ようこそ実力至上主義の教室へ~ジェネレーションネクスト~ (たけぽん)
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1話 始まるということは同時に終わることを意味する

時は過ぎても、時代が変わっても、人間という生物の本質は変わらない。これを前提に、俺の出す問いの答えを考えてほしい。

 

問い 人は平等であるか否か。

 

随分ぶっとんだ問いかけだと思うかもしれないが、いつの世も人々は平等を訴えてきた。男女間の平等、障害者と健常者の平等、身分の平等。あげればきりがないほどに。

だが、そんなものは幻想だ。つまり答えは否。なぜなら、この世界そのものが不平等無くして回らないからだ。生まれてくる子どもが全員天才なら教育機関はいらない。障害者がいなければそのための医療機関はいらない。皆が容姿端麗ならイケメン俳優なんてジャンルは存在しない。いうなれば不平等こそが社会の潤滑油なのだから。

 

 

***

1時間ほど乗ったバスに別れを告げ、少し歩くと目の前には大きな建物が見えた。

 

 

「三年間、ここで暮らすのか」

 

 

西暦2030年四月。特に新生活に心躍るわけでもないが、俺、霧咲勝真(きりさき しょうま)はそんなことを口にする。東京都高度育成高等学校。日本政府が作り上げた、未来を支えていく人材を育成する学校だ。今日から俺はこの学校の生徒となる。

 

 

「新入生の方はこちらで入校許可をもらってくださーい」

 

声の方を見ると、大きなテントが用意されており、係の人たちが誘導している。俺もそれに従い順番を待つ。辺りを見渡すと、新入生でも制服の色が違うことがわかった。俺含め赤い制服を着ているものの他に、青、黒、緑の制服を着ている生徒がいる。

 

「次の方どうぞー」

 

順番が回ってきたのでテントへと入る。係の人に名前を伝えると、パンフレットと学生証端末、そしてブレスレットのようなものが渡された。

 

「こちらのブレスレットは、指示があるまでつけないでください。そして、霧咲勝真さんはDクラスの配属です」

 

Dクラス。この学校では入学試験と面接の結果によって生徒をAクラスからDクラスへと振り分ける。つまり、試験と面接の結果が良ければAよりに、悪ければDよりのクラスへと配属されるのだ。だが、世間に開示されている情報はここまで。そんな謎だらけな学校だが、就職率、進学率において他の学校を圧倒的にしのぐ結果を残していることから、この学校を受ける者は多い。

 

 

 

 

 

「このあたりのはずなんだけどな」

 

テントを出て、渡されたパンフレットを見ると、この学校は広大な敷地の中にクラスごとの学生寮があり、生徒たちはそこで生活するそうだ。Dクラスの寮はどうやら校門から一番遠いらしく、10分くらい歩いても見えてこない。ふと振り向くと、背の低い赤髪の少女が周りをきょろきょろ見ていた。無視していくのも悪いので、とりあえず話しかける。

 

「どうかしたか?」

「え?ああ、その、迷子になっちゃいまして」

 

入学早々迷子の女子と遭遇とは、なんとも二次元的な出来事だ。

 

「そうか、ならついてくるといい。俺も新入生で今からDクラスの寮へ行くところなんだ」

 

すると少女は驚きの表情を俺に向ける。

 

「どうして私がDクラスの新入生だってわかったんですか!?」

 

もっともな疑問だな。特に急いでいるわけでもないので質問いに答える。

 

「まず、在校生ならこんなところで迷子になったりはしない。そしてこの道の先にあるのはDクラスの寮だけ、最後に君は俺と同じ色の制服を着ている。おそらくだが、この学校では制服の色がクラスを表している。俺と同じ色ってことは俺と同じクラス。つまりDクラスだ」

 

少女は尚もポカーンとしている。ひょっとしなくても、少し頭が弱い子なのだろう。

 

「なんか良く分からないけどすごい!探偵みたい!」

 

少女は俺を称賛する。Dクラス配属だってのに随分元気だな。

 

「わたし朝日美空(あさひ みそら)って言うの!よろしくね!」

「ああ。俺は霧咲勝真。よろしくな」

「うん!よろしくね霧咲君!」

 

朝日はとてもうれしそうだ。まあ、一人で迷子になってたんだから不安だったんだろう。そこで人に会えれば元気にもなるよな。

 

朝日とともに寮へと向かっているとだんだん周りを歩く人が増えてきた。Dクラス配属だからか、足取りは重くどんよりし顔をしている。そんな中、俺は何人か他と違う雰囲気の人物を見つけた。例えば俺の少し前をあるく茶髪の男子。他とは違い背筋も伸び、楽しそうに歩いている。

 

「いやー楽しみだなあ!寮ではどんなメシがでるんだろうなあ!」

 

茶髪はそんなことを言っている。一番下のDクラスの寮で彼の期待に沿う食事は出るのだろうか。他には朝日の少し横を歩くキャップを深くかぶった生徒。茶髪と違い元気があるわけではないが、他の生徒のようにどんよりしているわけでもない。他にも何人かいるが、Dクラス所属ということは試験の結果はあまりよくなかったはずだ。だがそれでもこの学校に入学できたということはなんらかの才能があったりするのだろうか。

 

 

 

「あ、寮が見えてきたよ霧咲君!」

 

見えてきたのは広さはあるものの木造でボロボロの建物だった。

扱いが悪いってレベルじゃない。もはや差別だ。

 

***

「ようこそ!我がDクラスの寮へ!」

 

安っぽいクラッカーが鳴る。夕飯の席。眼鏡をかけた細目の男が俺たちを歓迎する。

 

「私は雪坂泰三(ゆきさか たいぞう)。Dクラスの寮長で学校では古典を教えています。よろしく!」

 

だが、生徒たちの反応は薄い。夕飯のメニューはめざしに納豆と、随分チープなものだったので、そのせいもあるのだろう。だが、一人だけ違う反応を見せる人物がいた。

 

「うひょー、納豆うめえ!」

 

さっきの茶髪だ。まだ雪坂先生が話している途中なのにがつがつと納豆ご飯を頬張っている。周りも呆れた目で彼を見ているようだ。

 

 

「やれやれ、元気がいいですね檜山君」

「むぐむぐ……え、なんで先生俺の名前知ってんの?超能力?」

 

檜山と呼ばれたそいつは一応口の中のものを飲みこんでから問いかけける。

 

「さて、それでは歓迎会を存分に楽しんで行ってくださいね~」

 

先生は檜山の疑問には答えず、食堂を出て行ってしまった。生徒たちは檜山からさっさと目をそらし、仕方なしと言った感じで夕飯に手をつける。

俺もめざしを口にしてみる。意外と美味い、と思うのだが周りは特に騒ぎ立てる様子もない。俺の勘違いだろうか。めざしを咀嚼しながら顔をあげると、たまたま向かいに座る人物と目が合う。肩にかかるくらいの黒髪の女子で、おそらく美人の枠に入るであろう顔立ちだ。

 

「……何?」

「いや、別に。醤油とってくれないか」

 

何を言えばいいのかわからず適当なことを言う。女子はしぶしぶといった様子で俺の前に醤油をおき、再び食事に意識を戻してしまう。

それにしても、ぼろい建物だ。食堂こそそれなりに綺麗だが、玄関や廊下はギシギシ音が鳴っていた。耐久的に大丈夫なのだろうか。まだ入っていないがこのぶんだと部屋も期待はできない。学園生活以前に日常生活が不安になるレベルだ。

そう思いながら納豆をかきまぜ、醤油をかける。良く考えたら順番が逆だった。

 

「なあ、だまってご飯食べてるのもなんだし自己紹介でもしないかい?もちろん強制はしないから嫌な人はしなくていいよ?」

 

そう言ったのは日本人とは思えない程の綺麗な金髪の男だった。体つきもがっちりしていて、顔も整っている。女子から人気の出そうな見た目だ。

 

「お、ナイスアイデアじゃん!やろうぜやろうぜ!」

 

一人だけ既に名字がわれている檜山が賛同する。ぽつりぽつりと周りからも賛同の声が上がり、自己紹介タイムが始まった。まずは金髪が自己紹介を始める。

 

「俺は高円寺斉人(こうえんじ さいと)。中学では空手や柔道をやっていて、勉強も苦手ではない感じかな。取りあえず金髪=俺って感じで憶えてくれたらうれしいな!」

 

まわりから拍手があがる。高円寺という名前には聞き覚えがある。確かどこかの企業の名前だったような気がするが、この高円寺がその高円寺と関係があるかはわからない。

 

「次は俺だな!俺は檜山 優輝(ひやま ゆうき)!好きなことは美味い物を食べることだな!ここの食事もなかな美味くて満足してるぜ。もちろん作る方も好きだから、夜食が欲しくなったらバンバン言ってくれよな!」

 

料理男子ってやつか。たしかこの学校にはいろいろな部活動があったな。料理部ってのもあるんだろうか。あれば檜山にとっては天国だろうな。

 

「じゃあ、次は私!朝日美空です!趣味はゲームとかスポーツとか、とにかく楽しいことです!よろしくお願いします!」

 

朝日は相変わらず元気いっぱいだな。朝日が自己紹介したことで、女子たちも積極的に自己紹介を始めた。俺はそれを聞きながら手早く食事を終え、食堂を後にする。別に自己紹介が嫌なわけでもないが、みんなを楽しませることを言う自信もない。幸い自由参加なので特に問題もない。

 

きしむ廊下を歩きながら部屋に向かう。学生証端末によると寮は学年ごとに分けられており、男子は1階、女子は2階で全て相部屋だそうだ。そして、俺の部屋は1階の101号室。食堂から出て真っすぐ、一番つきあたりだ。入寮時に貰った鍵をドアノブに差し、鍵をあける。いよいよこれからお世話になる部屋とご対面だ。

 

「……え?」

 

ドアを開けると、まぬけな声がした。そちらを見ると、さっき俺の向かいで夕飯を食べていた女子が立っていた。

何故か下着姿で。

 

「えーっと……」

 

俺は状況が飲み込めず、立ち尽くしていた。だが、向こうは状況を理解したようだ。

 

「きゃあああああああああああああ!」

 

羞恥に顔をそめた彼女は悲鳴をあげてこちらに殴りかかってくる。それをすんでのところでかわすと後ろの壁に穴が開いた。直撃していたら大変なことになっていただろう。

 

「なにかわしてるのこの変態!のぞき!」

「いや、のぞきでは無いだろ。こうしてドアを開けてるわけだし」

「……確かに、なんで鍵を持っているの?やっぱり変態じゃない!」

 

向こうが再び殴りかかってこようとしたので俺はあわてて部屋をでてドアを閉めた。

 

「おや、どうしたんですか、霧咲くん?」

 

ちょうどそこに雪坂先生が通りかかる。

 

「いや、俺の部屋に女子がいたんですが、一階って男子の部屋ですよね?」

 

だが先生は特に驚きもしない。

 

「ああ、すみません。実はですね……」

 

***

 

先生が言うには、一年の男女比の問題で俺と彼女は余ってしまったようで、しかも2階の部屋はすべて埋まってしまったらしい。それゆえ俺たち二人は特例として同じ部屋にされたようだ。

 

「だそうだぞ」

 

ドアの向こうの彼女にそう伝える。しばらくするとドアが開き、彼女は出てきた。今度はちゃんと服を着ている。

 

 

「すみませんね高橋さん。こちらの不手際で伝えるのが遅くなってしまって」

 

先生の様子はとても悪びれているようには見えない。

高橋は納得しない様子で先生に抗議を始めた。

 

「だからといっていくらなんでも男女を同じ部屋にするなんておかしいです。間違いが起きたらどうするんですか?」

「高橋さんは間違いが起きると言うのですか?」

 

思わぬ返答に高橋は真っ赤になり俺の方を睨んでくる。そんな目で見られても俺にはどうすることもできない。

 

「ありえません。こんな変態なんかと」

 

ひどい言われようだ。完全に過失だと言うのに、理不尽な世の中だ。

 

「では、問題はなにもありませんね。じゃあ私はこれで」

「え、ちょっと」

 

先生はさっさと行ってしまった。

 

「まあ、よろしくな高橋」

「あなた、なんですんなり状況を受け入れているのよ、本気で私に何かする気?」

 

まだ警戒されているようだ。当然と言えば当然だが。

 

 

「なにかすれば俺は一発で退学だ。そんなリスクを背負ってまで何かするほど俺はバカじゃない自信がある」

「そのいいかただとリスクがなければ何かするってこと?」

「揚げ足をとるな。とりあえず俺は眠いんだ。細かい話は明日以降ってことで」

 

 

 

そういって俺はベッドに横になる。だが高橋は俺の方を睨んだまま立っている。

 

「……なんだ?」

「私は高橋茜(たかはし あかね)。あなたは?」

 

唐突に自己紹介された。確かにこれから同じ部屋で生活するわけだし、互いの名前を知らないのは不都合かもしれない。俺は上半身を起こし、それに答える。

 

「俺は霧咲勝真だ。よろしく」

「よろしくするつもりは微塵もないけどね」

 

そう言って高橋は自分のベッドへ腰かける。

 

「明日から登校だけど、絶対に私より後に部屋をでて。一緒に出たところを見られでもしたら迷惑だもの」

「わかった」

 

すぐにばれるだろうけどな。

 

 

 

 



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2話 格差 それは人々を戦いへと導く最も大きな要因である

翌日、目が覚めた俺は大きくあくびをする。今日から学園生活が本格的にスタートするわけで、時計をみると登校までは結構時間がある。

床がきしむ音がしたのでそちらを見ると、既に制服に着替えた高橋が部屋を出るところだった。

 

「あら、おはよう。今から学校へ行くから10分たつまで部屋から出ないで」

 

そう言って高橋はドアをあけ周囲を見渡す。随分警戒しているようだが、この時間なら大抵の生徒はまだ寝ているだろう。

高橋が部屋を出た後、俺はベッドから出る。特にやることもないので昨日配られたパンフレットを見ながら時間をつぶす。表紙には

『革新的な教育指導は次世代のエキスパートを作り上げる』

と大きく書いてある。とはいってもパンフレットに書かれているのは外部からでも調べられるような基本的な内容だけ。詳しくは今日説明されるのだろう。

次に学生証端末の電源を入れる。今のところ使える機能は学内のマップと通話、メール機能くらいだ。だが、わざわざこんな端末を用意するのだから他にも使える機能は増えていくのだろう。俺のアドレス帳には当然だが誰の名前もない。昨日の自己紹介の場にいれば誰かとアドレスを交換できたのかもしれないな。そして、このブレスレット。指示があるまでつけるなと言われたが今のところ用途は一切不明。これも今日説明があるのだろうか。

 

一時間ぐらい時間をつぶし、いい時間なので制服に着替えることにする。次に、鞄に物を入れていく。とはいっても今日は入学式とオリエンテーションが大半なのでそこまでたくさん入れるものは無い。

 

「こんなものか」

 

鞄を持ち、部屋の外から鍵をかけ、食堂へ向かう。

食堂には結構な数の生徒がいた。昨日とは違い、各自楽しそうに会話している。たとえDクラスの所属でもこれから高校生活が始まるのだから浮かれる気持もあるのだろう。

俺はお盆をもち、食事を受け取りに行く。

 

「おはよう、今日も一日がんばってね」

 

食堂のおばさんはにこにこ笑いながらご飯を盛ってくれる。今日の朝ご飯は白米、豆腐とわかめの味噌汁、味のり、サバ味噌だ。昨日よりは良質の様な気もするが、それでも見ただけでは特段美味そうには見えない。

適当に空いてる席に座り、割り箸をわって食べ始める。やはり、見た目の印象より美味い。

 

「あ、霧咲君!おはよー」

 

目の前に座ってきた人物の声に、いったん箸をおく。

 

「おはよう朝日」

「今日から高校生活の始まりだね!」

「そうだな」

 

朝からこんなに元気なのは素直に尊敬する。

 

「Dクラスだって言われた時はどうしようって思ってたけど、みんないい人だし、なんとかやっていけそうだよー」

 

やはり朝日もDクラスに配属されたことは少なからずショックだったようだ。

 

「まあ、Dクラスでも特に気にすることは無いと思うぞ」

「だよね!これから3年間Dクラスで生活するんだし、住めば都っていうしね!」

 

俺の言いたかったこととずれているが、前向きなのはいいことだ。

 

 

 

 

食事を終え、俺は食堂を後にする。朝日は他の女子と喋りだしたのでもう少しかかるだろう。玄関で靴を履き、外へでる。ここからでも見えるほど校舎は大きい。だがそれでもこの寮からは結構遠いが。15分ほど歩き、なんとかたどり着く。玄関に入ると、よりその大きさがわかる。この学校は10年前に大幅な改装工事と制度改革を行なったとパンフレットに書いてあった。ひょっとすると寮や制服の色分けもその時に変わったのだろうか。

そう思いながら、俺は教室へと向かった。

 

 

 

結論から言って、Dクラスの教室はひどいものだった。机やいすは木造でとても古く、物を置けばがたがたするもので、扉も建てつけが悪く、あけるのに苦労する。さらにはとてもほこりっぽく天井には蜘蛛の巣が張っていて、ここだけ別の学校といわれても疑いを持たない程だ。10年前の改装工事とはなんだったのか。

黒板には座席自由と書いてあるので俺は窓際の最後尾の席に座る。先に来ていた高橋は真ん中の列の一番前に座っていた。しばらくするとDクラスの生徒が続々入ってきた。それにともない教室は騒がしくなっていく。いろいろなところから教室に対する不平不満が聞こえてくる。

 

10分後、始業をつげるチャイムが鳴る。それとともに教室のドアが開き、担任と思われる女性が入ってきた。その瞬間、生徒たち、特に男子の視線はその人物にくぎ付けになった。長い黒髪、整った容姿、そして何より歩き方から感じる気品と迫力。その人物は教壇に立つと、凛とした態度でこう言った。

 

「Dクラス担任。堀北鈴音(ほりきた すずね)です。これから朝のホームルームを始めたいと思います」

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

堀北と名乗った教師は教室を見渡し、咳払いをしてから話し始めた。

 

「まずは、入学おめでとう。この学校ではクラス替えは無いので3年間私が担任となります。みなさんが未来を支えていくエキスパートになれるように指導していきたいと思います」

「でもセンセー。落ちこぼれのDクラスから未来を支える人材なんて輩出できるんですかねー」

 

一人の男子生徒が野次を飛ばす。

 

「あなたは……」

「手塚優正(てづか ゆうせい)です。試験は頑張ったけどDクラスに配属された落ちこぼれでーす」

 

よくみるとそいつは昨日のキャップをかぶっていた男だった。今日はかぶっていなかったので全く気付かなかった。そして、手塚の発言に、多くの生徒が敵意をみせる。手塚の発言はDクラス全員が救いようのない落ちこぼれだと言っているようなものだし、当然か。

 

「手塚君ね。あなたは勘違いしているかもしれませんが、学校側はDクラスを落ちこぼれとは認識していないわ。単純に試験の結果から振り分けただけです」

 

「それを落ちこぼれって言うんじゃないんすか?」

 

手塚は尚もへらへらとしている。すると先生は真剣な顔で手塚だけでなく俺たち全員に向けて告げた。

 

「この学校で問われるのはDクラスかどうかではない、とだけ言っておきます」

 

その言葉に教室は静まり返る。その言葉はDクラスの生徒にとって希望を持たせる一言に聞こえたが、生徒たちは疑わしくも思っているようだ。あげて落とすなんて事はよくある話だし、無理もない。

 

「さて、もうすぐ入学式が始まりますので準備してください。」

 

 

 

 

***

 

この学校でも入学式というのは同じようなことをするらしく、俺たちは普通に体育館に入場し、教師たちも普通に生徒を座らせ、今はステージの上に校長がたち、歓迎の言葉を述べている。ちなみに、制服の色分けだが黒がAクラス、青がBクラス、緑がCクラスらしい。俺たちDクラスが赤なのはレッドゾーンという意味もあるかもしれない。

 

「では、歓迎の言葉は以上として、ここからは本校の独自システム、『NSシステム』について話したいと思います」

 

校長の言葉に生徒たちは疑問を浮かべる。校長はそれに答えるように話を続ける。

 

「ネクストSシステム、通称『NSシステム』とは、実力で生徒をはかるためのシステムです。この学校では、クラスの成績、評価がプライベートポイントとクラスポイントに反映されます。プライベートポイントとは、生徒一人一人に与えられるポイントで、これをつかって敷地内の店で買い物をしたり、娯楽施設で遊んだりもできます。原則として、このポイントで買えないものは無く、またこの学校では絶対の力を持ちます。君たち新入生にはいまこの場で、10万ポイントが支給されます。1ポイントで1円の価値となります」

 

生徒たちはざわめく。10万ポイントということは日本円で10万円。とても高校生のもつ額では無い。そして、校長の言うクラスの成績評価が反映されるということは、当然授業態度や生活態度も査定に含まれるということになる。

 

「そして、クラスポイント。簡単に言うとクラスに与えられるポイントです。入学時点で各クラスには1000クラスポイントが与えられています。このポイントはテストや行事等で変動し、それによって1カ月に振り込まれるプライベートポイントが変動します。」

 

クラスで団結してクラスポイントを上げれば、その分裕福に生活できるということか。

 

「そして、クラスポイントが上位のクラスを上回ればそのクラスは昇格し、下回れば降格します」

 

校長の発言に大半の生徒は驚きの声を上げるが、良く考えればわかることだ。試験の結果が悪い、手塚の言葉を借りれば落ちこぼれの集まりで構成されたDクラスなんてものはどう考えても必要ない。それなのにクラスが4つ存在する理由はただ一つ。下剋上制度の存在だ。

 

「そしてもう一つ。この二つのポイントのほかに、テストなどの結果によって個人に与えられる『ネクストポイント』が存在します。ネクストポイントは1ポイントにつき50プライベートポイントに変換可能で、このポイントが一定値を超えると、個人によるクラス替え、『交換試験』を受けることが可能となります。この試験によって、クラスポイントを上げなくても上のクラスを目指す事が可能となります」

 

校長はいったん話を切って俺たちの反応を見る。いきなりたくさんの情報を受け取った生徒に、整理する時間を与えてくれているのだろうか。

 

「そして、皆さんが期待する卒業後の高い進学、就職率の恩恵を受けることができるのは、Aクラスだけです」

周囲が再びざわつく。BでもCでもDでもそのままでは何の意味もなく、さらにAも気を抜けば立場をひっくり返される。そのために取れる手段は2つ。全員で頑張るか、一人で頑張るか。どちらにせよこの学校は……。

 

「そう、この学校は完全なる実力至上主義なのです」

 

 



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3話 戦場にて、誰もが戦いに来ているわけではない

その後、入学式はつつがなく行われ授業もオリエンテーションで終わり、放課後となった。

特にやることのない俺は教室の隅で学生証端末を眺めていた。

端末には各教科の成績(まだ空欄だが)と生徒のプロフィール、そしてプライベートポイント、ネクストポイントが表示されていた。クラスポイントに関しては、学校側が管理するらしく生徒には公開しないそうだ。それぞれのポイントに関してはまだ謎な部分もあるが、生徒がもっとも注目しているのはネクストポイントだろう。あの後の校長の説明でわかったこととしては、

 

・ネクストポイントは授業やテスト、各行事で増減する

・ネクストポイントが一定値まで上がると好きな組に移動できる『交換試験』を受けられる

・ネクストポイントが組で一番低いと『交換試験』の対象となり結果によって組を移動させられる

・ネクストポイントは譲渡も可能

・ネクストポイントはこの学校では絶対の力を持つ

 

といったところだろうか。そして俺に与えられたネクストポイントのスタート値は100ポイント。これが多いのか少ないのかはわからない。プライベートポイントに換算すると5000ポイントなのだから低いのかもしれない。校長の話によればスタート値は入試の結果に応じているらしいので他のクラスの人間ならもっとあるのかもしれない。

 

「……結局現時点だとこのくらいしか情報がないか」

 

上のクラスを目指すにしてもなんにしても今すぐに動ける生徒なんてのはいないだろう。今必要なのは情報収集だ。俺は鞄を持ち教室を出る。今日はさっさと寮に帰って寝よう。

 

 

 

玄関から外に出ると檜山が緑の制服、つまりCクラスの生徒数人と一緒に校舎横の林に入っていくのが見えた。

 

「どう考えてもおかしいよな」

 

入学式早々、ほとんど面識が無いはずの他クラスの生徒と林の中に入っていくなんて。しかも相手は複数で檜山は一人。なにか良からぬことがおこっても不思議じゃない。

 

「……見てしまった以上は放置もできないか」

 

俺は檜山たちの後をこっそり追って林の中へ入っていく。さっそく今日の予定がおしゃかになってしまった。

 

林の中は意外と歩きやすく、動物の気配もない。人工の林なのか、単に整備されているだけなのだろうか。ともかく、こんなに綺麗だと身を隠しにくいことこのうえない。それでもなんとか木陰に隠れながら後を追う。しばらく歩いているとCクラスの生徒たちが足をとめ、檜山も足をとめる。俺は数メートル離れた所からその様子をうかがう。

 

「えーっと、何か用か?俺腹減っててさ、今日の晩飯はエビフライだっておばちゃんが言ってたからはやく帰りたいんだけど」

 

檜山は能天気にそんなことを言っている。確かにエビフライは魅力的だが今はそんなことを言っている場合なのだろうか。すると、Cクラスの生徒の一人が、檜山の胸倉をつかみ大声で話し始める。

 

「てめーの晩飯なんざどうでもいいんだよ、問題なのはDクラスの落ちこぼれがこの俺をバカにしたことだ」

「バカになんてしてねーよ。ただせっかく買ったパンを口に合わないって理由でゴミ箱に捨てるなんてバチあたりだって言っただけさ」

「それがバカにしてるってんだよ!この落ちこぼれの分際で!」

 

そう言ってそいつは檜山に殴りかかる。とはいっても喧嘩慣れしていないのか、誰でも止められそうな一撃だ。

 

「ぐはっ」

 

だが、檜山は手でガードもせずに顔にこぶしをくらっていた。

 

「おらおらどうしたなんとか言ってみろ!」

 

Cクラスの生徒は檜山を殴り続ける。だが、檜山は決してわびようとはしない。ただされるがままだ。

 

「ほら、お前らもこいつを痛めつけてやろうぜ!」

 

その言葉に他の生徒も攻撃態勢にはいる。このままだと檜山が大けがをしかねない。流石にそれは見過ごすわけにもいかないだろう。俺は大きく息を吸い込み声を出す。

 

「先生、こっちです!こっちにCクラスの生徒とDクラスの生徒が入って行きました!」

「っ!?」

「やべえ、逃げろ!」

 

Cクラスの生徒たちは走って逃げていく。檜山は近くの木にもたれかかり息を切らしている。

俺は木陰からでて、檜山のもとへ向かう。

 

「大丈夫か檜山」

「えっと、お前は確か……」

「Dクラスの霧咲勝真だ」

「そっか。助けてくれてありがとうな霧咲。てか、先生は?」

「先生はいない、ただの虚言だ」

 

それを聞いた檜山は大きな声で笑い出す。

 

「随分思い切ったことするなー。あいつらが引っかからなかったらお前も袋叩きにされたろうに」

「そういうお前こそあれくらいなら誰でも反撃できたと思うんだが」

 

そう言って俺は手を差し伸べる。檜山はそれを掴み立ち上がった。制服の汚れを払いながら檜山は真面目なトーンで話す。

 

「俺の手は飯を食い飯を作るためにある。安っぽい喧嘩なんかに使えない」

 

見上げた根性と信念だ。相当料理が好きなんだろう。

 

「取り合えず寮に戻ろう。手当もしないとな」

「それもそうだな。本当にありがとうな霧咲!」

「気にするな」

 

 

***

 

寮に戻ってから、檜山は適当な理由をつけて救急箱をもらい、自室へ入っていった。それを見送った後、俺も部屋に戻った。

 

「あら、帰ってきたのね。てっきり野宿に切り替えたのかと思ったのに」

「ご期待に添えなくて悪かったな」

 

高橋の言葉を聞き流し、制服から着替えベッドに横になる。少し疲れたな、飯は後にするか。高橋はというと、同じく自分のベッドに横になっているようだ。やることないのか……俺もないな。

 

「ねえ、あなたは上のクラスに上がりたい?」

 

唐突に高橋が問いかけてきた。声のトーンからしてかなり真剣なようだ。

 

「さあな、そもそも簡単に昇格できるならNSシステムなんて大層なものはつくられないだろう」

 

当たり障りのない答えを返す。

 

「随分と適当な考えね。何のためにこの学園を受験したのか理解に苦しむわ」

「そういうお前はどうなんだ」

「私はAクラスに上がるわ。そこが本来の私の居場所だから」

 

本来のとはどういうことだろうか。単に自意識過剰なのだろうか。しかもCとBを須っ飛ばしAクラスとは。

 

「あなた、今私をバカにしたでしょう」

「そんなことはない。単純によくわからなかっただけだ」

 

すると高橋は少し沈黙する。なにか考えているようだ。まあ、放っておいて少し寝るとしようか。いい感じに眠気もきたしな。そうして俺は目を閉じる。

 

「バカにされたままでいるのは苦痛だから言うけど」

 

が、俺の睡眠はその声によって妨害されてしまった。仕方なく話に耳を貸す。

 

「私は入試の日、体調を崩していたのよ」

 

なるほど、どうやら高橋は入試の日の体調不良で本来の実力が出せなかったためにDクラスに配属されたと言いたいようだ。そんな漫画みたいなことが本当にあるとは思わなかった。

 

「それは大変だったな」

「そう言うあなたは本気でやってDクラスだったようね。まったく憐れだわ。そもそもあなた試験会場にいたかしら?、存在感までもDクラスなのね」

「ほっとけ、俺は少し寝るからな」

 

このままだと永遠に悪態をつかれそうなので寝る意思をしっかり伝えておく。

今度こそ眠気がやってきた。俺はそっと目を閉じる。

 

「おーい霧咲!食堂行こうぜ!エビフライ……」

 

急に扉が開き、檜山が入ってきた。そういえば疲れてて鍵を閉めてなかった。檜山は室内を見渡し、高橋の存在に気付いたのか絶句している。

 

「えっと……」

「す、すまねえ霧咲、邪魔したな!」

 

そう言ってドアを閉めようとする檜山だったが、高橋が機敏な動きでドアの間に足を挟む。

その間わずか数秒。流石Aクラスを目指すだけあって迅速な対応だ。

 

「ちょっと待ちなさい、この部屋に入ってただで出れると思わないで」

「いや、そんなこと言われても……うわっ」

 

高橋によって檜山は部屋に引きずり込まれる。そして部屋には鍵がかけられた。檜山は状況がわからないようで、俺に視線を向けてくる。

 

「霧咲君、このノックという文化も知らない野蛮人はあなたの知り合い?」

「野蛮人って、そりゃひどいな」

 

檜山がそう呟くと高橋は鋭い視線で睨みつける。檜山は早く助けろと言わんばかりにさらに強い視線を向けてくる。

 

「えっと、こいつは同じクラスの檜山だ。さっきちょっとした事で知り合った」

「そう。では檜山君、あなたは何か誤解しているようだけど私とそれは学校側の都合で無理やり同じ部屋に入れられたの。いい?」

 

それ呼ばわりとは、まだ変態の方が人要素があったんじゃないだろうか。

檜山は半信半疑のようだ。仕方ないので俺は詳しく説明することにした。

 

 

「―――というわけだ」

「まじか」

「まじだ」

 

10分くらい説明すると、檜山はようやく理解してくれた。これが全く面識も無い人物だったとしたらもう10分はかかっただろう。

 

「まあ、事情はわかったぜ」

「そう、ならよかったわ」

「でも、だまっている代わりに一つ条件がある」

 

檜山は真剣な顔でそう言ってきた。条件とはなんだろうか。高橋は警戒しているようだ。確かに、こいつにとっては檜山は初対面で得体のしれない異性だ。そういう目的の条件を提示されるかもと思ってもおかしくない。

 

「……一応内容はきいてあげる」

 

あくまでこちらが上、というスタンスを崩さずに返答する。状況的には圧倒的にこちらが不利なのだが高橋の喋り方や雰囲気によってそんなことは関係ないかのようになっていた。

 

「俺の飯を食ってくれ」

「……はい?」

 

高橋は目をぱちくりさせる。

 

「いや、だからさ。自己紹介でもいったけど俺料理が好きなんだよ。だから夜食とか作ってやるからさ、食って感想を言ってほしいんだ」

「それ、あなたに大したメリットが無いように感じるけど?」

「そんなことねーよ。高橋はズバッと思った事言ってくれそうだし、すげーメリットだって」

「あなた、ちょっと変な人ね」

 

高橋は呆れたように言う。だが檜山は無邪気な笑顔を浮かべている。

 

「俺からすれば男子との相部屋に適応してる方が変……ごめんなさい謝るから殴らないでください」

 

檜山は高橋の恐ろしさを痛感したようだ。俺はふと疑問に思ったことを聞いてみる。

 

「でも、料理なんてどこで作るんだ?」

 

部屋にはコンロもなにもない。唯一料理ができるとすれば食堂くらいだが、生徒が使えるのだろうか。

 

「大丈夫。食堂のおばちゃんに皿洗いを条件に自由に使っていいって言われてるから。といっても食材は余りものと自分で用意したものだけだけどな!」

 

まだ学校に来て二日目だと言うのになんと素早い交渉術だ。俺にはとても真似できない。

 

「あなたよっぽど料理が好きなようだけど、それなら専門の学校があったんじゃないの?」

 

確かに、料理に関して言えばAクラスでもDクラスでも受けられる恩恵は無い。それなのに檜山がこの学校を選んだ理由とはなんだろうか。

 

「いや、実はこの学校の料理部は最先端の設備といろんな地域や国から取り寄せた食材を使えるらしいんだ。そんな環境で料理ができるなんてわくわくしてたまんねーよ!」

 

「ということはあなたにとってはDクラスでも支障はないと?」

「まあそうだな。料理部にさえ入れれば文句なしだ」

 

初日に檜山があんなに元気だったのはそのためだったのだろう。珍しい奴もいるもんだな。

 

「で、どうすんだよ?条件飲んでくれるのか?」

 

高橋はしぶしぶ頷く。俺も特に断る理由もないので承諾することにした。檜山はとてもうれしそうに部屋へ戻っていった。俺を食堂に誘いに来たんじゃなかったのか。

 

 

 

「変わった人もいるのね」

 

高橋はぽつりと呟く。

 

「Aクラスを目指すための敵が一人減って良かったじゃないか

 

一連の言動からして高橋はクラスポイントを上げるよりネクストポイントを上げて交換試験でAクラスを目指そうとしているのだろう。

 

「あなた、やっぱりバカにしているでしょ」

「いや、そんなことは」

「だったら次のテストで私と勝負しなさい。思い知らせてあげるわ」

「は?いや、なんでそうなる」

 

高橋は俺の話など聞く耳を持たずそのままイヤホンで音楽を聞き始めてしまった。

 

***

 

 



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4話 平穏 それははたして天国だろうか

翌日、ついに本格的に学校生活が始まる。NSシステムの査定を意識してか遅刻者は一人もいなかった。チャイムと同時に堀北先生が教室に入ってくる。

 

「おはようございます。昨日はよく休めたでしょうか。今日から本格的に授業が始まります。上のクラスを目指すためにも真摯に取り組んでください」

 

生徒たちはそんな社交辞令のような挨拶にも真剣に耳を傾ける。

 

「そして、昨日連絡しましたがみなさんネクストリングは着用していますか?」

 

ネクストリングとは、入校許可を貰うテントで貰ったブレスレッドの事であり、昨日の帰りのホームルームで今日の朝までに装着することを指示された。

 

「では、これから皆さんのネクストリングの電源を入れます」

 

先生はそういってもっていたタブレットを操作する。それと同時に俺たちのリングに光が灯った。ディスプレイには、NOW LOADINGと表示されている。

 

「このネクストリングはわが校の生徒全員に装着義務付けられているブレスレッドで、主な機能はネクストポイントの管理、体調管理、時間管理です。勝手に外すとペナルティが課されるので注意してください」

「おお、なんかかっけー!」

「これはまじですごいっしょ!映画みたいだし!」

 

周りからそんな声が上がる。

 

「それでは、これでホームルームを終わります」

 

堀北先生は教壇を降りる。

 

「まってください」

 

それをひきとめたのは高橋だった。

 

「なにかしら、高橋さん」

「さっき先生は上のクラスを目指ために真摯に取り組めとおっしゃいましたが、上のクラスに上がった生徒、またはクラスというのは前例がありますか?」

「過去の事は話せないわ。そもそも話したところであまり意味はありません。ただ、今のあなたたちでは上のクラスに上がることはできないでしょうね」

「それはどういう意味ですか?」

「さあ、どういう意味でしょうね」

 

そういって先生は教室を後にした。

 

「なんだよ、堀北先生つめてーなー」

「自分で頑張れって言っておいて無理だとか意味わかんないよねー」

 

生徒たちは不満を募らせる。

 

「みんな、今は先生に怒りを向けても仕方ないよ。とにかくやれることをやってクラスポイントを上げていこう」

 

そう言ったのは高円寺だった。その言葉に一同は不平をやめ、頷いた。どうやら高橋とちがって高円寺はクラス全員で上を目指そうとしているようだ。それに対しほとんどの生徒が賛同を示している辺り、高円寺は速くもクラスの中心となっているようだ。

 

「さすが斉人クン!高円寺コンツェルンの跡取りは伊達じゃないっしょ!」

 

高円寺の隣に座る男子がいった言葉によると、高円寺は本当にあの有名な高円寺だったようだ。それはたしかにクラスをまとめられるのもうなずける。

 

 

 

 

 

その日の3時間目は体育。生徒たちはジャージに着替え、グラウンドに集合していた。

チャイムと同時にいかにも体育会系といった感じのおっさ……先生がやってきた。

 

「よーしお前ら集合しろー」

 

その声に俺たちは並ぶ。

 

「さっそくだが、準備体操をしたら走力テストをはじめる。これはみんなの基礎体力を知るためでもある。それが終わったら、後は自由にグラウンドを使ってくれて構わない」

「え?それだと自由時間がかなり長いんじゃ?」

 

疑問の声が上がる。

 

「一回目の授業から怪我されても困るからな。今日はあくまでオリエンテーションだ」

 

なるほどそんなもんなのか。

 

「それじゃあ適当に4人一組をつくってスタート地ポイントに行ってくれ。」

「はいはい先生!質問いいっすか!」

「うん?えーっとお前は……」

「池田優斗(いけだ ゆうと)です!今までで一番早かった人ってどんな人ですか!」

 

池田と名乗った生徒は元気よく質問する。足に自信があるのか、単に興味本位なのか。

 

「そうだな……たしか歴代だと高円寺六助と須藤健が最高だったかな」

 

 

「ええ!高円寺六助って斉人クンのお父さんで高円寺コンツェルンの社長じゃん!」

「それに須藤健って世界で活躍するプロのバスケット選手じゃん!」

「そんな凄い人たちがこの学校の卒業生だったなんて、凄くない!?」

 

驚きの声があちらこちらから聞こえてくる。高円寺六助の名前はよくニュースなどで見かける。5年前位に、世界進出を果たしたとかなんとか。須藤健も、スポーツ誌などで見たことがある。バスケット界に革命を起こしたとかなんとか。

 

 

「ほら、それくらいにして、さっさと並べー」

 

***

 

「はい、次の組用意しろー」

 

いよいよ俺たちの組の番が回ってきた。しかし何の因果なのか、俺の組は高円寺、池田、そして手塚だった。どいつもこいつもキャラが濃すぎる。そもそも高円寺とか明らかに早そうなんだが。

 

「よろしくねみんな。ベストを尽くそう」

「おうよ、俺の華麗なる走りをみるがいい!」

「はっ。余裕だねえ高円寺クン」

 

 

なんかみんな凄いやる気なんだが。

 

「それじゃあよーい」

 

ピストルが鳴るのとともに俺たちは走りだす。先頭を走るのはわかりきっていたが高円寺……と手塚だった。

 

「うそだろ!?手塚の奴斉人クンと互角に走ってる!?」

「うぐぐ、非常に不愉快だ……」

 

手塚嫌われすぎだろ。まあ、初日のあの態度のせいだな。自業自得。そう思いながら俺は3番目を走る。

 

「はあ、はあ、ど、どういうことだ、この俺がああああ!」

 

どうやら池田は別に俊足でも何でもなかったようだ。さっきの質問は完全に興味本位だったらしい。そしてそのままゴール。一位は手塚と高円寺の同着。ついで3位は俺、4位は池田だった。

 

「ぜえゼえ……くそ。今日は星占い最下位だったからな……仕方ないか……」

 

そんな声が聞こえていたが気のせいかもしれない。

 

「高円寺君すごーい!」

 

ゴールした高円寺の周りには女子が群がっている。おい、同着の手塚にもなんか言ってやれよ。え?言いたくないの?そうだな、俺も特に言うことは無い。

 

「お疲れ様」

 

その声とともにタオルが頭に飛んでくる。

 

「……高橋か。俺より高円寺にアピールしたらどうだ」

「別に私は彼に好意はないわ」

「俺にはあるのか」

「あなた、死にたいの?単純に聞きたいことがあったから声をかけただけよ」

「なんだ?」

「霧咲君。あなたなにか運動してた?フォームがものすごくきれいだったけど」

 

こいつは俺のストーカーかなにかなのか。普通3位の奴のフォームなんて気にしないだろうに。

 

「特になにも……いや、中学の時に1年くらい陸上をやってたな」

「とても一年で完成するフォームじゃないと思うのだけど……」

 

なんて答えようかと考えていると、ちょうど最後の組がゴールしたところだった。

 

「よーし。これで全員だな。それじゃあ後は自由時間だ」

「いよっしゃああああ!」

 

 

先生の言葉に、男子たちがはしゃいでボールを取りに走る。

 

「それじゃ、俺も球技に混ざってくるから」

「あ、ちょっと、待ちなさい!」

 

待てと言われて待つわけないだろ。的な。

 



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5話 状況を理解せよ、さもなくば解はない

『NSシステム』の説明、檜山との出会い、高橋の宣戦布告と入学早々いろいろなことがあったが、その後は特に何も起きず一週間は過ぎていった。そして今日は初の土曜日。少し早めに起き、特にやることのない俺は高橋が部屋を出てから10分後に食堂へ向かった。

今日の朝食は白米、茄子の味噌汁、漬物、卵焼きだった。一周回って健康的な素晴らしい朝食に見えてきた。

 

「おーっす霧咲!」

 

奥の方のテーブルで檜山が手を振っているので、そちらへ向かう。

 

「おはよう檜山、今日も元気だな」

「そりゃそうだぜ。なにせ今日は初の卵料理だからな!」

「確かにそうだが、それがどうかしたのか?」

「この前言ったろ?この学校では最先端の食材を使ってるって。当然鶏も例外じゃない。その卵が食えるんだから元気も出るってもんよ」

 

なるほど、それはどんな味なのかとても興味がある。割り箸を割り、いただきますをしてから早速卵焼きを口には運ぶ。

 

「なるほど、これは美味いな」

「だろ?」

 

けして檜山の言葉による先入観では無く、卵焼きは本当に美味かった。

 

「しかも、味付けが神がかっててさ、白だしとか良くあるものしか入れてないのにその配分がまた絶妙なんだよ」

 

とするとあのおばさんは相当の腕の持ち主ということか。たしかに、豪勢ではないがこの一週間、昼まで腹が減ったことは無かったしな。もくもくと卵焼きを食べていると檜山が話しかけてきた。

 

「霧咲は今日なにすんの?」

「特に決めてないし、校内の探索でもしようかな。そっちは?」

「俺は今日、皿洗いの後に釣りスポットを見に行くんだ」

「釣りスポット?」

「ああ、何でも敷地の西の方につりぼりがあるらしくて、そこでとった魚は自由にしていいんだと。今度一緒に釣りにいこうぜ」

 

友人と休日に釣りに行くなんてなんともシャレてるな。たくさん釣れば檜山が料理してくれるわけだし、百利あって一害なしだな。

 

「でも、つりざおとかはどうするんだ?」

「そーそれなー。今日はスポット探索だからいいけど、竿必要だよなー。レンタルとか販売とかしてねえかな」

 

そういえば敷地の北側にショッピングモールがあったっけか。そこにいけばあるかもしれない。

 

「今日ショッピングモールに行けたら探してみるよ」

「お、わるいな!じゃあお礼に晩飯のあと、あまった卵と昨日の焼きそばでオム焼きそば作ってやるよ」

 

それは楽しみだ。後で高橋にも伝えておこう。

 

朝食を終え、部屋でくつろいでから服を着替えて玄関にむかう。あいかわらず廊下はぎしぎし音が鳴るが、床が抜けたという話しは聞かないので特に気にすることはなくなった。

玄関の方を見ると、何人かの集団がいた。その中には高円寺の姿もあった。やはり目立つなあの金髪は。邪魔しても悪いのであまり音を立てずに靴をはく。

 

「あれ。君は」

 

しかし、速効で高円寺に見つかってしまった。その声に反応して、集団の全員が俺の方を見る。男子が4人に女子が3人か。

 

 

「あ、霧咲君!」

 

その中には朝日もいた。俺に気付くと駆け寄ってきた。まるで子犬のようだ。

 

「よう、朝日」

「これからショッピングモールに行くんだけど、霧咲君も行かない?」

 

まさかのお誘いを受けてしまった。俺もショッピングモールに行く予定なので、断る理由もないのだが、強いてあげるとすればこのメンツだろうか。高円寺と朝日以外は名前も知らない。向こうだって俺の事なんてほとんど知らないだろう。それは少し気まずい気もする。

 

「いや、俺、迷惑じゃないか?」

 

とりあえずそう聞いてみる。

 

「そんなことないよ?ねえ、高円寺君?」

「そうだね。俺たちは全然構わないよ?ね?みんな?」

 

他のメンツも賛成してくれたようなので、俺はめでたく高円寺のグループに混ぜてもらうことになった。

 

「おい、どいてくれよ。靴取れねーんだけど」

 

声の主は高円寺たちを強引に押しのけ靴を取り出す。こいつは確か……。

 

「ああ、ごめんよ手塚君」

 

そう、手塚だ。入学式初日から挑発的な発言でDクラスの中でも少し浮いた存在だ。どこかへ出かけるのだろうか。それにしては服装は上下ともにジャージ。とてもショッピングモールに買物に行くようには見えない。

 

「手塚君はどこか行くのかい?」

「まあな。でもお前らには関係ないから」

 

そう言って手塚は扉をあけ出ていった。

 

「なんだよあいつ。せっかく斉人クンが話しかけてんのに感じ悪いなー」

 

グループの男子の一人がそう言う。女子たちも口々に手塚の悪口を言っている。やっぱりあんまり印象良くないんだな。

 

「ま、まあ。彼は少し変わってるからね。それはさておき、俺らもそろそろ行こうよ」

 

なんて寛大なんだ高円寺。気のせいか輝いて見えるぞ。

 

***

 

校内の最東端のDクラス寮から北のショッピングモールに行くにはまず校舎まで行き、裏口から出なければいけない。なので俺は相当歩くことを覚悟していたのだが、どうやらショッピングモールにまでのバスがあるそうで、俺たちはそのバスを使いショッピングモールへとやってきた。

ショッピングモールはとても大きく、スーパーに家電量販店、カフェにデパートなど、とても充実している。高円寺グループのメンツは手慣れた様子でカフェに入り注文を始める。

平日の放課後に来たことがあるのかもしれないな。

 

 

「霧咲君は何にする?」

 

高円寺に尋ねられたので、メニューを見る。なんだか異様に長い名前の飲み物が多く、読むのが面倒だった俺は一番短い名前のものを注文した。

 

「へえ、霧咲君って結構渋いの頼むんだね」

 

朝日が俺の注文に反応する。どうやら俺が頼んだのは渋いものらしい。味がだろうか、見た目がだろうか。

それからしばらくして、飲み物が運ばれてきた。俺は自分が頼んだものを飲んでみる。なるほど、確かに渋いな、味が。高円寺グループの面々は楽しそうに会話を始めた。話題についていけそうにないと悟った俺は静かにストローをすする。

 

「霧咲君は、俺らに聞きたいことないかい?」

「え?」

 

高円寺の唐突な問いに対して、俺は気の抜けた返事をしてしまった。

 

「そうだぜ霧咲クン。俺らもう友達じゃん?何でも聞いてくれよ~」

 

グループの男子が少しオーバーなアクションで言ってくる。なるほど、高円寺の気遣いか。俺も聞きたいことがあったし、ありがたい。

 

「じゃあ一つだけ。ネクストポイントの事なんだけど、俺のスタート値は100ポイントなんだけど、これは多いのか?少ないのか?」

 

そう言って周りの様子をうかがう。このメンツが『NSシステム』をどれくらい理解しているか、それによって答えは変わる。

 

「それは少し低いんじゃね?俺600だったし?」

 

さっきの男子が教えてくれる。

 

「そうだね、私は300だったよ。高円寺君は?」

「俺は1000だったかな」

「えーすごーい!流石高円寺君!」

 

女子たちが騒ぎ立てる。それぞれが自分のネクストポイントを言っては称賛し合っていた。そこからはしばらく高円寺への質問タイムとなり、俺の出した話題はすっかり消え去った。だが、このグループのメンツのスタート値は大体わかった。平均で大体700前後、ここから察するにDクラス全体でも大体は650以上と考えるべきか。

 

カフェを出た後、今度はデパートへ入った。しばらく自由に見て回ろうとの事だったので、俺は釣り道具を見に行った。

 

「あーこれは結構高いな」

 

高くて5、6万、一番安くて売れ筋なものでも15000円はする。これは生徒にとって家からの仕送りがあっても少しきついだろう。ふと、値札を見ると、

『定価15000円 ネクストポイント300で引き換え可能』

と書いてあった。

 

「あ、霧咲君!」

「朝日か、どうかしたか?」

「ううん。たまたま見つけたから。霧咲君って釣りが好きなの?」

「いや、全くの素人だ。でも友人が今日釣りスポットを探してて、今度教えてもらうことになってる」

「へえ、いいね、釣り!」

 

朝日は目を輝かせる。

 

「よかったら、朝日もくるか?」

「え?いいの!」

「とは言ってもまだ竿すら用意できてないからいつになるかわからないけど」

「そういえば雪坂先生に頼まれて物置に行った時、少し古いつりざおがあったような気がするよ?」

 

ほう、それは朗報だ。ここに売っているものよりは性能は遥かに低いだろうが、それでも買わなくていいというのはとても助かる。

ふと、朝日の方を見るとなんだか浮かない顔をしている。

 

「朝日?」

「あ、ごめん。その、さっき変な噂を聞いたから……」

「うわさ?」

「うん。『交換試験』の事なんだけど、毎年Dクラスの生徒に仕掛けてくる人が必ずいるんだって」

 

Dクラスに『交換試験』を挑む?それはおかしな話だ。Dクラスで受けられる恩恵は学園内では一番レベルが低い。それなのにDクラスを希望する生徒がいるってことは……

 

「Dクラスの生徒が仕掛けられた『交換試験』に負けた場合、何らかのペナルティがあるのかもしれないな」

「やっぱり、そうなのかな」

 

朝日もその可能性に気付いていたようだ。だが、現状では何ポイントあれば『交換試験』を受けられるのかわからない。まあそれも、上級生とつながりを持てば明確になるだろうが。

 

 

「現時ポイントでは出来る範囲でネクストポイントを獲得していくしかないだろうな」

「あ!霧咲君!あっちに水槽があるよ!なんか泳いでる」

 

朝日は俺の言葉を最後まで聞かずに別のものに興味を移してしまった。本当に感情の起伏のおおきい奴だな。

 

 

 



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6話 学ぶ そして得る

初めての休日はあっという間に終わり、それからしばらく平穏な日が続き、学園生活が始まってから1カ月が経過した。だが現状、ネクストポイントが動く出来事は何も起きていない。料理部に入った檜山に聞いてみても、文化系運動系に関わらずネクストポイントが増減したという話は無いとの事だった。

そんなある日の朝、先に部屋を出たはずの高橋が珍しく時間ぎりぎりで教室に入ってっきた。Dクラスは常に自由席なのだが、高橋以外の生徒は既に着席しており開いている席は廊下側最後尾の俺の隣だけだった。高橋は息を切らしながら着席する。

 

「珍しいな、お前がぎりぎりなんて。何かあったのか?」

 

一応隣に座っている身なので、そう尋ねてみる。

 

「別に、あなたには関係ないでしょう」

「そりゃごもっともで」

 

なら聞くな、と目で訴えかけてくる高橋だったが呼吸を落ち着けると今度はむこうから話しかけてきた。

 

「おかしいと思わない?」

「何が?」

「この現状がよ。学園側は『NSシステム』を提示してきたのにそれに則した出来事が何もない。あるとしてもせいぜい今度の中間試テストくらいしかない」

「確かにそうだが、何も起きていないと思っているのは俺たちの持つ情報が少ないからかもしれないぞ」

「どういうこと?」

 

高橋は首をかしげる。

 

「俺たちが知っているのは1年Dクラスの生徒としての情報だけだ。上級生や他の組の生徒には何らかのネクストポイント増減イベントが起きているかもしれない。もしくは生活態度なんかで増減していて、学園からの発表がまだなだけかもしれない」

 

とはいっても全部推測にすぎないが、可能性としては十分にあり得る話だ。

 

「なら聞いてみればいいじゃない。あなた上級生に知り合いは……いないでしょうね」

「おい、勝手にジャッジをくだすな」

「じゃあいるの?」

「いない」

「なんで見栄はったのよ……」

 

すると、俺たちの話が聞こえたのか、前の席に座る朝日が振り向いた。

 

「それ、私も気になっててね、こないだ仲良くなった先輩に聞いてみたんだけど、なんかそういう制度の事は原則的に下級生に言っちゃ駄目なんだって」

 

流石朝日。もうすでに上級生とのつながりがあるとは。だが、原則口外禁止とは、随分厳しいな。この分だと情報を漏らした場合は何らかのペナルティがあるということもありそうだな。まあ、一年生なら特に気にすることでもないな。

そうこうしていると堀北先生が教室に入ってきたので、俺たちの会話は中断された。

 

 

「―――ということで、今日の連絡事項は終わりです。それと、もうすぐ中間テストなので、しっかり努力してください。」

 

そういって先生はプリントを配り始める。どうやらテストに関係するもののようだ。

 

「一応同じ内容のメールを送っておくので、そちらも確認してください」

 

プリントを受け取った生徒たちはざわめく。俺も受けとったプリントを見てみる。

その内容はテストの順位によるネクストポイントの増減に関してのものだった。内容としては。

 

・Dクラス30人で各教科合計点で上から1位から30位の順位がつく。

・1位 1500ポイント 2位1000ポイント 3位 800ポイント 

・4~10位 500ポイント

・11位~15位 400ポイント

・16位~20位 300ポイント 

・21位~25位 200ポイント 

・26位~28位 100ポイント 

・29位、30位 600ポイント『マイナス』

・テスト問題は3年生が作成。これは3年生の試験も兼ねているので原則情報のやり取りは禁止とする。これに従わなかった場合、中間テストの全教科の取得ポイントを無効とする。

 

との事だった。Dクラスのネクストポイントの平均を考えれば1位を取れば他の生徒に対して大きな差をつけることができる。だが、最下位と29位は大きな減マイナスをくらうことになる。この書き方からして、同率最下位でも全員減ポイントをくらうのだろう。

 

「そして、テストの結果はクラスポイントにも影響します。心して望んでください。それから……」

 

先生が黒板に何かが書かれた紙を張り付ける。

 

「これは5月の各クラスのクラスポイントです。先月の行動によって査定されていますが、今月はどのクラスも変動していません」

 

黒板の容姿を見ると、なるほど確かに全クラス1000ポイントのままだ。

 

「先生。つまり俺たちの行動にマイナス要素は無かったということですか?」

 

高円寺が質問する。

 

「ええ、そうなります。歴代のDクラスの中ではなかなかよい結果と言えるでしょう」

 

その言葉に生徒たちは笑みを隠せないようだ。まあ、しょっぱなから0ポイントとかになってたらクラス崩壊もありえたし全員で上のクラスを目指そうとする高円寺たちにとっては順調な滑り出しだな。

 

「再三言いますが、中間テストに向けての努力は欠かさないでください」

 

そう言って先生は教室を出ていく。

 

「やっと本格的に始まるのね」

 

高橋がそんなことを呟く。

***

 

一時間目は数学で、担当は寮長でもある雪坂先生だ。教室に入ってきた先生の手にはプリントの束があった。

 

「はいみなさん。今日は中間に向けた小テストを行います。これはポイントに直接影響はしませんがしっかりやりましょう。制限時間は授業いっぱいとるので最後まであきらめずに頑張ってください」

 

先生はテスト用紙を配り始める。ぼーっと待っていると隣の高橋がペンでつついてくる。そちらを見ると、高橋は口パクで「勝負よ」と言ってきた。そもそもの話、こいつはどうして俺が自分と勝負になるレベルに達していると確信しているんだろうか。

 

「それでは始めてください」

 

先生の合図によって生徒たちは用紙を表にし、テストが始まる。勢いよくかつかつとペンの音が……聞こえない。それもそのはず、テスト用紙の一番上、つまり最初の問題には難易度の高い複雑な証明問題が記載されていたのだから。とてもじゃないが高校一年生で解けるレベルではない。そもそも授業でもこんな内容はやっていない。前の席の朝日は頭を抱えている。これは何かのミスだろうか。だが先生は特になにを言うわけでもなく、いすにすわって本を読んでいる。

 

 

しばらくして、ペンを動かす音がする。こっそり見てみると、それは高円寺だった。勉強は苦手ではないと言っていたが、これを解けるほどだとは思わなかった。あまり他人を気にしていても仕方ないので問題に意識を向ける。よく見ると高難易度の問題だけで作られているわけではなく、しっかり考えればわかる問題も結構あった。次第に周りからもペンの音が聞こえてきた。

 

 

 

「はい、そこまで」

 

授業終了5分前に、先生が手をたたく。生徒たちはおおきなため息をつく。

 

「ちょっと、難しかったですかね?まあ、あくまでこれは難易度の指標なのでこれから勉強すれば何とかなりますよ。それに、やり方次第で点はいくらでも伸ばせますからね」

 

生徒たちはげんなりした表情を浮かべる。たとえ本番では習った範囲から出るとしてもこの難易度は厳しいだろう。

 

「ちなみにこの小テストの結果ですが、放課後までにランキングをメールで送っておくので参考にしてください。それでは、一時間目はここまでです」

 

そして休み時間、教室内ではさっきの小テストの話題でもちきりだった。

 

「いや、あれ難しすぎでしょ。俺5割くらいしかできなかったし」

「それな。難易度の指標って言ってたけど、あんなん毎回出てきたらいつ最下位になってもおかしくないわ」

「でも600ポイントマイナスは痛いよねー」

 

そんな会話をききながら俺は次の時間の準備をしていた。この分だと今日は小テストが続きそうだ。

 

「ぐふううううう」

 

朝日がへんてこな声を出す。よっぽど小テストが駄目だったのだろうか。

 

「おい、大丈夫か?」

「き、霧咲君……それが、一問も解けなくて……なんでみんな5割とか出来てるの?天才なの?」

 

やはり初めてあったときの印象通り朝日は俗にいうおバカ系女子だったようだ。

 

「情けないわね。そもそも5割なんて普通にやれば簡単に取れるじゃない」

 

やめろ高橋、朝日に追い打ちをかけるな。もう半泣きだぞ。

 

「うう……凄いな高橋さん……」

「当然ね」

 

そんなやり取りが何回か続いた後、突然朝日の表情が変わった。

 

「そ、そうだ!高橋さん、私に勉強教えて!」

「お断りするわ」

「そ、即答!?」

 

相変わらず元気だな朝日は。

 

「当り前よ。私が教えれば誰でも頭がよくなるもの。わざわざ自分の敵を育てるわけ無いじゃない」

 

確かに、『NSシステム』でAクラスを目指す高橋にとっては朝日の学力アップは何の得にもならない。むしろ損になる可能性を孕んでいる。とはいっても一朝一夕で朝日が高橋のレベルになるとも思えないが。

 

「じゃ、じゃあ霧咲君、教えてよ~」

「悪いが俺は高橋と違って教えるなんてできない。自分の事で手いっぱいだ」

「そ、そんな~」

「心配しなくても高円寺辺りが勉強会を始開くと思うぞ」

 

高円寺が困っているクラスメイトを放置するとも思えない。もっともこの学園だとかなり損な性格だとも言えるが。

 

「つまり、あなたはさっきの小テスト、あまりできなかったということね?」

「まあ、そうだな。4割くらいかな」

「なら私の勝ちね、ということで、はいこれ」

 

高橋は俺に一冊の本を差し出す。取りあえず受け取って表紙を見る。どうやら推理小説のようだ。

 

「これをどうしろと?」

「それ、今朝図書館で何冊か本を借りた時に間違って借りてしまったの。放課後にでも返してきて」

 

それで今朝はぎりぎりだったのか。

 

「いや、なんで俺が」

「敗者は勝者に従うものよ」

 

そもそも俺は勝負にのった憶えは無いんだが……。

だが、図書館には行ったことがないし、少し興味がある。せっかくきっかけもできたし行ってみるか。

 

「わかったよ、そのかわりこれで勝負は終わりだからな」

 

 

***

 

放課後、俺は図書館へ足を運んだ。図書館は校舎と別に独立しており、かなり大きい建物だった。入口の自動ドアをとおり、中へと入ると涼しい風が吹いてきた。どうやらエアコン完備のようだ。Dクラスの寮にもぜひとも欲しいもんだ。カウンターで高橋から預かった本を返却してから適当に館内を見て歩く。こんなに大きな図書館を訪れるのは初めてなので、少しテンションが上がる。案内板を見るとこの図書館は3階建てで、一階は専門書などが置いてあり、2階は小説、3階はラウンジになっており自由に休憩できるようだ。

2階に上がり、適当に本棚を見て回る。

 

「これ借りてみようかな」

 

そう思い、本に手を伸ばすとバサバサっと大きな音がした。そちらを見ると、どうやら誰かが本をたくさん落としてしまったようだ。

 

「あちゃー、やっちゃいましたー」

 

落とした本人が本棚の陰から出てきた。髪をみつあみにした女子だった。制服の色が黒なのでAクラスの生徒だろう。流石に放っておくこともできないので俺はそちらへ向かい本を拾う。

 

「あ、どうもすみません」

「いや、別にたいしたことじゃ……随分多いな」

 

散らばった本は全部で10冊を超えている。これを一人で読むのだろうか。

 

「いやあ、気になる本を片っ端から手にとったらこんな数に……すみません」

 

どうやら相当の文学少女らしい。落ちている本もジャンルはバラバラで見聞の広さがうかがえる。しばらく本を拾い続け、やっと全て回収することができた。

 

「本当にありがとうございます。それでは」

「いや、それ多分また落とすぞ。半分持つよ」

「いや、しかしそこまで迷惑をかけるわけには」

「それじゃあこの『ABC殺人事件』を俺に譲ってくれ。これでウィンウィンだろ」

 

そういって本を手に取る。女子の方は、くすりと笑い頷いてくれた。

 

「あなた面白いですね。私は1年Aクラスの楪柚子(ゆずりは ゆず)といいます。」

「同じ学年だったのか。俺は1年Dクラスの霧咲勝真だ。よろしく」

「Dクラスの方ですか。いいですよね、その制服の色。なんでAクラスは黒なんでしょう。理解に苦しみます」

 

そういう見方もあるのか、というかむしろDクラスを褒める要素なんてそれくらいしかないよな。

その後俺たちは三階のラウンジで本を読みながら雑談をしていた。楪は最近は特に恋愛小説に興味があるらしく、その中でも非日常的な設定のものが好きらしい。

 

「なあ、俺と一緒に話してていいのか?」

「といいますと?」

「いや、Dクラスって落ちこぼれ扱いだし、楪の評価にも影響してくるんじゃないのかと」

 

実際このラウンジにはDクラスの生徒はほとんどいないし、さっきから変な視線を感じる。なんだか出ていけといわんばかりの雰囲気だ。

だが楪はほほ笑みながら俺に語る。

 

「確かに一部の生徒はそう思っているかもしれませんが、私はそうは思いません。Dクラスというにはあくま試験の結果によるもので落ちこぼれとは違うと認識しています。そもそも『NSシステム』の中では私たちは追われる存在。いつDクラスに足元をすくわれるかわかりません」

 

確かに、高橋みたいな生徒もいるし、そうやって常に警戒するに越したことは無いだろう。まあ高橋は性格に難ありだが。

 

「となると俺は特に警戒する対象ではないってことか」

「あ、それはちがいますよ。もちろん霧咲君にも警戒はしていますよ。しかし、それと本の事をお話しできる友達は別ということです」

 

どうにも楪は読み切れないな。しかし他の組の人間と関われる機会も大事だ。

 

「そういえばもうすぐ中間テストだけど、他の組ってどんなテストなんだ?」

 

答えてもらえないことも想定していたが、楪は特に難色をしめさず答えてくれた。

 

「そうですね。どのクラスも筆記試験なので、大きな違いはありません。授業でやった小テストくらいの難易度でしょうか。しっかり勉強すれば点はとれるでしょう」

 

あのテストに対してそんな自信があるのはやはりAクラスのレベルが高いからだろうか。

 

「そういえば、試験の問題は3年生が作ってるんだってな」

「ええ、それが各組の3年生の中間試験にあたるそうです。」

「てことは期末も上級生が作るってことか?」

「いえ、どうやらそれは各学期で一回だけの様です」

 

ということは2学期は中間か期末に3年生の問題がでるのか。

 

「いろいろと教えてくれてありがとう。参考にする」

「参考に、ということは霧咲君も下剋上を狙っているのですか?」

「大半の生徒はそう思ってると思うけどな」

「それもそうですね。すみません、愚問でした」

 

 

それからしばらく、俺たちは読書に没頭していた。とはいっても、俺はまだ一冊目の半ばだ。それにひきかえ楪は既に4冊目に突入している。ものすごい集中力だ。流石Aクラスの生徒といったところだろうか。

 

「あー駄目だ、全然わかんねえ!」

 

ふと、大きな声が聞こえた。そちらを見ると、いつの間にかDクラスの生徒たちが机に向かっていた。10人くらいだろうか。その中には朝日と檜山、高円寺の姿もあり、さっきの声は檜山のものだった。楪の邪魔にならないように席を立ち、そちらへ行ってみる。

 

「なにしてるんだ、檜山?」

「お、おう霧咲……実は今日の小テスト一問もできなくな、高円寺に教えてもらってるんだが」

「それでもやっぱりわからなくて!」

 

朝日も会話に入ってくる。ひょっとしなくても最下位争いはこの二人だろう。

それに様子を見たところ高円寺が一人でみんなに教えているようだ。これではいくら高円寺が頭が良くても全員分はカバーできないだろう。

 

「なあ二人とも、俺が講師を紹介してやろうか?」

 

流石にしょっぱなからこいつらを見捨てる訳にもいかないだろうしな。

 

 

 

 

 

 



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7話 日常 その中に解法はある

楪と読書に没頭する時間も終わりがやってきたので、俺は何冊か本を借りて寮へと戻り、自室のベッドでメールで送られてきた今日の小テストの結果を眺めていた。

1位は高橋。発言通り相当の高得点だった。そしてその高橋と数点差で高円寺が2位にランクインしている。俺はというと20位、可もなく不可もなくといった感じだ。これでも300ポイントは入るらしいが、それでも1位の1500ポイントとは圧倒的な差がある。そして最下位は朝日と檜山。二人とも一問も解けなかったと言っていたので奇跡の同率最下位だ。29位の生徒と比べてもかなり点差が大きい。

 

「あなた、本当にたいしたこと無かったのね」

 

同じく結果を見ていたであろう高橋が蔑むようにそう言う。

 

「最初からお前と勝負になるなんて言って無いだろ」

「てっきりそう言って油断させるつもりだと思っていたわ」

「それなら敵が一人減ってよかったな」

「そうね……」

 

高橋は何かぶつぶつ言っていたがまた俺の方へ視線を向ける。

 

「それはそうと、あなた何か隠していない?」

「だれにでも隠しておきたいことのひとつやふたつあるだろ」

「そういうことじゃなくて、今この場で私に隠していることよ」

 

随分と鋭いな。これが女の勘というやつなのだろうか。確かに隠していることはあるが、それももうすぐ明らかになる。わざわざ言わなくてもいいだろう。というか言ったらおしゃかになる。

 

「そういえば図書館に本返してきたぞ」

「そう、御苦労さま」

「かなりいい施設だなあそこは、お前が毎朝行くのもうなずける」

「……なんで私が毎朝行っているとしってるの?ストーカーなの?」

 

高橋は冷たい視線を俺に向ける。

 

「いや、図書館をよく利用する人がお前をよく見かけるって言ってたから」

 

それは当然楪のことだ。

 

「ほんとかしらね、大体あなたは……」

 

よし、時間稼ぎはこんなもんだろ。後はこのまま高橋に喋らせておけばいい。

 

「ちょっと、聞いているの?」

 

高橋の問いと同時に部屋のドアが開けられる。高橋は勢いよく振り向くがもう手遅れだった。

 

「よう霧咲、高橋。邪魔すんぜ」

「……え?高橋さん?」

 

来客は檜山と朝日だった。檜山はもはや高橋の存在に何も言わないが、初めて訪れる朝日は違った。手に持っていた参考書を床に落とす。

 

「ちょっと!どういうことよ!」

 

高橋は慌てふためいている。あまりにレアな光景なのでずっと眺めていたいがこのままでは他の生徒にも気付かれかねない。なので俺は二人に呼びかける。

 

「俺が呼んだ。とりあえずドアを閉めたいから二人とも部屋に入ってくれ」

「はあ!?あなた何考えて……これを隠していたのね!?」

「えっと、高橋さんは遊びに来てるの?」

 

朝日はなんとか状況を解釈しようとしているようだ。

 

「いや、高橋と俺はルームメイトだ」

「ちょっ!黙りなさいよ!」

 

高橋は尚もあたふたしている。

 

「と、とりあえず落ち着けって二人とも、ほら霧咲、ちゃんと説明してやれよ」

 

さっきから空気だった檜山がフォローする。そろそろ話を進めたいので俺は朝日に説明を始める。これで二度目なのでもう慣れたものだ。

 

「―――というわけだ」

「まじなの?」

「まじだ」

 

前にもしたような会話を終えると、朝日は納得したようにうんうんと頷く。

 

「そっか、だから霧咲君と高橋さんは仲がいいんだね」

「朝日さん。ジョークでも趣味が悪いわよ。私たちはけして仲良くなどないわ」

「え~?でも今日も休み時間に楽しそうにお喋りしてたじゃん」

「確かに。俺はお似合いだと思うぜ」

 

檜山まで便乗してくる。高橋は相当不機嫌になってしまったようで仏頂面でなにも喋らない。だが、ずっとこのままでいる訳にもいかないと思ったのか、二人に問いかける。

 

「それで?あなたたちは何しに来たの?」

「え?ひょっとして霧咲君、何も言ってないの?」

 

高橋はどういうこと?といわんばかりの視線を向けてくる。

 

「朝日と檜山の勉強をお前に見てもらおうと思ってな。それで呼んだ」

「それなら断ったはずよ」

「お前が教えれば誰でも頭が良くなるんだろ?それとも自信がないのか?」

「そんな幼稚な煽りに私がのるわけないでしょ」

 

なかなか強情だな。まあ、こちらにもまだ手段はある。

 

「なあ、朝日。俺たちが同室だってことを言いふらしたりはしないよな?」

 

朝日はおバカだが空気は読める人間だ。ならばこの問いかけには望み通りの答えが返ってくるだろう。

 

「うーん。でも私口が軽いからポロっと言っちゃうかも」

 

ナイスだ朝日。100%俺の期待通りの答えだ。

 

「それは困ったな。このままだと高橋の秘密は漏洩するかもしれないな」

「……私を脅しているの?」

「無条件で秘密を守ってくれるわけないだろ。檜山だってあの約束が無ければどこかで漏らしていたかもしれないぞ」

 

さあ、どうする高橋茜。

高橋はしばらく俺の方を睨みながら考え込んでいたが、やがて答えを出したようだ。

 

「……わかったわ。そのかわり今回の中間テストだけよ」

「やったー!ありがとう高橋さん!」

 

 

 

***

 

そして、高橋によるテスト勉強が始まった。流石に部屋はせまいので勉強会は毎晩食堂で行われる。それに加えて、朝は図書館で、昼休みは教室で、開いている時間はすべて勉強に費やされることになった。少しきついんじゃないかと高橋に聞いたところ、

 

「今までの人生でさぼっていた分を取り返すにはこれくらいやらないと意味ないわ」

 

とありがたいお言葉をいただいた。檜山と朝日はひーひー言いながらそれでも頑張って勉強している。人間、窮地に追い込まれると自分でも計り知れないような力を出せるんだな。

俺も一応高橋に教えてもらっているが、確かに高橋の教え方はとても上手くてそうとう勉強しているんだとわかる。

 

 

そんな生活が始まって2週間。テストまではあと数週間だ。

 

「だから、ここでこの式を展開すると……」

「わあ、すごい!解けた!」

 

朝日も檜山も始めた時より格段に良くなっている。とはいってもこのままテストに挑んでも最下位を回避できるかは微妙なラインだ。

 

「このままのペースではテストに間に合わないわね」

「え!そうなの?めっちゃ頑張ってるのに!」

 

朝日は悲鳴を上げる。だが高橋はお構いなく話し続ける。

 

「あたりまえでしょう。頑張るだけで高得ポイントがとれるなら全員同率一位よ」

「もう、正論やめてよ高橋さん!」

 

その様子を見ながら俺は自分のやっている問題に目を移す。だが、それと同時に腹の虫が鳴いてしまう。

 

「腹減ったな」

「確かに!もう2時間もやってるし!」

「そう言うと思ったぜ、ほらよ」

 

さっきまで皿洗いをしていた檜山がおにぎりののった皿をテーブルに置く。

 

「わあ、ありがとう檜山君!きれいな三角だ……本当に上手だね!」

「まあ、これくらいなら言ってくれればいつでも作るぜ。米が余ってればな」

 

そんな会話をしながら朝日はおにぎりに手を伸ばす。高橋も流石に腹が減ったのか、ひとつ手にとって食べ始める。俺も手前のおにぎりをひとつとり、食べる。なるほど、確かにきれいな三角だ。それでいて食べてもぼろぼろ崩れない。具無しの塩むすびでもこれほど美味くなるのか。

 

「檜山君、あなたって実家は飲食店なの?」

 

高橋の質問に檜山はにっこり笑って答える。

 

「ああ、定食屋をやってるぜ。卒業したら俺が後を継ぐんだ」

「へえ、なんかかっこいいね!後継ぎ!」

 

朝日が無邪気に褒める。檜山は少し照れているのか頭をかいている。

 

「それにしても、高橋が言う通りなら俺らまだ全然なんだろ?どうしたらいいんだろう」

 

「過去問、とかあれば出題傾向とかわかるかもな」

 

俺が何気なく呟いた言葉に朝日はオーバーに反応する。

 

「それだ!過去問!先輩に頼めば手に入るかも!同じ問題は出ないかもだけど出題形式くらいならわかるかも!霧咲君ナイス!」

「でも確か制度関係のことは下級生には教えてくれないんじゃなかったか?」

「いや、過去問に関してはグレーゾーンだと思うぞ。聞いてみて違反なら上級生が駄目だと言うだろうし聞くだけ聞いてみてもいいかもな」

「そうね、過去問を使った勉強も有効な方法だし、いいと思うわ」

 

高橋も承諾してくれたので、明日朝日が2,3年の先輩に掛けあってくれることになった。

その後、高橋によるスパルタ指導は夜中まで続き、俺が眠りについたのは朝方だった。

 

***

 

翌日の放課後、高橋たちが帰った後俺は楪に借りた本を返すために図書館へ足を運んでいた。楪から少し遅れるとメールが来たので、ラウンジの椅子に腰かける。ぼーっとしていると、近くの机から話声が聞こえてきた。

 

「いやーやっと試験問題作り終わったな」

「本当につかれたぜ、じゃあ原本の保管は頼むぜ吉田」

「う、うん。わかったよ……」

「絶対無くすなよ?」

「わかってるよ……」

「しっかりしろよ、試験監督だろ?」

 

どうやらDクラスの3年生のようだ。試験問題の話をしているようだ。下手に聞き耳を立てていると、試験要項にあるように罰則を受けかねない。仕方なく俺はその場を立ち去った。

 

 

その後、楪に本を返して俺は寮に戻った。既に朝日が手に入れた過去問で勉強会が始まっているはずなので、少し急いで着替えて食堂へ向かう。

 

「あ、霧咲君……」

「すまん、遅くなった。過去問はどうだった?」

 

その問いに対して朝日は無言だった。高橋や檜山も同じ反応。

 

「どうかしたのか?」

「過去問は手に入ったのだけれど……見てもらった方がはやいわね」

 

そういって高橋は俺に過去問を渡す。受け取った俺はざっと目を通す。

 

「これは……あまり有益には使え無さそうだな」

 

過去問の難易度はすべてバラバラ、出題形式も毎年変わっている。これでは今年のテストを予想することはまず無理だろう。

 

「仕方ないわね、これでも無いよりはましだわ」

「そうだな、もう死ぬ気でやるしかねえだろ!」

 

そして、再び勉強会は再開される。

 

 

 

 

その夜、ベッドに入った俺はなかなか寝付けなくて学生証端末を眺めていた。『高度育成高等学校』か、本当に謎の多い学校だ。楪や檜山の様に少し変わった生徒がたくさんいる。この分だとBクラスやCクラスも相当へんな奴がいるのだろうか。

 

「もうすぐテストね」

 

隣のベッドで寝ていたはずの高橋がそう呟く。ひょっとしてこいつも寝られなかったのだろうか。

 

「そうだな、だがこの調子だと檜山たちは最下位ぎりぎりだろうな」

 

二人も頑張ってはいるが、他の生徒とはスタートラインが違う。全員が同じだけ努力すれば結果的に順位は変動しない。

 

「そうね……」

「まあ、なんとかする方法はあるけどな」

「え?この状況はもう覆らないと思うけど、どういうこと?」

 

俺は高橋に自分の考えを伝える。こいつに最初に話した方が何かと楽だしな。

 

「―――を――――する」

 

高橋は俺の発言に目を丸くする。

 

「本気なの?本気でそんなことを?」

「やる」

「あなた、ちょっと変よ……」

 

困惑する高橋をよそに、俺はある人物に電話をかける。

 

「俺だ、今から話せないか。……そうだな、物置の前で待ってる」

 

 

はたして上手くいくだろうか。五分五分ってところだな。

 

 

 

 

 

 



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8話 表と裏 それは一体なにをもって定義されるものであろう

そして、あっという間に時は流れ俺たちDクラスは中間テスト当日を迎えた。朝日や檜山だけでない、全員が最下位を恐れる地獄の時間が始まった。一見絶望的な状況の中、教室には生徒全員のペンの音がかつかつと鳴り響いた。

 

 

 

 

数日後。玄関口の掲示板には各クラスのテスト結果が張り出されていた。名前、合計ポイント数、順位の全てが記載されているその板の前には、たくさんの生徒が群がっていた。

 

「おいおい嘘だろ!?」

「あ、あり得ねえ……」

 

驚きの声が上がる。それもそのはず、1年Dクラスのテスト結果は――――

 

「全員満点で、全員同率一位!?」

 

そう、俺たちDクラスの生徒は全員全教科満点をとり、全員が同率で一位を取っていた。つまり最下位は存在せず、全員がネクストポイント1500ポイントを獲得していた。

 

「おはようございます。霧咲君」

「楪か、おはよう」

「凄い騒ぎですね。Dクラスがここまでできるとは思いませんでした」

「頑張ったからな」

 

すると楪は不敵な笑みを浮かべる。

 

「これはとても努力でできる結果じゃないと思いますが?ひょっとしてあなたが――」

「悪いがホームルームに遅れそうだからここで失礼させてもらうぞ」

 

楪の言葉を遮り、掲示板を後にする。

 

 

教室に入ると、クラスメイト達は歓喜の声をあげていた。こんな好成績を収めたのだから喜ぶのも無理はないか。

 

「いやあ、見たかよ他の組の奴らの驚いた顔!」

「ホントマジ斉人クンのおかげっしょ!」

「まったくだ、あんな奇策を思いつくとは!」

 

クラスメイトに囲まれて困惑気味の高円寺をながめながら、俺は適当な席に着席する。

 

「あなたの作戦どおりってわけね」

 

運悪く高橋のとなりに座ってしまい、そんなことを言われる。

 

 

 

――試験一週間前――

 

その日の授業も終わり、生徒たちは帰ろうとしていた。だがそれを制止する声が上がる。

 

「みんな。ちょっといいかな」

 

その声の主はクラスでも人気の高円寺のものだった。生徒たちは驚く。今まで高円寺が放課後に全員に話しかけることなどなかったのだから当然の反応とも言える。

 

「どしたの、斉人クン?」

 

高円寺と仲のいい男子がそう尋ねる。高円寺は息を大きく吸い込む。これから自分が言うことの重大さを彼自身がよく理解している証拠だ。

 

「みんなのネクストポイントをすべて俺に預けてほしい」

「「「「「「!?」」」」」」

 

教室中から驚きの声が上がる。それくらい高円寺の発言は常軌を逸していたからだ。確かに学校のルール上、ネクストポイントの譲渡は許されている。だが、ネクストポイントが個人の運命を大きく左右する『NSシステム』の中で、そのルールを利用しようなどとは誰も考えていなかったのだ。

 

「ちょいちょいどゆことよ斉人クン?」

「いくら高円寺君の言うことでもそれは……ねえ?」

 

誰もが高円寺に異議を唱える。

 

「まあ落ちつけよお前ら。あの高円寺サンがそんなこと言うってことはなんか訳があるに決まってんだろ?なあ?高円寺サンよお?」

 

意外にもそれを言ったのはクラスでも孤立している手塚だった。

 

「ありがとう。手塚君。実は――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――試験4日前―――

 

高円寺斉人は校舎の横の森の中でとある人物を待っていた。あの後ネクストポイントは無事徴収でき、彼は様々な人脈を駆使してその人物を呼び出した。

 

「全く、無茶なことかんがえるよなあ彼も」

 

そう呟いている高円寺の前に、目的の人物が現れた。

 

「待ってましたよ。吉田先輩」

「僕に用って、何かな……?」

 

目の前にいるのは3年Dクラスの生徒、吉田だった。とてもおどおどしていて、仕切りに眼鏡をいじっている。

 

「今日も暑いですね。特に寮なんて、エアコン入れてくれたらうれしいんですけどね」

 

高円寺はそんなことをいって吉田とのアイスブレイクを図る。が、吉田は警戒したままだ。確かに、1年の中でもトップクラスの容姿、本来ならAクラスでもおかしくない程の立ち振る舞い。そんな人物がクラスでも目立たない自分をこんなところに呼び出すなんて普通に考えたらあり得ないことだ。

 

「よ、用を教えてくれないかな?」

「先輩にお願いがあるんです」

「お、お願い?」

 

「1年Dクラスの試験問題と解答の譲渡、そして試験中のカンニングの黙認をお願いしたいんです」

 

高円寺は笑顔でそう伝える。吉田はというと、高円寺の発言に大きく動揺している。

 

「ぼぼ、僕は試験問題なんて持ってないよ?」

「いえ、実はこの前図書館で先輩が原本を持っているところを目撃した生徒がいるんですよ」

「!?」

「その生徒によれば、試験監督も先輩がやるとか」

「し、知らないよそんなの!」

 

吉田は尚も否定する。だが、それは高円寺にも予測できていたこと。彼は切り札をだすことにした。

 

「先輩と取引がしたいんですよ」

「と、取引?」

「先輩がさっきの要求をのんでくれるなら、ここにあるネクストポイント20000ポイントを差し上げます」

「ええ!?」

 

吉田は驚きの声を上げる。ネクストポイントは1ポイントあたり50プライベートポイントの価値がある。それを20000ポイントということは実質100万円の価値がある。それだけではなく、受けられる恩恵も大きい。クラスの中でもあまり成績の良くない彼にとってはとても美味しい話だ。

 

「でも、試験に関する情報の交換はルール違反じゃ……」

「問題ありませんよ、試験要項には『原則』禁止とありますが、ネクストポイントはこの学校では『絶対』の力があります。つまりこれはルールにのっとった取引です」

「そ、それは……」

「先輩がどうしても無理というのなら俺も諦めますよ。でも、こんなチャンスは滅多にないのではないですか?」

 

高円寺は尚も笑顔を絶やさない。もう吉田には物事正確に判断する力はなくなっていた。もはや彼は目の前の餌にしか意識がいかない実験動物のようになっていた。

 

 

「……わかったよ。取引しよう」

「ありがとうございます」

 

 

***

 

――そして現在――

 

「まったく、あなたの悪知恵には舌を巻くわ」

「たまたま思いついただけだ」

 

俺は放課後の帰り道まで、ずっと高橋の質問攻めにあっていた。こいつもしつこいな。なんでそんなに聞いてくるのやら。「試験監督を買収する」そんなことは俺じゃなくても思いつくんじゃないのか。

 

「たまたま?それはちがうわ」

 

高橋は今までで一番冷たい目で俺を見る。

 

「あなたは最初から学校のルールに着目していた」

「そう見えたか?」

「ええ。入学式の後も、試験要項を受け取った時も、あなたは机に向かってなにか考えていた。そして、朝日さんによれば高円寺君のグループに接触してクラス内のネクストポイントの平均も理解していた」

 

接触というか、あれは単に誘われただけなんだが。

 

「朝日さんと檜山君を私に任せたのも、私に彼らへの情を持たせるためだった」

 

単にあいつらが心配だったからとは思ってくれないのか。

 

「そして過去問が使い物にならないとわかった時も、あなたの反応は冷静そのものだった」

 

昔から無表情って言われてるんですよ。

 

「そして図書館で吉田先輩を見た時、おそらくあなたは彼がクラスでも弱い存在だと感じ取った。普通会話を耳にしただけでそこまでは確信を持てるはずないわ」

 

人間観察が趣味なんです。

 

「そしてなにより、クラス全員を救済したその裏で自分も1500ポイントものネクストポイントを獲得している」

 

頑張ったから、少しくらいご褒美をもらってもいいでしょう。

 

「そして今の一連の話を聞いても動じないその態度。あなた本当は何者なの?」

「霧咲勝真」

「ふざけてるの?」

「悪いが、そうとしか答えられない」

 

高橋が何者かといくら詮索しても俺は霧咲勝真という答えしか持ってない。

 

「それで、お前の要求はなんだ?まさかそんな長ったらしい推理を聞かせるために俺についてきた訳じゃないだろう?」

「そうね、なら単刀直入に言うわ」

 

何を要求されるのかわからないがけっして良いことではないだろう。

 

 

「私と契約しなさい」

 

契約。どういう契約か知らないがそれは俺を利用しようということだろうか。なるほど、流石Aクラスを目指すだけはある。

 

「……わかった」

 

だがな、高橋。

 

利用されるのはお前かもしれないぞ。

 

 

 

 

***

 

その日の夜。俺はとある人物に校舎裏に呼び出されていた。常識的に考えて校舎裏に呼ばれる理由なんてものはロクなものがない。カツアゲとか罰ゲームによる告白とか。ただ、今回俺を呼びだした人物の目的はそんなことではないだろう。だからといって本気の告白……なんてバカな話でもない。そんなこんなで校舎裏へとやってきたわけで、待ち合わせの人物は既にそこにいた。

 

「待たせちゃいましたか?」

「ええ、3分遅刻よ。5分前行動を教わったことが無いのかしら?」

 

そこは今来たところとか言うのがデートの鉄板じゃ……ああこれデートじゃないんだった。

 

「生徒相手に容赦ないものいいですね。堀北先生」

 

堀北鈴音は風に髪をなびかせながらこちらを見ている。

 

「生徒も一人の人間よ。それなら気を使う必要なんてないわ」

 

教室で話している時と口調が結構違うが、おそらくこれが彼女の素なのだろう。

 

「まずはおめでとうと言っておくわ。あなたの策によってDクラス各生徒のネクストポイントおよびクラスポイントは大幅にあがるでしょうね」

「何の話ですか?」

「あなたは高円寺君を隠れ蓑にするつもりだろうけど、私にはそれは通用しないわ」

 

まるで自分が隠れ蓑を体験したかのような言い草だ。だが、ここで変に言い訳をしても後の祭りだ。この人には隠せないようだしな。

 

「どこでこの策を思いついたの?」

「最初に堀北先生が試験要項について説明した時、『努力』しろと言いましたが、普通なら『復習しろ』とか『勉強しろ』と言うはずです。そして雪坂先生が小テストの後に言った『やり方次第でいくらでも点は伸ばせる』という言葉。ここから正攻法では無いやり方があるのではないかと考えました。後は……たまたまピースが揃っただけです」

 

先生は大きくため息をつく。

 

「あなたを見ていると、昔の知り合いの事を思い出すわね」

「モトカレですか」

「今すぐ退学にするわよ」

 

職権乱用ですよ、それ。

 

「でも、当然のことかもしれないわね。だって……」

 

その言葉をさえぎるように俺は言葉を発した。

 

「それ以上口にしたらアンタの身の安全は保障できないぞ」

「……そう。ならやめておくわ」

 

やはりどこかで俺の情報が流れているようだ。やはり『アイツ』によるものだろうか。

 

「ではこれが最後の質問よ。あなたはこの学校で何を目的にするの?」

「俺の……オレの目的は、復讐。そして一番大切なものを取り戻すことだ」

 

それだけ言って俺はその場を後にした。

 

 

―――それから数分後、校舎裏にて―――

 

「やっぱり彼と話すのはつかれるわね……」

 

堀北鈴音はベンチに腰掛けると大きくため息をついた。

 

「だが、少なくとも彼の目的は確認できた」

 

そう言ってベンチに近寄ってきたポニーテールの女性に堀北は一礼する。

 

「そうですね、茶柱副校長」

 

茶柱は隣にこしかけ、煙草に火をつける。

 

「霧咲勝真……今の彼はあの時のあいつと同じ、扱い方を間違えれば全てを崩壊させるほどの欠陥品だ」

「分かっています。彼の今後の行動が、この世界の運命を決めるということも」

「どちらにせよ、今は見守ることしかできないがな」

 

 

茶柱がはいた煙草の煙が真っ暗な空へと昇っていく。

 



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9話 女性からの頼みというのは、十中八九ロクなものではない

中間テストも終わり、俺たちは再び平穏な日々を過ごしている。もっとも高橋からすると平穏では困るのだろうが、どうせすぐに期末テストがやってくる。俺は平穏に過ごせる時間を今のうちに楽しむ方針で日々を過ごすことにした。

 

「釣れねーな―」

「釣れんな」

 

そんなある日、俺は檜山と一緒にに釣りぼりに来ていた。普段はそこそこの数魚が釣れるので檜山が美味い魚料理を作ってくれるのだが、今日は全く釣れない。なので俺たちは2時間くらいこうしてぼーっとしている。

 

「なあ、霧咲は夏休みどうすんの?」

「俺は校内に残ろうかな。ぶっちゃけ外より過ごしやすそうだし。檜山は?」

 

期末テストが終われば、生徒たちは夏休みに入る。夏休みの過ごし方は基本的に自由だ。実家に帰ってもいいし校内に残ってもいい。以前は一度校内に入ると卒業まで外界とは一切の交流を遮断されていたらしいが、それが原因で鬱になる生徒が少なくなかったため改革されたらしい。もっとも夏休み中旬には学校主催のバカンスに連れて行ってくれるらしいのでそれまでには学校に戻ってこなくてはいけない。

 

「俺は、いったん帰る。総合文化祭の準備もしたいしな」

 

総合文化祭とはこの学園で年に1回行われる催しで、簡単に言うと文化祭がもっと大きくなった感じだ。校内の外部から客を呼び3日間盛大に行われるそうで、運営からそれぞれの催しまですべて生徒の自由にでき、聞いただけだとちょっとした無法地帯になりそうでもあるが、催しの成果によってネクストポイントやクラスポイントが支給されるらしい。なんでも普通の試験よりも多くのネクストポイントが動くといううわさもある。その祭りがが、夏休み明けに行われることがわかっている。檜山は料理店をだすためにせっせと準備しており、おそらく実家の定食屋で修業でもするのだろう。

 

「そっか、じゃあ夏休みはひまになるかもな」

「そうでもないぞ、夏休みは食堂のメニューも夏使用になるらしいし」

 

本当に檜山は飯に注ぐ熱が他人の比にならないくらい大きいな。それでいて特に太っているわけではないのはやはり食事をしっかり管理しているからなのだろうか。

 

「その前に期末テストな。中間みたい高円寺が助けてくれるとは限らないし、しっかり勉強しろよ?」

「ああ、とりあえず朝日には負けないぜ!」

 

その目標設定は随分控え目ですな。

 

 

 

その日はそれ以上釣れそうになかったので、俺たちはがっかりしながら寮へと向かっていた。物置にあったこのつりざおもそこそこには使えるが、やはりデパートのつりざおが魅力的に感じる。とはいっても中間以降Dクラスの生徒はネクストポイントを使わないようにしている。プライベートポイントに関してもネクストポイント同様何らかの取引に使えるかもしれないという高円寺の呼びかけによって散財する生徒もいない。それにネクストポイントはうかつに使うとあっという間にクラス最下位になってしまう。

 

 

「なんだとコラ!」

 

道の途中でどなり声が聞こえる。そちらを見ると何人かの生徒が言い争っていた。その中にはキャップを深くかぶった生徒、Dクラスの手塚優正の姿もあった。他の生徒は見たことが無いので他クラスの生徒だろう。

 

「たかが一回のテストで喜んでるなんて落ちこぼれらしいなって思ってよ。俺たちや他のクラスはすでにその上の上の領域だってのによ」

「おいおい、あんまりいじめてやるなって」

 

そう言って手塚を煽っている坊主頭の生徒を中心にいる人相の悪い生徒が制止する。

 

「まあ、そういうことだ。あんまり良い気にならないこった」

 

そう言って連中は去っていく。手塚はというと、そちらを見ていたがすぐに走ってどこかへ行ってしまった。

 

「あれは、風貌からしてCクラスの生徒かな?」

 

檜山の言うとおり、彼らは緑色の制服を着ていた。だがCクラスの寮からDクラス寮の近くまでくるのはそこそこ遠いはず。そこまでして一体何をしに来たのやら。

 

 

「今日はわかめご飯か!うまそー!」

 

晩御飯の食堂。俺の向かいではいつも通り檜山がメニューを絶賛している。その隣には朝日、俺の隣には高橋が座って食事をしている。高橋もなんやかんやで朝日に甘えられたり檜山に夜食を作ってもらうことに満更でもないようだ。まあ、一番の理由としては檜山たちと一緒にいることで自然に自室に入れることだろうが。

 

「そういえば霧咲君、ポイントで買い物とかした?」

 

何気なく朝日が聞いてくる。

 

「いや、してないな。現状だとポイントは使わないほうがよさそうだしな」

「だよねー。みんなそう言ってるし、やっぱり大事にするべきだよね」

「そうね、他の組では数千単位でネクストポイントが動いているようだし」

 

高橋も会話に参加してくる。さっきCクラスの連中が言っていたことは本当らしい。

 

「ほんとそれずるいよねー。このままだと『交換試験』なんていつまでも受けられないよ」

「まあそもそも何点で『交換試験』を受けられるかもわからない現状だし、言ってても仕方ないわ」

 

高橋の言葉に朝日はうんうんと頷く。

 

「そういえば、ポイントなんだけどな、体育系の部活は夏に対外試合があってその結果でネクストポイントがもらえるんだと」

 

一足先に完食した檜山が耳寄りな情報を口にする。

 

「とういうことはこれで部活動によるアドバンテージの存在もはっきりしたわね」

「部活か―私もなんかしよっかなー、霧咲君はなんかやらないの?」

「いや、これといってやりたいことがあるわけでもないし、中途半端にやってもアドバンテージにならないだろうし」

「でも霧咲君よく図書館にいくし、文芸部とかは?」

 

文芸部か。確かにそれなら多少は打ち込めそうだが、文芸部ってどうやってポイントをとるんだ?感想文……自作小説?どっちも俺には無理そうだな。

 

「図書館といえばー霧咲クンってAクラスの楪さんと付き合ってんの?」

 

唐突にそう言ってきたのは高円寺のグループの男子だった。名前は知らないが、たしかネクストポイントのスタート値が高円寺に次いで高かったはずだから俺以外には名は知れているのかもしれない。

なんてのんきに考えていると周囲の特に男子の視線が痛い。さっさと誤解を解かないとただでさえ危うい立場がさらに危うくなる。

 

 

「楪って?」

 

俺が話そうとしたちょうどそのとき檜山が余計に話を広げ出した。

 

「Aクラスの女子でさ、なんつーかこう清楚系?みたいな感じでAクラスでも成績めっちゃ良いらしいんよーその子がよく霧咲クンと図書館で喋ってるって噂があってさ」

「驚いたわね、まさか霧咲君にそんな不釣り合いな彼女がいたなんて。買収でもしたの?」

「いやいや買収ってそれ斉人クンのぱくりっしょー」

「……そうね」

 

高橋は適当に返事する。高円寺意外に唯一試験監督買収の真実を知っている高橋にとってはこれ以上深く掘り下げない方がいいと思う理由がある。それは俺との間にある契約の存在だ。

 

「そうなの霧咲君!彼女なの?」

 

朝日が目を輝かせて聞いてくる。女子がこういう話が好きというのはいつの時代も変わらないらしい。

 

「いや、楪は単に読書友達だ。面白い本を紹介してくれるんだよ。彼女じゃない」

 

しっかり否定しておく。楪本人は気にしないだろうがDクラスの生徒と付き合ってるなんて噂が広まったら迷惑になるだろう。

 

 

「えーそうなの?なんだー」

 

朝日は引き下がってくれる。

 

「じゃあじゃあ、高橋さんか美空っちと付き合ってんの?」

 

だがそれでも追従の手は緩まない。

 

「ちょ、なにいってんのさー。私と霧咲君が付き合ってるわけないじゃん」

「そうね、心の底から不愉快だわ」

 

もう少しオブラートにつつんで紙で巻いてラッピングして箱に詰めてリボンで縛って袋にいれてくれないか。いや、過剰包装だな。

 

「参考までに、何故そう思ったか教えてもらえるかしら?」

「えー、だって二人ともよく霧咲クンの部屋に入ってくの見るし、中間前とか一緒に勉強してたじゃん?」

「いや、俺もいたぞ……?」

 

檜山が悲しそうにそう呟く。だが、高橋と俺が同室という話は不用意に広がってはいないようだ。

 

そんなこんなで晩御飯は終わり、俺は自室のベッドでゆったりしていた。今日は珍しく檜山たちもさっさと部屋へもどってしまったので、部屋には俺と高橋しかいない。

 

「……」

「……」

 

だが、俺たちの間には特に会話が生まれる訳でもなく、互いに自分の世界に入っている。俺も学生証端末を開き、適当に見ることにする。

それにしても、俺のアドレス帳も潤ってきたな。最初は誰のアドレスも入っていなかったが、今では朝日に檜山、高橋に高円寺、そして楪のアドレスが入っている。少ないと思われるかもしれないが5件でも俺にしては頑張っているほうだ。

 

「ねえ、霧咲君」

 

唐突に高橋に名前を呼ばれる。

 

「契約に関しては忘れていないわよね?」

「……しつこいなお前も。ちゃんと契約書にサインもしただろ」

 

高橋と俺の間にかわされた契約は単純明快。それはネクストポイントの譲渡を条件に互いの要求を聞くことだ。高橋にとっては俺は未知だが利用できる存在であり、俺としてもこの契約には利得がある。だからこそ俺は契約に同意し、高橋がわざわざ用意した契約書にサインまですることになった。

 

「あなたはどこまで本気なの?」

 

またその問いか。契約を結ぶ時も同じ事を聞かれていて、その時も適当に返事したのだが、こんなにしつこく聞かれるなら素直に答えてしまおうか。

 

「それは……」

 

俺が話しだそうとすると同時に着信音が鳴りだした。どうやら俺の電話らしい。

 

「でていいわよ。この質問は後でも出来るし」

 

後でまた聞かれるのか……。

とりあえずお言葉に甘えて俺は電話に出る。

 

「もしもし」

『もしもし、こんばんは霧咲君』

 

電話の相手はさっき話題になった楪だった。いままでメールこそしていたが、通話は初めてだった。

 

「どうした、なにか面白い本でも見つけたのか?」

『人を本だけの女だと思わないでください』

「違うのか?」

『いえ、概ねあってますね』

 

なぜ見栄をはったのか。

 

「それで、本じゃないなら何の用だ?」

『実はですね、今度AクラスからDクラスの生徒でお茶会をしようと思うんです。それで霧咲君をお誘いしようと思いまして』

 

全組でお茶会とは、よくセッティング出来たな。素直に感心する。とはいってもAからDクラスがそろうならただのお茶会では済みそうにないな。

 

「でも、俺じゃDクラス全員を参加させるのは無理だぞ」

『いえ、人数は組ごとに2人か3人で大丈夫です。流石に100人超えのお茶会の幹事なんてできませんよ』

 

ということはおそらく各組のリーダー格が出てくるはずだ。そんなところに行ってもなにか上手い話なんて俺にはできない。なら高円寺に伝えてあいつに任せた方がいいだろうか。

 

『もちろん、霧咲君は決定ですよ』

「え、いやでも」

『女の子が勇気をだして誘っているのですから、霧咲君はそれを無下にしたりはしませんよね?』

「いや、おいそれはずるいだろ」

『では後で日時と場所をメールしますね』

 

楪は俺の反論を意図的に無視し話しを進めてくる。

 

『それじゃあ、楽しみにしていますね。おやすみなさい、霧咲君』

 

電話を切られてしまった。仕方ない、高円寺を誘ってあいつに丸投げしよう。俺はおいしいお茶を飲むだけ飲んで帰らせてもらおう。

 

「私も行くわ」

 

そう思っていると急に高橋が参加を宣言してきた。

 

「お前、どんな耳してんだよ」

「あなたの応答だけで大体予想はつくもの」

 

本当にスペックだけならAクラスレベルだな。問題は性格だろう。

その後高円寺にメールを送り、無事了承を得ることができた。あとは楪からの日時の通達を待つのみだ。

 



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10話 喋るということは、自らを晒し他をも晒す

ある休日、俺は特に用もなくショッピングモールをうろついていた。ウインドウショッピングなんてくだらないという先入観は早々にこわれ、俺はいろんな店を見て回る事が趣味の一つになっていた。

この学園は私物の持ち込みが厳重に制限されているが現金の持ち込みは一定値まで許されているので生徒によってはポイントを使わなくても何一つ不自由はない。とはいってもそれだけ学費は高いが。

だがしかし、この学園は一体どうやって運営されているのだろうか。ショッピングモールや学生寮、最先端技術の食材の仕入れなど、いくらなんでも生徒の学費だけでは成り立たないだろう。とても大きなスポンサーがついているということだろうか。

 

「まあ、考えても仕方ないか」

 

まだ1年のそれも1学期だ。こんな時期から考えてもベストな答えは出ないだろう。複雑な思考回路を振り切って俺は近くのスポーツ用品店に入る。休日だけあって結構混んでいる。特に何も考えずに見て回っていたが、ふとこの前の朝日との会話を思い出す。

 

「部活動か……」

 

俺自身は部活動に入る意思はないが、この学園の部活動がどういうレベルで、どういう指導をされているのかには大いに興味がある。部活で得られるポイントの内訳がわかれば、高橋に情報を提供してやることもできる。まあ、そんなことしなくても高橋なら自力で調べそうだが。

 

考えながら歩いていると、体に強い衝撃をうけた。どうやら誰かとぶつかってしまったようだ。だが、俺も相手も一切声を出さなかった。それは偶然かなんなのか、とりあえず俺は謝ろうと相手の方を見る。

 

「どうもすみません」

「いえ、こちらこそ」

 

ぶつかった相手はショートカットで上下ジャージを着た女子だった。運動部だろうか。だがそれ以上特に何も言わず俺たちはすれ違った。

 

その後スポーツ用品店をでた俺はいい時間なので寮へ帰ることにした。今日の晩御飯はもはや恒例になった月に一度のエビフライだ。檜山が毎月献立を見ながらカウントダウンするので俺もエビフライの日を憶えてしまうくらいだ。それくらい食堂のおばさんが作るエビフライは絶品なのだ。

 

「……それにしても」

 

さっきから、具体的にはショッピングモールに来てからずっと張り付くような視線を感じる。それも一つ二つでなくたくさんの視線を。ずっと監視されているようでとても気持ちが悪い。相手を探そうにもショッピングモールは混雑していて困難だ。やりようによっては特定できるがそうすると否が応でも目立ってしまう。俺は現段階で目立った行動をするわけには行かない。幸い向こうも危害を加えようとしているわけでは無さそうなので、放っておいても大丈夫だろう。

バス停までくると、視線は消えた。流石にこんなところまでついてくれば正体が割れてしまうだろうし妥当な判断だ。それにしても複数人で俺の監視とは一体どういうことだろか。

 

「あら、霧咲君じゃないですか」

「げ」

「げ?」

「げ……元気か楪?」

 

とっさに誤魔化す。別に楪を避けているわけではないがあまり噂になるのも彼女に悪い。取りあえず一定の距離をあけて隣に立ちバスをまつ。とはいっても乗るバスは違うのだが。

 

「ご機嫌はいかがですか?」

「まあ、平常運転だ」

「ふふっ、そうですか」

「楪は何か買いに来たみたいだな」

 

事実、楪の手には紙袋がもたれている。なんだかおしゃれな紙袋だが、何を買ったのだろうか。

 

「ええ。明後日のお茶会に向けてお菓子を」

 

そういえば明後日だったか。場所はAクラスの寮だと言われたが、一体どれほど豪華な寮なのだろうか。少し楽しみだ。

 

「それにしては少し少ないんじゃないか?」

「いえ、他は彼が持ってくれていますから」

「彼?」

 

誰のことだろう。楪以外は全く関係ない人しかいないように見えるが。

 

「あ、楪!ごめんごめん、少し手間取っちゃってさ」

 

その声は俺の後方から聞こえてくる。振り向くと高円寺に負けないくらいのイケメンが走ってきた。

 

「いえ、注文が少し多かったので仕方ありませんよ」

「確かに、こんなにケーキを買ったのは生まれて初めてだよ……ん?」

 

イケメンは俺の存在に気付いたようだ。

 

「こちらは私の読書友達の霧咲勝真君です」

 

楪は俺を紹介する。イケメンの方はそれを聞いて、笑顔で自己紹介を始めた。

 

「僕は1年Aクラスの高須賢吾(たかす けんご)。サッカー部に入ってるんだ。よろしくね霧咲君」

 

名前に自己PR、そしてよろしくとは絵に描いたような素晴らしい自己紹介だな。俺も会釈する。

 

「高須君はAクラスでもトップクラスの成績で、前回の中間テストでも1位だったんですよ」

「いやいや、楪が数学で一問落としてなかったらわからなかったよ」

 

Aクラスのトップ。つまりは1年生の中では総合力トップのエリートだな。楪にしても成績が良いとは聞いていたがまさかトップと肉迫出来るほどだとは思わなかった。なんというか、傍目にみて俺とだと完全に不釣り合いだよな。

 

「霧咲君もお茶会に参加してくれるんですよ」

「へえ、そうなんだ。それは楽しみだね」

 

イケメンってのはやっぱり性格も良いんだな。うらやましい限りだ。

 

「そういえば、今日変なことはなかったか?」

「と、言いますと?」

「いや、例えば誰かに見られているような気がしたとか」

 

楪は少し考え込む。

 

「そうですね。多少そんな気はしましたが、買物に夢中で忘れていました」

「いやいや気を付けなよ?もしかしたら変質者かもしれないし」

「おや、でもその時は高須君が守ってくれますよね?」

「人使い荒いな―もう」

 

なんで目の前でいちゃついてるんだ。

 

「それで、どうかしましたか霧咲君?」

「いや、高須の言うとおり変質者の目撃情報を聞いたから心配になっただけだ」

 

適当に理由をつける。

 

「あら、優しいんですね」

「ありがたきお言葉で」

 

ちょうどバスがきたので楪たちに別れを告げ、バスに乗り込んだ。

帰ってエビフライ食うか……。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

そして2日後、放課後を迎えた俺は高橋と高円寺と一緒にAクラスの寮を目指していた。とはいってもAクラスの寮はどの組よりも学校に近いのでそんなに歩くわけではない。

 

「他の組の寮へ行くなんて初めてだよ」

 

無言で歩いているのも居心地が悪いと感じたのか高円寺が話題を提示してくる。高橋は何も言わないので俺が応じることにした。

 

「確かに。そもそもDクラスは他組にとってはいつ自分たちの立場を脅かすかわからない厄介な存在とも言えるから普通招待しようなんて考えないだろうしな」

 

入学当初なら良かったかもしれないが、中間で明らかにおかしい結果を出した以上は警戒が強くなっていてもおかしくない。それなのになぜ楪はお茶会なんて開いたんだろうか。

 

「それなのに私たちを招いたということは、中間テストの結果を導いた誰かさんをあぶり出すためかもしれないわね」

 

やっと喋ったと思ったら高橋はそんな言葉を浴びせてきた。まあ実際楪は何の根拠があってか知らないが俺に目をつけているようだし、間違っていない。だが、俺もバカじゃない。通話やメールの履歴は逐一消しているし、どんなに調べても俺につながる明確な証拠は出ないようにしている。

 

「大丈夫。考えたのは霧咲君でもやったのは俺だ。上手く対応するよ」

 

高円寺は試験監督買収の時も驚きはしていたが俺について詮索はしてこなかった。やはり人づきあいがうまいと線引きも上手いということか。

 

「まったく、人を隠れ蓑にしてまで何がしたいのか理解に苦しむわ」

 

だが、それとは対照的に高橋はしょっちゅう詮索してくる。人づきあいが下手なのだろう。実際、高橋が朝日以外の女子と親しくしているところを見たことが無い。

 

 

そうこう言っていると、Aクラスの寮が見えてきた。

 

「……これは、本当に差別ってレベルだな」

 

目の前にあるのは俗に言う洋館というものだった。大きな建物に白い外壁、近くには綺麗な池まである。総じてDクラスなんて比にならない程の豪華さだ。隣を見ると高橋も少し驚いているようだ。

 

「さて、確か楪さんの使いの人が案内してくれるはずだけど」

 

それにひきかえ高円寺は冷静そのものだ。その言葉どおり、俺たちのもとにAクラスの生徒が近づいてくる。

 

「こんにちは。Dクラスの方々ですね、お待ちしておりました」

 

生徒は俺たちについてくるように促す。それに従い俺たちはAクラスの寮に足を踏み入れた。漫画やアニメであるような富豪の家のような作りと言ったらわかりやすいだろうか、とにかく寮の中は別世界とも言えるものだった。これは設備目当てで交換試験を希望する生徒もいそうなもんだ。

 

「こちらの部屋になります」

 

手で示された部屋のドアをあけ、中に入ると、高そうなソファに大きなテーブル、さらには赤い絨毯が敷かれていた。本当にどこからこんな金が出ているのか不思議なものだ。

 

「お待ちしてましたよ、霧咲君」

 

テーブルの一番奥のソファに座る楪が俺たちを歓迎してくれる。見渡すと、既に他の組の生徒はソファに座っている。どうやら俺たちが最後のようだ。

 

「すまん、時間通りだと思ったんだが、遅かったか?」

「いえ、時間どおりですよ。単純に教室からの距離の問題でしょう」

 

俺たちは取りあえずソファに座った。ものすごくふかふかで、きっとこういうのを人を駄目いするソファというのだろう。

 

「とりあえず、自己紹介しましょうか。私たちAクラスから順番で。まず私は1年Aクラスの楪柚子です。お見知りおきを」

 

楪の言葉に従い、自己紹介が始まる。とはいってもAクラスは楪と高須だけなので、俺にとって特に目新しい情報は無い。

そして自己紹介はBクラスに回る。

 

「1年Bクラスの山崎志穂(やまざき しほ)でーす。今日はお招きいただいてどうもありがとー。こんなにおいしそうなケーキまで用意していただいて……ぐへへ」

 

山崎と名乗った女子はテーブルの上のケーキにくぎ付けになっている。檜山と話が合いそうだな。

隣の男子が大きく咳払いする。山崎ははっとしてケーキから目を離す。つぎは彼の番だ。

 

「同じく、泉亮太(いずみ りょうた)です。今日は有益なお茶会にしましょう」

 

何ともシンプルな自己紹介だ。無駄もなく、聞いていてとても良い印象がもてる。ぱっと見ガリ勉のイメージがあったがコミュニケーションもしっかりしている。

 

「次は俺らですな。自分は1年Cクラスの伊野ヶ浜猛(いのがはま たける)と申します。内うちのクラスの連中はけんかっ早い奴が多くてご迷惑をかけることもあるかもしれませんがよろしゅうお願いしますわ」

 

この伊野ヶ浜という生徒は前に手塚ともめていた人相の悪い生徒だろうか。声や見た目はそっくりだが、表情や喋り方はあの時とは打って変わって礼儀正しい。

 

「Cクラスの坂上千尋(さかがみ ちひろ)です。……よろしく」

 

その女子生徒は昨日スポーツ用品でぶつかった生徒だ。だが、向こうは俺の存在に特に反応を見せない。忘れているのだろうか。

 

Dクラスの番が回ってきたので、俺と高橋が順に当たり障りのない自己紹介をする。最後に高円寺の番にまわる。

 

「Dクラスの高円寺斉人です。まずは今日出会えたことを嬉しく思います。これから親睦を深めていきたいです。よろしくお願いします」

 

そのあいさつに反応したのは意外にも高須だった。

 

「え、ひょっとして高円寺コンツェルンの斉人君?」

「うん、そうだけどなんでそれを……まさか高須賢吾って、あの賢吾!?」

「そうだよ、久しぶりだね斉人!」

 

二人はなにやら盛り上がっているが、事情を全く知らない俺たちはポカーンとしていた。

 

「高須君。嬉しいのはわかりましたが、みなさん何がなんだかわからないようですよ?」

 

楪が立ち上がっている高須をたしなめ座らせる。しかし、今の言い方だと高円寺と高須は知り合いということだろうか。その疑問に答えるように高円寺が説明する。

 

「俺の家と賢吾の家は昔から付き合いがあってね、小学校がいっしょだったんだよ」

「ひょっとして高円寺はんはあの有名な高円寺コンツェルンのご子息なんでっか?」

 

伊野ヶ浜が問いかけると高円寺はうなずく。

「さて、ではお互いに顔もわかったところでお茶会、始めましょうか」

 

その言葉で、1年生では初めてのお茶会が始まった。高円寺たちは早速雑談を始めた。俺は特に何もしゃべらずに出されたケーキと紅茶に手をつける。どうやらケーキに関してはランダムに置かれているらしく、俺の前にはモンブランが用意されていた。たしかこれはショッピングモールでも結構高い店のものだったはずだ。それをここにいる全員分とは、Aクラスも太っ腹だな。

 

 

 

「それにしてもDクラスの中間テストの結果には驚きましたわ。いったいどんな手を使つかいはったんですか?」

 

しばらく雑談を聞いてたが、唐突に伊野ヶ浜がそう切り出してきた。当然俺は何も答えない。高橋も高円寺に返事をまかせ、紅茶を飲んでいる。それにしてもこの紅茶、いいな。雑談中に楪は「いもくりかぼ茶」と言っていただろうか。鼻からぬけるかぼちゃの香りがとてもいい。今度買ってみよう。それはともかく、高円寺は特に慌てることもなくいつもの調子で答える。

 

「あまり詳しくは言えないけど、クラス皆のネクストポイントを使ったんだ」

 

これくらいなら言っても問題ないラインだ。ネクストポイントの力については伊野ヶ浜たちも理解しているだろうし、あとは各自勝手に想像してもらえばいい。

 

「ほう、なるほどですわ。それ、高円寺はんが一人で考えはったんですか?」

「うん、そうだよ」

「そらすごい、Cクラスもうかうかしていると『交換試験』仕掛けられてまいそうですな」

 

『交換試験』の言葉を聞くと、全員の雰囲気が変わった。お互いに腹を探り合おうとする意志が感じられる。

 

「そうですね、Dクラスには気をつけないといけませんね。ところで、Dクラスのみなさんからは何か聞きたいことはありますか?」

 

その中で最初に口を開いたのは楪だった。確かに、中間テストの結果を考慮してもネクストポイントや情報で大きく不利な位置にいるDクラスからすればここで聞けることをできるだけ聞いておきたい。

 

「えっと、じゃあ質問するけど、Dクラス以外のクラスはどんな授業を受けているのかな?」

 

高円寺はあらかじめ質問を考えていたようで、すぐに問いかけた。Dクラスでは一般的な高等教育程度の授業しか受けていないが、他の組はもっと別の教育を受けているはずだ。

 

「そうだね、Aクラスは普通の高等教育に加えて発展的な内容の座学、スポーツに関してはスポーツ選手レベルのメニューでトレーニングしているよ。他にも、グループディスカッションみたいにアクティブラーニングも頻繁にやっているかな」

 

高須が答える。やはり総合力トップを有する組だけあってかなり良質な教育だ。

 

「とはいっても全てを受ける訳ではなく、卒業要項を満たせれば授業は自由に選んで受けられます。例えば私はスポーツに関しては最低限しか受けていません」

 

大学生のようなものだろうか。自由に受けられる代わりに自己管理がしっかりできないと破綻するわけだ。朝日とかには難しそうだな。

 

「BクラスはAクラスと同等の座学をうけてて、あとは大学進学に向けての勉強をしてるよー」

「月一で模試もやっています」

 

山崎と泉も特に嫌がらずに教えてくれる。なるほど、スポーツは一切無いようだ。そこまで人材や器具を提供できないのか、それとも段階的に上がって行くのだろうか最初から学力による有名大学への進学狙いということか。

 

「Cクラスは、Aクラスと同等のスポーツ教育を受けていてプロ入りやスポーツ推薦を狙う奴が多いですわ。まあ当然座学もありますがレベルとしてはDクラスと変わりません」

 

伊野ヶ浜は笑顔で答える。この流れから察するにBクラス、Cクラスにもそれぞれ特色やアドバンテージがあるようだ。そしてDクラスにはそれが一切ない。だがそれでもAクラスで卒業しなければ100パーセントの恩恵は受けられない。これで各組の実情は把握できた。これはおいおいDクラス全員で共有すべきだろう。

 

「それともう一つ聞きたいんだけど、『交換試験』について知っていることは無いかな?」

 

高円寺の表情がすこし深刻なものになる。さっきまで黙っていた高橋もすこし前のめりになっている。

 

「『交換試験』に関しては私たちも詳しい事はわかりません。なにせ制度に関しては上級生からは原則聞けませんし、教師たちも教えてくれません。ただ、『交換試験』を希望する場合は担任に相談すれば必要なネクストポイントや試験内容について教えてくれるそうです」

 

楪の言葉通りなら、希望の意志を見せればいつでも聞くことは可能ということか。だが、現段階では希望する1年生は出ていないので全貌は謎のままということか。

 

「ということは『交換試験』を受けるよりクラスポイントをあげてみんなで上を目指した方がいいのかな?」

 

高円寺は少し嬉しそうな表情で尋ねる。

 

「ううん。Bクラスでも一人でAクラスに行きたいって言ってる子もいるからそんなことは無いと思う。単純にトップバッターになるのが怖いんじゃないかな」

 

山崎の言葉に高円寺は少し落胆しているように見える。

 

「霧咲君は何か質問はありますか?」

 

唐突に楪が俺に話をふってきた。確かにここまで俺はただ紅茶を飲みケーキを食べるだけで、何も発言をしていない。高橋と違って興味があるようなそぶりもしていない。このままだと逆に怪しまれるかもしない。

 

「そうだな……噂で聞いたんだが毎年Dクラスに交換試験をしかけてくる生徒がいるって本当なのか?」

 

以前朝日から聞いたことを話題にする。

 

「確かに、それは先輩が言っていたし本当だと思うよ」

「高須はんのおっしゃるとおり、Cクラスの先輩方も言ってましたわ」

 

これで噂はより真実味を帯びてきたな。そしてやはりDクラスの生徒に『交換試験』を仕掛けてくることには何らかの意味があるということだ。

 

「私からも質問してもいいかしら」

「どうぞ、高橋さん」

「他の組のネクストポイントのスタート値と現在値の平均を教えてくれないかしら」

 

あえてここにいる者の点数を直接聞かないのは牽制の意味もあるのだろう。

 

「なかなかいいとこついてきはりますな。Cクラスは最初は1300くらいが平均でしたかねえ。今は3000くらいですかね」

「BクラスもCクラスとあんまりかわらないかなー」

 

さらりと言っているが、Dクラスとは大きすぎる差だ。しかも1300から3000ということはおそらく中間テストで得られるネクストポイントもDクラスとは別次元ということだろう。圧倒的にDクラスは不利な位置ということが改めてはっきりした。

 

「Aクラスはスタートは3500でしたね。現在は7000前後が平均でしょうか」

 

そしてそれを大きく上回るAクラス。実力主義とはよく言ったものだ。

 

「それは中間テストだけでそこまでのびたの?」

「いえ、中間以外にも先生によっては授業内で加点してくれるかたもいらっしゃいますよ」

「雪坂先生とかは結構くれるねー」

 

俺の推測通り俺たちの知らないところでネクストポイントは動いていた。だが、Dクラスでは起きていない。それは何故だろうか。

 

「……そう。わかったわ。どうもありがとう」

 

高橋はメモを取りながらお礼を言う。

 

 

それから2時間ぐらい他愛のない話が続き、お茶会はお開きになった。別れ際、参加者全員でメアドを交換し、今後もよろしくと社交辞令の様な綺麗な挨拶をかわし俺たちは帰路に就いた。

 

「それにしても、凄かったね」

 

行くときと同様高円寺が話を切りだしてくれる。

 

「そうだな、凄く美味しいモンブランだった」

「あなた、高円寺君がそんな話を切りだしたと本気で思っているの?」

 

さーせーんと心の中で謝っておく。

 

「確かに、彼ら一人一人からものすごいプレッシャーを感じたわ」

「うん。やっぱり中間の結果から警戒されているようだね」

 

まあ、圧倒的に格下だと思っていたものに急に迫られるというのはあまりいい気分ではないだろう。高須なんかはそうでもなさそうだったが。

 

「ねえ、高橋さんと霧咲君はやっぱり、ネクストポイントをあげて交換試験で上をめざすのかな?」

 

そんな中、高円寺は珍しくためらいながら聞いてきた。

 

「俺はやっぱり、クラスポイントをあげてみんなで上にいきたいんだ。高橋さん達が協力してくれればきっとできるよ!中間テストだってそうだった!」

 

俺はともかく、高橋は何と答えるだろうか。いや、そんなのは分かり切っているか。

 

「お断りするわ」

 

ですよねー。

 

「で、でも中間の時は檜山君たちに勉強を教えてくれてたじゃないか」

「あれは少し事情があったのよ。それに、私が教えなくても誰かさんの作戦でみんな中間を突破できたわけだし」

 

高橋はこちらに視線を向ける。そんなに見つめられると恋に落ちたり……しないな。

 

「……霧咲君は、霧咲君はどうだい?」

「高円寺、あまり俺を買いかぶるな。中間テストに関してはたまたまあの策を思いついただけで、俺自身は凡庸な人間だ。お前の期待には答えられない」

 

高円寺には悪いが俺にも目的がある。それなのに毎回全員を救済するのは効率が悪い。というのが今のところの見解だ。

 

「そっか……でも考えが変わったらいつでも言ってね。俺たちは待ってるから」

 

普通なら怒りをぶつけられても文句は言えないがさすが高円寺は寛大だ。

みんなで協力してAクラスを目指すか一人の力で目指すか。どちらが正しいかは現状では分からない。最も、俺は目的を達成できればクラスはどこでもいいんだが。

***

 

その夜、寮に帰った俺は晩飯を済ませベッドで横になっていた。よくよく考えると俺の学園生活は飯を食い学校へ行き帰ってくるという単純なサイクルだ。もっとも、今日のようにイレギュラーがあったり檜山と釣りに行ったりもするわけだが。

それにしたって高校生というのはもう少しなにかするのではないだろうか。もっとも、檜山は料理男子で高円寺はイケメンリア充。一般的な男子高校生の過ごし方の見本が俺の周りには無いのだが。

そんな事を考えていると、メールの着信音が鳴った。

 

差出人は『unknown(アンノウン)』。誰かのいたずらか?そう思ったがその内容を見てその考えは消えた。

文面には「who are you?(お前は誰だ?)」と書かれていた。この学園の中で、オレについて詮索している人物がいるのか?堀北鈴音がオレの事を知っているのは分かるが、この人物の意図は何だ?思い浮かぶのは先日ショッピングモールで感じた視線。あの何人かの中にこのメールを送った人物がいるということだろうか。

 

「霧咲君、どうかしたの」

 

唐突に高橋が声をかけてくる。

 

「いや、別に」

「それなら返事をしてくれるかしら。さっきから12回も呼んでいるのだけど」

 

まじか。というか回数数えているとかまじか。

 

「悪い。気付かなかった。何の用だ?」

 

高橋は呆れたようにため息をつく。

 

「今日のお茶会で得た情報をまとめたメールを送ったからしっかり目を通しておいて」

 

メールボックスをみると高橋からのメールが10件も来ていた。これ全部同じ時間に送信されているんだが、リアルタイムに打ったのか?などと疑問に思ったが取りあえず「わかった」と返事しておいた。

今日ももう遅い、細かいことは明日以降考えよう。

宿題を後回しにする小学生の様な言い訳をして、俺は眠りに就いた。

 

 

 



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11話 罪悪感の無い裏切りものは、他人の罪悪感すら奪い取る

翌日、今日から7月なので、クラスポイントが発表される。4月から目立った減点もなく、中間テストで好成績を収めたDクラスのポイントは1500以上に跳ね上がっている。

 

はずだった。

 

「はあ!?」

「え、どういうこと?」

 

生徒たちがざわめく。それもそのはず、堀北先生が張り出した紙のDクラスの欄には380と記載されていた。

 

「以上で今月のクラスポイントの発表を終わります」

「待ってください先生!」

 

高円寺が先生を呼びとめる。

 

「なんでしょうか」

「今回のポイントの減点理由は何でしょうか?俺たちには身に覚えがありません!」

「本当にそうでしょうか」

「どういう……事ですか?」

「高円寺君。あなたは確かに上手くクラスをまとめています。ですが、そんなあなたをよく思わない生徒もいるということです」

 

その言葉を聞いた生徒たちが一斉にある生徒の方を見る。

 

「なんだよおまえら、やっと気付いたのか?」

「手塚君……」

 

高円寺の消え入るような声に対して手塚は不敵に笑う。こいつがDクラスに配属されたことが気に食わないというのは周知の事実だったが、まさかこんな妨害をしてくるとは誰も思っていなかったのだろう。

 

「手塚君は授業内の課題を一切提出せず、さらに先日、Cクラスの生徒と暴力沙汰を起こしたことが報告されています。幸い、Cクラスの生徒が大事にはしたくないと申し出たため、両クラスの減点に留まりました。他にも色々ありますが、それを説明する時間はないのでこれでホームルームを終わります」

 

そう言い残すと堀北先生は教室を出て行った。後に残された生徒たちは手塚に詰め寄る。

 

「手塚!どういうつもりだよ!」

「あんたのせいでポイント下がっちゃったじゃない!」

「斉人クンもなんか言ってやれよ!」

「ちょ、ちょっとみんな!」

 

高円寺があわてて割って入る。

 

「手塚君。どうしてこんなことを?」

 

高円寺の問いに対して手塚はフン、と鼻を鳴らすと椅子から立ち上がった。

 

「高円寺クン。お前がクラスで仲良しごっこしてAクラスを目指すなんて本気で言ってんのかしらねーけど、それに俺が協力する義理はねえよなあ?」

 

手塚の言葉には一切の迷いが無い。つまりウソでは無いということだ。

 

「でも、クラスポイントが減ればプライベートポイントも減る。そうなれば君も困るんじゃないのか」

「ご心配どうも。だがな、この学校のシステム通りならプライベートポイントなんざなくてもなんら不自由はねーんだよ」

 

確かに、学費さえ払っていれば食事は寮で3食出るし、必要最低限の生活だけしていればプライベートポイントは無くてもなんとかなる。だが、高校一年生が一切の娯楽無くして3年間も過ごせるだろうか。

 

「でも、中間テストのときは協力してくれたじゃないか」

「もしあそこで俺が反発してたらお前らに警戒されてこんな簡単にクラスポイントを下げることはできなかったんだよ。気付かなかったのかい?高円寺クン?」

 

そう吐き捨てると手塚は教室を出ようとする。

 

「まてよ手塚!これから授業だぞ!」

 

檜山がそう引きとめるが手塚は笑う。

 

「もうサービス期間は終わりだ。俺は今日から授業には出ない。その意味がわかるか?」

 

手塚が授業を欠席すればするほどDクラスの査定状況は悪くなり、最終的にクラスポイントは0になる。そう言いたいのだろう。

 

「ま、まてよ!斉人クンのおかげでネクストポイント1500も手に入れといてそりゃないっしょ!」

「そうだな、あれが本当に高円寺クンのおかげなら、だけどな」

「は?何言ってんだよ?」

「じゃあな、意味のない授業に取り組んでくださいな」

 

今度こそ手塚は出て行こうとする。だが、その手を高円寺がひっぱる。

 

「待ってくれ。最後に聞かせてほしい。君はなんでこんな事を?」

 

手塚は高円寺の方に向き直ると、一言だけ発した。

 

「お前にはわからない」

 

と。その表情は相手を煽るようなふざけた笑顔ではなく、何か得体のしれない感情を孕んでいるように見えた。

 

 

手塚が教室を出た後、教室には沈黙が訪れた。だが、一人の男子生徒が立ち上がり、鞄を手に取った。

 

「どこへ行くんだい?」

 

高円寺の問いにその生徒は申し訳なさそうに答える。

 

「高円寺君には悪いけどさ、手塚が授業に来ない限り俺たちがいくら頑張ってもプラスになることは何もないよ……だから、ごめん!」

 

そう言って彼は走って教室を出て行ってしまった。それを皮切りに何人かの生徒が教室を出て行ってしまった。後に残ったのは高円寺グループの生徒、あまり目立たない何人かの生徒、高橋、朝日、檜山、そして俺だけ。もはや半分程度しか残っていない。

 

「ちょいちょいこれまずいっしょ!早くみんな連れ戻さないと!」

「でも、なんて言ったら戻ってくるんだよ……」

 

高円寺グループの面々は状況を何とかしようとしているがどうにもならない様子だった。

 

「斉人クン!どうするよ?」

「……」

 

だが高円寺は答えない。

 

「斉人クン?」

 

もう一度呼ばれたその時、高円寺はふらふらとたおれだした。すんでのところで俺がそれを支える。どうやら高円寺はかなり衰弱しているようだ。

 

「ちょ、高円寺君大丈夫!?」

 

あわててみんなが駆け寄ってくる。高円寺はそれに答える余力もないようだ。

 

「俺が保健室につれてく」

 

支えてしまったわけだし、俺以外が行くのも変だろう。周りの生徒は俺に任せて席に戻って行った。

 

高円寺に肩を貸しながら保健室に向かっていると、途中で高円寺が我に帰ったようで、口を開いた。

 

「……霧咲君、ありがとう。でも俺は大丈夫だから、教室に戻ろう。授業が始まっちゃうよ」

「大丈夫な奴があんな倒れ方するわけないだろ。一時間以上は寝たほうがいいぞ」

「でも、俺のせいでマイナスをかさねる訳には……」

「落ち着け、既に半分以上の生徒が授業放棄している時点で俺たちが戻ってももうマイナスは止まらない。それに、だれもお前のせいだなんて思うわけないだろ」

 

取りあえず高円寺を近くのベンチに座らせる。高円寺も状況を理解してくれたようで無理に教室に戻ろうとはしなかった。

 

「……」

「歩けないなら、ここで休むか?」

「……俺は、完璧じゃなきゃ駄目なんだ」

 

完璧?なんの話だろうか。俺が尋ねる前に高円寺は話し出した。

 

「俺は、高円寺六助の息子として高円寺家に生まれた。父さんは少し変わった人だったけど、忙しい中毎日俺との時間を作ってくれた。父さんは全てにおいて完璧だった。でも俺は何の才能もなかった。勉強も、スポーツも、何もかも平均的だった」

 

それは意外だ。てっきり高円寺は生まれながらの天才だと思っていた。

 

「それでも俺は父さんみたいになりたかった。父さんの期待に応えたかった。だから、必死に努力した。みんなが毎日1時間勉強するなら俺は10時間勉強した。そしてやっと俺は完璧になれたと思った。でも、俺はDクラスだった……」

 

普段はおくびにも出さないが、高円寺もやはりDクラスに配属されたことにショックを感じていたようだ。それも他の生徒の何倍も。それでも、高円寺は懸命に戦った。クラス全員で、力をあわせて、みんなを引っ張って上を目指そうとした。だが結果はこれだ。

 

「高円寺……」

 

だが、俺はなんと言えばいいんだ。高円寺の苦悩も葛藤も言葉として理解はできる。だが、オレにはそれにたいして同情することもできない。

 

「ごめん。こんなこと霧咲君に言っても仕方ないよね」

「……」

「俺は保健室に行くから、霧咲君は教室に戻ってていいよ。どうもありがとう」

 

そう言って高円寺は立ち上がり、保健室の方へと歩いていった。このまま放置するのは少々不安だが、今の高円寺と一緒にいて俺ができることは何もない。俺は教室へと戻ることにした。

 

「霧咲君!大変だよ!」

 

教室に戻るやいなや朝日が俺の方へと駆け寄ってきた。もう授業が始まっていると思っていたが、また何か良からぬ事があったんだろうか。

 

「どうかしたのか?」

「朝日さん、詳細は私から話しますから席に戻ってください。一応授業中なんですから」

 

教壇に立っていた雪坂先生の注意に従い、朝日は席に戻る。それと一緒に俺も席についた。

 

「霧咲君がもどってきたのでもう一度伝えますが、Cクラスから交換試験が申し込まれました」

 

ついにか。先日のお茶会の時点でまだ交換試験はおこなわれていなかったことからして、1年生では初の交換試験ということになる。しかも、噂通り、Dクラスに対しての挑戦だ。

 

「なに落ち着いてんだよ霧咲!」

 

後ろの席にいた檜山が背中をつついてくる。

 

「いや、なんで俺が慌てなきゃきけないんだよ」

 

すると隣の席にいた高橋が大きくため息をついた。

 

「Cクラスの生徒と交換試験を行うのはあなたなのよ、霧咲君」

「は?俺?」

 

なるほど、確かに交換試験の対象になるのはクラスで一番ネクストポイントが低い生徒だ。つまり前の中間テスト以降ポイントを消費していないDクラスの生徒は全員が一位であり、同時に全員が最下位でもある。つまり、俺が選ばれても何ら不思議はない。

 

「先生、参考までに聞きますが、なぜ俺なんですか?」

「本来ならポイントが一番低い生徒は多くても2人くらいなものですが、今回は30人もいるので、無作為に君が選ばれたんですよ」

 

雪坂先生は特に難色を示すことなく答えてくれた。無作為に30の束から1つ引いてそれが俺である確率は当然だが30分の1。果たして本当に無作為という言葉を信じていいのだろうか。

 

「先生。私からも質問してよろしいでしょうか」

 

高橋が手を上げる。先生は頷いた。

 

「今回、CクラスからDクラスへの挑戦という形になりましたが普通に考えるとCクラスの生徒が勝ったところで何のメリットもない気がするのですが」

 

高橋の言うとおり、交換試験が文字通り交換する試験なら、俺に勝った生徒はDクラスに、俺はCクラスに移動することになる。自ら降格を望む生徒がいるとは思えない。つまり、この挑戦には狙いがあるということだ。

 

「最もな疑問ですね、高橋さん。交換試験が発生した場合、対象のクラスには試験の詳細を伝えることになっていますのでこの場を借りて通達します」

 

先生はチョークをもち、黒板に書き始めた。

 

 

「まず一つ。交換試験の試験内容は原則学校側が指定します。これは各生徒の得手不得手や過去のデータをもとに決定されます。そして内容が通達されるのは試験当日になります」

 

隣を見ると高橋がものすごいスピードでメモをとっている。

 

「次に、交換試験に勝利した生徒は、敗北した生徒のネクストポイントの7割を手に入れることができます」

 

勝利報酬ということか。

 

「そして最後に、通常、交換試験の結果によってクラスが入れ替わることは皆さんご存じでしょうが、Dクラスの生徒が他クラスから仕掛けられた交換試験に敗北した場合、クラスの移動は行われず、その生徒は退学となります」

 

雪坂はそこでチョークを置く。

 

「は、はあ!?退学!?」

 

檜山が驚いた声を上げる。周りの生徒たちもざわめきだした。たった一回の試験に負けたら退学になるというぶっ飛んだルールが発表された訳だし、無理もない。

 

「そ、それじゃあ、負けたら霧咲君は退学……?」

 

朝日が冷や汗を流しながら俺の方を見てくる。

なるほどな、これが毎年Dクラスが交換試験を挑まれる理由か。格下相手なら楽に勝利しポイントを獲得できるうえに高円寺の様な優秀な生徒を早急に消しさる事も出来る。

 

「それじゃあ授業を始めます。霧咲君、後で試験要項を渡すので職員室に来てください」

 

雪坂先生はそう言って教科書を開き、さっさと授業を始め出した。他の生徒も俺に同情の視線を送りながら教科書とノートを開く。

 

 

***

そして昼休み。俺は職員室へ足を運んだ。試験要項をもらうためだ。

俺に対応するのは寮長の雪坂先生か担任の堀北先生かどちらだろうと思っていたが、どうやら堀北先生のようだ。出来れば雪坂先生がよかった。あくまで相対的にだが。

 

「あからさまに嫌そうな表情をしているけれど、残念ながらあなたの要望は通らないわ」

 

ばれてーら。さすが堀北鈴音、慣れてるな。

 

「それで、なんで生徒指導室なんですか?試験要項を渡されるだけだと思っていたんですけど」

「他にもあなたに用事があるのよ」

「俺、年上には興味ないんですよね」

「苦しみながら後悔するのと絶望しながら後悔する、あなたはどちらが好みかしら?」

 

よくわからないがどっちも嫌です。というかコンパスをこっちに向けるのはやめてくれ。なんでコンパス常備してるんだこの先生は。

取りあえず両手を上げて降伏する。

 

「それじゃあ用件を伝えるわ。あなたに言うことは全部で3つ」

 

3つもあるのか。早いとこ昼飯にしたいんだがな。

 

「1つ目は、次の交換試験。絶対に勝ちなさい」

「常識的に考えて格上のクラスの生徒に勝つなんて難しいと思いますが」

 

先生は俺を睨む。

 

「……善処します」

「そして2つ目は、その試験に置おいて全力を出してはいけないということ」

 

俺に勝ってほしいんじゃなかったのかーい。というツッコミは野暮だな。

 

「そして3つ目は、Dクラスのポイントマイナスを止めなさい」

「手塚を更生させろってことですか。それなら教師の仕事でしょう。1年D組堀北先生」

「随分古いドラマ知ってるわね。……ゴホン。別に更生させろとは言っていないわ。やり方はあなたの自由よ」

 

更生以外に手段なんてかなり限られているんですけどー。

 

「わかったかしら?」

「最初の2つは理解できます。俺も流石に入学早々退学はしたくないんで。ただ、3つ目は俺が応じる義務は無いと思うんですが」

 

Dクラスを救済することに得があるかは俺の考えた方次第だ。仮に俺が交換試験で勝てば俺はCクラスに昇格なのだからDクラスを助けても何の意味もない。得があるとすれば俺の人望が上がることだが、そんなことはどうでもいい。

 

「義務は無いけど、必要性はあるわ」

「というと?」

「あなたも気付いているんでしょ?」

「……」

 

またオレの都合の悪いところをついてくるなこの人は。

 

「それで霧咲君。返事を聞かせてもらえるかしら」

 

ここまで来ると俺の答えは一つに絞れられる。

 

「……わかりました。今回はアンタに従ってやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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12話 秘密を抱える者は、永遠にそれに振り回される

教室に戻ると朝日と檜山が駆け寄ってきた。

 

「き、霧咲君!先生なんて言ってた!?」

「なんか救済措置とかねーのか!?」

 

なんで俺の試験なのにこいつらが必死なんだ。

 

「別に何も。試験要項を渡されて授業で説明されたことを再確認しただけだ」

「霧咲……今日はお前好きなエビフライ作ってやる……たくさん食えよ……」

「霧咲君……中間テストの時はありがとう……わたし、勉強頑張るね……」

 

おい、なんか既に俺が退学する流れになってるんだが。こいつらは心配してくれてるのか?それとも追悼してるのか?

 

「霧咲君、少しいいかしら」

 

気付くと高橋がこちらに歩いてきた。俺がそれに返答しようとしたところで、教室の扉が勢いよく開いた。ボロい天井からほこりが降ってくる。

 

「ゲホゲホ……ちょっとなんなん?学校のビヒンは大事にしなきゃだめっしょー」

 

誰かがそんな事を言っていたが、生徒たちの視線は扉を開けた来訪者に向いていた。緑の制服で、ポケットに手を入れた生徒が3人。いわずもがな、Cクラスの生徒だ。

 

「へー。ここがDクラスの教室か。ぼろっちくて、まるで馬小屋だな」

 

真ん中に立っている坊主頭の生徒がげらげらと笑う。こいつは確か以前手塚と喧嘩していた奴だな。

 

「おい!なんだお前ら!教室間違ってるぞ!」

 

檜山、ひょっとしてそれはネタで言っているのか?どう考えても用事があってきてるだろこれは。

 

「ああ?なんだお前?」

 

坊主がメンチを切っていると左隣にいた眼鏡の生徒が何やら書類をとりだした。

 

「1年Dクラス、檜山優輝。料理部に所属しており、実家は飲食店を経営している」

「え?なんでそんなこと知ってんの?超能力?」

 

眼鏡は咳払いをする。

 

「前回の試験の結果から、Dクラスの生徒は全員マークしております。ちなみに檜山君。君は評価Cマイナスです」

「なんだとこのやろう!」

 

檜山が憤慨する。この眼鏡の評価が何段階あるのか知らないが、Cマイナスはきっと低いんだろう。

 

「そんで、柳川。杉森さんの試験の相手はどいつだよ?」

 

右隣の生徒が尋ねる。どうやら坊主が杉森で眼鏡が柳川というらしい。

 

「そこの彼ですね」

 

柳川が俺を指差す。それを見て杉森が俺の方へ寄ってくる。目の前で見ると、こいつかなり身長が高い。そして制服の上からでも鍛えられているのが分かるほどだ。

 

「お前か、俺に負けて退学になるのは。おい柳川!こいつのデータを教えろ!」

「1年Dクラス、霧咲勝真。小テストや入学試験の結果を見ても特筆するところは特になし。部活にも所属しておらず、評価としてはEマイナスでしょうか」

「はっはっは!文字通りの落ちこぼれじゃねえか!どうやらこないだの試験は百パー高円寺のおかげらしいな!」

 

杉森がまたしても大声で笑う。

 

「ちょっと、彼の評価はどうでもいいけれど、高円寺君は私より小テストの点が下よ」

 

高橋が反論する。反論するのは良いんだがせめてフォローくらいしてほしいもんだ。

 

「なんだお前は?」

「高橋茜。中学時代から文武両道で様々な賞やコンクールで入賞している。入学試験では体調不良でDクラスに配属。評価はBプラスでしょう」

「B?あなたたち、一体何をみて評価をつけているのかしら?」

「あなたは確かに優秀ですが、現在のDクラスの状況をみればあなたの欠点もおのずと見えてきます」

 

柳川は教室を見渡しながら答える。

 

「確かに、手塚によるポイントマイナスを止められなかった挙句クラスは半壊、高円寺もぶっ倒れちまってる状況を見りゃあお前がリーダーとしての実力が無いことは一目瞭然だよなあ!」

「……」

 

杉森の言葉に高橋は反論できない様子だった。

 

「そんで霧咲だったか?退学する前に言っときたいことはあるか?」

 

ものすごく煽ってくる奴だなこいつ。高橋じゃなくても反論したくなるきもちは分からんでもないな。さて、退学する前に言っておきたいこと、だったか。

そうだな、俺の答えとしては……。

 

「特にないな」

「ははは!なんじゃそりゃ、かっこいいとでも思ってんのかよ!」

 

ちょうどそこで昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。おい、俺昼飯食べてないんだが。

杉森たちはさらに一言二言罵倒してから教室を出て行った。高橋や檜山たちは無言のまま席に着いたが内心でははらわたが煮えくりかえっていることだろう。

 

***

 

その日の授業は終わり、俺は高橋と帰路についていた。一応言っておくと別に俺が高橋を誘った訳ではない。いつぞやのごとくこいつが勝手についてきているだけだ。今回は何の用なんだか分からないが、面倒な質問をされることだけは予想できる。

 

「……」

「……」

 

沈黙のまま、俺たちは歩を進める。

 

「おい、いつまでついてくるつもりだ」

「ついてきている?だれがかしら。私はただ寮に向かっているだけ。その道中にあなたがいるだけよ」

「……そうですか」

 

屁理屈もここまで自信たっぷりに言われると筋が通っているように聞こえるから恐ろしい。

 

「道中であったついでに聞いておくけど、交換試験、あなたはどうするつもりなの?」

「どうする何も出来る範囲で何とかするしかないだろ」

「……あなたはとっくに気付いているでしょうけど、今回の試験、杉森君に有利な内容になるわ」

「その心は?」

「杉森君の得意分野は運動系。逆に座学に関しては檜山君たちと大差ないわ」

 

なんでこいつはさっき会ったばかりの奴の得手不得手を把握してるんだ。脳みそに巨大な本棚でもあるのか。

 

「あなた、学生証端末使ってる?各クラスのテスト結果で上位10名は名前が出てるのよ?」

 

そうなのか。今までメールにしか使って無かったから全く知らなかったな。

高橋は尚も話を続ける。

 

「そしてCクラスのランキングに彼は名前がなかった。そんな人物が仮にも全員が満点をとったDクラスの生徒に何の警戒もなく挑んでくるとは思えない」

「単にバカなだけじゃないのか?」

「あなた、もうお茶会の事を忘れたの?Cクラスを取りまとめているのは伊野ヶ浜君なのよ?彼がクラス内のバカの暴走を見過ごすような無能には見えないわ」

 

つまり高橋はこの交換試験には伊野ヶ浜が一枚噛んでいて、何らかの手段で試験内容をCクラスに有利なものに変更していると言いたいのだろう。普通に考えれば考えすぎもいいところだが、その考えには俺もほぼ同意だ。

 

「それで、あなた運動はできるの?中学の時に陸上を一年やっていたと言ってはいたけれど」

 

そういえば入学して間もないころの体育の授業でそんな事を言った気がする。

 

「運動に関しては平均的ってところだな。お前もあの時見ただろ?俺は高円寺や手塚と一緒に走ったけど結果は3位だった」

「そうかしら?あなたの言うことはどうにも信用―――」

 

並木道の真ん中で、高橋がそう言ったところで俺はとっさに回避動作をとった。後ろからものすごい殺気を感じたからだ。その手刀は俺のすれすれのところで空を切った。

回避しながら相手を確認すると、そいつはキャップを深くかぶり、上下ジャージを着ている男だった。

 

「だ、だれ!?」

 

高橋の問いに男は答えず、再び俺に向かってくる。そのこぶしは的確に俺の腹を狙っていた。かなり早く、それでいて重い一撃ではあるが、俺はそれをすんでのところで受け止める。

 

「へえ、やるねえ」

 

男は俺から距離をとりつつ、そんなことを口にした。

 

「いい加減にしろ、欠席どころか退学するつもりか。手塚」

 

俺の呼びかけ男は「ほう」と感心した様子でキャップをとる。その顔は今朝方、授業放棄を宣言した手塚優正だった。

 

「よく俺だってわかったねえ」

「俺の知ってる中でそのメーカーのジャージを着てるのはお前しかいなかったからな」

「流石だねえ霧咲勝真……いや、AK002って言った方がいいか?」

 

その言葉と同時にオレの体は動いていた、わずかな時間で手塚に迫り、拳を叩きこむ。とはいっても、殺す気は無いので俺の拳は手塚の頬を掠めただけだが。

 

「どこでその名前を知った?」

 

オレはゆっくりと、冷たい口調で尋ねる。だが手塚はいつものへらへらした態度をくずさない。

 

「愚問だろそりゃ。この名前を知ってるやつが大勢いると思うか?」

「お前、『アイツ』の手ゴマだな?」

「さあ?アイツって誰でしょー?優正クンわかんなーい☆」

「この場でお前を再起不能にしてもいいんだぞ」

「こんな誰が見てるとも分からない場所でか?退学するつもりかとはよく言ったもんだねえ」

 

確かに、こいつの言うとおりだな。オレはゆっくりと拳を下ろす。

 

「まあ、今のはほんのご挨拶程度だ。今度の交換試験の余興みたいなもんだ。おっと心配すんなよ?流石に寮では大人しくしてるつもりだからよ」

 

手塚はにやりと笑うとそのまま校舎の方へと歩いて行った。後には俺と茫然と立ち尽くす高橋の二人だけになった。

 

「さて、帰ろうか」

 

アスファルトに落ちた鞄を拾い上げ、俺は再び寮へ歩きだす。

 

「待って!」

 

だが高橋がそんな俺を呼びとめる。

 

「今のは何?なんで手塚君があなたを……それにAK002って何?」

 

手塚のやつ、また随分と面倒な置き土産をくれたもんだな。聞き間違いだと言ってもこいつは信じないだろうし、隠しても今後しつこく聞かれることになる。

 

「ちょっと、聞いてるの?」

「高橋、俺はお前の障害になるような事をするつもりは微塵もない。だから……」

 

今のオレは高橋にどう見えているだろうか。きっと、冷たく、感情なんて微塵もないような男の表情がその瞳に映っているのだろう。

 

「オレの詮索はするな」

 

その言葉に高橋は後ずさる。まるで天敵と相対した時の草食動物のように。その額には冷や汗が流れている。

 

「わ、分かったわ。その代わり確認するけど、あなた、運動は……」

「平均だ」

「もはやあなたの発言全てが信用できなくなってきたわ……」

 

高橋は頭を押さえる。

 

「ところで高橋。お前に頼みがある」

「な、何かしら?」

「今からオレが良いと言うまでオレを殴り続けろ」

 

 



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13話 先人 それは必ずしも知恵があるものではない

翌日。俺は重い体を引きずりながら登校し、教室へと入った。なぜ俺の体が重いのかはさておき、やはり今日もDクラスの生徒は半分もいない。唯一救いなのは昨日ダウンした高円寺が登校してきていることだろう。昨日の事など無かったようにクラスの面々と明るく会話している。そんな様子を見ながら、俺は教室の扉を閉める。その音で、やっと俺はクラスメートたちに認識されたようで、同時に全員がざわめきだす。

 

「き、霧咲君!?どうしたんだいその怪我!?」

 

真っ先に駆け寄ってきたのは高円寺だった。それに続いて朝日や檜山も近づいてくる。

こいつらが驚くのも無理は無い。今の俺は腕や頭に包帯を巻き、さらに顔にはいくつものアザができているのだから。

 

「どうした霧咲、誰にやられたんだよ!?」

 

檜山が心配そうに俺の腕を掴む。それと同時に俺の神経に鈍い痛みが走る。流石に表情に出ていたらしく檜山が申し訳なさそうに手を離す。

 

「いや、ただ階段から落ちただけだ。むしろ骨折もして無くてよかったって堀北先生も言ってたぞ」

「で、でも……その怪我で生活できるの?」

 

朝日がおどおどした様子で尋ねてくる。まあ実際結構不自由ではある。ここまで歩いてくるのもかなり大変だったしな。

 

「い、いやそれよりも……」

 

高円寺の震えた声に全員が注意を向ける。

 

「その怪我で、交換試験は受けられるのかい……?」

「そ、そうだよ!もし試験が体育とかだったら……」

 

朝日の発言に檜山も頷く。唯一この状況に騒いでいないのは教室の隅に座る高橋だけだ。とはいえその高橋も訝しげな目で俺を見ているが。

 

「試験が筆記であることを祈るしかないな」

「祈るしかって……そ、そうだ試験を延期してもらうとか、それも駄目なら僕が代わりに……」

「試験の延期も、代理もこの学校では認められていません」

 

高円寺の言葉を遮るように教室に入ってきたのは堀北先生だった。

 

「そ、そんな!それじゃあ霧咲君は圧倒的に不利じゃないですか!こんなの公平じゃありません!」

 

高円寺は尚も抗議する。

 

「では高円寺君。ひとつ尋ねますが、あなたは自分が最高のモチベーションで勝負に挑んだ時、相手が『いま体調が悪いから勝負は延期、それか別の人とやってくれ』と言われて納得できますか?」

「そ、それは……」

「霧咲君がこのまま試験に出れば確かに公平な勝負はできないでしょう。ですが霧咲君の一方的な事情だけで試験を延期するのは相手にとっても公平ではありません」

 

堀北先生の言うことも最もだ。それに今回の場合、「階段から落ちる」という俺の不注意から招いた怪我なのだから、非は俺にしかない。だが高円寺はまだ納得できないようだ。

 

「そ、それならネクストポイントで……」

「残念ですがこのルールはネクストポイントと同じく『絶対』です。何をどうやっても覆ることはありません。霧咲君に渡した試験要項にも同じことが書いてあります」

「そんな……」

 

高円寺は膝を落とす。朝日や檜山も悔しそうに俯いている。そんな中、教室の入り口から声がした。

 

「――おいおい鈴音、あんまり生徒をいじめてやるなよ。人気落ちるぜ?」

 

その声の主はゆっくりと教室に入ってくる。長身で、赤いジャージに赤い髪。生徒の中には既にその正体に気付き歓喜の声を上げているものもいる。

 

「別に私は生徒からの人気にこだわっているわけではないわ。誤解されるようなことを言わないでくれる?須藤君」

「へへっ、相変わらずお前は変わんねーのな」

「す、須藤健!?あのプロバスケットプレイヤーの須藤健かよ!」

 

大きな声を出したのは、池田だった。なんかすごく久しぶりに声を聞いた気がするがきっと気のせいだな。

 

「おー。俺のこと知ってんのかー」

「あなた、自分がプロの選手だって事忘れてない?」

 

堀北先生がジトーっと須藤健の方を見る。

 

「なんか、仲いいですねお二人」

「そりゃあ、鈴音と俺は高育時代からの深い付き合いだからな!」

 

女子たちがそう尋ねると、須藤健は笑顔で答える。

 

「え、ええ!堀北先生って高育の生徒だったんだ……」

「というか深い付き合いって……ひょっとして……」

「ちょっと須藤君。きて早々、バカな事を言うのはやめてもらえるかしら?」

 

須藤健は「わ、わりい……」と詫びる。この時点でこの二人の関係は大体お察しだな。

 

「それで、須藤さんは何をしに来たんですか?」

 

高円寺が少しいらつきながら尋ねる。たしかに、須藤の登場で話の腰はぽっきり折れてしまっていたからな。

 

「おっと。そうだった」

 

須藤はきょろきょろと教室を見まわすと何かを見つけた様子で頷いた。

 

「あいつだな、鈴音」

「ええ、彼よ」

「えっと、先生?」

「須藤君は怪我をした霧咲君のトレーナーとして今日から試験まで彼のサポートをしてくれることになっています」

「ええ!あの須藤健が!?」

 

再び教室がざわつく。テレビで見るような有名人が目の前に来た挙句、自分のクラスメートのサポートをすると言っているのだから当然か。

 

「よろしくな、霧咲」

「……よろしくお願いします」

 

 

その日の授業も終わり、俺は寮へ……ではなく体育館へと向かっている。今朝言われた通り、俺は須藤コーチのもとリハビリを受けることになっているからだ。

 

「あ、霧咲君!」

 

誰かに呼ばれたような気がする。俺を呼ぶとなると朝日か檜山か、はたまた高円寺か。辺りを見渡すが彼らは見当たらない。どうやら気のせいだったようだ。

 

「ちょ、ちょっとまってまって!」

 

どうやら気のせいじゃなかったようだ。声の主は少しオーバーなアクションで俺の前に出てきた。

 

「お前は……山の上?」

「おしい!……って全然おしくないよ!私は山崎!山崎志穂だよ!」

 

現れたのはBクラスの山崎だった。そう言えばこいつとはお茶会であってたんだっけな。

 

「山崎さん。声が大きいです。おかげでほとんどの生徒が僕らの方を見てるじゃないですか」

 

泉も一緒のようだ。二人揃って俺に何の用だろうか。

 

「特に長い用では無いのですが、あまり聞かれたくは無いのであっちの木陰でお話しします」

 

そのまま俺は二人について木陰へと歩いて行く。ひょっとしてこれはカツアゲとかそういう類のものだろうか。

 

「どうするつもりなのかな?」

「どうする、とは?」

「Dクラスの現状ですよ。聞くところによると半分以上の生徒が授業を欠席しているとか」

 

昨日の出来事にしては随分と噂が回るのが早いな。誰だ?そんなペラペラ喋ってると足元すくわれるぞ?

 

「あ、ちなみにこのことは朝日さんから聞いたんだけど、まずかったかな?」

 

朝日だったか。それなら仕方ないな。だって朝日だし。

 

「いや、遅かれ早かれ判明することだろうし良いんじゃないか?」

「そして、霧咲君はCクラスから交換試験を挑まれてるんでしょ?」

「ああ、そうだ」

「でも、怪我してるんでしょ?」

 

山崎は俺の腕や顔を確認する。

 

「話は終わりか?それならもう行くぞ?」

「まって!その怪我じゃ試験が体育系だったら勝ち目がないよ?」

 

今朝の朝日たちと同じ意見。確かに俺も他人がこんな状況なら同じ事を言うだろう。

 

「一応、トレーナーについてもらうことになってる」

「須藤健、ですね」

 

これに関しては、朝日が言わなくてもすぐに分かることだろう。なにせプロの選手が校内にいるんだしな。

 

「でも、その怪我が試験までに治るとは思えないよ……試験っていつなの?」

「来週の頭だ」

「ええ!全然時間無いじゃん!」

「まあ、そうだな」

「とても落ち着いているようですが、何か策があるんですか?」

「少なくとも俺には策は無いな。高円寺や高橋ならなにか思いつくかもしれないが」

「無策なのにその態度って……霧咲君って変な人だね」

 

そうです。俺が変な人です。そんな寒い事を俺が考えていると、山崎は何やら鞄を探り出し一冊のノートをとりだした。

 

「それは?」

「署名だよ。生徒の3分の2の署名を集めれば学校側と対等な立場で意見することができるの、知らなかった?」

 

そんなルールがあるのか。といっても、一学年30人×4クラスだとして、3学年なら360人。その3分の2となると240人分だ。あまり現実的じゃない。

 

「署名を集めてどうするんだ?」

「もちろん、交換試験の延期や代理を認めてもらうんだよ」

「別のクラスの人間に対してそこまでするメリットは無いんじゃないか?」

「別に霧咲君だけの為ではありません。これから交換試験を受ける生徒が何人も出てくるはずです。その時の為でもあるんです」

 

泉の言葉に山崎は大きく頷く。

 

「なるほど、でも流石に来週の頭までに240人分も集めるのは無理なんじゃないか?」

「それでも、可能性が0じゃない限りやってみるべきだと私は思うんだ」

 

なんというか、これは善人を通り越してお人好しってレベルだな。

 

「そうか。それじゃあ俺も期待しとくよ」

「うん。それで話を戻すけど、Dクラスの現状、高円寺君や高橋さんはどうするつもりなのかな?」

「高橋はもともとクラスポイントを上げることには興味が無い。逆に高円寺はクラスポイントにこだわってるから、動くとしたら高円寺だろうな。それ以上は俺には分からない」

「そっか~。それじゃあ高円寺君に、私たちに出来ることがあったらいつでも言ってくれて良いよって伝えておいてくれる?」

「わかった。伝えておく」

 

ちょうどその時、学生証端末が鳴った。見てみると内容は須藤コーチからのメッセージで、『おせえぞ!』との事だった。そういえば結構話しこんでしまっていたか。俺は山崎たちに別れを告げ、体育館へと足を速めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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14話 時は迫る。それを不幸と捉えるかそれとも幸福と捉えるか

「ったくおせえぞ霧咲!」

 

体育館に入った矢先、須藤コーチがヘッドロックをかましてきた。俺、けが人なんだけどな。腕をたたいてギブアップの意思を伝えると、すんなりと解放してくれた。彼なりのアイスブレイクのつもりだったんだろうか。

 

「そんじゃあ、取りあえず怪我した部分のケアからしてくか」

「あの、須藤さん」

「敬語はやめてくれ。なんつーかお前に敬語使われんのは違和感あんだよ」

「じゃあ、須藤」

「極端だな」

 

須藤のつっこみには反応せずに俺は疑問を伝える。

 

「体育館、バスケ部が使ってるんだがどこでリハビリを?」

 

俺の言葉通り、体育館はバスケ部の練習に使われている。それも半コートではなく対一館全体を使っている。明らかに俺がリハビリするスペースは無い。

 

「おう。もともと俺はバスケ部のコーチに呼ばれてっからな。今日も大半の時間はそっちに使う」

「いや、それじゃあ……」

 

一応難色を示してみる。だが須藤は屈託のない笑顔で俺の肩をたたく。

 

「大丈夫だ。鈴音から事情は聞いてる。お前の不都合になることはしねーよ」

「そうか。じゃあ頼む」

「おう。じゃあとりあえずストレッチのやり方教えるからその後は適当にやっといてくれ」

「了解」

 

それから10分くらいストレッチの基本を教えてもらい、須藤はバスケ部の指導に向かった。俺は取りあえず言われた通りのメニューを何順も繰り返す。その合間に須藤が声をかけてくる。とはいっても「調子はどうだ?」と聞かれ「普通だ」と答えるだけの薄い内容だが。俺が15週目に入ったところで体育館の扉が開いた。俺は特に気にせずストレッチを続ける。だが、訪問者の足音はこちらに近づいてくる。

 

「調子はどうですか、霧咲君?」

 

話しかけられて無視するのも悪いので俺はストレッチをやめ、そちらへ向き直る。声の主はそれをみて満足気に笑う。

 

「楪か。先日のお茶会以来だな」

「そうですね。日数的には全然離れていないのにとても久しぶりに感じるのはそれだけ私が霧咲君と会うのを楽しみにしていたからでしょうか」

「そんなに俺に恋焦がれているのか、照れるな」

「ふふ、霧咲君の冗談は面白いですね」

 

ですよね。知ってた。くだらない会話を早々に切り上げ、俺は楪の隣、一緒にやってきたもう一人の訪問者に目を向ける。

 

「楪、そっちの人は?」

「あら、すみません。お話が楽しくてすっかり忘れてました。こちらは……」

 

楪が紹介しようとするとその人物は手でさえぎる。

 

「俺は3年Aクラス、涼野信司(すずの しんじ)。学園では生徒会長を務めている」

「生徒会長?そんな人が俺になんのようですか?」

「一年の間で、今年初の交換試験が行われるということは当然生徒会にも伝わっている。その受験者の確認に来たまでだ」

「それに霧咲君が怪我をしたと聞きまして。心配になったので私もついてきたんです」

 

とは言っても、生徒会長と楪が一緒にいることの説明にはなっていない。楪はオレに変な興味を持っているらしいし、生徒会長と結託して探りにきた可能性もある。

 

「ああ、説明不足でしたね。実は私、生徒会に入ったんです。つまりここに来たのは生徒会長のサポートの為です」

 

あくまで仕事の範疇だと強調したような言い方だが、現状気にしてもどうしようもない。

 

「確認するが、お前は学園によってDクラスに配属された霧咲勝真、で間違いないか?」

「はい。霧咲です」

「そうか。では霧咲、いくつか質問がある」

「なんでしょうか。悪いんですけど、今リハビリ中なんで手短にお願いします」

「了解だ。俺も次の予定がある。手短に済ませよう」

 

涼野は少し間をおくと、再び口を開いた。

 

「まず、お前はその怪我で、交換試験が体育系の内容だったらどうするつもりだ?」

「一応そのために須藤……須藤さんにケアをしてもらっています」

 

涼野は特に反応を示さずに次の質問を投げかけてくる。

 

「次に、前回の中間テストでDクラスが全員満点をとった訳だが、お前はその時何かしたか?」

 

やはり楪が何か拭きこんだのだろうか。彼女の方に視線を向けると、満面の笑みを返してきた。

 

「高円寺にネクストポイントを支払いました」

 

嘘では無い。俺もあの時高円寺にポイントを渡したことは事実だ。

 

「では最後の質問だ。お前は入学試験。どの教科が難しいと感じた?」

「全部難しかったからDクラスの配属だと思います」

「……そうか。質問は終わりだ。交換試験、最善を尽くせるように須藤さんにしっかり見てもらうといい」

 

鈴野はそう言い残すと体育館の出口へと向かった。楪も俺に一礼するとその後を追っていった。

 

「生徒会……か」

 

まためんどくさい連中に絡まれたもんだな。

 

***

 

その日のリハビリは終わり、俺は寮へと戻った。確か今日の晩飯は山菜定食だったな。なんでも以前は大不評だったらしいが制度改革の際に良質な山菜を仕入れられる事になり、今ではDクラス寮の人気メニューらしい。制度改革の時に山菜の質を上げるなんてグルメな重役もいたもんだ。

 

「おねがいだ。学校にきてくれないか?」

 

食堂に入ると、なにやらざわついているようだった。見てみると、高円寺が何人かの生徒に頭を下げている。俺は気にしていなかったが、寮の食堂は共有スペースだ。当然飯を食わずにすごしていくことはできない。かといってショッピングモールで外食したり惣菜を買ったとしても、プライベートポイントには限りがある。つまり、手塚の一件で授業放棄した生徒とも必然的に顔を合わせることになる。

 

「高円寺、しつこいぞ!俺らがいくら頑張っても手塚があのままならプラマイゼロどころかマイナスにしかならないだろ!」

「でも、俺たちが真面目にとり組めば手塚君も授業放棄を続けるわけにはいかないと思うんだ。学ぶ意欲が無い生徒をいつまでも放置するほど学園側も甘くないはずだよ」

「それはお前の推測だろ。俺たちを説得する前に手塚を何とかしろよ。手塚がどうにかなるなら俺らだって授業を受ける」

「お前らなあ!斉人クンがこんなにお願いしてるのに心がいたまねーのか!」

 

尚も言い合いを続ける両者を横目に、俺は山菜定食を口にする。うむ、美味いな。

 

「全く憐れね」

 

急に隣に座ってきた高橋が俺に呟く。

 

「そういうことは本人に言え。このままだと俺が憐れみたいになってるだろ」

 

高橋はそれには答えず山菜定食に手をつける。

 

「お前もなんとかしようと思わないのか?クラスの一大事だぞ」

「全く思わないわね。前にも言ったけど、私はクラスポイントを上げることに興味が無いの。Dクラスがいくらマイナスを出しても私には関係ないわ」

「ぶれないなお前は」

「褒めてくれてありがとう。ところで、あなたの方はどう?」

 

高橋は声をひそめて尋ねてくる。

 

「問題ない。お前は言った通りにしてくれれば大丈夫だ」

「そう。それにしてもあなたが先に契約を行使してくるなんてね」

「使えるものは何でも使うべきだろ、フリーダイヤルの相談室とか」

「例えが微妙すぎるわ……」

 

俺はそこで会話を切るとお盆をさげる。これ、本当に美味いな。今度食べるときは大盛りにしてもらおう。

 

こうして、交換試験の日はどんどん近付いてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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15話 獅子は兎をも全力で狩る、兎の抵抗は果たして無駄と言い切れるだろうか

一週間はあっという間に過ぎ、ついに交換試験の日がやってきた。俺は須藤のコーチのもと、怪我をある程度まで治癒することができた。とはいっても腕や顔のあざは消えてはいない。

交換試験当日と言ってもいつも通り授業は行われる。俺もいつも通り寮を出て校舎へと向かっている。いつもなら特に変わったことのない気持ちのいい朝なのだが、今日はそうもいかないらしい。

 

「あいつだろ?交換試験を挑まれたDクラスって」

「さえない顔してんなー。どう考えても負けるだろ」

 

顔と試験にどういう関係があるか知らないが、さっきからそんな話声がちらほら聞こえてくる。まあ、俺は高円寺たちとは違って誰かに注目されるようなことは何一つない。誰がどう見たって俺が負けるという予測になるだろう。

たくさんの視線を浴びながら校舎に入り、教室へはいる。今日も大半の生徒は欠席……と思ったが、何故か教室にはDクラスの全員がいる。高円寺が説得に成功したのだろうか。

いや、だが手塚の姿は無い。ということは心を入れ替えて登校してきた訳ではなさそうだな。

何の気なしに教室を見まわしていると、俺の存在に気付いたクラスメイト達が近寄ってくる。

 

「お、おはよう霧咲君……」

 

いつも元気な朝日すらお通夜モードだ。

 

「霧咲……」

 

それは檜山も同様らしい。檜山は無言で弁当箱を渡してくる。これを食べて交換試験を頑張れという気遣いなのだろうか。取りあえず弁当箱を受け取る。

 

「霧咲君……すまない。何度も学校に掛け合ったんだけど、何もできなかった……」

 

高円寺が申し訳なさそうに深々と頭を下げる。

 

「斉人クンのせいじゃねーって!」

「斉人君は頑張ったよ!」

 

周りの生徒が高円寺を励ます。

 

「高円寺、お前が俺のために頑張ってくれたことは感謝するよ。だから頭を上げてくれ」

 

その言葉に高円寺は頭を上げる。だがその表情は曇ったままだった。そんな中、無情にもチャイムは鳴り、堀北先生が入ってきた。

 

「みなさん、おはようございます。これから朝のホームルームを始めます」

 

先生はそのままホームルームを進行していく。この光景だけ見れば、生徒の半数が授業放棄しているクラスには見えないだろう。

 

「――最後に、今日の4時間目は霧咲君とCクラスの杉森君の交換試験が行われます。学園のルールで交換試験の受験者のいるクラスの生徒は出席が義務付けられています。これに反した場合、ネクストポイントの5割を没収します」

 

なるほど、それで全員いる訳か。手塚に関しては、あいつ自身がネクストポイントに関心が無いことの裏付けにもなった。

 

「それではホームルームを終わります」

 

交換試験に関する話題はそれだけのようで、先生は教室から出て行った。後に残された生徒たちはそわそわしながらも一時間目の準備を始めた。それと同時に俺は、今日は窓際の最後尾に座っている高橋にメールを送った。高橋はすぐにそれに気付いたようで、しばらくしてから返信を送ってきた。

 

これで打てる手はすべて打った。後は、どこまで思い通りに行くか。それだけだ。

 

 

***

 

そして、授業は淡々と進んで行き、ついに四時間目になった。Dクラスの生徒は交換試験への出席が義務付けられているため、全員で会場となる体育館へと向かった。

廊下の途中でCクラスの生徒の列も目に入った。その中には当然、Cクラスのリーダーである伊野ヶ浜の姿もある。

体育館に入ると、教師たちからその場での待機が命じられた。その間辺りを見回すと、CクラスとDクラス以外にも生徒がいることが分かった。Bクラスの山崎や泉、上級生らしき人物や楪までいる。楪はこちらにたいして視線を送ってきたが俺は気付かないふりをすることにした。他にも須藤の姿もあった。

 

「それではこれから交換試験を開始する」

 

沈黙を破って生徒たちの前に現れたのは以前楪と一緒に俺を尋ねてきた生徒会長の涼野だった。

 

「受験者は前に」

 

涼野の声に従い、Cクラスの列から杉森が意気揚々と出てきた。俺も立ち上がり、涼野の前へと向かう。

 

「杉森と霧咲で間違いないな?」

「おうよ!」

「はい」

 

「今回は一年生にとって初の交換試験だ。受験者はもちろんのこと、見ている者たちも気を引き締めるように」

 

涼野の一言一言に生徒たちは耳を傾ける。明日は我が身、ここで交換試験についてしっかり知っておくことがは今後大きなアドバンテージにつながる。

 

「それでは、試験内容について副校長の茶柱先生より発表していただく」

 

涼野が一礼すると、教師陣の中からポニーテールの女性がでてくる。茶柱佐枝、入学前にホームページで見たことがある。まだ30代だというのにその類まれなる才能で副校長までのし上がったらしい。

もっとも、オレの中にある印象はもっと違うものだが。

 

「それでは、今回の特別試験の内容を発表する」

 

茶柱副校長は、ゆっくりと落ち着いた口調で話し始める。

 

「今回の試験の種目は、ボクシングだ」

「は?」

「え?」

「うん?」

 

Dクラスの生徒の中から気の抜けた声がちらほら上がる。

 

「聞こえなかったか?今回の種目は、ボクシングだ」

「は、はああああああああ!?」

 

驚いた声を上げたのは檜山だった。俺も少し驚いた。体育館に連れてこられたことや高橋の予想から体育系の内容であることは予測できていたがまさかここまであからさまに杉森に有利な種目になるとは。

 

「ま、まってください!試験の内容は受験者の能力に応じて決められるのではないのですか!?」

 

高円寺が異議を唱える。だが、茶柱副校長はそれを意に介せずに話を進める。

 

「ルールを説明する。今回のボクシングは二本先取のマッチ戦になる。つまり、先に2回勝った方の勝利となる。勝利条件は、相手をKOすること、またはどちらかが試合続行不可能とこちらが判断した時の二つ。また、相手を怪我させるような危険なプレイなど、スポーツマンシップに反する行動をした場合はその時点で失格とする。また、降参は自由だ。以上」

 

隣で杉森がフン、と鼻を鳴らす。この様子からして相当自信があるのだろう。

 

「茶柱副校長、ありがとうございます。では、交換試験を開始する」

「待ってください」

 

涼野の言葉に対し、口を開いたのは高橋だった。

 

「お前は?」

「Dクラスの高橋茜です。今回の試験について、提案させていただきたいことがあります」

 

涼野は茶柱副校長とアイコンタクトをとった後、「よかろう」と高橋に伝えた。

 

「今回の試験の受験者、霧咲勝真君はスポーツの経験がほぼない上に、階段から落ち怪我をしています。どう考えてもこのまま試験を開始するのは平等ではありません」

「ああ!?だったらなんだ?俺が手加減でもすればいいのか?」

 

杉森が挑発するが、高橋は気にも留めない。

 

「試験を平等にするために、Cクラス側に一つ条件を提示します」

「条件?」

「霧咲君が勝利した場合、Dクラスの要求を2つ聞いてもらいます」

「要求とはなんだ?」

「それを今言うと、試験に支障をきたす可能性がありますので、霧咲君が勝った場合にお話しします」

「だそうだが、Cクラス、どうする?」

 

涼野がCクラス側に尋ねると、すぐに伊野ヶ浜が返答する。

 

「うちらはかまいまへんで。なあ、杉森はん?」

「もちろんです!俺がこんな奴に負けるわけがない!」

 

「わかった。高橋、お前の提案を受け入れよう」

 

そう言って涼野が指を鳴らすと、急に体育館の中央の床が動き出した。ごごごという音とともに、床が開き、下から何かが出てきた。

 

「おいおい……こりゃすげーな……」

 

杉森が感嘆の声を上げている。下から出てきたのは、よくテレビなどで見かけるボクシングのリングだった。流石2030年の最先端技術を取り入れた学校、ということだろうか。

 

「霧咲、杉森。お前たちには向こうでハーフパンツとグローブを身につけてもらう」

 

ハーフパンツということはテレビで見るように上半身は裸になると言うことか。それは少し拙いな。そう思いながら用意された更衣室へと向かう。

 

「すみません、あまり人前で肌をさらしたくないので、tシャツ着ててもいいですか?」

 

更衣室の前で俺は涼野に聞く。

 

「ふむ。わかった。では念のためボディチェックを行う。問題無ければtシャツの着用を許可する」

 

涼野が体育教師に呼びかけようとするが、そこへ須藤がやってきた。

 

「ボディチェックなら俺がやってやるよ」

「……そうですか。では須藤さん、お願いします」

 

その後、ボディチェックは特に問題なく終わり、俺はtシャツにの着用を許可された。

 

「それでは、両者、リングへ」

 

その声に応じて、俺と杉森はリングへ上がる。

 

「体調管理の為、お前たちのネクストリングからデータをコピーする」

 

 

やっとこのリングの出番か。今まで時計くらいにしか使っていなかったためすっかり忘れていたが、本来このリングはネクストポイントと密接な関係にある。交換試験で使われないわけがないか。

しばらくするとデータのコピーは終わったようで、レフェリーと思われる人物がリングに上がってきた。

 

「それでは、第一ラウンドを開始する。両者、準備はいいか?」

 

俺は頷く。

 

「はは!覚悟しろよムシケラ!今日でお前の学園生活は終わりだぜ!」

 

杉森のその言葉を了承と判断したのか、レフェリーが笛を鳴らした。それと同時に杉森が一気に距離を詰めてくる。フォーム、フットワークどれをとってもとてもきれいだ。

そして先制パンチ。オレはなんとかガードするが、かなりの衝撃が腕に響く。それと同時に、腕のアザに鈍い痛みが広がるが、杉森の連続攻撃はそんなことを考えさせてくれる余地もない。なんとかガードを続ける。

 

「ほー、ムシケラにしてはなかなかいい動きじゃねえか!」

 

調子に乗った杉森はそんな煽りを飛ばしてくる。それから二、三発しのいだところでオレは後ろへ下がり、距離をとった。

 

「おお!いいぞ霧咲!反撃だ!」

 

リングの外から檜山らしき声がするが、生憎オレは反撃する気は無い。そのまま手を上げる。

 

「降参します」

 

その発言に落胆の声が聞こえるが、レフェリーはそこで試合を止めてくれた。オレは一端リングの端へ移動し水を飲む。

 

「へっビビったか!どうやらこのまま楽勝ムーヴのようだな!所詮ムシケラはムシケラってこった!」

 

杉森は大笑いする。その間にオレは周りの様子を確認する。Cクラスの生徒は笑ったりしながらオレの方を見ている。Dクラスの面々も落胆した様子だ。山崎と泉は心配そうな表情をしている。楪は相変わらず笑顔のままだ。よし、取りあえず第一段階は完了だ。誰がどう見てもオレは腰ぬけのヘタれだ。

 

そして第2ラウンドが開始される。杉森は最初と同じく一気に詰め寄り、パンチを出してくる。第一ラウンドを見た観客からは、オレがまたガードするように見えるだろう。だが、オレのとった行動は――

 

「えっ!」

「は?いまどうなったんだ?」

「杉森が、外した?」

 

杉森の拳はオレのほほを掠めたが、そのまま通り過ぎ空を切った。その後も杉森はパンチを繰り出すがそれは全てオレのぎりぎりを通り過ぎる。

 

「クソっ!なんで当たんねえんだ!」

 

杉森の攻撃をかわしながら、オレはレフェリーの方を見る。そのレフェリーはというと、杉森の方をじっと見ている。理由は簡単だ。今この状況で、オレがパンチをかわしていると認識出来ているものはほとんどいない。大半は杉森がパンチを外しているようにしか見えない。それはオレがパンチを紙一重でかわしているからに他ならない。須藤とのリハビリも案外役に立ったようで、当初よりオレの体は言うことを聞いてくれる。

 

「ストップ!このラウンド、霧咲勝真の勝ちとする!」

「はあ!?なんでだよ!まだどっちも倒れてねーぞ!」

「杉森君、君は一度目の検査をしてもらうよ」

 

あれだけパンチを外せば、誰だって杉森の不調を疑う。レフェリーはその原因が目にあると判断したらしい。どちらかが試合続行不可能と判断された時、そのラウンドは終了する。副校長が言った通りだ。

杉森はわめきながらもリングを降り、医療班に目を検査される。とはいっても結果は分かり切っている。問題なしだ。

 

「んだよ!ふざけんな!1ラウンド無駄にしちまったじゃねーか!」

 

悪態をつきながら杉森はリングへもどる。本人は気付いていないだろうが、先ほどのラッシュでかなり息が上がっている。

 

「それでは第3ラウンド、開始!」

「おら!いくぜムシケラ!」

 

ここまでくればもう問題ない。杉森、確かにお前は運動能力に秀でている。パンチもかなりのスピードと威力だった。

だが、それは――

 

「ぐほおおおおお!」

 

それは――普通の人間の力でしかない。

 

 

オレがはなったパンチは杉森の顔面にヒットし、杉森は大きく倒れた。

つまり、オレの勝ちだ。

 

「……」

「……」

「……き、霧咲君の勝ち?」

 

朝日がぽつりと呟く。

 

「お、おおおおおお!霧咲の勝ちだああああ!」

 

それを皮切りにDクラスの面々が大歓声を上げた。檜山と高円寺がリングに飛び込んでくる。

 

「すげーぞ霧咲!あの脳筋野郎を倒したぜ!」

「たまたま杉森が不調だっただけだろ。運だよ」

「運も実力のうちだぜ!」

「そうだよ霧咲君!あの怪我でよく頑張ったよ!」

 

高円寺は涙目になりながら喜んでいる。それをみて、オレはひょっとしたら笑っているkかもしれない。

 

「っ!?」

 

それと同時に、急に全身から力が抜けるのを感じた。なんだ?何がおこった?訳が分からないまま俺は高円寺の方へと倒れた。

 

「き、霧咲君!?大丈夫かい?」

「あ、ああ。気が抜けたみたいだな。ちょっと肩を貸してくれ」

「う、うん」

 

高円寺と檜山に肩を貸してもらい、俺はリングを降りる。

 

「待てよ?霧咲が勝ったってことは、Cクラスに昇進じゃねーか!」

 

檜山の声に辺りがざわつく。負けたら退学ということに意識が奪われてはいたが、これは「交換」試験。当然クラス入れ替えがおこる。

 

「そ、そんな!俺がDクラスに……?いやだあああ!」

 

喜ぶ檜山たちと対象的に杉森は頭を抱えてわめいている。しかし、非常にもCクラスから杉森に駆け寄る生徒はいない。

 

「い、伊野ヶ浜さん……」

 

杉森は伊野ヶ浜の方を見る。

 

「ふ、ふふふ」

 

だが、伊野ヶ浜は不敵にも笑い出した。

 

「はははははは!おもしれえじゃねえか!まさか格下に勝負挑んで負けちまうとはなあ!はーまじでウケるぜ!」

 

伊野ヶ浜の急な変化にDクラスの生徒は何が起きているか全く分からないようだが、俺は憶えている。手塚ともめていた時の伊野ヶ浜に似ていた生徒もこんな雰囲気だった。つまりあれは伊野ヶ浜本人で、それが伊野ヶ浜の本性だったのだ。

 

「伊野ヶ浜さん……!俺は!」

「負けは負けだ。お前は今日からDクラスの落ちこぼれってわけだ!」

「待ってもらえるかしら?」

 

笑い続ける伊野ヶ浜にたいして、高橋が落ち着いた様子で話しかける。

 

「何だよ?勝負はお前らの勝ちだ。もっと喜べよ?」

「忘れていないかしら?私が条件を出したことを」

「ああ、要求を2つ聞けってやつか?いいぜ言ってみろよ」

 

高橋はその言葉に対して複雑な表情をしながら答える。

 

「まず、今回の試験によるクラスの入れ替えを無効にしてもらうわ」

「は?それじゃあお前らにプラスは一つもないぜ?」

 

Cクラスの誰かがそう尋ねる。

 

「その代わり、Dクラスの手塚優正君をCクラスに昇格させてもらいます」

 

その言葉に体育館は沈黙する。誰ひとりとして高橋の意図がつかめていないからだ。

 

「どういうことだ?」

 

伊野ヶ浜が尋ねる。

 

「高橋、説明をしろ」

 

涼野の言葉に高橋は話を続ける。

 

「まず、手塚君は課題も提出せず、現在授業を放棄しています。つまり、彼にはDクラスで学ぶ意志がありません」

 

果たして手塚に意志が無いかは分からないが、そう捉えるのが普通だろう。

 

「そして、今回の試験。Dクラスの受験者はランダムに決められたはず。つまり、Dクラスの誰でも試験を受ける可能性はあった。さらに、怪我をした霧咲君でも勝利できたことを考えれば運動が得意な手塚君なら勝利の可能性は高いでしょう」

「つまりお前は、霧咲が試験によって得た権利を全て手塚に譲るということだな?」

「そういうことです」

 

高橋の出した条件に対して、教師陣はざわめきだす。おそらく、この前代未聞の提案がルール上まかり通るのかを議論しているのだろう。すると、茶柱副校長が手を上げた。

 

「高橋のだした条件は学校のルールには違反していない。そしてCクラスはそれを容認した。後は霧咲の返答次第だ」

 

その問いに対する答えは決まっている。

 

「俺はそれで構いません」

 

こうして、手塚はCクラスに昇格となり、杉森のネクストポイントの7割が譲渡されることになった。

 

***

 

「いやあ、それにしても霧咲が勝ってくれてよかったなあ!」

 

帰り道、檜山が嬉しそうに話す。

 

「そうだね。手塚君がCになったからポイントもマイナスされないしみんな授業に来てくれるね!」

 

朝日もとてもうれしそうだ。

 

「でも。どうなんだろう。本当に手塚君を無理やり昇格させてよかったのかな……」

「気にすんなよ高円寺!あいつはどうやったって更生なんてしねーよ」

 

檜山が高円寺の肩を叩く。そしてその三人の後ろを歩く俺と高橋は特に何も発言しない。

まあ、いつもどおりだ。

 

「まて」

 

唐突にうしろから呼ばれた気がして振り返ると、そこに立っていたのは涼野と楪、そして数人の生徒だった。この感じからして、生徒会の面々だろう。

 

「なんですか会長。俺らこれから寮で打ち上げするんですけど」

「すまない。用件はすぐに終わる。すこし我慢してくれ」

 

そう言って涼野は俺の方へと近づいてくる。俺の目と鼻の先に立ったところで涼野は俺のシャツをまくりあげた。

 

「きゃっ!」

「まあ!」

 

朝日と楪が声を上げる。だが涼野はそんなことは気にしていない様子だった。

 

「霧咲、お前は階段から落ちて怪我をしたと言ったな?」

「そうですね」

「階段から落ちて怪我したのが腕と足だけだというのか?」

「……」

「え?どういうこと?」

 

朝日が全くわからないと言った表情をする。それは檜山も同じようだった。高円寺と高橋は把握しいるだろう。

 

「つまりですね」

 

楪が説明する。

 

「霧咲君は階段から落ちてなどいなかった、ということです」

「ええ!そうなの霧咲君!」

「彼の怪我は全て手塚君を昇格させる条件をのませるためのフェイクだった。とはいっても腕や足、顔の傷は本ものみたいですけど」

 

楪の視線は高橋に向いたようだったが、すぐに俺の方へともどってきた。

 

「つまり、すべてお前の手のひらの上だったと言うことだ。須藤さんとのリハビリもただのフェイクだった。そうだろう?」

「どうでしょうね」

「霧咲、俺はこう見えても観察力には自信がある」

「それがなにか?」

「お前は嘘をつく時、左肩がわずかに上がる。以前話した時もそうだった」

「以前?」

「そう。お前に初めて会ったとき、お前にいくつか質問したのを憶えているか?」

「まあ、一応」

「その中にも嘘があった。それは、『お前は学園によってDクラスに配属された霧咲勝真、で間違いないか?』という質問と『入学試験。どの教科が難しいと感じた?』という質問への答えだ」

「何故嘘だと?」

「何故?それは―――」

 

 

「お前は入学試験を受けてないからだ」

 

 

 

***

 

某日、ロンドンにて。

 

「つーわけで、あいつは難なく突破したみたいだぜ?」

 

耳に当てる携帯からは須藤健の声が聞こえてくる。最近は全くあっていなかったので随分懐かしく感じる。

 

「もう一つの件はどうだ?」

「あーわりい、そっちは収穫ゼロだ」

 

須藤は申し訳なさそうに言う。こういうところはあの時より格段に成長してるな。堀北さまさまだな。

 

「んじゃあ、そろそろ飛行機の時間だから切るぜ?」

「ああ。また何かあったら頼む」

「お前たちもたまには戻ってこいよ?」

「気が向いたらな」

 

そう言ってオレは電話を切り、ホテルのロビーを出る。

 

「お疲れ。須藤君なんて?」

「霧咲勝真に関しては問題ないそうだが、もう一つは収穫なしらしい」

「そっかー。じゃああたしたちが行くしかないかな?」

「そうだな」

「日本に帰るの久しぶりだな~」

 

隣を歩く軽井沢恵はうきうきした様子だ。ここのところ忙しかったからな、仕方ないか。

 

「それじゃあいこっか。清隆」

「ああ」

 

 

綾小路清隆はその晩の飛行機でイギリスを後にした。

 

 

 

 



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16話 祝杯をあげよ、そして自らを戒めよ

「お前は入学試験を受けていないからだ」

 

涼野が言い放った言葉を理解できたヤツは今この場にどれほどいるだろうか。当人である俺、発言した涼野、そして楪と生徒会の何人かは分かっているだろう。だが、他の人物、特に高円寺たちDクラスの面々は全くもって理解できていないようだった。

遅かれ早かれ誰かにばれるだろうとは思っていたがいくらなんでも早すぎる。情報源はどこだ?この学園でオレについて詳しく知っているであろう人物はほぼいない。しいてあげるとすれば堀北先生や茶柱副校長、そして手塚。だが仮にも教師である彼女たちがそれを生徒に話すことはあり得ないし、手塚に関しては生徒会と一切関係が無い。となれば「アイツ」が手塚に?いや、このことが広まって不都合なのは他でもない「アイツ」だ。ということは出所はオレと全く関係ないところだろう。

 

「どういうこと?試験を受けてないって、それじゃあ霧咲君がこの学校にいるのはどうして?あれ?んー。んん?」

 

朝日は必死に頭を捻っている。檜山や高橋、高円寺も同じようだ。

 

「どうして、そう言いきれるんですか?」

 

おそるおそると言った感じで高橋が尋ねる。

 

「お前は気付いているんじゃないのか?高橋。霧咲がDクラスに配属されるような人物ではないということが」

 

涼野は表情一つ変えないが、高橋は違う。得体のしれないものを見るような眼でオレを見る。

 

「どういうことだ?全然わかんねーよ?」

 

檜山が高橋にそう尋ねるが高橋は答えない。いや、答えられないのだ。それはおそらく、恐怖という感情が高橋を支配しているからだろう。

 

「仕方ない。ここにいる者には順をおって話そう」

 

涼野が話しだす。

 

「まず、今楪の隣にいる生徒会副会長の西影茂(にしかげ しげる)は類まれなる記憶力の持ち主だ」

 

楪のとなりにいた女子生徒が手を上げる。こいつが西影らしい。

 

「それが何の関係があるんですか?」

 

朝日が疑問の声を上げる。

 

 

「まあ待て。話を分かりやすくするためだ」

 

涼野はそう言って西影に合図を送る。すると西影はゆっくりと口を開く。

 

「『今回の試験の受験者、霧咲勝真君はスポーツの経験がほぼない上に、階段から落ち怪我をしています。どう考えてもこのまま試験を開始するのは平等ではありません』」

「!?」

 

それは数時間前に高橋が交換試験の場で言った言葉だった。それもカンペもないのに一言一句違わない。これで西影の記憶力は証明されたことになる。

 

「そして、西影は入学試験に試験官の一人として行っていた。だが、西影は試験会場で霧咲勝真という生徒を見ていない。尚、この学校の入学試験は年に一回、決められた日時でしか行われない」

「そ、それじゃあ霧咲はどうやってこの学校に……?」

 

檜山がオレに尋ねるように言う。

 

「それは本人に答えてもらおう。霧咲」

「……」

「沈黙は肯定として受け取っていいのか?」

 

涼野の声は冷淡だ。さて、どうするか。もう何と答えても100パーセント言い逃れはできないだろう。となると……

 

「……そうだ。俺は入学試験を受けないでこの学校に入学した」

 

俺が素直に答えることが意外だったのか、涼野の表情が少し崩れた。

 

「で、それがどうした?試験を受けていなくても俺の入学は学校が承認している。つまりなんの問題もない」

「いったんその話は置いておく。まだお前の友人たちに対する解答が終わっていない」

 

涼野は再び説明を始める。

 

「高円寺斉人。前回の中間テストでDクラス全員が満点をとったのはお前が策を労したからか?」

 

急に話を振られ、高円寺はわずかに動揺したが、すぐに答える。

 

「はい。俺がやりました」

 

だが高円寺。その時点でもうアウトだ。お前は答えるべきじゃなかった。

 

「本当は霧咲がお前に助言したのではないか?」

「いいえ。俺が考えました」

「残念だが高円寺、それは嘘だ。どうやらお前は嘘をつくと右足が少し動く」

「っ!?」

 

高円寺はとっさに足元を見る。

 

「高円寺、お前は少し純粋すぎる。今の反応でお前が嘘をついたことが確定した」

 

カマをかけられていたことに気付き高円寺は唇をかむ。だが、ここまで聞いても朝日と檜山はわからないようだ。

 

「つまり、あの中間試験で策を労したのは本当は霧咲だった。そして今回の交換試験で高橋が提示した条件も、霧咲が考えたものだ」

 

ようやく理解したのか朝日たちも驚いた様子を見せる。

「霧咲、俺たちが問題にしているのはどうしてお前が入学できたかでは無い。お前が一体『何者』なのかということだ」

 

涼野の言葉に、この場にいる全員の視線が俺に向けられることとなった。

答えるべきだろうか。いや、答えても多分こいつらは理解できない。というよりは信じないだろう。だが、俺は檜山たちの方を見る。こいつらがどう思っているか分からないが少なくとも俺にとってはこいつらは初めてできた友達だ。それなのに、こいつらを欺き続けていいのか。朝日も檜山も、高橋も高円寺も、俺にとって大切な存在だ。

 

 

 

 

 

でも、オレにとっては道具でしかない。

 

 

 

 

「お、おい霧咲?」

 

檜山の声が頭に響く。答えなくては。そう脳が命令を下し俺は口を開く。

 

「俺は……」

 

全員が俺の言葉に耳を傾ける。

 

 

「俺は……オレは……お、俺は……」

 

その瞬間、頭に大きな衝撃が走り、俺の意識は消えた。遠くで高円寺が呼んでいる気がしたが、それは俺の脳には認識されなかったようだ。

 

***

 

『勝真。お前は今から完璧な存在になるのだ』

 

 

「アイツ」の声がする。俺は薄暗い部屋でベッドに横になっている。いや、ベッドに拘束されていると言うべきだろうか。部屋の中にはたくさんの機械が置かれ、白衣を着たたくさんの人間が俺の事を見ている。

 

『それでは、これより最終段階に入る。これにより、私たちの計画はついに形となるのだ!』

 

そう言って笑う『アイツ』を、遠くなる意識の中で俺は見ていた。そんな俺が思ったことはたった一つ。

 

 

いつか、お前に復讐してやる。

そう誓い、俺は目を閉じた。

 



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17話 人が環境を荒らすのか、環境が人を荒らすのか

部屋に鳴り響くアラームの音で俺は目を覚ます。いつもと変わらない朝が今日もやってきた……らいいのになあ。隣のベッドにはルームメイトである高橋の姿は無い。あの交換試験の日以来、高橋は朝日の部屋に泊っている。朝日のルームメイトも承諾してくれているようなので、それ自体は問題ない。問題はその理由だ。あの日、涼野たち生徒会によって明らかにされた俺に関する情報。そして倒れた俺。この二つが原因で、高橋は俺をかなり警戒している様だ。高橋だけじゃない、接してくれてはいるが檜山や朝日も今までの態度とはやはり違う。つまるところ、俺は半ボッチから真ボッチにランクアップしたわけだ。

備え付けの洗面台で顔を洗い、制服に着替えて鞄を持ち食堂へと向かう。

食堂はDクラスの生徒の話声でにぎわっている。交換試験で高橋が提案した条件のおかげでポイントマイナスの根源であった手塚がいなくなったことで、授業を放棄する生徒はいなくなった。そして、先日行われた期末テストもDクラスの全員が受験した。よくわからないが、期末テストではポイントのマイナスは行われず、最下位の生徒にもネクストポイントが与えられていた。これをラッキーと考えるのは簡単だが、今後の為に学校がサービスしてくれたということかもしれない。まあ、あと2週間もすれば夏休みなんだし、ネクストポイントに関して心配はしなくてもなんとかなるのかも。

そう考えながら俺はおばちゃんから今日の朝食をもらって席に着いた。今日は生姜焼きか。以前のままなら檜山が生姜焼きの素晴らしさを語ってくれるのだが、檜山は俺とは離れた席でクラスメートと話している。朝日と高橋も別の席で食べている。

一瞬高橋と目があったが、すぐにそらされてしまった。

 

「霧咲君、向い座ってもいいかな?」

 

唐突な来訪者に玉ねぎをのどに詰まらせそうになったが、なんとかなった。箸をおき、相手を確認すると、高円寺だった。その後ろには高円寺のグループの男子が一人いる。高円寺はあの一件のあとも定期的に俺に話しかけてくれる。クラスの仲間を放っておけないと言うことだろうか。それはさておき高円寺は笑顔だが、グループの男子は少し真剣な面持ちだ。

 

「ああ、好きにしてくれて構わない」

「ありがとう」

 

高円寺たちは俺の向かいに座って食事を始めた。しばらく無言のまま、双方の箸が進む。

 

「えっと、何か用があって俺のところに来たんじゃないのか?」

「あ、ああそうだね。ほら、拓哉」

 

高円寺は隣の男子、拓哉の背中をたたく。

 

「えっと、その前に名前、教えてくれないか?」

 

今のところ拓哉という名前しかわからないが、俺にファーストネームで呼ばれることを嫌がるかもしれないしな。

 

「ちょ、まじかよ霧咲クーン俺たち友達だろ~?名前忘れるとかないわ~」

「お、おう。ごめん」

 

この男子と直接話したことはほとんど無いが、高円寺のグループとシショッピングモールにいった時なんかにかなり馴れ馴れしい感じだったのは憶えている。ただ、高円寺とは違う意味で別世界の住人だと思って名前を聞くことは無かった。

 

「霧咲君、彼は草薙拓哉。俺の友人でサッカー部だ」

「そうか。よろしくな草薙」

「よろしくっつーかもうよろしくしてんじゃ~ん。なあ?」

 

このままだと遅刻しかねないな。取りあえず話しをすすめるか。

 

「それで、草薙はどうしたんだ?」

「えっとそれは本人から聞いてもらうよ」

 

とのことなので俺は草薙の方を向く。草薙は辺りを気にしながら小さめの声で話し出した。

 

「あのさ、霧咲クンって高橋さんとは別れたん?」

「は?」

 

草薙の言葉の意味が分からなかった俺は取りあえず味噌汁を飲みながら具の豆腐と一緒に咀嚼する。

 

「いやちょっと霧咲クン落ち着きすぎでしょ~」

「急にそう言う事言われて困ってるんだって、少し段階を踏んで話せって」

 

高円寺の言うとおり、段階を踏んでいただきたい。が、取りあえず質問の内容は理解した。

 

「以前も似たような話をしたと思うが俺と高橋は付き合ってないぞ。別れる以前の問題だ」

「いやでもさ、交換試験のときとか、高橋さんめっちゃ霧咲クンのフォローしてたじゃん

?どうみても付き合ってるでしょ~」

「いや、どういう理屈だよ……」

「でも最近は高橋さん、霧咲クンのこと避けてるみたいだし、別れたんかなーって」

 

結局付き合ってる前提は変わらないのか……。取りあえず高円寺に助けを求める。

 

「だから言ったろ拓哉。二人は付き合ってないってさ」

「うーん、まあこの感じだと斉人クンの言う通りかー」

「それで、話しは高橋についてか?」

 

その言葉に草薙は目を見開く。

 

「え!?なんでわかんの?霧咲クンエスパーかよ~」

「今の流れで急に今日の晩御飯の話しとかにはならないだろ」

「ちょ、それウケるわ、霧咲クンユーモアセンスまじ神ってるわ~」

「おい、拓哉。早く話さないと学校に遅刻するぞ?」

 

高円寺のフォローが無かったら延々とこのノリに付き合うことになっていたと考えると恐ろしい。

 

「実はさ、俺、高橋さんにマジなんだよね」

 

草薙は真剣な表情で俺に告げる。

 

「それは、恋愛感情があるってことか?」

「そう、そゆこと。んでさ、霧咲クン高橋さんの好みとか知んない?」

「知らない」

「ちょ、即答とかマジかよ~ちょっとでいいから教えてくれよ~霧咲パイセン~」

 

なんだかこのテンションに酔ってしまいそうだ……。そもそも高橋の好みなんて俺が知るわけないだろ。ただのルームメイトだぞ?いや、今は別の部屋だからもはやそれですらない。

 

「霧咲ク~ン」

「……そういえばよく図書館に行ってるらしいし、文学男子とか好きなんじゃないか?」

「なるほ、文学男子か!霧咲クン、アザス!よーし今日から図書館通っちゃいますか!」

「まあ、頑張れ」

 

そう言い残して俺はお盆をもつ。話している間に全部食べてしまったせいで生姜焼きの味について考えることができなかったのは残念だが、取りあえず腹は膨れたな。

 

「あ、霧咲君!」

 

高円寺の言葉に振り向く。

 

「なんだ?」

「あ、いや……何でもないよ。それじゃあ学校でね」

「おう、後でな」

 

 

***

 

後でな、なんてのは単なる社交辞令でしかない。行けたら行く、くらいのものだ。だから、教室に入ってから高円寺はおろか俺に話しかけてくる生徒は0人だ。もしかして、こないだの交換試験のボクシングで勝った事でやばいやつだと思われているんだろうか。いや、だが俺のフェイクは完ぺきだったはずだ。

つまり、答えはひとつ。特に俺に興味が無いだけだ。よくよく考えると俺は檜山たち以外のクラスメイトの事を何一つ知らない。性格は愚か名前すら。それなのに話しかけてもらおうってのは、虫が良いか。

 

そう考えているとチャイムが鳴り、いつも通り堀北先生が入ってくる。

 

「おはようございます。これから朝のホームルームを始めます」

 

教室内は静かになる。手塚の一件で下がったクラスポイントを取り返すために、Dクラス全員が少しでもポイントを上げようとした結果だ。それを見て堀北先生は黒板になにかを書き出す。

 

「もうすぐ1学期が終わるので最終決算前のポイントを発表します」

 

その言葉に生徒たちは息をのむ。一学期ではもうクラスポイントが増える行事は無い。となればこれはほぼ最終結果発表と同じだ。

書きだされた数字を上から見て行く。

 

Aクラス 1730

 

Bクラス 1450

 

Cクラス 650

 

Dクラス 570

 

これは……随分離されたな。特にBクラス以上とCクラス以下の壁が大きい。Cクラスのポイントが低いのは以前先生が言っていた手塚との暴力事件のせいだろう。

だが、生徒たちの目は死んではいない。むしろ手塚の件の時より200ポイントくらい増えているわけだし、まだ一年の1学期、チャンスはいくらでもある。

その後、堀北先生はホームルームを終え、教室を後にした。しばらくたってチャイムが鳴り、1時間目、古典の雪坂先生が教室に入ってきた。

 

「はいみなさん。今日もやっていきましょうかね」

 

授業が始まっても、生徒たちの真面目な姿勢は変わらない。後2週間、されど2週間だ。1ポイントたりとも無駄にはできない。

 

「ええ、そしてここの表現は春が来たことの比喩表現でして――」

 

先生が指示棒を使って説明していると、急にガタン、と大きな音がした。流石に生徒全員が音の方へと視線を向ける。俺も振り返ってみると、朝日の隣の女子が椅子から落ちて倒れていた。

 

「ま、麻優佳(まゆか)ちゃん!大丈夫!?」

 

朝日がかけより、その女子の体を起こす。周りがざわめくなか、雪坂先生がやってくる。

 

「佐藤さん?大丈夫ですか?」

 

しかし佐藤からの返事は無い。

 

「これは、ちとまずいですね。保健室に連れて行きましょう。誰か彼女を運んでくれませんか?」

 

男女ともに反応が無い。それもそのはず、Dクラスの教室から保健室へはかなり遠いのだ。それを人一人背負って行くのはかなりの重労働だ。

 

「わ、わたしが……」

「いやいや朝日さん、あなたの体格でそれは少し厳しいでしょう。しかたありません、ここは私が……」

「いえ、先生。俺が行きます」

 

ここで手を上げたのはやはり、というか当然高円寺だ。

 

「そうですか、では高円寺君お願いします」

「えー!高円寺君に運んでもらえるなんてうらやましー!」

 

女子たちが騒ぎだす。

 

「でも俺一人じゃちょっと厳しいかな。運んでいる間は俺は佐藤さんに気を配らないとだし、だれかいっしょに 来てくれないかな?できれば男子が良いな」

 

 

だが、男子のなかから声は上がらない。女子に合法的に触れるチャンスなのに、やはり遠いのがネックか。高円寺が困った顔をしている。仕方ない、高円寺は普段よくしてくれるし恩返しするか。

 

「俺が行くよ」

「ありがとう霧咲君。じゃあ行こうか。みんな、俺たちは大丈夫だから心配しないで授業を受けててくれ」

 

そう言い残して高円寺は佐藤をお姫様だっこする。それを見て女子の中から黄色い声がする。高円寺は苦笑いしつつ教室を出る。俺もそれに続く。

 

 

佐藤を抱きかかえながら廊下を歩く高円寺の横を歩きながら俺は話しかける。

 

「この子……えっと佐藤はなんで倒れたんだろうな」

「うーん。確かに今まで佐藤さんが倒れたことなんて無かったし、なんでかな?なにか私生活にストレスがあったのかな」

 

今まで普通に過ごしているように見えた人物が急に倒れる理由としては妥当なところか。

 

「それとは別の事なんだが、聞いてもいいか?」

「ん?なにかな?」

「高円寺は普通に話してくれるんだな」

「ああ、そのことか」

「普通、得体のしれない人間にそこまで優しく出来ないと思うんだが」

 

高円寺は俺の言葉を聞いて笑う。

 

「そんなことないよ。霧咲君の過去になにがあろうと、今俺の前に霧咲君がいる事実は変わらない。それに、霧咲君が中間テストの時に助けてくれなかったら交換試験で朝日さんや檜山君が退学になっていたかもしれない。その恩もあるし、前に俺が倒れた時に話聞いてくれただろ?そんな人が得体のしれないなんて思わないよ」

 

流石大企業の跡取り息子。心の広さが半端ない。そうこうしているうちに保健室の前へとやってきた。長い道のりだった気もするが話していたせいであっという間だったな。高円寺派手が離せなさそうなので俺がドアをノックするが、返事は無い。先生が不在のようだ。

 

「仕方ない、俺が呼んでくるよ。霧咲君、佐藤さんをよろしく」

「え、いや、俺が呼びに行けば……」

 

言う間もなく高円寺は佐藤を俺に渡して職員室へ向かって行ってしまった。後に残されたのは佐藤をお姫様だっこした俺だった。

 

「なんだ、この状況」

 

このまま佐藤が目を覚ました場合、俺は何と説明すればいいのだろうか。最悪ビンタもあり得るな。頼む、目を覚まさないでくれ。

 

「ん……んん」

 

俺の願いは神には届かなかったようで、佐藤は目を覚ましてしまった。まぶたをこすっていた佐藤だったが、だんだん意識が覚醒してきたようだ。

 

「……え?」

「おはよう、佐藤」

「え!?ええっと、わ、わたし今浮いてる!?」

 

慌てながら状況を確認する佐藤だったが、ついに完全に把握できたようで、顔を真っ赤にしている。

 

「はわわわわ!き、霧咲君!?え、でもお姫様だっこ……ええ!?」

「落ち着け、頼むから落ち着いてくれ」

「は、はい!だから下ろして!」

「お、おう」

 

暴れる佐藤を怪我しないようにゆっくりと下ろす。佐藤は尚も顔を真っ赤にしている。高円寺のままだったらショック死していたかもしれないな。

 

 

「え、えっと霧咲君、いま、どういう状況なのかなっ?」

「憶えてないのか?授業中に倒れたんだぞ?」

「え!?そうなの!?げほっ」

「やっぱり体調不良か。なにかストレスでもたまってたのか?」

「う、ううん。そういうわけじゃ……」

 

佐藤が言いかけるのと同時に高円寺が先生を連れて戻ってきた。

 

「おそくなってごめんね……あれ佐藤さん気付いたんだね?」

「あ、う、うん……」

「まあ急に倒れた訳だし一応先生に見てもらった方が良いんじゃないか?」

「そうだね、俺たちもここで待ってるからしっかり見てもらいなよ」

 

高円寺と俺の言葉に頷いた佐藤は保健室へと入って行った。

その間、特にすることもない俺は学生証端末でクラスポイントを眺める。AからDクラス全てのポイントが変動しているということは、現状全クラスがクラスポイントを重視していることに他ならない。交換試験もあれ以来起きていないしな。となると楪や山崎、伊野ヶ浜がクラスをうまく回しているということか。

 

「なあ、高円寺―――」

 

俺が言いかけたところで大きな足音が聞こえた。

 

「ハッハッハ!このスクールも随分と変わってしまったようだねぇ」

 

 

その声の主は、隣にいる高円寺と同じ、綺麗な金髪をしていた。

 

 



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18話 先人と戯れる、その意味を理解しろ

「と、父さん!?」

 

高円寺がそう発したのはどう考えても聞き間違いでは無かった。そしてそれを疑う余地もなかった。やってきた人物の体格や顔つきは高円寺に似ていたし、何より日本人であの金髪がそうそういるとも思えない。そう考察しているとその人物は高円寺の方へぐいぐいと近づいて行き……抱きしめた。

 

「ハッハッハ!元気だったか愛する我が息子よ!」

「と、父さん!苦しいから!こんなところでやめてよ!」

 

そうは言っているが高円寺の表情は晴れやかなもので、俺が今まで見てきた中で一番うれしそうだ。どうやらこの親子はかなり仲がいいらしい。

 

「フフン、その分だと大丈夫なようだ。ソーリーマイサン、久しぶりの再会に心が躍ってしまってね」

 

その親バカ加減に俺が呆れたような視線を向けているのに気付いたのか、高円寺が少し恥ずかしそうに俺に説明してくれる。

 

「霧咲君。こちらは俺の父で高円寺コンツェルンの総帥、高円寺六助だよ」

 

まあ、言われなくてもその顔や情報はネットで見たことがある。高円寺父はその紹介にドヤ顔を示してくる。なんというか、癖が強い。今までのやり取りらしてこの父親の遺伝子からよくこんな真面目な息子が生まれたもんだなと思ってしまうのは仕方ないんじゃなかろうか。

 

「父さん、こちらは俺のクラスメイトの霧咲勝真君だよ」

 

その紹介に高円寺父は興味深そうに俺を眺める。そしてふうっと息を吐くと、再び大きな声で話し出した。

 

「そうか、君は幸運にも我が息子と友人になれたようだねぇ。それは人生でまたとない幸運だ。誇りに思いたまえ、ミストボーイ」

 

ミストボーイとは俺のことか。おそらく霧咲の霧からとったんだろうな。

 

「よろしくお願いします。ゴールドヘアー社長」

 

相手があだ名で呼ぶ場合、自分もあだ名で呼ぶことで互いの距離が縮むんだと以前読んだ本に書いてあったし、これはボッチの俺としてはかなり上手い返しだろう。そう思い少し満足していたのだが、高円寺と社長は目を丸くしている。何かおかしかっただろうか。全く分からない。しばらくして、社長が笑い出す。

 

「ハッハッハ!この人生の中で他人にあだ名をつけられたのは初めてだねぇ。ミストボーイ、君は実にユニークだ。これからも我が息子と友人でいることを許可しようではないか」

 

もしかして大失敗したのかと危惧したが、社長は喜んでくれたようだ。何というか、裏表が無くて今まで見てきた大人のなかでトップクラスに親しみやすいな。

 

「ところで父さん、どうやってここに?確か家族でも長期休み以外は学校に出入りできないはずだけど」

「良い質問だ我が息子よ。そしてそのアンサーは単純明快だよ。この学校の卒業生は申請さえ済ませればいつでも入校出来るのさ」

 

そういえば社長もこの学校の卒業生だったな。以前体育の時に短距離走のベストタイム保持者の中に須藤と並んで名前を聞いた。

 

「そんなルールがあったんだ。でも、わざわざ申請までしてなんでここに?」

「少し用事があってねぇ。なーに大したことではないから心配ご無用だよ、我が息子よ」

「大した事だからわざわざ呼んだのだけれど?」

 

急に話に割り込んできたのは堀北先生だった。どうやら社長がやってきたのは先生の要請らしい。そういえば彼女と社長は同期だったか。

 

「おやおや、ひさしぶりだねぇツンデレガール」

 

その呼び名にあやうく噴き出すところだった。隣を見ると高円寺も少し口角が上がっている。

 

「あって早々、へんな名前で呼ばないでくれるかしら」

「そうかい?端的に君を表した実にハイセンスなネーミングだと思うんだが」

 

先生は大きくため息をつく。

 

「それはもういいわ。取りあえず応接室まで来てもらえるかしら?」

「了解だ、ツンデレガール」

 

そう言って社長と先生はその場から去って行った。再び俺と高円寺は佐藤を待つことにした。

 

「変わってるでしょ、俺の父さん」

 

高円寺が話題を提供してくれたので、俺もそれに乗っかることにした。

 

「そうだな」

「昔から唯我独尊って感じでさ。かなりの自由人なんだ。だけど父さんが社長に就任してから高円寺コンツェルンの業績は右肩上がりでね、俺の最も尊敬する人だよ」

 

珍しいな、高円寺がこんなに熱く語るなんて。気のせいか少し早口になっているようにも感じる。

 

「そうだな、俺もああいう大人になりたいもんだ」

 

すると高円寺は驚いたような表情をする。

 

「俺、なんか変な事言ったか?」

「い、いや。霧咲君が父さんみたいにって全然想像できないからさ」

「あくまで志だ。流石にあんなにしっかりはできない」

「霧咲君はどうして父さんがしっかりしてるって思ったの?」

「誰が相手でも態度が一貫しているからだな。普通の人間なら相手によって態度を変えたり、自分の本音を隠したりする。でも社長はそんな感じが一切ない」

 

高円寺は素直に感心しているのかうんうんと頷く。

 

「俺としては霧咲君が父さんにあだ名をつけたことに驚いたよ。今までそんな人はみたこと無かったからね」

「なんかまずかったか?」

「ううん。父さんも喜んでたみたいだし良いんじゃないかな?」

「そっか。ならよかった」

 

俺たちが話に花を咲かせていると、保健室の扉が開いた。佐藤が出てくるのだと思ったが、出てきたのは保健室の先生だった。

 

「先生、佐藤さんは?」

 

高円寺が尋ねると、先生はため息をつく。

 

「今はベッドで休んでもらっています。でも今日はもう早退した方がいいでしょう。かなり熱がありましたし」

 

そうなのか。さっき触れていた時はあまり熱を感じなかったが、平熱が低いということなのかもな。

 

「そうですか。じゃああとで女子の誰かに送ってもらうように頼みます。一日二日もあれば元気になりますよね?」

 

高円寺の見立てはいたって普通だが、先生は首を横に振る。

 

「通常ならそうなんですがどうにも彼女は体が弱いようで、今まで結構我慢していたみたいです」

 

まあ、Dクラスの教室はぼろくてホコリなんかもまってる。からだが弱い人からすれば劣悪な環境だ。それでも今までちゃんと授業を受けていたのだからそこは評価するべきとも言える。

 

「えっと、それじゃあ佐藤さんは?」

「一学期が終わるまでは安静にしていたほうがいいでしょうね」

「そんな……」

 

高円寺が落胆しているのは単に佐藤の容態が悪いからだけでは無い。1学期が終わるまで後2週間。登校日に換算して10日。その間佐藤が欠席するということは当然クラスポイントにも影響する。高円寺はそんなこと気にしないだろうがクラスメイト達は少なからず佐藤に否定的な感情を持つだろう。なにせせっかく団結してポイントを上げてきたのだから。

 

「すみません、体調不良の場合でも欠席はポイントマイナスになるんでしょうか?」

 

俺は念のために確認して見る。

「そうですね。学校のルールだと欠席に例外はありません。交換試験や特別試験などでも同様です」

 

特別試験?そんなものがあるのか。だがそれよりもこれで佐藤の欠席によるポイントマイナスが確定した。体調不良も自己責任というわけか。

 

「ほら、彼女の事は私にまかせて君たちは授業に戻りなさい」

「……はい。佐藤さんのことよろしくお願いします」

 

高円寺と一緒に俺も頭を下げる。

 

 

 

「みんなにどう説明しようね」

 

教室に戻る途中、高円寺が俺に尋ねてきた。佐藤を守ることも大事だが、そのためにクラスメイト達の頑張りを無駄にすることもできない。高円寺にとっては苦渋の決断だろう。

 

「取りあえず、佐藤が体調不良だって事は伝えたほうがいい。でも、2週間の欠席に関してはどうだろうな。取りあえず今は2日くらいってことにしてあとで容態が悪化したってことにするとか」

「やっぱり、その方がいいよね」

「問題は佐藤のルームメイトがそれを理解して協力してくれるかどうかだな」

「ああ、それは心配ないんじゃないかな?」

「え?」

 

高円寺が何故そこまで自信満々なのか、俺には分からなかった。

 

 



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19話 他に尽くすことは、自らに尽くしてもらう第一歩である

「というわけなんだけど、協力してくれないかな、朝日さん?」

 

昼休み、食堂。高円寺と一緒に尋ねた佐藤のルームメイトはなんと朝日だった。俺がクラスメイトに関して無知なのは知っていたがまさか朝日のルームメイトだったなんてな。

 

「うん。わかった!秘密にするよ!」

 

佐藤の件もそうだが、高橋を泊めてくれているのも朝日のやさしさゆえだな。そう思い朝日の方に視線を向けるも、あっという間に逸らされてしまった。

 

「それで?結局その場しのぎで根本的な解決になっていないと思うのだけど?」

 

朝日と一緒に昼食をとっていた高橋の発言に高円寺は苦笑いする。相変わらず言いにくいことをズバッという奴だな。

 

「そうだね。確かにこのまま放置したらよくない方向に事態が進むのは分かり切ってる。だから、俺たちで佐藤さんの体調回復の為に何かしてあげようよ」

「あ、それいいね!看病してあげたりおかゆ作ってあげたり!ね、高橋さん?」

「いや、私は……」

「よーし、ガンバろー!」

 

高橋の返答を待たずに朝日は話を進める。これで高橋も参加が決定した。

 

「よし、取りあえずこの四人でやっていこうか」

 

4人、という言葉に朝日と高橋は俺の方を見る。

 

「意外ね、あなたが人助けに参加するなんて。またなにか企んでいるのかしら?」

「ちょ、ちょっと高橋さん!」

 

朝日はまだしも高橋は俺への敵意と警戒が丸出しだ。まあ、こいつは俺が裏でしたことを全部知ってるわけだし、当然といえば当然か。

 

「別に大した理由は無い。行きがかり上参加することになっただけだ」

「どうでしょうね」

「そんなに警戒しなくても、なにもするつもりはないさ」

「それはそれでどうなの……」

 

高橋があきれた表情で俺を見ている間、朝日は何か頭を捻っていた。

 

「どうした、朝日?」

「え?ああ、うん。どうやったら麻優佳ちゃんの体調が良くなるかなって考えててね」

 

確かに、残り10日程度の期間すら登校しない方がいいといわれている彼女の体調をどうやってよくすればいいのだろうか、俺には想像もつかない。

 

「それでさ!美味しいもの食べたら元気出るんじゃないかな~って思ったの!」

「それはあなたが食べたいだけじゃないの?」

「うぐっ」

 

高橋の指摘に朝日は言葉を詰まらせる。だが、アイデアとしては悪くないんじゃないだろうか。例えば、Dクラスの生徒で今日まで体調を崩した生徒は佐藤以外いない。その要因の一つとして食事があるとしたら。以前檜山が言っていたが、食堂のおばちゃんの料理は健康をかなり意識しているらしい。

 

「いいんじゃないか。食事は元気の源だしな」

「だよね!じゃあ美味しいもの作戦でいこ~!」

 

朝日が視線で「ありがとう」と言ってきたので頷くことで返答する。

 

 

「となると食材と、後は作り方を調べないと」

「いや、高円寺。食材はともかく作り方は大丈夫なんじゃないか?」

「え?」

「うちのクラスには適任がいるだろ」

 

俺は食堂の中の一人の生徒に目を向ける。高円寺もその視線を追う。

 

「そっか!檜山君だ!」

「そうだ。実家が飲食店の檜山なら健康に良い料理も知ってるはずだ」

「へえ、檜山君って飲食店の息子さんなんだね」

 

そういえばその話をした時、高円寺はその場にいなかったな。俺たちに話題にされている事に気付いたのか、檜山が「何?」とジェスチャーで示してくる。

 

「俺たちは食べ終わってるから、檜山君に話してみるよ。二人ともお昼中に話聞いてくれてありがとう」

「ううん。何かあったら言ってね!」

 

朝日たちの向かいの席を立ち、俺たちは檜山の席へと向かった。こちらを気にしていたせいで檜山の周りの生徒は先に食べ終わり席を立っていた。ゆえに、檜山の周りはほとんど人がいない。ここだけ切り取ると俺と大差ないようにも見えるが、檜山は料理の話題でかなりコミュニケーションをとっているし、やっぱり俺とは違うか。

 

「どうした高円寺……と霧咲」

 

檜山も俺を警戒している状況に変化は無しか。まあ、高橋と違って表面上はいつもどおり接してくれてるわけだし贅沢は言えないか。

 

「実はね、内密にしておいてほしいんだけど……」

 

高円寺が檜山にいきさつを説明している間、俺はさっきの社長と堀北先生の会話を思い出していた。あの時、社長は大した事では無いと言っていたが、先生は大した用事だから呼んだと言っていた。社長クラスの人間にとっては大した事じゃないが先生からすれば重要ってことだろうか。以前の須藤もそうだが、休みの日でもないのに卒業生が出入りするのは何故か。須藤だって試合や調整があるだろうし社長だって普通は忙しいはずだ。となれば、彼らには共通の目的があると考えるべきだろうか。

 

「というわけで、檜山君の力を貸してほしいんだ」

 

考えていたら、説明が終わったようだ。果たして檜山の反応は。

 

「おう、いいぜ。俺の料理で絶対に佐藤を完治させてやるぜ!」

「ありがとう檜山君!助かるよ!」

「取りあえず放課後までによさげなメニュー考えて放課後食材買って調理と行くか!」

 

頼もしい限りだ。このまま檜山に任せていれば問題ないだろう。さて、昼休みもあと半分くらいしかない、少しやることもあるしここで失礼させてもらうことにしよう。

 

「悪い高円寺、次の時間の予習がしたいから先に教室に戻ってもいいか?」

「え?ああ、うん。構わないよ。それじゃあ放課後、モール行きのバス停に集合ってことでいいかな?」

「了解だ、それじゃあな」

「……」

 

檜山は黙って俺と高円寺の会話を聞いている。今、なにか疑われるような事を言っただろうか?そうは思っても本人に直接「お前、何を疑ってる」なんて聞いたらさらに溝が深まりそうだ。仕方ないので俺は特に何も言わずに食堂を出ることにした。

 

寮から校舎へ戻り教室へと向かっていると、廊下に何か落ちているのに気がついた。近づいて確認して見ると、一冊のノートだった。落し物のようだな。拾い上げ、パラパラとめくって中身を確認して見る。

 

「……これは」

 

取りあえずノートを閉じる。そして表紙を確認してみる。名前くらい書いてあるはずだ。だが表紙には1年Bクラスとしか書いていない、というよりは名前の部分が消えている。何か食べ物をこぼした跡がある。どうする?職員室に届けるべきだろうか。だが、落とし主としてはこのノートは一刻を争うのではないだろうか。そう思っているとノートに挟まっていたであろう一枚の紙が落ちてきた。

 

「写真?」

 

落ちてきたのは一枚の写真だった。写っているのは皿に乗ったチーズケーキ。1年Bクラスの生徒のノートにチーズケーキの写真。俺の少ない人脈から持ち主に該当しそうな人物を探し出すと、答えにたどり着くのは容易だった。

 

 

***

 

学校生活の中で、人間関係を構築するのはとても大切なことだ。授業を休んだ時にノートを見せ合ったり、スポーツなんかで切磋琢磨出来る友人がいることは、まさに青春の必須事項と言える。そして、その関係は時にクラス内だけではなく、他クラスとの間にも生まれる。体育祭や修学旅行で同じグループになったりして、そこからできる人間関係もある。

ただ、この高度育成高等学校のシステムからして、他クラスの生徒と仲良くするのは結構ハードルが高い。つまりなにが言いたいかというと、ボッチの俺が他クラスの生徒にノートを届けるというのは卒業論文で好きなアイドルについて語るくらい困難だってことだ。

そう思いながらも、俺はBクラスの教室へとやってきた。青い制服の生徒たちがにぎやかにしているのが目に入る。取りあえずドアの陰から目的の人物を探す。

……っといたな。

 

「おい!お前!」

 

後ろから唐突に呼ばれたので、振り向いてみるとそこにはBクラスの男子が3人立っていた。

 

「お前、Dクラスの生徒だな?Bクラスの偵察にでも来たのか?」

「あ、いや俺は……」

「怪しい奴め!取り押さえろ!」

 

理不尽にも俺は男子たちに拘束されてしまった。このままだと目的の事を達成する前に昼休みが終わってしまうな。さて、どうするか。

 

「どうしたの?教室の前で騒いだら駄目だよ?」

 

半開きになっていたドアが開く。

 

「や、山崎さん!」

 

そこに立っていたのは山崎だった。山崎は俺を見ると不思議そうに首をかしげた。

 

「霧咲君?何してんの?」

「何もしていなかったってのが正解だな」

「え、こいつ山崎さんの知り合いですか?」

 

俺を取り押さえていた手が取り払われ、男子たちが山崎に尋ねる。

 

「そうだよ。こないだみんなにも言ったでしょ?彼こそが交換試験でCクラスの生徒を打倒した霧咲勝真君だよ!」

「え、ええ!こいつがあの霧咲勝真!?」

 

急に男子たちがオーバーなアクションで俺の前に整列する。

 

「き、霧咲さん!手荒なまねをして申し訳ありませんでした!」

 

何だこの手のひら返し。コントか?俺が困惑しているのを察してくれたのか山崎が説明してくれた。

 

「この子たちはあの杉森君と同じ部活だったんだけど、彼の暴力的な態度に困っててね。霧咲君が交換試験で勝ってから杉森君が大人しくなったから感謝してるんだよ」

「そうなんですよ!ありがとうございます霧咲さん!」

「お、おう。というかあれは杉森の調子が悪かったからだぞ。山崎は知ってるだろうけど至近距離の相手にパンチが当たらない程だったんだ」

「それでも勝ちに変わりないですよ!」

 

大分俺を崇拝してくれてるようだ。まあ、内輪で言ってるだけなら全然いいんだが。

 

「ところで、霧咲君は何しに来たの?」

「あ、そうそう。これ、山崎のノートじゃないかと思ってな」

 

俺はノートを差し出す。すると山崎は目を輝かせる。

 

「わー!これ無くしたと思って探しまわってたんだ!見つけてくれたの?ありがとう!」

「どういたしまして」

「え?でもどうして私のだって分かったの?名前のところ汚れちゃってたのに」

「ノートに挟まってたチーズケーキの写真。こないだのお茶会でお前が同じの食べてるの思いだしてな」

 

俺の発言にたいして山崎は一瞬間をあけてから、すぐに笑顔に戻り、ノートを受け取った。

 

「なあ、山崎」

「なにかな?」

「ノートを拾ったからというわけじゃないんだが、質問に答えてもらってもいいか?」

 

山崎は頷く。その表情は少し険しくなっているようにも見えた。

 

「お前、料理って好き?」

「え?」

 

 

 



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20話 友人は信用せよ。しかしそれには相応の見極めが必要となる

「というわけだ」

「いや、どういうわけ!?」

 

朝日が鋭いツッコミを入れてくる。時刻は4時半、放課後。ショッピングモール行きのバス停で先にまっていた朝日たちの前に山崎を連れて行ったらこうなった。

 

「何か問題あったか?朝日は山崎と友達だろ?」

「そうじゃなくて、霧咲君と山崎さんって友達だったの?」

 

質問したら質問で返された。その質問に答えようと思ったが、果たして俺と山崎はどうい関係なのだろうか。先ほど教室で話した以外は交換試験の前とお茶会の時ぐらいしか話していない。ということは、顔見知りといったところだろうか。

 

「そうだよ~前にAクラスの楪さんが企画したお茶会で知り合ったんだ~」

 

友達だったらしい。これでボッチ脱却だな。

 

「まあ、山崎は食べるのも好きだが作るのも好きらしくてな、力になってくれると思って連れてきた」

「何だよ霧咲、俺一人じゃ不服ってことか?」

 

檜山が少し不満そうにしている。プライドを傷つけてしまったんだろうか。

 

「まあまあ檜山君。人数は多いほうがいいよ。それに料理に詳しい人が二人もいれば佐藤さんの為にもなるよ」

 

高円寺がフォローしてくれたので檜山もそれ以上は反論してこなかった。

 

「そうそう。食材を買うポイント、私も出すから仲間に入れてほしいな」

「……まあ、いいけど、お前料理どれくらいできるんだ?」

 

確かに、飲食店の息子である檜山と同等かそれ以上の実力が無ければ山崎がわざわざ参加する意味はほとんどない。当然の疑問だな。

 

「うーんそうだなあ。私の家は両親が共働きだったから弟たちに毎日作ってあげてたよ」

「期間は?」

「小学校2年生の時から中学卒業するまでかな。最近はお母さんの仕事が落ち着いたらしくてお役御免って感じ」

 

約8年か。しかも毎日となると単純計算で2920日。三食とすると8760食。それだけ作っているなら実力の方も折り紙つきだろう。

 

「そっか。それなら安心だな。俺は檜山優輝。よろしくな、山崎」

「うん!よろしくね!」

 

山崎はそういって手を差し伸べる。檜山は少し照れながらもそれに応じた。

 

「あ、バス来たね。行こうか」

 

 

バスに揺られること10分。ショッピングモールへと到着した。俺たちはすぐにスーパーに入り、食材を探しだした。とはいっても、俺や朝日は料理に詳しいわけでもない。檜山と山崎の後ろについて歩くだけだ。高円寺がその間を歩き、俺たちの会話を繋いでくれている。

 

「そういえば、高橋は?」

 

隣をあるく朝日に問いかける。

 

「高橋さんは図書館に用があるって言ってたよ」

 

また避けられたのか。こうも露骨に拒絶されると結構傷つくな。あ、でも図書館に行ったのなら草薙に会ってるかもな。頑張れ草薙。

 

「檜山君。結局何を作ることにしたんだい?」

「カレーだ」

「カレー?カレーって体にいいの?」

 

朝日が首をかしげる。確かに俺もカレーを体にいいという理由で食べたことはない。

 

「そうだよ。カレーに使うスパイスの中にはカプサイシンっていう消火を促す成分があったり、他にも入れるもの次第でダイエット効果や美肌効果もあるんだよ~」

「そういうことだ」

 

ほう、カレーにはそんな効果があるのか。たしかに日本人ならカレーは食べやすいだろうし、そこまで値も張らないため俺たちが払うポイントも多くはならないだろう。

取りあえず状況は把握できたな。後はこいつらに任せれば万事オーケーだろう。そう思い、俺はトイレに行くふりをしてスーパーを出た。とはいってもあまり時間をかけると迷子扱いされるだろうしさっさと用事を済ませよう。

俺は少し歩調を速めながら家電量販店へと向かった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「よーし、それじゃあ作ってくぞ」

 

エプロンを身につけ、腕をまくる檜山の様子はかなり絵になっている。そしてそれを見ている俺や高円寺は……まったく似合っていない。

 

「なあ、高円寺。お前料理って作ったことあるか?」

「いや、恥ずかしい話だけど無いよ。家では専属のシェフがいたし、ここでは食堂を利用してるからね」

 

高円寺は苦笑いする。まあ俺も料理は完全に食べる専門だし、人のことは言えないんだが。

 

「ところで、朝日たちは?」

「朝日さん達はさっき買ったエプロンにアイロンをかけに行ったよ」

 

わざわざ買ったのか。食堂にも一応エプロンは備わっていて、俺と高円寺はそれを借りているのだが、どうやら女子というのはエプロン一枚にも相当こだわるようだ。

 

「じゃんじゃじゃーん!」

 

そう思っていると食堂の扉が勢いよく開かれる。入ってきたのは今話題になっていた朝日たち女子だ。朝日はピンク、山崎は青いエプロンをつけている。そしてその後ろから入ってきた高橋は黒いエプロンをしている。まあ、あいつの事だから汚れが目立たないとかそういう理由で黒を選んだんだろうけどな。

 

「えへへ、どうかな?男子諸君!」

 

山崎はくるりと一回転する。

 

「お、おお。にに似合ってんじゃねーか、山崎」

 

檜山の口調はかなり動揺しているように感じる。

 

「あれれー?檜山君、山崎さんだけ?わたしたちは~?」

 

朝日が少しニヤニヤしながら檜山に問いかける。これは、あれか。檜山にも春がやってきたということだろうか。買物中も楽しそうに話してたしな。

 

「ば、ばばばっかお前。山崎が聞いてきたからそれに返事しただけだって。朝日と高橋も意外と似合ってるぞ」

「意外~?なるほど、わたしたちは眼中にないってことか~」

「う、うるさい。ほらさっさとカレー作るぞ」

 

檜山は顔を赤くしながらスーパーの袋から野菜を取り出す。山崎はというと、特に気にした様子もなくそれを受け取り、洗いだした。何と言うか、檜山一人でも絵になってたが山崎も加わるとさらに映えるな。ふたりで店を切り盛りする夫婦、みたいな感じだ。あんまり眺めていても悪いので適当なところに視線を移す。

……と高橋と目があった。

 

「……何?」

「いや、別に。そういえばお前図書館に行ってたんじゃ無かったのか?」

「目当ての本がすぐに見つかったから合流したのよ」

「目当ての本?」

 

どんな本だろうか。小説?参考書?高橋の事だから後者が濃厚だな。

 

「高橋さんは麻優佳ちゃんの体調回復の為に「簡単にできる健康法」って本を探してきてくれたの!」

 

へえ、図書館にはそんな本もあるのか。俺も今度行ってみよう。

それにしても高橋が他人の為に本を借りてくるなんて、明日は雨でも降るんじゃないのか?

 

「言っておくけど、佐藤さんには朝日さんと同様に部屋に泊めてもらっている借りがあるからってだけよ」

「いや、何も言ってないだろ」

「そうかしら、大体あなたは……」

 

俺たちの会話を見てなのか、朝日が笑い出した。

 

「どうした、朝日?」

「ううん。霧咲君と高橋さんがそんな風に会話するのって久しぶりだなって」

 

そういえば、高橋との一対一の会話は随分久しぶりな気がする。逆にいうとそれだけ避けられてたということでもあるが。でもなんだか不思議とほっとしている自分がいた。

 

「ちょっと朝日さん。別に私は話したくて彼と会話しているわけではないのよ。もとはと言えば彼が」

「はいはい。分かってるって。それよりほら、檜山君たちを手伝おうよ」

 

なんというか、朝日の高橋の扱いが上手くなってるな。同室になったことも影響しているんだろうか。

 

それからしばらく、俺たちは他愛のない話をしながら野菜を切り、ジャガイモの皮を剥き、スパイスを調合し、炒め、煮込み始めた。まあほとんどは檜山と山崎がやったわけだが。しかしなるほど、カレーってこうやって作るのか。

 

「煮込むのに時間かかるし、みんな自由にしてていいぞ」

「え、でも檜山君だけに鍋をまかせるのは申し訳ないよ」

「いいって高円寺。ここまで手伝ってくれただけで十分さ。あとは俺と山崎に任せろって」

 

そんな檜山の言葉を、朝日はニヤニヤしながら聞いている。女子ってやっぱりこういう話が好きなんだな。

 

「あ、そうだ。誰かこれ、佐藤に届けてきてくれないか?」

 

そう言って檜山は冷蔵庫から何かを取り出す。出てきたのはラップされた皿。中身は……お粥か。

 

「檜山君、これいつの間に?」

 

高円寺が尋ねると、檜山はにっこり笑って答える。

 

「いや、実は昼休みに高円寺たちに話を持ちかけられた後、そっこーで作っておいたんだ。カレーもいいけど、やっぱりお粥がメジャーだと思ってさ」

 

そういって檜山は皿を電子レンジにいれ、時間を設定する。2分ほどで、レンジが軽快な音を鳴らす。

 

「それじゃあ、えっと、誰が持ってく?」

「あ、じゃあ、わたしがいく!あと、霧咲君も一緒に来てくれる?」

「え、俺?」

 

なぜこのタイミングで俺なんだ?一緒の部屋にいる高橋や女子人気の高い高円寺の方がいいんじゃないのだろうか。だが、朝日はにこにこ、というよりはニヤニヤして俺の返事を待っている。

 

「よくわからんが、俺でいいなら」

「うん。じゃあいこう!」

 

朝日は檜山からお粥を受け取るとお盆に載せ、食堂を出る。俺もそれに続く。

 

 

「というか、2階って男子禁制じゃなかったか……?」

 

ぎしぎしと音を立てる階段をのぼりながらの俺の呟きは、はたして朝日に聞こえただろうか。

 

「ん~?なんか言ったー?」

 

聞こえていなかったようだ。まあ、朝日もいるし大丈夫だろう。

 

「そういえば、なんで俺を連れてきたんだ?」

「ん~?知りたい?」

「まあ、知りたいな」

「そっかー知りたいんだ~」

 

やけに勿体ぶるな。何だ?思い当たる節が全く無くてなんだか怖いな。

 

「さっき、部屋に戻った時に麻優佳ちゃんがベッドで寝てたんだけどね」

「おう」

「その時に麻優佳ちゃんが寝言で『勝真君……勝真君』って言っててさ!いや~霧咲君も隅に置けないね~」

「なんじゃそりゃ……」

 

だが、朝日が嘘を言っているそぶりは無い。ということは、寝言の件は本当なわけか。

そう思っていると、朝日が205号室の前で足を止める。ここか。

朝日がノックをすると、中から佐藤の声がする。それを聞いてから、俺たちは部屋へと入る。

 

「麻優佳ちゃん。檜山君が作ってくれたお粥持ってきたよ~」

「あ、美空ちゃん。それと……霧咲君?」

「ああ、邪魔だったなら戻るけど……」

「あー!急にお腹が痛くなっちゃった!ごめん、霧咲君!あとお願い!」

 

朝日は俺にお盆を押し付け足早に部屋を出て行く。おい、流石にわざとらしすぎだろ。佐藤が訝しげな眼でこっちを……

 

「美空ちゃん、大丈夫かな……?」

 

見てない。なんて純粋なやつなんだ。取りあえず俺はお盆をベッドの横の机に置き、ラップをはがす。

 

「ほら、熱いから気をつけてな」

「あ、ありがとう」

 

佐藤はお粥を一口食べると、目を見開き、続けざまに食べる。そんなに美味しいのか。今度俺も作ってもらおう。

 

「どうだ、美味いか?」

「うん。凄く美味しい……」

「胃袋掴まれたか?」

「へ!?い、いや、確かに美味しいけど私は別に檜山君のことは別に!」

「冗談だって」

「も、もう!からかわないでよ勝真君!」

「え?」

 

今、佐藤は俺の事を名前で呼ばなかっただろうか?勘違いだろうか。取りあえず記憶に新しい今の会話をリフレインする。うん。言ってるな。完全に言ってる。

 

「あ、ご、ごめん!今のは霧咲君の事じゃなくて、つい癖で……」

「癖?」

「あう……」

「あ、いや、言いたくないなら言わなくていいぞ」

 

佐藤は少し困っているようだったが、すぐに真剣な顔で俺を見る。

 

「中知半端に知っちゃったら霧咲君にも迷惑だろうし、言うよ」

「そ、そうか?」

「実は、私の家って私が小さい頃に両親が離婚して、お父さんはお兄ちゃん、お母さんは私をつれていったの」

 

なんだかとてつもなく重い話になったんだが、これは本当に俺に言ってもいい話だったんだろうか。

 

「それでね、お兄ちゃんと離れ離れになって泣いてた私を慰めてくれた男の子がいたんだ。その子の名前は、山中勝真君」

「俺と同じ名前だな」

「うん。最初に霧咲君の名前を知った時は少し驚いたの。でも、霧咲君と私の知ってる勝真君は全然違ったから」

「その子はどんな子だったんだ?」

「勝真君は、明るくて、いたずら好きな子だったよ。いつも私をからかってきて。でも私は彼といる時間がとても好きだったの」

 

それは確かにオレとは大違いだな。さっきの会話の中で俺が冗談を言ったことが記憶にひっかかったんだろな。

 

「それが、寝言の勝真君の正体ってことか」

「え!?私そんな寝言を!?」

「朝日が言ってたぞ」

「うぬぬ……美空ちゃんめ……」

「でも意外だな」

「え、何が?」

「佐藤ってちゃんと話せるんだな。それも自分の初恋の話しを他人にするなんて、普通ならなかなかできないぞ」

 

保健室の前で俺や高円寺と話していた時はもっと根暗な感じだと思っていたんだがな。

 

「は、初恋!?いいいやそういうのじゃなくて!」

「冗談だ」

「も、もう!」

「ごめんって」

「でも、なんでだろう。いつもは美空ちゃんとしか話せないのに……霧咲君とは普通に話せる……」

「まあ、佐藤自身が成長してるってことなんじゃないのか?」

「そう……なのかな?」

 

佐藤が首をかしげていると、ドアが勢いよく開く。

 

「よう佐藤!特製の薬膳カレーだ!これ食って元気出せよ!」

「ちょっと檜山君。女子の部屋にノックも無しに入るなんて非常識にも程があるわ」

「あはは。檜山君怒られてる~」

「ちょっと、みんな落ち着いてよ」

「麻優佳ちゃん!ただいま~!」

 

急に部屋が騒がしくなる。すごく久しぶりな雰囲気。でもまあ、こういうのも悪くないか。

俺は今どんな顔をしているだろうか。いつも通りの無表情?いや、ちがうな。少なくとも俺の認識では、これは『笑顔』と言える部類だと思う。

 

 

***

 

2日後、佐藤は元気を取り戻し、俺たちと一緒に登校した。実質1日半の欠席だったため、ポイントも大幅には減らないだろう。唯一の問題点はDクラスの環境下で、いつまた体調を崩すともわからないことだ。

 

「え、何だこれ!?」

 

教室に入るや否や檜山が窓側にある物体に向かっていく。

 

 

「これは……加湿器だね。しかも最新式だ」

 

高円寺も驚いている。まあ、この加湿器は最新式でかなり値も張る。当然の反応だな。

 

「それに、なんだか教室が綺麗になっていない?」

「確かに!天井の蜘蛛の巣とかなくなってるし!」

 

高橋と朝日も驚いているようだ。それに、周りの生徒たちも加湿器の方を興味深そうに見ている。

 

と、チャイムが鳴り堀北先生が入ってくる。毎度思うがこの人はなんで毎回チャイムとぴったり同じタイミングで入ってこれるんだろうか。

 

「みなさん、おはようございます。では朝のホームルームを始めます」

「先生~あの加湿器なんですか?」

 

生徒の中からそんな質問がでる。

 

「その加湿器はBクラスの山崎さんからの申し出により各クラスに設置されることになりました。高価なものですので、扱いは気を付けてください」

「先生、それは山崎さんがポイントで買ったということですか?」

 

高円寺の問いに先生は首を横に振る。

 

「いいえ、それは山崎さんが全校生徒の3分の2の署名を集めて学校側に申請した結果配置されたものです」

 

堀北先生の言葉に、教室がざわめきだす。その署名とは以前、山崎が交換試験の時に言っていた制度だ。

 

「全校生徒の3分の2って……240人じゃん!」

「なにそれ~山崎さんまじパねえって~」

「では先生、教室の清掃も山崎さんが?」

「いえ、それに関しては学校側は何もしていません。……さて、これ以上話している時間も無いのでホームルームに移ります。まずは……」

 

 

 

 

 

「悪かったな。こっちの都合を押し付けることになってしまって」

 

放課後、図書館のラウンジで俺は山崎に謝罪する。

 

「ううん、いいって。私も署名の効果を知ることができたからウィンウィンだよ~」

 

正攻法でやっても240人もの生徒の署名を集めることは現実的では無い。可能だとしてもそれはかなりの時間を要する。だからこそ、現在この学校に在籍する生徒の中で署名による学校への申し立てを行ったものは誰もいない。山崎はそれに目を付け、『署名の効果を知るための署名』を行った。つまり、生徒たちは署名の効果を知ることができ、今後の学校生活でも署名制度を利用しやすくなったということでもある。

 

「それにしても、よく240人分も集めたな。何に使われるか、誰も分からないってのに」

「それに関しては問題ないよ。誰かの不利益になるような事に使用したら賠償としてプライベートポイントを払うことになってたから」

「なるほど、考えたな」

「それはこっちのセリフだよ。あのノートを拾ったのは偶然とはいえ、それを佐藤さんの為に使おうと思いつくなんてさ」

「たまたま悪知恵が働いただけだ」

 

山崎は「ふーん」と俺を見まわし、椅子から立ち上がる。

 

「まあ、今はそういうことにしとくよ。霧咲君や高円寺君。それに……檜山君とは協力関係でいたいしね」

 

山崎の顔が赤く見えるのは、窓から入り込んでくる夕日のせいだろうか。なにはともあれ、俺もBクラスとは協力関係でいたい。なにせ檜山同等のコックがいるのだ。仲良くしといて損はないだろう。

 

「そういえば、朝日さん達とは仲直りできた?」

「別に、俺はあいつらと喧嘩していた訳じゃない。いつもどおりだよ」

 

いつも通りの、友達と言う関係。今回の件で俺はそれを取り戻せた。佐藤とも連絡先を交換したしな。

 

「そっか~よかったよ。でもさ、霧咲君ってクレバーにみえて友達思いだよね」

「そうか?」

「じゃなきゃ教室の掃除したりしないでしょ?」

「……誰に聞いたんだよ」

「堀北先生」

 

見られてたのか、不覚だ。

 

「さて、もうすぐ夏休みだね。霧咲君は夏休み何かするの?」

「いや、特に変わったことはしない。いつも通りのんびりするさ」

「そっか。それじゃあまたね~」

 

山崎はひらひらと手を振ってラウンジを後にする。

夏休み、確かに普通の学校なら楽しいイベントだろう。

 

 

だが、この学校が、「アイツ」が、そんなものを用意しているだろうか。

 



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21話 緩やかなる序曲は波乱無くして奏でられない

「税金の無駄遣いですね」

 

太平洋のど真ん中を航海する豪華客船、ワルキューレ。その中にある無駄に大きな劇場では、無駄に凝ったセットと、無駄にいい声の役者たちが『イカロスの翼』を上映している。それを見ながら俺は隣に座る茶柱副校長に語りかける。100人以上を想定したであろう座席には、俺たち二人以外の姿は無い。

 

「その感想を聞いたのはかなり久しぶりだな」

「だれでもそう思うでしょう。そもそも高校生がイカロスの翼のミュージカルなんて好き好んでみませんよ」

「私は結構好きなんだがな」

 

副校長は皮肉交じりに笑う。正直に言うと、俺も結構面白いとは思う。だが、高校生向きでは無いのは確かだ。

 

「それで、何の用ですか?イカロスの翼の感想会なら堀北先生とでもしたらどうですか」

「あいつはああ見えてミュージカルは興味が無いんだ」

「意外ですね」

「自分から話を切りだしてすぐに脱線するのは何かのギャグか?」

「場を和ませようかと」

 

副校長はため息をつきながら煙草に火をつける。

 

「『アイツ』からお前への伝言だ」

「いいんですか?一応目上の人間なのに『アイツ』呼ばわりなんて」

 

俺の茶化しはスル―して副校長は話を続ける。

 

「『私に会いたければAクラスに上がってこい』とのことだ」

「Dクラスに配属しといてその発言は正気とは思えませんね」

「もともと『アイツ』は正気ではないだろう?」

「ごもっともで」

 

ちょうど公演が終わったので、俺は席を立ちあがる。

 

「まて、お前の答えを聞こうか」

 

副校長の問いに俺は背中を向けたまま答えた。

 

「オレの目的は復讐です。そのためならAクラスに上がります」

 

例えそれが『アイツ』の仕組んだ罠であっても。そのためにどんな犠牲を払おうと。

オレは、『アイツ』に復讐する。

 

***

 

常夏の海、晴れ渡る空。俺たち1年生の4クラスを乗せたワルキューレは太平洋を進んで行く。夏休みに旅行があるのは聞いていたがまさかこんなに整った設備を無料で使えるなんて思わなかった。

 

「檜山、実家はどうだった?」

 

船のデッキにあるプールサイドで、隣に座る檜山に話しかける。夏休みの前半、実家で修業していた檜山の実力がどれほどか興味がある。

 

「おう。かなりきつい修業だったぜ。毎朝3時に起きて仕込みしたり、一人で30人分の料理を時間内に作ったり」

「総合文化祭への意気込みはどうだ?」

「やる気満々だな」

 

それは楽しみだ。グレードアップした檜山の料理、絶対に逃すわけにはいかない。

そう思いぼーっとしているとプールから水しぶきが飛んできた。

 

「霧咲君、檜山君!せっかくのバカンスでなにたそがれてるのさ!遊ぼうよ!泳ごうよ!」

 

プールから朝日が呼びかけてくる。赤い水着が赤い髪とマッチしてるな。あと、朝日って意外とでかいんだな。何がとは言わないが。

 

「ね、麻優佳ちゃんも霧咲君と遊びたいよね?」

「え!?わ、私はその、あの……」

 

同じくプールの中にいる佐藤はものすごく動揺している。水着の色は白。あと、かなりでかい。何がとは言わないが。

 

「そうだな、せっかく来たんだし遊ばなきゃ損か!行こうぜ霧咲!」

「悪い、少し船酔いしたから部屋に戻る」

「え~なんだよ釣れねーなー。まあ、仕方ないか。ゆっくり休んどけよ~」

 

檜山はそう言い残しプールへと飛び込んで行った。……飛び込み禁止って書いていたような気がするんだが、まあいいか。

デッキを後にし、船内を適当に歩き部屋へと戻った。

 

「ああ、お帰り霧咲君」

 

同室の高円寺が二段ベッドから降りてくる。それと、同じく同室の草薙と、最近知り合った松風京介(まつかぜ きょうすけ)も出迎えてくれた。

 

「霧咲クンどうだった?女子たちの水着はさぁ?」

「どうって言われてもな……そもそも知りたけりゃ自分で行けばいいじゃないか」

「いやいや分かってないな霧咲クン。俺は高橋さん一筋な訳よ、だから他の女子の水着見にいったら怒られちゃうっしょ~」

 

草薙が若干悲しそうな表情をしているのは高橋をプールに誘って断られたからだろうな。

 

「あはは、拓哉は一途だねえ」

 

松風はにひひと笑う。松風は草薙と同じサッカー部で、かなり足が早いと評判だ。教室でも、草薙のしょうもない話に上手く相槌を打っていることから、かなりの聞き上手のようだ。

 

「だろー?やっぱ京介は分かってるっしょ~」

 

そんな二人のやりとりをなんとなく聞いていると高円寺が俺を手招きしていた。

 

「霧咲君、少しいいかな?」

「ああ、とくにやることもないしな」

 

俺と高円寺は部屋を出て、船内の休憩室へと足を運ぶ。俺がソファに座ると高円寺がその向かいに座る。

 

「率直に聞くと、霧咲君はこの旅行、どう思う?」

「どう思うってことは高円寺はこの旅行になにか思うところがあるってことか?」

「そうなるね。この船はほとんどの施設を無料で使えるようになっているけど、学校側はそのために莫大なお金を使っているはずだよ。それなのに、ただバカンスして帰るなんて絶対におかしい」

 

高円寺の疑問は誰でも思うことだが、ほとんどの生徒はプールやレストランを無料で使える事に気を取られすぎてその疑問を投げてしまっているのも事実だ。

 

「同感だな。俺もこの旅行には不信感がある」

「霧咲君もそう思うよね」

「――なんだなんだ、内緒話かよ高円寺クン?」

 

声のほうに振り向くと、やってきたのはCクラスのグループだった。Cクラスリーダーの伊野ヶ浜、それにつづいて杉森、柳川、それと……坂上だったか。お茶会で伊野ヶ浜と一緒にいたがほとんど喋らなかった生徒だな。そして声をかけてきたのはCクラスに無理やり昇格させられた手塚だった。

 

「や、やあ手塚君」

 

高円寺の顔が少しひきつる。まあ、クラスを半壊させた奴に笑顔で接するのも違和感ありまくりだが。

 

「お久しぶりですなあ高円寺はん、そして霧咲はん。交換試験の時はしてやられましたわ」

「伊野ヶ浜、邪魔すんなよ。今俺が高円寺クンと話してんだろうが」

「まあまあ手塚はん。そう声を荒げんといてくださいな」

「はいはい分かったよ、さーせんね」

 

意外だな、てっきり手塚はCクラスでも孤立すると思っていたがけっこう上手く馴染んでいるように見える。

 

「それで、伊野ヶ浜君たちはどうしてここに?」

「ああ、一応交換試験の後の挨拶と、あとは単にうちらも休憩ですわ。そう警戒せんでもええですよ」

 

そう言って伊野ヶ浜は俺の隣に腰掛ける。それと同時に手塚達もソファに腰を下ろした。何と言うか、圧迫感が凄い。どこぞの企業面接のようだ。

 

「ところで、お二人も話しとりましたが、この旅行どうにもきなくさいですなあ」

 

あの声量で聞こえてたのか、どんな耳してるんだこいつは。

 

「伊野ヶ浜君もそう思うかい?」

「当然だろ高円寺クン。どこのバカがこんな贅沢旅行考えるってんだ。ぜってー裏があんだろ」

 

手塚が足を組みながら伊野ヶ浜の代わりに答える。

 

「う、うん。そうだよね。この旅行は不自然だ」

「これは噂なんですが、毎年この時期には特別試験いうのがあるらしいんですわ」

 

特別試験。以前保険医の先生に欠席について尋ねた時にも出てきた言葉だ。

 

「伊野ヶ浜君たちは今回の旅行が特別試験だって言いたいのかな?」

「あくまで可能性の範囲ですわ。こんな海のど真ん中で出来る試験いうても限られてきますし、他の狙いがあるのかもしれません」

「でも、それを俺たちに言ってもよかったのかい?仮に特別試験なら敵同士ってことになるんだよ?」

「ま、それもそうですな。でもですな、うちらはDクラスとは仲ようしたいんですわ」

 

交換試験を吹っかけといて仲良くしたいってどういう風の吹き回しなんだろうか。だが、ここでそんなことを聞けば雰囲気が悪くなるどころか敵視される恐れもある。手塚が所属しているだけで面倒なクラスなんだ。できれば穏便に行きたい。

 

「ところで霧咲はん、少しお聞きしたいんですが……」

 

伊野ヶ浜がそう切り出したところで、船内に放送が流れた。

 

『これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします。生徒のみなさんは、ジャージに着替え、学生証端末とネクストリングを忘れずデッキに集合してください。また、上陸するまでの30分間は、デッキから非常に意義ある景色がご覧いただけます』

 

「おや、もう上陸ですか。ほな、ジャージにきがえまっか。霧咲はん、話しはまた今度にしますわ」

「んじゃな、高円寺クン」

 

Cクラスの面々はソファから立ち上がり、休憩室を後にした。

 

「俺たちも行こうか。意義ある景色ってのも興味あるしね」

「そうだな、まずは着替えないとな」

 

俺たちも休憩室を出る。

この時、俺たち含め生徒たちは予想できていなかった。これから起る事の顛末を。

 

 



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22話 誰がサイコロを振っても出目は6通りしかない

ジャージに着替え、高円寺や草薙たちとデッキに出てみると、なるほど確かに大きな島が見える。どうやらこの船は島の外周をゆっくりと回っているようだ。

 

「うわ~大きな島!」

 

先に来ていた朝日が佐藤とはしゃいでいる。その近くには檜山や高橋をはじめとするDクラス、さっき話していた伊野ヶ浜たちCクラス、そしてBクラスとAクラスの生徒が同様に島の方を見ている。俺たちもそれに混ざり島を眺める。とはいっても俺にはこの島の風景が普通の島と同じなのか、はたまた違うのかわからない。

 

「高円寺、この島を見てどう思う?」

 

隣の高円寺に聞いてみる。

 

「……そうだね。結構大きいし、森が多いみたいだね。でも……」

「でも、なんだ?」

「とてもじゃないけど100人そこらで楽しめるような島には見えないよ」

「ということは伊野ヶ浜の予想が濃厚になってきたわけだ」

 

高円寺はそれには返事せずに、島の方を熱心に眺める。なるほど、これは確かに意義ある景色と言えるな。取りあえず島の事は俺には分からないし、適当にしていよう。そう思っていると、後ろから肩をたたかれた。

 

「こんにちは霧咲君」

「楪か。島を見るのはもう飽きたのか?」

「それはお互いさまじゃないですか」

「違いないな」

「お友達とは仲直りできましたか?」

 

そう尋ねる楪の視線は高円寺たちに向いているように見える。

 

「そもそも俺は喧嘩したつもりは無い。元凶はお前たちだろ」

「ふふ、それは申し訳ありませんでした」

「反省してるやつの態度じゃないだろ……」

「聞かないんですか?」

 

急に楪が真剣な表情になる。

 

「聞くって、何を?」

「霧咲君の秘密についてです」

「おととい購買であんパンを買ったらクリームパンだった話しか?」

「それは非常に興味がありますが、私が言っているのは霧咲君の経歴についてです。誰かに言いふらされてるかとか心配じゃありませんか?」

 

やっぱりあんパンじゃうまく脱線はしないか。

 

「別に、俺は自分の経歴を隠す気はない。いずれは全校生徒に知れ渡ることも想定済みだ。それに……」

「それに?」

「知ったところで誰も信じやしないさ」

 

それくらい俺の経歴はぶっ飛んでるわけで、誰かに言ってもやばい妄想だとしか思われないだろう。その答えを聞いて楪は再び笑みを浮かべる。

 

「そうですか、でも安心してください。霧咲君の秘密を知っているのは1年生では私と霧咲君のお友達だけですので。生徒会としても現時点で発表するつもりはありません」

 

現時点でというのが非常に胡散臭いが、生徒会も俺の正体について詳しく知っているわけではないから下手にちょっかいを出すのは避けているということが分かった。

 

「さてと。そろそろ上陸ですね。霧咲君。またお話ししましょう」

 

楪はそう言い残すとAクラスの集団の方へ戻って行った。

 

 

 

それからほどなくして、俺たちは島へ上陸することとなった。その際学生証端末は回収され、ネクストリングの装着の確認がなされた。上陸するとすぐに砂浜にクラスごとの列を作らされた。生徒たちはしばらくの間ざわついていたが、茶柱副校長がメガホンを持って前に立つと、すぐに静かになった。副校長の横には堀北先生をはじめとする各クラスの担任たちが並んでいた。副校長は生徒たちの様子を一通り見ると、メガホンに向かって話し出した。

 

「まずは長旅ご苦労だった。本日この場に1年生全員が来れたことを嬉しく思う」

 

しばらくはそんな社交辞令のような挨拶が続いていたが、副校長が一度話すのをやめた。それはまるでこれから重大なことを話す事を俺たちに伝えているようだった。

 

「それではこれより、特別試験を開始する」

 

その言葉に対して驚く生徒が半分、動じない生徒が半分、といった感じだった。おそらく、特別試験というワードは俺たち以外にも1学期の間に浮上していたのだろう。それこそ伊野ヶ浜のように時期まで把握している生徒もいるくらいなのだから。

 

「特別試験の内容は、これから一週間、この島でサバイバル生活を送ってもらうことだ」

「さ、サバイバル!?」

 

列の一番前にいた池田が驚きの声を上げる。池田だけではなく、こればかりは他の生徒たちも動揺が見られる。

 

「動揺するのは分かる。お前たちの多くは船での豪華な施設や娯楽に目を引かれ、今この場で試験が始まるなど思いもしなかっただろう。試験について感づいていた者もいるようだが、試験内容がサバイバルだなどとは思わなかっただろうな」

 

副校長は表情一つ変えずに話し続ける。何気なく辺りの様子を伺うと、佐藤と目があった。とはいってもこちらを見ていたのではなく不安そうにあたりを見回しているところで偶然俺と目があっただけのようだが。心配そうな表情をする佐藤に何か気のきいたサインをしてやりたいが、生憎そんなサインは知らないので小さく頷くことにした。すると佐藤はほっとしたような表情をする。今ので伝わったのか?同じことを朝日にしても頭の上に?マークが浮かぶこと間違いないだろうに。

 

「試験の内容に関してはこの後マニュアルを配布しクラス担任から通達される。私からは以上だ。では、後はクラス担任に任せる」

 

そう言って副校長はメガホンを下ろし、横にいる教師陣に目で合図する。それに伴い担任たちが各クラスを等間隔に離し、マニュアルを配布しだした。回ってきたマニュアルに適当に目を通してみる。取りあえず流し読みで分かった点は

 

・試験のテーマは「自由」

・この試験においては各クラスに試験専用のポイントが300支給される。マニュアルに記載されているものはこのポイントを使用することで手に入れることができる。(食糧や飲料水、さらにはバーベキューの機材や食材等も)

・試験終了時に残っているポイントをクラスポイントに反映する

 

といったところだろうか。まあ、どうせすぐに詳しい説明があるのだろうが試験の概要は何となく理解できた気がする。一週間この島でポイントを使い生活し、残ったポイントが二学期からクラスポイントに反映される。つまり、ポイントを節約できればクラスポイントが大幅に上がり、上のクラスとの差を縮めることができる。他にも、自由というテーマの通り、バーベキューや海水浴を楽しみ夏休みのバカンスにすることもできる訳だ。

 

「全員に回ったようなので、説明を始めます」

 

堀北先生が説明を始める。最初の内は俺が思ったことと大体同じような事が説明された。

それを聞いた生徒たちは各々様々なイメージを思い浮かべる。

 

「てことは、食糧や寝床を自分たちで確保すれば300ポイントまるまるゲットてことか!」

 

そんな声が上がるが堀北先生は首を横に振る。

 

「残念ですが、それはほぼ不可能です。マニュアルにも載っていますが、『調不良や怪我で試験の続行が不可能と判断されたものはマイナス30ポイントおよびリタイア』『環境を汚染する行為に関してはマイナス20ポイント』『毎日午前8時、午後8時に行われる点呼に不在の場合、一人につきマイナス5ポイント』です。つまり、無理な生活は自分たちの首を絞めるということです」

 

マニュアルの該当箇所をみると他にも『器物破損は一か所につきマイナス50ポイント』『他クラスへの暴力行為、略奪行為は即失格』というものがあった。

 

「そして、この後皆さんは島を自由に移動できますが、島の各所にはスポットが設けられています。それらには占有権があり、占有したクラスが使用できる権利を与えられます。ただし、占有できるスポットは一か所、変更もできません」

 

生活区域は一か所で固定というわけだ。拠点選びも重要になる。

マニュアルを読み進め、最後のページをめくると、そこには『追加ルール』と記載されていた。先生の話と同時に目を通す。

 

 

・スポットは誰でもネクストリングを専用の端末にかざすことで占有可能。その場合、占有者の名前がデータとして記録され、ネクストリングをかざす事で確認可能。

・生徒個人が他クラスの占有するスポットに入る際は占有しているクラスの許可が必要となる(専用となる端末に音声認証することで可能)

・試験開始の1時間後に、ネクストリングを介して各クラスに一名、リーダーの権利が与えられる。

・リーダーになったものはそれをクラスに申告するかどうかは本人の判断に任せる。

・試験終了時に他クラスのリーダーを指名し、的中させた場合1クラスにつきクラスポイント50ポイント、リーダーにはネクストポイント5000ポイントが与えられる。だが、外した場合クラスポイントがマイナス50される。

・リーダーがスポットを占有しており、試験終了時に的中されなければクラスポイント100ポイント、クラス全員に1000ネクストポイント。

・試験終了時にリーダーが的中されなかった場合リーダーにネクストポイント1000、的中された場合マイナス1000ポイント

 

なるほど、リーダーを的中させることで大きなアドバンテージを得られるのか。だが外せばクラスポイントがマイナスされる。さらに重要なのが、このリーダー制度、リーダーが自己申告制という点だ。リーダーであることを誰にも言わなければ、何もしなくてもネクストポイントが手に入る上に、クラスで共有し万が一他クラスにばれればリーダーは他の生徒より大きなダメージをうける。まったく嫌なところをついてくるルールだ。

 

「そして過去の試験の結果から本年度より追加されたルールがあります。まず、リーダーは何があっても変更はできません。リーダーが離脱した場合はリーダー制度による恩恵は一切受けられません。次に、無人島内には監視カメラが設置されているので違反行為はすぐに見つかります。最後に、他クラスと協力することも一切制限はありません。以上で説明を終わります」

 

なんだかよくわからない追加ルールだな。一体過去の試験で何があったのやら。

説明も終わり、Dクラスの面々は高円寺を中心に砂浜で作戦会議を始める。

 

「取りあえず、必要最低限のものはポイントで購入した方がいいと思うんだけど、みんなどうかな?」

 

高円寺がみんなを見回す。

 

「斉人クンの言うとおりだわ~。体調不良によるリタイアはマイナス査定な訳だし、トイレとか食糧くらいはしゃーないべ」

 

草薙が同意を示す。長い目で見れば確かにその方がはるかに効率的だ。ポイントをある程度使うことが最終的にポイントを残すことに繋がるだろう。

 

「俺もさんせー」

「私もー」

 

周りからも賛同の声が上がる。やはりDクラスの中心には高円寺がいるわけで、逆に言えば高円寺がいなければこの試験は高円寺の力なしでは突破不可能だろう。

 

「リーダー制度に関しては、一時間後通達されてから話しあおう。今は活動拠点になるスポットを探そう。何組かに分かれて、島を探索。1時間後にここに集合にしよう」

 

高円寺の言葉にクラス内で探索グループが作られていく。朝日や檜山も既にグループが決まり始めているようだ。一方俺はというと、完全にボッチだ。ビッグウェーブに乗り損ねた。どうしよう。

 

「あわれね」

 

後ろにいた高橋が罵ってくる。

 

「お前だってボッチだろ。朝日もほかの奴と組んでるみたいだしな」

「もともと私は集団行動が苦手なのよ」

「自信満々にそんな事言われてもな……」

 

高橋との会話はそこで切り上げ、俺もどこかに混ざろうと歩き出すと、唐突に腕を引かれた。

 

「あ、あの……」

「佐藤か。俺を脱臼させてどうするつもりなんだ?」

「ち、違うよ!その、よければ私と一緒にグル―プ組んでほしいなって……」

「いいぞ」

「え!?いいの?」

「ちょうどボッチで困ってたんだ。ありがとう」

「う、うん!」

 

佐藤は嬉しそうな顔で頷く。なんというか、異常によくしてもらっているんだが、これあとで友達料金とか発生しないよな?

 

「あ、でも二人じゃグループにならないね……」

「確かに……」

 

最低でもあと2、3人は欲しいところだ。

 

「あれ、霧咲たちも余ってんの?」

 

そんな俺たちに声をかけてくれたのは松風だった。隣には高円寺もいる。

 

「ああ、そうだが……なんでお前たちが余ってるんだ?」

 

クラスの中心の高円寺とその友人がグループ分けで余るなんて事があるだろうか。

 

「いや、まあ、どこかに積極的に入ろうとするとみんなもめちゃうからさ……」

「斉人はモテモテだからねえ」

 

なるほど。人気者には人気者なりの苦労があるわけだ。

 

「それじゃあ俺たちと組んでもらえないか?」

「もちろんだよ。えーっと、霧咲君と佐藤さんと高橋さんだね?」

「え、ちょ、ちょっと私は一言も……」

 

たまたま近くにいたため高橋もグループに加わることになった。本人の意思は知らんが。

 

「それじゃあ、行こうか!」

 

高円寺の声によって、Dクラスの各グループは島の探索へと向かった。

 



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23話 強固な城を作ろうとすればするほど、それは脆くなってゆく

探索、と言ってもDクラス、いや他のどのクラスにしろ無人島を探索した経験者なんているのだろうか。ただでさえ携帯ゲームやネット環境が発達した現代で夏休みに山にキャンプするならまだしも無人島に旅立とうなんて思うアウトドア派の高校生なんて百人にきいても一人いない方が確率が高いだろう。そういう意味では、この試験はAクラスでもDクラスでもスタートラインはほぼ平等と言えるだろう。

 

「うん。このあたりならスポットにちょうどいいね」

 

と、思っていたのだが我らがDクラスのリーダー高円寺はなんなく川辺のスポットを発見した。

 

「すごいな斉人。森もあっさり抜けたし、どうやったんだ?」

 

松風の問いに高円寺は快く答える。

 

「うん。無人島ってわけじゃないけど小さいころから父さんの所有する島でよく探検してたからね。それにこの森はどうやら人工のものみたいだから、ちゃんと見れば迷う事もないんだよ」

 

確かに、船の上から島を見ていた時も高円寺は熱心だったし高円寺コンツェルン程の大企業なら島を所有していてもおかしくは無い。

 

「それじゃあ、さっきの浜辺に戻ってみんなに伝えよう……と思ったけどまだ少し時間があるし、少し休憩していこうか」

 

そんなわけで、休憩時間になった。特にやることもないので切り株に腰かけもう一度辺りを見渡してみる。周りには木が生い茂ってはいるが、テントやトイレなどを設置するためのスペースは十分にある。川の水も綺麗だし、飲み水にも困らないだろう。そして、雄大な自然環境の中にぽつんと置いてある機械、これがスポットを占有するための装置なんだろう。

 

「霧咲君、ちょっといいかな?」

 

顔を上げると高円寺と高橋が傍にいた。佐藤と松風は少し離れたところで休憩している。結構なペースで歩いてきたし疲れても仕方ないか。

 

「ちょっと、霧咲君。聞いているのかしら?」

「聞いてるって。それで、何の用だ?」

「俺は今回の試験、手塚君の一件で失ったポイントを取り戻せるチャンスだと思うんだ。だから、霧咲君の聞かせてほしいんだ」

 

高円寺の言葉に高橋も頷く。

 

「めずらしいな、高橋が高円寺と協力しようなんて。クラスポイントには興味無かったんじゃないのか?」

「別に。今回の試験ではネクストポイントも大幅に増えるからってだけよ」

「ですよねー」

「それで、あなたはこの試験どうやって突破するつもりなのかしら?」

「正直、俺には何も思いつかない。無人島なんて始めて来たし、サバイバル知識もない。完全にお手上げだ」

 

だが、その発言に対して高橋は眉をひそめる。高円寺もあまり納得出来ていない様子だ。

 

「おい、なんだその反応は」

「あなたが嘘を言ってると思っているからよ」

「それは誠に遺憾だな。何を根拠に……」

「どの口が言ってるのかしら。これまであの手この手で課題を突破しておきながら」

「ま、まあまあ高橋さん。落ち着いてよ」

 

高円寺が高橋をなだめるも、高橋はまだ言葉を続けようとする。

 

「強いて言うなら、お前たちにはリーダー当てのルールの利用はおススメ出来ない」

「と言うと?」

「厳密には利用できないってことだ。まず確実にリーダーは名乗り出ないからな」

「確かに、だまっていたほうがリーダーになった人の得るものは大きいからね」

「そうだ。だからやるべきことはポイントの節約くらいだと俺は思う」

 

クラス内のリーダーが誰かを探そうとすれば恐らくは言い争いになり最悪の場合クラスが崩壊する可能性もある。そして、他クラスのリーダーを当てることも不可能に近い。仮に当てようとして外した場合はクラスポイントも大幅にマイナスされる。そうなれば二学期以降Dクラスは機能しないだろう。一つ上のクラスはもちろん大きく差が開いているBクラスとAクラスにはほぼ勝ち目が無くなるわけだからな。

 

「……そうだね。リーダー制は当てにせずにポイントを多く残す事を考えたほうがよさそうだ」

 

高円寺も俺の言いたいことが分かったらしく、賛同してくれる。だが高橋はなぜか神妙な顔をしている。

 

「なんだ高橋、どうかしたか――」

「おーい斉人~!そろそろ戻ろうよ~!」

 

俺の問いかけは松風の呼びかけによって遮られてしまった。ネクストリングを見てみると、出発してから40分程度過ぎている。そろそろ他のグループも浜辺に戻り始めていることだろう。

 

「うん、そうだね。それじゃあ戻ろうか」

 

高円寺を先頭に俺たちは再び来た道を戻ることにした。

それにしても、高円寺によるとこの森は人工的に作られたものらしいがそんな島を管理するのには一体どのくらいの資金が必要なのだろうか。堀北先生はこの試験は以前もあったという旨の事を言っていた。そこから察するにこの無人島試験は高育の創立から何年かおきに行われていたことになる。少なく見積もっても10年以上はあったはずだ。そんな資金が高育にるとも思えない。つまり、この学校のスポンサーのどこかがその資金を援助してくれているということになる。となるとやはり……。

 

「なあなあ霧咲」

 

唐突に松風が声をかけてくる。

 

「どうした?」

「あれだよあれ」

 

松風が指をさした方向には一本の木があるだけだ。

 

「あの木がどうかしたのか?」

「木じゃなくて、その下の地面だよ。ほら、なんか光ってるでしょ?」

 

確かんに、木の根元の地面から何かが太陽の光を反射している。近づいて見てみるとそれはカメラのレンズだった。

 

「これは……監視カメラだな」

 

そう言えば堀北先生が島にはカメラが設置されていると言っていた。暴力行為や略奪行為を防止するために。そしてマニュアルには器物損壊はマイナス査定と書いてあった。その器物というのがこれな訳だ。

 

「やっぱりか。先生の脅しかな―とも思ったんだけどね」

「まあ、これで夜道を一人で移動してても他クラスから攻撃される心配も消えたな」

「うんうん。安心だ」

「それにしても良く気付いたな。松風って視力いいのか?」

「普通だよ。左右ともに1,2」

 

 

確かに普通だ。だが、それにしても周りに相当気を配らなければ地面のに埋まっている監視カメラになんて気付かないだろう。松風の周囲への注意力は大したものだと言える。

 

「おーい京介~霧咲君!」

 

遠くで高円寺が手を振っている。危ない、危うくはぐれてしまうところだった。松風との会話を打ち切り、俺たちはかけ足で向かう。

 

 

 

***

 

 

 

「おおーここめっちゃ良いでしょ!流石斉人クンだわ~」

 

その後、一度浜辺に集合したDクラスは各自が見つけたスポットを順に周り、最後に高円寺が見つけた川辺のスポットへやってきた。

来るや否や高円寺をほめたたえる草薙の言葉に周りの面々もうんうんと頷き、当たりを見渡す。

 

「すごーい!この川の水凄くきれい!」

 

朝日が川の水に手を突っ込みながら感嘆の声を漏らす。

 

「確かに!この綺麗さなら魚も食えるだろうな!」

 

檜山もそれに続き川へ歩み寄る。無人島に来ても料理人魂は何ら変わりないらしい。

 

「それじゃあスポットはここで決まりで良いかな?」

 

高円寺の問いかけに全員が賛同の声を上げる。

 

「それじゃあこのスポットを占有するけど、俺の名前で登録してもいいかな?」

「え?でもリーダーが占有すれば後でポイントを大幅にゲットできるんじゃ?」

 

池田が疑問を投げかける。

 

 

「そうだね。池田君の言うとおりリーダーがスポットを占有すれば試験終了後にポイントがもらえる。でもそれにはリーダーが名乗り出る必要があるよね?」

 

高円寺は池田だけでなくクラス全員に向かって話を続ける。

 

「でもリーダーは責任重大だ。もし他クラスに当てられればクラスも自分も大きな被害を受けてしまう。俺はこの試験、誰にもそんな責任を与えたくないんだ。だから、この場でリーダーが名乗ることを強制はしないよ」

 

高円寺の言うとおり、ここで自分がリーダーだと名乗り出て万が一他クラスにそれが漏れた場合、リーダーはポイントを失うだけでなくクラス全員から恨まれることになる。それなら、リーダーを特定せずに試験を進めたほうが結果として二学期以降のプラスに繋がるだろう。

 

「流石斉人クンだわ~周りへの気遣い半端無いわ~」

「そうだね、斉人の言うとおりだと俺も思う」

 

草薙と松風が同意したことで、周りからもポツリポツリと肯定的な呟きが聞こえだした。

 

「ありがとうみんな。それじゃあ俺の名前で登録するね」

 

高円寺はスポット占有の機会にネクストリングをかざし登録作業を始める。

その間に草薙と松風がみんなを集め、ポイントで買うものを選び始めた。

 

俺はそれに混ざるわけでもなく、先ほどと同じ切り株に腰掛ける。

 

「おかしいと思わない?」

 

高橋がいつのまにか俺の横に腰かけそんなことを言ってくる。どうやら切り株に座ると高橋に話しかけられるフラグが立つらしい。気をつけよう。

 

「聞いてるの?」

「聞いてるよ。なにがおかしいって?」

「リーダー制度の事よ。一見高円寺君の策は正しいように見える。下手にリーダーを特定して口の軽い誰かがうかつにそれを言ってしまったらどこで聞かれていいるか分からないもの」

 

多分高円寺はそんな意図で言っているわけじゃないだろうけどな。

 

「ただ、それで正しいなら全クラスがそうするはず。このまま節約して試験を終えれば結果として各クラスのポイントの差は変化がないもの」

「そうだな」

「でも、それならそもそもリーダー制度そのものが必要ないことになる。つまり、リーダ制度にはなんらかの意味があると捉えるべきよ」

「なんらかの意味って?」

「それは……分からないけど」

「高橋、推測だけでリーダー制度を利用しようとすればDクラスは内部から崩壊しかねない。それにいまやDクラスは他クラスにとって要注意な存在だ。下手に仕掛ければ逆に蜂の巣にされかねない」

「Dクラスを要注意にのし上げたのは誰だったかしらね」

「お前もその一端を担っているんだ。同罪だろ」

「……」

 

高橋は不満そうにこちらを睨むがそれ以上はなにも言ってこなかった。

 

 



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24話 先人、それは我にとっての神であり、そして忌むべき存在である

試験二日目。初日はスポットを占有したのち、高円寺を中心にポイントで買うものについての話し合いが成された。結果として選ばれたのは仮設トイレ、魚をとるための網、檜山が食材を調理するための最低限の道具、テント、洗面道具、そして一番安い栄養食と飲料水のセットとなった。これらで試験用のポイントを約半分使っているが、クラス全員が問題なく試験を過ごすには必要経費だろう。

そして今日はそのテントやトイレを設置したのち、高円寺の提案により早めに休むこととなった。

男子のテントでは各々が寝言を言ったり寝がえりをうったりいびきをかきながら寝ている。これがただのキャンプならトランプで遊んだり夜通し話し込んだりするんだろうか。こういうふうに大勢で夜を過ごすことは久しぶりなので正直残念だ。

そんなことを考えて睡魔がやってくるのを待っているのだが、一向に眠れる気がしない。仕方ないのでみんなを起こさないようにテントから出る。

南の島だけあって肌寒さは感じず、とても過ごしやすい気候となっているようだ。夜空に広がる星もきらびやかに輝いている。

 

そんな空を見上げながら切り株に腰掛け、ボーっとしていると男子のテントから出てく人物がいた。

 

「あれ、霧咲?」

「松風か。寝れないのか?」

「あー、うん。枕がないと寝られないんだよ俺」

 

松風は少し恥ずかしそうに笑い、俺の座る切り株の反対側に腰掛ける。

 

「霧咲も寝れないの?」

「そうみたいだ。俺も環境が変わると寝れないらしい」

「じゃあ中学とかの修学旅行とか大変だったでしょ」

「……まあ、そうだな」

 

適当に濁してしまったが松風は特に追及してくることもない。

 

「今回の試験さ、なんかすごく大変そうだよな」

「まあ、1週間も自分たちで、それも無人島での生活だからな」

「正直どうやったら他のクラスよりポイント取れるか分かんないんだよね。俺、役にたてるかな」

「それは大体みんな同じだろ。他のクラスの連中だってほとんどがサバイバル未経験者だろうしな」

「やっぱすごいな霧咲は」

 

 

唐突な賛辞にどう返答すればいいか分からないでいると松風はそのまま言葉を続ける。

 

「他のみんなはこの状況で自分たちの事しか考えられて無いのに他のクラスの状況まで予想してるなんて普通はできないよ」

「それは高円寺や高橋と一緒に行動してたから、それに影響を受けただけだ。今回も多分あいつらにおんぶにだっこだろう」

「そうかな?交換試験の時なんてすげーって思ったけど」

「昔から悪運だけは強いんだ」

「……そっか。まあ、それはいいや」

 

松風はそこで話を切るが、テントに戻ろうとはしない。枕がないから今日は寝ないつもりなのか、それともこれからの事が不安で寝られないのか、どちらにせよ今現在松風はすぐに就寝することは無いようだ。

 

「なあ、松風」

 

柄にもなく俺は自分から会話を再開する。

 

「どうしたの?」

 

クラスでも高円寺と仲が良いだけあって松風はやわらかな返事を返してくれる。

 

「昨日の昼間の監視カメラの話なんだが、やっぱりあそこ以外にも仕掛けられてたか?」

「……それを聞いてどうするの?」

「深い意味は無い。強いて言うなら他クラスから何らかの違反行為をされた時にカメラの場所がわかっていれば安心だと思ったくらいだ」

 

略奪行為や暴力行為は違反であり、ポイントがマイナスされると説明は受けている。だが、それを立証できなければ知らぬ存ぜぬで押し通されるかもしれない。そうなるとカメラの設置個所は重要なポイントだ。

 

「なるほどね、それは確かに」

「教えてくれるのか?」

「霧咲の言うとおり、みんなで共有するべき話だと思うし、俺もみんなの役に立ちたいからさ」

「そうか」

「えっと、取りあえず俺が把握している限りだとこのスポットには監視カメラが4つ仕掛けられてる。この分だと他のクラスのスポットにも同数のカメラがあると思う。そして、森の中には特にたくさん設置されてる。昨日の昼間確認できただけで30個はあったよ」

 

やはり森の中は木や岩などの障害物が大いだけあって監視は厳重、ということだろう。

 

「なるほどな。それじゃあ基本的にどこに居ても教師陣の監視の下ってことだな」

「そうなるね。だから霧咲の懸念している事態にはならないと思うよ」

「それはよかった。それにしても本当によく見てるんだな」

 

少なくともこの観察力はAクラスの生徒でもそうは持っていないだろう。

 

「まあ、ね」

 

そう応える松風の言葉はどこか弱弱しかった。

 

「俺、そろそろテントに戻るよ」

「寝られそうか?」

「うん。霧咲と話したら緊張も少し和らいだし」

「そうか。それじゃあ、おやすみ」

「うん、霧咲もあんまり夜更かししない方がいいよ」

 

そう言い残すと松風は切り株から腰を上げ、テントへと戻っていった。それを見送った後、俺も切り株から腰を上げる。

 

「その辺散歩するか」

 

誰に言うわけでもない言葉を呟き、俺は森の中へと入っていく。

 

森の中は当然ながら真っ暗だが、だんだんと目が慣れてきたため歩くことに不自由は感じなかった。当然だが辺りは静まり返っており、生徒の姿は無い。その静寂は、俺にとって心地がよかった。

いや、それは少し違うかもしれない。静寂が心地よいのではなくて、オレには静寂以外がすべて居心地の悪い空間なのだ。何か音を聞いたり、誰かと話していると、その都度『あの時』の事を思い出し、『アイツ』の顔が、言葉がフラッシュバックし、気持ちが揺らぐ。

俺がオレであることがとても気持ち悪くて、憎くて、おぞましくて。

だから、この静寂の中は俺に少しばかりの安らぎを与えてくれるのだろう。

 

「……?」

 

歩き続けていると、俺の視界には人影が入り込んだ。一瞬他クラスの生徒かと思ったが、その体格は高校生の様には見えなかった。

 

「……」

「……」

 

無言。だが、向こうもこの暗闇の中で俺の存在をはっきりと認識しているようだ。そうなると、教師だろうか。

 

「安心しろ、オレは生徒じゃないし教師でもない」

 

その声で人影が男性であることは認識できた。

 

「その状況が逆に安心できないんだが」

「そう警戒するなよ。オレはお前に何もしない」

 

そういいながら人影は俺の方へと近づいてくる。それに伴い、その姿が月明かりに照らされあらわになる。

 

身長は一般的な成人男性と同じくらい。だが、その体、特に筋肉の発達は成人男性のそれより一回り大きい。とはいっても、身にまとっているコートによりそれはあまり目立たず、一見細身に見える。茶色い髪、そして世間的には整った顔立ち、眠そうな眼。

 

「だれだ、アンタは」

 

この島に居ると言う事は少なくとも高育の関係者であることは間違いない。だが、オレは教師陣やその上層部の連中の顔は全て憶えている。この男はそのどれにも該当しない。ただ一つ言えることは、オレはこの男に懐かしさの様なものを憶えていると言う事だ。

 

「オレは……まあ、お前の先輩、卒業生だ」

 

卒業生?それはすなわちゴールデンヘアー社長や堀北先生と同じ立場の人間ということだろうか。

 

「この場で言う卒業生ってのは二重の意味でだけどな」

 

二重。その意味が俺には瞬時に理解できてしまった。それはつまり、『あの場所』で育った人間と言う意味であり、『アイツ』とオレの事も知っているという事だ。

 

「アンタは……」

「慌てるなよ、霧咲勝真。……いや、AK002って言うべきか?」

「……その名前を知っているってことは、『アイツ』の手先なのか?」

「それは違う。オレはお前の敵じゃない」

「だが、味方でもない……か?」

「それはお前次第だ。お前が『アイツ』への復讐を本気で臨むか否か。それによってオレ達とお前の関係は変わる」

 

オレ『達』。その言葉の裏には恐らくこの男以外にもオレと『アイツ』の事を知っている人間がいるという意味が込められている。

 

「それで、アンタは何をしに俺に接触してきたんだ?」

「一つはお前の様子を見るためだ。お前がどれだけ『あの計画』の影響を受けているか。それを確かめに」

「……」

「もう一つは……。まあ、懐かしいこの場所を見に」

 

そう告げる男の眼にはとてもじゃないが感傷に浸っているような色は感じられなかった。目の前にいる俺すら見ていないような眼をしている。それはこいつが『あの場所』で育ったという言葉を裏付けるものだった。

 

「アンタの名前は?」

 

そう尋ねた瞬間、俺は首元に強い衝撃を受けた。それはこの男の手刀であり、それはこのオレでさえ認識できないほど素早く、重かった。

 

「なに……を……」

 

そのまま意識を失っていく俺が最後に聞いたのは、その男の短い一言だった。

 

「綾小路清隆。お前を一番知っている人間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 



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