遊戯王ARC-Z (咲き人)
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1.「Z-ARC」

『時空を司るアストログラフ・マジシャンよ!我らの願いを叶え給え!』

 

来る……『破壊』が来る。破壊そのものが現れたのだ。一つの欲望と四匹の竜の統合により、覇を征する力が産み落とされる。

目的はたった一つ。人間を破壊すること《エンターテイメント》だ……

 

『ぎゃああああ!』

『誰か、助けてー!』

『嫌だあぁぁ!』

 

悲鳴が聞こえる。絶望が聞こえ始める。そしてすぐ様それらも聞こえなくなるだろう……しかし、希望はすぐさまに湧いてきた。

 

『ズァーク!貴方は私が止める!』

 

誰の声であっただろうか…大切な声だった気はするが……いや、誰でもいい。この際、関係ないんだ…対戦相手がどこの誰であろうと……今、観客が誰一人としていない世界《ステージ》でデュエル《エンタメ》が始まろうとしていた。

 

『死合《デュエル》!!』

 

 

世界は元々一つであった。そこには遥かに優れた技術があった……そこには古くからデュエルモンスターズがあった。5000年以上も前から存在していた古の石板をモチーフにして生まれたそのゲームは、すぐに人を魅了させた。そのスピードと繁殖力と言ったら、魔法をかけられたようであったろう……そして、気が付けばそのゲームは仕事の領域にまで達していた。つまりは、その決闘者《デュエリスト》たちにとって、デュエルモンスターズとは生命線……新しいカードとは潤いの水。古いカードは良き文化として、例外はあれども途切れることは無かった。

 

古くから続くこのゲームを画期的にするために1人の科学者が立ち上がった。その名は赤馬零王。彼は質量を持つ立体幻影《ソリッド・ビジョン》を開発し、デュエルモンスターズにおけるモンスターの出現を現実のものとすることを画一したのだ。それを特異点として、世界のデュエルモンスターズ熱は元々の高温から更に上昇した。それは経済をも回し、デュエルをする人だけでなく、デュエルを見ている人達にさえも感動を鮮烈にくれたのであった。

 

この日を境に幾千ものデュエルモンスターズの大会が『ソリッド・ビジョン搭載型新デュエルフィールド!』というおあつらえ向きな広告を出しては開かれていた。

 

ある日、零王は1つの大規模なデュエル大会にゲストとして参加した。歴代の強豪が選りすぐり集められている中、一人だけ無名のデュエリストがいた。彼は一回戦目でプロのデュエリストを華麗に倒し、観衆から声援を貰うとインタビューワーからマイクを借りて一言言った。

 

『俺には、カードの…ドラゴン達の声が聞こえる!』

 

 

--舞網市郊外--

 

ここは日本のデュエルモンスターズと科学の最先端の舞網市。比較的穏和なこの街も『外』に出れば話は別だ。

 

「いたぞ!逃がすな!」

 

裏路地に現れたのは、5分以上走り続けたように汗だくなチンピラ。その先にはまだ成人していなそうな女の子が逃げていた。

 

「いい加減、しつこい……」

 

「うるせえ!てめぇには痛い目にあってもらうぜ!強制デュエルだ!」

 

チンピラが左腕に付けていたのは……デュエルディスクと呼ばれるもの。デュエルモンスターズのゲーム内で使用されるフィールドをディスク型にし、持ち運び出来るようにされたもの。勿論、このデュエルディスクにも最新型にはソリッド・ビジョンのシステムが搭載されているものもある。

そしてデュエルディスクには幾つかシステムが存在する。チンピラが言った「強制デュエル」というのは、その幾つかのシステムには入っていない。いわゆる、違法改造というものだ。女の子の左腕にも装着されてあるデュエルディスクが勝手に展開。ゲームを開始しようとしている。

 

「……くっ」

 

「へへへっ、デュエルだぁ!てめぇも知ってるとは思うがソリッド・ビジョンがアクションフィールドを展開しているから逃走は不可能さぁ!俺のターン!」

 

デュエルを強行するチンピラ相手に戸惑う女の子であったが、初手であるカード5枚をデッキの上から抜き取ると目付きを変えた。

 

「俺はデーモン・ソルジャーを召喚!」

 

その名の通りの悪魔の兵士。ソリッド・ビジョンシステムにより、よりリアルで末恐ろしい造形をしている。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

「…私のターン!」

 

 

すぐさま、決着はついた。少女の前にはチンピラが倒れている。デュエルモンスターズではライフポイントが0になったプレイヤーが負けるが、今まさにチンピラのライフポイントは尽きた。ソリッド・ビジョンにより、プレイされたモンスターがチンピラを吹き飛ばし、地面に叩きつけた。

 

「よし、今のうちに……」

 

「おうおう待ちな!嬢ちゃん!」

 

いつの間にか少女は他のチンピラたちに取り囲まれていた。そう、最初に女の子を追いかけていたチンピラ……仮にチンピラAとすると、そいつはこの仲間たちを集めるために強制デュエルをしたのだ。いくら逃げ足速い少女も囲まれたら意味がない。

 

「やっと追い詰めたぜ…!」

 

「くっ…!」

 

 

「おいおい…楽しくないねぇ。数の暴力なんて綺麗じゃないな」

 

少女を取り囲むことに集中していて、後ろへの警戒がおろそかになっていたチンピラたちを踏み台にして、少女の前に舞い降りた1人の男。デュエルディスクを腕に付けた、銀色に緑の線が引かれた髪にバイクのレーサーのような恰好はどこをとっても目立つだろう。

 

「だ、誰だてめぇ!?」

 

「ふっ……こんな風に華麗に現れたんだ。名乗らないのが奇術師のエンタメってね!ちょっと逃げるよお嬢さん!」

 

私は、急に現れた助っ人に恐怖さえ感じた。全く知らない人。でもすごく目立った恰好の人だ…どこかで会っただろうか?どこで見ただろうか?

……すぐには思い出せないし、分からない。けれども彼が私の手をとって、翔んだ時…私は輝きを見た。

 

どうやったのかは知らない。どうなっているのかは分からない……けれども彼は笑っていた。私を取り囲んでいたチンピラたちも口をあんぐりと開けて唖然としていた。どうしてこうなっているのかは分からないが……私は『赤い竜』に乗っていた。

 

舞網市内に飛び降りた竜は、そっと静かに消えていった。私も今なお、さっきのチンピラたちのように口を開けっぱにしてしまっているのだろう。

男は私をしっかり見て、そしてまた笑った。

 

「君、災難だったね」

 

「あ…いえ。あ、あの……助けてくれて…」

 

「あー……『今は』感謝の言葉はよしてくれ。そうだなぁ…取り敢えず俺から紹介するよ。俺は『ズァーク』!今日この舞網市に引っ越してきたんだ」

 

引っ越してきた……そういう割にはズァークは手荷物を何一つとして持っていない……そう、腕に付けているデュエルディスク以外は何も、だ。

 

「……私は『早乙女 遊未《ユミ》』。あの、ズァーク?あなたは何も持ってないようだけど…」

 

「それは大丈夫。ちゃんと引越し先の部屋は前もって済ましているし、お金は全部入金して、飛行機代ぐらいしか残してないからね。服とかもこっちで買った方が心機一転するしさ」

 

「そ、そう……ねえ、さっきのドラゴンは…」

 

また言いかけたところでズァークが走り出して話が途切れる。まだ聞きたいことが沢山あるのに、とさっきまで追われていた遊未は追う側に回って走った。

 

「おお……ここが舞網市!」

 

ズァークの目の前に広がった大通りには巨大なスクリーンが設置されてあった。そこに映し出されていたのはデュエルモンスターズの公式大会の一部分。激しい攻防とモンスターたちがリアルに動き回っている。

 

「ちょ、ちょっと……速すぎ」

 

「あー、それはすまない。でも見てくれよ!こんなどデカいフィールドでデュエルしてるんだ!ワクワクするなぁ…!」

 

「……(デュエルを楽しむタイプの人か)」

 

遊未はズァークのキラキラ輝かせている眼を見て少しだけ俯いた。

 

「相性悪いなぁ…」

 

「え?なんか言ったか?」

 

モニターに夢中だったズァークもわざとらしく呟かれた声にふと振り向いた。しかし、内容までは聞き取れず、首を横に振られる。

 

「いいえ。そうだ、ズァーク。あのチンピラはここにも来るかもだからあなたの部屋に避難させてよ」

 

「え……まぁ、いいけど」

 

マンションのワンルームに到着したズァークは遊未を部屋に入れる。年頃の少女を部屋に入れるという行為にズァークは抵抗があったが、そこら辺はしっかりしていそうな遊未のことだと、目をつむった。

 

「ふーん……意外と広いし、いいとこね」

 

「まあな」

 

まるで品定めするかのように部屋の隅々をチェックする遊未に業者かと思いながらズァークはデュエルディスクを外して机に置く。

 

「あら?なんかここに未開封のダンボールがあるけど……」

「ああ、それはカードだよ。持ってくよりは郵送の方が楽だからな」

 

「……そぉ」

 

さて、とズァークは一つ咳き込んで、話題を変える。遊未はズァークがやったであろう不可思議なことの説明を求めてここまで来たが、ズァークもズァークで遊未の『あること』に疑問を抱いてここまで連れてきていた。

 

「なぁ、遊未…だっけ?お前なんであんな数のチンピラに追われてたんだ?」

 

「……っ」

 

無意識に遊未は両手を小さく握り合わせ、体を小さく丸める。まるで恐怖しているかのようだ。

 

「そうだな……当ててやろうか、マジシャンっぽく。お前、アイツらから『何か』盗んだろ?でも、それは金じゃない……だって、俺と同じで手ぶらだもんな」

 

バレてる……遊未はズァークを侮ってはいなかったが、気付かれてるとも思っていなかったため驚きは隠せなかった。

 

「それに手や耳に高級そうな指輪やイヤリングをしてる訳でもない。なら、答えは大体一つに絞られる……カード、だろ?」

 

「……そうよ」

 

シラを切ったところで彼の確信した眼から逃れることは出来ないと遊未は素直にデュエルディスクから1枚のカードを取り出した。

 

「悪党から、とは言え…盗むのは犯罪だろう」

 

「元々このカードは、あのチンピラたちが盗みを働いて手に入れてたのよ。だから更に盗んでやったの」

 

理にはかなっていない。しかし、彼女はカードを大切にし、カードに対して横暴な態度をとる輩には容赦しないタイプだと、ズァークにはすぐに分かった。

 

「……まぁ、それを大切にするなら俺もとやかくは言わないさ。でも、元々盗難品なら持ち主がいるだろ」

 

「いるわよ。私のお爺さんだから」

 

「……取り返したって訳か。なら、謝るよ」

 

事情を知らなかったとは言え、彼女は祖父の物を取り返すために盗みを働いていたことに対して冷たく突き放せなかったズァークは素直に謝った。犯罪かもしれないが、法で裁けないなら人が裁くしかないものがあるというのはズァークも知っていた。

 

「いいのよ。でも、アイツらはただのチンピラじゃなくて、この舞網市に蔓延るいくつものデュエルギャングの一つ。今日の件で私だけじゃなく、あなたも狙われたかも」

 

「ギャング?そんなのまでいるのかここは……楽しそうだな」

 

「は?」

 

ズァークの悠長な言葉に流石の遊未も声を上げて驚く。それは、無鉄砲さゆえのものなのか、それともそれ以上の自信からなのか……。彼女にはてんで理解できなかった。

 

「だ、大丈夫なの?」

 

「ああ!俺もお前みたいに大切なものを持ってるからな……そうだ。喉乾いたろ?飲み物買いに行くよ」

 

そう言って、すぐさま出ていったズァークに遊未は不安しか感じていなかった。しかし、その手に持っている1枚のカードを見ると何処と無く彼を信じようとする心が満たされていっている気がした。

 

「もしかしたらこのカード《あなた》が……彼を引き寄せたの?……『アストログラフ・マジシャン』」

 

 




はじまりの世界を生きるズァーク。何故彼は『悪魔』や『覇王』と呼ばれるようになってしまったのか…
そして覇王龍を産み落としたカード『アストログラフ・マジシャン』の正体とは…

次回『エンタメデュエリスト、ズァーク!』
「お楽しみは、これからだ!」


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2.「エンタメデュエリスト、ズァーク」

『レディィィス&ジェントルメェェン!!』

 

 きれいな爆発音とともにその言葉が会場内の盛り上がり様を更に高めた。ここは、デュエルモンスターズの大会専用の会場で、ズァークと遊未はここにいた。会場中に所狭しとぎっしり詰まった観客達を横目にズァークは受け付けに予め出していたエントリーシートの確認を受けて、出場選手用のネックストラップを貰った。

 

「こんな大舞台でデュエルするのは初めてだ。ドキドキするな!」

 

「私、参加しないけどね」

 

 実を言うと、遊未は呆れていた。ズァークのデュエルモンスターズに対する情熱は伝わっていたが、まさか引っ越した初日にこんな巨大な大会に出るとは思っても見なかったからである。

 

そうしている間にすぐさま一回戦が始まる時間は徐々に迫ってきている。控え室でズァークはデッキを見つめてニヤリと笑った。舞網市はまさにワールド・オブ・デュエルモンスターズ。その中で彼の仲間たちが彼と共に地を蹴り、宙を舞うのだ。それは笑いが止まらなくても当然だろう。

 

「ようやくだ……皆を輝かせてやる!」

 

 

『さぁ、皆様お待たせ致しました!第一回戦!Aゲートからは今大会で2度も優勝をしているザ・チャンピオン!瞬く間に相手を倒すその姿はまさにガンマン!ガナード選手だー!』

 

ウェスタンな恰好をしたデュエリスト、ガナードの登場に観客達は爆熱を噴き出す。それを苦しそうに耳を塞ぎながら遊未はズァークの登場をじっと待つ。

 

「(さぁ、見せてもらうわよ。アストログラフ・マジシャンを魅せるほどのデュエリストなのかどうか……)」

 

『そして、経歴一切不明!遠い街から現れた流星!ズァーク選手!』 

 

ズァークは紹介されて登場、ということ自体にワクワクを感じていた。彼はこんな大舞台を望み、そして今立っているのだ。対戦相手のガナードはニコニコと親しみやすそうな笑顔で彼に近づき、手を差し出した。

 

「よろしく。ズァーク君」

 

「あー、よろしく。でも、握手はデュエルで勝敗がついてからにしようぜ」

 

「握手?違うね……。これは宣戦布告さ。俺は勝ちに来た…敬意やらなんやらの握手は勝敗がついてからだ」 

 

ふっと笑ったズァークはガナードの野心的な目を見て、背を向けた。そしてデュエルディスクを起動させると彼もまた目の色を変えた。

 

『おおっーと!これはズァーク選手が先にディスクを起動させたー!これはチャンピオンに対する挑戦!チャレンジャーの目だ!!』

 

「「デュエル!」」

 

 

ゲームの先行後攻はディスクが自動的に選出する。自動的にという言葉からして、幾らでも悪用することが出来るように聞こえるが、公式であるこの大会ではそう言った不正を防ぐために出場選手のデュエルディスクは一つ一つ厳重な審査がかけられている。

 

『先行はチャレンジャー、ズァーク選手!さぁ、どんなデュエルを見せてくれるのかー!?』

 

「俺のターン!俺はEM《エンタ・メイト》ウィップ・バイパーを召喚!」

 

EM ウィップ・バイパー攻1700/守900

 

ズァークの手からディスクへと置かれたカードはポンというアニメーション特有のSEと共に紫色の蛇に変わる。小さな帽子を被っており、ズァークの右腕に巻きついている。

 

『え、エンタメイト!?こんなコメディ感溢れる可愛らしいモンスターで戦おうというのかー!』

 

「見た目の可愛さはご愛嬌!俺のデュエルは、皆を楽しませる…エンタメデュエルだ!」

 

観客席側に座っている遊未はじっとズァークを見た。エンタメデュエル。知っている単語と単語が合わさってはいるが、知らないものだ。どういうことなのだろうか……

 

「俺はカードを2枚伏せて、ターンエンド」

 

「エンタメ?……これがか?つまらんつまらん!俺のターンだ!」

 

つまらない、とそうはっきり言われたのにズァークの笑みは消えない。それが余計に刺激になったのか、ガナードはデッキからカードを引いて、1枚のカードを見せびらかした。

 

「派手なことをしねぇで何がエンタメだ!なら、俺の方がもっと刺激的さ!俺はガトリング・オーガを召喚!」

 

ガトリング・オーガ 攻800/守800

 

腹にその名の通りのガトリングを装着した鬼がフィールドに降り立つ。

 

『ででで出たー!ガナード選手のワンターンキルデッキのエースモンスター!これで幾人ものデュエリストを倒してきました!!』

 

「俺はカードを5枚伏せて、ガトリング・オーガのモンスター効果を発動!セットしたカードを墓地に送る事に800ポイントのダメージを与える!」

 

つまり、伏せカード5枚全部を墓地に送ることで4000のダメージ。初期のライフポイント4000をぴったし削りきる威力だ。

 

「いたっ!」

 

ズァークLP4000→3200

 

「ガトリング・オーガの効果に制限はない!残りの4枚の伏せカードを墓地に送ってゲームエンドだ!」

 

「ふっ、あんたのデュエルはエンタメには程遠いな。カウンタートラップ発動!『ダメージ・ポラリライザー』!これは効果ダメージを1回無効にして、お互いに1枚、カードをドローする!」

 

ガトリング・オーガの機銃がズァークに当たる前に腕に巻きついていたウィップ・バイパーが一つ残らず食べてしまう。

 

ズァークLP3200→800

 

『なんとズァーク選手!ガナード選手のワンターンキルを耐えたー!いや、ダメージ・ポラリライザーの効果でガナード選手が魔法か罠カードをドローしたらそこで終わりだー!』

 

「その通りだ!やらかしたようだな、ドロー!(ロングバレル・オーガだと!?)……ふ、命拾いしたようだな。俺はこれでターンエン…」

 

「この瞬間から!俺の【エンタメフェイズ】がスタートするぜ!トラップカード『ハッピー・フルーツ』!」

 

ウィップ・バイパーの時と同じように小さな煙と共にいくつもの果実が落ちてくる。観客達もどよめきが起こるが、むしろそれはズァークの思った通りの展開。

 

 

 

「これは次のターン終了時までお互いのモンスターの攻撃力はフィールドのカードの数×1000ポイントアップするカードさ!」

 

「なんだと?だが、いくら攻撃力を上げようとガトリング・オーガとウィップバイパーの攻撃力の差は埋まらない」

 

EM ウィップ・バイパー 攻1700→4700

 

ガトリング・オーガ 攻800→3800

 

落ちてきたリンゴのような果実をウィップ・バイパーとガトリング・オーガは同時に食べている。元々、小さな体であるウィップ・バイパーはガトリングの玉も食べているのでげっぷりと太っている。

 

クスクス……誰かが笑っている。ウィップ・バイパーの滑稽な姿を笑っているのだ。ズァークはニヤリと笑った……。これだこれを待っていたんだ。

 

「お楽しみはこれからだ!俺のターン、ドロー!やって参りました皆さん!さっきは見事、相手のワンターンキルを凌いだ私ですが、ライフポイント的にピンチは変わりません。しかし、ここからこの……太っちゃったウィップ・バイパーが私を逆転に導いてくれます!そう、宣言するのは一撃必殺《ワンショットキル》!見事成功したならどうぞご喝采を!」 

 

遊未はデッキに入れていたアストログラフ・マジシャンのことを思い出す。アストログラフには祖父の代からの特別な想いがある。もし、ズァークと遊未を引き寄せたのがアストログラフだとしたら……

 

私は彼のエンタメデュエルに惹かれているの?

 

 

「ワンショットだとぉ?ガトリング・オーガは攻撃力3800!ウィップ・バイパーの方が攻撃力は900ポイント上だが、俺のライフを0にするには届かなさすぎるんじゃないのかぁ?」

 

「それはごもっとも!でも、一本取られたとは言わないぜ?俺は大事な大事なキーカード『スマイル・ワールド』を発動!」

 

ポップな世界が広がる。ただの子供だましのようなチンケな絵柄だが、それでもデュエルの世界に無かったものが広がっていく。

 

「スマイル・ワールドはフィールドのモンスターの数×100ポイント!全モンスターの攻撃力をアップさせる!」

 

EM ウィップ・バイパー 攻4700→4900

 

ガトリング・オーガ 攻3800→4000

 

「ま、また俺のモンスターごとパワーアップしただと!?」

ズァークの意図が分からないガナードではあったが、主人を他所にガトリング・オーガは笑っているのだ。

 

「そう、皆が笑顔になれる!皆、笑顔になれる自由がある!それはデュエルモンスターズでも何処でも変わらないことさ!そして、EMはみんなの笑顔で強くなる!ウィップ・バイパーの効果発動!ガトリング・オーガの攻撃力と守備力を入れ替える!」

 

ガトリング・オーガ 攻4000→800

 

『な、ななななんということだー!ウィップ・バイパーの効果でガトリング・オーガとの攻撃力の差は……。よ、4100ポイントォォ!これは、これはスマイル・ワールドで攻撃力を上げていなければ足りなかった計算になります!』

 

「バトル!ウィップ・バイパーでガトリング・オーガを攻撃力!スネークストンプ」

 

トランポリンのように体を高く飛び上がらせ、ガトリング・オーガの頭上で急降下する。

 

「ば、馬鹿なァァ!」

 

ガナードLP4000→0

 

『け、決着ぅぅぅ!!なんとなんと!まさかのダークホースの出現!ワンターンキルモンスター、ガトリング・オーガを前にして、まさかのワンショットキル!これほどまでにどんでん返しな一回戦目が、あっただろうかぁぁぁ!』

 

とてつもない声援の中、ズァークは控え室に戻った。そこには何故か遊未の姿が戸惑いを隠しきれないが、エンタメデュエルをした熱が下がらないのか、ズァークはディスクも外さず彼女と向き合った。

 

「……いいデュエルだったわ」

 

「サンキュ!あー、でも、いいデュエルだと思ってくれたのなら笑って欲しいなぁ」

 

「別に……。ワンショットキルが凄いと思っただけで、あれのどこがエンタメデュエルなのかはちっとも伝わらなかったわ」

 

手厳しいなぁ、とズァークはぽつりと呟く。目の前で自分の《エンタメ》デュエルを否定されるのは癪に障る。しかし、それで勘当するほどズァークも子供ではない。

 

「じゃ、次はちゃんと遊未にも伝わるように頑張るさ」

 

「そもそもエンタメデュエルって何?」

がっくし……とズァークは倒れかける。まさか舞網市にはエンタメデュエルそのものの概念が無いのか…これは困ったなぁ、とため息をつく。

 

「そ、そこから来るか……まぁ、簡単に言えばさ。ショーだよ。デュエルモンスターズって白熱する戦いで人々を盛り上げる……。エンタメ、つまりエンターテインメントなショーもそれと同じで、ハラハラドキドキしちゃうマジックの数々。それら二つが混じりあったのがEM《エンタ・メイト》さ!まぁ、他にも幾つかデッキは持ってるけどね」

 

ズァークが部屋に置いていたダンボール。そういえばアレの中身は確認せずじまいだったが、カードが入っていると言っていた。そこに、彼が言う他のデッキがあるのだろうか…

 

「この大会が終わったら他のデッキ、見せて」

 

「……?いいけど……」

 

「(エンタメデュエル。凄かったけれど、特別なものがあったようには思えないし、もしかしたらアストログラフが引き会わせたのは他のデッキかも……)」

 




次回予告
お互いにたった一体のモンスターがフィールドに出ただけで決着がついた第一回戦。しかし、すぐさま二回戦目の刺客が現れる。


次回『闘い融け合う獣!』

「お楽しみはこれからだ!」


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野生との闘い(エンタメ)!

 

 

一回戦のデュエルだけでズァークはかなり注目の的となった。彼の過去を探ろうとする者が少なからず現れるぐらいには一気に有名な人になったのである。

 

「よしよし、皆がエンタメデュエルを楽しんでくれたみたいだなぁ」

 

こういうことに、ズァークの自信に繋がっていた。彼は人気者になること自体に喜びを感じているのだ。

 

しかし、ズァークの人気の爆上がり様にうんざりしている人物が一人だけ存在していた。そう、遊未である。ズァークと話をしていただけで関係者と思われたようで、今朝はギャングから、今はマスコミから逃げている状態である。

 

「はぁ…はぁ……ホントに嫌な日」

 

 

『おぉーっと、ここで決着ぅぅー!』

 

 

別のデュエルが終わったらしい。恐らくは二回戦でズァークとデュエルする相手だろう。

 

「……まぁ、興味無いし。(私は『アストログラフ・マジシャン』が導いた彼の力さえ知れれば…)」

 

アストログラフ・マジシャン。祖父はこのカードには特別な力があると言い続けていた。何かの伝承?でも、このカードは一度、どこで情報を手に入れたのかギャングに盗まれてしまった……

 

「確か、デュエルモンスターズのカードの一部は、伝説とか伝承をモチーフにしていて、その特別な力をカードが宿す……とか、なのよね」

 

遊未は光り輝くアストログラフ・マジシャンのカードをまじまじと見つめながら一人そのことを呟く。

 

「……(どう思う?『オッドアイズ』…)」

 

『グルルル…』

 

偶然、マスコミから隠れた遊未を見つけたズァークが彼女の独り言を耳にしていた。彼は誰かに話しかけているが、彼の周りには誰もいない。ただ、龍の唸り声だけが聞こえる。

 

『さぁー!皆様、あっという間に二回戦の始まりだぁぁー!対戦カードはエンタメデュエリスト、ズァーク!そしてそしてぇ!究極の野生児WB(ワイルドビースト)だ!』

 

 

「野生児なだけあって凄い眼光だな。君も笑顔になってくれると嬉しいんだが」

 

「喜んでる暇、ない。勝つ」

 

「多いねー、君みたいな人」

 

ズァークは一回戦の相手の時から楽しもうとするデュエリストが少ないことが気になってしょうがなかった。しかし、相手も真面目にやっている分、強く言えることは一つもない。WBが戦闘体勢に入ったと言わんばかりにズァークから距離を取り、デュエルディスクを展開する。 

 

「「デュエル!」」 

 

5枚のカードを取り出し、ズァークは顔を顰めた。

 

「あちゃー…(皆、さっきの戦いでウィップ・バイパーだけしか召喚出来なかったけどさ。ここまで自己主張しなくてもぉ~)」

 

しかし、幸か不幸か。先行はWBである。後攻1ターン目にはドローがあるので、それに光明を見出そうと対戦相手の方を見た。

 

「俺のターン。剣闘獣(グラディアルビースト)ラクエルを召喚」

 

 

剣闘獣ラクエル 攻1800

 

 

「剣闘獣。戦う獣か…らしいカードだ」

 

「…フィールド魔法、剣闘獣の檻―コロッセウム発動。装備魔法、剣闘獣の闘器―マニカ。ラクエルに装備。ターンエンド」 

 

「む…」

 

 

『WB選手の使うモンスターは剣闘獣!その名の通り、闘いを主としたスペシャリスト達が次々と現れるデッキ!果たしてズァーク選手、この戦いでどんなエンタメを見せてくれるのかぁぁ!』

 

 

あはは…とズァークは苦笑いが出た。こちらを盛り上げるためとはいえ、そんな急に言われてもなぁ……それにこっちの手札はあのライオンちゃんをあっと言わせるような子達がいないんだけど……と内心は溜め息ばかりであった。

 

「うじうじしててもしょうがないか。俺のターン、ドロー!……あ!ご、ごめんね皆!魔法カードEM(エンタメイト)キャスト・チェンジ!手札のEMモンスターを好きな数デッキに戻し、その枚数+1枚カードをドローする!俺は5枚全部戻す!」

 

手札にいたガンバッター、カード・ガードナー、カレイドスコーピオン、オカヤヤドカリ、キングベアーに謝りながらもデッキからカードを6枚ドローした。手札総入れ替え。見ている観客全員が「これがエンタメか」と思っていたが、これはただの手札事故である。

 

「よし、俺はEMディスカバー・ヒッポを召喚!」

 

 

EMディスカバー・ヒッポ 攻800

 

 

「そしてEMモンスターがフィールドに登場したので、釣られて出てこい!EMヘルプリンセス!」

 

 

EMヘルプリンセス 守1200

 

 

「そしてヒッポの効果だ!このカードが通常召喚に成功したターン、レベル7以上のモンスターの召喚権を増やすことが出来る!永続魔法、冥界の宝札を発動して、ヒッポとヘルプリンセスをリリース!」

 

 

『これは、上級モンスターの登場かぁぁぁ!?』

 

 

「雄々しく輝く二色の眼!行くぜ相棒!オッドアイズ・ドラゴン!」

 

『ガァァァ!』

 

 

オッドアイズ・ドラゴン 攻2500

 

 

「冥界の宝札の効果により、2体以上のモンスターをリリースしてアドバンス召喚に成功した場合、デッキからカードを2枚ドローして、バトルだ!オッドアイズでラクエルを攻撃!『直撃のストライクバースト』!」

 

「…!」

 

 

WB LP4000→3300

 

 

オッドアイズ・ドラゴンの攻撃がヒットしたことを確認したズァークは高らかにオッドアイズ・ドラゴンの効果を発動しようとした。

 

「戦闘でモンスターを破壊したオッドアイズの効果発ど……あれ?」

 

しかし、ラクエルは攻撃に鬣を震わすだけでビクともしていない。

 

「装備魔法の効果、装備モンスター、ラクエルは戦闘で破壊されない」

 

「まじかーい。しょうがない、俺はメインフェイズ2に入って…」

 

「バトル終了の時、ラクエルの効果発動。戦闘を行った場合、デッキに戻り、別の剣闘獣を特殊召喚」

 

 

剣闘獣サジタリィ 攻1400

 

 

「げ!」

 

「フィールド魔法、コロッセウムはデッキからモンスターが特殊召喚される度にカウンターを乗せる」

 

 

剣闘獣の檻―コロッセウム カウンター1

 

 

剣闘獣サジタリィ 攻1400→1500

 

 

「そしてカウンターの数だけパワーアップか」

 

「装備魔法、剣闘獣の闘器―マニカの効果、装備モンスターがデッキに戻った、このカードを手札に戻す。最後、サジタリィの効果発動。剣闘獣モンスターの効果で特殊召喚した、手札の剣闘獣ベストロウリィを捨て、2枚ドロー」

 

「……カードを2枚伏せて、ターンエンド」

 

「俺のターン」

 

少々ズァークの方が劣勢である様子はスクリーンを見れば分かることだった。

一人、ビルの屋上まで逃げた遊未は彼のピンチに溜め息をつく。思い返すほどでもないが、一回戦目も危なかった。

 

「スレイブタイガーを特殊召喚」

 

スレイブタイガー 攻400

 

「どうやら剣闘獣がフィールドにいると特殊召喚できるモンスターみたいだねー。こりゃ、大変」

 

「何、笑ってる?」

 

ここまで淡々とプレイを続けてきたWBが急に手を止めた。どうやらズァークが自分に置かれている状況に苦笑いしたのが気になったようだ。ズァークは笑みを崩さない。

 

「笑ってるのに意味無いっていうのも気味悪いし、多分俺が笑ってんのにはちゃんと意味があると思うよ。でも、説明は出来ないや。笑いたいから笑ってるのかもね」

 

「おかしい、デュエル…真剣勝負!笑う暇、ない!!」

 

WBはデュエルディスクに置かれたスレイブタイガーのカードを墓地に送った。その瞬間、フィールドのサジタリィが姿を消す。

 

「何!?これは…」

 

「剣闘獣ダリウス、特殊召喚!」

 

 

剣闘獣の檻―コロッセウム カウンター2

 

 

剣闘獣ダリウス 攻1700→1900

 

 

「……あー、つまり、なんだ?スレイブタイガーをリリースすることで剣闘獣の共通効果であるデッキに戻して、別のヤツを呼んでくるのをメインフェイズ中にやったってことか?」

 

「ダリウス効果発動!墓地の剣闘獣、効果無効で、特殊召喚!」

 

 

剣闘獣ベストロウリィ 守800→1000

 

 

「更にこの二体を融合!」

 

「え!?ちょ、ちょっと待てよ!融合召喚には融合カードが…」

 

「戦いに、そんなの不要!剣闘獣はデッキに戻る、これで融合出来る!」

 

ベストロウリィとダリウスがWBのデッキに帰っていく。そして異空間から、ベストロウリィに似た強力な鎧を付けた剣闘獣が降りてくる。

 

ズァークはただ、頬から汗を垂らした



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