とある双璧の1日 (双卓)
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王都での1日

 

 

『剣聖』という言葉をご存知だろうか。

 それは数多くの剣才を輩出してきたアストレア家の中でも精霊からある加護を授かった人間に与えられる称号である。

 その加護の名は『剣聖の加護』

 この加護を持つ者の剣技はあらゆる者のそれを軽々と凌駕する。

 代々『剣聖』は国の切り札のような扱いであり、戦場に『剣聖』が現れればたとえどんなに劣勢に立たされていようとも勝ちを確信することが出来る。

 過去に嫉妬の魔女を封印するのに大きく貢献したのも初代『剣聖』レイド・アストレアであり、現在ではそのあまりの強さに国法で他国との出入りを禁じられている。

 このように他の追随を許さない恐るべき武力を持つアストレア家であるが、実はアストレア家に匹敵する、もしくはアストレア家を凌駕する武力を持った家系が存在する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっかしいなぁ。ここで待ち合わせの筈なんだが……」

 

 俺の名前はルイス・フォン・ゾルダート。

 一端の騎士をやらせてもらっているが、今は訳あって人々が行き交い竜車が走る広場の噴水の前に佇んでいる。

 何をしているのかと言うと聞いての通り人と待ち合わせをしているにも関わらずその人物が時間になっても現れないのでその場で待機を余儀なくされているのだ。

 

「まさか仕事初日にすっぽかされるとは思ってもみなかったぜ」

 

 仕事以外の日は家でぐうたらしていると親父から「いい加減誰かに遣えてくるぐらいしろ」と無慈悲な宣告を受けた俺は今日から騎士は騎士でもある人物の従者の騎士となる予定だった。だが結果はこの様だ。この先が思いやられる。

 因みに遣える予定の人物は王選候補の一人ハーフエルフのエミリア様だ。親父と個人的に繋がりがあって話を聞いたエミリア様が是非うちにと言ってくれたらしい。

 俺自身はそんなに頻繁に会う訳ではないが、見ず知らずの人間よりも面識のある人間の方が良いに決まってる。まあ、今はその面識のある人間が現れないから苦労しているんだがな。

 

 その場で待っていても埒が明かないと考えた俺は近くで果物の店をやっている中年の男に聞いてみることにした。

 

「すまないそこの店主、この辺りでエミリア様……銀髪のハーフエルフの娘を見なかったか?」

 

「銀髪のハーフエルフですかい?見かけてねぇですね」

 

 残念ながらそう簡単には見つからないらしい。

 目的の情報は得られなかったが、このまま去るのも申し訳ないので俺は懐から銅貨一枚を取り出した。

 

「そうか、ありがとう。それとそこのリンガを一つ貰ってもいいか?」

 

「ええ、どうぞ!ありがとうございました!」

 

 この店主、何ヵ月か前に来た時とは対応がまるで違うな。あれか、近衛騎士団の制服を着てるからか。前はローブ纏ってたから「邪魔だ、どっか行け」とか言われたのか。近衛騎士団の凄さがひしひしと伝わってくるね。あの堅苦しいのはあまり好きじゃないけどな。

 

「仕方ないな、お転婆お嬢様って……ん?」

 

 宛てもなく歩いていると、裏路地のような場所から見知った顔が出てきた。

 

「ラインハルトじゃねぇの。なんでこんなとこに?」

 

 燃えるような赤髪に空を写したような青い目が特徴の男で俺と昔から縁のある人間ラインハルト・ヴァン・アストレア。当代の『剣聖』であり、数多の加護を持って初代を超えていると言われる所謂化け物である。

 

「ルイス、君こそどうしてここに?」

 

「俺は予定の時間になっても待ち合わせ場所に来ないエミリア様の捜索。そっちは?」

 

「今日は非番なんだが、助けを呼ぶ声が聞こえたのでね、助けに行っていたところさ」

 

 非番でも人助けとは、流石はお人好しである。

 こいつは正義感が強くて実力もある。周りからは完璧超人と言われていることもあるほどだ。

 だが、結構天然なところがあるので俺としては親しみ易くて助かる。

 

「それで?」

 

「それで……?」

 

「エミリア様見なかったか?」

 

「残念ながら見てないけど、さっき言った助けを呼んだ男がローブを纏った銀髪の女の子を探しているって言ってたよ。多分エミリア様じゃないかな。スバルって名前なんだけど知り合いかい?」

 

「いや、俺がド忘れしてる可能性も否めないが恐らく知らんはずだ」

 

 スバル、スバル……忘れてない、よな?

 記憶力は悪くない方だと自負しているが、その可能性も0ではない。もし俺が忘れているなら相手に相当失礼だ。

 いや、多分エミリア様の従者とかで俺とは面識のない人間に違いない。きっとそうだ。

 それにしても、

 

「困った」

 

 結局エミリア様の情報はなし。

 

「良ければ手伝おうか?」

 

「助かる。頼むわ」

 

 非番とは言っていたが、本人が手伝ってくれると言うのならその言葉に甘えない手はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか君が誰かに遣えることになるとはね。いつも家で食っては寝てを繰り返している君が」

 

「いくら温厚な俺でも怒るぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エミリア様の前で同じようなことをしないか僕は心配だよ」

 

「さすがにしねぇわ!見てないところでするに決まってるだろ!」

 

「本当に心配になってきたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めて君の家にお邪魔した時は驚いたものだよ」

 

「いい加減泣くぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりにラインハルトとの会話を楽しみ(?)ながらエミリア様を探し、いつの間にか俺たちは最初に俺がリンガを買った果物屋の近くに戻ってきていた。

 

「ここまで探して見つからないとは……もしかして俺嫌われてるのか!?」

 

「そうだね、裏路地のような場所も探したしもう君が嫌われているという方が自然かもしれない」

 

「おい」

 

 爽やかイケメンのくせしてさらっと毒を吐くラインハルト。いや、爽やかイケメンだからこそ許されるのか。

 というよりこいつが俺以外の人間に毒吐いてるところは見たことがないな。まさか俺にだけなのか!?

 確かに何かと俺に突っ掛かってくることもあるし、その内決着をつけないといけないな。

 

「もう残っているのはスラムぐらいだね」

 

 スラム。別名貧民街ともいう。

 その名の通り金がなく生活に困っている者が集まっている場所だ。

 一応裕福な暮らしをさせてもらっている人間としては思うところがない訳ではないが、一人ではその人々を助けるようなことは出来ない。いつかはどうにかしたいとは思うが今は仕方ないと割り切るしかない。

 エミリア様が何故そこに行こうも思ったのかは分からないが、消去法で残りはスラムしかない。恐らくそこにいるのだろう。

 だが、予定の時間を大分オーバーしていたし、スラムを端から端まで探している時間はない。

 

「もう日も暮れるし仕方ない。いっそのこと上から……」

 

 ━━━探すか。

 

 そう言おうとしたが、それは遮られた。

 スラムへと続く道を一人の金髪の少女が俺とラインハルトに向かって走って来たのだ。それも切羽詰まった顔で息を切らせながら。

 

「誰か、誰かいねーのかよ!」

 

 スラムも含めてこの辺りの場所は盗難が多い。自分の力では取り返せないと悟った被害者が無理だと思いつつも助けを求めるというのも珍しい話ではない。

 先ほどもエミリア様を探している途中目の前で大胆にも他人のものを盗んでいく人間がいたのでラインハルトが捕まえたが、普通は助けてくれる人間はいない。

 だが、どうもその少女は何かを盗られたというには顔に恐怖の色も浮かんでいる。

 

 ラインハルトは無言で俺に目線を合わせて頷いた。

 助けるつもりだな。まあ、こいつはこういうやつだ。助けを求める人間は放っておけないまさに正義感の塊のような、そんな男だ。

 

 そのラインハルトの前で金髪少女は力が抜けたように膝から崩れ落ちた。

 

「お願い……助けて」

 

「分かった。助けるよ」

 

 イケメンかよ。

 思わずツッコみそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小屋で刃物持った女が暴れてるってか。恐ろしいこともあるもんだ」

 

「まあ何にせよ、見過ごす訳にはいかないね」

 

 スラムの大通りに風が吹き荒れる。

 俺とラインハルトが駆けた跡だ。因みにさっきの少女は方角と小屋の特徴だけ聞いて置いてきた。連れてくるよりも俺たちだけの方が速いのだ。

 

「それよりも何故俺ではなくラインハルトの方に頼むんだ……こいつは私服で俺は制服だっていうのに。やはりイケメンか、イケメンだからか」

 

「僕なんかよりも君の方がよっぽど格好良いと思うけどね」

 

「お世辞は止めてくれ。悲しくなる」

 

「お世辞のつもりはないんだけど…………薄暗い茶色の壁に隙間なく絡み付いた蔓。あれだね」

 

 ラインハルトの目線の先には説明された通りのオンボロ屋敷。なにかあればすぐに崩れそうだ。

 これの中で人が暴れているんなら今すぐに崩れてもおかしくない。

 つまりちょっとぐらい壊しても今さらだから大丈夫ってことだよね?

 

 俺は正面入り口から、ラインハルトは屋根から、それぞれの場所に突撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃小屋の中。

 腸大好きサディスティック女ことエルザ・グランヒルテがククリナイフを構えて丸腰のジャージ男ナツキ・スバルに迫っていた。

 

(ヤバいヤバいヤバい!棍棒でガード……は間に合わねぇ!このままじゃ死………)

 

 今までに二度も味わった激痛と腸が体外へと飛び出る感覚が鮮明に思い出されてスバルは思わず目を瞑った。

 

 しかし、いつまで待っても激痛は感じず、代わりに背後と頭上から爆発のような音がスバルの耳に届いた。

 

「そこまでだ」

 

「悪行は見過ごせないぜ……って、エミリア様、こんな所に」

 

 正面入り口を吹き飛ばした人間には見覚えがなかったが、屋根をぶち抜いた男には見覚えがあった。

 

「お前……ラインハルトか?」

 

「ああ、さっきぶりだね。遅れてすまない」

 

 ラインハルトは5メートルほどある屋根から軽やかに着地すると、スバルに一瞥してエルザへと向き直った。

 スバルは突然のことにもはや先ほど自分の腸が飛び出る錯覚をしたことなど忘れていた。

 

 入り口から突入してきたラインハルトとは別の男はスバルには声をかけず、一直線でエミリアの方へ向かって丁度エルザとエミリアの間に入るように立った。

 

「まさかこんな所にいたとは。結構探しましたよ」

 

「ごめんなさい。でも決してルイスとの待ち合わせを忘れてた訳じゃないのよ?ちょっと予想外の事が起こって……」

 

「話は後で聞きますよ。それよりも今はあいつだ」

 

 ルイスはエミリアを後ろに、守るようにしてエルザを睨んだ。

 

「黒髪に黒い装束、そしてくの字に折れ曲がった特徴的な刀。『腸狩り』のエルザ・グランヒルテだね」

 

「なかなか捕まらないって話のアレか。なら今日が『腸狩り』の命日って訳だ」

 

「大人しく投降すれば少なくとも今日が命日、なんてことにはなりませんが?」

 

「最高のステーキを前に餓えた肉食獣が我慢出来るとでも?」

 

 

 若干ニュアンスは違うが、ルイスとラインハルトはエルザに詰め寄ろうとする。が、二人は同時に足を踏み出した瞬間ピタッと動きを止めた。

 

「ルイス、君はエミリア様を守っているんだ。彼女の相手は僕が」

 

「いやいや、ここはエミリア様の従者として俺が敵を排除しないと」

 

「何を言っているんだ。そもそも先ほどの少女に助けを求められたのは僕だ。僕がやるのが当然だと思うけどね」

 

「お前今日非番なんだろ?なら一応仕事中の俺がやるほうが当然だ。一般人は下がってな」

 

 何故かバチバチと火花を散らす二人。

 スバルは自分の中で優しい爽やかイケメンだったラインハルトの人物像が崩れていくのを錯覚した。というより別人じゃないのかと思い始めた。

 

「なるほど、彼女よりも先に君と決着をつけなければならないようだね」

 

「そうだな、俺もそろそろお前と決着をつけたいと思っていたところだ」

 

「え、ちょ、おい……」

 

 いよいよ不穏な空気になってきたのでスバルは無謀にも二人を止めようとしたが、残念ながら止まる気配はない。

 いつの間にか二人は向かい合うような位置に立っており、スバルが入る余地はなくなってしまった。たが、そこでスバルはおぉ、と間の抜けた声を出した。

 

「見事に真逆の配色だな」

 

 今まで触れられていなかったが、ルイスの外見は青髪に紅い瞳、そして白を基調とした近衛騎士団の制服だ。それに対してラインハルトは赤髪に青い瞳、そして黒を基調とした私服。つまりはそういう事だろう。

 

「エミリア様もいることだから剣はやめておいてあげるよ」

 

「お優しいことだな。ならいつもの寸止め一本で勝負だ」

 

 ルイスがそう言うと二人は拳を握らないまま両手を胸の位置にまで上げて構えた。スバルが元いた世界でいうジークンドーの構えに似ている。

 組み手でもやるのか、とスバルは呑気に考えていた。あながち間違いではないが、生憎スバルが元いた世界の組み手とこの世界の組み手は次元がいくつか違っていた。

 

 合図はなかった。

 だが同時に足を踏み込み、全く同じ動作で二人は指先での突きを放った。そして二人の指先がぶつかる。ただそれだけで身体を飛ばされるような暴風がスバルを襲った。

 

「な、なんだ……!?」

 

 腕で顔を庇いながらスバルが見たのは目に見えないような速度で振るわれているため腕が無くなったように見えるルイスとラインハルトだった。

 目には見えないが、手がぶつかり合っていると思われるタイミングで何度も暴風か吹き荒れ、だんだん小屋の中身が崩れていく。

 手がぶつかり合うだけでこんな突風が発生するだろうか。スバルはもはや言葉を失った。

 

 10秒、20秒経ってもその攻防に決着はつかず、放っておかれてしびれを切らしたのかエルザはどこからか4本のナイフを取り出してそれを2本ずつそれぞれラインハルトとルイスに向かって投擲した。

 

「危ねえ!」

 

 組み手(?)に夢中になっている二人に思わずスバルは叫び、二人がやられる姿を思い浮かべてしまった。だが、そんな未来が訪れることはない。

 

 ラインハルトに向かった2本は不自然に軌道を歪め、残りの2本はルイスが人差し指と中指、薬指と小指で1本ずつ器用に挟んだ。そしてルイスが受け止めたナイフはエルザに投げ返された。

 

「なんかあの技漫画で見たことあるー!」

 

 スバルの声など関係なしに二人のぶつかり合いは激しさを増す。そして一拍の静寂を挟み、轟音が響いた。砂埃が舞い、何が起こったのかは分からない。

 

 徐々に砂埃が晴れ、そこでスバルが目にしたのは━━━

 

 ━━━お互いの眼前に指先を突き付けたラインハルトとルイス、そしてスバルやエミリアの背後のもの以外きれいさっぱり壁も何も無くなってしまった見るも無残な小屋だった。

 

 二人は腕を下ろし、互いに見つめて呟くように、しかし結構大きな声で言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「やるな」」

 

「やるなじゃねーよ!」

 

 思わずツッコんだスバルは悪くないだろう。

 

 

 その後、エミリアを襲おうとしたエルザはルイスに隣の小屋を軽く4、5ほど貫通する威力で蹴り飛ばされ、姿を消した。

 緊張の糸が切れたのかスバルは気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最強の家系はどこか。そう聞いた時、返ってくる答えは主に二つ。

『剣聖』のアストレア家か『戦神』のゾルダート家である。

 しかし、最強の人間は誰か。そう聞いた時、返ってくる答えは一つ。

『戦神の加護』を持つ『戦神』には何人たりとも戦いで勝つことは出来ない。『戦神』に対抗出来ることが確認されたのは当代『剣聖』ラインハルト・ヴァン・アストレアのみである。

 当代『剣聖』と当代『戦神』は唯一のライバルとなり、勝負をしては引き分けを繰り返している。

 日々研鑽し合うその二人を人々は双璧と呼ぶ。

 

 

 

 



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屋敷での1日

 

 

 人間というのは楽な道と苦しい道があれば誰しも楽な方を選ぼうとする生き物である。

 働くか働かないかなら働かない。戦うか戦わないかなら戦わない。走るか歩くなら歩く。

 一部の働くことに生きがいを感じ、戦うことで快感を得、自分を追い込むことに喜びを感じるという人間を除けばそれはほとんど不変の定理である。

 それは多くの人々から信頼を集め、圧倒的な強さを持つ者でも変わりはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「調理場、調理場っと」

 

 ここはメイザース領のロズワール邸。ルイスの主人であるエミリアが住む屋敷である。

 ルイスがここを訪れたのは昨日の夜であるが、既に我が家のように調理場の扉を開けていた。

 

「とりあえずリンガ一つ貰っていくか」

 

 調理場の入り口すぐの皿の上に無用心にも置いてあるリンガを手に取り、軽く投げ上げる。

 そしてどこからかフォークを取り出して一閃。

 するとルイスが丁度良い大きさの皿を構えたところに一口大にカットされたリンガが着地した。

 

「うん。美味い」

 

 リンガの欠片の一つにフォークを突き刺し、遠慮なく口に放り込む。

 当然のように行っているが実はこの男、許可なく勝手に食っているだけである。

 状況だけ見れば盗人と変わらないが、「ロズワールが我が家のように過ごしていいって言ってたから別に事後報告でも良いよね」とは本人の言だ。

 つまり、腹が減ったから食う。ただそれだけの事であった。

 

 ルイスはリンガが乗った皿を持ち、フォークを咥えたままで調理場を後にした。残りのリンガは自室として与えられた部屋で食べるつもりなのだ。

 しかし、自室に戻っている途中のルイスは少しして足を止めた。

 

「あ、そう言えば朝食の時間とか決まってるのか聞くの忘れたな」

 

 それは他の人間からすればそれほど大切なことではなくてもルイスにとっては大切なことだ。仕事以外の時間はほとんどをぐうたら時々修練に費やしている彼には食事というものは欠かすことの出来ない一大行事である。

 

「確かエミリア様の部屋はこの辺りだったはず……」

 

 思ったらすぐ実行が彼のポリシーである。

 ルイスは手当たり次第に幾つも並んだ扉を開け始める。

 そして物置、書斎、トイレなどのハズレ部屋を経て彼はついにその部屋を見つけた。開けた扉のすぐ近くに彼のご主人様ことエミリアがいたのが目に入ったのだ。

 

「あー、エミリア様。この部屋にいたんですか。ちょっと食事のことで聞きたい事があってですね……」

 

 そこまで言ったところでこの部屋の中にエミリア以外の人間もいることに気が付いた。

 エミリア以外の人間は合計三人。その内の二人はメイド服を着ていることから事前にロズワールから説明されていた双子でメイドの二人なのだろう。

 そしてもう一人はラインハルトがスバルと呼んでいた人物。盗品蔵でのエルザ戦の後に無様にも気を失った男であった。なんでも、その男がいなければエミリアはエルザに首を切り落とされ、ルイスとラインハルトに助けを求めた金髪の少女を逃がすことも出来なかったとのことで無下にも出来ずこの屋敷まで運ぶことになったのだ。

 

 双子メイドはお互いを指差してエミリアの方を向き、

 

「聞いてください、エミリア様。あの方に酷い辱めを受けました、姉様が」

 

「聞いてちょうだい、エミリア様。あの方に監禁凌辱されたのよ、レムが」

 

「……ん?」

 

 とてもメイドから発せられることがないような単語を聞いてリンガを口に運ぶルイスの手が一瞬止まる。

 

「ラムもレム遊び過ぎないの。それで、食事で聞きたい事って………それよりそのリンガはどこから持ってきたの?」

 

「ああ、これは腹が減ったから調理場で貰ったやつですよ。もしかしてエミリア様も欲しかったり?それならそうと言ってくれれば」

 

 そう言いながらルイスはリンガの欠片の一つにフォークを突き刺す。そしてそれをエミリアの口元に運んだ。

 

「あ、いや、別に欲しかった訳じゃなくてね?本当にどこから持ってきたのか気になっただけなの」

 

「なんだ、俺のはやとちりか。恥ずかしー」

 

 少しも恥ずかしさを感じさせない涼しい顔でルイスはエミリアの口元まで運んだリンガを自分の口に放り込んだ。

 それからもう一度聞きたい事を聞こうとするルイスを見つめる瞳が四つ。

 

「聞きましたか、姉様。騎士様ともあろう者が盗みをはたらいたようですよ」

 

「聞いたわ、レム。まったく騎士の風上にも置けない男ね」

 

 先ほどスバルに向けられていたものが今度はルイスに向けられた。

 

「なんだ、お前らも食いたい感じ?」

 

 ルイスは新しくリンガを刺したフォークを「ほれほれ」と双子に向ける。

 双子はあからさまに嫌な顔をするが、怯むことなく更に近付ける。

 

「お止めになって下さい、騎士様。そのリンガは姉様にこそ相応しいです」

 

「お止めになって、騎士様。その食べかけの汚ならしいリンガはレムが欲しているわ」

 

「擦り付け合うなよ。あと騎士様じゃなくてルイスでいいから……って汚ならしくないわ!」

 

 まだ口をつけていないリンガの欠片を汚ならしい物扱いされてつい声を荒げる。

 人が親切に分けてやろうというのに何という反応だろうか。

 

「はぁ、スバルだったか。お前食うか?」

 

「いや、男同士のあ~んとか誰得……?」

 

 一部何を言っているのか分からなかったが、明確に拒否されたことだけは分かった。

 悲しくなったのでルイスはまたもや自分の口にリンガを放り込んだ。

 

「エミリア様、ちょっと食事のことで聞きたい事があってですね……」

 

「なかったことにしましたね」

 

「なかったことにしたわね」

 

「……朝食の時間とか決まってたりしますかね」

 

「朝食まではまだ少し時間があると思うけど、お腹が空いてるなら早めてもらう?」

 

「それは大丈夫です。時間が決まってるんなら俺は食事まで部屋で待機しとくので時間になったら呼びに来て下さい」

 

 返事を聞かずにルイスは部屋を出ていった。

 

「……で、何?今の」

 

 シーンとした空気の中スバルが口を開いた。

 

「昨日から私の騎士になったルイス。悪い子じゃないんだけどね、どこか抜けてるっていうか」

 

「へ、へぇ……」

 

 それ君が言うか?という言葉は人知れず飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十分後。

 スバルはエミリアと二人でロズワール邸の庭へと降り立ち、スバル直伝の『ラジオ体操』をして汗を流していた。意外にもエミリアと契約している猫型精霊のパックもノリノリで踊っていた。

 その後はエミリアが精霊との契約がなんたらとスバルにはよく分からなかったので、少し離れた場所に腰を下ろして眺めていた。

 

「精霊、か……」

 

 エミリアの周りが僅に光っているのを見てスバルが呟く。それは虚空へと吸い込まれるはずだった。

 だが、そこで誰かがスバルの肩を叩いた。

 

「よ、さっきぶり」

 

「ルイス、さん?」

 

 肩を叩いたのは自分の部屋に戻ったはずのルイスだった。

 

「ルイスでいいよ。あと敬語も。堅苦しいのは無しで」

 

「あ、ああ。分かった」

 

 スバルの返事を聞くと、ルイスはスバルの隣に腰を下ろした。手には先ほどと同じような皿が乗せられていた。皿の上にはやはりリンガ。しかし、先ほどよりも量が増えているような気がしないでもない。

 

「スバルもいるか?今度はちゃんとフォークも二本ある」

 

「じゃあお言葉に甘えて」

 

 スバルはリンガを口に放り込む。そしてシャキシャキとした食感を楽しみながら頭上に「?」を浮かべた。

 

「朝食まで部屋で待機してるんじゃなかったのか?」

 

「……」

 

 痛いところを突かれたというようにルイスは黙った。今彼の頭の中ではほんの数分前のラムとの会話が思い出されていた。

 それはルイスが自室で寝転がりながらリンガを食べていた時のこと。

 

『掃除の邪魔よ。どきなさい、イス』

 

『もう少し丁寧に言えないのかよ……は?椅子!?』

 

『食料を盗んで部屋で惰眠を貪っているようなやつなんてイスで十分だわ』

 

『いやいや、椅子はさすがに酷いだろ』

 

『そうね。確かに椅子が可哀想だわ』

 

『おい』

 

 仮にも騎士に向かって言うようなことではない。

 プライドが高い人間なら斬りかかって来てもおかしくないぐらいだ。スバルが寝ていた部屋での一瞬のやり取りでルイスがそのような人間ではないと見抜いたなら大したものだが。

 結局、その後レムに許しを得てリンガを追加して今に至る。

 

「ま、まぁ、色々あってだな」

 

 さすがにスバルにまで舐められるのは勘弁してもらいたいのでラムとのやり取りは伏せることにした。

 

「色々?」

 

「とにかく!俺も一端の騎士として修練に励まなければならない。という訳でスバル、俺の修練に付き合ってほしい」

 

「いやいやいや、無理無理」

 

 スバルは盗品蔵でのルイスとラインハルトの組み手(?)を思い出して全力で拒否した。

 素手で、しかも組み手の余波だけで蔵を壊すような化け物を相手に出来るほどスバルの身体能力は高くない。

 

「なにも打ち合いの相手をしてくれって言ってる訳じゃない。このフォークで少ーし刺させてくれればいいのだよ」

 

「なるほどフォークで……ってなんでそうなる!」

 

「治癒魔法の練習をしようとしただけだ」

 

「いや自分でしろよ!」

 

 スバルの思わぬ反論にルイスはやれやれと首を左右に振った。

 

「俺はエミリア様の傷を治せるように治癒魔法を習得しようとしてるんだぞ?自分にやっても意味ないだろ。第一、俺は傷負っても勝手に治るから練習する暇がない」

 

「勝手に治る?」

 

「ああ」

 

 ルイスはリンガに刺したフォークを抜き、刺す部分を上にして握った。そして躊躇いなくそれで自身の腕を切り付けた。

 決して少なくない量の血が流れるが、次の瞬間何もしていないのに傷が小さくなっていった。

 傷が完全に塞がると、それを無言でスバルに見せる。

 

「マジかよ」

 

「そういう訳で頼めるのはスバルしかいないんだよ」

 

「いやでも……エミリアたんは治癒魔法みたいなの使ってたしルイスは回復系よりも攻撃系の方が良いんじゃないかなあ」

 

 何とか逃れようとするスバル。ルイスはため息をつき、ロズワール邸の敷地の外である森に視線を向けた。

 

「アルヒューマ」

 

 ルイスが呟くように言った直後、空中に無数の氷塊が出現した。そしてその氷塊は森へと吸い込まれた。

 氷塊が木々に激突すると同時に轟音が響き、煙が上がる。

 煙が晴れた先にスバルが見たのは抉られクレーターのようになった地面と幹が折れ、辛うじて残った切り株のようになってしまった木々の残骸だった。

 

「一応攻撃の魔法は実戦で使えるレベルにはしてある。とは言え、ラインハルト相手だと……」

 

 先ほどと同じような無数の氷塊がもう一度現れた。だが今度はルイスやスバルからも距離が離れた場所で、しかも鋭利な先端はこちらを向いている。

 まさか……とスバルが冷や汗を流すと氷塊の群れはスバルの予想通り自分たちがいる方向へ飛んできた。

 背後には屋敷がある。たとえ避けられたとしても屋敷に甚大な被害をもたらすことは想像に難くない。

 

 飛来する氷塊にルイスはフォーク一本を構えて立つ。そして━━━

 

 

 ━━━無数の氷塊の群れ全てを粉々に撃墜した。

 

「こうなるからあまり意味なかったけどな」

 

 先ほどルイスの傷が治ったのはルイスが大気中のマナを集めやすい体質だからであり、それは鬼族が鬼化した時のマナ収集能力を上回る。

 ラインハルトは本気を出せばマナが殺到し、周囲の者は魔法の使用が出来なくなる。しかしそれはルイスも同じ。普段でも傷が勝手に治るほどにはマナを集めているが、本気を出せば更にマナ収集能力は高くなる。

 本気のルイスと本気のラインハルトがぶつかれば、大気中のマナはその二人に二分される。故に本気のラインハルトの前で魔法を使用出来るのはルイスだけである。

 ラインハルトには魔法の適性がないので、魔法が使えるのは有利なことじゃないのかと考えたルイスは一時期魔法の修練に勤しんでいたが、結果は今の通りである。ラインハルトほどの実力者ならば氷魔法の中でも最高位に位置付けられる『アルヒューマ』でさえも純粋な剣撃で退けられる。

 

「……昨日も思ったけどお前ら相当化け物だな」

 

「それは否定しないけどな……あ、やっちまった」

 

 ルイスの手の中にあるフォークを見ると突き刺す部分が様々な方向を向いており、何かに潰されたようにひしゃげていた。

 

「こりゃ、またラムに何か言われるな」

 

「その腰の剣使えばよかっただろ」

 

 スバルは私服の上からもしっかりと提げている剣を指差して言った。

 

「これはな、俺の家に代々伝わる神剣で抜くべき時にしか抜くことは出来ない」

 

「そうだったのか……」

 

「とかだったら面白かったんだが、特に制限とかは無いからそういう設定にしている」

 

「……」

 

「神剣っていうのは本当だぞ?」

 

「なんかお前のキャラ分かってきたわ。お前アレだろ。強いだけのバカだろ」

 

「すごい音がしたけど、何かあったの?」

 

 スバルがルイスを馬鹿だと断定してから精霊との誓約を済ませていたはずのエミリアが登場した。

 

「少しスバルに魔法を見せてただけですよ」

 

「あなたが魔法?ちょっと私も見たいかも」

 

 エミリアの前でルイスが魔法を使ったことがないからか目を輝かせるエミリア。しかし、周囲を見渡した後「あー!」と声を荒げた。

 

「森があんなに……こんなことしちゃダメじゃないの!」

 

「でも、ほら屋敷の外ですし」

 

「あの森もロズワールの領地よ」

 

 ロズワールの領地だと聞いてそう言えばそうだったとルイスは顔を掌で覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、久しぶりだーぁねぇ、ルイスくん。変わってないようでなによりだよ」

 

「そっちも相変わらずの道化っぷりで」

 

 ルイスの前にいるのは顔に白塗りのメイクを施してピエロの格好をしている大男ロズワール・L・メイザース。亜人趣味の変態などと呼ばれている変わり者である。

 

「それはそうと君、私の領地の森を破壊してくれちゃーぁったみたいで」

 

「ちょっとだけだろ」

 

「いーぃや、ちょっとでも私の領地には変わらない。領主とーぉしては何か償ってもらわないとねーぇ」

 

 そう言ってロズワールはポケットの中をゴソゴソと探る。そして取り出したものは━━━

 

 ━━━猫耳だった。

 紛うことなき猫耳アクセサリーだった。

 しかもルイスの髪の色と合わせて青色になっている。

 

「君にはこれをつけてもーぉらおうか」

 

「変態だとは思ってたが、まさかこれほどだったとは」

 

「親睦を深めるにはこれがいいと聞いたんだけどねーぇ」

 

「誰から聞いた?」

 

「君の同僚のフェリスくんだったかなーぁ」

 

「あいつかよ」

 

 ルイスの脳裏には度々思わせ振りな行動をする猫耳男の娘がウインクをしている姿が浮かんだ。

 

「ささ、はーぁやく」

 

「付けるか!」

 

「付けないと君の朝食は抜きになーぁるよ」

 

「くっ……卑怯な」

 

 ルイスとロズワールがコントを繰り広げる中、少し離れたところでそれを眺める二人。その内の一人スバルはもう一人であるエミリアに呟くように言った。

 

「なにあれ」

 

「この屋敷の主人のロズワールよ。あんなのでもルグニカ王国の筆頭宮廷魔術師なの。それにしても、二人ともとっても仲良しなのね」

 

「仲良し……なのか?」

 

 数分後、頭に猫耳を付けた青髪の騎士が食事をしている姿があった。

 背に腹は変えられなかったらしい。

 

 

 

 

 



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使用人での1日

 

 

 

 まだ二日目であるが、エミリアに仕えることになった『戦神』ルイス・フォン・ゾルダートにとってロズワール邸での生活は悪いものではなかった。

 騎士といってもエミリアの身を危険にさらすような輩がそう頻繁に現れる訳ではないので仕事は多くない。仕事以外の時間は自由にして良い。自身の鍛練に費やしても良いし、自堕落な時間を過ごしても良い。

 食事の時間は皆揃って食べることになっており、個性的な人物が多いので退屈しない。

 仕入れ先の違いからかロズワール邸のリンガは地味に美味しい。

 これ程の良い環境があるだろうか。いや、そうはないだろう。ルイスはこの職場を紹介してくれた父親に感謝しつつ今日も惰眠を貪る……つもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始まりはエミリア様の悪意ない一言から始まった。

 

「何もすることがないと暇よね?だからスバルたちに交ざってきたらどうかと思ってラムに話してみたら快く了承してくれたの」

 

 何やってくれてんだ。

 大声で叫びたい衝動に襲われたが、善意100パーセントの笑顔の前でそれは出来なかった。

 しかし、俺は考えた。ここでデキるやつだということを見せればラムもあの俺を舐めたような態度を改めるのでは?と。

 そうと決まればやる気も出てくるというものだ。

 俺はラムやレムが呼びに来るまで待つことにした。寝転がりながら。

 

「起きなさいイス。エミリア様から話は聞いているわ。早く仕事に向かいなさい」

 

「ついに来たな。フッ……俺の仕事ぶりを見せてやろう」

 

「忘れ物よ」

 

 俺を無視してラムは昨日の猫耳アクセサリーを取り出した。

 

「なんでお前が持ってるんだよ」

 

「ロズワール様から預かったのよ。仕事中はこれを付けるようにとね」

 

 ロズワール……俺に何か恨みでもあるのか。

 いや、そもそもの原因はフェリスだ。あの猫耳思わせ振り女男、今度会ったら許さん。

 

「それで?俺はまず何をすればいいんだ?」

 

「イスというよりは犬ね」

 

「そ・れ・で?俺はまず何をすればいいんですかねぇ?」

 

「ようやく先輩への口のききかたが分かってきたようね」

 

「話聞けよ」

 

 ダメだこいつ。話が致命的に噛み合わん。

 ラインハルトとかなら話が通じるまで頑張るだろうが、俺はそこまで我慢強くないので他の人間を探すことにした。具体的にはレム。スバルでもいいが、ロズワールはダメだ。

 

「どこに行くつもり?」

 

「レムかスバル辺りを探しに」

 

「レムとバルスなら買い出しに行っているからいないわ」

 

「なんだと……!」

 

 つまり、今この屋敷にはエミリア様とロズワール、そしてこいつだけと。そう言えばベアトリスとかいう精霊もいたが、どこかに籠っているらしいので当てには出来ない。

 エミリア様はもちろん、ロズワールに仕事のことを聞くなど不可能だ。ならば頼れるのはラムしかいない。

 詰んだなこれ。

 

「下らない事してないで早く仕事に取り掛かりなさい。今の内にラムの仕事を終わらせるのよ」

 

「その仕事が何をすれば良いか分からないから聞いてるんだが?あとお前それが本音だろ」

 

「最初は昼食の調理からよ。でも直接ロズワール様が口にするものだから犬……いえイスは見てるだけでも良いわ」

 

「それは俺の料理が下手だと言ってるのか?だとしたらそれは検討違いもいいところだと教えてやるよ」

 

 確かに俺は自分から家事をすることはないが、料理ならば一度ラインハルトと勝負した事がある。

 その時は先にラインハルトの料理が完成したと聞いたので見てみると王直属のシェフ並みの料理が出てきたので俺の料理は腹が減ったから食ったという理由でその勝負は有耶無耶にした。後から料理に関する加護を持っていると聞き、納得したものだ。

 俺の見立てでは料理でラインハルトに勝てる人間はそうはいない。つまり、俺の料理がラインハルトより劣っていたとしてもそれは料理下手だという理由にはならない。

 

「ラムに料理で勝つつもり?いくら強くても料理と戦闘は違う。侮ってもらっては困るわ」

 

「俺も侮ってもらっては困るな。長年修練を積んできた俺の包丁裁きを見て驚くなよ」

 

 剣も包丁も同じ刃物だし大丈夫だろ。

 作り方もラムのやり方にちょっとアレンジを加えるぐらいでいい。俺の考えでは料理に失敗する人間というのは自分勝手に食材を追加したりするのだ。つまり、使う食材などで間違えなければ失敗することはない。

 そう、途中までは同じようにやっていれば良いのだ。

 

「よし、お前の得意料理で勝負だ」

 

「よりによってラムの得意料理で勝負?そんなものラムの圧勝で終わりね」

 

「そう言っていられるのも今の内だけだぞ。それで、お前の得意料理はなんだ?」

 

「何を隠そう、ラムの得意料理は蒸かし芋よ」

 

 蒸かし芋……蒸かした芋だな。よし、それなら俺も食べたことがあるし知っているぞ。

 ……あ、蒸かすってどうすれば良いんだっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんで昼飯が芋だけなんだ?」

 

 エミリアやロズワール、ベアトリスと屋敷にいる約半分の面子が気まずい雰囲気で黙る中、空気読めない系男子のスバルが一番に口を開いた。

 何故このような空気になっているかと言えば、食卓に並んでいるものが原因だ。

 

「無謀にもこのイスがラムに勝負を仕掛けてきた結果よ」

 

「いや、意味が分からん」

 

 食卓に並んでいるもの、それは芋。それも芋丸々の大きさのものと一口サイズに切り分けられたものこ二種類だけだ。

 

「俺の料理とラムの料理どちらが上かを決めてもらおうと思ってだな」

 

「料理っていうかただの芋じゃん」

 

「ただの芋じゃない。蒸かし芋だ」

 

「それはまあ、見たら分かるけどさ」

 

「俺が戦いだけの戦闘バカじゃないという事を証明するためにラムの得意料理を俺も作ったっていう訳だ」

 

「なーぁるほど。じゃあまずはラムが作った方から頂こうかな」

 

 最初にロズワールがラムの作った蒸かし芋を口に運んだ。僅かに湯気が出ているが、熱そうな素振りは見せない。

 それを見たスバル、エミリアも続いてラムの蒸かし芋を口に運ぶ。最後にベアトリスもラムの蒸かし芋を口に運んだ。

 

「おぉ、なんとも絶妙な塩加減。こりゃ、上手い!」

 

 スバルの絶賛を聞いてラムはルイスにドヤ顔を向けた。

 

「ま、まぁ、得意料理が不味かったらどうするって話だからな」

 

「ラムの蒸かし芋は相変わらず美味だーぁねぇ。さてさて、ルイスくんの方はどーぉかな?」

 

「食べやすいように一口サイズに切ってるところとか俺的に高得点」

 

「たーぁしかに食べやすい配慮ではあるねぇ。でも味の方はどうかねぇ」

 

 ラムの蒸かし芋を置くと、今度はルイスが作った一口サイズ蒸かし芋を口に運ぶ。

 スバル、エミリアもそれに続く。しかし、全員口に入れて少しすると固まった。

 

「これは……」

 

「砂糖入れすぎだろ」

 

 ロズワールに続いてスバルが口を開く。

 それを聞いてルイスはあからさまに驚いたような顔をした。

 

「まさか……塩と砂糖を間違えただと……!?」

 

「こんなテンプレみたいな間違いするやつ初めて見たぞ」

 

 ルイスは蒸かし芋に使う塩を砂糖と間違えてしまったのだ。蒸かし芋に砂糖を使う事もあるだろうが、砂糖とは用途も量も違う。使う事があるといっても、使い方を間違えれば上手い料理にはならない。

 

「くっ……こんな時ラインハルトの加護があれば……!」

 

「加護?加護って何よエミリアたん」

 

「加護は加護よ。本当に知らないの?」

 

 スバルには加護という単語が気になったらしい。

 エミリアは知っていて当然という風に聞き返すが、スバルは本当に知らないようだ。

 

「加護っていうのは……」

 

「加護ってのはな、生まれた時に天から授かる祝福みたいなもんだ」

 

 ルイスかエミリアの言葉を遮って答える。

 

「それじゃあラインハルトは料理がめっちゃ上手くなる加護とか持ってたり?」

 

「あいつが持っている加護の名は『塩の理の加護』。効果は塩と砂糖を間違えることがない!」

 

「天の祝福しょぼ!持ってても嬉しくねー!」

 

 まさしくスバルの言う通りであるが、今のルイスには必要なものであった。

 

「ハッ、やはり勝負にならなかったようね」

 

「こんなはずじゃ……!」

 

「あはぁ。仲が良いようで何よりだよぉ」

 

 やれやれと見下すラムと地面に四肢をついて悔しがるルイス。本人たちは本気なのかもしれないが、端から見ればただの仲良しである。

 

「でもほら、失敗から新しいものか生まれる事もあるし、失敗は悪い事じゃないと思うの。失敗しても次頑張れば今度は失敗しないかもしれないし」

 

「ぐはっ」

 

 ここぞとばかりに失敗を連呼するエミリア。ルイスには効果抜群だ。

 

「エミリアたん、多分それフォローになってない」

 

「え!?」

 

 その昼食の間、猫耳を付けた美形の男が悔しがりながら芋をかじるというなんともシュールな光景が広がっていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし分かった。確かに俺は料理が少し、ほんの少ーし下手かもしれないが、他では俺が勝つぞ」

 

「言ってなさい。掃除洗濯はラムの得意分野よ」

 

「フッ……掃除洗濯でこそ俺の真価が発揮されるのだ」

 

 ラムとルイスの二人が庭で箒を構えて向かい合う。

 二人が行おうとしているのは庭の掃除。主に落ち葉などを集めるのが仕事だ。

 先ほどラムに勝負を挑んで惨敗したルイスであったが、気を取り直したのか自信満々だった。

 

「ここから屋敷の向こう側の丁度半分の位置までどっちが多く早く落ち葉を集められるか勝負だ」

 

「何度挑んできても無駄よ。格の違いを思い知らせてあげるわ」

 

 火花を散らす二人。

 手に持っているのが箒ではなく真剣であったなら、一触即発という言葉を連想するだろう。しかし二人か手に持っているのは箒、それも竹箒だ。

 この状況からそんな野蛮な言葉を浮かべる人間は恐らくいない。

 

「はいスタート!」

 

 突然ルイスが声をあげて竹箒を振り上げる。

 

「長年剣を扱ってきた俺の技を見よ!秘技・風圧落ち葉集め!」

 

 ルイスが振るった箒は風を起こし、地面に散っている落ち葉を空中へと巻き上げる。

 

「なんて安直な名前なの……いいわ。そっちがその気ならラムにも考えがあるわ」

 

 ルイスが剣技(?)を披露し始めてもラムは立ち止まったままだ。それどころか箒の先端を空へ向けて地面を突く。

 しかし、ラムは勝負を諦めた訳ではない。むしろ勝つ気しかない。

 箒を持っていない方の手を開いた状態でルイスとは逆の方向に向ける。

 

「フーラ!」

 

 力強く発せられたそれは魔法の詠唱だった。

 ラムの得意とする風魔法による突風が落ち葉を運ぶ。

 

「はぁ!?魔法使うのかよ!」

 

「勝負は勝負。勝てばそれで良いのよ」

 

 ラムがドヤ顔で言い放つ。

 ルイスは一応箒一本で落ち葉を集めている。それに対してラムは魔法を用いた。はっきり言って大人げない。

 そこまでして勝ちたいかと第三者が見れば言うだろうが、本人はそこまでして勝ちたいらしい。

 ラムの魔法で発生した風が更に落ち葉を集め、先に始めたルイスと同じぐらいの量が宙に巻き上げられた。

 

「ラムに勝とうなんて100年早いわ」

 

「自分だけ魔法使ってるやつの台詞じゃねぇ!」

 

 ルイスは落ち葉を運ぶ速度を上げ、ラムも追いかけるように速度を上げる。片方が速度を上げてはもう片方が追いかける。

 とはいえ、ルイス振るっているのはただの箒だ。特別な加工が施されている訳ではないので強く振り過ぎると簡単に折れる。絶妙な力加減が必要なのだ。

 

「こんな事なら風魔法も訓練しとけば良かったか……」

 

 普段ラインハルトと素手や木剣でばかり戦っているのであまり知られていないが、実はルイスはロズワールほどではないが全属性の魔法に適性があったりする。が、訓練したのは水魔法の派生である氷魔法のみ。何故かと言えば、その理由はやはりラインハルトにある。

 ラインハルトは数多の加護を持つが、その加護の中には火・水・風・土・陰・陽のそれぞれの属性に対して魔法を軽減するというものがある。つまり、六属性どの魔法を使ったとしても効果を軽減されてしまうのだ。

 しかしここでルイスは考えた。氷魔法ってその加護抜けれるんじゃね?と。その考えに従ってルイスは他の魔法に見向きもせず、氷魔法だけに修練を行った。

 結果は昨日スバルに説明した通りだったが、そもそもルイスが使う氷魔法は水魔法の派生なので大元は水魔法という事になり、ラインハルトの加護を出し抜く事は出来ないであった。

 

 ルイスとラムそれぞれが半分、つまり屋敷の周りの四分の一までの落ち葉集めが終了した。残りは半分だ。

 

「このままじゃまずいな」

 

 今のところ庭掃除の進捗率は二人ともあまり変わらないが、ラムは魔法使用で箒に傷がないのに対して魔法なしのルイスの箒には所々傷が付いている。このまま無茶に扱い続ければ折れてしまうかもしれない。

 

「こんな時のためにもう一本持って来てて良かったぜ」

 

 ここは流石デキる男を自称するだけある。ルイスは何を思ったのか自分用の箒を二本持って来ていた。

 もう一本の箒はこの競争のスタート地点に置いてある。そこまで取りに行くのは時間が勿体無いように感じるが、今使っている箒が折れた時の事を考えればそうも言っていられない。

 ルイスはもう一本の箒の元へ走った。全力を出せば一瞬でたどり着けるが、今は近くに苦労して集めた落ち葉の山がある。かなり手加減して走った。

 そしてもう一本の箒を回収すると先ほどまで使っていた箒と新しい箒をそれぞれ左右の手に持った。

 

「二刀流、つまり二倍速!」

 

 二本の箒を振るうと威力の増した風が落ち葉を運ぶ。

 少しラムに先を行かれてしまったが、この調子で行けば追い越す事も難しくないだろう。

 

「箒を二本も使うなんて……卑怯な」

 

 魔法まで使っておいてどの口が言うのか、箒を二本扱うルイスの姿を見たラムは呟いた。

 スタート地点の反対側でお互いの姿が見えるという事はゴールに設定している地点まで残り僅かという事だ。そこで相手が速度を上げれば当然焦る。

 ラムは力強く言った。

 

「エルフーラ!」

 

 それは風魔法は風魔法でも今までラムが使っていたフーラの一段階上に位置する風魔法の詠唱だった。

 そこで発生した突風はもはやつむじ風だった。大量の落ち葉がつむじ風に吸い上げられ、ラムは走ってそのつむじ風を追いかける。

 それを見たルイスは最初から使っていた竹箒の先端がほとんどなくなり、ただの棒のようになった事など気にせずに振るう速度を上げた。

 

 残りはそれぞれ自身のコースの四分の一。

 最初から使っていた箒が根元から折れた。

 

 

 残りは八分の一。

 二本目の箒もただの棒になった。

 

 

 そして二人がほとんど同時にゴール。

 二本目の箒も根元から折れた。

 

「俺の勝ちだ」

 

「ラムの勝ちよ」

 

 ドサッと落ち葉の山が着地する。とてもたった二人、この短時間で集めたとは思えない量だ。素晴らしい仕事ぶりだと言えるだろう。二人がいがみ合っていなければ。

 

「俺の方が早かっただろ」

 

「ラムの方が早かったわ」

 

 お互いに勝利を譲ろうとしない。

 退屈しなかったし、早く終わったし万々歳。では終われない様子だ。

 

「お前、魔法に集中し過ぎてちゃんと見てなかったんだろ」

 

「そっちこそ箒を壊すのに必死で前を見てなかった……んじゃ…………」

 

 いつものように嫌味を言おうとしたラムだったが、突然身体の力が抜けて地面に膝をついた。

 

「おい、どうした?」

 

「少し……マナを…………使い過ぎたわ」

 

 ラムは力なく地面に座り込む。自力で立ち上がれそうな雰囲気ではない。

 

「俺は立っててお前は立ってない。つまり俺の勝ちだな!」

 

「後で……覚えてなさい」

 

 結局ルイスがラムをおぶってロズワールのところまで連れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か言い訳はあるかい?」

 

「「すみませんでした」」

 

 数十分後、ルイスとロズワールにマナを補充してもらったラムは長時間正座を強いられていた。

 

 

 



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騎士団の1日

 

 

 このロズワール邸では朝から突然何かを言うきまりになっているのだろうか。

 最初はロズワール、次はエミリア。そして今日はルイスの番であった。

 

「王都に行こうと思うんだが、竜車あるか?」

 

「そんな急に言われて用意出来る訳ないじゃない。馬鹿なの?」

 

 竜車を引く地竜というのはなかなかに貴重な生物である。行商人や貴族などは自前の地竜を飼っていることも多いが、一国民がそう易々と手に入れられるものではない。

 ここロズワール邸の主ロズワールは変態とはいえ一応貴族であるが、自前の地竜はいない。滅多な事では遠出をしないのでその都度借りた方が安く済むし、労力も掛からないからだ。

 

「はー、じゃあ走って行くしかないのか」

 

 予想通りの答えだったからかルイスは特に落ち込むこともなく平然と言った。

 

「は、走っ……!?竜車で半日以上かかる王都まで走って行くつもりなの?」

 

「地竜がいないなら仕方ないだろ」

 

 これには冷やかしついでにルイスの部屋を掃除しに来たラムも驚くしかなかった。と言うよりもはや呆れてすらいる。

 それも当然だ。王都へ中継無しで行くには地竜の中でも遠距離用の地竜でなければならない。それ以外の地竜が王都まで休憩無しで行こうとすれば身体がもたない。そろほどの距離があるのだ。

 

「……走って行くって言っても何日かけて行くつもり?休憩も必要だし三日ぐらい?それとも二日?まさか一日で行くなんて言うんじゃないでしょうね」

 

「一日もかからんよ。一時間ぐらいで着く。まぁ、本気出せばもっと早く着くと思うけどな」

 

「…………もう好きにしなさい」

 

 ラムは考えるのを放棄した。

 

 普段は部屋でゴロゴロしたり何かとバカをやるようなどうしようもない男であるが、こんなのでも『戦神』と呼ばれる人間である。当然、身体能力その他も普通の人間とは一線を画する。

 

「ロズワールとエミリア様どこにいるか知ってるか?」

 

「ロズワール様は自室、エミリア様は庭にいらっしゃるわ」

 

「そっか、助かった」

 

 よっこいしょ、とルイスは立ち上がり、部屋を後にした。

 向かう先はエミリアのいる庭だ。変態よりも主人の方が大切なのは当然である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず何日かは向こうにいると思うんで」

 

「うん、気を付けてね」

 

 エミリアとロズワールに王都へ向かう旨を伝え、簡単に用意を済ませて仮眠をとって今に至る。

 ルイスは何も王都へ遊ぶために行く訳ではない。所属する近衛騎士団からの召集に応じるために行くのだ。召集の内容は近衛騎士団の定例集会である。

 本当はこのロズワール邸に来る前から日時は伝えられていたのだが、その定例集会が始まる時間までもうあと一時間半ほどしかない。ルイスの計算では王都まで一時間で着くので間に合わないという事態にはならないだろうが、計画は杜撰だと言わざるを得ない。

 

「なんか腰の剣三本に増えてるじゃん。口に咥えて三刀流でもすんの?」

 

「一本は前言った神剣であとの二本はラインハルトとの模擬戦用に家から持って来た業物だ。あいつ普段レイドしか持ち歩かんからな」

 

「え、お前ら真剣で戦うの?普通木剣とかじゃねぇの?」

 

「手加減に手加減を重ねた打ち合いなら木剣でも良いけどちょっと力を入れたらすぐ壊れるからな」

 

 スバルに嬉々として語っている事から分かるかもしれないが、ルイスが王都へ行く目的は近衛騎士団の定例集会だけではない。遊ぶために行く訳ではないが、遊ばない訳ではない。

 ラインハルトとの模擬戦は普通好んで動こうとしないルイスにとって数少ない楽しめる運動である。定例集会のようなものがあった時は大抵ラインハルトと模擬戦を行っている。自然とテンションも上がるというものだ。

 

「でも何日もエミリアたんの元離れても良いのか?王都ってここから半日ぐらいかかるって話だし、そんなでも一応騎士なんだろ?」

 

「大丈夫だよ。エミリア様にはこれを渡してる」

 

 ルイスは近衛騎士団の制服の懐からガラス玉のような物を取り出した。

 

「なんだそれ」

 

「これは二つで対になっていて片方が破壊されるともう片方も崩れるようになってる。緊急の時はそれを合図に呼んでもらう。まぁ、そうでなくてもお前がエミリア様を守ってやってくれよ」

 

「あ、お、おう!」

 

「もう!私も黙って守られるほど弱くないんだから!」

 

「分かってますって」

 

 ぷりぷりと怒るエミリアをなだめ、屋敷近くの村、そして王都へと繋がる道へと向き直る。

 

「いってらっしゃいませ、ルイスくん」

 

「もう帰って来なくても良いわよ、イス」

 

 背後からは双子メイドからの見送りが聞こえる。

 ルイスは何度か調理場からリンガを貰っている内にレムとも少し親しくするようになった。ラムは相変わらずであるが。

 

「こら、ラム。そんな事言っちゃだめでしょ?」

 

「はい、エミリア様」

 

「じゃ、行ってきますよ」

 

 足に力を入れ、地面を蹴る。それだけでルイスの身体は一瞬で加速した。

 目にも止まらぬ速度で駆け出し、その身体はすぐに見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近衛騎士団の定例集会は何事もなく終了した。

 内容としては魔獣関係などほとんどいつも通りのものであった。いつもと違った点があったと言えば、ラインハルトが五人目の王選候補者を見つけたという事ぐらいだ。

 五人目の王選候補者が見つかったのはかなり重大な事なのだが、ルイスにとってはそこまで重要な事ではなかったのか、途中立ったまま寝ていた。

 ルイスが定例集会で寝ているのはいつもの事なので重要な事ではないと思ったのではなく、ただ聞いていなかったという可能性も高いが。

 

「ラインハルト、模擬戦だ、模擬戦」

 

「いいだろう。特別練兵場の使用の許可は?」

 

「まだだ。ラインハルトよ、頼んだ」

 

「そう言うと思ってもう許可は取ってあるよ」

 

「さっすが、我がライバル!」

 

 定例集会が終わった瞬間これである。これには隣でルイスが寝ているのを見ていたものも呆れた様子だ。

 因みに二人が言っている特別練兵場というのは通常の練兵場とは別のものだ。何故特別なのかと言うと、その場所はルイスとラインハルトのために造られたようなものだからである。

 以前通常の練兵場で模擬戦をした際、練兵場は観客席まで含めて半壊という事態になってしまったために造られたものだ。特別練兵場の壁には希少な超硬質鉱石が使われており、並みの人間では傷を付けることすら出来ない。更に観客席には土の加護、術式その他が刻まれているため、破壊は不可能である。ルイスとラインハルトを除けば、であるが。

 現在では通常の練兵場も復旧されているが、二人が使用するのは特別練兵場一択だ。

 

「立ち会いには……そうだね、フェリスでどうだろう」

 

「フェリスか……あ!そうだな、あいつとはちょっと話があるし丁度いい」

 

 ここでルイスは思い出した。今もポケットに入っている青い猫耳アクセサリー。屋敷では何故かいつも付ける事になっているこれを付ける事になったのは誰のせいだったのかを。

 丁度通りかかったフェリスの肩にルイスは腕を回した。

 

「いいところに通りかかったなぁ、フェリスくん?」

 

「ちょっと、なになに?フェリちゃんは忙しいんだけど」

 

「これに見覚えがあるな?」

 

 ルイスはポケットから猫耳アクセサリーを取り出す。そしてそれをフェリスの目の前に掲げた。

 

「あ、それはフェリちゃんお手製の……じゃなくてなにそれ?」

 

「おい。白々しいにも程があるぞ。て言うかお前が作ったのかよ」

 

「し、仕方にゃいじゃにゃい。ロズワール辺境伯に頼まれたんだから」

 

「まぁいい。俺は優しいから許してやろう。その代わり俺とラインハルトの模擬戦の立ち会い人をやってもらおう」

 

「はぁ!?無理無理!フェリちゃん死んじゃう」

 

 ルイスとラインハルトの模擬戦、それはもはや定例集会にお馴染みのものになっている。近衛騎士団に所属する者は定例集会帰りに観戦する者が多い。それほどの迫力の戦闘なのだ。

 そのド迫力の戦闘の立ち会い人に選ばれたフェリスはなんとか逃げるためにルイスの腕を振りほどこうとする。しかし、残念ながら逃げ出せそうにない。

 

「今回の立ち会い人はフェリスか。良かった……今日は落ち着いて観られそうだ」

 

 ちょうど通りかかった紫髪の騎士ユリウスはイイ顔で言った。

 定例集会の後で行われる模擬戦だが、立ち会い人はほとんどユリウスであった。模擬戦後にユリウスが四肢を地面についてルイスとラインハルトの二人に慰められるのも一つの名物となっていた。

 

「ユリウス、助けてー」

 

「……健闘を祈る」

 

「見捨てられた!?」

 

 ユリウスが去った後、フェリスは絶叫しながら引きずられていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、じゃあ、ルイス・フォン・ゾルダートとラインハルト・ヴァン・アストレアの模擬戦始めます」

 

 死んだ目でそう言ったのは先ほど引きずられていったフェリスだ。

 

「盗品蔵の時のようにはいかないよ」

 

「それはこっちも同じだ」

 

 ルイスとラインハルトの二人はルイスが持参した業物を構えて向かい合う。

 

「始め」

 

 フェリスの声を合図に二人はお互いに向かって飛び出す。

 二人の身体は一瞬で亜音速にまで加速し、特別練兵場の丁度中心で剣がぶつかった。火花が散り、空気が震える。

 

「魔法は使わないでやるよ」

 

「使っても結果は変わらないけどね」

 

「確かに変わらないな。俺が勝つという結果がな」

 

「そんな事を言っていられるのも今のうちだよ」

 

「その言葉、そっくりそのまま返す」

 

 フッ、と口元に弧を描き、二人の姿が掻き消えた。

 何もない場所で衝撃波が発生する。否、何もない場所ではない。何もないように見える場所からだ。

 常軌を逸する二人の戦闘は常人には視認する事すら叶わない。

 何度も何度も繰り返される打ち合いに歓声が上がり始める。

 

「ルイス、腕が鈍ったんじゃないかい?」

 

 一瞬の隙をついてラインハルトがルイスの背後に回った。

 そして手に握った剣ではなく、自らの脚で回し蹴りを放つ。

 ルイスの身体がおおよそ通常の練兵場の十倍の面積を誇る特別練兵場の端から端まで地面に着くことなく吹き飛んだ。その余波だけでルイスの通った場所に土煙が舞う。

 こんなものを受ければただでは済まないだろう。この二人でなければ。

 

「お前を油断させるための罠だよ」

 

 たった今壁に叩きつけられたはずのルイスの声がラインハルトの背後から響いた。

 この程度の攻撃は通じない。そう嘲笑うかのようにルイスは刹那の間に距離を詰めてきた。

 今度はルイスが、回し蹴りを放つ。

 

 脚を振るうのにかかった時間もラインハルトが壁に到達するまでの時間も一瞬だった。

 しかし、その間で二人は確かに笑っていた。

 二人の間にあるのはただライバルと戦う喜び。それだけであった。

 

 壁に叩きつけられたラインハルトはルイスのように距離を詰めてくる事はなかった。

 だが、もちろん勝負を諦めた訳ではない。

 

 突如土煙が晴れ、中からは光を放つ剣を構えたラインハルトが現れた。光を放つ剣は大気中からマナが集まってきている事の証拠である。

 現在、大気中のほとんどのマナがラインハルトの元へと集まっている。ラインハルトとルイスの元へ集まるマナの割合は九対一ほどだ。

 本気ではない本気。それが今のラインハルトの状態だ。

 

「やっぱりここはいい。ただの練兵場じゃコレにも耐えられないからな」

 

 本気ではない本気。それはつまりラインハルトが出しているのは100パーセントの力ではないという事だ。

 本気という言葉の本来の意味で考えるならそれは全力100パーセントの力を発揮するという意味になるだろう。しかし、この二人に限り、本気という言葉はしばしば違った定義で使用される。

 二人の本気、それは周囲の人間が魔法を使用出来なくなるほどマナを集める時に使われる呼び方だ。

 一見矛盾する言葉だが、この二人の間では成立するのだ。

 

 煌めく剣が振り下ろされた。

 斬撃がマナを伴って拡張され、ルイスに迫る。ルイスは横に跳んで躱した。

 斬撃が背後の壁に激突する。しかし、目立った傷はない。無論、全力の一撃であったなら跡形もなく吹き飛んでいただろうが、通常の練兵場の壁では今の一撃ですら耐えられないのだ。これ以上は高望みというものである。

 

「そんでもって俺が持ってきた剣も折れてないっと」

 

 この斬撃に耐えられるか心配されていたのは何も壁だけではない。なまくらでは一撃放っただけで折れてしまうか崩れてしまう。

 ルイスがわざわざ業物を持参したのはそれが理由だ。

 

 ラインハルトは連続で剣を振るい、二撃目三撃目の剣戟が走る。

 危なげなくそれを躱し、ルイスも同様に剣を振るった。

 二人の放った斬撃が吹き荒れ、一面を覆い尽くす。だが、どちらにも掠り傷一つない。

 

 埒が明かないと思ったのかラインハルトは斬撃を飛び越えて距離を詰める。そして再び刃と刃を合わせた鍔競り合いが始まった。

 

「少し、本気を出す方法を思い付いたよ」

 

「やり過ぎると他の奴らも巻き込む事になるぞ?」

 

「大丈夫だよ。こうすれば心配はいらない」

 

 ラインハルトがルイスの身体を蹴り上げた。

 この場所の天井は決して低くは設計されていない。しかし、ルイスの身体はいとも簡単に天井へと到達した。

 落下してきたところを仕留めるつもりなのかラインハルトは天井を見上げて剣を構える。

 

「なるほど、考えたな」

 

 ルイスは天井に脚を突き刺し、ぶら下がった状態でラインハルトを見下ろした。

 確かに平面で二次元的な打ち合いではどう足掻いても矛先は観客席の方向へ向くが、このように三次元的に上下で打ち合えばその矛先が観客席へと向く事はない。多少出力を誤っても天井か地面に大穴が開くだけだ。人的被害はゼロに抑えられる。

 

 ルイスはラインハルトに向かって、ラインハルトはルイスに向かって飛んだ。

 互いの剣が輝きを増し、そしてぶつかる。

 

 視界が白で塗り潰された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは俺の業物が二本とも折れた事について」

 

「すまない。悪かったと思ってるよ。少し調子に乗ってしまった」

 

 最後の一撃を受けてルイスとラインハルトの互いに握っていた剣は粉々な灰へと見事な変身を遂げた。

 二人の剣戟はほとんど威力が同じだったため、相殺されて天井にも地面にも大した被害はなかったが、その分両者の剣に被害が出てしまった。その剣がかなりの業物で多少耐えられるからと調子に乗ってしまった結果だ。

 

「まぁ、俺も鬼じゃねぇし一緒に調子に乗ったのは認めるから許してやろう。その代わり何日か泊めてくれ」

 

「そんな事でいいなら気が済むまでいてくれていいけど、大丈夫なのかい?何日も留守にして」

 

「大丈夫、大丈夫。屋敷には変態がいるし、大抵の事はなんとかなる」

 

「ロズワール辺境伯の事はあまり悪く言わない方が良いと思うんだけど」

 

「だってあいつ変態だし、そもそも変態で分かる時点でお前も同罪だぞ」

 

「それは困った」

 

 と、談笑する二人の間に挟まれているのは気絶したフェリスだ。

 ちゃんとフェリスには斬撃その他が当たらないように加減していたが、どうやら最後の一撃の余波でやられたらしい。目立った傷はないので恐らく軽い脳震盪の類だろう。

 

「そう言えば五人目の王選候補者見つけたんだってな。やっぱりあの盗品蔵にいた金髪少女?」

 

「君、その話の時は寝てたような気がしたんだけど」

 

「模擬戦する前に聞こえたからさ」

 

「寝ていた事は否定しないのか……」

 

「そりゃ、寝てたからな。で、そこのところどうなのよ」

 

「その通り。あの時盗品蔵にいたフェルト様だよ」

 

「へぇ、フェルト様って言うのか。でも良かった。あの時はお前の幼女趣味が暴走したのかと思ったぜ」

 

「ルイス、僕の事をどんな人間だと思っているんだい?その言い方だと僕に幼女趣味があると思っていたように聞こえるんだけど」

 

「思ってなかったけどさ、あの状況ならそう思っても仕方ないだろ」

 

 談笑を続ける二人。

 何事もないように話しているが、『剣聖』を幼女趣味呼ばわりするのは恐らく世界中探してもルイスただ一人だろう。

 

 途中で起きたフェリスと別れ、二人は王都にあるアストレア家の別邸へと向かった。

 先走ったルイスがフェルトに飛び蹴りをかまされるという事態が発生したが、そこから数日ルイスはアストレア家別邸で寝泊まりする事となった。

 

 

 

 



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アストレア家別邸での1日

 

 ラインハルトの制止を聞かず、我先にと扉を開けたところにルイスが見たものは靴底だった。音速の戦闘を可能にする動体視力をもって見ても紛ごう事なき靴底であった。

 しかし、靴底という割には汚れがない。靴の中でも靴底という部位は最も磨耗が激しくなるものである。考えれば分かる事だが、常に地面との接触を余儀なくされるからだ。

 それにも関わらず磨耗している跡もなく、汚れや傷もない。少なくとも履き古されたものではない。これで使い古されたものだと言うのならどのように歩いているのかなど聞かせてもらいたい。

 新調したものなのだろうか。ツヤや質感からして安物ではなくそこそこ高値が付くものだと予想出来る。ルイスやラインハルトが履いている特殊加工が施されたものよりは劣るかもしれないが、それは例外としてかなり上等なものであろうとルイスの見立てである。

 とはいえ、それで人の顔面を踏み台にしようとするとは何事だろうか。人の顔面を踏みつける事に快感を覚えるタイプの人なのだろうか。確かに貴族には変わった人間が多い。ルイスがつい数時間前に顔を合わせたロズワールもその変わった人間の部類に入る。そういう人間が存在する事自体はおかしくない。

 だが、ラインハルトが寝泊まりしている、その場所にそのような人間がいるとは考えもしない。まさかラインハルトには踏まれて喜ぶ性癖でもあるのだろうか。

 

 この間ゼロコンマ数秒で思考を巡らせ、ルイスは眼前に迫る脚を掴んだ。

 

「あー、びっくりした」

 

「だから止めたのに。まぁ、欠片も驚いていないのは分かるけどね」

 

 棒読みの台詞を発してルイスは逆さまの状態で宙吊りになった、たった今飛び蹴りをかましてきた人間を見下ろした。

 

「て、てめー、離しやがれ!」

 

 豪華なドレスに身を包み、脚をバタバタと振りながら荒げた声には聞き覚えがあった。

 

「もしかして、これ?フェルト様って」

 

「……フェルト様、その状態であまり暴れられては下着が見えてしまいます」

 

「なっ!?見るな!」

 

 先ほどルイスは声を聞くまでそれがフェルトだとは気付かなかった。理由は簡単。スカートの部分のヒラヒラとした部分で丁度顔が隠れてしまっていたからだ。

 そしてそのような格好で飛び蹴りなどすればどうなるかなど考えなくても分かる。

 

 フェルトは宙吊りの状態で器用に純白の下着を見えないように隠そうとするが、そもそも飛び蹴りをした時点で手遅れだ。

 幼女趣味などではないのでルイスは視線のやり場に困り、その手を離した。当然、支えを失ったフェルトの身体は重力に従って床に激突する。

 

「いってぇ、急に離すなよ……ってあんたは確か、盗品蔵でラインハルトの野郎と一緒にいた」

 

「ルイス・フォン・ゾルダートだ。よろしく」

 

「ああ、よろしく……じゃなくて、ラインハルト!あたしの服をどこにやりやがった!」

 

 起き上がるとすぐにフェルトはラインハルトに詰め寄った。

 

「洗濯してキレイにしまっています。心配せずともよくお似合いですよ」

 

「そんな事聞いてねーよ!」

 

「今後に備えてドレスにも慣れていかなければなりません。今日のところはそれで我慢して下さい」

 

「そんなの明日でいいだろ」

 

「明日になったらまた同じ事を言うでしょう」

 

「ぐぬぬ……」

 

 真っ先に飛び蹴りの餌食になるところだったにも関わらず置いてきぼりを食らうルイス。納得がいかないのでとりあえず会話に割り込む事にした。

 

「お前ら、仲良いんだな」

 

「それはもう。僕はフェルト様のためならいつでもこの身を差し出すつもりだからね」

 

「どこがだよ!?あんたの目は節穴か!」

 

 両者からは真逆の答えが返ってきた。

 今のやり取りを見ていれば大方予想は出来た事だが、『戦神』の目を節穴呼ばわり出来るのはフェルトぐらいだろう。いや、スバルやラムでも出来るかもしれない。案外いた。

 

「ルイス、僕は少し用事があるから暇ならフェルト様の護衛を頼むよ」

 

「暇かと言えば暇だが、俺は一応客人として来たつもりなんだが」

 

「ちゃんと護衛の人間はいるけど、君の方が信頼出来るからね。親友としての頼みだよ」

 

「まぁ、いいけどな」

 

 恥ずかしい事を簡単に口にするラインハルトに頬を掻きながらルイスは答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェルト用に用意された部屋でルイスとフェルトの二人は丸いテーブルを挟んで向かい合っていた。

 睨み合うというような険悪な雰囲気ではない。むしろ、菓子をつまみながら和やかな雰囲気を醸し出していた。

 

「いやー、あんたも騎士っていうからラインハルトみたいな堅物かと思ったけど全然違ったな」

 

「俺も騎士団の堅苦しさはあまり好きじゃない。食いたい時に食って寝たい時に寝る主義の俺とは真逆だしな。まぁ、それでも俺は自分の主義は曲げない。俺は集会の途中だろうと寝たい時は寝る」

 

 談笑する内容が内容だったが、フェルトは飛び蹴りをする事もなく上機嫌でルイスの話を聞いていた。

 

「あたしが言うのもなんだけどそんなんでよく騎士が務まるよな」

 

「それはな、あれだ。俺ってやる時はやる男だから」

 

「ふーん。ま、いいや。それよりこのお菓子追加」

 

「いや、俺客人だから。そんなのばっか食ってたら太るぞ」

 

「……太れるなら太ってもいいだろ」

 

 突然フェルトの声のトーンが下がった。

 言った側から失言に気が付いた。フェルトは数日前まで貧民街で盗賊として生きていた。それも好き好んでという訳ではなく明日を生きるためにだ。

 フェルトの身体は痩せすぎて骨しかないというほどではないが、貴族や裕福な人間と比べるとかなり細い。太る余裕など微塵も無かった筈だ。

 

「悪い。今のは不躾な発言だった」

 

「いいよ。別に。今のが他の貴族とかだったらぶっ飛ばしてたけど、あんたは他の奴らとは違う気がするから」

 

 そう言ってフェルトはお茶を飲み干してカップをテーブルに置いた。

 

「菓子の追加貰ってくる」

 

「それはもういい。別にあたしも豚みたいに太りたい訳じゃねーからな。それよりも食後の運動に付き合ってくれよ」

 

「食後の運動?木剣で打ち合いでもするのか?」

 

「そんなんじゃねーよ。散歩だ。散歩」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、ルイスとラインハルトってどんな関係なんだ?かなり信用されてるみてーだけど」

 

「ラインハルトとはな、昔からの付き合いで唯一のライバルにして親友だ」

 

 現在ルイスとフェルトの二人が歩いているのは王都の大通りだ。そしてルイスは近衛騎士団の制服のままだが、フェルトは豪華なドレスから慣れ親しんだ盗賊服に着替えていた。

 フェルトが思い出しているのは先ほどのルイスとラインハルトのやり取りだ。ラインハルトに連れてこられて以来、フェルトは屋敷から出ないように遠巻きながら監視されて軟禁状態だったのがルイスが進言すると条件付きではあるが、外出を許可されたのだ。

 条件は一つでルイスから離れない事。逃げようとすれば力ずくで連れ帰る事になっている。

 

「でもあんたみたいな人間とラインハルトみたいな人間って色々と真逆だろ。なんで仲良くなったんだ?」

 

「確かに初めて会った時は苦手だと思ったが、あれでも案外天然なところもあって面白い奴だからな。その内分かるようになるさ。それよりさっきから注目を浴びてるような気がするんだが、何かやったのか?フェルト様」

 

「あたしは何もやってねーし、どう考えてもあんただろ目立ってるの。て言うかそんな馴れ馴れしい口調に様とか付けたら変な感じになるだろ」

 

「一応様ぐらい付けとかないと後でラインハルトにぶっ飛ばされそうだからな。その内敬語も使わなければならなくなるかも」

 

「今更変わったらそれこそ違和感しかないっての」

 

 頭の後ろで手を組ながらルイスの数歩先を歩くフェルト。逃げ切れるかどうかは別として逃げようとする事はいつでも出来るだろうが、今のところその様子はない。

 それを見てルイスはすぐ近くにあった果物屋へ足を向けた。今はそれほど多く持ち合わせている訳ではないが、リンガの二つぐらいは買える。

 

「そのリンガ二つ貰えるか?」

 

「ええ、どうぞ!」

 

「ありがとう。お釣はいい」

 

「ありがとうございました!」

 

 手っ取り早く銀貨一枚で支払いを済ませたルイスはリンガ二つを受け取ってフェルトの元へ戻った。

 フェルトは先ほどと同じように頭の後ろで手を組ながら歩いていた。もしかすると、ルイスが一瞬いなくなった事に気が付いていないのかもしれない。

 

「フェルト様、これやるよ。そこの店で買ってきた」

 

「あ?リンガじゃねーか」

 

「散歩のお供に」

 

「なんだよ散歩のお供にって」

 

 そう言いつつもフェルトはリンガをかじりながら歩き続ける。ルイスはフェルトについて来ているだけなので特に目的地がある訳ではない。目的地があるとすればフェルトの方だろう。散歩と言っていたが、その足取りは迷いなく一つの方向へ向かっている。

 少し歩いたところで大通りを外れ、裏路地のような道を通る。普段は追い剥ぎや盗賊が頻繁に現れる場所だが、今日は一人も見掛けない。それがたまたまなのか、ルイスに恐れをなしての事かは分からない。

 だが、その時建物と建物の間で何かが光った。

 

「ッ!?」

 

「狙いはフェルト様みたいだな」

 

 咄嗟に腕で顔を護るフェルトの眼前でルイスの指が太陽の光を反射するナイフの刃を挟み、必殺の一撃の行く手を阻んでいた。

 

「……人に恨まれる事なんて珍しくねーよ」

 

 フェルトが数日前まで生業としていたのは盗賊。つまり、他人の物を盗んで生計を立てるというものだ。

 生きるためとはいえ、決して褒められた行為ではないし、被害者から恨まれても仕方がないだろう。しかし、生活でこれといって困った事がないルイスにはそれを簡単に口にする事は出来ない。この場でフェルトにかけるべき言葉も浮かばなかった。

 

「あぁん?俺様の風のナイフを受けて無事だと?狙いが狂ったか」

 

 静寂を切り裂くように見知らぬ男の声が響いた。

 

「何者だ」

 

 飛んできたナイフをフェルトに渡し、普段のふざけた態度を全く見せない、怒気を孕んだ声色を発しながらルイスは相手を睨み付けた。

 

「名乗るほどのもんじゃねぇよ。まぁ、標的はガキ一人って聞いてたんだが、嬉しい誤算もあったもんだ。ちょっとは楽しませてくれよな、騎士様よぉ!」

 

 背骨を大きく曲げ、かなりの猫背である青年風の男が両手にナイフを持って風を纏いながら飛び出してきた。

 なるほど、軽いナイフにしては真っ直ぐブレなく飛んできたと思えば、魔法で風を纏わせて飛距離と威力を増強していたらしい。風魔法といえば、見えない刃を作り出して攻撃するのが一般的だが、今のように武器に纏わせる方法もあるようだ。

 

「何者かと聞いたんだが」

 

 次の瞬間、男が持っていたナイフが二本とも粉砕された。更に、いつの間にか正面にいたはずのルイスが背後に回っていた。

 

「名乗り合わなきゃ、戦えないってか?誇り高い騎士様は大変だなぁ、オイ!」

 

 突然背後に現れたルイスに驚く素振りを見せずに男は裏拳を放つ。

 風を纏った一撃はなかなか鋭いものだが、ルイスにとっては止まっているも同然だった。がら空きである男の足元を払い、男の身体が反転する。

 

「勘違いするなよ。俺は別にお前みたいなただの不審者に名乗ったりする殊勝な騎士道とかを持ち合わせてる訳じゃない。名乗り合わなくても戦うし、必要なら不意討ちもする。ただ、俺の護衛対象を狙うお前が何者かは知っておく必要があるって話だ」

 

「へっ。そうか、よ!」

 

 地面に伏した男が振り向きざまにナイフを投擲した。2メートルもない至近距離から放たれたそれは、意図も容易く掴んで止められた。

 

「ちょっとはやれるみてぇだな。なら、これはどうするよ。エルフーラ!」

 

 男が短く詠唱し、風魔法による不可視の刃がルイスに迫る。出力を誤ったのか、見せつける目的なのか、周囲の建物の壁にも鋭利な傷が付いた。

 しかし、当のルイスはというと、

 

「もういい。お前の素性を聞くのは別にやつに任せるわ」

 

 ナイフで風の斬撃を全て撃墜し、男からは完全に興味を失っていた。

 次の瞬間、手加減に手加減に重ねた一撃を男の腹に叩き込み、男は泡を吹いて気を失った。

 

「すまん。ちょっと詰所に寄っていいか?」

 

「はぁ?なんであたしも行かなきゃいけねーんだよ。あんただけでいいだろ」

 

「フェルト様からは目を離すなって言われてるしなぁ。そのまま行くんならこいつ担いで行く事になるぞ?心配しなくても捕まったりしないからさ」

 

「ああもう。わーったよ。ついて行けばいいんだろ」

 

「素直でよろしい」

 

「子供扱いすんな!」

 

 頭をわしゃわしゃと撫でるルイスの手をフェルトは払った。

 笑いながらルイスは気絶している男を肩に担ぎ上げ、歩き出した。フェルトは渋々といった風に後ろからついてきている。

 盗賊をしていた身として何か思うところがあるのだろうか。まさか捕まった事があるとは思いたくないが。

 

「そういやさ」

 

「どうした?」

 

「あんたが持ってる剣ってなんか不気味な感じだと思ってさ。あたしの想像してる騎士様には似合わなそうなんだけど、なんでかあんたには似合ってるよな」

 

 フェルトはルイスが腰から提げている剣を指差していった。

 形はラインハルトが持つ龍剣レイドとあまり変わらない。だが、色合いが真逆といっていいほどの黒。鞘だけでなく柄も真っ黒であり、チラリと覗かせた刃までもが光を呑み込んでしまうほどの闇に包まれていた。更に、装飾の類は一切なく、騎士としての華やかさの一欠片もない。

 

「ああ、これか。これはな、我がゾルダート家に伝わる神剣モルテだ。まぁ、他のやつらには似合わんってのは認めるが俺以外のやつらには抜けないからその心配はいらない。なんなら抜いてみるか?」

 

 ルイスは男を担いだまま器用に腰から鞘ごとモルテを取ってフェルトに差し出した。

 受け取った神剣を間近で眺めると改めて思う。黒は黒でも光を一切反射しない、自分までもが吸い込まれてしまいそうな闇が広がっている。

 鞘とキス出来るほど顔が近付いている事に気づいたフェルトははっとして顔を離し、柄に手を伸ばした。

 

「これぐらい余裕で抜いてや……る……」

 

 モルテの柄を掴んだ瞬間、フェルトの言葉の力が抜けた。それと同時にフェルトの手はモルテを離し、漆黒の神剣は支えを失って地面へと投げ出された。

 

「やっぱりそうなるよな。抜ける抜けない以前に」

 

「なん、だよ今の」

 

「モルテは触れた者のマナを吸い込むんだよ。だから今フェルト様はマナを吸い取られたって訳だ」

 

「はあ?そんなの使えねーじゃねーか」

 

「だから盗ったりするのはおすすめしない」

 

 モルテはマナを吸い取るだけでなく、吸い取ったマナを大気中に放出する性質がある。なので大気中から再びマナを集められるルイスとは相性が悪くはない。だが、フェルトのような異常なマナ収集能力がない者からすれば、無尽蔵にマナを吸い取られる妖剣でしかない。

 付け加えていえば、モルテにもレイドのように相手を選ぶ性質があり、モルテが相手に相応しいと判断すればマナを無尽蔵に吸い取ることはなくなり、その一振りは時空を切り裂く刃となる。ルイスもその状態は一度しか体験した事がない。

 

 その後、二人は男を詰所に渡し、貧民街へと向かった。

 後日分かった話だが、フェルトを襲った男は田舎から出てきたばかりでフェルトに恨みを持った低級貴族に雇われたらしい。その田舎にはルイスの事が伝わっていなかったのだろうか、間が悪かったとしか言いようがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷へと戻って数分後、ルイス、ラインハルト、フェルトの三人は同じテーブルを囲んで食事をとっていた。

 

「なるほど、帰るのが遅いと思っていたら貧民街に行っていたのか」

 

「ああ、盗品蔵は相変わらず瓦礫の山のままだった」

 

「耳が痛い話だね。あの蔵の持ち主には悪い事をした」

 

「ついでに腸狩りが潰した建物も瓦礫の山のままだったぞ」

 

「あれは腸狩りじゃなくて君の蹴りのせいじゃないかな?」

 

「咄嗟の事だったから仕方ないだろ。て言うか俺のせいはおかしくないか?どう考えても暴れてた腸狩りのせいだろ」

 

「納得いかねー」

 

 談笑するルイスとラインハルトに頬杖をつきながらフェルトが呟いた。

 

「どうされましたか?フェルト様」

 

「どうするもこうするもなんでテメーやルイスが一緒に食ってるんだよ」

 

「ずっと一人で食べるのでは寂しいかと思いまして。丁度ルイスもいる事ですし、楽しく食事をしようと思った次第です」

 

「ここいい料理人がいるな。その辺の高級な店なんて目じゃないぐらいの上手さだ」

 

「ルイス、そこまで言われると照れるよ」

 

「もしかしてこれ作ったのお前か?」

 

「そうだよ。君も来ている事だし腕によりをかけて作らせてもらった」

 

「あ、やっぱり気のせいだったかもしれない」

 

「はぁ、付き合ってられねー」

 

 ルイスはロズワール邸とも変わらない居心地の良さを感じていた。

 エミリアが持っているものと対になっているガラス玉が異常を知らせたのは僅か二日後の事だった。

 

 

 

 



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騒がしい一夜

 

 

 ルイスがお邪魔してから二日、アストレア家の別邸の庭は夜にも関わらず盛り上がっていた。

 

「これを見よ!我が奥義、飛行魔法!」

 

「すげー!空飛べんのかよ!」

 

 主に盛り上がっているのはルイスとフェルトであった。

 今のルイスの足は地面に着いていない。空中に浮いている形だ。

 

「魔法が使えない身としては羨ましい限りだね」

 

「雲の上とか走れる癖に嫌味か?」

 

 雲の上を走れるという馬鹿みたいな加護を持っているラインハルトを横目にルイスはゆっくりと上昇を開始した。

 欠伸が出るような速度であるが、練度が足りていないルイスが自由に空中を動き回れる速度はこれが限界なのだ。動き回わる、ではなくぶっ飛ぶというのであれば話は変わってくるが。

 

「ここに来る前にロズワールの野郎にやり方を聞いてな、治癒魔法を訓練しようとしてたのを後回しにして先にこっちを極める事にした」

 

「雲の上を走りたいなら言ってくれればいつでも連れていくのに」

 

「それお前が抱えて走るって事だろ。それじゃあ意味ないんだよ。雲の上に行く事自体は難しくないしな。問題は俺が一人じゃ雲の上を自由に移動出来ないって事だ。そもそもの話、雲の上じゃなくても単純に飛びたい」

 

 空を飛ぶ。誰もが一度は考えた事があるであろう人類の永遠の夢だ。だが、その夢は魔法によって叶える事が出来る。

 

「なぁ、あたしも飛べるようになると思うか?」

 

「どうでしょう。今の僕には何とも言えません。しかし、ほとんどの人間には大なり小なり魔法の才能があります。フェルト様も修練を続ければいつかは」

 

 この二日間でルイスとラインハルトの規格外っぷりを思い知ったフェルトは雲の上を走るなどという夢のような話でも疑う事はなくなっていた。

 最初は脱走を狙っていた事もあったが、ルイスが散歩中に会ったロム爺からの元気でやっているという旨の伝言を伝えると少しは落ち着いた。騎士らしくない騎士であるルイスのマイペースっぷりを気に入ったのか二人が談笑する姿をラインハルトが影から見ていた事もあった。

 

「なんだ、フェルト様も飛びたいのか?俺が空の旅に連れて行ってやろうか?」

 

「いい。あたしは自分で飛ぶからな」

 

「そうか。まあ、精々頑張れよ。俺みたいに才能が開花するか分からんけどな」

 

「うぜぇ」

 

 ハハハと笑いながら速度を上げて空を飛ぶルイスは何度か屋敷の壁にぶつかりながらも高度を上げていった。

 そのまま永遠に上昇していくのかと思われたが、現実ではそうならなかった。

 優雅、とは言い難いが、本人が楽しんでいた飛行を中断し、自由落下によってルイスは地面に着地した。その面持ちはいつになく真剣で、

 

「すまん。屋敷に戻るわ。服は後で返しに来る」

 

「急にどうして…………そういう事か」

 

 ルイスの手の中にある崩れたガラス玉を見てラインハルトは納得したようだ。そのガラス玉の事はラインハルトも知っている。貴重なものではあるが、唯一無二の至宝という訳ではないので生前の国王にも渡されていたし、ゾルダート家本邸に行けば予備もいくつかある。そしてそれは緊急時の連絡手段として使われている。

 

「分かった。君の制服は綺麗にして置いておくよ。早くエミリア様の元へ駆けつけてあげるといい」

 

「助かる」

 

 そう短く言い残し、ルイスは膝を軽く曲げて跳躍した。地上からはかろうじて黒い点が見えるほどの高さで一旦停止し、それから目にも止まらぬ速度で飛び出した。

 先ほど使っていた飛行魔法のある種の間違った使い方だ。安全やコントロールを捨て、一つの方向へただ進む事だけに全力を注ぐ。常人がやろうとすれば、身体が負荷に耐えられなくなり、マナも一瞬で空になってしまうだろう。

 だが、ルイスにとってはその負荷など無いに等しいし、移動しながらマナを集め続けるので大気中のマナが枯渇する心配もない。

 

「おい、今のなんだよ」

 

「ルイスの主からの緊急の合図です。僕もフェルト様に危険が迫ればいつでも駆けつけますよ」

 

「んな事聞いてねーよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 危機は脱した。もちろん、議論しなければならない事は山積みだ。しかし、急を要する事態は過ぎ去った。

 そう思っていたのに。

 

「どうして、何も言ってくれなかったの……」

 

 魔獣の無法地帯となっている森のウルガルムに連れ去られた子供たちを救うために飛び出したスバル。結果的に身体のあらゆるところをウルガルムの群れにムシャムシャと齧られる事になってしまったが、子供たちを取り返す事には成功した。

 スバルの傷もエミリアとパックによって塞がれた。

 もう何も心配する事はない。そう考えて眠るスバルの側で眠ったのが半日前と数時間前。

 

 治療のために少なくないマナを消費し、長時間集中を余儀なくされた事もあり、いつもの睡眠よりも長い時間眠ってしまった。

 目を覚ました時には明るくなりかけていた空がすっかり暗くなっていた。その時にはスバルの姿はなくなっていたが、先に屋敷に戻ったのだろう。そう思って自分にかけられていた毛布を丁寧に畳んでエミリアは屋敷へと足を向けた。

 

 屋敷へと戻ったエミリアはスバルが元気になったのかを確かめようと彼の部屋を訪れた。だが、そこにスバルの姿はなかった。

 毎日真面目に仕事をしていた彼のことだ。病み上がりでもう仕事を再開しているのかもしれない。だから、エミリアは調理場や選択場、浴場などおおよそ彼がいそうな場所を探した。しかし、そのどこにもスバルの姿はない。それどころか先輩メイドであるラムやレムの姿も見えない。

 嫌な予感が頭を過り、エミリアは屋敷中を回った。案の定彼らの姿はなかった。代わりに、滅多にエミリアの前に現れないベアトリスの禁書庫へと開けて回った内の一つの扉が繋がった。そして、ベアトリスはエミリアへと向かって一言。

 

「あの男や双子なら森へ入ったのよ」

 

 何も聞かされていなかったエミリアには何故彼らが森へ向かったのかは分からない。だが、一つ分かる事はある。

 

「今度こそ本当に死んじゃうかもしれないのに……!」

 

 傷が塞がったとはいえ、運ばれてきた時には酷い有り様だった。もう少し処置が遅れれば死んでいてもおかしくなかった。

 スバルを運んできたレムは目立った傷がなかったとはいえ、それは傷を負わなかったという意味ではない。全身が血だらけであり、戦闘も出来るように改造されたメイド服にも何かに噛み付かれたような痕がいくつもあった事から相当に激しい戦闘があったのだと分かる。目立った傷がなかったのは治癒魔法か何かで治していたのだろうか、とエミリアは考えるが今はそんな事はどうでもいい。

 問題は次も無事でいられる保障がどこにもないという事だ。ラムが加わったとしても戦力が何倍にもなる訳ではない。魔獣に対抗するのには足りない。

 

「待つかしら。今のにーちゃがいないお前が行っても無駄なのよ」

 

 扉に背を向け、走り去ろうとするエミリアをベアトリスが引き留めた。

 咄嗟に言い返そうとするが、言っている事はベアトリスの方が正しい。それが分かっているからこそエミリアは言い返せなかった。

 

「でも、このままじゃ……あ」

 

 何かを思い出したようにポケットを探ると、そこには一つのガラス玉。この二日間肌身離さず持っていたが、不思議と存在を忘れていた。

 緊急時には壊せと言われているものだ。そうすればルイスに合図が伝わり、すぐに駆け付けるからと。

 今合図が伝わったとしてもルイスがいつこちらに到着するか分からない。だが、本来なら真っ先に問題を解決しなければならないはずの変態に連絡する手段はない。藁にもすがる気持ちでエミリアはそのガラス玉を握り潰した。

 

「止めても無駄よ。どう言われても私はあの子たちを助けに行く」

 

 魔獣を殲滅するのは無理でも足止めぐらいは出来るかもしれない。足止めさえ出来ればルグニカ王国最強の双璧の片割れが何とかしてくれる。

 ベアトリスの制止を振り切り、エミリアは屋敷を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラインハルトから借りた服装のまま飛び出したルイスは早くもリーファウス街道の中盤に差し掛かっていた。

 

「案外飛行魔法も使えるな。ロズワールの野郎も変態にしてはいい仕事をしてくれた」

 

 ルイスの移動速度は軽く音速を越えている。走っても出せる速度ではあるが、地上を走るのと上空を飛ぶのでは周りへの影響が違う。同じ速度で走れば地面は抉れるし木々は根元から薙ぎ倒される。

 緊急時だから仕方がないと言えばそれで終わる話だが、出来るだけそういう事はしたくない。魔獣だらけの森林ならばいいが、多くの人間が使う街道となれば話は別だ。以前街道でそれをやって修復作業に駆り出された事があった。

 その事を省みて色々な方法を考えた事がが、思わぬところに答えがあったようだ。

 

「それよりあの変態は何やってるんだ。何かあったらそれを解決するのはあいつの仕事だろ」

 

 メイザース領の当主であるロズワールには領地内で起こったいざこざを解決する義務があるはずだ。にも関わらずエミリアはルイスを呼んだ。ロズワールでも太刀打ち出来ない敵が現れた、とは考えにくい。仮にもロズワールは宮廷筆頭魔術師の名を持つ実力者だ。それを越える者はそう多くない。

 次に考えられるのはロズワールが何らかの事情で留守にしている可能性だ。実はこれが一番可能性が高い。普段から何を考えているか分からないのでふらふらとどこかに行っていても驚かない。ただ、もしそうなら後で相応の言い訳を聞かなければならないが。

 

 そうこうしている内にリーファウス街道も抜けた。

 あとは目の前に広がる森を越えるだけだ。

 

「あ、しまった。着地の方法考えてなかったな」

 

 飛行魔法を間違った使い方をして高速飛行しているルイスだが、実は飛び出すだけ飛び出して着地の方法を考えていなかった。普通なら魔法の出力を調節し、徐々に減速していくのが着地の方法なのだが、ルイスにこの方法は使えない。前に進む事だけに全力を注いでいるため、小回りが効かないのだ。

 今の状態では出力を100か0にしか出来ない。つまり、着地しようとすればこの速度のまま不時着しなければならない。ルイス自身はそれでも大丈夫だが、それ以外は大丈夫でない。屋敷の庭に着地すれば地面に大穴が空くし、タイミングを誤れば屋敷ごと貫いてしまう可能性もある。

 

「はぁ。ロズワール、これぐらい許せよ」

 

 屋敷周辺への被害を防ぐため、ルイスはアーラム村を囲む魔獣の森へと狙いをつけた。

 そして魔法を使用を止めた。重力と慣性によって前に進みながらも地面へと近付く。

 派手に木々を薙ぎ倒しながら減速し、丁度アーラム村の手前で完全に停止した。完璧な計算だった。

 

 これから屋敷に向かうため急いで森を出ると、夜にも関わらず村はなにやら騒がしかった。

 ルイスとしては一刻も早くエミリアの元へ駆け付けなければならないが、その原因がこの動騒と関係あるものかもしれない。よく見れば村人たちは剣や槍、鍋などを手にしていた。

 

「おい、何かあったのか?」

 

「ルイス様ですか。それがスバル様とレム様、ラム様が森に入ったのですが、出て来られないのです」

 

「あいつらが森に?どうしてそんな事になったんだ?」

 

「詳しくは聞いていないんですが、ただやらなければならない事があるからと」

 

 聞いてなるほど、納得した。

 エミリアはあまり自分の事で助けを求める事はしない。だが、他の人物の事となればどうだ。スバルたちを助けるために自分では力不足と感じ、ルイスを呼んだ。辻褄の合う推理だ。

 そして村人たちはそれを知らず、スバルたちを助けるために武装していると。

 

 丁度その時、アーラム村と屋敷を繋ぐ道からエミリアが走ってくるのが見えた。

 

「エミリア様」

 

「ルイス……!?どうして、まだ5分も経ってないのに……」

 

「魔法で空を飛んで来ただけですよ。それよりも」

 

「大変なの、スバルたちが森に……」

 

「……だからあいつらを助けて欲しい、でしょ?」

 

「え、ええ」

 

 困惑するエミリアをおいてルイスは再び村人たちの方へ向かう。そしてその集団の中心となっている青年の元へ行くと、彼が持っている剣を指差し、

 

「その剣、借りていいか?」

 

 ただ、そう言った。

 その青年は一瞬呆けた顔をしたが、すぐに意味を理解したらしくとても業物とは呼べない粗末な剣を手渡した。

 

「壊れるかもしれないけど、請求はロズワールの野郎に頼む」

 

「は、はい」

 

 ルイスはその剣の握りを確かめると、脅威の跳躍力で飛び上がった。

 一瞬で雲にも届くほどの高度に到達したが、魔法は使っていないのですぐに落下し始める。

 その途中、森のある場所から黒い煙のようなものが膨れ上がった。

 

「シャマク……スバルだな」

 

 何事もなかったかのように着地したルイスは先ほど青年から受け取った剣を構えた。

 すると、周囲のマナがルイスの元へと殺到し、剣が光を帯びる。

 そしてそれを振り下ろし━━━

 

 

 

 ━━━森が二つに割れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レムやラムに格好をつけて決死の覚悟でシャマクを使い、一矢報いたのはいいが、その後はなす術なく噛み殺される。そのはずだったのに、

 

「は、はは、なんだ今の」

 

 たった今、ボス格のウルガルムが消えた。何か光のようなものが通ったと思えば因縁の魔獣の姿が文字通り消滅したのだ。

 

「無事か?スバル」

 

「……ルイスか?」

 

「急いで王都から戻ってきてやったぞ」

 

「出来ればもうちょい急いでほしかったよ」

 

「王都出てから5分も経ってないぞ」

 

「…………まじで?急いでも半日はかかるって聞いたんだが」

 

「俺を誰だと思ってる。泣く子も黙る戦神様だぞ。そこらの常識で測ってもらっちゃ困る」

 

 と、軽くやり取りをして二人は二日とちょっとぶりに再会した。

 ルイスは今この場では考え得る人物の中で最も頼りになる助っ人だ。かの腸狩りをただの蹴り一発で追い払った実力は忘れない。そのルイスとライバルだというラインハルトにも言える事だが、その実力はスバルの中である意味神格化されていた。

 そんな事より何はともあれ、

 

「助かった。ありがとよ」

 

「ああ、お前も無事でよかった」

 

 二人は互いを見て笑い合った。

 ここは魔獣の森のど真ん中で魔獣はわんさかといるのにこの状態では気を抜きすぎだと思われるかもしれない。だが、ルイスが来た事で、もう大丈夫だという謎の信頼感があったのだ。

 

「スバルくん!」

 

 唐突にレムが傷だらけのスバルへ飛び付き、力の限りの抱擁をした。ただでさえこの世界基準で考えれば軟弱な身体に今は立つのも難しいほどこ怪我が追加されているのだ。メイドに似合わない怪力の持ち主であるレムの全力には太刀打ち出来ない。

 

「生きてる、生きてる。スバルくん」

 

「ちょ、レム、ヤバい。ほら、意識が……あ、またこのパターン」

 

 スバルも出来る限りレムの背中をタップしているが、レムは離そうとしない。

 

「見ない間に随分仲良くなったんたな、お前ら」

 

「そんな、事、言ってる、場合か。助け……」

 

「いいから寝とけよ。あとは俺が何とかしてやるから」

 

 最後にルイスの声を聞いてスバルは意識を手放した。

 傷は少なくないが、危険な状態ではない。穏やかな顔がその何よりの証拠だ。

 

「お前ら、とりあえずアーラム村まで戻るぞ。そこの溝を沿って行くのが最短ルートだ」

 

 先ほどの剣撃で出来た傷跡を指してルイスは未だにスバルを抱きしめたままのレムと遅れてやって来たラムに呼び掛けた。

 

「溝なんてかわいいものじゃないわね。これは谷というのよ、イス」

 

 ルイスが溝と言って指差した場所を見れば、今が夜だからという理由もあるかもしれないが、底が見えない谷が右へ左へ見えなくなる距離までも続いていた。

 

「レムの変わり様には驚いたけどラムは相変わらずだな」

 

 

 アーラム村まではレムがスバルを担ぎ上げて運び、ルイスが魔獣を排除して危険をなくしながら戻った。

 素手にも関わらず、離れた場所にいた魔獣が真っ二つになったりしたのはもはや何をしたのか分からなかったが、レムとラムの間では考えても無駄だという結論に至った。風に敏感なラムが気付かなかったので風魔法を使った訳ではなかったようだ。

 そもそも剣を持っていても離れた場所にあるものが切れるのは充分に驚くべき事なのだが、森の端から端まで斬撃を通した事実から感覚が麻痺してしまっていたのかもしれない。因みに森真っ二つ斬撃を放った時に使った村人から借りた剣は跡形もなく崩れてしまったので、後日ロズワールの方へ請求がいく事だろう。

 

 無事にアーラム村にたどり着いたあとは、ルイスが単独で森に入り、生息するウルガルムを全滅させたという事も付け加えて記しておこう。

 

 

 

 



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魔獣騒ぎのその後

 

 

 魔獣ウルガルムによるドタバタ騒ぎの翌日。

 ようやく姿を見せたロズワールにチョップを一発かましたあと、アーラム村の森との境界にルイスとスバルは訪れた。というのも、昨夜の斬撃の森への影響がどれほどのものかを確かめるためだ。

 最悪の場合、村の水源が断ち切られるという事態になっているかもしれない。もしそうならば早急に復旧させなければならないのだ。

 

「別にお前がついてくる必要はなかったんだけどな」

 

「いいじゃねーの。今日は仕事も休みにしてもらったし。それにしても……これが剣振った威力とはとても信じられん」

 

 スバルは目の前に広がる光景を見て呟いた。

 丁度スバルの足元から前方に向かって谷への入り口となる坂が形成されていた。人が通るために作られた訳ではないので、足場は平らではなくV字に近い形になっているが、歩き辛さを我慢すれば余裕で人が通れるほどの幅はある。

 地面を掘るための斬撃ではないにも関わらず、その深さは10メートルを超えている。

 

「スバルも修練を積めばこれぐらいは出来るようになるかもな」

 

「俺がこんな事出来るようになる想像出来ねぇし、その言い方ならこれ以上の事も出来るって聞こえるけど?」

 

「さぁ、どうだろうな」

 

 この世界に適合したとか何とかで多少は強くなる事も出来るかもしれないが、さすがにコレはない。

 腸狩りのエルザの時も動きが人間じゃないと思ったが、コレはエルザと比べるのもおこがましいようなデタラメさだ。リアルタイムで見ていなかったら絶対に人間がやったと言われても信じない。実際にその衝撃シーンを見てしまったのでもう笑うしかないのだが。

 

「川とかを突っ切っていってたらそこは埋めたりしないといけないからとりあえずこの溝、谷?に沿って向こう側まで行くけどお前はどうする?」

 

「これは間違いなく谷だな。ああ、急いでないならついてくよ」

 

 せっかくここまで来たのにこのまま帰るのはもったいない気がしたのでスバルはルイスについていく事にした。一応病み上がりではあるが、身体がだるいといったような事もないので問題はないだろう。もし急いでいるなら物理的についていけないが。

 王都から5分とルイスは言っていた。以前エミリアに聞いた時には急いでも半日、場合によってはどこかの町で宿泊を挟む事もあると言っていた。

 その移動には馬車ならぬ竜車を使うらしい。走る速さがどれほどのものかは分からないが、もし馬と同じぐらいだとすれば。

 考えるのは止めよう。ばか正直に計算したりしてもどうせ頭がおかしいような結果が出るだけだ。

 

「落ちるなよ?」

 

「落ちねぇよ。でも、落ちたら助けてね?」

 

「俺が見てたらな」

 

「え、それなんか嫌な予感するんだけど。ちょ、待って」

 

 見てたら、という事は逆に言えば見てなければ助けないという事なのか。あとから「あ、すまん。見てなかったわ」とか本当に言いそうで怖い。

 落ちるといっても、一応急な坂のようなものなので落ちて即死という事態にはならないだろう。が、それは落ちてもいいという訳ではない。

 落ちそうになったらプライドでも何でも捨てて喚き散らそう。幸い、ここにいるのは普段だらだらしている駄目男(スバル調べ)のルイスだけだ。エミリアたちにそれを見られる事に比べれば屁でもない。

 

 躊躇いなく村の結界の外である森へ入っていくルイスに続いてスバルも恐る恐る結界を越えた。

 

「そういやさ、ルイスが真面目に働こうとか珍しくね?」

 

「お前、いくら俺でも泣く時は泣くぞ。そりゃ、働かなくてもいいなら働きたくないさ。でもな、これは一応俺がやった事だしあとでロズワールにぐちぐち言われたら面倒だ」

 

「なんか前半言ってる事がごちゃごちゃだった気がするが、なるほどな。確かにロズっちにぐちぐち言われるのはゾッとしねぇな」

 

 道化の格好をして間の抜けた口調で話すあの男に詰め寄られるなど一種の拷問だ。出来れば、というより永遠に遠慮したい。

 

 溝という名の谷を沿って歩いて行くが、同じような景色が繰り返されて何一つ面白い事がない。森の中なので当たり前といえば当たり前なのだが。

 出来れば何か雑談の一つでもしたいものだ。

 

「あー、今思い出したけど俺昨日何があったか詳しく聞いてないな」

 

 前を歩くルイスも同じような事を考えたのか、スバルに問い掛けるように振り返った。

 さすがは自称デキる男である。

 

「そうだなぁ、事の発端は俺が村に潜む呪術師の正体を見破った事から!」

 

 丁度ムズムズしていたところだったので、スバルも饒舌になる。

 思い返してみると、結構格好悪い場面が多々あったのでちょっとだけ、ちょーっとだけ話を美化して伝えた。

 自信満々で自分の格好悪いところを話すのは少し気が進まなかった。今回の事の解決にはスバルもかなり重要な役割を果たしたという自覚があるので多少話を捏造しても許されるだろう。

 

「へー、ラムとレムが鬼族ねぇ」

 

「そうそう。俺も最初見た時はビビったけどさ、今思ってみたらかなり鬼がかってたっていうか」

 

「鬼がかる?」

 

「神がかるの鬼バージョン。最近のマイフェイバリット」

 

「……鬼族はもういないと思ってたが、案外近くにいたんだな」

 

「無視はひどくね!?」

 

 残念ながらルイスはスバルほど会話に飢えていた訳ではないらしい。

 反応に困る返答をきれいにスルーすると、ズカズカと先へ進んで行った。

 しばらくすると、水が流れる音が微かに聞こえてきた。恐らくこの先に川でもあるのだろう。ただ、先ほどまではその音は聞こえなかったので、その川に斬撃が突っ切ってしまっている可能性が高い。土木作業が必要になってしまうかもしれない。

 

「あーあ。やっぱりか」

 

 斬撃跡に沿って行くと案の定、川と見事に交わっていた。川の方が深いため水の流れが完全に三分されている訳ではないが、塞がなくてもいいというものでもない。少なくない水が逸れてしまっているので水位も少し下がっているのではないだろうか。

 

「どうするんだ、これ?その辺の木でも切り倒してくんのか?」

 

 スバルの知識では既に水が通っている場所を塞ごうとするならば、砂や土だけでは足りない。一度で塞げるほどの量を使えるなら話は別だが、そうでない少量の砂や土は水に流されてしまうからだ。

 ルイスは常識で測れない力の持ち主だが、大量の土を一度に運ぶというのは力の大小の問題ではない。無論、その重量を持ち上げられるだけの力は必要だが、それ以上の力があったとしても一つの固体ではない土を運ぶのは難しいと言わざるを得ないだろう。

 故にスバルは周りで使えそうな木を提案したのだが、

 

「いや、その必要はない」

 

 ルイスはバッサリと切り捨てた。

 ならば他に何か使えるものがあるのかと答えを聞く前に頭を回転させるが、答えは見つからない。そうしているうちにルイスは答えを行動で示した。

 

「ヒューマ」

 

 魔法の詠唱。それが短く発せられると、斬撃にやられてしまった場所の水が凍り、水の流れを通常の状態へ戻した。

 

「……魔法って手があったか」

 

「皆俺が剣とか拳とかだけの野郎だと思ってるらしいけど俺はラインハルトと違って魔法も使えるから」

 

 実はこの周回ではルイスと魔法関係の話はしていない。前回までの周回でルイスの危険性は低いと判断した事とレムやラム、ロズワールからの信頼を勝ち取らなければならなかった事、謎の呪術師の正体を一刻も早く突き止めなければならなかった事が理由だ。

 つまり、ルイスからすれば自身の魔法の話をするのは初めてという事になる。自慢するようなドヤ顔からもスバルが知らないと思っての事だろう。

 

「まぁ、その言い方だと戦闘だけって事に変わりはないけど」

 

「何か言ったか?」

 

「いいや、なんにも」

 

「俺は戦闘だけじゃなくて家事、洗濯、その他もいける」

 

「ちゃんと聞こえてるじゃねぇか!」

 

 塩と砂糖を間違えたり竹箒をバッキバキにしたりするのにそれはいけるというのだろうか。少なくともスバルの常識の中では初心者でも塩と砂糖を間違えるのは稀だし、箒をバッキバキにするなど論外だ。何をどうすればそんな事になるのか。

 当のルイスは本気で言っているのか冗談で言ったのか分からないが今作った氷の壁の前にスッと飛び降りた。

 メイドとして仕事に慣れているラムに勝負を持ち掛ける時点で恐らく本気で言っているのだろうが。

 

「ドーナ」

 

 それは先ほどとは違う魔法の詠唱だった。

 これまで見てきた治癒魔法、氷魔法、風魔法、陰魔法とも違う。スバルにとって初見の魔法だ。

 その詠唱と共に地面が徐々に盛り上がり、氷の代わりに土の壁が修復される。だが、その速度はあまりにも遅かった。

 スバルの考える土魔法はもっと爆発的に地面が盛り上がったり瞬時に壁を作り上げて盾としたりというものだったのだが、これでは実戦には使えないだろう。

 

「それ、どんぐらいかかりそう?」

 

「土魔法は訓練してないからもうちょっとかかるな。でも、あんまりちょろちょろしてると魔獣に襲われるぞ」

 

「え、魔獣全滅させたんじゃねぇの?」

 

「魔獣っていってもこの辺り、あいつらの足で一日で移動出来る範囲だけだ。もしかしたらウルガルムよりも足が速い魔獣が俺が帰った後に全速力でこの辺に来てるかもしれない」

 

「マジか……」

 

 今のスバルの呟きには二つの意味合いが含まれている。一つは当然、近くに魔獣がいるかもしれないという事に対してだ。だが、もう一つはズバリ「一日で移動出来る距離って何よ!?」という事だった。

 ウルガルムの群れから逃げた感じ、恐らく走る速度はスバルの調子が良い時の全力疾走と同じぐらいだ。仮に一日中その速度を保ち続けられるとすれば、移動出来る範囲は膨大となる。

 その範囲全ての魔獣を一晩で狩り尽くしたとなると、昨夜も思った事ではあるがルイスの方が魔獣よりもよっぽど化け物である。

 

 正確に言えば、森を抜けた平原や他の魔獣が縄張りとしている場所など除いたので放射状に全ての範囲を見回った訳ではないが、それをスバルは知らないし、そもそもそれでも充分に化け物といえるので問題はない。

 

「あー、暇だ、暇だ。何か話しようぜ。例えばそう……恋バナとか!」

 

「恋ばな?」

 

「恋愛の話って意味」

 

「そうか、まぁ、お前はエミリア様だもんな。膝枕してもらってたし」

 

「ちょ!?お前も見てたのかよ!」

 

 エミリアの膝枕で寝てしまった時レムやラムに見られていた事は知っていたが、ルイスにまで見られていたらしい。先ほどルイスの前で喚き散らす覚悟をしたばかりだが、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

「と、に、か、く!ルイスの恋愛事情はどうなってるんだ?」

 

「別に考えた事はないな」

 

「そんな事言って~。気になる子の一人や二人はいるんじゃねぇの?」

 

「いや。真面目に言ってな、俺の周り男ばっかだったから。うん、俺が女だったらまだその可能性はあったが」

 

 確かに騎士団のような所なら男所帯でもおかしくない。

 だが、このまま引き下がるのも面白くない。

 

「ならさぁ、お前がもし女なら誰かいいやついんの?あ、俺はだめだぞ」

 

「もし俺が女なら……ラインハルトだな。仲良くやれそうだし、とりあえず大体の厄介事は解決出来るほどには強い。それに何より養ってくれそうだからな。俺は家であいつが帰ってくるのを待つだけ」

 

「お、おぉ」

 

 冗談で聞いたつもりが以外とマジな答えが返ってきたので話を持ち掛けたスバルも反応に困った。

 正直、スバルの中ではラインハルトという人物を測りかねている。初対面の時はそれはもう爽やかで頼りになる自分が女だったら惚れてたという評価だったのだが、二度目の対面となった盗品蔵では急にルイスと組み手という名の何かを始めて蔵を崩壊させたちょっとおかしい人という評価になった。

 盗品蔵でのアレは恐らく拳で語り合う的な何かだと思うので、ルイスとラインハルトが仲良くやっているというのは分かるのだが、あのラインハルトの豹変はルイスに対してのみだと信じたい。もしスバルが何かをやろうとして突っ掛かって来られたのではたまったものではない。

 

「もうそろそろ終わるぞ」

 

 いつの間に土魔法での修復作業が終盤に差し掛かっていたらしい。見てみれば、土の壁は川の水位よりも高くなっており、この状態で終わっても問題はないだろう。だが、本人は最後までやり遂げたいらしい。

 作業ももう終わる。それに水を差すような真似はしまい。

 しかし、ここで一つスバルの頭の中で引っ掛かった。

 

「て言うかさ、魔獣狩り尽くすために森中回ったんなら被害とかも見えたんじゃないの?」

 

 本当かどうかは分からないが、仮にもウルガルムが一日で移動出来る範囲を全て回ったのなら当然斬撃跡も通っているはずだ。わさわざもう一度確認しに来る必要はないだろう。

 まさか嘘だったのだろうか。だが、現在スバルは死んでいないし、ベアトリスやパックにもう大丈夫だとお墨付きを貰っている。スバルを襲ったウルガルムを全て狩ったというのは間違いない。

 そこまで頭を回したところで、

 

「いや、お前考えてもみろ。その範囲を一晩で回ったんだぞ?いちいちこんな細かい所見てる訳ないだろ」

 

 と、至極単純な答えが返ってきた。

 そりゃそうだ。この谷は深さは10メートル以上あるが、幅は5メートルあるかないかというほどだ。ウルガルムが一日で移動出来る範囲を一晩で全て回れるほどのスピードなら見落としてもおかしくない。

 少しでもルイスを疑ったスバルは自分を恥じた。

 

「よし、終わった。じゃ、帰るぞ」

 

「この先は確かめなくていいのか?」

 

「心配しなくてもこの先に川とかはないさ。水の音がしないからな」

 

「え、なに、地獄耳?」

 

「昨日走り回った時に聞こえなかったって話だよ」

 

 

 ひとまず被害の確認作業を終えて二人は村へ、そして屋敷へと戻った。

 屋敷の庭ではエミリアが微精霊と話をしており、スバルはルイスを置いて彼女に駆け寄った。ルイスは気にする様子もなく自身の部屋へと戻って行った。恐らくそのまま寝るかごろごろする事だろう。

 騎士とはおおよそ違った振る舞いに思えるが、想像上の騎士に多く見かける規律を重んじるあまり頭が無駄に硬くなった頑固野郎などよりはよっぽどマシだ。むしろ話し易くて大いに助かる。

 

 たまにはあいつと二人で出掛けるのも悪くないかもしれない。そう思ったスバルだった。

 

 

 

 

 

 



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王城での一幕

 

 

 魔獣騒ぎから数週間が経った。

 スバルはすっかり使用人生活に慣れ、仕事が板に付いてきた。今までラムがやっていた仕事をほとんど肩代わりする日もしばしばだ。ラム曰く、ちゃんと仕事が出来ているか監視しているらしいが、真偽のほどは分からない。

 対してルイスは食っては寝て食っては寝てを繰り返していた。それで良いのかと思うかもしれないが、一応魔獣騒ぎの終結の立役者であるし、騎士としての役割は果たしているので問題はない。

 スバルはこき使われ、ルイスは甘やかされる。そんな平和な時間が過ぎていた。

 しかし、その平和な時間も長続きはしなかった。

 

 

 ロズワール邸に一台の竜車が到着した。

 商人が使うような荷台に簡素な屋根が取り付けられているものではなく、内部がまさしく客室といえるようになっている豪華なものだ。それを曳く地竜もどこか威厳のある顔つき体つきである。

 それだけで乗っている者が重要な役割を持っていると分かる。事実、その者は重要な役割を持って参上したのだった。

 

 使用人の立場であるスバルは現在エミリアと出掛けている最中なのでラムとレムだけで出迎え、主であるロズワールが待つ客室へと案内した。

 

「ようこそ、我が屋敷へ。ルイスくんも呼んできた方がいいかーぁな?」

 

「必要ないですよ。話がややこしくなりそうにゃんで」

 

「それは残念だーぁね。彼を叩き起こしてこようと思ったのに」

 

 軽口を交えてこの場所を訪れた使者、フェリスはロズワールの正面の椅子に座った。

 屋敷の主の許可なく座るのは失礼だと思われるかもしれないが、相手はこの大事な面会でも道化の格好をしているふざけた人物である。少々の事は問題にならない。

 

「エミリア様はお出かけされているからねぇ。まずはこっちの話を始めようじゃーぁないか」

 

 レムは家事のために退出し、ラムは付き人としてロズワールの背後に控えたところでロズワールは話を切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王選候補者エミリアの騎士ルイス・フォン・ゾルダートの朝は遅い。

 誰よりも早く起きて仕事を始めるレムはもちろん、それに続くラムやスバル、果てには主であるエミリアよりも遅い。朝食の時間の直前に起きてくることもしばしばだ。

 しかし、掃除の邪魔などの理由で叩き起こされる事はあっても咎められる事はない。その理由は単純で、ルイスがやるべき事というものがないからだ。そう何度も魔獣が問題を起こすような事はないし、かといって人間が襲ってくるかといえばそういう訳でもない。そもそも大抵の相手ならばロズワールだけで片がつく。

 視点を変えて鍛練をするのはどうかといえば、打ち合いとなればラインハルトぐらいしか相手を出来ないし、例え素振りだとしても少し力を入れれば屋敷など簡単に吹き飛ぶ。

 ここまでくれば何故ここにいるのか分からなくなりそうだが、そればかりは彼の父親が働きたがらない息子を何とか働かせようとした結果なので仕方がない。ルイス本人としてはなかなかに快適な暮らしで気に入っているで踏んだり蹴ったりなのか結果オーライなのかよく分からない。

 

「……よし、朝食まであと5分」

 

 本日開口一番の言葉がこれである。

 実際に時間を確認した訳ではないが、こういう時のルイスの腹時計はかなり正確である。恐らく間違っていない。

 そうと決まればやるべき事は一つ。食堂へ直行だ。

 

「なんで誰もいないんだ?」

 

 自室を出た時が朝食5分前だとして今は丁度朝食が始まる時間のはずだ。だが、食堂には誰一人としていなかった。

 おかしい。

 そう考えてルイスは特に何かを考えた訳でもなく窓から庭を覗いた。すると、

 

「げ……」

 

 門近くに停車している豪華な竜車、そしてその側に立つ貫禄のある老人が目に飛び込んできた。それもただの老人ではない。ルイスが苦手意識を持つ数少ない人物である。

 名をヴィルヘルム・ヴァン・アストレアという。今は旧姓のヴィルヘルム・トリアスを名乗っているが、ルイスの親友にしてライバルの祖父にあたる男だ。それだけならば何の問題もないのだが、ヴィルヘルムは十年以上前に家を飛び出しており、アストレア家との関係は複雑になってしまっている。

 家を飛び出してからは三大魔獣の一つ、白鯨を追っているらしい。神出鬼没の魔獣を十年以上も追い続ける姿はどこか狂気を感じさせ、積極的には近付きたくない。

 

「あの人がいるって事はクルシュ様も来てるのか?」

 

 ヴィルヘルムは現在、エミリアと同じく王選候補者の一人クルシュ・カルステンに仕えている。となれば、クルシュが来ているかもしれないという推測にたどり着くのは当然のこと。

 そしてクルシュが来ているならその騎士であるフェリスも来ているだろう。フェリスは近衛騎士団の中でも仲が良い(とルイスが思っている)人物トップ5に入っている。先日ラインハルトとの模擬戦の際ちょっとした事故があったが、友人として顔を出すのもいいだろう。と、思ったが、

 

「やっぱり眠いからいいか」

 

 別にわざわざ会いに行く必要もないかと思い直してルイスは再びベッドに伏した。何かあれば呼びに来るはずだ。そう、わざわざ自分から赴く必要はないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、ルイスが叩き起こされる事なくフェリスは話し合いを終えて帰還した。どうやら王選関係で明後日に王都へ出発するらしく、そのついでに魔獣騒ぎの時にゲートを損傷したスバルの治療をしてもらうらしい。

 スバルは王選関係の事に首を突っ込む気満々だったようだが、エミリアはそうなると思ってスバルが王都へ行くのは反対していた。実際にはスバルのゲートを治療してもらうには王都にいるフェリスの元を訪れる必要があるので避けられないのだが。

 スバルは絶対に無茶をするからとはエミリアの言だが、ルイスとしては別にスバルが王選に関わろと関わらなかろうとどちらでも良い。ただ、関わった方が面白くなりそうだとは思っている。

 

 そしてあっという間に明後日。朝からの出発なので朝食が終われば皆慌ただしく王都行きの用意を始めた。それは普段ふざけいているロズワールも同じ事で、普段と変わらないのはルイスと禁書庫に籠っているベアトリスぐらいだった。

 

「ほらほら!出発の時間だぞ!」

 

 ドンッ!とルイスの自室の扉が開かれた。声の主はラムにケツを叩かれたスバルだ。

 

「はいはい、今行くから」

 

 ルイスは怠そうに立ち上がり、辺りを見渡した。部屋にはほとんど物が置かれておらず、探し物ならすぐに見つかる。だが、スバルの前でルイスは視線を二周三周と回す。

 

「ん?どしたの?」

 

「しまった!取りに行くの忘れた!」

 

「取りに、って何を?」

 

「そんなの……剣に決まってるだろ」

 

 ルイスは膝をついて悔しそうに言った。

 

「剣ならあるじゃん」

 

 スバルは漆黒の剣を指差して言ったが、ルイスが探しているのはそれではない。

 ルイスが探しているのはラインハルトとの模擬戦用の剣だ。前回使った物は灰となってしまったので新しい物を用意しなければならなかったのだが、今度、また今度と思っているうちに今日という日が来てしまったのだ。ルイスの実家にはいくらでも剣はあるので取りに行けばいいだけの話なのに面倒がっていた結果がこれだ。

 因みにラインハルトの中では必要な時には必要なだけ剣が手元に来る事になっているのでラインハルトが持ってくるという選択肢はない。

 

「くっ、こうなったらロズワールの野郎に頼むしかない。こんなでかい屋敷なんだから剣の一本や二本はあるだろ」

 

 スバルをおいてルイスは早々に立ち去った。

 

 ロズワールの元へ到着するなり「なんでこんなガラクタしかねぇんだよ」「借りる側なのにずーぅいぶん態度が大きいじゃーぁないか」「こら、喧嘩しないの」とひと悶着あり、一行は王都へと出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、ルイスは?」

 

「ルイスなら制服を取りに行くってラインハルトの所に行ったわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王選候補者が王城へ召集されたのはエミリア達が王都へ到着した翌日となっている。そのため、ルイスを除いたエミリア一行は宿で一夜を明かした。

 ルイスは制服を取りに行ったついでにラインハルトの所で一夜を明かし、その足で王城へと向かった。

 

「あーあ、今回の模擬戦はお預けか」

 

「すまないね。今は君との模擬戦に耐えうる剣がないんだ」

 

「そうだろうと思ってたけどさぁ」

 

 王城に到着してからもルイスとラインハルトは近衛騎士団が勢揃いする中遠慮なく喋っていた。

 普段は面倒がって動こうとしないが、ラインハルトが絡むとその限りではないのがルイスという男だ。

 

「今回の模擬戦は休みかい?ふっ、それは残念だ」

 

 二人の会話に割り込んできたのは紫色の髪をなびかせるユリウスだ。いつも模擬戦の立会人をしてくれるのでお世話になっている人物である。

 口では残念などと言っているが、その顔はどうみても残念そうには見えない。それどころかいつにも増して爽やかな顔をしているように見える。

 

「なら変わりに模擬戦するか?ユリウス」

 

「稽古をつけてくれるというなら私としては断る理由はないが、出来れば君よりもラインハルトに頼みたいものだ。私の実力では君たちといきなり実戦をしても得られるものはほとんど無いからね」

 

 ユリウスが稽古相手にラインハルトを望むのはしっかりとした理由がある。ルイスとラインハルトの間に実力の差はほとんど無い。ならば何故ラインハルトを望むのかといえば、それは一重に稽古時の指導の違いがあるからだ。

 例えばルイスがユリウスに稽古をつけた場合、中途半端に実力があるためほとんど実力形式のものとなり、指導の際も「ここでこうだ!」「ここをスッとしてドンッだ!」などのほとんど何を言っているのか分からないものとなってしまう。

 対してラインハルトの場合は『剣聖の加護』によって何がいけないのか、何が足りないのかが明確に理解出来るため、相手にとって必要なアドバイスを的確に与える事が出来るのだ。

 

「そういえばフェリス、うちのスバルがお世話になるみたいだな」

 

「ああ、その事ならもう対価は貰ってるからお礼は……」

 

「またロズワールの野郎と何か企んでないだろうな?俺はまだあの屈辱の日々を忘れてないぞ」

 

「屈辱の日々ってそんにゃ大袈裟な……」

 

 ルイスの言う屈辱の日々とはフェリス作の猫耳を付けて過ごし日々の事である。確かに大袈裟な話だった。

 

 そうして近衛騎士団に所属する者同士仲を深め合っていると最初にクルシュ、続いてアナスタシタ、エミリアが登場した。

 そしてかなりの時間を置いて最後にプリシラが満を持して登場、したのはいいのだが、その側には何故かスバルが着いていた。

 

「スバル!?どうしてここに……」

 

 それに一番動揺していたのはエミリアだった。スバルには宿で待っているように言ったし、レムを監視につけていたからだ。

 エミリアはスバルに詰め寄ろうとするが、その動きは王不在の現在国政を取り仕切っている賢人会の面々が入場してきた事で中断された。

 王選候補者は近衛騎士団や貴族たちが並ぶ前で横一列に並び、プリシラと共に遅れて来たスバルとプリシラの護衛か騎士と思われる兜の男は近衛騎士団の列、ルイスたちのすぐ側に加わった。

 

「やあ、スバル。久し振りだね」

 

「おお、ラインハルト。盗品蔵の時以来だな」

 

 スバルが最初に話しかけたのは赤髪の好青年ラインハルトだった。

 

「ルイスから話は聞いたけど元気そうで何よりだよ」

 

「俺がルイスから聞いた話の半分以上はお前のことだったから、まぁ、元気だとは思ってたよ」

 

 実はスバルがルイスに話を聞く時、その内容のほとんどにラインハルトが絡んでくるのだ。

 魔法の話になれば、どう使ってラインハルトを倒すだの、魔獣の話になれば以前ラインハルトと競争してたらいつの間にか魔獣がいなくなっていただの例を挙げればきりがない。

 それはまだ良い方で、平野で斬撃の威力比べをしようとしたが色々あって途中で諦めた話などを聞いている内にスバルの中でルイスとラインハルトの二人は別次元の住人になっていた。今さら風邪の一つでもひいたなどと言われてもとても信じる事は出来ない。

 

「それより、来るなって言われてたのにどうやって来たんだ?」

 

 ここは王都の中でも最重要施設の王城だ。ましてや今は未来の王を決める王選に関わる行事の最中。いくら口で説明したとしても立場上の主人であり、身元が保証されているエミリアやロズワールなしのどこの馬の骨かも分からない人物がこの場所に来る事は不可能のはずなのだ。

 

「来る途中であいつに拾われてさ」

 

 そうしてスバルが視線で示した先にいたのは豊満な胸を惜しげもなく強調するドレスを着こなすプリシラだった。

 

「なるほどな。でもお前、何かやらかしてないだろうな?最悪後で面倒くさい事になるぞ」

 

「いや、何もやらかしてない……はずだ」

 

 プリシラはエミリアと対立する立場にある。何か粗相をすれば後で取り返しのつかない事態に陥る可能性があるのだ。それはルイスとしても遠慮したい。

 

 ともあれ話は無事に進み、待機していたフェルトが入場し、王選候補者達は順番に演説のようなものを繰り広げていった。龍に盟約を忘れてもらうというクルシュや欲のために国を手に入れようとしているアナスタシア、自分が勝つと確信しているプリシア。なかなか個性的でおもしろい面子が集まっている。と、ルイスは呑気に考えていた。

 

 そうしているうちにエミリアの番が回ってきた。

 

「では次に、エミリア様」

 

「はい」

 

 近衛騎士団長に呼ばれ、エミリアが前に出る。かなり緊張しているようで体はガチガチだ。だが、問題はエミリア自身よりも周囲の人間だった。

 様々なところから「銀髪のハーフエルフ……」や「嫉妬の魔女……」などの声が聞こえてくる。

 

「落ち着けスバル」

 

「っ、ルイス。お前はなんとも思わねぇのかよ」

 

「いいから大人しくしとけ。今はな」

 

 そしてエミリアと共にロズワールが壇上に上がり、エミリアが王選候補者になるに至った経緯を話した。そこまでは先ほどまでの王選候補者たちと同じだ。

 しかし、やはり一筋縄ではいかない。

 

「銀髪の半魔など招き入れるだけで恐れ多いと何故気付かない。穢らわしい」

 

 賢人会の一人、ボルドーがそう言ったところでスバルの我慢が限界を迎え、爆発――する前にカンッとしう金属質な音が響いた。

 その音はスバルのすぐ近くから発せられていた。振り返るとルイスが神剣の鞘を床に打ち付けていたのだ。

 

「さっきから半魔だの嫉妬の魔女だの言っている馬鹿は誰だ」

 

 場が静まりかえっていた事もあって普段の能天気な態度からは想像もつかないような冷たい声があらゆる者の耳に届いた。

 

「ば、馬鹿だと!?」

 

 それに反応したのはボルドーだ。

 

「だってそうだろう。エミリア様は俺の主だ。ただの濡れ衣で穢らわしいとまで言われれば当然俺も良い気分じゃない。その言葉は俺も聞き流せるものじゃない。なんなら今すぐ戦争してエミリア様を王にしてもいいんだぞ」

 

「貴様ぁ!何を言っているか分かっているのか!」

 

 ボルドーは顔を真っ赤にして叫ぶ。

 その時ロズワールがルイスとボルドーの間に立った。

 

「ルイスくん。まさか自由奔放主義の君がこーぉんな短慮に走るとはねーぇ。驚きだよ。即刻謝罪して取り消したまえ」

 

「取り消さねぇよ」

 

「そうかい」

 

 ロズワールを中心にマナの奔流が激しくなる。

 近衛騎士の面々も思わず後退りしている。それほどに力の激流は膨大だった。だが、ルイスは一歩も動かずその目線の先にロズワールを捉えている。

 

「ロズワール。俺に勝てるつもりでいるのか?」

 

「もちろん勝てないだろう。――一対一の状況ならね」

 

「どういう意味だ」

 

「こういう意味さ」

 

 そう言いながらロズワールは火のマナを操り炎を出現させた。それもただの燃える炎ではなく豪炎ともいえる巨大な火球だ。存在するだけでこの場にいる者の肌を炙る。

 

「確かに君の力ならこれを無効化する事も容易いだろう。だが、この場で君は本気が出せるのかな?一歩間違えば同僚、あるいは賢人会の方々を巻き込んでしまうこの場で」

 

「――――」

 

「抵抗はしない事を勧める。何人かは巻き込んでしまうかもしれないが、それも含めて君への懲罰としよう」

 

 普段のふざけた態度を欠片も見せず、ロズワールは淡々と告げた。

 

「何人か巻き込むかもってふざけんな!」

 

 それに割り込んだのは今まで黙っていたスバルだった。他人の喧嘩に無意味に巻き込まれるなど許容出来る事ではない。だが、

 

「ふざけてなどいないさ。君は元々来るなと言われていた場所に来たんだ。何かしら罰があって然るべきだと思わないかい?」

 

「っ……」

 

 スバルは元より正当な理由があってこの場にいる訳ではない。更に言えば、主であるロズワールの許可も受けていない。たまたまプリシラについて来ただけで不法侵入と言われても文句は言えない立場なのだ。

 

「そうだ。そうして大人しくしているといい。――アル・ゴーア」

 

 巨大な火塊がルイス、スバルの元へと迫る。

 スバルは不安になって視線をルイスに合わせると、ルイスは剣を抜く事もせずに直立不動であった。

 死んだ。スバルはそう覚悟したが、いつまで経っても地獄の業火が身体を炭にする事はなかった。

 

『ニンゲン風情がボクの娘を目の前に、言いたい放題してくれたものだ』

 

 そこには炎の残像はなく、白い蒸気が漂っている。そして目線を上げるとそこにはスバルもよく知る猫型精霊が腕を組んで見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの一触即発という空気は実は芝居だったと聞かされてスバルは腰が砕けそうになり、なんとか耐えた。

 さっきのは冗談だけどいざとなったら本気で戦争するよというような内容でルイスは賢人会に謝罪し、ロズワールとパックもエミリアの力を知らしめるためだったという内容で謝罪した。

 しかも耳打ちでスバルが聞いた事によれば、ルイスはあの状況でも周りに被害を出さずにロズワールを制圧出来るらしく、あの時は前もって手を出さないように言っていただけで本来ならラインハルトも黙っていなかったらしい。

 スバルとしては前もって何も聞いていなかったので文句の一つでも言ってやりたかったが、芝居中の台詞だったとはいえこの場に来るなと言われていたのは事実だ。文句は呑み込んだ。

 

 そうして話は円滑に進んでいくかと思われたが、パックにもビビらなかった賢人会の一人、マイクロトフが爆弾を投下した。

 

「ところで、そちらの御仁はどういった立場になるのですかな?」

 

 



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悪意の気配

 

 

 目を開けるとそこには知らない天井、ではない。これで見るのは二度目になる。一度目はほんの数十分前。実は今も寝ていた訳ではない。布団に潜って目を瞑っていただけだ。

 

「どうしろって言うんだよ……」

 

 スバルは起き上がり、先ほどのエミリアとのやり取りを思い出す。否、あれはそんなものではない。ただの子供のような言い合いだ。頭に血が上って心にある事ない事を構わずぶちまけたのだ。

 もちろんスバルにだって言い分はある。エミリア好きを公言し、エミリアのためなら命だって懸けられるスバルが彼女を傷付けるような事を言う訳がない。全てはあの呪いのような制約のせいだ。

 

 他人に“死に戻り”に関する事を伝えようとすれば時が止まり、魔女が心臓を掴みにやって来る。今まで何度か他人に伝えようと試みたが、それのせいで伝えられず終い。エミリアにも言う事は出来なかった。

 

 結果、一番言いたい事は言えず、エミリアとの仲を自ら引き裂くような事を口にしてしまった。

 

「エミリア……」

 

 今のスバルに出来る事はない。

 出来るのは精々エミリアが去り際に投げ捨てて行ったローブを握りしめる事ぐらいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スバルの様子はどうだった?」

 

「怪我とかは大丈夫そうだったけど元気かどうかって聞かれると答えに困るって感じだった。なんかエミリア様と喧嘩したみたい」

 

 スバルはマイクロトフにどういう立場なのか尋ねられ、エミリアの騎士を名乗った。そしてその行動が騎士団から反感を買う事となり、騎士団を代表したユリウスに完膚なきまでに叩きのめされたのだ。

 ルイスとラインハルトはそこまでする必要はなかったのでは、と思っているが。

 

「そうか、スバルがエミリア様と……」

 

「もう明日には屋敷に帰る事になってるから喧嘩別れみたいな形になったな」

 

「……どうでもいいけどよー、てめーらここで暗くなる話止めろよ」

 

 ルイスがラインハルトと話しているのはフェルトに与えられた控え室の中だ。本来ならルイスはエミリアの控え室にいるはずなのだが、今のエミリアはとても話し掛けづらい空気を放っていたので相手をロズワールに押し付けて逃げてきたのだ。

 ルイスがスバルとエミリアのやり取りを知っているのも本人たちから聞いたのではなく、ただスバルが眠っていた部屋の前で盗み聞きしていたに過ぎない。

 

「そうだな、ラインハルトと二人で話したい事もあるし、ちょっと外に出るか。フェルト様の護衛は他にもいるんだろ?」

 

「そうだね。じゃあフェルト様、ここで大人しく待っていて下さい」

 

「分かってるっつーの」

 

 腕を組んでドスッと腰を下ろしたフェルトに背を向けてルイスとラインハルトの二人は部屋を後にした。

 そして向かったのは練兵場の待合所だ。今は誰かが使っているという事はないので人通りはない。

 

「僕と二人で話したい事というのは?」

 

「ちょっとな、スバルが気になる事は言ってたんだよ」

 

「気になる事?」

 

「ああ。エミリア様はあの盗品蔵の事件で初めてスバルに会ったって言ってるけどスバルはそれよりも前にエミリア様と会ってて、しかも何かで助けられたらしい」

 

 いつ、どこで、どのように助けられたかは言っていなかったが、スバルは確かにそう言っていた。壁越しではあるが、ルイスは耳は良い方だと自負しているし、スバルもエミリアも感情的になって声を荒げていたので聞き間違えはしない。

 

「二人ともとても嘘を言ってるようには聞こえなかったし」

 

「なるほど、それは確かに気になるね。いや、そう言えばあの事件の前に僕が初めてスバルに会った時はエミリア様を探していたみたいだった。今にして思えば盗品蔵で何かが起こるのを知っていたような口振りでもあったかもしれない」

 

 ラインハルトの言葉を受けてルイスは顎に手を置いた。

 以前からスバルの事で頭に引っ掛かっていた事がある。危険性があるものではなかったし、気のせいで済ませられる範囲のものだったので放置していた程度の事だ。このまま何もなければ忘れ去っていたかもしれない。

 しかし、それが徐々に点と点が線で繋がるように、現実性のあるものに変わっていく。

 

「……俺がお前のところの別邸から緊急で帰った時があっただろ?」

 

「そんな事もあったね。詳しい話は聞いていなかったけど」

 

「実はあの時屋敷の近くの村の子供が魔獣に連れ去られるって一大事が起こってたんだけどな、一番の功労者がスバルで子供たちを探し出したのもスバルらしい」

 

 それはエミリアから聞いた情報でもあり、レムから嬉々として語られたスバルの武勇伝でもある。実際に目にした訳ではないが、とても素晴らしい働きだと言える。それこそ近隣の村で英雄だと呼ばれてもおかしくないだろう。しかし、

 

「偶然かと思ってたが、よくよく考えてみるとこれと言った特殊能力も無いスバルがあの時いなかったロズワールは例外としてもエミリア様やパック、鬼化出来るレムや千里眼を使えるラムよりも早く事態を察知出来るとは思えない」

 

 そう、ルイスがスバルと過ごした感じで言うと、スバルには特筆すべき能力は何もなかったはずなのだ。強いて言えば本人の明るさが目立つといえば目立つが、こと戦闘において発揮されるような能力は感じられなかった。

 それが屋敷の他の人間よりも早く異常を認められるなど普通はあり得ない。

 

 しかもパックに聞いた話ではスバルはウルガルムに付与された呪いをベアトリスに解呪してもらったらしい。より親しかったはずのパックではなくベアトリスに、だ。

 例えばスバルがエミリアと談笑している時にパックが呪いに気付いて解呪してもらったとする。これならまだ分かる。パックが偶然スバルの身体の状態でも探ったのだろう。おかしいところはない。

 だが、それがベアトリスなら?話は少々変わってくる。親しくもない相手の身体を心配したりはしないだろう。つまりかなりの確率でベアトリス側からではなくスバル側から呪いないしは身体の状態についてのアプローチがあったという事になる。

 そうなれば必然的にスバルはウルガルムの事や呪いの事を知っていた事になる。

 

「そんな一大事にロズワール辺境伯は留守にしていたのかい?」

 

「ああ。あの野郎、肝心な時に役に立たないからな。……って、そんな事は今はどうでも良い」

 

「すまない。話が逸れたね。それで?」

 

「これから起こる事を示唆するような言動に常人よりもかなり優れた状況察知能力。ラインハルト、お前の話とこの話を合わせると一つの可能性が浮かぶだろ」

 

 スバルのこれから起こる事を見通したような行動は魔獣騒ぎだけでなく盗品蔵の事件でもあった。さすがにそんな偶然がそんな短期間に何度もあるだろうか。

 ルイスが考えているところへラインハルトもたどり着いたようで、驚きを含んだ声をあげた。

 

「まさか……!スバルは未来が見えているとでも言うのか!?」

 

「あくまで仮説だけどな。でもそう考えると辻褄が合うような事はないか?」

 

「否定は出来ない。あの時のスバルは迷いなく盗品蔵の方向へ歩いて行っていた」

 

「そこで一つ聞きたいんだが、未来が見える加護みたいなのは存在するのか?」

 

 ラインハルトは望んだ加護を授かる事が出来る。加護の事を聞くにはこれ以上の適任はいない。

 

 そのラインハルトは目を閉じ、考え込むように少し黙るとゆっくりと瞼を持ち上げた。

 

「…………結論から言うと分からない。僕はどんな加護でも授かる事が出来るが、例外もあるんだ。身近な例で言うと君の『戦神の加護』。それは僕がどんなに望んだとしても授かる事は出来ないんだ」

 

「つまり、ラインハルトが手に入れられないだけで未来視の加護的なものはあるかもしれないのか」

 

「役に立てずすまない」

 

「いや、気にしてないさ。話は戻るが、スバルが過去にエミリア様と会った事があるって言ってた事はその未来視的な能力と関係があると思うか?」

 

「どうだろう。もしかすると、そのエミリア様と会ったという時間よりも更に過去に視た未来の中で救われた、という事かもしれない。でも、その場合は視た未来と違った未来が訪れたら事になるのか……」

 

「ダメだな……今考えただけじゃ、答えにはたどり着けない。今度それとなく聞いてみる事にするか」

 

「僕の方でもそういう能力を持った人間が過去にいたかどうか調べてみる事にするよ」

 

「じゃあ俺はそろそろ戻るわ」

 

 そう言って席を立ったルイスに背後から声が掛かった。

 

「ルイス」

 

「なんだ?」

 

「君も色々ものを考えられるんだね」

 

「ハハハ…………ぶっ飛ばすぞ?」

 

 と、密会のように議論していた訳ではあるが、例えスバルが未来視もしくはそれに近しい能力を持っていたとしても別段何かをしようという訳ではない。

 味方であれば何も問題は無いのだから。そう、味方であれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロズワール邸に帰還してからはや二日。

 スバルとレムは王都にあるクルシュの屋敷におり、ロズワールは挨拶回りとやらで不在のためロズワール邸の人口密度は約半分となっている。更にはエミリアの口数も減ってしまったので屋敷全体の雰囲気も心なしか暗くなった。

 

『……二日続けて蒸かし芋かよ』

 

『何?文句でもあるの?』

 

『文句しかねぇけど』

 

『ハッ。ラム一人だからこそ得意料理を振る舞ってあげようというこの心遣いが分からないなんて、さすがはイスね』

 

 というやり取りの中でもエミリアは言葉を発する事はなかった。それはいいのだが、問題は他にもある。

 朝食後、ラムがルイスの部屋を訪れたのだ。それも箒などの掃除道具を持たずにだ。今までこのような事は無かったし、そもそもラムの表情がいつもの見下すような目付きではない。どこかに焦りが見える。

 

「どうしたんだ?」

 

「森に怪しい気配があるわ。確認してきなさい」

 

「また魔獣か?」

 

「分からない。でも、ロズワール様が不在の今に何かが起こるような事はあってはならないわ」

 

「分かった。とりあえず俺は森を見てくるからお前はエミリア様のことを頼む」

 

「言われなくても」

 

 ルイスは普段着のまま腰に神剣モルテに加えてもう一本の剣を提げて部屋を出た。

 魔獣騒ぎの時は持参した剣をラインハルトと共々お釈迦にしてしまったのでモルテ以外の剣は持っていなかった。だが、今回は大丈夫だ。ラインハルトのところからちゃんと新しい剣を貰ってきているのだ。村人の剣を犠牲にする事もない。

 

 ルイスは屋敷を出ると早足でラムから報告を受けた森へ向かった。

 

 

「怪しい気配、か。確かに嫌な感じはするな」

 

 道中いくつかの魔獣を切り捨てながら森の奥へと進んでいく。

 

「はぁ。ロズワールは例のごとく不在、屋敷主戦力のレムも不在、スバルは能力も立ち位置もよく分からん事になっている。なんでこうも面倒な事が重なるかね」

 

 答える者はいない。ルイスの他に誰もいないのだから当然だ。

 

 当然のはずなのだが。

 

「ふざけてるのか……」

 

 振り向いた先には頭を黒い頭巾で覆い、黒いローブで全身を包んだ、魔女教徒と呼ばれるモノがいた。

 

「魔女教」

 

 腰の剣に手を置くと同時に一閃。見つけたら即刻殺せと言われている最悪の犯罪集団、魔女教に連なるモノは背後の樹木ごと切り刻まれた。

 それに反応するようにどこからか追加の魔女教徒が現れる。

 

「次から次へと……」

 

 短剣を取り出すモノ、火の玉を出現させるモノ、飛び付こうとしてくるモノ、全て遅い。

 過去に魔女教に村を襲われて大切な者を失ったという話などはいくらでもある。故に魔女教は危険であり世界の脅威なのだが、ルイスの敵とはなり得ない。

 一度の切り払いで集団の大半が散る。離れた場所からの魔法の攻撃、火の玉も氷の塊も風の刃も埃を払うような動作で無力化する。

 

「しつこい!」

 

 神速の突きで最後の一体を物言わぬ死骸にし、刀身の血をふりおとす。

 

「厄介な奴らが――――」

 

 厄介な奴らが来やがって、と言葉は続かなかった。

 何かに囲まれた。見えない何かに。

 

「――なんだこりゃ」

 

 何かがいるはずだが、しかしその声に答える者はいなかった。

 

 

 

 



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選択

 

 

 最初に誰が言い出した事かは分からないが、人間が外界から得る情報は視覚から取り入れたものが八割を占めているらしい。どうやって調べたのか気になるが、非常によく的を射た説だと思う。

 目の前から歩いてくる人間を見て――それが本当に知らない赤の他人の場合を除いて――誰か判別出来ないなどという事はないだろうが、足音を聞いただけではどんなに親しい人間でも判別するのは難しい。というより不可能に近い。

 触覚についても同じ事が言える。例えば目の前に王選候補者が持つ徽章があったとする。視覚で捉えられればもちろんそれが何か分かるだろう。だが、視界が閉じられた状態なら?恐らくそれが特別な徽章だとは誰も思わないだろう。

 つまり何が言いたいかというと、

 

「透明な攻撃……」

 

 人間の重要な情報源である視覚からの伝達が機能しない目に見えない攻撃は実に厄介なものだ。

 

「魔法か? ロズワール辺りなら何か分かるかもしれんが……」

 

 視界に入る限り、黒い頭巾に黒いローブの魔女教徒は全て地に伏せている。にも関わらず、現在進行形で人間の五感には捕捉されない謎の攻撃がルイスへと迫っていた。

 

 森の奥から伸びてくる気配を頼りにその場を飛び退く。するとそれに反応するように黒い気配はルイスを追って来た。

 

「軌道が変わるのか」

 

 今度は90度方向転換し、真横に飛ぶ。するとやはり、不可視の気配はルイスを追った。

 避けようと思えばいくらでも避けられるし、なんなら逃げ切る事も容易だが、今の目的はそれではない。

 

 突如現れた魔女教徒、それだけでも一大事なのにそれに加えて見た事も聞いた事もない未知の存在だ。ルイスの目的は怪しい気配の確認。方向転換をしても追って来るような追尾能力のある謎の攻撃など怪しいにも程があるというものだ。

 

 いくら見えないと言っても人間の気配は分かる。ルイスに迫るものは人間の気配を放っていない。つまり、未だ見ぬ謎の存在は透明化もしくは背景同化と追尾機能のある攻撃、少なくとも二つの異能を持ち合わせているという事になる。どちらか一つだけでも普通の人間――ルイスやラインハルトを除いた近衛騎士団も含めて――には大変な脅威となる。

 どちらの能力も今までに見た事がない。認識阻害ならまだしも完全な無色透明化や背景同化の効果を持つ魔法は無かったはずだし、魔法による攻撃は一直線の軌道を描くようになっている。魔法ではなく加護や権能のようなものなのかもしれない。いずれにせよ、放っておく訳にはいかない。

 

「確かめるしかないな」

 

 ルイスは剣を振り、見えない存在を切り裂いた。

 腕には確かな感触が残っている。自身の気配察知能力を疑っていた訳ではないが、ようやく五感で捉える事が出来た。

 

 剣を片手に気配の発せられている元、森の奥へと進む。すると、木々の間を縫って先ほどと同じような不可視の攻撃が迫ってくる。ルイスは気配を読んで対応出来るから良いものの、ラムやエミリアなど他の人間ならば即効で戦闘不能に追い込まれてしまうかもしれない。

 自分が来ていて良かった、と食っちゃ寝生活の普段からは考えられないような事を考えながら切り払う。

 

 しばらく進んだところで木の生えていない更地が少し広がった場所に出た。

 そこには頭を抱えて身体を思い切り反らしながら何かを叫んでいるやせぎすな狂人がいた。

 

「お前は誰だ」

 

 会話が出来る相手かは分からないが、何も情報が無い状態で殺すよりも出来るならばある程度情報を引き出してからの方が良い。

 

 ルイスが呼び掛けると狂人は身体を反らした状態で首だけをこちらに向けてきた。

 

「私は魔女教大罪司教怠惰担当、ペテルギウス・ロマネコンティ……デス!」

 

「大罪司教……大物が来やがって」

 

 狂人は魔女教の大罪司教、それも“怠惰”を名乗った。“怠惰”といえば過去に何度も被害が報告されている、その名前に反して動き回っているが今まで撃破された報告のない討伐優先度最大の犯罪者だ。

 ルイスならば討伐する事など簡単だ。だが、相手は一人ではない。数も不明な魔女教徒を多数引き連れているのだ。更に今のところ――薄々分かってはいるが――目的も不明。

 

 舌打ちをしながら剣を引くと狂人は両手を広げて再び叫び始めた。

 

「怠惰なる権能、見えざる手!!」

 

 あの謎の攻撃が展開される。

 見えざる手というらしい。なるほど確かに、というよりそのままの名前だ。分かりやすくて大変よろしい。

 

 とはいえ、見えないだけではまだルイスの敵ではない。気配まで隠す事が出来れば相当厄介なものになるだろうが、今のところその様子もない。

 

 前後左右上下、全方向から迫る“見えざる手”に対して剣を振り抜く。対象は霧散した。

 

「馬鹿な……見えざる手が、魔女の恩寵が……あり得ないぃぃ!!」

 

 そして返す刃が相手の首へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クルシュの屋敷にお邪魔して数日。

 剣の稽古という事でクルシュの従者であるヴィルヘルムと木剣で打ち合いをし、当然のように地に伏せさせられる。今日だけでも何度も見られた光景だ。

 

「そろそろ、終わりにいたしますかな?」

 

 ヴィルヘルムのこの言葉も何度も聞いたものだ。その都度スバルはもう一本もう一本と言ってきた。だが、今回はそうはいかないようだった。

 

「どうやら今朝はここまでのようです」

 

 疑問形ではなく言い切ったという事は稽古の終わりを意味する。昨日はクルシュ用事で終了した。そして今日は、

 

「スバルくん、お話が」

 

 急いで駆け寄ってきたレムによって終了するようだ。

 レム自身、詳しい事は分かっていないが、双子の姉であるラムから激しい怒りや焦りが伝わってきたらしい。今は感じられないが、普段はこんな現象は起きずただ事ではないとの事だ。

 

 

 レムに連れられた執務室のような場所にはすでにクルシュとフェリスが待っていた。クルシュはいかにもな机に肘を置いて座り、その隣にフェリスが立っている。

 

「その様子だと話は聞いているようだな」

 

 少し息を切らし、呼吸が若干荒くなっているスバルを見てあくまで落ち着いた、凛とした声でクルシュが言った。

 

「漠然とした話しか聞いてないけどな。レムも詳しい事は分からないみたいだし」

 

 スバルの言葉にレムが頷く。

 それを聞いてクルシュは感嘆の声を漏らした。

 

「ロズワール辺境伯のところの双子の話は聞いた事があるが、ここまで離れた地でも情報を交換出来るとはな」

 

「スバルくんの言った通り詳しい事は分かりません。姉様なら話は別でしょうけど」

 

 あくまで謙遜するレムにスバルを置いてクルシュの視線が集中する。

 その細められた目で刺されるように見られるのは遠慮したいが、かといって放置されては困る。スバルは慌てて待ったを掛けた。

 

「今はそんな事どうでもいい。肝心な部分についての話をしよう。そっちは詳しい事も知ってるんだろ?」

 

 スバルがそう言うと、クルシュは先ほどレムに向けたものとは違った、呆れを含んだような目線を向けた。

 

「焦る気持ちも分かるがな、ナツキ・スバル。我々がもし……」

 

 そこで一旦溜めを作り、スバルを見る目線が射抜くような鋭いものに変わる。

 

「卿に情報を与える理由がないと言ったらどうする?」

 

「は……?」

 

「予想して然るべきな返答だろう。卿はそもそも当家が預かっている客人だ。それ以上でもそれ以下でもない。そんな人間に身内での情報をおいそれと話す訳がない」

 

 クルシュが言った事はまさに正論だった。レムも含めてスバルは治療のために一時的にお世話になっている客人に過ぎない。然るべき立場の人間でも商談の相手でもないのだ。そんな人間が情報をくれ、など甘すぎる話だった。

 

「クルシュ様。お戯れはそこまでに」

 

 どうやって情報を聞き出そうかと頭を働かせていると、助け船を出したのは意外な事にヴィルヘルムだった。

 ただの一従者であるヴィルヘルムの言葉がどの程度の影響力を持つのかスバルは知らないが、その一言で確実に場の雰囲気が変わった事を感じた。

 クルシュの視線もいくらか柔らかいものになっている。

 

「非礼を詫びよう、ナツキ・スバル。」

 

「へ?」

 

「今の言葉に大した意味はない。だが、卿にとってここはそういう場であるという事は意識しておくことだ。卿はただの客人ではないのだからな」

 

 突然の事にスバルは一瞬、何を言われているか理解をする事が出来なかったが、クルシュは話を続けた。

 

「さて、本題に入ろう。メイザース領とその付近で厄介な動きが見られるらしい」

 

「厄介な動き?」

 

「そうだ」

 

 クルシュから語られた事は簡単に言えばこうだ。

 曰く、ロズワールがエミリアを、つまりハーフエルフを支援すると表明した時点で予想出来ていた事だ。

 曰く、エミリアは味方であるロズワールの領地の領民からですらハーフエルフに対する偏見に晒される。

 曰く、ハーフエルフだという理由で各地から反発が起こる。

 曰く、曰く、曰く。

 そのほとんどが、否、その全てが人柄や性格を考慮しない種族や容姿だけが理由だ。その事実にスバルの中で怒りの感情が沸いてくる。

 

 ハーフエルフだから何だというのだ。銀髪だから何だというのだ。そんなもの関係ないじゃないか。大切なのは大昔の魔女ではなく今を生きるエミリア自身ではないのか。

 

「助けに行かなきゃいけないよな」

 

 エミリアには敵が多い。多すぎる。だからこそ、スバルが彼女を助けなければならないのだ。

 そう思って出た言葉だった。

 

「い、いけません、スバルくん!」

 

 それを真っ先に止めようとしたのはレムだった。だが、スバルは止まらない。

 

「今から急げば夕方には屋敷に帰れるはずだ。この緊急時、エミリアとの話も後でちゃんとすれば良い。まずは目の前の問題を解決してから――」

 

「ナツキ・スバル」

 

 頭の中で急速に計画を練り始めるスバルの半ば独り言と化した言葉をクルシュの透き通った声が遮った。

 

「ここから出ていくなら卿は我々にとって敵という事になる。が、一つ助言してやろう。どんなに急いだところで卿が今日中にロズワール辺境伯の屋敷に到着するのは不可能だ。少なくとも二日、三日はかかるだろうな」

 

「なんでだよ。来るときは半日もかからなかったぞ」

 

 前半に言った事も聞き流せる事ではないが、今のスバルにとっては後半に言った事の方が重要度が高かった。一刻でも早く屋敷へ戻ってエミリアの助けとならなければならないのだ。

 

「今は王都からメイザース領までの最短経路であるリーファウス街道に霧がかかる時期だ。必然的に街道を迂回する事になる。そうなればそのぐらいの時間はかかる」

 

「霧が何だっていうんだよ。そんなの突っ切って行けばいいだろ」

 

「霧を発生させてるのは白鯨。万が一遭遇したら命が無いじゃにゃい」

 

「卿のところにいる戦神や歴代最強の剣聖のレベルならその限りではないだろうがな」

 

 白鯨とスバルの知らない単語が出てきたが、会話の内容から察するに相当危険なものらしい。それもあのルイスのレベルでなければ生きて帰れないほどの。

 

「そうそう。エミリア様のところにはルイスがいるんでしょ? なら何も心配いらにゃいじゃにゃい。ね?クルシュ様」

 

「そうだな。奴で手に負えない敵が現れたとすればもう我々ではどうする事も出来ん。ラインハルトを連れていけばあるいは、といったところだ」

 

 突然話の方向が変わった。確かに魔獣騒ぎの際の大地切断ともいえる異次元の一撃を見た後ではルイスが負けるような場面は想像出来ない。だが、

 

「何が言いたい?」

 

 今は別にルイスの事は関係ない。なぜそんな話になるのかスバルは分からなかった。

 

「ここまで言っても分かんにゃいかなあ。何かあってもルイスがいれば大丈夫だし、もしルイスが負けるような事があったらもう諦めるしかない。スバルきゅんが行ったところで何も変わらにゃいってこと」

 

「そんなこと――」

 

「ないって言い切れるの?」

 

「っ……」

 

「止めてやれ、フェリス」

 

「はーい」

 

「そう悲観するものでもない。レムの共感覚が今は感じられないと言ったが、裏を返せば急を要する事態は脱したと見る事も出来る。とはいえ、最終的に決定を下すのは卿だがな」

 

 その考えはなかった。今まではラムがスバルやレムを関わらせないようにしていると思っていたが、共感覚でラムの感情を感じる事など平常時ではないとレムも言っていた。つまり今は平常時とまではいかなくてもエミリアの身に危険が迫るような事態ではないのかもしれない。

 

「スバルくん、今は身体を癒す事に集中しましょう。それから胸を張って帰りましょう」

 

 レムの言葉が決定打となり、スバルは椅子に座った。

 

 ――何でも一人で解決してしまいそうな化け物(ルイス)の存在を頭の隅へ追いやりながら。

 

 

 ナツキ・スバルは、留まる事を選択した。



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