端末IF 〜決闘者は世界を渡るようです〜 (星野孝輔)
しおりを挟む

端末IF 決闘者が終末に挑むことになりました
第一話 召喚は突然に


初めまして。このたびは『端末IF』をご覧いただき、ありがとうございます。
作者の星野孝輔です。
いつもはpixivに投稿しているのですが、さらに多くの人に見ていただくためにこちらにも投稿させていただきます。

それでは、『もしも』の端末世界をどうぞ、ご覧ください。


 遊戯王 オフィシャルカードゲーム

 

 内容を詳しく知らなくても、その名前を聞いたことがある人は多いだろう。

 漫画『遊☆戯☆王』に登場するカードゲームをモチーフに作られ、今では世界一売れているカードゲームとしてギネス登録されている。

 今日もカード屋で遊戯王をプレイしている青年がいた。まったくオシャレをする気がない赤と黒のチェックの上着に黒いTシャツ。腕時計をつけた左腕にはカードが握られており、開いている右腕はくせ毛だらけの頭をかいている。

 悩む彼に目の前の男から告げられた一言は、処刑宣告だった。

 

「で、直接攻撃だけど止められる?」

「……ムリデス」

「はい、また俺の勝ちっと」

 

 敗北し落胆のため息をつくこの青年 高屋(たかや)ユウキは遊戯王プレイヤー。いわゆる、決闘者である。

 彼が始めたのは中学校三年の時だ。受験も終わり、特にやることがない時に彼の友人が始めていたのが、この遊戯王だった。

 友人におすすめのストラクチャーデッキを教えてもらい、アニメやWIKIを見ながら遊んでいたら、いつの間にかハマっていた、という沼ルートである。

 初めてから四年たった大学一年生。今でもサークル内で同胞を何人か見つけ、今日もまたカードゲーム屋のデュエルスペースでカードを広げていた。

 

「あ〝ー!!勝てないぃ!!!てか、おかしいだろ!そのカード!!どんだけアドとれるんだよ!!?」

「そりゃ、現在のトップメタなんだから。お前もファンデッキ寄りのフォトンで勝てるとは思わないだろ。うさぎも入れてないんだし」

「そうなんだけどさぁ・・・・・・好きなデッキで勝ちたいじゃん!!」

「今日はデッキ調整に付き合ってくれるんじゃなかったのかよ……てか、光波(サイファー)入れればいいじゃん」

「あれは邪道……高すぎる。俺のお財布が火を噴くぜ」

 

 ユウキの使っているデッキは『光子銀河(フォトンギャラクシー)』と呼ばれるものだ。

 遊戯王ゼアルで登場した、天城カイトというキャラクターが使うデッキであり、エースは『銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)

 彼はこのカードに憧れて、このデッキを組んだのだ。

 最近になって、『銀河眼の光波竜(ギャラクシーアイズ・サイファー・ドラゴン)』というのが出てきている。

 が、残念ながら、彼はそれを手に入れられていない。財政上の問題だった。

 

「まー、カードパワーは低くないんだけど、お前はフォトンも入れているから上手くデッキが回んないんだろうなぁ・・・・・・ノヴァとか入れてないんだろ?」

「アレこそ邪道だろ!サイバー流に失礼だ!」

「ハイハイ・・・・・・お前の愛は良いことだが、勝ちたいと言うなら勝てるような流れを創れないと行けない。今のままならお前が楽しければそれでいい、って言ってるだけだぞ?」

「うっ・・・・・・」

 

 友人のアドバイスがユウキの心に突き刺さる。普段からデッキの一人回しのみで満足してしまい、勝手にうぬぼれているだけだと正面から突きつけられた。

 変なプライドより『勝ちたい』という欲が勝ったユウキは、腕時計をチラ見した後、しずしずと友人に依頼する。

 

「あのさ、明日俺のデッキ調整に付き合ってほしいんだけど、いいか?」

「別に今からでも・・・・・・っと、もうこんな時間なのか。やっぱりカードやってると時間の流れが速いなぁ」

 

 友人が背後の壁にかかっている時計を見ると、すでに午後7時近くになっていた。ユウキは急いでデッキをカードケースに戻し、帰宅する準備を済ませる。

 そんな彼に、事情を知っている友人は少しだけ憐れむような顔で心配した。

 

「お前も大変だよな。お袋さんを支えなきゃいけないし」

「母さんだけに負担をかけさせるわけにはいかないさ。遊戯王やってることも反対されているわけだし。じゃあ、明日はお願いします!」

「おう。帰り道で事故るなよ~」

 

 急ぎ足で店を出て、道路沿いの駐輪所に向かう。素朴なママチャリに一度またがった後、ロックを解除し忘れていたことを思い出して、ポケットから鍵を慌てて取り出す。

 自転車を走らせながら、鼻歌を歌うユウキ。その背中からは明日の楽しみが隠せていなかった。

 

 

 

「ゴメン!少し遅れた!」

「はい、お帰りなさい。さっさと手洗いと着替えをしてきなさいー」

 

 急いで靴を脱ぎユウキがリビングに入ると、食欲をそそる香りが飛び込んできた。すでに料理をつくり終えた母親は既に席に座っており、いつも通り安心する口調で息子を出迎える。

 母に言われたとおり、手を洗って自室に戻ると灰色無地の肌着に長ジャージという部屋着全開の服装だ。着替え終わったユウキが残っているもう一つの席に座ると親子二人だけの食事が始まる。

 彼の家は母子家庭だ。五年前に父親が病気で亡くなって以降、母親が独り身で育ててくれたことに、ユウキはとても感謝しているし、早く楽させてあげたいとも思っている。

 そんな母親が好きなユウキだが、たった一点だけ___『遊戯王をやめろ』と言われることにだけは反発している。

 息子の心を読んだかのように、母親はユウキが何度聞いたか分からない質問から始める。

 

「今日も遊戯王?」

「うん。明日もカード屋に行くから、この時間帯に帰ってくる予定」

「はぁ……変にお金を使うのは反対したいけど、友達とコニュニケーションが取れるのはいいことよね」

「最悪、売ればお金になるし。母さんもそろそろ折れてほしいんだけどなぁ」

「将来役に立つわけでもないでしょうに。ま、ほどほどにしておきなさいな」

 

 こんな感じのやり取りがもう4年。いつもこのことだけはうるさいが、心の中ではそんな母親が好きだった。

 その後、夕食を終え入浴し、明日の支度などを行い、ふとユウキが時計を見るとすでに11時になっていた。

 明日の大学に備え、すぐさまベットに潜り込む。夜更かしをすると朝、母親がうるさいのも理由の一つだ。

 電気をリモコンで消そうとするとき、ふと机の上のデッキが目に入った。

 遊戯王を初めて、初めて自分の手で組み上げたデッキ。公式のデッキケースのいつの間にか傷が付き、長い間付き合ってきたのが一目で分かった。

 

「……もう、そんな長いことやってるんだな」

 

 眼をつぶれば、遊戯王を始めたときの事を思い出す。

 周囲に取り残されないために、話題作りのために始めたこと。何から手を出したら良いか分からず、とりあえず大量のカードをもらったこと。

 続けていく中で、友人の幅が広がったこと。それがうれしくて、没頭していったこと。

 やっぱり母親には悪いが、やめるつもりはない。明日もまた、遊戯王を遊びたいとユウキは少しにやけながら眠りについた。

 

 

 明日も同じような日常があると、勝手にそう思い込んで。

 

 

 

『ユウキ、ユウキ。起きてください』

 

 眠っているはずのユウキの頭に、聞いたことのない女性の声が響く。

 自然に眠りから覚めた彼には不思議と眠気はなく、すんなりと目を開ける。が、何も見えない。

 水の中にいるような浮遊感があるのに、しっかりと立っているような感覚。

 何も感じないのに、そこに何かがいることが分かる。

 この状況を一言で説明するのなら、『夢』という言葉がしっくりくるだろう。

 

「誰?」

 

 こぼれた一言めは問いかけだった。

何も分からない状況。とりあえず現状把握が出来ないとここから進めないので、返事があることを祈る。

 返事はすぐに返ってきた。

 

『私は……名を思い出せません。それほど、永い年月が経ってしまっていて……すみません』

「oh・・・・・・」

 

 まさかの記憶喪失者だった。思わず変な声が漏れてしまい、肩を落とす。身体の感覚はないのだが。

 会話を断ち切る訳にもいかず、続けて声に向かって質問する。

 

「俺に何か用です?」

『はい。単刀直入に言います。高屋ユウキ。貴方に世界を救ってほしいのです』

「俺……が、世界を?」

 

 あまりにも現実味のなく、抽象的で素直な頼み事に苦笑を漏らす。世界を救うだなんて、ファンタジー小説くらいでしか聞いたことがない。

 最近、ライトノベルも読んだ記憶はない。果たして、どんなことをしたらこんな中二病くさい夢を見るのだろう、と自分に呆れてしまう。

 だが、そんな夢の声はふざけているようには全く聞こえないトーンでユウキに語り掛け続ける。

 

『はい。貴方のみ精神が繋がりました。お願いします。あの結末を、あの終焉を、変えてくれませんか?』

「ちょっと待って・・・・・・抽象的すぎてまったく意味が分からないんですが」

 

 先ほどから声の説明はあやふやで、具体的なことが全く分からない。ユウキの混乱は当たり前のものだが、声もどこか困惑した声で自身について語る。

 

『何度もすみません。私自身、自分が何者で、どうしてこのようなことを頼もうとしているのか。忘れてしまったのです』

「それは話にならないでしょ……」

『わかっています。でも、貴方が唯一の希望の光なのです。唯一、私が話しかけられた、たった一人の決闘者(デュエリスト)なのです』

 

 ___決闘者(デュエリスト)

 

 その単語が聞こえたとき、ユウキの胸が高鳴り始める。遊戯王関連の夢だとようやく分かって、彼の心は踊り始めた。

 もし、作品中のようにモンスターをリアルで感じられるのなら、決闘者冥利に尽きるというものだ。先ほどとは打って変わって、ウキウキ気分のユウキは調子に乗り始める。

 

「つまり・・・・・・デュエルで世界を救う、的な感じ!?」

『・・・・・・おそらくは。断言は出来ませんが』

「良いって!俺、デュエルは大好きだから!」

『なら・・・・・・お願いしても?』

「おう!貴方が何者で、どうして俺が選ばれたのかはよくわからないけど、遊戯王関係だったら大歓迎!」

『ありがとう……。どうか、あの結末を変えてください。最後の希望 ユウキ……』

 

 その言葉を最後に声は聞こえなくなり、何かがいる感覚もしなくなった。それと同時に腰に光の粒がユウキの腰に集まって、デッキケースへと変わる。早速中身を確認すると、ユウキが使用している光子銀河のデッキそのものだった。

 

「おお!銀河眼(ギャラクシーアイズ)デッキか!しかも、俺の組んだものと同じ!」

 

 夢の中でもこのデッキに会えたことに、テンションがさらに上がるユウキ。心躍るまま、普段は出ないようか言葉を飛ばす。

 

「さあ!どんな奴でもかかってこい!」

 

 そう、こんな強気な発言をしたところで、再び浮遊感に襲われた。

 しかも、今さっきのようなフワフワした感覚ではなく、背筋がゾクッとするような感覚。

 

 

 

 具体的には、すっごい高所から落下するような。

 

 

 思わず下を見ると、下に雲が見えた。

 それがどういうことを意味するか、考えなくても分かるだろう。

 

「・・・・・・うわああああああああああああああああああああああああああ!!!?」

 

 そのままユウキは何がどうなっているかもわからず、空から地上へ落下していく。

 大量の涙を流しながら、彼は空で叫ぶ。

 

「夢なら早く覚めてくれえええええええ!!!!!」

 

 当然、その願いを叶えてくれるものなどいない訳なのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 ここは『端末世界(ターミナルワールド)

 地球とは違う場所。デュエルモンスターズのモンスターが生息し、日々生きるため戦いを続けている。

 今回の戦いの舞台は、ミストバレーの湿地帯。普段は穏やかな風が吹き、静かで平和な場所。だが今は空気が震え、平穏が崩された戦場化していた。

 ここを住処としている風の一族、ガスタと、湿地帯にある資源を求め侵略してくる水の集団、リチュアの激突がもう数え切れないほど勃発していた。

 湿地帯側には緑の獣たちと彼らと力を合わせ、リチュアを撃退しようとするガスタの人影がある。

 それをあざ笑うかのように蹴散らしていくのは、魚のような姿をしたリチュアの大軍隊。ガスタの兵力の二倍上はある大量の兵士が湿地帯を進軍していく。

 水の魔術が、魚人のもつ武器が、ガスタを貫き、地へと倒れさせていく。それに比例して、湿地帯の緑が次々に赤色に染まっていく。

 今のままでは、だれが見てもリチュアの進軍が止まることはなく、湿地帯が侵略されるのも時間の問題だと感じるだろう。

 

 そこに一陣の風が吹く。

 

 湿地帯の奥から、緑の鳥獣に乗った少女が風のような速度で飛び出してきた。

 

「ウィンダ様!!」

 

 前線で戦闘を行っているガスタの一人が、少女を見て叫ぶ。まだ幼さを残す、緑髪の少女はそのまま大群へと向かっていく。

 

「ガルド!前線の敵を吹き飛ばして!!」

「キャオォォ!!!」

 

 ウィンダと呼ばれた少女が乗っている鳥獣に指示を出すと、鳥獣はその言葉に答え、リチュアの兵隊たちを羽ばたきで吹き飛ばす。

 その光景に、ガスタの者たちは歓声を上げ、リチュアの者たちは動きを止め少女を見上げる。

 

「侵略するリチュアの者たちに継ぐ!」

 

 上空からウィンダは力強い声を上げ、リチュアに最後の警告を行う。

 

「我らガスタの里は神聖なる地。これ以上湿地帯を侵攻し、この地を汚すというのなら命は保証しない!今すぐこの場から立ち去れ!」

 

 殺傷を嫌うガスタの警告、慈悲にリチュアの兵隊は動こうとしなかった。

 兵隊を見ているウィンダは先ほどの声とは裏腹に、内心ひやひやしている。

 

(今までの侵略部隊とは数が違う。全部、ただの様子見だったんだ……。これで引き下がってくれるわけないよね……)

 

 彼女の予想通り、リチュアの兵隊は再び侵攻を始める。それを見たウィンダは苦い顔をして、下の同胞たちへと言葉を投げる。

 

「リチュアは完全に敵対してきました!我がガスタの同胞たちよ!心は痛むと思いますが、全力で彼らを撃退してください!!」

「「「うおおおおおお!!」」」

 

 彼女の声で士気が上がる。ガスタの軍勢から雄叫びが上がり、再びガスタとリチュアの激突が始まる。

 

「私たちも行くよ!ガルド!」

「キュイ!」

 

 突撃する同胞たちと同じように、ウィンダとその契約獣であるガスタ・ガルドは空からリチュアへと突進していく。ガスタ・ガルドはまるで風のような速さでリチュアからの魔術をよけ、搭乗者で相棒のウィンダを守り続ける。

 その時間を使い、ウィンダは自身の杖に見えない風の塊を上空から落とす。

 

「吹き飛びなさい!『gale』!!」

 

 『強風』の名が示す通り、風の塊(エアー・バレット)をぶつけられたリチュアが四方八方に吹き飛ぶ。

 ある者は上空に飛びあがった後そのまま地面にたたきつけられ気絶し、ある者は真横に飛びながら、仲間を巻き込んで遠ざかっていく。

 

「ちぃ!!上空に注意せよ!ガスタの巫女からの攻撃があるぞ!!」

「注意したって、見えない風はかわせない!ガルド!」

 

 リチュアが戦況を立て直そうとするが、そんな暇は与えない。咄嗟のウィンダの指示にもかかわらず、ガルドは少しだけ今の高度から上昇し、直後にリチュアの軍団に向かって突撃していく。

 

「キュイぃぃぃぃ!!!!!」

 

 落下スピードを高め、ガスタに突っ込むその姿はまさしく、『暴風』

 直撃したものはもちろん、周囲にいた戦闘員たちも吹き飛ばしながら、リチュア軍の奥へと駆け抜ける。

 その暴風が突き抜けた後には、一本の道が作り上げられていた。

 しかし、こんな押されている状況でもリチュアは恐れない。今の攻撃から確実に彼女を叩き落す魔術を繰り出し始めた。

 

「くらえ、『咬傷(バイト)』!」

「ガルド、スピードを上げて!」

 

 ガルドがスピードを上げ、空を自由に飛び回るがその魔術__鋭い牙を持つ水の蛇は彼女たちの後ろを確実に追いかけてくる。

 命を食らう水の蛇が風の鳥獣に、少女に襲い掛かる。

 

 このままでは二人が水の蛇に飲み込まれるのは確実。だが、その確実さえも覆す絆が二人にはある。

 

「ガルド、水流の周りをできるだけ早く飛んで!」

「キュイ!」

 

 自ら攻撃にあたりに行くようなウィンダの指示に、ガルドはまったく疑問に思わずに従う。

 何も考えていない訳ではない。彼ら原住生物だって、厳しい自然界で生き抜く知恵と獰猛さを持っている。

 何より___信じているからだ。ずっと一緒に生活してきた、ウィンダという相棒を。

 

「バカめ、わざわざ突っ込んでくるとはな!」

 

 下でリチュアたちがその行動をバカにする。

 だが、彼らは知らない。

 ガルドがウィンダを信じているように、ウィンダもまたガルドを信じていることを。

 

 

 彼女たちの絆の強さを、侵略者は知らない。

 

 リチュアの魔術とガルドが直撃する寸前、緑の風が水の蛇の周囲を駆け巡った。

 予想外の結果だったのか、追尾標的を見失ったように地上に衝突。無様に水たまりをつくり消滅する。

 一方のウィンダ達は無傷。これはガルドの飛び方以外にも、ウィンダの天啓とガルドへの指示が非常にうまかったことが理由である。

 

「か、完全によけ切った、だと!!?」

「そこ!『gale』!!!」

 

 リチュアが驚愕している隙を突き、ウィンダは風の塊をリチュアへと叩き込む。

 次々に侵略者を蹴散らしていくウィンダだが、その心は全く晴れず、むしろ悲しみが渦巻いていた。

 

(昔は、こんなんじゃなかったのに……。どうしてなの、ノエリアさん……)

 

 もう戻ることのできない過去を思い出し、心痛めながら攻撃を続ける。そのウィンダの活躍により、ガスタが徐々に押し返し戦場は停滞気味となる。

 

 

 だが、いつまでの停滞が続くほど戦いは甘くないのだ。

 

 突然、前触れもなく、ガスタへと水の砲弾が放たれる。

 上空にいて戦況が把握しやすいウィンダですら、その砲弾にギリギリまで気づかないほどの速度。複数放たれた砲弾が、地上のガスタの戦士に直撃する。

 

「な、なんだこれ!?あ!あ、あ・・・」

 

 彼が水の砲弾の中に閉じ込められた瞬間から、その肉体に変化が現れる。

 肉が溶け、急激に痩せていき、ついには皮だけとなる。それだけでは終わらず、皮も、ほかの部位も、溶けてなくなっていく。

 

 直撃から数秒後、彼の骨はもうこの場にはない。

 

「!みんな前を見て避けて!!」

 

 遅れて出したウィンダの指示もむなしく、既に必殺の砲弾は何発も直撃し無差別にガスタの命を奪っていた。

 

「みんな!!……このっ!!!」

 

 怒りのまま先ほど同じように、速度を上げてリチュアの大群へと突っ込んでいくウィンダとガルド。

 だが、同じ手が何度も通じるリチュアではない。

 

「キュアアアア!!!?」

「かはっ・・・・・・ま、魔法壁!?」

 

 前に強力な魔法壁が突然現れ、暴風の速度で突撃した彼女たちは皮肉にも自らが生み出した衝撃で地上に落下する。

 

「キュ、キュイぃ!!」」

 

 落下直前にガルドが自身をクッションにするようにウィンダを包み込む。彼女を死なせないために、自身のダメージを一切無視して。

 ガルドの転機によって、ウィンダ自体に大きなダメージはなく地上に立つことができた。

 

「ガルド……ゴメンね」

 

 自分を守ってくれた相棒に、そっと手を触れ撫でようとした時だ。彼女の直感が警報を鳴らす。

 ___このままでは死ぬと。

 

「ほかの命に注意を払っている場合?」

「っ!」

 

 前方から放たれた魔弾を何とかかわし、ウィンダはかつての友人と対峙する。

 ウィンダよりもさらに幼く見える、黒いローブを羽織った魔女のような姿をした少女はその手に鏡を埋め込んだ杖をウィンダに向けていた。

 

「やっぱり来てたんだね。エリアル!!」

 

 エリアルと呼ばれた水色の髪をした少女は、その声に応えることなく無言で杖から多くの水の魔弾を生み出す。

 それは、先ほどまでで多くの命を奪った必殺の魔弾。

 

「『魔弾 (マジックミサイル )』」

「『gale』!!」

 

 ウィンダも持っている杖をふるい、 風の塊(エアー・バレット )をぶつけて魔弾を相殺する。

 一発目はそれでしのげた。だが、二発目以降はどうだろうか。

 連続で放たれる魔弾をいなし、反撃しようとするウィンダだが、何発も連続で放たれる魔弾に対して回避に徹底することを強要された。

 無表情でこちらの命を奪おうとするエリアルに対して、友人としてウィンダは叫ぶ。

 

「エリアル!なんでこんなことするの!?ノエリアさんはどうしちゃったの!?昔には……もう戻れないの!!!?」

 

 瞳に涙をためて、ウィンダは必死に訴えかけが、エリアルから帰ってきた言葉は冷たかった。

 

「お義母さんがそうしたいから。いつまで昔に縛られてるの?いい加減ムカつくんだけど」

 

 ギロリと、殺意のこもった視線が、冷たい言葉がウィンダを突き刺す。その言葉で、ウィンダはうろたえ、何も言えなくなってしまう。

 はぁ、とため息をついたエリアルはウィンダを確実に殺す方法をとる。

 すなわち、自身の切り札、『リチュア』の由来の魔術。

 

「もういい。私直々にお前を殺してやる」

 

 エリアルは持っている杖の先端。リチュアの儀水鏡に触れ、エリアルが詠唱を始めると鏡から蒼く、そして黒い光がウィンダの視界を奪う。

 

「リチュアの儀水鏡よ。我が名はエリアル。我と契約せし古の悪魔を呼び出せ。この愚か者に死を与えるため!!!___降魔、マインドオーガス」

 

 詠唱によってエリアルの足元にリチュアの紋章が生まれると、そのまま彼女の体が紋章から生まれた闇に飲まれる。

 おぞましい気配が戦場に一瞬広がった後、紋章の中からエリアル。否、彼女の姿に似た半身がついた悪魔が現れた。

 

「な……な……」

 

 かつての友人が、あんなに笑顔を見せてくれた少女が、あまりにもおぞましい姿へと変わってしまったことに、ウィンダはショックを隠せず身体を震わせる。

 それに反して、その悪魔はニヤリといびつな笑みを浮かべて彼女の恐怖に歓喜する。

 

「どう?すさまじい力でしょ?これがリチュアの力。お義母さんが完成させた、リチュアの力!」

「なんで……なんでそこまでして、ノエリアさんに協力するの!?そんな悪魔になってまで!!エリアル!!!」

「この姿を侮蔑するな!!今の私は、イビリチュア・マインドオーガス!!お前を殺す悪魔なのだから!!!」

 

 エリアルことマインドオーガスは杖を天空に掲げる。すると、詠唱もなしで先ほどの 魔弾(マジックミサイル )が何十発も現れる。

 死神の鎌のごとく杖を振り下ろすと、すべての魔弾が雨のようにウィンダに襲い掛かる。

 

「『whirlwind』!!!」

 

 とっさにウィンダは『つむじ風』の名を持つ魔術を使用。地表で渦巻くつむじ風は、ウィンダの前に風の防壁を展開させた。

 本来なら、攻撃を受けた後に攻撃の方向を変えて、相手にぶつけるカウンター魔術なのだが、今回は防御特化させたため、ただの壁になっている。

 魔術同士が激突すると、真っ先に風の防壁が破壊され、ウィンダに何十発もの魔弾が襲い掛かる。

 

「きゃああああ!!!!!!!」

 

 その一発が彼女の右腕に当たるとウィンダの全身に激痛が走り、右腕は一瞬のうちに痩せ細って、杖も握れなくなってしまった。

 それでも彼女は倒れない。諦めない。諦めるわけにはいかない。

 大好きな一族を、家族を守るために。

 使える左腕で杖を構えなおし、激痛で顔を歪めながらも立ち上がる。

 

「ガスタは……私の、大好きな家族は……絶対に守るんだからぁ!!」

「家族……不愉快不愉快不愉快!!!!!その言葉を、私の前でほざくナァァァアアア!!」

 

 『家族』____その言葉がマインドオーガスの顔を醜く歪めた。

 鬼のような形相で、下半身に生えている無数の触手をウィンダへと襲い掛からせる。魔術ではなく直接的な攻撃に移ったのは彼女の未熟さであるが、負傷したウィンダ相手には関係のない話だ。

 下半身の触手で何度も何度も切り裂かれる。あっという間に、ウィンダの体はボロボロになり、立ち上がることすらできなくなってしまう。

 

「お前には分かるものか!!お義母さんのことも!私のことも!!!」

 

 悪魔へと変貌する前とは違い、感情を爆発させウィンダを殺そうとする。

 その顔は涙を流し、その叫びはまるで泣声に聞こえた。

 あっという間の出来事だった。ウィンダの身体に無数の傷ができ、血が止まることなく流れ続ける。息は荒く、治療を施さなくてはまちがいなく彼女は死へと向かうだろう。

 

「はぁ……はぁ……」

「もういい・・・・・・これくらいにしてあげるから。何も残せず、絶望して死んでいけ」

 

 言い返すことも、すでに抵抗することも今のウィンダには出来ない。

 マインドオーガスが再び杖を上に掲げると、今までとは比べものにならない、ウインド頼み立てでは数十人の命を軽く奪い取れるほどの大きさの魔弾が生まれた。

 悪魔が杖を振り下げ、ウィンダが諦めたように目を閉じる。命が失われる、戦場ではよくある光景だ。

 

(みんな・・・・・・お父さん・・・・・・ごめん)

 

 少女から無念の涙が落ちる。____そして、一つの影も空から戦場へと落ちる。

 

 

「うわああああああああああああ!!!!!」

 

 大量の涙を流し、一人の青年が自由落下してくる。そう__何を隠そう、高屋 ユウキ その人である。

 場所としては、ちょうどエリアルとウィンダの間らへんに、そのまま落下速度を上げながら、真っ逆さまに。

 

「人!?」

「はぁ!?何あれ!!?」

 

 先ほどまで殺伐とした空気が流れていた二人ですら、この変化には驚かざるを得ない。

 エリアルに落下する彼を受け止める理由はなく、ウィンダは大けがで動けないので、そのまま地上へどーん。

 土煙が上がり、某ヤム○ャのような体勢で見知らぬ大地にユウキはうずくまっていた。思わずのぞき込んだマインドオーガスは、不意に言葉を漏らす。

 

「……死んだ?」

「死んでません!!いきなり死んでたまるかぁ!!!」

「そ、じゃあ死ね」

 

 何者かわからない。ならば敵だと、マインドオーガスは決めつけ、ためらいもなく彼の足下へ魔弾を放つ。

 命の危機をとっさに感じ取ったユウキはかっこよく回避___出来るはずもなく、ただただ無様に尻餅をついて、目の前に落とされた魔弾の威力に目を見開く。

 地面に穴が一瞬で開き、動かなかったらどうなっていたか。その想像はあまりにもたやすくて、一気に冷や汗が吹き出る。

 

「!?え、何。これ、夢じゃないの!?」

 

 夢だと信じ切っていたユウキだが、今の光景にショックを受けパニックになる。魔法も何もない世界で生きていた人物なら当たり前の反応だろう。そんなまったく状況がわかっていない彼にさえ、悪魔は無慈悲に宣言する。

 

「夢じゃないわよ。あんたは今ここで私に殺される。名誉なことよ?マインドオーガスに殺されるなんて」

「そこの君!いいから逃げて!!!」

 

 パニックになるユウキ。必死になって呼びかけるウィンダ。彼を殺そうとするマインドオーガス。

 そんな次の瞬間には確実に命が消える場面に再び変化が起こる。

 

 

 

 マインドオーガスを見たユウキの顔が一瞬だけ真顔になると___突然目を輝かせたのだ。

 

「マインドオーガス!!本物!?」

「え、貴方。マインドオーガス知ってるの?」

 

 ヒーローショーを見る子供のような声を上げ、ユウキは悪魔へと駆け寄る。その目に先ほどの恐怖は消え失せ、歓喜と感動でいっぱいだった。

 全く想像もしていない反応に思わずマインドオーガスが漏らした言葉に、ユウキはオタク特有の早口で誰に向けてか分からない解説を始める。

 

「当り前だろ!!あのエリアルの儀式体!水属性、レベル6!モンスター効果は互いの墓地のカードを戻す!墓地のカードを戻すのは相手の墓地封じにも使えるし、自分のカードを戻せば(ry」

「わ、私の名前まで知ってるの!?」

「え、マインドオーガスが本物……ということは、リチュア・エリアルご本人!!?え、本物!?夢じゃないんだよね!!?」

 

 もはやテンションが限界突破しているユウキは誰にも止められない。改めてマインドオーガスの姿を頭から地面までなめるように見直し、グッと隠す気もないガッツポーズ。

 そして、噛み締めるかのように身体を感動で震わせていた。

 

「・・・・・・なんなの、あんた」

「いやぁ~、その、俺はエリアルが一番可愛いカードだと思ってて・・・・・・思わず感動してしまった」

「か、可愛い!?ふ、ふざけてるの!!?ぶっ飛ばされたいの!!!?」

 

 予想外のかわいいという言葉に、何とかしてユウキを殺そうとしていたマインドオーガス、否、エリアルも顔が真っ赤になり、あたふたし始め、その心情を現すかのように、下半身の触手も嬉しそうに揺れ動いている。

 ユウキの感動は止まることなく、ついにはエリアルにむかって拝み始める。

 

「こりゃいいもの見られたなぁ……。もう悔いはないかも」

「え、えぇ・・・・・・。なんか、殺す気も失せたんだけど・・・・・・。どうしよう、こいつ」

(それは私にも分からないよ、エリアル)

 

 なんだこれは。ウィンダの心はその一言だけだった。

 どうしてこんな戦場で、こんなコメディを見せられているのか。

 だが、ここは戦場。ただ考えなしに時間を過ごすわけにはいかない。ウィンダは正気に戻り、この状況を打破する方法を全力で考え始める。

 エリアルが素に、昔の彼女に戻っている今なら、見知らぬ彼を助けられるかもしれない。

 

 だが、肝心の方法は?

 

 

 ウィンダ自身はすでに体が動かない。

 

 

 彼女の相棒、ガルドは既に飛べない。

 

 

 ガスタの仲間は、マインドオーガスに恐怖して近くにはいない。

 

 

 

 方法が、ない。彼を、見知らぬ彼を、助け出す方法が何もない。

 少女の願いは届かず、戦況は変わっていく。

 

「ま、まあ、いいわ。少なくともあんたがリチュアにとってどうでも良い存在なのは確かだし。せいぜい、私の姿を見ながら消えて行きなさい」

「え!結局殺されるの!!?」

 

 エリアル、否、マインドオーガスは処刑を取りやめるつもりはない。一呼吸で魔力をためて、確実に命を奪う魔弾をユウキに向かって放つ。

 絶体絶命。その言葉が当てはまる状況。ただの人間であるユウキにとって、幸運がもう絡まらないこの状況で回避は不可能。それに万が一避けられたとしても、次はない。

 

 『死』

 

 その一文字がユウキの頭を埋め尽くした。恐怖を感じるまもなく、その結果を受け入れろとこの『現実』は告げた。

 

 

 ___カードを抜け!高屋ユウキ!!

 

 

 脳内に響いた男の声が、ユウキの身体を動かした。

 ごく自然な動きで、初めて腰につけているケースからデッキを取り出し、上から5枚カードを引き抜く。残ったデッキは空気に溶けるかのように消えていった。

 そして手札をほとんど見ることなく、一枚のカードを魔弾に向かってかざす。

 

「俺は、フォトン・スラッシャーを特殊召喚!」

 

 カードから光が放たれたれ、その中から無機質な戦士が登場する。

 その体は青白く光るラインが走り、身体を同じ大きさの剣を軽々と振りかざし、魔弾を容易く一刀両断。

 背後で二つに分かれた魔弾が消滅した直後、ユウキの意識が戻る。

 

「え、なんで俺生きてるの。てか、フォトン・スラッシャーぁ!? なんで!?」

「召喚術だと!お前、いったい何者!?」

「ただの人間です!どこにでもいる大学生なはずです!!」

「ただの人間が『高等魔術』である召喚術を使えるわけないでしょうが!『魔弾』!」

 

 ユウキもマインドオーガスも混乱しているよく分からない状況。マインドオーガスは今度こそ彼の命を奪うため、魔術を連発する。

 スラッシャーは召喚者を守るため、マインドオーガスへ突撃しながら先ほどと同じように魔弾を切り伏せていく。

 少しずつではあるが状況を把握し始めたユウキは一度呼吸を整えて、もう一度戦場を見渡す。

 スラッシャーはまちがいなく自分を守るために動いており、マインドオーガスもスラッシャーに翻弄されている。だが、相手はスラッシャーよりも攻撃力が高い。もし攻撃が当たれば消えてしまうだろう。決闘者の知識を生かし出した結論を変えるため、ユウキはカードを引こうとした瞬間、指に激痛が走る。

 

「いってぇ!? なんなんだよ・・・・・・ったく」

 

 次のカードを引けない。ならばと、再度手札を確認する。いつも見慣れたカードの中から、スラッシャーと同じような姿をした戦士が描かれたカードを先ほどの真似をするようにマインドオーガスへとかざす。

 すると、ユウキの思った通り___カードから光が放たれてもう一人の戦士が姿を現した。

 

「フォトン・クラッシャーを通常召喚・・・・・・でいいんだよな?」

「トォオオ!!」

 

 今度は棍棒を持った戦士___フォトン・クラッシャーだ。体の一部が青白く光っていることは、スラッシャーと同じく『フォトン』の力を宿している事を現していた。

 今度の召喚には特に驚くことはなく、マインドオーガスは冷静に的確な魔術を彼らに放つ。

 

「二体目……だったら、そいつらごとまとめて蹴散らしてあげる!『 流転(フロウ )』!!」

 

 弾ではなく、いくつもの水流がマインドオーガスの背後の魔法陣から放たれ、フォトンモンスターを襲う。

 反応したスラッシャーは自身を守ろうとするが、何かに縛られたように動けなくなる。その理由にユウキは心当たりがあった。

 フォトン・スラッシャー。このモンスターは攻撃力が高く特殊召喚できる代わりに、ほかのモンスターがいるとき攻撃できなくなるデメリットがある。今動けないのはそのせいだろう。

 フォトン・クラッシャーもデメリット効果を持っているモンスターだ。今のままでは二体のモンスターは破壊されてしまう。

 

(モンスター効果も顕在なのかよ!……なら、頼むぞ。マイエースカード!!)

 

 流転がモンスターに当たる前に、ユウキは新たなカードを切った。

 彼がこのカテゴリーを使いたいと思った、最高にかっこよくて美しい、銀河の竜。

 

「俺は、攻撃力2000以上のフォトン・スラッシャーとクラッシャーをリリース!」

 

 彼が宣言すると、二人の戦士の体が光の粒子となって混ざり、一つの十字架に変わる。突然狙いを失った水流は敵対者を失い、地面へ直撃して穴をつくり上げた。

 出現した中心に青い宝石が埋め込まれている赤い十字架をユウキは手を震えさせながら握ると、上空へと投げつけた。

 興奮で心を躍らせながら、アニメで聞いていたあの台詞をこの端末世界で叫んだ。

 

「闇に輝く銀河よ。希望の光となりて、我が僕に宿れ!光の化身、ここに降臨!!」

 

 投げられた十字架はさらにまばゆい光の粒を集めながら、一つの姿を現す。

 青白い体の光の竜。その眼には、銀河が浮かんでいた。その神々しい光景は、戦場の誰もが手を止めて思わず見上げてしまうほど。

 彼のエースモンスターが、世界の結末を変える希望の竜が、端末世界に降臨した瞬間だった。

 

 

「現れよ!銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)!!」

 

 

 

 

 

 

 

銀河眼の(ギャラクシーアイズ)……光子竜(フォトン・ドラゴン)、ですって!?そんな奴見たことない!リチュアの資料にも乗ってなかった!!」

 

 戦場に竜が現れると、マインドオーガスは驚愕の表情を浮かべ取り乱す。一方対峙しているユウキは深呼吸をして、落ち着いた頭で戦場を見定める。

 

(これ、もしかしなくてもリチュアの侵略をガスタが止めようとしているんだよな・・・・・・。周りに他のリチュアの儀式モンスターはいないし、エリアルが指揮官なのかも。なら、とりあえずエリアルの姿を消せば、士気が下がって撤退してくれる・・・・・・といいなぁ)

 

 ド素人の頭でとりあえず結論を出したユウキ。あとは、指示を出すだけ。

 攻撃対象をマインドオーガスへと定め、銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)は周囲の光を吸収し始める。

 同様に、マインドオーガスも今まで以上の魔力を込めて、巨大な魔弾を作り上げる。

 今までの水弾ではなく、悪魔の力が混ざった黒い魔弾。先ほどのものとは比べ物にならないほどの禍々しさが外見から見て分かる。

 感情を取り乱した悪魔は、何物でもないただの青年に向かって叫び散らす。___それはまるで、大人にむかって子供がわがままを言うかのように。

 

「どんな奴だろうが関係ない!私は、侵略を成功させなきゃいけないんだからぁ!!」

「悪いけど、俺も死ぬわけにはいかないんでね。この夢なのか分からん状況から抜け出さないといけないから」

「黙れぇぇぇえええええ!!!!!」

 

 まさに悪魔のような形相で、ユウキへと吠える。だが、彼はその叫びに動じない。

 不思議と先ほどのような恐怖はなかった。ただ、明確にはわからないマインドオーガスの___エリアルの苦しみが彼には感じ取っていた。

 瞳を閉じる。光を吸収し、高まっていく銀河眼(ギャラクシーアイズ)の力が最高点へ達したと同時に、眼を大きく開いてユウキは攻撃宣言を行う。

 

「行け、銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)!イビリチュア・マインドオーガスを攻撃!」

「負けない!負けたら、二度と認めてもらえない!消えろぉぉ!!『入減(デス)』!!!!!」

 

 彼女の渾身の力を込めた死の魔法が銀河眼(ギャラクシーアイズ)へ、ユウキへと放たれる。

 絶死の一撃に、銀河眼(ギャラクシーアイズ)もユウキの宣言と共に、口に収束させていた光のエネルギーを放出する。

 それは、漆黒の宇宙に輝く銀河の光。光の竜の体が最高の輝きを放ちながら、闇をかき消す。

 

「破滅の、フォトン・ストリーム!!」

 

 莫大な光の光線が入減 (デス)を一瞬で消し去り、そのままマインドオーガスへ直撃した。

 

「そんな……私は___」

 

 まばゆい光に飲み込まれ、そのまま悪魔は消え去った。

 その場に残ったのは、銀河眼(ギャラクシーアイズ)を操っていたユウキと倒れたウィンダ『だけ』だった。

 その決着は両陣営の全員が目撃したようで、一瞬の静寂の後、リチュアから声が上がる。

 

「エリアル様が、古の悪魔が、負けた……?」

「そんな……儀式体の悪魔だぞ!?それを打ち倒す力がガスタにあっただと!?」

「撤退だ!これではあまりにも分が悪い!撤退だぁ!!」

 

 先ほどまで撤退する、という選択肢すらないように感じたリチュアの軍勢も、司令官であり切り札である儀式体が倒されたことは相当ショックだったようで、誰もが逃げだしていく。

 

「……リチュアが、撤退していく。信じられない……」

 

 ウィンダは現状に理解が追い付かなかった。彼女の想定では、何とか犠牲を出しながらも撤退させることしかできないと踏んでいたから。

 だが、現実は彼女の想像を大いに超えていたのだ

 

 

 

 しばらくして、リチュアの軍勢がいなくなったウィンダ達の元に、新たな少女が駆け寄ってくる。髪をツインテールにした、少々筋肉質の少女だ。

 

「ウィンダ!無事!?」

「リーズさん……。はい、なんとか命はあります」

 

 リーズと呼ばれた少女はホっと息を吐き、ウィンダに肩を貸す。ウィンダの傷は回復しておらずマインドオーガスと戦闘した時と同じようにボロボロだが、何とか立ち上がることはできるまでは回復した。

 

「あの人が、助けてくれたんです」

 

 ユウキはまだ、エリアルを攻撃したときから動かない。その場に座って、何かをじっと待っているようだった。それはまだ、この戦いが終わっていないと言うかのように。

 

「……もう、大丈夫そうかなぁ。銀河眼(ギャラクシーアイズ)、戻ってきて」

 

 ユウキが宣言すると、どこからか現れた無数の光の粒子が再び竜の姿を形作る。

 先ほどからどこかへ姿を消していた銀河眼(ギャラクシーアイズ)が何事もなかったかのように舞い戻り、その手の中には儀式が解け、少女の姿に戻ったエリアルが眠っていた。

 

「エリアル!?」

「あ、ああ。多分気絶してるだけだと思う、よ? 銀河眼の効果で一時的に除外してただけだけだから、バトルは成立していないはずだし・・・・・・」

 

 驚き眼を丸くするウィンダにユウキは不安げに解説を行った。

 銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)にはいくつかの効果がある。

 そのうちの一つが、『戦闘を行うモンスターと自身をバトル終了まで除外し、フィールドに戻る』効果。

 つまり、あの時戦闘は発生しておらず、マインドオーガスと銀河眼(ギャラクシーアイズ)の両方は別次元に一時的に飛んでいただけ、という訳だ。

 突然空から落下してきて、自分たちを勝利へと導いた不思議な青年に、ウィンダは当たり前な質問する。不安そうな、だけど少しだけ希望を込めた声で。

 

「あの、君は、いったい何者?」

 

 だが、その質問にユウキは答えられなかった。なぜなら___

 

「それは・・・・・・また・・・・・・あ、と・・・・・・で・・・・・・」

「ちょ、ちょっと!!?」

 

 突然体から力が抜けて、意識が闇の中へ落ちてしまったからだ。それと同時に銀河眼も光の粒子となって消えてしまった。

 崩れ落ちるユウキと銀河眼の手から落ちるエリアルを受け止める物は誰もいない。二つの鈍い音が静かになった湿地帯から鳴った。

 

「一体、この男は・・・・・・」

 

 リーズがウィンダに問いかけるが、ただ彼女は首を横に振るだけ。

 

 

 

 こうして、正史とは異なる端末世界の物語が始まる。

 

 はたして、その先に待つのは、希望か。はたまた、絶望なのか。

 

 それはまだ、誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)。異世界からの召喚者。面白くなりそうじゃない」

 

 リチュアの本拠地。その最深部。一人の女性が先ほどの戦争を映した鏡を見て、静かにほそく笑んでいた。

 赤い髪をしたこの女性こそ、リチュアの長。かつて、名術師として名をはせたリチュア・ノエリアだ。

 彼女は既にリチュアが撤退したことや、エリアルが帰ってこないという『過去』の事よりも、異世界の力を見た『今』に興味を向けていた。

 

「古の悪魔を退けるほどの力……。欲しいわね。この手に加えたいわ」

 

 悪魔の笑みを浮かべ、満足したかのように部屋の外へと出ていくノエリア。

 

「さらなる力を、我が手に」

 

 彼女の影は、本物の悪魔のように形どる。

 リチュアの侵略は、まだ終わらない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 激戦の後に

改めまして、星野孝輔です。
このたび、端末IF第二話を読んでいただき、誠にありがとうございます。

この回でこの世界のエリアルがどんな属性なのかわかると思います。
新たなるエリアルをお楽しみつつ、本編もお楽しみください。



 高屋 ユウキが意識を取り戻したのは、ベッドの上だった。ただし、彼の部屋のベッドではなく、見知らぬ部屋。自分の身体を見ると、自室で着ていたジャージの上に、絹のようになめらかなさわり心地の白く大きめのシャツが着せられていた。

 部屋にはベッドの他に整理された机、いくつかの本が入った本棚。日光が差し込む窓。全てに木が使われており、森の香りで満たされていた。

 呼吸するだけで気持ちが落ち着いていくようだ。ここでなら何日もストレスなく眠ることができるだろう。

 だが、今のユウキに必要なのは睡眠ではなく、情報だ。まだ眠気が強いが無理矢理上半身を起こしくせ毛と頭をかいて目を覚まし、寝起きの脳で必死に情報を集め始める。

 

(確か、部屋で寝た後に変な夢を見て、調子に乗って意気込んでたら突然空から落下して・・・・・・それで・・・・・・)

 

 そこまで思い出したところで、ノックもなしに部屋の扉が突然開く。思いがけない訪問者に言葉にならない悲鳴が飛び出した。

 

「んなぁあああ!!?」

「ひゃあぁ!? お、起きたんだ……。よかったぁ……」

 

 悲鳴に驚きつつも笑顔で部屋に入ってきたのは綺麗な緑髪をポニーテールにした少女 ウィンダだった。彼女は机の下にしまわれていた椅子を取り出して、ベッドの横に座る。

 そのまままぶしい笑顔のまま、ウィンダは感謝の言葉をまだ頭が混乱しているユウキに告げる。

 

「まずは、助けてくれてありがとう。あの時、君が助けてくれなかったら私……ううん、ガスタが危なかった」

「ええっと……君はガスタの巫女 ウィンダ、であってるよ、ね?」

「うん、そうだよ。君は本当に不思議な人だね。エリアルだけじゃなく、私の名前と役割も当てちゃうんだから」

 

 ウィンダを前にしてポリポリと頬をかきながら、ユウキは目線を泳がせる。そのことが彼女にとっては不思議でしかなく、彼の顔をのぞき込むようにして目線を合わせようとする。

 

「どうしたの? もしかして、どこか痛かったりする?」

 

 そんな純粋に心配されているユウキさんですが___

 

 

(やめろぉ!!!そんな、そんな純粋でかわいらしい顔でこっちを見るなぁ!!!)

 

 ものすごく悶々としておりましたとさ。

 元々女性に対しての免疫がほぼ0のユウキ。当たり前のように恋人が出来たこともなければ、良い感じになった人数も0。

 大学に入れば多少は女性と関われると都市伝説を信じていたが、現実は残酷であった。

 だが、これは免疫の問題ではないとユウキは感じ取っていた。

 あの、イラスト通りの正当派美少女であるウィンダが目の前にいるのだ。決闘者でなくても、緊張するだろうと、勝手に決めつけた。

 

「別に、何でもないデス。ハイ」

「そっかぁ。君が無事なら何よりだからね!」

 

 ユウキが無理矢理絞り出した声にも特に気づくこともなく、ウィンダは肩の力を抜いた。

 だが、二人が沈黙することはない。ユウキは現状を、ウィンダはユウキの正体を知らなくてはいけないのだから。

 

「じゃあ、改めて自己紹介。私はウィンダ。ここで巫女をやってます!まぁ、最近は戦いばっかで本業を全くやれてないんだけどね。アハハ・・・・・・」

「それは、なんというか・・・・・・お疲れ様、なのかな。あ、俺は高屋ユウキ。19歳の一般人・・・・・・のはずです、ハイ」

「本当に? なんか別世界の勇者様とかじゃないんだよね?」

「ハイ。大変申し訳ありませんが・・・・・・。別世界、というのは正しいと思うけど」

 

 別世界、という言葉にウィンダは少しだけ表情を曇らせたがすぐに隠した。

 彼女にとって、たった一つの心残りは彼には関係ないからだ。

 ユウキもウィンダの表情の変化には気づいていたが、わざわざ隠したことを追求することはない。

 何事もなかったかのように、互いの質問は続く。

 

「別世界って言ったけど、私やエリアルのことを知ってた理由も関わっているのかな?」

「その、すごく信じられない話だとは思うんだけどさ___」

 

 ユウキは自分がいた世界のことを話し始める。

 遊戯王というカードゲームがあること。自分がそのプレイヤー、決闘者であること。そして、彼女たちがそのカードゲームの登場キャラクターであることを。

 ウィンダはユウキの話を聞いて、信じられないという感想を抱くが、彼が嘘をついているとは思えない。

 自分たちがただの創作物だと言われて、簡単に信じられる人の方がいないだろう。しかし、彼が自分たちを知っている理由としては納得のいくものだ。

 ユウキの出自はとりあえず分かった。だが、そんなただの一般人と自称する彼が何故自分たちを救ってくれたのか。それがウィンダの最も知りたいことだった。

 魔術が使えるガスタですら戦場ではあっけなく命を落としていく。それなのに、何故彼はリチュアの前に立ち塞がったのか。

 

「魔術も、君が言う特別な力もないのに、なんで私を助けてくれたの?」

「あ~・・・・・・成り行き、ではあるんだけど。とりあえず誰かが死にかかってるのに見捨てることはできなかったかな」

「優しいんだね、君は。とっても勇気があるんだね」

「それはちょっと言い過ぎだと思う。ただ必死だっただけだから」

 

 通常時であればごく普通の理由を述べるユウキだが、ウィンダにはその難しさが分かる。

 目の前に恐怖があれば、逃げてしまいたくなるのが生命なのだから。その恐怖から逃げず、まっすぐ見つめることはまさしく『強さ』と呼べる物を、彼女はユウキから感じ取っていた。

 

「でさ、君はこれからどうするつもり? どこか行く当てはあるの?」

「ナイデスネ、ハイ」

「だったら、うちに来なよ!この部屋は空室だったし、私を救ってくれた君をほっておけないし。ね?」

「は、ハイ。おねがい、します」

 

 突然の願ってもいない申し出にユウキは反射的に頷く。もっとも、彼が座っているベッドに手を置き、ずいっと身を乗り出してきたウィンダの迫力に押されたのが大体の原因だ。

 とりあえずベッドから名残惜しく抜け出して、ウィンダが持ってきていた衣服へ着替えることに。

 黒の肌着に綺麗な新緑色に染め上げられたセータ。白色のズボンに皮で出来たブーツ。

 この内容を見て、内心冷や汗をかいているユウキ。単に現実世界でこんなおしゃれな物を着たことが全くないから、どんな感じになるのかが全く想像できないのだ。

 

(せめて、ダサくなりませんように・・・・・・衣服に負けませんに・・・・・・!)

 

 一度ウィンダに部屋を出てもらい、震えた手つきで着替えていくユウキ。着ていくたびに未知の衣服の良さに身体の震えが止まらなくなっていく。

 肌触りは彼が着たい服の中で最高といってもいいほど心地よく、それでいて動きを阻害するような堅さが全くないだけでなく、部屋着にしても大丈夫なほどに軽い。

 

(それでいてオシャレなのずるすぎませんか)

 

 鏡の前でガスタ衣装に着替え終わった自分を見て、呆然とするユウキ。人生の中で最もおしゃれな服装であり、元の世界では高度なコスプレでもあるその格好に決闘者として感動しているが、どこか衣装に食われている自分に悲しみを覚えていた。

 

「ユウキ~? 着替え終わった~?」

(あのウィンダに名前を呼ばれた!!?)

 

 あの人気カードであるウィンダに名前を呼ばれるという普通ではない出来事でユウキに意識が戻る。

 恐る恐る扉を開くと、先ほどと同じように笑って出迎えてくれるウィンダの姿があった。ただ壁にもたれかかっているだけなのに漂う美少女オーラにユウキは燃え尽きそうだった。

 

「おー、なかなか様になってるね。じゃあ、外に行こっか。皆にユウキを紹介しないと!」

「よ、よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 ガスタの里。ミストバレー湿地帯の奥に存在するガスタの一族の棲み処。

 普段は原住生物たちが侵入者を排除しているため、侵略はありえないが、今はリチュアの攻撃によりその防衛が機能していない状態だった。

 ガスタは争いを好まぬ温厚な一族。ゆえに、今回の侵略で大きな被害を受けており、今現在も集会場では現状打破の集会が行われていた。

 

「ふむ、正体の知れない青年、か。本当に戦力になるのだろうか」

 

 中年の男性が今日の報告を受ける。

 彼は、ガスタの賢者 ウィンダール。現在のガスタの族長で、ウィンダの父親でもある。

 

「戦力にはなるでしょうけど、部外者にあたしたちを守ってもらうなんて、趣味じゃないです」

 

 報告したのはツインテールの女性。ガスタの疾風 リーズ。戦場からユウキとウィンダを運んだのは彼女だ。

 彼女はガスタの中で戦いを司る『戦士家』の生まれで、どちらかというと血の気が多い。ガスタは自分たち『戦士家』が守り抜く、というプライドからの発言だろう。

 

「まあ、落ち着きなさい。リーズ。彼はウィンダを救ったのだろう?ならば、頼りにしてもいいだろう」

 

 優し気な笑みを浮かべながらリーズをたしなめる男性は、ガスタの神官 ムスト。

 『神官家』の一人で、軍師として裏から戦場を支えている。しかし、最近ノエリアの策略が読めず力不足を感じていた。現状打破のために、新たな戦力については好意的だ。

 が、そう簡単にプライドを無視できれば人は苦労しない。リーズはムストへと反論する。

 

「でも、あいつ。エリアルの名前を知っていました!今回の助けたのだって、リチュアの作戦かもしれないんですよ!?」

「それでも、戦士家の皆も今は負傷している者が多い。少なくとも今は彼と力を合わせるべきではないかね?」

「でも!」

「ふ、二人とも、落ち着いてください」

 

 口論する二人を止めようとする女性は、ガスタの静寂 カーム。

 神官家の出身で、リーズとは幼馴染である。正確はリーズとは正反対だが、仲は良い。

 ガスタを愛しており、争いを最も好まない性格ゆえに、誰からも愛されている女性。

 彼女を困らせる者は、大抵ひどい目に合うという噂もあるが、定かではない。

 

「そうだよ!ウィンダおねーちゃんがその人を見極めているんでしょ?リーズおねーちゃんとお父さんが言い争っても意味ないよ!」

 

 そう訴えるのは幼い少年。ガスタの希望 カムイ。

 幼いながらも、ガスタの原住生物と心を通わせることに成功している、将来有望な少年だ。

集会に出ている他の者たちも、ガスタは自分たちで守るという意見と、新しい戦力が必要だという意見で真っ二つに分かれていた。

 集会所に緊迫した空気に新たな風が吹く。透き通るような声が響き渡ったのだ。

 

「みんなー!私たちの恩人が目を覚ましたよー!」

 

 集会所へウィンダとユウキが入ってきた。ユウキは手を引っ張られたままで、ウィンダと二人でウィンダールの横に立つ。

 ウィンダールは空気を『わざと』読まずに入ってきた娘を見て、眉間に小さなしわをつくる。

 

「ウィンダ、何も説明をせずにここに来ただろう。彼、困惑しているぞ。」

「……あ」

「はぁ……。前から勢いだけで飛び出すな、と何度も言っているだろう。」

 

 族長から父親の顔へと変わったウィンダールはコツンと、軽くウィンダの頭をたたいた後、困惑しているユウキへと優しく声をかける。

 

「私の娘がすまなかったね、青年。話はある程度ウィンダから聞いているよ。先日のリチュアとの戦いでは随分と大きな戦果を上げてくれたようだ。」

「えっと・・・・・・貴方は、ガスタの賢者 ウィンダールさん、ですね?」

「……ああ、そうだ。驚いたな。私のことも知っているとはね」

「は、はぁ。あの、これってどういう状況なんですか? なんか、緊迫した空気でしたけど・・・・・・」

 

 今のところ、ユウキにはほとんどのことが分かっていない。

 わかっているのは、ここが端末世界であることと、これは夢ではないことだ。彼自身としてはこれが夢で、気づいたら自室だったーというオチがあってほしいのだが。

 何より、成り行きでウィンダを助けてしまったことが、彼にとっては大きな心配だった。本来の歴史では自分という遺物は存在しない。これでは自分が知る端末世界の結末と変わって……

 

(あ、あれ?どうなるんだっけ?)

 

 おかしい。端末世界のストーリーは一通り覚えていたはずなのに、何一つとして思い出せない。まるで、誰かが思い出させないようにしているかのようだった。

 覚えているのは、その結末___世界が終末へと向かっていく中、神との最終決戦があることだけ。

 

 他にも何かおかしい。

 

 いくらエリアルが好きだからと言って、命の危機にあえば恐怖が湧き上がるはずだ。なのに、まったく恐怖を感じなかったのは何故か。

 世の中には、決闘者ならよくあること、とか言われるが、ユウキは普通の人間である。

 まあ、モンスターが召喚して実体化していることには疑問を持っていないのだが。

 ユウキが色々考えていても答えは出ない。無意識に顔に出ていたようで、ウィンダールが心配そうに彼の顔をのぞき込んだ。

 

「不思議な顔をしているが、大丈夫か? もし、まだ体調が優れないなら、休んでいてもらってもかまわない。」

「へ? あ、はい。大丈夫です。というか、なんでここまでしてくれるんですか?」

「リチュアの侵略から我々ガスタを守ってくれた救世主だから、と言ったら?」

「きゅ、救世主ぅ!!!?」

 

 

 

 

 

 

「救世主だなんて、そんなむちゃくちゃなぁ……」

 

 部屋の中で一人、ユウキはベッドの上でつぶやく。

 部屋は前に寝ていた部屋で、そこを自由に使っていいと言われた。さらにありがたいことに、ウィンダから渡された衣装も私物に。さらに、外は寒いということで薄茶色のコートもいただいてしまった。

 整理する時間が欲しいと言ってあの場は切り抜けたが、異世界に来たどころか救世主になってくれ、ときてしまいユウキの頭はパンクしそうだった。

 

「そもそもあの声、誰だったんだ?」

 

 この世界に来る前、おそらく端末世界に来てしまった原因は、あの女性の声に了承してしまったからだろう。

 声は言った。世界を救ってほしいと。

 自分じゃなくてもいいのに、と不満を漏らす。母親も元の世界にいる。一人にさせることはしないと誓っていたのに。

 こうして、いくら青年が文句を言っても、元の世界には戻れないし、夢は覚めない。ため息をついて、とりあえずデッキを見てみる。

 自分の手持ちは、貸してもらった服とこのデッキしかない。やることと言えば、先ほどの答えを考えることくらいだ。

 ぼーっとカードを見ていたユウキはようやく、デッキの異変を見つける。

 

「エクストラデッキのカードが、何も書かれてない?」

 

 エクストラデッキ。つまり、融合・シンクロ・エクシーズモンスターのカードが使えなくなっている。

 メインデッキは大丈夫かと不安になり、カードを確認していく。

 

『ずいぶんと慌てているみたいだな、ええ?召喚者さんよ』

「!?」

 

 デッキを見ていると、今度は姿なき男の声が聞こえた。部屋の周りには人の気配はないが、間違いなく話しかけられた。

 ベッドの上で思わず飛び跳ねると、その声がエリアルとの戦いの最中に聞こえたものと同じ事に気づく。

そして『召喚者』のワードでその声の正体にすぐに気づくことができた。デッキの中から彼のエースカードを取り出し、声をかける。

 

「ぎゃ、銀河眼(ギャラクシーアイズ)、か?」

『そうだ。お前のエース、銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)様だ。エクストラのカードが使えないことを焦ってるのか?』

 

 声が聞こえる事と同調するように銀河眼の光子竜のカードが淡く光る。遊戯王のアニメではモンスターが自我をもって、キャラクターたちに話しかけることがある。

 それでも自分にその状況が降りかかってきても、平然としているユウキはやっぱりおかしいのだが。

 

「そう。ランク8とかのエクシーズ使ってただろ? 使えないのか?」

『ああ。それは俺とお前、お互いの気合いっつうかノリっつうか・・・・・・まあ、気持ちが高ぶっていくと解放される、らしい』

「らしいって・・・・・・」

『うっせぇ。俺も全容を把握してるわけじゃねぇ。ま、俺様に任せておけば安泰だからな』

「そうかなぁ・・・・・・不安しかねぇ」

 

 一見すると、ベッドの上でカードに向かって話しかけているイタイ青年の図が出来上がっている。

 エクストラデッキを使えないのは、結構な死活問題ではあるが、銀河眼(ギャラクシーアイズ)は気にせずユウキに話す。

 

『俺様の力はよーく知ってるだろ。なら、使いこなしてみせろや。そうすりゃ、すぐにエクストラのカードも使えるようになる』

「……わかった。とりあえず、これからもよろしく、銀河眼(ギャラクシーアイズ)

『ああ。期待はしといてやるよ。んじゃ、お勉強の時間だ。この世界はデュエルとは異なることが多い。俺様が知ってること教えてやるから、全部覚えろ』

 

 二人の絆ができたところで、銀河眼(ギャラクシーアイズ)からのレクチャーが始まる。

 高屋ユウキの端末世界生活はこうして過ぎていくのであった。

 

 

 

 

 

 

「パパぁ!!!ママぁ!!!どこにいるの!!!!」

 

 寒い、寒い、寒い。

 

 痛い、痛い、痛い。

 

 いくら泣き叫んでも、わめいても、誰も助けてくれなかった。

 

 両親はこの場にいない。もっとも、今では親の顔すら思い出せないが、

 

 必死に泣き叫んでいる『僕』は、バカみたいだ。どうせ、誰も気づいてくれやしない。

 

 ……あの人を除いて。

 

「エリアルちゃん!!?」

 

 一人の女性が僕に気づいた。すぐに駆け寄って、僕を抱きしめてくれた。

 

 その時の安心感を今でも覚えている。

 

 あの人のためなら、私の命も差し出して構わない。

 

 あの人の、娘になることができるのならば。

 

 その願いをかなえるために、彼女は暗闇に手を伸ばしている。

 

 それが、どんな結末になるか。まだ、知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 エリアルはベッドの上で目を覚ます。

 昔の記憶、思い出したくもない絶望の過去。目覚めは、最悪だった。

 手足は縛られていないが、謎の腕輪がつけられている。一目見た瞬間に魔術がほどこされていると見抜くエリアル。

 解除しようにも手元に儀水鏡はない。当り前だ。彼女はガスタの捕虜なのだから。

 

「拘束もないとは、相変わらず甘いわね。もっとも・・・・・・この状況を打破できない私が一番どうしようもないんだけど」

 

 自分の情けなさに、エリアルは笑ってしまう。儀水鏡がなければガスタの魔術もどきすら突破できない、非力な自分を。

 状況整理をするがてら、気を失う前の記憶を思い出す。

 ウィンダにとどめを刺そうとした時に、上空から突然男が落ちてきたのだ。

 それで殺そうとしたのだが失敗して、それで勝手に興奮されて、そして___

 

「・・・・・・~~~~!!!」

 

 一番可愛いとか言われたことを思い出してしまい、顔が真っ赤になる。

 

「そ、そんなんじゃなくて!!とにかく、あいつの召喚した竜のせいよ!!しかも、殺さずに捕まえるなんて、なんて悪趣味なのかしら!!」

 

 今度は怒りで顔が赤くなる。

 ただ、『かわいい』と言われたことによって、よくわからない感情が混ざっていることに彼女は気づいていない。

 そんな最中、狙ったかのように部屋の扉がノックされ一人の青年が部屋に入ってくる。

 

「お、お邪魔しま~す・・・・・・起きてますか・・・・・・?」

「____お前、よく私の前に顔を出せたな!!」

 

 部屋に入ってきたのは、例の男であるユウキだった。彼が持っているお盆のことなど全く気にせず、エリアルは怒りを爆発させ彼にとびかかった。

 驚くユウキだが、その意識は危害を加えられることに向けられていなかった。それは何故か。

 

「ちょ!?そんなことしたら、結界が!」

「ふぎゅ!?」

 

 エリアルがユウキにぶつかる寸前、彼らの間に一枚の緑色の壁が出現。そのままエリアルは壁に激突してしまい、自分でも聞いたことのない声が上げた。

 情けない声を聞かれたことに、さらに彼女の怒りが増す一方で、ユウキは恐る恐るエリアルに声をかける。

 

「えっと、どうやらエリアルから危害を加えようとすると、今みたいに結界が自動作成される魔術がその腕輪にかけられてる、らしい」

「ガスタのくせに、生意気なぁ……」

 

 涙声で頭をさするエリアルは非常に可愛らしく、思わず顔がにやけそうになる。そのユウキの目線が、さらに彼女の怒りの炎に油を注ぐ。

 が、このまま怒り続けていてもループするだけなので、エリアルが一旦落ち着いて、しかし怒りを込めてユウキをにらむ。

 

「で、何。殺すなら殺しなさい」

「いや、単に夕ご飯ができたから呼びに来ただけなんですが・・・・・・」

「夕ご飯、ですって?」

 

 あっけにとられる。捕虜なら、食料など与えない、または最低限が普通だろう。

 リチュアの中を見てきたエリアルには考えられない、信じられないことだった。

 ユウキは殺気におびえながら、おどおどと話を続ける。

 

「そう。償うためには身体も大切ってウィンダは言ってた。まぁ、俺には何が何だかさっぱりなんだけど」

「償い? 笑わせるわね。償うことなんて、一つもないわよ」

「あー・・・・・・あんまり言いたくないんだけど、万が一のことがあれば、儀水鏡を割ることになるって___」

「それだけはやめて!!」

 

 言葉を遮るようにエリアルは再度ユウキに飛びかかる。

 だが、結果は先ほどと同じだ。彼女は結界に阻まれてぶつかり、そのまま床に倒れ込む。

 強気の仮面は既に外れ、その声は震え始める。

 

「やめて……それだけは、やめて……。あれをなくしたら、お義母さんに……二度と認めてもらえない……」

 

 先ほどの強気で冷酷そうな彼女は消え、今ユウキの前にいるのは、必死に大切なものを失わないように、そのことに恐怖している、年相応の少女だった。

 哀れむような感情は彼女にとって侮辱だと分かっている。だが、少しだけ。母親に認めてもらいたい、褒めてもらいたいという事はユウキにはよく分かった。

 

「お義母さん……ノエリア、だね。エリアルがリチュアでどんな扱いを受けているのかは、俺には分からない」

 

 彼もまた、母親に対して深い感情を抱いている。ここまで育ててくれた、たった一人の家族に。だからこそ、暴走しているように見える彼女に言いたいことがある。

 

「母親に認めてもらいたいっていう想いはわかる。でも、認めてもらうことは、ほかの人を巻き込んでいいわけじゃない」

「お前に何がわかる!!」

「わからないさ。でも、このやり方でエリアル自身は満足するの? 知り合いの命を奪って、認められて___昔は一緒に笑っていた人を忘れられるの?」

 

 涙をためながら、エリアルは必死にユウキをにらむ。が、今度はおびえることなく、ユウキは彼女に手を差し伸べる。

 

「ウィンダ、待ってるよ」

 

 そんないい場面で、ぐぅ~、とエリアルから音が聞こえた。

 さっきからエリアルは顔が赤くなってばかりだが、今回は今までで一番赤くなる。

 それが羞恥心なのか、怒りによるものか、彼女自身も分からない。とにかく頭が沸騰しそうになっているのは事実だ。

 

「アハハ……。とりあえず、いこっか?」

「ぐぬぬ……。別に、お前の言ったことに納得したわけじゃないから!わかった!?」

「ハイハイ」

 

 本来ありえなかった青年と少女の出会い。奇しくも『母親への想い』という一点が共通している二人は何を変えるのだろうか。

 

 

 

 

 

 二人が部屋から出て階段を降りると、広めのリビングへと入る。

 爽やかな森の香りがするリビングでは、ウィンダールが書類整理を。よい匂いがする奥のキッチンでは、カームとウィンダが二人で夕食の準備をしていた。

 ウィンダールの指示通り、エリアルを連れてくることに成功したユウキ。まずは簡単にウィンダールに声をかける。

 

「ウィンダールさん。エリアルを連れてきました」

「ああ、ありがとう。ウィンダ、カーム。そろそろ食事にしようか。カームはカムイを呼んできてくれ」

「はーい。わかりました。……リーズは連れてこないほうがいいですよね?」

「ああ。リチュアを目の前にしたら、彼女は何をするかわからない。何人も友人を奪われているからな」

「わかりました……。エリアルちゃん、ちょっと待っててね」

 

 パタパタと足音を立てて、カームは部屋の外へ出ていく。残ったウィンダがエリアルに話しかける。

 

「エリアル……。こうやって落ち着いて話すのは久々だね?」

「……」

 

 エリアルは下を向いて、無言を返す。照れくさいなどの感情ではなく、話すことはないという拒絶の感情をもって。

 その態度に、ウィンダは寂しそうな顔をしてから、キッチンの奥から何かを持ってくる。

 

 それは、スープだった。見た目は何の変哲もない、ただの野菜スープ。

 

 その、ただのスープをいとおしく見つめながら、ウィンダは語る。

 

「これ、覚えてるかな?トリシューラ様の暴走で私たちが元々住んでた場所は氷漬けになっちゃって。そんなとき、ノエリアさんが私たちを助けてくれた」

「……」

「こっちに移動してきて、不安がいっぱいだった時に、ノエリアさんが初めて作ってくれたのが、この野菜のスープだった。今でも忘れないよ。寒かった後に飲んだ、とっても安心するあったかいスープは」

 

 エリアルは何も言わない。それでも、ウィンダは彼女に語り続ける。

 

「あのとき、みんな一緒に飲んで、それから泣いたよね。元々の場所への愛着だったり。あ、アバンスはナタリアさんを失って放心してたっけ……。忘れたい記憶だよ。私にとっても。カームさんやリーズさんにとっても。きっと、エリアルにとっても」

 

 トリシューラ。ユウキにもトラウマがある名前だ。

 レベル9のシンクロと言えばこいつ。もしくはミスト・ウォーム。

 とにかく、対象を取らない除外が強い。ユウキも何度も銀河眼を除外されていた。

 この世界では、かつて魔轟神ごと世界を滅ぼした氷結界の龍。

 ユウキにもこの知識はあった。そして、ウィンダ達のトラウマになっていることは、確かな記憶がなくても雰囲気で察することができた。

 

「だけどね。それでもエリアルやエミリア、アバンス。それにノエリアさんと一緒に生活した思い出は、絶対に忘れられないの。すごく大切な思い出だから」

 

 ウィンダはしっかりとエリアルを見る。そして、笑顔で思いを告げる。

 

「今だけでいいの。ガスタに捕まっている間だけは、昔みたいに仲良くしたいの。……ダメかな?」

 

 ウィンダの心からの願いを聞いたエリアルは、顔を俯けて彼女に近づき__

 

 

 

 スープを奪い取るように受け取って、一気に飲み込んだ。

 

「!!? あづっ!!!」

 

 当然スープなので熱々であり、それを一気に飲み込んだら吹き出すに決まっている。

 そして、吹き出したということは目の前にいるウィンダにかかるということで。

 

「あつっ!!!? な、何してるの、エリアル!?」

 

 ゴホゴホとむせるエリアルはやっぱり顔が赤くなっている。だが、吐き捨てるかのようにとげのある言葉でウィンダを突き放す。

 

「う、うっさい……。飲めばいいんでしょ。あんたたちの捕虜なんだから、勝手にしなさい。でも、私は絶対にリチュアに帰るから」

「……そっか」

 

 エリアルの想いは変わらない。彼女はリチュア、ガスタへの侵略者なのだから。悲しみと共に、ウィンダはその事実を受け止める。

 ウィンダールはその様子をうかがっており、口を出すべきかどうかを考えていた。

 部屋の中がシーンと静まり返る。

 

 

 

 異世界から来た青年が、ある一言を言うまでは。

 

「エリアルってさ、昔ツンデレだった?」

 

「ツンデレ?なにそれ?」

 

 ユウキが言った単語にウィンダが反応する。

 

 

「ええっと、別にあんたのためにやったわけじゃないんだからね!……みたいな感じで、本当はうれしいのにそれを表に出すのが恥ずかしくて、こうツンツンしてる感じの」

「あ~、確かにエリアルって昔からそんなことあったような~。あ!昔怪我してた私を治療してくれた時に、似たようなこと言ってた!」

「なぁ!!?」

 

 思い出したくもない過去を暴露され、エリアルの仮面が外れる。

 一方、ウィンダとユウキの会話は止まることを知らない。

 

「お礼言ったら、『べ、別に君のためじゃないし……』って言ってた!思い出したよ!!」

「あーやっぱり。そんな雰囲気だったけど、なんか良い子感が消せてないんだよなぁ。萌えポイント高い」

「萌えって?」

「エリアル見てて、なんかほんわかしたり、胸がキューンってなったことない?」

「あるある!昔から負けず嫌いで、かけっこで転んでも涙をこらえて一番になろうとしたり、『つ、次は負けないんだから!!』とか言ったり!」

「わぁああ!!!わぁああああああ!!!!やめなさい、あんたたち!!!ウィンダもいい加減にしてよ!!!!」

 

 もう顔が真っ赤のエリアルを無視して、楽しそうなウィンダとユウキのエリアル話は続く。

 

「あと、エリアルってさ、魔術で失敗して黒焦げになるイメージ、ない?」

「あー、わかる気がする。で、涙目になって『別に失敗してないし』とか言いそう」

「同意。他にも嫌いな食べ物があると、少しうろたえるんだけど、プルプルしながら食べて『まずくないし。食べれるし』とか言いそう」

「あ!そんなことあったよ!!確かあれは……」

 

 

「もういい!!もういいからぁあああああああああ!!!!!!!!!勝手に僕のイメージをつけるのやめろぉおおおおお!!!!!!!!」

 

 

「!今僕って!」

 

 昔の一人称が出たことに、昔馴染みのウィンダが見逃すはずがない。もう、エリアルの精神的LP(ライフポイント)はゼロである。

 

「ち、ちがぁ……」

 

 涙声で反論するが、まったく説得力がない。むしろ、二人のイジリ心を加速させるだけだ。

 

「マジの僕っ娘、だと……!!」

「そうなの!昔、エリアルは自分のことを僕って言ってたの!でも、男の子っぽいっていう理由で辞めたんだったっけ。懐かしいなぁ~」

「意外と乙女なんだ。エリアルって」

「うん!アバンスとエミリアとの関係性を顔赤くしながら聞いてたり、自分でお姫様と王子様のお話をつくって読み聞かせたり……。結構面白かったよ、その話」

「その話詳しく」

 

 ニヤニヤ顔で自分を見るユウキと、ほほえましい物を見る顔で自分を見てくるウィンダに、もう、エリアルは何も言い返せない。

 顔を真っ赤。耳どころか首まで真っ赤にして、もうこんな恥ずかしい思いはしないだろうというくらい羞恥に襲われ、ぺたんと地面に座り込んでしまう。

 その座り方は『女の子座り』というのだが、これがまたユウキの心をキューンとさせる。

 

「あーマジでかわいいよエリアル」

「うん!かわいいよね、エリアル!!」

 

 ただのオタクとしてのユウキの本心の言葉に、まったく無垢な言葉でウィンダが同意する。

 もう、エリアルの心は恥ずかしさとか誇りを失った怒りとか。とにかくいろいろごっちゃまぜになり、ついには泣き出してしまう。

 

「もういっそ殺せぇー!!!!!お願いだから消えさせて!!!!うわあああああああああん!!!!!!」

「ど、どうしたの!?何があったら、エリアルちゃんが泣き出すの!!?」

「エリアルおねーちゃん、どうしたの!?」

「泣き声がするから来てみたら……どうゆう状況よ、これ」

 

 エリアルの泣き声につられて、カームがカムイを連れて部屋に飛び込んでくる。それに続いて、突然ウィンダの家から泣き声が聞こえたため、リーズも現れる。

 だが、この三人に今の状況を理解しろ、というほうが無理である。

 そんな混沌とした部屋を見て、傍観していたウィンダールが一言つぶやく。

 

「……平和だな」

 

 

 

 

 

 

 エリアルがガスタに捕まってからの数日。ガスタの里は平和だった。

 例えば__

 

「きゃあああああ!!!!!?おろしてぇええええええええ!!!!」

「アハハハハ!!!ウケる!!エリアルがビビってる!!」

「ちょ、ちょっと!リーズ!?そんなに笑わなくても……」

「ええっと、大丈夫? エリアル」

「なら、おろしなさいよぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!?」

 

 ウィンダがエリアルを無理やりガルドに乗せて、空中散歩をしたり。

 なお、カムイはユウキの銀河眼(ギャラクシーアイズ)に目を輝かせていた。

 

「ユウキおにーちゃんの竜、カッコいい!」

「お、カムイは分かってるなぁ。銀河眼(ギャラクシーアイズ)も喜んでるよ」

『俺様がカッコいいのは当然だからな』

「・・・・・・しかし、エリアル大丈夫かえ」

 

 他にも__

 

「さて、どうしようかしら♪」

「別に、髪型なんて……」

「ダメよ、エリアルちゃん!折角きれいな髪なんだもの。ちゃんとオシャレしなきゃ♪」

「ううっ……」

 

 エリアルがカームのお人形になったり__

 

「儀水鏡返せ!!」

「ダメに決まってるでしょ!!」

 

 リーズとエリアルが喧嘩したり。なお、エリアルがボコボコにされました。

 そんな楽しい日常を過ごしている間、ガスタ全体ではエリアルの存在について会議が行われていた。

 その内容はほとんどが自由をなくし拘束して、リチュアのとの交渉材料にするべきだという意見が多い。

 いくら温厚なガスタでも、何度も侵略を受け、身内を殺されていればその怒りは抑えることが出来ない。中には過激派の意見もあり、殺してしまえ、というものも。

 ユウキは特に関わることはしなかったのだが、その日の夜、ウィンダから依頼があった。

 

「このままだと、エリアルがまずい状況になるかも……。ユウキ、貴方の意見を聞かせてくれないかな?」

「・・・・・・部外者の俺が出ても大丈夫なの?」

「なんとかしてみる!部外者の意見もいるし、なにより私の恩人だもん!」

「それは関係ないのでは」

 

 本当に考えているのか、ただ勢いで発言しているだけなのか分からないウィンダの発言に、思わずあきれ顔をさらしてしまうユウキ。

 ただ、推しキャラであるエリアルがひどい目に遭うのを見過ごしたくはない。何が出来るかは分からないが、とりあえず参加させてもらうことにした。

 翌日の夜、ウィンダに連れられてガスタの集会所に入ったユウキは、予想通りのその想い空気に苦笑いを漏らす。

 部外者であるユウキの姿を見たウィンダールやリーズ達、戦士家は当然会議に参加することに渋い顔を見せるが、皆に必死に頭を下げているウィンダに免じて納得したようだ。

 ユウキが指定された席に着くと、ガスタにとっていつもと変わらない意見が拮抗し一向に決着が付かない時間が始まった。

 口を挟むこともなくユウキはただ意見に耳を傾けて、ウィンダールから発言を促されるまでは地蔵のように固まっていた。

 

「___では、ユウキ君。君の意見を聞かせてもらいたい」

「あ、はい。ええと、確認なんですけど、ガスタの皆さんはリチュアと争いたいわけではないんですよね?」

 

 そんな当たり前の質問に、困惑の声はあれど誰も反対の声は出さなかった。それを確認したユウキは不思議そうに言葉を続けた。

 

「なのに、なんでリチュアにケンカを売るようなことするんですか? 今みたいに自由にさせれば良いと思うんですけど・・・・・・」

 

 あまりにも呑気で危険なその意見に一人の男性が声を荒げて、反論した。

 

「だが、リチュアは何をするか分からない!今も我々の情報を___」

「しているという理由は?」

「___は?」

「証拠、あるんですよね? ただ疑うだけなら俺でも出来ますよ」

 

 その声はどこか冷たさがあった。頭が固くエリアルを見ていない男性に少なくともカチンときていたユウキは彼をにらみつけて、早口で反論した。

 一瞬で熱くなってしまった頭を冷やすようにユウキは深呼吸をはさみ、再度言葉を続ける。

 

「彼女に魔術を使わせないために儀水鏡を取り上げているんですよね。その状態でどうやってリチュア側に情報を流すんですか」

「それは・・・・・・」

「落ち着きましょう。確かに放置してはいけない問題だとは思います。でも、ただ怒りや憎しみのまま行動していたら、逆に自分たちが争いを振りまく側になりますよ」

 

 戦いのない世界から来たユウキだからこそ言える一言。争いが呼ぶ怒りや憎しみをちゃんと理解していないから言える一言。

 だが、その言葉はまちがいなくここにいる者たちの心に届いた。

 

「ええっと、出過ぎた真似でしたよね?」

「いや、ぴったりだったよ。とりあえず座ってくれ」

 

 ウィンダールは笑みを浮かべてユウキを座らせると、集まった全員へと視線を向ける。

 ウィンダを除く全員が何かに気づいたかのように、お互いの顔を見合わせて小言で話している姿があった。長い戦いの中で埋もれてしまったものが、再び姿を現したことをウィンダールは確信した。

 

「ここに集まったガスタの民よ。今一度私からも問おう。我々は___奪いたいか? 我々から奪っていったリチュアから、奪いたいか?」

 

 問いに答えるものはいなかった。

 

「悔しいと思う者、怒りを覚える者、敵を討ちたいと思う者。思うことは様々だろう。だが、決して自分がリチュアになりたいと思う者はいないと私は信じている。___だが、ユウキ君」

「はい?」

 

 まさか声をかけられるとは思わず、気の抜けた声が出るユウキ。ウィンダールの顔は先ほどとは違い、少し険しいものだった。

 

「エリアルは我々から奪ったことは事実だ。それは理解してくれるね」

「それは・・・・・・はい、そうですね。自分も、殺意を向けられましたし」

「我々ガスタはリチュアであるエリアルを心から信頼できない。だから、君にもエリアルの見張りをお願いしたい。彼女が決して、我々の敵にならないように」

 

 それは、自分にも責任を持ってもらう、という忠告だ。何かあれば自分も協力をして、最悪、エリアルと再度対峙することもあり得る。

 首を縦に振ることに、初めて恐怖を感じた。

 だけど___

 

「・・・・・・わかりました。自分なりになりますが、よろしくお願いします」

 

 エリアルを信じたい。

 

 儀水鏡を壊すと脅したときのあまりにも幼く恐怖におびえた顔。

 昔話をしたとき、恥ずかしさのあまり昔の一人称が出てしまったこと。

 ここ最近、ウィンダたちと仲睦まじく生活をしている姿。

 その、『普通』の女の子を信じたいと、ユウキは思った。

 

 こうして、ユウキの責任と引き換えに、エリアル本人の知らないところで彼女の自由が保たれることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 エリアルがガスタに捕まって一カ月が経とうとしていた。

 

「エリアル!おはよ!」

「相変わらず、うっさい……おはよ」

 

 エリアルは少しずつ、確実に態度が軟化していた。

 相手を傷つけるような、周囲を離れさせるような言葉は減り、ふとした時に笑顔を見せるようにもなった。そんな彼女を見て昔馴染みの友人たちは全員が思ったのだ。

 

 

 ああ、彼女は結局何も変わっていない、と。

 

 

 ただ、エリアルが一番素の顔を出しているのはその友人たちではなく、

 

「あ、おはよう。エリアル」

「消えろ!」

「朝一番からそれは酷いなぁ!?」

 

 異世界の青年、ユウキだった。

 こうやって、何度も何度もひどい言葉をぶつけられながらも、ニコニコ笑っており、その度にエリアルがイライラしている。

 何かとエリアルが突っかかるが、彼はなにも気にしていないように笑う。

 それがむかついて、エリアルがさらに素の顔を出すのだ。

 

「何笑ってるの、ウィンダ」

「フフ……。いや、ちょっと嬉しくって。エリアルがなんか昔みたいな感じで」

「……ふん!」

 

 エリアル自身も自覚している。自分が昔のように、感情を隠さずに出せていることに。

 それが、こいつのせいだと思うとまたイラついてきて。

 

「なんで、こんないろいろ言ってるのに、あんたは笑ってるの。正直、一番それがイラつくんだけど」

 

 エリアルのその質問に、ユウキはごく自然に答えた。

 

 

「だって俺、エリアルのこと好きになっちゃったし」

 

 

 飲み物を口に含んでいたウィンダールが思わずそれを吹き出す。

 ウィンダは驚きのあまり、転んでしまう。

 ユウキは、特に何も変化はない。

 そして、その死球をぶつけられたエリアルはというと、

 

「な……な……な……なっ!?」

 

 またまた顔を真っ赤にして、口をパクパクさせている。

 

「ゆ、ユウキ君? 君は朝から何を言っているのかね?」

 

 冷静になろうとしているウィンダールが確認する。何故、いきなり朝から愛の告白をしているのかと。平然として、ユウキは答える。

 

「いや~。エリアルのことは元々可愛いと思ってたんですよ。元いた世界の時から」

「か、かわ……!!!?」

 

 またまた耳まで真っ赤っかである。ゆでだこレベルである。近くで聞いているウィンダも、顔が赤くなっている。

 

「で、こうやって過ごしてみて中身も好きになってきて・・・・・・まぁ、惚れたといいますか」

「いやいやいや!!待て待て待て!!君はなんだ!?なぜ、そこまでサラリとそんな告白ができるんだ!?」

「この際なんで、もう告白してしまおうかと。若気の至りっす」

「それがおかしいんだ!」

 

 常識をぶつけるウィンダールだったが、ユウキは全く動じない。

 

「~~~~!!ふしゅぅ~~……」

「エリアルがショートした!?」

 

 そんなこともあって朝から、ウィンダール家が大騒ぎとなった。

 

 時間は過ぎて、その日の深夜。

 エリアルは、いつも通り、与え得られた部屋で就寝しようとしていた。

 自分は捕まっている身だ。それはわかっている。

 

(でも……って何考えてるの、私!?私はリチュアなんだよ!?)

 

 考えてしまった。

 

 このまま、ガスタにいるのもいいか、と。

 

 そんな甘い考えが、昔の温かさが、頭に浮かんでしまう。

 その考えを読んだかのタイミングで、エリアルの脳内に男性の声が響く。

 

『エリアル、聞こえているのなら返事をしてくれ』

『!もしかして、アバンス!?』

『ああ。その様子だと無事のようだな』

 

 リチュアの仲間である、リチュア・アバンスが念話で呼びかけてきたのだ。

 

『今、湿地帯の前に来てる。義母さんが言ってた。戻る意思があるのなら、これがラストチャンスだ、って』

『……』

 

 ラストチャンス。

 

 ノエリアにはすべてお見通しなのだろうか。自分が昔に酔っていたことに。

 その言葉でエリアルは思い出す。一人だった自分を引き取ってくれた、優しい義母を。

 

『わかった。すぐにそっちに行くから、待ってて』

『無理そうなら、明日にでも攻め入る。その隙に抜け出せ』

『いい。今から抜け出すから』

 

 念話を切る。そして、脱出の準備を開始する。

 以前から、部屋の結界は解析を続けていた。一カ月もあれば、数秒で解除することもできるようになる。

 問題は儀水鏡だ。あれがないと、リチュアに戻っても役立たずのままだ。

 

(儀水鏡は、誰が持っている?)

 

 儀水鏡は儀式者の分身でもある。気配自体は里の中にあるのだが、正確な位置がわからない。

 

(とりあえず、外に出ないと!)

 

 邪魔な結界を解除。ならびに自分に掛けられている妨害結界、危害を加えようとすると発生する結界、も体を触り解除する。

 脱出の下準備ができたところで二階にある部屋から玄関に向かおうとした時だった。

 

「エリアル・・・・・・?」

 

 背後から声をかけられる。それは一番聞きたくない、青年の声だった。

 月明かりが照らす彼の顔は、半分目が閉じており彼女を待ち構えていたわけではなさそうだ。

 

「……あんた、起きてたんだ」

「物音がしたから、つい。トイレとか、散歩・・・・・・っていう顔じゃないよね」

「私はリチュアに戻る。邪魔しないで」

 

 ___もう、この生活は終わり。

 エリアルの殺意のこもった声にユウキはうろたえる。

 強い意思がこもった瞳を前にして、自分にはもうどうしようも出来ないと、彼は悟る。少しだけ考えて、このあと自分がどうなるのか考えて。

 ユウキは、玄関を静かに開ける。

 

「わかった。じゃあ、ついてきて」

「罠にはめようとしたって、そうはいかない」

「そうじゃないよ。儀水鏡、いるでしょ」

 

 外に出た二人に会話はない。人気のない夜の里を二人は黙々と歩く。

 住居区を抜け、ガスタの里の奥地、霧の谷(ミストバレー)の祭壇に到着する。祭壇前には、エリアルの儀水鏡が祭壇に置かれていた。

 エリアルの監視係として、ユウキはウィンダールから場所を教えられており、本来ガスタしか入れない祭壇にも入る許可が特別に下りていた。

 

「儀水鏡!」

「ああ!?ちょっと待って!!エリアルが近づくとセンサー? みたいのが発動して皆に知られちゃうから」

「っ・・・・・・」

「少し待ってて」

 

 ユウキはゆっくりと儀水鏡へと手をのばし持ち上げる。月光を反射しているはずなのに、その鏡は光を吸収する闇を秘めているようで本能が恐怖を覚える。

 エリアルへ儀水鏡を返すと、彼女はとても優しい眼でその鏡を見つめる。

 

「儀水鏡……。やっと、戻ってきてくれた」

「・・・・・・うん、やっぱりその顔は好きだな」

「またそうやってからかって!」

「からかってないんだけどなぁ・・・・・・。エリアル、お願いがある」

 

 ふにゃりとしていたユウキが真剣な顔へと変わる。

 いつもは見ないその顔にエリアルは不意に緊張するが、すぐに攻撃できるように儀水鏡を握りしめる。

 

「一つ、この一カ月のことを忘れないでくれ。二つ、リチュアの意思ではなく、エリアルの意思でこれから行動してほしい」

「約束はできないわよ」

「今はそれでいいよ。忘れなければ、十分に意味があるから」

 

 エリアルの答えにユウキは安堵の笑みを浮かべると、デッキを取り出してカードを五枚引く。儀水鏡を向けるエリアルだが、ユウキは少しビビりつつも引いたカードを確認する。

 

「送ってくよ。今地上を通れば、原住生物に襲われるし、騒ぎを起こせばみんなが起きちゃうから」

「そうね。いざって時には、あんたを殺せばいいし」

「それはご遠慮願いたい。さて、魔法カード、フォトン・サンクチュアリを発動」

 

 ユウキが緑のカードを発動すると、小さな球体が二つ生まれた。その体はフォトンモンスターと同じ青白い光に包まれている。

 フォトン・サンクチュアリ__攻撃力2000のフォトン・トークンを二体生み出す魔法カードだ。

 

「俺は攻撃力2000のフォトン・トークン二体をリリース!闇に輝く銀河よ。希望の光となりて、我が僕に宿れ!光の化身、ここに降臨!現れよ、銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)!」

 

 現れた十字架を夜空に投げると、星や月の光が十字架へと集まり、竜の姿をとる。

 エリアルにとって屈辱を与えられた光の竜が再び降臨する。

 銀河眼は足下の召喚者とエリアルを見て、呆れ混じりの鼻息を漏らす。

 

『敵に塩を送るとは、ずいぶんとバカなことやるんだな。召喚者さんよ』

「うっさいなぁ・・・・・・。じゃあ、エリアル。申し訳ないけど背中に乗って」

「……高いところ飛んだら、即生贄にしてやる」

 

 二人を乗せて、光の竜は空へと舞い、月が浮かぶ夜空に銀河の光が走る。あっという間に里と湿地帯を抜け、湿地帯前の草原に銀河眼(ギャラクシーアイズ)が降り立つ。

 そこはガスタとリチュアが激突し続けている場所。今は何の物陰も見られない静かな場所だ。

 

「今度は叩き潰してあげるから」

 

 ユウキが何かを発する前に、銀河眼(ギャラクシーアイズ)からエリアルは飛び降り、草原へと走っていく。

 その背中に何か子を書けることもなく、青年と竜は見守っていた。

 

 

 

 

 

「本当に帰ってきたんだな。エリアル」

 

 エリアルがしばらく走り続けると、灰色の長髪の少年が安堵の顔でエリアルを迎える。

 息を整え、いつもの態度で声をかける。

 

「ゴメン。手間かけさえたわね」

「義母さんの命令だからな。絶対に戻ってくるって言っていたな」

「そっか」

 

 帽子で顔が見えないエリアルに少年、アバンスは改めて確認する。

 

「無事なんだな。あいつらと戦えと言われても大丈夫なんだな?」

「当り前のことを聞かないで」

 

 少女の表情は消え、リチュアの儀式師として、エリアルは宣言する。

 

「私は、リチュア・エリアル。お義母さんのために、侵略を続けるのみ、よ」

 

 青年の想いは、少女に届くのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 世界には、古の悪魔と機械仕掛けの天使が出現しようとしていた。

 

 戦争が始まるのは、もうすぐだ。

 




うちのエリアルの属性は『ポンコツツンデレ』です。
PTAと覚えてください()



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 混沌の幕開け

・エリアル分が足りない
・試験終わった
・然り!然り!!然り!!!

以上近況報告でした()



 エリアルがガスタの里を抜けだした翌日。ガスタの一族は集会場に集まっていた。

 集まるガスタたちの前には、何重もの結界で完全に隔離されているユウキが座っていた。

 腕には縄と魔術で動けないようになっており、口には布が巻かれており喋れない。足首には鎖が繋がれており、立つことすらできないだろう。

 彼はそんな中で、静かに目をつむり沈黙している。

 

「何々!?なんでユウキがあんなことに!?」

 

 集会所にやってきたウィンダは予想外の状況に戸惑う。

 今朝、彼女が起きるとエリアルがいないことに気づき、今まで相棒のガルドと空から探していたが見つからず、戻ってきたらこの有様だ。深刻な顔をしている父、ウィンダールに状況説明を求める。

 

「お父さん、これ一体どういう状況なの!?」

「戻ったか、ウィンダ。見ての通り、罪人を隔離している」

「ざ、罪人!!?」

 

 思いがけない言葉に再び驚くウィンダ。

 はぁ、と大きなため息をついて、ウィンダールは娘に説明する。

 

「今朝、エリアルがいなくなっただろ?彼が犯人だ」

「はぁ!?てっきり、リチュアの仲間が抜け出す手助けのしたのかと……。でも、本当なの?ユウキがそんなことするとは……」

「彼が自白した」

「何やってるの!?」

 

 ウィンダが叫ぶが、結界の中にいるユウキには一切聞こえない。それどころか、さっきから動く気配が全くしない。

 これから行われること、そしてその結果を想像してしまったウィンダは声を震わせて『父』に頼み込もうとするが___

 

「ねぇ、お父さん___」

「それ以上は言うな。お前の直感は当たることが多い」

 

 『巫女』の言葉を遮って、ウィンダールは民衆の前に立つ。彼女の顔に不安が浮かぶ中、集会は始まった。

 

「皆よ。この者は、リチュアの娘、エリアルを逃がした罪を認めている。これは、我々に対する裏切りである」

「「「「その通りだ!」」」」

「ならば、彼にはしかるべき罰を与えなくてはいけない。そのことに異論はないな」

「「「「異論なし!」」」」

「では、この者にどのような罰を与えるか。議論を始める」

 

 それは最早集会ではなく、罪人を審判する裁判だ。

 ウィンダは不安の表情を浮かべ、カームはつらそうな顔で俯いてしまっている。カムイはどうすればいいか分からず、リーズはユウキをにらむ。

 集会所に様々な意見が飛び交う。

 

「せっかくのリチュアへの交渉材料が失われた事は非常に重く受け止めなくてはいけない。残念だが、牢獄入りだろう」

「いや、我々への裏切りはより重いものだ!処刑したほうがいい!」

「それはやめたほうがいいだろう。リチュアが彼を悪用する恐れもある。ならば、我々の里で管理したほうがいい」

 

 一つもユウキを擁護する声はない。

 ウィンダも何か申したいが、周囲の雰囲気に飲み込まれてしまう。

 聞こえていないのか、聞いていないのか、はたまた、聞かないようにしているのか。ユウキは瞳を閉じて無言を貫いている。

 

「そこまで!大方の意見はまとまった」

 

 しばらくして、ウィンダールが討論を打ち切る。

 結局、ユウキを擁護する意見は出ず彼を処刑するか牢獄に入れるかのどちらかが下されようとしていた。

 

「皆の意見をまとめたところ、処刑と牢獄入りが有力候補か」

「そんな……でも!エリアルが脱走した原因は私たちにもあるでしょ!?お父さん!!!」

「彼が逃がしたと言っているだろう。それに、我々ガスタがこの期間見極めていたのはリチュアだけはなく彼もだ。その結果がこれだ」

「そんなのって……!」

「もういいだろ。下がれ、ウィンダ」

 

 ウィンダの嘆きはガスタに届かない。

 ユウキがガスタに来て、まだ一カ月ちょっとだ。彼への信頼はまだ高まっていない。

 唯一、ウィンダだけがユウキを信頼できる出来事に立ち会っている。

 その彼女の意見が通らなければ、ユウキの運命は決まっているも当然だったのだ。

 

「私としては、牢獄入りが良いかと思う」

 

 族長の言葉がウィンダに絶望を与える。

 これで決定だと、決め討つかのような一言だった。その一言により少しだけどよめきが生まれる。

 

「だが、少しだけ待ってほしい。ガスタの皆々よ」

 

 そのどよめきをウィンダールが制止させると、集会所に一人の男性が入ってきた。

 先ほどまで集会所になかった、ムストだ。彼の手には、ユウキのデッキが握られている。

 

「ムストさん。解析は終わりましたか?」

「難航したが、彼が以前から貸してくれていたからね。解析は完了しているよ」

 

 そう言って、ムストはウィンダールの横に立つ。

 ムストはガスタ一の博識だ。リチュアほどではないが、結界による拘束術、治療魔法、今回のような未知に対する解析だ。

 

「結論から言うと、これは彼 ユウキにしか使用できない。つまり、彼を地下牢獄入りさせると、確実に戦力が下がる」

「戦力の問題は、今は関係ないだろ!」

「今、戦力が少なくなればリチュアの格好の的だ。しかも、新たな問題が起こってしまったようなのでね。お客さんが来ている」

 

 戦士家からのやじが飛ぶが、臆することなくムストは告げる。それと同時に一つの人影が集会場に現れる。

 その人物……人と呼んでいいかわからないが、その者は眩い光を放つ騎士だった。だが、鎧を着ているわけではなく、むしろ、その鎧こそがその人であるかのようだ。

 

「重要な集会の途中に、突然訪れたことをお詫びさせてもらいたい。が、我々ジェムナイトの話を、どうか聞いてもらえないだろうか」

 

 

 

 

 

 

 ジェムナイト。

 この世界の『地』を司る戦士たち。

 一族全員が宝石の名を持ち、名に対応した輝石を持っている、無機物の生命体だ。その心は正義感であふれており、ガスタの防衛に幾度となく助力をしている。

 集会所に現れた彼は、ジェムナイト・クリスタ。ジェムナイトのリーダーポジションにいる騎士だ。

 そんな彼が、突然ガスタを訪れたのは理由がある。クリスタはジェムナイトの現在を話し始める。

 

「我々ジェムナイトは、今現在ラヴァルと交戦中だ。ラヴァルは我々の停戦協定の提案に耳を傾けることもせず、ひたすら戦いを求め続けている。だが、最近の戦いが今までと違うのは、あちらが本気で我々を殺そうとしていることだ」

 

 ラヴァル。

 この世界の『炎』を司る者たちだ。

 非情に好戦的な性格で、一族の中でも何かあれば戦いで決めごとをしている。

 ジェムナイトとは隣接した地域に住んでおり、ちょくちょく戦闘を仕掛けてきた。

 今までの戦いはどちらかというと、戦争というより喧嘩、殴り合いといった感じだったのだが、今回は殺気を漂わせる勢いのようだ。

 クリスタに表情はないが、声や雰囲気から疲労の色が見える。彼らは心優しい一族だ。戦うことが得意だったとしても、好んで行うことはない。

 体と心が疲れているのだ。そんな状態でも、今までガスタに助力を頼まなかったのは彼らの『戦いに巻き込みたくない』優しさ故。

 

「ラヴァルと交戦した者に意見を求めたところ、いつもと目つきが違ったという感想が多数出た。我々はこれをリチュアが干渉したのではないか、と考えリチュアの行動に目を配っていた。その結果」

 

 クリスタの視線がユウキへと向くが、彼はピクリ共動かない。

 

「ガスタがリチュアの侵略を食い止めた、という情報が入った。そこで、リチュアを食い止めた君たちにラヴァルを撃退するための助力、もしくは知恵を授かりに来た、という訳なのだ」

「つまり彼を、ユウキに助力を頼みたいと?」

「ああ。ガスタに何か動きがあったと聞いていたが、まさか異世界から助力を頼むとは思っていなかった。我々にもそのような優秀な術者がいればよかったのだが、魔術関係はどうも苦手でね」

 

 ジェムナイトとラヴァルは魔術関連が苦手としている。その分、直接的な戦闘に優れている。そのラヴァルが魔術を手に入れていた場合、ジェムナイトだけではどうしようもなくなってしまう。

 ジェムナイトにとって危機的状況であるにもかかわらず、クリスタは強制どころか一歩下がった姿勢でウィンダールに依頼する。

 

「もちろん、ガスタの意見が最優先だ。どうかな」

「助力はもちろんさせていただくつもりだ。何度となく、リチュアから我々を守ってくれた恩がジェムナイトにはある。が、彼が問題を起こしてしまってな」

「彼……異世界の青年かい?」

「ああ。彼はこの前の戦いで保護……というと誤りがあるが、一時的に我々が預かっていたリチュアの一員を独断で逃がしてしまったのだ」

「なんと。それは何故?」

 

 ウィンダールはそう質問されると、とても答えにくそうに、頭を抱えながら答えた。

 

「そのリチュアが、帰りたがったから、だそうだ」 

「_____ハハハ。なるほど、帰りたがっていたから帰らせたのか。またまた、可笑しな青年だな。彼は」

「笑い事ではないから、このように今後の処置を集会で考えていたのだが」

 

 クリスタが乾いた笑い声を上げるまでに、数秒かかった。そこまでユウキの行動はカバーできないものだった。

 ウィンダールも当時の状況を全て把握しているわけではない。

 ユウキが言うには、彼女が自分から抜け出そうとしたのは本当のことで彼が促したわけではない。だが、儀水鏡を手渡し草原まで送り出したのは誰でもないユウキ自身である。

 結界の解除を儀水鏡なしで行ったことは予想外だったが、抜け出す前にウィンダやウィンダールに声をかければこのような自体にはならなかったため、ウィンダールも擁護が出来ない状況となっていた。

 

「大体事情は理解した。何故温厚なガスタがこんなピリピリした空気を出していたのか分かったよ。ところでなんだが、ウィンダール。彼と話をさせてくれないか?」

「お言葉ですが、ジェムナイト・クリスタ様。今はガスタの重要な集会中です。あの者への干渉は控えていただきたい」

「申し訳ないがお嬢さん。君は?」

「戦士家の一人、リーズと申します。以後お見知りおきを」

 

 クリスタの言葉を拒絶したのはウィンダールではなく、戦士家のリーズだった。気迫を隠すことなくクリスタの前へと移動した彼女は、怒りのまなざしでユウキをにらみつける。

 

「我々ガスタはジェムナイト様たちへの恩もありますし、助力させていただくつもりです。ですが、この者は重罪人です。我々ガスタを裏切った、許されない大罪を犯した。クリスタ様の眩い光を放つ心によって、彼への罰が軽くなってもいけません。あの者からは手を引いていただきたい」

「そんなに称賛される心ではないよ、リーズ。ただね、彼が本気で『裏切った』とは限らないよ? ガスタの諸君もそうだ。彼が何をしたかったのか、直接彼の言葉で聞いたかい?」

 

 クリスタの言葉で集会所にざわめきが起こる。

 そんな中でもユウキは相変わらず、無言で座っている。ただ下を向いて、沈黙を貫いているだけだ。

 

「改めてウィンダール、話をさせてもらっていいかい?」

「わかった。口元の布だけ外してやってくれ」

 

 ウィンダールの指示で一度結界が解かれたのち、ユウキの口元から布が外れ、再び結界が張られる。

 結界越しにクリスタがユウキの前に立つと、彼は諦めたような眼でクリスタの顔を見上げた。

 

「初めまして、異世界の青年。私はジェムナイト・クリスタ。ジェムナイトの戦士だ」

「俺は、高屋 ユウキといいます。救世主だったり、罪人だったり言われています」

「それはまた、両極端なことを言われているんだね。質問だ。君はガスタを裏切るために、リチュアを逃がしたのかい?」

「・・・・・・結果としてはそうなってしまっていますから」

「いいや。今私が聞きたいのは結果ではなく、課程だ。どうかな?」

 

 クリスタの優しい声にユウキは一度顔を下ろして、そのままゆっくりと続けた。

 

「___エリアル、ただの女の子だったんです。侵略者である前に、一人の女の子なんだって、そう感じたんです」

「うん」

 

 クリスタは肯定も否定もしない。うなずくことでユウキの言葉を待つ。

 ユウキもまた、ガスタを裏切ってしまった罪悪感から話せなかった言葉をこぼす。

 

「魔術で殺されるとか、バレたらガスタの人たちがエリアルにひどいことをするとか。そんなこともあの時考えました。でも、一番の理由は、彼女が俺と似ていたいんです」

「似ていた、とは?」

「義母の役に立ちたい。彼女の願いはそれだけだった。だから・・・・・・そうしてあげたかったんです。ガスタの皆を裏切ることになっても・・・・・・彼女が、俺のように見えてしまったから・・・・・・」

 

 その言葉は最後までちゃんと言えなかった。途中で声は震えだし、瞳からは熱いものが流れ始め、地面に落ち続ける。

 押さえていた物がこぼれ落ちる。もしエリアルがまたガスタを襲い、誰かの命を奪ってしまったのであれば、それは自分の責任だと。ずっと心で叫び、攻め続けていた。

 無責任だった。一人でどうにかする問題ではなかった。

 それでも、母親のために自分なりに何かをなそうとするその姿に自分を重ねてしまった。

 罪の意識に震えるユウキにクリスタは変わらず優しい声をかける。

 

「苦しかったな。よく話してくれた」

「いえ・・・・・・現に、苦しくなってしまったのはガスタの皆ですから・・・・・・俺のせいですから」

「そうだな。そこはきちんと謝るべきだ。だが、罪悪感からただのカカシになってはいけない。罪人と呼ばれようと、伝えなくてはいけない言葉があるはずだ。違うかい?」

「はい・・・・・」

「この世界には一族の事情がある。その重要性は君も知っておいてくれ。___さて、私が言うのもおかしいが、ガスタの諸君。彼は本当に裏切り者かい?」

 

 周囲を見渡すクリスタの問いにはっきりと頷ける者はいなかった。

 あまりガスタの事情に踏み込むことはしないようにしているクリスタだが、今回は空気が悪すぎる。一族の長としての顔を見せる。

 

「ウィンダール。この状況を収束させたい。出しゃばっても良いかい?」

「いや、助かる。クリスタ。今のままでは誰も冷静にいられないからな」

「___なるほど、私が来ることは計算済みか」

 

 何のことやら、と言うようにウィンダールは肩をすくめた。

 ウィンダールから詳しい事情を聞き、今一度何が起きたのかを整理するクリスタ。顎に手を置き、少しの間沈黙の後に客観的にこの現状を言葉にした。

 

「つまり、彼は異世界に来て初めて交流した部族からいきなり救世主と呼ばれた後、裏切りの意思がない行動をして勝手に裏切り者と呼ばれている、と?」

「そうなるな。勝手な行動だったが、裏切り目的の物ではない」

「となれば、この仕打ちはさすがに行き過ぎなのではないかな?」

 

 いざ言葉にしてみればひどい有様だった。だが、そうなってしまうこともウィンダールに分かっていた。奪い続けられたリチュアからようやく一矢報いることが出来るかもしれない材料が勝手に失われたのだから。

 ここでウィンダールが変に反発すれば、ウィンダールだけでなくウィンダやユウキに何が起きるか分からなかった。

 だからこそ、第三者が必要だったのだ。

 クリスタの言葉で冷静さを取り戻すガスタ。今一度、クリスタは彼らに問いかける。

 

「ガスタの諸君。彼の涙を切り捨ててまでも、彼を苦しめる必要はあるかい?」

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、ユウキ。私たち、貴方の意見を聞きもせずにあんなひどい言葉ばかりかけてた……」

 

 集会は一度終わりを迎え、ユウキはウィンダに拘束を解いてもらっていた。

 ウィンダールの指示で、一旦ユウキの拘束を解きウィンダとリーズの二人が見張りについている。

 解放されたユウキは疲労した顔で無理やり笑顔を作って答えた。

 

「俺も何も言わなかったからしょうがないよ。勝手な行動なのも分かってるし」

「ううん。本当に勝手なことばっかり言ってた。そうだよね、急に知らない場所に来て救世主だって言われて、勝手に裏切り者って呼ばれて……。おかしいよね」

「……」

 

 リーズは無言でユウキを監視している。何も話しかけることはないと、そう告げるように。

 もしくは、裏切り者と呼んだ自分にはかける言葉がないと考えているのだろうか。

 

「結局、俺はどうなるのかな?」

「今、お父さんとクリスタさんで話し合ってる。もしかしたら、ジェムナイトさんの棲み処に行ってもらうかもしれないって」

 

 一カ月過ごしたガスタの里を離れ、また新しい場所に行く。

 ようやくこの世界になじみ始めたユウキにとって、その通告は非常なものだった。

 一カ月間、一人になると元の世界のことに思い更けていたことが何度もあった。彼の心は揺れていた。

 このままでいいのかと。元の世界に戻らなくていいのかと。

 そしてついに、彼の最後のストッパーが外れた。

 作っていた笑顔は消え、戦争を知らないただの青年としての本音がこぼれ始める。

 

「・・・・・・ゴメン。もう無理かもしれない」

「ユウキ・・・・・・?」

「もう、帰りたいんだ」

 

 帰りたい。彼の今まで黙っていた本心だ。

 元の世界にいる友人や母親。そして、また大学へ通いたい。

 いくら遊戯王が趣味でも、いくらこの世界に夢があっても、突然異世界に飛ばされて不安がないわけがない。

 一度零れ落ちた本音は、激流のように止まることができなかった。

 

「戦争なんて見たこともないし、突然目を覚ましたらここに来てたんだ!訳も分からないまま! 母さんを一人にさせるわけにはいかない!ずっと育ててくれた母さんなんだ!」

「・・・・・・」

「友達だってそうだ。あいつとまたデュエルしたい!大学のサークルに行きたい!なのに、勝手に別の世界に呼び出されて、戦争に巻き込まれて、救世主とか裏切り者とか!もううんざりだ!!!」

 

 ウィンダもリーズも何も言わない。何も言えない。

 何も知らなかった彼にどれだけのストレスと不安が募っていたのか。想像すらしたことがなかったのだ。

 悲痛な声で叫びつつけるユウキに、声をかける者が一人。ウィンダールと共に彼の元へ歩いてくるクリスタだった。

 

「……ユウキ君、だったね」

「クリスタさん……。俺は……」

「わかっている。君の叫びは、不安はちゃんと聞いていた。よく、一カ月も我慢できたな。そして、君を戦力と呼んだことを謝らせてくれ。すまなかった」

 

 クリスタが頭を下げたことに、ウィンダやユウキは驚く。彼を散々言っていたのは彼ではなく、ガスタだったからだ。頭を上げて、クリスタはユウキに言う。

 

「異世界関係となると、おそらく君を呼んだのはリチュアの誰かかもしれない。君にはリチュアへの貸しがある。今度、我々と共にリチュアの本部へと向かおうじゃないか」

「く、クリスタさんたちと!? い、いえ、悪いですよ。先ほどから助けてもらってばかりなのに……」

「気にすることはない。君を助ける理由など、困っているからだけで十分だ。今日はもう遅い。明日出発するから、準備をしておいてくれ。戦闘になることも予想されてしまうからね」

 

 クリスタはそう告げて、客人の宿へと案内されていった。続いて、ウィンダールがユウキに声をかける。

 

「色々と苦労をかけたな、ユウキ君」

「ウィンダールさん……」

「私も族長としての立場があった。君を擁護できず、すまない」

「いえ・・・・・・それは当たり前のことだと思いますから」

「明日、私は君と共には行けないが、上手くいくことを祈っているよ。風の加護があらんことを」

 

 そう告げるとウィンダールも客室の宿へと入っていった。クリスタとの話し合いはまだ終わっていないのだろう。

 いつしか日は落ち、集会場にはユウキとウィンダ、リーズの三人だけとなっていた。リーズが重い口を開く。

 

「あんた、自分の意思でこの世界に来たわけじゃないんでしょ?」

 

 発した言葉はユウキに肩入れする言葉でも、謝罪の言葉でもなく、彼の素性を知るための質問だった。

 特に何かを思うこともなく、ユウキは答える。

 

「ああ。夢で女性の声が聞こえて、世界を救ってくれって……。訳が分からないまま、空から落下したんだ」

「女性の声って?」

「わからない。本当に聞いたことのない声だから……。女性の声ってことしかわからなかった」

「クリスタさんの言う通り、リチュアの誰かなのかな?」

「にしては間抜けすぎるわ。あたしたちとの戦場に落下させるなんて、あいつらのやることじゃないと思うけど。戦力にしようとしていても、あそこに出現させる必要はない」

 

 状況把握をして、三人が考えても答えは出てこない。時間が過ぎていくばかりだ。夜も深くなり、ウィンダが欠伸を漏らしたところでユウキが気を遣う。

 

「二人は寝ないの?」

「ふぁ~……ユウキが寝たら寝るよ。それまでは……起きてる、から……」

「ウィンダ、あんたはもう寝なさい。船漕いでるじゃない。あたしは見張りだし、あんまり寝なくてもどうにかなるから問題ない。そうね、あんたが寝たらあたしも寝るから。どうせあたしたちが寝ている間に逃げたりしないだろうし」

「それは、信頼と受けとっていいのか?」

「そんなわけないでしょ。ほら、ウィンダが眠そうだから、あんたも横になって寝なさい」

 

 結界内には簡素な寝床がある。以前のような部屋に戻れる資格は、まだユウキにはない。あの寝る前の気持ちよさを思い出しながら、ユウキは眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 クリスタとリーズを含めた戦士家の一部、それからウィンダとユウキはリチュアの本部へと移動を開始する。

 多くのガスタの契約獣が皆を乗せて、ミストバレー湿地帯を抜けていく。

 移動の間、ユウキはデッキを持っているが両手を手錠でつながれており自由にはできない。銀河眼(ギャラクシーアイズ)もお休み中である。

 クリスタはウィンダールの契約獣、ガスタ・イグルに乗っている。

 イグルはウィンダール同様に冷静に物事を判断できる。イグル以外の契約獣なら、契約者なしで他の部族を乗せることすら不可能だ。

 移動を始めてから、何事もなく数時間が経ち、リチュアの本部が近づいてきた時だった。

 

「よし、あのあたり____皆、回避行動をとれ!今すぐに!」

「ユウキ、しっかり捕まってて!」

「ちょ___」

 

 クリスタの叫びに全員がすぐさま反応する。ウィンダもガルドを急降下させて、高度を一気に落とす。

 その直後に、先ほどまでいた場所に炎の砲弾が無数に撃ち込まれた。

 

「今のは、ラヴァルか!!なぜここに!?」

「クリスタ様!ラヴァルは、もしかしたらリチュアと連絡を取り合っていたのでは!?」

「……どうやら、そうらしい。ガスタの諸君!私はここでラヴァルとの交戦は避けられないものと感じている。どうか、私に力を貸してはくれないだろうか!」

 

 クリスタの願いを拒むガスタはだれ一人いない。地上に降りたガスタたちに徐々に迫りくるラヴァルの軍勢に、ガスタたちは戦闘態勢をとる。

 そんな中、皆がラヴァルに気を取られているうちに、ウィンダはユウキの手錠を外す。

 

「ユウキ、私たちはいいから早く逃げて」

「え?」

 

 てっきり、共に戦ってほしいと言われるのかと身構えていたユウキは間抜けな声を出してしまう。

 

「ユウキをこれ以上巻き込むわけにはいかないから。……ちょっとの間だけど、兄弟ができたみたいだった。ありがとね。……ガルド!!」

 

 彼女はガルドを呼び出し、背中へ飛び乗る。あっけにとられるユウキを背に、ウィンダは戦場へと飛び立っていった。

 

 

 

「お前がいるとは、ずいぶんと本気じゃないか。ジャッジメント?」

「はん。てめぇがこっちに来るって話を聞いてなぁ。なら、俺様もこちらに来るまでだ。さあ、ケンカしようや。ジェムナイトぉ!!!」

 

 クリスタの前にはラヴァルの竜人、ラヴァルロード・ジャッジメントが喜びで顔を歪ませていた。

 この状況でもっとも対面したくないラヴァルの長を前にして、クリスタは内心舌打ちをしたくなる。

 

「その情報はリチュアからか!」

「てめーが勝ったら教えてやるかもなぁ!!」

「くっ……やむを得ないか……!」

 

 クリスタとジャッジメント。ジェムナイトとラヴァルの上級戦士が今、激突する。それを開始の鐘として、他のラヴァルの軍団も、ガスタの戦士家との戦闘を開始する。

 数はラヴァルのほうが圧倒的に多い。なんとか逃げ道を探さない限り、ガスタ側に勝機はないだろう。

 

(俺は……どうする)

 

 取り残されたユウキは、自分がどうするべきか葛藤していた。

 このままリチュアの本部へ一人で行っても、自分が無事に帰れるとは思えない。

 ガスタの里に戻って援軍を求めようとしても、その前に押されてしまうだろう。

 だが、戦えば……

 

(また、あの時と同じになる。変に期待させるかもしれないし、それに……)

 

 以前、銀河眼(ギャラクシーアイズ)からレクチャーされたことを思い出す。

 

『いいか?基本は決闘と同じだ。LP(ライフポイント)、お前の精神力が尽きたら死ぬ。精神力は、召喚したモンスターがモンスターの攻撃で破壊される。罠にはまる。などで減る。あとは、デッキのカードは一定時間しないと再度使用可能にならない。例えば、モンスターを墓地に送った場合、自動復活までには魔力がいるのさ。魔法・罠も同じだからな』

 

 自分の命を懸けてまで、どうにかしなくてはいけないのだろうか。

 そもそも、ユウキに『戦う』という選択肢自体がないのだ。これは、端末世界の戦いであり、彼の世界の問題ではないからだ。

 

 関係ない。関係ないのだ。例え、目の前で命が消えようとも……

 

 戦場を見る。ラヴァルの軍団がガスタを次々と倒していく様子が見える。

 

「くらいなぁ!ラヴァル特産、マグマ砲弾!!」

「うわあああ!!!」

 

 何十人ものラヴァルのマグマ砲兵が装備しているキャノンで、ガスタの戦士を焼いていく。

 

「おらおらぁ!張り合いがねえぞぉ!?もっと殺りあえるやつはいねえのかぁ!」

 

 ラヴァル・ウォリアーが両手に持った炎の斧でガスタをなぎ倒していく。

 

「はん!女なのに中々の戦い方じゃねえか!まだまだ殴り合おうぜ!!」

「こいつ……!こっちは近づくだけで火傷するっていうのに!」

 

 リーズはラヴァルバーナーと交戦していた。両手に炎を宿し、その拳を全力でリーズに叩き込もうとしている。

 が、流石戦士家のリーズ。全力であるがゆえに隙ができたバーナーの懐に潜り込み、自身の右手に風を収縮させる。

 

「こいつは、一撃必殺あるのみ!『tempest』!!」

 

 『暴風雨』の一撃は、バーナーの巨体を一気に遠くの壁へとたたきつけた。

 が、その光景に戦闘民族のラヴァルはさらに興奮し、リーズへと襲い掛かる。

 リーズも無事に必殺の一撃を出せているわけではない。

 ラヴァルの体は常に高温で、炎をまとっている者が多い。そんな奴らに少しでも触れているということは、火傷を負うことと同じなのだ。

 さらに、今使用した『tempest』も結構な魔力を持っていかれるため、何度も連発することは難しい。

 

 戦況は、圧倒的にガスタが不利だ。

 

 ユウキの脳内に、一カ月間の記憶がよみがえる。

 

 彼の不安を少しでも和らげようと、いつも笑いかけてくれたウィンダ。

 

 自身を異世界の住民だと知りながら、自身の家に保護してくれたウィンダール。

 

 この世界の分からないことがあればいつでも教えてくれたムスト。

 

 銀河眼をカッコいいと言い、それを操る彼もカッコいいと言ってくれたカムイ。

 

 ユウキをガスタの一員だと言って、いつも世話を焼いてくれたカーム。

 

 信頼はしていないのに、ユウキの護衛を文句一つ言わずに受け入れたリーズ。

 

 助けられたのは、ユウキのほうなのだ。

 この世界で、彼を保護してくれたガスタがいなければ彼はもう死んでいたかもしれない。

 そのガスタの命が、目の前で消えていく。

 

 関係ない、なんて___ありえない。

 

「関係ないなんて……そんな訳……そんな訳あるかぁあ!!!!!」

 

 デッキからカードを五枚引き、ユウキは戦場へと走り出すと、銀河眼(ギャラクシーアイズ)の声が頭に響く。

 

『それでいいんだよ。召喚者。お前が少しでも勇気を振り絞れば、あとは俺がそれを闘志に変えて増幅させてやる。恐れず決闘しな。そして!俺様を暴れさせろぉ!!』

「俺のターン!ドロー!!」

 

 カードを引く。前のように痛みは走らなかった。この戦況が決闘における後攻だからだろう。

 

「フォトン・サンクチュアリを発動!フォトン・トークンを二体生成する!」

 

 戦場に入ったユウキは魔法カードを発動。これを布石に、新たなモンスターを召喚する。

 

「トークン二体をリリースし、フォトン・ワイバーンをアドバンス召喚!」

 

 二つの光球がまばゆい光を放ち、光の飛竜の姿を形どる。銀河眼(ギャラクシーアイズ)とは違う、新たなドラゴンだ。

 

「なんだありゃ!?あんなんリチュアから聞いてねぇ!」

「おい!リチュアからの情報ってことは内緒だっただろうが!ジャッジメントさんにぶっ殺されるぞ!!」

 

 突然のモンスターの出現にラヴァルの戦士の手が止まる。

 その隙を戦士家が見逃すことない。一人の青年がその腕から、風の槍のごとき一撃を放つ。

 

「『cyclone』!!」

「ぐおぉ!!?」

 

 『大旋風』の一閃がラヴァルの軍団を貫く。リーズだけではない。彼らはガスタを守る戦士家だ。

 優しさだけでは何も守れないことを知っている彼らの心の強さは、戦いを娯楽にしているラヴァルに負けるわけがないのだ。

 さらに、戦場に光の追い風が吹き荒ぶ。

 

「フォトン・ワイバーンの効果!アドバンス召喚に成功したとき、セットされたカードを破壊する!」

『この世界のセットは、奇襲に備えてるやつとか、仕掛けられてる罠とかが該当する。さっさと吹っ飛びやがれ!!それはともかく……早く俺様を出せ、ユウキ!』

 

 フォトン・ワイバーンが起こした強烈な烈風に、新たにガスタへと襲い掛かろうとしているラヴァルたちは吹き飛んでいく。

 さらに、地面に仕掛けられていたラヴァル特製の炎の地雷もフォトン・ワイバーンにより機能を停止する。

 

「あんた、何で!?元の世界に帰りたいんでしょ!?あたしたちに関わってる場合じゃないでしょ!!」

 

 驚くリーズの問いに、ユウキは答える。

 

「逃げられるか、こんな状況で!帰るには、確かに無視してもいいかもしれない。けど、一カ月お世話になった恩がある!死んでほしくないって思う自分がいる!それで十分だろ!?」

 

 その言葉でリーズは、ガスタは高屋ユウキという人物を理解する。静かに頬核を上げ、リーズはユウキに仲間を託す。

 

「……前線にクリスタ様とウィンダがいる。助けにいきなさい」

「離れても大丈夫なんだよな!無事でまた!」

 

 ユウキはワイバーンの背中に乗りこむ。そして、ワイバーンは光となって前線へとかけていった。

 

「ちょっと見直したよ。高屋 ユウキ」

 

 

 

 

 

 

 最前線では、上空への攻撃要因のラヴァルのマグマ砲兵の軍団がウィンダとガルドを。ラヴァル・ジャッジメントがクリスタと戦っていた。

 クリスタとジャッジメントの戦いは、ほぼ互角。

 ジャッジメントはその手に灼熱の炎を宿し、クリスタに殴りかかる。

 

「オラオラぁ!どうしたぁ!?お得意の融合がなければ、そんなもんかぁ!?」

「好き勝手言ってくれるな……!」

 

 一方のクリスタは、その炎の打撃を自身の固い腕を使い直撃を防ぐ。

 ジャッジメントが攻め、それをクリスタが受け流す。この状況がずっと続いていた。

 

「これなら、どうだぁ!!」

 

 ジャッジメントが、クリスタの腕を砕く一撃をフェイクに、懐へのボディブローを打ち込む。が、ジェムナイトの最強戦士を見くびってはいけない。

 

「……!本命は読めた!せい!!」

「ぬぅ!?」

 

 クリスタは熟練の技で、本命のボディブローを右手で受け止め、フェイクは左腕で振り払い軌道を変えることで完全防御を成功させた。

 この妙技にはジャッジメントも驚き、いったん後ろに飛んで距離をとる。

 

「はぁ……。これじゃらちが明かねえな。てめぇからも殴ってこいや」

 

 人差し指をクイクイと動かし挑発するジャッジメントに、クリスタが苦笑で返す。

 

「そういって、カウンターを狙っているんだろ。ラヴァル・ジャッジメント。ラヴァルの中でも屈指の頭脳派ファイターだと聞いているよ」

「……ちっ。有名になるっていうのも悪いもんがあるな。知ってやがったか」

 

 ジャッジメントが上級戦士として認められている理由は、ラヴァルの中で珍しい頭脳派だからだ。

 戦士だけでなく、軍師としても優秀。炎の魔術にも長けており、これまで何人もの敵を打ち倒してきた。そんな有名人を戦士のクリスタが知らないはずがない。

 

「バカを装えるお前に対して、油断をするほうがおかしいのさ。……時間を稼いでいても勝てるわけじゃないのは事実だけどな」

 

 ずっと防御の構えをしていたクリスタが初めて構えを解くと、ジャッジメントがにやりと嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「さて、そろそろいこうか。……行くぞ、ラヴァル!!」

「そういうのを待ってたんだよ!」

 

 再び彼らが激突すると、周辺に衝撃が走る。

 クリスタの攻撃を現すなら、拳のラッシュ。

 ジャッジメントの『一撃当たれば大ダメージ』の戦い方ではなく、『ダメージを与えられる攻撃を連続で当てる』戦い方だ。

 ジャッジメントがカウンターを得意とするなら、カウンターができる隙を与えなけばいい。

 ___無論、これで倒れるジャッジメントではない。

 隙のないように見えるラッシュを、ある時は腕でいなし、ある時は最小限の動きでかわす。一発一発を確実に、最小限のダメージで受け止めている。

 

「この程度かよ!ジェムナイト最強の戦士さんよ!!?」

「いいや!ここでお前を打ち倒そう、ラヴァル・ジャッジメントよ!!」

「これだ!これこそが、ラヴァルが求めていたもの!この強敵との戦いこそ、我らラヴァルの本能だ!ダっハハハあああああ!!!!!」

 

 血がたぎるジャッジメントはその体から、体温の上昇による熱気を放ち、防御をやめてクリスタと殴り合いを始める。

 クリスタはそれに対応するために、自身の体の硬度をさらに上げる。この固さは、そのまま物理ダメージ上昇にもつながる。

 殴り、殴られ。それが数秒のうちに何千回も繰り返される。お互いに決定的なダメージはいまだ受けていない。

 二人の戦士の戦いが地上で続く中、空中でも戦いは続く。

 

「クリスタさん……。負けないでくださいね」

 

 クリスタとジャッジメントの激戦を上空から確認するウィンダ。他人に気を取られている彼女に、相棒が注意を促す。

 現状、ウィンダは自身に向かって無限に放たれるマグマに苦戦を強いられていた。途切れることもない炎の嵐に、全ての精神を費やしていた。

 

「キュイ!!」

「わかってるよ、ガルド!これだけだけの量を吹き飛ばすのは無理か……。クリスタさんも今は手伝ってもらえなさそうだし。イグルに残ってもらえばよかったかな……」

 

 クリスタを乗せていたイグルは、ガスタの里へと戻り援軍を要請しに向かっている。彼女たちの力だけで、この状況を打破しなくてはいけない。

 

(でも、なんでリチュアはここにラヴァルを?わざわざ、本部に近いところで……本部に近いところ?)

 

 ウィンダはラヴァルと接触したときから、謎の違和感を覚えていた。何かはわからない、謎のもやもや。砲弾をよけながら、必死に頭を回す。

 

(リチュアは、ノエリアさんは、必ず何か考えがあって行動していた。なら、これにも意味があるはず……)

 

 考えるがわからない。嫌な予感。___そしてそれは、的中する。

 ウィンダの杖にはめ込まれている宝石が光る。ガスタ同士の通信である。

 

『ウィンダおねーちゃん!そっちはどうなってる!?』

 

 声はカムイの物だった。周りが騒がしいのかノイズが走っている。

 

「カムイ!?どうしたの!!」

『エリアルおねーちゃんが……リチュアが攻めてきたんだ!!』

「なっ!?」

 

(これが、狙いだったの!?私や戦士家のリーズ、そしてユウキが里にいない時を狙って!?じゃあ、ラヴァルは足止めってこと!?)

 

 思わぬリチュアの侵略に、ガスタの里はパニックになっていた。カムイの声に混ざって、悲鳴が聞こえる。それらは全て彼女が聞いたことのあるガスタの声。

 

『今必死になって食い止めようとしてるけど、今までとは数が違いすぎる!!早く戻って___』

 

 そこでカムイの叫びが切れた。ウィンダは苦い顔でガルドを駆る。

 ガルドの風起こしでも、まだ時間がかかる。なんとかしなくては、という思いが焦りを産み彼女を追い詰めていく。

 ___そして、あの時が再現される。

 一発のマグマがガルドとウィンダに命中しそうになったその時だ。

 

「しまっ……!」

 

 

 

 戦場に新たな風が吹く。それは光の風。

 

「フォトン・ワイバーン!ウィンダを守れ!」

 

 光の飛竜が、彼女を守る。その飛竜に乗っているのは、あの時も助けてくれた青年だった。

 フォトン・ワイバーンは受け止めたマグマをそのままかき消してしまう。

 

「ユウキ!!どうして!?」

「助けに来た。ラヴァルを吹き飛ばすぞ、フォトン・ワイバーン!」

「ガルド、私たちも!!ちょっと本気モード!『storm』!!!」

「キュイぃぃぃ!!!」

 

 光と緑の風が混ざり、『嵐』となってラヴァルの砲兵たちを一気に吹き飛ばす。

 突然の飛竜の出現に、地上で戦っているジャッジメントも驚きを隠せない。

 

「なんだ、あの竜は!?」

 

 

 それは決定的な隙だった。

 

 

「よそ見は厳禁だ!ジャッジメント!!」

 

 

 それを見逃さず、クリスタがその固い拳を何発も叩き込む。

 一度できてしまった隙は、なかなか埋められないものだ。これが好機とばかりに、クリスタのラッシュが速度を上げて叩き込まれていく。

 

「はあああああ!!!!!!!」

 

 クリスタの現在の硬度は、ダイアモンドにかなり近くなっている。

 なおかつ、本物のダイアとは違い衝撃に弱いことはなく、ジャッジメントには最高硬度の連撃が終わることなく続けられる。

 ジャッジメントの鎧にひびが入り、クリスタはさらにそこに連撃を叩き込む。

 

「くそが!!俺を、ラヴァルをなめるな、ジェムナイトぉ!!」

 

 クリスタがさらに叩き込もうとした拳に、ジャッジメントは恐るべき反応で対応。拳同士をぶつけあった。

 

「これに反応するか!」

「本番は、ここからだぜ!!!」

 

 クリスタの優勢から一転。再び殴り合いの均衡状態が始まった。

 一方、マグマ砲兵軍団を撃退したユウキとウィンダは、上空で向かい合う。

 ユウキが助けてくれたことに嬉しさを覚える反面、また巻き込んでしまったという罪悪感がウィンダを襲う。

 ゆっくりと、罪悪感で縛られた口を開く。

 

「ユウキ……その、ね。本当は一緒にリチュア本部へ向かうのが正しいと思うんだけど……」

「何かあったのか?」

「リチュアが里を攻めてきたって、カムイから連絡があって……エリアルがそっちにいるみたい 

「……」

 

 エリアルがいる、ということはユウキの言葉は彼女には届かなかったのかもしれない。

 ユウキは決意した顔で、ウィンダに提案する。

 

「俺も湿地帯に戻るよ。それで、エリアルを止める」

「でも、ユウキを危ない目には……」

「俺、立ち向かうことにした。そりゃあ、勝手に呼び出されて救世主だ、裏切り者だ、とか言われたことには正直腹がたった。でも、恩を受けた人たちに何もしないっていうのは嫌なんだ」

「ユウキ……」

「それに、エリアルが攻めてきているのなら俺の責任だ。俺が止めるよ」

「……うん。わかった。また助力、お願いね!ユウキ!」

 

 二人は戦場を離れ、湿地帯へと戻る。

 緑と光の風が、空を走っていくのだった。

 

 

 ミストバレー湿地帯。再びリチュアとガスタの激突が起こっていた。

 以前と違うのは、ガスタの戦力が人員不足で低下していることと、リチュアの軍団の数が更に増加していることだ。

 ガスタ側は、普段戦場にでないカームも駆り出されている状況で、後線のムストは苦い顔でウィンダールに報告する。

 

「確実に、この日を狙われたようだ。全く、どこで情報が漏れたのか。それともリチュアの勘が良すぎるのか」

「御託はいいですから。こちらが防衛できる確率は?」

「5%、よりも低いかと」

「0じゃ、ないんですね。なら、何とかするしかない…。戻ってきたか、イグル」

 

 ウィンダールは契約獣のイグルが戻ってきたことを察し、外に出る。イグルは首を下げて静かに契約者を待っている。

 

「では、行ってきます。私に何かあれば、あとはよろしくお願いします」

「荷が重いが、引き受けよう。……帰ってきてくれよ?ウィンダール」

「……お約束はできません。兄さん」

 

 そして、ガスタの族長は戦場へ向かう。

 今までで一番の規模を持つリチュアに、ガスタ達は必死に戦う。それをあざ笑うかのように、儀式の悪魔がガスタを襲う。

 

「ぐあぁ!!」

「けが人は下がって!カームおねーちゃんが後ろで治療してくれるから!」

 

 悪魔と対峙するのは、希望の名を持つ少年 カムイだ。

 

「随分と余裕なのね、悪魔を前にして」

「エリアル、おねーちゃん……」

 

 すでにマインドオーガスへと姿を変えたエリアルがカムイの前に現れる。

 彼女の目には覚悟が見え、以前のように戸惑うことがないとカムイは感じていた。

 もはや話し合いは不可能。ならば、戦うのみだ。

 

「……ファルコ!力を貸して!」

「フォオオ!!」

 

 カムイの契約獣、ガスタ・ファルコの背中に飛び乗りマインドオーガスへと攻撃を仕掛ける。

 だが、悪魔は誰にでも容赦はしなくなっていた。

 

「カムイ。あんたの力じゃ、私には勝てない。でも、悪魔に向かってきたその勇気だけは認めてあげる。……『火花(スパーク)』」

 

 魔法陣から放たれる悪魔の光が無残にも彼らを貫き、カムイは、声も上げることなく地面へ叩きつけられる。

 カムイを見下ろすマインドオーガスは、次なる一手を打つ。

 

「このままでも攻めきることは可能だけど、私に次はないから。……シャドウ」

「はっ。シャドウ・リチュア、ここに」

 

 名前を呼ばれ、一人の魚人がマインドオーガスの影から出現する。

 呼ばれた魚人は首を垂れ、マインドオーガスへと忠誠を誓う。

 

「お前を生贄に、古の悪魔を呼び出す。……構わないよね」

 

 忠誠を誓っている部下に、生贄になれ、と無慈悲な宣告をする。が、シャドウはうろたえることなく。いや、喜んで自身の命をささげる。

 

「は。エリアル様のお望み通りに。我が名はシャドウ・リチュア。悪魔の生贄になることこそ、我が名の誇りです」

「……そう。ありがと」

 

 マインドオーガスが儀水鏡の杖を空に掲げると、シャドウの下にリチュアの魔法陣が浮かび上がる。

 

「儀水鏡よ。我が言葉に応えよ。契約により交わした古の悪魔を呼び出せ。その者の肉体を依り代として!!!」」

「う、うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 ___変化は劇的だった。シャドウが禍々しい光に包まれたあと、シャドウの面影を残した巨大な人影が戦場に出現する。

 この巨人は、イビリチュア・ソウルオーガ。リチュアの破壊兵器だ。

 ソウルオーガが他の古の悪魔と違うのは、『シャドウ・リチュア』という名を与えられたものであれば変身できるということだ。

 

 欠点として、シャドウ単体ではなれないことと___

 

「ウィアアああああああああああおおおおおおおおおおおおお!!!?!!!」

「……」

 

 ___元の人格が完全に壊れ、理性がなくなってしまうことだ。

 ソウルオーガは制御を失い、ただただガスタを蹴散らすだけの兵器と化してしまったのだ。

 

「なんて……ひどいことを……」

 

 カムイからの連絡が途切れ、心配して戦場に出てきたカームは嘆きの声を上げる。

 彼に寄り添い治療する彼女は、カムイとソウルオーガを見てそう言ったのだ。

 

「これが、リチュアのやり方だから。だから、貴方も消えなさい。カーム。『魔弾(マジックミサイル)』」

 

 マインドオーガスは魔弾をカームに発射する。動揺していたカームはよける判断が一瞬遅れ、魔弾をよけ損ねてしまう。

 魔弾によってカームの命が奪われる寸前、それを、光と緑の風がうち消した。

 空から二つの影が戦場に降り立つ。

 

「エリアル!」

「またあんたか……!!」

 

 ユウキとウィンダがマインドオーガスの前に立ちふさがると、ウィンダが再び彼女に訴えかける。

 

「エリアル、また侵略に来たの!?」

「そうだ、って言ったら?」

「決まってるだろ。何度でも止めるだけだ!」

「ふん……。やれるもんなら、やってみなさいよ!!救世主サマ!」

 

 悪魔と竜の戦いにより、戦場がさらに激しく加速する。ウィンダはまずカームとカムイを連れて戦線離脱する。

 

「何度も私たちリチュアの邪魔ばっかりして、いい加減消えなさいよ!」

 

 連続して魔弾を放つが、ワイバーンは華麗な動きで避けている。

 よけている時間でターンが変わり、デッキのカードが光り始める。すかさず、ユウキはカードを一枚引いた。

 

「ドロー!……なるほど。俺は魔法カード『融合』を発動!」

「融合って、ジェムナイトの力!?いつの間に……」

 

 銀河眼(ギャラクシーアイズ)の力によって、エクストラデッキのカードが一枚元に戻る。

 それは紫色のカード。すなわち、融合モンスターである。

 銀河眼(ギャラクシーアイズ)が自身を呼び出させるために、封印を解いたのだ。

 

「このフォトン・ワイバーンと手札の銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)の二体を融合!光の飛竜よ、銀河の眼と一つになりて、新たなる姿へ生まれ変わらん!融合召喚!!現れよ、『フォトン・ツイン・リザード』!!」

 

 融合のカードから発生した神秘の渦が、銀河眼(ギャラクシーアイズ)とワイバーンを混ざり合わせ、新しいドラゴンが現れる。

 そのドラゴンは二つの頭を持っており、そしてなぜか、先ほどのワイバーンよりも感じられる力が弱い。

 そして、そのことに気づかないエリアルではない。

 

「なにそれ。この前戦った光の竜じゃないと今の私は止められない」

「じゃあ、呼び出そうか!ツイン・リザードの効果!このモンスターを墓地に送ることで、このモンスターの融合素材モンスター一組を特殊召喚できる!墓地から現れよ、フォトン・ワイバーン!そして、光の化身!銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)!!」

 

 ツイン・リザードが光になって二つの竜の姿をとる。

 一つは先ほどまで出現していたフォトン・ワイバーン。

 そして、もう一体は光の化身、銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)だ。

 二体のドラゴンがマインドオーガスの前に現れる。が、その威圧感に臆することなく彼女は攻撃を仕掛ける。

 さらに、マインドオーガスがユウキを打倒するため、兵器を呼び寄せる。

 

「ソウルオーガ!邪魔者はこっち!!」

「おおおおおおおおおおあおおあああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

 呼ばれたソウルオーガがワイバーンへと襲い掛かる。

 突然の出現と、その力の大きさにワイバーンは耐え切れず、勢いそののままに光の粒子へ変わってしまった。

 その時、ユウキの全身に激痛が走り、体から何かが抜け落ちた感覚がした。

 

「ぐぅっ!!?」

『それがダメージだ。LP(ライフポイント)が減ったんだよ。これ以上減らさないように気を付けろ!!』

「2対1で、無茶言ってくれるな、おい!」

「ユウキに無理はさせない!!ガルド、行くよ!!『storm』!!!」

 

 銀河眼(ギャラクシーアイズ)に襲い掛かろうとするソウルオーガにガルドが強烈な体当たりを食らわせ、大きく吹き飛ばす。

 さらにウィンダが、魔術でマインドオーガスへと攻撃を仕掛ける。

 

「小癪な!『返呪(カウンター)』!!」

 

 ウィンダの起こした嵐の一撃は、悪魔の魔術によって打ち消される。

 

「ダメだった……!ユウキ、無事!?」

 

 駆け付けたウィンダの助けで、戦況は均衡する。

 お互い、仲間が何か下手をすれば勝敗はついてしまうだろう。じりじりとお互いの様子を伺い、そして時間が過ぎていく。

 そして、両者が再び激突する___その時だった。

 

 戦場に、いや、世界中に生きる者たちがまったく同時に、悪寒を感じた。

 

 普段、恐れを知らないラヴァルですら、背筋が凍ったような感覚に襲われた。

 クリスタと戦っていたジャッジメントも例外ではなく、同じくクリスタも又、突然の悪寒を感じ戦闘を一時中断する。

 

「な、なんだ。今の悪寒は……。俺たちラヴァルはそんなもん感じたことがねぇのに……」

「……どうやら、同じ感覚のようだな。私も今、悪寒がしたのだ。しかも、お前と全く同時に」

「な、なにが起こったんだ……?」

 

 流石のジャッジメントも動揺を隠せず、クリスタもその発生源である湿地帯方面を見つめていた。

 その湿地帯では、ありえない光景が広がっていた。

 戦争中の全員がまったく同時に動きを止め、ある一方を見ていたからだ。

 だが、この悪寒を知っている者たちがいた。

 

 それは、リチュア。

 

 これこそが、リチュアが湿地帯に侵略した本当の目的なのだから。湿地帯に、少女の声が響き渡る。

 

『やっほ~。皆さま、今回は私たちの時間稼ぎにまんまと引っかかってくれてありがとう~』

「この声……エミリア!?」

「な、なんで、エミリアが!?」

 

 ウィンダとマインドオーガスが同時に驚く。

 そもそも、ここでリチュアのマインドオーガスが驚くことがおかしいのだ。

 その理由があるとすれば、それは、彼女たちの侵略がただの時間稼ぎだと、知らされていなかったのだろう。

 その事実を察してしまい絶望するマインドオーガス、エリアルは空を見上げて震えている。

 

『あと、リチュアの侵略組もご苦労様。という訳で、逃げて!!あいつら、復活させた途端に、そんなものお構いなしで襲い掛かってくるから!!』

 

 先ほどの気楽そうな軽い声ではなく、本当に慌てている声が今度は聞こえてきた。その理由は、ほかの者たちも理解してしまう。

 湿地帯の奥から、黒き虫のような恐怖の塊がガスタとリチュアに迫ってきた。

 不気味、恐怖、そして、絶望。

 それらがぐちゃぐちゃに混ざったような雰囲気を漂わせる奴らを一言で表現するなら___

 

 ___『悪魔』だろう。

 

「あれって……リチュアの儀式体と雰囲気が似てる……?」

 

 ぽつりとウィンダがつぶやいた一言が、ユウキにある種族を思い出させた。

 あの、古の悪魔の名前を。

 

「……インヴェルズか!」

 

 インヴェルズ。

 古の時代、この世界権を握るために捕食の限りを尽くし、封印された絶対捕食者。

 ユウキが見たところ、迫ってくるインヴェルズは下級が多いが、後ろにはカブトムシのような姿をした赤い悪魔が存在している。

 赤い悪魔はユウキの目線に気づいたのか、ニヤリと笑うと空高く跳躍し、ガスタとリチュアの前に着地する。

 着地した土煙の中から悪魔の姿がはっきり見えると、悪魔は口を開く。

 

「俺様は、インヴェルズ・ガザス。お前たちを食らう、絶対捕食者。光栄に思えよ、下級生物ども。俺様達、インヴェルズの餌になれることをよぉ!!!」

 

 突然襲かかるインヴェルズたちに、なすすべもないガスタとリチュア。

 

 

 

 だが、それを良しとしない、機械仕掛けの天使たちが現れる。

 

 ガザスの前に、強力な光の壁が発生する。ガザスはそれを見ると、すぐさま突進方向を後ろに変え、いやそうに空を見た。

 

「やっぱり来やがったか。つまんねーことすんじゃねぇよ、クソ天使ども!!」

 

 眩い光と共に、白い体を輝かせ機械仕掛けの天使たちが降臨する。

 それもユウキは思い出す。

 古の時代。インヴェルズを封印したこの世界の観測者。

 その名も、ヴァイロン。天使たちは何も言わず、インヴェルズへと殺気を放っている。

 

「インヴェルズと、ヴァイロンの参戦……。世界大戦の始まり、か」

 

 今ここに、端末世界の6属性の種族がそろった。

 ここから、世界は混沌の乱戦へと巻き込まれていくのだった。

 

 

 

 はたして、ユウキは元の世界に戻ることができるのか。

 そして、この大戦を生き抜いて、終末に挑むことができるのだろうか。

 




次回、本格的な戦争突入


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話ー前編 大戦、開幕

霊使いのリンクモンスター……ですって!?
これはぜひ登場してもらわないといけませんね!!



第六部以降に!!!(予定は未定です)


 世界に悪魔(インヴェルズ)天使(ヴァイロン)が現れた。今までの均衡が崩れ、常識は意味を失う。

 

 世界はついに終末へと進んでいく……。

 

 

 

 

 

 インヴェルズとヴァイロンが降臨したのは湿地帯だけではなかった。ジェムナイトとラヴァルの戦闘地域にも悪魔と天使は出現し、戦場を混乱に陥れていた。

 そんな中、湿地帯で新たな動きが起こる。

 湿地帯にはガスタとリチュア、ヴァイロンの大天使一体と護衛の下級天使が多数。インヴェルズも同様に、上級のインヴェルズ・ガザスと下級悪魔がいる。

 ガザスは空の忌々しいヴァイロンに宣言した。

 

「てめーら天使どもに封印されてから、もうどれだけ経ったか。そんなことはどうでもいい。お前らもろとも、世界を滅ぼしてやるよ。この、絶対捕食者がな!」

「くだらない……。またそんな戯言を言うのか。学習の欠片もないな。インヴェルズ」

 

 機械仕掛けの大天使『ヴァイロン・シグマ』はガザスを見下し、無言で光線を放つ。

 すさまじい熱量を持つ光線がガザスに直撃するが、それを読んでいたのか、ガザスは光線を右手で防ぎきってしまう。

 なお、その時の衝撃で、ユウキやウィンダ、マインドオーガスを含めた者たちが吹き飛ばされ、マインドオーガスはエリアルへと戻ってしまった。

 衝突の土煙が消えると、右手の一部が溶けているカザスが立っていた。それ以外に目立つ外傷はないが、亡くなった右腕をガザスは忌々しいものを見る目で眺める。

 

「……チッ。復活したばっかりで、完全に力が戻り切ってねぇか。これじゃ殺しきれねえな」

 

 ガザスはそう呟くと、あっけにとられるガスタとリチュアを見て、悪魔の笑みを浮かべた。

 

 

 ___それは、一瞬の出来事だった。

 

 

 何体かのリチュアと、何人かのガスタがガザスに捕まり___ぐちゃり、と音を立てた。

 

 

 何が起こったのか、一瞬では誰も分からなかった。観測者であるヴァイロンだけはその結末が読めていたが、手出しはできなかった。

 捕まった者たちは、全員首から血液を滝のように流していた。先ほどまであったはずの頭部は、既にガザスの口の中で混ざり合っている。

 ガムでも噛むように、くちゃくちゃと音をさせ、ガザスは捨てるように言う。

 

「不味い。もっといい味の奴はいねぇのかよ。つまんねぇ」

 

 ガザスが捕まった体を下級のインヴェルズに投げると、死体に群がる虫のように__いや、まさしくその通りにインヴェルズたちが食事を始める。

 

 ぐちゃり、ぐちゃ、ばき、べき、がき、ばぐ。

 

 わずかな時間で、湿地帯に地獄が現れた。

 

「……ぇお……」

 

 あまりにもショッキングな光景に、ユウキは嘔吐が収まらない。ウィンダはすでに気絶していた。

 生贄に慣れているエリアルさえも、この状況には絶句していた。

 

「ま、今喰い尽くしても良いんだが、メインディッシュは最後にとっておくタイプでな。帰るわ。じゃあなクソ天使と餌共。精々、良い味になるように残りを生きな」

 

 捕食によって溶けた右腕を復活させたガザスは、下級悪魔たちと共に去っていく。

 それに攻撃を仕掛けようとする者は、ヴァイロンを含め誰もいなかった。

 

 

 

 インヴェルズの被害は非常に大きかった。

 出現してからわずか一週間で何百もの命が食われていった。奴らに規則性はなく、いつでも、どこでも、誰でも、食われた。復活させたリチュアすら、悪魔の前ではエサに過ぎない。

 そんな絶望的な状況を覆すために、ヴァイロンは四部族を収集する。

 場所はヴァイロンが降臨した場所に生み出された、光の観測所。

 現在、どこに現れるかわからないインヴェルズが唯一現れない、侵食されていない場所だ。

 神殿のような外見からは眩い光が常に降り注ぎ、インヴェルズたちの出現を阻止しているらしい。

 神殿内__四部族の長が神殿の円卓に集った時、空から声が降り注ぐ。

 

「よく来てくれた。ガスタ、リチュア、ラヴァル、ジェムナイト。この星の原住民たちよ」

 

 神殿の上部から、何体もの大天使たちと、彼らを護衛する無数の天使たちが降臨する。

 その中、大天使の中でもひときわ巨大な大天使が長たちへ告げる。

 

「我はヴァイロンの長、オメガ。そなたたちを集めた理由はすでに知っているだろう。古の悪魔、インヴェルズが復活し世界を汚染させている。それを食い止め、奴らを滅ぼすため、そなたたち四部族の共闘を促すためだ」

 

 上から目線の提案に長たちが顔を見合わせている中、オメガはそれを気にせずに通告を続ける。

 

「このままではこの世界が滅びるのも時間の問題だ。それでもいいのか?」

 

 世界の滅亡___それが何を意味しているのかは想像もつかない。

 が、『死』というものが迫ってきていることには、長たちだけでなく神殿に集められた四部族全員が理解していた。それを討ち滅ぼさなくてはいけないことも。

 

「私は賛成よ。ヴァイロン、貴方たちの思惑に乗りましょう」

 

 最初に肯定の意思を見せたのは、意外なことにリチュアの長。リチュア・ノエリアだった。

 ウィンダールもそのことに非常に驚いているようで、信じられないものを見る顔でノエリアを見ている。

 

「ふむ。まさかそなたからそのような言葉が出るとは思わなかったぞ?インヴェルズを復活させた原因。リチュアの長よ」

 

 オメガの次に大きい大天使、ヴァイロン・アルファが疑念を込めた言葉を投げる。ノエリアはニヤリと笑みを浮かべながら答えた。

 

「あら。生き残ることは何よりも重要なことですわよ。それに、私たちリチュアはインヴェルズを復活させることができた。インヴェルズに対して一番知識を持っているのは我々です。仲間に加えない理由はないと思いますが?」

「……なるほどな。確かに、復活させることができるのなら、再封印することも可能か。しかし、なぜ奴らを復活させた?こうなることは目に見えていたはずだが」

 

 当然の問いかけに、ノエリアは悪気もなく答えた。

 

 

「未知の『力』を欲するのは、いけないことですか?」

 

 

 その回答に、大天使すら絶句する。が、四部族の長はあきれ顔をするだけだ。

 未知を求めてこそのリチュア。その回答にはむしろ安心すら覚えている。

 

「…‥‥今は奴らの全滅が最優先だ。そのことについて今は不問とする。では、残りの長たちはどうする?」

「決まってらぁ。リチュアとは同盟結んでいたんだ。だったら、これも乗ってやるよ」

 

ラヴァル・ジャッジメントもこの同盟に参戦する意思を見せる。

 その告げられたジャッジメントの言葉を、クリスタは無視できなかった。

 

「やはり、リチュアとは手を組んでいたのか」

「まあな。てめーらジェムナイトを本気にさせるためにな。で、てめーはどうするんだ。ジェムナイト。俺たちラヴァルとは手を組めねぇってか?」

「……今はそんなことを言っている場合ではない。インヴェルズは、悪だ。それははっきりわかる。ならば、打ち滅ぼさなくてはいけないだろう」

 

 クリスタはリチュアの思惑を考えながらも、インヴェルズを滅ぼすために同盟へと参加する。

 そして、ウィンダールは___

 

「ここまで一致団結できるのは珍しいだろう。我々ガスタとしても、戦いの火の粉はなくしておきたい。ヴァイロン様、ガスタもこの戦いに参戦いたします」

 

 他でもない。ガスタを守るために同盟に入る。

 オメガはその結果に満足したように、長たちに語る。

 

「うむ。これでインヴェルズを滅ぼせる確率が80%まで上がった。だが、まだ100%ではない。そこで、残りの20%を埋めよう」

 

 オメガがそう言うと、彼の近くを浮遊していた四体の天使たちが長の前に舞い降りる。

 

「彼らは君たちへの戦力強化として、各部族の一人と合体しさらなる力を与える天使たちだ」

「合体?融合のことですか?」

「否、それは違うぞ。ジェムナイトの長よ。各部族に適合した力となる。リチュアなら儀式の力となるだろう」

「ほう。それはまた調べがいがありますね」

 

 未知の力の前に、ノエリアの顔が妖艶に輝く。その様子をウィンダールは苦い顔で見つめていた。

 が、乗り気ではない部族が一つ。___ラヴァルだ。

 彼らは自分の力に誇りと自信を持っている。同盟に入るのは滅びを回避するためであり、わざわざ力を与えてもらうのは、自分たちが舐められているようで不愉快なのだ。

 それに、ジャッジメントは頭が切れる。この力にデメリットがないかどうかを怪しんでいた。

 

「ヴァイロン様よぉ。俺たち、ラヴァルが力不足だって言いてぇのか?それに、この力が何かしらの副作用があるんじゃねえのか?」

「それはないぞ。ラヴァルの長よ」

 

 答えたのは大天使の一人。ヴァイロン・エプシロンだ。

 

「我々ヴァイロンは、インヴェルズの滅亡が基礎プログラムなのだ。そのために行動している。同盟を組んだ諸君たちに、都合が悪くなるようなことはしないと約束しよう」

「……ほーん。そうかよ」

 

 ジャッジメントはそのまま黙り込む。それを見計らって、オメガが話を続ける。

 

「君たちに与えたのは、スフィア、テトラ、ステラ、プリズムの四体。各自、戦闘に長けた者が装着者となってくれ。これで10%だ」

「何?これで10%だと?」

「ああ。ヴァイロン。失礼だと思いますが、ジャッジメントと同意見です。あなた方から力添えをいただき、四部族はここに結束した。それ以外に何が足りないというのですか?」

 

 クリスタとジャッジメントがヴァイロンに当然の疑問を投げかける。ノエリアは絶えず笑みを浮かべているだけで、口を開こうとしない。

 

「……まさか」

 

 ウィンダールは思いついてしまった。残りの10パーセントを埋める存在を。

 自分たちが救世主だと称えていた、ただの青年を。

 

「そのまさかだ。ガスタの長よ。……シグマ」

「は。別室から転送します」

 

 オメガの命で、シグマが別室でこの会議を見ている青年をここへ転送させる。

 光の魔法陣が長たちの前に現れ、その上に人影が現れる。人影は急に場所が変わったことに非常に驚いて、周囲をキョロキョロし始める。

 

「あ、あれ?さっきまで別の部屋にいたはず・・・・・・っと、ヴァ、ヴァイロン!?」

「ユウキ君……」

 

 ユウキはこの状況を理解することができない。ただ、先ほどの見ていた会話から嫌な予感はしていた。

 

「異世界から来た者よ。先ほどまでの会議は見ていたであろう?ならば、お前がここに呼ばれたわけはわかるだろう」

「お待ちください!ヴァイロン様、彼は何らかの術でこの世界に呼び出されてしまった者です。この戦いに巻き込む必要はありません!!」

 

 しかし、ウィンダールの当たり前のような主張をヴァイロンは受け入れない。無言で圧力をかけ、彼を黙らせた。

 

「今は発言を許していないぞ、ガスタの長。異世界の者よ。お前がいればインヴェルズを100%滅ぼすことができる。ぜひ、その力を振るってほしい」

「ヴァイロン。あんたたちが欲してるのは、俺じゃなくて銀河眼(ギャラクシーアイズ)だろ? そうやってはっきり言ってほしいんだけど……まあ、力を貸してくれとか言われるのは、二度目だし」

 

 ちらりとウィンダールを見て彼に罪悪感を感じさせながら、ユウキは答えた。

 

「嘘を言ってもしょうがないか。その通り。この世界にはない力。銀河眼(ギャラクシーアイズ)とその僕たち。その力で我々と共に戦ってくれ」

「・・・・・・断らせる気なしか。そんなんじゃ、交渉もへったくれもないよ? 機械仕掛けの天使さん?」

 

 そのユウキの一言にヴァイロンたちから殺気が少し湧いた気がした。

 が、彼らは機械。ゆえに、そのような挑発に乗るよりも重要なことを聞き出す。

 

「それでは、『君』の望みをかなえよう。我々ヴァイロンで可能な限りで。当然、世界征服などは禁止だ」

「……」

「君は異世界人だ。確かに我々の世界がどうなろうとかまわない、ということを入れていなかった。ならば、君に報酬を与え『雇う』のが一番いい方法だと結論付けた」

 

 ユウキが挑発してから、ヴァイロンは彼を『お前』ではなく『君』と言い始め、さらに報酬を与えると言い出した。

 彼らの中では、『ヴァイロンを全滅させる確立を100%にする』ことが最優先となっているからであり、なんとしてもユウキを戦力として加えたいのだ。

 

「なら、この戦いが終わった後でいいから、元の世界に戻してくれ」

 

 青年は心から望む願いを天使に伝える。天使は頷き、その願いを受け入れる。

 

「よかろう。その願い、このヴァイロン・オメガが必ず叶えると約束しよう」

「わかった。なら、協力するけど戦略とかは任せたよ」

 

 ユウキの了承を得たオメガは、彼を元いた部屋に戻したのち、高らかに宣言する。

 

「これで、インヴェルズを滅ぼす準備は整った。我が同盟の諸君よ!今こそ世界を滅亡から救おうではないか!!」

 

 

 

 

 光の観測所に四部族が集結されられた、その夜。四部族はそれぞれ戦いに向けて準備を始めていた。

 四部族を集結させた、というのは比喩ではなく、光の観測所内には全部族の全住民が生活している。大天使であるアルファやエプシロンが神殿内を拡張し、文字通りこの世界の最終防衛線となっているのだ。

 同盟締結後、シグマから全員に通達があった。

 

「これから一週間後、インヴェルズとの決戦に挑むことになる。期間を開けるのは、奴らを完全殲滅するためだと理解してほしい。各部族は、先ほど与えた天使たちと合体する者を三日後までに選別すること。決戦までは好きにしてくれて構わない」

 

 とのことだった。

 各部族で生活するブロックが違い、ユウキはガスタのブロックで生活することになる。今現在もガスタの皆と食事をとっている最中だった。

 カームたちが作ってくれた食事を食べ終わり、ウィンダールはガスタ全員へと話かける。

 

「それでは、ガスタの民たちよ。与えられた力、ヴァイロン様と合体する者を決めたいと思う。……聞きたくはないが、立候補する者はいるか?」

 

 ウィンダールが立候補をさせたくないのは、力を与えられれば当然、前線に出され死亡率が上がってしまうからだ。

 ___それでも、力を欲している者はいる。それも、誰も予期しなかった者だった。

 

「はい」

「!!?君が、立候補するのか!?カーム!」

 

 一番に手を上げたのは、ガスタの中で最も争いを嫌うはずのカームだった。ウィンダールだけでなく、ユウキを含めた全員が驚く。

 カームの決意は本物であるらしく、顔つきは真剣で普段まとっている優しそうな雰囲気は全く感じられない。

 

「私は、いつも背中を見ているだけでした」

 

 カームは語る。自身がいつも前線には立たず、後方支援をしていることを。

 

 それを、いつしか悲しくなってきたことを。

 

「皆さんは傷ついている。戦士家だけでなく、神官家のウィンダちゃんですら、前線に立って戦っている」

「そ、それは、ガルドと一緒だから……」

「そう。私には契約獣はいない。私よりもずっと幼いカムイ君ですら、契約獣がいて戦っている。いつも見ているのは、戦いに向かうみんなの背中と、血を流して帰ってくるみんな……。もう、もう嫌なんです。私も守るために戦いたいんです!だから、私をヴァイロン様と合体させてください、ウィンダール様!!」

 

 その場にいる全員が、彼女の気迫に何も言えなくなってしまう。

 それでも、カームをよく知っており、父でもあるムストは彼女を落ち着かせるために説得する。

 

「カーム。戦いにおいて、様々な役割がある。前線で戦う者もいれば、私のように後ろで戦略を練る者もいる。君の回復はいつも多くの命を救っているじゃないか」

「違うんです……。ムストさんのように、戦略を練り、そして戦えるわけじゃないんです。回復しかできないんです。今の私じゃ、救えても、守れないんです!!」

 

 涙を流して訴えるカームの姿に、流石のムストも言葉か出ない。

 

「もう……嫌なんです……。誰も、傷ついてほしくない……。ガスタの皆も、リチュアの皆も。ジェムナイトもラヴァルも、ユウキ君も!!!もう、戦ってほしくないんです!!」

 

 優しすぎる彼女に、ポンと肩に手を置く親友がいた。

 

「わかってる。あんたがいつも無理してみんなを戦場に送り出してるのは、あたしが一番知ってる」

「リーズ……」

「力不足なのはあたしもそう。あいつ、ユウキがいなきゃ今以上に被害が出てた。もっと多くの人が死んでた。それを、いつも悔しく思ってた」

 

 リーズは決意の顔で、カームとウィンダールの間に入る。

 

「カーム。あんたはいっつも無理しすぎ。いつも通りみんなに笑いかけてくれればいいのよ。それがみんなの力になるんだから。ウィンダールさん、カームの分も含めて頑張るから、あたしにヴァイロン様との合体をさせてください」

「……リーズ以外に立候補する者はいないか?」

 

 誰も挙手をする者はいない。決して怖気づいているわけではなく、カームの想いを受け止めるリーズに託してみようという、希望からだった。

 

「いないようだな。では、リーズ。君をヴァイロン様に紹介しておく。いつでも招集に応じられるようにしておいてくれ」

「わかりました」

「それでは、決戦は一週間後だ。それまでゆっくり休んでくれ」

 

 ウィンダールのその言葉を聞くと、それぞれ自室へ去っていく。

 一人、また一人と食堂から去っていき、残ったのはウィンダールとウィンダ。ユウキとリーズだ。

 人がいなくなり、部屋が静まり返ると、カームは膝から崩れ落ちる。そして、瞳に貯まっていた涙が地面にシミをつくり始めた。

 

「ううっ……うぅぅ……」

 

 泣き声を必死に抑え、しかし涙を流すカームは悔しさでいっぱいだった。

 この前のリチュアの侵略で大けがをしたカムイは、未だ安静状態でなくてはいけない。ユウキと共にリチュア本部へ向かった戦士家の何人かは、未だ怪我が治らない。

 ___自分の力のなさに、彼女は涙を流すことしかできない。

 

「私じゃ……私じゃ……みんなを……守れない……の」

「そんなことない」

 

 リーズは膝をついて、カームを抱きしめる。背中をさすり、少しでも涙が収まるように安心させる。

 

「あんたは強いよ。自分だけじゃなくて、ほかの誰かまで優しくできるのは、立派な強さ。それは、ガスタ全員が知ってる」

「でも……でも……」

「守るっていうのは、戦うってことじゃない。救うことだって、守ることなんだから。だから、あんたは命を救って。あたしには、それができないから」

「リーズ……」

「あんたの悔しさも悲しみも、全部悪魔にぶつけてきてあげる。後ろは任せたよ、カーム」

「うん……うん……」

 

 次第にカームの涙は止まるだろう。そう確信した三人は微笑みながら部屋を後にした。

 

 

「でも、なんで一週間後何だろうね。ユウキ」

「何でなんだろうな……」

 

 廊下を歩くウィンダとユウキは、ヴァイロンの思惑が読めずにいた。

 結束を高めるにしても時間がかかりすぎるし、そもそも待っていたら攻められるのではないか。そんな不安が二人の心に現れる。

 その不安を吹き飛ばしたのは意外な人物だった。

 

「それは、すべてのインヴェルズが復活しきってないから、よ」

「エリアル……? なんで、ガスタのブロックに?」

 

 二人の前から魔女のような姿をした少女、エリアルが歩いてきたのだ。

 各部族のブロックは特に壁があるわけではないので行き来は簡単なのだが、わざわざあのリチュアがガスタに来る理由はないだろう。しかも、この前侵略してきたリーダーならなおさら警戒心は高まるはずだ。

 が、ユウキは既に、エリアルがポンコツツンデレだと知っている。

 なので、扱いは既に分かり切っていた。

 

「さすがエリアル。博識だね」

「そ、そう?まあ、リチュアなら当たり前というか、普通というか……」

 

 ユウキの誉め言葉に頬を赤くし、そっぽを向いてドヤ顔をするエリアル。

 こうしてユウキは思うのだった。___ちょろい、と。

 

「……って、そんなことじゃないの!生贄にされたいの!?」

「ごめんごめん。つい、いじりたくなっちゃって」

「うぐぐぐ!!!」

 

 なお、観測所内では戦闘禁止である。

 

「そんなことより!エリアルはなんでガスタのブロックに? それに、インヴェルズが復活しきってないって?」

「そ、そうね。教えてあげる。私がここに来たのは単純に同盟の連絡役。そして、その情報っていうのが、ヴァイロンが今すぐに仕掛けない理由」

 

ウィンダに軌道修正され、エリアルがここに来た理由と情報を話す。

 

「インヴェルズには、固有名がない下級悪魔と固有名がある上級悪魔がいる。この前遭遇したのは、インヴェルズ・ガザス。上級悪魔の一体よ」

「ああ、知ってるよ。インヴェルズ上級モンスターは確か他にもいたはず。ギラファにマディス。それに、モースだっけ」

「……そいつが言った通り、その四体が上級インヴェルズ。でもね、そいつらを上回る、最上級インヴェルズが存在する」

「……確かにいたような気がする」

 

 お世辞にも、現実世界でのインヴェルズデッキは強いとは言えない。ギラファが優秀なのはユウキも知っていたが、それ以上の内容は覚えていない。

 だが、最上級インヴェルズは二体存在する、という事実が今の戦場には最大級の脅威であることは確かだ。

 

「その名を、グレズとホーン。この二体が復活するまでにあと数日かかるそうよ」

「復活してから倒すために待つっていうことかぁ……。でも、インヴェルズって捕食者なんでしょ? 今、地上に食べるものなんて……」

「そんなの、下級のインヴェルズを食べればいい話じゃない。これだからガスタは甘っちょろいのよ」

「……え?」

「俺は知ってるから驚かないけど、普通は共食いなんて想像つかないだろ……」

 

 ウィンダの疑問に、エリアルはあきれ顔で答えた。ユウキは苦言を促すが、彼女は気にせずに続ける。

 

「奴らは絶対捕食者。見る生物すべてが食料なのよ。当然、同族であろうと。話し合いなんて最初から無理なのよ。奴らにとって、交渉を持ちかけられているのは『食料』なんだから」

 

 その言葉でウィンダは思い出してしまう。

 インヴェルズと初めて遭遇した時の恐怖を。ガザスに食いちぎられたガスタの仲間の死体を。頭から上がない、血を大量に流す、あのおぞましい光景を。

 

「しっかりしろ、ウィンダ!!」

「あ、あれ、私……」

 

 気づけばウィンダは、膝から崩れ落ちてユウキに抱えてもらっている大勢になっていた。膝は笑っており、うまく立ち上がることができない。

 ユウキが手を貸し、何とか椅子に座らせることができたものの、ウィンダの体の震えが止まらなかった。

 

「エリアル。あの光景を思い出させるようなことは言わないでくれ。俺もかなりキツイ」

「その割には平気そうだけど?」

「銀河眼が無理やり奮い立たせてくれてるからだよ……。あの光景見たとき、吐きそうだったんだからな」

「どうでもいいから。これで、私の役目は終わり。じゃあ、これで帰るか__」

 

 と、エリアルがリチュアのブロックへ還ろうとした時だった。新しい二つの人影が、ガスタのブロックへと入ってくる。

 一人は灰色の長髪を縛り、腰に儀水鏡の埋め込まれた刀をさしている青年。

 もう一人は、赤い髪をツインテールにして、エリアルと同じような魔女帽子をかぶっている少女。

 二人はエリアルの姿を見ると、ユウキ達の元へ近づいてきた。

 

「ここにいたのか、エリアル。いきなりガスタのブロックに向かったと聞いたから驚いたぞ?」

「そうそう。せめて、アバンスか私に一言言ってほしいな?」

 

 二人が、アバンスとエミリアがエリアルに優しく話かけるが、エリアルは先ほどから無表情を貫いている。

 

「申し訳ありませんでした。ヴァイロンからの指示でガスタ陣営に情報共有をしてほしいとのことでしたので」

「……エリアル?」

 

 エリアルのあまりにも事務的な回答に、ウィンダとユウキは困惑を隠せない。

 エミリアはそれに苦笑いをして、答える。

 

「今はリチュアとしての立場はなしだよ? せっかく昔馴染みに会えたんだし」

 

 だが、エリアルの態度が変わることはない。事務的な言葉を続けるだけだった。

 

「いえ。エミリア様のお言葉ですが、それはありえません。私は、あなた方二人の部下なのですから」

「だから、部下とかそんなのはお母さんが言ったことで……」

「だからこそです。お義母さんが言ったことは絶対です。私はガスタに敗北し、作戦を失敗させた。一方のエミリア様はインヴェルズの復活という、本来のガスタ侵略の目的を達成された。差があって当たり前なのです」

「ちょ、ちょっと!?今、とんでもないこと言わなかった!?インヴェルズの復活が本当の目的で、湿地帯にある資材はどうでもよかったの!?」

 

 聞き逃せない言葉にウィンダが思わず、エミリアとエリアルとの会話に口出ししてしまう。アバンスは困った顔で答えた。

 

「資材も目的だったが、第一目標はインヴェルズの復活だったな。……見ての通り、状況は最悪になったが」

「最悪どころの騒ぎじゃないんだってば、アバンス!!エミリアも!なんでノエリアさんを止めてくれなかったの!?」

 

 ウィンダの正当な怒りをうけたアバンスとエミリアは顔を俯けて、そして顔を上げてから答える。

 

「リチュア、だからな。憎んでくれて、かまわない」

「お母さんがやることだからね。他の誰が信じられなくなっても、娘である私が信じなきゃ」

 

 悲しい笑みを浮かべ、二人は言葉を吐き出した。その答えにウィンダは納得できない。

 

「おかしいよ!リチュアが発展すれば、ガスタはどうなってもいいっていうの!!? ふざけないでよ!!私たちは、リチュアと必死に昔の関係に戻ろうとしているのに!!」

「だから、それが甘いのよ。ウィンダ」

「エリアル……!」

「わかりあう気がないの。インヴェルズだってそうでしょ?私たちリチュアは、求めるもののために侵略を続ける。それが、ガスタであろうと、ヴァイロンであろうと」

 

 今、ウィンダの目の前にいるのは年頃の少女ではなく、冷酷で手段を選ばないリチュアの儀式師だった。

 その気迫にウィンダは押され気味になるが、それでも言い返す。

 

「今のエリアルは人形だよ!!ノエリアさんに使われるだけの、ただの操り人形だよ!!」

「なん、ですってぇ……!!!」

 

 触れられたくない部分に触れてしまった。激怒の表情を隠すことなく、エリアルはついにウィンダに襲い掛かった。

 地面を蹴ってウィンダへと体当たりし、そのままウィンダの上へ馬乗りになる。

 一瞬の出来事にウィンダは反応できず、倒れた痛みに襲われていた。

 

「あんたに……家族がいるあんたに、家族がいない私の気持ちなんて、分かる訳ないでしょ!!!」

 

 エリアルはウィンダをはたくために腕を上げるが、その手首をエミリアがつかんで阻止する。

 

「やめなさい、エリアル。今は同盟中よ」

「離せ」

「エリアル、頭を冷やしなさい!今、ガスタと亀裂を入れても意味がない!!」

「うるさい!!!」

 

 先ほどの事務的な言葉遣いはすでに消え、感情むき出しでエミリアと向かい合うエリアル。憎しみすら感じられる表情のエリアルは自分の言葉を止められない。

 

「あんたこそそうだ。ノエリアお義母さんの実の娘で、いつも作戦を任されてる!私なんて、本当の目的すら知らなかった!褒めてもらったことすらない!!」

「エリアル、そこらへんにしておけ。ヴァイロンに気づかれる」

「アバンスもそう!同じく引き取られたのに、息子として認められてる!私だけ。私だけ!私だけ!!お義母さんから何も認めてもらえてない!!儀式のことだって!魔術のことだって!頑張ってるのに、お義母さんに娘として認めてもらいたいのに、あの人は一度も見てくれない!!じゃあ、どうしろっていうの!? あの人から言われた命令を聞いて、成功させればいいの!? もっと強力な魔術をつくればいいの!?」

 

 エリアルの叫びに答えられる者はこの場にいない。いるとすれば、ノエリア本人だろう。

 だが、ノエリアはエリアルに何も言わない。それが、彼女の闇を増幅させる。

 

「どうしたらいいかなんて、わからない!!昔の友人を傷つけて、殺して!仲間を生贄にして、犠牲にして!それでも、認めてもらえない!!リチュアに戻ってきたときも、言われたのは降格の命令だけだった!!悔しくて、チャンスをもらったと思えば、ただの囮役!結局、ただの捨て駒だった!!人形になろうと、儀式師として戦場に立とうと、私は!!」

 

 そこでエリアルは言葉を詰まらせ、そして大粒の涙をこぼしながら叫んだ。

 

 

「私は!!娘に、家族になれない!!!私は‥‥…いつまでも、孤独なままなんだ……!!!」

 

 

 その場から逃げるように、エリアルは走って逃げてしまう。それを追いかけようとする者はいなかった。

 エリアルの姿が見えなくなって、残された四人には沈黙が流れていた。

 

「なあ、アバンス」

「なんだ、高屋 ユウ……がっ!?」

 

 沈黙を壊したのは、ユウキの一発だった。

 ユウキがアバンスの顔を殴ったのだ。不意打ち気味に入った一発はアバンスにも回避できず、アバンスは地面に倒れる。

 

「アバンス!ちょっと、なにすんのよ!?」

「エミリア、君もだ。女の子だから殴らないけど、今の俺は相当頭にきてる」

 

 倒れたアバンスに駆け寄るエミリアにも怒りの視線を向けるユウキ。アバンスも当然、怒りの表情で言い返す。

 

「何が言いたい。同盟にひびを入れたいのか? 救世主と呼ばれたお前が」

「俺は救世主なんかじゃないし、同盟とかは関係ない。なんで、エリアルに自分たちが家族だって言ってやらないんだよ」

「何?」

「一カ月生活してた俺でもわかるぞ。エリアル、すごく優しい子なんだ。それをノエリアに認められたいから、必死に抑えて戦場に出てる。家族に認められたくて、必死になって戦ってるんだ。なんで身近にいるお前たちがそれに気づいてやれねぇんだよ」

「そんなこと気づいてたわよ!お母さんに何度も言った。どうして、エリアルを認めないのって。そしたら、役目を果たすためって……。私だって、昔みたいに仲良くしたいよ……」

 

 エミリアの告白に、アバンスも続けて話し始める。

 

「知っていたさ。エリアルが家族に飢えてることは。だけど、あいつは義母さんに応えようとして、俺たちとはあまり関わらない。それどころか、宿敵のような目線を向けてくる。俺たちから何か言っても逆効果なんだよ!」

 

 そのリチュアの事情を聴いても、ユウキの怒りは収まらない。

 

「何度でも言ってやれよ!!俺はそうした。そしたら、素の感情をよく俺にぶつけてくれた!時には、笑ってる顔も見せてくれた!しつこい、なんて何度言われたかわからない。でも、そのおかげでエリアルのことが分かった!あいつが抱えてる問題も少しわかった!なんで、諦めずに呼びかけなかったんだよ!今でも友達だって!!」

「そこまでだ。リチュア・アバンス、リチュア・エミリア、高屋ユウキ」

 

 口喧嘩をしているユウキ達の元に、エプシロンから制止の声がかかる。

 アバンスとエミリアはばつの悪そうな顔をし、ユウキは相変わらず怒り心頭だ。

 

「今は結束するとき。くだらない揉め事はよしてもらおうか」

「くだらない、だと?」

「そうだ。一時の感情に流され、先の関係が悪くするのは人間の悪い癖だ。どんなことがあったかは知らないが、それぞれ自室へ帰れ。これは、命令である」

 

 エプシロンの淡々とした機械的処理に、この場にいる全員が嫌悪感を覚える。ヴァイロンに友好的なガスタのウィンダさえ、この判断には嫌気がさしていた。

 

「……アバンス、殴ったことは謝る。俺、エリアル探してくる!」

 

 自室へ戻ることなどせず、エプシロンから止められる前にユウキはエリアルが走り去ったほうへと駆け出す。

 エプシロンはそれを止めようと、彼の前に魔法壁を展開___

 

「おい、無粋なことするな」

 

 ___した直後、アバンスの儀水刀に一閃されてしまう。当然、エプシロンは警告しようとするがアバンスはエプシロンを睨みつける。

 

「エミリア、俺たちも探しに行くぞ」

「わかってる。そもそも、ここに来た理由はエリアルを探しに来ただけじゃないし。と、いう訳でウィンダも一緒に来て」

「え? べ、別にいいけど」

 

 残った三人もユウキと同じように、エリアルを探しに出かける。

 残されたエプシロンは、理解不能、と測定結果を出して監視へと戻るのだった。

 

 

「ぐすっ……ぐすっ……」

 

 逃げ出したエリアルはリチュアのブロックの隅で泣いていた。

 彼女がまだ小さかったころ、まだガスタとリチュアに亀裂が入っていなかったころ。何かあって泣き出しそうになったときは、こうして隅っこに隠れて泣いていたのだ。

 成長した今でもその癖は治っていないようで、無我夢中で走っていたらこうなっていた。

 

 過去を切り捨てられていないのは彼女も同じこと。

 

 冷酷に、容赦はせずに、命令をこなす。

 そうでなくてはリチュアではない。ノエリアの作り上げた軍団の一員ではない。

 

 ___そうしなくては、娘になれない。

 

 あの二人と同じように、家族と呼んでもらえない。

 

 ウィンダが言った『操り人形』。そうなのは自分でも認めてしまっている。でも、それ以外に認めてもらえる方法が見つからない。

 

「どうしろっていうのよ……どうしたらいいの……?」

「クリフォト?」

「……きゃあああああ!!!?」

「フォト!!?」

 

 突然の来訪者に、エリアルは悲鳴を思いっきり上げてその何かを両手で突き飛ばす。

 その何かは、突き飛ばされて壁に激突。ぐるぐる目になって地面に転がっていた。

 

「な、なんなのこれ ?……召喚獣?」

 

 儀水鏡の杖でツンツンするが、何かは起きる様子がない。

 その、まん丸い電球のような形をした体に目がついた何かはどうやら気絶しているようで、同じ召喚獣である銀河眼と比べて力は極小のようだ。

 しかし、エリアルはその力が銀河眼と同じ、フォトンの力であることに気づいていた。

 

「ここにいたのか、エリアル」

「……なんだ、あんたか」

 

 当然、フォトンモンスターを召喚できるのはユウキだけであり、彼が近くにいることにも気づいていた。ユウキは少し安心したような顔でエリアルに近づく。

 

「てっきり、まだ泣いているのかと思ったけど。クリフォトン召喚して正解だったかな」

「クリ、フォトン?この電球みたいなやつのこと?」

「フォト!」

 

 エリアルが指をさすのを合図にしたように、クリフォトンは気絶から治り嬉しそうにユウキの周囲を飛び回る。ユウキがクリフォトンの頭をなでると、嬉しそうに彼に頬ずりした。

 

「フォトンモンスターで小さくて無害そうなやつって、こいつ以外いなくって。おかげでエリアル見つけられたよ。ありがとうクリフォトン。」

「フォト!!」

 

 クリフォトンがカードへと戻り手に収まると、ユウキはエリアルの隣に座る。

 

「何、笑いに来たの?」

「そんな訳ないだろ。家族を求めるのは俺にもわかるから」

「……あんた、家族いないの?」

 

 心の不安からか、それともただの興味からか。エリアルはユウキ自身のことを尋ねた。

 ユウキは前を向いて、その問いに答えた。

 

「母さんが一人。父さんは小さいころに亡くなって、母さんが一人で俺を育ててくれた」

「なんだ。家族いるんじゃない……私は、両親の顔すら覚えてないのに」

「……そっか。両親の顔も覚えてないのか。ずっと一人だったんだな」

「私って、やっぱりおかしいの? 認められたくって、娘だって言ってほしくて、命令を聞いてばかりなのは。___『人形』なのは」

 

 ウィンダの言葉は深くエリアルの心に突き刺さっているようで、敵視しているユウキにそれを問いかける。

 ___自分は、狂ってしまっているのかと。

 

 

 

「ん?別におかしいなんて思わないよ?」

 

 

 

 ユウキの飾らない素直な言葉に、エリアルは思わず目を見開く。

 

「ノエリアさんはエリアルを育て上げてくれた恩人なんでしょ? なら、認められたいって思うのは普通じゃない? リチュアの活動はこの際は置いといて、期待に応えようとするのは当然のことじゃないかな?」

「そう、思うの?あんたは」

「俺だって母さんの期待に応えるために、大学に行ったようなもんだし。まあ、今は異世界に飛ばされてるから、早く帰って会いたいんだけどね」

「……そっか」

 

 ユウキの言葉に、エリアルは頷くだけだった。顔は帽子でよく見えないが、頬が少し上がっているように見えた。

 

「あ、いた!ユウキも一緒だ!」

「やっぱり隅っこにいた。エリアルはわかりやすいねぇ~」

「てっきり泣いているかと思ったが、そうでもないみたいだな」

 

 ウィンダ、アバンス、エミリアが三人とも笑顔でこちらに向かって歩いてくる。

 照れ隠しをするようにエリアルはさらに魔女帽子を深くかぶって、顔を見えないように俯いた。

 

「ささ、今は同盟中。エリアルもかも~ん。四部族の女子会するんだから、早く来て!」

「へ!? じょ、女子会!!? エミリア、あんた何言って……」

「いいからいいから~。ウィンダも一緒に!」

「女子会かぁ……。いいかも!」

 

 女性陣はこうしてどこかへ消えていった。残ったアバンスにユウキは頭を下げる。

 

「アバンス。さっきは悪かった」

「大して気にしていない。それよりも、いつの間に俺の名前を知ったんだ?」

 

 謝るユウキに対し、アバンスは大して気にしていないようで、それ以上に何故自己紹介もしていないのに名前が知られているのかが気になっている。

 とりあえずユウキは、ウィンダに説明したことをアバンスにも話す。すると、アバンスは少し驚いて話し始めた。

 

「異世界では、俺たちは架空の存在なのか……。それはそれで面白そうだが、なぜおまえがこの世界に呼ばれたのかは謎だな」

「やっぱり、リチュアでも難しいのか?異世界からの召喚っていうのは」

「無論だ。エリアルか義母さんくらいだろうな。もっとも、二人ともする理由がないが」

「……エリアルできるんだ」

 

 自分を召喚した相手はいまだ謎のままだ。ユウキが頭を悩ませていると、アバンスが彼に手を差し出す。

 

「?」

「握手だ。エリアルが無事に戻ってきたのはお前のおかげだろ? あいつの反応を見てれば分かる」

「まあ、そう、かもしれない」

「その礼だ。確かに俺はリチュアで、お前はガスタに肩入れしている。だが、今は違うだろ?」

「ああ。リチュアの儀式の力、頼りにしてる」

 

 ユウキもアバンスの手を握り、二人は固い握手を交わす。

 

「じゃあ、また」

 

 ユウキはそう言って自室へと戻っていく。その背中を見ながら、アバンスは呟いた。

 

「……あいつのおかげではある。エリアルが少しだけ優しくなったのは。だが、忘れるなよ、高屋ユウキ。俺もエリアルも、所詮はリチュアなんだってな……」

 

 

_____後編へ続く




・ラヴァル三姉妹の名前
それぞれ、ボルケーノ、フレイム、ファイアからとってます。
単純で申し訳ない……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話ー後編 大戦、開幕

 約束の一週間が経過し、インヴェルズとの決戦日となった。この一週間で各々部族は交流を深めたり、自身の戦闘技術に磨きをかけ、この日に備えていた。

 ユウキも例外ではなく、銀河眼(ギャラクシーアイズ)とある約束事をしている。

 今一度、四部族全員が一つの大広間に集められ、その大勢の前でオメガは宣言する。

 

「諸君。とうとうこの日を迎えた。インヴェルズを全滅させ、世界を救うこの日を。我々ヴァイロンも、奴らに裁きを下すことに全力を注ぐ。どうか、諸君も全力をもって戦ってほしい。健闘を祈る」

 

 オメガの宣言が終わると、各部隊に人員が分けられる。

 

 軍師であるムストやリチュアの軍師ヴァニティは後ろでのバックアップ係。

 

 契約獣がいるガスタや水中を自由に動けるリチュアは偵察係。

 

 本拠地を守る防衛部隊。これはジェムナイトやラヴァルが多い。

 

 そして、選ばれた四人と大天使たちと共に悪魔へ挑む戦闘係。

 当然のごとく、ユウキはここに配属された。大戦の戦場に出るため、普段の装いとは少し違う。ガスタからもらった衣装の上に白色の鎧に肘と膝にはプロテクターがつけられている。普段運動をしていないユウキでもしっかり動けるように軽いものだが、制作者はヴァイロンということで強度は折り紙付き。コートには魔術のコーティングかけられ、更に防御力は上がっている。

 ユウキが少し待っていると、彼と共に戦うメンバーも徐々に集結してくる。一人目を見て、ユウキは嬉しいような恥ずかしいような複雑な表情を浮かべた。

 

「ヴァイロン、これはわざと、じゃないよな・・・・・・?」

「知らないわよ。ったく……せいぜい死なないようにね」

 

 ユウキを守るメンバーは三人。そのうち一人はヴァイロンが狙ったのか、はたまた、たまたまなのかはわからないが、エリアルであった。彼女はしょうがない、という顔で死なないように警告する。

 そこに新たなメンバーが合流する。

 美しい青い体はまるで清流のようにきれいに輝いており、その体と同じように輝く巨大な盾を持っているジェムナイトだった

 

「君がユウキ君か。クリスタさんから話は聞いているよ。守ることに関してはクリスタさんにも負ける気はない。君を守らせてくれ」

「はい、よろしくお願いします。ジェムナイト・アクアマリナさん」

 

 ジェムナイト・アクアマリナ___ジェムナイトの中でも守備に特化した戦士。

 ユウキがいなければ、確実に防衛部隊に所属されていた実力者だ。

 アクアマリナはちらりとエリアルを見てから、ユウキに視線を戻して話を続ける。

 

「リチュア、か。僕は水の力を使うから相性はいいんだろうけど、それでも疑ってしまうのは修行不足かな……。こんなことは言いたくないが、寝首をかかれないように気を付けてくれ」

「その心配はないと思いますから、安心してください。あと、修行不足なんてありえませんよ」

「そっか。言ってもらえると嬉しいよ。あ、呼び方はアクアでいいよ?」

 

 気さくで優しい男性の声のアクアマリナことアクアは、戦前なのに緊張を見せない歴戦の戦士の風格をまとっている。ユウキにとって心強いことには間違いない。

 そしてもう一人。ユウキが気づかないうちに、彼の後ろに立っている少女がいた。

 

「……ん」

「うおぉ!?……ええっと、君……名前は?」

 

 今まで名乗られなくても名前を知っていたユウキが初めて名前を聞いた。その理由は簡単で、現実世界でのカード名に固有名詞がついていないからだ。

 カード名は『ラヴァル炎樹海の妖女』。ラヴァル三姉妹の末っ子だ。

 黒い肌と赤い髪。髪を隠すように黒い頭巾をかぶっている10代になったばかりのような容姿の女の子。彼女は無口な性格らしく、ぽつりと返事をした。

 

「……ファイ」

「ファイちゃんか。君が俺の護衛係?」

 

 ファイが、こくん、と頷く。どうやら彼女が最後のメンバーらしいのだが、ユウキには疑問が浮かぶ。

 ラヴァルの誰かだったのは予想できたが、このファイはどう見ても戦闘向けじゃない。どちらかというと、守られる側だとユウキは考えた。

 その疑問を見抜いたのか、ファイは自分の役割を説明する。

 

「私、溶岩の流れを読めるの……。だから、地面から悪魔の位置を特定できる……はず」

「探索係ってこと?」

「それだけではありませんわ。ユウキ様?」

 

 さらに一人の少女が現れる。髪は炎のように真っ赤に燃えあがっており情熱的な雰囲気を醸し出しながらも、美しさを兼ね備えた美少女だ。

 

「私、ラヴァル三姉妹の次女、レムと申します。妹を託すお方がどんな人か見に来ましたわ。どうぞ、お見知りおきを」

 

 まるでお手本かのような丁寧なお辞儀に、つられてユウキも頭を下げる。

 

「ファイは貴方様の守護役でもあります。ラヴァルで守護の炎術を使えるのは私たちくらいですし。あとは、守る者がいたほうが貴方様は強くなると、ヴァイロンが仰っていましたので」

「……プレッシャーかけるなぁ」

「大事な妹を託すのですよ? それくらいの覚悟を持っていただかないと」

 

 クスリと笑うレムだが、その目は笑っておらず、その言葉が本心から言っていることがユウキにも伝わった。

 

「では、ユウキ様。妹と一緒にまたお会いしましょう」

 

 そう言ってレムは人混みに消えていった。

 妹を託されてしまったユウキは、ファイの頭に優しく手を置く。突然のことにファイはビクッと体を小さく震わせた後、不思議そうにユウキの顔を見た。

 

「よろしくな、ファイちゃん」

「……うん」

 

 一応信頼は得たようで、小さな笑みをファイはユウキに見せる。

 その一連を見ていたエリアルにマリンが思わず声をかける。

 

「やきもちかい?」

「……殺すわよ」

「おおう、怖い怖い」

 

 自分の気づかないうちに不機嫌そうになっていたエリアルは、アクアにおちょくられてさらに不機嫌になる。一方、アクアは苦笑を漏らす。

 

 あっという間に時は過ぎて、決戦の時間となる。

 

 偵察部隊に続いて、ユウキ、エリアル、アクア、ファイも観測所から地上へと降り立った。

 地上は集められる一週間前と同じように、何も変わっていないように見えたが、エリアルとファイは既に異変に気が付いているようで、顔をゆがめる。

 

「大地が死んでる。魔力や生命力を感じなくなってる。インヴェルズの奴ら、本当に目の前のものを食い尽くしたのね」

「溶岩の鼓動が、大地の鼓動が弱くなってる……。ひどい……」

 

 大地から発生する生命力や魔力がほとんど食い尽くされているようで、エリアルとファイの言葉に銀河眼(ギャラクシーアイズ)も苦言を漏らす。

 

『そりゃまずいな。カードの再使用ができなくなっちまう。ま、とにかくインヴェルズとらやをぶっ倒しに行こうぜ、ユウキ』

「ああ。オメガ、ルートは出た?」

 

 ユウキは右耳につけた白い機械に触る。これはヴァイロン専用の通信機で、それぞれに与えられており、オメガやアルファたち大天使だけでなく、ヴァイロンと合体した者たちとも連絡が取りあえる優れ物だ。

 ユウキの呼びかけに、オメガが答える。

 

『そこから西へ迎え。空は飛ぶな。目立ってしまうからな』

 

 魔術でつくられた地図がエリアルの前に展開される。その地図からでも大量のインヴェルズがあちらこちらに存在していることが分かった。

 空を飛べないということは、銀河眼(ギャラクシーアイズ)は使えない。そもそも、目立つことができないので、常時光っているフォトンモンスターは不利になっている。

 

「とにかく、カード引いてみないと」

 

 五枚のカードを引くと、ユウキはふぅと安心のため息を漏らす。要は、手札事故は避けたということだ。

 ユウキの準備が整ったことを確かめ、四人は最後の打ち合わせを行う。

 

「僕たちの目的を確認しておこう。僕たちは、上級インヴェルズの一体。インヴェルズ・ギラファの討伐が目的だ。上級インヴェルズは一体しかおらず、すべて倒すことができれば下級は統一を失い、倒すのが簡単になる」

「でも、地上は下級インヴェルズがうじゃうじゃいる。できるだけ気づかれずに、騒ぎを立てずに討つことが私たちの役割でしょ? 騒ぎを起こすのは、ヴァイロンと合体した四人の役割なんだから」

「中央にいる最上級インヴェルズは、オメガ、アルファに任せる。東西南北にいる四体の上級インヴェルズを倒し、最後にオメガたちと合流……?」

「あってるよ、ファイちゃん。ええっと、アクアさんって移動手段あります?」

「大丈夫。鍛えているから走って追いつけるよ」

 

 目指す方向は西。ガスタの領域。

 目的地と目標は決まった。ユウキは勢いよくカードを切る。

 

「フォトン・スラッシャーを特殊召喚!さらに、リリースしてフォトン・レオをアドバンス召喚!」

 

 フォトン・スラッシャーが召喚されすぐさま光になると、その中から一体の獅子が現れる。

 フォトン・レオ___本来なら相手の手札を交換させる効果を持つが、今回は使用せず足として活躍してもらう。

 ファイ、エリアル、ユウキの順で前から乗り、アクアは自分の足でレオを追いかけるそうだ。

 

「じゃあ、行こうか。…おっと、カードを一枚伏せる。エリアル、ファイちゃん、しっかり捕まってて。レオ、お願い!」

「ガオォオオオ!!!」

 

フォトン・レオが雄叫びを上げて西へと駆けていくのだった。

 

 

 ミストバレー湿地帯を目の前にして、ユウキ達四人は止まらざるを得なかった。

 

「なんだ……これ」

 

 緑色のはずの湿地帯は、一面真黒な生物でおおわれており踏み込むことすら許されない。

 何千、何万という下級インヴェルズの大群の中央には三体の悪魔がいた。

 

「やっと来たか、異世界野郎。ガザスからお前のことを聞いて、食いに来てやったぜ? 感謝しな」

「おいおい、あいつを食うのは俺だ。ギラファ。ああ、早く食べたいな!!」

「早い者勝ちだってば、モース。そもそも、あいつを食ったやつを食えば一緒なんだけどな!!ケケケ!!」

 

「ギラファだけでなく、モースにマディスだと!?どうなっているんだ、ヴァイロン!」

 

 無数の下級インヴェルズに三体の上級インヴェルズ。一方こちらは四人だ。数も質もあちらが完全に上回っている。

 すぐさまアクアがヴァイロンに通信を行う。__が、帰ってきた返答はクリスタからのものだった。

 

『アクアか!完全に罠にはまった!!奴らはユウキ君を第一目標としている!ヴァイロンはこれを好機に最上級インヴェルズに攻撃を仕掛けているが……。ともかく、ユウキ君を守ってくれ!!』

「くっ……了解、しました!!」

 

 アクアが盾を構え、レオから降りたエリアルが杖をインヴェルズに向ける。ファイはユウキの後ろに隠れて、魔術の準備をしている。

 

「で、あんたどうするの?戻って態勢立て直す?」

「まさか。ここまで来たんだ。それに、銀河眼が戦えってうるさくて逃げれないし」

「そ。だったら、しょうがないけど本気でやらなきゃね。儀式、起動」

 

 その一節で、エリアルは儀式を正確に起動させ、姿をマインドオーガスへと変える。その姿を見たモースが笑いながら叫ぶ。

 

「あれ、俺達の力じゃん!いやぁ、復活したら自分たちの力も食えるとか、生きててよかったぁ!!」

「すぐ死ぬことになるわよ。下品な悪魔め」

「__はぁ?食われるのはお前たちだ。下級生物」

 

 モースの両腕から青白い熱線がマインドオーガスに向けて放たれる。

 ほぼノータイムで繰り出されたその必殺の一撃は、いくらマインドオーガスでもよけることは不可能だろう。

 

 

 

 

 そう、よけることは。

 

 

 

 

「トラップ、発動!聖なるバリア ミラー・フォース!!」

 

 ユウキが出発前に伏せていた罠カード。ミラー・フォースが発動され、白い円形のバリアが四人を包み込む。

 

「なに!?」

「挑発すれば、あんたたちは必ず乗ってくる。絶対捕食者としての誇りやらがあるから。でもね、そんなの私たちリチュアにわからないとでも思ったの?」

 

 エリアルは淡々と話す。その結果がすでに見えていたように。

 バリアは熱線とぶつかるも割れることなく、それどころかその熱線を下級インヴェルズの中央に跳ね返す。地面にあたった熱線はそのまま爆発を起こし、あれだけ無数にいた下級インヴェルズすべてを消し去ってしまった。

 爆風が収まると、マディスとギラファがモースをあざ笑い、モースは怒りで肩を震わせていた。当然、傷は負っていない。

 

「ミラフォは一応全体破壊なんだけどな。カード効果通りにはいかないか」

「ね、予想通りだったでしょ。あいつらどうせあんたを狙ってくる。ガザスがあんたに目をつけてたのは前の戦場で読めてたし、どうせ統制なんて取れてない。なら、珍しい食材に群がるのが虫ってもんでしょ」

「まさか、本当に当たるとは。流石リチュアと言うべきかな?」

「……すごいと思います」

 

 エリアルの考えを信じられなかったアクアは戦況が変わったことで落ち着きを取り戻し、ファイは素直に称賛の声を上げる。

 無論、ただで終わる絶対捕食者ではない。時間経過とともに、消滅したはずの下級インヴェルズたちが徐々に出現し始める。時間がたてば先ほどと同じ状況に戻ってしまうだろう。

 その前に、ユウキ達はインヴェルズたちとの交戦を開始する。

 

「インヴェルズ、お前たちを討伐する。一緒に戦ってくれ、アクアさん!ファイちゃん!エリアル!!」

「最初からそのつもりだ!我が名は、ジェムナイト・アクアマリナ!これより、君を守る盾となろう!!」

「頑張らせて、もらいます……!」

「さて、インヴェルズ。あんたたちの力、見せてもらおうかしら」

 

 敵は三体。数体の下級インヴェルズを合わせても勝機はある。だが、油断できる敵ではないことは事実。

 

「ケケケ!!!飯だ飯だ飯だぁあああ!!!」

 

 マディスが両手の鎌を引かせながら高速で接近する。ユウキ達にはすでに罠カードはなく、守りの手段はない。

 ___そんな状況だからこそ、青き守護者はユウキ達の前に立つ。マディスの命を刈り取る一撃はアクアの盾に防がれる。

 

「力任せの一撃など、僕には通用しないさ」

「そいつぁ、どうかな」

 

 マディスが、ケケケと不気味な声を上げて横に飛ぶ。その奥には、大砲と化した片腕にエネルギーをためているギラファがこちらを狙い打とうとしていた。

 

「吹き飛びなぁ!!!」

「溶岩よ、沸き上がれ!!」

 

 ギラファの腕から高密度のエネルギーが放たれようとした瞬間、ファイが両手で地面をたたく。すると、ファイの言葉通り、溶岩が急に吹き出してギラファを飲み込む。

 溶岩の中でギラファは舌打ちをして、その場を離れる。

 

「ダメージ……なし。ごめんなさい……」

「十分!ドロー!俺は__」

 

 ファイの稼いだ時間でユウキは新たなカードを切ろうとする。が、その一瞬のスキを悪魔は見逃さない。

 モースがすさまじい跳躍で、彼らの後ろに回り込んでいたのだ。アクアは先ほどからマディスの連撃を防ぐので精一杯だ。

 

「今度こそ、消えろ!」

 

 だが、ユウキに不安はない。彼女はこの程度のことは読み切っていると信じているからだ。

 

「だから、あんたの攻撃は読みやすすぎるっての。『呪砲(カノン)』」

 

 後ろからのマディスの熱線は、マインドオーガスの放った砲撃とぶつかり打ち消される。

 そんな頼もしい三人に守られながら、ユウキは準備を進める。

 

「俺はフォトン・パイレーツを召喚!」

 

 召喚された新たなフォトンモンスターはその名の通り、海賊のような姿をしている。パイレーツは持っている刀を天空へと掲げ、ユウキは効果の宣言を行う。

 

「フォトン・パイレーツの効果!墓地にあるフォトン・スラッシャーを除外し、攻撃力を1000アップ!これで、攻撃力2000以上のモンスターが二体!!俺は、フォトン・レオとフォトン・パイレーツの二体をリリース!!」

 

 二体のフォトンモンスターは光の粒子となり、赤い十字架を作り上げた。ユウキはそれを以前のように、天高く投げつける。

 

「闇に輝く銀河よ。希望の光となりて、我が僕に宿れ!光の化身、ここに降臨!!現れよ、銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)!!!」

 

 眩き光が十字架へと集まり、今ここに光の竜は降臨する。

 

『よっしゃぁ!!暴れるぞ、ユウキ!!!』

 

 久々の戦闘に銀河眼(ギャラクシーアイズ)の闘志が高まると、それに共鳴するようにユウキにも闘志が沸き上がってくる。

 一方、連携攻撃を防がれたインヴェルズ三体はいったん後ろへ下がり、相談を始める。

 

「ケケケ!俺、自分の力を食ってみたい!!」

「じゃあ、俺は盾野郎だ。あの盾をぶち破る。んで、異世界野郎はお前にやるよ、モース」

「そりゃどうも。どんな味なんだろうなぁ……。楽しみになってきたァ!!」

 

 このままでは餌にたどり着けないと考えた三体は、まず復活した下級インヴェルズを喰らった。さぞ当たり前のように同族を喰らうその様子に、四人は嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

 

「おやつ補給完了!!食ってやるよ、リチュアぁぁあ!!!」

「ちっ……!あんた!死んだら生贄だから!!」

 

 先ほどよりも速度が上昇したマディスの突進により、マインドオーガスがユウキ達から離れてしまう。

 

「よそ見してる場合じゃねえぜ、宝石野郎!!」

「ぐっ!!」

 

 アクアがエリアルを守れなかった理由は、ギラファがマディスの突進と同時に砲撃を彼に向かって放っていたからだ。

 先ほどはびくともしなかったアクアの体が、防御の衝撃で無理やり後ろに下がらされる。

 二人の防御役を失ったことをチャンスに、モースがユウキに襲い掛かる。

 

「どんな味がするか、確かめてやるよぉ!!うひゃひゃひゃ!!!」

「こいつ、性格変わったのか?ファイちゃん、銀河眼(ギャラクシーアイズ)!行くよ!!」

『んなこと、言われなくたって暴れてやらぁ!!』

「できるだけ……サポートします!」

 

 

 

 

 

「いい加減に……離れなさいよ!!!」

 

 ユウキ達から離されたマインドオーガスは、下半身の触手を使って接近してくるマディスを貫こうとする。

 

「ケケケ!!酒のつまみにはいい感じだぁ!!」

 

 マディスはそれをわざと避けず、両手の窯で触手を細かく切り刻み、そしてひとつ残らず食っていく。その様を見てマインドオーガスはドン引きしながらも攻撃を続ける。

 

「『雷撃(ライトニングボルト)』!!!」

 

 マディスの上空に魔法陣を展開させ、そこから一発の雷撃を直撃させる。

 雷撃が落ちた周囲の草は一瞬で黒く焦げあがるが、マディス本人には全くダメージが入っていないようだ。ケケケ、という笑い声が絶えることはない。

 

「ムダムダムダ!お前の力は俺たちの力。効かない効かない~。ケケケ!!」

「ふん。言ってなさいよ!!『竜巻(ツイスター)』!」

 

 今度はマインドオーガスの前に魔法陣が二つ表れ、そこから小型だが強力な竜巻が発生し、マディスを飲み込むものの全く動じていない。

 

「効かない~、ぜ!!」

 

 マディスの鎌によって風は切り裂かれる。竜巻の魔術は消え失せ、ケケケと笑い声が再び聞こえ始める中でマインドオーガスは考える。

 

(おそらく、このまま魔術をぶつけても勝てない。確か、インヴェルズは邪念が原動力だって本に書いてあった。なら、それを消せる魔術なら……!)

「何を考えてるか知らないが、どうせムダなんだから!さっさと食われちゃいなよぉ!!」

「誰があんたみたいな下品な奴に!!」

 

 マディスは再び高速で移動を始める。だが、それは彼女に向かってではない。マインドオーガスの周りで円を描きながら移動し始める。

 マインドオーガスの機動力は高くない。ここから退くこともできず、魔術が強化されていても術者が大ダメージを受ければ解除されてしまう。

 マディスは確実に、ゆっくりとダメージを彼女に与えるための狩り方を開始した。

 高速で動くマディスは既に残像を作り出しており、そこから急に本体が円の中央にいるマインドオーガスに襲い掛かる。

 

「しゃあ!!」

「っ!?」

 

 気づけばマインドオーガスの頬に一筋の傷ができており、血がつぅーと頬を伝った。

 

「肉体も強化されてるかぁ……。でも、どれだけ生きていられるかなぁ!!?」

 

 勢いを増しながら繰り出される攻撃は、徐々に確実に威力と速度を上昇させていくのと比例するように、マインドオーガスに傷が増えていく。

 初めは切り傷程度。だが、徐々に肉がえぐれていき、どんどん深いところまで切り込まれる。

 

「ほらほらほらほらほらぁ!!!ミンチ肉になっちゃいなぁ!!」

「くうっ……!」

 

 儀式体の再生能力よりも速く、重く攻撃が入っていく。防御のための魔法壁を張ろうにも、どこから飛んでくるかわからない攻撃には無意味だった。

 肉体が切り刻まれる音が周囲に響き渡り、マインドオーガスの下は血で赤く染まっていた。

 

「これで、調理終了~!!!」

「……!」

 

 それは急に下された処刑宣言。

 

 これまでで一番の勢いをつけたマディスがマインドオーガスを襲う。

 マインドオーガスは目を見開いてその姿を目撃するが、よけることは叶わない。

 がしゅっ、という肉体が切断される音が鳴ったかと思えば___マインドオーガスの上半身と下半身が、血を吹き出しながら、二つに分かれた。

 重力に惹かれ、上半身が、エリアルが地面に落ちる。その目からは生命の光は消えていた。

 

「ケケケケケケ!!!!調理完了!!食べるぞ食べるぞ!俺たちってどんな味がすんだろうなぁ!!」

 

 マディスが動かなくなったマインドオーガスの上半身に近づき、大きく口を開く。

 

「いただき、ま~……あ?」

 

 

 

 

 

 

 ____マディスはようやく、自分の体が無数の触手に貫かれていることに気づく。

 

 

 そして、その触手は、死んだはずのマインドオーガスの下半身から放たれていた。

 

「『幻影(イリュージョン)』の魔術。ちゃんとくらってくれてありがとう。やっぱり頭は弱いのね。あんたら」

 

 その声はマディスの後ろ__死んでいるはずのマインドオーガスの上半身が発していた。

 

「な、な、な……?」

 

 マディスが何かを言おうとする前に、世界がゆがみ始める。

 歪みが元に戻ると、目の前にマインドオーガスの死体などなく、後ろから触手でマディスを貫いている、傷だらけだが致命傷はおっていないマインドオーガスの姿がマディスの目に映る。

 マディスに近づきながら、淡々とエリアルは説明する。

 

「あんたのとどめの一撃に合わせて、仕込んでおいた幻影を使った。言っとくけど、動けないからね。『呪毒(ポイズン)』をすでに仕込んである。麻痺特化の、ね」

 

 マディスが行動を起こそうとするが、全身が動かない。全ての運動機能が停止してしまったかのようで、いつもの笑い声をあげることすらできない。

 

「疑問には答えてあげる。『竜巻(ツイスター)』をあんたがご丁寧にくらってくれたときに仕込んだ。それだけ知れれば未練はないでしょ?」

 

 悪魔(マディス)を処刑する悪魔(マインドオーガス)が少しづつ近づくが、マディスに意思表示は許されない。

 

「この力じゃあんたたちには効かないって言ったわよね?そんな常識」

 

 マインドオーガスは悪魔へと杖を向けた。

 

「リチュアに通用すると思うな。『還送(ヴァニッシュ)』」

 

 その魔術は、対象を強制的に還すもの。本来なら、封印時に戻すだけだが今回はヴァイロンの加護により悪魔を滅ぼす魔術となった。

 

 ____すなわち、魂の完全消去。復活はおろか、転生すらもできない神の断罪。

 

 それを理解してしまった悪魔は、恐怖するような感情を浮かべたように見えたが、それは気のせいだろう。

 

 何故なら、マディスは最期まで動くことを許されなかったのだから。

 

 

 

 

 ジェムナイト・アクアマリナは悩んでいた。

 本来、彼は守備専門の戦士だ。それ故に攻撃には自信がない。

 が、目の前の悪魔、インヴェルズ・ギラファはそんなことお構いなしに攻撃を仕掛けてくる。奴を倒さない限り、本来の役目であるユウキを守護することはできない。

 ギラファはその腕の大砲による高威力の砲撃と、その巨体をつかった接近戦を得意とするパワーファイターだ。

 

「おらぁあ!!!」

「はあぁ!!」

 

当たれば体に風穴があくであろうギラファの拳を、アクアは腕の盾で防ぐ。すさまじい衝撃がアクアを襲うが、彼は全く動じず防御を行う。

 

(一撃の重さはラヴァル以上……。一瞬でも隙を見せたら押し負けてしまう。それほどの力を持っているのか、上級インヴェルズというやつは)

 

「宝石野郎!てめえのその自慢の盾、砕いて食ってやるよ!」

「それはできない!わが心を貫くことは不可能だ!!」

 

 後ろで戦っているユウキを守らなくてはいけない。

 その思いが、アクアの守護の力を引き出す。体と盾に埋め込まれた宝石が、その思いに連動して輝きを増していく。

 彼らジェムナイトの心は自身のポテンシャルと連動している。強き心があれば埋め込まれた宝石が輝き、さらなる力を引き出すことができる。

 アクアの場合は、誰かを守ろうとする心。

 その心を砕いた者は今までおらず、クリスタも彼の優しさと強さは認めているのだ。

 

「心なんぞ、食えねぇものには興味はねえよ!!砕け散りなぁ!!」

 

 ギラファの片腕ながらも、すさまじい速度の拳をよけることなく、自身の盾で防ぎきるアクア。

 アクアはその攻撃を見ながら過去を想う。

 かつての自分、ジェムナイト・サフィアであったのなら防げなかっただろうと。

 修行し、融合の力を身に着け、そして、自身に力を託してくれた友がいたからこそ、今、守れるものがあると。

 

 

 そして、その力は今も使うべきだと。

 

 

 どれだけ続いただろうか。疲労の色を見せたのは、ギラファだった。

 ほんの少しだが息が切れており、拳の威力もわずかに下がっていることにアクアは気づいていた。

 だがギラファは、戦いに高揚しているのか笑みを浮かべて再びアクアに襲い掛かる。再びギラファの攻撃と、それを防ぎきるアクアの図が出来上がるが、疲労の色を見せるギラファに先ほどと同じような攻撃___反撃ができないような攻撃はできなかった。

 

「そこだぁ!!」

「があぁ!!?」

 

 隙を見たアクアの盾での攻撃、シールドバッシュがギラファの体に直撃する。

 攻撃に自信はないアクアだが、決して敵を倒せない訳ではない。盾と自身の重さを乗せた打突は、ギラファの体に響き渡る。

 アクアの攻撃は続く。盾の下についている刃に全体重を乗せ、ギラファをたたき切る。その一撃はかなりの威力だったようで、ギラファが後ろにのけぞった。

 

「はああああ!!!!!!」

 

 それを見逃さず、アクアは刃をギラファへと突き刺す。悪魔へとどめを刺す必殺の一撃。

 ギラファはその一撃を見て___

 

 

 

 

 

 ____ニヤリと、悪魔の笑みを浮かべたのだ。

 

 

 

 

 

 戦いの場所を空へと移したユウキは、モースのテンションに驚いていた

 

「あああ!!!美しい美しい!!!なんて美しいんだ!それを食す……。なんて幸福なんだ、俺は!!」

「やっぱりキャラ変わってるな。モース」

 

 具体的には、そのキャラの変わりように驚いていた。

 背中に乗っている召喚者に銀河眼(ギャラクシーアイズ)はあきれるが、そんなことは関係ないと襲い掛かるモースと激突を繰り返していた。

 

『ぎゃはは!!いいねぇ!!これでこそ戦いってやつだ!』

 

 モースより銀河眼(ギャラクシーアイズ)のほうが大きいが、モースは何度も体当たりを繰り返す。

 銀河眼(ギャラクシーアイズ)だけでなく、ユウキを直接叩こうとするが、それはユウキにくっついているファイが炎で防ぐ。

 

「遊んで……ないで!」

「ゴメン!ドロー!!……ふむ、このままでいいか」

 

 ユウキは引いたカードを見て少し考えるが、銀河眼に追撃指示を出す。

 

「行くぞ、銀河眼(ギャラクシーアイズ.)!!」

『言われなくてもやってやるよ!!』

「ギャオオオオ!!!!!!」

 

 戦える喜びに銀河眼は咆哮を上げる。それに促されるように、モースもテンションが上がったようで。

 

「食べる食べる食べるぅぅうううううう!!!!!」

「……ドン引き……」

 

 銀河眼(ギャラクシーアイズ)とモースの空中戦が始まる。

 モースは体格差があるが、小回りを生かし銀河眼の周囲を飛び回る。

 そんな悪魔を、銀河眼(ギャラクシーアイズ)はあきれたように見る。視界から外すことなく、目視し続ける。

 

「シャアああぁっぁ!!!!」

『はぁ? もっとましな攻撃してこいや!!』

 

 モースの奇襲を、銀河眼(ギャラクシーアイズ)は虫を払うように、体を回転させ回避すると、反撃として尻尾をたたきつける。

 モースは難なく尻尾をかわすと、すぐさま両手から破壊光線を発射。今度は回避する隙を与えない反撃だ。

 銀河眼(ギャラクシーアイズ)も負けじと口からエネルギーを発射。ためのないフォトンストリームだが威力は十分。空中で大きな爆発が起きる。

 爆煙を突き破り、モースが再び銀河眼(ギャラクシーアイズ)に仕掛ける。

 

『虫がぁ……。ふざけた攻撃してんじゃねえぞ!!』

 

 今度は銀河眼が自身の爪でモースを切り裂こうとするが、切り裂かれる直前にモースが攻撃の軌道を変える。

 

「異世界人食べるぅ!!!!!」

『行ったぞ、ユウキ!!』

「任せて……!炎よ、走れ!!」

 

 奇襲に備えていたファイが魔術を発動し、何発もの火球がモースに襲い掛かる。

 

「アハハハハ!!!!」

 

 直後の光景はファイの想像をはるかに超えるものだった。

 

 

 モースはその火球を__食べたのだ。

 

「食べ、た?」

「ファイ、危ない!!」

 

 火球を食べられたことにあっけを取られたファイ。戦場ではそれを『隙』と呼ぶ。すなわち、『死』への片道切符に成りかねないものだ。

 モースの攻撃の軌道はいつの間にか、ファイに向けられていた。

 とっさの判断だった。ファイをかばうために、ユウキは彼女に覆いかぶさる。

 

 

 ざくり、と嫌な音がした。

 

 

「があっ!」

「……え?」

『ユウキぃ!!気をしっかり持て!でねえと、俺様が実体化できずに落ちるぞ!!』

 

 当たり前の結果だった。モースの爪が、ユウキの背中をえぐっていた。

 致命傷とまではいかないが、ただの人間が負う傷としては重傷に入るだろう。背中から大量の血が流れる。

 ユウキを傷つけた事実に、モースは高揚し、血で染まったその腕を長い舌でなめ上げていた。

 

「おいしい美味しい!!!もっと、もっともっともっとぉ!!!」

 

 再びユウキに突撃してくるモースに、ユウキは震える手でカードを発動する。

 

「速攻……魔法、禁じられた聖槍……発動!!」

 

 カードから一本の槍が出現し、モースへと突き刺さる。槍はモースから力を奪い、さらに魔術の効果を受けなくしていた。

 だが、ユウキの狙いは力を奪うことでも、魔術を受けなくすることでもなく、一瞬ののけぞりをつくること。

 『隙』をつくりだし、悪魔を消し去ることこそが真の目的だった。

 

銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)……!インヴェルズ・モースを、攻撃!!!」

『虫悪魔!さっさと消えなぁ!』

「破滅の、フォトン……ストリーム……!!」

 

 彼の狙い通り、銀河眼(ギャラクシーアイズ)の口に集束した光がモースに向かって放たれ、悪魔の体を消し飛ばす。

 

「あは、アハハハハはハハハハハハ八ハハハハハは!!!!!!!!!!!」

 

 古の悪魔は光の竜に敗れ、銀河の光の中で消えていった。

 そのことを確認すると、安心したかのようにユウキは気を失ってしまう。

 

『おい!ユウ……』

 

 まったく同タイミングで銀河眼(ギャラクシーアイズ)の声も途切れてしまい、実態を保つことができなくなってしまう。

 当然、ユウキとファイに残された道は、地上への落下だけだった。

 

 

 

 

 インヴェルズ討伐まで、あと……?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話ー前編 そして悪魔は笑う

VSインヴェルズ 後編です


 ユウキたちが上級インヴェルズと交戦する少し前、ヴァイロン・オメガが率いる連合軍は最上級インヴェルズの元へと向かっていた。

 オメガ、アルファが先頭に立ち、二大天使に続くのは、新たなる力を身にまとった四人。

 

 ラヴァル・キャノンがヴァイロン・ステラと共鳴(シンクロ)した『ラヴァル・ステライド』

 

 ジェムナイト・クリスタがヴァイロン・プリズムと融合した『ジェムナイト・プリズムオーラ』

 

 ガスタの疾風 リーズがヴァイロン・スフィアと共鳴(シンクロ)した『ダイガスタ・スフィアード』

 

 リチュア・ノエリアとヴァイロン・テトラが儀式により交わった『イビリチュア・テトラオーグル』

 

 その四人が引き連れるは選ばれた精鋭たち。その中にウィンダはいた。

 

「どうした、ウィンダ。そんな不安そうな顔をして」

 

 ガルドに乗っている彼女の横から、イグルに乗っている父であり族長であるウィンダールが声をかける。

 

「ええっと、ユウキが心配で……」

「上級インヴェルズにたった四人で討伐に行ったからな……。だが、彼を守る三人も侮れない実力者だ。リチュアからは、エリアルが行っている。そこまで不安に思うことはないと思うが」

「そうじゃなくってね。なんかこう、予想よりも大きな絶望がある予感がするというか……」

 

 ウィンダの天啓は、不穏な空気をすでに読み取っていた。その事実にウィンダールも不安を感じるが、顔には出さずウィンダを励ます。

 

「彼も無理やり自分の役目を了承したわけじゃない。それに、我々にも役割がある。ヴァイロン様と共に最上級インヴェルズを討伐し、この戦いを終わらせる役割が」

「……うん。わかってる」

 

 道中は恐ろしいほど静かで、周囲を探索している者たちは下級インヴェルズを発見できなかった。

 そして、その時は訪れる。

 インヴェルズの巣。悪魔の巣窟。絶望の源。

 それは、下級インヴェルズが集まった平野だった。地面はそれが本来の姿であったかのように、黒く染まっており中央には、地面を食べている巨大な悪魔が二体。

 

「あー?来たのか、クソ天使ども」

「ええ、来ましたよ。ほら、ご飯が大量ですよ」

 

 三本の角をはやす悪魔を、二本の長い触角をもつ悪魔があやし体を起こさせる。

 

「あれが……インヴェルズ・グレズとインヴェルズ・ホーン……!」

 

 三本角のほうがグレズ、触角をもつほうがホーン。

 寝転がりながら何かをむさぼる姿は、まるで年寄りのようで、ホーンはそれを介護する介護士のようだ。

 

「裁きの光」

 

 グレズが起き上がる前に、オメガが二体の悪魔に向けて裁きを下す。

 

「お前ら、さっさと壁になれや」

 

 グレズの一言で地面にいる無数の下級インヴェルズが、その裁きを代わりに受けて消滅する。一方、裁きを受ける本来の対象であるグレズは欠伸をしている。

 

「人が立ち上がるまで待てねぇのか、天使どもはよぉ? せっかちだねぇ」

「グレズ、あれは機械ですよ? 生きている者の言葉など通じませんよ」

「ガッハッハ!ホーン、てめぇ的を得てるじゃねぇか!確かにそうだ!生きている奴のことなんぞ、生きている奴にしか分かんねぇよなぁ!そりゃそうだ!!」

 

 豪快に笑い飛ばしながら、グレズは立ち上がる。かなり機嫌がいいようで笑いが止まることはない。

 一方のオメガは裁きを下せなかったことは想定の範囲内だったようで、次なる裁きを下そうとしていた。

 

「皆の者よ。あれが最上級インヴェルズの二体。奴らを滅ぼさない限り、我々の勝利はない。戦闘準備はできているな?」

「おうよ!さっさと戦いをおっぱじめようぜ!!」

「儀式の力、どこまでオリジナルの貴方たちに近づけたか、テストしなくてはね」

「早く終わらせよう。こんな戦いは」

「カームの分の悔しさも背負ってるんだから!絶対に負けない!!」

 

 オメガの号令に、四人の戦士が応じる。

 意を決して連合軍が突撃しようとする直前に、グレズが彼らを止めるしぐさをする。

 

「何のつもりだ、グレズよ」

「待てってことだよ。殺しあうにはまだはえーんだよ。一つ好奇心で聞くんだが、連合軍の奴らよぉ。なんでてめーらはヴァイロンについた?」

 

 生命を殺し、むさぼることしか考えないインヴェルズとしてはあまりにも理論的な質問に、連合がざわつく。

 

「そいつらは機械だ。生きてるわけじゃねー。そんな奴らに指揮をとられて、寂しくねえのかよ?」

「寂しい、ですって?」

「ええ、そうよ。そこの緑。自分の意思で決めなくて、どうするというの?」

 

 ホーンも襲い掛かることはなく、スフィアードの答えを待っている。

 そんな悪魔に臆することなく、スフィアードは答える。

 

「違うわよ、そこの悪魔たち。私たちは、生きるためにヴァイロン様についただけ。そして、あんたたちインヴェルズを全滅させて、死んでいった人たちの無念を晴らすため!」

「我々は生きるために戦うのだ。生きて、未来につなぐために!そのために、我が力を振るおう!覚悟はいいか、絶対捕食者!!」

 

 クリスタこと、プリズムオーラも剣を向けて宣言する。その回答に満足したようで、ホーンとグレズは笑みを浮かべた。

 

「それはよかった。まさか、復讐とか言ったら思いっきりバカにしてやったところでしたからね」

「俺たちは生物だ。どうであれな。なら、生きる理由なんぞ『生きたいから』でいいんだよ!!そのために、俺たちもお前たちも!食らうだけなんだよ!!」

 

 グレズとホーンは巨大な咆哮を上げる。

 それはすべての生命を怯えさせる、恐怖の具現化。

 連合軍も戦ってもいないのに、多くの者が足の震えが止まらなくなっていた。

 

「臆するな、皆の者よ。我々は奴らを全滅させる。その確率は、100%だ」

 

 機械であるがゆえに、その咆哮が聞かないアルファは連合を活気づけようとするが、それをあざ笑うかのように、新たな声が戦場に響き渡る。

 

「ハン!100%なんて、この世のどこを探したってありゃしねぇんだよ!クソ天使ども!!」

 

 大気を震わす声に続いて、大地を震わす足音が近づく。

 そしてそれは勢いよく平野から飛び出し、グレズとホーンの横に着地する。

 

「遅かったじゃねえか、ガザスよぉ」

「俺様に指図すんじゃねぇ。こいつら食ったら、次はてめぇらだ」

「相変わらずの減らず口ですね」

 

 ガザスはニヤリとグレズとホーンを見て宣言するが、該当者の二体は全く動じない。

 動揺していたのは___大天使のアルファだった。

 

「ガザス……貴様がその手に持っているのは!」

「ああ? これか。そうだよ、てめーのお仲間だよ」

 

 ガザスが片手に持っている、白い何かの機械は頭部のように見え、目にあたる部分は既に光が失われている。

 アルファの言葉で連合軍はそれが何かを理解してしまう。

 ___そう、インヴェルズが出現したときにガザスに攻撃を仕掛けた大天使 ヴァイロン・シグマは無残な姿となり果てていた。

 ガザスは愉快そうに笑う。

 

「ああ、残りも壊し終わったぜ?」

「残り……だと!エプシロン、デルタ、応答せよ!」

 

 エプシロン、デルタ。シグマとユウキたちと同じく、東西南北にいる上級インヴェルズを討伐するために向かっていた大天使の名を、アルファは叫ぶ。

 だが、彼の中に二人の声が届くことはなかった。

 

「オメガ!シグマ、エプシロン、デルタが既に破壊されている!」

「ついでに言っとくと、そいつらに付いてた護衛は全員食ってやった。中々美味だったぜ?」

 

 その一言で連合軍に絶望が襲い掛かった。

 ユウキ同様、上級インヴェルズに戦いを挑む大天使の護衛として、各部族から何人かのメンバーが同行していた。それが、全滅したとガザスは言う。

 特に、ジェムナイトの動揺は大きい。それは、彼らが護衛として送り出したメンバー全員は融合の力を手にした上級の戦士だったからだ。

 その事実に、プリズムオーラが震える。

 そんな状況だからこそ、機械であり、連合軍をまとめ上げる長であるオメガは冷静に敵を分析する。

 

「ガザス、お前が最上級インヴェルズとなったのはそれが理由か。だが、問題ない。ここで裁きを下すことに変わりはない」

「だから、機械はダメなんだよ。この、『絶望』っていう最高の調味料が分かんねえからなぁ!!」

「さあ、食事の時間といこうか。ガザス、ホーン。誰が一番腹いっぱい食えるか。大食い対決と行こうじゃねぇかぁ!!」

「では___いただきます」

 

 そして、悪魔は笑い、食事の時間が始まった。

 

 

 

 

 

 それから時間は進み、ユウキが気を失い落下する場面に戻る。

 背中に重傷を負い、銀河眼も実体化が解けてしまった以上、ユウキとファイに残された道は落下しかなかった。重力に従って、一直線に地面に落下していく二人。

 

「起きて!起きてってば!!ユウキさん!!」

 

 守られたファイは涙を流しながらユウキに叫ぶが、彼の目が開くことはない。

 あと数秒後には地面に血だまりができる。そこまでの高さになって、ファイはぎゅっと目をつぶる。

 

 

 

 

 

 ___だが、感じたのは痛みではなく、優しい生き物の体温だった。

 

「……え?」

 

 目を恐る恐る開けると、緑の体毛が目に飛び込んできた。

 

「間に合ったよね!?そうじゃないと困るよ!!ユウキ!ファイちゃん!」

 

 そしてファイが目線を上げると、そこには見慣れた少女が自分たちを乗せている鳥獣を操っていた。

 

「ウ、ウィンダさん……」

「ファイちゃんは無事みたい。ユウキ!意識があるなら返事して!!」

「ユウキさん!!起きてください!!」

 

「……かろうじで、起きてるよ……」

 

 腕を緩めファイを開放すると、ユウキは苦しそうに、しかし笑みを浮かべてウィンダを見た。

 出血は多く、彼の顔はすでに青白くなり始めている。

 

「ガルド、周囲の注意しながら着陸して。ユウキ、ちょっと背中見せてね」

 

 ユウキをうつぶせに寝かせ、ウィンダは腰につけているポーチからナイフを取り出し彼の服を切って破く。ユウキは背中が大きく切り裂かれており、血が今でも止まらない。

 それを見たファイは、再び涙を流しながらユウキの手を握る。

 

「お願い……!死なないで、ユウキさん!!」

「ファイちゃんそのまま手を握ってて。ユウキ、ちょっと我慢して」

 

 ナイフをしまうと、続いてウィンダは一本の瓶を取り出し、中に入っている緑の液体をすべて傷にかける。

 

「がぁ!?」

「我慢して!傷薬だから。それから__『healing breeze』」

 

 ウィンダは杖を掲げ呪文を唱えると、優しい風が傷の周りに集まり、少しずつ痛みを拭い去っていく。リチュアの魔術ほどではないが、ガスタの治癒魔術によって少しずつユウキの顔色が良くなっていく。

 そして、弱弱しくはあるが彼が目を開けるとファイがユウキの胸に飛び込んできた。

 

「ユウキさん!!ユウキさん!!!……よかった、よかったよぉ……」

 

 胸の中で泣きじゃくるファイの頭をなでながら、ユウキは感謝を述べる。

 現実問題として服がないので、ウィンダから新しい衣服をもらい着ている。

 

「ウィンダ、ありがとう。でも、なんでここに?」

「さっき、ガザスが他のヴァイロン様を壊したって聞いたから。全力でガルドに飛んでもらってユウキを助けに来たんだけど……ガルド、どうしたの?」

 

 ユウキを休ませるために、地上に着陸するようにガルドに指示していたはずだが、ガルドは一向に地上に降りようとしなかった。

 

「キュイィィィ……!」

「何かに、威嚇してる?」

 

 気になってしまったウィンダが地上を見る。

 

 

 ____瞬間、彼女の体が固まった。

 

「……ウィンダ?」

 

 ユウキも気になって下を見ると、そこには___

 

 

 

 その鉄壁の盾ごと体を貫かれて、体に空いた穴から大量の血を流して地面に倒れている、ジェムナイト・アクアマリナと、近くで勝利の笑いを上げているインヴェルズ・ギラファが立っていた。

 

「ユウキ、エリアルは?」

 

 ウィンダが震えた声でユウキに確認をとる。ユウキはうつむいて横に首を振る。

 

「ごめん。まだ下にいると思う」

「わかった……。ガルド、ユウキたちをお願い」

 

 ユウキの意見を聞くこともなく、地面に降り立つウィンダ。

 

「『Breeze』!」

 

 着地する際に、『そよ風』を起こしふんわりと緩やかに着地すると、新たに表れた餌を前に、ギラファの顔が喜びにゆがむ。

 

「宝石野郎の次は、新鮮な肉が来やがった。ちょうどいいな!」

「アクアさんに、何をした……」

「あ? 見ての通りだよ。自慢の盾とやらをぶっ壊してやったんだよ。この、俺の一撃でな」

 

 ギラファは腕の大砲をウィンダに見せびらかす。

 先ほどの戦い。確かに、終盤はアクアが押しておりギラファは防戦一方だった。

 だが、それこそがギラファの狙い。

 アクアは防御特化の戦士だ。すなわち、敵を一撃で倒すことはできないと、ギラファは解析した。

 だから、わざと隙を作り攻撃に転じさせた。そうすれば、ユウキを守れないことで焦っているアクアは必ず自分を倒しに来るだろうと。

 

 ここで、アクアは一つミスを犯していたのだ。

 そして、絶対にしてはいけないミスがもう一つあった。

 

 それは、ギラファはアクアとの戦闘中、自身の大砲を使っていなかったのだ。___使えなかったのではなくて、わざと使わなかった。

 それはすべて、アクアの持つ盾ごと彼を貫き殺すため。

 ギラファの狙いは見事に当たり、アクアはギラファにとどめを刺そうと大きな一撃を食らわせた。

 それをわざと食らったギラファは、彼の盾を片手でつかみ最大限にまで貯めたエネルギーを大砲から至近距離で放ったのだ。

 

 ___盾ごとアクアを貫く。

 

 宣言通り、ギラファは見事にそれを達成したのだ。

 

「しかし、こいつらの部族は食えねえな。石食ってるようなもんだ。殺したばっかりだっていうのに、食える場所がねえとか。生物失格だな」

 

 物言わぬ死体となったアクアを、ギラファはあざ笑いながら蹴り飛ばした。

 ガランガラン、と鉱石が転がる音が湿地帯で鳴り響く。

 

 彼女の杖を持つ手は怒りで震え、歯を強く食いしばる。

 

「インヴェルズ……。あんたは、絶対に許さない!!!」

 

 怒りを爆発させ、ウィンダはギラファに挑む。

 

「はん!てめーじゃ勝てねえよ!くらいなぁ!!」

「『cyclone』!!」

 

 ギラファが大砲をウィンダに構え、そのままビームを放つ。対するウィンダは、一点に集中させた風の一閃を放つ。

 ぶつかり合った攻撃は互いに相殺され、衝撃が湿地帯を震わせる。

 ウィンダの一撃がギラファの攻撃を相殺したことに、上から見ているユウキは驚きを隠せない。

 ギラファも手加減をしているように見えない。彼女の一撃は儀式体となったエリアルが放つものと同じくらいの威力だったからだ。

 

「ウィンダ、いつの間にそんな力を?」

 

 感情があそこまで魔術に作用するとは思えない。それとも、怒りでリミッターが外れ、今が本来のウィンダの力なのか。

 ガルドに乗って上から見ている彼では、どちらにせよ真相はわからない。

 理解していることはただ一つ。

 

 あの温厚で優しいウィンダが、本気で怒っていることだけだ。

 

 衝撃で上がった土煙が消える前に、ウィンダはすかさず次の魔術を放つ。

 

「『storm』!」

 

 今まではガルドの力を借りてつくり上げてい巨大な竜巻を作り上げ、ギラファにぶつける。その余波で周期の草木が巻き上げられ、地面がえぐり取られていく。

 

「思ったよりやるみてぇだな!ダメージあったままじゃキツイか!」

 

 ギラファにとっても予想以上の力だったらしく、ウィンダの『嵐』に飲み込まれ、アクアから受けた傷がさらに深くなる。

 とっさにギラファは近くにいる下級インヴェルズを捕食し、自身の傷を癒そうとする。

 

「させない!『cyclone』!!」

 

 それにウィンダは反応。歩哨をつかんだギラファの腕を器用に魔術で狙い撃ち、回復を阻止する。

 捕食者の『食事』を妨害することは逆鱗触れることと同じ。

 

「____潰す」

「っ!」

 

 ギラファの顔から戦いを楽しむ余裕がなくなり、真顔でウィンダへ処刑宣告を行う。

 

 自身を囲んでいる嵐を無理やり両手で切り裂き、そのままウィンダへと突っ込んでいくとその勢いそのままに、大砲から何発もの砲撃を放つ。

 ギラファも学んでいるのだ。

 今まで自分の一撃を相殺していたのは、ウィンダの使う魔術の中でも強力なものだ。そして、ウィンダの疲労している顔から、それらを打つには相当の魔力がいることを見抜いていた。砲弾の一発の威力を上げるのではなく、多くの砲弾でウィンダを葬ろうとする。

 実際、ギラファの読みは当たっており、ウィンダは内心焦り始めていた。

 いくらヴァイロンのもとにいる時に修行して魔術の腕と魔力量を上げたからと言って、いきなり上級インヴェルズに勝てるとは思えなかった。

 それでも戦いを挑んだのは、ユウキたちを助けるため。幾度となくガスタを守ってくれたアクアマリアの敵を討つため。

 何より___ガスタを傷つけた者をウィンダは許せない。

 

「『whirlwind』!」

「もうてめーの風は見飽きた。失せなぁ!!!」

 

 だが、感情だけで力の差が埋まるほど現実は甘くない。

 砲弾を『つむじ風』で防ぐが、接近したギラファは腕でたやすく切り裂く。

 

 ___あっという間に、ウィンダは絶命する数秒前を迎える。

 

 命を確実に奪う拳が、ウィンダの体に風穴を開けるために放たれる。

 

「ウィンダ!!!」

 

 ユウキの声はむなしく、湿地帯に響き渡る。

 

 ウィンダの最後の感情は、恐怖だった。

 

 走馬灯のように、ギラファの拳がゆっくりと近づく。

 

 自分を確実に絶命させるであろう悪魔の一撃。逃れることのできない、死の運命。

 

(ああ、やだなぁ……。死にたく、ないなぁ……)

 

 彼女がどう思おうと、拳が止まることはない。

 

 そのままギラファの腕は彼女の腹部に穴をあける。

 

 

 

 

 

 

 ____はずだった。

 

「ガッ!!?」

「……?」

 

 ギラファの動きが突然止まる。何か鎖につながれているわけでもなく、傷による痛みによって止まったわけでもない。

 状況は呑み込めないが、とっさにウィンダはその場を離れる。

 改めて彼女が状況を確認する。自分を殺そうとしていたギラファは体を無理やり動かそうとしているが、体が小刻みに震えるだけだ。

 そして、新たな人影がギラファの近くに立っていることにようやく気付いた。

 黒い魔女帽子をかぶり、体にはいくつもの傷を負いながらも必死になって魔術を使用している____水色の髪の少女。

 

「禁術__『縛魂(ソウルバインド)』!」

「儀式の……小娘がぁ!!!!」

「エリアル!?」

 

 マインドオーガスから人間体と戻ったエリアルがギラファに魔術を仕掛けていたのだ。

 ただ、エリアルの顔だけはマインドオーガスの時と同じように、悪魔の線が入っており、その表情は苦痛で歪んでいた。

 

「早く……しなさい!!こいつを動けなくするのは……大量の魔力と精神使うんだからぁ!」

 

 エリアルは先ほどのマディスとの戦闘でかなりの魔力を使用している。そんな中で、続けて上級インヴェルズとの戦闘することは生命にもかかわってくる。

 

「___終わらせる」

 

 ウィンダは杖を構え、瞳を閉じる。この世界の全ての生命に敵なす者に、裁きを下すために祈りをささげる。

 

 彼女の周囲に風が集まり始める。杖を空に掲げると、徐々に巨大な魔力が光となって収束し始める。

 

「___我らが神よ。悪魔を滅ぼすために、力をお借りします」

 

 神への祈りを終え、ウィンダは目を開き、杖を悪魔へと振り落とした。

 

 

「今こそ裁きを!『judgement』!!」

 

 神の一撃。風を操る魔術の、最後の到達点。天空からギラファに向けて(いかずち)が落ちる。

 

 音もなく落ちた光は一瞬だけ湿地帯を白く染めたあと、対象を消去した。

 塵も灰も残らず、インヴェルズ・ギラファは一瞬で消滅したのだった。

 

 上級インヴェルズが三体消えたことにより、湿地帯に存在していた下級インヴェルズたちの統制が消える。

 それを見たファイは、地面に向かって命令する。

 

「溶岩よ、すべてを飲み込め!!」

 

 全ての下級インヴェルズの下から溶岩が吹き出し、そのまま地面へと引きずり込んでいく。溶岩は土へと還り、下級悪魔もまた強制的に土へと還らされた。

 ___湿地帯にようやく静寂が戻る。

 インヴェルズが消えたことによって、ようやくエリアルの顔から安堵の表情が浮かび__そのまま地面に倒れこむ。

 

「エリアル___あ」

 

 エリアルのもとにウィンダが駆け寄ろうとするが、ウィンダも同じく膝から崩れ落ちてしまう。パートナーが倒れたことを心配し、上空を飛んでいたガルドがウィンダのもとに着陸する。

 ユウキは痛みが引いていないためガルドの上から動けず、代わりにファイがエリアルの元へ駆けつける。

 

「エリアルさん……生きてますか?」

「当たり前でしょ……死にそうなくらい魔力使ったけど……」

 

 顔は完全にエリアルに戻っており、疲労の色が見て分かった。

 

「あの、戦っていたインヴェルズは……?」

「消した……じゃなきゃこっちに戻ってきてないわよ……。あいつは?」

「……ユウキさんですか?」

「そう……。ウィンダがいるってことは、なんかあったんでしょ?」

 

 ファイは動かなくなってしまったアクアを見て、再び涙をためてエリアルに事情を説明する。

 

「そっか。ジェムナイトの奴は、死んだんだ」

 

 コクンと泣きながら頷くファイ。エリアルは特に悲しむような顔はしなかったが、何か思うことがあったのか目をつぶる。

 

「戦争だから、しょうがないのよ。あんたもああなるかもしれない。それは頭に置いておきなさい」

 

 一方のウィンダは、ガルドにつつかれていた。

 

「ガルド、大丈夫だから。ちょっと疲れただけ」

「キュイ!!」

 

 無理をした相棒を心配したと伝えるように、ガルドはウィンダを突っつきまくる。

 

「痛い痛い!!悪かったって、一人で戦って!」

「ウィンダ、大丈夫か?」

 

 ガルドの上からユウキが顔を出すと、ウィンダは笑顔で答える。

 

「ユウキのほうが重症でしょ?大丈夫大丈夫!」

 

 そういうと、またガルドが突っつきまくる。ウィンダがなんとかそれを止めると、エリアルとファイが戻ってきた。

 

「無事?」

「何とかね。エリアル、さっきは助けてくれてありがと」

「……そ」

 

 そっぽを向くエリアルはやっぱり顔が少し赤い。

 ウィンダは、本当に純粋な好意に弱いんだなぁ、とほほえましい気持ちになったが、すぐにその気持ちを切り替え、アクアのもとに移動した。

 体に風穴が開いて、既に血は止まっている。もう体からは生命の息吹は感じられず、胸に埋め込まれた核石だけが輝いていた。

 

「アクアマリアさん。今までありがとうございました。どうか、安らかに……」

 

 膝をつきウィンダが祈りをささげ、続いてユウキとファイも祈る。

 

 

「ほいっと」

 

 

 ___が、エリアルだけは別でアクアの死体から核石を取り外した。

 

「エリアル!?何してるの!!」

 

 死体を平気であさるという行為にウィンダは驚愕し激怒するが、エリアルは涼しい顔で、しかし説得力のある言葉を返す。

 

「死体を放置しておくより、活用できるのなら利用する。今私たちは魔力が尽きかけてる。ジェムナイトの核石には融合の力が秘められていて、大量の魔力が秘められている。なら、それを使わせてもらえばいいでしょ?」

「でも!」

 

 

 

「___それに、形見の一つくらい、クリスタに持って行ってあげたら?」

 

 

 

 ウィンダが怒ったのは、エリアルの行為がリチュアの犠牲を厭わない考えからだと思ったからだ。

 だが、実際は違った。

 エリアルは彼女なりにアクアマリアを気遣い、生き残るためにその選択をとったのだ。

 

「うん。回復するには十分すぎるわね。あとあんたも回復させるから。そうでないと、あっちに合流できないでしょ?」

「ああ。向こうに合流しなきゃいけないんだっけ……忘れてた」

「あんたねぇ……」

 

 ウィンダに助けられたことで安心してしまっていたユウキ。それを見て呆れるエリアルだが、彼は少し前までただの大学生だったのだ。

 戦争に関してなら彼女たちのほうが経験しているのだ。銀河眼から消えてから腰が抜けてしまっている。

 

「ったく、少し休んでおきなさい。銀河眼も召喚するのに精神力使うんでしょ?」

「アハハ……面目ない」

「ジェムナイト。あんたの魔力、使うからね。『回復』」

 

 手に持ったアクアマリアの核石が淡い光を放ち、温かい光が全員を包み込む。

 ユウキの背中の傷をはじめとした肉体の傷、魔術で消費した魔力、そして戦場ですり減った精神力が光によって回復していく。

 10分にしないうちにすべての傷は消え、ユウキもちゃんと動けるようになり、エリアルとウィンダも顔色が良くなり、全員戦えるようになる。

 それに比例して、核石の輝きが黒ずんでいくが、完全に輝きが失われることはなかった。

 

「……ユウキさん」

「どうしたの、ファイちゃん」

「……生きてて、よかったぁ……!」

 

 事態が収束したところで、ファイが再び彼に抱き着いて泣き始める。

 

「ファイ、ちゃん?」

「うわああああん!!!死ななくて、生きてて、よかったよぉ……」

 

 怪我をさせてしまった罪悪感からファイは先ほどから非常に落ち込んでいた。

 ラヴァルどころか、全部族の中でも幼いファイ。自分が誰かの代わりに命を落とすことは、非常に恐ろしいことだ。

 その恐怖に耐え切れなくなって、ユウキが生きていて安心して、わんわんと泣くファイを受け止め、彼女の頭をなでるユウキ。

 ウィンダとエリアルはそれを無言で眺めていた。

 

 

 

 

(なんで、こんなもやもやするの……?)

 

 エリアルは胸の内に浮かんだ感情に戸惑いを感じながら、ユウキたちを見ていた。

 

 

「落ち着いた?」

「……ん」

 

 ファイが泣き止み落ち着くと、ユウキは彼女を離し立ち上がる。

 

「ウィンダ、あっちはどうなってるの?」

「私が離れる前はガザス、ホーン、グレズと戦闘してた。ただ、オメガ様とアルファ様以外の大天使様は……」

「だからここに三体の上級インヴェルズがいたのね。納得」

「……それって、向こう側がすごくピンチってこと?」

「わからない。さっきから向こうに連絡してるんだけど、誰とも繋がらないの……」

 

 ウィンダの不安はユウキたちも感じていたことだ。先ほどからヴァイロンとの連絡ができない。

 オメガやアルファだけでなく、ヴァイロンと合体している四人とすらできないのだ。

 

『そりゃあ、やべぇ状況だってことだろ。さっさと向かうとするか?』

 

 ユウキの脳内に銀河眼の声が響く。てっきり消滅したと思っていた彼は思わず生きていたことに驚く。

 

「銀河眼、お前生きてたのか」

『当たり前だ!つーか、破壊されてねーし!お前が勝手に気を失って、実体化ができなくなっただけだっての!』

「悪い。それで、あれ、使えるようになった?」

『ああ、何とか俺様の力で解除できた。いけるぜ』

 

 インヴェルズとの戦争前に銀河眼との約束を確認すると、ユウキは決意の表情でデッキからカードを引いた。

 すると、デュエルが再開したようで銀河眼の光子竜が再び姿を現す。

 

「手札はこの一枚だけ。今のうちに時間を稼いでおきたいけど、ヴァイロン達の元へ急ごう!エリアルとファイちゃんも銀河眼に乗って」

「……今度こそ、守りますから」

「魔力も回復したし、戦わない理由はないわね」

 

 ユウキ、ファイ、エリアルは銀河眼に。ウィンダはガルドに乗り、インヴェルズの巣へと飛ぶ。移動間にデッキが光り、ユウキはさらに一枚ドローする。

 

「ドロー!……よしよし」

「時間経過じゃないと引けないのね。魔力じゃどうにもならない?」

 

 エリアルの疑問にユウキはよくわかっていないと返答する。

 彼自身も銀河眼に教えてもらったことは少ない。あとは自身が持っていたデュエルの知識でどうにかしてきただけだ。

 ユウキの回答に、エリアルはリチュアとしての一面。『未知』に対して笑みを浮かべた。

 その笑みに苦笑いを浮かべながら、ユウキはエリアルに提案する。

 

「時間があれば、エリアルにもデッキ貸そうか?」

「え!?いいの!!?」

「お、おう。いいよ?返してくれるなら、だけど……」

「じゃあ、機会があればじっっっくり調べさせてもらうから。フフフ♪」

「……エリアルさん、とても楽しそう」

「今までで一番楽しそうだなぁ……」

 

 もうすぐ決戦だというのに雰囲気が緩んでいる。

 ___だからこそ、ユウキは思う。この何気ない時間を守りたいと。

 

「見えてきたよ!ユウキ、準備して!」

「わかった!」

 

 インヴェルズの巣。大地が黒く染まった戦場に一陣の風と銀河の光が駆けつける。

 地上は大量の下級インヴェルズと交戦中の連合軍。空も、羽根つきのインヴェルズたちと戦闘が繰り広げられている。

 

「銀河眼の光子竜!破滅のフォトン・ストリーム!!」

「ガルド、一緒にいくよ!『storm』!」

「キュイ!!」

 

 銀河眼の一撃とウィンダとガルドの連携技で下級インヴェルズたちが蹴散らされていくが、すぐにその数は元に戻ってしまう。

 

「ウィンダ!戻ったか!!ユウキ君も!」

「お父さん!戦況は!?」

 

 上空で戦っているウィンダールと合流する。彼の顔からは焦りが浮かんでおり、戦況が厳しいことが言葉にしなくても分かってしまった。

 

「下級インヴェルズをいくら片付けようとしても、最上級三体の影響で次々と大地から発生してくる!ユウキ君、君はヴァイロン様と共闘して奴らを倒してくれ!」

「わかりました。エリアルとファイちゃんはどうする?」

「私は……ユウキさんを守ります!それが、与えられた役割ですから……!」

「私も同じよ。役割を果たすため」

 

 二人を見てユウキは頷く。それを見てウィンダールは申し訳なさそうに、ユウキに話す。

 

「ユウキ君……本当に申し訳ない」

「何を謝るんですか?」

「君を都合のいいように扱ってしまっている、我々全員からの謝罪だと思ってくれ。……健闘を祈る。生きてまた会おう!いくぞ、ウィンダ!!」

「また後で!ユウキ、ファイちゃん、エリアル!」

 

 ウィンダとウィンダールは上空のインヴェルズを引きつけ、銀河眼の後をつけさせない。

 その場を二人に託しユウキたちは地上の最上級インヴェルズの元へと急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 ユウキたちが地上に近づくたびに、戦況が非常に悪いことに改めて気づかされていく。

 ヴァイロンの大天使と護衛部隊の死亡。それによって連合軍の士気は大きく下がっているその状況での最上級インヴェルズ三体と無限とも思える下級インヴェルズ。

 戦況は___最悪だった。

 

「はん。こんなもんかよ、クソ天使の力を手に入れたと言ってもよぉ!」

「くっ……悪魔と天使の力じゃうまく合わないのかしら」

「ぼさっとすんじゃねぇ!ここで死ぬ気か!?」

 

 ガザスと交戦中のテトラオーグルとステライドは、恐ろしいほどの腕力に押されていた。

 一撃食らえば、体の欠片すら残さないほどの力。他者の攻撃を受け付けない強靭な体。

 まさに、攻防隙が無い強敵となっていた。

 ステライドとテトラオーグルは体のあちこちに傷がついており、ガザスはまだ無傷。正確に言えば、下級インヴェルズを食って回復している。

 二人にも自動治癒能力は備わっているものの、それが追い付かないほどのダメージを負っていた。特に、前線で戦っていたステライドは各部の損傷が激しい。

 

「リチュア!俺が攻める。魔術の支援頼んだぞ!!」

「はいはい」

 

 ステライドはガザスに接近。ガザスにラッシュをかける。

 ラヴァルのパワーにヴァイロンの光速が加わり、光と炎の乱舞がガザスに襲い掛かる。

 だが、ガザスはそれに臆することなく笑みを浮かべてラッシュにつっこんでいく。

 

「禁術『貫撃(スラスト)』」

 

 テトラオーグルが魔法陣を自身の前に展開。そこから白と黒が混ざった、すべてを貫く槍がラッシュの間を縫ってガザスに向けて放たれる。

 

「堂々と打ってきやがったか。だがなぁ!」

 

 ガザスはすぐに反応し、右手に瘴気が集める。そして、『貫撃』をそのまま右手でつかみ、粉々に握りつぶした。

 

「あら」

「てめーらの力は俺たちの力でもある。なら、砕けねえことはないだろ?」

「よそ見してんじゃねえよ!ふきとべぇ!!」

 

 魔術に気を取られていたガザスの隙をついて、ステライドが強化されたマグマキャノンで頭へのゼロ距離射撃を行う。

 

 ___当然のようにガザスは首を少し傾いているだけ。何かされたのか、という顔でステライドをあざ笑っていた。

 

 ガザスはステライドに離脱する隙を与えず、マグマキャノンを右手でつかむ。

 

「な!?」

「ずいぶん大層なもん着けてんな、てめー。それ、ギラファにくれよ」

 

 つかんでいる右手に瘴気を再び発生させると、ステライドは冷や汗を浮かべなんとか離れようとする。

 が、それは叶わない。

 相手は絶対捕食者、狙った獲物は必ず食い尽くす。古の悪魔、インヴェルズなのだから。

 

 めきゃ、と機械の装甲がつぶれた音がした直後。

 

 

 ばきぃばきぃ!!!

 

 

「があああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」

「っと、壊しちまった。これじゃギラファに渡せねぇな」

 

 ステライドの片腕、マグマキャノンが引きちぎられ血が噴き出す。

 いくらヴァイロンと合体しようと、痛みは消せない。ステライド、否、ラヴァル・キャノンは自身の分身ともいえるキャノンを失い、痛みで地面にのたうち回る。

 

「うるせぇ」

 

 そんなことは関係ないと、ガザスはキャノンの体を踏み潰す。こうして戦場にまた、あちらこちらに散らばっている死体が一つ増えた。

 戦場ではよくある光景だ。力なき者は強き者に殺される。

 

 ___これが、戦争なのだから。

 

「次はてめーだ。クソ女」

「あらあら。でも、抗わせてもらいますね。禁術『破滅(ドゥーム)』」

 

 エリアルが以前放った『入減(デス)』よりも、より死を具現化したような黒い魔弾がガザスに何発も襲い掛かる。

 本来、禁術と呼ばれるものは何発も連続で打てるものでもないし、打つだけで強大な魔力を消費し自身に大きな負担をかける。

 それをヴァイロンの力とノエリアの才能で打ち消しており、まさしく魔術なら最強だろう。

 

 そんな最強にすら、悪魔は笑みを浮かべる。

 

「なかなかいい死じゃねぇか。が、俺様には通じない」

 

 襲い掛かる魔弾をすべて高速で避けると、テトラオーグルに接近。敵を握りつぶそうとかまえる。

 

「禁術『模写(エクタイブ)』」

「!こいつは……」

「ラヴァルの敵、という訳ではないですが、握りつぶし返してあげましょう」

 

 当然、ただで終わるリチュアではない。魔術を唱えると、テトラオーグルはガザスの腕をつかむ。すると、テトラオーグルの手に瘴気が集まる。『模写』の魔術によってガザスの技を文字通り模写したのだ。

 先ほどのステライドにした時と同じようにガザスの腕を引きちぎろうとする。

 

「俺様の力を使うっていうのはいい戦略だ。だがな、俺様が片手しかそれができないと思ったのか?」

 

 ガザスの判断は一瞬だった。

 ガザスはつかまれていない左手に一瞬で瘴気を蓄えると、手刀でつかんでいるテトラオーグルの腕を切り裂く。

 

「ああっ!!?」

「んで、てめーも終わりだ。おらぁ!!」

「っ……禁術『妖革(ハードカバー)』!」

 

 解放された右手でテトラオーグルを貫こうとする直前、テトラオーグルは魔法陣から布を出現させる。

 出現した布__どちらかというと殻は、インヴェルズの甲殻と同じ強度を持っているものだ。それでも、ガザスの必殺の一撃は『妖革』を貫き、そのままテトラオーグルへと突き刺さった。

 

「こふっ!!」

「流石、俺たちと契約しているリチュアといったところか。死ぬところを致命傷で済ませやがった」

 

 テトラオーグルの体から深く刺さった腕を抜き、血を払うガザス。

 地に落ちてガザスの前で倒れるテトラオーグルは姿を保てず、ノエリアの姿へと戻った。

 

「だが、所詮悪あがきだ。これで、終わりだぁ!!」

 

 命を刈り取るために、ガザスがノエリアにとどめを刺す。

 

 

 その寸前で、一陣の風が悪魔に襲い掛かる。

 

「させない!!!!」

「__おらぁ!!」

 

 後ろから奇襲を仕掛けたのは、ダイガスタ・スフィアードだ。風をまとわせた杖で切り裂こうとするが、ガザスは杖に蹴りを入れて軌道をそらす。

 攻撃をいなされたスフィアードは地面に華麗に着地し、ガザスをにらむ。

 

「なんだ、クソ緑か」

「これ以上やらせない!」

「そうかよ!」

 

 既にヴァイロンと合体した四人のうち、半数がすでに再起不能となっている。

 現在、オメガとアルファはグレズに手がいっぱいで、残り一人のクリスタことプリズムオーラは一人でホーンを食い止めている。

 圧倒的に連合軍は不利。全滅も時間の問題だった。

 それを何とか覆そうと、スフィアードはガザスに戦いを挑む。

 スフィアードは先ほどまでの二人とは違い、ガザスと同じ大きさではなく小柄だ。それを活かし、ガザスの攻撃を風のようにかわし、懐へと入り込む。

 

「はあああ!!!『tempest』!!!」

 

 集束した風が『暴風雨』となり、それを乗せた拳がガザスの腹部に叩き込まれる。

 

「けっ!まだまだだなぁ!!」

 

 攻撃は確かに入り、ガザスの顔が少しだけゆがんだが、体を回転させスフィアードを目標にとらえる。

 

(嘘でしょ!?ホーンすら少しだけど吹き飛ばせた『tempest』でも、あいつは動かないの!?)

 

 強力な攻撃の反動でスフィアードはとっさに動けない。ガザスの手がスフィアードをつかみ、握りつぶそうとする。メキメキと嫌な音がガザスの手の中から鳴り始めた。

 

「こ、のっ……!!」

 

 脱出を試みるが、絶対捕食者はそれを許そうとはしない。さらに、握る力が強くなり、スフィアードの意識が朦朧とし始める。

 スフィアードが握り潰されるのも時間の問題だった。

 

「一刀両断……叩き切る!!」

 

 それを許さない者が二人。

 ガザスの背後から高速で近づく巨大な竜。その手には巨大な太刀が握られており、その一太刀でガザスの腕を切り裂くことに成功する。

 

「なん、だとぉ!!?」

 

 まさか切断されるとは思っていなかったようで、ガザスの顔に初めて驚愕の表情が浮かぶ。スフィアードが手から逃れると、今度はガザスの下に魔法陣が生まれる。

 

「『重圧(プレッシャー)』!!」

「ぐおおおお!?体が、重いっ!!?」

 

 次に現れたのは、下半身がイカのような触手のようになっている女性。

 それは、エリアルのマインドオーガスによく似ている姿だった。

 

「大丈夫、リーズ!?」

「遅くなったが、助太刀に来たぞ」

「その声……まさか、アバンスとエミリア!?」

 

 竜はアバンスの声でしゃべり、もう一人の悪魔は上半身がエミリアの姿をしている。変わり果てた顔見知りの二人にスフィアードは驚愕する。

 

「私だってリチュアなんだから、儀式体も学んでるよ。……ちょっと不完全だけどね」

「今の俺は、イビリチュア・リヴァイアニマ。エミリアのほうが、イビリチュア・ガストクラーケだ。それより前を見ろ。どうやら魔術から抜け出すみたいだぞ」

 

 アバンスことリヴァイアニマは再び太刀を構え、ガストクラーケも杖をガザスへと向ける。スフィアードも戦闘態勢を再びとった。

 ガザスは無理やり魔法陣を残った腕の拳で砕き、『重圧』の魔術から逃れる。

 

「まさか、腕一本持ってかれるとはな……。褒めてやるよ、クソ竜」

 

 ガザスは腕を回復するために、近くにいる下級インヴェルズを捕食しようとする。スフィアードは阻止しようとするが、先ほどダメージで動けない。

 リヴァイアニマは動くまでにタイムロスがあって、ガストクラーケが魔術を放とうとするが、動きが途中で止まってしまう。

 

「っ……やっぱり、同調が!」

 

 ガザスが回復すれば、次こそチャンスはない。

 

 

 

 ___消えるチャンスを拾い上げるのは、三人目の儀式師。

 

「『雷撃(ライトニングボルト)』!!!」

 

 ガザスの上空から雷が一発落ちる。神の一撃と比べると力は小さいが、それでもガザスの体を傷つけるには十分すぎる一撃だった。

 

「ちぃ!!この、儀式野郎がぁ!!!」

「野郎じゃないわよ。下品な悪魔」

 

 この危機を察知したエリアルことマインドオーガスがユウキたちよりも一足先に三人に合流。チャンスを拾い上げる。

 彼女はリチュアの二人を見て、少しだけ驚いた顔で問いかけた。

 

「アバンス、エミリア、まさか儀式体になっているなんてね」

「助かったぞ、エリアル……いや、マインドオーガスか」

「エリアル、さっすがぁ!」

 

 ___そこに、今まであり得なかった光景が現れる。

 

 マインドオーガスであるエリアル、リヴァイアニマであるアバンス、ガストクラーケであるエミリア。三人のリチュア幹部が一体の敵へと立ち向かう。

 マインドオーガスに続いて、光の竜が戦場に到着する。

 

「リヴァイアニマとガストクラーケ!?アバンスとエミリアも儀式体に!?」

 

 驚くユウキとは裏腹に、銀河眼はガザスを見ていた。実力を上げていることは感じていたが興味がなさそうにユウキに告げる。

 

『あんときの悪魔か……。だが、こいつが一番強いわけじゃねえ。残りの二体と戦いに行くぞ!』

「……エリアル、ガザスの相手は任せてもいい?」

「リチュアを甘く見ないで。あんたはどうせ残りの二体のところ行くんでしょ?」

「俺たちもいる。まかせろ」

「エリアルの代わりって言ったら悪いけど、リーズを連れて行ったら?向こうがやばいでしょ?」

 

 リチュア三人から後押しされ、ユウキは頷いてからスフィアードを保護する。

 

「リーズ、大丈夫?」

「一応ね……。クリスタ様が戦ってる。むこうに早く行って、ユウキ!」

「エリアル、アバンス、エミリア!生きてまた!!」

 

 銀河眼と共に巣のさらに奥へ飛び込んでいくユウキたちを背に、イビリチュアは自身の力の根源に挑む。

 一瞬でガストクラーケの不安定さを見抜き、彼女を守るように前に立つマインドオーガス。

 

「ガストクラーケ……あんたは私の支援係。自分から魔術を撃とうとしないで」

「アハハ……お見通し?」

「当たり前でしょ。そんな魂がここにない儀式体使ってるなんて、同調をとれないでしょ。遠距離から操れるほど力もないのに」

 

 ガストクラーケとマインドオーガスは魔術での攻撃を行う。その二人の前に出て、前衛を務めるのはリヴァイアニマだ。

 

「俺が攻める。支援は任せたぞ」

 

 再び太刀を構え、ガザスに突撃する。ガザスは隻腕になっているため、リヴァイアニマに対して慎重に行動せざるを得ない。

 リヴァイアニマ___人の姿を捨て、アバンスの能力をすべて向上させる儀式体。

 特に巨体から生み出される怪力を得たことにより、巨大な太刀を普段使用している儀水刀と同じように扱えるようになり、火力が格段に上がっている。

 だが、ガザスも隻腕となっても最上級インヴェルズであることには変わらない。接近してきたリヴァイアニマの一撃をかわし、太刀をつかんで攻撃を止める。

 

「『魔刃(スレイヤー)』!!!」

「『捕獲(キャッチ)』!!!」

 

 太刀をつかんだことで動きが止まったガザスに対して、マインドオーガスが魔法陣から赤黒い刃を飛ばし、ガストクラーケは文字の縄でガザスを縛り上げる。

 リヴァイアニマはガザスに捕まれた太刀に全体重を乗せ、体を力任せにたたき切る。竜の巨体の体重を乗せた斬撃はガザスの体を切り裂き、マインドオーガスが放った魔を貫く刃がその太刀傷に刺さる。

 

「がぁああ!!!餌どもがぁあああああ!!!!!!」

 

 初めてガザスの顔が苦痛で歪む。だが、それと同時にさらに怒りと憎しみで悪魔としての力が上昇していることにマインドオーガスは気づいていた。すぐさま対策をとる。

 

「リヴァイアニマ!速度をもっと上げて!『強化(エンチャント)』!」

「私も!『強化(エンチャント)』!」

 

 二重の『強化』の魔術の光がリヴァイアニマを包み込み、儀式の竜はさらなる力を得る。

 その忌々しい『光』を見て、ガザスはさらに怒りが増す。

 

「その程度でぇ!!!」

「リチュアをなめるな!絶対捕食者!」

 

 憎しみや怒りの負の感情で強化されたガザスの速度が上がった拳を、リヴァイアニマは太刀で防ぐ。

 それは竜の巨体にも響き渡る一撃だが、リヴァイアニマは踏みとどまり、ガザスにさらに一撃を加える。

 

「魔力補強完了___叩き切る!!」

 

 青白い光を太刀に魔力をまとわせ、ガザスを横に切り裂く。

 ガザスの甲殻をいともたやすく切り裂く強化を得たリヴァイアニマの太刀は、悪魔の力とは思えないほど光り輝いていた。

 

「て__めぇえええ!!!!!」

「叫んでばかりいても、強そうに見えないわよ。禁術『煉獄(ゲヘナ)』!」

 

 ガザスが絶叫しながらリヴァイアニマに襲い掛かるが、それをマインドオーガスが許さない。黒い魔法陣から、黒色が混ざった魔性の炎がガザスの体を焼き尽くす。

 苦しむガザスだが、さらに追撃がかかる。

 

「おまけにこれも!禁術『魔棘(ソーン)』!」

 

 ガストクラーケがガザスの足元から、紫色の棘を大量に発生させる。いくつもの棘が足を貫き、動きを鈍くする。

 動きが抑制されてダメージを負っているガザスを見て、リヴァイアニマは勝機を見出す。

 

 巨大な翼を広げ、天高く上空へと飛び立つ。

 

 両手で太刀を握り空へ掲げると、太刀が青の魔力で輝き始める。

 

「なめるな……俺様は、絶対捕食者だぁあああああああ!!!!!!!!!!」

 

 ガザスも背中の翼を広げ、空へと飛び立とうとする___

 

「「『重力(プレッシャー)』!!!」」

 

 ___だが、それを二人の悪魔の魔術が阻止する。二重の魔術でガザスの体が重さでついに地面にひれ伏す。

 

「ががあああああああああああアああああアあアああアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 ガザスが吠える。自分は負けることなどないと、自分は常に食らう者だと。

 

 だが、それは違う。たった一人の強者などありえないのだ。

 そういう者は、いつも多くの弱者によって打たれる。

 

 

 それを『結束』というが、絶対捕食者には理解できないことだろう。

 

「終わりだ、インヴェルズ・ガザス!!!」

 

 上空から地上へと駆け抜けるリヴァイアニマ。速く、より速く、儀式の竜は速度を上げていき、太刀を振るうと___古の悪魔の体は一刀両断され二つに割れた。

 

「俺は、おれは、オレハ、ィィィニノナャシクョホイタッゼ(ぜったいほしょくしゃなのにぃぃぃ)!!!!」

 

 割れたガザスの体から黒い瘴気が空へと上がっていき、そのままあっけなく消えていった。

 最上級インヴェルズという強敵を撃破し、少しだけ気を緩める儀式師たち。

 

「終わったな……」

「大勝利だね!!エリアルありがと!」

「まだ終わってない。インヴェルズを滅ぼすまではね」

 

 ガザスが消えようと、彼らの周囲にいる下級インヴェルズは消えない。三人は再び気を入れ直し、下級インヴェルズへと挑むのであった。

 

 

___後編へ続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話ー後編 そして悪魔は笑う

「クリスタさん!ヴァイロン!!」

 

 インヴェルズの巣。その最深部に二体の悪魔とそれに立ち向かう大天使と輝く騎士がいた。周囲には今まで以上に瘴気が満ち溢れているが、周囲に下級インヴェルズは存在していなかった・

 

「お、新しい餌。しかも、異世界の奴ときたか」

「ええ、気分が上がりますね。さっさと食えない機械を壊してしまいましょう」

 

 二体の最上級インヴェルズは目の前の敵と殴り合いながら、銀河眼とユウキを見て笑みを浮かべる。

 

「ユウキ君か!無事でよかった!」

「高屋ユウキ!上級インヴェルズはどうなった!?」

 

 プリズムオーラはユウキを見てホッと安心し、アルファは今確認するべき事項をユウキに問いかけた。

 

「マディス、モース、ギラファは倒した!ガザスもエリアル達が対峙してる!だから、あとはこいつらだけだ!!」

「クリスタ様!遅れて申し訳ありません!」

 

 銀河眼から飛び降りると、プリズムオーラの横に着地するスフィアード。未だ銀河眼から降りないファイは最上級インヴェルズの気迫に押されてしまっており、ユウキにくっついている。

 ユウキの報告を聞いたグレズはあきれ顔でため息をついた。

 

「なんだ、食われたのかあいつら。弱いもんはこうなる運命だ。どうだこうだ思うことはねぇ」

「やはり、君を引き入れたのは正解だったようだ。高屋ユウキ。ならば、やることはわかるな?」

 

 オメガは光の輪から無数の武器を出現させ、無数の光線を放つ。受けるグレズは手から闇を発生させ、自分の前に展開。光をすべて吸収する。

 プリズムオーラとスフィアードはホーンとの戦闘を再開する。

 

「わかってる。これに勝って、元の世界に帰るためにも!俺のターン!ドロー!!」

 

 ドローしたカードを確認し、ユウキはニヤリと笑う。

 

「俺は装備魔法 銀河零式(ギャラクシー・ゼロ)を発動!墓地にあるフォトン、ギャラクシーモンスター一体をこのカードを装備して特殊召喚!現れよ、フォトン・パイレーツ!」

 

 ユウキが魔法カードを発動すると、中央に黒い穴が開いた紫の魔法陣の中からフォトン・パイレーツが再出現するが、体からフォトンの光は消えている。

 

「ただし、装備している間は攻撃できず、モンスター効果も発動できない!さらに、フォトン・サテライトを召喚!」

 

 新たなフォトンモンスターが出現する。それは今までのモンスターとは違い完全な無機質で、その名の通り衛星のようなモンスターだった。

 サテライトから放たれている力は微小なもので、ホーンはそんな下級モンスターを見て嘲笑う。

 

「なんですか、その貧弱そうなやつ。フフ」

「ホーン。確かにこのモンスターだけじゃ弱いかもしれない。でもな、こいつがお前たちを倒す力となる!」

「なんですって?」

「フォトン・サテライトの効果!このモンスターとフォトン・パイレーツのレベルをそれぞれのレベルの合計に変更する!パイレーツは3、サテライトは1!よって、二体のレベルは4となる!」

『条件はそろった!いけ、ユウキ!』

 

 ユウキのエクストラデッキのカードが、姿と力を取り戻す。これが銀河眼と約束していたこと。

 最上級インヴェルズに対する切り札として用意した、まだこの世界にない未知の力だ。

 

「俺は、レベル4のフォトン・パイレーツとフォトン・サテライトの二体で、オーバーレイ!!」

 

 二体のモンスターが黄色の光球となって、突然出現した宇宙の渦に吸い込まれていく。

 

「二体の光属性モンスターでオーバーレイネットワークを構築。エクシーズ召喚!!」

 

 光球を吸い込んだ渦はいったん集束し、一気に爆発を起こす。それはまるで、新しい宇宙が生まれるかのように。

 

「エクシーズ……地上の該当項目なし。まだ未知の力を持っていたのか」

 

 オメガが冷静に解析するがその結果は、『未知』だった。

 爆発の中から、新たな人影が登場する。光の剣を持ち、白い体を持った一体の剣士。剣士の周囲には、先ほどの二つの光球が飛び回っていた。

 

「現れよ!ランク4、輝光子パラディオス!!」

「トオァ!!」

 

 

 この世界に再び新たな力が降臨した瞬間だった。

 

 

 だが、新たなモンスターの登場にもインヴェルズたちは動揺しない。むしろ、新しい餌が増えたことに内心歓喜しているくらいだ。

 銀河眼とユウキはホーンの前に降り立ち、パラディオスはオメガたちの前に移動する。

 

「いくら増援を呼んだところで、俺たちに勝てるとでも思ってるのかぁ?」

「思ってるから、切り札を切ったんだろ!パラディオスの効果発動!オーバーレイユニットを二つ使い、グレズ!お前の攻撃力を0にし、さらに効果を無効化する!」

 

 ユウキの宣言によってパラディオスが効果を発動するために、光球__オーバーレイユニットを二つ剣で切り裂き、剣から赤い光線を放つ。

 

「何かしてくるってことはお見通しなんだよぉ!」

 

 グレズも指から赤い雷を放ち、パラディオスの光線と激突する。瘴気の影響もあり、パラディオスのほうが押され気味だ。

 その光景にユウキも焦り始める。まさか、モンスター効果も封殺されるとは思ってなかったようだ。

 

『集中しろ、ユウキ!ぼさっとして勝てる相手じゃねえ!』

 

 銀河眼の一言でハッとしたユウキが前を見ると、ホーンが襲い掛かってくる寸前だった。

 複数体のモンスターを操るのには相当の集中力がいる。それは自我がある銀河眼を操っているときでも同じだ。

 それが一瞬でも気を抜いたら食われる状況でやれば、致命的なミスを犯すこととなる。

 

 

 ホーンがユウキを捕食する数秒前___プリズムオーラが間に入る。

 

「はぁあ!!!」

 

 攻撃を盾で受け止め、そのまま輝く剣で横払う。ホーンは舌打ちをして、後ろへと飛ぶ。

 

「ちっ、もう少しで食べれたものの。食べられない奴は邪魔しないでください」

「悪いが、お前たちに負けるように修行してないんでね!」

 

 プリズムオーラの実力は、ほかのヴァイロンと合体した三人と比べてもトップに立てるほどにまで強化されている。体の硬度はクリスタ時よりはるかに上昇。ここまでホーンに食らいつけていたのはこの防御力が理由だ。

 さらに、打撃ではなく盾と剣を持ったことで戦い方がさらに防御寄りになっていることも特徴である。

 

「ユウキ君。君の力は確かに素晴らしい。だが、弱点は自身が狙われることだ。それを私が補おう」

「クリスタさん……。はい!お願いします!!」

 

 プリズムオーラに守ってもらえる事実に、喜びと気合が戻ってくるユウキ。それに比例して、モンスターたちへの集中力も戻ってくる。

 

「パラディオス、少し持ちこたえて!銀河眼の光子竜!インヴェルズ・ホーンに攻撃!破滅のフォトン・ストリーム!!」

 

 銀河眼へホーンへの攻撃命令を出すと、銀河眼は周囲の光を吸収し口から銀河の破壊光線を放つ。

 これに対して、ホーンはニヤリと笑い、右手を広げて受け止めようとする。

 

「これくらいの光、よける必要もないですね」

「嘘!?」

 

 ファイは驚きの声を上げた。

 上級インヴェルズのモースさえも葬った一撃を、ホーンは気にせず受け止めようとしている。

 モースを消し去った光景を見ているファイはそれが信じられず、だが、ホーンが嘘を言って言うようにも見えなかった。

 それほどまでに、最上級インヴェルズの力はすさまじいものだったのだ。

 

 

 だが、ニヤリと笑ったのはホーンだけではなかった。

 

「ここで銀河眼の効果、発動!」

「……え?」

「銀河眼の光子竜とホーンを一時的に除外!」

 

 ユウキの効果発動宣言で、ホーンと銀河眼の姿が消える。これは以前、マインドオーガスにも使用した効果。だが、一時的な除外。ホーンを消し去ることはできない。

 ファイはそのことをヴァイロンの情報から知っている。なぜ、そんなインヴェルズを倒せないことをするのか。それが理解できなかった。

 銀河眼とホーンの姿が消えた後も、ユウキの宣言は続く。手札から一枚のカードを発動する。

 

「銀河眼の光子竜が自身の効果で除外されたとき、手札のディメンション・ワンダラーの効果発動!」

「手札からもできるモンスターがいるの!?」

 

 手札からのモンスター効果。これがユウキの狙いだった。

 

「ディメンション・ワンダラーを墓地に送り、相手に3000ポイントのダメージを与える!つまり……グレズ!お前に次元を超えた攻撃が襲い掛かるってことだ!」

「何ぃ?」

 

 ユウキが宣言を終わると、グレズの上空に魔法陣が現れ、その中から光の輪郭だけだが銀河眼の上部が登場し、グレズへ攻撃を仕掛ける。

 

「次元を超えた一撃__ディメンション・フォトン・ストリーム!!」

「___ふん!!」

 

 その一撃をグレズは、パラディオスの光線を防いでいる手とは逆の手で受け止めた。

 

「がはっは!!俺を誰だか忘れたのかぁ、異世界の餌よ!俺はインヴェルズ・グレズ。この絶対捕食者の長!そんな光で食われるとでも思ったかぁ!!」

 

 高笑いを上げるグレズ。そんなグレズを見ても、ユウキは笑みをなくさなかった。

 

「忘れているのはお前だ。愚かなインヴェルズよ」

「裁きの光を受けるがいい!」

 

 いつの間にか上空に上がったオメガとアルファが協力して、ガザスに巨大な雷を叩き込もうとしていた。

 グレズも当然それに反応。よけようと体を動かそうとするが___

 

「逃がすか!!」

 

 ユウキは大半の集中力を使い、銀河眼が戻ってくる時間を長くする。それによって、グレズへの攻撃、パラディオスの効果と次元を超えた銀河眼の一撃、が継続される。

 受け止めることはできても、その場を動くことはできない。

 邪魔をしてくれるホーンも次元のかなたにいる。

 下級インヴェルズを呼ぼうにも、スフィアードとプリズムオーラがいて簡単に倒される。

 

 絶対捕食者の慢心がこの四方八方の状況をつくったのだ。

 

「ちぃ!!」

 

 結果、グレズは動くことができず、ヴァイロン二体による裁きを受けることになる。

 インヴェルズを滅ぼすことを基礎プログラムとしているヴァイロンの一撃は、古の悪魔にとって致命傷となる。大天使レベルになれば、常に体から放たれている光ですら下級インヴェルズを滅ぼすものになる。

 それが、二体の大天使の力を集結したものならなおさらだった。

 

「がぁあああああああああ!!!!!!」

 

 裁きによってグレズの体制が崩れる。すなわち、ユウキが行った二つの攻撃も当たるということだ。銀河眼の次元を超えた一撃と共にパラディオスの光線が直撃すると、グレズに変化が訪れる。

 周囲に集まる瘴気の大半が消えうせ、存在しているだけで闇を生み出す力が弱まったのだ。

 

「な、なんだとぉ!何が起こりやがった!?」

「お前の効果と攻撃力を奪ったのさ。お前の力はほとんど封じさせてもらった!」

「なめた真似をぉ!!!」

 

 プライドを傷つけられたグレズ。その怒りと憎しみによって封じられた力を無理やり取り戻そうとしていた。

 

「高屋ユウキ!もう一度だ!」

 

 アルファからもう一度パラディオスの効果を使え、と指示されるが、パラディオスにはオーバーレイユニットがもうない。つまり使用不可能。

 さらに不幸は続く。突然空間にひびが入り、そこからホーンと銀河眼が取っ組み合いをしながら飛び出してくる。ユウキの焦りに連動したかのように、効果が切れて銀河眼とホーンが戦場に戻ってきたのだ。

 

「ふう。戻ってこれました。そこの竜は食えませんでしたが」

『流石に効果発動中に倒せはしなかったか……』

 

 銀河眼の帰還と同時にユウキの集中力が切れ、膝をついてしまう。

 いくらエリアルの魔術で回復したとはいえ、戦いということに慣れていないユウキにとって、命が簡単に失われていくこの場所では大きなストレスとなっていた。

 苦しさを無理やり押し込めて、銀河眼に一つ頼みごとをする。

 

「銀河眼、すっごく言いずらいんだけどさ……」

『分かってらぁ。俺様だけで戦えっていうんだろ?お前はパラディオスのほうを注意しとけ!』

「ギャオオオオオオ!!!!!!」

 

 銀河眼が気合を入れなおすように咆哮を上げ、ホーンへと突っ込んでいく。

 デュエリストあってのモンスター。モンスターだけでは全力はおろか、半分の力も出せないだろう。

 それでも__銀河眼はホーンへと突っ込んでいった。

 

「消え失せなぁ!!」

「っ!パラディオス、フォトン・ディバイディング!!」

 

 グレズの攻撃にユウキはパラディオスに反撃命令を下す。

 パラディオスが銀河の剣で迫りくるグレズの手を切り裂こうとするが、それは叶わず、パラディオスは握りつぶされてしまう。

 

 この戦闘で初めてモンスターの戦闘破壊が起こった。

 

 それはすなわち、LPが減少する条件だ。体の中から大切な何かが消えていく感覚がユウキを襲った。

 

「がっ……でもっ、パラディオスの効果で一枚ドローっ!」

 

 顔を苦痛で歪めながら、パラディオスの効果を実行する。

 モンスター効果で引いたカードを確認する。その一枚が次の希望になると信じて。

 それを奪うかのように、または傷つけられたプライドを取り戻すためか、グレズがユウキに迫る。

 ヴァイロン二体がそれを食い止めるが、永くは持たないだろう。

 ホーンのほうも、銀河眼とプリズムオーラ、スフィアードの三人で食い止めようとしているがこちらも長くは持たない。

 

「……ユウキさん。役立たずで、ごめんなさい……」

 

 ずっとユウキの背中に捕まっていたファイが口を開く。彼女を見ると、ぽろぽろと涙を流していた。

 

「どうしたの、ファイちゃん?」

「だって、私、ユウキさんを守れてない……役に立ててないから……」

 

 幼くはあるが、この戦いの重要性は理解している。自分の役目が果たせていないことの悔しさでファイは涙を流す。

 ユウキはそれを見て、無理やり笑顔を作って答える。

 

「そうでもないさ。今から協力してもらえる?」

「……え?」

「ファイちゃん、回復ってできる?」

「……ちょ、ちょっとだけ」

「それでいいよ。ちょっとくれない?」

 

 ファイは無言でうなずいて、ぎゅーっと背中からユウキに抱き着いた。

 彼女は溶岩、大地の鼓動をその体に宿すラヴァル。生命に力を与えることができる存在だ。

 ファイの温かさがユウキの精神を落ち着け、次の一手を繰り出す活力となる。

 ユウキの意思に連動したのか、デッキのカードが光り、ドロー可能となる。

 

「俺のターン、ドロー!……よし!!俺は銀河の魔導士(ギャラクシー・ウィザード)を召喚!」

 

 ユウキが召喚した新たなモンスター。白いローブを被ったような無機質な魔法使い。

 

「これはファイちゃんの力で引けた一枚。絶対に無駄にしない!」

 

 『自分の力』

 

 その言葉は、ファイの涙を止めるには十分すぎる言葉だった。

 

「銀河の魔導士の効果!このモンスターのレベルを4つ上げる!これで、レベル8のモンスターが二体!」

『お、俺様をエクシーズ素材にするつもりか!?』

 

 こんな状況で文句を言う銀河眼を無視して、ユウキはエクシーズ召喚の宣言を行う。

 

「俺はレベル8の銀河眼の光子竜と銀河の魔導士でオーバーレイ!」

 

 デュエリストの指示には逆らえず、銀河眼と銀河の魔導士は黄色の光となって宇宙の渦に吸い込まれ、そして爆発が起こる。

 

「二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築。エクシーズ召喚!現れよ、聖刻神龍―エネアード!!」

 

 金色の鎧をまとった巨大な赤き龍が戦場に降臨する。

 ランク8という高ランクのエクシーズモンスターが放つ威圧はすさまじく、ホーンが思わず動きを止めてしまう。

 

「さらに、フォトン・サンクチュアリを発動し、フォトン・トークンを二体生成!そして、エネアードのモンスター効果!」

 

 残りの手札であるフォトン・サンクチュアリを発動し、フォトン・トークンを生成したのち、ユウキがエネアードの効果発動宣言する。

 オーバーレイユニットを捕食したエネアードは、両手にフォトン・トークンを乗せそのまま握りつぶす。

 

「手札、フィールドの自分モンスターを任意の枚数リリースし、それと同じ数のカードを破壊!対象は、グレズとホーン!」

 

 トークンを握りつぶした手の中から、エネアードは巨大な光球を二つ悪魔へと放つ。

 グレズは完全に調子が戻っておらずそのまま直撃。体が大きく焼ける。一方のホーンは涼しい顔でよけようとするが___

 

「この一撃は必ず届かせる!!リーズ!!」

「わかっています!絶対に、負けないってカームに約束したんだからぁ!!」

 

 プリズムオーラとスフィアードがホーンに襲い掛かる。プリズムオーラはシールドバッシュを全力で放つ。

 

「はぁあああ!!!」

「無駄なあがきをっ!!」

 

 だが、ホーンは突っ込んでくるプリズムオーラの盾を腕で受け流し、直撃を避ける。当然、それを読めないプリズムオーラではない。

 

「リーズ!!!」

「今度も吹き飛ばす!!全力全開のぉ……『tempest』!!!」

 

 プリズムオーラの後ろから、スフィアードが風をまといながらホーンへと突進する。

 プリズムオーラは囮。すべてはこの一撃をぶつけるため。友の悔しさを乗せた、『暴風雨』が悪魔に炸裂する。

 

「がぁああああ!!!!?この、餌がぁあああ!!!」

 

 文字通り、すべてを乗せた一撃だったようでスフィアードに装着されているヴァイロン・スフィアの眼から光が消え、リーズへと戻ってしまい、そのまま地面に落ちていく。

 

 ___だが、十分に時間はできた。

 ホーンにも神龍の破壊が衝突し、リーズの一撃と加えて大ダメージが入る。

 

「「今こそ裁きを。消え失せろ、インヴェルズよ!!!」」

 

 上空でエネルギーをためていたアルファとオメガは同時に審判を下すと、今までの中で最も大きな裁きの光を、絶対捕食者へと振りだす。

 

「「絶対捕食者を、最上級インヴェルズをなめるなぁ!餌どもがぁああ!!!!」」

 

 インヴェルズの邪念も負けてはいなかった。

 自身たちが持つ最大の瘴気、闇と絶望、今まで食らってきた命を消費し、裁きの光を別方向へと弾き飛ばしたのだ。

 

「なんだと!!?」

 

 今まで感情の起伏がなかったオメガもこれには動揺を隠せず、グレズは勝利の雄叫びを上げる。

 

「どうだ!!お前たちの裁きなんぞ、俺たちインヴェルズには下されやしないんだよぉ!!終わるのは、お前らのほうなんだよぉおおおおお!!!!」

 

 その雄叫びは戦場に響き渡り、ヴァイロンですら諦めようとしていた。

 

 

 

 そんな中でも___いや、そんな時だから、希望の光は輝くのだ。

 

 

 

「それはどうかな!?インヴェルズ!!!」

 

「終わらせます!私たちが!!」

 

「なにぃ!!?」

 

 ___裁きの光は完全に消えてはいなかった。

 オメガの光は、はじかれた後プリズムオーラが剣で吸収していた。

 宝石の体を持つ彼らは、体内に取り込む光の屈折率を調整できる者がいる。水晶の体を持つクリスタにとって、光を開放・吸収することは昔からやっていたことだった。

 しかも、今はヴァイロンと合体している。同じ力なら裁きの光を受け止めきれるとプリズムオーラは信じて、賭けに出た。

 結果は成功。彼の持つ剣に裁きの光が宿っている。

 

 もう一つのオメガの光は大地に落ち、消えてしまったかのように思えた。

 だが、ここに大地の鼓動を聞き、そして操れる者が一人。

 自分を役立たずと言っていたラヴァルらしからぬラヴァル。ファイだ。

 ファイは大地に手を当て、外された裁きの光を溶岩と共に放出しようとしている。

 

 大地から聖なる光が漏れる。

 その、神々が生み出す美しい光景を創り出したのが力弱き小さなラヴァルだと、誰が信じられるだろうか。

 その雄姿を見たユウキは、心からの称賛をこぼす。

 

「ファイちゃん。君はすごいよ」

「こ、この、餌のくせにぃいいいいい!!!!!」

「くそがぁあああああ!!!!!」

 

 ___絶対捕食者にようやく裁きの時が訪れる。

 プリズムオーラは大地を蹴って、グレズへと駆け出し一閃する。

 ファイは自分の持てるすべての力を使った、光を放つ溶岩の蛇でホーンを飲み込む。

 裁きの光を受けた二体の悪魔の体が解け始める。

 

「が、があああああ……!こんな、こんなところでぇ、シヌナドト、イナエリア(ありえない)!!!!!」

ダレズチミモチタエマオ、ラナノヌシ(しぬのなら、おまえたちもみちずれだ)!!!!!!」

 

 悪魔たちは最期の悪あがきを始める。体が解けようと、その魂が消えようと、絶対捕食者のプライドがさせた行動だった。

 グレズはプリズムオーラから戻ってしまったクリスタとリーズに。ホーンは疲労したファイとユウキに、とびかかる。

 その巨体から繰り出されるプレスは、食らえば即死。そして、疲労している四人にとっては回避不能の悪あがきだった。

 

「「ェエエエエエネシ(死ねえええええぇ)!!!!!」」

「くっ……!」

 

 なんとか気絶しているリーズをかけて回避しようとするクリスタだが、すでに回避不可能。ただの人間であるユウキならなおさらだった。

 目をつぶり、死を覚悟した四人。その命を守るために、大天使は悪魔へと突っ込む。

 グレズをオメガが、ホーンをアルファが食い止める。

 

「「ンロイァヴ(ヴァイロン)!!!!!!!!」」

 

 鋭い爪が白い機体にめり込んでいく。まだ悪魔としての力は健在で、ヴァイロンの体に瘴気が流れ込み、バチバチと機体が悲鳴を上げていた。

 

「ヴァイロン!」

「気にするな!我々は、インヴェルズのために作られた機械。奴らを滅ぼせるのなら、それでよい!」

「高屋ユウキよ。すまぬな。君の願いを叶えることはできないようだ」

「……」

 

 オメガの言葉でユウキは察してしまう。オメガとアルファは自爆するつもりだと。

 そうなれば、大天使はすべて消える。ただのヴァイロンには異世界への転移など不可能だろう。

 その事実にユウキは顔を俯けて__そして、すぐに顔を上げて敬意をもって答えた。

 

「自分で見つけるさ。今までお疲れさま、世界の観測者 機械の天使 ヴァイロン」

 

 

 その時、ユウキにはオメガが笑ったように見えた。

 

 

「地獄まで、我らが案内してやろう!感謝しながら死ぬがよい、インヴェルズ!!」

「連合軍の諸君よ!この戦い、我々の勝利だ!これからの世界、お前たちが創るのだ!!!」

 

 大天使の二体は最後の力を振り絞り、インヴェルズを抱えて空へ飛び立つ。

 そして全身から光を放ち__

 

 ___大爆発を起こした。

 

 

 

 

 

 

 オメガとアルファ、グレズとホーンが消えて30分もしない頃、下級インヴェルズはすべての統率を失い、連合軍によって殲滅された。

 ユウキたちはインヴェルズの巣だった場所から動いておらず、地面に座りっぱなしだった。そんなユウキたちに儀式体を解いたリチュアの三人が合流した。

 彼女たち三人も疲労の色が見え、壮絶な戦いを繰り広げたことを物語っていた。

 

「ちゃんと、生きてたのね。あんたたち」

「エリアル……それに、アバンスにエミリア」

「まさか最上級インヴェルズに挑んで無事とはな。流石ヴァイロンに目をつけられたことはある」

「本当だよ。ただの人間なのに、すごいよ君」

「本当にだよ・・・・・・ノエリアさんは?」

「重症だけど、生きてる」

「そっか。よかったね、エリアル」

 

 ユウキの言葉にエリアルはそっぽを向く。それを見て、ユウキにも笑みが浮かぶ。

 

「ユ~キ~!リーズさ~ん~!大丈夫ですか~!!?」

 

 上空からウィンダが駆けつける。彼女もガルドも傷だらけで戦い抜いたことが一目でわかった。

 

「俺は大丈夫。リーズはまだ寝てる。ついでにファイちゃんも」

「そっか。クリスタさんもお疲れ様です」

「ああ、お疲れ。今まで以上に精神を消耗した戦いだったよ」

「ちゃんと、全員で生きてまた会えましたね」

 

 分かれる前に必ず言っていた約束。

 

 『生きてまた』

 

 それは本当なら不可能だったのかもしれない。

 だが、それは今叶えられている。こうして生きて、再び会えたことが奇跡だった。

 そのことにユウキが安堵している___その時だった。

 

 リチュアの魔法陣が地面に展開され、そこから一人の男性が出現する。

 黒い髪をした鋭い目の男性はユウキを見て近づいてきた。

 

「高屋 ユウキだな」

 

 男性はユウキの前に立ち、彼の見ながら確認した。

 当然ユウキは彼の名前を知っているが、なぜここに現れたのかがわからなかった。

 

「リチュア・ヴァニティ……さん?」

 

 リチュア・ヴァニティ。リチュアの副官で、今回も後方でサポートに徹していた彼がなぜここにいるのか。

 

 その答えに到達してしまったウィンダは驚愕と絶望で顔をゆがませ、叫ぶ。

 

「ユウキ逃げて!!!」

「え?」

「『魔睡(スリープ)』」

 

 『魔睡』の魔術をかけられたユウキの意識は暗闇に一瞬でおち、地面に倒れてしまう。

 眠った彼を担いだヴァニティはアバンスたちに近づき、声をかける。

 

「これでいいんだな、アバンス」

「はい。これで義母さんの命令も達成です」

 

 淡々と話す二人。残りのエミリアとエリアルは何も言わない。

 すぐさまリチュアと対峙するクリスタとウィンダ。

 

「ユウキをどうする気だ!?」

「立ち上がるな、ジェムナイトよ。お前もここで死ぬわけにはいかないだろう?」

 

 怒るクリスタに対し、ヴァニティは即座に魔法陣を展開。アバンスも儀水刀を抜き戦闘態勢に入る。

 いくらクリスタでも、ここまで疲労した状態で二人相手に戦える状態ではない。同じ理由でウィンダも何もできない。

 

「それではな。わずかな同盟の間だったが、私たちリチュアが生き残る手助けをしてくれてありがとう。『転移(シフト)』」

 

 ヴァニティが魔術を唱えると、リチュア四人とユウキの姿が消える。

 残されたウィンダ達は、悪魔の笑い声がその場に響き渡ったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 インヴェルズ消滅。

 その事実を知らないまま、彼は湿地帯奥地をさまよっていた。

 自分は下級の悪魔だ。固有名もなければ、学ぶ知力もない。

 ただ、自分が殺される可能性が高いこと。そして、死にたくないことだけはわかった。

 自分はあの時、上級インヴェルズに食われ死ぬ運命だった。

 それを変えたのは、敵対する風使い。

 感謝するわけではない。助かったことは事実。それだけだ。

 小さな体で必死に歩き続ける。何かあてがあるわけではないのに、止まるわけにはいかなかった。

 

 そんな彼の前に、流星が一つ落ちた。それは、ヴァイロン・オメガの輪だった。

 何かに惹かれるように、無意識に彼はその手を伸ばし輪に触れる。

 

 

 その瞬間、彼の全てが変わった。

 

 

 姿、力、そして、生命としての在り方そのもの。文字通り『全て』が変わったのだ。

 

「私は、いったい……?」

 

 自分の姿を見る。今までの小さな体ではなく、金色の外殻。黒い胴体。二つの羽に腰には一本のサーベル。

 インヴェルズでありながら、彼は捕食の欲がなくなり、常識と心を獲得した。

 死ぬはずだった命。それが奇妙な運命によって、生命の輪廻から外れた存在と化したのだ。

 仇討ち、などという愚かな行いは彼には思いつかなかった。彼はまず、世界を知ろうとした。

 

「___ありがとう」

 

 運命を変えた風使いの少女、そして、星の外から力に感謝し、その星の悪魔は姿を消した。




どうでもいい(かもしれない)補足解説
・リチュアとガスタの魔術名について
ガスタは風の名前を英語にしてます。BFで有名ですね。ゲイルとか
リチュアのほうは、遊戯王全く関係ないところからとってます。
冒険企画局様から出版されている 魔導書大戦RPG マギカロギアの魔法からとっています。
これに気になった方は、ぜひ調べてみてください。とても面白いTRPGとなっています。
ニコニコ動画に遊戯王キャラがマギカロギアをやっている動画もありますので、よければぜひ!個人的には『サラダロギア』がおすすめです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話ー前編 理想郷を壊すは銀河

連続投稿です。インヴェルズの後は……機械天使たちの暴走


 インヴェルズ撃退は撃退され、世界をかけた大戦は連合軍の勝利となった。だが、その情報が入るまで少しの時間がある。

 連合軍最後部、負傷者や軍師などが集っている司令塔。カームは負傷者を治療しながら、ここで祈り続けていた。

 

「神様……どうか、どうかみんなを……」

 

 自らヴァイロンとの合体を希望したが、それは叶わず後方で支援を続けていた彼女はそれだけを祈り続けていた。

 

「カーム」

「あ、ムストさん……また、負傷者が出てしまいましたか?」

 

 軍師であるムストがカームに声をかける。すると、カームはまた悲しそうな顔をして確認する。

 ムストは微笑んで、カームの望む言葉を口にした。

 

「終わったよ」

「……え?」

 

 ムストの言葉の意味が分からず、カームはもう一度聞き返す。

 

「戦争は、終わったんだ。もう、誰も死なないよ」

 

 戦争の終結。争いを嫌う彼女が最も望んでいたことだ。

 その言葉が聞きたくて、ずっと祈り続けていた。自分が無力でしかなくて、それが悔しくって。

 やっと、それが終わるのだ。

 

「よ……よかったぁ……」

 

 安心で涙を流すカーム。だが、これは悲しみの涙ではなかった。

 ムストも微笑みを崩すことなく、そのままカームを抱きしめる。

 

「お疲れ様。よく頑張った。お前は自慢の娘だよ」

「お父さん……うわあああん!!!」

 

 父親の胸の中で思いっきり泣くカームは、いつものお姉さんではなく、まだまだ未熟な女性であるという証拠だった。

 

「あー、そのな。泣いてるとこ悪いんだけどよ。負傷者を治癒頼めるか、カームの姉さんよ?」

「!?」

 

 気まずそうにカームに声をかけたのは、ラヴァルの一人。ラヴァル・ガンナーのラスだ。

 彼はラヴァルの中でもまだ新参者で、ここの護衛を任されていた。

 その中で、負傷者を次々と治していくカームに興味を持ち、今では『カームの姉さん』と呼ぶくらいには親しい仲になっていた。

 

「ご、ごめんなさい!?ええっと、ラス君。どれくらい負傷者は?」

「今までと比べると少ねぇな。10人くらいだし、軽症だからすぐ終わると思うぜ?」

「はい!任せてください!!」

 

 ラスに案内され、カームは負傷者の治癒に向かう。その背中を見て、ムストは自分の娘の成長を実感していた。

 

「あんなに泣き虫だったのになぁ……。いやいや、優しさと芯の強さを兼ね備えたいい娘になったよ。母さん」

 

 

 

「兄さん!!!」

 

 

 ムストが今は亡き妻へと報告をしている最中のことだった。

 ウィンダールが血相を変えてムストの元へと駆けよってくる。ウィンダール自身もいくつかけがを負っているが、彼はそんなことを気にしている様子ではなかった。

 しかも、普段は言わない『兄さん』呼び。異常なことが起こったとムストは悟る。

 

「ウィンダール、どうした」

「ヴァニティ……ヴァニティは、いますか!?」

「ヴァニティ?彼なら……あれ。どこにいるんだ?」

 

 先ほどまで共に連合軍の軍師として行動を共にしていたヴァニティの姿が、いつの間にかいなくなっていることにムストは気づく。

 ウィンダールは思わず舌打ちをし、そしてムストに報告する。

 

「兄さん……いや、ムストさん」

「今さら変えなくてもいいさ。それで?」

「リチュアが、リチュアがユウキ君を誘拐した」

「___何?」

 

 予想外の報告に、ムストから笑みが消える。ウィンダールは一旦息を整え、報告を続ける。

 

「ウィンダから確認した。リチュアはこのタイミングを待っていたんだろう」

「つまり、インヴェルズを手に入れることに失敗したリチュアは、次の目標をユウキ君にしていた、と?」

「おそらく。だが、同盟中はヴァイロンの監視があってうかつに行動できない。だから、大戦終了直後の全員の気が緩んでいるこのタイミングを狙った、としか考えられない」

「……ノエリアの奴め。自分が重傷を負っても、そこまでして力を求めるのか」

 

 ノエリアはガザスと交戦し重傷を負っていた。リチュアの兵士によって最後部まで運ばれており、未だに意識を取り戻さない。そんなリチュアの執念に思わずムストは苦笑を漏らす。

 

「ここにまだリチュアはいますか?」

「いるはずだ。しかし、おそらく知らないだろう。インヴェルズ撃退を素直に喜んでいる者が多い」

 

 ヴァニティの姿は消えたものの、ほかの魚人のリチュアは喜びに浸っている者が多く、純粋に勝利を喜んでいるように見える。

 もっとも、それすら演技ならだれにも見抜くことなどできやしないだろ。

 

「それで、どうするんだ? ユウキ君を助けに行くのか?」

「いや、それは現在不可能です。リチュアの儀式師、エリアルやアバンスが総出で彼の誘拐に関わっている。今の状態で儀式体を相手にするのは分が悪すぎます。それに__」

 

 ウィンダールは観測所の上を見上げる。そこにはいまだ稼働している下級ヴァイロン達が戦後の処理に追われていた。

 

「__今争いを起こしても、ヴァイロン様に見つかるだけでしょう」

「なるほど」

 

 ユウキの救助は重視することではあるが、今争いを起こしてガスタを危機に陥れるわけにはいかなかった。

 

「とにかく、今は事態の収拾を待ちましょう。おそらくですが、ヴァイロン様から何かしらの行動があるはずです」

「そうだな。カームにはこのことを内緒にしておこう。ウィンダにもそう言っておいてくれ」

「わかりました」

 

 ウィンダールはそう言って、負傷者の護送するために外へと出ていった。

 

「嫌なことが起こらなければいいが……」

 

 思えばこの時から、神官家のムストはイヤな風を感じていた。

 

 

 

 

 

 ___それが、のちの惨劇につながるとは知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?ここは……」

 

 ユウキが目を覚ますと、そこは牢獄だった。

 寝ていた床は冷たい石。目の前には鉄格子。両足は鎖で床とつながっており動くこともできない。

 灯となる物は少なく、どこを見渡しても薄暗く、人気も感じない。

 そして何より、いつも携帯していたはずのデッキがない。

 

「どこ、ここ……」

「リチュアの牢獄さ。異世界人」

 

 足音もせずに、牢獄越しに一人の魚人が現れる。手には武器となる鎖を持った緑の魚人。

 とあることで有名なカードなので、ユウキはその魚人の名をつぶやく。

 

「リチュア・チェイン・・・・・・」

「流石だな。ま、それはコードネームみたいなもんだが、そこはどうでもいい。お前に簡単な事情説明をして来いって言われてな」

 

 チェインはヘラヘラと軽い感じでユウキに話しかける。ユウキ自身は警戒を強めるだけだった。

 

「お前は俺たち、リチュアの新たなる『力』への礎になってもらうために犠牲になってもらう」

「断るって言ったら?」

「そいつは無理だな。まず、お前は身動きが取れない。リチュアの牢獄は水中にあってな。『転移(シフト)』の魔術を使わなきゃここに来れない。」

 

 チェインは指を一本立てて、彼がここから出られない理由を説明する。さらにチェインは二本目の指を立てる。

 

「んで、この牢獄破壊して、万が一水中から出ようとしても、リチュア・ビーストたちがお前を食らう。銀河眼にはさすがにかなわないだろうが、今のお前は無力だからな」

「……」

「最後に、魔術を使えても本部にしか行けない。すなわち、上の方々に殺されるって訳だ」

 

 言っていることはユウキへ絶望を与える言葉だが、チェイン自体は楽しそうではなかった。むしろ、ユウキを憐れんでいるように見えた。

 

「ま、殺されたくなければおとなしくしてろ。今はノエリアさんが意識不明になってるから、もしかしたら無事で出られるかもな」

銀河眼(ギャラクシーアイズ)の力を使って、何をするつもり?」

「知らねーよ。俺たちは生贄だからな。戦って、生贄にされて、そんで殺される。どうやっても命を落とすことに変わりはねぇ」

「命が惜しくないのか?」

 

 そのユウキの問いに、チェインは鼻で笑ってから答えた。

 

「惜しいさ。でもな、俺たちはノエリアさんについていくって決めた。なら、その道を進むだけ。他のリチュアも、きっとそう考えてるよ」

 

 伝えることはもうないと言うように、チェインは魔術で姿を消した。

 残されたユウキは念のため、銀河眼に声をかけるが、当然のことのように誰の声を聞こえなかった。

 

「閉じ込められたときって、何すればいいんだろうな……」

 

 彼のつぶやきに応える者はない。拷問されているわけでもない。だが、何かすることもない。

 視覚、聴覚、嗅覚、触覚。これらの感覚は意味をなさないこの空間でユウキが取れる行動は、たった一つだけだった。

 

「___寝るかぁ」

 

 冷たい床の感覚を我慢しながら、ユウキは再び目をつむる。それを何度も繰り返し、どれだけ時間がたったのだろう。

 ユウキが目を覚ますと、当たり前のように薄暗い牢獄が彼を迎える。

 

「お腹すいたな……」

 

 空腹を訴える体がうっとうしい。食べられる物もなければ、飲むものもない。

 何もない空間。これがどれだけ苦痛かユウキは思い知ることとなった。

 

 その空間に新しい物が現れる。

 

 ぽすっ、と軽い音が牢獄の中に響く。変化に敏感になっているユウキがその音のほうを見ると、小さなパンが落ちていた。

 

「パン?」

 

 牢獄の外から足音が聞こえ、変化をもたらした原因がユウキの前に現れた。

 水色の髪、それを隠すような漆黒の魔女帽子、そして儀水鏡をつけた杖。その少女をユウキは忘れるはずはない。

 

「エリアル?」

「食べなさい。慈悲よ」

 

 無慈悲のように聞こえる言い方だが、エリアルが言っているということ自体がユウキに安心感を与えた。

 早速、腹を満たすためにパンを食す。無我夢中にパンを頬張るユウキの姿を見て、エリアルも気が抜けてしまった。

 

「ほかにない?」

「ある訳ないでしょ。あんた捕虜……でも、分かんないか」

「そういえば、あの時とは立場が逆になってるな。こうなるとは思ってなかったけど」

 

 ガスタにいたときは、エリアルが捕虜。ユウキがその監視を行っていた。その立場が今では逆となっていることにユウキは苦笑を漏らす。

 

「……今回はエリアルも作戦にかかわっていたのか?」

 

 裏切られる、何かされるとは思っておらず、ユウキはまんまと誘拐されてしまった。特に、エリアルにはそんな雰囲気を感じさせなかった。

 

 ___自分に打ち明けてくれたことすら、演技だったのか。

 

 そのことがユウキの心に影を落としている。

 

「ええ。あんたを誘拐する。あんたが持つ力を強奪する。それが、今回の作戦。あんたが私をいい目で見てることを利用して、誘拐しやすくするのが私の役割だった」

 

 

「___ああ。そっか」

 

 

 その言葉はユウキの信頼をすべて裏切る。

 彼には聞こえていなかった_否、聞かないようにしていたアバンスの言葉。

 

『エリアルもリチュアの一人』

 

 その言葉が事実となる。それが変わらないもの。それが、真実だと打ち付けられる。

 ___リチュアを変える。

 かつて、クリスタに伝えたユウキの意見。

 

「結局、俺は何もわかってなかったってことか」

「ええ。たった二カ月ちょっとでリチュアが理解できるわけないじゃない」

「それも、そうだな」

 

 異世界に来て、『力』を手に入れて、うぬぼれていたのか。

 憧れのキャラクターに出会えて、興奮していたのか。

 自分が、特別な自分に変わったと思い込んでいたのか。

 

 なんにせよ、ユウキ自身『救世主』というものに溺れていたのかもしれない。エリアルの顔を直視できない。

 

「はぁ……。ちょっと、あんたがそこまで落ち込むとかおかしいでしょ」

「だって……」

「あんたはリチュアのことは知らないだろうけど、私のことはだいぶ理解してるでしょ?」

 

 その言葉の意味が、ユウキはすぐにわからなかった。

 

(え?今なんて言った?え、え、え?)

 

 エリアルは顔を赤くするが、そっぽを向くことなくユウキを見続ける。

 

「どうなのよ」

「どうって……エリアルが家族に飢えてて、必死にノエリアの娘になろうとしてるのは知ったけど」

「それでいいのよ。なのに、私はあんたを知らない。それって不公平だと思わない?」

 

 エリアルはどこからか椅子を取り出し、それに座った。それはすなわち、ここに用事があるということで。

 今まで一方的にユウキが話しかけていたのに、エリアルからユウキ自身に興味を持って話しかけてくれたわけで。

 あたふたして何を言わないユウキに、エリアルは羞恥から大声を出す。

 

「で!あんたに色々答えてもらうから!私を満足させられなかったら、生贄だから!」

「わかったわかった!でも、一つだけ教えてくれ!」

「何よ」

「それは、リチュアの意思か?それとも……」

 

 

 

 

 

「私の意思よ。悪い?」

 

 

 

 

 

「__わかった。ありがと」

 

(ダメだな、俺。勝手に早とちりしてた……。恥ずかしい)

 

 裏切られた、と思い込むには早すぎた。

 この二カ月。彼がエリアルと関わってきたことは無駄ではない。リチュアはまだ変えられなくても、エリアルは変わったのだ。

 今はただ、それが嬉しかった。

 

「じゃ、答えてもらおうかしら。まずは、あんたの召喚術について」

 

 エリアルはリチュアにとって有益になるであろう情報以外に、自身が知りたいことを質問し始める。

 

「召喚術?銀河眼(ギャラクシーアイズ)とか、モンスターを召喚してること?」

「そ。召喚術は魔術の中でもトップクラスに難しいの。あんたをこの世界に呼んだ魔術師はよほどの力の持ち主よ」

「俺を呼んだの、エリアルじゃないんだよな?」

「当たり前でしょ?何バカなこと聞いてるの」

「いや、エリアルなら、召喚した俺の事すっぽかしてそうだし」

「すっぽかさない!そこまでマヌケじゃないから!!」

 

 それで我に戻ったエリアルはじっーっとユウキをにらむが、彼は相変わらずニヤニヤしている。

 

「とにかく、召喚術はそう簡単にできるものじゃないし、連発できるものでもない。で、あんた自身を調べたんだけど……」

「ちょっと待て。俺を調べたって?」

「そうよ。魔術でささっとね。で、その結果、あんたは普通以下。魔術も使えないただの人間だった」

 

 それはそうだろう。端末世界に来て今まで戦えていたのは銀河眼の力だ。決して、ユウキの力ではない。

 それはユウキ自身がよくわかっていた。だから、ヴァイロンの時もそう言ったのだが。

 

「で、あんた自身には特に興味を持つようなものはなかった。問題は、あのカードたち」

「デッキのことか?」

「名称はデッキなのね。そのデッキのカードから、すごく繊細かつ簡略化された召喚術が組み込まれていることが分かった。問題は、どうしてあんたがこんなすごいマジックアイテムを持っているか、ということ」

 

 真剣な顔で質問するエリアルをみて、ユウキは笑いをこらえるので必死だった。

 デッキと言っても、元の世界で買ったカードたちだ。そんな大層なマジックアイテムではないし、五枚で150円と知ったらエリアルはどんな表情をするだろう。

 そのことを告げようと口を開く直前に、ユウキはあることに気づく。

 

(あれ?確かこのデッキって、謎の声がくれた物じゃなかったか?)

 

 そう。デッキ内容が同じだから気にしなかったが、このカードは端末世界に飛ばされる前に謎の声が出現させたものだ。

 となれば話は変わってくる。確かに、アニメではフォトンモンスターは特別なカードたちだった。それを再現できる人物など、彼は知っているはずもない。

 

「ごめん。この世界に来る前に、謎の声からもらったものなんだ。俺自身は何も知らないよ」

「相変わらず、あんたをこの世界に呼んだ奴はとんでもない魔術師ね。カードについてはまだ解析してるし、いろいろ分かるだろうから以上。で、今度はあんたの世界について教えなさい」

 

 次の質問は元いた世界のことだ。何回も聞かれているため、テンプレートのようにユウキは説明する。

 

「魔術も何にもない世界だよ。平凡すぎるくらいにね」

「戦争もないんでしょ?」

「そうでもない。魔術じゃないけど、機械兵器なんかを使った戦争はある。ただ、俺の住んでる場所では実感できるところじゃないけど」

 

 

 

「__うらやましい」

 

 

 

「え?」

「羨ましいわよ。知っている誰かと殺しあわなくていいんでしょ?」

 

 エリアルの一言でユウキは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。

 戦争というものすらユウキにとっては遠いものだったが、旧友と殺しあうことを考えていなかった。

 彼女たちは、常にそうであったのに。

 

「それで、そんな平和な世界には何があるの?」

「ええっと、そこにはカードゲームっていう物があって、この世界はそのゲームに出てくる仮想世界と同じものなんだ」

「そっちの世界では、私たちは空想、ね。興味深いわ。そっちの世界に私たちの神様がいるのかしら」

「どうなんだろう……。ちなみになんだけど、この世界以外に異世界ってあるの?」

「あるわよ。実際、ウィンダの妹が異世界にいるって聞いたことあるし」

「ウィンダの、妹……。風霊使い ウィンのことか」

「……何で知ってるの、っていうのは無粋かしら。カードで知ってるから、よね」

 

 風霊使い ウィン。遊戯王カードの中でもビジュアル面で長い間人気を持つ『霊使い』シリーズの一人。

 とある本でウィンダとの姉妹関係が判明。決闘者に衝撃を与えた。ユウキもその一人で、ウィンダの悲しそうな顔は妹が消えたことだと察していた。

 

「ねえ、あんたさ。そこまでこの世界について知ってるなら、未来予知くらいできるんじゃないの?インヴェルズのことも知ってたんでしょ?」

「俺も思い出そうとしてるんだけど……見てからじゃないと思い出せないんだ。何故か」

「それは……私と一緒?」

 

 エリアルの言葉の意味。それはおそらく

 

「エリアルは、もしかして異世界から来たの?」

「ええ。お義母さんからもそう聞いてる。異世界にまで飛ばされるなんて、私、本当は呪いの子だったのかもね」

 

 エリアルは両親の顔すら思い出せないと、以前言った。

 呪いの子かもしれない。自分の出自すらわからない。

 そんな想いを抱えながら、リチュアに所属している。

 

「それはないよ。エリアルはいい子だし」

「そんなことない。お母さんの役に立てないから、娘として認められてない。儀式師としても甘い。……あんたにこんな話をしている時点で甘すぎるわよ」

 

 常に『未知』を求め、それを探求するために犠牲を払う。それが、儀式師、リチュアの在り方だ。

 だが、エリアルは個人の感情でユウキと接触している。リチュアという組織とは関係なく、彼から情報を得ようとしている。

 リチュアの幹部として、ノエリアの役に立たなくてはいけないのに。どうしても、彼のことが気になってしまう。

 こんな___

 

「こんな、認められてもいない未熟者、なんだから」

 こんな、未熟者を見てくれる、おかしな奴だから。

 

 ユウキはそれでも、彼女に対してこう告げる。

 

「未熟者だとしても、エリアルはいい子だよ。捕虜の俺を助けてくれてるからね」

「助けるつもりなんて」

「ないんだろ?でも、結果として俺は空腹じゃなくなって、退屈でもなくなった。俺はエリアルに救われたんだよ」

 

 救う、という概念は非常にあやふやだ。

 救ったつもりでも、それが原因で余計に相手を傷つけたりすることもあれば、助けるつもりなどなくても、結果として救ったことになることもある。

 ユウキも救うつもりで戦っているわけではない。ただ、必死に生きようとしているだけだ。

 

「救世主サマに言われると、その気になるわね」

「だからぁ……救世主なんかじゃないんだってば」

「いつものお返しよ。フフ」

 

 その時、ふと見せたエリアルの無邪気な微笑みに、ユウキはドキッとして顔を赤くする。

 肝心のエリアルにはそのことに気づいておらず、質問を再開する。

 

「次に、エクシーズについて。これ、どこの力?」

「どこでもないよ~。でも、みんな使えるようになるんじゃないか……な……」

 

 エクシーズ召喚。遊戯王ゼアルから登場した召喚方法で端末世界にも登場した。

 

 

 

 

 

 それがどういうことか、ユウキはようやく思い出した。

 

 

 

 

 

 突然立ち上がろうとして、忘れていた足の鎖に拒まれて転んでしまう。

 

「ちょっと、どうしたの。そんな血相を変えて」

「エクシーズに、インヴェルズ撃退後……。なんで、なんで忘れてたんだ!!!」

「ったく。質問に答えなえなさい。エクシーズはどこの力?」

「そんなこと言ってる場合じゃ____」

 

 冷静なエリアルと血相を変えているユウキのもとに、リチュアの通信が入る。

 

『エリアル!!!!』

 

 あまりにもいつもとはかけ離れた雰囲気のその声は、エリアルも誰か理解するのに時間がかかった。

 

「……アバンス?」

 

 普段冷静で落ち着いているアバンスが絶望を秘めた悲鳴を上げている。エリアルはそれが理解できず、ユウキは絶望で顔をゆがめた。

 

『エミリアが……エミリアがぁあああ!!!!!!!!』

「落ち着きなさい。エミリアがどうしたの?」

『あああ……アああああああ!!!!!!!!』

 

 エリアルの声はアバンスには届いておらず、絶望の声だけが儀水鏡から響いている。

 

「通信切るから。そっちに行くから少し待ってなさい」

 

 通信を切ると、エリアルは牢獄から出ようとする。ユウキが叫ぶのを遮って、彼女は冷たく伝える。

 

「あんたは来ないで。勝手に死なれたら困るし」

 

 それは、リチュアとしての言葉だったのか。それとも___

 どちらにせよ、ユウキの言葉は彼女には届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡り、戦争の事態が落ち着いて、ヴァイロンが再び四部族を集結させたところだった。

 四部族の者たちは、互いの健闘を称えあうと同時に、仲間たちを失ってしまった悲しみに襲われていた。

 

「生きてたか、クリスタ」

「そちらこそ、流石だな。ジャッジメント」

 

 インヴェルズ出現前に戦っていたクリスタとジャッジメントは、まず互いが生きていたことに笑みをこぼす。

 

「これでまた喧嘩できるって訳だ!」

「……ジャッジメント、流石にそれはないぞ……」

 

 相変わらずの脳筋っぷりにクリスタは呆れて、何も言えなくなった。ジャッジメントは笑顔をひそめ、真剣な表情で悲しそうに話を続ける。

 

「ジェムナイト、上級戦士が死んじまったんだってな」

「___ああ。そうだ。」

 

 確認されているだけで、ジェムナイト・ルビーズ、アクアマリナ、パーズが死亡している。彼らはヴァイロンとユウキの護衛についていき、そして殺された。

 クリスタはその事実があまりにもショックで、未だに受け止められていない。

 

「ラヴァルは、どうだったんだ?」

「まあ。大勢死んだよ。戦いの中で死んだんだ。どいつも悔いはねえよ」

 

 そういうジャッジメントだったが、その顔からはやりきれない表情が浮かんでいた。

 

「お前はまだ大丈夫そうだな。問題は」

「お前も、見たのか?」

「同じ場所で戦ってたからな。あれは俺にも来るものがあった」

 

 彼らの会話。それは、今回の戦争で起きた悲劇の一つでしかない。だが、その悲劇はあまりにも絶望を与えるものだった。

 一人のジェムナイトが動かなくなっている。

 死んでいるわけではない。だが、生きている気力が感じられない。ただ、その事実を受け入れられないように、俯いている。

 そのジェムナイト。女性型のジェムナイトの周囲を通る人々は何も言えない。

 

「……ラズリーちゃん」

 

 声をかけたのはファイだった。先ほど目を覚まし、すべての事情を説明されて、ラズリーのもとに駆け付けたのだ。

 ファイの声にラズリーは反応しない。

 

「……ラピスちゃん、死んじゃったんだね」

「言わないで!!!」

 

 その事実を突きつけられて、ラズリーはようやく反応する。

 もう枯れたはずの涙が流れ始め、ラズリーは叫ぶ。

 生まれたときからずっと一緒だった、もう一人の自分と呼べるジェムナイト・ラピス。

 彼女は核石を持っており、融合の力に目覚めていた。

 『ジェムナイトレディ・ラピスラズリ』となり、戦いに挑んでいたのだが……

 

「言わないで……お願い……」

 

 この場にラピスはいない。それが、真実だった。

 涙が止まらないラズリーをファイは抱きしめて、背中をさする。ユウキにされたように、彼女を落ち着かせるために。

 

「失ったのは……ラズリーちゃんだけじゃないよ……」

 

 ファイの脳内に、いたずら好きの姉の顔が浮かぶ。

 ラズリーがラピスを失ったように、ファイもレムを失った。その悲しみを必死にこらえて、ファイはラズリーを抱きしめる。

 ラズリーもファイの体の震えを感じ、彼女におこった悲劇を理解してしまい、声を抑えながら泣き始める。

 

「生きてまたって……言ってたのに……。レム姉さんの……うわあああん!!!」

 

 今までずっと三人で暮らしてきた姉妹。これからもずっと一緒にいられると思っていたのに。

 戦争の前では、家族の絆などたやすく引き裂かれてしまうのだ。

 その二人を遠くから見つめるルノの瞳にも、涙がたまっていた。

 悲しみが観測所を包む最中、残った小型ヴァイロンが空から宣言する。

 

「四部族の諸君。我々はαとΩ、そして多くの者の犠牲を出しながらもインヴェルズを全滅させた」

「生き残った我々は、新たな理想郷をつくらなくてはいけない」

「そのために、我々ヴァイロンが諸君たちを管理する」

 

 宣言している三体のヴァイロン。ペンタクロ、テセラクト、スティグマの潔白の体が黒く染まっていく。その異変に四部族たちは動揺を隠せない。

 残ったヴァイロン達にも同じ変化が訪れる。黒く染まったその体はまるで、少し前まで戦っていた古の悪魔を連想させるものだった。

 不穏な空気が観測所に流れ始めたが、ヴァイロン達は自身の変化に気づいていないかのように宣言を続ける。

 

「まず、部族というものをなくす。敵対することをなくすのだ」

「次に欲をなくす。あらゆる欲は悪を産む」

「最後に心をなくす。心など不要。」

 

 

 

「「「すべては、平和な理想郷(ディストピア)ヲツクルタメ」」」

 

 

 

 三体の宣言が終わると、上空に宇宙の渦が発生する。

 それは先ほどの大戦でユウキが初めて発生せた、インヴェルズへの対抗策の新たな力。

 すなわち___エクシーズの力。

 その渦の中にペンタクロ、テセラクト、スティグマの三体が黄色の光球となって吸い込まれると、大爆発が起こる。

 爆発が収まるとそこには、新たな大天使が降臨していた。

 __それは、今までの大天使ではない。

 黄金と黒の体。美しくはあるが、悪意を感じる風格。その周囲に三つの光球が飛び回っている。

 戦慄する原住民。彼らに降臨した絶対管理者は告げる。

 

「我が名はヴァイロン・ディシグマ。さあ、今こそ理想郷を作り上げよう。まず悪意の多き者たちを『全て』消そう」

 

 オーバーレイユニットが一つ消えると、無数の金色の糸がリチュアに襲い掛かる。

 あまりにも急な宣言。その糸をよけられたものは少なく、多くのリチュアに糸が突き刺さる。

 

 

 その後訪れた光景は、地獄だった。

 それは先ほどまで嫌でも見せられていた光景。

 大天使は、敵対していた絶対捕食者と同じように____リチュアを、捕食したのだ。

 

 

「な……!?」

 

 あまりにもヴァイロンとは思えない行為に、ジェムナイトとガスタは絶句する。

 残ったリチュアと彼らと同盟を組んでいるラヴァルは、ディシグマに怒鳴る。

 

「何しやがる!」

「その感情こそ悪意。削除する」

 

 無慈悲な裁きがラヴァルにも降りかかる。不意打ちでないにしても、風のように追尾する糸を振り切ることはできなかった。

 リチュアと同じように、ラヴァルも大勢がディシグマに捕食される。

 絶対管理者の暴走は止まらない。その光景に恐怖を覚えたガスタたちに、ディシグマは宣言する。

 

「恐怖を確認。その感情も理想郷には不要。消去する」

 

 こうして、光の観測所は四部族と天使たちの同盟による基地ではなく__絶対管理者による理想郷(ディストピア)へと化したのであった。

 

 

 ディシグマから命からがら逃げだした四部族たちは、生き残ったリチュアの者たちの魔術によってリチュアの本部に集結していた。

 リチュアの本部にはユウキを誘拐した者達、アバンス、エミリア、ヴァニティが驚きの表情を浮かべてヴィジョン・リチュアから事情を聞き出す。

 

「ヴィジョン!これはどういうことだ!!なぜ残りの部族を連れてきた!」

「ヴァニティ様お許しください!ヴァイロンが、暴走を始めました!!」

「ヴァイロンが……?」

「奴ら、理想郷をつくるとか言い放ち我らの同胞を……」

 

 ヴァニティも気づいていた。ここに来た四部族の数が、明らかに大戦終了後よりも減っていることを。特に、リチュアとラヴァルが大きく減少していることを。

 ヴァイロンの暴走。

 なぜこのようなことになったのか。それは今どうでもいいことだった。このままディシグマを放置すれば、すべての部族が消え去ることは容易に思い浮かんだ。

 ならば、やることはただ一つ。ヴァニティはリチュアの長代理として、ほかの部族の長に声をかける。

 

「クリスタ、ジャッジメント、ウィンダールよ。皮肉なものだが、今こそ真の結束の時だ」

「そう、みたいだな。ヴァニティ、今我々ガスタは今一時、過去の侵略を関係なくリチュアを信頼しよう」

「ああ。ヴァイロンがなぜ悪に堕ちたかはわからない。だが、ここで立ちあがらなくては騎士の誉れに傷をつけることになる。我らジェムナイト、共に戦うことを誓おう」

「こういうのは面倒なんだがなぁ……。だが、気に入らねぇ。前のヴァイロンはともかく、今のディシグマは気に入らねぇ!!俺たちラヴァルにそういう協調性はねぇが今はお前たちに背中を預ける!!」

 

 世界の危機。各々の絶滅をかけた戦い。それはインヴェルズとの戦いでも同じことだった。

 だが、今はあの時とは違い四部族が自ら結束したのだ。

 それこそ本来ヴァイロンが求めていたものだと、ディシグマは知る由もないが。

 四部族の真の結束により、ここに新たな力が目覚めようとしていた。

 ユウキの召喚したパラディオスと、先ほどのディシグマのエネルギーから観測されたエネルギー波動と同じ形を持つ者が何人もいたのだ。

 リチュアは生き残るために、秘蔵にしていたデータを他の部族に開示する。長たちが集う机に、ヴァニティが何重と重なった書類をばらまく。

 長たちの周りには生き残った各部族の者たちが興味津々で書類を見ている。

 

「これが、『エクシーズ』と呼ばれた力の研究結果だ。ディシグマもこれで誕生したと思われる」

「エクシーズ……ねぇ。こいつはすげぇな。部族の壁を越えて新たな力を生み出すなんてな」

「融合でも、儀式でも、共鳴でもない力。言うなら『結束』の力か」

 

 エクシーズの概要はこうだ。

 どの一族、どの者であっても、同じ波長を持つ者であれば新たな姿へと進化することができる、宇宙から託された星の力だと。

 星の力、というフレーズにガスタであるウィンダールが反応する。

 

「星の力、聞いたことがある。ヴァイロン様を作り上げた星の戦士たちが持つ力だと」

「星っていえば、異世界のあいつはどうした?あいつの竜って銀河の竜だろ。エクシーズだってあいつがやったんだ。ここにいねえのはおかしいんじゃねえか?」

 

 ジャッジメントの言うことはごもっともである。インヴェルズの戦いにも参加したユウキがここにいないのはおかしいこと。

 これを好機と見たクリスタとウィンダールがヴァニティに問い詰める。

 

「ヴァニティ、ユウキ君をどこにやった」

「はて、なんとことやら」

「とぼけるな。私の目の前でさらっただろうに」

「……彼は我々リチュアが確保した大切な研究材料だ。この戦いで死んでもらっては困る」

「なんて勝手な!!!」

「よくわからねぇが、生きてるならいいだろ?あと、戦利品にうだうだいうんじゃねえよ」

 

 ジャッジメントはラヴァルとしての目線で、クリスタとウィンダールをたしなめる。

 それは、戦闘部族であるラヴァルだから発言できる意見だった。

 ユウキは戦利品。ジャッジメントの中ではそう結論付けて納得している。

 

「リチュアがてめーらの予想を上回っただけだろ。守れなかったお前もあいつも悪い。とにかく、あいつは不参加なんだろ?」

「ああ。監獄から出すつもりはない」

「不穏な空気にしたのは悪かった。んで、今はエクシーズの力についてだろ。実際、できそうなのか?」

 

 ユウキというイレギュラーは必ずしも良い結果を残すものではない。このように、結束するのに異物となってしまうこともある。

 現状を打破するために、渋々座りなおすウィンダールがジャッジメントの問いに答える。

 

「おそらく、我々の知識が役に立つだろう。星の力についてはリチュアよりも我々が詳しい。あとはリチュアに支援してもらえば何とかなるはずだ」

「了解した。ジェムナイトとラヴァルはどうする?」

「……前から考えていたことだが、我々ジェムナイトは今までジェムナイト同士の融合のみしか行っていないのだ」

 

 言葉を詰まらせながらクリスタは一つの提案をする。

 それは、異種族の融合。ジェムナイトとそのほかの部族の融合だった。

 融合はお互いの魂を一つに溶かし、新たなる生命として生まれ変わる力。成功しようが失敗しようが、融合したどちらかが、最悪どちらとも自我が消えてしまう。

 本来ならジェムナイトらしかならぬ力だったのだ。

 

 ___まだ誰も成し遂げていない『未知』を見逃すことは、リチュアは絶対にしない。

 

「ならば、私がやろう」

「!本気か、ヴァニティ!?」

「ああ。ジェムナイト側がいいのなら私は構わない。それに、元に戻らない訳じゃない」

 

 何のためらいもなくわが身をささげるヴァニティに、ジャッジメントですら少し引いている。

 ヴァニティは涼しい顔で語っているが、融合状態から元に戻る方法はジェムナイトでも知らない。だからクリスタもそれを考慮して、苦渋の案として提案したのだが。

 元に戻る方法。

 嘘のようには聞こえない言葉。それが本当ならクリスタもためらいがなくなるだろう。

 __だが逆を言えば、ジェムナイトの上級戦士を消す方法をリチュアは既に握っていることに等しいのだ。

 頭によぎった邪な考えをクリスタは振り払い、ヴァニティの意見を受け入れた。

 すべては、融合していった同胞たちが未来を託して消えたように、未来を守るために自身の持つ融合の力を使おうと考えたからだ。

 

「わかった。融合相手を募っておく。___頼んだぞ」

「任せておけ。ラヴァルはどうする」

「あ~……何も考えてねぇ。逆に何かできそうか?」

 

 頭をかきながら、ジャッジメントは申し訳なさそうに答えた。

 彼にエクシーズの力は宿ってはおらず、彼以外のラヴァルは統一性を持たせるのが非常に難しい。ましては他部族との共闘だ。そう簡単に案は出ない。

 

 だが、一度でも結束をした者たちには絆が生まれ、その絆は力となる。

 

「いや、ジャッジメントさん。俺たちラヴァルでもやれることはありやすよ」

「おめえは……ガンナー部隊のラス、だったな。どういう意味だ」

 

 周囲で聞いている人混みの中から、ラスが人をかき分け登場する。思いがけない人物と言葉にジャッジメントも驚いている。

 ラスは少し足を震わせながら、はっきりと長たちに伝える。

 

「真似事にはなるが、ガスタの騎乗術を学ぶことができれば俺たちにも空中戦ができるようになりやす」

「空中戦……まさか、ドラグーンか!!」

 

 ジャッジメントが叫んだドラグーン。それはラヴァルに伝わる伝説の一つ。

 かつて存在した伝説の竜剣士たちと同じように、ラヴァルにも巨大な竜に乗った戦士がいたと。

 だが、今のラヴァルには竜に乗れる者も乗る竜も存在していない。その話は、ただのおとぎ話として伝わっていたのだ。

 信じられないジャッジメントにラスが説得する。

 

「ラヴァル・コアトルはドラグーンの遺伝子を継いでいると言われてやす。共鳴の力があれば、伝説通りになると」

「だが、乗るやつはどうする?」

「それをガスタから学ぶんでやす!ガスタは俺たちとは違う。俺たちが頭を下げれば、きっと教えてくれるはずでやす!!!」

「わかったわかった!だから落ち着け!……しっかし、うちからガスタに目をつけるやつが出るとは。思ってもなかったぜ」

「方針は決まったな。早速準備に取り掛かろう」

 

 四部族の結束により生まれた力。

 炎の竜剣士の復活。異なる部族の融合戦士。

 そして、部族の壁を超える『結束』の力。エクシーズの戦士たち。

 少しずつ準備を整えていく四部族たち。その中でエミリアとアバンスは対談していた。

 周囲は雑音でまみれているが、二人の周囲だけ静まり返っているようだった。

 

「まさか私が儀式以外に力を使えるなんてね。ちょっと意外」

「……」

 

 検査の結果、エミリアにもエクシーズの力が宿っていることが判明。現在、そのための相方待ちだ。

 少しワクワクした表情で話すエミリアに対して、アバンスはうつむいたまま何も言わない。

 らしくない幼馴染に、エミリアは笑いながら話し続ける。

 

「何~?心配してるの?」

「当り前だろ」

 

 即答され、エミリアの顔が少し赤くなる。顔を上げたアバンスの表情は真剣そのもので、その言葉が嘘でも冗談でもないことが一目でわかる。

 

「ただでさえ儀式体のために肉体と魂を分離させているのに、今度は魂だけでエクシーズだぞ!?どれだけの負担がかかるかわからない!」

 

 インヴェルズの戦いの際にエミリアとアバンスは儀式体を手に入れた。だが、それは完璧に制御できるものではなかった。

 アバンスは儀式体の際、力におぼれて暴走することと完全に人型に戻ることができなくなるデメリットがあった。

 そしてエミリアは、魂と肉体を分けた。

 リチュアの儀式 儀水鏡の幻影術によって二つとなったエミリアは肉体を儀式の生贄としてささげ、誕生した儀式体を魂側から遠隔操作している。

 儀式体がやられてもエミリア自身は死ぬわけではないが、当然デメリットとして動きが連動しないなどの不備が起きる。

 

「なんで……あんな儀式を受けたんだ!あまりにもおかしすぎるだろ!!」

 

 儀式を提案したのは誰でもない、ノエリアだ。

 肉体と魂の二つに分ければ、一人で二つの生贄が用意できるようになる。効率が良くなると説明された。

 アバンスは当然猛反対したが、エミリアはそれを笑顔で承諾した。それがなぜか、どうしてもわからなかった。

 彼女がそこまでして儀式体を手に入れたい理由。それは至極簡単なことだった。

 

 

 

 

 

「なんでって、エリアルを一人にしないためだけど?」

 

 

 

 

 

 普通の会話と同じようにエミリアはアバンスに答えた。

 

「アバンスだって、私を守るために無理して儀式体を手に入れた。それと同じよ?」

「___なんだ、そんなことだったのか」

「そうだよー。何、私がノエリアの娘だからだと思った? 残念!私、あそこまで冷酷になれないって」

 

 

 アバンスはエミリアを一人で戦わせないために儀式体を得たように、エミリアも又エリアルを一人にしないために儀式体を手に入れようとしたのだ。

 ならば、アバンスがやることは一つだ。

 彼が儀式体を手に入れようとした理由に従って、エミリアを守り抜くだけだ。

 

「エミリア、必ず生き抜くぞ」

「もちろん!まだ死ぬ気なんてないし、エリアルとアバンスを置いてきぼりにできないしね」

「そろそろいいか、二人とも」

 

 後ろから声をかけたヴァニティは話が終わるのを待っていたようだ。彼はエミリアの表情を確認し、最後の言質での確認をとる。

 

「心の準備はいいか」

「はい、先生」

 

 簡単だが決意を込めた声でエミリアは答え、アバンスは何も言わない。

 ヴァニティもそれ以上は何も聞くことはなく、そのままエミリアをエクシーズの儀式の部屋へと連れて行った。

 ヴァニティ自身もこれから融合を行う。これで会うのは最後かもしれない。そうならないために、全力を尽くすだけ。

 アバンスにできるのはそれだけだった。

 

 

 最後になるかもしれない会話をしていたのは、リチュアの二人だけではない。

 ラヴァルの姉妹もまた、別れの挨拶をしていた。

 ルノに抱き着いて、肩を震わせているのはファイだ。

 

「お姉ちゃんいっちゃやだぁ……」

「ファイ……」

 

 先ほどの大戦でレムを失ったばかりのファイに、ルノも失ってしまう恐怖が押しかかる。

 ルノもエミリアと同じようにエクシーズの力を宿していた。すなわち、最前線での戦いに参加しなくてはいけなくなったのだ。

 レムを失った悲しみはルノ自身もよくわかっている。だが、自分が行かなくてはさらに犠牲が、家族を失う悲しみが広がってしまう。

 ラヴァルでも戦闘を好まない彼女だからこそ、同じ悲しみを他人に味合わせたくないと思ってしまうのだ。

 決意を固めたルノは、ファイを胸からはなしてファイと目線を合わせる。

 

「ファイ、よく聞きなさい」

「……うん」

「レムは死んでしまった。私も、もしかしたら帰ってこないかもしれない」

 

 ルノの言葉でファイの顔が絶望にゆがむ。今にも泣きだしてしまいそうだ。そんな妹を目の前にして、心が折れそうになる姉だが言葉を絶つことはしない。

 これが、姉としてできる最後のことになってしまうかもしれないから。

 この小さな妹が、これから先生きていけるように希望を与えなくてはいけない。

 

「それでも、生き続けなさい。みんなに光と希望を与え続けられる『灯』となりなさい」

 

 激しく燃えあがる『炎』ではなく、未来を導く『灯』となれ。

 戦士ではないラヴァルとして、姉として、未来を生きる妹に言葉を託す。

 ファイは必死に涙をこらえて、首を縦に振った。

 

「大丈夫。あなたはインヴェルズを倒したのよ? そんな自分に自信を持ちなさい」

 

 泣き止まない愛しの妹の頭をなでる。不安は隠しきれていないが、ルノはファイに笑いかける。

 二人の会話が終わるのを待っていたのか、というタイミングでジャッジメントが現れる。

 彼は二人の顔を見た後に、ニヤリと笑ってルノに話しかけた。

 

「ほう。覚悟はできてるみてぇだな。結構なことだ」

「わたしも、ラヴァルですから」

「じゃあ、姉ちゃん連れていくな。覚悟を決めておけよ、妹」

 

 コクンとファイが頷くと、ジャッジメントもエクシーズの儀式部屋にルノを連れていく。

 一人になったファイが涙をこらえていると、後ろから誰かに抱きしめられる。

 森の優しい香りがファイを包み込んだ。

 

「ファイちゃん、であってますか?」

「……おねーさんは?」

「ごめんなさい、自己紹介もせずに抱きしめてしまって。私はガスタのカームといいます」

 

 カームはルノの真似をするように、ファイを抱きしめる。

 

「……ルノ姉さんの真似事ならやめてください」

「そういう訳じゃないの。もっと、自分勝手な理由ですよ」

「何言って___」

 

 ファイが見上げると、泣きつかれたカームの顔が目に映った。すでに涙は枯れており、よく聞くと声を少し枯れている。

 その顔にファイは何も言えなくなった。

 

「お父さんがね、エクシーズに選ばれてしまったんです」

 

 選ばれてしまった

 その言葉だけでファイはカームの心情は理解できてしまう。

 

「ごめんね……今は、こうさせてもらっても、いいかな……」

「うん、いいよ」

 

 決意、悲しみ、そして希望を抱き、四部族は生き残るために絶対管理者に挑む。

 真の連合軍は決戦の時を迎える。

 外に出て見上げるは、空に神々しくも邪悪に輝く金色の大天使 ディシグマと黒く染まったヴァイロン達。

 

「なぜ逃げる? 我々は理想郷を作り上げようとしているだけだ。何故争いを求める」

 

 本気で自分たちが何をしようとしているのかがわかっていないようで、ディシグマは連合軍に問いかける。

 

「ヴァイロン、本当にお前たちがやろうとしていることが悪だと気づいていないのか……」

「エクシーズの力を確認。回答許可。悪? なぜそうなる」

「___もはや話し合いは不可能だ。ジェムナイト・パールよ」

 

 ジェムナイトとリチュアのエクシーズによって生まれた戦士。ジェムナイト・パールはヴァイロンに良心がまだ残っていることを信じたかったが、それは淡い希望だった。

 パールを止めたのはジェムナイト・アメジス。ジェムナイトの戦士アイオーラとヴァニティが融合した姿だ。

 融合の結果、ジェムナイトの正しき心とリチュアの優れた知識を併せ持つ強力な戦士となった。

 パールは落胆した顔を一瞬だけ見せ、そしてディシグマに向かって構えた。

 

「狂った絶対管理者よ!!我らこの世界に生きる者、その結束の力でお前を撃ち倒そう!!」

「何をふざけたことを。我々こそが正義。狂っているのは、オマエタチダ」

 

 新たな戦争がここに開幕した。

 ディシグマは、新たに黒いヴァイロン達を『生み出し』連合軍へと襲わせる。

 敵が多い連合軍だが、全員が戦えるわけではない。

 クリスタやリーズといった前線で戦っていた者たちは負傷しており戦線に出ておらず、立ってはいるがジャッジメントは本調子ではない。

 それを補うように、『結束』の力で黒いヴァイロンたちに対抗する。

 

「いくぜぇ!!!これが、伝説のラヴァル・ドラグーンだぁ!!!!」

 

 空から襲い掛かるヴァイロン達を、ガスタの協力により復活した伝説である『ラヴァル・ドラグーン』たちが撃墜していく。

 ガンナーたちはコアトルが進化したドラグーンに乗り、強力な火炎攻撃を放つ。

 ラヴァルの破壊力とガスタの機動力を兼ね備えた部隊を率いるのは、エクシーズの戦士たち。

 

「さあ、いっちょ暴れるわよ!!!フェニクスも準備はいい?」

「クォオオオオオ!!!!」

 

 空を飛ぶ炎の鳥。周囲には二つの緑の光球が飛び回っている。

 その炎は風のように鋭くヴァイロン達に突き刺さり、内部から爆散させていく。

 これこそ、ガスタとラヴァルのエクシーズ ダイガスタ・フェニクスの力である。

 カムイの相棒であるガスタ・ファルコとラヴァル・コアトルのエクシーズにより誕生した。

 

「エクシーズ、脅威レベル高。消去消去。ポリトープ起動」

 

 一体のヴァイロンが武器を出現させる。金色に輝く無限のマークを形どる武具だ。

 出現するとタイムラグなしで、穴に刺さっている棘から電撃がフェニクスに向かって放たれる。

 フェニクスが回避行動をする前に電撃が直撃する、ことはなく__

 

「『whirlwind』!か~ら~の~『雷鎖(ライトニングバインド)』!!」

 

 電撃は『つむじ風』によってからめとられ、巨大な雷をまとった風となってヴァイロンへと直撃する。

 

「同じくエクシーズ。消去消去」

「同じ手は通用しないって!!」

 

 フェニクスを守った戦士は、攻撃を仕掛けようとするヴァイロン達に高速で接近。手に持っている儀水鏡の魔杖でヴァイロン達を切り裂く。

 彼女こそ、エミリアとムストのエクシーズ体。イビリチュア・メロウガイスト。

 ガスタの力で空を飛べるようになったほかに、ガスタとリチュアの両方の魔術を使用できる。

 

「ヴァイロン。リチュアのみんなを襲ったことを後悔させてあげる!!『爆撃(ボミングレイド)』!!」

 

 手に持つ魔杖に風と青色の魔力が集まり、メロウガイストは一気に魔力を周囲に開放すると周囲に強烈な爆風が発生する。

 彼女を消去しようと全方向から襲い掛かってきたヴァイロンはよけることなどできず、巻き込まれすべて吹き飛ばされた。

 何十という数がその一撃で機能停止まで追い込まれたが、ヴァイロンの全体が減ったようには思えないほどに無数のヴァイロンがまた出現する。

 メロウガイスト、フェニクス、ドラグーン部隊は引き続き空のヴァイロンを撃退するために突撃する。

 

 

 一方、地上部隊もまた大量のヴァイロン達と交戦を続けていた。こちらもエクシーズの戦士がヴァイロン撃破に貢献し続けている。

 一人はジェムナイト・パール。武具は持たないが、その拳で誰よりも多くのヴァイロンを撃破している。

 彼の横に立っているのは、炎の両腕と頭をもつ黒鉄の戦士 ラヴァルバル・イグニス。ラヴァルのルノと、ジェムナイト・オブシディアの幻影がエクシーズした姿だ。

 オブシディアには質量を持つ幻影を生み出す力があり、それを利用することで戦力を温存しながらエクシーズをすることが可能だったのだ。

 イグニスは声を発声することはないが、ジェムナイトと心優しいルノの影響で率先して仲間の前に立っている。

 

「無理はするな!まだディシグマを叩けているわけじゃない。負傷したものは後ろに下がれ!!」

 

 アメジスの言う通り、ディシグマにはまだ誰も接近できていない。

 そのディシグマは周囲にドーム状のバリアを張り、先ほどから小型ヴァイロンを生産し続けている。

 不気味なまでに動かないディシグマに連合軍は警戒を解けずにいた。

 地上のヴァイロン達も空中と同じで、エクシーズの戦士を中心に攻撃を続けている。

 

「エクシーズ、消去消去。コンポーネント起動」

「消去消去。エレメント起動」

 

 二体のヴァイロンが別々の武具を出現させる。

 光の壁を発声させるエレメントを展開したヴァイロンがパールに突進する。

 

「それで私を倒せると思うな!!!」

 

 接近してくるヴァイロンに恐れることなく、パールは拳を叩き込む。

 本来であれば触れるだけでダメージを受けるエレメント。だが、パールの拳には傷すらついていない。

 ジェムナイトが持つ強靭な肉体。エクシーズの力によって硬度がさらに高められ、リチュアの力で魔術の耐性がついたのだ。

 そしてその硬度を生かした戦い方は、ジェムナイトの本能が理解している。

 一撃一撃を叩き込むたびにパールのラッシュの速度が上昇していく。

 何百という拳が叩き込まれたエレメントはヴァイロンが気づいたときには、完全に機能停止していた。

 

 そして、ヴァイロンがエレメントの機能停止に気づいたころには自身も既に壊れていた。

 

「次!」

 

 敵を粉砕したパールは次のヴァイロンの元へと急ぐ。

 もう一体のヴァイロンはイグニスへと襲い掛かる。展開したコンポーネントは中心の輪から強力な電撃を連射する。

 それは計算された攻撃。イグニスが回避すれば後ろの連合軍に直撃するだろう。イグニスは回避をすることなく攻撃を受け止める。

 止まることのない雷の嵐。それはイグニスの体が完全に見えなくなるほど土煙を立てるほどに降り注ぐ。

 土煙が立ち上ると、ヴァイロンは攻撃をいったんやめる。

 

「消去消去しょう」

 

 土煙の中からイグニスが無傷で現れ、炎の両手でヴァイロンを潰した。

 ラヴァルとジェムナイトという四部族の中での戦闘において最強の掛け合わせにより生まれたイグニス。いくらヴァイロンであろうとその力は粉砕する。

 イグニスは後ろの仲間たちの無事を確認した後、再びヴァイロンの攻撃を受ける『動く要塞』として戦う。

 

 もちろんエクシーズ以外の戦士も負けていない。

 アメジスはレイピアと盾を装備。ヴァニティが持つ知識量からヴァイロンの動きを予想し、アイオーラの反射神経でレイピアを振るいヴァイロンを穿つ。

 

「無理をせず下がれ!!今は数を減らせる状況ではない!」

 

 前線に立って指示を出しながら戦う、リチュアとジェムナイトの特技がうまく組み合わさった戦士。それがアメジスだ。

 アメジスを補助するのは、二体の怪物。

 

「だああ!!!!」

「『魔弾(マジックミサイル)』!!」

 

 巨大な竜 リヴァイアニマと触手の怪物 ガストクラーケ。

 ガストクラーケは上空にいるメロウガイストと意識がリンクしているため、その分はリヴァイアニマが支える。

 

「エミリア、無理してないか?」

「だイじょウぶ……でも、ないカも」

 

 言葉が片言なのは、本体の意識がメロウガイストにあるからだ。相当無理をしているのがわかる。

 そのことにリヴァイアニマは不安の色を隠せないが、それでも前を向く。

 

「任せろ。俺が何とかしてやる」

「……ありがと」

「来るぞ!構えろ、二人とも!!」

 

 戦況は連合軍がなんとか押している状況だ。なんとか押しきりたいところで、ついにディシグマが動き始める。周囲のバリアを解いて、絶対管理者は宣言する。

 

「観測は終了した。連合軍、お前たちは間違っている」

「間違っている、だと?」

「なぜお前たちは争う。なぜ対立しあう。その心こそが不要。よって、お前たちを完全に我らの支配下に置くことにした」

「ふざけないで!」

「否、これは決定だ」

 

 ディシグマのオーバーレイユニットが一つ消える。

 再び地獄が具現化しようとする前に、リチュアとガスタが動く。

 

「リチュアの力を示す時だ!禁術『縛魂(ソウルバインド)』!!!」

「我らも行くぞ!『hurricane』!!」

 

 ディシグマの周囲に強大な『竜巻』が発生すると同時に、ディシグマの動きが完全に停止する。後ろに控えていたリチュアとガスタが一斉に魔術を行い、ディシグマの行動を妨害したのだ。

 ガスタとリチュアの結束によってディシグマを捕縛。そしてラヴァルとジェムナイトが一斉攻撃を仕掛け、ディシグマを機能停止まで追い込む。

 

 チャンスは今しかない。

 

「突撃!!!!!」

 

 全部隊がディシグマへと突撃を開始し、戦いに決着をつけようとする。

 魔術で感覚機能をマヒさせ、体の動きを内側からの封印。

 エクシーズを含めた結束の力。

 総戦力を費やした連合軍の必殺の刃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが、絶対管理者に届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無意味なり」

 

 ディシグマは動きを封じられているが、すでに捕食機能は起動しており金色の糸が連合軍に襲い掛かる。

 突撃部隊はとっさに回避行動をとり、後方の部隊は魔法壁を展開し防ごうとするが__

 前回よりもずっと追尾性能、および攻撃性能が上がっている糸を防ぐことはできなかった。

 

 ここにまた、地獄が具現化する。

 

「うわああああああああああああ!!!!!!!」

「いやああああああああああああ!!!!!!!」

 

 多くの者が捕食され、ディシグマの体に取り込んだ人々の特徴が現れる。

 捕食されるのは力及ばぬもの全員。

 それは当然、エクシーズの戦士もそれに含まれる。

 

「クァアアアア!!!!!」

「フェニクス!!」

 

 高速の回避を行っていたはずのフェニクスさえ糸に捕まってしまう。無数の糸が体中に突き刺さり、ディシグマへと引き寄せられる。

 そして、フェニクスを心配するというその隙が、彼女の運のつきだった。

 

 

 グサリとメロウガイスト__エミリアの体に一本の糸が突き刺さる。

 

「___あ」

 

 その事実を知ったときには遅すぎた。

 すでに何百という糸がメロウガイストに体には突き刺さり、巻き付いていた。

 彼女が何か発しようと口を開く時間もなく、ディシグマへと引き寄せられる。

 

「___エミリアぁあああああ!!!!!」

 

 その危機を救うため、リヴァイアニマはメロウガイストに向かって飛び立つ。

 儀式体の限界まで速度を高め、彼女に巻き付いている糸を断ち切ろうと太刀を振り上げるが___

 

「『火花(スパーク)』!!」

「なっ……」

 

 エミリアはアバンスに魔術を放つ。

 火花は初歩的な魔術。儀式体のリヴァイアニマに傷がつくことはないが、衝撃と不意打ちによってその体は落下していく。

 エミリアは涙をためながら、笑顔で言葉を伝える。

 

「生きて、アバンス」

 

 

___後編へ続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話ー後編 理想郷を壊すは銀河

 エリアルが地上に出た時、すでに絶望が連合軍を支配しているのが分かった。

 空には禍々しく輝く絶対管理者の姿があり、連合軍の切り札とも言える『結束』の戦士たちはほとんどが姿を消していた。

 アメジスはすでにヴァニティとアイオーラに戻っており、エクシーズの戦士はパールしか姿が見えない。

 そんな中、地面に突っ伏しながら体を震わせているアバンスの姿がエリアルの瞳に映る。

 

「何があったの」

 

 状況を確認するため、簡易な言葉でアバンスに問いかける。

 だが、アバンスから返ってくる言葉はその答えではなかった。

 

「守れなかった……何もできなかった……」

 

 自分に対する怒り、悲しみ、後悔、そして、絶望が混ざった震えた声だった。

 

「だったら? そんなことを伝えるために私を呼んだの? アホらし」

「___エリアルぅ!!!!」

 

 どうして自分の悲しみを分かってくれないのか。そのことを無視するのか。

 アバンスは怒りで顔を上げ、エリアルにつかみかかる。

 

「エミリアが死んだんだぞ!!!?」

「そう。それで、アバンスはうじうじ泣いていると?」

「泣いたらいけないか!!?」

「いけないわよ。エミリアの仇をとるまでは」

 

 アバンスはそこで我に返った。頭から血が引いていき、少し落ち着く。

 

「手を放してほしいんだけど」

「ああ……すまない」

 

 エリアルを手ばなし、アバンスはやるべきことを伝える。

 

「エミリアがディシグマに捕食された」

「魂と肉体、どっちも?」

「ああ。魂が取り込まれた途端に、儀式体のほうも止まっちまった」

 

 ガストクラーケの姿は見えず、ディシグマの体にその残骸が現れていた。

 ガストクラーケ以外にも、フェニクス、メロウガイスト、イグニス、ドラグーン、そしてフェニクスのから分離しようとしたが逃げきれなかったファルコの残骸が見える。

 

「わかった。で、取り戻すんでしょ?」

「……当たり前だ!!!!」

 

 アバンスは腰から儀水刀を再び抜刀し、エリアルも儀水鏡の魔杖を構える。

 二人は儀式を発動。リヴァイアニマとマインドオーガスの姿へ変わる。リヴァイアニマは翼を広げ、ディシグマに突撃する。

 

「エミリアを……カエセェ!!!!」

「アバンス、ダメだ!!」

 

 太刀を振り上げディシグマを一閃しようとする寸前に、交戦しているパールが彼を制止する。

 ディシグマへと太刀を振り下ろそうとする目の前に、エミリアの幻影が現れる。

 

「エミリア!?」

「悪意を確認。消去する」

「下がれ、アバンス!!」

 

 ディシグマのオーバーレイユニットが消える前に、パールが体当たりでディシグマをよろけさせる。その間にリヴァイアニマは間合いを取る。

 

「パール!どういうことだ!?」

「あいつは吸収した者を自由自在に使っている。盾にしたり、新たなるエネルギーにしたり……吸収させた人々を助けなければ攻撃すらできない!!」

「くっ……」

「古の悪魔の力を使うもの。生かしてはおけない」

 

 今度はオーバーレイユニットを使うことなく、ディシグマは水の魔術を二人に放つ。

 俺はリチュアが使うものと全く同じ。詳しく言うなら、エミリアと全く同じものだった。その光景にリヴァイアニマの動きが鈍り、回避行動が追い付かない。

 

「『魔弾(マジックミサイル)』!!!アバンスしっかりしなさい!!」

 

 ディシグマの攻撃はマインドオーガスの魔術が打ち消す。『飛行(フライ)』の魔術で空まで飛んできたのだ。

 

「ぼさっとしない!前を向く!!」

「っ……わかってる!!」

 

 太刀を構えなおし、ディシグマと向かい合うリヴァイアニマ。マインドオーガスは初めて対峙するディシグマを観察し、パールは彼らを守護するかのように二人の前に立つ。

 

「エリアル、何かできそうか?」

「『解放(リベレーション)』の呪文でどうにか……でも、リチュアを取り込んでるなら、魔術が効くかどうか分からない」

「二人は私のサポートを頼めるか?どうやらディシグマは私に吸収能力を使えないみたいだ」

「パールにだけ……使わない?」

 

 頭を回転させ、マインドオーガスは突破口を見つけ出そうとする。だが、ディシグマはそれを待ってくれない。

 

「消去する」

「炎……今度はラヴァルか!」

 

 ディシグマの体から炎が発生し、灼熱の鎖が三人を襲う。その速度はまるで風のようだ。

 

「二人とも私の後ろに!!」

「これくらいっ!」

「『魔盾(シールド)』!!!」

 

 パールの指示を無視し、リヴァイアニマは翼で、マインドオーガスは魔術の盾を発声させて防ごうとする。

 それが、慢心という物と知らず。

 

「がぁあああああ!!!!!?」

「なっ……!?」

 

 守りは一瞬で砕け散り、リヴァイアニマは大きなダメージを食らってしまう。強力な魔術でも傷つかないリヴァイアニマの体にすら巨大な火傷が残る。

 そして、リヴァイアニマよりも肉体強度が低いマインドオーガスは当然___

 

「きゃああああああああ!!!!!!!!」

 

 直撃したマインドオーガスは灼熱地獄に襲われ、そのまま落下。落下し終わると、その姿がエリアルに戻ってしまう。

 

「リチュア、消去」

「「させるか!!!」」

 

 地上に落下したエリアルにとどめを刺そうとするディシグマを止めようとパールとリヴァイアニマが攻撃を仕掛けようとするが、エミリアたちの幻影がそれを拒む。

 ディシグマが放つ黒と白が混ざった光線。本来のディシグマの攻撃をエリアルはよけられない。

 

「っ……『光翼(ハロー)』!!!」

 

 自らの魂を削り、相手の攻撃を文字通り『消す』魔術『光翼(ハロー)』。

 苦しみながら魔術を放つエリアルだったが、先ほどと同じように光線によって魔術が打ち砕かれる。

 

「エリアル!!!!!!」

 

 アバンスの声が遠く感じる。エリアルの目の前に迫りくるのは『死』。

 前の大戦でウィンダが感じたものと同じ。

 あの時はエリアルがウィンダを救ったが、今彼女を救える者をエリアル自身知らない。

 ウィンダは後方にいる。前線の連合軍は少ない。

 

(ここで、終わり?お義母さんの娘にもなれず、たった独りで、死ぬの?)

 

 今まで殺してきた命も、最後にこんなことを考えていたのだろうか?

 

「やだ……死にたくないよ……。まだ、まだ、なにも成し遂げてないのに!」

 

 

 

 

「まだ、何もできてないのに___」

 

 

 

 

 少女が嘆こうと、『死』は彼女を迎えに来る。

 こうして、一人の少女の運命は幕を下ろす___

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ___ことを、彼が許すわけがないのだ。

 

「フォトぉ!!!!!!!」

 

 エリアルと光線の間に突然一つの影が入り込んだ。それは青い体をした電球のような形をしている謎の生物。彼女はそれを見たことがある。

 そう、あの青年が召喚していた召喚獣の一体。

 

「クリフォトンの効果!LPを2000払い手札のこのカードを捨てることで、受けるダメージを0にする!!!」

「フォトぉ!!!!!」

 

 クリフォトンから光の壁が発生し、光線から、『死』からエリアルを守る。

 彼女の後ろから三つの足音が聞こえ、そちらを振り向くと___

 

「はぁ……はぁ……間に合った!!」

「エリアル、大丈夫!!?」

「……ファルコ、お前のおかげで、間に合ったよ」

 

 ウィンダ、カムイがユウキに肩を貸しながらもエリアルの後ろに立っていた。

 ユウキの足元の鎖は無理やり切られており、ユウキはかなりフラフラになっている。同様にウィンダとカムイも衣服がボロボロになっており、激しい戦いをしてきたことがわかる。

 自分の怪我を無視してウィンダはすぐさまエリアルに駆け寄り、治癒魔術を施す。

 

「ガスタと異世界の者を確認。異世界の者に悪意を確認。消去対象に加える」

「そんなことはどうでもいい」

 

 ディシグマの宣告にユウキが答える。___その声は酷く冷たかった。

 

「ディシグマ、お前を完全に破壊する。俺のターン、ドロー!」

 

 奪われていたはずのデッキからカードを引き、新たなモンスターを召喚する。

 

「フォトン・サークラーを召喚!」

 

 ユウキが呼んだのはカカシのような姿をした魔術師だった。体はフォトンモンスターを示すように、青白く光っている箇所がある。

 

「さらに、墓地のクリフォトンの効果!手札のフォトンモンスター、フォトン・クラッシャーを捨てて、このカードを回収!そして、装備魔法 銀河零式(ギャラクシー・ゼロ)を発動!クラッシャーを復活させる!!」

 

 今度は魔法カードの効果でフォトン・クラッシャーを呼び出す。これで、レベル4のモンスターが二体そろった。

 

「俺はサークラーとクラッシャーでオーバーレイ!エクシーズ召喚!!現れよ、輝光帝 ギャラクシオン!!」

「ハァっ!!!」

 

 ユウキは新たなエクシーズモンスターを召喚。

 パラディオスと似た姿を持つ銀河の帝。その力は、光の竜を導くもの。

 

「ギャラクシオンの効果!オーバーレイユニットを二つ使い、デッキから銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)を特殊召喚!」

 

 ユウキがデッキの中で光る一枚のカードを引き、光の竜を降臨させる。

 

「闇に輝く銀河よ。希望の光となりて我が僕に宿れ!光の化身、ここに降臨!!現れよ、銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)!!!」

 

 ユウキが投げた赤い十字架に光が集まり、ここに希望の光の化身が現れる。

 

「ギャオオオ!!!!!!」

銀河眼(ギャラクシーアイズ)……」

 

 エリアルとディシグマの間に銀河眼は降臨し、エリアルはその背中を見る。

 ___かつて、対峙した竜の背中は頼もしく見えた。

 

「光の竜。お前も削除対象だ」

『ケッ。さくっと吹っ飛ばすぞ、ユウキ!』

「当り前だ!!ウィンダとカムイはエリアルと負傷者を頼む」

 

 珍しく怒りの表情を隠すことなくディシグマに向かい合うユウキと銀河眼。

 ディシグマに攻撃を仕掛けようとするユウキに、リヴァイアニマが必死に叫ぶ。

 

「ユウキ!!こいつに攻撃したら、エミリアが……!!」

「それだけじゃない!ディシグマの中には多くの人が吸収されている!ここで攻撃したら、彼らがどうなるか分からない!!」

銀河眼(ギャラクシーアイズ)!!ヴァイロン・ディシグマに攻撃!!」

「ユウキ!?」

 

 その言葉が聞こえていないのか。ユウキは銀河眼に攻撃命令をする。エリアルとウィンダはそれが信じられなかった。

 ディシグマは先ほどとは違い、吸収された人々全員の幻影を銀河眼の前に展開する。

 その中には、ムスト、ファルコ、ルノが苦しそうに立っていた。その最悪の光景に、ユウキの怒りがさらに燃え上がる。

 

銀河眼(ギャラクシーアイズ)!!!」

『分かってらぁ!!!』

 

 そのまま銀河眼(ギャラクシーアイズ)は口に光のエネルギーを収束させ、ディシグマへと放出する。

 

「破滅のフォトン・ストリーム!!!」

 

 銀河眼の放った一撃はまっすぐディシグマと出現させている幻影の壁に向かい、直撃______する寸前でユウキが銀河眼(ギャラクシーアイズ)の効果を発動させる。

 

銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)の効果発動!!銀河眼と戦闘を行うモンスターをバトルフェイズ終了まで除外し、その後フィールドに戻す!」

 

 銀河眼とその攻撃、そしてディシグマと出現させていた幻影が消え、再び出現する。

 その効果はエリアルも受けたことがある。一時的に別の次元に飛ばす能力だが、敵を倒すことはできない。

 ディシグマもそれを分かっているようで、嘲笑うかのようにユウキに話す。

 

「無意味、無意味。そんなことをして何の意味がある。お前も捕食する」

「マズい!逃げろ、ユウキ!!!」

 

 パールが叫ぶがもう遅い。ディシグマはオーバレイユニットを使い___

 

 

 

 

 

 ____ディシグマの周囲を飛び回っていたオーバーレイユニットが一つもないことに、ユウキ以外がここで気づく。

 

「何?」

「教えてやるよ、ディシグマ。銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)の異名を」

 

 戻ってきた銀河眼(ギャラクシーアイズ)の体は先ほどよりも白く輝く。

 まとっている力も除外される前より強くなっており、ディシグマにも負けないほどの圧力がある。

 

銀河眼(ギャラクシーアイズ)は、『エクシーズモンスターキラー』って言われてたのさ。特にディシグマ。お前には天敵みたいな効果なんだよ」

 

 銀河眼(ギャラクシーアイズ)の除外する効果には続きがある。

 『除外したモンスターがエクシーズモンスターでオーバーレイユニットを墓地に送った場合、一つにつき攻撃力が500上昇する』というもの。

 そして、ユウキが銀河眼(ギャラクシーアイズ)を天敵といった理由。

 

「そして、ディシグマ。お前を守る盾はもうないぞ」

「が_が_が_!?@#%$&!!!???」

 

 言葉を発するディシグマだが、エラーが発生したように音を発し始めた。

 壊れた機械天使は許容を超え、破裂した水風船のようにその体から無数の光が飛び出していくのだ。

 

「これは、取り込まれた魂たちか!!」

 

 一度除外されたことにより、取り込んでいた魂が解放される。すなわち、無限のエネルギー供給と身代わりの盾ができなくなったのだ。

 このタイミングでユウキが膝をつく。

 

「ユウキおにーちゃん!」

「はは……怒っても、気力は持たないか。ごめんカムイ、ちょっと支えてもらっていいか」

 

 牢獄に囚われていた影響で十分に体力がない。銀河眼(ギャラクシーアイズ)を維持するだけで精一杯だった。

 銀河眼(ギャラクシーアイズ)を消さないように、必死になって意識を保つ。

 

「無理ないよ……。体感時間が何倍にもなる魔術がかけられてた牢獄だし」

「悪趣味だよな……。悪いけど、パールさんとアバンス、後は頼む」

「ああ。任せろ!!」

「エミリアの仇を、取らせてもらうぞ!!」

 

 幻影がなくなった以上、彼らが攻撃をためらう理由はない。パールとリヴァイアニマが攻撃を仕掛け始める。

 

「うぉおおおおおおおお!!!!!!」

 

 パールの眼が緑から赤色に変わり、スイッチが入る。

 誰かを救う、誰かを守る。その優しき心こそジェムナイトの力を引き出すきっかけとなる。

 その連撃は今まで以上に早く、そして重い。

 その姿はまるで___『鬼神』。

 

「魔力補強完了____切り刻む!!!」

 

 儀水刀に魔力を充填させ、リヴァイアニマは高速でディシグマの周囲を飛び回る。

 受けた傷はまだ癒えていない。痛みも当然ある。

 

 

 

 だが、それでも討たなくてはいけない敵が目の前にいる。

 目の前で失った笑顔のためにも。

 

 

 

 高速で何度も何度も、ディシグマを切り裂いていく。消えていったリチュアのためにも、負けるわけにはいかない。

 想いの強さならパールにも負けていなかった。

 

「ガがga____管理、かんり、カンリ、リンカ___消去しょうきょョキウョシ」

 

 既にディシグマはまともな意識はなかった。話す言葉もめちゃくちゃだ。

 だが、ゆがんだ行動基盤は健在であり、攻撃を仕掛けるパールとリヴァイアニマ以外の生命体にも黒白の光線を放つ。

 だが、それは銀河眼とギャラクシオンがすべて打ち消していく。

 

『ユウキの意識が持たねぇ。さっさとその機械天使をぶっ壊せ!!』

「アバンス、パールさん!これを!!『受け継がれる力』!」

 

 ユウキは手札から二枚の同名カードを発動する。その名も『受け継がれる力』

 

「銀河眼とギャラクシオンをリリースして、その力をパールさんとアバンスに与える!!」

 

 二体のモンスターは光の粒子となって、パールとリヴァイアニマに溶け込んでいく。

 そしてその力が宿った二人の体からは銀河の光があふれていた。

 

「これで___」

「___終わらせる!!!」

 

「ゼッタイなる、カンリを。ゼッタイなる、セカイヲ。ヘイワナ、理想郷ヲ」

 

 ディシグマの虚ろな言葉に、パールとアバンスが反論する。

 

「お前が創ろうとしてるのは理想郷などではない!!」

「お前が語っているのは、ただのディストピアだ!!!」

 

 決着の時はきた。

 パールの拳がディシグマの体を貫き、リヴァイアニマがその体を二つに切断する。

 二人が地上に降りると、ディシグマは上空で大爆発を起こす。

 その時、絶対管理者は何を思ったのか。正気に戻れたのか。

 ___その答えは誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 長い大戦がようやく終わりを告げる。消えてしまった人々はあまりに多く、どの部族も悲しみが広がっていた。

 インヴェルズの大戦。ディシグマの暴走。

 この大戦で傷つかなかったものは誰もいない。その中で連合軍は、戦いが終わった余韻に酔っていた。

 本来なら、本拠地にしているリチュアの本部に戻るべきなのだが、長すぎる戦いが終わり誰も動く気配がない。

 ディシグマを倒したアバンスも同じだ。

 降ってきた雨を気にできず、そのまま戦場だった場所に突っ立っている。

 思い出すのは、赤髪の幼馴染。

 

___こら、アバンス!お母さんの招集に遅れないの!!

 

___アバンス、儀式の勉強教えて? ね?

 

___アバンス、いつも支えてくれてありがと

 

___ねえ、アバンス。いつか、平和な世界になったら一緒に___

 

「旅、できないじゃないか」

 

 かつてかわした約束。自分たちが知る世界の外側を旅する。

 それが終わったら、異世界を。

 

 

 一緒に。

 

 

「もう、約束、守れないじゃないか……」

 

 

 さっきまで隣にいたはずなのに。自分に笑いかけてくれたはずなのに。

 その少女は、エミリアは、もういない。

 

 それを実感してしまったアバンスの眼からは、涙がこぼれ落ちていた。

 今まで、旧友を殺しても、侵略をしようとも、特に流されなかった涙が、今になってあふれてくる。

 今でも嫌いなノエリアの息子になってまでリチュアにいたい理由。

 

「ああ。そっか。俺は___」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、お前のそばにいたかったんだ。エミリア」

 

 

 もう、涙が止まらなかった。声を押し殺すこともできなかった。

 

 もう、我慢できなかった。

 

「ううっ……うわあああああ!!!!!」

 

 ただ、泣いた。母が死んだ時以来だった。こぼれる涙を、悲しみを、こらえることなく、アバンスは吐き出す。

 

 周囲にいるエリアルやウィンダのことなど、もはやどうでもよかった。

 隣にいてほしかった。

 ただ、それだけだったのに。

 もう、会えないのか___

 

 

 

 本来の歴史ならば、この後少年は少女を必死になって取り戻そうとし悪魔に乗り移られてしまう。

 だが、ここはIFの世界。

 ならば、それ以外の可能性があるということである。

 

 

 

「リチュア・アバンス」

 

 絶叫するアバンスに、異世界の青年が声をかける。

 

「……なんだ、ユウキ……」

 

 嗚咽をこらえ、アバンスはユウキと向きあう。

 ユウキはフラフラだが、しっかりとした目でアバンスの顔を見る。

 

「リチュア・アバンス。お前にとって、リチュア・エミリアとはどんな存在だ」

「何を、今さら……。決まっている」

 

 

 

 

 

 

「幼馴染で、家族で、ずっと横にいてほしかった人だ」

 

 

 

 

 

 

「___わかった。なら、エリアルにももっと優しくしてやってくれ」

「ユウキ、何を……?」

 

 ユウキが一枚のカードを構えると、脳内に銀河眼の声が響く。

 

『いいのか? それは超強力カードだぞ?』

「わかってる」

『いや、わかってねぇな。魔法カードは再使用までに魔力の再補給がいる。だが、それはおそらく生きているうちはもう二度と使えないくらいの補給時間がいる』

「だろうな」

『それに、たった一人救ったところで、他の奴らは救えねぇ。奴らの期待を裏切るかもしれねぇぞ』

 

「だったらどうした」

『……』

「俺は救世主じゃない。普通の人間だ。___だからこそ、救いたいと思ったものを救うんだよ」

 

 その言葉の後、銀河眼の言葉は聞こえなくなった。

 そしてユウキは、世界の戦いのためでなく、自分の欲のために、一枚のカードを切る。

 

「魔法カード 死者蘇生!!!」

 

 それは緑色のアンクが描かれた魔法カード。決闘者ならほとんどが知っている、超強力な魔法カード。

 原作漫画 遊☆戯☆王 でも最初と最後のキーカードとなったほどに。

 死者蘇生のカードは、今までのカードの中でも一番強力な光を放っている。

 

「このカードは、墓地にあるモンスターを特殊召喚できる!俺が対象に取るのは、リチュア・エミリアだ!!」

 

 ユウキが宣言すると、カードから放たれる光が徐々に一つの人型へと変わっていき______光が消えると、そこにはエミリアが立っていた。

 

「あれ……私……」

 

 瞳を開けたエミリアは周囲と自分を見る。

 肉体と魂は分離しておらず、今まで負った傷はなかったかのように消えている。

 

「エミ、リア」

「アバンス……? どうしたの、そんな顔して__」

「エミリア!!!!」

 

 フラフラと立ち上がったアバンスは人目を気にすることなく、エミリアを抱きしめた。

 当のエミリアは困惑と恥ずかしさで顔を赤くして、あたふたしている。

 

「あ、アバンス……」

「よかった……本当に、よかった……」

 

 体を震わせながら、アバンスは強くエミリアを抱きしめる。

 強く、強く、もう離さないというように。

 

「アバンス……。うん、私はここにいるよ……」

 

 エミリアもアバンスを抱きしめ返す。

 

 その姿をユウキたちは見守り

 

 先ほど出てきた青空もまた、二人を見守っているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

「大戦は終わったようだな。ふぅ」

 

 戦場の少し外れの場所で、星の悪魔は安堵の息を漏らす。

 少し前のこと。ディシグマの出現を重く見た彼は、なんとかして異世界の青年を脱出させようとした。

 リチュアの監視を気絶させそこまでの転移魔術を作ったのはいいが、誰かにやってもらわなくてはいけない。

 自分が出ていけばインヴェルズだと誤解されかねないし、何より観測者として外部にあまり干渉するわけにはいかない。

 どうしようかと悩んでいるときだった。地面に一つの防具が落ちていることに気づく。

 

「これは……ガスタの契約獣のものか。」

「ひぐっ……ひぐっ……」

「おっと、隠れなくては」

 

 少年の泣き声が聞こえ、とっさに姿を隠す悪魔。様子を疑うと、一人の少年が泣きじゃくっていた。

 

(あれはガスタの子か……)

「ファルコ……ぐすっ」

(ファルコ……これをつけていた契約獣の名前、なのかもしれない)

 

 そのとき、彼にアイデアがひらめいた。

 魔術で防具を宙に浮かせ、少年 カムイの元に近づける。

 ふとカムイが顔を上げると、そこにはファルコの防具が浮いていた。

 

「ファルコ……?」

(ごめんよ少年。君の心を利用するようで、申し訳ない)

 

 悪魔は浮かせた魔術を、自身がつくったリチュアへ侵入する魔法陣へと誘導する。

 

「ま、待ってよ、ファルコ!!」

 

 悪魔の思い通り、カムイは防具を追いかけて奥地に入っていく。

 ふう、と息をついたところで、敵意を向けられていることに気づいた。

 

「あなた、何者ですか」

「あ、怪しい物では!……って、君はあの時の」

 

 悪魔の後ろに立っていたのは、緑の髪の少女。ウィンダだ。結果として彼は彼女に命を救われた、恩人である。

 

「……? どこかでお会いしましたっけ?」

「いや、君はわからないだろう。だが、言っておかなくてはいけない。ありがとう」

「は、はぁ」

「話を戻そう。私は君たちの味方でも敵でもない。ただの観測者だよ」

「観測者……ですか」

 

 敵意がないことを悟ったのか、ウィンダは杖を下ろし警戒を解く。

 そして、彼女に自分がやろうとしていたことを説明する。

 

「ということだ。異世界の彼を脱出させてくれ。そうでないと、より犠牲が出てしまう」

「……少し信じられないけど、分かりました。カムイも行っちゃったんですね?」

「ああ。申し訳ないが、彼の心を利用させてもらった……」

「わかりました。ユウキを助けたいのは私もですし。ありがとうございます!ええっと……」

「私に名前はないよ。ただの観測者だからね」

「じゃあ、ローチさんで」

「ローチ……今度からそう名乗らせてもらおうか。では、さらばだ」

 

 役目は果たした。星の悪魔 インヴェルズ・ローチはウィンダの前から姿を消す。

 ウィンダもローチに教えてもらった道を走る。

 

 こうしてユウキの脱獄は成功し、大戦は一度幕を下ろす。

 名を与えられた星の悪魔 ローチは、平和を願いながら姿を消した。

 その顔に、優しい笑みを浮かべながら。




・ディシグマの能力について
劇中連合軍に対して無双していたディシグマですが、うちのディシグマが持っている能力を解説します。

① 負の感情を持つ者を吸収(捕食)する能力
これは公式設定です。ディシグマは負の感情、怒り、憎しみ、悲しみなどを持つ者を自身の能力で取り込むことができます。
うちでは恐怖や敵意も負の感情として扱い、唯一純粋な『守護の心』を持っているジェムナイトたちは被害が少ないようにしてます。
能力発動時の金色の糸は完全に妄想ですので、実際どうやって取り込むのかはわかりません。
なので、対象にも周囲にも恐怖を与えるような描写にしました。
二回目に能力が上がっていたのは、②の能力由来です。

② 取り込んだ者と同じ属性を持つ者に対しての特攻付与
これがエリアルとアバンスが大ダメージを受けた理由です。由来は、ディシグマのモンスター効果から。
ディシグマが明確に取り込んだと描写されて言うのは、フェニクス、メロウガイスト、イグニス、ファルコ、ガストクラーケの六体。うちではさらに大勢のガスタ、リチュア、ラヴァルを取り込んでいます。
つまり、ディシグマは水、風、炎の三属性を取り込んでおり、水属性であるリチュアの二人には大ダメージが。取り込まれていない地属性のパールには特攻は入らなかったのです。
パールはそのことに気づいており、自分の後ろに行くように指示したのです。
まあ、無視されてましたが……。
あと、『取り込んでいる』者限定なので、ディシグマと同じ光属性の銀河眼には特攻は付与されません。
銀河眼とギャラクシオンが攻撃を防げていた理由がこれになります。

③ 取り込んだ者を幻影として盾にできる
作中でパールとアバンスが攻撃できなかった最大の理由。これも由来はディシグマのモンスター効果です。
堕ちても観測者であるディシグマは開戦してから観測を開始。彼らに対して最も効果がある戦闘方法を観測、測定しました。
その結果、彼らの『心』を利用して反撃を防ぐ方法をとりました。
彼らにとって大切な人を盾にするという、あまりにも外道すぎる方法を。
幻影を攻撃すれば、中に取り込まれている者たちの魂が傷つくだけでディシグマには攻撃が通らない、という能力です。
実はこの能力、②と連動しているので弱点があります。
それは、取り込まれていない属性の者の攻撃は幻影がそのまま幻となって盾の意味をなさないことです。
つまりパールさん、攻撃できたんですね。
ただ、ディシグマが言葉巧みにだまし、パールさんも心優しいのでうかつに手が出せなかったのです。

④ 小型ヴァイロンの生成
メタ的なことを言うと、ディシグマ単体VS連合軍にしないための能力。
邪念に犯されたディシグマはインヴェルズの特性を一部継いでいる設定にしました。
その一つが、生物が子をなすこと。つまり、生み出す能力。
大量の小型ヴァイロンを生み出し、自分の手足として扱っています。
小型ヴァイロンはそれぞれ、オメガが生み出したヴァイロンの武器をダウンロード、使用できるようになっており、今までの下級ヴァイロンよりも戦闘能力が非常に向上している厄介な敵でした。
見た目のイメージは、今までの下級ヴァイロンの体がディシグマの体のように黒く染まっている感じで考えてます。

⑤ 取り込んだ者たちからのエネルギー採取
定番の能力。取り込んだ者はただの傀儡。ディシグマによって自由ははく奪され、解放されることはない……。

ちなみに、リチュアがディシグマに使用していた『縛魂』は効果がいまひとつだったりします。機械に魂はないですからね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編その1 四部族の女子会

インヴェルズ大戦前のお話です。



 アバンスとユウキと別れたエリアルとウィンダは、エミリアに連れられリチュアの食堂に来ていた。

 食堂内にはリチュアはおらず、他部族の女子が席に座ってお茶を飲んだり、お菓子を食べたりしていた。

 

「やっほ~、残りメンバーを連れてきたよ~」

 

 元気な声で部屋のメンバーに声をかけるエミリア。その姿はリチュアの侵略者であることは全く感じられない、年頃の少女だ。

 部屋にいたのは五人。ラヴァルとジェムナイトの女性だ。

 

「あら、やっと来ましたのね。エミリア。少し遅くはなくて?」

「レム、やめなさい。エミリア、用意してくれたお菓子はとてもおいしかったです。誘ってくれてありがとうございます」

「……モグモグ」

 

 食堂の奥からお茶を入れてお盆で運んでいるのは、ティアラのような髪留めが特徴的なラヴァル。ラヴァル三姉妹の次女である『ラヴァル炎火山の侍女』。名前はレム。

 お菓子を上品なしぐさで食べているのは、ワンピースを着たラヴァル。三姉妹の長女『ラヴァル炎湖畔の淑女』。名前はルノ。

 ルノとは逆に、先ほどからお菓子を頬張り続けているのは、フードを被った少女。三姉妹の末っ子『ラヴァル炎樹海の妖女』。名前はファイ。

 

「ごめんごめん。エリアルが拗ねて、探すのに手間取っちゃって。ジェムナイトの二人もゴメンね?」

「そんなことないです!このクッキーすっごくおいしくって!ね、ラピス!」

「うん!いくらでも食べれちゃうよ!ね、ラズリー!」

 

 二人のジェムナイトは体がとても小さく、姿もそっくりだ。

 なんでも、ジェムナイトの女性は少ないらしく、ジェムナイト自体が鉱石から生まれたとか。そして、この二人はさらに珍しい双子のジェムナイト。

 胸に輝石がなく、髪(?)が長いほうがジェムナイト・ラズリー。

 胸に輝石があり、スカートが長いほうがジェムナイト・ラピス。

 どちらが姉かはまだ決まっておらず、そのことでのみケンカするとか。

 

「あれ、ガスタの方は一人だけですか?三人連れてくるとおっしゃっていたような」

「ああ、それなんだけどレム。連れてこられる状態じゃなかったから、用意してくれたお茶は私が飲むからいいよ。さ、ウィンダとエリアルも座って」

 

 ウィンダとエリアルが座った前には空のティーカップが一つと、おいしそうな匂いを漂わせるクッキーが置いてあった。

 

「お継ぎいたしますわ」

「ありがとう、レムちゃん」

「……ありがと」

 

 泣いて落ち着いたからなのか、はたまたユウキに悩みを打ち明けたからなのか、エリアルは割と素直になっており、過去の彼女を知るウィンダとエミリアは彼女に微笑みを浮かべていた。

 レムがお茶を継ぎ終わり席に戻ると、エミリアがその場で立ち上がる。

 

「えー、このたびは私、リチュア・エミリアの招集に応じていただいてありがとうございます」

「そういう堅苦しいのはいいよ。ね、ラピス」

「うん、ラズリー。楽しい女子会にしよ?」

 

 今までのリチュアの侵略行為をまったく気にしていないかのように___きっと彼女たちは気にしていないのだろう、ジェムナイトの姉妹はエミリアに注意する。

 それを受けたエミリアは驚いた後、満面の笑みで話をつづける。

 

「ではでは!同盟中ということもありまして、今は四部族で交流できる貴重な時!ならば、私たちも女子会を行っちゃいましょ~!」

「「おお~!!」」

「……モグモグ」

「こら、ファイ。人が話しているときはその人を見なさい」

「ごめんなさい、ルノ姉さん……モグモグ」

 

 エミリアの宣言にジェムナイト二人は一緒に腕を上げて盛り上がり、ファイはグッキーを食べ続け、それをルノが注意する。そんな中、レムは上品な笑みを浮かべて彼女たちを見守っていた。

 会場が盛り上がる中、ウィンダは不思議に思ったことをエミリアに問いかけた。

 

「ねえ、エミリア。いつの間にジェムナイトやラヴァルの人に声かけたの?それに、仲よさそうだし」

「ん?別に女子会しましょ、って言ったら参加してくれたよ?ラヴァルの三姉妹も、同性と話したかったんだって」

 

 さらりと言うが、エミリアの行動力はすさまじいものだ。その行動力にウィンダは感心してしまう。

 

「昔からそうだけど、思ったことは即実行しちゃうもんね。エミリアは」

「ふふ~ん。もっと褒めてくれていいのよ?まあ、みんなを待たせるのもいけないし、四部族の女子会、始まり始まり~」

 

 こうして、今まで実現しなかった四部族の交流会が始まった。

 

 

「ではでは、はじめに自己紹介と行きましょうか。まず私から」

 

 開始宣言から続いて、エミリアが話し始める。

 

「私はエミリア。所属はリチュア!部族内では、儀式の勉強だったり料理もしてるかな。あ、クッキーのレシピは私が作りました!どうかな?」

「ウマウマだよ!エミリア!」

「ウマウマ~!今度教えて、エミリア!」

「ありがとー!二人にはあとでつくり方教えてあげるね」

 

 先ほどから言われているように、全員の前に置かれているクッキーは彼女が作ったものだ。ウィンダも一つ頬張る。

 すると、サクッといい音がした後口の中に甘さが広がった。

 ガスタの中で一番料理がうまいカームと同じ__下手をすると、それ以上かもしれない美味しさだった。

 

「美味しい!エミリア、美味しいよこれ!」

「……美味しいことは確かね、ええ」

 

 エリアルも渋々といた感じだが、クッキーのおいしさは認めた。

 そんな二人の称賛の言葉でエミリアは笑顔になる。

 

「それから、趣味はお菓子作りと小物つくりかな。ヘアピンだったりペンダントとかは作るの好きだね。好きな食べ物はお刺身!」

「お、お刺身?リチュアって魚人の方が多いですよね?」

「さすがにリチュアの皆をそんな目で見ないよ~。……食べてもおいしそうじゃないし」

 

 ルノの思い浮かんでしまった質問に、エミリアは目線をそらして答えた。

 

(あれは、一度くらいは思ったことある顔だ……)

(そんなこと考えてたこともあるの……)

 

 昔馴染みの二人は、少なくとも一度くらいは食べてみたいと思ったことがあることを見抜いていた。エリアルはそれに呆れ、ウィンダは少し引いていた。

 

「ま、まぁ!そんなことはよくって、ここからは質問タイム。好きなこと聞いていいよ?」

 

 一番初めに質問したのはレムだ。

 

「それでは、よろしいでしょうか?」

「いいよ、レムちゃん」

「クッキー以外に作れるお菓子は何かございますか?」

「ケーキは三回くらい作ったかな。あと、羊羹だっけ。異世界のお菓子も作ったことあるよ。基本的になんでも作れるかなぁ」

「では、私にも教えていただいても?」

「いいよ~」

 

 お菓子は基本作れるという女子力の高さに皆驚いたようで、料理が得意なレムも興味津々のようだ。

 

「じゃあさ、エミリア!」

 

 次に聞いたのは、ラピスだ。元気よく手を上げている。

 

「何かな、ラピスちゃん」

「あの髪の長い人とはどんな関係なの?」

「ん?ノエリアお母さんのこと?」

「違うよ!あの髪の長い男の人のこと!」

 

 髪の長い男の人。それに該当するのは一人しかいない。

 

「ああ、アバンスのこと?あいつは幼馴染だよ。リチュアができる前からの付き合いなの」

「じゃあ、私たちが生まれる前から?」

「うーん。多分そうじゃないかな?母親同士が友人関係だったし。今じゃ義理の姉弟だけどね。あんまり気にしてないかな」

「好きな人なの?」

 

 ぶっー!と勢いよくエリアルが飲んでいたお茶を吹き出す。

 目の前にいるウィンダにそれは直撃し、彼女の顔にお茶が襲い掛かった。

 

「……なんでエリアルがお茶吹いてるのよ。はい、タオル」

 

 小型の魔法陣からタオルとを取り出し、エミリアはウィンダに渡す。ゴホゴホとむせりながら、エリアルはラピスを見る。

 

「いや……そんなことジェムナイトが聞くんだって思って」

「私たちだってクリスタさんのこと好きだもん!ね、ラズリー!」

「うん!アクアマリアさん、ルビーズさん、パーズさんも好きだよ!ね、ラピス!」

 

 この子たちはまだまだ幼い。なので、『好き』の意味が違うのだ。

 

「もしかして、エリアルさんもそのアバンスさんのことが『好き』、なのでしょうか?フフ」

「__そうなの?」

 

 エリアルをからかうために出したレムの質問に、エミリアが不安の色を出してエリアルを見る。

 が、自分でも不安を出していることが分かったのか、エミリアはすぐに笑顔を作り上げた。

 

「どうなのさ~エミリア?」

 

 その顔を見て、エリアルは素っ気なく、でも確かに答えた。

 

「アバンスのことは超える目標として見てる。当然、エミリアも」

「めちゃくちゃ堅苦しかった!?」

「当たり前でしょ。『家族』になるためにも、あんたたちを超えなきゃいけないんだから」

 

 エリアルの本音にホッとしたのか、無意識に胸をなでおろすエミリア。

 そんな彼女の行為にジェムナイトの二人を除き、会場全体がほっこりした。

 

「ラピスちゃんの質問に対する回答は、昔から隣にいる大切な人、ってところかな」

「へー。ありがと、エミリア!」

「じゃあ、私への質問はこれくらいにして、次ウィンダ!」

 

 次の自己紹介はウィンダに振られる。ウィンダはエミリア同様に席から立ち上がって自己紹介を始める。

 

「ガスタの巫女 ウィンダです。ええっと、気になる異性はいません。それから、ガスタの皆が好きです」

「特技は?」

「ええっと……天啓を聞くこと?」

「ウィンダってさ、こんなに話せなかったっけ?」

 

 苦笑したエミリアが聞くが、ウィンダ自身も困惑しているようだった。

 

「あ、あれ……?そういえば自己紹介とかあんまりしなかったかも。ええっと、質問とかあればどうぞ」

「天啓とは、どのようなことを聞くのですか?」

 

 救いの手を差し伸べるように、ルノが天啓について質問する。

 

 『天啓』

 

 魔術的な予知でも、戦士の直感でもなく、神からのお告げ。ガスタの神官家でもウィンダのみしか聞くことのできないもの。

 密かにリチュアが狙いをつけている力でもある。

 ルノの質問にウィンダは困った顔で答えた。

 

「具体的なものはないの。明日雨が降って誰かが転ぶー、みたいな感じじゃなくて、近いうちに悪いことが起こるよー、みたいな」

「とても大雑把なんですね、この世界の神様は」

「う~ん。否定はできないかな?私自身も神様の名前知らないし。でも、昔話によると神様ははるか昔は二人いて、それがいつしか一人になっていたって」

「それは……初めて聞いたわね。エリアル知ってた?」

 

 エリアルは無言で首を横に振る。神に詳しいガスタならではの情報だろう。

 

「じゃあ、ウィンダはヴァイロンのこととか知ってたの?」

「うん、それ気になる~」

「ヴァイロン様のことは知ってたよ。インヴェルズのことも知ってたけど……あんまり信じたくなかったな……」

 

 ウィンダのその一言で、各々自分の部族が捕食されていく様を思い出してしまい、雰囲気が一気に落ち込む。

 コトン、と机に小物が置かれ皆の視線がそちらに注目すると、レムが新しくお菓子と飲み物を置いていた。

 

「今は女子会。楽しみましょう。これは先ほどいただいた、ちょこ?という物らしいです。あと、ラヴァル特製マグマジュースです♪」

 

 レムがニコリと笑うと、幼いジェムナイト姉妹とファイは一目散に新しいお菓子に手を伸ばす。ニコニコと笑うレムは一人一人席を周り、マグマジュースを継いでいく。

 

「ええっと、レム。このマグマジュースっていうのは?」

「内緒です♪」

 

 その笑顔は飲んでみろ、と脅迫している笑顔だった。

 正体を知っているルノは苦笑いを浮かべ、ファイとジェムナイト姉妹は既に飲み切っている。が、特にまずそうな反応はしていない。

 恐る恐るウィンダが飲んでみると___

 

「!お、美味しい……」

「これ、アセロラってやつじゃない?暑い日とかによさそうな味ね!」

「あら、異世界ではそういうのかしら。私たちは火の実と呼んでいますわ」

 

 正体はアセロラジュースだったらしく、エリアルもすまし顔で飲んでいる。

 

「でも、なんでマグマジュース?」

 

 脅すような名前にエミリアがレムに聞くと、小悪魔のような顔でレムは答える。

 

「だって、びっくりさせられますもの。皆様の不安そうな顔、いただきましたわ」

「はぁ……。ごめんなさいね、皆さん。こう見えてもレムはいたずら好きで」

 

 ルノの顔には苦労の色が見える。何度もいたずらをされ続けてきたのだろう。上品なしぐさで、レムは自己紹介を始める。

 

「せっかくなので、自己紹介しますわ。ラヴァル三姉妹、次女のレムですわ。趣味はお世話。仕事として炎火山のお世話をしているからかしら。好きなものは、姉と妹ですわ」

「……レム姉さん。少し照れくさい」

「あら、ファイも自己紹介、します?」

 

 レムに促されて、ファイもゆっくりと立ち上がる

 

「……ラヴァル三姉妹の末っ子、ファイ。趣味は散歩。好きなのは頭を撫でられること。……これでいい?」

「こんな妹たちですみません……。ラヴァル三姉妹、長女のルノです。趣味は読書。リチュアの皆さんからいただいた本はとても面白く、今でも部屋で読んでいます」

「ありがと~!」

「はい、ありがとうございます。エミリアさん。好きなことは、姉妹たちと話すことかしら。よろしくお願いしますね」

 

 重い空気を変え、ラヴァル三姉妹の自己紹介が終わる。

 小悪魔なメイドのレム。無愛想だが甘えん坊なファイ。そして、その妹たちを大事に思っているルノ。

 とても戦闘狂のラヴァルには見えない。

 

「三姉妹の皆は、その、戦闘とかは好きなの?」

「「「嫌い」です」ですわ」

「即答!!?」

 

 ウィンダの質問にシンクロ即答する三姉妹。全員嫌いな理由は様々だった。

 

「姉として、妹がケガして帰ってくるのは嫌ですし」

「野蛮ですわ」

「……必要なら、激しい運動はイヤ」

 

 その理由から、本当にラヴァルらしくない三姉妹だと全員が感じた。

 

「仲の良さなら負けないよー!ね、ラピス!」

「もちろん!私たちほど仲良しはいないよ!ね、ラズリー!」

 

 姉妹による対抗心か、ジェムナイト姉妹が自己紹介を始める。

 

「私、ジェムナイト・ラズリー!ラピスとジェムナイトの皆が好き!」

「私、ジェムナイト・ラピス!ラズリーとジェムナイトの皆が好き!」

「同じこと言ってるだけじゃない……」

 

 呆れるエリアルに、二人はまったく同時に反論する。

 

「「同じじゃないもん!!」」

「同じじゃない……」

「でも、仲のいいことはいいよね。うん。……羨ましいな」

 

 無意識のうちか、ウィンダが切なそうに本音を漏らした。

 

「あの、失礼でなければなんですけど、ウィンダさんも兄弟が?」

「……妹がいたよ。今は、どこにいるかは知らないけど」

「すみません……。急に聞いてしまって」

「ううん。気にしないで、ルノさん。さ、最後はエリアルだよ」

 

 自己紹介を促されたエリアルは、無言で席から立ちあがる。

 

「リチュアのエリアル。趣味は魔術の勉強。好きなことは儀式。以上」

 

 こう、誰にもが反応しにくい自己紹介をした。

 そもそも彼女がだれかと関わることは少ない。リチュア内でもそうである。

 その理由はただ一つ。ノエリアに認められるためだ。

 彼女は一人で、そのことだけのために生きている。だから、誰かと関わる必要なんて、ないのだから。

 

 が、それをこの女子会が許すことはない。

 そもそも、ウィンダがいる時点でそれは詰んでいるのだから。

 

「で、エリアルはユウキのことが好きなの?」

「ぶふぅ!!!?」

 

 興味がない、と思わせるためにマグマジュースを飲んでいたエリアルがまた口から吹き出す。

 

「さすがに二度目はわかるよ……」

 

 今度はそれを被ることなく、ウィンダは横によけて苦笑していた。エミリアは何も言わず、ニヤニヤしている。

 

「ゴホッゴホッ……ふ、ふざけたこと言わないで!生贄にされたいの!?」

「好きな人、いらっしゃるのですね♪ぜひ、詳しく聞きたいですわ」

「……モグモグ」

「ノーコメントです!」

「「聞きたいな!!」」

 

 何人か否定しているが、皆の視線はエリアルに集まっている。エリアルは今までの経験を活かし、無言を貫こうとするが___まあ、無理です。

 

「ユウキへの返事はいつ返すの?」

「へ、返事?」

「好きって言われてたよね?」

「あああああ!!!!!!!!!!」

 

 ガスタから抜け、リチュアへ帰る日の朝のこと。

 可愛くて好き、と言われたことを思い出し、一気に耳まで赤くなるエリアル。

 

「あら、愛の告白までされていたとは。しかも、相手はあの異世界のお方でしょ?フフ、面白くなりそうではありませんか」

「面白い、ゆうな!」

「……いいと思う」

「何が!?」

「ええっと、その人のことはどう思っているのですか?」

「なんとも思ってない!!」

「「異世界の人のこと、好きなの!?」」

「同時に言うなぁ!なんとも思ってないってば!!!」

 

 怒涛の質問に顔真っ赤にしてエリアルは律義に答える。

 

 そして、ついに悪魔が動いた。

 

「ふーん。なんとも思ってない、ねぇ。へぇー」

「な、なにが言いたいのよ。エミリア」

「ユー君とでも呼んであげたら?」

「ふっっっざけんなぁ!!!だから、あいつのことなんとも思ってないからぁ!!」

「嘘だぁ。だってあんたさぁ。」

 

 ニヤニヤとしながら、エミリアはとどめを放つ。

 

「他人には興味ないんでしょ?なのに、ユウキのことだけムキになってる。つまりさぁ、彼に興味があるってことでしょ?」

 

「そ、それは……」

「ほら、言い返してみなさいな?興味ないんでしょ?」

「……ううう!!!!」

 

 机に頭を抱え、突っ伏してしまうエリアル。彼女の頭はもうぐるぐるである。

 

(興味なんてない!どうだっていい!あんなやつなんて、あんなやつなんて!!でも、気にかけてくれたのはあいつだしいや、何思ってるの私!?あいつに負けたんだよ!?なのに、どうしてあいつのことが憎らしいだけじゃないの!!?)

 

 うう、とか、ああ、とか、もう何も言えなくなってしまったエリアルを見て、エミリアは全員に笑顔で言った。

 

「まあ、リチュアって言ってもこんなんだから。あんまりエリアルを怖がらないで上げてね」

「なんでそんな話になってるのよぉ!!!!?」

 

 

「ひどい目にあった……」

 

 女子会終了後、エリアルは満身創痍で自室に帰還した。すぐさまベットに倒れこむ。

 あれから、ユウキのことばかり聞かれ非常に疲れ切っている。頭も顔もオーバーヒートして、冷却期間がいるくらいには。

 

「どうでも、いいんだってば……。あいつなんて、どうでも……」

 

 そう思うと、どうしてもエミリアの言葉が思い出される。

 

『他人には興味ないんでしょ?なのに、ユウキのことだけムキになってる。つまりさぁ、彼に興味があるってことでしょ?』

 

 それにどうしても答えられない。

 へらへら笑いながら話しかけてきて、自分をかわいいとか言って、それで、家族のことも、自分の行動理由にも理解を示してくれて……

 

(悪い奴じゃ、ないのよ。でも、元はと言えばあいつが侵略を邪魔したからで……)

 

 でも、その邪魔のおかげで彼女は少し優しくなっている。

 

 少しだけ、笑顔になれたことは彼女も気づかされた変化だ。

 

「……馬鹿馬鹿しい。寝よ。そうすれば考えなくていいし」

 

 ___だが、彼女の心が休まることはなかった。

 数時間後。

 

「……ダメッ……まだ、ダメだってば!!……ふぇ?」

 

 自身の寝言で目を覚ます。気づけば汗をかいていて、顔は熱い。

 上半身を起こし、深呼吸して。

 エリアルは____死にたくなった。

 

「何、あの夢……。何が、エリアル姫、よ……」

 

 昔描いた絵本の夢だった。姫が悪魔にさらわれて、勇者がそれを退治して姫と幸せになる話。幼いころのエリアルが描いた、どこにでもあるような童話のような話だ。

 問題なのは、それが夢に出てきたこと。姫が自分だったこと。

 そして、勇者が、ユウキだったこと。

 最後のキスされる直前で目が覚めて、本当に良かったと思っている。

 頭を抱える。寝ても覚めてもユウキがまとわりついているこの事実が、彼女を混乱に陥れる。

 

「『魔睡(スリープ)』……」

 

 全てをあきらめたエリアルは、自分に魔術をかける。それは、対象を強制的に眠らせる魔術で、夢も見させない。

 本来なら人質をさらうようなときに使うものだが、疲れ切っている彼女は早く寝たかった。

 強烈な睡魔に襲われ、そのままエリアルは意識を手放した。

 

 そんなことしても、ユウキのことからは逃げられないと知っていながら。

 

 

 

 

 

 

「へくちゅい!」

「ん?どうしたの、風邪でもひいた?」

 

 とある場所。緑髪の少女がくしゃみをすると青髪の少女が心配する。

 緑髪の少女はほわほわ~とした笑みを浮かべて、心配ないと答える。

 

「心配ないよ~?それより、ほら遅れちゃうよ、エリア!」

 

 タッタッタと足音を立てて駆けていく友人を、一足遅れたエリアは追いかける。

 

「待ってよ、ウィン!」

 

 これは端末世界とは別の世界の物語。

 

 交わるのは、■■■の咆哮によって……




エリアルイジリタイだけのお話でした()

ちなみに■■■の正体はのちにわかる……はず!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 束の間の平和を守るため

インヴェルズ大戦が終了したのもつかの間……再び侵略者が動き出す。
それに対して、ユウキがとった行動とは


 インヴェルズの復活、ヴァイロンの暴走。そんな二つの大戦を乗り越えた端末世界。

 多くの者が傷つき、戻ってこないものが多すぎる。

 大戦直後、多くの人の葬儀が行われた。負傷者だけでもどれだけいるかわからない。葬儀に参加したユウキが周囲を見渡すが誰もがケガをしている。

 見ているユウキもリチュアの牢獄の影響で立っているのがやっとの状況だ。ウィンダから受け取った杖を使っている。

 後からわかったことだが、リチュアの牢獄に魔術がかかっている理由は、長い時間をかけて精神的に折るためだったらしい。

 

「あ……ユウキ君」

「カームさん、神官としての役割お疲れ様です」

 

 ムストが亡くなり、ウィンダールもインヴェルズとヴァイロンの戦いで負傷中。神官の中で一番経験があるカームがその代理に選ばれた。

 顔色も優れないが、求められたなら動くのが彼女だ。死者の前で祈りを捧げ、神官としての役目を果たした。

 

「いえ、私なんて……」

「そう謙遜しないでください」

「お父さんなら、もっと丁寧にできたんですけどね……」

 

 ムストを含めたエクシーズを行った者たちはディシグマによって取り込まれた後、銀河眼に開放され大地へと還った。その事実にユウキは勝手ながら心を強く痛める。

 彼は自分の心のままに死者蘇生を使用し、エミリアを救った。

 

 それは、ほかの命を見捨てたことと同じなのだから。

 

 カームに対してそれ以上何か言えなくなってしまうユウキ。そんな彼に追い打ちをかけるように、もう一人の少女が現れる。

 

「ユウキさん……」

「ファイちゃん……」

 

 ラヴァルの少女ファイの顔は疲れ切っていた。もう彼女がどれだけ泣いていたのか分からない。

 この大戦、一カ月にも満たないこの短い期間で彼女は大切な姉妹を二人とも失った。

 彼女を優しく見守ってくれていた姉たちは、もういない。たった一人だけ残されてしまった悲しみと絶望が彼女に大きく影を残す。

 

「どうして……どうして、お姉ちゃんたちを生き返らせてくれなかったの?」

「……」

「答えてよ!!!」

 

 ファイの叫びにユウキは答えられない。母親に強い想いを持つ彼にとって、家族を失った悲しみは他人事ではないのだ。

 まだ幼いころ、父親を失った時の記憶ははっきりしている。

 集まった黒い服を着た大人たち。涙を止めることができない母親。そして、ポカンと開いた小さな心の穴。

 今になってもその穴が埋まることはない。頭をなでてくれる大きなその手は、もういない。

 その後、必死になって自分を育てるために働く母親の疲れ切った顔を何度見たか。

 

「どうして……どうしてなの!?」

 

 ファイが流す涙はかつて母親が流していた涙と同じものだった。ユウキは何も言えず、俯くことしかできなかった。

 

 たまたまだったのだ。

 たまたま、目の前で家族を失い悲しむ人がいた。

 たまたま、自分がそれを覆せる力を持っていた。

 

 だが、それこそが力を持ってしまった者への責任だ。

 銀河眼は言った。他の人は救えないと。ファイの姿はその言葉を現しているかのようだった。

 ユウキが言えることは、銀河眼に返した答えと同じことだけだった。

 

「それは……俺が、救世主でも何でもないから」

「意味が分からないよ!ユウキさんは……」

「それは俺の力じゃない!」

「…っ!?」

 

 ファイの言葉を遮ってでもユウキは言うしかなかった。

 銀河眼という力を持ってしまったとしても、彼はただの大学生だということを。

 異世界から呼び出されてしまったただの人間であることを。

 

「ゴメン……俺は救世主なんかじゃないし、神様なんかでもない。エミリアを生き返らせたのは目の前にいたからだ。それ以外に理由はないよ」

「目の前に、いたから? それだけの理由なの……?」

「全員を救う、なんてことは俺にはできない。そもそも救うという行為自体、俺にできたことじゃないんだよ。俺はエリアルのように魔術が使えるわけでも、ウィンダのように動物と心を通わせることも、ファイちゃんのように溶岩を操ることもできない」

「でも!エミリアさんは生き返ってる!!なら、他の人も……!お姉ちゃんも!!一人くらいならできるんじゃないの!?」

「できないよ。俺が救えるのは一人だけだった」

「なら、どうして!? どうしてエミリアさんだけを助けたの!? 他の人はどうでもいいの!!!?」

「___どうでもいいわけないだろ!!!」

 

 ファイの嵐のような問いかけに、ユウキも我慢の限界が訪れる。

 助けられなかった者たち、死んでいった者たちの想いから涙を流し、激昂する。

 

「助けられるのなら助けたかったよ!!ファイちゃんを一人にさせたくないし、ムストさんにはお世話になった!それでも、救えたのはエミリアだけだった!!でも俺にどうしろっていうんだよ!? 異世界に飛ばされて、銀河眼を召喚することしかできないただの人間に、何を望むっていうんだよ!!!」

 

 

 

 

 

___それでも

 

 

 

 

 

「それでも!こんな弱虫な俺だって、目の前で誰かに死んでほしくないんだよ!!!」

 

 

 それが本心だった。ただの人間の、ちっぽけな優しさだった。

 誰にも死んでほしくない。それはきっと、誰にでも考えたことだ。

 それができるほど戦争は甘くない。戦いに犠牲は必ず出てしまうものなのだから。

 

「ゴメン……俺は、ただのエゴイストなんだよな……」

「ユウキさん……」

 

 力なく言葉を発するユウキの姿を見て、ファイもようやく彼の弱さを知る。

 ファイだって本当はわかっている。ユウキに八つ当たりしたところで姉たちは帰ってこないし、彼にはその責任はない。

 誰かにぶちまけなければ、自分が苦しくて苦しくて、死んでしまいそうだったから。

 だから、彼にぶつけたのだ。無責任であまりにもひどい言葉を。

 彼も助けられなかった悔しさがあることを無視して。

 そんな、優しいただの人間だからこそ、ファイはあることを思いついた。涙を流し、自分を一人にしたことを悔やんでいる彼だから頼める願いだった。

 

「……お願いがあります。ユウキさん、貴方にしかお願いできません」

「それは……?」

 

 

「私の、家族になってください。 私の『お兄ちゃん』になってください」

 

 

「!?」

「えええ!!?」

 

 あまりにも予想外すぎる要求にユウキとカームは驚きの声を上げる。シーンと静まり返った会場に二人の声が響き渡る。

 発言の意図が全く分からず目を見開く二人に対し、ファイは真剣な顔を崩さない。

 

「私は、姉を失いました。もう帰る場所はないんです。ユウキさんの涙が私の姉のことを思って流してくれているのなら、貴方の家族になりたいんです」

「……」

「私にとっての家族は、居場所なんです。だから、あんなひどいことを言った私ですが、居場所をくれませんか? 今度は、私も一緒に誰かを助けますから」

 

「もう、お兄ちゃんにそんな涙は流させないから」

 

 彼女の瞳はユウキをとらえて離さない。それは彼女の勝手な我儘であり、純粋な願いだった。

 うろたえるユウキだったが少し目を閉じ、そしてはっきりと答える。

 

「ああ。不甲斐ない兄だけど、それでもいいか? ファイ」

 

 その一言を聞いたファイから涙は消えた。小さな体で思いっきり新しい家族、『兄』に抱き着く。不甲斐ない兄は『妹』の突然の行為に驚き、勢いそのまま後ろに倒れてしまう。

 

「ありがとう……!大好きだよ、お兄ちゃん!!」

「い、いきなり態度変わりすぎじゃないか!!?」

「え? 姉さんたちにはよくしてたんだけど」

「お、おう……」

 

 彼女なりの愛情表現なのだろう、とユウキは勝手に納得する。頬を自分の胸にこすりつけるファイの幸せそうな表情にユウキも安堵の笑みを浮かべた。

 

「あの、ユウキ君。私からもいいですか?」

「カームさん……」

「ムストさん……お父さんは確かに死んでしまいました。 それ以外にも、私と親しくなったラヴァルの人も、私の前から消えてしまいました」

「……」

「でもね、ユウキ君。 貴方は必死に戦ってくれた。リチュアの牢獄から出てきたばかりでボロボロなのに、必死になって取り込まれた魂を開放してくれた。それは、貴方がいてくれたからできたことです。本当にありがとう」

 

 地面に膝をつけ、優しくユウキの手を握るカーム。

 涙をためながらも、笑顔で彼女はユウキを励ます。彼の戦いは無駄ではなく、救えたものも多くあるのだと。

 

「父のことを思って泣いてくれたこと、嬉しかったですよ。お疲れ様です」

「……はい。こちらこそ、ありがとうございました」

 

 その笑顔はユウキの抱えていた責任を軽くしてくれた。例え、自分がただの人間だったとしても救えなかった命について考えると心が苦しくなる。

 今は、胸と手のひらから伝わってくるぬくもりが苦しみを溶かしてくれている。それがたまらなく心地よかった。

 

 かくして、古の悪魔と暴走した天使による大戦争は終結し、再び世界にはつかの間の平穏が訪れることになる。

 

 そう、世界には。

 

 

 

 

 

「ずいぶんといい心地みたいねぇ……救・世・主・サ・マ?」

「っ!!!?」

 

 突然の黒い気配がユウキを襲う。ユウキがその冷たい声のほうに首をギギギと動かすと、目からハイライトが消え仁王立ちしているエリアルがいた。

 彼女の背後からは黒いオーラが見えるようで、その迫力に思わずカームは手を離す。

 

「ど、どうしたのさ」

「こっちが死者の対応に追われているのに、よくもまあそんな風にできるわね!!ただでさえ人手が足りないのに、何をそういちゃついていられるのかしら!!?」

「いちゃついてなんかいない!!」

「うっさい!!そこのラヴァルも、さっさとそいつから離れる!」

「……やだ」

 

 ユウキにくっついたまま動こうとしないファイを無理やりはがそうとするエリアル。流石にいつまでもくっついていられると動けないので、ユウキもファイを諭す。

 

「ファイ、ちょっと離れてくれる?」

「じゃあ、おんぶして。お兄ちゃん」

「お兄ちゃん!? あんた、この子に何を仕込んだの!!?」

「何も仕込んでないから!!ただ兄妹になっただけだから!」

「きょ、兄妹!!? と、とにかく離れなさい!!」

 

 と、エリアルがファイに飛び掛かったところで狙ったかのようにファイがユウキからどいた。

 つまり、エリアルがユウキに飛びつく形になったということで。

 

 

 むぎゅ。

 

 

「むごっ!!!?」

「!!!!?」

 

 その数秒後、ユウキの顔の上にエリアルの胸がちょうど当たる形になり抱き着く形になる。

 思わずユウキは声を出してしまうが、柔らかい二つのもので顔全体が覆われて声にならない声になる。

 ファイはよくよく見ると少し口元が上がっており、カームは思わず両手で顔を覆う。

 もう一人の当事者のエリアルは顔を赤くして、なんとかユウキから離れようとするがパニック状態でうまく離れられない。

 

「むごご!!!?」

「ひゃん!!こ、こらぁ!変な声出すなぁ!!」

「ご、ごへん!」

「ひゃっ!!?だ、だからぁ!!」

「ちょっと、エリアルうるさい……よ……?」

 

 このタイミングで登場するのは二人をよく知る人物。ウィンダである。

 彼女もまた戦後の処理に追われており、エリアルが大声を出していたので注意をしに来たところだった。

 さて、二人をよく知るウィンダが現在の状態を見たらどう思うだろうか。

 

「はぁ……エリアル、ユウキが生きていたことを喜ぶのはいいんだけど、いちゃつくのは後にしてくれないかな?」

「は、ハァ!!?」

 

 エリアルのユウキに対する態度は既に知られている。そう、いわゆる『ツンデレ』というやつだ。素直になれないだけで確実に彼に悪い感情は抱いていないのは、周知の事実。連合軍の常識なのである。『常識』なのである。

 だからウィンダは勝手に、ユウキが牢獄から無事に出てきてくれて抱き着いているのだと解釈した。

 まあ、ユウキを牢獄に入れたのは彼女も関わっているのでそんな訳がないのだが。

 

「今さら好意を隠さなくてもいいのに。連合軍ならだれでも知ってるよ? エリアルがユウキに素直になれてないだけだって」

「そんなことないからぁ!!!」

「むごごご!!!!」

「ひゃっ!!?」

 

 なおこの間、ユウキはずっとエリアルの下敷きになっていたため身動きが取れていない。つまり状況は変わっていない。

 ここでようやくエリアルの脳内に『退く』という選択肢が思い浮かび、すぐさま実行する。解放されるユウキだが、その顔は満足げだ。

 

「それで、本当にどうしたの? エリアルがユウキに自分から抱き着くとは思えないけど」

「わかってるなら変なこと言うなぁ!!」

「ハイハイ。それでこれはどういうことなの、ユウキ」

 

 頭が回っていないエリアルではなく、ユウキに質問対象を変えるウィンダの判断は懸命だった。ユウキからあらかたの事情を聴きとりあえず納得するウィンダだが、彼らを見る目は胡散臭いものを見る目だ。

 この後、ユウキたちはウィンダから軽く説教を受けた後、戦後の処理に駆り出されることになった。

 その際、ユウキがずっとファイをおんぶしている姿があちこちで目撃されたそうな。

 

 

 

 

 

 

 数か月後、ガスタの里。

 リビングでお茶を飲むウィンダとユウキ。その空気はとても平和だ。

 

「平和だな……」

「平和だね……」

 

 大戦が終わり、連合軍は各部族の復興を始めた結果だった。ガスタの里では失われた自然が徐々に戻りつつあり、戦争の傷は消えつつある。

 あとは時間が心の傷を癒していくだけだ。そればかりは結束でもどうにもならない。

 静かな空間にガチャリと、勢いよく扉を開ける音が響く。

 

「お兄ちゃん、帰ったよ!!」

「ファイ、手を洗ってきなさい」

「は~い!」

 

 ウィンダールとファイが家へと帰ってくる。今日の復興作業が終わり、二人は洗面台へと向かってからリビングのソファーへと腰掛けた。そして当たり前のように、ファイはユウキの隣に座り右腕に抱きつく。

 この数カ月でユウキとファイの関係は本当の兄妹……以上に仲が良くなっていた。同じベッドで寝ることはもちろん、肩車や抱っこは当たり前のようになってきている。

 ファイが一度、一緒に入浴することも提案したがユウキが全力で断った。

 彼女は腕に抱き着いた後、心配そうな顔でユウキにいつもの質問をする。

 

「お兄ちゃん、体の調子はどう? 治ってきた?」

「なんとかね。リチュアの牢獄の影響がまさかこんなにも続くとは思わなかったけれど……」

 

 この質問も何百回聞いたことか。ユウキ自身としても自分をいたわってくれる家族がいるだけでとてもうれしいのだが、少しはウィンダとカームの治療を当てにしてほしいと思っている。

 今までユウキが復興に関わっていないのは、牢獄による体への影響を心配してのこと。

 あくまでも感覚としてだが数カ月もの時間を過ごしたようになっており、しばらくは体の様子がおかしかったユウキ。そのことを心配したウィンダールやクリスタが彼に休ませるように連合軍に依頼した。

 魔術の耐性がない彼にとって、あの牢獄は地獄のような場所だった。五感が何一つ役に立たず、何も変化のない牢獄に何カ月もいたのと同じ。

 途中エリアルが話しかけてくれたことと、ウィンダ達が助けてくれなければ狂いかけていたかもしれない。

 

「普通の人間じゃないなぁ……」

「お兄ちゃん?」

「俺がこの世界に来て体験したことだよ。前にも話したかもしれないけど、俺の住んでた世界ではこんなことありえないからな」

 

 そんな自分の体験を思い出しながら、ユウキは感銘を受けた。

 ユウキが端末世界に来て約半年。たった半年、されど半年。彼の身には多くの出来事が降りかかった。

 久々に落ち着いた時間が流れている。ユウキはファイに説明ついでに、今までを整理してみることにする。

 

「お兄ちゃんって、どうやってウィンダさんたちと知り合ったの?」

「あれはリチュアとガスタの交戦中に、俺が空から落ちてきたんだっけ……」

「アハハ……びっくりしたよ。見知らぬ男の人が空から落ちてきて、つい私もエリアルも戦闘中だってことを忘れちゃったし」

「よく落下死しなかったね、お兄ちゃん」

「言われてみれば……」

 

 謎の声の頼みに了承したら、異世界の空に落ちていた。今考え直してみると、あれは完全に詐欺だったのではないか。

 この世界の結末を変えてほしい、と頼まれたがそれはいったいどこのことなのだろうか。

 インヴェルズのことなのか、暴走したヴァイロンなのか。

 ___それとも、この先の戦いのことなのか。

 そもそも、あの声は誰だったのか。それすらまだわからない。いくら考えてもどの疑問にも答えは出なかった。

 

「その戦いの中、ユウキが私を助けてくれたんだよね。あの時見た銀河眼はすごく綺麗だったなぁ」

「まさか助けることができるとは思ってなかったけど。あの時は無我夢中って感じでもあったから」

「でも、助けてくれたことには変わりないよ。ありがとね」

 

 ウィンダの笑顔に思わず赤面して顔をそむけるユウキ。そんな兄を見てムッとするファイは抱き着いている腕の強さを強めた。

 顔を少しゆがめたユウキはチラリとファイのほうを向いた後、頭をなでてホールドを緩めてもらう。

 その話にウィンダールも乗る。あの時、ボロボロになった娘と見知らぬ青年、そしてリチュアのエリアルが家に入ってきたとき彼は驚愕の表情を浮かべたことを思い出す。

 

「ウィンダが帰ってきてくれたことは素直に嬉しかったが、まさか異世界人とリチュアを連れてくるとは思わなかったぞ」

「あの時お父さん、すっごく驚いてたもんね。『どうしたんだ、その子たちは!!?』って。あんな驚いたお父さん、初めて見たよ」

「当り前だ……。リチュアに勝利したこと自体が信じられなかったんだ。正直に言って、完全に諦めていた自分がいたのも事実だった」

 

 当時の戦況を振り返ってもガスタは非常に苦しい状況だった。

 リチュアには多くの兵士、強力な魔術、そして儀式体の悪魔。普段戦闘慣れしていないガスタがこれらを打ち破る方法はなかった。

 ユウキという希望が現れるまでは。

 

「よく正体不明の俺を保護する気になりましたね?」

「逆に聞くが、意識を失っている青年を殺されるかもしれない環境に置いておくかね?」

「……置かないですね」

「だろ? エリアルについても同じだ。いくらリチュアとはいえ、意識を失った状態で放置することはできない」

「ガスタって、やっぱり優しいんだね。ラヴァルにもこれくらいの優しさがあったらいいのにな。そうしたら、戦いで全部決めるなんて頭悪い考えなくなるのに」

「イッツ脳筋……」

 

 銀河眼を召喚しリチュアを撃退した後、ユウキは気を失った。

 ウィンダのおかげでガスタに保護され、目を覚ましたのは心地よいベッドの上で、そこからウィンダに事情を話した結果がアレだった。

 

「なんで救世主なんですか……」

 

 そう、あまりにも突然下された救世主認定。確かにリチュアを撃退させるきっかけを作ったのはユウキではあるが。

 今だからこそ当時の不満を隠さずウィンダに伝えると、彼女は申し訳なさそうに謝る。ユウキも本気で怒っているわけではないが、せっかくの機会なので理由を聞いておきたいのだ。

 

「ご、ゴメンね? あのときこう、ビビッ!ときて、こうガスタを救ってくれる感じがしてね」

「ウィンダさん……それは私でも少し引くよ」

「か、神様からの啓示だから大丈夫なの!」

「何が大丈夫なんだ」

「すまないな……妻、先代巫女もこんな感じだった」

「……母親ゆずりなんですね」

 

 ウィンダの母親の姿をユウキは見たことがない。そして、それがどういうことなのかも大体理解しており、聞くこともない。

 ウィンダには妹のこともあるだろうから、傷をえぐることはしない。家族の問題についてはユウキもうかつに手を出したくないのだ。

 この話題を打ち切るように、ウィンダールはユウキに謝罪の言葉を述べる。

 当時、突然現れたユウキに反感を持っている者は少なくなかった。

 特にリーズをはじめとした戦士家は、自分たちがガスタを守るという意識から反感が強くユウキを見る目が冷たかった。

 

「あの頃はすまなかった。何度謝っても許されることではないが」

「そりゃ、異世界から来たとか急に言って自己紹介もしてないのにみんなの名前がわかって……信用されるとは思えないですね。自分で言っておいて何なんですが」

「あれ、私には名前を聞かなかったっけ?」

「ファイはカード名に固有名詞が書かれてなかったから分からなかったんだ」

「へぇ~」

 

 一カ月間、エリアルの監視も兼ねていたがガスタで生活していたユウキ。それが崩れたのはエリアルがガスタを抜けだしたときだった。

 あの時、抜け出すのを手伝ったのはユウキだったため救世主から捕虜扱いに変わった。ウィンダールが謝罪しているのはこのことだ。

 ユウキ自身も今は反省しており、クリスタから言われた言葉。『部族の掟』についても考えるようになった。

 だが、そんなものがどうでもよくなってしまうような出来事が直後に起こる。

 湿地帯だけでなく、全世界に広がった瘴気と共に復活した古の悪魔。

 

「俺が来てから二度目のリチュアとの戦いの中、インヴェルズが復活したんだよね……」

「今でも、思い出したくないよ……」

 

 ファイとウィンダの表情が暗くなる。

 目の前で同族、顔見知りや親しい人が悪魔に捕食される光景を思い出せば、誰でもそうなってしまうだろう。あまりにもショッキングな光景にユウキも嗚咽が止まらなかった。

 直後にヴァイロンが介入してきたが、もしそれがなかったのなら___

 被害は今以上に広がっていただろう。

 

「その後連合軍が創られて、インヴェルズとの戦いになったんだけど……ユウキは怖くなかったの?」

 

 インヴェルズとの戦いは正しくどうなるか分からないという恐怖心との戦いでもあった。戦士でもないウィンダは当時、体の震えが止まらなかった。

 いざ出撃しても、近くにウィンダールがいてもその震えは止まらなかった。

 

 だからこそ、気になるのだ。

 

 自分以上に戦いから遠い存在だったユウキが、なぜインヴェルズと戦えたのかを。

 なぜ、恐怖心を克服できたのかを。

 

「怖かったさ。でも、元の世界に戻れるってオメガが言ったし、ただ待っているわけにもいかない状況だったし」

「でも、そうは感じなかったよ?」

「銀河眼が無理やり立たせたのもあるけど……やっぱり、死んでほしくなかったからかも。ただのカッコつけだな、こりゃ」

「そんなことない。とても立派だったよ」

 

 ウィンダの言葉は自然に出たものだった。ユウキの戦いは非常に立派だった。

 それはウィンダールも一緒だった。彼を無理やり戦力に組み込んだヴァイロンを止められなかったことをまだ悔やんでいる。

 

「ヴァイロン様は機械だった。心、という不確定要素まで観測できなかったのだろう。君を戦力として見ていることを止められなくて申し訳ない」

「いいですよ。もう過ぎたことです。それにそこでファイと出会えたし。悪いことばかりじゃなかったです」

「お兄ちゃん……」

 

 ファイとユウキの出会いはインヴェルズ戦での護衛だ。

 ユウキが初めてファイを見たときは、どちらかというと保護対象のような感じだった。ラヴァルなのに戦闘狂という感じではなく、落ち着いたおとなしい子という印象。

 まさか今、自分の妹になっているとは考えてもなかった。

 

「まさか、妹になるなんて思ってなかったけど……」

「この人はいいお兄さんだな~って思ってはいたけど、まさか本当にお兄ちゃんになってくれるなんて想像もしてなかったよ」

「そういえば、ユウキって兄妹は?」

「いないよ。一人っ子だったからファイが可愛くてしょうがないよ」

「えへへ……」

 

 ファイが幸せそうな笑みを浮かべる。姉二人を失った悲しみは少しずつだが癒えているようだ。

 インヴェルズとの戦いだけでも失ったものは多い。インヴェルズとの戦いでジェムナイトの上級戦士たち。ユウキの護衛についてくれたアクアマリナもインヴェルズ・ギラファによって殺された。

 誰も犠牲にならない。そんな綺麗ごとは考えていなかった。だが、それでも誰かがいなくなってしまう悲しみは想像もしたくないことだ。

 

「インヴェルズとの戦いが終わって、なんとか落ち着きそうなところでユウキ君が誘拐された……まったく、ノエリアは何を考えているんだか」

「ひどい目にあいました……でも、エリアルのおかげで何とか」

「エリアル、なんだかんだ言ってユウキを意識してるよね。ちょっとずつ昔みたいになってるし」

 

 インヴェルズとの戦いの直後、突然起こったユウキ誘拐事件。牢獄に囚われたユウキを意図的ではないにしろ助けたのはエリアルだった。

 そして、最近エリアルの態度が軟化しているのは間違いなくユウキのせいである。その原因を思い出したウィンダは思わず苦笑を漏らした。

 

「ユウキったら、初めて儀式体のエリアルを見るなり目を輝かせて可愛いって言ったもんね。そりゃエリアルだって混乱するよ」

「いやぁ~つい」

「……そういえば、彼女が捕虜の時にユウキ君がとんでもないことを言っていたような」

「え? 告白したことですか?」

「それだ!!なぜ君は突然愛の告白をした!!」

「お兄ちゃん。その話詳しく」

 

 再び腕のホールドが強くなる。しかも、今度はひもで強く締め付けられているような感じだ。痛みで顔をゆがめながらユウキは今までの成り行きと、今の自分の心情を話す。

 

「エリアルについては別に嘘を言っているわけじゃないですけど、俺の一方通行でいいんですよ。俺は元の世界に戻りたいから色々ごちゃごちゃしちゃうし」

 

 彼女に好意を抱いているのは事実だ。それを伝えるのはいいが、結ばれる気は彼にはない。

 そもそも、元の世界に帰ることが彼の最優先事項である。

 確かに遊びのように見えるかもしれない。だが、彼の想いは本物だった。親を失った者同士分かり合える部分もあれば、ぶつかり合うこともあった。そんな時間でも、とても心地よい時間だったことは今でも思い出せる。

 家族のことを想うユウキに、ファイが鋭い質問を飛ばす。

 

「お兄ちゃん、いなくなっちゃうの?」

「……いずれは、ね。俺も母さんを一人にしたくない」

「私は?」

「……」

「私は一人になっちゃうよ? それは、イヤだよ。お兄ちゃん」

 

 妹からの質問にユウキは答えられない。

 家族。ユウキが最も重要視していること。それはもう呪縛と言ってもいいかもしれない。

 母親と妹。どちらかしか選べないとすれば___

 

「……ファイも行くか?」

「うん」

 

 ___否、どちらかなんてそんなことはしない。取れるのなら両方。誰一人として家族を失いたくないのだ。無理だとしても、今はそう答えたい。

 もっとも、そうなるには元の世界に戻る方法を見つけなくてはいけないのだが。

 そのためにユウキは大戦の葬儀後、リチュアに異世界転移について頼んでおいたのだが今でも何も連絡がない。

 

「結局、オメガは消滅しちゃったしどうやって帰るかな……」

「一応、リチュアの皆に協力してもらっているんだっけ?」

「一応、な。多分してくれてないと思うけど……」

 

 リチュアの信頼は今でもはっきり言って皆無である。ユウキを誘拐していれば当然でもあるが。考えておく、という返事をもらったがユウキ自身も当てにしていない。

 ユウキはあくまでも、エリアルやアバンスたちは信用しているが『リチュア』という部族は信用していない。

 

「最近、やけにおとなしいな……やな予感がする」

「……あんまり言いたくないけど、私も嫌な予感がしてる。お父さん、何かリチュアに動きはなかった?」

「そういえば……ノエリアが完治してちょうど二カ月が経つ。それに、今日はノエリアの姿を見なかった」

 

 不穏な空気が流れ始めてしまい、ウィンダもファイも不安の表情を隠せなくなる。

 この状況を何とかするため、これから起こるかもしれない惨劇を回避するため、ユウキは思いっきり頭をひねる。

 ユウキが今までの出来事を特に驚かなかったのはカードの知識で知っていたからだ。ならば、カードから今から起こるかもしれない事件を予想できるはずだと考えた。

 

(思い出せ思い出せ思い出せ!今から起こる可能性があるイラストを描いたカードがあるはずだ!!)

 

 ユウキがこの世界に来た時、なぜか端末世界のストーリーを思い出せなくなっていた。

 だが、カードの知識はそのままだった。みんなの名前が分かったくらいだ。他のカード名も思い出せる。

 ならば、イラストからストーリーを思い出せれば、結末を変えることもできるはず。必死に思い出すユウキだが、どうにもノイズがかかって思い出せない。

 難しい顔をしているユウキにファイが心配そうに聞いてくる。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「ちょっと考え事。ファイもなんか今日気づいたことある?」

「うーん、特にないかな。あ、カームお姉ちゃんが湿地帯に薬草を探しに行くって言ってたよ」

「……カームさん、が?」

「うん」

 

 カーム。その言葉で脳内のノイズが完全になくなる。そして、一枚のカードがユウキの脳内に現れた。

 それは紫の風の中、カームが苦しそうにしている永続魔法。

 

「猛毒の風か!!!!」

「!? ど、どうしたの、お兄ちゃん」

 

 ソファーから立ち上がり、すぐさまウィンダールたちに指示を出す。

 

「ウィンダールさん!今すぐカームさんを探し出してください!今すぐです!!」

「わかった」

 

 事の大きさを理解したウィンダールもすぐさま行動に移し、そのことを読んでいたかのように待機していたイグルの元へと向かう。

 

「ウィンダとファイは俺と一緒に外の人を建物の中に入れるぞ!!」

「え、え?」

「急いで!!」

 

 戸惑う二人だが、走るユウキの後ろをついてくる。先ほどの雰囲気から一変。事態は急を要していた。

 すぐさま家を飛び出すユウキたち。ウィンダールはイグルに乗ってカームを探しに空へと飛び立った。ファイはいつの間にかユウキの背中にくっついていた。

 全力で走るユウキについていくウィンダ。ウィンダはなぜこんなことをするのか彼に後ろから問いかける。

 

「ユウキ~!どうして急に~!?」

「これから猛毒の風が来る!それを食らえばガスタに大きな被害が出る!!」

「もしかして、リチュア?」

「ああ。一番は魔術とかで防ぐことだけど、ムストさんはもういない。なら、外にいさせなければ被害は少なくなるはず!」

 

 永続魔法『猛毒の風』。効果は風属性モンスターへのメタカード。

 すなわち___ガスタへの特攻兵器である。

 イラストではカームが非常に苦しんだ絵が描かれており、ストーリーではカームは重傷。そしてウィンダールは……。

 その結末を変えるために、必死になってユウキたちはガスタの里を走る。

 外にいる困惑するみんなをなんとかして建物内へと入れていく。

 途中、出会ったリーズやカムイも困惑しながらも非難に協力してくれたおかげで、三十分後にはガスタの全員は建物の中へと非難させることに成功する。

 

 

 そしてその直後、紫色の風がガスタの里に襲い掛かった。ユウキたちは家に戻り、ウィンダが家の周囲に結界を張る。

 

「どう? ウィンダ」

「うん……一応うちには簡単な結界を張ったけど、ちょっと苦しいかも」

「そう……カムイは?」

「ウィンダおねーちゃんと同じ。ちょっとだけど苦しいね……リーズおねーちゃんは?」

「戦士家、なめないでよね……って言いたいけど、やっぱり苦しいものは苦しいわね……」

 

 リーズとカムイもウィンダの家に集まり、外の様子をうかがう。紫色の風が外の風景を侵食しており、外に出ることは不可能だった。

 家の中にいてもウィンダやカムイ、そして戦士家であるリーズも少し苦しそうにしている。

 そして、カームとウィンダールはまだ帰ってこない。

 

「……カームとウィンダールさん、まだ帰ってこないのね」

「うん……」

 

 リーズもウィンダも『大丈夫』という言葉を言わない。それほど二人のことを心配しているし、それが現実的ではないのが分かっている。

 ガスタではないファイにはあまり影響は出ていないようで、ファイは辛そうにしているガスタ組のために水を持ってきたりしている。

 一方のユウキは銀河眼と今後のことを相談していた。

 

(銀河眼。ちょっと考えがあるんだけど)

『ああ?』

(_______しようと思うんだ)

『…………はぁ?』

 

 ユウキの考えに長い沈黙の後、銀河眼は呆れた声を出す。

 

 

 

 

 

 何せそれは、自分を売るということなのだから。

 

 

 

 

 

(どうかな)

『有効打ではあるな。だが、正直に言ってそこまですることは__』

「お父さん!カームさん!!」

 

 ウィンダの声でユウキが顔を上げると、苦しそうに息を荒げるウィンダールと意識を失って体の力が抜けウィンダールに担がれているカームが部屋へと入ってきた。

 ウィンダールは部屋に入ると、すぐさま倒れこみ息を切らす。そんな体でも、ウィンダールは謝罪の言葉をこぼす。

 

「ハァ……ハァ……すまない、このありさまだ……」

「お父さん、無理しないで!!」

 

 すぐさまウィンダールとカームを横に寝かせ、ウィンダはすぐさま治癒魔術を二人にかける。が、二人の体調は戻らない。

 彼女の顔が悲しみで歪み、ウィンダールの胸に顔をうずめる。

 あの大戦で何度も味わった、『誰かを失う』という恐怖が彼女たちを支配する。

 

「お父さん死んじゃやだ!!!」

「ウィンダ……」

「お願いだから、大丈夫だって言ってよ……!」

「おねーちゃん!!カームおねーちゃん!!!」

「…………」

 

 ウィンダールはなんとかウィンダの頭をなでようと腕を伸ばすが、しびれているのかうまく上がらないようで撫でることができない。

 カムイもカームに必死に声をかけているが彼女が目を覚ますことはない。

 

「なんで……なんで、こんなひどいことができるのよ!!リチュアぁああ!!!!」

 

 リチュアの非道な行いに激怒しているのか、それともこの状況で自分にできることは何もないことへの嘆きか。はたまた、その両方か。怒りで体を震わせるリーズは叫びをあげる。

 ついに起こってしまった惨劇を見て、銀河眼はユウキに問いかける。

 

『さて、どうする?』

「どうするもこうするも、やるしかないだろ。今、助けられるのは俺しかいないと思うから」

『だな。おそらくお前の考えた通りになるだろうよ』

「……お兄ちゃん?」

 

 このような光景を目の前にして、ユウキは動くことを決意する。目の前で家族を失う悲しみを、もう誰にも味わってほしくないから。

 彼を心配するファイに笑顔で返すユウキ。

 それと同時に、玄関からガチャリと扉が開く音がした。

 

「失礼する。ガスタの長の家はここであっているか?」

 

 青年の決意と共に、一つの希望がここに舞い降りる。

 新たに部屋に入ってきたのは緑色の騎士。輝く体を持つ正義の戦士だった。

 その戦士の顔を見たユウキはこの状況でありながらも、安堵の笑みを浮かべる。

 

「ナイスタイミングです。ジェムナイト・エメラルさん」

「ああ、話は聞いている。高屋 ユウキ君だな」

 

 ジェムナイト・エメラル。彼がここにいる理由は復興中の出来事にあった。

少し前の復興作業でインヴェルズとの戦いで散っていったジェムナイトの戦士、ジェムナイト・パーズの核石をウィンダールが発見したのだ。

 それを受け渡すためにジェムナイトが里に来るという話をユウキは聞いていた。そして、それこそが現状を打破する希望でもあった。

 エメラルが来たことによって、ユウキの脳内にもう一枚のカード名が現れる。それは彼自身もよく使っていたカードだった。

 

「お父さん……お父さん……」

「おねーちゃん、目を開けてよ!!」

 

 二人の悲痛な叫びが部屋に響く。それを見たエメラルは顔をゆがませるがユウキがそれを阻止する。

 今、ジェムナイトが負の感情を抱くことは、終末へと向かう引き金になってしまうからだ。

 

「エメラルさん。怒りを抱くのはまだ早いです。感じてくれるのはありがたいんですけどね」

「む……そんな顔になっていたか。私もまだまだ未熟だということか。それでユウキ君、何か私にできることがあるのか?」

「ええ。現状を打破する方法です」

 

 そう言ってユウキは泣き崩れるカムイに声をかける。勝手に行ってしまってはリーズに殴られかねないからだ。

 今からユウキが行おうとしているのは、この状況を打破する方法。それにはエメラルと、もう一人の協力が不可欠となるからだ。

 

「カムイ、この状況を打破する方法が一つある。聞いてくれ」

「……ユウキ、おにーちゃん。それは……?」

「ああ。お前の許しが欲しい。エメラルさんとカームさんでエクシーズを行う」

「え……?」

「ちょっとユウキ!? それどういうことか説明しなさい!」

 

 ユウキの提案に予想通りリーズが反応する。彼の胸元をつかみ、説明を求めてきた。

 その行動が予想できていたユウキは、落ち着いてリーズとカムイに説明する。

 

「この猛毒の風、俺の知る知識じゃ『ダイガスタ・エメラル』っていうエクシーズモンスターが打ち消したんだ」

「エメラルって……もしかしてジェムナイト様?」

「そう。それで、おそらくエメラルさんと波長が合うのが__」

「……カームおねーちゃん」

 

 カムイの脳裏にかつての相棒と父の顔が思い浮かんだ。

 赤ん坊のころから近くにいた、友であり家族であり、そしてパートナーだったファルコはもういない。

 母親がいない中、ずっと自分を優しく見守ってくれていた自慢の父、ムストもいない。二人はエクシーズに選ばれ勇敢に戦い、そして大地へと還っていった。

 それはファルコの相棒として誇るべきことのはずだ。ムストの息子として良きことだと思わなくてはいけないはずだ。

 

 なのに、この目からは涙が止まらなかった。体から震えが止まらなかった。

 心から悲しみが止まらなかった。

 また、目の前で大切なものが自分から失われようとしている。

 それは、もう、イヤだった。

 

「カムイ。いつもいつも助けられてばかりなのに、こんな急に残酷な質問をしてしまってごめん」

「僕は……どうしたらいいの?」

「姉弟であるカムイに決めてほしい。お前のお姉さん、カームをエクシーズさせることに」

「そんなこと……僕には……」

「じゃあ、もっと簡単な質問にする。正直言ってずるい聞き方だけど、そこは後で殴るなりしてくれ」

 

 そしてユウキはカムイの顔の高さを合わせ、聞く。

 もっと根本的なところ。相棒を失い、自身の無力さを感じてしまったカムイがずっと抱いていた願望であること。

 

 

「ガスタを救いたいか? 君のお姉さんを助けたいか?」

 

 

 誰かを救いたいという、『希望』。それをユウキは確認した。

 ガスタのために、カームとカムイのために。恩返しをするため。

 その質問はあまりにも愚問だった。『希望』の名を持つ彼にとって、ガスタとカームを救わないなどという言葉はない。

 カムイは裾で涙を拭いて、力強い目で即答する。

 

「救いたい……もう、誰もいなくなってほしくないよ!!」

「ああ。その望みを叶えるため、ここは俺に任せてもらってもいいか?」

「お願い、ユウキおにーちゃん……『希望』を僕たちに下さい!」

「了解」

 

 この悲しみの中に希望を生み出すために、ユウキは自身を救世主として振るえ立たせる。

 次にリーズにも確認をとる。

 

「カムイから返事はもらった。リーズ、いいかな?」

「そりゃ、救世主サマの頼みを断るわけにはいけませんし。でも、一つ確認させなさい。エクシーズした後、その二人は元に戻るの?」

 

 リーズの疑問はもっともだ。

 大戦後、生き残ったエクシーズはジェムナイト・パールだけ。しかも彼はエクシーズ前の、二体の姿に戻っていない。

エクシーズをしてしまえば、カームはもう戻ってこないのではないか。

 その心配をユウキにぶつける。ユウキはそれに正直に答え、そして提案をする。

 

「わからない。だから、もう一つ提案がある」

「それは?」

 

 

 

 

 

「俺、リチュアに入ろうと思う」

 

 

 

 

 

 部屋の中が静寂で満たされる。

 泣いていたはずのウィンダも目を見開いてユウキを見ていた。リーズもカムイもエメラルも信じられないものを見る目で彼を見る。

 

「____ごめん、どういうことかさっぱりわからない」

 

 静寂を壊したのは頭を抱えるリーズの一言だった。自分と同じ反応をした全員を見て、銀河眼は小さく苦笑した。

 ユウキの提案。正直に言って正気ではないように感じるものだ。この前ひどい目にあったばかりなのに、また同じことを繰り返しに行くのか、と。

 だが、この提案にはきちんと理由があり、そして以前から考えていたことでもある。大戦後、ユウキも何も考えていなかったわけではなかった。

 

「ちゃんと説明するよ。まず、リチュアは銀河眼たちの力に目をつけている。その証拠が以前の俺誘拐だ」

「ええ。そうね」

 

 誘拐事件の根端は、ユウキの持つ銀河眼の力をリチュアが前から目をつけていたからだ。

 実際、全員の隙が生まれるあの瞬間、誰もリチュアを止めることはできなかった。

 ならば、ユウキが自らリチュアに入れば。捕虜ではなく、一員として入ればどうだろうか? うまくいけばリチュアを内側から止めることができるのではないか、と彼は考えたのだ。

 

「で、この猛毒の風を発生させているのは間違いなくリチュアだ。ならば、銀河眼の力を条件に猛毒の風を止めさせるように交渉をかけることはできる」

「確かにそうだろうけど、だからってあんたが捕虜になる必要はないんじゃない?」

 

 そう。銀河眼も指摘したのはそこだ。彼自身がリチュアに入ることはない。デッキを差し出せば終わる話であり、たとえユウキが入ったとしても用済みとして殺される可能性も否定できない。

 それにも、ユウキなりの考えがある。

 

「いや、ムストさんが前に言っていたけどデッキは俺にしか使えない。より正確なデータをとるためには俺自身が必要だ。それに、リチュアに潜り込めれば魂について。エクシーズした魂を分離させることもできるかもしれない」

 

 デッキは彼にしか使えない。ムストは以前そう言っていた。

 ならば、リチュアも詳しいデータをとれていないのではないか?

 詳しいデータをとるためなら、ユウキをリチュアにいれることも視野に入れているのではないか?

 都合のいい考えだが、強く否定できる材料がないのも事実だった。

 ユウキの説明に、リーズもとりあえず納得したようだった。

 

「……なるほどね。私としても、カームが助かるのであれば賛成。だけど、ジェムナイト様のことを忘れていない?」

「その質問は不要だ。ガスタの勇敢なる戦士、リーズよ」

 

 エメラルはカームの疑問を一刀両断した。彼の言葉に一切のためらいはなかった。

 

「か弱き命を救えるのであれば、私は自分の命も差し出そう。それに、エクシーズはどうやら片方の意識がメインになるようだ。パールは我らジェムナイトがメインだからな」

 

 ジェムナイトの高貴な魂。それはエメラルにもリチュアとのエクシーズのパールも持っている。エメラルにエクシーズの確認は不要だった。あまりにも高貴な魂に、ユウキもついつい申し訳なさそうな顔をしてしまう。

 

「私は彼女に意識を渡すつもりだ。彼女は家族思いの心優しい女性なのはこの前の大戦でよく知っている。そして、彼女の治癒魔術に我々が助けられたことも。ならば、今度は私が彼女を救おう」

「……自分から言い出しておいて申し訳ないんですが、ありがとうございます。エメラルさん」

 

 ユウキの言葉にエメラルは笑みを浮かべることで応えた。

 意識を渡す、と簡単に言っているが、すなわち自身の死さえも彼は恐れていない。

 それは、守るべきものを守り抜くため。恐怖をその精神で乗り越えるジェムナイトだからこそ。

 

 

 ___準備は整った。

 いったんウィンダールをカームと離し、彼女の隣にエメラルが立つ。ウィンダ達が後ろから見守る中、ユウキは一呼吸おいてから宣言する。

 

「行きます!俺はレベル4のジェムナイト・エメラルとガスタの静寂 カームの二体で、オーバーレイ!!」

 

 ユウキの宣言で部屋の中央に宇宙の渦が生まれ、そこにエメラルとカームが光となって吸い込まれる。

 

「二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!エクシーズ召喚!!!現れよ、ランク4 ダイガスタ・エメラル!」

 

 ユウキの宣言で銀河の渦が爆発を起こす。そして、その中から新たなる戦士が出現した。

 戦士は、ジェムナイト・エメラルとほとんど外見は変わっていないが、その背中から巨大な緑色の翼を持っていることに目を引く。

 それは『風』を司るガスタの力を宿していることを現していた。

 戦士は顔を上げると、戦士らしからぬおどおどとした動きで自分の両手を確認し、小さくつぶやいた。

 

「あれ……私、どうなって?」

 

 その声は、聞き覚えのある女性のものだった。声を聴いた途端にカムイは戦士に、姿が変わったカームに抱き着く。

 彼女(?)は抱き着かれたことで少しだけうろたえるが、何の問題もなくカムイを受け止めた。

 

「おねーちゃん!!」

「か、カムイ? あれ、私本当にどうなっているんですか!?」

「まったく……心配したんだからね!」

「り、リーズも!?ええっと、何がどうなって……」

 

 現状がまったく理解できずあたふたする姿は間違いなくカームだ。

 ユウキが今までの経緯を彼女に説明する。すると、カームは胸を押さえて感謝の言葉を述べた。

 

「この命、ジェムナイト様が救ってくれたのですね……。エメラル様、いくら感謝しても足りないくらいです……」

「カームさん。エクシーズの力を手に入れたカームさんにしかできないことがあります。お願いできますか?」

「!!……はいっ!!私にできることなら!」

 

 妙に張り切った返事が返ってきて、ユウキは思わず笑みがこぼれた。ダイガスタ・エメラルの姿で両手をグッっとする姿は何とも言えない不思議さがある。

 普段大人びているカームだからこそ、そのギャップが増しているからでもあるのだが。

 コホンと軽く咳払いをしてから、ユウキは真剣な面持ちでカームにやるべきことを伝える。

 

「今も苦しんでいるウィンダールさんの治療、およびガスタの里全域に吹いている猛毒の風の解除です。お願いします」

「任せてください!まずは、ウィンダールさんから治療します」

 

 カームことダイガスタ・エメラルは苦しむウィンダールに近づき、胸に手を添える。すると優しい緑色の光が手の中に生まれ、そのままウィンダールの中へと溶けていく。

 ウィンダールの表情が徐々に苦しみから解放されていき、呼吸も安らかなものに変わっていった。

 あっという間に猛毒を解除したことに皆が驚いている中、カームはホッと息をつくと、すぐさま玄関から外へと飛び立つ。外に彼女が出ても特に苦しむ姿がなかったことから、ユウキの予想通りエクシーズの力が猛毒の風を上回ったのだろう。

 空高く飛びあがったカームは、紫色に犯された自分の里を見て嘆きの声を上げる。

 

「これは……ひどい。せっかくの自然が、ガスタの里が弱っている……ですが、もう後ろで泣いているだけの私ではありません。エメラル様、力をお借りします!!『purification wind』!!!」

 

 だが、もう無力なカームではない。両手に浄化の力をため、それを風に変えて里全体に放つ。

 

 

 『浄化の風』。それは生命の息吹そのもの。輝く息吹はガスタの里全域を優しく吹き抜ける。

 害ある猛毒はすべて打ち消され、この神聖なる土地に大地の鼓動が蘇っていく様はとても美しい光景だった。

 

 

 里が浄化されたことを確認すると、カームは地上に舞い戻る。戻ってきた彼女をリーズとカムイ、ユウキが歓迎していた。

 

「おねーちゃん、お帰り……!」

「まったく、心配したんだからね。カーム」

「お疲れ様です。カームさん、きっとムストさんも喜んでますよ」

 

 次々と出てくる感謝と喜びの言葉にカームは照れながらも、すこし戸惑っていた。

 体をあちこちぺたぺた触ったり、自分の体をきょろきょろ見たり。そして、もじもじしながら困った声で言った。

 

「それだといいのですが……ええっと、この格好だとちょっと不便ですね」

「やっぱり、元に戻れないですか?」

「ええ……特別、何かを着ているような感じではないので重くはないのですが……やっぱりいつもの見た目ほうが落ち着きます」

 

 どうやら鎧と一体化しているため見た目が変えられないようだ。カームは困った声で言うが、誰も元に戻る方法は知らない。

 おそらく知っているとすれば、魂の取り扱いに上手いリチュアだけ。

 ガスタは救われた。ジェムナイト・エメラルとガスタの静寂 カームの力によって。

 なら、今後の未来を守るのは___変えるのは、ユウキの役目だ。それは決して強要されたものではない。彼自身が選んだ選択だ。

 

「なら、あとは俺の出番ですね」

「ユウキ……君?」

 

 後悔などない。選んだ道を進むだけ。青年の眼に迷いはなかった。

 その背中を押すように、二人の少女が彼に近づく。

 

「ユウキ」

「お兄ちゃん」

 

 ウィンダの手の中には、緑色の宝石と赤色の宝石それぞれがついているペンダントが握られていた。彼女はペンダントを両手で握り祈りをささげた後、ユウキに手渡す。

 

「これは?」

「いつか渡そうとしてたの。ユウキもガスタの一員っていう証として」

「そこに私が我儘を言って、ラヴァルの鉱石をつけてもらったの。お兄ちゃんに似合うといいなって」

「二人とも……」

 

 ユウキが思っている以上に、彼は周囲に受け入れられていたのだ。それが嬉しくて、思わず感動してしまうユウキ。

 そんな彼に呆れるような笑みを浮かべてリーズが話す。

 

「あんたねぇ、どうであれずっとガスタは助けられてきた。これはあんたが勝ち取った信頼なんだから、誇りに思いなさい」

「リーズ……」

「それだけじゃないですよ。ガスタだけじゃなく、ラヴァルのファイちゃん。ジェムナイトの皆さん。それにリチュアの中にもユウキ君を認め、信頼している人がいます」

「僕たち、ユウキおにーちゃんに助けられてきたから。だから、いなくなっちゃうの寂しいよ」

 

 初めて会った時には敵意すら向けられていたリーズも、今ではユウキのことを信頼している。そしてそれは、カームとカムイも同じだった。彼が戦った姿は、間違いなくこの世界に少しながらも影響を及ぼしている。

 涙ぐみながら抱きつくファイの頭を優しくなでる。

 

「お兄ちゃん……本当はね、本当は行ってほしくないの。もっと、頭をなでてほしいよ……」

「ファイ、ごめんな」

「謝らないでよ……ガスタを、家族を守るためでしょ? だから、一つだけ約束してね」

 

 

 

「必ず、ここに帰ってきてね。お兄ちゃんも、私の家族なんだから」

 

 

 

「ああ」

「ユウキ。私も同じだよ。もう、ユウキはガスタの一員だと私は思ってる。なら、ユウキが帰ってくる場所はここだから」

 

 ウィンダは彼のもう片方の手を握る。

 

「必ず帰ってきて。そして、できるなら___」

 

 

 

「今度はエリアル達と、一緒に……」

 

 

 

「___わかった。できるだけやってみるよ」

 

 二人の約束に笑顔で応えるユウキ。そして誓う。もう一度、ここに帰ってくると。

 そして、できるのであれば部族など関係ない、昔のような平和を取り戻す、と。

 すべては、異世界人の自分を受け入れてくれた人たちを少しでも守るため。家族を失う悲しみを少しでもなくすため。

 『救世主』でもない青年は、自分で選んだ道を進もうとしているだけだと考えている。

 

 だが、銀河眼に乗りリチュアへと向かうその姿は__

 

 

 

 まさしく、『救世主』だった。




次回!リチュア学園、はっじまるよ~(違)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話ー前編 私立リチュア学園

これは遊戯王の二次創作です。
ならば、突然学園物が始まってもおかしくない!!(暴論)


「猛毒の風が浄化された、ですって?」

「はい、間違いないかと」

 

 リチュア本部。その最深部でノエリアはヴァニティから作戦失敗の報告を受ける。

 猛毒の風。リチュアが生み出したガスタ特攻兵器。

 ガスタにはユウキがいることはわかっていたが、彼自身に魔術の才能はない。だから、この作戦は成功すると予想していたのだが。

 観測していたヴァニティは原因を忌々しい顔で報告した。

 

「監視係によると、どうやらエクシーズと思われる者が出現したそうです」

「エクシーズ……なるほど、異世界人は使用できたわね。その点はうかつでした」

「いえ、この結果も読めなかった我々にも非はあります。そう気を落とさずに」

「ずいぶんと優しいのね、ヴァニティ」

 

 妖艶な笑みを浮かべるノエリアにヴァニティは無言を貫くだけだ。何せ、他部族にエクシーズの力を伝えたのは誰でもないヴァニティなのだから。

 話を変えるためにも、久々の作戦指揮ということもあるノエリアを心配する。

 

「体の調子は大丈夫ですか?」

「ええ。もうすっかり治りました。今まで長代理、お疲れさま。刺激的な体験になったかしら?」

「いえ、別にそんなことは……」

「私が気を失っている間に多くの同胞が消えてしまった。これからはより効率よく侵略を進めなくては」

「は。すべてはノエリア様のおっしゃる通りに……」

 

 と、ここで扉が勢いよく開けられ、部屋に大きな音が響き渡る。

 怒りの形相を浮かべ入ってきたのは、アバンスとエミリアだった。足音を早め、二人はノエリアの前に立とうとするが間にヴァニティが割って入る。

 怒り心頭の二人を前にしても、ノエリアから笑みが消えることはない。

 

「あら、アバンスとエミリア。どうかしたのかしら?」

「お母さん、ガスタに何かしたって本当?」

「ええ。次の侵略の一手として猛毒の風を発生させたけど、それが何か?」

「それが何か、じゃない!!!」

 

 アバンスが大声で怒鳴ると、ヴァニティは小さく、だが確実に殺意を彼に放つ。二人から怒りの目線を向けられても、ノエリアは笑みを崩さない。

 そのノエリアの態度と止めないヴァニティに、アバンスとエミリアの怒りは止まることを知らない。

 

「ガスタにはユウキがいる。あいつはエミリアを救ってくれたんだぞ!?どうして、そんな真似ができる!!」

 

 例えガスタが敵だとしても、二人にとってユウキは恩人だ。二人を割くはずだった『死』をユウキは乗り越えさせてくれた。

 リチュアによって彼を殺したくはなかった。甘い考えなのはわかっているが、それでも嫌なのだ。

 今まで、自分たちの力のみが信じられるものだった。

 死ぬときは死ぬ。それは自分の実力が足りなかったから。それ以外理由はない。そんな自然の摂理の中で生きてきた。

 だから、離れ離れになると確信してしまった時怖くて、怖くてしょうがなかった。

 

 ____ユウキに助けられたとき、二人の中で何かが動いた。

 この怒りは、それがきっかけだった。

 

「異世界人には効くかどうかわからないわ。そう怒ることでもないでしょ?」

「ふざけるな!それに、同盟はまだ続いてる。それを裏切るなんて!」

「いつも通りでしょ?そもそも同盟は、インヴェルズを撃退するまでだったはずです」

「でも!どうして私たちにも伝えずにガスタを侵略したの!? どうして急にこんなことを!?」

「あら、そんなことを今さら聞くの?」

 

 そのとき、アバンスとエミリア、そしてヴァニティさえも幻影が見えてしまった。

 ノエリアの後ろから、とてつもない邪念が形どり笑みを浮かべているような純粋な『闇』を。

 

 

 

 

 

「『未知』を求めるために、必要な犠牲で邪魔な障壁だからよ」

 

 

 

 

 

「……わかった。もういい」

「……」

 

 アバンスとエミリアは諦めた顔で、部屋から出ていこうとする。

 ___わかっていた。すでにノエリアにとってガスタは奪い、殺すだけの対象になっていることに。そして、それに自分たちが加担していることに。

 結局、自分たちもノエリアと同じだと、すでに分かっていたのだ。

 わかっていた。わかっていた。わかっていたのだ。

 今さらいい子ぶったって、過去は変わらない。自分がしてきたことは変わらない。

 

 ___結局、何も変わっていないのだと。

 

 そんな状況の中、恐ろしい形相をした魚人が部屋に駆け込んできた。

 彼のコードネームは『リチュア・キラー』。その名の通り、殺すことに特化したリチュアだ。そんな彼が非常に慌てているのは訳があった。

 

「の、ノエリア様!大変です!!」

「あら、キラー。どうかしたの?」

「い、異世界人が、高屋 ユウキが我々の基地に攻撃を!!」

「ユウキが!?」

「攻撃をやめてほしければ、ノエリア様と話をさせろと!」

 

 ほう、とつぶやきノエリアは少し考える

 ユウキが攻撃していたとしても、ここ、リチュアの本部には届かない。その証拠に本部には衝撃すら響いていなかった。

 だが、キラーの慌てよう。このまま引き延ばせば兵士たちに大きな被害が出ることは想像にたやすかった。

 

「その要望を飲みましょう。高屋ユウキにもそう連絡してください」

「わ、わかりました!」

 

 指示を受けると、そのままキラーは部屋から走って出ていく。

 冷静なノエリアとは逆に、突然のユウキの襲撃にアバンスとエミリアは驚きを隠せない。そもそも、襲撃なんてするやつではないと考えていた。

 しばらくすると、ノエリアとユウキと儀水鏡での通話が始まる。

 

「ずいぶんと荒々しいのね。異世界の救世主 高屋ユウキさん?」

『救世主呼びはやめてほしい。こうして話すのは初めてですね。リチュア・ノエリアさん』

 

 映像からユウキが銀河眼に乗っていることがリチュア側に伝わる。おそらく襲撃も嘘ではない。

 こんな状況での話とは何なのか。アバンス達も通話を見守っていた。

 

「それで、私に話とは?」

『単刀直入に言うと、俺をリチュアにいれてくださいな』

「……へぇ」

「「「!!?」」」

 

 いきなりの要望にノエリア以外は驚きを隠せない。一方のノエリアは少し笑みを浮かべるだけだった。ユウキもノエリアの反応に特に思うことはないようで、リチュア側の回答を待っている。

 

「それで条件はどんな感じかしら」

 

 即答だった。何の迷いもなく、ノエリアはユウキを受け入れる意思を見せる。

 

『話が早くて助かります。こちらの要件は、他部族への侵略の禁止。俺の待遇はエリアル達儀式師と同じにすること。そして、エクシーズした魂についての知識の提供。その三つ』

「こちら側のメリットは?」

『銀河眼たちの力を好きに研究してください。要は、デッキをリチュアに貸します。まだ研究しきれてないんでしょ?』

「わかりました。その条件、呑ませていただきましょう。地上で少し待っておいてください。使いを出します」

『分かりました』

 

 交渉はあまりにもサクサクと進み、ノエリアは儀水鏡を使いユウキの元へと使いを出すように指示を出す。彼が提示した条件はかなり受け入れがたいものがあったのだが、ノエリアにとってそれは問題ではない。

 ユウキの目論見通り、銀河眼が手に入るのであれば彼女にとってすべては軽いことなのだから。

 そんな母親にアバンス達は呆れ、そしてユウキに心の中で謝罪の言葉を漏らす。

 

 ガスタを守るために自分を売った。

 

 いくら自分たちが侵略者でリチュアであっても、恩人であるユウキをそうさせたのが自分たちだと考えると、胸が苦しかった。

 しばらくして、ユウキがエリアルに連れられて部屋に入ってきた。彼は周囲にある見慣れない壁や装飾を忙しく見まわし、エリアルは沈黙した表情を浮かべている。

 ノエリアは歓迎の笑みを浮かべ、ユウキに話しかける。

 

「初めまして、高屋ユウキさん。私がリチュアの長、ノエリアです」

「ご丁寧にどうも。異世界人の高屋ユウキです。それで、俺の条件は呑んでくれるってことでいいですね?」

「ええ。我々リチュアが最も最優先させるのは『未知』ですから。銀河眼たち、フォトンモンスターは未知の塊。ぜひ研究させてくださいな」

「これがそのデッキです。あ、貸すだけですので、そこは忘れないでください」

「ふふ……」

 

 ユウキがデッキを差し出すと、ヴァニティがそれを受け取りノエリアの元まで運ぶ。デッキを、宝石を見るような目で見ているノエリアにユウキは物申した。

 

「それで、何枚か抜き取ったエクストラデッキのカードで研究は進みましたか?」

 

 牢獄から脱出したとき、カムイが持ってきてくれたデッキは枚数が足りなかった。メインデッキのほうは無事だったものの、エクストラデッキ。すべて『No.』のカードが抜きとられていたのだ。

 ノエリアは肯定も否定もしない笑みで応え、それにユウキは睨んで返す。

 

「ではヴァニティ、彼に儀水鏡のペンダントを」

「は。かしこまりました」

 

 ヴァニティはそう言うと小さな魔方陣を自分の手元に生み出し、そこに手を突っ込む。簡単な次元魔法だ。

 彼が取り出したのは小さな縦長の箱だった。それをユウキに渡す。箱を開けると、そこにはペンダント型の儀水鏡が入っていた。

 

「それはリチュアの証、儀水鏡です。魔術が使えないあなたにとってはここでの連絡手段だと思っておいてください」

「携帯電話みたいなものですか。了解しましたよ」

「では、取引はこれにて終了。ここからは、貴方はリチュアの一員。リチュアの掟には従ってもらいます。エリアル、彼を部屋に案内しなさい」

「……はい、ノエリア様」

 

 儀水鏡のペンダントをかけた後、ユウキはエリアルに連れられて部屋を出た。

 その際、アバンスとエミリアが何か言いたそうだったがあえて無視する。ノエリアの前では言いづらいこともあるだろう、という考えからだった。

 無言で歩くエリアルにユウキはフレンドリーに話しかける。

 

「どう、驚いた?」

「…………」

「おーい?」

 

 ユウキの声が届いていないのか、エリアルは無視し続ける。

 ユウキも少し諦めて、無言でエリアルの後ろをついていく。カツーン、カツーンと冷たい廊下に二人の足跡が響き渡り、それ以外の音は全く聞こえなかった。

 ユウキが地上から本部に連れてこられたとき、思ったのは『冷たい』だった。

 壁や細かい装飾。どれをとっても氷のように冷たそうだった。別に触ってそう思ったわけではなく、ガスタとは真逆の感覚。

 柔らかく、温かみのある場所ではなく、固く、冷たい場所だと感じたのだ。

 

 しばらくして、エリアルが一枚の扉の前で立ち止まり魔術を使用する。彼女が手のひらから魔法陣を出すと、かちゃりと乾いた音が扉から響く。

 

「おお、魔術で解錠したのか!」

「入って」

 

 驚くユウキを無視し、エリアルは部屋へと入る。彼女に続くようにユウキが部屋に入ると、まさに普通の、具体的に言えばユウキがいた世界と同じような、家具が置いてある普通の部屋だった。

 勉強机に大きな本棚。椅子にベッド。布団も既に敷いてある。

 窓もついており、そこからは水中が見える。小さな魚や時々リチュア・ビーストがこちらを眺めてくる。

 

「やっぱり、リチュアの本部って水中にあるんだな。浸水とか大丈夫なのか?」

「……」

 

やはりユウキを無視し続けるエリアル。いい加減ユウキが悲しくなってきたときだった。

 エリアルが部屋の扉を出現させ、大股で近づいてきた。そして、目を見開いて___

 

「あんた、何考えてるの!!!?」

 

 思いっきり至近距離で怒鳴ってきた。

 

「え!? 無視してたんじゃないの!?」

「違うわよ!外であんたと話して、変な印象をリチュアの皆に持たれないためよ!!」

「ツンデレだったらもう広まってるぞ?」

「うるさい!私の質問に答えなさい!!」

 

 ユウキの茶化しに顔を赤くしながらも、エリアルは真剣に怒っていた。

 ここまでの彼女をユウキは今まで見たことがない。今までどこか余裕があるような雰囲気だったのに、今はどうだ。

 ユウキにはまるで、友人を心配するかのように見えたのだ。

 

「わかったわかった!そう焦るなって」

「焦ってない!」

 

 なんとかエリアルを話すことに成功したユウキは、これまでの経緯について話す。

 猛毒の風を防ぐために、カームとエメラルがエクシーズを行ったこと。カームの姿が元に戻らなくなったこと。

 そして、ガスタを守るためにも自分をリチュアにいれるように提案したこと。

 すべての聞き終えた後、エリアルは___

 

「あんた、バカじゃないの?」

 

 ものすごく呆れた声でユウキを馬鹿にした。

 それはもう、人ではないようなものも見るような目で。心底呆れた感情を凝縮したような声で。

 その反応にはユウキも少しムッとした顔になる。

 

「なんでさ!」

「あんた救世主じゃないんでしょ? なら、わざわざ自分を売るとか馬鹿じゃないの?」

「そりゃ……そうなんだけどさぁ……」

 

 ここでなぜか照れくさそうに、頬を染めながら目線を合わせないユウキ。その意味が分からず、エリアルは首をかしげる。

 実はユウキ。あといくつかリチュアに入りたかった理由がある。

 

 しかも、すっごく個人的な理由で。それはもう、ただの青年として。

 

「え、エリアルの近くにいられるかなぁ~って……」

「…………………」

「そこ、引くな。わかってたけど」

 

 思わず引いてしまうエリアルにユウキはきちんと理由を話す。

 

「正直に言うと、ガスタを守るためとかそんな立派な理由じゃない。帰るためにはリチュアの力がいるからそれを調べるのと、ガスタのスパイとしてリチュアを抑制するためなのが主な理由」

「やっぱりガスタのためじゃない。別にそう謙遜することないでしょ? 救世主サマ?」

「だから、やめてくれ」

 

 エリアルはからかっているような笑みを浮かべているが、本心から言っているのだ。

 なんだかんだ自分のためと言いつつも、結局それが誰かのためになっているのであれば、それはもう『救世主』や『英雄』といえるだろう。

 しかも、彼自身にその自覚や鼻にかけている部分がないのがより鮮明に感じさせる理由にもなっている。

 

「ま、あんたごときに止められるリチュアとは思わないことね」

「そうなんだよなぁ……いろいろ苦労は多そうだし、頼りにしてるよ。エリアル」

 

 ハァ……と小さくため息をついた後、しょうがないという口調でエリアルは答える。ノエリアから任されてしまった、ユウキのお世話係としての回答だ。

 

「お義母さんから世話をしろって命令出ちゃったし、しょうがないから!やってあげるわよ。光栄に思いなさい」

 

 

 

 

 リチュア生活。一日目。

 部屋のベッドで爆睡しているユウキの姿は、休日に爆睡する大学生のようだった。少し前まで大学生だったのだが。

 そんな平穏は、扉の爆発音で削除される。

 

「おーきーなーさーい!!!」

「ウェイ!!?」

 

 部屋の一部が急に爆発し、その衝撃と爆音で飛び起きるユウキ。なお、くせ毛以上に寝ぐせがついており、簡単に言うと爆発している。服装も完全に寝巻用の軽装である。

 そんな彼を起こした原因を作ったのはほかでもない。エリアルである。

 

「今何時だと思ってるの!!」

「へ……?」

「もう朝礼に遅刻してるんだから、さっさと身支度しなさい!!」

「はぁ……」

 

 寝ぼけ眼でまだ状況が把握できていないユウキにイラついたエリアル。無言で儀水杖を構え小型の魔法陣を展開。小型の魔弾(マジックミサイル)を彼の顔面に直撃させる。

 当然、ユウキは勢いでベッドに戻された。流石に死ぬほどではないが、結構痛いようでベッドでのたうち回っている。

 

「なにすんだ!!!」

「遅刻だって言ってるでしょ!!!」

 

 ギャーギャーとやかましいやり取りをした後、ユウキはリチュアから支給された衣服に着替え、ウィンダとファイからもらったペンダントと儀水鏡のペンダントの二つを首にかけると、二人とも全力ダッシュを始める。

 リチュアの衣装はガスタの者とは打って変わって、黒を基調としたものだ。黒い肌着に青いシャツと白のズボン。その上に黒のローブを羽織っている。なお、この黒のローブはエリアルとお揃いにしたいとう男のロマン(笑)が詰まっている。

 昨日は冷たく静かな廊下だったが、今は二人の足音で非常にやかましくなっている。その二人の前から、白い調理服、つまり割烹着を着た魚人。リチュア・アビスが歩いてくる。

 アビスは二人に鋭い牙を見せ、笑顔で注意する。

 

「おお、エリアル様と新入り。もう朝礼始まってるから早くしろよー」

「わかってる!」

「す、すみません!!」

 

 急いで返事をするがゆえに、いつもは仮面を被っているエリアルは素の反応を。ユウキは大学の先生に怒られた時の反応が出てしまう。その反応は完全に予想外だったようでアビスはぽかーんと、あっけにとられた顔で止まってしまう。

 アビスの横を走り抜け、数分後。二人は集会室前に到着。扉を勢いよく開けると、アバンスがリチュアの全員に今日の連絡をしているところだった。

 

「___という訳だ。今日は特に侵略行動はなし。各自、いつもの訓練や特訓を行うこと。また、今日はアビス組が調理担当だ。楽しみにすること」

「「「やったーーー!!!」」」

「そこ、ヴィジョン組うるさい。じゃあ、エリアルとユウキは後で俺のところに来ること。以上、朝礼を終わる。今日も平和な侵略を!」

「侵略を!」

 

 平和な侵略という謎のワードで朝礼は締めくくられてしまい、直々に呼び出されてしまった二人はアバンスのもとに向かう。

 アバンスは怒ったような表情は見せないものの、二人が来ると小さくため息を漏らした。

 

「遅刻厳禁だ」

「ゴメン……」

「こいつが寝坊なんてしなきゃ……」

「連帯責任だ。世話係のエリアル」

「はい……」

 

 アバンスに何も言い返せない二人。昨日説明を受けていたにもかかわらず、起床することのできなかったユウキに原因があるのだが。

 一応フォローするなら、ユウキは昨日ガスタの里を走り回ったり、銀河眼やエクシーズを召喚したりして体力が少なくなっていたことも理由である。

 反省の色を見せていることに納得したのか、アバンスは顔を少し緩めた。

 

「じゃあ、朝食に行くか。今日はアビス組が担当だからかなりうまいと思うぞ」

「アビスって、さっきの会った魚人だよな。あの時間に言って朝食できてるのか……?」

「それは大丈夫だ。アビス組はうちでも一番の料理上手だ。昨日から仕込みを行っているはずだ」

「それ、かなり本格的なのではないでしょうか……」

 

 アバンスに連れられ、食堂へと移動するユウキとエリアル。

 綺麗に列を作った魚人たちの後ろに並び、『今日の献立』と書かれたパネルを確認する。

 

「ええっと、カレーに焼き魚にパンメインの洋食……これ、うちの大学よりも豪華じゃねぇか!!?」

「だから言っただろ? アビス組は美味いと。おすすめはカレーだ」

「い、意外だな……」

 

 アバンスと共にカレーの列に並ぶ。一方エリアルは洋食に並んだ。そのまましばらくすると、カレーを次々とついでいる割烹着をきたアビスたちが見えてきた。その速度はまさに職人のごとく。数秒で五人以上のカレーを用意している。

 受け取り口に近づくたびにカレーのいい匂いが強くなり、朝の起きていない脳が徐々に覚醒し、それと共に空腹をはっきりと感じられるようになってくる。

 

「腹減ったぁ……」

「もうすぐだ。……おはよう、アビス」

「おお!アバンスぼっちゃんに新入りさんじゃねぇか!!こいつはおおきに!」

(なぜ関西弁……?)

 

 着ているのは割烹着だが、その対応は完全に板前のおっちゃんである。

 アビス___の一体はいい笑顔で二人を出迎えた。

 後ろにも何人もの同じ顔、アビスたちがカレーを作っている。一人一人ならまだともかく、何十人も同じ顔が集まるとユウキには狂気にしか見えない。

 

「で、量や辛さはどうしましょう?」

「俺は全部普通でいい。ユウキはどうする」

「あ、ええっと、量は少し多めで。」

「了解!少しお待ちを!」

 

 数秒後、あの職人技によってアバンスとユウキの頼んだカレーが同時に到着する。配膳皿にカレーを置き、座る席を探していると彼らを呼ぶ声が聞こえた。

 

「アバンスー!ユウキー!こっちこっち!!」

「エミリア、朝から元気なんだな」

 

 エミリアが席をすでに取っていたようで、テーブルの空席が二つ。

 席は四つあり、アバンスとユウキの向かい側にはエミリア。そして、エリアルが座っている。

 珍しいものを見るように、エリアルを見るアバンス。

 

「珍しいな、エリアルがいるなんて」

「私だってエミリアに連れてこられなければここいないわよ……」

 

 どうやらエミリアが(無理やり)連れてきたようで、エリアルはなんだか疲れ切っているような雰囲気を醸し出していた。

 一方のエミリアは輝くような笑顔で二人を迎えた。

 

「さて、ユウキ。リチュア就任、おめでとー!」

「お、おう。ありがと……ってこれ、喜んでいいのか?」

「もちろんだよ!じゃあ、いただきます!」

「いただきます」

 

 挨拶をして食事を始める四人。各々が注文したものを口にすると、同じ反応を同時にするという奇跡が起きる。

 

「うま!? なにこれ、めちゃくちゃうまい!!」

「う~ん、やっぱりアビス組は違うね!」

「流石だな。この味はアビス組のカレーでしか出せない」

「この味、どんな魔術を使えば……」

 

 なんかエリアルだけずれているが、それでも皆美味しいという感想を持つほどアビス組の料理はおいしかった。

 普段は朝食をあまり食べないユウキだが、今日は量を増しておいて正解だったと心から思える。カレーをすくうスプーンが止まらない。

 味わって食べようとしたが、気づいたらカレーは既に胃袋の中だった。

 

「ずいぶんと速かったな。そんなにうまかったか?」

「ああ……予想以上だった。こんなうまい料理は食べたことがない」

「な~んかユウキの反応、子供っぽいね~。ま・さ・に、小さいころのエリアルみたいな」

「エミリア」

「~♪」

 

 睨むエリアルだがエミリアはまったく気にしていないようで、へらへらと笑う。

 談笑をしながら朝食の時間は流れる。アバンスもエミリアも、エリアルも年頃の会話を楽しみ、ユウキは笑みを浮かべながら聞いていた。

 

 あっという間に朝食の時間が終了し、ユウキはエリアルと共に食堂を出て廊下を歩く。アバンスとエミリアは別件で用事があるため食堂で別れた。

 自分から話そうとしないエリアル。やはりリチュアの中では静かなのだろうか。

 それでも黙っているのは嫌なので、ユウキは彼女にリチュアの構成について尋ねる。

 

「なあ、エリアル。もしかしなくてもなんだけど、魚人のリチュアって何人もいるのか?」

「ええ。中身は違うけれど、見た目はリチュアに適した体に変えたから」

「……チェインが言ってた本当の名前じゃないって、そういうことなのか?」

「ここで呼ばれているのはコードネーム。オリジナルと同じ能力を持っているという証であり、リチュアの生贄であるという烙印でもある」

「……」

 

 エリアルの口調は淡々としている。それが、わざとなのかはわからない。だが、その話を聞いてユウキは体が冷たくなるような感覚に襲われる。

 

 何もかも正反対だ。

 部族全員が家族のような温かさを持っているガスタ。

 部族全員が生贄として考えているリチュア。

 戦いを好むラヴァルも、嫌うジェムナイトも、仲間への温かさはあった。リチュアにはそれが全く感じられなかった。

 

 あまりにも自分の理想、思想とはかけ離れている部族。それがリチュア。朝食のあの時間が嘘のように感じられてしまう。

 立ち止まるユウキに気づき、そして何事もなかったかのように歩くエリアルは、怖気づく情けない新入りに背を向けたまま彼女は言葉を投げる。

 

「突っ立てないで歩きなさい。そうやって立っていて、何かを成し遂げられるのならね」

 

 厳しい口調だ。厳しい言葉だ。

 

 だが、この道を選んだのは誰だ。今まで戦わされてきた自分が、この世界で初めて選んだ道のはずだ。

 こんな、初日でくじけるなんて__そんな自分は自分自身が絶対に許せない。

 

「ふ~ん……多少は成長してるみたいね。救世主サマ?」

「その呼び方はやめてくれって」

 

 立ち止まっている時間はない。今はただ、結末を変えるためにも走るだけだ。止まっていた足を動かし、先を歩くエリアルの横に並ぶ。

 それを見て、エリアルは小さく笑みを浮かべて歓迎の言葉を述べる。

 

 

「ようこそ、私たちの部族。この世界の嫌われ者集団___リチュアに」

 

 

 

 

 長い廊下を歩くエリアルとユウキ。リチュアに来て初日となる今日の要件は、いきなりの実戦だった。

 その部屋にたどり着くまで二人は話し続けていた。主にユウキがリチュアについて聞いて、それにエリアルが答える形だった。

 リチュアの闇は深い。底など見えはしない。それでも知っておきたかった。少しでもリチュアを知りたかった。

 目的の部屋に到着し扉を開けると、そこにはノエリアとヴァニティ。そして一体のシャドウ・リチュアがいた。

 ノエリアはユウキを見ると、いつものような笑みを浮かべる。ユウキにはそれが冷たい笑みにしか見えない。

 

「ユウキ。昨日の夜に通達したように実戦データを取らせてもらう。これを」

 

 ヴァニティからデッキを受け取り、シャドウの前に案内される。

 エリアルは後ろに待機したままでユウキとは一緒に来ない。ユウキがシャドウの前に立つと、ヴァニティも一旦距離を取り円状の結界を発生させる。

 

「では、シャドウと戦ってもらいます。戦闘準備を」

「こんな若造が今まで戦い抜けていたとはのぅ。運命とはわからぬものじゃ」

 

 ユウキがカードを引いたのを確認すると、シャドウは重い腰を上げ、胸の儀水鏡に手をかざす。

 

「我と契約せし古の悪魔よ。我が肉体に宿りて、目の前の壁を粉砕せよ___降魔、ソウルオーガ」

「完全詠唱!!? じゃあ、そのシャドウは……!!」

 

 シャドウの詠唱が終わると彼の下にリチュアの紋章が現れ、そして一発の赤い雷が落ちる。ユウキが再び目を開けると、目の前には筋肉隆々の悪魔。イビリチュア・ソウルオーガが出現していた。

 

「エリアルやアバンス、エミリア以外にも儀式できる人っていたのか……」

「気をつけなさい!そのシャドウはオリジナル。お義母さんと共にイビリチュアを完成させた……天才儀式師!」

 

 オリジナル。ここに来る前の質問で聞いていたことの一つだ。

 リチュアが創られてはじめに行われたこと。それは戦力増強だった。ただの魚人たちをそれぞれ、能力のある者の体と同じにする。それがリチュアの軍勢の正体。

 そして、そのもとになった者たち。ノエリアに選ばれた者たちをオリジナルという。

 

「ほほ。現リチュア最高儀式師のエリアル嬢にそう言ってもらえるとは、わしもまだまだやれるかのう」

「イビリチュアを完成させた天才に言われても、全然うれしくないわよ」

「ふむ。では新入り、本当にリチュアに役立つかテストしてやろう」

 

 ソウルオーガの拳がユウキに襲い掛かる寸前に二枚のカードを切る。

 

「フォトン・スラッシャーを特殊召喚!クラッシャーを通常召喚!」

 

 二体のフォトンモンスターがソウルオーガの拳を武器で受け止め、なんとか拮抗する二体モンスターだったが徐々に押され気味になっていく。

 それでも時間は稼げた。ユウキは必死になって距離を取った後、エクシーズの宣言を行う。

 

「スラッシャーとクラッシャーでオーバーレイ!」

「む」

 

 エクシーズの宣言で二体のモンスターが黄色の光球になって、発生した銀河の渦に吸い込まれ爆発を起こす。

 

「エクシーズ召喚!現れよ、輝光帝ギャラクシオン!そのまま効果発動!オーバーレイユニットを二つ使って、デッキから銀河眼の光子竜を特殊召喚する!」

「ハァっ!!タァ!!!」

「早速エクシーズとは、いい反応じゃ」

 

 ギャラクシオンは出現すると、双剣をオーバーレイユニットを貫きながらソウルオーガに投げつけるという技を見せる。

 ソウルオーガはギャラクシオンの攻撃を回避し、双剣が床に突き刺さる。

 銀河の皇帝の力で、ユウキは光の竜を降臨させる。

 

「光の化身、ここに降臨!現れよ、銀河眼の光子竜!!」

「ほぅ……」

 

 ソウルオーガとユウキの間に降臨する銀河眼と横に並ぶギャラクシオン。その光景を見てソウルオーガとノエリアは笑みを浮かべる。

 この戦いに興奮しているわけではない。より『未知』を間近で見られるから浮かぶ笑みだった。

 

「では、光の竜の力を見せてもらおうかの!」

「銀河眼!イビリチュア・ソウルオーガを攻撃!!」

 

 ソウルオーガの右腕に禍々しい瘴気が、銀河眼の体に周囲の光が収束する。

 ソウルオーガが一歩踏み込むと床に穴が開き、次の瞬間には銀河眼の前にすさまじい勢いで突っ込んでくる。

 だが、銀河眼も負けていない。ソウルオーガにすぐさま反応し、攻撃目標を右腕に確定させる。

 悪魔の右腕が銀河眼の顔に叩き込もうと、銀河の光がソウルオーガの右腕を吹き飛ばそうとし、両者の攻撃が衝突する。

 

「破滅の、フォトン・ストリーム!」

「『鉄槌(スマイト)』」

 

 

 

 ___次の瞬間、部屋全体を揺るがす衝撃が走る。

 ヴァニティが張っていた結界はすぐさま砕け散り、外から見ていたノエリアとエリアルにも爆風が襲い掛かる。

 衣服はたなびき、エリアルとヴァニティは必死に衝撃に流されないように踏ん張る。部屋の装飾や壁にはひびが入り、小さな小石などは壁に衝突して壁に埋め込まれた。

 衝撃が収まり、視界が開けてくるとお互いに無事な銀河眼とソウルオーガ。そして、ギャラクシオンに守られているユウキの姿が見えた。

 

「ふむふむ、よい力じゃ。古の悪魔以上になる可能性も秘めているとは」

「そいつはどうも。まだやるんですか?」

「そうしたいところではあるじゃがな……」

 

 ソウルオーガに異変が起こる。筋肉は徐々に衰えていき、体も縮小していき、気づけば、いつの間にかユウキの前にはシャドウが腰をついていた。

 

「わしはもう体が持たなくてのぅ。三分程度が儀式体の限界なのじゃよ」

「なるほど……」

 

 杖を使いながらよろよろと情けなく立ち上がるシャドウの姿は、ただの老人のようでリチュアの儀式師のようには見えなかった。

 その姿に、何気ない人間味に、思わずユウキは苦笑を漏らした。

 

「今のだけでもかなりの力を観測できたわ。シャドウ、ユウキ、お疲れ様。エリアル、ユウキと共に研究に戻りなさい」

「はい、ノエリア様。……行くわよ」

 

 シャドウの限界によって実践訓練は三分足らずで終了し、エリアルとユウキは部屋から廊下に出た。

 デッキはユウキが所持したままだ。ノエリアは特に何も言わなかったが、おそらく今後も実戦データをとるためだろう。

 

「で、とりあえず私の研究室に行くことにするから」

「お!」

「なんでそんなに嬉しそうなのよ。……バカみたい」

 

 笑顔で自分についてくるユウキ。そんな彼をエリアルはおかしく思いながらも、小さく笑みを浮かべた。

 再び冷たい長い廊下を歩く二人。ユウキはエリアルに質問の続きをする。

 

「なあ、オリジナルってすごい人だって聞いたけど、シャドウはそんなことないような……」

 

 ユウキの言うことはエリアルにもわかる。

 先ほどの戦闘は三分足らずで終了した。銀河眼にもソウルオーガにも傷はついていない。だが、ソウルオーガを保つことができずシャドウの実質的な敗北で終わったのだ。

 ___オリジナル。その名にふさわしい相手とはいいがたかった。

 

「すごい、というよりオリジナルはリチュア初期メンバーなのよ。つまり、今のリチュアの技術を創った者たち、というのが正しいわね」

「なら、余計にすごくないといけないんじゃ?」

「オリジナルはリチュアの兵士たちの元。逆に言えば、それだけ魂をいじくりまわされているということなのよ」

「魂を……?」

 

 考えてみれば簡単なことだった。

 見た目が全く同じ者たち。それは本来ありえない。

 似ているならともかく、まったく同じ。肌の色も、目の色も、声さえも同じ。

 食堂でアバンス達と談話していたからあまり気にならなかったものの、周囲の状況に目を配っていたらユウキの気は間違いなく狂っていた。

 

「魂の複製。写魂鏡を使ったリチュアの得意分野よ。オリジナルと同じように他の魂を設計しなおす。当然、オリジナルもそのたびに魂をいじられる。だから、肉体は無事でも魂が壊れかけていることが多い」

「……」

「そう怯えなくても、あんたはそんなことされないから。しても意味ないし」

 

 ユウキが思っているのはそこではない。

 あまりにも倫理観から離れているその行いを、当り前のように話すエリアルに戦慄を覚えているのだ。

 

「エリアル、それはリチュアの普通なのか?」

「普通ね。他の部族と断絶しているから、戦力確保には一番手っ取り早い方法だし」

「そう、なんだ」

「……今さらでしょ。そんなことを聞いても、誰も疑問に思ってないんだから。それにね、リチュアに望まずに所属している人はいない。誰もがお義母さん、リチュア・ノエリアに忠誠を誓っている。お義母さんが言うことは、リチュアの方針、すべてなの」

 

 ユウキは前にチェインが言っていたことを思い出す。

 

『惜しいさ。でもな、俺たちはノエリアさんについていくって決めた。なら、その道を進むだけ。他のリチュアも、きっとそう考えてるよ』

 

 命は惜しい。それ以上に、ノエリアのことを信じている者たち。それがリチュア。

 ユウキの記憶では、リチュアは氷結界のトリシューラ解放反対派の者たちがノエリアに引き連れられて集まった部族だと覚えている。

 かつて、氷結界で何があったのか。ユウキは把握していない。

 それでも、氷結界内で何か大きな絶望があり、その絶望を覆すためにノエリアに希望を見たことは感じ取れた。

 ノエリアは歪んだ形ではあるが確かに、リチュアの『希望』なのだ。

 

「さ、ついたわよ。入って」

「あ、ああ」

 

 ある部屋の前に到着し、二人は部屋の中に入る。そこは儀式場だった。

 床には儀式に使われるであろう魔法陣が赤い線で描かれており、左の壁側には机がある。机の上にはいくつかの薬品と分厚い魔導書が置かれており、いかにも実験室であることを現していた。

 部屋をきょろきょろと見渡しているユウキをいつものようにスルーし、エリアルは机の上に置いてある眼鏡に手を伸ばし装着する。

 

「じゃあ、これから授業を始めるわよ。覚悟しなさい」

「りょ、了解」

 

 なぜか顔を赤くするユウキだが、エリアルはやっぱり無視して魔術の授業を始める。

 

「私たちリチュアが使っている魔術は、いわゆる異世界の知識から成り立っているの。あんたの銀河眼と同じようにね。逆にガスタは自分たちが使える力を変化させたもの。この世界特有の魔術と言っていいわ」

「つまり、ガスタの風を操る力を魔術に変えたってこと?」

「その通り。だから、あいつらは杖とかは本来なら使わなくても魔術を使用できる。あれはあくまでもコントロール装置だから」

「……あれ、エリアルはガスタにいた時は儀水鏡なしで魔術使ってなかったっけ?」

 

 ガスタに捕虜としていた時、魔術の披露会があった。

 その時エリアルは簡単だが、非常に繊細で綺麗な水の魔術を使用していたことにユウキは疑問に思う。

 

「話を最後まで聞きなさい。確かに私たちリチュアは、準備なしで魔術を使うことはできない。使うためには、儀水鏡か魔術を呼び出す魔法陣が必要になる」

「あの時は魔法陣をかいていたってこと?」

「ある程度制御できるようにね。魔法陣や儀水鏡が必要になる分、ガスタの魔術と比べると非常に破壊力や応用力が高い。水以外にも使えるし」

 

 実際、エリアルが儀式体であるマインドオーガスになったとき『雷撃(ライトニングボルト)』を使用していた。他にもやろうと思えばいろんな魔術が使えるのだろう。

 

「で、私の研究は新しい魔術を生み出すこと。具体的に言うと、異世界に接続してその知識をこの世界に呼び出すこと」

 

 そう言ってエリアルは魔法陣の中央に立ち、儀水鏡を胸に抱えて目をつぶる。

 ユウキはこの状況に既視感があった。それは一枚のカードイラスト。儀水鏡の瞑想術だった。

 

「___浸食(アクセス)開始」

 

 エリアルがつぶやくと儀水鏡から淡い光が漏れだす。とても集中しているようで、ユウキの様子をうかがっているようには見えない。

 

侵略(ロード)___魔術発見。儀水鏡に模写(セーブ)。3…2…1…完了。浸食(アクセス)終了」

 

 儀水鏡から光が徐々に消えていき、完全に消えたところでエリアルが目を開ける。ふぅと一息ついた後、彼女は儀水鏡をもって机へと向かう。

 ユウキは何が何だか分からないので、とりあえずエリアルの後ろから様子をうかがう。

 

「今ので新魔術は発見できた。あとはこれをこの世界で成り立たせるために魔術の構成を考えなくちゃいけない」

 

 机の上の分厚い本、もはや辞書のようなノートをエリアルは開く。そして、手にペンを持ち椅子に座った。

 

「さてと、今回の魔術は……っと」

「ん? 何の魔術かわからないのか?」

「ええ。異世界にどんな魔術があるのかは分からない。そもそも接続するだけでも結構な体力を使う。そこからピンポイントで一つの魔術を読み込むのは不可能なの。だから、こうやって一つずつ書き込んでいるって訳」

 

 エリアルが儀水鏡に触れると、バラバラになっている文字らしきものが浮かび上がった。

 当然日本語ではないため、ユウキにはまったく意味が分からないが彼女は理解しているようで顔をしかめた。

 

「あ~……これ禁術レベルの奴引いちゃったかぁ」

「禁術?」

「そ。イビリチュア関連じゃないとデメリットが大きい魔術のこと。基本的には儀式体でしか使わない魔術。強力なんだけど、組み立てるのに時間がかかるのよね……」

 

 そう言いつつもエリアルは魔術の組み立てに取り掛かる。

 儀水鏡に浮かんでいる文字を、頭をひねりながら、うなりながら、首を傾げながら並べていく。ユウキはそれを黙って見つめていた。

 

 

 ___一時間後。

 

「あーーーー!!!!できない!!!」

「ふぇ? あれ、俺寝てた?」

「寝てんじゃないわよ!!」

「イテっ」

 

 魔術が完成せず苛立ちを隠せないエリアルに、あまりにも暇だったため寝てしまっていたユウキ。彼女のストレス発散のために理不尽な暴力を受ける。

 

「あ~もう!禁術だからめちゃくちゃ長いし!うまくいかないし!イライラする!!」

「だからと言って俺を殴るのはやめてくれ!」

「うっさい!役に立たないんだから私のストレス発散くらいにはなりなさい!……はぁ、一息つきましょうかね」

 

 エリアルは手元の小型の魔法陣を出現させ、その中からマグカップと一本の瓶を取り出した。瓶の中にはオレンジ色の液体が入っており、それをマグカップに注いで飲み干した。

 

「それ、オレンジジュースか?」

「まあね。ガスタから奪ったり、連合軍の時に供給されたものを使用してる」

「気になったんだけど、その魔法陣はどこにつながっているんだ?」

「自室の冷蔵庫」

「へぇ~……ところでさ、俺は何をしたらいいの?」

 

 先ほどからエリアルを見ているだけだったユウキ。いくら実践を行ったとはいえど、流石に暇である。

 

「じゃあ、あんたのデッキの研究でもしましょうか。息抜きついでにね」

「息抜きなのか? それ」

「うるさい。さっさと召喚しなさい」

「へいへいっと。ドロー!……クリフォトンを召喚」

「フォト!!」

 

 出現したクリフォトンはユウキの周りを二周ほど回った後、彼に頬ずりをする。クリフォトンの頭をなでつつ、ユウキは申し訳なさそうにエリアルに告げる。

 

「ゴメン。手札事故った」

「はぁ!? どういうことよ!」

「いやぁ……召喚できるモンスターがクリフォトンしかいなかった。銀河眼も引いたけど、召喚できないし」

「役立たずめ……まあいいわ。さ、その召喚獣を渡して」

「フォト?」

 

 きょとんとした目でエリアルを見つめるクリフォトン。その瞳に、エリアルはうろたえた。

 ジーっと見つめるクリフォトンと、なんかためらっているエリアル。その状況に苦笑いを浮かべるユウキは、クリフォトンに命令する。

 

「クリフォトン、エリアルのところに行きな」

「フォト!」

 

 クリフォトンはユウキにしたように、エリアルの周りを二周回った後彼女に頬ずりした。

 ユウキはきっと、エリアルが少し怒ると予想していた。

 

 が、その予想は全く外れることになる。

 

「か、可愛い……」

「フォト?」

「ん?」

 

 その直後、エリアルはクリフォトンを思いっきり抱きしめ満面の笑顔を浮かべる。

 

「フォトぉ!?」

「可愛い!なんか私の好みだわ、この召喚獣!!」

「ふぉ、フォトぉ~~」

 

 抱きしめられて苦しそうに助けをこうクリフォトンだが、ユウキは苦笑いを浮かべ続けるだけだった。

 ギューッとぬいぐるみを抱きしめるようにして、子供のような笑顔を浮かべるエリアル。リチュアの儀式師ではない、女の子としてのエリアルがそこにはいた。

 

「エリアル。クリフォトンが苦しそうだから、そろそろ離してやって」

「……ハッ!べ、別にぬいぐるみにしたいとか思ってないから!」

「はいはい。で、どうやって研究するのさ?」

「ふぉ、フォト~~」

 

 ヘロヘロになって帰ってきたクリフォトンは座っているユウキの膝の上で休む。目はぐるぐる目になっており、結構苦しかったことを伝えていた。

 コホンと咳払いをしてから、エリアルはクリフォトンに対して魔術を使用する。

 

「『分析(アナライズ)』___ほうほう」

「え、分かったの?」

「大体ね。これ、うちの召喚術___儀式と同じような魔術が使われている」

「え!?」

 

 その分析結果にユウキは驚かざるを得なかった。

 召喚魔術が高度な魔術とか、フォトンが異世界の力だとかはまだ知っても『なるほど』くらいしか思わなかった。だが、その元がリチュアと同じものとなれば、ユウキをこの世界に呼んだ謎の声の正体にも近づけるのだ。

 

 ___つまり、現状でユウキをこの世界に呼んだのは、リチュア関係の人物となるのだから。

 

「というか、そのことって前に解析していたリチュアって知ってるの?」

「いや、知らないと思うわよ。知っていたら上に伝達があるはずだから」

 

 普通に話すエリアルだが、ユウキは非常に感心していた。他のリチュアができないことを、彼女は平然と淡々とやってのけた。感動の言葉が口から洩れる。

 

「___それって、エリアルがすごいってことじゃないの?」

「はぁ? なんでよ」

「いや、だってさ。俺が牢獄いた時間って大体数時間なんだろ? その時間でも分析できなかったことを、エリアルは今数秒で解析した。これってすごいことだろ?」

 

 ユウキの言葉は100%善意から出た言葉だ。

 しかし、ユウキの称賛の言葉にエリアルは暗い影を落とすだけだった。

 

「すごくない。こんな初歩の魔術なんて、誰だって使える」

 

 妙に頑固なエリアルにユウキはすこし、イラっとする。

 

「あのさ、いい加減自分を認めたら?」

「何が。別に認めてるわよ。私が___」

「「未熟者だから」だろ?」

 

 二人の言葉が重なる。そのことにエリアルはあっけにとられた。

 今度は、ユウキが小さくため息をつく。

 

「何度も聞いてるよ。認められてないとか、未熟者だとか。そんなこと今やったことをリチュアの皆に見せてから言ってみろって。誰もできていなかったんだろ。なら、それはエリアルの成果だ」

「……なんなのよ、あんた。どうしてそこまで私を無理やりフォローしようとするの?」

「無理やりなんかじゃない。俺は魔術を使えないし、みんなみたいに直接戦えるわけじゃない。だから、それがすごいことだと思ってる」

 

 異世界に来て多くの戦いを見てきた。実際に参加した。

 それでも、足と心の震えが止まったことはなかった。銀河眼によって無理やり立たされていただけだった。

 デッキがなければ戦うこともできず、そもそも戦いたくもなかった。そんな中で自分よりも年下なのに、戦争に飛び込んでいく者たち。そんな風には絶対になれないと、ユウキは理解している。

 

「だから、なんなのよ」

 

 だが、彼女にその言葉は届かない。聞こえないように必死に耳をふさいでいる。

 

「わたしは全然すごくない!このリチュアではお義母さんに認められなきゃ意味がないの!」

「___じゃあ、俺が全部認めてやる」

 

「俺がエリアルのすごいところ、全部認めてリチュアに伝えてやる!」

 

 そう言うとユウキは突然立ち上がり、部屋から出ていこうとする。その後の行動を予想できたエリアルは顔を青くして彼を止める。

 彼の手首をつかみ、そのまま壁に押し付ける。

 

「ちょっと、何をする気!?」

「ノエリアに抗議しに行く!なんでエリアルを認めないんだって!」

「余計なお世話だから!ただ私が未熟者なだけだから!」

「そんな訳ないだろ!? なんでインヴェルズを一人で倒せて、インヴェルズを足止めできて、こうやってすぐに分析できるエリアルが未熟者な訳ないだろ!!」

「な、なんで怒ってるのよ……」

 

 非常に怒っているユウキを理解できないエリアル。もっとも、大体の人が分からないだろう。これはあくまで彼女の問題であり、ユウキには関係ない。むしろ関わってどうにかなる問題ではない。

 そうだとしても、見過ごしたくはなかった。

 努力がすべて報われるわけではないし、そもそも誰かに評価されるために努力をするのは何か違うのだから。

 だがここに、エリアルは結果を出し、それがリチュアに貢献していることは確かだ。それを、母親から認めてもらえないなどという悲惨なことがあってはいけない。

 

 そんな、ひどいことがあってはいけない。

 

 だから、余計なお世話であろうと、お節介であろうと、その事実を伝えたいと思ったのだ。彼女のすごいところはいっぱいある。ユウキはそれを知っていた。

 

「エリアル。魔術を創るのが研究なんだろ。今のリチュアの魔術も創ったのか?」

「……三分の一くらいは」

「ええ!!そんな創ったのか!?」

「それが、私の研究だから……」

「それすごいだろ!? なんで誰も評価しないんだよ!」

「え……?」

 

 

「それはまぎれもない、エリアルの才能で成果だろ! エリアルは間違いなく、リチュアに必要な人材だと思う!」

 

 

「……近い」

「え」

「少し、離れなさい……」

 

 突然しおらしくなったエリアルに困惑を隠せないユウキだが、とりあえず彼女から離れる。

 俯くエリアル。どうしたらいいのかとユウキが立ち尽くしていると__

 ポタ、ポタ。

 床に水が落ちる音が聞こえた。その場所はエリアルの顔の下。それがどういう意味か、説明されなくても分かった。

 

「エリ、アル?」

「……うっさい。あっちいけ」

 

 うつむいたまま、エリアルはユウキに小さくつぶやく。

 困惑するユウキ。だが、エリアルは同じ言葉を繰り替えす。

 

「あっちにいって。じゃないと……弱い『僕』に戻っちゃうから……」

 

 ユウキは小さくうなずいて、部屋の隅に移動する。しばらくすると小さく、でも確かに少女の泣き声が部屋に響いた。

 ユウキはそれを止めることなく、ただただ眺めていた。

 

 

「……」

「……」

 

 時刻はお昼過ぎ。結局、ユウキはエリアルが魔術を組んでいるのを眺めている。エリアルはあれから二時間ほど、ちょくちょく休憩を入れつつも、黙々と魔術を組み立てていた。

 先ほどのようにイライラすることはなく、ただただ黙々とひたすらに。

 

「…………これで、どうかな」

 

 エリアルが儀水鏡からバラバラに浮かび上がっていた文字を、綺麗な羅列に並べ替え終わる。すると、文字が光を放ち始める。まるで完成した回路に電気が通るように、美しく輝く。

 それは、この世界に誕生した証のようだった。

 

「お、できた!?」

「まあね。ええっと、『禁呪(タブー)』っていうのね。効果はっと……禁呪の負担をゼロにする……。これ、かなり有能な魔術ね」

「やったじゃん!早速使ってみようよ!」

「なんであんたがそんなに喜ぶのよ。おかしな奴……ってもうお昼じゃない。ご飯食べに行かなきゃ。『転移(シフト)』」

 

 エリアルの魔術によって、ユウキとエリアルは一瞬で食堂前に到着する。

 おおー、と声を上げるユウキを背にエリアルは食堂へと入り、遅れてユウキも入る。

 

「エリアル、何選ぶ?」

「パスタ」

「じゃあ、俺もそうしよっかな」

 

 特に何も言うこともなく同じ列に並び、そのまま食事担当のアビスからミートソーススパゲッティを受け取る。アバンスとエミリアはどうやらいないようで、二人で席に座って食事を始める。

 

「異世界にもパスタってあったんだなぁ。ちょっと意外」

「そうね。異世界から知識を入れてるし、もしかしたらあんたの世界の知識が入り込んできてるかも」

「そうなんだ。そういえば、前言ってた謎の声の正体なんだけどさ。エリアルの分析結果から、やっぱり俺をこの世界に呼んだのはリチュアの誰かなんじゃないかって思うんだ」

 

 先ほど『分析』の結果から、ユウキのデッキはリチュアと関連性が高いとわかった。以前から予想していたことだが、これでよりリチュアの仕業だと確信が持てるようになった。

 それでも残る疑問。それは、『誰が』呼んだか。

 

「召喚魔術……しかも継続して行っている時点で、できるのなんてお義母さんくらいしか思いつかないけど」

「ノエリアがそれ行う理由がないんだよな。そもそも呼び出された場所もガスタとリチュアの間っていう……。ノエリアがやらかすミスじゃないよなぁ」

 

 ノエリアにしてはあまりにもミスが多すぎる。

 召喚位置、時間、そして目的。

 頭をひねるユウキの前でエリアルは少し考え、そしてある人物が思い浮かんだ。

 

「いる、かも」

「いるって、俺を呼んだ人が?」

「可能性としてはゼロじゃない。でも……」

「でも?」

 

 エリアルは珍しく口を一度閉ざし、そして小さな声で伝えた。

 

「私もほとんど会ったことない人だから」

「それは?」

「……ナタリアさん。アバンスの実母よ」

「その人は……!」

 

 リチュア・ナタリア。ユウキも当然彼女を知っている。

 ノエリアとは氷結界からの付き合いで、トリシューラ解放派、反対派で対立していたにもかかわらず親友だった女性。

 だが、エリアルがあったことのない理由。それは、既に彼女が故人であるということだ。

 

「確かに可能性はある。ノエリアの声は謎の声と同じではなかった。なら、誰も聞いたことのないのなら……!」

「可能性はある。でも、本当にそうならこれ以上は調べようがない」

 

 そう。それで終わりなのだ。

 理由を聞こうにも、ナタリアはすでに亡くなっている。それで終わりなのだ。その事実にユウキは口を閉ざしてしまう。

 彼が自分を呼んだ人物を探していたのは、元の世界に帰るため。自分をここに呼んだのであれば返すことも可能だと、そう信じたかったからだ。

 だが、もしたどり着いた結果が真実ならば帰ることはできないのかもしれない。

 その事実は、非常に残酷なものだった。

 

 落ち込むユウキに、エリアルは目線をそらしながらボソッとつぶやいた。

 

「ま、いざこざが終わることがあればやってあげてもいいけど」

「__!ありがとう!!」

 

 エリアルの思いがけない言葉にユウキは笑顔で彼女の手を握る。

 

「ちょっと食事中だってば!」

「あ、ゴメン。つい嬉しくって」

 

 アハハと笑みを浮かべるユウキにため息を漏らすエリアルだったが、どことなくその表情は柔らかかった。

 そんな二人にちゃちゃを入れる者が現れる。

 

「オウオウ!あの冷酷なエリアル嬢がそんな顔をするとは、意外だぜ!!」

「シェルフィッシュ……あんた、生贄にされたいみたいねぇ」

 

 現れたのは赤いとさかのような頭部を持つリチュア、シェルフィッシュだった。

 二本のサーベルを使用し敵を切り刻む比較的好戦的なリチュアではあるが、実はジェムナイト・パールのエクシーズの一人だったりするのだ。

 ただでさえ恐ろしい形相が、笑みを作ることでさらに恐ろしくなる。ちょっとユウキが怖がったほどに、なかなか強烈な笑顔だった。

 シェルフィッシュに冷たい目線をおくるエリアルだったが、彼は何も気にすることなくユウキの隣に座った。

 

「てめーが新入りだな? 話は聞いてるぜ。中々に生意気なことを言うガキだってな」

「そうかもね。どう思ってくれてもいいさ。俺も、お前たちを信じることはしないから」

「言ってくれるじゃねえか。ま、こちらとしては戦力は増えるし、あの冷酷なエリアル嬢の珍しい顔が見られて大万歳なんだけどよ!」

 

 ガッハッハと豪快な笑い声を漏らし、ご機嫌になっていくシェルフィッシュに比例して、エリアルの黒いオーラがどんどん増していく。

 

「で、新入り。おめーはエリアル嬢に目をつけてるってな。連合軍の時からうわさにはなってたんだ」

「はぁ。あと、俺はユウキだ」

「おう、ユウキ。で、質問なんだが、この冷酷冷徹儀式師のどこが気に入ったんだ?」

 

 ニヤリと笑いながら聞くシェルフィッシュに真顔でユウキは答えた。

 

 

 

「全部」

 

 

 

「……く、くくく、クハハハ!!!そうか!全部か!こいつは、とんだクレイジー野郎だ!!」

 

 ユウキの回答からワンテンポ開けて、シェルフィッシュは豪快な笑い声を食堂中に轟かせた。ユウキは特に何かを想うことはなく、沈黙している。

 

「そりゃいい!まさか、異世界の奴にここまで好かれているなんてなぁ!エリアル嬢、将来の相手はもう決まったなぁ!!ガッハッハぁ!!!」

「シェルフィッシュ……!!」

「ま、これ以上いじると本当に生贄にされちまうからここまでにしといてやるよ。んじゃな、エリアル嬢、そして、そのパートナーのユウキ様よ!!」

 

 笑い声を止めることなくシェルフィッシュは去っていく。

 嵐が過ぎたような感覚に襲われるエリアル。大きなため息をついた後、今度はユウキをにらむ。

 

「で、あんたも生贄にされたいの?」

「別に冗談で言ってるわけじゃないってば。本心だよ」

「……本当に生贄にしてやろうかしら」

 

 パスタをささっと食べ終え、席を立つ呆れ顔のエリアル。すでに聞きなれているためか、顔は赤くはなっていない。

 立ち上がったエリアルについていくため、残っていたパスタを口の中に放り込むユウキ。

 

「まっふぇよ~エリアル!!」

「ちゃんと飲み込みなさい!」

 

 だが、彼女は気づいていない。

 ユウキと共にいる時、いつも隠していた彼女の素が出ていることに。

 そして、それを隠していたリチュアの皆に見せていることに。

 

「エリアル様ってあんなに子供っぽかったんだな。かなり意外だ」

「ああ。あんな大声聞いたことないぞ? 連合軍の時に聞いた噂は本当だったんだな」

「あれだろ。つんでれ?ってやつなんだろ? 人間味の薄い、ノエリア様の手足って感じだったんだが……」

「ま、どちらにしろ面白いじゃねえか。いい酒のつまみができたもんだ!」

 

 なお、夕食時に周囲の反応がおかしいことにエリアルは気づいたが原因がさっぱりわからなかったとさ。

 

 

 

 

 リチュアの生活はだいたい同じだった。

 

「今日も平和な侵略を!」

「「「侵略を!」」」

 

 妙な挨拶で終わる朝礼から一日が始まり、

 

「銀河眼!破滅のフォトン・ストリーム!!」

「ハァアアア!!!」

 

 実戦データをとるために、リチュアの誰かと戦闘を行い、

 

「「……」」

 

 エリアルの魔術作成を見学し、夕食までエリアルの隣にいて、

 

「あ、ウィンダ。今日も大丈夫だった?」

『あのさ……通信している私が言うことじゃないんだけど、こう堂々と交信していても大丈夫なの?』

「何か言われたら気絶させればいいから♪」

『わーお』

 

 夜にはウィンダ達にもらったペンダントで彼女たちに現状を確認する。

 魔術に詳しいリチュアのことだ。おそらくこのことはバレているのだろうが、何もお咎めがないので気にせず続けた。時々聞こえるファイの悲しそうな声が心に刺さった。

 報告が終わるとベッドで眠り、一日が終わる。

 この規則正しい生活にユウキは懐かしさを感じていた。

 

 まるで、ただの学生に戻ったかのようだった。

 

 朝起きて母親と共に朝食をとり、大学に出校する。朝に乗る電車は通勤ラッシュで混雑しており、あまり好きではなかった。

 大学に到着し、友人たちとくだらない雑談をして講義が始まる。真面目に聞いたり、眠くなって爆睡したり。

 食堂でお昼ご飯を食べて、また講義を受けて寝たり。

 すべての用事が終わり、友人と共にカードショップに直行。そこでデュエルを楽しんで遅くなったら帰る。

 帰ったら母親に今日の報告を少しして、課題をやってデッキをいじって、日付が変わったくらいに横になって明日を迎える。

 

 そんな毎日がずっと続くと思っていた。それ以外ありえないと思った。それが、今はもう遠い日のことのようだった。

 ___やっぱり、寂しかった。

 眉間にしわを寄せながらも、自分を見守り続けてくれていた母親。いつもカードショップに付き合ってくれる友人。そして、戦争がない退屈なようで楽しかった日常。

 ベッドで横になるユウキの眼に涙が浮かぶ。

 

『泣いてるのかよ。召喚者?』

「うっせぇ……」

 

 寝る前に思い更けていたユウキに銀河眼が言葉をかける。その声は笑っていなかった。けれども、心配している声でもなかった。

 その声は息子を見守り続ける父親のようだった。

 

『ま、巻き込まれちまったにしてもやるべきことはやり遂げなきゃいけねぇ』

「結末を、変えることだよな」

『ああ。俺たちを完成させた女の願いをお前は受けちまったんだよ』

「それは、リチュア・ナタリアか?」

『ああ。そいつで半分だ』

「は、半分?」

 

 銀河眼から思わぬ真実が伝えられる。エリアルの予想通り、ユウキをこの世界に呼んだ謎の声はナタリアであることは大体確定した。

 が、それで半分。それが意味することとは。

 

「てか、銀河眼。お前知ってたのか?」

『いや、初めは知らなかった。だが、リチュアの野郎どもにいじられたときに浮かんだビジョンがあったんだよ。お前の記憶を頼りに、俺たちを完成させた女二人のあまりにも強い意志を見たんだよ』

「女、二人?」

『ああ。お前もよく知ってるやつだよ。今のお前の上司』

「それって……まさか!」

『ああ』

 

 

『お前をこの世界に呼んだのは、リチュア・ナタリアとリチュア・ノエリアだ』

 

 

 明かされる事実。ずっと知りたかったこと。だが、知ったところで何が変わる訳でもなかった。

 

「ノエリアが、俺を……? そんなバカな」

『事実だ。ただし、今お前が知っているノエリアじゃない。あの顔は邪悪が取り除かれていた』

「……それは、つまり」

『ああ。おそらくだが、あれはすべてが終わった後だろな』

 

 すべてが終わった後。それはつまり結末を迎えた後のことだろう。

 ユウキの端末世界の記憶はまだ完全に戻っていない。今思い出しているのは、ジェムナイトが負の感情を抱いたら非常にまずいということだけだ。

 結末。それは果たして、自分に変えられるものなのか。

 

「すべてが終われば、俺は帰れるのか?」

『多分無理だな。だから、今のうちにリチュアに恩を売っておけ。リチュアくらいしか異世界に長けてるやつらはいないだろう』

「……そうだな。まずは、結末を変えなきゃいけないってことか」

『ああ。前にも言ったが、お前は少し勇気を出せばいい。あとは俺様がどうにかしてやる』

「頼りにしてるよ。俺のエースモンスターさん」

 

 今はただやれることをやるしかない。それしか道はなかった。

 巻き込まれた。戦わなくてはいけなくなった。必死に生きなくてはいけなくなった。

 どれもこれも簡単にできることではなかった。でも、今ここに生きている。結末を変えるために、抗うしかない。

 いつか、できれば近いうちに、元の世界に帰るために。

 ユウキは新たに決意を決める。

 

「んじゃ、かえれるように頑張りますかね」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話ー後編 私立リチュア学園

遅くなりました……

後半、始まります。


 ユウキがリチュアに来て二カ月。時間は早いものでユウキ自身も既にガスタを離れて二カ月経つことに驚いていた。

 今のところ、リチュアが動くことはない。ウィンダからも特に何かが起こっているわけではないらしい。と言って、変化がないわけではない。

 

「え!? ジェムナイトとラヴァルが和解した!!?」

『うん! クリスタさんとジャッジメントさんが話し合った結果、互いに喧嘩……というか競技として戦いをするという条件で和解したんだって!』

 

 争い続けていたジェムナイトとラヴァルの和解。これは非常に良いニュースだった。

 リチュアが侵略を止めたため、ラヴァルは同盟を解除したものと把握したようでつい一週間前に和解の朗報が入ったのだ。

 ユウキも非常にうれしくなり、笑みが止められなかった。ファイも喜んでいるようで、最近はラズリーとよく遊んでいるようだ。

 

『ユウキのおかげだね!』

「え? 俺何もしてないけど……」

『ううん。ユウキがリチュアを内側から止めてくれているから、ラヴァルの皆も争わなかった。ありがと、ユウキ!』

 

 ウィンダからのお礼が非常にこそばゆい。別にこうなるために行動していたわけではないので余計に。

 

 リチュア内にも、少しずつ変化があった。

 

「よう、ユウキ! 今日は誰と戦うんだ?」

「いや……そんな戦うとかやめようよ」

「そうにもいかねえな。なんせ、お前のモンスターは結構カッコいいって評判だぜ。みんな、お前が召喚するモンスターにワクワクしてるんだ!」

 

 午前中に行っている実戦がうわさになり、最近は多くのリチュアが見学に来るようになっていた。皆、フォトンモンスターという『未知』が気になり、またそれらを操るユウキ自身もいつの間にか興味の対象となっていた。

 最近ではどっちが勝つか、という簡単な賭けすら始まったくらいには。

 

「なんだ。リチュアの皆も人間味があるじゃないか」

「まあな。俺たちはほかの部族から見ればただの侵略者でしかねぇ。それはリチュアにいる以上しょうがねえんだ。だがな、部族内でははっちゃけたいのさ!」

 

 そう言ってユウキと話しているのはヴィジョン・リチュアの一人だった。彼は自称『ユウキの一番のファン』らしく、いつもユウキの勝利に賭けていた。

 可笑しなヴィジョンに少し困惑しつつも、ユウキは今日の実戦に向かう。

 そんなユウキの近くに、エリアルはいなかった。

 

「そういえば、エリアル様はどうしたんだよ? いつも一緒だろ?」

「なんか、気にしないで欲しいって言われた。あとで様子を見にいくよ」

 

 朝礼に遅れるわけにはいかないのでとりあえず放置してきたが、やはり気になる。

 今日もすぐに実戦が終わるだろうと、そんな軽い気持ちでいつもの部屋に入ると大勢のリチュアが出迎えた。

 

「……なんか、いつもより多くないか?」

 

 確かに見学者はいつも多いほうだが、今日は何か違う。

 ほとんどのリチュアが一つの部屋に入っているようで、かなり部屋が狭くなっている。

 

「……来たか、ユウキ。早速で悪いが移動するぞ。『転移』」

 

 他のリチュアたちに押されながらも、ヴァニティが『転移』を使用する。ユウキが次に気づいたときには、闘技場の中心に立っていた。

 

「what!?」

 

 観客席には部屋にいたであろうリチュアが全員座っており、解説席らしきところにヴァニティとノエリア、またほかのオリジナルたちがこちらを見ている。

 そして、闘技場にはもう一人の青年が立っていた。

 銀色の長髪を一つに束ね、腰には一本の儀水刀をさしている歴戦の戦士の風格を持つ青年だ。

 

「アバンス? まさか、今日の相手って……」

「ああ。俺だ」

「マジデスカ」

 

 予想外の相手に口をあんぐりと開くユウキ。そのマヌケずらに苦笑するアバンス。

 今まで戦ったことはない。そもそも、ユウキが勝てるとは思わない相手だった。召喚するモンスターたちならともかく、アバンスの剣術をユウキがいなせるわけがないのだから。

 青ざめるユウキを前に、アバンスは儀水刀を抜刀し構える。

 

「さて、始めようか」

「カードを引く時間くらいはくれ……」

「実戦でそんなことを言うつもりか!」

 

 開始宣言は突然だった。

 素早いステップでユウキに接近するアバンス。ユウキが気づくころにはすでに射程圏内だ。

 そのまま、確実に殺すための一撃。首元を狙った斬撃が放たれる。

 

「___あぶねぇ!!?」

 

 それを予想し、動くユウキ。頭をさげ、間一髪回避できたかのように見えた。

 が、首筋から何かが流れるような感覚がする。それを確認しようと首に触れようとすると__

 

「っせい!!」

「___!!」

 

 顔面に蹴りを叩き込まれる。視界が真っ白になり、その後吹き飛ばされた感覚が襲い掛かってきた。後ろに吹っ飛んだユウキに追撃を加えるため、すぐさま走り始めるアバンス。

 

「フォトン・サークラーを召喚!」

 

 間合いに入る一歩手前のところで、光のカカシ、サークラーがアバンスの行く手を阻んだ。

 どうやら吹き飛ばされながら執念でカードを引いていたらしく、フォトンモンスターはアバンスに襲い掛かる。

 

「こんなモンスターでどうにかなるとでも思っているのか!『分解(ディスインテグレイト)』!」

 

 サークラーに刀を持っていないほうの手で触れて魔術を使用すると、サークラーは砂のように崩れていった。

 邪魔者は消えた。ユウキの姿をとらえ、再び接近しようとするアバンス。

 

「思ってねえよ!護封剣の剣士の効果でこのモンスターを特殊召喚!」

 

 再びアバンスとユウキの間にモンスターが召喚される。それは光り輝く十字架の剣を両手に持つ戦士。ユウキを守る騎士だった。

 

「こいつのモンスター効果で、攻撃してきたモンスターを破壊する!」

「俺と切りあう気か!面白い!!」

 

 護封剣の剣士とアバンスが衝突する。

 護封剣の剣士。直接攻撃宣言時に手札から特殊召喚され、自身の守備力よりも攻撃してきたモンスターの攻撃力が低い時、そのモンスターを破壊する効果を持つ。

 だが、この世界において攻撃力と守備力はあくまで目安。個人の力量を正確に測ることはできないのだ。

 護封剣の剣士がアバンスを攻撃しようと剣を上げた時にはもう遅い。

 

「『攻則(アサルトマニュアル)』!」

 

 アバンスは魔術で自身の反応速度を上昇させ、そして敵のがら空きになった胴体を一閃する。一刀両断された護封剣の剣士はそのまま光の粒子となって消えてしまう。

 

「こんなものか!」

「いや、時間は稼げた!ドロー!!」

 

 護封剣の剣士が稼いでくれたわずかな時間。ユウキは次のカードを引く。

 深く考えている時間はない。アバンスが再び間合いに入る前に、手札からモンスターを召喚する。

 

「手札の銀河眼の光子竜を捨てて、銀河戦士を守備表示で特殊召喚!」

 

 新たに現れるのは機械の兵士、銀河戦士。戦士とついているが機械族である。アバンスに破壊される前に、効果を発動する。

 

「銀河戦士の効果でギャラクシーモンスターをデッキから手札に!俺は銀河騎士を加えて、そのままリリースなしで召喚!」

「連続召喚……!」

 

 続いて現れるのは鋭い長剣を持った騎士、銀河騎士。このモンスターの力は、光の竜を復活させるもの。

 

「銀河騎士は自身の効果で召喚したとき、攻撃力が1000下がるが墓地にある銀河眼の光子竜を守備表示で特殊召喚できる!」

「来るか!」

 

 ユウキの前に赤い十字架が現れる。それは、彼のエースモンスターの登場の証。十字架を手に持ち、アバンスへと投げつける。

 飛んでくる十字架にアバンスはステップを踏んで体制を整え、手に持つ儀水刀で攻撃をいなす。

 だが、すでに召喚は確定した。十字架に周囲の光が収束する。

 

「闇に輝く銀河よ。希望の光となりて、我が僕に宿れ!光の化身、ここに降臨!現れよ、銀河眼の光子竜!!」

 

 この闘技場に光の竜が降臨する。ユウキのエースモンスターであり、そしてこの世界の危機を救ってきた異世界のモンスター。

 その放つプレッシャーと美しさに観客たちは盛り上がる。アバンスも同様に、銀河眼から放たれるプレッシャーを感じていた。

 

「銀河眼の光子竜……こう目の前にすると、やはりすさまじいな。だが!勝てない相手じゃない!」

 

 儀式を行うことなく、人間体のまま銀河眼に立ち向かうアバンス。ユウキは内心驚きつつも、次なるモンスターを召喚する。

 そう、銀河眼だけではない。彼が持つもう一つの未知だったもの。

 

「俺は銀河眼と銀河騎士でオーバーレイ!」

「な!?」

 

 この行動にアバンスも驚きの表情を浮かべる。せっかくの銀河眼を手放すのかと。

 だが、銀河眼は守備表示。攻撃することはできないため、これが正解の一つでもある。

 二体のモンスターが出現した宇宙の渦に光球となって吸い込まれると、新たなる力がここに生まれる。

 

(アバンスは魔術も使える剣士。なら、あいつが最適解なはず!)

「エクシーズ召喚!現れよ、ランク8!神竜騎士 フェルグラント!!」

「ハッ!!!」

 

 現れた戦士は金色の竜の鎧をまとう剣士。その名も、フェルグラント。

 今のアバンスに対し、ユウキが導き出した答え。

 

「エクシーズか……だが、俺に剣術で勝てるかな!?」

「フェルグラント!!」

 

 激突する二人の剣士。

 体格差で言えばフェルグラントのほうが大きいため有利ではある。だが、それはそれ。これはこれ。剣術の差は分からない。

 アバンスの儀水刀に青白い光が灯る。儀式体ならあのガザスでさえも切り伏せたアバンスの得意技、魔力補強である。その一太刀をまともに受ければガザスのように、真っ二つに体が分かれることは間違いない。

 だが、エクシーズの力で生まれたフェルグラントを甘く見てはいけない。

 ランク8という高ランクであること。そのランクに恥じない実力を持っているのだ。

 今まで切り伏せられていたユウキのモンスターたちだが、フェルグラントはアバンスの攻撃を確実にいなし、攻撃へと移っている。

 乱舞の音が闘技場に響き渡り、歓声もさらに大きくなる。

 アバンスとフェルグラントの攻防は均衡していた。それを崩すため、アバンスが仕掛ける。

 後ろに飛びフェルグラントの攻撃範囲外に出ると、空いている手を儀水刀にかざして魔術を発動する。

 

「『剣舞(ブレイドダンス)』!」

 

 その魔術によって、アバンスの後ろに儀水刀の幻影が何十本も出現する。おそらく、これらを連続でフェルグラントに発射する気だとユウキは推測する。

 

「ゆけ!我が剣の軍団よ!!」

「させない!フェルグラントの効果、発動!対象はアバンス自身!!」

「ハァアア!!」

 

 フェルグラントがオーバーレイユニットを一つ使用し、剣を金色に輝かせる。その光を浴びたアバンスは、いつも間にか金色のオーラをまとっていた。

 それと同時に、剣の軍団が消滅する。

 

「これは……」

「フェルグラントの効果で、こいつ以外の効果を受け付けなくしてアバンス自身の力を封じた!」

「つまり、剣だけでこいつを倒せばいいってだけの話だな!!」

 

 再びぶつかる両者。魔術を封じたとはいえど、アバンスの一番の脅威である剣術を封じているわけではない。ユウキは集中をさらに高める。

 一方のアバンスも手数を増やすために覚えていた魔術を封じられただけなので、そう大きな問題という訳ではなかった。むしろ剣技に集中できて好都合だ。

 お互いの集中力が上がり、乱舞の音が大きく、早く。より苛烈に、より激しく、闘技場に響き渡る。

 何千という激突音。散る火花。それは見る者を魅了する、一つの作品のようだった。

 

 そして、それが終わるのも一瞬だった。

 

「ドロー!……カードを二枚伏せる!」

「その程度か!『攻則』!!」

「またその魔術かっ……!」

 

 フェルグラントの効果が切れると、アバンスは魔術を使用し再び加速する。

 いくらユウキが集中したところで、最高速度まで加速したアバンスをとらえることは不可能だ。ならばと、フェルグラントの効果を再び発動させる。

 

「フェルグラントの効果!」

「悪いが、二度も同じ手が通じると思うな!『魔刃(スレイヤー)』!!」

 

 フェルグラントの効果を受ける前に、アバンスは赤黒い刃を魔法陣から発射する。

 フェルグラントを撃破し、消滅する瞬間を狙いユウキを切り伏せる。そう考えるが、ユウキはとっさの判断でアバンスの目論見を壊す。

 

「対象はフェルグラント自身!」

「何!!?」

 

 今度はフェルグラントが金色のオーラに包まれる。すると、フェルグラントに向かっていた魔刃はオーラに触れ、消滅した。

 

「フェルグラント!!アバンスに攻撃!」

「ハァアアア!!」

「くっ……」

 

 魔術を放つということは、剣技が止まるということでもある。

 高速で動いていても、止まってしまえば姿をとらえることは可能だ。そこにフェルグラントの一撃を叩き込むため動き始める。剣を構え大地を蹴り、一瞬でアバンスの懐へと入り込み、そのまま峰打ちで彼を吹っ飛ばす。

 

「ハァ……ハァ……。なにこれ、めちゃくちゃ集中するんだけど……」

 

 両手を膝につけ、大きく息を切らすユウキ。首筋からは少量だが未だに血が流れており、蹴りを入れられた鼻も痛々しいほど赤くなっている。

 ___正直に言って、かなりマズい。

 かなりのハードトレーニングである。集中力も体力も相当使った。ただの人間には非常につらい。

 だが、まだ終わっていないのだ。ノエリアが終了というまでは終わりではない。それに、アバンスはまだ本気ではない。

 

「儀水鏡よ」

「!」

 

 吹き飛ばされたアバンスは何事もなかったかのように立ち上がり、瞳を閉じる。

 儀水刀の鏡に触れ、儀式の詠唱を始める。

 

「我が名はアバンス。我と契約せし古の悪魔を呼び出せ。___我が体は竜へと変わる。降魔、リヴァイアニマ!!」

 

 アバンスの下にリチュアの紋章が現れ、彼を人ざる姿に変えていく。

 肌には鱗が、口からは鋭い牙が、背中からは巨大な翼が生え___(アバンス)は巨大な(リヴァイアニマ)へと変わった。

 

「さあ、第二ラウンドだ。ユウキ!!」

「殺す気満々じゃねえかぁ!!!」

 

 巨大なリヴァイアニマに襲われる前に、必死になって走り出すユウキ。もはや、実戦訓練ではなくなってきているのではないかとユウキは薄々感じ取っていた。

 翼をはためかせ、高速の低空飛行でユウキに襲い掛かるリヴァイアニマ。それを食い止めようとするフェルグラントだが、すでに効果は使えない。

 

「邪魔ぁ!!」

 

 体と共に巨大化した太刀でフェルグラントをたやすく切り裂く。やられた声を漏らすこともなくフェルグラントは光の粒子となって消えた。

 もう障壁はない。竜は獲物を捕捉し、仕留めにかかる。

 

「ひぃい~~~!!」

「逃げても無駄だぞ、ユウキ!!」

 

 時間を稼ごうと必死に走るユウキだが無駄なあがきだ。すぐ後ろにリヴァイアニマがいる。だが、そのわずかな時間が次の一手につながる。デッキのトップカードが光り、ドロー可能となった。

 

「永続罠、リビングデッドの呼び声を発動!墓地の銀河眼を復活させる!」

「蘇生のカードまであるのか!」

「デメリットあるけどな。よみがえれ、銀河眼の光子竜!!」

 

 ユウキの宣言により墓地から銀河眼が復活し、今ここに二体の竜が対峙する。

 光の竜と悪魔の竜。

 

「勝負だ、銀河眼、ユウキ!!」

「やるしかないよな!銀河眼!!」

『さぁて、暴れるとするかぁ!!』

 

 先に仕掛けたのはリヴァイアニマだ。高速移動とその剣技を組み合わせ、銀河眼へと襲い掛かる。

 銀河眼はそれをよける__ことはせず、太刀を両手で受け止める。リヴァイアニマはそのまま切り裂こうとするが、太刀は全く動かない。

 

「な!?」

『こうすれば逃げられないだろ?ユウキ!』

「銀河眼、リヴァイアニマに攻撃!」

「それは阻止させてもらう!『重圧(プレッシャー)』!!」

 

 儀式体によって強力になった魔術をその身に受ける銀河眼。

 力の均衡が崩れ、銀河眼の手に太刀が食い込み始める。これは『重圧』によって太刀の重さが増している影響もある。

 このままでは銀河眼は確実にやられる。きっと効果を使っても魔術で阻止されるだけだ。

 

「魔力補強___このまま叩き切らせてもらう!!」

「……!」

 

 リヴァイアニマは太刀に青い光を宿らせ、銀河眼の体を切り裂こうとする。ユウキは下を向いて、無言のままだ。

 だが、リヴァイアニマは油断しない。ユウキの戦い方は自分たちにとって『未知』でしかない。まだ、何かを秘めているはずだと。

 

 その予想は当たっていた。

 

「罠発動!光子化!!このカードは相手の攻撃を無効にして、その攻撃力を銀河眼に加える!!」

 

 リヴァイアニマの持つ太刀が光の粒子へと変わり、銀河眼へと宿る。

 それによって戦況は大きく変化する。リヴァイアニマは武器を失い、銀河眼は新たに力を得る。

 

「これで、どうだ!!」

「こうなったら___『怪力(オウガパワー)』!!」

 

 新たな魔術を使用し、リヴァイアニマもさらに筋力を上げる。

 取っ組み合いをする竜たち。お互いにまったく動けず、再び力が拮抗する。

 

((一瞬でも気を抜けば、確実にやられる……!))

 

 ユウキとリヴァイアニマの考えは一致していた。だからこそ、お互いに集中を深め、さらに拮抗が続く。観客もどちらがこの状況を打ち破るか、固唾を飲んで見守っている中。

 

「そこまで!!」

 

 突然響き渡る終了宣言。それを聞いた銀河眼はリヴァイアニマの腹部に膝蹴りを入れた。

 終了宣言に一瞬だが気が抜けていたリヴァイアニマはそのまま後ろに吹っ飛び、アバンスの姿に戻る。その直後、銀河眼の姿が消えると同時にユウキもぶっ倒れた。

 

「も……もう無理……」

 

 ユウキは体力の限界が訪れ、もはや立ち上がる体力もない。

 一方のアバンスは体が地に着いたものの、すぐさま立ち上がりユウキに手を伸ばす。

 

「お疲れ。本気で倒す気だったが、やはり難しいな」

「あのさぁ!普通に死ぬからね!!めちゃくちゃ怖かったからね!!」

「お、おう」

 

 本気で怯え、本気で泣いているユウキにアバンスはあっけにとられた。

 アバンスの中でユウキはもっとこう、やけに肝っ玉が据わっている奴だと思っていたから。

 だが、これで彼も知る。高屋ユウキは英雄などではなく、ただの人間。

 自分以下の能力しかない、そこまですごい奴ではないのだと。

 

 

 ___だからこそ、アバンスは思った。

 

(こいつに、そんな大したことない奴に、今まで助けられてきたのか)

 

 今目の前で涙目になって、ボロボロになって、足もすくんで、体力も尽きて、動けない。

 こんな情けない奴に、ガスタは、連合軍は、そしてエミリアは助けられたのだ。

 それが、なんだかとても___

 

「く、クク……」

「アバンス?」

「アハハ!!いや、すまない……フフ!」

「な、なんで急に笑うんだよ!」

 

 ___とても、可笑しかった。

 力なくして成し遂げられることはない。だが、目の前のこいつはどうだ。

 銀河眼の力はあっても、こいつに力がある訳じゃない。

 なのに、今まで生き延びている。そして、誰かを救えている。

 

 母親が死んで、力をつけようとした。自分で立ちあがり、自分で成し遂げられるように。

 必死だった。これ以上、失いたくなかった。

 今までの自分が間違っていたとは思わない。でも、ユウキのように力なき者でも救うことはできるのだ。生きることはできるのだ。

 

 そう。誰かと助け合うことで。誰かと支えあうことで。

 

 ムッとするユウキに、今度こそ手を差し伸べるアバンス。

 

「お疲れ様だ。ユウキ」

「本当にだよ……」

 

 二人の健闘を称え、闘技場は大きな歓声に包まれる。その観客たちに二人は手を振って応えた。

 うまく言葉に表せない感動が二人の中には生まれ、それを味わっていた。

 

 

「イデデデデデ!!!!!」

「アバンスと本気で戦えばこうなるよねぇ……」

 

 実戦終了後、ユウキはアバンスに連れられ医療室に来ていた。そこにはエミリアが包帯などを用意しており、現在治療中である。

 外傷はそう酷くはないが、急な運動による筋肉痛がすぐさま襲い掛かってきたのだ。

 

「ほら、もう少し我慢して!」

「だからって……急にストレッチみたいなことしなくてもイデデデ!!!」

「エミリア、もう少し手加減してやれ……というか、魔術使ってやれ」

「え? だって、こっちのほうが手っ取り早いし」

 

 ベッドにうつぶせに寝かされ、そのまま手足を好きなように無理やり動かされることにユウキの体は悲鳴を上げていた。

 傷も消毒液を塗られて絆創膏を貼る、という異世界感全くなしの治療法で放置されているためまだ痛い。アバンスが苦い顔で見ているが決して助けてはくれないことに、地味に怒りを覚えるユウキ。

 そのままエミリアに体を好きに動かされ、十分後。

 

「なんか……アバンスと戦った時以上に疲れているんですけど?」

「え~? そんなに激しかったかな?」

 

 ベッドの上で力なく寝転がるユウキが出来上がる。ストレッチの効果はあるようで、戦闘での痛みや戦闘での疲れはなくなっていた。

 もっとも、別の疲れと痛みが現在ユウキに襲い掛かっているのだが。

 

「うーん。ユウキってそこまで筋肉質じゃないね。運動とかしてなかったの?」

「まあ、運動部には入ってなかったからね……こんなに激しい運動もうしたくないです」

「これからだぞ? 戦闘の課題も見えてきたし、まだまだ特訓だな」

 

 勘弁してくれ、とユウキは音にならない声を漏らした。ベットから立ち上がるとユウキはある真実に気づいてしまう。それはユウキにとってじみーにダメージになる真実だ。

 

(アバンスのほうが……身長高くないか?)

 

 そう、ユウキは身長169センチ。間近で横に立ったことでアバンスが間違いなく170センチ以上あることに気づいてしまったのだ。しかも、彼は年下である。

 彼のプライドが傷ついているなどと二人は気づくはずもなく、エミリアは笑顔でアバンスの腕を引いた。

 

「ほら、次はアバンスの番!」

「え」

 

 あっけにとられた一瞬のスキを突かれ、アバンスはベッドの上へと連行された。すぐさま逃げ出そうとするアバンスだったが、なぜか逃げられない。

 むふー、と満足げな笑みを浮かべて手をワキワキ動かすエミリアにノエリアの面影を見た。

 

「さぁて、ユウキは少し手加減してたけどアバンスになら本気出せるから楽しみ!」

「いやちょっと待て、ユウキは本気じゃなかったのか?」

「そりゃあ、ちょっと危ないし」

「おい危ないってどういうこt……あんぎゃぁああああああああああ!!!!!!?」

 

(ここからは音声のみでお楽しみください)

 

 ゴキッバキッベキッボキッ!!!

「ひぎぃ!?」

「あれ、もうちょっといけるかな~」

 ミシミシミシミシ!!!

「体から出てはいけない音がしてるぞ!?」

「はいはい喋らないの。___死ぬよ?」

「ちょ____みぎゃあああああああああああ!!!!!!?」

 バキバキバキバキバキバキバキバキぃ!!!!!

「流石アバンス♪ まだまだいけそう♪」

 バキバキバキバキバキ!!!____ボキンっ♪

「んほっ!!」

「さて、反対ね」

 メギャ、グチャ、ピチャ。

「お、こっちはこってるねぇ……殺りがいがありそう♪」

 パッカーン。テーッテレー。

「!?」

「アハハ!たっのしー!!」

 ピロロロン♪ピロロロン♪テレッテテテンテテーン♪

「もうちょっとやろっと」

 てれってー。メメタァ。

「おい、なんか人が出せない音まで出てないか!!?」

「気のせい気のせい!」

 テレ↑レ↓レ↑ーン。ダリダガーン!ダゴズバーン!!

「さて、仕上げっと!!」

 ______プツン……。

「おい何か切れたぞ!!!? 返事をしろアバンスううううううぅぅぅ!!!!」

 

 

 その惨劇は、ユウキの中で『アバンス、死す』事件として永遠に記録されたという。

 

 

「おいアバンス。戻ってこれたか?」

「オレハショウキダダイジョウブダユウキ」

「全然大丈夫じゃねぇ!!?」

 

 口からよだれを垂らし、両目がそれぞれ違う方向を向いているアバンス。ユウキが確認するまでもなく大丈夫ではない。たまに虚ろな笑い声も上げている。

 

「あれ、まだストレッチが必要?」

「滅相もございません!!!」

 

 が、幼馴染の絆(?)によって元に戻る。やはり絆はいいものだなー、と改めて感じる目のハイライトが消えたユウキ。

 必死にこらえてはいるが、起きてからずっと震えが止まらないアバンス。先ほどの惨劇は言葉に出さない。というか、できない。

 その惨劇を行った本人 エミリアは満足した笑みを浮かべて楽しそうにしている。

 

「もうお前に治療は頼まないからな……」

「え~そんな~」

 

 そっぽを向くアバンスに後ろから抱き着くエミリア。

 それに全く動じることなく、ただただ呆れるアバンス。その反応が面白くないのか、エミリアは彼の頬を指で突っつく。アバンスは無視を決め込み、それによってエミリアがさらに抱き着いて突っつく。

 

「ったく、やめろって。わかったからもうあのストレッチはやめろ。いいな?」

「わかったわかった♪ 覚えてる限りはやらないよ」

「お前なぁ……」

 

 そんな二人を眺めていたユウキは、普通に疑問に思ったことを聞く。

 

「なあ、二人って付き合ってるの?」

「「付き合ってるって?」」

 

 二人の回答が被る。その声は素っ気なく、何も意識していないことが一発でわかる。

 その事実に驚きながらも、一応説明するユウキ。

 

「いや、恋人同士なのかなぁって思ってさ」

「恋人? いや~別に、アバンスと私は幼馴染で今は義理の姉弟だし。特にそんなことはないよ? ね、アバン、ス……?」

 

 笑顔でユウキの質問を否定し、アバンスにも同意を求めるエミリアの言葉が止まる。

 同意を求めたはずの義弟は、幼馴染は、頬を赤くし俯くだけだった。

 

「……ちょ、ちょっとアバンス~。そこは否定するべきところだよ?」

「いや、別に……」

「あ、アバンス?」

 

 否定も肯定もしないアバンスに戸惑うエミリア。そういうことだと理解してしまい、エミリアも顔が赤くなる。そんな二人をニヤニヤしながらユウキは見守っている。

 その無言が二人にとっては心地が悪いが、お互い何か言えば余計に状況が悪化すると感じており無言を貫く。

 だが、ユウキのニヤニヤは止まらない。

 

「ご馳走様でした。砂糖吐きそうだからもういいよ~」

「……そ、そういうユウキだって、エリアルのこと好きなんでしょ?」

「うん。好きだよ?」

「ぶほっ!?」

 

 いつかのガスタのように、アバンスは吹き出しエミリアは口をポカーンと開けて驚く。

 いつも通り、ユウキは平常心である。普通の顔である。

 

「あの、公言しているのはいいんだけど……結構エリアル困ってるんだよ?」

「困ってる?」

「リチュア内で今までの印象が全部覆されてるって言ってたよ。ユウキは生贄確定だって」

「つんでれ、と影で言われているのも気にしているようだ。自分の面子がもうめちゃくちゃだと嘆いていた」

 

 ユウキの影響はリチュアにまで届いていた。別に悪い気はしないのだが、エリアルが最近冷たいのはその影響なのかもしれない。

 さすがに無視され続けるのはキツイ。ユウキの顔が青くなるが、頭を振って不安を振り払う。

 

「私たちをからかうよりも、自分の心配をしたほうがいいんじゃない?」

 

 先ほどの意趣返しということか。今度はエミリアがユウキに対してニヤニヤし始める。そうしてようやく、今日はまだエリアルに会っていないことを思い出し、ユウキはベッドから急いで起き上がる。

 

「ちょっとエリアルの部屋行ってくる」

「は~い、いってらっしゃ~い」

「ああ。謝ってこい」

 

 医療室から出る前に、ユウキは一つ。爆弾を残して去っていく。

 

「アバンスとエミリア。いい夫婦になりそうだな」

 

 ガチャン。扉が閉まり、医療室に二人が取り残される。

 爆発まで、3・2・1……

 

「「は、はああああぁぁぁぁ!!!?」」

「イ、いや別にアバンスのことは別に好きじゃないっていうかそういうわけじゃないっていうか!!?」

「お、おおおお俺もべつにエミリアのことが好きじゃない……わけでもないけどああああ!!!何を言ってるんだ俺ぇ!!!!?」

 

 お互いが全く意識していなかったから普通だったのだ。

 ___だが、どちらかが。今回の場合、両方が自覚してしまえばこんなもんだ。

 

「ご馳走様でした」

 

 やっぱりニヤニヤしながら、逃げていく確信犯ユウキなのでした。

 

 

 

 

 

 ユウキがエリアルの部屋の前に来て十分間が経過。ずっと高屋ユウキは悩んでいた。

 そう___意中の女の子の部屋に入っていいのかと!!

 

(どうするかな……いくら何でも女の子の部屋に入るのはまずいような。でも、今日はまだ顔を見せてないし心配ではある。でも、ほっとけって言われたしなぁ……いやでも……)

 

 と、このようにヘタレ全開である。当然のごとく、恋人などできたことのない彼はあーだこーだ悩んでいるがどうにもならない。

 エリアルのことを堂々と好きだと言っている割に、なぜかこういうところでヘタレが発動する。正直意味が分からない行動である。

 

「……どうにでもなれ」

 

 部屋の扉をノックする。____返事はない。

 一度大きく深呼吸して、意を決して声をかける。

 

「エリアル、俺だけど」

 

 やはり返事はない。本気で嫌われてしまったのではないかと心配になるが、直接確かめないことには分からない。もう一度深呼吸をして、ドアノブに手をかけ、扉を開ける。

 

「ん? 扉が、開いてる?」

 

 エリアルの部屋だけでなく、個人部屋は施錠が当然可能である。特にエリアルは外との関わりを絶つために、大体部屋には内側から鍵がかかっている。

 扉が開けっ放し。それだけで何かがおかしいことを察するユウキ。エリアルの個人部屋に初めて入るが、ユウキにためらいはなくなっていた。

 

「エリアル、入るぞ!!」

 

 部屋に入ると大量の魔導書がユウキを出迎えた。

 壁一面にぎっしりと本が詰まった本棚。その反対には何も置かれていない学習机。水色の毛布に枕。そして壁には、細かい文字でぎっしりと書かれたメモがいくつも張られていた。

 こんな部屋の中心、つまり床にエリアルは倒れていた。

 

「エリアル!? しっかりしろ!!」

「……だ、れ?」

「ユウキだ!って、熱が出てるじゃないか!」

 

 エリアルの顔は赤い。いつものように照れているわけではなく、体全体が熱く発熱していることが一目瞭然だった。

 エリアルの上半身を起き上がらせ、額に手を当てる。非常に熱かった。

 

「体調を崩してたのか?」

「……別に、あんたには……」

「関係ないとかどうでもいいから!とりあえずベッドに行こう」

 

 何か言おうとするエリアルだが、弱々しく口を動かしているだけで言葉になっていないどころか、立つ力もないようでユウキが支えても立ち上がることができない。

 ここまで弱っていることに気づけなかった自分を悔やみつつも、ユウキはエリアルに簡単な指示を出す。

 

「エリアル、俺の首に腕を回して。あ、締めろっていう訳じゃないからな!」

 

 突っ込む気力などなく、言われるまま彼女はしゃがんでいるユウキの後ろから腕を回す。

 ユウキはそのまま自分の腕をエリアルの腿に回し立ち上がると、おんぶの形が出来上がる。そのまま、エリアルをベッドへと移動させる。

 

「エリアル、パジャマはある? 特にやましい気持ちはないから教えなさい」

「……この下の、一番右」

 

 言われた通りベッドの下にある衣装ケースから水色のパジャマを取り出し、エリアルに渡す。

 

「着替えだけは頑張ってくれ。俺は水とタオルを持ってくるから」

 

 そう言って全力で医療室に走るユウキ。途中誰かにすれ違うこともなく目的地に到着し、扉を開ける。

 アバンスとエミリアは既に部屋を出ているようで、中には誰もいなかった。部屋を探し回り、タオルを水で濡らしコップに水を入れて部屋へと戻る。

 エリアルの部屋に戻ると、彼女はかなりパジャマをはだけさせながらも着替え終わっていた。

 

 パジャマから見える白い肌にどぎまぎしながらも、ユウキはエリアルの看病を始める。

 まずは持ってきた水を渡す。ぼーっとしながらも水を一気に飲むエリアル。相当汗をかいていると予想できる。

 次に、彼女の汗をタオルでふき取る。額から首、まくって腕と足も拭くころにはタオルは既にぬるくなっていた。

 空になったタオルを近くの水場で再び濡らし、エリアルの額に乗せて横にさせる。汗はふき取ったものの、また汗をかき始め彼女の顔は赤くなっていた。

 

「___あ、エミリア? 飲料水と砂糖と塩ってある? できれば少しのレモン汁も欲しいんだけど」

『急にどうしたの?』

 

 続いてユウキはエミリアに通信する。狙いはスポーツドリンクの類似品を作ることだった。

 エリアルの体調不良を説明すると、エミリアは部屋にユウキが指定したものを転送してくれた。中には指定していない果物まであった。

 エミリアに感謝しつつ、ユウキは水分補給のための飲み物を作り始める。過去に母親に作ったときの記憶を頼りに、感覚で材料を混ぜていく。

 覚えた感覚は今でも健在だったようで、飲み物はすぐに完成した。すぐさまエリアルのもとに持っていき、彼女に飲ませる。

 

「どう?」

「……ちょっと、楽になったかも」

「そっか。今は寝ること。楽になったら色々聞くし、いろいろ話すから」

「……そ」

 

 エリアルが布団にもぐってしばらくすると、規則正しい呼吸がユウキの耳に入ってきた。布団の動きも連動しておりとりあえずユウキは一安心する。

 流石に年頃の女の子の寝顔を見るわけにはいかないため、ベッドから離れて椅子に腰かけた。

 

「しかし、体調を崩しているとは思わなかったなぁ……」

 

 特に無理をしていたようには見えなかった。何か原因になるようなものがあるのではないか、と部屋の中を見回してみる。

 ユウキの目に留まったのは床にある魔方陣だった。

 彼の記憶通りなら、これは儀式部屋にあるものと同じだ。そして中央には魔導書が一冊無造作に置かれていた。

 

「もしかして、魔術を創ってたのか? ……ちょっと失礼」

 

 二か月間の学習で魔導書の文字は少しずつ読めるようになってきた。まだ読めるだけで、魔術の内容が理解できるようになったわけではないが。

 魔導書を持ち上げて中身を拝見すると、見たことのない文字がずらりと並んでいた。眉間にしわを寄せながらも、持っている知識をフル稼働させ読み解いていく。

 

「ええっと……い、世界、の、移動、の、し、かた? 異世界の移動の仕方、か? まさかねぇ?」

 

 まさか、自分のために研究していた、というありえない答えが脳内に浮かび、それをユウキは笑いながら否定する。

 そのまま魔導書を読み進めていくと、異世界について研究されたであろう文が書いてある。が、ユウキは読むことができずそれ以上読むのをやめた。

 とりあえず読んでいた魔導書を机に置き、一度ユウキは部屋を出る。

 そして儀水鏡でアバンスとエミリアに連絡を入れ、エリアルの看病に専念することを伝えた。

 

『いいと思うぞ。義母さんには俺から言っておこう。あと、さっきの借りはきっちり返させてもらうからな』

 

 とアバンスからは笑顔で怒られ、

 

『ユウキ、グットラック♪』

 

 エミリアからは謎のエールを受け取った。

 その後、看病するならとユウキは買い出しに出た。エリアルの部屋から数分の場所にリチュアの売店があるのだ。

 コンビニのような扉を開けると、ピロロン♪ と軽快な音が鳴る。

 

「いらっしゃいませー。お、ユウキか」

「よ、チェイン。今の時間は暇だろ?」

 

 レジに立っていたのはリチュア・チェインだ。しかも、このチェインは牢獄で出会った者と同一人物。

 チェインはその時からユウキを知っており、たまに実戦を見に来ていた。ユウキもよく売店を使用しており、既に軽口を叩けるほどになっていた。

 ユウキの存在に気づいて、話しかけてくる人物がもう一人。

 

「あ、ユウキ。今日はどんな用事?」

「ディバイナーさん。ちょっと見舞いの品を」

 

 いかにも占い師のような衣装を身にまとっている赤い魚人『リチュア・ディバイナー』は女性のリチュアだ。

 予知能力についてはなんとエリアル以上という特化型の儀式師で、リチュア内では恋愛相談や人生相談を行っている。

 リチュアの中では比較的まともな人で、ユウキもたまに相談している。大体メンタルケアのような相談室になってしまうのだが、ユウキにとっては非常にありがたい人物だった。

 

「見舞いの品?」

「ええ。エリアルの看病のために買い出しに」

「あら。隅に置けないわね~」

「べ、別にそういう訳じゃ……」

 

 ディバイナーの四つのにやけ眼で見られ、顔を赤くするユウキ。それにチェインも乗っかり、ニヤニヤしながら彼をいじる。

 

「ほーう。やっぱりいい感じになってるんじゃねえか。あの、エリアル嬢とな」

「別にいい感じとか、そういう訳じゃなくて……」

「まあまあ。エリアル様が風邪をひいているのでしょう? 速く戻ってあげたほうがよろしくて?」

 

 チェインにいろいろ言いたいがディバイナーに諭され、渋々買い出しを始める。自分のための飲み物と間食。エリアルのための水やお菓子、氷にアイスも。

 できるだけ悩まないように、直感で手に取ってかごに入れていく。そうして、一通り買い終わり、チェインに買ったものを渡す。

 

「チェイン、頼む」

「りょーかい。では、これはっと……」

「お待ちどう様!!今日の分持ってきたよ~!」

 

 チェインがレジ打ちをする直前に、シェフ姿のアビスがお盆を持ってきた。

 アビスは満面の笑みで売店に入ると、チェインにそれを手渡す。

 

「お、ユウキ!お前もこれを狙ってきたのかぁ~?」

「……それは?」

「これを待っていたのよ。そう、アビス組特製『トリシューラ・プリン』!!」

(よりによって、この世界のトラウマを名前に付けちゃったぁ!!?)

 

 目を輝かせガッツポーズするディバイナー。お盆の上には美しくきらめく宝石のようなプリンが合計10個だけ乗せられていた。

 ディバイナーは光速のスピードでチェインにお金を渡し、プリンを一つ持っていく。

 チェインとアビスが無言でユウキへ視線を送る。

 

「……エリアル嬢の分含めて、二万円な」

「……わかった」

 

 何を言うこともなく買うことになっているユウキ。反対することもなく、二万円と他の買い物分のお金を差し出す。

 薄くなる財布に途方に暮れるユウキの横で、アビスはいい笑顔で親指を立てる。

 

「今月の支給、あと五千円だ……」

「「まいどあり!!」」

 

 チェインとアビスの視線を背中に受けつつ、ユウキはエリアルの元へと走る。部屋に戻ると、まだエリアルは寝ていた。物音を立てないようにゆっくり机に荷物を置く。

 規則正しい呼吸音は続き、ユウキはふぅと息をつく。だが、まだ休まない。

 

「エリアル、ちょっとごめんね」

 

 布団を少しめくり、エリアルの額からタオルを回収。エミリアに送ってもらった水を入れた桶にタオルを入れて、再び濡らしてから額に戻す。後で文句を言われないように、寝顔はできるだけ見ないように。

 部屋に据え付けてある小さな冷蔵庫に氷とアイスとトリシューラ・プリンを入れる。

 これでようやく落ち着いた。椅子に腰かけると、どっと疲れが出て瞼が重くなる。

 

「そういえば、動きっぱなしだったっけ……。アバンスにトレーニングしてもらってるけど、まだまだかぁ……」

 

 二カ月でユウキの体力は上がっていた。今日のアバンス戦でもなんとか反応できたのはアバンスが直々に稽古してくれたからだ。

 アバンスは当初剣術を教えようとしたが、ユウキにまったく才能がなく諦めた。

 なので、戦場で逃げられるように周囲を見る力と実行できるだけの体力をつけるトレーニングを開始。日々、実力は上がったもののへとへとで帰ってくるユウキはすぐさま寝てしまった。

 

(そういえば……最近、疲れてちゃんとエリアルの顔見れてなかったなぁ……)

 

 そこでようやく、最近エリアルの様子をうかがえていなかったことを思い出す。

 もしかしたら、体調を崩す予兆があったのかもしれないが見過ごしていたのかもしれない。

 起きたら、エリアルといつも通り話をしよう。

 そう思いつつ、ユウキは瞼を閉じて眠りの世界へと入っていった。

 

 

「……なんで、こいつが?」

 

 目を覚ましたエリアル。重い体を無理やり起こし、自室を見渡すとなぜか自分の椅子に座ったまま眠るユウキがいた。

 そもそも、朝からの記憶があいまいで自分がさっきまで何をしていたのかさえも思い出せない。なんとか思い出せることをつなげ、今に至ろうとする。

 

「ええっと、昨日は確か……なんか頭痛がしてすぐに寝たのよね。それから、今日起きてこいつが呼びに来て、ほっておいてって言った後……」

 

 そこからがあいまいだ。着替えをしたのは覚えている。だが、現在着ているのはパジャマだ。そして、外に出た痕跡もない。

 なにより___こいつがこの部屋にいることがおかしい。

 

「……まさか」

 

 鍵を開けられたと一瞬考えたが、それはありえないだろう。魔術も使えず、そもそもそんなことをする奴ではない。

 だとすれば、鍵を開けっぱなしにしてしまったのだろう。体調がすぐれず、そこまで頭が回らなかったと結論付ける。ユウキを犯人扱いすることはとりあえずやめ、部屋の観察を再開する。

 

(机に間食と飲み物……こいつのか。それから、私の近くにコップ? これは医療室のもの。こいつが持ってきたみたいね。……医療室ってことは、このタオルも)

 

 色々と看病してくれたことは容易に想像できた。何故ここまでこいつがするのかは、たぶんこいつがお人よしだからだと納得する。

 それ以外に理由があるとすれば___

 

『だって俺、エリアルのこと好きだし』

 

「っ!!!」

 

 かつてガスタに捕まっていた時に言われた一言を思い出す。

 ただでさえ熱い顔がさらに熱くなる。心臓の鼓動が早くなる。体に悪い影響しか出ない。

 

 

 ___それなのに、どうして嫌だと思わない自分がいるのだろうか。

 

 

「んぁ……? あ、起きたんだエリアル」

「んぁ、じゃないわよ。私の部屋に無断で入って生きていられると思っているのかしら?」

「その点はゴメン。でも、風邪ひいていたみたいだったから許してくれ」

「ふん……」

 

 再び布団にもぐるエリアル。今自分の顔を見られたら、何かがおかしくなる確信があった。起きたユウキは椅子に座ったままベッドに近づき、彼女に体調を確認する。

 

「で、体調は?」

「あんたを見たおかげで最悪よ」

「そんな口が叩けるってことは、前よりは回復したみたいだね。よかったよかった」

 

 まず、彼女が額に当てていたタオルを回収。そして買っておいた飲み物をコップに注ぎ直し、エリアルに渡した。

 ムッとしながらもコップを受け取ったエリアルはごくごくと数秒で飲み干してしまう。

 エリアル本人が驚いており、ユウキは笑顔で注ぎ直す。

 

「体調悪い時は水分を多く失うからね。それもエネルギーと水分がちゃんととれる物にしておいたよ」

「なんか、手際いいわね。あんた」

「母さんが何回か体調崩して、そのたびに看病してたからね……こうしてエリアルの役に立ててよかった」

 

 ニコニコのユウキは冷蔵庫の中を開けて、例のトリシューラ・プリンを取り出す。

 初めて買ってみたものの、一つ一万円のアビス組特製のプリンだ。不味いはずがない。

 

「ちょっと、勝手に冷蔵庫開けないで……って、それは!!?」

「あ、やっぱり知ってる? 売店に買い出しに行ったらたまたまアビスが持ってきてて、それを買ったんだけど」

 

 信じられない物を見る目でエリアルは食いついてきた。ほわー、といった感じの顔をして、そしてガックリして、ユウキに震え声で告げる。

 

「……二万円でどうかしら?」

 

 出てきた言葉はまさかの売買取引だった。

 エリアルにとって敗北宣言のような言葉だったらしく、悔しそうにしながら我慢している。幻のトリシューラ・プリン。その名前は彼女にとって非常にトラウマがあるはずなのだが、まったくそんな感じがしない。

 唇をかみ、ユウキが持つプリンを羨ましそうに見つめるエリアル。その見たことのない姿に苦笑して、もう一つのプリンを取り出す。

 

「なぁ!? あんた!トリシューラ・プリンは一人一つまで!!その絶対順守の規則を破ってまで二つ目を買うなんて……地獄に堕ちなさい!!」

「ぷ……ぷぷぷ……あはははははは!!!!!ご、ゴメンちょっと笑わせてあはははははは!!!!!」

 

 これまた見たことのない、必死になるエリアルの姿に笑いが止まらない。床でのたうち回り、お腹を抱えて大笑いする。

 

「な、なによ!このことがリチュア全員に知れ渡れば、あんたは間違いなく処刑よ!」

「はぁ!!? そのレベルの問題だったの!!?」

 

 食べ物の恨みはすごい、ということだろうか。衝撃の真実にようやくユウキの笑いが止まる。そして、もう一つのプリンをエリアルに手渡す。

 

「…………?」

「なんで首傾げてるのさ。エリアルの分だよ?」

「……お金は?」

「おごり。病人だし、ちょっとくらい贅沢してもいいでしょ」

「…………何が望みなの?」

「何も? 他にもアイス買ってきたから、熱くなったら食べたらいいよ」

 

 本来、体調不良の時のアイスはあまりよくはないのだがユウキ自身の経験上、熱があるときに食べるアイスはめちゃくちゃおいしかったのだ。

 いよいよ、トリシューラ・プリンの実食の時が来た。軽く合掌をしてユウキはプリンを手に取った。

 

 容器、蓋、そして貼られているアビス印のシール。そのすべてから手作り感が出ている。スーパーで売られているものではなく、アビス組がつくったことを表していた。

 ユウキが蓋を開けると、白色のプリンの記事が彼を出迎える。プリンから広がった甘い香りは、一瞬だが確かにユウキの意識を奪った。

 プリンに気を持っていかれるというありえない事実に、ユウキの体が震え始める。だが、そこに恐怖はなく、あるのはリチュアと同じ『未知』に対する好奇心だけだった。

 震える手でスプーンを持ち、生地をすくう。

 その感覚は『未知』だった。柔らかいのにしっかりと形を持っている。ユウキが普段食べているプリントは全く違うものだった。むしろ、これはプリンと言えるのだろうか。ユウキの中のプリンの概念が崩れていく。

 そして、いよいよ『未知』を味わう。プリンを口の中に恐る恐る入れる。

 ___瞬間、ユウキのプリン世界が崩壊する。

 初日、アビスのカレーを食べた時もそのおいしさに衝撃を受けた。だが、今はそうではない。彼の中のプリンが全て壊れていく。

 気づけばユウキの頬に熱いものが流れていた。おいしさのあまり涙を流すことは、今までなかった。そんなことはありえないと思い込んでいた。

 だが、確かに、今ここに、人を感動させる食べ物を見つけた。それこそがユウキがこの世界に来た理由だと思ってしまうほど。

 

「___はっ!今、絶対変なこと考えてた!!?」

 

 ようやくユウキが正気に戻る。プリン世界とか、トリシューラ・プリンを食べるためにこの世界に来たとか、絶対おかしい。

 だが、ユウキの味覚、感覚、聴覚といった三つのものが壊されたことは確かで、まさに『トリシューラ』だった。

 

「アビス組、おそるべし……」

 

 モグモグと味わいながら食べていても、やはり一個だけでは少なく感じてしまう。あっという間にプリンを食べ終えてしまい、ちょっとした虚しさを感じていた。

 食べ終えたことで、ユウキはあることにようやく気付く。

 

「あれ、エリアル食べないの?」

 

 そう、エリアルが全くプリンを食べていないのだ。蓋すら開けていない。

 ただ、プリンを見つめているだけだった。

 

「エリアル~?」

「これ、一つ一万円でしょ?」

「そうだけど?」

「なんで、私なんかに?」

「エリアルだから、だけど」

 

 淡々と話すユウキ。その感覚がエリアルにはわからない。

 プリンのせいでテンションが上がっていたが、エリアルは風邪をひいている。少し落ち着いたことで頭痛が再び発症してしまった。

 

「あ、ごめん。エリアルに大声出させたりしたから、悪化したか?」

「ちょっと頭痛い……」

「失礼。とりあえず、枕をこうしてっと。で、後ろにもたれてくれるか?」

 

 ユウキに言われた通りに半分寝そべり、その後にプリンのふたを開け食べ始める。

 

「ゆっくり食べてくれ。今は病人なんだから」

「……わかった。プリン、ありがと」

「お、おう」

 

 妙に素直なエリアルの反応に戸惑う。小さくプリンを食べる彼女の姿はまるで小動物のようだった。

 普段、変に自信を持ちユウキに対する態度は強気な彼女。その差にドキッとした。

 

「もっと、体調のいい時に食べたかったな……」

「じゃ、また買いに行こう」

「一万円よ? そう簡単に買えないでしょ、バカ」

 

 エミリアは笑う。何の邪気も、なんの企みもない純粋な笑顔。その笑みの見た時、ユウキは初めて___嬉しく感じた。

 

「エリアル、笑ってるよ」

「何……笑うことだってあるわよ」

「いや、ちゃんと笑ってるよ」

 

 ユウキも笑う。お互いに笑いあえる時が今ここにある。

 初めは憎まれていたエリアルと、リチュアと笑いあうことができた。それが嬉しくて、ユウキは笑った。

 

 

 

「エリアル、体調はどう?」

「……あまり認めたくないけど、あんたのおかげで楽になってるわよ」

「そこくらいは認めてほしいなぁ」

 

 プリンを食べた後、再びエリアルに睡眠をとらせユウキも少し休んだ。

 食事をしたことでエネルギーが補給できたからか、起きた彼女の顔色はだいぶ赤みが引いており体調回復の兆しが見えていた。

 エリアル自身も、発言内容がだいぶマイルドになってきていた。

 

「眠かったらまだ寝てていいよ?」

「それは遠慮する。今、あんたに話を聞くチャンスだもの」

「チャンスって?」

「あんた自身を知るチャンス」

 

 予想外すぎる答えを受けてユウキが思わず転んでしまう。すてーんと綺麗に後ろから尻餅をついた。

 エリアルの呆れ顔を拝みつつ、立ち上がる彼の顔はどこかニヤけていた。

 

「え……ええっと、何が聞きたいの?」

「にやけ顔をやめなさい。生贄にするわよ?」

「す、すみません……」

 

 笑顔で釘を刺し、エリアルはユウキに問いかける。

 

「で、私を看病する手つきがかなり手馴れてるけど、母親にやってあげてたんだって?」

「母さん、遅くまで働いていたから体調を崩すことが多くてよくやってたんだ」

「よく? そんなに体調を崩したの?」

「ああ。父さんは幼いころに亡くなって、母さんが必死に俺を育ててくれた。___本当に激務だったらしくてね。死んでほしくなくって、必死だったなぁ」

 

 遠い目で虚空を見つめるユウキ。その過去を思い出すたびに元の世界が恋しくなる。

 ふーん、とあまり興味なさそうにエリアルは返した。

 

「そんな母親は好き?」

「ええっと……好き、かな。何言わせるのさ!!」

「別に。母親が好きだなんて、いいことじゃない」

 

 エリアルの言葉は先ほどから柔らかい。今まで話していた時は、どこか気が張っていたような雰囲気だった。

 だが、今は完全に自然体。落ち着いていて、ポンコツなところも感じられない。それこそが彼女の本来の姿なのだろうと、ユウキは感じた。

 

「……私には、記憶がない。私にとって、ノエリア様、お義母さんはたった一人の家族、そう思ってた」

「思ってた?」

「……アバンス、エミリア。思い返せば、二人はなんだかんだ、話しかけてきた。ヴァニティ先生も魔術の基本を教えてくれた。最近は、魚人の奴らもなんか私を見てくるようになった」

「うん」

 

 

 

「___全部、あんたのせいだ。全部、あんたの……お陰だった。あんたは、どうしてそんなに私に気をつかうの?」

 

 

 

 今一度、エリアルはユウキに最大の疑問を、分かり切っている答えを待つ。

 ユウキも一息ついて、ゆっくりと言葉を伝える。

 

 

 

「それは、俺がエリアルのことを……好きだからだ」

 

 

 

 改めて言うと、ユウキに恥ずかしさが襲い掛かってくる。エリアルと同じように顔が赤くなる。

 ガスタに捕虜として捕まっていたときには、ただただユウキが一方的に言っていた。

 他の場面もそうだ。リチュアに来て、シェルフィッシュ、アバンスとエミリアに言っただけ。

 ちゃんと正面で言ったことは初めてだった。だから、恥ずかしい。

 

 

 けど、きちんと伝えなくてはいけない。ただただ、現実世界で気に入っただけではない。

 

「元の世界で気に入ったキャラクターだけ、じゃないんだ。家族がいなくて、そのことでずっと苦しんでいた。……俺と、同じように感じた」

「……」

「必死になってノエリアに認められようとして、でも少し空回りして、でも本当は優しい女の子で……元の世界に戻りたいはずなのに、早く戦いのない世界に帰りたいのに、エリアルのことが思い浮かんだ。必死になって頑張っている君の姿が思い浮かんだ」

 

 

 

「そんな君を、本気で好きになってしまった。隣にいて、支えたいと思った」

 

 

 

「___バカ」

 

 

 

 エリアルはその一言だけ呟いて、布団で顔を隠す。

 

「___私なんかより、ウィンダのほうが」

「そんなことない!」

 

 ユウキはその布団をはぎ取って、エリアルの顔を引きずり出す。まだ、自分を後ろに見る彼女を、必死に戦う彼女をそう言わせたくない。

 風邪であることも関係なかった。想いを自覚した途端に、止められなくなった。

 

「ウィンダはウィンダだ。でも、俺は!」

「黙って……お願い……」

「え……?」

 

 彼女の瞳に涙が浮かんでいた。そのことに驚き、動きが止まったユウキをエリアルはぎゅっと胸に引き寄せ、抱きしめた。

 

「エリ…アル…?」

「……このままがいい。私のことが好きなんでしょ?___なら、僕を、安心させて?」

「__わかった」

 

 初めて聞いた、エリアルの甘えた声。伝わってくる彼女の熱と鼓動。

 抱きしめられてユウキ自身も安心してくる。心を許せる他人のぬくもり。

 気づけば二人は眠りの世界へといざなわれていた。二人は穏やかな、幸せそうな顔で眠りについていた。

 

 

「ゲッホゲッホ!!」

「ったく……あんたが風邪をひいたら意味ないでしょうが!!」

「ご、ゴメン……ゴホゴホ!!」

 

 数日後、エリアルの風邪はユウキの看病で完治した。が、その日にユウキが風邪をひいた。おそらくエリアルと同じものだと診察されたのだ。

 その際、リチュアの全員から温かい目線を向けられていた。

 

「ハァ……指導係として!仕方なく看病してあげる。感謝しなさい?」

「感謝しかないよ……本当にありがと」

 

 素直な言葉にエリアルはそっぽを向いて、小さくつぶやく。

 

 

 

「……まったく、こんなに僕を振り回して。責任、取ってもらうんだから」

 

 




ほのぼのしたのはもうおしまい。

次回から___世界は崩壊へと向かう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話ー前編 それぞれの想い、それぞれの戦い

明けましたおめでとうございます。
今年も、端末IFをどうぞよろしくお願いいたします。


「___すべてはリチュアのために」

 

 それの異変は突然現れた。

 炎燃え盛る大地。ラヴァルたちが生息している灼熱の溶岩地帯。大勢のラヴァルたちが一つの場所に集まりつつある。

 彼らの眼から意思は感じられない。リチュアの名を口にし、うつろな目でよろよろと歩く姿はまるで亡霊のようだ。ただただ、一つの場所に集まっているだけ。

 

 

 

 その真下に、赤く光るリチュアの紋章があることに気づいていながらも。

 

 

 

 その場所からちょうど真上。長い赤髪をまとめた一人の女性が妖艶な笑みを浮かべながら、ラヴァルたちを見つめていた。

 その目は愛しい人を見るような熱い視線を送ってはいるが、見た者に深い闇を感じさせる濁りきった目。彼女の目に映っているのは___大量の『生贄』なのだから。

 

「ああ……ああ!この日をどれだけ待ったことかしら!ラヴァルたちが持つ『炎』を操る力とリチュアが持つ『水』を操る力。その相反する力が混ざったらどうなるのか!その『未知』の答えがようやく出るのね!!」

 

 喜びに満ちた声だった。リチュアにとって『未知』に挑むこと。そして『既知』に変えることこそが最高の喜び。それを達成できるのだから当然なのだろう。

 そのことが、例えユウキが出した条件に反していても___ノエリアにとってはどうでもよかった。

 彼女の儀式は最終段階に入る。

 

「さ、出番よ。チェイン」

「……は」

 

 ノエリアの後ろでずっと黙っていた魚人__リチュア・チェインはようやく声を発する。その声は酷く小さく、どこか後悔の念すら感じるほどだった。

 

「どうかしたの? 『未知』を変える時なのよ。もっと喜びなさいな」

「……ああ。以前の俺ならそうだっただろうな」

 

 

 

 

 

 ____グサリ

 

 

 

 

 

「これは……どういうことかしら? リチュア・チェイン」

「見ての通りだ、ノエリア様よ。今回ばかりはあんたの命令が気に食わねぇ」

 

 ノエリアをにらむチェインの瞳に怒りの炎が宿る。その理由が本気でわからないようで、彼の鎖で体を貫かれながらも不思議そうな顔で尋ねるノエリア。

 貫かれている場所は、左の胸部。すなわち、心臓。コフッっとノエリアは口から血を吐き出す。

 

「あんたは___もう以前のノエリア様じゃねぇ。人外の臭いが嫌でも感じるんだよ」

「それで……私に反逆を?」

「別にそれがただの人外ならいいさ。でもな、リチュアを殺した悪魔と同じ臭いだとしたら」

「見逃すわけにはいかない、と?」

 

 ノエリアの表情は変わらない。確実に心臓を貫かれているはずなのに、彼女から笑みが消えることはない。クスクスと笑うだけだ。

 一方、チェインは気を抜くことなく睨み続けるだけ。鎖を持つ手にはさらに力が入る。

 

「いつから気づいたの?」

「臭い始めたのは、あんたが重症を治して戻ってきた時だ」

「あら、それはずいぶんと____」

 

 

 

 

 

「_____ずいぶんと、遅かったのね」

 

 

 狂気の笑みを浮かべたノエリアは胸に刺さっている鎖を思いっきり、自分のほうに引っ張る。その行動にあっけを取られたチェインは動くことができない。

 その鎖をたどり一瞬でチェインに接近すると、彼に触れて詠唱を行った。

 

「禁術『屍型(レイス)』」

「______が」

 

 チェインに許された最後の言葉は、その一文字だけだった。

 彼の肉体から魂が消え、残ったのは抜け殻となった肉体だけ。自身の腕に倒れてきた肉体を見つめ、再びノエリアは笑みを浮かべる。

 その時には胸にあったはずの傷は元々受けていなかったかのように消えていた。

 

「愚か者ね。高屋ユウキに感化されたようだけど、所詮は生贄の一体でしかない。私に反逆するなんて、一生かかってもできないと知っていたでしょうに」

 

 地上に落下させたチェインの死体に侮蔑の目線を送り、ノエリアは詠唱を始める。

 

「儀式、開始。炎よ、水よ、混ざらぬ物よ。その常識を今こそ壊す時。星の力によりて混ざれ____エクシーズ、起動」

 

 地上のリチュアの紋章がより赤く光り始めると、すぐに変化が起こる。

 集まったラヴァルたち全員が赤い光球となり、例外なくチェインの肉体へと入っていくのだ。その量はとてもチェイン一体の体に収まるものではない。

 それでも、光球___オーバーレイユニットは絶え間なく空っぽになった肉体へと侵入して、一つに混ざっていく。その様子はまるで、ビックバンの前兆のようだ。

 そうしてラヴァルの魂の結晶をすべて取り込んだチェインの肉体は膨張し、そのまま爆発を起こす。

 

「______ウォオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 爆心地中央に新たなる儀式体が誕生した瞬間だった。

 リチュア・チェインの肉体をベースに、周囲に灼熱の炎を放つ竜人。自我がないようで、ただただ自身の力を周囲に放ち続けている。その影響で、灼熱地獄が生まれ始めていた。

 その儀式体を見たノエリアは、ついに我慢できずに歓喜の大声を上げた。

 

「ついに、ついに完成した!!! 古の悪魔を使わずに儀式体を生み出す実験、その完成品が!名付けて『ラヴァルバル・チェイン』!!アハハハハ!!!!」

 

 気品のかけらもない、汚く濁った悪魔の笑い声。ラヴァル溶岩地帯に木霊する開戦の合図。

 

「さぁ、このつまらない『平穏』とやらを、壊しに行きましょうか」

 

 悪魔と化した女は、炎の竜人と共に湿地帯へと侵攻し始めた。

 

 

 同刻、リチュア本部。その最深となる空間で溶岩地帯にいるはずのノエリアはほくそ笑んでいた。

 空間に照明器具は存在せず、湿った空気とおぞましいほどの瘴気が充満しており、普通の人間どころかリチュアの一員でもこの空間に長時間滞在することはできないだろう。そんな場所に平然と立っているノエリア。彼女が既に『人間』ではなくなっていることを表していた。

 ノエリアの前には巨大なリチュアの紋章が描かれた床がある。この空間で唯一の光源であり、禍々しい赤い光を放っている。

 

「____やはり、私の魔力だけでは解けないか」

 

 ノエリアの前にある紋章は『とある封印』を解くために数年もの間展開されているものだ。その間、絶え間なく彼女の魔力を注がれているのだが封印はびくともしなかった。

 その証拠に今もノエリアが直接魔力を送り込んで封印を破壊しようとしたが、まったくの無反応。小さくため息をついて、すぐにいつもの笑みを浮かべる。

 

「さて、あちらは成功したみたいですし。この私も動き始めるとしましょうか」

『____ノエリア様!!』

 

 そのタイミングを狙ったかのように通信が入る。相手はシャドウの一体。彼の声は非常に慌てており、かつてのユウキ襲撃時を思い出させるものだった。

 その声にすらノエリアは笑みを浮かべたままだった。___これこそが、彼女の思い通りに事態が動いている証拠なのだから。

 

「何かしら。ジェムナイトが攻めてきた?」

『え……。そ、そうですが……すでに知っていたのですか?』

「もちろん。私が仕組みましたから」

 

 

 

「では、始めましょうか。世界の侵略を。____禁術『忘我(エクスタシー)』」

 

 

 

 

 

 平穏は終わり、ここに戦争の幕は開けられてしまった。

 

 生き残るのは、勝利するのは、最後に笑うのは____誰?

 

 

 

 

 

「____なんだよ、これ」

 

 ユウキの目の前に広がるのは、何も見えない暗闇。彼がこの世界に飛ばされる直前、謎の声と会話していた場所とそっくりだ。

 ならばこれは夢なのか? ユウキ自身には全くそう感じなかった。あの時とは違い、『夢』だという感覚が全くない。

 感じているのは、吐き気。早くこの場からどこかに逃げなくてはいけないという、恐怖心。頭の中に鳴り響く警告の鐘の音。

 そうこれはまるで___あの悪魔と対峙したときと同じ感覚。

 銀河眼によってなんとか戦えた時と同じ。だが、いま銀河眼は彼のそばに『何故か』いない。

 

『____アアア』

 

 空間自身がうなっているような声。恐怖心がさらに膨らむ。逃げ出そうとしても、足が動かない。声も出ない。

 ユウキの心など知りはしないというかのように、空間に変化が訪れる。

___闇だ。闇が彼を見ている。

 目がついている煙のような黒い闇は、ユウキの全身をなめるように眺める。まるで、彼に価値をつけるかのようにじっくりと。

 どうやら気に入ったようで、闇は目を細めてユウキに近づく。

 少しずつ近づいてくる闇に何もすることができない事実にユウキの恐怖心が増幅されると、さらに闇は嬉しそうに目を細めた。

 

(あ、あ、あ)

 

 思考が止まる。『死』の感覚が大きくなっていく。心臓の鼓動のみがユウキの耳に響く。

 やがて目前に闇が見えるようになると、彼の頭は真っ白になっていた。

 

『____スマキダタイ(いただきます)

 

 どこにあったのか。闇は大きく口を開いて、そのままユウキを飲み込___

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「_______起きなさい!!!!!」

 

 

 

 

 

「___っ!!!!!?」

 

 聞きなれた少女の叫び声で、ようやくユウキは目を覚ます。上半身を勢いよく起こすと、周囲の様子が暗闇でなく自室であることが分かった。

 そして、彼の隣に声の主が立っていることも。

 

「エリ、アル?」

 

 なぜか自分の部屋で息を切らしているエリアルに困惑しつつ、額に浮かんだ汗を服の裾でぬぐう。

 部屋の扉は無理やり開けたのか、ドアノブが破壊されており締めることができなくなっている。その犯人は考えるまでもなかった。

 

「エリアル。何かあったの?」

「何かあったの、じゃないわよ!!」

「???」

 

 

 

「リチュアのほぼ全員が、お義母さんに操られてる。あんたもその一人になるところだったのよ!」

 

 

 

 

 エリアルの言葉の意味がユウキには分からない。そもそも、先ほどの悪夢が脳内にこべりついているようで何かを考えられる状況ではなかった。その考えの見抜いたエリアルは現状を説明することにする。

 

「今、外ではジェムナイトがリチュアに攻め込んできてる」

「!!? じょ、冗談だろ!?」

「残念ながら本当よ。原因は、リチュアが侵略行為を行ったから」

「___ちょっと待て。ノエリアは?」

 

 その質問が彼女は来るのをすでに読んでいたのだろう。エリアルは床に視線を落とし、小さくつぶやいた。

 

「お義母さんは……リチュア全員とラヴァルのほとんどを洗脳して、戦争を起こすつもりみたい」

「ラヴァル……つまり、俺との約束を破ったわけだな」

「そうなるみたいね」

 

 ユウキがリチュアに入る際、ノエリアに提示した三つの条件のうちの一つ 『他部族への侵略行為の禁止』は既に破られていたのだった。

 いつかは破られるものだと考えていた。徐々にリチュアの雰囲気は変わりつつあったが、ノエリアは全く変わる様子がなかったのも証拠。いつまでも自分自身がストッパーになるとは思っていなかった。

 そしてそのストッパーが外れる時もあっけないものになると想像はしていた。

 起こってしまった戦い。もう止めることはできないだろう。ならば、自分がやることは一つ。今まで通り、必死になって抗うだけだ。

 

「まあ、いつかはなると思ってたし、時間は稼げた。少しは未来が変わるといいんだけど……。エリアル、他に持ってる情報は?」

「案外落ち着いてるのね。心配して損した」

「心配?」

「して悪い?」

 

 なんの狼狽えもなくエリアルは心配したと答えた。その反応にはユウキも驚きを隠せない。今までのエリアルだったら冷たい声か照れた声で否定するはずだ。

 そんな彼女には外見にも大きな変化があることにユウキはようやく気付いた。

 

「エリアル……その、儀水鏡は」

「見て分からない?____割ったのよ」

 

 いつも大切に持ち歩いている杖の先端部分。捕虜の時、まだユウキと知り合って間もないころ。冗談で儀水鏡を割るとユウキはエリアルに脅した。

 そうすると、すぐさま仮面は外れまだまだ未熟な女の子であるエリアルが姿を現した。それほどまでに大切にしていた儀水鏡。義母に認められるためには必要不可欠な物。

 

 

 それを破壊してまで彼女は何をしたかったのか。

 

「洗脳魔術は儀水鏡を通して行われた。お義母さんが持っている物はすべての儀水鏡とつながっているから、それを利用したんでしょうね。お義母さんらしいやり方だと思う」

「じゃあ、俺が悪夢を見ていたのは……」

「間違いなく洗脳のせいね。間一髪のところで、あんたの儀水鏡を破壊できたってところでしょう」

 

 そう言うエリアルの手の中には、ユウキがリチュア内で使っていた儀水鏡のペンダントが粉々になって握られていた。このことも見越して、ノエリアはユウキにこれを渡していたのだろう。すべてが手のひらの上だったということを知って、彼の中に悔しさがあふれてくる。

 彼の気持ちを理解しているからこそ、エリアルは特に何も言わずに情報を渡し続ける。

 

「現在、ラヴァルを取り込んだ儀式体とリチュアは湿地帯に侵略中。ガスタはジェムナイトと協力して現状打破を狙っているみたい」

「魔術使えないのによく外の様子がわかるね」

「使えない訳じゃない。前にも言ったけど、魔法陣をかければ使えるのよ。私の部屋の床にも魔法陣が書いてあるから使えたって訳。もっとも、部屋も出た今じゃ使えないんだけど」

「戦闘はできそうにないってこと?」

「雑魚相手なら何とかってところかしらね……」

 

 儀式体もなく魔術もすぐに行使できないエリアルはただの少女同然。ユウキもモンスターがいなければただの青年。誰かによる護衛がなければ、命を落とす可能性もぐんと大きくなる。

 だが、ここで閉じこもっていても状況は好転しない。むしろ悪化するだけだろう。

 ___ならば、やることはただ一つだけ。

 

「ノエリアを探そう。外に出ればジェムナイトたちと協力できるはずだ」

「あら、私も同意見よ。お義母さんを探さない限り、この事態は収まらない」

 

 外に飛び出すために二人は今できる準備を始める。

 ユウキはもう一度デッキを確認。メインデッキに欠損はないが、エクストラデッキはいまだに奪われているカードが多い。ナンバーズのカードは一枚もなく、そしてなぜかまだ何も書かれていないエクシーズのカードが一枚存在している。

 銀河眼に聞いても何か教えてくれないカードではあったが、正体は大体つかめてきた。だが、なかなかこのカードを召喚できないというのも事実だった。

 確認を終え、デッキからいつものようにカードを五枚引くと、いつものようにデッキは空間へと消えてしまう。この世界で当たり前になってきた、彼だけができる戦い方。

 この力を使って生き残り、そして元の世界に戻る。

 もう一度、自分が戦う理由を思い出して覚悟を決めた。

 エリアルはユウキが持つデッキからヒントを得て、白紙のカード一枚一枚に魔法陣を書き込んでいく。できるだけ速く、できるだけ多く種類を。カードを作成していくその表情は真剣そのもの。いつもの研究を楽しむリチュアとしての顔は完全になりを潜めていた。

 ユウキが気づいたころには三桁はあるであろう魔法陣の描かれたカードが出来上がっており、エリアルはそれを持ってきていた腰袋に入れた。

 

「これ以上は作れないわね。これだけで足りればいいんだけれど」

「持ってきたカード全部に書き込んだのか……そんなに時間経ってないぞ?」

「何言ってるのよ。リチュアの魔術を作成していたのは誰?」

「なるほど」

 

 魔術を作成していた本人だからこそ、それに必要な魔法陣は把握しきっている、ということだろうか。熟練の儀式師のような雰囲気の彼女にユウキは頼もしさしか感じなかった。

 

 息を整える。

 

 この部屋から出れば二度と生きて帰っては来れないかもしれない。それでも、未来へ進むために。自分たちの想いのままに、進むために。

 二人は扉の前に立つ。

 

「いくよ、エリアル」

「ええ。せいぜい、足手まといにならないようにね」

「そっちこそ」

 

 顔を見合わせ、扉を開ける。平穏から出ていく二人の顔は自然と強気な笑顔だった。

 部屋を出た二人を待っていたのは___瞳を赤く光らせる兵士たち。

 各々が身に着けている儀水鏡からはユウキでもわかるほどの邪気が常に放たれており、その肉体は邪悪な魔力で強化されているリチュアの兵士たちは二人を見ると、すぐさま襲い掛かってきた。

 

「フォトン・スラッシャーを特殊召喚!」

 

 ユウキの動きは非常に素早かった。これもアバンスとの特訓の成果が出ているのだ。

 戦場において、ユウキがしなくてはいけないことは二つ。

 すぐさまモンスターを選び召喚できる瞬発力と、自身を守る自衛力。

 それらを養うために何度も意識を失い、何度もボコボコにされてきた。その成果がようやく発揮され、少しだけ涙ぐむユウキ。

 召喚されたフォトン・スラッシャーは襲い掛かってくるリチュア兵士複数を一刀両断。召喚者とその想い人を守るように立ちふさがる。

 エリアルも同様に一枚のカードを手に持ち、魔術を発動する。

 

「『虚針(ヴォイドニードル)』!!」

 

 発動された『虚針』の魔法陣から無数の針が兵士たちに放たれ、多くの敵を蹴散らす。少しずつだが、確実に二人が進む道が出来上がっていく。

 魔術を発動したカードは役目を終えると、黒い灰になって崩れ落ちてしまった。

 

「早く決着着けないと!でも、銀河眼は部屋の中で出すと大きすぎるし」

「スラッシャー一体で十分でしょ? 彼はほかの召喚獣がいると攻撃できないのは知ってる」

「流石エリアル!じゃあ、頼むぞ!フォトン・スラッシャー!」

 

 二人の最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 二人よりも先に最後の戦いが始まっている人々もいる。リチュアと洗脳されたラヴァルから攻撃を受けたジェムナイトとガスタの連合だ。

 

「急げぇーー!!戦える者はジェムナイト様に加勢するんだ!!」

「怪我した人は後方へ下がって!死者を一人も出さないで!!」

 

 争いが苦手なガスタ。その常識も二度の大戦によって壊されていた。彼らは嫌でも戦い方を覚えさせられ、力を得たのだ。___彼らが平穏を望んでいたとしても。

 ガスタは襲い掛かる兵士たちに風の魔術を放ち、自身の里を守ろうと必死になる。そんな彼らをあざ笑うかのように、何度も吹き飛ばされようと、風の刃で切られようとも、その命が消えるまで侵略をやめない。

 ___その姿は、リビングデッドのようだった。

 

「ウィンダ!ユウキ君と連絡はとれたか!?」

「今やってる!!」

 

 防衛最終ライン、司令部。ガスタとジェムナイトの連合をまとめ上げる頭脳。ウィンダールとウィンダは必死になってユウキと連絡を取ろうとしていた。

 ここにはいないが、治療に向かったファイもユウキのことばかり心配していた。

 リチュアとラヴァルが洗脳されている。という情報をジェムナイトたちから受け取ってから何度もペンダントによる通話を試みてはいるものの、ユウキが応答することはなかった。

 これで何度目になるだろうか。焦り顔で何とか連絡を取ろうとするウィンダ。しかし、杖からはノイズ音が響き続けるだけだ。

 その音はウィンダールから希望を奪う、最悪の結果を連想させるには十分だった。

 

「……ダメ、なのかな……」

「っ……。ウィンダ、そろそろ前線に出るぞ」

「わかった……」

 

 ウィンダが通信を切ろうとする、その直前。希望がようやく繋がる。

 

『……ンダ!!』

「!ユウキ!!」

『ウィンダ、そっちは無事!?』

 

 ユウキとの通話が繋がり、ウィンダの表情に明るさが戻る。通話先から戦闘音が聞こえてはいるものの、彼が正気であり生きていることに喜びがあふれてくる。

 ユウキの現状は先ほどと変わらず、エリアルと共にリチュアの兵士をなぎ倒して脱出を目指していた。

 

「あのね!リチュアとラヴァルが攻めてきて!ジェムナイトさんたちが攻めていって!」

『ええっと、ウィンダちょっと落ち着いて』

 

 パニックになっているウィンダから無言で杖を奪い、ウィンダールが代わりに通話を始める。

 

「ユウキ君。そちらの現状を教えてほしい」

『ウィンダールさん!__わかりました。現在、俺とエリアルは洗脳されたリチュアの兵士を撃破しながらアジトからの脱出を考えています』

「なるほど。エリアルも無事なんだね?」

『ええ。ウィンダール、リチュアは実質壊滅したと考えてくれて構わない』

「ノエリアが引き起こしたと考えてもいいんだな?」

『____間違いないわ』

 

 義母に狂信せず、真実を伝えるエリアル。そこにはかつてガスタを侵略しようとした冷酷なリチュアの儀式師の姿はなかった。

 静かに笑い、ウィンダールは自身の持つ情報を二人に伝える。

 

「現状、リチュアとラヴァルは我々ガスタの湿地帯に向けて侵略をしている。ジェムナイトが協力してくれてはいるが、そう長くは持ちそうにない。また、前線から見たこともない儀式体がいるとの情報が入っている」

『見たこともない儀式体?』

「儀水鏡をつけ、炎をまとった海竜のような儀式体だ」

『TUEEEかよ!?』

「つ、つえー?」

『いやなんでもないです。コホン__おそらく、それはラヴァルバル・チェイン。リチュアとラヴァルのエクシーズ体です』

 

 ラヴァルバル・チェイン__ダイガスタ・エメラルと同じく、攻撃力1800のランク4エクシーズモンスター。ユウキがリチュア・チェインを覚えていた理由であり、現実でも愛用する決闘者は多かった。

 が、ユウキが端末世界に来る数カ月前に禁止カードに指定。多くの決闘者が涙を呑んで彼を見送ったのだ。

 もっとも、そんな思い入れがあるカードであろうと今は脅威でしかないのだが。

 

『チェインがいるってことは、ラヴァルは……』

「ああ。大半が敵となっている。そこでユウキ君に対策を聞きたいのだ」

『お、俺に、ですか? そこはウィンダールさんが考えたほうがいいような……』

「もちろん考えてはいる。だが、君には元の世界の知識がある。__これから、何が起こるかを君は知っているのではないかね?」

 

 ウィンダールの予想は当たっていた。この世界に来た時に思い出せなかったこの世界の出来事が徐々に思い出してきている。

 ダイガスタ・エメラルのエクシーズの時も、ジェムナイトが悪意を持つと世界に大きく影響を及ぼすことも、リチュアが何かすることも。今ではすべて思い出していたのだ。

 これから復活するであろう最悪の『邪念』のことも。

 

『一応は、知っています。一番の打開策は、ジェムナイトの皆に悪意を持つのをやめてほしいんですけど……絶対に無理な状況になっちゃいましたし。ラヴァルも……救えませんでした』

 

 邪念の復活は、四部族の中で唯一負の感情を抱いていなかったジェムナイトが『怒り』という感情を持ってしまうこと。本来の歴史であれば、ガスタへの奇襲によってそのトリガーが引かれてしまうのだが、それはユウキが防いだ。

 しかし、今の状況はそれよりも悪化しているのかもしれない。

 二度の大戦によって互いを『好敵手』だと認知し始め、和解も行い関わりが増えてきたラヴァルが洗脳され手駒にされているのだから。

 それに、本来の歴史通りならば『ラヴァル』の生き残りは一人しかいない。チェインを誕生させる際、その一人を除いた全員が儀式の生贄となってしまったから。こうして、正史から炎の一族『ラヴァル』は消えてしまったのだ。

 正史と同じく、ラヴァルバル・チェインが誕生してしまったということは……

 落ち込むユウキの声に、ウィンダが思わず声を出す。

 

「? ユウキ、ラヴァルは全滅してないよ?」

『ああ、ファイは無事なんだ』

「違うよ?」

 

 

 

 

 

「ラヴァルの中からリチュアに対抗している人たちもいるよ?」

 

 

 

 

 

『___え』

「本当の話だ。我々ガスタはこれからリチュアに対抗している、洗脳から逃れたラヴァルの救出に向かおうと思う」

「出発前にユウキから助言をもらおうと思ってたんだけど、何かあるかな?」

 

 ラヴァルの全滅。ユウキが避けたかった出来事の一つ。

 姉を二人失った妹の悲しむ顔をもう見たくない。その思いからノエリアの行動に目を光らせていたのだから。

 なぜ全員が巻き込まれなかったのかは分からない。だが、全滅していないという結果が嬉しかった。

 

『なら、ファイを連れて行った方がいいかも。空を飛ぶにしても救出するときは地面に降りると思うから。あと……『セイクリッド』って知ってる?』

「セイクリッド様!? ユウキは知ってるの!?」

『ああ。もし彼らを降臨させられるのなら今からやってほしい』

「ということだ。ウィンダ、降臨の儀式を頼む。救出には私とファイ、そして他の者で行ってくる」

「……わかった。お父さん、どうか無事で」

「では、ユウキ君。次は直接会おう」

 

 杖をウィンダに返し、ウィンダールは治療をしているファイの元へと去っていく。その背中をウィンダは不安そうな顔で見つめていた。

 ウィンダールの姿が見えなくなった後、頬を両手で叩いて気合を入れるとウィンダはユウキに質問する。

 

「ユウキ、セイクリッド様を知っているんだよね?」

『そう、これから復活するであろう邪念。それに対抗するには星の騎士団であるセイクリッドの力が必須だからね』

 

 星の騎士団『セイクリッド』

 機械仕掛けの天使たち、ヴァイロンを作りあげ、星の力で世界を守護するという伝説の戦士たち。そして、この世界にエクシーズの伝説をもたらした者たちでもある。

 セイクリッドが降臨しなければ、これからの戦いに勝ち目はない。ならば、少しでも早く降臨していた方がいい。そして、星の力に詳しいガスタの巫女であるウィンダならばそれが可能なはずとユウキは踏んだのだ。

 

「セイクリッド様が降臨するだけの脅威が、これから起こるってことなんだよね……」

『そう、なるね。だけど、今やれることをやるしかない___うおぉ!?』

『ちっ……隠れてたけど、流石にばれたみたい。戦闘再開よ!』

『ゴメン、ウィンダ!生きてまた!』

 

 戦闘音が杖から響いて、ユウキとの通話が切れる。不安を振り切ってウィンダも今やれることをやり始める。

 自室に急いで戻り、母から受け継いだセイクリッドについて書かれている本を取り出すと、セイクリッドを調べ上げる。本には降臨の儀式方法とその詳細が記されていた。

 

「ええっと……うん。これならできそうかな。ちょっと時間かかるけど、やれることをやるしかないもんね!」

 

 本を持ち出し、祭壇前へと走る。

 神を奉る『霧の谷の祭壇』__ガスタの巫女が祈りをささげる場所と言えばここだ。ここには不思議と誰も近づこうとしない、神聖にして不気味な場所。何も気にせず近づけるのはユウキくらいだろう。

 一人でこの場所に入るのは巫女を襲名した今でも、抵抗がぬぐえなかった。

 

「___よし。やるぞ!!」

 

 でも、逃げるわけにはいかない。再度気合を入れて、ウィンダは巫女として祈りを始める。

 この祈りがのちの希望になると信じて。

 

 

 

 

 

 場所が変わって、前線付近。リチュア側には多くのソウルオーガが侵攻していた。

 だが、その巨体を次々と蹴散らし、殴り飛ばし、粉砕している戦士が二人。

 

「___いくら半身がリチュアと言えど、これは見過ごすことなどできないからな」

 

 目を赤くし、鬼神の連撃を叩き込むのはジェムナイト・パール。元々、ジェムナイトとリチュアのエクシーズである彼。思うことはあるのだが、自分とジェムナイトの仲間たちに攻撃を加えるのであれば容赦はしない。

 そして『鬼神』と肩を並べて戦っているのは、巨大な石柱と化した両腕を持つ新たなる戦士。

 

「うおおおおおおお!!!!!!」

 

 その名も、ジェムナイト・ジルコニア。ジェムナイト・クリスタがただただ純粋に『戦闘』に特化し、最適化した姿だ。

 その怪力はソウルオーガを簡単に叩き潰せるほどのもの。先ほどから雄たけびを上げてリチュアに襲い掛かる姿は仲間のジェムナイトにすら恐怖を覚えさせるものだった。

 一人、また一人とソウルオーガが戦闘脱落していく中、今度はラヴァルの戦士がジェムナイトたちに襲い掛かる。

 

「っ……ラヴァルと戦うのは、せめて喧嘩の時だけであってほしかったんだがな……」

「……」

「く、クリスタ?」

 

 舌打ちをし、苦い顔でラヴァルを見るパール。だが、それ以上に隣にいるジルコニアが無言であることに不安を抱く。

 普段の彼なら、今の自分と同じように苦い顔をして___悲しみながら戦うはずだ。

 だが、今はどうだ。彼は肩を震わせ、闘志とは違う気配を漂わせている。戸惑うパールだが、彼が持つリチュアの半身がそれは何かを察する。

 

 

 

 

 それは___『殺気』と呼ぶものだと。

 

 

 

 

 

「___リチュアああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 その叫びに込められているのは、怒りと憎しみ。

 今まで、ずっと対立していた。彼らが攻めてきたから、仕方なく、自身を守るために戦ってきた。戦うことしかできず、彼らを理解することを諦めていた。

 一度目の大戦、インヴェルズとの戦いで隣に並んだ時、それは奇跡だと思った。ヴァイロンがいたからまとまっただけだと。お互いに理解などできないと、そう決めつけていた。

 だが、二度目の大戦。ヴァイロンの暴走時、お互い協力し合うことができた。

 拳を振るうこと。それは決して命のやり取りをするだけではない。死力を尽くして戦い、そしてどちらかが倒れたら勝敗をつけ、そしてお互いの健闘を称えあう。

 そして、その関係を何というか。

 『好敵手(ライバル)』___そう言うと、ラヴァルもジェムナイトも信じていた。

 

 そして、時にその関係は読み方を変えるのだ。

 

 『好敵手(とも)』と。

 

 ジルコニアの怒りと憎しみ。それは『好敵手』を道具のように扱っていること。あまりにも非道な行いをしてきたリチュアがまだそのようなことを行っていること。

 そして___自分たちがなぜ阻止できなかったのかという、自分への怒り。

 怒りは大きなエネルギーとなる。先ほど出していた速度をはるかに超える速さでジルコニアはリチュアの大群へと単身突っ込んでいく。

 一人残されたパールに洗脳されたラヴァルが襲い掛かり、ジルコニアを追跡することを妨害する。

 

 

「お、おい!?クリスタ!!」

「シャァアアア!!」

「ちぃ……!一人で何とかできそうか!?___なんだ?」

 

 ラヴァルを迎え撃とうとするパールだったが、背筋に寒気を感じ立ち止まる。そしてそれは、洗脳され自我を失っているはずのラヴァルとリチュアも同じだった。

 それはあの時と同じ___否、あの時以上の恐怖。

 かつて古の悪魔が蘇っていた時以上の恐怖と悪意、そして邪念が世界中からあふれようとしていた。

 

 

 破滅へのトリガー。それは、『負の感情』。今まではジェムナイトがその感情を抱かなかったことから引かれることはなかった。だが、今、その最後の条件が満たされた。

 一度は放たれた物をまた元に戻すことはできない。ここに、世界の破滅は決定した。

 

「こ、これは!?」

 

 戦場で戦うジェムナイトたちが異変を察知する。地面からボコボコと黒い泥があふれ出し、それがあちこちで発生し始める。命を持つ者なら、それに触れてはいけないと本能で察知することができるであろう。

 泥はそこら中に転がっている死体となったラヴァルとジェムナイトの中へと入っていくと、その死体(からだ)を黒く染め上げて蘇らせた。

 動き始めたのは、その場の死体だけではなかった。

 かつてあった光の邪神__魔轟神との戦いの際に散っていったはずの種族までもがその姿を現した。

 

「___アアア」

 

 この世界に生まれ落ちた邪念たちはうめき声と共に原住民たちへと襲い掛かった。正義のために戦うジェムナイトも、悪のために戦うリチュアも、操られているだけのラヴァルも。

 邪念たちにとっては、浸食する対象でしかない。

 襲い掛かる死体に驚愕しながらも撃退しようとするジェムナイトとリチュア・ラヴァルたちだったが、被害は出てしまう。

 何人かのリチュアがやられ、何も言わない死体になると先ほどと同じように黒い泥が地面から這い出し、そのまま死体の中へと入っていく。

 

「___アアア」

 

 こうして新たなる邪念が生まれ、また死体が生まれる。そうすれば、また邪念が……

 負のスパイラルが広まるのも遅い話ではない。

 

「__『Squall』!!」

 

 生まれた邪念と戦うダイガスタ・エメラル。『突風』の名を持つ風の刃で敵の体ごと切り裂くが、彼女が倒すスピードよりも新たなる敵が生まれるほうが速かった。

 そして、邪念の意思は死体以外にも向けられる。

 生者であるはずのエメラルの腕から泥が侵食しようと試みる。だが、エクシーズの戦士であるエメラル。反応は早かった。

 

「離れなさい!」

 

 腕に風をまとわせ泥を払うと、ボトリと嫌な音を立てて地面に落ちる。落ちた泥はボコボコと泡を立てて、人の形をとり始める。

 その姿を、エメラル___カームはよく知っていた。

 

「な、なんで……? どうしてあなたが……?」

「アアア」

 

 人の形をとった泥は、黒くくすんだ緑の体をしていた。その姿はダイガスタ・エメラルとそっくりだったのだ。

 それが、ジェムナイト・エメラルであることに気づくのは容易いことである。

 自身に力を貸し、消えていった恩人が目の前に現れていることにカームは茫然とするだけ。それこそが大きな隙になるとわかっていたとしても。

 その隙をつく形で緑の邪念はカームに襲い掛かる。反撃をしようとしても、体がついていけず動けない。このままでは確実に刃で切られてしまうだろう。

 そもそも、力はあってもカームは戦士ではない。侵略するだけに生まれた邪念とは大きな差があったのだ。

 

「っ!!!」

 

 目をつぶり痛みを、死を覚悟するカーム。邪悪なる刃が彼女を切り裂く

 

 

 

 その寸前だった。

 カームの目の前に、眩く光る星が現れその刃を受け止めたのだ。

 

「___この星を守るのは、我ら星の騎士団の使命。これ以上、好きにはさせんぞ。ヴェルズ!!」

!!!ドッリクイセ!!!アアア(アアア!!!セイクリッド!!!)

 

 純白の鎧、輝く剣。まとうマントには宇宙が現れているその騎士が邪念に操られた戦士を切り裂くと、黒い霧となって消えてしまった。

 ここでようやく危機が去ったことを察し、目を開けるカーム。前の白い騎士が心配そうに彼女を見ていることに気づく。

 

「え、え、え……?」

「パニックになるのも分かるが、私の指示に従ってくれ。今は撤退するぞ!」

 

 あまりにも戦局が変わりすぎてパニックになるカームことエメラルを騎士は優しい声で諭すと、彼女を抱きかかえて空へ飛び去った。

 それは他のガスタとジェムナイトも同じことで、この騎士に似た者たちが生き残ったジェムナイトたちと共に後方へと撤退していた。

 見知らぬ人に抱きかかえられている状況にエメラルはさらに混乱する。

 

「貴方は誰ですか!? 私を誘拐するつもりですか!!?」

「お、落ち着け!私は君たちの味方だ!名を、セイクリッド・プレアデスという」

「せ、セイクリッド……?」

「ああ。星の騎士団、と言えば知っているかい?」

「え……えええ!? ど、どうしてセイクリッド様が!?」

「詳しくは後で話す!今は、君たちの拠点に撤退する!」

 

 文字通り、光の速さとなって撤退していくガスタ・ジェムナイト。

 一方、地上に取り残されたラヴァルとリチュアはそのまま邪念、ヴェルズの侵略を受け続けるのだった。

 

 

「戻られましたか!セイクリッド様!」

「ああ。何とか全員、撤退に成功したみたいだ」

 

 ガスタの里__ジェムナイト・ガスタ連合本拠地。

 戻ってきたセイクリッドと仲間たちをウィンダは笑顔で出迎えた。まだ長であるウィンダールはラヴァル救出から戻ってきていない。長代理として、この状況をまとめ上げなくてはならない。

 疲労・重傷を負っている者にはすぐさま治療を受けさせ、それ以外の者には簡単な食事を配り士気を保たせるなど。自身にやれることを全部行っていた。

 少し時間が経ち、全員が話を聞ける状況になるとプレアデスが現状とこれからについて話し始める。

 

「改めて自己紹介させてもらう。私は『セイクリッド・プレアデス』。星の騎士団 セイクリッドの長を務めている」

「せ、セイクリッド様が本当に降臨なされるなんて……」

「助けを求める声があれば、いつでも参上するさ。もっとも、君たちが呼ばなくても参上していただろけどね」

 

 ガスタの中でセイクリッドは伝説の存在として語られていた。星の騎士たちを見るガスタの民の眼は憧れと尊敬で輝いていた。

 

「現状をお話ししよう。今、この星には邪念、『ヴェルズ』が復活してしまった」

「ヴェルズ? インヴェルズではなくて、ですか?」

「そうだ、ガスタの戦士 リーズ。古の悪魔 インヴェルズとは本来、ヴェルズ化に適応した者たちのことを指すんだ」

 

 ヴェルズ。生物の負の感情が具現化した邪念そのもの。死体に乗り移る、もしくは生物の現身を取り世界を侵略する生物と言っていいのかわからない者たち。

 古の悪魔であるインヴェルズの根源。すなわち、リチュアの儀式体の根源でもあるのだ。

 セイクリッドはかつてインヴェルズを封印しており、その際ヴェルズについて危惧していた。時間が経っていればプレアデスの言った通り、ウィンダの祈りがなくても降臨していたであろう。

 

「ヴェルズは既に君たちが言う『旧大陸』。永久凍土となった大陸に浸食しており、過去の種族たちの肉体に宿っているようだ」

「それって、ミストバレーとかドラグニティ様たちということですか!?」

「ああ。これから君たちが戦うのは命を失った者。文字通り『過去の亡霊』たちだ」

 

 ヴェルズの脅威。再び訪れてしまった大戦。また誰かを失うかもしれないという恐怖が蘇り、原住民たちの足がすくむ。ジェムナイトであっても、上級戦士が簡単に散っていった事実が足を重くする。

 

「恐れるな……とは、言わない。君たちは機械ではないし、機械であろうと完璧ではない。機械であったヴァイロン達も暴走し君たちの仲間を永遠に眠らせた。恐れを、感情を抱かない生命などいない」

「だが、我らセイクリッドは知っている。君たちが今まで、仲間の死をなかったことなどにはせず、時に乗り越え、時に引きずりながらも前に進んできたことを」

「君たちが胸に秘める心の光。それが完全に消えるまで、我々は戦い続ける。だから、どうか我々を信じてほしい。生き残るために、力を貸してほしい」

 

 

 

「「「この星の未来のために、星に生きる命を守るために、共に戦ってほしい」」」

 

 

 

 セイクリッドの上級戦士、プレアデス、ヒアデス、ビーハイブは頭を下げ、力を貸してほしいと頼む。この星のために、生きる命のために戦う。それこそが彼らの使命なのだ。

 ヴァイロンの時とは違う。共に戦う仲間として、彼らに協力を要請したのだ。

 伝説にも残る星の騎士たちが頭を下げる光景にガスタは驚き、ジェムナイトは無言を貫く。

 戦っても、戦わなくても、『死』は誰かに降り注ぐであろう。ならば、その間にやれることもあるかもしれない。

 希望をもって戦っても、全滅するかもしれない。もし生き残っても、大切な誰かを失うかもしれない。

 それでも___戦えるのか?

 

「……」

 

 話を聞いていたカムイの脳内に、かつての相棒と父親の顔が思い浮かぶ。カムイの大切な二人は、機械天使の暴走によって彼の前から消えた。

 その創造主が目の前にいる。

 頭ではわかっているのに、心で拒否している自分がいる。この星の騎士団があんなものを創らなければ、今頃父も相棒も生きていたはずなのに。

 今さら、自分たちに力を貸してほしいなどと戯言を言わないでほしい。降臨するのであれば、古の悪魔たちとの時にしてほしかった。

 もっと、早く助けに来てほしかった。

 

(……僕は、戦いたくはない。お姉ちゃんにも、ガスタの皆にも、戦ってほしくない)

 

 言葉にはしない。ぐっと必死になって我慢する。そうでなければ、父にも怒られてしまうだろうから。

 誰も言葉を発さないまま、数分が経とうとしていた。

 

「___今やれることを、やるしかない」

 

 静寂を壊したのは、やはりと言うべきなのだろうか。巫女のウィンダだった。

 

「私は、皆が戦う必要はないと思います。戦わず、その時まで生きたいと思う人もいるでしょうから」

 

 ウィンダは言葉を絞り出すように話す。彼女の足は震えており、拳をつくる手も小刻みに震えていた。無理をしていることは誰にでもわかってしまう。

 震えを無理やり抑え、深呼吸をしてから話を続ける。

 

「でも、だからこそ私はこの言葉を投げかけたいのです。ある青年が言っていました。彼は異世界から戦いに巻き込まれ、魔術も強靭な肉体もない。それなのに、戦い続けていました」

「そんな青年がいるのか?」

「はい。彼は今、彼がやれることをやっている。私たち以上に恐怖を抱いているはずなのに、今も戦っています。___私は、何もせずに、もう大切な人たちを失いたくない。だから、今やれることを、セイクリッド様たちと共に戦うことを選びたい」

「それは、私も同じだ。ウィンダ」

 

 ウィンダの横に立ったのは、最適化を解除したクリスタだった。撤退するまで彼はジルコニアの状態で暴れまわり、リチュアのアジトを目指して一人突撃していた。

 セイクリッド四人とパールの協力でようやく撤退させられたが、それまでは大暴れしていて言葉すら耳に届いていなかった。先ほどまで頭を冷やさなくてはいけないほどに、彼は怒りに囚われていた。

 

「ヴェルズが覚醒したのは、私のせいだ。私が怒りに囚われてしまったから、邪念が生まれてしまった。その罪は、あまりにも重い。償うためにも戦わなくてはいけないだろう」

「自分を責めないでください、クリスタさん。それだけ、ラヴァルのことを想っていてくれてたんですよね」

「その通りだ。眩き光を放つ正義の戦士、ジェムナイト・クリスタ。君がいなければ、より多くの者が犠牲になっていたはずだ。それは、ここにいる誰もが知っている」

 

 セイクリッドもクリスタのことは既に把握しており、彼が今までどれだけ傷つきながらも戦ってきたのかは知っている。だから、今回のこともまったく気にしていない。

 ヴェルズを消し去るために、セイクリッドはここにいるのだから。

 

「しかし、私は……!」

「クリスタ。怒りの次は疑いか?」

 

 自分を許せないクリスタにパールが彼の肩に手を置く。諭す言葉だが同時にクリスタは呆れられたとも感じた。クリスタが後ろを向くと、パール以外のジェムナイトたちが全員、真剣なまなざしで彼を見ていることに気づく。

 

「クリスタ。ジェムナイトには、お前を信じていない者などいない。今までも、これからも。ジェムナイト・クリスタは仲間と共に立ち上がり、そのつながりで進化していく我らが自慢の長。そうだろ、みんな?」

「ああ!クリスタさんは俺たちの誇りだ!」

「クリスタさんと共に戦えることは、俺たちの望みでもある!」

「……みんな……」

「良き仲間に恵まれたな、クリスタ」

「……はい。私の宝物です」

 

 クリスタは前を向き、改めて誓う。『償う』ためでも『倒す』ためでもなく、『守る』ために戦い抜くと。自慢の仲間がいるのであれば、それは不可能ではないと確信できる。

 プレアデスと握手を交わし、クリスタは高らかに宣言する。

 

「我ら、地を司りし戦士 ジェムナイト。その長、クリスタがここに宣言する!我らジェムナイトは、星の騎士団 セイクリッドと共に戦い抜き、この星を、未来を、今を生きる命を守り抜くために戦うと!!!」

 

 ジェムナイトたちから歓声が上がる。彼らの中に戦うことを拒む者はいない。彼らは自分たちの中の正義を信じ、この星と命を守るために立ち上がることを選んだ。

 それを見た風の一族の者たちも、決意を固める。

 

「戦士家は一族を守ることが使命。そうよ、今までだってずっと戦ってきたじゃない。なら、今度も一緒」

 

 リーズを始めした、戦士家もみな立ち上がる。

 恐れはある。失う悲しさも知っている。何度も、何度も、略奪され、侵略されてきた。

 だからもう、誰にも何も奪わせない。邪念であろうと過去の亡霊であろうと、知ったことか!

 

「ああ。行こう、リーズ!」

「我ら戦士家が戦わずして、誰が一族を守るのだ!!」

「ジェムナイト様、セイクリッド様。我ら、ガスタ戦士家もあなた方と共に戦うことをここに誓います。我らに勝利と希望をお与えください!」

 

 宣言するリーズに続いて、神官家からも声が上がり始める。

 

「戦士家だけに戦わせないぞ!」

「そうじゃ。われらガスタは戦士家と神官家、二つがあってこそ成り立つ。わしらだけ置いていこうとしても、そうはいかんぞ」

「みんな……!」

 

 ウィンダの声は確かに広がった。ためらっていた者たちの心を動かし、今を生きるために、未来のために立ち上がる。それこそが、今を生きる者の使命だと言わんばかりに。

 

 ここに、戦う者は募った。心優しき種族は星の騎士団と共に得体も知れぬ邪念へと挑む。

 

 そんな中、カムイの心は沈んでいた。

 

(なんでさ……どうしてみんなそんなに死に急ぐんだよ……!!)

 

 彼の心は以前として動かなかった。どうして皆、わざわざ早く消えてしまうような行為を選ぶのか。

 どうして、誰も戦うことに抵抗がないのか。静かに滅びるより、命を燃やし尽くすことを選んでしまうのか。

 

 ___どうあれ死んでしまうのであれば、何をしても同じではないのか

 

「なにぼさっとしてるの。カムイ」

「!? あ……リーズおねえちゃん」

 

 闇に落ちそうな少年の心を引き上げたのはリーズだった。周囲が熱く盛り上がっている中であるからこそ目立つ戦いにおびえた雰囲気。彼女は逃すことなくカムイに話しかけた。

 腰を落とし、まっすぐ彼の顔を覗き込む。

 

「戦いが怖い?」

「___」

 

 彼女の眼はすべてを見通しているように透き通っていた。その目は少年の心の迷いを一発で見抜いてしまう。その事に気づけたのは、長年の付き合いがあってこそ。

 周囲の様子など気にせず自分の顔を覗き込んでくるリーズから逃れられないカムイは、ためらいながら彼女の言葉を肯定する。

 

「戦いは、僕からすべてを奪っていったんだ……お父さんも、ファルコもいなくなっちゃった……」

「そうね。戦争は失うばかり。勝利して手に入るものなんて、失ったものと比べたらちっぽけな物ばかりだもの」

「なのに、どうしてみんな戦いたがるの? どうして、僕の前から消えちゃおうとするの……?」

 

 言葉は震え、目には光るものが現れる。それは当然のことだろうとリーズは感じた。

 物心つく前に母親を失い、リチュアの侵略で知人を失い、暴走したヴァイロンとの戦いで父と相棒を。残った姉も猛毒の風によって彼の前から消えてしまうところだった。

 何度も、何度も何度も失うことを覚えてしまった心。荒れ果ててしまっているのは想像にたやすい。

 そんな幼い彼を見てリーズはその手を優しく握った。

 

「大丈夫。誰も消えはしない。だって、あたしが全部守るからね」

「無理だよ!さっきも言ってたよね!戦争は失うものばかりだって!何も……何も守れていないじゃないか!!」

「カムイ!!」

 

 握られた手を振り払い、カムイは里へと走り去っていった。

 リーズは彼を追わなかった。___否、追えなかった。あんな恐怖と絶望に支配されてしまったカムイにショックを受けたのだ。

 今までガスタのために戦ってきた。

 うまく戦えない神官家のために。共に戦う戦士家のために。里で待っている友人のために。何より、もう何も失いたくないと願う自分のために。

 そして、戦ってきた結果がこれだった。

 家族ぐるみで付き合っていた彼の笑顔を、リーズは守ることができなかったのだ。

 

「___」

 

 ここまでのショックは初めてだった。頭が真っ白になり、その場から動くことができない。

 それはきっと___彼女が心のどこかで思っていた言葉を言われてしまったからでもあった。

 次から次へと襲い掛かる戦い。もう二度と起こってほしくないと願い続けていたのに、それを嘲笑うかのように戦いは起こり、失い続ける。

 いつの終わるのかわからない、憎しみと悲しみの連鎖。

 今回もそうだ。本当に終わるのだろうか。本当に勝てるのだろうか。

 不安が彼女の心を支配する。そんなリーズにカームが声をかけた。

 

「リーズ……。カムイは純粋だから、余計に言葉が刺さっちゃいますよね……」

「カーム……あたし、やっぱり怖い。今まで強がってきたけど、失うことは全然なれない。それどころか、どんどん怖くなってる……」

 

 カームの目の前にいるのは、いつも強気で自信にあふれていた幼馴染ではなく、誰もが抱くような恐怖におびえる年頃の少女だった。自らを抱きしめるようにして必死に震えを抑えようとしているが、震えが止まることはなかった。

 カームはその恐怖を感じ取りながらも、ぐっと抑えてリーズに言葉を投げる。

 

「大丈夫。リーズはもう何も失いませんよ」

「なんで、そんなことが言い切れるの?」

 

 

 

「貴方の隣に、私がいるからです。もう、インヴェルズの時とは違う。リーズを一人で戦わせたりしないから」

 

 

 

 普段は絶対に聞かない、カームの強気な発言。リーズは唖然とし、カーム自身も照れたように顔を俯ける。

 

「……やっぱり、リーズみたいな発言は、恥ずかしいです……」

「うん。全然なれない。むしろ気持ち悪いくらいね」

「り、リーズ!!」

 

 だが、不思議なことにその言葉はリーズの恐怖をかき消し、立ち上がる勇気を燃え上がらせるには十分だった。

 体の震えを止め、力強く両足で戦士家のリーズは立ち上がった。

 

「でもありがと。カームが隣にいるなら本当に___負ける気がしない」

「そ、そうですか? 私としては、リーズのサポートがちゃんとできるかどうか不安でしかないのですが……」

「自分から発言しておいて、その言葉はないんじゃない? でも、ま。よろしくね」

 

 握手を交わし、二人のガスタは戦場へと降り立つ決意を固める。もう、何も失わないように。『守る』ために戦う。

 だからこそ、二人の脳内にカムイの顔がフラッシュバックしてしまった。

 

「ねぇ、カムイは……」

「大丈夫ですよ……気持ちの整理ができていないだけだと思います。それに、あの子は『希望』の子、ですから。私たちが__倒れても、未来につないでくれます」

「___そう……よね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話ー中編 それぞれの想い、それぞれの戦い

まさかの三分割()


「セイクリッド___思ったより介入が早かったわね。これも、高屋ユウキの仕業かしら」

 

 リチュア本部の最深部、二人のノエリアはほくそ笑んでいた。なんてことはない。ただ、かつて娘に施した儀水鏡の幻影術を自分にも施して肉体と魂の二つに分けただけだ。

 ラヴァルバル・チェインを生み出したノエリアも、リチュア最深部で儀式を続けていたノエリアも、どちらも本人だというだけだ。

 二人のノエリアは儀水鏡から地上の戦場を確認する。

 セイクリッドが介入したことによりガスタとジェムナイトは結束。傀儡として操っていたリチュアとラヴァルは崩壊しつつある。

 

 いや、崩壊はとっくにしていた。ただ、ノエリアが操っていただけであってそれですら戦力ではない。火水の合成禁術さえも、この力の前ではちっぽけなものにすぎない。

 今必要なのは時間だ。それさえあれば__星の騎士団など敵ではないのだから。

 

 

「さて、ドウ足掻イテクレルノカシラ」

 

 その目にもう、光はなかった。

 

 

 ノエリアが閲覧する戦場。ガスタ・ジェムナイト・セイクリッドの連合軍とリチュア・ラヴァルの軍勢、そしてヴェルズが激突し、大混戦となっていた。

 ノエリアが言った通り、ラヴァルとリチュアの軍勢は崩壊しかかっていた。

 共に戦うと誓い合った三部族の結束は強く、無造作に襲い掛かってくるだけの者どもにうろたえることもなかった。

 

「ラヴァル……すまない。許してくれとは言わない……!」

「ガアアぁああ……」

 

 戦いの中で結ばれた絆を、ジェムナイトたちは涙を流しながら断ち切っていく。ジェムナイトの拳を受けたラヴァルたちは次々と地へ倒れていく。

 正義のためにふるわれるべき拳。それが『好敵手』を討つためにふるわれるのは何たる皮肉だろうか。

 だが、ジェムナイトたちに戸惑う時間も懺悔する時間もない。すぐさま次の敵が襲い掛かり、すぐに戦場に引き戻されるからだ。気合を一瞬で入れ直し、輝く体を持つ戦士たちは戦い続ける。

 

「セイっ!!」

 

 リーズの蹴りはリチュアの兵士を風のような速度で吹き飛ばす。彼女の周囲には多くの敵で囲まれており一見すると非常に危機的な状況に見える。

 だが、彼女自身はそんなことを考えてすらいない。

 確かに一人であるのならこの状況は苦しいが、今のリーズは一人ではない。

 

「ご、ごめんなさい!『storm』!!」

 

 猛烈な『嵐』が敵対者を飲み込み、そのまま吹き飛ばしていく。もちろん、魔術を使ったのはダイガスタ・エメラルこと、リーズの親友であるカームだ。

 謝ってはいるものの、その威力は流石エクシーズといったところだろうか。思わずリーズも苦笑いが浮かぶ。

 

「謝ってる人が出していい威力じゃないわよ。これ」

「だ、だって……こうやって前線に出るのは初めてで……」

「いいから。__次が来るわよ!」

 

 その『次』は、巨大だった。炎をまとった海竜であり、ノエリアによって引き起こされた災厄の一つ。多くのラヴァルの魂を食らって誕生した儀式体。

 ラヴァルバル・チェインが彼女たちに襲い掛かる。

 

「これは……!?」

「新たなる儀式体ってこいつのことか!」

 

 チェインの口から放たれた灼熱の光線を二人は飛び上がって回避。二人がいた場所は黒い焦土へと化した。

 チェインの周囲にはラヴァルとリチュアの兵士たちが多数存在し、再び彼女たちは囲まれる形となる。

 

「リーズ、あの儀式体は任せてください」

「ええ、任せ……って、ええ!?」

 

 つい『任せなさい!』と宣言しようとしたリーズだが、その返答が誤りになると知り驚愕の声を上げた。

 あのカームが戦う。

 その事実を聞いたらムストはどんな顔をするだろうか。

 だが、事実としてチェインはエクシーズの力を秘めている。何の力も持っていないリーズより、エクシーズに目覚めたカームが戦う方が勝機はあるというものだ。

 悩んでいる暇はない。

 

「無理はしないように!!あたしは周囲の奴を片付ける!」

「うん!任せて!!」

 

 隣に親友がいなくなるさみしさと不安を振り切って、二人はお互いの戦いを始める。

 リーズは周囲の兵士たちを次々と倒し、チェインの支援ができないように努める。そして、目標であるチェインはカーム__エメラルが対峙する。

 

「……もう、意識はないんですね」

「がああァアアアアァアアアアアアア!!!?!!!」

「っ……」

 

 チェインの叫びは亡者の声と同じだった。何に対してか分からない怒りと憎しみであふれ、それが永遠に晴れることはないとわかる物。

 神に仕える神官家の一人としても、心優しい女性としても、カームは心苦しかった。

 

「___いきます」

 

 それでも、戦うしかない。

 覚悟を決め、エメラルは両手に持つ円盤に鋭い風の刃をはやす。そのまま身構えて、一気にチェインの懐へと飛び込んだ。

 その速さ、まさに疾風といえる。反応ができず、チェインはそのまま風の刃で切りつけられる。

 

「『wind edge』!!」

 

 『風の刃』。本来、このような風の魔術をガスタは得意としない。風を身にまとい一撃の威力を上げるものや、風の槍や弾丸を生み出し遠距離から放つものを得意とし、『風自体を武器に変える』ものは使わないのだ。

 エメラルがそんな魔術を使えたのは、戦闘を(不本意ながら)得意とするジェムナイトの力があってこそ。

 右手を横に一閃すると、チェインの体から血しぶきが勢いよく吹き出しエメラルの体に付着する。

 

「___あ」

 

 生々しい戦場にエメラルは失神しかけてしまう。それが、自分の命を奪われる時間になると頭ではわかっていても。

 動きの止まったエメラルをチェインは逃さない。受けた傷など気にすることなく右手に魔法陣を発生させ、そこから強烈な炎を吹き出させる。

 

「カーム!!!」

「__! 『whirlwind』!!」

 

 リーズのとっさの叫び声で気を取り戻したエメラルは『つむじ風』を発生させ、炎を吹き消すことに成功した。

 だが、チェインの左手から放たれる水弾には気づけず、そのまま体に重い一撃が叩き込まれてしまった。

 

「カーム!!しっかりしなさい!!」

「だい、じょうぶ……!」

 

 今までに受けたことのないほどの強烈な衝撃に気を再び失いそうになるものの、リーズの声で何とか踏みとどまる。

 水弾に吹き飛ばされ、距離が開いたことを好機と見たのか。チェインは自身の周囲に多数の魔法陣を詠唱なしで一気に展開。水と炎の波状攻撃がエメラルを襲う。

 カームだけなら間違いなくこの攻撃はよけられないが、ジェムナイトの戦士の経験が彼女の動きをアシストする。すぐに翼を展開し、空中へと飛び立つ。

 そのことを読んでいたように、水と炎は彼女を追尾。ダメ押しとばかりに、チェインはさらに魔術を発生させエメラルから逃げ場を奪う。

 

「風よ__わが身を守る盾となれ。『wall to blow』!!」」

 

 エメラルを中心にして一瞬だけだが台風が発生。追尾してきた魔術の軌道をめちゃくちゃにしてあちこちに吹き飛ばす。『目』にあたる場所にいるエメラルには攻撃が届くことはなかった。

 

「次は、こちらの番です!『cyclone』!!」

 

 意趣返しと言わんばかりにエメラルも自身の周囲に魔法陣を展開。風の槍を次々とチェインに発射する。チェインも今度はすぐさま反応し、口からの火炎放射でエメラルの魔術を消滅させた。

 魔術を使いニタリと笑うチェインだが、その視界にエメラルがすでにいないことに気づくと、先ほどと同じ状況が出来上がっていた。

 懐にはすでにエメラルが入り込んでおり、その拳に『暴風雨』をまとわせていた。

 

「『tempest』!!!!」

 

 拳が炎の海竜の腹部に叩き込まれると、宿っていた暴風雨が一気に膨張、爆発し風の爆弾となって襲い掛かる。チェインは『魔盾』の魔術を使用していたものの、多少威力を軽減するだけで大きなダメージは逃れられなかった。5mほどチェインの体は後退し、腹部には無数の切り傷が残っていた。

 

「仕留め、切れなかったですか……」

 

 エメラルが知る中で最も威力のある魔術である『tempest』で仕留めきれない。その事実は彼女にとって少しなりともショックだった。エクシーズで強化されていてもまだ自分が未熟だと叩きつけられているようだったのだ。

 一方のチェインは自身の体を周っているオーバーレイユニットを使用。その魂の力で傷を修復していた。

 

「……オーバーレイユニットを使えば、そんなこともできるんですね」

 

 無論、エクシーズ最大の特徴であるオーバーレイユニットについてエメラルは本能的に理解していた。

 オーバーレイユニット

 エクシーズモンスターが能力を発動するために必要不可欠な光球。その正体は、エクシーズ元になったモンスターの魂そのものである。

 魂そのものであるため、あまりにも膨大な魔力が込められており使用方法も様々。チェインのように傷を癒したり、攻撃を一時的に強化したり、自身の能力を使用したり。

 だが、強力な物には当然何かしらの制限がある。オーバーレイユニットには限りがあるのだ。

 ダイガスタ・エメラルのエクシーズ元となったのはカームとジェムナイト・エメラルの二体。よって、オーバーレイユニットも二つだけ。オーバーレイユニットを回復させる方法はおそらくユウキ以外知らない。

 そして何より、魂を使用するということはその人物の消滅にもつながっているのではないか、とカームは恐れていたのだ。

 もし___恩人であるエメラルの魂を消費してしまったら、それは恩を仇で返しているのではないか。

 悩むエメラルのことなど知ることもなく、チェインは炎と水の魔術を同時使用。炎と水の蛇がエメラルへと襲い掛かった。

 一瞬遅れてエメラルは動き出す。翼をはためかせ、縦横無尽に空を飛び回り魔術の追尾を振り払おうとするが相手もエクシーズである。魔術に意識があるかのように高速のエメラルの後ろを的確に追尾し続ける。

 

 ___このままではまずい。

 

 エメラルは直感的にそう感じとる。自分を追尾している魔術もただの魔術ではないだろう。先ほどの防御を破る策をチェインは用意しているとどこかで理解していた。

 打破する方法は、自分を周る二つの光球の片方を使うこと。だが、そんなことをすれば__

 

『何を恐れている?』

「___!?」

 

 カームの脳内に直接語り掛ける聞いたことのないはずの男性の声。だが、カームはその声の主を知っていた。

 緑色の体を持つ、誇り高き騎士。自分を救ってくれた命の恩人だと。

 

『エクシーズの力の源はオーバーレイユニットだ。何故使わない』

「それは……」

『私の魂を消してしまうかもしれない、とでも考えているのか?』

 

 男性の声は厳しくカームの悩みを暴いていく。その重大(ささい)な悩みに男性は笑って答えた。

 

『力を得たからと言って、一人で戦っているようでは真の未熟者だ。__もっとも一人で戦わなくてはいけないときもある。その時、力の使い道を間違えてはいけない』

「___!!」

 

 その言葉の意味を真に理解したエメラルは戦場へと意識を戻す。チェインが先ほどと同じく大量の魔法陣を作り出し、こちらに魔術を放とうとしている様子が目に入ってきた。エメラルは防御に使った風を今度は両手に集めると、上空から急加速。チェインに臆することなく突っ込む。

 それを好機と見たチェインは出現させているすべての魔法陣から魔術を放出。赤と青の弾幕がエメラルに襲い掛かる。風のような速さで回避しながらも接近するエメラルがチェインの目前に迫ると、炎の海竜はニタリと顔をゆがませた。

 

「!!」

 

 エメラルの真下に突然魔法陣が現れ、今までで最も大きな炎弾が出現した。今までの弾幕はすべて囮だった。そう気づくのに時間はかからなかった。

 回避は不可能。下手なガードは自分を殺すことになる。唯一の防御手段は__相殺。

 両手に集めた風を思いっきり地面の魔法陣に炎弾ごと叩きつける!

 

「storm barrette!!」

 

 ___その衝突は広範囲まで届いた。

 強烈な風と灼熱の炎が混ざり合い、軽く空気がゆがむほどの威力。一瞬の静寂の後、爆音と熱風が戦場にとどろいた。

 当然、地面もえぐられチェインは土煙の中でケケケと笑う。姿が見えない敵対者を排除したのだと、笑う。

 

 ___この状況こそ、彼女が想定した状況であると知らず。

 

「___行きますよ、リーズ!!!」

 

 土煙を突き破ってくる影は二つ。

 既に拳に風を宿し、チェインの顔と腹部目掛けてエメラルとリーズは大地を蹴っていた。何の打ち合わせも、一言の言葉もなしでリーズはこの状況が来ると確信し準備していた。

 そしてエメラル___カームもこの決定的な状況をつくり上げることに成功させる。

 いくらリチュアとラヴァル、そしてエクシーズの力を持っていたとしても、真の『結束(エクシーズ)』で結ばれた二人に勝てるわけがなかったのだ。回避や防御手段などなく、二つの拳がチェインに突き刺さった。

 

「「tempest!!!」」

 

 二つの『暴風雨』に巻き込まれたチェインはそのまま飲み込まれながら、戦場を強制的に駆けていく。脱出することなどできず、無駄に魂を使用していきながら、あっけなく、ラヴァルバル・チェインは脱落した。

 

「……弱すぎる、わね」

「はい……。何かおかしい気がします」

 

 強敵を倒した二人もそのあっけなさに疑問を覚える。多くの命を食らっておきながら、あまりにも弱い。エクシーズや最上級インヴェルズよりも弱く感じた。

 まるで____力を吸い取られたかのように。

 

「……考えてもしょうがないわね。カーム、ここら辺の奴らを叩いていくわよ!」

「そう、ですね……。今はこの状況を打破しましょう」

 

 二人が考えても答えも出なければ、現状が大きく変わるわけではない。一抹の不安を覚えながらも、二人は戦いに身を投じることで気持ちを入れ替えた。

 ___長い距離吹き飛ばされ、岸壁にめり込むことでようやくチェインは動きを止めた。その目には生命は感じられず、既に抜け殻となっていることが一目でわかる。

 本来ならこのまま邪念の器となるのが死体の定めだが、どういうことだろうか。

 チェインの体は泥のように崩れ落ち、そのまま地面へ溶け込んでしまったのだ。

 

「___これは、どういうことだ?」

 

 この光景の眼にしたのは一人だけ。その観測者は異変に気付くと、すぐさま森の中へと消えて行ってしまった。

 

 

 

 

 星の騎士団 セイクリッド。彼らの相手は当然、形無き邪念 ヴェルズだ。

 死体か肉体を模写できれば、ヴェルズは無限に発生する。邪念とは、生命が必ず持ってしまう物であり、生物がいる限りヴェルズは蘇る。

 唯一、セイクリッドたちが持つ星の力がその邪念を絶つことができる。

 

「はああああ!!!」

 

 セイクリッドの騎士たちはそう多くいるわけではない。十三の星を司る者たち__シェラタン、ダバラン、ポルクスとカストル、アクベス、レオニス、スピカ、エスカ、アンタレス、ハワー、カウスト、グレディ、シェアト、レスカ。

 そして彼らを束ねる、眩き星を司るヒアデス、プレアデス、ビーハイブの三人。合計しても、たった17人しかいないのだ。

 そんな彼らの強さは『結束』の力。伝承通りエクシーズの力は本来、セイクリッドからもたらされたものなのだ。

 

「みんな!無理はするな!!ヴェルズに憑りつかれそうになる前に後ろに下がれ!」

 

 セイクリッドの団長であるプレアデスは仲間たちに指示を出しながらも、ヴェルズと戦っている者の中では二番目に戦果を挙げていた。

 では、一番は誰か。それは、この星生まれの英雄だった。

 

「せいっ!!!だああああ!!」

「ずいぶんと調子がいいようだな、クリスタ!!」

 

 再びジルコニアへと最適化したクリスタは星の力の結晶であるプレアデスのオーバーレイユニットを取り込み、ヴェルズと戦っていた。

 以前のように怒りに囚われているわけではなく、攻撃を受け流しながら強烈なカウンターを叩き込むクリスタが得意とする戦法で華麗にヴェルズを葬っていく。

 そのキレの良さはヒアデスが思わず声をかけてしまうほど、鋭く美しかった。

 

「これは、私が引き起こしてしまった戦いでもある。さらに言うなら、伝説の戦士たちと共に戦える。これほど心強いことはないさ」

「嬉しいことを言ってくれるじゃないか!じゃあ、僕も頑張るか!!」

 

 両手に持つ白き刃を構え、ヒアデスは無数のヴェルズを塵へと変えた。その速さはまるで流星のようだ。徐々に勢いを増す連合軍。順調に見えたヴェルズの討伐だったが、新たなる脅威が彼らの前に立ちふさがる。

 なぜ、それらがその力を手に入れたのかは分からない。目の前にいる脅威を排除するためなのか、実は意識がありたまたま一致したからなのか。

 だが、今理由はどうでもよいのだ。大切なのは、それらが『結束』の力を示すオーバーレイユニットを持った邪念であることだった。

 

ムコミノヲチタエマオ、ドッリクイセ(セイクリッド、お前たちを飲み込む)

イナセサハマャジノズルェヴ、ラレワ(われら、ヴェルズの邪魔はさせない)

「相変わらず、分かりずらい言語を話すなぁ……!!」

 

 馬に乗る暗黒騎士のような姿をしたヴェルズへヒアデスは光の速さで攻撃を仕掛ける。暗黒騎士は動じることもなく、光の刃を闇の剣で受け止めた。

 

「誇り高き騎士を汚す者、一応名前を聞いておこうか」

ダノモウラクヲエマオ。ストナタ(タナトス。お前を喰らう者だ)

「もう!!わかりにくいなぁ!!」

 

 言葉の分かりにくさに悪態をつきながらも、星の騎士団は邪念を討つ。

 もう一体の邪念、ボロボロになった赤いマントをつけた騎士とジルコニアは対峙する。ジルコニアにてとって、目の前にいる邪念の体は見たことがない。それであって、強敵であることはひしひしと伝わってくる。

 

「……強敵、だな。だが、負けるわけにはいかない。過去の戦士よ。名を聞いてもいいだろうか」

「……アメトイナ(ナイトメア)

「ナイトメア……いくぞ」

 

 拳に星の輝きを宿し、過去にこの世界を支配しようとした悪魔に宿った悪へと戦いを挑む。かならず勝利すると心に誓って。

 ジルコニアは地を蹴り、ナイトメアへ接近。巨大化した腕で攻撃仕掛ける__のだが、腕を振り下ろした時にはもうそこにナイトメアはいなかった。

 

イソオ(遅い)

 

 後ろから声が聞こえ、振り向いたときには背中に衝撃が走った。どうやら切りつけられてはいるが、ジルコニアの固さが勝ったようだ。不機嫌そうな顔をするナイトメアをようやくジルコニアは視界に入れた。

 

カタイナ(堅いな)

「っ……見えなかった……」

 

 俊足__その言葉が合うであろうナイトメアの動きは今まで何度も修羅場を乗り越えてきたジルコニアですら見ることができなかった。最適化により自身の硬度を上げていなかったら、今の一撃で勝敗はついていたであろう。

 もっとも、一撃の重みに比重を置いたジルコニアではナイトメアに攻撃するどころか、触れることすらできないとクリスタは感じた。

 

「___なら、こうするしかない」

 

 ジルコニアの最適化を解除し、クリスタ本来の姿へと戻る。これなら彼本来のスピードを生かした戦闘が行なえるが……一撃食らえばどうなるか分からない。そんなリスクを背負うことになる。

 それでも、今クリスタにできる最善手はこれしかない。

 

ナダウヨタキデハゴクカヌシ。ウホ(ほう。死ぬ覚悟はできたようだな)

「私はセイクリッドたちとは違い、お前たちの言葉はおおよそしか分からない。しかし、これだけは言っておこう。___私たちは『諦める』などしない」

ナカロオ(愚かな)

 

 地を強く蹴り、クリスタはナイトメアへと突撃する。ジルコニアの巨体とパワーは失われたが一番慣れたこの状態ならば、ナイトメアの移動速度にもついていけるはずだ。事実として、ナイトメアを射程圏内にとらえることに成功する。

 

「行くぞ!!」

 

 星の光を宿すクリスタのラッシュ。その姿は流星群を操る神秘的なものだった。もしここが戦場でなければ誰もが見とれる美しさであっただろう。

 

 

 

 ___無数の流星ですら、邪念の悪魔には通じなかった。

 逃げ場のないラッシュをナイトメアはすり抜けるように避ける。そこには何もないかのようにクリスタが感じてしまうほど、完璧な回避。何とか当たりそうな一撃ですら、簡単に手のひらでいなされてしまう。

 今繰り広げられている状況にクリスタは言葉も出なかった。避けられることもいなされることも予想はしていた。だが、それ以前の問題だったのだ。

 クリスタは、ナイトメアに触れることすら許されていない。

 完全に動揺してしまっているクリスタの腹部に襲い掛かる暗黒の剣が目に移り、考える前に後ろに飛んだ。

 

「っ!!!」

メツヤイイノンウ。カタシワカデンカンョチ(直感でかわしたか。運のいい奴め)

 

 今までの戦闘で培われてきた経験がクリスタの命を救った。いなすのではなく緊急回避。地面に転って距離をとると、すぐさま体勢を立て直す。

 ナイトメアに握られている剣からはすさまじい邪念が誰でも目視できてしまう。もし、クリスタがあの剣に触れていたらどうなってしまうのか。想像は難しくなかった。

 

「この姿でも、あいつに一撃を入れることすらできないのか……!」

?ゾルイテイヅカチニツジクカハシ、アサ(さあ、死は確実に近づいているぞ?)

 

 ナイトメアはクリスタをあざ笑うかのように笑う。その声を黙らせることもできず、クリスタはただただ睨めつけることしかできなかった。

 戦いは続く。この世界の戦士 ジェムナイト・クリスタは今まさに、絶体絶命の危機に直面していたのだった。

 

 

 

 

 

「さて、こちらも準備を始めましょうか」

 

 戦況を見極め、ノエリアは動き出す。すなわち、浸食の時である。

 ノエリアの前には悪魔の死骸__インヴェルズの亡骸が存在していた。かつての大戦の際、部下に回収させていたもので、日々研究を続けていたのだ。

 

「そして、これを贄とすることで新たなる儀式を行える」

 

 インヴェルズの亡骸の横に置かれたのは、ヴェルズ化したシャドウ・リチュア。ヴェルズ・カイトスの死体だ。戦場から転移魔術で回収したものである。

 ___この二つを並べ、ノエリアはうっとりとした表情で魔法陣の中心に立つ。

 古の悪魔と根源となる邪念。この生命に反逆するかのような異物。ノエリアがやろうとしていることを知れば誰もが正気を疑うだろう。

 

「___さあ、儀式を始めましょう」

 

 だが、ノエリアを止める者はもういない。

 娘のエミリアも、義理の息子のアバンスも、彼女を慕うエリアルも、彼女を補佐するヴァニティも、彼女の親友のナタリアも。

 

 

 

 

 ___かつて名儀式師と呼ばれた『ノエリア』は、もうこの世界にはいないのだ。

 

 

 

「儀水鏡よ___悪魔を呼び覚ます鏡よ。ここに真なる力を呼び覚ませ。一つは悪魔。一つは邪念。ここに呼び覚ます贄は整った。我が名は『プシュケローネ』。この体と二つの贄を喰らい、今ここに力を呼び戻せ!!」

 

 儀式は起動し、三つの贄は捧げられた。

 リチュア・ノエリアは魔法陣から生まれた闇に包まれ、混ざり、溶けあい、悪魔と化した。

 黒い鱗、悪魔の羽、その身に宿すおぞましいほどの邪念。

 イビリチュア・プシュケローネは今ここに復活した。

 

「さて、まずは愛しの娘たちに会いにイキマショウカ。『転移』」

 

 悪魔は笑みを浮かべ、『転移』の魔術を使用。その行先にある悲劇を引き起こすために転移した場所は、リチュアのアジトの一角だった。戦闘音が響き渡り、あちこちに死体が転がり、血が壁や天井にぶちまけられている。

 魔術で操られ、上司であった人物に襲い掛かる大勢のリチュア兵士たち。その軍勢に必死になって対抗している二つの人影にプシュケローネは近づいた。

 二人は驚愕の表情でプシュケローネを目視する。

 

「お、お母さん……?」

「どうして、あんたが今ここに……いや、その前にその姿は……!?」

 

 ノエリアの娘と義理の息子、エミリアとアバンスは状況が全く把握できなかった。

 アバンスは早朝の自主訓練中、儀水刀から謎の干渉を感じとっさに鏡を割った。その後、操られかけていたエミリアを救出。魔術が使えない彼女を剣術のみで数時間守り切っていた。

 プシュケローネが現れると同時に、操られているリチュアの兵士たちは操作されていない人形のように動きを止めた。

 

「儀水鏡から貴方たちを感じなかったから、様子を見にキタノヨ。これはまた__無様にあがいているみたいね」

「っ!!エミリア、俺の後ろを離れるなよ!!」

 

 事態の急変を察したアバンスは刀を構え、戦闘態勢を解かない。一方のエミリアは実母の急変に状況が全く呑み込めていない。必死になってエミリアを守ろうとする彼を見てフフフと小さく笑うと、アバンスが瞬きをした瞬間を狙って彼の前に転移するプシュケローネ。アバンスが動揺した一瞬のスキを突き、彼の胸に触れる。

 

「な__」

「禁術『忘我(エクスタシー)』。親から逃げるなんて、悪い子」

 

 アバンスの体に魔法陣が浮かび上がると、ドクン、とアバンスの体に衝撃を感じない何かが走り抜けた。次の瞬間、アバンスから意識が失われる。エミリアを守るために握っていた剣は手の中からすり抜け、地面に金属音を響かせる。

 

「___アバンス!!!」

「心配ないわ、エミリア。貴方もこっちに来るのだから」

「貴方……誰!? お母さんはどこ!!?」

 

 ようやく感じる迫りくる恐怖で足を震えさせながらも、必死に叫ぶエミリア。大切な幼馴染に何か魔術をかけたその母親に似た『誰か』は笑みを崩すことなく、彼女にゆっくり近づく。

 

 死神

 

 近づくプシュケローネがそうにしか見えない。

 後ろに走らなければ。この場から逃げなくては!早く動かなくては!!

 頭でそう分かっているはずなのに、体がすくんで動けない。足は震えが止まらない。

 恐怖がエミリアを支配する。絶望が彼女の心を染め上げる。足から力は失われ、膝がすくみ、座り込んでしまう。

 涙を目にため、恐怖で震えあがる『元』娘を見て、『元』母親は歓喜で震えあがった。

 

「サア、コッチニイラッシャイ」

 

 悪魔は魔術も使えない無力な少女に手を伸ばす。

 

「や、やぁ……」

 

 恐怖と絶望にあらがうことなどできず、彼女にできたのは情けない声を出すことだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔弾(マジックミサイル)!!!!!」

 

 

「あら」

 

 突然飛来した水の弾丸を後ろに飛んで回避するプシュケローネ。攻撃を仕掛けられた方向を見ると、既にフォトン・スラッシャーが大剣を振り上げていた。

 降り下げられた大剣の前に魔法陣の盾を発生させ防ぐと、そのまま『魔弾』の魔術でスラッシャーを吹き飛ばす。

 

「何……してるんですか!!お義母さん!!」

「あら、エリアル。貴方を娘と認めたことはないのですけどね?」

「そういえばそうでしたね___ノエリア!!」

 

 『絶望』という闇に包まれていたエミリアに『希望』の光が差し込む。

 エミリアの前に、エリアルとユウキが登場する。二人とも傷だらけであり息も荒いことから、ここまで来るのにかなりの戦闘を行ってきたことが見て分かった。

 今まで長として、義理の母親として見ていたノエリアに、初めて敬語を外して叫ぶエリアル。ユウキはエミリアに手を差し伸べ、彼女を何とか立ち上がらせる。

 

「ユウキ……エリアル……」

「エミリア、君は無事みたいだね。___イビリチュア・プシュケローネ、だな」

「やはり、『我』のことを知っていたか。まあ、問題はないのですが」

 

 ノエリアが変貌した悪魔を持ち前の知識で見破るユウキ。プシュケローネは驚くこともせず、ただただ邪悪にほほ笑む。悪魔は次の一手として、『忘我』によって意識をはく奪されたアバンスの体に触れさらなる魔術を施す。

 

「アバンスをどうするつもり!」

「こうするのよ。___『強制儀式 リヴァイアニマ』」

「な__」

 

 プシュケローネが生み出したリチュアの紋章がアバンスの体を通過すると、(アバンス)(リヴァイアニマ)に変化する。

 強制儀式__その名の通り、儀式を強制的に行うものだ。

 シャドウ・リチュアはオリジナルを除き、すべてこの強制儀式の魔術でソウルオーガへと変化させられる。本人の意思を無視し、無理やり儀式の悪魔へと変化させる。エリアルが生み出していない、リチュア特有の魔術だった。

 姿を変えたリヴァイアニマは開いた瞳を赤く輝かせ、咆哮を上げる。

 

「____ウオオオオオおおおおオオおおオオオォォォォおおオオォお!!!!!!!」

「アバンス……そんな……」

 

 先ほどまで自分を必死に守ってくれていた背中はもう見えない。彼女の目の前にはただただ悪意を自分たちに向ける竜と母の姿をした悪魔だけだった。

 ___エミリアの大切な存在は、もういない。

 再び絶望に囚われようとしている少女に、もう一人の少女が問いかけた。

 

「リチュア・エミリア。今やらなくちゃいけないことは何?」

「エリアル……」

 

 茫然としてしまい、今にも殺されてしまいそうなエミリアにエリアルは顔を向けることなく声をかける。今ここで何をするべきなのか。そんなことはよくわかっている。

 それでも、エミリアは先ほどプシュケローネから与えられた恐怖と絶望で体が動かない。さらに、大切な人を失った悲しみと自分をかばった形で悪魔の手先になってしまったアバンスへの罪悪感が重なる。

 目を開けているのに、目の前が真っ暗で動けない。真っ暗な闇の中にただ一人取り残されてしまっているような感覚に、エミリアは陥ってしまっていた。

 

「私は……」

「___アバンスがあのままでいいの!!?」

 

 あのままでいいのか。

 幼馴染の叫び声が彼女の心に突き刺さり、思い出されるのは彼と過ごした日々の記憶。

 

___わかったから、服を引っ張るな!もうガキじゃないんだぞ?

 

___まったく……わかったよ。ノート持ってこい。

 

___俺も。支えてもらってるのはこっちもだ。ありがと、エミリア。

 

___旅か……ああ、わかった。平和になったら、必ず。約束だ。

 

 

「そう、だよね……怖がってる場合じゃ、ないよね……」

 

 彼との日々。何気なくからかかったことも、ふとした仕草にドキッとしたことも、旅をするという約束。その約束は、今のままじゃ叶えられない。

 アバンスを___大切な人を取り返さなくては、後悔したまま生きなくてはいけない。

 何より___彼を失いたくない。

 自身を縛る呪縛をアバンスへの想いで無理やり引きちぎり、動かなかった足を無理やり一歩前へ動かし、目の前の最悪にエミリアは絶望せず向き合った。

 

「恐怖と絶望で溺れる最後のチャンスだったのに。実の娘だというのに呆れたわよ、エミリア」

「違う___今私の前にいるのは、ノエリアお母さんじゃない!!そんな言葉に惑わされることはもうないから!」

「『僕』も同意見だよ。僕が尊敬していたノエリアさんは、もういない。だから___私は今からあんたを叩きのめすことにする!プシュケローネ!!」

 

 二人の少女は大切な人を取り戻すため、『リチュア』という家族を崩壊させた悪魔を倒すため、悪魔の前に立ちふさがることを選んだ。

 プシュケローネはわざとらしくため息をついて、隠すことなく殺気を二人にぶつける。

 

「哀れすぎてもう何も言えないわ。___いいでしょう。その選択の報酬として、絶望と恐怖におびえた『死』を与えましょう」

「エリアル達がかっこよく決めてるとこ悪いけど、俺もいるからな。プシュケローネ」

「ええ。忘れるわけがないでしょ。___異世界カラノ異物メ」

「銀河眼の話じゃ、ノエリアが呼んだらしいんだけどね……もう、理由も聞けなさそうだな!!」

 

 無論ユウキにとっても関係のない話ではない。自分をこの世界に呼んだ人物はもういない。その事実はユウキの希望を奪うものだったが、今は関係なかった。

 目の前に、この世界でできた友人を苦しめる敵がいる。想い人の憧れを汚した悪魔がいる。ユウキ個人として、こいつは許せないだけの理由があった。

 デッキからカードを引こうと力強く手をかざした時、思わぬ横やりが入る。

 

「あんたは先に行きなさい」

「___は?」

 

 戦闘を始めようとするユウキをエリアルは止め、先に進むように促した。その理由が彼には理解できず、単調な言葉の中に怒りを宿した。

 だが、エリアルのユウキに顔を向けることはなく、ただ前を向き前を向き、敵を捕らえたままで後ろにいる彼に言葉を投げる。

 

「あんたがいると、守らなくちゃいけなくて邪魔なのよ。さっさと行きなさい」

 

 言葉だけなら、エリアルは本当にユウキのことを邪魔としか思っていないように見える。___そうではないと確信する。ユウキは今の言葉だけで彼女の言いたいことを理解できてしまった。

 少しの間のようで、非常に濃い時間を過ごしてきた彼女。本当の彼女の性格。リチュアという仮面の裏にある、エリアルという少女。

 自分が思いを寄せる彼女と共に戦いたい。それがユウキの本音だ。だが、それは彼個人の理由であって、彼がこの世界に呼ばれた理由ではない。

 必死に自分の想いを抑え、歯を食いしばり、エリアルに返事をする。

 

「___エリアル、エミリア。アバンスと生きてまた」

 

 出口に向かって走り始める。彼が走る先を見越してプシュケローネが魔術を放つが__

 

「『魔盾(シールド)』!!」

 

 それを読んでいたのか。エリアルが投げたカードから障壁が生み出され、走り始めたユウキを魔術から守る。そのまま続けてカードを使用。生み出された魔法陣に魔力が集まり、一発の巨大な砲弾を形どる。

 

「『呪砲(カノン)』!!」

「『魔盾』」

 

 意趣返しということか。エリアルが放った呪砲はプシュケローネが使用した魔盾によって受け止められ、そのまま消滅してしまう。

 

「エリアル!!」

「いいから走りなさい!!!」

「っ……くっそおおおおお!!!!」

 

 自分の想いを無視してまで、戦わなくてはいけないこの状況。誰にぶつけたらいいのか分からない怒りを叫びに変え、ユウキは走り続ける。

 ユウキの姿が見えなくなったことを確認し、エリアルはエミリアに自身のカードを渡す。

 

「__そう、それでいい。エミリア、これを」

「これは……魔術が書かれたカード?」

「使いきりだから、慎重に使いなさい。これがあれば、プシュケローネとも戦える」

「ただ絶望する時間が先になっただけでしょ? 本当に愚かね」

 

 娘と部下をあざ笑うプシュケローネと悪魔に従うリヴァイアニマ。二つの巨大な力に立ち向かう少女。勝てるかどうかなど知ったことではない。大切なもののために戦うと決心をしたのだから。

 

「エミリアはアバンスを元に戻して。あんたの魔力を込めれば、あいつの心には届くでしょう」

「……お母さんと戦うつもり?」

「いくら意識がなくても。もうノエリアさんじゃなくても。母親を殺させるわけにはいかないでしょ?」

 

 乾いた笑みを浮かべるエリアルにエミリアは悲しさしか感じなかった。

 娘と認められていない。

 それは彼女にとってのトラウマ。それを理由にしてプシュケローネに立ち向かおうとしていた。傷をえぐっても、彼女は立ち向かおうとしていた。

 

「ゴメン……」

「謝らないの。私がやることだから、やるだけ。アバンスのことはよろしく」

「……うん。絶対に元に戻すから!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話ー後編 それぞれの想い、それぞれの戦い

ひとまず、区切りです。


 時の流れと共に、戦場はさらに激化していた。

 

「ビーハイブ!!さっきからヴェルズの発生速度が速くなってないか!?」

「そんなこと言われてもな!!」

 

 ジェムナイト・パールとセイクリッドの上級戦士 ビーハイブは次々と発生するヴェルズの大群に手を焼いていた。彼らは知る由もないが、プシュケローネが蘇った影響で発生速度が上昇していたのだ。一応、セイクリッドたちと同じ力、エクシーズのパールもヴェルズを倒すことはできてはいるものの、対処が追い付かないのが現状だった。

 そんな中、彼らの周りにいるヴェルズが突如天空から降り注いだ光によって蒸発すると、二つの男性の声が耳に入ってきた。

 

「ビーハイブさん!」

「カストル!ポルクス!来てくれたか!」

 

 ヴェルズに囲まれているパール達の元に、『双子座』を司る騎士が援軍として参戦する。兄のセイクリッド・カストルと弟のポルクス。二人で一つの星座を司るセイクリッドだ。

 駆け付けた二人はすぐさま油断していたヴェルズを撃破。一時的にだが、周囲の戦力を削ぐことに成功する。頼もしい戦力の登場に思わずパールとビーハイブの表情も柔らかくなった。

 

「向こうはなんとか持ちそうです。助太刀しますよ!」

「ビーハイブさん、パールさん、お手伝いします」

 

 冷静だが優しい兄のカストル。明るくムードメーカーのポルクス。彼らの最大の武器は連携だ。別々に戦うのではなく、二人が前衛・後衛を切り替える戦い方。

 カストルが攻撃をした隙を、ポルクスが完ぺきなタイミングでカバー。攻守をすぐ入れ替える。今まで戦いの経験を積んできたパールですら、その動きはまねできないものだと感心する。

 

「流石だな!」

「へへ!僕と兄さんなら敵なしです!」

「おい、ポルクス。思ってても戦場でそんな考えは言葉にするな___後ろ!!」

 

 カストルが叫ぶとパール達はすぐさま後ろに飛ぶ。その直後、彼らがいた場所から突然炎の柱が噴き出した。

 

「あら、よけたのね。やはりセイクリッドは目障りね」

「その声は……!」

 

 パールが見上げた先には黒い悪魔__イビリチュア・プシュケローネが笑っていた。

 今は『ジェムナイト』ではあるが、元をたどればリチュアとジェムナイトのエクシーズ。その長の変わりようにパールは驚いていた。だが、その見た目から敵と判断。戦闘態勢を解くことはしない。

 

「あれはヴェルズ……? いや、人間?」

「悪魔よりの人間だろう。もっとも、俺たちに敵意どころか殺意を抱いている時点で、敵であることは変わりない。__やるぞ、ポルクス」

「わかった!」

「愚かね。相手の力量も読めないなんてね」

「それはあんたのことじゃないかな!!」

 

 プシュケローネに挑む双子のセイクリッド。自分に迫りくるセイクリッドにもプシュケローネはうろたえることはなかった。

 まずはポルクスがプシュケローネに接近。それに対し、プシュケローネはすぐさま魔法陣を展開し、追撃の『魔弾』を放つ。自身に迫りくる魔弾にすぐ反応したポルクスは魔弾を一閃。攻撃後の弟の隙は兄が埋める。カストルがポルクスの前に出て、プシュケローネにさらに接近。攻撃の間合いに入ることに成功する。

 

「その邪念、断ち切らせてもらうぞ!」

「やれるものならね。『入減(デス)』」

「甘いよ!!」

 

 プシュケローネのカストルの動きを見越した攻撃ですら、彼らの連携の前では無意味となる。『入減』の魔術はポルクスが片手に宿した星の光で打ち消す。悪魔の『死』さえも、希望の星はかき消す。

 カストルの剣がプシュケローネを切り裂く。邪念はそのまま断ち切られる__はずだった。

 

「だから、甘いのよ」

「……!!ポルクス、下がれぇ!!!」

「自分より弟の心配、ね。禁術『上書(オーバーライト)』」

 

 自分の体に刺さっている剣をわざと握り、プシュケローネは接近した二人に触ようとする。その直前、カストルはポルクスを後ろに蹴り飛ばすことで無理やり回避させる。__自分の身を犠牲にしてまで。

 黒い泥のような『上書』の魔術によって、プシュケローネの中にあるヴェルズの力がカストルへと流れ込んでいく。

 

「があああアああアアアアア!!!!」

「に、兄さん!!」

「ああアアア!!!ポ、ポルクス……!オレヲ……オレヲタオセェぇェエエエ!!!」

「アハハハハ!!!闇に染まりなさい!!憎きセイクリッド!!!」

 

 カストルの純白の体、星の力、騎士の誇り。彼の全てが邪念に浸食されていく。体は黒く染まり、自我は崩壊。浸食された証として、鎧にヴェルズの紋章が浮かび上がった。___セイクリッド・カストルはたった死亡し、邪悪なる騎士『ヴェルズ・カストル』が今ここに誕生した。

 変貌してしまった兄を見て呆然とするポルクス。だが、既にセイクリッドとしての意思はないヴェルズ・カストルは目の前の『敵』に攻撃を仕掛ける。

 

「!!ドッリクイセ(セイクリッド)

「何をしているんだ、カストル!!!」

 

 様子がおかしいことに気づき、他のヴェルズと戦っていたビーハイブがカストルとポルクスの間に割って入る。上官の姿を目にしても、カストルから殺意が消えることはない。受け止められた腕から力が抜けることはない。

 この悲劇の製作者であるプシュケローネは喜劇を見ているかのように楽しそうな声で笑う。

 

「アハハ!!無様ね、セイクリッド!!」

「貴様、何者だ。カストルに何をした!」

「冥土の土産に教えてあげましょう。『我』はプシュケローネ。古の悪魔の一体」

「___詳細は分からないが、敵であることは理解した」

 

 押し切られる前にカストルを蹴り飛ばし、均衡状態から脱出。プシュケローネをにらみつけるビーハイブ。その横にパールも降り立つ。

 プシュケローネはにやにやと笑いながら、半身がリチュアであるパールにも悪魔の手を差し伸べる。もちろん、すでに敵と判断したパールの決断は揺るがない。

 

「パール。貴方もこちら側に」

「行くわけないだろ。くだらない愚問はするな」

「___ポルクス。カストルは君が倒せ」

「ビーハイブ、それは……」

 

 ビーハイブはプシュケローネを睨み警戒を解かず、ポルクスに非情な指示を出す。それは、セイクリッドではないパールが聞いても非情で残酷な指令だった。つい先ほどまで兄だったものを、敵として判断し自らの手で引導を渡せ、というのだ。

 下を向くポルクスは___一人で立ちあがり、決意をもって顔を上げた。

 

「わかり、ました。僕が兄さんを、ヴェルズ・カストルを倒します」

「頼んだ。パール、君は俺と共に奴を倒すぞ!」

「……わかった」

 

 ポルクスの言葉に迷いはなかった。セイクリッドとしての誇り、そして最後に兄が自分に託した言葉が迷いを断ち切った。すべては、ヴェルズを倒しこの星を守るため。

 一人となっても、胸に宿る『双子座』は消えないのだから。変わってしまった兄と対峙する。カストルの眼は『敵』だけを映していた。

 一度目を閉じ、息を整える。心を整理し、戦場を把握する。星の騎士団 セイクリッドとして、ヴェルズを討伐するのだ。

 

「行くぞ、ヴェルズ・カストル。その邪念を断ち切る!!」

「!!!ゥゥゥスクルポ(ポルクスぅぅぅ)

 

 悲しい兄弟喧嘩が始まるのと同時に、プシュケローネとパール・ビーハイブの戦いも始まろうとしていた。

 

「彼らほどではないが、俺たちのコンビネーションを見せてやろう。プシュケローネ!」

「その肉体、元リチュアの一員として返してもらうぞ!!」

「貴方たちも堕としてあげる。さあ、絶望しなさい」

 

 

 

 

 

「戦況は悪化しつつあるか……。ウィンダ、無理はしていないか?」

「無理しないと、こんな場所に立てませんよ……『cyclone』!!」

 

 戦況を見極めるプレアデス。ヴェルズの発生速度が上昇していることからポルクス・カストルをビーハイブ達の元に向かわせたのも彼の指示だ。

 ただ、彼のいる戦場も気を向ける状況ではない。ウィンダにサポートしてもらっているものの、ヴェルズの勢いは止まらない。次気づいたときには命がないかもしれない極限の状況でウィンダの精神は限界に近づいていた。

 

「今戦闘不能になるのは非常にまずい。下がることも候補に入れるべきだ」

「みんな戦っています。長代理として下がる訳には……!」

「勇気と無謀は違うぞ。長は皆を把握していなくてはいけない」

「キュイぃ……」

「どうやら、とっくに君の相棒は気づいていたようだな」

「ガルド……」

 

 巨大化したガルドはとっくに彼女の限界に気づいていたようだ。少し前から彼女が魔術を使わないように飛び回り、負担を減らそうとしていた。幼いころから付き合っていたガルドがウィンダの不調に気づかない訳がなかったのだ。

 ___泣きそうになりながら、必死になって恐怖を抑えて立ち上がる少女に追い風が吹き始める。

 

「そうだ。無理なら下がるべきだぞ、ウィンダ」

「___!お父さん!!」

「私もいるよ!ウィンダさん!!」

 

 ずっと聞きたかった家族の声が後ろから聞こえると、顔から恐怖は消えやっと笑みが戻ってくる。彼女の後ろにはイグルに乗った父、ウィンダールと妹分のファイの姿が見える。

 イグルはガルドの隣で止まると、ウィンダは思わずウィンダールに抱き着く。

 

「お父さん!!!」

「おおっと……心配かけたか。貴方がセイクリッド様ですか」

「そうだ。プレアデスという。ガスタの長、私の力の一部を貸そう。___共に戦ってくれ」

 

 プレアデスが手から生み出した星の光がウィンダールの杖に宿る。ウィンダールは光が宿った杖を見つめたあと、魔法陣が展開させる。バチバチと緑色の閃光を放ち、プレアデスもハッとするほどの魔力が発生。小さくもはっきりとした声で、ウィンダールが裁きの光を戦場にもたらす。

 

「『thunderbolt』!!」

 

 魔法陣から放たれるは、一筋の光。巨大な雷が目前のヴェルズの大群を走り抜ける。一瞬の静寂の後、爆音が戦場に響き渡った。

 凄まじい威力の魔術を撃ちながらも、ウィンダールの表情は全く変わっていない。魔術使用の疲労など全くないようだった。

 

「ざっと、こんなものでしょう。そう連発できるものでもないですが」

「これは……ヴァイロン並みの威力。さすが、ガスタの長といったところだな」

「ええ。里を守るのが長の使命ですから」

 

 ガスタが得意とする風の魔術。その上位にあるのが雷の魔術。インヴェルズの戦いの時、ウィンダもヴァイロンのサポートがある状況で使用したが、かなりの魔力を使用した。連発などできるわけがないと思い込むレベルでの消費だった。

 父の本気を見たウィンダは息をのむ。そんな彼女の後ろにはファイがくっついており、少しずつ体力と魔力が回復しつつある。

 

「ウィンダさん。無理しすぎです」

「……え」

「生命の鼓動が弱くなってます。そんな無理したら、私は悲しいです……」

「ご、ゴメン」

「___お待たせしました。ここから反撃と行きましょう」

 

 ファイのその言葉とともに、遠くから地響きが発生する。

 ウィンダでもわかるほどのエネルギーが彼女たちに近づいている。それらは勢いよくヴェルズたちに飛び掛かると、灼熱の炎で燃やし尽くす。

 

「___ラヴァルをなめるなよ!ヴェルズ!!」

「ラヴァルの皆!!救出は無事成功したの、お父さん!」

 

 ウィンダの質問に優しく笑みを浮かべるウィンダール。ノエリアに操られなかったラヴァルの救出は成功し、今セイクリッドたちに合流する。

 ラヴァルの炎だけではヴェルズを完全に消滅させられない。プレアデスはすぐさま近くにいるセイクリッドたちを集め、各々にラヴァルにも星の力の一部を分け与えるように指示を出す。

 

「救出できたラヴァルは全体の三分の一。それが限界だった」

「救出できる命には限りがあるのさ。ウィンダール、助かったよ」

「本来ならラヴァルの長も来る予定だったのだが……別件があると言って別の場所に行ってしまった」

「とにかく、ここから反撃の狼煙を上げるとしよう!!」

 

 

 戦場の舞台はクリスタとナイトメアへと戻る。___もっとも、『戦闘』と立派に言えるほどクリスタは戦えていない。

 ナイトメアから繰り出される剣をギリギリかわすことはできても、クリスタ自身の攻撃は先ほどから一撃も当てられない。防戦一方、ただただ体力を消耗するだけ。

 常人よりも圧倒的に多い体力を使い切って息を荒くするクリスタを見下し、息一つ切らしていないナイトメアは呆れ交じりの声で彼を罵倒する。

 

ナイワヨ(弱いな)

(一発も当てられないとは……これが、エクシーズを得たヴェルズの力、なのか)

 

 クリスタが弱いわけではない。ただ、ナイトメアに宿る邪念が強すぎるだけ。たったそれだけだが、その力の差は絶対。この世界の英雄であるクリスタは敗北寸前まで追い込まれていた。

 全身に鞭をうち、何とか立ち上がるが最早勝機はなかった。それでも、クリスタの中から最期まで戦うという意思が消えることはしない。

 クリスタを絶望の闇に葬るため、この世界の希望を消すため、ナイトメアは地を蹴り刃を光らせる。一秒、また一秒と彼の死が近づいていくが、クリスタにその攻撃を避ける力は残っていない。

 彼にできるのは、ただ死を迎えることを想像することだけ。

 

(ここまでか……!あとは、頼む……!)

 

 目をつぶり、それが永遠の暗闇だを信じ込み、クリスタは未来を託して_____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何ぼさっとしてんだぁあああ!!!クリスタぁあああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心を震わせるような叫びが木霊し、クリスタの後ろから猛烈な勢いで何かが飛び出す。

 クリスタが感じたのは__猛烈な熱気。

 こちらに走っていたナイトメアは回避することができず、炎をまとった拳を顔面に喰らい、後ろに勢いよく吹っ飛ばされる。

 ナイトメアを殴ったのは、その鎧を身にまとう竜人。クリスタとも戦ったことのある、ラヴァルの長の背中は希望を与えるには十分なほど大きく見えた。

 

 

「まさか、お前に助けられるとはな____ジャッジメント!!」

「ケッ!!そういうお前はだらしねぇな!!___立てるよな!!?」

 

 

 ラヴァル最強の戦士、ラヴァル・ジャッジメントは皮肉を言いながらも頬を上げクリスタに手を差し伸べる。その手をとり、ジェムナイト最強の戦士は再び立ち上がる。『好敵手』の前で、無様な姿はもう見せられない。空っぽだったはずの体に力が戻る。

 クリスタの元へ駆けつけたのはジャッジメントだけではない。ジャッジメントの肩から少女の声が聞こえてきたのだ。

 

「クリスタさん!!」

「ラズリー!? 君もいたのか!?」

「はい!とある方が私の力が必要だって!!」

 

 戦場に立つことのなかった幼いラズリーの姿を見て、クリスタは驚きが隠せない。何故、誰が。そんな疑念が頭を埋め尽くす。そのわずかな時間でナイトメアは既に復帰し、手のひらを彼らに向ける。周囲の闇が手のひらに集まると、邪念の塊が形成され、今まさに放たれようとしていた。

 

「!!デロコトタエフガズカ(数が増えたところで)

「あらあら、よそ見をするとは余裕ですね。ヴェルズ」

 

無論、そんなピンチを創るために彼らはクリスタの元に参上したのではない。最期の援軍である女性の声が上空からしたかと思うと、ナイトメアの前に『光』が現れ横蹴りを叩き込む。

とっさに反応し、両腕で回し蹴りを受け止めたナイトメアはその忌々しい名を叫ぶ。

 

「!!ドッリクイセ(セイクリッド)

「ええ。おとめ座を司るセイクリッド・スピカと言います。以後お見知りおきをっ!!」

 

 女性のセイクリッド、スピカは受け止められている方の足を軸にしてもう片方の足で回転蹴りを叩き込む。決定的な一撃にはならないものの、不意を突いた攻撃はナイトメアに確かに入る。

 再びナイトメアとの距離が開くと、スピカは少し微笑んでラズリーへ近づき彼女の顔を見る。ラズリーも決意を秘めた顔でうなずくと、スピカの手を握った。その意味が理解できず、クリスタが声を漏らす。

 

「スピカ……一体何を?」

「星の悪魔が私に伝えてくれました。この状況を打破するにはこの子の『融合』の力が必要だと」

「ラズリーの、融合だって?」

 

 この幼きラズリーが融合する。クリスタはその意味が分からなかった。

 確かに、ラズリーもジェムナイトの一人。彼女の姉妹であるラピスは融合を行うことができた。ならば、彼女にできないことはないだろう。

 だが、なぜ彼女なのか? その理由が思いつかない。そもそも、インヴェルズとの戦いにおいて大切な姉妹を失い、戦いに対して恐怖を覚えていた彼女がなぜここにいるのか。

 その疑問を見抜き、ラズリーが口を開く。

 

「クリスタさん。おそらく、私が『天空』の核石を持っているからだと思います。空に浮かぶ星。ジェムナイトさんたちとも融合できるはずです」

「それはそうかもしれないが……」

「オイオイ、何でこいつがここにいるのか。わからねぇのかよ、クリスタ」

 

 呆れ顔のジャッジメントの質問の意味。それがどういうことなのか、今のクリスタは本気で分からなかった。その答えを伝えるべく、ラズリーは自分の意思を、決意を伝える。

 

「クリスタさん。私は『ジェムナイト』です。___あの時のラピスと一緒です。誰かを守るために、ここにいるんです!」

「____」

 

 いつの間にか、守る者として見ていた幼いラズリーは既にジェムナイトの一員としての精神を培い、今ここに『守る』ために戦場に降り立った___クリスタ自身と同じなのだ。

 その成長速度にクリスタは言葉を一時の間忘れてしまうほど、感動を感じてしまう。

 

「この戦場にな、覚悟のねぇ奴なんていねぇんだよ。それくらい分かってんだろ」

 

 ダメ押しとばかりに、ジャッジメントの言葉がクリスタの心に響く。

 

 この戦場に覚悟のない者はいない。

 

 当たり前のことだ。みな、勇気を振り絞って戦っている。戦うと、そう選択して立ち上がったのだ。覚悟の強さに歳は関係ない。そんなこと、他の部族を見ていればよく分かる話だったのだ。

 ___少女の決意は固まった。もう一度ラズリーとスピカはお互いの顔を合わせ、頷く。

 

「さあ、ジェムナイト・ラズリー。私と融合を」

「はい!___ジェムナイト・フュージョン スタート!!!」

 

 宝石のように輝く神秘の渦がラズリーとスピカの真下に発生し、その中で二人は溶け合っていく。『天空』に輝く『星座』。異なる種族が一つとなり、新たな力をここに生み出す。

 渦から一筋の光が空に向かって飛び立つと、中から白き翼が身に待っている光を粒子に変え、新たなる戦士がここに誕生する。

 白き翼を持ち、青いマントを羽織る女騎士。光り輝く剣。星の力を秘めた胸の宝石。

 

「私は、ジェムナイト・セラフィ!!今、この世界に希望をもたらしましょう!!」

 

 ラズリー改め、ジェムナイト・セラフィの放つ光は戦う全て仲間の体力と魔力を回復させ、星の力を与える。その恩恵をクリスタも受けていた。そのあまりにも大きく、そして美しい力にクリスタは感動し、目の前の敵と再び対峙する。

 

「ヴェルズ・ナイトメア!どうやら、私はまだ死ぬわけにはいかないようだ!!」

「当り前だ!お前は俺が倒す。それを邪魔する奴は、誰であろうとぶっ飛ばす!!」

「!!ロミテッヤ、ラナノモルレヤ(やれるものなら、やってみろ)

「ジャッジメント___行くぞ」

「言われなくてもな!」

 

 クリスタが差し出した拳に、ジャッジメントも拳を合わせる。エクシーズが相手であるという苦しい状況であっても、二人は笑っていた。

 まったく同じタイミングでジャッジメントとクリスタは大地を蹴る。共にナイトメアへと接近すると、対するナイトメアは剣を抜いて撃退体勢をとる。

 まったく同じ速度でナイトメアへ横並びで走る二人。先に仕掛けたのはジャッジメントだ。右手に宿した炎を中距離で手のひらから放つ。それほど単純な攻撃を喰らうナイトメアではなく炎を剣で横払い、炎ごと切り裂いて無力化。だが、一瞬ナイトメアの視界から二人が消える。

 立ち込めた炎の中から飛び出してくるのは、一つの影。

 

「おらぁあああ!!」

「!」

 

 今度は左手に炎を宿し、ジャッジメントはナイトメアへと殴り掛かる。邪念を帯びる剣など全く恐れることなく、ジャッジメントは己の肉体と武術で邪念に挑む。

 黒い炎と化した邪念と灼熱の炎が激突する。漆黒の剣と白い鎧がぶつかり合う。邪念すら燃やし尽くしてやると言わんばかりにジャッジメントから炎が燃え上がり、それを飲みつくすかのようにナイトメアの邪念も強くなる。

 

「はぁあああ!!」

 

 燃え上がる黒と赤の炎の中、光を受け煌く宝石の戦士が参戦する。クリスタが光の宿した拳をナイトメアの開いている腹部に叩き込もうとするが、これもナイトメアは反応。空いている片手でクリスタの拳をつかむ。

 このまま二人とも邪念で浸食してやろうと、ナイトメアの握る力が強くなった__のを確かめると、二人は全く同時に蹴りをナイトメアへと叩き着込んだ。クリスタ一人だけではあまり効果のなかった攻撃も、二人がシンクロして行えばその力は何倍にも膨れ上がる。

 その『想定外』の力に初めてナイトメアが苦悶の声を上げ、後退る。蹴りが入れられた部分からはどす黒い煙が立ち上がっていた。

 

「クリスタぁ!!」

「やるぞ、ジャッジメント!!」

「!!ナルメナ(なめるな)

 

 再び大地をまったく同時に蹴りナイトメアへと急接近を始めたタイミングを狙い、ナイトメアは自身の邪念の剣に集めて横に振るう。黒い斬撃が二人へと襲い掛かる。

 

「硬度、一時上昇」

 

 斬撃に臆さず立ちふさがったのはクリスタ。腕の硬度を上昇させクロスガード。数秒間だが斬撃を受け止め、腕を振り払って後ろに受け流す。防御している間にジャッジメントがナイトメアに接近。両手に炎を宿し、ナイトメアに叩きつけようとする。

 だが、それは先ほどと全く同じ戦法。それを読めないナイトメアではない。バックステップで後ろに飛び、ジャッジメントとの距離を開ける。その反応速度ならジャッジメントが両手から炎を放出しても余裕で間に合うだろう。

 

「そうくるよなぁ……普通はなぁ!!!」

「!?」

 

 ジャッジメントが突然体制を低くして、停止する。そして彼の背中を超えるように一つの影__クリスタが飛び出していた。

 クリスタが地面につく前に、ジャッジメントは炎ごとクリスタの足を殴りつける。するとどうなるか。もちろん、炎も含めた反力でクリスタの体はさらに加速するのだ。ナイトメアの反応速度を超えるほどに。

 爆炎に包まれながらクリスタは回避行動中のナイトメアに突っ込み、そのまま懐へと突撃をくらわせる。高速で突っ込んでくるダイヤモンドの衝撃は想像するまでもない。普通の生物の体なら貫通してしまうかもしれないほどの威力。それが直撃したのだ。体は大きくよろめき思わず膝をついてしまうナイトメア。___好機は、訪れた。

 クリスタは光を、ジャッジメントは炎を両手に宿らせラッシュを叩き込む。生み出されるのは逃げ場のない光と炎の流星群。

 それはお互いがお互いを認め合っているから生み出される『完璧』なラッシュ。初めて対峙した___インヴェルズを目覚めさせるため、リチュアに利用されていた時から戦い続けていたから、できるただの運が呼び起こした『偶然』ではなく、結束が生み出す『必然』。

 二人の拳がナイトメアの頭部に炸裂する。頭部にひびが入るほどの一撃をくらい、よろめいたチャンスを合図に二人の戦士は咆哮を上げる。

 

「「だあぁああ!!!!」」

 

 四つの拳の嵐がナイトメアを飲み込んでいく。対峙した相手を確実に討ち倒す嵐の前にヴェルズ・ナイトメアは防御すら許されない。全身に星の力が流れ込んでいくと、今度は全身からどす黒い煙が上がり始める。

 

「!!!!エエエェレノオ、オ(お、おのれぇえええ)

 

 最期の悪あがきとしてか。ラッシュの嵐の中でナイトメアはクリスタとジャッジメントへと手を伸ばす。自身の邪念を取り付け、彼らの肉体を乗っ取り復活するためだ。

 ___それが『不可能』であると、ナイトメア自身が一番よくわかっていたのに。

 

「消え失せろ!!邪念野郎!!!」

「『私たち』の勝ちだ!ヴェルズ・ナイトメア!!」

 

 二人の拳がナイトメアに同時に叩き込まれる。

 黒い体の中から光があふれ始め、古き時代の悪魔の体は塵となって消えていった。ここに一体の邪念は消え去った。

 だが、燃え上がったジャッジメントの闘志は消えることはなく、共に戦ってくれる友の姿を見たクリスタも体に力が蘇ってきた。何より、まだ戦いは終わっていない。まだ止まることは許されていない。

 

「ここまできれいに連携できるとは、自分でもびっくりだ……」

「何ぼさっとしてんだ。まだ終わってねぇんだぞ」

「そうだな___加勢に行こうか!」

 

 

 

 

「『彗星(メテオストライク)』」

「うおおおお!!!」

 

 プシュケローネと戦闘を続けるパール。ディシグマを撃退した一人でもある彼は空から降り注ぐ彗星を己の拳で砕いて防御する。今の魔術が効かないとわかると、プシュケローネは新たな魔術を展開。パールを葬るためにその名を読み上げる。

 

「『核撃(アトミックブラスト)』」

「っ!!」

 

 自分の今いる位置に魔力の塊ができていることに気づいたパールはすぐさま後ろに回避する。だが、その爆発から逃げるには時間が足りなかった。

 強力な爆発がパールに襲い掛かる。いくらエクシーズの彼でもその魔術を防ぎきることはできず、白い体に黒い焦げ跡が無数についてしまう。

 

「……とんでもない破壊力だな。それにあんたのことだ。俺が倒したとしても何か仕掛けてるんだろ」

「それはどうかしらね。『爆撃(ボミングレイド)』」

「次から次へと高威力の魔術をっ!!」

 

 リチュアの力を持ち魔術に耐性のあるパールでも、ここまで高威力の魔術を連発されると防御すら意味をなさなくなってくる。何とかしたいところだが、突破口が見つからない。

 パールの考える暇もなく次々と高威力魔術が彼を傷つけ、ついに体にひびが入ってしまう。

 

「いくらエクシーズといえども所詮は生物。脆いものよ」

「くっ……」

「それ以上、私の仲間を傷つけさせんぞ。リチュア!!!」

 

 肩を押さえるパールのもとに、ナイトメアを倒したクリスタとジャッジメントが駆けつける。プシュケローネの姿を見た二人の心は怒りの炎で燃えていた。

 クリスタは仲間を傷けられたことの怒り。そして、自分を支えてくれたパールを傷つけられ、多くの命を奪われたことの怒り。

ジャッジメントは種族を裏切り、自分たちをはめたことへの怒り。

 戦いで命を落とし誇り高く散っていくことを目標とする自分たちラヴァルから意識を奪い、手駒として扱い無残に殺されていった仲間たちの無念を晴らす。それが、ラヴァルの長としての役目だとジャッジメントは確信している。

 パールを後ろに下がらせ、二人の長は悪魔に静かに怒りの言葉をぶつけた。

 

「___もう何も言わねえ。ノエリア、お前をぶっ倒す」

「パール、少し下がれ。ここからは___私たちでケリをつける!!」

 

 二人の長を目の前にしてもプシュケローネから余裕が消えることはない。走りくる二人に魔法陣を展開し、追撃を行うだけ。むしろ心は喜びに満ちていた。___邪魔者を葬れるという喜びに。

 

「『爆撃』」

「ついてこい、クリスタぁ!」

「頼むぞ、ジャッジメント!」

 

 迫りくる爆炎にジャッジメントは臆さずに突っ込み、クリスタはその後ろに続く。無謀のように見える行動だ。重傷が約束されるような行為だ。

 ___だが、『炎』を司る戦士を侮っていてはいけない。

雄叫びを上げながら、『爆撃』の魔術を自身の爪で切り裂いていくジャッジメント。彼の後ろには炎の存在はなかった。

 なめるなと。ふざけるなと。俺たちを甘く見るなと。ジャッジメントの雄叫びが戦場に木霊する。

 

「リチュアぁ!!!!俺を誰だと思っている!!この世界において『炎』を司り、戦の中で散る誇り高き種族___ラヴァルの長、ジャッジメントだぁああああ!!!!!!」

「まさか『爆撃』を切り裂くとは、とんだ馬鹿力ね」

「てめぇが悪魔だろうが何だろうがカンケ―ねえ!!!ぶっ飛ばす!!ただそれだけだぁあああああ!!!!」

 

 燃える体と心。自身の炎を力に変え、憎き種族の仇へと接近する。

 

 

 

 無論、それが罠であると知る由もなく。

 

「『雷鎖(ライトニングバインド)』」

 

 殴りかかるジャッジメントの前にいつの間にか展開されている魔法陣。雷をまとった鎖がジャッジメントの体を縛り上げる__前に、後ろのクリスタが動く。

 飛び出した鎖をつかみ上げ、ジャッジメントに触れないように引きちぎる。当然、鎖がまとっていた電撃は彼に流れ、強烈な衝撃がクリスタの体に襲い掛かる。

 クリスタは声を上げることはしなかった。

 

(これくらいの痛み……パールや種族を守れなかったジャッジメントのものと比べたら!!)

 

 同じ長として、種族が傷けられる痛みはよくわかっていた。戦で誇り高く散ることが本望だというラヴァル。だが、残されるものがそれを良しとしないのはどこも同じだ。敵を討ちたいというのもよくわかる。

 

「いけ!ジャッジメント!!ラヴァルの怒りをぶつけてやれ!!」

「_________!!!」

 

 声にならない叫びをあげながらジャッジメントは爆炎を宿した拳をプシュケローネへと叩き込む。ジャッジメントの拳はプシュケローネの体を突き抜け、貫通する形になる。___まったく手ごたえのない体を。

 クリスタが異変に気付くころには既に二人の上には、彼らをしとめるための魔法陣が描かれていた。黒く禍々しい魔力を放つ魔法陣の上に、プシュケローネがゆがんだ笑みを浮かべ宣告する。

 

「禁術『破滅(ドゥーム)』」

 

 おぞましい死の砲弾がジャッジメントとクリスタを襲う。防ぐことはできない。触れればその瞬間に命を落とすだろうと、直観でクリスタたちは気づいていた。

 だからこそ、プシュケローネはこの状況を用意した。クリスタがジャッジメントをかばい、ジャッジメントは全力の一撃を自分にぶつけ、決定的な隙ができる状況を。

 回避は不可能。そう確信するプシュケローネ。

 

 だが、魔術が二人に衝突することはなかった。

 

 二つの光が『破滅』の魔術にぶつかる。白き光をまとったヒアデスとセラフィが押し返そうとするが、均衡状態に持ち込むのが精いっぱいだった。

 

「そうは、させません!!!」

「ったく、めちゃくちゃだなぁ!!」

「ラズリー!!」

「く、クリスタさん!私たちはいいですから!」

「本当は手伝ってほしいけどね!!でも、あの悪魔を倒したいんだろ!?ぼさっとしてないで早く行って!!じゃないと、持たないからイデデデ!!!」

 

 白い光は闇に浸食されようとしている。いくらセイクリッドの戦士とその力を持つセラフィでも長くは持たない。

 両足にありったけの力を入れ、ジャッジメントは飛び上がる。翼など不要。今の彼はプシュケローネを倒すまでは止まらない。飛び上がった後は、自身の炎で空中を移動する。

 

「逃がさねぇ!!」

「面倒ね」

 

 つまらなさそうな顔で待ち構えるプシュケローネを見て、さらに怒りの炎が増す。全身から吹き出す炎がさらに激しくなると、移動速度も上昇した。

 再びジャッジメントはプシュケローネに拳を繰り出すが、『魔盾』の魔術に受け止められてしまう。ならばと、守られていない箇所へ拳を叩き込むがそれもまた『魔盾』に受け止められる。

 目の前に宿敵がいるのに、拳一つすら通せない。その現状に対する怒りがさらに炎の勢いを増加させる。そんな無理やり『魔盾』を壊そうとするジャッジメントに呆れ声でプシュケローネは言葉を投げた。

 

「そんなに私が憎い?」

「当り前だ……!お前をぶっ倒さねぇと、ラヴァルの奴らは何で死んでいったのか理解できねぇ!!」

「あらあら、ずいぶん強烈な怒りだこと。こちら側に来ていれば、楽になれたでしょうに」

「ほざけ……!お前と俺をいっしょにするな!!」

「同じでしょ。怒り、憎しみ、恨み、後悔。そういった負の感情を抱き戦う。何も変わりないでしょうに。『魔刃(スレイヤー)』」

 

 新たに生まれた魔法陣から放たれる黒い刃はジャッジメントの腹部を狙い撃つ。だが、少しだけ彼のほうが対応が早かった。足から炎を放出し、上空へと舞い上がる。その際、サマーソルトを決める算段もあったが回避されてしまった。

 プシュケローネの真上を取り、炎を噴出させて一気に距離を詰めてラッシュをかける。だが、どうあってもプシュケローネの守りを崩せない。

 はぁ、と小さくため息をついて、プシュケローネはジャッジメントに最後の慈悲をかける。

 

「こちら側に来る気はないのね?」

「ふざけたことを言うなぁああ!!!!」

「___なら、しょうがないわね」

 

 『魔盾』を発動する魔法陣の手とは別の手に新たなる魔法陣が生まれる。プシュケローネなりのジャッジメントへの慈悲。___同じ闇を抱える者として、同じ道を歩ませる最悪の一手。

 

「禁術『忘我』」

 

 その言葉で、その刹那で、ジャッジメントの意識が黒く塗りつぶされた。

 その魔術に多くのラヴァルは自意識を奪われた。彼女の手駒として無残に命を散らしていった。彼も、同じ道をたどった。

 

「___」

「ほら、堕ちなさい。そうすれば、あなたの大切なお仲間にも会えるわよ」

 

 禁術の効果は絶大だ。ジャッジメントの中にある怒りの炎を一瞬で消火し、彼から戦う力だけでなく意思すら奪う。振りかざしていた拳は力なく降り、目から光は消える。

 闇の中、ジャッジメントは自分の名を呼ぶ仲間が見えた。

 あの脳筋で、バカで、戦うことしか能にない___大切な仲間たち。彼らが自分の名を呼び手招いている。

 

 

 こっちに来てくださいよ、待ってましたよ、ずっと一緒ですよ。

 

 

 そんな甘い言葉が聞こえる。失ったものがここにある。もう、奪う者はいない。ジャッジメントの最後の火が今、消えようとしていた。

 

 

 

 

 

『____私との決着をつけるんじゃなかったのか!!!』

 

 

 どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。そいつが誰だかうまく思い出せない。

 

 

 仲間たちが叫ぶ。早くこっちに来てください。みんな待っていました。

 

 

 ああ、お前たちがいれば俺は___

 

『皆を殺した悪魔の手先になっていいのか!!!』

 

 また聞こえた。いい加減にしてくれ。俺の仲間はここに___

 

 そこでようやく気付く。自分の名を読んでいた『仲間の形をした何か』に目の輝きがないことを。心の火がないことを。

 

 こんな奴らに、俺はついていこうとしたのか? 仲間だと思い込まされていたのか?

 

 なにより___俺を呼ぶ声は誰だ?

 

 思い出されるのは、一人の騎士。戦うことを嫌うくせに、戦うときにいつも悲しそうな顔をしているくせに。自分と同等に戦うことのできる数少ない戦士。

 その体の輝きが、心の輝きが、ジャッジメントの心の闇を吹き飛ばす。炎を燃え上がらせる力となる。

 

「そうだ……お前を倒すのは俺だ。他の誰でもねぇ。俺がお前を倒す!そう決めた!!」

 

 再び心に火が灯る。その日は徐々に燃え上がり炎へと変わった。その熱がジャッジメントの血を、肉体を、意識を、彼の全てを呼び覚ます。自分に憑りついた暗い闇を払うように、ジャッジメントは『好敵手』の名を叫ぶ。

 

「お前を倒すまで、倒れるわけにはいかねぇ!!ジェムナイト・クリスタぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「バカな……!?」

 

 闇から舞い戻ったジャッジメントの目前に初めて驚愕の表情を浮かべた憎き仇がいる。ニィと自然に笑みが浮かんだ。目の前に、殴りたいやつがいることにジャッジメントは喜んだ。

 

「ぶっ飛ばされる覚悟はできてるなぁ!!?ノエリアぁああ!!!」

 

 全身からジェット噴射のように炎を放出。その勢いを体に乗せ両こぶしに灼熱の業火をまとわせる。今度こそ、もう逃がさないように確実にその忌々しい魔術をぶち破るために。

 至近距離の炎放出。噴火した火山並みのエネルギーをくらったプシュケローネがよろめく。

 炎の加速をつけた一発目の拳がプシュケローネに迫る。禁術の『妖革(ハードカバー)』をすぐさま発動するもいともたやすく燃やし尽くされてしまう。もう、悪魔を守るものはなかった。

 

「終わりだあああああ!!!!」

 

 ___決着はついた。

 怒りの業火をまとったジャッジメントの拳がプシュケローネの顔面に入る。一瞬の間の後、プシュケローネは目に見えぬスピードで地面に叩き込まれ、そこ場所に巨大なクレーターが出来上がった。

 その地面にぶつかった勢いは殺されることなく、周囲に広がる。すさまじい突風が周囲の戦場を駆け巡り、巨大な土煙が上がる。

 それはまるで、天にいる仲間たちに勝利を知らせる狼煙のようだった。

 

 

 

 

「『魔弾』!!」

「フフ……『魔弾』」

 

 戦場と化したリチュアのアジト。エリアルともう一人のプシュケローネが同じ魔術をぶつけあう衝撃で周囲には戦闘跡が生まれる。エリアルが打ち出した水色の『魔弾』とプシュケローネが打ち出した黒い『魔弾』は混ざり合い相殺される。

 儀式体もなしに自分と互角の魔術を使うエリアルを見てプシュケローネは笑みを隠せない。

 

「ここまでの才能とはね。エミリアではなくて、貴方を後継者にするべきだったかしら。エリアル」

「今さらどうも。断らせてもらうわ。『連鎖(チェイン)』」

 

 もはや情はないと言わんばかりにエリアルは次のカードを切り、魔術を発動させる。『連鎖』の魔術によってこの瞬間だけエリアルが二人となり、それぞれ異なる魔術を発動させる。

 それを見切っていたかのように、プシュケローネも魔法陣を展開する。

 

「『雷鎖』!」

「『呪砲』!」

「『返呪(カウンター)』」

 

 魔術名を聞いたエリアルの顔が驚愕の表情に染まる。繰り出された連携魔術を前にしてもプシュケローネから笑みが消えることはなかった。

 プシュケローネに放たれていたはずの二つの魔術は、一瞬にしてエリアルに襲い掛かる。自分が生み出した連携に苦しめられる事実に苦い顔をしてすぐさま対策をとる。

 カードを二枚切って自身に魔術を施す。一つは『看破(ディテクション)』。相手の行動を先読みし、攻撃をよけやすくする魔術。もう一つは『攻則(アサルトマニュアル)』。ユウキとの模擬戦でアバンスが使用していた一時的に反応速度を上げる魔術。

 二つの魔術を組み合わせ、回避するエリアルだったが普段慣れていない行動で完全に成功せず、頬から一筋の血が流れる。

 

「早い反応だこと。流石魔術の生みの親といったところかしら。でも、いつまで続くかしら」

「嫌味たっぷりの感想ありがとうございます」

 

 エリアルが使用した二枚のカードがボロボロと黒く炭と化して崩れ去った。

 彼女の魔術は以前のように無制限に打てるわけではない。今手持ちにあるカードの枚数分しか打つことはできない。一方のプシュケローネは儀水鏡を使用し、今まで通りに魔術を使用する。いくら威力が同じであっても、明らかにエリアルが不利なのは誰でもわかった。

 彼女をあざ笑うかのように、プシュケローネは会話を続ける。

 

「今手持ちのカードの枚数が気になるかしら? こんなことになるなら、エミリアにカードを渡さなければよかったのに」

 

 プシュケローネの目線の先___エリアルの後ろでは人VS竜という無謀すぎる戦いが行われていた。

 

「『雷撃(ライトニングボルト)』!!」

 

 エミリアが放つ『雷撃』はリヴァイアニマに直撃するものの、少しだけ焦げ目がつくだけでほとんどダメージが入らない。それどころか、魔力を感知したリヴァイアニマがエミリアへと急速接近。手に持つ太刀を彼女へと振りかざす。

 

「『防壁(ウォール)』!!」

 

 エミリアの前に巨大な壁が生まれ彼女を守る___はずが、その障壁はリヴァイアニマの一閃によって切り裂かれ、発生した風の刃でエミリアも切り裂かれる。

 服はボロボロになり、腕や足には無数の傷が。そのから流れる赤いしずくがエミリアを染め上げている。息を荒くし、竜と化した幼馴染を見上げる。

 

「アバンス……」

 

 幼馴染から名を呼ばれても竜から殺気が消えることはない。大切な存在を認識できず、ただただ暴れまわるのみ。

 その悲劇を見ているプシュケローネが鼻を鳴らす。つまらない劇を見ているかのように、ただただ呆れたという表情だった。

 

「くだらない茶番ね。そう思わない?」

「ええ。まったくよ。___あんたのことをノエリアさんだと思っていたことが、あまりにも笑えない茶番よ!!」

 

 エリアルが明確な怒りを見せることにノエリアの記憶を持つプシュケローネは少しだけ驚いた。ノエリアにずっと認められたくて、過去の友人はおろか、リチュアにも心を開かず興味を示さなかった彼女が、自分以外のことで怒っている。

 言葉にはしていないが、確実にアバンスとエミリアのことでエリアルは怒っていると感じられた。

 

「貴方をそこまで変えたのは、高屋ユウキかしら」

「___知らない!!!『速読(ヘイスト)』!『厄災(ハザード)』!!」

 

 ほう、と何か思うようにプシュケローネは声を漏らし回避行動に移る。

 『厄災』___その名の通り、周囲に厄災をもたらし攻撃する魔術。最大の特徴は、使用者も含めた無差別攻撃であるということ。

 この場にいる全員。エリアルとプシュケローネだけでなく、エミリアやリヴァイアニマ、周囲にいるリチュア兵ですらも攻撃対象だ。

 投げられた『厄災』のカードから無数の炎、激流、嵐、雷、岩石が飛び交い始める。魔術によってつくられた厄災は混ざりあい、めちゃくちゃな環境を作り出す。ある者は焼かれ炭と化し、ある者は激流に流され姿を消し、またある者は岩石に潰される。

 プシュケローネは魔術の盾で防御。仮に当たれば悪魔でもけがを負うだろう。それだけの才能をエリアルが秘めていることはとっくに知っている。事実、防御もしないリヴァイアニマに無数の傷がつき始めた。

 

「わ、わ、わ!」

「『護力(パラディウム)』!」

 

 対処しきれていないエミリアに向かってエリアルは一枚カードを投げる。自分の魔力で他者を守る『護力』の魔術によって白みを帯びた球体のバリアがエミリアを包み込む。

 ホッと一安心するエミリアだったが、一つの疑問からエリアルのほうへ視線を移した。それは、エリアルはどうやって『厄災』を対処しているのかを知るため。

 

 

 そこには魔術で自分の身を守ることもせず、ただ自分の魔術で傷ついてるエリアルが立っていた。

 

 

「エリアル!!?」

「あんたはアバンスに集中しなさい!!」

「どうして自分を守らないの!!?」

「『速読』で連続して使える魔術は二つまでだからよ」

 

 まさか。いや、そうとしか考えられない。

 エリアルは今___アバンスを元に戻せない自分の手助けをするために。自分を笑った母親の肉体を使った悪魔に、怒っている。

 嬉しかった___こんな状況でなければ。

 理解した____自分の力のなさを。

 悲しかった___エリアルが守ってくれなければ、アバンスが守ってくれなければ、自分は今ここで生きてはいないということを実感した。

 うつむくと両目から涙がこぼれた。悔しさで体が震えた。力のなさに絶望するしかなかった。戦う前、決意したのに、泣かないと、アバンスを取り戻すと決めたのに、涙があふれてしまった。

 泣きじゃくる義姉に、妹は優しく言葉をかけた。

 

「前を向きなさい」

「……無理、だよ。私じゃ、アバンスは取り戻せないよ……」

「諦めるんだ。自分の大切な人を___好きな人を」

 

 顔を上げる。体中に傷をつくりながらもエリアルは微笑んでいた。その結果が、エミリアが顔を上げるとわかり切っていたように。

 その口調は、昔を思い出させるような優しいものだった。

 

「アバンスのこと好きなんでしょ? だったら、頑張らなきゃいけないよね」

「エリ、アル」

「『好き』っていう気持ちはね、人をおかしくさせる。本当に、厄介な感情だよね」

 

 『厄災』の魔術の効力が切れ、周囲に静寂が戻る前にエリアルはプシュケローネの元へと走り去っていった。『護力』も消え、再びエミリアとリヴァイアニマは対峙する。竜を見つめる瞳にもう恐怖や絶望はなかった。ただ一つの想いをもって、再び立ち上がるだけだ。

 ___たった一つの感情を思い出した少女は、恋した少女は、強い。

 

「そうだよね。別に、大義がある訳でも、大きな目標のための経過でもないもんね」

 

 少女は淡い想いを再度口にする。

 

「私はアバンスが好きだから、取り戻したいんだ。たった、それだけのことだったんだ」

 

 カードを切る。儀水鏡があるときは絶対に使うことのない魔術。もしかしたら『人』に戻れなくなるかもしれない魔術。

 その危険性を知りながらも、エミリアは恐れを抱くことなく魔術を発動させた。

 

「『覚醒(アウェイクン)』」

 

 『覚醒』の魔術がエミリアの体を変えていく。この魔術の使用用途は『儀水鏡なしで儀式体になる』という物。一見これだけ見れば非常に便利な魔術ではある。

 最大のリスクは、儀水鏡というコントローラーなしで悪魔をその身に宿るということ。人の人格を完全に乗っ取られ、今のプシュケローネのようになってしまう可能性が非常に高いこと。

 エリアル自身も使えない魔術と評価していたほど、この魔術は使われない魔術だった。

 

(でも、今の私じゃアバンスは取り戻せないから。私は弱いから。だから、悪魔でもいい。私に力を貸して!!)

 

 胸が高鳴る。全身から汗が噴き出す。ドクンドクンと鼓動が早くなる。自分の体が、心が、深い闇に浸食される。

 落ちる。堕ちる。おちる。

 

 

 

 

オチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチルオチル

 

 

 エミリアの全てが悪魔に食われる生贄。抗うことすら、考えることすら、感じることすら許されない。そのまま消える存在として、エミリアは決定された。

 

 

『諦めるんだ』

 

「……諦めない」

 

『大切な人を』

 

「……大切な人を」

 

『好きな人を』

 

「……大好きなアバンスを、諦めるわけ…………ないでしょうがぁあ!!!!!!!!!」

 

 

 闇を打ち砕くその力は__『恋』だった。

 『覚醒』の魔術はエミリアを包み込んだ後、二つの光になってから発動を終える。

 リヴァイアニマの前に姿を現したのは、ガストクラーケとメロウガイスト___二人のエミリアだった。

 エミリアたちはお互いの顔を見合わせると、同時に声を上げる。

 

「「私が、もう一人……。別に驚くことでもないか」」

 

 一度幻影術を受け、肉体と魂の二つに分かれたことのあるエミリア。今さら自分が二人にいるなどという驚愕の事実に驚くことはない。

 リヴァイアニマが咆哮を上げる。新たなる敵が出てきたことへの威嚇なのか、それとも壊すべき存在が増えたことへの喜びか。

 はたまた、この現状への怒りと悲しみからか。

 武器を手に取り、エミリアたちはもう一度自分に宣言する。

 

「「アバンス、絶対に取り戻すから!!」」

 

 メロウガイストは翼を広げ急加速。リヴァイアニマへと接近するが、竜もそのことに気づいたようだ。巨大な翼を広げ勢い良く羽ばたくと、猛烈な突風が発生。近づくものをすべて壁に衝突させんとするほどの威力を秘めている。

 だが、『風』の扱いならばガスタの力を宿るメロウガイストのほうが上だ。本来であれば流される逆風を見極め、波に乗るようにしてさらに加速。見事リヴァイアニマの真下に接近することに成功した。

 

「ガアアあアあぁアア!!」

「目を覚まして、アバンス!!」

 

 接近してもアバンスを解放できなければ意味をなさない。攻撃されると察したようで、リヴァイアニマはもう一度翼をはためかせ宙へ浮く。そのまま地に足をつけることなく、低空飛行をしながら太刀でメロウガイストへ切りかかる。

 

「禁術『縛魂(ソウルバインド)』!」

 

 攻撃タイミングを狙っていたガストクラーケは魔術を発動させる。あの上級インヴェルズにすら効果のある禁術である『縛魂』はリヴァイアニマにも通用した。何かに縛られたように動きが止まった。

 

「今なら!」

「レ……『抵抗(レジスト)』!」

「っ!」

 

 『縛魂』に対して『抵抗』するリヴァイアニマ。禁術ではないが、儀式体の魔術だ。かなりの力を秘めており、ガストクラーケの魔術がかすかに緩む。

 戦士として生きてきたアバンスが変化したリヴァイアニマ。そのチャンスを逃すことはない。一度止めた太刀を再びメロウガイストへと落とし始める。

 とっさに杖で受け止めたメロウガイストだったが、体格差という条件は彼女を少しずつ押し切られ始める。

 

「力が足りないんだったら、『怪力(オウガパワー)』!」

 

 魔術でその体格差を埋めようとするものの、均衡状態が精一杯。押し切ることはできず、少しでも魔術の使用を止めれば目の前で輝く刃はメロウガイストを真っ二つに切り裂くだろう。

 逆を言えば__魔術を使用し続ければ、均衡状態を保たせることができる、ということでもある。

 

「もう一人の私!」

「わかってる!!」

 

 メロウガイストに続いてガストクラーケもリヴァイアニマへと走り出す。リチュアが生み出した儀式体だからこそできる戦術。___魔術の複数使用。

 何も観察をしていただけではない。アバンスを取り戻すための魔術をいくつも組み上げ、展開し発動できるように準備を整えていたのだ。

 ガストクラーケの杖からいくつもの魔法陣が飛び出し、回避行動をとれないリヴァイアニマの体に張り付いた。

 

「___合唱魔術(マギカカルテット) 詠唱開始(スタート)。『消去(イレイス)』『救済(サルベーション)』『還送(ヴァニッシュ)』『脱出(ブレイクアウト)』」

「ぐ____あああああああ!!!!!」

 

 合唱魔術が起動し始めると、リヴァイアニマという存在が揺らぎ始める。アバンスを取り戻すにはプシュケローネとリヴァイアニマの二つの悪魔から解き放つ必要があるとガストクラーケは解析した。

 

「『破呪(ディスペル)』『返呪(カウンター)』『裁断(ギロチン)』」

 

 だから彼女が用意した魔術はその呪縛を解き放つものと、悪魔自身を攻撃するもの。貼り付けられた魔法陣の光が強くなるのと比例してリヴァイアニマの叫びが大きくなる。

 抵抗を続けるリヴァイアニマの力も大きくなっていく。少しずつメロウガイストが押されつつあった。時間はもう残されていない。

 

「『願望(ウィッシュ)』『幸運(ラック)』『出口(イクジット)』」

 

 最後の魔術は、エミリアの願い。アバンスが必ず戻ってくると、戻ってきてくれると信じて、出口を作り上げる。

 

合唱魔術(マギカカルテット)__詠唱完了(コンプリート)全開放(フルオープン)!!」

「ウグガアアアアアアア!!!!」

 

 地面にのたうち回りもがき苦しむ竜。魔術が完全に起動しても未だその存在を保つ執念がアバンスを閉じ込める呪縛。あと一押し、アバンスを取り戻す一手が足りないのだ。

 苦しみながらも一撃食らえば即死レベルの攻撃をしてくるリヴァイアニアを長時間いなすことは難しい。魔術での対策はもうこれが全力。下手にリヴァイアニマを攻撃すればアバンスへの影響もあるかもしれない。

 そんな状況でのエミリアが思いついた『最後の一手』は、何の根拠もないもの。

 それでも彼女は___叫ぶ。闇にいる想い人に出口はここだと聞こえるように、その名を叫ぶ……!

 

「「お願い!戻ってきて、アバンスぅ!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ___ああ。聞こえたよ、エミリア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜は突然暴れるのをやめた。体から煙が上がり、肉が徐々に溶け始める。まるでそれは死者が天に召されていく様子を見ているようだった。

 少しして竜の肉が完全に溶け切ると、そこには半裸の人の姿が。

 白銀の長髪に筋肉質の上半身。あちらこちらに見える戦闘での傷跡。

 自分をずっと守ってくれていた少年の姿を見てガストクラーケとメロウガイストは同時に近づいて抱き着いた。

 

「「___アバンス!!」」

「イデデデ!!!!? な、なんでメロウガイストとガストクラーケがいるんだ!? どうしてまたエミリアが分裂してるんだぁ!!?」

 

 戦いの傷は残っているので、抱きしめられたら当然のごとく痛い。絶叫するアバンスだが必死に抱き着くエミリア達には声が届いていない。

 アバンスの叫びが天に届いたのか、メロウガイストとガストクラーケの体が光りだすとそのまま一つに混ざり、エミリアが一人でアバンスに抱き着いている構図になる。

 ただ、ものすごく強烈なハグなのでやっぱりアバンスの体に激痛が走ることには変わりない。

 

「いだいから!!エミリア!!」

「よかった……よかったよぉ……アバンスにもうあえないかもしれないってぇ……うわあああああん!!!!」

 

 少女は思いっきり彼の胸で泣いた。今までため込んでいた彼に会えなくなる恐怖を吐き出すように、泣いた。

 それは以前、少年が少女を失った時と同じように。

 ここが戦場であることは二人とも理解している。

 

 でも、今だけは

 

 今だけは再び出会えたことへの喜びをかみしめようと、二人は思った。

 

 

 

 

 

 ___無情にも、戦場はそれを許すことはない。

 

 突如として巨大な揺れがリチュアのアジト全域に走り始め、ついに崩壊が始まってしまったのだ。

 天井を支える石柱は折れ初め、壁は崩壊していく。そして徐々に増えていく浸水にボロボロの二人は怯える。

 

「エミリア!早く地上に……!」

「わかってるけど、エリアルは!!?」

 

 

 

 

 アバンスが元に戻る少し前まで時は遡る。

 『厄災』の効力が切れ、再びプシュケローネと対峙するエリアル。彼女の予想通り『厄災』でもプシュケローネを倒すことはできなかったようだ。

 

「あれで私を倒すつもりだったのかしら?」

「無理だってわかってたわよ。いくら強力な魔術でも、古の悪魔と直接つながっていたら倒すのは難しいから。___『鉄槌(スマイト)』!」

 

 すぐさまカードを切り、魔術を発動。拳の形をした魔力がプシュケローネに向かって放たれるが、涼しい顔をしてプシュケローネは受け止めてそのまま消滅させる。

 エリアルの次の動きは早かった。再び『速読』の魔術を使用し魔術の同時使用を試みる。今度は先ほどのようにカウンターされないような組み合わせを選ぶ。

 

「『攻則』!『怪力』!」

 

 普段彼女がやらないような近接戦闘。自身の動きを加速させ、プシュケローネに接近。そのまま拳をぶつけようとするものの__

 

「なれないことはしないほうがいいわよ。エリアル。『魔炎(フレイムパリー)』」

「___ぁぁぁああああああ!!!」

 

 プシュケローネがまとった黒い炎に拳を入れてしまい、逆に大けがを負ってしまう。右の拳から焦げた肉の臭いが広がり始める。

 苦痛にもだえる時間はない。プシュケローネは先ほどエリアルが使った同じ魔術を使用。魔力の塊を宿した拳をエリアルの腹部に叩き込んだ。

 

「___」

「なれないことをするから、痛い目を見るのよ」

 

 プシュケローネが拳を振り切るのとほぼ同じタイミングで、エリアルが壁にすさまじい勢いで衝突する。壁に大きく人型のくぼみが開き、その中に口から血を流すエリアルが叩き込まれていた。

 彼女は、ピクリとも動かなかった。

 

「確かにあなたは魔術作成の天才。それはノエリアが認めてあげる。でも、それだけ。魔術を創ることと、魔術を使うことは全く違うのだから」

 

 コツコツと壁に近づく悪魔の足音。静かに重く響くその音。

 

「そういう面で言えば、エミリアのほうが上だった。接近戦で言えばアバンスがダントツ。___あら、あなたはもう役立たずだったわけね。貴方を生贄にしても、たいして強いものは作れないのだから」

 

 あまりにも無情な言葉がエリアルに投げかけられる。彼女は何も反応しない。

 

「役立たずは___処分しなくてはね」

 

 胸ぐらをつかみ、壁から引き釣り出す。意識を失っているのか体から力が抜けているエリアルにとどめを刺すため、プシュケローネが片手に魔力を集める。

 もはや少女が悪魔に対抗するすべはない。その結果がわかっているからなのか、エリアルの口元が上がる。

 

「最後に命乞いはしないのかしら」

「___するわけない……でしょ……『爆撃』」

「っ!!」

 

 今になってエリアルがいた壁に一枚のカードが張られていることに気づくプシュケローネ。だがもう遅い。カードは魔術を発動させ、その周辺の壁をすべて破壊する。

 その壁からひびが入り、戦闘で傷ついていたリチュアのアジトが次々と壊れて始めていく。

 

「あなた、ここで死ぬつもりなの?」

「……さてね」

 

 プシュケローネの質問に薄い笑みを浮かべるエリアル。彼女の手にはもう一枚、新たなるカードが握られていた。

 

「待ってた。あんたが私に接近してきた時を」

「待っていた? 今から絶望しながら死んでいく貴方が、何を待つというの?」

「見せてあげる……あんたを倒すための、私の最後のあがき__『異境召喚(サモンビヨンド)』!!」

「!!!!」

 

 エリアルが魔術名を宣言すると、カードは眩く発光し始める。とっさにエリアルを手放して離れようとするプシュケローネだったがもう遅い。放たれた光は急速に広がり半球体となってプシュケローネとエリアルを包み込む。

 プシュケローネは初めて驚愕の表情でエリアルをにらむ。そのエリアルはどこか自慢げな笑みを浮かべていた。

 

「召喚魔術……ですって……!!お前にそれだけの力はないはず!!」

 

 この世界の召喚魔術は非常に難易度が高い。それは誰でも知っている常識のようなものだ。リチュアでも行えて、ノエリアか亡くなったナタリア。エリアルはプシュケローネが言っていた通り、魔術を創りだすことには天才的だが使う才能は並みである。

 そんな彼女が召喚魔術を使えるわけ。その理由は一つしかなかった。

 

「あんた、忘れたの? 『僕』が、どれだけ、『あいつ』と一緒にいたのか」

「____高屋 ユウキかぁ!!!!!!」

「大正解。あんたが世話係にしたのよ。自分を恨みなさい。___さて、一応説明しておいてあげる。『異境召喚』は世界のルールを一つ、この空間に加えることができる。追加されたルールはお互いに破ることはできない」

 

 残った力を使いフラフラとエリアルは立ち上がる。全身に痛みが走り顔をゆがめるが、すぐに不敵に笑って見せる。まだ終われないと、彼女は心の中で叫ぶ。

 

「今回追加したルールは『最終決闘』。防御・回避不可の『魔弾』を一発だけ打てる。そして、負けた方は当たった時点で絶命する。ね、簡単なルールでしょ?」

「ずいぶんふざけたルールね。貴方が死ぬことが確定しているようじゃない」

「合図はこのペンダントが落ちた瞬間。あ、これもルールだから」

 

 エリアルが取り出したのは、割れた儀水鏡がついたペンダント。ユウキがこのリチュアで身に着けていたものだ。なんとなく回収していたので、今ここで使うことにした。

 もちろんエリアル自身、指定したルールが絶対に勝てるようになるものだとは思っていない。一発しか打てないとはいえど、向こうのほうが魔術の腕は上であることは明白。

 それに負ければ___

 

(あいつにも、もう会えないんだ)

 

 なぜか青年の姿が浮かんだ。リチュアやガスタの誰かではなく、異世界の青年の顔が。

 

「それじゃ」

 

 長くすれば向こうから魔術を食い破られるかもしれない。現実をすぐさま見て、エリアルはペンダントを上に投げる。

 割れてもその役目を果たす鏡がキラキラと光りながら宙に浮き、重力に引かれて落ちてくる。その時間はわずかなのに、エリアルにとっては何分のように長く感じられた。

 彼女の前を落ちていくペンダント。コツリと地面から乾いた音を立てた。

 

「「『魔弾』」」

 

 決着の魔術は放たれた。同じ軌道に乗った二つの『魔弾』はそのまま衝突し___

 

 

 

 

 

「___かはっ……」

 

 

 

 

 

 エリアルの体を貫いた。

 衝突しあった『魔弾』は一瞬だけ均衡したものの、すぐにプシュケローネが放ったものがエリアルの『魔弾』ごと押し返す流れとなった。

 回避・防御不能。威力負けした時点でこの結末は決まっていた。

 少女の体に穴が開き、そこから生命の証である赤い血がとめどなく流れ始める。残っていた力も消え、立ち続けることもできずに膝から崩れ落ちた。

 少女が倒れても血は止まらない。ドクドクと流れ続ける血はやがて彼女の下に小さなたまりをつくる。

 あまりにも予想通りであっけなく、つまらない決着にプシュケローネはため息をついた。

 

「結末は既に決まっていたでしょうに。哀れなエリア___」

 

 ____言葉が途切れると、少し遅れて悪魔の体に風穴が開いた。

 

「な」

 

 多少の傷や損失ならなんてことはない。すぐに治癒できるはずだが、これは違う。『呪い』だ。治癒では治せないような、何か条件を満たさないと治せないもの。

 風穴は、目の前の少女と同じ位置に空いていた。

 

「……ざまあ、みなさい」

 

 ぽつりと少女は呟いて、完全に意識を手放した。

 エリアルは『異境召喚』を行う前___壁で気絶しているように見せかけているときに、仕込んでおいた魔術の一つ『報復』が発動したのだ。

 この魔術の効果は、発動者がダメージを受けた場合一度だけその傷を相手にも与える。

 弱点として、必ず発動者が傷を負わなくてはいけないが強みはこの発動者の傷が治らなければ治癒を受け付けないということ。つまり、プシュケローネが傷を癒したければエリアルを治癒するしかなくなる。

 だが、それは本気を出したプシュケローネの魔弾を受けたエリアルが『治癒可能』な傷を負っていれば、の話だが。

 

「こ、のっ……!!」

 

 プシュケローネは顔を憎しみで歪めながらエリアルへと近づこうとするが、落石がそれを阻む。アジトの崩壊が徐々に早くなっている。もう長い時間ここは持たないだろう。

 忌々しく思いながらプシュケローネは体を引きずり、その場を脱出した。

 

 

 

 崩壊が始まるリチュアのアジト。そのなかで動かない人影が一つ。

 ボロボロの衣服、破れてしまった魔女帽子、割れた儀水鏡、血にまみれた身体。

 今の彼女を見れば、ほとんどの人が手遅れというだろう。もしくは、既に死んでいると。

 下からの揺れを感じつつ、エリアルは小さく笑っていた。

 声はもう出ない。少しずつ体が冷たくなっていくのがわかる。こんなことなら、『本当に』死ぬルールを加えておくべきだったと思う。

 

(……アバンスとエミリアは脱出できたかな)

 

 もう一つの戦闘音はもう聞こえない。二人は脱出できたのかどうかを確認する方法は、動けない彼女に残されていない。

 

(やりきったんだよね……僕は。未練はないんだよね……)

 

 プシュケローネを倒すことはできなかったが、致命傷は与えた。自分を殺したと思っていた悪魔に一泡吹かせられたのなら、それでいい。

 そう、思っていた。

 

(……あいつ、大丈夫かな)

 

 また思い浮かんだのは異世界の青年の顔。

 自分の心の中にずかずかと入り込んできて、引っ掻き回して、理解してくれた人。

 ずっと憎々しく思っていたはずなのに、ずっと鬱陶しいと思っていたはずなのに。

 どうしてこうもあいつが気になるのか。

 

(……会えなくなるの、寂しいな……)

 

 どうしてこんなに、胸が苦しいのか。

 その理由は、もう気づいていた。とっくにわかっていた。

 でも、言葉にしない。どうせ今したところで何の意味もないのだから。

 

(……そういえば、名前、呼んだことなかった気がするなぁ……)

 

 そんなことを思いながら、少女は瓦礫の山に埋もれていくのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話ー前編 降臨

三分かーつ

三分かーつ

へい!!(深夜テンション)


さて、いろいろ降臨します。

それは____絶望なのでしょうか?


「これでてめーのふざけた野望も終わりだ、ノエリア!!」

 

 地へ落ちた悪魔 プシュケローネに向かってラヴァル・ジャッジメントは叫ぶ。

 怒りの炎を宿したその拳は確かにプシュケローネへと叩き込まれ、上から見下していたプシュケローネを地面に這いつくばらせた。

 ___この時を待っていた。

 炎の部族 ラヴァル。戦いを好み、戦いの中で散っていくことを本望とする戦闘集団。彼らのほとんどはプシュケローネによって魔の手に堕ち、悪魔の捨て駒となっていた。

 無論、リチュアと同盟を結び、少なからず信用していたことは事実。インヴェルズや暴走したヴァイロンとの戦いでは背中を任せたこともあった。

 それを、その戦いを、その中で生まれたものを、この悪魔はいともたやすく切り捨てた。

 仲間の無念、悲しみ、怒り、憎しみを乗せた一撃はプシュケローネの腹部に風穴を開け、その周りにはもはや治癒ができないレベルほどの深い火傷を負わせていた。

 

「終わった、か。ノエリア……お前はどこで間違えてしまったんだ」

 

 戦いの一部始終を見ていたジェムナイト・クリスタもジャッジメントの隣に立ち、悲しみを宿した目線を向ける。いくら敵対していたとはいえど、クリスタには彼女に対する情を捨てることはできなかった。

 動かない彼女を抱きかかえ、どこかに埋葬できるように保護しようとした時__

 

「____ハハハ」

「!!?」

「こいつ、まだ……!!」

 

 体から大量の血液を流しながら、プシュケローネは立ち上がった。だが、雰囲気は先ほどとは大きく違う。目を黒と赤く染め、ケラケラと壊れた笑いを上げる。糸で操られた人形のような動きで動く悪魔にクリスタとジャッジメントは警戒心と不吉さを抱く。

 

「アハハ!コレデオワリダトオモッタノカシラ? アワレナセイブツタチネ!!」

「どういうことだ!!」

「___ワカラナイノ? ホントウノ『ゼツボウ』ハコレカラナノニ」

 

 プシュケローネが天に向かって杖を掲げると、彼女の下に魔法陣が発生する。

 だがそれは今までのリチュアのものとは違う模様が描かれている。

 赤黒く光る『闇』のような輝きを放ち、地面に展開された紋章をクリスタたちはよく知っていた。___絶対捕食者の紋章を。

 

「これは……インヴェルズと同じもの!!?」

「___儀水鏡ヨ。黄泉ノ門ヲ開ケヨ。今コソ、復活ノ時ナリ!!!サア、絶望セヨ!今コソ死二絶エル時ダ!!!降魔___ジールギガス」

 

 リチュアの行う儀式は古の悪魔であるインヴェルズの力の一部を体内に入れ、自身を悪魔と同様にするもの。___つまりは、悪魔降臨の儀式である。

 ならば、それを加減なしの全開で行えば?

 答えは簡単。『悪魔』そのものが儀式体として召喚されるのだ。

 

 ___地面からどろりとした黒い泥が、プシュケローネを一瞬で飲み込んだ。

 

 泥を視界に入れた時、無自覚にクリスタとジャッジメントは後ろに下がっていた。

 それは今までのような戦士の鍛えられた直感からではない。

 目の前に生まれてしまったものに、命の根底から生まれた恐怖を感じてしまったからに他ならない。それほどまでに『生まれてはいけないもの』だと二人は本能的に感じ取った。

 泥は止まることなく地面から這い出ると、プシュケローネを飲み込んだ古い泥にまとわりついていき徐々に大きくなっていく。そしてついに、一体の悪魔をつくり上げた。

 その姿をクリスタは特によく知っている。___知っていた。ヴァイロンから力を与えられ、対峙した最上級インヴェルズの一体。インヴェルズの長。

 胸に儀水鏡をつけているなど細かい点は違うが、その体から発せられる邪念は同じもの。何より、対峙したとき体に走る悪寒が同じ。震えた声でその二度と呼びたくなかった名を呟く。

 

「お、前、は」

 

 

「________ふぅ。復活したと思ったら目の前にいるのは、あんときの宝石野郎じゃねえか。こいつは、お前を喰らえっていうことなのかもなぁ」

 

 

「インヴェルズ……グレズ……」

「インヴェルズだと!!? あいつらは全滅したんじゃないのか!!」

 

 ジャッジメントの驚きは当然のものだろう。かつての大戦において、インヴェルズは確かに駆逐された。クリスタにいたっては、グレズに引導を渡した本人である。突然目の前に倒したはずの敵が蘇るなど、驚かない方が無理というものだ。

 

「___全滅、ねぇ」

 

 『全滅』という言葉を聞いても、ふーん、とあんまり興味がないようにグレズことジールギガスは言葉を漏らした。そこに怒りも悲しみも憎しみもなく、只々事実を口にしただけだとジャッジメントもクリスタも感じた。その二人の長を見下ろしながら、ジールギガスは口を開いた。

 

「ま、死んだ俺がどうだこうだという権利がないのも分かってる。本来であれば、俺は生きるか死ぬかのゲームに負け、永遠に死んでおくべきだ。___だが、不本意でも生き返っちまったならしょうがない。易々とこの生を手放す理由もねぇ。なら、やることは一つだ」

 

 突然に発せられる殺気と邪念。ニヤリと笑う悪魔を前にして、歴戦の戦士であるはずのクリスタとジャッジメントは足の震えを感じる。

 あの時よりもさらに強い『絶対捕食者』を目の前にして、恐怖を感じない生命体はいないだろう。戦士などの身分の前に、二人は生命であると同時に、ジールギガスにとっての餌でしかないのだから。

 

「さあ、また生き残りをかけた殺し合いといこうや。今度こそ、食ってやるよ。餌ども」

 

 その言葉はまるで『宣告』だ。すでに決定づけられたことのようにジールギガスは目の前の餌に宣言した。

 その餌___戦士たちは小さく短い言葉で会話する。

 

「おい、クリスタ」

「なんだ」

「____お前を倒すのは、この俺だ。勝手に死ぬんじゃねぇぞ」

「____こっちのセリフだ」

 

 引ける状況でもない。逃げる手段もない。ならば、戦うまで。

 あの時とは大きく状況が違う。機械仕掛けの天使の加護はなく、あの時よりも強大な力を持つ悪魔の長。だが、隣には肩を並べて戦える好敵手がいる。恐れはあっても、乗り越えられる力がある。

 生きるために、もう一度過去の亡霊に戦いを挑む炎と宝石の戦士。

 今ここに、あの大戦が蘇ろうとしていた。

 

 

「ハァ……ハァ……忌々しい小娘め……我に『報復』の呪いをかけ殺そうなどと……グゥ!!」

 

 崩れゆくリチュアのアジト。その最深部に向かうのは体に穴をあけ、大量の血を流しながらも歩みを止めない一体の悪魔。もう一体のプシュケローネだ。

 エリアルの策にまんまとはまり、自分であろうと必ず殺す魔弾を報復という形で自分に受けて命を落とすところだった。そんな悪魔が最後にやろうとしていることは__無論、悲劇を起こすことだった。

 よろよろと、だが一歩ずつ確かに悪魔が近寄るのは___長年ノエリアが、否、悪魔が着手していた『ある存在』の封印されている魔法陣の解除。

 ___それは、世界を滅亡へと導いたことのある、三体の竜の封印

 それは、元々ノエリアが所属していた部族『氷結界』で祀られていた三体の竜。

 結果として、三体の竜はすべて解き放たれ___地獄を生み出した。世界は文字通り全てが凍てつき、かつて住んでいた場所は永久凍土へと変わった。

 三体の竜は最終的に、『煉獄』に落とされ完全に封印された__はずだった。

 悪魔はリチュアを立ち上げてしばらくした後、この魔法陣をくみ上げた。ノエリアの持っていた記憶と知識、そして幾多の生贄を使用して覚醒させようとしたがまだ足りないようだった。

 ならば、最後の生贄を用意しよう。

 

「意味もなく死ぬなど……我に対する最大の侮辱……世界を絶望で満たすことこそ……我らヴェルズのノゾミ!!」

 

 赤く光る魔法陣の中央でプシュケローネは魂と体を『二つ』捧げた。まずプシュケローネ自身の体はドロリと溶け、地面に呪いのように溶け込んでいく。黒い泥は赤く光っていたはずの魔法陣すら黒く塗りつぶしていく。

 そしてもう一つの生贄は___戦場で朽ち果てた炎の海竜 ラヴァルバル・チェイン。

 このエクシーズ体が誕生してからダイガスタ・エメラルとリーズに倒されるまで、ずっとこの魔法陣に捧げる魔力を生成し続けていた。

 ラヴァルバル・チェインは確かに強力な個体だった。だが、世界を染め上げるには足りないのだ。ならば、その末路は生贄だとプシュケローネは最初から決めていた。大量のラヴァルを取り込んだその魂であれば、もしかしたら封印を解くことができるかもしれないという、ただの憶測で悪魔はラヴァルの大半を殺した。

 もっともそんな残酷な真実も誰にも知られることなく消えて行ってしまうのだが。

 

 儀式の悪魔と星の力から生まれた炎の海竜の魔力はとてつもなく膨大なものだ。その大きさは、悪魔が行ってきた封印の解除にあと一押しするには十分すぎた。

 

 

 

 

 ____ドクン

 

 

 

 

 魔法陣から産声が上がる。

 

 閉ざされていた門が開く。

 

 世界に終わりをもたらしたモノが蘇る。

 

 _____それは、以前とは違う存在として。

 

 ここに、三体の『邪』竜は解き放たれた。

 

 

「____!!!!?」

「なに……この感じ……」

「……これは!!?」

 

 ウィンダ、ファイ、プレアデスが各々反応する。ウィンダは巫女としての力、邪なるものを感知する能力で今までに感じたことのない邪悪を感じた。ファイはラヴァルとしての力、大地の鼓動を聞き、彼女が知らないほどの破壊の声を聴いた。そして、プレアデスはセイクリッドの本能、ヴェルズを倒す者として

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが倒せない存在だと、確信してしまった。

 

 

 

 変化は突然、そして急速だった。

 世界はより強い邪念で支配され、見上げる先にある青空は暗雲で閉ざされた。すべての生者は呼吸をすることすら苦しさを感じるようになり、死者に取りついた邪念たちはその力を増す。

 希望となる星の光はかき消された。変わりに空に浮かぶのは

 

 シロトクロガマザリアッタサイアクノソンザイ

 

「「「■■■■■■■■!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」

 

 文字にできない雄たけびを上げこの世界に蘇ったのは、かつて世界を終わらせた存在達。かつての純白・純粋な体は邪念によって侵され黒く染まり、どこか感じられた神々しさは禍々しさへと変わってしまった。

 その名は、ブリューナク、グングニール、トリシューラ。

 その姿は多くの者を震えあがらせる。

 

「なんという邪念だ……一体あの竜たちは、何者だ!?」

「震えが、止まらない……ウィンダさん、あれ_____は」

 

 突然出現した存在に驚くプレアデスと、未知である邪竜について頼れる姉分に聞くファイはある変化に気づいた。

 ウィンダの瞳から光が完全に消えていた。

 

「あ、あ、あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 壊れた機械のように恐怖と絶望で支配された声を上げ続けるウィンダ。邪竜へと目線を向けているはずなのに、彼女は何も見ていないように見えた。足は誰が見ても分かるほど震え続け、膝は崩れ落ち、腕は力なく下がり、戦意・希望は失われた。ウィンダを乗せているガルドも彼女の震えようには相当驚いているようで、先ほどから心配する声を上げているが彼女の耳には全く届いていないようだった。

 

「ウィンダール!!」

「____はっ……」

「大丈夫そうでもないな……。すまない、あの竜たちについて知っていることがあれば__」

「セイクリッドさんっ!!危ない!!!!」

 

 ファイが声を上げた時にはもう遅かった。星の力を感知してきたのか、先ほどまで小さく見えた邪竜の姿がすでにプレアデスの目の前にあった。

 『回避』という選択肢を選ぶこともできないほどの猛スピード。無論、周囲にいるファイやウィンダールも助かるすべはない。声を上げる暇もなく、さらなる地獄絵図が出来上がる。

 

 

 

 

 

 

『オラァ!!!!!』

 

 その悲劇を変えるために、彼はいる。突撃してきたブリューナクに対して光の竜はタックルを食らわせ、下へと無理やり動かした。

 青白く輝く体、赤い十字架、そしてその眼に浮かぶ銀河の渦。地上から失われた希望が集結したかのような光の竜。そして、光の竜に乗る一人の青年がようやく戦場に到着する。

 

「___大丈夫!!!!?」

 

 その声を聴いて、妹はすぐに目を開け喜びの声を上げた。

 

「____お兄ちゃん!!!」

「悪い!遅くなった!!銀河眼!!バハムートに攻撃!」

『ぶっとべやぁああああ!!!!』

 

 銀河の光線が邪竜に直撃するものの、多少軽い傷がつくだけでまだまだ撃破には程遠かった。対峙する光と闇の竜。お互いにその力を測るためか、空中で停止しにらみ合いが始まった。

 その時、光の竜によってもたらされた希望によってウィンダの意識が蘇る。ハッとした表情になった後周囲を確認。そして自分たちの目の前に、頼れる背中が見えて声を上げる。

 

「____ユウキ!!!」

「ウィンダ!ゴメン、遅くなった!」

 

 異世界から来た青年、この結末を変えることができるかもしれない可能性。ただの決闘者である高屋ユウキは最後の決戦へと挑む。

 ユウキの隣にプレアデスが並び、邪竜に目を向けながら声をかける。

 

「君は?」

「セイクリッド・プレアデス!まさか貴方もリアルで見られるなんて……感動」

「すまないが、今はふざけている時間はない。私は君の言う通り、プレアデスで間違いない」

「すみません。俺は高屋ユウキ。異世界から来ました」

「では、君がウィンダの言っていた……」

「ウィンダ、何か言ったの?」

 

 緊迫した場面であるが故、無駄な会話はしないプレアデスと、決闘者であるがゆえにプレアデスに感動するなど割と無駄な会話をするユウキ。そんないつも通りな彼を見てウィンダとファイにも気力が少し戻った。

 ウィンダ―ルが戦場で何があったのか、今何が起こったのかをユウキに説明すると、彼はかなり苦い顔をして今後の行動を語る。

 

「復活したのはウィンダールさんたちもよく知っている、氷結界の竜で間違いないです」

「……やはりそうか。あの姿を忘れるはずがないからな」

「やっぱり……あれはトリシューラ様なんだ……」

 

 ぽつりと言葉を漏らすウィンダの顔は暗い。ユウキもその原因は大体把握している。

 今の大陸ではない。以前、ガスタが住んでいた地域。まだウィンダが小さかったころ。まだノエリア達リチュアが氷結界から離脱する前のこと。過去に起こった戦争にてトリシューラたちは解き放たれた。

 特に、氷結界の竜 トリシューラは最強だった。当時の戦いを終わらせるには十分すぎるほどに、苛烈で無慈悲な力。どんなものでもあっという間に凍てつき、命が消えていった。

 戦争を終わらせ平和をもたらすはずだった竜は、災厄をもたらす大災害へと変わってしまったのだ。

 そんなどうしても忘れられないトラウマの存在が、今こうして邪念に取りつかれて復活したとなれば、戦意も失われてもしょうがないだろう。

 

「竜たちは全員ヴェルズに浸食されています。名はバハムート、オピオン、ウロボロス。今のままでは敗北するだけだと思います」

「そんな!!」

「何か策はないのか?」

「……あります。ですが……」

 

 結末を思い出したユウキの言葉が詰まる。このままいけば、間違いなく世界は終末を迎える。しかしそれは、邪竜によってもたらされるものではないのだ。

 その平凡な頭をフル活用して結末を変えようとするが、彼はただの人。そんな未来のことなど考えられるわけがない。さらに言えば、今までは他の誰かの力を借りてどうにかしてきた。リチュアを押さえられたのも、エリアルなどの協力者のおかげだ。

 

 

 今ここにもう一度伝えよう。

 

 高屋ユウキは『英雄』ではないのだ。

 

 

「___今やれることをやるしかない、でしょ? お兄ちゃん」

「___それは」

 

 一人で抱え込んでいる不甲斐ない兄に妹は彼自身の言葉で勇気づけた。太陽のように温かい妹の握られた手はユウキに少しの安心を与える。感じるのは温かさと少しの震え。それは、自分だけが今怖がっているという訳ではないということ。

 かつての自分の言った言葉をもう一度口にして、ユウキは自分の全てを出し切る。

 

「今やれることを……やるんだ!プレアデスさん!貴方はセイクリッド・セラフィと他のセイクリッドたちを集めてください!」

「わかった。君を信じるぞ!ユウキ!」

「ウィンダとウィンダールさん、ファイは地上にいる人たちと共に他のヴェルズの撃退を!固まっていた方がまだ戦えるはずです!___それから、アバンスとエミリア、そしてエリアルを見つけたら必ず保護を!!」

「ユウキは!!まさか一人でなんて言わないよね!!?」

「その通りだよ。俺はこいつを、ヴェルズ・バハムートをぶっ倒す!」

「それは無茶だ!!」

「銀河眼となら戦えます。それに、邪竜はまだ二体いる。できるだけ他のところに戦力はいたほうがいいです!」

「でも……!」

「ファイ、ゴメン。でも、お兄ちゃんを信じてくれないか」

 

 この場にいる全員と早口で会話するユウキだが、彼一人でこの場を任せることに先制する者は一人もいなかった。口には出さないが、プレアデスも反対の雰囲気を放っている。

 それでも、今まで自分を支えてくれた人たちのため、ちっぽけな勇気を振り絞って異世界の凡人は言い放つ。

 

「俺に任せてもらえませんか」

 

「……わかった。君の知識と銀河の竜を信じよう」

「プレアデス様!?」

 

 プレアデスにとっても苦渋の選択だ。出会ったばかりの青年にあまりにも無茶な選択をさせること、本能的に倒せないと感じてしまった邪竜の一体を彼だけに任せること。星を救うために降り立った騎士としてあるまじき行為なのはわかり切っている。

 それなのに、ただの青年が言った言葉を信じたくなった。

 絶対な自信からくるものでも、虚勢を張っているわけでもない。勇気を振り絞って発せられた心からの言葉に感銘を受けた。

 

「ユウキ……」

「お兄ちゃん……生きて、また。だよ」

「勿論___さ、早く!」

 

 心配してくれる優しき友人たちを他の戦場に行かせ、再びユウキは邪竜 バハムートと対峙する。

 邪竜はただ沈黙し、こちらを観察しているだけ。それなのに膨れ上がる恐怖はユウキをいずれ飲み込んでしまうだろう。殺されるビジョンが明確に想像できてしまい、確実に心の闇は膨れ上がっていく。

 それでも、だ。

 

「やばい……格好つけたけどさぁ……死ぬほど怖い」

『知ってらぁ。馬鹿な召喚者だな』

「う、うっさい!!」

『それでも__ちょっとは勇気を、希望を振り絞れたんだろ? なら、あとは俺様の出番だ。お前の持つ希望・勇気・未来を思う心。それをすべて戦意に変えてやる。恐怖に立ち向かえるようにしてやる』

「本当に、お前が何度もそうしてくれなきゃ今俺は生きてないよ。ありがと、銀河眼」

 

 ただの凡人はいつの間にか成長していた。この世界で多くの人と出会い、多くのことに巻き込まれ、多くの『死』を体感させられた。

 もう、死んでほしくない。

 父を失い、『死』という生命のゴールを知った気でいた。だが、この世界ではそのゴールは次の瞬間には訪れてしまう物だと知った。あまりにもあっけなくゴールしてしまうことだと理解した。

 それを防ぐために、自分にできることを探し始めていた。自分の持っている知識や与えられた召喚術を使って、自分の知る人をゴールさせないようになっていた。

 必死に悪あがきをして、自分が嫌な思いをしないためだったはずが、いつの間にか他人を助けたいと純粋に思うようになっていた。

 多くの人を助けるために『凡人』は邪竜に挑む。

 両手で顔を強くたたき、もう一度気合を入れて敵対する邪竜を見る。もう、先ほどのような巨大な心の闇はなかった。

 

「いくぞ、銀河眼。最後の決戦だ」

「ギャオオオオオオ!!!!!!!!」

「■■■■■■■■!!!!!!!!」

 

 二体の竜が今ここに激突する。勝つのは、銀河の光か___絶望の闇か

 

 いきなり二体の竜は衝突する。体格はほぼ同じ。お互いに強烈なタックルを相手にお見舞いしたため、その反動でまた竜たちに間が空く。

 銀河眼はすかさず口に光を収束。それを見たバハムートも同じく闇を口に集め、銀河眼へと放つ。黒と白の光線が衝突し、周囲の木々がすべて風圧でなぎ倒されていく。バハムートの影響で地上に出現していた無数のヴェルズたちも風圧であちらこちらへと吹き飛ばされていく。

 ユウキにとっては一分にも満たない時間が永遠のように感じられた。

 

『おい!しっかりしろ!!』

「気を保つだけでもキツイよ、これ!!?」

『ぼさっとすんな!くるぞ!』

 

 銀河眼の言う通り、既にバハムートは自身の周囲に邪気をまとった無数の氷塊を漂わせている。氷結界の名を持っていることはただの飾りではないと、改めてユウキに知らせているようだった。

 ここまで来るまでに手札を回復しているので、現在4枚。伏せカードはなし。銀河眼が万が一にでもやられれば、空中に放り出されて間違いなく死ぬ。

 

「ドロー!!」

 

 引いたのは、銀河の魔術師。何とか次につなげられそうで、少しだけ安心してそのまま召喚する。

 

「俺は銀河の魔術師を召喚!さらに、自分の場に光属性モンスターが二体以上いるとき、手札からガーディアン・オブ・オーダーを特殊召喚!」

 

 白い魔法使いである銀河の魔術師と、眩き光に導かれ現れる戦士 ガーディアン・オブ・オーダーが連続で召喚される。新たな敵が出現したことにバハムートも反応。無数の氷塊を三体へ放った。

 攻撃を回避しながら、急いでユウキはモンスターたちに指示を出す。

 

「銀河の魔術師の効果でレベルを8に!そのままガーディアン・オブ・オーダーとオーバーレイ!エクシーズ召喚!!__また力を貸してくれ!神竜騎士フェルグラント!」

 

 エクシーズの銀河から生まれたのは、神竜の鎧を身にまとう黄金の騎士。以前、アバンスと(模擬)戦闘を行った時にも召喚したエクシーズモンスターであるフェルグラント。

 儀式体を使わずともヴァイロンの結界を一閃したアバンスと打ち合ったモンスターの実力は本物で、迫りくる氷塊を次々と切り裂いていく。

 銀河眼も巨体でありながら次々と氷塊を爪で切り裂き、体に残る傷はなかった。銀河眼の背中に乗っているユウキはいつ自分に飛んでくるか、肝を冷やしながらの回避行動だったが。

 ___ここで、一時的だがフリーになっていたバハムートがオーバーレイユニットを使った。

 

「!!!!!! フェルグラントの効果発動!対象は……」

 

 持ち前の決闘者の知識でフェルグラントの効果を早速発動するユウキだが、以前インヴェルズ・グレズと戦った時のことを思い出す。

 あの時、ユウキはパラディオスの効果をグレズに使用した。本来であればグレズは攻撃力が0となり、効果が無効化されるはずだった。だが、実際にそうなったのは他者の介入があった少し後。

 この世界では、決闘者としての常識が通用しないこともある。

 バハムートの効果を把握しており、その経験があったからこそユウキは一瞬迷い、正しい判断を下すことができた。

 

「___対象は、銀河眼の光子竜!」

『おお!?』

 

 フェルグラントが自身のオーバーレイユニットを剣で切り裂き、その光を銀河眼へと振りかけると銀河眼の体から放たれていた青白い光が消える。現在、銀河眼は効果が無効化され、フェルグラント以外の効果を受けなくなった。

 その直後、暗黒の瘴気が銀河眼とフェルグラントを包み込んだ。

 

『こいつはぁ……!ユウキ、息をするんじゃねぇ!!』

「んんんんん!!(わかってる)」

 

 フェルグラントの力である金の光が銀河眼とユウキを瘴気から守っている。だが、そのフェルグラントを守るものはない。

 突如として、フェルグラントがのどを両手で抑え始める。苦しむ声を聴き、姿を見て、ユウキは俯くことしかできなかった。

 

(ヴェルズ・バハムートの効果……それは、相手モンスターのコントロール強奪。ゴメン……フェルグラント)

 

 今銀河眼を操られればユウキに勝ち目はない。本来のデュエルならばバハムートを選択して、効果を無効化すればいい。だが、グレズのようにフェルグラントの効果が効かなかった場合、待ち受ける結末は想像したくないもののはずだ。

 見る見るうちに黄金の竜の鎧が黒く染まり、その姿はもはやヴェルズそのものだ。目を真っ赤に光らせバハムートの隣へと移るフェルグラント。

 

『ユウキ、いけるよな』

「……」

『ユウキぃ!!』

「……ああ。わかってる。わかってる……」

 

 自分を落ち着かせるように、自分の判断は正しかったのだと納得させるようにつぶやくユウキ。まだ戦いは始まったばかりだが、彼の精神はかなり摩耗していた。

 邪竜の相手、一人で戦うという不安と孤独。

 そして___想い人の安否。

 弱音を吐きながら、不安を抱えながら、異世界の青年は光の竜を従えて、足掻き続ける。

 その先に、未来があると信じて。

 

 

「___全部隊に告げる!ヴェルズの浸食にあった竜たちが解放された!集える者は私 プレアデスの元に急いでほしい!」

 

 プレアデスの号令が戦場に響き渡る。地上は乱戦状態になっており混乱は避けられない。だが、このまま各地でバラバラに戦っていては間違いなく戦士者は増えていくだけ。

 そう考えているプレアデスだが、地上を改めて観察し、それが無理であると感じていた。

 

「プレアデス様、あれは……」

「間違いない。我らと同じ星の力を持つヴェルズたちだ」

「……しかも、大量にいます」

 

 邪竜の開放と古の悪魔の長が復活した影響で、下級ヴェルズたちと同じように地面からボコボコとエクシーズのヴェルズ__クリスタを倒しかけたナイトメアとヒアデスを苦戦させたタナトスが沸き上がっていた。

 この現象が各地でも起こっているとなると、再集結は絶望的だ。

 

「……やるしかないな。ウィンダ、ファイ、そしてウィンダール。君たちは最終防衛線に戻り、残っている者たちの守護とサポートを」

「プレアデス様は?」

「無論、このヴェルズたちを討伐する」

 

 ただ一人で無限の敵を相手にするという、命を捨てる行為を三人は止めることができない。誰が見ても分かる絶望的な状況。どうしたらいいのかもわからない。そんな中で取れる行動は『無茶』ばかりだ。

 剣を強く握り、プレアデスは強く声を吐き出した。

 

「___行ってくれ!!」

「ウィンダ、ファイ、行こう」

 

 少女たちは目に涙をためて、ウィンダールは血が出そうなほど歯を食いしばって本部へと帰還していった。ここからは本当にプレアデスだけの戦いとなった。

 目の前に広がるのは、邪念の大群。大小、姿も様々。エクシーズの力を持つヴェルズも見ただけで10は超えている。

 さらに、災厄は訪れる。

 

「■■■■■■■■!!!」

「___やはり、逃がす気はなかったようだな。彼らを本部に戻して正解だった」

 

 文字にできない咆哮を上げながら、プレアデスの目の前に降り立った第二の邪竜。氷結界の竜 グングニールこと、『ヴェルズ・オピオン』。

 もう、プレアデスは笑うことしかできなかった。

 

「だが、それでも戦うんだ。私は、セイクリッドなのだから!」

「___ええ!ですが、命を落とすために戦うのはダメです!!」

「___伝説の騎士がこんなところで倒れてはいけませんよ!!」

 

 孤独の星に近づくのは二つの風。プレアデスが見上げると、暴風をまとって二つの人影が現れる。

 緑の髪をもつ少し筋肉質な少女と、翼を持つ緑の騎士。ガスタの疾風 リーズとダイガスタ・エメラルは体に傷をつくりながらも、プレアデスの元へと急行した。思わぬ援軍に戸惑いながらも、プレアデスは確認をする。

 

「君たち、この場は私が引き受けたのだが__」

「だーかーら!セイクリッド様が倒れるところなんて誰も見たくないです!わざと言ってますよね!!?」

「り、リーズ!そんな態度とっちゃダメでしょ!!」

「いや、その言葉は実にありがたい。なんせ、怖気ついていたところだったからね」

 

 星の騎士団 セイクリッド。伝説ができるほどの戦士たちにも心はある。幾度となく戦ってきて、恐怖が無くなったことはない。プレアデスも命を落としかけた回数は既に分からなくなっていた。のちに思い出した時に、背筋が寒くなったこともある。

 それでも、彼らは戦い続ける。

 自分たちが信じる正義と星の平穏のために、彼らは輝き続けるのだ。

 

「リーズ、カーム。邪竜は私が抑える。他を頼めるかな」

「「任せてください!」」

「よし。始めようか!!」

 

 大地を蹴り、目の前の邪念へと挑む。敵の接近を観測したオピオンは再び言葉にできない咆哮を上げてプレアデスへと向かってくる。

 大した距離はなかったはずだが、オピオンは巨大な両翼を羽ばたかせて急加速。一瞬でプレアデスの目前にまで迫っていた。

 プレアデスは迷うことなく一つ目のオーバーレイユニットを使用。夜空に輝く光星のような青白い光を放つ魔法陣がオピオンとの間に展開され、オピオンが激突する。衝撃が走り、プレアデスはうめき声を少しだけ漏らすも杖を横払い。

 騎士の命令に従って、魔法陣から無数の光が邪竜に向かって走り、その体を貫く。

 

「■■■■!!?」

「どうやら効いたみたいだな。フンっ!!」

 

 オピオンが一瞬硬直したタイミングで杖の下部分である刃で肉体を切り裂く。多少抵抗が重いものの、力任せに切り裂くと黒い泥が体から流れ始めた。

 その泥はかつての血。邪竜と化した今、肉体にあるのは邪念だけだ。

 後ろに下がるプレアデス。オピオンの体には無数の穴と切り傷が出来上がり、星の力との拒絶反応で煙が上がっていた。それを見てもプレアデスの不安は晴れない。

 その不安通り、オピオンの傷がふさがりつつある。瘴気で満ちたこの世界では、セイクリッドであろうと全力は出せず、逆にヴェルズたちにとってはどこでも有利な戦場となる。

 ただの消耗戦。ただの時間稼ぎ。

 それ覆せるのは、ユウキから知った『神聖なる昇降龍』という存在。ウィンダ達を本部に戻したのは、そのことを伝達するため。

 その希望が誕生するまで、彼は倒れるわけにはいかないのだ。

 

「まだまだ付き合ってもらうぞ、邪竜よ!」

「■■■■■■■■!!!」

 

 プレアデスに残るオーバーレイユニットは一つだけ。一応彼は自身の力でオーバーレイユニットを回復させることができるが、時間がかかりすぎる。そんな時間を邪竜は与えてくれはしないだろう。

 次々と襲い掛かる絶望を消し去るため、星の騎士は戦い続けるのだった。

 

 

 

 

 

「ウィンダール様!!一体何が起きているのです!!?」

「ウィンダさん!!これは!!?」

「どういうことだ!!?倒しても倒しても、ヴェルズが湧き出てきやがる!!」

 

 ウィンダ達が本部に戻ると、既に混乱の渦に巻き込まれていた。ガスタ、ジェムナイト、合流したラヴァル全員が状況を把握できておらず、普段行えていることもできなくなっていた。

 ウィンダ達は少しだが戻ってきているセイクリッドと共に落ち着くように説得させ、さらに冷静に話せる環境をつくるために認識妨害の結界を発生させる。

 彼女たちが戻ってきて早30分。ようやく全員に言葉が伝えられる状況が作り上げられた。

 

「ヴェルズと共に戦う諸君。ここから話すことは事実であり、決して虚偽を含むものではないことを頭においてくれ。____氷結界の竜がヴェルズ化して復活した」

 

 前に立つウィンダールのその一言でガスタの全員が何かしらの感情を混ぜた声を上げた。感情の内容は、恐怖、絶望、諦めといった負のものしかない。

 わかり切っていた民の反応を見て、目をつぶった後ウィンダールは話を再開する。

 

「氷結界の竜たちは我々ガスタが元々住んでいた地域に祀られていた竜たちのことだ。竜は最終的に暴走し、その地域を完全に崩壊させた。それだけの力を持つ竜たちが全体復活し、さらにその影響でエクシーズの力を持つヴェルズですらも増殖するようになった」

 

 ここまで言えば氷結界のことを知らないジェムナイトたちもあまりにも絶望的な状況に陥ってしまっていることを理解する。勇敢なる戦士であるジェムナイトの心を簡単にへし折ってしまう邪竜たち。集結したセイクリッドたちも俯くことしかできなかった。

 

「現在、我々が把握できているのは、邪竜の一体はユウキ君と銀河眼が抑えてくれていること。プレアデス様も邪竜の一体と交戦中であるということだけだ。セイクリッド様。ここに来るまでに何か得た情報はないでしょうか?」

「……悪いニュースと希望があるニュース。どちらから聞きたい」

「では、悪いニュースからお願いします。アンタレス様」

 

 集うことのできたセイクリッドの一体__蠍座を司るアンタレスが低い声で二つの情報をもたらす。ウィンダールはすぐさま悪い方から聞くことを提案した。

 

「インヴェルズの長 グレズが復活した」

「!!!?」

「驚くのも無理はない。だが、事実だ。ラヴァルとジェムナイトの長が交戦しており、俺も参戦しようとしたが……このことを皆に伝えてほしいとジェムナイトの長から言われた。___もっとも、俺が参戦したところで戦況が変わるとは思えなかったがな」

「……もう一つの情報をお願いします。これ以上はもう」

「ああ。ヴェルズ化していた双子座のセイクリッド カストルが元に戻った」

「ヴェルズ化を治せるんですか!!?」

 

 思わず声を出したのはウィンダだった。ウィンダールがラヴァル救出に向かっている間、数多くのガスタの人々や動物たちがヴェルズ化していく様を見せつけられた。もしヴェルズ化が治るのであれば、多くの悲しみを消し去ることができるかもしれないと考えてしまったのだ。

 だが、アンタレスは顔を横に振って申し訳なさそうに話し始める。

 

「いや、カストルだけが特殊だった。まずカストルは死亡したわけではなく、リチュアの悪魔に魔術を掛けられただけだという。二つ目に、我々セイクリッドの体はヴェルズに対しての耐性がある。最後に、弟であるポルクスの力と奇跡の存在であるジェムナイト・セラフィの力によって元に戻った。そうセラフィに無理をさせられないだろう」

「そう……ですよね……」

「俺の伝え方も悪かった。わざわざ望みを奪ってしまってすまない」

 

 明らかに落ち込むウィンダに本当に申し訳なさそうに謝るアンタレス。もちろん、ウィンダも彼が悪いとはこれぽっちも思っていない。

 カストルが元に戻ったというのは実にいいニュースだった。ウィンダールはユウキから預かっている言葉をアンタレスに伝える。

 

「アンタレス様。戦場にはまだ、最後にして最強の邪竜 トリシューラことウロボロスが存在しています。異世界の青年からウロボロスと真っ当に戦えるのはアンタレス様たちの力を集結させた存在 『神聖なる昇降龍』だけだと」

「……そのような力は聞いたことがない。その知識は本当なのか?」

「時間がなく詳しく聞くことはできなかったですが、その力を生み出すためには、ジェムナイト・セラフィとアンタレス様。そして、六人のセイクリッド様の力が必要とのことです」

「現在、ここにいるのは俺とレオニス、ダバランの三人。あと四人足りない」

 

 残り四人のセイクリッドを集結させなくては、ウロボロスを討伐することは不可能。時間もない。どう考えても、今すぐやるしかないとこの場にいる全員が悟る。

 今一度立ち上がるために、ウィンダールは全員に激励の声をかけた。

 

「いくぞ皆のもの!!恐怖、諦め、絶望の感情は今だけ捨てよ!我らの星、我らの命を守るために、今再び立ち上がるのだ!!」

 

 うおおおおおお!!!

 風、炎、地の部族たちは今再び立ち上がる。そして各々が行えることを実行し始めると、自然と連合が再起動し始める。少し前まで、混乱で何もできなかった時とは大違いだ。

 ウィンダールはアンタレス、レオニス、ダバランと合流しウィンダも含めて確認を行う。今の状況で一番動けるのはウィンダールとウィンダの二人だ。また、ユウキからの伝言も聞いている。セイクリッドを集わせ『神聖なる昇降龍』を生み出す手伝いを行うのが今の使命。

 

「セイクリッド様。他の方との連絡は」

「取れない。おそらく世界に満ちている瘴気のせいだろう」

「こっちも同じだ。ヴェルズの野郎、とんでもなく強い邪念を発してやがる」

「連絡を取り合うのが不可能なら、直接会いに行くしかないですよね……」

 

 言葉にするのは非常に簡単だが、実行するとなると『不可能』ではないかと思えてしまうセイクリッドの再集結。何か方法を見つけないと実行に移したところで全滅するのがいいところだろう。

 頭を悩ませるウィンダールたちに一人の少女__先ほどまで精神疲労で眠っていたファイが声をかけた。

 

「私なら探せる……かもしれません」

「ファイ? 無理していない?」

「うん。大丈夫だよ、ウィンダさん。それより、セイクリッドの位置なんだけど、ヴェルズの逆探知でどうにか探せませんか?」

「ファイの大地の鼓動から、ということか?」

 

 ファイの大地の鼓動を聞く能力はインヴェルズ戦の時もヴァイロンに目を付けられるほど正確なものだ。彼女の案は、ヴェルズで満ちたこの大地の中でヴェルズの反応が減り続けているところに、セイクリッドか抵抗している仲間がいるはず。そこに合流・離脱を行っていけばセイクリッドも集まるのではないか、というものだ。

 セイクリッドも自分たちが創りだしたヴァイロンを信じ、ファイの案に乗ることに賛成する。ウィンダールも頷きたいところなのだが、ファイの精神面への負荷を考えると簡単にうなずくことはできなかった。

 

「どうですか?」

「我々セイクリッドは君の力を借りたいと思うが……ウィンダ、君はどうだ?」

「反対です」

 

 端的に、きっぱりとウィンダは反対の意思を見せる。ファイは驚き、ウィンダールは瞳を閉じて何も言わない。その意見が納得できないファイはウィンダに反論する。

 

「どうして!? 今やれることをやろうとしているのに、どうしてウィンダさんが反対するの!!?」

「____私の我儘だから」

「意味が分からないよ!私も戦う!!お兄ちゃんが今命がけで戦っているんだもん!私だって___」

「もう『妹』を失いたくないの!!!!!!」

「っ……」

 

 ウィンダの言う『妹』についてファイは何も知らないが、彼女がその存在を失うことを非常に恐れていることは今の叫びでよくわかった。

 

 ___正直に言って、嬉しかった。

 

 二人の姉を失い、そんな失意の中で出会った異世界人の義兄。引き取られたガスタは毎日が楽しくて、新鮮で、幸せだった。

 ウィンダールを父のように思うこともあったし、ウィンダを姉のように思うこともあった。異種族なのに少しずつ心を開いてくれたガスタの動物たちと触れ合っていると、少しずつ心の傷が癒えていくようだった。

 だが、自分はラヴァル。決してガスタではないと心の底ではそう感じていた。自分の兄弟ははやり死んでしまった姉たちしかいないと、どこか諦めていた。

 そんな中で、『妹』と認めてもらっていることが嬉しかった。

 だからこそ、ファイは『姉』と共に戦いたいと願う。

 

「……ルノお姉ちゃんは最後に行ってくれました。未来を照らす灯になりなさいと。今がその時だと思います」

「でも」

「でも、じゃない。『お姉ちゃん』と一緒に戦いたいの」

「……今」

「ウィンダお姉ちゃんと、ユウキお兄ちゃんと、みんなでまた会いたいの。私を受け入れてくれた家族のために、私は自分の力を使いたい」

 

 兄と同じ原動力で妹は立ち上がる。純粋な瞳の奥に温かい光を放つ灯を見たウィンダは、再びできた妹の我儘を飲み込み彼女の頭に手を置いた。

 そのまま優しく髪をなでてやると、ファイはくすぐったそうに眼を細めた。その顔に懐かしさを感じながら、姉としての一面を見せる。

 

「……わかった。でも、無理はしちゃダメ。いいね?」

「うん。わかりました、ウィンダお姉ちゃん」

「___二人とも準備をしてくれ。すぐに出るぞ」

 

 二人の会話が終わるのを見計らってウィンダールが声をかけた。既に治療薬や戦闘や撤退の際に使用する備品は二人分用意されており、あとは二人の心次第となっていた。

 姉妹はお互いに顔を見合わせ、無言で頷くと家族と世界をもう一度取り戻すために再び旅立つ。

 

「じゃあ行こっか。ファイ」

「うん、お姉ちゃん!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話ー中編 降臨

即様続きを投稿していくスタイル()


「■■■■!!!」

「いくらやっても傷が回復するのずるくないか!!?」

『やらなきゃこっちがやられるだけだぞ!!』

 

 バハムートと対峙してからどれくらい経ったのか。ユウキには覚えていない。

 幾度となく激突し、銀河眼の力でバハムートを除外してオーバーレイユニットを吸収しても、バハムートは時間が経てばオーバーレイユニットを自力で復活させ銀河眼を奪おうとしてくる。

 最初に操られたフェルグラントは既にここにはいない。もう奪われる惨劇を見たくないからか、ユウキは新たにモンスターを召喚しておらず、それが功をなしてか、銀河眼だけに集中できなんとかバハムートの攻撃を回避できている。

 だが、回避だけではただただ消耗戦で負けることも確実だ。バハムートは先ほどから銀河眼に受けた傷がふさがり始めている。一方、光の竜である銀河眼はセイクリッドと同じように全力を出し切れていない。かといって、下手にモンスターを出せば奪われる。突破口が見つからないまま、時間が過ぎていくだけだった。

 ユウキが内心焦っている中、バハムートは口に闇を収束し始める。黒と白い冷気をまとった絶対零度の一撃が銀河眼に向かって放たれようとしている。

 

「銀河眼!!破滅のフォトン・ストリーム!!」

 

 召喚者からの攻撃支持を受けて銀河眼も光を収束させ、バハムートへと放つ。少し遅れてバハムートも闇のエネルギーを銀河眼へと放つと、光と闇の光線が衝突し衝撃で空気が震えた。

 膠着する光と闇だったが、徐々に闇が光を飲み込み始める。時間の経過で奪われた力は考えている以上に大きかったらしく、銀河眼自身も苦しい声を上げる。

 

『ちぃ!この環境じゃ全力出せないことはわかってたが……ここまであいつにアドバンテージがあるのかよ!』

「銀河眼!」

『なんか手はねえのか!召喚者!!』

「だったら!速攻魔法『フォトン・トライデント』!銀河眼の攻撃力を700アップさせる!」

 

 ユウキがカードを一枚切ると、青白く光る三叉の槍が現れ銀河眼のフォトン・ストリームへと飛び込んでいく。トライデントの力によってフォトン・ストリームの威力が上昇し、闇を押し返す___が、すぐに闇が押し戻す。

 

「な!?」

『これだけじゃどうしようもねぇ!!他考えろ!!』

「ンなこと言ったって……!」

 

 次の一手を考える暇はなかった。思わずユウキは目をつぶってしまい、戦う意思を一瞬だけだが消してしまう。そのまま目前に迫る闇が銀河眼を呑み込もうとした時、彼らとは別の光がバハムートの闇に衝突した。

 

『目開けろ!!』

「……あれ、死んでない……?」

「ユウキさん!!」

 

 恐る恐るユウキが目を開けると、銀河眼の隣に浮かんでいる影が一つ。白いマントをつけた女騎士___ジェムナイト・セラフィが銀河眼の援護をしている姿が見えた。

 思わぬ助けの手に涙が出そうになるが、今は感動している暇ではない。銀河眼へと意識を集中させ力を振り絞る。なんとか力を出せた銀河眼とセラフィがそのまま無理やりバハムートの闇を空中で相殺させた。

 

「ラズリーちゃん!!なんでここに!?」

「それはこっちのセリフです!ユウキさんが邪竜を抑えてるなんて聞いてませんよ!?」

「まあ……流れで」

「流れ!!? いったいセイクリッドさんたちと何を話したんですか!!? とにかく、私も加勢しますので、背中をお任せします!」

「待った!!他のセイクリッドはどうなってる!?」

 

 セラフィが加勢に来てくれたことは非常にうれしいが、ウロボロスをどうにかしなくてはまずいことになる。彼女が他の戦場で戦っていたのなら、集えなかったセイクリッドのことも把握しているはずだとユウキは予測する。

 バハムートを前に何を言っているんだ、と言わんばかりにセラフィは早口で答えた。

 

「カストルさんはなんとかヴェルズ化を解いてポルクスさんと一緒にヴェルズの殲滅に!スピカさんは私と融合してますからここにいます!それ以外の方は___危ない!!」

『ユウキぃ!!』

「銀河眼の効果発動!!」

『あ』

「_____あ」

 

 気づけば銀河眼に対してバハムートの氷塊が飛ばされていた。セラフィと銀河眼の叫び声でとっさに効果を発動する、というとんでもない大馬鹿な行動をとってしまうユウキ。

 確かに銀河眼は破壊されない。だが、一時的に除外されるということになる。

 

 つまり、銀河眼に乗っているユウキは空に放り出されるということで。

 

 フッと銀河眼とバハムートの姿が消え、空中にユウキだけが取り残される。そしてそのまま、自然の摂理のまま重力に引かれ地面へと落下が開始される。

 

「___あああああああああああ!!!!!!!!!!?」

「何やってるんですかぁあああああ!!!!!」

 

 完全に気が抜けていた。そのことに気づいてももう遅い。ぴゅーと風を切る音が耳に聞こえ、肌は風を受けて冷たさを感じ、背筋はこれから起こることを想像して肌とは別の意味で寒くなっていた。

 思わず下を見るとグングンと迫ってくる地面が見える。当然、ヴェルズも大量にいる。どうあがいても死んでしまうとはこの状況のことだろう。涙が空中でキラキラと輝きながらユウキは落下していく。セラフィが手をつかむことも間に合わず、地面が目前に迫る。

 

 

「おいおい、こんなところで死んではいけないだろう。異世界の青年よ」

 

 ユウキが次に感じたのは冷たい地面の感覚ではなく、誰かに抱きかかえられているような感覚。俗に言う『お姫様抱っこ』されている感覚。

 聞いたことのない声の主を確認するためにもユウキは恐る恐る目を開くと、そこには金と黒の体をした一体の悪魔がいた。

 

「……インヴェルズ・ローチ!!?」

「おや、私の名を知っているのかい。流石は異世界の青年だ」

「観測者さん!」

 

 華麗に着地を決め、ユウキを地面におろすローチ。知り合いであるようで、セラフィは嬉しそうにローチのそばに近寄る。一方、助けられたユウキは何故ここにローチがいるのか、その理由を考えていた。

 

「異世界からの青年__ユウキ、だったね。君が考えていることは大体わかる。何故私がここにいるのか、と考えているのではないかね?」

「おお……わかっちゃうんだ」

「観測者、だからね。っと、少し待ちたまえ」

 

 腰に常備しているサーベルを振りぬき、すぐに腰に納めると周囲のヴェルズが吹き飛ばされる。その威力に言葉が出ないユウキを横にローチは回答を述べ続ける。

 

「私が動き始めたのはラヴァルバル・チェインが異常な消滅をしたからだ。何者かに力を吸い取られたかのように消えていったことから、リチュア__長であるノエリアの中にいる悪魔が何かしようとしているのではないか、と考察。その後、ヴェルズによる対策を取っている最中という訳さ」

「協力してくれるってこと?」

「いいや? 私は観測者。対策を立てるだけさ。それを生かせるかどうかは君たち次第だ。流石に今回は助けさせてもらったけどね。はっはっは」

「言葉もありません……」

「ま、君は戦い慣れしてないからね。しょうがないさ。ただし、次はないと思った方がいい。___そろそろ来るかな」

 

 ローチが予言した通り、銀河眼とバハムートが再び姿を現す。銀河眼はバハムートが持っていたオーバーレイユニットを吸収しその体を青白く光らせていた。

 だが、ヴェルズたちが放つ瘴気の影響を受けその光は徐々に小さくなっていく。

 

「やはり光の竜でも全力は出せないようだな。セラフィ、君の力で瘴気を打ち消すんだ」

「わ、私にそんなこと__」

「できる。世界中とは言わないが、銀河眼とバハムートの戦闘場所くらいの規模ならいけるはずだ。それから、君の光の欠片を少しもらった。では、私はこれで」

 

 セフィラとユウキが何か言う前にローチはヴェルズの大群の中に消えて行ってしまう。本気で『観測者』としての義務を果たそうとするまじめすぎるその姿勢に二人は何も言えなかった。

 戦場に引き戻されるユウキ。セラフィに手を引いてもらい、空中の銀河眼に再びまたがると、バハムートの圧倒的な威圧感が戻ってきた。頬を叩き、再び気合を入れる。

 

『バカ召喚者。気合は入ったか?』

「ああ。いくぞ、銀河眼!」

「ギャオオオオ!!!」

 

 銀河眼の咆哮が端末世界に響き渡る。それに対抗するようにバハムートも咆哮を再び上げる。肌が軽くしびれるほど空気が震え渡り、今一度竜は対峙する。

 一方セラフィはローチに言われたように、瘴気を取り払うための光を胸の核石に集束させて銀河眼とバハムートを包み込むように解き放った。白い球体の結界が展開され、結界内からは瘴気が取り除かれた。

 

「できました!これなら全力で行けるはずです!」

「ありがとう、ラズリーちゃん。いくぞ、ヴェルズ・バハムート!」

 

 

 ユウキが優勢になろうとしてた同時刻、ウィンダ達は最悪と直面していた。

 

「____」

(何もしていないのに、なんなんだこの威圧感は……!!)

 

 バハムート、オピオンとは違い何も咆哮を上げずにウィンダールたちを狙うのは最悪の竜 ヴェルズ・ウロボロス。ユウキがいた世界でも(悪い意味でも)有名な氷結界の竜 トリシューラがヴェルズ化したこの世界においての最強と呼べる竜。

 ウロボロスはウィンダールたちの目論見をすでに読んでいるのか、セイクリッド探索開始時から彼らを狙い続けている。セイクリッド三人が何とか防御しているが、もう限界を感じつつある。

 

 

 それが、わずか二回の攻撃だったとしても。

 

「ありえないだろ!!? なんだよあの威力!?」

「落ち着けダバラン!俺たちがやらなければ他が死ぬだけだ!!」

「っ……」

 

 イグルやガルドの風のような機敏な動きですらウロボロスの攻撃を回避することは不可能だった。無慈悲な闇のレーザーは高速を超えた光速かつノーモーションで放たれる。ウィンダの天啓やセイクリッドたちの直感で防御タイミングを何とか読めているだけであって、いつ誰かが墜落してもおかしくない状況での探索となってしまった。

 

「ファイちゃんどう!?」

「邪竜のせいでうまく感知できないよ!!こんな巨大な邪念じゃあ……」

「逃げることもできないか……イグル、もう少し速度を上げられるか?」

 

 イグルは無言で首を横に振った。今以上の速度を出せばガルドの最高速度を超えてしまう。この状況ではぐれるのは非常にまずいとイグルは言っているようだった。

 次の一手を考えている時間もない。ウロボロスの三つある頭の一つに邪気が収束し始め、すぐにでもウィンダールたちへと放たれようとしている。

 

「セイクリッド様!!」

「まだ三回目だが……次はしのげるかわからない」

「でもやるしかねえだろ!アンタレス!」

 

 セイクリッド三人が防御のバリアを展開すると、そこに向かってウロボロスの光線が衝突した。バリアが満足に光線を防ぐことができたのは一瞬だけだった。すぐに亀裂が入り、数秒後には消えてしまうだろう。

 声を上げ、力を振り絞るセイクリッドたちだがその力量の差は圧倒的だった。なんとかウィンダールたちだけでも逃がそうとするもの、そんな時間すら与えられない。アンタレスが何か言う余裕すらない。

 

「くっっっっそぉおおおおお!!!」

 

 レオニスの悲痛な叫びも闇の光線の前にかき消されてしまう。星の光がまた一つ消え、絶望の闇がさらに侵略を進める。その結果が確定しようとしている。

 

 

 

 突然、ウロボロスの攻撃が明後日の方向にそれた。

 

 

 

「____オラァ!!!!」

 

 猛スピードで突っ込んできた一つの影がウロボロスの巨体を動かした。動かしただけで外傷は見えない。ところどこに黒ずんだ傷をつくった白い体の戦士は小さく舌打ちをして、セイクリッドの前に移動した。

 

「やっぱり俺じゃダメージは与えられないか!」

「___パールさん!!」

「悪い、遅くなった!!まずは、無事で何よりだな」

 

 歓喜の声を出すウィンダにパールは笑って言葉を返す。激戦の中で急いできたのか、少し息が上がっている。ウロボロスへと視線を保ちながら、パールはウィンダールたちにある朗報を伝える。

 

「セイクリッド・プレアデスが収集をかけてたよな?」

「ええ。集まれたのは三人だけでしたが……」

「___よかった。クリスタとジャッジメントを置いて、全員を探し回った甲斐があった」

「……!ウィンダお姉ちゃん!こっちにすごい速度で接近してくる光が1、2、3……いっぱいある!!」

 

 ファイの言う通り、こちらに向かってくる光がいくつも見える。その光景を見たウロボロスが宿敵を前にして初めて咆哮を上げる。

 

「■■■!!!」

「遅くなりました!アンタレスさん!」

「___ヴェルズ改め、セイクリッド・カストル、参上しました」

「カストル……話は聞いたが、大丈夫なんだな?」

「大変ご迷惑をおかけしました」

 

 集う光は全部で13体。エクシーズの力を持つヒアデス、ビーハイブ、オピオンと交戦中のプレアデスはいないが、それ以外の全てのセイクリッドが集結。すべてのセイクリッドが破滅の竜 ウロボロスと対峙する。

 

「って、なんでスピカもいるんだ? ジェムナイトと融合したんじゃなかったのか?」

「観測者の悪魔がこう、ちょちょっと。私自身もよくわかってないの」

 

 ローチがユウキを救出した際、セラフィの光の欠片を回収したのはこのためだ。融合は魂単位で一体化するものなのだが、星の力を得た悪魔はその欠片からスピカを復元させた。

 ____希望はここにそろった。

 ウィンダールが満を持して口を開き、希望の存在を教える。

 

「セイクリッドの皆さま、異世界からの青年の言葉をお伝えします。『神聖なる昇降龍』を降臨させるために、今こそ力をお貸しください」

「それ自体に知識はないわ。でも、おそらくそれを呼び出すための力はわかった」

「スピカ、それは?」

「___融合よ。ジェムナイトと同じように、我らセイクリッドの力を芯から一つにすること。それこそが、その神聖なる昇降龍を呼び出す力になるんじゃないかしら」

 

 スピカの言葉を聞くと、アンタレスの体から光が発し始める。アンタレスだけではない。他にも、レオニス、アクベス、レスカ、ダバラン、スピカ、グレディの6体の体からも発行し始める。内側から今までに感じたことのない力があふれ出し、これがウロボロスに対抗できるものだとアンタレスたちは確信した。

 

「行ける___これならやれるかもしれない」

「ええ。行きましょう、アンタレス。我らセイクリッドの力を、あの邪竜に見せてやりましょう!」

 

 アンタレスが右腕を空に掲げると、選ばれた6体のセイクリッドがその周囲で両腕を掲げる。六体のセイクリッドを点として光の帯が生まれ、その輝きを徐々に増していく。

 強大な輝きに対抗するように、ウロボロスは三つの口にどす黒い邪念を集結させる。希望の存在が生まれる前に潰そうということだろう。今まで一つの口にしか攻撃に使っていなかったことから、その本気が伝わる。

 収束された邪念がすべてアンタレスに向かって放たれる。それを防ぐのは残り6体のセイクリッドとジェムナイト・パール。七人の力でつくり上げられた防壁がなんとかウロボロスの攻撃を防ぐ。

 だが、それも長く続かない。ピキリ、と嫌な音がして防壁に小さな亀裂が入る。

 

「7人でも受けきれないのか!?」

「なら!10人です!!」

 

 光の防壁に風と炎の力が追加される。ウィンダール、ウィンダ、ファイの三人も加勢した防壁は黒き光線をなんとか抑え込む。先ほど発生した亀裂も広がることはない。10人の結束が時間を稼いでいる間も、光の帯がさらに輝きを増していく。

 

「___神星なる領域 セイクリッド・ベルト。蠍座を司り我が名はアンタレス。集いし7つの星からなるは蠍の星団!!今こそ降臨せよ__神聖なる昇降龍」

 

 

 

 

 真の力を手にした蠍は、その名を高らかに叫ぶ。

 

 

 

 

 

「エクシーズ・チェンジ___『セイクリッド・トレミスM7』!!!」

 

 6体のセイクリッドがアンタレスの中に光となって吸い込まれると、銀河の渦がアンタレスを中心に爆発を起こす。それは、エクシーズモンスターが誕生するものと同じ爆発。

 希望の存在が誕生したことを確認すると、ウロボロスは攻撃をやめ、空高く舞い上がった光の機械竜___セイクリッドたちも知らなかった真の力を覚醒させた神聖なる昇降龍を忌々しく見ていた。

 星々が映し出される銀河の翼を広げ、白と金の体を持つ竜が放つ光は世界に広がり、邪竜たちが発していた邪念を浄化していく。これで原住民たちも弱体化の影響を受けずに済むだろう。

 

『これが___神聖なる昇降龍。トレミスM7の力!!』

 

 トレミスから発せられる声は核となったアンタレスのものだった。沸き上がる力の大きさが信じられないのか、寡黙だった彼の声が高揚している。その神々しさにウィンダやファイはおろか、仲間のセイクリッドたちですら無言でその姿を見ているだけだ。

 ウロボロスの前にトレミスが対峙する。闇の邪竜と光の機械竜。この最終決戦における両軍の最強が今出そろった。

 一瞬の静寂の後、二体の竜は激突した。今までのどの大戦で起きた激突より大きな衝撃は近くにいた者たちだけでなく、地上にいたヴェルズ、周囲にあった草木__周囲の存在をすべて吹き飛ばした。

 

 衝突、衝突、衝突。

 

 爪を肉体に食い込ませ、巨体をぶつけあい、尾で叩き落とす。

 それが数秒間に何十回も起こる。他の者たちは只々見ることしか許されなかった。

 

「___っと、見ているだけではいけない。我々もヴェルズの討伐へ向かうぞ!」

 

 カストルの言葉で皆が我に戻ると、残ったセイクリッドたちは本部の防衛へと向かった。ウィンダールたちも本部に戻ろうと、パールとウィンダに声をかける。

 

「パール、ファイ、ウィンダ。我々も戻るぞ」

「いや、俺はここでトレミスの援護をする」

「本気か!? いくらエクシーズの君でも___」

「___とっくに限界なんぞ来てるんだよ」

 

 ハッとなるウィンダールはそこでようやく気付いた。パールのオーバーレイユニットはすでに無くなっており、彼の体の亀裂は徐々に大きくなり始めていることに。

 パールは笑っていた。それは、戦士が自分の『死期』を悟ったときのどこか寂しい笑顔にウィンダールは何も言えなくなってしまう。

 

「___死ぬことは、やっぱり怖い。でも、俺はジェムナイトの一員だ。この力の半分がリチュアでも、やっぱりジェムナイトなんだよ」

「パール、君は……」

「気にすることはないさ。俺が選ぶ道だ。___後は頼む」

 

 優しき鬼神が最後に見せた顔は、やはり笑顔だった。

 取り残されたウィンダールとウィンダ、そしてファイ。パールを救うこともできない不甲斐なさに心を震わせながらも、ウィンダに今一度声をかける。

 

「ウィンダ、行くぞ」

「______」

「ウィンダ!」

「っ!え、あ……うん!」

「お姉ちゃん?」

「何でもないよ。行こっか!」

 

 セイクリッドたちに一歩遅れて、ウィンダールたちも本部の防衛へと急ぐ。

 だが、ファイもウィンダールも気づかなかった。

 ウィンダが先ほどからずっとウロボロスとトレミスの衝突にくぎ付けになっていたことに。

 

 

 

 

 その時、彼女の瞳が彼女ではない『何か』に変わっていたということに。

 

 

 

 

 

「瘴気が消えた!?神聖なる昇降龍の誕生がうまくいったのか!」

 

 オピオンと戦闘を続けるプレアデスは驚きと喜びが混じった声を上げた。ついに訪れた反撃の時。この機を逃すことはできない。

 オーバーレイユニットは既に使い切っている。これ以上回復もできない状況に差し込んできた一筋の光。その光をつかむために、プレアデスは力を振り絞る。

 

「■……■■■!!」

 

 対するオピオンも状況の変化に気づく。残っていたオーバーレイユニットを喰らい、自身の力を底上げする。邪竜の体から今一度どす黒い邪念が立ち込め始め、その眼はより赤く光りだす。

 オーバーレイユニットの有無はエクシーズモンスターにとって大きな差となる。今のまま戦えば、プレアデスは間違いなく『死』という結果を受け入れることになるだろう。___このまま戦えば、の話だが。

 

「プレアデス!!」

「ゴメン!遅くなっちゃった!!」

「まったく___遅いぞ。ヒアデス、ビーハイブ!」

 

 二つの流星がこの場に駆け付ける。プレアデスと同じくエクシーズの力を持つセイクリッドのヒアデスとビーハイブの登場だ。お互いにボロボロになった体を見て、クスリと小さく笑う三人。

 

「プレアデス、ずいぶんと無茶してたんだねぇ。オーバーレイユニットも切らして……それくらいこの邪竜はやばいって訳だ」

「だが、俺たち三人ならいけるだろう。我ら、セイクリッドの結束ならば」

「無論だ。___共に戦ってくれ、我が同志たち!」

 

 力を増したオピオンが三人に向かって突進してくる。漆黒の翼を広げ、空間を切り裂くような速度を得た邪竜はまるで漆黒の嵐。星の騎士たちは嵐に向かうことを選択せず、各々が別に回避する道を選んだ。

 瘴気が消滅し、彼らの動きもいつも通りに戻った。宇宙を駆け巡る流星のようにセイクリッドたちは光速の回避を見せる。三人は何も言葉を交わすことはないが、お互いの顔を見て頷くとオピオンの周囲を飛び回り始める。

 戸惑うオピオン。何とかセイクリッドたちをとらえようとするが彼らは光そのもの。その速度をとらえることは不可能に等しいのだ。光となった騎士たちはその速度を保ったまま、オピオンへと攻撃を仕掛ける。

 その一撃は邪竜にとって小さいかもしれない。だが、それが何百回も続けばどうだろう。少しずつだが確かにオピオンの体から黒い煙が発し始める。それは間違いなくヴェルズが浄化されている証拠だった。

 

「確実に効いているようだな!ヴェルズ・オピオン!」

「■■■■■■■■……■■■■■■■■!!!!!!」

 

 調子に乗るな、と言っているかのようにオピオンは咆哮を上げると同時に、黒い瘴気ともう一つ、白い煙幕を自身の体から放出した。それはヴェルズとしての力ではなく、元になった氷結界としての力。セイクリッドが詳しく知らない、オピオンの奥の手。

 

 それは、『絶対零度の冷気』だった。

 

 極寒の環境をいとも簡単に作り出せる、生命にとっては最悪ともいえる力で三竜は旧大陸を永久凍土にしてしまったのだ。その冷気は星すら凍りつかせる。闇と氷の煙を直撃してしまった三人の動きがまるで停止してしまったように遅くなる。

 

「身体、が」

「動か、せな、い……」

「これが、邪竜の、力、なのか……!」

 

 白く張り付く氷がセイクリッドを蝕む。徐々に体が氷像へと変わっていく実感が彼らの背筋をぞっとさせる。何とか状況と打開しようと、ヒアデスとビーハイブはオーバーレイユニットに手を伸ばす。

 

 

 

 

 その光は既に消え、彼らと同じように凍り付いていた。

 

 

「な」

「冗談……やめて、ほしいんだけど、な」

 

 顔が思わずひきつろうとして、それが凍り付いていることで不可能だとわかったのは数秒後のことだった。

 魂すら凍てつかせる__いや、これは氷結界の力だけではなく、魂さえも侵略するヴェルズの力も組み合わさったもの。

 

 

 

 決着は____あっけなくついてしまった。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

「がっ」

「あっ」

 

「ヒア___」

 

 プレアデスが二人の名を呼ぶことはなかった。そんな時間すら与えられなかった。

 二人と同じように___氷像となった体を砕かれた。

 星の騎士団 セイクリッド。彼らとて無敵ではない。予想外のことが起こり、それに対処できなければ、戦場で戦う他の生命と同じように散っていくだけ。

 彼らの肉体は無残にも、邪竜の一体に粉砕され小さな欠片となって消えていった。

 

 だが、その魂までは消えることはない。

 

 勝利の咆哮を上げるオピオンの下から突如、セイクリッドの紋章が展開された。眩く輝くその光ですらオピオンにとっては猛毒だ。勝利の咆哮から一転して、痛みからくる叫びに変わった。

 

『ヴェルズ・オピオン!この戦い、確かにお前の勝ちだ!』

『まさか死ぬとは思わなかったよ。でもね___僕らがただで終わると思うなよ?』

『我らは星の騎士団__この星を救済するために参上したセイクリッド!この魂燃え尽きようとも、お前をここで倒す!』

 

 肉体を失い魂だけの存在となったヒアデス、ビーハイブ、プレアデスの体は半透明だ。三人はオピオンの上空でそれぞれが持つ星の武器を重ね、詠唱を開始する。

 

『星の輝きは未来を照らす光___』

『未来は無限、希望は未知数、光は可能性を照らし続ける___』

『それを奪う、闇に今こそ裁きを___』

 

 

 

『『『セイクリッド・テンペスト!!!!』』』

 

 武器が重なる一点から上空に向かって一筋の光が放たれ、巨大なセイクリッドの紋章が空に広がる。そこから生まれ出るのは、無数の流星。

 星に滅びをもたらさんとする闇に裁きを下す、正義の『暴風雨』だ。___ガスタの誇る最大級の魔術と名前が同じなのは、きっと偶然ではないのだろう。

 回避をしようにも、下に発生しているセイクリッドの紋章がオピオンの動きを封じる。流星がそのままオピオンに襲い掛かると、体から発せられていた黒い煙の量が増える。続いて二発目、三発目、四発目……。その流星群がいつ尽きるのか、オピオンは知る由もない。

 セイクリッドたちも文字通り、魂を燃やし尽くしてもオピオンを討伐しようとしている。

 星の魂が燃え尽きるのが先か___邪竜の存在が消え去るのが先か。

 

 真の意味での決着は、まだつかない。

 

 

 

 

 

 

 連合軍、最終防衛ライン付近でエメラルとリーズは戦い続けていた。無限に湧き出てくるヴェルズの大群に、体力的にも肉体的にも追い込まれながら。

 リーズの拳がヴェルズ・マンドラゴを粉砕すると、周囲にベチャっと黒い泥がまき散らされる。見ているだけでも精神を侵食されそうな泥を無理やり振り払い、次の標的へと立ち向かっていく。

 カームことエメラルも同じだ。戦闘慣れしていない彼女の場合、リーズ以上に精神への負荷が大きい。それでも、エクシーズの力を持っているという責任感からフラフラになりながらも戦い続けていた。

 

「カーム!無理なら下がりなさい!」

「でも……!」

「死んだら意味ないでしょ!? 個々は私が何とかするから!」

「もう、リーズだけに戦わせないって誓ったんです!だから、逃げません!!」

 

 決意の言葉を口にするエメラルだが、すでに体には限界を感じていた。どれだけ戦ってもぬぐうことのできない恐怖。また失ってしまうのではないかという不安。それらは心があるものであれば当たり前に感じるものだ。

 だが、その暗い感情が増幅すればするほど体は固まり始め、動きに支障が出てくる。そして生まれてしまうのが『隙』である。

 

 ___ゴッ、と背後から嫌な音が聞こえた。

 

 それからすぐに後に、エメラルは切られたと自覚できるほどの痛みを感じることになった。

 ジェムナイトの体だからか血が流れているわけではなさそうだ。もっと別のものが、もっと大切なものが外に流れ出ていくように感じた。

 

「____」

「ネシ!!!」

 

 一体のヴェルズの一言でエメラルに大量のヴェルズが襲い掛かる。声を出すこともできず、魔術を使うことすら忘れてしまうほど、エメラル___カームは放心状態に陥っていた。

 

「____!!」

 

 リーズが何か叫んでいるが、彼女の耳に今聞こえているのは___

 

 

 

 

 

ネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ

 

 

 

「あ、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

___尽きることない呪いの言葉と体と魂が確実に削られている音だけだった。

 

「嫌、いやイヤぁあああああ!!!!」

 

 先ほどまでヴェルズたちに向けられていた手は、自身の頭部を守るために頭上へと。大地に立っていた両足は体を縮めるために折りたたまれる。発する言葉は子供のようで、そこにエクシーズの戦士はもういなかった。

 緑色の体は徐々に黒く染まり、手足が腐り始めていることにカームは気づかない。恐怖だけが今の彼女に感じられる唯一のものだった。

 

「カーム!!!」

 

 親友の危機にガスタの疾風が駆け付ける。風をまとった拳を横に振るい、エメラルに襲い掛かっているヴェルズを吹き飛ばす。幸い、エクシーズのヴェルズは彼女の周りにいなかった。すぐさまエメラルに駆け寄り、黒くなってしまった体を抱き起こす。

 

「カーム!!しっかりしなさい!!」

「いやいあいややいいあいあいやいやいいあいあいやいやいゆあっやいいあっやいやいやいいあっやいやいやいっやいいあいあいやいや!!!!!!」

「カーム!!!」

 

 もはや会話もできないほどにエメラルは恐怖に囚われており、親友の声も届かない闇に落ちてしまっていた。あの時、無理やりにでも下がってもらえばよかったと後悔するが、時間が戻ることはない。

 ぞろぞろとエメラルとリーズの周りにヴェルズが集まりつつあった。その中にはタナトスやナイトメア___エクシーズのヴェルズも複数体存在している。

 エメラルは既に戦える状態ではない。それどころか、ヴェルズ化が進行しており早く何とかしなければ彼女もヴェルズの一員へと堕ちてしまう。そしてリーズは治癒の魔術を会得していない。

 

 

 まさに、絶体絶命だった。

 

 

(どうする!? どうしたらいい!!? 最善の一手を考えなさい!リーズ!!今、あたしもカームも救う方法を!!!)

 

 リーズが考えている時間と共にヴェルズは迫り、エメラルの体はさらに黒く染まる。

 親友を置いて逃げる……?

 そんな考えが一瞬でも浮かんでしまったことにリーズは頭を横に振って打ち消す。それでも、その考えが間違っていないのではないか、という考えがどうしてもよぎってしまう。

 エメラルを抱きかかえるリーズは迫るヴェルズをにらみつけるが当然効果はない。

 二人に近づく死の音が大きくなっていくにつれて、リーズの鼓動も大きくなっていく。冷や汗が流れ始め、体の震えが大きくなっていく。この場が死地だと、直観的に感じ取ってしまう。

 

「……ここ、まで、なのかな」

 

 リーズだけならまだ助かるかもしれない。だが、彼女は親友を見殺しにしてまで生き残れるほど心が強くなかった。それを甘さという者もいるだろう。それを理解していても、リーズはカームを救わないという選択肢が選べなかった。

 あきらめの言葉を発し、戦意を消失するリーズは最後にと親友のカームへと悲しげな笑みを浮かべた。せめて、死ぬ直前まで親友に寄り添えるように。恐怖と絶望に未だ囚われている彼女に少しでも安心を与えるように、少女は笑った。

 これで終わりだと、邪念の軍団は二人の少女に一斉に襲い掛かった。その光景があまりにもゆっくりに見えて、リーズはそれが走馬灯だと理解した。

 静かに目を閉じ、うつむく。平和になった未来を見たかったと心から思いながら、彼女はそれを諦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「______死なせる、もんかぁあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 そこに飛び込んでくる、一つの小さな希望。緑色の暴風を拳に宿して、出せる限りの声を上げながら少年はもう無力な存在ではない。守られる存在ではない。

 『希望』の名をこの世界に知らしめる時。それが、今。

 

「おねえちゃんたちから……離れろぉぉおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」

 

 叩きつけられる拳から発生した魔力はあまりにも巨大だった。長いガスタの歴史の中でも、これほどの威力を持つ魔術を使用できるものは__いない。

 『風』の魔術であるtempestだが、あまりにも規模が大きくなりすぎた影響で雷鳴が起こり、その雷は多くのヴェルズを焼き払った。これは最早『暴風雨』どころではない。自然が生み出す最大の暴力の一つ___『typhoon』

 草木をなぎ倒し、大地すら抉り取り、生命という者を破壊するほどの大災害。ユウキの世界では風神雷神と神の所業でもあると言われたそのエネルギーが、大切な誰かを守るために使われた。

 ___リーズが次に目を開けた時には、周囲からヴェルズという存在自体が消滅していた。

 

「____な、に。今の」

 

 世界が真っ白になり、視界が開けたと思ったら状況が好転していた。そんな事実に誰がついていけるだろうか。ポカンと間抜けのように口を開け、目を丸くするリーズ。

 そんな彼女に一人の少年が抱き着いていることに気づくのは、その数秒後のことだ。泣きじゃくる声を上げる主を見てみると、自分の腹部に見覚えのある髪型が見えた。

 

「カムイ……?」

「よかった……間に合ったよ……よかった……」

 

 あの時、このヴェルズとの戦争が始まる時、手を取れなかった少年 カムイが今ここにいる。泣きじゃくりながら、必死に自分を抱きついている。まだ理解が追いつかない。

 何もかもが考えられなかった可能性。だが、こうして今彼女は生きている。その事実こそがすべてなのだ。

 ___ボコボコとえぐれた地面から再びヴェルズが出現する。

 その見慣れた光景で、ようやくリーズは現状を理解した。

 

「っ!!ヴェルズ、やっぱり湧いてくるか!!」

 

 失われていたはずの戦意は復活し、今一度立ち上がろうとする___が、カムイが必死に抱き着いているためうまく立ち上がれず、再び座り込んでしまう。

 

「カムイ!」

「ダメ!!このまま戦ってもリーズおねえちゃんが犠牲になるだけ!!」

「でも!!」

「___カームおねえちゃんも!!」

「っ!」

 

 自分のすぐ近くで横たわるエメラルは声を上げてすらいない。気絶したのか、意識を飲まれたのかはわからないが、体が黒く浸食されていく現象は止まらない。

 今ここで撤退しなければ、もうチャンスは廻ってこないことをリーズはわかっていた。しかし、逃げても現状を打破できないのも確かだった。その不安を消すように、贈れて星の騎士団がやってくる。

 リーズたちを背に、セイクリッドたちはヴェルズとの戦闘を再開する。瘴気の影響が消え全力を出せるようになった少数の彼らに対し、邪念は数で応戦をする。その光景はもう昔のように思えてしまうほど遠く感じるほんの少し前、開戦の戦場と同じだった。

 

「ガスタの子ね!早く後方に下がって!!」

「申し訳……ありませんっ!カムイ、行くよ!!」

「うん!!」

 

 スピカに急かされ、リーズは無念の逃走に成功する。動かなくなったエメラルを抱きかかえ、自分の出せる最高速度で後方へと走っていく。小さいカムイは走るリーズの背中に抱き着いていた。

 闘争の最中、泣きすすりながらカムイはぽつぽつと言葉を漏らす。

 

「よかった……二人とも、逃げてくれた……」

「よく、ないわよ」

「そうやって、なんで死のうとするの!!? 誇りある戦いができればそれでいいの!!? 皆を守れたとか思いながら死んでいくのがそんなに本望なの!!!?」

「それは___」

 

 リーズが答える前にカムイは想いを吐き出していた。それは、カームやリーズ、カムイに未来を託そうとしていた者たちの『傲慢』を暴き出す一言。

 

 

 

 

「どうして_____一緒に生きようとしてくれないの!!!!!!!?」

 

 

 

 未来を託す。言葉だけを見れば、きれいな響きだし美しい文字だろう。託す側としてはこれ以上にないほど___最期の言葉にふさわしい。

 逆を言うのであれば、託される側にとっては一番聞きたくない言葉なのだ。託す側が消えてしまうという、最後の告白なのだ。

 

「僕はもう、誰かがいなくなるのは嫌だよ!!!」

 

 父を、母を、相棒を失った。幼い少年にこれ以上何を失えというのだろうか。自分たちが言っていた言葉の意味の残酷さをようやくリーズは理解できた。そして、無意識のうちに自分たちがこの戦いで死のうとしていたことにも気づいた。

 背中から伝わる涙の温かさが、彼女の心に深く突き刺さってくる。いなくなることの恐怖を思い出させる。自分が消えた時、きっとこの少年は泣き出す。そんな涙を見たくないから戦っていたのに___。

 

「ゴメンね、カムイ。あたしたち、何もわかってなかったね」

「グスッ……生きてくれてるから、いい……」

「急いでカームを助けてもらわないと……。そういえば、カムイはどうして外に出てきたの?」

「なんか、男の人の声がして。カームおねえちゃんとリーズおねえちゃんがピンチだって。それを助けられるのは、僕しかいないって」

(確かに、あの時のカムイの一撃がなかったら私たちは死んでいた……。でも、なんであんな力が?)

「___その疑問にお答えしよう。ガスタの疾風」

「!!?」

 

 突然横から声を掛けられてぎょっとなるリーズ。全力疾走しているはずの彼女に並んで走っているのは、金色の悪魔だった。

 

「その声!!」

「ああ、君に声をかけるのは三度目だね。ガスタの希望 カムイ君」

「あんた、インヴェルズ!!?」

「おっと、敵ではないよ。私の名前はローチ。ただの観測者さ。それよりも、いったん止まって話をしないか?」

「あいにく、急いでるの。邪魔しないで」

「ああ、その少女 カームを救う方法なんだがね」

 

 その言葉を聞いた途端、リーズは急停止。それを読んでいたかのようにローチも走るのをやめ、周囲に光の結界を貼る。貼られた結界が光であることから、多少リーズの態度も軟化の色を見せた。

 

「時間がないから手短にはなそう。彼女を救うカギは君だ。カムイ君」

「ぼ、僕!?」

「そうだ。軽く君のことを調べたんだが、君はガスタの中で唯一、神官家と戦士家の二つの側面を持っている存在だ。雑種強勢というやつかな。まさに希望と言っていいだろうね」

「それで、どうすればいいの!?」

「簡単なことだ。君の神官としての力を引き出せば、カームを救うことができる。手引きは私がしよう。さ、手を」

 

 言われるがままにカムイは手を差し出し、ローチがその上に手を重ねる。既に体の半分以上が黒く染まっているエメラルに触れ、静かに目をつぶる。

 

「さあ、カムイ。君の願いを力にするんだ。___君が、あの異世界の青年に憧れたように、今度は君が彼女を守るんだ」

「僕が、おねえちゃんを……」

 

 脳裏に浮かんだのは、いつも微笑みながら見守ってくれた実の姉。そして、自分たちを何度も守ろうとしてくれた異世界の青年と銀河の竜。強さは違えど、どちらも未来を照らし出す光。そのイメージを頭に浮かべ、手のひらに投影する。

 強く、優しく、希望を照らす。その力をエメラルの中に溶かしていく。カムイは力の使い方がわからないが、それをローチが導く。光が溶けていくと、少しずつだがエメラルの浸食されている黒の部分が小さくなっていくのが目に見えて分かった。

 その光景に安心したのか、カムイはぺたんと座り込む。瞳は重くなり、全身から力が抜けていく彼をローチが支え、そのまま寝かせる。

 

「はっはっは。疲れただろう? 今は休むべきだ。短時間に力を出しすぎた影響だ」

「あり、がとう。ローチさん……スゥ」

「さて、私の出番はここまで___」

「ちょっと待ちなさい!せめて質問に答えてから去って行って!!」

「何気にひどいなぁ」

 

 用事を終え、さっさとどこかへ行こうとするローチに思わずリーズの突込みが入る。ここが戦場の中であるということも忘れているが、緊迫した状況から一時的にだが解放され言うもの彼女らしさが出てきた。小さく笑いながらローチは頭をかく。

 

「もしかして、あんたがカムイに何か言ったの?」

「ああ。彼は心がまだ幼い。だが、一度走り出せばその目的に向かってゆける強さはある。私はそのきっかけを作っただけさ。走るという選択を取ったの彼だからね」

「でも、助かった。ありがと」

「その言葉は生き続けて、彼に言ってあげなさい」

 

 リーズがカムイを背負い、エメラルを抱きかかえたことを確認すると、ローチは最後に声をかける。

 

「では、生きてまた」

「___その言葉は」

「フフ。彼の言葉を借りてみたのさ。希望は、必ずある。それを忘れずに足掻き続けるんだ」

 

 リーズの返事を聞くこともせず、ローチはすさまじい速度で去っていった。あのスピードなら自分にも追いついて当然だとリーズは感じた。

 今は逃げる。そして、好機が訪れたら次こそは___。そう決意して、リーズは再び走り始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話ー後編 降臨

一話まるまる投稿でっせ。奥さん


 戦場は混沌に包まれていた。いつ悲劇が起こってもおかしくない。もう『ありえない』ということはないのだ。

 

「ハァ……ハァ……」

「クソが……」

「こんなもんか? あん時、生き残ったのはまぐれかぁ?」

 

 二人の長であろうとその悲劇から逃げられないこともあり得てしまうのだ。蘇ったインヴェルズの長 グレズ改め、ジールギガスはボロボロになり膝をつくジルコニアとジャッジメントをつまらなさそうに見下ろしていた。

 ジールギガスとして蘇り、最強格の怪力とリチュアの魔術の力を得た。さらに、ジールギガスの生贄になったのはリチュアの長に宿っていたプシュケローネ。最強の肉体と魔術を得た悪魔の前に、今まで幾度となく死地を潜り抜けてきた戦士はボロボロになっていた。

 幾度となく力の差を感じてきたことはあった。だが、そのたびに仲間との結束で乗り越えてきた。戦いの中で築かれた信頼が最も深いクリスタとジャッジメント___その二人でも超えられない壁が反り立っていた。

 

「おら、よけろよ。『貫撃(スラスト)』」

 

 四本ある腕のうち二本の腕に魔法陣を展開し、黒い刃をジルコニアとジャッジメントに向けて放つ。さらに、今までのように一発だけが高速で放たれているわけではなく、マシンガンのように連続に『貫撃』が襲い掛かる。

 一度回避しても次の一撃が自身に襲い掛かる。瞬時に理解した二人は、なんとか立ち上がり全力で走り始めた。一度でも足を止めれば刃で鎧ごと貫かれると感じ取っており、必死になって回避に専念する。

 二人が回避した『貫撃』が地面を抉りとる。そこに空いた無数の穴が自分の体にも開くと想像すると背筋が凍てついた。一撃で絶命するであろう禁術を回避ながら反撃するのは困難だった。

 

「よけてるだけかぁ!!? その程度の力しかないのか!!!」

「言わせておけば……!」

 

 そんな中ジールギガスの売り言葉で、ジャッジメントは怒りの表情を見せる。ラヴァルのプライドがその言葉を許さなかった。走っている右足で踏み切りをつけ、足の裏で炎を噴出させる。噴出の勢いでジャッジメントの体は急加速しジールギガスに急接近。だが、まだ攻撃の圏内に入らない。次に踏み出した左足からも炎を噴出させ地面をけると、土が舞い上がり焦げた大地が出来上がった。

 勢いのまま炎を拳に宿し、渾身の右こぶしをジールギガスにたたきつける。

 

「くらいやがれぇ!!」

「フン」

 

 その拳がジールギガスにダメージを与えることはなかった。いとも簡単にジャッジメントの拳はジールギガスに受け止められる。ジャッジメントが何とか懐に入ろうと力を籠めるが、ジールギガスはそれすら許さない。使っているのは腕一本。他の三本の腕は使うこともないと言っているようだった。

 力を籠めるジャッジメントを腕一本で受け止め続け、別の腕の一本に水の魔力を集中させる。動きを封じられているジャッジメントにその一撃をよける手段はない。

 ジャッジメントの腹部にジールギガスの拳が叩き込まれ、風のように後方へ吹っ飛んでいった。

 

「___ジャッジメント!!!」

「他人の心配してる場合かぁ!!?」

 

 次の瞬間、ジルコニアに襲い掛かってきたのは四本すべての腕から放たれ先ほどよりも数が増えた『貫撃』の刃だった。回避が間に合わずとっさに腕で守りを固めるが、それは大きな間違いだ。

 今を生きる戦士たちの中で最も固いはずの巨大化した両腕は、ナイフを入れられたバターのようにあっさり切り裂かれ、ずたずたに切り裂かれた。当然、意味のない防御では体を守ることはできない。無数の刃が彼の体から輝きを奪っていった。

 

「があああああああ!!!!!」

 

 生命の証である大量の血液を腕から噴出させ、ジルコニアはクリスタへと戻ってしまう。彼の主戦力である両腕は完全に使い物にならなくなり、再起不能一歩手前にまで追い込んだ。

 吹き飛ばされたジャッジメントも口から血を吐き出し、まともに戦える状態ではない。彼が何とか立ち上がろうとするものの、体に走る激痛が大きく妨害する。

 ボロボロの二人を見下ろし、大きなため息をつくのはジールギガス。

 

「___なんだよ。この程度か。クソ天使の力がなければまともにやりあえねえとは……本当にこんな奴らに負けたのか……情けなくておちおち死んでいられねぇ」

「ここまでの、差が、どうして……」

「ああ? お前がよえーからに決まってんだろ。宝石野郎。さっさと失せろ」

 

 ジールギガスに距離を詰められたクリスタに四本の腕から繰り出される拳の嵐が叩き込まれる。自慢の固い体も悪魔の長には通用しない。ピキリとクリスタの体にひびが入り始めると、そのまま亀裂が体全身に広がっていく。亀裂からはとめどなく赤い血が流れ始め、彼の全身は赤く染めあがった。

 防御も反撃も許されない。自分の体が悲鳴を上げていることだけは感じ取れる。幾度となく命の危機にさらされてきたクリスタは今度こそ自分の『死』を確信する。

 

「クリスタぁ!!へばってるんじゃねぇ!!!」

「炎野郎、おめーが来たところで何も変わりやしねえよ!!」

 

 なんとかクリスタを逃がす隙を与えようとジャッジメントが炎を放つが、ただの拳でかき消される。目の前で好敵手の命が消えようとしているこの状況であるにも関わらず、彼にできることは何もないと悪魔は言い放つ。

 

「うるせぇ!!無理やりにでも変えてやる!!!」

 

 それを素直に受け入れるジャッジメントではない。先ほどと同じように足の裏から炎を噴出させ急加速。わずかではあるがクリスタに意識を向けているジールギガスの背後を取ることに成功する。

 突如自分のほうへ向いた悪魔の手に驚くことはしない。すでにその行動は読んでいた。今度は右手から炎を放出し体勢を低くすることで、『貫撃』の射線上から外れ、今度は左手から炎を出して体を上昇。そのまま勢いのまま右のストレートを腕に叩き込んだ。

 少々侮りすぎていたジールギガスは若干体勢を崩し、その隙をついてジャッジメントは自分から動けないクリスタを抱え上げ一旦距離を取った。

 

「おい!!!返事しろ、クリスタぁ!!!」

「……すま、ない……ジャッジメント」

「んな虫の息で答えても説得力ねぇぞゴラぁ!!!!」

 

 全身から血を流すクリスタの声は弱々しく、その声がジャッジメントに衝撃を与えていた。いくら叶わない強敵が現れても恐れないラヴァルの長の声が、震えている。

 ありえない、絶対にあってはいけないと心から現状を否定する。

 自分が強敵と認めた、あのジェムナイト・クリスタが

 

 

 

 

 

 死ぬ直前だという現実を。

 

 

 

「ジャッジメント……私が……」

「___それ以上言うな」

「だが……」

「今は休め。あの悪魔は俺がやる」

「___だめ、だ」

「はん!今のてめーじゃ俺を止められねえよ!!いいから休んでろ!」

 

 その真実すらも、今のジャッジメントには余計なものだ。クリスタを地面に寝かせて自分は立ち上がる。

 両腕と瞳、そして心に再び炎を宿し、竜人の戦士は古の悪魔と再び向き合う。好敵手に背中を見せ、言葉を投げかけた。

 

「お前を倒すまで、俺は死なねえよ。お前と決着着けなきゃ、満足して死ねないからな」

 

 咆哮を上げる。両足で大地を蹴る。炎を手に宿す。一つ一つの動きがクリスタにはスローモーションに見えた。彼の顔は見えない。悪魔は満足そうな笑みを浮かべて彼を迎え撃とうとしている。

 ダメだ、逃げろ。そう叫んだはずの口は只々空気を漏らすだけで音にすらならない。力が入らない。立ち上がる気力すら今のクリスタにはない。

 腕を震えさせながら必死に『好敵手』に手を伸ばす。かけがえのない『宝』を失いたくないと、彼は必死になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 待ち受けていたのは_____惨劇だった。

 

 

 目の前で赤い血潮がまるで噴水のように吹き出し、クリスタの顔にかかる。

 めぎゃりと、本来なら聞くことのないような音をたてながらジャッジメントの体が折れる。

 ぶちりと、彼自慢の腕がちぎれる。

 ぐさりと、俊足の足に魔術が刺さる。

 魂の炎は徐々に消え失せ、今、目の前にあるのは消えかけの火。

 

 

「___ふぅ。ま、少しは楽しめたぜ。炎野郎」

「…………」

 

 現実は無常だ。志がいかに高くとも、力の差は変えられない。何の根拠もなしに格上に挑んで無事でいられるはずがない。戦いの最中、奇跡が起こって自分の力があがる、などはただの幻。

 そう、すべてわかっていた。____分かっていても、譲れなかった。

 全身から血が流れる。自身を守っていた白い鎧は完全に粉砕されて使い物にならない。残った片腕はありえない方向へ向いている。腹部には風穴が開いていた。

 ラヴァル・ジャッジメント。彼はもうじきその灯を消すだろう。

 

「ジャッジ、メント……!」

 

 彼が戦っていた間、立てるまでには回復したクリスタがジャッジメントの元へ駆け寄る。どちらも血まみれだが、そんなことは気にせずクリスタはジャッジメントの手を握りしめる。何とか両手が使えるまでには回復しているものの、ジールギガスには到底かなわないだろう。

 

「死ぬな、ジャッジメント!!」

「それはぁ……無理だろうなぁ……」

「君らしくないことを言うな!!!」

 

 ジャッジメントの瞳からは既に光が消え、クリスタの顔すらもう見えていないだろう。クリスタは大声で呼びかけるが帰ってくる声は弱々しいものだった。

 その光景を、静かにジールギガスは見ていた。

 

「なあ……クリスタ」

「なんだ!!?」

「負けるんじゃ……ねぇぞ」

「ジャッジメント!!!」

「お前を倒すのは……俺、なんだからな……」

 

 最期に、ラヴァル・ジャッジメントは小さく笑みを浮かべた。

 

(ったく、そんなに泣くなよ……こっちも少し泣きそうになるじゃねえか)

 

 ジャッジメントがこの世界に生を受けてから、戦いに明け暮れていた。それ以外知らなかった。両親からはただひたすらに戦い方を教えられ、殺し方を叩き込まれ、それを実践してきた。

 ただただ力を誇示すれば長になれる。あまりにも単純な種族に生まれたことに彼は疑問を抱いた。これで本当に部族としてまとまるのかと。これから先、生き残っていくことができるのかと。

 だから、彼は学んだ。他の部族の技とこれから長として部族を導いていけるような知識を学び、戦闘に取り入れ、誰からも認められる長となった。

 彼は今まで、自分の隣に立つ存在___『友』がいなかった。

 自分の壁となってくれる存在が今までいなかった。自分を横から支えてくれる存在がいなかった。自分の背中を預けられる存在がいなかった。ラヴァル・ジャッジメントは、孤独だった。

 生涯、孤独だった長は、たった一人の友を守るために魂を燃やし尽くした。

 

「じゃあな……好敵手よ」

 

 そう言い終えると、ジャッジメントの手がクリスタの手からこぼれ落ちた。力なく落ちたその手をクリスタはもう一度握り、静かに肩を震えさせた。

 獣のように吠えるわけでもなく、怒りの声を漏らすわけでもなく、只々友の死を悲しんでいた。

 

「___別れは済んだか、宝石野郎」

「どうゆう意味だ。ジールギガス」

「そいつはお前の体力を回復させるために挑んだ。そんな恩人に礼も言わせないのは流石にあれだからな。さて、お前はどう楽しませてくれる?」

「____ふざけるな」

 

 自分が楽しみ、そして喰らうことしかこの悪魔にはない。友の死をこの悪魔は結局あざ笑っただけだ。クリスタの中に、再びどす黒い感情が芽生えようとしていた。

 ___この悪魔をもう一度見る。元をたどれば、自分がこの感情を抱いてしまったから邪念は復活してしまった。それをもう一度繰り返してどうする。もしそんなことをしてしまったら、ジャッジメントに笑われてしまうだろう。

 お前は俺ら以上にバカだな、と。

 憎しみを飲み込む。だが、そのまま消化するのではない。その感情を闘志に変える。この悪魔を倒さなくては好敵手に合わせる顔もない。この世界を守ることもできない。

 うつむいた顔を上げ、ジールギガスを直視する。そこに憎しみはなくなっていた。そして、好敵手の言葉をまねして、悪魔に宣言した。

 

「私は、負けるわけにはいかない。友とはそういう約束だからな!!」

「意気込みだけで勝てる訳ねえだろうがぁ!!」

「だが、諦めることはできない!!!!」

 

 現状は最悪であることはクリスタが一番知っている。共に戦ってくれる者もおらず、自身の力のなさも理解している。それでも、逃げることはしない。

 戦って勝ち残る。それが最大の好敵手と約束した。

 ジールギガスから放たれる無数の魔術に臆することなく突っ込むクリスタ。体にはすでにヒビが入っている。自慢の拳も悪魔には通用しない。

 必死に、確実に魔術をよけるクリスタをあざ笑うかのように、ジールギガスの罠が発動する。地面に発生した魔法陣から無数の鎖が発生し、クリスタに巻き付こうとする。想定外だったのはかつてクリスタはその魔術を受けており、反応をすぐに行えたということだ。

 追尾能力が高いことは既に把握している。ならば、それを振り切る速度で駆け抜けるのみ。

 大地を一歩、強く踏み込み急加速を行うと一気にジールギガスの元へと駆けよる。その間、いくつもの光線がクリスタに襲い掛かったが最小限の被害で切り抜ける。___無傷と行かせないのが悪魔の実力だろう。

 

「怪我覚悟で突っ込んできたか!それで、勝てるつもりか!!」

「うおおおおおお!!!!」

 

 ノーガードのジールギガスに拳を叩き込む。だが、悪魔にダメージは全く内容だ。痛みもなさそうにジールギガスの表情は全く変わっていない。セイクリッドから託された星の光を込めても、今までのヴェルズのように黒い煙が体から上がることはない。

 二、三発体に拳を入れさせたあと、ジールギガスは鼻で笑ってクリスタを四本の腕で殴り飛ばした。とっさのガードも意味がない。ひびの入った腕はさらに亀裂が走り再び血が噴出し始め、蹴られた勢いでクリスタは吹き飛ばされる。間髪入れず、ジールギガスの魔術が迫る。全身に走る痛みを必死にこらえ体勢を整えると、横に飛び魔術から避けるクリスタ。

 

「オラオラどうしたぁ!!!」

 

 ジールギガスに返す言葉も出せないクリスタ。回避もおぼつかない。攻撃も全く通用しないこの状況。絶望がすぐ近くにあり、その闇の中に身を落とすこともできた。

 ____でも、その選択だけは絶対にしない。

 

「負けられない、退くわけにはいかない。私は、仲間を、好敵手を、もう失わないためにも!!!私は、戦う!!!」

 

 体はボロボロとなりながらも、心は光り輝く宝石。ジェムナイトの美しさと強さはその『心』にある。何度も折れそうになりながら、何度も心がくすみそうになりながらも、彼らは戦い抜いてきた。

 何度も、何度も、何度も、クリスタの心は傷つき、そしてそのたびに鍛えられ研磨し、そうして輝きを増してきた。____そして輝きは、今、最高潮に達した。

 クリスタに埋め込まれている胸の核石が突然輝き始める。

 

「!?」

 

 驚くクリスタを完全に無視して、ジールギガスはその隙をついて引導を渡すための光線を彼の胸にまっすぐ放った。驚くクリスタはとっさに反応できず回避できなかった。

 それでも彼が今生きているのは、水のように美しく輝く青い盾が突然クリスタの前に現れ、必殺の光線を明後日の方向へとはじき返した。

 

『悪いけど、僕たちのリーダーにこれ以上の手出しはさせないよ?』

 

 ___その声はもう二度と聞けないものだと思っていた。

 

 クリスタの胸の輝きに導かれ、盾を持った青き戦士がこの刹那の間だけ戦場に駆け付ける。かつて、ユウキ達と共にインヴェルズと戦い命を落とした、クリスタの大切な仲間の一人であり、勇敢な戦士だった男はクリスタのほうへと振り向き笑みを浮かべた。

 

『大丈夫だった? クリスタさん』

「アクア……マリナ、なのか……」

『うん。貴方の輝きが、僕たちの魂を導いてくれた。貴方を助けるために、ここに参上したよ』

 

 突然の再会にクリスタの声は震えていた。嬉しいのか、驚いているのか、過去の悲しさを思い出してしまったのか、それすら今の彼には冷静に考えることができなかった。

 いつの間にこんなに泣き虫になったのかと、アクアはクスリと小さく笑う。

 

「てめぇ、どこの誰だか知らねえが邪魔するんじゃねえ」

『邪魔するさ。何度でもね。クリスタさん、駆け付けたのは僕だけじゃない。みんなあなたのことが心配で集まったんですよ』

「それは……」

 

 クリスタが上を向くと、ジェムナイトの棲み処に祀っているはずの核石が___今まで戦場で散っていった戦士たちが、誕生したもののその存在がなくなった戦士たちが、彼を助けるために集結している。全員が笑みを浮かべ、自慢の長を見つめている。

 

「ルビーズ、マディラ、パーズ、アメジス……みんな……」

『泣いている場合じゃないよ、インヴェルズを倒さなきゃ、ね』

「そうだな。どうやら、少々介入が遅かったようだ……」

「てめー……まさか!?」

 

 ありえないはずの第三者の介入にジールギガスも驚愕の声を上げる。

 今のこの世界を駆け巡っている『観測者』は落ち込んだ声を出し、音もなくクリスタの前に降り立った。右手の中には白い光を持ち、金と黒の体を持った星の悪魔。

 

 

 元々は、名前もない下級の絶対捕食者。

 そんな彼が蘇った元長と出会うとは、どんな運命だろうか。

 

「ああ。その通り。私は『元』インヴェルズだ。ジールギガス____いや、グレズ」

「紛い物とはいえど、絶対捕食者がそっちにつくとは___何してやがる」

「今さらだろ。元長よ」

 

 腰のサーベルを一閃し、ジールギガスに威嚇するローチ。今彼がすることはジールギガスを倒すことではない。まだ彼にはやることがある。

 

「ジェムナイト・クリスタ。これを」

「貴方は……?」

「私はローチ。元インヴェルズだ。だが敵ではない。」

「___そうか」

「話が早くて助かる。これはジェムナイト・セラフィのものだ___っ!」

 

 この時間を待つほどジールギガスは寛大ではない。無数の魔術を発生させクリスタとローチに砲撃する。ローチはとっさにクリスタの手にセラフィの光を託し、そのまま姿を消した。

 クリスタへの攻撃はアクアマリナが防御する。だが、長く持つものではないのは十分わかっていた。防御しながら、背中にいるクリスタに伝える。

 

『クリスタさん!僕たちの力を使って!』

「……すまないな。情けないリーダーで」

『面白くない冗談だよ____勝ってくれ、我らがジェムナイト・クリスタ』

 

 集った六つの光がクリスタの核石に入り込む。仲間の魂の宿った核石が彼の全身に力を蘇らせる。体の傷は消え、瞳に再び闘志が宿る。

 そして、蘇った絶対捕食者の長を打ち倒すため、彼はさらなる高みへ到達する。

 

「____ジェムナイト・フュージョン、スタート!!!」

 

 神秘の渦がクリスタを飲み込む。その中で七つの光が混ざり合い、新たなる力を生み出すジェムナイトの『融合』。だが、今回は規模が違う。

 七つの融合戦士の魂がここに一つになるという、今までジェムナイトの歴史の中でも例を見ない大きな融合が、今ここに果たされる。

 神秘の渦から一つの影が飛び出し、ジールギガスと対峙する。クリスタを核として誕生した戦士の体は美しく輝きを放っていた。水晶(クリスタ)よりもさらなる輝きを放つその鉱石の名は、誰もが知っている宝石の王と同じ物。

 その手に持つ王の剣には七つの宝石が埋め込まれている。融合した七つの魂が剣に宿っている証拠。剣を大地に突き刺し、戦士は高らかに宣言する。

 

「我が名は____ダイヤ。ジールギガス、貴様を倒す騎士だ!!!」

「多少はできるようになったか___試してやるよ!!」

 

 四本の手の中に紫色の光弾が生まれ、ジールギガスは絶える間もなくクリスタに投げつける。一発一発が死を呼ぶほどの威力の魔弾だ。___だが、ダイヤはそれを避けようともしない。ただ右手を前に伸ばすだけだ。

 

「アクア、力を借りるぞ!!」

 

 剣に埋め込まれている宝石のうちの一つ。アクアマリンが輝くと、水の渦でできた盾が生み出され、すべての魔弾を絡めとる。そして、ダイヤが手を横に振ると魔弾がジールギガスへと跳ね返された。ジールギガスも禁呪『妖革』を発動し、自身が放った魔弾を防御。結果としてどちらにもダメージが入らなかったという結果が残る。

 突き刺した剣を抜き、大地を蹴って疾走するダイヤ。目標はもちろんジールギガス。ジルコニアの時とは違い、機動力も上昇しておりこの姿こそがクリスタの到達点だと彼自身は実感する。

 ジールギガスも下手な魔術は隙になることを感じ取っており、今までとは違い迎え撃つ態勢をとる。四本すべての腕に禍々しい魔力が集結する。

 ダイヤも二つの宝石__自身のダイヤとセラフィナイトを輝かせ、剣に眩い光をまとわせる。

 光の剣と闇の拳、今ここに激突する。他人のために戦うダイヤか、自身のために食らうジールギガスか。

 このもう一つの大一番が幕を開ける。

 

「うおおおおおおお!!!!」

「んんんんんんんん!!!!」

 

 闇と光が激突し、混ざりあうこともなく周囲に衝撃を広げていく。お互いに咆哮を上げ、一歩も引かない。均衡が崩れることもなく数秒が過ぎ、両者が同時に後ろに飛んだ。

 ダイヤはトパーズを輝かせると剣に雷をまとわせ、そのまま剣を横に振ってジールギガスに雷撃を飛ばす。ジールギガスも『呪砲』を飛ばし、再び衝突が生まれる。

 土煙が上がる中、ダイヤはその中を突き破ってジールギガスに再接近。今度はルビーとマディラシトリンを輝かせ、炎の聖剣をつくり上げる。

 

(ジャッジメント……私に、力を貸してくれ!)

 

 『好敵手』のように炎を自在に操れるわけではないが、威力はそのレベルに匹敵するであろう。彼の無念と共に、悪魔に紅蓮の炎をたたきつける。

 ジールギガスも真正面から炎を受け止める。白刃取りの形でダイヤの剣を止めた。

 すぐにでも焼け焦げた臭いがするはずなのだが、ジールギガスにダメージが入っているようには見えない。そのことを決定づけるように、悪魔はバカにした笑い声を上げた。

 

「ハン!この程度か」

「そう思うのなら___受け止めて見せろ!!」

 

 ダイヤが叫ぶとルビーとマディラシトリンの輝きがさらに増す。それに比例して、炎の量が多くなり、その色は更に透き通るような紅蓮に変わる。それは壊すだけではない、浄化の炎。この変化にはジールギガスも驚きを隠せず、四本の手にやけどを負ってしまった。

 今近づくのは悪手だとジールギガスはダイヤとの間に魔法陣を展開。そのまま水柱を発生させ一時的だがダイヤとの間を遮断させ、一歩後ろに下がる。

 

「___遅い!!」

 

 セラフィが持つ光を自身に使用することで、ダイヤは一時的に光速と化す。遮断された接近ルートは諦め、遠回りにジールギガスに接近。既に剣は振り上げられた後だった。

 ジールギガスの腕が空に飛び、重力に引かれてボトリと落ちた。

 

「ちぃ!!!」

「っ!」

 

 つかみかかるジールギガスをすり抜け、ダイヤは後ろに飛んで体勢を立て直す。剣を構えなおすころには、ジールギガスは切り口から新たな腕を再生させていた。

 ただでは倒せないという事実を改めて実感したダイヤ。そもそも、先ほどから魔術を何度連発しても息すら上がらないことにようやく疑問を感じる。

 

(いくら最上級インヴェルズだったとしても、魔力の減りもなく魔術を連発できるものか? 何か仕掛けがある、のか?)

 

 魔術には疎いはずのダイヤだが、ジールギガスの無限の魔力について気づくことができた。

 思えば思い当たる節はあったのだ。ジールギガスに攻撃が入り黒い煙が立ち上がることはあっても、次に見た時にはそこに傷はなかった。余裕がなかった先ほどまでは、それが攻撃が通用しない、と勘違いしていたのだ。

 黒い煙__それは間違いなくジールギガスにダメージが入っている証拠。なのになぜ傷がないのか。その答えは__

 

(超高速で再生していた___からか? 今の腕のように。だが、そのための魔力は無尽蔵……ではないはずだ)

 

 拳と魔術の嵐の中を、アクアマリナの力を借りつつ回避し防御するダイヤは冷静に考える。この知識もリチュアのヴァニティと融合して生まれたアメジスから受け継がれた物。

 融合___魂を一つにする召喚方法。その融合体には元となった者たちの特徴と力が現れる。今のダイヤにはジェムナイトの地の力だけでなく、光のセイクリッド、水のリチュア、そしてマディラが受け継いだ炎のラヴァルの力がある。力を一つにし、ダイヤは活路を見出す。

 

(ジールギガスは儀式体……ならば、儀水鏡がウィークポイントになっているのではないか!? あれを破壊すれば!)

 

 儀式体となったグレズをこの世にとどめているもの。それは他でもなく儀水鏡だ。破壊されれば当然儀式は終わり、ジールギガスは消滅するであろう。

 もちろん、ジールギガスもそれを分かっている。今までクリスタとジャッジメントの二人を相手している限り、力の差から狙われることはあっても破壊されることはないと確信していた。だが、今相手にしているダイヤはそれを可能にすることができるだろう。

 余裕は失わない。だが、油断もできない。ジールギガスは隙を見せない。

 

「オラオラオラァ!!!」

「くっ……!」

 

 ダイヤモンドの固さを持つダイヤであってもジールギガスの攻撃を数発まともに受ければ即座に砕け散ってしまうだろう。先ほどとは一転して、攻撃する隙すら与えない猛攻の前にダイヤは防御に徹するしかなかった。

 アクアの力で魔術を防ぎ、拳を剣で受け流す。自身の体の硬さも上昇させ、致命的なけがを負うことはなくても反撃に出れない。必死に防御するダイヤを見て、ジールギガスは再び笑みを取り戻す。

 

「結局、さっきと同じだなぁ!!」

「何がだ!!」

「姿形が変わろうが、お前は何も変われていない。お前じゃ、俺には勝てねぇ!」

「___そうだ。私は何も変わっていない。変われてなどいない」

 

 予想外の答えにジールギガスから再び笑みが消えた。その意味は焦りではなく、失望だった。今のジールギガスはただの虐殺を求めているわけではない。

 『食事前に腹を減らすための準備運動』をしているのだ。

 だから、その運動には強い壁がいる。先ほどまでの一方的な虐殺ではなく、ある程度楽しめ、そして食べられる食物がいる。

 ダイヤが変わっていないのであれば、今のジールギガスが求める物はここにはない。そのことに悪魔は落胆したのだ。

 

 

 もちろん、ダイヤの言葉の意味はジールギガスの思っていることではない。

 

「仲間に支えられ、同胞に支えられ、友に支えられ。支えられ続けている。一人では弱いままさ。___けれどな、忘れたのか。その『弱い者』たちが結束し、団結したとき生まれる力で『インヴェルズ』は滅ぼされたんだ」

「___てめぇ」

「あの時から、今でも。そしてこれからも変わらない。私は、他人と共に歩み続ける。そして、戦い続ける!私が信じる___守りたいモノのために!!!」

 

 ダイヤの剣から発する光が一つから二つに増える。青と黄の二つの光が発せられると水の盾に電撃がまとわりつく。ダイヤは水と雷の二体の蛇をジールギガスの魔術の中へ叩き込む。

 二体の蛇は魔術を消すのではなく絡み取りながらジールギガスへと接近する。会話しながらも隙を伺い続けたダイヤのカウンターは、まっすぐにジールギガスの胸にある儀水鏡を狙う。

 とっさに魔法壁を展開するが対応が遅すぎた。ジールギガスの見下しているが故の慢心だった。何とか回避する者の自身の魔術ごと儀水鏡にカウンターが叩き込まれ、ピシリとひびが入る。それに連動して、ジールギガスの体が一部消滅した。

 

「やはり、そこが弱点か!」

「だからどうしたぁ!この程度で喜んでんじゃねぇ!!!」

 

 ダイヤが振り下ろした剣を二本の腕で受け止めると、残りの腕はダイヤの体に叩き込まれる。ダイヤモンドの硬度を持ってもジールギガスが繰り出す至近距離からの打撃には耐え切れない。儀水鏡と同様にダイヤの体にもひびが入ってしまう。

 

「これでてめぇも同じだ。さあ、決着着けようヤァ!!!!!」

「望むところだ!グレズぅ!!!!!!」

 

 お互いに確実な一撃が入ったことによってスイッチが入る。魔術では致命傷を与えられないと確信したジールギガスは魔法陣を消し、魔力をすべて肉体強化に使用する。

 ダイヤも剣に宿るすべての宝玉を輝かせ、今持てるすべての力を使用する。炎、水、地、光の力が剣に宿る。

 激突する『聖』と『魔』。ジールギガスの拳とダイヤの剣がぶつかるたびに大気が震え、衝撃が走る。お互いの体にも負荷がかかり、ひび割れがさらに進行する。

 崩れゆく体と魂。だとしても止まらない。互いに考えることは全く違っていても『生きる』ことだけは共通している。目の前にいる敵を倒さなくては、それを叶えることはできないと。

 ジールギガスに斬撃が叩き込まれ、ダイヤに打撃が撃ち込まれ、何度も何度も激突が起こる。ひび割れ、血が噴き出し、それでもやめない決闘は終盤を迎える。

 

「ぎゃはははっはは!!!!!楽しいなぁ!!そうだろ、宝石野郎!!!」

「ただ__苦しいだけだ!!戦いなど、本当はないほうがいいに決まっている!!」

 

 笑いを上げるジールギガスに弱音を漏らすダイヤの姿は対比。その意志の強さが出ているのか、状況はダイヤが若干押されているように見える。それを見抜いているジールギガスは更に攻め立てる。剣を無理やりどかし、腹部だけでなく顔面にも打撃を叩き込み始める。

 

「そんな弱い言葉を吐くやつに俺は殺されねぇ!!とっとと失せなぁ!!」

 

 ジールギガスの猛攻によりダイヤの意識が消えていく中、彼の耳に響く声があった。

 

 

『おいおい、俺を犬死にさせるつもりか?』

(____そのつもりは、ない)

『なら、勝ちな。戦いがどうとか、今はどうでもいい。守るために戦うお前に、誰も何かを言うことなんぞできねぇ』

(そう、か?)

『ああ、俺たちよりよっぽど立派だ。あんな悪魔の言葉なんぞ真に受けるな。お前は__強いんだからよ』

(力を、貸してくれ。わが友よ)

『ああ。いくぜ、俺の友よ!』

 

 友の言葉で意識を取り戻す。腕の力が再び戻るとダイヤは顔を上げ、剣にありったけの魔力を注ぎ込む。

 ___宝石の剣から発せられたのは、紅蓮の爆炎だった。

 その威力と規模は埋め込まれている宝石だけで発生させられるものではない。生まれつき炎を操れるような、炎の扱いに慣れているエキスパートにしか不可能だろう。

 

「その炎、まさか!!!」

「いくぞ、友よ!!!!」

 

 爆炎をまとい今再びダイヤはジールギガスに挑む。その熱量はジールギガスが無効化できる許容範囲を大きく超えている。体が消滅している証拠である黒い煙が全身から上がり始める。

 逃げ場はないと、周囲に炎の壁も発生している。葬ったはずの敵が蘇ったかのような光景にジーギガスは理解ができないと怒り狂う。

 

「ふざけるな!!!!さっき殺した奴がどうして今邪魔をしやがる!!!!さっさとくたばってやがれぇ!!!」

「お前に分かる訳がない!」

「どこまで____どこまで邪魔しやがる!!!下等生物どもがぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「どこまででも邪魔してやる!いくらでも限界を超えてやる!結束を、この世界の生命を、なめるなぁぁぁぁああああああ!!!!!!!インヴェルズぅぅ!!!!!!」

 

 爆炎をまといし剣が悪魔の肉体を切り裂いていく。邪気をまとった拳が騎士の体を砕いていく。もはや防御をすることが意味をなさなくなった。斬撃、打撃__ひたすらに攻撃を繰り返し、どちらかを打ち倒すまで終わらない。

 挙がる声は雄叫びだけ。

 

「ぬあああああああああああああ!!!!!!!!」

「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

 

 ダイヤはジールギガスの肩に繰り出し体に蹴りを叩き込む。少しだけ距離を開け、すぐさまジールギガスへと突撃する。

 

「これで____終わりだぁあああ!!!」

 

 決着をつける一撃__ダイヤが持てるすべての属性をまとった光り輝く剣が高速でジールギガスの儀水鏡へと投げつけられた。

 

「___そんな単調な攻撃!!!」

 

 破壊力はあるが単純な攻撃。それをジールギガスは受けることはない。四本の腕を前に出し、闇と水の力をまとい剣を受け止める。バチバチと火花を散らしながらも剣はジールギガスを貫くことはできなかった。腕を振り払い剣を大地に跳ね返す。

 

「___そうだろうな。だが、私たちの得意戦術はわかっているだろ?」

 

 その声はジールギガスのすぐ近くで聞こえた。前を確認すると、ダイヤの腕に爆炎と宝石の煌きを右手に宿していた。

 

 

 その一撃は、もう止められない。

 

 

 ついに訪れる最期の時、ジールギガスはダイヤの後ろに炎をまとう竜人の幻影を見た。

 

 

 ____バキリと儀水鏡がついに破壊される。

 

 

 

 

 

 

「く___そがああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 必死に手を伸ばそうとするジールギガス。だが、彼は既に儀式体。儀水鏡を破壊されれば現世にとどまることはできない。そのルールは絶対だ。

 体はすぐさま煙になって消えていき、その場には何も残らなかった。その姿を見ていたは、ボロボロになったダイヤ___クリスタだけだった。

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■!!!!」

『ぬおおおおおおおおおお!!!!!!!』

 

 上空で激突する破滅の邪龍と神聖なる昇降龍___ウロボロスとトレミスM7。二体の力は完全に互角だった。激突しあうたびに、世界が震える。

 最強の光と最凶の闇。お互いにダメージはあるものの、今一つ決定打にかけているのが事実だ。ウロボロスが放つ邪気と冷気もトレミスが放つ光と熱波によって打ち消される。トレミスの浄化もウロボロスには効かない。

 強気光の後ろに深き闇があるのと同様に、この二体の竜が互いを消しあうことは現状不可能だ。

 

(だったら、その力を少しでも増してやれば……可能性は、ゼロじゃないはずだ)

 

 そう考えながら地上から二体の竜に近づく一人の戦士がいた。純白の体は既にボロボロとなり、拳は赤く染まり強く握ることすらできなくなったエクシーズの戦士___ジェムナイト・パールは最後の賭けをしようとしていた。

 プシュケローネとの戦いでもう戦うことができないと悟った彼。思えばずいぶん奇妙な生涯だったとパールは笑う。

 敵であったはずのジェムナイトとリチュアの二体からエクシーズで生まれ、暴走したディシグマをアバンスと共に打ち倒し、気づけばジェムナイトのナンバー2にまで上り詰めていた。

 一年にも満たない人生だった。だが、その中でも『誰かを守る』ために彼は戦い続けた。

 

「ならば、今も同じだろ? 俺はリチュアで、ジェムナイトで、誰かを守るために戦ってきた戦士。___そのために、俺は生まれてきたんだからな!!」

 

 右腕を胸に当てる。体から光が漏れ始め、それに気づいたトレミスがパールの元へと駆けよってくる。

 

『ジェムナイト!? 何故ここにいる!!君たちは地上の者を……』

「いや、俺はもう守れない。戦えないんだよ。それは俺が一番よくわかってる。だから、この星の希望に賭けようと思ってな」

 

 光が強くなるたびにパールの体が粒子となって消えていく。トレミスにはその意味が分かっていた。

 パールは、自身の魂を自分に受け渡すつもりなのだと。

 

『ジェムナイト……君は』

「ああ。頼んだぞ、セイクリッド。俺の魂を受け取ってくれ!!!」

 

 ついにパールの体は完全に粒子となって消えてしまい、その粒子はトレミスの中へと溶け込んでいった。

 伝わってくる最後まで戦えなかった悔しさ、最後まで誰かのことを考えていた優しさ、そして__エクシーズの結束の力。その温かい力と心を感じ取ったトレミスの眼の輝きが強くなる。今一度翼をはためかせ、ウロボロスと対峙する。

 

『そろそろ、決着をつけよう。ヴェルズ・ウロボロス___お前を浄化する!!』

「■■■■■■■■!!!!!」

 

 今一度、二体の竜は激突し世界は震えた。

 

 

 

 

 

【そう_____それでいい】

 

 

 

 

 二度目の激突によって、再び世界が震え____風が吹く。

 

 

 

 

 

【あと____三回】

 

 

 

 

 何も知らない傀儡は激突し、神風を吹かせる。

 

 

 

 

 

【あと______二回】

 

 

 

 

 

 本当に世界に破滅をもたらすのは、邪竜でも、古の悪魔でも、もちろん星の騎士でもないのに。

 激突をして、神の息吹を吹かせる。

 

 

 

 

 

 

 

【さあ_______時が来た】

 

 

 

 

 

 

 

 真なる破滅の引き金は二体の竜が激突したことによって引かれた。

 霧の谷の神風が祭壇へと集う。

 その時、世界の全ての生命が同じ方角を向いた。インヴェルズの時と同じように見えるが、今回動きを止めたのは原住民たちだけではない。星を守るために降臨したセイクリッドも、星を滅ぼすために誕生したヴェルズも、その気配を感じ取った。

 _____この世界の住民でもないユウキですら、その気配を無視することはできなかった。

 祭壇が____割れた。

 

 

 

 

 

 

 

 光と共に中から現れたのは、あまりにも巨大な______女神

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【我が名は_______創星神 Sophia】

 

 

 

 

 

 

【今こそ、再星の時】

 




最後に降臨したのは____絶望の女神
創星神___降臨


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話ー前編 端末IF

ついに明かされるタイトルの意味。

それを知ったユウキは___


____悪い夢を見ているようだ。

 

 

 

【もう、終わりのようですね】

 

 

 

____これが、私の夢見た未来なのだろうか。

 

 

 

【歯向かう者はもういない。立ち上がる者もない】

 

 

 

____見渡す限りの平地。あるはずの地表はもうない。

 

 

 

【この星は今、終わりを迎えるのです】

 

 

 

____転がっているはずの死体たちは、既に消滅させられた。

 

 

 

【ですが、嘆くことはありません】

 

 

 

____その原因である女神は、母親のように優しく私たちに声をかける。

 

 

 

【これから『再星』が始まる。この星は生まれ変わるのです】

 

 

 

____聖母のような笑みを浮かべながら、世界を終わらせる。

 

 

 

【さあ、母へと還りなさい】

 

 

 

____消えていく。私たちの全てが、消えていく。

 

 

 

____それは、ダメだ。

 

____それは、いやだ。

 

____だって、それじゃあ■■■■や■■■■、■■■■も生きていた意味がなくなってしまう。

 

 

____変えるしかない。変えてくれる誰かを呼ぶしかない。

 

____持てるすべてを投げ売って、私の文字通り『全て』を使って、この未来を書き換えよう。

 

「だから、私に協力して」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______ナタリア

 

 

 

 

 

 

 時は創星神 Sophia復活の少し前までさかのぼる。

 ガスタの巫女 ウィンダは一人で歩いていた。

 

「……」

 

 近くにはパートナーのガルドも父親のウィンダールも妹のファイもいない。この戦乱の中、ただただ一人である場所へと歩いていた。

 その場所は戦いの火花が届いていない唯一の場所。その理由は___誰も、本能的に近づきたがらないからだ。

 驚くことにヴェルズやセイクリッドすらもここには近づかない。前の大戦ではインヴェルズや機械であるはずのヴァイロンもここには近づかなかった。巫女をしているウィンダも本来であれば近寄りたくない場所だ。例外として、ユウキだけは平気そうな顔をしていたが。

 そんな彼女がなぜそんな場所へと向かっているのか。

 

「……」

 

 ウィンダの眼は虚ろ。その姿は亡霊のようで、普段の彼女を知る者がいればすぐにその異常に気づくであろう。だが、今彼女は一人だ。

 誰にも気づかれることなく、彼女は歩き続けていた。

 

【さあ、こっちに来なさい】

 

 頭に響く声に言われるがまま、他に何も行動する気が起きなくなる。その場所を目指すことだけしか考えられなくなる。ウィンダという自我はすべて消される。

 そうしてたどり着いたその場所は、霧の谷の祭壇。ガスタの巫女が代々、祈りをささげる場所だった。いつものようにウィンダは祭壇の前に跪いて、祈りをささげる。

 

「……この星をつくりし女神……世界に破滅が訪れる刻……救済をもたらす為……降臨する……」

 

「捧げるは……穢れしこの星の魂……神の息吹が吹き荒ぶ刻……女神の降臨の合図とならん……」

 

「さあ……目覚めの刻は来たれり……今一度……この星に……『終焉』という名の再星を……」

 

 女神の思い通りに巫女は祈りを捧げ、光と闇の竜は神風を巻き起こした。すべて、神の思惑通りに事が進む。祭壇は崩壊し、無数の光と共に女神___創星神 Sophiaは復活した。

 

【よくやってくれました。星の機械竜と闇の邪竜。まずは褒めて遣わします】

 

『___なんなんだ、お前は』

「■■■■……」

 

 決戦の最中、突然現れた巨大な何かを目の前にしてトレミスとウロボロスは声を漏らす。事態が全く呑み込めない。こんなことは知らないと言わんがばかりに、困惑の色が見て取れた。それを無視して女神は言葉を続ける。

 

【ですが、役目はもう終わりました。自害しなさい】

 

『何をいい加減なことを!』

「■■■■■■■■……■■■■■■■■!!!!」

 

【もう一度だけ言います。自害しなさい。これは、慈悲です】

 

『突然現れたお前の言うことなど、聞けるわけがないだろう』

 

 一方的な会話を繰り返すSophiaにトレミスは戦闘態勢を取る。ウロボロスもそれは同じなようで、今まで戦っていたトレミスを無視するかのようにSophiaに光線を浴びせた。

 回避も防御もする様子はなく、ウロボロスの一撃は確かにSophiaに届いた。当たったところからは黒煙が上がり、それが晴れるころには消滅しているはずである。

 

【私は言いましたからね。母の言うことの聞けない悪い子は___消えてもらいましょう】

 

 消えていたのは、別の物だった。

 ウロボロスの一撃をSophiaの持つ黒い光球から一筋の光が二体の竜にあたったかと思えば、次の瞬間にはトレミスとウロボロスの体が消滅していた。

 破壊ではなく、消滅だった。

 先ほどまで確かにあった体はこの世界のどこにもない。体の大部分を奪われた二体の最強竜は____あまりにもあっけなく____戦場から脱落した。

 

【確かに星の騎士団や邪念自体は我が子ではないものの、慈悲を向けない理由にはなりません。そこでおやすみなさい】

 

 寝かしつけた母親のような口調でSophiaは二体の竜を再起不能に追い込む。そして、改めて世界に、すべての生命に宣言するのだった。

 

【我が名は創星神 Sophia。この星より生まれしすべての生命よ。母は怒っています】

 

 あまりにも突然の神の降臨は戦場に静寂をもたらした。先ほどまで多くの場所で命のやり取りが行われ、幾多の命が消えていった戦場は消滅した。全員が女神の方を向き、息をのんで見上げているだけだった。

 

【幾度となく行われる醜い争い。あまりにも理解ができない小さな理由で貴方たちは争い、殺し合い、そして再び争いを始める。母は愚者を生み出したわけではないというのに】

 

 母親のような口調であるというのになぜだろうか。この言葉を聞いているすべての者は、その言葉が一方通行な確定事項を話しているだけの無慈悲な宣言に聞こえた。

 

【ですが、ついに母は降臨しました。我が子たちよ。今から『再星』を行います。すべてを一度消滅させ、もう一度創ります。ですから___】

 

 

 

 

【ですから、新しい母の世界のために、おやすみなさい】

 

 

 変化は一瞬かつ劇的に起こり始める。Sophiaの持つ黒い光球から光が無数の方角へ向けて放たれると、その場所が先ほどのトリミスとウロボロスのように消滅していくのだ。

 その場所にあった大地は消され、真っ白な空白が世界中に生まれ始めた。

 Sophiaが言い放った『再星』が始まったと誰もが実感し、恐怖の声を上げた。

 

「「■……■■■■■■■■!!!!!」」

 

 本来世界を破滅させるはずだったヴェルズの邪竜たち、バハムートとオピオンは今まで戦っていた相手を無視してまでSophiaに襲い掛かる。

 邪念としての本能だろうか。ウロボロスが一撃で消されたことに本能的に焦りと恐怖を覚え、今すぐに消さなくてはいけないと感じ取ったのだ。

 その行為が、自分たちを破滅に追い込むとどこかで分かり切っていても。

 

【おろかな、氷結界。いえ、邪念でしょうか】

 

 はぁ、とため息をつきながらウロボロスと同じようにSophiaは残りの邪竜もウロボロスと同じように地に落とした。苦しむ声を上げることができず、世界を滅ぼすほどの力を秘めた邪竜たちは全滅した。

 時同じくして、異変を感じとったセイクリッドたちもSophiaの元にたどり着く。

 

「創星神 Sophia……どうしてこんなことを!!」

 

 ポルクスが声を震わせながら叫ぶ。ヴェルズだけを消滅させるのであれば、まだ話し合いの余地があった。だが、女神はこの星の希望となる存在であるトレミスも地に落とした。

 意味が分からなかった。

 必死になって生きようとしている者たちの総意を無視するかのようなリセット。この星の過去をすべて否定するような行為にセイクリッドたちは理解ができない。

 

【すべてはこの星のためなのですよ? セイクリッド】

 

「な____」

 

 何を可笑しなことを言っているんだ、と言いたげな声だった。

 

【貴方たちもこの星のために行動していたはず。ならば、母と同じですよね】

 

「ふざけるな……!!私たちは、この星に住まう全ての者たちを守るために戦ってきた!その者たちを消すなど……本当に星のことを思っているのか!!」

「お前のやっていることは質の悪いおままごとだ!」

 

【おままごと? 違います。母こそがこの星を創りし神。子は親に従うもの。当り前の摂理ではありませんか】

 

「……話が通じる様子はなさそうだな。あんたがこの世界を滅ぼそうとするのなら___」

「私たちは貴方からこの世界を守って見せる!」

 

 セイクリッドたちはSophiaを完全に敵として認識した。一斉に別方向へと飛散した後、各々がSophiaへと攻撃を仕掛け始める。

 あまりにも巨大な体の周辺を周る星の騎士団たちをSophiaは、邪魔な虫をはたくかのように振り払う。

 

【邪魔、ですね】

 

 イラつきを隠すことはない。女神は眉間にしわを寄せて(セイクリッド)を排除する。それは戦いではなかった。Sophiaにとっては作業でもない、誰もが行う仕草を取っているだけ。

 命がけで立ち向かうセイクリッド達ですらあまりにも無力だった。ぷちりと一人、また一人が命を散らしていく。そこには誇りも何も存在しない。ただの『無駄死』が待っているだけ。

 余興にすらならないただの茶番が繰り広げられていたのだった。

 

 

 絶望が世界を支配するのも時間の問題だった。その証拠に、先ほどまで活気ついていたはずの連合軍本拠地は静まり返っていた。

 ラヴァル、ガスタ、ジェムナイト。今まで生き残ってきた者たちは戦場から帰還し、ただSophiaの姿を見上げていた。

 誰も言葉を発さない。泣くことも悲鳴も聞こえない。全員が力なく絶望していた。何かに祈ることも、何かにすがることも馬鹿馬鹿しく思えてしまう。

 

「____みんな!!しっかりして!!」

 

 沈黙を破るためにファイは声を上げた。光が見えないこの中で『灯』にならなくてはいけないと彼女は決心した。かつて姉に言われた言葉が彼女に勇気を抱かせる。

 それでも、誰も彼女の声に反応しない。反応できない。

 誰かがぽつりとつぶやいた。

 

「無理だ……我々はここで終わるんだ……」

「そんなこと、わからないでしょ!?」

「いや、わかる。創星神は降臨された。この世界のリセットが始まろうとしている。我々では、女神には___母には勝てないのだ」

 

「____ごめんね、ファイ。本当はあなたみたいに立ち上がるべきなんでしょう。でも、もう、ダメなのよ」

 

「リーズさん……」

 

 強気で勝気だったリーズですら顔に絶望の色が見える。近くにいるカムイも、治療が完了しエクシーズが解けてしまったカームも瞳に光がなかった。今まで誰かが必ず立ち上がり、そして立ち向かってきたはずなのに。

 今この場に、行動を起こそうとする者はいなかった。その事実がファイの中からも灯を奪い去ってしまう。

 

「もう……本当に、ダメなの? 私たちは……みんな、死んじゃうの?」

「……」

 

 嫌だとも叫べない。もうそれを覆すこともできないと理解してしまったから。涙は流れる。だが悲鳴は上がらない。この時ファイは理解したのだ。

 

 本当の絶望とは、『何もできない』ことなのだと。

 

 ふと、姉の顔が思い浮かんだ。優しくていつも自分のことを心配してくれて、頭をなでてくれていたもういない二人の姉の顔が浮かんでしまった。二人がいればきっとぎゅっと抱きしめてくれたのだろう。この体の震えを止めてくれたのだろう。

 

_____一筋の青い光が女神に向かって天空を走った。

 

 その光がファイに兄のことを思い出させ、声を上げる力となった。

 

「_____ユウキお兄ちゃん!!!!」

 

 銀河眼の背中に乗る青年はボロボロだった。リチュアから貸し出されていた黒のローブの一部は焼け焦げて穴が開き、鋭い刃物で切り裂かれている。その内側に着ている青いシャツや白いズボンもローブと同じような傷が見える。

 彼のくせ毛には一部灰が被っており、頬には切り傷が無数に見える。流れ出た血はすでに固まりかさぶたを作りあげている。そんな『普通』とはかけ離れている状況でありながらも、彼の眼から光は消えていなかった。

 

「……あれが、Sophia、か」

『怖気づいてるのか?』

「____めちゃくちゃ怖い。正直言って勇気なんか出ない。絶望をひしひし感じるよ」

『でも、戦えるんだろ?』

 

 銀河眼の背中に乗っているユウキの膝は震えていた。それでも、しっかりと前を向いていた。その絶望的な状況をはっきりと見ていた。

 それが今一番求められていることだと理解はしていなくても。その成長に銀河眼は笑みがこぼれた。

 

「なんでだろうね……バハムートの時はもうだめかと思ってたのにさ。Sophiaを見たらさ、一歩だけ踏み出せたんだ」

『多分、あいつがお前の母じゃないからだろうな』

「どうゆうこと?」

『あいつからすべての生命は生まれたのは知ってんだろ? おそらくだが、あいつはこの世界の生命に対して特攻能力を持ってんだろう。ヴェルズと言えど、憑りついているのはこの世界から生まれた生命の亡骸だ。だから『母』っていう存在にビビっちまってる』

「でも、俺はそうじゃない。この世界の住人じゃないからそれがないのか」

『ヴェルズは『生命』そのものを脅かす存在だから、お前もビビる……というより、お前が未熟だからだな』

 

 争いもない世界からきてまだ一年も経っていないのに、ヴェルズの前で怖気づくな、という方が無理な話だろ。ユウキはそう悪態をつきながらも、Sophiaから目線を離さない。

 Sophiaの宣言は聞いていた。その目的も思い出した。

 

 _____ふざけるな、と思った。

 

 ユウキがこの世界に来てまだ一年も経っていない。戦いもここでの生活も完全に慣れたとは言えない。知らないことも多くある。行ったことのない場所もある。まだ出会えていないモンスターもいる。まだこの世界でやりたいことはあった。

 

 そして何より、今日まで必死になって生きてきた者たちへの侮辱が、戦いのない世界から来たユウキにとっては許せない怒りとなっていた。

 

 端末世界の結末は思い出している。このあと、神殺しが行われるはずだ。だが、その間に何人もの人の犠牲が出るのか予想がつかない。それを抑えるのが今、彼にできること。

 自分は主役ではない。この世界のことはこの世界の住人が動かす。今までだってそうだった。

 ユウキは何一つとして、問題を解決していない。ただ、手助けをしていただけ。

 

「さぁて、行きますか!」

『気合入れて行けよ、召喚者!!』

 

 銀河眼は飛行の速度を緩めずに口にエネルギーを貯め、女神に向かって放つ。それは母に反抗する一撃であるとともに、この星をかけた最後の戦いが始まる合図だった。

 銀河の光がSophiaにぶつかり体の一部分から煙が上がる。明確なダメージはなさそうだが、女神の意識をこちらに向けることはできたようだ。

 

【やはり来ましたか。異世界の青年】

 

「そりゃ誰でも来るでしょ。こんな世界が終わりかけてるのに」

 

【我が子たちは母の行うことに異論を唱えていませんけど】

 

「その権利すら与えていない奴が何を言っているんだよ。お前が母親を名乗るんじゃない。クソ女神が」

 

 殺意を込めてSophiaをにらむユウキに反比例するようにSophiaは何一つ動じることなく会話を続ける。そのことにユウキは疑問を覚える。敵意どころか対峙しようとする意思すら彼女からは感じられなかった。

 今まで戦ってきたリチュア、インヴェルズ、ヴァイロン、ヴェルズから向けられてきた独特の雰囲気をなぜか最大の敵であるはずの女神からは感じられない。

 

【高屋ユウキ。疑問に思わなかったのですか? なぜ、貴方がこの世界に呼ばれたのか】

 

 その言葉にユウキの動きが止まる。その答えは誰にもわからなかったものだ。ずっと求め続けていたものだ。その反応を見てSophiaは笑みをこぼす。

 

【やはり知らなかったのですね。かわいそうな異世界の子】

 

『おい、耳を貸すな!お前のやることは___』

 

【少し黙りなさい。銀河の竜。母は貴方の召喚者に話しています。それで、知りたくないですか? この世界の真実を】

 

 ユウキ以外は誰にも聞こえないはずの銀河眼の声にSophiaは反応し、無理やり黙らせる。ユウキは動揺し、どう返事をしたらいいのかわからなくなっていた。

 Sophiaは彼の返事を待つ前に、この世界の真実を話し始めた。それは今までのおかしな点___本来の歴史とは異なった点が発生した理由。

 

 

【高屋ユウキ。貴方が呼ばれたのは____未来を変えるためですよ】

 

「……どういうことだ」

 

 

 

 

 

 

 

【この世界は_____一度『再星』を迎えているのです】

 

 

「!!? どういうことだ!!? この世界は、端末世界はまだここにあるじゃないか!」

 

【正確に言えばそれは違います。この世界は、二度目なのです】

 

 二度目

 その意味がユウキには分からなった。自分の知っている端末世界にそのことを表す出来事はない。確かに、自分が何とかしようとして皆が行動した結果で本来の歴史とは異なったものになったことはある。ラヴァルの全滅や、ノエリアの最期___

 

「……ノエリア?」

 

 すべてを思い出した今ならわかる。リチュア・ノエリア。彼女の歴史が圧倒的におかしいことに。彼女は確かにヴェルズに浸食され、リチュアを非道な部族に変えた張本人だ。だが、その最期は、アバンスとエミリアを守るために身を挺してジールギガスを討ち倒した。

 だが、ジールギガスはクリスタと対峙しており、なによりノエリアことプシュケローネはエリアルと戦っていた。

 そんな邪悪な存在が、わざわざ自分をこの世界に呼び出す意味が分からない。銀河眼が言った通りなら、この世界にユウキを呼び出したのはノエリアとナタリアのはずだ。

 

【そう、ノエリア。彼女とその同志であったリチュア・ナタリア。その二人が貴方をこの世界に呼んだ。ただし、その時のノエリアは既にヴェルズには憑りつかれていなかった。母が既に降臨した後の世界でしたからね】

 

「Sophiaが降臨しているのに……ノエリアが生きている?」

 

【そう。その時点で本来の歴史とは違うのですよ。貴方の知る端末世界とは違う世界がここ。いうなれば、『端末IF』といったところでしょうか】

 

 IF___もしもの世界。そうであるなら可能性はあるだろう。だが、それでもユウキが呼ばれる理由がわからない。そもそも二度目の意味とはなんなのか。

 すべての真実を話すSophiaはどこか楽しそうだった。その感情が純粋に楽しみからきている元は到底思えなかった。

 

【その世界は母が一度再星を行いました。しかし、あの儀式師 ノエリアはそれを認めなかった。なんとかしようと思い立ったのでしょうね。この世界の力では母は倒せない。ならば、異世界からの知識と力を操ることができる人物なら、もしかしたら、と】

 

「だから……俺が呼ばれたのか。二回目___過去に介入して未来を変えるために」

 

【その通り。貴方はただ偶然選ばれてしまっただけ。被害者なのですよ。母はその事をお詫びしたいのです】

 

 想定外の言葉を聞いてユウキは驚きを隠せない。詫びる__とこの女神は言ったのだ。これから戦おうと思っていたユウキに対して、全知全能であるはずの創星神が謝罪するなどと誰が想像できたのだろうか。

 Sophiaは本気で悲しんでいるようで、未だに敵意を見せることもない。騙そうとしているのであったとしても、そうするメリットがない。いくらユウキが異世界から来たとはいえど、その力なら一瞬で消すことは可能なはずだ。

 

「詫びる、だって?」

 

【はい。母と約束をしてほしいのですよ。これから母はこの世界を再星、リセットします。しかし、そこに異世界人である貴方が巻き込まれる必要は全くありません。ですから、貴方がこの世界にもう干渉しないと約束するのであれば、元々暮らしていた世界に戻してあげましょう】

 

「それは……」

 

【貴方も知っているでしょう? 母の力、それがどれほどのものなのか】

 

 創星神の力。それは両手に所持している黒と白の球体。『創造』と『破壊』の力を宿したオーブにある。あれがある限り、どんな生物だろうと勝てない。誰も太刀打ちできない。だからユウキは時間稼ぎしかできないのだ。

 

 もし、ここでうなずけば、全知全能の女神はユウキを元の世界に戻してくれるだろう。セイクリッドが作り上げたヴァイロンですらそのことが可能だったのだ。星を創りし者であれば確実に行えるだろうと、ユウキはどこか確信していた。

 被害者、と女神は言った。その通りなのだろう。もし自分以外、他の遊戯王プレイヤーでもきっと同じような結果を齎しただろう。もっと言えば、自分よりも優れた人物であればもっと多くの人を救えたかもしれない。

 きっと、高屋 ユウキ という存在じゃなくてもよかったのだ。誰でもよかったのだ。

 もういいのではないか。

 このまま戦えば、たぶん、いやほぼ確実に、自分は死ぬ。

 バハムートですら倒せなかった自分と銀河眼で、あの竜を一瞬で地に落とした女神に勝てる理由がない。気合でどうにかできる世界でも相手でもない。

 このまま頷けば、またあの世界に戻れるのだ。必死になって戻ろうとしていた、あの平穏な世界に。

 それにこの世界が終ろうと、元の世界ではただの物語でしかない。フィクションの世界だ。それもIF、もしもの世界となれば、誰がどうなってもいいはずだ。

 

【さあ、頷きなさい。そうすれば貴方は____】

 

 

 

 

 

 

 

 

「頷くとでも思ってるのか? Sophia」

 

 ユウキの答えは変わらなかった。再び敵意を込めてSophiaをにらむ。

 

「被害者? まあそうなんだろうな。勝手に呼び出されたあの時は、そりゃ腹が立ったさ。お前の言う通りならきっと俺でなくてもよかった。____でもな、ここに住む人たちは決して『悪』じゃない。そんな人たちを俺は短い期間だけどずっと見てきた」

 

「それをお前の『やり直したい』っていう我儘だけで滅ぼされてたまるか。今まで生きてきた人たちに対する侮辱を見過ごせるか。そして何より____エリアルを、消させてたまるかってんだ!!!このクソ女神!!!」

 

 その魂の叫びが響き渡り、女神も黙り込んでしまった。その言葉はあまりにも予想外だったのだろう。今度はSophiaが驚く番だった。

 

『マジかよwwwwwwwお前そんな理由で戦うのwwwwwwwwwwwwwww』

「笑うなぁ!!それに、未来を変えるために呼ばれたくせにそれを目の前にして逃げるわけにはいかないだろ!それが今の俺にできる、最大限のことだからな!!」

 

 思いっきり草原を出現させる銀河眼にイラつきながらも、ユウキは闘志を燃やす。

 今さら逃げるなんてできない___のではなく、しない。理由は単純。死んでほしくないからだ。生きていてほしいからだ。この世界が、ユウキは好きなったからだ。

 ヒーローでも英雄でもない。それでも足掻いて、もがいて、未来を変えたい。

 ただの人である高屋 ユウキはそう思った。

 

【そうですか……自分から生み出した命以外を消滅させるのは、とても心苦しいのですがね】

 

「セイクリッドを潰しておいて、よくそんなセリフが言えるな。ドロー!!」

 

 もう戦わない理由は存在しない。ユウキは剣となるカードを引き、Sophiaは破壊の力を銀河眼に振り落とす。黒い光線が雨のように降り注ぐ中を銀河眼は素早く回避し、Sophiaの周囲を飛び回る。銀河眼が動いた軌跡は青白い光となって地上から見ている者たちへ希望を与え始めた。

 ユウキの手札は回復し4枚。次にドローできるのはまだ先。墓地、手札、フィールドのカードを活かしてSophiaに攻撃を仕掛け始める。

 

「あれやるか!クリフォトンを墓地に送って銀河戦士を特殊召喚!銀河の魔導師を手札に加えて召喚!」

 

 見慣れたモンスターであるソルジャーとウィザードが姿を現す。ユウキの覚悟を知っているかのように、少しだけ彼の顔を見た2体の顔は笑っているようだった。銀河眼は回避を、ユウキは指示を続ける。

 

「ウィザードの効果で銀河遠征を手札に!発動して、フォトン・スレイヤーを特殊召喚!そして、ソルジャーとオーバーレイ!!」

 

 レベル5以上のフォトン・ギャラクシーを特殊召喚できる銀河遠征の効果で呼び出された大剣を持つ戦士、フォトン・スレイヤーはそのままソルジャーと共に宇宙の渦に吸い込まれ、新たな銀河の誕生を示すような爆発を起こす。

 

「エクシーズ召喚!現れよ、ランク5!シャーク・フォートレス!」

 

 現れたのは猛々しき鮫たちの巣。巨大な鮫を形どった飛行要塞。ユウキのエクストラデッキに残された数少ないエクシーズモンスターだ。攻撃表示ではなく守備表示で特殊召喚された。

 

「そして効果発動!オーバーレイユニットを一つ使い、銀河眼はこのターン、2回攻撃ができる!」

 

【無力ですね】

 

「そうかな? 銀河眼!Sophiaを攻撃!破滅のフォトン・ストリーム!!」

 

 ユウキが狙うはSophiaの眼。銀河眼は指示を受け取り、周囲の光を口に集結させ一筋の光線として女神に放つ。銀河眼の攻撃はそのまままっすぐに女神の眼へと走っていく。

 だが、それは無情にもあっさり打ち消される。Sophiaが創造のオーブを光らせると白い障壁が生まれ攻撃を消滅させたのだ。そのまま創造の力を攻撃に変える。ユウキがかつて見たことのある武具___ヴァイロンの創り出した黄金の装備が無数に展開され、天使たちの裁きの光が銀河眼へと振り落とされた。

 

 だが、光は銀河眼から突然方向を変えると、シャーク・フォートレスの元へと向かっていった。

 これはシャーク・フォートレスのもう一つの効果。このモンスターがいる場合、相手は他のモンスターを攻撃対象にできないというものだった。破壊されることは理解していたからこそ、ユウキは守備表示で特殊召喚したのだ。

 

「ありがとう、フォートレス。銀河眼、少し距離を!」

『了解!』

 

 爆発して破壊されるフォートレスに礼を言いながら銀河眼へと指示を出す。銀河眼のスピードなら十分に脱出可能な距離まで離れられる。風を切り、Sophiaの上半身が確認できるところまで移動すると、彼の元によってくる影が一つあった。

 

「高屋 ユウキ君だね!?」

「セイクリッド・ハワーさん!ご無事でしたか!」

 

 トレミスに合体せず、残って戦っていたセイクリッドの一体であるハワーだった。蛇使い座を司る彼は他のセイクリッドとは少し役割が違う存在だった。彼がまだ生存していることに安堵を漏らす。彼の存在なくして、神殺しを行うことはできないからだ。

 

「なんとかね!君も無事そうで何より!」

「ハワーさん、お願いしたいことがあるのですが頼めますか」

「うん。なんかわかるよ? 僕なら、蛇使い座を司る僕だからできることなんだろうね___ここを、任せてもいいかい?」

「はい。早く戻ってきてくださいね」

 

 了解、と言ってハワーは戦場から離脱する。彼はこれから破壊の力を奪い取る役目がある。下手にけがをさせたり、死なせることはできない。前を見ると、シャーク・フォートレスは既に跡形もなく消滅しており、こちらに裁きの光と消滅の黒い光線が同時に襲い掛かってきた。

 舌打ちをする暇もない。すぐさま回避行動に移ると、デッキが光りドローができるようになった。手札はない。この1枚で次の一手を考えなければ、持ちこたえることは難しいだろう。汗が流れ、震えた手でカードを引く。

 

「ドロー!……銀河眼、回避優先!」

『だろうな!!しっかり捕まってろ!』

 

 引いたカードは罠カード。すぐさま使えるわけではないので体とカードを伏せると、銀河眼は急加速する。一気に急降下を開始し、風を切り裂いていく。その冷たさと風圧の強さにユウキは目も開けられないが、しがみついている銀河眼の感触が彼に安心感を与えていた。

 銀河眼は後ろを振り向かない。自身が持つ感覚だけで神の裁きを避けていく。背中にしがみついている召喚者を守るために、すべての神経を回避に使う。重力に従い、真下へ急加速していくと数秒もすると地面が見えてくる。地面に衝突する直前に移動方向を一気に真横に変えて、地面を滑空する。後ろから破壊の力は消えていない。いくつかは地面に衝突して大地とともに消滅したようだが、まだ完全回避はできていない。翼をはためかせて、さらに加速する。

 

『ユウキ!もう少しつかまってろよ!』

 

 返事はない。握られている手の力が強くなったのを承諾と受け取って、今度は急上昇を行い暗雲で覆われた空を目指す。太陽の光も遮られ、今の正確な時間も分からない。この世界を照らしているのは、創星神の光だけだ。

 それが、希望を奪う絶望の光であるのなら、銀河眼はそれを覆さなくてはいけない。そのために、このデッキは、モンスターたちは意思を持たされたのだ。

 

(ったく……別世界のノエリアとナタリアの野郎。こんな場所にユウキを放り込みやがって。もう少し配慮をしてからにしろや)

 

 生みの親である二人に悪態をつきながらも、銀河眼は端末世界の空を飛ぶ。今の速度で飛べる最高度まで飛び上がると、再びSophiaに接近し始める。次の目標も女神の眼だ。

 

『ユウキ!』

「ドロー!!……補給いっとっくか!魔法カード、貪欲な壺発動!」

『困ったな』

「困ってるよ」

 

 貪欲な壺。現状、1枚でデッキから二枚ドローできる数少ない壺魔法だ。墓地にあるフェルグラント、銀河騎士、フォトン・スレイヤー、銀河の魔導師、ガーディアン・オブ・オーダーの五体をデッキに戻して、2枚カードをドローする。

 

「_____ここでこいつを引くとは。効くかどうかはわからないけど、一応対応できるかな!銀河眼、引き続き攻撃!」

『おうさ!』

 

 目の前からくる攻撃を回避するのはそこまで難しくない。問題なのは突然来る後ろからの奇襲。考えではなく感覚だけで回避する。考えて避けていては追い付かない。感じ取った殺気から回避ルートを飛翔するのみ。

 強烈な風にあてられながらもユウキは引いた二枚のカードから戦略を考える。1枚は魔法カード『■■■■■』___今はこのカードは使えない。本命はもう1枚のほうだ。

 

(オネスト___これを使えば確実に戦闘に勝つことはできるはずだ。もっとも、カード効果がそのまま反映される世界じゃない。だから、もう1手仕込む!)

 

 チャンスはSophiaからの攻撃を受けた時。Sophiaが一度でも倒れれば確実に時間は作れるはずだ。現に、先ほどハワーは新たなる力を生み出しに行った。ここに来る前に、一緒についていくと連呼していたラズリーことセラフィも何とか説得し、もう一つの神殺しの力を生み出すように向かわせた。

 すべては、順調。神殺しが行われるのも時間の問題。

 あとは、自分が考えて組んだデッキを信じるのみ___!

 

【しつこいですね。はやり母の力が通用しないのは少々面倒です】

 

 はじめは何も感じなかったSophiaもここまで周囲を飛び回られ反逆されたことに、少々腹が立ち始める。異世界の生命であるユウキとその世界の知識から生み出された銀河眼たちには創星神の力である、生命に対する特攻が効かない。

 

【母を手こずらせたお仕置きをしなくてはいけませんね】

 

『!なんか来るぞ!』

「銀河眼!備えて!」

『お前もしっかり捕まってろ!転落死とかシャレにならねえぞ!』

 

 Sophiaの創造のオーブから今度は青白い糸状の光が銀河眼へと襲い掛かる。この攻撃はおそらくディシグマと同じような捕縛攻撃だろう。実質的な攻撃力は0だ。

 小さく舌打ちをしてユウキは銀河眼にしがみつく。先ほどのように高速で移動する銀河眼だったがSophiaは本気だったのだろう。いくら回避しようと次の光の糸が目の前に現れる。

 

『このままじゃやべぇか!ユウキ!無茶やるぞ!』

「マジデ? なんて、言ってられないよなぁ……」

 

 銀河眼の言う『無茶』はすぐにわかった。下手をすれば落下死なのだが、このままでは捕まってしまう。それでは意味がない。時間を稼げないのは非常にまずいのだ。

 ごくりと唾をのみ、ユウキは自殺行為ともいえるであろう宣言を行う。

 

「銀河眼の光子竜の効果!このモンスターを戦闘を行っているモンスターと共に除外する!」

 

 宣言通り銀河眼は次元の狭間に姿を消した。だが、ユウキの予想通りSophiaの姿は健在だ。モンスター効果が正しく発動しないのは既に体験済み。落下するのも体験済み()

 ふっと視界が一気に乱れると、目の前には端末世界が見えた。ただし、真下の地面のみだが。風を切り、冷たい空気が肌に直撃し、さらに変に口を開けないこの状況。いわゆる紐なしバンジー状態。ぐんぐん重力に引かれてユウキの体は加速していく。

 まさか銀河眼を消すとは思っていなかったのだろう。Sophiaが操る攻撃がユウキに直撃することはこの時点ではなかった。

 

(死ぬ死ぬ死ぬ!!!!銀河眼早くもどってぇええええええええ!!!!!)

 

 泣きながら落下を続けるユウキ。彼に直感はないが、間違いなく振り向けばSophiaの攻撃が迫ってきている。先ほどの銀河眼の動きについてこられる攻撃だ。こんな単純な落下運動についてこられない訳がない。

 そのユウキの懇願にデッキが答えたのか、デッキが光る。すぐさまドローするとそこには見慣れたモンスターが描かれていた。

 

「フォトン・スラッシャーを特殊召喚!守備で!」

 

 守備表示で呼び出されたにも関わらず、フォトン・スラッシャーはユウキに迫る光の糸を銀河の光が宿る大剣で切り裂いた。自我があるスラッシャーは召喚者を守ることができ、笑ったような顔をした。だが、切り裂いたはずの光の糸はすぐにつながり、そのままスラッシャーの体を突き刺して墓地へと送ってしまう。

 スラッシャーの特殊召喚から消滅まで刹那な間ではあった。だが、それは無意味ではない。ユウキの下に光が集まり、竜の形となって彼を受け止めた。

 

「遅い!!」

『死んでねえだけましだろ!捕まれ!』

 

 再び出現した銀河眼の背中に落ちた時の痛みは一旦こらえる。すぐさま先ほどのようにしがみついてから銀河眼は急加速。スラッシャーが稼いだ刹那で銀河眼は一気に急降下する。

 光の糸が接触する寸前に銀河眼は加速した。この現実にSophiaは苛立ちを隠せない。

 

【たかが召喚獣ごときが……】

 

「それは誉め言葉だな」

『ああ!さいっっっこうのなぁ!!!』

 

 その挑発がついに女神の逆鱗に触れた。今までは虫を払う程度の行為だったが、もはや慈悲はない。敵対者の排除に乗り出す。

 突如として破壊のオーブが輝きを増す。三次元すべてを包囲する黒の壁がユウキと銀河眼を点として集まり始める。速さはもう関係ない。回避不能のファイアウォールは完成した。

 

【宣言します。消えなさい】

 

 女神の宣言で黒の壁が急加速する。中心にいる除外対象(ユウキ)は冷や汗をかきながら、宣言する。

 

「頼む、反応してくれ!リバースカードオープン!!」

 

 ユウキの宣言は___通った。伏せられていた赤紫のカード__銀河眼が描かれたその罠カードから発する光は黒い線と拮抗するようにユウキ達を守った。

 

「ぃよし!!罠カード発動!『反射光子流(フォトン・ライジング・ストリーム) 』!このカードは俺のドラゴン族・光属性モンスターが攻撃対象にされたとき、攻撃してきたモンスターの攻撃力分アップする!」

 

 このカードを発動できた、ということがユウキの狙いだった。彼の説明通り、このカードは攻撃対象になったときにしか発動できない。つまり、この攻撃によって銀河眼とSophiaの戦闘が行われているということなのだ。

 身体が輝きだした銀河眼が咆哮を上げると、立方形だった破壊の壁は黒い粒子になって銀河眼の体内へと吸収される。破壊の力を銀河眼がカードの力で光へと変えて、Sophiaにむけて一気に解き放つ。

 

「もう一押し!このダメージ開始時に手札のオネストを墓地に送って発動!」

 

 油断はしない。ユウキは追撃をかけるために手札を墓地に送る。その直後、銀河眼の体がさらに発光し始め口からの光線がさらに強くなった。

 オネスト。昔からある光属性のサポートカードでその力は反射光子流と同じ。さらに銀河眼の力が加えられ、光線の太さはSophiaの顔を吹き飛ばせるだけのサイズになっていた。黒と白が混ざり合った文字通りの『破壊光線』を女神にたたきつける。

 

「少しはこの世界の怒りを知れ!オネスティ・フォトン……ストリーーーーーーム!!!」

 

 創星神の力である『破壊』なら多少は効果があるとユウキは睨んだ。そしてそれはその通り。読み通りだったのだ。

 

 

 

 

【それは失策でしたね。高屋ユウキ】

 

 効かない攻撃は無視すればいい。当り前だ。逆に効く攻撃には? 簡単だ。防御もしくは反撃すればいい。

 ユウキが犯した最大のミス。それは、『今使っている力がSophiaの全力である』とどこか油断していたことだった。

 Sophiaは更に破壊のオーブを輝かせると、そこから放たれた黒の光線が銀河眼の破壊光線と衝突して、何もなかったかのように破壊光線を押し戻す。

 

「嘘、だろ……」

『踏ん張れぇ!!!ユウキぃいいいい!!!』

「!___うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」

 

 銀河眼に怒鳴られて、今一度気合を入れ直す。ここで時間を稼がなくてどうする!今、自分にSophiaの意識が向いている今が一番の稼ぐポイントのはずだ!

 ユウキの闘志の高ぶりに反応して、銀河眼が放つ光線も太くなる。今まで以上の光がSophiaに向かって放たれ始めると、破壊の黒と一瞬均衡状態へと変わった。

 だが、それもすぐさま打ち砕かれ、再び黒の光線が銀河眼たちに押し返される。

 

「ああああああああ!!!!!!」

『うおおおおおおお!!!!!!』

 

 叫ぶ。叫ぶ。叫び続ける。もはや移動することはできない。今のこの瞬間に必死になるしかない。例えどうしようもと、何も変わらないことがわかっていても。

 無情にもユウキ達のほうへと向かってくる黒色。確実に破壊をもたらすであろうそれが間近となったとき、Sophiaは別れの挨拶を送る。

 

 

【さようなら、異世界の子供。そして、残りカスの召喚獣】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おちたように感じた。

 目には白く輝く女神が見えてあと、何も見えなくなった。

 さっきまで緊張して、全身の感覚が敏感になっていたはずなのに。

 今はもう、何も感じない。何もわからない。

 いや違う。一つだけわかる。

 そう、分かったのは自分のライフポイントが0になったということ。

 

 

 

 

 自分が_____高屋ユウキが、死んだということ。

 

 何かを思う時間すら与えられず、彼の意識は消滅した。

 

 




異世界の青年は地に墜ちた。

希望の光は途絶えた。

『再星』は遂行され続ける。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話ー後編 端末IF

「クリスタさん!!」

 

 同じころ、ユウキのしつこい説得によってクリスタの元へと向かっていたセラフィが彼の元へとたどり着いた。何か言葉を掛けようとセラフィは口を開いて、そのまま硬直した。

 

 ジェムナイトマスター・ダイヤとなった彼の命はもう尽きようとしていた。

 

 全身にひびが入り、光を受けて輝くはずの透明の体は白くくすみ、片腕はなくなり、あちらこちらは鮮血がぶちまけられていた。本来生命から感じられる気力が全く感じられない。その場で両ひざをついてそのまま固まっているようだった。

 あまりにも無残な姿にセラフィは声も出せなかったが、最初の声は届いていたようでダイヤは顔だけセラフィへと向けた。

 

「……ああ。セラフィか……。君は、無事だった、のか」

 

 話し方ももうおぼつかない。途切れ途切れの言葉にセラフィは心を強く握りつぶされたかのような痛みを覚える。だが、何も言わないのでは何も進まない。握りこぶしを強く握り、彼女は会話を始める。

 

「はい。ジェムナイト・セラフィ。未だ健在です」

「そう、か……。なら、頼まれて、くれないか」

「……なんなりと」

 

 次の言葉が自分の望むものにならないことをセラフィは予感した。どうしても頷けないような頼みだと、どこか悟ってしまった。それでも、逃げられない。今、彼から頼まれるのは自分しかいないと、必死に自分へ言い聞かせる。

 

「私たちの、力を……受け取って、くれ」

 

 ギギギと滑油の切れたロボットのようにダイヤはまだ残っている右腕をあげ、少し先にある大剣を指さす。それはダイヤが使用していたジェムナイトの融合体たちすべての力が宿っている奇跡の一振り。

 生み出したダイヤは朽ちても、その剣の輝きは健在だ。今もなお輝き続け、周囲にはヴェルズの影すらない。

 

「もう……君しか、いないんだ」

「……クリスタ、さん……私、は……っ」

 

 セラフィの脳裏に一つの映像が流れる。それはかつてのインヴェルズとの大戦後。生きて戻ってきた彼女に待ち受けていた、最愛の人との別れ。自分の分身のような姉妹を失い、生きる気力すら湧いてこなかったあの状況。

 彼女は再び、それを味わうことになってしまった。

 ダイヤが少し動くと、ガラガラと乾いた音をたてながら失われた腕から破片がこぼれ落ちる。

 

「頼む……もう、私は、戦えない……」

「そんなことっ!……っ!」

 

 涙を流し言葉をかけることすら今のセラフィには困難だ。彼女に酷な頼みをしているのはダイヤも重々承知している。だが、見ることはできなくて今世界に終わりの刻が迫っているのは感じ取れる。

 残る力をすべて使い、ダイヤは言葉を絞り出す。

 

「ラズリー……君の部族はなんだ?」

「……私は……」

「答えろ……!君の、所属する、部族の名は!!!!?」

 

 

 

 

 

 

「______ジェムナイト。ジェムナイトです!」

 

 

 

「ならば、やることは、わかるだろ?」

 

 ジェムナイト____正義の心を内に秘め、まばゆい光を放つ輝石戦士たち。その信念が曲がることも、壊されることもない。涙を流しながらも、心を痛めながらも、体が崩れそうになっても、それでも自分たちの信じる心のために戦う。それが彼らの存在。

 こんな状況も笑うダイヤ____自慢の長であるクリスタを前に、ラズリーは涙を流しながら笑おうとする。

 

「……はい!私は、この心のままに、みんなを、世界を、守ります!!」

「うん……それで、いいんだ…………行ってくれ、自分の、心のままに」

「クリスタさん……今まで、ありがとうございました!!!」

 

 セラフィは駆け出す。顔はもう前しか向かない。ダイヤの隣を過ぎても、もう振り向くことはない。そのまま地面に刺さった大剣を抜き取ってユウキに言われたポイントへと飛翔する。

 その時に初めて、Sophiaの周囲を飛ぶ銀河の光が消えたことに気づいた。

 

「____ユウキさん!!!!」

 

 今すぐにでも女神の元へと向かいたかったが、セラフィはそれを必死に抑える。というのも、彼女が初め目視したときにはまだSophiaの周囲には無数の光が飛び回っていた。だが、今はもう一つもその光が無くなっていたのだ。

 

(ユウキさんが言うには、私ともう一人があの創星神を打ち倒す鍵……私が倒れれば、ユウキさんの行動も無駄になる……)

 

 今Sophiaにあらがう者はいない。このままでは女神の宣言通り『再星』が完遂されてしまう。ならば、その抗う力を早く手に入れなくてはいけない。それが今、セラフィにできることなのだ。

 大剣を抱えて目標の場所____トレミスM7が墜落した場所へと急行する。

 

【逃がしませんよ?】

 

 それを見逃す創星神ではない。銀河眼とユウキがいなくなった今狙う最優先対象は神殺しを行うであろうセラフィ。彼女とは相反する闇の魔弾がガトリングのように放たれ、彼女の行く手を阻んでいた。

 

「このっ!」

 

 必死に回避しながら前へと進もうとするセラフィだが、それがすぐにかなわないことだと知る。破壊の力で編まれた網が彼女に向かってくるからだ。速さもそうだが問題はその細かさだ。今から彼女がどこに逃げようとも必ず捕まえ消滅させることができる。。

 黒の網が迫る中、何とか諦めずに動き続けるセラフィをSophiaはあざ笑う。

 

【諦めなさい。もう貴女は終わりです。先に消えていなさい】

 

「そんなことはしない!我らはジェムナイト!もう、折れたりするもんか!」

 

 クリスタの激励が彼女の心を強くした。希望となる大剣を落とさないように握りしめ、天使の翼をはためかせ動き続ける。まだやれると、彼女は足掻き続ける。だが、黒の網はすぐそこまで迫っていた。

 

【終わりです】

 

「くっ!!」

 

 心は屈しない。諦めない。希望を繋げてられるようにこの身は滅びても、これだけは、とセラフィは大剣を抱きしめる。

 破壊が彼女との距離を数メートルまで近づけた、その時だった。

 

「否____まだ、終わりではない」

 

 それがどこから現れたのかわからなかった。ただ白い球体が破壊とセラフィの間に入り、そのまま破壊に触れたのだ。これにはSophiaも想定外の出来事だった。とっさに何か行動を起こすことができず、当然セラフィもその声に反応することもできなかった。

 

「この星を、生命を守る_____それが、私の基盤だ。そしてそれは、相手が神であろうと関係ない」

 

 球体は破壊の網に穴をあけた。網が何か固いものに引っかかって、その場所だけ破れた___というより、そこだけ溶けてしまったかのようにぽっかりと穴が開いた。球体に手を引かれて、セラフィも無傷で生還する。

 脱出したが今も自分が無事であることに驚くセラフィ。だが、もっと驚くことが目の前にあった。

 

「久しいな、ジェムナイトよ」

 

 球体上の光が消え、声の主の姿が明確に見えた。半人半馬の純白の身体。胸には金色に輝く星の紋章。その姿はまさしく____星の騎士団 セイクリッドだった。

 だが、セラフィは目の前のセイクリッドを知らない。それもそのはず。セイクリッドは総勢17名しかおらず、このセイクリッドはいないはずの18人目なのだから。

 さらに、このセイクリッドはセラフィをジェムナイトと呼び『久しい』とも言った。見た目が大きく変わったその声の主の名を、セラフィは知っていた。

 それはかつてインヴェルズと戦った時、自分たち4部族に力を与え共に戦った機械天使の長の声。

 

「その声_____オメガさん!!!!?」

 

「ああ、よくわかったな」

 

 ヴァイロンこと『セイクリッド・オメガ』は無感動な声でそう答えた。一方のセラフィは頭が混乱していた。彼女の記憶が間違っていないのであれば、ヴァイロン・オメガは同胞であるアルファと共にインヴェルズを道ずれにしたはずだ。

 だが、現に目の前にいるセイクリッドは間違いなくオメガの声だった。

 

「驚くことだろうな。私もこの事態は想定外だが___今は説明している暇はない。共に創造主の元へと向かうぞ」

「は、はい!」

 

 せっかくつかんだチャンスを逃すわけにはいかない。オメガとセラフィは自身を加速させ、トレミスの元へと向かう。Sophiaの裁きを避けながらも、セフィラはどうしてオメガが蘇ったのかが気になって仕方なかった。

 

「で、でも、本当にどうして!?」

「少し長くなる。会話に気を取られないようにしろ」

 

 

 オメガが蘇った理由。それはこの世界を守るために走り続ける一体の悪魔の仕業だった。現に今も、彼はある場所へと走り続けている。

 

「創星神が蘇った以上、あの力を奪わない限りはこの星に勝ち目はない……。可能性があった異世界の青年も、もう望みを託せないからな」

 

 星の観測者、元絶対捕食者という奇妙な運命をたどった一体の悪魔___インヴェルズ・ローチは地に落ちた邪竜たちの元へと走る。先ほど自身の星の力を使い、機械天使の長を復活させたばかりだというのに。

 かつて自分を輪廻の外へと押し出したオメガの光輪。それを触媒にして自身のエクシーズの力を注ぎ込んだことによって、オメガはヴァイロンからセイクリッドへと進化を遂げたのだ。

 

「オメガはなんとかセラフィの救助に間に合ったようだ。だが、彼女だけではいけない。彼女は創造を。そして、彼には破壊を奪ってもらわなければ」

 

 止まっている時間はない。小さくても確実な一手を繰り返さなければ未来は変えられない。現に、破壊の力が襲い掛かっているのはセラフィだけではない。彼女たちとは反対側の小さな光にも襲い掛かっていた。

 その光に向かって、ローチは翼を広げて飛び立った。

 

「これはめちゃくちゃだね!回避することを諦めさせるかのようだ!」

 

【そのまま消えてしまいなさい。破壊をもたらす竜の星よ】

 

「セイクリッドとして、それはできないから!」

 

 最後となってしまったセイクリッドであるハワーに容赦なく襲い掛かる黒い光線と全属性の魔弾。空中戦が得意なセイクリッドですら追い込まれるほどの数の多さにハワーは引きつった笑みを浮かべることしかできない。

 気づけば、捕縛の白い線も混ざり始めていた。破壊の力は感じられないが、捕まれば2度と切れない創造の力でつくられたものだろうとハワーは感じ取った。

 

「めちゃくちゃだな、神様って言うのは!」

「同感だ」

 

 ローチのサーベルが創星神の線を振り払い、一つの出口が出来上がった。まっすぐにハワーはそこに飛び込み、ローチも後に続く。

 突然の変化にもセイクリッドは応じない。ただ、自分を助けた存在がエクシーズの力を持つインヴェルズであることには少し動揺していた。

 

「君は……」

「ローチと呼んでくれ、 セイクリッド・ハワー。今は邪竜の元へ向かうのが最優先だ」

「___よし、護衛よろしく!」

「ああ、任された」

 

 神殺しをなし得るために星の天使と悪魔は女神から種を守る。今ある命を燃やし、この星を守るために、女神にあらがい続ける。

 

 

「エミリア!」

「やっと出られたぁ!!」

 

 崩れた地下階段から出てくる2つの人影があった。崩壊するリチュアのアジトから何とか脱出完了したアバンスとエミリア。髪にはすすがつきあちらこちら真っ黒。衣服は酷い有様で、エミリアはボロボロだったのでアバンスの上着を羽織り、アバンスについては貸しているせいで薄いやぶれた肌着しか着ていない。

 だが、今は自分たちの身なりなどどうでもいい。大切なのは今地上では何が起こっているかということで___

 

「_____な」

「_____え」

 

 漏れたのはそんな一文字。目の前には既に息絶えている彼らのトラウマが。そして、遠くにいるはずなのにすぐ近くにいるような大きさの巨大な何かが見えた。

 戦慄する、とはこういう時のことを言うのだろう。驚けばいいのか、恐怖すればいいのか、二人には分からない。ただ、現在地上が絶望的であることは確かだった。

 

「……ねぇ、アバンス。これって……」

「……見間違えるはずがない。……トリシューラだろ、これ」

「で、でも、なんか黒いよね……」

 

 彼らは知らない。自身たちの母だった存在がこの邪竜たちを蘇らせたことに。そして、真の『母』がこの邪竜たちを一撃で地に落としたことに。

 とにかくここを離れなくてはいけないと、直感で感じ取る二人の前にボコボコと大地から発生した泥が出現する。

 

「これって!」

「儀式の根源___ヴェルズ!」

 

 邪竜は落ちて、女神が顕現しようとも、邪念の目的は変わらない。ただ今目の前にある生者を取り込み、邪悪なる存在に変えるだけ。女神の力なのか出現するのは形もままならない泥人形ばかりだが、満身創痍の二人にとっては強敵だった。

 エミリアを後ろにアバンスは震える手で刃こぼれした剣を握る。

 

「エミリア、逃げろ。俺が時間を__」

「バカっ!私がそんなことできないって知ってるくせに!!」

 

 わかっていた。彼女が自分を置いて逃げることはしないとわかっていたのに、アバンスはそうして欲しいと願った。今自分が生きているのはエミリアのおかげでもある。ならば、この命を彼女のために捧げてもいいと、アバンスは思ったのだ。

 

「私逃げない!アバンスを置いて逃げたら……これから先絶対生きていけないから!」

「……そこまでか」

 

 そう言っている間にも泥人形は大量に生まれ続ける。睨むアバンスに彼の腕をぎゅっと握るエミリア。戦っても生き延びることはできないが、抗うことはできる。

 そんな諦めない二人だからだったのだろうか。それとも、本当にただの偶然だったのだろうか。

 

「リチュア!!? なぜここに!」

「ヴェルズに襲われてる!なら、やることは一つだね!」

 

 邪竜の元に向かっていたローチとハワーが到着したのだ。二人がたまたま脱出した場所が邪竜が落ちた場所だったからこそ、彼らは命を拾い上げられた。

 また新たなる人物の登場に二人は更に頭が混乱する。

 

「なになに!? なにが、どうなってるの!!?」

「ひとつわかるのは……たぶん、あの二人は敵じゃないってことだ!」

「それはなんかわかるけど!!」

 

 到着した二人が杖とサーベルを振るうと、ヴェルズの泥人形は大地へと還っていった。すぐさま、ローチはオーバーレイユニットを使用してアバンス達を含む全員を包み込むように結界を発生させる。

 オーバーレイユニットを使用した結界は彼らを追っていた天災のような攻撃もいったん静まり、ひとまず安全な空間が創られた。

 

「簡単に説明するぞ、リチュアの二人。私はインヴェルズ・ローチ。訳あって、創星神Sophiaと対立している」

「インヴェルズ!!? もう意味わからないって!!」

「で、僕がセイクリッド・ハワー。あの女神に対抗するためにここに落ちた邪竜たちの力を受け継ぎに来たのさ」

「セイクリッド? 確か、ガスタの書物にあった気がするが……」

 

 次から次へと新しい情報がリチュアの二人に入ってくるが、流石リチュアと言うべきだろうか。自身が持つ深い知識を何とか生かし、現状を把握。セイクリッドの正体も気づき、現在世界が終わりを迎えようとしていることを把握した。

 説明しているローチの横で、ハワーは邪竜の亡骸に触れていた。

 

「____うん。これ、やっぱり行けそうだね。でもその前に、やれること全部やっちゃおうか!ローチ!もう少し時間稼いで!!」

「これでも結構きついんだぞ? 破壊の力はいくらオーバーレイユニットを使い、さらに輪廻から外れたことにより女神の特攻が効かないと言えどもな___」

「はい集中!こっちも集中するから!!」

 

 ローチの言葉を遮ってハワーは空に向かって杖を掲げる。瞳を閉じ、彼が集中すると大地に星の紋章が出現する。

 

「全力全開でいくよ。我が司る星は蘇生を司るもの!この力を今、この星を守るために捧げよう!!よみがえれ、我が同胞たち!!!」

 

 ハワーの特異な点は司る星座が示している。蛇使い座は黄道十二正座に含まれないイレギュラーな星座。由来は死者すら蘇らせた神話の人物。その力が彼には宿っており、戦闘はあまり得意ではなく、回復仕事を中心に戦場を立ちまわっていた。

 そして、自身の力を大量に使用すれば神話の再現____死者の蘇生すら行うことができる。

 ハワーの杖の中心に十二の星座が出現し回転し始める。その輝きは徐々に強くなると同時に、周囲に小さく星の紋章が合計で6個出現する。

 女神に消されたはずの星の輝きが今ここによみがえる。

 

「ハワー!助かった!」

「これが僕の力だからね。そっちは任せたよ!」

 

 紋章から飛び出した一人、セイクリッド・カストルは礼を言うと別の場所へと高速で移動を開始した。他の蘇ったセイクリッドたちも同様に、今もなお地に落ちたままの同胞の元へと走る。空を駆けていった仲間たちを見守ると、ハワーは膝をついて息を上げてしまう。

 

「さすがに……六人同時って言うのは体力使うなぁ……」

「今のは____死者の蘇生、か?」

「死体も、生贄も、何もなしで、ここまでやれるの……?」

 

 奇跡の瞬間に二人は言葉をなくす。魂を扱うリチュアだからこそ、ほぼノーコストで死者の蘇生を行うという偉業がよくわかる。実際、完全なる蘇生を行うのは不可能とされる。一つだけの例外はエミリアの蘇生のみ。その力があれば今まで死んでいった者たちを蘇らせることもできるのではないか。そんな希望が見えていた。

 

「回復はともかく、蘇生はポンポンできるものじゃないさ。セイクリッドなら何とかできるレベル。他の種族は無理なんだ。ゴメン」

「いや、蘇生の難しさはよくわかっています。それよりも___」

「早くしてほしいんだが!!」

 

 ここに到着してまだ1~2分しか経っていないものの、ローチの結界は亀裂が全体に走っていた。破壊の力が四人に襲い掛かる前に、ハワーは気合を入れ直し立ち上がるとウロボロスの亡骸に触れる。

 

「よし_____氷の世界にありし三体の竜たち。邪念に落ちようと、世界を凍てつかせる力は健在。その力は神に向ける剣、その魂は世界を守る盾。今ここに我が星と交わりて、星を守護する力となれ!!」

 

 三体の邪竜の真下に星の紋章が浮かび上がると、亡骸は黒い粒子となってハワーの体内に取り込まれていく。本来ヴェルズの力がセイクリッドの中に取り込まれた場合、カストルのような現象が起こりヴェルズ化してしまう。

 だが、ハワーにそのような現象は起こっていない。意識が邪悪に染まっていくことも、その高潔な魂が黒く染まっていくこともない。この力はハワー自身もついこの前気が付いたことだ。

 

(カストルがヴェルズ化してポルクスと相打ちになった時だ。僕は何とか二人を助けようとしたんだ。僕の力なら蘇生することができるんじゃないかと、わずかな可能性にかけた。結果としては、僕一人じゃ無理だったんだ)

 

 ポルクスとカストルの悲しき兄弟対決の結果は、相打ちという名の引き分けに終わった。最後には互いに胸を突き刺しまったく同時に倒れた。その二人を救おうとハワーは必死になったのだが、彼一人ではヴェルズに浸食されたカストルの蘇生を行うことはできなかった。

 そんな時、助太刀に来ていたジェムナイト・セラフィが力を増幅させたことによってその不可能を可能に変えた。その時に彼は気づいたのだ。

 

(もしかしたら、僕はヴェルズを制御できるのかもしれない。暴論かもしれない。不可能と皆言うかもしれない。でも!今はやるしかないんだ!!だから……頼むよ!氷結界の竜たちよ!)

 

 ハワーの願いに相反するかのように彼の中に竜たちの咆哮が響き渡る。ハワーに馴染むどころか抗うかのように叫ぶ竜たちの力にハワーの顔がゆがみ始める。

 

「そんなに、拒絶しないで、ほしいな……!」

「セイクリッド!」

「トリシューラだけじゃなく、グングニールとブリューナクまで取り込むなんて無茶だよ!」

 

 幼少期から竜のことを知っているアバンスとエミリアはハワーがやろうとしていることの無茶苦茶さを理解していた。一体一体が世界を凍てつかせるだけの力を持つ竜。現に氷結界は三体によって滅ぼされた。ヴェルズに浸食され邪竜となった後もその力は健在で、Sophiaに落とされる前まで三体全員が生き延びていたのだ。

 

「心配……無用!」

 

 無理に笑おうとするハワーだが鳴り響く竜たちの拒絶は止まらない。このままでは取り込んで戦うこともできない。それどころかローチが張っている結界が破られここにいる全員が消滅させられるだろう。

 震える体に鞭をうち、力を振り絞るハワー。星を守る星の騎士団としての誇りにかけて、この融合は成功させなければいけない。意思の力のみで立ち続けるハワーの姿にアバンスとエミリアは悔しそうに食いしばる。

 彼らの主戦力となる儀水鏡は砕け散って使い物にならなくなっている。魔術を使用するための魔法陣をかく時間もない。

 

(俺たちは____見守ることしかできないのか!!?)

(みんなが必死に戦っているのに、私たちは……)

 

 

 

((本当に、何もできないの(か)!!!!?))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______アバンス、エミリアちゃん。この世界を、私たちの世界を、よろしくね。

 

 

 

 

 

「「!!?」」

 

 昔、聞いた声がした。もう長年聞いていない声だった。もう聞くことはできないと、そう思っていた。

 だが、絶対に忘れられない声。優しく、温かく、失ったものを埋めてくれるような声。今、必死にその声の主を探したいと思ってしまう声。

 

「アバンス……今の声……」

「___________ずっと見てたのか……。ずっと、すぐそばにいたのか……?」

 

 アバンスの瞳から熱いものが流れる。以前に流したのはエミリアが蘇ったときだ。その前は____多分、その声が聞こえなくなった時だ。

 エミリアも涙をためて、そして、アバンスが持つ剣を見てついにこぼれ始めた。

 先ほどまでは刃こぼれした鉄くずのような物のはずだった。だが、今はどうだろうか。

 持ち手は金色に輝き、刀身は鮮やかな空色。そして鍔にあたる部分には儀水鏡が組み込まれていた。

 

「きっと、そうだよ。きっと……ううん、絶対そうだよ!」

「…………遅いよ________母さん」

 

 それは失われたはずの儀水刀。かつてリチュア・ノエリアと共に戦いを止めるために命を燃やした盟友にして、アバンスの母親であるリチュア・ナタリアのものだった。

 闇を切り裂く剣をにぎり、二人はハワーの前に移動し手を重ねて儀水刀を掲げる。

 

「セイクリッド、今助力する!」

「私たちは氷結界の血を注いでる!なら、竜たちを制御できる可能性はあるはず!!」

 

 埋め込まれた鏡が青白い光を放ち始めると、二人の意識はハワーの意識と共有状態となる。拒絶の色を見せる氷結界の竜たちの咆哮と力がアバンス達にも伝わっていく。歯を食いしばり、儀水刀を握りしめる。竜たちを屈服させるために二人は自らを信じて、魔術を使用する。

 

「氷結界の竜たちよ!その力を星の騎士に与えよ!!」

「その力もう破壊や滅亡のために使うものじゃない!!今度は、世界を守るために力を振るいなさい!!」

 

 アバンスとエミリアの宣言に氷結界の竜たちの咆哮が若干弱まった。リチュアが使う儀水鏡のオリジナルは氷結界の竜を制御するための氷結界の鏡である。ただ、元の氷結界ではその制御は行うことができず結果として暴走を引き起こしてしまった。

 

「あの時の惨劇は二度と起こさせない……!」

「リチュアである私たちが今さらみんなのためとか言えないけど……!私たちが味わったあの絶望を、また再現させるわけにはいかないから!!」

「____二人の意思は受け取った。その鏡の力と僕の星の力、そして君たちの意思の力が竜たちを抑える鎖となる!」

 

 儀水鏡の青とセイクリッドの金色の光が交わり、三体の竜を飲み込んでいく。三人の意思が一つとなり、強大な力である竜たちを抑え込むという奇跡を引き起こす。

 竜たちを包み込んだ巨大な光はすべてハワーの体内に取り込まれた。そのまったく同時にローチの結界がついに破られてしまった。

 

「くっ……」

 

【ずいぶん手こずらせてくれましたね。消えなさい、星の悪魔】

 

「いや、そんなことはさせない」

 

 ローチたちを襲い掛かった黒の線を受け止めたのは、黒い体に白い翼を持った新たなる戦士。頭と両肩には黒い角は生えており、黒い体と合わさってそれだけなら悪魔に見えてしまう。だが、それを打ち消すような純白の翼に黄金の装飾と二体の蛇の装飾が巻き付いている杖。そしてリチュアの二人の力から儀水鏡の杖の存在がただ邪悪な存在ではないと表しているようだ。

 破壊の力をその身に受けた者の末路は消滅。だがその『当たり前』をこの黒い戦士は打ち壊した。破壊の力を受け止めて、そのまま持っている杖で弾き飛ばした。

 

【やはり……来ましたか。ヴェルズ・ケルキオン】

 

「これ以上は何も破壊させないぞ!!創星神 Sophia!!」

 

 翼を広げ、ケルキオンは女神に飛翔していく。ケルキオンに意識が向いたおかげなのか、破壊の力はローチたちに降り注がなくなった。そのことに安堵し、ローチはついに膝をつく。

 無理もないだろう。ここまで彼は戦場を駆け巡り、オメガを蘇らせ、ケルキオン誕生までの時間を稼いだのだ。

 

「ローチ!大丈夫!!?」

「少し、疲れたな……」

「ええっと、残ってるカードで回復できるやつあったっけ……」

 

 そうローチとエミリアがやり取りをしている最中、アバンスは先ほどSophiaが言っていた一言が頭に引っかかっていた。

 

(やはり……? どういうことだ? まるで、この結果が分かり切っていたような言葉だったな……)

 

 ヴェルズ・ケルキオンが上空へと移動すると、創星神とは別の白い光が見えた。その光が自身の持つものと同じだとすぐに気づくとケルキオンは白い光と合流する。

 白い光の正体はセラフィが小型化したような白い天使だった。金色の翼には宇宙の星空が広がっており、セラフィの時よりも金の装飾が増えてジェムナイトというよりセイクリッドのような姿をしていた。その証拠のように周囲にはセイクリッド全員の武器が浮かんでいる。手に持つ短剣はジェムナイトマスター・ダイヤが持っていた大剣が変化したものですさまじい融合の力を秘めていた。

 

「ヴェ、ヴェルズ!? ち、違いますよね?」

「うん。元々はセイクリッド・ハワーだよ。そういう君は、ジェムナイトのセフィラだったね?」

「はい。今はセイクリッド・ソンブレスといいます。エクシーズ以外のセイクリッドさん全員が私に力を与えてくれました」

「僕はヴェルズ・ケルキオン。さて、行きますか」

「はい!」

 

 二人の神殺しを前にしても女神の顔に焦りはなかった。引き続き、破壊の力と創造の力を使って二人を追撃する。神殺しの物語はここから始まる____はずだった。

 

 

 

 

 

「_____ここ、は?」

 

 少女はようやく自分の意識を取り戻す。周囲を見渡すと、見慣れたはずの建造物が崩壊していることに気づいた。頭を抑えながら立ち上がる。自分の記憶がほとんどなく、なぜここにいるのかすら思い出せなかった。

 

「私は____セイクリッド様の融合を見て、それから……」

「__起きたか、ウィンダ」

「!!」

 

 父の声でウィンダの意識が覚醒する。祭壇は崩壊し、周囲はほとんどが更地と成り果てた故郷にウィンダは驚きを隠せない。それよりも、言葉が出なかったのは___

 

「お、とうさん、その怪我、は?」

「……」

 

 一本だけ残っていた木に寄りかかっていたウィンダールの状態は____ひどい、としか言えなかった。体の右上半身は跡形もなくなっており、その跡は鮮血で真っ赤に染まっていた。他に外傷はない。何か一撃だけで、ここまでの致命傷を負ったのだろう。

 すぐさま父に駆け寄り治癒を施そうとするが、ウィンダールは残った片手でそれを抑止した。

 

「よせ……もう、私は助からない」

「そんなこ____」

「ウィンダ!!!……はっきりと現実を見なさい」

 

 普段は聞かないウィンダールの怒鳴り声にウィンダの体がビクッと震える。彼女自身も分かっていた。父はもう助からない。ケガを負ってかなり時間が経過してしまっていることにも気づいていた。

 それでも嫌だったのは、もう家族を失いたくなかったからだ。母に妹に父。すべての家族を奪われたら、彼女の心は完全に折れてしまう。そんな恐怖から逃げたくて、何とかしようと足掻いた。

 そしてもう一つ。彼女が気づいていることがある。

 自分がケガをしていないこと。そして、ウィンダールの怪我は一撃でついたもの。周囲に敵がいないこと。ここから彼女が導き出した答えは一つだった。

 

「お父さん……私が、私が!!!」

「……」

 

 自分が_____父を殺す致命傷を与えてしまったのだと、結論付けた。

 

 

 ウィンダが連合軍の基地から去ったすぐ後の話だ。娘がいないことに気づいたウィンダールはすぐさま彼女の足取りを追った。だが、ウィンダが移動しようとしていたのは誰も近寄ろうとしない霧の谷の祭壇。彼がそのことに気づけた時には復活の儀式は始まってしまった。

 ウィンダールがイグルと共に向かい彼女を見つけた時には、最後の詠唱が唱えられた直後。祭壇が崩壊しあふれ出る破壊の力が娘に襲いかかる直前、ウィンダールは彼女の元へと走り自分の体を盾にして守り抜いた。

 その際、イグルはウィンダールを守ろうとして破壊の力の前に立ちふさがったが少しの時間を稼いで消滅し、その余波をウィンダールは受けた。もしイグルがいなかったら、こうして最期の会話をすることもできなかっただろう。

 

「私のせいで……お父さんが!!」

「ウィンダ、創星神さ……Sophiaが復活した。そして、これは必然だったのだろう」

「____」

「ユウキ君はトレミス様を誕生させるときに少し戸惑っていた……。おそらく、このことを知っていたからだ」

「あ、え……」

「そして、ユウキ君は……今、消息不明となっている」

「!!!!!」

 

 放心状態となったウィンダに現状を伝えていくウィンダール。それはもう時間がないことを彼自身が一番理解しているから。

 ウィンダがはっきりと反応を示したのは、やはりユウキのことだった。

 

「創星神の復活後、セイクリッド様とユウキ君はこの世界を守るために反逆した。そして、その最中……銀河眼の光が消えた」

「じゃあ、ユウキは……」

「わからない……。だが、今もまだ必死に戦っている者たちがいる。諦めては……ゴホッ!!」

「お父さん!!」

 

 ついに限界が来たのか、口から血の塊を吐き出してしまうウィンダール。涙をためる自慢の娘に最後の力で腕を伸ばし頬に触れた。

 

「生きろ、ウィンダ。お前は私の自慢の娘だ……。新しい妹、ファイと一緒に生きてくれ……」

「お父さん!!!!!!!」

 

 力なく男の腕が落ちる。娘は大声を上げて泣き声を上げた。残った片手を必死に握り、大粒の涙をこぼし続ける。大切な家族を失い続けた彼女の心はもう折れてしまった。

 創星神の復活も自分が関与してしまっていることも天啓でわかってしまった。この世界を滅ぼすきっかけを作ってしまったのは自分なのだと、理解してしまった。

 

「なんで……なんで私は、いつも失うの!なんで私が残されるの!!!なんで、どうして!!!!こんなことになるなら、巫女になんかなりたくなかった!!!あの子のように……ウィンのように、自由に生きればよかった!!!こんなことなら____」

 

 

 

 

 

 いっそ、生まれなければよかった!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ンなわけないでしょ。これだから、ガスタは甘いのよ」

 

 

 

 

 

「………………え?」

 

 

 誰もいないはずのこの場所でウィンダに答える声が一つあった。その声は酷く呆れた声で、いつかと同じように後ろから声をかけた。

 すがる思いで後ろを振り向くと、そこにいたのはボロボロになった黒のローブを羽織り見える肌にはいくつもの怪我が見える水色の髪の少女。

 

「エリ、アル……?」

「他に誰に見えるのよ。バカウィンダ」

 

 エリアルはウィンダを馬鹿にしながらも、小さく笑ったのだった。

 

 

 時は遡る。

 

「_______」

 

 プシュケローネを相打ちの形で倒したエリアルはそのまま自分の死を受け入れていた。リチュアのアジトの崩壊でそのまま瓦礫に埋まるか、それとも流れ込む水の中で溺れ死ぬか。その二つの結末を迎える前に、出血多量で死ぬのもある。

 どっちみち死ぬのは確定している。迫りくる闇に身をゆだねるだけだ。闇に落ちるのは慣れっこ。もう恐れることはない。

 

 

 

 だが、エリアルがいくら待とうとも彼女に永遠の闇は訪れなかった。

 

 

 それどころか、いつの間にか自身が負った怪我の痛みはなくなり驚くことに動くことができるようになっていたのだ。

 エリアルは自分が知らないうちに死んだものだと考えたが、それにしては感覚がはっきりしすぎている。

 

「僕は……どうなって……」

「どうもなっていない。私が魔術を解除して、そのまま治療しただけだ」

「!その声、ヴァニティ先生!!?」

 

 ようやく目を開けると、目の前にここにいるはずがない人物であるヴァニティの姿が映った。彼の状態が異常なのも一目でわかった。

 ヴァニティの片方の目はいまだ赤く染まっている。それはいまだ洗脳状態にあるということだ。証拠として彼はまだ黒く染まった儀水鏡を破壊していない。

 だが、エリアルはなぜか彼から敵意を感じなかった。それどころか、彼の言う言葉が正しければ自分をここまで回復させてくれたのはヴァニティなのだろう。

 周囲の様子も普通ではない。青い球体の内部にいるため二人は無事だが、外を見るとリチュアのアジトであったであろう瓦礫が水の中に浮かんでいた。おそらくこれも彼の魔術によるものだ。

 

「先生、なぜここに?」

「一言でいえば……『償い』だ」

「ずいぶんとまた、あなたからかけ離れた言葉ですね」

「____だな。さっさといけ。出口はあそこだ」

 

 特に会話はなかった。エリアルとヴァニティの関係など『元』教え子と教師というだけだ。エリアルが才能を開花させてからは、ヴァニティが魔術作成を行うことはなくなった。そのことに嫉妬することもなかった。ただ彼女の方が優れていた。それだけ。

 自分の力で立ち上がり、ヴァニティが作った魔術の出口へと向かうエリアルは少しだけ足を止めて、後ろで動こうとしないヴァニティのほうへと振り返る。

 

「____先生。いままでありがとうございました」

 

 軽く会釈をしてエリアルは走り出した。自分よりも先に外に出たはずの三人の元へと向かうために。

 

「ありがとうございました、か……。最後に礼を言われるとはな」

 

 エリアルが去った後、ヴァニティは小さく笑いを漏らした。礼を言われるとは思っていなかった。自分はとっくにエリアルに追い越されており、とうに目にも入っていないのだと思っていた。なんせ、あの冷酷で自分と同じ狂信者だったエリアルだ。

 

「いや、お前は変わったんだったな。ユウキによって」

 

 それはとうに昔の彼女だ。今の彼女は、もっと違う。つんでれ、というやつだった。

 瞳を閉じる。洗脳状態の一時的解除、エリアルの元へと向かう空間移動、彼女の魔術解除と治療、そして水中でも活動可能な空間と出口の作成。これだけのことを一気に行うためには、自身の魂を生贄にして魔力を生成する他なかった。エリアルは一目でそれに気づき、数少ない会話で去っていったのだ。

 球体に徐々にひびが入り始め、エリアルが出ていった出口は既に消滅していた。あとは自分の魔力切れを待つだけ。崩壊する球体の中で座り込み、俯くヴァニティは独り言をつぶやく。

 

「____私は、変われなかった。結局は悪名高いリチュアのままだったな」

 

 自分がやった『償い』などちっぽけなことだ。今までのことを考えればあまりにも小さく、役に立たないものだ。

 それでも、彼は何かを救おうとした。プシュケローネが消滅したとき、洗脳状態が一時的に緩くなったのを見計らって、ヴァニティは抑えられていた自我を魔術で解き放った。目の前に広がる戦火が彼に昔の惨劇を思い出させた。

 氷結界に所属していた時のことだ。最後に封印されていたトリシューラが解放され、氷結界どころかすべての大地が凍結した。生命は滅び、炎の神すら凍てつき、今までの全てが崩壊した。あの時も今と同じ。世界に絶望が広がっていた。

 あの時、彼の心は空っぽだった。今まで信じていたはずの竜にも部族にも裏切られ、ただただ世界が終わるさまを見届けているだけだった。

 そんな中、彼の光になったのはノエリアだった。

 

『私と一緒に来ますか?』

 

 その言葉がどれだけの救いになったか。その恩に必ず応えたいと思ってきた。

 結局自分は彼女の義娘を救うことしかできなかった。せめて、彼女が取りつかれていた邪念に一矢報いて、この世を去りたかった。

 自傷の笑みを浮かべ、力なく座り込むヴァニティ。このまま静かに沈んでいけるように、もう開けることはない瞳を閉じた。

 

「何も残せなかったな。結局は、無意味だったか……」

 

『いいえ。貴方は最期に私の義娘を救ってくれたじゃありませんか』

 

「そう、ですね。____まさか、貴女が迎えに来てくれるとは思いませんでした」

 

『これくらいしかできませんから』

 

「……今、そちらに向かいます。我が心の光、我らが長___ノエリア」

 

 球体が割れてヴァニティの体は水中に放り出された。すでに魂はそこになく、その体は水深く沈んでいった。魂は赤い髪の女性と共に誰にも知られることなく姿を消した。

 

 

「____あれが、Sophia。創星神、文字通りこの星を創った女神ね」

「うん……。私の記憶がないうちに、蘇ったみたいで……」

 

 時間は今に戻り、外見えるものから現状を把握するウィンダとエリアル。もっとも見えているのは復活した女神と相対する黒と白の光だけ。

 顎に手を当て、現状をまとめるエリアルにウィンダは父から託された情報を伝えていく。

 

「それで、その……」

「なに。早く教えなさい」

「ユウキが、消息不明になった、って……エリアル……」

 

 ウィンダの予想通り、エリアルの動きが止まった。信じたくない事実を突きつけられて、エリアルの顔が絶望で歪む。

 

「エリ、アル……あの……」

「あいつが、消息不明? 笑えない冗談は、やめてほしいんだけど」

「本当だよ……今、Sophia様と戦っているのは銀河眼じゃない。ユウキが創星神をほっておくわけ___」

「冗談はやめて!!!!」

「冗談じゃないから伝えてるんだよ!!!!」

 

 考えたくもない。信じたくない。二人の想いは同じだった。ウィンダがユウキにペンダントで通信しようと思ってもできないことが、彼の安否を不確定にする要素となって二人に襲かかっていた。

 

「……見るまで、信じない」

「わかってる……。けど、どうやって移動しよう。私たちは自力じゃ飛べないし__」

「キュアアアア!!!」

 

 パートナーが意識を取り戻したことをどこかで察知したのだろうか。緑の飛翔体がウィンダの元に猛スピードで駆け付け、そのまま彼女にぶつかった。当り前だが、かなりの速度のものが急にぶつかれば吹っ飛ぶ。ウィンダとて例外ではない。ズササーと草も生えていない裸の地面に引きずられてしまう。

 

「ウィンダぁ!!!!?」

「キュイキュイ!!!」

「生き、てるよ~……もう!ガルド!来てくれることは嬉しいけど、飛び込んでくることないでしょ!!?」

 

 生きていてよかった、と伝えるかのようにガルドは涙を流しながらウィンダに頬ずりする。なんとかウィンダがたしなめて落ち着かせると、ウィンダとエリアルはガルドの背中に騎乗する。

 

「しっかり捕まってて、エリアル!あ、あと高いところ飛ぶから!」

「別に構わない!あいつには言わなきゃいけないことがたくさんあるから。こんなことで怖がってられない!」

 

 二人の決意を見たガルドは自分が一番出せる速度で空を飛ぶ。無論、二人は落とさないように気を使いながらではあるが。ウィンダが持つ杖からユウキが所持しているであろうペンダントの位置を把握。その座標に向かって一直線に飛ぶ。

 飛んでいる間に会話はなかった。世界にはびこるよどんだ空気を切り裂いてその場所へと向かう。移動中にSophiaからの攻撃はなかった。神殺しの天使と悪魔に気を取られているのかどうかも二人には分からない。

 移動を開始して五分程度の場所にユウキのペンダントの反応があった。ガルドの高度を低下させ、地上にいるはずのユウキを捜索する。

 無言で周囲を見渡すウィンダとエリアル。何か動くものはないかと、人影はないかと血眼になって探す。

 その探索の結果、二人が発見したのは_____巨大な岩だった。

 

 その岩はあるものを形どっていた。

 巨大な翼。装飾が施された身体。鋭い爪が生えた手足。牙の生えた口。何かの紋章がついた尻尾。

 そう、それは一体の竜だった。

 そして、その竜を二人はよく知っていた。

 

「____銀河眼」

 

 そして、その石像の近くに転がっている一つの死体があった。

 眠るかのように瞳をつぶるその青年はまったく動く気配がない。生命を感じられない。体は冷たく、命の鼓動は止まっていた。

 

「_____________________うそ、でしょ」

 

 漏れた声はそれだけだった。見間違えるはずがない。自分の目で見てしまった以上、それが真実なのだと知ってしまう。夢ではない。幻ではない。これは現実だ。

 全身の血が一気に冷たくなった。目は見開き、体は震え始める。

 今まで何度か味わった感覚だったが、今が一番それを間近に感じる。

 

 

 

 

 その感情の名は______『絶望』というのだ。

 

 

 

 

 

【貴女たちの希望はもうありませんよ?】

 

 女神の声が無慈悲に『端末IF』に響いた。

 




次回、最終回


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話ー前編 黄金の空、蒼の大地、赤き星

最終回前編です。


 Sophiaと交戦中のセイクリッド・ソンプレスとヴェルズ・ケルキオンは押し切れない現状に焦りを感じていた。Sophiaが放つ破壊の力は尽きることはないが、二人は少しの間耐えられるだけであって無傷では済まない。先ほどから二人の攻撃は創造のオーブによる障壁で防がれて突破できず、Sophiaに傷一つつけられていない。

 神殺しが行われるはずが、逆に返り討ちにあっているようにすべての人が思うだろう。

 

「これでも、まだ足りないの!!?」

「こっちはこれが精いっぱいなんだけどな!」

 

 ソンプレスとケルキオンは弱音を吐きながらも女神にぶつかっていく。Sophiaは創造のオーブを光らせ、属性の魔弾、部族の武具、捕縛の網を放ち続ける。嵐のように襲い掛かる即死級の攻撃たちを必死になって回避する二人をあざ笑うかのように、Sophiaの攻撃は尽きない。

 ソンプレスが星の結界を作り出し防御を試みるも、たった二撃で破壊される。ケルキオンが張った結界は一撃で破られた。守りに関してはソンプレスが上回っているものの、Sophiaの前ではどんぐりの背比べである。自分の回避に気を使いながら、回避できない攻撃は光の壁でケルキオンを守る。

 

「ゴメンね!」

「二人じゃないといけませんから!」

 

 ソンプレスとケルキオンが二人いないとSophiaには対抗できない。どちらかが欠けた瞬間に希望は失われると二人は確信していた。回避と防御に専念するが、Sophiaの攻撃は一種の災害のように抗うことを諦めさせるような激しさ保ち続けていた。

 

【哀れですね。勝ち目がないと知っていながらも歯向かうとは】

 

「勝ち目がない、だと?」

「そんなことない!!」

 

【不可能ですよ。不完全な貴方たちでは、抗うことすらできはしない】

 

 苛烈な攻撃に加え光と闇の魔弾を作り出し、さらに一球ずつに破壊の力をまとわせる。そんな即死の技を次々と繰り出すSophiaの前に手も足も出ない。只々時間が過ぎていき、自分たちが不利になっていくのがひしひしと伝わってくる。打破する方法も現状見つからず自分たちの死が明確になり始めてきた。これ以上どうすればいいのか、どうしたら女神に傷をつけることができるのか。天使と悪魔は『絶望』という名の暗闇の中にいるようだった。この世界の光と闇、セイクリッドとヴェルズのほとんどの力を得てもまだ女神には届かない。

 可能性があるとすれば異世界の力か、もしくは____女神の力を奪う。神殺しの使者たちは顔を見合わせて、お互いが考えていることが同じだと確信する。

 毒を以て毒を制す。女神が持つ創造と破壊の力は女神すらも打ち倒すことができるはず。もっとも、神が持つ力を自身の身に取り込んだ時に起こることは二人にもわからない。

 そもそも取り込むことができるのか。それすらわからない状況ではあるが、消耗戦では勝てるはずがない。大きすぎるリスクを背負ってでもやるしかない。ソンプレスとケルキオンは意を決してSophiaの両手へと飛び込んだ。ソンプレスは創造を、ケルキオンは破壊の力の強奪へと向かう。

 

【やはり奪いに来ますよね。当然のことです____触れられるといいですね】

 

 ケルキオンに六属性+破壊の力をまとった魔弾を絶えず発射し続け、ソンプレスには過去の一族の武具を向ける。その中には、伝説の竜騎士たちであるドラグニティの槍やヴァイロンの作り出した器具、過去に彼らと敵対した魔轟神の物まであり、まさしく世界の武器が襲いかかっている。

 二手に分かれたことで守りが薄くなると同時に攻撃の波も激しくなる。ソンプレスもケルキオンももう完全なる回避はできない。全身に無数の傷をつくりながらも必死に手を伸ばす。

 

【無様ですね】

 

 侮蔑の言葉をかけるSophiaの攻撃が止むことはない。二人の傷はどんどん大きくなっていき、背中に生えている翼も使い物にならなくなる寸前。儚く消えてしまいそうな二つの希望を守るために星の悪魔と機械の天使は再び彼らを守るために飛び立つ。

 

「やらせんぞ、創星神!!」

「希望は……必ず守り抜く!」

 

【虫とスクラップ風情になにができますか?】

 

 飛び込んでくるオメガとローチにも女神は臆することはない。たかが除外対象が二人増えただけ。その分攻撃の量を増やせばいいだけの話だ。より多くの伝説級の武具が、破壊を起こす魔弾が四人に降り注ぐ。

 ローチがケルキオンを誕生させるために多くの力を使ったように、オメガも同様に多くの犠牲を払った。純白の体は所々が黒く焦げ、半身の足は2本失われた。ローチよりもさらに不利なのは、ソンプレスを誕生させたとき、リチュアという協力者が現れなかったこと。オーバーレイユニットは一つ残っているものの、いつ破壊・消滅してもおかしくない状況だ。

 

「オメガさん!」

「ゆけ!ジェムナイトの希望よ!」

「ローチ!」

「頼む!もう、君たちしかいない!」

 

 ローチ・オメガは残っていたオーバーレイユニットを使い最後の結界を自身の周囲に貼る。そして、ソンプレス・ケルキオンが受けるはずの攻撃をすべて自身たちがかばっていく。

 もちろん、そんな無茶は長続きしない。たった一発で亀裂が入り二発目には半壊する。それを残り少ない力を無理やり絞り出して修復する。それの繰り返し。

 それでも時間は稼げた。ケルキオンとソンプレスは翼をはためかせ、それぞれが剥脱する神のオーブとへ武器を突き立てた。

 

「破壊の力よ!」

「創造の力よ!」

 

「「我が手に宿れ!!」」

 

 その言葉の通り、あっさりと二つの力はそれぞれ二人の中へと入っていく。それも何か反動があるわけでもなく、恐ろしいほどに馴染んだ。今の自分たちに足りなかったものが体に満ちていくような感覚。強大な力が体内に流れ込んでくるというのに、それが心地よく感じた。

 これならいける。

 そう確信し、二人は神の力を強奪する___

 

 

 

 

 

 

 

 

【ああ。ここまで予想通りに進むとは。つい、笑ってしまうではありませんか】

 

 ___ことができなかった。

 吸収されたはずの破壊と創造の力が、Sophiaの手によってオーブの中へすべて引き戻されていく。引き戻された理由や理屈は全く分からないまま、ソンプレスとケルキオンの体内から強奪したはずの力が消滅した。一瞬だが、気を抜いた神殺しに向けて女神は笑みを浮かべたまま死へ直行させる一撃を放つ。

 

「____させん!!!」

 

 とっさに動けたのはオメガだけだった。壊れかけの体に鞭を討ち、高速でソンプレス、そしてケルキオンを抱えて距離を置こうとする。それを見逃すSophiaではない。攻撃の対象をすべてオメガへと変え、破壊・創造の力による暴力を叩き込む。

 攻撃が当たる瞬間____オメガが再起不能になる瞬間___オメガはケルキオン・ソンプレスを巻き込まれないようにするために思いっきり前へと放り投げた。

 

「オメガさんっ!!」

 

 一瞬だけ、バキリと破壊音がした直後、

 セイクリッド・オメガは巨大な爆発となって炎の中に消えていった。

 

 

「ヴァイロン……ありがとう。君の最期は、確かに僕が見届けたよ。・・・・・・ろくでもない創造主(おや)でゴメン」

 

 体勢を立て直し、翼をはためかせる二人の元に遅れてローチも合流する。Sophiaの両手には依然として光り輝く二つのオーブが存在しており、三人の顔をさらに曇らせた。

 

「なぜだ・・・・・・なぜ、二人に力が宿らない!!?」

 

 本来の歴史であれば破壊と創造のオーブはソンプレスとケルキオンが『誕生』したときに融合の力に引き寄せられて二人に奪われていた。だが、現実にそれは起こっていない。さらに、二人が直接オーブを強奪しようとしても不可能だった。

 ローチがそれぞれの力が発する波動とソンプレス・ケルキオンが発する波動が類似していることに気づいており、確実に強奪が可能だと踏んでいた。そして、異世界から来たユウキが倒れた今、創星神を打破する方法はそれしかないとも。

 初めて声を荒げる観測者の疑問に答えたのは、やはりSophiaだった。

 

【いいえ。間違ってはいませんよ。ただ、母がこの力を自身に結び付けているだけ】

 

「結び、つけるだと?」

 

【奪われてしまうことは既に知っていました。ですから、母はそうならないようにしたのですよ____貴方たちが知らない力、すべてをつなぐ力『ペンデュラム』を使って】

 

「ペン、デュラム……? そんな力は聞いたこともないぞ!」

「エクシーズだって元はそうでした・・・・・・創星神はその力を使って、つなぎとめたということでしょう」

 

 未知の力『ペンデュラム』によって強奪が行えなかった。それが意味することは嫌でもわかった。

 

 

 

 勝てない、のだ。

 

 

 

 どうやっても、なにをしても、誰かと協力・結束しても。

 創星神を倒せない。神殺しは行われない。

 この世界は____終わってしまう。

 

 その真実が、対峙する三人を凍てつかせた。

 

 

 

 

 

 

 冷たくなった肌、開かない目、感じられない命の鼓動。

 少し前にあったはずの青年の体は全く動かなかった。ガルドから降りたウィンダとエリアルはユウキの元で立ち尽くしていた。

 

「ユウキ……?」

 

 ウィンダが震えた声で彼の名前を呼ぶ。返事はない。彼の口から声が発せられることは二度とない。震える足を無理やり動かして近づく。彼の体をゆすっても反応はない。

 嘘だと信じたかった。

 これは夢なのだと思いたかった。

 でも、この手に伝わってくる冷たさがリアルなのだと伝えている。

 体が震える。冷や汗が止まらない。心に残っていた最後の光が消えていくのが分かった。

 

「あ、ああああああああああああ!!!!!!」

 

 真実を目撃し、体感してしまったことでウィンダの糸が切れた。絶望に染まった声を上げ、その場に膝から崩れ落ちる。

 父を失った直後に、どこか心の拠り所にしていたユウキが死んだ。そのショックはあまりにも大きい。彼の胸の上で泣き崩れるウィンダは理不尽な現実に向かって叫んでいた。

 

「どうして……何で……ユウキは必死に元の世界に戻ろうとしていただけなのに!!」

 

 思い返せば自分が巻き込んでしまったのだ。あのリチュアとの戦いの時、自分がもっと力をつけていれば彼を戦いに巻き込むことなどなかったのに。

 そんな動けないウィンダの横を通過して、エリアルは石化した銀河眼に触れる。

 

「エリアル……悲しくないの!!?」

「……」

 

 声も上げることなくことを冷静に見て行動するエリアルにウィンダは怒りを覚える。現状、エリアルが行っていることは正しい。泣いても何も変わらないのはわかっている。それでも、彼を少しでも想っているのであれば涙を流してもいいだろう。

 呼びかける声にエリアルは反応しない。ただ黙々と石と化した銀河眼を触っているだけ。その無神経に見える行為がウィンダにさらなる怒りを覚えさせる。

 

「エリアル!!!ユウキが……ユウキが死んじゃ___」

「うるさいっ!!!!!!!!!黙っててよ!!!」

 

 その声は悲鳴に近い泣き声だった。振り向いたエリアルの瞳からは大粒の涙がこぼれ落ち、ウィンダと同じように手足は恐怖と絶望で震えていた。

 エリアルが何も感じないわけがない。ウィンダ以上に彼と関わりすぎた彼女の心は大きく変わっている。かつての彼女ならきっと動じなかったのだろうが、今は違う。母に認められたかった冷酷な狂信者は一人の青年を思う少女に戻っていた。

 瞳からこぼれる涙は止まることを知らない。彼女が必死にこらえようとしてもその涙は地面をぬらし続ける。この現実をかき消すように震えた声で叫び続ける。

 

「信じるもんか!信じるもんか!!こいつが・・・・・・こいつがこんなところで死んでるなんて、絶対に信じてあげないんだから!!!」

「でも・・・・・・!でもっ!!」

「こいつは死なせない。僕をこんなに滅茶苦茶に引っかき回しておいて、勝手にどこかに行って勝ち逃げなんて絶対にさせてあげない!!」

 

 自身が持つ膨大な知識の中から『死者の蘇生』という奇跡ともいえる結果を導き出すための手がかりを探す。今まで命を奪うために使ってきた知識を今度は救うために、エリアルは頭を回転させる。

 

 そうして、無謀で無茶な案が頭に思い浮かぶ。

 

 何かを発する前にエリアルはすぐさま行動に移す。地面に転がっている石で地面を削り、石化した銀河眼と動かないユウキを囲むように描かれるのはリチュアの魔方陣。ウィンダはエリアルが何を行おうとしているなど知るよしもなかったが、本能的に無茶を行おうとしているのが感じ取ってしまい口を開く。

 

「エリアル、一体何を?」

「今からこいつを蘇らせる。今そこにある、銀河眼の魂を使って」

「でも、銀河眼は・・・・・・」

「死んでない。かすかに魂の反応がさっき触ったときに感じ取れた。銀河眼なんていう巨大な魂があれば、儀式は絶対に成功する___させる」

 

 エリアルが先ほどから石化した銀河眼を触っていたのはこのためだったのだとウィンダは気づいた。彼女にリチュアの儀式の知識は全くない。一体どうなって、どんなリスクがあるのかわからない。だが、見ているだけなのは彼女の心が許さない。

 体力もろくに回復しておらず魔方陣を書いている今もフラフラなエリアルの元へと駆け寄り、その体を支える。

 エリアルは何も言わなかった。

 そんな必死に魔方陣を地面に書き込んでいく二人を上空から見つけたものがいた。

 

【何をしているのですか? 母の許しもなく】

 

 ___その声は二人の魂を震え上がらせる。

 

 上空を見上げてようやく気づく。なぜその威圧感にここまで近づかれなければ気づけなかったのだろうと、疑問に感じてしまうほどにその存在は二人に殺意を向けていた。

 

「___創星神」

「___Sophia」

 

【消したと思っていたのですけどね。まだ、体は残っていましたか】

 

 破壊のオーブを輝かせ、先ほどまでユウキが必死に避け続けていた破壊の黒線が無数に分裂して雨のように降り注ぐ。二人に防ぐ手立てはなく、この場から走り出すことも今の体力では不可能に近い。それでもウィンダはエリアルの手を引いて無理をしてでも走り始める。

 この間は数秒にも満たない刹那の時間。

 だが、戦場では命が奪われるのには十分すぎる時間だった。

 

 

 

 

 

「_____キューイ!!!!!」

 

 一匹の鳥獣の鳴き声がウィンダの耳に響き渡る。そのいつも聞いていた声の方へと振り向くと、小さな緑の羽がヒラヒラと空中を舞っていた。

 二人に迫ってきたはずの破壊の雨は一時的に止み、その瞬間でソンプレスたちがSophiaとの間に入り攻撃の軌道をそらし逃げそびれた二人を守る。それた破壊の力は大地にぶつかり、周辺にあるわずかな自然を完全に消し去った。

 わずか数十秒の出来事だった。

 

「____ガルド?」

 

 ウィンダの視線には相棒がつけていたはずの防具が地面に転がっている。エリアルの手を無意識に離し、防具へと近寄り腕を振るわせながら手に取った。

 彼女の呼びかける相棒はいない。先ほどまではエリアルとともに空を飛んでいたはずなのに。まだ、感謝の言葉も伝えていないのに。まだ何も、恩返しもできていないのに。

 彼女が幼い頃から一緒に暮らしてきた最高の相棒は、一瞬のうちに彼女の前からいなくなってしまったことに、ウィンダの頭が追いついてこない。

 

 もう、何も知りたくなかった。もう、何も見たくなかった。

 

 目の前が真っ暗になって、立ち続ける力も失われた。糸が切れたマリオネットのようにウィンダはパタリと倒れる。

 

「・・・・・・」

 

 エリアルは何も言えなかった。自分が何かしても、今の彼女には何の意味のないことがわかっていたから、自分がやろうとしていたこと___ユウキの蘇生に再び着手する。

 どうやってももう一度Sophiaの破壊を防ぐことはできない。であれば、その機会が来る前に儀式をやり遂げるしかない。恐怖で震え上がる足を無理矢理動かして、地面に魔方陣を書き込み続ける。

 上空で繰り広げられる一方的な戦いの音に震えながらも、エリアルは一人で魔方陣を書き続け、ついに完成させた。

 

「___儀式、開始」

 

 エリアルの宣言とともに魔方陣から青白い光が発生し、動かなくなったユウキと石化した銀河眼を大地から照らす。

 破壊の力は先ほどから絶え間なく地上に降り注いではいるが、三人の戦士がエリアルとウィンダ、そしてユウキに直撃しないよう反らし続けている。逆を返せば、アバンスたちにしたように防御壁をもう張る力がないとこと知らせていた。

 今までのように魔術名を唱えるだけの簡単かつ既存の儀式ではない。決まった詠唱もない。エリアルですら知らない蘇生の儀式。持てる知識をすべて注いで、震える口を無理矢理動かす。

 

「集え、星の光よ。集え、銀河の力よ。未知からなる神秘よ。我が声に応えよ」

 

「地に落ちた魂を呼び戻せ。闇に葬られた魂を導け。永遠の眠りについた魂を起こせ」

 

 エリアルは膝をついて祈る。本来祈るべき対象の神は目の前で自分を殺そうとしているのに、一体誰に祈るのだろうか。そんなこと、彼女自身が知らない。

 ただただはかない祈りを乗せた詠唱。あるかどうかもわからない未来に想いを乗せる詩。今はこれしか彼女にはできない。

 

「銀河の眼よ___お願い・・・・・・お願いです・・・・・・あいつの魂をその力で取り戻して!!」

 

 叫んだ。ただ、エリアルは叫んだ。根拠もない銀河眼の力を勝手に信じた。

 誰でもよかった。誰でもいいから、彼を助けてくれと彼女は吐き出した。

 手を組み、瞳をぎゅっとつむり、祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【無意味なことを】

 

 

 

 

 黒い雨が降った。万物を破壊し消し去る黒い雨。

 

 少女たちに降り注がないようにしていた星の戦士たちが、ついに限界を迎える。

 

 一つの破壊の力が少女たちの付近へと向かっていき_____

 

 竜の石像へと、落ちた。

 

 

 

 破壊の力が間近に落ちたことによって周囲に暴風と衝撃が広がった。土が舞い上がり、石が皮膚を切り裂く速度で飛び、周囲にいた者たちを容赦なく吹き飛ばした。

 大地に書かれていた魔方陣はあっという間に消え去り、少女たちは宙を舞った。

 

「危ないっ!」

 

 とっさに駆けつけたローチとソンプレスが二人の体を受け止め、衝撃からは守り抜いた。さすがエクシーズの力を持った者といったところだろうか。気を失っているウィンダもさすがにこの衝撃で目を覚ます。

 

「二人とも、大丈夫か!!?」

「・・・・・・ローチさん? だ、大丈夫です」

「ううん・・・・・・っ、あいつは!!?」

 

 地面に下ろされたエリアルはすぐさま先ほど自分がいた地点へと視線を向けた。吹き飛んだ石で顔や腕に傷を作っていることにも気づかず、彼女は土煙が上がる地へと顔を向ける。

 見つめる土煙の中から、一つの陰が飛び出してきた。黒と白が混ざり合った戦士、ヴェルズ・ケルキオンだった。ユウキを抱え、四人の元に降り立った。

 

「セイクリッド、異世界の彼は!」

「・・・・・・命の鼓動は、感じられない」

「っ・・・・・・ユウキさん」

「そんな・・・・・・」

 

 地面に下ろされたユウキの瞳は閉じたままで、動く気配はない。それだけでも十分希望は失われたがさらに追打ちをかける光景が彼女たちの前に広がった。

 煙が晴れ、そこにあったのは粉々に砕け散った石像。無残な姿になり果てた銀河眼だった。

 

 ユウキは目覚めず、銀河眼の魂も失った。

 

 エリアルからあらゆるものが消えていく。体を支える力も、今を見る瞳の光も、今にあらがう心も、生きようとする意思すらも・・・・・・。

 止まったはずの涙は再び流れはじめ、止まることも、止めることもない。声もなく、体が震えることもなく、彼女の中から溶け出して外に出て行っているようだ。

 

【そんなにまとまって、ずいぶんと呑気ですね】

 

 固まっている全員に向けて、Sophiaは創造と破壊のオーブを輝かせ無数の武具と破壊の力を振り下ろす。回避は不可能、直撃すれば命はない数の暴力。

 全滅を避けるため、ケルキオンとソンプレスは無理矢理力を絞り出し黒と白の防御壁を展開する。残り少ないその力ではわずかな時間しか稼げなかったが、ローチがウィンダたちを抱えて移動。全滅だけは避けることに成功する。

 息をあげるソンプレスとケルキオン。ローチもすでにオーバーレイユニットを使い切り満身創痍に陥っていた。ウィンダも創星神復活の際に魔力を奪われ、十分な回復魔術を行使することができない。

 敗北と世界の破滅の音が、すでに聞こえ始めていた。

 

「これ以上は保たないかな・・・・・ソンプレス、それでもまだ戦えるかい?」

「当然、です。この力は我らが長クリスタさんから受け継いだ、ジェムナイトの力そのもの。それを受け継いでいる私がここで諦めることは、ジェムナイトが諦めたということ。それは、絶対にさせません!」

「そうだね・・・・・・ここで諦めてたら、オメガに笑われちゃうね・・・・・・!」

 

 それでも、神殺しの天使と悪魔は立ち上がった。自分たちの中に流れている力は、ただ彼ら個人の力ではない。

 散っていったジェムナイト、託したセイクリッド、奪ったヴェルズだけではない。ダイヤを救ったラヴァル、協力したリチュア、ともに戦ったガスタ。そして___異世界の青年の意思。

 そのすべてを無駄にしないために、自分たちが生きるために、その力を振るうと決めているのだ。たとえ、自身の命が今燃え尽きようとも!

 

「「創星神!この星は___我らが守る!!」」

 

 ボロボロになった翼をはためかせて再び飛ぶ。神にあらがえるのは自分たちだけだ。後ろにいる今まで自分たちを支えてくれた者たちに笑みを浮かべた横顔を見せて、自らを燃やし尽くす死に場所へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 神殺しが再び死地へと戻っていく中、彼らに目もくれることなく彼女は泣き続けていた。

 近くにいる観測者の悪魔と、幼なじみの巫女が世界の行く末を決める抵抗を見守る中であっても。次の瞬間に自分の命がなくなるかもしれない今でも。彼女は動かない彼の胸の上で涙を流し続けていた。

 

 とっくにわかっていた。自分の心はすでに自分で制御できなくなっていることに。

 

 初めて出会ったときから、こいつに興味があった。儀式体の自分を見て、可愛いと言い放った、その意味不明さに。

 

 意味もわからないまま負けて、捕虜になって___やけに優しくされて。

 

 インヴェルズのとき、泣いていた自分を慰めにきた___来てくれた。

 

 リチュアに捕まったときも、あいつは自分に出会った途端に笑った。

 

 その後、あいつはふらふらになりながらもヴァイロンに消去されそうになった自分を守った___守ってくれた。

 

 それから、あいつがリチュアにやってきて、世話係になって。

 

 自分を認めてくれて、看病してくれて、改めて自分に告白してくれて。

 

 それが、本当にうれしくて。体調が崩れているときじゃなくなっても、体が熱くて。ぽかぽかして。

 

 ずっと押さえてたのに。ずっと『僕』はずっと我慢してたのに。

 

 彼が、『私』を溶かしてしまった。

 

 今だってほら。ただの女の子みたいに泣きじゃくっている。昔の僕みたいに。

 

「目を、開けてよ・・・・・・」

 

 声が震える。嗚咽が混ざる。

 

「まだ、君のこと、全然知らないんだよ・・・・・・」

 

 君は僕のことは何でも知ってるのに。

 

「もっと、いろんなこと教えてよ・・・・・・」

 

 君の家族のこと。君の世界のこと。君が使うカードのこと。君が__どんな生活をしていたのか。

 

「もっと、僕を認めてよ・・・・・・」

 

 魔術を作っているところを見てよ。すごいって言ってよ。流石って言ってよ。

 

「僕をなぐさめてよ・・・・・・」

 

 泣いている僕を助けてよ。この涙を君が止めてよ。

 

「名前を呼んでよ・・・・・・!」

 

 嬉しそうに呼ぶ君の声が、忘れられないんだ。

 

「僕・・・・・・まだ、君の名前を呼んでないんだよ・・・・・・!」

 

 意地を張って、ずっと呼ばなかった。今になって後悔しているんだ。

 

「だから・・・・・・お願いだよ・・・・・・」

 

 お願い・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 _____目を開けてよ。

 

 

「ユウキ・・・・・・」

 

 少女は初めて彼の名をつぶやく。今更何の意味もないとわかっているのに。失ったものの名前を呼んでも、返事が返ってくるはずがないと知っているのに。

 それでも、言いたかった。せめて、せめて、この心残りだけは取り除きたかったから。

 

 

 

(やっと、呼んでくれた)

 

「__え?」

 

 その祈りは、願いは、銀河に届けられた。

 

 

 

 

 

 

 ここは・・・?

 

『死後の世界だ』

 

 !!? 銀河眼・・・・・・?

 俺の目の前には真っ暗な空間と、よく知っている俺のエース『銀河眼の光子竜』が浮かんでいた。

 ただ、輪郭はぼやけてしっかりと姿を目視することはできない。

 おかしいのは銀河眼だけじゃない。俺も言葉を話しているはずなのに、口が動いているように感じない。というより、何も感じない。リチュアの牢獄ですら何かしらの感覚は存在していたのに。

 

『そりゃ死後の世界だからな。何もないだろうよ』

 

 死後・・・・・・。そうか、俺は、Sophiaに負けたのか。

 あの攻撃を見事に突破されて、そのまま銀河眼を破壊されて、地面に・・・・・・。

 

『情けねえ最期だったよな』

 

 _____ああ。本当に、情けない。

 あの世界がどうなってしまうのか、どうすればいいのか。わかっていたのに。

 結局、俺をあの世界に呼んだナタリアさんやノエリアさんに申し訳ない。

 

『だけならいいんだけどな』

 

 ・・・・・・。

 

『わかってんだろ? あのクソ女神は、おまえの知ってる女神じゃねぇ。当然、神殺しのことも知ってる』

 

 ・・・・・・じゃあ。

 

『間違いなく、あの世界は滅びる』

 

 エリアルも。

 

『消える』

 

 それは、だめだ。

 

『でも、俺らはもう死んでる』

 

 っ・・・・・・どうすりゃいいんだよ。

 エリアルだけじゃない。ウィンダにファイにアバンスにエミリア。ラヴァルだって全滅しなかった。あんな世界があったっていいはずだ!なのに!!

 

『____ああ。よかったぜ。お前がこのまま諦めるなんてことしなくてよ』

 

 銀河眼?

 さっきからやけにおとなしいエースにどこか違和感を感じる。性格だけじゃない。輪郭もさらにぼやけてきて、粒子になって光が消えていく。

 

『お前の想いは、あの女に届いてたみたいだ。あいつは俺の残っていた魂を使って、お前を蘇生させる儀式を行ったらしい』

 

 そんなことが可能なのか?

 そう問いかける前に銀河眼がその答えを教えてくれた。

 

『結論から言うと、無茶苦茶な儀式だ。召喚獣であり、人の魂なんかと比べれば遙かに強大な竜の魂をただの人間に使ったら、お前の体が吹っ飛ぶ』

 

 意味ねえじゃねえか!!?

 

『だから、俺は消えることにした』

 

 ____は?

 ちょっと待て。お前、何を言っているんだ?

 光となっている銀河眼の表情はわからないが、その声色から言葉が冗談でも何でもないことがわかった。

 

『巨大な魂でも何も書かれていない空白の魂なら、お前という存在を書き込むことで無理なく儀式ができるだろうよ』

 

 でも、お前の言葉通りなら!!

 

『うるせえ。元々俺は作られた存在だ。世界を救うために生み出された召喚獣だ。それを成し遂げられなくなるよりましだ』

 

 消えるんだぞ!!?

 

『知ってる。その上で、俺が選んだことだ』

 

 どんどん銀河眼の光が消えていき、竜の形すら崩れ始めていた。広大な銀河が闇に溶けていく様は、悲しいほどに美しかった。

 

『自分のやれることをやる。お前の口癖じゃねえか。俺も同じだよ。お前の召喚獣として、世界の未来を変え、お前を守る。それをかなえるためには、これが一番だ』

 

 でも・・・・・・でも!!

 

『わかってるよ。お前が俺のことをどれだけ信頼していたかなんて、お前が俺を使ってデュエルしているときから、ずっとな』

 

 銀河眼っ!

 消えていく。俺の相棒が、俺が一番好きなモンスターが。闇の中へと消えていく。

 涙は感じられないのに、俺は泣いていた。体もないのに、手を伸ばしていた。

 

『ありがとよ。お前が俺を使ってくれて嬉しかった。____頼むぜ、あの世界を救ってくれ。俺の、相棒!』

 

 銀河眼の体が光の粒子となって崩壊した。その光は吸い込まれるかのように俺の中に入ってきて。何も感じなかった俺の体の感覚が戻ってきた。今までとは違う、人ではない力が俺の中にたまってくる。

 体が再構築され上を見上げると、かすかだが小さな光が見えた。

 夜空に浮かんだたった一つの星のように、その光は輝いていた。

 

『ユウキ・・・・・・』

 

 名前を呼ばれた。その声は泣いていた。その声はずっと聞きたかった声だ。

 弱々しくて、壊れてしまいそうな今の彼女が俺を呼んでいる。

 グッと足に力を入れて、膝を曲げる。あの星をつかむために、俺は跳ぶ準備をする。

 人間じゃ、あの星は手に入れられないだろう。___だが、今の俺の中にはあいつがいる。

 星々が浮かぶ銀河を瞳に宿す、未来を司る光の化身が。

 

「___未来を、変えてくるよ。銀河眼!!」

 

 ____跳んだ。飛んだ。暗闇を一気に突き抜けて、その星へと、俺は入っていった。

 

 

 

 

 

 絶望しかないはずの端末世界に光が差し込む。

 エリアルの目の前からまばゆい『赤い』光が立ち上り、その高さはSophiaの大きさを超えこの周囲だけでなく、この大陸のすべてを赤く照らしていた。

 赤い光は決して不穏な雰囲気を漂わせることはなく、見ている者すべてに消えていた心の火を再び灯した。それは、神殺しの二人も同じで理屈はわからないものの、何か『希望』が生み出される予感を感じさせた。

 

【___なんですか、これは】

 

 ただ一体。この現状を理解しようとしないSophiaだけは拒絶の声を上げる。

 感じ取ったのは、目の前の二体よりも恐ろしい何かが生まれようとしているということだけ。

 

「逆巻く銀河の光だよ。この世界の未来を変える、希望の光だ!!」

 

 赤き光は徐々に小さくなっていき、地上に一点だけ輝いている。そこに立っていたのは、永久の眠りにつかせたはずの生命。

 自分から生まれず、慈悲をかけたというのに、刃向かってきた異世界からの異物。

 それがなぜ、また動き出している?

 

【高屋・・・・・・ユウキぃぃぃ!!!!】

 

「ユウキ・・・・・・嘘・・・・・・だって、ユウキは・・・・・・」

「ユウキ・・・・・・まさか、君が生き返るなんて・・・・・・想像もできなかったよ」

 

 赤いオーラをまとって復活したユウキを見て、ウィンダとローチは静かに感極まった声をこぼし、エリアルはただ涙を流して彼の顔を見上げていた。

 今も涙を流す彼女に小さく笑みを返す。

 

「ごめん。いっぱい泣かせちゃった?」

「うっさい!!!・・・・・・遅いのよ、バカユウキっ!!!」

 

 罵倒しながらも、涙を流しながらも、エリアルの表情は確かに笑みが浮かんでいた。そんな素直ではない彼女にユウキも思わず声を漏らす。

 

「バカは余計だよ。でも、ありがとう。君の声が、俺を呼び戻してくれた」

 

【そんなことがあり得るわけがない!!!なぜ、なぜ魂も消え去った異物が、ここにいる!!?】

 

 復活して初めて創星神Sophiaは想定外の現状に絶叫する。前の世界を『再星』した後、様々な可能性を見てきた。自分が天使と悪魔に打ち倒される未来も、そのときに自身が持つ力を奪われることも知った。

 そして、見つけた。すべてをつなぎ止める未知の力『ペンデュラム』を。

 その力を手に入れ、自分が打ち倒されるという未来を完全に消したはずなのに。

 この世界は、自分の手のひらの上にあるはずなのに、なぜ自分の思い通りにならない!!?

 

「エリアルと、俺の相棒のおかげだよ」

 

【たかが・・・・・・たかが召喚獣の分際でぇ!母に、この創星神に!刃向かうというのですか!!】

 

「どうしたんだよ創星神。ずいぶんと、焦ってるじゃないか。____お前も気づいてるんだろ? 未来は、確定なんてしてないってことを!」

 

 ユウキの叫びと連動して、デッキトップが黄金に輝く。正真正銘、最後のドローカード。そのカードに指をかけ、ユウキは瞳を閉じる。

 この世界をかけたドローとなるはずなのに不安はなかった。ただ、確実に希望のカードが来ると、確かな感覚が彼の中にはあった。力強く、最後の一枚を引き抜く。

 

「ドロォォォォォーーーー!!!!」

 

 最強の決闘者のカードはすべて必然。ドローカードすらも決闘者が導く。

 彼が憧れていたアニメのキャラクターが言った一言だ。

 自分が最強だとは思わない。だが、今ある信念はかならず導いてくれると、ユウキは信じた。

 そして___希望のカードは彼に答えた。

 

「俺はマジックカード『未来への想い』を発動!!」

 

 そのカードはまさしく未来を切り開く魔法。

 カードが発動されると、ユウキの前の大地に光の穴が突如として3つ現れる。

 

【させません。これ以上、異物に母の世界を壊させは__】

 

「それは!」

「こっちの台詞ですよ!!」

 

 ユウキを排除しようと躍起になるSophiaだったが、彼女の台詞をそのまま返すようにソンプレスとケルキオンが攻撃を再開させ妨害する。

 二人の妨害に感謝しながら、ユウキはカードの宣言を続ける。

 

「未来への想い__このカードは自分の墓地にあるレベルの異なるモンスター三体を攻撃表示で特殊召喚する!蘇れ、希望の光放ちしモンスターたち!レベル4 フォトン・スラッシャー! レベル5 銀河戦士! そして、レベル8 銀河眼の光子竜!!」

 

 三体のモンスターが今再び蘇る。違う点は、それぞれ体の発光がなくなり力が失われていること。そして、銀河眼が何も言葉を発しないこと。

 その意味など、確認するまでもなくユウキはわかっていた。もはやほかのモンスター同様に、明確な意思などない召喚獣になっただけ。その魂は、自分の中に生きている。

 

「ただし、この効果で特殊召喚されたモンスターの効果は無効化され、攻撃力は0となる。そして、俺はこのターンにエクシーズ召喚以外の特殊召喚ができず、もしエクシーズを行わなかった場合、ライフを4000失う」

「それって・・・・・・レベルの異なるモンスターしかいないのに、エクシーズ召喚しなきゃいけないってこと!?」

 

 ウィンダの叫びは正しい。エクシーズ召喚には同レベルのモンスターが必要であり、現在ユウキの手札は0。通常召喚することもできない。

 一見、ただの無駄打ちに見えるようなカード発動。だが、彼の闘志は消えることなく燃え続けている。なぜならば、彼にはまだ最期に伏せていたカードが残っているのだから。

 

「未来への想いは星となり、願いとともに光を導く!リバース発動『星に願いを』!!」

 

 貪欲な壺で引き当てたもう一枚のカード。それがこの『星に願いを』だった。

 

「このカードは自分のモンスター一体を選択し、同じ攻撃力もしくは守備力を持ったほかのモンスターのレベルを選択したモンスターと同じにする!選択するのは___銀河眼の光子竜だ!!」

 

 今現在、スラッシャーとソルジャーは銀河眼と同じく攻撃力が0。条件は満たしている。

 『星に願いを』から放たれた光がスラッシャーとソルジャーを包み込み、二体のレベルを銀河眼と同じ8へとそろえる。

 ユウキは最後までイラストが浮かび上がらなかったエクシーズモンスターカードを取り出す。このカードの正体、それは銀河眼、そして自分の魂にして、現状の最強カード。

 神をも打ち倒すであろう、超銀河の龍の姿がカードに浮かび上がった。

 

「俺は!レベル8となったフォトン・スラッシャー、銀河戦士、銀河眼の光子竜の三体で、オーバーレイ!!三体のモンスターでオーバレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚!!」

 

 右手を上空へとあげると、その先に今までとは違う赤い銀河の渦が生まれる。その中にユウキのモンスターたちは光となって飛び立ち、一つになる。

 三体が銀河の中へと入り込むと赤い爆発が起き、ユウキの前に一本の槍が現れた。そのアニメで何度も見た槍を手に取って、力の限り上空にある銀河の渦へと投げ込む。

 槍が渦を貫くと、今度は金色の爆発とともに新たなる召喚獣が降臨する。

 両肩に竜の頭を宿し、巨大な翼と尾を携え、その眼に逆巻く銀河を宿す赤き光の竜。

 

「逆巻く銀河よ!今こそ怒濤の光となりて、その姿を現すがよい!____降臨せよ、『我ら』が魂!!!」

 

 鋭き爪を生やす両腕を広げ、生まれ変わった体を回転させるとユウキと銀河眼の魂の化身は世界を震わせる咆哮をあげた。

 

 

 

 

「超銀河眼の光子龍!!!!!」

 




我「ら」が魂、なのがポイント(細かい)

次回、ついに決着


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話ー後編 黄金の空、蒼の大地、赤き星

超銀河眼VS創星神

世界の未来は___はたして。


 対峙する超銀河眼と創星神。超銀河眼の大きさは銀河眼よりも少し大きくなった程度だったが、存在感は遙かに増しておりSophiaと同じように世界に光を放っていた。ユウキのまとうオーラと連動するように放たれている赤い光は、この星の最後の希望のように見る者は感じていた。

 

【___光の竜を進化させた、のですか】

 

「ああ。超銀河眼の光子龍、俺と相棒の力の結晶だ。早速受けてもらおうか。俺たちの怒りを!」

 

【確かにその竜の力は増していますね。ですが、母が保つ破壊と創造の力の前では無力なのをお忘れですか!】

 

 心を落ち着かせるためか、勝ち誇ったかのように宣言し二つのオーブを起動させようとするSophia。いくら進化した銀河眼でも、神の権限である破壊と創造の前では無力だとユウキ自身もわかっている。なにせ、オネストを使っても数秒の抵抗が限界だったのだ。

 だからこそ、別の手段をとる。真っ向から立ち向かうのではなく、その力を無力化させる。

 

「ネオフォトンの効果発動!フォトン・ハウリング!!」

 

【なっ______がっ】

 

 ネオフォトンがSophiaに向かって咆哮を放ち始め、その声を聞いた途端にSophiaは頭を抱えて苦しみ始めた。これがネオフォトンの効果の一つ。銀河眼の光子竜をエクシーズ素材にしてエクシーズ召喚されたとき、フィールドのすべてのカードを無効化する。

 そして、カード効果だけがそのまま通用する訳ではないこの世界で効果が適用されていると言うことは、ネオフォトン後からが神にさえ通用するという力の大きさを表していた。

 その力はユウキが思っている以上に強力で、Sophiaや破壊と創造のオーブを無力化しただけでなく、その中にあった『つながり』さえも断ち切った。

 

「ソンプレス!ケルキオン!今だ!!」

 

 ローチが観測者としての力を発揮し、つながりが無力化されたことを見抜いて上空にいる二人に大声で伝える。その意味を瞬時に理解し、二人の戦士はオーブに接近。そのまま武器を突き立てる。

 

 今度こそは。

 

 決死の覚悟で飛び込んだ二人の中に、神のみが所持することを許された力が入り込んでいく。前のように、何か邪魔な力が働くことはなかった。

 強奪はついに成功し、二人の胸には破壊と創造のオーブが埋め込まれる。その強大な力は即座に二人の外傷を消滅させ、気力を完全に復活させた。

 

【返しなさい___それは、母の力です!!!】

 

 手を伸ばすSophia。だが、もう両手に万能の力はない。奪った二人はその指の間からすり抜けていった。

 

【なぜ、なぜです。なぜ、母の言うとおりにならないのですか!!? この出来損ないどもめぇ!!!!】

 

 ついに口調も崩し、世界の母は怒りを子供たちにぶつける。創造と破壊の力を失っても、女神の力は健在。Sophiaの本来の力で白いエネルギーを胸の前で集め、ネオフォトン、ソンプレス、ケルキオンの三体へと分散させて解き放つ。

 ユウキたちはそれに反応。黒の破壊の力、白の創造の力、赤の銀河の力を集中させて襲いかかるビームに衝突させてかき消す。

 地上のユウキが念じると、その身体は一瞬でネオフォトンの中へと転移した。これも、銀河眼の魂を宿したからできたことだ。

 

「ケルキオン!ソンプレスちゃん!このままいこうか!!」

「ああ!頼むね、異世界の青年__ユウキ!」

「決着をつけましょう!創星神!」

 

 

 神殺しの天使と悪魔、そして赤き銀河の竜。三体の力は女神と同等に渡り合っていた。ケルキオンは黒い雷をSophiaにむかって振り落とし、ついに明確なダメージを与え始める。破壊の力は神の体さえも砕く。

 ソンプレスは上空に無数の星の光を出現させると、杖で星々を操る。その動きはまるで天の川のようで地上にいる者を魅了する。もちろん、ただ美しいだけではない。その星々は鋭利な刃となってSophiaの身体を切り裂き、地上と仲間を余波から守る盾となる。

 そして、ネオフォトンは直接攻撃へと移っていた。空中で急加速を行ってそのままタックルを顔面に食らわせたり、三つの頭から放たれる赤い光線で肌を焼き尽くす。Sophiaからの攻撃も自身の光線だけで相殺し、ソンプレスたちの手助けなく戦えていた。

 

(でも___まだ、押し切れない!)

 

 それでも、Sophiaは倒れない。確かにネオフォトンが降臨してから戦況は一変して、ユウキたちの優勢だ。力を奪ったことで周囲に被害が及ぶことも少なくなり、数もこちらの方が多い。このまま押し切れば、勝てる。

 それを妨害しているのは、恐ろしいまでの自己回復能力。

 ネオフォトンの攻撃だけでなく、対象を消滅させる破壊の力で受けた傷すらも見る見るうちに回復しているのだ。

 

(あれか。この星を創った女神だから、この星そのものが回復材料になっているのか?)

 

 日本でいう土地神のようなものだろう。この大地に深く結びついている限り、回復は止められないだろう。だからといって、大地を壊す___星を壊すなんてことをしたらそれこそ全く意味がない。

 それならば、今以上の力で叩くしかないが___今以上の力を引き出せるカードも、戦術も思いつかない。戦いながら頭を悩ませるユウキに突然衝撃が走った。

 

『____バカユウキ!!!』

「!!?」

 

 それは、自分を呼び戻した彼女の声。

 悩んでいるユウキの脳裏に突然エリアルの声が響く。なぜか地上にいるはずのエリアルの声に驚いてよろけるユウキを無視し、エリアルは話し続ける。

 

『あんた、何悩んでんのよ!』

「いや!なんでわかるんだよ!? そもそも、なんでエリアルの声が!?」

『こっちが聞きたいわよ!それよりも何。あんた、進化した銀河眼の力を何で使わないの!?』

 

 まさかそこまで見抜いているとは思っていなかった。いや___彼女なら見抜いてしまうだろう。自分と関わってきた彼女なら。

 おもわずにやけてしまうユウキの表情が脳裏に浮かぶエリアルはジト目で上空のネオフォトンをにらむ。

 

『銀河眼はオーバーレイユニットを吸収して力を増す能力を持っていた。進化した銀河眼も同じでしょ』

「そう。だけど、あいつには___」

『わかった。あんたの小さい脳を回したって何にも思いつかないでしょ。___僕に任せて』

「え」

「ユウキさん!」

 

 ソンプレスの声でようやく前を見ると、Sophiaの打ち出した光属性の魔弾が目前にあることにようやく気づく。今までなら銀河眼が声をかけてくれたのだろう。

 やばいと感じながら、瞬時に両腕で魔弾をはじき飛ばす。多少の痛みはあるがなんてことはない。アバンスにボコボコにされたときの方がもっと痛かった。

 改めて、目の前に集中する。エリアルが動き出したのであれば、絶対に大丈夫だと確信する。

 だって、彼女は自分を蘇らせた_____努力し続けてきた天才なのだから。

 そんな信頼の感情が流れ込んできたエリアル。改めて気合いを入れ直して、ローチへ指示を出す。

 

「ローチ!私とウィンダを連れてここから離れて!」

「何かあるのか!?」

「とにかく早く!」

 

 ローチの脇に抱えられ、ウィンダとエリアルは大地をかける。直撃的な攻撃はないが、激しい攻撃の余波が時々地上に飛んでくる。ローチの体力はそこまで回復していないが、この方法が一番効率よく移動できる。エリアルの考えを実行に移すためには、まず身の安全を確保しなくてはいけないのだから。

 爆音が四方八方から響き渡り、余波が目前に落ちることも少なくなかった。それでも未来を変えるために、観測者は足を止めずただ走り続けSophiaから距離をとる。

 

「___ストップ!!」

 

 ウィンダが急遽声を上げ、ローチは思わず足を止めた。背後を振り返ってみるとSophiaからある程度距離をとることができたようで、先ほどまで間近で感じていた戦闘音が小さくなっていた。

 ここなら大丈夫だと、ローチは二人を下ろすとウィンダはすぐさま走り出してしまう。二人もすぐさまその後を追っていくと、新たなる人影が現れた。赤い髪に褐色の肌をもつユウキの義妹。

 

「ファイちゃん!?」

「ウィンダおねえちゃん!それに、エリアルさんに観測者さん!おにいちゃんは!!?」

 

 服を汚し息も荒げながら、必死になって聞いてきたファイの姿に驚きながらもウィンダは先ほどの状況を簡易だが説明する。ユウキが一度死んでしまったものの、儀式の力で復活したこと。この星の未来を変えるために、今でも戦い続けていることを。

 すべての話を聞き終えたファイの瞳には涙が浮かんでおり、彼女がどれほどユウキのことを心配していたかが誰が見てもわかった。

 

「おにいちゃんもおねえちゃんも、無茶ばっかりして・・・・・・私の気持ちにもなってよぉ・・・・・・」

「ごめんね、ファイちゃん。心配してくれてありがとう。」

 

 ファイをぎゅっと抱きしめるウィンダ。その姿を見てエリアルはちょうどいいと考えた。

 

「ちょうどいいわ。ラヴァル、あんたの力でウィンダの体力を回復させてちょうだい。それが、第一歩になり得るから」

「・・・・・・なんか命令されるとイヤなんだけど」

「ユウキのためよ」

「___いでで!!? ちょっと、ファイ!痛いよ!!?」

 

 ユウキのためと言われた瞬間にファイの抱きしめる力が非常に強くなる。小さく女性であっても戦闘を好むラヴァルの血が流れているのだから、ほかの部族よりも力は強い。思いっきり抱きしめればそれは『治療』ではなく『攻撃』となる。

 傷だらけの身体を抱きしめたのであれば、想像が簡易につくだろう。

 

「・・・・・・フッ」

「なによ、観測者」

「いや、何。少し微笑ましくてな。こんな戦場だからこそ、輝いて見えるものさ。それで、君の考えをそろそろ聞かせてくれないか?」

「わかった。これから行う儀式は____世界を使う」

 

 世界を使った儀式、というローチすら想像もできない言葉に三人が驚きの表情を浮かべる。そもそもそんなこと可能なのだろうか。

 そんな三人に彼女は小さく笑みを浮かべて話し始めた。

 

「この世界に眠る魂、それらを全部オーバーレイユニットに変えてネオフォトンの力にする。世界を創った女神なら、世界をぶつけてやるのが一番だと思う」

「それは___可能なのかい?」

「可能とかじゃない。やるの。私は文字通り『全部』かけるから」

 

 その言葉に嘘はないと感じるほど強い口調。ローチだけでなくウィンダとファイにもエリアルの本気が伝わってきて、全員に覚悟を決めさせるよい機会となった。

 エリアルは全員のスイッチが入ったことを見ると、改めてネオフォトンに力を与える作戦を説明する。

 

「大地に眠っている魂を出現させて、私の儀式でそれをオーバーレイユニットに変える。眠っている魂はウィンダ。あなたが直接呼びかけて地上に出現させる。できる?」

「・・・・・・。・・・・・・やるよ。やってのけてみせるよ。絶対にやってみせる!」

「うん。その意思があれば大丈夫。ラヴァ___ファイはウィンダについていてあげて。あなたの力はきっとウィンダの助けになる」

「もちろん!」

「インヴェルズ、あんたは引き続き安全確保のために動いて。私もウィンダも、動けなくなるから」

「心得た。やりきって見せよう」

「じゃあ_____始めましょう!」

 

 エリアルのかけ声で世界を救うための儀式が始まる。まずは、ウィンダとファイの出番だ。

 ウィンダは地面に膝をつき、両手を握って祈りを捧げる。ファイは彼女の肩に手をおいて、大地に残っているわずかな『暖かさ』を流し込んでいく。

 『子供たち』の最後の反抗が開始された。

 

 

 

 

 もう、十年以上前のことだ。お母さんから亡くなって『巫女』を受け継ぎ、この祈りを捧げ始めたのは。

 受け継いだ、というのはちょっと違うかな。私しか受け継ぐ人がいなかった、から。

 

『おねえちゃん!』

 

 あの声はいつだって思い出せる。絶対に忘れられない声。ガスタで一番明るくて、好奇心旺盛だった私の、大事な妹。

 幼い頃から___トリシューラ様が目覚める前から一緒に遊んで、一緒に寝て、時々ケンカして、最後には仲直りして・・・・・・

 違う。最後はできなかったんだ。

 あれからずっと後悔してた。いつも頭のどこかに引っかかっていた。たまに夢に出て来るほどに。だから、私はずっと・・・・・・。

 

 『巫女』が嫌いだったんだ。

 

 でも、今は違う。

 私には『妹』ができて、新しい『家族』もできて。守りたいって思うものができた。

 『巫女』である自身しかできないこと。家族を、世界を守るための力。

 世界に私の声を呼びかける。

 

『大地に眠りし魂たちよ。私の声に応えてください』

 

 瞳をつむった暗闇の中、その声に反応する物があった。赤、緑、オレンジ___よかった、青色の魂もある。その色は、その魂が持つ属性を示している。青色の魂があるということは、ちゃんとリチュアも魂が眠れているということ。

 いくら多くの命を奪ったリチュアといえど、魂がちゃんと還っていないということは悲しいことだから。

 魂たちに言葉はない。いつかまた転生する時まで眠り続ける。それを無理矢理起こすのだから怒りを買うのは間違いない。さらに、彼らを地上に出現させるとなれば尚更。

 でも、今は彼らの力が必要だ。彼らが生きた世界のためにも。

 

『この世界のためにも、力を貸してください』

 

 短く、的確に言葉を告げた。あと私にできるのは、この魂たちを地上に導くことだけ。言うことは簡単だけど、ここからが一番精神力を使う。

 魂を地上へと導く___『巫女』である私自身の身体を門として、この世へ再び呼び出す。一応、行うことができるとは知っていた。だけど、やりたくもなかった。

 たとえ、この方法で呼び寄せても転生の邪魔をして魂が消えてしまうだけだから。

 自分の身体に魔力をまとわせて、魂たちを解放する門として確立させる。多分、ファイちゃんが回復させてくれなかったら、痛みでうまく集中できなかっただろう。

 徐々に魂たちが私に近づいてくる。ふよふよと揺れながらこちらに来るのは確かにきれいなのだが、私は悪寒をずっと感じていた。なぜなのか。それはすぐにわかった。

 赤い魂が(わたし)に触れた。

 

 その瞬間、脳裏にイメージが浮かんだ。

 

 私の目の前を、血が覆い尽くした。

 痛い痛い痛いいたいいたいたいイタいイタいイタいイタイイタイイタイ

 死にたくないシニタクナイシニタクナイ死にたくない

 

「っ!!!!!」

「おねえちゃん!」

 

 思わず目を開けてしまう。いつの間にか息は荒くなり、汗はびっしょり。目の前にはファイちゃんが心配そうに私を見ていた。

 

(今のは、魂の『穢れ』・・・・・・)

 

 死んだ魂は無念や後悔と言った負の感情がにじみ出るものらしく、転生する際に浄化されると聞いていた。つまり、転生前の死者の魂は穢れを内に秘めている状態、らしい。

 先ほど見たのは、きっとインヴェルズに殺されたラヴァルの最期の記憶・・・・・・。

 過剰に痛みを味わい、身体をむさぼられながら___

 

「うっぷ・・・・・・」

 

 想像しただけで、嗚咽感が止まらなかった。何度も戦いがあったのに、やっぱり何度見ても命が消える場面は慣れない。

 たった一人だけで、この反動が来る・・・・・・。

 じゃあ、眠る魂全員をこの身に受けたら・・・・・・?

 想像したら、身体が凍てついた。

 

「・・・・・・ウィンダ」

「エリアル・・・・・・私・・・・・・」

 

 魔方陣を書いていたのだろうか。短くなった木の棒を握ったエリアルがこちらを見に来た。そんな時間はないのに、彼女はどこか心配している瞳で私を見ていた。

 そして、どこか申し訳なさもその瞳に映していた。

 

「できる?」

「・・・・・・やるしか、ないもんね」

「君にしかできないから」

 

 短い言葉だったけど、今までのエリアルにはなかった『温かさ』が私には感じられた。

 ファイちゃんにまた手を肩においてもらい、再び目を閉じる。そのまま集中して、再び自身を門に変換する。時間がない。急がないと。

 再び魂を見ると・・・・・・恐怖で心が震えた。私がしっかりしなくちゃいけないのに、さっきの衝撃がフラッシュバックしてしまい、魂を受け入れることを拒絶してしまいそうになる。

 

(ダメダメ!逃げちゃ・・・・・・逃げちゃ・・・・・・)

 

 魂が私に近づき、そして触れた。

 打し出されたのは、やっぱり真っ赤な戦場。ぶちまけられた血、転がる肉塊。命が消えていく。死にたくないと叫びが上がる。それをかき消すように、血が舞い上がる。

 魂が一つ、また一つ、私の身体に入っていき、地上へと出て行く。

 

 

 ぶちり、ぶちり、ぶちり、ぶちり

 わたしのなにかがきえていく。わたしがしんでいく。

 ひきちぎられて、わたしがこまかくなっていく。

 こわれて、ちぎられて、ちいさくなっていくわたし。

 きえる。きえる。きえる。

 わたし、なんのために、こんなことしてるんだろう。

 あ、またひとつ、わたしがしんで___

 

 

『____ウィンダ』

 

 こえが____きこえた。わたしのなまえをよぶ、おとこのこえ。

 

『____生前では、何も父親らしいことができなかったからな。今さらだが、お前を支えさせてくれ』

 

 見えたビジョンは、抱きかかえられた幼い私・・・・・・?

 赤くもない。痛くもない。暖かい、記憶。

 私の肩にファイちゃん以外の手が置かれていた。ゆっくりと後ろを見ると、私と同じ緑色の髪が見えた。

 

「あ・・・・・・」

『魂を地上に呼び戻すなど、身体への負担が大きすぎる。まったく、無茶をするところは母さんに似たな。ウィンダ』

「・・・・・・うんっ」

『上で何が起こっているのかは、お前を通じてわかった。___ガスタの長の力、少し遅くなったがここでご覧に入れよう!!』

 

 後ろから力を感じる。とても大きくて、私を包み込んでくれる森の匂いがする私がよく知っている大好きな感じ。やっと身体の震えが止まった。

 また一つ、魂が私に触れて地上へと出て行く。だけど、いつもみたいに痛い感じがしない。穢れは私の力で浄化されて消えていく。

 改めて、すごいと思った。肩に乗る手から震えは全く伝わっておらず、それどころか力が増したようにも感じた。

 

「___ねぇ、お父さん」

『ん?』

「大丈夫?」

『娘を守る父は強いのさ。心配ない』

 

 お父さんは、強かった。私みたいに折れることもなく、笑みを浮かべ続けていて。私をずっと支えてくれて。

 その優しさに、涙があふれ出てくる。このままずっと、支えてくれたらいいのにって。

 でも、私は前に進まなくちゃいけない。今を生きる者として、この偉大なガスタの長の娘として___世界の未来を変えなくちゃいけない。

 だから、お父さんとはこれで最後。本当に、最期。

 

「お父さん」

『どうした、ウィンダ?』

「今まで、ありがと。私を育ててくれて。私を見守っていてくれて。ずっと大切にしてくれて」

『・・・・・・』

 

 だから、最後にこれだけは伝えなきゃ。照れくさくって、なかなか言えなかった。

 

「お父さん・・・・・・大好きだよっ!」

『ああ、私も、お前を愛している』

 

 その言葉が引き金になってお父さんの力が増すと、魂たちが一斉に私の中に入っていく。まったくダメージもなく、きちんと浄化もできている。

 私はここでも瞳を閉じる。お父さんが全力を出したなら、私だってそれに応えないと!

 

 

 ____お父さん、私、頑張るからね。

 きっと世界を救って、ガスタを、みんなを守るから。

 そして、未来を生きていくから。

 だからね・・・・・・これからも、見守っていて。

 

 

「____これは」

 

 連合軍の本拠地。皆が創星神の復活によって希望を失い、諦め、下を見続けていた。そんな中、誰かが言葉をこぼした。

 変化するはずがない大地が突然黄金色に輝き始めたのだ。

 その輝きは暗い心に差し込む希望の光。暗い闇を溶かし、その瞳に灯火を再びつける。

 

「綺麗・・・・・・」

「すごい・・・・・・」

 

 リーズとカムイはその光景に思わず息をのむ。今まで見てきた中で、最も美しいと思える光景。突然の世界の変容に多くの者が心を奪われていた。

 カームも重い身体を起こし、世界の変容を目にする。そしてその美しさを感じながらも、この現象の正体に気づいていた。

 

「これは・・・・・・死者の魂たちが?」

『ああ。ウィンダがやってくれたよ』

「!?」

 

 背中から懐かしい声が聞こえ、カームはすぐさま振り向く。優しい笑みを浮かべこちらを見つめている男性__ヴァイロンとの戦いで命を落とした父、ムストがそこに立っていた。

 思わず抱きつこうとするカームだったが、ムストの身体が彼女に触れることはなかった。

 

『カーム。落ち着きなさい』

「お、落ち着けるわけありません!だって・・・・・・」

『時間がなくてね。最後に無事かどうかを見に来たんだよ。リーズもカムイも、なんとか生き残ってくれいるんだね』

 

 ムストの身体は徐々に透けていく。この世界に死者の魂が呼ばれた場合、依り代がなければ消えていくだけ。それは神官家のカームもよく知っている。

 だから、今一番聞きたいことを父に質問した。

 

「あの、お父さん。私・・・・・・強くなれたでしょうか?」

 

 ずっと後ろにいることしかできなかった。ずっと、みんなと一緒に戦えなかった。でも、エクシーズの力を得て、邪念に立ち向かうことができた。

 少しは、父から見ても強い女性になれたのだろうか?

 そんな心配そうな顔をする娘に、父親は少し驚いた顔をしてからはっきり答えた。

 

『何を言っているんだ。お前は元々強かったじゃないか。涙を流しながらも、けが人を治し、平和を祈り、争いから目をそらさなかった。私はそれが本当の強さだと思っているよ』

 

 娘の頭を撫でる。感覚はないが、その行為がムストにとっては大切なのだから。

 時間が近づく。ムストはただ呼び起こされただけではない。世界を救うために呼ばれ、一カ所に集まるように指示されている。

 

『さようならだ。私の娘、カーム。お前の未来に幸があらんことを』

「はい・・・・・・!最後に会えて、よかったです!お父さん!」

 

 浮かび上がった魂たちが祈りを捧げているウィンダの元へと飛び立つ。かつての同胞、家族、仲間と短い会話を済ませ再び命を燃やす。

 

 

 

「よし、次は私の番」

 

 集まってくる魂をみて私の出番が来た。私の真下にはリチュアが使用する魔方陣がいくつも描いてある。多くの儀式を行ってきけども、ここまで多くの魔方陣を使用した儀式は初めてだ。

 

 世界を使う儀式

 

 失敗すれば未来は失われるというのに、心は高揚していた。リチュア特有の『未知』に対する好奇心なのだろうか?

 それには、半分『NO』と心で答える。

 本能には逆らえないが、それでもこんな気持ちになっているのはきっと、あいつの力になれるからだ。もちろん、絶対に言葉にできないけど。

 

【何をする気ですか。母の許しもなく!】

 

「エリアルたちの邪魔はさせない!もっとも、そんな余裕はないと思うけどな!」

 

 少し遠くでは、Sophiaとあいつが激突しているのがわかる。今は詳しくわからないけど、あいつの声はどこにいても聞こえるし、何を考えているのかもわかる。

 今は私に攻撃が当たらないように必死こいているようだ。その必死さがポカポカするから、やめてほしいんだけど。

 一回深呼吸。私ならできると、小さくつぶやいて魔方陣に両手を当てた。

 

「儀式、開始」

 

 淡い青色の光が魔方陣たちから一斉にあふれ始める。行う儀式内容はウィンダが呼び出した魂の変換。何度目になるかわからない、ぶっつけ本番の初儀式だ。

 エクシーズの資料にはもちろん目を通している。あいつのデッキのモンスターたちも理解はしている。オーバーレイユニットも知識はある。

 それでも、それに適した魔術がない事から手探りで行わなくてはいけないことに加え、私の魔力がもつかどうかがわからない。

 

「____っ」

 

 さっきからすごい勢いで魔力が吸われて、立っているのがやっとの状態だ。このペースなら間違いなく全部持っていかれる。

 それでもやめることはできない。この儀式に未来がかかっているのだから、最低限私がいなくなっても誰かが魔力を注げば維持できるようにしなければ。魔方陣にはちゃんと組み込めているとは思うが、できるだけその負担を減らさないと・・・・・・。

 私らしくない考えだけど、今はそれでいい。

 青い光が徐々に強くなっていくと、集まってきた魂たちにも変化が訪れる。術式の文字が表面に浮かび上がり、輪郭がはっきりしないぼやけた存在から、はっきりと球体として見えるエネルギーの結晶体__オーバーレイユニットへと変わっていく

 私が知っている中で、最も強いエネルギーをもつ物。この力なら・・・・・・。

 他ごとを考えている体力はない。はっきりと目を開けることも困難になってきて、改めて自分の底の浅さを実感した。

 ・・・・・・プシュケローネの行っていた通りかもしれない。

 私はリチュアにふさわしくない。非情になれないし、才能もない。実力もアバンスやエミリアには劣っているし、やってることは裏方だけ。

 でも、そんな私でもいいって、あいつは言った。

 こんな僕を認めてくれるって、彼は言った。

 あのときの言葉で泣かされたこと。きっと、ずっと忘れない。

 

「ぐうぅぅぅ・・・・・・」

 

 膝が折れて地面についてしまう。両手も地面について、息も上がってきた。

 まだ、まだいける。体勢なんてどうだっていい。大切なのは儀式を続けること。無理矢理意識をつなげろ。干からびるまで、一滴残らずこの儀式に捧げろ。

 ダメだ、なんて、考えるな__!!

 視界はもう黒に塗りつぶされているが、儀式がちゃんと進んでいるのは長年の勘でわかる。そして、多分、もう数分も自分が保たないことも。

 

「ぐ____あ___」

 

 声を上げる力も失われてきた。でもまだ、やれる。歯を食いしばり、残っている力を使って儀式の維持に注ぐ。

 周囲で誰かが話しかけているような気がするが、その声も判別ができないくらいに意識は薄れていた。

 まだ・・・・・・まだ・・・・・・

 ま・・・・・・だ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「無茶するな、エリアル!」

「間に合ったぁ!!!」

 

 

 突如、意識が戻った。何事かと思って目を開けると、私の手を片手ずつ握っている人物がいる。顔を上げると、よく見知った幼馴染みの顔がそこにあった。

 お互いに息を荒くして、服装はボロボロ。多分だけど、ファイと同じようにどこから全速力で走ってきたのだろう。

 手を握ってもらっているから、私だけの魔力がそのまま持って行かれることはない。二人が肩代わりしてくれているのがわかる。

 私と違って、すぐさま倒れそうになるなんて事はなく儀式を続けられている。やっぱり、叶わないんだなぁ・・・・・・。

 

「遅かったわね・・・・・・二人とも」

 

 でも、態度は崩さない。変に昔みたいになっても変な雰囲気になるだけだ。

 案の定、二人は苦い笑いを浮かべて、おいおいという感じだ。

 

「全力で走ってきたんだ。少しは妥協してくれ・・・・・・」

「間違いなく、明日は筋肉痛だね・・・・・・」

 

 アバンスとエミリアはそんな言葉を漏らす。二人とも、明日があると信じている。だったら、僕だって信じなきゃ。必ず、赤き銀河が明日を創ってくれるって。

 二人の魔力も使って儀式を組み立て直す。魔方陣から放たれる蒼い光はさらに強くなる。

 徐々にウィンダの周囲に集まり始めた魂に再び術式が書き込まれ始め、物量を持たない霊的な『もの』から、質量を持ち巨大なエネルギーを秘めた『物』へと変換される。

 発している色は全て黄色に変える。こうすることで、光属性のエクシーズモンスターであるネオフォトンの力を確実に引き出せるはず。

 

 こうして、この世界の魂を変換した無数のオーバーレイユニットが地上に誕生した。

 見渡す限り、黄金に輝く大地が広がっていた。

 その光景は、創り上げた私たちですら息をのんで『美しい』と感じてしまう。

 これが、生命の輝きなのだろう。これが、未来を照らす光なのだろう。

 

 今一度、空を見上げる。赤き光の龍が私たちを守りながら、必死に戦っている姿が目に映った。

 

「ユウキ、俺たちにやれることはここまでだ」

「頼んだよ!ユウキ!」

 

 アバンスもエミリアも、上空で戦うネオフォトンに向かって叫ぶ。

 

「お兄ちゃん!絶対、帰ってこないとダメだよ!!」

「この世界の未来を切り開いてくれ!!」

 

 ローチもファイも、あいつに望みを託す。

 

「ユウキ!未来を___お願い!!!」

 

 短くウィンダも願った。

そして、『僕』もあいつに激励を飛ばす。

 この世界の文字通り『全て』をあいつに託すために。

 

「ユウキ!!!・・・・・・必ず____勝ちなさい!!!!」

 

 できあがったオーバーレイユニットを、一気に空へと解き放った。

 

 

 

 

 

 

「____っだああああ!!!」

 

【いい加減、墜ちなさい!!】

 

 Sophiaが放った衝撃弾をネオフォトン(オレ)は口に収束させた光で同じように衝撃弾を作ってぶつける。威力は互角。周囲に二つの衝撃が広がる前に相殺され、ほんの少しだけ静寂が生まれた。

 次に俺の後ろからソンプレスちゃんが飛び出し、星座の紋章を形取った無数の光弾をSophiaへとぶつけていく。遠くから見たらその攻撃は小銀河に見えるほど美しいものだが、創造の力を奪ったものだ。破壊力が違う。

 

【ちぃぃぃ!!】

 

「おかわりはいかがかな!!」

 

 確実に痛がっているSophiaに向かって、今度はケルキオンが杖から無数の長方体を放出する。これはSophiaが先ほどまで使っていた破壊の力を込めた『雨』の攻撃の意趣返しだろう。身体の複数部分に衝突し、焦げ臭い匂いを放つ。

 ひるんだ今がチャンス。一気に顔面まで近づいて・・・・・・そのまま右腕を振り抜いて思いっきりぶん殴る!!

 

【調子に・・・・・・乗るなぁ!異物めぇ!】

 

 流石に反応するか。殴られる前に虫を叩くように、両手を接近させてくるSophia。

 今までない部位を使うのはまだ慣れないけど・・・・・・腕を振り抜く勢いで尻尾を振り回して、右手にぶつけた。ダメージを与えるためではない。反動で一気に身体の方向を変えて、そのまま翼も使って急加速。潰される前に脱出する。

 大分頭に血が上っているみたいだ。攻撃が大ぶりになってきている。こんなこと、蘇る前の俺なら気づかなかっただろうな・・・・・・。これも、銀河眼の力かな。

 ただ、現状は変わっていない。

 先ほどから与えているダメージはやっぱり自動回復されてしまっており、ソンプレスちゃんの星座弾も、ケルキオンの破壊の雨もダメージがもう残っていなさそうだ。

 やっぱり、エリアルの考えが実行されないと・・・・・・。

 

(というか、なんでエリアルの考えが大体わかってるんだ?)

 

 エリアルの作戦には正直言って驚かされた。オーバーレイユニットがないのであれば、どこから調達すればいい。しかも、神を殺すためには世界を使うとは。理はかなっている。

 でも___魔力枯渇寸前までやるのはダメだ。

 彼女が死んだら、この世界を守りたい理由の半分くらいがなくなってしまう。

 俺が明日を創れるなら____好きな人にも笑っていてほしいから。

 

 大地が黄金から変わり、蒼く染まっている。その色を見るだけでどこか安心してしまう自分がいた。

 蒼い大地から黄色の光球が数え切れないくらいに、俺の周りに集まってきた。空中に浮いているのに、とても重くて中身が詰まっているエネルギー体。まだまだ浮かび上がってくる。

 蒼い大地に黄金の空。

 こんな光景が地上から見えているのだろう。それはきっと、未来に伝えたいほど綺麗なんだろうな。

 俺の横には、正史でも神殺しを成し遂げた伝説の天使と悪魔がいる。そして地上では俺の勝利を願ってくれている人がいる。

 まるで俺が、『英雄』みたいじゃないか。

 

 

 _____みたいじゃねぇ。そうなんだよ。

 

 

「!」

 

 

 _____バシッと決めろ!我が召喚者!!

 

 

 そんな声が聞こえた気がした。だから、俺もあいつみたいに不適に犬歯を見せて笑う。

 

「___そろそろ、決着をつけようか。創星神Sophia!」

 

 俺は自分のオーバーレイユニットを一つ食らい、エリアルたちが用意してくれた世界のオーバーレイユニットを身体に吸収していく。

 超銀河眼の光子龍のもう一つのモンスター効果。相手フィールドのオーバーレイユニットをすべて墓地に送り、その数だけ攻撃力を500アップさせその数まで攻撃できる。

 

【そんなこと___させません!母に従わない物は・・・・・・この手で滅んでしまえば、いいのです!!!!】

 

 能力を使っている間、俺は完全に無防備になる。その隙を見過ごすSophiaではないだろう。腕を伸ばし、その掌で俺を圧死させようとしてくる。

 もちろん、それは予想されていた行動だ。神殺しの使徒たちがその手を、破壊と創造の力を込めた光刃で切り裂く。

 

「もうおままごとは終わりだよ。母親なら、子から離れないとね」

「創星神・・・・・・あなたに明日は創らせません。私たちの手で、未来を切り開きます!!」

 

 ソンプレスちゃんとケルキオンは翼をはためかせ、Sophiaの額へと接近してそれぞれの武器を紫のオーブへと突き立てた。

 あれは多分、Sophia自身の力を秘めた物だったのかもしれない。ミシリとひびが入り、破片が飛び散ると、女神は頭を抱え大声で泣き叫んだ。

 

【お、おおおぉおぉおおぉおおおおおおぉお!!!!!!!!? あああああぁあああぁあ!!!!!消える消える消えるぅ!!!!母の力が神の力が星の力がぁああ!!!!?なぜなぜなぜなぜぇえええええ!!!!!】

 

 何に対して疑問に思っているのだろうか。

 生み出した子が自分に反抗したことだろうか。この世界が『再星』できないことだろうか。一度結末を決定したのに、それを変えられたからだろうか。俺という異世界人がこの世界に現れたことだろうか。そんな存在が、結末を変えようとしていることだろうか。

 もっとも、俺にとってはどうでもいいことなんだけどな。

 世界中の魂が、端末世界の力が、俺の中に入ってくる。一つだけでも俺が想像している以上に巨大な力だ。まさしく文字通り『世界』の力だ。これを今から俺が扱うとなると、心が震えてきた。

 一つ、また一つと身体の中に取り込まれていくオーバーレイユニットが、ネオフォトンの身体をさらに赤く輝かせる。というか、これ攻撃力どうなるんだ・・・・・・?

 

『無限に決まってるでしょ。世界なめるな』

「ずいぶんフランクだねぇ!!?」

 

 だけど、彼女の言っていることはおおよそ間違ってはいない。あふれ出る力は尽きることがなく、体中に巡っているのがわかる。しかも、まだオーバーレイユニットは残っている。

 すべて吸収し尽くすまで、効果は終わらない。まだまだ二人に守ってもらわないといけなさそうだ。

 ふと、ずいぶんと会話をしていないな、と思いエリアルに話しかける。気を抜いているわけではないが、リチュアのアジトで別れたっきりでずいぶんと久しく感じたのだ。

 

「エリアル、無理したらダメだよ。君が倒れたら・・・・・・」

『うっさい!変なこと考えるなぁ!』

「・・・・・・やっぱりわかるんだ。なんでだ?」

『知らない!』

 

 なんか怒られてる。でも、いつもの感じで今は心地いいな。涙も流していないし、また怒られるのもいいかも。

 また明日、エリアルからバシバシ叩かれて、横顔にドキッとして。そんな日があればいいと思う。これからはきっと、部族の壁を越えて生活できるはずだ。

 

 ____そこに、俺はいるのだろうか。この結末を変えれば、俺は元の世界に帰るのかな?

 

 最後のオーバーレイユニットが吸収され、ネオフォトンの輝きが最高潮に達する。その光で結末を変えるために、目の前にいる神を滅ぼす時がついに来た。

 今度は負けない。この星を背負った一撃、必ず届かせる!

 右肩、左肩、そして口に全エネルギーを集中させる。赤く輝く銀河のようなエネルギーを収束させて、俺は最後の攻撃宣言を行う。

 

「バトル!!俺は超銀河眼の光子龍で創星神Sophiaを、攻撃!!」

 

 これで____終わりだ。

 

「アルティメット・フォトン・・・・・・ストリィィィム!!!!!!」

 

 三つの口から同時に攻撃が放たれる。それは俺がアニメで見ていたオリジナルのネオフォトンのものより遙かに太く美しい。命を奪う攻撃なのに、そこにはまるで生命の息吹が感じられる輝きがあった。

 あのオーバーレイユニットたちには散っていった人たちの想いが詰まっている。無念や後悔だけじゃない。未来への希望やこれからの事を想って力になろうとする意思も感じた。

 この世界の意思、この世界の希望を俺が代理でわがままな母親にぶつける。

 

「これももっていくといい!眠れ、創星神!」

「ジェムナイトの名の元に、母よ!あなたを討ち倒します!」

 

 フォトン・ストリームにソンプレスとケルキオン、二人が全力を生み出した破壊と創造のエネルギー弾が混ざり、赤色に黒と白が加わった。

 

【■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!?】

 

 もはや錯乱しすぎてSophiaの言葉は聞き取れない。目の前に迫る自身を消し去るであろう俺たちの攻撃には両腕で生み出した白い波動砲で対抗している。

 ぶつかりあう世界と神の力。さすが力を奪われて錯乱していても女神の力だ。世界を味方につけている俺たちの攻撃となんとか拮抗させている。

 だが、それもここまでだ。以前、俺がやられたみたいに留めている力を一気に解き放つ!

 均衡が一気に崩れ、波動砲ごと押し返す。出し惜しみはなし。今俺が持てるすべてをSophiaへとぶつける。

 

 

 

「このデュエル・・・・・・俺の勝ちだ。Sophia!!」

 

 

 

 ついにこの時が訪れる。超銀河眼とソンプレスとケルキオンが放った神殺しの一撃が母たる創星神の胸部に突き刺さる。その一撃が貫いた箇所から粒子になってSophiaは崩れ始める。

 最後に何か断末魔をあげることもなく、ただ静かに、すべてを使い切ったかのように崩れ去っていく。何もこの世界に残していくことなく、母たる神は消えていく。

 

「おわっ・・・・・・た?」

 

 地上から決戦を見守っていたウィンダは言葉を漏らした。彼女たちを護衛していたローチもようやく足を止め、その結末を目にした。

 ファイもアバンスもエミリアも、今はただその光景を見守っていた。

 崩れ去るSophiaの近くに浮かんでいるのは赤き銀河の龍と天使と悪魔。未だにこの状況を飲み込めていない地上の者たちにこの勝利を伝えるため、ソンプレスとケルキオンはそれぞれ黒と白の照明弾をさらに上空に放つ。

 ひゅーっと上がった二つの照明弾は、花火のように広がり世界に勝利と明日を獲得したことを伝えた。

 

 

 その瞬間、地上から大歓声があがる。

 

 そこに部族の壁はなかった。近くにいる者同士で抱きついたり、手を組みあったり、大声で笑い合ったり。中には涙を流して、地面にへたり込んでいる者もいた。

 終わったと。悪夢から覚め、何も決まっていない未来が始まると。皆が叫んでいた。

 そんな光景を見て、ユウキは一人嬉しく思っていた。

 

「終わった、みたいだな」

 

 終わった。その言葉が口から漏れると肩の力が抜けた。ふと空を見上げると、分厚い灰色の雲で覆われていた空も先ほどの一撃の余波で晴れつつある。

 超銀河眼の中でぺたりと座り込むと、ふぅーと息を思いっきり吐き出す。

 

「やりましたね、ユウキさん!」

「ほんとっ、よくやってくれたよ!高屋ユウキくん!!」

 

 笑みを浮かべたケルキオンとソンプレスに声をかけられるユウキ。まさか伝説の二人にこんなことを言われるとは。彼自身も想像もしていないことだ。小さく驚いて、笑みを浮かべて言葉を返す。

 

「いえ、二人の力があったからです。本当にありがとうございました」

「何をいっているんだい。君がいなかったら、この力も手に入れられたかわからない」

「そうですよ。お礼を言いたいのはこちらです。異世界のために戦ってくれて、ありがとうございました!」

 

 頭を下げるソンプレスに続いて、ケルキオンもまねして頭を下げた。これにはユウキも驚いてしまい、謎の申し訳なさが出現した。

 改めて、端末世界を見渡す。

 Sophiaによって破壊されてしまい、今はボロボロの大地。だが、ここに生きているすべての生命の魂が輝いているようで____この世界は美しかった。

 改めてユウキは思った。

 

「ああ、この世界を守れて、よかった」

 

 そう思った瞬間、全身から力が抜ける。まぶたも重くなって、意識を保っていられない。

 超銀河眼も空気に溶けるように消えていき、ユウキは何度目になるかわからない自由落下を開始してしまう。

 ケルキオン・ソンプレスが手を伸ばすが、ユウキの身体はふっとその手をすり抜けてしまい、触れることができなかった。

 地面へと落下していくユウキ。支える者は何もない。星に導かれるように落ちていく。ガスタたちも、ほかの生き残っていた者たちも助けることはできない。

 

 

 

「______ユウキ!!!!!」

 

 

 

 たった一人だけ、彼のことを見ていた少女を除いて。

 自分の体力もないのに彼女は全力で彼の落下点へと走り、手元に唯一残っていた一枚のカードを投げつける。

 『重圧(プレッシャー)』の書かれたカードが発動し、ユウキの落下地点に青色のドームが生まれ、その中に落下した。普通は重くするだけの魔術だが、とっさの改良が加えられており逆の効果___重力が軽くなる空間がドーム内には広がっていた。

 ユウキは落下速度を落としていき、そのままゆっくりと地面に着陸した。

 目を閉じたままの彼に少女は駆け寄って、彼の頬に触れた。

 

「・・・・・・お疲れ様。今はゆっくり休んでね」

 

 

「でも、早く起きて。じゃないと、僕、また泣いちゃうかもしれないから、ね?」

 

 

 エリアルは眠るユウキの前で微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

 端末IF 第一部 ~決闘者が終末に挑むことになりました~   ___終幕

 

 

 

 

 

 

 

 

 




女神は倒された。

そして、笑うものがいた。

そして、また別の場所。

目覚めを待つものがいた。

_____戦いは、まだ終わらない。



Next・・・・・・?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一部 世界観・キャラクター設定集

ここでは、各キャラクターの設定や独自設定を掲載いたします。
なお、本作のネタバレが含まれますのでご注意ください。


○主要人物

 

・高屋ユウキ

 今作の主人公で遊戯王好きの19歳。(大学一年生)。使用デッキは『光子銀河』だが、かなりファンデッキの構築になっている。

 一人称は『俺』。くせっ毛混じりの黒髪短髪、身長170cmと良くも悪くも普通の外見。おしゃれには全く興味がないので、服のセンスはない。推しカードは『リチュア・エリアル』

 幼い頃に父親を亡くし、母親と二人で生活している。そのため、母親が苦労する姿を見続けており、『家族』ということに関しては敏感且つ執念とも言える思いを宿している。

 謎の声に渡された自分が組んだレシピと同じデッキを使用することで、実際にモンスターを召喚したり、魔法・罠を発動することが出来る。

 ただし、実際に使用する相手の力量が多いとその効果が正確に発揮されないこともある。(ミラーフォースを使っても相手が倒せない等)

 ある日、謎の声との問答の末、突然端末世界に飛ばされることになる。その後、成り行きでガスタに協力したことから、彼の元の世界に戻る、並びに端末世界の未来を変える物語が始まる。

 

※銀河眼の光子竜

 ユウキのエースモンスター。一人称は『俺(様)』

 好戦的かつ、その自信に恥じない力を秘める『光の竜』。

 自分が現実世界でユウキに愛されて使用されていたことは、教えられなくても感じており、彼を守り世界の未来を変えるためにその力を振るう。

 召喚獣としては中の上~上の下くらいの力を秘めており、リチュアの儀式体『イビリチュア』には単体で勝利できるものの、最上級のインヴェルズやヴェルズの三邪龍にはあと一歩及ばない。創星神にはほとんど歯がたたなかった。

 真の力はユウキからの様々なサポートを受けることで発揮される。

 正体は、ノエリアとナタリアが生み出した召喚獣のリーダー。人格については、ユウキが心に隠していた『父親』への想いから、頼もしい男性のものとなった。

 

 

・リチュア・エリアル

 今作のメインヒロインでリチュアの儀式士の一人の16歳。

 一人称は主に『私』だが、素は『僕』。水色の長髪とそれを隠すような黒い魔女帽子が特徴。

 身長150cmと小柄だが、実は隠れ巨乳。冷酷無情を装っているが、素は少し抜けているツンデレの少女。ポンコツツンデレエリアル、略して「PTA」。

 氷結界時代、捨て子としてノエリアとは別の家庭で引き取られた後、トリシューラの暴走によって両親とはぐれ、その後ノエリアに引き取られた過去を持つ。

 リチュアが立ち上がった際は、アバンス、エミリアよりも先に儀水鏡を用いた降魔儀式を成功させ、ノエリアから上位の地位を与えられ、リチュアで用いる魔術開発担当を任される。

 本当の両親を知らないことや、育て親を失った経験から、『親』に関して執着しており、自身を『義娘』と呼ばないノエリアに認めてもらうために、捨てきれない良心を殺してガスタへの侵略活動を行っている。

 魔術作成についてずば抜けた才能を持ち、リチュアが使う適合属性を超えた属性の汎用魔術はほとんど彼女が作成している。

 一方、魔力は中の上レベルで実戦となるとアバンスやエミリアに劣るものの、蓄積された魔術の知識を活かすことでリチュアの侵略を成功させている。得意魔術は水の砲弾を放つ『魔弾』(マジックミサイル)と、連射性を捨てた代わりに威力を増大させた『呪砲』(カノン)。

 儀式体の名は『マインドオーガス』。魔力強化の他に、無数の触手を使用した近接戦を行うことが可能になる。

 

 

・ガスタの巫女 ウィンダ

 端末世界に飛ばされたユウキを保護・支援することになる風の一族『ガスタ』の巫女で族長 ウィンダールの実の娘。年齢18歳。

 一人称は『私』で緑の長髪をポニーテールでまとめている身長160cmの美少女。明るく情に厚い性格で、異世界から飛ばされた素性も知れないユウキを保護したり、自分たちから略奪を行っているリチュアの昔馴染みですら怒りではなく寂しさで接してしまうほど。この事をエリアルからは、非常に甘すぎると痛烈な批判を受けている。

 彼女もまた『家族』に対して決して軽くない思いを抱いており、特にガスタを抜けた妹については未だに心に影を落としている。

 ガスタ内では祭壇に奉られている『神』への祈りを捧げる巫女の役職についているが、リチュアからの侵略が始まってからは族長の娘として族長代行として、戦場で指揮を執ることが多くなりつつある。

 神官家出身であるため肉弾戦は不得意だが、風を操る魔術を扱うほか、心を通わせたガスタ・ガルドにガスタの秘伝を用いることで可能となる空中戦を得意とする。

 また『天啓』という他のガスタにはない巫女固有の能力を持っている。近い未来に何かが起きるという警鐘が頭に響くといういわゆる『確実な危険予知』というものだが、これにより戦場ではいち早くガルドに回避指示を出すことが出来る。

 

 

・ラヴァル炎樹海の妖女 ファイ

 ラヴァル三姉妹の末っ子の物静かな女の子。大戦後、ユウキの『義妹』となり彼のことをお兄ちゃんと呼ぶようになる。年齢14歳。

 一人称は『私』。身長145cmと小柄な体型に燃える炎のような赤い髪と褐色の肌が特徴。他の姉妹たち同様、戦いが嫌いというラヴァルらしからぬ性格の持ち主で、自由気ままに散歩をすることが趣味。求婚もされているが、断っていると言うより恋愛自体にまだ興味がないらしく、義兄となったユウキに対しても親愛の域を超えない感情で収まっている。

 ただ、その親愛は結構重く、ユウキと良い感じになるエリアルに対してどこかとげのある言葉を放つ。要するに『シスコン兼ブラコン』

 地面に手をつけることで、地中に流れるマグマから生体の感知や、そのマグマを用いた攻撃を行う。また、彼女自身が大地の暖かみを発しているため、誰かに触ることで魔力・体力を少量ではあるが回復させることが出来る。

 名前の由来は、「Fire」から。

 

 

○ガスタの勢力

・ガスタの賢者 ウィンダール

 現ガスタの族長でウィンダの父。すでに40代だが、身長182cmの長身にがっしりとした体格と、全く老いを感じさせない若々しい外見をしている。ガスタの長老の息子でムストの弟でもある。一人称は族長としては『私』、それ以外は『俺』。

 リチュアの侵略行為に手を焼いており、娘であるウィンダを始めとした若者たちを戦場に出さざるを得ないこの状況に心を痛めている。

 娘と同様に優しく情に厚い一方で、族長としての冷静さも兼ね備えている人物で、良い意味でも悪い意味でも感情やその場に流されやすい娘の成長を願う一面も。

 神官家の出身ではあるが、それを理由にすることなく体を鍛え続けており、魔術戦・肉弾戦はガスタの中でトップクラスに入る実力者。特にガスタ・イグルと共に繰り出す風の魔術の上位に位置する『雷の魔術』は魔術に詳しいリチュアですら手を焼く威力を誇る。

 

・ガスタの静寂 カーム

 ガスタの神官家の一人。いつも微笑みを浮かべている慈愛の心を持つ20歳の女性。身長164cmで非常に細身。ムストを父に持ち、カムイは年の離れた弟。リーズは幼なじみで、性格は反対だが仲は非常に良い。一人称は『私』

 非常に心優しい性格で、捕虜のエリアルにも昔と同じように接し、ガスタの誰かが怪我をするたびに泣きそうになるほど。ガスタの中で彼女を泣かせると、いつの間にかひどい目に遭うと噂されている。

 ウィンダ以上に、リチュアの昔馴染みに対して戦いたくないと弱音をはいてしまうほど戦いに向いていない性格で、主に戦場には出ず、回復などの後方支援を担当している。一方でそれが彼女のコンプレックスとなっており、いつも誰かを守れないことに対して大きな憤りを感じている。

 他のガスタ同様に風の魔術を習得しており、基本的には解毒や回復の魔術を使用する。反面、攻撃魔術は本人の性格的に使用しない他、友となる鳥獣もいないため攻撃能力はほぼ0である。

 

※ダイガスタ・エメラル

 猛毒の風によって衰弱しきったカームを救うために、ジェムナイト・エメラルが魂を差し出しユウキの力によって生まれたエクシーズの戦士。

 肉体の主導権は完全にカームにあり、彼女が望んでいた『戦う力』である。ジェムナイトの堅い体とガスタの翼を持ち、高速接近からの肉弾戦闘が可能となった。

 エクシーズの力によって、カームの持つ回復の力が増しており、ガスタの里に蔓延した猛毒の風すら浄化しきってしまうほど。

 しかし、戦士としての経験が少なすぎるカームは上手く力を使い切れない場面もあり、最終的にはヴェルズの浸食の際にエクシーズが解けてしまい、カームの姿に戻った。

 

 

・ガスタの疾風 リーズ

 ガスタの戦士家の一人。筋肉質な体を持つツインテールが特徴の20歳の女性。身長168cm。カームは幼馴染みで親友。一人称は『あたし』

 根っからの勝ち気な性格で、戦士家に生まれ皆を守れることを誇りに思っている。そのため、ユウキの介入をよく思っていないところがある。

 だが、後に臆病な彼が男気を見せた際に少し見直したようで、それ以降は彼が無理をしない程度に注意をするくらいに落ち着いた。

 ガスタを守ることを第一としているため敵対者には容赦がない。昔なじみのリチュアにも迷いなく拳を振るう。その裏には、戦えないコンプレックを抱いているカームの代わりに戦うという決意がある。

 戦士家でもかなりの実力者であり、戦士家のみが使用できる戦闘杖を用いた接近戦を得意とし、風を杖にまとわせて破壊力を上げている。また、武具がなくても戦えるようにと日々修行を積んでおり、彼女の魔力を乗せた拳から繰り出される一撃は戦闘不足のラヴァルやジェムナイトも見張る威力がある。

 また、ヴァイロンと合体した『ダイガスタ・スフィアード』に変身した際は相手の力を利用して一撃の威力を高める能力を得ていた。

 

 

・ガスタの希望 カムイ

 ガスタの神官家の一人。年齢10歳と非常に幼く、カームを含めたほとんどの人物を(名前)おにいちゃん、おねえちゃんと呼ぶ。身長134cm。一人称は『僕』

 性格は純粋無垢。考えるより先に体が動くタイプ。他の部族や異世界からきたユウキや銀河眼にも興味津々。

 物心つく頃から周囲で争いが起こっており、詳しい事情は分かっていないものの悲しく、戦わなくてはいけないことを理解している。そのため、戦闘訓練をこなしており、心を通わせた友である鳥獣 ガスタ・ファルコも存在している。

 実力は発展途上で、エリアルからも今現在は特に驚異としては見られていない。だが、大きな潜在能力を秘めており、父の神官家、母の戦士家の力を宿しており、覚醒したときにはその名の通り『ガスタの希望』となり得る存在となる。

 

 

・ガスタの神官 ムスト

 ガスタの神官家をまとめる神官長。娘のカーム同様にいつも優しい笑みを浮かべている40代の男性。身長185cm。一人称は『私』

 弟でもある族長のウィンダールを支える相談役であると同時に、戦い慣れしていないガスタを守る戦術を考える軍師でもある。落ち着いた性格で、ユウキに対してはガスタの現状や彼の立場や力を考えた上で友好的に接している。

 軍師という立場上、余り前線に出ることはないが実力はウィンダールとほぼ同等。カームには医療の魔術を、カムイには戦闘技能を教えた師でもある。

 

 

○リチュアの勢力

・リチュア・ノエリア

 リチュアの創立者で長。年齢不詳。赤髪で身長170cm。その見た目はまさしく『魔女』。一人称は『私』

 元は照魔師として氷結界に所属していたが、トリシューラの暴走によって離反。親友であったナタリアの息子 アバンスやエリアルを引き取り、リチュアを創立した。

 その後は人が変わったかのように、友好関係だったガスタへと侵略を行うようになり、今では他部族から悪名がとどろいている。

 いつも妖艶な笑みを浮かべており、その心の内を読める者はいない。同胞である他のリチュアはおろか、娘のエミリアですら儀式の被検体にするほど無情。表向きには『未知』への飽くなき探究心だと言っている。

 エリアルが認められようとしていることを知りながら、彼女を『義娘』とは絶対に呼ばない。

 実力は測定不明。エリアルと同様の魔術を使いながらも、その威力は彼女のものとは比べものにならないほど強力。魔力量も底なしと、まさにチートとも呼べる最強の魔術師。

 儀式体に変化したことは誰も見たことがないが、大戦終盤に『イビリチュア・プシュケローネ』へと変貌する。

 軍師としても異常なほどに優秀だが余り表には出ず、基本的にはヴァニティに任せている。

 その正体は、ヴェルズに取り憑かれた___のではなく、ノエリアの皮を被った『インヴェルズ・オリジン』。本来の彼女はもうこの世界にはおらず、ただリチュアを動かすだけの皮となっているだけである。

 

※もう一人のリチュア・ノエリア

 この『もしも』の端末世界__端末IFが構成されることになるきっかけを作った人物。この物語の発端とも言える人物。

 本来の歴史同様にイビリチュア・ジールギガスからアバンスとエミリアを守り、命を落とし魂だけになった後、行われるはずの神殺しが行われず、創星神による惑星のリセットを目撃してしまう。この結末を変えるために、同じく魂だけとなっていたナタリアと共に自分たちの存在を生け贄に、異世界の者を過去に呼び出す儀式を行った。

 ノエリアたちは『基盤世界』と呼ばれる世界から、自分たちの世界の結末を知る者を呼び出して未来を変えようとした。

 だが、あまりにも突貫かつ巨大すぎる召喚術だったため、本来召喚された者を導くはずだったナタリアの魂は消えかけ、ノエリアもまた世界から存在を消された。

 それでも、儀式は不完全ながら成功し、ユウキを端末IFへ召喚。彼の脳内にあったデッキを元に召喚獣を生み出して託した。

 

 

・リチュア・アバンス

 リチュアの幹部の一人。母親譲りの白髪を後ろで束ねた17歳の美少年。身長175cmでユウキよりも身長が高い。ナタリアは実母。ノエリアは育ての親でエミリアとは姉弟以上恋人未満。黒のインナーの上に白のスーツに赤いズボン。儀水鏡を埋め込んだ刀『儀水刀』を腰に差している。一人称は『俺』

 クールだが人情にあふれる常識人であり、ガスタ侵略の際もできるだけ死者を出さないように努めたり、協力関係になった際には多くの者を守りながら戦った。一方で、今のリチュアに対しては諦めを抱いており、自分たちは許されないだろうと思っている。

 氷結界時代、儀式の事故でナタリアを失いノエリアに引き取られ、成り行きでリチュアに所属することになる。母を救ってくれなかったノエリアには愛憎混じった感情を抱いており、ガスタへの侵略を計画した際は誰も見たことがないほど激怒していた。

 ガスタのウィンダたちとは昔なじみで、可能であれば和解したいと考えているがそれが不可能なことだとも理解している。

 主に儀水刀を使用した剣術と魔術を組み合わせた戦闘を行う。特に儀水刀に魔力を乗せた魔力補強を得意とし、青く輝く刀身は巨大な岩ですら容易く切り裂く。

 儀式体も既に取得しており、名を『イビリチュア・リヴァイアニマ』。人の体を捨て竜となり、手にした大太刀で敵対者を切り捨てる。

 

 

・リチュア・エミリア

 リチュアの幹部の一人。長であるノエリアの実の娘。年齢18歳。身長155cmで一人称は『私』

 赤髪の上からエリアルと同じように魔女帽子をかぶり、フリルのついたローブを着ている美少女。アバンスは一応義弟だが、それ以上の感情を抱いている。

 気の抜けた話し方やその友好的且つ家庭的な性格から、リチュアらしくないと言われることもあるくらい普通の感性を持つ。母と似ているのは赤髪とその魔術の才能くらいだとリチュアでも言われている。

 母が出すあまりにも非道な事だと理解しているが、唯一の血縁者ということもあり関係を切ることが出来ず、アバンス同様に諦めを抱いている。その一方で、どうしてもエリアルを認めない事には怒りを抱いており、彼女自身はエリアルのことを義妹だと思っている。

 趣味はお菓子作りと家庭力は非常に高く、前述のローブも可愛い物にしたいと言うことで、自分でフリルを裁縫した。

 大戦途中で肉体と魂を分ける『幻影術』を受けた後にヴァイロン・ディシグマに取り込まれ死亡するが、ユウキの『死者蘇生』によって元の状態で復活した。

 エリアル同様に遠距離向けの魔術を中心とした戦法をとる。ノエリアの才能を継いでおり、魔力量はノエリアに次ぐリチュア第二位で、咄嗟の応用や魔術の組み合わせを行い新たなる魔術を創造することもできる。ただし、天才型の人間であるため人に教えることは苦手。

 儀式体は『イビリチュア・ガストクラーケ』。儀式によって強化された魔術と、分裂した軟体の足と触手を行使する。

 また、暴走したヴァイロンとの戦いではエクシーズの力によって『イビリチュア・メロウガイスト』へと変身。飛翔能力と風・水の魔術で戦った。

 

 

・リチュア・ヴァニティ

 リチュアの軍師。黒髪に目の隈が特徴の30代の男性。身長177cmで一人称は『私』。

 ノエリアの代わりにリチュアの指揮を執っており、その頭脳はノエリアにも評価されているほどの切れ者。元は氷結界解放派に所属していた術士だったが、信仰していたトリシューラの暴走を目のあたりにし絶望。その最中にノエリアに手を差し伸べられ、リチュアに所属することになる。

 口数が少なく自分を語ることもない静かな男。ノエリアには絶対の信頼を置いており、侵略活動も何の躊躇もなしに行う。

 一方で、才能を発揮する前のエリアル、エミリア、アバンスの魔術の師でもあり、彼女たちからは慕われている一面もある。エリアルに変わる前までは彼が魔術を創造していた。エリアルたち曰く、『非常にわかりやすい授業を行う』とのこと。

 エリアルたちと比べても魔術・魔力量は平凡で、儀式体も特出した技術もない。彼はリチュアには珍しい『凡人』といえる。軍師としての才は生まれ持った物ではなく、ノエリアの力になるために命がけで学び身につけたもの。ノエリアへの異常とも言える『信仰心』が彼の起源であり力と言える。

 

 

・リチュア・ナタリア

 アバンスの母で故人。息子が生まれてからはいつもニコニコしている優しい雰囲気の女性だったが、それ以前やいざとなったときは非常に鋭い目をした剣士だったという。

 もう一人のノエリア同様に、この物語の発端となった人物。眠っているユウキに話しかけ、端末世界に飛ばした謎の声は彼女の物。

 彼女が使っていた蒼い刀身の儀水刀は大戦終盤にアバンスに引き継がれ、世界を救う希望の一つとなる。

 

 

○ジェムナイトの勢力

・ジェムナイト・クリスタ

 ジェムナイトの長。男性の人格を持つ身長2mの水晶の騎士。核石は『水晶』(オーラクリスタル、ジルコニア、ダイヤモンド)。一人称は『私』

 正義を重んじ、平和を好み、弱きを助ける騎士道を体現したかのような人物で、ユウキに対しても、事情も知らないのに力を借りようとした事をまず詫びるほどの人格者。

 その性格からジェムナイトからは絶大な信頼を得ており、友好関係のあるガスタや敵対していたラヴァルからも信頼されている。

 基本的に自分のためだけに戦うことはせず、仲間を守るため、悪を倒すために拳を振るう。その威力は大地に亀裂を入れるほど。拳だけでなく様々な武器の扱いにも慣れている。

 また肉体も硬度が非常に高く、いざというときは盾となることが出来る他、体当たりでさえ敵にとっては脅威にすることが可能。

 核石が持つ融合の力によって、ヴァイロンと融合することで『ジェムナイト・プリズムオーラ』に。散っていった同胞たちの力を使い廃石融合することで『ジェムナイト・ジルコニア』に。各融合体の核石とジェムナイト・フュージョンすることで『ジェムナイトマスター・ダイヤ』へと変身することが出来る。

 

 

・ジェムナイト・パール

 ジェムナイトとリチュアのエクシーズにて誕生した真珠の戦士。男性の人格を持ち、一人称は『俺』。ジェムナイトとしては新入りだが、その実力からNo2に駆け上がった。

 気さくでさっぱりとした性格。既にクリスタも認めるほどの人格者で、どんな痛みや強敵にも屈しない精神力と、戦況を見失わない冷静な頭脳を持つ。

 戦闘には拳のみ使い、攻撃を避けることなく敵の懐に入り込み、攻撃をたたき込む戦法をとる。これはリチュアの力から魔術に対して高い耐性を持ち、ジェムナイトの硬い体も合わさって高い防御力を持っているため。

 普段は緑の瞳を持つが、その怒りが頂点に達すると赤く染まり『鬼神』と呼ばれるほどの猛攻を行う。この間でも冷静さは失っていないため、反撃することはほぼ不可能である。

 

 

・ジェムナイト・ラズリー

 ジェムナイト内でも珍しい女性の人格を持つ瑠璃の戦士。身長1mと非常に小柄。一人称は『私』。ジェムナイト・ラピスとは双子の姉妹だが、どちらが姉かはケンカになるため決めていない。また、ジェムナイトの象徴でもある『輝石』を唯一持たない存在でもある。これは元々一つの存在だった二人が分離する際にラピスへ移ったため。

 その見た目通り、幼い性格で精神年齢は小学生と同等。だが、半身とも言えるラピスの死亡や同年代のカムイやファイとの交流。そして、他のジェムナイトたちの背中を見て、一人前の戦士として成長していく。

 精神的にも肉体的にも未熟だったため、終盤までは戦場に出ることはなかったが、終盤セイクリッド・スピカとジェムナイト・フュージョンすることで『ジェムナイト・セラフィ』へ、ハワーを除いた全てのセイクリッドとジェムナイト・フュージョンすることで『セイクリッド・ソンブレス』へと進化を遂げる。翼による飛行能力と、邪なるものを浄化する星の力、万物を創造する神の力を得た。

 

 

○ラヴァルの勢力

・ラヴァルロード・ジャッジメント

 ラヴァルの長でクリスタのライバル。マグマのような体に白い鎧と炎のようなマントを身につけた身長2m以上の大男。一人称は『俺』

 他のラヴァルと違わず好戦的な性格だが仲間思いで、長としての姿勢はクリスタも認めている。一方で優れた知識を持つ知将でもあり、他のラヴァルたちがただ突っ込むだけの頭しか持たないため、彼の指示がないとラヴァルの動きは非常に単調な物になる。

 ラヴァルの生き様には誇りを持っているが、ただ『戦い』や『力』だけが望まれている部族の現状には疑問を抱いており、生き様を変えることなく部族を変化させようとしている節がある。

 そのため、周囲とは違う孤独感を幼少期から覚えており、自分たちと同レベルの戦闘能力を持ちながらも『何か』が決定的に違うジェムナイトには一目置いており、特にクリスタにはライバル意識を持ちながらも、共闘してからは奇妙な友情を感じ始めている。

 肉弾戦ではクリスタと互角の戦いを繰り広げられるほどの実力者。純粋なパワーだけならクリスタ以上。

 それ以外には、手足から炎を吹き出し攻撃することが出来る。この炎をジャッジメントは第二第三の手足のように扱い、巨大な炎を敵の目の前に出して目眩ましや防御壁にしたり、ジェットのように放つことで空中移動・停止・急加速を行うことも可能。

 

 

・ラヴァル炎湖畔の淑女 ルノ

・ラヴァル炎火山の侍女 レム

 ラヴァル三姉妹の長女と次女。ファイの姉たち。ルノは名前の通りお淑やかで優しい『灯火』のような女性。レムは丁寧口調だがいたずら好きの小悪魔のような女性。

 二人ともファイを愛し、ファイもまた二人を愛していた。

 だが、レムはインヴェルズとの戦いで、ルノはエクシーズ体となった後、暴走するディシグマに吸収され命を落とす。

 ルノとの最後の会話で言われた『灯火になれ』という言葉は、ファイの中で生き続けている。

 名前の由来は、『volcano』と『flame』から。

 

 

 

 

 

○創星神Sophia

 この世界を創り上げた神の一柱。端末世界に存在する10の部族を生み出した『創造の女神』である。生み出された部族は、氷結界、ナチュル、ジュラック、ガスタ、X―セイバー、ドラグニティ、ジェムナイト、ミストバレー、フレイムベル、ラヴァル。

 一人称は『母』。すべての生命を愛していると彼女は言い放つが、その実は『たちの悪いおままごと』であり、気に入らないのであればその手に宿した『創造』と『破壊』のオーブで全てをリセットし、再度創り直す。

 このSophiaはこの世界がやり直された事を知っており、始めから復活することを前提に動いており、リセットをすることは復活前から決めていた。

 また神殺しが行われる可能性を見ていたため、そのきっかけとなる力の強奪を防ぐために、結びつきの力である『ペンデュラム』を別世界から会得し、神殺しを未然に防ごうとした。

 その大きさは銀河眼を手で握りつぶせるほどで、端末世界の中で最大サイズ。『創造の女神』にふさわしい圧倒的な力を持ち、ヴェルズの三邪竜、トレミスM7、銀河眼を虫のように地に落とし、力を奪えなかったとは言え、正史では自身を討伐したソンプレス、ケルキオンだけでなく、二人をサポートしたセイクリッド・オメガとインヴェルズ・ローチも全く相手にならなかった。

 最終的に蘇ったユウキが呼び出した『超銀河眼の光子龍』によってペンデュラムの力が無力化され、正史通り力を強奪。全部族の力によって放たれた超銀河眼、ソンプレス、ケルキオンの一撃によってついに神殺しは完了した。

 作中で見せた能力は、以下の通り。

・自身に近しい者(巫女)の洗脳

・端末世界の生命に対する特攻(見ているだけで戦意を失わせる)

・破壊の力による『物質の完全消滅』光線

・別世界への移動(正確に言えば、異世界からの生命の追放)

・創造の力による『各部族の武具の創造』(作中ではヴァイロンの武器を生成)

・創造の力を用いた光の鳥かごを生成

・六属性の力を帯びた光弾での攻撃

 

 

 

 

 

○各種設定

・世界の成り立ち

 ユウキの住む現実世界を他の世界では『基盤世界』と呼び、全ての世界の基盤となっている。この世界でカードが発売されたり、新しいルールが生み出されると他の世界にも反映される。(新しい召喚方法やカテゴリーの新カードなど)

 また、言語も基盤世界が基本になっているため、どの世界でも日本語、英語などが通用する安心仕様となっている。

 

・端末世界

 遊戯王 デュエルターミナルにて語られた世界。地球とは違う別の惑星の世界。

 その世界には人型ではない者や無機物が生命を得た者など、いわゆるファンタジー世界にて想像される生物たちが生活している。

 第一部においては、トリシューラの暴走によって永久凍土となった大地を『旧大陸』、暴走から免れ、四部族が生活している大地を『新大陸』と呼んでいる。

 四季が存在する自然豊かな世界。各部族は各々で生活・文化を築き上げているため、貿易などの利益ありきの交流はない。また、金銭の概念がなく、取引がある場合は物々交換を行う。

 太陽と月があり、昼夜が存在する。誰も実際に行ったことはないため、ユウキが知るものと同じかどうかは不明。

 

・端末IF

 この物語の舞台となる正解の本当の名称。端末世界の『もしも』の世界であり、正史とは異なっている点がいくつか見られる。(例:ノエリアが正気を取り戻さない。ラヴァルの全滅の回避、セイクリッド・オメガの正体等)

 もっとも大きな分岐点は、何かが足りず『創星神Sophia』によって惑星のリセットが成功してしまったこと。

 その終焉を見たリチュア・ノエリアが異世界の者___高屋ユウキを過去に送り込み、未来を変えようとした。

 しかし、これをきっかけSophiaは正しい未来では何が起こるかを察知し、この時代においては未知の力『ペンデュラム』の力を先に取り込み、神殺しを回避しようとしていた。

 

 

・魔術、魔力

 ガスタ、リチュアが使う戦闘術で、魔力はこの世界で生まれた者なら誰も持っている精神エネルギー。睡眠等の精神が休まると徐々に回復していく。

 魔力はデュエルモンスターズの属性と同じく6属性存在しており(幻の7属性目にリチュアは気づいてはいる)、人や部族によってその魔力の属性や質、体内の貯蔵量が異なっている。

 各々の魔力が持つ属性を『所持属性』といい、使用する魔術にはこの所持属性の特徴や外見が反映され、所持属性以外の魔術は原則使用できない。(ガスタなら風の性質が表れた魔術を使えるが、リチュアのような水の魔術は使えない)

 各術士が持つ杖は自身の魔力を魔術に変換しやすくするための『変換装置』のようなものであり、所持していなくても制御が多少困難になる程度で魔術を使用可能。

 一方、エリアルが生み出した魔術は所持属性の枠を超えて魔術を使用できる汎用性がある代わりに、儀水鏡か描いた魔法陣を必要とする。

 なお、異世界出身のユウキには魔力がない。

 

 

・召喚魔術

 ユウキが名目上使用する魔術。使用者のいる次元の生物だけでなく、別次元の生物でも契約(内容は各々違う)し、その力や生物そのものを行使する魔術。

 リチュアでも、召喚・維持の魔力がしゃれにならない事から、並の術者では継続させることが難しく『高等魔術』に認定されている。

 ユウキの場合、ノエリアとナタリアが彼の脳内のデッキを参考に文字通り『命を捧げて』完成させた『召喚札』を使用することで、魔術を使用している。

 ただし、正規の召喚魔術ではない召喚札には使用の際にルールがあり、守らないとその効力を発揮することはない。

 そのルールは、ユウキが知っているデュエルモンスターズのマスタールール3と酷似している。(先行ドローなし、ライフポイントの減少、モンスターのデメリット効果など)

 また、召喚札はカード内部の魔力を使用して召喚術を発動するため、一度使用すると自然から魔力を取り入れて回復するまでは使用不可能となる。使用不可能状態のカードはモノクロとなり、またカードごとに使用可能までのクールタイムが異なる。

 特に強力な『死者蘇生』のカードは一度使用すると、数十年ほどは使用できなくなる。

 エリアルの解析によると、召喚札に召喚術の魔法陣と魔術発動のための魔力が込められているらしく、このカードが召喚術の媒体___ユウキとは別の『召喚主』になっているようだ。

 

 




他に知りたいことがありましたら、ご連絡ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

端末IF After 決闘者は終末後を生きるそうです
第一話 目覚め


舞台は終戦後へ__


 青年はベッドで寝ていた。

 安らかな寝顔を浮かべ静かに寝息をたてる、くせっ毛が特徴の青年。どこにでもいるような一般人の青年___だった。

 

 この青年、高屋ユウキは世界を救った『英雄』である。

 

 といっても、少し前までは本当にただの一般人だった。魔法も何もない世界に生まれ、大学に通っていたただの決闘者だった。そんな彼は突然端末世界に呼び出され、命がけで戦い抜き、この世界に『未来』をもたらした。

 あれから三ヶ月。彼は眠ったままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「___そこ!もうちょっと上だよ!」

 

 紙を広げる少年が指示を出す先には溶岩のようなゴツゴツとした肌をもった者たちが木材を持っている。慣れない作業のようで手つきはおぼつかないが、何とかしようと必死になっているのが表情から読み取れる。

 彼らが作業をしている場所には、家の形に組み立てられた木材が存在している。

 

「おーい。カムイー」

「フロギスおじさん!今日の作業は終わり?」

「んだ。明日、また行ってくるよー」

 

 少年の背後から声をかけたのは炎のように輝く鉈をもった大柄の男、ラヴァル・フロギスである。ガラガラと木製のリアカーを引いており、そこには大量の伐採された木々があった。

 逆に声をかけられたのは、ガスタの希望 カムイ。激戦を経験し、その顔つきから幼さは少しずつ抜け始めていた。今は壊されてしまった集落を再度建て直すため、力仕事をしてくれている生き残ったラヴァルたちに指示を出していた。

 フロギスの声を聞き、たったったっと小走りで彼の元へと向かうカムイ。その顔には少し前から失われてしまった笑顔が浮かんでいた。

 

「おお。大分できてきたなー。オラたちラヴァルは手先が器用じゃないからの-。カムイのおかげで助かったわー」

「ううん。ラヴァルのみんなが力持ちだからすっごく助かってるよ!」

「んだんだ」

 

 フロストは近づいてきたカムイの頭をその大きな手で撫でる。くすぐったそうに顔を緩めるカムイにつられてフロストもニコニコと笑みを浮かべていた。

 

 この光景を一体誰が予想できたであろうか。

 

 好戦的で戦いに明け暮れる戦闘種族『ラヴァル』と、平穏を望み常に侵略者の陰におびえていた『ガスタ』が争いもなく、このように笑い合っている。

 以前は考えられなかった光景。真の意味の『平和』がここにあった。

 

「お前らー、休憩にすっぞー」

「「「おー!」」」

 

 フロギスが号令をかけ、ラヴァルはぞろぞろと奥にある食堂の建物へと入っていく。フロギスはリアカーを輪留めで動かないようにすると、ひょいっとカムイを両腕で抱え上げて自分の肩に乗せる。

 

「いくぞ~」

「わ、わ~~!」

 

 ドシーン、ドシーンと巨人のような足音を立てて走るフロギスに乗って、目を輝かせるカムイ。幼さは未だに残っているようで、まだまだ大人になるのは先のようだ。

 

 ここはかつての連合軍___星の騎士団 セイクリッドと共に戦った者たちの本拠地であり、創星神Sophiaの被害が比較的少なかった場所。

 今を生きるすべての者が集う場所だった。

 

 

 

 

「はいはーい!押さないでー!ちゃっとあるからねー!!」

「リーズ、これお願いします!」

「はい、カレーお待ち!!」

 

 白の割烹着を着て汗を流しながら配膳している二人の女性は、ガスタの疾風 リーズとガスタの静寂 カーム。ズラリと並ぶラヴァルたちに一人一人対応し、次々とさばいていく。

 広めの厨房で料理をしているのは主にカームたちガスタだが、その中に一つ赤い髪を束ねている女性もいた。

 彼女は周囲に目を配りながら不足している部分を一目で確認。すぐさま手元を動かして不足分を補い、さらに別作業を進めていく。その技は職人と言ってもいいだろう。

 

「ほい!カームさん、よろしく!」

「助かります、エミリアちゃん」

「いえいえ!」

 

 彼女の名前はリチュア・エミリア。かつてガスタの資源を強奪するために侵略行動を続けていた儀式を扱う集団『リチュア』の一人だった。

 ガスタの子供たちとは幼なじみでありながらも、リチュアの長であるノエリアの娘である彼女はガスタに決して小さくない被害を与えており、未だに全面的な信頼を勝ち取れていない。

 

「エミリア!次できた!?」

「できてますよー!持ってちゃってください!」

 

 そんな彼女たちリチュアだが、生き残った部族の中ではもっとも少なかった。長であったノエリアに乗り移った古の悪魔『インヴェルズ』の暴走により、ほぼ全てのリチュアが洗脳されて消えていった。生き残れたのは、彼女を含めてたった三人。もはや、部族としてリチュアは完全に崩壊していた。

 それでもまだ疑いを持った目線が消えないのは、大きすぎる過去の過ちがあるから。

 彼女は今日も少しずつ信頼を勝ち取るために、キッチンで腕を振るう。

 

「リーズ。定食を一つお願いするー」

「おねえちゃん、僕はカレー!」

「二人ともお疲れ様。はい、どうぞ」

 

 ラヴァルたちとは一足遅れて食堂へと入ってきたカムイとフロギスはリーズから昼食を受け取ると、縦長に伸びた椅子に座り食事を始めた。

 カムイたちで最後だったようで、食堂に向かう人足がパタリと止んだ。それを見てリーズたち食事担当もグッと背伸びをする。

 

「よし、食事班もお昼にしましょうか。みんな、お疲れ様」

 

 リーズがそう告げるとキッチンで仕事をしていたガスタたちが散らばっていく。各自の昼食はすでに用意されていたようで、彼らもまた食堂のテーブルへと向かって歩き始めた。

 その後ろ姿をカーム、リーズ、エミリアは小さく笑みを浮かべて見つめていた。

 

「あれ? カームもエミリアももういいわよ?」

「いいえ。私はまだここにいます。あの子、まだ帰ってきてないですから」

「私も同じく。それよりもリーズさんはカムイ君のところに行ってあげてください」

「そ、そう? じゃあ、後はよろしくね」

 

 照れた顔をしてリーズは割烹着を脱いで小さく駆けていく。残った二人は和やかな雰囲気の食堂を見て思わず口を開く。

 

「__平和、ですね」

「はい。本当に、平和」

 

 数ヶ月前まで、世界が終わるかもしれない戦争が行われていたとは思えない。少しずつ皆が笑顔を取り戻し、こうして協力し合っている。ずっと、誰もが憧れていた景色だ。

 この景色をつくる発端となった青年は未だに眠り続けていた。

 

「・・・・・・ユウキ、いつになったら起きると思います?」

「・・・・・・」

 

 エミリアの質問にカームは答えられない。知識的な問題ではない。

 もし否定してしまえば、それは『あの少女』の今までの行いを全て無駄だったと言ってしまうのと同じだから、カームには言葉にできなかった。

 カームが回答に困っていることにすぐ気づいたエミリアは、慌てて別の質問を繰り出した。

 

「と、ところで、カームさんはお昼に何を食べられるんですか?」

「今日はサンドイッチを。野菜がまだ余っていましたので、それを利用しようかと。エミリアちゃんは?」

「私はカレーですかね? 多分、アバンスが頼むでしょうし」

「フフ。本当にラブラブですね」

「ら、ラブラブじゃないですよ!!!?」

 

 カームからの思いがけない攻撃に顔を真っ赤にして否定するエミリアだが、その表情が否定していない。カームも楽しそうに彼女に微笑むだけだった。

 彼氏じゃないただの幼なじみで・・・・・・などの言い訳はカームの耳には入っていない。大戦後、しっかりと恋をしているエミリアにどこか羨ましく感じながらも見守っていこうと思っているだけだ。

 そんな一方的に無駄な会話が続けられている中、カラーンカラーンと食堂のドアが開く音がした。

 入ってきたのは、長い白髪を一本に束ねた中性の顔つきをした青年。腰には深い青色の剣を装備し、白い服の上には黒のローブを羽織っている。青年は顔を赤くしてアタフタしているエミリアを見ると、小さくため息をして近づく。

 

「・・・・・・何してるんだ。エミリア」

「あ、アバンス!!?」

「あらあら。旦那さんの登場ですね♪」

「カームさん・・・・・・。あの、『まだ』旦那じゃないです」

 

 彼の名はリチュア・アバンス。生き残った三人のリチュアの一人で、エミリアの幼なじみで義理の弟である。

 黒のローブはよく見ると土で汚れて白くなっており、外での活動をしていたのが見て取れる。そのことを裏付けるかのように、アバンスも少し疲労を残した顔つきだった。

 ちなみに、先ほど『まだ』といったのはわざとである。

 

「アバンス、昼ご飯は?」

「カレーで」

「りょーかい!」

 

 彼女の予想通りアバンスはカレーを注文し、エミリアは笑顔でカレーを継ぎにいく。その様子をカームはニコニコして眺める。

 

「カームさん、何話してたんですか」

「将来の旦那様の話です。冗談はさておき、エミリアちゃんのことを考えてるんですか?」

「・・・・・・ええ。まあ、まだ、恋人にもなってませんけど」

「え?」

 

 思わぬ言葉にカームは声をこぼした。顔を赤くしながらも、アバンスは顔に影を落としながらも答える。

 

「ちゃんとした告白もしてません。グズグズしててもいけないのはわかっているんですけど、雰囲気がよくなくって・・・・・・」

「ああ・・・・・・」

「それにエミリアは俺のことを義弟か、幼なじみとしてしか見てないような気がして」

 

(それはないでしょうに・・・・・・)

 

 言葉にはしないがカームはそう強く思った。こんなにお互いを意識しているのに、顔を赤くして幸せそうに笑っているのに何を言っているのだと、軽くあきれてしまう。

 だが、あえて口にはしない。多分近いうちに今の『ただの幼なじみ』という関係は崩れ去るだろう、とカームは確信していた。

 そんなこんなしている内に、エミリアが二つのカレーを持ってきてキッチンから出てきた。

 

「カームさん。後はお願いします」

「わかりました。二人ともごゆっくり」

「それでは、また後で」

 

 

 

 仲良く並んでテーブルへと向かう二人を見送ると、カームは入り口を再び見つめる。

 しかし、彼女が待っている少女たちはなかなか姿を現さない。なので、少し強引な手段に出ることにした。

 すでに作り終えているサンドイッチやこんなこともあろうかと用意したおかずの入ったお弁当箱、そして温かいお茶が入った水筒を二本少し大きめのランチバックに入れて食堂を後にする。

 食堂の外にはいくつか家が建てられており、その中の緑色の宝石が入り口に飾ってある家へとカームは入っていく。

 この住居は風の種族『ガスタ』全員の住まいとなっており、いくつもの部屋に分かれている。その中で一番扉が大きな部屋の前でカームは立ち止まると、三回扉をノックした。

 

「ウィンダちゃん? お昼持ってきたけど、食べますか?」

『____もうそんな時間!!?』

 

 ドタバタと焦るような足音が扉の奥から聞こえタと思えば、突然勢いよく扉が開かれる。

 扉を開けた先には苦笑いを浮かべ、カームを見つめる一人の少女がいた。

 

「慣れていない族長の仕事なんかするからですよ。私たちに言ってくれれば・・・・・・」

「いやいや。カームさんは食堂の担当じゃないですか。役割分担したからには私が頑張らないと!」

 

 緑の髪をポニーテールしている少女は、ガスタの巫女 ウィンダ。現在のガスタ族長である。

 族長としてはかなり幼いものの、彼女の父、ガスタの賢者 ウィンダールがかつての族長だったこともあってその地位に就いている。

 部屋の中には結構な量の書類が机の上で存在感を放っており、業務を先ほどまでこなしていたのだと誰であってもわかる状況だった。

 

「では、食堂担当として仕事しますね。お昼を持ってきましたよ、族長さん」

「そ、その言い方はちょっと・・・・・・」

「無理はダメですよ。今日はサンドイッチですから、業務中にでも食べられると思います。もっとも、ちゃんと食事をしてほしいところなのですが」

 

 ランチバックを渡すと、ウィンダの表情が輝いたかのように明るくなる。すぐさまランチバックを開いてお弁当箱とサンドイッチ、水筒を取り出して、部屋の隅にある小さなテーブルへと向かう。

 テーブルの周囲に四つ置かれているクッションに座り込むと、ウィンダは合掌してから楽しそうに食事を始める。

 

「いただきます!」

「はい、どうぞ。あと、今日のお昼は会議がありますからね。お昼寝して遅刻しないようにしてください」

「大丈夫ですよ。_____タブン」

「聞こえてますよ」

 

 カームにジト目でにらまれると、アハハと乾いた笑い声と共に顔を引きつらせるウィンダ。

 食事を始めるウィンダを横に、ぐるりとカームは彼女の部屋を見渡す。

 書斎においてあるような巨大な机の上に大量の書類。私用で使うテーブルと四人が座れるクッション。木で作られたベッドの上にはピンク色の布団一式。

 三つ並んでいる本棚には彼女の母親から受け継いだ聖書などが置かれている中、家族で撮った写真が飾ってあった。写っている陰は、四つ。

 それを見たカームの胸が締めつけられる。

 全ては戦争のせいではないが、ウィンダの家族はもう・・・・・・。

 

「カームさん?」

「へ、あ、はい!なんでしょう!?」

「あの、エリアルって食堂に行きました?」

 

 ウィンダが口にした名前は、カームが待っていたもう一人の少女の名だった。静かに顔を横に振ると、ウィンダの表情が少し曇る。

 

「食事を届けに今から行こうと思います。たぶん、朝ご飯も食べてないでしょうから」

「私もそう思います・・・・・・。あの、一緒に行ってもいいですか?」

「ちゃんと食事を終えてからなら、いいですよ___もちろんゆっくり食べてくださいね」

 

 ピタリとウィンダの手が少しだけ止まると、苦笑いを浮かべて食事を再開する。カームの予想通りに急いで食べるつもりだったようで、思わずため息が彼女の口から漏れる。

 ウィンダたちが忙しいのはカームも重々承知している。だから、片手間でも食べられるサンドイッチを選んで作ってきたのだ。

 それでも、食事くらいはちゃんと時間をとって行ってほしいというのは自分のわがままなのだろうか、とカームは少し不安に思ってしまう。

 

「___ゴックン・・・・・・食べ終わりました!」

「結局、後半は急いでしまいましたか・・・・・・。では、行きましょうか」

 

 からになったお弁当箱をランチバックの中に戻して、ウィンダとカームは部屋を後にする。

 ガスタの住居から出て、北東___食堂を中心として東側にある小さな住居へと二人は歩き始める。

 この場所には今は五つの建造物が存在している。先ほどカームたちがいた食堂は中心にある『集会場』の設備である。一階は食堂だけだが、二階には大きめの会議室や各部族の書類が蓄えられている。

 周囲にある四つの建造物は全て住居で、その大きさは生き残った者の多さに比例している。

 一番多いのが南にあるガスタの住居。続いて、西にある地の部族である『ジェムナイト』、北にある炎のラヴァル。

 そして、わずか四人しか現在住んでいない水のリチュアの住居が東側に建てられていた。

 入り口に蒼く輝く宝石が飾ってあるリチュアの住居に二人は入っていくと、ヒヤッとした冷気が出迎えた。

 電気がつけられていない薄暗い廊下を渡りってウィンダの部屋とは真逆の小さな扉の前でカームたちは立ち止まり、先ほどのようにノックを三回する。

 

「エリアルちゃん。起きてる?」

 

 カームの質問に回答は返ってこなかった。再度ノックをしても物音が聞こえることはなかった。仕方なくドアノブを回して二人は部屋の中へと入る。

 部屋の中は主に清潔感あふれる白色が占めていた。白い壁に大きめの窓に白いカーテン。木製のベッドに白い布団。その中で静かに眠っている青年と、椅子に座りながら上半身だけは彼の掛け布団の上に沈んでいる一人の少女。

 水色の長髪に黒いローブを着けた少女はスウスウと小さく寝息を立てて、気持ちよさそうに眠っている。

 ただし、その目の下には少しクマができていた。

 せっかく気持ちよさそうに眠っているのを起こすのはウィンダたちにとっても心苦しかったが、お昼になって食事をとっていないのは体調に悪い。

 静かに肩を揺らして、彼女を眠りから呼び起こす。

 

「エリアルちゃん。もうお昼ですよ」

「・・・・・・ぅぇ?」

「朝ご飯も食べてないでしょ? 流石に身体に悪いよ、エリアル」

「・・・・・・ウィンダ、と、カーム、さん・・・・・・?」

 

 ゆっくりと上半身を起こしグッと背伸びをした少女の目はまだ半開きだ。そんな彼女にカームは水筒を取り出して、温かいお茶を差し出す。

 受け取ったお茶を静かに飲むと少女の目が覚める。ふぁ~と大きなあくびをして、床に置いてあった黒い魔女帽子をかぶり、遅めの挨拶を交わした。

 

「おはよ、ウィンダ。カームさん」

「おはよう・・・・・・といっても、もうお昼だけどね」

 

 彼女はリチュア・エリアル。リチュアの生き残りであり、高屋ユウキが想いを寄せている少女。

 彼女は他の生き残った者とは違って全体の担当を持っておらず、基本的にこのリチュアの一室か隣の自室にこもって一日を過ごしている。

 そのため、食事するときですら食堂に向かうことはまれである。

 

「はい、お昼ご飯です。ゆっくり食べてください」

「ありがと。そこのテーブルにでも置いておいて」

 

 エリアルはそう言って食事をとろうとはしなかった。目の前にいる異世界からの青年 ユウキの様子を真摯に眺め続ける。

 気迫すら感じてしまうエリアルの姿に、ウィンダもカームも視線を下げてしまう。

 戦争が終わってから、早三ヶ月。ずっとエリアルはこの生活を続けていた。

 

「エリアル。ご飯食べないと体調崩しちゃうよ」

「後で食べるわよ。さっきまで寝てたし、体力も大丈夫だから」

「・・・・・・疲れが残ってますよ。三ヶ月間、ずっとユウキくんの看病をしているんですよね。ちゃんと休んだ方が良いです」

「大丈夫です。自分のことは一番自分がわかってますから」

 

 二人が何を言ってもエリアルは食事をとろうとしない。それどころか、休むこともしないだろう。

 変に意地っ張りなところは昔から変わっていないが、今回ばかりはてこでも動かなさそうだと、ウィンダたちは若干あきれた。

 ゴーン、ゴーンと集会場の最上階に取り付けられた鐘の音が部屋に響く。昼の休憩は終わり、午後の作業に皆が取りかかる時間となったのだ。

 

「・・・・・・わかりました。置いておきますから、ちゃんと食べてください。心配しているのは私たちだけじゃないんですから」

「じゃあ、また来るね。エリアル」

「お昼ご飯、ありがとうございました」

 

 軽く会釈をして、エリアルは再びユウキの様子を眺め始める。ウィンダたちはリチュアの住居を後にして、食堂へと歩き始めた。

 その顔はどこか影を落としていた。

 

 

 

 

 

「___では、定時になったので本日の部族長会議を行います」

 

 集会場2Fにある会議質では正方形に並べられた長机と椅子に四部族の長たちと補佐たちが座っていた。

 会議開始の号令を行ったのは西側に座る女剣士。胸部に輝きを放つ核石を宿す現在のジェムナイトの長、ジェムナイトレディ・ブリリアント・ダイヤ。

 部屋に広がる凜とした声で彼女は今回の会議の進行を務める。

 

「欠席者はいないようですね。まずは、午前中までの報告をラヴァルさんからお願いいたします」

「はい」

 

 ブリリアントに指摘されて立ち上がったのは燃えるような赤色をした少女。いつもかぶっている黒のフードは脱いでおり、褐色色の肌が手足から見えている。

 彼女の名はファイ。遊戯王カードでは、ラヴァル炎樹海の妖女と呼ばれている。

 隣に立っているのはフロギス。むしろ逆ではないかと当初は言われていたが、ラヴァルの中で論理的に考えて会話するのが一番得意だったのがファイだったのだ。

 元々は短期で戦闘狂なラヴァル。ファイの方が珍しいのだが、そこは適所適材。

 実際、彼女は緊張している様子もなく午前中の報告を始めた。

 

「現在、ガスタの皆さんと協力して建造中の二つ目の倉庫は順調に完成へと向かっています。材料となる木材も確保できていますから、このまま行けば二週間もしないうちに完成するかと」

「ありがとうございます。それでは、次はガスタさん」

 

 ラヴァルは主に力仕事を担当している。重量物を運ぶのは彼らの仕事だ。ただ、ラヴァルの数もそこまで多くないので行える仕事も多くはない。

 続いてブリリアントが呼んだのはガスタだった。ウィンダは返事をして立ち上がると、ファイと同じように報告を始める。

 

「ガスタですが、まずは食料から。調達の方はなんとかなっていますが、少々貯蓄が足りなくなってくるかもしれません。なので、アバンス___リチュアとジェムナイトさんたちが以前上げていた遠征を実行した方がよいかもしれません」

「遠征・・・・・・やはり、生産は追いつきませんか?」

「そこは私が説明いたしますね」

 

 ウィンダの隣に座っていたカームが立ち上がり、現在の食料の状況をさらに詳細に説明する。

 カームをはじめとして、ガスタは食事を担当している。料理だけでなく、畑の管理・食物の生産も行っているため非常に細かく管理を行っているのだ。

 

「以前から蓄えていましたガスタの食物はもうそこが見えてきており、野菜はまだ余裕がありますが、お肉などのタンパク質、主食となる小麦やお米などはもう限界に近いです。食事の質を落とすのはよくないのですが、遠征予定地であるナチュルの森で手に入る果物が手に入ればなんとかなると思います」

「やはり、遠征は実行するべきかもしれませんね・・・・・・。わかりました、二人ともありがとうございます。それでは、私たちジェムナイトとリチュアから報告いたしますね」

「ああ」

 

 カームとウィンダが座ると、ブリリアントとリチュアの長であるアバンスが立ち上がり、本日最後の報告が行われる。

 リチュアは生き残りが三人とあまりにも少ないので、魔術なしでも戦闘を行えるアバンスはジェムナイトと共に住居周辺の探索を行っている。

 ジェムナイトはラヴァルと比べればまだ生き残りがおり、ブリリアントのように次世代のジェムナイトたちも少ないが誕生しつつあるため危険が比較的大きい外部探索を担当していた。

 

「まず、周辺の状況だが・・・・・・やっぱり創星神の影響が大きすぎる。更地になっているところばかりで、まともに生活できそうなのはここくらいだ」

「神殺しが行われてから早くも三ヶ月が経過していますが、害敵となりそうな生命は未だに現れておらず危険はなさそうです。先ほどから話が上がっていましたが、やはり遠征に向けてそろそろ準備をするべきではないかと、私たちは考えています」

 

 この星に生きる生命を生み出した『母』と呼べる存在__創星神Sophia。その母はあまりにも愚かで哀れな世界中の子供たちを滅ぼそうとした。

 その傷跡はあまりにも大きく、多くの命が消滅した。この星も大部分が荒野へと変わった。

 星そのものを生まれ変わらせる『再星』によって、あらゆるものが消滅した。

 そんな中でも生き残った者たちは今こうして、必死になって生きている。彼が生き残れた理由はいくつかあるが、やはり大きいのは___

 

「ところで、アバンスさん。異世界の彼は・・・・・・」

「・・・・・・察してほしい。エリアルがずっとついているが、未だに目を覚ます気配はない」

「・・・・・・そう、ですか。私はまだお会いしたことがないので楽しみにしているのですが、目覚めていらっしゃらないのであればしょうがありませんね」

「話を戻すけど、遠征に行くならこっちも携帯魔術を仕上げておくよ。もう少しで実践まで持って行けそうだからね」

 

 会話に参加したのはエミリアだ。彼女はリチュアが元々使っていた魔術の復元を仕事にしている。

 リチュアの魔術はガスタの風『だけ』を操るものではなく、様々な応用が利くもので日々新しい魔術が作られていた。

 遠征に行くならばと、食料はもちろん今ある住居も小さくして携帯できるようにすることで、新たなる新天地にて生活を始めることもできる、とエミリアは考えていた。

 ただし、リチュアの魔術には彼らが所持していた鏡『儀水鏡』が必要となる。リチュアであれば誰しもが身につけていたはずの物だったのだが、大戦中に行われた儀水鏡を通じた洗脳から逃れるためにアバンスたちの物は割ってしまい、残っていた物も全て破損していたのだ。

 そのため以前は一日もあれば新しい魔術を作成できていたのが、今では一ヶ月以上かかっても作成することが難しい状況となっている。

 

「あと、どれくらいかかりますか」

「二週間・・・・・・いや、十日でなんとかするよ。それまでに準備をお願い。・・・・・・エリアルが手伝ってくれれば、もっと早いんだろうけど」

「そう言ってもしょうがない。では、ブリリアント。ナチュルの森への遠征は十日後ということで大丈夫か?」

「予定としては大丈夫でしょう。ラヴァルとガスタの方々も異論はないでしょうか」

 

 無言を肯定と受け取りブリリアントはアバンスとエミリアを席に座らせる。最後にもう一度全員の顔を見渡してから、彼女はこの会議を終わらせる。

 

「それでは、本日の部族長会議はここまで。午後からもよろしくお願いします」

 

 ブリリアントの号令で、長と補佐たちは各々の職場へと戻っていく。

 こうして今日も、午後が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

 エリアルは白い部屋で座っていた。理由はたった一つ。彼が目を覚ましたときに近くにいるためだ。

 この三ヶ月は彼女にとって非常に長く感じた三ヶ月だった。

 ただひたすらに、彼の看病をしてきた。着ている衣服を替えたり、身体を拭いたり。

 以前、自分が風邪を引いたときに彼にしてもらった事を思い出しながら身の世話を焼いた。

 

「まったく、いつまで僕を待たせるつもりなんだい? 君ってば、そんなに気が利かない人じゃなかっただろ?」

 

 今の自分という皮を被る必要はなかった。自分を偽ることがない口調で少女は決して返事が来ない会話を始める。

 リチュアという極悪非道な部族に所属している中、彼女は必死になって目指したものがある。

 それは、長であったノエリアの娘になること。

 アバンスとエミリアのように、ノエリアに信頼され『家族』のようになることを、少女は夢見ていた。

 そのために以前の自分を殺し、甘さを捨て、心を砕きながら侵略をしてきた。侵略の道具となる魔術を創り上げてきた。

 だが、その行動が評価されたことは一度もなかった。

 

「君が、初めてだったんだよ。僕をあんなに褒めてくれたの。あのときはもう混乱してたけど、今でも思い出すんだ。___あんなに嬉しかったことはなかったって」

 

 必死になっていた彼女を認めて、褒めたのは彼だった。

 あの時初めて、誰かに泣かされた。悲しみではなく、喜びで。

 

「大体、初対面で可愛いって・・・・・・君って、やっぱりバカだよ。フフ」

 

 彼が異世界から呼ばれたのはリチュアとガスタの戦場の中だった。そんな状況で、彼はエリアルを見て『可愛い』と言い放ったのだ。

 あのときから、彼と彼女のよくわからない関係は始まった。

 思わず笑みがこぼれる。あのときはただ辱められただけだと、侮辱されただけだと、そう感じて怒りや憎しみすら抱いていたのに。

 今はただ____

 

 

「_____寂しいよ」

 

 

 嬉しそうに浮かべる笑顔も、やけに顔を赤くしていた照れ顔も、彼女のことを想って出た真剣な顔も。

 最後に見たのはいつだっただろうか。

 

 ふと、少女は思い出す。かつて、戦争中にあったわずかな休息の時間にて行われた四部族の女子会のことを。

 その日、久々に見たあまりにも子供っぽい夢の内容を。

 自分がとらわれたお姫様になって、そこに勇者が自分を助けに来てくれた。そんな、おとぎ話のような夢を。

 

「・・・・・・」

 

 あの時、目が覚める直前、彼女は彼の姿をした勇者に___

 思い出しただけで彼女の顔は赤くなる。忘れてしまいたい黒歴史のような思い出。

 でも、ふと考えてしまった。

 今なら____できるのではないか、と。

 

「・・・・・・」

 

 周囲を見渡す。当然ながら、少女と青年以外の人物はいない。

 心臓が高鳴る。喉元でその鼓動を感じられるほどに、鼓膜に直接その振動が響いているほどに。

 少女が手をベッドにつくと、ギシリと音がした。それでも青年の目が開くことはない。

 眠っている青年の顔元に両手をついて、少女は彼を見つめる。

 

「・・・・・・うばっちゃうからね。ぼく、リチュアだから」

 

 両手を青年の頬に添えると、少女はゆっくりと彼の顔に近づいて____

 

「___っちゅ」

 

 瞳を閉じて、自身と青年の唇を優しく合わせた。

 息を止め、静かにその柔らかい感触を味わってから、少女は青年から離れた。

 顔は赤いままだが、目尻は下がりトロンとした表情を浮かべ、胸の中にある何か熱いものを感じていた。

 

「・・・・・・なにやってるんだろ、私」

 

 だが、それもすぐに冷めていつもの自分に戻る。

 こんなことをしたのは初めてだった。多分、時間が経ちすぎて自分が抑えられなくなったのだろう、と彼女は淡々と分析する。

 そもそも、今まで魔術などの手は尽くしてきたのに青年は起きなかったのだ。こんな事をしたって無意味。

 こんな___バカみたいな事を。

 

「バカは、私かぁ・・・・・・」

 

 天井を見てつぶやいた。夢見がちな少女を卒業できていない今の自分があほらしい。

 ぐぅ~とお腹からかわいらしい音が部屋に響く。

 そういえば、結局昼食を食べていない。用意してもらった昼食を取りにいこうと、エリアルは椅子から立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 突然、手首を握られた。

 

 

 

 

 

「____あの・・・・・・ですね、なんと言ったら良いか、わからないんですけどね?」

 

 声が聞こえた。

 少女の声ではない。低く、とても照れている、男性の声だ。

 

「ええっとですね、エリアルさん」

 

 名前を呼ばれた。

 変にかしこまった、ある一人を除いて言わない呼び方で。

 

 少女は振り返る。

 そこには彼女が着せた白い寝間着を着て、ベッドから上半身を起こして彼女の手首をつかんでいるくせっ毛が混じった黒髪の青年が、照れ笑いを浮かべながらこちらを見ていた。

 

「おはよ」

 

 少女は、彼の胸へと飛び込んだ。




恋愛あり、ほんわかあり、日常あり、戦闘はほぼなし!(オイ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 告白

眠りから覚めた青年。そこで告げられる事とは__


「いやぁ・・・・・・ご心配おかけしました」

 

 長い眠りから覚めた異世界の青年 高屋ユウキはくせっ毛が特徴的な頭をかきながら、気まずそうに生存者たちの前に現れた。少し大きめの白い服に、黒いジャージズボンというラフな格好にヘニャリと覇気のない笑顔。

 そんな緊張感もない登場だったが、あまりにも突然の復活に生存者たちは誰一人として言葉を発することができず、全員が口を小さく開けていた。

 

「ええっと・・・・・・あの、何か言っていただけると」

「___ユウキ、なのか」

「そうですよ!? そんなに見た目変わってる!!?」

 

 アバンスの信じられない物を見る目にユウキも思わず不安がよぎった。まさか眠っている期間に自覚できていない変化が起きているのかと、身体のあちこちを触り始める。

 そんな馬鹿らしい姿を見て、ため息をつきながらエリアルは大丈夫だと言い張る。

 

「そんなことないわよ。アホみたいなことやめなさい」

「そ、そうなの? ならいいんだけど、なんでみんな固まってるの?」

「そりゃあんた___」

 

 エリアルが何かを言おうとする前に、高速で何かがユウキへと飛び込んだ。彼はなんとかその『何か』を抱きかかえるが、その勢いで後ろに倒れてしまう。

 彼にはそれが何かは見えなかったものの、手から伝わってくる温かさには覚えがあった。

 優しい大地の温かさ。このぬくもりを持っているのは一人しかいなかった。

 

「おはよ、ファイ」

「おはよう・・・・・・お兄ちゃん!」

 

 両目に涙をためながらも笑顔を浮かべる彼の義妹はぎゅーっと抱きつく。今までの分を取り返すかのように強く、強く大好きな義兄を抱きしめる。

 とても感動的な場面だ。周囲の雰囲気も思わず頬が緩み、涙腺の緩いカームは釣られて涙を浮かべていた。

 

 が、ここで忘れてはいけないのは、彼女 ファイはラヴァルであると言うことだ。

 戦闘民族であるラヴァル。当然のごとく、怪力を持っている。そんな彼女が全力で抱きしめたのなら___

 

「イデデデデデデデデ!!!」

 

 抱きつかれている者にとってはただの拷問と化す。ミシリミシリとユウキの身体から悲鳴が上がり、寝起きの身体にいきなりの激痛が走る。

 そんな悲鳴にも気がつかないほど、ファイは彼の身体を抱きしめる。それほど彼女の心は義兄を求めていた。

 

「ファイ!わかったから!わかったから!!このままだと骨折れるぅぅぅ!!」

「ご、ごめんなさい!久しぶりだったから、つい・・・・・・」

 

 必死の訴えでファイは力を緩め、ユウキは拷問から脱出する。締められていたのは数十秒にも満たないが、それでも息があがってしまっていた。

 シュンとするファイに申し訳なさを感じて、ユウキは彼女の身体をひょいと持ち上げると自身の肩の上にのせた。

 

「これで許してくれるか?」

「うん!許してあげる!」

 

 ユウキの頭に腕と顔を乗せ、ファイは満足そうに笑う。ユウキも楽しそうな顔で彼女の身体を支える。

 なんとなーく後ろから黒いオーラを感じるが気にしないことにする。とりあえず集団の中心にいるであろうアバンスに声をかけた。

 

「それで、本当に大丈夫なのか。ユウキ」

「今のところは何も。アバンス、俺が眠っている間何があったのか教えてくれる?」

「わかった。ブリリアント、俺が案内するが大丈夫か・・・・・・って、ブリリアント?」

 

 ジェムナイトの長であるブリリアントに声をかけるがなぜか返事がない。気になってアバンスが振り返ると、そこにはガッチガチに固まっている女騎士がいた。

 

「ブリリアント・・・・・・?」

「ひゃ、ひゃい!!」

「どうした?」

 

 手足を棒のようにしてユウキに近づくブリリアントの姿はまるでロボットのようだ。そのまま手を彼の方へと伸ばし、ギギギと身体から音がするかのようにゆっくりと動く。

 

「あ、あの!私、現在ジェムナイトの族長を務めていますブリリアント・ダイヤと申します!!」

「う、うん。知ってるよ。まさかここで会えるとは思わなかったけど。これからよろしくね」

 

 そう言ってユウキがブリリアントの手の握ると、今度は彼女の身体がカチンと固まる。

 まさかとは思ったが、ユウキは思わず苦笑を漏らして彼女に言葉をかける。

 

「緊張しなくて良いよ。そんな対した事してないから」

「そんなことないであります!!ユウキさんはこの世界の英雄でありますから!!」

 

 英雄____その言葉に心が震えた。

 自分がこの世界に来たとき、自分には何もできないと思った。魔法も特別な技術もなく、本当にただの一般人が戦場へと放り込まれた。

 命の危機に何度も脅かされながら、何度もけがを負いながら、何度も誰かの死を目撃しながら____彼は生き続けた。

 何度も心が折れそうになった。何度も泣きそうになった。それでも必死になって歩き続けた。その結果、一度命を落とした。

 

 だが、それでも今、彼はここにいた。

 

「そっか。そう思われてるのなら、嬉しいよ。ありがと、ジェムナイトレディ・ブリリアント・ダイヤ」

「わ、私の名前を・・・・・・感激であります!」

 

 非常に感動してくれるのはユウキにとっても嬉しいのだが、ぶんぶんと握った両手を激しく動かされるのは痛い。顔を若干しかめつつなんとか手を離してもらうと、改めてブリリアントに自己紹介をする。

 

「俺は高屋ユウキ。異世界から来た19歳だ。今後ともよろしくね」

「挨拶は終わったな。じゃあユウキ、今の世界を案内する。ついてきてくれ」

 

 

 

 

 

「なるほどね。現在は生き残った人たちで協力しながら、なんとか生活できてる訳か。三ヶ月も寝ててごめん」

「まったくだ。その分働いてもらう・・・・・・と言いたいが、お前の世話は全部エリアルがやっていたから、ほとんど苦労はなかった」

「・・・・・・」

 

 集落の説明をアバンスから受けて、現状をようやく把握するユウキ。働いているラヴァルを見ながら、自身が今まで働いていないことに冷や汗が浮かぶ。

 もちろんアバンスも本気で言っているわけではない。

 

「そういえば、ソンプレスちゃんとケルキオンは? やっぱりどこか行っちゃった?」

「ああ。あの戦いの後、世界のどこかへと飛び立っていったよ。一応、時々帰ってきてくれることもあるがな」

 

 ユウキと共にSophiaと戦った二人の戦士___セイクリッド・ソンプレスとヴェルズ・ケルキオンは彼の予想通りここにはいなかった。

 二人は女神の力を宿し世界を巡っている、というのは知っている正史通り。多少のさみしさはあるものの、どこかで生きていることが嬉しくなる。

 アバンスから施設の説明を受け、再び集会場に戻ってくると誰もいなかった。適当な席に座り、今後の予定を話し始める。

 

「現在、俺たちは食糧難に陥りつつある。そこで、遠征をしようと思っているところだ」

「かなり現実的な問題だね・・・・・・。遠征先は?」

「ナチュルの森だ。あそこにローチが向かって小さな拠点を作っている。どうやら、あそこはトリシューラの影響をあまり受けなかったらしい」

 

 その言葉にユウキは頭をひねった。彼は元々、この世界が架空の物語である世界から来た。元の世界で得た知識を元に行動してきた。

 それこそが、ただの人間であった彼が結末に介入できた理由の一つ。

 今回も物語を思い出して、遠征中に起こりうる不吉な出来事を避けようとする。

 

 のだが____

 

「どうした? ユウキ」

「んんん?」

 

 何も思い出せなかった。

 

 今まで思い出せなかったことは何度もあった。インヴェルズの復活、ヴァイロンの暴走など、思い出せればいくらでも犠牲を防ぐことが出来た出来事もあった。

 だが、それは思い出そうとすると脳内にノイズが走って『無理矢理』思い出させないようにしているような感覚だった。

 が、今回は違う。本当に何も思い出せないのだ。

 今までが紙に書かれた文字の上からぐちゃぐちゃに落書きをされた感じだったのに対し、今回は白紙が目の前にあるだけのような感じ。

 

「話を続けるぞ?」

「あ、ああ・・・・・・」

「ナチュルの森までここから約二週間。移動方法は足になるから、人力車を用意してラヴァルやジェムナイトに引いてもらう形になる」

「そんなにかかるなら、銀河眼を呼んで何人か乗せようか? そっちの方が速いと思うんだけど」

「言われてみれば・・・・・・。じゃあ、頼めるか?」

「了解。今までの分、働かせてもらうね____というか、エリアル。さっきから無言でついてきてるけど、どしたの?」

 

 アバンスから説明を受けているときから、なぜかずっと無言でついてきているエリアルにようやくユウキが反応する。

 先ほどから何もしゃべらない。ただついてきているだけで、何もしない。普通に考えて様子がおかしい。

 ユウキが俯いている彼女の顔をのぞき込むと、顔を青くし息を切らしている苦しそうな表情が見えた。

 

「エリアル?」

「・・・・・・ゴメ、ン」

 

 そう言うとエリアルはパタリとユウキへと倒れた。思わぬ出来事にユウキはとっさに彼女の身体に手を回した。

 

 彼女の身体は、折れてしまいそうに細く、軽かった。

 

「____エリアル!!!」

 

 ユウキの声は彼女に届かない。倒れかかったエリアルはただ息を荒くし、苦しそうにするだけ。

 何をすれば良いのかわからずにただ愕然とするユウキだったが、この部屋にいるもう一人の存在を思い出し大声で名前を呼んだ。

 

「アバンス!これは・・・・・・」

「落ち着け。ゆっくり横に寝かせてくれ」

 

 熱くなるユウキに対し、冷静に声をかけて対処するアバンス。

 ユウキはアバンスの指示に従ってエリアルを床に寝させて、アバンスは彼女の顔をのぞき込む。その苦しみ方にアバンスは心当たりがあった。彼女の手を握り、アバンスは確信を得る。

 

「___魔力が枯渇してる。このままだと、命に関わるぞ」

「はぁ!? なんでエリアルの魔力が枯渇してるんだよ!別に魔術を使ってるわけじゃないだろ!!?」

「理由は今はどうでも良いだろう。とにかくエリアルの部屋まで運ぶぞ」

 

 軽くなってしまったエリアルを抱え上げて、ユウキは走る。あまりに突然の出来事でまだ混乱している頭をなんとか動かして、エミリアのいるリチュアの部屋へと飛び込んだ。

 

 

 エミリアの部屋は以前のエリアルの部屋のように、中央に魔方陣、周囲にはいくつかの本棚に本が何冊かしまわれており、机の上には魔術関係の本が広げられていた。

 エリアルは部屋の中心に寝かされ、周囲の魔方陣はエミリアの魔力で起動して青い光を放っていた。

 突然の来客に驚きながらも、エミリアが適切な処置をしたおかげでエリアルの顔色は大分回復しており、今は小さな吐息を立てて眠っている。

 

「エリアル・・・・・・大丈夫かな」

「一応処置はちゃんと出来るから安心して。不足している魔力を自然と私から供給してる形になるから、安静にしてもらわないといけないけどね」

 

 魔力が枯渇している、という意味を詳しくわかっていないユウキでも異常事態が起こっていることくらいはわかっている。一体何が原因なのかがわかっていないが、自分に出来ることなら何でもしたいと焦っていた。

 そんな彼を横目にエミリアは手短に真実を告げる。

 

「結論から言うと、エリアルの魔力枯渇の原因はユウキ。あなただよ」

「俺・・・・・・?」

 

 思いもよらない答えに困惑が隠せないユウキにエミリアは彼の身に起こった異変を含めたすべてを語り始める。

 

「ユウキが意識を失った後、私たちはあなたの身体を調べてたの。召喚獣の魂を宿した人間なんて前代未聞だったから。万が一何かあったらいけないと思って、ね」

「俺も多少協力したが、基本はエリアルが進めていたんだ」

「・・・・・・それで、どうなったの」

 

 冷や汗が流れる。今から二人が話そうとしていることは、間違いなく自分が耳を塞ぎたくなるようなことだとユウキは確信してしまう。

 聞かなくてはいけない。だが、それと同時に恐怖が襲いかかってくる。

 

 

 

「今、ユウキは____エリアルの召喚獣って事になってる」

 

 その真実は、あまりにも衝撃的だった。

 

「____は?」

「その反応が妥当だろうな・・・・・・。正直に言って俺も初めて聞いたとき意味がわからなかった」

「私だって信じられなかった。でも、『召喚者』であるエリアルが言ってるんだから間違いないんだよ」

 

 『召喚者』

 それはこの世界でユウキのことを指す言葉のはずだった。この世界での召喚術は非常な高度な魔術で、ユウキが持つカードのみがそれを可能としていた。

 その『召喚者』がエリアルで、ユウキは『召喚獣』だと二人は言った。

 

「今回の魔力枯渇はこの三ヶ月間、エリアルがほぼ休みなしで召喚術を維持していたことが原因ってこと」

「魔術の維持するための訓練は受けていたが、三ヶ月間も休息なしで行ったことはない。逆にここまで意識を失わなかったのが奇跡的だ」

 

 二人は彼に伝わるように丁寧に説明するが、ユウキの耳にその言葉は届いていなかった。

 

「俺が・・・・・・俺が、召喚獣・・・・・・」

「・・・・・・ユウキ」

「じゃあ、俺がこの世界にいるだけで____俺が生きてるだけで、エリアルは魔力を使うって事か?」

「そういう・・・・・・ことになるね・・・・・・」

「俺は・・・・・・」

 

 

 

 

 

「俺はもう、人間じゃないって事か?」

 

 

 アバンスとエミリアは何も言えなかった。

 『英雄』となった青年の声は震え、目には涙がたまっていた。自分がすでに『ただの一般人』でなくなってしまった事に、『召喚者』がいなければ存在すら許されない『召喚獣』に成り果ててしまった事に、彼はようやく気づいた。

 

「___そっか。そうなんだな。俺はもう・・・・・・アハハ」

 

 乾いた笑い声をだすことしかもう出来ない。ためていた涙が一筋の線となって頬を流れ、顔は悲しみで歪んだ笑みを浮かべた。

 力なく膝をつき、俯いた顔から涙を流すその青年を果たして誰が『英雄』と呼べるのだろうか。

 残酷な真実に折れてしまったただの一般人の姿が、その部屋にはあったのだ。

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

 ユウキはただ一人、ベッドに横になり天井を意味もなく見つめていた。

 もう自分は人間ではない。

 その事実だけが彼の心を支配していた。今の彼に気力という物はない。動くことも、考えることも放棄してしまっている。

 アバンスたちと別れて何時間か経ったのだろうか。お昼の時間はとっくに過ぎているはずだが、彼の身体は空腹を訴えることはなかった。

 これも魔力さえあれば存在出来る召喚獣だから___

 

「っ!!!!」

 

 考えたくもない事実が頭によぎってしまい、ユウキはベッドの上でうごめく。

 どうしろというのだろうか。

 召喚獣となった自分を、世界のためだからしょうがない。むしろ誇りに思うべきだ、と説得するべきなのだろうか。

 無理だ。そもそも彼が今まで必死になってきた理由は二つ。

 一つが元の世界に帰るため。もう一つがエリアルを生かすため。

 それがどちらも不可能になってしまった今を、どう正当化しろというのだろうか。

 人間でなくなってしまった以上、元の世界に戻っても元の生活は出来ない。そもそも、エリアルがいなければ存在も出来ない自分が、あの世界に戻ることが出来るとは思えないのだ。

 そして、自分がいる限り、エリアルは魔力を使い続ける。どれくらい使うのかはわからない。だが、間違いなく彼女に負担をかけ続ける。そんな迷惑をかけてまで、今ここにいても良いのだろうか。

 

「・・・・・・母さん、ごめん」

 

 届くはずもない謝罪を母に送ると、再び涙がこぼれ落ちた。

 こんなに泣き虫だった訳ではないのに、さっきから泣いてばかりだ。銀河眼がいなくなったことで、励ましてくれる者も、臆病者であった彼を奮い立たせる事もなくなってしまった。

 

「どうすりゃいいんだよ・・・・・・どうすれば、前に進めるんだよ・・・・・・」

 

 頭を抱え、布団に潜り込む。目の前には闇が広がっており、何一つ見えない。

 今を進めるための一歩すら、今のユウキには出来ない。

 そしてまた、何も考えず、何も感じないようにただただ無気力になろうとする。

 

 音が部屋に響く

 

 ガチャリとノックもなく突然に、部屋の扉が開かれた。思わぬ訪問者にユウキは上半身を起こす。

 そこにいたのは、まだ少し顔色が悪いエリアルだった。たどたどしい歩き方でベッドの方へと無言で近づいてくる。

 

「エリアル・・・・・・体調は大丈夫?」

 

 無理に笑顔を作るユウキの前でエリアルは顔を俯いて、何も言うことなく立っていた。

 どこか不気味な雰囲気の彼女にユウキは言葉を失う。そのままお互いが無言になって数十秒、ポツリと少女はつぶやいた。

 

「・・・・・・なんで」

「?」

「なんで怒らないの!!?」

 

 エリアルは、泣いていた。ボロボロと涙を流して叫ぶ彼女からは、自分の無力さに対する悔しさがにじみ出ていた。だが、ユウキにはどうしても彼女が泣きながら叫んでいるのかがわからなかった。

 

「何を怒るって言うのさ。俺は別に・・・・・・」

「___召喚獣と召喚者の心は繋がるんだよ。銀河眼を召喚してるときとかに感じてたでしょ?」

「それは・・・・・・」

 

 確かにユウキが銀河眼を呼び出しているとき、直接脳内に銀河眼が語りかけていた。実際に言葉になっているわけではないのに、意思疎通が出来ていたことを今更ユウキは不思議に感じた。

 そうして、鈍感な彼はやっと気づいた。

 心が繋がっているのなら、先ほど彼が考えていたことも少女にはすべてお見通しだと言うことに。

 泣きながら少女は言葉を漏らし続ける。

 

「君がこんな風に悩んでしまうことは、なんとなくわかってた。君が元の世界に戻るために必死になっていたことも、ずっとわかってた」

「・・・・・・」

「無理に生きようだなんて考えてもないし、ましてや人じゃなくなるなんて望んでいないこともわかってた!この世界の英雄になるよりも、ただの人のままで元の世界に戻ることを望んでいたのも!・・・・・・全部、わかってたの・・・・・・」

「エリアル、もう何も言わないでくれ」

 

 エリアルの言葉を聞いて心に黒いもやが生まれてしまい、ユウキは彼女の言葉を拒絶する。だが、彼女の言葉は止まらない。

 

「それでも生きていてほしかった。僕のそばにいてほしかった!僕をもっと褒めてほしかった!!___君がいなくなるのが、怖かったんだ・・・・・・。だからっ!」

「だから、俺を生かし続けてるのか? 俺が人でいたいってわかってるのに、俺がこうやって悩むことも予想できて! それでも、自分のわがままのために俺を人形のようにし続けているのかよ!!」

 

 ユウキにも限界が訪れてしまう。今までたまっていた不安や葛藤が、不安定なった精神と合わさって、エリアルに理不尽ない怒りの言葉をぶつけてしまう。

 突然の大声にエリアルの身体がビクッと震えあがった。

 

「あ・・・・・・ごめん。っサイテーだ、俺・・・・・・」

「・・・・・・ねぇ、本当に、死にたい?」

 

 その声はひどく冷たかった。先ほどまで、泣き声だったはずなのに。いつの間にかユウキの目の前にいる少女が、冷酷な侵略者の目でこちらを見ている。

 そして、その右手には___鈍く光るナイフを握っていた。

 

「エリ、アル」

「そうだよね、人じゃなくなっても生きたくなんてないよね・・・・・・。僕のわがままのために生きていたくないよね・・・・・・。だから、僕がその願いを叶えてあげる」

 

 ゆらゆらと揺れながらエリアルは瞳から光を消して、ユウキへと近づく。

 その異常な光景にユウキの全身から冷や汗が吹き出す。残念ながら、彼がいるベッドは壁側にあって逃げる道はない。

 今までに何度か命の危機を感じたことはあった。だが、これほどまでにリアルに殺される状況は初めてだった。

 

「大丈夫。君を殺したら、僕も死ぬから。君を一人になんてさせないから。だから___」

 

 

「だから、一緒に死んじゃおう」

「それは、ダメだ」

 

 震えた声でユウキはそれを拒絶する。恐怖で身体は震え、身体は縮こまりうまく動けないが、それでもエリアルに答えた。

 

「どうして?」

「自分が死ぬのが怖いっていうのもある。あるんだけど___エリアルが死ぬのが一番イヤだから」

 

 素直に思ったことを伝えるユウキ。その言葉に嘘はなかった。

 たとえ、人じゃなくなったとしても。たとえ、今までの過程が自分が受け入れられない結果をもたらしたとしても。

 想いを寄せていた彼女が生きていることが嬉しいのは、決して嘘じゃないから。

 エリアルがベッドに手をつき、四つん這いになったところで動きが止まる。ナイフは相変わらず握られたままだったが、冷たい雰囲気はいったん収まった。

 

「エリアル。今から本音で話すね」

「・・・・・・わかった」

「俺は正直に言って、今の自分が受け入れられない。起きたら自分が人間じゃなくなっていたっていう事が未だに信じたくない」

 

 丁寧に、慎重に、彼は言葉を選んでエリアルに伝えていく。先ほどのように激情に駆られないように、少しずつ。

 

「俺はずっとこのまま人間のまま生きて、いつかは元の世界に戻って・・・・・・いつかは、エリアルたちと別れるものだとずっと思ってた」

「別れる、つもりだったの?」

「そうなると思ってた。つらくても、悲しくても、最後は笑って別れないといけないって思ってた。____でも、それが全部ぶち壊された」

 

 改めて、自分が人間でないことを受け止められていないとユウキは語る。今まで魔法や戦争といったものから遠ざかって生きていた彼からすれば、あまりにも受け入れられないことだろう。

 

「だから、頭が今は滅茶苦茶だ。怒ればいいのか、悲しめばいいのか。どう受け止めて、どう進めば良いのか。全くわからない。それに、俺がいるだけでエリアルがまた倒れるかもしれないって考えると、本当に死んでしまった方が良いのかもしれないって思った」

 

 でも、と彼は続ける。

 

「でも、エリアルが俺のことを心配してくれていることは感じ取れた。本当に、こうなってしまった事に責任を感じているのも、心で感じた」

「・・・・・・僕の心が読めるのは、イヤじゃないの?」

「うん。こうやって落ち着いて話して、やっとわかった。俺がイヤになっているのは、エリアルなんかじゃない。この事態をうまく受け入れられない自分自身に、いらついているんだと思う」

 

 言葉にしたら少しだけ楽になった。ユウキは肩の力を抜いて、エリアルに微笑みかける。

 エリアルもユウキの笑みを見て少し気が抜けたのか、手からナイフがこぼれ落ちた。落ちたナイフは地面に当たると、そのまま銀色の粒子となって空中へ霧散する。

 その光景にユウキは驚きを隠せず、エリアルは自傷気味に笑った。

 

「君の言うとおりだよ。今の僕はほとんど魔力がない。召喚獣である君を維持するので精一杯で、魔力で何かしようとしてもほとんど劣化品になっている。今のナイフみたいにね」

「俺の、せい、なんだよな」

「そう。君と僕のせいだ。君は死にたくないって言うし、僕は君を失いたくない。だから、この結果は必然だ」

 

 ナイフは消えたが、エリアルが四つん這いを解くことはない。それどころか、ベッドにのってユウキの目前にまで接近する。

 何度か近くで彼女を見つめることはあったが、どれも状況が状況だった。それが、こんなエリアルから近づいてきていることに、ユウキの胸は高鳴ってしまう。

 

「でもね、僕は何も後悔していない。だって、君がいてくれるから。君がいてくれるなら、この身体が弱くなっても、魔術が使えなくなってもいい」

「それは、少し言い過ぎなんじゃ・・・・・・」

「そうでもないよ。だって」

 

 

 

 

 

「____どんなユウキでも、僕は大好きだから」

 

 

「____」

「君がこんな自分にした僕を嫌っていても、かまわない。悲しいけど、寂しいけど、君が生きていてくれるだけで___きゃっ!?」

 

 気づけば、ユウキは彼女を抱きしめていた。ほとんど反射的に彼は動いた。

 寂しそうな表情を浮かべながら、嫌われてもいいという彼女の顔を見たくなかった。

 ユウキの心にも彼女の寂しさが伝わってきて、そんな感情を消し去ってしまいたくてとっさに出た行動だった。

 

「・・・・・・ユウキ?」

「わがままなのは、俺だ。エリアルが必死になっていたのに、全く気づかずにバカなことばかり考えてた。自分のことしか考えれなくなって、他のことが何も見えてなかった。一番無理しているのは、エリアルだって言うのにひどい言葉をぶつけた」

 

 エリアルは何も言わない。ユウキの胸の中から彼の顔を見上げているだけだ。

 

「でも、さっきの言葉で目が覚めた。・・・・・・覚めないわけないんだけどね、あんな告白聞いてさ」

「そ、う?」

「びっくりしたよ!? おまけに心が繋がってるから嘘じゃないってわかるし!___ともかく、エリアルが全て使って俺を生かしてくれているのなら、俺もエリアルに応えるべきだと思った。それが、今の俺に出来る事だと思った」

 

 ぎゅっと彼女を抱きしめると、エリアルもそれに応えて抱きしめ返す。お互いの体温、鼓動、心が伝わり体と心が温まっていく。

 腕を緩め、二人は顔を見合わせると何を言うわけでもなく、お互いの顔を近づけた。

 その距離はゼロになり、唇が触れあう。

 数秒間という刹那だったが、十分に意味はあった。

 

「エリアル、俺と、付き合ってください。俺の恋人になってください」

「やだ」

「・・・・・・はぁ!!?」

 

 決死の告白を断られ間抜け面をさらすユウキに、小悪魔のような笑みを浮かべてエリアルは言葉を続けた。

 

「それだけじゃないもん。君とは、召喚者と召喚獣で、ご主人様と召使い。そして___夫婦、だからね」

「!!?」

「僕をこんな風にした責任は、君の生涯を持って償ってもらうよ。恋人なんかじゃ許してあげないから____覚悟してね、ダ・ン・ナ・サ・マ」

 

 恋する少女は、想い人に笑顔を見せてそう宣言するのだった。

 




僕はね___いちゃらぶが、書きたかったんだ()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 恋人

注意:ただのいちゃつきとなっております


「____それで、何か言うことはあるか?」

 

 ユウキとエリアルの関係にひとまず決着がついた次の日の朝。集会場二階の会議室にて、ユウキは腕を組むアバンスの前で正座させられていた。

 アバンスの声には怒気・・・・・・というより、呆れ果てたような感情が込められており、その目はユウキを完璧に見下していた。

 一方のユウキは冷や汗をかきつつも、どう言い訳しようかどうか悩んでいた。

 

「・・・・・・朝起きてきたらおにいちゃんが正座させられているんだけど、なんで?」

「さぁ・・・・・・?」

 

 先ほどなぜか呼び出されたウィンダとファイは首をかしげ、すでに部屋にいたエミリアは苦笑いを浮かべていた。

 エミリアが無言のまま二人を椅子に座らせると、アバンスは再び口を開らく。

 

「ほら、何かあるなら聞くぞ」

「あのですね? 何か勘違いしておりませんか、アバンス殿?」

「何がだ? 今朝エリアルとお前が同じ部屋から出てきて、エリアルがどこか輝いたような顔だったことは知っているぞ?」

「____おにいちゃん?」

 

 アバンスに続いて、ファイまでもが黒いオーラをまとう。今まで何度か修羅場をくぐってきたユウキだが、なぜだろう。今が一番怖く感じていた。

 漫画のように大量の汗を背中に浮かべながらも、ユウキはとりあえず言い訳を始める。

 

「エリアルとは、特に何もやましいことはありませんでしたよ?」

「嘘つけ」

「いや本当だよ!!?」

「お前がそこまで我慢できるとは思えない」

「なぜ言い切れる!!?」

「朝から騒がしいわね・・・・・・何してんの」

 

 青年の言い訳の最中にもう一人の当事者が眠たそうに部屋に入ってくる。普段の黒ローブは今身につけておらず、一番薄着のベージュのローブだけ羽織っている水色の髪をした少女。

 他の誰でもない。エリアルである。どこか無気力そうに歩く彼女は、ごく自然にユウキの最も近くの椅子に座った。

 この行動でアバンスは確信を得る。

 

「ユウキ、昨日何があった」

「だから何でそんな自白を促すような刑事みたいな口調なんだぁ!!!」

「ねぇ、何があったの? 何でそんなにアバンスが怒っているのか、私には分からないんだけど・・・・・・」

 

 流石にこのままでは埒が明かないので、横で見ていたウィンダがユウキに助け船を出す。

 一旦落ち着いて、どうしてこんな状況が出来たのかをユウキとアバンスは説明する。

 

「さっきも言ったが、ユウキが今朝エリアルと同じ部屋から出てきたのを目撃した。別にお互いが好意を持っていることは良いんだが___ユウキはともかく、エリアルはまだ幼いんだぞ。普通にアウトだと思って正座させている」

「俺もさっきから言ってるけど、エリアルとは何もしてないってば。確かに同じベッドで寝たけど・・・・・・それ以上は何も」

「モラルの問題って事? それなら、エリアルにも聞けば良いんじゃ」

 

 皆の視線がユウキからエリアルへと移り変わる。エリアルは涼しい顔で特に中が怒ったわけでもないように爆弾をたたき落とした。

 

「昨日? ユウキと一緒に寝て、夫婦になったけど?」

「おにいちゃん」

(殺意ヤベェ)

 

 ファイの殺意が限界まで高ぶり、ユウキには彼女の背後に巨大な炎が燃え上がっているように見えた。当然のごとく、周囲の目線もどこか冷たくなる。

 どこにも味方がいない状況となってユウキは速くも絶体絶命のピンチ(笑)を迎えていた。

 

「で、言い訳は?」

「確かに!そんなことはあったけど___」

「『そんな』こと?」

「ナゼエリアルサンマデ」

「もう!まとまらないから、ユウキがちゃんと説明して!」

 

 いい加減ループから脱出するため、ウィンダが再び声を上げるとユウキは今一度昨夜のことを説明する。

 自分が銀河眼の魂を宿した召喚獣になってしまったこと、召喚者がエリアルで自分がいる限り彼女の魔力を使うこと、そのことが受け入れられず引きこもってしまったこと。

 そんな中でエリアルが部屋に来て思いの丈をぶつけたこと、自身も限界が来てしまいひどい言葉をぶつけたこと、そんな中でお互いの想いが通じ合ったこと。

 そして、その後何もなかったことを改めて話した。

 

「エリアルもお願いだから何か言ってくれ・・・・・・」

「確かにこいつの言うとおりよ。想いを伝え合った結果、私とこいつ__ユウキは召喚者と召喚獣で、ご主人様と召使い。そして、夫婦になった」

「だからそれは人前で言わなくても良いでしょ!!?」

 

 先ほどから何故か『夫婦』を主張してくるエリアルの言葉にユウキは照れくささ三割、周囲の目線が冷たくなっていく恐ろしさ七割で叫ぶ。

 そんな『ただの少女』のようなエリアルを見て、エミリアは言葉を漏らす。

 

「あれが、恋人っていうのかな。ちょっと羨ましいなぁ・・・・・・」

「エミリア?」

「ううん、何でもないよ。でもさ、アバンス。ユウキとエリアルが関係を持とうとそうでないとしても、私たちにはどうしようもないよ」

 

 エリアルと同じように恋する彼女は、そういうものなんだと想い人に伝える。

 ようやく実った恋。たとえ過ちがあったとしても、それはもうそうなるべくしてなったものなのだと、エミリアは二人から感じ取っていた。

 その言葉にアバンスはため息を漏らし、しかし見守るような微笑みを浮かべて答える。

 

「まったく、しょうがない奴らだ」

「ホントにね」

 

 一方で『恋』という点では取り残されているウィンダはふてくされているファイにつきっきりだった。

 先ほどから幼い子供のようにすねたファイを何とかしようとしているのだが、全く口をきいてくれないのだ。

 

「ファイちゃん、ここは祝ってあげるところだよ?」

「・・・・・・わかってます。でも、なんかモヤモヤしてイヤなんです」

「ううん・・・・・・」

 

 なんとなくファイの気持ちも分かる。今まで眠っていた義兄に突然恋人が出来て、さらにその人も自分の関係者となると、ちょっと複雑な気分になる。

 だからといって、このままではせっかくの祝い事も気まずくなってしまう。

 姉として認められた以上、なんとかしてあげたいのだが・・・・・・

 

「ファイ。私とユウキが付き合うのはイヤ?」

 

 声をかけたのはエリアルだった。本人からの質問に少しだけあっけにとられた後、ファイはムスッとした顔ではっきりと言い放った。

 

「イヤです。だって、私のお兄ちゃんがとられちゃうんですから」

「ま、リチュアだから奪うのは慣れてるからどってことはないし、私にとっても旦那なんだけど」

「私のお兄ちゃんの方が先です」

「後先なんて関係ないでしょ?」

 

 兄であることを強調するファイに対して、涼しい顔で返答していくエリアル。

 お互いに火花を散らしている、というより、ファイが一方的に敵対心を持っているだけのようにウィンダは感じていた。

 その心をあおるように、エリアルはビシッとファイに宣言する。

 

「今は良いわよ。私のことを義理の姉としてみてくれなくても。いずれ、必ず認めるときが来るんだからね」

「・・・・・・期待せずに待ってますよーっだ」

 

 舌をだして威嚇するファイを背中に、エリアルはこの状況にどう入って良いか分からず、アワアワしていたユウキの元へと帰る。

 ファイもとりあえずは黒いオーラを出すのをやめ、ウィンダの横の席に座る。

 そうして、この場にいる全員が一旦納得した後、四人は口をそろえて祝福の言葉を二人に投げる。

 

「「「「おめでとう、二人とも」」」」

 

 その言葉を聞いて、少女は微笑んで青年の腕へと抱きつく。表情の変化は小さいものの、彼女から感じられる幸せは青年にも伝わり、彼を笑顔に変えた。

 二人は思う。この笑顔をいつまでも、どうか、自分のそばで見ていたいと。

 いつか終わりが来ても、その時まで。叶うなら、最期まで。

 

 

 

 

 

 それから数日後、特に何かが起こることなくナチュルの森への遠征が行われることになる。

 ユウキとエリアルの関係はあっという間に全体へと広まったが、遠征直前であったため特に何かイベントはなかった。

 一部、記念のための宝石を見つけてくると言って、全力で探索に出ようとしていた某ジェムナイトの長がいたことは内緒である。

 遠征当日。ここにクラス全員が二つのグループに分かれていた。

 一つは遠征を行うグループ。主なメンバーとしては、アバンスとブリリアントを中心とした戦闘が可能な面々に、カームやファイといった後方支援を入れた10名ほど。

 残りの面々はこの場所で待機し、10人が帰ってくるのを待つ。それに拠点が何者かに襲われる可能性もある。その防衛もあってのことだ。

 そして、肝心のユウキだが___

 

「ユウキは留守番の方が良いと思う」

「俺、行く気満々だったんだけど・・・・・・」

 

 アバンスから反対を食らっていた。せっかく目が覚めて、みんなのために何かしようと考えていた矢先にストップをかけられて、ユウキは不満足そうに唇を突き出す。

 もちろんアバンスが何も理由なしに止めはしない。彼とエリアルのことを思ってストップをかけているのだ。

 

「エリアルの負担のことを考えると、お前が召喚術を使えば魔力不足になる可能性が高い。で、召喚術を抜けばユウキは無力化する。足手まといになるだろ」

「うっ・・・・・・痛いところを・・・・・・」

「それに目覚めてまだ間もないお前に何かしろとは誰も言わない。だから、まだ休んでいたら良い」

「・・・・・・悪いな、アバンス」

「気にするな。前にも言ったが、今までの分はいつか返してもらうからな」

 

 意地悪そうな笑みを浮かべてアバンスはジェムナイトたち『遠征組』の集まりへと入っていった。

 彼の背中をなんとなく見つめていたユウキの肩を近づいてきたエリアルが叩く。

 

「何してんのよ?」

「いや、なんかこうして見ているとさ。やっと平和になったんだなーって。今まで戦争していたはずなのに、こうやって手を取り合って生きられるって証明できた気がして」

 

 ユウキは思い出す。自分がこの世界に初めて落下してきた場所。エリアルとウィンダと初めて遭遇した場所。

 それは、彼の中ではとても遠く想像上でしかなかった場所___『戦場』だった。

 あのときは運良くエリアルとウィンダしかいなかったが、少し離れた場所では幾多の金属音や血しぶき、うごめく声、そして、冷たい死体が転がっていたことだろう。

 あの時を始まりとして、ユウキは少なくない数の戦場に立っていた。

 その中で感じられる、戦って奪うことのむなしさが彼の精神を少しずつだがむしばんでいた。

 どうしてわかり合えないんだろう。どうして戦わなくてはいけないのだろう。

 争いを身近で感じたことのない異世界から来た青年は、言葉にはせずともそう考えてしまっていた。

 

「証明と来ましたか、英雄サマ?」

「だーかーらー! 俺は英雄じゃないってば」

「結果として、そうなっているんだから否定しても無駄。実際、この光景が出来たのはあんたが関わったからだと思うわよ?」

「・・・・・・そっか」

 

 言葉にされるとやはり嬉しかった。自分のうぬぼれなどではなく、誰かのために本当になれたのであれば。

 温かい気持ちになりながらユウキは徐々に出発していく遠征組を最後まで見送る。最後に出発したブリリアントに小さく手を振り、遠征の成功を祈る。

 彼女らの背中が小さくなり、ようやくユウキは動き始める。

 

「さて___いろいろ説明してあげるから、部屋に戻りましょうか」

 

 自分と同じく、最後まで見送っていたエリアルと共に自室へ戻るために。

 リチュアの自室へと戻ると、ユウキはベッドに腰掛ける。その後、部屋の鍵を閉めたエリアルが自然に彼の横に腰掛ける。

 その近すぎる距離に照れを感じながらも彼女の顔を見ると、頬が緩みきっているのがすぐに分かった。

 ユウキの肩に頭を乗せてくっついてくるエリアルは、本当にあのエリアルなのかとユウキですら疑ってしまうレベルで乙女だった。

 

「改めて、僕と君の状態を説明するね」

 

 一人称が僕に変わり、ユウキのことも君へと変わる。今の状態がエリアルの素。

 ユウキ以外にはほとんど見せない、仮面をつけていない少女の姿。それがあまりにも可愛くて、ユウキは彼女の顔を直視できなかった。

 

「君は召喚獣の魂を入れたことで、人間と召喚獣の間みたいな存在になってる。君が何か魔力を使うことを行うと、僕の方から魔力が持って行かれる仕組みになっているみたいだ」

「ん? てことは、俺がただの生活をしている分には、エリアルの魔力消費はないって事か?」

「そうじゃないんだ。君はカードの術式が代わりをしてくれていたけど、本来召喚術を実行し続けるためには継続的に魔力を消費しなくてはいけない。つまり、君がいるということだけで、僕の魔力は持って行かれる。ここまではいい?」

「うん・・・・・・。改めて聞くと、やっぱり複雑な気分になるなぁ」

 

 それでも、今自分が生きていること。彼女が必死になって自分を蘇らせてくれたことは純粋な嬉しさしかない。それに、あーだこーだ言ってもこの前の繰り返しになるだけ。

 ユウキは何も言わずに、エリアルの次の言葉を待つ。

 

「当たり前だけど、僕もこのままじゃいけないと思ってこんな物をエミリアと一緒に作ってみました」

 

 エリアルが懐から取り出したのは、小さな小箱。側面の中心に線が入っており、そこから上下に開くタイプの物らしく、ユウキにも見覚えのあるタイプだった。

 箱を開くと白いクッションが入っており、その中心には銀色に鈍く光るサイズ違いの指輪が二つ挟まっていた。

 

「ブッーーー!!!」

「・・・・・・? 何、どうしたの?」

「い、いや、だってこれ・・・・・・」

「? これ、自然から魔力を取り入れる道具なんだけど?」

「・・・・・・あ、ああ!そうだよね!魔法の道具だよね!!」

 

 ユウキの世界ではこのような指輪を何というか。おそらく大勢の人間が知っていることだろう。

 だが、この世界ではそうではないようでエリアルは本当に分からなさそうに困った顔をして____そして顔がいつかの昔のように真っ赤になった。

 

「・・・・・・へぇ、君の世界には指輪にそんな意味があるんだぁ」

「!!!」

 

 召喚者と召喚獣の心は繋がる。隠し事は絶対に不可能。

 エリアルは真っ赤になった顔でチラチラと、期待したまなざしでユウキを見つめる。

 もちろんユウキも顔真っ赤。その勘違いが知られてしまい、穴があったら入りたいくらいには恥ずかしさで一杯だった。

 

「君の口から聞きたいんだけど、何と勘違いしちゃったのかな?」

「心繋がっているから分かるでしょ・・・・・・」

「君の、口から、聞きたいんだけどなぁ?」

「っ・・・・・・」

 

 小悪魔のような笑みを浮かべ、見つめられたユウキには物理的にも精神的にも逃げ場なし。

 エリアルの方は見ずに彼は恥ずかしさと勢いに任せて、言葉をぶちまける。

 

「結婚指輪!!夫婦でつける、結婚指輪と勘違いしました!!」

 

 その言葉にエリアルは幸せな笑みを浮かべてユウキを押し倒す。華奢な身体とはいえど、十分な勢いと不意打ちであれば彼を押し倒すことは簡単だ。

 仰向けになった彼の胸に顔を擦り付け、首に手を回してそのまま抱きつく。

 胸からトクントクンと心臓の鼓動が聞こえてきて、エリアルは自然と肩の力が抜けていく。

 

「そっか。結婚指輪、かぁ。いい文化だね」

「やっぱりそういうのには憧れる?」

「憧れるも何も、自分の家族が出来ること自体が僕にとっては奇跡だから」

 

 エリアルのつぶやいた言葉はあまりにもさみしい物だった。

 両親の顔すら分からず、属していたリチュアでも孤独。認められようとした義母も、結局最後まで彼女を娘とは呼ばなかった。

 だからこそ、今彼女のことを心から想い、そして最も近い存在となった彼がエリアルにとって最大にして最高の心の支えなのだ。

 

「そんな奇跡を、みすみす手放したりしたくないでしょ?」

「・・・・・・うん。俺もエリアルと会えたこと自体が奇跡だから」

 

 ユウキは箱の中にある指輪を手に取って、エリアルの左手を自分の前へと持ってくる。

 そして、彼女の薬指にその指輪とはめた。

 

「結婚指輪って、左の薬指につけるものなんだよ。だから、これで、な?」

「そこは、なにか言葉があっても良いんじゃないかな?」

「うっ・・・・・・わかったよ」

 

 いまいち締まらないがエリアルの指から指輪を外し、わざとらしい咳払いをしてユウキは覚悟を決める。

 

「エリアル、愛してる」

 

 シンプルに、短く、今自分が思っていることを全て込めた言葉と共に、ユウキは再び指輪を彼女の指につける。

 鈍く光る指輪をエリアルはまじまじと眺めて、満面の笑みを浮かべた。

 そのまま指輪を眺め続けるエリアルにどこか気持ちが晴れないユウキは意地悪な仕返しをする。

 

「エリアルからも何か言葉があっても良いでしょ?」

「僕は別に___」

「お願い、エリアル。エリアルからもちゃんと聞きたいんだ」

「・・・・・・しょうがないなぁ」

 

 言葉はやれやれといった感じだが、その表情から嫌々言っているわけではないと一目で分かる。ユウキと視線を合わせ、彼女も愛の言葉を伝える。

 

「僕も、愛しています。未来永劫、いつまでも。貴方のそばにいさせてください」

「・・・・・・少し、重くない?」

「僕は本気だよ」

「・・・・・・そっか。じゃあ、そんな風にいつまで思ってもらえるような男になれるように頑張るよ」

 

 ぎゅーっと抱きつかれたユウキはエリアルの頭を撫でながら、彼女に誓う。

 そのまましばらく抱きつかれた後、エリアルは満足した顔でユウキの横に移動して添い寝の形に落ち着く。

 

「で、この指輪なんだけど、効果としては大気中にある魔力を少しずつ自分にためられる物なの」

「外付けバッテリーみたいな物ね。速度と貯蓄量は?」

「今の環境だと下級モンスター召喚に三日。銀河眼レベルになると10日。エクシーズになると、半月くらいかなぁ。大体エクシーズ二回分くらいはたまると思うよ」

「つまりためられて一ヶ月ってことね。環境で変わるの?」

「うん。この場所は周囲が荒廃してて魔力が発生しにくいから___あ、それから、これ。返し忘れてたから」

 

 指輪についての説明を終えた後、エリアルはポッケからある物を取り出した。それは彼がリチュアに向かう前にウィンダから受け取っていたペンダントだった。

 が、何か形が違う。それどころかなんかいろいろ追加されて豪華にいるようだ。ユウキは数秒の間考えて、返し忘れてたという言葉から自分が身につけていた物だと思い出した。

 

「なんか、豪華になってない?」

「見つけたとき破損してて、それを見たジェムナイトが直すって言うから渡したら、こんな風になって返ってきた」

 

 水色のクリスタルを基盤に、赤、緑、青、黄、白、紫の玉が埋め込まれたもの。当たり前だがファッションにほど遠いユウキにとってはいかにこれがすごい物か全く分かっていない。

 よいしょっとエリアルはユウキの首にペンダントをかけると、彼の顔にある物がむにゅりと当たる。

 

「・・・・・・えっち」

「えいやその・・・・・・ごめん」

 

 その考えはすぐに彼女に読み取ってしまい、ジト目で彼をにらむ。そこにはいつものような冷たい感じはなくどこか甘えたような感じだった。

 

「・・・・・・さわる?」

「あっと、えっと・・・・・・いいの?」

 

 エリアルは無言でユウキの手首をつかみ、自分の胸を触らせる。

 

(エリアルのお、おおおおおおおおおおおおおお)

 

 彼女いない歴年齢+女性との関わりほぼなしであるユウキの頭から理性は一瞬で蒸発した。今彼の頭の中は右手から伝わる感触で埋め尽くされる。

 無意識のうちに指は動き、エリアルの胸の形が歪む。気づけば両手とも彼女の胸をもみしだいていた。ただ、気づいても止める気もないのは事実だった。

 エリアルの口から甘い声が出ていても、ユウキの意識はほとんどなかった。

 

「ゆう、き・・・・・・」

「っ!ご、ゴメン!!」

 

 あまりにも童貞くさすぎる行動だった。エリアルに名前を呼ばれてようやく正気に戻るユウキ。すぐに手を離すが、今度はエリアルがその手を握る。

 熱を帯びた瞳で彼の顔を見つめるエリアル。その感情がユウキの心にも伝わってくる。

 無言のまま見つめあう二人。そのまま顔が近づいて、唇が合わさる。

 もうそれだけでは止まらなかった。口を開いて舌を互いに絡め合う。お互いに初めての行為だが、雄と雌の本能がやり方を覚えていた。

 数分間の間、お互いを貪り合った後に二人は名残惜しそうに顔を離す。

 

「ねぇ・・・・・・しないの?」

「それは・・・・・・」

 

 とろけきった顔でユウキに覚悟を決めさせようとするエリアル。ただの大学生だった青年は少しの間躊躇して___覚悟を決めた。

 命を削って助けてくれたこと、自分に愛を誓ってくれたこと、そして、彼女に指輪を渡したこと。

 責任は必ずとると、心に決めて彼女を再度抱きしめる。

 

「エリアル・・・・・・いい?」

 

 少女は無言でうなずく。そして____

 

 

 

 

 

 

 

「それで、デッキなんだけどね」

「うん」

 

 夕食後、再び部屋に戻ってきた二人は同じようにベッドに腰掛け、肩を寄り添っていた。

 食事後ということもあり空気はかなりまったりしており、ゆるい空間が創り上げられていた。

 今、エリアルの手にはユウキのデッキが握られており、カードを一枚一枚再確認している最中だった。

 

「特に変化はなかった。僕の魔力が整っていれば、多分以前みたいにいける、はず」

「そこは徐々にね。基本的には使わないようにしていく・・・・・・というか、俺が前に使ってたとき魔力ってどうなってたんだ?」

「術式が組まれていて、名前にかけてるわけじゃないけど勇気とかを変換していたみたい。でも、僕が銀河眼の魂を入れたときに術式が崩れちゃったみたい。かなり無理させたからね・・・・・・」

 

 申し訳なさそうにデッキを見つめるエリアル。その理由は一つ。

 

「せっかく、僕が知っている優しいお義母さんがくみ上げた物なのに」

「エリアル・・・・・・」

「結局異世界の話だし、仮定の話だからね。それに__ユウキと出会えてない世界はこの僕はイヤだから」

「___そっか」

 

 笑顔を見せるエリアル。それを見て、やっと彼女に笑顔を取り戻すことが出来たんだと感じるユウキ。

 モンスターカードに変化はない。次に魔法・罠カードに移ると一枚だけ色が抜けているカードの存在に気づく。

 

「死者蘇生のカード。あの時から色が抜けたままだな」

「そうだろうね。無条件で蘇らせるカードなんだからかなりの時間がかかるみたいだね。環境が変わっても、あと数十年は無理かも」

「銀河眼の言っていたとおりだなぁ」

 

 エミリアを蘇らせたときから、死者蘇生は使用不可となっている。使用したときから結構な時間が経っているがまだまだ魔力がたまっていない。

 そもそも、このカードをデュエル外で二度と使うことがないようにとユウキは思う。

 メインデッキの確認が終わり、エクストラデッキに移行するとエリアルは一枚のカードを持ってユウキの前に突きつける。

 それは神を討ち倒した赤き光の龍。彼の魂のカード。『超銀河眼の光子龍』

 

「今から言うことは絶対に覚えておいて。君と__超銀河眼のことだから」

「お、おう」

 

 一人称は変わらないがその表情は真剣なエリアルに、甘い空気に酔っていたユウキも一瞬で現実に戻された。

 そして伝えられた事実は、彼の存続をかけた物だった。

 

「超銀河眼の光子龍___君が召喚する時に言っていた言葉通りのカードになっているの。すなわち、君の魂。このカードを召喚して君が負けた場合、君は文字通り死ぬ」

「それは____エリアルもか?」

「・・・・・・そこから聞くの? 自分の心配を優先してよ・・・・・・嬉しいけどさ」

 

 予想を外れた彼の質問にジト目&照れ顔で返すエリアル。緩んだ空気を引き締めるために、今一度表情を引き締める。

 

「僕には影響がないよ。召喚獣が消えるだけだからね。まあ、君を追うだろうけど、ね」

「つまりあれか。死んでほしくないなら、死ぬなと」

「そういうこと。戦い方には要注意してね。それから、リチュアに奪われてたナンバーズっていうカードも入れておいたよ」

「おお!助かる!!」

 

 今まで15枚未満だったユウキのエクストラデッキがようやく元に戻り、彼のデッキがついに復活する。

 追加されたカードは、魔法カードを無力化する希望と海の竜 No.38 希望魁竜タイタニック・ギャラクシー、もう一体の銀河眼 No.107 銀河眼の時空竜とその進化形 CNo.107 超銀河眼の時空龍。闇の銀河眼 No.95 ギャラクシーアイズ・ダークマター・ドラゴン。そして、彼の最強モンスターである__

 

「やっと戻ってきてくれたな、プライムフォトン!!」

 

 No.62 銀河眼の光子竜皇。銀河眼の光子竜が昇華した、もう一つの進化形態。その美しさにユウキは久々に惚れ惚れしてしまう。

 それもそうだろう。このカードは彼が一番思い入れのあるカード。そのイラスト、その効果、全てが気に入ってしまい登場時に思わず変な声が出てしまったほど。

 

「お気に入りのカードなの?」

「おう!俺の最強モンスターだからな!」

「・・・・・・僕は?」

「・・・・・・嫁、デス」

「うん・・・・・・」

 

 今度はエリアルの発言で甘い空気になり始める。流石にまだ話が終わっていないので、今度はユウキから話を戻す。

 

「と、とにかく、ネオフォトンを出すなら必ず勝たなくちゃいけないのね」

「そう。あとは魔力とかに注意してね。ほかに聞きたいことは?」

「まあ、今のところは良いかな。もう遅いし、エリアルも部屋に戻らなきゃ」

「・・・・・・え?」

「え?」

 

 夜も遅くなり、明日も活動はある。そう思ってユウキは立ち上がってエリアルの部屋へと送っていこうとする。だが、エリアルは何故そんな事をするのか分からないと首をかしげていた。

 何度目になるだろうか。無言で見つめ合っていると、お互いの考えが心に流れ込んでくる。

 そして理解したユウキは、照れ隠しに頭をかいてからベッドに再度座り込む。

 

「んじゃ・・・・・・寝ますか?」

「うん!」

 

 明かりを消してベッドに横になるとエリアルが抱きついてくる。視線を彼女に合わせると今日何度見ただろうか、幸せそうな笑みを浮かべていた。

 その笑顔を見ることが自分の幸せだとユウキは心から感じていた。そしてそれが、これからずっと変わらないことも確信していた。

 だから、もう一度彼女に伝えよう。

 

「エリアル、大好きだ」

「僕も、ユウキのことが大好きです」

 

 何度言っても、何度伝えても、この胸の鼓動は高まるばかりだ。だが、その高まりが心地よくて笑みがこぼれてくるのだ。

 これがきっと、恋であり、そしていずれは愛になるものなのだと。

 

 瞳を閉じる。感じるのは自分ともう一つの体温と鼓動。

 そのぬくもりに包まれながら、二人は眠りにつくのだった。




遅れた理由ですか? 騎空士になってました()

大変お待たせして、すみませんでしたあああああ!!!!!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話ー前編 再起

生 存 報 告


 アバンスたち遠征組が集落を出発して、約二週間。残っている者たちはいつも通りだが、多少警戒を強めつつ生活していた。

 遠征には各部族の長が出向いているため、管理は確認回数を増やして漏れを確実に減らし、警備についても人数が減った分回数を増やす。

 こうして、皆が一致団結している中____

 

「あの、エリアルさん」

「?」

「そう腕に抱きつかれると、書類が見にくいんですがそれは」

 

 ユウキは自室ベッドに座りつつ長たちの代わりに書類に目を通し、その左腕はエリアルにホールドされていた。

 彼が今目を通しているのはラヴァルの書類___建築物に使われている木材についてのものだ。

 この周辺には建築物に使えそうな木々は少なく、なんとか無事だったラヴァルの炎樹海から伐採してきた黒い木を使っている。

 実際に伐採、加工をしようとなると木自体がすさまじい熱を持っているためラヴァル以外は行うことが出来ない。そのため、建築などは全てラヴァルが行っているのだ。

 ファイから貸し出されている書類にも目を通した感じ、三ヶ月という短い期間での急な伐採によりついに底が見えてしまうレベルで木材も減少していた。

 そんな状況での今後の管理をユウキは任されていたのだ。

 ファイ曰く

 

「お兄ちゃんなら私たちよりも頭良いし、天才のエリアルお・ね・え・ちゃ・ん、ならなんとかなるでしょ?」

 

 とのこと。お姉ちゃんのところに嫌みたっぷりだったが、当のおねえちゃんは涼しい顔で流していた。

 そのラヴァルの書類を一緒にのぞき込むエリアルだが、まったくユウキの腕を放す気配はない。絶対に離さないという鉄の意志すらユウキは感じ取っている。

 

「何? 僕が邪魔って事?」

「いや、そうゆうわけじゃないんだけど・・・・・・一応、ファイから任されてるし、ちょっと真剣にやった方が良いなーって思って」

「・・・・・・僕を一人にするんだ、ウソツキ」

「いや、そういうわけじゃなくて・・・・・・」

 

 エリアルの言葉は半分冗談で、半分本気だ。ここでユウキが突き放してもエリアルとの関係に亀裂が入ることはないだろう。

 そうしないのは、ユウキもどこかこの状況に満喫している自分がいることを感じていたから。___まあ、ようするに、惚けているだけである!

 その腕から伝わる柔らかい感触、規則正しい心臓の鼓動、繋がっている心から伝わるぬくもり。それらのすべてが心地よい。

 

「ねえ、ユウキ。僕以外にもこう言い寄られても、僕と同じ反応をしちゃダメだよ?」

「多少ドキドキすることくらいは許してほしいけど、俺はエリアル一筋だから」

「ん。信じてる」

 

 エリアルは頬を染めて、ユウキに軽くキスをする。そうして再び二人で書類に目を通し始める。

 こんな日々がもう二週間も続いていた。

 ファイという監視がいなくなり、お互いに関係が変わったことで二人を止める者はいない。ただただ、いちゃつく日が続いていた。(仕事もしてます)

 

「木材については、補修が必要な箇所重視だよなぁ」

「だろうね。今の状況で作成するものもないし。大体、今重要視されてる事なんてリーズが管理してる食糧についてだろうし」

「あれはガスタの領分だからね。つい最近目が覚めた俺じゃどうしようもない」

 

 ガスタの仕事は今現在、リーズが担当している。食事もでき、戦闘も可能。万が一の切り札として彼女はこちらに残っている。

 しかし、ユウキにはそれ以外にも理由があるのではないかとにらんでおり。

 

「いつの間にあんなに仲を深めたんだろうね? カムイとリーズ」

「・・・・・・なんとなく僕も分かるようになっちゃった。アバンスたちよりも先にくっつくかもね」

 

 食堂に入るたびに、カムイとリーズが横に並んで食事している姿を見かける。そしてそのときのあのにやけきったリーズの顔。

 誰がどう見ても男女の仲になりつつある二人にどこか癒やされつつ、その変化が読み取れるようになってしまった自分自身にどこか腑に落ちないエリアル。

 そのまま時間は過ぎて、エリアルの腹の虫が今の時間を二人に伝える。顔を赤くするエリアルだが、ユウキにとってはそれすらご褒美だ。

 

「なんか、時間の流れが速い気がする」

「そう? 僕はそう思わないけど。とりあえず、食堂に行こっか」

 

 名残惜しそうに彼の腕を放し、部屋の扉の前へと移動するエリアル。ユウキもそれを追って椅子から立ち上がるのだが、ふとエリアルが不自然に身体を揺らしていることに気づく。

 少し照れくさそうにエリアルは上目遣いで彼を見上げ、この時、ユウキにクリティカルで入っていることをここに記しておく。

 

「その、さ。明日の夕ご飯なんだけど・・・・・・僕が作って良いかな?」

「エリアルの・・・・・・手料理、だと・・・・・・」

「だ、ダメ?」

 

 とんでもないと言うようにユウキは首を横に振った。しかし突然の提案だったため、なぜそのような事を思いついたのかをエリアルに問いかける。

 すると彼女は、今度はどこかすねたような顔をして指で彼の胸をつつく。

 

「だって、君。ウィンダやカームさんの料理を食べて幸せそうな顔してるし・・・・・・僕だって君をそんな顔にさせたいの。・・・・・・君の、妻、だから」

「よし、押し倒す。いいよね」

「今はダメ!」

 

 いろんなものが振り切れそうになったユウキだが、なんとか押さえる。

 断る理由などない。それに出会って間もない頃、彼女の料理を一度食べたことがあるが、致命的な料理音痴というわけではないのは確認済み。

 そもそも、エリアルが自分の意思で作ってくれるのだ。歓喜しない理由がない。

 

「じゃあ、お願いします」

「あんまり豪華なのは期待しないでね」

 

 こうして、恋愛に溺れる少女は新たなるステージへと挑む。より愛する者を笑顔にするために、彼女は努力を続ける。

 

 

「___というわけで、料理を教えてください!」

「いや、教えるのは良いんだけどさ。今日やるの?」

 

 翌日の朝食後、割烹着に着替えたエリアルがリーズに頭を下げていた。

 以前ならば『リチュア』であるという一点でリーズは顔をしかめていただろう。だが、今となってはその過去への執念は薄くなっていた。

 ただ、本日の夕食までにある程度技術を完成させるとなると料理専門ではないリーズとしては時間がないと感じていた。

 

「なんか期待されてるけど、あたし、カームほど料理できないし、他人に教えたこともないよ? それでもいいの?」

「ええ。簡単な定食みたいなので良いの。・・・・・・これから、私の料理をあいつには食べてほしいから」

「・・・・・・ふーん。本当にユウキの正妻感マシマシになってきたわねぇ。ま、頭も下げてきたし、いいわよ」

 

 どこか手のかかる妹を見るような目でリーズはエリアルを見ていた。一方のエリアルは、なんとか隠そうとしているがその顔からは喜びがこぼれ出ていた。

 ふとリーズはあることを思いだし、にやけ顔でエリアルの横に立つ。

 

「ちなみに今エリアルがやろうとしていることをなんて言うか知ってる?」

「え? 料理の練習じゃないの?」

「んふふ~。違うます~」

「なんか鬱陶しい言い方ね・・・・・・。で、答えは?」

 

 眉間にしわを寄せるエリアルの表情を壊すために、今までの中でもっともウザいにやけ顔でリーズは答えた。

 

「花嫁修業っていうのよ」

「花・・・・・・嫁っ!!?」

「もう奥さんねぇ~。いい話のつまみになりそうだわ~」

「そっ、そう、だけどっ!堂々と言われると、どこかその・・・・・・恥ずかしいから・・・・・・」

(なにこのかわいい生き物)

 

 あのリチュア・エリアルなのかと疑ってしまうくらい、今目の前にいるエリアルは恋に生きていた。

 元々こんな性格だったなー、と昔を思い出しながら台所へと入っていく二人。

 その同時刻。ユウキはカムイと共に外に出ていた。最近日課にしているランニングを行うためだ。

 三ヶ月も感覚も鈍る。アバンスにしごかれた成果も消えてしまった。万が一召喚が可能になっても、自分が動ける体力がなければ結局足を引っ張る。

 アバンスに再び稽古をつけてもらおうにも、彼は別の業務があって時間を割いてもらうわけにはいかない。

 少しでも身体を動かして、眠っていた分の時間を取り戻そうとユウキは少し焦っているのだ。

 

「じゃあ、行こっか。ユウキおにーちゃん」

「今日もお願いね、カムイ」

 

 その言葉を合図に二人は走り始める。カムイがユウキの前に出て誘導しながら、周囲を見渡しても何も残っていない荒野を駆けていく。

 集落の周辺。創星神によって命が滅ぼされた荒野。

 草木も生えることはなく、新たなる生命もない。残された植物や生命は集落の中にしか出現することはなく、ただ変わらない寂しい風景が広がっているだけだった。

 

「うーん、やっぱりこうも変化がないと寂しいな」

「うん。僕たちは周囲に自然があることが当たり前だったから、新しいところにはちょっと期待してるんだ」

「ナチュルの森なら自然だらけだろうし。遠征組の成功を祈ろっか」

 

 話しながらも足を止めることはない。息も切れることなく二人は走り続ける。

 乾いた砂の音が響く。風を切る音が聞こえる。それ以外には何もない。

 息は少しずつ荒くなり、リズムが崩れ始める。二人の速度が減少してきた頃、風景に一つだけ変化が現れる。

 なんてこともない。ただ地面から頭を出している岩が見えてくるだけだった。だが、それは二人にとってそれは意味を持つ。

 

「よっし、とりあえず、休憩!」

 

 ランニングの中間地点として決めていた岩陰で二人は腰を下ろす。呼吸を整え、出発前に手渡されていた水筒の口を開けて水分を補給する。

 額に浮かんだ汗を拭い、一息つく。走り続けて約10分。普通であれば体力が衰えているはずのユウキはバテていてもおかしくないのだが、普段から走っているカムイと同じように少しの息切れだけで済んでいた。

 

「やっぱり、銀河眼の魂を宿してから体力がついたの?」

「うーん、やっぱりそうだよねぇ。魔術とかも使ってない、というより使えないのにこれはおかしいよなぁ・・・・・・」

 

 その原因はユウキの中にある『銀河眼』の魂だと言われている。もっとも、銀河眼の意思は消え、ただの空白の魂ではあるのだが。

 その力によって、体力はアバンスと同じレベルに。重い物も難なく持てるようになり、少し悪くなっていた視力は元に戻り・・・・・・

 

「って、体力以外大してメリットないことに気づいた・・・・・・」

「銀河眼の力だったら、その、飛べたりしないの?」

「翼なんか生えませんデシタ」

 

 さりげなく期待していたユウキだったのだが現実は厳しく、どこかで憧れていたチートのような能力は手に入らず、ただ常識の範囲内で便利なステータスになっただけだった。

 これでは、エリアルの魔力消費に合っていないのではないかとユウキは考える。

 

「なんとかして俺も魔力生み出せないかなぁ」

「うーん。僕の意見になるんだけど、多分異世界から来たおにーちゃんには難しいんじゃないかな?」

「ムムム・・・・・・変に銀河眼の力を呼びだしたらエリアルに負担がかかるし・・・・・・」

「今のままで良いと思うよ? そろそろ再開しよう!」

 

 休憩は終わり、二人は再び立ち上がって今度は集落へと向かって走り始める。

 その走っている最中でもユウキはつい考えてしまう。

 なんとかしてこの力を、身体を、皆の役にはたてないだろうか、と。

 

 

 その時が来るのは、そう遠くなかった。

 

 

「ど、どうぞ!」

「おお!!?」

 

 その日の夕食、本来であれば食堂にいるはずの時間にユウキとエリアルは彼の部屋にいた。

 ユウキの前にはお盆の上に並べられた料理を見て、目を輝かせていた。

 白いご飯にガスタの畑でとれたであろう野菜スープ、少し形が崩れ焦げ目の多い卵焼き、小さめのサラダに水が入ったコップと、特別ではないが彼にとっては特別な料理たち。

 エリアルは申し訳なさそうな顔をして言葉をかける。

 

「ごめん。卵焼きは前にも作ったのに、上手くいかなくって・・・・・・」

「関係なし!いただきます!」

 

 さっそく卵焼きを口に放り込むと、彼の好きな甘みが口いっぱいに広がった。卵焼きにも甘いものとそうでないものがあるが、ユウキは甘い方が好きだった。

 

「うめえ!エリアルって、俺が卵焼き甘い方が好きって知ってたっけ?」

「ええっとね、多分好きかなって思って。よかったぁ」

 

 非常に緩んだ笑みを浮かべるエリアルを見て、ユウキの頬もほころぶ。改めて、ユウキの前にエリアルが座り食事を始める。

 今日あったこと、そこから思いついたこと、突拍子もない話。

 何のためにもならない、ただただ自分たちがしたい話をしながら、二人は食卓を囲む。これがどれだけ幸せなことなのか、今の二人はよく理解していた。

 会話が止まることはなく、また笑顔が崩れることもなく、幸せな時間は続く。

 

「ねえ、ユウキ。今度食べたい料理とかある?」

「うーん。じゃあ、エリアルの作ったカレーが食べたいな。どう?」

「まかせてよ!それくらいすぐにつくっちゃうんだから!」

「間違えて調味料入れちゃダメだよ?」

「うっ・・・・・・あの時はたまたまだから!」

 

 たまたまで砂糖と塩を間違えるかなーと思うユウキだが、エリアルがかわいいので何も考えないことにした()

 食事も終わり、エリアルは食器を片付けに住居にある水道へ、ユウキはファイからの書類に目を通し始めたそのときだった。

 突然、床に描かれていた魔方陣が青い光を発し始める。

 部屋の変化にユウキは驚きつつも警戒態勢をとり、エリアルは運ぼうとしていた食器を一旦机の上に置く。彼女の顔は落ち着いており、緊急事態が起こったわけではないとユウキに自然と伝わった。

 二人が魔方陣を見つめていると青い光の一部が徐々に人の形を取り始め、よく知った女性の姿が浮かび上がってきた。

 

『やっほー? お二人の甘い時間を邪魔して失礼~』

「わかってるなら多少は申し訳なさそうにしなさいよ。エミリア」

『久々なのにひどいねぇ!?』

 

 それはナチュルの森へと遠征に向かっているエミリアだった。緊張感もないその声と二人きりではなくなったことで通常モードに戻ったエリアルにユウキは苦笑を漏らす。

 だが、この通信は喜ばしいことだ。少なくとも遠征組は無事であるということがこれで証明されたのだから。

 そんなユウキの考え通り、エミリアは笑顔で結果を伝える。

 

『私たち遠征組は全員無事でナチュルの森に到着。先に来てたローチさんとも合流して、私たちの住居として使えることが確定したよ』

「おお。ってことは、遠くないうちにこちらも移動することに?」

『うん。今こっちで魔方陣組んで、私の部屋から移動できるようにしてる。数日後にはいけるよ~』

 

 さも当たり前のように転移の魔術を組み上げているエミリアだが、これはエリアルも感心せざるを得ない。自分もより精進しなくてはと意気込む彼女の姿にユウキは癒やされていた。

 嬉しいニュースだが、エリアルはここで不安に思っていたことをエミリアに質問する。

 

「でも、原住民とはどうなの? あそこって、トリシューラの暴走後も自然が残っていた場所でしょ?」

「あー、ナチュル・ビーストとかいるもんね。まさかとは思うけど、侵略行為とか・・・・・・」

『するわけないでしょ!? 儀式体にもなれないのに勝てると思わないよ!』

「デスヨネー」

 

 『ナチュル』の森、という名の通り、元々そこは植物の姿をした種族 ナチュルが生息している場所だ。ユウキの決闘者知識でもあまり知っていることが少ない目立たない種族ではあるが、そのロック能力は計り知れない。

 特に、簡単に出てくるナチュル・ビーストは軽くトラウマになっているほど。

 心優しい種族ではあるらしいので、話は聞いてくれるはず、と希望的な考えを一応アバンスたちには伝えておいたのだが、どうやら何かあったらしい。

 その証拠にエミリアが先ほどから目線を反らして、乾いた笑い声を上げている。

 

「・・・・・・何があったのよ」

『あー、それがね・・・・・・』

 

 どうも歯切れの悪いエミリアの言葉を待つ。すると、彼女はユウキの方を見て申し訳なさそうに言葉を続けた。

 

『ナチュルの長・・・・・・というか、守護者がね、ユウキを信用できないって、言っててね? 自分の目で見極めないと、ユウキに肩入れしてる私たちまで共生することは許可できないって言ってて・・・・・・』

「よし、そいつ黙らせるわ」

「お、おお落ち着け、エリアル!?」

 

 本当に実行しかねないほどの声色で動き始めるエリアルをユウキは咄嗟に抱きしめて止める。冗談よ、彼女はと軽く受け流すがその目はマジだろとユウキは震える。

 エミリアが言うには、まず現在ナチュルの森には森全域をまとめる管理者兼守護者が存在している。ローチの手引きですぐにその者に合流した遠征組は、自分たちにまつわる全てを話したそうだ。

 彼らの心配は杞憂に終わり、守護者は突然来訪した遠征組に対してかなり友好的であり、創星神のことも大体把握していた。そのため、遠征組の伝えたこともすぐに信じ移住を許可してくれたそうだ。

 しかし、異世界人であるユウキの話を始めると顔をしかめ、全て話し終わった後、彼を森に入れるわけにはいかないと言い始めたそうだ。

 

「なんで?」

『神殺しという巨大すぎる力を持っていることに加えて、この世界の生命のシステムが通用しないから、って言ってる・・・・・・』

「生命のシステム・・・・・・?」

 

 ユウキが持っている決闘者知識でも聞いたことのないワードに首をかしげる。エリアルも同様で、手を顎に当て考え込んでいるようだ。

 ただ、そのことを考えていてもしょうがない。そのシステムについては一旦置いておいて、ユウキはエミリアに質問していく。

 

「結局のところ、俺はその守護者に力を見せれば良いのかな?」

『うーん・・・・・・。ただ強いだけじゃダメだと思うけど、力がなくてもアウトみたいな雰囲気だったなぁ』

「・・・・・・あんまり考えたくないけど、認められなかった場合は?」

『よくてユウキだけ、最悪の場合、みんなナチュルの森には入れなくなる・・・・・・んじゃないかなぁ』

「最悪すぎだろ」

 

 エミリアの顔つきは嘘を言っているものではない。本当に、今までの努力を全て無駄にするような結果も考えられてしまう今回の出来事にユウキから余裕が消える。

 前とは違う。制約だらけの状態で正しく力を示せるのか。のしかかる重圧に口も開かなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなこと、知ったことじゃないわよ。勝てば良いのよ」

 

 淡々と、彼の召喚者は告げた。

 彼が戦って一番負荷が大きいのは誰でもない、彼女であるにもかかわらず、自分には関係ないと言うかのような言葉。

 本音と分かっているからこそ、ユウキは驚きを隠せない。

 

「エミリア、その守護者サマっていうのはそれをいつまでにやれって?」

『転移出来るようになって三日以内だって。おそらく、今日から一週間以内だと思う』

「了解。首洗って待ってろ、って伝えておいて」

『あっちょ___』

 

 一方的にエリアルは通信を打ち切ると、すぐさま彼女専用の机に向かって作業を始めた。

 簡素な木製の机の上には、彼女が記した魔方陣の書類や、ジェムナイトからもらった何種類かの鉱石。そして、腕輪のような何かが広げられていた。

 何も言うこともなく作業を始めようとするエリアルに、ユウキは声をかけざるを得ない。

 だが、エリアルは彼が何かを言う前に自身の言葉で遮る。

 

「どっちみち、勝たなきゃ君は森には入れないんでしょ。だったら勝つしか選択肢はないよね」

「いやでも!」

「___それに、僕の召喚獣が負けるわけないし」

 

 何の根拠もない、合理的でない言葉。だが、その言葉には絶対の信頼が宿っていた。

 喜べば良いのか、無理をしそうな彼女を心配すれば良いのか、照れれば良いのか、苦笑すれば良いのか。ユウキには選べない。

 でも、エリアルから信じられている。

 それさえあれば、戦えると根拠もなく思ったのだ。

 

 

 三日後の朝。エミリアの転移魔術が完成し、徐々に集落から人が消えていく。

 ユウキたちが生活していたリチュアの住居に全員が一列に並んで、エミリアの部屋へと入っていく。

 そんなエミリアの部屋の近くでは、机の上で作業を続けるエリアルと彼女の背中を見守るユウキの姿があった。

 この三日間、エリアルはひたすら机の前に座り『ある物』を完成させようとしていた。ユウキに身の回りの世話を任せるほどに、彼女はただ黙々と作業をこなし続けている。

 刻一刻と時が過ぎ、徐々に人気が少なくなってきた頃だった。

 

「___できた」

 

 完成した腕輪を手に持って立ち上がったエリアル。だが、無理がたたったのか、膝から崩れ落ちてしまう。そのまま地面に倒れる前に、ユウキが彼女の身体を受け止める。

 

「お疲れ様。ちょっと休んで」

「それはできないよ。ここからが本番なんだから」

 

 見るからに疲れ切っているはずなのに、エリアルは自然と微笑んで手に持った腕輪をユウキの左腕に通す。

 幾何学的な模様が描かれているその蒼い腕輪は淡く光を放ち、再び沈黙する。この腕輪が何であるか。ユウキは心を通じて彼女から知ることとなる。

 決闘者風に言うのであれば、エリアル特性のデュエルディスクである。

 ユウキがデッキを腕輪にかざすと、光の粒子となって腕輪に吸い込まれていった。エクストラデッキも同様に吸い込ませる。その後腕輪に触れると、青くデータ化されたようなカードが五枚、ユウキの前に展開された。

 今までは、デッキを持ち歩き、そこから五枚引くことでデッキが姿を消し、魔力がたまって引けるようになるとデッキトップが光って出現する、といったプロセスだった。

 だが、この腕輪があれば持ち歩く手間もなく、カードを持つことで塞がっていた両手も空き回避行動にも多少余裕がでる。

 強度もジェムナイトからお墨付きをもらえる物を使用しているため、滅多に壊れず、書き込まれている魔術で重さもない、というエリアルの心遣いが現れている。

 

「おんぶするから、少しの間だけど寝てて」

「・・・・・・わかった」

 

 おぶられてすぐに聞こえてくる寝息に、ユウキはもう一度感謝して部屋を出る。すでにほとんどの住民たちは移動を終わらせているようで、廊下には10人程度しか並んでいなかった。

 列の最後尾に並ぶ。二人の姿を見た周囲の人々の目線は温かいが、逆にそれがユウキにとってはつらく感じた。もし、自分のせいで彼らにまで被害が出てしまえば・・・・・・

 

(あー!これ以上は考えない!)

 

 一旦思考を止める。今はただ、新天地にわくわくしていれば良い。

 ユウキの前の人物が光を放つ魔方陣の上に乗り、姿を消す。続くようにユウキも魔方陣の上に立ってそのときを待つ。

 

 変化は一瞬だった。

 

 目の前が白く塗りつぶされたかと思ったら、次の瞬間に飛び込んできたのは緑の景色だった。

 頭上からは木漏れ日が差し込み、いくつもの大木と不思議なことに宙に浮いている岩が目に入る。周囲は草木が生い茂り、かつてガスタで暮らしていたときに感じていた自然に囲まれる感覚がユウキの中で蘇る。

 さらに周囲を見渡すと、ファンシーでかわいらしい昆虫やぬりかべのような人物(?)がこちらを見ている。彼らこそが、この場所に生息している『ナチュル』である。

 

「ここが___ナチュルの森」

 

 カードでしか見たことのない場所。その壮大さにユウキは思わず息をのむ。

 

「そうだ。よく来たね、ユウキ」

「その声はロ___!?」

 

 聞き覚えのある声がした方へユウキは振り向く。だが、そこにいたのは彼が予想していた星の悪魔ではなくて___なんか、白い仮面をかぶった変身ヒーローでした。

 

「はっはっは。驚いたかい? 今の私は、インヴェルズ・ローチ改め__」

「___ヴェルズビュート、でしょ・・・・・・」

「何故君はそんなにイヤそうな顔をする。かっこいいと子供たちからは好評なんだぞ?」

 

 不思議そうな顔でローチ改め『励輝士 ヴェルズビュート』はユウキを見つめる。ソンナコトナイデスヨーと乾いた笑みを浮かべながら、ユウキはその視線を横へとずらす。

 別に、彼の性格や見た目が嫌いになったわけではない。むしろヒーローチックで割とユウキの好みなほうだ。

 ____元の世界にいるときに、デュエルでボコボコにやられていなければこんな反応にはならなかった。

 

(レベル4二体・・・・・・頭が・・・・・・)

 

 限定的ではあるが、非情に切り返し能力の高いヴェルズビュートに何度もユウキは敗北していた。それが今になって蘇り、再開を素直に喜べなくなっているのだ。

 そんなことを知るよしもないビュートはユウキたちを遠征組のもとへと連れて行く。

 森の新鮮な空気がユウキの緊張をほぐし、エリアルの寝息も深くなったように感じる。気持ちよさそうな顔をしている彼女は起きる気がない。

 色々話したいこともあるが、エリアルを起こさないためにお互い言葉を発することはない。ただ平穏な森で森林浴をしているように見える光景。これにたどり着くまでに、どれだけの時間が経っただろうか。

 歩き始めて数分後、アバンスやファイといった遠征組の顔が見えてくる。彼らはユウキたちに気づくことなく近くにいる巨大な獣に向かって説得しているようだった。

 ローチと同じ白い身体にそれに似合わない黒い角が生えている。知的な獅子のような獣はどこか険しい顔をして彼らの言葉に対して首を振っていた。

 

「___汝らの意思はよく理解した。だが、見極めるのは我の役目。そうだろ? 星の悪魔、我が同胞ビュートよ」

「そうだな。守護者としての役割を果たすためにも、彼を見極めてくれ。『牙王』よ」

「お兄ちゃん・・・・・・」

 

 心配そうな顔をして駆け寄る義妹にユウキは笑顔で応える。そして心配ないよ、と伝えてビュートが『牙王』と呼んだ獣の前で座り込む。

 一旦、寝ているエリアルを近づいてきたエミリアたちに託し、改めて獣にまっすぐ向き合う。

 

「ずいぶんと気楽だな」

「まあ、貴方が急に襲いかかってくる性格ではないと分かっていますから。『ナチュル・ガオドレイク』改め『神樹の守護獣 牙王』さん」

「___こうなる前の名まで知っているとは。流石、異世界の青年 高屋ユウキといったところか」

 

 どこか気に入らなさそうな声で牙王は言葉を吐き捨てる。

 この獣『神樹の守護獣 牙王』は元々、ナチュルの森の長 ガオドレイクと呼ばれていた。ガオドレイクとローチの二人は経緯は分からないものの、この森の奥深くにある世界樹からあふれる星の力によって、現在の姿へと至った___というところまで、ユウキは把握していた。

 それ以降はほとんど覚えていない。そもそも、自分が介入したせいで多くの変化が起こっているこの『IF』の世界での未来など分かるはずもない。

 今、確かに言えるのは、この牙王が自分のことを気に入らないということだけだ。

 

「はっきりと言おう。高屋ユウキよ。我は、お前を信用できない」

「ずいぶんな言いようですな・・・・・・。理由を聞かせてもらっても?」

「簡単なことだ。お前はこの世界にとっての異物だからだ」

 

 包み隠さず思いっきりナイフのような言葉を牙王はユウキに向けて突きつける。直接すぎてユウキは少し泣きそうになる。

 だが、ここで弱気になったら相手の思うつぼだ。なんとか立ち直って言い返す。

 

「だから、森には入れないと?」

「お前からは、変な感覚がする。我やビュートと同じのように見えるが全く違う星の力を感じるのだ。そんな得体も知れない物を、平穏な地に引きいれたいと、お前は思うのか?」

「それは、そうだけど・・・・・・」

「お前が原因となり、この世界に生きる者たちの平穏が崩れ去ることがあってはならない。勇敢さも、正しさも感じられないその目ではもはや力を試す価値すらない。即刻立ち去るが良い」

 

 全くユウキの話を聞く気のない、完全に彼を突き放す言葉にユウキは何も言えない。絶対にやらないが、ここで実力行使をしても全くの無意味であることは理解している。それではただの侵略であり、暴力だ。

 おとなしく牙王の言う通りにする。それが一番平和で、皆に迷惑をかけない。

 

「わかった。ただし、みんなをよろしく頼みます」

「言われるまでもない」

 

 俯いた顔を上げ、元来た魔方陣にまで戻ろうと牙王に背中を向けた。

 

 

 ボガン、と牙王の顔で爆発が起きた。

 灰色の煙が晴れると、無傷の牙王がユウキとは別の方向をにらんでいた。爆発音に釣られ振り返ったユウキが牙王と同じ方をむくと案の定、エリアルが牙王に向けて一枚のカードをかざしていた。

 カードが黒ずみ崩れ去ると、エリアルが大股でユウキと牙王の間に割って入り___

 

「何様のつもりよ、この駄犬が」

 

 リチュア時の侵略モードに切り替わり、牙王に本気の殺気を込めて再びカードを手に取って魔弾を発動させる。

 牙王はよけることもなくそのまま魔弾を受けて、無傷のままエリアルをにらむ。

 

「___どういうつもりだ? リチュアは侵略行為をやめた、とお前の長から聞いているが?」

「は? この程度で侵略とか、またずいぶんと平和ボケした頭してるのね」

 

 全くひるむことのないエリアルに牙王の怒りが徐々にたまっていく。

 ただ、すでに激怒しているのはエリアルの方で、いくらでも応戦する気はあった。

 ___寝ている場合ではなかった。

 最愛の人が、こんな訳も分からないやつに排除されようとしている。今まで、何も認められなかった自分を初めて認めてくれた彼。見過ごせるわけもない。

 神だろうが悪魔だろうが、守護者だろうが、関係ない。

 

「私の召喚獣を馬鹿にした罪、痛みを持って償いなさい」

「愚か者め」

 

 大地を蹴り、鋭い爪をエリアルへと突き立てようとする牙王。だが、その前にユウキがエリアルの手を引いて全力疾走する。

 間一髪のところで回避は成功し、エリアルが先ほどまで立っていた場所は大きくえぐれており、本気で殺しにかかってきていることが見て取れる。

 そんな状況でも、エリアルは臆することなく牙王に罵声を浴びせ続ける。

 

「ふん。何も知らないバカに、愚か者呼ばわりされたくないわよ」

「エリアル、落ち着いて。気持ちは分かったから」

 

 彼女に合わせるように、ユウキも先ほどとは打って変わって牙王をにらむ。その変化に牙王も、周囲でただただ唖然としているガスタやジェムナイトたちも、思惑が読めないでいた。

 このままでは間違いなく周囲に被害が出る。

 そう確信したビュートは怒る寸前の牙王にある提案をする。

 

「牙王よ、君の意見は正しい。だが、正しさだけでは世界は測れない。ここは一つ、手合わせをしてみてはどうだ?」

「手合わせ、などというぬるいもので済ませる気はない。あの二人はここで排除する」

「・・・・・・ダメか。ならば」

 

 提案は通らない。そう知って諦めながらもビュートはサーベルを腰から抜き、その先で空に円を描く。すると、その軌跡が光の輪となって形取り、エリアル・ユウキ、牙王の三人を内側に入れるように輪が地面に広がる。

 

「これで周囲のことは気にしなくて良い。気がするまで、戦うと良い」

「最期に聞こう、高屋ユウキ。お前が出て行けばこの者以外には何もなく終わるが、どうする?」

「とりあえず、ごめん。うちの召喚者が突然攻撃したことは謝る。___けど、それと俺の彼女に手を出したことは話が別」

 

 高屋ユウキは、ただの大学生であった。今では、世界を救った英雄の一人と言われているが、本質はただの青年だった。

 たった一つ、自分の家族に関して異常に執着があることを除けば。

 

「最愛の人を殺されかけて、飲むわけないだろうが」

「たたきのめしてやるわよ。ユウキ」

 

 彼女に後ろに下がらせ、ユウキは左腕を構える。彼の闘志に反応するように腕輪が青く輝きだした。

 この話を聞く気もない、にくったらしい守護獣に自分たちの力をぶつけるために。ユウキは腕輪を起動させる呪文を叫ぶ。

 彼がこの世界に来てから初めて叫ぶ、馴染みのある単語。現実世界で友人とよく言っていた言葉。

 

決闘(デュエル)!!」

 

 青年は今再び、決闘者へと変わった。

 

 




ここまでしておいて、前編という()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話ー後編 再起

なんとか10月内に更新できた()


 牙王は大地を蹴り、排除すべき二人の異物に爪を向ける。簡単に肉を引き裂いてしまいそうな一撃をユウキはエリアルの手を引いて後ろに避ける。

 土煙が上がり大地に大きな亀裂が入っていることを確認して、冷や汗を流しながらユウキは既にドローされている五枚を確認する。

 

(ぎ、銀河眼呼べぬぇ!!!?)

 

 今まで、なんとか初手で呼び出すことの出来ていた銀河眼がまさかの召喚不可能な手札。今引けるデッキからの一枚に望みを託し、腕輪から出現したカードを引き抜く。

 

「ドロー・・・・・・これならっ」

「いけそう!? 『雷鎖(ライトニングバインド)』!」

 

 エリアルは黒のローブの内側からカードを一枚取り出して、そのまま向かってくる牙王に投げつける。空中に浮いたカードの中から電撃をまとった無数の鎖が出現し、牙王の足下を狙って走る。

 ただの小細工ではあるが回避しない方が間違いなくタイムロスに繋がると判断した牙王は、とっさにその巨体に似合わない速度で横に飛ぶ。エリアルが作ったその間にユウキは盤面を整える。

 

「魔法カード フォトン・サンクチュアリ!フォトントークンを二体特殊召喚!さらに、フォトンモンスターがいるとき、銀河騎士をリリースなしで召喚する!」

 

 腕輪から浮かび上がっているカードを触ることで即座にカードが使用される。今までと比べるとかなりスムーズに発動できることに感動しながらも、牙王の攻撃が来る前にさらに手を進める。

 

「光属性が二体以上いるとき、手札のカーディアン・オブ・オーダーは特殊召喚出来る!そして、オーダーと騎士でオーバーレイ!!」

 

 呼び出した二体の戦士はユウキの指示で光となって、大地に出現した銀河の渦へと吸い込まれてそのまま爆発を起こす。これが、この世界で初めて彼が行った召喚方法。

 爆発の中から、黄金の鎧をまとった神龍が今一度降臨する。

 

「エクシーズ召喚!ランク8 聖刻神龍-エネアード!」

「エクシーズ・・・・・・」

 

 自身より巨大な召喚獣をあっさりと呼び出すその力に、牙王は顔をしかめる。その力はあまりにも巨大。多くの命を簡単に刈り取れるもの。

 そんな大きな力を心未熟な者が持っている危険性をビュートも含めて、周囲の者は分かっていない。ならば、排除できるのは自分だけだ。

 わずかな時間は与えてしまった。だが、次はない。

 妨害の魔術を振り切り、恐れなどないナチュルの守護者は龍にその爪を向ける。

 

「エネアードの効果!フォトントークンを力として、牙王を迎え撃て!」

 

 エクシーズの力の結晶であるオーバーレイユニットを一つ使い、エネアードはフォトントークンをその手で握りつぶして、黄金の光をまとった手で牙王に立ち向かう。

 白くまばゆい爪と黄金に輝く爪が激突し、ビュートの結界が張られているにもかかわらず周囲に大きな衝撃が走る。

 固唾をのんで見守るビュートたちもぐらついたその激突の結果は・・・・・・

 

「っ・・・・・・」

「ユウキ!!!」

 

 牙王の勝利だった。エネアードの一撃など全く気にしていないように立っているその姿をユウキはあまり信じたくはなかった。

 モンスターの戦闘破壊が起こったことで、彼のライフが削られるが、そこまで大きくないようでまだ十分に立ち上がる力は残っている。悲痛な叫びを上げるエリアルに大丈夫と伝え、改めて牙王を見据える。

 

(しっかし、守護者の名は伊達じゃないなぁ・・・・・・。エリアル、モンスターの召喚は後どれくらい?)

(いくらでも)

(嘘言ってる場合じゃないでしょ)

 

 二人にとって幸いなのは、牙王が何か特殊な攻撃をしてくるわけではないと言うこと。その攻撃方法は、星の力によってブーストがかかっている肉体から繰り出される接近戦だけだと言うこと。

 射程距離に入らなければなんとかなるのだが、それを補うかのような速度。固まっていれば二人ともやられる可能性もある。

 

(でも、召喚獣が召喚者の元を離れるわけにはいかないからね!)

 

 分かっていても、召喚獣(ユウキ)召喚者(エリアル)の元から離れようとはしない。それを好機とみて追撃をかける牙王の前に残っていたフォトントークンが主人たちを守るように現れるが、ただのなぎ払いで跡形もなく消滅する。

 早速、最も避けなくてはいけない状況ができあがってしまう。数秒後、射程距離に入ってしまった二人は間違いなく牙王の爪に切り裂かれるであろう。

 盾となるモンスターは既に全滅し、ユウキは次のモンスターをまだ出せない。

 そんな状況になることも想定していた彼女は、既に用意していた手を打つ。

 

「『攻則(アサルトマニュアル)』!」

 

 今度はエリアルがユウキの手を引き、加速した身体で牙王の真下へと走る。突然の加速に牙王も反応が少し遅れ、またまた間一髪のところで二人は攻撃を避けることに成功する。

 エリアルの足に付いている札が崩れ去り。『攻則』の魔術が解けるころには牙王の攻撃が届くには少し遠い位置まで移動していた。

 ここまでは打ち合わせ通り。二人が心で会話していた状況だ。

 

(召喚はあと5回・・・・・・は持たせる)

(やっぱり少ないな・・・・・・。次のカード次第だ)

 

 エリアルはただ平穏に、幸せにユウキと暮らしていたわけではない。

 起こってしまうかもしれない戦いに備えて、魔力がほとんどない自分に出来ることを準備していたのだ。

 ユウキの指輪を作った後、それと同じ物を複数作り魔力不足のカバーを行ったり、使う札字体に魔力をため込んでおき、詠唱するだけで発動できるように改造したり。

 魔術作成を任されていたエリアルならではのアイデアで、足手まといにならないよう努力していた。

 それでも、越えられない壁があることは彼女自身が一番よく分かっている。

 

「時間稼ぐから、一気に決めなさい」

「了解」

 

 ユウキを自分の後ろに移動させ、ローブの中から10枚程度のカードを一気に取り出してそれらを全て宙へと投げる。

 不規則に舞い上がったカードは前に突き出したエリアルの手に応えるようにして、菱形に並ぶとその中心に白いエネルギーを蓄えていく。

 異なる魔術を組み合わせて、巨大な魔術に変えるエミリアがアバンスを取り戻すために土壇場で完成させた新たなる魔術____『合唱魔術(マギカカルテット)

 これはそれをエリアル風にアレンジした物だ。ただの魔術と侮っていた牙王ですら、その集まるエネルギーに少しだけ反応する。

 

「これは・・・・・・星のエネルギー、だと?」

「そ。召喚獣の力くらい使えないとね」

 

 『呪砲(カノン)』というエリアルがよく使う『魔弾(マジックミサイル)』の強化版がある。コスト、発射時間は大きくかかるが、その威力は彼女が使う魔術の中でもトップクラス。そこに『合唱魔術』の組み合わせを入れ、さらに召喚主となったことで自身に流れ込んできている銀河の力を組み込む。

 すると、どうなるか。

 

 

 答えは、『光の竜』の一撃が再現されるのだ。

 

「『破滅の、フォトン・ストリーム』!!」

「!」

 

 牙王に向かって凝縮されたエネルギーから成り立つ光線が襲いかかる。人工的に生み出した一撃とは言え、威力、速度はオリジナルにも劣らない。

 今までは受けきることの出来た魔術とは比べものにもならない一撃。牙王も反撃することを放棄し、本気で回避に専念する。

 途中で曲がることなくエリアル必殺の一撃は回避した牙王の横を通り、そのまま結界へ衝突。大きな衝突音が森中に広がり結界の外にいる者たちに冷や汗をかかせる。

 今の一撃で、エリアルは体力を持って行かれ地面に座り込んでしまう。その代わりに下がっていたユウキが前に出て、牙王が次の行動に移る前にデッキからカードを切る。

 

「ドロー!俺は、今引いたフォトン・スラッシャーを特殊召喚!」

 

 フォトンデッキの切り込み役でもある剣士、フォトン・スラッシャーが出現しユウキが何も指示する前に牙王に斬りかかり攪乱させる。

 スラッシャーの今までになかった行動に少し疑問に思いながらも、次なるモンスターをユウキは召喚する。スラッシャーの相棒のようなもう一人のフォトンの戦士。

 

「続けてフォトン・クラッシャーを通常召喚!」

 

 棍棒を持った戦士 フォトン・クラッシャーが出現すると、スラッシャーと入れ替わるように牙王の元へ向かってそのまま混紡をたたきつけようとする。見え見えの一撃なので回避はされるものの、さらに召喚者であるユウキに時間を与えることに成功した。

 二体のフォトンモンスターは十分に役目を終えると、ユウキの前へ戻り次の指示を待つ。

 

「二人とも行くぞ!俺はスラッシャーとクラッシャーで、オーバーレイ!!」

 

 雄叫びを上げて光の戦士二体は黄色の光となって、新たなるモンスター生み出す銀河となる。エクシーズの爆発が起こり、その中から次に姿を現したのは___

 

「エクシーズ召喚!ランク4、輝光帝 ギャラクシオン!そして効果発動!オーバーレイユニットを二つ使う!」

 

 光の竜を導く輝ける皇帝ギャラクシオン。召喚者の指示を受け、青白く光る二本の刃でオーバーレイユニットを二つ切り裂くと、ユウキの手元に宝石が埋め込まれた赤い十字架が出現する。

 

(・・・・・・)

 

 声はやはり聞こえない。戦わせろ、俺を呼び出せ。あの頼もしい声は、もう聞けない。

 この世界で出来た相棒は、自分を救って消えた。

 想うことはある。寂しさだってまだある。こんな勇気もないただの一般人を、英雄と呼ばれるまでにしてくれた存在なのだから。

 十字架を手に取る。

 いないと分かっていても、ユウキは相棒の名をつぶやいて、十字架を空に投げた。

 

「いくよ・・・・・・銀河眼!!」

 

 闇に輝く銀河よ。希望の光となりて、我が相棒に宿れ!

 光の化身、ここに降臨!!

 

『現れよ、銀河眼の光子竜!!』

 

 そういつも通りに召喚口上を述べたユウキの声は、どこかこもった声になっていた。

 

『・・・・・・・・・・・・ん?』

 

 それだけではない。突然牙王が小さくなり、今まで見えなかった背中部分が見えるようになった。下を見ると、何故かこちらを『見上げる』エリアルがおり、その近くには鋭い爪があった。

 人間の物では100パーセントない青い巨大な爪。それが生えているは青白く光り輝く竜の身体。さらに、眼に入った竜の手がまるで自分の手のように自由に動かせる。

 

 自由に、動かせる。

 

「まさか・・・・・・光の竜そのものになるとは・・・・・・。やはり、その力は巨大すぎる」

『え!?』

「ユウキ・・・・・・どうなっちゃってるの。それ」

 

 ここでやっとユウキは現状を把握した。それは、彼自身も思い立ってもいない状態。

 

 高屋ユウキ自身が、『銀河眼の光子竜』になっているということに。

 

『_____えええええええ!!!!?』

 

 

 

 

 慌てふためく銀河眼という今まであり得ない光景にエリアルは思わず苦笑してしまう。ただ笑い事でもないので、心越しにユウキに自分の人の形を取るように指示する。

 言われるままに、自分の元の姿を想像すると視線が頭から胸の位置へと移動し、『高屋ユウキ』としての姿が銀河眼の胸の宝石内部に出現する。これは創星神との戦いの際、ユウキがネオフォトンの体内に入っていた事を思い出せたからだった。

 

『よかった、人に戻れた・・・・・・』

「安心してる場合じゃないでしょ!」

 

 エリアルの言葉通り、すでに牙王は動き始めている。その強靱な足で大地を蹴り、ユウキが存在している銀河眼の胸部まで飛び上がっていた。一応、牙王の二倍ほどの身長が銀河眼にはあるはずなのにあっさりと追いつかれたことにユウキはポカーンとしてしまう。

 いくら身体が大きくなったからと言って、牙王の一撃の威力が下がるわけがない。その隙はあまりにも大きかった。

 ついに牙王の鋭い爪がユウキに突き刺さる。突き刺さった肉体から、光の粒子が流血のように漏れ始め、ユウキは顔を歪める。そのまま力に任せて引き裂こうとする牙王だったが、銀河眼の腕が牙王の胴体をつかんだせいで体勢が崩れ、両者そのまま地面に倒れ込む。

 その行動の意味、それはエリアルへの攻撃の防止。

 自分が彼女の召喚獣だからではない。エリアルだから、彼は自分に走る激痛を乗り越えて動けたのだ。

 二体の巨体が倒れた衝撃で風が吹き、土埃が結界内に舞い上がる。エリアルは反射的に目をつぶってしまい、現在の牙王の位置を把握できない。

 だが、繋がっている銀河眼ことユウキから現在の状況を把握。彼がまだ戦えることを確認して少しだけ安堵の息を漏らした。

 

「エリアル!無事!!?」

「自分の心配しなさいよ、バカ」

 

 わざわざ言葉にしなくても伝わっているのにもかかわらず、自分に安否の言葉をかけてくる彼に呆れたような、嬉しそうな声で返すエリアル。その声を聞いてユウキも安心し、つかんだままだった牙王を思いっきりエリアルとは逆方向へと投げ飛ばす。

 不覚にも宙を飛ぶことになった牙王。無様に叩きつけられることはない。体勢を空中で整え、着地と共に銀河眼へと突進を開始する。

 ユウキも突撃してくる牙王に正面から立ち向かい、両腕で牙王の角をつかんでド正直に力比べへともっていく。

 

(バカ!!相手の得意分野に付き合ってどうするの!)

 

 エリアルの言うとおりだった。銀河眼の巨体は徐々に後ろに引きずられ始め、次の瞬間には弾き飛ばされてしまうだろう。

 銀河眼の光子竜には戦闘を行うモンスターと自身を除外できる効果があるが、牙王には効果を受け付けなくなる効果がある。それを知らない決闘者のユウキではない。

 

(でもよけたらエリアルの方にいくでしょ!? それじゃ、意味ない!)

 

 牙王が排除したがっているのはユウキだけではない。今はもうエリアルも排除対象となっているのだ。ユウキにとってこの攻撃を回避する、という選択肢は始めからない。

 エリアルからの魔力が回っていないせいで、次のカードをドローできない。こうやって会話をしている最中でも、エリアルから魔力は確実に消費されていく。

 早期決着を狙うが故の焦り。それが今の不利を生み出していた。

 

(ユウキ、次で決める。いい?)

(わかった。絶対に、決めてやる)

 

 エリアルに残っている魔力は少ない。それでも、彼女が意識を失うギリギリまで魔力をユウキに送る。牙王を必死に受け止めているユウキの腕輪が光り出し、最後の一枚を彼の元へと導く。

 このターンで彼らの運命が決まる。

 

『ぐぬぬぬぬぬ・・・・・・どっりやぁああああ!!!』

「うおっ!」

 

 ユウキは自分が持てるありったけの力で受け止めていた牙王を別方向へと受け流し、ようやくドローの体勢に入る。腕輪からカードを勢いよく切り、その未来を確認する。

 描かれていたのは、魔導師のカード。自分の狙い通りのカードが来たことに、ユウキは不適な笑みを浮かべた。

 

『俺は銀河の魔導師を召喚!そして効果で、レベルを8に!』

 

 白き魔導師 銀河の魔導師が光の輪から出現し、銀河眼の横に並び立つ。ウィザードはユウキの顔を見ると、全て分かっていると言うかのようにうなずいた。

 先ほどから何もしていないのに、召喚モンスターたちが自分に語りかけてくるような仕草をすることに嬉しく感じながらユウキはエクシーズの宣言を行う。

 

『俺はレベル8のウィザードと銀河眼で、オーバーレイ!』

 

 その直後、ユウキの身体は銀河眼からはじき出されてエリアルの横に出現する。どうやら銀河眼を何かしらの素材にするとき、ユウキは一旦除外されるようだ。

 二体のモンスターは地上に出来た金色を帯びた宇宙に吸い込まれ爆発を引き起こす。ただのエクシーズ召喚ならこの中からモンスターが姿を現す。

 のだが、今回は違う。爆発から生まれた星の粒子がユウキの前に集い、一本の青い剣へと変化した。今まで見たことのない剣の出現に結界外にいる者たちも驚きの声を上げる。

 ユウキにとっては見慣れた剣を手に取り、慣れた手つきで地面に突き刺すと赤い幾何学模様が刀身に浮かび上がった。

 

「現れよ!銀河究極竜、No.62!! 宇宙にさまよう光と闇、その狭間に眠る悲しき竜たちよ。その力を集わせ、真実の扉を開け!!」

 

 剣に光の粒子が集い始め、その形が竜の形を取り始める。その力の大きさ、輝きはただの銀河眼とは比べものにならないほど大きく、美しい。

 完全に竜の姿へと変わった光は自身に張り付いている薄い膜を破るかのように、大きく腕を回して誕生の咆哮を上げた。

 

「これが俺のフェイバリットカード!銀河眼の光子竜皇!!」

 

 生まれ変わった銀河眼が主人たちを守るように牙王の前に立つ。姿や大きさはあまり変わっていないのにもかかわらず、放つ存在感は何倍にも大きくなった銀河眼を前にして、牙王は無意識に足を後ろに引いた。

 ユウキが持っている力__エクシーズと銀河眼。その二つが一つになったのだ。その力は計り知れない。

 

「正真正銘、これがラストアタックだ。牙王!」

「ぶっ飛ばしてやりなさい!ユウキ!」

 

 ユウキとエリアルは腕を前に突き出し、プライムに攻撃宣言を下す。

 指示を受けた光の竜は自身の身体にある七つの星を輝かせ、薄い緑色を帯びたエネルギーを口に集める。温かくも力強い光を放ちながら、プライムはその一撃をこの森の守護者に向けて発射する。

 

「「エタニティ・フォトン・ストリーム!!!」」

 

 今までの銀河眼の攻撃とは違い、大きな音はしなかった。一筋のレーザー音が少しだけ大気中に広がって細長い光線が牙王に向かって走り始める。

 回避などさせないというかのように、光線は牙王に近づくほどに大きくなって飲み込もうとしてくる。恐れをなしている場合ではない。咆哮を上げ、身体に白い光___星の力をまとわせて牙王は光線に突撃する。

 

 それは、光の激流だった。

 

 直撃直後に牙王は一瞬気を失う。それほどまでの衝撃が身体に響き渡ったのだ。

 自陣を守っている星の力を維持することで精一杯。しかし、自分に当たった光線は八方に分かれ、後方で消滅しているのも確認した。このまま一歩ずつ、確実に歩みを進めれば間違いなく奴らの元へとたどり着けるだろう。

 もっとも、魔力が既に枯渇しかかっていた召喚者の少女のことを考えればこの一撃が長引くこともない。

 卑怯であろうがなんであろうが、この森の平和を守れるのであれば、手段は選ばない。

 星の獣が苦境の中でも勝利を確信したその時、ヴェルズビュートが結界を解いてまでこちらに走っている姿が目に入った。

 

(な)

 

 驚く牙王。ビュートはさらにこう叫んだのだ。

 逃げろ、と。

 その意味はすぐに分かった。

 

「プライムフォトンの効果!オーバーレイユニットを使い、この瞬間のみ自身の攻撃力をランクの合計✕200アップする!」

「プライムフォトンはランク8、ギャラクシオンはランク4。よって2400のアップ!!これで終わりよ!!」

 

 その言葉を最後に、牙王の身体と意識はさらに輝きを増した光の中へと消えていったのだった。

 

 

「___ここ、は」

「気がついたか。牙王よ」

 

 全身に走る激痛で牙王は意識を取り戻す。無理矢理身体を起こし周囲を見渡すと、見慣れたナチュルの森の風景が瞳に映る。ある部分だけ以外は。

 

「あれは・・・・・・」

「そうだ。光の竜の一撃のほんのわずかで、ああなった」

 

 その箇所だけ綺麗に草木が刈り取られ、一本の道ができあがっている。それは先ほどまで牙王とユウキたちが戦闘していた結界内だとわかった。

 それと同時に、自分が彼らに敗北したという事実に牙王は顔をしかめる。

 

「このざま、か・・・・・・奴らはどうした」

 

 牙王が問いかけると、何故がビュートは困った笑いを浮かべて親指を後ろに向ける。そこにはアバンスたちだけでなく、ナチュルたちも集まって何かをしているようだ。皆、口をそろえて心配の言葉を誰かに投げかけている。

 状況が読めない牙王は身体に鞭を打って起き上がると、ゆっくりとその集団へと近づいていく。彼に気づいた集団が道を空けると、その先にいたのは自分に勝利したはずの二人が地面に寝ている、というより倒れていた。

 

「何故、この二人が倒れている?」

「それはもう、後先考えずに魔力使い切った結果さ。あんな巨大な召喚獣を呼んだんだ。ただでさえ本調子じゃなかったのに、ね」

「・・・・・・」

 

 倒れている二人にはカームとウィンダ、ファイとエミリアがついて回復を施している。が、二人は目を覚まそうともしない。穏やかな寝息を立ててぐっすり眠っているようにも見える。

 牙王がさらに一歩近づこうとすると、その歩みを止めさせるかのようにアバンスとブリリアントが立ち塞がった。

 

「何のつもりだ?」

「見ての通りだ。牙王、これ以上は手を出させない」

「先ほどの戦いでお二人の力量は測れたはず。それでも排除しようというのなら、今度は私たちが相手になろう」

「・・・・・・貴様ら、何故そこまでやつを信じられる?」

「悪いが逆に聞くぞ。何故、そこまでユウキが気に入らないんだ? 確かにあいつは異世界人で戦場に慣れているわけじゃない。銀河眼の力も大きいことは分かる。が、貴方みたいに話が分かる人がそこまで気に入らないやつだとは思えないんだ」

 

 そもそもナチュルの森に移住することを許したのは牙王自身だ。何者かも分からないあの状況でアバンスたちの状態を把握し、特に何も言うこともなく許可を出した。

 そんな彼がここまで意地になって拒絶する理由が、アバンスたちには分からない。牙王がユウキに言っていたことも多少の理解は出来るが、納得は出来ないのだ。

 牙王は少し沈黙し、言葉をこぼした。

 

「少し前のことだ。この地に闇が訪れるという予言があった」

「予言・・・・・・? 天啓みたいなものですか?」

「そうだ。もっとも、巫女である汝とは違い、神ではなく星の意思によるものだ」

 

 似たような感覚があるウィンダが反応すると、牙王は肯定の言葉を返す。

 牙王がこの姿になってから、星からの言葉が届くようになったそうだ。始めは神の策略かと思ったが、どうやらどこか違うらしい。詳しい感覚は彼にも説明できないが、そこに悪意はないと確信したそうだ。

 

「星はこうも告げていた。強すぎる光がその闇を呼ぶ、と。その正体が__」

「ユウキの銀河眼ってことか・・・・・・」

「そう確信したのだ。だから我は、この森の守護者として、この星の守護者として、この者を排除しなくてはいけないのだ・・・・・・!」

 

 牙王が身体に力を入れると、アバンスとブリリアントが腰の剣に手をつける。牙王の言葉を聞いても二人の意思は変わらない。その予言が起こるとしても、それを引き起こすのはユウキではないと確信しているからだ。

 

「私は、直でユウキ殿を見てきたわけではない。だが、父が信じた青年だ。ならば、信じるに値する人間だと私は思っている」

「貴方の言葉が嘘だとは思ってない。だが、決定が早すぎる。さっきのユウキからは本当に何も感じ取れなかったのか?」

 

 どちらかが一歩でも動けばこの地で再び戦いが起こるだろう、緊迫した空気。周囲のナチュルもその他の者たちも固唾をのんで見守る中、ビュートがついに動く。

 何事もなかったかのように歩き、牙王とアバンスたちの間に割って入って牙王の頭の固さに苦笑する。

 

「牙王。君は私がここに来たときも同じようなことをしたね。だが、今私を認めてくれているのは、星の力を得たからかい?」

「否、汝の剣には誇り高い意思が宿っていた。これならば信用に値すると感じたのだ」

「それで、ユウキにはそれがないと?」

「・・・・・・感じ取れた。あの娘を守るという、強すぎる意志をな」

 

 戦いを始めたときからユウキの意思はエリアルを守ることだけだった。自分の力を示すためではない。ただただ、最愛の人を傷つけないためだけに必死になっていた。

 それはエリアルも同じだった。ただ彼を認めさせるために、彼を守るために自身が衰弱しても戦い続けた。

 ビュートのように誇り高い訳ではない。だが、純粋さという面で言えば間違いなくビュート以上のもの。お互いが想い合っているからこそ生まれた力が、あの光の竜であり、自身の敗因なのだ。

 

「それに君も分かっているだろう? あの青年がいなければ、ここまで他部族が団結することもなかったことに。今、彼が倒れているときに手を差し伸べる者たちが大勢いる事に」

「むぅ・・・・・・」

「これでも認めないのなら、私も少しお説教しなくてはいけないかもしれないな。フフ」

 

 答えは既に出ていた。牙王は渋々だが、はっきりとした言葉でここにいる全員に告げる。

 

「分かった。我の負けだ。汝らの絆に免じて、この者たちを認め、この森に移住することを認める」

「ありがとう、牙王」

「ふん・・・・・・ビュートよ、我は予言のことを見逃すつもりはない。新たな脅威が生まれたとき、汝にも協力してもらうぞ」

 

 傷ついた身体をゆっくりと動かして、牙王は森の中へと入っていく。その後ろ姿にビュート、アバンス、ブリリアントは一礼をしてから倒れているユウキたちの本へ戻る。

 ウィンダたちの回復魔術のおかげで外傷は既になく、顔色もよくなっているが目を覚ます様子はない。今日はここまでのようだ。

 

「アバンスー。悪いんだけど魔力分けてもらって良い? 住居の復元をするからさ」

「了解した。牙王にも許可はもらっている。今日から、ここが俺たちの家だ。世話になるぞ、ナチュル」

 

 アバンスの言葉にナチュルたちは笑顔で答える。言葉はないが歓迎してくれていることは伝わった。そのことに安心しながら、エミリアはエリアルが持ってきていた大きめの木箱の中から、ミニチュアサイズまで縮小された部族たちの住居を取り出す。

 アバンスたちが遠征に出ている間のエリアルの主な仕事、それがこの住居の縮小だった。初めはそんな魔術はないと頭を悩ませていた彼女だったが、あることがきっかけでスムーズに作業を終わらせることが出来たようだ。

 

「おー。本当にちっちゃくなってる。どうやったかあとで聞こっと」

 

 試しにガスタの住居を取り出し、適当なスペースがある場所に設置。エミリアたちが魔力を加えて魔術を解除すると___白い煙と共に住居が本来の大きさへと変わる。

 リーズたちガスタが中に入って確認するが、全く変化のない状態に思わず感動の声を上げる。

 

「おお!本当に元通りとは、さすがね」

「僕、自分の部屋に行ってくる!!」

「ちょっと、カムイ!・・・・・・もう、はしゃいじゃって。フフ」

 

 元気にはしゃぐ年頃のカムイにカームとリーズは苦笑する。だが、これが本来あるべき彼の姿だ。これからは失った物を少しずつ取り戻す時間なのだから。

 中から聞こえてくる喜びの声にアバンスたちも自然に頬が緩む。こうして、ラヴァル、ジェムナイトの住居を元に戻したあと、皆を転移させるために残してあったリチュアの住居を二人は取りに戻ることに。

 

「ウィンダ、ファイ。エリアルとユウキをお願いできる? ちょっと私たちの住居も取ってくるからさ」

「え、でも、縮小する魔術、エリアルさんしか知らないんじゃ・・・・・・」

「あ」

 

 肝心なことを思い出し間抜けな顔をさらすエミリア。肝心のエリアルは当分起きそうにないため、諦めることにする。アバンスもエリアルが意識を失うとは想像もしていなかったため、小さくため息を漏らす。

 

「じゃあ、私の部屋に泊まる? 族長室なら結構広いし」

「いいの!? ウィンダ、大好き!!」

「アハハ・・・・・・お泊まり会みたいなこともしてみたかったし。ファイちゃんもどう?」

「断る理由がないよ!是非!!」

 

 女子勢が盛り上がる中、アバンスはユウキたちをどうするか考える。が、すぐに救いの手は伸ばされる。

 ビュートが二人を担いで、空室がまだ残っているジェムナイトの宿舎に運ぶとアバンスに伝える。流石に一人で運んでもらうのは申し訳ないので、自分もユウキを運ぶとビュートに伝えるのだが。

 

「気にしないでくれ。君の遠征で疲れているだろう? ここはまかせてくれ」

「・・・・・・恩に着ます」

 

 遠征の疲れは大きく、とりあえず全てが終わったと分かった瞬間に身体から力が抜けた。まぶたも重くなり、今すぐにでもベッドで眠りたい気分だ。

 時間はまだ夕方前だが、食欲よりも睡眠欲のほうが強くアバンスの足取りもおぼつかなくなっていく。

 

「アバンスも担いだ方が良いかい?」

「・・・・・・遠慮しておきます」

 

 こうして、大戦を生き残った者たちは新たなる住処を得ることに成功した。牙王がもたらした予言によって不安はあるものの、新しい生活が幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

 ああ。ついにこの森に来られた。我を封印する忌ましいアレがある、この場所に。

 もうすぐだ___もうすぐ。復活の刻は来る。

 見ていろ、SOPHIA。お前がなしえなかったことを、我が成し遂げてやろう。

 

 その人影は、森の奥を見つめていた。

 




プライムフォトンを取り戻したら、やっぱり脳筋になりますよね。ギャラクシー()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 ■望が生まれた日

明けましたおめでとうございます(遅い)


 ナチュルの森___鳥のさえずり声が聞こえ、木々の間から木漏れ日が見え、新鮮な空気で満たされた穏やかなこの場所。その中に建っている木造の家の中で、一人の男が廊下にある椅子に落ち着きが内様子で座っていた。

 椅子の前には扉が一つ。東側にある窓からは日光が差し込み男の情けない顔を照らしている。

 短髪黒髪、くせっ毛以外に特徴のない、一般的な20代くらいの彼は、小刻みに何度も床を足で鳴らし、祈るように手を組み、右手の人差し指を動かし続ける。

 彼の名は高屋 ユウキ。『30年ほど』前にこの世界で『英雄』と呼ばれていた男である。もっとも、今ではその栄光は過去の物となり、本人も全く気にしていない。

 

「あああ・・・・・・どうしようどうしよう!もし、エリアルに何かあれば・・・・・・ああ!!」

 

 頭を抱え、震えた声を上げるその姿は、英雄らしさの欠片すら感じさせない。そしてまた手を組んで床を鳴らし始める。すでにこの状態になって半日以上が経過していた。

 そんな彼を見かねるように、廊下の床から別の足音が聞こえ始める。その音に気づいたユウキはハッとして、音の方へと風切る音を耳に残して振り向く。

 足音の主は白く長い髪を後ろで縛り、腰には美しく輝く青色の刀をぶら下げた男性。白いひげで隠れているが中性的なその顔はユウキを見るなり、呆れたように笑った。

 

「相変わらず、エリアルのこととなると英雄らしさの欠片もないな?」

「当たり前だろ!? 今回ばかりはエリアルだけじゃないし!」

 

 自分の醜態を否定することもなくユウキは大人げなく叫ぶ。その姿を見て、男性は肩をすくめてから彼の隣の椅子に座った。

 この男性はアバンス。かつて存在していた儀式を得意とする集団『リチュア』の数少ない生き残りであり、今では別の集団の長を務めている。

 あーだこーだとブツブツ言い続けるユウキの肩にアバンスは手を置き、彼を落ち着かせようと言葉を選ぶ。

 

「この扉の奥でエリアルは戦ってる。お前も召喚獣ならわかるだろ?」

「そりゃそうなんだけどさ・・・・・・さっきから痛みの感覚しか伝わってこないんだよ」

 

 エリアル。アバンスと同じくリチュアの生き残りで、ユウキの恋人___から今は妻となった女性。過去の大戦により、ユウキは彼女の召喚獣となり今まで生きてきた。

 召喚獣と召喚者の心は繋がる。物理的な物を全て無視して、強制的に。

 今彼女が体験している内容は、本来『彼』であるはずのユウキには全く無縁の物だ。だからこそ、その壮絶さを疑似体験しながらも何も出来ない自分がもどかしく、落ち着かない。

 

「っだぁあああ!!!!もどかしすぎるだろ!」

「そういう物だ。出産を待っている男なんてな」

 

 今、扉の奥で行われていること。それは夫婦にとっての大きなターニングポイントとなりうるイベント。

 子供の誕生である。

 

 

 

 

 

 

 時は1年前に遡る。

 いつも通りにユウキはナチュルの森で畑作業を行い、エリアルは義姉であるエミリアと共にユウキが元いた世界に戻るための研究を続けていた。

 争いのない平和な日常。神が関わった過去の大戦にて勝ち取った、かけがえのない日々が30年間も続いている。傷ついた土地も、人の心も癒え始め、ナチュルに移住していた者たちも徐々に元に住んでいた場所へと戻っている。

 お互いに仕事と研究を終えて、夕食を済ませてエリアルはユウキと一緒に自室へと入るなり、彼女はいつも通りに表情を変化させることなく、自然に彼の名前を呼ぶ。

 

「ねえ、ユウキ」

「ん?」

「子供出来た」

 

 その言葉を聞いた刹那、彼の身体に雷が落ち、頭から何もかもが消え、身体から力が抜けて、気づけば扉の前で尻餅をついて、彼女の顔を見開いた眼で凝視していた。

 言葉を何か発しようにも口からはただ息が漏れるだけで音にならず、立ち上がろうにも腕は震えて使い物にならない。糸の切れた人形のような今の身体にユウキ自身が一番驚いていた。

 予想通りに腰を抜かした夫の姿を見て、彼と同じく30年前から外見が変わっていないエリアルは満面の笑みを浮かべながら膝をついて彼に抱きつく。

 

「えへへ・・・・・・びっくりした?」

 

 甘える子供のような声と純粋な笑顔にユウキは顔を思わず背ける。顔から汗はにじみ出て、血液が全て顔に来てしまったかのように赤く火照っている。

 年を取らなくなってしまった召喚獣のユウキに合わせて、エリアルは彼が所持していた時を司る竜、もう一体の銀河眼である『No.107 銀河眼の時空竜』の力を自身の研究によって引き出し、肉体年齢を20代で止めている。

 召喚獣という生命とは離れた存在に彼女が近づいてしまったことにユウキは複雑な感情を抱いたが、エリアルはまったく気にしておらず、それどころか彼と共に生きられることを嬉しく感じていた。

 整理の出来ていない頭では、彼女の問いに答えることもまだ出来ず、ただただそのぬくもりと鼓動を感じることしか今のユウキには出来ない。

 告白から数分。床に座り抱きついた状態でエリアルはユウキの回復を待ち、声をかける。

 

「落ち着いた?」

「・・・・・・多少は」

 

 ようやく腕の力が戻り、一旦エリアルにどいてもらってからユウキは立ち上がる。そのまま床に書かれた魔方陣を踏み、ツインベッドに並んで腰掛ける。

 ニコニコと笑みを浮かべ続けるエリアルと反比例して、ユウキは未だに衝撃を受けているようで身体が小刻みに震え、眼は泳ぎ続けている。

 そんな状態の彼から話を切り出せるはずもなく、エリアルが口を開く。

 

「この前、なんか身体の調子がおかしくて、カームさんに診てきてもらった事、覚えてる?」

「覚えてるよ。風邪だって言ってたよね・・・・・・?」

「うん。驚かせようとおもって。大成功」

「無茶苦茶だ・・・・・・召喚獣との間の子供は不安定だって言ってたよね? 大丈夫なの?」

 

 ユウキが驚いているのには、エリアルの告白が突発的だったからだけではない。

 『召喚獣』と一般の生命の間に子供が出来る可能性は、かなり低いとエリアル自身に伝えられていたからだ。

 召喚獣は召喚者の魔力で世界に召喚・維持され、強大な力を発揮する生命もどき。現に、ユウキはエリアルから魔力の大半をもらって存在している。多少は自然にある魔力を受けているが、彼女が死亡すれば存在を維持することも困難になる。

 そんな不安定な存在と安定して存在を維持できる一般の生命との混ざり物となれば、不安定さはさらに増してしまう。故に、子供は出来づらいとエリアルとエミリアは結論づけていたのだ。

 

「今のところは、特に異常はないってエミリアからは聞いてるし、僕も自分で調べてみたけど大丈夫だった」

 

 言葉の震えが消えないユウキの質問にエリアルは眼を細め、お腹を愛おしそうに撫でながら答える。

 だが、その回答だけではまだ不安は消えない。ユウキが心配していることはもう一つあるのだ。

 

「でも、竜の魂が耐えきれない可能性もあるんだよね? そうなったら・・・・・・」

 

 彼の魂は銀河眼から譲り受けたもの___あまりにも強い竜の魂であった。本来であれば、人の身体に収まる物ではなく、銀河眼が自身という存在を抹消したおかげでユウキの魂として存在できているのだ。

 それが幼い子供に受け継がれた場合、考えられるのは二つ。

 生まれながらに力を持った子供が生まれるか、耐えられずにそのまま命を落とすか。

 前例のないこの妊娠。ユウキの中にあるはずの嬉しさは、巨大な恐怖という波に飲み込まれ、彼を何度も何度もエリアルに大丈夫かと聞き続けるロボットへと変化させていた。

 そんな彼の姿に呆れて、エリアルは強硬手段に出る。

 くせっ毛が特徴の頭部を両手でつかみ、そのまま膝枕の形で自身の腹部に彼の耳をくっつけた。

 

「心配しすぎ。父親になるのに、そんな慌てふためいていたら子供に笑われるよ。お父さん」

 

 小馬鹿にしたような口調でエリアルは笑う。何も心配していないと、絶対に大丈夫だと伝えるように、彼の頭を撫でる。

 そうして、ようやく冷静になってきたユウキは改めてエリアルの言葉をかみしめる。

 

 父親になる

 

 頭はまだぼんやりして実感がわかない。実際に子供を抱くまでわかないだろう。

 それでも、ずっとユウキとエリアルの二人が望んでいたことだ。ようやくその望みが叶ったことに、じんわりと、ゆっくりと嬉しさがこみ上げ始めた。

 ゆっくりと深呼吸をして、エリアルの顔を見上げる。母親となる彼女の顔は優しい笑みを浮かべ続けている。

 

「そっか。俺、お父さんになるんだな。くせっ毛とか遺伝しなきゃ良いんだけど」

「それ以外特徴ないんだし、むしろ望んだほうがいいよ」

「ひどいな、おい!」

 

 そう笑い合ってから、長くも短い一年間を過ごし、ついに二人はこの日を迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 時は現在に戻る。ユウキの見つめる扉の先には、エリアル以外にも二人の女性が入室している。

 一人はユウキの隣にいるアバンスの妻であるエミリア。召喚獣が関わってくるということは、魔術に対しても詳しい者が近くにいた方が良いとエリアルが判断し以前から依頼していたのだ。

 そしてもう一人が、ガスタの静寂 カーム。

 大戦後、ひたすら医療についての知識と経験を積み上げ、今では集落一の名医と呼ばれるまでに成長した事に加え、既に出産経験のあることから今回ユウキに呼ばれた。

 エリアルたちが部屋の中に入ってから、12時間が経過した。初産婦の陣痛から出産までにかかる時間はおおよそ10時間から12時間と言われているが、ユウキにそんな知識はない。心から伝わってくる彼女の痛みで、ただ不安そうに身体を揺らし続けている。

 

「あああ・・・・・・いくらカームさんとエミリアがいるからと言って、不安だなぁ・・・・・・」

「ユウキ・・・・・・お前何も取ってないだろ? ファイからマグマジュースもらってきたから飲め」

 

 アバンスが懐から木製の水筒を取り出し、ユウキに渡す。彼は召喚獣となってから食事も睡眠も必要なくなったが、その習慣をやめていない。自分がただの召喚獣として存在している訳ではないと、エリアルと共に生きていると証明するために。

 アバンスが食事ではなく飲料を持ってきたのは、どうせ不安で食事が喉を通らないだろうと予想したためで、案の定ユウキは食事がとれる状態ではなかった。

 アバンスから奪うかのように水筒を受け取り、震えた手で蓋を開けて、乾くはずもない喉を一気に潤す。『マグマジュース』とは、彼が元いた世界で言うとアセロラのジュースで、甘酸っぱさが口いっぱいに広がっていく。

 

 

「___ふぅ・・・・・・。ありがと、アバンス」

「礼ならファイに言ってやれ。義兄思いの良い妹にな」

「だね。子供が生まれたら、真っ先に報告しないと」

 

 ラヴァルの長であり、ユウキの義妹であるファイは昨日の夜に彼の様子を見に来ていた。

 不安で震えていた義兄を抱きしめ、安心させていた。その温かさはユウキの中に眠っていた睡眠欲を呼び覚まし、その間だけ緊張の糸が切れた彼は眠ってしまった。

 今日の業務があるため今はこの場にいないファイだが、ユウキは受け取ったジュースからもその温かさを感じ取っていた。

 少しだけ顔が緩んだユウキにアバンスは短く励ましの言葉を贈る。

 

「きっともう少しだ。無事を祈ろう」

「ああ」

 

 短く答え、ユウキは再び目の前にある扉をにらみ始める。生まれてくる我が子と、痛みに耐えて戦い続ける妻の無事を祈りながら。

 

 

 

 

 ____それから、数時間が経過した。

 

 

 

 

 ガチャリと、扉から解錠音がするとほぼ同時にユウキとアバンスが立ち上がる。時刻はもう昼にさしかかり、窓から見える太陽は高く昇っている。

 ゆっくりと扉が開き、防音の魔術がかけられた部屋の中からまず始めに聞こえてきたのは___大きな泣き声だった。その後、その鳴き声を上げる赤ん坊を抱きかかえて、緑髪の女性が姿を現す。

 年を重ね、大人の美しさを得たカームは優しい春風のような温かい笑みを浮かべながら、結果を告げる。

 

「元気な男の子です。エリアルちゃんも、この子も、健康に問題はありませんよ。ユウキ君」

「ほんと、ですか・・・・・・よかった・・・・・・」

 

 安堵で力が抜けそうになる身体に鞭を入れ、無理矢理立ち続けるユウキ。ゆっくりと腕を伸ばし、カームから鳴き声を上げ続ける我が子を受け取る。

 自分と同じく外見に特徴はないが、どこかかつてのエリアルのような儚げな印象がある。

 想像していたよりその身体は重く、温かい。その泣き顔を見ているだけで、彼の頬に熱いものが流れ始める。

 

「魔術的にもその子は健康体だったよ。エミリアおばさんのお墨付き!」

「お疲れ様、エミリア」

 

 遅れて出てきた『若い姿』のエミリアにアバンスが労いの声をかける。自分のことのように嬉しそうに笑顔を浮かべ、ユウキにハンカチを渡す。

 一旦我が子をカームに預け、ユウキは涙を拭う。そして、アバンス、エミリア、カームの三人に頭を深々と下げた。

 

「本当に、ありがとうございました。こうして我が子を抱けるのも、全てみんなの・・・・・・」

「もう、そういう湿っぽいのは後で!子供も大事だけど、奥さんもでしょ?」

 

 エミリアの言葉にハッとしてユウキは急いで部屋へと入ると、ベッドに横になっているエリアルの姿が飛び込んできた。

 すぐさま彼女の横に移動すると、汗まみれになり、未だに痛みで顔を歪めながらも笑みを作ろうとする顔が見えた。息もあがっているのに、エリアルは少しずつ、はっきりと声を絞り出す。

 

「ユウ、キ・・・・・・僕、生めた、よ・・・・・・君との、赤ちゃん」

「ああ・・・・・・ああ!」

「やっと、会えた・・・・・・僕たちの、新しい、かぞ・・・・・・く・・・・・・」

 

 それだけ言い残して、エリアルは静かに眠りについた。ユウキは片手で彼女の手を握り、もう片方の手で頭を撫でる。

 ありがとう、ありがとうと、感謝の言葉をつぶやきながら、何度も。

 その姿を、微笑みを浮かべる三人は静かに見守っていた。

 

 

 

 

 

 次の日の朝。エリアルとユウキの自室に、各部族の長たちが集まっていた。

 几帳面なエリアルによって整理された本棚だらけの部屋に、リチュアの二人以外にも、ガスタの長 ウィンダ、ラヴァルの長 ファイ、ジェムナイトの長 ブリリアントの姿があった。

 ベッドで横になっている簡素で大きめの白い服を着たエリアルとその横にある椅子に座っているユウキ。彼の腕の中で赤ん坊が静かに眠っている。

 集まった全員がそれぞれ椅子に座ったところで、ユウキはわざとらしく咳払いをしてから口を開く。

 

「皆さん、今日はお忙しい中・・・・・・」

「そういう堅苦しいのはなしだ、ユウキ。ここにいる全員、お前にとって赤の他人というわけでもないだろう」

 

 アバンスの言葉に皆がそろって首を縦に振る。

 ここにいる全員が今、この瞬間を祝福してくれている。ユウキにそう感じさせるには十分なリアクションだった。

 少し緊張で堅くなった表情を崩し、普段の笑みでユウキは言葉を続ける。

 

「・・・・・・そうだね。ありがと、アバンス。そして、みんな」

「それで、ユウキ。この子の名前は考えてあるんでしょ?」

「そうそう!エリアルが起きてからって言われて、お預けもらってたんだから、早く発表してよ~」

 

 エリアルとエミリアが子供の名前について促すと、ユウキは笑顔のままうなずいて立ち上がる。これだけの人に祝福されていることもまだ分からないと安らかに眠る我が子を見ながら、高らかにその名を宣言する。

 

「この子の名前は____『ヒカリ』。『高屋 ヒカリ』にしようと思う」

「ヒカリ・・・・・・うん!良い名前だと思うよ!理由はあるんだよね?」

 

 ウィンダは純粋な笑顔で名前の理由を聞くと、ユウキはエリアルの顔をちらりと見た後、照れ笑いを浮かべながら説明する。

 

「あー。まず俺のいた世界基準で性別に関わらずにつけられる名前で考えたんだ。決め手は・・・・・・俺とエリアルに良い意味でも、悪い意味で因縁が出来た銀河眼が『光の竜』だったからかな・・・・・・っ恥ずかしいな、おい!」

「ヒューヒュー。幸せたっぷりのバカ夫婦デスネー。兄さん」

 

 ジト眼で二人を見つめるファイの罵倒混じりの祝福に、ユウキは苦笑いが崩せずエリアルは済ました顔で流す。

 炎のような美しい長髪はポニーテールにしても彼女の腰までの長さがあり、トレードマークだった頭巾とマフラーは今でも健在。身長はあっという間に伸びて、170センチという長身。それに似合うすらっとした身体を、炎樹海でとれた皮でできた服で覆っている。

 端から見るとまだ20代前半にしか見えない彼女だが、ただリチュアとガスタと比べて外見のふけが遅いだけ。かつてあった幼さは消え、落ち着いた雰囲気を醸し出す灯火のような女性へと成長していた。

 ただし、義兄への好意は変わっておらず、まるで姑のようにエリアルに対して目を光らせ続けている。

 

「じゃあ、ファイ。ヒカリを抱いてみて。これから叔母になるんだから」

「あ、そっか。私、叔母さんになるんだ」

 

 言われてから気づいたようで、彼女は豆鉄砲を食らったかのように間抜けな顔になる。それを見てクスリと笑ったエリアルに気づき、表情を元に戻してからヒカリを受け取る。

 

「・・・・・・可愛い、ね。兄さん」

「そりゃ、エリアルの子供だし。みんなもヒカリを抱いてみてください」

 

 集まった長たちは順番にヒカリを受け取っていき、それぞれ反応を取る。

 ファイは自分の家族が増えたことに感動し、少し涙ぐみながら彼に微笑んだ。

 ブリリアントは緊張のあまり動きがロボのようになっていたが、ヒカリの寝顔を見て落ち着き、彼に祝福の言葉を贈った。

 アバンスとエミリアは起こさないようにヒカリの頬をつつき、次は自分たちと相談を始める。

 そして、最後に受け取ったウィンダは寝ているヒカリの頭を優しく撫で、緩みきった顔でつぶやく。

 

「可愛いなぁ~ヒカリ君。本当に可愛いねぇ~。私の子にしたいなぁ・・・・・・」

「ウィンダ・・・・・・あの、俺たちの息子なんですが」

「あんた、相手見つける気ないくせに何言ってのよ」

 

 何度もヒカリの頭を撫でるウィンダから引き剥がすように受け取るユウキ。小さくない落胆の声を上げる彼女を無視して、エリアルにヒカリを受け渡す。

 我が子に微笑む彼女の横顔は、幼い頃に母が自分に向けていたものと同じ。ユウキの脳裏に元の世界がフラッシュバックして、また一つ、戻らなくてはいけない理由が増えたことに気づく。

 母に孫の顔を見せる、という大きな理由が。

 

「では、ユウキ殿。我々はここで失礼させていただきます。夫婦の時間を邪魔してはいけませんから」

「あ、ありがとう、ブリリアント・・・・・・。み、みんなも今日は本当にありがとう。これからもよろしく」

 

 いつまでも変わらない真面目さのブリリアントに相変わらずの苦笑いで答えるユウキだが、最後の挨拶だけはきちんと真面目な顔で済ませる。

 そうして、改めて祝福の言葉を贈り、部屋から長たちが去って行った後、ユウキはエリアルのベッドに腰掛けた。

 人気があった時の騒がしさは消え、心地のよい静寂が部屋に流れる。二人は何かを言うことも、心で伝えることもなく唇を重ね、ヒカリの頭を撫でる。

 

「こうしてみると、やっぱり君に似てると思うよ」

「そう? 俺としてはエリアルに似てもらった方が、美人になるからいいんだけど」

 

 さらっと惚気るユウキに不覚にもドキッとしてしまったエリアルは、軽く彼の頭にチョップする。未だに乙女な面が抜けないことに不甲斐なさを感じる彼女だが、ユウキはそれでいいと思う。

 

「母親になるんだし、いつまでもそのままじゃいけないでしょ?」

「それもそっか。・・・・・・たまには、いいんじゃない?」

「それは君の願望でしょ・・・・・・まあ、甘えるけど」

 

 夫婦と言うより恋人の雰囲気だが、誰にも突っ込まれることはない。結局、終戦後からほとんど変わっていないのだ。

 長い間過ごしていても、お互いの愛情は変わらなかった。今度はその愛情を、もう一人に注ぐ番である。

 今一度、『光』をもたらしてくれる我が子の顔をのぞき込む。

 

「ヒカリ、生まれてきてくれてありがとう。これからよろしくね」

「ヒカリ、愛してるよ。僕も、ユウキも。ずっと」

 

 

 

 

 

 

『さて、始めの仕込みは整った』

 

『ちゃんと成長してくれ』

 

『俺の希望になるために』

 

 

 その陰は、誰に隠すことなく口が裂けるような笑みを浮かべた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話ー前編 宴は突然に

お久しぶりです、生きてます、すみませんでしたぁ!


「べろべろ・・・・・・ばぁー」

「きゃっきゃっきゃ!」

 

 床に魔方陣が描かれている一室で、ベッドに座る赤い髪の少女は腕に抱きかかえている宝物にわざとらしい変顔を向ける。すると、他に誰もいない部屋に嬉しそうに笑う無垢で高い声が響き渡った。

 少女ことエミリアは数ヶ月前に母親となった。出産からまだ体力は戻っておらず、服装はだぼっとした大きめの白服を着用し、身体を休めることに専念している。ベッドの近くにある机には食事が置かれていたお盆があり、彼女自身があまり動かなくていいようにされているのが見て分かる。

 息子の笑顔を見ていると、義妹と同じ立場にようやくなれたことを実感する。彼の頬を指でつつきながら、今日も彼女は幸せを噛み締める。

 

「シュリットー今日も可愛いでちゅねー」

 

 彼女にあやされている子供は、母親から赤色の髪と瞳、父親から白色の髪と緑の瞳を受け継いだ元気な男の子。『シュリット』と名付けられた赤ん坊は笑い続ける。母親の顔が面白いからなのか、それとも愛情が伝わっているからなのか。それは誰にも分からない。

 そんな親子の時間をエミリアが過ごしていると、扉がノックされた。来客者の正体は既に分かっている。エミリアはシュリットを抱きかかえたまま、本がまばらに入れてある本棚の横を抜けて明るい声で扉の奥の人物に声をかけた。

 

「エリアルー入ってきて良いよー?」

「お邪魔するね、エミリア」

「お邪魔しまーす」

 

 エミリアの部屋を訪れたのは普段の黒ローブを脱いでラフな格好な彼女の義妹のエリアルと、その息子のヒカリだ。父親の黒髪とウィンダに仕立ててもらった白を基調とした民族衣装を揺らし、母親の青い瞳を輝かせてヒカリは母親の後ろから飛び出してエミリアへ近寄る。

 彼の視線はエミリアの腕へと、その腕の中で笑うシュリットへと収束していた。ニコッと笑って、エミリアは膝をついて慎重にヒカリへ息子を手渡す。

 

「シュリット、ヒカリお兄ちゃんが来てくれたよ。よかったねぇ」

「シュリット、こんにちは!」

 

 母親の腕を離れてもシュリットは笑っている。恐れるどころか、ヒカリの顔に小さな手を伸ばし彼に触れようとしている。出会ってから半年程度しかたっていないのにもかかわらず、ヒカリは非常にシュリットになつかれていた。

 一方のヒカリも年下の血縁者が出来たことに喜びを隠せずにおり、こうして何度もシュリットに会いに来ている。受け取った彼の頭を撫でたり、小さな手を握ったりとよい『兄』をしているように見える。

 子供たちの微笑ましい光景に、エミリアは頬の力が抜けた間抜けそうな顔を浮かべる。椅子に座ったエリアルも彼女ほどではないが、優しげな微笑みで彼らを見守っていた。

 

「食事はちゃんととれてるね。徐々に回復に近づいてるのは良いことだよ」

「まあね。ガスタのみんながつくってくれてるし、残すわけにはいかないでしょ。それに、大切な妹が運んできてくれる料理ですからネ?」

「・・・・・・あっそ」

 

 妊婦であった彼女に合わせて湿地帯に戻ったガスタが料理をつくっており、その料理を毎回エリアルたちが運んでいた。いくら身重であったとはいえ、食事をつくるどころか運ぶことすら任せっぱなしだった。

 おちょくられて顔を背けるエリアルをニヤニヤとイヤな目で見つめるエミリア。

 もっとも、そんな話をするためにエリアルはここに来たわけではない。

 

「それで、今日の夜なんだけど。覚えてる?」

「もっちろん!私たちも楽しみにしてたから~!」

 

 息子たちはキャッキャと楽しそうな声を上げている中、母親たちもお互いの顔を見て笑みを浮かべる

 今日は5回目の記念日。新たなる時代が開いた日___ヒカリの5歳の誕生日だった。

 

 

「ただいまー」

「ただいまー!」

 

 エミリアの部屋からお盆を持って、エリアルとヒカリは自室に戻る。といっても、同じ建物内の話なので、歩いたのは数分にも満たない時間だ。

 ヒカリが生まれる前から使っている部屋だが、時々魔術でリフォームを繰り返しているため外見は新しく、広い。相変わらず床には魔方陣が描かれており、エリアルが読み込んだ本たちがきっしりと詰まっているいくつもの本棚たちが威圧感を放つ。。

 

「おかえりー。エミリアは元気そうだった?」

 

 部屋からの声は二人の左側にあるキッチンから聞こえてきた。水の音が切れ、陶器でできた食器の音が鳴った後、洗い物をしていた青年はベージュのエプロンを外して、エリアルたちと同じく部屋の中央へと向かった。

 中央にある三人以上が確実に座れる藍色のソファーの上で、ヒカリの父である高屋ユウキは笑顔で二人を出迎える。身につけている青い半袖のシャツに一般的なジャージズボンは、彼の知識からエリアルが創り出した物だ。

 相変わらず覇気のないへにゃっとした顔は、彼が一度死んでから全く変わっていない。一般男性よりも低い身長も、くせっ毛が目立つ黒髪も、一目惚れしたときから抱いているエリアルへの想いも、何も変わっていない。

 

「お父さーん!」

「ほいほいっと。おかえりー。良いお兄ちゃんでいたかー? ヒカリ」

「うん!」

 

 もうすぐ5歳となるヒカリだが、(主に父と叔母に)甘やかされた影響か、昔の母に似たのか、未だにかなり甘えん坊な性格となってしまった。

 が、相変わらず父は大して気にしておらず、いつも頭を抱えているのは母親のみだった。

 今も寄ってきたヒカリをユウキは抱きかかえ、そのまま肩車して部屋を走り回っている。

 

「どっちが子供なんだか・・・・・・」

「ん? なんか言った?」

「なんでもない・・・・・・バカユウキ」

 

 ヒカリと同じように純粋な眼をしている夫に、エリアルはため息を漏らす。だが、その光景こそが自分がずっと求めていた『家族』なのだとも感じ取っていた。

 しばらくユウキとヒカリが騒ぎあった後、三人の家族は息子を挟んでソファーに仲良く並んで座り、今日の予定について話し合っていた。

 

「午後からは霧の谷に向かうんだよな?」

「そう。その後の移動の手間を省くために、ガスタへラヴァルやジェムナイトも来てくれるらしいから」

「ファイおばちゃんにもあえるの!?」

「そうだな。あと、おばちゃんは本人が嫌がってるからお姉さんと呼んであげなさい」

「はーい」

 

 今日のヒカリの誕生日。両親の二人は5歳という節目と言うこともあって、先月から全部族を巻き込んだ『子供たち』を祝う大きなパーティにしようと計画があがっていた。

 最近はカームやエミリアにも子供が生まれ、次の時代を創り上げていく基盤が出来つつある今だからこそ、大きなものにしたいとユウキたちは考えていた。

そのことを各部族に相談に行くと、反対意見は全く出てこず、むしろ二人が圧倒されるほど意見が飛び交う羽目になったのは、ヒカリには内緒である。

 

「そういえばさ、シュリットとエミリアの体調は大丈夫だった? 今日行けそう?」

「問題なさそうだった。存在も安定してるし、ヒカリの出産の時ほど心配出ないかな」

「シュリット、元気だった!」

 

 もちろん今日のパーティの主役の一人にシュリットは数えられている。不参加を心配するユウキは二人の様子をエリアルに尋ねた。

 エリアルがエミリアの部屋をよく訪問していたのは、食事を運ぶだけが理由ではない。

 ユウキがエリアルの魔術と銀河眼の魂で蘇ったことと同様に、彼女もまた誰にも気づかれないうちに『召喚獣』となっていたのだ。

 

 原因は、ユウキが使用した『死者蘇生』のカードである。

 

 一度彼女が命を落としたとき、ユウキが魔法カードで蘇生させた。これは、通常のデュエルで言うならば____墓地から特殊召喚された、ということなのだ。

 この時点で既に召喚獣となっていたのだが、現在も使用不可能な死者蘇生のカード自体が召喚者となっていたことや、ユウキと違い自身で魔力が生成できたこともあり、長年誰も気づくことがなかったのはそのためだ。

 今では召喚者はアバンスに変更されており、シュリットもまたヒカリと同じく人間と召喚獣のハーフとして生を受けている。出産時には、エリアルの時同様に多くの者が尽力していた。

 

「そっか、参加できそうなんだね。よかった・・・・・・」

「あんたがそんなに心配する必要ないでしょ」

「いやいや、義姉さんですから。__よし!ヒカリ、出かける準備をしてきなさい!」

「わかった!」

 

 父に準備を促されてヒカリはソファーから勢いよく起き上がると、『ヒカリ』とネームプレートがかけられた扉___1年前に与えられた自分の個室へと駆け足で入っていった。

 あまりにも落ち着きのないその姿にエリアルは再びため息を漏らし、そんな彼女の頭をユウキは苦笑を漏らしながら撫でた。

 

「いやぁ、元気だね。ヒカリ」

「どうしてあんなに落ち着きがないのか・・・・・・。僕、何か育て方間違えた?」

「俺としては、元気で何よりって感じだけどね。存在も安定しているみたいだから」

 

 口調は柔らかいが、その重い言葉をこぼしたユウキの顔を見る。眼を細め、どこか遠い目をしながら彼は言葉をこぼす。

 

「いくらエリアルやエミリアがいるとは言え、ヒカリが不安定な存在であることに変わりはない。もし、目が覚めたらあいつの姿がなかったら、って考えると、正直眠れなくなる」

「ユウキ・・・・・・」

「もう、父さんみたいに急にいなくなってほしくはないからね」

 

 ユウキの父親は彼が幼い頃に事故で亡くなった。それが、ユウキの『家族』というものへの執着の始まりだった。

 今となっては、妻と息子という新しい家族が出来た。それはきっと、父と同じかそれ以上の存在。失ってしまったら、何かが壊れてしまうという事はユウキ自身が一番理解している。

 エリアルは以前の自分と同じように『家族』への闇が深い夫を心配そうな見つめ、正面から抱きしめる。

 彼女はエミリアやアバンスとの過去を乗り越え、新しい家族ができたことで闇を打ち破ったのに対し、彼はまだ引きずったまま。少しでもその背負っている物を軽くするように、エリアルは腕の力を強めた。

 

「エリアル・・・・・・?」

「大丈夫。君が約束してくれたように、僕も君を一人にしない。絶対に君のそばにいるから」

「アハハ・・・・・・ごめんね、軟弱な男で」

「そうやって自分を落とすような発言禁止。うじうじしてないで、癒やされてなさい」

「・・・・・・ありがと、嫁さん」

「どうも、旦那様」

 

 このまま抱きしめていたい・抱きしめられていたい二人だが、出かける準備をしなくてはいけない。名残惜しそうに腕をほどき軽く唇を合わせると、ヒカリが先ほど入っていた扉の隣___二人の寝室へと入っていった。

 

 

 着替えた三人はリチュアの家を出て、ナチュルの森を歩いていた。

 エリアルは魔女帽子に黒を基調としたいつもの魔女風の服装。これはエリアルの後の服装と同じなのだが、残念ながらユウキにその知識はない。異なっているのは、魔女帽子に儀水鏡をつけていないことだろう。

 ユウキはというと、白のシャツに黒の上着を合わせ、元の世界で言うGパンをはいている。いわゆる『彼の中でなんとか外出しても大丈夫な』服装である。多少のおしゃれは、前にウィンダたちから送られたペンダントとデュエルディスクである青の腕輪を身につけているくらいだ。

 そしてヒカリはというと、完全に動きやすさ重視の服装である。今もウィンダからもらったお気に入りのガスタの民族衣装__緑のシャツに緑の短パン。ベージュのローブをたなびかせて走り回っている。

 

「ヒカリ~そんなに走り回ると危ないってば~」

「この服装だと、なんだかとっても走り回りたくなるんだ!」

「落ち着きなさい。転んでも知らないわよ」

 

 日光が降り注ぐ心地よい森の中を、三人はただ歩く。途中で出会ったナチュルたちにヒカリは一喜一憂しながらはしゃぎまわり、その姿を二人は心配しながらも優しい瞳で見守る。そうやって10分ほど森の中を歩くと、ユウキとエリアルにとって因縁のある相手に意図せず遭遇してしまった。

 白の身体に赤いたてがみ、背中からはえる黒い角。かつて銀河眼と真っ向勝負を行ったこの森の守護者___牙王だ。

 眼に入った途端、ユウキは思わず顔をしかめ、エリアルも自然に視線が冷たくなる。かれこれ何十年ナチュルの森で生活してきたものの、牙王への反応は相変わらず変わらない。そしてそれは牙王も同じ。毎度のごとく、眉間にしわを寄せて二人を見下す。

 

「・・・・・・汝らか」

「どうも、守護獣サマ。そしてサヨナラ」

「アハハ・・・・・・」

 

 険悪なムードの中、そんなことを知っているのかそうでないのか、ヒカリは駆け足で牙王の近くに寄って、無垢な笑顔を向ける。

 本当に謎なのだが、両親がこんな対応を取る牙王に対して非常になついているのだ。その理由は、ヒカリ本人しか分からない。

 

「牙王サマ!こんにちは!」

「あ、ああ。ヒカリ、こんにちは、だな」

「今日ね、誕生日!牙王サマも祝ってくれる?」

「む・・・・・・そうか、今日であったか。いくつになる?」

「5さい!」

「・・・・・・ヒカリよ、もっと大人になれ。今のままでは、いつまでも子供だぞ」

 

 ニコニコで話し続けるヒカリと少し困りながらもちゃんと対応する牙王の姿を見ていたユウキは、孫とお爺ちゃんの姿を幻視する。

 牙王の言葉はごもっともではあるのだが、ヒカリはただ話すのが楽しいらしくおそらく今も言葉の意味を理解していない。

 対した意味もなく楽しそうにはしゃぎ続けるヒカリ。このままだとずっとここで話し続けてしまうとあまりにも簡単に想像できてしまったユウキは、我が息子の背後に忍び寄り眼を両手で覆った。

 

「う~何も見えないよ~お父さん~!」

「ヒカリ、他の人待たせてるからいくよ。牙王も、ヒカリを祝ってくれてありがと」

「ふん・・・・・・本日行けない代わりだ」

 

 牙王にも以前から今日のパーティのことは伝えてあるが、森を離れるわけにはいかないと言うことで断られている。それでも、ヒカリには先ほどの言葉で十分なようだった。

 牙王と別れ、もうしばらく歩くとナチュルの森を抜け、目の前に平原が広がった。

 風で草がたなびき、遙か向こうまで緑が広がった景色を見ていると、心にも風が吹いているようなそんな気分になる。

 んーっと背伸びをしたユウキは大きく深呼吸をすると、蒼の腕輪を触る。

 

「んじゃ、今年もお父さんの背中に乗って、ガスタのところまで行きましょうかね!」

「やった!!でも、お父さん。魔力は大丈夫なの?」

「突然現実的な答えはNG。ちゃんとお母さんと相談しているから、大丈夫だよ」

 

 ヒカリがもっと小さい頃、銀河眼になったユウキの背中に乗って空中散歩をしたことがある。それ以来ヒカリが非常に気に入っていたのだが、エリアルの魔力問題的に何度も行うわけにはいかず、誕生日の恒例企画となっていた。

 呼吸を整え、腕輪の起動呪文をユウキは高らかに宣言した。

 

「決闘!・・・・・・さてと、魔法カード『フォトン・サンクチュアリ』!からの~トークンをリリースして___」

 

『闇に輝く銀河よ。希望の光となりて、我が身体となれ!』

『光の化身、銀河眼の光子竜!!ここに再臨!』

 

 銀河眼の高速召喚を成功させ、肉体を竜の姿へと変えるユウキ。口上本来は必要ないが、彼の気分的にも、かつてそばにいてくれた相棒を忘れないためにも叫ぶ。

 譲り受けたその巨体をかがめ、守り抜くべき存在の二人を背中に乗せると、大分動かすのに慣れてきた翼を羽ばたかせる。

 

『二人とも、しっかり捕まってろよ!』

 

 返事を聞く前に、ユウキは速度を一気に上げる。雲一つない青空へと少しでも近づけるようにより翼を強く叩きつけ、風を切る。

瞬く間にナチュルの森は小さくなっていき、ヒカリが待ち望んでいた空中散歩が始まる。

 

「お父さん、はやいはや~い!!」

『だろ? 俺の相棒の力だからな!』

「・・・・・・ちょっとは私のことも考えなさいよぉ!」

『相変わらず空の旅は苦手だもんね。でも、今日は我慢して!』

 

 エリアルとヒカリが真逆の感情を込めた叫びを上げる中、ユウキは今の世界を遠くまで見つめていた。

 緑が生い茂り、生命が感じられるようになったこの世界。どこもかしこも荒野だったあの頃はもう遠い昔の話になりつつあった。

 嬉しかった。

 戦いで失うなど、もうあってはならない。瞳を閉じれば、いつでも失ってしまった人の顔が思い出せる。

 ウィンダール、ムストを始めとした、彼と一番長い期間共に過ごしたガスタ。

 クリスタやアクアマリナのように命をかけて他者の命を守ったジェムナイト。

 交流自体は少なかったものの、自分に妹を託して消えていったラヴァルの姉妹。

 全ての悲劇の元凶ではあったが、内面を知り、憎めなくなってしまったリチュア。

 彼らの死体の上に、自分たちの平温は成り立っている。

 

(ああ、出来るなら、ヒカリが中年になるくらいまでに静かに死んで行ければいいな)

(いいわけないでしょ。バカユウキ。僕がお義母さんに挨拶までは死ねないから)

(アハハ・・・・・・ありがと、エリアル)

 

 しんみりとしている考えを読まれて、エリアルから突っ込みを受ける。その突っ込みはユウキがどうしても諦められない夢でもある。

 長年ずっとエリアルたちが元の世界に戻れる方法を模索しているが、未だに手がかりすらつかめていない。焦ってもしょうがないが、周囲が年を取っていく様子を見ていると自然と焦りは出てしまう。

 母親に再会するまで、死ねない。

 分かっているのに、心のどこかで無理じゃないかと思ってしまうユウキ。その心に喝を入れるのはいつだってエリアルだった。

 孫の顔も見せなくてはいけない。妻として、母として、エリアルはいつだって諦めていなかったのだ。

 

(でも、それはまた今度。今日はめでたい日だから楽しもう?)

(そだね。うっし、飛ばすぞ、エリアル!)

「それは勘弁してぇ!!」

 

 光の竜はさらに速度を上げ、青い筋を残す流星へと化す。悲鳴が少し混じるが、お構いなしに平穏な空を駆け抜けていくのだった。

 

 

 霧の谷の湿地帯___創星神との戦いの後一度は廃れてしまった場所だが、今ではかつての豊かな姿を取り戻していた。

 その中で生活していたガスタの一族は、今日のパーティのための準備に取りかかっている。

 

「はーい、その机はそこに置いてくださーい!」

 

 明るい橙色の髪を縛り、右肩に流している緑の瞳を持つ少女が運ばれてくるテーブルや椅子の場所を指示している。ひまわりのように明るく輝くような笑顔が似合う彼女の指示に従って、夜に向けての会場ができあがっていく。

 頑張りながらも、楽しそうにする彼女の後ろから一人の女性が近づいてきた。ガスタ特有の緑の髪に柔らかい笑みを浮かべている中年の女性。

 

「レラ、準備はどう?」

「あ、お母さん!私なりに考えて配置してみたんだけど、上手く出来てるかな?」

 

 少女の名前はレラ。そして、話しかけてきた女性はガスタの静寂 カームである。

 レラはヒカリが生まれる二年前に生まれ、持ち前の明るさから多くの人に好かれていた。ヒカリやシュリットとは違い、召喚獣と人間のハーフなどといった特別な事情はなく、この世界で一般的に育った。

 違うところと言えば、ガスタ特有の緑の髪ではないことと、目に浮かんでいる紋章が独自のものである事くらいだ。

 一昔ならともかく、今になってそんなことを指摘して不気味に感じる者は誰もいない。

 

「うん、綺麗に出来てると思いますよ。そんなところで申し訳ないですけど、もうすぐユウキ君たちが到着するみたいだからちょっと一緒に来てくれます?」

「ヒカリも来てる!?」

「もちろん。さ、行きますよ」

 

 一旦会場の準備を他のガスタに任せ、レラとカームは族長の家へと向かう。道中も今日の祝い事のために多くの人が動いている姿が見えた。

 数分間歩いた後、他の家と比べて少しだけ大きく、玄関に緑の宝石が飾られている族長の家に二人が入ると、すでに何人かが集まっていた。

 最初に声をかけたのは、白い長髪を一つにまとめ背中に流している男性。顔にしわをつくり、眼を細めてレラを見ていた。

 

「お、きたか。久々だな、レラ」

「アバンスさん!エミリアさんも、お久しぶりです!」

 

 現在のリチュアの長、アバンスである。その隣には、転移魔法を使って既に到着していたエミリアとシュリットの姿もある。

 シュリットは静かにエミリアの腕の中で眠っており、その寝顔をのぞき込んでレラとカームは思わず笑みがこぼれる。

 

「シュリット君の様態は安定しているみたいですね。よかった」

「はい、いつも心配していただいてありがとうございます。カームさん」

「本当に、シュリットがここまで安定しているカームさんのおかげだよ~。ありがとう!」

「フフッ、そう言っていただけると何よりですね。___私としては、そろそろ族長の跡継ぎの姿も見たいのですけどね」

「ウッ」

 

 カームの意地悪は目線の先には、どこか気まずそうに目線を泳がせる族長ことガスタの巫女 ウィンダの姿があった。

 カーム同様に年を重ね、良い年齢になったにもかかわらず未だにそういう臭いが全くしないため、どこか彼女を見る周囲の目がちょっとだけ冷たくなっている気がする。

 ただし、カームの言葉は決してウィンダだけに刺さる言葉ではないのだ。ここにはもう一人、未婚の族長がいるのだから。

 

「カームさん、それ、私にも言ってます?」

「自覚はあるんですね・・・・・・ファイちゃん」

「私は兄さんみたいな人じゃないとイヤなんです」

「わーお。ぶらこんここにきわまれりー」

 

 ウィンダの棒読みも気にせず、ラヴァルの族長でありユウキの義妹であるファイは堂々と宣言する。いつもの鱗のような服の上から、眺めの黒いフード付きのコートを羽織っており、露出度はかなり押さえられている。

 燃えるように赤い長髪は大戦が終わった後から伸ばし続けており、既に膝まで伸びつつあり、その姿はかつての姉を思いださせる。

 

「で、その兄さんはいつ来るんだ?」

「エリアルから連絡が私の方にさっきあったし、もうすぐだと思うよ。銀河眼に乗ってるらしいから問題があったとは思えないんだけど・・・・・・」

 

 ウィンダとアバンスがそんなやりとりをしている中、再度ウィンダの家の扉が開く。まず一番に部屋に入ってきたのは、小さな陰。駆け足でレラの目の前に姿を現した。

 

「レラおねえちゃん、こんにちは!」

「ヒカリ!お誕生日おめでとう!」

 

 満面の笑みを浮かべるヒカリをぎゅーっとだし決めるレラ。どうもヒカリは保護欲をそそられるらしく、少し幼い性格もあり皆の弟のようにかわいがられている。

 元気な子供に遅れて両親二人も部屋へと入ってくる。そばにはここまでの案内人である女騎士の姿もあった。

 

「皆さん、おそろいのようで。お待たせしました。ブリリアントもありがとう」

「いえ、エスコートするもの騎士の勤めですから」

 

 凛々しくも優しげな女性の声はジェムナイトの長であるブリリアント。初対面の時はガチガチに緊張していたのは既に懐かしい。

 ブリリアントが扉を閉じ、この家に集まる予定だった人物が全員集合する。エミリアはベビーベッドにシュリットを寝かせ、全員が各々言葉を交わし始める。

 一人一人がヒカリに誕生日を祝う言葉を伝え終わると、レラと一緒に遊び始める。その隙を狙って、ウィンダはエリアルとエミリア、カームを別室に呼んでいた。その顔は真剣で、何か深刻なことが起こったと三人に言葉もなく伝えていた。

 

「カムイの家のことなんだけど、エミリアとエリアルにも知っておいてほしいの」

「カムイのところっていうと・・・・・・最近孫が生まれたんだっけ」

「ピリカ、でしょ。それがどうかしたの?」

 

 シュリットと同時期に生まれた子供___ピリカはカムイとリーズの孫で、その吉報は既に四部族に知れ渡っていた。

 だが、ウィンダの顔はそのことではないと言っている。カームはどこか寂しそうな顔をして、ウィンダには少し怒りの表情が見えていた。

 

「実は先日、カムイが捨て子を引き取ったの」

「このご時世に捨て子? まったく、なめた真似してくれるわね」

「エリアルちゃん、少し落ち着いて」

 

 捨て子というワードに何よりも怒りを示したのは、同じ境遇だったエリアルだ。ほぼ反射的に出てしまった怒りの声に、カームが制止をかける。肩を落とし、大きく呼吸したエリアルを確認して、ウィンダは話を続ける。

 

「捨て子といっても、この世界の子供じゃないみたいなの。ただ、すごく強い魔力を秘めているみたいだから、魔術に詳しい二人にも会ってほしくって。どうかな?」

「断る理由もないけどさ。ウィンダ、貴方がその子を引き取って養子にすればよかったんじゃないかな?」

「それは___考えてなかった!」

「まあ、あんたらしいっちゃあんたらしいけど。んじゃ、その子に会いに行きましょうか」

 

 この世界の住人ではないことは些細なことである。なにせ何十年前にユウキという存在が別世界を証明したのだから。

 どうやってこの世界に来たのか。気になるところではあるが、今はそれを無視して四人は歩いて数分の場所にあるカムイの家へと向かう。ウィンダの家と比べると少し小さい、ガスタの中では一般的な木造の家。

 中に入った四人を迎え入れたのは、姉と同様に優しい笑顔を浮かべる男性 カムイと鍛えられた身体の女性 リーズ。そして、その二人の腕の中で眠っている二人の赤ん坊の四人だった。

 

「姉さん、族長、それからリチュアのお二人。このたびは立ち寄っていただき、ありがとうございます」

「堅苦しい挨拶はいいよ。私たちの仲でしょ? それに、カームさんにはいつもお世話になってるから」

「ありがとうございます。エミリアさん」

 

 軽く会釈をするその姿からは、かつての弟分だったことはわからないだろう。背もずいぶんと伸びてユウキよりは大きくなった。大戦で命を落とした父 ムストの面影が強く出ている優しくも頼もしい男性へと成長した。

 

「今更なんだけど、本当にしっかりしてるわね。まったく・・・・・・うちの誰かさんも見習ってくれないかしら」

「そこはエリアルがしっかりすれば良いでしょ。あたしもカムイに頼り切ってるところはあるし」

 

 リーズは相変わらず身体を鍛え続けており、以前から変わらないプロポーションを保っていた。エリアルも体型についての悩みは彼女に聞いており、多くの女性のお悩み相談所のようになっている。

 軽く挨拶を終えた後、早速本題であるリーズが抱えている捨て子の赤ん坊についての話に移る。

 カムイが言うには、湿地帯の草むらに捨てられていたらしく、ガスタ内部には両親らしき人物はいなかったとのこと。別に褐色肌でもないので、ラヴァルでもない。ガスタでないのであれば消去法でリチュアとなるのだが、もちろんエミリアもエリアルも母親ではない。

 となれば、考えられるのは別世界の子供ということになったわけである。一旦、カムイの話を聞いて、第一声を発したのはエリアルだった。

 

「なんか、聞けば聞くほど私に似てるわね・・・・・・」

「エリアルさんもそうだったんですか?」

「んー、もう記憶もないんだけどね。確か、氷結界内に親はいないとか聞いてたから」

 

 自身と似た境遇に親近感を寄せるが、今問題になっているのはそこではないとエリアルは続ける。

 ウィンダがわざわざリチュアの二人に会ってほしいと言ったその理由。それは、赤ん坊に宿っている魔力だった。

 

「この子、私はおろかどのリチュアよりも魔力を持ってるように感じるんだけど。あんたはどう? エミリア」

「私も同感。間違いなく私以上だと思うし、下手したらお母さん以上かも」

「ねぇ・・・・・・それが原因でこの子は捨てられたっていう可能性って、ある?」

「否定はしないわよ、リーズ。考えられる理由の一つっているだけだから」

 

 リーズの声に怒りが混じり始める。力が強いというただそれだけの理由でこの子が捨てられたのであれば、その両親を見つけ出して一発入れないと気が済まない。

 エリアルが赤ん坊に直接触れて、『解析』の魔術カードを使用する。カードが炭になると同時に、青白い光のラインが赤ん坊の全身に流れた。

 

「___ま、予想通りね。とんでもない魔力を秘めてるわ。質・量、共に最上級。鍛えれば、最高峰の魔術師になるでしょうね」

「これは、とんでもない逸材だねぇ。これは育てる人にかかってるよ~?」

「せめて、これからは魔術が平和に使えれば良いんですけど・・・・・・」

「それは、今の時代を生きている私たちがつくっていかないと、ですね!」

 

 新たなる魔術師の卵の誕生は祝福されたものでなくてはいけない。ただし、生きる世界は、魔術が人に向けられる世界ではなく、人の役にたてる世界でなくてはいけない。

 カームとウィンダは必ずそんな世界にしてみせると強く決意すると、二人の思いに答えるように赤ん坊が小さく笑みを浮かべた。

 

 

 それからしばらくして、日が沈みかけてきた頃。ついに、ヒカリの誕生日兼、新世代の子供たちのためのパーティが開かれる。

 何日も前からこの日のためにラヴァルとジェムナイトたちが作り上げた光り輝く宝石のオブジェに、ガスタが飾り付けた装飾が子供たちを盛り上げる。

 何十人が並んで座れる長椅子の前には、カームたちの手料理がずらっと並べられており、普段から多めの食事をとるラヴァルが子供たちよりも目を輝かせていた。

 堅苦しい挨拶は最初のアバンスによるものだけ。その後は、誰もが騒ぎ、誰もが笑う心地のよい混沌が会場を包み込む。

 今宵の主役である子供たちも、付き添いのはずの大人たちも、部族の枠などないのと同然に今このときを楽しむ。

 

「ヒカリ。改めて、誕生日おめでとう」

「ありがと、お母さん!ところで、お父さんはどこ?」

「もう少しで来るらしいから、少し待ってなさい。・・・・・・バカユウキめ」

(ほんっとうにゴメン!もうすぐいくから!)

 

 口にケーキのクリームをつけ、輝くような笑みを浮かべるヒカリだが、父の姿が見えない疑問を母にぶつける。一応エリアルは召喚獣であるユウキの謝罪が聞こえているのだが、当然ヒカリにはなんのことやら、である。

 謝罪の通り、五分もしないうちにいつも通りの困った笑顔を浮かべたユウキが二人の前に姿を現す。エリアルの蔑むような目線に思わず頭をかきながら、ユウキは言い訳を始める。

 

「ヒカリ、エリアル、ゴメン!ちょっとクリスタさんのところ行ってて・・・・・・」

「クリスタのところ、ね・・・・・・。確かにジェムナイトの住処の最奥に保管されてるから、時間はかかるわね」

「くりすた? って、なに? お父さん」

「すごく簡単に言うと、ブリリアントのお父さんで皆のヒーローだよ」

 

 ジェムナイト・クリスタ。先代のジェムナイトの長で、多くの命を救った本当の英雄だとヒカリの隣に座ったユウキは語る。

 ジェムナイトマスター・ダイヤと姿を進化させ、リチュアを乗っ取り蘇ったインヴェルズと戦い、そしてついにその身体は崩れ、魂も力尽きた。

 その後、遺体として残っていたジェムナイトの核でもある輝石は、許容量を大幅に超えたジェムナイト・フュージョンの負荷により黒くくすみ始めており、放置していれば悪しき者を呼んでしまうと牙王から忠告を受けてしまう。

 現在はくすみが進行しないように、ジェムナイトの住処の奥にあるガスタとリチュアによる合同結界内で静かに眠っている。

 

「しかし、ジェムナイトも不思議よね。力尽きた者の輝石を再度研磨して住処の地中に埋め込むと、後継者が生まれるなんてね」

「初めて聞いたときは本当にびっくりしたよ・・・・・・。まあ、確かに生物的な見た目ではないとは思ってたけどさ」

 

 ブリリアントはクリスタの輝石のくすんでいない部分を少し削り、散っていった他のジェムナイトたちの輝石を一族が持つ『融合』の力とジェムナイトの誕生方法を掛け合わせて生まれた、本人曰く『人工ジェムナイト』だそうだ。

 性別はあるものの、生殖行動をすることがない彼らは文字通り『土から生まれる』のだ。

 そんなブリリアントの誕生秘話を聞いたヒカリが、何かに気づいたかのように言葉をこぼした。

 

「僕はどうやって生まれたの?」

「え。それは、エリアルのお腹の中から・・・・・・」

「ううん。そうじゃなくて、僕って『どうやって命を授かった』のかなぁ、って」

「ブホッ」

 

 言い方は隠しているようであっても、その質問はユウキにとってはただの豪速球である。まさか五歳児に性教育を今ここでするとは思わず、口に含んでいた飲み物を吹き出しかける。

 どう答えたら良いものかと彼が考えるものの、まったく最適解が見つからない。無垢な視線が焦りを生み、変に口を滑らせ掛ける直前だった。

 

「年を取る内に誰に教えられるまでもなく分かるわよ。そんなこと気にしないで、さっさと食べなさいな」

「はーい!」

 

 エリアルが嘘のような本当の事実と食事でヒカリの口を黙らせ、変な知識が付くことを防ぐ。母の言われたとおり、ヒカリは別の料理に手を伸ばしてまた幸せそうな笑みを浮かべていた。

 

(ごめん、助かった)

(ったく・・・・・・もう、変なことを言わないの)

 

 安心する両親がふと思ったのは、ヒカリの将来のパートナーのことだった。

 ヒカリもいつかは恋に落ち、そして誰かと家族になるのだろうか。どんな相手でも歓迎だが、せめて互いに思いが通じ合っている女性であってほしい。

 

(でも、恋人に興味がないとか言い出さなきゃ良いんだけど)

(そんな風にならないように、僕が教育しますので)

 

 エリアルと出会うまでちゃんとした恋をしたことがないユウキが一抹の不安を覚えるが、彼女がそう言うなら大丈夫だとなんとなく思った。

 隣で食事に没頭している愛息子の頭にその手を乗せる。きょとんとした眼でこちらを見る彼に、父親は微笑みを渡す。

 

「ちょっと早いけど、来年も、それ以降も、こうして祝わせてくれよ。ヒカリ」

 

 こうして、全部族がこの日を祝い、明日からの未来に希望を託していく。

 絶望を消し去り、前へと歩き続けようとする。

 平穏を保つため、今を懸命に生きようとどこかで決意する。

 

 

 

 この『日常』が壊れるときは一瞬だと、分かっていたはずなのに。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話ー後編 宴は突然に

実は生きていました。

こんな亀更新ですが、読んでいただけると幸いです・・・。


 パーティが終わり、ユウキとエリアルは自室へと戻り就寝の準備をしていた。

 ヒカリはというと、久々に会えたレラやウィンダと一緒にいたいとのことでウィンダの家に宿泊している。

 ウィンダは二人も一緒にどうか、と聞いてきたが久々の二人っきりの時間を過ごしたいということもありお断りした。

 

「お風呂あがったよ~」

「はい。報告どうも」

 

 就寝前にもエリアルは魔術の研究を続けている。風呂上がりのユウキが彼女の作業机を見ると、どこかで見たことあるような腕輪が作られていた。

 ユウキがつけている物とほぼ同じデザインだが、色が黒鉄で鈍い光沢がある。まるで、何も宿っていない空っぽの器のようだ。

 

「それは?」

「ヒカリの召喚機。君風に言うと、デュエルディスク。あの子に宿った竜の魂を媒体に、召喚魔術を行えるようにするの」

「ほへぇ・・・・・・。でも、なんでわざわざ召喚魔術を? 魔力制御装置とかの方が良いんじゃない?」

「起こってしまうかもしれない『脅威』に対抗するためだよ」

 

 エリアルの言葉にユウキの表情が曇る。

 新たなる脅威____そんなことが起こってほしくないのは当たり前だが、そうなったときに対策を練るのでは遅い、ということだ。

 そんな怖い顔をするな、と彼に伝えるようにエリアルは肩の力を抜く。

 

「まぁ、まだ未完成品なんだけどね。それに、召喚機はただの力だけじゃないでしょ?」

「・・・・・・もしかしなくても、召喚獣か?」

「そ。君の銀河眼のようにしゃべることが出来なくても、近くにいて共に成長できるのは良いことでしょ?」

「なんかペットみたいだな・・・・・・。でも、相棒がいるのは良いことだね。何はともあれ、お疲れ。エリアル」

「ん~!流石に今日は疲れたなぁ・・・・・・。寝よ寝よっと」

 

 居間の明かりを消し、二人は寝室へよろよろと入っていく。出迎えたのは二人用のベッドでも、二つのベッドでもなく、ただのシングルベッド。

 一人用のベッドに二人くっついて寝ることが、もはや習慣となっていた。

 ユウキが毛布をめくると、エリアルが先に中へ滑り込む。その後に続いてユウキが彼女を抱きしめる形で入り込む。互いの顔に吐息がかかるくらい近い距離で、二人は静かに寝息を立て始め、部屋に静寂が流れる。

 時刻はすでに真夜中。銀河眼の召喚魔術を使用していることもあり、疲れは既にピークを迎えていた。

 

 

『____助けて、ユウキくん!!エリアルちゃん!!!』

 

 静寂を切り裂いたのは、切り裂くような女性の悲鳴だった。

 ベッドの横に置かれていたユウキのペンダントから響き渡ったカームの声で、二人の意識は一瞬で覚醒する。

 ベッドから飛び上がり、まだ開ききっていない瞳をこすりながらペンダントを手に取るユウキだが、もう声は聞こえてこなかった。

 

「エリアル!なにがどうなって___」

「さっさと着替えて。ガスタで何かあったに違いにないから」

 

 冷静を装った声で答えるエリアルだが、心からは焦りと恐怖が隠し切れてないのがユウキには分かる。久しく聞いていなかった悲鳴。既に消えたはずの声は未だに二人の鼓膜に張り付いてとれない。

 すぐに寝間着から普段着に着替え、外に設置されているガスタへの転移魔法陣と走る。

 いそげ、いそげ、急げ!その言葉だけが心を支配する。途中足を取られたり、頭をぶつけそうになりながら、なんとか魔法陣にたどり着く。

 既に二人とも息はあがっているが休む暇はない。エリアルは地面に手をつけ、魔術起動のための魔力を流し込むが・・・・・・。

 

「なんで・・・・・・? なんで起動しないの!!?」

 

 いつものように青白い光を上げることはなく、魔法陣は起動しない。悲鳴に近い声で叫び焦っていくエリアルの後ろで、今度はユウキが冷静になって思考を巡らせる。

 エリアルの魔力に問題は感じられない。となれば、おそらく魔術の問題だ。

 もし向こうで事件が起こっていて自分たちを妨害したいのであれば、一瞬で移動できる魔法陣を壊すのは定石だろう。

 今、転移魔術を使わずにガスタの場所まで最短で移動する方法は、ユウキの中で一つしか思いつかなかった。

 

「落ち着こうエリアル。向こうから壊されたのかもしれない。___魔力振り絞れる?」

「言われるまでもないわよ!」

 

 吐き捨てるように怒鳴った声を了承と受け取り、ユウキは腕輪を起動する。

 魔力回復が十分でない状態での銀河眼召喚___エリアルの魔力によって存在を維持しているユウキ。両方の命に関わる行為だが、今はどうでもいい。

 彼の思いに答えるかのように、引いたカードには銀河眼の光子竜とフォトン・サンクチュアリの姿があった。パーティに行くときと同じ手札だが、状況は真逆。そのことに内心悪態をつきながら、銀河眼へと姿を変えてエリアルを背中に乗せる。

 

『飛ばすぞ、エリアル!!』

「当たり前でしょ!」

 

 もはや心に余裕はない。自らが持てる全速力で空を再び駆ける竜と必死にしがみつく女の間に言葉はなかった。

 思うことはただ一つ。無事であってほしい、というあまりにも望めない望み。

 一秒。また一秒と流れる中、魔力がこぼれ落ちて命が削られていく。想いばかりが加速する中、ようやく銀河の眼に湿地帯の姿が映る。

 炎が上がっているわけでも、何かに浸食されている様子でもない。あるのはいつもと同じ夜の静寂だけ。端から見れば何も起こっていないように見える。

 だが___戦場を見てきた二人には、静寂では隠せていない血生臭さを感じ取ってしまう。ヒカリが泊まっているはずのウィンダの家の前に銀河眼は降り立ち、一面に砂埃が立つ。

 すぐさま人の姿に戻ったユウキと背中から飛び降りたエリアルがノックもなし家の中へと駆け込むと、黒いもやが無理矢理人型に形取った『何か』が二人に襲いかかってくる。

 

「『魔弾』!」

 

 反応できたのはエリアルだった。既に準備していた得意魔術の『魔弾』の札を投げつけ、水の魔弾が何かを包み込む。かつて戦場で命を奪ってきた魔術は今まで通り、水の中で何かを跡形もなく分解し消えた。

 改めて部屋の中を見渡す。整理されていたはずの部屋は見渡す限り荒らされており、その元凶であろう黒い何かがこちらを観察していた。先ほど一体を消したことを理科しているのだろうか、あちらから仕掛けてくる様子はない。

 何かの正体も気になるところではあるが、二人が一番気にしているのは鼻につく血の臭いだった。この中にヒカリのものがないことを祈るしかない。

 足を止めたのは、数秒だった。

 ユウキはフォトン・クラッシャーを召喚し、追加でフォトン・トラインデントを発動。クラッシャーは混紡と三叉を装備し、何かへと突っ込んでいく。クラッシャーが振るう武器は瞬く間にもやを払い、二人が進むべき道を作り出す。

 

「クラッシャー!このまま任せられるか!?」

 

 ユウキの問いかけにクラッシャーから言葉はない。だが、こちらを見る単眼からは『何を今更』と不適に笑いながら伝えているようだった。

 息を整えることもなく、二人は走り出す。玄関から対した距離もないはずのウィンダの部屋がやけに遠く感じる。途中に出現するもやにはエリアルが魔術で対応し、苦戦することなく扉の前にたどり着く。

 ドアノブに手をかけることなくユウキが扉を蹴っ飛ばし、無理矢理に入室する。

 視界に入ってきたのは、玄関と同じように荒らされた部屋___先ほどまで何人かの人間が眠っていたであろう布団は引き裂かれ、綿がまるで臓物のように飛び出しており、整理されていた本も同じようにズタズタにされ、もう読むことは叶わないだろう。

 そして、鋭い爪を赤く染め侵入者へと振り向く黒い影と、その足下で身体を震わせおびえるレラ。

 

 背中から胸まで貫通する穴を開けられ、無残に床へ横たわるカームだった。

 

 ____真っ白になった頭が、どす黒く塗りつぶされたのは、部屋の現状を把握してまもなくだった。

 

「___銀河眼ぅ!!!」

 

 室内であることなど忘れ、ユウキは魂に宿った力を爆発させた。伸ばした右腕のみが銀河眼の光子竜の形を取り、影をつかんで壁へと叩きつけた。

 まるで紙を潰すかのように銀河眼の腕は住居をたたき壊す。穴が開いた壁から影をつかんだままユウキは飛び出し、下に見えた地面へと投げつけた。

 着地のことは考えていなかった。強度はただの人間と同じなため、当然高いところから落ちれば怪我は免れない。もう一度全身を銀河眼へと変化させて、衝撃を和らげると共に影の上へ着地して、さらにダメージを与える。

 

『お前は・・・・・・なんなんだ!!?』

 

 踏みつけた影は既に霧散しており、ユウキの叫びに答えることはない。姿を戻した後、隠す気もない舌打ちをして、玄関へと走り始める。

 玄関では敵を殲滅したであろうクラッシャーが彼を出迎え、共にウィンダの部屋へと急行する。

 

「カームさん!レラちゃん!!」

「ユ、ウキ、さん・・・・・・?ユウキさんユウキさん!!」

 

 先ほどの光景がちゃんと眼に入っていなかったのか、今初めてレラはユウキがいたことに気づいたようで、安堵なのか絶望なのか、どちらか分からない涙を流しながら彼の胸に飛び込んできた。

 震えながら嗚咽を漏らす彼女の背中をさすりながら、改めてユウキは部屋を見渡す。

 惨劇があったことは既に分かりきっている。横たわっているカームのそばでエリアルは処置を施しているようだが、その表情は釈然としない。

 

「エリアル、カームさんは生きているか?」

「あんたなんで直球でそんなこと聞くのよ。心で聞けば良いじゃない」

「こんな状況だからこそだろ。娘であるレラちゃんは知っておかなきゃいけないでしょ」

「ったく・・・・・・息はまだあるわよ。レラも落ち着いてね。処置として私が使っている肉体時間停止の魔術を使ったから、とりあえず今は大丈夫」

 

 エリアルが施した魔術が効力を発揮し始め、カームの身体から流血は止まる。ただ、目をそらしたくなるほどの開いてしまった穴は塞がっていない。エリアルが行える治療魔術では施しのしようがないようで、一旦仮死状態にするのが今は精一杯だった。

 痛々しい傷を隠すように、カームの身体に毛布をかけるエリアルの顔には強く悔しさがにじみ出ていた。

 

「レラ、ゴメンね。私の力じゃ今はこれが限界。でも、絶対に大丈夫だから、ね?」

「はい・・・・・・」

「レラちゃん、何があったか。ゆっくりで良いから話してもらっていいかな」

 

 床に座らせたレラの背中をさすり続け、落ち着かせようとする二人だが彼女の動悸が治まる様子はない。そのことを見越してか、先ほどから指示を待っていたクラッシャーが自分から動いて、水の入ったコップをレラに手渡す。

 彼女は戸惑いながらもクラッシャーからコップを受け取り、水を一口で飲み干す。ぶっちゃけると、ユウキも特に指示をしたわけではないので内心クラッシャーの行動に驚いていた。

 

「その・・・・・・眠っていたら突然お母さんの声がして。目を覚ましたら、お母さんが部屋に入ってきて、その直後にさっきの奴が・・・・・・」

「それで、カームさんはレラちゃんを守ってた訳か」

「はい・・・・・・でも、誰も助けに来なくて・・・・・・それに、同じ部屋で寝てたはずのヒカリも姿が見えなくて・・・・・・」

 

 その一言が、二人から冷静さを奪いかけた。イヤでも鼓動は大きくなり、頭の中がどんどん狭くなっていく感覚に襲われる。

 暴れそうになる感情を押さえつけるように深く深呼吸をして、二人はレラの瞳をまっすぐ見つめた。

 

「じゃあ、何があったかとか、犯人が誰かとか分からないだね?」

「ごめんなさい・・・・・・何も分からないんです・・・・・・」

「・・・・・・ねぇ、レラ。ウィンダは見なかった?」

 

 エリアルの声は震えていた。見たくないもの、信じたくないものを知ってしまったかのように。その質問にユウキの頭にも最悪な結末が思い浮かぶ。

 また大切な存在を失う恐怖で二人は立ち上がり、今すぐに外へと飛び出そうとするがギリギリ耐える。ここまで心身が弱っているレラを一人にするわけにはいかない。

 

「クリフォトン!レラちゃんのそばにいてあげて!」

「フォト!」

 

 呼び出されたクリフォトンはユウキの周りとぐるりとした後、現状に気づいてレラのそばへ駆け寄る。心配そうに目尻を下げ、彼女の顔を下からのぞき込む。

 レラは困惑するが、抱きしめろと言わんばかりに胸に飛び込んできたクリフォトンの瞳を見つめ、静かにぎゅっと出し決めた。

 クラッシャーも彼女を守る意思を見せるように隣に立ち、二人の背中を押すかのようだった。

 

「じゃあ、頼むね。クラッシャー、クリフォトン!」

「レラ、ちょっと行ってくるね」

 

 レラを一人にしてしまうことに罪悪感はある。だが、姿の見えない息子のことを無視できる親はいない。

 親としての本能のまま、二人は得体の知れない闇へと飛び出していった。

 

 

 

 

 月明かりもない暗闇の中をユウキとエリアルはただ走る。どこにいるかも分からない息子の姿を求めて周囲を血眼になって見渡す。

 声を張り、ヒカリの名前を叫び続けるが返事は闇へ吸い込まれるだけ。それどころか、本来眠っているはずのガスタすら誰も彼らの前に姿を現さない。

 

 何か決定的な異変が起こっている。

 

 その事実は分かっているのに原因が全く読めない、あまりにも突然の異変。

 予兆はなかったのか。犯人は誰か。何が引き金になったのか。

 今を生きるエリアルはもちろん、前世界の知識がなくなったユウキにも分からない。肝心の時に役にたてない自分の知識にユウキは歯を食いしばる。

 

「ユウキ。怪しいと思う場所ある?」

「全部だね。なんせ、ガスタの外にいるかもしれないし」

 

 襲撃から大して時間はたっていないはずだが、相手が魔術を使用できれば遠くへ行くことも難しくはない。だが、ガスタの外となればあまりにも探す範囲が広くなりすぎる。下手をすると、異世界にまで範囲は広がってしまう。

 とにかく今はガスタの中を探すしかない。そうやって必死に探すが何者にも遭遇しない。

 ヒカリにも、ウィンダにも、先ほど襲ってきた影にも。

 

「くそっ!どこにいるんだヒカリ!ウィンダ!!」

「ヒカリ・・・・・・お願い、返事をして!」

 

 一通り探し終えても、ウィンダとヒカリの姿はなかった。息を上げながら悪態をつく二人の心は今まで一番荒れていた。

 どうしてこんなことになってしまったのか。そんなことを考えていてもしょうがないのに、自分たちがヒカリのそばにいてあげられなかったが故に起こった異変。悔しさがあふれ出てしょうがなかった。

 息を整え、頭の中でまだ訪れた場所をひたすら潰していく。そして、二人がまだ探していない場所を思い出したのは、全く同じタイミングだった。

 

「「祭壇跡!」」

 

 かつて神をまつっていた祭壇はその神の復活と共に崩れ去り、今ではただ瓦礫が積み上がっているだけの跡地。

 あそこにヒカリがいるかもしれない。ただその一つの望みだけで二人は祭壇へと走り始めた。走っている最中も脳裏に浮かぶのは息子の顔だけ。今はただ、走る。

 そうして、瓦礫の山の前にたどり着いた二人はようやく探していた姿を見つける。

 

「___ヒカリ!!!」

「しっかりして!」

 

 瓦礫の山の上でうつ伏せになっていたヒカリのもとへ、一直線に駆け寄るユウキとエリアル。瓦礫に足を取られそうになることも気にもせず、愛する我が子のもとへ駆けつけた。

 ヒカリは静かに眠っているようで、目に映る身体に傷は見られない。ひとまずそのことに安堵の息を漏らす二人。

 

 

 

『じゃあな。異世界の異物たち』

 

 

 

 聞き慣れない男の声の正体を確認する時間もなく、親子三人は地面に吸い込まれた。

 

 

 

(やられたな・・・・・・。エリアル、ここってどこか分かる?)

(多分次元の裂け目。以前リチュアも研究『しようとしてた』場所)

 

 三人が放り出されたのは、無重力の空間。上下左右の感覚は全く正常に機能していないようで、周囲は暗黒のようでどこか遠くに無数の光が見える。

 自分の肉体すら実感がなく、エリアルの直感はここに居続けることは『死』を意味すると警告していた。

 あの声は誰だったのか。なぜあのような事をしたのか。

 そのほかにも気にかかることは幾つもある。だが、考える時間も確かめる方法も、今の彼らにはない。

 今、お互いの姿も目視できていないユウキとエリアルが真っ先にやること。それは___

 

(んじゃ、何とかしてヒカリをあっちに戻さないとね)

(僕たちは無理でも、ヒカリ一人なら何とかいけそうだし)

 

 息子の救出だった。

 自分たちよりも、ただ我が子には生きていてほしい。たったそれだけの、親としての想い。

 落ちてきたであろう方向を見上げると、わずかだがまだ端末世界が見える裂け目が見つかる。だが、徐々にその大きさは縮小しており、数十秒後には完全に閉じきってしまうだろう。

 決断を済ませた二人の行動は早かった。

 ユウキはごく自然に___自分が死ぬと分かっているという極限状態であるにも関わらず、腕輪からカードを引く。

 フォトン・サンクチュアリ、銀河騎士、トークンをリリースして、銀河眼の光子竜を特殊召喚と、前の世界で何度繰り返したか分からないコンボを決め、彼のフェイバリットエースを出現させる準備を整える。

 

 これが、きっと最期。

 

 そう確信しながら、ユウキはいつも通りに宣言した。

 

「俺は、レベル8の銀河眼の光子竜と、銀河騎士でオーバーレイ!現れよ!銀河究極竜、No.62 銀河眼の光子竜皇!!」

 

 銀河眼の光子竜の真の姿、プライムフォトンはこんな光どころか闇すら飲み込んでしまうような裂け目の中でも、未来を照らす光を放っていた。

 その姿に見とれながらも、ユウキは未来の竜に、自分たちの『光』を託す。

 

「銀河眼!あの裂け目の奥まで、この子を届けてくれ!頼んだぞ!」

 

 主人の指示通り、プライムフォトンは右手にヒカリを抱えて、流星のように飛び立つ。閉じかけている裂け目には、口からの光線をぶつけて無理矢理こじ開けて、中へと飛び込んだ。

 そして、プライムフォトンが裂け目の中に姿を消して数秒後、完全にユウキの眼から端末世界の姿が消えた。

 もう戻れない。

 そう感じてしまい、ユウキは思わず俯いたときに、やっと自分の異変に気づいた。

 

「___ああ、魔力切れ、なんだな。エリアル」

 

 透けていく身体を目にして、エリアルからの魔力が途切れていることに気づく。銀河眼たちを召喚した時から、彼女の声が聞こえなかった。

 今日、休息もなく銀河眼たちを召喚し続けており、おそらく彼女の魔力はとっくに限界を迎えていたはずだ。

 それでも今までユウキが存在できていたのは、予備の魔力だけではなく、彼女の強い意志があったからこそだと、ユウキは確信していた。

 

「ゴメンね、エリアル。本当は、皆で戻りたかった。ヒカリが成長していく姿を、二人で見守りたかった」

 

 後悔も、無念もある。それらは涙になって彼からこぼれ落ちていく。涙と共に、彼の身体も粒子になって崩れ去っていく。

 

「母さんにも三人で会いに行きたかった。ヒカリの恋人とか、孫にも会ってみたかった。でも、もう叶わないんだな」

 

 つぶやく声は誰の耳にも届かない。彼と心で繋がっている最愛の人からも、返事はなかった。

 その後何も起きることがなく、異世界から来た英雄(ただの青年)はあっけなく、闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

第二部 端末IF After ~決闘者は終末後を生きるそうです~

 ___終幕

 




そして、神との戦いが、再び幕を開ける。


Next・・・・・・端末IF Next ~決闘者は絶望にあらがうようです~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二部 キャラクター設定集

第二部においてのキャラクターや独自設定を掲載いたします。
第一部の物同様、本作のネタバレが含まれますのでご注意ください。


○生き残った者たち

 

・高屋ユウキ

 今部までの主人公。創星神との戦いの際に命を落としたが、銀河眼の魂とエリアルの蘇生儀式によって、彼女の召喚獣として蘇った。

 大戦から三ヶ月後、長い眠りから覚めた彼は、自身が召喚獣となり、エリアルからの魔力がなければ存在を維持できない、人間として母親に再会できなくなったという2つの事実に心が折れてしまう。

 だが、エリアルと想いをぶつけ合ったことで彼女と結ばれ、今を生きる事に決める。のちに一人息子の『ヒカリ』を授かり、幸せな生活を送っていた。

 が、もう一柱の創星神の策略によってエリアルとヒカリ共々、次元の裂け目へ落とされてしまう。最終的には、エリアルが絞り出した最後の魔力でヒカリを世界に戻すことに成功した後、魔力切れによって召喚を維持できず、その体は消滅した。

 召喚獣となった影響で食事・睡眠などは不要となり、外見は変化しなくなった。だが、人として生きたいという本人の意思でそれらの活動を行っている。

 また、召喚術で『銀河眼の光子竜』を呼び出すと自身の体が光子竜へと変化する特性を得た。それ以外には、少し力が強くなったり視力が一般的なレベルでよくなったりした。(維持魔力にあってないパワーアップと本人は語る)

 

 

・リチュア・エリアル

 今部までのメインヒロイン。正史とは異なり、ユウキの尽力によって大戦後まで生存。

 命を落としたユウキを蘇生するために、銀河眼の魂を使用した儀式を行う事で彼を蘇らせた。その結果、ユウキの召喚主となり三ヶ月間、彼に魔力を流し続けた。

 彼が真実に気づいた際に秘めていた恋慕をぶつけ、ついに結ばれる。それ以降、彼と二人っきりの時は素の姿となり、一人称は『僕』で固定。乙女のような口調となる。ユウキ曰く、デレ全開。

 召喚獣との間には子供が出来ないと自分で解析していたが、その説を自分で打ち壊し、一人息子の『ヒカリ』を授かる。ついに念願の家族を持つようになり、幸せな生活を過ごしていた。

 だが、ユウキ同様もう一柱の創星神の策略にかかり、次元の裂け目に落とされる。魔力が消耗している状態にも関わらず召喚術の魔力を彼に渡し、そのまま魔力を使い切り意識を失った。

 ユウキの外見が変わらなくなったため、自分も同じように生きるために彼の所持していた時の竜『No.107 銀河眼の時空竜』の力を使って肉体の成長を止めている。服装は後の影霊衣と同じ。合法ロリバb(ry

 ユウキの銀河眼を研究し、その一撃を自身魔術で再現する、ユウキの召喚術をより素早く行えるように腕輪(ユウキはこの世界のデュエルディスクと呼んでいる)の作成など、魔術作成については現在においても横に出る者はいない。

 

 

・ガスタの巫女 ウィンダ

 ユウキの協力者の少女。エリアル同様正史とは異なり、大戦後も生き残っている。

 亡き父 ウィンダールの後を継ぎ、ガスタの族長として復興作業に取り組んでいる。その多忙さ故か、まだまだ意中の相手を見つけられていない。絶賛独り身である。

 ユウキや昔なじみであるエリアルたちとはよき友人関係を再び築き上げており、よき未来をつくるために今を走っている・・・・・・ように見えていた。

 ヒカリの誕生日パーティーのその夜、彼女は惨劇をもたらした。

 一夜にして、ラヴァル・ジェムナイト・ガスタは壊滅し、ユウキとエリアルは行方不明に。平穏は一瞬で崩れ去った。

 外見は徐々に老けていき、笑顔が似合うお姉さんだったが、惨劇の日には大戦中と同じように少女の姿へと戻っていた。

 

 

・ラヴァル炎樹海の妖女 ファイ

 正史では全滅したラヴァルの生き残りにして、ユウキの義妹。大戦を生き残り、身長はユウキを超え、173cm。頭巾の下の髪は腰まで伸びており、より美しく明るい灯火のような女性へ成長した。ラヴァルは外見の成長速度が遅いため、見た目はまだ20代。

 ユウキの呼び方はお兄ちゃんから『兄さん』へと変化したものの、相変わらずのブラコン。婚姻の相手も条件は『ユウキのような男性』である。

 生き残ったラヴァルの中で一番理性的だったため次期族長に就いており、主に建築に必要な木材関係の管理を行っている。(炎樹海に詳しいため)

 ヒカリが生まれ、叔母となってからは職務の合間を縫って会いに来たり、逆にラヴァルの地を紹介したりと、親愛をもって接している。

 惨劇の夜には、ラヴァル壊滅と共に意識不明の重体に陥っている。

 

 

・ガスタの静寂 カーム

 ガスタ神官家の生き残り。大戦前と雰囲気は変わらず、心優しいしっかり者の中年女性。大戦後、ラヴァルの男性と結ばれ、一人娘の『レラ』を授かる。

 族長となり体を酷使しているウィンダを常に心配しており、彼女の体調管理はカームの個人的な仕事である。本来の職務は食堂・食料の管理や医療関係。

 惨劇の夜ではレラをかばい意識不明の重体に。エリアルが応急処置を行ったおかげで生存はしているが・・・・・・。

 

 

・ガスタの疾風 リーズ

・ガスタの希望 カムイ

 ガスタの生き残りで、年の差夫婦。二人とも大戦中よりも落ち着きが増し、カムイについてはもう弟分とは呼べないほど丁寧で優しい父親似の男性へと成長した。

 生き残り組の中では一番早く子供を授かっており、既に孫も誕生している。

 カムイはアバンスたちと同じく集落外の探査。リーズは食堂の仕事に就いている。

 ヒカリの誕生日パーティーの数週間前に捨て子の赤ん坊を拾い、そのまま引き取った。

 惨劇の夜に、赤ん坊をかばいリーズは即死。カムイは軽くない怪我を負いながらも、妻が守った赤ん坊を守りながら生き残った。

 

 

・リチュア・アバンス

・リチュア・エミリア

 リチュアの数少ない生き残りで、ユウキにとっては義理の妹と弟。くっついたのは一番遅く、それまで周りがやきもきしていた。

 エミリアは一度死亡した際にユウキが使用した『死者蘇生』によって召喚獣となっており、奇しくもユウキとエリアルと同じ関係となっている。

 『死者蘇生』のカード自体が召喚主となっていたため、それをアバンスへと変更。エミリア自体が魔力を持っているためエリアルよりは魔力切れになるリスクは少ない。

 リチュアの悪名がとどろいているため、まだ彼らを悪目で見る者は少なくない。その償いのためにも、彼らは日々働いている。アバンスは集落外の探査隊長、エミリアは各部族への転移魔術の設置、管理。後に一人息子の『シュリット』を授かる。

 魔術感知が鋭いため、黒幕が手を出さず直接策略にはまることはなかった。異常を感じ、惨劇が起こったガスタへ向かい、生き残りを自分たちの住居へかくまった。

 

 

○新たに生まれた者たち

・ジェムナイトレディ・ブリリアント・ダイヤ

 ジェムナイトの新たなる族長。ジェムナイトでは珍しい女性型で、一人称は『私』。ジェムナイトにしては細い身体にかつての長 ジェムナイトマスター・ダイヤのようなマント、レイピアの腰に携え、胸には『ダイヤ』の輝石が宿っている。身長180cm。

 大戦後、活動を停止したジェムナイトマスター・ダイヤことジェムナイト・クリスタの核石を中心に散っていったジェムナイトたちを『廃石融合』させ、新たに誕生した戦士で本人曰く『人工ジェムナイト』。中心となったクリスタのことは『父』と呼んでいる。

 冷静沈着で委員長タイプの人物だが、この世界を救った英雄の一人であるユウキとの挨拶やヒカリを抱きかかえる際にガチガチに緊張するなど、真面目すぎる一面も持つ。

 若くもそのクリスタの面影を残す姿はジェムナイトだけでなく、ラヴァルにも好意的に受け止められており、既にジェムナイトの長としての風格をまとっている。

 カムイ・アバンス同様に、主に集落外の探査を行うほか、集落全体の管理を任されていることから、他からの信頼があることはすぐに分かる。

 惨劇の夜、洗脳されたジェムナイト同士の殺し合いを止めることが出来ず、体と心に大きな傷をつくることになってしまう。

 

 

・高屋 ヒカリ

 ユウキとエリアルの一人息子。ストレートの黒髪に青い瞳を持つ少年。一人称は『僕』。二部終了時点で5才の召喚獣と人間の混血。

 ユウキとエミリア、ウィンダに甘やかされながら成長したせいか、自由奔放で好奇心旺盛。笑顔を振りまくカムイに次ぐ弟分。リチュア勢からは幼い頃のエリアルに似ているとも思われている。

 ユウキとエリアルのことは『お父さん』『お母さん』。ファイやエミリア、アバンスは『~おばちゃん』『~おじちゃん』。ウィンダは『ウィンダおねえちゃん』と呼ぶ。

 ウィンダだけでなく両親に対してあたりが強い牙王に何故かよくなついており、勝手に遊びに行く時はだいたいこの二人の元にいる。

 まだまだ未発達だが、既に魔術の才能と、またその魂は特殊な生い立ちから強力な魔力を秘めていることがエリアルの解析で分かっている。

 5才の誕生日パーティー後の夜、ウィンダにユウキとエリアルをおびき寄せる餌として使われ、両親と共に次元の裂け目に落ちるものの、二人の命がけの行動によって端末世界に帰還。アバンスとビュートに保護される。

 事情を聞いた彼は、強くなるためにエミリアたちに教えを請うところで、第二部は終了する。

 

 

・レラ

 カームの娘でラヴァルとガスタの血を引く7才の少女。ひまわりのような明るい橙色の髪を持ち、緑の瞳にはガスタとは違う紋章が浮かび上がっている。

 ラヴァルらしさがない母親に似た優しくしっかり者だがおてんばなところもあり、よく無茶をして母親に怒られる一面も。ヒカリのことは弟のようにかわいがっており、彼からは『レラおねえちゃん』と呼ばれている。

 戦闘技術はまったく才能がなく、彼女自身本当にラヴァルの血を継いでいるのか、首をかしげる事もある。一方、動物の声を聞き、心を通わせる才能が強く、将来はその力を活かして多くの動物と友達になりたいという夢を持つ。

 惨劇の夜、母親にかばわれながらユウキに助けられ生き残った。しかし、彼女の心がおった傷は余りにも大きかった。

 

 

・ピリカ、ウェン

 カムイ・リーズ家で預かっている二人の赤ん坊。ピリカは二人の孫でまだ1歳。ウェンは両親不明の捨て子で年齢不詳。

 二人ともカムイとリーズの尽力によって惨劇の夜を生き残ることが出来た。

 ウェンはエリアルの解析により、とてつもない魔力の持ち主だと言うことが判明している。

 

 

・シュリット

 エミリア・アバンスの一人息子で召喚獣と人間の混血。赤と緑のオッドアイが特徴の1歳。ヒカリにとっては初めて出来た弟分で、よくシュリットの元へ遊びに行く。

 両親同様に惨劇に巻き込まれることなく、その日の夜もよく眠っていた。

 

 

○星の力を持ちし者たち

・セイクリッド・ソンプレス、ヴェルズ・ケルキオン

 神殺しの天使と悪魔。創星神の破壊と創造の力を宿し、ネオフォトンと共に戦った。

 創星神との戦いの後、自分の力を星のために使うため旅立っていった。時折、ソンプレスは帰ってくることがあるらしい。(主にクリスタ、ラピスへの報告)

 今回の騒動で、この二人もまた戦いの渦に巻き込まれていくことになる。

 

 

・励輝士ヴェルズビュート

 元は歩哨という役割だけが与えられた下級インヴェルズ。奇妙な運命により輪廻から外れた『観測者』となった白い鎧をまとった星の悪魔。男性の人格を持ち、一人称は『私』

 創星神との戦いでは『観測者 インヴェルズ・ローチ』としてだけでなく、『この地に生きる者』として連合をサポートし勝利へと貢献した。

 それ以降は直接的に関わることはせず、情報を流すなどの裏からのサポートに徹し、訪れたナチュルの森にて星の力を授かり、現在の姿へと進化した。

 同じく星の力を得た同胞 牙王と生き残った者たちの架け橋になり、彼らの復興を支えた。

 それからは観測者として世界を見張り続けていたが、惨劇の夜は余りにも唐突すぎて未然に防ぐことが出来ず、何とか少数の生き残りを見つけ保護することしか出来なかった。

 

 

・神樹の守護獣―牙王

 ナチュルの森に住む『ナチュル・ガオドレイク』が星の力によって進化した姿。一人称は『我』で男性の人格を持つ。銀河眼と同じほどの大きさを持つ獅子で、争いは望まない性格だが平穏を脅かす存在にはその巨大な力を振るう。

 ヴェルズビュートのことは同じ力を持つ同胞だと考えており、彼が信用している生き残った者たちがナチュルの森に移住することをあっさり認めた。

 だが、星の力を授かった際に脳裏に浮かんだ『強すぎる光が闇を呼ぶ』という言葉から、光の竜の使い手であるユウキにだけは冷たく当たっており、結果として勝負に敗北することになる。

 それ以降、移住に関しては特に何も言わなくなったものの、ユウキとエリアルにはあたりが強い。ただ、息子のヒカリには懐かれており、牙王自身も困惑している。端から見ていると、孫と祖父のような関係らしい。

 あくまでナチュルの森の守護者であるため、森の外へは出ない。だが、ビュート同様助言を授けることが多く、なんだかんだ助けている。ツンデレライオン。

 その巨体からは想像できないほどの速度が出せ、獣の戦い方をする。星の力によって攻撃面・防御面共に隙がなく、総合戦闘能力なら現状最強とも言える。(ユウキは魔力切れという爆弾がある)

 彼が受け取った予言は銀河眼のことではなく『高屋 ヒカリ』のことであり、彼が黒幕によって餌にされた結果、端末世界はユウキという『光』を失い、新たなる驚異という『闇』が訪れた。

 

 

 

 

 

○追加設定

・召喚獣と人間の混血

 ヒカリとシュリットが該当する両親のどちらかが召喚獣である子供。

 本来、召喚獣とは魔力を消費して現れるいわば『生き物もどき』であり、明確な生命体ではない。そのため、子供をなすことが本来は必要ない。

 が、ユウキとエミリアは非常に特殊な状況で召喚獣となったため、子孫を残すことが出来、ヒカリとシュリットは生を受けた。

 ただし、エリアルの解析だと『非常に出来にくい』確率らしく、また存在自体が不安定になる恐れもあるため、周囲の大人たちは常に二人の体調に気をつかっている。

 その反面、才能が開花すれば非常に優れた能力を持つとも予想されている。

 また、魂が通常の人間よりも大きく、巨大な力を持つ召喚獣をその身に受け入れることが出来るとも予想されている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

端末IF Next 決闘者は絶望に抗うようです
幕間 宴、その後に


新章 開幕

後書きに第三部のあらすじを載せております。


 これを悪夢と言わずして何というのだろうか。

 

 俺とエミリアが状況を把握できたときには全てが終わっていたときだった。

 いつものように朝目覚めた俺はシュリットとエミリアの眠っている姿を確認して、朝練へと向かう。

 既に50代となり体は衰える一方だが、体を鍛えることに終わりはない。母が残してくれた儀水刀を持ち服装を整えて廊下へと歩き始める。

 家から外に出ると、登りかけの朝日と新鮮な空気が俺を出迎える。ナチュルの森に住む動物たちの声も耳を澄ませば聞こえてきた。一度深呼吸をして、俺はいつもの鍛錬場所へと歩き始める。

 ___すでに違和感はあった。

 森の中を歩くといつもはない騒がしさがあった。それも、奥へと歩き続ける事に比例してどんどん大きくなっていく。俺は何かあったのだろうか、などと呑気に考えながら鍛錬場所に到着すると、既に先客がいた。

 

「遅かったな、アバンス」

「牙、王・・・・・・? どうしてお前がここに?」

 

 白い体を持つナチュルの森の守護者である牙王がいつも通りの何かに怒っているような口調で俺に話しかけてくる。周囲には無数ものナチュルが集まっており、その全員が何かに怯えているように体を震わせていた。

 

「ずいぶんの気の抜けている質問をするのだな。感じないのか、邪なる気配を」

「どういうことだ」

「場所は霧の谷湿地帯付近だ。急げ、何もかも手遅れになるかもしれんぞ」

 

 霧の谷湿地帯付近___それはガスタの住居のことだろう。牙王はくだらない冗談や嘘をつく人物ではない。自分の使命に誠実でクソがつくほどの大真面目。

 そんな彼が俺に忠告をくれると言うことは、確実に何かがあったことの証明にもなる。

 すぐさま今来た道へと戻り、気持ちよさそうに眠っているエミリアを起こす。

 

「エミリア、起きろ」

「あと・・・・・・1時間・・・・・・」

「悪いがそんな場合じゃなさそうなんだ。急げ」

 

 住居に戻る頃には、根拠はないが俺の中の直感が警鐘を鳴らしていた。何とかエミリアを起こし、外に出られるように身支度を済ませる。

 始めは寝ぼけ眼だったエミリアも牙王の忠告のことを伝えると、眠気が吹き飛ばされたかのように目を覚ました。それと同時に事の重大さに薄々気づき始めたようでもあった。

 幼すぎるシュリットを連れていきたくはなかったが、一人にするのは絶対に出来なかった。眠る我が息子をエミリアが優しく抱きかかえながら、俺たちは妹夫妻の部屋へ向かう。

 部屋をノックし廊下から二人の名を呼ぶが返事はない。何故か鍵かかけられていない扉を開け、部屋を探すが既にもぬけの殻となっていた。

 

「エリアルとユウキがいないって・・・・・・絶対にまずいよね?」

「いくぞ」

 

 もはや疑う余地はなかった。確実に何かが起こった。それも、想像もしたくない何かが。

 霧の谷間までは足で向かうには遠すぎる。住居の外に設置されている霧の谷間での転移魔術が施された魔法陣を起動させようとするが、魔法陣はいつもの葵光を放つことなく沈黙していた。

 

「アバンス、これ向こう側からロックがかかってる。こっちからじゃどうしようもないかも」

「それ以外の最短ルートは?」

「多分、飛ぶくらいしかないかも・・・・・・」

 

 エミリアの解析結果に俺は額にしわを寄せる。ただでさえ緊急事態に備えて余力は残しておきたいのに、ここで飛翔するために魔力を使うのはよろしくない。

 しかし、他に足となる手段はない。高速で空を飛べるとすれば俺の儀式体 リヴァイアニマが適任だろう。もう何十年となったことはないが、今はこれしかない。

 エリアルが作り上げた魔術札を取り出し、儀式を執り行う___

 その直前に聞き慣れた羽音がこちらに近づいてくることに気づく。音の方へと視線を向けると、白い鎧をまとった虫の騎士が高速で近づいている。

 

「アバンス!エミリア!」

「ビュートさん!」

「急ぐぞ!」

 

 星の守護者であり俺たちの理解者であるヴェルズビュートが俺とエミリアの足下に白い魔法陣を展開させ、そのまま魔法陣ごと俺たちを宙へと浮かす。

 高速で移動する俺たち。エミリアはシュリットを落とさないためにも魔法陣に座り込み、俺はビュートの情報提供を求める。

 一瞬ためらったビュートから聞いた状況は、最悪を超えていた。

 要点は、3つ。

 

 ジェムナイト、ラヴァルの壊滅。並びにガスタとの連絡途絶。

 穢れに満ちたジェムナイト・クリスタの核石の強奪。

 そして、その犯人が___

 

「ウィンダ、だと?」

「ああ。瀕死になっていたブリリアントからの情報だ。大半のジェムナイトは、もう・・・・・・」

 

 俺たちの友人で幼馴染みであるウィンダがそんなことをするとは思えない。だが、ブリリアントが残した情報が偽りだとも思えない。

 ビュートは俺が起きる一時間ほど前にこの惨劇に気づいたらしく、もっと早く気づけていればと自分を責める。だが、予兆はなかった。いくら星の力を持っていたとしても、この状況を誰が予想できたことだろうか。

 

「だが、ラヴァルとジェムナイトがこの一時間以内に壊滅するとは到底思えないんだが」

「ファイとブリリアント曰く、突然魔術が発動し、それによって引き起こされた同士討ちによって壊滅したとのことだ」

「・・・・・・惨劇だっただろう」

「ああ。まともに会話できたのはその二人だけで、その二人も私が回復魔術を施したが生き残れる確率は・・・・・・」

「それ以上は大丈夫だ」

 

 俺たちリチュアにかけられなかったのは、おそらく全部族の中で一番魔術に敏感であるからだろう。それに、俺たちの住居近くには牙王とユウキもいる。気づかれたとき、真っ正面からは打ち倒せないと読んだのであろう。

 それが、大戦を生き残りユウキの近くにいたウィンダなら尚更。

 

(ウィンダ・・・・・・お前に何があった?)

 

 俺たちの目の前にはいつもと何の変わりもないガスタの里が広がっていた。

 

 

 

 ガスタの里に降り立った俺たちが見たのは、大戦を彷彿とさせる惨劇だった。

 住居には全くの外傷はない。きっとこれから先も住み続けることが出来るだろう。

 ___その壁にペンキのようにぶちまけられた血痕がなければ。

 周囲に漂う血生臭さ。全て住居内に転がっている緑の髪をした死体。大戦にてガスタから奪っていたリチュアだったが、これと同じような光景を生み出していたことに今更嫌悪感が蘇る。

 エミリアはもう死体を直視することも出来ず、うつむき続けていた。

 昨日の夜、多くの者が笑顔で楽しみ、盛り上がっていたパーティ会場は時間が止まったかのように、周囲とは不釣り合いなほど鮮やかだった。

 本来であれば今日片付けられる予定だったのだろうが、もう手を付ける者はいないのだろう。

 息が残っている者を探し、俺たちは全ての民家をまわるがその希望は容易く打ち砕かれる。最後に訪れたのは、最も大きい民家。族長の家だ。

 この家だけ一部の壁が破壊されており、明確に戦闘の跡が残っていた。誰かに勢いよく壊されたのだろう。玄関の扉は力なく開いていた。

 腰の儀水刀を抜刀できるように手を添えつつ中へと侵入すると、かすかに光の魔力が残っていることを感じ取れた。

 

「アバンス、この残ってる魔力って!」

「ああ、フォトン特有の物だろう」

 

 エミリアもすぐに気づいたようで、ここにユウキの召喚獣であるフォトンモンスターが召喚されていたようだ。それはつまり、エリアルとユウキがここを訪れているという証明でもあった。

 警戒は解かないまま、各部屋を巡っていく。他の家とは違い、あまり血痕が残っていないことが少しだけ俺を安心させる。

 だが、二階の寝室に侵入した途端、油断していた俺に血の臭いが襲いかかった。

 

「っ!誰、ですか!!」

「レラちゃん!? それに、カムイも!」

「エミリアさん、アバンスさん!ご無事でしたか!」

 

 部屋の隅で身を縮めていたのはカムイとレラ。二人の腕の中では赤ん坊がこの状況のことなど知ることもなく眠っていた。

 そして、床に横たわっていたのはレラの母親であるカームとカムイの妻であるリーズ。二人とも外傷がひどく、特にリーズの方は既に生気を感じられない。

 エミリアはすぐにレラの元へ歩み寄り、胸へと抱きしめる。

 

「ゴメンね・・・・・・つらいのに一緒にいてあげられなくて」

「エミリア、さん・・・・・・グスッ・・・・・・」

 

 押さえていた物があふれ出し、レラから声が漏れ始める。彼女のことはエミリアに任せ、俺とビュートはカムイから説明を求める。彼自身も外傷は負っているものの、カームやリーズと比べれば軽傷だ。

 痛みをこらえながらカムイは自分の知っていることを話し始める。

 

「突然黒い影みたいな物が襲いかかってきて、突然の襲撃でリーズは赤ん坊をかばって・・・・・・。即死だったのが、救いなのか不幸なのか」

「そう、か」

「いつかは先に彼女が行ってしまうって分かってたんですけどね。こんな形になってしまうなんて___」

「カムイ。もうその先は言わなくて良い」

「そう、ですね。その後、リーズと息がある赤ん坊二人とをかばいながら他の生存者を探したんですけど、結局レラしか見つけられなくて・・・・・・」

「ジェムナイト、ラヴァルに続いて、ガスタも壊滅か・・・・・・」

 

 生き残りは本当に俺たちだけになってしまったのかもしれない。その考えが現実味を帯びてきたところで、泣きじゃくっていたレラが言葉を漏らす。

 

「あの・・・・・・エリアルさんとユウキさんが、お母さんに魔術を施した後にヒカリを探しにどこかへ向かったみたいで・・・・・・」

「やっぱりあの二人、ここに来てたんだね。レラちゃん、何か心当たりはない?」

「わかりません・・・・・・。ただ、探しに行った後そう遠くない内にユウキさんの召喚獣が消えたから・・・・・・」

 

 召喚獣が消える。それは召喚者が意図的に召喚術をやめたか、それとも召喚者に不測の事態が起こったかのどちらか。

 事態はもう俺が考える最悪を超えていた。

 

「ビュート、一緒に来てくれ。エミリアはレラとカムイを頼む」

「了解」

「わかった。行こう、アバンス」

 

 俺とエミリアもユウキとエリアル同様に召喚獣と召喚者の関係だ。心はどこでも繋がるため、何かあればどちらかに連絡が出来る。

 立ち止まって考えている時間はない。すぐさまビュートと俺は家を飛び出し、周囲の探索に入る。

 再度民家の扉を開けるたびに出迎えるのは血の臭いと動かないガスタたち。そのたびにエミリアが大丈夫かと心で聞いてくるので、大丈夫だと答えておく。

 もっとも、それがただの強がりだとはとっくに彼女に知られているのだが。

 民家の中を再確認したがやはりユウキたちはいない。見通しの良いガスタの畑などにいるわけはない。となると、探索していない場所は一つのみ。

 生物の本能的に入りたくない霧の谷の祭壇へと、俺たちは走る。あの場所は大概の奴が近づくことすら拒む場所。だが、何か悪い出来事があれば真っ先に疑う場所でもある。

 女神の復活によって瓦礫の山以外何もないはずの場所に、別の物があった。山の上でただすやすやと眠り続けているユウキとエリアルの息子___ヒカリの姿が。

 周囲に警戒しながらヒカリに近づき、こいつに何か仕掛けられていないかを確認。心配は杞憂に終わり、俺はヒカリの肩を強く揺すった。

 

「おい、ヒカリ!起きろ!!」

「う、ううん・・・・・・アバンス、おじちゃん?」

「ヒカリ君、早速で悪いが何が起こったか分かるかい?」

「ビュートさん・・・・・・? あれ、ここ、どこ?」

 

 ヒカリは本当に何も分かっていないようで、寝ぼけ眼で周囲を見渡す。だが、周囲には瓦礫しかない。その異質さに徐々に顔が不安に歪んでいく。

 

「お父さん、お母さんは? ウィンダおねえちゃんは?」

「分からない。ともかく一旦家に戻ろう」

「うん・・・・・・」

 

 ヒカリの手を引き、俺たちは祭壇後を去る。だが、もう俺の中でユウキとエリアルがどうなったのかは予想が立っていた。

 ヒカリが眠っていた周囲には強いフォトンモンスターの魔力が、ヒカリを守るかのように展開されていた。それが俺たちがヒカリを起こした途端に消滅した。

 まるで、後は任せた、と言っているかのように。

 

 

 

 ビュートの力とエミリアの魔術によって、バラバラになっていた生存者がリチュアの住居に集う。

 リチュアは、アバンスとエミリアとシュリット。ガスタはカムイ、レラと赤ん坊二人。カームさんはエリアルの魔術で時を止めて眠っている。いわゆる『コールドスリープ』という状態だ。

 そして、ラヴァルとジェムナイトだが___

 

「アバンスさん・・・・・・オラ、何もできかなかっただ・・・・・・」

「フロギス・・・・・・」

 

 ラヴァルは意識を失ったままのファイと木こりのフロギスが、ジェムナイトはブリリアントのみが生き残った。

 アバンスが現実を見たくないと思ったのは、あの大戦の時以来だろうか。

 絶望から巨大な両手で顔を覆って床に座り込んでいるフロギスに彼は書ける言葉が思いつかなかった。

 運良く___運悪くのほうがいいのだろうか。今回の惨劇に巻き込まれなかった彼は、自分の力のなさをひどく嘆いていた。

 

「よしっと。流石ビュートさん、ナチュルの森周辺に結界を貼れるなんて流石だね」

「君の魔術の知識があってこそさ、エミリア。しかし、こんなことになる前に介入できなかった自分があまりにも無能すぎると感じるよ」

「それは私もです。カムイ・・・・・・本当にゴメン・・・・・・」

 

 ビュートの結界はナチュルの森を囲むように展開され、現在森と外界は隔絶されている。それでも不安は湧き上がり続ける。

 エミリアは改めて生き残った者たちを見渡す。

 ガスタの赤ん坊とシュリットはすやすやと眠っている。アバンスは自分を責め続けるフロギスに寄り添うが、何も言葉をかけることが出来ない。

 カムイはここにはいない。リーズをナチュルの森に埋葬できないか、牙王に相談に行っている。住居を出て行くときのカムイの無理をして悲しみを押し殺している顔は、エミリアの脳裏に焼き付いていた。

 レラは別室で魔術によって眠っている。一夜中恐怖に支配され続けていた幼い彼女の精神は既に限界で、無理矢理にでも眠らないと彼女が壊れてしまうとカムイは判断した。

 そして、ヒカリは____

 

「エミリアおばちゃん・・・・・・」

「ヒカリ。ちゃんと寝ないといけないって言ったでしょ?」

「ねむくないもん・・・・・・」

 

 寝室から抜け出し、エミリアたちの部屋に入ってきてしまう。先ほどまで祭壇跡で眠っていたせいか、彼の目は覚めてしまっていた。

 レラ同様に精神を休めるために『魔睡』の魔術をかけたのだが、自力で解除したようだった。

 その母親譲りの才能にエミリアは驚きながらも、諭すように彼の頭を撫でる。

 

「ねぇ、ビュートさん。お父さんとお母さんは?」

「・・・・・・」

「ヒカリ・・・・・・エリアルとユウキは・・・・・・」

 

 ビュートとアバンスの話を聞く限り、二人の姿はガスタにはなかった。死体も発見できないことには納得がいかない。眠るヒカリを守るように展開されていた光の魔力の残滓の存在。

 そして何より、こんな状況で家族を大切にするエリアルとユウキがヒカリを一人にする訳がない。

 導き出される予想は、たった一つだった。

 

「多分、ヒカリを守ってどこかに行ってしまった、んだと思う・・・・・・」

「ぼくを、守って・・・・・・?」

「ヒカリを見つけたとき、おそらく銀河眼と思われる魔力が君を守っていた。彼らは最後まで息子を守ろうとしたんだろうね」

 

 ビュートの説明をヒカリは顔を俯かせ、体を震わせながら聞いていた。それもそうだろう。突然両親との別れ。まだ5歳になったばかりの彼にとっては理不尽極まりない出来事。

 悲しみだろうか、怒りだろうか。心配そうに彼を見つめるエミリア。

 やがて泣き止んだ彼は、瞳を赤くしながら思いを口にした。

 

「___ありがとう、お父さん。お母さん」

 

 その言葉にエミリアとビュートは驚きながらも、少しだけ微笑んだ。

 残された悲しみよりも、彼は守られた喜びの方が大きかった。そのことが彼が成長している証だと、二人には感じ取れた。

 ヒカリは決意を持ってエミリアに頼み込む。

 

「エミリアおばちゃん。ぼくに魔術を教えてほしいんだ」

「いいけど、どうして?」

「お父さんとお母さんがぼくを守ってくれたように、ぼくも皆を守りたいんだ。だって・・・・・・」

「だって?」

 

「だって、ぼくは英雄の息子だもん」

 

 エミリアはその言葉を聞いて____背筋が凍った。

 

 

 

 既に生者が存在しなくなったガスタの里。その地に一つの影があった。

 緑の長髪、紋章が浮かぶ瞳を持つ『少女』。大戦前の姿のガスタの巫女 ウィンダは光が消えた瞳で周囲を見渡す。

 

「やっぱり生存者はいない、か。だけど、多分生き残りはいる。いくつかの死体が消えている」

 

 その手には黒く濁りきった水晶が握られている。惨劇の跡が残る故郷を見ても、彼女は動揺すらしない。

 それもそうだろう。

 

 彼女こそが、この惨劇を引き起こした黒幕なのだから。

 

 やっと、ここまできた。

 ずっとこの体を蝕み、操ることが出来るようになってからが大変だった。

 体の中にいることが誰かに気づかれればアウト。何十年とかけて仕込んできたラヴァル、ガスタ、ジェムナイトへの干渉魔術が気づかれてもアウト。

 なにより、異世界からの異物がこの後の出来事を思い出されるのが一番厄介だった。

 戦力をそぐためにずっと仕込み続けていた。結果は、完全とはいかないが大まか成功と言って良いだろう。

 

「さて、こちらも仕上げといきましょうか」

 

 祭壇跡へ転移したウィンダは黒水晶を少しだけ削り取り、地面に置く。そして、語源化出来ない呪文をつぶやくと黒水晶に変化が起き始める。

 周囲の瓦礫を徐々に引き寄せながら蠢き始めたのだ。まるで、何か邪なる者が誕生しようとしているかのように。

 自分の思惑通りに事が進み始めたことを確認したウィンダは、削り取った水晶をまるで飴を頬張るかのように口へと投げ入れた。

 

「ンじゃ、またネ。我が愛シノ端末世界」

 

 黒く染まった巫女は、影の中へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 いやだいやだいやだいやだいやだ!!!

 

 どうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!!

 

 だめいやだやめてぇぇぇ!!!!

 

 ぐしゃり、ぐちゅり、ばき、べき。

 

 鼓膜を震わすのは骨が折れる音。

 

 肌が認識するのは肉を引きさく感覚。

 

 瞳に映るのは血塗られた自分の手。

 

 全部、全部、ぜんぶゆめだ。

 

 ゆめじゃなきゃおかしい。ゆめであってほしい。ゆめだってだれかいって。

 

 おねがいだから、だれか、ゆめだっていって!!!

 

 だれでもいい!カムイでも、リーズさんでも、カームさんでも!!

 

 アバンスでも、エミリアでも、ファイでも、エリアルでも、ユウキでも!!

 

 おねがいだから!!!

 

 ___だれも、いない。だれも、いってくれない。

 

 私の腕は檻を叩く。振動も、痛みも何もない。ただただむなしく、この檻を叩く。

 

 いつの間にか私はこの中にいた。何年も、何十年も。

 

 ヒカリを抱いたのだって、私じゃない。誰も私が私じゃなくなったことに気づいていない。

 

 それだけでも耐えられなかったのに。

 

 私の手が、皆を殺した。

 

 もう、むり。

 

 もう____だれか、わたしを

 

 わたしを、ころして。

 




第三部 あらすじ
平穏は奪われた。
英雄は消えた。
この世界に、希望は、未来はあるのか。

あの『惨劇の夜』から10年が経過した。
ナチュルの森にて偽りの平和を保つ生き残った者たち。その中に、消えた英雄の息子『高屋 ヒカリ』は暮らしていた。
叔父でもあるアバンスからは剣を、叔母でもあるエミリアからは魔術を教わり、いつくるか分からない戦いに備えていた。

そんな中、森に忍び寄る影。その中には、ガスタの巫女の姿もあった。
絶望は再来する。生き残った者たちは絶望に抗い、未来を切り開けるのか。


これは『もしも』の世界の次の話。

※注意書き
・ここからはマスターガイド5にて語られる端末世界の物語を基準としたお話となります。あくまでも基準ですので、独自設定などが含まれます。
・主人公はあくまで『決闘者』です。ユウキとは大きく異なっていますが、そこは変わりありません。ですので、主人公がモンスターを召喚する点は変わりありません。
 また、今まで同様アニメ『遊戯王シリーズ』とは直接的なつながりはありませんが、今回からはとある事が似たような設定となる予定です。ご了承ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話 偽りの平和が呼ぶのは影の人形

端末世界 第三期、本格的に開幕


 男二人が剣をぶつけ合っていた。

 緑豊かな森の中で現生物たちがその戦いを見守り、鳴り止まない金属音が周囲に響き渡る。

 蒼い刀を振るう白髪の青年に食らいつくかのように銀の剣を振るう黒髪の少年。ベージュの上着をはためかせ、青い瞳から光を消して目の前の青年を殺すことだけを考えていた。

 少年が青年の体へ剣を振り下ろした瞬間、蒼の刀が少年の剣を上空へ跳ね飛ばす。大ぶりの技の隙を狙った切り上げが決まったのだ。

 少年の手には既に武器はない。そのまま青年の蒼の刀が少年の首を狙って一閃___する前に少年は振り下ろした勢いのまま互いの頭を思いっきりぶつけ合った。ようは頭突きだ。

 流石に青年もあっけにとられ、少年の踏み台になるかのように体を沈める。青年の背中を踏みつけ少年は高く上がった剣の場所まで飛び上がり、そのまま地面に倒れた青年へと重力に引かれながら刃を突き落とした。

 確殺かと思われた少年の一撃。だが、青年は狙われた顔を即座に動かし攻撃をかわすと、逆に少年の喉元へと刀を突きつけた。

 

「・・・・・・惜しかったな、ヒカリ」

「いや、この一撃は予想できてた。それでも、よけきれなかった俺の実力不足」

 

 青年が刀を地面に下ろすと、少年___高屋 ヒカリの瞳に光が戻ってくる。かけられた褒め言葉を静かに否定し、冷静に今回の訓練を振り返り始める。

 そんなストイックさを見て青年は誰に似たのかと若干呆れつつ、肉体にかけていた魔術を解除する。瞬く間に中性的な青年は、ひげを蓄えた仙人のような老人へと変わった。

 

「今日も特訓してくれてありがとう。アバンスさん」

「もう10年も続けてるから、やらないと俺もしっくりこなくてな。今日もお疲れさん、ヒカリ」

 

 剣の師で叔父でもあるアバンスと共にヒカリは住居へと歩き始める。二人の表情は柔らかく、先ほどまで殺気を帯びた特訓をしていたとは思えないほど楽しげに会話をしている。

 

 ここはナチュルの森。生き残った者たちが身を寄せ合って、偽りの平和を過ごす場所。

 あの『惨劇の夜』から10年。あの夜両親を失ったヒカリは15歳となっていた。

 

 

「お帰りなさい、アバンスさん。ヒカリ」

「ただいま、レラ。午後から特訓よろしく」

「アバンスさんと特訓した後なのに、よく体力持つね・・・・・・」

「鍛えてますから」

 

 玄関で二人の出迎えたのはひまわりのような髪を持つ女性、霊獣使いのレラだ。ヒカリとは幼い頃からの付き合いで、仲のよい姉と弟のような関係である。

 今ではそれだけでなく、騎乗についての師弟関係でもある。レラはガスタの血を継いでおり、動物と会話し心を通わせる力を持つ。

 『霊獣使い』とは、そんな動物たちと心を通わせ彼らと共に戦う『ガスタ』直系の集団。

 ヒカリにはガスタの血は流れておらず、動物たちと会話をすることはできないが『やれることは全てやっておきたい』という彼の判断で騎乗の特訓を行っている。一応5年間ほど続けて、少しの間だけ動物たちと連携がとれるまでには成長した。

 早朝からアバンスとの特訓を続けていたにもかかわらず、まだつきぬ体力にレラとは驚きを通り越して呆れすら感じていた。その光景を見たアバンスはやれやれと首を振り、特訓のことしか頭にない甥に食事を勧める。

 

「ヒカリ、とりあえず飯にしよう。特訓の話はその後でも良いだろ?」

「そうだね、レラ、今日のご飯は?」

「えっとね、久々にカレーにしてみたよ。ヒカリ、好きでしょ?」

「よっし、さっそく食堂へゴーだ!」

 

 カレーと聞いた瞬間に、ヒカリは5歳の頃と同じように目を輝かせて食堂へと走る。その速さは風が吹き抜けたかのようで、特訓の時よりも早いのではないかとアバンスはあっけにとられる。

 変に子供っぽさが残っている弟分に笑いながらも、レラは彼の背中を追いかける。

 

「・・・・・・なあ、ユウキ。お前の息子は強くなったよ。でも、これがお前の望むあいつの姿なのか。俺には分からないんだよ・・・・・・」

 

 誰もいなくなった玄関でアバンスは届くはずもない言葉をこぼす。

 ヒカリが『英雄の息子だから強くなりたい』と、自分たちに宣言したあの日から、アバンスはずっと悩み続けていた。

 それが本当に彼の幸せになるのか、と。

 だが、その答えはヒカリにしか分からないし、彼が強くなることを望むのであればそれが答えだ。アバンスがやれることは、彼に技術を教えることくらい。

 らしくない弱音から逃げるようにアバンスも二人の後を追う。廊下から食堂へと近づくにつれて、カレー特有の空腹を呼び起こす香ばしいにおいが強くなる。

 のれんをくぐると、住居に住む者たちが各々向かい合って食事を始めていた。談笑しながら食事をしているその光景からは、いかにも『平和な日常』が再現されているようだった。

 食堂に入ったアバンスを台所から赤髪の女性が笑顔で出迎える。髪をツインテールにしたまだ20代ほどの外見だが、その正体はアバンスの妻 エミリアである。

 

「あ、アバンス、お帰り~」

「ああ。今戻った、エミリア」

 

 長年の夫婦生活でもはやこのやりとりは板に付いてきた。ごく自然にエミリアはアバンスに付き添い、そのまま隣り合った席で食事を始める。

 目の前のカレーライスはアバンスのものよりエミリアの方が量は多い。

 

「アバンスも無理しないでよ?」

「いきなりどうした」

「もうお爺ちゃんなんだからさ。いくら影霊衣の儀式術で若返るといっても、無理したら体に響くんだから」

「そこは・・・・・・善処する」

 

 守れるかどうか分からない妻からの心配に、アバンスは苦笑しながら曖昧な言葉でしか返せない。なにせ、それを決めるのはアバンスではなくヒカリだからだ。

 エミリアも事情は分かっているが、夫の心配はやはりつきない。ただでさえ、自分に魔力を回しているのに歳を重ねた今でも体を酷使しているとなると、いつ倒れるか不安で眠れなくなってしまう。

 

「しかし、あれから10年が経つのか」

「もう、そんな経っちゃうんだね。まだ昨日のことのように思い出せるよ」

 

 中規模の食堂を見渡して、二人は10年前のことを思い出す。

 ガスタ、ラヴァル、ジェムナイトの壊滅。生き残った者たちはあの日のことを『惨劇の夜』と呼んでいる。

 

 リチュア・・・・・・アバンス、エミリア、ヒカリ。

 ガスタ・・・・・・カムイ、赤ん坊だった二人 ピリカとウェン。重傷者、カーム

 ラヴァル・・・・・・ファイ、フロギス。

 ジェムナイト・・・・・・ブリリアント・ダイヤ

 生存者___合計10名。

 

 惨劇の夜が明けた次の日の朝。異変を感じ取った神殺しの二人___セイクリッド・ソンブレスとヴェルズ・ケルキオンがナチュルの森に到着した。

 二人ともなにか『最悪』が起こったことは覚悟していたが、星の悪魔 ヴェルズビュートからその実態を聞くと、その覚悟がいかに甘かったかを実感する。

 特にソンブレスは元々ジェムナイトだったため、部族壊滅を聞いた途端に膝から崩れ落ち、声を隠すことも出来ずに泣き叫んでいた。

 ケルキオンも今にも爆発しそうな感情を必死に殺し、ビュートたちから事情を聞き続ける。

 

「・・・・・・事情は分かった。この一大事に駆けつけられなくてゴメン」

「ブリリアント・・・・・・皆・・・・・・守ってあげられなくて、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・!」

「二人とも、再び彼らの力になってほしい。私と牙王だけでは情けないことに、もうどうしようもないんだ・・・・・・」

 

 うなだれるビュートの姿を見て、神殺しの二人は現住民たちへの協力を約束する。

 まず二人が行ったことは、現在ナチュルの森周囲に張り巡らされているビュートが貼った結界の強化だった。

 ソンブレスはその身に宿る『創造』の力で結界の強度を上昇させ、ケルキオンはその身に宿る『破壊』の力で結界に部外者が触れれば消滅する攻撃性を会得させた。

 そして、今生き残っている者たちの治療と教育に協力した二人は、今からちょうど一ヶ月ほど前に二人は結界の外へ旅立っていった。

 ソンブレスは当てがあるらしい『新しい戦力』のために。ケルキオンはこの惨劇をもたらした『原因』を調査するために。

 

「ラズリーちゃんとケルキオン、大丈夫かな・・・・・・」

「無事を祈ることしか出来ないな・・・・・・」

「なーに辛気くさい顔してるんですかね、二人とも」

 

 思い詰めて食事も進んでいない二人に背後から男の声がぶつけられる。少しガサガサで力強いその声の主はにやりと牙を見せながら笑う。

 青い体をした竜人はドカッと勢いよくアバンスの隣に座り、大盛りのカレーを頬張っていく。

 

「エグザ・・・・・・」

「あの二人のことは、新参者の俺にはよく分かりませんけどね。仲間なら信頼するしかないでしょ。ね?」

 

 彼の名はエグザ。アバンスたちの新勢力『影霊衣』の戦士である。元々は『氷結界』に生息する生物『霜精』が成長したのが彼の正体だ。

 10年前にアバンスが何か残っていないかどうか、藁にもすがる思いでかつての住居だった『旧大陸』で発見・保護できた唯一の生命で、それ以来アバンスとエミリアの息子 シュリットとは兄弟のように生活してきた。

 

「レラ~おかわり~」

「はっや!? そんな急いで食べなくてもカレーは逃げたりしないからねー?」

「じゃあ、俺も!」

「シュリットも張り合わないの!もう!」

 

 そのシュリット___両親譲りの赤と白の髪に赤と緑のオッドアイが特徴の少年は、ガツガツとカレーを頬張る兄貴分に張り合うようにカレーをおかわりしていた。

 シュリットにとってヒカリはいとこであり、兄貴分であり、兄弟子であり、そして同じ出自を持つ同胞でもある。

 それでも11歳と15歳では食べる量が違う。ヒカリが三杯目をレラに注文した時、シュリットは中身が少し残っているカレー皿を前に机に突っ伏していた。

 

「もう、シュリットったらバカなんだから。ヒカリお兄ちゃんに勝てるわけないよ」

「ヒカリさん。コップにお水入れておきますね」

「ん!ありがと、ウェン!」

 

 突っ伏したシュリットの頭を軽く叩いて小馬鹿にするのはピリカ。霊獣使いの長老でもあるガスタの生き残り カムイの孫で、その緑色の髪をサイドテールにした10歳の少女。

 ヒカリのコップに水を入れているのはウェン。出自不明の捨て子で、カムイによってピリカとは姉妹のように育てられた。規格外の魔力量を秘めており、それを封じるため瞳を閉じている。今は聴力と魔力感知によって周囲を確認しており、その制度は視界がないというディスアドバンテージを感じさせないほどだ。

 

「ヒカリ!もうカレーはないからね!それに、そんなに食べたら、修行中に戻しちゃうでしょ!」

「大丈夫だって。ごちそうさま!・・・・・・ってか、シュリットも早く食べろよ~?」

「今度は・・・・・・負けないからな、兄貴・・・・・・」

「フフ、いつでもかかってこいや~」

「こいや~」

「こ、こいやー・・・・・・?」

「ピリカとウェンも乗らなくて良いから!まったくもう・・・・・・」

 

 ぷんすかと怒るレラだが、その雰囲気はどこか楽しそうだ。食器を洗い場へと持って行き、再び自分の席に座るヒカリたち。毎日昼食後はミーティングの時間で、現状が全員に伝えられる。

 幼いシュリットたちが何も言わないのも、今の平和が本物ではないことを理解しているから。いつ崩れるか分からないこの日々を少しでも過ごすため。

 座る全員の視線の先にはアバンスともう一人、白みがかかった緑色の髪をポニーテールにまとめている老人___霊獣使いの長老 カムイが立っていた。かつて皆の弟分だった少年の面影は消え、アバンスと共に一族を率いる長としての顔つきをしている。

 

「皆、集まっているな。それでは現状報告を始める。といっても、そこまで変わりはない。ヴェルズビュートさんと牙王さんは引き続き森の周辺の警護に当たっているが、特に変化はないそうだ」

「ケルキオンからもラズリーからも連絡は特にない。皆、神星樹守護のために鍛練を積んでくれ。シュリット、エグザ、午後からはお前たちの番だな。準備しておけ。以上、解散」

「ぃよっし!父さん、俺も兄貴と同じメニューでお願い!行こう、エグザ!」

「ったく、それは無茶ってもんでっせ。シュリット」

 

 ミーティングはすぐさま終わり、全員が午後の作業に入り始める。アバンス、シュリット、エグザは鍛錬へ向かうために住居の外へ。エミリアとレラは食器の片付けで台所へ。

 カムイは新たなる相棒であるカンナホークと共に森の見回りへ向かう。

 

「ヒカリお兄ちゃん!今日は私たちと神星樹まで行こ!」

「うん、いいよ。レラが来るまで時間があるし、ウェンもくるよね?」

「う、うん。もしよかったら、ですけど・・・・・・」

 

 引っ込み思案なウェンの体をヒカリはひょいっと軽々と持ち上げて、そのまま肩に乗せる。わっわっ、と驚くウェンを気にすることなくヒカリとピリカは食堂から外へと飛び出す。

 住居地区を越え、あっという間にナチュルの森へと入っていく三人。周囲のナチュルたちに声をかけながら、新鮮な空気で満ちる森では自然と気分が落ち着いていく。

 楽しそうにステップを踏みながらヒカリの周囲を回るピリカと、彼の肩の上で微笑みをこぼすウェン。反応は真逆だが、二人ともヒカリとの散歩を楽しんでいるようだ。

 物心ついたときから二人はヒカリによく懐いており、この散歩のように遊びに行くことは日課となっていた。特にピリカは、シュリットとヒカリを取り合うこともあり、仲良くケンカすることも多い。

 森の中心へ続く川沿いを歩き続けていくと、やがて巨大な樹木___神星樹が三人の目の前に現れる。そしてその近くには巨大な獅子が樹木を守るように鎮座していた。

 

「牙王~。遊びに来たよ~」

「・・・・・・ヒカリ、お前はいい加減年長者の自覚を___」

「俺よりレラの方が年上だし。そもそも、牙王がこっちに来ないのが悪いんじゃん」

 

 ブーブーと子供っぽく口をとがらせるヒカリに、この森の守護者 牙王はため息を漏らす。幼少期からヒカリと関わっている牙王だが、彼の変わらない態度には頭を痛めて続けていた。

 牙王がいつもヒカリに説教をして、それを聞いたヒカリが不機嫌そうに反抗する。このやりとりがもはやテンプレとなっており、周囲からは孫と祖父のように見られている。

 

「牙王サマ、こんにちは!」

「牙王さん、お邪魔します」

「ピリカ、ウェン、よく来た。彼らも二人をも待っていた」

「牙王、なんで俺にはそんなに辛辣なんだよー」

 

 ヒカリのぼやきを無視し、牙王は樹木で待っていた二体の動物をピリカとウェンの元へ呼ぶ。ピリカの元には緑色のペンギンと言える外見の『精霊獣 ランペンタ』。その鶏冠がチャームポイントで、今もその鶏冠を指のない手で撫でてどこかドヤ顔をしている。

 ウェンの元にはピンク色のイルカといえる外見の『精霊獣 ペトルフィン』が水辺から彼女に寄り添う。青の宝石が付いた装飾はウェンがペトルフィンのために選んだものだ。

 

「ペンタ!今日もお散歩しよ!お兄ちゃん、また後でね~」

「ペンペン!」

「フィン、迎えに来てくれてありがとう。今日もよろしくね。ヒカリさん、行ってきます」

「きゅい~」

 

 ラムペンタとピリカは少し森の奥で、ペトルフィンとウェンは水辺の奥へそれぞれ歩いて行き、樹木前には牙王とヒカリだけが残された。

 牙王は地面に座る彼の身体を見つめる。幼少期とは比べものにならないほど体も、その力も大きくなった。だが、その心はまだ未熟だ。

 召喚獣と人間の混血。その秘めたる才能を開花させたとき、心が伴っていないようではいけない。

 

「ヒカリよ」

「ん?」

「お前は大きくなった。体も力も。だからこそ、より心を磨け。守る物を、使命を、常に忘れるな」

「使命はともかく、守る物はわかってる。肝に銘じておくよ」

 

 ヒカリは笑ってそう返した。そのまましばらく瞑想をしていると食器洗いを終えたレラが神星樹に到着する。

 レラの到着を見計らって一体の赤い獅子が彼女の前に現れる。獅子の名は『精霊獣 アペライオ』。牙王の遺伝子を継ぐ勇敢で優しい獣でレラのパートナーだ。

 アペライオはぐるると喉を鳴らしてレラに頭をこすりつける。レラもそんなパートナーの頭を愛おしく撫でた。

 

「ヒカリ~、鍛錬するよ。起きて」

「起きてるよ・・・・・・瞑想は居眠りじゃないってば」

 

 立ち上がったヒカリはレラとアペライオと共に神星樹から少し奥地に向かう。周囲と比べて平地が広がっているこの場所でいつもレラとヒカリは鍛練を積んでいた。

 

「さてと、ライオ。今日の体調はどう?」

『おう、絶好調だぜ。レラ』

「そかそか!今日もヒカリに付き合ってあげてね」

『まあ、レラの頼みならしょうがないけどなぁ・・・・・・』

「なあレラ。もしかしなくてもアペライオ、乗り気じゃない?」

 

 アペライオの声はレラにしか分からない。アペライオは若い男性の声でヒカリに協力することにどこか否定的な言葉を発していた。だが、鍛錬をしてきたおかげで、言葉の通じないヒカリにもなんとなく雰囲気は伝わった。

 そしてこのやりとりは、今回が初めてではない。

 

「ライオ、前から気になってたんだけど、ヒカリに何か問題がある? 昔はそんなこと言わなかったよね」

『あー・・・最近、ヒカリからやな感じがするんだよなぁ。ヒカリ本人が悪いわけじゃないんだけどなぁ』

「やな感じ? ヒカリ、なんか思い当たる節はある?」

「いやまったく」

 

 ヒカリに思い当たる節は全くないが、昔から鍛錬に付き合ってくれているアペライオが乗り気出ないのならヒカリも無理にとは言えない。

 とりあえず体力強化のために走り込む事に。レラはアペライオに騎乗し、走るヒカリの後を追いかける。

 

「ヒカリ。とりあえず30分でいいよね?」

「うん。レラもさ、走り込みだったら別に付き合わなくても良いんだよ?」

「私も鍛錬しないといけないから大丈夫。私はヒカリみたいに力があるわけじゃないから、ちゃんとライオと連携できるようにならないと。いつか来る『驚異』のために」

「その驚異っていつ来るんだろうね。来ないのが一番なんだけどさ」

 

 森を走り続ける二人の会話に出てきた『驚異』。牙王が予言し、ビュートが必ず起きてしまうと断言するもの。

 彼らはまだ知らない。その驚異を引き起こすであろう黒幕のことを。

 その黒幕が___二人が慕っていた人物であることを。

 

 

 

「なぜだ・・・・・・どうして君がそんな姿に!!?」

 

 霧の谷の大湿原___かつては風の部族 ガスタが暮らしていた緑豊かで静かな場所。その場所を壊すように黒い鉄槌が湿地帯に突き刺さる。

 神殺しの悪魔 ヴェルズ・ケルキオンは報告のためにナチュルの森へ戻ろうとしていた時、謎の巨人に襲われた。

 異常に巨大化した右腕。崩れ落ちそうな汚れにまみれた銀の体。その体を突き破るように生える不自然な黒い水晶。黄色の髪をたなびかせた邪悪なるモノ。

 白い翼をはためかせ、亡霊の一撃を交わすケルキオンの叫びはそれには届かない。

 

「なぜなんだ!クリスタ!!!」

 

 ケルキオンが悲痛な声で叫んだ名はかつての大戦での英雄の一人。彼を襲っていたのはジェムナイトの長『ジェムナイト・クリスタ』が黒く、ひどく変わってしまった姿『暗遷士(あんせんし) カンゴルゴーム』だった。

 

「■■■・・・・・・■■■■・・・・・・」

「こちらの言葉が通じないのか・・・・・・。一体どうすれば・・・・・・」

 

 なんとか言葉で止めたいケルキオンだが、カンゴルゴームに言葉が届くことはない。そもそも、この亡霊にまともな自我はない。たださまようだけなのだから。

 迷っている暇はない。弱い心を振り切るようにケルキオンは杖を掲げ、その身に宿る『破壊』の力を行使する。

 

 

 

 

 

 

「ああ、やっと見つけた」

 

 

 突如、何の前触れもなくケルキオンの体に青の糸がまとわりつく。無数の糸は彼の手足に一瞬で何重にも絡み合い、その動きを封じようとしていた。

 すぐさま対処しようとするケルキオンだが、不思議なことに自身の持つ破壊の力が全く機能しなかった。それどころか、この糸と同化しようとしているように彼は感じていた。

 理解不能。

 情けないことに、ケルキオンの脳裏にあった言葉はその4文字。せめて、自分へかけられたであろう言葉を発した人物を確認しようと後ろへと振り返った。

 

「____君、は」

 

 それが最期だった。カンゴルゴームの右腕がケルキオンを叩き潰す。ぐしゃりと肉体がはぜたような音が一瞬だけ鳴った後、カンゴルゴームはそこにあったものを黒く濁った胸に取り込み始める。

 まるで泥水をすすっているかのように、破壊の力はカンゴルゴームへと飲み込まれていき、吸収するにつれてその体は巨大化していく。

 やがてその場所には10mは超えるほど巨大化したカンゴルゴームの頭部が残された。まがまがしい雰囲気を放つその原核(ルーツ)は周囲の光を飲み込み、黄土色の竜頭を無数に生み出し始めた。

 この現状を生み出した黒幕はその様子を見て、無感動に竜頭を見上げていた。

 

「じゃ、出番だよ」

 

 とんとん拍子に事が進んでいく現状に黒幕は何も感じない。これは必然で楽しむことでもない。

 自分は『母親』でもないのだから。

 出番と称して、地面から突如として生えてきたのは黄色の試験管。その中には紫色のドレスを着た土人形のような誰かが眠っていた。

 その誰かは眠るように瞳を閉じ、自分に迫り来る竜頭には気づく様子もない。竜頭が試験管を食らい原核からちぎれるように分離する。ボコボコと内面から泡立つように姿と色を替え始め、ここに新たなる『生命体』が誕生する。

 祈る聖女のような顔立ちをした50mはあるだろう紫の『巨人』。その背中からは無数の紫の糸があふれ出し、遠くから見れば天使の翼のように見えるだろう。

 糸は地面に突き刺さると、何かを掘り出した。それは鳥であったり、針鼠だったり、虎のようであったり。全てに共通しているのは、巨人からの糸につながれている紫色の人形のような見た目であることだ。

 巨人を筆頭に『影』の集団は大湿原の奥___ナチュルの森の方向へと侵攻し始める。

 

「グルルルルアァァァ!」

 

 影があるところには光がある。侵攻が始まったタイミングを見計らったのか、それとも、必死に急いだが影の発生を止められなかっただけなのか。

 天空に8つの星が現れる。竜の姿を取り、影たちへ立ち塞がるように現れたのは、この世界が生み出した『光』。

 その名も『竜星』。ドラゴンならざる『幻竜』である。

 一体一体がジェムナイトの輝石をソンブレスから継承して誕生おり、今ここにいるのも彼女の指令だった。ケルキオンの危機をソンブレスが持つ『創造』の力から感じ取り、生まれてしまった『影』の侵攻を止めるべく戦いを挑む。

 8体の竜星にひるむこともなく、影たちは侵攻を続けようとする。

 自分たちを無視するなと言わんばかりに、炎の竜星『炎竜星―シュンゲイ』は体から炎を発生させ、影を焼き尽くす。炎に飲み込まれた無数の影たちは灰も残さずに消え去り、糸だけが寂しそうに揺れている

 他の竜星たちもシュンゲイの後に続くように攻撃を開始する。『水竜星―ビシキ』は自身の周囲に漂う水をなまり玉のように変化させ発射。影の体を一瞬のうちに蜂の巣へと変える。

 他の竜星よりも巨体な『幻竜星―チョウホウ』は身にまとった輝きを剣のように変化させ、嵐のように影へと降らせる。糸は切り裂かれ、影たちの体も輝きに触れた途端に消滅していく。

 竜星たちに恐怖はなかった。自分たちを生み出したソンブレスの期待通りに、この影たちを駆逐できる。そう確信していた。

 

 その影たちにも『恐怖』がないことなど、知る由もなく。

 

 始めは竜星たちの優勢だった。影たちは反撃らしい反撃もせず、巨人も竜星たちをいないかのように無視し続けていた。

 小型の影は次々と駆逐された。巨人も確実に足止めされていた。

 その優勢が徐々に劣勢になってきたのは、竜星たちが攻撃を始めて3日が経過した時からだ。

 竜星たちとて力は無尽蔵ではない。最初から継続的に全力が出せるわけではない。日が落ちて月が昇ろうとも、また付きが落ちて日が昇ろうとも、影たちは歩みを止めない。

 徐々に竜星たちは力を失い始め、影を押しとどめることすら困難になり始める。息は荒く、まとっていた自身を象徴する属性は消えかける。

 それでも引くわけにはいかない。無理矢理にでも力を振り絞り2体の竜星___シュンゲイと『風竜星―ホロウ』が影へと立ち向かおうとした。

 

 グサリと、二体に糸が突き刺さった。

 

 気づいたときにはもう遅い。巨人の糸は疲労した二体に切れる物ではない。グサリグサリとその身を奪うように糸はシュンゲイとホロウにまとわりつき、その『影』を奪う。影を奪われた生命に残るのは、空っぽの体だけ。

 星は影へと墜ちた。新たなる人形が二体、ここに生み出された。

 驚愕する残された竜星たち。初めて『恐怖』という感情を知ってしまう。だが、逃げるという選択肢はない。思いつくこともしない。

 自分たちを生み出した星を守るために、星たちは影に挑み続ける。

 例えそれが、『負け戦』であると知っていても。

 

 

 

「____ビュートさん!牙王さん!!」

 

 セイクリッド・ソンブレスが最後の竜星『光竜星―リフン』を連れ、ナチュルの森に戻ってきたのはそんな最中だった。

 『創造』の力を通して我が子でもある竜星たちの現状は把握していた。途中、心が折れそうになりながらも彼女は自身の使命を果たすため世界を飛び回り、現状打破の鍵となるリフンを誕生させて森に戻ってきた。

 ソンブレスの悲痛な声にビュート、牙王だけでなく森に住む者たち全員が駆けつける。

 

「ソンブレス!一体どうしたんだ。それに、その竜は・・・・・・」

「野暮なことを聞くな、同胞 ヴェルズビュートよ。ソンブレス、ついに『驚異』が現れたのだな?」

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・その、とおり、ですっ・・・・・・!」

 

 息切れを起こすソンブレスを心配するようにリフンは彼女へと巻き付く。まだ生まれた間もないためか、母親を心配する子供のようにも見えるその姿は少しだけ周囲の緊張を解いた。

 だが、事態は緊急を要する。

 暴走したクリスタの出現、ケルキオンの消滅、生まれた『影』、竜星が墜ちたこと。

 この場にいる者たちにとって、よいニュースは一つもなかった。

 

「ありえん!!我が父が・・・・・・クリスタが、そのような非道をするなど!!!」

「落ち着いて、ブリリアント。ラズリーちゃん、それは確実なんだよね」

 

 声を荒げるのはジェムナイト最後の生き残り『ジェムナイトレディ・ブリリアント・ダイヤ』。惨劇の夜に負った重傷はジェムナイトが持つ自然回復能力で何とか癒えたものの、心の傷は消えることはなかった。父親とも言えるクリスタの暴走に、彼女の心はより荒れていく。

 そんなブリリアントとは対極に落ち着いて現状を見ようとしているのは、『ラヴァル炎樹海の妖女 ファイ』。高屋ユウキの義妹であり、ヒカリにとってはもう一人の叔母である。

 かつての姉のように燃えるような赤色の髪を伸ばし、トレードマークでもある頭巾をかぶっている。外見年齢は10年前から余り変わっていないが、右目まわりには惨劇の夜に負った大怪我が原因で黒くひずんでおり、それを隠すように前髪を伸ばしている。

 

「うん、ファイちゃん。ブリリアントにはすごく残酷な真実なんだけど・・・・・・」

「ソンブレス様!!そんな、そんなふざけた嘘を言___」

「___ブリリアント。ラズリーちゃんの部族、言ってみなさい」

「そんなもの!セイク、リッ、ド・・・・・・」

 

 ようやくブリリアントは気づいた。ソンブレス、否、ジェムナイト・ラズリーの体が隠しきれないほどに震えていることに。

 当たり前だ。ラズリーにとってクリスタは、憧れで自慢の『長』だったのだから。

 そんな長が自分の同胞を、子供を殺した原因であると知れば___。

 

「ソンブレス様・・・・・・私は、とんでもないことを・・・・・・」

「ううん。気持ちは分かるよ。同じジェムナイトだもん」

 

 今にも罪悪感に押しつぶされそうなブリリアントの震えた声にソンブレスは無理矢理笑顔を作って、大丈夫だとつぶやいた。

 内輪もめをしている場合ではない。すぐさま緊急の会議が開かれる。一旦ソンプレスにはわずかだが休息を取ってもらい、残りの者たちでチームを組むことになる。

 1つは、ソンブレスと共に竜星たちへ加勢に向かうチーム。もう一つは、この森に残り、万が一の時に備えるチーム。

 会議を進めるアバンスとカムイは顔を曇らせながら、チームメンバー案を発表する。

 

「加勢メンバーだが、俺、カムイ、ブリリアント、エグザ・・・・・・っヒカリとレラだ」

「お、ようやく出番っすか。族長」

「わ、私!?」

「レラ、機動力を兼ねそなえつつ攻撃するならお前とアペライオが適任だ。それからヒカリ、お前はレラを守れ」

「分かった」

 

 待ってましたと言わんばかりに牙を見せて笑うエグザと、呼ばれると思っておらず驚きの声を上げるレラだった。

 一方で、シュリットは不満そうな顔で父を見つめる。声を上げないのはすぐ横でエミリアが彼の手を握っていたから。選ばれないことが幸福であることを、震える母の手から感じ取ったからだった。

 

「兄貴。ついに出番だね」

「だな」

 

 自分とは違い、名前を呼ばれた兄貴分の声は静かだった。いつもの子供っぽい雰囲気は消え、その瞳からは冷たさしかシュリットは感じない。

 この状態のヒカリをシュリットは好きではない。まるで別人のような雰囲気で、いつも遊んでくれている兄貴はどこかで死んでいるように感じてしまうから。

 

「ヒカリ、行けるか」

「当たり前でしょ」

 

 アバンスの心配を含んだ言葉にも、淡々とヒカリは答える。何をバカなことを聞いているんだと言わんばかりの目を、アバンスは直視できない。

 こんな目をさせるために、彼を育ててきたわけではないのに。そう思いながらも、彼を戦場に出さなくてはいけない現状にアバンスは憤りを感じる。

 

「よーし、待機組は後方支援にまわるよー!皆、加勢組の手伝いをすること!シュリット、お父さんの準備を!ヒカリは私に付いてきて!」

「え」

「いいからいいから!」

 

 まだ困惑が残る空気を吹き飛ばすように、エミリアがわざとらしく明るい声で檄を飛ばす。彼女の声でようやく全員が動き始め、ヒカリは背中を押されてエミリアにとある場所へと連れて行かれる。

 食堂を抜け、廊下を歩いて増築された区画を抜けた先。かつてリチュアの住居として使われていた区画で、幼い頃のヒカリが住んでいた部屋。

 ヒカリがこれまで入ろうとしなかった、家族の部屋にエミリアは彼を押し込む。

 今現在もエミリアによって掃除されており、誰も生活していないはずなのに生活感が保たれている。ズラリと並んだ本棚も、三人で座っていたソファーも健在。思い出が目に映るたびにヒカリの心は悲鳴を上げる。

 

「えっと、ここに・・・・・・よし、あった!」

「エミリアさん、一体何を?」

 

 先ほどから部屋をあさっていたエミリアが取り出したのは、黒のローブだった。それはかつて、彼の母 エリアルが大戦時代に身につけていた物とデザインが類似しており、よく見るとおぼつかない裁縫の跡が残っている。

 

「これはね、エリアルがヒカリのために裁縫してたローブ。あの夜にヒカリにプレゼントするって言っててね。慣れない裁縫を頑張ってたんだよ」

「母さんが・・・・・・」

「本来は首から足まで被うのを想定してたんだけど、今のヒカリじゃ多分上着としてしか使えないかな。でも、エリアル特製の防御魔術が組み込まれてるんだよ!すごいでしょ!」

 

 エミリアからローブを受け取り、着ていたベージュの上着と入れ替えるように母の愛を身にまとう。エミリアの予想通り、ローブではなくただの上着の大きさしかなかったが、より大きい物を既にヒカリは得ていた。

 惨劇の夜以降、ヒカリは両親に甘えていた象徴でもあるこの部屋と決別していた。

 父と母はその命を持って自分を守ってくれた。なら、自分はその両親に恥じない___『英雄の息子』に恥じない男にならなくてはいけない。

 うぬぼれなのは分かっている。そもそも父自身が『英雄』ではないと何度も何度も言っていた。

 でも、父親とは息子にとって最も身近な『ヒーロー』なのだ。それが自分を守ってくれたヒーローなら尚更、報いなくてはいけない。

 だから、一人で行えることは可能な範囲で全て行い、それ以外は他者から学ぶ。より強く、より賢くなるために。今度は、自分が皆を守れるように。

 きっと、今がその時だ。

 

「ありがとう、エミリアさん」

「・・・・・・まあ、ぶっちゃけるとさ。私、シュリットにもヒカリにも魔術教えたくなかったんだよ。不要な物であってほしかったんだ。こんな侵略目的で創られたものを、後世に残したくなかった」

 

 そもそも教えるの苦手だしー、とエミリアは茶化しながら語るが、声色は少し震えたままだった。

 ヒカリが魔術を教えてほしいと言ってきたとき、その理由を聞いたとき、彼女は背筋が凍った。それは、かつて自分が魔術を学ぼうと思ったきっかけと同じだったから。

 その結果、どれだけのガスタの民を殺してしまったのか。どれだけの悪事に手を貸してしまったのか。

 どれだけ、アバンスとエリアルを泣かせてしまったのだろうか。

 ヒカリも、彼を真似して学び始めたシュリットも、自分と同じ道をたどってしまうのではないかと恐怖した。

 

「でも、今のヒカリならそんな心配は不要かな。・・・・・・本当は甥っ子を戦場に出すとかしたくない。エリアルが知ったら、多分生け贄にされるのが容易に想像できるし」

「そう、ですかね」

「二人とも、ヒカリのことを愛していたから。もちろん、私とアバンスもね。だから___1個だけ約束。絶対に無事で、全員で戻って来なさい」

 

 当たり前です。

 そうヒカリは答えたかった。だが、エミリアがこの言葉をわざわざ出した理由が彼の口を塞ぐ。

 誰だってそうだ。全員生きて帰ってくることが最善で当たり前だと思い込んでいる。そんなものが幻想だと理解しているのは、戦争を経験した人間だけ。

 何も答えることが出来ず静かに俯く真面目な甥っ子に、叔母は思いっきり彼の背中を叩いてやる。いい音共にヒカリの顔が痛みで歪む。

 

「真面目だね~。ま、そこはエリアルに似たのかな。とにかく、これも持ってけ若造!!」

「いっつ・・・・・・って、これは」

 

 エミリアが投げ渡したのは幾何学模様が刻まれた腕輪だった。そして、ヒカリにはこれと同じものを昔からずっと見ていた記憶がある。

 そう、彼の父親 高屋ユウキが左腕に身につけていた『召喚機』である。

 自分用の憧れのアイテムがあるとは思ってもおらず、目を輝かせながら自分の左腕に装着するヒカリ。だが、召喚術は鍛練を積んでも成功したことがなくあくまでも装飾品になってしまうことにもったいなさも感じる。

 

「ほら、両親を背負って行ってこい!」

「・・・・・・ええ。いってきます、おばさん!」

「おばさん言うな!!外見は20代なんだぞ!!」

 

 叔母の怒鳴り声が心地よい。家族部屋を出て、集合場所でもある住居前に走るヒカリ。既に加勢メンバーとファイは集合しており、ヒカリも集まりの中に入る。

 

「ヒカリ」

「ファイ姉さん、どうしたの?」

 

 加勢メンバーではないファイは自身がこの数年で生み出した独自の魔術で、ソンブレスに回復処置を施しながらヒカリへ心配そうに声をかけた。

 ヒカリが『姉さん』と呼ぶのは、かつておばさんと呼ばれたくないとファイがぼやいていた事による彼の配慮なのだが、端から見れば全く違和感がないのも事実だ。

 

「絶対に、いなくならないで」

「うん、わかってる」

 

 ファイの言葉はそれだけだった。ヒカリは微笑みながら言葉を返すが、彼女の言葉の重さに押しつぶされそうにもなっていた。

 ファイの過去はヒカリも知っている。三姉妹の末っ子だったこと。ユウキの義妹になったこと。ウィンダとも姉妹のようになり、エリアルともなんだかんだで仲良くケンカする仲になったこと。生き残ったラヴァルの族長になったこと。

 ファイは、得た家族を全て失った。だから、自分の目の前から誰かがいなくなってしまうことを極度に恐れるようになっていた。

 ヒカリがいなくなれば、ついに彼女から『家族』はいなくなってしまう。そう考えただけで、彼の心は重くなる。

 ファイも変なプレッシャーをかけたくないから短い言葉で済ませたのだろうが、その恐怖で歪んだ目を見てしまえば誰でも察してしまうものだ。

 自身の頬を叩き、気合いを入れ直す。

 アバンスから装備一式を受け取り、それぞれの部位に装着していく。各プロテクターや、エリアルがかつて作り上げた魔術札。鍛錬に使っている物と同じ銀色の剣は腰に。

 装備を付け終わると、不思議と高揚感が湧いてくる。まるでヒーローのようになった気分で、思わずその場で跳んだりはねたりしてしまう。

 その背後から牙王があきれ顔でヒカリに近づき、その気配に気づいたヒカリはアハハと困ったように笑う。

 

「ヒカリ、先ほども言ったが年長者としての自覚を持て。これから向かうのは、戦場だぞ」

「が、牙王・・・・・・ご、ゴメン」

「今回は我が戦場に出ることになった。ソンブレス、レラ、カムイ以外は我の背中に乗れ。全員が乗り次第、すぐに出発するぞ」

 

 牙王が出ることにビュートを除いた全員が驚く。本来牙王はナチュルの森の守護者であるため、森の外へ出ることは全くなかった。それこそ、惨劇の夜ですら森から出ることはなかった。

 そんな牙王が戦場へと赴く。その意味は、ナチュルの森にも大きな被害が出る可能性が高いということ。それは、この平穏がついに崩れる時が来てしまったということ。

 牙王の言葉を聞いた全員の顔がより引き締まる。体をかがめた牙王の背中に一人ずつ加勢メンバーが乗り込んでいく。

 ソンブレスはリフンと共に先頭へ。レラはアペライオに、カムイは鳥獣型の精霊獣『カンナホーク』に騎乗して出発の時を待つ。

 

「では___いくぞ!!!」

 

 牙王が咆哮を上げ、選ばれた戦士たちは森の外へと駆ける。出入り口となる結界の穴をくぐり、荒れ果てた大地へと繰り出した。

 木々の匂いは消え乾いた土の臭いしかしない色の失われた世界。生命の息吹はなく、誕生も始まりもない。ただ静寂だけが流れるこれが本当の世界だと森に住んでいた子供たちは思い知る。

 

「これが・・・・・・森の外の世界。やっぱり寂しい世界っすね・・・・・・」

「俺たちが小さい頃は、もっと緑豊かだったはずなんだけどね」

 

 風を切る牙王の背中で揺られながらエグザは世界への感想をこぼす。ヒカリも変わり果ててしまった世界の光景に心が締め付けられる。両親たちが守ろうとしていた美しかったものは、誰かによって失われてしまったのだと、改めて実感した。

 

「___みなさん!そろそろ戦闘領域に突入します!ご準備を!」

「え、早くな・・・・・・ッデッッッカ!!!?」

 

 森を出て10分程度だろうか。ソンブレスから警告が投げかけられ、全員が戦闘準備に入る。ヒカリも皆に続いて牙王から立ち上がろうとして____その巨人を目にした。

 その大きさに気を引かれてしまうが、今はそれどころではないと頭を横に振って気持ちを切り替える。

 牙王が巨人に接近するにつれて戦場の様子がはっきりと見え始める。

 必死に抵抗する6体の竜星と、そんな必死さをあざ笑うかのように森へと歩み寄る影の人形たちと巨人。

 敵の姿を視認し、ヒカリは自身のスイッチを入れる。その顔つきからは先ほどまであった子供っぽさは消え、目には冷たさが宿る。

 

「ヒカリ、アペライオへと乗り移れ!」

「ご武運を。牙王、皆」

 

 猛スピードで大地を駆ける牙王の背中から、並走しているアペライオへとヒカリは何の恐怖もなしに飛び降りる。レラはヒカリが飛び降りたことを確認すると、自身の杖を用いて霊獣使いとしての力を解放する。

 杖から彼女の髪と同じ明るい橙色の光があふれ始めると、アペライオの体が、力がより大きく変化していく。光が収まると赤いマントを身につけたレラが騎乗している子獅子は、炎を携えた猛き大獅子へと変化する。

 その大きさはレラとヒカリの二人が乗っても全く問題ないサイズで、ヒカリが飛び乗ってもその体はびくともしない。

 それ以上に、あの状況から飛び移って全く痛みも何もないヒカリの体にレラは驚きを隠せない。

 

「ヒカリ、大丈夫!?」

「問題ない。このまま行こう」

「わかった!ライオ、行くよ!!」

 

 前両足に炎を起こし、アペライオは獣型の影へとその爪を振り下ろす。焼け焦げた臭いを残し、影は紫色の糸を切って消滅していった。

 新たなる敵が現れた事実に気づくことはあっても、影の人形たちに変化はない。同じようにただ森へと歩き続ける。

 その様子を見たヒカリは少しだけ考えを巡らせると、アペライオから地面へと飛び降りて剣を引き抜く。

 

「レラ、こいつらは多分あの巨人をどうにかしないと止まらなさそうだ。だから俺たちは周辺の雑魚を叩いて、アバンスさんたちのサポートにまわる!」

「わかったけど、一人で大丈夫!?」

「いや、基本的にはレラとアペライオが取りこぼした分を叩く!頼むぞ!」

「了解!行こう、ライオ!」

『しゃあ!行くぞ、レラ、ヒカリ!』

 

 早速ヒカリは懐から魔術札を取り出し、自分を対象に発動する。エミリアの改造により複数の効果が一度に得られる自身への肉体強化魔術。アペライオの全力はともかく、通常の疾走なら追いつくことが出来るレベルに速度を上げる。

 アペライオとレラが放つ炎の中に影たちは溶けていく。一体、また一体と確実に灰になっているにもかかわらず、人形たちはすぐに生み出されて何事もないように現れる。

 きりがないと弱音を吐こうとするレラだが、目の前で剣を振るうヒカリの姿に勇気づけられて心を燃やす。

 ヒカリの剣は蒼く発光しており、これはアバンス直伝の『魔力補強』によるものだ。巨大な鉱石ですら真っ二つに出来るほどの切れ味を自身の剣に取得させる物で、かつて儀式体となったアバンスは『古の悪魔』の肉体をこの魔術で切り裂いた。

 地面を蹴って上空にいる影の鳥獣へと急速接近。その背中に乗り移って剣を背中から突き刺して、そのまま頭まで切り裂く。

 残った鳥獣の体は魔術札から『魔弾(マジックミサイル)』を打ち出して完全消滅させる。この魔術はかつてエリアルが最も使用していた魔術で、ヒカリにとっても非常に使いやすく感じていた。

 燃えさかる炎の軌跡と蒼の光が紡ぐ線が混じり合い、この大地にはふさわしくない幻想的な光景がここに生み出される。

 

「レラ、まだいけるか?」

「それ一人で戦ってるヒカリが言う? ヒカリこそ無理しないでね!」

 

 尽きることない影の人形たち。確実に消耗しながらも、ヒカリとレラ、アペライオは互いを信じて影を葬り続ける。

 その敵意を感じない様子に気味悪さを感じながら。

 

 

 

 一方、巨人へと立ち向かっているソンブレスは影に取り込まれてしまった我が子たちを助けるために、リフンの力を解放した。

 

「リフン、貴方の力をここに示しなさい!星をつなぎ、影からあの子たちを解き放って!」

 

 本来『竜星』の使命はこの異常事態を引き起こしている『黒幕』が企てている野望の阻止。そのために9体の竜星が必要だと、ソンブレスは理解していた。

 だが、シュンゲイとホロウの二体が影に取り込まれ、急遽その2体を救わなくてはいけない。『光竜星―リフン』はそんな二体を影から救う、本来の使命とは異なる使命を持つ存在だった。

 そしてその力の正体は、『星をつなぐ力』。かつて、ソンプレスに全ての力を託した『星の騎士団』がもつ力と同質の物。

 リフンがその光を解き放つと、湿地帯全土が白く照らされる。光は影へ必死に抵抗する6体の竜星だけでなく、影に墜ちてしまった2体の体と影を包み込み1つにつなぎ合わせる。

 

 竜星は極みへと到達する。

 

 白き輝きと共に現れたのは『輝き』を司る竜星『輝竜星―ショウフク』。その力で影から救い出した全8体の竜星を率いて影たちに反旗を翻す。

 ショウフクが放つ輝きは大地にだけでなく、空にまで届く。輝きは道しるべとなり、かつての伝説がここに再現される。

 天空に輝く一等星。昼間であるにもかかわらず、その輝きは肉眼でも捉えられるほど大きくなる。影たち同様に異常な光景ではあるが、地上にする者たちからは『異質さ』よりも、新しい希望が生まれる『祝福』を感じ取っていた。

 星からオーロラが地上に向かって伸び始め、虹の帯を伝って光に包まれた戦士たちがこの地上に降り立ち始める。その輪郭はおぼろげで明確な実態を得ていないことが誰にでも分かる。

 だが、かつての大戦を生き抜いた者たちは知っている。その星が、その騎士たちが、あの星の騎士団『セイクリッド』を継ぐ物だと。

 

「我が身に宿る12の星座よ。今、その輝きをお返しいたします。我らに、どうか輝く未来をもたらしたまえ!」

「___我らが祖先『セイクリッド』の力、確かに受け取った!」

 

 ソンプレスは身にまとう『星座』を星へと返し、ここに新たなる『星の騎士団』が誕生する。その名も___『テラナイト』。かつてセイクリッドたちの末裔であり、同じく星の名を冠する者たち。

 その姿は、全部で五人。

 リーダー格となるはくちょう座の『星因士(サテラナイト) デネブ』と中心に、わし座の『アルタイル』、こと座の『ベガ』、矢座の『シャム』、へび座の『ウヌク』。

 白き体に金色の装飾、そしてその体を包むように黄金の輪___『星因環』を持つ事が特徴で、デネブを除いた四人は降臨直後に影たちへと攻撃を始める。

 デネブは自分たちを降臨させたであろう神殺しの天使へ元へ駆け寄り、力を使いすぎた彼女に肩を貸す。

 

「よく我々を導いてくれた。私の名はデネブ。一応、現テラナイトのリーダー役を務めている」

「私はソンプレスといいます。本来は別の部族なのですが、セイクリッドさんたちに力を託されてこのような姿になっています」

「可憐な少女に力を託さなくてはいけない事態だったのだな・・・・・・。一旦休むんだ、気高きソンブレスよ。ここは我々に任せてくれ」

「そうは、いかないんですよ・・・・・・」

 

 セイクリッド・プレアデスに似た男性の声でデネブはソンプレスに休息を取るように進めるが、彼女は巨人を見つめ首を横に振る。

 その様子に気づいた牙王が駆けつけ、呆れながらも戦場に立とうとする彼女を休ませるために言葉をかける。

 

「今は無理をするときではないだろう、ソンブレス。神殺しの天使よ」

「牙王さん・・・・・・」

「新たなる星の騎士よ、彼女は我が引き取ろう。降臨した直後で申し訳ないが、共に戦ってくれ」

「無論だ、我らとは異なる星の力を秘めた勇敢なる獅子よ。我らテラナイト、この星を守るために力を振るおう!!」

 

 ソンブレスを牙王の背中に乗せ、デネブは既に戦っている者たちの元へと飛び立った。テラナイトの参戦により戦局は連合軍が優勢に傾き始める。

 まだ戦えると文句を言うソンブレスを休ませながらも、牙王は影たちをその爪で切り裂き、その体で敵を打ち砕いていく。しかし、そこまでソンブレスが無理をしてでも戦場に立とうとする理由が牙王には分からない。

 

「ソンブレスよ。何を焦っている? 何か心当たりがあるのか?」

「・・・・・・私には分かるんです。あの影を生み出している巨人は____」

 

 

 

 

 

「ああ。ここまでとなると、殲滅するしかない、よね」

 

 少女の声が戦場に響いた。

 その声はなぜだか分からないが戦場にいる者すべてに聞こえていた。声を聞いたソンブレスは続けようとしていた言葉を失い、アバンスとカムイは想像もしたくなかった『最悪』であることを知ってしまい____

 

 レラとヒカリは、声の主にただただ目を見開くだけだった。

 

 先ほどまではどこにいたのだろうか。巨人の前に一つの人影が現れた。

 鈍く輝く紫色の杖の先端には闇が詰まったかのような鏡が取り付けられている。

 その手足はまるで『人形』のように無機物となり、黒と紫の金属で作られているようだった。

 パキパキとわざとらしい折り目が付いた板のようなマントを着けたその少女は、無感情に巨人へと指示を出す。

 

「ネフィリム、この者たちを『敵対者』として認証します。殲滅しなさい」

「___うそ、でしょ? なんで? どうして?」

 

 レラから漏れる言葉は現実への拒絶のみ。その言葉に『緑髪の』少女は何も答えない。ただこちらに無表情の顔を向けるだけだ。

 

「どうして・・・・・・どうして___」

 

 

 

 

 

「『ウィンダ』さんが、そっちにいるんだよ!!!!」

 

 ヒカリの叫びも、影の人形と化したウィンダには届かない。巨人はウィンダの指示を受け、明確に抵抗する者たちを『敵対者』として認識。森への歩みを止め、人形たちを再生成。軍団を一瞬で作り上げ、襲いかからせる。

 ただ動きを止めるだけでも拮抗状態に持ち込むのが精一杯だった連合軍が、明確に敵意を持った影たちと激突すればどうなるか。その答えは簡単だった。

 あっさりと戦況はひっくり返る。

 

「レラ!ヒカリ!しっかりしろ!!前を向いて対処するんだ!」

「ずいぶんと___偉くなったものだね、カムイ」

「ウィンダさん・・・・・・!」

 

 戦意を喪失しかけている若者たちにカムイは上空から叫ぶが、そこにウィンダが横やりを入れる。

 ケルキオンを拘束した青い糸をカンナホークとの抜群の連携で回避し、黄緑色の雷をかつての族長に向けて落とす。迷いはある。あのウィンダがこのような事態を引き起こした『黒幕』だと信じたくない。

 だが____どうしても、あの惨劇の夜で死体が見つからなかったことがずっと気にかかっていた。

 カムイの雷はウィンダが発生させた暗闇に吸い込まれ、次の一発は近くの人形にかばわせる。なんの驚異も感じていないように、ウィンダはカムイとの会話を続ける。

 

「今じゃ族長? 私に代わって?」

「そうですよ。本当は代理でしたけどね。貴方が戻ってこなかったから、私は!」

「それもそっか。ガスタはほとんど殺したし」

「_____________は?」

「あれ、気づいてると思ったんだけど。あの日、皆を殺した魔術を仕込んだのは私だよ?」

 

 ____聞きたくなかった言葉が、彼らを貫いた。

 投げかけられたカムイも、近くにいたレラとヒカリも、遠くで聞いていたアバンスも。その言葉によって頭の中を真っ白にさせられる。

 一瞬だけ思考が止まった隙をウィンダは見逃さない。カムイに向けて杖から発生された黒い風を塊にしてカンナホークごと吹き飛ばす。さらに、巨人 ネフィリムは影を奪わんと連合軍に糸を伸ばす。

 

「キュルルルルアアア!」

「ショウフク!?」

 

 セイクリッドと同じ力を持つショウフク。人に分かる言葉は発せなくとも、その志は星の騎士団と同じもの。

 この星に生きる者たちを守るため、ショウフクと竜星たちはその身をもってその糸を受けてしまう。本来の使命を遂行することは出来ないと分かっていても、竜星たちに母を、その母が守ろうとする者たちを見捨てることは出来ない。

 影を奪われ、今度は全ての竜星がもぬけの殻と化す。その代わり、ネフィリムが操る人形たちのバリエーションがいくつか増加していく。

 

「____ウィンダぁぁぁ!!!!!」

 

 思考が追いついたヒカリの空っぽになった頭を埋め尽くしたのは、両親を、家族を奪われた『怒り』だった。

 肉体強化の魔術をかけたまま大地を蹴る。その目に殺気と怒りを宿しウィンダへと剣をなんの躊躇もなく彼女の首へと振った。

 

「ヒカリ、大きくなったんだね」

「___黙れ。もうしゃべるな」

 

 杖で彼の剣を受け止めながら、ウィンダは親愛を示すような微笑みを浮かべる。それが彼にとって到底受け入れることが出来ないものと知って。

 さらに剣に力を入れるヒカリだがウィンダの体は全く動かない。この状況を楽しむかのようにウィンダは会話を続ける。

 

「私を、殺すの?」

「黙れ」

「ふぅん・・・・・・。でも、無理だよ。ヒカリの力じゃ、ユウキのようには___」

「黙れぇぇぇ!!」

 

 父という逆鱗に触れられ、ヒカリは力任せに剣を振り抜いた。ウィンダの杖は切れることなく、ただ刀身が滑っただけだが勢いは出来た。体勢を低くして、今度は彼女の銅を狙い一閃。

 彼をあざ笑うかのようにウィンダは踊るように剣を回避し、杖から青い糸を放出。ケルキオンですら抜け出せなかった拘束魔術。ヒカリは反応するもののその量に圧倒される。

 左右、抜け道なし。上、移動が困難になるため不可能。正面、罠の可能性高。

 

「___ライオ!!」

『ヒカリから離れやがれぇ!!』

 

 背後、増援の可能性アリ。

 一瞬で戦局を何とか読み切り、駆けつけたアペライオの背中へ視界を正面に固定したまま、ヒカリは飛んだ。

 直後、ヒカリがいた場所から炎が飛び出し糸を焼き切る。あら、と少し声を漏らしウィンダは再び影に墜ちた竜星の背中に飛び移った。

 

「ウィンダさん!」

「レラ。それにそのライオン。いいコンビネーションね」

「・・・・・・その言葉は、生きて言ってほしかったよ」

 

 震えた声でレラは叶わぬ願いを漏らす。かつての族長にして、叔母のような存在であった彼女に牙を向けることにレラはまだ迷いがあった。

 それでも、今を守るためにはウィンダと対峙するしかない。涙を必死に押さえ、心配するアペライオに大丈夫だとつぶやく。

 

「ウィンダ、お前たちの目的は何なんだ!」

「それは内緒。いずれ分かるよ。今はそうだね・・・・・・新しい戦力がほしい、かな」

「だから、あの竜たちを操ってるのか!」

「それだけじゃ、まだ足りないんだよね」

 

 ウィンダの言葉が自分たちに向けられていると感じ取った二人は、今一度警戒を強め、周囲の人形たちに剣と杖を向ける。

 だが、ウィンダの瞳は、影達の魔の手は確実に連合軍に迫っていた。

 

 

 

「ウヌク!」

「っこっの!!」

 

 ヒカリたちとは別の場所で戦っているテラナイト達。その一員であるへび座のウヌクはなんと、人形達が生み出した影に両腕を突っ込んでいた。

 人形達の影は触れた生者を影に堕とし変質させる力を持つ。それはこの戦場ではとっくに常識になっていたはずなのだが。

 

「何をしている!? 早く手を離すんだ!」

「そういうわけにもいかないんですわ、これが!この中に、俺たちの先祖がいるみたいなんでね!!」

「な!?」

 

 竜星が影に堕とされたとき、ウヌクはこの影の中から『へび使い座』の力を感じ取っていた。その力の持ち主は、セイクリッド・ハワー改め、ヴェルズ・ケルキオン。へび座とへび使い座という密接な関係だったからこそ、ウヌクはこの事実に気づくことが出来た。

 そして事実、ケルキオンは影に変化しつつも何とか抵抗を試みており、青い糸に雁字搦めになりながらも、必死に足掻き続けていた。

 ウヌクは何とかケルキオンを救出しようとここ見ているのだが・・・・・・。

 

「この影・・・・・・意味わからんくらい拘束力が強すぎるっ!」

『クソっ!破壊の力も押さえられてるし、このままじゃこの子が・・・・・・!』

 

 影の力は二人の想像を超えていた。引っ張っていたはずのウヌクが吸い込まれる立場に変わったのは、救出を試みて少し後のことだった。

 

「デネ、ブ・・・・・・!ゴメン・・・・・・!」

「ウヌク!!!」

 

 ウヌクとケルキオンの必死の抵抗もむなしく、ウヌクは影へと墜ちた。デネブの伸ばした手を取ることも出来ず、無念のまま星は消えていった。

 何も出来ずに仲間を失いデネブは悔しさで顔を歪めるが、ウヌクが吸い込まれた影から鏡が付いた杖が中から飛び出していることに気づいた。

 

『そこに・・・・・・誰かいるかい?』

「そのお声・・・・・・セイクリッドなのですか!?」

 

 杖から発せられたケルキオンの声を聞き、デネブは杖に向かって傅く。伝説として語り継がれている先祖の声を聞けることは、彼らの力を継いだ末裔にとって光栄なこと。

 なんとなく外界の様子が分かったケルキオンはその堅苦しい態度に対して苦笑をわずかながら漏らし、そして新たなる星の騎士に自身の願いと力を託す。

 

『我が名はハワー。新たなる星の騎士よ、この杖を君に託す。未来を、頼んだよ!』

「はっ!このデネブ、必ずや!」

 

 ケルキオンの杖から流れ込んできた力は、デネブが持つ『星をつなぐ力』を増幅させる。これならばと、デネブは天空に銀河の渦を発生させる。

 そう、かつて高屋ユウキがこの世界に持ち込み、セイクリッド達が持つ『結束』の力が今再び現れる。

 

「アルタイル!ベガ!我ら三人の力を一つに!」

「これこそ、我らテラナイトの結束の力!」

「私たちの輝きを、より強きものへと!」

 

「「「エクシーズの力よ、我らを導け!!」」」

 

 エクシーズ召喚。種族、部族を超え、新たなる戦士を生み出す力。かつての大戦ではユウキがインヴェルズとの戦いの時に使用し、後に暴走したヴァイロンを止めるために4部族が見つけ出した力でもある。

 元々はセイクリッドが持つ『星をつなぐ力』が由来であり、その末裔でもあるテラナイト達にも引き継がれていた。

 三体のテラナイトが黄色の閃光となって渦へと吸い込まれると、新たなる星を生み出す爆発が起こる。その中から現れるは、星の輝きを得た騎士『星輝士(ステラナイト) デルタテロス』。ユウキがいた世界では、夏の大三角形を結ぶ星達で形成されている。

 

「この輝きに導かれた我が同胞達よ。今こそ大地に降り立て!」

 

 エクシーズとなったことで星をつなぐ力はさらに強力になる。デルタテロスが空に『神聖なる因子』を解き放つと、新たなる星達がこの地上に降り立つ。

 おおいぬ座の『シリウス』、こいぬ座の『プロキオン』、オリオン座の『ベテルギウス』と『リゲル』、ぎょしゃ座の『カペラ』の5体の希望がここに降臨した。

 

「まったく、さっきから心配かけ過ぎなんすよ。テラナイトの皆さんは!」

「まあ、そういうなエグザ。あいつらはセイクリッドの力を継いでいる。なら、多少の心配は不要だ」

 

 めまぐるしく星達が現れる様子を見て、エグザは悪態を、アバンスは信頼の言葉を交わす。

 エグザは白を主体とした金色の爪をしたガントレットを両腕に装着し、人形を糸ごとなぎ払う。アバンスは大戦時まで若返った姿で、白馬のような造形をした足具に黒色の尻尾、一角獣のような槍と頭具を装着しており、その槍裁きは人形達の気づかぬ間に体に穴を開けていた。

 彼らが使用する魔術は『影霊衣(ネクロス)』というエリアルが提唱し、アバンスとエミリアが完成させた『他の生命をまとう』儀式魔術である。

 エリアルが、ユウキが銀河眼へと肉体が変化することをきっかけに、他の生命の力を鎧に変換・装着することができないか、と考えたことから始まったもので、この儀式魔術を使えば様々な力を使用でき、なおかつリチュアのような体を生贄にするリスクを抑えられるという物だ。

 現在、エグザは旧大陸にて活躍した『A・O・J カタストル』の力を、逆にアバンスは旧大陸にて猛威を振るった神々の下部『魔轟神獣 ユニコール』の力を鎧に替えている。

 この儀式が出来るのも、旧大陸にてこの儀式の元となる生命の残骸をアバンスが発見できたことと、再生したアバンスの儀水刀から新たな鏡『影霊衣の降魔鏡』を複製できたからだ。

 複製の際、材料提供をしてくれたのはブリリアント。鏡の元となる鉱石をなんとか見つけ出してくれたことによる。

 

「あの巨人・・・・・・いえ、今は考えている場合ではありません」

 

 そのブリリアントは巨人に何か『同じ物』があるような奇妙な感覚を覚えていたが、一旦頭の隅に置く。目の前で無数に複製される人形達の糸を手に持つサーベルで切り裂く。

 父とは異なり、肉弾戦は余り行わないブリリアント。得意とするのは剣技であり、美しく無駄のない動きから放たれる一撃はアバンスですら真似できないほど繊細な技。

 苦戦することなく人形を撃退するブリリアントの前に、新たなる人形が現れる。金色の装飾をした紫色の蛇。

 そう___取り込まれてしまったウヌクが人形と化した姿だった。

 

「この人形の力は、あの星の騎士の物・・・・・・」

「ウヌク!この人に手出しはさせないよ!」

 

 ブリリアントの元へ星因士 シャムが駆けつけた。ブリリアントの半分ほどの体格しかない男性の声を発する小型のテラナイトだが、その黄金の矢は人形を一撃で葬り去る輝きを秘めている。

 出会ったばかりだが、お互いを信頼することは出来る。ブリリアントは自身の背中を託し、影へと再び立ち向かう。

 

「テラナイト殿、お力をお借りします」

「まっかせて!これ以上、好き勝手にやらせないからな!」

 

 

 

「ライオ!炎の柱を!」

『任せろ!』

 

 場所はレラ・ヒカリとウィンダの戦場へと戻る。レラの指示でアペライオは正面に炎を吹き上がらせる。竜にまたがり空を飛ぶウィンダに狙いを付けて発生させるが、ウィンダは焦ることもなくまるで分かっていたかのように、炎の柱を回避する。

 元々ガスタで鳥獣と共に暮らしてきた彼女の操獣技術はずば抜けていた。影の人形となった今でも、その技術に変わりはないようだ。

 

「狙いがまだまだ甘いね、レラ」

「___そうでもない」

「おっと」

 

 炎の柱の発生に合わせて、ヒカリは飛行魔術を使用。空中を蹴るようにウィンダがいる上空まで飛び上がり、その背後を取った。

 背後からの奇襲もウィンダには届かない。余裕を残す笑みを浮かべてヒカリの一撃を回避すると、今度は杖から禍々しい暴風を引き起こす。

 実態をつかむことが出来ない攻撃に空中のヒカリは対処できない。猛スピードで地面に叩きつけられると思わず言葉にならない声を漏らす。

 

「ヒカリ!」

「だい、じょうぶ・・・・・・!」

 

 思わず声を上げるレラに無事だと伝えるが、間違いなく大きなダメージがヒカリに入った。受け身もとれず、その体に衝撃を受けた。上手く呼吸が整わない中で、次の一撃を食らわないようにウィンダをにらむ。

 

「____よし、星の騎士を取り込めたみたいだね。じゃあ、ここからが本番だよ」

「本番、だと?」

 

 ウヌクを取り込んだことを確認したウィンダは、ネフィリムに新たな指示を出す。指示を受け取ったネフィリムは影に堕とした『水竜星―ビシキ』と影のへびを融合させ、本来存在しない10体目の竜星を生み出した。

 禍々しい闇を司る『闇竜星―ジョクト』の誕生である。テラナイトが持つ星をつなぐ力が、連合軍に牙を剥くというのは皮肉でしかない。

 だが、絶望はこれだけでは終わらなかった。今度はそのジョクトと、『魔を食らう』竜星であるトウテツを融合させ、『邪』なる竜星 ガイザーを誕生させてしまった。

 暗黒の竜星という存在してはいけないガイザーの咆哮は、聞く者すべてに恐怖を与えるような威圧感を持っており、その体には黒く染まった『星因環』を所持していた。

 

「竜星の皆が、苦しんでる・・・・・・」

 

 動物の声を聞くことが出来るレラには、竜星達の意思が分かっていた。言葉は発しない竜星達だが、その全員が今苦しみ、もがき、抗おうとしている。

 そんなささやかな抵抗ですら、このガイザーが全て打ち消してしまう。

 本来、希望の存在であった竜星は、最悪の敵として連合軍の前に立ち塞がったのだ。

 

「これで終わりだと思ってる? まだだよ。これからもっと面白いことが起こるんだから!」

「ウィンダ・・・・・・!」

 

 初めてウィンダは声を上げて笑った。だが、その声には邪気が込められた汚い物。ヒカリ達が知る彼女の声とはかけ離れた、あまりにも悲しくなる声。

 だが、彼女の言うことは事実だった。

 突如、遠くから赤い炎が上がる。それはネフィリムを含めた影の人形達が生み出された場所からネフィリムよりも高く上がっていた。

 戦場どころか世界を赤く染め上げるように光り輝くその正体は____赤い糸を背中から噴出し、片角と黄色い髪を持つ男性型の巨人。

 そして、変わり果ててしまったがわずかながらに残るその面影は、ブリリアントが見間違えるはずもなかった。

 

「___父、上?」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」

 

 影を生み出す原核であったジェムナイト・クリスタが、完全に影の巨人へと変わり果ててしまった姿だった。

 

「アハハ!!!やっと起きたね、クリスタさん!!これで、これで!アハハハハ!!!」

「うそ・・・・・・まだ巨人がいるの・・・・・・?」

「レラ!」

 

 もう一体の巨人を見てしまい、レラは完全に心が折れてしまう。今ですら食い止めることが出来ていない状況。気を抜けば自分も影に墜ちてしまうという恐怖。

 そんな中でさらに襲い来る巨人という名の絶望。

 テラナイトたちも必死に戦い、生きる者たちを援護するが、戦況はひっくり返ることはない。カムイもエグザもアバンスもブリリアントも牙王もソンブレスも全力を尽くしているのに、状況は悪くなるばかり。

 瞬く間に希望は砕かれ、少女は立ち上がる理由を失い、立ち上がり方すら忘れてしまう。

 

「もうイヤだよ・・・・・・死にたくないよ・・・・・・!」

『レラ!歩みを止めるな!本当に死んじまうぞ!!』

「アハハ。無力だね、レラ、ヒカリ。もう、このままこっちに来ない?」

「___ふざけるなよ」

 

 絶望的な状況。恐怖で心を折れた幼馴染み。それら全てをあざ笑う声。

 ヒカリの怒りは頂点を通り越して、もはや憎悪と化していた。声は荒げず、静かに、だが何かを振り切ってしまったかのようなどす黒いものが込められていた。

 

「楽しいんだろうな、俺たちが苦しんでいて。絶望していて。ああ、もう、俺たちが知っているウィンダさんはもういないんだろうな」

「ヒカリ・・・・・・?」

「なら____お前を壊しても、いいんだよな?」

 

 その聞いたこともない声色をした青年を見上げたレラが見たのは、母親譲りの青くて綺麗なヒカリの瞳が___赤く染まった。

 突如、ヒカリの左腕の召喚機が光り輝き始める。白い光を放ち、ただの鉄色から鮮やかな明るい赤色へと染まる。今まで何の反応もなかった召喚機が突然の変化を見せたことに、ヒカリは何の違和感も抱かずにカードを引く。

 

「『決闘(デュエル)』___俺は、スケール1の竜脈の魔術師とスケール8の竜穴の魔術師を発動」

 

 召喚機を起動する呪文『決闘』を唱え、ヒカリは冷静に、初めてだとは思えないほどに素早く二枚のカードを発動させる。

 発動されたのは、二人の男。青白い光の柱に囚われた男達の下には、謎の書体で描かれた数字が浮かび上がっていた。若い青年の下には1が、壮年の男性の下には8が現れている。

 

「これにより、2から7のレベルのモンスターを同時に召喚出来る。光の軌跡よ、異次元の門を開け!」

 

 かつての彼の父がこの世界に『未知』をもたらしたように、彼もまたこの世界に『未知』をもたらす。

 ____その力の由来を、彼本人が知る由がなくとも。

 

「ペンデュラム召喚!!!現れよ、二色の眼の竜よ!」

 

 二体の魔術師が描いた光の軌跡は空に紋章を描き、その中から一体の竜が出現する。

 仮面を付けたような、赤と緑の二色の眼を持つ赤き竜。その眼に、召喚者と同じ『怒り』を宿して。

 




書いていて思うのですが、三期は公式ストーリーが絶望しかないですよね?(白目)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

端末IF OutSide 決闘者は縁を紡ぐみたいです
EX 音楽魔人の悩める日


この作品は、作者が書け決闘にて敗北した事から生まれた物です()
遊戯王OCG公式様とは一切関係ございませんが、作者の作品とは関係がございます。
ご了承ください。



「はぁ・・・・・・本当に大丈夫なのかなぁ」

 

 とある劇場の舞台裏にて、小人の少女が不安混じりのため息を漏らす。

 藤色の髪をツインテールにしたその頭部からは小さな白い角が二本はえており、彼女が人間ではないことを周囲に知らせている。

 だが、『人間でない』ことなどはこの世界ではどうでも良いことなのだ。

 不安げな彼女の視線の先には、彼女の半身とも言えるピアノがぽつんと置かれている。

 

「ハミィ~。団長がそろそろ練習再開するってさ~」

「は、ハイ!!今すぐに!」

 

 舞台側から名前を呼ばれ、彼女はピアノに『飛び乗って』舞台へ飛び出していく。

 

 これは、魔導都市でのとある少女の日常の話である。

 

 

 

「はぁ・・・・・・やっぱりダメだぁ」

「そう落ち込まないでハミィ。ほら、トマト食べる?」

「あ、ありがとうございます。メロ先輩(なんでいっつもトマト持ってるんだろう・・・・・・)」

 

 魔導都市のベンチに藤色の髪の少女 ハミィこと『ハミハミハミング』と、彼女の先輩でギルドの仲間でもあるメロこと『メロメロメロディ』がトマト片手に座っていた。

 彼女たちはギルド『魔人交響団』の一員であり、『魔導都市 プロファシー』を中心に活動していた。

 ギルドには、探索業を主とする冒険者の集まりというイメージが強いが、彼女たちのように直接冒険に出向かないギルドも存在している。

 魔人交響団の開催するコンサートは、人々の心を踊らせる・震えさせる音楽だと評判で、活動して2年間ですでに少なくない数のファンも獲得している人気ギルドだ。

 ハミィはそんなギルドに数ヶ月前に加入したばかりの新人。元々音楽を得意とする一族に産まれ彼女自身も音楽が好きなこともあり、このギルドに加入するのは夢でもあったのだが、彼女の気分は落ち込んでいた。

 

「リハで上手くいかなくても、本番で巻き返せば良いのよ。ね?」

「そうですけど・・・・・・リハで上手くいかないんじゃ、本番でも・・・・・・」

 

 それは一週間後のコンサートにて初参加が決まったのは良いものの、リハーサルで上手く演奏が出来ないことが原因だった。

 しかも、今回は彼女の初舞台であり、主役として開かれるため余計に失敗が出来ない事がさらにハミィの心を沈ませる。

 メロを始めとした3人の先輩と団長に迷惑をかけ続けていると思うと、日に日に心が重くなっていく。次こそは頑張ろうと意気込んでも、やっぱり上手くいかない。

 そんな負のスパイラルにハミィははまり込んでしまった。

 メロからもらったスイーツトマトも、今は甘く感じなかった。

 

「ダメですね私。ちょっと散歩して頭冷やしてきます」

「いってらっしゃい。戻ってきてもモヤモヤしてるなら、遠慮なくあたしを頼ってね」

「ありがとうございます」

 

 街へと歩き始めたハミィの体と心は、フラフラと揺れていた。

 

 

 

 街を歩き続けて既に10分は経っただろうか。ハミィは晴れない心を抱えたまま、ただ何の目的もなくさまよい続けていた。

 通常の人間の半分もない背丈ではそこまで遠くへは行けない。周囲の風景は変わらず、人の話し声であふれた商店街だ。

 行き交う人の間を縫いながら、本当に幽霊のようにふらふらしているハミィ。せめてピアノに乗っていれば交響団の一員とみられるのだろうが、今は音楽から離れていたかった。

 

「せっかく交響団に入れたのに、これじゃあお母さんたちに合わせる顔がないよ・・・・・・」

 

 彼女の両親はどちらも音楽関連の職に就いている。家では必ず音楽が聞こえてきたし、そんな家族が彼女は大好きだった。

 ピアノのコンクールで賞を取れば『天才』だとか、『努力家』だとか、よく褒めてくれていた。

 だが、今はどうだ。

 才能もなければ、努力してもどうにもならない現実が目の前に大きな壁となって立ち塞がっていた。

 これでは両親の言葉が嘘になってしまう。今の自分を形作ったあの優しい言葉が崩れ落ちてしまう。

 それだけは、絶対になんとかしなくてはいけない。

 

「っと言ってもなぁ。何がダメなんだろう。確かに緊張で少し堅いとは思うけど、団長はそれが原因じゃないって言ってるし・・・・・・」

 

『お前は、本当の意味で我々と演奏していない。その意味を考えなさい』

 

 団長である『マエストローク』から三日前に投げかけられた言葉だ。ずっと考えているが、未だに答えは見つからない。

 自分のパートはちゃんとこなしているはずだし、楽譜通りに出来ているはずだ。その楽譜が殺人的に難しいのは置いておいて。

 先輩であるテンさんこと『テンテンテンポ』も初めてにしては上出来と言っていたし、メロもよくやったと毎回言ってくれている。

 それなのに、団長はいつもリハーサルが終わると少しさみしそうな顔をするだけ。

 

「やっぱり、下手くそなのかな。私の演奏」

「___ちょっとごめんね。そのお店に入りたいんだ」

「え!ご、ゴメンなさい!!」

 

 悩んでいる内に店の前に立ち止まっていたらしく、背後から声をかけられたハミィ。

 振り向いて見上げると、人間と呼べる背丈に赤みがかった茶色の長髪と瞳の少女がハミィを見ていた。

 少しつり上がった強気そうな瞳に、ヘソ出しスタイルという服の上から薄茶色のローブを羽織っているその少女からは、今のハミィにはない自身が満ちあふれているようだった。

 

「お節介かもしれないけど、何か悩み事?」

「え、分かるんですか!もしかして占い師の方だったりします?」

「アハハ!あたしはそんなんじゃないよ。ただの冒険者。ただ、貴方の顔がどうも沈んでいるように見えたからさ」

「やっぱりそう見えますよね・・・・・・」

 

 赤の他人にすら分かってしまうほど、今の自分はひどい顔をしているらしい。そう実感するとますます自分が未熟者に思えてしまい、ハミィはさらに落ち込む。

 それを見た少女はふと何かを思いついたようで、少し待っていてほしいとハミィに伝えると目の前の店に入っていってしまった。

 その数分後、店から出てきた少女の手にはソフトクリームが握られていた。

 

「はい、これあげる」

「え、悪いですよ。私、貴方のこと何も知らないのにこんな・・・・・・」

「まあまあ、とりあえず受け取っときなさいって。あたしはさ、貴方の悩み事にどうこう言える立場じゃないけど、仲間を頼ってみたら?」

 

(そんなことは、言われなくても___)

 

 ハミィがそう思う中、少女は言葉を続けた。

 

「結局、誰も1人じゃ何も出来ないから。誰かを頼って頼られて、そこで生まれる何かで、誰しも生きてるとあたしは思うからさ」

 

「___」

「んじゃ、またね」

 

 明るい太陽のような笑顔を見せて、少女は再度店へと入っていった。

 名も知らない少女の何気ない言葉にハミィは顔を上げた。心にはびこっていた闇の中に灯火が生まれたように感じた。

 

『本当の意味で我々と演奏していない』

 

 マエストロークの言葉がハミィに再度響き渡る。そして、彼女はその言葉の意味をようやく気づくことが出来た気がした。

 気づけば彼女は劇場へと走り始めていた。

 

 

 

「___団長!!」

「どうしたんですかハミィ。今日はもうお休みですよ」

 

 劇場にまだ残っていたマエストロークの元へ息のあがったハミィが駆け寄る。

 マエストロークは少し驚きながらも、彼女の目線に合わせるようにかがむと背中をさすり始める。

 息を整え、ハミィがマエストロークに伝えた最初の言葉は___

 

「調子に乗っていて、スミマセンでした!!」

 

 ___謝罪の言葉だった。

 何も謝罪されることなどないと、マエストロークは首をかしげるが、ハミィは言葉を続ける。

 

「私、ずっと1人で演奏をしていると思ってました。ピアノのコンクールでは1人で演奏するのが当たり前だから。楽譜と向き合って、自分を出すのが今までの演奏だったから!」

 

 ピアノを演奏する時に彼女は一人だった。自分の世界に入り込み、その世界を他人に見せつけることが彼女の当たり前だったのだ。

 だが、今は違う。

 

「団長の言葉の意味、自分なりに答えを出しました。私は、先輩たちの音を聞いていなかったんですね。だから、団長は本当の意味で演奏していないっておっしゃったんですね」

「___その答えを持って、君はどうしたい?」

「私は、先輩たちと演奏したいです!メロ先輩、テンさん、ムズ先輩、団長と一緒に、最高の演奏を、聞きに来てくれている全てのお客さんに!」

 

 ハミィの言葉にマエストロークは静かに、確かに微笑んだ。

 その言葉を待っていたんだと、歓喜するかのような微笑みだった。

 

 

 

「はぁ・・・・・・本当に大丈夫かなぁ・・・・・・」

 

 舞台裏にてハミィはあの時と同じ言葉をつぶやく。だが、彼女がその言葉を漏らしたのは以前までの自分への不安ではなく、大勢の客衆の中で演奏する事への緊張からだった。

 あと数分後には、魔人交響団としての初めての仕事が始まる。

 リハーサルは何度も行ってきた。あの日以来___あの少女と出会った日以来、ハミィは本当の意味での演奏を行ってきた。

 今まで何も言わなかったムズ先輩こと『ムズムズリズム』もリハーサル終了後に、グッとサムズアップを送ってくれるようになった。

 マエストロークもニコッと笑ってくれるような演奏が出来ていた。

 だが、いざ本番となるとやはり緊張はしてしまうものだ。

 

「ハミィ」

「ムズ先輩」

「楽しい演奏をしよう。大丈夫だ」

 

 毛むくじゃらのムズは口数が多い方ではない。ハミィを気遣う言葉をかけ、彼女の肩をポンと叩いて劇場へとあがっていく。

 だが、それこそが彼にとって最大の心遣いだとハミィはあの日以降に知ることが出来た。

 

「よ~し!僕たちも行こうか、メロ!ハミィ!」

「ええ。ハミィ、準備は良いかしら?」

 

 テンとメロもハミィへ期待を秘めた瞳で彼女を見つめる。

 ゆっくりと息を吸う。そしてあの少女の言葉を思い出す。

 

『誰かを頼って頼られて、そこで生まれる何かで、誰しも生きてるとあたしは思うからさ』

 

 先輩が自分に期待してくれているように、自分も先輩を信頼する。

 そして生まれる演奏で誰かに何かを届けられたら、それは交響団の彼女にとって一番幸せなことだ。

 

(ありがとう。また会うことがあったら、今度は私が貴方に何かを届けさせてね)

 

「はい!魔人交響団の一員ハミハミハミング、行きます!」

 

 

 その日、魔人交響団はさらなるファンを獲得し、さらにその名を世界に響かせる。

 彼女たちが奏でる音楽は、きっとこれからも笑顔を届け続けるのだろう。

 そして願わくば、そんな素敵な日々が続きますように___。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一回 彼女たちの日常①

 世界は、数多の次元に分かれている。
 機械が命を持ち生活している次元。高層ビルが並び立ち輝きと闇が映える次元。
 瘴気があふれ闇と悪魔が支配する次元。宇宙で多くの生命が活動する次元。
 はたまた、星を生み出した神を人々が打ち倒した次元。
 ここに上げたのは、あくまでも一例。次元は星の数ほど存在しており、各次元によってルールも異なる。
 これから語られる次元は、『魔法が研究・行使される次元』であり、『他の次元とつながり続ける次元』でもある。



「ふあぁ~・・・・・・ねむ」

 

 誰に起こされることもなく、10代半ばの少女はベットから身を起こす。まだ目は半開きで、赤みかかった茶髪も重力に逆らうかのように爆発。

 爆発した髪を右手でガシガシと掻きながら、フラフラと少女は壁に掛けられた鏡を目指す。

 少女が寝ていた部屋は彼女の自室だが、余りにも女性らしさがなかった。濃い茶色の床と壁という部屋。その一方向は巨大な本棚とそれすら収まり切らないほどの本が無造作に置かれ、反対には作業机と椅子。それから年頃の少女と比較すると余りにも小さいドレッサー。

 寝ていたベッドはど真ん中にドンと存在感マシマシに置かれ、布団・毛布・枕の最低限セット。ぬいぐるみの一つもない味気ないものだった。

 

「うっわぁ・・・・・・髪、爆発してるし・・・・・・面倒だなぁ」

 

 自分の今の姿を見て顔をしかめながらも、少女は軽くため息をつくだけで気にせず部屋の扉を開ける。

 扉の先は吹き抜けとなっており、部屋を出た少女が階段を降りると騒がしい声が聞こえてきた。

 

「ねぇ!ヒータちゃん起こしに行ってくるね!」

「いや、ヒータなら多分、っとやっぱり起きてきたね」

「遅いよ、ヒータ。もう朝ご飯の時間少し過ぎているんだから」

 

 ヒータ、と呼ばれた少女を出迎えたのは、彼女と同年代の3人の少女。

 明るめの緑髪をポニーテールにしているほんわかとしたムードメーカー___ウィン。

 暗めの茶髪をさっぱりとショートにした、めがねをかけたサブリーダー___アウス。

 腰まで伸ばした青空ような綺麗な青色の髪をもつリーダー___エリア。

 

「いやぁ~ゴメンゴメン。ちょっと寝坊しちゃったわ」

 

 ヒータは全く悪気なく、わざと笑顔を浮かべながら三人のいる食堂へ入っていく。

 これが、彼女たちの日常。

 『魔導都市 プロファシー』に住む冒険者ギルド『エレメンツ』の何の変哲もない朝の光景である。

 

 

 

 魔導都市 プロファシー。

 この世界の2大魔法都市の片割れ。その方針は『魔法は自由でなければならない』

 魔術を学ぶ者。魔法を極めたい者。はたまた、魔法を打ち消したい者。

 この都市は来る者を拒まず、去る者も拒まない。全ては『魔法』について知りたいと願った者たちに応える場所。

 だが、この都市の顔はそれだけではない。もう一つの顔は、『冒険の始まりの町』でもあるのだ。

 

「んふぇ、ふぉふのいらふぃなんふぁけど~」

「ヒ~タ~? ちゃんと飲み込んでからしゃべりなさい!」

「ていうか、今なんて言ったの? ヒータちゃん」

「今日の依頼は、でしょ。ヒータもエリアも急がなくて良いから」

 

 ウィン作のトーストを頬張りながら行儀悪く口を開くヒータを叱るエリア。その光景をぽわぽわとしながら眺めるウィンと内容をしっかりと把握しているアウス。

 見ての通り、個々の性格はバラバラでも集団としてはまとまっている若手の実力派ギルドの一つと巷では評判だ。

 ヒータが朝食を食べ終わると、アウスが手慣れた手つきで文字が書かれた紙を全員に手渡していく。紙に書かれていたのは、彼女たちのギルドへの依頼内容と報酬だった。

 

「というわけで、今回は新たに繋がったせいで現れた地下遺跡の探索。予想難易度は黒星5。私たちのギルドランクより1高い依頼になります」

「お、上級ランクの依頼!久々だねぇ、腕が鳴るわ!」

「でもでも、いつもよりも難しいんだよね・・・・・・ちょっと不安かも」

「ウィン。不安なのは分かるけど、実力を上げるためにはいくつか定期的に上級も受けておかないと。アウス、アイテムの準備をお願いね。ヒータは念入りにウォーミングアップを」

 

 依頼内容の確認と個々の準備も、もう彼女たちは手慣れたものだ。各々はすぐに立ち上がり、それぞれの準備に取りかかる。

 アウスは食堂横の倉庫へと入り今回使用される回復薬や罠などのアイテムを準備に。

 エリアはリーダーとして、目的地、達成目標、報酬などの依頼の最終確認をどこかと通信しながら行う。

 ウィンは二階の保管庫から全員分のローブと杖を取り出し、他の3人に手渡す。

 そしてヒータは杖とローブを受け取った後、玄関から外庭に移動しストレッチを始める。

 小さめの倉庫や畑があるほど4人が使用するにしては広すぎる外庭だが、どこもかしこもきちんと手入れされている。

 

「いや~今日も良い天気だね~。こんな日はお買い物したいよね!」

「ウィン、これから依頼なんだってば・・・・・・。んじゃ、今日もよろしく!コン!」

「出ておいで!ぷーちゃん!」

 

 二人が杖を振ると、ヒータは鮮やかな炎が、ウィンは草をなぎ倒す強き風が巻き起こり、その中から小さな生物が出現する。

 炎の中からは尻尾に火を灯す小さな狐が現れ、ヒータの肩に着地するとくるりと彼女の首回りを一周して頬ずりした。

 風の中からは、ウィンの髪と同じ色をした小さな竜が彼女と額をくっつけ、嬉しそうに目を細めた。

 この2体は彼女たちの相棒の『召喚獣』であり、彼女たちが一目置かれる理由でもある。

 

『召喚術』

 

 この魔法が当たり前のように学ばれ、行使されている世界でも簡単に使用できない魔法の一つ。魔力を使用し続け、別の場所・次元から生命体を呼び出し、共に戦う。

 いくつか召喚の術式は遙か昔に生み出されているものの、常時発動させ、さらに『相棒』と呼べるまで信頼関係を召喚獣と気づき上げられる者はわずかである。

 それが、10代半ばといった若者がそのレベルまで到達しているのは前代未聞だったのだ。

 

「コンコーン!」

「よしよし。今日の依頼は戦闘も避けられないだろうから、助力よろしくね。コン」

「ピィー!」

「アハハ!ぷーちゃんくすぐったいよぉ!アハハ!!」

 

 ヒータの召喚獣は『きつね火』と呼ばれる種族の『コン』。小さい体ながらも、1匹で森を焼け野原にする事が出来るほどの炎を体内で生成出来る。

 ウィンの召喚獣は『プチリュウ』と呼ばれる種族の『ぷーちゃん』。まだ幼体ではあるが、ドラゴンという『破壊』に特化した種族であるため、起こす風は容易に草木を切り裂く。

 召喚者とじゃれ合っている2匹だが、力を振るえば大災害を引き起こす事も可能だ。

 仲睦まじくじゃれ合いながらも、ストレッチと連携の確認を行う2人と2匹。最終的には『いつも通り』で落ち着くのだが、この習慣が大切なのだ。

 そうして体も温まってきたところで、身支度を終えた残りの2人と2匹も屋敷の中から出てきた。

 

「ん。2人とも準備は良さそうだね。バイトも準備万全?」

「エエ、イツデモイケマスヨ。マスター」

「しかし、バイトの流暢な言葉遣いはいつ聞いてもすごいね。君も、いつか私と話してくれるかい? ビィ」

「ばむわむ」

 

 エリアの召喚獣『ギゴバイト』の『バイト』は幼い見た目からは想像できない、低音の男性ボイスで彼女と言葉を交わす。召喚獣と召喚者の心はつながり、直接言葉を交わさなくても意思疎通が出来る。が、バイトのように言葉を話せる召喚獣はとてつもなく希少な存在だ。

 アウスの召喚獣『デーモン・ビーバー』の『ビィ』は好物のドングリを手放さないかわいらしい姿をしているが、実はかなり気性が荒い種族だ。アウスの言葉に反応して、どんぐりを彼女の手に触れさせようとしているのは、彼なりの信頼の証でもある。

 

「あ!バイト君にビィ君!今日もよろしくね~」

「ハイ。オマカセクダサイ。ウィン」

「ばむ」

「ピィピィ!」

「コーン!」

 

 寄ってくるやいなや、召喚獣4匹がウィンへと一斉に飛びかかり、各々が彼女へじゃれつき始める。ぷーちゃんは胸に飛び込み、コンは肩に飛び乗って頬ずり。ビィは左手にどんぐりを押しつけ、バイトは右手を握った。

 

「相変わらず、召喚獣には大人気だね。ウィン」

「あ、アウスちゃん。見てないで助けて~」

「こら、バイト!ウィンを困らせたらダメ!」

「コ~ン? あたしよりもウィンの召喚獣になる~?」

「フフ・・・・・・ビィ、そろそろ戻っておいで」

 

 それぞれの主人に呼ばれ、召喚獣達は主人のそばに戻っていく。エリアはまっすぐに怒りを顔に出し、ヒータは目が笑っていない笑みを浮かべ、アウスはやれやれと微笑みを浮かべる。

 気を取り直し改めて、四人はローブを整え互いの杖を重ね合わせると、魔力を杖に流し込んでいく。

 

「それじゃあ、ギルド エレメンツ。出発!」

 

 エリアのかけ声を起点に、4人の魔力が杖を伝わり、地面に赤・青・緑・黒の魔法陣を生み出す。魔法陣から生み出された光は4人と4匹を包み込むと、その姿を消した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。