天才物理学者と筋肉バカの新世界より (alnas)
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新たなステージ

「天才物理学者である桐生戦兎は、エボルトとの死闘を制し、新世界を創り上げることに成功する。相棒である万丈龍我とも無事に再会し、二人は自分たちの記憶を49のエピソードにしてまとめ始めた」
「なあ、このあらすじ、この作品のあらすじ紹介と似てねえか?」
「そういうこと言うのやめなさいよ。とにかく、桐生戦兎と万丈龍我は、新世界での暮らしに慣れていこうとしながら、掴み取った平和を噛み締めていた。そんなとき、不穏な動きを見せる者たちも現れ出して」
「そういえば、この前ラーメン屋に行ったときやけに強そうな奴を見かけてよ。そいつからうまいラーメン屋の情報を貰ったんだよ。あとで行ってみねえか?」
「あらすじ中になに言ってんだよ! ああ、もう滅茶苦茶だよこのバカ! あーもう第1話いっちゃって! どうなる第1話!」
「バカってなんだよ! せめて筋肉をつけろ!」
「ツッコミ下手くそかよ」


「これはいったい……」

 森の奥深くを散策していた私の前には、見たこともない箱のような物が置かれていた。

 箱と言っても、5枚のパネルで構成されて箱のように見えているだけにも見えるそれは、中身が見えていることから、本来はもう一枚、つまり6枚のパネルで中が見えなくなった形こそが本来の形であったようにも思える。

 中を覗き込むと、やはり私の知識にない物がパネルに沿うように、側面に嵌め込まれていた。

 そのうちのひとつを手に取る。

 赤い成分が閉じ込められた掌サイズの物体。

「ボトル、のようにも見えるが、これはなんだ? 模様があるようだが、これはフェニックスか? しかしフェニックス家からこんな物があるなんて話は聞いたことがない。さてさて、これは持ち帰るべきか否か……」

『持ち帰っておけよ。俺と共になぁ』

「なにが!? ――キミはいったい…………」

 突然聞こえてきた声に反応するが、声を発した者の姿はどこにもない。聞き間違い……ではない。私の直感がそう告げている。間違いなく、誰かがいる。

「くっ、まさか私が気配を掴めないとは」

 まずい。

 嫌な予感が渦巻いていく。

 こうなれば、仕方ないが一旦退くべきだ!

 足元にある箱を回収し、即座に離脱を図ったそのとき。

『その焦りと綻びを、待ってたぜぇ』

「がっ……!?」

 体から力が抜け、地面へと倒れていく。

 その後、いやらしく嗤う蛇を最後に、私の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 俺たちの記憶を49のエピソードにわけて記録し始め、それをまずはマスターの好意もありnascitaで店内BGMの代わりにかけてもらえることになってから一週間。

 まずは俺――桐生戦兎と、相棒の万丈龍我の出会いの日から。

 nascitaには前々からの関係上居やすいせいか、俺と万丈以外のみんなが記憶を共有していなくてもつい足を運んじまう。

 激闘の中を駆け抜け、やっとの思いで新世界を創り、世界には笑顔が満ちている。

 エボルトに消された仲間たち。

 俺が殺してしまった人たち。

 俺のことを知らなかったとしても、生きてくれているだけで十分だ。

 少なくとも、関係のあった人たちの今は一通り把握できているのだから、これでいいんだろう。

「しっかし、この世界に知り合いがいねーってのはちょっときついよな」

 隣を歩く万丈が、そうこぼす。

「まあな。でも、あのままエボルトに地球ごと滅ぼされるよりは、この新世界を創れてよかったと思ってる」

「……だよな。それもこれも、俺のおかげだけどな!」

「はあ? 俺の天才的発明と導きがあったからでしょうが」

「なんだよそれ! 最後にエボルト倒せたのも、おまえがエボルトに乗っ取られたときに助かったのも俺がいたからだろ!?」

「それを言ったらおまえがエボルトに奪われたときに戻れたのは俺のおかげでしょうが!」

 なんて言い合っていると、nascitaの前まで来ていた。

「……はあ、言い合い終わり」

「ったく。さっさと入ろうぜ」

 先に店に入っていく万丈の後を追い、nascitaへと入る。

「いらっしゃーい」

「いらっしゃいませー」

 マスターと美空が声をかけてくれ、カウンター席へと向かう。

「とりあえず珈琲を」

「俺も」

「はい、珈琲2つですね。お父さん」

「はいよ。しっかし、まさか二人が常連さんになってくれるなんて。これはそろそろサインを頼んでも――」

「はいはい、まずは珈琲煎れてよね、お・と・う・さ・ん!」

 美空に強く言われて気を落としながら戻っていくマスター。

「にしてもよ」

「なんだ?」

 万丈が作業中のマスターを見ながら、なにかを思い出したのかまずそうな表情を浮かべながら小声で話しかけてくる。

「マスターの煎れたコーヒーがうまいってことは、あのクソまずかったコーヒーはエボルトの好みだったってことだよな?」

「あー……そういやエボルトのやつ、エグゼイドたちの世界と俺たちの世界が繋がったときも平気そうな顔で飲んでたっけな」

「はあ? 聞いてねえぞ、そんな話」

「聞いても聞かなくてもなにも変わらない話でしょうが。とにかく、あの味はエボルトの好みだったのと、あいつがまずい珈琲しか煎れれなかったってことでいいだろ」

 思い返せば、本当にまずい珈琲だった。

 エボルト……星を狩りて力を増し、火星を滅ぼし、月を消滅させ、俺たちの住む地球そのものにまで手を出しかけた超常の存在。

 あいつの計画は俺たちを悉く翻弄し、絶望と希望を繰り返させ、そして一人ずつ葬る。

 人を理解しようとし、感情を手に入れ、世界に絶望を増やしていった……。

「二度とあんな奴の相手はしたくねえな」

 万丈も同じことを考えていたのか、そうポツリとこぼした。

 これに関しては俺も同意見だ。

 でも、その心配もないんだろうと思う。

「この世界には、俺たちが脅威と思っていた存在はもういない」

「――……ああ、もう戦わなくていい世界になったんだよな」

 とはいえ、問題がなくなったわけじゃない。

 俺はいまも、ラビット、タンク、ドラゴンにライオンのフルボトルやハザードトリガーに開発した物は一通り持っている。万丈も、グレートクローズドラゴンがいるわけで。

 ビルドドライバーも俺と万丈がひとつずつ持っている。

 つまるところ、俺たちはこの世界で完全に異物だ。元々存在してはならないってのに、イレギュラーだらけだなこれ。

「はい、珈琲お待たせしました」

 思考の海に沈みそうになったところで、美空の声が聞こえてくる。

 見れば、前には珈琲が出されていた。

「おう、サンキュー」

「ありがとう」

 美空はひとつ笑うと、他のお客さんの元へと注文を取りに向かっていく。

 その姿を見ているとマスターが笑顔で近寄ってくる。

「よっ、二人のおかげでうちも結構盛り上がってるぜ? 二人の作った話、まだ1話しか流してないんだけどよ、二人のナレーションの掛け合いも人気高くてさ。早く次が聞きたいね」

「お、マジかよ! やったな戦兎!」

「ああ。まずは第一歩、成功っぽいな」

 俺たちだけが覚えている歩み。

 自己満足と言われようとも、俺は、俺と万丈は、俺たちが歩んできた道を残したい。楽しくて、悩んで、悲しくて、嬉しくて、衝突して――あの日々を忘れられないし、忘れたくない。

 だからこうして残すんだ。

「続きですか……そうですね、全部で49篇になるので、長いですよ?」

「おっ、いいね。長くて結構! 大歓迎さ!」

「わかりました、今度2話目を持ってきます。ところでマスター、いずれこの話にマスターにも参加して欲しいんですけど、娘さんの美空ちゃんと一緒に参加してもらえませんか?」

「お、おい戦兎!?」

 万丈が驚いたように声を上げるが、マスターはニヤリと笑うと、

「俺もとうとう声のお仕事ってか? いいねぇ、二人の会話に入れるなんて夢のようだ! 是非参加させてくれ!」

「って、いいのかよ!?」

「さすがマスター!」

 これで二人。

 残りの参加して欲しいメンバーは厳しいだろうな。そこは万丈の声マネでいくか。

『天才物理学者桐生戦兎がいる東都の街で、スマッシュと呼ばれる謎の怪人が市民を脅かしていた。そこに現れたのが我らがヒーロー仮面ライダー!』

『自分で天才とかヒーローとか痛いんだよ。ただの記憶喪失のおっさんだろ』

 マスターの計らいか、ちょうど俺たちが録った第1話が流れ始めた。

「なあなあなあ、俺の役なんだけどさ、二人を見守るおやっさん役とかどうよ? 最初から最後まで見守り続ける優しきマスター。いいんじゃない? なあ、美空」

「お父さんうるっさい! 刻むよ?」

「ひいっ!? ごめんなさい」

 なんだか懐かしいやり取りを見せられているようだ。

 にしても……。

「なあ、マスター本当に記憶ないんだよな?」

 万丈が俺が気になっていたことを尋ねてくるが、この問いには俺も答えを持ち合わせていない。

「ないはずなんだけどなぁ……元々そういう感性の持ち主だった、としか言いようがないのがな」

「はあ……わかんないことだらけだな」

「仕方ないさ。新世界ができてからまだ一月……俺たち『だけ』が知らない事柄が無数にあってもおかしくないんだ。手探りでやってくしかないだろ」

 そう、脅威が去ってまだ一月だ。

 いまの世界で暮らす人たちからすれば、脅威なんてなかったのだろう。けれど、実際に起きた脅威が去ってまだ一月の俺と万丈からすれば、不安が残るのもまた事実。

「とりあえずいまは、この世界で暮らすことを考えてくしかないってことだよ」

「わーってるよ。その一歩が、俺たちの記憶の収録だしな」

「そういうこと。バカでもわかってるな」

「せめて筋肉をつけろっての」

 軽口を叩き合いながら珈琲を飲み干す。

「じゃあマスター、また来ます」

「じゃあな、美空」

 マスターと美空に声をかけ、nascitaを後にする。

 最後に、また来ると言ったときに美空とマスターが笑っていたのが印象に残った。

 さって、気を取り直して第2話の収録頑張りますか。

「なんだありゃ?」

「どうした万丈」

「いや、いまなんか公園が半球で囲われたような気がしてよ。気のせいか?」

「気のせいだろ」

「そうか……そうだよな。よし、おい戦兎。帰りにラーメン食ってこうぜ」

「んー、まあいいか。今日はどこのラーメン屋いくんだよ」

「この前銀髪の背が高い奴にオススメされた店があってよ! そこ行こうぜ!」

「銀髪の背が高いって、それ日本人じゃないだろ。よく話が通じたな」

「んだとぉ!?」

「あー、はいはい。ほら、行くんだろ。案内よろしく」

 一時の平和。掴み取った世界。

 その世界に紛れ込んだ異物が俺たちだけじゃないことを、このときの俺たちはまだ知らなかった――。

 



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金色のシスター

「天才物理学者である桐生戦兎は、不本意なことにこの世界唯一の相棒である万丈龍我と共に、新世界での暮らしについて考えていた」
「おい、不本意ってなんだよ!」
「不本意。自分の本当の気持ちとは違う様って意味だよ。これでまた賢くなったな」
「言葉の意味を聞いたんじゃねえよ! なんで俺が相棒なのが不本意なのかって聞いたんだよ!」
「それはほら、あれだよ」
「誤魔化すなよ!」
「そんなことより、あらすじ紹介始めるぞ。nascitaでの一時を楽しんだ戦兎と万丈は、平和になった日本の各地の周り、前の世界での仲間たちの姿を確認していた。そんなとき、万丈がある町に興味を示す」
「その町とは、えっと……こまおう? 町? でいいのか、これ」
「読めないならナレーション俺と変わりなさいよ。その町とは、駒王町という名前の町で、戦兎と万丈は、そこでひとつの」
「ああ、これ『くおう』って読むのか!」
「ちょっと黙ってなさいよ。まだ途中なんだから」
「よし、あとは任せろ! そこでひとつの出会いが待っていた! さあ、どうなる第2話!」
「いいとこだけ持ってくなよ……俺主役なのに…………」


 前の世界では天才物理学者として、パンドラボックスの解析をしたり仮面ライダーをしていた俺も、いまの新世界では愛と平和を謳う一般人。

 ついでに万丈のおまけつきときた。

 いまのところなにかに困っているわけでもないが、戸惑っていないわけじゃない。

 前の世界との相違点をハッキリさせないと、どうにも安心しきれない自分がいるようだ。

「戦兎、おまえもカップ麺食う?」

「んー、おう」

 万丈が自分の物と、ついでに俺の分にもお湯を注いでいく。

 うん、あれだな。まず第一の問題として食生活かな。俺と万丈だと簡単な物を俺が作るか、万丈がカップ麺作るくらいしかできないのでいずれ食生活からして問題が起こる。

「料理か……毎日nascitaに行くのもなぁ。おい万丈、おまえ料理覚えたりは?」

「はあ? あんな工程の多い作業覚えられるかよ!」

「あー……だよな、悪い」

「素直に謝んなよ! ちょっとくらい否定してくれてもいいだろ! ため息つくな!」

 文句の多いこと、多いこと。

 注文の多い料理店かよ。ああ、でも料理できないから成り立たないか。

「にしても、どうなってんだろうな」

「あ? なにがだよ」

「これだよ」

 俺が指差す先にあるのは、俺たちが持っているビルドドライバーにフルボトル、ハザードトリガーにグレートクローズドラゴンと、これまで開発してきた内のほとんどが残っていた。

 さすがに俺たちの物以外は一切残っていないが、役目を終え、成分が完全に抜け落ちたジーニアスフルボトルだった物もある。

 これだけは残った意味が本当にわからないが、もう置物も同然だ。残ったにしても、どうにかなることはないだろう。

「ライダーシステムが残ったことで、問題が起きなければいいけど」

「いいんじゃねえの? これも俺たちにとっては大事なもんだしよ。仮に壊せって言われても、おまえ壊せないだろ? ならいっそ、このまま残しておけばいいじゃねえか」

「おまえな……」

「それに、どうせいまの世界じゃハザードレベルが3以上の奴なんて俺とおまえだけだろ? だったらどうせ変わらねえって」

「――バカのくせに」

 確かに、言っていることは正しい。まさかバカに言われるとは思ってなかったけど。

 俺と万丈以外、新世界で適正のある人間はいない、はずだ。

 なら、残しておくのもいいのだろう。

「それによ、エボルトは倒せたけど、またなにがあるかはわからないだろ?」

「不安になること言うんじゃないよ」

「それでもだ。せっかく平和になったんだ。次があっても、今度は俺たちだけで戦わないといけないんだぜ」

「――……それは」

 どんなに願っても、あの場所も、人も、もう前とは違う。

 どれだけ信頼していた人たちでも、新世界では前の世界であったはずの日常を送っている。頼ることはできない。

「わかってる。もしものときは、俺たちでだ。もちろん、そんなことは起きないのが一番だけどな」

「当たり前だっつーの。あー、考えてたら余計腹減った。って、麺伸びちゃってるじゃねえかよ! ほら戦兎、おまえもはやく食った方がいいぞ!」

「はいはい、いただきますよ」

 そうだ。

 なにも起きず、このまま平和になった世界が続いてくれればそれでいい。

「って、本当に伸びきってんな麺……」

 昼のカップ麺は、あまり美味しくなかった。

 

 

 

 午後は万丈を連れ立って近くの散策をすることが日課になっている。

 マシンビルダーに乗れば、近くの定義も少し変わってくる。

「今日はどこまで行くんだ?」

「この前は幻さんを一目見に行っただろ?」

「その前はカズミンたちを見に行ったな。紗羽さんも見てるしな。そうなるとどうなるんだ?」

 万丈が首を傾げている様子が浮かぶが、あとは内海さんの現状は確認したいところだ。とりあえずはそこまで把握できれば十分すぎるんだが。

「ん? こまおうちょう?」

 この先にある町の名前を見た万丈がそう言うが、こいつらしい間違い方だ。

「くおうちょうだな。駒の王でくおう。前は他の町を見ている余裕なんてなかったし、たまにはみんなのいまを確認するのをやめて町の風景でも眺めてくるか?」

「おおっ、それいいな! 行こうぜ!」

 後ろではしゃぐ万丈の純粋さを微笑ましくも思いながら、前に進む。

 ひとまずは町の中をぐるっと走ってみることにして、町中の景色を流しながら見ていく。

「なんか金持ちみたいな学校があんな」

「駒王学園だってさ。前は女子校で、最近共学になったらしいぞ」

「共学?」

「男女混合の――男子も女子も、性別関係なく通える学校ってことだ」

「ほーん、そっか」

 説明させといて適当な反応しやがって。

 他には公園に路地裏、神社らしいところも発見できた。あとは――教会? なんだか普通の町みたいだな。

「なんつーか、どこを取っても平和そうな町だな」

「ああ、俺もそう思う」

 けれど、平和に見えるのになんだ、この違和感は。なにがおかしいのかさっぱりわからないのになんだか嫌な感じがする。

「万丈、もう行くか」

「あ? おう、そうだな」

 万丈は周りをキョロキョロと見渡しながら歯切れ悪く答える。

「どうかしたのか?」

「いや、なーんかいい感じしなくてよ。言葉にできないんだけど、とにかくやべーって言うか」

「おまえもか」

「おまえもってことは、戦兎もか!」

 俺だけでなく万丈までか。こいつの直感は俺よりも当たる。いや、本当に悔しいことにだけど。

 となるとどうするべきかだ。

 直感のままに行動を起こすか、様子を見るか、立ち去るか。

 なんて、立ち去る選択はないよな。

「なにかあってからじゃ遅いか。町の中を見て回るか、万丈」

「おう! なにかあったら、俺たちで守らないといけねえからな」

 握りしめた拳を手の平に当て、気合を入れる万丈。

 とは言ったものの、そうそう問題なんて起こるはずがないんだよなぁ。というか、起こってもらっちゃ困る。

 マシンビルダーから降り、歩いての散策に切り替えるのだが、やっぱり町中に問題らしい問題はない。

「気のせい、か?」

 それが一番いい結果なのだが――。

「はわう!?」

 突然可愛らしい声が響く。

 後方から聞こえたなと振り返ると同時に、手を大きく広げて顔面から路面へと突っ伏したシスターが視界に映った。

 うわぁ、あれ痛いやつ。

「おい、だいじょうぶか!」

 そんでもってすぐさま助け起こしに向かう万丈。あいつの美点って優しすぎるところだよな。まあ、嫌いじゃないけど。

 なんか、エグゼイドの世界から「嫌いじゃないわ!」なんて声が聞こえた気がするが無視だ。

 万丈はシスターを支えるように起こしてやると、シスターは申し訳なさそうにだが立ちあがった。

「あうぅ、なんで転んでしまったんでしょうか……ああ、すいません。ありがとうございますぅぅ」

「なんだって? おーい戦兎! なんて言ってるか教えてくれ!」

 聞いた感じ、バカじゃわからないだろうな。

 でも天才の俺にかかれば、まあ簡単にわかっちゃうんですけどね。物理学のレポートなんかを読むには言語学もいるってわけ。

「なんで転んじゃうのってのと、ありがとうだってよ」

「そうか、お礼言ってたんだな」

 にしても、金色の髪に、グリーン色の双眸か。これはアイドルの素質ありだな。っていうか、若干ベルナージュを思い出す。

 どちらかといえばかわいい系だけど、クールな表情させたらベルナージュでしょこれ。

「あ、あの……どうしたんですか……?」

「ん? ああ、ごめん。ちょっとアイドル路線を考えていただけだよ。ところでシスター、もしかしてこれから教会に行く予定だったりしますか?」

「あ、はい! 今日からこの町の教会に赴任することになりまして……よくわかりましたね。あなたもこの町の方なのですね。これからよろしくお願いします」

「あー、いや。俺たちはこの町に住んでいるわけじゃなくてですね。偶然この町を見て回っていただけです」

「え? あ、失礼しました……」

 ペコリと頭を下げる彼女。

「おい、なんで頭下げさせてんだよ。会話についていけないんですけど!」

「あー、会話説明しないといけないとか面倒なんですけど。おまえちょっと勉強してこいよ」

「はあ!? 教えてくれたっていいだろ?」

「俺たちがこの町の住人だと勘違いしたってだけだよ。ついでに、このシスターさんは今日からこの町に赴任するらしい。ほら、途中で教会があったろ?」

「ああ、あったな。若いのにすげーんだな」

 若い、か。

 確かに若いだろうな。いや、若過ぎるんじゃないか? 見たところ中学高学年から高校生くらいでしょ? 一人で赴任されるには、あまりにも若過ぎるような。

 それに思い返せば不審な点がもうひとつ。

 駒王町には教会が一箇所にしかなかった。でも、あの教会は人の気配はおろか、ところどころ破損が見られた。やっぱり、こんな若い子を赴任させるには合っていない。

「妙だな」

「あん? 今度はなんだよ」

「このシスターの赴任先だよ。あの教会は使われている感じがしなかったし、こんな子を一人で来させるものか?」

「そう言われれば、そうだな」

 言い方は悪いが、古びた教会ってのはいわくつきなのが定番だと思っている。

「あ、あの……教会の場所を知っているのであれば案内していただけると嬉しいのですが……ダメですか?」

 けれど、シスターは教会へと行きたいと。

 もしかしなくても、現状を理解していないらしい。

「どうする?」

「って聞かれてもなぁ」

 妙案なんかないし、どこの子とも知れないシスターを連れ出したら誘拐で今度こそ警察のお世話になっちまう。

「わかった、連れてくよ」

「本当ですか!? あ、ありがとうございます! これも主のお導きのおかげですぅぅっ!」

 主……つまり創造主ってこと? それなら俺を崇めて――いや、やっぱいいや。

 そもそも、そんなことのために戦ってきたわけじゃないしな。

「おい、いいのかよ?」

「いいもなにも、止めようがないでしょうが。ここで俺とおまえがあの子を連れ去ってみろ。いまの平和な日本じゃ隠れるところもなく警察のお縄につく羽目になるぞ」

 そう答えると、さすがの万丈も「もう追われんのはいやだ」と言って引き下がった。

 さて、どうなるかわからないけど、とりあえず行ってみましょうか。

 



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不審なチャーチ

「天才物理学者である桐生戦兎は――なあ、この天才物理学者っていつまで名乗る気だ? おまえもう無職のおっさんだろ?」
「うるさいよ。別にこっちでも天才物理学者としてでもやっていけるからいいんですー。おまえこそ無職なんだからどうするか考えておきなさいよ。天っ才物理学者である桐生戦兎と無職の相棒万丈龍我は、駒王町で一人のシスターと出会う。しかし、そのシスターは使われていない古びた教会に赴任してきたと語る」
「あの教会、マジで誰も使ってなさそうだったよな。あんなところに来るとかおかしいだろ」
「おかしいのはわかってるんだよ。ほら、続き読みなさいよ」
「ああ? ったく。不信に思いながらもシスターを教会へと案内する桐生戦兎は、あるひとつの仮説に行き当たる。なあ、この仮説ってなんだよ?」
「それは本編見なさいよ。この天才たる俺の名推理を見せてやるからさ」
「ほーん? なにが名推理だよ、物理学者だろおまえ」
「それはそれ、これはこれ。ってなわけで、どうなる第3話! ――今回は言えた」
「器が小さいな」


 万丈と共に、シスターの少女を教会へと案内している最中。

 俺たちはこれといった問題もなく、教会付近へと来ていた。

 前の世界だとこうして誰かを連れ歩くとスマッシュやらエボルトに邪魔されていた記憶があるが、さすがに新世界でまでそんな法則は適応されないみたいだ。

「平和になった証拠か」

 まあ、ここに来るまでに学生服を着た茶髪の男の子が一人、俺と万丈と歩くシスターを見て惚けた顔をしたあとに悔しそうな表情を浮かべて去っていくのを見たけど、見た瞬間に確信しました。青春したまえ、学生くん。

 で、シスターはどういうわけか万丈に頑張って話しかけているみたいだが、日本語が得意ではなさそうなシスターと、バカの万丈では会話が成立しないのは明白で、二人の間を取り持っているのが俺なのでした。

 にしてもこのシスター、名前はアーシア・アルジェントというらしいけど、随分と警戒心のない子だ。

 俺や、話の通じない万丈にほいほいとついて来ちゃうあたり、生来の人の良さが出ているのか、なんというか……ともかく、放っておくと危なっかしい印象を与えてくる。

 それを本能で悟っているのか、万丈も話がわからないにも関わらず、コミュニケーションを取るのをやめようとしない。

「万丈も基本、人に甘いっていうか、優しすぎるからなぁ。思うところがあるのかね」

「お、ここだぜ!」

 前を歩く万丈とシスターが立ち止まるのと同時。

 万丈が指差した方向に、ぼろぼろの教会が見える。間違いなく、先ほど町を散策していた際に見た教会だ。

「なあ、本当にここであってんのかぁ?」

「どう見てもボロ屋敷なんだよなぁ。シスター、ここでいいのか?」

 目的地に着いたことで、改めて尋ねるがシスター本人にも戸惑いが見え隠れする。

 どうやら、ここまで酷い状態だとは思っていなかったらしい。

「あの、ここは教会なんですよね?」

「心配そうに聞いてくるところ悪いんだけど、ここが駒王町にある教会だな。少なくとも、俺たちはこの教会しか見ていない。あとは神社があった気がするけど」

「ど、どうしましょう?」

 こっちに振られてもなぁ……。

 どう考えても、この子を迎え入れる準備がされているようには思えない。

 それどころか、人の気配をまるで感じないこの場所に、言葉も通じない、金銭的にも長くは生活が続けられないだろう少女を置いていくのは忍びない。

「万丈、ちょっといいか? あ、シスターはちょっと待ってて」

 少し距離を取り、万丈と向かい合う。

「なんだよ。っていうか、あの教会にあいつ置いてく気じゃねえだろうな?」

「なんだ、もう結論出てるんじゃないの」

「あ? どういう意味だよそれ」

「だーかーらー、あの子をここに置いていくのは嫌なら、この際俺たちで連れていくしかないだろうって話だ」

「ああ、なるほどな! じゃねえよ。連れて行ってどうすんだよ。おまえさっきそれをやったら警察に追われるって自分で却下したばっかりじゃねえかよ!!」

 言ったっけ? 言ったな。

「そんなのケースバイケースで対応しなさいよ! ほら見ろよあの教会。ボッロボロのあの場所に幼気な少女を置いていけますかって話ですよ。しかも言葉の通じない、不安で押しつぶされそうな少女をですよ? 万丈くんはそんな非人道的な行いをするつもりで――」

「だぁーうるせえ! わかったよ、連れてけばいいんだろ、連れて行けば! ったく、勝手にしやがれ」

 言うだけ言って、シスターの元に戻る万丈。

 文句は言ってくるものの、顔には嬉しそうな表情が浮かんでいるのがわかった。

 もちろん、連れ出すのはマズイ。非常にマズイのだが、教会は管理されていないと言ってもいい杜撰な状態であり、恐らく管理者もいないのだろう。

 赴任先に誰もいないのなら、シスター一人が派遣されたことになる。ならば、彼女が色々知っていてもおかしくない。いや、そうあるべきなんだ。けれど彼女はいっそ清々しい程になにも知らなかった。ここでなにをするのかも、日本語も。

 これではまるで、荷物だけ持って追い出されたようなものだ。

「黒とはいかなくても、白じゃないよな」

 もちろん、俺たちが間違えている可能性はある。

 だが、教会が教会とわからない建造物を建てるわけもないし、やはりここ一箇所だろう。

 そう結論づけるしかない。

「だから、俺たちと一緒に行くんだって。ああ、戦兎! おまえが説明しろよ! 俺じゃ伝わらねえよ!」

「あ、ああ。悪い、すぐ話す!」

 確かに万丈に任せていたらいつになっても終わらないよな。

 それがどれだけ嫌な話だろうと、ここまで来たら無視もできない。

 ひとまずシスターに現状を知ってもらうべく説明を始め、教会が使われていないこと、シスター自身の居場所が用意されていないことをゆっくりと伝える。

「つまり私は、捨てられたのでしょうか?」

 抑揚のない声で、そう問われた。

「確認するけど、キミは駒王町に来るように言われた人たちからこの町でなにをするために行くのかは聞かされたかな?」

「いいえ、聞いていません」

「じゃあ、ここでの生活に対して、言われたことは?」

「なにも……なかったです…………」

 決まりだ。

 理由はわからない。事情も知らないが、十中八九、この子は見捨てられた。

「万丈、連れて行こう。たぶん、なんの問題にもならないと思う」

 ウソだ。いずれ問題にはなるかもしれない。軽いものであれ、もしかしたらはあり得る。けど……。

「俺たちだけじゃない。みんなが必死になって創った新世界で、こうも早くに辛い現実に潰される人を見ていられるかよ」

「戦兎……ああ、連れて行こうぜ!」

 万丈はひとつ笑うと、シスターの手を取る。

「あ、あの……」

 シスターは教会と俺たちを交互に見ては俯く。

「キミの居場所は、ここじゃない。いいところを知っているんだ。いい人たちに、温かい場所。俺を創るきっかけをくれた人たちのいる場所があるんだ。行く場所がないなら、よければそこに来ない?」

「おまえ、それ完全に押し付けるつもりじゃねえか」

「俺たちと居るよりはいいだろ。それより、問題ばっかだぞ。マスターと美空の承諾を得ないといけないんだからな」

「それこそ問題ないだろ」

 問題ない、か。

 きっとないんだろうな。マスターは見た目通りの気さくで優しい人だった。エボルトの演じていたマスターは、たぶんそのままマスターの一面だったのだろう。

 あの人なら、きっとだいじょうぶ。ごめんマスター、ちょっと押しかけるけど、いまのnascitaなら珈琲おいしいし、お客さん入ってるしなんとかなると信じてる!

「おいアーシア、行こうぜ。なにかあったら俺とこいつで守ってやっからよ」

「あの……」

 シスターアーシアが俺を見る。

「こいつは、『なにがあってもキミを守る』って言ったんだ。だいじょうぶ、まずは落ち着ける場所に行こう。そこでゆっくり考えればいいさ。自分がどうしたいのか、自分とゆっくり語り合えばいい」

「――戦兎さん、万丈さん……私、一緒に行ってもいんですか?」

「もちろん。さあ」

 万丈に続き、俺も彼女の手を取る。

 俺たちに手を引かれたアーシアは、一歩前に踏み出ると顔を上げ、意志の宿った目を俺たちに向けた。

「さて、行くか」

「おう! って待てよ戦兎。バイク一台しかねえぞ? こいつどうやって連れてくんだよ」

「はい、これ被って」

「聞けよ!」

 ヘルメットをシスターに渡し、マシンビルダーを展開する。

「万丈、バス出てるから、しっかり間違えず帰ってこいよ。まずはnascitaに集合な。じゃ、またあとで」

「は!? あ、おい戦兎! うそだろ!? ――本当に置いて行きやがった……くそっ、バス停どこだよ!」

 ミラー越しに走っていく万丈が、無事にバス停のある方向へと行くのを見届け、俺たちも駒王町を出てnascitaへと向かう。

 最後にもう一度教会に視線を向けるが、まあ、やっぱり人のいる環境じゃなさそうだ。

 カラスの羽らしきものが大量に落ちていたが、溜まり場にでもなっているのかもしれない。

 そんな感想を最後に、俺はシスターを連れてnascitaへと向かう速度を上げていった。

 なぜ速度を上げたのか、自分でもわからないままに――。



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セイントの居場所

「天才物理学者である桐生戦兎と相棒の万丈龍我は、駒王町で出会ったシスター、アーシア・アルジェントと共に教会に向かい、そこで教会の現状を知る」
「なんでマスターがあらすじ紹介してるんだよ」
「いいだろ別に。俺だってそろそろ出番が欲しいんだよ。だいたい、おまえだって俺に参加してくれって言ったじゃんか」
「第1話から出てるでしょうが! 自重しなさいよ。マスターに頼んだ原稿はこれじゃなくて、俺と万丈が作った話の方!」
「えぇ……と、隙あり! 教会の現状を知らされたアーシアを見た戦兎は、彼女を自分が信頼できる場所nascitaへと案内することを決める。なあ、信頼できる場所ってのは嬉しいけど、なんで信頼できるんだ?」
「え? それはあれだよ。長く暮らしていればよく知ってるし」
「暮らす? 長く? 戦兎たちがうちに通いだしたのって一月前からだよな? あれ? もしかしてもっと前から来てた? お客さんの顔は覚えているつもりだったんだけどなぁ」
「せ、戦兎と万丈は、それぞれのルートでnascitaへと向かいだした! さあ、どうなる第4話!」
「おっかしいなぁ……」
「もうその話はいいでしょう? ほら、本編始まっちゃうよ」 


 駒王町から出て、nascitaへとシスターを連れてきた俺は、店に入ることなく万丈の帰りを待っていた。

 バスには無事に乗れたはずだが……。

「遅いな」

「だいじょうぶでしょうか?」

 シスターも万丈が戻ってこないことに不安なのだろう。

 でもだいじょうぶだ。

「あいつはこの世界で魔王にも等しいからな。バカだけど、優しいし強い奴だよ。あ、これあいつには内緒ね」

「は、はあ? わかりました」

 にしても、バスならそろそろ来てもいいころなんだけど――。

「戦兎ぉッ! おまえ、バス停からnascitaまでめっちゃ遠いじゃねえかよ!」

 叫びながら、万丈が走ってこちらに向かってくる。

 そうか、バス停からnascitaまでの距離……そっかー、計算に入れてないわー。

「ごめーん」

「ごめーんじゃねえよ! おまえ、俺めちゃくちゃ走らされましたけど!? なんで毎回走るの俺なんだよバイクもう一台作れよ!」

「作ったところでボトルがないでしょうが」

「なら普通のバイクでいいっつうの!」

 普通のバイクなら買えばいいでしょうが。なんで既にある物を苦労して1から作らないといけないわけよ。

 だいたい、変形するのが大事なんだよ。

「だからその意見は却下」

「はあ!?」

「その代わり、いずれおまえが驚くようなやつを作ってやる」

「お、そうか! いやー、めちゃくちゃかっこいいのにしてくれよ!」

 この天っ才物理学者さまが作るんだから、かっこいいに決まってるでしょう。

「ふふっ、お二人は仲がいいんですね」

 なんていつものやり取りをしていると、シスターが初めて笑った。人を癒す笑顔っていうのは、彼女のことを言うのかもしれないな。

「なんだよ、普通に笑えるじゃねえか」

「みたいだな。いや、それにこしたことはない」

 笑えないなんて辛いしな。

 とにかく、これで全員揃った。

「行くか」

「だな。あとはマスターしだいってわけか」

「問題ない。さあシスター、入ろうか」

「は、はい!」

 緊張した足取りでついてくるシスターを若干不安に思いながら、慣れた様子で万丈からnascitaへと入っていく。

「いらっしゃいませー」

「いらっしゃーい。おう、お二人さん。おや? 今日はかわいいお嬢さんも一緒かい?」

 美空とマスターが俺と万丈、シスターを見て声をかけてくれる。

 ここに他人として入ることに毎回のように寂しさはあるが、それでもこの二人は相変わらず温かく迎えてくれるんだよな。それがわかっているから、つい頼ってしまうのかもしれない。

「とりあえず珈琲と、あとこの子に紅茶を」

「あ、俺はパスタも追加で!」

「え? え、あの……え?」

 俺と万丈が普段と変わらず注文をし、シスターはわけもわからずカウンター席に連れて行かれたせいか周りを見ては声を上げている。

 ひとまず万丈に丸投げしておこう。

「んで、そっちのお嬢さんは二人の妹さんかな?」

「いえ、この子はそういった関係の子じゃないんです」

「ほほう? それはおじさん気になっちゃうなぁ」

 マスターが早くも興味を持ったのか、俺に話を振ってくる。前のときも思ったけど、マスターってどこか鋭いっていうか、見逃さない嗅覚があるんだよな。いや、俺の知っているマスターはエボルト要素しかないんだけどね。

 それでも、あれもマスターだったのは間違いない。

 少なくとも、あの日――石動惣一が俺の中で死んだあの日から止まったはずだった時間は、世界を超えてまた動きだしている。あの幻影を追うだけでなく、いまのマスターのことも知っていかないといけない。

「ちょっと複雑な話になるんですけど、いいですか?」

「もちろん。さあ、話してみなさい」

 マスターがひとつ笑うと、つられて自分の頬が上がるのがわかった。

 人の良さそうな笑みも、こちらを受け入れる雰囲気も、以前となんら変わらない。だから、俺が知らないマスターであっても信じられるのだろう。

「実は――」

 

 

 

 シスターであるアーシア・アルジェントのことを話終えた俺は、話し込んでいる間に美空に怒られたマスターが、話を聞きながら煎れてくれた珈琲を一口飲む。

「しっかし、一人なにも知らされず日本までとはねぇ。あーやだやだ、最近の大人ってのは身勝手なことだ」

 マスターはシスターの様子を眺めながらそうこぼす。

 ちなみに件のシスターは万丈と頑張って身振り手振りで話を成立させようとしているが、どうやら天然気質らしいシスターとバカの万丈とでは相性が悪いらしい。

「なにやってんだか……」

「あの子、日本語は得意じゃないんだっけ?」

「みたいです」

「ふぅん」

 そっか、といった感じで頷いたマスターは万丈とシスターの間に割って入る。

「失礼、お嬢さん。紅茶は美味しいかな?」

「あ、はい! とってもおいしいです」

「でっしょう? いやー、お客さんに最初は珈琲だけと思われちゃってさ。ついつい紅茶にまで手を伸ばしちゃったらこの出来よ。あ、よかったらもう一杯飲んで」

「はい、ありがとうございます!」

 会話成立してるし……あ、万丈も驚いてる。

「凄えなマスター」

「まあな。いい珈琲を淹れるにはこだわった豆が必要なんだ。いい豆を栽培するには、いい声といくつもの言語が必要なのさ」

「いや、いい声とか言語とか関係ないでしょ」

「あるんだなぁ、これが。まあ、それはいいか。それで二人は、その子を連れてどうしてうちに来たんだ?」

 真面目な顔になったマスターの視線が俺と万丈に向けられる。

 ここで言い方を間違えれば、どうなるかはわからない。よし、慎重に――。

「こいつをここに置いて欲しいんだよ」

 ――あのバカ!

「まあ、話の流れからそうなるよな。いいぞ」

「かるっ!?」

「うそーん、いまのでいけるの?」

「ちょ、お父さん!?」

 万丈、俺、美空の声が重なる。

「まあ落ち着け若人よ。俺も一端の大人であり、娘を持つ父親ってやつだ。それが、こんな行く当てのない少女を放り出すなんてできると思うか?」

「いいこと言ってるけど、下心とかあったら刻むからね?」

「怖いこと言うなよぉ……俺の心はいつでも美空だけでいっぱいよ?」

「――……きもいし! お父さんのそういうところ、本ッ当にきもい!」

 カウンターに立てかけてあったうさちゃんのぬいぐるみが美空によって振り回され、マスターの背中に何度もぶつかる。

「なあ戦兎、どうでもいいけどよ。マスターの顔であんなこと言われたらエボルトの野郎思い出さねえか?」

「嫌なこと思い出させるんじゃないよバカ。気持ちはわかるけど、ここにいるのは間違いなくマスターだよ」

「わかっちゃいるけど、なーんか落ち着かねえっていうか」

 エボルトはマスターの姿で暗躍していたからな。

 いいように手玉にとられていた俺や万丈からすれば、当時を思い出すのも無理はない。割り切っていても、俺たちの心にはあいつの姿が色濃く残っているんだから。

「おー、いてぇ。娘が反抗期とは……いつもお父さん、お父さんって笑ってくれてた娘が」

「はあ?」

「ごめんなさい……」

 凄みのある笑みを浮かべられて素直に謝るマスター。

「あ、あの……結局なにが起きたのでしょうか?」

 そんな中、事態に置いていかれたシスターが小さく手を挙げる。

 念のためマスターに確認の意図も込めて目で合図を送ると、問題なさげに頷かれた。

「シスター、よく聞いてほしいんだけど、キミさえよければ、ここで働かないか?」

「はい?」

「キミはあの二人と一緒にここで働きながら暮らす。幸い、美空はキミとあまり歳も変わらないし、マスターはキミと話すことができる上に、優しく面倒見のいい人だ」

 隣で「お、照れるねぇ」なんて聞こえてくるが、満更じゃなさそうだ。

「私、喫茶店で働いたことなんてありませんよ?」

「だそうだけど、マスター?」

 そこで振ってみるが、

「世間ではバイト経験のない学生がバイトを始めるのは当たり前のことだよ。経験がないとダメな世の中になったら、誰も働けないって」

「お父さんがまともなこと言ってる……」

「そうかぁ? よくわかんねえこと言ってるようにしか聞こえないんだけど」

 美空と万丈がそれぞれの反応を見せる中、俺はそのことをシスターに伝える。

「私、ここにいてもいいんですか?」

「もちろん! あ、そうだ。美空とアーシアちゃんの二人でネットアイドルやらない? そこの二人の話に対抗して、ツインボーカルで歌って踊ってさ。どうどう?」

「絶対やらないし!」

「えぇ……流行ると思うんだけどな……」

 なんか、どっかの誰かさんが喜びそうだな。

 シスターに話かけるマスターが、美空の言葉も中継して伝えながら3人で話始める。

 平和な光景に温かい気持ちになるが、瞬間、外から殺気を向けられたのがわかった。

「戦兎!」

 万丈も持っていたフォークを落とすほど驚きながらもすぐさま立ち上がる。

「お、おいおい、どうした?」

 マスターが俺たちの行動に驚きの声を上げる。

 仕方ない、か。

「すいません。ちょっと駒王町に忘れ物をしたみたいなので、取ってきます。戻ってくるまでシスターのことお願いしてもいいですか?」

「あ、ああ。それはもちろん構わないけど、急だな。なにか大事なもんでも忘れてきたのか?」

「そんなところです。行くぞ、万丈」

「……おう」

 俺たちは互いに、もしものことを考えてビルドドライバーを手にしながら扉へと向かう。

「あれって……どこかで見たような――――」

 扉のすぐ外には人の気配はない。

「出るしかないか」

「だな。どうする?」

「出てすぐ、左に走るぞ」

「わかった」

 小声で確認しあった後、扉を開く。そのまま外に出てすぐさま扉を閉め、手筈通り駆け出す。

 なにもアクションを起こしてこないのをいいことに広い公園まで来てすぐ。

「おい戦兎! なんか公園の周りが覆われてんぞ!」

 万丈がよくわからないことを言い出した。

「覆われてるって、なにもないぞ?」

「はあ!? なんで見えないんだよ! ほら、あれ見ろって!」

 万丈に言われるがまま目を凝らして見ると、やっとのことで透明な幕のようなもので公園中が囲われていることに気づけた。

「おまえ、よくわかったな……」

「ん? まあな。よく目はいいって言われてきたからな」

 それだけだろうか?

「へえ……ただの人間かと思ったら、もしかしてこちら側かしら? でもいいわ。どうせすぐ死ぬんだし」

 女性の声が辺りに響いた瞬間。

 無数の光が、俺たちを襲った――。

 




「そういや、日間ランキング(加点式・透明)で1位になったって報告があったぜ?」
「俺たちしかいないのに、誰から報告なんて来るんだよ」
「さあ? 投稿者の名前なんて――あん? おい戦兎、これ見てみろよ。投稿者のところ、名前の代わりに蛇の模様が描かれてるぜ? さてはこいつ、バカだな!」
「蛇の模様……ちょ、バカ! おまえそれよく見せろ!」


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陰謀のセオリー

「仮面ライダービルドである桐生戦兎と、相棒の万丈龍我はマスターの思いもあり、シスターであるアーシア・アルジェントの居場所を作ることに成功する」
「やっぱマスターの器広いよな。普段あんだけおちゃらけてんのに」
「前の世界ではエボルトに抗い続けた人だぞ。胆力も凄いに違いないでしょ。はい、続き行くぞ。何者かの殺気に気づき、nascitaに迷惑をかけないために公園へと舞台を移す。しかし、公園に入ってすぐに起きた現象に気を取られた戦兎と万丈は、敵からの奇襲を受けてしまった」
「なあ、どうでもいいけど結界に気づいたのって俺のおかげだよな? どうよ、俺の第・六・感!」
「……」
「なんとか言えよ!」
「さあ、どうなる第5話!」
「無視かよ! 絶対許さねぇ!」
「人の決め台詞を自分の台詞と間違えて使うんじゃないよ」
「え? あ、マジかよ!?」


 まずい、完全に奇襲だ!

 それでも、ライダーシステムの使用、スマッシュ、ガーディアン、仮面ライダー、エボルトとの戦闘を経て上がった動体視力と身体能力なら!

「まあ、これくらいの速度の攻撃、かわせないこともないってね」

「うおーっ!?」

 なんて余裕を見せていたら、万丈がいたはずの場所から叫び声が上がった!? おい、まさか――。

「万丈ォォッ!!?」

 叫び声が聞こえてから二度、三度と光の槍が万丈のいた場所へと向けられ、辺りを土煙が包む。あんのバカ!

 俺より動体視力いいでしょうになんでだよ!

「おい、無事か万丈!」

 土煙の中、万丈のいた場所へと進む。そこには、

「ほう、ふぇんと! ふじだっはか!」

「えぇ……」

 おそらく初撃のものだろう光の槍を口で咥えて防ぎ、俺は躱した槍を手で掴む万丈の姿があった。

 いやいや、バカかよ――バカだったな。バカの名に恥じない防御手段とも言える。

「いいから早く咥えてる槍捨てなさいよ」

「ぺっ、おう戦兎。無事みたいだな」

「俺はおまえの頭が無事じゃないことを再確認したけどな」

「どういう意味だよ!」

 そのまんまの意味でしょうが。なんだよ口で噛むことでガードって! ギャグ時空じゃないのよここ!

 っと、危ない危ない。いつものノリで話し始めるところだった。先手取られてるんだからしっかりしないとな。

「万丈、おまえだいじょうぶなんだろうな?」

「ん? ああ、問題ねえみたいだな。あの光のやつ、見た目凄え光ってるけど大したことないぞ」

 確かに、万丈が掴めていたことも考えれば大した威力はないように思えるが、土埃で辺りが見えなくなるまで地面をひっくり返せるだけの力はあるんだよなぁ。

 それを平気って……いや、待てよ。もしかしたら万丈なら平気でも不思議ではないのかもしれない。

「戦兎、どうすんだ?」

「あ? ああ、とりあえず相手の正体を突き止めて、できるなら捕まえておきたい。こんな攻撃方法を取れるとしたら、スマッシュか……」

「ライダーシステムか?」

「そうなる。この新世界でのイレギュラーは俺たちだけだと思っていたが、確認するしかない」

「おう!」

 俺と万丈は同時にビルドドライバーを取り出す。

「なんか久々に感じるな」

「当たり前だろ。本来なら、もう必要のない物のはずだったんだからな」

 普通に話しているように見えて、俺も万丈も表情は硬い。

 それは驚き、不安なんかじゃない。せっかく平和になった世界でなにをしてくれたのかという、この煙の向こうにいる誰かへの怒りだ。

 懐から、手元に残ったフルボトルのうち2本を取り出す。

「あいつらが命をかけて託してくれた世界を壊すようなら、絶対許さねぇ!」

「落ちつけって。台詞間違えてるぞ」

「あっ、やべ……コホン、とにかく行くぞ戦兎!」

「なーにやってるんだか」

 万丈の手元にもグレートクローズドラゴンが収まる。

 ビルドドライバーが腰に巻かれ、機械音が発せられた。

 俺は両手にひとつずつ持つフルボトルを振り始め周りには公式が漂流を始め、万丈はグレートクローズドラゴンにフルボトルを差し込む。

『覚醒!』

 ひとつ音声が耳に届く。

 なら、俺も。

『ラビット!』『タンク!』

『ベストマッチ!』

 ビルドドライバーのスロットに2本のボトルを挿入する。

「よっしゃぁ!」

『グレートクローズドラゴン!』

 ベルトから音声が聞こえて来るのを確認してから、右側にあるレバーを回す。

 俺たちの前後には、レバーを回すたびにビルドドライバーから伸びたパイプによってスナップライドビルダーが構築され、装着者を挟み込むように装填したフルボトルの成分に合わせたハーフボディが形成されていく。

 その間も機械音が流れているが、一定のリズムを刻むと音楽は止み、また別の音声が聞こえて来る。

『『Are you ready?』』

 いつだって、できてるさ。

「「変身!!」」

 スナップライドビルダーが俺と万丈を各々挟み込むと、ハーフボディ同士が結合され、変身が完了する。

『鋼のムーンサルト! ラビットタンク! イエーイ!』

『ウェイクアップ クローズ! ゲット グレートドラゴン! イエーイ!』

 俺はラビットフルボトルとタンクフルボトルを使い、仮面ライダービルドの基本形態となるラビットタンクフォームへ。

 万丈はグレートドラゴンエボルボトルを装填したグレートクローズドラゴンを使ってグレートクローズへと。

 決め台詞も、忘れずにな。

「さあ、実験を始めようか」

 土煙は俺たちの変身と共に晴れ、そして――俺たちの前には痴女が現れた。

「は?」

「あん?」

 俺と万丈の口から、同時に間抜けな声が漏れる。

 いやいやいやいや、あれはやばい奴だって。むしろ俺たちじゃなくて警察が相手にするべきでしょ。

「なあ戦兎、俺の目はどうにかなっちまったのか?」

「安心しろ、俺もあれはおかしいと思ってる。っていうか、あれがさっきの攻撃してきた敵なのか?」

「さ、さあ……? でもあいつ以外誰もいねえしな」

 困惑するばかりだが、とりあえず常識的にありえない。あのエボルトでさえそのあたりの常識は持っていた。

「でもよく見ろよ! あんなん普通の女がする格好じゃねえよ!?」

 万丈が俺たちの前に立つ女性を指差す。普段なら人のことを指差すんじゃないよと言っているところだが、生憎そのツッコミをしている余裕がなかった。

 だってなぁ、あれはちょっと……。

「あなたたち、随分な言いようね……というか、なに、その格好」

 頬がヒクヒクと動いていることから、お怒りの様子の女性の格好は、背中から生える黒い一対の翼に、肌を大きく露出させるボンテージ。

 そのくせ顔は綺麗に整っていて、美少女の部類に入るものだろう。

「なんて残念女だ」

「うわ〜命知らずー」

「なんですって!?」

 ポツリと万丈がこぼしたつぶやきに噛み付いてくる露出美少女。

 しかし、目の前の少女の言葉はそれだけでは終わらなかった。

「あんたたちだって変な格好しているじゃない! なによそのださい格好!」

「はあ?」

「ああん?」

 いま、なんと言っただろうか? 変な格好? ださい?

「かっこいいでしょうが!」

「戦兎はともかく俺はかっこいいっつーの!」

「は?」

「あ?」

「あなたたち、ちょっとは危機感持って焦りなさいよ!」

 俺たちの遣り取りに我慢の限界が来たのか、黒羽の少女が光の槍を空中に作り出し俺たちへと投げつけてくる。

「やっぱりあいつがさっきの攻撃をしてたのか!」

 それを難なく殴り壊した万丈。

 俺も左足で蹴ってみたが、こちらへのダメージは一切なく、光の槍は難なく砕け散った。

「うそ……」

「はっ、よくわからねえが、どうやら俺たちの勝ちみたいだな!」

「くっ、このままじゃ終われないわ!」

「知るか!」

 駆け出した万丈が少女を捕まえようとするが、それより早く少女は羽を羽ばたかせると空へと舞い上がった。

「なに!?」

「残念ね、飛べないのなら私には追いつけない。それにいいわ。あなたたちを誘い出せたおかげで、いまあの店には他に力を持った人間はいないのでしょう?」

 店……まさか!

「nascitaを襲う気か!?」

「なに? やべえ、まさかこいつ他に仲間がいんのか!」

「ここでのんびりしていていいのかしら? まあ、この公園の辺り一帯は協力者によって結界が張られていて、並大抵の力では出られないわよ」

「うるせえ! おらぁ!!」

 パリン、と破砕音を響かせ、公園に入った際に見えた公園を覆っていた薄い膜のようなものが消え失せた。空に逃げている少女は口を大きく開け、「なんなのあいつら……めちゃくちゃじゃない」なんて言っていたが、相手にしている時間はない。

「さすが筋肉バカ。おまえにしてはよくやったよ」

「うるせえ、早く戻んぞ!」

「わかってる」

 あそこには傷ついてほしくない人たちがいるんだ。

「おまえにはあとで必ず事情を吐かせる」

 事態の展開に追いつけていないが、少なくともあの少女がなにかを知っているのは確かだ。そして、その狙いがnascitaにいる3人のうちの誰かだということも! くそ、間に合ってくれ!

 

 

 

 

 

 戦兎と万丈がnascitaから出て行ってすぐのこと。

「今日もやってまいりました。これ、今日のお花です。綺麗なあなたに似合うお花が咲いていたので、つい。ああ、美しい!」

「カシラ、店の前で練習してないで早く入りましょうよ」

「そうだよカシラ〜」

「カシラ、いつも渡すとき噛むからな」

「うるせえぞこら! ったく、もういい。早く俺の天使に会いに行こうぜ」

 そうして、3人の男性を引き連れたリーダー的な雰囲気を醸し出す男性がnascitaへと来店した――。



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正義へのリペイント

「天っ才物理学者である桐生戦兎と相棒の万丈龍我が謎の敵に襲われている中、nascitaにも脅威が迫ろうとしていた」
「なあ、なんか前回の最後にかずみんっぽい奴いたけど、あいつこの世界でも美空のこと好きなのかな?」
「ちょっとはシリアスに寄せることを考えなさいよ。だいたい、あいつの美空推しは異常だっただろ? こっちの世界でも会ってるんだからもちろん推すに決まってるでしょ。推しはそう簡単には変わらないんだよ」
「おまえだってノッテきてるじゃねえか。ってかよ、かずみんいるならだいじょうぶじゃねえの?」
「こっちの世界でも変身できるなら余裕だろうけど……できると思うか? ドライバーもボトルもあいつ持ってないと思うよ?」
「なんでそういう大事なこといま言うんだよ! はやく戻らねえと危ねえじゃねえか!!」
「ドライバー持ってないことくらい予想しとけよ! ああ、もういまから戻って間に合うの!?」
「間に合わせるんだよ、いいから急ぐぞ!」
「走りながらのあらすじ紹介なんていつぶりだよ!」
「はやくしろ! どうなるかわかったもんじゃねえぞ!」
「わかってる! 俺も気になって仕方ないから、はやく本編行こう」


 戦兎と万丈がnascitaを出て行ってからすぐのこと。

 アーシア・アルジェントを店に残していった二人がすぐに戻ってくる気配はなく、お客が入ってくることもない。

「ねえ、お父さん」

「なにかな?」

「あの子、本当にうちで面倒を見るつもり?」

「まあ、そうなるかな」

 アーシアはマスターに渡された本を教材代わりにして日本語の勉強を始め、マスターと美空は現状についてを話し合っていた。

「どうしてそんな簡単に了承したの?」

「んー……なんていうのかなぁ。あの二人を見てると、つい世話を焼きたくなるっていうか、放っておくことができないっていうか。なんだかよくわからないんだけど、あいつらのことは無償で信じられるんだよ」

「なにそれ」

「美空にはちょっと早いかな? 大人になればわかる! って話でもないけど、時折あるんだよ。ああ、こいつらは絶対俺を裏切らない、あいつなら必ずどうにかしてくれるって思う人と会うときがな」

「あの二人が、お父さんにとってはそうってこと?」

「どうかな……それにたぶん、二人じゃない。もしそうだとしたら、きっと戦兎の方だ」

 マスターはそうこぼしてから、口元を吊り上げて見せた。

 そのニヒルな笑みはどこか蠱惑的であり、魅力的でもあった。

「最近さ、なんか夢を見るんだよ」

「夢? 夢なら私も見るけど?」

「そうじゃなくてさ。すごく現実的で、けれどとても悲しい夢。その結末がどうなったのかもわからない、長く、苦しい、けれど――たったひとつの希望が残る夢」

 マスターの話を聞いていた美空が怪訝な顔をする。

「ねえ、お父さん。その夢って――」

「今日も、やってまいりました!!」

 美空がなにかを口にしかけたそのとき、nascitaの扉が開かれる。

「ん? おう、いらっしゃい。今日も仲がいいね」

「やっほー、マスター!」

「ほらカシラ、最初は噛まなかったんだからその調子で早く言ってくださいよ!」

「いや、一度落ち着いてからじゃないとカシラ絶対噛むって」

「っていうか、カシラ固まってない?」

 騒がしい様子で入ってきたのは、4人の男性たち。

 一人は美空を見るや否や花束を抱えたまま行動を停止、他の3人はその様子を見て微笑ましそうに、楽しそうに、呆れたようにそれぞれの笑顔を浮かべている。

 カシラと呼ばれる、花束を抱えた男性はいまも放心状態であり、集団の中で最も身長の高い男がカシラが倒れてもいいように近くで待機しており、最も調子の軽そうな男性はマスターに自分の注文をしていて、寡黙そうな男性はその様子を見守っている。

 よくわからないお客だが、彼らはこれでもnascitaの常連なのだ。

 ある意味では、常連だからこそ許される身勝手さなのかもしれない。

「いらっしゃいませ。あの……」

 美空も慣れてはいないものの、突っ立ったままの男性に話かける。最初に出会った頃は話しかけるどころか避けてしまっていたので、これでも大きな進歩が見える。

「ほらカシラ、彼女から話しかけてくれてますよ! いましかチャンスないですって!」

 背の高い男性がほらほら! とカシラの背を押す。

「――……はっ!? 天使が目の前に……」

「カシラ、花!」

「あ、ああ……そうだった。なんか川の向こうで俺とそっくりの顔の奴がこれまた俺の天使並みに綺麗な女性と一緒にいて手招きしていて、それで」

「カシラ、お花いいのー?」

「やっぱりテンパってる」

「ねー」

 席についてゆっくりと様子を眺めに入った他二人はこの後の展開を予想しあいながら和気藹々と珈琲を飲み始める。

「あっ!? 花!」

 そんな彼らを他所に、カシラと呼ばれている男性は思い出したかのように美空へと花束を見せる。

「んんっ、んっ! 今日もやってまいりました。これ、今日のお花です。綺麗なあなたに似合うお花が咲いていたので、つい。よければどうぞ」

 一度呼吸を整えてから、カシラの手から美空へと花束が渡る。

「きれい……ありがとうございます」

 そして、花々を見た美空がカシラへと笑顔でお礼を言った。そう、笑顔で、お礼を。

(はあぁぁぁぁぁぁっっ!? なぁんですかこの汚れを知らない純粋度100パーセントな笑顔はぁ〜。こんな笑顔向けられたらもう僕どうにかなっちゃいます〜。というかnascitaに通い出してやっっっと普通に会話できたんですけど! もう今日興奮で寝れませーん。というかこれ、いまならもしかして名前呼び許されちゃうやつじゃないんですか!? そうだ、ここだ。ここで攻めろ猿渡一海29歳。心火を燃やしてアタックだ!」

 カシラ――一海が意を決して美空を見たとき、そこには心底引いた様子の美空の顔。

 その後ろでは、「あちゃー……」と言った様子のお仲間たち。

「ん? どうしたおまえら」

 なにか不穏な空気を感じたのか、一海はnascitaに共に来た3人へと尋ねる。

「カシラ、心の声が途中から漏れてましたよ……」

「それ聞いちゃったから、ほらこの通り!」

「これは完全に変態扱いだな、カシラ」

 ガクリ、とすべてを悟った一海は膝を折り、床へと額をつけてしまう。完全に心が折れたらしい。

「あ、えっと……」

「あーいいのいいの。気にしないで!」

「カシラが悪い。ちょっとショックだっただけで、またすぐ起きるからそのときに話してやってくれ」

 美空が倒れた一海を気にして手を伸ばすが、それを軽い調子で制す仲間たち。

 良くも悪くも、コンビネーションの出来上がっているチームなのだ。

「お父さん……」

「いつものことだしいいよ。起きてからゆっくり注文してくれればね」

 カウンターの奥から事態の行方を観察していたマスターがそう答える。

 その表情はとても穏やかで、まるで前からこの光景を知っていたような、望んでいたようにさえも思える。

「くっ、俺はいったいどうしたらいいんだ!」

 周りの様子など知る由も無い一海は、自分の失態に項垂れ続けているものの、声音に生気が戻ってきている。なにせこの男、自分が惚れ込んでいる美空と同じ空間にいるだけで幸せオーラを出すような男である。

 仲間もそれを知っているので放っておいている節が強い。

「平和だなぁ……」

 あの日から、なにかが引っかかっている。

 戦兎がnascitaにやってきた日。

(おかしな夢を見始めたのは、自分の中の感覚が変わりだしたのは、戦兎が来てからだ。でも、これは不安なんかじゃない。むしろ、むしろ俺はこのいまを受け入れたいとさえ思っている……なんでだ?)

 表情には出さないものの、マスターの中では疑問が渦巻いている。

(それに最近やけに店に来出した一海くんも、どこかで会っている気がしてならない。なのにどこなのかも、本当に会ったのかも思い出せない。代わりに懐かしい思いだけが募っていくのはいったいなんなんだ?)

 自分はなにかを忘れてしまったのだろうか。

 そうした気持ちがあるのは事実なのだろうとマスターは認めている。だからアーシアも受け入れたのだ。受け入れることができたのだ。

「あれ? ねえ、マスター。あの子は?」

 一海の相手が飽きたのか、一海の連れの一人がマスターへ質問する。

「ん? ああ、アーシアちゃんだ。今日からうちでホームステイに来ていてね。いずれはこのnascitaで働いてもらう予定かな。いまは日本語の勉強中。邪魔しないようによろしく」

「なるほど、了解」

 当のアーシアは勉強に夢中で一海たちが来たことに一切気づいた様子がないための配慮だ。

 集中しているなら水を差すのはよくないとの判断だった。

「あ?」

 そんなこんなで過ごしていたとき、一海が出入り口を方へと視線を向けた。

「どうしたんすか?」

「ああ、いや……いまなにか、殺気みてぇなもんを向けられた気がしたんだがよ」

 首を傾げ、もう一度扉を見る。今度は長い間、一切逸らすことなく。

 すると、やがて扉が開けられ、外からシルクハットを被ったスーツ姿の男性が入ってくる。

「失礼。こちらにアーシア・アルジェントがいると聞いて来たんだが――ああ、そこにいたのか。ならば話は早い。レイナーレさまがおまえを探している。我々の元に来てもらおうか」

「あなたは、いったい……」

 これまで勉強に集中していたアーシアが、初めて動揺を見せる。

 教会にいたからこそわかる、目の前の異形の存在に。

「答える義務はない。レイナーレさまも、おまえ自身には興味がないからな。あるのは貴様の中にある神器のみ」

「……神器、ですか?」

 スーツ姿の男性は有無を言わさずにアーシアへと手を伸ばすが、

「待って! あなたは誰で、この子になんの用があるっていうの!?」

 美空がそこに待ったをかけた。

「人の子か。怪我をしたくなければ退いていろ。貴様らには関係のないことだ」

「そんなことない! もう、うちで面倒見るって約束したから!」

「はあ……意味のないことだ。小娘、貴様がいくら吠えようと無意味だ。面倒を見る? 笑わせる! 時間もないことだ、さっさと連れて行くとしよう」

「おい、そいつは通らねえよ」

 美空の言葉を切って捨てようとしたところ、起き上がった一海が美空の前に立ち正面からスーツの男と睨み合う。

「通る、通らないの話ではない。この話は最初から通っているのだよ。さあ、そこを退け」

「いいや退かねえ。その子のことは知らねえし、どういう関係かもわからねえ。でもな、みーたんが嫌だと言ったことをおまえが強引にしようってなら、それを許すわけにはいかねえんだよ!」

 一海が容赦のなく拳を振りかぶるが、難なく掴み上げたスーツ姿の男性は、一海をnascitaの外へと投げつける。

「うおっ、マジかよ!?」

 扉が破壊され、外へと転がっていき見えなくなる一海。

「てめえ、よくもカシラを!」

「なんてことすんだよ!」

「俺たちのカシラに手上げてんじゃねえぞ!」

 激情した連れの三人が三方向から同時に攻め込むが、それすらも難なくあしらわれ、一海と同じように吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられてしまう。

「みんな!」

「みなさん!?」

 美空とアーシアから悲痛な声が漏れる。

「ちょっと待ったぁ!」

 最後の砦とばかりにマスターが寄り添う美空とアーシアの前へと躍り出る。

「ふん、戦えない者が無闇としゃしゃり出てくるからこうなるのだ。おまえも同じだ。人の身で我々堕天使に勝とうなどと、片腹痛い!」

「あんた、いったい何者なんだ……?」

「我が名はドーナシーク。これから死に行く者たちよ、せめて最後までこの名を覚えて逝くがいい」

 名乗りながら、背中から黒い翼を生やすドーナシーク。

 その光景に、プレッシャーに、非現実的を目の前にして限界が来たのか、美空が意識を失う。

「美空さん! もうやめてください! 私が行けばいいんですよね!?」

「いいや、もう遅い。なにせ、私の正体がバレてしまったのでね。放っておくことなどできない!」

「ぐあぁっ!!?」

 直後、マスターが横に吹き飛び、壁に激突する。

「いやぁ!!」

 勝手な言い分を押し付けるドーナシークに悲しい顔をするアーシア。

 なにより、自分を救ってくれた人たちを逆に傷つけてしまった罪悪感が彼女を蝕む。

 だが――。

「……がはっ、つぅ……歳なんだから、これはダメでしょ、もおぉ……でも、寝てられないんだよ。ああ、そうだった。そうだったんだな……戦兎、おまえを信じられた理由は、そういうことだったのか。なら、俺はもう恐れなくていいんだな」

「マスター、さん……?」 

 立ち上がったマスターが、痛々しい状態とは裏腹に晴れ晴れしい笑顔を見せた。

 なにかに納得し、嬉しそうにはにかむ彼の両手には、黒い銃の形をしたデバイスと蛇の模様が描かれたボトルが握られている。

「なぁに、まだおじさんが残ってるでしょ?」

 ――この場で一人、まだ諦めていない人がいるのならば。

『最近さ、なんか夢を見るんだよ』

『そうじゃなくてさ。すごく現実的で、けれどとても悲しい夢。その結末がどうなったのかもわからない、長く、苦しい、けれど――たったひとつの希望が残る夢』

 ドーナシークに吹き飛ばされた瞬間、頭の中を駆け巡った数々の記憶。

 夢なんかじゃなく、この世界ができるまでに起きた現実での出来事。

 エボルトに憑依されていた時間がもっとも長く、彼との接触時間は最長を誇るマスターは、エボルトを介してとは言え、前の世界を破滅へと導いていたエボルへの変身。自身の記憶からこの世界には存在しないはずのフルボトルが精製されていたりと、この世界でイレギュラーにも成り得る要素がいくつも残されていた。

 それらの要因が外部からの刺激を受けることで活性化し、前の世界の記憶を呼び起こす。

「俺はもう、自分の娘に悲しい思いはさせない。そして、この世界を守り、創ってくれた戦兎を今度こそ俺の手で支えてみせる! そう……これは俺の、贖罪だ」

「ほう……まだ動けるのか。面倒だが、次こそ仕留めてやる」

「いいや。悪いが、いまの俺は負けられない。あいつらが背負ってきたものを、今度は俺も背負っていくと決めたからな」

 銃型のデバイス――トランスチームガンにボトルを挿入する。

『コブラ!』

「――蒸血」

『ミストマッチ!』『コッ・コブラ……コブラ……ファイヤー!』

 悪に抗い続けた魂は、いまここに、正義のために立ち上がる――。

 



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決意のビクトリー

「仮面ライダービルドである桐生戦兎と、相棒の万丈龍我が敵の計画を知りnascitaへと向かう中、堕天使の主撃にあい覚醒したマスターは、前の世界での記憶を呼び覚まし、スタークへと変身を遂げた」
「なあ、堕天使とかマスターが覚醒とか、なんかよくわからねえことになってるけどいいのか?」
「いいわけないでしょ! っていうかおまえね、あらすじ紹介に割り込んでくるんじゃないよ!」
「でもよ、マスターが覚醒ってどういう意味だよ! っていうかスターク!? やべえぞ戦兎、新しい敵なんかより、スタークの存在の方が危ねえじゃねえか!」
「うるっさいよ! 俺だってこの事態にいっぱいいっぱいだってのに。そうして、覚醒したマスターは決意と共に戦いへと身を投じる」
「なんで冷静にストーリー語ってんだよ! やっぱりスタークの正体ってあいつなのか!?」
「それは本編見ないとわからないでしょうが! というわけで、どうなる第7話!」


 コブラフルボトルを用いて変身した石動惣一は、ブラッドスタークへと姿を変える。

 顔や胸部にコブラの意匠を持つ、ワインレッドの仮面の戦士。怪人として暗躍していたことを知っている戦兎や万丈からすれば、「仮面の戦士」の名を名乗るのは到底有り得ないことなのだが、今この時だけは、彼は紛れもなく、その名を持つ戦士なのだろう。

「まさか、自分の意思でこの姿になる日がくるなんてな……にしても、この記憶、紛れもない俺なんだよなぁ」

 ため息を漏らしながらも、仮面の下で笑みを作る。

「姿が変わった……報告にはなかったが、貴様もしや神器の持ち主か?」

「神、器?」

 その言葉を知らない石動惣一――マスターはブラッドスタークの姿のまま首を傾げる。

「惚けても無駄だ。その力、神器でないはずがないだろう!」

「んなこと言われてもなぁ……これにはちゃーんと、正式名称があんだよ。もちろん、おまえさんに話すことはないがな」

「舐められたものだな。この私を、人間ごときが!」

 マスターの言動に苛立ちを見せたドーナシークは、手元に光の槍を作り出す。

「おおっと、これ以上店を壊されちゃたまらないんだよ」

 素早く動き出したスタークは、すぐさまドーナシークに肉薄すると、そのまま押し出すようにしてnascitaの壊された扉から外へと出て行った。

「アーシアちゃん、美空と一海くんたちのことよろしく!」

「え!? あ、はい!」

 それだけ言い残し、二人の姿は消えていく。

 残されたアーシアは一人、誰の目もないことを確認してから、手を美空へと向ける。誰も見ていない中、nascitaの中では淡い光が美空を包んでいた。

 

 

 

 

 nascitaにいた面々の安全を確保したスタークは、そのまま勢いを殺さずにドーナシークを掴んだまま移動していく。

「この、貴様!」

「悪いね、あの場所はあいつらが帰ってこれる場所なんだよ! だいたい、これ以上備品壊されたらバイトしないとやっていけなくなっちゃうでしょうが!」

「そんなデタラメな理由があるかぁ!?」

「よっと!」

 人気のない路地裏まで来たスタークは、ドーナシークを放り投げる。

「チッ!」

 投げられた先に着地したドーナシークは、自身が反応できない速度を出したスタークを睨みつける。

 取るに足らないと思っていた存在から、明確な敵へと認識を変えたのだ。

 その殺気とも言える目を向けられたスタークはドコ吹く風、というわけでもないが、さらに恐ろしい存在と言葉を交わし、在り方を見せつけられ、それでも抗ってきたせいかドーナシークの目を見返していた。

「貴様、何者だ? その身のこなし、戦いに身を置いていた者か?」

「いいや」

 スタークは首を横に振り、されど真面目な声で語る。

「俺なんて、どこにでもいる親以下の存在さ。娘を守れず、娘を守ってくれていた奴らを傷つけ、利用して……それを止められずにいいように使われた、ダメな親だ」

「…………」

「けどな、だからこそいまの俺にはあいつらを助けるために戦う義務がある。力がある。そしてなにより、償える平和な世界が続いている。そんな平和を、失うわけにはいかねえんだよ。ってなわけで、アーシアちゃんも渡せないな」

「だろうな。その意思はわかった。だが我々にも、あれは必要なのでな」

「はあ……まあ、退いてはくれないよな。なら悪いけど、あんたは倒す敵だからな。おじさん、手加減とかしないから覚悟してくれよ」

 スタークはゆっくりと、自身の握るトランスチームガンを構える。

「わからんな。人間はわからない。もういいだろう、消えろ」

「消えるのは、あんたさ」

 最早語る言葉はない。

 同時に動き出した両者は、しかし。

「スペック高すぎたぁぁぁぁぁぁっっ!!?」

 これまでなんとか制御していたスタークの動きをミスしたのか、接近しようとした敵であるドーナシークの横を通り抜け、スタークは背後の壁へとぶつかっていた。

「……貴様、ふざけているのか?」

「いってててて……ふざけてなんかねえよ。経験はあっても、実際に思考して動くのは違うってわけか。こりゃ、ちょっと特訓ってやつが必要かね」

 ふざけている。

 それがドーナシークがスタークへと抱いた気持ちだった。

 本来、人間であれば脅威の対象となる堕天使である自分に対してこのようなおかしな行動を取るだろうか? まったくもって人を煽るのが得意なようだ、とドーナシークは決めつけた。

「己の神器を制御できないとは……惨めなものだな」

「はっ、そいつはどうかな?」

「なに?」

「俺がまだうまく動けないっていうなら、動かずに戦えばいいのさ」

 言うや否や、スタークの胸部装甲から巨大なコブラが召喚される。

「なに? なんだ、それは! 魔獣創造ではないだろう!? なんの神器だそれは!」

「悪いね。こっちにはかわいいペットがいるのさ。さあ、頼むよ」

 スタークの言葉を聞き届けた巨大なコブラはドーナシークを囲うように回り出す。

「はやく帰らないとかわいい娘たちの安否が心配でね。さあ、これでお別れだ」

「ふざけるな! この程度の包囲、抜けられんと思ったか!」

 ドーナシークが冷静さを欠き、背中から翼を生やし、空へと単調な軌道を描き飛び上がる。

 その直後、二つの銃声と共に彼の体が地面へと落下した。

「ガッ!? どういう、ことだ――貴様かぁっ!!」

 翼を撃ち抜かれ、さらに地面への落下ダメージを負いながらも立ち上がったドーナシークはトランスチームガンを構えたままのスタークへと叫ぶ。

「ああ、俺さ」

 これまでの言動含め、ドーナシークがイラついていることは手に取るようにわかっていた。だから、その苛立ちと、彼の知らない攻撃方法を取ることで生じる僅かな焦りを待っていたのだ。

 多くの人と日々接し、そしてなにより、エボルトとして活動させられていたあの悪夢のような10年が、相手の心理を捉えることに一役買っている。

 マスターは、スタークとしての自分の力量を過信も、信頼もしていない。だからこそ、より可能性の高い戦術を選んだ。

「心理戦は得意なんだ。あまりいい思い出じゃないけどな。さって、素直に言うことを聞いてはくれないみたいだし? とりあえず、ケジメはつけようか」

「ま、待て! 俺を殺せば、いずれ次の堕天使が襲いに来ることになる! それに俺なら、それらの情報を渡すことだってできる! 悪い条件ではないだろう!?」

 確かな殺気を滲ませるスタークに、ドーナシークは話を持ちかける。

「あー、そうかい。でもなぁ、そうやって信念の欠片もないようなこと言う奴に限って、後々裏切るんだよ。これは経験談だけど、本当に信じられる奴ってのは、必ず一本筋の通った奴なんだなこれが」

 剣状の武器、スチームブレードを取り出したスタークは、それをトランスチームガンと合体させ、ライフルモードへと移行する。

「俺は戦兎や万丈のように甘かないぜ。あいつらができないことをやってのけるのが、若者を支える大人の役目でもある。それに、あいつらならなんだかんだで、話の通じる愉快な仲間を、この世界でも見つけるさ。だから、あんたはもう眠りな」

 ライフルモードのスコープの先に映るドーナシークに告げながら、スタークはトリガーを引く。

 フルボトルの力を使用して撃ち出された一撃は、コブラに阻まれ逃げ場のないドーナシークへと命中。エネルギー弾の持つ威力を余すことなく食らったドーナシークは、その場で消滅した。

「やっぱり慣れねえなぁ……ったく」

 変身を解いたマスターは、手元に残ったトランスチームガンとコブラフルボトルを一瞥し、陽気な雰囲気を取り戻してからnascitaへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 俺――桐生戦兎は、公園での一戦を抜け出し、万丈と共にnascitaへと戻ってきていた。

「無事か、美空、マスター!」

「おい、だいじょうぶだろうな、アーシア!」

 二人同時にnascitaへと駆け込むと、すでに扉は破壊され、辺りにはガラス片が飛び散っていた。

「なっ!」

「はあ!?」

 だが、店の中の様子は明るいもので、美空、マスター、アーシアに加えて一海と三羽ガラスの7人が壊れた椅子や机、店内にも散らばったガラス片なんかを総出で片付けていた。

「ん? おう戦兎、万丈! 忘れ物は見つかったのか?」

「え? あ、ああだいじょうぶです、見つかりました。それよりマスター、お店どうしたんですか? なにかありました?」

「あー……まあ、ちょっとな。詳しい話は後にして、まずは片付けからかな」

 確かに店内は酷い有様だが、店の中がここまで荒れたって言うのにどうしてマスターたちは傷ひとつ負っていないんだ?

 だいたい、ここにいる人たちでは俺と万丈が公園であったような奴相手に勝てる見込みはない。

 俺がほとんど知らない人となるとシスターであるアーシアだが、彼女に人と戦うことができるとは到底思えない。

「どういうことだ?」

「あん? どうしたんだよ、戦兎」

「どう考えてもおかしい。俺たちが戦ったあの女の仲間があいつと同じような存在なら、nascitaを襲撃されているなら誰も生き残っているわけがない……」

「っても、全員いんぞ? あと、よくわからないけどかずみんたちもな」

 そう、万丈の言う通りだ。マスターの言葉からも、なにかがあったのは間違いない。ならば、誰がそれを解決したかなんだが……。

「おい、おまえらも常連客か? なら手伝え。みーたんのいる最高の店がこのままでいいわけがねえ。変な奴に荒らされちまったんだけどよ、マスターが追い払ってくれたし、せめて俺たちで店を直そうぜ」

「かずみん……」

「なんでおまえがその呼び名知ってんだよ、コラ。勝手に呼んでんじゃねえぞこのエビフライ頭」

「エビフライのどこが悪いんだよ!」

「いや、悪くねえけど、おまえソースぶっかけんぞ」

「やってみろよ!」

「ああん?」

「はあ?」

 一応、この世界だと話すのは初めてだと思うんだけど……っていうか、マスターが追い払った? 変な奴!?

 俺はマスターへと視線をやると、当の本人はため息を吐きながらこちらへと近寄ってくる。

「悪い、ちょっと外すけど、ここ頼んでもいいかな?」

「だいじょうぶです!」

「ここはまかせちゃってよー」

「いつもうまい珈琲飲ませてもらってるからな」

 三羽ガラスが返事をし、マスターは俺の肩を叩いてから外に出て行く。

 万丈は――一海と話し込んでるし放っておくか。

 そして俺は、マスターと最初にであった場所まで連れてこられた。とは言っても、それを覚えているのは俺だけなんだけど。

「懐かしいなぁ」

「え? なにが、ですか?」

 マスターの言葉の意味はわからなかった俺は問いかけるが、マスターはひとつ笑って、こちらへと向き直った。

「ほんと、懐かしいよ。なあ、戦兎。ここは俺とおまえが最初に出会った場所だったよな」

 




「なあ、この作品、日間4位まで上がったときがあったらしいぜ?」
「ふーん」
「ふーんって、もっと驚けよ!」
「いや、十分驚いてるって。でもさ、続けてくとタイトル考えるの大変なんだよなぁ」
「そこは天才物理学者がどうにかしろよ!」
「いや、物理学者になにを求めてるんだよ」
「あー、こういうときだけ物理学者持ち出しやがって! とにかく、日間4位ありがとな!」
「ああ、読んでくれている人たち、ありがとう!」
『まあ、ぜんぶ俺が仕組んでいるんだけどな……』
「「――っ!?」」


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始まりのリプレイ

「仮面ライダービルドである桐生戦兎と相棒の万丈龍我がnascitaへ急ぐ中、決意の変身をしてブラッドスタークへと姿を変えた石動惣一は、過去を振り切り、堕天使ドーナシークを倒す」
「戦い方はまだまだだったけどね」
「言うねぇ。流石主役ライダー。上から来るねぇ。nascitaへと戻って来た戦兎と万丈は、nascitaにいた面々が無事なことを確認。戦兎と石動は場所を移し、前の世界で二人が出会った場所で話始める」
「これ、どう見てもマスターがエボルトなんだよな。もしかしておまえ……」
「ふふふ、気付いちまったか……そう、『オレ』は」
「はい、ストップ! 気になる続きは本編で! どうなる第8話!」
「おいおい、焦らすなよ戦兎。別の俺の正体くらい今更明かしたところで」
「あー、はいはい。ダメだからね? もう早く本編行っちゃって!」


 心のどこかで、仲間の記憶が蘇る可能性があるんじゃないかと期待していた。

 美空の、一海の、玄徳の、紗羽さんの、お世話になった、救ってきた人たちの記憶がもしかしたら戻るなんてことがあるんじゃないかと、奥底では期待していないわけじゃなかった。

 なのに――。

「ほんと、懐かしいよ。なあ、戦兎。ここは俺とおまえが最初に出会った場所だったよな」

 神妙な顔を浮かべていたマスターは、ひとつ笑ってから、俺にそう言った。

 瞬間、湧き出た感情は怒りか、焦りか。それとも別のなにかだったのか。その感情は、無意識のまま4つの音に乗せて体現していた。

「エボルトォォォォッ!!」

 怒声が自分の口から漏れる。

 けれど理性は冷静に物事を捉え続けており、左手にはビルドドライバーを握っていた。

「ちょ、ちょっと待てって! いや、本当に待て!」

「なにをだ」

 だが、エボルトの様子がおかしい。

 普段の飄々としつつ人をバカにした様子はなく、余裕も一切感じない。完全に狼狽えている。

 感情を手に入れたエボルトは姑息で卑怯でいて、激情的な奴だった。けれど、こうも人間相手に慌てるのはあいつのプライド的にもできないことのはず。

「……エボルトじゃ、ない?」

「はあぁぁぁ……焦ったぁ。そうか、そうだよな。俺本人とおまえとじゃ前の世界じゃ話したことないんだし、あんな言われ方したらそりゃこうなるよな」

 マジで焦った、と言いながらマスターがその場にしゃがみ込む。

 表情が見えないが、下向いて笑ってたりしないよな? どうする? 一度ライダーキックかましてから話し合うか?

「戦兎、いま物騒なこと考えてたろ?」

「まさか。それで、あんたマスター本人ってことでいいんだよな?」

 疑っていても仕方ない。

 あとで装備を整えて、万丈と同じようにエボルトの因子がないか調べるしかないな。ってことで、俺は目の前の男が石動惣一本人と判断を下し接することを決めた。

「ああ、もちろんさ。俺は二度とおまえたちを裏切らない」

 信じろとは言えないけどな、とマスターはこぼすが、こればかりは仕方ないことなんだと思う。

 こればかりは、エボルトの残した爪痕がでかすぎる……。

「それで? 信じられないけど、あんたにはエボルトに憑依されていたときの記憶が残っているんだろ?」

 そう。これまでの言動から察せていたことがひとつ。

 俺との自然な遣り取りで忘れがちになるが、マスターは俺たちと同じ、前の世界での記憶を有している。

 有りえない……とは言い切れない。想像できる事柄はいつ現実になってもおかしくないんだ。だから、エボルトのような存在だって広い宇宙にはいたりする。

 もっとも、当のエボルトはこの新世界を創るための最後のピースとなって消えたわけだけど。

「まあ、それはいいか。で、マスター。答えは?」

「イエスだ。ちょっと長くなるが、聞いてくれ」

「……仕方ないよな。聞くよ、マスター」

 俺は、nascitaをドーナシークと名乗った自称堕天使が襲撃してきたこと。

 一海と三羽ガラスが交戦し倒れたこと。

 狙いがシスター・アーシアだったことに加えて、神器という謎の物が存在していること。

 そしてなにより、マスターがコブラロストフルボトルとトランスチームガンを所持していて、ブラッドスタークに変身できることを、本当に長い時間をかけて説明された。

「神器っていうのがなんなのかは、わからなかったのか?」

「あー……そういや、これを見てそんなことを言っていたな」

 マスターが指し示すのは、トランスチームガンとフルボトル。となると、ライダーシステムもその類ってことになるのか? でも神器なんてもの、葛城親子のデータには一切の記載がなかった。

 いや、そもそもとして、堕天使なんていう聖書の存在を名乗る集団がいるのがおかしい。

「マスター、あんたが相手をしたドーナシークって奴は、黒い翼が背中から生えてたか?」

「ああ、生えてた! よくわかったな!」

「実は俺と万丈も、女性の堕天使って奴と交戦している……と思う」

 スマッシュではなかった。

 格好はイカれていたけど、翼も確かに生えていた。まるで、最初からそのように作られた生物であるかのように。

「新世界になったことで生じた『なにか』ってことか? それとも前の世界でも出会わなかっただけで元から存在していた地球産の超常の生物?」

「さすが天才物理学者。本物はやっぱ頭良さそうな発想だらけだな」

「え? お、そう? まあ、俺って天っ才物理学者だしね。それよりマスター、こうして話すのは初めてになりますよね?」

「あーやめやめ。エボルトの中からずっとキミたちのことは見ていたんだ。だからあいつが憑依してたときと同じように、タメでいいよ。じゃないと落ち着かなくてさ。なまじあいつと過ごしていたせいか、キミたちは俺にとっても、大事な存在なんだよね」

「マスター……」

「そういうことだから、おまえはおまえらしく俺に接してこい」

 負い目を感じさせない、感じない人だ。

 俺にだって、エボルトを好きにさせた、戦争を引き起こした責任をいつも感じているのに、あの人がなにも感じていないわけがない。なのに、それをぜんぶ一人で背負って立っているんだ。

「そっか……エボルトなわけがない」

 一人、そう納得するしかなかった。

 せざるを得なかった。僅かに滲ませた、俺を見たときの悲しげな顔。なにかを決意した人のみがする顔。

 目の前に立つ俺よりも大人なあの人は、間違いなく美空の父親で、俺がまだ知らないマスター本人なのだろう。

「それはそうと、おまえさんたちはいまどこで暮らしてるんだ?」

 起きたことの話し合いを終えたマスターは、そう問いかけてくる。

 誤魔化したところで意味はないので、そのままのことを答えるしかなく、俺と万丈が現在生活拠点にしている、昔パンドラボックスを隠していた場所のことを話した。

「はあ!? 世界の英雄さまがなにやってんだよ!」

「しょうがないでしょうが! ここじゃ俺たちは完全に異物なんだから!」

「異物?」

 わけがわからない、と顔で語ってくるマスター。

「そうか……マスターはエボルトから解放されてからずっと寝てたから、どうなってこの新世界ができたのか知らないんだ!」

「そうだよ、なにも知らないんだよ俺」

「はあ……じゃあ、説明していくと――」

 俺たちとエボルトの戦いの記憶。

 父さんの望んだ世界。

 俺たちが掴み取った、人々が平和に生きていける世界。

 誰もが、スカイウォールの惨劇から辿ってきた物語を無くした、無かったことになった世界。

 マスターが話してくれた今日の話よりも長い時間をかけて、あの日々を語った。

「…………そうか。だから新世界か」

 もう、仮面ライダーがいなくても暮らしていける。

「はずだった」

「だった?」

「堕天使だ。よくわからないけど、妙な力を持っているのは間違いない。あれは人には脅威だ」

「そうだな。仮にも仮面ライダーだった男があっさりと吹っ飛ばされたわけだし?」

「一海はこの世界じゃ仮面ライダーだった経験も記憶もないよ。ともかく、個人で動いているにしろ、組織だって動いているにしろ、人の脅威が残ってるのはいい状況とは言えない」

 対象が俺や万丈、覚醒したマスターだったからこの程度の被害で済んでいるだけだ。いや、もしかしたら――じゃないな。確実に、人間への被害はもう起きていると考えていいはずだ。

「今回で終わってくれればいいけど、シスターへの再度の襲撃は容易に想像できる。もしかしたら、次はもっと強い奴が来る可能性だってある」

「……なあ、戦兎。おまえと万丈、住む場所ないんだよな?」

「ああ。でもいまはそんなことを話してる場合じゃない」

「そうでもないぞ? 次もアーシアちゃんが狙われたら、うちの可愛い娘たちが危険に晒されるわけだろ?」

「娘たち?」

「美空はもちろん、うちで面倒見るならアーシアちゃんも俺の娘みたいなもんだろ。んで、俺ももちろん二人は守るが、最後の最後、頼りになるのはおまえたちなんだよ」

「わかってる。できるだけ毎日nascitaに顔は出すようにするよ。あ、だからちょっとはまけてよ?」

 もちろん承知している。

 マスターの言いたいことは当たり前のことなので、俺も異論はない。

「ん〜ちょっと違うな。俺はな、戦兎。あの悪夢から美空を守り、あまつさえ俺まで平和な世界に戻してくれたおまえらを放っておくことも、近くにいるとわかってて黙ってることもできないんだよ」

「はあ?」

「つまりだ。おまえと万丈、今日からnascitaで暮らせ。な、いいだろう? 移動時間も短縮できるし、アーシアちゃんも守れる。そんでもって、快適な暮らしだぞ? そうだ、地下室ももう一度作ろう! 男のロマンだし、隠れることもできる! これ決まりな!」

 まくしたてるマスターは楽しそうに語る。

「いや、そもそも俺と万丈がいることで更に厄介なことになだって」

「関係あるかよ! おまえらは世界の異物なんかじゃない。この世界に生きる、平和を掴むべきただの人だ! おまえらだけが苦労を背負う必要がどこにある!? 本当なら対価を払うべきは俺だってのにおまえたちと来たらまるで当然のように平和を放棄して、それでいいわけないだろ。いいからうちに来い! そんでもって、俺にできる限りのことをさせろ!」

「でも――」

「でももくそもあるか! これは俺の自己満足! 俺の平和のためにすることだ! 愛と平和のために戦ったんならそれぐらいさせろってんだよ!!」

 息を切らしながらも言葉を止めなかったマスターは、叫びながらも表情には笑顔が見える。

 そうして、俺に手を差し出した。

「たかが居候二人だ。うちで養えない程度じゃない。だから来い!」

「言うじゃん。前は閑古鳥が泣いてたし、バイトしないとやってけなかったのに。――ありがとう、マスター。改めて、よろしく」

 理由をもらってまで断れるほどじゃない。だから、きっとこれでいいんだと思う。

 あの日と同じこの場所で、俺はまたマスターと初めて出会った。今度は、石動惣一としてのマスターに。

 そうしてあの日のように、もう一度この人の手を取った。

 でも、今度握ったこの人の手は、間違いなんかじゃないと思えたんだ――。

 




「なんかすげえ量の感想が溜まってんな。どうすんだ、これ」
「全部読むに決まってんだろうが! 中にはみーたんへの応援メッセージはあるかもしれねえんだぞ! 俺たちは新たな同士を迎え入れる寛容な心があるからな!」
「同士って……かずみんみたいなのがこれ以上増えたら暑苦しいだけじゃねえか?」
「あん? 筋肉バカ枠のおまえがそれ言うか普通」
「枠ってなんだよ!」
「ちょっと黙ってろ。もらった感想には必ず返信する。だからゆっくり待ってろよ。一度寝るからな」
「はあ? 寝てる暇あったら感想返せよ!」
「寝るほうが大事だ。明日もまた早くならnascita行ってみーたんに会うんだからな」
「おい、マジかよ――――もう寝やがった……」


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開幕のベルが鳴る

「天才物理学者である桐生戦兎は、記憶の蘇った石動惣一から堕天使襲撃の話を聞かされる」
「まさかマスターの記憶が戻るなんて思ってなかったよな。でもあれどう見てみエボルトだろ?」
「そう思うのは仕方ない。俺たち全員、あいつにいいように騙されてきたからな。それよりほら、続き読みなさいって」
「はいはい。マスターをエボルトかと疑った戦兎だが――疑ったのかよ!」
「いや、おまえもどうなるかわからないからな? 最新話しっかり見たか?」
「え? ちょ、俺なんかあったの!? まだ最新話見てねえからわかんねえんだけど!?」
「あー……」
「なんだよその反応! もう気になってあらすじ読めないんですけど!?」
「じゃあもう今回のあらすじいいや。このまま第9話いっちゃって」
「この雑な扱い……俺もう泣いちゃうからね」


 マスターとの話し合いを終え、nascitaへと戻る帰り道。

 今日起きた出来事を確認した中で、ひとつだけ疑問が残った。

「なあマスター、堕天使にマスターと一海たちは吹き飛ばされたんだよな?」

「ああ、そうだよ。戦うって痛いんだなって思うよ」

「……否定はできない。それより、そのとき怪我しなかったのか? nascitaで見た一海や三羽ガラスも傷ひとつなかったけど」

 そう、店があれだけ壊されて、美空にも危険があった中で一海が動かないわけがない。

 あいつは誰よりも仲間に対して厳しく、そして優しかった。だからこそ、目の前で傷つく人がいたら放っておかない。

 けれど堕天使の力はただの人を上回る。一海が戦って怪我ひとつないっていうのは妙だ。

「あー……そうだよなぁ。説明しないわけにはいかなよなぁ」

 どうしたもんか、とチラチラとこちらを見てくるマスター。いやいや、知っているなら話してもらわないと。

「なにも知らないままだといざってとき困るって。別に、悪い話じゃないんだろ?」

「それはそうなんだけどよぉ。まあ、おまえたちならだいじょうぶだろうし、話さないことで生じるデメリットの方がデカイからいいか」

 ため息をつきながらも、話す気になってくれたらしいマスターが口を開く。

「実はな、アーシアちゃんが治してくれたんだよ」

「シスターが? 万能薬的なものでも持ってたってのか?」

「んなわけあるかよ。なんか手のひらから光を出してよ、その光が当たると不思議なことに怪我が治るんだよ!」

「はあ? 光が当たっただけで怪我が治るわけないでしょ――いや、待てよ。確かベルナージュも同じように万丈を……もしかして、シスターの中に火星の王妃が? ああ、いやでも……この世界にエボルトはいないってことは火星も無事なわけで、つまりベルナージュは火星にいるのが妥当なはず……どうなってるんだ?」

 新世界にベルナージュがいるとすれば火星にだと考えていたけど、もしかして違ったりするのか? いや、でも火星の王妃だって言ってたし地球に来てるわけないよな。

「なあ戦兎。たぶん考えすぎじゃねえか? それにほら、堕天使がいるってことは、もう前の世界の法則はないようなもんだろ? アーシアちゃんは不思議な力を持ってるってことで納得しとけばいいじゃねえか」

 マスターは陽気な声でそう言ってくれるが、俺にとっては流していい問題じゃない。

 確かに、人間ではない知的生命体であるなにかが存在しているのは間違いない。そこにきて人間の持つ、人の手には余る力、か。怪我を治す力があるなんて知られれば実験動物的扱いを受ける可能性もある。そうなれば、ファウストのときと同じ――第2の人体実験になっちまう。

「仮にシスターが怪我を瞬く間に治せるとして、それがシスターだけとは限らない」

「ん? つまり、アーシアちゃんみたいな力を持ってる子が他にもいるってのか?」

「可能性の話だけどな。どうにも、新世界の情報が少なすぎる。また旅に出ないといけないかもな」

「発想が飛んでるなぁ……頭の回転が俺とは違うってことか」

 シスター本人は自分のことを理解しているんだろうか? 彼女にも話を聞いて、それで行動を起こすかも決めないといけないな。

「方針を決める必要があるな。マスター、続きはnascitaに戻ってからにしよう」

「あ、ああ。ほとんど戦兎の独り言なんだけどね?」

 そうして、いつかの帰り道を軽口を叩きながら歩く。俺たちは互いに、笑顔を浮かべながら。

 

 

 

 

 

 戻ってきてみれば、あら、どうしたことでしょう。

 窓こそ割れているものの、荒らされたnascitaの内装は前と変わらないまでに修復され、破られたはずの扉も付け替えられていた。

「はやっ!?」

「うそーん!?」

 マスターと二人で驚くが、他の残ってた面々はやりきった顔してるし、万丈と一海がやけに仲良さそうに話している。どうやら、こっちの世界でもうまくやっていたらしい。

 彼らの足元にソースをかけたような跡が残っていたが、見なかったことにしよう。

「おう、戦兎! 話終わったのか?」

「ああ。こっちもやけに早く直ったな」

「まあな。俺の筋肉とあいつらのコンビネーションのおかげだな」

「そういうこった。みーたんがアイドルになっても推せる、いいやむしろ推したい俺の原動力があればこんなもんよ。ねー、みーたーん!!」

 万丈の言葉に乗ってきた一海が美空へと話しかけに行く。あ、シスターが驚いたことを怒られてるし……。

「人ってのは、そう変わるもんじゃないさ。世界が変わっても、人の根っこの部分は変わらない」

 俺の心情を察してか偶然か、マスターが声を発する。

 その言葉はすんなりと俺の中に入ってきて、納得させられる。世界が変わった程度じゃ、根幹は変わらない。わかってるさ、みんな変わってない。記憶がないだけで、きっと俺の知っているみんなと然程ズレはないんだろうことくらい。

「あいつ、やっぱりこっちでも美空のこと好きなんだな」

「いいんじゃないか? それでこそ、俺たちの知ってる一海だ」

「まあな。それより、なにを話してきたんだ?」

 万丈からの賛同を得たところで、俺はこいつの質問に答えるとしますか。

 ああ、でもその前に。

「ちょっと外出るぞ」

「あん? 話すだけならここでいいじゃねえかよ」

「よくないから言ってんだよ。ほら、早くしなさいよ」

「んだよ、仕方ねえな」

 怠そうに立ち上がった万丈は、俺の後に続いて外に出る。

「で、なんでマスターも付いてくんだよ」

「そりゃあ、必要だからに決まってるだろ? なあ、戦兎」

「まあね。いいか、よく聞け万丈」

「おう、聞いてるって。それで?」

 俺はマスターについて、nascitaの襲撃についてを一通り説明する。ちなみに、マスターの記憶に関しては何度も、何度も、万丈が信じるまでマスターと二人で話したことで理解してくれた。

「つまり、マスターがエボルトじゃなくて、そんでもってこの世界のマスターが俺たちの世界のマスターになって、そのままこの世界にいるってことか!」

 わかったと信じよう。俺たちの世界での記憶をマスターも持っていることさえ伝わればいいんだ。

 途中エボルトじゃないかと疑われたが、これは個人で信じるしかない。なにより、新世界を創るためにエボルトは消えたのだから、それでも疑惑を抱いてしまうのは、騙され続けてきた俺たちの心が弱いからだろう。まだ、あいつの影を引きずっているに違いない。

「それでだ、俺たち今日からまたnascitaでお世話になることになったからな」

「はあ!? いいのかよそれ!」

 万丈が聞くと、「もちろん」と返すマスター。

「これでもう寝床の心配はねえな、戦兎!」

「嬉しいけど、ただ居座るってのもあれだから、どうにかして職も探さないとな」

 とはいえ、これは行く行くはになりそうだな。働く暇が果たしてあるかどうか……。

 堕天使、シスターの問題の解決もしないといけない。

「ん? 万丈、その羽はなんだ?」

「羽?」

「服についてるやつだよ」

「お? ああ、これか。そういやnascitaの中に結構落ちてたぜ? 掃除中についちまったんだな」

 服についていた羽はそのまま捨てられたが、マスターはその羽を見ながらつぶやいた。

「あの羽、俺が戦った奴の羽だな」

 つまり堕天使の羽……俺と万丈が会った女性も同じような羽を生やしてたっけ。ん? そういえばあの羽、どこかで見覚えが――。

 どこだ? つい最近、どこかで。

 最近行った場所、出会った人たちの光景が頭の中で流れていく。

『ん? こまおうちょう?』

『あうぅ、なんで転んでしまったんでしょうか……ああ、すいません。ありがとうございますぅぅ』

『あ、あの……教会の場所を知っているのであれば案内していただけると嬉しいのですが……ダメですか?』

『残念ね、飛べないのなら私には追いつけない。それにいいわ。あなたたちを誘い出せたおかげで、いまあの店には他に力を持った人間はいないのでしょう?』

 そうか、そういうことか。

「――繋がった!」

「お、どうした天才物理学者!」

「残念ながら、いまの俺たちには堕天使のことも、その堕天使が言っていた神器のことも、ましてやシスターのことさえもわからない。けれど、ひとつだけ手がかりがあったんだ」

 元々、やつらの狙いはシスターだったのなら。

 俺たちと戦ってまで彼女を欲したのだとしたら。

「シスターはnascitaに来る前、駒王町の教会に行く手筈になっていた。けれど、人が居られる場所じゃないからと、俺と万丈でnascitaへと連れてきたんだ」

「それがどうしたってんだよ」

「そこが問題なんだ。nascitaが狙われたのは、本来であればシスターが来るはずだった教会に行かず、nascitaに連れ去られたから。恐らくこの一点に集約する」

「ほお? そいつはどうしてだ?」

 俺がシスターを連れて帰るときに見た光景を思い出す。

「教会には、俺たちが見た堕天使の羽らしきものが落ちていた。それに、マスターと戦った堕天使の言葉からは最初からシスターのことを知っていたようにも感じる。だから、堕天使たちの目的は最初からシスターで、その作戦は駒王町の教会で実行されるはずだったってこと。ってところかな」

 たぶん、細部が違ったとしても、大きな差異はないはず。

「つまり、どうしたいんだ?」

「俺たちには情報が足りない。それでいて、あの教会には堕天使のいる可能性が極めて高い。けれど、マスターに一人倒されたことを警戒して場所を移さないとも限らない」

 人間を下に見ている節があったからその辺りはないかもしれないが、逆に、格下の人間に倒されたことでより警戒されるかもしれない。

「ここらで一度、こっちから攻めてみようと思う」

「いいのかよ」

「わからない。けど、なにかあってもおまえもいるしな」

「やけに素直じゃねえか。しょうがねえ、付き合ってやるか!」

 それだけでわかったのか、座りながら話を聞いていた万丈が立ち上がる。

「おいおいおい、おまえらどうしたってんだよ」

「なに、ちょっと行くところができただけの話だって」

「その通りだぜ!」

 シスターからも話を聞きたいが、襲撃された後で急に聞くのも彼女にとっては良いことじゃないだろう。

 いまは美空や一海が側にいることだし、あの中にいるなら笑顔を浮かべられるはず。

「話を聞くのは、情報を集めてからでもいいか」

 優先順位をつけ、方針を固める。

「さて、行きますか」

 マシンビルダーを展開し、ヘルメットを万丈に渡す。

「じゃあマスター、ちょっと出るけど、あと頼んだ!」

「はあ……いいよ、行ってこい。こっちは任せなさいな」

「ありがとう!」

「行ってくるぜ!」

 マスターに見送られたまま、俺たちは走り出す。

 さあ、もう一度行くとしますか、駒王町へ!



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遠回りのチャンス

「天才物理学者である桐生戦兎と、相棒の万丈龍我は石動惣一の好意の元、nascitaで再び生活を始めることとなる」
「なにが始めることとなる、だよ。俺たちいま駒王町に向かってる最中じゃねえかよ」
「いいんだよ! 帰ったらnascitaでの生活始めるんだから。というか、あらすじ説明の前にオチだけ言うんじないよ……」
「あ? あ、ああ。そうだった」
「はあ、じゃあオチわかっちゃったけど、あらすじ紹介続けるぞ。戦兎は自分たちの身に起きたことと、マスターたちを襲った相手の正体から、今回の事件の謎を解く鍵は駒王町、そしてその中にある教会が関係しているという結論に至った」
「だからこうして向かってんだよな」
「あー! 最後まで言わせなさいよ! そして事件解決のため、戦兎と万丈は駒王町へ――」
「戦兎、駒王町着いたぞ。さっさと行こうぜ」
「うそーん!?」
「さあ、このまま行くぜ! どうなる第10話!」


 俺と万丈は再び駒王町へとやって来たが、町の様子はさっき来たときとやはりなにも変わっていない。

「おい戦兎、教会はあっちじゃなかったか?」

 教会とは反対の方向に行こうとする俺を呼び止めた万丈に答える。

「ああ、それで合ってる。でもまずは、そこ以外も探ろうと思ってな」

「そこ以外? どこがあるってんだよ!」

「それはわからない。けど、いきなり教会に行くってのもなぁ。なにより、俺とおまえの顔はもう敵にバレてるわけだし? それなら、教会が怪しいと思われていない行動をして、後で落ち着いた頃に奇襲するのがいいでしょ」

「はーん? わからねえけど、おまえが言うならそれでいいか」

 納得してくれたらしく、万丈は俺の隣を歩く。

 そう、ここはもう新世界だ。俺と万丈とは違う歴史を歩んできた世界。この世界で味方は現状マスターのみ。もしかしたらが有り得る世界なんだ。

 もちろん、堕天使に逃げられるのは論外だが、町を一周してからでも遅くはないはず。

「確認したいことはふたつ」

「なんだよ」

「この町の人たち全員が実は堕天使で、そうした種族の町があるかどうか。そして、もしそうなら全員がシスターを狙う敵かどうかだ」

「なるほど。だからいきなり戦わないってことか。ならさっさと話聞いてこようぜ!」

 なにを思ったのか、万丈は近くでチラシを配っている女性に向かって走り出した。

「ちょ、バカ……最悪だ」

 素直に聞いて答えてくれるのかよ……だいたい、敵だったら俺たちもう多分顔ばれてるってのに。

「おーい、悪いんだけど、ちょっと聞きたいことがあってよ」

「なんでしょうか? あ、お願い事でもあるんですか? これ、よければどうぞ」

「あ、おう。じゃあもらっとくわ」

 万丈がチラシを受け取る。なんだか怪しいようなそうでもないような、絶妙なラインをいく女性だ。

「あ、それでよ。あんた堕天使ってやつ知ってるか?」

「バカ、おまえ本当に直球で聞くんじゃないよ! すいません、こいつちょっと頭弱くて……」

「あん? なんだよ頭弱いって!」

「筋肉はつけねえからな」

「しかも人の台詞取りやがって! だいたい、おまえが調べたいって言ったんじゃねえかよ! だから俺が聞いてやってんのに!」

 人を人見知りみたいに言うんじゃないよ。

 そんなツッコミを飲み込みつつ、話していた女性の様子を確認する。

 最悪、ここで戦闘か――。

「堕天使、ですか? よくわかりませんけど、漫画でも書いてるんですか? この町で題材が見つかるといいですね」

 ひとつ微笑まれ、チラシを渡してきた女性は去っていった。

 反応はなし、か。

「よくわかんねえけど、関係なさそうだったな」

「みたいだな。いきなり聞かれたのにあの反応ってのは、どう考えても白だろ。それより、そのチラシは?」

「おう、それが変なこと書かれててよ」

 万丈はもらったチラシを渡してくる。

 内容は確かにおかしなものだ。『あなたの願いを叶えます!』という文面と、見たこともない魔法陣が描かれている。魔法陣自体、あまり見たことないけど。

「願い事ねぇ……新世界もできて、みんなが平和に暮らしているいま、願いなんてないしな」

「そりゃそうだ。あ、だったら堕天使について聞いて見るってのはどうだ?」

 なるほど、一理ある。

「って待てよ。こんな紙に願い事を叶える力があるわけないだろ? 怪しいだけだって」

「紙に願うだけならタダじゃねえか。よし、おまえがやらないなら俺が願ってやるよ!」

「またおまえは……せっかくやるなら、ありったけの力で願えよ?」

「おうよ!」

 チラシを握った万丈が目を閉じ、「堕天使について知りたい、堕天使について知りたい……あれ? 他にもなんか知りたいことあったよな、戦兎?」と目を開けた瞬間だった。

 突如としてチラシが光り出す!?

「え? なんだよこれ!?」

「うそーん!?」

 は? ちょ、なんか光りだしたんですけど!?

「どうすんだよ!」

「俺が知るわけないでしょうが! 第一、光らせたのは俺じゃない!」

「あ、こんなときだけ逃げる気かよ!」

 などと遣り取りをしているうちに、光はチラシにあった魔法陣とまったく同じものを作り上げた。

「どうなってんだよこれ……」

「普通に考えたら、悪魔との契約時に用いられる召喚の儀ってところか……?」

 既に事遅いのだろう。今更この魔法陣をどうにかできるとは思わない。

 堕天使の捜索に来たのにこれか。

「万丈」

「なんだよ。言っておくけど、逃がさねえからな」

「逃げねえよ。それより、変身する準備だけはしとけよ」

「――おう」

 俺も万丈もビルドドライバーを腰に巻き、俺は両手にフルボトルを。万丈はグレートクローズドラゴンとフルボトルをそれぞれ構える。

 これでなにも出てこないで終わることはないはずだからな。

 待っていると、魔法陣が一際輝きを増す。

「あなたたちでしょうか、私を呼んだのは」

 これまで魔法陣があった場所には、巫女服らしき服をまとった少女が一人。

「――なんだ、こいつ」

「わけわかんねえ……」

 どれほど凶悪な見た目のモンスターが出てくるのかと思えば、現れたのは女の子。なんだ、この展開は。

 というかどちらさま?

「えっと……」

「誰だ、あんた」

 人が聞きにくいことをストレートに聞いていけるのは流石だな。よし、もうぜんぶ万丈に任せ――ると面倒ごとになりそうだ。どこかで変わってもらうか。

「え? あの、呼ばれたから来たのですが……もしかして、なにも知らない方たちなのでしょうか?」

「あん? 俺はただ、堕天使のことについて知りたいって願っただけだぞ?」

「堕天使!?」

 女の子が明確に狼狽した。これはなにか知っているな。

「あなたたちは、堕天使側の人間なのですか?」

「堕天使側の人間? なに言ってんだ?」

 堕天使側……派閥みたいなものか? 側と言えるからには、それなりに大きな組織が堕天使にはある可能性も浮上してきたな。もう少し情報が取れそうだけど、どうするべきか。

 まずはこの子のことから聞くべきな気もするけど。

「一旦落ち着け、万丈」

 このバカを止めてから聞くしかないか。

「まず初めに、俺たちはこのチラシがなんなのか、キミがどういう存在なのかを知らない。そこから説明してもらえると助かるんだけど?」

「え? あ、はい。私は姫島朱乃と申します。人との契約のために。つまり、あなた方の願いに呼ばれて来た悪魔です。いまのあなた方のような、願いを持つ方たちのためにこうした仕事をしています」

 堕天使に続いて悪魔と来たか。

 悪魔……巫女服着てるけど悪魔か。なるほど、新世界はどうやらだいぶ変わった発想が許された世界みたいだ。

「悪魔っていうのは、堕天使とは関係ないのかな?」

「ありませんわ。ええ、一切ありませんから」

「そ、そうか。ところで、悪魔が願いを聞きに来るってことは、俺たちは相応の対価が必要だったりするのかな?」

「はい、そうなりますね。今日は初回ということで、少しサービスさせていただきますが、どのようなお願いを?」

 長く伸びた艶やかな黒髪を揺らしながら聞いてくるその仕草は、警戒心を緩ませるための動作にも思え、それでいて、世の中の男性であれば、一発で堕ちそうだ。まあ? この天才物理学者にはプロデュースしてきたアイドルがいるので効きませんけど?

「だったら堕天使の情報を貰うしかねえだろ。なあ、戦兎」

 これまた一途な男はまったく彼女を気にしておらずですよ。ああ、ほら女の子の方も「あれ? もしかして全然気にされてない?」みたいな顔しちゃってるじゃないの。

「あ、あの……え? 情報? そんなこと聞かれたことないんですけど、あの……普通男性の方なら撮影会やお悩み相談とか、富や女性を求めたりするんじゃ……」

「いや、別に。いまするべきことがあるし、なにより大事なのは愛と平和だからね。それで、できれば堕天使と神器について聞きたいんだけど、いいかな?」

「――……わかりました。お話致しますわ。ですが、そういうことなら一度移動しましょうか。できれば、あなた方のお話も聞きたいことですし。堕天使のことを知っていて悪魔のことを知らないのは不思議ですからね。よろしければ、ゆっくりお話できる場所に案内しますよ?」

 堕天使を知っていて悪魔を知らないのはおかしいのか。つまり、その辺りは完全に一連の事象として存在しているわけで。これ、なんなら天使がいても不思議じゃないな。エボルトやベルナージュのような存在がいたんだ。今更、変なのがいてもおかしくないか。

「おかしいのは、新世界でここまで謎の存在が多いことぐらいだな」

「おい戦兎、そいつ返事待ってんぞ?」

「え? あ、ああごめん。じゃあ、案内よろしく」

「頼むぜー」

 とりあえず返事だけしておき、俺はまた考えをまとめ始める。

「はあ……男性に呼び出されてここまで相手にされないのは初めてです。自信をなくしそう……」

 



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悪魔のトランザクション

「天才物理学者であり、仮面ライダービルドである桐生戦兎と、相棒の万丈龍我は再び駒王町へと向かい、そこで堕天使に続き悪魔と出会う」
「えっと……あ、この台本を読めばいんんですよね、戦兎さん」
「ちょっと待ってアーシア。これ録音してるから、アドリブはともかくいないはずの人を呼ばないで!」
「え? あ、はい、ごめんなさい。続けますね?」
「確認もいらないからね!」
「まあまあ、いいじゃねえか戦兎。1話くらいこんなあらすじ紹介があってもよ、安心しろ、俺とアーシアちゃんでなんとかしてやる」
「はうぅ……すいませんマスターさん。じゃ、じゃあ続けます。その悪魔から堕天使と神器についての話を聞くため、二人は悪魔との取引に応じようと考え始めた」
「ほう、悪魔とねぇ。俺たちが堕天使に襲われた次は悪魔か。これ、悪魔払いが乱入してきたりしなかったわけ?」
「悪魔払いですか? どうなんでしょう?」
「まあ、見てみればわかるか。ほら、アーシアちゃん、決めちゃいな」
「は、はい! どうなる第11話!」
「オッケー! いいぞアーシアちゃん!」

「この回はあらすじ紹介他のやつに代わってもらうか……」


 万丈が相変わらずの第六感によって悪魔を召喚してから数十分。

 目の前を歩く巫女服の少女は姫島朱乃と名乗り、人目のつかない路地裏を伝いながら目的地へと歩いている最中だ。

 この前を歩く女の子だが、最初はイロイロ驚いていたけど、それも束の間。すぐに冷静な様子を見せるとそれ以降は歩くのみで、一言も話しかけてはこない。

「なあ、あいつ悪魔っつったけど、どうすんだ?」

「さあな。いまは話を聞かせてもらうしかないだろ。俺たちの持ってる情報だけじゃなにもかもが足りない」

 ついでに言えば、この子は堕天使について確実に知っている。

 万丈が最初に堕天使のことを聞いた際の反応からそれはわかっている。

 おそらく、彼女から話を聞く際に俺たちについてと、今回の出来事について聞かれるはずだ。万丈にも教えて、これからの話す内容をあらかじめ制限しておかないとな。

「万丈、よく聞いてくれ」

「おう、なんだ?」

 小声で話しかけると、万丈も声のボリュームを下げながら聞き返してくる。

「俺たちが新世界を創ったことと、前の世界で起きたことは聞かれても絶対に話すな」

「ん? なんでだよ」

「俺とおまえ、マスター以外は確認のしようがない出来事だからだよ。ついでに、もう実現不可能だろうけど、新世界の創り方がバレてみろ。絶対に面倒なことになる」

「よくわからねえけど、わかった。任せとけって」

「頼むぞ」

 パンドラボックスは見つからず、エボルトも存在しないこの世界で、もう一度新世界を創り上げるなんてのは無理な話だ。実現するには足りないものが多すぎる。ジーニアスボトルも機能が完全停止したいま、この世界で起きたことを新世界でやり直すなんてこともできはしない。

 それでも、人間よりも強い種が繁栄している可能性がある中で話せる内容じゃない。

 実現できなかったとしても、その事実と方法がある限り、人にはない英知を用いて実現される可能性だってゼロじゃないんだ。

「もう、世界を壊す相手はいないんだしな……」

 あの日々を戦い抜き、俺に新世界を創らせてくれた彼らは全員、いま笑顔を浮かべている。誰かを助け、ときに助けられ、みんな生きてくれている。

 だから、もう一度はいらないんだ。

「さて、着きましたわ。あと少しですから、しっかりついてきてくださいね」

 まだ直接話していない、懐かしい面々のことを考えていると、女の子が学園の前で一度立ち止まって声をかけてきた。

「ここって……」

「駒王学園ですわ。貴方がたの話は私の一存では決められそうにないことが予想されるので、この地を管理している方の元まで案内します」

 硬い口調でそう言われた。

 危険視されているのか、単に初対面時の印象から避けられているのか。それは置いておくとしよう。

「この地を管理って、ここ学校だぞ? 学生が管理してるってのかよ」

「バカ、教師がいるんだからそっちに決まってるだろ。学校で管理と来たら先生でしょうが」

「ああ、そっか、そうだよな」

 彼女に連れられ歩いていくと、新しそうな校舎を超えて、古めかしい――旧校舎だと思われる建物まで連れてこられた。

「こちらです」

 中に入り、とある一室へと招かれる。

「どうぞ」

 扉を開けてくれたので、そのまま俺と万丈は招かれた教室へと入るが、

「なんだこりゃ!?」

 俺のぶんまで万丈が声を上げてくれた。

 なんというか、独特な部屋だ。

「ここはオカルト研究部ですよ。そちらのソファにかけてお待ちください」

 ここまで俺たちを案内してくれた少女が部屋から出て消えていく。

 オカルト研究部……どうりで、部屋の床や壁、天井に至るまで見たこともない文字が書き込まれているわけだ。それに、もっとも目を惹くのは部屋の中央に設置された魔法陣らしきもの。

 悪魔と名乗るだけあるな。

「不気味な部屋だな」

「バカ正直に言うんじゃねえよ。もっとオブラートに包みなさいよ」

「じゃあなんて言うんだよ!」

「それはあれだよ……いまどきの学生が好みそうな部屋ですね、とかあるでしょ」

「最近の学生のことなんて知らねえだろ? おっさんがなに言ってんだよ」

「天才物理学者ですー」

 軽口を叩き合いながらも、万丈の視線は鋭い。

 部屋に入ってからずっと周りを警戒している程に。

「当然か」

 連れてきてくれたからと言って、素直に相手をしてもらえるとは限らない。ここでいきなり「死んでもらう!」と襲われてもなんら不思議はない。

 エボルトのときのように、相手が自信家で必ず倒せる自信があって招かれた可能性も捨てきれない。

「誰も居ねえな」

「みたいだな。待つしかない、か」

「なあ、やっぱり悪魔ってことはエボルトやスマッシュみたいに変な格好の奴がくんのか?」

 万丈の中では既にイメージが固まっていそうだが、そうとも限らない。

「いや、どうだろうな? 俺とおまえが会った堕天使は人と変わらない姿をしてただろ」

「翼は生えてたけどな」

「まあな。でも、あれが堕天使本来の姿なら、人の姿でも不思議じゃない」

「でもよ、逆にすんげえ格好しててもおかしくねえだろ」

「……確かにな。どうせ姿は見れるだろうし、どんなのが現れても冷静でいよう」

 待つ間は特にやることもなく、突然の事態に備える時間が過ぎる。

 だが、廊下から聞こえてくるいくつもの足音に、俺と万丈は態勢を整える。

「お待たせしてしまってごめんなさい。私はリアス・グレモリー。貴方たちが、朱乃の連れてきた人たちね?」

 どんな物騒な相手が入ってくるかと思えば、入ってきたのはこれまた先ほどの女の子と大差ない学生だった。

 紅髪の少女。

 ああ、でもわかる。この子からは俺たちに対する敵意が感じられない。

「だいじょうぶそう、だな……」

 万丈も察したのか、構えを解いてソファに深く座り込んだ。

「フフッ、警戒させてしまったかしら? ごめんなさいね。なんだか重要そうな話だったから、それなりに準備をしてから聞いた方がいいと思って」

「……いや、だいじょうぶ。それで、俺たちの話は聞いてもらえると思っていいのかな?」

「ええ、もちろんよ。堕天使の話と、神器についてよね? できれば、なにが起きたのかを詳しく聞かせてもらいたいのだけれど――と、その前に。みんな、入ってきてちょうだい」

 開いていた扉の外から、ぞろぞろと目の前の少女と同じように学生服を着た子たちが何人か入ってくる。

「彼女たちはみんな、私の仲間なの。今回の話を聞いてもらうために集まってもらったのだけど、このままいさせてもらってもいいかしら? 彼らは神器に関して説明するためにもいてもらった方がいいと思うのだけれど」

 そう言って紹介されたのは、男子生徒が二人。

 金髪の爽やかな雰囲気の少年と、茶髪の熱そうな少年。茶髪くんはシスターと会ったときに見かけたな。

「初めまして。木場祐斗です」

「兵藤一誠です!」

 金色が木場祐斗で、茶色が兵藤一誠か。

 神器に関しての説明で必要らしいけど、ほんとなんなんだろうな。とりあえず、必要なら問題ないか?

「わかった。説明してもらうのは俺たちだしな。キミたちも、よろしく頼むよ」

 ひとつ頭を下げた二人は、紅の少女の後ろに控えるように下がった。

 その二人は万丈のことをチラチラと見ながら、

「あれ、格闘家の万丈選手だよな?」

「みたいだね。まさかこんなところにくるなんて……それにほら、試合中のときのような目の鋭さだよ」

「かっこいいよなぁ。でもなんで俺たちのところに?」

「それはわからないけど、あの強さの秘訣はちょっと聞いてみたいね」

「部長との話が終わったら話しかけてみようぜ」

 なんて会話を小声でしていた。

 まあ、この世界のではないけど本人だし? ちょっと話し相手になってあげるぶんには問題ない――バカだし発言がなぁ。いや、だいじょうぶかな。なんなら新世界の万丈よりも格段に強いはずだし。

 なんて隣の相棒のことを心配していると、異様な視線を感じたので視線を少し横にズラす。

 すると、白髪の小柄な少女と目が合った。心なしか、その目が輝いているようにも見える。なんだ?

「えっと……」

「――佐藤太郎」

「え?」

 この子はいま、なんて言った? サトウタロウ? 佐藤太郎!?

 違う、俺は桐生戦兎でって言ってもこの顔ばかりはなぁ。ああ、もうなんで新世界の佐藤太郎はちょっとした人気者なんだよ!

「えっと、だな」

「ツナ義ーズの曲、いつも新曲が出るのを楽しみにしてます」

 無表情ながらも表情には輝きがある。

 これは……この無垢な子の心を守らないといけないのか!? そうだ、万丈!

「おう、やってやれよ、佐藤太郎」

 万丈ォォォォォッ!!? なにそこで満足そうに頷いてんだよ!

 目の前には純粋な目を向ける少女。隣にはバカ。ついでに白髪の子のせいで「お、有名人?」やら「やっぱり佐藤太郎!」なんて声が聞こえて来る。

 くそ、最悪だ……。

 俺の中にある佐藤太郎のイメージって、あれだけなんだよな。あれを、やるのか……。

「…………」

 無言ながらもなにかを期待する目が俺に突き刺さる。

「最っ悪だ」

 ソファから立ち上がり、少し離れたところで立ち止まる。彼女たちに背を向けたまま、意を決してあのポーズを取る!

 大きく背中を反り返らせた、あのバカ丸出しのポーズを!

「夜は焼肉っしょぉ! フッフゥウウウウウウウウウウッ!!」

 やけくそだったのか、自分でもよくわからないハイテンションのまま聞いた限りの彼の台詞を再現した。

「佐藤太郎!」

 白髪の子は目が輝き、楽しそうな声が漏れた。

 ここまで案内してくれた子は信じられないようなモノを見る目で、隣にいる男子組は一人は笑い、もう一人は「アハハ……」と反応に困っていた。

 くっ、つらい……けど白髪の子の夢は守れたからいい…………。

「ふっ、ふふふ……ごめんなさい、貴方最高だわ! 日本は本当に楽しいわね。ええ、いいわ。貴方たちの依頼、私が受けるわ」

 紅の子は気に入ってくれたみたいだ。明らかにリーダーらしい彼女が気に入ってくれたなら、恥をかいた甲斐もあるかもな。

 俺は気を取り直し、ソファに座る。

「おまえ、やっぱバカだろ」

「うるさいよ。おまえの一言がなければなんとかなったかもしれないってのに。――それより、万丈」

「なんだよ」

 これからおこなうのは悪魔との取引。これまでの雰囲気から危険があるとは思えないが、やっぱり不安は捨てきれない。

「万丈、悪魔と相乗りする勇気、おまえにあるか?」

 だから、こいつに聞かずにはいられない。

「んだよ、今更だっての」

「なに?」

「俺がこれまで一緒にいた相手は、仮にも悪魔の科学者だぜ? 悪魔と相乗りする勇気? そんなもん、とっくの昔から持ってるっつーの」

「――――そうかよ」

 なら、問題ない。そうだな、こいつはそういう奴だった。

「この依頼、受けてくれてありがとう。それじゃあ、まずは俺たちの話を聞いてもらった方がいいかな?」

 俺は目の前に座る紅の少女に話しかける。

「ええ、そうね。では、話を聞かせてもらいましょうか」

 



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デビルとの語らい

「仮面ライダービルドであり、天才物理学者である桐生戦兎は、悪魔と名乗る怪しい集団から話を聞くためにって、ちょっと。悪魔と名乗る集団ってなによ! これ書いたのは貴方ね? 悪意を感じるわ!」
「うおォッ!? ちょっと待って! 確かに書いたのは俺だけど、この段階だとそう書くのが当然っていうか、それよりいきなり攻撃しないでもらえますか!?」
「うふふ……私たちがまるでエセ悪魔みたいな書き方ですね…………どうしてあげようかしら」
「なんか増えたんですけど……」
「あら朱乃。これ見てちょうだい」
「ええ、リアス。よぉく見ましたわ。ですから私、新しい台本を用意してきたのよ」
「さすがね。悪魔との話し合いを始めた戦兎は、佐藤太郎と間違われ、調子に乗って彼の真似をし始める。そこには佐藤太郎最大の名言とも言える「夜は焼肉っしょ!」も含まれており――」
「すいませんでした! 台本を一部修正します!」
「ふふっ、まだまだありますわよ?」
「あら、本当ね。続き、どうしようかしら」
「「ふふふふふ……」」
「ちょ、これもう放送できないでしょ! とっとと本編いっちゃって! さ、さあどうなる第12話!」
「さて、それじゃあ続きをゆっくり読みましょうか」
「え?」


 俺が精神的大ダメージから立ち直るのを待ってもらってから少しして。

 紅髪の子――リアスは慣れたもので、俺と万丈がシスターと出会ったことから、行きつけの喫茶店にその子を案内した際に堕天使に襲撃されたことを、一切質問せずに聞いてくれた。

 まずはこちらの話を聞くことに徹するらしい。まだ高校生だろうに、大したもんだよ。

「というわけで、俺たちを襲った堕天使について詳しく調べるために、手がかりのありそうな駒王町の教会まで行こうとして、その最中にキミたちと出会ったってわけだ」

「なるほど……ちなみに、神器についてはどこで?」

「行きつけの喫茶店が襲われたときに、その襲撃犯が言ってたらしい」

「そう。確かに、裏の事情を知らなければ神器についての知識がなくても不思議じゃないわね。土壇場で覚醒したのなら辻褄もあう、か」

 話を聞いていたリアスは何事かに納得したらしく、何度か小さく頷いている。

 ここまでの話を疑っている様子もなく、今回の事に対しても真面目に考えてくれているようだ。

「なにかわかったのか?」

「その前にひとつ確認させてちょうだい。貴方たちも堕天使と戦ったのよね。そして生き残った。そうよね?」

 話していれば突っ込まれるところなのは自覚していた。

 相手の態度次第で情報を開示するかしないかを決めればいいと思っていたが、果たして彼女たちはどうだろうか? まだ早いか? それとも素直にライダーシステムのことを話して更なる反応を見るべきか……。

「おう、戦ったぞ」

 難しいことは考えない万丈が、黙っていた俺に代わって答えてしまった。それはまだ続き、

「というか、あんぐらいなら素手で殴っても倒せるぞ」

 余計なことを口走った。

 バカの顔には「エボルトのことも前の世界のことも話してないぜ」とわかりやすいくらいに堂々と書いてある気がした。

「素手ぇ!?」

 案の定、目の前の彼女の後ろに控えていた一誠から驚きの声が上がった。

「あん? 悪魔なら堕天使とも普通に相手できんだろ?」

「さも当然のように話を進めるんじゃないよ」

 見てみなさいよ、一誠の顔を。ありえないって感じ出してるでしょうが。第一、人間は彼らにとって劣等種的立ち位置なら、対等かそれ以上の力を持っているだけで危険因子になりかねない。さすがにマスターまで巻き込んでいる状態で悪魔にまで敵対されるわけにはいかないぞ。

「イッセー、静かにしていてちょうだい」

「あ、はい! すいません!」

 などと思っていると、リアスは一誠を宥め、俺と万丈に向き直る。

「ごめんなさいね。彼はまだ力の扱いに慣れていないから、堕天使と戦える人を見て驚いているだけなの」

「いや、こっちこそバカが余計なことを言って悪かった」

「おい、バカってなんだよ戦兎!」

「おまえのことだよ。いいからちょっと黙ってなさいよ。今度は彼女からの質問に答える時間なんだから」

 仕方ねえなぁ、とリアスへと視線を向ける万丈。俺もリアスを見ようとしたのだが、白髪の少女がまだ俺を見ていたことが気になり耳を澄ますと、

「本名はセント? いえ、佐藤太郎という平凡な名前をあえてつけることで親しみやすさと覚えやすさを優先させて、本名であるセントという独特な名前よりもファンを優先したということでしょうか……いまの冷静な姿といい、もしかしてお調子者のあの姿は偽りで、これが本来なんでしょうか? 興味深いです」

 お、おう……分析されてるな。一見無表情に見えるが、声に熱があるしもしかしたら表情豊かなのかもしれない。

 とりあえず、いい具合に勘違いされているなら好都合――ということにしておくか。

「さて、貴方たちは堕天使と戦える人間だということで、なにかしらの力を持っているのは確定ね。仮に神器だとしたら、そのものを理解できていないとわからないだろうし、まずはそちらの話からしましょうか」

「ああ、頼む」

「ええ。まずは見せた方が早いわね。祐斗」

 リアスが控えているもう一人の男子――木場祐斗と名乗っていた少年を呼ぶ。

「はい、部長」

「貴方の神器を見せてあげてちょうだい」

「わかりました。けれど、いいんですか? 失礼を承知で言いますけど、まだこの人たちのことを僕らはなにも知りません。知っているのは一面のみで、裏についての関係性なんかも――」

「いいのよ。今回の件、彼らは私の管理態勢がもたらした被害者で、ひいては悪魔側の失態故のことだもの。それに、見ず知らずの女の子を助けるようなお人好し、私は放っておけないわ」

 そこまで言うと、リアスは改めて祐斗を見た。彼の表情は柔らかく、そしてひとつ頷いてみせた。

「はい、部長。お二人も、失礼なことを言ってすいませんでした。代わりと言ってはなんですが、精一杯期待に応えますよ」

「だいじょうぶだ、気にしないでくれ」

「では、お言葉に甘えて」

 ひとつ笑った祐斗は俺みたいにイケメンスマイルを浮かべると手を前にかざした。

「いまから祐斗が神器の力を見せてくれるわ」

 リアスからはそう言われたので注意深く見ておこう。

「では、いきます。魔剣創造」

 一瞬の発光の後、彼の右手には西洋剣が握られていた。

 いつの間に……。

「どこから出したんだよ! 全然わからなかったぞ!?」

 隣で万丈が驚いているが、まさにその通りだ。

 俺も一切見えなかった。万丈でさえ見えないのだから、どこかから取り出したっていうのは考え難い。

「能力、か? 堕天使も光の槍を作り出していたし、そんな感じか?」

「近いと言えば近いですね。これは確かに、僕が作った剣です」

 言ったそばから、たったいま作った剣と似た剣をもう一本作り出す祐斗。それが何度か続き、彼の足元に数本の剣が置かれていった。

 作った剣。

 この場で作り出したのなら、それは人の身には余る力だ。――そうか、もしかして。

「それが神器ってことか?」

「はい。これは数ある神器の中のひとつです」

「他にも色々あるのか?」

「僕らでは把握しきれていないのが現状ですね。神器とは、特定の人間にのみ宿る、規格外の力。たとえば、歴史上に残る人物の多くがその神器所有者だと言われています。これだけの力があると、神器の力を使って歴史に名を残した人がいても不思議じゃない」

 人にのみ宿る力か。そして祐斗の剣だけでなく、多くの種類がある。

 これは堕天使が間違えてもおかしくない。そうか、だからマスターに対しても聞いたのか。

「現在でも神器を宿す人はいるのよ。世界的に活躍している人や、裏で暗躍する人……使い方は様々だけど、良くも悪くも人の世界に陰で浸透している力なの」

 祐斗の説明に、リアスが補足として現在の状況を教えてくれる。

「ん? つまり、人が戦うための力だけじゃないってことか?」

「大半は、人間社会の中でしか機能しないものばかりなの。けれど、中には私たち悪魔や堕天使にも対抗できるかそれ以上の力を持った神器が存在する。ここにいる祐斗やイッセーもその中の一人」

「なるほど。だけど変だ。神器が人の身にのみ宿るなら、祐斗と一誠が神器を持っているのはおかしい」

「……そうね。そこも説明するわ。なにより、今回の堕天使の一件の説明をするためには、しなければいけない話だもの。神器のことも含めてね」

 最初から話すつもりだったのか? それとも已む無くか?

 どちらにしろ話してもらえるなら聞いておかないとな。なにかカラクリがありそうだし?

「まず、私はこの町を管理している悪魔なの。現在、悪魔と堕天使の仲は良くなくてね。お互いに様子を見て、過干渉はしないはずだった。そこに今回、危険な神器所有者を殺すために、堕天使が私に一言もなく駒王町に侵入した」

「それが俺とこいつが遭遇した堕天使ってことか」

「恐らくね。本来なら、私から上に報告したことで今頃堕天使側にも話は伝わっていると思うのだけれど……それでも活動しているということは独断でのことか、組織から抜けてきた堕天使なのか……ごめんなさい、これは私の愚痴。貴方たちには関係のないことだったわ」

 異形の世界にも面倒な事情があるのか。元の世界のような、北都、東都、西都のような勢力争いに近いものが繰り広げられているのかもな。

「それはいいけどよ、それがどう関係するってんだ?」

 軽く流した万丈が質問する。これは、俺たちの身に起きたことと、その話がどう関係するかということだろう。

「神器所有者を狙っている、というところよ。実はね、イッセーも堕天使に狙われた一人なの」

「なに?」

「イッセーもその身に宿す神器のせいで堕天使に害されたのよ。問題はそこからで、この子は堕天使に襲われてね。死ぬ間際に私を召喚して、貴方たちみたいに願ったの。だから私はイッセーの命を救った。悪魔として、私の仲間として生まれ変わらせたのよ」

「生まれ変わらせた……?」

「ええ。彼は人から悪魔になったの」

 そうした技術があるってことか。火星人や星を狩るような存在がいるくらいだし、新世界にもそんな方法があってもいいのだろう。結果的に、一誠は死ぬことなく生き残れたわけだしな。深く聞かなくてもいいだろう。必要になれば、説明してもらうしかないけど。

 少なくとも、彼女たちは人の敵ではないみたいだしな。

「一誠も神器の件で狙われたってことは、シスターのアーシアも神器関連で狙われたと見て間違いないか」

「その線が尤もね。けれど、駒王町から離れた相手まで狙うかしら? なにか他の狙いがありそうね。少なくとも、イッセーを襲ったときとは違う感じね」

 話を聞いていくと、一誠を襲ったときもそれなりに計画を練っていたらしい。悪魔になってからも襲撃を受けたが、そのときはリアスが出向くと撤退したとか。

 けど、マスターと敵対した堕天使は最後まで戦った。もちろん、人間と侮った部分もあるだろうけど、それだけシスターに拘ったということでもある。俺の計算が間違っていなければ、そういうことになるわけだが。

「アーシアを堕天使の奴らが恐れているか、利用しているってのか?」

「そうだ。万丈も聞いただろ、怪我を治す神器……どうあっても、利用価値が高すぎる。シスターの様子からしても特にデメリットはない。それでいて他者の怪我を完全に治せるとなれば、利用したい勢力がいてもおかしいことじゃない」

「くそっ……気に入らねえ!」

 万丈がいまにもnascitaに戻りそうになるが、それを抑えてこの場に留まらせる。安易に話したのは失敗だったか?

「いまはマスターに任せて、俺たちは堕天使の計画を探ることが優先だ。狙いがわかれば戦い方はある。そうだろ?」

「――ああ。わかってる」

 万丈は煎れてもらった紅茶を飲みながら自分に言い聞かせるように目を瞑る。これなら平気そうだ。

 それにしても、随分詳しく話してくれたな。正直予想外なんだけど。

「ここまで話して良かったのか? 自分で言うのもなんだけど、俺たちみたいな怪しい二人組の話を真に受けるのは危ないと思うんだが」

「あら、そうかしら? 私はそうは思わなかったわ。第一、私の可愛い仲間のために面白いことをしてくれるような人が私たちを害するとは思えなかったもの。それより、ごめんなさい。私の管理態勢の甘さからこんなことに巻き込んでしまって。これでも人に被害が出ないようにと思ってやってきたのだけれど、難しいのね、なにかを守ることって」

「……そう、だな。守るのって、難しいんだ。争いって止められなくてさ。その元凶も止められなくて。自分たちの知らないところで、気づいたら誰かが泣いている。そんなことばっかりだよ。だから、見える全部を救いたい。手を伸ばして、自分の届く範囲全部、救いたいって思っちまうんだ。だから、何度躓いても立ち上がる。そして救えるまで、何度でも」

「貴方は……」

「悪い、なんでもないんだ。ただ、守れなくて後悔できるなら、きっとだいじょうぶ。怖いのは、それを当然のように受け入れて、誰かが傷つくこと、傷つけることを平気になることだから」

「――そう。そうね。ありがとう。なら、やっぱりこの件は私が解決するべき問題だわ。貴方たちには悪いけれど、この堕天使の騒ぎ、もう結構な情報を掴んでいるの。この先は私たちに任せてもらえないかしら?」

 そう来たか。

 慰めたつもりが、火までつけちまったか。

「俺たちも事の真相を知りたいんだが、動くなら俺たちも混ぜてはもらえないか?」

「わかったわ」

 了承はやいな!?

「部長、よろしいのですか?」

「さすがにそれはどうでしょう?」

 祐斗と巫女服の少女からは即座に声が上がる。

 二人からは、俺たちがついてくることで傷つくことがないかという心配が先立って見える。

「問題ないわよ、たぶん。戦うだけの力は持っていそうだしね」

「おう、問題ねえよ。堕天使なんて俺の拳で蹴散らしてやるよ!」

 そこで万丈からも気合の入った一言。

 一誠なんかは「万丈選手スゲェ! くっ、俺もいつかはあんな風に……」なんて羨望の眼差しまで向けてるがだいじょうぶだろうか? こいつがバカだってことは新世界では知れ渡っているんだろうか?

「っていうかよ、俺たちは依頼を受けてもらったんだよな? なにを要求すんだ?」

 なんて思っていたら万丈が対価について聞いてるじゃないですかー……。

「依頼のことかしら? それなら、もうもらってるわよ?」

「「はい?」」

 リアスの答えに、俺と万丈は揃って間抜けな声を漏らしてしまった。

「こちらにも来ていなかった情報が回ってきたし、こちらが流した情報以上に価値があったわ。それに、貴方のアレが面白かったから、依頼についてはもうなにも望まないわ。初回だしサービスもしないといけないしね」

 と、いい笑顔で言うのだから、性質が悪い。

 並の男ならこの笑顔だけで堕ちていることだろう。悪魔と名乗るだけあって、美男美女の揃いというのはズルいことだ。

「おー、マジかよ! ありがとな!」

「そういうことならありがたく。助かるよ」

 払えるような物は持っていないしな。助かった。

「ふふっ、いいのよ。じゃあ、行きましょうか。堕天使の皆様にちょっとお話をしにね」

 



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正義のボーダーライン

「仮面ライダービルドであり、天才物理学者の桐生戦兎は、相棒の万丈龍我と共に、これまで起きたことを悪魔と話していた。その会話の中で、悪魔から今回の一件に関することや、神器についての説明を受ける」
「ああ! やっぱりかよ! おい戦兎、どうなってんだよこれ!」
「うるっさいなぁ、なんだよ。いまあらすじの途中なんだけど?」
「これだよこれ! 俺たちまだ一回しか変身してないみたいだぞ!? いいのか? 俺たちメインライダーだぞ!」
「いや、そんなはずは……うわ、本当だ。最後に変身したの5話だし、その前も一回もビルドになってない!」
「な、これやばいだろ!?」
「いや、落ち着け万丈。これから悪魔のみなさんと教会に行く予定だから、そこで変身しよう! というか、変身しないともう出番ないぞ!」
「よっしゃ任せろ。最高の変身を見せてやるぜ!」
「というわけで、この勢いのまま行くぞ、第13話!」
「絶対変身してやるからな!」
「フラグ立てるんじゃないよ……」


 俺たちが訪ねたこともあってか、これから教会へ向かうというリアスについていくことになった俺と万丈。

 いくつかの打ち合わせを終えてから、夜になるのを待って駒王学園から教会へと行くことになった。

「悪魔ってのはもっとやべー奴らかと思ってたけど、案外いい奴らだな」

 隣を歩く万丈がそうこぼすが、彼女たちは万丈が言ったようにいい奴らなんだろう。けど、これが悪魔全体の対応かと問われれば、そうとは思えない。

 リアスたちは若い上に、一誠は元人間ときている。だからまだ、人と接する時間も長いことから人を見下さずに済んでいるだけの気もするんだよな。正しい意味で共存していくには、まだ障害も多そうだ。

 でもそれは、悪魔側に人間と共存する意思があるかどうか次第、か……。依然劣等種である人間側に決定権はないんだろうし?

「いや……悪魔や堕天使がいるなら、悪魔祓いや陰陽師がいてもおかしくないのか?」

「あら、いるわよ?」

「いるのかよ……」

 俺の独り言に律儀に答えてくれたリアスは、さも当然と言った様子。彼女たちの中では常識なのか。

 オカルトちっくな世界になっちゃってまあ。前は科学と神秘の世界だったのに、どうやら新世界で幅を利かせているのは科学ではないようだ。

 ショックか? ちょっとショックだな。でも、科学の進歩がないわけじゃない。当然だ、葛城親子がいるんだからな。父さんとあいつがいるなら、遠からず、大きな功績を残すだろうさ。

「なあ、エクソシストもいんのか?」

「ええ、いるわよ。私たちとしては、会いたくないけれどね。とは言え、これから行く教会にもきっといるでしょうね」

 なんか、聞けばなんでも言いそうな雰囲気だな。万丈は気にせず聞いていくが、とてもじゃないけど全部を聞こうとは思えない。

 これから会うってのはつまり、教会側、ひいては堕天使側の人員ってことだしな。

「はあ……結局、人間同士での争いも変わらないわけか」

 どこに属していようと、人であることには変わりない。ついでに言えば、一誠たちも元人間ならばそこになにも感じないわけじゃないはずだ。

 人と人の争い、人と悪魔、堕天使の争い。

 簡単には無くせないんだろうな。聞いてみれば、神器持ちの人間を殺すのだって必要に駆られての面が強いらしい。

 そうした事に関してはどこの勢力も目を瞑っているのだとか。

 これはいま考えるだけ無駄だな。

「…………」

「あらあら、小猫ちゃんはよっぽど気に入ったんですね」

 いま考えるのは、リアスを除く女性陣の視線だな。

 万丈は万丈で一誠と祐斗に捕まってるみたいだし? お互いに話し相手になるしかないんだろうか?

「万丈選手はなんであんなに強いんすか?」

「あん? そうだな……やっぱ筋肉じゃねーか?」

「筋肉!」

「おう、筋肉だ!」

 ちょっと心配になる会話が始まってるんですけど? あいつ筋肉しか言うことないのかよ。

 こっちは放っておいていいかな。

「俺、将来ハーレムを目指してるんですけど、いいっすよね、ハーレム!」

「そうか? 悪い、俺にはわかんねえな」

 そっかー、ハーレムの意味は知ってるのか。知っているのも興味ないことに対しても安心だな。

 しかし一誠はハーレム目指してんのか。最近の男子高校生ってそういうものなのかね? ちょっと変わってるというか、ある意味男の夢そのものを見ているというか。

「俺、これから女の子たちを助けるし、仲間だって守りたいんです! それで助けた女の子たちから、『きゃー、一誠さま〜』って感じで感謝されたりとか、『かっこいい〜』って言ってもらいたじゃないですか!」

「お、おう?」

 万丈が困惑してる……。

「女の子たちのピンチに颯爽と駆けつけて助けるのって、すっげえ正義の味方みたいじゃないですか! 助けた子からもイロイロしてもらえますし」

 正義……。

「なあ、一誠。俺にはおまえの夢についてはよくわかんねえけどよ、これだけは言わせてもらうぞ」

「はい? なんですか!」

「ごめんなさい、話はそこまでにしてちょうだい。この先はもう、堕天使側の教会だから」

 二人の会話に耳を傾けていたが、リアスから声がかかる。

 何人もで移動していると時間の進みが早く感じるな。

「夜の旧校舎もですけど、夜の教会ってのもちょっと不気味ですね」

 一誠が感想を漏らすが、不気味ってのはわかるな。

 明かりも灯っていなし、木々のざわめきもそれを助長させてる。夜は近づきたくないってのが一般的な意見だろうな。

「さて。おそらく教会の中には堕天使たちの部下もいるでしょう。祐斗、持って来ているかしら?」

「はい、部長」

 祐斗が取り出したのは、教会の図面。事前に見取り図を用意していたのか。

「用意がいいな」

「ええ、みんな優秀だもの。それにね、貴方たちが来ていなくても、近いうちに教会には行くことになっていたでしょうから、事前準備は怠っていなかっただけよ」

 どうやら、リアスたちは彼女を中心によく回っているみたいだ。リーダーからの命令をうまくこなし、多分、期待以上のことをやってのけるのだろう。信頼関係があるのも頷ける。

「おまえら、いいチームだな」

 万丈も俺と同じことを思ったのか、リアスたちに笑顔を向けていた。

「あら、ありがとう。そう言われるとみんなを褒められたようで嬉しいわ」

 つられてか、本当にか。リアスの顔にも笑顔が浮かぶ。

 みんなを褒められたようで、か。よっぽど仲間想いなんだな。

「さあ、話を戻すわよ。この手の堕天使の元には、少なくない確率ではぐれ悪魔祓いがいるはずよ」

「はぐれ?」

「ええ。理由は色々だけど、神から見放された者、禁忌を犯した者と、敬虔な信徒でなくなった人たちの集まりよ」

「これで行くと、やはり怪しいのは聖堂ですね」

 祐斗が図面の一点を差しながら説明してくれる。

「この手の組織は決まって聖堂に細工を施しているんです。聖堂の地下で怪しげな儀式を行うために」

「なんでだ?」

「これまで敬ってきた聖なる場所。そこを否定することで自己満足を得たり、神への冒涜に酔いしれるためです。そこに至るまでの過程で愛していた者程、捨てられたときの憎悪は凄まじいんですよ」

 だからわざと聖堂の地下で邪悪な行いをするわけか。

 心がざわつくのを感じる。きっと、俺とは違ってなにもかも覚えているからこそ芽生える気持ちなんだろう。俺だって、一歩間違えばこの世界で一人そうなっていた可能性だってあったんだからな。

 それでも――。

「なに見てんだよ」

 こいつがいるから、それだけで救われていたんだな。

「なんでもねーよ。それより、図面は頭に入ったんだろうな?」

「はあ? 入るわけねえだろ。どうやったら紙が頭ん中に入るんだよ!」

「悪い、言い方が悪かったな。記憶できたか?」

「できてねえ!」

「威張って言うんじゃないよ。これくらい覚えなさいよ」

「おまえが代わりに覚えとけよ!」

「貴方たち、ちょっと黙っていてちょうだい!」

 このままだと終わらないと判断されたのか、リアスに強制的に止められた。

「まったく……貴方たち、相当仲がいいのね。祐斗、続きをお願いできる?」

「はい、部長。入り口から聖堂までは目と鼻の位置。一気に行けると思います。問題は聖堂の中へ入り、地下への入り口を探すことと、待ち受けているだろう刺客を倒せるかどうか……」

「そうね。ありがとう、祐斗。いくつもの報告から考えていくと、堕天使はまだ何人か残っていそうね。裏から逃げられてもつまらないから、そちらにも人を配置しましょうか。裏は――私と朱乃で行くわ」

「え? 俺たち3人で前から突っ込むんすか?」

 一誠の不安そうな声が漏れるが、リアスは一誠ではなく俺と万丈へと目を向けた。

「あら、3人ではなく5人よ。貴方たちも戦力と数えていいんでしょう?」

「――抜け目ないな。ああ、構わない。もしものときは俺と万丈でどうにかするしな」

「おう、こいつらまとめて任せとけ!」

「ふふっ、頼もしいわね。なら任せるわ。祐斗も、それでいいかしら?」

「はい、問題ありません。敵意があるとわかればその場で切り捨てます」

 物騒だな、おい。

 いや、ここまで堂々と言うのはある意味信頼の証か? 裏切るつもりは毛頭ないけど、こっちも注意しておきますか。

「じゃあ、行きますか」

「だな。これ以上動かねえでいるのも疲れるしよ」

「も、もう行くんすか?」

「あ? 決まってんだろ。こっちは元々ここに来んのが目的だったんだしよ」

 一誠の質問に万丈が当然だと答える。

 随分遠回りしたけど、教会に行かないと終われないからな。

「行くか」

「ああ」

「あの、二人はどうして人よりも強い堕天使と戦うんですか?」

 俺たちが歩き出そうとしたとき、一誠がまた口を開く。その質問の答えは、一誠だけじゃなく、これから別行動を取ろうとしているリアスたちも聞くために残っていた。

 みんながみんな、俺たちが答えるのを待っている。

 どうして戦うか。そんなの変わらない。たとえ世界が変わっても、俺たち仮面ライダーが戦う理由なんてひとつだ。

「決まってるだろ。愛と平和のためだ」

「愛と、平和のため?」

「おう、俺たちはそのために戦ってんだ。まあ、本当は戦わねえで済むのが一番いいんだけどな」

 そうもいかないからな。だから、誰もが笑って過ごせる明日のために、この力を使う。

「なんか、かっこいいっすね! なら俺は、ハーレム王の夢のために、女の子たちに愛される正義のヒーローになります!」

「正義、か……」

 万丈がなにかを思い出すように、視線を遠くへやる。

「はい! 危険な目に遭ってる女の子を助けてその子からお礼をされるのって、男なら一度は夢見るシチュエーションじゃないですか! やっぱり憧れちゃいますって!」

「女の子を助けるのは、惚れてもらうためか?」

 ハーレム王を目指すと公言している以上、そういうことだろう。

「え? はい、もちろんですよ!」

「そっか。確かに、かっこよく登場して、颯爽と助けられたら、女の子は惚れるのかもな」

「ですよね! 俺もそう思います!」

「でもな、正義のヒーローを目指すなら、それは間違ってる」

 過去、まだ会って間もない頃にあいつに言った。殺人犯に仕立て上げられた万丈が、無罪を立証してもらうために鍋島の家族を助けに行こうとしていたとき。

「ここからは俺に任せろ」

 肩を叩いて前に出る万丈。ああ、適任なんだろうな。エボルトとの最後の戦いのときから。いや、もっと前から、おまえはとっくにヒーローだったんだから。

「いいか、一誠。おまえの夢は夢で、きっとそのままでいいんだろうよ。でもな、誰かを助けることで見返りを期待したら、それは正義とは言わねえぞ。俺も過去、そうして助けられて、いまも助けられてる」

 そう言いながら万丈が一度俺に視線を向けてから、改めて一誠に向き直る。

「誰かを助けるのに理由なんかねえんだ。おまえが本当に正義のヒーローになるってんなら、きっとわかるときがくる。そんときが来たら、間違えんなよ。――自分がなんのために戦うのかをな」

 そうか。確かあいつ、クローズになってから一時期、戦う理由を探していたっけ。詳しく聞かなかったけど、その理由を持てたのは、他の世界の仮面ライダーたち、エグゼイドたちに世話になったからなのかもな。

 俺と万丈の言葉を聞いていた面々は、様々な表情を浮かべていた。

 俯く者、驚く者、関心する者、理解できていない者、冷たい顔を覗かせる者。

「深くは、聞かないわ。けど、いずれ聞きたいわね。でもそれは、この一件を片付けてからよ」

 リアスの一言に、全員が緊張感を持った姿へと戻る。

「さあ、行きましょうか。身の程を知らない堕天使には即刻お帰りいただきましょう」

「「「「はい、部長!」」」」

 こうして二手に分かれた俺たちは、教会へと正面から乗り込んでいった。

 



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エクソシストの矜持

「悪魔と関わりを持つことになった仮面ライダービルドこと桐生戦兎と、相棒の万丈龍我は、協力者である悪魔のリアス・グレモリーたちと作戦会議をおこなっていた」
「なあ、仮面ライダービルドを名乗ってるのはいいけどよ、俺たち全然変身してねえよな? おまえの天才物理学者と同じくらい影薄くなってねえか?」
「んなわけないでしょうが! 天才物理学者も、仮面ライダービルドも、どっちも知れ渡ってるに決まってるでしょ! だいたい、これまで本人が強化アイテムを作ってきた仮面ライダーがどれだけいると思ってるんだよ。周りの仮面ライダー含めて強化アイテムやベルト作ってきたこの天っ才物理学者の影が薄いわけないでしょうが! ほら、続き読んだ読んだ」
「……しょうがねえな。悪魔の一人である兵藤一誠との問いに答えつつ、様々な表情を覗かせる悪魔たち。だが、そんな語らいも終わりを告げ、ついに戦兎たちは教会へと歩を進める」
「今回こそ、かっこいい俺たちを見せないとな」
「ああ、たまには見せてやらねえとおまえがビルドだって忘れらちまうもんな。ってなわけで、どうなる第14話!」


 教会を正面から攻略するメンバーは、全部で5人。

 逃口を塞ぐ役目がもう2人。

 計7人での堕天使及びその部下の人間の制圧になるわけだ。

「なんか、前にファウストと戦ったときみたいだな」

 一誠たちが打ち合わせをしている間、待っていると隣にいる万丈が話しかけてきた。

 もう随分前に感じるそれは、俺とこいつが乗り込んだときの話だろう。

「確かに、ちょっと雰囲気似てるよな。怪しい実験をしているかもしれない点も含めてな」

「おう? ああ、そうだな」

「おまえ、絶対忘れてただろ……まあ、いいけどさ」

 別に、もう終わったことだし、組織自体もないしな。ある程度覚えているなら問題ないだろ。

「そういや、俺たちの話を49の話にするってやつだけどよ。あんときの話が49の話の中に入ってなかったのは良かったのか?」

「あんとき?」

「なんだよ、本当に忘れてんのか? ほら、エボルトの仲間が動いたときだよ」

「ああ、あのときな……あれ、みんなから逃げるの大変だったんだよなぁ」

「いや、おまえの感想が聞きたいわけじゃなくてだな」

 なんだよ、ちょっとくらい人の話に乗りなさいよまったく。

「ちなみに言っておくと、忘れてたわけじゃない。あれは49の話とは別の話でやりたいんだよな。もっと人気出てきたら、映画なんてどうよ?」

「いや、色々大変じゃねえか?」

「いいんだよ、それで。あんときの話は別枠でやるの」

 49のエピソードにすると釈足らないし、エボルトとの戦いとは別の戦いだったしな。あれはあれで、もうひとつの俺たちの話になるんだろう。

「ん? だったらよ、他の世界の仮面ライダーたちとの話も別枠ってやつでやれるんじゃねえか?」

「お、いいなそれ。あのときの話も加えることにするか」

「まさに、俺たちの歩みって感じだな!」

 そうだよな。いまみたいに戦わないといけないときもあれば、楽しく過ごせるときだって絶対にある。その明日のために、いっちょ頑張るとしますか。

 向こうも準備は終わったようで、祐斗が近づいてくる。

「おおまかな役割分担が決まりました。それで、できれば堕天使の中のある人物だけは、僕たちの方で――とりわけ、兵藤くんにどうしても譲って欲しい相手がいるのですが、いいですか?」

「因縁か?」

「そのようなものです。お二人には申し訳有りませんが、僕はこれを、兵藤くんが超えるべきモノだと思っています」

「そういうことなら任せる。俺と万丈は原因の解明と、シスターの安全が守れるなら問題ない」

「ありがとうございます。それでは、行きましょうか」

 お互いに不利益を被らないために。

 それさえできていれば、俺たちが争うこともないだろう。問題なのはむしろ、一誠の戦う意志なんじゃないかと思うけど、こればっかりは周りに言われるより本人が見つけるものだしな。

「入口を潜った時点で、堕天使は僕たちの侵入を察知できます。ここから先は十分気をつけて!」

 前半は俺たちに、後半は全員に聞こえるように教えてくれる祐斗。もとより、油断するつもりはない。

 全員で入口を通り抜け、一気に聖堂まで走る。

「後戻りはできないな……」

 不安そうな声が一誠から漏れる。不安なのは当然だろう。急に戦うなんて、普通はできない。いざってときは俺と万丈でなんとかしてやらないとな。

 周りを見渡せば、長椅子と祭壇といった普通のよく知る聖堂だ。外は暗かったが、中はロウソクの灯りに加え、電気の灯りが内部を照らし出していた。予想していたものよりもあまりに普通だ。

 普通じゃないのは、十字架に磔になっている聖人の彫刻。その破壊された頭部くらいのものだろう。つまりここに居るのは聞いていた通りの人たち、というわけだな。

「おんやぁ? まさかまさか! そこにいるのはもしかしなくても悪魔くんじゃあーりませんかぁ?」

 賑やかな、されど明確な敵意の籠った声が聖堂内に響く。

「初対面!? 初対面だねはじめましてぇ! 俺は神父、少年神父〜。どの悪魔くんも知らない顔だねぇ、当然だね! 俺ってば強いから二度見る悪魔くんとかいませんし?」

「なんだよ、あいつ……」

 一誠が一歩後ずさり、祐斗と小猫は警戒して即座に構えをとる。

 万丈はリラックスしたもので、「あいつ、さてはバカだな!」と神父と名乗った白髪の少年を指差していた。人を指差すのはやめなさいよ。あと、絶対おまえより賢いよ、あいつ。

「悪魔に対する殺気……そうか、キミが最近僕たちの契約者を殺して回っていた犯人か!」

「……同じ人間でも殺すなんて、最低です」

 祐斗と小猫の言葉からわかる通り、やはり悪魔側とは敵対している人物のようだ。

「イエス、イエス! 俺が殺って回ってましたとさ! でも仕方ないよね? 悪魔を呼び出してる常習犯とか、もう大罪でしょ? したら殺すしかない――うおっ!?」

 べらべらと話していた白髪が驚いたように後ろに下がった。瞬間、彼のいた場所を何発もの攻撃が撃ち抜いた。

 当然だな。

 俺がホークガトリンガーで撃ち抜いたんだから。元から牽制のつもりだったけど、見事に躱された。

 だがそんなことは関係ない!

「人を、殺したんだな」

「おまえ、自分がなにしたかわかってんのか!」

 俺と万丈が同時に前に出る。

「おおっとぉ!? なんですか、なんですかー? 悪魔だけかと思ったら人間もいるのねぇ。おかしいねぇ、変だねぇ。悪魔とつるんでるとか、俺的殺したいランキング上位っすよお兄さん方!」

「知るかよ! こいつらのことなんも知らねえくせに、勝手なこと言ってんじゃねえよ!」

「まあ、俺たちも知ったのは今日だけどな」

 万丈がフルボトルを取り出したので、俺も続いて両手にひとつずつフルボトルを握る。

「なんだ、あんたたちもなにも知らない、短い関係じゃないですか」

 冷めた目で俺たちを睨んでくるが、その程度の殺気に今更怯むことは許されない。それから、ひとつ訂正させてもらおう。

「いいや、それは違う。こいつら全員――」

「――昼からの長い付き合いだ!」

 腰に巻いていたビルドドライバーにボトルを差し込む。

『ラビット!』『タンク!』

『ベストマッチ!』

 万丈はグレートクローズドラゴンにボトルを――差し込まずに右手にドラゴンフルボトルを握って上下に振り出した!?

「おま、え? ちょっと……ウソだろ!?」

 しかし、俺の言葉なんてなんのその。

「アーシアを利用しようとした堕天使はどこにいんだ!」

「んー? アーシア……ああ、あのクソ上司さまの儀式に使うって奴か。それならそこの祭壇の下に地下への階段が隠されてございます。そこで儀式をおこなうって張り切ってましたぜ」

 祭壇を指しながら、拍子抜けするほどあっさりと暴露する。

「よし、おまえらは先に行け! ここは俺と戦兎でどうにかする!」

「わかりました! 僕たちは先に行きます!」

「……お任せします」

「え、ちょっと二人とも!? いいのかよ! ったく、もう!」

 三者三様の反応を見せながら、祭壇の隠し階段へと向かっていく三人。

「あ〜らら、こいつは大変だ。まさか悪魔が教会に乗り込んできて、なおかつ地下に行ってしまうなんて! 僕ちん大失態! でもいっか、こっちはこっちで面白いことになってきましたし? さあ、惨たらしくズタボロになって泣きすがってちょ! せいぜい俺のためになれってんだよォッ!!」

 一気に激昂した白髪神父が懐から拳銃と剣の柄のようなものを取り出す。

 柄のような物の先からは光の刃が出現した。

「先行くぞ!」

 変身しない万丈は前のように生身で飛び出していく。

「ああ、もう無茶をする!」

 高速でビルドドライバーのレバーを回す。

 その都度、ドライバーから伸びたパイプによってスナップライドビルダーが形成され、俺を挟むようにフルボトルの成分が形になっていく。

『Are you ready?』

「変身!」

 スナップライドビルダーが俺を挟み込むと、形成されていたハーフボディ同士が結合される。

『鋼のムーンサルト! ラビットタンク! イエーイ!』

「さあ、実験を始めようか」

 先に行ってしまった万丈を追う形で、万丈と白髪神父に向けて走り出し、

「ぐぼぉ!?」

 その頃には万丈の拳が神父の顔面を捉えていて。

「うぉらあっ!!」

 その膂力によって壁へと吹き飛んだ。

 これ、だいじょうぶかあいつ。言葉から察するに悪魔でも堕天使でもなく人間だよな? そんなのが万丈みたいな奴に殴られたら体がもたないだろ……。

「前々から生身で戦ってきたとは言え、これはないだろ……俺の出番が減るでしょうが」

 壁が崩れ、神父のいただろう場所に瓦礫が降り注ぐ。

「おい、だいじょうぶかよ!」

 万丈が気になったのか、自分が吹き飛ばした相手に向かって駆け出していった。

 瓦礫に埋もれた彼が起き上がる気配は、いまはまだない――。

 



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赤目のダブルチーム

「仮面ライダービルドこと桐生戦兎は、悪魔と共に教会へと突入する。そんな彼らを待ち受けていたのは、悪魔を嫌う悪魔祓いの神父だった。桐生戦兎と、相棒の万丈龍我を残して先に進む悪魔チームと、神父を迎え撃つビルドチームにわかれ、戦況は拡大していく」
「そんな中、マジ最強! な相棒の万丈龍我の活躍によって神父を撃破したビルドチーム」
「おまえね、なに変身しないで倒してくれちゃってんのさ。俺の大・変身が台無しでしょうが。前回のあらすじ紹介でもあれだけ変身について触れてきたのに、変身しただけで見せ場終わっちゃったじゃないの」
「でもよ、変身したんだからいいんじゃねーか?」
「よくないでしょ!? みんなが見たいのはかっこいい変身をする俺と、その戦闘シーンでしょうよ。なんで筋肉バカの戦闘シーンを見せられなきゃいけないのって話ですよ」
「はあ?! おまえこれよく見てみろよ!」
「はい、このシーンは早送りっと!」
「え? ああっ!」
「さて、バカは放っておいて、地下へと進む悪魔チームと地上に残ったビルドチーム」
「悪魔チームが向かう先には、彼らでは敵わないある人物が待ち受けている。この人物は赤龍帝である兵藤一誠に関わりのある人物で――おっと、先まで読み過ぎましたね。この先はまだ、皆さんには未来の話、でしたね」
「「誰!?」」
「我が魔王の話と間違ったあらすじ紹介に来てしまったようだ。私は私の役目を果たさなければ。では、失礼するよ」
「好き勝手言って行きやがった!?」
「なんなんだよこれ……」


 よく、わからなかった。

 テレビでよく見る万丈選手や、たまに話題に上がるけれど興味のなかった佐藤太郎。そんな人たちが部長に会いに来て、しかも堕天使の話を聞きたいだなんて、思いもよらなかった。

 俺――兵藤一誠には、なにひとつ理解できなかった……。

 万丈選手が来たときは、もしかしてこれまで試合に勝ってきたのは悪魔との契約のせいか、なんて邪推しちゃったけど、それは絶対にないって、いまなら言い切れる。

 きっかけは、あの会話。

 でも、俺にはどうしたってわからなかった言葉。

 わけがわからない。

『誰かを助けることで見返りを期待したら、それを正義とは言わねえぞ』

 ……わからない。

 誰かが救われたなら、それだけで正義だと思っていた。その後になにか美味しい目に遭えるなら、それで誰かを救えたなら、それでも正義だって思っていた。悪いやつさえ倒せたのなら、それが正義だと疑っていなかった。

 けれど、それを今日出会ったあの二人は否定した。

 夢はそのままでもいい。だけど、正義のヒーローになるには、そのままじゃダメ……?

「わかるわけないじゃないか」

 だいたい、こうやって堕天使と戦うことになったのだってあの二人が来たからだし、俺の意思じゃない。なのに俺は、こんな危険なところに来ちまってるわけで。さっきだって、やばそうな神父がいたし、こうして地下に向かってるいまだって――。

「いや、こんなんじゃダメだ!」

「兵藤くん? どうしたんだい」

 イケメンなのに俺にも気を遣ってくれる木場が声をかけてくる。イケメンなのに、どうして俺にも優しいんだろう?

 小猫ちゃんは無言だが、その目は俺を見ていた。

 そんな二人にまで気を使わせちまってるんだな……。

「悪い、二人とも。俺、ちょっと勘違いしてた」

 あの二人のせいにしてなんになるってんだよ。堕天使と戦わないといけないのは、あの人たちだけじゃない。俺だって、例外じゃないんだ。だからきっと、いつかはこうなっていたはず。それを人のせいにするのは、らしくないよな。

 こうして一緒にいてくれる仲間にも申し訳ない!

 でも――。

「俺は正直、まだ戦うのが怖い。みんなみたいに普通に戦うなんて、たぶんできない」

 一度死んで、もう一度は死にかけた。そんな相手に、今度は自分から挑もうっていうんだ。

 怖くないわけがない。こんな短期間で克服できるほど俺は自分が強くないって知ってるから。だから、もしかしたら単に、理由が欲しかっただけなのかもしれない。

 八つ当たりができる場所を求めていたのかもしれない。

 間違った道を、選ぶところだったのかもしれない。

「うん、わかってる。だからキミの隣には僕がいる。小猫ちゃんもついている」

「……先輩は弱いですからね。少しだけ、力を貸してあげます」

 それでも、みんながいれば、無理に戦う理由を得なくたっていいって思える。みんなは無理になにかを押し付けるわけじゃなく、俺の話を聞いてくれるし、必要なこともは教えてくれる。

「戦う理由を人に委ねたり、もらうなんて違うよな。よしっ!」

 頬をひとつ叩くと、甲高い音が辺りに響く。って、しまった!? 俺たちが近づいてきてるのバレちまう!

「やべっ……」

「ふふっ、問題ないよ。どうせ、僕たちが近くまで来てることは筒抜けだろうから」

「そ、そう? ならいい……のかな」

「もちろん、問題ないよ。それで、吹っ切れたのかい?」

「おうよ! これは俺の戦い。俺の、俺とレイナーレの決着をつけるための戦いだ。俺がやる気出さなきゃ、どうにもなんないよな!」

 でなきゃ、前線に出る意味がない。

「そうかな。なら僕たちは、キミが戦いやすい場所を作るとしようか」

「はい。先輩、頑張ってください」

「おう! ありがとう、二人とも!」

 怖いのはなにも変わっていないけれど、それでもきっと。

 まだ、あの人たちの言葉の意味はわからない。それでもいまはこれでいいと思えるんだ。

 不安はあるけれど、だいじょうぶ。

「よし、行こうぜ!」

 そうして俺たちは、聖堂の地下へと足を踏み入れた――。

 

 

 

 

 おかしい。

 なんか、悪魔成り立ての俺でもわかるくらいに、地下の雰囲気が変だ。

「なあ、木場。これ、どうなってんだ?」

「わからない。でも、異常だとは思うよ。はぐれ悪魔祓いはおろか、堕天使すらいないなんて……いや、気配を掴めないだけなのかな?」

「……いえ、少し前までは何人もの人がいたはずです。匂いも残ってますが、なによりあれです」

 まだ、俺たちが突入してすぐのことだ。

 俺の大声で察知されたんだとしても、誰もいないってのはまずないと思う。なにより、小猫ちゃんが指差した先には、人の衣類が散らばっている。

「なんだよ、これ」

「血痕もあるね……破壊痕もないし、仲間割れってわけでもなさそうだけどこうも人影がないのは不気味だね」

「だよなぁ……どうする? 部長に報告しに戻るか?」

「それがいいかもしれないね。あまりここにいる意味もなさそうだし、まずは部長たちと合流して、改めて調査した方が良さそうだ」

「です」

 俺としても、長い時間ここにはいたくなかったし、木場と小猫ちゃんが賛成してくれたことに安堵しながら来た道を引き返そうとしたときだった。

「あら、もう帰るの?」

 冷たい声が地下に響き渡った。

「――ッ!?」

 背中に悪寒が走り、直感に任せたままに前に倒れこむ。他の二人は視界の端に捉えた程度にしか確認できなかったけど、左右に転がるようにわかれていった。

 直後。

 俺たちの頭のあった位置をなにかが高速で通り過ぎていった!?

 同時に、これまで地下を照らしていた明かりがすべて破壊され、辺りが真っ暗になる。

「な、なんだ!? なにが起きたんだよ!」

「慌てないで、兵藤くん! まずは態勢を立て直すんだ! 小猫ちゃん、いまの攻撃をしてきた場所はわかるかい?」

 木場に言われるままに、まずは立ち上がってなにかが飛んできた方向を睨む。

「方角はわかります。けど、位置が掴めません」

「くそっ、悪魔って夜目効くんじゃないのかよ!」

「それでもわからない相手みたいだね……これは、もしかしたらちょっとまずいかな?」

 そう呟いた木場に向かって、光の槍が飛んでいく。

「くっ!? これは堕天使の!」

 木場は剣で防ぐが、光の槍の威力が高かったのか、後方へと飛ばされていく。

「これは、思ったより強敵かな」

 ダメージはないようで無事に着地するけど、マジかよ! あの木場が簡単に押されるなんて!

 しかも、相手は堕天使? だとしたらレイナーレか? それともあのときのおっさんみたいに、あいつの仲間? いったいどうなってんだよ!

「あら、防ぐのね。そう……ならこれよ!」

 再び女性の声が響く。

 周りに音が反響して、後から何度も声が耳に届く。これじゃあ、他の音に集中できねえ!

「うわぁっ!?」

 今度は俺ですか!? 同時に放たれた3本の槍のうち2本を躱し、残りの一本を籠手で受ける!

「ぐぅぅっ! ラァッ!」

 少しだけ耐えられたけど、最後は後方に飛ばないと無理だった……光の槍は近くにあるだけで嫌な感じがするし、いまのも、槍に弾かれることで辛うじて避けれたってのが大きい。受ける角度が違っていたら、そのまま貫かれていたかもしれない……。

 そんな中、木場が持ち前のスピードを活かして俺の横まで走ってくる。

「兵藤くん、ここは僕が時間を稼ぐから、部長と朱乃さんを連れてきてもらえないかな?」

「おま、相手がどんな奴かもわからないのに仲間を置いていけるかよ!」

 どこから来るかもわからない攻撃に何度も対処できるのかよ……俺も籠手で受けたけど、正直なところ次は防げる気がしない。

 小猫ちゃんは『戦車』の特性で平気かもしれないけど、女の子に攻撃が当たる瞬間なんて見たくない!

「兵藤くん、早く行くんだ。小猫ちゃん、キミも兵藤くんと一緒に!」

「……嫌です、私も残ります」

「小猫ちゃん……」

 木場の目が語っている。レイナーレにだって負けないと思える程の木場が、そう言っている。俺になにができる? ここで残るより、部長と朱乃さんを呼んできた方がいいに決まってる。けど、その間に二人がやられたら? だったら、上にいる万丈選手を連れてくるか? 部長たちよりは早くに連れてこれるはずだ。

「兵藤くん、はやく行くんだ!」

 木場が俺を見たその一瞬のことだった。

 奥の物陰から、赤い目がこっちを見ているのに気付いたのは。既に新たな光の槍を用意していたそいつは、迷うことなく、木場へと光の槍を投げつけた!

 気づけていない木場に、まだ俺たちとの距離がある小猫ちゃんにも同時に放たれてる。

「くっそぉぉぉぉっ!!」

 俺を気にしたからだ! 俺が、この中で一番弱いから!

 考えるより早く、体は行動していた。

 籠手を前にして構え、木場の前へと躍り出る。

 こんな俺でもできること、それは!

 左手が熱くて仕方ないけど、そんなのは関係ない。さっきの攻撃を防いだ際に痛めたのかどうかなんてどうだっていい! ここでやらなきゃいけないことがあるんだよ!

 この想いに応えやがれ、神器!!

「俺の仲間、やらせるかよ!」

 眼前に、幾本もの光の槍が迫り、そして――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 万丈が殴り倒してしまった白髪神父くんだが、埋もれちまった瓦礫から万丈が救出。瓦礫に埋もれたってのに、奇跡的にそれによる怪我は大したことなさそうで、殴られた怪我が一番酷そうだった。

 まあ、バカなりに手加減もしたんだろう。気絶しただけで、あとは強打程度で済んでることだろう。

「どうする、俺たちも地下に行くか?」

 白髪神父くんが無事だったことに一安心した万丈が、彼を縛ってから聞いてくる。

「行くしかないだろうな。親玉がいるのは地下みたいだし? もう終わってるのか、それとも続いているのかはわからないけど、どうなったかの確認も必要でしょうよ」

「よし、なら行くか! おい、急ぐぜ戦兎!」

「はいはい。というか、おまえが変身しないで倒しちゃったせいで、せっかくの俺の変身が台無しなんですけど! どうしてくれんだよこれ」

「いいじゃねえかよ! 無事に終わったんだし! そっちの方が大事だろ?」

「それはそうなんだけど……納得いかないんですけどー」

 まあ、いいか。被害なしってのが一番の成果なわけだし。

 こうして俺と万丈も、遅れながら地下への道を進み始める。

 

 

 

 残していった神父の目が赤く輝いたことを知らないままに――――。

 



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ドラゴン覚醒

「仮面ライダービルドであり、天才物理学者である桐生戦兎と、相棒の万丈龍我が地下へと向かう中。一足先に地下に辿り着いていた悪魔チームの元に現れたのは、正体不明の光を扱う敵だった」
「なあ、この前来たあらすじ紹介の先の内容まで言っていった奴誰なんだろうな?」
「忘れなさいよ! 事故だよ事故! あんな奴『仮面ライダービルド』には登場しない!」
「なにしれっとタイトルを『仮面ライダービルド』で決定してんだよ! 普通、そこは『仮面ライダークローズ』じゃねえのかよ!」
「なんでおまえが主人公前提なんだよ? 主人公って言ったら1号ライダーであり、もっともヒロインと長く一緒に居て、ラスボス倒した俺しかいないでしょ。はい、タイトルは『仮面ライダービルド』に決定!」
「ふざけんな!」
「貴方たち、さっさとあらすじ紹介をしてちょうだい! って、ここで言い合わないでよ! ああ、もういいわよ! 私が読めばいいんでしょ! 敵の正体を探る最中、一瞬の隙を突かれた祐斗を庇うイッセーに向けて放たれた光の槍があたりを覆い尽くし、彼は光の中へと消えていったって、え? イッセーったら、あのときの戦いでそんなことになっていたの? あの子、そこまでは聞いてないわよ? もう、本当に仲間想いな子なんだから」


 木場を守るために、光の槍の射線上に割り込んだとき、やけに左腕が熱かった。

 そんでもって、槍を防ごうとしたとき、視界が光に埋め尽くされて――ああ、そうか。俺、やっぱり負けたんだな。

 悪魔になったばかりの俺が、先輩悪魔の木場と小猫ちゃんが倒せない相手の攻撃を防ぐなんて無理だったってわけか。

 でも、木場を守れたのなら、いいかな。

 一度目の死と違って、誰かのためになれた。

 自分の心から願った行動での結果だった。

 なら、俺は――。

『諦めるか。まあ、それもいいだろう』

 ――っ、誰だ!?

『…………さあな。おまえはもう諦めたんだろう? だったら関係ないだろう。だが残念だなぁ。おまえの後ろには、まだ仲間がいるってのに。ああ、本当に、残念だ』

 仲間がいることくらいわかってんだよ! でも俺はもう……。

『それがまず間違いだ。おまえはまだ死んでいない。ついでに言わせてもらうが、おまえにはまだ戦う力があるだろう?』

 戦う力が、俺にある? なんだよ、それ。俺の力なんて、神器くらいしかないよ。

 戦術もない、度胸もない。そんな俺に残るのは本当に、神器だけなんだ。

『なんだ、わかってるじゃねえか。そうだ、神器だ。おまえはまだ、自分の神器と向き合えていない。そのレベルに達していないのさ。ほら、己の内の声を聞いてこい。その内に眠る激情を、おまえの手に――』

 その言葉を最後に、俺の意識は覚醒していく。

 熱く、熱く燃えるような赤いオーラが自分を包んでいく。俺の中から湧き出るような力を、左手に携えながら。

 直後、伸ばした左手がなにかを掴む感触があった。

 それがなんだったのかを知るのは、もっとずっと後のことになる――。

 

 

 

 

 僕――木場祐斗は、目の前の光景が信じられなかった。

 つい先日悪魔になったばかりの兵藤くんにはこの場に残るのがつらいと思って、部長たちへの伝言を頼もうと思っていたのに……その隙を突かれた僕を、まさか守るために立つだなんて。

 彼の言動の節々から、なぜか僕に突っかかってくる部分があるのはわかっていた。嫌われてはいないものの、好かれてはいないと感じていたのに。

「どうして……」

 眼前では、僕に迫っていた光の槍が兵藤くんに阻まれた際に強い光を発し、いまもその場所は光が満ちていて先の様子が一切わからない。

「くっ……兵藤くん! 無事なら応えてくれ、兵藤くん!」

 呼びかけるも、光に包まれた場所からの返事はない。まだ仲間になったばかりなのに、また失わなければならないのか!?

 堕天使らしき襲撃者さえいなければ。

「小猫ちゃん、キミだけでも戻って部長にこの事態を伝えるんだ!」

「……嫌です。私も、戦います」

 確かに、その方がいいんだろう。でも、これ以上失うわけにはいかないんだ! 彼女は意地になって退かないだろうし、こうなったら僕が前に出てやるしかない。

 そうして、剣を握る力が増したのがわかった直後。

 先を覆っていた光が渦巻き、中心へと集っていく。

 まさか、敵が次の攻撃に移った!? まずい、まだ迎え撃つ態勢が整ってないのに!

 同時に、その更に後方から風を切る音がする。どう考えても、さっきと同じ光の槍だ!

 くそっ、同時に二つの攻撃を操作しようってことなのか!? 光の槍だけなら避けられるけど、あの光の渦はいったい――。

「なんだ!?」

 光の槍を視認したとき、その槍が光の渦から伸びたなにかによって叩き折られた!?

「なんですか、あれ……」

 小猫ちゃんの声が漏れる。

 僕にもさっぱりだ。光の中心から伸びた、手のようななにか。

「人の、腕?」

 そう呟いた瞬間、辺りを覆う光がすべて、真っ赤に染まる。

 渦を巻く速さは増していき、すべての光が突き出されたなにかに収束し、次第に中にあるものが姿を見せる。

「俺はまだ、戦える! みんなを守れる! だから俺の想いに応えやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」

『Dragon booster!!』

 叫びと共に現れたのは、

「兵藤くん!」

「兵藤先輩!」

 そうか、突き出されていたのは、彼の神器だったんだ!

 籠手に嵌め込んである宝玉がすべての光を吸収し終えると、その籠手にはいままでなかったはずの紋様が浮かびあがる。

 あれは、なんだ? もしかしてあの姿が本来の神器の姿なのか?

「おう、木場、小猫ちゃん!」

 なんて考え事をしていると、兵藤くんは笑みを見せながらこちらを振り返る。けれど、その笑みもどこか迫力があり、彼の怒りが見て取れる。

「二人とも無事、だよな?」

「うん、おかげさまでね。ありがとう、兵藤くん」

「いや、俺のこそだって。それで悪いんだけど、もう一度手伝って欲しいんだ」

「もう一度?」

「ああ。今後こそ、あいつを倒そう。だからそのために、力を貸して欲しい」

 彼の方から戦う意思を見せる。

 それはここに来るまでなかったことだ。万丈選手たちとの出会い、さっきの攻防の中で彼の中のなにかが変わったみたいだ。まるで、さっきの行動も兵藤くんのためにあるような……いや、考えすぎか。なによりいまは、そんな余裕ないしね。

「もちろんだよ。ねえ、小猫ちゃん」

「しょうがないですね。力、貸してあげます」

 僕らは互いに頷き、兵藤くんへと視線を向ける。

「ありがとう、二人とも。俺さ、まだ戦えるみたいだから、やってみるよ。そうしなきゃ、いけない気がするんだ」

 変化した神器を見つめながら、僕にはわかるはずのないなにかを考える兵藤くん。

 彼はあの一瞬で、なにかを見たんだろうか?

「兵藤くん?」

「ああ、いや、なんでもねーよ。よっしゃ、改めて行こうぜ、木場! 小猫ちゃん! 今度は俺たちのターンだ! あいつに俺たちの力を見せてやろうぜ!」

「うん!」

「はい!」

 けど、なにを見たのか、思ったのかなんてどうでもいいんだ。

 いまは僕たちで、こいつを倒す!

 まずは戦っている相手が誰なのかを確かめる必要がある。敵の正体がわからないままなのは不利だし、なにより不気味だ。

「まずは僕と小猫ちゃんで敵の正体を炙り出す!」

「兵藤先輩はいけそうなときに入ってきてください!」

「わ、わかった!」

 簡単に作戦を伝え、僕は駆け出す。ここからは、より動かないといけないからね。それこそ、僕の領分だ。

「魔剣創造!」

 それなら、戦闘範囲を絞り込めばいい。

 僕の魔剣を辺りに生み出し、敵の安全地帯を奪う!

「小猫ちゃん!」

「はい。いきます」

 地上を魔剣で覆い、逃れただろう空中に、小猫ちゃんの力をもって瓦礫を広範囲に投げつける。

 これでなにかしらのアクションが生まれるはず。

 予想通り、投げてもらった瓦礫のひとつが光によって切り裂かれる。

「そこだ!」

 僕の特性。その速度を活かし、瞬く間にその場所へと移動し、一閃。

「アァッ!?」

 握る剣には確かな手応えがあった。

 そして、女性の声が暗闇に響き渡る。

 僕ら悪魔は夜目が効く。それでも姿を捉えられなかった敵の正体。それが、この一撃の元に曝されていた。

「レイ、ナーレ!? やっぱりおまえだったのか!」

 兵藤くんも、僕たちもある程度予想はできていたが、こうして見ると驚かされる。

 部長からも話を聞いていたが、ここまでの力をつけているなんて想定外だ……第一、姿を隠せるっていうのがおかしい。

「チッ、うまくいっていたのに。そうよ、私よ? ふふっ、私のことが忘れられなくてここまで来ちゃったのかしら、イッセーくん?」

 兵藤くん以外が知る由もないが、以前もこうして甘い声を出しながら彼に近づいたのだろう。そして、一度殺した……。

「レイナーレ!」

『Boost!!』

 そのせいか、兵藤くんも彼女の姿を見るなり突っ込んでいく!?

「ダメだ!」

「あらあら、熱烈ね。吐き気がするわ」

 レイナーレは兵藤くんの拳を簡単に避けると、その後の連撃も舞うようにして躱していく。戦った経験のない兵藤くんでは、やっぱり技術の差は埋められない!

「正体がわかったところでなに? 雑魚悪魔の一匹の神器がしっかり発現したからなんだっていうのよ! いまの私は、あなたたちごときに負けないのよ! アハハハハハハ!」

 彼女は両手に光の槍を作り出す。

 まずい!

「これでも食らいなさい! 特別に力を込めてあげたんだから!」

 あんな一撃を受けたら、兵藤くんが消し飛ぶ!

 小猫ちゃんもそれがわかったのか、僕に続くように駆け出していた。

「あら、フェイクに決まっているでしょう?」

 僕らが兵藤くんの側に集まった瞬間、レイナーレが邪悪な笑みを浮かべた。しまった、これもすべて彼女の罠――。

「まとめて散りなさい!」

 兵藤くんに向けて突き刺そうとしていた光の槍を急遽寸止め、その槍を手放した。

 そのときには光の槍が不自然な膨らみを見せる。

「く、そぉっ! プロモーション『戦車』!」

『Boost!!』

 兵藤くんが呻くような声を上げ、僕と小猫ちゃんの前へと割り込む!?

 光の槍は膨張し、大きな音と共に暴発した。

「ぐぁああああぁぁあぁっ!?」

「がはっ!?」

「……ぁああああぁぁああっ!?」

 かろうじて小猫ちゃんの盾になれたようだけど、どうやらあまり意味がなかったみたいだ……。

 僕と兵藤くん、二重の盾でも小猫ちゃんまでかなりのダメージが通ったらしい……かくいう僕も、立つのはおろか、剣を握っているのもきつい。

「ひょう、ど……くん…………」

 倒れた位置からでもかろうじて視界に入っている、倒れ伏した仲間の姿。

 戦うことが怖いと、経験がないと言っていたはずの彼は、二度も僕らを守ろうとしてくれた。本来なら、僕たちが守るべきはずなのに。

「所詮は雑魚悪魔。そうよ、この光景が正しいのよ」

 余裕の表情を浮かべるレイナーレは、動かない兵藤くんの側に降り立つ。

 なにを……やめろ、これ以上彼を傷つけないでくれ! 僕らの、新しい仲間に、心優しい彼をこれ以上!

 懸命に手を伸ばしても、それでも届かない。この手は、なにもつかめない……。

「兵藤先輩!」

 かろうじて動ける小猫ちゃんが救出に向かうが、

「きゃあっ!」

 すぐさまレイナーレによって吹き飛ばされる。

「あんたたちは後回しよ。まずはこいつ。弱っちいのに私に楯突いてきた生意気な下級悪魔から」

 再び光の槍を作り出したレイナーレは、今度こそ彼に向けてその槍を向ける。

「さよならね、イッセーくん。本当は光による激痛で苦しむ姿を見ながら殺したかったわ。でも、もう動けない程弱っちゃってるんじゃダメね。ああ、やっぱりこの力に間違いはなかったわ。たかがボトルと思っていたけど、いい拾い物だったわ。ライトだなんてダッサイボトルと思ったけど、相性最高ね! ボトルの力を知れるいい機会になったわ。ありがとう、イッセーくん。じゃあ、死になさい」

 嗤いながら振り下ろされた槍は、しかし。

『Boost!!』

「うおりゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

『Explosion!!』

 振り下ろされる前に繰り出された兵藤くんの渾身の一撃により、レイナーレが吹き飛んでいく!?

「はあ、はあ……ぁあ、こうして……待ってれば、おまえの方から来ると、ぐっ、はあ……思ってたよ…………ざまー、み……ろ………………」

 左腕を打ち込んだままの状態で意識を失う兵藤くん。まさか、ここにきて彼が一撃を決めるなんて。凄いよ、兵藤くん。キミは本当に、凄いよ。

 良かった、これであとは兵藤くんを連れて戻って、早く彼を治療してもらおう。

 小猫ちゃんが動けるなら……いや、僕が這ってでも、部長たちを呼ばないと。

「とにかく、早く兵藤くんたちを治さな――そんな……」

 兵藤くんの一撃を受けたレイナーレは、つらそうな顔をしながらも立ち上がっていた。

 彼女の顔つきは酷く歪み、そこには憎悪が見て取れる。

 そんな、さっきの兵藤くんの一撃は僕から見ても相当のものだった! 中級堕天使程度じゃ簡単に意識を持って行かれたはずなのに!

「許さない、許さナイ、ユルサナイ! 死になさい、クソ悪魔ァァァァァァァァァァッッ!!」

 これまで見たものより巨大な光の槍が、渾身を込めた死が兵藤くんに対して飛んでいく。

 ダメ、なのか? 僕らじゃ……。

「ったく、しょうがねえな。でも、生きてて良かった」

「やっぱり学生に戦いは荷が重いよな」

 槍の射線上に、ふたつの影が並び立った。

「おらぁっ!」

 そのうちのひとつが気合と共に右腕を前に突き出す。

 放たれた拳は光の槍へと正面から打ち込まれ、槍を砕いた!?

「あのときの、人間……人間、ごときが!」

「それはこっちの台詞だぜ! よくも美空やカズミンたちを、こいつらをやってくれやがったな!」

「なんなの、なんなのよあんたたちは!」

 自身の一撃を砕いた人間に対して、苛立ちだろうか? 叫ぶように問うレイナーレは、乱入者に対しても殺意を向ける。

 対して、その相手は。

「仮面ライダー」

 簡素に、そう答えた。

 誰かなんて、今更だった。万丈選手に、佐藤太郎さん――いや、桐生さんだった。

 万丈選手はすぐに兵藤くんに駆け寄ると、彼を抱える。

「俺は他の奴らを確認してくる!」

「ああ、任せた。サブキャラのおまえにはこの見せ場はつらいだろうからな」

「んだとぉ!? ったく、俺はあいつらを守るだけだっつーの! 今度は逃がすなよ。あいつには、仲間がやられてんだからな!」

「わかってるって。俺だって、怒ってないわけじゃない」

 やり取りを終えると、万丈選手は兵藤くんを抱えたまま小猫ちゃんの元へと駆けていく。

 桐生さんはレイナーレへと向き直り、両手になにかを持つ。

「この状況わかっているの!? たかが人間が、私に敵うわけがない! まして、強くなった私に勝てるわけないのよ! それなのにあのクソ悪魔みたいに楯突いて、本当になんだってのよ!」

 桐生さんはそんな相手を見据えたまま、両手に持つボトルのようななにかを上下に振りだす。

「さっきも言ったはずだ。さあ、自意識過剰な正義のヒーローの登場だ!」

『ラビット!』

『タンク!』

『ベストマッチ!』

 




最近思ったことは、クロス先を自分とjiguさんで書いている「グレモリー家の白龍皇」にしても面白かったかもしれないということですね。あの作品はあの作品でヴァーリくん主体ですし、敵が強力になっているうえに色々と蛇ちゃんが混ぜ返すことができそうなんですよね。
くっ、惜しいことをした……なお作者に対する難易度は上がる模様。

そして一週間更新を空けてしまいましたが、ゴルフがあったのだとでも思ってください。いや、本当にすいません。
そして早くハザードを出したい。


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その男ライダー

「堕天使との戦闘を続けていた一誠たち悪魔チームは、一誠の覚醒により、神器は本来の姿を取り戻す。そして祐斗、小猫の3人のチームワークにより戦いを挑むが、一矢報いたものの、敵の攻撃に一誠は意識を失ってしまう」
「敵である堕天使レイナーレは、謎の力、フルボトルによって強化されていることが彼女の言葉により発覚。僕たちはなす術もなく倒されるはずだった」
「そんな祐斗たちのピンチに駆けつけたのが、我らがヒーロー、仮面ライダー!」
「戦兎さん、その仮面ライダーというのは?」
「お、それをここで聞いちゃう? 気になるのはわかるけど、それは本編で確認してほしいな」
「でも、あらすじ紹介で話したことは本編で実現しないジンクスがですね。現に、前の万丈選手のあらすじ紹介のときも本編と内容が違ってましたし」
「ストップ! そこまでにしよう祐斗。さあ、不穏な空気になる前に本編行っちゃって!」 


 さて、万丈が動いたなら、あいつらの無事は確保できたな。

 もちろん、安心するには速いけど、あいつが後ろにいるならだいじょうぶだろう。

 それよりもだ。

「この状況わかっているの!? たかが人間が、私に敵うわけがない! まして、強くなった私に勝てるわけないのよ! それなのにあのクソ悪魔みたいに楯突いて、本当になんだってのよ!」

 喚くお嬢さんの相手をしないとな。いや、堕天使にお嬢さんって呼び方は正しくないのかな? なんか年齢も見た目通りってわけじゃないみたいだし?

 じゃないな。それは後々、こいつにしろリアスたちにしろ聞けば済むことだ。

 やるべきことは、こっちだよな。

 両手に握ったフルボトル。それらを上下に振りながら、目の前の敵に向けて口を開く。

「さっきも言ったはずだぜ」

 ここからは、いつも通り。俺らしく。

「さあ、自意識過剰な正義のヒーローの登場だ!」

 宣言と同時に、腰に巻いたビルドドライバーに2つのボトルを差し込む。

『ラビット!』『タンク!』

『ベストマッチ!』

 気負うことなく、ドライバーに備え付けられたレバーを回す。

 俺自身を挟むスナップライドビルダーが形成されて、赤と青の半身ができあがった。

『Are you ready?』

「変身!」

 形成された半身が俺を挟み込み、ハーフボディ同士が統合されひとつになる。

『鋼のムーンサルト! ラビットタンク! イエーイ!』

 これが仮面ライダービルドの基本形態となるラビットタンクフォーム。

 敵対する堕天使さんは、以前会ったときより大きく映る。まるで、この数時間の間に強くなりましたと言わんばかりだ。

 なにかあると思っていた方がいいな。

 とはいえ、

「いまの俺は、負ける気がしねぇ!」

「あ、それ俺の台詞!! なに真似してんだよ!」

「いいだろ別に! おまえだって俺の台詞真似たことあるでしょうが!」

「なんでおまえが知ってんだよ!」

「あんたたちいい加減にしなさいよ!? なに敵地のど真ん中で言い合ってるのよ! こっちを見なさいよ!!」

 万丈と言い合っていると、敵であるはずの堕天使から怒られてしまった。

「ほら見ろ、おまえのせいで怒られた!」

「おまえが台詞取るからだろ!?」

「はあ!? おまえが突っかかってくるからでしょうが!」

「どっちでもいいわよぉぉぉぉっっ!!」

 怒り狂った顔の堕天使が光の槍を撃ち込んでくるが、左足を軽く地面に打ち付け跳躍することで躱す。

 人の姿のままってのはやりにくいけど、それでも人を傷つけるのだから、手加減はできない。

 天井まで届く高さまで上がったところで反転し、今度は天井を蹴って降りる角度を調整する。目的地は、堕天使!

「なっ、ちょ……ウソでしょ!?」

「くらえ!」

 狼狽する彼女相手に、その土手っ腹に右足が食い込む。

「かはっ!?」

 一瞬の硬直。

 右足に再度力を込め、追撃とばかりに蹴り込む。

 堕天使は轟音と共に地へと堕ちていき、辺りを土煙が包む。

「なにも見えねえ!」

 バカが騒いでいるおかげか、万丈たちのいる方向だけを頼りに近寄っていくと、段々と騒ぐ声が大きくなってくる。

 こういうときは便利だよな、あのバカも。

「おい、なに騒いでんだよ」

「戦兎! 聞いたかよ、こいつらの話!」

「落ち着けバカ。いままで戦ってたのに聞いてるわけないでしょうが。で、なによ?」

 慌てる万丈を押しのけ、祐斗に視線を向ける。

「戦兎さん、気を付けてください。あのレイナーレという堕天使、よくわからないものの力を使って自分を強化しているみたいなんです!」

「やっぱりか……さっきより強いと思ったのはその力のせいで合っているっぽいな」

 けれど、感じるといってもそこまで驚異的なパワーアップじゃなかった。

 確証はないが、万丈ならクローズに変身しなくても生身で殴り倒せる程度……そう、それこそ通常のスマッシュと同等かそれ以下の力といった具合だ。

「なんだよ?」

 万丈を見ながらそんなことを考えていると、万丈が不思議そうな顔をして聞いてくる。

「いや、バカは楽だなぁと思ってな」

「バカにしてんのか!」

「いや、バカだろ」

 律儀に応えてやってるのに、どうして更に不機嫌になっていくのやら。

「あの……」

「うん? ああ、だいじょうぶ。あいつとはいつものことだからさ。それより、立てるか?」

 祐斗が心配そうに聞いてくるので、安心させるためにも言い合いを終え、彼へと向き直る。

「はい、なんとか……けれど、兵藤くんは…………」

「一誠は無理そうだな。意識を失ってる。小猫は平気そうだ」

 彼の言葉を引き継ぐ形で教えてくれた万丈は、抱えている一誠を祐斗に渡す。とりあえず、ひと段落ついたな。なら、話の続きだ。

「それで、結局おまえは祐斗からなにを聞いたんだ?」

「え? あ、そうだよ!」

 たったいま思い出したといった様子だけど、だいじょうぶか?

「ボトルだよ、ボトル!」

「ボトルなら俺もおまえも持ってるだろ?」

「違えよ! あいつも持ってるんだよ、フルボトルを!」

「あいつ?」

「堕天使だよ! なんでわかんねーんだっての!」

 ――なに?

「本当なのか、祐斗」

「は、はい。フルボトル? とは言ってませんでしたけど、確かにライトのボトルと言っていました。僕にはなんのことかわかりませんが、万丈選手たちはわかるんですよね?」

「……ああ、よく知ってる。それを、あの堕天使が持っているんだな」

 ライトフルボトル。

 俺が使用していたフルボトルの一本を、どうして堕天使が持っているんだ?

 あれは新世界の創造と共に消え去ったはず……残っているのは、俺と万丈が所持していたフルボトルが数本のみ…――っていうのが俺の立てた推測だったわけだけど、間違っていたってことか。

「最っ悪だ」

 出処は不明だが、敵の言葉を信じるのであれば、俺と万丈が持っているフルボトル以外の、残りの何十本ものボトルが存在することになる。

「それより、僕も気になることがあるんですけど」

「私も」

 だが、それ以上の思考は祐斗と小猫に止められることとなった。

「どうしたんだ?」

「その姿はいったい、なんなんですか?」

「赤と青の戦士、かっこいい……」

 俺が戦兎とわかっているものの困惑する祐斗と、表情に変化は見えないがどこか楽しそうな声音の小猫。

 新世界では仮面ライダーの名が存在してないみたいだな。エボルトもいない、エグゼイドたちもいないとなれば、俺と万丈以外の仮面ライダーはいないってことか。

「俺は仮面ライダービルド。愛と平和のために戦った、天才物理学者だ」

「そんで俺は、仮面ライダークローズ」

「俺の相棒兼助手のエビフライ頭の筋肉バカだ」

 万丈がなにかを行く前に割り込み、こいつの立場を教えておく。

「かめん、らいだー……?」

「ビルド、クローズ……いい、すごくいいです」

 聞きなれない言葉なのだろう。

 祐斗は予想通りの反応だった。けど、小猫は目の輝きが強まったような……もしかしたら、新世界にもなにかしらのヒーローか、そういった番組でもあるのかもな。佐藤太郎を好いていることからも、小猫の趣味が悪魔的なものでないことは明白だし。

 少し話してみたい気もするが、それは後だな。聞きたいことはあるだろうけど、優先順位が違う。

 余裕そうに見えても、いまは戦いの最中。まずは気を失っている一誠を助けないと。戦うことはいつでもできる。でも、人を助けることは、一度でもできれば奇跡に近い。

「行こう。最優先は一誠の安全確保だ」

 この場で戦いを続けて、追い詰められた堕天使が一誠を狙わないとも限らない。襲ってこないいまのうちに退くべきだ。

「万丈、一誠を背負ってくれ」

「おう、任せとけ! おまえらも早く行くぞ!」

 俺の一言だけで察してくれたのか、万丈は祐斗と小猫を急かしながら階段へと向かう。

「いいんですか!? まだレイナーレが!」

「いいから行くぞ。あいつを倒せば情報は得られるかもしれない。けど、それより大事なのは仲間の安否だろ? このまま一誠を放っておくのは良くない。だから一度、立て直そう」

「でも……」

「戦いに限って言えば、一度退くことは負けじゃないさ。態勢を立て直して次に備える。大切なのは、戦って勝つことだけに心を縛られないことだ」

「――……わかりました」

 残ろうとする祐斗の肩を叩き、先に行く万丈と小猫の後を追わせる。

 殿を務める俺は飛んで行った堕天使がいつ復活してくるかに注意しながら階段に向かうが、意外なことに、俺たちが地上に戻ってくるまで追撃されることはなかった。

「さて、白髪神父くんも連れて行ってやるか……って、いないし」

「あいつもしかして逃げたのか!?」

「おまえの締め付けが甘かったんじゃないの? 大失態だな」

「うるせえ! おまえこそしっかり見ていなかったのが悪いんじゃねえか!」

 一緒に地下に向かってた俺にどう見てろって言うんだよ。

 しっかし、本当によく抜け出せたものだ。

「まあ、生きてるならいいか。さあ、そんなことより一誠をリアスたちの元に」

「はい!」

 背負うのを万丈から代わった祐斗が駆け出すが、気を緩めていなかった万丈が即座に構えた。

「おらぁっ!」

 そのまま正面に拳を突き出すと、飛来した光の槍と衝突。光の槍は破砕音を立てながら砕け散った。

「チッ、いつまでも、いつまでも私の邪魔ができると思わないでよねぇ、矮小な人間ごときがぁぁぁぁぁぁっっ!! 私がなるのよ、このレイナーレ様が、あの方の隣に立つんだからぁ!!」

 激昂した堕天使が飛び出し、こちらへと向かってくる。

 このまま終わるかと思っていた部分もあったけど、そう甘くはないよな。

「確かに前より強くなってやがる」

 以前も光の槍を迎撃した万丈が語る。

 強化された、もしくは強くなったのはこれで間違いない。

 ライダーキックじゃなかったにしろ、あれだけの威力をその身に受けてなお立ち向かってくるのはすごいけどな。

 手持ちのフルボトルは決して多くない。

 大半のボトルは失ったままだし、使い勝手のいいベストマッチもいまは使えない。

「でも、経験はしっかり残ってる」

 ラビット、タンク。そして万丈の元にあるドラゴンにロック。あとはライオンがあるのみ。

 60本もあるフルボトルのうち5本しかないのが現状だ。

 俺が好きに使えるのは3本しかないのも問題だけど。ベストマッチ連発する戦法の取れたあの頃が懐かしく思えるな。

「仕方ない。たぶん必要性は低いだろうけど、少し戦法を変えようか」

 残った1本のフルボトル。

 そのボトルを取り出し、代わりにラビットフルボトルをビルドドライバーから引き抜く。

 空いたスロット部分に入れるのは、もちろんこのボトル。

『ライオン!』



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新世界のヒーロー

「「あけましておめでとうございます!!」」
「新年だぜ、新年!」
「新世界初の年明けだな。思えば色々なことがあった一年だったけど、俺たちも心機一転、この世界の住人として生きて行くことができそうだな」
「おう! そういや戦兎、これもう録音始まってるんじゃねえか?」
「え!? うそーん! っても、新年だしそういうの抜きでいいんじゃないの?」
「テキトーかよ。いいのか?」
「いいの、いいの。去年は俺たち大、大、大活躍したんだし、世界の危機も何度か救っただろ? 新年くらいゆっくりしようぜ」
「そっか。そうだな。じゃあ、本編いくか〜」
「一気にダルけすぎかよ」


 本当なら、ベストマッチで戦いたいところだけど、現実はそう甘くもない。

 でも、苦いだけが現実じゃないことはもう知っている。

「仮面ライダービルド。ライオンタンクフォーム、ってね? 以後、お見知りおきを」

 葛城巧の口上だけど、まあ借りてもいいだろ。

 本当は、ここでビシッとベストマッチで決めたい感じはあるけど、多種多様な戦闘スタイルを取れるのがビルドの強みなので、そこはご愛嬌!

「もうおまえの攻撃は通じない!」

「いや、初めから通じてなかったよな?」

 堕天使に聞こえるように言ってみたが、後ろにいた万丈からツッコミが入る。

 確かにこいつは最初から攻撃なんて効いてなかったし? もちろん、万丈よりも強くてかっこいいこの天っ才物理学者であり仮面ライダービルドの俺にも一切、一切効いてなかったけど?

「それでも言わないといけないときがあるでしょうが! ここで姿変わって威圧感出した上で相手より格上ってことを分からせれば、もしかしたら戦わなくて済んだかもしれないのになんで余計なこと言うわけ!」

「お? おお、なるほどな!」

「なるほどじゃねぇよ……ほら、見ろよあのお姉さん。おまえのツッコミのせいでありえないくらいの怒り顔浮かべてるじゃねえか」

 いまどき見てわかるくらい青筋立てて顔真っ赤にして怒るとかいう明確なまでの怒りは見たことないぞ。そもそもストレスを溜め込みすぎなんじゃないですかね。いや、そんなこと言ってる場合でもないのか。

「俺のせいかよ! おまえだって失礼なこと言って相手のこと下に見たばかりだろ!?」

「いーや! あの顔はおまえの心無いツッコミのないだね!」

 間違いなく、彼女が怒っているのは万丈のせいだ。

「あんたたち二人ともに決まってるでしょうが! さっきから何度も何度もバカにしてぇぇぇぇぇぇっっ!!」

 ここまで攻撃してこなかった堕天使が、まさかの怒号を上げて急降下してくる。

「ほら見ろ、やっぱりおまえじゃねえかよ」

 ちょっと嬉しそうに笑みを浮かべながら俺に指を向ける万丈。

「人のこと指差すんじゃないっての。っていうか、あれおまえのことも言ってるからな?」

 俺に向けられた万丈の手を降ろさせながら、迫ってくる堕天使に対して備える。

「ハッ、今更なにをしても無駄よ!」

 いいや、無駄なんかじゃないさ。ときに無駄と思ってしまっても、諦めなければ勝機は絶対に掴める! というよりも、ごめん。高速程度なら多分、もう慣れが先行しちゃって捉えられるみたいだ。

「よっと!」

 それなりの速度で迫ってくる堕天使に、即座に右腕を突き出す。

 右腕からはボトルの力が出力され、エネルギーとなって射出され、見事にそこに突っ込んだ堕天使を後方へと吹き飛ばした。

「久々に使ったけど、一発の威力は結構あるもんだな」

 とはいえ、ベストマッチじゃない以上、これ以上は望めないし、エネルギーの循環もできない。

「でもまあ、充分かな」

 いくら相手もフルボトルを使っていると言っても、経験は俺の方が上だ。ついでに言えば、まず間違いなく、ハザードレベルも、な。

 俺たちの世界のレベルでの話なら、負ける要素はないんだが……なぜかフルボトルを持っていたような存在だ。決して油断はできない。

「どうなったんですか……?」

 いまだ逃げようとしない祐斗が訪ねてくるが、

「わからない。動きはないみたいだが」

 地下でも立ち上がってきたからな。いままた、先ほどのように悠然と立ち上がって襲いかかってきてもおかしくはない。

 けれど、立ち上がってこないなら都合がいい。

「いまのうちに退くぞ。一誠はまだだいじょうぶだな?」

「は、はい!」

「呼吸は安定しています。緊張が切れただけだと思います」

 一安心か。

 ライオンフルボトルの力を使って吹き飛ばしたのが時間稼ぎ的にも良かったかもな。

「よし、行くぞ!」

 俺は変身を解くことなく、先頭を万丈が、その後を一誠を背負った祐斗、小猫と続き、最後に俺が後方を確認しながら進む。

 やっぱり最後のあれが効いたのか?

「……追って来ませんね」

 祐斗が振り返り、声をかけてくる。

「追ってこないならいいさ。おまえたちだって結構きついだろ?」

「それは……」

「無理しなくていい。それに、俺たちは負けてない。これは戦略的一時撤退だ」

「長えよ! もっと簡単に言えっての!」

 バカが叫ぶけど知ったことじゃない。というか覚えなさいよ、これくらい。

「それにしても、その姿はいったいなんなんですか?」

 小猫が小さな声を発する。

 その姿――ライオンタンクのことを言っているんだろうな。

 赤と青のラビットタンクから途端に色もフォルムも変わったんだ。疑問に思うのが普通だろう。若干、目が輝いているのは、この子の趣味趣向が関係しているんだろうけど、いい趣味してるな。

「ビルドはこのドライバーに入れるボトルによってフォームが変わるんだ。で、さっきまでのが基本のラビットタンク。いまはラビットを差し替えて、ライオンタンクフォームかな」

「多種多様なフォームチェンジ!」

「お、わかる?」

「わかります」

 こくこく、と何度も頷いて理解を示してくれる。

「最っ高だろ?」

「最高です」

 うん、やっぱりよくわかってる。

 こういった理解者って前の世界でもいなかったから貴重なんだよなぁ。美空も最初は正義のヒーローって喜んでくれてたのに、フォームチェンジや強化形態にそこまで興味はなかったし。

 美空の場合は、ビルドそのものの存在に強い意味があったのはわかってるから、仕方ないけどな。そういう意味では、ビルドの最高の理解者はあいつなのかもしれない。

「俺たちで創ったビルド、か……」

 もしこの新世界で、マスターのように記憶が戻るようなことが起きたとき、この世界で平和に暮らしているあいつはなにを思うんだろうか。前の世界と違い、平和の中にいる美空は、耐えられるのか?

 いや、過程の話に意味はないか。そもそも、記憶が蘇る確率はあまりに低い。大丈夫、だよな。

「おい戦兎、小猫! ぼさっとしてないで行くぞ!」

「ん? おう、あんまり先走って迷子になんなよ!」

 祐斗を連れて先を歩く万丈の足取りは軽く、みんなを気にかけてはいるものの、体力の差なのか、思慮の深さの差なのかはさておき、だいぶ歩みが早いのだ。

 小猫は歩幅狭いし、祐斗は一誠を背負っているうえに怪我や疲労もある。現状だって、俺たちがいるものの、周囲を警戒していることから気の休まる暇もないだろう。

「ここは俺がしっかりしてやらないとな」

 ライオンなら遠距離でもなんとか対応できるし、念のため出しておくか。

 左手に形成される、ブレードモードのドリルクラッシャー。こいつには何度も世話になったな。エボルトとの最終決戦は言わずもがな、最初期から俺を支えてくれた。

「これで近距離もオッケー、と」

 正直、これ以上あの堕天使の女性が立ち上がってくるとは思えなかったが……。それでも、警戒を怠ることなくリアスたちがいるはずの方向へと向かっていく。

 背負われている一誠の意識が戻る気配はなく、もしかしたら話に聞いたアーシアの力なら治るのかもしれないが、ないもの強請りに過ぎない。

 そんな中、

「おい、あいつらいたぞ!」

 先頭を行く万丈からリアスたちを発見した知らせが入る。

 これで祐斗たちも一息つけそうだな。

「あら、龍我。思ったより早かったわね。そっちは事が済んだのかしら?」

 カラスの羽らしきものを2枚持つ朱乃を控えさせながら、リアスが万丈に声をかける。

「いや、まだだ。それよりも、こいつらを頼む」

「こいつら? っ、イッセー!? この怪我……堕天使レイナーレの仕業かしら」

「あー……そういやそんな名前だったっけ?」

 堕天使レイナーレ。

 俺と万丈、そしてリアスたち悪魔が追っている女性堕天使だな。万丈には少し難しかったみたいだけど、それで合っている。

「祐斗、イッセーを連れてきてくれてありがとう。この子は私が治療するわ。それで、その……」

 イッセーの側に寄るリアスが、こちらに注目する。

「小猫の隣にいるのは誰かしら? 変わった姿をしているようだけれど」

「ん? 俺か?」

「その声……もしかして戦兎なの?」

 お、俺ってわかるのか。やっぱり人を導くリーダーなだけあって、声はもちろん、容姿や特技に癖なんかもすぐ覚えるんだろうな。把握は大事だし、当然か。

「おう、俺だ。桐生戦兎だ」

「やっぱりそうなのね。へぇ……いいわね、その格好。かっこいいじゃない、戦兎」

 リアスは笑みをひとつ浮かべると、興味深そうに腕や複眼を触り始めた。

「この感じ、前にどこかで……なんだか不思議な力ね。私たちの知ってる力とは違うのかしら? それとも、人間の手が加えられた新しい術式なの?」

 悪魔なだけあって、知識には貪欲なのかね? それとも小猫のように感性に働きかけるものがあるのか。まあ、どちらにしろ受け入れられているなら十分なんだけど。

「部長、一誠くんはどうしますの?」

「……ごめんなさい、朱乃。みんな、一度旧校舎に戻りましょう。まずはイッセーの安全の確保をしないといけないわ。それで、堕天使レイナーレは倒せたの?」

「わかりません。戦兎さんが迎撃してくれましたが、倒せたのかどうかは……」

「そう……良くて中級堕天使のはずなのに祐斗に小猫まで退ける相手だったなんて予想外ね。やっぱり一度体勢を立て直すわ。戦兎と龍我がいるから、私たち用の移動手段は使えない。全員で急いでここを出るわよ!」

 横にされた一誠を介護しながら朱乃がリアスを呼び戻すと、彼女たちは撤退の用意をしていく。

 再び一誠を背負う祐斗は、前後を朱乃と小猫に守られながら走り出す。

「貴方たちも急いで!」

 楽観視せず、考えられる最悪を想定して動く。リーダーとしての資格も十分だな、本当に。

「行くぞ、万丈」

「おう。あいつらを守りきって、そんで次はあいつを倒す!」

 倒せてない前提かよ。

 とは言え、恐らくそれは正しい。俺が一撃叩き込んだ際の感触からしても、あくまで時間稼ぎにしかならない気がするんだよなぁ。いや、でもあの程度ならあれでも脅威になっているはず、だよな?

『あら、もう帰るのかしら?』

 なんて思ったせいか。

 咄嗟に握っていたドリルクラッシャーを振り抜くと、光の槍を数本まとめて弾き飛ばした! 備えあれば憂いなしってね。

「さて、俺の天才的推測が当たっちまったわけにるんだが」

 顔を上げれば、夜空に浮かぶ赤い目が、俺たちを捉えて歪に歪む。

 どういう訳か、先ほどまでの姿と違い腕や脚に外装が取り付けられ、その外装は黒く鈍い光を放っている。これまでと異なる、明らかなパワーアップってことか。

『もう負けないわ。私は更なる高みに昇りつめたのよ? あんたたちには到底達することのできない、遥かなる高みにねぇ!』

 三度現れた堕天使相手に、祐斗がいち早く動くが、

「くっ……まだ動けたのか! 小猫ちゃん、兵藤くんを頼むよ。部長、みんな、ここは僕が食い止めます! だからその間に撤退をしてくださ――」

「バカ野郎」

「何様だこの野郎」

 右から万丈、左から俺の拳が彼の頭を叩く。

「――いたっ!? 敵が目の前にいる中でなにをするんですか!」

「おまえこそなにやってんだよ」

 万丈が今度は軽く祐斗の頭を小突く。そして、続きを促すように俺を見る。そこまで言ったなら自分で言いなさいよ。言うけどさ。

「悪いけど、犠牲を強いる戦いは嫌いなんだ。まして、自分から犠牲になる奴の姿なんて、仲間は見たくないんだよ」

「だったら、だったらこの状態でどうしろって……」

「頼れよ。ここには俺も、万丈もいる。頼っていい奴がいるなら頼れ。なんでもかんでも自分でやろうとするのは強さじゃない。それは身勝手な弱さだ」

「そんなの、わかるわけがない……」

「そうか。なら、いずれわかるときがくる」

 祐斗の肩をひとつ叩き、朱乃に彼を預ける。

「あの――」

 彼女はなにかを言いたそうにするが、俺と万丈は共に並び、前へと進む。

「ここは俺たちに任せろ」

「おまえらは隠れてろよ。ここからは、俺たちのステージだ!」

 拳を鳴らし、やる気を見せる相棒につられ、ラビットフルボトルを取り出す。いまの相手に対して決めるなら、ベストマッチにしないと効かないだろうな。

『覚醒!』

『グレートクローズドラゴン!』

 既にドライバーにセットされていたグレートクローズドラゴンにボトルが差し込まれる。

『ラビット!』『タンク!』

『ベストマッチ!』

 俺もライオンフルボトルからラビットフルボトルへとフルボトルを変更する。

『『Are you ready?』』

「変身!」

「ビルドアップ!」

 変身は即座に完了し、

『ウェイクアップ クローズ! ゲット グレートドラゴン! イエーイ!』

『鋼のムーンサルト! ラビットタンク! イエーイ!』

 グレートクローズとラビットタンクフォームが立ち並んだ。

 奇しくもと言うべきか、当然と言うべきか。堕天使と出会ったときとまったく同じ構図が出来上がった。

 だが、ひとつ違うことがあるとすれば。

「万丈、あいつの強化が気がかりだが、これで決めるぞ!」

「おう! いまの俺は、負ける気がしねぇ!」

「勝利の法則は――決まった!」

 同時にドライバーのレバーを再度回し、レイナーレへと駆ける。

『『Ready Go!』』

 俺は左脚で空中へと跳躍し、レイナーレをも超えて上空に到達すると、エネルギーがグラフを模した滑走路になり、レイナーレへと一直線に伸びる。

 万丈は右脚に蒼いエネルギーを纏い、

「誰か、俺を空まで飛ばしてくれ!」

 まさかの人頼みである。たしかに、空中にいる相手には届きにくいけどさ……なんて思えば、小猫が万丈を堕天使に向けて投げ飛ばした。

 それに合わせて、空中で体勢を整えた万丈は、

『グレートドラゴニックフィニッシュ!』

 堕天使に必殺の一撃を叩き込む。その一撃に外装は悲鳴をあげたのか、ヒビが入り、欠片が舞っていった。

 さあ、最後はこれで決まりだ!

『ボルテックフィニッシュ!』

 俺も続くように滑走路を沿っていき、その先にいる堕天使へとライダーキックを放つ。

 万丈の攻撃に加え俺の一撃も彼女を貫き、外装は完全に破壊され、一切の抵抗も許さずに堕天使は地に堕ちていく。

「と、セーフ!」

 のだが、地面に激突する間際に万丈が彼女を受け止めるのだった。

 それと同時に、俺たちの見知った物が彼女の身体から弾き出される。

 ――ライトフルボトル。

 着地してすぐに拾い上げたそれは、やはり見間違うことがない。俺たちの世界に存在していたフルボトルそのものだった。

「ん……ここ、は――……?」

 強化された外装がダメージを吸収してくれたのか、堕天使本人はすぐに目を覚ました。

 万丈のことだから、彼女も助けるのは想定の範疇であり、俺もそれが悪いとは思わない。話を聞いて、理解しあうことだってあるしな。

 それはそれとして。問題は山積みなことに変わりはない。

 さあ、真相を解き明かす時間だ。

 




新年です。
感想読めてますが返せてなくてすいません。次の更新までにすべてに返答できたらと。みなさんありがとうございます、書く気力になってます!
なんとか映画も観に行けました。ただ一言、仮面ライダーが好きでよかった。
あ、今年も宜しくお願いします。


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疑惑のExperiment

「みんなのアイドル! みーたんだよ〜! 今日みんなに見て欲しいのは、第19話! って、これやる必要あるの? というか、なにこの衣装。アイドル? アイドルだよね!?」
「あ? 前から着てんのになに言ってんだよ? なあ、戦兎」
「ばっか、おまえ! いいか、ここは新世界なんだぞ? 今の美空はごく普通の女の子なんだよ。みーたんじゃないの。わかるか?」
「あっ、そうか。そうだよな」
「ちょっとあんたたち! なにコソコソ話してるの!」
「「なんでもないです!」」
「本当に? あんまり隠し事ばかりしてると……刻むよ?」
「なあ、あいつ本当は記憶あるんじゃねえか?」
「いや、俺もちょっとわからなくなってきた。あれどう見ても俺たちのよく知ってる美空だぞ」
「でもなぁ……」
「まあ、いいか。そんな美空の秘密には迫らない第19話」
「はっじまるよー!」
「おま、こんなとこだけ持っていきやがって!」


 ビルドとクローズのライダーキックを受けた堕天使レイナーレは、その身からライトフルボトルを排出。

 当の彼女は状況がわかっていないのか、辺りを見渡し、そして自分を抱えている万丈を見て、黄色い声を上げていた。

「それにしても、やっぱりどう見てもフルボトルだよな?」

 拾ったフルボトルを確認してみるが、やはりライトフルボトルで間違いない。

 俺と万丈の各ボトルが存在している以上、他の何十本ものフルボトルが新世界に残っている可能性は確かにあった。けれど、まさか堕天使に使われているなんてな。

 こうなってくると、悪魔側にも使っている奴がいるのかもな……けど、祐斗はフルボトルを知らなかった。あれは演技じゃなく、本当に知らない顔だった。とすると、リアスたちは白だな。

「おーい、戦兎! どうする? こいつなんにも覚えてないみたいだぞ!」

 とりあえず確保したフルボトルをしまうと、万丈が堕天使を抱えてやって来た。

「あの、ここは……というかこの状況はいったい……」

 鋭い殺気を放っていた先ほどまでとうって変わって、おどおどとした、悪い言い方をすれば強い者に怯える小動物のような態度を見せる堕天使。

「いや待て、違いすぎるだろ」

「だろ? 滅茶苦茶怪しいぜ、こいつ!」

 と言いつつも、既に戦う気はないのだろう。万丈は普段のバカっぽさが滲み出てるし、彼女を敵と認識していない節が見受けられる。

「怪しいのは賛成だが、少なくとも戦う意思は俺たちにも彼女にもない。なら、戦いは終わりだよ」

「まあ、そうなるよな。悪い、降ろすぞ」

 俺たちは頷きあい、万丈は堕天使――レイナーレを地面に降ろす。

 ビルドドライバーに挿入されていたボトルを抜き取り、ドライバーから機械音が鳴ると、俺たちの変身が解けた。

「終わったな」

「おう、俺たちの勝ちだな!」

 勝ったには勝った。けど、今回の一件を企てていたはずのレイナーレからはなんの情報も得られそうにないとなると、これは問題だな。

 教会の中をくまなく回ったとして、なにかが見つかるとも――いや、ここでなにかをしていた以上、設備くらいは見つかるかもしれない。

「万丈、おまえはそいつを見ててくれ。俺は教会の中を探ってくる」

「ん? おう、任せとけ」

 快諾してくれた万丈を置いて、俺は教会の中に――

「待ってください!」

 ――といったところで待ったがかかった。

「勝手に話を進められても困ります。まずは堕天使レイナーレの処遇についてを」

「悪いな、そいつはなにも覚えてないってよ。聞くだけ無駄だ。というわけで、俺はこの一件について調べるために教会内を探索して来るから」

 朱乃の言いたいこともわかるが、得られるものがないことに時間をかけるのは間違っている。それに、朱乃たちのリーダーであるリアスは話のわかるタイプだと思う。だから、きっとレイナーレの話をまともに聞いてくれるだろう。

 それなら、あとはもしものための万丈を置いていけば心配はない。

 と、ここまで計算したところでの行動だ。

「リアス、少し外すけど、すぐに戻る。この場は万丈にも任せてあるから、いいか?」

「はあ……本当ならレイナーレはすぐにでも消すべきなのだけれど。いいわ、彼女の様子もおかしいし、貴方たちの本来の目的はここの捜索だったものね。いってらっしゃい、戦兎」

 話した内容を覚えてくれていたのか、簡単に許可された。

 悪魔と一概にいっても、想像していたのと実際に会うのとじゃ随分印象が変わるものだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「ええ。私たちはその間にイッセーの傷を治しておくわ」

「ああ、頼んだ」

 万丈やリアスたちに背を向け、出てきたばかりの教会内へと足を踏み入れる。

 後方で「凄え、傷が治ってるじゃねえか! すげえ、どうなってんだよ!?」なんてバカっぽい声が聞こえてきたが、誰のものかなんて問うまでもない。

 さて、俺は一人、教会内の探索と行きますか。

 と意気込んで入ったものの、さっき見た場所が急に変化しているわけもなく、既に見た景色が続く。

「白髪の姿もないし、やっぱりうまく逃げたか。万丈の拳を受けてこうも逃げれるとなると、なんか神器でも持ってたのか? それとも、見た目人間なだけで、悪魔や堕天使のような異形だったのか……確証も持てないし、こっちは後回しだな」

 地下も異常なし。

 精々が、前から置かれていたと見れる装飾品や嗜好品の品々があるだけ。

 少なからず武器の類もあったが、そのほとんどが人間が使うことを前提に考えられている武器ばかりだ。

「実験に関係のあるものはない、か……」

 ここが根城のようだし、アーシアをどうにかする予定だったなら、そのための設備があるはずと考えていたんだけどな。もしかして、ここは中継地的な扱いだったのか? この地でアーシアを手に入れたらすぐに撤退する予定だったと考えれば辻褄は合う、のか?

 ダメだな。前後関係が把握できていないせいで情報が足りない。

「けど、伏兵もなし、敵のリーダーの撃破となれば、これ以上は事も起きなそうだな。この一件はここまでか」

 目立った物もないし、嘘か本当か事の記憶がない堕天使のリーダー。

 この状況で事の進展を図れる程、俺は探偵や刑事脳してるわけじゃない。だったら天体物理学者の閃きで――といきたいところだが、異形に対しての知識が浅すぎるな。

 俺一人では、思った以上にわからないことが多いみたいだ。

「仕方ない、戻るか」

 ファウストのような実験施設があるのかと思っていたが、そんなものは影も形もなかった。

 明らかに拠点ですって雰囲気だったし、普通の組織はこんなものなのか? ファウストが、ひいてはエボルトが用心深かっただけで、世間一般から見た悪役ってのは俺が思っている以上に杜撰なのかもしれない。

 欲を言えば、他のフルボトルがあったりしないかといった個人的な部分もあったんだけど、それも期待はできないな。

 思えば、レイナーレがフルボトルがどういった物かを理解して使っていたかも怪しい。それ以前に、自身でフルボトルを発見したかも……嫌な予感がするな。

 仮に、レイナーレにフルボトルを渡した相手がいたとしたらどうだ?

 暗躍している他勢力。もしくは堕天使、か?

「そうなってくると、レイナーレは利用されただけの可能性が高い。少なくとも、今夜の戦闘は流してやるか」

 記憶ない時点で、元々そのつもりだったんだが、これで理由ができちまったな。

 教会内と、念のためみんながいる方向と逆の外の様子も確認してきたが、予想通り、収穫はなし。

 で、戻ってきてみれば。

「い、いやよ! いやったらいや! どうして私が知らないことで殺されないといけないのよ!!」

「おいおい、あんまり物騒な話すんなよ。こいつだって記憶ないんだからよ」

「けどね……言いたくはないのだけれど、恐らく堕天使側は今回の事を貴女の独断と切り捨てると思うわ。そうなると、悪魔側の処置として消される可能性が……」

「い・や・よ!!!」

「どうしようかしら…………あら、戦兎。捜索はもういいの?」

 ぎゃーぎゃーと騒ぎながらも、しがみついて決して万丈から離れないレイナーレに、警戒してか、その周りを囲む祐斗たち。その様子を冷静に眺めながら話すリアス。

「ああ、まあ収穫はなしだけどな。で、予想はついたけど、これは?」

 唯一声をかけてくれたリアスに尋ねると、彼女も頭を痛そうにしながら、事の経過を話してくれた。

 なんでも、レイナーレに今回の一件の話を聞いていたところ、とある聖女の神器を抜き取り自分の物とする、という彼女の目的までは話してくれたそうだが、その後の記憶が曖昧らしい。

 そればかりか、彼女は最後には聖女――つまりアーシアを犠牲にするやり方を否定したんだとか。

 だが、その後は気づけば万丈に助けられていた。

 で、ここで問題になったのが今回の落とし所ってわけだ。

「レイナーレは覚えのない罪を問われ、悪魔側は断罪するしかなく、堕天使側は動かず、ね……それじゃあこうなるのも無理はない」

「そうなのよね……個人としては、イッセーの気持ちも汲んであげたいのだけれど」

「とは言え、彼女は利用されていた可能性が高い。聖女を犠牲にする方法を否定した奴が、一誠を殺しに来ると思うか?」

「それは――……そうよね。けれど、仮にレイナーレが誰かに操られていたとして、その相手の目的が見えないわ。聖女の神器を欲していたなら、こんな面倒な手段は取らないはず。それにイッセーを殺す理由がないわ」

 どこまでが仕組まれたことで、どこまでか当初の計画なんだ? 第一、この推測が間違っていたなら、すべてが瓦解する。そうなれば法則は成り立たない。

「難しいな。まるでパズルのような……いや、待てよ」

 この感じ、前にもどこかで。

 それにこのところどころ隙があるようでいて、隠すべきことのなさそうなオープンさ。まるで実験でも行っているかのような――。

「実験……?」

「戦兎? 実験ってなんのこと?」

「そうだ、実験だ! これは実験なんだ。フルボトルや記憶、他人を操るための!」

 だとすれば納得がいく。

 目的なんて、最初からなんでも良かったんだ。ただ、付け込む隙さえあればそれでよかった。

「あれ? ばれちゃいました? そうでござんす、ぜぇんぶ、実験だったんですよ。弱い上司さまについていくのは大変だったけど、おかげでいい計測結果が取れましたっと。いやー感謝だね? 感激だねぇ」

 俺たちの会話に混ざるような気軽さで割り込んできた、ひとつの声。

「おまえは!」

レイナーレに向けていた剣を即座に声のした方向へと向ける祐斗。

小猫も声で誰か把握できたのか、拳を構える。

リアスと朱乃は、そんな二人の様子から声の主が敵だと判断したみたいだ。

「ああ! おまえ逃げたんじゃなかったのかよ!」

万丈は突如現れた男に指差しながら叫ぶ。

いや、それにしても驚いた。

「万丈に殴られて、もう動けるなんてな」

「んー……そこは俺様も予想外ですよ! まっさかただの人間の拳があそこまで効くとは想定外! でもまあ? 俺様そんじょそこいらの人と違って強いですから。この通り、ピンピンしております!」

話し方にまったく一貫性のない調子で続けるのは、俺たちが教会に踏み込んで最初に出会った白髪神父だ。

力を隠していた、とは思えないが、この短時間でここまでの回復を可能とはーー神器ならできるのか?

それなら納得がいく。

「なんのために出てきた? このまま逃げることだってできたはずだ」

 俺の問いに、考えるそぶりを見せた白髪神父は、懐を漁りながら答える。

「逃げてもよかったんだがねぇ……でも、念のための口封じは常識っしょ!」

ふざけた言葉遣いのまま、いきなり光弾が放たれる!

その狙いは、

「レイナーレか!」

「おらぁっ!」

俺の言葉と、万丈の叫びが重なる。

白髪神父から放たれた光弾は俺の真横を過ぎて、闇の中へと消えていった。

「って、危ねえだろ」

まったく。筋肉バカと違って、天才物理学者の俺の体は繊細なんだから。

とはいえ、結果オーライか。

「いきなり何しやがる!」

光弾を容易く弾いた万丈が、レイナーレの前に立つ。

「ほっほー? やっぱりおたく、規格外すぎるっしょ? いまのは俺様でも当たれば大怪我だってのに……チッ、失敗したんで撤退ですわ! ってことで、ばいちゃ~。そのくそ上司はあんたらにプレゼントってねー」

「あっ、待てこの野郎!」

逃げ足は早いらしく、不利と悟った瞬間には行動に移していた。

これは無理だな。

「なんだったのかしら……」

「さあな。わかったのは、レイナーレが消されかけたことだけだ。保険のつもりだろうが、それでもレイナーレの記憶が戻ることを恐れたか?」

だがあの逃げっぷりだ。仮に戻ったとしても支障はないか、決して戻らないか。

「はあ……なんか疲れたな。それで、レイナーレはどうするんだ?」

リアスに問いかけるが、しかし。

「なあ、狙われてて行き場がねえなら、nascitaに連れてけばいいんじゃねえか?」

それより早く、万丈が提案してくる。

有りか?

「駒王町に置いておくのは政治的に良くなく、むしろ断罪するしかない。けれどレイナーレを消すのは思惑通り進むようできな臭い。だったら、外でひっそり生きててもらうのが最善のように思えるけど、どうだ?」

瞑目して考え込むリアスだが、何度か俺たちに視線を向け、その度に瞑目を繰り返す。

そうしたことが何度か繰り返されたのち、彼女は大きなため息をついた。

「いいわ。消すのは得策じゃなさそうだし、思っていたより大きなことが起きていそうだもの。ここは貴方たちを信じるわ。ただし! なにかわかったら私たちにも教えてちょうだい。その代わり、この先、私たちからも望む情報を出来る限り渡してあげる。どうかしら?」

リアスが手をこちらに伸ばす。

「乗った!」

その掌を軽く叩くと、彼女も笑みを浮かべる。

「良かったわ。レイナーレはしばらくお願いするわ。時期を見て、私たちも会いに行くから。そのときは、イッセーと話させてみようと思うの」

「そうだな。まだ、あいつの中では決着がついてないだろうし」

「ええ。ーーさて、今夜はここまでにしましょう。本当は送っていきたいのだけれど、イッセーの容態もあるし……大丈夫かしら?」

「気にしなくていい。それより、イッセーと……祐斗のことも気にかけてやってくれ」

「……? ええ、わかったわ。朱乃、お願い」

地面に魔方陣が展開していき、その中に悪魔のみんなが入っていく。

「今日はありがとう。また、いつでも来てちょうだい」

「仮面ライダービルド、かっこよかったです」

「……お二人の言葉、少し、考えてみます」

イッセーを見ていた朱乃が最後に手を振り、その直後、彼女たちの姿はなくなっていた。

「帰ったのか?」

「だろうな。俺らも帰るぞ」

「おー! って、待てよ。また三人だぞ! バイクに乗れないじゃねーか!」

その心配かよ……。

「あら、私は飛べるのだけれど?」

「あ? ああっ! そうか!」

「なに忘れてんだよ……レイナーレ、俺たちについてくる形で飛んでくれ。悪いな、本当は堕天使のところに返してやりたいけど」

「わかってるわ。帰っても、向こうで消される可能性が高い……なら、こっちで生きる方がマシよ」

それ以上は語らず、空へと舞っていく。

「……行くか」

「おう」

俺たちもマシンビルダーに乗り込み、深夜の町を走り抜ける。

「変わった奴らだったなー」

「そうだな。今日だけで世界が一変したみたいだ」

「新世界作ったやつがなに言ってんだよ」

そういやそうだった……。

「にしても」

「なんだよ?」

こいつは本当に決まらないな。

「なあ、万丈」

「だからなんだよ!」

「ズボンのチャック全開だぞ」

「え!? うそ、いつから?」

「アーシアと会う前から」

「そんな前から!? どうして言ってくれねえんだよ!」

「人様の前でどうやって言うんだよ、このバカ」

「俺たちしかないときだってあったじゃねえか! しかもバカって言いやがったな、おい! 筋肉つけろ!」

「だあーっ、このバカ! 運転してる最中に暴れるんじゃねえ!」

 

 

 

 

 

ちょっとした騒動もあったが、俺と万丈、そしてレイナーレはnascitaへと帰ってきた。

「今さらだけど、いいのかしら?」

「気にすんな。ここのマスターならきっと受け入れてくれるさ」

ひとまず、事情はメールで送っておいたし、なんとかなるだろ。返信みてないけど。

慣れた扉を開けると、そこには珈琲を入れていたマスターの姿。

俺たちを視界に納めると、口許を緩めて笑みを浮かべる。

「おかえり」

「……ただいま」

たぶん、つられたんだと思う。

いまの俺は、きっと笑顔を浮かべているんだろうな。



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エブリデイ新世界

「なあ、ところでよ。なんで前回のサブタイだけ英語表記なんだ? いままでは片仮名だったよな?」
「はあ? 万丈、おまえ!」
「なんだよ?」
「英語表記とか、片仮名って知ってたんだな」
「おまえの中の俺はどんだけバカなんだよ。それより、なんで英語表記なんだ?」
「ああ、それは第1章の最終話ってことで、区切りをつけるために英語表記にしておいたんだよ。なんとなく締まるだろ? これからも章の最終話はそうしてくからなー」
「は、どうせ次の章では忘れてんだろ?」
「天才は忘れないから天才なんですー」
「なに意味わかんねえこと言ってんだよ。あ、それともあれか? 間違えて英語表記にしちゃいましたーってか!」
「んなわけないでしょうよ!」
「落ち着きたまえ、キミたち。この本によれば、天才物理学者である桐生戦兎には、新世界にて万丈龍我と2人きりの未来が待っていた。ところが、異形の存在と出会うことで、彼らの未来は大きく狂い始める。本来存在しないはずのフルボトルが見つかり、nascitaのマスターは変身を遂げた。さらにこの先の未来では……なるほど。これは大きな未来の変遷だ。完全に歴史を書き換えていると言っても過言ではない。このモデルケースはぜひとも、今後の我が救世主のために活かさなくては。さて、ここで問題です。今回桐生戦兎の前に立ちふさがる人物とは、いったい誰なのでしょう」
「「また出た!?」」
「おや、キミも未来を変えた者だね、桐生戦兎。できることならその心意気を我が救世主にも教えて欲しいところだが。ふむ、どうだい? 我が救世主の家庭教師なんてしてみるのは」
「いや、っていうかなんなんだよおまえ!」
「やあやあやあ、万丈龍我。私かい? 私のことはいいんだよ。それより救世主の話だ。まだ前書きだ。後書きがくるそのときまで、しばし救世主の話をさせてもらおうか」
「……また乗っ取られた。新章スタートなのにぃ」


 地下室。

 それは男のロマンを詰め込んだ素敵な夢空間である。

 同時に、俺にとっては慣れ親しんだ研究所と言っても過言じゃない。

 ああ、やっと帰ってこれた。俺たちが過ごした懐かしいあの場所。

 なんてこともなく。

 ――地下室が一夜にしてできるわけもないので、俺と万丈はnascitaの店内で雑魚寝をして夜を過ごした。

 設計からなにもかもを1からやっていては、流石に一晩で地下室が作れるわけもなく。前段階の設計を進めているうちに寝落ちしていたらしい。マスターも離れたところでドライバーを握りながら落ちていた。

「いや、ドライバーでなにするつもりだったんだよ」

 リアスたち悪魔と出会い、レイナーレを倒したあの後。

 帰ってきてすぐにレイナーレはマスターに連れて行かれ、アーシアに会いにいった。それから今朝まで一度も戻ってこないところをみると、昨夜はアーシアと共に過ごしたんだろう。

 俺と万丈はマスターに夕飯を作ってもらい、それを食べてすぐに寝てしまった、と。つまり進んだのは夕飯が出てくるまでの僅かな作業時間での作業分だけってことか。地下室への道のりは長そうだ……。

「にしても、新世界での初変身。思ったより気張ってたのか? それとも歳……はまだ早いな。この新世界の平和も守らないといけないし」

 まだまだ、仮面ライダーとして守っていかないといけない未来があるしな。

「おはようございます」

「……おはよう」

 なんて、寝起きの珈琲を入れようとしていると、アーシアとレイナーレが起きてきた。

 出会った当初の印象が強かったせいか、レイナーレは残念少女かと思っていたが、パジャマ着てると普通なんだな。というか、パジャマは普通なんだな、と言った方がいいのか。

 彼女の目元が若干赤いが、昨夜はアーシアと話してなにかあったのかね? まあ、これは聞かなくてもいいだろう。本人たちが納得して、前に進んでいるなら大人の出る幕はないな。

「ああ、おはよう。マスターはまだ変身の疲労もあって寝ているだろうから、朝は俺が作るよ」

「あんた、料理できるの?」

 レイナーレは訝しげに聞いてくるが、これでもマスターのいなかった時期の食事は俺が作っていたわけで。

「当たり前だろ。天才の頭脳に不可能なんてないんだよ。ま、味じゃその道のプロには敵わないけどな」

 もっとも、前の世界のnascitaの珈琲には完勝ですけどね! 当然だよな。

 逆に、新世界のnascitaの珈琲にはどうやっても完敗だ。これは新世界での嬉しい誤算だったな。この天才の頭脳の疲れを癒す最高の珈琲。そして天才的発明によって生まれつつある地下室!

 天才でしょ!? 最っ高でしょ!

「戦兎さんはどうして笑っているんでしょうか?」

「放っておいた方がいいわよ、アーシア。ああいう類の人は基本イカれてるか、狂気じみた発想をしている輩だから。純粋な貴女は特に触れちゃダメよ」

「は、はあ……? よくわかりませんけどって、レイナーレさん!?」

 意外なところで科学者の本質を理解しているらしいレイナーレが、アーシアの背中を押して俺から遠ざける。遠ざけた先は、あろうことか万丈の方に、だ。

 どうやら昨日の出来事や本能的な部分であちら側が安心と感じたらしい。

 俺も大活躍だったはずなんですけど? 本来ならそのポジション俺じゃない?

 なんて思うものの、あいつにの心の中には、いまもただ一人の彼女が生き続けているし、周りに少女がいても興味ないだろうからな。そういう意味でも、俺たちの中では最も安全な男なのかもしれない。そう思うと、確かにあいつの側にいる少女たちは安全なのだろう。

 なんてったって、手は出さないけど、危険が迫ったときは絶対に守ってくれるはずだからな。

「ったく。一丁前にヒーローやりやがって」

 本当に、誰がなんと言おうと、この世界のヒーローだよ、おまえは。

 口には絶対に出さないけどな。

 なんて無駄話をしているうちに準備なんて終わるものだ。

「ほら、トーストにサラダ、コンソメスープだ。冷蔵庫にオレンジジュースも入ってたからアーシアにはこっちを。レイナーレには珈琲を入れておいた。ジャムは好きなの使っていいと思うぞ」

 ついでに目玉焼きを作っておき、もう1枚のトーストの上に乗せておく。

 これで一人につきトーストが2枚になったわけだし、量的にもいい具合だろう。

「あら、本当に朝ごはんが出てきたわ」

「すごいです戦兎さん!」

 片やなぜか不満げであり、片や笑顔を咲かせる少女たち。対照的な娘たちだが、仲良く席について、ジャムを渡しあったりと楽しそうな光景が広がる。

 若干大人びたレイナーレがアーシアの相手をしてる様は、前の世界での美空と紗羽さんみたいだ……。

「……ん? なんだよ、飯の時間か?」

「おまえね……」

 人が感傷に浸っているときに、起きた万丈が二人の姿を見て確認してくる。

「残念ながらおまえのぶんはねえぞ」

「はあ!? なんでだよ!」

「当たり前だろ。なぜなら俺のぶんもないからだ」

「なんでないんだよ!」

 決まってるでしょうが。いつだって、手間暇かかった……まあ、そんなにかかってないけど、美味しいものを食べるのは可憐な少女たち。

「俺たちの飯はこっちだ」

 積んであったカップ麺のひとつを万丈に投げ渡し、俺もそのうちのひとつを選んで取る。

「なんだ、あるじゃねえかよ! 安心したら腹減った〜。おい、早く食おうぜ戦兎!」

「はいはい。ほら、俺のぶんも開けとけよ」

「おう! 任せとけ!」

 万丈が封を開けている間に沸かしてあったお湯を持っていく。

「はーい、お湯入りまーす」

「よっしゃあ!」

 俺のノリに合わせた万丈がガッツポーズを取る。

 やっぱりバカだろ、こいつ。

「「……」」

 お湯を二つのカップ麺に入れ終えると、奇妙なモノを見たような視線が2つ、俺たちに突き刺さる。

「なんだ?」

「いえ、あのぉ……」

「あんたたち、もしかして毎日そんな食生活なわけ?」

 言いにくそうなアーシアを思ってか、レイナーレが口を開く。

「まあ、そうだな」

「俺たち稼ぎなかったしな」

 俺と万丈が答えると、二人ともなんとも言えない表情を作った。

「あのね、それなら私たちにパンを出してないで、自分たちで食べなさいよ!」

「そ、そうですよ! お二人は昨日も戦ったって聞きましたし……ちゃんと栄養のあるものを食べないとダメです!」

「いや、育ち盛りの二人こそ食べるべきであって」

「言いたくはないけど、私はこれまでそれなりの物を食べてきたんだから、あまり気を遣わなくてもいいのよ」

「わ、私もです! それに量だって、こんなに頂いてしまって……」

 いい子! なにこの子たち。自分の境遇だってあるだろうにこの気遣い!

「よし、俺たちはカップ麺で十分だ。二人はしっかりうまい物を食べるんだぞ」

「そうだな! というか俺はカップ麺好きで食ってんだから、これでいいんだよ!」

 まさかの万丈の援護射撃。

 本人にその意思はないんだろうけどなぁ。こいつ、毎日好んで食べてたし。

「どういう思考回路してたらその言葉が出てくるのよ……」

「もう少し自分たちのことも……」

 まるで納得していなそうな二人がなおも詰め寄ってくるも、

「ちょっと待ったぁ!」

 フライパンと包丁を持ったマスターが俺たちと彼女たちの間に立ち塞がった。

「マスター?」

「おう、戦兎。みんなもおはよう! そして話は寝ながら聞かせてもらったよ」

「理解できてんのかよ」

 万丈からのツッコミを無視したマスターは、アーシアとレイナーレの側まで寄ると、あたかもそっち側についたかのように俺と万丈を見返した。

「この子たちの言うことももっともだろ? おまえらはさ、もっと幸せになっていいっつーか、なれ! やっと終わったんだ……少しくらい自愛してくれないと、俺もおちおち喫茶店のマスターなんてやってられなくなっちまうだろ?」

「いや、そう言われてもな」

「なあ? もう俺たちのやるべきことは曲げらんねえしよ」

 二人して答えると、マスターが深いため息をつく。

「ったくよぉ……ああもう! おまえたち暫くカップ麺諸々禁止だからな! 偏った食生活が治るまで俺が作る! 異論なし!」

「は?」

「ああっ!? 俺のカップ麺! ああ〜……」

 言うが早いか、万丈が楽しみに待っていたカップ麺を取り上げ、ものすごい勢いで麺を啜っていくマスター。

 ものの数十秒で空になった容器はゴミ箱へ。

 そしてマスターは厨房へと向かっていく。

「バカたちがごめんな、二人とも。決して悪気はないんだけど……まあ、これから変えてくから大目に見てやってあげてよ」

 マスターの言葉に頷いた少女たちが席に戻り、マスターは料理を作り始める。

「今日からおまえらの飯は俺が作ってやるからな。ほれ万丈、カップ麺よりうまいもん食わせてやるからしっかり待っとけよぉ?」

「――マジか!?」

 床に倒れてた万丈が即座に起き上がり、待ちの姿勢を取る。

「はあ……まあ、これはこれでいいか。マスター、甘い卵焼きも追加で!」

「はいよー! ちょいと待ってな!」

 喫茶店だからだろうか? それとも麺を食べるつもりだったからだろうか? ナポリタンができあがりつつあるのを眺めながら、追加の注文を頼んでしまった。

「ああ、それとな戦兎」

「なに、マスター」

「おまえと万丈には、近々働いてもらおうと思っていてな」

「ふーん?」

「夜中のうちに、駒王学園に教師の推薦しといたから、今日の午後には面接行ってきてくれる?」

「って、はあ!? 聞いてないんだけど! というか、夜中に対応してくれるわけないでしょ!」

「あれ? 言ってないっけ? ごめーん! でも、もう話通しちゃったし、仕方ねえよなぁ。なんせ、夜中でもかけたら出たんんだからさぁ。もうびっくりだよなー。なんか凛とした女性が電話に出てさ? 『わかりました。彼女からの話もありましたし、一度面接をおこないましょうか。ふふっ、どんな人なのかしら』なんて言ってたぜ」

 夜遅い時間でも対応でき、彼女からの話?

「もしかしてリアスの関係者か? いや、駒王学園そのものが悪魔が経営する学校だとするなら、それも可能か。まあ、わかったよ。あとで行ってくる」

「おう、頼むよ〜」

 なんて話込んでると、マスター特製ナポリタンに卵焼き、珈琲が運ばれてくる。

「なんだよ、うまそうじゃねえか!」

「うまそうじゃなくて、うまいんだよ。ほら、食った食った!」

 急かされるようにして口に入れた卵焼きは、知ってか知らずか、相当の甘さがあり、激動の中から今日に至るまで口にしていなかった懐かしさが広がる。

「…………うまい」

「めっちゃうまい!」

 万丈もナポリタンをかきこむように食べ、それを見て嬉しそうに頷くマスター。

「おはよう! って、みんな早くない?」

「おはようございます、美空さん!」

「おはよ、美空」

「あ、レイナーレ照れてるんでしょ〜?」

「て、照れ……うっさいわね!」

 女性陣が楽しそうにあいさつを交わし、みんなで朝ごはんを食べていたことに気づいた美空が、マスターを催促させ、作らせにいく。

 そのままアーシアとレイナーレの方に行くかに見えたが、僅かに俺たちへと寄ってきて、

「二人も、おはよう」

 それだけ言い残し、早足でアーシアの隣の席へと座ってしまった。

「なあ、いまのって」

「あ? ただのあいさつなんじゃねえか?」

「そう、だよな」

 いま一瞬――いや、気のせいか。

 一夜にして賑やかになったnascitaでは、朝から笑い声が絶えず聞こえてくる。

 




以前書いていたDALのssの断片を発見したので、形にしようかと書き始めました。私は美九と六喰を眺めていたいのです。DALだと他には問題児原作で過去に書いていました。気になる方は探してみてください。
それと、そろそろグレモリー家の白龍皇も更新復活しそうです。あの話ですと、「あの決意は劇薬」「この激情は覚醒」の2話が個人的に好きな回ですね。あんな感じの話を今作でもしてみたいものです。

では、後書きにも救世主の話が割り込んでくる前に締めとさせていただきます。


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マップを作ったのは誰?

「マスターの卑劣な策略により、駒王学園の教師にさせられようとしている天才物理学者の桐生戦兎と、相棒の万丈龍我は、騒がしいnascitaを後にし、一路、駒王町へと向かっていた。そんな中――」
「おい戦兎! 昼まだだしよ、ラーメン食ってこうぜ!」
「おまえなぁ、あらすじ紹介中に飯食ってどうすんだよ……ほら、続き読めって」
「いや、あらすじ紹介をしている暇があったら麺を啜るべきだ。せっかくの麺が伸びてしまう」
「いやいやいや、あらすじ紹介が先って、誰だ、あんた」
「あー! おまえは!」
「知ってんのか、万丈」
「こいつだよ、こいつ!」
「なにがだ?」
「あーもう! なんでわかんねえんだよ!」
「落ち着いたらどうだい? せっかくいい店に入ってきたんだ。ちなみにおすすめは――」
「せっかく久々に普通のあらすじ紹介のはずだったのに。人選ミスだ……あー、もういいから。21話見ながらラーメン食べよう。おすすめどれだって?」
「ああ、これとこれと……ん? ああ、21話、始まるみたいだな」
『おまえの好物をとやかく言うつもりはないが、奴らが不憫でならん……』
「「どっかからよくわからない声が聞こえた!?」」
『――気のせいだ』


 マスターの気遣いなのか、もしくは純粋に居候が増えすぎて稼ぎが必要になったのか。

 理由はどうあれ、昨日に引き続き、俺と万丈は駒王町に来ていた。

 夜の間に騒ぎがあったというのに、昼のこの町は穏やかなものだ。悪魔の住む町なだけあって、情報が規制されているのか、教会に乗り込む前からなんらかの仕掛けがなされていたのかはわからないが、どうあれ、昨夜の出来事を気にする必要はないらしい。

「お、あそこうまそうな店だな! 昼もまだだし寄ってこうぜ戦兎!」

「はあ? 昼って……ラーメン屋か。まあいいか。まだ時間には余裕あるしな」

「よっしゃ!」

 腹が減ったまま面接ってのも良くないしな。ひとまずは、腹ごしらえと行きますか。

 意気揚々と店に入った途端、客が二人しかいない光景が飛び込んできた。

 これは――どっちだ? 隠れた名店? それとも……。

「あー! この前の奴! やったな戦兎、たぶんここ当たりだ――ってえ!?」

 店内の客を指差し、しかもお店側にも随分失礼なことを言う万丈の頭を叩いておき、俺たちを見ていた店主に頭を下げておく。

 が、店主は気のいい人らしく、笑みを浮かべながら気にすんな、と声をかけてくれた。

「あんたたちも、連れが悪いな」

 日本人らしからぬ容姿の二人組に声をかけると、こちらも気にしなくていいという反応をされた。

 一人は濃い銀髪に、引き込まれるぐらいに透き通った蒼い目。見て分かる圧倒的な美少年力。高校生くらいだろうか? いや、もう少し上にも見えなくはないが……。

 もう一人は爽やかそうな顔つきの男性だ。こちらは保護者? ではなさそうだな。どちらかと言うと友人関係に見える。

「で、知り合いか?」

 明らかに知っていますと反応した万丈に問いかけると、

「おう! この間うまいラーメン屋を教えてくれた奴だ! もう一人は知らねえけどな」

「どういう知り合いだ? あんな美少年と筋肉猿のおまえが」

「あ? ほら、前に話したじゃねえか。うまいラーメン屋の情報貰った奴がいるって話あっただろ?」

 そういえば。

 確かに1話のあらすじ紹介のときにあったな。

『そういえば、この前ラーメン屋に行ったときやけに強そうな奴を見かけてよ。そいつからうまいラーメン屋の情報を貰ったんだよ。あとで行ってみねえか?』

 なるほど。あのとき話していたのが、目の前にいる彼か。

 強そう、ね……こいつが言うなら強いんだろうな。

 にしても、美少年がラーメン啜ってるだけなのに随分と絵になるな。これがイケメンだけに許された特権ってやつか。

 まあ? 俺も天っ才物理学者にして、人類に愛されたイケメンなんですけど!

「おい戦兎、おまえなに頼む?」

「ん? ああ、ここはなにがうまいんだろうな」

「さあ? なあ、あんたは知らねえか?」

 首を傾げた万丈が、数席離れて座る銀髪の美少年に尋ねる。

 問われた彼は、しばし黙り込んだ後、いくつかのメニューを指差していく。その間も麺を啜る速度は変わらず、どうあっても麺を堪能するといった意地が見えた。

「よし、じゃあ俺あれな〜」

「俺はそっちを」

 互いに銀髪くんのおすすめを頼みつつ、それとなしに銀髪くんたちを観察する。

 何処にでもいるって程平凡じゃない。けれど世間離れしているかと言われてもノーだしなぁ。なにかしら感じるモノはあるんだが、それでも嫌なモノじゃないってのがなんとなくわかる。

「なんだ? 万丈に近い要素というか……」

「なんだ、俺がどうかしたか?」

「いや、おまえがあっちにいる銀髪くんと何処と無く似てる雰囲気があるなと思ってよ」

「はあ? なに言ってんだよ……」

 バカのこいつがんなこと考えるわけないか。

 けれど、俺にはなんとなくわかる。こう、万丈と銀髪くんには同じモノがあるというか、似た性質を感じるんだよなぁ。どことなくクローズっぽいのか? いや、でも万丈にも……よし、考えるのやーめた!

「バカのことは考えるだけ無駄だったな。天才の頭脳でも予測できないバカだし」

「バカバカ言うんじゃねーよ! 褒めてんのか貶してんのかっての!」

「はいはい、褒めてるよ」

 隣で騒ぐ万丈をテキトーにあしらっていると、銀髪くんが俺たちを見て小さく笑っているのがわかった。

「ああ、すまない。キミたちのやりとりが楽しくてね」

「いや、こっちこそ騒がしくて悪い」

 彼の方から話しかけてきたので、こちらもそう返しておく。

「気にしなくていいさ。ラーメン屋はもっと喧騒があったって悪くない。それに、そっちの彼とは一度ラーメンについて語り合った仲だ。言い方は変かもしれないけど、ラーメン仲間みたいなものだよ」

「そ、そうか……」

 そこまで話し込んでたのか。万丈が強そうと言っていたのも気になるが、ラーメン仲間と認定されている以上、もしかしたら能天気な部類かもしれないな。

「ところで、キミたちは駒王町の人かな?」

「いや、俺たちはこの町で暮らしているわけじゃない。今日は駒王学園の教師にさせられるために面接を受けにな」

「させられる?」

「陰謀だよ、陰謀。居候先のマスターが勝手に決めていた事だ」

 部外者に話していいか迷ったが、特別隠すことでもない。

「そうだぜ! 俺なんてなにやらされるかわかったもんじゃねえよ!」

「バカが生徒に教えられるわけないだろ。精々警備員とか用務員じゃねえの?」

「はあ!? なんでそんなこと言うんだよ!」

「じゃあおまえ人に勉強教えられるのかよ?」

「無理ですけど!?」

 自信満々に言いやがった……こいつを本当に駒王学園に連れて行っていいのか不安になってきたな。いっそのこと用務員にしてもらえないだろうか。

「教師はダメだな。学生がかわいそうだ」

「おうそうだなって、うるせえよ!」

 そんな茶番を見ていた銀髪くんが、もう一度小さく笑った。

「仲がいいんだな」

「「そうか?」」

 瞬間、万丈と視線がかち合う。

 むこうからは、「なに合わせてんだよ」といった感情ごと向けられ、俺としても、同じことを思っちまったわけで。

「台詞が被っているし、いいんじゃないか?」

 そう仲裁されたことで視線を外すが、思っていることまで同じなんだよなぁ、クソ!

「まあ、それはいいか。自己紹介がまだだったね。俺はヴァーリ・ルシファー。ラーメン仲間として、よろしく」

「おう、俺は万丈龍我。んで、こいつは桐生戦兎だ」

「よろしく」

 にしても、ルシファーか。

 リアスがグレモリー。

 グレモリー家が悪魔の家系なのは間違いなく、そこにルシファーと来たとなれば、恐らく悪魔の家系はある系譜が関係していることになる。

「ふむ……二人とも随分と強そうだけど、今日はやめておこう」

 そのタイミングで、ヴァーリの連れの男もラーメンを食べ終えた。

「またいずれ会おう。ああ、そうだった。これ、俺が作っているラーメン屋マップだ。チェーン店から個人経営店、特別メニューなんかがまとめてある。是非見て欲しい。それから、不足点があれば教えてくれ」

「おう、ありがとな! よくわかんねえけど、戦兎ならわかるからよ。任せとけ!」

 立ち上がったヴァーリが万丈にカラー印刷されたと思われる小冊子を渡す。どうやら読むのは俺になりそうだけど。

「ふっ、それはいい。では、俺たちはそろそろ行くとするよ。また、いいラーメン屋で会おう。店主、美味しかったよ」

「じゃあな、お二人さん。ヴァーリが穏やかな笑みを浮かべて話すところを久々に見たぜい。ありがとな」

 ヴァーリとその連れが店から出て行き、後には渡された冊子だけが残った。

 まったく。変わった奴だったな。

「でも、悪い奴じゃないな」

「ん? おう、いい店教えてくれたしな。それに、真っ直ぐな奴に感じたぜ?」

「だよなぁ」

 もしかして、悪魔って全体的に良識的な奴らなのか? ああ、いやでも待てよ。レイナーレも口こそ悪いがいい子だしな。

 異形の存在って、俺が予想してるよりも常識があるってことか? 人間界で暮らしているリアスたちを見ていれば、そう思うのも普通か。

「これは、ちょっと本腰入れて調べないとダメみたいだな」

 でも、それはそれとして。

「おい戦兎、ラーメン来てんぞ」

「ああ、せっかくのおすすめだ。早く食べないとな」

 ヴァーリのおすすめを食べてから、考えるとしよう。あと、マップの方も見ておかないとな。

 

 

 

 

 駒王学園には予定より早くついたので、応接室に通され、そこで時間まで待つことになった。

 面接までそれでも時間があるので、貰ったマップを眺めていたが、これ相当研究されてるな……。

「まさか、ここまで有用性の高いラーメン屋専用マップがあったとはな」

「なんかわかったのかよ?」

 ヴァーリから貰った張本人は理解できていないようだが、これは深く理解していなければ書くことのできないマップだ。というか、何度も同じ店に通っている口だな。

 試行回数を増やして、おすすめのメニューを割り出している感じがある。

「このマップは手強いな。ここから不足点を出すとなると、どこから手をつければいいものか」

「いや、真面目かよ。ヴァーリだって、あったらでいいって言ってたじゃねえか」

「ダメだ。ここまで完璧だと、必ずどこかで抜けがあるはずだ。天才の頭脳にかけて、それを見逃すなんて許せない」

 というか、ここまでいいものなら、もっといいものにしたいでしょうが!

「んなことより、面接の対策でも考えた方がいいんじゃねえか?」

「ああ、そこは問題ない」

「なんでだよ? 面接って普通はあいさつの練習とか、質問内容の予想とかして答えを考えとくもんだろ?」

「あのなぁ」

 文句を言おうかとも思ったが、万丈だもんなぁ。考えるどころか、疑問に思うわけないか。

「いいか。夜間に連絡して、履歴書の提出も、それどころか俺たちに関する資料をなにも送っても、持ってこいとも言わない雇い主が、昨日の今日でいきなり面接すると思うか?」

「お、おう?」

「そして、昨日俺たちが会ったように、この学園には悪魔がいる。なら」

「ああ! 悪魔に操られてるってのか!」

「違ぇよ。恐らくこの駒王学園は、悪魔が人間社会に溶け込むために、悪魔が経営している学校なんだよ。だから夜間でも対応できるし、俺たちみたいなイケメンでも一見怪しい連中が入ってきても対応できると見越しての事だろう」

 付け加えるなら、リアスからの口添えがあったはずだ。

 それだけの権力を彼女は与えられている、と考えられる。そのリアスのことを「彼女」と親しげに呼べる相手……もしかして、別の権力者も絡んでいるのか? マスターの電話に出たのはこっちだろうことは予想できるが、駒王学園の教師になれば詳しい話をあいつらから聞く機会も得られるかもな。

「失礼します」

 考えをまとめると同時、応接室のドアが開かれた。

 中に入ってきたのは、二人の女子生徒。

 厳格そうな凜とした表情の、黒髪の少女たちだった――。

 




ビルドも好きだし、クロスオーバーも気に入ってますが、そろそろ純粋なHSDDも書きたい欲。
これはグレモリー家の白龍皇も近々復帰ですね。確かいまはライザー戦のはず……こっちのライザー戦? それは、ねえ。もちろん色々ありますとも。暗躍、潜伏、洗脳強化ござれですからね。
そして進まない本編。本当は面接も終えてその後にいきたかった。
この話が中々進まないのは私の責任だ。だが私は謝らない。

ルパパトのアフターストーリーも書きたさありますね。あの話は続編作れる終わり方だったし、構成さえ上がればなんとか……。


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悪魔なハイスクール

「仮面ライダービルドであり、天才物理者である桐生戦兎は、相棒の万丈龍我と共に、駒王学園の教師の面接を受けることになった。だが、待たされていた応接室に入ってきたのは、二人の女子高生」
「なあ、この二人が面接した理由って結局明かされなかったよな?」
「おまえなにネタバレしてんだよ! それ次回言うはずだったとこだろ!」
「え? あ、やべぇ! なし、いまのなしだからな! えっと……だが、待たされていた応接室に入ってきたのは、」
「それもう俺が読んだところだよ! ああ、もう最近まともなあらすじ紹介できてないんですけど!」
「なあ、それより気になってたんだけどよ。ここって昨日は喫茶店じゃなかったか?」
「なんの話してんだよ! もういいから、本編いくぞ。さあ、不安なことしかないけど、どうなる第22話! そして、果たして万丈は教師になれるのか!」
「おい、なにさらっと自分は受かるみたいに言ってんだよ!」


 通された応接室で待っていると、入ってきたのは二人の女子生徒。

 どちらかというと個性強く、自由人の集いといったnascitaの面々やリアスたちに比べ、規律正しい様子の子たちだ。

「面接に来る方々がいると伺っていましたが、貴方がたでしょうか?」

 俺たちを見るやそう切り出した少女は、俺と万丈を交互に見る。

「失礼ですが、桐生戦兎さんと、万丈龍我さんで間違いありませんか?」

「あ、ああ。俺が桐生戦兎で、こっちが万丈龍我だ」

 かけているメガネを一度調整した彼女は、しばし考え込む様子を見せたが、すぐに笑顔で対応してきた。

「そうですか。本日は忙しい中足を運んでいただき、ありがとうございます。さっそくですが、面接を始めさせていただきます」

 もう一度俺たちを見て、後ろに控えていたもう一人の女子生徒へと声をかける。

「椿姫、他の生徒に話を聞かれても困りますし、外で待機を。匙たちを呼んでも構いませんので、あとはお願いします」

「はい、会長」

 恭しく礼をした、椿姫と呼ばれた子は廊下へと出て行き、残ったのは会長と呼ばれた子のみ。

 笑みを浮かべているが、どちらかと言うとキツめの印象を与えてくる目つきや、冷たい氷のような、鋭利な雰囲気を持つ子だな。張り詰めている、というわけでもなく、これが自然体なんだろう。

 相当な美貌なのは間違いないけどな。これは、お姉さまって感じの、女性にモテるタイプだな。

 とりあえず、この美貌は間違いないな。

「おい、面接するって、まさかおまえがじゃねーよな?」

 が、万丈は納得いかないらしい。

 けど――。

「やめとけ、万丈」

「なんでだよ戦兎!」

「いいから、やめておけ。俺の仮説が正しければ、マスターの連絡を取った、もしくはその話を貰ったのがこの子だ。そして、おそらくリアスたちと同じ、だよな?」

「はあ!?」

 そこまで言うと、眼前に立つ少女はひとつ頷き、俺たちとは反対側に設置されているソファへと腰を下ろした。

「いつから気付いていましたか?」

 座るや否や、少女は興味深そうに訪ねてくる。

「気付いたってわけじゃない。ただ、推理しただけだ。夜中に対応でき、学園に俺たちみたいな不審者を容易に招き、しかもリアスたちと同じ学生にも関わらず、俺たちに会いに来た。察するにここは、悪魔の経営する学校なんだろ?」

「……流石ですね。リアスから面白い話を聞きましたよ。不思議な人たちと知り合った、と彼女も楽しそうに話していましてね」

 認めた、のか? 俺の推理もほとんど正解ということでいいのだろう。

「申し遅れました。駒王学園の生徒会長を務めています、支取蒼那――いえ、ソーナ・シトリーです。生徒会として、『表』の生活の管理をしています」

 シトリー。

 薄々わかってはいたが、これで決まりだな。

「リアスと同じ、仲間を束ねる王ってことか」

「そうですね。私はシトリー家の次期当主ということにもなりますし、リアスと立場はそう変わりません」

 なるほど。やはり、駒王町にはリアス以外の権力者も絡んでいたか。

「なあ、それはいいけどよ。俺たちの面接はどうなるんだよ」

「ああ、すいません。リアスから話は聞いていますが、教師になっていただく以上、私も直に見ておきたくてお呼びしました。桐生さんは天才物理学者だそうですね。知識としては申し分なしですが、あとは人柄ですが――リアスが会ったその日に信頼できると評した以上、問題ないでしょう」

 なるほど。

 俺たちの人となりを確認しておきたいということか。で、それもリアスのおかげで大方クリアと。それだけリアスの影響は強いとも捉えられるが、この場合は単に仲がいいんだろうな。

「それで、万丈さんですが……その、教師は難しいのではないか、とリアスや朱乃から言われまして」

 万丈……初対面だった彼女たちにすらその評価か。

 いや、正しい。あいつらの人を見る目が正確なのはいいことなんだが、それでもこれは酷い。

「え? なに、俺不採用!?」

「落ち着けよ。受かる気でいる方がおかしいだろ」

「なんでそういうこと言うんだよ! 俺だってわかってるっつーの!」

「あ、ならフォローとかしなくていいな」

「フォローくらいしろよ!」

「やだよ。なんでおまえみたいな筋肉ゴリラを慰めないといけないんだよ」

 っと、面接の場だったな。ちょっとふざけすぎたか?

 生徒会長の方をうかがうと、予想に反して、楽しそうな表情を浮かべているのが視界に映った。

「ふふっ、ああ、これはリアスが好みそうな方々ですね」

「そう、なのか?」

「はい。でも、これで私にもわかりました。突然堕天使について尋ねてきたと聞いていましたから、他の組織の回し者かとも疑っていましたが、少なくとも、その線はないですね」

「そう言い切っていいのか? 油断させるための演技かもしれないぞ?」

 問うと、彼女は首を横に振る。

「ありませんよ。少ない時間でも、見ていればわかりますから」

「……そうかよ。まあ、判断は任せるさ」

「はい。それがいいかと」

 それからしばらく、俺の担当する科目や教師の話を進めてもらった後、生徒会長は万丈へと話を切り出した。

「それと、万丈さんに対しては申し訳ありません。教師に、とはいきませんが、こちらを」

 渡された1枚の紙には、用務員と書かれた採用用紙だった。

「これは?」

「はい。こちらは万丈さんへと思いまして。万丈さんは人との関係の築き方や面倒見がいいと聞いていましたので、生徒たちにいい影響を与えてくれることを期待して用意しておきました。もしよければ、ですが」

 どうでしょう? と彼女が聞いてくる。

 決めるのは俺じゃないし、こいつ次第だが。

「どうなんだ?」

 しかし、このバカは決断することも、考えることもなく俺へとパスしてきた。

 nascitaにはマスターがいるし、事情には詳しいだろうレイナーレも控えている。なんだかんだで一海たちもいてくれるから、美空とアーシアのあらゆる安全は保障されているようなものだ。

 俺と万丈が分かれて行動する理由があるわけでもない。

 教師に比べて、用務員なら自由が利くかもしれないしな。なにより、指名手配されてとはいえ、前の世界じゃ俺だけ働いてたんだ。今度はこいつも働かせてやるか。

「わかった。その話、受けさせてもらう」

「ん? いいのかよ」

「いいんだ。マスターにおまえだけ落ちたって言うのもあれだしな」

「ふーん、そうか。ならいいけどよ」

 問題なのは、こいつに振り回されそうな駒王学園の人たちだな。雇ってくれるのはありがたいけどな。

「わかりました。そのように手配しましょう。後日、改めて連絡します。今日の面接はこれで終わりですが、なにか聞いておきたいことはありますか?」

「いや、いまは十分だ」

「そうですか」

 彼女が立ち上がると、俺たちもつられて腰を上げた。

 そのまま、応接室の扉が開かれる。

「短い時間でしたが、楽しかったですよ。今度は教師と用務員として会いましょう」

「ああ、こちらこそありがとう」

「おう、助かったぜ!」

 終わりということなので、早々にお暇しようかと思ったのだが、その前に生徒会長が口を開いた。

「最後に、私からひとつ」

「なにかな?」

「私の友人と、その仲間を助けてくれてありがとうございます。お礼が遅くなってしまいましたが、これだけは伝えておきたかっただけです」

 悪魔ってのは、どいつもこいつも。

「気にしなくていい。誰かの明日を守るのが仮面ライダーって奴だからな」

「ラブ&ピースじゃねえのかよ?」

「うるさいよ。とにかく、守るのは当然のことなんだよ。でも、お礼は嬉しかった。ありがとう」

 立ち話もそこそこに、俺たちは駒王学園の敷地の外へと出る。

 それにしても広い学校だ。それだけ悪魔が根強く人間社会に浸透してるってわけか。

 もしかしたら、俺の予想よりもずっと深く、人間社会に紛れているのかもしれないな。それでも、影響がないのであればいんだけど……そうもいかないよな。

「万丈、リアスたちはいい奴らだったよな?」

「おう、そうだな!」

「だよな……」

 あいつらが人に危害を加えるとは考えにくい。駒王学園で教師を続けていけば、他の悪魔と会う機会も得られるかもしれない。

 リアスたちは学生。つまり、まだ精神的には多くの影響を受ける年頃なわけで。

 1度、しっかりと悪魔に会う必要があるな。それも、リアスたちじゃなく、大人の、上に立つ悪魔に。

「それはそれとして」

「なんだ?」

「せっかく採用してもらえるんだ。いい報せに変わりはない。マスターに報告しに戻ろう」

「だな。行くか!」

 いずれ、悪魔も堕天使にも会わないといけない日がくるのはわかっている。

 この新世界はどこかおかしい。なにかが狂っているのを感じる。それでも、普通に暮らしている人たちは気付かないのだろう。

 それでいい。

 平和な日々を壊す必要はない。

 俺たちは守るだけだ。

 誰もが平和に暮らせる明日を――。

「なあ、戦兎。あの建物、あんな形だったか?」

 マシンビルダーで駒王町を走る中、万丈がひとつの建物を指しながら声をかける。

「知らねーよ。昨日初めてきた町のよく見てもない建物なんて覚えてらんねえって。まして、昨日は驚くことが多かったしな」

「はっ、天才、天才って、こんなときは覚えてねえのかよ。年寄りかっての」

「はあ!? おまえね、年寄りなわけないでしょうが。見なさいよ、この肌のツヤ!」

「うわ、やめろ! 気持ちわりぃな!」

 中にはカメラのシャッターをきるような人もいたが、俺と万丈の騒ぎで町の人たちに何事かと見られながらも、俺たちはnascitaへの道を進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが仮面ライダービルドか。それにしても変な世界だ。まるであのときと同じような――まあいい。そのうちこの世界のことも見えてくるだろ」

「どこ行ってたんですか? 急に出て行ったと思ったら」

「ちょっと、この世界の仮面ライダーを見にな」

「え? もう会えたのか? 俺が見てきた方にはnascitaって喫茶店があったくらいだったんだけど。あ、でも喫茶店の人たちはいい人たちだったなぁ」

「いや、会うのはまだだ。だが、この目で見てきた。仮面ライダービルド。創造の仮面ライダー。ああ、それよりも現像だ」

「ええ? ちょっと、現像代もらわないとうるさく言われちゃうんだけど……」

「つけといてくれ」

「えぇ……もう、しょうがないなぁ」

 

 

 

「少し手を出してみるか。俺が持ってるこいつについても、聞かないといけないしな。まったく、妙なもんを押し付けてくれたもんだ。――禁断の箱、か。あいつもどこから盗み出してきたんだか」

 




感想が300件……よくこんなに来たものだと。
毎回の更新ごとに皆さんから貰う感想が作者のモチベーションです、本当にありがとうございます!


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カメラに映る世界

「天才物理学者であり、仮面ライダービルドである桐生戦兎は、天才物理学者でありながら、突如現れた天才イケメン教師へとジョブチェンジを果たす」
「なあ、そのなんでも天才ってつけるのやめねえのか?」
「はあ? 仕方ないでしょうが。物理学者であろうと、教師であろうと天っ才なのは変えられないんだから。おまえがなにやっても筋肉バカなのと同じだよ」
「ふーん……って、誰がバカだよ!」
「筋肉つけてやったんだから我慢しろよ。特大サービスなんだし?」
「お、そ、そうか? しょうがねえな。今日のところはいいってことにしてやるよ!」
「なんで若干嬉しそうなんでしょうか? あれ、完全に悪口ですよね?」
「夏海ちゃん、ストップ。それ以上はダメだって。口喧嘩が再発しちゃうから」
「いやいや、というか、呑気に話してるけど、誰ですか?」
「あ、俺はね」
「ユウスケ、ストップ! それは、第23話で説明します!」
「おい、戦兎! 俺の用務員合格の話ってどうなったんだよ!」
「落ち着けって。それは前回で受かったでしょうが」
「あ、そっか」


 ラーメン屋、駒王学園と思わぬ出会いがあったが、無事に就職先も決定し、俺と万丈は気分良くnascitaへと帰ってきた。

「……そうか、帰ってきたのか」

「なに扉の前で止まってんだよ。さっさと入れよ」

「あ、ああ」

 こいつに感傷に浸る時間とかないのだろうか? いや、あるまい。

 でも、俺もいつまでもってわけにはいかないからな。気楽に、くらいがちょうどいいのかもな。

「ただいまー」

「やったぜマスター!」

 あの頃と同じようにnascitaに入ると、

「あ、おかえりなさい。戦兎さん、龍我さん!」

「あら、帰ってきたのね」

「おう、おかえりー」

「おかえり、二人とも」

 アーシア、レイナーレが駆け寄ってきて、珈琲をいれているマスターと、料理を運んでいる美空からもあいさつが帰ってきた。

 しかし、マスターも美空も動いてたってことは、客がいたのか。

 当時と今だと店の人気具合が違うからなぁ。前のノリで入るとまずいかもな。絶対に客から変な目で見られる。

「いや〜悪いね。あいつらここに住んでる仲間でさ。あまり気にしないでやってよ」

 そんな目をしていた二人の客に陽気な声をかけるマスター。彼のおかげか、俺と万丈に向けられた目はすぐに逸らされた。

「いえ、こちらこそすいませんでした」

「そうだな。いまのは俺たちも悪かったよ」

 と思いきや、普通に謝罪の言葉まで貰ってしまった。なんだ、この優しさの塊みたいな人たち。

「いや、営業中に家に帰るノリで入ってきた俺たちが悪い」

「まあ、なんでもいいじゃねえか。マスター、俺腹減ったー」

「自由すぎんだろ……あ、マスター、俺も珈琲」

「おまえら自由すぎるんじゃねえかぁ?」

 マスターが文句を言いつつも食材を取り出しているので、万丈のためになにか作るのだろう。

 この人も大概だな。

「それにしても、客以外の人が多いんだな、この喫茶店」

「そうみたいですね。あ、見てくださいユウスケ! このパンケーキかわいいですよ!」

「え? あ、本当だ! 良かったね、夏海ちゃん!」

 恋人……じゃないな。そんな雰囲気には見えない二人組は、パンケーキについてで盛り上がっていた。

「あれ? nascitaにパンケーキなんてあったっけ?」

「最近できたんだよ。アーシアちゃんとレイナーレちゃんに振舞ってから、人気メニューになるって推されてな。で、そのパンケーキ初注文の二人ってわけだ」

 なるほど。つまり俺たちが面接に行っている間にできた新メニューってことか。

 喫茶店ならあるのが当然って思う人もいるだろうし、いい傾向なのかもな。とはいえ、いまならその気さえあれば、美空にアーシア、レイナーレでの客引きもできそうだけどな。

 もっとも? やらせるつもりなんてないんですけど。レイナーレなんて他の堕天使に見つかったらどうなることやらって具合だし。

「んで? 面接はどうだったんだよ? 特に万丈」

「あーそれ気になる!」

 マスターが聞いてくると、美空も食いついてきた。

 しかも、真っ先に万丈にだ。

「あ? 受かったに決まってるじゃねえか!」

「「うそぉ!?」」

 おーおー、二人して驚いてるよ。

 でも、美空はいいとしても、マスターは確かに驚くよな。エボルトを介してとはいえ、俺たちを見てたんだから万丈のバカさも知っているはずだ。

「おい本当かよ戦兎! どうやったんだ? あの万丈が受かるなんて!」

「あー……」

「大金か!? 大金積んだのか!」

「待った、俺たちにそんな金はない!」

 貧乏生活してた俺たちにそんな余裕あるわけないでしょうが。そもそも、駒王学園にいる悪魔って金になびくのか? いや、なびきそうにないな。雰囲気からしても金持ちっぽかったし、土地の管理を任されているんだからいいところの出なのは間違いない。

「というか、万丈が受かったのは用務員だぞ」

「は?」

「……え?」

 マスターと美空が口を開けながら、万丈を見る。

「おう、用務員になった!」

 そんな二人に自信満々に答える万丈。

「なんだ、教師じゃねえのかよ〜。でも安心したぜ万丈! それでこそおまえだ!」

「おう、ありがとな!」

「純粋ー……おい戦兎、おまえの相棒皮肉が効かないんですけど〜?」

 まあ、万丈だし。筋肉バカに皮肉言っても理解しないで額面通り受け取りますし?

「凄いです、龍我さん!」

「バカにしてはよく受かったわね。その……おめでとう」

「おう、おまえらもありがとよ!」

 更に純粋なアーシアなんかは普通に嬉しそうだから、この話はこれで終わりでいいだろう。万丈はともかく、あの子たちが笑っているなら余計なことは言わなくていい。

「ふふっ、楽しい場所ですね」

「なーんか既視感あるけどね、この感じ」

 どうやら、客の二人からしても、それほど悪い光景ではないらしい。なんだか大事なものを見るような目をされているが、彼らの感性に響くものがあったんだな。

「で、聞くまでもないけどおまえは?」

 万丈が美少女に囲まれている中、マスターが俺に聞いてくる。

「当然、受かったよ。いつからかは聞いてないけど、万丈の用務員の件も含めて連絡くれるってさ。あと、駒王学園は悪魔の経営する学校で決まりだ」

「そうか。良かったな。んで、天才様の推理通りってか?」

「まあね。でも、あいつらは大丈夫そうだよ。今度、機会を見てnascitaに招待してみるから、そのときに話してみてよ」

「了解。おまえと万丈がいいって言うなら大丈夫だろうよ」

「ほんっと、お人好しだよ……」

 だからこそ、エボルトにも抗い続けることができたんだろうな。

 で、時折俺たちを眺めては美味しそうにパンケーキを頬張っていた二人組はと言うと、俺たちの話がひと段落したのを感じたのか、自分たちの会話にと戻っていた。

 しかし、珍しい人たちだな。少なくとも、新世界のnascitaでは初めて来た人たちのはずだ。

 俺と万丈もそれなりに足を運んでいたが、そのときには1度として会っていない。

「ん? どうかした?」

 そうして見ていたせいか、「ゆうすけ」と呼ばれていた男性に声をかけられてしまった。

「ああ、いや。なんでもないんだ。気にしないでくれ」

「そう? あ、それならついでってことで聞きたいんだけどさ」

「なんだ?」

「ちょっと人を探しててさ。背の高い、首からカメラを提げた超偉そうな男を見たりしてないかな?」

 なんだ、その性格破綻者らしい説明。

 断言できるが、絶対にいいやつじゃないな。

「見てないな。俺たち、今日は駒王町に行っていてな。悪いが、この辺りにはいなかったんだ」

「駒王町?」

 男性だけでなく、その隣で話を聞いていた女性まで会話に入ってきた。

「あの、私たちも駒王町にいて、そこで見失ったんです」

「そうなのか? あー、でもなぁ。俺と万丈が入ったのなんてラーメン屋と駒王学園くらいだし……キミたちの言う人は見てないな。ごめん」

「い、いえいえ! いいんです! 勝手にいなくなる士くんが悪いんですから」

「まあ、まあ夏海ちゃん。あいつが勝手に動くのはいつものことだって」

「それは――そうですけど。一緒に旅してるんですから、たまには色々話してくれたり、一緒に来てくれてもいいと思います……」

 どうやら苦労しているようだ。

 俺も万丈にはいつも苦労させられているしな。

 彼らも、もしかしたら大事な仲間を持っているのかもしれないな。俺たちとは違うだろうけど、人にとって大事なものがあるのは、誰しも変わらないことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白衣を纏い、首からカメラを提げた男が、その格好に似つかわしくない森の中を進んでいく。

「この世界も、俺に撮られたくないようだな」

 時折、カメラのシャッターを切りながら、男は呟く。

 森の中は静かなもので、男の発する音以外はなんの音も響かない。

「こんなんだったら、ナツミカンとユウスケも連れてくるべきだったか? ――いや、どうやらその必要はないらしいな」

 彼――門矢士の眼前に突如として現れる、黒い鎧に包まれた禍々しい異形。その視線は、既に士を捉えている。

「迷い人か? ここに来るとは運がない。この先はあのお方の研究施設があるのでな」

「そっちから教えてくれるとは気前がいいな」

 その様子をどこか面倒なようであり、しかし楽しそうに見据える。

「ったく、天才物理学者ってのは肉体労働が基本らしい。いいぜ、相手になってやる。ついでに聞きたいこともあるからな」

 ディケイドライバーを装着し、ドライバーのサイドハンドルを引くと、中央のバックルが回転し、カードの挿入部が露出する。

「この世界も、来て早々手荒い歓迎だな!」

 ライドブッカーに収納された多くのカードから1枚のカードを取り出す。

「そんなおもちゃでなにができる?」

 その一連の様子を眺めていた鎧に包まれた異形が、バカにしながら鼻を鳴らす。

 挑発とも取れる動きに、士は反応することなく、深い笑みを浮かべた。

「だったら試してみろ――変身」

 取り出してあったライダーカードをバックルに差し込み、サイドハンドルを元に戻す。

『KAMEN RIDE』

『DECADE』

 すると、戦兎たちが使用するビルドドライバーのように、音声が流れる。

 士を囲むように幾重にも現れた色のない偶像が、彼を起点に重なっていき、やがてマゼンタへと色をつける。

「姿が変わった……貴様、神器の保有者だったのか。面白い、少し遊んでやろう!」

「神器? それはなんだ?」

「異な事を……自ら使っていながら、隠し通せると思っているのか!」

 なにもない空間から現れた黒剣を握り、士の変身した姿――仮面ライダーディケイドへと駆ける異形の鎧騎士。

 大きく横に振るった剣は、しかし。

 甲高い音を立てながら、振るった半ばで止まることになる。

「情緒不安定な奴だな。おい、もう少し詳しい話を聞かせろ」

「貴様……ッ!」

 展開したライドブッカーから伸びる剣によって攻撃を阻まれた鎧騎士へと、戦闘中にも関わらず質問をする。

 しばしの硬直の後、敵が答える気がないと悟ったディケイドは、鎧騎士のがら空きの腹へと蹴り入れ距離を取る。

「神器……それはこの世界固有のものか? それとも、ビルドの世界では俺たち仮面ライダーのバックルをそう呼んでいるのか……この不安定な世界と言い、少し妙だな」

「なにをごちゃごちゃと!」

「気にするな。もう、おまえには関係のないことだ」

 いくつもの世界を渡った。

 何人ものライダーを、何体もの怪人を相手にしてきた。

 それを今更、たかが異形の一人が立ちはだかったところで、それは壁でもなんでもなく。

「終わりだ」

 剣を収納したライドブッカーから、再びカードを取り出すディケイド。

 そのカードを迷わずディケイドライバーに投入する。

『FINAL ATTACKRAIDE』

『DE・DE・DE・DECADE』

 音声が流れると共に、離れた位置にいるディケイドと鎧騎士の間の空間を埋めるように、カードがずらりと並ぶ。

「な、なんだこれは!」

「ナツミカンとユウスケと喫茶店に行く用事を思い出した。急いでるんでな、さっさと退きな!」

 言うだけ言い残し、ディケイドが上空へと飛び上がり、跳び蹴りの体勢に入る。つられるようにして、ディケイド側のカードから順に、追随して斜めに一直線へと軌道を変えていく。

「勝手か貴様! くっ、おのれ!」

 並ぶおかしなカードに違和感を覚えた鎧騎士が即座にこの場からの退却を始めるが、カードは依然、鎧騎士を捉えて逃がさない。

「なん、なんなのだ! くそ、くそぉっ!!」

 横に、上に、斜めに、あらゆる方向に逃げても追いつかれる恐怖に、しだいに鎧騎士の精神が悲鳴をあげる。

「ぐっ、なんなのだ貴様は! その神器は、その姿は文献にもなかった! なんなのだそれはぁぁぁぁぁぁああっっ!!!」

 最後の抵抗か、耐えきれなくなった感情の発露か。

 鎧騎士は最後の最後で、己の拳を前に突き出す。

 だが、その抵抗を嘲笑うかのように、カードの中を通り抜けてきたディケイドの蹴りが重厚な鎧ごと騎士の体を貫く。

「おの、れ……」

 ディケイドの着地と共に敵の姿は崩れ去り、鎧騎士のいた場所には、ひとつの小さなボトルが残る。

 落ちていたボトルを、変身を解いた士が拾い上げて掲げる。

「こいつは……カメラ、か?」

 しばしボトルを眺めていたが、それを懐に仕舞い込むと、最後にシャッターを一度切り、また歩みを進める。

「俺にカメラとは、わかってるじゃないか。さて、先に進むのもいいが、それはあいつらもいるときにするか」

 どこか機嫌の良さそうな彼は、今度こそ町の方へと向かい始め、その足は、彼の旅の仲間の元へと向かう――。

 




推しと推しを絡める。
いいことですね。そしてタイトルは普段から適当なので噛み合っていようといまいと構わない。
なんか話の1/3くらいを持って行かれた気もしますが、気のせいでしょう。というか登場率的には1/2程もってかれてるのでは? いいえ、これも気のせいでしょう。

なんとなくですが、アギト×絶対可憐チルドレンいけるのでは? と思い始めた今日の昼下がりでした。


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ティーチャー始動

「無事に教師となった仮面ライダービルドである桐生戦兎と、なんとか用務員になれた相棒の万丈龍我は、駒王学園勤務開始の日を迎えていた」
「なあ、こうやってまともな職に就くの久しぶりじゃねえか?」
「はあ? 俺は天才物理学者として、東都先端物質学研究所でパンドラボックスの解析してましたー」
「いや、でもよ……おまえの職場やばかったじゃねえか。上司は撃たれるし、同僚は消えるしで崩壊してたんだろ?」
「それは……それだよ」
「いや、どれだよ! やっぱりまともな職場じゃなかったんじゃねえか!」
「それ言い出したら、今回だって悪魔の経営してる学園だぞ。絶対になにかあるはずだ。リアスたちのことは信じていいと思うけど、おまえも小さなことも見落とさずに見とけよ」
「話逸らしやがって!」
「ということで、無事に新生活を開始する桐生戦兎と万丈龍我の前に、ある人物が通りすがり始める!」
「なあ、俺のところには誰も来てねえぞ?」
「…………どうなる、第24話!」
「おい、俺の質問に答えろよ戦兎!」


 ――一通り騒いだ客が帰った、身内だけとなったnascitaの店内。

 先日来た男女の二人組には独特な雰囲気があったけど、最後まで関係性がわからなかったな。仲良いのは確かだったけど……っと、人様の関係を探るのは良くないな。

 悪魔や堕天使と出会ってから、周りの人を観察するようになっちまった。

 そんな日から一週間が経ち、俺と万丈は正式に駒王学園に起用されることが決まった。

「スーツって慣れないんだよなぁ」

「いいじゃねえか。ずっとパッとしない服装してたんだ。たまにはビシッと決めてこいよ!」

「お父さんかよ」

「歳的にはギリギリセーフかねぇ」

 マスターがおちゃらけた声で答えるが、どうにも浮かべた笑みが消えることはない。

「戦兎を養子にか……どう思う、戦兎?」

「真面目に考えることかよ。それに、んな関係を作らなくても、俺はここにいるんだしさ。それだけで十分だよ」

「……だろうな。よし、じゃあ行って来い!」

「りょーかい。いってきます」

「ああ、いってらっしゃい」

 そうして、俺はnascitaから外に出る。

 出た先には、先に準備を終えていた万丈の姿。こいつも今日だけはスーツを着用しており、明日からは私服での行動となる。

 前の世界での変装が役に立っているのか、ある程度の服装なら着こなせているな。よし、これでこいつもスーツでも問題なしだ。

「おう、遅かったな」

「ちょっとな」

「ふーん? そっか」

「少しくらい興味持ちなさいよ。さあ、行くか」

 マシンビルダーの隣で座り込んでいた万丈も立ち上がったので、そろそろ向かうことにしよう。なんせ、今日から生徒たちとの授業の日々がスタートするからな。

「戦兎が先生やってる間、俺は駒王学園のいろいろなことをやるんだよな?」

「だろうな。精々、その無駄にある体力を有効に使えよ」

 軽口を叩きながら、徐々に駒王学園が見えてくる。

 まだ早い時間だと思ったが、ちらほらと登校中の生徒が目に映った。

「部活動かねぇ。若いっていいな」

「俺らも十分若いけどな!」

「はいはい、おまえは能天気な上に元気でいいな」

「おうよ!」

 さも当然のように笑いやがって……こいつは本当に。こういう奴だから、周りぜんぶ巻き込んで笑顔にできるんだろうな。

「でもやっぱりバカだな」

 そうしているうちに、俺たちは駒王学園へとたどり着く。

 原因はマシンビルダーなのか、万丈との二人乗りなのかはわからないが、生徒たちからの奇異と興味の視線に晒される。

「なあ、なんかすげえ見られてるぞ」

「朝早くて良かったな。遅れてたら大勢の生徒に囲まれてたかもな」

 というか、個性的な生徒が何人も見受けられた。

 さすがは悪魔が経営する学園。もしかしたら、悪魔じゃない神器保有者や特異な子たちも集められているのかもな。

 そうして保護してくれているのならいいんだが……。

「あいつらならだいじょうぶか」

 マシンビルダーから降り、放っておくと迷子になるか生徒に捕まりそうな万丈を連れて他の先生方へのあいさつも終えた。

 なぜか最後に生徒会長にあいさつをするという謎のイベントが控えていたのだが。

「で、生徒会室に連れてこられるとはな」

「なあ、普通は校長にあいさつしに行ったら終わりなんじゃねえのか?」

「忘れたのかよ。ここはリアスたち悪魔がいる学校だぞ。普通なわけないだろ。前回の面接と言い、この駒王学園を経営しているのはリアスか生徒会長の家なんだと思う。だから、実質のトップは彼女たちってわけ。あと、普通最初にあいさつする立場の人だからな、校長先生とか上の立場の人って」

「そうか?」

 俺の話を聞いていた万丈は難しい顔をしていたが、半分も理解できていない気がする。

 大方、腹が減ったとか考えてるんだろうなぁ。

 もう放っておいて、生徒会室に入るとしますか。

「失礼します」

「あ、おい! 失礼します!?」

 先に入り扉を閉めようとすると、慌てた様子の万丈が駆け入ってくる。

「なんで先に入んだよ!」

「おまえが真剣な顔して『腹減った〜』とか考えてたからでしょうが」

「なんで俺の考えてることがわかるんだよ!」

「本当に考えてたのかよ……」

 冗談で言ったはずなのにこれか。こいつの思考回路はどうなってるんだか。

 と、こんなことしている場合じゃないな。

 既に遅いのはわかっているが、生徒会室を見回すと、何人かの女子生徒と、男子生徒が一人。それから、集団の中心には先日会った生徒会長の姿。

「お久しぶりですね。随分と仲の良いことで」

「どうも。でも、こいつとは仲良いわけじゃないんで」

「勘違いするんじゃねえぞ!」

 俺と万丈の声が重なり、同時に返答する。

「……ふふっ、やはり仲が良さそうですね」

 これには黙るしかない。余計なことを言っても面倒な事態に持ち込まれそうだ。

「さて、それでは最初に。ようこそ、駒王学園へ。我々は貴方たちを歓迎します。無論、生徒としてですが、悪魔としても」

 妖艶な、と表現するのがいいのだろうか。

 まさにそれといった笑みを浮かべた生徒会長より歓迎の言葉を述べられた。

「先日のお話で既にわかっているはずですが、この駒王学園では悪魔が人と変わらない生活をしています。お二人は事情を理解しているということで伝えておきますが、昼の間の駒王学園は普通の学校と変わらないので、私たちと会ったとしても、その手の話は控えていただけると助かります」

 当然と言えば当然か。

 ここまで人間社会に浸透しているんだ。つまらないことでボロは出したくないだろうし、個人の主観によるところが大きいが、この子たちは学園生活を楽しんでいるんだろう。元人間の悪魔もいるわけだし、当たり前だよな。

 そういうの、全部まとめて守ってやらないとな。

「わかった。教師と生徒の関係を守らせてもらう」

「生徒と用務員の関係もな」

 隣で万丈も同意するが、生徒と用務員の関係がすぐに思いつかなかったのか、この場にいる生徒全員が困惑した顔を見せる。

 時々とんでもないこと言うよな、こいつ。

「要するに、都合のいい大人をうまく使えってことだ」

 仕方ないので、万丈の言いたかったことを、言葉を変えて伝える。

「ん? 合ってんのか、それ」

「合ってる、合ってる。安心して、この天才物理科学者に任せなさいって」

「なーんか怪しくねえか?」

「だいじょうぶだろ。用務員なら、生徒と仲良くして、そんでもって彼女たちの言葉に耳を傾けてやれよ」

「お、おう。そうか? そうだな!」

 周りの学生たちが唖然としているが、いいだろう。こいつの無駄に多すぎる体力や愛嬌は有効に使われるべきだしな。放っておくと間違ったことしそうだし、主導権を生徒に与えて実行してもらった方が、こいつの長所も正しく使われるはずだ。

「な、なんだかだいぶ言っていることが変わったような気がしますが」

「気のせいだ。言いたいことは変わってない。どう捉えるか、だな。とにかく、万丈には常人以上の体力と単純さがある。ただ、それらに極振りしているせいか、頭が残念な程に悪い……だから、たまに手を貸してやってくれ」

「……わかりました。元より、この駒王学園の用務員は特別枠ですから。私たち生徒会の方でも、いろいろお願いする予定です。安心してください」

「助かる、頼む」

 これで俺がいない間の万丈も問題なしだな。

 戦闘関係なら放っておいてもいいんだが、この新世界でこいつを放っておくのは愚策な気がするんだよなぁ。

「もし困ったことがあれば、私たち生徒会にも報告してください。生徒たちのより良い学園生活のために、協力をお願いします」

「ああ、もちろんだ」

 俺たちが困ったら、他の教師に相談するのが良いようにも思えるが、常識が通用しない奴らだしな。この世界にも、ひとつくらい異常で正常な学校があってもいいだろう。

「そういえば、リアスたちは俺と万丈が駒王学園に来ているのを知ってるのか?」

「はい、リアスと朱乃は知っていますよ。他の子たちには知らせていないと言っていましたから、彼女なりのサプライズ、といったところでしょうか?」

「そうか。なら、せいぜい乗ってやるか……」

 にしても。

 改めて見回してみても、ほとんどが女子生徒なんだな。生徒会って聞いたけど、これじゃ活動するにしても男手が足りないんじゃ……いや、悪魔だから余裕だったりするのか? でもなぁ。

「ん? ああ、それで万丈か」

「おう、なんだよ?」

「ああ、いや。おまえが雇われた理由がなんとなくわかったというか、なんというか。とりあえず、頑張れよ」

「任せとけって! 大活躍してやるからな!」

 万丈の宣言に、目の前の生徒会長が笑みを浮かべた気がした。どうやら、俺の予想も大きく外れてはいなそうだ。

 唯一、生徒会の男子生徒のみが万丈にお祈りを捧げていたのが印象的だった。

 

 

 

 

 生徒会メンバー全員と一通りのあいさつを終えた俺は、万丈と別れ、職員室の自席で授業の準備をしていた。

 一コマ目は化学も物理もないようで、俺は職員室で準備にとりかかるだけだ。

「高校生レベルって、こんな感じなんだな。これなら数学も教えてやれそうだけど……機会があれば見てやるか」

 なんて、初授業の準備なんて特にないので、職員室にいても意味がない。

 授業で使うこともあるだろう準備室にでも行ってみるか。隣には科目専用の教室もあるだろうしな。

「小さな実験くらいなら行う許可もらえんのかな? 教室に早くついた生徒たちには楽しい実験でも見せてやろうかな。そうとなれば、さっさと行きますか」

 情報を集めることも目的のひとつだが、せっかくなら、次の世代のためにも、楽しい授業をしてやりたいと思うのは悪いことじゃない。

 しかし、敷地内のどこかでなにかしらしているだろう万丈のこともそこそこに、準備室に向かう途中のことだった。

 横でシャッターをきる音が鳴ったのは。

「なんだ!?」

「ああ、悪いな。気にすることはない――なるほど、やっぱり間違いじゃなさそうだな。さて、どうしたもんかな」

「なんの話を……」

「気にするな、これは俺のやるべきことだろうしな。まったく、この世界はなんだって……まあいい。じゃあな、また会おう」

 勝手に人のことを撮っておいて、一方的に立ち去っていく、白衣をまとった男性。

 というか、あの特徴的なカメラは!

「ちょ、ちょっと待て!」

 廊下の角を右に曲がって行った男性を追いかけるが、曲がった先には誰もおらず、生徒のいない空き教室のみが視界に広がる。

「いない……けど、あのカメラは前に俺と万丈を撮っていたカメラのはず……」

 なにより、あいつの言葉だ。

 まるでなにかを知っているような、それでいて、俺の正体もわかっている風だった。

「この世界がなんだってんだよ……」

 俺の問いかけは答えが見つかることなく、頭の中で何度も同じ疑問が浮かぶだけだった――。




いくつかクロスオーバー考えていましたが、仮面ライダークイズを書くのも楽しそうだな、と思っていたりするalnasです。
他には、「ウィザード×絶園のテンペスト」や「エグゼイドor鎧武×デジモン」とか、「ドライブ×デアラ」なんかも考えていました。こう、書き始めればある程度の形になるけど、というのがありますね。
とりあえず、いまは推しと推しは交錯してる今作を進めなければ……早く通りすがってくれ。


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戦闘校舎のヒーロー

「事実上、駒王学園を掌握しているらしい生徒会との邂逅も無事に終わり、桐生戦兎と万丈龍我は、教師と用務員にわかれ、それぞれの持ち場へと向かう。そんな中、桐生戦兎の前に現れた謎のカメラの男」
「カメラの男!? なんだよそれ! 駒王学園ってカメラの妖怪でもいんのかよ!」
「落ち着きなさいよ。だいじょうぶ、ちゃんと人間だった――……いや、そういえば追いかけたら、隠れる場所がないはずなのに姿を消してたっけな」
「なんだよそれ! どうなってるんだよ!」
「だから落ち着きなさいって。その男は消える間際、桐生戦兎に気になる言葉を残していった。それは、この世界に関することで。とはいえ、俺もなんのことかさっぱりだけどな」
「ふーん? ああ、つまり今回は、その男と世界について迫る話ってことだな!」
「…………さあ、万丈の言ったことが本当かどうかがわかる、第25話!」
「え? おい、なんで答えないんだよ!」


 接触してきた謎の白衣の男の行方を追って、学園を一回りしてきたものの、それらしい影は一度もみかけなかった。

「どうなってるんだよ……あの一瞬で消えるとか、有りえないだろ」

 おまけに気になること言うだけ言ってくとか性質が悪いにも程がある。

 とはいえ、見つからないものは見つからないか。

「手がかりはあのカメラか。カメラ……そういえば、つい最近もカメラについて聞かれたような――」

「あ? 戦兎じゃねえか!」

 もう少しでなにか思い出しそうになったところで、聞きなれた声が耳に届いた。

 声のした方向を向けば、やはり。

「よう、万丈。なんだ、こんな旧校舎の隅にいたのか」

「それはこっちの台詞だっての。おまえ授業してるんじゃなかったのかよ?」

「それは次の時間から。それより万丈、白衣を着た、胸にカメラを提げてる男を見てないか?」

「いや、見てねえけど」

 こっちには来ていない、か。

 逃したものは仕方ないな。次会ったときに確実に話を聞けるように場を整える方法を考えるべきか。あとは、現場をもう一度調べてみることくらいだな。

「もしかしたら、知らされていない他の悪魔だった可能性もあるわけだし……やっぱりリアスたちとゆっくり話す時間を取るべきかねぇ。ところで万丈」

「なんだよ」

「おまえ、なにやってんだ?」

 万丈の両手には、スコップとバケツ。それから離れたところにはリヤカーときた。

 いや、本当に学園内でなにをしているんだこいつは。

「花壇だよ。なんか、学園内に花を植えたいらしくてな。段々増やしてたみたいだけど、そのうちの一箇所を任されてよ。何年も先になるだろうけど、学園内に桜も植えてやろうと思ってさ」

「……そうか。しっかり育つといいな」

「おう。ってなわけで、他の花も植えてくるわ」

 やるぞー! と気合を入れながら駆けていく万丈。

 あいつもあいつなりに、頑張る気らしい。

 よし、俺もまずは授業から頑張りますか! 目の前のことに集中できないんじゃ、生徒たちにも悪いしな。

 教室に戻る前に、例の男が消えた廊下を調べて回ったが、収穫はなかった。リアスたちが転移能力を持っていたことは記憶しているので、後で悪魔関係で白衣の男が学園にいるのかを聞いておこう。

 

 

 

 

 

 準備室と繋がっている実験室に実験器具を運び出し、そこで細かな実験をしながら時間を潰していると、授業の終了を告げる音が鳴った。

「1限終了か。ってことは、次は俺の初授業だな」

 実験器具を準備室へと戻し、実験室に入ってくる生徒たちの様子を、こっそりと準備室から伺う。

 初授業のクラスの名簿は準備してあるので、来る生徒たちの名前と顔はわかっている。それでも様子を隠れて見ているのは、ひとえに登場する時間を見極めているからに過ぎない。

 と言っても、この時間の授業は特にサプライズとかできないんだけどな。

「今日から先生変わるんだよな?」

「どんな先生だろうな。美人ならいいよなぁ!」

 待っていると、男子生徒二人がそんなことを話しながら教室に入ってきた。

 ごめんな、美人じゃなくて天っ才イケメン教師で。男子高校生の期待を早くも裏切ってしまったようで申し訳ない。

「そういえば、今日からでしたね」

「そうね。彼の初授業となると、少し楽しみだわ」

 今度は聞き覚えのある声だな。思ったより早く来たもんだ。

「なになに、二人は新しい先生のこと知ってるの?」

「二人の知り合いってことは、すっごくかっこいいか綺麗な人なんじゃないの!?」

 勝手に盛り上がっていく、隣の実験室。

 これは……相当期待されてるな。

「そうねぇ……かっこいいとは思うわよ。私から見ても」

「あら、そうだったの? ふふっ、私は面白い人だとは思ったけれど……」

「うそ、二人からの評価いいんだぁ。これは、期待しても良さそうだね」

「あの二人が……くそっ、今度の教師はイケメン確実かよ! 許せねぇ! よりにもよって、あの二人と知り合いだなんて!」

 おいおいおいおい、男女間の評価で差有りすぎだろ。

 でも仕方ない、そろそろ時間みたいだし、行きますか。

 授業開始と共に実験室に入った俺を待っていたのは、リアスたちのいる3年生のクラス。

「初めまして。今日から駒王学園で教師をすることになった、桐生戦兎だ。担当は物理と化学。キミたちには楽しい実験を提供したいと思っている」

 いままでの職場って大人ばかりだったからなぁ。

 こうして少年少女しかいない場に立つと、みんな初々しい感じだな。

「佐藤太郎?」

「えー? でも、佐藤太郎ってもっとおバカキャラっていうかさぁ。あの先生、頭良さそうだし、似てるだけじゃない?」

「でも、佐藤太郎が髪型おとなしめにして静かにしていればあんな感じじゃないかな?」

 …………ここでも佐藤太郎か。いや、こればっかりは避けては通れないか。

 元は、彼も俺のせいで犠牲になった人だ。

 俺が恨まれこそすれど、俺が彼を恨むのは間違いだな。

「悪いが、有名人とは別人だよ。期待した人には申し訳ないけどな」

 それでも、同一人物とされることには不都合しかないからな。俺にも彼にも、行動の制限をかけかねない。

「あら、小猫が知ったら悲しみそうね」

「あらあら、うふふ……」

 お姉さまお二人がなにやら言っているが、気にしないことにしよう。

 他の生徒からも、確かに、佐藤太郎とはキャラ違いすぎるしね、などの意見も聞こえたので、恐らくわかってもらえただろう。しかし、姿は同じだからな。

 完全には理解されないんだろうなぁ。

 本当は佐藤太郎ですよね? とか聞かれたら、さっきの信念がへし折れそうだ。

「とりあえず、俺の授業では、わかりやすく、それでいて科学って楽しいってことを知ってもらいたい。少しでも興味を持ってくれたら嬉しい」

 できることなら、未来の物理学者が出てくれるといいんだけど。でもまずは、楽しんでもらわないとな。

 今日行う予定の実験器具の説明や、実験内容を記したプリントを配り始める。

「さあ、楽しい実験を始めようか」

 

 

 

 

 

 疲れた……。

 学生って、思ったより質問飛んでくるんだな。今回は初授業だし、リアスたちが最初から関係を仄めかしていたのも効いたな。

 まったく。先生と生徒の関係性とは聞いていたが、これはアリなのかよ。

「お疲れ様、戦兎」

 授業も終わり、準備室で休もうとした直後。自分たちの教室に戻るはずのリアスが隣に控えていた。

「おう、お疲れさん。どうしたんだ? 教室に戻らないと次の授業始まっちまうぞ?」

「ええ、すぐに戻るわ。ねえ、戦兎。貴方――いえ、なんでもないわ。初授業、楽しかったわよ。じゃあね」

 なんだ? 感想を言いたかったのか?

 それにしては……とはいえ、既に廊下に出て、教室へと向かってしまった彼女を引き止めるのも気が引けた。

「なんだったんだかな。まあ、いいか。で、次の授業はっと。ああ、次は一誠のところか。で、祐斗のクラス、あとは1年生のクラス2つで終わりか。小猫は明日だな」

 学年ごとに定められた範囲と、クラス単位で出る進みの差も把握しないといけないわけか。

 思ったよりも工数多いな。

「これは万丈には無理だな。あいつの頭じゃ処理が追いつかないだろうし」

 生徒会長もいい配置をしてくれたものだ。

 さてさて。とりあえずは次の授業の準備だな。一誠はリアスたちから俺が来てることを知らされていないだろうし、万丈に似て、真っ直ぐで単純な性格だ。

 リアスの期待通り、いい反応を見せてくれるんだろうな。

「俺の方は大丈夫そうだな。こうなってくると、あいつは花壇以外になにをするんだか。肉体労働じゃないとあまり力にならないからな。校舎の補修や備品なんかの運び出しとかかねぇ」

「失礼しまーす。リアス部長から、準備室に行けば面白いものが見れるって聞いて――ええっ!?」

「ん? おう、一誠か」

「佐藤太郎!? ちょ、まだ昼間ですしマズいですよ! この前みたいに俺たちに会いに来たなら、放課後か夜にしてもらわないと! っていうか、不法侵入ですって!」

 なるほど、事情を知らないとこうなるのか。

 まあ、普通に考えたら佐藤太郎が教師をできるとは思わないもんな。

「落ち着け。ほれ、これ見ろ」

「はい? 桐生、戦兎……って、教師のネームプレート!?」

「そうそう。今日からおまえらの先生だから、よろしくな。あと、佐藤太郎は別人な」

「え? うそぉ!? いやいや、それにしては似すぎですって! おかしくないですか!?」

 意外と突っ込んでくるな。

 完全に別人なのは間違いないが、外見だけで判断されると言い逃れるのも難しいか。

 でも、桐生戦兎と佐藤太郎には、やっぱり違いがあるわけで。

「おかしくはないさ。俺が教師としてここにいること自体が、なによりの証拠だ。普段の佐藤太郎を知ってるんだろ? あいつが教師をできると思うか?」

「それは…………無理そうですね」

「そういうことだ。ほら、次授業だぞ、実験室に行っとけよ」

「あ、はい! 失礼しました!」

 一誠の誤解も解けたのか、彼も言うことを聞いて隣の実験室に移っていく。

「はあー……これは、万丈も生徒に見つかったら大変かもな」

 まだ決まったわけじゃないけれど、この世界の万丈も人気あるみたいだしな。あいつは俺みたいに機転も利かないだろうし、万丈龍我? なんて聞かれたら返事するだろうしな。

「変装させれば良かったか? まあ、これまで街を歩いていても平気だったわけだし、いいか。とりあえずは一誠たちの授業をしますか」

 

 

 

 

 

 あの後も授業をおこない、いまは昼休み。

「で、なんでおまえがここに居るんだよ」

「いいだろ、別に。教師にだって、昼を食う場所の自由くらいある」

「なんだよそれ」

 隣で弁当を広げる万丈を横目に、俺はお茶の準備をする。

 いまいるのは、職員室でもなければ、準備室でもない。ここは、万丈――用務員のために用意された個室だ。

 所謂、用務員室、だろうか?

 旧校舎の近くに建てられた、小さな建物。これが用務員室だと言うのだから、やっぱり金がかかっている学園だな。

 用具や植物の種、土などが保管されているにしても、広い。

「マスターが弁当作ってくれて良かったよな!」

「そうだな。アーシアとレイナーレもマスターから習うって言ってたから、そのうちあの子たちの弁当もあるかもな」

「美空は作らねえんだな」

「どうだろうな? 二人に感化されて習いだすかもしれないけど」

 要約すると、今後の話をするために、万丈のいる部屋まで昼食を取りに来たわけだ。

「初授業はどうだったんだ?」

「あー……若者のパワー恐るべしって感じだな」

「まあ、おまえはおっさんだしな。高校生にはついていけねえってか?」

「まだまだ若いっつーの。そうじゃなくて、知らないことを知ろうとするのは、子供の方が適してるなって感じただけだ」

 おにぎりを齧りながら、互いに初日のことを聞いていく。

 お、卵焼き……うん、やっぱりうまい。

「そうだ、今週中のどこかで、放課後にリアスたちに会いに行くぞ」

「おう、わかった」

 軽口を叩きながら、緩やかに時間が進んでいく。

 はずだった。

『おまえ、松田になにしやがったんだぁぁぁぁッッ!!』

 この声は!

「戦兎!」

「ああ、行くぞ!」

 昼食を中断し、声が聞こえてきた旧校舎の方へと向かう。

 切羽つまったような、それでいてかなりの怒りを感じる叫びだった。嫌な予感がする……。

「松田! おい、松田!!」

「イッセーくん、危険すぎる!」

 旧校舎の裏側に来てみれば、案の定だ。

 そこには、傷だらけの一誠と、それでも立ち向かおうとする一誠を引き止める祐斗。

 そして、スマッシュの姿があった。

「スマッシュ!? おい、どういうことだよ!」

 万丈が困惑の声を上げるが、俺にだって説明できない。だが、レイナーレがフルボトルを使用していたときから、こんなことが起こる予想はしていた。していたけれど……。

 あって欲しくはなかった!

「よくわからないけど、行くしかない。やるぞ、万丈!」

「お、おう!」

 昼休みとはいえ、いつ生徒が騒ぎに気づくとも限らない。

 悪魔の奴ら以外の、本当に無関係の人たちが傷つく前に、目の前のスマッシュを倒す!

『ラビット!』『タンク!』

『ベストマッチ!』

 ビルドドライバーの音声が鳴り響く。

『覚醒!』

『グレートクローズドラゴン!』

 それは隣にいる万丈も同様で。

『『Are you ready?』』

「「変身!」」

 駆けながら、仮面ライダービルドとクローズへと姿を変える。

『鋼のムーンサルト! ラビットタンク! イエーイ!』

『ウェイクアップ クローズ! ゲット グレートドラゴン! イエーイ!』

 直後。

 一誠と祐斗を越え、先にいるスマッシュへと、俺たちの拳が放たれる。

 久々の普通のスマッシュ相手だ。特に踏ん張られることもなく、その体は後方へと吹き飛ぶ。

「待ってくれ! あいつは松田なんだ! 戦兎さん、万丈選手、待ってくれ!」

「イッセーくん、キミはもう動いちゃダメだ!」

 だが、一誠からの反応は悪い。

「松田……一誠といた友人か」

「あん? 知ってんのかよ?」

「授業で接した程度だけどな。それでも、一誠が戦っていた理由はわかった」

 それなら尚更、さっさと助けてやらないとな。

「だいじょうぶだ。おまえの友達は、絶対に救ってやる」

「その通りだぜ! だからおまえも、俺たちを信じろ!」

「松田は、助かるんですか?」

 一誠の目が、俺と万丈を映す。

「俺、松田のことを助けられると思って……でも、全然ダメで。木場まで巻き込んで、俺は……俺は弱い自分のことが情けない!」

「それでも、おまえはあいつのために戦ったんだろ? いまはそれでいい。誰かのために戦える奴が、弱いわけないんだよ。――以前、身勝手で、他者のことなんてなんとも思わない奴がいた。そいつは確かに強かった……最初は俺たちも歯が立たなくて、敵わないとさえ思った。でも、それでも――助けを求める大勢の誰かを守ろうと必死になった人がいた。倒れた俺たちと違って、あの場でただ一人折れなかった人が。あの人がいたから、俺たちもいま、ここにいる」

「まあ、強かったよな、本当に」

「そうだな。だからな、一誠。その心の優しさと強さを持ってるおまえは、弱くなんかねえよ」

「おまえが踏ん張ったから、他の奴らは誰も巻き込まれてねえだろ? こんな学校の中だ。放っておいたら、関係のない奴らが大勢襲われてたかもしれない。でも、おまえが守った。だから、あいつは俺たちに任せとけ」

「そういうこった。おまえの友達は、俺と万丈が守る」

「――――…………お願い、しますッ!」

「ああ!」

「おう!」

 

 

 

 

 再び駆け出す俺たちだが、戦いの最中にありながら、俺の頭の中にはひとつの疑問が浮かんでいた。

 いったい、この新世界でどうやったらスマッシュを生み出せるのか、と――。



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アンナチュラル昼休み

「正規職員として駒王学園で立派に教師を務める、仮面ライダービルドである桐生戦兎は、用務員として雇用された相棒の万丈龍我と共に、初日の業務を立派に――」
「おい戦兎、一誠のダチでおまえの生徒がスマッシュにされたってよ! どうすんだよ!」
「おまえね、それもう前回の情報なんですけどー。いまはどう松田を救い出すかん話が優先なんだよ」
「え? あ、そうか……」
「松田……もう少し待ってろよ。おまえの先生である俺が必ず助けてやるからな!」
「俺たち! たち!!」
「そんな、滅多にない俺の真面目なバトルシーンがあるかもしれない第26話!」
「だから俺たちって言ってるだろ!!」


 ――どういうことだ?

 万丈と2人で戦っているが、スマッシュは一向に衰えを見せない。

「だー! おい、いつまで戦えばいいんだよ!」

「わからない。もしかして、新型なのか? っと、危ないな」

 一方的な戦闘を繰り広げているにも関わらず、スマッシュは怯みもせずに向かってくる。仰け反り、倒れ、吹き飛ばしたとしても、それでも自身になんら関心がないのか、ダメージを気にせず突っ込んでくるのだ。

「これ以上は松田の体が危ないかもな……」

「……だな。なら、早々に倒すとするか!」

 俺の言葉に万丈が意見するが、果たしてこの選択は正しいのか?

 時間をかけられないのはわかっているんだが、どうにも踊らされている感じが否めない。

 なにより、おかしいのだ。

 一誠の友人を、彼の前でわざわざスマッシュにした奴がいる。そして、そいつはいま、この場にはいない……けれど、なにかしらの目的があったのは間違いない。

 それは一誠に関係しているのか、それとも悪魔たちに訴えているのか、だが。

「迷ってても誰も救えないか」

 たとえ、この先に陰謀があるとしても。

 目の前の誰かを助けないのはあり得ない。

「約束もあるしな。やるか、万丈!」

「おう、よくわかんねえけど、吹っ切れたんならいくぜ!」

 万丈が思い切りのいい、大振りの蹴りをスマッシュへと放つ。

 自分の体に関心がなく、怯まないで挑んでくる相手だとしても、吹き飛ばされた際に隙はできる。

「万丈、決めるぞ!」

「おうっ!」

 必ず救う。

 関係があろうとか、ないとかじゃない。誰もが平和に生きる、この新世界で。

 愛と平和が溢れる、明日があるこの世界で!

「もう犠牲なんて出させやしない!」

 ビルドドライバーのレバーに手をかけ、一気に回す。

「松田、もう少し待ってろ!」

『『Ready Go!』』

 万丈はそのまま姿勢を整え、俺は空中へと跳躍する。

「勝利の法則は、決まった!」

「いまの俺は、負ける気がしねぇ!」

 俺の前には、スマッシュに向けて滑走路が伸び、万丈の背後にはドラゴンが浮かび上がる。

 いま助けるからな!

『ボルテックフィニッシュ!』

『グレートドラゴニックフィニッシュ!』

 地上と空中から、同時にライダーキックを放つ。

「はあっ!」

「おりゃあぁぁぁぁっ!!」

 滑走路によって挟まれ、退路を断たれたスマッシュは、いとも容易く蹴り抜かれ、遥か後方へと吹き飛ぶ。

 やがて、地面を何度も転がったところで停止し、動きだす素振りを見せない。

「やった、のか?」

「さあな。それよりも、どうやって成分を抜き出すかを考えないと……よく考えてみれば、新世界にエンプティボトルがあるはずもない」

 空のボトルがなければ、スマッシュの成分を採取し、松田を助け出すことができない。

 ジーニアスなら可能だったかもしれないが、それも、いまここにはない。

「どうすんだよ!」

「わかるわけないでしょうが! おまえの不思議パワーでどうにかしろよ!」

「はあ!? できるわけねえだろ!」

 ああ、もう! 不毛な争いをしてる余裕はないってのに!

 とりあえず松田の元に近づいてみるが、ひとまずスマッシュの無力化には成功しているようだ。

 あとは、ここからどうするか……。

「なんだ?」

 どうにかならないかと動き出そうとしたとき、スマッシュの成分を採取するときのように、スマッシュの外殻が粒子状になり、一箇所に集まっていく。

 同時に、スマッシュは段々と松田の姿へと戻っていき、やがて、松田の手の中には、ひとつのフルボトルが握られていた。

「どう、なっているんだ……こんなこと、いままでに一度としてなかったはず!」

「お、なんだよ、成分の採取できてるじゃねーか」

 万丈は気楽に言ってのけるが、これはそんな生易しいものじゃない。

「なあ、良かったな戦兎! ――戦兎? おい、どうしたんだよ」

「万丈……よく思い出してみろ」

「なにを?」

「俺たちがいままでに倒してきたスマッシュは、俺がスマッシュの成分を採取して、美空がそれを浄化することでフルボトルとして俺たちの力になってきた」

 そう。これまでのスマッシュは必ず、浄化するまではフルボトルとして機能しないはずだったのだ。

 美空――厳密には彼女の力ではないが、浄化してもらうことによって、フルボトルとして使用可能になっていた。

 再度、松田の手の中にあるボトルを眺める。

 間違いなく、あれはゴリラフルボトルだ。使ってきたからこそ、既に使用可能なフルボトルの状態だと識別できる。

「それがなんだよ」

 だが、万丈はまだ気づいていない。

「松田が握っているボトルは、既に浄化されている」

「はあ!?」

 指摘されて、初めて気づいたんだろう。

 成分が採取できたとか、そんなことはどうでもいい。

 問題なのは、フルボトルがそのままの状態で人体に影響を及ぼし、あまつさえ、スマッシュへと至らせた。

「これは、前の世界ではなかった技術だ」

 エボルトが実行しなかっただけなのか、できなかったのかはわからない。けれど、確実に、前の世界では起きなかったことが起きている。

「最っ悪だ……」

 科学は進歩する。

 けれど、これは――。

「これは、人のためになる科学じゃない」

「ったく、しっかりしろよ、新世界のヒーロー」

「いたっ!?」

 俯いていると、万丈が後頭部を叩いてきた。

「俺にはどんだけやべえことかはわからねえけど、とりあえず、おまえの生徒は救えたんだ。まずはそれでいいじゃねえか!」

 悩みのなさそうな笑みを浮かべた万丈は、そうして俺の背中を叩き、松田を起こしにいく。

「だから痛いっつーの」

 新しいスマッシュの誕生に、フルボトルの生成。

 見えてきた新世界の問題を解決する必要はある。だけど、バカの言った通り、松田が助かったのは事実だ。

「たまにはいいこと言うじゃないの」

 あいつを見ていたら、自然と笑みがこぼれた。

 ひとまず、悪用されるのは避けたいので、フルボトルはこちらで回収しておこう。

 松田の手からフルボトルを取り出すと、今度は万丈が松田を抱える。

「保健室でだいじょうぶか?」

「ああ。保健医の先生がいれば、そのまま寝かせてもらおう。一誠、祐斗、おまえたちは怪我平気か?」

 こちらに近寄ってきていた2人に呼びかけると、

「俺はだいじょうぶっす。それよりも、松田のこと、ありがとうございます!」

「僕も平気です。元より、イッセーくんを止めに来ただけでしたので。それから、僕からも。イッセーくんの友人を助けてくれて、ありがとうございます」

 どちらも本当にだいじょうぶそうな顔をし、頭を下げてくる。

「助けられて良かったよ。けど、駒王学園には前からこんな騒ぎが起きてるのか?」

「いえ、こんなことは過去に1度として起きていないと思います。それに、あの異形の姿……アレは、僕が知っている限り、どこの陣営にも属していない者かと。初めて見る相手でした」

 スマッシュの登場は、今日が初めてか。

 駒王以外じゃわからないが、少なくとも、駒王町を管理している側が知らなかったとなれば、この町では初めての騒動であることは間違いない。

「いま戦った奴に対しては、俺と万丈は少し知っている。放課後、リアスとソーナに話がしたい。それから、一誠からも話を聞きたい。いいか?」

「わかりました。リアス部長には僕から話しておきます。会長には、リアス部長から話を通してもらえないか頼んでみます」

「俺も、了解です。松田を狙ったってことは、また誰かが狙われるかもしれない。そんなこと、俺は許せません!」

 二人が頷いてくれたので、スムーズに話が進みそうだ。

 その後は、保健室に松田を運び込み、ベッドに寝かせておいた。

 保健医の先生はいなかったが、身体的に怪我はなく顔色も正常だったので、じきに目を覚ますだろう。

 校内の様子からも、先ほどの戦闘が知れ渡ったような騒ぎは起きていない。

「でもよ、派手な音が鳴ってたわりには、全員知らなすぎじゃねえか?」

 万丈が疑問を口にするが、それに対する答えは俺も持っていない。

「知られてない方が都合がいいのは確かだが……言われると引っかかるな」

「だろ? やっぱり変だよなぁ」

 このあたりの話も、リアスたちに聞いておいた方が良さそうだな。

 フルボトル、スマッシュ……エボルトがいた前の世界なら、全部解き明かせるはずなんだが。

 考えられるのは、異形の存在がフルボトルを利用していること。あるいは――考えたくはないが、人が自ら悪事のためにフルボトル、もしくはライダーシステムを悪用している可能性。

 朝に会った謎のカメラの男といい、捨てきれない可能性だ。

 

 

 

 

 

「珍しいですね。士くんがみんなでおでかけしようなんて言うの」

 隣を歩く夏海の言葉をうっとうしそうな様子で聞いている士だが、もう一方を陣取っているユウスケもまた、笑顔を浮かべていた。

「ほんとほんと。士の方から誘うことって滅多にないから、楽しみだなぁ」

 こちらも言っていることが先ほどから変わらず、士を疲れさせている原因でもある。

 にまにま、にまにま。

 普段とは違う柔らかい笑みに囲われた士は一見機嫌が悪そうだが、二人を両隣に置いたままのあたり、本気で嫌がっているわけではないのだろう。

「それで士、俺たちを誘ってまで、どこに行きたいんだ?」

「……おまえたちがこの前行ってきたって言う喫茶店だ」

「「え?」」

 士の答えを聞いて、驚きの声を上げる夏海とユウスケ。

 前回は駒王町で姿を見失い、勝手に行動していた者の発言とは思えなかったのかもしれない。

「士くんにしては意外ですね。落ちてるものでも食べましたか?」

「俺をなんだと思っているんだ。ただ……前回は放り出して一人で行動したからな。たまにはおまえたちに合わせようかと思っただけだ」

「「……怪しい」」

「おい!」

 またも口を揃えた夏海とユウスケに対し、士も今度こそ声を上げる。

「冗談ですよ」

「そうそう、冗談だって。素直に嬉しいよ」

 夏海が士との距離を更に詰め、ユウスケも士の肩に手を回すことによって、自然と距離がゼロになる。

 こうして、3人が広い道を詰めに詰めて、nascitaに進む。

 




響け! ユーフォニアム 誓いのフィナーレを見に行ったためか、響けの話を書いていました。
気持ちは収まってはいませんが、やはりこの作品は書きやすい。
好きなものは書き続けていたいですね。
響けも書いてるので、見て!


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サドゥンリー訪問者

「ったく、しっかりしろよ、新世界のヒーロー」


『これまでの仮面ライダーディケイドは』


「もう犠牲なんて出させやしない!」
「お、なんだよ、成分の採取できてるじゃねーか」
「最っ悪だ……これは、人のためになる科学じゃない」
「俺も、了解です。松田を狙ったってことは、また誰かが狙われるかもしれない。そんなこと、俺は許せません!」
「……おまえたちがこの前行ってきたって言う喫茶店だ」
「「……怪しい」」




「ここが前に来たっていう喫茶店か?」
「そうそう。雰囲気いいし、珈琲もパンケーキも美味しかったよ」
「はい。士くんも気にいると思います!」
「まったく……人気店なのか寂れているのかよくわからん立地だな。本当に合っているのか?」
「合ってるって! 入ればわかるよ、ほらほら!」
「おい、押すなユウスケ! 入るなら、おまえから入れ!」
「え? ちょ、うおぉぉっ!?」
「ユウスケ!?」
「よし、俺たちも行くぞ」
「士くん!? え? この流れで始めるんですか!? 待っ――」


『世界の破壊者・ディケイド。いくつもの世界をめぐり、その瞳は何を見る?』


 nascitaには少し前から二人の少女が増え、順調に客足を増やしていた。

 そんな中でも人の様子をよく観察していたマスターが、以前来てくれたお客さんの顔を覚えていたのは、ある意味当然と言える。

 居候組の戦兎と万丈とよく話していたので、他のお客さんよりもより印象に残ったのだろう。

 と言うのも、男女の二人組だったのだが、どちらも美形だったのだ。もう少し身長差があれば、それは絵になるなぁとマスターが思ったのも仕方がない。

 nascitaにいる男性陣は顔はいいのだが、変人かバカなのだ。

 普通に美形である優しげな人物の方が好印象なのはどうしようもない。

「にしても、まさかまた来てくれるとはねぇ」

 もっとも、マスターがその記憶を引き出せたのは、ひとえにその二人がまた来店したからなのだが。

「こんにちはー」

「いらっしゃい。いやーまた来てくれるとは思わなかったよ〜。あれ? そっちは初めてだね」

「はい。以前うかがった際にはいなかった、探し人です!」

 嬉しそうに話す二人の客――夏海とユウスケ――の笑顔を見ながら、マスターが最後に入ってきた長身の男性を見やる。

 スラッとした長い足に、ホスト然とした佇まい。首からは特徴的なカメラをかけている。

 ここまでなら普通にいい男で済むのだが、どういうわけか。

「なんで白衣……?」

「気にするな。そういう設定なんだそうだ」

「はあ?」

 マスターが質問すると、長身の男は流すように答えた。

 訝しげな視線を送ると、彼の両隣に来た夏海とユウスケが、彼に肘を入れる。

「士くん!」

「あまり変なことを言うなって」

 士と呼ばれた彼は、その後もじゃれあうように肘を何度か入れられたが、うっとうしそうにするだけなので、本気で入れられているわけではないのだろう。

 その様子を眺めながら、仲がいい子たちだ、とマスターは優しげな目を向けていた。

 けれど、おふざけを続ける3人に近づく小さな影は、不安げに声をかけ、

「あの、席に案内を……」

 その不安げな声に気づいた一行は、ようやくじゃれあいを終わらせる。

「ごめんね、騒いじゃって。もうだいじょうぶだから、案内を頼んでもいいかな?」

 一行に声をかけた金色の少女に、優しげな笑みを浮かべて対応したのはユウスケであり、その笑顔に安心したのか、金色の少女――アーシアが元気良く返事をして、席へと案内する。

 アーシアが一人でも平気そうなことを確認したレイナーレは、マスターに教わりつつ、初勤務から帰ってくる戦兎と万丈のために夕飯の下ごしらを再開していた。

「良かった……」

 美空は美空で、その一連の様子を眺め、他のお客の対応をしているのだが、その姿を一瞥した士には気付かなかったようだ。

 士は士で、先に席に向かっていた夏海とユウスケに急かされ、二人の待つ席へと向かっていく。

 来店した3人が全員席に着いたところで、アーシアが注文を取り、内容をマスターへと伝えに向かう。

「士くん、ここのパンケーキはかわいいですよ!」

「は? パンケーキは愛でるものじゃないだろ。とうとうここがイカれたか?」

 隣に座る夏海の言葉に怪訝な表情を見せながら彼女の頭を突つくと、今度は前に座るユウスケが前のめりになって口を開く。

「そうだよ士! 夏海ちゃんの言う通り、ここのマスターさんが作るパンケーキはかわいいんだって」

「おまえもか。揃いも揃って……」

 とはいえ、こうして本当に楽しそうに笑う2人を見たのはいつぶりだろうか。

 そう、ふと思った士は、談笑している2人の姿をそっとカメラに収める。

 なにを興奮しているのか、話に夢中な彼女たちがそのことに気づくことはなく、士の見た笑顔はそのままフィルムに収められることとなった。

「パンケーキはともかく、雰囲気は悪くない。それに、どっかの探偵と行った店に比べて足が自由なのもいい」

 どこか満足気な士は、そのことを悟られる前に仏頂面を作り、2人の会話に混ざる。

 足を組もうと組み直そうと、窮屈にもならないことがいい。

 まさかの発言ではあったが、嬉しそうに士に何事かを言って反応を見せる夏海とユウスケ。

「いやー青春の匂いがするねぇ」

 3人の様子を眺めつつ珈琲の用意をするマスターは、会話こそ聞こえないものの、楽しそうな若人にご満悦だ。

「青春って……そういう年代よりは少し上に見えるけど?」

「そう? まあ、レイナーレちゃんにはまだ少し早いかなぁ。こうして喫茶店のマスターやってるとさ、色々と人の感情が見え隠れするっていうか、雰囲気を読み取れるようになるわけよ。それに、青春に年齢は関係ないって。思っちまったら、それはもう青春だよ。さて、アーシアちゃん、これお願いね。多いから、2回に分けてでいいよ」

「は、はい! 頑張ります!」

「その意気だよ〜。任せた!」

 レイナーレの疑問に答えつつも、アーシアに指示を出す。

 パンケーキと珈琲を運ぶアーシアを尻目に、マスターはレイナーレに丁寧に調理の手順を仕込む。

「そうそう、で、ここに切れ目を入れてね」

「ふぅん……料理って思ったより複雑なのね。それで、ここはどうすればいいいわけ?」

「そこはね――」

 既に現在来ていた注文の品を作りきったマスターは、一息吐きつつレイナーレの方へと集中する。

 片付けや客の相手をしている美空とアーシアも慣れたもので、技術が向上するのはいいことだと言わんばかりに好きにさせていた。

 もっとも、アーシアに「営業時間中に好き勝手しない!」とツッコム余裕がないのも事実ではあるが、彼女としてはぶっきらぼうな言い方なりに楽しんでいるレイナーレを気遣ってもいるのだが。

「お、お待たせしました〜」

 どことなく危な気な足取りからして、やはり余裕がないことの方が割合は多いのだろう。

「ゆっくりでいいよ、アーシアちゃん! こうして話している時間も楽しいからさ!」

 そうしたところが庇護欲をそそるのか、もしくは単に見ている側も危なっかしいのか。彼女の雰囲気が無害そのものであるからこそなのだが、ユウスケもまた、優し気な声で彼女に話しかける。

「はい、ありがとうございます! こちらパンケーキになります。すぐにもうひとつも持ってきますので、少々お待ち下さい」

「ありがとうございます!」

「ありがとね! はい、夏海ちゃん。それに、士も!」

 パンケーキを受け取ったユウスケは、迷うことなく二皿を眼前に座る者の前へと置く。

 一方は嬉しそうにフォークとナイフを手に取り、もう一方は困惑しつつも目の前に出された皿を眺める。

「おい、どういうことだ?」

 士がニコニコと自分を見ている者たちに聞くが、彼らこそ、どういうことだ? と首を傾げてしまった。

「どういうって、パンケーキだよ。ああ、俺は後できたのでいいから、士と夏海ちゃんは先に食べててよ。ほらほら! あ、ほら士、このメープルがいいんだって!」

「ほら士くん! このバニラアイスもいいですよ! 前回と少しトッピングも違っていていいですよ?」

 やれこれがいい、美味しかった、ここが違っていたと楽しそうに説明されるが、士が聞きたかった答えは一向に出て来ない。

 別に、誰が最初に食べるかやら、どんなトッピングかを疑問に思ったわけではない。

「待て。俺がいつ頼んだ?」

「最初に私が頼みました! 3人分ですよ!」

 得意気な夏海の顔を見て、士はそれ以上の追求をやめた。

 背もたれに体重を預け、店内の天井を見上げる。

 そうした小さな動きや話が積み重なっていくうちに、誰もパンケーキに手をつけないまま、3人ぶんのパンケーキと珈琲が並ぶ。

「ごゆっくり」

 アーシアが最後に一言残して去っていくのを見届けてから、夏海とユウスケの目が士に向けられる。

「――…………食えばいいんだろう」

 ざっくりと切り分けた一欠片を口に放り込むと、詰め寄ってきそうな勢いが目に宿る。

 居心地の悪さを感じながら口に含んだパンケーキを咀嚼していく。

 こいつら食べ終わるまで見ているつもりじゃないだろうな? と思いつつも口の中に広がる甘みを噛みしめる。

「……いいんじゃないか」

 早口に告げた後、次を切り分け、また一口放り込む。

 その様子を見て、顔を合わせて笑みを浮かべた夏海たちは、自分たちもパンケーキに手を伸ばす。

 やっと食べ始めた二人を見て、士も人知れずに笑みを浮かべていたが、最後まで誰にも気付かれることはなく、その事実は彼の中だけに仕舞われることになる。

 ゆっくりパンケーキを堪能した3人は、珈琲のおかわりを頼みながら、新しい話を始めた。

「そういえば、士は前回どこに行ってたんだ?」

「ああ……少し森の奥までな。科学者らしく足を使ってみたんだが、まあまあの収穫だった」

「いや、科学者は足より頭を使うべきじゃ……」

「それより、なにがあったんですか?」

「少し、この世界のことがな。あと、カメラだ」

「「カメラ?」」

 聞いていた2人が同時に士の首からさげられたカメラを凝視するが、本人からの「違う」の一言で斬って捨てる。

「あ、もしかして、写真がしっかり撮れたとか!?」

「まさか!」

「それも違う……拾っただけだ」

「「カメラを?」」

 その結論にたどり着くのは仕方ないのだが、いかんせん話が噛み合わない。

 言葉足らずなのだから当然のことと言えるはずなのだが、そんなことはなんのその。

「そろそろ行くか」

 自分勝手な方針を立てつつ、士が席を立とうとする。

「はいはい、行きますよ」

 続いて、ユウスケと夏海が。

 慣れたもので、突然の行動にも対処は簡単にできるようになっていた。

「お会計をお願いします」

 ユウスケが会計をしている間に、マスターに近寄った士は、

「悪くなかった。また来る」

 そう言い残し、一足先に店から出て行った。

「ったく、あいつは。すいません、気に入ったみたいなので、また来ます」

「士くん、口は悪いですけど、素直じゃないだけなんです!」

 最後にフォローして、出て行った士の後を追っていった。

 慌ただしいなぁ。と呟いたマスターは、しかし。

 次のレイナーレの言葉に、顔色を変える羽目となった。

「なにか……入り込んだわね。近くの公園かしら?」

「レイナーレちゃん、いまなんて?」

「だから、悪魔でもない、堕天使でもないナニかが入り込んだみたい。ちょっと、私じゃよくわからないものみたいね」

 顎に手を当て考える素振りを見せるマスターだが、もう片方の手には黒色の銃型のデバイスを握っている。

「レイナーレちゃん、留守を任せていいかな?」

「え? ああ、はいはい。わかったわよ。この子たちの盾くらいにはなれるんじゃない?」

「いや、そこはなにかあったら3人で逃げてよ。じゃあ、行ってくる」

 戦兎からの提案もあり、レイナーレには近くの様子を探るようにと言ってあったこともあり、彼女の違和感を放っておくわけにもいかず、エプロンを放り、出かけようとする。

「お父さん?」

「美空、お父さんちょっと買い出しに行ってくるから、その間、3人娘で頼んだよ!」

「ちょっと!? もう、なに買いに行くのよ!!」

 質問もロクに聞かずに飛び出すように出て行ったマスターに手を伸ばす美空だが、その手が彼を掴むことはなく、外へと駆けて行ってしまう。

「なんなの?」

「さあね。特売でもあったんじゃない?」

「慌てていましたね。今日ってそんなに安いものがあるんですか?」

 そう言われても、特にチェックはしていない美空とアーシアではわかるわけでもなく。仕方なしに、今日届いた広告を大真面目に広げるのだった。

 

 

 

 

 

 一方、nascitaを出て公園に向かったマスターは、そこで信じられないといった表情を浮かべていた。

「うそーん……」

 そこにいたのは、マゼンタ、白、赤の3人の仮面の戦士。

 彼らの前に立ちはだかる、スマッシュのようであり、けれどマスターも出会ったことのある堕天使の羽に酷似した翼を背中から生やした鎧の戦士。

「貴様ら……各陣営の者ではなさそうだな」

「なんだ? この世界では国取りでもしてるのか?」

「……惚けるなら結構。どの道、ここで貴様ら全員消すまでよ!」

 鎧の戦士は手の甲から鋭く伸びた爪をマゼンタの仮面の戦士に向ける。

「これどういう状況だよ! レイナーレちゃんが感じたってのはどっちだ? ああ、でもそうだな……よし、あっちのスマッシュっぽいのからか?」

 混迷する事態の中、後方で様子を窺っていたマスターも、静かに動きだす。

『コブラ!』

「――蒸血」

 その目に、確かな意志を宿しながら。

 




op侵食ならぬあらすじ侵食をしたかった(したかっただけ)。侵食どころかすべて乗っ取られたまである。
いままでは半々くらいだったのに、この回は侵食率100%ですね。
それはそれとして、この話は本文より前書き部分のあらすじの方が気合入っている率が高い気が……まさかね。


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驚愕なディフォメーション

「おまえもか。揃いも揃って……」

『これまでの仮面ライダーディケイドは』

「気にするな。そういう設定なんだそうだ」
「士くん、ここのパンケーキはかわいいですよ!」
「青春って……そういう年代よりは少し上に見えるけど?」
「――…………食えばいいんだろう」
「いや、科学者は足より頭を使うべきじゃ……」
『コブラ!』
「――蒸血」




 nascitaを出た士たちは、息をひとつ吐き出すと、目的地も考えずに歩き始めた。
「そういえば士、結局カメラってなんのことだったんだ?」
 お店の感想もそこそこに、店内で話していたときに気になったことをユウスケが質問する。
 店内でこそ答えなかった士も、人目がないことを確認してから、今度は簡単に口を開く。
「この世界での敵……だと思うが、そいつを倒した戦利品として拾ったものだ。俺には必要のないものみたいだがな」
 話しながら、前に拾ったカメラの造形が彫られたボトルをユウスケに渡すと、夏海も気になったのか、ユウスケの手に握られたボトルを覗き込む。
「綺麗ですね。でもこれ、なにに使うんですか?」
「さあな。そのうちわかるだろう」
 そうですかねぇ……。と夏海は呟くが、聞かなかったことにした士は、そのまま前を歩く。
「これが森に落ちてたのか?」
「いや、違う。変な格好をした鎧を倒したらそれが出てきただけだ」
「だけって! それ大丈夫なのか?」
「俺が知るわけないだろう。この世界の仮面ライダーがどうにかするはずだ。それを持ってれば、いずれは会うかもな」
 心配するユウスケに、あくまで自然体の士。
 幾度となく見てきた背中だが、やはり心配なものは心配なのだろう。
「おまえなぁ……そのよくわからない鎧が持っていたってことは、これを持ってたら狙われるんじゃないか?」
「え? そうなんですか、士くん!」
 ユウスケの指摘に夏海が反応し、疑いの目を士に向ける。
 こうなると、完全に2対1の構図が完成してしまう。
 しかし。
「だから、向こうの事情を俺が知っているわけないだろ。それに、狙われるっていうなら好都合だ。今度こそ話してもらわないといけないことがあるからな」
「なっ……士!」
「それどういう意味ですか、士くん!」
 ボトルをユウスケの手から奪い取った彼は、その後も寄せられる苦情を躱していくが、そうはさせまいと二人も彼が把握している事情を聞き出そうとする。
 仕方なく、近くにあった公園のベンチに腰を下ろしたはいいが、両隣を陣取られ、逃げるに逃げれない士は、一度ボトルに目を向けてから、息を吐き出した。
「士くん……」
「士……」
 この後に及んで話す気がないことに感づいてか、腕を取られた上に目つきが鋭くなる夏海とユウスケ。
 さてどうしたものか、というときに、異変は起こった。


『世界の破壊者・ディケイド。いくつもの世界をめぐり、その瞳は何を見る?』


 異変を感じることができたのは、彼らが力を持つ者だからなのか、この世界にとって異質なものだったのか。どちらにせよ、変化に気づいてからの行動は迅速だった。

「おまえたち、恐らくこれはボトルと関係のある奴らだ」

「もう来たんですか!?」

「っていうか、この公園をドーム状に囲っているバリアみたいなやつはなに!?」

 士が冷静に話すと、聞いていた二人は辺りを警戒しながら立ち上がる。

「大方、俺たちを逃がさないための結界ってところか?」

 最後に士が立ち上がったとき。

「――……その通りだ。やはりわかる類の者か」

 3人を囲う結界の中で、男性の声が響き渡る。

「誰だ?」

「誰、と言われても困るな。いまの私に名などないのでね。その代わりに、私は力を手にした」

 再び男性の声が響いた直後。

 虚空から幾本もの光の槍が3人に向けて降り注いだ。

 辺りに土煙が立ち込める中、その元凶を作った男が音もなく地に降り立つ。

 その姿は鷹の意匠を凝らした鎧の戦士であり、背中からは堕天使の羽が生えている。

「ふむ……呆気ないものだ。やはり人間はこの程度か。さて、では残ったボトルの回収と行こうか」

 背に生える羽をひとつ羽ばたかせ、煙を払った瞬間。

「むっ……!?」

 光弾が横を通り過ぎて行き、即座に後退する男。

「不意打ちとは卑怯な……」

 男が目つきを鋭くし、眼前の方向を睨む。

「この世界の連中は不意打ちがあいさつ代わりになってるんじゃないのか? おまえのあいさつに返してやっただけなんだがな」

 佇むは、変わらず3人。

「なんだ、その姿は。貴様ら、揃って神器の所有者だったのか? だが、全身鎧タイプの神器だと? そんなものがこの街にあったなどという調査報告は上がっていないが?」

「調査不足なんだろう。ああ、それとも――通りすがりは対象外だったか?」

 煽るように言うは、マゼンタの仮面の戦士。

 その言い草に、赤い仮面の戦士が何事かを申しているが、彼の言葉が鎧の戦士に届くことはない。

「仮面、ライダー……なのか?」

 鎧の戦士が、己が知識の中にある存在に最も近い名を発する。

 主人の側近より言い渡された、この世界で警戒するべき者。その者たちが、3人もこの場にいることの意味。警戒するだけの力があるのか、果たして。

「なんだ、知っているじゃないか」

「……貴様らのことは知らぬ。だが、そうか。貴様ら……各陣営の者ではなさそうだな」

「なんだ? この世界では国取りでもしてるのか?」

「裏の事情を知らない? そんわけあるはずがないが……惚けるなら結構。どの道、ここで貴様ら全員消すまでよ!」

 鋭く伸びた爪を向けられたマゼンタの仮面の戦士――仮面ライダーディケイドは、「血の気の多い奴だ……」と呟きながらも、並び立つ他の二人と視線を合わせる。

「あいつは俺たちを消すつもりらしいな。遠慮しないでいくぞ、ユウスケ、夏海」

「ああ、わかってる!」

「はい!」

 互いに闘志を高めていく中、その一瞬の高揚を狙ったかのように、鎧の戦士に向けて一筋の軌跡が描かれる。

「ぐっ……これは!?」

 甲高い音を上げた鎧の戦士は、ダメージこそ受けていないが、バランスを崩し膝を着く。

「この世界で好き勝手に動かれちゃ困るんだよ。ここは、あいつらが命がけで創った世界だ。もう二度と、あいつらが苦しむ顔は見たくないんでね。あいつらの笑顔のためなら、この身に鞭打ってでも、俺は戦う」

「貴様は……なん、なんで貴方がここに!?」

「はあ? いやいやいや、俺はおまえなんか知らないって。誤解されるようなこと言われちゃぁ困るな」

 第三者として介入してきたのは、nascitaのマスターが変身したブラッドスターク。

 フォルムからか、鎧の戦士の言葉のせいか、ディケイドたちは突如として現れたブラッドスタークに疑惑の目を送る。

「おいおいおい、待てって。俺はおまえたちの敵じゃないって。だいたい、仮面ライダーならわかるもんだろ、この意気込みをよぉ」

「ハッ、どうだかな。いきなり現れた奴の言葉を信じろってのは難しいんじゃないのか?」

 ディケイド側の当然の意見に、それもそうだよなぁ。と納得しかけるブラッドスターク。

 けれども、その言い分ならこちらとしても同じことが言えるわけであり。

「って言われてもなぁ。俺からすると、キミたちの方がいきなり現れた奴らってことになるんだけど? 俺の知ってる仮面ライダーは、ビルドとクローズ。それに彼らだけだからな……キミたちこそ、信用できない」

 とは言ったものの、マスターとしては、彼らを疑ってはいない。

 仮面ライダーを名乗っているからこそ、思うところがある。

「…………士、この人は信じてもいいと思う」

「ユウスケ?」

「大丈夫、この人は大丈夫だって!」

「なら、さっさとあの鎧を倒すぞ」

 ディケイドと、赤い仮面の戦士――仮面ライダークウガが構える。

 隣で佇んでいた白い仮面の戦士――仮面ライダーキバーラも、二人を見てから携えていたサーベルを鎧の戦士へと向けた。

「あー誤解が解けてよかった。さて、それであんたは何者かな?」

「…………その姿でいながら、こちらのことは知らない? そうか、なるほどそういうことか。まさか、その姿を騙る者がいようとは、許しがたい」

「よく聞こえないんだが、もっと大きな声で話せないのか?」

 小声で呟く言葉は構えた彼らには届かず、膝をついたままの鎧の戦士は、握っていた2つのフルボトルをおもむろに振り出す。

「なに?」

「そいつは!」

 ディケイドとブラッドスタークが同時に声を上げる。

「私はこれを使わないと、そこいらにいる中級堕天使と変わらないのでね。さあ、この力の前に平伏すがいい!」

『タカ』『ガトリング』

 鎧の戦士は2つのフルボトルを同時に己へと差し込む。

「フルボトルを人体に直接挿入だと!?」

 ブラッドスタークが驚愕するが、その間にも変化は起こり続ける。

 鎧の戦士の背からは、堕天使の羽とは別に、橙色の羽が広がっていく。手の甲から伸びていた爪はより鋭利になり、両手はガトリング砲へとその身を変化させていた。

 翼をはためかせると、即座に空中へと飛び立ち、上空から仮面ライダーたちを睨む。

「なんかわからないけど、フルボトルの力を取り込んじまったのかよ! しかもベストマッチをそのまま? どうなってるんだよこいつは!」

「落ち着いてください!」

「そうだよ。姿は変わったけど、俺たちなら倒せるって!」

 ブラッドスタークが慌てる中、キバーラとクウガは冷静に敵を見据える。

「とは言っても、敵は遥か空の上だがな。俺たちを囲っている結界ってのは、随分と上まで伸びているってわけか」

 のだが、水を差しつつも状況を把握するのはディケイドであり、同時に、この状況を打開する策を持っているのも彼であった。

 もっとも、すぐに実行に移せるほどの時間はなかったのだが。

「仮面ライダーは、我らが敵!」

 ガトリング砲から連続で発射される魔力弾が彼らを襲う。

 狭い公園の中、走り回り、己の武器で弾きつつ応戦するが、距離があるせいで一方的に攻撃されるだけとなってしまう。

「チッ、ライフルも届きやしねえ!」

「だな。流石に遠すぎるか。それに、こうも攻撃され続けるとな」

「随分余裕だな。なにか策でもあるってのか?」

「ある。だが、このぶんだとやる暇がないな」

 ディケイドとブラッドスタークは攻撃を捌きつつ会話を続ける。

「隙を作ればいいってことか?」

「……ああ。その間に俺たちであいつを落とす」

「よし、なら任せたぜ。ったく、おっさんには長期戦はきついからな。さくっといきますか」

 ブラッドスタークが胸部装甲から巨大なコブラを召喚し、自分たちを守らせるように配置する。

「なるほど。攻撃するだけじゃなく、盾を作るのも案としてはありか。おい、ユウスケ。いまのうちだ」

「あ、ああ! なるほどね!」

 したいことがわかったのか、クウガがディケイドの前に背を向けて立つ。

 ディケイドはライドブッカーから1枚のカードを取り出し、ディケイドライバーに投入する。

『FINAL FORM RIDE』

『K・K・K・KUUGA』

「ちょっとくすぐったいぞ」

「あ、その台詞聞くのも久しぶりかも……あっ、あっ、ああ!」

 音声が流れると、ディケイドがクウガの背に手をかざす。変化はすぐに起き、クウガの背中から羽が現れ、徐々に、その姿をクワガタを模した生体メカ・ゴウラムへと変えていく。

「うおっ、変形した!?」

「こいつに飛んでもらって、あいつをぶっ叩いてくる。行くぞ、夏みかん」

「はい。ユウスケ、失礼します」

 ディケイドとキバーラがクウガゴウラムの上に乗ると、コブラに攻撃が集中しているうちに、空へと飛んでいく。

「はぁ〜おっさんには理解できないないな。戦兎が見たら喜びそうな変形だったけど。いや、本当に物理法則どうなってるんだか」

 コブラに盾になってもらうのも限界が近いのか、コブラは倒れ、その身は消えていった。

 けれど、ブラッドスタークには不安はなく、その瞳には、クウガゴウラムに搭乗していた二人が鎧の戦士の翼を切り裂く光景がしっかりと映っている。

『FINAL ATTACK RAIDE』

『K・K・K・KUUGA』

 とどめと言わんばかりに、クウガゴウラムが鎧の戦士を顎で挟み、地上へと急降下してきていた。

 いつの間にか地上に降り立っていたディケイドが、既に次のカードをディケイドライバーに挿入しており、ブラッドスタークはなんとなくに察したのか、もう1匹のコブラを召喚すると、クウガゴウラムの先へとその身を伸ばさせた。

「気が効くな」

 ディケイドはそう言い残し、コブラの巨体を駆け上がっていき、クウガゴウラムの軌道の先へと目掛け、キックの体勢を整えて飛び上がる。

「はあああああぁぁぁぁぁぁっっ!!」

「バカな! こんな、こんなことがあるかァァァァァァッッ!!」

 空中でクウガゴウラムとディケイドが挟み撃ちにする形になり、ディケイドのライダーキックが鎧の戦士へと炸裂する。

 鎧の戦士は空中で燃え尽き、ディケイドと、クウガへと戻った2人の仮面ライダーが着地を果たす。

 燃え尽きずに残ったタカとガトリングのフルボトルは、マスターの元へと落下し、彼の手に握られた。

「おっと。2本のフルボトルを同時に取り込むなんて、これまで1度もなかった……なにより、仮面ライダーでもなければスマッシュでもない存在が、それを成したってことだ。嫌な予感がする……早く戦兎たちに知らせないと」

 戦いが終わろうとも、この新世界での問題は、まだまだ終わることがなく。

「で、そのフルボトルってやつはどうするつもりなんだ?」

 どういう理由か、ブラッドスタークの前にはディケイドが。その両隣には、クウガとキバーラが、ブラッドスタークと対面して佇んでいた。




徐々に増えていくあらすじの文字数……。
今回のは過去最長と思える1100文字オーバー。これもう1話として更新できる最低値に届いてるじゃないか。
もう前書きのあらすじだけでいいんじゃないかな!


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ディスカッションは的確に

「祝え! 平成仮面ライダー、その最後の1ページが刻まれた瞬間を!」
「おい、またなんか出てきたぞ」
「こいつ、前にその先の内容まで言っていった奴だな……はいはい、あんたの世界はここじゃないから帰った帰った」
「そう言わないでくれ、桐生戦兎。せっかくめでたい日が連続で来ているんだから。まず、我が魔王の歴史が平成仮面ライダーの最後の1ページとして刻まれたのが昨日。そして去年の今日。それはこの物語『天才物理学者と筋肉バカの新世界より』が連載開始した日である! これを祝わずにはいられない!」
「へー、そうなのか」
「そうか。特に気にしたことはなかったけど、もう1年経つんだな……ん? いや、俺たちまだ新世界でアーシアとレイナーレと出会って、リアスたちと協力関係を持って、駒王学園の教師になったばかりだから、1ヶ月程度しか経ってないんじゃ――」
「すまないが、話がややこしくなるから黙っていてもらえるかな? とにかく、祝え! ビルドロスを補うために始まった今作が1周年を迎えたことを!」
「まーたあらすじ紹介乗っ取られたよ……」
「っていうか、俺たちが紹介するのもなんだか久々な気がするけどな」
「紹介できてないんですけどー。もうなんなのこいつら……」


 放課後になりしばらく経ってから、俺と万丈は旧校舎へと向かう。

 一誠と裕斗も既に向かっているだろうしな。

「なんでこんなに遅くなってんだよ!」

「しょうがないでしょうが。教師として明日以降の授業の準備、提出されたプリントの整理なんかもあったんだから。それに、他の教師陣との話もあったんだし……ああ、そっちは一人なのか?」

「あ? おう。って、なんだよその可哀想な奴を見る目は!」

「はいはい。ほら、さっさと行くぞ」

「おまえを待ってたんだろうが……」

 ぼやく万丈を連れながら旧校舎に着くと、裕斗が待機していた。

 こちらを見ると表情を穏やかなものに変えたあたり、俺たちを待ってくれていたのかもしれない。

「悪いな、待たせた」

「いえ、気にしないでください。教師よりも生徒の方が早いのは当たり前のことですから」

 なんでもないことのように言いながら旧校舎の中へと招いてくれた裕斗は、そのまま前を進んでいく。

 一応、前回来たときに道順は覚えているのだが、彼なりの気遣いなんだろう。

 程なくして、この前訪れた部屋へと招かれたわけだが、やはり悪魔らしい装飾というべきか。そこには、既にリアスたちオカルト研究部の面々が揃っている。

「みんな居るんだな」

「ええ。貴方達から話があるということと、昼休みの騒動についてよね? さあ、座ってちょうだい。朱乃、二人にもお茶をお願いできる?」

「はい、部長」

 朱乃が席を離れていき、俺たちはリアスの前の席へと通された。

「まずは、教師就任おめでとう、と言った方がいいのかしら?」

「いや、それよりも万丈に用務員就任おめでとうとでも言ってやってくれ」

「ふふっ、駒王学園の用務員って大変なのよ? 生徒会長のソーナからのお願いもあるだろうし、肉体労働ばかりなの。おめでとうなんて言っていいのかしら?」

「いい、いい。こいつは頭使うことは無理だけど、そういったことならなんでもやるよ」

 隣でクッキーを頬張る万丈を視界に収めながら、リアスの疑問に答える。

 聞いていた高校生組は「万丈の扱い雑だな〜」といった曖昧な笑みを浮かべていたが、そのすぐ後に「まあ、それもそうか」と自分たちの中で納得したのか、小さく頷くのが見えた。

「よかったな」

「なにがだよ?」

 万丈の肩に手を乗せてそう言ってやるが、当の万丈はなにも気付かなかったようだ。こいつはこれでいいんだけどな。

 なんて談笑しながら待っていると、朱乃がお茶を淹れてくれた。

「さて……まずはなにから聞けばいいのかしら? もしくは、私たちがなにかを話した方がいいかしら?」

 紅茶に口をつけて落ち着いたリアスから、そんな言葉が出てくる。

 これはつまり、彼女たちが持つ情報の中に関連する事柄があれば開示してくれると告げられたのと道義というわけだ。自分たちだけでは手に負えない大事になるかもしれないという直感があるのかもしれないな。

「ああ、もちろん聞きたいこともある。けど、最初に昼休みの一件についての擦り合わせをしたい。始めに、昼休みに何者かの手によって駒王学園の生徒が怪物にされたことについては、一誠と裕斗から聞いていると思う」

 全員が頷くので、続きを話す。

「あの怪物の名前はスマッシュ……俺と万丈が戦ったとある組織の実験で生み出された存在なんだが、早い話が改造人間か」

「改造人間……そんな実験があったなんて」

 一誠が声を漏らすが、隣にいた裕斗の顔も苦渋で歪む。なにかあったのか聞きたいところだが、そんな雰囲気でもないな。

「ただ、おかしな点がある。通常、スマッシュになった人間を元に戻すには、倒したスマッシュからその成分を抜き取る必要があるんだ。そうすることで初めて、無事に人間の姿に戻るはずだったんだが……」

「なにか異変があったのね?」

「そういうことだ」

 質問に答えながら、懐からボトルを取り出す。

「それは?」

「これは、例のスマッシュを倒したときに採取した――いや、取り出した成分の源だ。これを俺たちはフルボトルと呼んでいる」

「松田から出てきた奴だな」

 万丈が補足としてなのか、ただの感想なのか分からないが、追随して口を開いた。

「これは――貴方たちが使っているものとよく似ているわね」

 机に置いたフルボトルを見てすぐにわかったのか、リアスがそれを手に取る。

 ゴリラの意匠の凝らされた、仮面ライダービルドを支えてくれたフルボトルのひとつ。

「俺たちの力も、元を辿れば同じ物だからな。力なんて、使い方ひとつで変わるものだろ? そのフルボトルも、そのひとつでしかない」

「そう……それで、なにがおかしかったのかしら?」

「本来、フルボトルはスマッシュから成分を採取することで、その成分を浄化しいまの形になるんだ。けど、今回スマッシュを倒した際には、既にその状態で人体から出てきた」

「それはつまり」

「俺たちの知っているスマッシュとは別物……別口から生み出された存在になる」

 あってはならない研究がこの新世界でも始まっている。

 原因は、フルボトルの発見だろうか? それとも、まったく関係のない悪魔や堕天使の仕業? 考えられる可能性はいくらでもある。

 その中には、絶対に有り得てはならない可能性も。

「つまり、貴方たちも関与していない相手というわけね……レイナーレといい、今回の件といい。今日のところは騒動に気づいた朱乃が周囲に結界を張ってくれたおかげで一般の生徒にバレることは防げたけど、警戒を引き上げるべきかしら?」

「結界? んなもんあったのか?」

「ええ。敵の対処自体はできなかったけど、それくらいのバックアップは任せてちょうだい。実際、騒ぎにはならなかったでしょう?」

 なるほど。

 道理であれだけの騒音があったはずなのに生徒たちがおとなしいわけだ。同時に謎も解けてスッキリだな。

「次、同じことを起こさせるわけにはいかない」

「その通りね。この地は私の管理する土地であり、暮らす人たちを守るのも私たちの使命。誰かは知らないけれど、好き勝手に暴れられては困るもの」

 リアスの言葉に、彼女の眷属たる仲間たちの目に力が宿る。

 とはいえ、いくら悪魔といっても彼女たちはまだ高校生。本来体を張るべきなのは大人であり、仮面ライダーである俺たちなのだろう。

 と言って、素直に聞くタイプじゃないよなぁ。

「わかった。ただ、できれば戦うときは俺か万丈がいるときにしてほしい。フルボトルそのものが排出されるとは限らなし、もしものときは成分を抜く必要がある」

「――……わかったわ。それなら、もしそのスマッシュというのを見つけたら、貴方たちに連絡を入れる」

 一瞬渋い顔を見せたものの、納得してくれたようだ。

 自分たちでどうにかできると思われていないことへの瞬間的な感情だろうか。どこかでフォローも必要そうだな。そういうのは俺よりもあいつらの方が……いやいや、この世界で戦うのは俺と万丈、あとは成り行きだったけどマスターだけで十分だ。マスターだって、そう頻繁に戦うわけじゃないだろうし。

 いつまでも、あの世界での仲間たちを巻き込み続けるわけにはいかない。

 今度こそ、あいつらが平和に生きるためにも――。

「よっしゃあ! スマッシュ相手なら任せとけ!」

「バカ、出ないのが一番いいに決まってるでしょうが」

「そうね。出てこないのが一番いいわ」

「お、おう。そうだよな!」

 万丈に対して俺とリアスから小言が飛び、緊張していた空気が霧散していく。

「ところで戦兎。このフルボトル? だったかしら。これを使えば、貴方と龍我は新しい力が手に入るのよね?」

「ん? ああ、そうだな。フルボトルが増えれば増えるほど、仮面ライダービルドの戦術は広がっていく。早い話が、相手に合わせて的確なフォームチェンジが可能になり、有利に戦えるってところだな!」

 とはいえ、手持ちはフルボトルの総数からすればかなり心もとない。

 新世界創造後に増えたフルボトルは、ライトとゴリラのみ。せめてベストマッチのひとつでも増えてくれれば……。

「敵に合わせたフォームチェンジ。それはまさにヒーローの証……」

 暗い考えをしていれば、小猫からの呟きが耳に届く。

 彼女の目には確かな輝きがあり、リアスが握るゴリラフルボトルをしっかりと捉えている。

「やっぱり、小猫は話がわかるみたいだな」

「わかります。フォームチェンジ、それはロマン」

「そうそう。機会があったら見せてやるからな!」

「はい、楽しみにしています」

「おい、俺には戦うことがないことが一番みたいに言いやがって」

 小猫と意気投合している最中に万丈から茶々が入るが、

「違いますー。変身するだけなら戦うことにはなりませんー」

 そう返しておこう。

 この後も雑談が続き、互いに聞きたいこと、必要な情報が判明次第共有することが決まり、今日のところは解散となった。

 まだまだ悪魔である彼女たちのことやその悪魔社会についてはわからないことだらけだが、駒王学園に通う生徒であるあの子たちは信じてだいじょうぶだろう。

「高校生のくせに自分たちがみんなを守らないとなんて、凄え奴らだよな、あいつら」

 マシンビルダーを走らせる中、後ろに座る万丈からそんな言葉が漏れた。

 確かに、高校生のうちからそんなことを思えるのは凄いことだし、戦うことは怖いことのはずなのに前に立とうとする。

「だから、俺たちが支えて、守ってやらないとな」

「おう! 当たり前だぜ!」

 さて、あとはnascitaに帰って、今日のことをマスターとレイナーレに報告しておくか。

 なんて、軽い気持ちで帰ってきたのがいけなかったのかもしれない。

「ただいまー。初日の天っ才的授業内容を――はい?」

「腹へったー! マスター、なにか食べるもん……ん?」

 nascitaのドアを開け、中に入ってすぐ。

 対面するように座るマスターと、その反対側に座る3人組が目に入った。

 しかも、3人組のうち2人は以前店に来て、少しだが話した覚えがある。あとの1人は知らないが、一緒にいるのだから知り合いなんだろう。

「こんな時間に客がいるのも珍しいな」

「だな。普段なら飯作ってる時間のはずなのに」

 万丈と一緒に頭を傾げていると、座っている4人から一斉に目を向けられる。

「おお、戦兎! 万丈! 帰ってきたのか……良かったぁ。もう俺だけじゃ意味わからなくてよぉ」

 座れ、座れ! とマスターに促されるままに、これまでマスターが座っていた席に座らさられ、その横に万丈も腰を下ろす。

「よお、前に来てくれたよな?」

「ああ、うん」

「はい!」

 万丈から話しかけられ、人の良さそうな笑顔を浮かべて応えるのは、以前も来てくれた2人だ。

 その二人の間に座っている――真ん中の席にいる男は……。

「ああーっ! おまえ、今朝のカメラ男!?」

「よお。朝以来だな?」

「なにが朝以来だよ! おまえなにしに来たんだ!」

 こちらがなんと言おうと偉そうに腕と足を組んだ様子を崩さないその男は、ふと行動を起こし、象徴でもあるかのように下げたカメラのシャッターを切り、満足そうに頷いてまた腕を組む。

「なんだ、こいつ……」

「ごめんなさい、士くんも悪気があってやってるわけでは……というか、今朝の話ってなんですか士くん!」

「そうだよ士! もしかして、この人に迷惑かけたんじゃないだろうな!」

 よくわからない奴だが、一先ず文句を口にしようとした直後。

 両隣に座る優しげな2人が先に文句を言いだす。

 面倒臭そうな態度をする真ん中の男と、よほど言いたいことが溜まっていたのか言葉が止まらない人たち。

「どうなってんの、これ……」

「っていうか、結局なにが起きてんだよ」

 状況がまったくわからない俺たちを他所に、話は止まらず、珈琲を淹れに行ったマスターはニコニコしながらこちらに口を挟んではこない。

 なんか、どっと疲れが襲ってきたな……。

 




というわけで、1年が経ちました。
ビルドロスから始まったif兼クロスオーバーのアフターストーリー。まだまだ展開が残っている作品ですが、安心してください。この先も書いて行きますので。
この先も仮面ライダーである彼らを書いていければと思います。
ジオウも最終回を迎え、なにか書きたい欲がありますが、あわよくば今作に登場も考えていますが、さてさて、どうなることやら。
それはそうと、この話も30話近く書いてるわけですが、強化フォームはいまだ出番がなく(パワーインフレの都合のため)そもそも変身回数も少ない事実。それでもこの先は変身も増えるといいかなと。


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もたらされたギフト

「祝え! 令和を象徴する初の仮面ライダー、その名も仮面ライダーゼロワン! まさに生誕の瞬間である!」
「正しくは、本日より一週間前のことになります。より正しく言うのであれば、事前に情報が公開されており、それより前から多くの方が存在を知っていたことになります」
「なん、だと……いや、それよりキミはまさか」
「社長秘書のイズと申します」
「おい、またなんか出てきたぞ」
「あいつはなんでも祝えればいいのか? じゃないよ! はい撤収! ここおまえたちが来る場所じゃないから!」
「いいや、それは早計だ桐生戦兎。私は我が魔王からここに集合するようにと言われているのだからね」
「私も飛電或人様の本日の視察のため、ここでお迎えする手筈になっております」
「えぇ……ここ待ち合わせ場所じゃないんですけど」
「ここがあらすじの世界か……なるほど、大体わかった」
「あんたも呑気に珈琲飲んでるけど、関係者じゃないから! わかったならあらすじには出てくるなよ! ああ、もう全員撤収! 撮影場所違うチームは元のチームに戻りなさいよ! 役者いなくなって困ってるよきっと!」
「そういうわけで、第30話の始まりだ」
「今回は破壊者と創造者の邂逅ですね。目から映像を投影いたしますか?」
「おい戦兎、こいつ人間か?」
「私は飛電インテリジェンスが開発した秘書型AIアシスタントのヒューマギアです」
「は? よくわかんねえけど、なんだ?」
「ヒューマギア? つまりアンドロイドってことか?ここまで自然な動き、外見を再現した? ちょっと、詳しく話を聞かせてもらっても? あと機能についての説明も!」
「……物体認識成功。佐藤太郎。現在――」
「違います」
「……? けれど物体認証では佐藤太郎と完全に一致して――」
「いいえ、違います」
「やれやれ……ここも騒がしくなってきたものだね。我が魔王が来るまでこのままか」
「おう、おまえも大変そうだな。魔王は再びただの高校生に戻り、おまえとの縁も切れた、か?」
「いいや。彼は生まれながらの王。またすぐに我が魔王となるさ」
「……あらすじ紹介どこいったんだよ」


 対面の3人が落ち着いたところで、珈琲を淹れてきたマスターも席につき、計6人が向き合う形となった。

 正面に座る士と呼ばれていた男は受け取った珈琲にミルクと砂糖を入れた後、満足そうな顔をして口にしているが、その様子を見るになにかを説明するつもりはないらしい。

「で、これなんの集まりなわけ?」

 俺、万丈、マスターの中で唯一事情を理解しているだろうマスターに話しかけると、懐から2つのフルボトルを取り出した。

 そのボトルは、俺も幾度となく使用し、助けられてきたベストマッチのひとつ。

「タカに、ガトリング!?」

「おおっ! なんであんだよ!」

 万丈と共に声を上げるが、マスターはひとつ笑みを浮かべたまま、視線を前に向けた。

 当然、いるのは例の3人である。

「なんだ?」

「いや、それこっちの台詞なんだけど? おまえたちは一体なんなんだ?」

「仮面ライダーだよ。えっと、俺たちも仮面ライダーで、さっきマスターさんと一緒に戦ってね。で、その2つが敵から出てきて、ゲット! ってわけ。でいいですかね?」

 真ん中に座る男に変わり、右隣に座る優しげな男の方が経緯を説明してくれた。

「は? マスター、またnascita襲われたのか?」

「いやいやいや、違うって。ちょっと失礼!」

 マスターが席を立つと、俺の腕を掴み、強引に店の端へと引っ張っていく。

「お、おい!? 俺は?」

「おまえは座ってなさい!」

 万丈は放っておき、店の奥へと来ると、マスターは改めて口を開いた。

「レイナーレちゃんが堕天使が街に入り込んだのを察してな。で、見に行ってみたらあの3人と戦っててよ。で、その敵がフルボトルを体に差し込んだんだ。いや、ウソじゃねえよ? 本当なんだって」

「……こっちでも同じことが?」

「同じこと?」

「ああ。今日の昼、駒王学園の生徒がフルボトルでスマッシュに変えられたんだ。犯人はわかってないけど、無関係とは思えない」

「マジかよ……とにかく、あの子たちも仮面ライダーってのはこの目で見てる。カメラを提げてる彼もだ。だから、そう警戒しなくていいと思うぞ」

 共闘したからこそ、わかるものもあるか。

 こればかりは、マスターを信じるしかないな。とは言え、マスターと協力したなら、なぜ学校で俺に会うようなことをしたんだ?

「……とりあえずはわかった。で、あいつらはこの先も協力してくれるのか?」

「いやー、それはどうなんだろうな? とりあえずおまえたちが帰ってきてから話を進めようってことになっててな」

 まだ未定か。

 仕方ない、もう少し詳しく聞いて見るしかないな。幸い、2人ほど色々話してくれそうな人がいるわけだし。

「ひとまず戻ろう。どうにも、なんらかの組織が動いているのは確定みたいだしな」

「ああ、わかった」

 マスターと事情の擦り合わせを終えて席に戻ってくると、万丈とユウスケと呼ばれていた男が楽しげに話していた。

「なんだ、仲良くなったのか?」

「おう!」

「はい!」

 マスターが声をかけると、同時に反応を見せる。

 人の良さそうなところや、少しバカっぽいところ……どことなく波長が合うのだろう。騙されやすそうなコンビなだけに、今後共に行動することがあれば避けるべき組み合わせだとも思うが。

「相談は終わったのか?」

「おお、終わった終わった。さて、それでフルボトルをどうするかだったな」

 士の問いかけに答えたマスターが、改めてフルボトルについて触れる。

 というか、この言い方はまるで。

「フルボトルの所有権が俺たちにないみたいな言い方だな」

「そうは言ってないさ」

 珈琲を飲みながら、余裕の態度な士。

「まあまあ、これは彼らの大事な物なんだし、数があればあるだけ力になるってマスターも言ってたんだし、いいんじゃないかな。この2つは彼らが持ってるべきだよ」

 そして、どこまでもお人好しというか、正しくあれるというべきなのか。

 ユウスケはタカとガトリングのフルボトルを俺に渡してくる。

「はい、これで解決!」

「あ、ああ……ありがとう」

「いやいや、俺たちこそ、マスターに助けられたわけだし。やっぱり仮面ライダーは手を取り合わないと!」

「俺の助けが必要だったかは微妙だけどなぁ」

 ユウスケの感謝の言葉に反応を見せるマスターだったが、

「そんなことありません! 本当に助かりました!」

 士を挟んで、ユウスケとは反対側に座る夏海? 夏みかん? が口を開く。

 この子も仮面ライダーって話だけど、よくもまあ、美空とそう変わらないだろうに。

「というか、新世界には新しい仮面ライダーもいるんだな」

「どちらが最新かと問われれば、おまえたちだけどな」

「は? どういう意味だよ、それ」

「知らなくていいことだ。というよりも、おまえたちが知れるはずもない話ではあるんだが……それよりも、この世界の不安定さはどういうことだ?」

 なんか避けられた気がしなくもないが、それよりも世界が不安定?

 もしかして、新世界ができたばかりで、まだしっかりと世界として成立していないってことか? いや、けどそれならなんでこの3人にそれがわかる? 世界が不安定って言い方もおかしい。

 既に新世界は世界として成立している。だから不安定なんてことはないはずだ。

 彼らは前の世界では一切関わりもなく、恐らくファウストの実験にも関わっていない。なのに、非日常に身を置き平然としている。

「どうなってんだよ」

 仮面ライダーが前の世界の記憶を持っているという前提条件はない。

 それなら一海や玄さん、内海さんだって俺たちのことを覚えているはずだ。けれど、そんな様子は一切なかった。

 俺や万丈のように、この3人はなにか特殊な立ち位置にでもいるのか?

「……まあいい。とりあえず、フルボトルは置いていく。俺たちも好きにやらせてもらうからな」

 混乱している俺を他所に、話は終わったとばかりに立ち上がった士は一人、出口へと向かっていく。

「あ、おい士!? ああ、ごめん! また進展があったら伝えに来るから! それから、珈琲ごちそうさま!」

「もう、士くん! すいません、また今度! あと、ごちそうさまでした!」

 つられるように後の2人も出て行ってしまう。

「なんだったんだ、あいつら? 慌ただしい奴らだったな」

「わからない……わかったのは、あいつらが俺たちとはまったく関係のない仮面ライダーで、恐らく協力してくれたことと、なにかを企んでいる組織がいる。これくらいだ」

「お、おう? そうか」

 彼らについてわかったことはほとんどないが、ユウスケを見る限り、悪事に手を出すタイプじゃないことだけが救いだ。

 不可解なのは士が朝俺に会いに来たことだがそれは話さなかったな。ユウスケたちが咎めていたことから、独断での行動なのは明らか。

「なーんか、あいつだけ行動が読めないし不安だな」

「そうかぁ? んなことより、フルボトル貰えて良かったじゃねえか」

「はいはい、そうだな」

 どうせ考えても詮無いことだ。だったら、ベストマッチで揃ったフルボトルのことを喜ぶとしよう。

「胡散臭い組織が暗躍しているってわかったんだ。あって困るものじゃないしな」

「でもよぉ、惜しみなくフルボトルが使われているってことは、大多数はその組織が握っちまってるんじゃねえのかぁ?」

 珈琲を煎れ直していたマスターが、俺も頭の片隅で思っていたことを言葉にする。

 これまで倒したスマッシュや、それに準ずる強化された堕天使たち。そこから得られた4本のフルボトル。

「確かに、可能性としては高いと思う。ただ、戦闘に関しては苦戦していないことから、まだそこまで解明が進んでいない可能性もある」

「んな悠長に言ってる場合かよ」

 万丈が口を挟んでくるが、当然悠長に言っていられる事態じゃない。

「余裕はないと思ってる。だからこそ、早急にマスターが戦った堕天使が所属している組織を探さないといけない――んだけど、残念ながら俺もおまえも、明日も教師と公務員の仕事がある。マスターも同様だ」

「つまり?」

「俺たちは前のようにひとつのことだけに集中していられないってこと。世界の在り方が変わったからこそっていうのもあるけど、これが普通なんだよ」

「……じゃあ、どうすんだよ」

 どうしたものか。

 教師になったばかりで休むわけにもいかないし、悪魔側との信用関係にもヒビが入りかねない。

 希望的観測としては、士たち3人が自由に動ける身であり、かつ俺たちに協力してくれるってのが理想的ではあるんだが。決して悪い奴らじゃないのはわかっているんだが、中心人物だろう士が好き勝手に動きすぎるきらいがあるのは今日の会話でよくわかった。

 当てにしすぎるのは危険だ。

 だとしても、俺と万丈じゃ限界がある。いや、だからと言って、他に誰の協力を仰ぐってんだよ。

「もう、前の世界とは違うんだよ」

 ここには、平和に暮らしていてほしい奴らがいる。

 今更だ。

「まずは、悪魔側との協力関係をしっかり築いていく」

「それだけか?」

「それが重要なんだ。俺たちはリアスたちとの関係を持っている。けど、これがなくなれば完全に孤立する」

「なるほどなぁ。だから、まずは悪魔側との関係を確固たるものにしておきたいと」

 万丈が首を傾げる中、マスターは合点がいったと手を叩く。

「もちろん、あいつらが通う学校が狙われているかもしれないからってのもある。けど、一誠たちの思いも知っているからな。こっちとしても、手を貸してやらないとって思える」

「若者には導く者が必要だってやつだな。よし! nascitaは俺に任せて、おまえたちはしっかり大人としての役目を果たしてこい!」

「マスター……」

「ここは喫茶店。お客さんから、なにかしら噂話も舞い込むかもしんねぇだろ〜? 余裕がなさすぎると、子どもは察するぞ?」

 おちょくるような口調だが、そこにはしっかりしろよというメッセージが込められているのはすぐにわかった。

「わかってるよ。というわけで、俺は明日の授業内容を再確認しつつ、地下室設計の目処でも立てるとしますか」

 大きく伸びをすると、これまでの緊張までほぐれていくようだ。

「よし! じゃあ俺は飯を食う!」

「おいおい万丈? 作るの俺なんだけどよぉ……ああ、それと戦兎! 地下室は快適な空間かつかっこいいやつね!」

 冷蔵庫にある食材を確認しながらのマスターから指示が飛ぶ。

 かっこいいやつ……確かにデザインは大事だよな。そこも凝ってみるか。

「お父さん、お話終わった?」

「急な買い出しだったので驚きました」

「ほら、言われた通りに買ってきたわよ」

 設計図を手に取ったところで、いないと思っていた美空たちがドアを開けて店内に入ってくる。

 どうやら、マスターからのおつかいに出ていただけみたいだ。

 レイナーレはともかく、美空とアーシアには聞かれたくない内容だからなんだろう。

「たくさん買ってきたな。なに入ってんだ、これ」

「万丈のために使った材料だし。重いし、面倒だし、お金ほしいし」

「お、おう……悪りぃ」

 文句を言われながらも、食材の入った袋を万丈が3人から受け取り、マスターの元へと運んでいく。

「おかえりー。3人のおかげでなくなりかけてた食材の補充できたよ、ありがとう!」

「いえ、これくらいいつでも行きます!」

「まあ、置いてもらってる身だし……別に料理も接客も嫌じゃないし」

 アーシアとレイナーレも慣れてきたのか、楽しそうな様子が見受けられる。

 そんな光景を見ていると気分も良くなってくるもので、俄然設計図に線を引くのが早くなっていく。

「戦兎はそれ、なに書いてるの?」

「これ? これは地下室の設計図。どうよ! この完璧な間取り、地下室へ続く扉の開閉ギミック! 凄いでしょ? 最高でしょ? 天っ才でしょ?」

「冷蔵庫が地下室への扉で、地下室に仮眠室? いや、意味わかんないし……」

 ああ、早く作りたい! そして色々な機能を取り付けたい!

「話聞けし!!」

 




ゼロワンが始まりましたね。
2話時点でですが、作者は仮面ライダー作品の中でもトップレベルに好きです。
いつかゼロワンの話も書きたいですね。まずはこの話をライザー編に持っていくのが先なんですけれども。
そしてあらすじは安定の800文字突破……。


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オーサーの羽休め

「前の世界にはいなかったはずの仮面ライダーたちと邂逅を果たした仮面ライダービルドである桐生戦兎は、華麗な話術によってタカとガトリングのフルボトルを手に入れる」
「なーにが華麗な話術だよ。ユウスケがくれただけじゃねえか!」
「そこまで導いたのが俺ってわけ」
「また適当言いやがって。それより、なんかまともにあらすじ紹介するの久々じゃねえか? っていうか最近俺の影薄くない?」
「ニャー」
「黒猫もそう言ってるしよ」
「言ってないでしょ。だいたいお前の影が薄くても問題ないしな。それより、その黒猫どこで拾ってきたんだよ」
「こいつか? ジョギング中にnascitaまで案内してくれたんだぜ!」
「そんな万丈と黒猫の出会いは描かれない、第31話をどうぞ!」


 ――眠い。

 日の光が窓から差し込んでくることで一夜が明けたことがわかった俺は、机にゆっくり体を沈み込ませる。

 一眠りしてからnascitaを出るべきなんじゃないだろうか? いやいや、もうこれは今日は休みでいいんじゃないか。

「なに変なこと考える顔してるわけ?」

 寝かける体を起こし、声のした方を向くと、美空が呆れ顔を浮かべてこちらを見ていた。

「いや、ちょっと地下室の設計図を調子乗って書きすぎたな」

「もう……ほら、調度いいからそのまま起きるし」

「えぇ、俺寝てたわけじゃないんですけど。あ、でも無理は体に悪いしちょっとくらい寝ても――」

「いいから起きる。そのままだと本当に寝ちゃうかもよ?」

 再び机に体を預けようとすると、美空から忠告が入る。

 確かに、このまま寝てしまえば授業にも間に合わず、起きる頃には昼過ぎになるだろう。

「状況的にも起きてる以外の選択肢なしかよ」

 前の世界では毎日決まった時間に決まった事をするなんてこと滅多になかったからな。これから習慣づけていかないと、教師としてやっていけなくなりそうだ。

 まずは生活時間の改善からしていかないと。

「うおっ、眩しい……おう、戦兎、美空。昨日早く寝たせいか起きるのも早かったぜ。ちょっと走ってくるわ!」

 あいさつしたかと思えばすぐさま外に出て行く万丈。やはり体を動かしていないと落ち着かないのか?

 あいつは俺よりも適応が早そうだな……流石、考えるよりも先に動き出す単純バカなだけある。

「しばらくは研究もゆっくりとしたペースに控えないとだな」

 けれど、それとは別にそろそろ解明しておきたいこともある。

 本当なら、神器も研究してみたくはあるけれど、どうもあれは宿主と深い繋がりがあるみたいだからな。下手に研究すると取り返しがつかないことになるだろう。

「っと、そうじゃない」

 思考が明後日の方向に向いてしまう前に打ち切り、考えを修正する。

 神器に興味があるのは事実なんだが、俺たちのビルドドライバーのように簡単に取り外せるような代物でもない。

 リアスたちから聞いた限りなら、取り外すなんてことをしたら、その宿主の命はないはずだ。

 だからこそ、気になることがひとつ。

 マスターは、トランスチームガンとフルボトルを所持していた。

「ありえない……」

 俺たちが持っていてマスターに渡したのならわかる。けれど、万丈は論外としても、俺だってトランスチームガンは所持していない。なにより、新世界でマスターに渡すわけがない。

 だとしたら、マスターが持っている物の出処はどこなんだ?

 nascitaを襲ったドーナシークという堕天使はそれらを神器だと言っていたらしいが……俺たちのライダーシステムを神器だと言われたことはあっただろうか?

 俺と万丈のライダーシステムと、マスターのトランスチームガンは完全に別物扱いをされている?

 システム的な問題ではなく、発生源的な問題として?

「――っ、だとしたら!」

 いや、落ち着け。そもそも、そうなること自体がおかしい。神器として成り立ってしまえば、この仮説が説明できてしまう。

 けれどそうなってしまえば、存在そのものが確立されなくなるし、公式が成り立たない。

「はあー……なんなんだよ」

「おう、どうした? 浮かない顔してるじゃないか」

「……マスター」

「はい、おはよう。ほれ、どうせ朝まで起きてたんだろ? 目覚まし代わりの珈琲」

 手前に珈琲を入れたカップを置いていき、キッチンへと入っていくマスター。

 既になにか作業を進めていた美空の隣に並び、彼女と話し始める。

「そういやよ、万丈はどこ行ったんだ?」

「万丈なら走りに行ったよ」

「ほお、やっぱり体動かしてないと落ち着かないってやつかねぇ」

「いや、ただバカなだけだと思うけど」

 あいつに対する遠慮のない言葉。否定はできないので黙っていよう。

 ついでに、マスターの持つトランスチームガンについても、いまは話すときじゃないな。なにが正しのかをハッキリさせてからじゃないと、説明もつかないし。

 やること増えた感じはあるけど、いずれぶつかる問題だったわけだし、仕方ないか。

 今日の放課後にリアスたちからもう1度神器に関して詳しく聞いておこう。もしくは、もっと詳しい人を紹介してもらうか? いや、駒王学園に通う彼女たち以外の悪魔が善良とは限らないしな。下手打ってなにかしらを要求される恐れもある。

 こういうときだからこそ慎重に動くべきだ。

 気になることは多いけど、考え過ぎてもいけない。

「悪魔が朝強いとも思えないし、いま行ったところでいないよな。なら、やっぱりまずは朝食でしょ! マスター、今日の朝はなに?」

 となれば、必要なのは美味しいご飯と緩い時間。

「んー、さっぱりしたものがいいよなぁ。あ、美空。そこ変わるから、アーシアちゃんとレイナーレちゃん起こして来てくれる?」

「りょうかーい」

 美空が出て行くと、マスターの調理する音だけが響く。

 珈琲を飲みながらマスターの様子を観察するだけの静かな時間。こうしていると、ただ喫茶店に立ち寄った気分になれる。

 ……またここで暮らしているっていうのも不思議な気分だ。

「戦兎ー、今日の朝は卵焼きどうする?」

 聞きながら、マスターの手は既に砂糖に伸びている。習慣だろうな。

「いつも通りでー」

「あいよー」

 そんなことを思っているなんて知らないだろうマスターが日課となりつつあるお決まりを聞いてくるので、同じように、変わらない答えを返しておく。

 そうしてまた静かな時間が戻って来る。前の世界でもたまにあった、ゆったりした日々。こんな毎日が続けばいいんだけどな。

「ただいまー! 腹へったぁ……マスター、飯は?」

「おう、おかえり万丈。いま作ってるから、もう少し待ってろよ」

「おう! じゃあもうひとっ走り行ってくるぜ!」

 思った途端に騒がしくなり、帰ってきた万丈が慌ただしくまた出て行く。

「台風かよ……」

「元気があっていいじゃねえか」

「子供に対する感想じゃん、それ。いや、知力は子供だから間違ってないけどさ」

 言えば、マスターは顔を背けた。

 肯定も否定もしないのは優しさと、ちょっとの狡さだ。

「万丈の分は温め直しかねぇ」

「二十分もすれば戻ってくるんじゃない? あいつの走る速度ならそれくらいでしょ」

 その頃にはアーシアとレイナーレも席に着いてるだろうし。

 朝食の準備時間としては十分なはず。

 気づけばまた大所帯になったなぁ。

「んぅ……おはようございます」

「アーシア、顔洗ってきなさい。あと、パジャマも着替えてきなさいよ」

 ぼーっと料理風景を眺めていれば、アーシアとレイナーレが起きてくる。黄色と水玉のパジャマ姿のアーシアはまだ眠そうで、隣のレイナーレが世話を焼いていた。

 まるで姉妹のようで微笑ましい。まあ、順番的に石動家の長女は美空なんだけど、レイナーレの方が長女向きだよな。

 再び裏に戻っていく二人を見送り、美空だけがマスターの手伝いに入る。

「おい戦兎! 見ろよ、黒猫だぜ!」

 大きな音を立てて戻ってきた万丈は真っ黒な猫を連れて帰ってくる。

 抱えているわけではなく頭に乗っているから、猫の方から万丈に引っ付いてきたんだろう。

「万丈、おまえ……」

「あ? なんだよ。猫連れてきて悪いかよ」

 不満そうな顔を覗かせる万丈だが、

「文句なんかねえよ。あ〜猫ちゃんかわいいでしゅねぇ」

 取り出したビルドフォンで撮影を始める。

 黒猫も心得たもので次々にポーズを取り、万丈の頭から肩に降りて姿勢を変えていく。

「……賢いな」

「だろ? 俺が迷ってるときに案内してくれたんだぜ!」

「いや、猫が案内してくれるかよ。それは偶然だろ」

 にしてもいい毛並みしてるな。

 勘違いだろうけど万丈が世話になったみたいだし、ミルクくらいあげないとかわいそうだ。

「マスター、猫にミルクあげたいんだけど余ってない?」

 聞けば、深皿を取り出す美空の姿があった。

「猫ちゃんがお客様でくるのは初めてだよ。ミルク余ってるからあげていいぞー」

「はい、これ」

 許可が下りれば、すぐに美空が皿を渡してくれた。

 猫のそばに置いておいて、後は見てない方が飲みやすいかもな。

 なんてしていれば、アーシアとレイナーレが身嗜みを整えて戻って来た。

「おはようございます、皆さん!」

「おはよう」

 彼女たちがマスターから皿を受け取り、テーブルへと並べていく。

 俺と万丈が手伝う暇もなくスムーズに動くので、万丈と揃って見ているしかない。

 これが普段の給仕で培った慣れってやつか。

「天才物理学者でもこれは無理だな」

「プロテインの貴公子でも無理だぜ……」

 出番なしだな。いや、なくていいんですけどね? こう、なにもしないってのはあまり気持ちのいいものじゃない。

「戦兎、広げた紙束片付けて!」

 手持ちぶさたにしていれば、美空からお声がかかる。

 地下室の設計図広げっぱなしだったな。

「すぐに片付けます!」

 散らばった紙をまとめていく。

 これ、実現させるのにまたスペース作って出入り口の設定もしないとなんだよなぁ。前と同じ空間にするか、どうするべきか。

「おい戦兎、もう準備終わるってよ」

 考え込んでいると、万丈の声が耳に届く。

 両隣にアーシアとレイナーレが座り、真ん中の万丈は少しやりづらそうだ。左右から世話を焼かれて大変だな。

 席に着くとすぐにビルドフォンが震える。

「ん? 朝から連絡なんて珍しいな」

 連絡はリアスからだった。

 メールには今日の部活動で悪魔側の来客があることと、その時間は部室に来ない方がいいだろう旨が書かれている。

 個人としては駒王学園に通うリアスたち以外の悪魔に接触したいところだけど。

「こうやって忠告してくれるのは親切心だもんな」

 わざわざ出向く必要はないか。

「戦兎、食べながら携帯見ない!」

「ああ、悪い。さて、いただきます」

 美空に注意されたので思考を打ち切り、目の前の料理に集中する。

 後のことは学校に着いてから考えるとしよう。

「うまっ!?」

 前の席で騒ぐ万丈。美少女二人からあれもこれも口に詰め込まれてるのに全部処理してる辺り凄いな。

「万丈さん、たくさん食べますね」

「胃袋ブラックホールじゃない。ほら、これも食べておきなさい」

 ……いや、本当に甲斐甲斐しい。ちょっと微笑ましいまであるじゃないの。

 お、卵焼き甘くていいな。

 こうした時間のためにも、しっかりしないといけないか。考えることは多いし、敵の正体もわかってない。いざってときのためにも念入りに地下室を作ってセキュリティもかけよう。

 あとは時間があれば万丈のための道具と、あとはマスターからボトル借りて成分の抽出でもしてみようかな。

「さて、ごちそうさまでした。じゃあ、俺たちは駒王学園にいってくる」

「おう、お粗末様。今日も頑張ってこいよ」

 教師として、楽しい実験を始めようか。



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来訪フェニックス

「新世界での謎を巡って行動している仮面ライダービルドの桐生戦兎は、平和な朝を迎え、駒王学園で教師として活躍していた」
「おい、活躍なんかしてねーだろ! 俺の方が学校のためになってんじゃねえか?」
「そんなわけないでしょ。俺は生徒に大人気に決まってるでしょ。見なさいよ、このからくり装置!」
「いい出来ですね。戦兎さんは生徒の心を掴むことに長けているように思います」
「うおっ、急に出てくるなよ……生徒会の――」
「失礼しました。駒王学園の生徒会長、支取蒼那です。ところで戦兎さん、これはどうやって動くのでしょうか?」
「ああ、これか? これはビー玉をスタート地点から転がして、ドミノを倒してミニカーに引き継がしてと運動エネルギーを――」
「おい、ここで授業始めんなよ!」
「――で、連鎖が最後まで続くってわけ」
「なるほど。興味深いですね。もう一度再現してもらえますか?」
「もちろん。次はちょっと組み合わせを変えてみるか」
「二人ともちょっとは聞けよ! ああ、もうどうすんだよ第33話!」
「これ第32話な?」
「聞いてるなら手伝え!」


 駒王学園に着いて早々、花壇の整備に向かった万丈を見送った俺は、準備室にある器機を実験室に持ち出していた。

 前の世界ではやっていなかったが、偶然かかっていた教育テレビで見たからくり装置を再現しているところだ。

「なるほど。やっぱりこの角度か」

 玉が落ちる速度や角度を計算し、配置。

 用いる物はチープな物が多いが、その実計算し尽くされた連鎖装置だ。

「なるほど。文化祭でからくり装置を作って展示するのも面白いかもしれないな。校庭の一角を借りて大掛かりなのを生徒たちと作るのもありか?」

 設計図は作っちまうか――いや、そこから一緒に……でも面倒な部分は嫌がるか?

 俺の生徒たちにはまず楽しさを知って欲しいしなぁ。悩みどころだ。

 まだまだ時間はあるし、生徒の傾向を知ってからでも遅くはないかな。校庭借りれるかもわからないし。

「正直、リアスや会長に頼めば借りれそうなのがこの学校の不思議なところだけど」

 考えているうちも手は動く。

 気づけば一連の仕掛けは組み上がり、からくり装置が出来上がっていた。

「他のことを考えながらでも作業が終わるって……やっぱ俺って天才すぎるでしょ」

 スタート地点から玉がいくつもの仕掛けをクリアしながらゴールへと向かう。

 最後のコースに入り、穴へと入った玉が重りとなり、「実験成功!」の旗が立った。

「いい出来じゃん。高校生にも通用する装置だな、これ」

 一人頷いていると、背後から声がかかる。

「はい。我が校の生徒なら楽しんで見てくれると思いますよ」

「うおっ!? びっくりしたぁ……居るなら一言欲しいんだけど、生徒会長?」

 振り返れば相変わらずの黒髪美少女が関心した様子でからくりを眺めていた。

 まったくこっち見ないじゃん。心臓バクバクですよ、こっちは。

「朝から授業の準備ですか?」

「あー……まあ、そんなところだな。今日の実験には関係ないけど、科学って楽しいぞってことをちょっとでも知ってもらえる方法を探していてね」

 答えれば、彼女は意外そうにした後に、すぐに笑みを浮かべる。

「そうですか。ふふっ、科学が本当にお好きなんですね」

「天才物理学者だからな。実験するのはもちろん好きだし、誰かが――駒王学園の学生が一人でも興味を持ってくれたら嬉しいさ」

「戦兎さんはいい先生になりそうですね。まだ授業が始まったばかりですが、生徒からの評判は良いんですよ」

「……それはありがたいな。嫌われるよりも好かれる教師の方がいいからさ」

 別に世界のためになる発明をして欲しいわけじゃない。

 ただ楽しんでくれたり、興味を持ってくれるだけでも十分だ。それがなにかのきっかけになれば尚いい。

「って、どうした?」

 蒼那がぎこちなくソワソワしているので尋ねると、彼女はゴールに入ったままの玉を摘み出した。

「これ、もう一度最初から見れませんか?」

 そんなことを少し恥ずかしそうに言ってくれる。

 既に一人、興味を持ってくれていたみたいだ。からくり装置を作るだけの労力はもう報われたな。

「何度でも設置しなおすよ。ちょっと待ってな」

 装置の一部の仕掛けを再設置して、今度は蒼那にスタートを切ってもらう。

 何度か繰り返すうちに副会長の椿が様子を確認に来て、彼女もからくり装置に目を輝かせて見学に参加し出す。

 それから朝のHR間近まで、気づけば集まっていた生徒会メンバーとからくり装置を見て過ごす時間になってしまった。

「次は別のパターンを期待しています」

 去り際にそんな言葉をもらってしまった。

 慌てて戻っていく彼女たちと別れ、俺も授業の準備に入る。

「これなら文化祭での許可は取れるかもしれないな」

 真面目に設計図を用意しておいてもいいかもしれない。悪魔なら大掛かりになっても材料の用意をしてくれるかもしれないし。

 ちなみに、教師陣も朝の打ち合わせがあると知ったのはこの後のことだった……。

 教師も中々自由にはいかないらしい。

「っていうか、最初に教えてくれてもいいだろうに」

 なんて言っても後の祭り。

 切り替えて授業の仕度だけでも終わらせておこう。

「あっ、最近手に入れたボトルの成分を抽出するだけの場所と機材も欲しいな。全然足りないけど、コレを復活させるのにボトルの成分は欠かせないしな」

 新世界を創る役目を終えて空っぽになったままのひとつの大型のボトル。

 必要ないままが良かったんだが、もしかしたらを考えればもう一度――と思っちまう。こいつの本領を発揮させることができれば安心感が違うからなぁ。

 けれど俺たちの持つフルボトルは十本未満。作り直すどころか調整するにも全然足りない。

 まあ、当分は無理だな。少しずつ戻していってやるか。

 このボトルがまた、俺たちの希望になると信じて。

 

 

 

 リアスや祐斗のクラスの授業も終わり、今日最後の授業はイッセーのクラス。

 作ったからくり装置は概ね好評で授業の掴みとして大きく貢献してくれた。

 それはいい。

「で、リアスの様子が変だってのか?」

「そうなんですよ! 昨日だって俺、よ、よよ夜這いされたんですよ!?」

「ハーレム目指してるイッセーとしてはいいことなんじゃないのか? ああ、いや。学生と教師の立場なら俺は止めるべきなのか?」

「いやいやいや! いいんですよ、超嬉しいんですけど……やっぱりどこか余裕ないっていうか」

 俺はどうしてイッセーの恋愛事情なんて聞かされているんだろうか?

 これって教師の役目なの? だとしても俺じゃない気がする。

「まあいいけどよ。俺にどうして欲しいんだ?」

「戦兎先生も一緒にオカ研の部室に来てください!」

「俺が? 必要か、俺」

「ここはひとつ! お願いします!!」

 旧校舎か。

 昨日リアスには止められたが、イッセーがここまで言ってるし行ってやるのもやぶさかじゃない。

「わかった。からくり装置の解体やおまえらの授業の後片付けなんかが終わったら旧校舎に行ってやるから。それまではしっかりやっておけよ?」

「戦兎先生! 俺、頑張ります!」

 イッセーは嬉しそうに笑って実験室から出て行く。

「なに頑張るんだよ。イッセーも考えるより先に体が動くタイプだな」

 どっかの誰かさんを見ている気分だ。

 しっかし、からくり装置の処分どうすっか。解体とは言ったものの……作るのはいつでもできるからいいけど、このまま飾っておいた方がいいような気もするな。

「よし、準備室に置いとくか」

 あとは生徒から預かったプリント類の整理だけっと。

 リアスは着眼点が面白いし、朱乃はまとめ方が綺麗だな。蒼那は全体的にレベルが高い。教えた内容の応用例を書いてくる辺りさすがだ。

「この三人は仲間の中心なだけあって優秀なんだよな。リアスの視点もそうした中で培われたものか」

 他にもちらほらと気になる生徒がいたな。

 確認してみると個性が出てて面白いもんだ。

「さて、旧校舎に向かうか」

 万丈は……あいつはいいか。生徒会に置いといた方が学園のためになるだろ。

 一人で旧校舎に向かい、リアスたちオカルト研究部の部室の前まで来る。

「入るぞー」

 中へと入ると――。

「魔法陣?」

 部室に描かれていた魔法陣が光り出していた。例のグレモリーの紋章って奴か。眺めていると、その紋章が別物に変化する。

 これは、なんだ?」

「――フェニックス」

 裕斗の声が漏れる。

 フェニックス――不死鳥か。って、不死鳥!?

 成分! 成分取れるじゃん? ああ、エンプティボトルないから採取できなーい! そもそも不死鳥の存在そのものからボトル生成って可能なのか? でも成分が一致するなら可能性はあるし……試したい。この上なく試し採りしたい!

「戦兎!? あなたどうして――」

 リアスが俺に気づいて声を上げるが、その矢先、魔法陣から炎が巻き起こる。

 っておいおい、室内でなにしてんだ! 消防車……ねえよ!

 慌てていると炎はすぐに弱まり、その中から赤いスーツを着た男性が姿を現す。

 まさか、アレがフェニックス?

「思ってたのと違う……」

 フェニックスって言うからもっと夢のある生物を期待してたのになんで人型なんだよ。もっとこう、あるでしょ? フォルムって大事なのよ!

「愛しのリアス。会いに来たぜ。さっそくだが、式の会場を見に行こう。日取りも決まっているんだし早め早めに動かないとな」

 男はリアスを視界に捉えると、彼女の腕を掴む。だが、リアスにその気はないようですぐに腕を払っていた。

 なんだ? 愛しい? しかも式って、もしかして婚約者的な関係か?

 でも仲は良くなさそうだな。

 もしかしなくても、一波乱起きそうだ……イッセーの頼みを聞いてやろうって場合じゃないな。

 それに気づかなかったけど見かけない銀髪美人までいるんですけど? メイド服を着ていることから従者って感じだけどグレモリー家の悪魔なのか?

「裕斗、あの人は誰だ」

「グレモリー家に仕えている人らしいっすよ。確かグレイフィアさんって言ってました。それより、俺はあいつに言わないといけないことがある!」

 裕斗が答えるより早くにイッセーが教えてくれたが、とうの本人は捲し立ててリアスたちの方へと行ってしまう。

 イッセーの言葉が正しいと裕斗も頷いているので、それはいいけど。

「フェニックスか」

 邪魔にならないよう部屋の隅に寄って様子を眺めているけど、随分と傲慢で自信家のようだ。

 例のメイド? のグレイフィアさんから正式にフェニックスの男――ライザーがリアスの婿だという紹介もあったし、悪魔側のお家問題ってところか。

 話を聞いていてわかったが、リアスはライザーと結婚するつもりは丸でない。

「私は私が良いと思った者と結婚する。古い家柄の悪魔にだって、それぐらいの権利はあるわ」

 耳を傾けていればこの言いようだ。

 途中まで機嫌の良かったライザーが舌打ちをして、一気に機嫌が悪くなる。向こうはそのつもりで来ていたんだから当然と言えばそこまでなんだが。

 それよりも、フェニックスって言いながら悪魔なんだよな。神聖な意味合いじゃなくて72柱の一角か。リアス絡みだから悪魔なのは当たり前だよなぁ。

 でも同一視されることもあるって聞くし、やっぱり成分は採ってみたいところだ。

 どうにかできないかと考えていれば、リアスとライザーの座る席から大きな音が響く。

「舐められたものだな。リアス、俺もフェニックス家の看板を背負っているんだ。この名前に泥をかけられて終わるわけにはいかないんだよ」

 直後、ライザーの周囲を炎が駆け巡る。

「俺はキミの下僕を全員燃やし尽くしてでも、キミを冥界に連れて帰るぞ」

 殺意と敵意が部室全体に広がったような錯覚を覚える。

 近くにいた裕斗と小猫が臨戦態勢に入ってもおかしくない様子に加え、リーダーであるリアスまで応戦するつもりのようだ。

「ちょっとちょっと、おまえらが争ったら学校どころか町にまで被害出るでしょうが」

 両者を止めないとダメだ。

 まったく。まだまだ若い証拠だな。

「仕方ない」

 懐から缶型のアイテムを取り出す。

 ひとなでしてから上下に振れば、シュワシュワと発泡音が缶から鳴る。

 あとは上部にあるプルタブ型のスイッチを入れれば――。

「お二人とも落ち着いてください。これ以上を望むのであれば、私も黙って見ているわけにはいかなくなります」

 ――ってうそー!?

 先にグレイフィアさんが介入したことによって、リアスとライザーの戦意が揺らぐ。

「先に言っておきます。私はサーゼクス様の名誉のためにも、どちらが相手になろうと遠慮はしないつもりです」

 この場を包んでいたリアスたちの戦意をすべて圧する力が、彼女の一言に込められていた。

 証拠に、リアスとライザーの表情が強張っている。それほどに差があるってことか。

 グレイフィアさんが振り返り、俺へと視線を向ける。正確には俺が持っているアイテムに、か?

「貴方も止めようとしてくださり、ありがとうございます」

 完璧な、とでも言えばいいのか。これ以上はないといった礼をされ、彼女は再びリアスたちへと向き合う。

「さて。それでは――今後の話をしましょうか」

 微笑む。

 しかし、その笑顔にはこれ以上問題行為は起こすなと、と書いてあるようでもある。これには俺も、そっとアイテムを仕舞うしかなかった。



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