慢の友だちだ。やるときはやるんだ、あの男。

 

「よし、じゃああまり時間もないからな」

 

「そうだね。まだちょっと混乱してるけど、細かいことは気にしない」

 

 本当に何が起きてるかわからないし、流れに身を任せよう。考えたところで仕方ない。

 

 二人の間を抜けて、ひびの多い方へ向かう。弔くん張り切りすぎじゃない?どんだけ僕のこと好きなんだよ。

 

「豊優」

 

 弔くんの僕に対する愛を再認識していると、お母さんに呼び止められる。振り向くと、すごく綺麗な笑顔で、それでいて少し泣きそうな顔で手を振っていた。

 

「いってらっしゃい」

 

 ……。

 

「豊優」

 

 いつも快活に笑っているお父さんが、柔らかく笑った。

 

「デカくなったな」

 

「……」

 

 この二人、両親じゃなくて個性だって言ってなかったっけ?なのになんでこんな、こんな。

 

「ありがとう。いってきます!」

 

 でも、この二人が両親じゃなかったとしても。言えなかったお礼くらいは言ってもいいと思う。自己満足でもなんでもいい。というより、あの二人は絶対僕の両親だ。間違いない。

 

 だって、僕はあの二人の息子だから。

 

 

 

 

 

 

 

 結構歩いた気がする。もう上どころか右、左、足元すらひびが入り始めている。これ、下が割れて落ちたりしないよね?

 

「わ」

 

 と思っていたら、割れた。真っ暗な中で浮遊感を味わい、そのまま落下していく。これどこまで落ちていくの?めちゃくちゃ怖い。落下点がわからなきゃ受け身もとれないし。

 

「あだっ!」

 

 幸いそこまで落下せず、すぐ地面についた。受け身はとれずに痛い思いをしたが、骨が折れるほどじゃない。僕にしては珍しい。

 

「……お」

 

 打ったお尻を擦りながら前を見ると、いた。うずくまっている小さい男の子。十歳にも満たない、四、五歳くらいの。あの子が恐らく『不幸』だろう。というか、あの子……。

 

「僕?」

 

「?」

 

 振り向いた顔を見ると、やはりそうだ。あの超絶キューティーな顔は僕以外ありえない。というか、考えてみればそりゃそうだ。『譲渡』がお父さんの姿で『幸福』がお母さんの姿なら、『不幸』は僕以外ないだろう。

 

「おにーさん、だれ?」

 

「僕は僕」

 

「へんなの」

 

 僕もそう思う。やはりこの子は僕らしい。

 

「こんなところでどうしたの?」

 

 ただ僕がこの子のことが僕だとわかっていても、この子にとっては見知らぬお兄さんだ。僕としてではなく、子どもとして扱って接するべきだろう。目線を同じにするためにしゃがみこんで、返答を待つ。

 

「死んじゃったんだ」

 

 くしゃ、と『ぼく』の顔が歪んだ。

 

「おかーさんも、おとーさんも、おじさんもおばさんも、施設のみんなも、みんな死んじゃった」

 

 泣き出しそうな顔をしているのに、一切涙を流さない。『ぼく』は俯いて、ぼそっと呟いた。

 

「ぼくのせいだ」

 

「……」

 

「ぼくのせいで、みんな死んじゃった」

 

 そんなことない、と僕が言えることなのだろうか。『ぼく』は紛れもなく僕で、この子は僕の本当に思っていることを言っているのかもしれない。だとしたら、僕がそんなことないと言えるわけがない。だって、それは嘘になる。

 

「今だって、ぼくのせいでみんな壊れちゃう」

 

 現実で街が壊れていっているのも把握しているのか。僕は把握できていないのに。

 

「……ぼく、壊したくない。死にたくない」

 

 ひびが『ぼく』に向かって迫ってきた。

 

「たすけて」

 

 気づけば体が動いていた。ひびから庇うように『ぼく』を抱きしめて、激痛に耐える。これ、僕が死んだら本当に死ぬ。そりゃそうか。僕は僕だし。

 

「助けるよ」

 

 安心させるように『ぼく』を撫でて、にかっと笑ってみせた。

 

「一人で不安だったよね。怖かったよね。でも」

 

 個性を発動する。僕の両親からもらった素敵な個性。『譲渡』と『幸福』。その複合。

 

「もう大丈夫だ。僕がいる」

 

 『平等な幸福(for you)

 

 

 

 

 

 

 月無から突然光が溢れたかと思えば、手が勢いよく弾かれた。確かに『不幸』に触れようとしていたのに、何かに邪魔されたような感覚。いや、守られた?一体何に?

 

「ってか、なんだ、これ」

 

 同時に、傷ついていたはずの腕が治っていく。それだけじゃない。崩壊し始めていた街も直っていき、ヒーロー、敵が負っていた傷も、なにもかも。

 

「……何が起きてるんだ?」

 

「私じゃないよ?」

 

 それはわかってる。一瞬そうかと思ったが、エリはここまでとんでもない個性じゃない。……とんでもない個性?

 

「まさか」

 

「おはよう」

 

 まさかと思い見てみると、月無が目を開けてにかっと笑っていた。

 

「ただいま」



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第95話 僕の『敵連合』

 目を覚まして「ただいま」と言うと、エリちゃんが僕に飛びついてきた。しっかりと抱きとめて、体を起こしながら泣いているエリちゃんをぽんぽんと撫でて落ち着かせる。

 

「ありがとう、エリちゃん。助けにきてくれたんだよね?」

 

「っ、うん。助けに、きた!」

 

 もっと子どもらしく泣いてもいいのに。本当に強い子だなと思いながらぐしゃぐしゃに撫でる。と、肩に小さな衝撃と重みが乗っかってきた。

 

「弔くん?」

 

「……」

 

 見ると、弔くんが頭をのっけて、だらんと脱力していた。ちょっと重い。でも、僕のために頑張ってくれたんだ。休ませなきゃ罰が当たる。

 

「よかった」

 

「え?」

 

「生きてて、よかった」

 

 そして、握りしめた拳を僕にぐっと押し付けた後、僕から離れていつも通りに笑う。

 

「おかえり。月無」

 

 少し目が潤んでいたとか、そういうところをつっこむのは無粋だろう。いつもの僕ならやってたかもしれないけど、今はそういうときじゃない。弔くんをからかうのはこれからもできるし。

 

「で、だ」

 

 弔くんは立ち上がって、僕に手を伸ばしてきた。五指に触れないよう握って立ち上がると、弔くんは周りを見渡して、

 

「お前、何した?」

 

 僕の中で聞いたことが本当だったなら、恐らく周りはものすごい惨状だったのだろう。街が壊れ、人が傷つき、もしかしたら死人もでていたかもしれない。でも、今はそんなことはまったくなく、みんな傷一つないし、街にはひび一つ入っていない。

 

「いやぁ、ハハハ」

 

 聞かれて、参ったなぁと頭を掻く。僕としては『ぼく』を幸せにしただけなんだけど、個性を変えるってこういうことかと今自分でも驚いているところだ。

 

「えっとね、簡単に言えば人にとっての『不幸』や『幸福』を実現できるようになったというか、なんというか」

 

「つまり?」

 

「つまり、みんな傷もなく街も無事ならみんな『幸福』だよね?と思いまして」

 

 弔くん含め、周りの人たちが一斉にざわめいた。そりゃそうだ。僕だって驚いている。僕の個性は元々とんでもなかったけど、僕が『ぼく』を幸せにしたばかりにこんな成長を遂げてしまって。いやぁ、本当にどうしよう。

 

「うーん、まぁアレだ。最強になった」

 

「……まぁ、いいか」

 

 諦めたように言うと、弔くんは肩を組んで耳打ちしてきた。今の僕の最強を利用しない手はない、らしい。……またカメラの前で僕がやらなきゃいけないのか。弔くんでよくない?お前がいい?あぁ、そう。

 

 エリちゃんを弔くんに預け、カメラの前まで移動する。中々エリちゃんが離れなくて苦労したが、あとでいっぱい遊ぶということを約束して離れてきた。僕も名残惜しい。エリちゃんとずっと一緒にいたい。子どもを抱っこしてると威厳がなくなるって別によくない?弔くんのケチ。

 

「えー、こほん。どうも。敵連合の月無凶夜です。この度『不幸』と『幸福』を思うままに実現できるようになりました。つまり何をされようと僕の前では無意味ということです」

 

 今ものすごく悪役っぽい。「世界を破滅させようと思います」とか言いそう。ヒーローみんな身構えてるし。リラックスして、リラックス。

 

「さて、そこで提案があるんですが──」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、やっぱりダメ、ですか」

 

「ダメダメ!この子すぐ他の子に個性で暴力振るうし、いたずらばっかりするし手に負えないよ!悪いけど他のところあたってくれ!」

 

 施設の職員さんに頭を下げ、子どもの手を引いて小さく息を吐く。ヒーローになってすぐ助けた身寄りのないこの子だが、これがまた問題児。物を壊すわ暴力を振るうわ。最初に預けた施設の人は「これじゃ敵と変わらない」なんて言っていた。そうならないように導くのが仕事なのに。

 

「何か気に入らないことでもあった?」

 

「うっせ、ザコデク」

 

 生意気っぷりに幼馴染を思い出しながら、また小さく息を吐いた。本当なら僕が引き取りたいが、ヒーロー活動をしながら子どもを育てるのは新人の頃ならまず無理だ。子どもを一人にできないし、かといって園に預けても今までの施設のように問題を起こしてしまう。となると、

 

「あそこしかないかぁ……」

 

 僕の足を踏んでくるこの子にそっと注意しつつ、あそこを頼らなければならない自分に情けなさを感じる。でも、仕方ない。この子の未来のためにはあそこを頼るしかない。

 

「よし、僕と楽しいところにいこうか」

 

「やだ。ぜってぇつまんねぇ」

 

「いーや、絶対楽しいね」

 

 なんてったって、そこは世界一好き勝手な人がいるところなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおお!!」

 

 僕は逃げていた。鬼の形相を浮かべて追いかけてくる弔くんから。

 

 事の始まりは今日の昼。弔くんが好きなおかずを横取りした。おしまい。

 

「そんな怒ることないじゃん!弔くん大人でしょ!?」

 

「お前今年で十九だろ!その歳でやることか!」

 

「大学生って普通そうじゃないの!?」

 

「お前が学生であった瞬間なんてないだろうが!」

 

 広い敷地内を逃げ回る。色々改築して快適な空間になったここは、僕の庭といっていいほど知り尽くしている。それもそのはず、改築に携わったのは僕だし、こうして何回も逃げていればそりゃそうなる。ただ、弔くんも改築に携わって度々僕を追いかけるので、僕と同じくらい知り尽くしている。つまり逃げ切れない。

 

「月無、来客です」

 

「やった!ありがとう黒霧さん!」

 

「チッ」

 

 もうすぐ追いつかれるというところに黒霧さんがやってきて、僕を救ってくれた。本当に仕事ができる人だ。ぷぷぷ。残念だったね弔くん。

 

「死柄木も、生徒の配属先がまだ決まっていません。あんなものと遊んでいる暇があるのなら仕事を片付けてからにしてください」

 

「あんなもの!?」

 

「あぁ、そうだな。またな、あんなもの」

 

 勝ち誇っていたはずが、いつの間にか負かされていた。黒霧さんは僕を助けにきたんじゃないのか?いや、よく考えればただの業務連絡か。期待させやがって。

 

「では、対応お願いします」

 

「はーい」

 

 言って、黒霧さんは消えて行った。あの人いつも忙しそうだな。遊んでいるのが申し訳なくなってくる。

 

 ここは、元『タルタロス』。監獄だったここは、敵、もしくは敵予備軍を受け入れる施設となっている。というか僕たちがそういう風にした。

 

 弔くんが考えたのは、『敵が満足できる場所があればヒーローいらないんじゃね?』というもの。つまり、敵が好き勝手し、楽しめる場所を作ることでヒーローの根絶を目指すという敵らしくもない考え方だった。「お前のせいだ」って言われたけどなんのことやら。

 

 そして、ここは敵の社会復帰も支援している。受け入れ先は限られてるけど、弔くんが捕まえてきたデトネラット社とか、若頭が興した会社とか。元敵を受け入れてくれるところは今のところ少ないけど、実績がついてくれば増えるはずだ。もちろんこっちも世に送り出せないようなヤバいのはこっちで受け入れるし、そこら辺の見極めはしっかりしている。音本さんも貸してくれるし、万全だ。

 

 ただ、やっぱり敵がいい思いをするっていうのをよくないって思う人はいて、結構衝突する。その度僕か弔くんが出向かなきゃいけないのは仕方ないとして、誠意を見せるっていうのがどれだけ難しいか実感している今日この頃だ。人殺しだしね。悪いことしたっていうのは変わらない。ただ僕がとんでもないから捕まってないしこんな好き勝手できるけど、この好き勝手が最悪な方向だったなら今頃根絶やしにされているはずだ。

 

 ただ、僕は今正しいことをしていると思っている。自分のことくらい自分で信じてあげなきゃどうにもならない。身寄りのない敵になりそうな子どもを受け入れる施設としての顔もあるし、百パーセント正しくないってことは絶対にない。少なくとも数人の未来は守っている。教育には悪いかもしれないけど。

 

「おまたせしましたー」

 

 『ようこそ!』とファンシーな文字が飾られている玄関を抜け、来客対応。犯罪者が送られてきたり、子どもが送られてきたりと内容は様々だが、最近は僕たちに恐怖を感じなくなったマスコミが押し寄せてくることもある。僕たちが社会の歯車として機能している以上、国民へその実態を届けなきゃいけないから、とかかな。いやー、厄介だな僕たち。

 

「って、出久くんじゃん。いや、今はデクって呼んだ方がいい?」

 

「どっちでもいいよ。久しぶり」

 

 来客はなんと立派なヒーローになった出久くんだった。出久くんはこの現状をよく思っていない人の一人で、会う度「いつか捕まえる」と言ってくる。そりゃ僕は犯罪者だからね。それも正しい。

 

「今日はどうしたの?」

 

「この子をね」

 

 見ると、出久くんは小さな男の子の手を引いていた。年齢は四、五歳くらいだろうか。……まったく、こんな恵まれた国でもまだ身寄りのない子が出てくるのか。

 

「うん、オッケー。でも、君が連れてくるのって珍しいね」

 

「本当は頼りたくなかったけど、事情が事情だし。この子、周りに暴力振るったり物を壊したりしちゃうから」

 

「へー、なるほど。じゃあちょちょいとしごくね」

 

「お願い」

 

「おい、何する気だテメェ」

 

 おー生意気。弔くんみたい。こんなこと言ったら弔くんに怒られるだろうけど。

 

「じゃあね。いつか捕まえるから、覚悟しといて」

 

「できれば完全に平和になってからにしてねー」

 

 去っていく出久くんに、手を振り続ける。出久くんも轟くんももっとここを利用してくれていいのに。敵を更生させるって苦労するんだよ?

 

「よし、行こうか」

 

「なんだ、ここ」

 

 暴力を振るうとは思えないほどおとなしい。きっと何か気に入らないこととか、曲げられないこととかがあってそうなったんだろう。それを見つけていくことから始めようか。うーん、忙しくなるぞ。

 

「楽しいことがいっぱいあるところだよ」

 

「楽しいことなんかねぇだろ」

 

「ならこれから見つけていこう。君にとっての一番楽しいこと。『幸福』を」

 

 盗み、クスリ、或いは殺し。人にとっての一番より楽しいことを。今までの一番がどうでもよくなるくらいの楽しさを見つけ出し、温かい幸せを手に入れさせる。(ヴィラン)からの卒業を目指す。

 

「ようこそ。今日からここが君の敵連合(ヴィランアカデミア)だ!」

 

 それが、僕の『敵連合(ヴィランアカデミア)』。



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あとがき

くっさいあとがきです。


 というわけで、僕の『敵連合』一応の完結です。ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。プロット通りにいかなかったこともありましたが、なんとか完結までこじつけられたのは読者の皆様がいてくださったおかげです。ラストに納得いかなかった方は申し訳ございません。ですが、これが私の描いたラストです。

 

 さて、『一応の』完結、と言いましたのは、蛇足として番外編を気が向いたら投稿していきたいな、と思っての事です。敵連合の楽しそうな日常を書くのが私自身楽しいので、そういう形にしたいな、と。ですので、気が向いたらまた読みに来ていただければと思います。また、『最終話』というタイトルにしなかったのは、これからも月無たちの物語は続いて行きますよ、という意味を持たせたものでもあったりします。

 

 これから書いていこうと思っている番外編の内容については未定ですが、きっと私の中で書きたいという欲望があふれ出るときがあると思いますので、もしも読みたいと思ってくださる方がいたのであれば、そのときまでお待ちください。まぁ多分エリちゃんは書くと思います。

 

 月無凶夜は本当に書きやすいというか動かしやすいというか、しかしやはり動かしにくいというか、アレです。書きやすい性格でしたが、書きにくい個性でした。このあたりのバランスが失敗したなと思いましたが、月無の個性は物語の中核ですので失敗とは言い難い。簡単なようで難しいキャラです。ただ、自分の作り出したキャラに何言ってんだ気持ち悪いと我ながら思いますが、お疲れ様と伝えたいです。

 

 あまりだらだら書くのはあれなので、短いですがこの辺りで終わらせて頂きます。改めて読者の皆様には感謝を。感想、評価もありがとうございました。途中感想を返せなくなったのは今でも悔やんでおります。感想書いたのに返してもらってないぞ、という方。申し訳ございませんでした。返してはいないものの、しっかり読んでいますし、感想はすべて私の活力となっていました。ありがとうございました。感想を返さなかったことに対する言い逃れでした。

 

 活動報告にて僕の『敵連合』の設定やらなにやらを載せておきますので、こちらも気が向いたら読んで頂ければ幸いです。

 

 それでは。

 

 

 

 

 

 といきたいところですが、字数制限あるのを今知りましたので、月無のプロフィールを載せておきます。

 

 

名前:望月(もちづき)豊優(ほうゆう)(敵名:月無(つきなし)凶夜(きょうや)

 

性別:男

 

好きなもの:楽しいこと、女の子(健全なレベルで)、子ども

 

容姿:黒い髪のミディアム。少し癖がついている。十六歳頃までは童顔だったが、そこから歳をとるにつれて少し大人っぽくなり、かわいいからカッコいいに見事変化した。ただ、言動と行動で台無しにする。

 

個性:『不幸』→『不幸』、『幸福』、『譲渡』→『余計なお世話(f o r y o u)

 

『不幸』、『幸福』、『譲渡』は作中通りで、『余計なお世話(f o r y o u)』はあらゆる過程を無視して『不幸』な結果、『幸福』な結果を引き起こす個性。例えば、痛いから治った方が『幸福』だから傷が治る、傷ついた方が『不幸』だから傷がつく、というとんでもないチート。最後だから調子に乗りました。

 

 

完結記念イラスト 明火さんより

 

【挿絵表示】

 

 

 

月無凶夜 しゃちさんより

 

【挿絵表示】

 



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番外編
番外:僕たちの朝 (第24話読了後推奨)


※番外編は前書きを読んでください。

タイトルに「番外」とついているものは本編をある程度読んでから読むことをお勧めします。ネタバレになりますので、この位置まで読んでいれば読んでも問題ないですよ、というのをタイトルに(第〇〇話読了後推奨)といった風に記載します。それを参考にしてください。

さらに、番外編は本編を無視して書くことがあるので「1.~」「2.~」といったように注意書きを記載している場合があります。そちらを見て問題ないと思った方は読んでいただけると幸いです。


 僕こと月無凶夜の一日は、大抵ベッドから転げ落ちるという、不幸なのかドジなのかわからない出来事から始まる。つまり、僕は目覚ましに背中や肩などへの鈍い痛みを採用しているというわけだ。

 

 そして、僕がベッドから落ちた音とともに、仕切りを一枚隔てた向こう側にいる弔くんが目を覚ますのも、いつものこと。その後に仕切りの向こうから顔を出して、僕に文句を言うのもいつものことだ。

 

「もう少し静かに起きられないのか……?」

 

「僕、布団よりベッド派なんだ」

 

 布団で寝ていれば落ちるなんてことはないんだろうけど、なんか布団は背中に伝わる硬い感触が慣れなくて、あんまり寝れない。寝るときくらいは僕に優しくありたい。起きたそのときから厳しくなるんだけど。

 

「せめて柵とかつけろ」

 

「やだなぁ。それすら乗り越えるから、余計高いところから落ちるだけだよ」

 

 さ、顔洗って歯を磨こう。エチケットは大事だ。ヒミコちゃんやマグ姉もいるし、気を遣わないなんて失礼にあたる。そういえば、いつもここで水やガスを使う度に思うけど、敵の本拠地なのに水道とかガスとか電気が通ってるのって、なんか面白いよね。敵なのに。気づいてないんだから仕方ないけど。

 

 僕たちの本拠地では、仕切りを使ってそれぞれの部屋を作っている。本拠地の中央には会議スペースやモニター、パソコン、キッチン、ソファーなど、リビングと仕事スペースがごちゃごちゃになった空間がある。中央左側に洗面所とかお風呂とかトイレとか、共同生活スペースがあり、中央右側に僕たちの部屋がある。

 

 敵の本拠地のくせに広い。その上普通に生活できるくらい設備が整っている。これも弔くんと黒霧さんが働いてくれたおかげ……らしい。詳しくは知らない。

 

 仕切り、とはいってもそこそこ壁の役割を果たしてくれていて(弔くんは構わず僕の部屋に侵食してくるが)、部屋の入り口にはドアよろしく工夫を凝らして設置したカーテンがある。カーテンを引くと、正面には紫色のカーテンを入り口に採用している荼毘くんの部屋があり、弔くんの正面の部屋は黒霧さんだ。ちなみに名前の通り黒のカーテン。弔くんは灰色で、僕は白。

 

「真っ白な僕によく似合うな」

 

「頭の中がか?」

 

「心が綺麗っていう表現だよ」

 

 まさか、と笑う弔くんは、まだ少し眠そうだった。

 

 意外に、敵連合では僕たちは起きるのが早い方だ。黒霧さんが一番早くて、その次にマグ姉、その次に僕たちといった感じ。だからいつも中央に行くと、黒霧さんとマグ姉が朝ごはんを作ってくれている。

 

「おはようございます。死柄木、月無」

 

「あら、おはよう。今日も仲良しさんね」

 

 マグ姉の言葉に弔くんは嫌そうに表情を歪めた。

 

「こいつに起こされるんだよ。毎朝ドサドサドサドサうるさいんだ」

 

「一回しか落ちないんだから、二度寝すればいいのに」

 

「二度寝はむしろ気持ち悪いんだよ」

 

「ふーん?」

 

 あくびするくらいなら無理して二度寝すればいいのに。いや、気持ち悪いのか。

 

 共同生活スペースには流石に壁があり、ドアもある。はじめここにきたときは変な造りだなぁと思ったが、今では慣れたものだ。お風呂は広くて気持ちいいし、トイレも女の子用と男の子用で二つある。なんでこんなに充実してるの?

 

 洗面所は一番使うので、共同生活スペースに入ってすぐのところにある。ちなみに隣には洗濯機があり、朝起きてここにきたらいつも回っている。洗濯は一番ちょうどいいマグ姉の仕事だ。本当に申し訳ない。

 

 僕たちが歯を磨いていると、弔くんの歯ブラシが崩壊しかけていた。

 

「弔くん、手」

 

「あ」

 

 弔くんは慌てて親指を立てた。崩壊は止まったが、もう使い物にならないほど崩壊してしまっている。

 

「気抜けすぎじゃない?やっぱまだ眠たいんでしょ」

 

「俺が起きるって言ってんだから起きる。……あー、歯ブラシ予備あったか?」

 

 弔くんはこういう失敗を度々する。個性に気をつけて生きてきたはずなのに、寝起きだと結構ズボラになるのだ。もちろん、人を崩壊させたことはないけど。

 

 歯磨きを終え、顔を洗った僕は中央のソファーにダイブした。二度寝はしないけど、顔を洗ったとはいえ覚醒しきっていない頭のまま飛び込むソファーは、ものすごく気持ちいいものだ。うっかり飛び込んだ反動がつきすぎて床に放り出されることもあるけど、これはやめられない。

 

 僕がごろごろしていると、決まって弔くんは将棋を持ち出してくる。こういう暇な時間、将棋をする癖がついてしまっているらしい。僕もだが。

 

「前って僕の勝ちだったよね?」

 

「あ?トガが乱入してきて有耶無耶になっただけで、俺だっただろ」

 

 そういえば、前回将棋をしたときはヒミコちゃんがきて、特に意味もなく僕を引きずり回したんだった。その時点で僕は詰む未来が見えていたから、ここぞとばかりに嬉々とし退席したんだ。

 

「や、決着ついてないからノーカンだよ」

 

「バカ言え。あの盤面でお前が勝てるわけなかっただろ」

 

 それは仰る通りです。と心の中で呟いていると、コンプレスさんが共同生活スペースの方から出てきた。スピナーくんも一緒だ。

 

「おはよう。今日もいい朝だ」

 

「あれ、いつの間に?」

 

「……朝早く目が覚めてな。せっかくだからと、朝の鍛錬をコンプレスに付き合ってもらっていたんだ」

 

「あ、それでシャワー?」

 

「そういや、洗面所の水、出が悪かったな」

 

 キッチンのやつかと思ってたが、と弔くんが呟きながら、僕の飛車を取った。あれ、いつの間に?

 

「それにしても好きだねぇ、将棋。毎日やってないか?」

 

「コンプレスさんのマジックみたいなものだよ」

 

「なるほどな」

 

 と言いながら、コンプレスさんは握っていた右手を開くと、ポンッという音とともに花を出現させた。定番だからこそ、こういう日常で経験を積んでおきたいらしい。

 

「ふわぁー……。おはようございます」

 

「眠いぜ……目は覚めてるけどな!」

 

「お、やっぱはえぇな」

 

 僕たちがゆったりしていると、あくびしながら歩くヒミコちゃん、マスクをしているのに眠そうに見えるトゥワイスさん、完全に目が覚めてる様子の荼毘くんがきた。この三人は大体同じ時間に起きてくるが、荼毘くんはもっと早く目が覚めてるのかと思うほど眠そうな様子を見せない。寝起きがいいのか、それとも起きたはいいがだらだらしちゃう派の人なのか。ちょっと気になるところ。

 

「みんなー!もうすぐ朝ごはんできるわよ!」

 

 マグ姉の声に、「はーい」と返事するのは大体僕とヒミコちゃんとトゥワイスさん。時々コンプレスさんもまざって返事をする。

 

「もうすぐだって、弔くん」

 

「おう、じゃあ終わらせるか」

 

 そう言って弔くんは僕から奪った飛車をそっと置いた。

 

 詰みだったが、気づかなかったことにして、「食器並べるよ!」と立ち上がってマグ姉のところに行った。

 

 大人しくしてて、らしい。そりゃそうか。



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番外:十年後 (第65話読了後推奨)

※番外編は前書きを読んでください。

タイトルに「番外」とついているものは本編をある程度読んでから読むことをお勧めします。ネタバレになりますので、この位置まで読んでいれば読んでも問題ないですよ、というのをタイトルに(第○○話読了後推奨)といった風に記載します。それを参考にしてください。

さらに、番外編は本編を無視して書くことがあるので「1.~」「2.~」といったように注意書きを記載している場合があります。そちらを見て問題ないと思った方は読んでいただけると幸いです。

1.今回の番外の舞台は十年後です。

2.十年後となると関係性も変わっているので、その辺りの補完といいますか、それらは読者様に丸投げします。


 最近、僕にはとてつもなく気になることがある。

 

「気をつけてな、エリ」

 

「はい。いってきます、弔くん」

 

「エリちゃん!いってらっしゃい!」

 

「……ん」

 

 エリちゃんが、そっけないのである。

 

 思えば、前兆てきなものはあったかもしれない。一緒に寝てくれなくなったのが六年前、頭を撫でると逃げるようになったのが同じく六年前、そして僕の言葉に対して大体二、三文字で返事するようになったのがつい最近。というか、高校に入学した頃から。

 

「……思春期とは、人間が生殖器以外でも外形的性差が生じ、やがて生殖能力を持つようになり、性的に成熟し、心身ともに子供から大人に変化する時期のこと。 文学的に青春と表現される場合もある」

 

「どうした」

 

 玄関でエリちゃんを見送った後、機械的に思春期について考えてる僕の背中を撃ったのは、僕の人生で一番聞き続けた声。

 

「いや、喜ぶべきか寂しがるべきかと思ってね」

 

 やれやれと首を振りながら、僕の親友である弔くんに答える。なぜか呆れ顔なのが気になるが、弔くんは僕に対して大体あきれ果てているのであまり気にすることではなかった。今僕の思考は十割エリちゃんに割かれるべきだ。邪魔すんなボケ。

 

「あー、ついに思春期かー。きっと『凶夜さんのパンツと一緒に洗濯しないで!』って言うんだろうなぁ。あれ?これってエリちゃんが洗濯機で回されるみたいに聞こえない?」

 

「エリはどんどん成長するのに、お前はまったく変わらないな」

 

「や、僕は安定していい年頃でしょ。二十六だよ二十六」

 

 そう、二十六。弔くんはいまだに僕のことを時々「ガキ」呼ばわりするが、僕だって立派に大人の一員なんだ。人生の経験値的にはもう老人になっていてもおかしくない。というか死んでいたっておかしくない。そんなおかしい僕が思春期の対処なんてできるはずもなく。

 

「んー、弔くんって思春期あった?」

 

「あー、思春期なぁ。あるにはあっただろうが、気にする暇もなかっただろ」

 

「僕もそんな感じだろうねぇ。や、困った。こういう時大人が男だけだとめちゃくちゃ困るんだよね」

 

「……まぁ、エリのアレは思春期とは少し違うと思うが」

 

「?」

 

 身内とはいえ異性を意識するようになるのは思春期じゃないの?まさか僕が知らない定義でもあるのだろうか。思春期の中でもAの場合はBとする、みたいな。くそっ、こういうときに義務教育が生きてくるというのに、それをしていない僕はまったくわからない。弔くんも同じ土俵のはずなのにわかってるっぽくてズルい!

 

「つか、男だけで困るなら女を呼べばいいだろ」

 

「呼びました?」

 

「わ、ヒミコちゃん。僕の肩に刺さってるコレは何?」

 

「チウチウです。いただきます」

 

「召し上がれ」

 

 なんでも、ヒミコちゃんからすると僕の血は絶品だそうだ。ドブを感じさせるらしい。味覚イカレてんのか?

 

「ごちそうさまでした!お邪魔します、凶夜くんと弔くん」

 

「いらっしゃい。ヒミコちゃん」

 

「お前はお邪魔しますの前にごちそうさまと聞くことに違和感ないのか?」

 

「まぁ、大体こうだし」

 

 体と脳が慣れてしまったというか。アレだ。血を吸われたら「あ、ヒミコちゃんいらっしゃい」と考える脳になっている。おかしなことを受け入れるのは僕の得意分野でもあるから。

 

 ひとまず、この数年でどちゃくそ可愛く綺麗になったヒミコちゃんとの距離が近いと僕がドキドキしてそのまま死にかねないので少し距離を取り、そのまま弔くんと肩を組んでリビングに向かう。後ろでクスクスと笑っているのは、そんな僕の情けない心を読み取ったヒミコちゃんのものだろう。恥ずかしい。

 

 基本的に僕たちは僕と弔くん、エリちゃんの三人暮らしだが、来客が多いのでリビングはめちゃくちゃ広い。これはどこかの誰か、僕たちの保護者といってもいい人が張り切り過ぎた結果ともいえるんだけど。そんな広いリビングにあるこれまた長いソファに弔くんと一緒に腰かけると、僕の隣にヒミコちゃんが座った。そしてまたクスクス笑う。キスしていいですか?

 

「いいよって言ったらどうします?」

 

「弔くん。少し目を潰してもいい?」

 

「離れさせばいいだろ。なんで目を潰すんだ」

 

 そうか。見られるのは恥ずかしいから目を潰そうかと思ったけどその手があった。やはり悔しいが僕より弔くんの方が賢いらしい。これがNo.1とNo.2の差か。

 

「さて冗談は置いといて。大事な大事なエリちゃんの話をしよう」

 

「エリちゃんがどうかしたんです?」

 

 可愛らしくこてん、と首を傾げて聞いてくるヒミコちゃんにキスをしようと顔を近づけたところ、弔くんに四本指で首を絞められたので思いとどまりつつ「聞いてよヒミコちゃん」と何でもない風に切り出した。

 

「最近エリちゃんがそっけないんだ。僕の言葉に対して二、三文字でしか返事しないし、触れ合うことも拒むんだ!」

 

「あ、それ気にしなくていいやつです。ね、弔くん」

 

「あぁ」

 

「なにが!?」

 

 エリちゃんが僕と全然話してくれないというのはとんでもなくとんでもない事態なのに、なぜ二人とも平然としていられるのか。あんなに可愛らしく「凶夜さん、凶夜さん」と後ろをとことこついてきたエリちゃんが!

 

「いや、でもわかってるんだ。こういうときは見守るべきなんだって」

 

「うんうん」

 

「でも!僕が!寂しい!」

 

「腕かな?」

 

「首だろ」

 

 ヒミコちゃんと弔くんが僕のどこの骨を折るかの相談をしている。腕はいいけど、首はやめてほしい。というか弔くんがやると粉々になるじゃん。

 

「だって寂しいんだもん。弔くんだって僕が急に喋らなくなったりしたら寂しいでしょ?」

 

「離れることはないんだろ?なら別にどうってことはない」

 

「ヒミコちゃん……」

 

「こういうこと言うの、凶夜くんに対してだけだよ」

 

 弔くんが言葉で殺しに来たのでヒミコちゃんに助けを求めると、衝撃の事実。弔くんが普段からこの調子ならモテるだろうに、もったいない。あとエリちゃんに構ってもらえなくて寂しいと騒いでいた自分が恥ずかしい。やはり見守るべきか?それで突然彼氏でもつれてきて「お世話になりました」なんて言って出て行かれたら立ち直れないぞ僕。そういえばエリちゃんの結婚式で両親への手紙って誰宛てになるんだろう?僕と弔くんは保護者だけど親って感じでもないしどちらかというと兄のような、

 

「凶夜くんが反応しなくなっちゃった」

 

「こいつ歳とる度に考え事することが多くなってんだよ。確実にどうでもいいこと考えてんだけどな」

 

「どうでもよくないよ!エリちゃんの将来について考えてたんだ」

 

「ほら」

 

「ほら?」

 

 会話のつながりが見えない。いきなり「ほら」と言い出したヒミコちゃんを見ると、ニコニコ笑っていた。まるで「私は何でもわかってますよ」的なことを言っているかのような。

 

「こんなにエリちゃんのことを考えてて、エリちゃんがそれに気づかないはずないです。エリちゃんは賢いから、凶夜くんがエリちゃんのことを大事に思ってるってちゃんとわかってるよ。どうせすぐ仲良しに戻れるに決まってます。だから、ね?」

 

「聖母」

 

 僕を撫でながら優しく語り掛けてくれるヒミコちゃんに神々しさを感じつつ、涙を流した。なんていい子なんだ。なぜヒミコちゃんは僕と結婚してくれないんだ。それは僕がとんでもなくゴミみたいな人間だからだろう。間違いない。そんな僕を見捨てないでいてくれるみんなはめちゃくちゃいい人。証明完了。ジーニアス。僕は天才だ。

 

「あと、エリちゃんが学校に通うとき先生とか他の生徒の親御さんに頭下げに行ったってこともバラしちゃいましたし」

 

「男のそういうところは言わないのがお約束でしょ!?何してくれてんの!?」

 

「俺も初めて知ったんだが。オイ、説明しろ」

 

「えっとね、私がというよりべろべろに酔った仁くんが泣きながら語ってました」

 

 あのときの号泣してて何言ってるかわからなかったときのトゥワイスさんだろうか。そういえばあのとき隣にエリちゃんがいて、僕から顔を逸らしていたような気もする。あのときはクソみたいな酔っ払いに絡まれてかわいそうだなくらいに思ってたのに、そんなことがあったのか。後でお仕置きだな?

 

「でも、別に隠すことじゃないと思うけどなぁ。子どものために頑張れる人ってすっごく素敵じゃないです?」

 

「だからそれはなんか、違うの。男として、ねぇ?」

 

「あぁ。なんか違うんだよ」

 

 エリちゃんが学校に通う際、保護者が僕たちというとんでもないやつらで、そのせいでエリちゃんが学校でひどい目にあうといけないから僕と弔くんがめちゃくちゃ頭を下げに行った、ということがあった。僕たちは罪まみれだけど、エリちゃんには何も悪いことしてないからね。それにあの子に何かあったら気質が敵な僕たちが何をするかわかったものじゃないし。事故の未然防止だ。

 

「どちらにせよエリちゃんはわかってますから。それでも寂しいって言うなら、私が埋めてあげよっか?」

 

「え?エリちゃんとヒミコちゃんは違うんだから、埋めるとか無理でしょ」

 

「……ん、うーん。正解だけどハズレです。それ」

 

「???」

 

 ヒミコちゃんは難しいことを言う。僕が人とのコミュニケーションで間違えることなんてないはずなのに。間違え続けたから敵をやってたって言われたらそれはもうおしまいなんだけども。

 

「あ、そうだ。今日エリちゃん連れていっていいですか?女の子二人っきりでお話しして、ついでに凶夜くんのことをどう思ってるか聞いてくるね!」

 

「なんていい子なんだヒミコちゃん!ぜひ僕と結婚してみない?」

 

「いいですよ?」

 

「えっ、えっ?」

 

「こういう時に人間の軽薄さが透けて見えるよな」

 

 うるさいぞ弔くん。君も似たようなもんだろ。クソ童貞が。



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番外:こども (第65話読了後推奨)

※番外編は前書きを読んでください。

タイトルに「番外」とついているものは本編をある程度読んでから読むことをお勧めします。ネタバレになりますので、この位置まで読んでいれば読んでも問題ないですよ、というのをタイトルに(第○○話読了後推奨)といった風に記載します。それを参考にしてください。

さらに、番外編は本編を無視して書くことがあるので「1.~」「2.~」といったように注意書きを記載している場合があります。そちらを見て問題ないと思った方は読んでいただけると幸いです。

1.内容に年齢操作が含まれますので、苦手な方はお気をつけて。


 個性犯罪で溢れ、ヒーローがそれを解決するということが多いこの時代。当然その個性犯罪に巻き込まれることも少なくない。一般人はヒーローが戦っているところを呑気にスマホで撮りに行くくらいだし、一般人の危機管理能力の低下もその一因となっていることは間違いない。

 

「うーん、みんな子どもに、ねぇ」

 

 そんな個性犯罪がまた行われているらしい。弔くんとソファに並んで座って観ているニュース番組では、元々大人であったであろう被害者が子どもの姿で何かを訴えかけている。曰く、変なビームをすれ違いざまに撃たれて縮んでしまったのだ、と。ただ、こうやって状況説明ができているってことは知能まで子どもにはならないということだ。個性も問題なく使えてることから、体だけ縮める個性、らしい。

 

「弔くんなんかリーチが短くなるから困るんじゃない?」

 

「……あぁそうだな」

 

 弔くんは掌で触れないと個性を発動できないため、小さくなってしまうとその触れるまでの時間が遅くなってしまう。触れてしまえばほとんど一撃必殺なんだけど、小さくなった体に慣れるのも難しいだろうし。荼毘くんのような個性なら関係なく反撃できちゃうけど。

 

「まったく、子どもの姿にして何をしたいのか。女の人だけが被害に遭ってるならわかりやすいんだけど、男の人も被害に遭ってるし。しかも何をされるってわけでもなく小さくされて終わりだよ?」

 

「あぁ、みたいだな。ところで月無」

 

「なに?」

 

 子どもになるって大変だなぁ、とのんびり考えている僕に弔くんは心底呆れたような目を僕に向けて、

 

「お前、いつもより小さく見えるんだが、これは俺の気のせいか?」

 

「敵のせいだよ」

 

 チョップされてしまった。いたい。

 

「さっきちょっと出かけてくるって言って出て行ったと思ったらこんな姿で帰ってきやがって。お前敵連合としての自覚あるのか?一応No.2なんだぞ、お前」

 

「ごめんって!いや、でも『幸福』を持ってるとはいえ不測の事態に対してはランダムに『不幸』か『幸福』のどちらかが働くから、あとはわかるね?」

 

 そんなの、ほとんど不幸が発動するに決まってる。だって僕だよ?不測の事態で幸福が発動するような人間なら今頃真っ当な人生を歩んでる。

 

「そういうことじゃないんだよ。のこのこと散歩に出て行って個性をくらって戻ってくる間抜け加減に俺はキレてんだ。なぁ?」

 

「うぅ……だって仕方ないじゃん。エリちゃんに何か買ってってあげようかなー、あ、財布忘れてきたって絶望してたところを狙われたんだから。常に気を張っておくのってきついよ」

 

「お前常にだらけてるだろ」

 

 言って、弔くんはため息を吐いた。まぁ僕だって情けないとは思う。世界の敵を自称したやつがあっさり個性をくらって子どもになるって、そんなやつにどう恐怖するって言うんだ。僕ならあまりの間抜け感に親近感を覚えちゃうね。

 

「エリの個性でもどうなるかわからないしなぁ。ヒーローが子ども化敵を捕まえるのを待つしかないか?」

 

「だねぇ。これだけニュースになってるならヒーローも捕まえようと躍起になってるだろうし」

 

 エリちゃんの個性は巻き戻す個性。時間的な巻き戻しが可能だから大丈夫だとは思うけど、万が一がある。待っていて解決するならそれに越したことはないだろう。

 

「弔くーん。凶夜サマ知りません?」

 

 弔くんも僕を責めるのをやめ、二人でのんびりしていると天使の囁きかと聞き間違えるほど心地のいい声が僕の耳を癒した。この声はもしや?

 

「って、あれ?なんか可愛くなってる」

 

「小さい……」

 

 声の主は天使であるヒミコちゃんであり、エリちゃんを抱いたヒミコちゃんは僕を見て目を丸くした。そりゃびっくりするよね。ヒミコちゃんもエリちゃんも小さい僕を僕と認識しているのは通じ合っている証拠と喜ぶべきことか、それとも小さい頃から大して変わっていないと遠回しに言われていることを悲しむべきか。いや、そんなはずはない。確かに僕はちょっと童顔だけど、小さい頃と比べると流石に大分違っているはずだ。今肉体年齢六歳くらいだし。元と比べたら十年も違うし。

 

「へーぷにぷに。凶夜サマって小さい頃からまったく変わらないんですね」

 

「ぐぅっ」

 

「お前、何て残酷なことを……」

 

 ヒミコちゃんにほっぺを突かれて喜んでいたところにとんでもない暴言を吐かれてしまった。まったく変わらないって、そんな、ひどい。どれくらいひどいかって言うと弔くんが珍しく僕を庇うくらいひどい。

 

「一緒くらいだ。ね、凶夜さん」

 

 大ダメージを受けていじける僕の隣に、ヒミコちゃんの腕からするりと抜け出したエリちゃんがちょこんと座った。僕がエリちゃんと同じくらいになって嬉しいのか、やたらにこにこしている。かわいい。

 

「だねー。そう考えたら悪くない気がしてきた」

 

「どんだけポジティブなんだお前」

 

「だって、ほら」

 

 ヒミコちゃんが僕を抱き上げてソファに座り、僕を膝の上に置いて嬉しそうに鼻歌を歌っている。

 

「小さいっていうのは何かと得なんだ」

 

「男として見られないっていう欠点もあるがな」

 

 僕に対抗してか、膝によじ登ってくるエリちゃんをそっと抱えながら言った弔くんに、まさかそんなわけないとヒミコちゃんを見上げた。母性の塊のような笑顔だった。

 

 というか待て。小さい僕とエリちゃんを膝にのせている弔くんとヒミコちゃん。これってめちゃくちゃ親子に見えない?

 

「あら、可愛い家族ね。ママが制服着てるのが気になるところだけど」

 

「……マジかよ」

 

 そう考えていると通りがかったマグ姉が何でもないように言って、ひらひらと手を振り「楽しんでねー」と言って去っていった。去り際に「そういえば凶夜くん小さかったわね」と言っていたのは、僕は別に小さくても大きくても然程変わらない人間だということだろうか。聞き捨てならない。

 

「こんなにカァイイ子が二人なら大歓迎です。ね?弔くん」

 

「エリはいいが、そっちの生意気なガキは別に」

 

「なんだと!?もし仮に弔くんとヒミコちゃんの子どもだったとして、僕は弔くんの遺伝子が濃いって断言できるよ!」

 

「俺はお前みたいに子どもじゃない」

 

「そうでもないです」

 

「子どもっぽいよ?」

 

「……」

 

 弔くん、撃沈。わかるよわかる。男の子は女の子から子どもっぽいって言われると結構ダメージ大きいんだ。女の子は結構何でもない風に言うけど、それがどれだけ男の子を傷つけているかわかってない。一部子どもっぽいって言われて喜ぶ男もいるけど、それは男であって男じゃない。

 

「言われてやんの。大人の癖に」

 

「お前も大人だろ」

 

「僕は今子どもだし」

 

 弔くんが鬼の形相になったところで一旦煽るのをやめる。危ない危ない。恐らく今僕が子どもじゃなかったらボコボコにされてた。弔くんはエリちゃんと触れ合って「子どもには優しくしよう」っていう心が芽生えてるはずだから今は平気だけど。多分。

 

「まぁでもなんだかんだ言って、いつまでもこのままは困るかなぁ。ほら、ヒミコちゃんも大人でナイスな僕じゃないと困るでしょ?」

 

「?」

 

「とても不思議そうな顔で首を傾げられた」

 

「そらそうだ」

 

 僕を膝にのせているヒミコちゃんがうっきうきな時点でなんとなく察しはついてたけど。いや、でもこんな態度をとりつつ内心早く戻ってほしいと思っているに決まってる。そう信じておかないとやってられない。

 

 そうやって僕が拗ねつつヒミコちゃんとエリちゃんと遊んでいると、のそのそとあくびをしながら荼毘くんが歩いてきた。最近遅くまで頑張ってるから起きる時間が安定していないのでちょっと心配。そんな荼毘くんはやはり僕を見て目を丸くすると、不思議そうに首を傾げた。

 

「なんだ、まだ戻ってなかったのか」

 

「あれ、僕が小さくなったって知ってたの?」

 

 聞くと、荼毘くんは弔くんを指して、

 

「いや、さっき死柄木が黒霧に『月無を子どもにしやがったふざけた敵を探し出せ』っつってたから、もう戻ってるもんかと。結構隠れるのうまいみたいだな」

 

 言いながら荼毘くんはヒミコちゃんの隣に座って、僕のほっぺを突き始めた。やめろ!僕のほっぺは男に突かれるためにあるんじゃない!

 

 というか。

 

「弔くん、僕のために動いてくれてたんだ。何?僕のこと好きすぎじゃない?」

 

「仲間がやられたんだ。当然だろ」

 

「え、カッコいい」

 

「見習ってね、凶夜さん」

 

「え?」

 

 エリちゃんの前ではカッコいい僕であり続けていたつもりなんだけど、エリちゃんからすれば全然足りていないらしい。そりゃそうだ。だって今の僕カッコ悪いし。ちょっと待て、エリちゃんにとって僕と弔くんなら弔くんの方がカッコいいって思ってるってこと?ははは、そんなまさか。

 

「弔くんはいつもカッコいいけど、凶夜さんはやる時だけカッコいい」

 

「いや、それはほら。ギャップ的な感じで?いいじゃん」

 

「あ、でも凶夜さんといるときの弔くんはかわいい」

 

「ふっ」

 

 荼毘くんが噴き出した。珍しい。

 

「あ、確かに。屈託のない笑顔ってああいうのを言うんですよね」

 

「ふっ、確かにな。二人とも子どもみたいに笑うんだ」

 

「……」

 

「ぷぷぷー。弔くんかわいいー。そんなに僕といるのが楽しいんだー?よかったね。僕という親友がいて!」

 

「死柄木」

 

 みんなで楽しく煽っていると、黒霧さんがふっと現れて弔くんに耳打ちした。そしてまたふっと消える。なんかできる人感半端ないな。僕もあぁいう仕事人ポジションやりたい。カッコいい。

 

「……どうやらその子ども化は三日は元に戻らないらしい」

 

「え、そうなの?三日はこのままかー」

 

「えー、三日で戻っちゃうんですか?」

 

「えー」

 

「月無。お前一生そのままでいたらどうだ?」

 

 荼毘くんの提案に全力で首を横に振る。確かに今居心地いいけど、それとこれとは話が別だ。一生子どもなんてそんなの男として負けを認めたとしか思えない。

 

「うん、で、だ。俺ちょっと試したいことがあってな」

 

「なになに?なんでも相談してよ。僕たち親友だろ?」

 

 弔くんを煽りつつ、優しい僕は相談に乗ってあげる。なんせ僕たちは親友だから。僕といると弔くんは楽しいらしいし。ふふふ。これでしばらく弔くんをおちょくれる。

 

「子どもにする拷問を試したいんだが」

 

「たすけてー!!大犯罪者がここにいるよ!!」

 

 神速の反射神経で逃げ出したが、子どもの足では大人には敵わなかった。子どもに優しくしようなんて心弔くんにあるわけなかった。この人でなし!



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番外:ヴィランから学ぶヴィラン学(本編読了後推奨)

※番外編は前書きを読んでください。

タイトルに「番外」とついているものは本編をある程度読んでから読むことをお勧めします。ネタバレになりますので、この位置まで読んでいれば読んでも問題ないですよ、というのをタイトルに(第○○話読了後推奨)といった風に記載します。それを参考にしてください。

さらに、番外編は本編を無視して書くことがあるので「1.~」「2.~」といったように注意書きを記載している場合があります。そちらを見て問題ないと思った方は読んでいただけると幸いです。

1.本編終了後、同じ年の二月あたりの話です。


 いつも通り登校し、いつも通り授業を受けようと思っていた時、ふと時間割を見て違和感を覚えた。

 

「ヴィラン学……?」

 

 今日こんな授業あったかな、と首を傾げると同時に、相澤先生が教室に入ってきた。恐らく説明があるだろうと思い考えるのをやめ、先生の話に集中することにする。

 

「えー、おはよう。連絡は色々あるが、まぁ一番初めに言っておくべきことがある」

 

 入れ、という相澤先生の言葉と同時、教室に入ってくる影があった。

 

「月無凶夜が今日学校をうろつくが、気にするな」

 

「気にするって!!」

 

 呑気に「おはよー」と手を振っている月無に、1-A全員の声が重なった。

 

 

 

 

 

 

「つまりね。僕は敵連合(ヴィランアカデミア)と社会の間に橋をかける足掛かりとして雄英にきたってわけ」

 

「へー。代表補佐ってのも大変なんだな」

 

「いやぁ、雄英の方が大変だったと思うよ。今でもなんで受けてくれたのか不思議だもん」

 

「なんで馴染んでるの……」

 

 今回僕が雄英にきたのは、敵連合(ヴィランアカデミア)と社会の間に橋をかける足掛かりが目的。僕たちに危険がないということを世間にアピールするためのものだ。散々迷惑をかけた雄英にその話を持っていったときは我ながら図々しいなと思ったが、「ヴィランから学ぶヴィラン学って面白そうだね!」という校長の一声で許可が下りた。反対する職員はもちろんいたが、「月無はやろうと思えばすぐにでも世界を壊せるんだから、雄英の中にいようと外にいようと一緒さ!」と男前な意見で一蹴した。暴論すぎじゃない?と思ったけど許可が下りてるからよしとしよう。

 

「ま、すぐに仲良くっていうのは無理だと思うけど、これからちょくちょく雄英にくるからよろしくね!」

 

 と、締めたところでチャイムが鳴る。僕が受け持つ『ヴィラン学』は一時間目、1-Aで行われる。ちょうどいい。雄英が知り合いのいるクラスに、と配慮してくれたのだろう。気遣いできるのっていいなぁ。弔くんにも学んでほしい。

 

「よし、チャイムが鳴ったところで早速始めよう!まずは自己紹介!僕の名前は月無(つきなし)凶夜(きょうや)(ヴィラン)更生施設『敵連合(ヴィランアカデミア)』の代表補佐で、今日から時々『ヴィラン学』を受け持ちます。まぁ講師は僕だったり弔くんだったりするけど、実際の敵から学べるからヒーローになるなら結構有意義になると思うよ!というわけでよろしく!」

 

「死柄木はいやだなぁ……」

 

「大丈夫!弔くんって見た目怖いし言動も怖いし行動も怖いけど、教えるのはすごく上手だから!」

 

 妙に弔くんを恐れる峰田くんにフォローを入れる。確かに嫌がる気持ちもわかるけど、敵を学ぶならこれ以上ない講師だと思う。先生、弔くん、僕の順でためになるんじゃないかな。

 

「はーい、質問」

 

「はい、上鳴くん」

 

「なんで月無先生は敵としてオーラがないんですか?」

 

「うーん、そうだね。じゃあ爆豪くん。どんな観点からでもいいから、敵を二種類に分けてくれる?」

 

「ザコとカス」

 

「ほぼ一種類じゃない?それ」

 

 爆豪くんの授業態度が悪いのであててみると、暴言を吐かれてしまった。それって僕のことを指してるのと一緒だよね?確かに僕はザコでカスだけど。

 

「上鳴くんの質問に返すよう敵を二種類に分けるなら、『バレる敵』と『バレない敵』だね」

 

 バレる敵、というのはそもそも視線からしてなっていない。「今から犯罪行為をします」と言わんばかりに目が不自然にきょろきょろしてるし、行動を起こす前に敵だと目星をつけられる。隠れるのがへたくそなんだ。こういうのは決まって小心者だけど、例外もいる。

 

「さてなんでしょう。わかる人!」

 

「隠れる必要がない、とか?」

 

「それは何で?」

 

「例えば、逃げ切れる自信があるとか、ただ単純に自分の実力に自信がある、とか」

 

「正解!出久くんに三十ヴィランポイント進呈!」

 

 「ヴィランポイント……?」と首を傾げる出久くんを無視して話を続ける。

 

「まぁそういう敵って少ないんだけどね。バレないように犯罪行為をしてバレちゃったから犯罪者に、っていうのが普通なんだけど、例えば弔くんは自身満々にUSJ襲撃して初めて敵として認識されたから、『隠れる必要がない』っていう考えの敵になるかな。あ、その節はどうも」

 

 数人に睨まれたので頭を下げておく。そういえば僕も襲撃に参加してたんだった。

 

「ただ、真に狡猾な敵は潜むもの。人にバレないように生活して、人にバレないように犯罪行為をする。『バレない』っていう能力を身につけてる敵って、案外多いんだ。街を歩いてるときに隣に敵がいたって不思議じゃない」

 

 そこで僕は梅雨ちゃんに目を向けて、

 

「梅雨ちゃんはこの前僕と戦ったときに一番実感したんじゃないかな?」

 

「ええ、あまりにも自然すぎて反応できなかったわ」

 

 人の意識の隙間をつく能力。これを身につけている敵っていうのは案外多い。バレないように、バレないようにと生きていくうちに自然と身に付くものだ。その能力に長けているのは弔くんと僕とヒミコちゃん。

 

「言ってしまえば、人の思考を読むというか、油断したところをつくというか、いやらしい手が得意なんだ。そうしなきゃ生きていけないっていうのもある」

 

 敵はなにもヒーローだけが相手じゃなくて、敵同士が争うこともある。そんな中で見つからないようにするっていう能力と、隙をつくっていう能力は重要だ。出し抜く、っていう言い方が一番かもしれない。

 

「ヒーローは抑止力としてコスチュームを身に纏ってパトロールする。安全に見えるけど実はこれって敵からすると嬉しいんだよね。だって少なくともパトロールしてるところ以外はヒーローの目がない可能性が出てくるんだから。ヒーローがコスチュームを身に纏ってなかったらどこにいるかわからない、ってなって行動しにくいけど、わざわざ身に纏ってパトロールしてくれるならそりゃそこ以外を狙うよねって話で」

 

 敵っていうのは臆病だ。自信家もいるけど、心の底ではヒーローに勝てないってわかってる。だから戦わなくていいようにヒーローを避けたいって思って、パトロールしているところから、或いはヒーロー事務所から離れたところで活動する。

 

「逆を言えば、パトロールしてるところは安全だから敵は現れないって言えるんだけど……まぁそうとも言い辛くて。敵も人間だからそれぞれに思想というか目的というか色々あって、中にはヒーローを対象にしたやつもいる。そういうのはパトロールしてるヒーローに狙いを定めたりするから、確実に安全とは言い難いね」

 

 あと重要なのが一つある、と指を立てて、

 

「わかってると思うけど、一般市民の避難は最優先。野次馬させるなんてもっての外。敵は追い詰められたら一般市民を人質に使うし、追い詰められてなくても人質に使う。いつだって敵は弱者を見極めようと必死なんだ。ヒーローは世間の目とか立場とか色々あるけど、敵には基本的にそれがないからなんだってするよ」

 

 犯罪行為をしてでも成し遂げたいことがあって敵になるものと、自暴自棄になって敵になるもの、大きく分けるとこの二通りがあるが、目につきやすいのは後者だ。そして、後者は自分を弱いと自覚しているからこそ厄介であり、一番気を付ける必要がある。

 

「実際にあったことから説明すると、あの僕たちが大暴れした日、僕は出久くん、爆豪くん、お茶子ちゃん、梅雨ちゃんの四人と同時に戦ったんだ」

 

「エグッ」

 

「エグイよね。出久くんと爆豪くんはもちろん強いし、梅雨ちゃんは周りをしっかり見て適切な行動ができるし、お茶子ちゃんに触れられるとそれだけで終わりになっちゃう。そうでもなかったけど」

 

 眉間に皺を寄せたお茶子ちゃんに手を振っておく。嫌そうな顔をされた。

 

「で、ここで敵からするとどうするかっていう話。そのとき周りには人質にできそうな市民はいなくて、僕とその四人、あとは手出しをしない敵が複数。手出しは絶対しないからこの人たちは除外するとして、さて僕はどうしたでしょう?」

 

「命乞い?」

 

「上鳴くんが僕をどう思ってるのかよくわかった」

 

 みんな黙ってじっと考え込んでいる。何人かは気づいてそうだけど、内容が内容なだけあって言い難いのかな。仕方ない、僕の口から言ってあげよう。

 

「僕は、真っ先に梅雨ちゃんを狙った。反撃されても一番ダメージが少なくて、もしもの時は人質に使えそうだから。その場で一番狩りやすそうだと判断した」

 

 気まずそうな顔をした子たちは、どうやら当たっていたみたいだ。別に恥じることでもないし、気まずくなることもないのに。敵の心理を少しずつわかってきた証拠だ。ヒーローになるなら敵を知るっていうことはすごく重要なことで、むしろ誇っていい。

 

「さて、これを教訓とするのなら、敵と相対したときは真っ先に周囲の確認、弱者の見極め、その敵の目線、仕草、言動、それらに注目するのが重要ってことだよね。弔くんとか僕とかみたいに卓越した技術を持つ人ならあまりにも自然に動けるけど、一般的な敵はそうじゃないから案外目線、仕草、言動で次の行動がわかったりするんだ」

 

「自画自賛してる……」

 

 冷たい目で見てくる耳郎ちゃんに興奮するが、はっ、と我に返る。今の僕は講師だ。そんな不純なことダメだ。ところで響香ちゃんって呼んでいい?ダメ?そう。

 

「で、その周囲の確認と敵の行動の割り出し方なんだけど……そろそろ時間だね。じゃ、今から紙配るから、そこに簡単な感想と質問があれば書いてね。僕自身授業が初めてだし、色々反省もあると思うから。君たちの目線から思ったことを言ってくれれば次に活かせるし、お願いね」

 

 反省というのは必要なことだ。僕が足掛かりとしてここにいる以上、上質な授業をしなければならない。有能さを示すことが重要なんだ。

 

「あ、そうだ。『敵連合(ヴィランアカデミア)』の見学にきたいなら言ってね。なんとかするから」

 

 みんな微妙な顔をしていた。敵を知るなら行きたいところだけど、敵の本拠地みたいなものだから、という葛藤が透けて見える。難しく考えるんだなぁ。



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番外:突撃、敵連合の実態(1)(本編読了後推奨)

※番外編は前書きを読んでください。

タイトルに「番外」とついているものは本編をある程度読んでから読むことをお勧めします。ネタバレになりますので、この位置まで読んでいれば読んでも問題ないですよ、というのをタイトルに(第○○話読了後推奨)といった風に記載します。それを参考にしてください。

さらに、番外編は本編を無視して書くことがあるので「1.~」「2.~」といったように注意書きを記載している場合があります。そちらを見て問題ないと思った方は読んでいただけると幸いです。

1.本編終了後、同じ年の三月あたりです。


 我々はついに、あの地へ足を踏み入れようとしている。念のためにとクルー一同家族に別れを済ませ、期待と緊張、そして恐怖を持ちながらそこへたどり着いた。物々しいかと思いきや、所々ファンシーな装飾が施されている巨大な門。我々を見下ろすそれが今まさに開かれようとしていた。

 

 ゆっくり開かれた門から顔を出したのは、まだ顔に幼さを残しつつも着実に大人への道を歩み、また敵としての最高峰への道をも歩んでいる(ヴィラン)

 

「あ、これはこれは朝早く。取材ですよね?どうぞどうぞ」

 

 月無凶夜。彼が今回我々を案内してくれる、敵連合(ヴィランアカデミア)の代表補佐である。

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、ホントは代表の弔くんが出てくるべきなんでしょうけど、ほら、敵連合が動き出したばかりですから色々忙しくて」

 

 敵連合内部を取材したい、という依頼がきたのは数週間前のことだった。なんでも未だに敵連合が恐怖の対象であり、その実情を知らなければ国民が安心できないとのことで、それを言われてはこちらも承諾するしかなく、何やら覚悟を決めた面持ちの取材班の皆様と敵連合を歩いている、という次第だ。

 

「敵連合は上層と下層に分かれていまして、上層にいるのが社会復帰できそうな敵、敵予備軍だった人たち、あとは色んな理由で預けられた子どもたちですね」

 

「それにしては、この階層には一人も見当たりませんね」

 

 ディレクターらしき人の言葉に一つ頷いて上の階を指す。

 

「上層一階、ここは朝一は使わないんです。探せば敵連合の職員が色々準備してますけど、そっちに行っちゃうと見せられないものがあるので、ちょっと上層二階に行きましょう」

 

 どんな体格の人でも乗れるように作った巨大なエレベーターに乗り込み、上層二階へ上がる。何か移動する度に身構える取材班に申し訳なく思うが、その恐怖を緩和、払拭するのが僕のお仕事。これは気合いを入れなければ。

 

 しばらくして上層二階につき、エレベーターの扉が開いた。そこに広がっているのは、

 

「緑……?」

 

「そう、ここは自然エリア。朝に体を動かしたり、子どもたちが遊んだりするところですね。朝一はここに集まって運動しています。朝に慣れるというのは社会に出る上で大事なことですから」

 

「あの、それでは今ここにいる人たちは敵、ということでしょうか」

 

「そうですね。予備軍だった人もいますけど……大丈夫ですよ。上層に上がってこられるのはもう敵に一切の未練がない人たちですし、普通に日常を過ごしている人たちと変わりません」

 

 怖がっていたのでフォローを入れる。そりゃ全員敵って聞いたら怖いよね。普通の人からすれば犯罪者なんだから。殺されるとか、ひどい目にあわされるとか思ってしまっても無理はない。ここにいる人たちはもうそんなことしないんだけど。

 

「えーっと、あ、いたいた。おーい!」

 

 それぞれの時間には生徒たちを見る職員がいる。指導者であり、その時間の責任者だ。そして、この自然エリアの責任者は三人いて、そのうちの一人が僕たちに気付いてこっちにきてくれた。

 

「月無か。そういえば今日だったな」

 

 やってきたのはスピナーくん。カメラの前なので少し緊張しているのが面白い。

 

「自然エリアの責任者、スピナーです。あと二人いるのですが、生徒たちから離れるわけにはいかないので、申し訳ございません」

 

 あのスピナーくんが敬語。少しでもいい印象を与えなきゃいけないからそうしてくれるのはありがたいんだけど、まさか使ってくれるとは。いや、バカにしてるわけじゃないんだよ。

 

「名前だけ言えば、マスキュラーとステインの二人です。私よりも有名ですので、皆さんご存知かと思いますが」

 

「血狂いとヒーロー殺し……」

 

「ですね。どちらも元タルタロスに収監されていました。ですが、今は私とともに自然エリアの指導者及び責任者となっております」

 

 自然エリアは細かく分けると山、草原、森林、川と四つある。それらがすべて監視できるようにカメラが設けられており、怪しいことをすれば一発でわかる、というわけだ。疑うような真似はしたくないけど、一応しておかないとね。

 

 あと、ここを作るのは先生に一番頑張ってもらった。いやぁ、個性が色々あると便利というか、無理させてしまって申し訳ないところである。

 

「今は森林で鬼ごっこをしています。自然と触れ合うことは豊かな心を育て、健康にも良い影響を与えます。鬼役は都度変わりますが、初めは基本的に責任者ですね」

 

「鬼ごっこ……」

 

 体を動かすと言っても、ただひたすら走ったりだとか筋トレだとかそういうものではなく、基本的に遊びながら体を動かしている。体力をつけておいて損はない。が、ただ運動するだけじゃ疲れるだけで、嫌だなぁという気持ちが先行しちゃうかもしれないから、どうせなら楽しく運動しようというわけだ。

 

「いつも私たちから逃げ切ろうとみんな躍起になっています。こちらもプロですから、簡単には逃がしませんが……そうですね、ここでは力の入れ方と抜き方、それらを主に学んでいます」

 

「入れ方と、抜き方」

 

「朝起きてすぐに体を動かし、その後に様々な授業を受けねばなりません。そうなると当然その授業に使う体力を残しておかなければならないわけです。ですから、常に全力でいるわけにはいきません。ですから、次第に力を抜く、ということを覚えるわけです。あまりにも抜きすぎていればペナルティがありますが」

 

「その、ペナルティとは」

 

 ここにいるのが全員敵だから、きっと取材班はとんでもないペナルティを想像しているんだろう。ボコボコにして独房にぶち込むとか。もしかしたらもっとひどいことを想像しているかもしれない。

 

「食事の給仕係です」

 

「きゅうじ」

 

 間抜けな声を出したディレクターさんに思わず噴き出した。子どもに与える罰みたいだもんね。だからこそみんなやりたくない、というか僕だって誰だってやりたくないことだと思う。

 

「ここは全国から人が集まるので人数がバカにならない。ですから給仕も大変なわけで、全員やりたくないんですよ。ですから適度に力を入れ、抜く。まぁ、なんだかんだ全員仲間意識が強いので、給仕を手伝ったりするのですが」

 

「それでは罰にならないのでは?」

 

「誰かのためを思って行動しているのに、罰が必要なのか、と思いまして。罰を受けている側も誰かにそうさせるほどの人物であると言えますし。その辺りの見極めはしっかりできていますよ。科学的に実証できるかはともかく、我々はプロですから」

 

 プロ、というのはもちろん敵として、ということである。僕たちはお仲間を見つけるのがものすごく得意だからね。何か悲しい特技だけど、無駄ではないはずだ。

 

「さ、そろそろ行きましょう。スピナーくんもありがとね」

 

「礼を言われるようなことでもない。あぁそれと、みなさん。ここは安全ですが念のためこの男から離れないようにしてください。上層ではともかく、下層では特に」

 

 優しいなーと思いながら去っていくスピナーくんの背中を見送り、エレベーターに乗り込む。次に向かうのは上層三階だ。ここはさっきと比べて警戒する必要がまったく……ない、とは言い切れない。

 

 エレベーターの扉が開くと、取材班の人たちが一斉に呆けた。まぁ、敵の本拠地と思ってきてこれを見れば、そうなるだろうね。

 

「ここはキッズエリア。子どもたちのための階層です」

 

「……楽しそうですね」

 

 目の前に広がるのは様々な遊具で遊んだり、絵を描いたり、おままごとをしたりして遊んでいる子どもたちの姿。これだけみるととても敵連合って名前の施設だとは思えない。

 

「ここにも責任者が三人いて……」

 

「あー!凶夜だ!」

 

「ほんとだ!凶夜さんだ!」

 

「ちょ、まってまって!」

 

 説明しようとしたところに子どもたちが押し寄せてくる。嬉しいけど今はタイミングがちょっと。

 

「今日は何教えてくれんの?」

 

「私国語!国語がいい!」

 

「みんなごめんねー。今お仕事中なんだ。また後でくるから、その時まで待っててくれる?」

 

 手を合わせて謝る僕に、不機嫌を隠そうともしない子どもたち。正直に育ったね。誰に似たのやら。

 

「ぶー、だ。ぶー!」

 

「はい!子どもが勉強にやる気を見せてるのに放置はよくないと思います!」

 

「うーん、僕が面倒見たって感じするなぁ」

 

「ほんと、困ってます。最近子どもたちに凶夜くんの影がちらつくようになったんですよ?」

 

「お、ヒミコちゃん」

 

 子どもに囲まれて嬉しさ半分困り半分でいたところ、救世主、我らが女神が現れた。その名はヒミコちゃん。『凶夜サマ』から『凶夜くん』と呼んでくれるようになり、もう結婚してもいいんじゃないかと思っている最近である。ちなみに呼び方を変えたのは「子どもが真似したらダメですから」という理由。子どものためかよ。素晴らしい。

 

「みんな、凶夜くんは忙しいみたいだから荼毘くんと遊びましょう?」

 

「はーい!そうします!」

 

「荼毘くん……」

 

「ヒミコちゃん、あの子女に目覚めてない?」

 

「荼毘くんが悪いのです」

 

 あとなぜヒミコちゃんの言うことはすぐ聞くのか。僕先生っていうより友だちとして見られてない?これ正解な気がするんだけど、どうだろう。今度エリちゃんに聞いてみよう。

 

「というわけで、私がキッズエリアの責任者トガヒミコです。あとの二人は荼毘くんとマグ姉で、えーっと、呼んできた方がいいです?」

 

「あぁ、あらかじめ職員の資料は渡してるから編集で説明入れてくれるみたい。子どもたちの相手で忙しいだろうし呼ばなくてもいいよ。ありがとね」

 

「はーい。では、説明しますね」

 

 ……エプロンつけてるヒミコちゃん、やはり可愛いな。

 

「ここ、キッズエリアでは見ての通り子どもたちが遊んだり、勉強したりします。基本的には少しずつ勉強に慣らしていって、徐々に親元を探しつつ学校へ行って、という感じですね。勉強は慣れてきた子は時間割を組んだりしていますが、組んでいない子は最低限の勉強をして遊んでもらっています。あとは勉強したくなったらする、という形ですね」

 

「これだけ遊べれば勉強したがらなさそうなのですが……」

 

「勉強も楽しいもの、と思ってくれれば一瞬ですよ。それまでが難しいんですが、凶夜くんはその辺りものすごく上手ですね」

 

「いやぁ」

 

 褒められると照れる。さっきも何教えてくれるの?って寄ってきてくれた子がいたし、僕の授業は評判がいいみたいだ。

 

「例えば遊び道具を仲良く分けたいならどうすればいいか、そういう時に算数を教えて『必要なものだ』と思わせたり、言葉で遊びながら文章を教えたり、凶夜くんと一緒にいるとみんな楽しそうなんですよね」

 

 ここで、ヒミコちゃんは「いけないいけない」と首を振り、

 

「すみません、このエリアの説明でしたよね。基本的には親元を探す、というのが第一です。あとは必要最低限の知識、人との関わり方、道徳。なんでも楽しめるいい子たちを育てています。私としてはここに子どもがくる必要のない社会になるのが一番だと思っているのですが、中々そうもいかないみたいですね」

 

「……なんというか、その、ありがとうございます」

 

「いえ、こちらこそ。そろそろお勉強の時間なので、これで失礼しますね」

 

 言って、ヒミコちゃんは忙しく仕事に戻っていく。前の笑顔も可愛かったけど、最近になってするようになった笑顔もふわりとしててすごく可愛い。うーん、ファンができないか心配だ。

 

「すみませんね。動き出したばかりなので、あまり時間が取れないんです」

 

「いえ、構いません。ですが質問をしてもよろしいでしょうか?」

 

「何でもしてください」

 

「では、あの子どもたちというのは一体どのような背景があってここにくるのですか?」

 

 エレベーターに乗り込み、飛んできた質問に腕を組む。色々あるけど、うーん。

 

「基本的に身寄りのない子が施設に入って、そこで問題が起きたりしたらここにくる、っていう感じですかね。何らかの理由で集団生活が難しいとか、人と関わるのが極端に苦手とか、そういう子がよくきます」

 

「なるほど。では、保護施設の最終点だという捉え方で間違いないですか?」

 

「ですね」

 

 言っている間に上層一についた。緊張と恐怖が緩和されつつあるのを感じながら、今授業を行っているであろう教室に向かう。

 

「上層は最初に言った通り社会復帰間近の人たちがいるので、社会で必要なことを学ぶ場でもあります。今から見に行く授業はその一つですね」

 

 向かうのは広い教室。数百人ほどは入れそうな教室のドアに手をかけて、ゆっくりと開いた。



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番外:突撃、敵連合の実態(2)(本編読了後推奨)

※番外編は前書きを読んでください。

タイトルに「番外」とついているものは本編をある程度読んでから読むことをお勧めします。ネタバレになりますので、この位置まで読んでいれば読んでも問題ないですよ、というのをタイトルに(第○○話読了後推奨)といった風に記載します。それを参考にしてください。

さらに、番外編は本編を無視して書くことがあるので「1.~」「2.~」といったように注意書きを記載している場合があります。そちらを見て問題ないと思った方は読んでいただけると幸いです。

1.前回の続きです。


 三人掛けの長机がいくつも用意されており、何人もの生徒が埋め尽くすように座っている。みんな大人しく、教壇に立つ人の話を聞いている姿はもはや社会人のそれと言ってもいい。

 

 そして、教壇に立っているのは、

 

「今教壇に立っているのはジェントル・クリミナルさんです。ここでは一般常識、社交等社会で役立つ知識を身につけます。講師はジェントルさんと、黒霧さんとコンプレスさんの三人で受け持っています」

 

「真面目ですね」

 

「たとえそれが望まれないものだとしても、彼らは本気で社会復帰を目指していますから」

 

 更生して、人のために動くということを知り、社会に出ることを目指す。受け入れる側は元敵が怖くて仕方ないだろうけど、ここで誠意やらなんやらを学ぶことで徐々に受け入れてもらえる。そんな簡単にはいかなくても、時間をかけて認めてもらうしかない。前提として、僕たちは一応悪いことをしたんだから。

 

「このような授業を受けて、こちらが社会に出ても問題ないと判断した人を協力者さんのところに連れて行って、そこで完全に大丈夫だとわかれば社会復帰させます。その協力者さんのところに人の本音を引き出せる個性の人がいまして」

 

「慎重ですね」

 

「元敵を社会に送り出すわけですから、慎重すぎるくらいがちょうどいいんです」

 

 正直、受け入れる側としてはまだ足りないくらいだろう。若頭のとことデトネラット社はよくても、他が不安になる。まだ敵連合に全幅の信頼を寄せてるわけじゃないし、その辺りはこれからの働きで信頼を得ていくしかない。

 

「授業内容自体は何の変哲もないので、次行きましょう。次は下層ですね」

 

「下層、ですか」

 

 下層と聞いて取材班の全員がまた緊張し始めた。ここから先は更生した、と完全に言えない敵の集まり。それでも安全であることは間違いないと胸を張って言い切れる。

 

「つきましたよ。一応僕から離れないでくださいね」

 

 言うと、わかりやすいくらい僕に寄ってきた。そこまで寄られると逆に動きづらいんだけど、まぁ僕の個性ならほとんど関係ない。男の人はむさくるしくていやだから、女の人はもっと寄ってきてくれると嬉しいんだけど。

 

「楽しいだろコラァ!!?」

 

「ハン!どこが!?俺らが考えた遊びの方が楽しいに決まってんだろ!」

 

 エレベーターの扉が開いて聞こえてきたのは言い争い。にしては内容がちょっと可愛らしい。初めびくっとしていた取材班も、目を丸くして驚いている。

 

 それもそのはず。この階層にいる凶悪そうな敵たちが持っているのは風船だったり、お菓子だったり、その風貌にとても似合わないもの。第一、パッと見では何をしているかがわからない。

 

「あ、月無さん!お疲れ様です!」

 

「どうっすかこの風船!なんと手を離しても飛んで行かない!これで子どもが泣くこともないでしょう!」

 

「え、すごっ!あとで教えてもらっていい?キッズエリアに持っていきたいから」

 

「もちろんっす!」

 

「あの、これは……?」

 

 困惑した様子でディレクターが口を開いた。暴力的な見た目をしているのに口を開けば「子どもが泣くこともない」。そりゃ困惑する。

 

「つーか、キッズエリアに持ってくようなものなら俺が楽しめるわけねぇだろ!」

 

「あ?ガキみてぇな頭脳してっから楽しいかと思ってな!」

 

「ンだとコラ!?」

 

「はいストップ」

 

 ディレクターの質問に答えようか、二人の喧嘩を止めようか悩んでいると、二人の間に先生が割って入った。そう、下層の責任者は先生であり、しかも一人で全員の指導を行っている。本当に先生には頭が上がらない。

 

「どうも、わざわざこんなところまでありがとうございます」

 

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 かつてオールマイトと戦った凶悪敵を前に、取材班がめちゃくちゃ緊張している。見た目も怖いしね。安心してって口だけで言っても無駄だろうから、ここは先生に任せよう。

 

「ここは、そのまま下層エリア。上層に行くため各々が課題に挑むエリアです」

 

「課題、とは?」

 

「例えばこの二人」

 

 先生は先ほど喧嘩していた二人を指して、

 

「この二人は『相手を楽しませること』。脅し、暴力等の行為以外で相手の口から『楽しい』を引き出せれば上層に行けます」

 

「きょ、凶悪敵がそんなもので更生するんですか?」

 

「ここにいるのはうちの代表と代表補佐に惹かれた者たちですから。社会復帰できないレベルの者はもっと下層にいますし、問題ありません」

 

 もっと下層、と聞いて僕を見たディレクターに首を横に振る。

 

「流石に見せられない部分です」

 

「です、よね」

 

 あはは、と乾いた笑いから取材魂と安堵感が混ぜられたような色が出ている。見に行ってもいいけど、お茶の間に届けられるような映像は一つも撮れない。絶対に。

 

「ここでは、『誰かのために』ということを学びます。ここの人間は代表、代表補佐、職員には従順ですが、お互いの事となるとそうもいかない。まず素直ではないですし、さっきのように喧嘩しようとすることも日常茶飯事。ですが、そういう人間だからこそ『楽しい』と言ったときは心からのものです。そして、それを言わせることのできる人間は既に『誰かのために』を学べている。まぁ課題をクリアしたとして、我々職員の検査があるのですが」

 

 要は、思考テストと人間性診断、そして上層でのルールの確認。破れば下層行きということを了承させてから上層行きとなる。今のところ下層に戻ってきた人はいないのは喜ばしい。

 

「私の仕事は『学びの見極め』とさっきのような『仲裁』ですね。あと、彼らが欲しがるものを調達する役目もあります。楽しませたいからこの道具が欲しい、という要望があれば上に伝えたり、私が直接調達したりと、ですね。もちろん調達する前に使用用途は聞きますよ」

 

 ここで爆発音が聞こえてきた。また誰かが何かやらかしたらしい。怪我人とかいないといいけど、爆発の規模的に難しそうだなぁ。仕方ない、こっそり個性を発動しておこう。

 

「ま、『誰も怪我してないといいね』」

 

「あぁ、そうだね。誰も怪我をしていないだろうが、責任者だから行くことにするよ。では、失礼します」

 

 言って、先生は去っていった。いやぁ、下層にいさせるのが申し訳ない。でも、癖のある敵を一度にまとめ上げられるのは先生くらいしかいないんだ。もうちょっと楽な体制を考えられればいいんだけど、難しい。

 

「では、行きましょうか」

 

「はい。ちなみになんですが、代表補佐はすべての階層に顔を出しているのですか?」

 

「出してますよ。これでも代表補佐なので、現状の把握は大事です」

 

 ただでさえ代表の弔くんが忙しいんだ。補佐の僕が動かなくてどうするという話である。楽しくてやっているところもあるが、現状の把握が大事だと思っているのは本当だ。

 

「次は上層四、職員が集まる階層ですね」

 

 エレベーターの扉が開くと、慌ただしく動き回る人、人、人。その中にいる一人に声をかけて呼び止める。

 

「トゥワイスさん!」

 

「お、月無か」

 

 トゥワイスさんには自分を増やしてもらっているのでマスクはしていない。現状何人かが生徒から事務員になってくれたが、それでも人手が足りないのでトゥワイスさんが補っているという形だ。

 

「と、テレビか。タバコは大丈夫ですか?」

 

「えぇ、個性の関係だと聞いていますので」

 

「すみませんね。ややこしい条件でして」

 

 周りに気を遣いながら煙を吐き出し、僕を一瞥してから説明を始めた。

 

「ここは職員エリア、と言えばいいんでしょうかね。職員それぞれの部屋や管制室、応接室などがあります。基本的に生徒はここへきませんが、別にきてはダメというわけでもありません。授業の質問とかあるでしょうし」

 

「管制室とは?」

 

「主に監視カメラをチェックしたり上、代表からの連絡を届けたりですね。正直全員いい子なんでやることないです。管制室以外は今んとこ書類整理とか他雑務とかで忙しいですね」

 

「管制室を見たりとかは」

 

「ダメですね。セキュリティ的な問題で」

 

 そうですよね、といいつつ肩を落とすディレクター。そこを映されちゃうと管理の穴を見つけられちゃうから、流石にね。

 

「ま、雑務内容は語っても仕方のないことなんで、後は代表に。では、失礼します」

 

 やることないと言いながらも、トゥワイスさんは忙しそうに去っていった。一応この階層の責任者みたいなものだから忙しくないわけがない。管制室にいるラブラバさんだけに負担をかけられないしね。

 

「さ、行きましょう。ここをまっすぐ行ったところにある部屋に代表がいます」

 

 すれ違う職員と挨拶を交わしつつ、弔くんが待つ部屋に向かう。ちなみに、普段僕が待機する場所は弔くんと一緒のところだ。だから、『代表・代表補佐室』となっている。カッコいいな、おい。

 

「弔くん、開けるねー」

 

 そして軽いノリで扉を開けた。するとそこには、

 

「あ」

 

「え?」

 

 デスクの向こう側で膝にエリちゃんを乗っけている弔くんの姿があった。なんだこれ?

 

「なんでここにいんのエリちゃん」

 

「ち、ちがうの!私、そんなつもりじゃ」

 

「え、そんな不倫現場が見つかった妻みたいな狼狽え方しなくても」

 

「あぁ、最近それにはまってるんだよ。エリのやつ」

 

 なんてものにはまらせてくれてんの?

 

「すみませんね、あんな代表で」

 

「あ、そうですね」

 

「すみませんね、そんな代表補佐で」

 

「いえいえ」

 

「もう、テレビさんに気を遣わせちゃダメ」

 

 まさかのエリちゃんに怒られてしまった。弔くんといるといつもの調子が出てしまうからいけない。ここは気を引き締めなおして、代表補佐としての自分に切り替えよう。

 

「改めまして、私が『敵連合(ヴィランアカデミア)』の代表死柄木弔です。わざわざこんなところまですみません。迎えを出せればよかったのですが、何分まだ忙しいもので」

 

「いえ、お気になさらず。むしろそんな忙しい時に受け入れて頂いてありがとうございます」

 

「市民のみなさんに安心して頂くというのは大事なことですから。これから結果を出して徐々に信頼を得ていければと思っています」

 

 なにか質問は?と聞く弔くんに、ディレクターは首を横に振った。

 

「後日、撮影したデータを編集しそれを送りますので、気に入らない点がございましたらご連絡ください」

 

「いいんですか?それ」

 

「はい。敵連合を見ると、我々も真摯に向き合うべきだと感じましたので」

 

 聞いて、弔くんは嬉しそうに笑った。あ、あれは僕に「よくやった」って言ってる顔だな?僕にはわかるぞ。だって親友だし。

 

「では、その方向でお願いします。まだ撮影したいところがあれば月無を使ってやってください」

 

「そうしたいところですが、代表補佐は随分人気のようですから。私どもはこのあたりで失礼しようかと」

 

「人気、ですか。わかりました。それではまた機会があればお越しください。その時は私がご案内いたします」

 

「ええ、それでは本日はありがとうございました」

 

「こちらこそ、ご連絡お待ちしております」

 

 挨拶を終えて、取材班が頭を下げて部屋から出て行く。送っていこうと僕も部屋を出ようとしたその時、弔くんに呼び止められた。

 

「おい」

 

「なに?」

 

「さっきの俺の態度見て『おもしろっ』って思ってただろ」

 

「え?そんなこと」

 

「わかるんだよ。親友だからな」

 

 僕は脱兎のごとく駆け出し、部屋から逃げ出した。うーん、これは取材班と一緒に編集作業をした方がいいかもしれない。帰ったら弔くんにやられるし。いやぁ、親友というのも楽じゃない。

 

 後々、この場面が撮られていたことを知り、弔くんに追いかけまわされた。ほら、敵連合の実態と言えば実態だから許して?



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番外:ハッピーバレンタイン(1)(本編読了後推奨)

※番外編は前書きを読んでください。

タイトルに「番外」とついているものは本編をある程度読んでから読むことをお勧めします。ネタバレになりますので、この位置まで読んでいれば読んでも問題ないですよ、というのをタイトルに(第○○話読了後推奨)といった風に記載します。それを参考にしてください。

さらに、番外編は本編を無視して書くことがあるので「1.~」「2.~」といったように注意書きを記載している場合があります。そちらを見て問題ないと思った方は読んでいただけると幸いです。

1.本編終了後、同じ年の二月あたりです。

2.登場人物
→凶夜、弔、出久、轟、飯田、麗日


「弔くん」

 

「なんだ?」

 

「えっと、触れない方がいい?」

 

「……」

 

 季節は冬。月は二月。そして日は十四日。二月十四日と言えばあの有名なイベントの日であり、世の男子学生がそわそわしだす日である。歳だけは学生の僕も例にもれずそわそわしていたのだが、代表・代表補佐室の扉を開けた瞬間それは吹き飛んだ。

 

 代表・代表補佐室にはデスクが二つ並んでおり、それぞれ弔くん、僕のもので、その手前に大きめのテーブルとそれを挟むようにソファが置かれている。そのテーブルの上に、段ボールが積まれ、中から何やら可愛らしい箱が飛び出していた。

 

「ハッピーバレンタイン、だとよ」

 

 弔くんは何やら疲れた様子。とりあえず部屋の中に入って段ボールを見てみると、『荼毘様へ』とか『死柄木様へ』とか書かれている。なるほど、ハッピーバレンタイン。

 

「朝一で黒霧が持ってきた。俺たちの活動が受け入れられてきた証拠とも言えるが、少し辟易するな」

 

「辟易だなんてとんでもない。好意は素直にありがたく受け取らないと」

 

「よし。じゃあ俺たちに渡すためそれを渡す相手ごとにわけてくれ。俺は忙しい」

 

「えー、めんどくさ」

 

 わかりやすいアクションとして手を一度叩く。すると僕の隣に空になった段ボールが積まれ、テーブルの上に渡す相手ごとにわけられたチョコが綺麗に並べられた。ほんと便利でなんでもありな個性だ。ありがたい。

 

「平和な使い方するなァ」

 

「いいことじゃん。えーっと……へー、弔くん結構貰ってる。モテモテじゃん」

 

「代表やってると注目度も違うからな」

 

 せっかくいっぱい貰ってるというのに弔くんは余裕そうだ。あれか、大人ぶってるのか?本当は嬉しいクセに。僕も数個貰ってるからめちゃくちゃ嬉しい。なぜか弔くんより少ないけど。

 

「ただ、やっぱり荼毘くんは多いねー」

 

「うちで受け入れてる女生徒も何人かやられてるしな。お前なんとかしとけ」

 

「荼毘くんに言ってくれない?」

 

 最近子どもの相手ばかりしてるから性格がどんどん柔らかくなって、見た目冷たいのに性格が温かいっていう見事なギャップを獲得している。あんなの前にしたら誰だってメスになるだろ。本人は自覚ないし。

 

「じゃ、これ届けるね」

 

「あぁ、頼む」

 

 また手を叩く。すると分けられていたチョコが綺麗さっぱり消えた。僕の個性が正しく発動しているなら、みんなの部屋にチョコを届けられているはずだ。多分スピナーくんあたりは今頃照れまくっているだろう。みんなのチョコをちらっと見てみたら何個かガチっぽいのがあったし。

 

「あぁ、一つ言っておくが調理室には行くなよ。トガとエリとマグネとラブラバが何か作ってるらしい」

 

「お、僕たちにくれるのかな?」

 

「かもな」

 

 あ、届いたチョコにはほとんど無反応だったのに嬉しそうな顔してる。わかりやすくなったなぁ。それとも僕たちの前ではわかりやすいだけなのかな?

 

「でも、そうなると荼毘くんが大変だよね?」

 

「心配するな。代わりの職員が入ってる。そろそろあいつらの代わりになれるようなやつらを育てないといけないから、今回のことはちょうどよかったな」

 

 なるほど。敵は一芸に秀でた人がそこそこいるからラブラバさんのポジションはあまり心配いらないけど、ヒミコちゃんとマグ姉のポジションは大丈夫かな?子どもの相手ってそんな簡単じゃないから少し心配だ。

 

「まぁ、荼毘がいる。お前は安心して雄英に行ってこい」

 

「はーい」

 

 そう、今日は雄英に行く日。ヴィラン学第二回だ。学生が色めき立つこの日に僕みたいな人間が行くのは申し訳ないけど、遠慮なくのぞき見しちゃおう。そして勇気が出せないガールがいたら背中を押すんだ。そして恋のキューピットと呼ばれ僕もモテる。完璧な作戦だ。

 

「寄り道すんなよ」

 

「恋の寄り道はしちゃうかも、ね?」

 

 ものすごい勢いでデスクとテーブルを越えて、飛び蹴りをくらわされた。そんなに怒らなくてもいいじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 その日一日のヴィラン学が終わり、昼休憩。僕は出久くんと轟くんの隣、対面にお茶子ちゃんと飯田くんという並びで座って食堂で昼食をとっていた。

 

「いやぁ、感想とか質問とか読んで思うけど、みんな真面目だよね。正直僕の授業なんて聞いてくれないと思ってた」

 

「月無自身はまぁ、アレだけど。授業内容自体は普通にためになるからね。みんなそこは認めてるんじゃないかな」

 

「一部『死ね』って言葉書いてくる子いるけど」

 

「かっちゃんだ……」

 

 爆豪くんは柔らかくして読めば普通の感想と、的確な質問をしてくれるが、所々暴言が挟まれている。あの子は人を悪く言わないと死ぬ病気にでもかかっているのだろうか。

 

「敵連合の見学もいつか行くみたいだしな。先生がそんな風なこと言ってた気がする」

 

「お、マジで?轟くんが言うならそうなのかな。帰ってから弔くんに聞いてみよう」

 

 雄英からそういう依頼があるなら弔くんに届いているはず。流石に敵連合内部に入るとなると雄英と敵連合だけの問題じゃなくなるから時間はかかるだろうけど、いつかきてもらっていい敵連合を見せられるといいな。それを実現するためにしっかり仕事しなければ。

 

「で、聞いていいかい?」

 

「ん?何?飯田くん」

 

「その山盛りのチョコは、まさか昼食のつもりか?」

 

「あぁ、ごめんね。甘い匂いさせちゃって」

 

 結構な数貰ったからすぐに消費しなきゃいけないと思って食べてたんだけど、ご飯食べてるときに甘い匂いしたら嫌な子もいるよね。でも手作りって日持ちしないのもあるから、こういう機会に食べておかないと。

 

「昼食にチョコばかり食べると栄養バランスが悪い。健康にも支障をきたすぞ」

 

「僕の個性があればどうとでもなるからね。体を健康状態にできるし、チョコに飽きてきたら『一口目の美味しさ』を感じられるようにもできる」

 

「え、羨ましい。ね、それって私にもできるん?」

 

「できるよ。それを君が幸福と思うなら。試しにお米食べてみて?」

 

 僕の言う通りにお茶子ちゃんがお米を口に運ぶのを見て、個性を発動させる。

 

「わ、ほんまや。ずっと発動してて」

 

「もちろん。女の子のために役立てるなら僕は幸福だからね」

 

「すごい個性なのに使い方が地味だ……」

 

 出久くんは地味だって言うけど、個性はこういう平和な使い方をした方がいいに決まってる。お茶子ちゃんめちゃくちゃ嬉しそうだし。ご飯を美味しそうに食べる女の子って良くない?僕だけ?

 

「あ、なんでチョコかと思ったら今日バレンタインか。月無くんでもそんなにもらえるんやね」

 

「僕でもって失礼じゃない?これでも敵からは大人気なんだけど」

 

 お茶子ちゃんって結構毒吐くよなぁ。悪気はないんだろうけど、知らず知らずのうちに人を傷つけていそうだ。僕くらいのメンタルじゃなきゃ今のもやられてたね。スピナーくんとか結構繊細だし。

 

「あ、そういえばお茶子ちゃんは誰かに渡すの?バレンタイン」

 

「ぐっ、!?」

 

「麗日くん!?」

 

「おっと」

 

 なぜかお茶子ちゃんが喉を詰まらせたので、個性を使って治してあげる。「え、どこいったん?こわ」と困惑しているお茶子ちゃんに再度同じ質問を投げかけると、困った様子で曖昧に笑った。ふむ。

 

 ここで焦って答えを濁すということは、渡すことを知られたくないということがまず第一に考えられる。その場合なぜ知られたくないかということになるが、単純に茶化されるのが嫌、もしくはこの場に渡す相手がいて、しかしまだ踏ん切りがつけられないから、ということが考えられる。ここから導き出される結論はつまり。

 

「え、僕にくれるって?」

 

「ごめんなさい」

 

「ストレート謝罪……日本の心……」

 

 ショックだ。これだけチョコを貰えてるからいけると思ったのに。冷静に考えれば僕に用意してるわけがないんだけど。調子に乗っていたのか?

 

 しょうもないことを話していると全員が食べ終え、教室に戻り始める。僕はもう雄英に用はないので帰るだけなのだが、ちょこっとだけちょっかいを出そう。

 

「ねね、お茶子ちゃん」

 

「?」

 

「相手、出久くんっしょ」

 

「!!?」

 

 女の子がしてはいけない顔で首を振り、出久くんが聞いていないか周りをきょろきょろしだした。心配しなくてもいいのに。

 

「僕の個性で話を聞かれることはないから、言ってみ言ってみ?」

 

「こういう俗っぽい話好きなん?」

 

「そりゃもう。したことなかったし」

 

 お茶子ちゃんが気まずそうな顔になってしまった。うそうそ今のなし。嘘じゃないけど。

 

「で、実際のとこどうなの?反応的には確定だけど、何か悩んでる感じ?」

 

「え、なんで」

 

「純粋な子は感情見えやすいからねー。あ、戦うときは目を見て『何か作戦があるな?』って気づかれることもあるから気を付けた方がいいよ」

 

「身に染みてます……」

 

 感情表現豊かだな、この子。付き合いやすい子って感じだ。もちろん友だちとしてね。きっと優しくて純粋な子なんだろう。うちのエリちゃんには負けるけど。

 

「んー、なんか、邪魔にならんかなーって」

 

「邪魔?」

 

 お茶子ちゃんは迷いながらも話し始めてくれた。目を合わせてくれないのは僕が目を合わせられないほどキモいからだろうか。いや、あんなにチョコを貰ったんだからそんなはずはない。……そもそも僕は本当に女の子からチョコを貰ったのか?

 

「や、ほら。デクくん頑張ってるのに、足引っ張ることにならんかなーって」

 

「んー、大丈夫でしょ」

 

「軽っ」

 

「それが気になるなら、邪魔にならないような渡し方すればいいんだよ。日頃のお礼とか、変な意味で捉えられないようにさ。何より」

 

 恐ろしい推論を頭に浮かべながらぺらぺら喋る。まさか女の子じゃないなんてことありえないよね。みんな可愛い包装してたし。マグ姉もあんな感じのことするけど、そんなそんな。

 

「お茶子ちゃんが渡したいって思ったなら渡すべきだと思うよ。出久くんも貰えたら嬉しいはずだし」

 

「……簡単に言うなぁ」

 

「まぁ、渡して面白いことになればいいと思ってるし」

 

「話さんかったらよかった」

 

 呆れ顔になって僕を追い越し、お茶子ちゃんが行ってしまった。このままでは僕の評価が下がりっぱなしになってしまうので、背中に一言。

 

「今度どうなったか教えてね!」

 

「……」

 

 じーっと睨まれた後、舌を小さく出してべーってされてしまった。あの子、アレを素でやってるとしたら天才だぞ?




季節を無視して書きました。そして長くなりそうなので一旦区切り。

それはそうと、Twitterフォロワーの明火様から完結記念イラストを頂き、掲載許可も頂いたのでこちらと『あとがき』の方にも載せておきます。めちゃくちゃ嬉しいです。素敵なイラストありがとうございました!


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番外:ハッピーバレンタイン(2)(本編読了後推奨)

1.前回の続きです。


「お?」

 

 雄英での用事が終わって、個性で敵連合の代表・代表補佐室へちょちょいとワープすると、弔くんがデスクに突っ伏していた。隣には丁寧に開封されたチョコの箱が山積みに。

 

「……意外。律儀に食べるタイプなんだ」

 

「こういうのもつながりだからな。ヒーローからも贈られてきたりするから、ちゃんとしておいて損はない」

 

 弔くんのことだから「くだらねぇ」って言ってボロボロにするか、他の人にあげるかと思っていたのに。成長したなぁ。まぁ好意をいただいてるわけじゃなくて打算的な意味合いで食べてるみたいだけど、食べないよりはマシだろう。

 

「それで、本命っぽいのあった?」

 

「さぁな。ほとんどがアイドルに贈り物すんのと同じノリのやつだろ」

 

「えー、弔くんモテると思うけど」

 

「オラ」

 

「いて」

 

 言葉で返事せず、弔くんは箱を手に取って僕に投げてきた。別に避けるほどでもないから素直に当てられておいて、僕の頭で跳ね返った箱をキャッチして見てみると、ものすごくアメリカっぽいデザインの箱の右下に『オールマイトより』と書かれている。

 

「本命だと思うか?」

 

「だとしたら僕はオールマイトを通報するよ」

 

 弔くんに贈るなら僕にもくれたらよかったのに。そういえばオールマイトのお師匠さんが弔くんのおばあちゃんらしいから、その関係であげたんだろうけどそれにしても納得いかない。ここは公平に僕にもあげるべきで、それでこそ敵連合No.1とNo.2ではないだろうか。

 

「あぁ、お前も一応住所わかるやつがいたらお返し用意しとけよ」

 

「えー?ほんとマメだね」

 

「つながりは大事にしておいた方がいいんだよ」

 

「僕も大事にしてくれたしね?」

 

「死ね」

 

 こういう恥ずかしくなったら暴言を吐くところは成長していないらしい。弔くんらしくてとても好ましいが、一番子どもっぽいところがそのままってかっこつかないと思うんだけど、どうだろう。一部の人たちからは可愛らしいって人気が出そうだ。普段は口がうまいのに恥ずかしくなると途端に暴言。これは売れる。誰に?

 

「そういえば、雄英から連絡がきてたぞ。なんでも、お前の授業が評判いいらしい」

 

「お、やっぱり?僕才能あると思ったんだよね」

 

「その辺りは先生譲りだな」

 

 そうかもしれない。身近な大人と言えば先生くらいしかいなかったし、今僕が持っているほとんどの知識は先生から教えられたものだ。その時の先生の教え方がそのまま僕に受け継がれていてもおかしくない。先生って長く生きているだけあってものすごく口がうまいし、教え方もうまいし、何をしても完璧だ。個性もものすごいし。

 

「そういえば、弔くんって結婚に興味ある?」

 

「それ聞いてどうするんだ」

 

「いや、そんなにチョコ貰ってるなら、そういう話も後々出てくるのかなぁって。ほら、僕はヒミコちゃんと結婚するから心配ないとして」

 

「人の嫌がることはするなよ」

 

「それ君が言う?そもそもヒミコちゃんが嫌がるかどうかわかんないじゃん。……わからない、よね?」

 

 不安になってきた。そういえば僕のセクハラ……もとい愛情表現にヒミコちゃんがまともに応えてくれたことはあっただろうか。僕の計算なら今頃僕とヒミコちゃんはラブラブで、目があえば抱き合う関係になっているはずなのに、今は目があっても笑ってくれるだけだ。つまりヒミコちゃんは可愛いということ。ん?何の話だっけ。

 

「まぁ、好感度は低くないだろうな。証拠に、マグネとラブラバはお前の部屋にチョコを置いていったが、トガは直接渡すと言っていたらしい」

 

「それ本命じゃん。悪いね弔くん。どうやら僕の方が先に大人になっちゃうみたいだ」

 

「そういうのを大人になることだって思ってるうちはまだまだ子どもだろ」

 

「……じゃあ、僕は受け取りに行ってくるね」

 

 別に、言い負かされそうだったから逃げたわけじゃない。ただ、ヒミコちゃんからのチョコが楽しみすぎただけだ。というか、エリちゃんも一緒に作ってたんじゃなかったっけ?でも弔くんは僕の部屋にエリちゃんがチョコを置いていったって言ってなかった。

 

 つまり、今僕は二人の女の子のうち、先にどちらへ行くか決めなければいけないということである。

 

「ふむ」

 

 僕は、迷わず歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どうすればいいと思う?荼毘くん」

 

「なんで俺に聞く?」

 

 僕は迷わず荼毘くんの部屋に突撃した。一日の仕事を終えたばかりの荼毘くんはセクシーにエプロンを脱ぎ、面倒くさそうに僕を見た。世の荼毘くんファンが見たら高熱が出て倒れかねない姿だ。うーん、なんというか、ずるい。男が見ても色気を感じるっていうのはものすごくずるい。僕も色気がほしい。少しだけ分けてもらうことってできないかな?

 

「いや、こういうのって落ち着いて行動しなきゃダメだと思うんだ。軽はずみな行動をとって女の子を悲しませたらいけないし」

 

「自意識過剰かよって言いたいところだが、そうだな……待てばいいんじゃねぇのか?」

 

「……」

 

「解決したな。出てけ」

 

「いやでも待って。もしそれで夕飯までに渡してもらえなかったとしたら、夕飯の時にエリちゃんとヒミコちゃんと顔合わせるの気まずくない?」

 

 あ、チョコを渡してくれる二人だ。って思いながらご飯を食べるのは少しきつい。そんなドキドキするご飯ある?いや、エリちゃんはまだ微笑ましいですむけど、ヒミコちゃんに対してはダメだ。ドキドキしすぎてその場でプロポーズしてフラれる自信がある。今僕が想像の中でフラれた。

 

「なら俺が行ってきてやろうか?さっさと渡せって」

 

「こういうのは自分のタイミングで、自分の気持ちで渡すのがいいんでしょ!」

 

「めんどくせぇ」

 

 そういうことは思っても言わないものだよ。本人からしてもめんどくさいとは思うけど。でもこういうのって本人の気持ちが大切だと思うんだ。受け取る側にしても、渡す側にしても。こう、踏み出す勇気と言うかね?

 

「大体、トガがお前のことをからかって渡してないだけかもしれねぇし、そんなに深く考えることねぇだろ」

 

「いや、ヒミコちゃんは恥ずかしがって渡せてないはずだ。だって僕のことが好きなんだから。聞くけど、僕に悪いところなんてある?」

 

「自意識過剰、ガキみたいな顔、一言多い、人を馬鹿にしたような態度」

 

「本当のことを言うのはやめてほしい」

 

 こういうときは「いや、ないな」って言って僕を気持ちよくさせるところでしょ。相手をいい気持ちにさせるのが社会なんだから。悪い気持ちにさせてくる人もいるけど、そういう人は総じて心が狭くて余裕がない人だから、こっちが積極的にいい気持ちにさせればいい。素晴らしい。

 

「大体、俺じゃなくてジェントルあたりに聞きゃいいだろ」

 

「は?ジェントルさんはラブラバさんと一緒にいるだろうから、邪魔しちゃダメでしょ。ちゃんと考える脳ある?」

 

 直後、僕は炎と一緒に部屋を追い出された。燃え広がってはいけないので急いで炎を消し、文句を言うためにまた荼毘くんの部屋に入ろうとすると、入り口に炎の壁。どうやら怒らせてしまったらしい。その気になれば炎の壁なんて屁でもないが、今の荼毘くんに会ったところでまともに対応はしてくれなさそうなので、おとなしく引き下がることにした。まったく、短気なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、僕のところにきたわけか」

 

「そう。まったく、僕がもうほとんど死なないからって容赦なさすぎだと思わない?」

 

「荼毘の言う通り、一言多いのが悪いと思うがね」

 

 荼毘くんに追い払われてしまったので、次に僕は先生を頼った。相変わらず下層ではめちゃくちゃな光景が広がっているが、先生がいることで秩序が保たれている。何かやらかした人はみんな先生のお世話になるから、そのせいらしい。

 

「しかし、凶夜が女の子からチョコを貰う日がくるとは、平和になったものだ」

 

「まだ本命って決まったわけじゃないけど。弔くんが貰ってたのは別として」

 

「あぁ、そういえばバレンタインの贈り物が届いていたとか。弔が貰ったものの中に本命らしいものがあったのかい?」

 

「あったよ。女の子から複数と、オールマイトから一つ」

 

「くっ、それはそれは。弔としては微妙なところだろうね」

 

 僕が初めて会った頃はオールマイトを殺すなんて言ってたし、今はそんなこと思ってないだろうけど心中複雑だろう。お互い自分たちがどういう関係か理解してるから尚更。仲良しこよしなんてことはしないだろうけど、お返しくらいはするのかな?だとしたら僕もファンとして何か送ろう。

 

「僕も死ぬ前に弔か凶夜の子の顔が見たいから、どちらかが頑張ってくれないとなぁ。どちらも、だと一番いいんだが」

 

「僕はその気満々なんだけどね。ヒミコちゃんさえよければ」

 

「まだ早いだろう。結婚できる年齢にはなってないはずだ」

 

「先生が法律を守れだなんて、それこそ平和になった証拠だよ」

 

 弔くんと僕を育てた悪の根源みたいな先生が、まさか法律を守れだなんて。まぁ僕もこんな大変な時期にそんなことするつもりもなかったし、そもそもヒミコちゃんにあっさり断られそうだからそんな心配はないんだけど。

 

「……そういえば、結局チョコを貰うためにどうすればいいの?それを聞きに来たんだけど」

 

「おっと。話が脱線するのは僕らの悪い癖だ」

 

 僕にその癖があるのは完全に先生のせいなのだが、その辺り先生は気づいているのだろうか。言ったところでなぜか嬉しそうな顔をするに決まってるからいちいち言ったりはしないけど。……なんとなく、先生のこういうところは弔くんより僕の方が色濃く受け継いでる気がするなぁ。

 

「そうだね。僕から助言を与えるのは簡単だが……こういうのは本人の力で成すべきことだろう。大丈夫。なるようになるさ。今までと比べたら今回のことは大したことはない」

 

「比較対象がおかしいと思うんだけど……」

 

 でも、そうか。どうやら先生も僕の助けにはなってくれないらしい。……僕こういうの初めてだからどうしたらいいかわからないのに。お茶子ちゃんには偉そうにあんなこと言ったけど。

 

 本命じゃなかったらいつも通りだからいいけど、もし本命だったらどんな顔をすればいいのだろうか。うーん、好きって言葉は日常的に言ってるものなのに、いざその言葉が向けられそうになるとこうもどぎまぎするとは。

 

 ひとまず、平常心で行こう。僕は先生に一言挨拶してから、上へ向かっていった。



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番外:ハッピーバレンタイン (3) (本編読了後推奨)

1.前回の続きです。


「んー、いないですね」

 

 きょろきょろしながら歩くヒミコお姉ちゃんの後ろをちょこちょことついていく。私たちが探しているのは凶夜さんで、今は代表・代表補佐室に向かいながら探している。凶夜さんは基本的にふらふらしているので、おとなしく代表・代表補佐室にいるとは思えないからだ。

 

「このまま探していても仕方ないから、弔くんのところ行こっか」

 

「ん」

 

 最近のヒミコお姉ちゃんは本当に綺麗に笑う。女の私も思わず見とれてしまう程だ。弔くんは「お前、まだガキだろ」とバカにしてくるが、女の子の成長は早いのである。私から言わせれば弔くんの方ががきんちょ。

 

 ヒミコお姉ちゃんと一緒にエレベーターに乗り込み、上層四へ向かう。所謂職員エリアというところで、代表・代表補佐室があるのもここだ。管制室に行って凶夜さんの居場所を探してもらうのが一番早いと思うが、それは何かズルしたようで嫌だからやめておこう。

 

 エレベーターが開き、ゆっくりと職員エリアに足を踏み入れる。そのままささーっと流れで代表・代表補佐室に行こうとすると、目の前に見知った人が見えて思わず声をかけた。

 

「トゥワイスさん」

 

「ん?あぁエリちゃんか。トガちゃんも。晩飯の時間には早いはずだが」

 

「これです、仁くん」

 

 言って、ヒミコお姉ちゃんは紙袋を掲げてトゥワイスさんに見せる。それを見たトゥワイスさんは口にくわえた煙草の煙を揺らしながら、ぽん、と手を打った。

 

「バレンタインか。わざわざ俺に?」

 

「仁くんの分は黒霧さんに頼んで部屋に置いてもらってます。これは弔くんと凶夜くんの」

 

「おっと、面と向かって脈ナシはキツいぜ」

 

「きっといい人が見つかるから大丈夫だよ。ヒミコお姉ちゃんよりはいい人じゃないだろうけど」

 

「仁くんにとっては私よりいい人ですよ、きっと」

 

 微笑むヒミコお姉ちゃんに、トゥワイスさんは口の端から細く煙を吐き出しながら肩を竦めた。マスクを被っているときのトゥワイスさんはおもしろいけど、マスクを脱ぐと途端に渋くなる。凶夜さんがトゥワイスさんに憧れてタバコを吸おうかなと言っていたのでそれは流石に止めたけど。……こんなことを言ったら凶夜さんは落ち込むから本人には言わないけど、タバコが似合う顔じゃない。コーヒーよりミルク、お酒よりジュースが似合う顔だ。

 

「ま、いい。月無はいないが、死柄木なら代表・代表補佐室にいるぜ。大量のチョコに文句言ってたが、二人のなら喜んでくれるだろ」

 

 じゃ、また後でな。と言ってからトゥワイスさんは管制室へ消えていった。そういえばラブラバさんが「今日はジェントルと過ごすから!」と息巻いていたので、今トゥワイスさんは大忙しなのではないだろうか。いくら増やせるとは言っても働きすぎだと思う。

 

 管制室へ消えていったトゥワイスさんからは見えないだろうけど一応頭をぺこりと下げ、ヒミコお姉ちゃんの隣に並んで弔くんのところへ向かう。凶夜さんに渡すわけでもないのになぜか緊張してきた。いや、凶夜さんに渡すのが緊張するわけないけど。だって凶夜さんだし。バレンタインデーとかそんなこと関係なく、そう、別に男女のあれこれとかそういうわけではなくて、というかヒミコお姉ちゃんはどうなんだろう。あれ?

 

「弔くーん。入りますよー」

 

 ぐるぐるぐるぐる。色んなことを考えていると、いつの間にか弔くんがいる部屋に入っていた。弔くんは大量の空き箱を前にげんなりした様子。

 

「トガに、エリか。残念だが月無はいないぞ」

 

「弔くんにもチョコを持ってきたので、心配ないです!」

 

「はっぴーばれんたいん」

 

 緊張のせいか変な感じになってしまった。こちこちになって弔くんの分のチョコが入っている紙袋を差し出す私に、弔くんは優しくふわりと笑ってデスクから立ち上がり、わざわざこちらまできてくれた。ヒミコお姉ちゃんが綺麗に笑うようになったなら、弔くんは思わずドキッとしてしまうほどカッコよく笑うようになった。どこか子どもっぽくて、でも男の人っぽくて、どこか優しくて。

 

 そんな弔くんは私に目線を合わせてからチョコを受け取ると、頭をぽん、と撫でてくれて、「ありがとな」と優しく囁いた。

 

「……弔くんってそっちの趣味だったんですか?ガキは嫌いだ、なんて言ってたのに」

 

「バカ言え。なんなら今からお前を抱いてやろうか?」

 

「弔くんに抱かれるなら凶夜くんの方がいいです。ボロボロになりたくないですし」

 

 すっ、と立ち上がった弔くんはヒミコお姉ちゃんと軽口を交わし、さらっとチョコを受け取った。それが大人な感じがして、さっきの私に対する態度は子ども扱いだということに気づいて、それが気に入らなくてむくれてしまう。別に、女扱いとか大人扱いとかしてほしかったわけじゃないけど。

 

「ふん。弔くんと凶夜さんの差はこういうところだと思うの」

 

「確かに、あいつは抱いてやろうか?じゃなくて抱かせてくださいって言うな」

 

「受け入れてしまえるいやらしさがあります」

 

「そういうことじゃない!」

 

 二人はいつもこうやって私をからかってくる。嫌じゃないけど、嫌じゃないけど。何か、こう、いいように転がされてるのが凶夜さんみたいで。やっぱり私は凶夜さんの影響を強く受けてるんだなぁって思ってしまうのが恥ずかしい。

 

「というか、凶夜さんの方がいいってどういう意味!」

 

「んー?どういう意味だと思います?」

 

「えっと、そういうのはダメ!あと十年待って!」

 

「それはそれで月無が犯罪クサくなるな」

 

 どうせ月無さんは敵だから構いはしない、じゃなくて。今ヒミコお姉ちゃんに大人という立場を利用されると私の負けが決定する。そもそもヒミコお姉ちゃんは凶夜さんのことが好きなのかっていうことになるけど。いや私も好きじゃないけど。ほら、感謝的な意味合い?

 

「私が成長すれば、凶夜さんなんてイチコロ!だし!」

 

「流石のあいつでも、それはなぁ」

 

「エリちゃんはぜーったいに可愛くなるけど、それはないんじゃないかなー?って思います」

 

「……きせーじじつ」

 

「俺たちの可愛いエリがとんでもないことしようとしてるぞ」

 

「これは早めに奪ってあげたほうがエリちゃんのためになるのかも……?」

 

 正直、私が成長しても凶夜さんは私をそういう対象としてみないだろう。こんなちんちくりんのときに会っちゃったから、妹とか、下手をすれば娘とかそういう感覚に近いはずだ。なんで私はもっと早く生まれなかったんだろう。

 

「うー、大人になりたい……」

 

「大人になるっていうのも、あんまりいいことじゃないよ」

 

 ぼそっと呟いた私の声に、背後から返された。慌てて振り向くと、どこか笑みがぎこちない凶夜さんがいた。

 

「むしろ子どものままの方が断然いいね。法律上色んな制限があるけど、大人よりは気が楽だ」

 

「お前は大人になっても気楽だろうけどな」

 

「どうだろ。今の立場的にそうはいかないとは思うけど……というか、なんでまた大人になりたいなんてこと。弔くんにいじめられた?」

 

 なんで俺だけなんだ?と言う弔くんを無視して、しゃがみこんで私と視線を合わせた凶夜さんはふんわりと笑った。それに答えようとすると、ヒミコお姉ちゃんがするりと凶夜さんの背後に回って首に手を回し、凶夜さんの耳元で囁いた。

 

「エリちゃんが、そういうことに興味あるんだって」

 

「ヒミコちゃんエッッッッッッッロ!!!!じゃなくて」

 

 じゃないことにはできないと思う。

 

「エリちゃんが!?そういうことに!?ダメダメダメ許さないよそんなこと!そんなことが会った日には僕泣いちゃうよ!色んな感情がぐちゃぐちゃになって!十年後あたりなら、まぁ、学生ってそういうものだしいいけど、少なくともそれまではダメ!興味があるのはわかるけど!あと、えっと、そろそろ離れてヒミコちゃん。僕はどうやら女の子からこられると大層弱いみたいだ」

 

「残念」

 

 ふふ、と妖しげに笑ってヒミコお姉ちゃんが凶夜さんから離れる。いつかからかいすぎて痛い目見ればいい。凶夜さんがそんなことするわけないけど。

 

「あと、ハッピーバレンタイン、です」

 

「あ、バレンタインンね?あはは。ありがと。えー、弔くん」

 

「お前はほんとにダメなやつだな」

 

 ヒミコお姉ちゃんに色々やられてどぎまぎしていた凶夜さんが弔くんに怒られてしまった。普段から女の子に可愛いだとか好きだとか好き勝手言ってるくせに、向こうからこられるとこんなに弱いなんて。私からいってもデレデレはするけど種類が違うし。というか今ヒミコお姉ちゃん女の顔してなかった?

 

「ほら、エリちゃんも」

 

「うえっ、えと、その」

 

 女の顔をしていたヒミコお姉ちゃんに言われ、そういえば私もチョコを渡すんだということを思い出す。凶夜さんからすればなんともないんだろうけど、私からすればものすごく緊張することだ。証拠に、私からもらえるとわかったからか凶夜さんは子どもみたいな笑顔でにこにこしながら私を待っている。ヒミコお姉ちゃんからもらった時はそんなんじゃなかったのに。

 

 それがムカついたから、お仕置き。そう、これはお仕置きだ。

 

 しゃがんでいる凶夜さんに近づいて、チョコを渡す。そして、「ありがとう」と凶夜さんが言う前にそっと近づいて。

 

「……え?」

 

「日頃の、お礼」

 

 思ったよりも柔らかい感触に恥ずかしくなり、短く告げてから私は部屋を飛び出した。凶夜さんはきっと「子どもって可愛いなぁ」で済ませるんだろうけど。十年後、ぎゃふんと言わせてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「子どもって可愛いなぁ」

 

 エリが出て行ったのを見送った月無は、あろうことかそんなことをほざきだした。まぁ、頬だったからこその言葉なんだろうが、月無なら口でも同じことを言いそうだ。

 

「んー、ここまでは予想外というか、頑張ったというか、頑張ったのにというか」

 

「どうしたの?ヒミコちゃん」

 

「なんでもないです」

 

 恐らく、トガはエリがスムーズに渡すために月無にちょっかいをかけたんだろう。エリの月無に対する感情を知っているなら効果的だ。それが効果的すぎてあぁいうことになったんだが……月無は月無だった。子どもを子ども扱いしてるから普通の感性と言えば普通の感性ではあるんだが、少しは気づいてもいいと思う。

 

「私はエリちゃんのところに行ってくるので、また後で、です」

 

「うん。また後で。チョコありがとね」

 

「ふふ。それ、本命ですよ?」

 

「え?ハワイ?」

 

「なんでいきなりどこで結婚式を挙げるかの話になる」

 

 からかうようにくすくす笑いながらトガが出て行って、俺と月無の二人きりになった。……本当に、トガは隠すのと隠れるのがうまいと思う。

 

「うーん。これはお返しが大変だなぁ。愛の言葉なんてどうだろう?」

 

「お返しは三倍が基本らしいぞ」

 

「あぁ、三倍以上は重すぎてダメか」

 

「お前は本当に幸せなやつだな」

 

「みんながいるからね」

 

 恥ずかしいことを言う月無に「黙れ」と返してデスクに戻る。本当にこいつはうるさい。十年後、どうなってるか楽しみだ。

 

 十年後も一緒に居るかどうかだが、まぁ、一緒にいるだろ。嬉しそうにハート形のチョコを眺める月無を見て、俺は小さく笑った。



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蛇足編
蛇足編:私の『敵連合』 (1)


 ──月日は過ぎ。ついでに年も過ぎ。激動に激動を重ねた毎日はあっという間。気づけばあの日から九年が過ぎた。僕も大人の仲間入りをとっくに済ませ、一度興味本位で始めた煙草はエリちゃんに嫌がられ、興味本位で始めたお酒もエリちゃんに嫌がられ。でも幸せな毎日を送って。しかし今、大きな問題に直面していた。

 

「……授業、参観?」

 

 僕の手には、『授業参観のおしらせ』と書かれたプリントが一枚。エリちゃんが恥ずかしそうに渡してくれたこれに、僕は頭を悩ませていた。

 

 数年前からめっきり仕事が落ち着き、最近ではものすごく暇そうにしている弔くんがソファに座っている僕の隣に座り、一緒にプリントを見る。僕と同じく、弔くんは眉間に皺を寄せて悩んでいた。

 

「……うーん、参観の後に進路相談か」

 

 僕たちが悩んでいる理由は、立場的なもの。敵連合はさっき言ったように大分落ち着いてきていて、エリちゃんが高校に行くと同時に僕たちはそれぞれ家を持ち、敵連合に出勤するという形にするという計画を立てているが、僕たちが敵だったという事実は変わらない。いまだにそれを気にする親御さんはいるし、エリちゃんには大分苦労させた。エリちゃん自身は「気にしないで。平気だから」と言っていたが、どうだろう。何度か授業参観に行ったが、親御さん数人にすごい目で見られたし。

 

 そう、時期的にピリピリしている親御さんは、僕たちが自分たちの子どもに悪影響を与えるんじゃないかと危惧している。

 

「ったく、テメェらの影響力が俺たちの影響力に負けるなら、そりゃテメェらの責任だろ」

 

「そんな身も蓋もない……」

 

 そういう言葉で片づけられないくらい僕らの影響力が強いということだろう。なんて言ったって天下の敵連合。自分で言うな?

 

 ただ実際、あんな大事件を起こして敵の更生施設を作って、しかもそこのNo.1とNo.2。子どもに対する影響力は計り知れないだろう。『敵』がいいものだと勘違いしてしまうかもしれない。敵代表と言ってもいい僕たちがいい人の振る舞いをしているから、そう思われても不思議じゃない。アレだ。不良がいいことをするとめちゃくちゃいい人に見えるアレと似ている。

 

「でも行くしかないよねぇ。いっそ二人で行く?今まではどっちかが行ってたけど」

 

 今くらい落ち着いてたらいけるはずだ。二人で行けばもし何かあったときお互いがストッパーになれるし、悪くない。エリちゃんに何かあったら僕は間違いなく暴走するから、弔くんにきてもらった方が助かる。

 

 エリちゃんには「プリント見つかったらかってに来ると思ったから、見せただけ。こないでね!」と思春期の娘みたいなこと言われたけど、こんなの見せられたらそりゃ行くでしょ。まったく、エリちゃんは可愛いなぁ。

 

「あぁ、いいかもな。中学最後の授業参観、どっちが行くかで喧嘩したくない」

 

「エリちゃんはくるなって言ってたんだけどね」

 

「いや、行くだろ」

 

 本当に不思議そうな顔で「当たり前だろ」という弔くんに、僕はしっかりと頷いた。僕たちのエリちゃんの授業参観に行かないなんてありえない。進路相談もあるってなったら行くしかない。最近「高校どこ行くの?」って聞いても答えてくれないし、そろそろどうするのか聞いておかないと。エリちゃんのことだから将来に向けてしっかりと何かしらに取り組んでるだろうけど、やっぱり保護者として心配だ。

 

 この前なんか、ヒミコちゃんから「エリちゃん、告白されたみたいですよ」って聞かされたし!なんで僕に教えないの!って憤慨してたら「そうなるからだと思うよ?」と言われてしまった。確かに。エリちゃんのことになると冷静でいられなくなるのは僕の悪い癖だ。

 

 ……でも、告白されたってことは好意的に見られているということで、いじめられているというわけではない。エリちゃんがしてくれる学校の話を疑うわけじゃないけど、やっぱり学校でどういう扱いを受けているかは気になっちゃうから。告白される程度に、男の子からは人気みたいだ。エリちゃん可愛いしね。

 

「月無。そのプリント、日程書き換えてるかもしれないから学校に電話するぞ」

 

「なるほど。エリちゃん賢いもんね」

 

 プリントが見つかったらこられるから渡す。でもこられるのは嫌。だったらプリントに何かしら細工していてもおかしくない。僕の影響を受けて育ったなら何かしらしているはず。むしろ僕を反面教師にして何もしていない可能性もある。いや、エリちゃんはいい子だからその可能性しかない?

 

 弔くんが今学校に確認したところ、日程はプリントに記載されている通りだそうだ。ほら、だからエリちゃんを疑うのはよくないって言ったんだ。反省しろよ弔くん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリのお嬢!本日も大変麗しゅうございますね!」

 

「どんな御用で?」

 

「ごめんなさい。今日は先生に用があるんです」

 

 下層に行き、エレベーターから降りた瞬間頭を下げて迎えてくれたみんなに謝って、先生に会いに行く。凶夜さんと弔くんが私のことを大事にしてくれるから、敵連合にいるみんなが私のことを敬ってしまっている。下層にいる人は大体怖い人ばかりなはずなのに、お嬢なんて呼ばれる始末だ。ちょっと恥ずかしい。

 

 元々敵連合にいたみんなは普通に私を私として接してくれるけど、どうしてもこれは慣れない。こういうところ凶夜さんはすごいと思う。なんだろう、世渡り上手というか、コミュニケーション能力が高いというか、順応するのが早いというか。

 

「先生」

 

「ん?あぁ、エリか」

 

 凶夜さんと弔くんが「あの人いつ死ぬんだ?」とこそこそ話していた先生が私の声に気づき、振り向いて手を振ってくれた。もうそんな歳でもない……とは思っても、先生にとっては私なんて赤ちゃんみたいなものだろう。それは言い過ぎ?

 

「どうしたんだい。君がここにくるなんて珍しい……こともないか。中学に上がってから凶夜たちではなく僕を頼るようになっていたね」

 

 年を取ると記憶が曖昧になっていけない、とわざとらしく首を振る先生。先生の記憶が曖昧になることなんてないでしょ。あんな怖いもの知らずの凶夜さんと弔くんがいまだに怖がっている人だ。とんでもなさすぎるくらいとんでもないのがちょうどいい。

 

 先生に手を振り返しながら「実はね」と切り出す。本当に、先生には中学に入ってから随分お世話になっている。敵連合にきたときからお世話になってるけど、ここ数年は特に。

 

「えっと、授業参観があるんだけど」

 

「へぇ、授業参観。それに凶夜と弔がきてほしくないと」

 

 やっぱり先生は話が早い。頷くと、先生は愉快そうに、だけど渋く声を抑えてくつくつ笑う。それが何か気に入らなくて、頬を膨らませて先生を睨むと降参するように両手をあげた。

 

「いや、ごめんね。可愛らしくて、つい。いいじゃないか。あの子たちはエリが可愛くて仕方ないんだ。ここは少し大人になって、あの子たちがくるのを許してあげてくれないか?」

 

「……わかってる。けど、えっと……」

 

 相談にきたはずが、先生に対しても言いづらい。もじもじする私を不思議に思ったのか、先生は膝を曲げて私と目線を合わせ、首を傾げた。こういうところは凶夜さんと同じ……いや、凶夜さんが先生と同じなのか。安心させてくれるような雰囲気。ものすごく凶悪な敵だったらしい先生は、私にとっては気のいいおじさんだ。

 

 そんな気のいいおじさんは私が「言いたくない」と言えば無理に聞いてこようとしないだろう。それに甘えていてはいけない。いや、相談してる時点で甘えてるって言われたら弱いんだけど。

 

「……その、授業参観でやる内容がね」

 

「うん」

 

「お世話になっている人への、感謝、みたいな」

 

「ほう。なるほど。それはきてほしくないね」

 

 そう、感謝。もっと詳しく言うとこの時代に感謝の手紙を読まされる。高校にあがる前の最後のチャンスだとかなんとかで、ここまで育ててくれた両親に感謝の手紙を書いて、それを発表しようというもの。しかも、何が恥ずかしいって。

 

「でも、クラス全員発表するのかい?それだと時間的に……」

 

「最初は普通に授業して、途中から感謝の手紙になるんだけど……その、まずみんなで回し読みして、投票で発表する人を決めるっていうきちくなシステムで」

 

「それでうっかり選ばれてしまったと」

 

 頷くと、先生はまた声を抑えて笑った。笑い事じゃない。みんなに読まれるのも恥ずかしいのに、それをまた読み上げて、しかもあの二人に聞かれるなんて!

 

「むしろ僕は誇らしいけどね。みんなに選ばれるほどの感謝を綴った手紙をエリが書いてくれたことが。その投票が本当に内容を見て決めたものなら、だけどね」

 

「……んん」

 

 正直、面白がって私に投票した人もいると思う。小学校、中学校入学したての頃はそういうのが多かった。私が敵連合にいるっていうことを親から聞いて、からかってきたり敵だと攻撃してきたり。その度に正面から説き伏せたから今はそんな人はあまりいない。あまり、というだけでいないわけじゃない。一部の女の子から嫌われてるし、人間関係は難しいと思う。

 

 でも、そんな人がいる中でほとんどの人は褒めてくれた。その人たちのことが大好きなんだねとか、大切なんだねとか、あれ?もしかして好きな人が……とか! そんなわけないのに!

 

「そこは、心配しなくてもいいと、思う。ただ凶夜さんと弔くんに聞かれたくないの」

 

「んー、そう、だねぇ。まず間違いなくあの子たちは授業参観には行くと思うよ」

 

「……どうにかできないかな?」

 

 甘えてはいけないと思いつつ甘えてしまう。わ、私のせいじゃないと思う。甘えると先生が嬉しそうにするから、仕方なく甘えてあげてるだけだ。

 

 先生はしばらく考え込むと、いつも私に見せる笑みとは別の、面白いことを思いついたと言わんばかりに口角を凶悪に曲げて笑い、私に一つ提案した。

 

「こういうのはどうだろう。あの子たちと勝負するんだ。」

 

 先生は懐かしむように、

 

「敵連合にいるみんなに協力してもらって、君の『敵連合』と、あの子たちで」

 

 その勝負に勝った方が言うことを聞く、という風にすればいいという先生の提案に、私はすぐに乗った。




蛇足編が終われば、僕の『敵連合』は本当に完結します。


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蛇足編:私の『敵連合』 (2)

 先生に相談してから、数日後。

 

「勝負!」

 

「可愛い」

 

「あぁ……いや、そうじゃない」

 

「そうでしょ?」

 

「そうだが」

 

 腰に手を当て、二人に指を突き付ける。凶夜さんに「可愛い」と言われ、弔くんが同意してしまったので恥ずかしいと同時に嬉しくなって頬が緩みそうになるが、頬の内側を噛んでなんとか耐える。……どうせこうして耐えたことも二人にはバレてるだろうけど、緩んでしまうよりはマシだ。私の気持ち的に。

 

 私が頬の内側を噛んで我慢したのに対し、凶夜さんはでれでれと頬を緩ませている。……そうやって感情を表に出すから私が恥ずかしくなるのに。

 

「エリ、勝負ってなんだ?お前からの頼みなら大歓迎だが……」

 

「私が勝ったら授業参観にこないで」

 

「絶対勝つよ、弔くん」

 

「当たり前だろ。お前と俺が組んで負けるわけがない」

 

 凶夜さんは緩んでいた頬を引き締め、弔くんと拳をぶつけ合う。まるであの頃のような目をしている二人を見て、なぜここで本気を出すのかとため息を吐いた。私のことで本気になってくれていると考えたら嬉しい気はするけど、今回ばかりは本気になられても嬉しくない。

 

 そんな二人だから好き、なんだと思う。この勝負も受けずにスルーしてむりやりくることだってできたはずだ。でも、二人は私を尊重して勝負を受けてくれた。……絶対に勝てるって思ってるから受けたのかもしれないけど。

 

「で、内容は?」

 

「凶夜さんのワープはなしの、敵連合内でおにごっこ!」

 

「いいね。だけど、生徒のみんなが混乱しちゃうんじゃないかな」

 

「もう許可はとってます」

 

「流石エリちゃん!」

 

 先生に提案してもらってから、私はすぐにみんなへ凶夜さんと弔くんと勝負することを伝えた。そして、その時に協力してもらう約束もした。二人のせいで……おかげで敵連合のみんなは私に甘いので、もちろん快諾。今の私の戦力は二人を抜いた『敵連合』そのもの。負ける気がしない。

 

「ちなみに、隠れるのはありだからね。捕まえた判定は、私を抱きしめること!」

 

「え? いいの?」

 

「エリ。年頃の女の子なんだから体は大事にした方がいい」

 

「捕まえた判定をタッチにしたら喧嘩するでしょ?」

 

「……ねぇ?」

 

「……なぁ?」

 

 二人が「お前のことだぞ」と睨み合っているが、二人ともだ。二人ともあの頃と比べて随分大人っぽくなったが、根っこの子どもっぽいところは変わらない。二人が揃った時は特にだ。きっと、ふざけるクセがついちゃってるんだと思う。メディアでは二人のやりとりが人気だったりする。憧れの男同士の関係みたいな感じで。

 

 ……それにしても、抱きしめるはやりすぎだっただろうか。弔くんの個性的にやりにくいかと思ってそうしたけど、ということは凶夜さんに抱きしめてもらえるわけで、いやもらえるんじゃなくて抱きしめられるわけで、いやそもそもそれは負けたらの話で勝てば抱きしめてもらえな……抱きしめられないわけで!関係ないわけで!

 

「とにかく!開始は私が出て行ってから20分後から、18時まで!約1時間だから!」

 

「1時間も?そんなにあったら捕まえちゃうよ?」

 

「これでもハンデもらったつもり」

 

 だって、二人の相手は『敵連合』なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、あと3分か」

 

「まずはどこを探す?」

 

 エリちゃんが出て行ってから17分間は仕事をして時間を潰し、残りの3分を作戦タイムにあてた。別に舐めているというわけではなく、僕と弔くんなら仕事をしながらでも考える余裕があるからで、この3分は考える時間というよりお互いの考えを確認する時間だ。

 

「20分ってうまいよね。敵連合内ならどこでもいけるから、隠れるとしたら全部が選択肢に入る」

 

「流石にこの階層はないだろうけどな。まぁ上から順に探してやるか」

 

「だね。考えたらエリちゃんと何かするのって久しぶりだし」

 

 できればじっくり楽しみたい。授業参観の前にエリちゃんの成長を見られるなんて僕はなんて幸せなんだ。その上授業参観にも行けるというのだから、幸せ過ぎる。数年前の僕からは考えられない。

 

「よし、行くか」

 

「うん、行こう」

 

 エリちゃんには悪いけど、本気で勝ちに行こう。勝負と聞いたら負けるわけにはいかない。授業参観がかかってるから尚更だ。最近僕の威厳がなくなってきている気がするから、ここらで一度取り戻すしか……。

 

「え?」

 

「……なるほどな」

 

 3分経ったので扉を開けると、目の前には大勢のトゥワイスさん。フロアを埋め尽くすほどの数に一瞬呆けてしまうが、すぐに納得した。

 

「そういうことね……」

 

「俺たちとエリの勝負かと思っていたが、そうでもないみたいだな」

 

「いーや、お前らとエリの勝負だぜ」

 

 マスクを被ったトゥワイスさんが静かに言って、トゥワイスさんたちが全員頷いた。

 

「今から俺たちはお前らの下を離れてエリにつく!裏切りってわけだ!」

 

「そういえばマスク被ってる状態でも自分増やせるようになったんだっけか」

 

「いいねぇその向上心!好きだよ!」

 

 そういえばそんなことを言ってたっけ。マスクを被って自分を増やせるようになったのに、今までのクセでずっとマスクを脱いでタバコを吸っていたから忘れかけていた。その個性を僕たちに披露するってことは、これはエリちゃんにみんなが協力してるってことだろう。……1時間はきつくない?

 

「じゃーやっちゃうぜ!覚悟しろよ二人と、も?」

 

 トゥワイスさんが気合を入れて叫んだのとほぼ同時。弔くんが近くにいたトゥワイスさんに触れた瞬間、一人を除いたトゥワイスさんが崩壊した。目の前で塵になっていく自分の姿を見て、トゥワイスさんは硬直してしまっている。

 

「え、ちょ、俺が崩壊したらどうするつもりだったんだ?」

 

「俺がお前を見間違えるはずないだろ」

 

「まっさか。僕に頼ったクセに」

 

 弔くんが近くのトゥワイスさんに触れた時に個性を発動して、『本物のトゥワイスさんだけ崩壊しない幸福』を実現させた。弔くんならもしかしたら本当に本物のトゥワイスさんを見分けることができたかもしれないけど、できなかったらトゥワイスさんが死んじゃうから個性を使うに越したことはない。

 

「で、まだやるか?」

 

「……当然! 見て驚くなよ! 次に増やすのは」

 

「ちなみに、エリを増やしても俺はバラバラにするぞ」

 

「……! 通っていいよ!」

 

 トゥワイスさんは涙を流しながら「ごめんよ……」と言って道を開けてくれた。偽物だとわかってても大事な人だから攻撃できない、みたいなことはヒーローに任せてほしい。僕らはこんなんでも一応敵なんだから。

 

「弔くん。管制室は寄って行かないの?」

 

「エレベーターが操作されて動かなくなったら床をぶち抜けばいい。それに、カメラがあるから万が一エリの姿が映ってたらズルみたいだろ」

 

「この状況がズルみたいなものだけど……これは僕たちが確認しなかったのが悪いからね」

 

 勝手にエリちゃんと僕らの勝負だと思っていたのがいけないんだ。まさか僕ら以外の『敵連合』が寝返るなんて。本気で寝返ったわけじゃないとわかってるからちょっと楽しんでいる僕もいる。

 

「次はキッズエリアだが……」

 

「流石にあそこで戦うなんてことはしないでしょ」

 

 エレベーターに乗り込むと、勝手にエレベーターが動き出した。恐らくラブラバさんが操作しているんだろう。僕としてはキッズエリアには止まらず、自然エリアで止まると思うんだけど……そうでもないみたいだ。エレベーターはキッズエリアで止まり、ゆっくりとドアが開いていく。するとそこには。

 

「はーい、いらっしゃい! いーっぱいおもてなししてあげるね、凶夜くん!」

 

「……弔くん。僕はもうだめかもしれない」

 

 目いっぱいおめかしをしたヒミコちゃんがまるで僕に「飛び込んできて」と言わんばかりに両腕を広げていた。頬を赤く染めて首をちょこんと傾げながらの言葉に、僕はもう死にかけていた。

 

「お前の名前だけ呼ぶあたり、狙ってきてるよな」

 

「自分が呼ばれなかったからってまるでこれが作戦か何かみたいに! ヒミコちゃんは僕を純粋におもてなししたいからあぁしてるに決まってるのに!」

 

「そうだよ弔くん。私は凶夜くんとイイコトしたいからこうしてるだけなのです」

 

「なんだって!?」

 

「お前はホントダメな奴だな」

 

 僕も本当はわかってるんだ。これは作戦で、ヒミコちゃんは僕を足止めしようとしているってことは。それでも、ヒミコちゃんがこうして僕を求めてくれているというだけで作戦にはまってしまってもいいかなという気分になってしまうんだ。だって僕男の子だから。

 

「ほら、凶夜くん」

 

「ぎ、ぐぬぬ」

 

「……おい、月無」

 

「なんだい弔くん。今僕は人生で一番の選択を迫られている」

 

「一番って今までのは何だったんだ……いや、まぁいい。今お前がトガのところに行ったら、エリはどう思う?」

 

「……」

 

 そうだった。ただ単に勝負をしてるってわけじゃなくて、これは授業参観をかけて勝負してるんだ。ここで僕がヒミコちゃんのところに行ったら、僕はエリちゃんの授業参観より性欲の方が大事なんだって思われるかもしれない。あ、性欲じゃなくて愛情。別にいやらしい気持ちはまったくない。ほんとに。

 

 だから、ここは断腸の思いで断るしかない。

 

「ごめん、ヒミコちゃん。また今度お願いしていい?」

 

「あら残念」

 

 断った瞬間。グン、と引っ張られるような感覚があったかと思えば、僕はいつの間にかヒミコちゃんの腕の中にいた。いい匂い。柔らかい。可愛い。嬉しい。いや違う。これは。

 

「月無ならマグネの個性使うまでもねぇと思ったが」

 

「エリちゃんへの愛も深いってことね。素敵だわ!」

 

「あれ? 凶夜くんの髪ってこんなに柔らかかったっけ」

 

「……弔くん。助けて」

 

「……お前ならどうにかできるだろ」

 

 できればずっとこうしていたいから体が動かない。今の僕にとっての不幸を実現すれば離れられるけど、それをしたくない!

 

「ま、おとなしくしとけ。どうにかしてやる」

 

「できるかしら?」

 

「ここであまり手荒なことはしたくねぇが……仕方ねぇか」

 

「ナデナデ、です。ふふ」

 

「弔くん! 早くしてくれ、僕がダメになる!」

 

 弔くんは深いため息を吐いて、すっと腰を落とした。



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蛇足編:私の『敵連合』 (3)

 弔くんはめちゃくちゃ強い。敵連合内で弔くんに勝てる人なんていないんじゃないだろうか。なにせ、弔くんの『崩壊』は人体、物に収まらず、液体、気体、更には個性にまで効果範囲が及ぶ。チート過ぎじゃない?と文句を言った時は「お前に言われたくないな」って言われちゃったけど。

 

 そんな弔くんにも弱点がある。弱点と言っていいのかどうか微妙なところだけど、それは手加減が難しいということだ。個性が強力過ぎるからただの手合わせでもうっかり相手を崩壊させちゃうこともありえる。いつも体が鈍らない様にって僕と手合わせした時も何回か崩壊させられちゃったし。僕だから平気だったけど。

 

 つまり、そう。弔くんは僕相手だったから平気で崩壊させていたわけだけど、今回は僕が相手じゃない。うっかり崩壊させちゃったらダメな人たちだ。僕の個性で治すこともできるけど、治せるから崩壊させちゃっていいってわけでもない。僕は、ほら。特別ってやつ?

 

「優しさに付け入るみたいで申し訳ないわねぇ」

 

「つっても俺らの攻撃は全部バラされるから、決着がつかねぇんだよな」

 

「うーん、私が変身しちゃうと凶夜くんを捕まえておけないし……」

 

「ぜひこのままでお願いします」

 

「……」

 

 弔くんに睨まれた。だって仕方ないじゃないか。ヒミコちゃんいい匂いするし、柔らかいし、こんなにも幸せなんだ。それを受け入れて何が悪い。いや、エリちゃんのことがあるから開き直るのもちょっと抵抗あるけど、僕は男の子だから仕方ない。ね?

 

 僕の性欲はさておいて、確かにこのままじゃ決着がつかない。弔くんは荼毘くんの炎とマグ姉の個性を崩壊させているだけ。僕の個性は無敵ではあるけど、攻撃性能はほとんどない。『死んだら不幸』という結果を引き起こすことはできるけどやりたくないし、傷ついてほしくもない。……もしかして詰んだ?

 

「……時間をとられるのだけは避けたいな」

 

「といっても、どうするの? このままじゃジリ貧だし」

 

「何、負けを認めさせればいい」

 

「負けって、なんだ? 俺たちをバラバラにでもすんのか?」

 

 荼毘くんの言葉に弔くんはにやっと笑って、床に手を付けた。するとヒミコちゃんたちが立っていた床がバラバラになって崩れていく。当然その場に立っていた僕たちは重力に従って落下していくが、マグ姉が瞬時に磁力でヒミコちゃん(と僕)と荼毘くんを引き寄せて、荼毘くんが炎を噴かせて安全に着地する。何年も一緒に居るだけあって連携がスムーズだ。誇らしい。

 

 ただ、着地に時間を取られたこの瞬間は弔くんが接近するには十分な時間だ。上の階から飛び降りた弔くんは三人の後ろに立って腕を回し、親指を立てて四本指でそっと肌に触れた。

 

「あらやだ」

 

「さっすが弔くん! 降参です」

 

「もっと優しくできねぇのか?」

 

「お前ら相手に優しくできる相手なんかいないだろ」

 

 降参、という言葉とともにヒミコちゃんが僕を放す。名残惜しさを感じつつも弔くんの勝利を喜び、弔くんに駆け寄るとビンタされた。なんでさ。

 

「あっさり捕まってんじゃねぇよアホ。お前は本当に個性の使い方が下手くそだな」

 

「欲望を我慢してもいいことないよ?」

 

「今悪いことあったろ」

 

 なかったよ。少なくとも僕の中では。

 

 三人は「頑張って」と僕たちに手を振って去っていった。やけにあっさりしてるなと思いながら弔くんが崩した床……ここから見ると天井を個性で直す。こういう作業的なことならちゃんと使えるんだけど、どうしてもあぁいう状況になってしまったら個性を使うことを躊躇してしまう。

 

 ここは自然エリアの草原。今まで通りならそれぞれのエリアの責任者が僕たちを足止めしにくるはずだから、恐らくスピナーくんとマスキュラーさんと先輩が僕たちを足止めしにくる。あの三人はバチバチの戦闘タイプだから結構苦労しそうな気もするけど、接近してくれるなら弔くんの独壇場だ。むしろ楽かもしれない。

 

「づっ!?」

 

 と思っていたら、激痛が僕を襲った。多分右腕。多分と言っているのは、右腕が千切れていて感覚がないからだ。激痛に叫ぶ前に、背中から思いきり殴られ、まるでトラックにはねられたような衝撃と、骨が砕けた感触を確かに感じながら面白いくらいに吹き飛んだ。弔くんも狙われたらいけないから、個性で僕の隣に転移させておく。

 

「……随分容赦がないんだな」

 

「容赦して勝てる相手ではないからな」

 

「久しぶりに思いきり暴れられるんだ。手加減なんてつまんねぇことするかよ」

 

 個性で体を治しながら前を見ると、予想通りスピナーくんと先輩とマスキュラーさんがいた。僕を殴り飛ばしたのはマスキュラーさんだとして、僕の右腕を斬ったのは先輩だろう。先輩の持っている刀から血が滴り落ちている。

 

「ふっつーにひどくない!? 僕たち仲間だよね!?」

 

「死柄木を狙わなかっただけありがたいと思え」

 

 僕への所業に憤慨しているとスピナーくんが悪びれもなく吐き捨てた。なんて薄情な人間なんだ。確かに僕は死なないけど、死なないからいいってわけじゃないのに。

 

「まァ、キッズエリアの三人ほど俺たちは甘くねぇってこった」

 

 マスキュラーさんが拳を打ち付けながら好戦的な笑みを浮かべて僕たちを睨みつける。マスキュラーさんは甘いとか甘くないとかじゃなくて、ただ単に戦いたいだけだと思う。目がそう言ってる。正直怖すぎるから戦いたくないんだけど、マスキュラーさんが好きな正面からのぶつかり合いは僕一番向いてないし、弔くんは触れたら終わりだし。

 

「にしても……月無、貴様、鈍っているんじゃないか?」

 

 刀に滴っている僕の血を舐めながら、僕を見下ろす先輩。それを見てからしまったと思った。先輩の個性は血を舐めとった相手の動きを止める個性。時間制限はあるものの、これで僕は数分間動けなくなった。

 

「……お前、足引っ張りに来たのか?」

 

「そんなつもりないよ! 結果的にそうなってるだけであって」

 

「だから鈍っていると言ってるんだ」

 

 先輩は刀の先を僕たちに向けて、きっと睨んだ。

 

「貴様を狙っている輩は未だ存在する。そんな貴様がその体たらくで、俺たちが安心できると思うか?」

 

「僕は安心してるけどね。だって、みんながいるから。僕がだらしないからみんながしっかりしてくれる」

 

「おい、お前はそれを直す気はないのか?」

 

 呆れる弔くんに僕は個性で先輩の個性の影響から抜け出して、腕をぐるりと回してにかっと笑いかける。

 

「じゃ、僕が頼れるってところ見せちゃおっかな!?」

 

 僕がやる気を見せると、弔くんに「頼れるところないだろ」と冷たく言われてしまった。あるわ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほど、トゥワイスさんとマグ姉から「抜けられちゃった!」と連絡がきた。今あの二人は自然エリアでスピナーさん、マスキュラーさん、ステインさんの三人と戦っているはず。弔くんはともかく、凶夜さんが心配だ。腕を斬り落とされて殴り飛ばされていないだろうか。

 

「暇そうだね、エリ」

 

「ひ、暇じゃない。ただちょっと心配なだけで」

 

「へぇそうか。心配か」

 

 言ってからしまったと思った。勝負を吹っ掛けたのにも関わらず相手のことを心配している可愛らしい女の子だと思われてしまう。先生を見ると、私を見て首を傾げていた。ただ、笑い声がくつくつと漏れている。抗議の意を込めて先生を叩くと、先生は手の平でぱちん、と受け止めた。

 

「いや、やはりエリは優しいなと思ってね。あの二人がぐちゃぐちゃになれと願ってもおかしくないだろうに」

 

「ぐちゃぐちゃはどうかと思う……。でも、ここまで早いペースで進んでくるのは予想外かも」

 

 私の予想では、フロアごとに十分二十分はかかるはずだった。でも凶夜さんと弔くんは十分で二つのフロアを突破。このままじゃ簡単にここまでたどり着いてしまう。

 

 私の心配をよそに、先生は余裕の態度。私を守る最後の砦なんだからしっかりしてほしい。……先生が戦ったところ見たことあるから、しっかりしていなくても強いってことは知ってるけど、それでもこう、真面目に見えないから気に入らない。先生のこういうところが凶夜さんに似てしまったんだと思う。弔くんはあんなに落ち着いてるのに。

 

「あの子たちは優秀だからね。僕の生徒だから当然なんだが……ん? いや、今の立場上僕の方が下だから、僕の生徒だって大きい顔はできないのか?」

 

 どうでもいいことで悩むのも凶夜さんが似てしまったところ。凶夜さんと弔くんは先生のことを先生と呼んでるから、自分で自分のことを生徒だと思っているに決まってるのに。今の立場上はそうじゃないかもしれないけど、そこだけは絶対だと思う。凶夜さん、弔くん、先生の三人と一緒に居る時間が長い私は、その変わらない、切れない関係を強く感じている。それを何度羨ましいと思ったことか。成長した今はそう思うことは少なくなったものの、小さい頃はみっともなく嫉妬していた。三人からは「可愛いなぁ」みたいな目で見られてたけど。

 

 とりあえず「凶夜さんと弔くんは先生のこと、ちゃんと先生だと思ってるよ」と伝えると、先生は「だろうね」と私をからかうように答えた。ほんとにこの人は!

 

「悪いね。エリがあともう少しでここを出ていくと考えると、今のうちに楽しんでおこうかという気になってしまって」

 

「別に、学校終わりとかに来ればいいし。凶夜さんか黒霧さんがいれば一瞬だもん」

 

「できればここより学生生活を優先しなさい。友だちは大切だよ」

 

「いるもん」

 

「おやおや、いじめすぎてしまったか」

 

 肩を竦める先生にまたパンチ。今度は受け止められることはなく、先生の腰にぽすん、と当たった。わざとらしく痛がる先生に思わず噴き出して、今更ながらここで過ごすのはあと少しだけか、と考える。どうせ私は凶夜さんと弔くんについていくんだろう。私としてはここより狭い空間で凶夜さんと生活するのは緊張するからちょっと不安だ。でも、この空間がなくなるわけじゃないから、やっぱり心配はあまりない。寂しがりやの凶夜さんがいる限り、いつになってもみんなが集められるに決まってるから。

 

「何か納得してるみたいだけど、今は勝負の途中だからね?」

 

「……知ってるし!」

 

 やれやれと言いたげな先生に不満を隠さずに言ってから、顔を背けた。先生はいじわるだ、いじわる。



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蛇足編:私の『敵連合』 (4)

 三人は、バリバリの戦闘タイプ。小細工したところで勝てる相手じゃない。正面から戦えば弔くんはともかく僕は負けるし、相性は最悪だ。僕の個性は何でもできるが、何でもできるからこそとる手段に困る。

 

 ただ、僕が弔くんと一緒に戦うなら僕がとるべき行動は一つだ。僕が弔くんに合わせる、ただそれだけ。今までそうしてきたし、これからもそうするつもりだ。それに、戦い以外でも弔くんに合わせるのは慣れている。

 

 まず初めに僕たちを攻撃してきたのはスピナーくんだった。武器の連結を解いて鞭のようにしならせて、無数の刃が僕たちを襲う。弔くんの個性は一度触れてしまえば崩壊させることはできるけど、まったくダメージがないわけじゃない。スピナーくんが手入れしている武器なら、触れた瞬間すっぱり斬られるってこともありえる。といより、そうなるだろう。

 

 それなら、弔くんが斬れない様にすればいいだけだ。

 

「いけるよ、弔くん」

 

「遅い」

 

「文句言うならやってあげないよ!?」

 

 せっかくご飯を作ったのに文句を言われ、じゃあ食うなって言う奥さんのようなセリフを言う僕を無視して、弔くんはスピナーくんの刃に触れた。斬れるかと思われたその刃は弔くんに容易く受け止められ、それと同時に一瞬で崩壊する。スピナーくんは弔くんが受け止めたのを見た瞬間に途中で刃を切り離したからちょっとは無事だけど、スピナーくんの武器は長さが半分ほどになってしまった。スピナーくんの反応も早かったけど、弔くんの崩壊させるスピードも大概だ。

 

「つまり先にテメェをぶっ潰したら早いんだろ!?」

 

「まぁくるよね」

 

 突然くると弱いが、くるとわかっていれば避けるのは容易い。いや、容易いのは嘘。余裕を持って避けれるから攻撃はあまり受けない。向こうで一番機動力があるのはマスキュラーさんだから、僕たちがスピナーくんの刃を対処してる間に詰めてくると思ってた。そして、狙われるのは僕だとも。

 

 僕はマスキュラーさんが振るった腕をしゃがんで避けて、ボールを蹴り飛ばすかのように振り上げられた脚を横っ飛びで避ける。戦いとは相手を知ること。それは癖。こうやった次はこうやる、というような癖だ。マスキュラーさんはとにかく攻撃のチャンスがあれば無理やりにでも攻撃してくる。となると、横っ飛びした僕への次の攻撃は、

 

「ハァ!」

 

「だよね!」

 

 マスキュラーさんは地面を砕いて、その破片を僕に飛ばしてきた。その間に自らが作り出した破片を砕きながら僕に突進してくる。恐ろしい、が。

 

「弔くん!」

 

「あぁ、俺は二人の相手で忙しい」

 

 マスキュラーさんの奥に見えた弔くんは、明らかに笑っていた。コイツ、僕がやられてる状況を楽しんでるな!?

 

「ぶへっ」

 

 大きな破片が僕の腹に当たって、思わず間抜けな声を出してしまう。そんな僕をマスキュラーさんが見逃すはずもなく、凶悪に笑いながら容赦なく僕を殴りつけてきた。

 

「バリアー!」

 

「ん、だコレ!」

 

 子どもの頃に憧れた、腕をクロスさせると張れるバリアー。それを個性によって実現させてみたものの、一瞬で割られて殴り飛ばされる。僕は殴られた勢いのままボールのように跳ねて、びちゃ、と地面に打ち付けられた。

 

「おいおい、大丈夫か月無?」

 

「ばか! なんで助けてくれないのさ!」

 

「あぁ、どうもあいつらが強くてな」

 

 蹴り飛ばされたのか、空中に投げ出されていた弔くんはふわりと一回転して僕の隣に華麗に着地した。僕はボールみたいに跳ねてたっていうのに、なんだそのカッコよさ。僕もそれやりたい!

 

「おうおう、なんだ。随分弱いじゃねぇか?」

 

「当たり前でしょ。弔くんはともかく、僕が強いわけないんだから」

 

「確かに、強いというより厄介というイメージだな。弱いのは間違いない」

 

「あぁ、弱い」

 

 拍子抜けだと言わんばかりにマスキュラーさんが息を吐いて、それに対して僕が文句を言うとスピナーくんと先輩にボコボコに言われた。涙目になって弔くんを見ると、その通りだと頷かれる。

 

「僕が自分のこと弱いっていうのはいいけど、人から言われると傷つくんだぞ!」

 

「慣れろよ」

 

 弔くんのもっともな指摘に黙ってしまった僕は、そっと自分の怪我を治した。むなしい。これが味方がいないっていうことか。こんな感覚は数十年ぶりだ。あの頃はもっと酷かったけど。

 

「そんなに言うなら、弔くんはそこで見ててよ。僕一人で三人をやっつけちゃうから!」

 

「へぇ、できんのか?」

 

「できないかも!!」

 

 言いながら、僕は走り出した。僕以外が呆れ顔なのは気のせいだろう。ふふ、今に見てろ!

 

「僕の個性は不可能を可能に、可能を不可能にできる! その神髄、とくとご覧あれ!」

 

 身構える三人を見て、僕は思いきり息を吸った。

 

「『強制幸せ自慢(幸せなら手を叩こう)』!」

 

「……?」

 

 叫んで、拍手し始めた僕を見て、三人はとうとう首を傾げた。そりゃそうだろう。三人からすれば、僕は走りながらいきなり叫んで拍手し始めた頭のおかしな人なんだから。

 

 ただ、それは僕を舐めている。僕の個性は『幸福、不幸の実現』。やろうと思えば『幸福な個性』『不幸な個性』のどちらも作り上げることができる。これを知っているのは、弔くんと先生、エリちゃんだけだ。それ以外のみんなには「僕の個性はなんでもできるよ!」としか言っていない。なぜなら、僕にも僕の個性が何ができるか、未だに全部わかり切っていないからだ。

 

「覚悟!」

 

「何してんのか知らねぇが、ぶっ潰れろ!」

 

 拍手しながら迫ってくる僕を、マスキュラーさんが思いきり殴ってくる。しかしその拳は僕に当たることはなく、マスキュラーさんらしくもなく何もないところで躓いてこけた。

 

「何をしてるんだマスキュラー!」

 

「ハァ……月無にあてられたか?」

 

 こけてしまったマスキュラーさんを見てスピナーくんと先輩が動いた。先輩は刀を振るい、スピナーくんはギチギチに縛り上げた無数の刃を振り下ろす、が。そのどちらもがすっぽ抜けて明後日の方向に飛んでいった。二人は目を丸くして驚いている。

 

「はっはっは! 驚くのも無理はない! どうしてそうなったか教えてあげよう! それは、この中で僕が一番幸せだからに他ならない!」

 

 武器を失った二人とこけている一人の前で拍手しながら高らかに告げる。あぁ、まさかこうして僕が幸せだと言える日がくるなんて。見てるかい、数年前の僕。なんか状況がおかしいけど、今の僕は幸せだと言えてるよ。

 

「……幸せなら手を叩こう、というのはそういう意味か」

 

「なるほどな。手を叩いた回数が一番多いやつが、一番幸せになれるってとこか?」

 

 先輩とマスキュラーさんが流石の洞察力で僕の『強制幸せ自慢(幸せなら手を叩こう)』が見破られてしまった。けど、もう僕が一番幸せであることは揺らがない。僕の手を叩いた回数に今から追いつくことなんて不可能だ。

 

「見たか! これが僕の『強制幸せ自慢(幸せなら手を叩こう)』だ! 君たちも幸せなら手を叩いてみたらどう? 僕には追いつけないだろうけどね!」

 

 そうやって勝ち誇っていると、パチパチパチパチ、と高速で手の平を打つ音が聞こえた。その音の主はスピナーくん。スピナーくんの両手が高速で動き、その手の平を打っていた。

 

「な、なんだその拍手の速さ! 尋常じゃない!」

 

「テレビで観た」

 

「あ、あの拍手世界チャンピオンの……! まさかあんなくだらないものをマスターしてるなんて!」

 

 マズい、この速度なら追いつかれる! スピナーくんの拍手の速度は僕のおよそ二倍。いや、それ以上あるかもしれない。でも、面白いじゃないか。僕とスピナーくんのどちらが幸せか、今ここで決めよう!

 

「お前ら、平和ボケしすぎじゃないか?」

 

「あ」

 

 僕とスピナーくんが睨みあって拍手していると、三人の背後からすっと弔くんが現れて、先輩とマスキュラーさんに四本指で触れた。

 

「これ、俺たちの勝ちってことでいいよな?」

 

「……」

 

 スピナーくんは拍手しながら、納得のいかない顔で渋々頷いた。もう拍手やめていいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「個性を作り出す……か」

 

「どうしたの? 先生」

 

「いや、ますます僕に似てきたな、と思ってね」

 

 それは、先生と凶夜さんが、だろうか。確かに歳を重ねるごとに凶夜さんは先生と重なっていくように思える。先生は凶悪な敵だったらしいから、その部分は重なっていかないけど。いや、一応凶夜さんも敵だし、個性で考えれば凶悪とも言えるから、やっぱり重なってるのかな?

 

「僕と似ていないのは、平和な形で自分のペースに持って行ける、というところくらいか」

 

「あと顔」

 

「ハッハッハ! 確かに、僕はあんなにカッコよくないからね」

 

 凶夜さんは私と出会った頃は童顔だったけど、最近になってカッコよくなってきた。それこそ、元からいたファンが急に増えちゃうくらいに。メディアへの露出が増え始めてからは特に。私はそのことに対して密かに危機感を覚えている。……凶夜さん、女の子に弱いから。

 

「そういえば、先生も女の子に弱いの?」

 

「ん? あぁ、そこも似ていないか。そう考えると結構似ていないところが多いな」

 

 そう言う先生はどこか寂しそうで、どこか嬉しそうだった。きっと、人を育てる人独特の感情なんだろう。私にはまだわかりそうにもない。でも、凶夜さんならわかるはずだ。だって、私は凶夜さんに育ててもらったから。

 

「エリも凶夜に似てきたね」

 

「わ、私が、凶夜さんに?」

 

「結構言われるだろう?」

 

「……」

 

 言われているみたいだね、という先生の言葉に、私は黙るしかなかった。確かに、よく言われる。私としてはあんなちゃらんぽらんに似てるって言われると思うところがあるんだけど、きっといいところが似てるんだろうと自分で納得して、いい風に捉えている。

 

「そうやって考え込むところもよく似ている」

 

「わ、私考えてないよ! まったく!」

 

「だとしても似てるね」

 

「なんなの!」

 

 怒る私を見て、先生は愉快そうに笑っていた。まったく、ひどい。先生は私をいじるのが好きなんだ。……そういえば先生、この前凶夜をいじるのが楽しいって言ってなかったっけ?



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蛇足編:私の『敵連合』 (5)

「今どれくらい時間経った?」

 

「なんだかんだ30分くらいだな。結構やばい」

 

「あちゃー。ヒミコちゃんのとこで時間取られ過ぎたね」

 

「誰のせいだろうな?」

 

 弔くんがなぜか僕を見て文句を言いたそうにしていたので笑顔で首を傾げると容赦なく蹴られてしまった。いやでもほら、アレは仕方ないじゃん。だって、ね? ほら、弔くん。ね?

 

 今僕たちはエレベーターに乗って上層一階に向かっている。次は黒霧さん、コンプレスさん、ジェントルさんの三人だろう。当たり前だけどみんな強い。黒霧さんはゲートに弔くんが触れてしまえばそれで終わりだからあんまり警戒することはないけど、コンプレスさんとジェントルさんはマズい。ジェントルさんは空気のどこに弾性を付与してるのかがわからないし、コンプレスさんは触るだけで圧縮だ。とんでもない。黒霧さんも相性勝ちしてるだけでめちゃくちゃ強いのに。

 

 もしかしたら、スピナーくんたちよりも強いかもしれない。これは気を引き締めていかないと。僕はエレベーターが開いたのを見て、ものすごくイケメンに顔を引き締めてエレベーターを降りようとした。のに。

 

「ぶへっ!」

 

 何かに弾かれてエレベーターの中に戻されてしまった。これは……。

 

「ジェントリー・エレベータープリズン! いかがかな?」

 

 エレベーターの外でジェントルさんが恭しく礼をしていた。僕を弾いたのは、ジェントルさんが弾性を付与した空気。まさか気合いを入れてすぐやられるなんて、情けないにもほどがある。

 

「下らねぇ」

 

 弔くんは僕に呆れた目を向けた後、そっとジェントルさんが弾性を付与した空気に触れる。すると、何かが崩れ去る音が聞こえた。あぁ、僕が無様に弾かれたというのに、弔くんは簡単に崩壊させてしまうなんて。スマートさが違う。なんで僕と弔くんにこんな差が生まれたんだ?

 

「No.1とNo.2だからか」

 

「あ?」

 

「なんでもないよ」

 

 納得いってなさそうな弔くんと一緒にエレベーターを降りる。前を見ると、よく見ればジェントルさんだけじゃなくてコンプレスさんと黒霧さんがいた。

 

「ようこそ、『ジェントリー・ラビリンス』へ!」

 

「ジェントリー・ラビリンス?」

 

 そう! とジェントルさんは意気揚々とマントを翻し、僕たちに指をさした。

 

「君たちは今、迷宮の中にいる! そう、ジェントリー・ラビリンスに!」

 

「あぁ、弾性が付与された空気に囲まれてるってこと?」

 

「なんだ、俺が触れていけば解決じゃねぇか」

 

「ナンセンス!」

 

 弔くんが手を伸ばして手当たり次第空気を崩壊させようとしたその時、頭上に黒霧さんのワープゲートが現れ、そこから無数の小さな玉が降ってきた。これは、コンプレスさんの?

 

「ショータイム!」

 

 案の定コンプレスさんの個性らしいそれらは、コンプレスさんが指を鳴らした瞬間解除され、岩、ナイフ、薔薇が僕らに降り注いできた。薔薇?

 

「これぞ『ジェントリー・シャワー』!」

 

「俺と黒霧の力なんだけどな」

 

「まぁいいではないですか」

 

 僕たちに降り注ぐジェントリー・シャワーに、焦りは一切感じなかった。弔くんも僕を見るだけで、岩やナイフなどには目もくれない。それだけ信頼してくれてるってことだろう。なら、それに応えなきゃ嘘だ。

 

 僕たち目掛けて降り注ぐ凶器は、幸福なことに一切僕たちに当たらずすべて地面に落ちていった。それを見たジェントルさんは呆けた顔で固まっている。

 

「いやぁ弔くん、幸福だったね。まさか全部僕たちを避けていくなんて」

 

「あぁ。もうダメかと思ったが、どうやら俺たちはついてるらしい」

 

「……だから私はやめておいた方がいいって言ったんですがね」

 

「いや、どちらにせよジェントリー・ラビリンスは抜けられないはずだ! なにせ私しかその抜け出し方は把握できていないのだから!」

 

「それって逆に、ジェントルさん以外手出しできないってことだよね?」

 

「……!!」

 

 しまった、という顔をするジェントルさんを哀れに思いながらゆっくりと歩いていく。どこに弾性が付与されているかわからない以上、黒霧さんもコンプレスさんも僕たちに手を出せない。さっきみたいな攻撃も避けられるってわかったから。あとは、弔くんが空気を崩壊させて三人のところにいくだけだ。

 

「ど、どうする? このまま戦うか?」

 

「俺はマスキュラーたちみたいに腕をちぎるとかはごめんだぜ」

 

「私もそこまでする気はないので、これを突破されたらもう次の階に行っていいと思っています」

 

「それでは時間稼ぎができないではないか!」

 

 最後の空気を崩壊させ、僕たちは三人のところに辿り着いた。どうしようかなと悩んでいると、すっと黒霧さんが僕たちの前に出てきて、ワープゲートを広げる。

 

「私が次の階へ連れて行きましょう。罠ではありませんよ」

 

「……お前らが時間稼ぐ必要がないから連れてってやるってことだろ」

 

「今まで通りなら、次は絶対そうだもんね」

 

 黒霧さんを疑うこともせず、ワープゲートに入っていく。「頑張れよ」というコンプレスさんの声に手を振って返し、通り抜けた先には。

 

「おや、もうきたのかい?」

 

「……はぁ」

 

「こんにちは、先生。後ろにいるエリちゃん渡してくれない?」

 

「うーん、それは無理な相談だ」

 

 先生と、エリちゃんがいた。そりゃそうだろうなという思いとともに冷や汗を流す。弔くんに至ってはため息を吐く始末だ。階ごとの担当者が僕たちの相手をするなら、最後は先生だってわかってはいたものの、いざ相手をするとなると気が重い。

 

「僕はエリに頼まれていてね。今から数十分、君たちからエリを守り通す」

 

「なぁ先生。俺は先生と戦いたくないっていう美しい心を持ってるんだが、どう思う?」

 

「知ったこっちゃないでしょ。先生は嫌がらせが大好きなんだから。弔くんと同じで」

 

「おい、嫌がらせが大好きなのはお前だろ?」

 

「君たちが僕と同じなのさ」

 

 言葉とともに、僕たちの間を暴風が通り抜けていった。それなのに僕たちは吹き飛ばされもせず、体一つ揺れずに立つことができている。僕たちの後ろにある壁を爆破したみたいに崩壊させることのできる暴風を放っておきながら、僕たちに被害を出さないように調節してみせたんだ。

 

「嬉しいなぁ。僕が育てた君たちが僕に似るなんて」

 

 言いながら、先生は地面に手をついた。すると僕たちの立っている地面が柔らかくなり、僕たちを飲み込もうと渦を巻く。弔くんが慌てて地面に手をついて先生が地面に対して使っている個性を崩壊させると、地面は渦を描いたまま固定されてしまった。後で直すの僕なんだけど?

 

「そんな君たちが僕に挑むなんて」

 

 今度は、上から重いものがのしかかってきたかのような感覚が襲い、地面に磔にされた。弔くんも倒れてるから、同じ個性を受けているんだろう。弔くんはなんとか手を動かして自分の体に触れると、すっと立ち上がって、僕に触れた。弔くんが僕にかかっていた個性を崩壊させてくれたからか、一気に体が軽くなる。

 

「こうして僕の前にいるのに何度も立ち上がるなんて」

 

 先生の周りには、いくつも光の球体が浮かんでいた。先生が一度腕を振ると光の球体は強く発光し、それぞれが光の柱となって僕たちに襲い掛かる。僕は発光した瞬間に弔くんの前に出て、個性を発動させた。光の柱は幸福にも僕たちには当たらず、地面や壁、天井を焼き尽くしていく。焦げた臭いが鼻をつく。僕は、この焦げた臭いが少し苦手だ。

 

「僕の個性をものともしないなんて」

 

 天井、地面、壁が崩れたことによって生まれた瓦礫が宙に浮かぶ。それらは一瞬空中で停止したかと思うと、一斉に僕たちへ牙を剥いた。でも、僕たちは動かない。それらが僕たちに当たることはないってわかってるから。瓦礫は幸福にも僕たちに一切当たらず互いにぶつかって砕け、明後日の方向に飛んでいき、やがて宙に浮かぶことすらなくなった。

 

「ふぅ……弔、凶夜」

 

 そして、先生に名前を呼ばれた。怒涛の攻撃を対処するのに精一杯だった僕たちはろくに返事もできず、ただ睨むことしかできなかった。

 

「君たちは今、真に僕を超えようとしている。僕が頂点の座を明け渡すという形ではなく。正面からぶつかって」

 

 先生は無邪気な子どものように、ショーを行うマジシャンのように楽し気だった。そう楽し気に語りながらゆっくり歩いていた先生は一瞬ふら、と揺れたかと思うと、気づいたときには僕たちの後ろにいて、そっと肩を組んできた。

 

「僕は今、幸福だ」

 

 そのセリフは優しく温かいもので、僕たちが敬愛する先生からのものなのに。それを聞いた瞬間悪寒が体中を走り抜けた。きっと、弔くんも同じだろう。僕たちは初めて先生を振り払って、敵と対峙するかのように距離を取った。そんな僕たちを見て、先生はやはり笑う。

 

「最近、平和だったね。だから忘れていたんだろう」

 

 先生を警戒して、常に個性を発動しておく。僕と弔くんに幸福な結果が訪れるように。そうだ、初めからそうしておくべきだったんだ。相手は先生でも今は敵なんだ。それも、とんでもなく厄介で、みんなには申し訳ないけど今までとは比べ物にならないような。

 

「思い出させてあげよう。不幸を、不条理を、挫折を、様々な悪を」

 

 先生の背後に、渦巻く黒い何かが見えたような気がした。底知れない深い闇。うっかり引きずり込まれそうになる深淵。動こうにも動けない。考えようにも考えられない。……なんだろう、知っている。僕たちは、こうなった僕たちみたいな人を知っている。

 

「今は忘れるんだ。幸福を、平和を、栄光を、様々な善を」

 

 先生は、ふわりと浮かんだ。まるでそこにいるのが当然かのように宙に浮かぶ先生は、腕を大きく広げて僕たちを見下ろした。先生は、深淵を背負ったままだった。

 

「月無、わかるか?」

 

「うん」

 

 弔くんの言葉になんとか返して、一つ頷く。アレは、『僕たち』だった。

 

「こいよ。僕が(ヴィラン)だ」

 

 そう言って、先生は笑った。



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蛇足編:私の『敵連合』

長くなりましたが、いっぺんに投稿しちゃいます。ちなみにタイトルは間違えてません。

これにて、完結です。


 先生が放つ暴風を、弔くんは正面から受け止めた。指が変な方向に折れ曲がりつつ受け止めた暴風はたちまち崩壊をはじめ、パキン、と何かが割れる軽い音とともにぴたりとやんだ。僕は弔くんの折れた指を治そうと個性を発動させた瞬間に、上から先生に押さえつけられた。

 

「凶夜の弱点は、意識しないと個性を発動できないということだ」

 

「ぎっ……」

 

 言葉とともに、僕の腕が何かで地面と縫い付けられた。見ると、僕の腕には巨大な釘が刺さっていた。それを見た瞬間一気に熱と痛みが襲ってきて、たまらず声にならない悲鳴をあげる。

 

「ほら。弔の指を治してあげないとかわいそうだろう?」

 

「くっ!」

 

 痛みに耐えながらうめく僕を救ってくれたのは弔くんだった。僕の上に乗っていた先生をどかし、僕の腕に刺さっていた釘に触れることで一瞬で崩壊させた。容赦ないな先生、と思いながら弔くんに「ありがとう」と言った僕は直後、突然目の前に現れた先生に殴り飛ばされた。

 

「かっ」

 

 壁に叩きつけられた僕は、弔くんを掴み上げる先生の姿を見た。すぐに個性を発動させて弔くんを僕の近くに転移させ、先生を警戒して睨みつけながら僕と弔くんの傷を治す。

 

「やぁ」

 

 睨みつけていたはずの先生は、僕たちの後ろにいた。すぐに個性を発動させると得体のしれない光の嵐は僕たちを襲うことなく空間を焼き、弔くんはその隙に先生に近づいて最短距離で触れるために腕を伸ばした。しかしその腕は先生に容易く掴まれると、次の瞬間弔くんが全身から血を噴き出してその場に倒れこんだ。

 

「なっ弔くん!」

 

「動揺は君の敵だよ、凶夜」

 

 僕の動揺と同時に、暴風が吹き荒れた。暴風は僕と弔くんを高く打ち上げ、瓦礫を巻き込みながらその規模を大きくしていく。辛うじて意識が残っているのか弔くんが必死に腕を伸ばすが、いつの間にか弔くんは先生の足元にいて、その腕を先生に踏まれていた。

 

「……!」

 

 先生の猛攻に、朦朧とする意識の中個性を発動して暴風を打ち消す。幸福にも僕を襲っていた暴風は柔らかな風となって、ふわりと僕を地面に下ろしてくれた。もちろん僕の個性によるものなので、決して先生が手心を加えてくれたとかではない。そうだったらどれだけ楽だったことか。きっと今先生に踏みつけられている弔くんだって、僕の隣で無事でいたに違いない。

 

「思えば、君たちは負け続けだったね」

 

 先生は弔くんを踏みつけることをやめてその腕を掴み、僕に向かって放り投げた。受け止めながら弔くんの傷を治すと、先生は一度笑ってから続ける。

 

「久しく『負ける』ということを忘れていたんじゃないのか? なにせ最後が勝った記憶で終わってるんだ。きっと今まで勝者のつもりでいたんだろう……どうだ、思い出せたかい? 伴侶のように長年連れ添ってきた『敗北』の味を」

 

「……先生。僕たちは一度たりとも負けたことを忘れたことはないよ」

 

「俺たちはその『敗北』の上に立ってるんだ。忘れようと思っても忘れられないさ」

 

 USJを襲撃した時の敗北、宣伝に成功した保須市での敗北、エリちゃんを仲間にできた死穢八斎會での敗北……思うに、僕たちは『敗北』でこそ成長しているんだと思う。なにせ負け続けてきた人生だ。敗北なんてなんのその。大事なのはその敗北で何を学ぶかだ。僕たちは、いつだって『敗北』の中で何かを掴んできたつもりだ。

 

「僕が、僕たちが今ここに立ってるのは他でもない『敗北』のおかげだよ。弔くんの言う通り、忘れるなんてとんでもない」

 

「むしろ、今俺たちは『またか』って思ってるくらいだ。最後の記憶が勝った記憶なんてとんでもない。俺たちの根本は敵で、いつもどこかで負けてるんだ」

 

「そういえばこの前エリちゃんが部屋に来た時、先に話しかけられた方が勝ちっていう勝負をしたときは僕が勝ったしね」

 

「エリが膝の上に乗った通算は俺の方が多かったって知った時のお前ときたら、今まで見た中で一番絶望した顔してたな」

 

「凶夜さん、弔くん!?」

 

 僕たちがボコボコにされてるとき止めようか止めまいかと慌てていたエリちゃんが同じく慌てながら僕たちの名前を呼ぶ。顔が赤くなっているのは、僕たちに愛されていることがわかって嬉しいからだろう。

 

「ちょっと、気持ち悪い……」

 

「!!?」

 

「……」

 

「弔、凶夜。君たちは愛情が少し行き過ぎているということを自覚した方がいい」

 

「だってエリちゃん可愛いし……」

 

「先生。先生は俺たちのことが可愛いだろ? そういうことだ」

 

「確かに君たちのことは可愛いが、それを自分で言うかな……」

 

「それが僕たちだから」

 

 開き直り、ゆっくりとエリちゃんの方に歩いて行った。エリちゃんは顔を赤くしたまま固まっており、ゆっくり近づく僕から目を離さずぼーっとしている。まるで、お姫様が王子様を待っているかのような。エリちゃんはお姫さまで間違いないけど、僕が王子様なんていうのは何の冗談だろうか。よくて賊だろう。敵である僕らしい。

 

「エリちゃん、心配しないで。僕たちは絶対に勝つから。エリちゃんのためなら、なんだってできる気がするんだ」

 

「凶夜さ、ん!?」

 

 驚くエリちゃんを力いっぱい抱きしめる。まず思ったのは、もうこんなに大きくなったのか、という驚きだった。そして、女の子特有の甘い香りと柔らかさが僕に伝わってきた。当たり前だけど、エリちゃんはもう女の子なんだって嫌でも認識させられた。

 

「だから、安心して。絶対に勝ってくるから」

 

「凶夜、さん」

 

「まぁぁぁああああ!! もう僕たちが勝ったんだけどねぇええええ!!?」

 

 エリちゃんを抱きしめていた腕を離して、高らかに勝利宣言。空気に流されて動かなかったエリちゃんと先生は見事にしてやられたな! そう、これは僕たちのどちらかがエリちゃんを抱きしめれば僕たちの勝ちっていう勝負。つまり今僕たちはエリちゃんに、先生に勝ったんだ!

 

「やったよ弔くん! これで僕たちの勝ちだ!」

 

「……あぁ」

 

 喜びを分かち合おうと弔くんを見ると、なぜか額に手を当てて天を仰いでいた。天は見えないけど。なんでそんな「やっちまったな」みたいな仕草をするんだろうか。今僕たちは確かに勝ったのに。弔くんの奥にいる先生も、弔くんと似たような仕草をしている。こうしてみると本当に似てるな、二人とも。

 

「……凶夜さん」

 

「ん? なんだいエリちゃん。これで僕たちは授業参観に行ってもいいんだよね?」

 

「……しらない」

 

「え? エリちゃん?」

 

 顔を真っ赤に染めたエリちゃんは僕の横を通り過ぎると、綺麗な姿勢のまま速足でエレベーターに乗ってしまった。どうやら上に上がるようなので手を振ってみると、ぷい、と顔を背けられてしまう。え?

 

「なぁ月無。お前は本当に月無だな」

 

「え、僕は僕だけど、どうしたの? 弔くん」

 

「育て方を間違えたか……」

 

「え、確かに僕は間違って育ったけど、どうしたの? 先生」

 

 どうしたの、と聞いても二人は結局教えてくれず、エリちゃんは僕を無視して。

 

 そんな状態のまま、授業参観当日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 覚悟はしていたけど、嫌な時間が、きてしまった。

 

「エリちゃん! エリちゃーん!」

 

「おい静かにしろ月無。俺がうっかりお前が邪魔すぎてバラバラにしちまったらどうする」

 

「僕の命よりエリちゃんの応援の方が大事だ! そんなこともわからないの弔くん? ぷーくすくす。きっと仕事のやりすぎで脳がちっちゃくなっちゃったんだね。え、奥さん、どうしたんですか? あぁ僕の左袖? 弔くんが警告として崩壊させただけなのでお気になさらず」

 

 代表として教壇に立つと、凶夜さんと弔くんがよく見える。凶夜さんは左袖がないけど、二人ともぴっしりとスーツを着込んで髪をセットし、とってもおしゃれにカッコよくキメている。敵連合にいるときはあんなにだらしないのに、外に行くとなるとあんなにもカッコよくなるんだからずるい。

 

「さ、エリちゃん。どうぞ」

 

 先生が私に感謝の手紙を読めと死刑宣告。あぁ、なんで私はあの日凶夜さんに抱きしめられてしまったんだろう。私から吹っ掛けた勝負なのに、その敗北条件を忘れてしまうなんて。でも仕方ないと思う。あんな空気で、凶夜さんの抱擁を拒否することなんて私にはできなかった。

 

 原稿用紙を見て、凶夜さんと弔くんを見た。凶夜さんはだらしなくでれでれとした笑顔で私に手を振って、弔くんは落ち着いた笑顔で私を励ましてくれる。内心は凶夜さんと一緒だろうけど、態度だけ見るとこうも違うなんて、流石No.1とNo.2。上下が見てわかる。

 

「……」

 

 二人を見て笑って、私は原稿用紙を裏返して教卓に置いた。先生が心配そうな顔をするのが視界の端で見えるけど、構わない。だって、原稿用紙を読んでも読まなくても、内容に変わりはないんだから。

 

 凶夜さんが私にカメラを向けているのに気が付いた私は、凶夜さんを一睨みしてから、口を開いた。

 

「──私は、あまりいい生まれではありませんでした。それは、裕福だとか、貧しいだとか、そういうことでなく。個性上不幸を強いられてしまうような、そんな環境で過ごしていました。助けてくれる人もいなくて、楽しいことも、面白いことも、幸せなことも知らなくて。暗い部屋で独りぼっちで。そんな私を救ってくれたのはヒーローではなく、(ヴィラン)でした」

 

 教室中の視線が、凶夜さんと弔くんに注がれる。凶夜さんはその視線にピースで返し、弔くんは私に微笑んだ。

 

「私を救ってくれた(ヴィラン)の手は、今までの人と違って優しくて、温かくて。今でも覚えてます。その人は、『したいことを我慢して、行きたいところに行けなくて、言いたいことを言えなくて。そんなのつまらない、楽しくない。子どもはもっとワガママでなきゃ』って言ってくれたんです。──子どもながらに、私はその人と一緒にいられたなら楽しいだろうな、って思ったんです。楽しいことも、何も知らなかったのに」

 

 私に言ってくれた張本人は、弔くんに「ねぇ、あれ僕のこと?」と聞いている。こういうのって案外本人は覚えていなかったりするんだ。でも、構わない。これは私の大事な記憶だから。

 

「だから、私ワガママを言ったんです。ヒーローたちの前で、私のヒーローは、その人なんだって。その人は(ヴィラン)なのに。今思ったらすごいことしてますね」

 

 えへへ、と笑うと凶夜さんの顔がだらしなくゆるんだ。元々だらしなかったのにこれ以上だらしなくなると溶けてなくなるんじゃないかな。そうなっても個性で元に戻せばいいだけだけど。

 

「その人が連れて行ってくれたところ……『敵連合(ヴィランアカデミア)』はとっても温かい場所でした。色んな人がいて、みんな何かを抱えてて。楽しくて、温かくて、面白くて、幸せで。私は、すぐにみんなが大好きになりました」

 

 凶夜さんが泣き始めた。地味に弔くんも涙ぐんでる。泣くの早すぎない?

 

「スピナーさんは服のセンスがすっっっごく微妙で、とっても不器用で、とっても繊細で、でもとっても優しくて。直接話しかけてはくれなくても、陰でいつも私のことを見守ってくれているいいお兄ちゃんで」

 

 思えばスピナーさんは敵連合の中で一番良識があったかもしれない。常識もあった。そして、努力の人だった。いつも敵連合のために、より良い未来のためにって汗を流してた。小さい頃の私は、そんなスピナーさんが大好きだ。

 

「コンプレスさんはいつも私にマジックを見せてくれて。ずっと一人でいた私には魔法みたいで。いつも違うマジックをしてくれるんです。それがもう面白くて面白くて。私もいくつか教えてもらってマジックできるんですよ」

 

 ほら、と言って原稿用紙を丸めて握った手の中に入れ、それを開くと原稿用紙はもうそこにはなかった。先生が焦っているのは後で提出しなきゃいけないからだろうけど、大丈夫。種も仕掛けもあるから、なくなってはいない。

 

 コンプレスさんはマジックが好きで、マジックを見せるのが好きだった。私がわかりやすく喜ぶからやってただけなんて言ってたけど、実は私に気を遣ってくれてたんだと思う。少しでも楽しいことを、少しでも面白いことを私に教えるために。私はそんなコンプレスさんが大好きだ。

 

「黒霧さんは保護者みたいで、ちょっと厳しいけどすごく優しくて。いつも外に連れて行ってくれるのは黒霧さんで、やりすぎたら怒ってくれたのも黒霧さんでした。怒られたことは何回もあったけど、あんなに温かく怒ってくれたのは黒霧さんが初めてでした」

 

 凶夜さんと一緒に外ではしゃぎまわって、黒霧さんに怒られて。はしゃいでる時も楽しかったけど、私は黒霧さんに怒られるのが好きだった。本当に私のことを想ってくれている気がして、とても温かい気持ちになれて。私はそんな黒霧さんが大好きだ。

 

「荼毘さんはカッコよくて、クールで、でもやっぱり温かくて。私とよく遊んでくれて、炎で絵を描いたり、文字を描いたり、お空に連れて行ってくれたり。一歩間違えれば人を燃やせてしまう個性なのに、とっても優しい使い方をして私と遊んでくれました」

 

 荼毘さんはモテるっていうのがよくわかるくらい優しくて、温かい人だった。そのくせ、私が荼毘さんの炎で喜ぶのを見ると安心したようにほっとするから、今思うと可愛くてずるい。私はそんなカッコよくて可愛い荼毘さんが大好きだ。

 

「マグ姉はお母さんみたいな感じで、お風呂に入れてもらったり、一緒に寝てもらったり、お話したり。私を敵連合に連れて行ってくれた人も笑っちゃうくらいマグ姉に甘えてて。でも私は二人でマグ姉に甘えてる時が落ち着いて、温かくなって、大好きでした」

 

 マグ姉ほど包容力のある人は見たことがない。みんなからマグ姉と呼ばれているだけある。子どもたちにも人気だし、楽しい人だし。……マグ姉に甘える子どもを見て小さい頃の私を思い出し、恥ずかしくなるのは秘密だ。私は、優しくてお母さんみたいなマグ姉が大好きだ。

 

「トゥワイスさんは面白くて、いつも私に構ってくれて。タバコのにおいがちょっと嫌だったけど、それを知ったらすぐにタバコを甘い香りのものに変えてくれて。私の頭をぐちゃぐちゃにしたり、ほっぺをこねくり回したり。私が猫だったら近づかなくなるくらいの可愛がりも、私は大好きでした」

 

 凶夜さんがいつか言っていた「親戚のおじさんみたいだね」というのは当時の私はわからなかったけど、今の私ならその通りだと笑って同意する。確かに、あの頃のトゥワイスさんは親戚のおじさんみたいに私を可愛がってくれた。可愛がりすぎていたくらいだ。でも、私はそんな親戚のおじさんみたいなトゥワイスさんが大好きだ。

 

「ヒミコお姉ちゃんは可愛くて、綺麗で、ちょっと嫉妬しちゃうくらい私を敵連合に連れて行ってくれた人はヒミコお姉ちゃんのことが大好きで。でもそれ以上に私を可愛がってくれて、いつも膝の上に乗せてくれて、お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかなって、いつも思ってました」

 

 ヒミコお姉ちゃんはいつも私を撫でまわして、「可愛い」と褒めてくれた。ちょっと照れ臭かったけど、私はその優しさと温かさが大好きで、時々混ざろうとする凶夜さんも面白くて。私は、可愛くてお姉ちゃんみたいなヒミコお姉ちゃんが大好きだ。

 

「ジェントルさんとラブラバさんはいつも一緒で、その姿がちょっと羨ましくて……べ、別に私が誰かとずっと一緒にいたいってわけじゃないんですけど、とにかく仲が良くて。でも私を見ると二人とも笑顔で受け入れてくれて」

 

 優しい顔で「紅茶、飲むかい?」と聞いてくれるジェントルさんと、隣でいそいそと紅茶の準備をするラブラバさんは本当にお似合いで。私もいつか二人みたいに凶夜さんと仲良くなれたらなぁ、って何度も思った。私は、そんな仲良しなジェントルさんとラブラバさんが大好きだ。

 

「マスキュラーさんは筋肉でブランコ作ってくれたり、行き過ぎた高い高いをしてくれたり、みんながやりすぎだって言うくらいやりすぎた遊びをしてくれましたが、私は敵連合にいっておかしくなってたみたいで。そのおかしすぎる刺激が面白くて」

 

 今の『敵連合』になってからよく顔を合わせるようになったマスキュラーさんは、怖がらない私を気に入ってくれたみたいでよく遊んでくれた。しかもマスキュラーさん自身が遊具になることで。マスキュラーさんがやってきたことを知ってる人からしたらなんて命知らずな、なんて思うだろうけど、私は行き過ぎたマスキュラーさんが大好きだ。

 

「ステインさんは寡黙で、落ち着いてて、私が近づいてもお話はあまりしてくれないけど、私が落ち込んでるときにそっと近寄って何かあったか聞いてくれるんです。ちょっと不器用だから、励まし方もへたくそですけど、私はそれが嬉しくて、何度も何度もステインさんにお話ししちゃって」

 

 私に何かあったか聞いてくれたくせに、私が泣いたりしちゃうと決まってうろたえていたのが面白くて、笑っちゃって、ステインさんは不機嫌になって。そうなってると凶夜さんが決まって「あー! 先輩がエリちゃんを泣かした!」と乱入してきて。めんどくさそうにステインさんが凶夜さんをあしらって。私は、そんな不器用で優しいステインさんが大好きだ。

 

「先生は、おじいちゃんみたいで。みんなが忙しい時、いつも相手してくれるのは先生でした。先生の大きな体が、大きな手が私を安心させてくれて。世間からすると悪の帝王、なんて認識ですけど、私からすれば優しいおじいちゃんで」

 

 今回だって、先生は助けてくれた。凶夜さんが予想外な行動をとったから負けちゃったけど、きっと先生はあえて見逃したんだと思う。この状況が必要なことだって思って。私は、おじいちゃんみたいな先生が大好きだ。

 

「弔くんは……うぅ」

 

 今まで言った人はこの場にいないからなんとか言えたが、流石にこの場にいる人となると恥ずかしい。弔くん珍しくにこにこしながら私を見てるし。ええい!

 

「弔くんは、ぶっきらぼうで、捻くれてて、むっつりで。でも優しくて、温かくて、私を膝の上に乗せた回数が一番多いなんて自慢するほど私のことが大好きで。年の離れたお兄ちゃんみたいな弔くんは、私が困ってるといつも助けてくれます。いつも難しい顔してるのに、私が話しかけると優しい顔で笑ってくれます」

 

 弔くんが静かに泣き出した。凶夜さんも弔くんの肩に手を置いてしきりに頷いている。男同士仲がよさそうで何よりだ。

 

「そして、私を敵連合に連れてきてくれた凶夜さんは……」

 

 顔が熱い。なんで私は今教室の後ろで顔をぐちゃぐちゃにして涙を流している人を好きになったんだろう。……いや、そういう人だからこそ好きになったんだ。敵のくせに、優しくて、カッコよくて。そんな凶夜さんだから。

 

「いつも私の幸せを第一に考えてくれて。ほんとに、自分のことは後回しで。私の笑顔、私の個性、私の幸せ、私、私、私、エリちゃんエリちゃんエリちゃん! どんだけ私のこと好きなのって何回も思いました。今も号泣してるし。……凶夜さんは、底抜けに優しいんです。いつだって人のためで、自分のことは後回しで、一回死にかけたのにそこはまったく変わらなくて。いや、ちょっと自分勝手なところはあるけど……でも、とっても、すごく、温かくて。昔も、今も、これからも」

 

 号泣する凶夜さんを見て、仕方ないなぁなんて思って笑ってしまうのは何でだろうか。きっと弔くん辺りに聞いたら惚れた弱みなんて言ってからかってくるんだろう。

 

「──凶夜さんは、私にとってのヒーローです。私は、そんな凶夜さんが大好きです」

 

 教室の後ろの方から「ぐぅぅぅうううう!!」という誰かが何かを耐える声、つまり凶夜さんが声を出して泣くのを耐える声が聞こえてくる。弔くんは呆れながら微笑んで、そんな凶夜さんを見守っていた。

 

「私がここを卒業すると、住む場所も敵連合じゃなくなります。でも、私にとって敵連合で過ごした毎日は大切で、優しくて、楽しくて、温かくて。敵連合があるから今の私がある。前を向いていられる。幸せでいられる。そんな、私がずっと大好きな、居場所。それが」

 

 私の『敵連合』です。そうやってしめると、大きな拍手とともに凶夜さんが大声で泣きながら崩れ落ちた。

 

 ……あの様子じゃ、私の告白にも気づいてないかな。肩を竦めて「許してやれ」と目で語る弔くんに、私は仕方ないなぁ、と笑って返した。




フォロワーのしゃちさんからいただきました、凶夜です。嬉しいです。多分嬉しすぎて嬉しいと思います。どれくらい嬉しいかと言うと、嬉しいです。


【挿絵表示】


あとがきにも掲載します。嬉しいです。嬉しいです!


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