剣と杖と先生 (雨期)
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プロローグ

当時大流行したネギま世界へ士郎を突っ込むクロスオーバーを今更書きたくなって参りました。当時自分が読んでいた数多の作品の影響が出てしまうとは思いますが、自分なりのクロスオーバーを書き上げたいと思います。

それではプロローグご覧下さい。


 ある男が絞首台へと歩みを進める。名は衛宮士郎。戦争を発生させた張本人として死刑が執行される。集まった人々はありったけの罵声を浴びせ、時には物も飛ぶ。それでも男の脚は止まらない。確実な死を目の前にしても男は絶望した素振りすら見せない。

 

 本当は男は戦争など起こしていない。寧ろ戦争に巻き込まれた人々を助けていた。各地を駆けずり回り、無償で人々の為に戦った。見返りを求めない男の働きは見る人によっては聖人だっただろう。だが大半の人々はその働きに恐怖心を感じた。そして男はあまりにも強すぎた。その強さがもしも自分達に向けられたら……

 男は見返りを求めない。金では動かないが、何かの拍子に敵に回るかもしれない。行動原理も分からない狂った男の制御は出来ない。だったら自分達に危害が加えられる前に男を消すしかない。男に助けられた人々はそう考え、そして実行に移した。

 

(これで戦争は終わるだろうか。これでみんな幸せになれるだろうか)

 

 絞首台に立った男はどこか他人事のようにそう考えていた。自身が助けた人々に罵声を浴びせられるのは辛い。だがこれで戦争が終結し、人々が幸せになるなら死んでも構わない。自分の生死よりも他人の感情を優先する。人々の思っていた通り、この男は狂っているのだろう。

 男は正義の味方になりたかった。自分の見える範囲だけでいい。その範囲の人だけでも幸せにしたかった。しかし少し救うと視野が広がる。広がった範囲の人々を助けると次の人々が目に入る。そうして男は延々と人々の為に戦い続けた。その結果救った人々に裏切られ、処刑される。

 

 足元の土台が取り除かれ、体が落下する。首に縄が掛かるまでコンマ数秒もないだろう。目を閉じ、死を待つ。しかしその僅かな時間に聞こえる筈のない声が男の耳へと届いた。

 

ーーこんな終わり、絶対に認めないんだからね。衛宮君

 

 懐かしい女性の声。ああ、確かに彼女がこの場に居たのならそう言って男を蹴飛ばしてでも処刑を止めただろう。浮遊感を味わいながら、男は思わず笑ってしまった。

 

(ごめんな、遠坂。結局師匠であるお前の指示を聞かず、勝手に動いて最期はこれだ。せいぜい笑ってくれ…………? おかしいな。死ぬ間際には一瞬が永遠に感じるとはよく言うが、長過ぎやしないか?)

 

 あまりにも長い浮遊感に違和感を覚える。不可思議な事に服も強風ではためいている。あんな僅かな距離の落下で服がはためく筈がない。閉じていた目を開けると空は暗く、眼下には森林が広がっていた。少し離れた場所には街も見える。

 

「……なんでさ」

 

 長らく使っていなかった口癖が漏れてしまった。




プロローグなので短めに。

この士郎はどのルートという事ではなく、このまま突き進むとアーチャーや無銘になっていたような士郎という設定で進ませて頂きます。


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第1話『こんにちは正義の味方』

士郎を書くのって難しい。でも楽しい。


 衛宮士郎は困惑していた。処刑される筈の自分が何故かパラシュート無しのスカイダイビングを体験しているのだ。このまま落下すればどうやっても即死は免れないだろう。しかし彼は普通の人間ではなく魔術使いだ。

 

同調(トレース)開始(オン)

 

 冷静に肉体と衣服に魔力を流し込み強化する。これまで幾度となく死に瀕する場面には遭遇してきた。それに比べれば高々上空からの落下程度どうという事はない。それに眼下には森林。これらは都合のいいクッションになってくれる。

 

「くっ……!」

 

 バキバキッと音を立てて木々を貫いて地面へと叩き付けられる。ただ突き抜けるだけでなく太い枝を掴み、無理矢理減速したので、落下によるダメージはそれほどない。

 森林の外には街があるのは確認済みだ。目的地もない為、まずはそこで体を休め、また移動しながらでも現状を整理する事とした。だがそれは何者かの気配によって中断される。

 

 

ーーーーーー

 

 

 それを見たのは偶然だった。僕は普段通り深夜の見回りに参加していたのだ。特に侵入者の気配もなく、ふと見上げた夜空と満月が綺麗だったので見とれていると、満月に小さな影が現れて落下していった。あれは間違いなく人だ。転移魔法による侵入者かもしれない。だとすると何故落下している? 転移が可能な魔法使いなら空を飛ぶ事くらいは容易い筈。

 

「! 事故か!?」

 

 空を飛べない侵入者ならば地上に現れるだろう。空を飛べる侵入者ならばそのまま空を飛ぶだろう。では落下するしかないのに空に現れたあの人影は転移の失敗か、もしくは何者かによって強制的に飛ばされた人と考えるのが妥当だ。

 誰かが怪我をするのは見過ごせない。仮にあれが侵入者だとしてもそのまま捕らえればいい。だがもしも、もしもあれが一般人だとしたら、考えるまでもない。即死だ。僕は自身の持てる全速力を出して駆け出した。遠くから聞こえる木々が折れる音。間に合わなかったか? いや木々がクッションになって辛うじて生きているかもしれない。ここで諦めるなんて事は出来ない。

 そうして到着した落下点には男が1人。服は枝で引っ掻けたのかボロボロだが、目立つ怪我はない。気でも使って肉体を強化したのか。何にせよ無事で良かった。そしてあの高さから落下して無事だったのを見るに、彼は一般人ではないのだろう。

 男の姿をよく観察する。身長は180~190と長身。筋肉はしっかり付いていてよく鍛えているのが窺える。髪は白、というより銀かな? 肌は浅黒い。だが顔立ちは何処と無く東洋人のように見える。ハーフだろうか? 服は上下白と酷く簡素で囚人のようだ。そして荷物らしい荷物もない。武器もなく、杖の代わりとなるような指輪もない。侵入者だとしてもあまりに奇妙だ。そもそも言葉は通じるのだろうか。

 

「えっと、こんばんは。怪我はないかな?」

 

「……まさか第一声で怪我の心配をされるとは思わなかったな。ああ、擦過傷や打撲はあるが、重傷と呼べるものはないな」

 

「それは良かった。あんな高さから落下したから怪我をしていたらどうしようかと思ったよ。なら遠慮なく質問しよう。君の名前は? この学園に何故侵入した?」

 

「学園? ここは私有地だったのか……」

 

 どうやらここが何処かは知らずに来てしまったらしい。一般人ではないようだけれど、事故か何かで偶発的に転移してきたようだ。彼の言葉を素直に信じれば、だけれどね。感じる彼の気配は尋常ではない。下手すると僕では勝てないかも……

 

「まずは謝罪を。俺の意思ではないとはいえ、勝手に侵入してしまってすまなかった。質問の答えだが……エミヤ、という名前を聞いた事は?」

 

「それが君の名前かい? 僕は知らないが、有名人かな?」

 

「あまり、よくない方面でな。テロリストや戦争の首謀者などと呼ばれていたよ」

 

 テロリスト? 戦争の首謀者!? そんな人物なら間違いなく僕も知っている筈。いや、もしかすると極々狭い地域での話かもしれない。

 

「ここに侵入した理由は先程言った通り俺の意思ではない。有り体に言えば事故かな」

 

「事故、か……なら続けて質問しよう。君は魔法使いの関係者か?」

 

「いや、流石に……待てよ。あの時聞こえた声が幻聴ではなくあいつのものとすると、まさか第二に到ったのか?」

 

「おーい、考え込んで大丈夫かい?」

 

「あっ、すまない。魔法使いに知り合いはいない。魔術師ならいくらでもいるのだが」

 

「魔術師って西洋魔術師? 魔法使いの事だろう?」

 

「いやいや魔術師と魔法使いは別物だろう」

 

「何か? 君は物事の細分化が好きな人間かな?」

 

「全くの別物じゃないか」

 

 何だろう。会話が噛み合わない。彼がこっちをおちょくっているとかそういうのではないのだけれど、何かが致命的にズレている。

 でも彼は何か考え込み、何かを思い出すかのように独り言を呟いている。何か思い当たる事があるのかもしれない。それについても追及したいが、次をこの場での最後の質問としよう。

 

「最後に、君は敵かな?」

 

「違う、と思う……話した限り貴方は相当なお人好しだ。そんな人と敵対したくはない」

 

「そうか。うん、分かった。信用しよう」

 

「いいのか? 自分で言うのもなんだが、不審者だぞ」

 

「確かにね。でも争うつもりはないんだろ?」

 

「やっぱりお人好しだな」

 

「自覚しているつもりだよ。っと、名乗り忘れていたね。タカミチ・T・高畑だよ」

 

「俺もフルネームは名乗っていなかったな。衛宮士郎だ」

 

 これが僕と正義の味方との初めての出会いだった。




当時は色んな士郎がいましたね。チートな強さの士郎、未熟な士郎、そもそも表であんまり活躍しない士郎。ちなみにこの士郎はチートよりです。自分が滅茶苦茶強いキャラが好きなんです。


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第2話『覗かれた記憶』

私は今、書くのが楽しくてしょうがない


 タカミチという男性と出会えたのは僥倖と言えるだろう。冷静だがとても温厚で実力もある。こちらの力も見抜いているのか下手に動こうとはしなかった。戦闘になるような事がなくて良かった。

 しかし魔法使いと魔術師の区別がないのには驚かされたな。可能性としては考えていたが、平行世界の確率は高いようだ。

 

 今はこの学園の長の所へと案内をしてもらっている。悪意ある侵入ではないとはいえ侵入者に変わらない。謝罪をしなくてはならないだろうし、俺としてもこちら側の情報は知りたい。

 

「凄い街並みだな。これが学園の中か?」

 

「学園都市だからね。衛宮君も日本で暮らした事があるなら麻帆良って聞き覚えない?」

 

「いや、初めてだな」

 

 西洋風の街並みが広がる。学園都市とはいえ、これは破格だ。そして目につくのが巨大な樹木。あれからは魔力も感じる。ある種の神木だろうが、あんなものがある学園都市ならばもっとニュース等で取り上げられても不思議ではない。

 考え事をしているうちに辿り着いたのは深夜の校舎。タカミチに続いて入る。

 

「ここだよ。学園長、侵入者を連れてきました」

 

「うむ、入っても良いぞ」

 

 老成した声が聞こえた。学園長とやらは老人らしい。学園長室と書かれた部屋に入ると中には3人の人が待っていた。いや、人か? 老人、恐らく学園長なのだろうが頭部の骨格が人のものとは思えない。そう、例えるならば妖怪のぬらりひょんだ。他には金髪の少女。この子は見た目通りの年齢ではないだろう。感じる魔力は微弱だが、その雰囲気や佇まいに一切の無駄や隙がない。どんなに濃い人生を送ったとしても10歳程度の女の子に出せる空気ではない。そしてその少女の隣に立つ少女。オートマタか? よく出来ているな。

 

「電話で聞いておるよ。君が衛宮士郎君じゃな。ワシはこの学園の学園長、近衛近右衛門じゃ。立っておるのもなんじゃし、そこに座ってくれい」

 

「いえ、このままで結構です。話を……!?」

 

 頭の中に、靄が……とてつも、なく、眠……やら、れ……

 

 

ーーーーーー

 

 

 突然倒れた士郎を支えるタカミチ。そんな彼から怒号が飛ぶ。

 

「エヴァ!!! いきなり魔法を掛けるとはどういう事だ!!!」

 

「落ち着けタカミチ。少し試しただけだ。しかしこの程度もレジスト出来んとはな。実力があるくせにおかしな奴だ。さて、眠ってくれたのならそれはそれで都合がいい」

 

 少女、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは士郎に近付き呪文を唱え始める。その呪文にはタカミチも学園長も聞き覚えがある。他人の記憶を覗き見る魔法だ。確かに士郎が何者か知るには一番手っ取り早い手段だが、本人の許可なく記憶を見る事に2人は抵抗があった。

 

「なんだ貴様ら、見ないのか?」

 

「……見させてもらおうかの」

 

「学園長!? あなたまで」

 

「ワシは学園の長として彼を見極めなくてはならぬ。確かにこれは良くない事じゃ。終わってから衛宮君に謝罪をしても遅いし、許しを貰えんかもしれん。じゃが彼が学園の脅威になるか否か見極める最大の機会を逃す訳にはいかんのじゃ」

 

「……なら僕も彼を連れてきた責任があります。いざという時には衛宮君を止めないといけない。その為に、彼を知ります」

 

「ふん、御託を並べたところでただこいつの記憶が見たいだけだろう。まあいい。茶々丸、見張りは頼んだ。終わるまで邪魔を入れるなよ」

 

「はい、マスター」

 

 エヴァンジェリンの魔法によって3人は士郎の記憶へと意識を潜らせる。その直後、3人の異変を緑髪の少女、絡繰茶々丸は感知した。3人から流れる滝のような汗。何かに苦悶しているような表情。特に顕著なのはタカミチで今にも泣き出しそうに見えた。すぐにでも呼び戻そうと考えた茶々丸だが、マスターたるエヴァンジェリンからは邪魔を入れるなと命令されている。ここで自分が手を出すのも命令違反だと判断した茶々丸はただ待つしかなかった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「う……ん……っ!!」

 

 目が覚めると即座に立ち上がり戦闘体制に入る。突然眠らされたのだ。何をされていてもおかしくはない。くそ、聖骸布を着ていない弊害がいきなり出るなんてな。

 

「すまんかった衛宮君!!」

 

「……えっ?」

 

「僕からも謝らせてほしい。本当に、本当に申し訳ない」

 

 えーと、何故謝罪されているんだ? さっきのは2人の意図するものじゃなかったのか? となると、こっちの少女達の仕業となるが……なんか金髪の子は薄ら笑いを浮かべていて怖いぞ。

 

「衛宮士郎、だったな。お前を眠らせたのは私だ。そしてその間に、記憶を覗かせてもらったぞ。まさか異世界からやってきた魔法使い、いやそちらに合わせるなら魔術師か」

 

「……魔術師を理解できるって事は本当に記憶を見たんだな。それにやっぱり世界が違ったのか。2人も記憶を?」

 

「うむ……」

 

「ごめん、衛宮君」

 

「他には?」

 

「他、とは?」

 

「記憶を覗く以外に何かやったのか?」

 

「記憶を覗いただけじゃ。嘘は言っておらん」

 

 寝ている間にやったのがそれだけか。記憶を覗いたなら俺がどんな人間か分かっただろうに、拘束も洗脳もないなんてお人好し過ぎやしないか?

 

「まあ記憶だけなら構わないか。こっちも説明する手間が省けたし、これで明確に別世界とも分かった。それで、敵対するのか?」

 

「そんな事は絶対にせんぞ。むしろ君を歓迎したい。ここでいくらでも骨休めしていってくれい」

 

「僕らにやれる事があれば遠慮なく言ってくれ。全力で手助けさせてもらうよ」

 

 本気、みたいだな。そうだな、ここは少し甘えさせてもらおう。いきなり戦地に向かって人助けをしていたらまた遠坂に異世界へと飛ばされそうだ。暫くはお世話になろう。

 

「分かった。なら寝床が欲しいな。どんな場所でもいい」

 

「それならばうちを使うといい。面白いものを見せてもらった礼だ。茶々丸、先に戻ってこいつの寝床を用意しておけ」

 

「はい、マスター」

 

 そんなに面白いものでもないとは思うんだが……

 

「ここで暮らすというならば職を斡旋しよう。麻帆良は広いからの。好きな仕事をやってもらって構わん。決まらんようならワシからいくらか提示させてもらおう」

 

 そうだよな。暮らす以上は金がいる。処刑直前だったから生憎と無一文だ。少なくとも居候するならば家賃くらいは出さないと。衣食も自腹が好ましい。

 

「服、ないだろ? 僕のもので良ければ譲るよ。スーツなんかが多いけれどね。エヴァ、後でお邪魔させてもらうよ」

 

「好きにしろ。行くぞ衛宮士郎。ふぁぁ、ねむ……」

 

 ああ、深夜だったのにもう日が昇っている。どれだけ眠らされていたのやら。でも久しぶりによく眠れた。それに……

 

「学園長、タカミチ、無断で記憶を覗かれたのは少し怒っていますけれど、それ以上に感謝しています。記憶を掘り起こされたからか夢で家族や友人、忘れかけていた色々なものを思い出せました。ありがとうございます」

 

「礼ならばエヴァに伝えてくれんかの。ワシらは彼女に便乗しただけじゃ」

 

 

ーーーーーー

 

 

 士郎とエヴァンジェリンが立ち去った後、タカミチは崩れ落ちるようにソファーに座った。

 

「……正義って何でしょうね」

 

「タカミチ君……」

 

「彼の記憶、かなりショックでした。世界が違うから魔法の形態が違う。魔法使いの在り方が違う。そういうのは、仕方がないと思います。でも一般社会はこちらと大差はない。衛宮君は正義の為に動いたのに、その一般社会からも弾かれた。助けた人に殺されかけた……こんな事があるなんて……」

 

「…………衛宮君はこちらでは間違いなくマギステル・マギと呼ばれるに相応しい。しかし世界が違ったのが問題じゃったのかもしれん。衛宮君はたった1人のマギステル・マギじゃ。その在り方を理解する者も、応援する者もどれだけおったのやら……こちらの世界のように協力者が何人もおれば、こうはならんかったのかもしれんのぉ。確かに彼は自分を顧みておらんかったが、正義の味方としての活動は間違ってはおらん………そう思いたいものじゃ」

 

 この世界の多くの魔法使いが目指す『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』。それに相応しい生き方をしながら世界から拒絶された士郎。そんな彼の記憶を思い返し、正義とは何か、それを2人は考えさせられていた。




士郎君、エヴァの家に居候決定。鉄板だね!


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第3話『お話しましょ』

あかん、キャラが勝手に動き始めた。まだ序盤も序盤だってのに。


「へぇ、ログハウスか。いい趣味をしているな」

 

「森の中で鉄骨造りなどという無粋な事はせん」

 

 金髪の少女、エヴァンジェリンに連れられて彼女の家までやってきた。名前は道中教えてもらった。

 人払いの結界のようなものはないが、街からそう遠くないのに街の喧騒は聞こえず、人の気配もない。ここまでの道中が人が手を加えた整備された道ではなく、人が踏み均して出来たような道であり、更には用もないと近寄る必要もない場所というのが大きいだろう。うん、いい場所だ。

 

「お帰りなさいませマスター、衛宮様」

 

「ん……私は寝る」

 

「そう畏まらなくてもいいよ。これから居候になるんだから、もっと砕けた態度にしてくれないか?」

 

「では士郎さんと。朝食のご用意が出来ていますが、如何ですか?」

 

「ありがとう。頂くよ」

 

「ではこちらへどうぞ」

 

 確かエヴァンジェリンは茶々丸と呼んでいたな。ただのオートマタかと思っていたが、自分の意思をしっかりと持っているらしい。こんなオートマタを造れる人形師は記憶にない。いや、橙子さんがいるか。最早あの人の人形は人形と呼べる代物ではないから無意識に除外していた。

 そんな茶々丸が持ってきたのはサンドイッチだ。具材はベーコン、レタス、トマト。俗に言うBLTサンドだ。

 

「頂きます」

 

 一緒に出してもらった布巾で手を拭き、手を合わせてからサンドイッチにかぶり付く。カリカリに焼かれたベーコンからジュワッと脂が溢れだし、トマトの果汁と合わさり酸味、塩味、甘味が口いっぱいに飛び込んでくる。シャキシャキとしたレタスの食感と爽やかさ、マスタードを基本としたソースの少しピリッとした辛味が食べながらも口の中をリセットさせ、次の一口を誘う。パンも小麦の風味が強く、個性豊かな具材をしっかりと纏めながらも自身もちゃんと主張している。

 

「旨い。パンは自家製か?」

 

「その通りです」

 

「わざわざサンドイッチ用にパンを焼くとはお店並みの拘りだな……なぁ、どうして茶々丸はずっと立っているんだ? オートマタだから食べられないだろうけど、どうせなら一緒に座らないか?」

 

「いえ、オートマタではなくガイノイドです」

 

 ガイノイドって女性型のアンドロイドの呼び方だったような……は? つまり茶々丸はロボット!? こっちの科学技術はどうなっているんだ!

 

「士郎さんの仰る通り、私には食事が必要ありません。なので私を気になさらず食事をなさって下さい」

 

「悪いけど気にするよ。自分だけ食べていて誰かを立たせておくなんて、いくら美味しい食事でも心が休まらないんだ。やっぱりみんなが食卓について食べるご飯が一番美味しいと思うんだ。だからさ俺の我が儘になるけど、茶々丸も一緒に座ってくれ」

 

「……少々お待ち下さい。すぐに戻ります」

 

 茶々丸が台所に向かう。何かを取りに行ったようだ。本当にすぐ戻ってきた茶々丸の手に握られていたのは缶ジュースほどの大きさのあるケーブルの付いた電池だ。

 

「それは?」

 

「電池です」

 

「うん、それは見れば理解出来る。もしかして茶々丸のご飯か?」

 

「はい。普段はもっと別の方法で電力の供給を行うのですが、人のような食事をしたい時にとハカセに頂きました。非常用の電力になるとしか考えていませんでしたが、食卓につくのなら私も何か頂こうと思いまして」

 

「ありがとう。気を使ってくれたんだな。なら改めて」

 

「「頂きます」」

 

 ガイノイドと聞いて機械的なもののイメージを持ったが、どうやら彼女はそうではないらしい。とても好感が持てる。耳のアンテナや球体間接がなければ、彼女はなんら人と変わらないだろう。

 

「士郎さんは異世界から来られたのですよね? どのような場所なのですか?」

 

 ケーブルを口に加え、電気を吸っていた茶々丸から質問が飛ぶ。どんな場所か、か。

 

「世界が違うと言ってもパラレルワールド、平行世界なんて呼ばれる可能性の世界だから一般的なものはこっちと大差ないと思うぞ。地球だし、日本やアメリカもある。ただ魔法、こっちじゃ主に魔術と呼ばれるものはだいぶ違う感じがある。あっ、茶々丸みたいなガイノイドを作る技術もないから科学技術もこっちが劣っているのかな?」

 

「いえ、私は相当イレギュラーですので……士郎さんはその世界で魔法使いとして活動をなさっていたのですか?」

 

「それは、違うかな。魔術師は魔術の研究をして根源っていうものを目指すのだけれど、俺がやっていたのは魔術を使っての人助け。俺は正義の味方になりたいんだ」

 

「正義の味方……マギステル・マギですね」

 

 マギ? 知らない単語が突然出てきたので頭を捻らせてしまう。その様子を見た茶々丸がクスリと笑うと説明をしてくれる。無表情だと思っていたけれど、そんな表情も出来るのか。

 

「マギステル・マギとはこちらの魔法使いの多くが目指す目標とでも言いましょうか。世のため人のために魔法を使う、いわば正義の味方です」

 

 驚いた。でも同時に納得もいった。学園長やタカミチがあんなにお人好しなのはこの精神に基づいているからか。この世界は優しい世界だな。遠坂に感謝しないと。

 

「でも、俺はマギステル・マギにはなれないかもな。人を殺した事もある」

 

「士郎さんがですか?」

 

「ああ。1人を助けると視野が広がるんだ。次は10人、次は100人、次は……そう繰り返しているうちに救えなかった人は手から溢れ落ちていく。もっと力があればと世界と契約もしたけれど、それでも見捨てないといけない人はいた……そんな守れなかった人がいるというのに、俺はまだ正義の味方を諦めきれていないんだ」

 

「…………それが間違っているのかは私には分かりませんが、誰かの為に動くというのは良い行いだと思います」

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

「それと気になったのですが、世界と契約とは、どういう事なのでしょう?」

 

 あー、つい言ってしまっていたか。どう説明したものか。茶々丸は優しい子というのはここまでの会話でよく分かる。そんな子にあんまりショックは与えたくはない。

 

「簡単に言えば生きている間に物凄い力が手に入るかわりに、死んでからその代償を働いて返す契約を、文字通り世界そのものから持ち掛けられるんだ。俺はそれを受け入れた」

 

 平行世界に来た事によって守護者の契約は破棄される、なんて事はなく今でも契約は続いている。精々死ぬまで活用させてもらおう。

 

「世界には意思があるのですね。初めて知りました」

 

「こっちの世界でも通用するかは分からないぞ。そういえばエヴァンジェリンはマギステル・マギってのを目指しているのか?」

 

「いえ、マスターは悪の魔法使いで賞金首ですから有り得ないです」

 

「悪の魔法使い?」

 

「数々の称号はあるのですが、『闇の福音』が一番有名でしょう。真祖の吸血鬼であるマスターは「真祖!?」どうなさいました?」

 

 真祖って言うととんでもない吸血鬼だった筈。詳しくは知らないが、サーヴァントをも凌駕するとか。いやでもエヴァンジェリンからそんな力は感じられなかった。この世界と俺の世界の魔法の違いのように、真祖にも違いがあると考えるのが自然か。

 

「ごめん。こっちにも真祖がいたから驚いちまった。続けてくれ」

 

「そうなのですか。マスターは魔法で吸血鬼に変えられたそうですが、そちらの真祖もそうなのでしょうか?」

 

「確かこっちは自然発生するもの、だったような記憶が……まず会う事がないからな」

 

「自然発生。不思議ですね。おや、誰かいらっしゃったようです。失礼します」

 

 こんな場所に来客となれば数限られるな。エヴァンジェリンの交遊関係が広ければ話は別だが、あいつあんまり人付き合い良さそうに見えないから、そんなに訪ねてくる人もいなさそうだ。

 おっ、どうやら上がってくるみたいだ。この気配、タカミチか。

 

「やあ衛宮君、服持ってきたよ」

 

「ありがとう、って新品ばっかりじゃないか」

 

 手提げ袋に入っていた大量の衣服はどれも新品ばかり。タカミチのお古を貰うって話だった筈だ。

 

「学園長がどうせなら新しいものにしろってね。就職の前祝いとでも考えてくれ」

 

「まだ何処に就職するかも決まっていないぞ」

 

「大丈夫大丈夫。そっちも手伝えるように候補はいっぱい持ってきたから」

 

 今度は別の鞄から出るわ出るわ、大量の就活雑誌やアルバイト募集の広告。しかも全てが麻帆良内のものときた。どれだけ広いんだこの学園都市。一度全体をしっかり把握しておくべきかもしれない。

 

「学園長のオススメは教師だって」

 

「教員免許なんて持っていないぞ」

 

「安心してくれ。必要な書類は勿論、運転免許からパスポートまで何でも学園長が用意してくれるらしい」

 

 それは逆に安心できないぞ。偽造じゃないか。当然のように犯罪するのはどうなんだ。しかし身分を証明する書類がなければ就活もまともに出来ないのも事実。ここは甘えるしかないか。

 

「魔法関係の仕事もあるらしいよ。実力は必要だけれど、衛宮君ならなんら問題なく」

 

「本当に問題ないかな?」

 

「マスター、随分と早いお目覚めですね」

 

「別荘で寝たからな。衛宮士郎は力が封じられている私の魔法があっさりと通った男だぞ。戦闘における実力はあってもそれだけで魔法関係の仕事が勤まるか?」

 

「最もな意見だな」

 

「衛宮君、君自身が認めるのかい。そこは否定するところだろう」

 

 事実だからしょうがない。どんなに頑張っても衛宮士郎という人間は魔術に対しての耐性が極めて低い。それを補う道具がない今は耐性は一般人に毛が生えた程度のものだ。

 

「なら魔法関係以外の仕事を」

 

「馬鹿か貴様は。今の流れでどうしてそうなる。普通は魔法耐性をどうするか考える場面だろう」

 

「簡単な方法でいけば魔道具による補助だな。というより俺もこれまでそうしていたし」

 

「うむ、その通りだ。私は600年の年月を生きた真祖の吸血鬼だからな。その手の魔道具もコレクションとして持っている。それを譲ってやってもいい」

 

「対価は? 記憶を無断で見た対価は居候だから、別の対価が欲しいんだろ」

 

「ふっ、流石は魔術師。等価交換が基本なだけあって話が早いな。簡単な事だ。私と契約しろ」




エヴァちゃん、あまりにもやることが早すぎて困る


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第4話『初めての仮契約』

今日もまた投稿。毎日続けられるといいな


 何を突然言い出すのだろうかこのロリヴァンパイアは。契約? 魔術、じゃなくて魔法的なものか? ギアスを掛けられるのか?

 

「衛宮君はこっちの契約について何も知らないだろ。せめて説明してから要求したらどうだ?」

 

「面倒だな……茶々丸、かわりに説明しろ」

 

 こいつ自分でけしかけておきながら人に説明を投げるとは。後でお仕置きしてやる。

 

「はい、マスター。士郎さん、マスターの言う契約とは仮契約と呼ばれるものです。魔法使いは詠唱中は無防備です。それを防ぐ為、魔法使いの従者(ミニステル・マギ)と呼ばれるパートナーを作り、詠唱の補助をしてもらいます。仮契約を行うとパクティオーカードが生成され、そのカードがありますと魔力供給による強化、従者の転移、念話、アーティファクトの召喚等が行えます」

 

「サーヴァントのシステムに比較的近いと考えればいい。転移は半径10㎞以内なら可能だ」

 

 転移はこちらでは魔法に近い魔術に分類されているが、この様子だとかなり簡単に行えるようだ。エヴァンジェリンの言うようにサーヴァントの契約のようなもの、と捉えるのがいいかもしれない。しかしながらサーヴァントにはなかったアーティファクトの召喚というのが気になる。

 

「アーティファクトとはなんだ? 魔道具とは違うのか?」

 

「いえ魔道具の事です。ですが仮契約により手に入るアーティファクトはカードの力でいつでも呼び出す事ができ、またそのアーティファクトは従者専用のものとなります」

 

「成る程な。それでエヴァンジェリンは俺を従者にしたいと。理由を聞かせてくれ。そうしないと判断できない」

 

「理由は3つ。1つはさっきも言ったように魔道具の対価。2つ目は衛宮士郎という強力な戦力を手に入れる為。3つ目、これが本命だが異世界人との契約で何が起こるかを知りたい。知的好奇心というやつだ」

 

「俺の自由は保証されるのか?」

 

「戦闘で呼び出す事はあるだろうが、日常生活では気にするものではない」

 

「ああ、分かった。それなら契約しよう」

 

「そんな簡単に決めて大丈夫なのかい?」

 

「俺にこれといってデメリットはないからな。場合によっては強力な武器が手に入るし、エヴァンジェリンという後ろ楯も手に入る。エヴァンジェリンは結構有名な吸血鬼なんだろ?」

 

「あんまり良くない方面で有名だけれどね。でも衛宮君とエヴァが双方合意しているなら口出しするのも野暮か」

 

「よし、早速契約するぞ。茶々丸、あれを持ってこい」

 

「はい、マスター」

 

 契約と簡単に言っても魔術では方法は様々だった。魔法だって方法は1つって事はないと思う。

 茶々丸が持ってきたのは、巻物? いや丸めた布だ。広げると魔法陣が書いてある。エヴァンジェリンはそれに魔力を流し込むと俺を呼んだ。

 

「来い。契約するぞ」

 

「どうすればいい?」

 

「この上に立ってしゃがめ」

 

 言われた通りにする。儀式で素人が下手に動くとろくでもない事が起こるものだ。ってなんかエヴァンジェリンの顔がちか

 

ーーチュッ

 

「な、なななな!!?」

 

「どうした? キス程度で動揺するほどガキでもないだろう」

 

「せめて何をするか言ってからにしろ!! エヴァンジェリンは美人なんだから、突然こんな事されたら驚くに決まっているだろ……」

 

「ほう、貴様でも世辞が言えたのだな。ククッ、悪くない気分だ」

 

「士郎さん、こちらがパクティオーカードになります」

 

 干将莫耶を構えている俺が写っている。だがこの鎧はなんだ? 黒と金を主体とした色調の鎧は何処と無く特撮ヒーローのようだ。少し格好いいと思ってしまった。

 

「ふむ、徳性は正義、方位は中央、数は0、色調は銀、星辰性は流星、称号は錬鉄の守護者か」

 

「それってどういう意味だ?」

 

「深い意味はないな」

 

 ないのか。ならなんで読み上げたんだ。

 

来たれ(アデアット)と言ってみろ。アーティファクトが出る筈だ」

 

「衛宮君のアーティファクトはどんなものだろうね。いくつになってもこういうのはワクワクするよ」

 

「はは、タカミチの気持ちも分かるよ。来たれ(アデアット)

 

 一瞬にしてカードに映っていた鎧が身に付けられる。動きを阻害する感じもなければ、重さも特にはない。とても自然体でいられる鎧だ。

 

「随分と派手な鎧だな。正義の味方らしくていいじゃないか。消す時には去れ(アベアット)だ」

 

去れ(アベアット)

 

 おお、消えた。便利だなこれ。鎧の強度とかが分からないが、少なくとも私服よりはマシな筈、と思いたい。

 

「これで貴様は私の従者だ。特別にエヴァと呼んでもいいぞ」

 

「なら俺も士郎で頼む。フルネームはなんだかあんまりいい感じはしないからさ」

 

「そうか。ならば士郎、これからは従者として私の為に誠心誠意働くがいい!」

 

 そういう契約ではなかったような覚えがあるが……まあエヴァが楽しそうだし構わないか。従者としてよりも居候として誠心誠意働く事が多くなりそうだけれどな。

 

「悪い事には手を貸さないからな。それと魔道具を忘れないでくれよ」

 

「衛宮君、僕も士郎君って呼んでもいいかな?」

 

「ああ、構わないぞ。あ、そうだ。少しやってみたい仕事を見つけたから学園長のところに行かないか?」

 

「おっ、早いね。何か聞いてもいいかな?」

 

「学校の用務員だ」




士郎のアーティファクト、分かりましたか?
無銘の神話礼装になります。チートタグがここで生きた!
今後徐々にその性能も明かしていきたいと思います。


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第5話『押し付けダメ絶対』

お気に入り100件突破しました。ありがとうございました!!


 昔から学校で故障した備品があれば修理をしていた。あれもある種の人助け。いいように使われていたのは知っていたが、それで喜ぶ人がいるのなら構わなかった。俺自身、魔術の練習としても使わせてもらっていたからな。

 今朝別れてからまだ数時間しか経ってはいないが、学園長もあんなに就職の手伝いをしてくれたんだ。返事は早いに越したことはない。という事でまた学園長室までやってきた。

 

「今朝ぶりです。突然すみません」

 

「おぉ衛宮君、随分と早かったのぅ。スーツ、よく似合っておるぞ。もう何をするか決めたのか? ワシとしては教師が一番じゃと」

 

「いやいや学園長、押し付けはいけませんよ。士郎君は用務員になると決めたそうですから」

 

「ほ? ほほ、そうかそうか。用務員か。うむ、君の魔法、ではなく魔術ならばそちらの方が適任かもしれんの。この女子中等部も老朽化が進んでおるし、修理修繕を頼めるならば願ってもない事じゃ」

 

「ありがとうございます。でもあっさりと決めて大丈夫ですか?」

 

「構わんよ。麻帆良で人手はいくらあっても足りんしな。それと魔法関係の仕事はやってみる気はないかの?」

 

 エヴァから魔法耐性用の魔道具を貰えるのだから魔法関係の仕事をやってみるという選択肢も無くはなかった。だが下手に手の内を多くの相手に見せる必要はない。例えそれが味方であってもだ。味方から敵へ情報が漏洩するというケースを俺はいくつも知っている。

 

「今は遠慮しておきます。こちらの魔法についてはまだまだ知識不足ですので」

 

「実力さえあれば問題ないのじゃが、本人が断るならばしょうがない。タカミチ君、女子中等部を案内してやってくれんか? それまでにいつ仕事が始まるか決めておこう。最短1週間後とでも思ってくれぃ」

 

「はい。行こうか士郎君」

 

「学園長、ありがとうございました」

 

 1週間か。かなり短いが、幸い麻帆良には大概のものは揃っている。1日買い物に費やしたら必要なものは揃うだろ。もしも専門店にしかないような道具でも注文して届くまでは投影品で代用しよう。

 しかし中等部だけなのに広いな。しかも女子のみ。ここまで大きな学校が他にも複数あるとは麻帆良恐るべし。

 

「日曜日だと誰もいないからスムーズだね。普段はもっと騒がしくて、君みたいな部外者がいるとそれはもう大変な騒ぎになるよ」

 

「女の子は物珍しいものが好きだからな。普段なら取り囲まれて身動きも取れないだろう」

 

「そうそう。本当に子供のパワーは凄いよ。さて、ここで最後かな。君の主な仕事場になる用務員室だ」

 

 これまたかなり広い。様々なものを修理する作業スペースは勿論の事、何故か台所や簡易的なシャワールーム、寝床まで完備されている。ここで暮らせるじゃないか。

 

「作業が長引くとよく寝泊まりする用務員の人もいてね。その要望でこうなったんだ。でも君は帰った方がいいよ。エヴァが怖いからね」

 

「むしろエヴァがこっちに来るんじゃないか? そういえば聞き忘れていたが、何故エヴァはこの女子中等部に通っているんだ?」

 

「エヴァから聞いていないのかい? いや普通に考えたら自分の呪いをわざわざ説明しないか。エヴァは登校地獄という呪いを掛けられていてね、もう15年近く女子中等部に通い続けているんだ」

 

 15年!? 吸血鬼でほぼ不老不死のエヴァにとってその時間を短いと思う者もいるだろうが、それは総合的な時間で見た話。エヴァにとっての1日も俺にとっての1日も同じ時間ある。時間が早くなったり遅くなったりするなどないのだ。15年間も自分よりも年齢が圧倒的に下な子供達と延々と同じ授業を受け続ける。プライドの高い彼女にとってどれだけの苦痛か想像もつかない。

 

「3年経ったら解呪してもらえる筈だったんだけれど、約束した人が行方不明……死亡したとまで言われているんだ」

 

 その人がどういう人かは分からないが、死んでしまったのならばもう誰にも解呪出来ないのだろうか?

 ふとある宝具が頭に浮かんだ。第五次聖杯戦争にてキャスターが使用した『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』。あらゆる魔術を解呪するこの宝具ならば呪いを解けるのでは? 真名解放すればどれを解呪するかの指定も不可能ではない。だが俺の記憶を見たエヴァならこの宝具も知っている筈。ならば何故要求してこなかったのか。自力で解呪する算段でもあるのか?

 そんな事を考えていると誰かが用務員室へ入ってきて鍵を閉めた。それは着物を着た可愛らしい少女。走ってきたのか息が荒い。

 

「はぁはぁ、タカミチ先生? なんでこんなとこにおるん?」

 

「彼、士郎君が今度新しい用務員になるから案内をしていたんだよ。士郎君、紹介するよ。僕の生徒の木乃香君だ」

 

「近衛木乃香です。よろしゅう。木乃香でええよ」

 

「衛宮士郎だ。近衛って学園長の苗字と同じだけれど、もしかして家族か?」

 

「うん、うちのお祖父ちゃんなんよ」

 

 学園長の後頭部から何も遺伝していないようで何よりだ。しかし今日は日曜日。普段着が着物という人もごく稀にいるので服装は気にしないが、学校が休みの筈の生徒が何故ここに?

 

「その格好。またかい?」

 

「そうなんよ」

 

「何か面倒事か? 手伝えるなら手を貸すが」

 

「ホンマ? ならお祖父ちゃんを何とかするの手伝ってほしいわ。中学生にお見合いは早いと思うんよ」

 

 それは確かに早い。しかもまた、という発言から過去に何度もあるらしい。説得に付き合うくらいはしようか。

 

「行こうか、木乃香」

 

「よろしくお願いします士郎さん」

 

「僕は別件があるからお別れだ。士郎君、木乃香君、説得頑張って」

 

 タカミチに見送られ木乃香と学園長室に向かう。途中何度も追っ手らしき男達に追われたが、彼らもやる気が見られずすぐに見逃してくれた。みんな疲れているんだな。

 

「学園長!!」

 

「ほっ!? ど、どうしたんじゃ衛宮君。木乃香まで」

 

「こんな子供にお見合いさせてどうするんですか。しかも色々な人を巻き込んで。子供の恋愛くらいは好きにさせてもいいでしょう」

 

「そうやそうやー」

 

「いや、うむ、それはそうじゃが……こう、やはりワシとしても木乃香には幸せになってもらいたいという気持ちもあっての」

 

「お祖父ちゃんの趣味やん」

 

「木乃香!?」

 

「ほう、つまりはあれかね。自身の趣味でお孫さんに迷惑を掛けると。大層な趣味をお持ちだな」

 

「衛宮、君? 何やら口調が変わっておらんかな?」

 

「いやいや、私は普段通りだとも。さて学園長殿、私と少し話し合わないかね? なに、時間は取らせんさ」

 

 この後、学園長は徹底的に言葉で叩き潰しておいた。お礼として木乃香には安くて品質の良いスーパーを教えてもらったので、帰宅前に寄らせてもらったが手持ちがない事に気が付き泣く泣く帰るしかなかった。目の前で特売品に手が届かない悲しさはもう味わいたくない。




士郎君の長い1日これにて終了。


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第6話『不審者扱い』

自分の好きなものを好きなように書いている今が幸せ


 士郎さんのアーティファクトについてまほネットで調査をしています。どうも、茶々丸です。士郎さんが我が家にやってきて早3日が過ぎました。士郎さんは私達が学校に行っている間は基本的に別荘にいるそうです。別荘はマスターの造った特殊な空間で、別荘内での1日が外での1時間となります。そこで鍛練をしている士郎さんから聞いたアーティファクトの性能なのですが、これがかなりおかしなものでした。

 まず士郎さんの基礎能力を爆発的に上昇させます。運動能力は勿論、魔力、魔術の精度すらも高めてしまいます。また鎧自体の耐久性も非常に高く、マスターの魔弾の射手が簡単に弾かれてしまいます。しかし代償はこれまた大きなもので、今の士郎さんでは連続使用時間が10秒だそうです。何もしなくても1分が限度で、それ以上は死の危険性があるとの事です。自身のリミッターを解除する鎧と考えれば聞こえはいいですが、危険性があまりもの大きすぎます。それでも士郎さんは今それを扱う為に別荘にて鍛練を行っているようです。

 私は私でそのアーティファクトについての情報があれば士郎さんの手助けになると考え調査をしているのですが、一切の情報がありません。誰かが過去に同じアーティファクトを手にしていたという事はなく、そもそもこの世界のものかも怪しいです。士郎さんの世界のアーティファクトかもしれません。

 

「茶々丸、買い物に行ってくるけれど、欲しいものあるか?」

 

「醤油、みりん、それと白味噌も残りが少なくなっていますのでお願いします」

 

「了解。チャチャゼロ、落ちるなよ?」

 

「ケケケ、ソレハ居候ノ動キ次第ダロ」

 

 士郎さんはよくよく姉さんを頭に乗せています。姉さんことチャチャゼロはマスターが古くに造った人形で、長年マスターの相棒を務めていました。今ではマスターの魔力が少なくなり喋る事しか出来ないのですが……

 どうにも姉さんと士郎さんは相性がいいらしく、士郎さんと刀剣談義に花を咲かせています。あまりに楽しそうなので少し羨ましくも感じます。

 

 士郎さんが用務員として働くという事ですが、どうやら明日からになりそうです。元々早くて1週間後という予定で、それすら短いと感じていたのに更に短くなって士郎さんも驚いていました。逆にマスターはサボり先が増えると喜んでいました。きっとこれからは用務員室に入り浸るのでしょうね。

 あ、もうこんな時間。マスターを起こして学校に向かいましょう。

 

 

ーーーーーー

 

 

 人形を頭に乗せて歩く190近い男の姿はかなり目立つのか、道行く人がチラ見をしていく。士郎はそんな人々の目を気にする事もなく淡々と買い物をしていたが、あるところで止まってしまった。

 

「ドーシタ居候。服ノ悩ミカ?」

 

「作業着をどうするか悩んでな」

 

 女子中等部の用務員という事であまり汚れた格好は出来ないので作業着もいくつか数を用意しておこうと士郎は考えたものの、これが想像以上に種類豊富だった。

 

「こっちは洗濯が楽だな。汚れも落ちやすい。でも色が派手で汚れが目立つよな。これは暗い色で汚れが目立ちにくいけど、機能性に難があるか……」

 

 服に悩む士郎の姿を笑いながら見ていたチャチャゼロだが、選ぶ時間がかなり長く暇になってきた。自身では動けないのでやれる事も少ない。精々士郎をおちょくる程度だ。

 

「居候、暇ダ。早ク終ワラセロ」

 

「もう少しだけ。この2つのどっちかにするんだ」 

 

「ナラ黒ニシロ。妹カラ買イ物頼マレタナラ、ソッチモサッサト終ワラセチマエ」

 

「むっ、そうだな。すみません、この黒の作業着を……5着お願いします」

 

 自分の買い物を済ませ、次は食材を買う。今晩の献立を考えながら食材とにらめっこをしていると、外が騒がしくなってきた。どうやら下校時刻になったらしい。自分には関係ない事と再び買い物を始めた士郎の背後から声がかかる。

 

「士郎さん? 夕飯しとるん?」

 

「木乃香か。そっちも同じか? 学校帰りにお疲れ様」

 

「うん。最近新しいルームメイトが増えたからいっぱい料理作らないとあかんのよ。士郎さんは今晩はどうする?」

 

「今日は鮭のグラタンかな」

 

「ええねグラタン。手間の割には量も作れるし、うちもそうしよっ。士郎さん、一緒に回ってもええ?」

 

「勿論」

 

 基本的な材料は変わらないので同じような売り場を回る。しかし士郎はどうやらホワイトソースから作るようだ。

 

「士郎さんは手間掛けるんやね。うちホワイトソースから作ったことないわ」

 

「暇がある時にでも挑戦してみるといいよ。慣れるまで難しいかもしれないけれど、じっくり時間を掛けて覚えていけばいい」

 

「ほなら今度の休みにでもチャレンジしてみようかな。そういえば士郎さんは何で頭にお人形さん乗せてるん?」

 

「……頼まれたからかな」

 

 

ーーーーーー

 

 

 思ったよりも荷物が多くなってしまった。やはり作業着がかなりかさ張ってしまう。重さは問題ないけれど、人とすれ違う時にぶつかってしまいそうだ。まあもうすぐ森に入る。そうすれば人を気にする必要もない。

 

「よし到着」

 

「オイオイ、マダ家カラダイブ離レテッゾ」

 

「チャチャゼロ、分かってて言っているだろ。そこの君、出てきてくれ」

 

「……いつから気が付いていた?」

 

 木陰から出てきたのは木乃香と同じ制服を着たサイドテールの少女。しかしながら彼女の気配は戦士のもの。背中の長い竹刀袋に入っているのは真剣か。

 

「木乃香と買い物をした時に視線を感じてな。俺を狙っていると確信を持ったのは木乃香と別れた直後だ」

 

「そうか。ならば端的に貴様が何者か、何故お嬢様に近づいたのか答えてもらおうか!」




あと1話か2話書いたらネギ君が出ます


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第7話『お手合わせ』

戦闘シーンはかなり苦手


 謎の少女に質問を投げ掛けられてしまった。なんか下手な事を言えば斬るって雰囲気を漂わせているけれど、正直に話せば分かってくれる、と思いたい。

 

「何者か、だけれど。名前は衛宮士郎。明日から女子中等部の用務員としてお世話になる事になっている」

 

「むっ、確かにそのような名前の人が用務員になるとプリントで配布が……ではその頭の人形はなんだ!? 明らかに普通のものではあるまい!!」

 

「それを答える為に聞きたいけれど、君も魔法関係者で間違いないよね?」

 

「当然だ」

 

「なら教えて大丈夫かな。こいつはチャチャゼロと言って、エヴァンジェリンの人形だ」

 

「エ、エヴァンジェリンさん、の?」

 

 あ、なんか顔が青ざめた。エヴァの名前って効果あるんだ。

 

「エヴァンジェリンさんとはどういう関係で?」

 

「一応従者だな。それで木乃香との関係は知り合い、もしくは友人ってところだ」

 

「主婦仲間デモイインジャネーノ?」

 

「否定はしない。日曜日に木乃香が学園長にお見合いをさせられそうになっているのを助けたんだ。タカミチも学園長もこの事は知っているぞ」

 

 少女がどんどん縮こまっていく。変に誤解されて争いって形にはなりそうにない。良かった良かった。

 

「あの、大変申し訳ありません。私の勘違いでこのような……お見合いが中止になった話は聞いていましたが、まさか貴方が関係していたとは……」

 

「何もないならいいんだ。でもどうしてこんな勘違いを?」

 

「あの、失礼な発言にはなりますが、こんな女子校付近のエリアで、お嬢様が魔力を感じる人形を頭に乗せた見た事ない黒人の男性と歩いているのが、不審でならなくて……」

 

「ケケケ、シカモ1人デ買イ物シテンダモンナ。ケケケケケケッ!!」

 

 ぐっ、確かにそれは不審者だ。俺でも怪しくて目で追ってしまう。木乃香をお嬢様と呼んでいるから彼女は木乃香の護衛か何かだろうが、そんな人から見れば俺はお嬢様に近付く不届き者にしか見えないだろう。てかチャチャゼロ笑いすぎだ。

 

「誤解されるような俺が悪かった。まあ明日から顔も知れるだろうから大丈夫だと思う……」

 

「いえ! 勝手に勘違いした私に問題がありました! 衛宮さんは悪くありません!」

 

「いいや、士郎に問題があるね」

 

「! 誰です!?」

 

「あれ、エヴァ。迎えに来てくれたのか?」

 

「それなら茶々丸を寄越すわ。妙な気配がしたのでな。成る程、桜咲刹那だったか」

 

「すみませんエヴァンジェリンさん。すぐに帰ります」

 

「待て。折角来たんだ。暇潰しに付き合え」

 

 あー、これは悪い事を考えている顔だ。刹那だっけ? 彼女も可哀想に。

 

「何を関係ない顔をしている士郎。貴様も手伝ってもらうぞ。いや正確には貴様がいないと始まらん」

 

「はぁ、何をすればいいんだ? あんまりこの子にも迷惑を掛けるなよ?」

 

「単純な話だ。桜咲刹那、士郎と試合しろ」

 

 

ーーーーーー

 

 

 何故、こうなってしまったのでしょう。私の勘違いで衛宮さんを問い詰めてしまって、それを衛宮さんは快く許してくれた。それで終わりだった筈なのに、何故真剣での試合になっているのでしょう。

 衛宮さんは苦笑いしながらも黒白の双剣を構えている。エヴァンジェリンさんからは逃げられないと諦めているような顔にも見えます。しかし双剣とはなかなか相対する事がない。これを貴重な経験とさせて頂きます。

 

「ごめんな刹那。エヴァの我が儘に付き合ってもらって」

 

「こちらこそ申し訳ありません。私がここまで着いてこなければこうはならなかったでしょうに。ですがやるからには真剣に参ります」

 

 我が愛刀、野太刀の夕凪を構える。合図はないが試合は始まっている。衛宮さんには隙らしい隙が見当たらない。二刀流は攻防一体とは聞くが、ここまでくると最早城壁。衛宮さんはかなりの手練れだ。まずは少しでも切り崩さなければ!

 

「斬空閃!!」

 

 気を剣先から斬撃として飛ばす。衛宮さんは少し驚いたような表情をしたが、容易にそれを叩き落とした。しかし僅かな隙が生まれる。

 

「はあぁぁぁっ!! 斬岩剣!!」

 

 岩をも両断する斬撃を身を捩って回避する衛宮さん。でも先程の僅かな隙がそれで更に大きなものとなる。そこへの連撃。守りは固いが、突き崩す!!

 

ーーキィンッ

 

「そこっ!!!」

 

 黒の剣を弾き飛ばし、夕凪を突き付けようとした瞬間、腹部に衝撃が走った。蹴り飛ばされ数m下がらされた。気で肉体を強化していたのでダメージは少ないが、隙を狙った瞬間に逆にこちらの隙を狙われるとは不覚。顔を上げると前方から飛んでくる白い剣。凄まじい速さだが私には通用しない!

 

「神鳴流に飛び道具は効きません!」

 

 白い剣を弾き飛ばす。そして気が付いた。衛宮さんの姿がない。どこへ消え

 

「俺の勝ち、でいいかな?」

 

 首に感じる冷たい感覚。刃物がそこにあるのは明確だった。

 

「いつ、そこに?」

 

「こいつを投げたと同時に前方にジャンプして回り込ませてもらったよ」 

 

「無様だな桜咲刹那。手を抜いた士郎に手も足も出ないとは」

 

「少なくとも戦いにはなりました」

 

 手も足も出ないという言葉にカチンときて反論してしまう。負けには違いないが、終始私が攻め込んでいた。

 

「ハッ、あれが戦い? 士郎にいいように踊らされていたのにも気が付かんとは。いいか、士郎は初撃でわざと隙を作り、その後も作った隙に打ち込ませまくった。疑問に感じなかったか? 何故こうも迷わず打ち込めるのかと」

 

「それは……」

 

 今考えれば不自然だ。まるで打ち込み稽古のように、作られた隙へ打ち込ませてもらったかのように悩まず攻撃が出来た。

 

「衛宮さん、今のは本当ですか?」

 

「まあ、事実だ。作った隙を狙わせたよ」

 

 手練れだ、等と考えていた自分が恥ずかしい。この方は私とは比べ物にならない格上の存在だった。




戦闘かなり単調でごめんなさい。もっとうまく描写できたら良かったんですが、もっと精進します。


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第8話『弟子誕生』

今回は短いですね。前回のと1つにしても良かったかも。


 まだ中学生くらいの子がここまでの実力があるなんてかなり驚かされた。斬撃が飛ぶなんて初めて見たよ。完全に不可視じゃなかったのが幸いしたな。他の斬撃も高い威力だったし、蹴りにも容易に耐えられてしまった。魔力は感じなかったから、何かしらの方法で肉体を強化していたのだろう。

 

「どうだ桜咲刹那、私の従者の実力は?」

 

「大変素晴らしかったです。自分のペースで進んでいたと思っていた戦いが、まさか最初から相手のペースだったなんて、衛宮さんはお強いですね」

 

「そうでもないさ。単純に経験差と戦う相手の違いがあったからこの結果になっただけだよ。その野太刀と大振りで力強い戦い方は人間大の敵との戦い方じゃないよな?」

 

「その通りです。魔との戦いが主でした」

 

 魔、ってどんなのだ? 俺の知識にある悪魔とかとは別物だろうか。そこのところエヴァに教えてもらおう。

 

「もう少し士郎が戦う様子を眺めたかったのだがな」

 

「我が儘言うなよエヴァ。第一、俺の戦う様子なんて記憶でたっぷり見ただろ?」

 

「記憶で見るのと生で見るのは別物だ。もう帰るぞ。茶々丸が待っている。今日は貴様が飯を作るのだろう?」

 

「あの!! お待ち下さい!!」

 

「騒がしいぞ桜咲刹那」

 

「申し訳ありませんエヴァンジェリンさん。ただ、衛宮さんにどうしてもお願いしたいのです。どうか私にご指導して頂けませんか?」

 

 へっ? 俺が指導? そもそも刹那の剣と俺の剣は別物だ。刹那は正道、俺は邪道。武器だって俺にとって剣は1つの手札のようなもので、常に剣中心の戦いをするわけではない。だから俺が指導したって彼女には悪影響になる可能性すらある。

 

「悪いけど指導なんて「面白いではないか。やれ士郎」エヴァ!?」

 

「気の扱いが上手い京都神鳴流は知っておいて損はないぞ」

 

 気は確かによく知らない。俺の世界にもそういうのはあったが、こっちほど技術形態として発達はしていなかった。戦いにおける実用性に関しては魔法や気はこっちの世界が上だな。

 

「はっきり言って、俺の指導なんて大した事はできないぞ」

 

「お手合わせ願えるだけでも十分です」

 

「分かった。暇な時があったら教えてくれ。こっちもなるべく相手をするよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 まさか戦いで人の指導をする事になるとは人生何があるか分からないな。これって弟子になるのかな? なんだか恥ずかしいや。

 

「士郎、今日は何を作るんだ?」

 

「今日はグラタンだよ」

 

「俺様ニハワインヲ用意シロヨ」

 

 

ーーーーーー

 

 

 ふぅ、食後のケーキと紅茶も旨かった。士郎は本当に何でもやれるな。明日からはその士郎も同じ場所で過ごすのか。ふふ、いい休憩場所が出来るな。

 

「マスター、何やら嬉しそうですね」

 

「うん? そう見えるか。そうだな、明日から少し楽しみだ。お前はどうなんだ?」

 

「はい、士郎さんと共に過ごせるのは楽しみです」

 

「そうだ茶々丸、弁当はいらん。食材なんかを持っていけ。あの用務員室なら色々と料理も作れるだろう」

 

 学校でも暖かい料理が食えるのはちょっとした贅沢だな。

 

「俺の仕事場を休憩室にしないでくれよ?」

 

「なんだ不満か?」

 

「不満はないよ。でもあんまり入り浸るなよ?」

 

「邪魔はせん。安心しろ」

 

 私とて仕事をしている者の邪魔をするような真似はするつもりはない。特に従者である士郎なら尚更の事だ。もしも昼時に仕事をしているようなら茶々丸に飯を作らせればいい。

 

「明日からは丸一日よろしく頼むぞ」

 

「ああ、よろしくエヴァ、茶々丸」




刹那弟子入り。そして次回から原作に介入していきます


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第9話『騒がしい初日』

やっと本編主人公の登場です


 朝の通学時間で道が混む前に家を出る。普段のエヴァならまだ寝ている時間だけれど、今日は俺に付き合ってくれている。

 

「ふぁ~~~」

 

「眠いなら無理しなくて良かったんだぞ」

 

「んー、用務員室で寝る」

 

「おいおい……早起きした意味ないだろ。俺は学園長のところに行くけれど、ちゃんと教室に行くんだぞ。茶々丸、エヴァを見張っておいてくれ」

 

「畏まりました」

 

 エヴァは茶々丸に引き摺られていってしまった。見張りをお願いしただけでそこまでやってくれとは言っていないんだが……まああれで教室に着くからいいか。

 

「学園長、衛宮です」

 

「おお……普段通りじゃよね?」

 

「? どういう事か分からないですけれど、体調はいい方ですよ」

 

「うむうむ、良かったわい」

 

 あー、もしかしてこの前木乃香のお見合いの件で話したのが効いているのかな。慣れないけれどアーチャーの口調を真似したのは成功だったらしい。あいつ言葉に刺ばっかだったもんな。

 

「今日からよろしく頼むぞ。これは今のところ修理・改善をしてもらいたいもののリストじゃ」

 

「はい、確かに。質問なんですが、なんでこんな中途半端な日に働く事になったんです?」

 

 今日は水曜日だ。普通は働き始めるとしたら週始めの月曜日なんかが基本になると思う。

 

「実は来週からテスト週間が始まるんじゃよ。生徒にはテストに集中してもらいたいから、早めに働き始めてもらう訳じゃ。ここの生徒は皆元気じゃし、お主のように新しい職員が来ると騒がしくなるからのぉ」

 

「そういう事でしたか」

 

 確かに転校生や新しい職員なんてのは生徒達の注目を受けやすい。つまりは生徒達はそっちばかりに集中してしまうのだ。この時期だと期末テストか。三年生にとっては中学生最後のテスト。集中させてあげたい気持ちは分かる。

 

「この後、放送で自己紹介をしてもらいたいのじゃが、良いかな?」

 

「分かりました」

 

 こういうのって全校集会みたいので紹介するものかと思っていたけれど、よくよく考えれば別に生徒と直接関わりのある職員が増えるわけでもないからわざわざ集会するものではないのだろう。俺が学生だった頃も知らないうちに知らない清掃の人がいたりした記憶がある。自己紹介があるだけ優遇されている方か。

 

 

ーーーーーー

 

 

 軽快なチャイムが鳴り、放送が開始される。こういうのはどうにも苦手だ。でも仕事の一環として、ちゃんと自己紹介させてもらおう。放送係の生徒が新しい職員の紹介です、と言ってからマイクを手渡される。

 

「えー、皆さん初めまして、衛宮士郎と言います。えー、事前にプリントで配布されているようですが、本日付でこの麻帆良女子中等部の用務員となりました。えー、男なので取っつきにくいかもしれませんが、えー、物の修繕等があれば気軽に声を掛けて頂ければと思います。えー、これにて挨拶は終わりとさせて頂きます」

 

 ふぅ、これでいいかな。やっぱり難しいな。ん? 放送係の子がクスクスと笑っている。おかしなところでもあっただろうか。でもまあ、終わったから用務員室で仕事を始めよう。

 

 折角気合いを入れて仕事を始めようとしたのだが、用務員室ではエヴァが布団を敷いて寝ていやがりました。こいつ、授業をサボるにしてももう少し遠慮ってもんがあるだろ。頬っぺたつついてやる。

 

「んん……やぁ……」

 

 柔らかいな。そして起きそうにない。全く、早起きしてもまた寝るなら意味ないじゃないか。もう放置して仕事をしよう。えっと、まずは……

 

 

ーーーーーー

 

 

 昼休みのチャイムが鳴り響く。もうお昼か。我が家の吸血姫様はまだ寝ている。流石に起こしてやるか。

 

「おーいエヴァ、起きろ。昼だぞ」

 

「ん、むっ……ふぁ、士郎、邪魔するな」

 

「お昼だって。いい加減起きろよ」

 

「何? そんな時間か……やはり布団で寝るとよく眠れるな。士郎、飯を作れ」

 

 本当に我が儘だな。いつか痛い目に……いや今の登校地獄を掛けられている状態が既に痛い目か。仕方ない。軽く作ってやるか。っと、外が騒がしいな。昼休みだからかな? それとノック音が聞こえる。

 

「はい、何かご用です……か?」

 

 なんだが凄い数の生徒がいるんだが……俺の顔を見るなりキャーキャー言っている。これは、どうすればいいんだ? 動物園の動物ってこんな気分なのかな? いやいやそんなのはどうでもいい。まずは誰がノックしたかだ。何か修理の依頼かもしれない。

 

「初めまして衛宮士郎さん!! インタビューさせて下さい!!」

 

「えっと、君がノックしたのかな?」

 

「はい!」

 

「何か直すとかは」

 

「いえインタビューに来ました!」

 

 どうしよう。放送よりも更に苦手な要求が来てしまった。適当に流して終わりにするか? 俺にそれがやれるか? 誰か救いの手を!

 

「朝倉さん。士郎さんが困っています。どうか止めて下さい」

 

「えっ、絡繰、さん?」

 

 茶々丸ナイス! と言ってやりたいが、少し態度が冷たくないか? 普段俺と話す時にはもっと柔らかい雰囲気がするんだが……

 

「士郎さん、近衛木乃香さんが修理の依頼があるそうです」

 

「こんにちは士郎さん。おもっとったより早く仕事始めたんやね」

 

「ああ、テスト週間にみんなの気を散らせない配慮らしい。修理なら中に入ってくれ。流石にこの状態じゃ話しづらい」

 

「友達もおるけどええ?」

 

「構わないさ」

 

「えへへ、お邪魔しまーす。明日菜、ネギ君、入るよ」

 

 木乃香と一緒に用務員室に入ってきたのはツインテールの少女と赤毛の少年…………はっ? 少年? いやもしかすると男っぽい女の子かもしれない。

 

「士郎さん、失礼します」

 

 茶々丸が扉を閉める。どうやら外で野次馬と依頼の対応してくれているのが声で分かった。茶々丸に感謝し、今は木乃香を優先する。そういえばエヴァは……なんか布団を被って丸くなっていた。

 

「そっちの2人は初めましてだな。衛宮士郎だ」

 

「神楽坂明日菜です。木乃香、あんたの話よりカッコいいじゃない」

 

「ネギ・スプリングフィールドです。明日菜さん達の担任をしています」

 

「……担任? 先生?」

 

「はい!」

 

 この麻帆良で信じられないものや俺の世界の常識では有り得ないものはいくつか見てきた。だが今が一番驚いているかもしれない。こんな子供が先生だと?

 

「歳は?」

 

「数えで10歳です!」

 

 9歳じゃねぇか!! 頭が痛くなってきた。

 

「士郎さん、お願いしてもええ?」

 

「ん? ああ、そういえば何か直してほしいんだっけ?」

 

「これなんやけど」

 

 ローラースケートか。どれ……ローラーが1つ動かなくなっているな。

 

「今朝通学中に壊れてしまったんよ。直るかな?」

 

「大丈夫。部品がイカれているだけだ。交換すれば元通りだよ。お茶を淹れるからゆっくり待っていてくれ」

 

 手早く3人分の緑茶と茶菓子を用意してから修理に入る。ローラー部分を分解し、中で欠けていたベアリングを新しいものに取り替える。ちょうど良く合う大きさのものがあって良かった。

 

「何これ美味しい。用務員さん! このお菓子どこのですか?」

 

「士郎でいいよ。それは手作りだ。安くて量が作れるからな」

 

「手作り!? 男の人なのにすごいのね」

 

「親父が子供みたいな味覚の人でさ。健康的な食事をさせる為に料理をやっていたら自然と上手くなったんだ」

 

「お茶も美味しいわぁ」

 

「僕、緑茶ってあんまり得意じゃないんですけれど、これなら頂けます」

 

「水出し緑茶なんだ。だから苦味が少なくて飲みやすい。室内は暖かいから多少冷たいお茶もいいと思ってな。それにしてもネギ君、だったな。君はどうして先生になっているんだ?」

 

「えっ!? あっ、その、大学の卒業試験なんです! 僕飛び級で大学に入ったんですよ!」

 

 真実を混ぜて分かりにくくしようとしているが、動揺して考え込んだ時点で嘘だと分かる。後で学園長にでも聞いてみるか。

 

「はい、終わったぞ。問題があったらまた来てくれ」

 

「ありがとう士郎さん。ほなまた来るで」

 

「用もなく来るのは勘弁してくれよ。ここは遊び場じゃないんだ」

 

 未だに布団を被っているエヴァをチラ見しながら言う。起きている筈なのに人前に出るのが嫌なのか?

 

 その後も色々と修理の依頼がきたが、どれも比較的容易なものばかりだった。中には時間が掛かるものもあったので、それは預からせてもらった。しかし茶々丸がいなければもっと混雑していただろう。本当にありがたい。

 

「終わったか?」

 

 昼休みも終わり、人がいなくなって漸くエヴァが顔を出した。

 

「ああ、一応な。何か作るから待っていてくれ」

 

 さっと作れる野菜炒めにしよう。ご飯はもう炊けているし、野菜はカット野菜だから短時間で作れる。

 

「士郎」

 

「何だ?」

 

「あの坊やに何か感じたか?」

 

「…………これといって、ないかな」

 

 エヴァは実力的な話をしているのだろうが、強いという感じは全くなかった。力を隠せるような子とは思えないし、魔力はかなりありそうだから今後に期待という程度か。

 

「そうか……腹減ったな」

 

「だから待ってろって」

 

 どうやらエヴァはあの子が伸びると思っているらしい。それほどまでに素質がある子なのかな?

 

 ここから週末まで見物客やら何やらでだいぶごった返したが、週が明けるとテスト週間が始まった為にそういった人は少なくなった。俺も修繕に集中出来るような環境になっていた。お陰で帰りが遅くなる事も増えたけれどな。そんな遅くなったある日の夜、ネギ君が数人の生徒と夜道を歩いているのを目撃した。




次回、図書館島編!


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第10話『潜入! 図書館島!』

UA14000、お気に入り登録400越えていました。皆さんありがとうございます。


 もう深夜になろうという時間帯に9歳児と中学生数人が歩く姿は目立ってしょうがない。この暗闇だから普通の人は誰が歩いているのか判断出来ないかもしれないが、俺は目がいい。木乃香、ネギ君、明日菜、それと知らない子が6人。向かっているのは、図書館島と呼ばれる場所か。

 茶々丸から軽く説明を受けた程度だが、貴重な書物が眠る図書館らしい。特徴的なのは地下へと増設された構造で、まるでダンジョンのようになっており、それを探検する図書館探検部なる部活まであるほどだとか。

 学生が図書館に向かう理由は勉強か、読書感想文の本を借りに行くというのが定番どころだろうな。この時期だから勉強なんだろうけれど、何故深夜なんだ? ネギ君が教師だから夜くらいしか空いている時間がないのだろうか?

 

「……よし」

 

 着いていこう。見ていてなんか不安だ。そうと決まったならエヴァに連絡ぐらいはしておかないとな。確かこのパクティオーカードを頭に当てれば念話が出来るんだったか。初めてだから少しワクワクする。

 

『エヴァ、聞こえるか?』

 

『士郎? 貴様がこの機能を使うとは珍しいな』

 

『珍しいというか初めてだけどな。今ネギ君と生徒数人が図書館島に向かうのを偶然見つけてな。あの子達だけだと見ていて不安になるから追い掛けるよ』

 

『ふむ……誰がいる?』

 

 明日菜と木乃香は名前を伝えて、他の知らない子は外見的特徴を伝えていく。するとエヴァは何かに納得したようにポツリと呟いた。

 

『あぁ、バカレンジャーか』

 

 ば、バカレンジャー? なんだその絶対になりたくない戦隊名は。決して立派な称号ではないのは間違いない。

 

『2ーAが誇る成績下位5人の総称だ。近衛木乃香、宮崎のどか、早乙女ハルナは別だぞ。そいつらは確か図書館探検部だった筈だ』

 

 のどかって子とハルナって子がどの子か分からないが、その2人と木乃香の成績は並かそれ以上みたいだな。

 

『しかしそんな不名誉な総称を誇っちゃ駄目だろ。でもこれで分かったな。徹夜で勉強会ってわけだ。効率的に褒められた事じゃないけれど、その気持ちは本物か』

 

『いや恐らく違うぞ。実は今こんな噂が流れている』

 

 エヴァの言った噂はどれも眉唾物というか、有り得ないものばかりだった。成績が悪いと小学生からやり直しをさせられる、クラス成績が最下位だとネギ君がクビになる、図書館島の最奥部には頭の良くなる魔法の本がある。

 頭が痛い……小学生からやり直し? 留年はあるが、前の学年に戻ったりするなど有り得ない。成績で先生がクビ? スポーツの監督じゃあるまいし有り得ない。魔法の本? そんなものに頼らず勉強しろ。

 

『あのメンバーは魔法の本を求めて図書館島に潜るわけだ……楽して頭が良くなる筈がないだろう』

 

『所詮はガキの考えだ。坊やも言いくるめられたのだろうさ』

 

『なんかもっと不安になってきた。やっぱり追うよ』

 

『お人好しめ。好きにしろ』

 

 ああ、好きにさせてもらおう。ふむ、2人を残して残りは図書館島に入っていったな。魔法の本を狙うのが成績下位のバカレンジャーだとすると、残ったのが宮崎のどかと早乙女ハルナか。

 

「おい! そこの2人、こんな時間に何している!?」

 

「やばっ! のどか、逃げるわよ!」

 

「えっえっ、で、でも、みんなが」

 

「逃げ切ってから迎えに来れば大丈夫よ!」

 

 どうやら見張り番というわけでもなく、警備員のように少し怒鳴ったらあっさりと逃げてくれた。これで遠慮なく図書館島へ入れるな。

 

「これは圧巻だな……」

 

 本棚の森とでも言おうか。無数に広がった巨大な本棚はまさにダンジョンと呼ぶに相応しい。一旦その本棚の頂上へと登り、辺りを見渡す。すぐにネギ君達の姿は見つかった。ある程度距離を置きながら追跡しよう。

 うわ、ネギ君が不用心に本を触ったら矢が飛んできたぞ。トラップまであると本当にダンジョンだな。しかしあの糸目の子、あれを素手で掴むとは大したもんだ。これは俺もネギ君の二の舞にならないように周囲を解析しながら進もう。

 

 ここは本当に図書館なのだろうか。そして彼女らは中学生なのだろうか。中国人らしき少女の中国拳法は既に一流の域。糸目の少女の反射速度は人のものとは思えない。明日菜は明日菜で身体能力が異常に高いし、体操のリボンを持った少女はそのリボンで落下を防ぐというとんでも技能を見せてみせた。解析したが普通のリボンだった。普通なのは木乃香と小柄な少女くらいなものだ。

 そしてここまできてある違和感に気が付いた。ネギ君の魔力が明らかに少ない。彼の魔力はもっと溢れるほどあった筈。何かで魔力を大量に消費したのだろうか?

 一行はどうやら目的地の最奥部まで到着したらしい。ネギ君が石像の持つ本を見てメルキセデクの書だと興奮していたが、その石像が動き出す。

 

『ふぉふぉふぉー、これが欲しくばワシの質問に答えるのじゃ』

 

 何やってんだこのジジイ、ではなく学園長。英単語TWISTERなるゲームで楽しく英単語を覚えようってか? 馬鹿なのか? あっ、ラストで踏み間違えた。

 

『間違えたのぉ。地下でお勉強じゃー!!』

 

 ハンマーを持った石像が地面を叩く。当然のように巨大な穴が開き、皆が落下して、って本当に何やってんだこのジジイ!!!

 

「学園長! あんた何やってんだ!! 生徒を怪我させるつもりか!?」

 

『衛宮君来ておったのか。安心せい、絶対に怪我せんように魔法が施してある』

 

「だからってこんな乱暴な事を……」

 

 自分の孫も一緒に落ちているというのにこの落ち着きよう。どこかで監視していて無事なのは確認済みか。

 

『楽してテストの点数を上げようとしたお仕置きじゃよ。地下では各種テキストや筆記具は勿論、寝床やキッチンも完備しておる。ちと無理矢理じゃがしっかり勉強してもらうつもりじゃ』

 

「それを否定するつもりはありませんよ。勉強は学生の本分の1つですからね。なのでその手伝いを俺もしてきます。料理を木乃香に任せたら木乃香の勉強の時間が減るでしょう。刹那への説明はしっかりして下さいよ。あいつ木乃香が消えて心配するでしょうから」

 

 穴へと飛び込む。その時上から学園長の声が聞こえてきた。

 

『あっ! 衛宮くーん! エヴァへの説明は君から頼むぞー!!』

 

 ……やべ、どう説明しよう。




次回、士郎が全力で包丁を振るう?


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第11話『飯は活力』

毎日更新の為に時々中途半端かつ短くなります。要するに今回はそうです。申し訳ありません。


 う、うーん、ここは……そうだ! 僕達は魔法の本を探して図書館島の奥へ皆さんとやってきて、メルキセデクの書を見つけたと思ったらゴーレムの出した問題を間違えて地下へ落とされてしまったんだ。

 皆さんも周りで倒れている。見たところ怪我はないみたい。皆さんを起こして異常はないか確認したけれど、何事もないようで良かった。

 

「ちょっとネギ、何とかならないの?」

 

「うぅ、すみません明日菜さん。魔法封印中ですから力になれません」

 

「あー、そうだったわ……」

 

 こんな目に会うって事前に分かっていたら魔法の自己封印なんて施さなかったのに……

 

 皆さんが地下を調べて分かったのは、勉強する為の道具が一式揃っている事、最低限生活する為の道具が揃っている事。テストは4日後。ここで勉強しながら脱出手段を見つけ出すしかない。そしてもう1つ、まさかの出会いもあった。

 

「あれ? 人がおるよ」

 

「本当でござるな。こんな場所にいるとはさては不審者でござるか」

 

「腕が鳴るネ。どんな人でも相手になるアルヨ」

 

「ちょっと待って下さい……士郎さん!? 士郎さんじゃないですか!!」

 

「ん? おぉネギ君と、そっちは生徒の子達か。なんでこんな場所に? 初めましての子が多いな。衛宮士郎だ。用務員をやっている」

 

 つい先日用務員として麻帆良にやってきた衛宮士郎さんがそこにいたのだ。見知った大人の姿に安堵を覚えた。そして士郎さんがどうやってやって来たかによっては脱出出来るかもしれない。そう思っていたのだけれど、士郎さんも士郎さんで落下してきたみたい。ぜひ皆さんと自己紹介を交わした士郎さんはここまで来た経緯を教えてくれた。

 

「図書館島の罠の点検を頼まれたんだ。かなり数も多いし、建物自体が老朽化している部分もあるから気を付けてほしいとは言われていたんだが、まさか落っこちるなんて……みんなもそうなのか?」

 

「あ、はは……そうです」

 

「遅い時間に図書館島にやってきたのは感心しないけれど、勉強の為だろ? 幸い勉強道具は揃っているし、脱出手段は俺が探すからそれまで勉強しているといい」

 

「用務員殿、拙者達も探すのを手伝うでござるよ」

 

「士郎でいい。探すのは俺だけでも十分だ。それとも君は勉強せずにテストでいい点が取れるのか? 今回のテストで最下位だとネギ君がクビになるという噂を聞いたが、それを逃れる為にここに来たんだろ?」

 

「うっ、おっしゃる通りでござる……」

 

「なら頑張るんだ。料理も俺が作るから」

 

「えー! 士郎さん男の人なのに料理出来るの?」

 

「まき絵だったな。それは偏見だぞ。男だって家事はする」

 

「そうアルヨ。寧ろ一流の料理人は男の方が多いネ」

 

「うち士郎さんのご飯楽しみやわぁ」

 

 この前のお茶とお菓子が思い出される。とっても美味しかったなぁ。あれだけ美味しいものが作れる人の料理が今日から食べられるなんて、地下に落ちてきて初めて良かったと思えた。

 

「そういえば士郎さん、質問があるのです」

 

「なんだ夕映」

 

「上ではのどかとパル、2人の生徒が待っていた筈ですが、ご存じありませんです?」

 

「あー、ごめん。こんな時間に出歩いてるから注意しようと思ったら逃げられた」

 

「いえ、士郎さんは悪くないですよ」

 

 よーし、士郎さんに任せる事になっちゃうけれど、今は皆さんに勉強を教えて成績を上げてもらおう!

 

 

ーーーーーー

 

 

 一方学園では朝からエヴァンジェリンが学園長室の扉を破っていた。

 

「クソジジイ!!! 人のものを勝手に軟禁しおって!!! 殺されたいか!!!」

 

「お、落ち着くんじゃ! あれは衛宮君の個人の意思で」

 

「そんな事は分かっている! 止めろ!!」

 

「理不尽!?」

 

 エヴァンジェリンの後ろに控えている茶々丸もただ立っているように見えていつでも攻撃可能である。つまりは学園長大ピンチ。

 

「ど、どうしてそこまで怒っておるのじゃ? 衛宮君が不在になるのは数日。従者の1人がおらんだけで動揺するなどお主らしくもない」

 

「馬鹿か!? 馬鹿なんだな!! 士郎は、士郎の作る飯は旨いんだぞ!!」

 

「ふぉっ?」

 

 士郎は前の世界では100人あまりのシェフとメル友だった経歴もある。その料理の腕前は数日でエヴァンジェリンを虜にするほどだった。

 

「それをあのガキ達にくれてやるなど……!」

 

「えー、料理ならば茶々丸君が」

 

「私では士郎さんには遠く及びません。常に教わるばかりです。私も士郎さんが不在なのは辛いです」

 

「…………つまり士郎君のご飯を独り占めしたいだけという事じゃな……」

 

 

ーーーーーー

 

 

「みんなー、今晩はカレーだぞ」

 

『やったー!!』




士郎君は料理で平和を目指すべきだったとはよく言われる事。


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第12話『脱出! 図書館島!』

図書館島編、特に何もありません!!


「ズズッ……うん、いい味だ」

 

 今日の朝食は白米、味噌汁、浅漬けに秋刀魚の塩焼きと和食でいく。実は昔は得意だった和食も戦場では作る機会もなかったので、腕がかなり落ちている。なので今はリハビリ中といった感じだ。

 既に地下に落ちて3日が過ぎている。脱出の為の避難通路は滝の裏にあるのは確認済み。抜け出すのはもう可能だ。期末テストまで時間がない。抜け出すなら今日か。

 

「士郎さん、おはよー」

 

「おはよう、まき絵。先に顔を洗ってこい」

 

「はーい」

 

 1人起きた事だし、みんなも続々と起きてくるだろう。全員が席についてから配膳を行う。食事は弁当でもない限り出来立てが旨いもんだ。

 

 この3日、同じ釜の飯を食べているからか全員に飯限定の連帯感が生まれている。誰かが醤油を求めて手を伸ばすと誰かが手渡し、誰かが味付けのりを探すと誰かが余っているものを渡し、誰かの茶碗が空になると誰かがおひつごと渡す。ちなみに今日は土鍋炊きだ。ご飯が旨い。

 

「んー……」

 

「ネギ、あんた秋刀魚食べるの下手ねぇ」

 

「俺がほぐしてあげようか?」

 

「自分でやってみます」

 

 ボロボロになるけれど、何事も経験だ。自力で頑張るなら応援しよう。

 食後、お茶を飲んでいる時に脱出について口にする。もういつでも抜け出せるのを聞くとみんな喜んでいた。流石にずっとこんな場所にいるのは疲れるもんな。

 

「でもちょっと残念やなぁ。もう3食士郎さんのご飯って訳にはいかんのやなぁ」

 

「そのデメリットは大きいです……」

 

「士郎殿、拙者休みの日には山籠りをしているのでござるが、一緒にどうでござろう?」

 

「はは、考えておくよ」

 

 これだけ惜しんで貰えると料理人冥利に……いや俺は料理人じゃないだろ。嬉しいけれどさ。エヴァもあんまり口にはしないけれど、喜んでいた。そういえばエヴァは大丈夫かな?

 軽く雑談をしていると何かが大きな音を立てて落ちてきた。あっ、学園長の石像だ。追い出しに来たのか?

 

「キャー!? あの石像だー!!」

 

「落ち着くネまき絵。士郎さんの言っていた脱出経路に向かうアルヨ」

 

「ちょっと! あれ、肩に魔法の本乗ってない?」

 

「本当です! よーし、僕が」

 

「いや、俺が何とかしよう。足止めはやるからみんなは逃げるんだ」

 

「士郎殿、拙者とクーも」

 

「テスト前に怪我なんてしたら大変だろ。楓も古菲も強いのは分かるけれど、逃げるんだ」

 

『ふぉふぉふぉー、逃がさんぞー』

 

 ノリノリだな学園長。剣を振りかぶってくる石像の足下に走って近寄り、肉体を強化して軸足を蹴飛ばす。倒すのには到らないが、バランスを崩してふらついている。

 

「み、皆さん! ここは士郎さんに任せましょう!」

 

「士郎さん! 怪我なんかしたら駄目だからね!!」

 

「明日菜も急いで転ぶなよ!」

 

 全員が滝の裏に向かい、やがてその気配はなくなる。出ていったか。

 

「学園長、俺も行きますね」

 

『うむ。本は持ち出せんからそれはあの子達に伝えておいてくれんかの?』

 

「分かりました」

 

『それとエヴァがカンカンじゃ。フォローしてやってくれ』

 

「問題ありません」

 

 冷蔵庫には最中、羊羮、プリンにシュークリーム等々、多くのデザートを入れてある。それを持って出口へと向かう。

 

「そうそう、あの噂って本当ですか?」

 

『噂は大抵が噂じゃ。そういう事じゃよ』

 

 

ーーーーーー

 

 

 地下からエレベーターで地上へ上がる。久しぶりの日光に目を細める。

 

「士郎さん! 無事やったんね!」

 

「ああ。でも本は持ち出せなかったよ。どうやら持ち出し禁止みたいだ」

 

「えー、残念です。折角貴重な魔導書が読めると思ったのに……」

 

「あっ、そうだ。みんなにお土産。これで今日の勉強頑張れよ」

 

 全員分用意しておいた最中を手渡す。さて、俺も帰るか……帰る前にやる事があるみたいだ。

 

「おい、遅いぞ」

 

 みんながいなくなってから顔を出すエヴァと茶々丸。とっても不満そうです。エヴァはともかく茶々丸もこういう顔をするんだ。

 

「ただいま」

 

「もがっ!?」

 

 何か言いたげなエヴァの口に最中をぶちこみ黙らせる。咀嚼している時には幸せそうな顔をしていたのに、顔が弛んでいたのに気が付くとすぐ真剣そうな顔をする。食べ物でそんな百面相をしているのをみると、セイバーを……何でもない。

 

ーーギュッ

 

「!? 茶々丸!? なんで腕にしがみついて」

 

「士郎さんを逃がさない為です」

 

「は、はははははっ!! いいぞ茶々丸!! 士郎の顔を見ろ! 真っ赤だ!!」

 

「はい、大変愛らしいです」

 

「愛らしいって、男に言う言葉じゃないだろ」

 

ーーギュッ

 

「エヴァ!?」

 

「罰だ。今日はこのまま帰って貴様に恥ずかしい思いをさせてやる」

 

「……お前も顔、赤いぞ」

 

「五月蝿いな!」

 

 両手に花、なんだけれど恥ずかしい……これからはなるべく2人から離れないようにしよう。あっ、チャチャゼロもいるから3人か。

 そうそう、テストは無事に学年一位だったみたいだ。やれば出来るじゃないか。




今更だけれども、このネギま×Fateが一番流行ったのは約10年以上は前なんですよね。その頃に二次創作ssを見ていなかった人にとってはこの組み合わせは新鮮なのかな?


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第13話『若き天才達』

連続更新が停止してしまった。なんたる未熟。恥ずかしい限りです


 今日はもう春休み。俺の仕事は休みという訳にはいかないけれど、それでも仕事量は……普段より多いかもな。何せ長期の休みは部活動が盛んになる。器具やらなんやらの修理が押し寄せてくる。

 そんな中の暇な時間、茶々丸が会わせたい人がいるからとロボット工学研究会ってところに連れてきてもらった。何でもここに茶々丸を作った人。つまりは生みの親がいるそうだ。

 

「ハカセ、超さん、こちらが衛宮士郎さんです」

 

「初めまして、衛宮士郎だ。随分と若いんだな」

 

「葉加瀬聡美です。みんなからはハカセって呼ばれています。茶々丸からは話を聞いていますよ」

 

「超鈴音ネ。超でいいヨ。中学生だから若くて当然ネ。茶々丸もハカセもそして私も同じクラスネ」

 

 は? 中学生!? 確かに見た目はそのくらいだが、その歳で茶々丸を造ったのか? 刹那や楓、クーみたいな運動系の天才から彼女らのような頭脳系の天才までいるのか。ネギ君は彼女らのクラスの担任だったな。天才の寄せ集めか?

 

「茶々丸がここ最近かなり変わったのは衛宮さんのおかげなんですね」

 

「俺のおかげ?」

 

「はい! 茶々丸の人工知能が人の感情のようなものを表し始めました。これは今までなかった変化です。特に衛宮さんといる時にはこれが顕著ですね。一番大きく変化したのは期末テストの前日なんですが、何かありましたか?」

 

 ノートパソコンを弄りながら質問してくるハカセ。あそこの画面に茶々丸の変化が映し出されているんだろう。

 えっと、期末テストの前日といえば図書館島から脱出した日か。あの時には茶々丸とエヴァに抱き付かれたな。俺も顔が赤かったそうだけれどエヴァも相当だった。あれは人をからかおうとして自滅した遠坂と同じ感じだ。

 

「あの日は「士郎さん」どうした茶々丸?」

 

「秘密にして下さい」

 

「あ、ああ」

 

「おやおや、これは聞くのは無粋みたいネ」

 

「うーん、気になりますね」

 

「茶々丸はまだ稼働して2年ヨ。色々な事に刺激を受けて変化するのは良い事ネ」

 

 待て、稼働して2年? いや冷静に考えればガイノイドだから見た目通りの年齢の筈がない。そうか、つまり茶々丸は2歳……違和感が凄いな。

 

「さあ茶々丸。改造の時間ヨ」

 

「よろしくお願い致します」

 

「改造? 何をするんだ?」

 

「茶々丸たっての要望で食べ物を食べられるようにするんですよ。食べると言っても味とかは分からないですし、エネルギーの変換効率は悪いですし、色々と機能を削る必要もあるんです」

 

 デメリットがかなりあるんだな。そんな改造をわざわざやるなんて、茶々丸は俺に気遣ってくれているんだ。

 

「なあ茶々丸、気持ちは嬉しいんだが無理してそんな改造をしなくてもいいんだぞ」

 

「? これは私の我が儘です。マスターと士郎さんと共に食事を取りたくなったのです」

 

「俺が無理して食卓に誘うからじゃないのか?」

 

「確かに最初はそうだったかもしれませんが、今は楽しみにさせて頂いています」

 

「……そうか。ならこれからはもっと楽しみだな」

 

「士郎さん、改造には時間が掛かるヨ。少しお話ししないカナ?」

 

 

ーーーーーー

 

 

 超からお茶を出され、口をつける士郎。

 

「旨いな」

 

「これでもお店の店長ヨ。さて士郎さん、単刀直入に聞くが、何者ネ」

 

「魔法使い、じゃあ納得しないよな」 

 

 エヴァンジェリンや茶々丸の関係者だ。魔法くらいは知っているだろう。士郎が魔法使いというのもあながち嘘ではないが、彼女の求める答えは別物と直感していた。

 

「衛宮士郎。その名を調べても貴方は出てこなかった。偽名だとしても、貴方ほどの強さなら名前以外でも知れ渡っていてもおかしくはない。でも全く情報はなかった」

 

「閉鎖的なところで過ごしてきたからな」

 

「それは嘘、とは言い切れないネ。私の予想は異世界、もっと限定すると平行世界が貴方のいた場所。違うカナ?」

 

 一瞬目を見開いた士郎の反応を超は見過ごさなかった。つまりは正解。推理が当たっていた事にクスクスと笑う。士郎も士郎で呆れたように苦笑した。

 

「参ったな。当たりだよ。何故そう思ったのか教えてもらえないか?」

 

「いくらか茶々丸や他の生徒から情報を貰ったり、刹那さんとゴーレムとの戦いを覗かせてもらったのもあるけど……」

 

「あの戦いを? 監視カメラでもあったのか?」

 

「小型のドローンタイプがネ。衛宮さんの情報を知る以上、これくらいは教えるヨ。さて、衛宮さんの戦い方は戦士タイプ。しかし使用する魔法は全く未知のものだったヨ。この情報社会であんな特異な魔法を完全に隠すのは不可能。強化魔法の形態すら違いすぎたからネ」

 

「うん。しかし完全に隠しきった魔法使いがいる可能性もゼロじゃない。科学者がそこまで言い切る以上、あらゆる可能性を潰しきったからだろう?」

 

「その通り。衛宮さん、貴方が転移してきた場所にはかなり濃い残留魔力が残っていたネ。その魔力からやってきた場所の逆探知が出来るのではと思ったけれど、不可能だった。逆探知出来なかった最大の理由は魔法が全く未知のものだったからヨ」

 

「まだ隠しきった魔法使いの可能性は潰せていない訳だが、この後それを潰せるんだな」

 

「理解が早くて助かるヨ。残留魔力を調べたら適合者がいてネ。生後1年未満の赤ちゃんだった。両親が魔法使いで麻帆良在住のネ。そこで浮かぶのが未来人という可能性。でもこれも容易に否定出来たネ。赤ちゃんと近しい関係の魔法使いでありながら魔法について無知すぎる。麻帆良生まれの赤ちゃんの傍にいたのが想定されるのに、麻帆良についての知識もない」

 

「……そうして可能性を潰していったら残ったのが平行世界か」

 

「そう。もっと理由を挙げるのも出来るけれど、時間の無駄ネ」

 

「それでそれを知ってどうしたいんだ?」

 

「? どうもしないヨ。交渉材料にもならないものだからネ。単なる知的好奇心を満たしたかっただけ。あわよくば平行世界の魔法について知りたいけれど、こっちの魔法の方が使い勝手良さそうネ」

 

「そうだな。それは同意する」

 

 士郎が異世界から来た人間と言いふらしたところでそれは弱味でもないし、逆に言っている超が不審がられるだけだ。

 

「でもこれを見破ったご褒美に、何かあったら手伝ってもらいたいネ」

 

「何かあったら……悪い事じゃないなら手伝うよ」

 

「約束ヨ」

 

 茶々丸の改造が終わるまでまだ時間はある。2人は何でもないありきたりな会話を続けた。




前回エヴァが抱き付いたのは好意によるものというよりも、作中で士郎が言ったように士郎をおちょくろうとした結果です。


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第14話『多人数戦』

お気に入り登録が1000人突破しました。やっぱりみんなEMIYAが好きなんでしょうかね。


「……よし」

 

 顔を洗い鏡を見る。体調は万全。今日は衛宮さんにお手合わせして頂く日だ。夕凪を背負って森に向かう。

 衛宮さんの強さは底知れない。本人は才能がないと卑下するものの、あそこまで辿り着く努力、それを行えるのも才能だと私は考えている。同じ剣士として尊敬に値する方だ。

 

 いつも通りのお手合わせと思っていたのだが、気配が1つ多い。衛宮さん以外に誰かいるらしい。エヴァンジェリンさんだろうか。

 

「お待たせしました。あっ、茶々丸さんでしたか」

 

「こんにちは刹那さん」

 

「今日は茶々丸が性能テストをしたいらしいから、一緒に参加してもいいか?」

 

「はい、私は大丈夫です」

 

 茶々丸さんとは仕事を共にする事はあれど共闘する事はない。しかし戦闘スタイルは私もあちらも知っている。邪魔になる事はない筈。

 

「参ります」

 

 まずは茶々丸さんが飛び出し、それに追従する。茶々丸さんは乱打からのレーザー。私はその隙を埋めるように斬撃を放つ。衛宮さんはそれを双剣で全て防ぎきった。このくらいはやられて当然。追撃をする。

 

「斬空閃 弐の太刀!!」

 

 放った気の斬撃は茶々丸さんをすり抜け衛宮さんを襲う。しかし初見である筈のその奇襲も双剣に切り落とされた。再度茶々丸さんがレーザーを放とうとしたが、足払いをされ狙いが外れる。倒れる茶々丸さんの背後から突きを放つも弾き飛ばされる。普段も防御は固いが、今はそれ以上だ。

 

「……楓、見てないで参加するか?」

 

「ニンニン、バレていたのでござるか」

 

「楓? 何故こんな場所に?」

 

「士郎殿を山籠りに誘いに来たのでござるが、なかなか面白そうな催し物をしているようなので見学していたのでござるよ。しかし途中参加可能なら、全力でやらせて頂こう!!」

 

 分身をする楓。その数は6体。これで単純な数では9対1。並の敵ならば余裕で葬れる。衛宮さんでも多少は手こずる、そう考えていた。

 ここで初めて衛宮さんが攻勢に移る。双剣をブーメランのように投げたのだが、目を見張るのはその速度。まるで銃弾。双剣は一瞬にして楓の分身達を切り裂くと再び衛宮さんの手に戻る。分身は実物となんら変わらないというのに、一瞬で分身だけを見抜いたのか。

 

「あ、はは……笑ってしまうでござる」

 

「分身の術なんてまさしく忍者って感じだな。麻帆良の人々には驚かされてばかりだ」

 

「それはこちらの台詞です。衛宮さんはどれだけ強いのですか」

 

「力がないとやっていけなかったからな」

 

 話の途中、不意打ちで楓のクナイと茶々丸さんのロケットパンチが飛ぶが、それも打ち落とされる。チマチマとやっていても駄目だ。

 

「衛宮さん、全力の一撃を決めさせてもらいます」

 

「ほう、ならば拙者は援護するでござる」

 

「お手伝い致します」

 

 夕凪が帯電する。士郎さんはそれを見て双剣を消した。あの双剣がどこからか自在に出し入れしているのは知っているが、何故このタイミングで?

 

「フッ!!」

 

 ジェット噴射で一気に走り出す茶々丸さんに対し、衛宮さんはどこからかあの双剣とは違う剣を取り出す。十字架のような剣。それを茶々丸さんへと投げ付けた。当然茶々丸さんはそれを避ける。だが避けた先には2本目の剣。弾こうと剣に触れた瞬間、茶々丸さんの方が吹き飛ばされた。

 

「受け取るでござる、よっ!!」

 

投影(トレース)

 

 楓は分身で衛宮さんを取り囲み、本体は巨大な風魔手裏剣を投げ付けた。ここで衛宮さんが呪文を唱える。両手には再びあの双剣。

 

「オーバーエッジ」

 

「なんとぉ!?」

 

 双剣は砕けるような音を立てながら姿を変える。さながらそれは白と黒の巨大な翼。回転するように振るわれたそれは分身を、そして風魔手裏剣を砕いた。あれに内包されている力は私がこれまで見た様々な武器の中でも最上位に位置する。

 

「神鳴流奥義! 極大 雷鳴剣!!!」

 

 落雷のような電撃を放つ斬撃を一撃必殺のつもりで放った。普通は人に使うようなものではないが、どこかで感じていた。この人はこの程度では死なないと。

 案の定、黒の翼に電撃を欠き消され、白の翼で夕凪を弾き飛ばされた。

 

「ふぅ……みんな本当に強いな」

 

 純粋な称賛の筈なのに、とてもではないが喜べなかった。

 衛宮さんと茶々丸さんはエヴァンジェリンさんからの呼び出しがあったという事で帰っていった。私も楓と寮へと帰る。

 

「士郎殿は強い……理解していた以上に強かったでござる」

 

「そうだな。あれほど強い方にお手合わせして頂けるだけ幸せだ」

 

「何故あれほど強いのでござろうな。力がないとやっていけなかった、士郎殿はそう言っていたが……」

 

 目的もなくあんなに強くはならないと私は考える。衛宮さんは何を目指しているのだろうか。それを知れば、私もお嬢様を確実に守れるくらい強くなれるのだろうか。




次からは桜通りの吸血鬼編スタートです


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第15話『吸血宣言』

テンプレ小説だからかなり書きやすいのですよ。当時のテンプレを作った人々に感謝。


 エヴァから大切な話があると言われた。真剣な顔をしているものだからこちらも何を言われてもいいよう覚悟をしていたつもりだが、それでも顔が強張ってしまうような話だった。

 

「明日から3ーAの生徒を吸血する」

 

「っ!? …………どうしてだ?」

 

「冷静だな。宝具の1つや2つ投影してくると思ったが」

 

「エヴァは理由もなくそんな事をするやつじゃない。何かあるんだろ?」

 

「私の登校地獄については聞いているか?」

 

「詳しい事までは分からないが、もう15年くらい中等部に通っているんだろ?」

 

「そうだ。そしてその呪いを掛けたのがナギ・スプリングフィールドという男だ」

 

 ナギ・スプリングフィールド……スプリングフィールド? それって確かネギ君と同じ苗字。

 

「ネギ君の血縁者か」

 

「正確には父親だ。以前ある大戦があってな。そこで活躍した英雄であり、マギステル・マギだ。千の呪文の男(サウザンド・マスター)とも呼ばれている。そいつは3年経ったら迎えに来るという約束を破り、10年前に死におった」

 

「なら、そのナギって人のツケをネギ君に払わせるつもりなのか……」

 

「本人がいない以上、息子に責任を取ってもらうしかない」

 

 賛成出来る事ではない。エヴァの気持ちだって分からなくはないが、呪いを解呪するだけなら俺がやってやる。

 

「エヴァ、登校地獄は俺が」

 

「士郎。お前の考えは分かるし、その気持ちは嬉しい。だがこれは私とナギや坊やの問題以前にこの世界の問題だ。別世界から来た貴様が首を突っ込んでくれるな」

 

 ああ、確かにその通りだ。俺がいなければこんな話をわざわざ誰かにする必要もなかっただろう。でも今は俺もこの世界の住民だ。首を突っ込んだっていい筈だ。

 

「それに吸血と言っても貧血になる程度だし、多少は操る事もあるかもしれないが、そちらの死徒、だったか? それのように血を吸った相手が吸血鬼になる事もない。坊やだってそうだ。呪いを解くには坊やの血が大量に必要となるが殺すつもりなど毛頭ない」

 

「……生徒から吸血する必要性はなんだ? 魔力だけなら俺の血でいい筈だ」

 

「坊やを引きずり出す為だ。いくら魔力が私より多くても戦闘においては私が一枚も二枚も上手。そんな相手に坊やが向かってくるか?」

 

 無理だろうな。ネギ君は所詮は子供。600年生きたエヴァとの経験値は歴然。経験の差っていうのは様々な戦況をひっくり返す事が出来る。

 

「その為に生徒から吸血をすると」

 

「一種の脅しだ。手段を選ぶつもりはないぞ。なんたって私は悪だ。それに待ちに待ったチャンスだからな。邪魔をしてくれるなよ」

 

「それは約束出来ないな」

 

「ならば契約だ。私は先程言った生徒からの過度な吸血はせず、坊やも必ず生かす。恐らくは坊やとも戦闘になるだろうが、万が一敗北するような事があれば呪いはきっぱりと諦めてやろう」

 

 ……諦めるか。ここまで覚悟があるのを邪魔する訳にもいかないか。人が傷付くのを見過ごすってのは気持ち悪いが、エヴァはずっとこの機会を待ち続けた。それは考慮しなければならない。もしここを逃せばエヴァはこの学園に通い続ける。その苦痛ははかり知れたものじゃない。

 

「分かった。邪魔はしない。中立の立場にいるとする」

 

「ああ、それで十分「それと」むっ?」

 

「万が一が起こってネギ君が勝ったなら、俺が呪いを解く。エヴァの我が儘を聞いてやるんだ。俺だって我が儘を言ってもいいだろ」

 

「……好きにしろ。お人好しめ」

 

「あっ、でも呪いが解けても学園に通えよ」

 

「はぁっ!? 何故あんなところに」

 

「修学旅行とか、夏休みとか、遠足とかあるだろ。最後の1年くらい他の生徒と同じ条件で学校生活楽しんでみろよ」

 

「……とんだ契約を結んでしまったな」

 

 そう言いながらもエヴァの口元は緩んでいた。これまで強制的に送らされていた学校生活を次は彼女の意思で過ごすんだ。きっとそれはエヴァが体験した事のない楽しいものになるだろう。そうなったら俺も全力でサポートさせてもらう。




勝っても負けてもエヴァは自由にさせてやる。だって個人的に好きなんだもん。


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第16話『これが従者の差』

UAが40000突破しました。ありがとうございます。


 新年度になってから桜通りの吸血鬼という噂が流れ始めた。実際に3ーAの生徒には被害も出ていた。エヴァンジェリンの仕業とは知らないネギは夜の見回りを行う事とした。

 エヴァンジェリンはネギの動向を察知し、見回りに合わせて夜道を歩く獲物を探す。偶然見つけたのは宮崎のどか。そして近くにはネギの魔力も感じる。都合がいいとエヴァンジェリンは口角を上げた。

 一方士郎は……

 

「むっ、出汁が旨い。腕を上げたな茶々丸」

 

「恐縮です」

 

 料理に勤しんでいた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 宮崎のどかを襲い、上手く悲鳴もあげてくれたので坊やも気が付いてくれた。今は逃げるようにして誘い込んでいるが、存外飛行速度が速い。予定よりも早く追い付かれそうだ。

 

『茶々丸、そろそろ坊やの相手をする。来い』

 

『畏まりましたマスター』

 

「そこです! 風花! 武装解除!」

 

 おっと、少し気を抜いてしまっていたな。折角のマントがコウモリに変えられ飛ばされてしまった。一先ず屋根に着地するか。

 

「あ、貴方は僕のクラスのエヴァンジェリンさん!? な、なんで魔法使いなのにこんな事をするんですか!? みんな怖がっていますよ!!」

 

「必要経費さ。先生、世の中には善い魔法使いばかりじゃない。悪い魔法使いだっているのさ。そんなのに言う事を聞かせたいなら力を見せるがいい。私が認めたなら何でも話してやるさ。この事件の事も、サウザンド・マスターの事でもな」

 

 ナギの事を出した瞬間に目に見えて動揺したな。やはりガキだな。今の隙に倒す事も出来たが、もっとじっくりといたぶってやろう。

 

「ど、どうしてお父さんの事を知っているんですか!?」

 

「さっきも言っただろう。私が認めたなら話してやるとな! リク・ラク・ラ・ラック・ライラック、氷の精霊7頭、集い来たりて敵を切り裂け! 魔法の射手・氷の7矢!!」

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!! 光の精霊7柱! 集い来たりて敵を射て! 魔法の射手・光の7矢!!」

 

 私の放った魔法の射手が尽く相殺され、更には1矢だけだが相殺されずに私の真横を通過した。反応速度、詠唱速度、そして威力。どれも歳の割には申し分ない。流石はあれの息子か。しかし1人では限界もあろう。

 

「よし、押しきれる!」

 

「それはどうかな」

 

「? どういう、ギニャ!?」

 

 妙な悲鳴をあげて転がる坊や。やってきた茶々丸に突き飛ばされたのだ。

 

「うぐぐ、貴方は……」

 

「紹介しよう。私の従者、絡繰茶々丸だ……何故エプロン姿なんだ?」

 

「先程まで料理をしていましたので。本日は山菜の天麩羅うどんになります」

 

 ほう、いいな山菜の天麩羅。和食は好きだ。特に士郎の和食は旨い。たまらん。っとと、思考が脱線してしまったな。

 

「さあ1人でどうする坊や?」

 

「従者がいなくたって、ラス・テル・マ、いたぁ!?」

 

 詠唱を茶々丸のデコピンによって止められてしまう坊やの姿は何とも情けない。ま、これで終わりだ。血を吸わせてもらおう。いやしかし実に呆気なかっ「うちの居候になにしてんのよ!!」た?

 

「へぶっ!?」

 

 け、蹴られた!? 障壁がこうも安易に破られるなどあり得ん!! 神楽坂明日菜め。何をしたというのだ。

 

「あ、あんたらうちのクラスの……寄って集って子供をいじめて楽しいわけ!?」

 

「興が削げた。帰るぞ」

 

「失礼します。ネギ先生、神楽坂明日菜さん」

 

「ま、待って下さい! 勝負はまだ」

 

「勝負をしたくば従者を作る事だ。今のままでは楽しくもない」

 

 あっ、鼻血が少し出てしまっている。おのれ神楽坂明日菜。いつか倍返しにしてやる。

 

 

ーーーーーー

 

 

「お帰り、エヴァ、茶々丸。明日菜のやつ凄かったな。障壁がまるでシャボン玉だったぞ」

 

「見ていたのか士郎」

 

 玄関前に立っていた士郎はどうやら観戦後に帰ってきたらしい。恥ずかしいところを見せてしまったな。吸血に夢中になってあんな素人に気が付かないとは。

 

「チャチャゼロがどうしてもって五月蝿くって」

 

「ウルセー! 結局アノ距離ジャ見エネーヨ!」

 

「どこで見ていた?」

 

「3キロくらい離れた場所だよ」

 

 それは見えん。裸眼でそれは異常だ。いや士郎にとっては普通か。

 

「うどんが伸びる。さっさと食わせろ」

 

「そうだな。春になったとはいえそんな格好で冷えたろ。うどんで体を温めろよ」

 

 家に入ると出汁と揚げ物の匂いが鼻孔を刺激する。ああ、腹へった。




うちのエヴァは食いしん坊万歳


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第17話『言葉攻め』

わたし、とても、ねむい


 今日は珍しく茶々丸だけが用務員室へと来ている。エヴァは学園長に呼ばれているのだとか。大方今回の吸血鬼騒動についてだろう。どうせ学園長も何が起こっているか把握している筈だが、形式上聞き取りはしないといけないのかもしれない。

 そして今この学園内にオコジョ妖精? とかいうものが来ているらしく、それがネギ君の助言者として傍にいるらしい。普段のネギ君では考えられない行動を取る可能性もあるので、茶々丸を1人にしない為に俺の傍に置いておくようだ。

 

「今日はこんなもんにするか。茶々丸、かなり待たせてすまないな」

 

「いいえ。1時間も経っていませんのでお気になさらず」

 

「これからどうする? 帰るか?」

 

「寄りたい場所があるのですが、よろしいでしょうか?」

 

「ああ、勿論だ」

 

 食材でも買うのかと思ったが、そうではないらしい。こっちにスーパーはなかったからな。しかし街を歩くと意外と茶々丸が人気なのだと思い知らされる。大抵の人が茶々丸の名前を知っているし、子供達からはまるでヒーローのような扱いを受けている。それもこれも茶々丸の行動によるものだ。

 

「おばあさん、荷物をお持ちします」

 

「風船が木に? 分かりました。取りましょう」

 

「川で猫が流されているんですか!? すぐに助けなければ!」

 

 茶々丸はいい子だ。とても悪い魔法使いの従者とは思えないほど人の為に行動している。川にもすぐに飛び込みそうな勢いだった。でもまあ濡れさせる訳にもいかないので俺が猫を助けておいた。俺が濡れるのはいいんだ。

 

「士郎さん、お洋服が」

 

「予備はあるからいいんだよ。何なら投影するさ」

 

「便利な魔法ですね。目的地へはもうじき着きます」

 

 そういえば人助けばかりしていて忘れていたけれど、行きたい場所があったんだったな。ここは、教会の裏手か。教会にはあまりいい思い出がないな。あいつとか顔も思い出したくもない。

 

「少し遅れてしまいました。皆さん、ご飯ですよ」

 

 皿に山盛りで乗せられたのはペットフード。それが地面に置かれると茂みから続々と猫が顔を出す。こいつらに餌をやっていたのか。

 

「ニャー」

 

「っと」

 

 助けた猫が腕から抜け出してペットフードへ近寄る。初めはおどおどしていたのだが、先住の猫が場所を空けると助けた猫は遠慮なく餌を貪り始めた。どうやら無事受け入れられたらしい。

 

「いつもこんな事をしているのか?」

 

「はい。気が付けば猫も数が……そこにいるのは誰ですか?」

 

「ネギ君と明日菜だろ。隠れてないで出てこいよ」

 

 追跡されていたのは気が付いていた。学校を出てからずっと、どのタイミングで出てくるか分からなかったが、まあ人気のない場所が無難だよな。ネギ君の肩に乗っているのがオコジョ妖精か。魔力を感じる以外はまんまオコジョだな。

 

「油断しました。ですがお相手します」

 

「うぅ、どうしようカモ君。士郎さんまでいるよ……」

 

「一般人相手に魔法はまずいわよ……」

 

「ここはエヴァンジェリンの従者を仕留めるのが優先っすよ。何なら記憶を飛ばしちまえばいいんですし」

 

 全部聞こえているぞ。なかなか物騒だなオコジョ妖精。でも遠慮がちなネギ君にはあれくらいのサポートがいてもいい気はする。

 

「ネギ君、目的はなんだい? 茶々丸に用なら気にせず話すといい。俺は猫に餌をやっている」

 

「あの、士郎さんには無関係ですし、離れていてもらう事は……」

 

「その必要性を感じないんだが、何故か理由を教えてくれるか?」

 

「そ、それは……」

 

 チラリと茶々丸を見る。時間稼ぎはこっちでやるのでさっさと離脱してもらおう。

 

「ネギ君、明日菜。茶々丸のさっきの行動を見ると喧嘩でもしているのか?」

 

「そういうのじゃないのよ。いや間違ってはいないんだけれど、違うって言うか」

 

「違うならさっき街中で話しかけてもいいだろうに。何かやましい事でもあるんじゃないか。若いから色々とあるんだろうけれど、悪さはしちゃいけないぞ。ここで言う悪さっていうのは人に迷惑をかけるような行動なんだが……でも2人が茶々丸が人助けをしている時に出てこなかったのは別に茶々丸の邪魔をするつもりでもないのか」

 

「その、茶々丸さんには用事が……い、いない!? 追いかけないと!! ごめんなさい士郎さん! さようなら!」

 

「士郎さんまたね!!」

 

 ネギ君と明日菜は急いでその場を立ち去った。だが結局2人を茶々丸を見つけられなかったようだ。しかし闇討ちか。ネギ君らしくもないが有効な手段だ。ネギ君の成長を考えるとああいうのが傍にいてもいいかもな。




どういう展開にするか迷いましたので、テキトーに書く指に任せて思考を放棄した結果、うちの士郎君ったら戦闘から逃げやがりました。


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第18話『エヴァの昔話』

人の褌で相撲を取っているような二次創作なので書くのは早いです。


 その日はエヴァンジェリンさんは風邪で休んでいました。当然従者である茶々丸さんもいません。でも不死の吸血鬼が風邪になるなんて有り得ないし、お見舞いと証して一度エヴァンジェリンさんの家まで行ってみよう。

 この前は従者だからって茶々丸さんを襲いそうになってしまった。士郎さんが話しかけていてくれて、その間に茶々丸さんが逃げ出してくれたから何にもなかったけれど、それがなければ僕は茶々丸さんを襲っていたと思う。本当の相手はエヴァンジェリンさんなのに、茶々丸さんには悪い事をしてしまった。一緒に謝らせてもらおう。そしてエヴァンジェリンさんには不意討ちじゃない。堂々とした戦いを挑もう。

 

 エヴァンジェリンさんの家は森の中にある。敵地に1人で乗り込んでいるんだから何があってもおかしくはない。それは分かっているのに、なんだか怖くなってくる。

 

「……よし! エヴァンジェリンさん、お見舞いに来ましたよ!!」

 

「はーい」

 

 あれ? 思っていた反応と違う。それに今の声は男の人の声? ここに住んでいるのはエヴァンジェリンさんと茶々丸さんだけじゃないの?

 

「お待たせ。悪いねネギ君。わざわざお見舞いなんて」

 

「えっ、えぇぇっ!!? 士郎さんがなんでいるんですか!!?」

 

 ここは敵地。何があってもおかしくはない。でもこれは流石に予想外すぎます。

 

 

ーーーーーー

 

 

 エヴァは朝から風邪だった。魔力が封じられているから免疫力とかも下がっているんだとか。吸血鬼って大変だな。そんなエヴァの世話を茶々丸としているとネギ君がやってきた。担任ってのはこういう時お見舞いとかしないといけないのか。大変だな。

 そのネギ君は有り得ないものを見たかのような顔で俺を見ている。

 

「とりあえず上がるか?」

 

「ハイ、オジャマシマス」

 

 とても固くなっている。大丈夫かこれ。

 

「エヴァは風邪で今は寝ているよ。お茶飲む?」

 

「本当に風邪なんですか?」

 

「はい、マスターは風邪にもなりますし花粉症にもなります。全ては呪いのせいです」

 

「あっ、茶々丸さん……この間はすみませんでした!!」

 

 深々と頭を下げるネギ君に茶々丸も困惑していた。被害がなかったから茶々丸は気にしていないのだけれど、ネギ君としてはあれを企んだだけで十分謝罪に値する事みたいだ。そういう気持ちは大切だと思うぞ。

 

「……あの、士郎さんの前で呪いとか言っていいんですか?」

 

「はい。士郎さんもマスターの従者なので大丈夫です」

 

「へー、士郎さんも従者…………えぇえぇぇぇぇっっ!!!?!?」

 

「落ち着け」

 

「落ち着けませんよ!! 騙し、てたのは士郎さんはやらなそうですけれど、どうして教えてくれなかったんですか!?」

 

「あの場で教えると襲われそうだったし」

 

「うっ……すみません」

 

 うん、素直な子だ。少し責任感を持ちすぎなところがあるみたいだがな。

 

「安心してくれ。今回は俺はどちらに協力する事もない。ただの中立だ」

 

「でも、エヴァンジェリンさんの従者なのにいいんですか?」

 

「従者が味方とは限らない。まあ普段は味方なんだけれど、今回はエヴァのやる事が良い事とは思えないから手伝わないんだよ」

 

 ネギ君は俺の考えを聞いて不思議そうな表情を浮かべていた。彼にとって従者と味方はイコールだったんだろう。

 

「おい、煩いぞ……」

 

「マスター! 起きてきては」

 

「少しくらい、平気だ。さてネギ先生、わざわざ我が家までやってきたんだ。手土産の1つくらい」

 

「これ、お見舞いのフルーツ盛り合わせです!」

 

「あったな、手土産」

 

「とても良い手土産です。ネギ先生、頂戴致します」

 

「……本当に見舞いに来ただけか?」

 

「いえ! 果たし状もあります! 僕が勝ったらみんなを襲うのを止めて、授業にも参加してください!」

 

「ほう……茶々丸を襲った先生が真正面から勝負を挑むとは意外だったぞ。良かろう。時間はこちらで決める。いいな?」

 

「構いません」

 

「ふっ、それまでせいぜい従者でも用意しておく事だ……ああ、怠い」

 

「マスター、お部屋までお付き合いします」

 

 決闘か。実力差は明確。まともにやり合えば敗北は免れないぞ。しかしこう頑張っている男の子を見ると応援したくなっちまうな。どっちかに肩入れするつもりはないんだが……

 

「ケケケ、ナギノガキラシクモネェ」

 

「だ、誰ですか!?」

 

「チャチャゼロ、それはどういう事だ?」

 

「昔御主人ガナギニ負ケタ日ノ話、シテヤロウカ?」

 

「お父さんの話ですか!? 是非!!」

 

 警戒していたのに父親の話になったら目を輝かせたな。しかし残念ながら内容はネギ君の期待外れなものだった。ナギ・スプリングフィールドはエヴァを水の溜まった深い落とし穴に嵌め、ネギやニンニクを投げ込み、最後には適当な呪文でエヴァに呪いを掛ける。思っていた父親像と違ったネギ君は凹んでいるが、俺は感心していた。

 

「凄いな、ナギって人は」

 

「えっ? 今の話のどこが凄いんですか?」

 

「ネギ君、エヴァは600年生きた吸血鬼だ。数々の敵を屠ってきている。そんな経験値の塊なエヴァに、ナギさんは封印以外は魔法を使わずに勝ったんだ。誰にでも出来る方法で誰も倒せなかったエヴァを倒す。俺は凄いと思うな」

 

「居候モ面白レェ事言ウナ。デモマア事実カ。コレナラソノガキデモ御主人ニ勝テルカモナ」

 

「流石に同じ手は食わないだろ。でもねネギ君、お父さんの戦い方をカッコ悪いと思わず、参考にしてみるといい。勝つ為に策を弄するのは決してカッコ悪い事じゃない。それともネギ君はエヴァ相手に手段を選んで勝てるのかな?」

 

「……無理です」

 

「なら何でも活用するのがいい。頑張れよ男の子!」

 

「士郎さん……はい! 頑張ります!」

 

 結局アドバイスしちまった。心のどこかで彼が負けて傷付くのを見たくなかったのかもしれない。やっちまったもんはしょうがないし、ここからどんな手段を選ぶかはネギ君次第だ。さて、ネギ君に一度肩入れしたしエヴァの言う事も何か1つくらい聞いてやるか。

 この後寝ぼけたエヴァの抱き枕にされるとは思いもしなかった。




次回の更新、1日空くかもしれません。プライベートでカードゲーム大会に出てきます!


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第19話『決戦!』

カードゲームの大型大会で結果を残して戻ってきました!!!


 時は来た。苦節15年。私はこの時を待ち続けた。全ては貴様の責任だぞナギ。貴様が本来の約束通り呪いを解いていれば、貴様の息子が傷付く事はなかったのだ。

 今晩は麻帆良で大規模な計画停電が行われる。私の魔力の封印は学園の結界によるもの。その結界に停電に合わせてハッキング? とやらをし、一時的ながら本来の魔力を取り戻せる。その力を使い坊やを打ち倒し、血を吸って呪いを解かせてもらおう。

 

「茶々丸、停電まで何分だ?」

 

「残り5分を切りました」

 

 坊やには停電が始まる時間、この大橋に来るように伝えてある。士郎が何処からやってくるか監視しているので、転移魔法でも使わない限りは見つけられるだろう。

 

「ん、ネギ君が飛んできているな」

 

「なんだ、坊やだけなのか?」

 

「ああ。明日菜が従者になったと思ったけれど、どうやら巻き込む気にはなれなかったみたいだな」

 

「ふん、甘いな」

 

「俺は一般人を巻き込まないのは正しいと思うぞ。でもエヴァ相手には間違った選択かな」

 

 士郎の言い分も分かるが、既に神楽坂明日菜はこちらにかなり足を踏み込んでいる。坊やの責任もあるが、あいつにはそこから離れるだけの猶予もあった。あいつが自身でこちら側を選んだ以上、もう一般人とは呼べまい。

 

「エヴァンジェリンさん! 勝負に来ました!」

 

「本当に1人か。嘗められたものだな。それともお姉ちゃんがいなくても1人で大丈夫という思い上がりか?」

 

「どちらでもありません! 僕は1人の力で勝ちます!」

 

 それが思い上がりだと分からんのか? 魔道具はいくらか用意しているようだが、はっきり言って無駄だ。

 

「士郎は下がっていろ。茶々丸、そろそろ時間だな?」

 

「残り10秒、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0」

 

 辺りの電気が消えていく。それと同時に私の魔力も戻ってきた。満月ではないし、呪いを完全に解いた訳ではないので完全に全盛期とは言えないが、この力は坊やからすれば圧倒的なものだろう。事実、坊やも目を丸くしている。

 

「士郎、茶々丸、観戦でもしていろ。さあ先生、少しは楽しませてくれよ?」

 

 

ーーーーーー

 

 

「魔法の射手! 連弾・光の27矢!!」

 

「ふふっ、魔法の射手、連弾・闇の27矢」

 

 遂にエヴァとネギ君の戦いが始まった。まずは様子見の遠距離での撃ち合い。一見すると花火のようにも見えて美しい。ネギ君が必死になって放つ矢をエヴァは後から詠唱しながらも、ネギ君以上の速度で詠唱を済ませ、更に同数の矢を同威力でぶつけている。完全に遊んでいるな。

 

「風精召喚! 剣を執る戦友! 捕まえて!!」

 

「ほう、その歳で中位の精霊を従えるか」

 

 魔法で作った自分の複製か。だがそれもエヴァの爪で引き裂かれる。おっ、ネギ君が持っているのは銃か?

 

「てぇぇえい!」

 

 撃ち出されたのは魔力の塊。魔法の銃という事か。複数の複製を相手していたエヴァだが、それを難なく避けると一気にネギ君へと近付いた。

 

「このような玩具など無駄だ」

 

 エヴァの爪で銃は弾き飛ばされ、ネギ君も大きく後退した。そこに追撃するような顎狙いの力任せの掌底。ネギ君は障壁で防いだものの、吹き飛ばされ、着地後よろめいていた。しかし俺から見れば不自然なよろめき方だ。思わずネギ君の周囲を解析し、納得した。

 

「早い幕切れだが、これで終わりとしよう」

 

 まだふらつくネギ君へ近付いたエヴァの足元で、カチッと音が鳴ると結界がエヴァの動きを封じた。捕縛結界。解析通りのものだ。

 

「や、やった! 僕の勝ちです!」

 

 確かにこうなれば普通は勝負あり。しかし浮かれているネギ君はエヴァがニヤリと笑った事にも、茶々丸が俺の隣から消えている事にも気が付かない。

 

「苦節15年。こんなものに何の対抗策も考えていないと思ったのか?」

 

「結界解除プログラム起動します」

 

「へっ?」

 

 砕け散る結界を見て放心するネギ君。その隙はあまりにも大きすぎるぞ。案の定、茶々丸が近付き、ネギ君の杖を奪ってしまった。

 

「奴の杖か。捨てておけ」

 

「はい」

 

「ああ! 僕の何よりも大切な杖! うわあぁーーん!! ひどいですよー!! ズルいです!! 本当なら僕が勝っていたのにー!! もう一度1対1で「黙れ!!!」っ!?」

 

 泣きじゃくるネギ君の頬を叩くエヴァ。そして倒れたネギ君の胸ぐらを掴んだ。

 

「男が自分から挑んだ勝負で納得がいかないから泣きわめくなど、情けないとは思わんのか!? 貴様の父親ならこの程度の苦境、笑って乗り越えたぞ!! 所詮はガキだったという事か……つまらん遊びだったな。血を頂いて終わりとしよう」

 

「待ちなさーい!!!」

 

「やはり来たな、神楽坂明日菜」

 

「マスター、ここは私が」

 

「させねぇぜ! オコジョフラーッシュ!!」

 

 おお、あのオコジョ光るのか。目眩ましは茶々丸にも通じたらしく、その隙に明日菜がエヴァを蹴り飛ばした。また鼻血が出ているな。

 

「真祖の魔法障壁を貫くだと!? 神楽坂明日菜、貴様は一体……」

 

「どうやらここからが本番みたいだぞエヴァ」

 

「分かっている。そうこなくては面白くない。おい、契約更新なりなんなりあるならさっさとしろ。時間がないんだ」

 

「明日菜さん、その……」

 

「いいのよ。勉強以外で大変な時くらい頼りなさい」

 

 キスをして契約をした2人。これで明日菜も普通の世界に戻るのは難しくなってしまったな……

 

「改めて来るがいい、ネギ・スプリングフィールド!!」

 

「契約執行90秒間! ネギの従者『神楽坂明日菜』!!」

 

 魔力供給された明日菜の動きは凄まじい。茶々丸を完全に食い止めている。茶々丸の強さはたまにやる手合わせで知っているが、格闘技も何もやっていない一般人で止められるものではない。

 そしてその隙にネギ君とエヴァは呪文を唱える。ネギ君はとても小さな杖を握っている。

 

「なんだその子供用の杖は! 私を笑い殺すつもりか? 魔法の射手、氷の17矢!」

 

「くっ、魔法の射手! 連弾・雷の17矢!」

 

 明らかに威力が落ちている。杖の差が如実に出てしまっているな。

 

「雷も扱えるか。だが詠唱が遅いぞ!!」

 

 その後も魔法の射手の撃ち合いは続く。先程まではネギ君にエヴァが合わせていたが、今はエヴァの詠唱に何とかネギ君が追い付いている形だ。

 

「フハハ! よく追い付いている!」

 

「ラス・テル マ・スキル マギステル 来れ雷精 風の精!!」

 

「リク・ラク ラ・ラック ライラック 来れ氷精 闇の精!!」

 

 魔法の射手とは違う呪文。魔力もかなり高まっている。

 

「雷を纏いて! 吹きすさべ! 南洋の嵐!!」

 

「闇を従え、吹雪け、常世の氷雪」

 

 詠唱が完了した。発動する!

 

「雷の暴風!!!」

 

「闇の吹雪!!!」

 

 ぶつかり合う魔力の暴風。茶々丸と明日菜も動きを止めてそれを見守る。優勢なのはエヴァ。ネギ君は杖に力を籠めているが、その杖には罅が広がっている。

 

「僕は、もう! 逃げたくない!! へ、へ、へーっくしょんっ!!」

 

 はっ? くしゃみと同時に魔法の威力が一気に上がってエヴァの魔法を押しきった? エヴァは無傷だが、服は無くなり、裸になっている。

 

「やりおったな……流石は奴の息子……」

 

ーーパリンッ

 

 何かが砕け散った。同時に広がる刺激臭。これは料理をする身なら知っている。ネギとニンニクの臭いだ。しかもとてつもなく強烈に濃縮されている。離れていた俺も鼻を思わず摘まんだし、明日菜やオコジョも顔を覆うようにしてその場から離れている。ガイノイドである茶々丸すら顔をしかめており、そしてエヴァは……

 

「…………カハッ」

 

 白目を剥いて倒れた。すぐにネギ君が予備の杖を構える。直後にエヴァは跳び跳ねるように起きた。

 

「くっさーーーっ!!!?!? ぼ、坊や何をしたーー!? うっ、息をするのも、辛い」

 

「濃縮したネギとニンニクを瓶に詰めておきました。最終兵器です」

 

「な、なんと極悪なものを……だがまだ、負けては」

 

「いやエヴァ。負けだよ。お前が意識を失った瞬間、ネギ君は攻撃が出来た。僅かだが生殺与奪権は彼にあった。決闘でそれを握られる意味。エヴァなら分かるだろ?」

 

 そっと俺の上着を被せながらエヴァに告げる。

 

「……風よ」

 

 へぇ、エヴァは風も操れたのか。その風が刺激臭を吹き飛ばしていった。

 

「坊や、今回は私の負けだ」

 

「ほ、本当ですか!? やったー!! じゃあ皆さんを襲わず、授業にも参加して下さいね!!」

 

「ふん、認めたくはないが約束だからな」

 

「えへへ、名簿にも僕の勝ちって書いておこー」

 

「おい! 誰がそこまでしていいと言った!!」

 

「へへー。エヴァンジェリンさんは呪いを解くためにこんな事したんですよね。やったのは僕のお父さんですし、責任を持って僕が呪いを解きますよ!! いつになるかは分からないですけど……」

 

「その必要はない。士郎、約束だ」

 

「ああ、投影(トレース)開始(オン)

 

 ルールブレイカーを投影する。解くのは登校地獄のみ。他の契約や術式には干渉をしない。

 

破戒すべき(ルール)

 

 たった一点。それのみを断ち切る。対魔術宝具であるこれはあらゆる魔術を初期化するが、真名を解放すれば決して不可能ではない!!

 

全ての符(ブレイカー)!!」

 

 エヴァの胸に突き立てられたルールブレイカーは確かに何かを断ち切った。周囲に悲鳴のような音が木霊する。そしてエヴァから立ち上る魔力は先程までよりも更に強大なものだ。

 

「登校地獄の精霊が泣いているな……」

 

「エヴァ、成功か?」

 

「ああ、茶々丸との契約も貴様との契約も残ったまま登校地獄はなくなった。見事だ士郎。いや、流石は宝具といったところか」

 

 むっ、俺だって精神集中させて頑張ったんだけどな。まあ宝具がないとこんなのは出来ないから否定はしないけれど。

 

「エヴァンジェリン、さん?」

 

「坊や、見ての通り呪いは解けた。もう貴様の血を狙う必要もない。それと士郎」

 

「なんだ?」

 

「折角呪いが解けたのだ。記念に1つ、共に踊ってはくれんか?」




次回はエヴァ対士郎です


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第20話『踊りましょう』

土曜か日曜は投稿休みにするか悩む今日この頃。


「折角呪いが解けたのだ。記念に1つ、共に踊ってはくれんか?」

 

 エヴァンジェリンがそう言うと同時に停電が復旧し、電灯が輝き始める。まるで彼女を祝福するかのようだ。更にエヴァンジェリンの体を大量のコウモリが包み込み、内側から士郎の上着が投げ捨てられると大人の姿になりマントや衣服を身に纏ったエヴァンジェリンが現れた。

 士郎は困った顔を浮かべていた。エヴァンジェリンの踊りの意味は分かっている。だが仮にも従者である自分が主人に刃を向けてもいいのか迷っていた。

 

「どうした? 主人の言う事が聞けないのか居候」

 

「むっ。怪我するかもしれないんだぞ」

 

「怪我程度なら許容範囲だ。私もお前もたまには全力で運動する必要があるだろう? 主人の優しさを大人しく受け取れ」

 

「はぁ、とんだ優しさだ……同調(トレース)、開始(オン)」

 

 肉体に強化を施し、干将莫耶を投影する。2人の間にピリピリとした空気が流れる。

 

「ネギ先生、神楽坂明日菜さん。これから見られるのは世界トップクラスの戦いです。よく見ておくといいでしょう」

 

 茶々丸の言葉の直後、エヴァンジェリンの姿が消え、続いて士郎も消える。直後上空で金属がぶつかる音が響く。干将莫耶と魔力で作った黒い爪がぶつかり、火花を散らしていた。

 

「ふんっ!!」

 

 腕力で押し返したのはエヴァンジェリン。上空で踏ん張る手段がない士郎だが、橋になんなく着地する。

 

「魔法の射手! 連弾・闇の100矢!!」

 

「投影(トレース)、開始(オン)」

 

 ネギとの戦いの最中では見られなかった空の一部を隠す程の魔法の射手。士郎は弓矢を投影し、それを撃ち落としていく。その動きはネギ達では見えないくらいの速さで、矢はマシンガンのようだった。しかも1発の威力が魔法の射手を上回っている。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック! 来たれ氷精、闇の精!! 闇を従え、吹雪け、常世の氷雪!! 闇の吹雪っ!!!」

 

「赤原を往け、緋の猟犬!! 赤原猟犬(フルンディング)!!!」

 

 敵を追尾する魔剣は闇の吹雪と真正面からぶつかりながらも威力を落とす事なく、闇の吹雪を貫いた。

 

「こうも容易に闇の吹雪を貫くか!」

 

 高速で回避するエヴァンジェリンを追尾する赤原猟犬(フルンディング)。無詠唱の魔法の射手を飛ばすも剣に触れる前に消し飛んでいく。

 

「単純に真正面から止めるのはより強力な魔法が必要か。ならば!」

 

「! 消え、後ろか!!」

 

 姿が消えたエヴァンジェリンが士郎の影から飛び出し、士郎は振り向き様に干将莫耶を振り抜いた。エヴァンジェリンはそれを回避し、爪を首へと突き立てようとする。

 

「停止(フリーズ)解凍(アウト)ッ!!」

 

「おっと」

 

 その一撃も上空から落ちてきた剣に阻まれる。ここまで使われた剣のどれもが凄まじい魔力を秘めているのを感じたネギは息を呑んだ。

 後方から最短距離でエヴァンジェリンを貫こうとする赤原猟犬(フルンディング)を消した士郎は再び干将莫耶を構える。対してエヴァンジェリンは魔力の剣を生み出す。その膨大な魔力に危険性を感じた士郎は干将莫耶へと更に魔力を籠める。

 

「オーバーエッジ!!」

 

「エクスキューショナーソード!!」

 

 ぶつかり合う剣。結果として勝ったのはエヴァンジェリンの剣。無理な強化をした干将莫耶・オーバーエッジでは2本でもエクスキューショナーソードを一度止めるのみで砕けてしまった。

 

「投影(トレース)」

 

 ならばあれに勝つ剣を用意すればいい。それが衛宮士郎の魔術。

 

「開始(オン)!!!」

 

 その手に握られるは黄金の剣。王の選定の剣。エクスキューショナーソードと真正面からぶつかっても傷付く事もない。

 

「それがカリバーンか!! ふふ、全てを相転移させるエクスキューショナーソードとも打ち合えるとは。しかも美しい」

 

「ありがとよ」

 

 超高速での打ち合いを続ける2人。それ衝撃波だけで地面は抉れ、大気は弾ける。

 

「うおぉぉおおおおおおおっっ!!!」

 

 やがて士郎の一撃はエクスキューショナーソードを砕いた。だがエヴァンジェリンは懐に飛び込み、腕を掴む。吸血鬼の筋力は尋常ではない。払い除けようと力を込めた士郎だが、突然天地が逆転する。否、逆転したのは自身だった。頭部からの落下を何とか腕で防いだが、エヴァンジェリンに組伏せられる。パクティオーカードを取り出すも、口を塞がれアーティファクトを呼び出せない。

 エヴァンジェリンが士郎の顔を握り潰して終わり。誰もがそう思ったが、ネギだけは悪寒を感じ空を見上げた。そこには数々の聖剣や魔剣が星のようにきらびやかに浮いていた。エヴァンジェリンは手を士郎の口から離すと微笑みかけた。

 

「引き分けだな。いい運動だった」

 

「ああ、これだけ体を動かしたのは久し振りだ。ありがとうエヴァ」




エヴァって、いいよね。


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第21話『生きていた』

夜勤の休み時間は暇なのですらすら書けました


 エヴァンジェリンさんに勝てた。カモ君が言うにはお父さんに匹敵するかもしれない人。そんな人に勝ったんだと僕は浮かれていた。でもあれはエヴァンジェリンさんにとって遊びに過ぎなかった。士郎さんとエヴァンジェリンさんの戦いはとてもではないけれど、僕が入り込む隙なんてなかった。しかもそれをエヴァンジェリンさんは運動と言い切った。

 

「最後は危なかったな。あのアーティファクトを使われたら確実に負けていた。全く、引き分けが限界とは我ながら情けない」

 

「力を取り戻してから久し振りに動き回ったんだ。仕方ない。それに俺に合わせて接近戦に持ち込んでくれただろ。色々とハンデあっての引き分けなんだから気にするなよ。しかし最後のは合気道か。そんなもの覚えていたんだな」

 

「相手の力を利用するなんて華麗だろ。それに接近戦に持ち込んだのは敢えてだ。貴様の弓矢相手に遠距離戦をするにはまだまだリハビリが足りん」

 

 軽口を叩き合う2人はとても仲良さげで、美男美女だからとっても絵になっていた。そして会話から感じられるのはどちらも力を出して切っていないという事。あの人達はどれだけ遠い存在なのだろう。

 

「エヴァちゃんは吸血鬼なのは知っているけど、士郎さんって本当に人?」

 

「失礼だな明日菜。まだ人間だよ」

 

「まだって、いずれ吸血鬼にでもなるんですかい旦那?」

 

「オコジョ妖精か。旦那なんて恥ずかしいから士郎でいい。それと吸血鬼になるつもりはないぞ」

 

「了解っす、士郎の旦那」

 

「何を了解したんだお前は」

 

「あ、あの、エヴァンジェリンさん」

 

「なんだ坊や」

 

「さっきの士郎さんのナイフで、登校地獄は解けたんですよね」

 

 今なお膨大な魔力を感じる以上、間違いなく呪いは解けている筈だけれど、念のため確認はしておく。

 

「ああ、そうだ。それがどうした?」

 

「もう、無理して学校に来る必要はないんですよね……授業に参加する事も」

 

「ふっ、確かにその通りだが、あの時敗北したのも事実。私は悪だが信念ある悪だ。約束を破るなどみみっちい事はしない」

 

「よ、良かった……」

 

「本音を言えばナギの亡骸でも探しに向かいたいが……」

 

「お父さんの? お父さんは生きていますよ」

 

 僕の言葉にエヴァンジェリンさんは目を丸くする。あれ? 僕、変な事言ったかな?

 

「馬鹿な……あいつは死んだと……」

 

「僕が小さな時に悪魔に村を襲われて、その時に助けてくれたんです! 杖だってその時に貰いました!」

 

「あの杖は誰かから遺品として受け取ったのではなく直接貰ったというのか!? そうか、そうかぁ。簡単にくたばるような奴ではないと思っていたが、やはり生きていたか!」

 

「良かったじゃないかエヴァ」

 

「いいや良くはないぞ士郎。生きているのに呪いを解きに来なかったのだ。見つけ次第ぼっこぼこのけっちょんけっちょんにしてやる」

 

 あわわ、お父さんがいないところでお父さんが大変な目に遭うのが決まってしまった。士郎さんは苦笑いして止めようとしないし……あっ、士郎さんといえばさっきの剣は何だったんだろう。アーティファクトなのかな?

 

「ねぇ士郎さんも魔法使いなの? さっきずっと剣とか弓で戦ってたけど」

 

「広義的に言えば魔法使いだな。空を飛んだり、魔法の射手を使ったりはしないが、独自のものは使える」

 

「あの剣も魔法で出したものなんですか? フルンディングやカリバーンって言っていましたけれど、どっちも本物って事はないですよね」

 

「流石に模造品だよ。フルンディングが矢じゃないのは知ってるだろうし、カリバーンだって失われている」

 

「ねぇカモ。フルなんとかやカリバーンって何?」

 

「姐さんが知ってるわけないっすよね。どっちも伝説上の武器っす。模造品とはいえ実在するのは驚きっすけどね」

 

 きっと最後に空に浮かんでいた数々の剣も伝説の剣の模造品なんだろうな。模造品とは言うけれど、どれも感じた魔力はとてつもないものだった。本物が実在するならあれ以上なのかな。

 

「さあ士郎、茶々丸、帰るぞ」

 

「ああ、ネギ君、明日菜、お休み」

 

「お休みなさいませ」

 

「明日からちゃんと来て下さいねー。明日菜さん、僕達も帰りましょう」

 

「そうね。流石に疲れたわ」

 

 

ーーーーーー

 

 

 エヴァとネギ君の決闘の翌日、俺とエヴァは学園長から呼び出しを受けた。理由はまず間違いなくエヴァの呪いを解いた件だ。

 

「来てやったぞジジイ」

 

「うむ。ま、そこに座ってくれ。本当に解けておるようじゃな」

 

「当たり前だ。宝具の力はそれだけ強力だというのは士郎の記憶で知っているだろう」

 

「そうじゃな。ではエヴァよ。これからどうするつもりじゃ?」

 

「少なくとも卒業までは此処に居てやる。その後は自由気ままに生きるさ」

 

「ふむ、それならば良い。ワシやタカミチ君もお主がいつまでも学生をやっておるのが正直心苦しかったしのぉ……衛宮君、今晩空いておるかな?」

 

 今晩? 何やら随分と唐突だな。どうせ今晩も夕食を作って自己鍛練をするくらいなものだから空いていると言えば空いているか。

 

「実はエヴァの傍にお主がおる事を気にする魔法先生や魔法生徒が出てきてのぉ。今晩、お主をエヴァの監視役という名目での紹介をしておきたいのじゃ」

 

「成る程。いいですよ」

 

「士郎、見せるのは干将莫耶と弓矢くらいにしておけよ。それと警備員など断れ。無駄に貴様の力を見せる必要はないからな」

 

 分かっているとも。俺はエヴァの従者だ。この学園の人々と敵対するつもりはないが、エヴァが敵視されている以上は万が一を考えなくてはならない。その時の為にも手札は秘めておく。その万が一が起こらないように努力するのが一番だけどな。




ネギま×Fateのテンプレイベントの1つ!
魔法使い達との顔合わせ始まります!!


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第22話『手荒い自己紹介』

上手く書けなかったと思います!!(小並感)


「迎えに来たよ士郎君」

 

「遅い時間に迎えに来てもらって悪いなタカミチ」

 

「お願いしていてるのはこっちだからね。それに今日は僕も士郎の相手を出来るから楽しみなんだ」

 

「さっさと行け。くれぐれも私に迷惑が掛からないように気を付けろよ」

 

 時間は深夜0時。今から学園の魔法使い達と士郎の顔合わせが始まる。エヴァンジェリンは動くつもりがないらしく、一応は玄関まで見送りに来ていた。

 タカミチの案内でやってきたのは世界樹前広場。人払いがなされているらしく、魔法関係者のみが集まっていた。

 

「皆の衆、既に見知っておる者もおるかもしれんが、彼が衛宮士郎君じゃ。用務員をする傍ら、エヴァンジェリンの監視役としても働いてくれておる。衛宮君、挨拶を」

 

「衛宮士郎です。まずは本日まで身分を隠していた事をお許し下さい。学園においては若輩者ですので、ご指導ご鞭撻、よろしくお願い致します」

 

 士郎が頭を下げると拍手が起こる。どうやら概ね好意的に受け入れてもらっているようだ。

 

「ハハハ、まさか衛宮さんが魔法関係者だったなんて気が付かなかったなぁ」

 

「あー、すみません。名前が思い出せないので、教えてもらえませんか?」

 

「思い出せないも何も、一度修理をお願いした時に名乗ってなかったからね。瀬流彦だよ。よろしく」

 

「こんばんは、衛宮さん。葛葉刀子と申します。刹那の稽古相手をして下さっていたと伺っています」

 

「刹那の師匠ですか?」

 

「そんな大層なものではありません。少し剣を教えていただけです」

 

 士郎自身が知らなくとも意外と繋がりはあったようで、ワイワイと盛り上がっていた。そんな中黒人の教師、ガンドルフィーニが学園長へと質問を投げ掛けた。

 

「衛宮君の人柄が良いのは分かりました。しかし闇の福音を監視する程の実力はあるのでしょうか? いくら封印状態とはいえあれは酷く手強いですよ」

 

「その質問を待っておった。タカミチ君、衛宮君、準備を」

 

「お手柔らかにね、士郎君」

 

「こちらこそ」

 

 にこやかに笑っている2人だが、タカミチは両手をポケットに収め、士郎は弓矢を投影している。士郎の実力を知りたかった者は大勢いるが、まさかいきなりタカミチが相手とは誰も考えはしなかった。

 

「このコインが落ちたら開始だ。いくよ」

 

 コインが宙を舞い、地面へと触れた瞬間に2人は動き出す。士郎は跳び上がり、上空から大量の矢を放つ。戦闘機による機銃掃射のようなそれをタカミチはポケットの中で加速させた拳で打ち落としていく。

 

「くっ!」

 

 しかし全ては無理だ。矢ががむしゃらに放たれているのであれば自分に当たるものだけを落とせばいい。だが士郎の矢は全てが必中。それも威力も異常なほどに高い。打ち落とせないものは避けるしかない。

 着陸した士郎は上空に数発の矢を放ったのち、今度は真正面から矢を放つ。タカミチは空から降ってくる矢と真正面からの矢。その両方を何とか捌ききる。

 

「フゥー、参った参った。正直ここまでとは思わなかったよ。この距離だから対処出来たけれど、何キロも離れた場所から今の攻撃を受けたらとてもではないけれど死んでしまうね」

 

「俺も驚いたよ。居合い拳や抜拳術とか呼ばれる技術だっけか。実際に見たのは初めてだったが、随分と連打が出来るんだな。しかも見えない拳圧まで飛ばせるなんて、こっちが先手を取らなかったらやられていたかもしれないな」

 

 僅かな攻防だが、それだけでも双方の実力が分かる。タカミチはやりすぎだと考えていた関係者も、士郎の攻撃を捌けるのはタカミチか学園長くらいしかいないだろうと考えを改めた。

 

「なら今度はこっちの番だ。シッ!!!」

 

「! ハァッ!!」

 

 即座に干将莫耶に持ち変えた士郎は見えない拳を切り落とす。攻防が入れ替わり、タカミチの苛烈な攻めが士郎を襲う。何度も居合い拳を放ちながらもタカミチは徐々に間合いを詰めていく。無論、距離が狭まればそれだけ攻撃が当たるまでの感覚も短くなる。士郎はそれをポケットから抜かれる拳を見て、そこから攻撃を予測しながら防ぎきる。

 

「おいおい、かなり速くやったのに無傷かい」

 

「威力を低くしただろ? それにもっと速い攻撃を知っていてな。連打の類いはあれを常に想定して鍛練してきた」

 

「ランサー、だったっけ」

 

「ご名答」

 

「そこまでじゃ。衛宮君の攻撃力と防御力、どちらも見せる事が出来たじゃろう。皆の衆、これでも不満はあるかな?」

 

 自分達では太刀打ち出来ないタカミチと対等に打ち合う士郎の実力に文句を言う者は誰一人としていなかった。

 

「すまないな衛宮君。君は闇の福音の監視役として相応しい実力のある人物だったよ」

 

「素晴らしい弓術に剣術でした。刹那が敵わないとは言っていた理由も分かります」

 

「衛宮さんは凄いな! この上物の修理や料理もやれるんだろう? 万能超人だね!」

 

「料理! ピザマンなんかも作れるかね!?」

 

「弐集院先生は黙っていて下さい」

 

 どうやら皆を認めさせるにはあれだけでも十分だったらしい。無論士郎の普段の働きぶりも評価されての事だろう。

 

「衛宮さん、初めまして。高音・D・グッドマンと申します。先程の魔法は転移魔法でしょうか?」

 

「そんなところだ」

 

「こんばんは、衛宮さん」

 

「愛衣じゃないか。君も魔法関係者だったんだな」

 

「あら愛衣、衛宮さんとはお知り合い?」

 

「中等部なら大概の人がお世話になっていると思いますよお姉様」

 

「まあ。衛宮さん、愛衣は私の従者でもありますの。これからもよろしくお願い致しますわ」

 

「ああ、学園内では基本的に用務員として接する事となると思うが、よろしく」

 

「さて衛宮君の紹介もこれで終わりじゃ。エヴァンジェリンの監視役という都合上、普段の警備に衛宮君は参加出来ぬが、何かあれば昼間に用務員として働いておる彼に話し掛けると良いじゃろう。ではこれにて解散とする」

 

 

ーーーーーー

 

 

 帰宅した士郎を待っていたのはワインを傾けるエヴァンジェリンとチャチャゼロ、そしてどこか不機嫌そうな茶々丸だった。

 

「おぉ士郎、若い女とイチャついてきたようだな」

 

「居候モ隅ニ置ケネェナ」

 

「高音や愛衣と話していた事か? あれはそんなんじゃ、いてっ!? ちゃ、茶々丸? なんでつねるんだ?」

 

「…………知りません。お風呂は沸いています。早く入ってお休み下さい」

 

「お、おい、待ってくれ」

 

 茶々丸は士郎と目を合わせようともせず、そのまま立ち去っていった。士郎は何かしてしまったのだと思い、そんな茶々丸を追い掛けていった。

 

「見たかチャチャゼロ、今の反応。明日は赤飯だな」

 

「ケケケ、人形ガ人間臭クナリヤガッテ。妹ノ成長ッテノハ嬉シイモンダナ御主人」




茶々丸大好き。甘やかしたいし甘やかされたい。


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第23話『京都へ行こう』

お気に入りが1300件突破していました。拙い文章ですが、皆さんいつもありがとうございます。


「士郎! 修学旅行だぞ! 京都だぞ!」

 

 まだ修学旅行まで日数があるのにうちの姫様は騒がしい。まあこれまで散々行きたくても行けなかった修学旅行に参加出来るのだからこれくらい喜ぶのは当然なんだが、俺は行く予定はないのだからいちいち報告に来なくてもいいと思う。

 

「マスター、ハワイの可能性もあります」

 

「安心しろ。ジジイを脅してでも京都にしてやる」

 

「脅すのはやめろよ。それとここにあんまり入り浸り過ぎないでくれよ。魔法先生達への言い訳が大変なんだから」

 

 エヴァの監視役って事でエヴァの傍にいてもおかしくはないのだが、あまり親しくし過ぎていると不審がられてしまう。現に昨日ガンドルフィーニ先生から『闇の福音と共に歩いていましたが、監視とはもっと隠密にやるものではないのですか?』と聞かれてしまった。その時はエヴァの了解を得て堂々と監視をしていると言ったけれど、談笑していたりするのは監視に見えないよなぁ。学園長も面倒な役割を押し付けてくれたものだ。

 

「エヴァは京都が好きなのか?」

 

「ああ、そうだぞ。神社仏閣なんかを見るのが好きだからな。他の国の古い文化もいいが、日本のものは特に好ましく感じる。私の感性に響くものがある」

 

「へぇ、そういうものか。茶々丸は修学旅行にどこがいいって希望はあるのか?」

 

「私は麻帆良の外へ出た事がありません。画像等でデータとして外の世界は知っていますが、どこかへ行きたいという事はありません」

 

「なら今回が初めての旅行だな。目一杯楽しんでこいよ」

 

「なんだその言い草。貴様も来るんだ」

 

 はっ? こういう学園のイベントに俺みたいな用務員は参加しないだろ。教師じゃないんだぞ。

 

「いえ士郎さんも参加をするべきかと思われます。マスターの監視役である以上、あまり離れた場所にいるのはよろしくないのでは?」

 

「茶々丸の言う通りだぞ。さあジジイに交渉に行くぞ」

 

「お、おい引っ張るなって」

 

 

ーーーーーー

 

 

「衛宮君の参加は無論考えておるよ」

 

 茶々丸の言い分である程度納得はしていたけれど、雇い主である学園長からこう言われてしまっては断れない。

 

「それでジジイ、場所は京都だな」

 

「断言されても困るのじゃが……まあ京都になるじゃろう。関西呪術協会との関係もあるからのう。今回の修学旅行ではネギ君に親書を持っていってもらうつもりじゃ」

 

 修学旅行でまで魔法関係の仕事か。ネギ君も大変だ。俺もある意味では魔法関係の仕事とも言えるけれど……

 

「大丈夫じゃと思うが、もしかすると妨害があるかもしれん」

 

「妨害ですか?」

 

「組織の上は仲良しでも下ではそうとは限らん。魔法協会が気に食わん呪術協会のしたっぱもいるだろうさ」

 

「そういう事じゃ。形式上でも親書という形で繋がりを作っておきたい。万が一に備え、衛宮君にはネギ君の護衛を頼みたいのじゃ」

 

「ええ、いいですよ」

 

 何もないのが一番だけれども、親書なんてものを持っている以上は何があっても不思議ではない。可能な限り手助けさせてもらおう。

 

「ふん、面倒な。士郎、テキトーでいいぞテキトーで」

 

「そうはいかないだろ。危険性だってあるんだ」

 

「貴様が危険に陥る可能性など、馬鹿なガキ共の身代わりになる時くらいだろう。下手な行動をするようならば強制的に喚び戻すからな」

 

 パクティオーカードをちらつかされる。あれにはそういう機能もあったな。だからと言って誰かが危険な時に見過ごすつもりはない。俺にはそれだけの力がある。その為に、力を得たんだから。




自分、観光には全く興味を持てないので修学旅行は食う事に専念していた覚えがあります。


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第24話『新幹線』

今回はとても短いですが、明日投稿が難しいので投稿させてもらいます。なのでストーリーもほぼ進みません。お許し下さい。


 新幹線。日本が誇る高速鉄道であり、その安全性の高さは世界随一だ。快適な長距離移動を約束してくれるそれは、見方によっては逃げ場のない高速移動する鋼鉄の箱。もし襲撃に遭おうものならどんな被害が出るか分かったものではない。だからこそ警戒は怠れない。

 

「士郎、お茶」

 

「なぁエヴァ、クラスのみんなと一緒の車両に居てくれよ」

 

「あんな騒がしい中で過ごしたくはない。折角の旅の風情が台無しになるだろう」

 

 警戒は怠れないのだけれど、うちの姫様がこれだからろくに見回りに行く事も出来ない。この場で神経を研ぎ澄ましていても、新幹線全体の様子が分かるわけでもない。

 

「駅弁はいいな。旅をしている気分に浸れる。そうは思わんか士郎」

 

「それは同意する。料理にはシチュエーションも大切だ」

 

「そういうものなのでしょうか? 姉さんはどう思います?」

 

「普通ニ酒ヲ飲ムヨリモ、桜ヤ月ヲ見ナガラ飲ムトヨリ旨クナル。ソウイウモンダゼ。ヨーハ気分ダ」

 

「難しいです」

 

「ケケケ、イズレ分カル」

 

 茶々丸にも感情がある以上、気分的なものを理解できるのも遠くはないな。

 そんな会話をしていると何かが通路を通り過ぎていった。今のは燕? 微かに魔力も感じられた。呪術協会の妨害とみていいだろう。

 

「行ってくる」

 

「あの程度坊やでも何とか出来る。無視しておけ」

 

「そうはいかないさ。呪術協会の手口も少しは知っておきたい」

 

 何をしてくるのか分からないと戦略の立てようもない。百聞は一見に如かずとよく言ったものだ。

 燕を追い掛けていくと、3ーAの車両でカエルが大量発生していたが無視。害のない妨害なら気にしていられない。更に進むと刹那とネギ君が一緒にいた。傍には切られた紙が落ちている。式紙? いや式神だっけ? まあそんな感じの紙製の使い魔の類いだったようだ。

 

「ネギ君、親書は無事か?」

 

「は、はい。刹那さんが燕を切ってくれたので、取られた親書も取り戻せました」

 

「気を付けた方がいいですよ。京都に着いたらより強力な妨害がある筈です。この程度で苦戦していたら後が持ちません。では失礼します、先生、士郎さん」

 

 敵の本拠地だしな。それに新幹線内は一般客もいる以上、派手な動きは控えたと考えられる……カエルは派手だったな。新幹線内でカエルが湧く筈ないし。何にせよ刹那の言うように気を引き閉めるべきだ。しかし刹那、かなり苛立っていたように見えたな。

 

 その後無事に京都に到着して観光が始まった訳だが、落とし穴はあるわ、滝から酒が流れてくるわと何とも言えない妨害が続いた。子供の悪戯じゃあるまいし、これなら無闇に神経を研ぎ澄ます必要はないのかもしれない。

 そんな僅かな気の緩み。それがその夜、致命的な油断となってしまった。




今後土曜日は投稿休みの日にしようかな。週休1日。


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第25話『殺意』

お、歴代最長の文字数になったかな? それでも5000文字越えていないのでスナック感覚で読んでね!!


 関西呪術協会の奇妙な妨害を受けた3ーA一行は無事宿泊先のホテル嵐山に到着した。一応護衛をしようと気を張っていた士郎も子供騙しのような妨害に完全にやる気を削がれてしまった。

 士郎は他の生徒や教師が来る前に温泉に入り、体を伸ばす。こうしてゆっくりと温泉に入るというのはいつぶりか。だが何かの気配を感じ緩んだ気を引き締める。

 

「士郎の旦那! 久し振りっす!」

 

「なんだ、カモミールか。お前ならただのオコジョの振りをして女湯に行くと思っていたんだが、良心でも働いたか?」

 

「いやいや、士郎の旦那に聞いてみたい事があったんすよ。桜咲刹那の事っす」

 

「刹那が何かあったか?」

 

「あいつ関西呪術協会のスパイじゃないっすか? 兄貴にも敵意たっぷりみたいっすし」

 

「刹那が? くくっ、ははははは! あいつに隠し事は向いてないよ」

 

 カモミールの言葉に士郎は思わず笑ってしまう。これまで刹那と何度も手合わせをしているが、彼女は非常に真っ直ぐな少女だ。それにもし関西呪術協会のスパイだとするならば、新幹線で燕を斬った時に一緒に親書も斬ってしまえば良かっただけの事。それを聞かされたカモミールだが、何か納得出来ていないようだった。

 確かに士郎にも腑に落ちない所がある。刹那がネギを見た時の目は酷く苛立っていた。あれを敵意と感じても仕方ないだろう。

 

「直接話を聞いてみるか。カモミール、一緒に来いよ」

 

「うっす!」

 

 

ーーーーーー

 

 

 士郎さんに話があると呼び出されてしまった。もうすぐお嬢様がお風呂に入る時間だ。なるべく手短に済ませてもらおう。

 ロビーに着くと人の気配がない。近付くと近寄ってはいけないという感覚に襲われる。しかし酷く微弱なもの。ちゃんと目的地に向かおうと意識していれば無視出来るものだ。しかし逆に言えば無意識だと遠ざかってしまう。関係者以外を近付けたくない時には良い結界だ。

 

「突然呼び出してすまない刹那」

 

「いえ。何があったのでしょうか?」

 

「こっちは何もないんだが、刹那ってネギ君が嫌いか? どうにもネギ君に対して苛立っていたように見えてな」

 

「えっ……」

 

 恐らく新幹線での事だ。あまり先生を威圧しない為にも、心のうちに秘めておいたつもりだったのに……

 

「はい、その……そういう気持ちはありました」

 

「理由を聞いてもいいかな?」

 

「先生は親書を持っているというのにあまりに無用心です。それにお嬢様の件もあります。あれでは守れる力があっても何も守れません。もっと気を引き締めてもらいたいのです」

 

「だそうだぞカモミール」

 

「そう言われちまうと、何も言えねぇや……」

 

「貴方は先生の使い魔の……」

 

「でも今回はまだ許してやってほしい。ネギ君にとってもこの修学旅行は楽しいものなんだ。警戒なら俺がしっかりと、っ!!!」

 

「あっ、士郎さん!?」

 

 突然駆け出していった士郎さん。直後に温泉の方からお嬢様達の悲鳴が響いた。しまった! まさかもう温泉に入っていらっしゃるなんて! 私も瞬動で士郎さんを追い掛けるも全く追い付けない。魔力で強化しているだけなのになんて速度!

 私が追い付いた時には既に事は終わっていた。女湯の外で士郎さんは息を整えながら立っていた。

 

「こ、ここ女湯だったな……男の俺が飛び込むべきじゃなかった。明日菜! 木乃香! すまなかった!!」

 

「助けてくれたんだから気にしてませんよー! でも裸見たなら忘れてくださーい!」

 

「うちも大丈夫やでー」

 

「あの、士郎さん……ありがとうございます。こんな事にならないように私がいるのに……」

 

「いいんだ。しかし直接手を出してくるとは……気を緩め過ぎたな」

 

「何があったのでしょうか?」

 

「猿の式神っていうのかな。あれが複数体いたんだ。力は大した事なかったから、風呂桶を投げ付けて倒しておいたよ」

 

 いくら力の弱い式神でも風呂桶程度で倒せるとは思えないのですが、どんな力で投げたのでしょうか?

 

「皆さん! 何があったんですか!?」

 

「先生、遅すぎます」

 

「こりゃ呆れられてもしょうがないぜ兄貴」

 

「え、えぇっ!?」

 

 

ーーーーーー

 

 

 部屋で寝転がり仮眠を取る。起きた時には40分経過していた。これなら今晩活動を続けるのに支障はないな。

 

「早イオ目覚メダナ」

 

「これくらいでいいさ」

 

 僅かな睡眠時間でも質を高くすれば問題ない。今日は新幹線や観光先、そしてホテルと何度も襲撃を受けている。大半が悪戯のようなものとはいえ、こうも何度も受けていては警戒せざるをえない。

 

「居候、暇ナラ酒ヲ注ゲ」

 

「暇じゃない。これから見回りだよ。付いてくるか?」

 

「オウ!」

 

 ピョンッと頭に乗ってくるチャチャゼロ。こんな小さな姿でも現在ホテル嵐山における戦力としてはエヴァ、俺に続くナンバー3と言ってもいい。一緒に行動して損はない。ちなみにエヴァは何もするつもりがないらしく、超やハカセと遊んでいる頃だろう。

 チャチャゼロと共にホテル周辺の見回りをしていると、何かがホテルから飛び出してきた。チッ、既に従業員として紛れ込んでいたか。先に従業員のチェックをするべきだった。なんて迂闊な。

 着ている猿の着ぐるみは鎧のようなもの。腕には気絶した木乃香を抱えている事から身体能力の強化も予測される。だが弱い。

 

「同調(トレース)、開始(オン)」

 

 肉体を強化し、飛行している着ぐるみを追走する。下手な攻撃は木乃香を傷付けかねない。直接捕縛する。

 

「投影(トレース)、開始(オン)」

 

「鎖カ。イイ趣味ダナ」

 

「ただの鎖だが、こういう時に便利でな!!」

 

 鎖を投げつけ、着ぐるみの脚に絡ませると一気に手繰り寄せる。ふむ、女だったか。

 

「な、何すんねん!!」

 

「木乃香を返してもらうぞ」

 

「お嬢様を? はんっ、折角誘拐した人質をはいどうぞ、って渡す間抜けがおるかい! お札さんお札さん、ウチを逃がしておくれやす!」

 

「遅いな」

 

 札から溢れる大量の水を確認すると同時に空中へと退避し、黒鍵を札目掛けて投げ付ける。引き裂かれた札は効力を失ったのか、水は出なくなった。

 

「んなっ!? まさか連続で使わされるようになるなんてな。お札さんお札さん、ウチを逃がしておくれやす!! 喰らいなはれ!! 三枚符術京都大文字焼き!!!」

 

 この炎は流石に飛び越えられないな。

 

「ドースンダ?」

 

「こうする」

 

 干将莫耶を炎の中へと投げ込む。当然それだけで炎は消せはしない。だから軽く一帯を吹っ飛ばす。

 

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

 

 干将莫耶に籠められた神秘を暴走させ爆発させる。ランクが低くとも干将莫耶は宝具。爆発させればその威力はかなりのもので、一部地表ごと炎を消し飛ばした。

 

「ウチの大文字焼きがあないな剣程度で……」

 

「あれが最強の技とするなら諦めろ。大人しく木乃香を返せば怪我はさせない」

 

「そ、そないな事出来んわ!!」

 

「なら、むっ!?」

 

 背後から殺気を感じ対応する。首狙いの一撃を干将で弾く。

 

「どうも~神鳴流です~」

 

「神鳴流、刹那と同じか。二刀流もあったんだな」

 

「うふふ~、今時野太刀なんて化け物相手のもんより、こっちのが使えるんですわ~。うちは月詠、どうかよろしゅう。貴方は~?」

 

「生憎と敵に名乗るつもりはないし、お前の相手をするつもりもない」

 

 名が呪いや暗示の発動キーになるという事も多々あった。敵に名乗りを挙げるのはそういったものに対して対抗する自信のある者だけでいい。

 

「そないないけずな事言いはるなら~、力づくで聞かせてもらいます~。らーいめーけー「フッ!!」あごっ!?」

 

「ヒャッハー、クリーンヒット! イイパンチダゼ」

 

「剣には剣、魔法には魔法で対応する必要もない」

 

 一気に間合いを詰めてストレートを顎へと叩き込んだ。意識を刈り取るならこれ以上ない一撃だ。どこぞの執行者(ボクサー)にこれでもかと喰らったから、完璧にトレースしてやろう。だがこんな不意打ちはもう通じないだろうな。この少女はそれだけの実力者だ。こっちが何でもありと知ればそれ相応の対応はしてくる筈だ。

 

「月詠はんが一撃!? 鎖も剣も拳も使えるなんて、ホンマ何者なんや!? 西洋魔術師ちゃうんか!?」

 

「魔術師だよ。いや魔術使いか」

 

「木乃香さんを返せー!!」

 

 ネギ君に刹那、明日菜も一緒か。こいつもいい加減観念してもらいたいものだ。

 

「貴様、よくもお嬢様を!!」

 

「ぐ、ぐぐぅ……」

 

「観念して下さい! 戒めの風矢!!」

 

「ひゃあっ!?」

 

「あ、危ない!!」

 

 ネギ君が捕縛の為の魔法の射手を放ったが、それを女はよりにもよって木乃香を盾にしやがった。恐怖心もあったのだろう。何かを盾にするのは人として自然な行動だ。だがそれで人質を利用しやがった。

 ネギ君は咄嗟に魔法の射手を曲げて木乃香への直撃を避けた。そんなネギ君の判断を見た女は何かを思い付いたようににやついた。

 

「そうか、そりゃそうやな! あんたらがお嬢様を傷付けるなんてできへんもんなぁ!! 最初からこうすれば良かったわ!! あはははは!!」

 

「ズルいわよあんた!! 木乃香を放しなさいよ!!」

 

「お断りどす。さーて、お嬢様の莫大な魔力で何をしてやろうかな。極東一の魔力源やし、限界まで活用せんとな。大量の鬼を関東にけしかけるのもええな。あ、その前にお嬢様を傀儡にせなあかんか。呪術と薬漬けにすればええやろ」

 

 こいつ、なんと言った? 木乃香をただの魔力源として活用する? 傀儡にする?

 記憶がフラッシュバックする。俺を慕っていた後輩、家族同然だった後輩、海外へ向かう俺を涙を流しながらも笑顔で見送ってくれた後輩、あれだけ近くにいながら俺が苦しみ見抜けなかった後輩、大聖杯の器として使われ、俺が殺した……桜。ああ、今の木乃香は桜と同じ状態になろうとしている。なら助けないと。桜のようにさせない為にも、あの女を殺してでも助けないと。

 

「? 居候、ドウシタ?」

 

「来れ(アデアット)」

 

 名も無きアーティファクトを呼び出す。自身の動きが速すぎてまるで時が止まったようにも感じる。女へ近付き木乃香を捕らえる腕を切り落とす。いけない。木乃香に返り血が付いてしまう。血が飛び散る前に木乃香を女から引き剥がし、離れた場所へと寝かせる。これで安心だ。っと、安心したらなんだか一気に疲れが襲ってきた。活動時間は10秒だった筈だが、精神と何か連動しているのだろうか。でもどうでもいい。今は木乃香を助けられた事が何よりも大切だ。

 

「去れ(アベアット)」

 

「アァァアアァアアアアアアアッッッ!!!?!? 腕がぁぁああっっ!!?!!」

 

「ひっ!? な、何!?」

 

「明日菜さん! 見ないで!!」

 

 しまったな。みんなは人のこういう場面に慣れていないよな。さっさと片付けてしまおう。

 

「し、士郎、さん? トドメを刺すつもりですか!? 人を殺すなんて駄目ですよ!!」

 

「ああ、そうだネギ君。俺は悪い事をする。でもそうしないと木乃香が危ないんだ。あいつを残しておくと木乃香が狙われる。なら、ここで殺しておかないといけないんだ。桜のようにしない為にも」

 

「さ、くら……?」

 

「いやいやいやいやいやいや!!!! し、死にとうない!!!! 誰か助けて!!!!!」

 

 ? 女の背後に、子供? 地面に水溜まりが広がる。エヴァの影を使った転移と同じか。逃げるつもりだろうが、それでは間に合わ……

 

「エヴァ、何故喚び出した? あいつを」

 

「戯け! 近衛木乃香と間桐桜を重ねるな!!」

 

「エヴァ……悪い、俺は……」

 

 怖かった。またあんな事になるんじゃないかって。それから逃げる為に、人を殺そうと……

 

「……済んでしまった事だ。坊や達には私から話をつけておこう。貴様が行ったところで怯えさせるだけになるだろうからな。休め。これは主人としての命令だ」

 

「……ああ」

 

「士郎さん、お部屋までお連れします」

 

「ありがとう茶々丸……エヴァも、ありがとう。俺を止めてくれて」

 

 一晩、頭を冷やそう。今冷静に物事と向き合う自信がない。




士郎の過去についてちょっと触れる為、千草がゲスっぽくなってしまった。ファンの方々、申し訳ありませんでした。うーん、何かしらフォローは入れなくては。


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第26話『それもまた一面』

総合評価が2000pt越えましたー!


 ホテルの外で坊や達の帰還を待つ。思えば何故私はこんな真似をしているんだ? 士郎があいつらに嫌われようと構わない筈なんだが……

 

「……まあいい」

 

 少なくとも私は士郎がお気に入りだ。故に今回は手を貸す。坊や達が士郎に怯えたままではまともに仕事も出来ないだろう。うむ、主人として私ほど立派な者もおるまい。

 おっと、帰ってきたな。折角近衛木乃香を救出したというのに随分としけた顔をしている。

 

「帰ッタゼ御主人」

 

「ご苦労だったなチャチャゼロ。坊や達には話がある。近衛木乃香を寝かせたら私の部屋に来い」

 

 返事はない。どうやら相当気が滅入っているようだな。人の腕が斬り飛ばされる場面というのはどうにもこいつらには刺激が強すぎた……いいや別だな。恐らくは士郎の殺意に当てられたのだろう。

 

 坊や達はすぐに私の部屋にやってきた。だがその顔色に変化は見られない。

 

「そうも士郎が人殺しをしようとしたのがショックだったか?」

 

「エヴァンジェリンさん、士郎さんは……本当に殺そうとしたんですか? あの女の人を脅そうとしただけじゃ」

 

「馬鹿か小僧。あの腕の切断すら出血多量で死に至る怪我だぞ。殺そうとしていたに決まっている」

 

「ねぇ、アタシこういうの見るの初めてでさ……まだ現実味がないっていうか……さっきの士郎さん、本物だよね?」

 

「ああ、本物だ。あれも衛宮士郎の一側面だ。貴様もタカミチと坊やに対する態度が違うだろう。士郎のはそれをより極端にしたものだと思え」

 

 これまで接してきた士郎は日常での士郎。いや戦場であっても優しい態度を崩そうとはしなかった。もし士郎は一切の手段を選ばなかったら、呪術師の女も、神鳴流の娘も既に生きてはいまい。最後転移を使ったガキは生き延びそうだな。

 

「桜咲刹那よ。貴様はどう感じた?」

 

「恐ろしい、というのが率直な感想です」

 

「ケケ、素直ダナ。デモ間違イネーヤ」

 

 今回の士郎はトラウマを刺激されての暴走と言ってもいいが、それでも冷静だった。自分のこれから成す事を理解し、その上で殺しにいっていた。あんな人殺しは私も見た事がない。だからこそ恐怖の感情は感じて当然だ。

 

「だがあれは近衛木乃香を守ろうとしての結果だぞ? 貴様にとっては感謝すべき行為だろう」

 

「そう、ですが……あの時の士郎さんは、なんというか、お嬢様を見ているようで別のものを見ていたような……」

 

「サクラ、さん」

 

「? ネギ、誰よそれ」

 

「士郎さんが呟いていました。サクラのようにしない為にも、って。エヴァンジェリンさんは何か知りませんか?」

 

「知っているぞ。だがそれは私の口からは語れん。士郎に直接聞け」

 

 これはあいつの記憶の大切な部分。私が勝手に口にしていいものではない。そも、士郎の記憶は刺激が強すぎる。私もあれにはかなり動揺したし、影響もされた。ガキ共に容易に教えられはしない。

 

「士郎さんに、直接かぁ。正直まだ怖いわ」

 

「ふふ、ならばそれも伝えてやればいい。もう士郎は貴様らの側に寄り付かんさ」

 

「えっ?」

 

「士郎が怖いのだろう? あいつならそれを聞いたらもう二度と貴様らの前に姿を見せんだろう。ほら、これでもう恐怖の対象に会う事もないし、士郎も貴様らの御守りをせずに済む」

 

「ちょちょっ! 話が飛躍しすぎじゃない!?」

 

「いや、元より貴様らを集めたのはこの話をする為だ。恐怖の対象である士郎。それを受け入れるか否か。あいつならどっちの答えでも納得するだろうが、受け入れる自信もないのに受け入れるなどと言うなよ? 士郎なら必ず貴様らを助ける。自身がどんな危険な目にあってもだ。貴様らが早々に士郎から離れてくれれば士郎はいらぬ怪我をせずに済む」

 

 こう言ったものの、士郎は近くにこいつらがいる限り、必ず守ろうとするな。赤の他人であってもあいつにとっては守るべき対象だ。だが拒否すれば私がもうこいつらを士郎へと近付けさせないし、士郎も縛り付けてやる。

 逆にこいつらが士郎を受け入れたのなら、士郎はだいぶやり易くなる。近ければ近いだけ守りやすいからな。別にこいつらにメリットはないがデメリットもない。これまでと変わらない関係を続けていけるだろう。

 

「今すぐ結論を出せとは言わんが、明日の間には」

 

「いえ、私は決まっています。士郎さんへの恩を返さず、身勝手な理由で拒絶するなど出来ません。あれもまた士郎さんの一面だというのであれば、私は受け入れます」

 

「アタシも。確かにあの時の士郎さんは怖かったけれど、普段は優しいし、あの時だって木乃香を守る為にああなったんでしょ。ならあれだって優しい士郎さんよ」

 

「ほう、存外強いな貴様ら。坊やは明日にするか?」

 

「……はい。士郎さんと直接お話をしたいです」

 

「いいだろう。明日は1日士郎はホテルに閉じ込めておく。好きな時にでも話すといい。少し遅くなったか。明日の観光の為にも私は寝るぞ」

 

 坊やがどんな話をしてどんな結論に到るか少々興味はあるが、私が口出しするのはここまでだ。もうこいつらも十分落ち着いた。明日からは士郎に任せる。

 明日は奈良だったか。やはり東大寺の大仏がメインになるか。春日大社もいいなぁ。奈良公園にも向かうだろうから、鹿には気を付けないと。下手に煎餅を持つと襲われかねん。ふふ、いいな観光。心が踊る。




なんだかんだうちのエヴァちゃんは面倒見が良くて、とっても良い子。


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第27話『奇妙な誘い』

昨日は体調が優れず、脳が寝ろと命令をしてきたので誠に勝手ながらお休みさせて頂きました。楽しみにしていた皆様、申し訳ありませんでした。


 修学旅行2日目は俺はホテルで待機する事となった。昨晩の暴走を考えれば妥当と言える。監視にはチャチャゼロがついており、チャチャゼロを通してエヴァはいつでも俺を見れるそうだ。昨晩、俺を転移させるタイミングを見計らう時にもそうしていたらしい。

 やれる事もないので座禅を組んでいるとチャチャゼロが酒を持ってきた。

 

「一杯ヤロウゼ」

 

「悪いが、何があってもいいように今は酒を入れたくないんだ」

 

「オイオイ固イゾ。昨日ノ今日デ襲撃ナンテネェダロ。第一主犯ッポイ女ノ腕ハ斬リ落トサレテンダ。ソンナ重体デ動クカヨ」

 

「斬ったのは腕一本だ。その程度なら何とでもなる」

 

「ケケケ、テメェハソウカモナ」

 

ーーコンコンコンッ

 

「ルームサービスをお届けにあがりました~」

 

 ルームサービス? って今の間延びした声には聞き覚えがある。恐らくは昨日の月詠という子だ。奇襲にしてはあまりにも堂々としすぎている。逆に不安を煽られるな。

 

「両手塞がってますんで~開けてくださいまし~」

 

「ああ、分かった」

 

ーーガチャ

 

「ほんまおおきに~」

 

「月詠だったか。何のようだ?」

 

「ルームサービスどす~。商品は、ウ・チ♪」

 

ーーバタンッ

 

「あ~ん、いけずぅ~」

 

 どうすればいい。流石にこんな敵は初めてだ。対処法が分からん。チャチャゼロは大爆笑しているし、頼りにならないな。敵意を感じないのが不気味でならない。

 

「入レテヤルヨ。ケケケケケケッ」

 

「おいチャチャゼロ!」

 

「えへへ~、お邪魔します~」

 

 はぁ、もうどうにでもなれ。干将莫耶と数本の宝具をいつでも投影可能なようにはしておく。

 

「今日はぁ~お兄さんに宣戦布告に来ましたわ~。明日、千草はん達はこのかお嬢様を狙うんですが~ウチはお兄さんを狙います~。勿論断ればこのかお嬢様がタダではすみませんのでよろしゅ~」

 

「それを伝える為だけに敵地に来たというのか?」

 

「はい~。お兄さんにリベンジしたかったので~。勝手に来たので千草はん達には内緒どす~」

 

 ニコニコとした笑顔で答える彼女は本気で戦う事しか頭にないらしい。バトルジャンキーとはこの手の人間を言うのだろうか。

 

「ここで君を排除すれば明日はより楽になると俺が考えるとは思わなかったか?」

 

「それはそれで大歓迎どす~」

 

「そうか。なら帰ってくれ。明日相手になろう」

 

 彼女をこの場で倒しておくのは容易いが、明日何が起こるかある程度確定させておく方が木乃香や親書を守りやすくなる。もしここで下手に相手をすると、あちらが今すぐにも動く可能性だってあるのだ。

 

「わ~い!! えへへ~、明日はよろしゅうたのんます~♪」

 

 抱き付いてこようとするが、避ける。また来る。避ける。来る。避ける。来る。避ける。

 

「ほんまお兄さんはいけずやわ~」

 

「その殺気と暗器がある限りはお前に触りたくもないよ」

 

「うふふ~、流石に気付いてはりましたか~。ほなウチは帰ります~。また明日、仲良くしましょうな~」

 

 ……去ったか。油断をしたところで襲撃を受けるかと考えたが、その様子もない。本当にあの子の独断行動だったのか?

 

「オーイ居候、ケータイ鳴ッテルゼ」

 

「ん? ああ、ありがとう。茶々丸か。何かあったかな? もしもし」

 

『士郎さん、素直に答えて下さい。いいですね』

 

 なんか語気が強いぞ。こちらが何か言う前に捲し立てるように茶々丸は言葉を紡いだ。

 

『敵とデートの約束を取り付けたとマスターが仰っていました。どういう事ですか。何故敵となのですか。何故断らないのですか。私では駄目ですか。抱かれそうになったとも聞いていますよ。どうなのですか。そういう趣味なのですか。士郎さんが望むなら私が』

 

「待て待て待て!! 落ち着け茶々丸!! なんかおかしな事言ってないか!?」

 

『正常です。プログラムにも異常は検知されておりません。それよりも士郎さんに動揺がみられますね。今晩直接お話しましょう。いいですね』

 

「えっ、あ、なん『いいですね』はい」

 

 こんなに怖い茶々丸は初めてだった。これは何を言っても聞いてもらえないタイプだ。文句はエヴァに言わなくてはならない。パクティオーカードを頭に当ててエヴァに念話を飛ばす。

 

『エヴァ、これはどういう事だ?』

 

『クハハハッ! 茶々丸の成長の為だ。許せ』

 

『成長って、それはいい事なんだろうが事実を歪めて話すんじゃない!』

 

『あながち間違ってもいないだろう。あの娘にとって果たし合いはデートのようなものだろうし、抱き付かれそうになったのも、少し言葉を変えれば抱かれるになる』

 

『お前なぁ…………帰ったらカップ麺な』

 

『何っ!? 待て士郎!! それはズル』

 

 よし、すっきりした。寝よう。うん、寝て頭をリフレッシュさせよう。

 

 

ーーーーーー

 

 

 夜。ホテル内に妙な空気が漂い始めた。確かエヴァと契約した時の魔力の流れに近い。という事は仮契約? それにしてはホテル全体と範囲がでかい。

 

「士郎さん、僕の話からで大丈夫ですか? その、茶々丸さんが待っているようですけれど」

 

「いいんだ。きっとあっちは長くなる」

 

 茶々丸は終わるまでは大人しく待っていてくれるようだ。ただ威圧感があるがな。さてはて、ネギ君の話とはなんだろう。

 

「士郎さんは人殺しを悪い事だと認識して、どうしてやろうとしたんですか? 僕の知る限り士郎さんはとてもいい人です。人の為に行動が出来るし、人を想う優しさがあると思っています。そんな士郎さんがなんであんな簡単に人殺しをやれそうになったのか。それを知らない限りは僕は、士郎さんを受け入れられないと思います」

 

「昨晩の事か……あの時も言ったがそれが最も確実で、今後のリスクも低い手段だと思ったからだ。誰かを助けるって事は、誰かを助けないって事にも繋がるんだ。でも昨日のは流石に俺の暴走だった。反省はしている」

 

「士郎さんくらいの力があったら誰でも守れるんじゃないんですか?」

 

「昔は俺もそう思っていた。だからがむしゃらに鍛えて力を得る方法は色々とやってきた。周りから止められていた手段にも手を出したさ。それで多くの人が救えた。それは事実だ。でも救えなかった人も、いや殺してしまった人も沢山増えた……」

 

「人を、殺した事が……」

 

 俺は無言で頷く。彼にとって俺がどう見えていたかは分からないが、少なくとも善人ではあった筈。その善人が人殺しをしている。彼はどう感じただろうか。

 

「守る為に走り回った。さっき言った誰かを助けるって事は誰かを助けないって言葉は親父に言われた事なんだが、それを忘れて世界を駆け回ったよ。結果としてその言葉の意味を思い知らされたけどね」

 

「ぼ、僕は……やっぱり人殺しは許せないです」

 

「そうか。きっとそれは正しいよ。ならネギ君は俺を「だから!!」?」

 

「だから、僕は士郎さんを受け入れて傍にいます。士郎さんが独りで頑張って、結果として見捨てないといけない人が生まれるなら、僕ら魔法使いがその人達を助けます! 一緒に頑張りましょう!」

 

 一緒に、一緒にか……その言葉を言われたのは初めてではない。でも全ての人が俺についていけないと離れていった。ネギ君もそうなるだろうか。それとも……

 

「分かった。ネギ君、これからもよろしくな」

 

「はい!」

 

「仲が深まったようで何よりです。では士郎さん、そこに正座を」

 

「あ、はい」

 

 あー、いい雰囲気で終わらないかー。エヴァはにやついてこっちを見ている。助けにはならない。チャチャゼロも同様。ネギ君は茶々丸の雰囲気におどおどしている。超は子供の成長を見守る親のような眼差しを茶々丸に向けて、ハカセはしきりにノートパソコンと茶々丸を見比べている。うん、誰も助けにならねぇや。

 

「失礼します」

 

「なんか顔ちか」

 

ーーチュッ

 

 ……ガイノイドでも唇って柔らかいんだなぁ。ってそんな感想はいいんだ!! なんでキスされた!? しかも今は確か仮契約の魔法陣が敷かれて……あっ、やっぱりパクティオーカードが出てきた。

 

「士郎さんのお話が聞けた事と、このパクティオーカードで今回の件は不問とします。ですが次はありませんよ」

 

「? エヴァンジェリンさん、仮契約の魔法陣を描いてあったんですか?」

 

「だいぶ前から描いてあるな。茶々丸はそれを利用しただけだ。ほれ、ガキはさっさと寝ろ。ここからは大人の時間だ」

 

「エヴァンジェリンさんも消灯までには寝てくださいよ」

 

「茶々丸! よくやったネ!!」

 

「ふむふむ感情の数値が異常。これは、ほうほう、成る程。詳しい検証の為には機材が足りませんね」

 

「ケケケ、妹ノ初メテダゾ。喜ベ居候」

 

「ね、姉さん。恥ずかしいです……」

 

 ……なんでこうなったのさ。




初めてランキングというものを覗いたのですが、日間42位、週間41位にこれが載っていました。応援ありがとうございます。


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第28話『短い観光』

UA100000突破です。テンプレまみれのこのssをここまで応援して下さり、ありがとうございます。


 修学旅行も3日目の折り返しとなった。麻帆良の生徒は相変わらず騒がしく今日はどこに向かうか話し合っている。士郎は木乃香の班に同行するのが決まっている以上、彼女達についていくだけだ。

 士郎がエヴァンジェリン、茶々丸と朝食を取っているとカモミールがそそくさと近付いてきた。

 

「士郎の旦那、昨日仮契約しましたかい?」

 

「昨日のあれはお前の仕業か」

 

「え、ええ、まあ。でも仮契約したらパクティオーカードがオレっちのところに出るようにしてあったんですが、旦那が契約しても魔力反応だけで何もなくって」

 

「それなら私が弄ったのだ。下手にお前にパクティオーカードが渡って妙な要求をされても困るのでな」

 

「エヴァンジェリンの姐さんの仕業でしたか。ま、とりあえず確認が取れただけ十分っす。んで、誰と仮契約したんすか?」

 

「私です」

 

 茶々丸は自慢げにパクティオーカードを披露した。普段からは想像できない茶々丸の態度とガイノイドと仮契約が可能という事実にカモミールも驚きを隠せなかった。

 

「茶々丸の姐さんっすか! こいつぁ驚いた。へへ、でもなかなかお似合いの主従ですぜ」

 

「カモミールさん」

 

「なんすか?」

 

「ありがとうございます。お菓子を差し上げます」

 

「おっ、サンキューっす!」

 

 お似合いという言葉に機嫌を良くしたらしい。茶々丸はにこやかに菓子を渡していた。

 

「おいオコジョ。坊やは誰かと契約したのか?」

 

「スカカードが何枚か。仮契約したのは宮崎のどかって子っすよ」

 

「一般人を巻き込んだのか?」

 

「あいや、士郎の旦那、そんな怖い顔しないで下さいよ。ただのゲームの景品で、魔法関係のものって伝えてないっすから、出来のいい自分のカードくらいにしか思わないっすよ」

 

「……何の目的があったのかは知らないが、あれはこっちの世界への切符になりうるものだ。そののどかって子がこっち側に来ないように注意しておけよ」

 

「うっす!」

 

 分かっているのかいないのか、返事だけはいいカモミールに士郎は思わずため息を漏らした。

 

 

ーーーーーー

 

 

 完全な自由時間となった3日目は各々が自由に京都観光をしている。士郎は周囲の警戒を怠らず、生徒達が安全に観光出来るようにしていた。

 

「なぁなぁ士郎さん、一緒にプリクラ撮らへん?」

 

「? いやこういうのは友達とやるものだろ」

 

「思い出作りの一環や。明日菜ー、ネギくーん、士郎さんも入れるでー」

 

「いいわよー。ほら士郎さんおっきいんだからしゃがんで」

 

「あ、ああ」

 

 若い時には友人に連れられてゲームセンターなんかには行った事のある士郎だが、流石にプリクラは初体験だった。ぎこちない笑顔の写真がプリントアウトされ、木乃香は手際よくハサミでそれを切り分けとると士郎に手渡した。

 

「はい、これ士郎さんの分やで」

 

「こうなるのか……よく出来ているな」

 

「次はせっちゃんも一緒がええんやけど、逃げられてまうのよね……」

 

「木乃香は刹那と長い付き合いなのか?」

 

「うん、ちっちゃい頃からの友達なんやけど、いつの間にか疎遠になってもうて。せっちゃんはなんや昔みたいに付き合ってくれへんくなってな。寂しいわぁ」

 

「そうか……木乃香、気持ちっていうものは言葉にしないと伝わらない事が多い。それが長い付き合いの相手でもな。木乃香は自分の気持ちは抑えて相手に遠慮するタイプに見えるから、時にははっきりと伝えてやるといいぞ」

 

「うーん、確かに。勇気いるけど、せっちゃんとまた昔みたいに仲良くなりたいし、頑張ってみる! おおきに士郎さん!」

 

 そんな話をしているとネギと明日菜がこっそりと士郎へ近寄ってきた。

 

「僕らは親書を届けてきます。ここはお願いしてもいいですか?」

 

「分かった。親書も敵の狙いの1つだ。危なくなったら逃げるんだぞ。明日菜もだ」

 

「はい」

 

「行ってくるわ士郎さん」

 

 走り去っていくネギと明日菜。その後すぐに士郎の足元に何かが飛んできた。長細い針に手紙が括られている。

 

「これは……」

 

 手紙には30分後にシネマ村の日本橋で待つと書かれていた。ご丁寧に月詠と名前も書いてある。行かなければどうなるか分かったものではない。

 

「刹那、少しいいか? 敵から決闘状がきた。これからシネマ村に向かうが、木乃香と一緒に来てくれ」

 

「敵のいる場所へ、お嬢様も連れていくのですか?」

 

「俺が月詠の相手をしている間に、こっちに敵が来ないとも限らない。護衛対象は見えている方がいい」

 

「月詠!?」

 

 その名を知っているのか刹那は酷く驚いた顔をした。

 

「月詠の相手は危険です。相手は生粋の人斬りと言われていますし、何人もの神鳴流の剣士達が敗れたと聞いています」

 

「そうか。でも大丈夫。相手を倒す必要はないんだ。木乃香を守ればそれでいい」

 

「ならば逃げるのも手では?」

 

「それもいい。木乃香は絶対に守りきれるだろう。でもそれで月詠達がネギ君を狙えば親書は確実に奪われる。親書を守り、木乃香を守り、相手の動きもある程度コントロールするには誘いに乗るしかないんだ。おーい木乃香、刹那がシネマ村に行きたいってよ!」

 

「ええねー! 行く行く!」

 

 これが相手の掌で踊らされた結果なのか、もしくはこれから相手を掌握する為の行動になるのかそれは分からない。だが士郎は次こそは木乃香を守ると誓い歩みを進めた。




最近決めていたヒロインにブレが発生しております。どうしよう。激流に身を任せてみましょうか。


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第29話『圧倒せよ』

実はssは毎回2時間くらいで書いています。だから短いし内容も薄いんだね!


 決闘の予定時間の20分前に士郎達はシネマ村へと到着した。念の為決闘の場となっている日本橋周辺を見て回っていると声を掛けられる。

 

「なんだ貴様らも来たのか」

 

「エヴァ? 観光か?」

 

「それ以外に何がある」

 

 着物を着たエヴァンジェリンと茶々丸がそこにはいた。普段着ないような格好だが、2人共よく着こなしている。

 

「よく似合っているな」

 

「エヴァちゃんお姫様みたいやね」

 

「ふふん、もっと褒めろ。しかしここに来たというのに仮装もしないのは勿体無いぞ。茶々丸、連れていけ」

 

「はいマスター。皆さん、こちらです」

 

 3人は茶々丸に押される形で貸衣装屋へとやってきた。こういう観光地なのだからしょうがないとはいえ、着なれた動きやすい服から着替えるのに士郎は躊躇したものの、茶々丸と木乃香に頼み込まれて着替えてしまった。

 木乃香は町娘風の着物。刹那は新撰組の羽織。そして士郎は……

 

「なんでさ……」

 

 神主の姿だった。動きやすい服装を頼んだというのにこれである。

 

「し、士郎さん、お似合いですよ」

 

「ありがとう刹那……」

 

 刹那の気遣いもあまり響いていないようだ。しかし決闘まで残り5分を切っている。着替えている時間もなく、日本橋に向かう事となった。

 

「ふふふ、お待ちして、ブフォッ!!」

 

「笑うなら笑え」

 

 士郎の姿に思わず吹き出す月詠。決め台詞も考えていたというのに全てが吹き飛んでしまった。

 

「プ、クク、お、お兄さん~。まさか精神攻撃まで可能とは思いませんでした~、フフ、せ、刹那センパイとこのかお嬢様も一緒なんどすね~。手間が省けましたわ~。お兄さんを切り刻んだら、お二人はウチが頂きます~」

 

「それなら切られるわけにはいかないな」

 

 士郎は腰に差してあった干将莫耶を取り出す。月詠も刀と小太刀を構える。合図もなく始まった決闘。月詠がジリジリと距離を詰めるが、士郎はそれに対して反応しない。

 

「士郎さーん! 勝ってやー!!」

 

「……刹那、木乃香を安全な場所へ。どうせエヴァは仕事をしないからな」

 

「よく分かっているじゃないか。ま、そもそもこれは私の仕事ではないからな」

 

「お喋りしとるなんて、余裕どすな~」

 

 一瞬で距離を詰め、間合いに入った月詠の連撃が始まる。常人の目には止まらぬ速度だが、士郎はそれを難なく捌き、時に反撃を加えていく。

 

「早く行け!」

 

「はい! お嬢様、参りましょう!」

 

「えっ、あっ、そないにはよう走らんでも」

 

 刹那と木乃香が去ったが、月詠は士郎への攻撃を止めない。月詠の目的は士郎のみ。木乃香は他の誰かに任せればいい。

 

「て~、や~、と~」

 

 気の抜けた掛け声から繰り出される剣はどれも一流。しかしそれが届く事はなく、途中から月詠は奇妙な感覚に襲われ始めた。

 

(技が出せへん)

 

 神鳴流の技が一切使えない。正確には使わせてもらえないのだ。技を出そうとした瞬間に反撃を受けたり、体勢的に出せない状態が続いていた。大技を使えば前のように手痛い反撃を受けるかもしれないとなるべく小技で攻め、士郎の隙が生まれた瞬間に技を出そうとしているのだが、それがどうも上手くいっていない。

 

「お兄さん、人のコントロールが上手いな~」

 

「そういうお前は動きも分かりやすいし、何より弱いな」

 

「ウチが、弱い?」

 

「そうだ。お前は何人も人を斬っているようだが、それで強くなった気になっているだけだ」

 

「それは違います~。ウチより強かった神鳴流の剣士も斬ってきましたので~、ウチは強くなっているんです~」

 

「理解していないのか。お前が勝てた理由は単に神鳴流では有り得ない対人に特化した二刀流という事。そして人を斬る事に戸惑わない事が要因だ。二刀流に慣れていない相手は戦い方を知らず、逆にお前は相手の戦い方を知っている。そして人を斬るという時にはどうしても戸惑いが生まれ、動きが鈍るものだ。お前にはそれがないから相手よりも一手早く動けた。ただそれだけ。才能や強さで言えば、刹那とどっこいどっこいだ」

 

「戦いの最中に、長々とお説教どすか~? 苛つくお方やわ~」

 

 士郎の言葉に苛立ちを隠せない月詠はより強く、より早く打ち込み始める。しかしその太刀筋は徐々に荒くなっていた。

 

「もう一度言おう。お前は弱いよ。自分が相手よりもアドバンテージの取れる分野でのみ勝ち続けているだけで強くなった気になっている。そんな子供だ」

 

「いい加減、黙ってや!! 神鳴流奥義!!」

 

「それが欲しかった」

 

「ほぇ?」

 

 月詠が大技を放とうとした瞬間に腹部に激痛が走り、吹き飛ばされた。中国拳法でも最も威力のある技の1つ、崩拳が叩き込まれたのだ。何とか痛みに耐えているところを鎖でがんじがらめにされ、完全に動きを封じられた。

 

「挑発に乗ってくれて良かったよ。じゃあな」

 

「待っ……て……」

 

 士郎は月詠の制止を無視して刹那達を追った。月詠は自分が本当に弱かったのか、はたまた挑発の為の嘘だったのか、それすら聞く事が叶わず、次に会ったら絶対に聞き出すと誓った。

 

 

ーーーーーー

 

 

 木乃香と共に逃げていた刹那は敵に追われ、城のてっぺんまで来たところで白髪の少年に捕まった。木乃香は途中合流したネギの分身が守っているが、式神や弓を構えているせいで逃げる事も出来ない。

 

「動いたら矢が放たれるから、何もするんやないで」

 

 矢の射出は女の意思によって行われる事ではない。ネギが動けば自動で行われるのだ。そして不運な事に突風が吹き、ネギの体がよろめいた。それを式神は見逃す筈もなく矢が放たれる。

 

「! お嬢様!!!」

 

 木乃香の危機に、何とか白髪の少年の拘束を振り払った刹那は抱き締めるように身を挺して木乃香を守る。矢に貫かれる痛みが来るのを待ち構えたが、それが来る前に矢は何かによって弾かれた。

 

「悪い刹那、木乃香、遅くなった」

 

「し、士郎さん。月詠は?」

 

「拘束しておいた」

 

「ば、化け物! またウチの邪魔をするんか!?」

 

「月詠はしくじったか。いや彼相手にこれだけ持ったのを褒めるべきかな」

 

「フェイトはん!! 助っ人ならあいつを何とかしてや!!」

 

 士郎を見てヒステリックに陥った呪術師の女、千草は白髪の少年、フェイトに助けを求めたがフェイトは首を横に振った。

 

「ここであれの相手をするのは得策じゃない。退くよ」

 

「あっ! こら!! くっ、化け物!! この腕の痛み、いつか味わわせたるさかい!! 覚えておき!!」

 

 士郎の参戦に撤退を選んだ2人。転移の為追跡は士郎には出来ない。

 

「刹那、よくやった。木乃香、怖かったろ」

 

「ありがとうございます」

 

「へーきよ。せっちゃんと一緒やもん」

 

「さて、あんなのがいたらおちおち観光も出来ないな。落ち着ける、安全な場所があればいいんだが」

 

「ならお嬢様のご実家に向かいましょう。先生や明日菜さんもいらっしゃる筈です」

 

「なんや2人共おらん思ったらうちにおったんか。でもなんでなん?」

 

「ネギ君も教師だから色々とあるんだろうよ。木乃香、お前の実家で大丈夫か?」

 

「ええよ。ちょっと広いけど、驚かんといてな?」

 

 一行はシネマ村を後にし、木乃香の実家、関西呪術協会の総本山へと向かった。




今週は一回休んだので土曜も投稿します


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第30話『襲撃』

士郎が契約しているのは2人。エヴァは見た目ロリ、茶々丸は2歳児。つまり士郎はロリコン。


『お帰りなさいませ、このかお嬢様』

 

 木乃香の実家は想像の何倍も凄かった。まず従者が総出で出迎えにあがる光景を生で見れるとは思わなかった。

 

「木乃香って本当にお嬢様なんだな。昔執事をやっていたからそういう扱いは得意だぞ」

 

「やめてやー、そんなの恥ずかしいわぁ。てか士郎さんが執事って似合いすぎちゃう?」

 

「木乃香! 刹那君! よく帰ってきたね!」

 

「お父様! ただいまー!」

 

「ただいま戻りました長」

 

 従者の列の中央を歩いてきた男が木乃香の父であり、関西呪術協会のトップのようだ。動きに無駄がなく、実力があるのが窺い知れるが、木乃香への態度は極々普通な父親のものだ。

 

「貴方が衛宮士郎さんですね。タカミチや義父から話は聞いています。近衛詠春です。ここまで木乃香を守って下さり、ありがとうございます」

 

「よろしくお願いします詠春さん。ネギ君達はもう到着していますか?」

 

「ええ。妨害もあったようですが、無事に着いていますよ。案内しましょう。宴会の準備も出来ていますよ」

 

 はは、宴会か。親書が届いた安心感があるのかもしれないが、まだ木乃香の件がある。狙いが木乃香の魔力で何かするというのが目的であれば、親書を無理して狙う必要はない。いや木乃香の魔力を使い何かを起こし、麻帆良を襲撃などすれば親書など意味を無くす。確かにここは総本山故に防御は万全かもしれないが、敵にはフェイトと呼ばれた少年がいる。あいつなら突然攻めてきても不思議ではない。京都を抜けるまで気は抜けないな……

 

 

ーーーーーー

 

 

 ネギ君は何故か明日菜以外の生徒も連れてやってきていた。どうやら途中で抜け出したのがバレて、かつGPSで居場所が判明したらしい。しかものどかって子が魔法の存在を知ってしまったとか。

 ま、これはネギ君の問題だ。彼女らを遠ざけるのは俺には出来ない。俺に出来るのは彼女らがこれ以上深入りしないようにする為に外敵を排除するだけだ。その為、俺は今屋根の上で警戒をしている。そういえばあいつもこんな事をやっていたな。見た目といいやる事といい、あいつに近付いてきているのかもな……

 

「! 来たか!!」

 

 飛んできた石の槍を全て叩き伏せて気配のする方へと急ぐ。温泉か。

 

「ハァッ!!!」

 

「セイッ!!!」

 

 上空から干将莫耶を叩き込むが、それを蹴りで防がれた。衝撃波で湯は飛び散り、建物にも亀裂が入る。

 

「やはり来たね、シロウ、だったかな」

 

「そっちはフェイトでいいな。今のは連環腿か。まさか中国拳法を使えるとは思わなかったぞ」

 

「歴史を重ね、ここまで洗練された拳法は他にはない。使う理由はそれで十分だ。しかし凄まじい剣だ……」

 

 フェイトは膝から崩れ落ちる。宝具の、それも俺も全力で叩きつけた一撃だ。魔力の強化程度で止められはしない。だがなんだこの違和感。何故こいつはこんなに余裕がある。

 

「……血が出ない……分身か!!」

 

「やはり君は優秀だ。だけど少し遅かったね」

 

 屋敷から悲鳴が聞こえる。複数同時だ。こいつ何体の分身を忍び込ませやがった。

 

「チッ!!」

 

 分身の首を跳ねて屋敷の中に飛び込む。既にやる事を済ませたのか人の気配は殆どない。

 

「し、士郎さん……」

 

「詠春さん、その脚は」

 

 詠春さんの脚は石化している。あの少年にやられたのか。石化は徐々に上っていっている。すぐに解呪しないと。

 

「ネギ君達は既に、敵を追いました。私はいいので、木乃香を助けて……」

 

「そうはいきません。投影(トレース)、開始(オン)。破戒すべき(ルール)全ての符(ブレイカー)」

 

 問題なく解呪出来たな。他の人も解呪していきたいが、時間がない。申し訳ないが、今は詠春さんを助けられるだけだ。

 

「エヴァの呪いを解いたというのは真実だったのですね……」

 

「行きましょう。貴方の力も必要です」

 

「……不意討ちを受けるほど衰えた耄碌ですが、長としての責任を果たさねばなりませんね。その機会を与えて下さり、ありがとうございます。すぐに武器を」

 

「武器なら俺が用意します。投影(トレース)、開始(オン)」

 

「!? ば、馬鹿な!? 何故それを貴方が!?」

 

 俺が投影したものに驚くのも無理はない。刹那の持っている夕凪だからな。だがこれを解析した過程で本来の持ち主も判明した。これは元々詠春さんの刀だ。

 

「贋作ですみませんが、下手な武器よりも使いやすい筈です」

 

「これが、贋作? 手に持ったこの感覚、間違いなく夕凪のものだ……士郎さん、貴方は一体何者なのですか?」

 

「ただの魔術使いですよ」




詠春参戦!!!


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第31話『一騎当千』

時事を書くのはどうかと思うけれども、皆さん、台風は大丈夫ですか? いやこんなの読んでるなら大丈夫だと思いますが、気を付けて下さい。自分は無事です。


「ネギ君!」

 

 士郎と詠春が追い付いた時には敵は千草のみで、木乃香を拐ったであろうフェイトの姿はなかった。

 

「士郎さんに、詠春さんまで!?」

 

「石化は大丈夫なのですか? ってそれは夕凪!?」

 

「ええ、士郎さんに助けてもらいましたよ。これも士郎さんがくれました。千草君! いい加減諦めて木乃香を返しなさい! 君がこんな復讐をする事をお父さんやお母さんも望んでいない筈です!」

 

「うげ、なんで長がおるんや!? 石化された筈やろ!? このかお嬢様は返せへんわ!! それにあんたにウチの何が分かるんや!! オンッ!!!」

 

 千草が呪文を唱え始める。周囲に濃い魔力が溢れ、光の柱が無数に立ち上がり始める。全員が警戒した僅かな隙に呪文を唱えきった千草の周囲から、湧き出るように鬼や烏族が出現した。

 

「アーハッハッハッ!! 流石お嬢様の魔力や!! さあお前達、あの男2人以外は殺さんように相手してやりや」

 

「ほーん、殺さんかったらええんやな」

 

「やろー! このか姉さんの魔力で手当たり次第召喚しやがった!」

 

「ほなさいならー」

 

「! 千草君、まさか君の狙いは!! 待ちなさい!!」

 

 千草が逃げる方角を見た詠春は何か思い当たるものがあったのか叫んだが、千草は止まらない。追い掛けようにも鬼達の壁が邪魔をする。

 

「おうあんたら、悪く思わんといてや。どんな命令やろうと、召喚された以上は従わないかんのや。特にそこのお兄さんとおっさんは大人しく死んだ方が楽やで」

 

「こっちは貴様らに従ってやる道理はないんだ」

 

「それもそうやな。お前らやってまうで!!」

 

「させません! 風花旋風風障壁!」

 

 ネギの張った風の障壁が突撃してきた鬼達を吹き飛ばす。

 

「3分だけなら持たせられます。その間に作戦を立てましょう」

 

「ありがとうネギ君。鬼の足止めと女の追撃、この二手に別れるべきじゃないか?」

 

「はい、私も士郎さんの意見に賛成です。問題はどう別れるかですが……」

 

「ごめん、アタシこういうの全然分かんないからみんなに任せるわ」

 

 この場で鬼を逃せば千草を追撃した者が襲われるだろう。またこの数を相手にしなくてはならない。スタミナも相当必要となるし、攻撃も複数同時に行える人物が望ましい。

 千草を追うのは速い者がいい。単純に考えれば長距離飛行が可能なネギが第一候補となる。敵が千草以外に見えていない事を考えると他にも何人か一緒の方がいい。そして何より、敵を倒す必要はないのだ。木乃香の奪還だけでいい。

 

「俺、詠春さんがここを片付ける。その間に3人は木乃香を助けてきてくれ。戦う事は考えるな」

 

「君達が帰ってくる前にはこの鬼は我々が殲滅しますよ」

 

「……分かりました」

 

「そうと決まればあれ行っときましょうぜ! 刹那の姉さんの仮契約!! ほれ、兄貴とぶちゅーっと!!」

 

「ええっ!? ね、ネギ先生と仮契約ですか!?」

 

 戦力増強という点において、仮契約による魔力供給での強化とアーティファクトの存在は間違いなく有用だ。カモミールの考えも間違ってはいない。

 

「し、しかし……いえやります。お嬢様の為です」

 

「い、いいんですか?」

 

「大丈夫です。カモミールさん、魔法陣を」

 

「ほいきた!!」

 

 一気に魔法陣を描き上げるカモミール。その上でネギと刹那はキスをした。光が2人を包み、仮契約は成された。

 

「では行ってきます。ラス・テル・マ・スキル・マギステル」

 

「おっと、ネギ君は力を温存しておくべきだ。道は俺が切り開く」

 

 士郎は使いなれた黒い洋弓を投影し、詠唱を始めた。

 

「投影(トレース)、重装(フラクタル)。I am the bone of my sword.(我が骨子は捻れ狂う)」

 

 まるでドリルのような剣が矢としてつがえられる。その莫大な魔力に素人である明日菜すら震え上がった。敵である鬼達ですら驚愕し、硬直している。

 

「偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)!!」

 

 放たれた矢は敵を、地面を、空間を削りながら突き進み、敵陣の最後列で大爆発を起こした。この一撃でかなりの量の敵は消失していた。見た事のない魔法にネギは言葉を失い、若い頃は様々な戦場を渡り歩いた詠春も思わず息を呑んだ。

 

「行け!!!」

 

「! はい!!」

 

「もー! 士郎さんハチャメチャすぎ!!」

 

「長、士郎さん、どうかご無事で!!」

 

 開けた道を突き進む3人を見送り、士郎と詠春は剣を構えた。

 

「士郎さん、貴方が味方で本当に良かった」

 

「そういうのは全部終わってからにしましょう」

 

「何や兄さん!? さっきのはどないな魔法や!!?」

 

「見ての通り、剣を撃っただけだ!!」

 

 

ーーーーーー

 

 

「ハアァァァァァァッ!!!」

 

 敵陣の中心で剣を振り続ける。それは華麗とは言いがたいが、一切無駄のない確実に命を刈る動き。

 士郎が今振っている干将莫耶は普段使っているものとは違い、オリジナルに極力近付けたもの。本来の干将莫耶は退魔の剣。ゴルゴーンの怪物すら両断する対魔性宝具。普段使いの干将莫耶は投影しやすく、更に所有者の防御を高めるように改造が施されてあるが、これにはそんなものはない。

 だがこの場ではそれが何よりも有効だった。鬼も烏族も魔。一振りで何体もの鬼達が存在ごと掻き消されていく。

 

「お、おのれぇ!!」

 

「オォォッ!!」

 

 烏族が振り下ろした剣ごと烏族を消失させ、数メートルはある巨大な鬼も一突きで絶命させる。

 詠春も詠春で負けてはいない。現役を退いたとはいえ神鳴流のトップであった男。夕凪を軽々と扱い、鬼達を消し去っていく。

 

「百列桜華斬!!!」

 

 こちらは士郎と違い、一振り一振りが美しい。華麗に、舞うように敵を切り刻んでいく。

 

「ハァハァ、まだまだ、やれるものですね。体力作りをして現役復帰しましょうか」

 

「あまり無理はなさらないように気を付けて下さいね。投影(トレース)、開始(オン)」

 

 いくら切り刻んでも埒が明かないと判断した士郎は無数の刀剣の創造を始める。

 

「憑依経験、共感終了」

 

 金棒を鬼ごと切り捨て、複数の斬撃を捌きながら投影を進める。

 

「工程完了(ロールアウト)。全投影(バレット)、待機(クリア)」

 

 全ての工程が終わり、手を振り上げる。上空には今か今かと発射を待ちわびる聖剣魔剣が光り輝いている。

 

「てめぇら! 上がやべぇぞ!!」

 

「もう遅い。停止解凍(フリーズアウト)、全投影(ソードバレル)連続層写(フルオープン)!!!」

 

 士郎の手が振り下ろされると同時に発射される剣の群れ。直撃したものは勿論、衝撃波でも敵は消失していく。

 

「壊れた(ブロークン)幻想(ファンタズム)」

 

 トドメの爆発。最初は視界を全て覆うほどだった鬼達も、今では何とか数えられそうなほどまで減少していた。そんな中、爆発により巻き上がった砂煙から何者かが士郎に斬りかかった。

 

「お昼ぶりやな~お兄さん!!!」

 

「月詠……しつこいな」

 

「月詠君もそちら側でしたね」

 

「詠春さん! 他はお願いします! こいつを倒してすぐに手伝います!!」

 

「我々も参戦させてもらってもいいかな?」

 

「あんまり必要そうじゃないアルが、来たからには手伝うネ!!」

 

「古菲! と誰だ?」

 

「龍宮真名という。綾瀬に頼まれて応援に来たよ」

 

「楓も別の場所だけど来ているネ」

 

「木乃香の学友ですか。父の詠春です。いつも木乃香がお世話になっております」

 

 想定外の助っ人。ここまで来てしまった以上帰らせる訳にもいかず、2人が実力者だと判断した詠春はそのまま応援をお願いした。

 士郎は月詠の相手を始める。昼以上に苛烈な攻め。斬岩剣や斬空閃を交えた連撃は周りの鬼すら巻き込んでいく。

 

「お兄さんにはウチが弱いというのを訂正してもらいます~。ウチは強い。刹那センパイより~、長より~、お兄さんより~、ずっと、ずっと強いんや!!!」

 

「身の程知らずだな。剣の腕だけなら、まあ俺を超えているかもしれないが、刹那や詠春さんよりも強いとよく言えたもんだ」

 

「うるさい、うるさいわ!!! ウチが弱い言うなら、ウチを殺して証明せいや!!! 神鳴流決戦奥義!!! 真・雷光剣!!!」

 

「そうか」

 

 剣に溜められた気が電気となり、広範囲を爆発させる雷となった。周囲の鬼は消し飛び、離れた場所にいた古菲や真名もその衝撃に吹き飛ばされないように耐えていた。真正面にいた士郎の生存は絶望的。殺した。そう判断した月詠の口角が上がる。

 

「大した威力だ」

 

 だがその声が聞こえた瞬間、月詠の顔から笑みが消えた。士郎がいた場所には士郎を守るように突き刺さる剣の壁があった。どれも膨大な魔力を孕んでいる。それらが砕けちり、そこから飛んできたのは干将莫耶。

 

「神鳴流に飛び道具は効きまへん!!」

 

「知っているさ」

 

 干将莫耶を弾くと続いて士郎が斬り込んできた。それを受け流そうとしたが、威力がこれまでとは桁違いで受け流しきれずに体勢を崩す。月詠はここまで士郎が自分にどれだけ手加減をしているのかそこで理解してしまった。

 

「! 後ろ!?」

 

 弾いた筈の干将莫耶が背後から飛来する。無様でもいい。何とか逃げようとした月詠だが、動けなかった。膝を士郎が切り裂いたのだ。直後背中に突き刺さる干将莫耶。その痛みに悲鳴を上げる事すら出来ずに月詠は倒れた。だが彼女はこれでいいと感じていた。これまで人を斬ってきたのだ。自分が殺されてもしょうがない。それを行うのが士郎なら満足だと、そう考えていた。

 

「ハァッ!!!」

 

「……ぇ?」

 

 だが士郎は月詠を殺さなかった。それどころか完全に無視をしていた。それで思い知らされる。士郎にとっては自分などそこらの鬼と同じ有象無象の一部だったのだと。動けなくなったならどうでもいい。その程度の存在なのだと。

 

「ふ、ふぇ、うえぇぇーーーーん!!!」

 

 体の痛みはある。でもそんなもの以上に月詠は心が痛かった。思えばこれは初恋であり、失恋だったのかもしれない。月詠の初恋は相手に伝わる事なく終わり、その事実を突き付けられ、ただただ年相応の少女のように泣き叫んだ。

 

 

ーーーーーー

 

 

「やべぇ、やべぇぜ兄貴!! 流石にでかすぎる!!」

 

 僕らは木乃香さんを助ける為に誘拐した女の人を追い詰めた。途中小太郎君に邪魔されたけれど、それは楓さんが代わってくれた。でも今は白髪の少年が立ち塞がっている。そして女の人は木乃香さんの魔力を使って巨大な鬼を蘇らせてしまった。

 

「これが二面四手の巨躯の大鬼、リョウメンスクナノカミ。身の丈十八丈もあったと言うけど、そんなもんやあらへんな! これで東へ進行して、関東魔法協会を潰したるわ!!」

 

「残念だったね、ネギ・スプリングフィールド。君の頑張りもここまでだ。ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト! 小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ。その光、我が手に宿りし、災いなる眼差しで射よ!」

 

 この呪文、これは確か石化の呪文!! 駄目だ、阻止が間に合わない!!

 

ーードゴォッ

 

 でもそれを止めてくれた人がいた。蹴り飛ばされる白髪の少年。明日菜さんでも、刹那さんでもない。金の鎧を纏った頼もしい背中。

 

「去れ(アベアット)。すまない、遅くなった」

 

「士郎さん!!!」




ヒーローは遅れてやってくる。


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第32話『ぶつかる運命』

もう修学旅行編もクライマックスですね


 木乃香の魔力を使ってやりたかったのはこれか。まだ上半身が出てきているだけだが、その巨大さは理解できる。敵は巨大な鬼の肩に乗っている。木乃香もそこだ。

 

「……あれを喰らっても無事なのか」

 

「? 何の事ですか?」

 

「あいつだよ」

 

 蹴り飛ばされ吹き飛んだフェイトがこちらに歩いてくる。見える外傷は擦過傷くらいなもの。あの鎧を着ていると力加減が難しいとはいえ、手を抜きすぎたか?

 

「あれの相手は俺がやる。木乃香はみんなに頼むしかない」

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 来たれ雷精、風の精! 雷を纏いて! 吹きすさべ! 南洋の嵐!!」

 

「兄貴!? 今の魔力でそれを撃ったら……」

 

「雷の暴風!!!」

 

 放たれた魔法は確かにリョウメンスクナに直撃したものの、その身を揺らす事すら叶わなかった。フェイトの妨害でかなり消耗していたのだろう。ネギ君は膝をついてしまう。

 

「な、なんや驚かせるんやないわ!! サウザンド・マスターの息子も大した事あらへんなぁ!!」

 

「こ、このか、さん……」

 

「……皆さん、ここは私がいきます。出来れば秘密にしておきたかったのですが、お嬢様の為にもそんな事は言っていられないです」

 

 刹那の背中から純白の翼が生える。秘密にしておきたかったと言った。人のものではないそれを明かしたくはなかっただろう。

 

「見ての通り、私はあの化け物達と同じ存在です。これまで騙してきて申し訳ありません。ですがお嬢様を想う気持ちには偽りはありません!」

 

「刹那、明かしてくれてありがとうな」

 

「……えっ?」

 

「すっごい格好いいわよ! 化け物なんかじゃないわ!」

 

「僕らには出来ない事が出来るその翼は、僕はとても素敵だと思います。どうか木乃香さんを助けて下さい」

 

「明日菜さん、ネギ先生……行ってきます!!」

 

 ふっ、さっきまで泣きそうだったのに、ちょっとした応援で随分と自信が出たじゃないか。受け入れてもらうってのは刹那にとってそれだけ大きな事なんだろう。

 

「俺も行ってくる。ハアァァッ!!」

 

「シッ!!」

 

 干将莫耶を振りかざし突撃する俺に対し、フェイトは崩拳でそれを迎え撃つ。だが俺もフェイトも影から突然現れた手に腕を掴まれて無理矢理動きを止められた。

 

「おいおい、主人を置いて祭りを楽しむとは何事だ?」

 

「「!?」」

 

「私も交ぜてもらうぞ」

 

 エヴァ!? なんで……

 

「闇の福音!? 君まで参戦だと!?」

 

「どこの誰とも知らんが、お前は士郎とどこかに行っていろ。士郎、デカブツは私が片付ける。その間に片付けておけ」

 

 フェイトと共に数十メートル離れた場所にぶん投げられた。おいおいおい、物理的にぶん投げるのだけはやめてくれよ。腕が地味に痛いじゃないか。

 

「よっと」

 

「めちゃくちゃな事をしてくれるものだ」

 

「エヴァだからな。仕切り直しだ。今度は分身じゃないだろうな」

 

「さてね。自分で確かめてみるといい。障壁突破、石の槍」

 

 飛んでくる石の槍を砕き、反らし、距離を詰める。振りかぶった干将莫耶を叩き込むが、障壁によって防がれる。硬い。数度叩き込むと破壊出来るが、その度に再生される。

 

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト! 呪文により我に従え奈落の王! 地割り来れ、千丈舐め尽くす灼熱の奔流! 滾れ! 迸れ! 赫灼たる亡びの地神!! 引き裂く大地!!!」

 

 強固な障壁内から高速詠唱で放たれる魔法。焼けつくような熱さに上空へ退避するが、地面は溶岩となり俺に向かって吹き上がってくる。直撃すれば全身火傷、悪ければ全身炭化して即死。検索しろ。これに対抗しうる宝具を。

 

「投影(トレース)、開始(オン)!! 無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)!!」

 

 投影したのは一本の槍。その穂先から激流が放たれ、溶岩と衝突して爆発を起こした。熱風で軽度の火傷を負ったが、大事には至らない。問題は魔力だ。慣れない槍の投影に真名解放はかなり魔力が削られてしまった。

 

「……何者なんだ君は。地の魔法でも最高位クラスの魔法をこうも容易に相殺するなんて」

 

「容易じゃないさ。かなり魔力は持っていかれた」

 

「それで済むなら安いものだろう。ん?」

 

 とてつもない魔力の高まり。俺もフェイトも思わずその方向を見てしまう。そこには氷像と化したリョウメンスクナの姿があった。仕事が早いなエヴァは。俺もさっさと終わらせないと怒鳴られそうだ。

 

「しくじったね千草。いや、あの闇の福音相手なら仕方がないと言うべきか。まあいいさ。今は将来邪魔になるかもしれない君を葬っておこう」

 

 チッ、動きが速いし小柄過ぎて対処がしづらい。だが中国拳法の使い手で良かった。こっちは遠坂に散々叩き込まれている。干将莫耶で対処しながら隙を窺う。

 

「うおぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

「セイッ!! ハァッ!!!」

 

 ぶつかり合う拳と剣。流石に拳に障壁は張れないらしく、やがて干将莫耶に耐えきれなくなったフェイトの拳に血が滲み始める。このままいけば先に拳が壊れ、こちらが勝つ。しかしそんなもの認める相手ではない。フェイトが動いた。

 

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト! 小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ。その光、我が手に宿りし、災いなる眼差しで射よ!」

 

 こいつ、攻撃しながら詠唱も出来るのかよ!

 

「投影(トレース)、開始(オン)! 後より出て先に断つ者(アンサラー)」

 

 1つの鉄球が投影され、電気を纏い俺の横に浮かぶ。俺はそこに拳を当て構える。

 

「石化の邪眼!!!」

 

 眼前で放たれる光線。当たれば恐らくは屋敷の人々のように石化するだろう。俺の対魔力ではいくら魔道具で補ったところで、とてもではないが防げないからな。でも悪いな。撃たなかった事にさせてもらう!!

 

「斬り抉る(フラガ)戦神の剣(ラック)!!!」




エヴァにはリョウメンスクナ、士郎にはフェイトの対応をしてもらいました


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第33話『癒しのKiss』

お気に入り2000件突破です。ありがとうございます。


 初めてこのシロウという男を見た時から異常な存在というのは認識していた。千草を何の感慨もなく殺そうとした様は人とは、いや生き物には見えなかった。腹を満たす為に獲物を殺す動物なら歓喜するだろう。ネギ・スプリングフィールドのような善人ならば後悔や懺悔で押し潰されそうになるだろう。月詠のような狂人ならば殺す事に快感を覚えるだろう。何れにせよ生きているなら、相手を殺す際に何らかの感情を見せるものだ。だが彼にはそれはなかった。まるで造られた存在、ロボットなんかが当てはまるだろうか。

 

 また彼の異常性はそれだけではない。そのあまりに高過ぎる戦闘能力。ろくな強化を行わずその身体能力は高位の魔法戦士をも凌駕する。剣技や体術はとても天才とは言えないが、人として限界近くまで鍛え上げたような洗練さがある。更には数多もの修羅場を潜り抜けたのだろう。異様なほどの察知能力も冷静さもある。どこからか取り出す様々な武具は並みのアーティファクトなどと比べ物にならない魔力を放ち、また性能も極めて高い。

 

 特に問題は武具だ。彼自身も強いがあの武具のお陰で万能性がある。近衛詠春の石化を解いたのも恐らくは彼だ。底の見えない彼だが、弱点は見えた。その身に装備している魔道具は魔法対策のもの。彼自身に魔法耐性がないと言っているようなものだった。だから僕は攻めた。石化させれば勝ちだと。そして彼が攻撃をする前に石化の邪眼を放った。本来、これで僕の勝ちだった。だが彼をまだまだ甘く見ていたようだ。放った筈の攻撃は放たれておらず、後出しで撃たれた彼の鉄球は閃光となり、僕の胸を貫いていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「何を……したんだ……?」

 

「後出しじゃんけんと言ったところだ。しかし案の定分身だったか」

 

 姿が朧気になり、水となって溶け始めている。これだけの力を持った分身まで作り出せるというのは脅威という他ないな。

 

「ふっ……じゃんけん、ね。次は、気を付けよう……それと安心するといい……もう、今日は手を出さない、よ…………本体にダメージは、なくとも……精神が疲れてしまって、ね。ふふ……初めてだな。戦いで楽しいと感じた、のは……サーカス、手品……そういうのを、見て、楽しむのは……こういう気分、なのかな」

 

「そうか。手を出さないというのが本当なのかは知らないが、俺もいい経験だった。お前のような魔法使いもいるんだな。今後魔法使いと戦う上で参考にさせてもらう」

 

「それは、光栄だね……僕は、フェイト・アーウェルンクス……いずれ、また会おう」

 

 完全に消滅したか。ふぅ、まさか二度も真名解放をさせられるとはな。フラガラックまで使うつもりはなかったんだが、やらなければ石にされていただろう。

 ん? 何か音が聞こえる。これは……茶々丸のジェットの音か。

 

「士郎さん、ご無事で……」

 

「? どうかしたか? 俺は大丈夫だぞ」

 

「その手!! すぐに治療しないといけません!! ああ、でも応急処置でどうにかなるようなものでは……どうすれば良いのでしょう……」

 

 手? あっ、フラガラックを撃った反動で黒焦げだ。痛みすら感じていないのを考えると相当ヤバイな。

 

「! そういえば……士郎さん、失礼します!」

 

「えっ、うぉっ!?」

 

 茶々丸は俺を軽々と抱えると空を飛んだ。正直少女に抱えられるのはみっともないような感じすらある。こっちは、ネギ君達の方か。そういえばリョウメンスクナはもう影も形もないな。無事倒したようだな。

 

「近衛木乃香さん! お願いがあります!」

 

「ほぇ? 茶々丸さんどないしたん? あっ! 士郎さんやん、って手ぇどうなっとるん!?」

 

「焦げた」

 

「そんな軽いものではありません!!」

 

 怒られてしまった。魔法か何かで治せないもんかな。生憎とアヴァロンはもう俺の中にはない。いつの間にか消えてしまっていた。

 

「士郎、みっともない姿だな。茶々丸も茶々丸で慌てすぎだ」

 

「しかしマスター……」

 

「エヴァ、あいつは強かったぞ」

 

「だろうな。リョウメンスクナよりもそっちを選ぶべきだったかもしれん。あれでは運動にもならん」

 

「なぁ茶々丸さん。ウチ何をすればええん?」

 

 ああ、そういえば茶々丸は木乃香に頼みがあるって言っていたな。何だろう。

 

「士郎さんと仮契約をして下さい」

 

「かりけーやく?」

 

「ほう、考えたな茶々丸。確かにそれなら士郎の手も即座に治るな。ま、わざわざそこまでしなくとも時間をかけてじっくり癒せば済むだろうに」

 

「お嬢様と仮契約を? あの、それは長が反対するかと」

 

「いいえ、そんな事はありませんよ刹那君」

 

「長! 無事でしたか」

 

「老けたな詠春。不意討ちを喰らったと聞いたぞ。情けない」

 

「返す言葉もありません。さて、木乃香が仮契約をするかは木乃香自身が決める事です。私が口出しするような事ではありませんよ」

 

「あのー、木乃香と仮契約すると何が起こるんですか?」

 

 仮契約がもたらすものはアーティファクトくらいなものと思っていたんだが、今のエヴァの様子を見る限りはそうではないらしい。

 

「仮契約を行うとその瞬間、その人の潜在能力を引き出す事があります。近衛木乃香さんは莫大な魔力に治癒の力があるとマスターから聞いております」

 

「治癒……ウチが仮契約したらみんなを治せるん?」

 

「恐らくは」

 

「木乃香、仮契約を行うともう日常には戻れないと考えるべきだ。魔法のある世界で生きなくてはならない。そこには危険が多く潜んでいるんだ。命にだって関わる」

 

「だからお父様はこれまでウチに魔法について教えてくれんかったん?」

 

「そうだよ。木乃香には普通の生活をしてもらいたかった。でも子供の可能性を親が狭めるべきではなかったと反省しているよ。木乃香、この先は自分で決めてみなさい。私はそれを精一杯サポートするから」

 

 父親としての葛藤はあるだろう。娘に危険な道を歩んでほしくない。爺さんも俺が魔術を習おうとした時、同じような気持ちだったかもしれない。それを考えれば俺は木乃香の選択に口出しは出来ない。俺も歩んだ道だ。木乃香が同じ道を選んだとして、それを否定するのは自分を否定するのと同じだ。

 

「ウチな、危険とか言われてもまだよう分からんよ。でもネギ君や明日菜はウチを助ける為に戦ってくれた。せっちゃんは隠しておきたかった秘密をさらけ出してでもウチを救いに来てくれた。士郎さんは自分が傷付いてもみんなを守ってくれた。そんなみんなに恩返ししたいんよ。仮契約をまずその一歩とするわ。士郎さん、お願いします。ウチと仮契約して下さい」

 

「……いいよ。俺の事まで考えてもらって断るなんて出来ないな」

 

「士郎の旦那! このか姉さん! 準備できやした!」

 

「早いなカモミール」

 

「そういえば仮契約って何するん?」

 

「キスっすよ」

 

 カモミールの言葉に木乃香が固まって、すぐに顔を真っ赤にしていた。仮契約を知らなければ年頃の女の子はこういう反応になるよな。あれ? 俺が木乃香とキスするんだよな。俺でいいのか?

 

「そっ、そっかぁ。キスするんやなぁ。うん、士郎さんならファーストキスあげてもええかな」

 

「俺の怪我なら他の方法でも治せるから無理しなくてもいいんだぞ」

 

「無理なんてしとらんよ! ウチ士郎さんの事好きやし!」

 

 まあ、無理していないなら……なんか背後から威圧感を感じる。

 

「士郎さん、どういう事でしょうか? 木乃香さんと何があったのか仮契約が終わり次第、詳しく聞かせて頂きます」

 

「私も父親として非常に興味があります。士郎さん、私も話し合いに参加します」

 

 あ、これは茶々丸も詠春さんも何か盛大に誤解していそうだ。こういう時はどうせ誰も助けてくれないよなぁ。もう分かってるよ。

 

「ほな、いくで士郎さん」

 

「ああ、いいぞ」

 

 魔法陣の上で木乃香とキスをする。するとこれまで感じた事のないほどの魔力の光が巻き上がり、俺らを包み込んだ。光が収まった時には俺の手も、細かい怪我も全て完治していた。木乃香が狙われるのも納得がいく。

 

「えへへ、これからよろしゅう」

 

「終わりましたね。行きますよ」

 

「お手伝いしましょう」

 

 2人に両肩を掴まれて引き摺られる。きっと朝陽が見えるまで解放されないんだろうなぁ……ハハ……はぁ。




士郎、遂に歳も見た目も少女な木乃香に手を出してしまう。これは言い逃れが出来ない完璧なロリコンですね。


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第34話『夢』

修学旅行編、これにて終了とさせて頂きます


 夢を見ていた。眼下に広がるは悪意によって焼かれている街。黒い太陽からは死の泥が流れ落ちている。その中を歩く一人の少年。周囲には黒焦げの死体に混じり、まだ生存している者もいた。しかし彼らは動けない。故に歩けている少年に助けを求める。ある者は自身を、ある者は家族を少年に助けてもらおうと呻く。少年はそれに応える事が出来ない。自分が生きるだけで精一杯なのだ。

 ただただ謝りながら、生きる為に歩く少年。だが限界に到達する。倒れ、降り注ぐ雨をその身に浴び、生きる事を諦めかけた時、少年は男に命を救われた。男はまるで自分が救われたかのように泣きそうな表情をしながら、少年に生きていてくれてありがとうと伝えながら抱き締めていた。

 

 私が初めて衛宮士郎の記憶を覗いてから幾度となく反芻した、士郎の原初の記憶。だが不思議な事にこの夢は記憶の反芻などという曖昧な形ではなく、しっかりとした、それこそ士郎の記憶を覗いている時と同じ感覚だ。

 

「……サーヴァントのシステムにはそういうものがあったな」

 

 マスターは夢でサーヴァントの記憶を見る事があったのを思い出す。士郎もセイバーが王になる時の記憶を見ていたな。それと同じものならばこうも鮮明なのにも頷ける。

 むっ、意識が浮上していく。肉体が目覚めようとしているのか。まあ抵抗する必要がある訳でもないし、素直に起きるとしよう。

 

 

ーーーーーー

 

「…スタ……マスター、起きて下さい」

 

「ふぁ~、どーした茶々丸」

 

 わざわざ私を起こしたのは茶々丸か。何やら神妙な顔付きだな。ガイノイドなのに体調不良か?

 

「夢を、見ました……ガイノイドでありながら、夢としか形容出来ない映像を」

 

「ほう、そうかそうか。それはあれか? 燃え盛る街を子供が1人で歩く光景か?」

 

「!? 何故分かるのですか?」

 

「……ふむ、ついてこい」

 

 私も見た、茶々丸も見た。となるともう1人、必ずあの記憶を覗き見た者がいる。近衛木乃香。昨晩士郎と仮契約を交わしたばかりのあの小娘も士郎の記憶を見た筈だ。さて、あいつの魔力は……士郎の部屋か?

 

「士郎、起きているか? 入るぞ」

 

「せめてこっちの返事を待ってからにしてくれよ」

 

「なんだガキに添い寝でもしてもらったか? もしくは手を」

 

「出していない。木乃香が怖い夢を見たからって来たんだよ」

 

 怖い夢。確かにあれは何も知らなければ怖い夢と言っていいものだ。子供には荷が重い。今も近衛木乃香は士郎の布団の中でどこか不安そうな顔をしながら眠っている。

 

「私も茶々丸も、貴様の記憶を夢に見た」

 

「! そっか……ごめんな茶々丸、いい気分じゃないだろ」

 

「……」

 

 士郎は近衛木乃香の頭を撫でながら言うが、茶々丸は何も言えずに沈黙している。生まれて2年ちょっとだ。どう返していいか分からんのだろう。

 

「んん……しろー、さん?」

 

「おっと、ごめん起こしちゃったか?」

 

「へーき、やけど。頭撫でててほしいわ。なんや落ち着くんよ」

 

「分かった」

 

「近衛木乃香。話がある。そのままでいいから聞け」

 

「エヴァちゃん? どないしたん?」

 

「貴様が見た夢は燃え盛る街を子供が1人で歩く光景だな?」

 

「!? う、うん」

 

 やはりか。何故今士郎と契約している私達が同時に士郎の過去を覗き見たのかは不明だが、これからもこういう事はあるかもしれんな。

 近衛木乃香は夢を思い出したのか顔が青ざめている。余程怖かったようだな。

 

「落ち着いて聞け。あれは士郎の過去だ」

 

「し、士郎さん、の?」

 

「そうだ。そしてこちらの世界に身を置くならああいった事が起こりうる可能性もある。それを頭の片隅に置いておけ」

 

「あんな風に、人がいっぱい、死んでまうの?」

 

「今回貴様を誘拐した主犯、天ヶ崎千草だったか。あれが今回の事件を起こした切っ掛けが先の大戦で両親が死んだ事と聞く。魔法は兵器だ。容易に人を殺せる。あのような惨状は滅多な事では起こらんだろうが、何人もの魔法使いが争えば1人や2人死んでもおかしくない。決しておとぎ話にあるようなものではないのだ」

 

 まだ青い顔のままフラフラと立ち上がった近衛木乃香は、大きく息を吸い、吐き出し、両手を広げると自分の顔をおもいっきり叩いた。パーンっとなかなか大きな音が響く。

 

「い、痛い……」

 

「大丈夫ですか木乃香さん」

 

「へ、平気よ茶々丸さん。気合い入れたかっただけやし。エヴァちゃん、ウチかて二度誘拐されたんよ。魔法の世界が優しいもんやないのは分かっとるつもりだったよ。でもこうして改めて教えてくれておおきに。気持ち改めるわ。士郎さん。士郎さんの過去を怖がってごめんなさい。ウチ、何も知らんかったとはいえ失礼な事してしまったわ」

 

「木乃香は悪くないさ。あんなの見たら、誰でも怖がる」

 

「ありがとさん。よーし! ちょっと顔洗ってさっぱりしてくるわぁ」

 

 元気な娘だな。下手に落ち込まれて修学旅行中空気を悪くされるよりかはよっぽどいいが。

 

「なんか今日のエヴァ、無関係な人に優しくないか?」

 

「何を言う。貴様の従者だぞ。従者の従者は私の従者も同じ。無関係なものか。それよりも、おい桜咲刹那。いつまで隠れている」

 

「気が付いておられましたか。士郎さんにお願いがあります」

 

 近衛木乃香がいなくなるまで待っていた桜咲刹那は、士郎に対して深々と頭を下げた。

 

「お嬢様をこれからお願いします」

 

「それはどういう意味だ?」

 

「そのままです。人ならざる姿をお嬢様に見せてしまった以上、もう私は傍にはいられません。これからは士郎さんがお嬢様を守って下さいませんか?」

 

「断る。そんな大事な事は自分から直接言え、馬鹿」

 

 なんだ、まるで断られると思っていなかったような顔をしているな。士郎はお人好しだが、何でもかんでもやってくれるほど優しくはないぞ。

 

「で、ですが」

 

「大方木乃香に見つかる前にいなくなろうとしているんだろ。だからこんなこそこそとする。刹那は木乃香が嫌いなのか?」

 

「そんな事はありません!!」

 

「なら離れる必要なんてないだろ。人じゃない? そんなのを理由にするな。一緒にいたいならいればいい」

 

「……いいのでしょうか……私のようなものが、お嬢様の隣に立っても」

 

「ウチはええよ」

 

「お嬢様!?」

 

 帰ってきた近衛木乃香にも気が付かないとは随分と抜けているな。しかも抱き付かれるとは、護衛としてはこれほど頼りない者もいない。だが、友としてはこれでいいのだろう。

 

「ウチはせっちゃんとずっと一緒にいたいわぁ。だってせっちゃんが大好きやもん」

 

「……ウチかて、このちゃんは好きよ。でも……」

 

「なら昔みたいに一緒にいよ。もう離れた場所におるんはイヤや」

 

「このちゃん……」

 

「さっき木乃香を守ってほしいって言っていたな。いいぞ、守ってやる。ついでに今のその関係もな」

 

「士郎さん……」

 

「なぁにを臭い事を言っているか。そろそろ朝飯だろう。行くぞ」

 

「流石ですマスター。時間ピッタリ。見事な腹時計です」

 

「五月蝿いぞ茶々丸」

 

 

ーーーーーー

 

 

 昼頃にネギ一行が向かったのは、京都にある昔ナギ・スプリングフィールドが拠点としていた場所だった。何かナギに繋がる手懸かりがあるのではと探索が行われたが、何も見つからない。

 

「ふん、つまらん場所だな」

 

「そんな事言わずに一緒に探して下さいよエヴァンジェリンさん。あれ、この写真」

 

「懐かしいな。紅き翼の集合写真か。こいつらには苦戦させられたものだ」

 

「これが、お父さんとその仲間……」

 

「ナギを探すならいずれ出逢う相手かもしれんな。精々覚えておくといい坊や」

 

 悠久の風と呼ばれる魔法団体、そこに所属していた紅き翼(アラルブラ)はとてつもない強さを誇り、その人気は今でも絶大だ。エヴァンジェリンも何度か対峙している。ネギは詠春の許可を貰い、その写真を持ち帰る事とした。

 主犯の千草が捕まった事もあり、残り修学旅行の期間は平穏無事に過ぎていった。ただ月詠は重傷を負ったまま姿を消し、フェイトは偽の経歴しか見つからなかった。一抹の不安を残しつつも、事件は幕を閉じた。




なんだか微妙な終わりになった気もしますが、とりあえず終わりは終わりです。


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第35話『木乃香、弟子になる』

趣味で書いているのであんまり評価とか気にしない方がいいかなぁ、と思いつつも評価機能があると覗いてしまう


「「弟子入りさせて下さい!」」

 

「朝から騒がしい!!」

 

 修学旅行の翌日、気持ちよく朝食のフレンチトーストを食べている最中に坊やと近衛木乃香がやってきたと思ったらこれだ。

 

「弟子など取るつもりはない! 帰れ!」

 

「そこを何とかお願いします! 士郎さんとの戦い、修学旅行での活躍、魔法を師事するならエヴァンジェリンさんしかいないと思ったんです!」

 

「ほう、それはつまり私の強さに惚れ込んだと?」

 

「はい!」

 

 むぅ、これだけはっきりと言われるとむず痒いものがあるな。

 

「見て下さい士郎さん。マスターが照れています」

 

「ああやって褒められる事なかったんだろうな」

 

「五月蝿いぞ従者共! コホン、近衛木乃香、お前は何故私の下へ来たんだ?」

 

「一番身近で一番凄い魔法使いやってお父様に言われたんよ。ウチもこっちで生きていくなら魔法をちゃんと覚えたいんや」

 

「お前の場合ジジイでもいいだろう」

 

 普段はどうあれジジイは麻帆良でもトップの魔法使いだ。近衛木乃香の頼みなら断るという事もない筈だ。

 

「それも考えたんやけど、お祖父ちゃんもそれなりに忙しいみたいで、お祖父ちゃんからもエヴァちゃんを薦められたんや」

 

「押し付けおったなジジイめ。ともかく駄目だ駄目だ。さっきも言ったが弟子を取るつもりはない。近衛木乃香は坊やにでも魔法を教われば良かろう」

 

「何よ。別に弟子くらいいいじゃない」

 

「なんだ神楽坂明日菜もいたのか」

 

「ひどっ!? ずっといたわよ!! 弟子を取らないならそれなりの理由があるんじゃないの?」

 

「理由? 私にメリットがないからだ」

 

 こやつらを弟子に取ったところで何が得られる? 何もない。士郎のように飯を作れる訳でもなく、茶々丸のように科学面でのサポートがある訳でも、むっ? 近衛木乃香が鞄を漁っている。何か出すつもりか?

 

「ウチかてタダでお願いするつもりはないよ。はい、これ」

 

 和紙の包みを渡される。開いてみると中には小さな菓子が1つ。

 

「きんつばか?」

 

「ウチの手作りよ。和菓子には自信あるんやで」

 

「どれ……!?」

 

 う、旨い……!! 周囲をしっかりと焼かれ閉じ込められた餡子は固まっている筈なのに、トロリと口の中で蕩けるようだ。そして小豆の粒はしっかりとしており歯応えもある。更に甘さは強いのにくどさはない。いくらでも食べられそうだ。これは……

 

「認めよう。貴様の和菓子は士郎以上だ」

 

「やった! 弟子入りの月謝代わりにならんかな?」

 

「ふーむ」

 

 このレベルの和菓子をいつでもとなると流石に悩ましい。どうせ教えるとしても適当に呪文なんかを教えておいて勝手にやらせればいいだけだしな。いやしかし私のプライベートな時間を奪われるのも……

 

「ならば弟子入りの試験を用意してやろう。それを見事にこなせば弟子にしてやる」

 

「えー! 木乃香さんだけズルいですよ!」

 

「ふん、坊やは何も用意しなかったではないか」

 

「それ言われると厳しいわよネギ。あんたも今からでいいからなんか持ってきたら」

 

「でも何を持ってくれば」

 

「……いやそうだな。物はいらんぞ。私の足を舐めろ。そして永遠の忠誠を誓えば弟子にしてやらなくも」

 

「あほー!! 子供にアダルトな要求すんじゃないわよ!!」

 

ーースパーンッ

 

「っ!!? か、神楽坂明日菜!! 簡単に真祖の障壁を破るな!!」

 

「エヴァちゃんが悪いんでしょうが!!」

 

「そうだな。エヴァが悪い。チャンスくらいあげたらどうなんだ?」

 

「士郎まで坊やの味方に回るか……まあいいだろう。坊やにも試験を用意してやる。内容はまだ決まっていないから、決まったら伝えよう」

 

「本当ですか?」

 

「本当だ。近衛木乃香、貴様の試験は……明日までにこれを出来るようにしてこい」

 

 近くにあった紙に初心者用の火を灯す呪文を書いて手渡す。弟子として迎え入れる以上、才能がない者の相手をするつもりはない。

 

「茶々丸、何か杖になるものはあったか?」

 

「それなら俺が代わりになるものを投影するか?」

 

「貴様の剣では触媒として強力過ぎるわ。おい坊や、子供用の杖を持っていたな。あれを近衛木乃香に貸せ」

 

「はい、いいですよ」

 

「そういえばネギ、士郎さんの弟子じゃ駄目なの?」

 

「うーん、士郎さんも強いんですけれど、魔法使いとしてはエヴァンジェリンさんかなと」

 

「ネギ君の考えは正しいよ。俺は魔法の才能はないからな」

 

 士郎に魔法か。教えてみるのも楽しいかもしれん。仮に士郎が空を飛べるようになればとてつもない戦力となる。飛べるだけで戦闘の幅は格段に広がるからな。

 

 

ーーーーーー

 

 

「プラクテ・ビギ・ナル、アールデスカット!!」

 

 …………うーん、何も起こらへん。ネギ君に聞いたら火を起こす魔法みたいなんやけど、火どころか光すら起こらへん。何度も何度も繰り返すけど、結果は同じ。叫んでみたり、目一杯気持ち込めたりしたけれど意味はなかった。

 火、火……あかん。士郎さんの記憶思い出してもうた。強がり言ったけれど、怖い気持ちはまだ消えてへん。

 

「あれ、木乃香まだやってたの?」

 

「明日菜ー、全然出来んわー。助けてー」

 

「私に頼んないでよ」

 

「ならネギ君……ネギ君どこ?」

 

「クーに中国拳法教えてもらいに行ったわよ」

 

 ほぇー、魔法に続いて拳法かぁ。ネギ君も頑張りやさんやねぇ。でもうちだって負けへんよ。明日までに火ぃつけれるようにしてみせるわ。何かコツがある筈やし、それを見つけなあかん。

 

「ウチももうちっと頑張るわ」

 

「うん、何も手伝えないけど頑張ってね」

 

 魔法のコツ……そういえばウチ、誘拐された時に無理矢理魔力っての奪われて魔法使うのに利用されたんよね。あの魔力を意識してみようかな。感覚はまだ覚えとる。

 

「プラクテ・ビギ・ナル」

 

 体の中にある魔力は……これかな? 杖にこれを流し込む感覚……あっ、いい感じや。魔力奪われた時の感覚に近いわ。あとは最後の呪文を唱えるだけ。

 

「火よ灯れ」

 

ーーゴオォォォォォッ

 

「アカーン!!」

 

「ちょっ!? 何やってんのよぉっ!!?」

 

 まさか火柱が上がるとは思わんかった。すぐ消火出来たから良かったけれど、下手したら寮を火事にしとったわ。火力の調整、気を付けよ。

 

 

ーーーーーー

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 あっ、木乃香さんがいらっしゃいました。今日は学校がありますので放課後にいらっしゃると思いましたが、早朝を選んだようです。

 

「マスター、木乃香さんがいらっしゃっています。起きて下さい」

 

「ふがっ!? むぅ、まだこんな時間ではないか……」

 

 寝ぼけ眼を擦りながら欠伸をするマスターは大変愛らしいです。画像データ、動画データ、共に保存完了です。

 

「エヴァちゃん、おはよう」

 

「早すぎるわたわけ」

 

「えへへ、感覚を忘れんうちにやりたかったんや」

 

「という事はやれるようになったのか。時間としては実質半日程度だった筈だが、いいだろう。見せてみろ」

 

「いくでー。プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ」

 

 杖の先に指先程度の火が灯ります。偶然ではなく完全に魔法として成立していますね。お見事です。これを見たマスターの顔は大変驚いているようにも見えます。確かに素人である木乃香さんがこの短期間でこれだけやれたのは驚きですが、ネギ先生から指導されたりすれば不可能ではないと思われるのですが。

 

「魔力の出力の調整までこなしたか」

 

「ウチ凄い?」

 

「そうだな。大したものだ。坊やにでも習ったか?」

 

「んーん、ほら修学旅行で誘拐されたやろ。あの時の感覚があったんよ」

 

「他者から魔力を操作された事で内に眠る力に気が付いたという事か。見事だ! 約束通り弟子にしてやる!」

 

「ありがとう! エヴァちゃん大好きや!」

 

「弟子なら師匠なり先生なりと呼び方があるだろう」

 

「ならエヴァ師匠、よろしゅうたのんます」

 

 木乃香さんの嬉しい顔を見ると、こちらまで暖かな気持ちになります。良かったですね。あれ? しかし木乃香さんがマスターと弟子になったとなれば、木乃香さんは我が家を訪問する事が多くなるという事で……

 

「朝御飯できたぞー。木乃香も食べていくか?」

 

「ありがとう士郎さん! 頂くわぁ」

 

 あぁあぁぁぁっ! なんという事でしょう。士郎さんの傍に女性が増えてしまいました。由々しき事態です! 士郎さんは勘違いしているようですが、木乃香さんは僅かなりとも士郎さんに好意を抱いているのは明白。共に過ごす事でそれが膨らむ可能性も否めません。いえ間違いなく膨らみます。どうしましょうどうしましょうどうしましょう。回路をフル回転させて打開策を見つけなければ!

 

「茶々丸ー、飯にするぞー……? 動かんな。フリーズというものか?」

 

「動カネェナラホットケ御主人」

 

「そうだな。何かあればハカセにでも頼めば良かろう」




木乃香、簡単に弟子入り。身内の身内は身内! うちのエヴァは無意識のうちに身内に甘くなります。


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第36話『エヴァの難題』

うちの茶々丸は乙女回路搭載。キャラ崩壊甚だしいですが、書いていて楽しいです


 士郎さんが我が家にやってきてから殆ど毎日、私は士郎さんと台所に立っています。最初は何も感じなかったのですが、いつからかそれがとても楽しくなり、幸福な時間となっていました。しかし! 今! その時間が侵されようとしています!!

 

「士郎さーん、これ味見してくれへん?」

 

「どれ……いいな。やっぱり京風の味付けは木乃香が一枚上手かな」

 

「そんな事あらへんよー」

 

 木乃香さんがマスターの弟子になってからというもの、時間があればマスターに魔法を習うと同時に士郎さんから料理を習っています。明日菜さんやネギ先生の食事は大丈夫かと聞きましたところ、しっかり作りおきをしてきているそうです。

 マスターもマスターで木乃香さんの味付けは気に入っているようで、私が強く言う事も出来ません。京風の味付け、私も覚えなくてはなりませんね。

 

「士郎さん、鯖が焼き上がりました」

 

「ありがとう、盛り付けを頼む。エヴァのは」

 

「大根おろしを多めですね」

 

「ハハ、言うまでもなかったか」

 

 ふふ、我が家の食卓事情を木乃香はまだ知りません。常に一歩先のサポートをする事で士郎さんへのアピールとします。

 

「おい、士郎を借りるぞ」

 

「あっ、マスター……」

 

 士郎さんが連れていかれてしまいました。マスターはいつも強引です。この強引さが羨ましくもあるのですが……しかし何の為に連れていったのでしょう。気になるので見に行ってみましょう。

 

「どうだ! 貴様の為に作ってやったぞ」

 

「凄いな。わざわざ手作りでこれを?」

 

「流石に同様の素材は用意出来んかったが、見た目は完璧だろう。やはり貴様の戦闘服はこれがいい」

 

 黒いボディアーマーに赤い外套。士郎さんの為の服のようです。

 

「ありがとうエヴァ。嬉しいよ」

 

「貴様の働きに対する対価だ。これからも期待しているぞ」

 

「ああ」

 

 士郎さんの顔は本当に嬉しそうで、マスターもその反応に大変満足しているようでした。

 

「……お似合いやなぁ」

 

「その通りですね……料理を続けましょう」

 

「せやね」

 

 

ーーーーーー

 

 

 最近刹那との手合わせに明日菜も参加するようになっていた。身体能力の高さが目立つが、剣の成長っぷりも凄まじい。使っているのはハリセンだけどな。しかし見た目はハリセンだが分類は剣だ。また時間がある時にでもしっかり解析してみよう。

 

「とりゃあぁぁぁぁっ!!!」

 

「おっと、足下への意識が疎かになっているぞ」

 

「ふぎゃっ!?」

 

 踏み込んできたところに足を引っ掻けて転ばせる。ちゃんと受け身は取れているな。偉い偉い。

 

「あいたた、やっぱり士郎さんって強いわね」

 

「明日菜も大したもんだよ。刹那から基礎を教わってまだ数日だろ。刹那から見て明日菜はどうだ?」

 

「吸収の早さが尋常ではありません。ですが、何と言いますか、私が教える前から基礎を体が覚えているような感じがありました」

 

 前世の記憶を魂が覚えている、というのはこの世界でもあるのだろうか。もしそうだとすると明日菜の前世は……野武士?

 

「あっ、士郎さんすごく失礼な事考えたでしょ」

 

「身に覚えがないな」

 

「冷や汗出てますよ」

 

 女性ってのはどうしてこうも直感が優れているんだ。遠坂もそうだったよな。

 

「やはりここに居たか。神楽坂明日菜や桜咲刹那がいるのも都合がいい」

 

「何か用かエヴァ」

 

 俺達の手合わせにエヴァが顔を出すなんて事は滅多にない。大抵は俺に夕飯のリクエストをしにやってくるくらいだが、今日は雰囲気が違う。何か怒っているな。

 

「坊やが中国拳法を習っているそうだが、知っていたか?」

 

「俺は初耳だ」

 

「あー、エヴァちゃんに伝えていなかったんだあいつ」

 

「ふん、人に師事を仰いでおきながらとんだ浮気者だな。神楽坂明日菜、もう試験はしないと坊やに伝えておけ」

 

「エヴァンジェリンさん、流石にそれは可哀想では?」

 

「そうよ。あいつだって頑張っているんだし試験くらいいいじゃない」

 

「貴様ら坊やに惚れでもしたか?」

 

「そ、そんな訳ないでしょ!!」

 

 エヴァの言わんとする事も分からなくはない。師匠となるかもしれないのに、他の人の技を使われるのはつまらないのだろう。俺も過去、セイバーの前でアーチャーやライダーの真似をした時には…………止めよう。思い出してはいけない。

 

「士郎、貴様はどう考える?」

 

「ネギ君の気持ちもエヴァの気持ちも分かる。でも魔法使いには魔法戦士って分類があるんだろ。ネギ君がその道を進むなら間違った選択ではないと思う」

 

「ふむ、確かにな。だが魔法戦士を選ぶなら相応の実力が……」

 

 なんかエヴァが悪い笑みを浮かべた。絶対ろくでもない事を考えた顔だ。

 

「やはり試験はしよう。内容は次の日曜日の早朝、坊やのカンフーモドキで私の従者に一撃を入れる事。さっさと坊やに伝えてこい」

 

 茶々丸に一撃って、付け焼き刃じゃ無理だぞ。弟子入りさせるつもりないんだろうな。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ネギ・スプリングフィールド、弟子入り試験を受けに来ました!!」

 

「よく来たな坊や。内容は聞いているな?」

 

「はい、茶々丸さんに一撃を入れる。それでいいんですね」

 

 ニヤリと笑うネギ。何やら策があるらしい。

 

「しかしこのギャラリーはなんだ」

 

 ネギの後ろには多くの生徒がいた。魔法を知っている物はいいとしても、全く無関係な者もいた。エヴァンジェリンは溜め息を吐きながらも一先ず試験を行う場所へ案内した。そこは普段士郎と刹那が手合わせをしている場所だ。

 そこには茶々丸、そしてエヴァンジェリンに作ってもらった装備に身を包んだ士郎がいた。

 

「似合っているぞ士郎。動いた感想はどうだ?」

 

「全く違和感がないよ。前使っていたものと同じくらい使いやすい。でもなんでネギ君の試験の前にこれを着なきゃいけないんだ? 茶々丸のウォーミングアップの付き合いついでか?」

 

「馬鹿か。ウォーミングアップをするのは貴様。坊やの相手をするのも貴様だ」




ネギの試験相手は士郎にやってもらいます。どうしよう。こんなの書いてあれですが、勝てる気がしない。


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第37話『弟子入り試験』

絶望的相手にネギ君どう対応するのか


「馬鹿か。ウォーミングアップをするのは貴様。坊やの相手をするのも貴様だ」

 

 エヴァンジェリンの発言に全員が固まった。正確には事情を全く知らないで着いてきた裕奈、まき絵、亜子、アキラ以外が固まった。

 

「へー、士郎さんかー。図書館島の地下で助けてくれた時もすごかったよね。でもネギ君だって強くなってるし大丈夫だよね! ね、明日菜」

 

「ま、まきちゃん……はっきり伝えておくわ。無理よ」

 

「明日菜の言う通り無理アル。刹那はどう見るネ」

 

「勝てる要素が微塵もありません。どれだけネギ先生を贔屓したとしても、習いたての中国拳法で士郎さんに一撃など不可能です」

 

 怒濤の無理宣言だが、ネギもネギで勝ち目がないのは理解していた。エヴァンジェリンがどれだけ自分を弟子にしたくないかも感じていた。それでもやらなくてはならない。ネギは無言で構えた。

 エヴァンジェリンの言葉に困惑していた士郎だが、ネギの様子を見て同じく構える。とても構えには見えない自然体。そこに隙はない。

 

「双方準備は出来たようだな。坊やがくたばれば負けだ。大人しく帰ってもらおう。士郎、絶対に攻撃を当てられるなよ? 茶々丸、合図を」

 

「はい。始め!」

 

「契約執行90秒間! ネギ・スプリングフィールド!!」

 

 自己流の魔力強化によって身体能力を向上させたネギは一気に距離を詰めると崩拳を繰り出す。士郎がそれを受け止めるとネギは止まる事なく連打に移る。流れるような攻撃はとても中国拳法を習って数日の人の動きではない。だが相手があまりにも悪い。

 

「てやあぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 どれだけ手数を出しても、何度フェイントをしても、どんな強い攻撃をしても、士郎という鉄壁を打ち破るには到らない。やがて契約執行が解け、ネギは距離を取る。90秒の全力運動。ネギは大きく息を乱しながら士郎を見据える。息が乱れるどころか汗の1つも掻いていない士郎に改めて実力差を感じてしまう。

 

「まだまだ! 契約執行180秒! ネギ・スプリングフィールド!!!」

 

 再び魔力で強化し攻撃を再開する。なりふり構ってはいられない。中国拳法だけではなく、士郎を掴もうと手を伸ばしたり、地面を蹴り土による目潰しを行った。

 

「それでいいアル!! どんな手を使ってでも触るアルヨ!!」

 

「ちょ、ちょっとクー、あんなの拳法じゃないわよね」

 

「アキラ、これはもう拳法どうこう言っている状況じゃないネ。士郎さんをよく見るアルヨ」

 

 ネギばかりに注目していた生徒達は士郎を見るが、何も変わったところは見られない。しかし明日菜が気が付いた。変わっていない事がおかしいのだと。

 

「もしかして、士郎さん動いてない?」

 

「そうアル。あれだけの猛攻。普通は回避するにも受け止めるにも動いて対処するネ。でも士郎さんはそんな事をせず全てその場で対処しているのヨ」

 

「一見すると手抜き、手加減のようですが、本気だからこそ成し得る事です。士郎さんは本気でネギ先生から一撃も受けるつもりはありません。だから攻めにも転じないのです」

 

「士郎さんが攻撃したら何がいかんの?」

 

「いいですか亜子さん。動きを変える瞬間には僅かなズレ、隙と呼ばれるものが生まれやすいです。無論士郎さんクラスになるとそれもほぼないのですが、それでも士郎さんは隙が生まれる可能性のある行動を一切するつもりがありません」

 

 再び魔力強化が切れたネギは遂に膝をついた。麻帆良ではエヴァンジェリン、京都ではフェイトといった強敵と対峙してきた。それでもこれほどまでの絶望感はなかった。何をしても無駄なのだという気持ちが湧いてくる。

 

「ネギくーん!! 頑張ってー!!」

 

「負けないでー!!」

 

 裕奈達の声援が飛ぶが、頑張ってどうにかなる相手ではない。だというのにネギは立ち上がった。士郎は依然として動かない。

 

「いきます!!」

 

 気持ちを奮い立たせ、残り少ない体力を絞り出し立ち向かう。士郎はそれとただただ受け止め続けた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 試験開始から1時間は経過していた。ネギの体には傷らしい傷はない。しかしその心はほぼ折れていた。声援を送っていた生徒達もその姿を見ていられないという様子だ。

 

「おーい坊や、いい加減諦めろ。どれだけ無駄な時間を過ごせば気が済む」

 

 エヴァンジェリンの言うように諦めれば楽になるだろう。心配する生徒達も安心するだろう。しかしネギはまだ立つ。まだ負けてはいないと心が叫ぶのだ。

 

「うあぁぁぁぁぁっ!」

 

 声を張り上げ、なんとか心を繋ぎ止める。体は何も問題はない。体力はもう僅かだが、動く事に支障はない。前に前に進むネギの姿に明日菜が動いた。

 

「もう見てらんない!! 止めるわ!!」

 

「だ、だめ!! 明日菜止めないで!!」

 

「まきちゃん何を言っているのよ! 今はまだ大丈夫だけど、大怪我するかもしれないわよ!」

 

「でも、ネギ君があんなに頑張ってるのに、ここで止めちゃうのは酷い、と思うよ……」

 

「あんなの子供が意地張ってるだけよ!」

 

 そんな明日菜の言葉にまき絵は首を横に振った。

 

「違うよ、ネギ君は大人だよ! 子供の意地であそこまでやれないよ! 上手く言えないけど、ネギ君には、カクゴがあると思う………」

 

「覚悟?」

 

「……うん。ネギ君には目標があって、そのために自分が全部頑張るって、そうやっているんだと思う。明日菜の周りに、そういう気持ちを持っている人っている? あやふやじゃなくて、ちゃんとした夢を持って生きている人!」

 

「……それは」

 

「うちはネギ君のは覚悟やないと思うなぁ。明日菜の言うように意地よ」

 

「そんなの違う!!」

 

 突然の木乃香からの否定にまき絵は声をあらげるが、木乃香は気にする事なく言葉を紡ぐ。

 

「でも意地でええんよ。意地を張り続けなきっと目標には届かへん。意地を張るからやり続けられる事もある。死ぬまで意地を張るような人やから成し遂げられる事がある。覚悟なんてきっと後から着いてくるわ」

 

「木乃香……」

 

「それとまきちゃん、ちゃんとした夢を持っとる人ならウチらみーんな知っとるよ。なんたって今、ネギ君の目の前におるからな」

 

「士郎さんが、ネギ君と同じなの?」

 

「あれと坊やを同じにするな。方向性は似ているかもしれんが、本質は別物だ。木乃香、何度夢を見た?」

 

「都合5回や」

 

 割り込んできたエヴァンジェリンの質問に木乃香はどこか困ったような顔をしながらもはっきりと答えた。5回の夢。それだけ士郎の記憶を覗き見たという事になる。

 そんな時、ネギが倒れた。意識はあるが体が動かない。初めて士郎は動き、ネギの前にしゃがむとネギにしか聞こえないくらいの大きさで声を掛けた。

 

「俺に勝つ必要はないんだぞ」

 

 何の事だか分からなかった。士郎に一撃を入れる事が今回の試験の合格条件だ。それは士郎の守りを突破する事。つまりは勝つ事に等しい。なのに勝つ必要がないとはどういう事なのか。ネギは今回の試験の事をとにかく考えた。体が動かない分、頭を回転させた。そしてとある可能性にぶち当たる。

 

「う、ぐぐ……」

 

 おそらくこれで立てるのは最後。しっかりと士郎を見据えると、士郎はゆっくりと頷いた。これからやる事は士郎の協力無くしては成し得ない。ネギはゆっくり士郎に近付き、拳を突き出した。士郎はそれを掴むと、そのままネギを投げ飛ばす。受け身もまともに取れず、ネギは転がっていき、生徒達は悲鳴を上げる。そしてネギは茶々丸の足元で止まった。

 

「ネギ先生、ご無事ですか?」

 

 茶々丸も心配になったのか声を掛けた。そんな中でエヴァンジェリンは何故士郎がここに来てネギを投げ飛ばしたのか考えていた。ここまで一切の攻撃をしなかった士郎が初めて明確に攻撃らしい事をした。その意味は何か。何故茶々丸の方向へと投げ飛ばしたのか。茶々丸に何があるのか。

 

「! 茶々丸! 逃げ」

 

ーーペチッ

 

 ネギの手が茶々丸の足に当たった。弱々しい音。しかし拳は握られており攻撃だと分かる。

 

「エヴァ、ネギ君は合格だ」

 

「クッ、クハハハッ!! してやられたな。ああ、合格にしてやろう」

 

「えっ、えっ? エヴァちゃん、どういう事? この試験って士郎さんに一撃を入れたら合格じゃないの?」

 

「私がしくじったという事だ。貴様らを誤解させる為、わざと誰か明確にせず、私は『私の従者に一撃を入れる』事を条件とした。戦ったのは士郎だが茶々丸も私の従者だ。茶々丸に一撃を入れたとしてもそれは私の言った条件を満たしている。士郎の協力ありきとはいえ、よくやった。坊や、約束は守ってやる」

 

「や、た……」

 

「あっ! ネギ君大丈夫!?」

 

 気を失い倒れるネギに生徒達が駆け寄った。ネギは彼女らに任せればいいだろう。

 エヴァンジェリンは士郎に近付いていって、軽く小突いた。

 

「何を坊やに協力しておるか」

 

「意地悪したお前が悪い。あんな事するなら俺だって意地悪するさ。それにネギ君はあれだけ根性を見せたんだ。付き合ってやってもいいだろ」

 

「マスター、申し訳ありません」

 

「茶々丸は悪くない。悪いのはこの正義の味方だ。私のミスによく気が付き、よく坊やに伝え、そして坊やもよく応えた。ああ、なかなか気分がいいな。今日は酒が飲みたい。士郎、茶々丸、肴は頼むぞ」

 

「ああ、最高の肴を作ってやる」

 

「サポートはお任せ下さい」




士郎に一撃は流石に不可能ですので、こういう結果にさせてもらいました。


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第38話『戦地に立った者』

特に意味のない日常回です。


 もうすぐ暑さも厳しくなるという事で今は校内全ての冷房器具の点検に当たっている。夏が来る前には終わらせる必要があるが、そう急ぐものでもない。のんびりと時間が余っている時を見計らっての仕事だ。

 

「やぁ衛宮さん、暇かな?」

 

「真名か。暇だったら仕事はしていない、と言いたいが時間が余っているからこれをやっているんだよな」

 

「なら付き合ってもらえるかな? 先の件での礼を頂きたい」

 

 真名、クー、楓の3人は京都で協力してもらったという事で、俺が個人的にお礼をさせてもらう事を決めていた。まだ他の2人は何も言ってこないので、真名が初めてになる。

 

「何がいいんだ?」

 

「近くにケーキバイキングがあるんだ。そこに付き合ってほしい」

 

 ああ、確かにこの中等部から歩いてすぐのところにケーキバイキングのお店が開店していた。戦闘慣れし、見た目が大人びた真名も年相応の少女という事か。それに俺にとっても都合がいい。あの店には興味があったが、一人では入れなかった。

 

「全く、カップル限定の日なんてものは作らないでもらいたいな」

 

「そう言うなよ。真名もその日限定のケーキ目当てなんだろ。俺も気になっていたんだ。礼を言うよ」

 

「それはそれは、どういたしまして」

 

 毎週火曜日、あの店はカップルデーと称して男女のグループしか入れなくなる。まあ男女のグループなので男1人、女数人もその逆も構わない。しかしそのカップルデーという名称の為か、やはり男女のペアが圧倒的だ。

 

「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」

 

「はい、席は空いていますか?」

 

「はい、すぐにご案内出来ます。当店のご利用は初めてですか?」

 

「「いいえ」」

 

「ではこちらの席へどうぞ」

 

 このカップルデー以外なら来たことがある。真名も同じらしい。さて、限定のケーキとはどういう……あれか。巨大なハート型のイチゴのムースケーキか。普段からあるケーキにもハートのデコレーションが目立つ。流石はカップルデー。

 

「行こうか衛宮さん」

 

「ああ」

 

 存分に解析(食事)させてもらおうか。

 

 

ーーーーーー

 

 

 目の前でケーキを黙々と食べている衛宮さん。とても京都で見た人と同一人物とは思えない。鬼を屠っている時やあの神鳴流の剣士を切った時には私と同じ、いや私以上の暗く濃い戦場の匂いを感じられたものだが、今目の前にいる衛宮さんは善良な一般市民そのものだ。

 

「衛宮さん、聞いてもいいかな?」

 

「答えられる範疇なら」

 

「衛宮さんは昔は戦場にいたのかい?」

 

「ああ、そこそこな。NPOの一員として活動したり、個人でも色々とやったな」

 

 嘘は言っていないが、深い部分は隠している。魔法使いとしての活動を言いたくない、とは考えにくい。何せ私も魔法側の人間というのは衛宮さんも知っている。今更隠す必要はない。だがどうせ下手に追及してもはぐらかされるのが落ちだろう。

 

「私も昔は戦場にいてね。もしかしたら会っていたかもしれないと思ったんだよ」

 

「うーん、ごめん。全く覚えがないな」

 

「謝る必要はないよ。私だって覚えていないという事は会っていないんだろうさ」

 

 しかし不自然な人だ。NPOに所属していたというのなら、何かしら痕跡があってもおかしくはない。しかし彼が痕跡を残し始めたのは去年の三学期頃。それまでは影も形もなかったのだ。ある依頼でとことん調べたが、何も情報はなかった。あれほどまでに強く、そしてお人好し。こんな人が一切の情報がないとは信じられない。過去を消されたか、突然降って湧いたかでもない限りはこうはならないと思っている。

 

「どうしたんだ真名。食べないと損だぞ」

 

「ふふ、そうだね。少し取ってくるよ」

 

 なるべく本人から情報を引き出したいが、どれだけ有益な情報を獲られるものか。

 

 

ーーーーーー

 

 

「悪いね衛宮さん、奢ってもらって」

 

「これくらいなら安いもんさ」

 

 結局無意味な情報と既知の情報しか獲られなかった。戦闘同様に防御の固い人だ。

 

「あっと、忘れるところだっ…………はぁ、拳銃を取り出させてすらもらえないとは思わなかったよ」

 

「言ったろ。戦場にいたって」

 

 私が懐に手を入れた時点では何が出るなんて分からないだろうに、それを止めるなんて未来予知でも出来るのかな。

 

「腕試しにすらならないなんてね。でもいいさ。本来の目的のケーキバイキングは楽しめた。また会おう、衛宮さん」

 

「またな。今日は楽しかった」

 

 衛宮さんと別れてすぐにケータイに着信が届く。依頼主からだ。

 

「もしもし」

 

『もしもし。どうだったカナ? 何か情報は獲られたカナ?』

 

「残念ながら。でもそうだな、今晩の動向くらいは分かったよ」

 

『ホウ、教えてもらっても?』

 

「今晩は餃子パーティーらしい」

 

『……それは羨ましいネ』

 

「また情報が入り次第連絡する」

 

 ……私も今晩は餃子にしようかね。




何の収穫もありませんでした!!
日常回はまだ続けます。書くのがとても楽なんで、作者にとっての休憩回ですね。


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第39話『壊れ始めた心』

日常……?


 真夜中にガタンと音がした。最近よくあるのだが、木乃香が起きたらしい。突然起きた木乃香の息はいつも荒く、何かに怯えているようにも感じた。

 

「木乃香、大丈夫?」

 

「あっ!? お、起こしちゃったかぁ。ごめんなぁ明日菜」

 

「いいわよ別に気にしてないわ。それよりも木乃香は大丈夫なの?」

 

「平気よ。ちょっと、夢見が悪いんや」

 

 ちょっとなんてものじゃない筈。だって物凄い冷や汗を流しているもの。でも木乃香は何も教えてくれない。

 

「木乃香が気付いているか知らないけれど、アタシいつも木乃香が起きてるの知ってるんだからね」

 

「! ……そっかぁ、いつもごめんなぁ。でも何でもないんよ」

 

「そんな嘘つかないでよ!」

 

「落ち着いて明日菜。ネギ君が起きてまう」

 

「大丈夫よ。こいつ昼間は先生、夕方は鍛練で疲れて、いっつも朝まで起きないから」

 

「そうなんや。ウチも頑張らなあかんな」

 

「頑張ってるでしょ。こうやって起きたらずっと魔法の練習しているのだって知ってるのよ」

 

「あ、ははは……そこまで気付かれてたんやね。ちょっと外で話さへん?」

 

 外は真っ暗。街灯の光はあるけど、それでも周囲が見渡せないくらいには暗く、そして虫の鳴き声しか聞こえないくらいに静かだ。そこで木乃香はポツリポツリと語り始めた。

 

「ごめんなぁ、夢の内容は話せんのよ」

 

「覚えていない訳じゃないでしょ?」

 

「うん。でもこれは勝手に話せん事やから。大雑把に言えば、士郎さんの記憶なんよ」

 

「士郎さんの、記憶?」

 

 そんなの木乃香が知る筈がない。いえ、そもそも人の記憶を夢で見るなんて聞いた事もない。でもそれが本当なら言いたくないのも無理はないと思う。人の記憶をその人に無断で話すなんて、私だってやらない。

 

「でも士郎さんの記憶でそんなにうなされるの?」

 

「うん……下手な事言えば記憶の事話してしまうかも分からんし、これで終わりにしてくれへん?」

 

「駄目よ。まだ魔法の練習をしている理由が聞けてないわ。夢が関係しているんでしょうけど、可能な限り教えて」

 

「……ウチ、修学旅行くらいから士郎さんに惚れとるんや」

 

 突然の告白に少し驚いたけれど、最近の木乃香の行動を見ればそれも分からなくはない。そんな好きになった士郎さんの為に魔法を練習している?

 

「強い士郎さんに近付きたいの? 従者だからって無理しなくても」

 

「ちゃうよ……士郎さんを止めたいんや」

 

「止めたい?」

 

「士郎さんはほっといたら、どっか行ってまう。それは絶対に止めないかん。腕に抱き付いてでも、手を折ってでも、足を砕いてでも、士郎さんは止めないかん」

 

 木乃香らしくもない物騒な物言いに言葉を失ってしまう。でもアタシが驚かされるのはここからだった。

 

「そうせな……士郎さん……死んでまう……ヒック」

 

「士郎さんが死ぬ!? あんなに強いのよ!」

 

「がんげいあらへん!! じろうざん、は! ヒック、ほっどぐど、ヒック……ぜがいに、ごろざれるんや!! あんな、あんなに、ひどのだめにがんばっどるのに!! だれ、も! じろうざんを、だずげてくれへん!! だずげても、みんな、でぎになる!! ヒック、ズズッ……ウヂ、が、どめな、ヒック……ウヂがだずげな、いがんのや!!」

 

 士郎さんが死ぬ? 世界に殺される? アタシには木乃香の言う意味が理解できない。でもこんなに泣く木乃香を見るのは初めてで、何も口出し出来なかった。

 

「づよぐ、づよぐならな……じろうざんを、ヒック、どめられんのや!! じろうざんは、ズビッ、ウヂが、まもっであげな……ぞばに、ズズッ、いであげな……ヒック」

 

「だから、起きたら朝まで魔法の練習を……ごめんね木乃香。アタシ、木乃香の言う事が全然分からないけれど、木乃香の気持ち考えてなかったかも」

 

「ズズッ、ズビッ、ふぅ、ふぅ……ごめんな明日菜。怒鳴ってもうた」

 

「いいの。こんなに感情的な木乃香初めて見れたし」

 

「なんや恥ずかしいわぁ」

 

「でも木乃香がちょっと羨ましいかも。好きな人の為にそこまでの気持ちになれるなんてなかなかないと思うわよ。あーあ、私も高畑先生の為に一生懸命にならないと駄目ね。でもちょっとは休んでよ。心配になるからね」

 

「せやね。今日は寝るわ。ありがとう明日菜。おやすみ」

 

「おやすみ、木乃香」

 

 木乃香は先に部屋に戻り、アタシは1人で今の出来事を考えていた。人の為に頑張ったのに誰も助けてくれない。助けた人が敵になる。そんな事あるんだろうか。アタシには理解できない。アタシが馬鹿だからかな。

 よくよく考えれば士郎さんについて何も知らない。優しくて、何でも話を聞いてくれて、料理が上手な強い用務員さん。きっとそれは表面的なものだけれど、これは間違いなく士郎さんの一面。京都で見た人殺しの姿もきっと士郎さんの一面。でももっと奥を知らない。木乃香はアタシ達の知らない士郎さんの奥を知ってしまったんだ。士郎さん、貴方は一体何者なの? 麻帆良に来る前には何をしていたの?




人が泣くのを文字で表現するのは難しい


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第40話『機械の悩み』

前回は木乃香、今回は茶々丸


 夢(記憶)を見ました。士郎さんが聖杯戦争という殺し合いに参加する夢(記憶)、士郎さんがロンドンへ旅立つ夢(記憶)、士郎さんがマスターとは違う死徒という吸血鬼と対峙する夢(記憶)、士郎さんが疫病にまみれた村を殲滅する夢(記憶)、そして士郎さんが大切に想っていた間桐桜さんを手に掛ける夢(記憶)……

 本来ガイノイドである私が見る事はない夢。士郎さんと契約したからこそ見た夢(記憶)。そのどれもが鮮烈で、記憶データに刻まれていきます。

 

 士郎さんはどこでも人の為に動いていました。そしてより多くの人を救う為、人を殺していました。以前士郎さんが少しだけ話してくれた事。言葉で聞いたそれは実際には私のイメージ以上に凄惨で、救いのないものでした。人を救う筈の士郎さんに救いがない。それでも士郎さんは人の為に動きます。自身を度外視し、より確実に、より多くの人を救うその働きは、人というよりも私(機械)に近いものでした。

 

 士郎さんの在り方は正しいものなのでしょうか? 私にはそれが分かりません。マスターに尋ねても答えてもらえないでしょう。ならば士郎さんの記憶を知っていて、かつ答えてくれる人に尋ねましょう。

 

「こんにちは、近衛学園長、お聞きしたい事があります」

 

「絡繰君だけとは珍しいのぉ。何かな?」

 

「士郎さんの記憶を、覗きました」

 

「……ふむ」

 

「士郎さんは自身が傷付き、また少数を殺して多数を生かしました。その在り方は正しいのでしょうか?」

 

 学園長は無言で、深く考え込んでいます。そして口にした答えは私が予想だにしていないものでした。

 

「答えは出せぬ」

 

「えっ?」

 

「人の生き方に良し悪しはあれど、正解不正解というものはないとワシは考えておる。これは正義にも言える事じゃ。正義に善悪はない。衛宮君は正しく正義の体現者と言えるじゃろう」

 

「正義とは善ではないのですか?」

 

 一般的に正義の味方とされるものは良い行いをした人々だ。マギステル・マギも同様。だから悪の魔法使いたるマスターにはマギステル・マギの資格はない。しかし学園長は正義に善悪はないと言った。思考回路が追い付かない。

 

「悪を成す事で正義となる事もある。衛宮君が人を殺したのもそれじゃ。先の大戦にてナギ達も多くの人を殺した。それでもナギはマギステル・マギと呼ばれておる」

 

「ですが士郎さんはそうではありません。寧ろ、迫害され恐れられていました」

 

「先程も言ったが、衛宮君は正義の体現者じゃ。善悪のない純粋な正義。自分の行い次第で、いやほんの些細な切っ掛けでいつ敵になるか分からぬ存在なのじゃよ。恐れられて当然じゃ。じゃが彼にはマギステル・マギとなるだけの資格はある。ただ、1人で頑張りすぎただけじゃ」

 

「……はい。それは理解できます。士郎さんはいつも1人でした」

 

「他に理解者であり協力者となる者がおらんかった。しかしこの世界ではそんな事は起こさぬ」

 

「同意します。士郎さんの傍に必ず私が立ちます。そして士郎さんを守ります。士郎さんが世界中の正義の味方ならば、私は士郎さんだけの正義の味方となります」

 

 ……いえ、きっと私だけでは足りない。私だけで士郎さんが守れるなら向こうの世界でも誰かが守れた筈。悔しいが私は力不足だ。誰かの協力なくして士郎さんは救えない。

 

「そうじゃな。身近な人ほど衛宮君を御しやすいじゃろう。木乃香やエヴァにも協力を頼んでみると良い。さて絡繰君の悩みは解消したかのぅ?」

 

「完全とは言えませんが、良い答えでした。ありがとうございます」

 

「フォッフォッフォッ、これでも学園の長。学園の者の悩みくらいは聞かねばのぉ」

 

 士郎さんの近くには常に誰かが居なくてはなりません。士郎さんを独占したいという感情が以前の私にはありましたが、今は違います。みんなで士郎さんの手を握らなくてはなりません。やはり一番に協力を要請する必要があるのはあの人ですね。

 

 

ーーーーーー

 

 

「突然呼び出して申し訳ありません木乃香さん」

 

「ええよ。ウチもちょうどエヴァ師匠に魔法習いにいくつもりやったし。それで茶々丸さん、どうしたん? 今日の夕飯の相談?」

 

「士郎さんについてです」

 

 いつもほんわかと柔らかな表情をしている木乃香さんの顔が強張る。

 

「士郎さんを守る為に協力して下さい」

 

「……ウチ恋敵よ?」

 

「構いません。好きになった人を助けたいのです」

 

 私の言葉に木乃香さんは大きく頷いてくれました。ああ、木乃香さんも同じ気持ちだったんだ。

 

「ええよ。ちょうどおんなじ事考えてたんや。士郎さんはほっときたくないんや。でもウチには力が足りへん。どうか茶々丸さんの力を貸して下さい」

 

 伸ばされた木乃香さんの手を私はしっかりと握り締めました。士郎さん、どうか覚悟しておいて下さい。私も木乃香さんも、貴方の為に頑張ります。




40分で書き上げたので荒いかもしれないです。


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第41話『ある日の別荘』

気が付いたら2日過ぎていて絶望。今、プライベートなあれで地元から遠くに来ています。そっちにかまけていたらこの様です。お待ちして下さっていた皆様、大変申し訳ありませんでした。


 ネギ君の修行が始まる事となり、ネギ君含め数人がエヴァの別荘を訪れた。しかし人数が多くないか? 明日菜、刹那、それとのどかだっけ? 3人はネギ君の従者だ。来てもおかしくはない。クーもネギ君の師匠の1人。まあいいだろう。何故夕映が来ている?

 

「こんにちは士郎さん。士郎さんも魔法使いだったのですね」

 

「大まかに言えばな。それで夕映はどうして此処に? 魔法関係者じゃなかった筈だが」

 

「京都の時点で魔法の存在にはぼんやりと気が付いていたのです。先日ネギ先生を問い詰めたところ教えてくれました」

 

 ネギ君、何をしているんだ……と言いたいところだが、京都での光景を見ていた以上遅かれ早かれ気が付いていただろう。

 

「京都では応援を呼んでくれたんだよな。ありがとう。でも正直、こっちは危ないからあんまり関わってほしくないんだよなぁ」

 

「他の皆さんはいいのです?」

 

「みんながみんなオッケーとは言えないかな。のどかって子は正直向いていないと「アホかーーーーーー!!!!!」な、なんだ!?」

 

 別荘中に響き渡ったエヴァの怒号。何やらネギ君がエヴァを怒らせたらしいが、何をしたんだ?

 

「この現代日本にドラゴンなどいる筈がないだろう!! くだらん事を言っている暇があったら魔法の1つでも覚えろ!!!」

 

 ドラゴン? 竜種がいるだって? いやいや流石にないだろう。どれくらいの大きさのものかは知らないが、ドラゴンなんていたらすぐにバレる。ましてや麻帆良の中だ。お祭り騒ぎが大好きな連中が揃っている場所だからドラゴンを見つけたら情報が一瞬で広まる。大型のトカゲか何かを見間違えたんだろう。

 

「む、士郎ちょうどいい。こっちに来い」

 

「なんだ?」

 

「いいか坊や。貴様が目指すべき到達点は私やナギだ。それくらいになればドラゴンも片手間に倒せる。そしてそのレベルがどれほどのものか、士郎の攻撃で体験してもらおう。士郎、全力でやれ」

 

「寸止めでいいよな?」

 

「ああ。攻撃が当たって変なトラウマを持たれても困るしな。坊や、防御を固めろ」

 

「はい!」

 

 俺も俺で干将莫耶を投影……どうしようか。オーバーエッジにするか? いや使い込んだ干将莫耶より威力もあってそこそこ慣れているカリバーン。もしくは他の、弓での攻撃もあるな。うーん、まあ全力で斬るならカリバーンかな。投影っと。

 

「いくぞネギ君」

 

「お願いします」

 

 踏み込み、振りかぶり、振り下ろす。剣を使う上で基本的な動作だが、それを速く、力を込めてやる。カリバーンは障壁を容易に斬り裂き、ネギ君の首に当たらないように寸止めする。ネギ君はまるで石にでもなったかのように硬直している。

 

「どうだ? これが坊やと我々の実力差だ。目で追うことも叶わない。そんな差がある。だがナギを目指す以上、この領域に立たねばならん」

 

「は、はい……」

 

 カリバーンを離してやると、ネギ君はふらふらとしゃがみこんだ。こんな宝具が傍にあったらそれだけで精神が消耗するもんな。少しやりすぎだったか。

 

「エヴァ師匠、課題終わったで」

 

「なかなか早いな。坊や、姉弟子は猛スピードで前進しているぞ。へたりこんでいる場合か! さっさと立って修行をしろ! 士郎、お前は好きにしていていいぞ」

 

「す、すみません!」

 

 さて、俺は明日菜達の様子を見に行くか。おっ、やってるやってる。明日菜と茶々丸、クーと刹那のタッグファイトか。実力は一番劣る明日菜だが、持ち前の身体能力で渡り合っている。茶々丸のフォローも上手いな。明日菜はそれに甘える形だが好きに戦えるのはそれだけ有利だ。普段通りの実力が引き出せるからな。

 対してクーと刹那は個々が強いが、上手く噛み合っていない。剣士と格闘家の上手な連携プレーを知らないのだろう。その知識さえあれば簡単にあの2人に勝てるだろう。

 だが個々が強いというのはそれだけで強みだ。明日菜達の攻撃を耐えているうちに、クーも刹那も徐々に互いの動きを理解し、上手く合わせていく。こうなると茶々丸はともかく明日菜が辛い。

 

「隙有りネ!!」

 

「キャアッ!?」

 

 クーの足払いを受けて転ぶ明日菜。これは勝負あったな。実戦なら明日菜は倒され、1人になった茶々丸では逃げるだけならともかく、この2人は倒せない。すぐに茶々丸も降参した。

 

「お疲れ様。みんないい動きだったぞ」

 

「士郎さん、いらしていたのですね」

 

「折角だから士郎さんも参加するアルヨ! 4対1でいいネ?」

 

「そうだなぁ……たまにはいいか」

 

「やったネ!」

 

「アタシ自信ないわ……」

 

「士郎さんだって本気は出さないでしょうから大丈夫ですよ」

 

「こうして士郎さんにお相手して頂くのも久しいですね。胸をお借りします。刹那さん、古菲さん、明日菜さん、一気に攻め込んで下さい。サポートは私がします」

 

 これは気を抜けないな。さあ来い!

 

 

ーーーーーー

 

 

 遠くから私とのどかは皆さんの試合の様子を眺めていました。桜咲さんや古菲さんがとても強く、明日菜さんも運動神経が良く、絡繰さんはよくは知りませんがあそこに参加している以上は強いのでしょう。

 それでも士郎さんには全く手も足も出ていません。4人で攻撃している筈なのに士郎さんには当たらず、逆に士郎さんの攻撃は当たっています。

 

「ゆ、ゆえ~、あれ見える?」

 

「なんとか、です」

 

 遠くからだから、なんとかおおざっぱに捉えているという感じです。普通なら見れない、ある意味非現実的な試合は魔法の存在するファンタジーな世界で見られるもの……ああ、本でしか見れなかった夢のような世界にやってきたのだと思えるです。京都であったような危険な目に遭うような事もあるでしょう。ですがそれがあってこそ剣と魔法のファンタジーな世界と言えます。

 夢と、冒険と、ちょっぴり危険が含まれたそんな世界。私が待ち望んだ世界の本当の姿をこの時にはまだ知りませんでした。




近いうちに1日で2本投稿します


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第42話『歪み、されど真っ直ぐに』

本日もギリギリ投稿します


 いいんちょの誘いでクラスのみんなで来た南の島。そこの夜の砂浜で、ウチは無心になって覚えたての呪文を唱える。魔力を流すだけやなく、その呪文から発動する魔法を明確にイメージするのも大切やとエヴァ師匠は言っとった。

 まだウチは始動キーがない。せやから使うのは初心者用の汎用始動キーやけど、それでも魔力だけはあるから威力はある方や。でも足らん。これだと戦いの場に立つのは出来ん。もっともっと精度を上げへんと。

 

「プラクテ・ビギ・ナル、光の精霊5柱、集い来たりて敵を射て、魔法の射手、光の5矢」

 

 放たれた光の矢は空へと飛んでいって霧散した。うん、成功やね。まあまだまだ遅いし、飛ぶ方向もバラバラやけど。

 そんな風に1人で魔法の練習をしていたら誰かが後ろで拍手した。振り返るとそこには夕映がおった

 

「どないしたん?」

 

「すみません、たまたま見掛けたので着いてきてしまいました。凄いですね木乃香さん。まだ魔法を習って一月も経っていないのでしょう?」

 

「大した事あらへんよ。ちょっとコツを掴むのが上手かっただけや」

 

「実はネギ先生と契約して私も魔法を教えてもらう事になりましたので、そのコツを教えてもらえませんか?」

 

「夕映が魔法を? 何でなん?」

 

 単純に不思議やった。だって夕映が魔法を習う理由が分からへんかったから。護身ならもっと使いやすい体術とかでええ。

 

「何でって、魔法ですよ。科学では存在が否定された神秘の力。それを自分が使えるなんて素敵じゃないですか?」

 

「そんな、理由なん?」

 

「そんなと言われるほどではないと思うのです」

 

 夕映はウチの言葉にムッとしていたけれど、ウチは開いた口が塞がらんかった。ネギ君は何も言わんかったんか? 魔法は人を簡単に殺せる技術や。単純に言えば拳銃の使い方を覚えるようなもの。夕映はそれをきっと分かっとらん。魔法を使う上での覚悟を知らんのや。

 ウチは新しい魔法を覚える度にいつかこれで誰かを傷付けるかもしれんと心に刻んどる。ウチの行動で人の人生を奪うかもしれんと思うと手が震える。それでもウチは士郎さんの為にも強くならないかん。例え誰かを傷付けたとしてもや。意識はしとらんやろが明日菜もネギ君の為なら同じように誰かを傷付けても戦うやろうし、せっちゃんなんかはウチの為やったら殆ど躊躇せんと思う。2人共覚悟はあると思っとる。

 でも夕映は違う。ただ理想を見て、夢に触れる事が出来てはしゃいどるだけ。魔法の現実を知ろうとしとらん。

 

「そっかぁ、ごめんなぁ」

 

 だからって夕映の理想を否定するつもりもあらへん。理想は大事やと思う。それを原動力にする事が出来る。いつかはきっと理想と現実のギャップに気が付くとは思うけれど、それを乗り越えるのは夕映自身や。今ここでウチがそれをぶつけるべきやないと思うんや。

 

「コツやったね。うーん、体内にある魔力を意識して……」

 

 

ーーーーーー

 

 

 木乃香の成長スピードは驚異的と言っていい。師匠たる私も鼻が高いが、次のステップに進む速度が速すぎて教材を用意するのも手間だ。

 

「楽シソーダナ御主人」

 

「楽しい? そうだな。手間のかかる弟子というものはどうも愛着が湧きやすい」

 

「アノ坊主ニモ愛着ガ湧クノカヨ」

 

 坊やに愛着か。無くはないな。だがやはりある程度育ったものよりは全く無垢なものを自分の色に染めていくのがいい。

 坊やも木乃香もスポンジのように教えた事を吸収するので教える側としての楽しさもある。実は最近は士郎にも魔法を教えているのだが、これがまた全く使えそうにない。こっちはこっちで手のかかる赤子のようで愛らしくはあるのだが。

 

「始動キーはどんなものがいいだろうな。それは個人に任せて中級魔法にチャレンジさせてみるか」

 

「御主人ガ楽シソーデ何ヨリダゼ」




圧倒的文字稼ぎ。1500くらいまでは書いて投稿したいのです


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第43話『ネギの記憶』

寒くなって参りました。風邪を引かないように気を付けます。


 今日は外で雨が降っていたが、エヴァンジェリンの別荘では関係なくネギ達は別荘で修行をしていた。ネギはエヴァンジェリンから様々な魔法を教わりながら、魔法を習いたがっていた生徒達に魔法を教えるという忙しい時間を過ごしていた。

 

「プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ…………むぅ、消えたか」

 

 その近くで士郎も魔法の練習をしていた。干将莫耶を杖代わりとしているものの、僅かな時間で火が消えてしまう。最初は火を灯す事すら出来ていなかったので成長していると言えるが、その速度は魔力の制御法を知っている割には極めて遅い。目標は自力での飛行だが、何年掛かるか分かったものではない。

 

「士郎さんが普段使っている魔法ではこういう練習はしなかったのですか?」

 

 流石に火を灯すのすら精一杯というのはネギも驚いたのか質問してくる。士郎は恥ずかしいのか情けないのか、頭を掻きながら答える。

 

「親父から教わったのは間違ったやり方だったし、俺の属性自体も特殊なものだったからそっちに合わせた鍛練ばかりやっていたんだ。だからこういう一般的というか、基礎的なものはやっていないんだ」

 

「そうなんですか。どんな属性なんですか?」

 

「それは剣だな」

 

「剣?」

 

 ネギはこれまで聞いた事もない属性に首を傾げる。しかし自分の知らないような珍しい属性なら、特殊な鍛練だけでも士郎が強いのもおかしくはないと納得していた。

 

「士郎さん、ウチが教えよか?」

 

「そうしろ士郎。従者の方がよっぽど優秀だからいい機会ではないか。坊やは自分の生徒を教えておくんだな」

 

「くっ……頼むよ木乃香」

 

「えへへー」

 

 世話になりっぱなしだった自分が士郎の力になれるのが嬉しいのか木乃香はニコニコとしていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 夜になって士郎は茶々丸と全員の食事を作っていた。いつもそこにいる木乃香はまだエヴァンジェリンに教わりながら魔法の練習をしている。

 

「やはりこれだけ人数がいると作るのも大変ですね」

 

「そうだな。でもこうやって大人数の料理を作るのも少し懐かしいな」

 

「士郎さんは大勢で食事を取る事が多かったですからね」

 

「ああ。それに食べる量も一人一人結構あったからな」

 

 衛宮家ではセイバーや大河が沢山食べており、桜もそれなりに食べる方だった。海外に出てからも執事として働いた時や、戦場での炊き出しなどで量のある食事を作るのは士郎は何度もやっていた。

 

「よし、こんなものだろう」

 

 作られた和洋中問わない大量の食事。それを持って皆の所へ向かったところ、ネギを中心に皆が何かをしていた。

 

「エヴァ、何をしているんだ?」

 

「坊やの記憶を覗いているのだ。貴様も見るか?」

 

「ネギ君の記憶をか? いいのかネギ君」

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

 のどかの持つアーティファクト、イドノエニッキにはネギの記憶が写し出されていた。

 

 幼少の頃のネギは父親を求めていた。英雄たる父は自分がピンチになると助けに来てくれると信じ、無茶ばかりしていた。周りの大人に叱られながらも父が助けに来てくれる日を待ち望んでいた。

 それは最悪の形で実現する。村を襲う魔族の群れ。村人達は逃げ惑い、そして逃げ切れずに石化されていく。ネギの姉、ネカネもネギを守る盾となり脚を石とされ、ネギを守る者が誰一人として居なくなった時、その男は現れた。

 大規模な魔法で魔族の群れを凪ぎ払う。村人達がどれだけ魔法で対抗しても敵わなかった相手を一瞬で消し飛ばしていく。ネギはその力を恐れ、しかし姉を守る為に立ち上がる。

 

「お前がネギか。お姉ちゃんを守っているつもりか?」

 

 伸びてくる手。恐怖から目を閉じたネギの頭が優しく撫でられた。

 

「大きくなったな」

 

「えっ?」

 

「そうだ、これをやろう。俺の形見だ」

 

 手渡された杖。そしてネギは直感した。この人こそが父、ナギ・スプリングフィールドなのだと。

 

「もう時間がない。じゃあなネギ! 幸せに育てよ!!」

 

「おとうさん! おとうさん!!」

 

 飛び去るナギを転びながら追い掛けるネギ。しかしその姿は遂に見えなくなってしまった。

 

 ネギの記憶を見た生徒達は殆どが泣き、ネギに協力して頑張ろうと言っていた。士郎の記憶を見た木乃香や茶々丸も2人の記憶を比べるなどという事はせず、この過去を抱えて頑張ろうとしているネギの応援をしようと考えていた。

 

「そういえば士郎さんって昔はどんな人だったんですか? 折角ネギ先生の過去を見たんだし、士郎さんの過去もちょっと見せて下さいよ」

 

 朝倉和美の好奇心から出た何気ない言葉は一部の者を凍り付かせた。




なんか朝倉が言い出してしまった。どうなってしまうのでしょう。


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第44話『オブラートに包んで』

感想の数が凄い多かったです。皆さん色々と期待や不安や愉悦があったと思いますが、かなーり丸く収めました。


「そういえば士郎さんって昔はどんな人だったんですか? 折角ネギ先生の過去を見たんだし、士郎さんの過去もちょっと見せて下さいよ」

 

 朝倉の言葉に何度も士郎の過去を見た木乃香と茶々丸は完全に凍り付いた。何の覚悟もなく偶然士郎の記憶を覗き見てしまった自分達が士郎との関係に悩み、思想すらも変えられてしまった記憶。軽い気持ちで見ては間違いなく自分達と同じになってしまうと感じていた。

 エヴァンジェリンは頭を抱えていた。女子中学生らしい無邪気で好奇心溢れた考えだが、止めなくては間違いなくトラウマとなり、士郎を嫌悪するようになる。そうでなくとも今の木乃香や茶々丸のようにどこか狂ってしまう。ただ頭ごなしに止めたとしても別の機会にまた見ようとするだろう。どう止めるべきか悩まされていた。

 ネギ、刹那、カモミールはかつて士郎が平然と人を殺そうとした事を知っている。そんな事がやれる士郎が過去にどれだけの人を傷付けてきたのか予想も出来ないが、それをほぼ一般人と言ってもいい生徒達が見るのは危険だと考えていた。

 明日菜は木乃香が士郎の記憶を見てから変わってしまったのを知っている。あんなにほんわかとした木乃香を必死に魔法の練習へと走らせ、士郎を傷付けてでも止めると言わせた士郎の記憶を見てはいけないと直感した。

 

 各々が朝倉の発言に危機的なものを抱いている中、当の士郎は作ってきた唐揚げを摘まみ口に放り込むと、はっきりと言い放った。

 

「見せるのは難しいけど、話すくらいならいいぞ」 

 

「えー、見せて下さいよ」

 

「血生臭い記憶が結構あるんだ。和美は良くても、のどかとかはそういうのに耐性ないだろ。そのアーティファクトを使う以上はのどかに配慮しないとな。それに女性関係のものもあってな……そういう場面は見せたくはない」

 

「あっ……し、士郎さんも大人ですもんね……そういう事もありますよね…………分かりました! お話で手を打ちましょう!」

 

 朝倉が妥協した事に心配していた面子はほっと胸を撫で下ろした。それと同時にネギ、刹那、明日菜、カモミールの4名は知らなかった士郎の記憶を知る機会だと思い興味を持った。

 

「さて、どこから話そうか」

 

「それじゃあ、士郎さんが魔法に関わった理由からお願いします! あっ、それとも士郎さんもネギ先生みたいに魔法の村みたいの出身ですか?」

 

「いやそんなのじゃないよ。始まりはネギ君に似ているかな。俺は昔、街を呑み込むような大火災に巻き込まれてね。そこで血の繋がった家族も、いたかもしれない友達も、そしてその前までの記憶も全部無くしたんだ。火災の中、なんとか生き延びていたけれど結局倒れて動けなくなった俺を助けてくれたのが魔法を教えてくれた爺さん。養父になってくれる人だったわけだ。後で知ったんだけれど、その火災も魔法が関係していたらしい」

 

 いきなり家族も記憶すらも失ったという言葉に記憶を知る者以外は驚きを隠せなかった。確かにネギも危機的状況を父親に助けてもらっている。流れとしては似たようなものだが、過程も結果も別物だ。ネギはまだ石化した村人を助けられるという希望がある。しかし士郎は全て失ったところから始まっているのだ。

 

「そんな爺さんも火災の影響ですぐ亡くなってさ。教わった魔法も間違ったやり方のもの。残ったのは夢くらいなものでさ」

 

「夢?」

 

「正義の味方という夢だ。爺さんが成りたくても成れなかった夢。それを今俺が引き継いで目指している。火災で全てを無くして空っぽの衛宮士郎は、そこで初めて生きる目的を見出したんだ」

 

 それは違う。それは衛宮士郎の目的ではなく父親の目的だと木乃香は言いたかった。しかし言える筈がない。もう士郎は後戻り出来ないところまで来てしまっているのだから。

 

「それから暫くして俺が高校三年に上がる前くらいだったかな。大火災を引き起こす原因となった魔法儀式が勃発してそれに巻き込まれたんだ。それが俺がこっちの世界へと踏み込む最大の要因となったものだ」

 

「周りに被害を出すなんてどんな儀式なんですか?」

 

「ネギ君の知るような魔法形態とは全くの別物なんだけど、7人の魔法使いが7体の特殊な使い魔を従えて戦う小規模な戦争。勝者は何でも願いの叶う道具が手に入るものだ。問題は7体の使い魔でな。どれも歴史に名を残した存在を召喚したものなんだ」

 

 伝説の存在を使い魔とする儀式。確かにネギには聞き覚えがないものだった。それに戦争とは穏やかではない。

 

「あの時参加していた使い魔は、アーサー王、クーフーリン、ギルガメッシュ、メドゥーサ、メディア、ヘラクレス、佐々木小次郎だ。みんなとてつもない強さでさ。今の俺でも敵うかどうか……」

 

「な、なんですかそのメンバー……」

 

「夕映、分かるの?」

 

「分かるですよ。日本では知名度の低い英雄もいますが、伝承通りの存在ならどの方も規格外です」

 

「その通りだ。その戦いで俺はアーサー王を使い魔にしてな。俺には勿体無い人だったよ。初めての命を掛けた戦い。その中で初めて人を殺した……そして戦争に勝利したんだ」

 

「……な、なら願いは叶えられたのですね!」

 

 士郎の人を殺したという発言に暗くなる周囲を気遣ってか刹那が話を進めようとする。勝ったならば願いの叶う道具が手に入った筈。しかし士郎は首を横に振った。

 

「あれは壊したよ」

 

「えっ!? こ、壊してしまったのですか!?」

 

「ああ。故障したものだったし、俺は叶えたい願いもなかったからな。アーサー王、セイバーも許してくれたよ。さあこれで俺の話は終わりだ。ご飯にしようか」

 

 みんなもっと聞きたい事もあったが、これ以上は答えてくれる雰囲気でもなかった為諦める事とした。朝倉だけは追加で質問しようとしていたが、木乃香と茶々丸に引きずられていった。

 

「ああ、そうだ。坊やと士郎には後で話がある。いいな?」

 

「えっ、分かりました」

 

「いいぞ」

 

 

ーーーーーー

 

 

 皆が寝静まった時間にネギと士郎はエヴァンジェリンの所へとやってきた。そこには木乃香、茶々丸、ついでにチャチャゼロもいる。

 

「以前坊やは士郎に人殺しは許せないと、士郎が見捨てた人を自分達が助けると言ったな」

 

「はい」

 

「言った以上はそれがどれだけ無責任か、そして困難か知らねばならぬ。貴様らの意見も聞いておこう」

 

「ウチは見るべきやと思うよ。士郎さんを手助けするのに士郎さんを知らんのはおかしいもん」

 

「私も賛成です。士郎さんがこれまで何をしてきたのか、何故人を殺さなくてはならなかったのか、それを知っておくべきです」

 

「楽シイモン見レルナラ何デモイーゼ」

 

「……みんながそういう意見なら俺は反対しないよ。でもネギ君、俺の記憶はかなり過激なものだ。無理はしないでほしい」

 

「大丈夫です! 僕もちゃんと士郎さんを知りたいです!」

 

 この時のネギは本気だった。ただ地獄を覗くには理解と覚悟が足りていなかったのだ。




ネギ君には地獄を見てもらいます!!


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第45話『地獄の入り口』

えー、皆様ネギ君の心配ありがとうございます


 師匠の呪文で眠ってもらった士郎さんの意識の中へ、僕と師匠、それとチャチャゼロさんも入っていく。木乃香さんと茶々丸さんは万が一他の人が来ないように監視しているみたい。

 暗い意識の中を泳ぐように沈んでいく。少しすると明かりが見えてきたけれど、そこで師匠がストップをかけた。

 

「坊や、まずは士郎の最初の記憶だが……士郎の話は覚えているな?」

 

「士郎さんが言っていた大火災、ですか?」

 

「そうだ。あれはかなりオブラートに包まれたものだ。私から言わせれば地上に這い出た地獄。そんな光景だ。準備はいいな?」

 

 地獄……師匠がそこまで言うなんて、正直言って怖いけれど、それでも僕は見ないといけない。士郎さんを知る事が今の僕にやれる事なんだ。

 

「行けます」

 

「では見るぞ」

 

 眼前に広がった光景。それを見て僕は悲鳴を上げていた。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?!?」

 

「落ち着け!!!」

 

「ひっ!? こ、これが、士郎さんの……」

 

 真っ黒な太陽。そこから流れ落ちる真っ黒な泥が地上を焼き付くしていた。あれが何かは分からないけれど、とにかく怖いものだ。そして気が付く。僕くらいか僕より小さな男の子がたった一人でフラフラと歩いている。思わず駆け寄って手を伸ばしたけれど、すり抜けてしまった。

 

「戯け。これは記憶だ。触れん」

 

「この子が、もしかして士郎さんですか?」

 

「そうだ。全てを失った士郎の記憶の始まりだ」

 

「……初メテダゼ、言葉ヲ失ウッテノハヨ」

 

 確かに士郎さんはそう言っていたけれど、こんな事が起こっていたなんて思ってもみなかった。

 

「うわっ!?」

 

 近くに何かが転がってきた。黒焦げになっていたけれど、人の上半身だ。思わず吐き気が込み上げてくる。それを何とか飲み込んで、士郎さんを見る。生き残る為に歩いている。周りのもの全てを見ないようにして、聞こえてくるものに耳をふさいで、前へ前へと歩いている。僕は村の人が守ってくれ、お姉ちゃんも守ってくれた。士郎さんは本当に独りぼっちだ。でも限界が来て倒れてしまう。

 

「あっ……」

 

 そこへ走ってきた男性が士郎さんを抱き抱える。その人はまるで自分が救われたかのように泣いていた。

 

「あれが士郎の養父だ。あいつに士郎は助けられ、憧れを抱くようになった。あの救われた顔が綺麗だったから憧れた。自分もああなりたいと思ったから、あの男の正義の味方という夢を引き継いだのだ……次の記憶に移るぞ」

 

「……はい」

 

 また景色が暗くなり、そして全く違う場所へと出てきた。ここは学校? 夜のグラウンドだ。そこでは誰かが戦っている。凄い速さだ。

 

「あ、あれ……士郎さん!?」

 

「いいやあれは士郎であって士郎ではない」

 

 朱色の槍を持つ男性と戦っているのはどう見ても僕の知る士郎さんだ。でも師匠の言う意味がよく分からない。士郎さんなのに士郎さんじゃない?

 

「士郎が言った戦争。正確には聖杯戦争というが、士郎はあそこに参加した使い魔を1体隠していた。それがあそこにいるアーチャー、英霊エミヤ。英雄となった衛宮士郎だ」

 

「士郎さんが、英雄に?」

 

「アンダケ強ケリャ英雄ニナッテモオカシクネーヨナ」

 

 士郎さんが言った伝説上の人々の中に、士郎さん自身も入るなんて……今僕らの傍にいる士郎さんもいずれはああなるんだろうか。

 

『誰だ!?』

 

 槍を持った人が何処かへ走っていく。あっ! あの制服の人はもしかしてこの時代の士郎さん!? 間違いない。さっきの男の子と同じ髪色をしている。僕らもその姿を追い掛けていく。

 

『悪いがこれも仕事だ。運がなかったと諦めてくれや』

 

「あっ!!」

 

 し、士郎さんが心臓を刺された……流れ出る大量の血。致命傷だ。そこへ女性がやってきた。手に持った宝石を士郎さんに当てて呪文を唱えると士郎さんの傷が塞がっていった。良かった。士郎さんは死なずに済んだんだ。でもさっきの士郎さんの始まりといい、今といい、士郎さん、ううん、人ってこんな簡単に殺されてしまうの?

 無事に目を覚ました士郎さんは家に帰ったけれど、また槍を持った人の襲撃に遭う。さっきの女性はもういない。追い込まれて蔵に入った士郎さん。逃げ場を無くした士郎さんに迫る槍。その瞬間に誰かがその槍を弾いた。

 

『問おう。貴方が私のマスターか?』

 

「坊や、あれがアーサー王だ」

 

「アーサー王……って女性ですよ!?」

 

「そういうものだ。受け入れろ」

 

「ヒュー、ツエー」

 

 昔から何度も物語で見てきたアーサー王が女性だったなんて……もしかしてあの槍の人はクーフーリン? アーサー王とクーフーリンの戦いなんてどんなお伽噺にも語られない。

 そこから見られた様々な戦いもどれもが僕の常識を上回っていた。英霊、宝具、そして……魔術。これだけ見せてもらったなら分かる。

 

「士郎さんは、僕らとは違う世界から来たんですね」

 

「そうだ。しかし世界は違えど人の在り方、魔法の危険性は変わらん。そして正義の形もな……」

 

 記憶は止まらない。大火災の原因、聖杯の真実、それらを知った士郎さんとアーサー王、セイバーさん。2人は前聖杯戦争の生き残りギルガメッシュとそのマスターの神父を打倒し、聖杯の破壊に成功した。

 

『セイバー……』

 

『最後に、1つだけ伝えないと……』

 

『……ああ、どんな?』

 

『……シロウ、貴方を……』

 

 士郎さんは聖杯戦争で多くの戦いを経験し、多くのものを失って、そして多くのものを得た。

 僕は自分を犠牲にして誰かを助けようとする士郎さんの生き方を見せ付けられた。歪んだ、でも正義の味方として正しいんじゃないかと感じる生き方。

 

「さて切っ掛けは終わった。ここから士郎は正義の味方として動き出す。本番はここからだぞ、坊や」




今回はかなり駆け足になっていますが、エヴァの言ったように次からが本番です。自分オリジナルの士郎のお話になりますので、書くのに少しお時間頂くかもしれません。


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第46話『別れ』

二週間ぶりに戻って参りました!!脳と体を休めて書いていました。
オリジナルで書くって本当に難しい。しかも今回だけで終わらなかった士郎の過去編。次も頑張ります。


 衛宮士郎は聖杯戦争後、卒業してすぐに海外へと飛び立った。姉のような存在であった藤村大河には『血は繋がってなくても切嗣さんの子ね』と呆れられ、妹分の間桐桜からは『家の事は任せて、先輩は頑張って下さい』と笑顔と涙で見送られ、そして聖杯戦争で出逢った義理の姉のイリヤスフィールには『キリツグみたいになっちゃ駄目よ』と注意を受けた。

 まず向かったのはロンドン、魔術師達の住まう時計塔。聖杯戦争を共に戦った遠坂凛も一緒だった。士郎は彼女の付き人として時計塔で暫く世話になる事となった。魔術は聖杯戦争で多少は使えるようになったものの、まだまだ未熟。戦闘で難なく使える程度には鍛練をしておきたかった。

 

「投影(トレース)、開始(オン)…………ふぅ、どうだ遠坂」

 

「相変わらず投影だけは反則ね。アーチャーの干将莫耶をここまで完璧に投影するなんて」

 

 ロンドンで過ごして約1年。士郎が得意とする強化、解析はかなりの精度となり、そして特異な投影は神秘の特にない刀剣なら一瞬で、宝具だろうと時間を掛ければほぼ完璧な形で投影可能となっていた。

 

「そりゃどうも……これだからここまで出来るっていうのもあるけどな。遠坂も気が付いているだろ。あいつは、俺だって」

 

「……ええ、夢であいつの記憶を見たからね。ごめんなさい士郎、黙っていて」

 

「いやいいんだ。遠坂だって俺を気遣っての事だろ。気にしてないよ。さてそろそろバイトの時間だ。行ってくる」

 

「いってらっしゃい。ルヴィアにコキ使われるようなら帰ってきてもいいわよ」

 

「はいはい」

 

 魔術の鍛練をし、執事のバイトをし、時折ボランティアとして各地を巡る。そんな日々を送っていた。時折魔術協会から魔術師の処分を依頼され、凛と共に依頼をこなす事もあった。

 ある辺境の村をまるごと工房にした魔術師を始末した。若い魔術師を誘拐しその肉体を様々な道具に作り替えていた魔術師を始末した。それらは非人道的故に処分を命じられたものではなく、ただ協会にとって邪魔だっただけだ。士郎もどちらかといえば協会の邪魔になるものだが、凛の弟子として協会の意向に従う限りは有益な戦力として見逃されていた。

 協会からの依頼を何度も受けているうちに士郎の疲れも目に見えるようになっていた。人を救いたいと願う彼が魔術師といえど誰かを殺す事に加担するのはかなりの負担だったのだろう。そんな彼を見た凛はある提案をした。

 

「ねぇ士郎。一度冬木に帰ったら?」

 

「帰ったらって、確かにもう1年くらい経つからみんなの顔を見たいってのはあるけど、遠坂は来ないのか?」

 

「今は協会への報告とかを纏めないといけなくてね。ちょっと士郎だけでもみんなの様子を見てきてもらおうと思ったのよ。私も余裕が出来たら一度帰るわ」

 

「そういう事なら行ってくる。また向こうに着いたら電話するよ」

 

「ええ、待っているわ」

 

 凛に勧められての帰郷。久しぶりに自宅に電話をするとすぐに大河が電話に出た。帰郷について伝えると五月蝿いくらいに喜び、遠くでイリヤの怒鳴り声が聞こえてきた。その様子に向こうは平穏なのだと士郎は思わず笑みをこぼしていた。

 チケットを取り、3日後に冬木の地へと足を踏み込んだ。この3日という期間さえなければあのような事はなかったのかもしれない。

 

 

ーーーーーー

 

 

「冬木も久しぶりになるのかな。あれから1年か。長いような短かったような……」

 

 過ごしてみると1年は短かったけれど、季節が一周するまで冬木を離れる事なんてなかった。でも定期的に連絡はいれていたからみんなが元気なのも知っている。それもあってあんまり懐かしい気分にもならない。

 だが足を踏み込んだ瞬間、何か違和感を感じた。空気が違うというか……嫌な予感がする。走って家に向かう。

 

「……なんだこれ」

 

 異様な魔力を感じる。未熟な俺でも理解出来るくらいの魔力。これは過去にも感じた事がある。サーヴァントの魔力だ。聖杯戦争は終わった筈。だというのになんでうちからサーヴァントの魔力を感じるんだ!

 

「藤ねぇ!! 桜!! イリヤ!!! どこだ!?」

 

 玄関から飛び込んでみんなを探す。魔力はこっちか! 感じる気配は3つ。1つはサーヴァントだろう。3人のうち誰かが家にいないのか?

 

「セイッ!!」

 

「シロウ!!」

 

「! イリヤ! 藤ねぇ!! てめぇ何しやがった!!」

 

 戸を蹴破って気配のする部屋に向かうと藤ねぇが倒れていて、イリヤがサーヴァントに抱えられていた。藤ねぇの腕は折れていて気も失っている。イリヤは無傷のようだが、あのサーヴァントはなんだ!? まるで影。人の形はしているが、真っ黒で何者なのか判別出来ない。でもその武器は理解出来る。槍、それもゲイボルグ? つまりはあいつはランサーなのか?

 

「うおぉぉぉっ!!!」

 

 干将莫耶で斬りかかるが、やはり速い。回避されるとそのままイリヤを連れたままランサーは逃げていった。

 

「くっ、待ちやがれ!!」

 

「し、ろ……」

 

「藤ねぇ! すぐに手当てを」

 

「私は、平気だから……イリヤちゃんを助けて」

 

「……ああ、行ってくる」

 

 本当は藤ねぇを助けてやりたい。でもここでイリヤを追わないと何があるか分からない。イリヤが無傷で拐われたのは何か理由がある筈。

 家から出てあのランサーを探す。視力を強化するとすぐに見つかった。まるで追ってこいとでも言わんばかりの速度で逃げている。あの方角は柳洞寺か。あの寺で思い出すのはキャスター。サーヴァントでありながらサーヴァントを使役していたあいつのような奴が今回もいるのか? しかし聖杯戦争がまた始まったなんて聞いていない。

 

「!? あれは……」

 

 階段の下から門を通っていったランサーの姿が見えた。そして門前には誰かが立っている。あれもサーヴァントだ。あの長刀。まさかあのアサシンと同じ奴か? だがあいつも黒い影だ。

 

「投影(トレース)、開始(オン)」

 

 あいつが前回の聖杯戦争と同じアサシンなら遠距離攻撃に対して対抗する手段がない筈。それにあいつは門から離れられない。ここからなら一方的に攻撃出来る。

 投影した矢をつがえ、放つ。しかし仮にもサーヴァント。通常の矢では全て斬り落とされてしまった。魔力は温存しておきたかったが、そうも言っていられないな。カリバーンを投影し、矢として放つ。アサシンの長刀と触れた瞬間にカリバーンを爆破させた。門ごとアサシンは消し飛んだ。すまん、一成。

 妨害する者もいなくなった階段を掛け上がる。柳洞寺の境内は不自然なまでに静かだ。門が消し飛ぶような爆発だぞ。誰か来るのが普通だ。

 

「ガッ!!?」

 

 か、らだが、重い!? まるで重力を何倍にもされたようだ…………みつ、けた……上空を飛ぶキャスターらしき影。あの杖にも見覚えが、ある。柳洞寺のみんなが出てこないのも、こいつの仕業か。

 俺を捕らえたと判断したのか降りてくるキャスター。それは迂闊だぞ。

 

ーー投影(トレース)、開始(オン)

 

 複数の剣を創造し、溜め込む。

 

ーー憑依経験、共感終了。工程完了(ロールアウト)。全投影(バレット)、待機(クリア)

 

 呪文は決して口にはしない。あいつが俺の間合いに入った瞬間が勝負だ。

 

「停止解凍(フリーズアウト)、全投影(ソードバレル)連続層写(フルオープン)!!!」

 

 上空より無数の剣の雨を放った。だが瞬間、キャスターの姿が消えた。転移魔術か。しかしそっちに意識がいった事によって重圧は消えた。干将莫耶を投影し、気配のした背後に投擲する。

 

「そこだ!!」

 

 杖によって干将莫耶は弾かれたが、連続して投擲をする。それも弾かれるが構わない。転移魔術を行わせない為の攻撃だ。息つく暇もなく矢を放つ。

 

「投影(トレース)、ぐっ……開始(オン)!!」

 

 俺が投影した干将莫耶に惹かれ、先に投擲した4本の干将莫耶が俺へと飛んできて、その間にいたキャスターの背中へと突き刺さった。落ちてくるキャスターに自らの手で止めを刺した。

 

「くっ、はぁはぁはぁ……」

 

 連続して投影した代償だろう。頭痛が酷い。魔力もかなり使ったからか体も重い。でもイリヤが待っている。行かないと。ランサーは、あっちか? ここまではっきりと気配がするなんて、間違いなく誘っている。

 しかしアサシン、キャスターというあまり強力とはいえないサーヴァントとはいえ、こうも易々と倒せたのは何故だ? 確かに俺は1年前より強くなっている。でもサーヴァントには程遠い。アサシンは弱点を突いたからともかく、キャスターはあいつのフィールドでの戦いだ。もっと不利になって、負けてもおかしくはない。こいつらは本当にサーヴァントなのか? 力はあるが、考える力のない、まるで人形のようだった。

 ランサーの気配を追って辿り着いたのは巨大な洞穴だった。柳洞寺にこんな場所があったなんて。中からは禍々しいほどの魔力が漂ってくる。それに怯んでいる暇はない。一歩踏み込むと、中から何かが飛んできた。

 

「フッ!!」

 

 干将莫耶で弾いたそれは鎖付きの杭。ライダーか。こんな洞穴の中で蜘蛛のように自在に動くあいつの相手なんて手間だぞ。逃げる? いや間違いなく追い付かれる。ここで対処する他ない。

 

「…………」

 

「やっぱりライダーか。ここを通してもらうぞ」

 

「……サ」

 

「?」

 

「…サ、ク、ラ……タス、ケテ……」

 

「お前……何を、うっ!?」

 

 強烈な蹴りを何とか防ぐ。こいつ、さっきまでのサーヴァントと同じ影だが、自我があるのか? 何故桜を助けてと言うんだ。いやそれよりも、桜がここにいるって言うのか?

 両手に持った杭で攻撃を仕掛けてくるが、明らかに鈍い。俺でも防ぎきれる。

 

「サク、ラ……」

 

 そういえばライダーは慎二のサーヴァントだったか。その時桜と知り合っても不思議じゃない。でもサーヴァントってのは新しく召喚されると前の記憶はなくなるんじゃなかったか? 正確には記憶ではなくて記録になるんだったか。なんであれ新しく召喚されたライダーなら桜にここまで執着するのも妙だ。

 だがこいつの言う事が正しく、もし桜が危機に瀕しているというならば俺の答えは1つしかない。

 

「どういうつもりか知らないが、桜だって俺の家族だ。必ず助けてやる。そこをどけライダー」

 

 攻撃の手が止んだ?

 

「アリ……ガト、ウ」

 

「! 待て!!」

 

 俺の制止を無視し、ライダーは手に持った杭を心臓へと突き刺した。倒れ、魔力となって消えていく。何が何だか分からないが、この先にはイリヤだけじゃない。桜もいるんだ。そして恐らくサーヴァント達は皆第五次聖杯戦争のサーヴァント。まだ出会っていないのはアーチャー、バーサーカー、そして……

 

「お前もいるのか? セイバー……」

 

 

ーーーーーー

 

 

 不気味なくらい静かな洞穴を進んでいく。禍々しい魔力はどんどんと濃くなるというのに、何も起こっていないのが逆に不気味だ。

 

「光だ」

 

 暗かった道から一転、開けた場所へ出た。かなり広く、そして中央には巨大な窪みと俺もよく知るものがあった。あれは、聖杯だ。そしてその前には3人の人と3騎のサーヴァントがいる。イリヤ、桜、そして小柄な老人。桜の爺さんの間桐臓硯だったか?

 

「むっ? 衛宮の小童? 何故ここにおる? 桜よ、お前が連れてきたな」

 

「あんた、桜のところの爺さんか? なんでこんな場所にいる!! イリヤを拐ったのもあんたか!? 桜を何故連れてきた! 目的はなんだ!!」

 

 イリヤは拐われてここにいて、桜は目が虚ろだ。ちゃんと意思があるのはこいつだけ。黒幕はこいつと考えるのが打倒だろう。

 

「カカカッ、誘拐は正確には桜がやった事。儂は指示を出したに過ぎん。桜がおらねば計画は果たせぬ故に桜がおる。目的は単純明快。大聖杯の起動じゃよ。さて満足かの?」

 

「大聖杯?」

 

「儂らの後ろにあるものじゃ。このアインツベルンの小聖杯と違い、大元となる聖杯。無論、力も小聖杯の比ではない」

 

「だがそれもこの世全ての悪(アンリマユ)に犯されている! そんなものどうするつもりだ!」

 

「どうするもこうするも願いを叶えるに決まっておろう。不老不死の願いを」

 

 こいつ、そんなもののためにイリヤと桜を利用するつもりか。

 

「シロウ! サクラは聖杯と繋がっているわ。この影のサーヴァントを召喚して使役しているのもサクラよ! こいつらは第五次聖杯戦争で聖杯に呑み込まれたサーヴァントの複製よ! また造り出されるかもしれないわ!!」

 

「なんで桜が聖杯と……てめぇの仕業か!」

 

「その通り。儂が小聖杯の欠片を実験的に埋め込んでおいたのじゃ。よもや起動するとは思わなんだが、嬉しい誤算というやつじゃ。とはいえ桜だけでは限界もある。その為のこの小聖杯じゃ」

 

「ふざけんじゃ、ねぇ!!!」

 

 投げ付けた干将莫耶は控えていたバーサーカーによって弾かれる。

 

「桜、こやつを殺せ」

 

「…………」

 

「桜! こんなやつの言う事は聞くな!! 一緒に帰るぞ!!」

 

「せん、ぱい……もう遅いんです」

 

「えっ?」

 

「ぬっ!? 桜! 貴様何っ……」

 

 ……間桐臓硯が影に呑まれた? 桜はあいつに操られていたんじゃ……

 桜の姿が変わっていく。髪は白く、服は黒に赤の縦縞の入ったどこか禍々しいものに。あれはアンリマユだ。

 

「……しつこいですねお爺様」

 

 桜は自分の胸に腕を突っ込んだ。言葉も出せず呆然としている俺をよそに自身の内側をまさぐっている。そして抜いた手には小さな蟲が摘ままれていた。

 

「憐れですね。こんな蟲にまでなって生きているなんて」

 

ーープチュッ

 

「憐れ過ぎて、つい慈悲を与えてしまいましたよ」

 

「サクラ、貴女……呑まれたわね」

 

「元々ですよイリヤさん。折角お爺様が用意して下さいましたし、イリヤさんも頂きます」

 

「桜! やめ」

 

 イリヤも影に呑まれた……どうして……なんでこんな事に……

 

「……桜ぁっ!!!」

 

「怒っているんですか先輩。でも私も怒っているんですよ。先輩、私を捨てて姉さんと出ていっちゃうんですもの」

 

「姉、さん?」

 

「聞いていませんか? 酷い姉さん。遠坂凛。あの人が私の実の姉です」

 

 遠坂と、桜が、姉妹? もう訳が分からない。だけど、今の桜を止めないといけないのだけは分かる。きっと言葉では止まらない。

 

「投影(トレース)、開始(オン)」

 

「先輩では勝てませんよ。でも安心して下さい。先輩は殺しません。ずっと傍にいてもらいます。やりなさい、バーサーカー、ランサー、アーチャー」

 

 向かってくる3騎の英霊。バーサーカー、ランサーはあまりにも真っ直ぐで行動が読みやすい。だがアーチャーの野郎は違う。ライダーと同じだ。自我を失っていない。バーサーカーの股を潜り、ランサーの槍を受け流してアーチャーへと斬りかかる。

 

「ハァッ!!!」

 

 アーチャーも干将莫耶で防ぐ。同時に何かが俺の脳内へ流れ込んできた。これは、こいつの記憶? 無数の人を殺し、殺し、殺し殺し殺し殺し殺し殺し、そしてその何倍もの人を救った。

 

「……衛宮士郎、間桐桜を救うのは不可能だ。殺せ」

 

 ! こいつ、自我があるだけじゃなくまともに話せるのか! イリヤの言葉通りならこいつらは聖杯に一度呑まれた存在。アンリマユに犯されている筈だが、過去にアンリマユを打ち破った俺の未来の存在なら耐性があってもおかしくはないという事か。しかし桜を殺せだって?

 

「ふざけるな!! 俺は桜を救う!!」

 

「間桐桜を殺さねば、多く人が、世界が死に絶えるぞ。間桐桜を1人殺せば多くの人が救われる」

 

「誰がそれを信じるかよ!!」

 

 斬り合う度に流れ込んでくる記憶。こいつの言う事はきっと正しい。そう思ってしまう。いや事実正しいのだろう。そしてその行為は、正義の味方としても正しい。

 

「っ!」

 

 直線的とはいえランサーとバーサーカーは厄介極まりない。ランサーは素早く、バーサーカーはその一撃がかするだけでも瀕死となる。そしてアーチャーは俺の延長線上に立つ未来の存在。理性的なこいつは付け入る隙がなく今の俺よりも確実に強い。何より面倒なのがアーチャーと斬り合う度に流れ込んでくる記憶。戦いに集中しないといけないのに、こいつのせいで俺の価値観が揺らぎかけ、心が折れそうになる。

 

「うおぉぉぉぉっ!!!!」

 

 ああ、こいつは、英霊エミヤは正しい。正しいからこそ道を踏み外す事もなく、人に理解されない正義を貫いた。俺も、いずれこいつと同じ道を…………だからどうした。今は俺の未来なんてどうだっていい。桜を救うんだ。桜を

 

「ぐあっ!?」

 

 右脚を槍で貫かれた。機動力が落ちたところへバーサーカーの斧剣が迫る。何とか防御は出来たが、焼け石に水だ。干将莫耶は砕け、俺の腹も引き裂かれた。吹き飛ばされて転がる。腹が熱い……内臓はギリギリ零れていないが、出血が激しい。魔力もほぼ尽きた。投影出来たとして、干将莫耶一組が限界。

 

「それくらいでいいです」

 

 ランサーとバーサーカーは桜の制止で止まった。アーチャーは元々追撃するつもりはなかったらしい。だがあいつの目は俺に訴えかけてくる。桜を殺せ、と。本来ならあいつがやるんだろうが、桜には逆らえないんだろう。それで俺か。俺は救うと決めているのに……

 

「諦めましたか先輩。そうして大人しくしていて下さい。すぐイリヤさんと同じ場所へ連れていってあげますよ。その後は藤村先生、帰ってきたら姉さん、学校の皆さん。先輩の知り合いはみーんな私の中に仕舞ってあげます」

 

 俺だけならどうしてくれてもいい。でも他の誰かが巻き込まれるのは許せない。例えそれが桜のやる事だとしてもだ。

 

「……駄目だ……」

 

 生命力を無理矢理魔力へと変換する。腹部に鋭い痛みが走る。剣が体から生えて傷口を塞ぎ始めている。これで、なんとか立ち上がれ

 

「止めなさいランサー」

 

「ぐっ、うあぁあぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 残っていた左脚も貫かれる。それだけでなく、両腕も。這いずる事すら許されない。

 

「先輩の我が儘は認められません。さあ、眠って下さい」

 

 足元から黒い泥に呑まれていく。死の呪詛が全身に浴びせられる。1年前にも経験したアンリマユに呑まれる感覚。あの時はまだ動ける状態だったし、アヴァロンにも助けられた。でも今は出血多量でろくに動けず、助けてくれるものもない……ああ、それでもやっぱり認められない。誰かが犠牲になるのも……桜を人殺しにするのも、認められない!!

 

「あ………………」

 

 光が、見えた。まるで地球のような大きく、丸い光。それが何か語りかけてくる。何と言っているのか分からないのに、理解出来てしまう。きっと、この力があれば……

 

「我が死後を預けよう、抑止力」

 

 途端に沸き上がる力。怪我も完治している。成る程、随分とサービスがいいじゃないか。泥から飛び出し即座にその場を離れる。敵はサーヴァント3騎と聖杯。うち1騎は十二の試練により命のストックのあるヘラクレス。これらを対処するならば俺の持つ唯一の魔術が最適解だろう。成功した事のない大魔術だが、世界と契約した今なら難なくこなせる。

 

「I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)」

 

「そんな! 動ける筈がないのに! 先輩を止めなさい!!」

 

「Steel is my body, and fire is my blood.(血潮は鉄で 心は硝子)」

 

 迫ってくる3騎のサーヴァント。アーチャーはやる気を感じられないが、他の2騎は違う。本気で殺すつもりできている。だというのに怖くもなんともない。彼らは、こんなにも遅かっただろうか。

 

「I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗)」

 

 投影した干将莫耶は溢れんばかりの魔力を受け姿を変える。巨大化したそれでバーサーカーの胴を薙ぎ払う。

 

「Unknown to Death.(ただの一度も敗走はなく)Nor known to Life.(ただの一度も理解されない)」

 

 ランサーの突きを跳んで交わし、槍を足場にランサーへと飛び膝蹴りを放つ。

 

「Have withstood pain to create many weapons.(彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う)」

 

 アーチャーは攻めてこない。俺がどうするか見定めるつもりだ。

 

「Yet, those hands will never hold anything.(故に、生涯に意味はなく)」

 

 桜はどうすればいいのか理解出来ずに混乱している。瀕死だった男が突如としてサーヴァント3騎を相手に互角以上に立ち回っているのだ。戦闘経験のない桜にはこの状況を打破する知識はない。

 

「So as I pray, unlimited blade works.(その体は、きっと剣で出来ていた)」

 

 世界が塗り替えられる。無限に広がる剣の丘。無限の剣製。十二の試練を突破する武器は元々殆ど持ち合わせていなかったが、アーチャーの記憶からいくらかは補完した。これでさっきよりはずっと有利になった。究極の一を持つ英霊からすればこの世界は厄介なもの程度になるだろうが、こいつらは所詮英霊の影。コピーのコピー。そんな劣化品ならばこの固有結界でも十分だ。

 

「こ、れは……もう何だっていいです! 先輩を止めなさい!!」

 

 向かってくるランサーとバーサーカーへ丘に刺さっていた剣を掃射する。ランサーは回避しているが、バーサーカーには次々と剣が突き刺さる。その一つ一つが命を奪うには十分な威力を有している。

 

「ハァッ!! セヤッ!!」

 

 ランサーとは直接斬り合う。時に長剣、時に槍、時に刀。数多の武器を扱い徐々にだがランサーを攻めていく。どうやら身体能力は今は俺が上回っているようだ。

 

「■■■■■■■■■!!!!」

 

 バーサーカーも到着したか。命はかなり消費したようだが、まだ無事か。しかし連携も何もない攻撃では、いくら強力な英霊2騎の攻めでもそう恐ろしくはない。むっ、アーチャーがつがえているのは……カラドボルグか!!

 

「偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)」

 

「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!!」

 

 ランサー、バーサーカーを巻き込みながら飛んでくる螺旋の矢を7枚の花弁で受け止める。空間すら引き裂く威力の矢だが、投擲武器に対して圧倒的防御力を誇るアイアスによって防ぎきる。とはいえ花弁も最後の1枚まで削りきられてしまったが。

 ランサーは今の一撃で即死。バーサーカーの命も1つは持っていったな。しかしあの野郎、援護と同時にあわよくば殺しに来やがった。

 

「何をしているんですかアーチャー!!」

 

「これが最も効率的と判断したまでだよ。戦力の補充なら君の手でいくらでも出来るだろう」

 

「先輩の未来の姿と思って甘くしていましたが、貴方のような使えないサーヴァントは不要です。消えなさい」

 

 桜の影に呑まれるアーチャー。影のようになっていたあいつの表情なんて分かる筈もないのに、嗤っているのが理解出来てしまった。

 

「■■■■!!!」

 

「残りはあんただけだな、大英雄」

 

 狂化してなお優れた武を披露したバーサーカーの姿はもうない。今目の前にいるのはただ力を振り回すだけのデカブツ。最初の干将莫耶での一撃に剣の掃射、そしてアーチャーのカラドボルグで最低でも3度殺している。残り9回か。かつてカリバーンで7度殺したが、あれはセイバーという本来の担い手あっての力。俺だけではそうはいかない。

 

「そこだ!!」

 

 様々な武具で殺すのがいい。メロダックで首を断ち斬り、グングニルで心臓を貫き、バルムンクで両断する。ギルガメッシュの宝物庫から見たもの、アーチャーの記憶によって補填されたもの、持ちうるAランクの宝具をぶつけていく。

 だが流石はバーサーカー。何度殺されても怯まず向かってくる。いくら身体能力が向上していてもあれに掴まれたらお陀仏だ。

 

「セイバー、また力を借りるぞ」

 

「■■■■■■■!!!」

 

「終わりだ!! 勝利すべき黄金の剣(カリバーン)!!!」

 

 あの時の再現のように、カリバーンはバーサーカーの胸へと深々と突き刺さった。命が全て尽きたバーサーカーはまるで乾いた泥のようにボロボロと崩れていった。

 ここまでやって回路はまだ万全。固有結界の維持も問題ない。理由は簡単だ。ガイアとアラヤ、2つの抑止力が背中を押している。世界にとって危険な存在となる桜を殺せと言ってくる。

 

「桜」

 

「まだ、まだです! サーヴァントなんていくらでも」

 

「もう帰ろう」

 

「……えっ?」

 

「藤ねぇには一緒に謝ってやる。イリヤの事は、また後でおもいっきり叱ると思う。でも今はもう帰ろう。間桐の爺さんも死んだんだ。桜はもう自由なんだよ」

 

「…………本当に、先輩は優しいですね。でももう日常には帰れないんですよ。アンリマユが私の内にある以上、同じ事を起こします」

 

「ならそいつを排除すれば」

 

「無理なんです。私の魂をしっかりと呑み込んじゃっていますから。ですから先輩、正義の味方にお願いです。私と聖杯を壊して平和な世界にして下さい」

 

「そんな事出来るか! 俺じゃあ何も出来ないかもしれないが、遠坂だって近いうちに帰ってくる。その時になれば」

 

「それは時間が足りません」

 

 桜がそっと指を指す。その先には大聖杯から漏れ出す黒い泥が広がっていた。そしてそこから影のサーヴァントが産み出されようとしているのも分かる。

 

「今はまだ先輩の結界内ですが、これも何日も維持出来るものではないでしょう? 泥が外に溢れれば世界が汚染されます。イリヤさんが教えてくれたんです」

 

「イリヤ、が?」

 

「元々小聖杯であるイリヤさんは私の中でまだ生きています。そのイリヤさんが現状を何とかするには大聖杯を破壊するしかないと言っています。そして大聖杯を破壊すれば、聖杯と繋がっている私も……」

 

「…………でも、それじゃあ桜も、イリヤも……」

 

「……ごめんなさい先輩。最後に辛い役目を押し付けてしまって。でもこうするしかないんです。先輩、帰ろうと言ってくれた時、本当に嬉しかったです。嬉しくて嬉しくて、アンリマユを押し退けてこうして先輩と話す事が出来ました。ありがとうございます、先輩。イリヤさんも助けに来てくれて嬉しかったって言っています。どうか、私が私であるうちに最期を……」

 

「……ごめん桜。後輩にこんな気遣いさせるなんて駄目な先輩だな。しかも大切な人も守れないなんて、正義の味方失格だ」

 

「いいえ、先輩は正義の味方です。だって今から世界を救うんですから」

 

「……投影(トレース)、イマージュライナー」

 

 俺は、今から桜とイリヤを殺す。大切な人を殺して、世界を救う。こんな正義しか行えない自分を殺したくなる。

 セイバー、こんな情けない俺が君の剣を使うなんて許されないと思う。でも大聖杯の破壊にはこれしかないんだ。ごめん。

 手に握られた剣はエクスカリバーに限りなく近い贋作。彼女の剣には遠く及ばないが、それでも大聖杯を砕くには十分な剣。それを振りかぶり、持てる限りの魔力を籠める。

 

「桜、イリヤ、さようなら」

 

「はい、お元気で。先輩」

 

「……永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)!!!!」




士郎の詠唱がアーチャーと同じなのは世界と契約した為。
エクスカリバー・イマージュは、その、作者の勢いで使わせました。


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第47話『正義』

ちょっとずつ更新ペースを戻しますよ


 桜とイリヤを殺した。最期の桜が言っていたイリヤの言葉というのは本物か分からない。もしかしたらイリヤは既に死んでいて桜が俺の為に嘘を言っていたのかもしれない。でも大聖杯の中にいたであろうイリヤを大聖杯ごと破壊したのは俺だ。

 そして桜は今俺の隣で眠るように死んでいる。髪も服も元に戻っているが、胸には穴が開いている。あの蟲を抜き出した時に既に桜の肉体は死んでいたのだろう。そして俺が止めを刺した。

 暫く声も出さず、涙を流し続けていた。だがいつまでもそうしてはいられない。桜は俺を正義の味方だと言ってくれた。ならそれに恥じない行動をしなくてはならない。人々を救う。世界の為に、俺は動かなくてはならない。桜を殺してまで手に入れた世界の平穏を脅かしてはならない。

 

「行ってくるよ、イリヤ」

 

 桜を背負い、大聖杯のあった場所へそう告げて俺は外へ出た。冬木に帰ってきた時には夜だったが、もう外は明るくなっていた。丸一晩ここで過ごしてしまったか。

 

「遅くなったが、帰ろう桜」

 

 もう返事は聞こえてこない。背中にも温もりを感じる事はない。俺が奪ってしまったから。

 家に戻るなんて事は出来なかった。藤ねぇに合わせる顔がなかった。間桐の家の電話を使って遠坂へ連絡を入れる。

 

『もしもし?』

 

「遠坂か。俺だ」

 

『あら士郎、連絡が遅かったんじゃないの?』

 

「すまない…………落ち着いて、聞いてもらいたい事がある」

 

『何か、あったのね』

 

 俺が冬木に戻ってきてからの事を全て伝えた。サーヴァント達との戦闘、世界との契約、大聖杯の破壊、そして、イリヤと桜を殺した事。遠坂は何も口出しする事なく静かに聞いてくれていた。

 

「……俺じゃあ、イリヤも、桜も、守れなかった」

 

『いいえ。士郎はよくやったわ。冬木のセカンドオーナーとして、そして桜の姉として礼を言わせて頂戴。ありがとう』

 

「……」

 

『大聖杯については近いうちにロードと共に解体するつもりだったの。もっと早く動けば、こんな事にはならなかったでしょうね。ねぇ士郎、桜は今どんな顔してる?』

 

「顔? ……穏やかだよ。本当に、眠っているのと変わらない。少し、笑っているようにも見えるな」

 

『そう……なら最期は幸せだったのね。士郎はこれからどうするの?』

 

 これから、か。きっと遠坂は俺が何をしたいのか分かって言っている筈だ。

 

「正義の味方になる旅をする」

 

『なら師としてはっきりと伝えておかないとね。衛宮君、今日で破門よ。もう関わるつもりはないから好きにしてらっしゃい』

 

「ああ、ありがとう」

 

 俺の魔術の特異性は分かっている。好き勝手やっていればいずれは封印指定認定されるだろう。そうなったなら遠坂にも何かしら声が掛かるかもしれない。その時に何もしないでいてくれていると言ってくれているのだ。これほど有難い事はない。

 

『明日にはそっちに行くから、桜は寝かせておいてあげてくれる? 私も、一目顔を見ておきたいわ。どうせあんたはすぐに出ていくでしょう』

 

「何でもお見通しだな……」

 

『何でもとはいかないわ。あんたが分かりやすいだけよ。行ってらっしゃい』

 

「ああ、じゃあな……今までありがとう」

 

『待って。最後に、笑える時には笑いなさい。あんまりしかめっ面でいるとアーチャーみたいになっちゃうわよ』

 

「それは嫌だな。分かった、気を付けるよ」

 

 電話を切り、寝かせている桜の傍にいく。

 

「こっちに居られる時間が短くてごめんな。また出掛けるよ。さようなら、桜」

 

 冷たくなった頬をそっと撫で、桜に別れを告げた。仮に天国のようなものがあったとしても、俺の死後は世界にくれてやった。何があっても二度と会えない。これが俺に与えられた罰の1つなんだろうな。

 

 

ーーーーーー

 

 

 冬木を出てから多くの地域を巡った。行く先々で人助けをしていた。世界との契約によって得られた力で多くの人を助ける事が出来たが、それでも助けきれない人もいた。全力を尽くしても零れ落ちた命に幾度となく涙を流した。

 そんな事をしているうちに協会に力を知られた俺は案の定封印指定を受ける事となる。協会からの刺客を払い除け、身を隠しながら、変わらず人助けを続けた。

 その中でも様々な出逢いがあった。隻腕の封印指定執行者、バゼット。彼女はかつて第五次聖杯戦争においてランサーのマスターだったらしい。言峰に騙されて腕ごと令呪を奪われてしまったそうだ。それでも今は元気に執行者をしており、ルーン魔術とキックボクシング、そして現存する数少ない宝具のフラガラックを使った戦闘は脅威という他ない。

 偶然訪れた街に潜んでいた死徒を退治した時に出逢ったのが埋葬機関のシスター、シエルさんだ。彼女には色々と世話になった。黒鍵の扱いを教えてもらい、聖骸布を提供してくれたのも彼女だ。その支払いが基本的にカレーだったのは彼女らしい。

 同じ封印指定を受けている魔術師の橙子さんとは彼女の助手を通じて知り合った。何でも現代において世界と契約する人間を直接お目にかかりたかったとか。彼女の精巧な人形には驚かされたが、助手の幹也さんが俺を手掛かりゼロから見つけ出したと聞いた時には頭が痛くなったのを覚えている。

 

 桜の死から3年。俺にとって大きな転換点となる事件が起こった。NPOの仲間から原因不明の伝染病が蔓延した村があると教えられた。空気感染し、致死率も酷く高く、そして治療法が存在しないその病気は瞬く間に村を汚染した。それでも村人達は生きる希望を失わなかった。生きている者を全員集め、街の大きな病院を目指す事とした。

 彼らが街へ着けばその病気は一瞬にして何千万という人に感染し、程無くして世界を覆う事は目に見えていた。生きていた村人は100人に満たない。俺は、その全員を一晩のうちに殺した。桜の時と同じ事をしたのだ。世界の為に、人を殺したのだ。

 それ以来、俺は九の為に一を切り捨てる選択を選ぶようになっていた。人を殺すなんて間違っているのは百も承知だ。でもその僅かな犠牲を出さなければ、いずれ何十倍、何百倍もの人が犠牲になる。そうなる前に原因となるものを潰す。

 テロリストを殺した。少年兵を殺した。民間人を殺した。国の要人を殺した。家族を持つ父を殺した。子を宿した母を殺した。無邪気に遊ぶ子供を殺した。殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した。そうすれば、最低限の犠牲で多くの人を守れたから。

 

「エミヤ、君は壊れている」

 

 友人からそう言われた。知っているとも。こんなにも血で汚れた手をした男が正義の味方を名乗るなど壊れている以外表現出来ない。壊れていると自覚しているのに俺は正義の味方を諦めきれていない。こうして一を殺し続けていれば、きっと残りの九だけの世界が出来るのだと、そう思っているのだ。そんな事は有り得ない。そう知っているのに、その理想を捨てられない。

 そんな事を続けて何年過ぎただろう。俺は戦争の首謀者として裁判に掛けられ、死刑を命じられた。この裁判は俺が壊れていると言ってくれた友人が起こしたものだ。彼は怖かったんだ。いつか俺の剣が自分に向くのではないかと思ったんだ。死刑宣告の直後、裁判所は歓声に包まれた。俺の手によって家族を、友人を失った人、職を無くした人、俺のせいで被害を被った人々は喜んで当然だが、それらの人々よりも圧倒的に数が多かったのが俺が助けてきた人々だった。彼らも俺の友人と同じように怖かったんだ。無償で、自身の安全も顧みずその人達を助けてきた。でも彼らからすれば俺が何故人を助けるのか理解出来なかったことだろう。俺は彼らにどう見えていたんだろう。

 

 

ーーーーーー

 

 

「さて坊や、どうだった?」

 

 まだ士郎の記憶は続いている。物や罵声を浴びせられながら絞首台に向かう風景が見える。それを背景にエヴァンジェリンはネギへ問いかけた。虚ろな目をしたネギは体を震わせ、何か言おうとするが、口が上手く動かない。

 

「…………あ……その……」

 

「ガキニハ早カッタンジャネーノ御主人」

 

「士郎を知りたいと言ったのは坊やだ。自分の言葉には自分で責任を持ってもらおう。さて、士郎は処刑の寸前で助けられ麻帆良へやってくる。遠坂凛も関わるつもりはないと言っておきながら甘いものだ」

 

「チョットバカリ、イヤカナリ居候ヲ見ル目ガ変ワルナコリャ。アンダケノ殺人ヤッタノ、コッチニハイネェンジャネェノ」

 

「兵器による大量虐殺は数あれど、個人の力ではないだろうな……もう異世界での士郎の記憶は終わりだ。意識を肉体に戻すぞ」

 

「アイサー御主人」

 

「…………」

 

 結局ネギは何も言う事が出来なかった。ただただ無言で青くなった顔を俯かせたままだった。




なーんか上手く書けなかったのです


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第48話『抑えられない好奇心』

段々と書く感覚を思い出してきました。


 エヴァンジェリン、ネギ、チャチャゼロの意識が肉体に戻ってきた。直後、ネギは口を押さえて膝をついた。

 

「うっ……うぇ……」

 

「大丈夫かネギ君!!」

 

 士郎も眠りから覚めたばかりだが、ネギの異常に気が付くとすぐに背中を擦る。その様子にネギは士郎に任せる事としたのか、エヴァンジェリンは木乃香と茶々丸に声を掛ける。

 

「見張りご苦労。で、案の定覗きが来たか」

 

「せやでエヴァ師匠。でもパクティオーカードは没収したから安心や」

 

「くっ、ジャーナリズムが敗北するなんて」

 

「朝倉さん、貴女のジャーナリズムに他人を巻き込むのは如何なものかと。宮崎さん、頼まれたからと言って何でもかんでも請け負ってはいけません。時には拒否しないとこうして罰に巻き込まれますよ」

 

「は、はい」

 

 木乃香と茶々丸によって正座させられていたのは朝倉、のどか、夕映、そしてカモミールだ。のどかのパクティオーカードは奪われ、イドノエニッキは使えない状態なので士郎の記憶を覗き見るのは不可能だが、未遂の罰という事でこうなっている。近くでは止めに入っていた明日菜と刹那が普通に座っている。

 

「木乃香さん、宮崎さんはもうそろそろ良いのでは?」

 

「うん、もうこんなのに参加したらあかんよ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「エヴァちゃん、ネギは大丈夫なの? すっごい調子悪そうだけど」

 

「大丈夫かどうかは坊や次第だ。ま、坊やの未来の為には見ておくべきだろうし、耐えられると信じているから見せたのだ」

 

 木乃香や茶々丸は士郎の記憶を分割して、少しずつ見たという事もあり、急激に変化が起こる事はなかった。しかしそれでも心は変わっている。ネギは一気に全て見てしまった。人々を守る為に人を殺す士郎。救った人々に罵倒される士郎。これまでのネギの価値観を破壊するには十分すぎるほどだ。

 

「兄貴がああなっちまうなんて、一体旦那の何を見せたんすか?」

 

「麻帆良に来るまでの半生だ。興味本意で覗くようなものではない。特に貴様らガキが見てしまってはな……」

 

「明日菜やせっちゃんも止めるのに参加してくれて助かったわぁ」

 

「まあ、士郎さんが人を…………あんまり良くない事やったのは聞いてたもん」

 

「我々が安易に踏み込むべきではないのは京都で教えて頂きましたから」

 

「何々! 明日菜と刹那さんは何か知っているの? いいなー、私も知りたいわ」

 

「あんた、今なんで正座させられているか分かってんの?」

 

 楽天的な朝倉の発言に呆れてしまう明日菜。そんな時に同じく正座させられていた夕映が手を上げる。

 

「私達が士郎さんの記憶を無断で覗こうとしたのはいけない事ですが、木乃香さんと茶々丸さんに警備させてまで妨害する理由はなんでしょう?」

 

「簡単な事。貴様らのようなガキではあの現実に耐えられんからだ」

 

「現実、ですか? ですが魔法の世界が厳しい事は先生の幼少の頃の記憶で理解しています」

 

「理解? 確かに坊やの記憶も厳しいものだったが、貴様らは理解など出来ているのか? 貴様らは坊やの記憶から『ああ、なんて辛くて悲しいんだろう。魔法は怖い事もあるんだなぁ』と妄想しているだけではないか?」

 

「そんな事はありません!!」

 

 エヴァンジェリンの言葉を夕映は強く否定する。修学旅行時点では魔法というものが現実に存在するのだと知り興奮していたが、ネギの記憶を見て本当の魔法の厳しさを知った。だというのにそれが妄想と言われるのが許せなかった。

 

「そうか。ならそういう事にしておこう。朝倉和美、貴様も同じか?」

 

「理解しているかどうかって聞かれると難しいけど、魔法が危ないものってのは知ってはいるよ。何せ石にされてたしね。でも興味があるものからは離れられないよ!」

 

「ああ、そういえばあの時に被害に遭っていたか。その図太い性格は嫌いではないが、あまり変な方向に向けると後悔するぞ」

 

「エヴァ、ネギ君を寝かせてくる」

 

「頼むぞ」

 

 なんとかネギは落ち着いたようだが、まだ顔は青い。そんなネギは士郎に任せてエヴァンジェリンは少女達と話を続ける。

 

「そもそも士郎の記憶を知ってどうする?」

 

「士郎さんって謎が多いから知りたいのよね」

 

「他の者もそういう感情はあるか?」

 

 エヴァンジェリンの問い掛けに、覗きに来ていたメンバーは勿論、明日菜と刹那も頷いた。士郎の強さや経歴の不詳具合を知ると過去に何があったのか知りたくなるのは当然と言える。

 

「では軽く教えてやる。あれは人殺しだ」

 

「へっ?」

 

「エヴァ師匠!!」

 

 平然と出た信じられない言葉に朝倉は目を丸くし、木乃香は明らかに誤解を誘う発言に怒鳴った。間違ってはいないが、あまりにも適当過ぎる。

 

「木乃香、少し黙っていろ」

 

「……はい」

 

「貴様ら、特に朝倉和美と綾瀬夕映は目の前で人が惨殺される光景を長々と見せられても大丈夫な覚悟はあるか? ないだろう。普段の士郎の態度から暖かな記憶を想像していたのではないか? はっきり言って士郎以上に血生臭い生き方をしている者を私は知らん。人を殺した数では私よりも士郎の方が多いかもしれんな。もしこれを聞いてなお士郎の記憶を見たいのならまず私の記憶を見せてやる。ヴァンパイアハンターを全員違う方法で殺した時の記憶をな。私はもう寝る。貴様らもさっさと寝ろ」

 

 立ち去っていくエヴァンジェリンに朝倉も夕映も何も言えなかった。あんなにも優しい士郎が人殺し。それも600年生きた悪い魔法使い以上の殺人をしているなどと予想だにしていなかった。

 

「そっか。士郎さんって、そんなに……」

 

「修学旅行での事も納得がいきますね。殺し慣れるという事があるのかは知りませんが、迷いなく殺すのは出来るでしょう」

 

「殺したのは悪い事やけど、色々と事情もあるんや。あっ、別に殺しを正当化するつもりやないで。のどか、カード返すわ」

 

「う、うん……あり、がと……」

 

「皆さん、士郎さんは皆さんへ危害を加えるような事はありません。ですので、明日会っても極力普段と変わらぬよう、怯えないようにお願いします」

 

 士郎の真実、そのほんの一部を知った少女達はそれぞれが自分の心を整理しながら床に就いた。




士郎が人を殺していた。非常に断片的な情報をどう捉えるのでしょうか。


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第49話『理由』

一切書く予定のなかった話なんですが、まあいっか。


 朝の台所から響く食材を切る軽快な音。士郎はいつものように朝食を作る。しかし今日は珍しく1人だ。

 

「士郎さん! おはよーございます!」

 

「和美か。おはよう、随分早いじゃないか」

 

「私もいるです」

 

「夕映も?」

 

 背後から声を掛けてきたのは朝倉と夕映。2人は昨晩エヴァンジェリンの話を聞いてなお士郎の事が知りたかった。だが士郎の記憶を覗こうというつもりではない。2人で話し合った結果、直接話を聞こうという結論になった。

 

「昨日エヴァちゃんから聞いたんですけど、士郎さんが人を殺してたって本当ですか?」

 

「料理を作りながらでもいいか? 俺からも直接言った筈だが、魔法儀式の時に人を殺したよ」

 

「それからの話です。エヴァンジェリンさんはもっと多くの人を殺したと聞きました」

 

「そんな事を話したのか…………何でかな?」

 

「何で、です……?」

 

 士郎が首を傾げると夕映も釣られて首を傾げた。

 

「エヴァが何でそんな事まで2人に話したのかなって」

 

「士郎さんの記憶を見せない為じゃないんですか?」

 

「それだけならそこまで言う必要はないだろ。もっと別の言い方もあるし、エヴァなら力ずくで抑え込むのも無理じゃないのに、どうして人殺しを強調したのかな?」

 

 士郎の疑問に朝倉も夕映もエヴァンジェリンの言葉の真意を考えた。士郎の言うように人殺しを強調する必要などない。では何故そこをそんなに強く言ったのか。

 

「わざわざ士郎さんに対して恐怖心を抱くようにした?」

 

「確かに士郎さんを恐れれば記憶を覗こうなどとは考えないです。でもあのエヴァンジェリンさんがそんな単純でしょうか? もっと別の意図があるのでは?」

 

「例えばだが、俺から見たら2人はまだこっちの世界に入ったばかりという事もあって、魔法の危険性への認識が薄いと思う。そこで俺みたいな人殺しが平然と傍にいるっていうのを教えたかったとか?」

 

「それなら納得いくかも。私も確かに石にされたけど、怪我とかしてなかったし、危ないってあのくらいの認識でいたわ」

 

「人が死ぬなんて日常でもある事だ。交通事故、災害、それこそ偶然犯罪に巻き込まれる可能性もある。でもこっちの世界に来るって事は少なからずその可能性が高まるんだよ」

 

「そう、ですね。魔法はどこかお伽噺のようなものと思っていましたが、全て現実なのですよね。士郎さんや刹那さんが真剣を使うのに、ネギ先生は杖。しかし危険性としてはどちらも変わらないという事ですか」

 

「見た目で判断出来ない以上は魔法の方が危険かもな。魔法なんて呪文さえ唱えれば突然素手からミサイルが飛ぶようなものだ」

 

「うっ、そう考えるとえげつないかも」

 

 ネギは魔法についてみんなに教えていたが、その時には生徒達は危険性など考えもしなかった。しかしこうして分かりやすい例えをされると魔法の危険性についてよく分かる。武器を持たずして兵器と同等の威力を出せる。エヴァンジェリンはそんなものが飛び交う世界に2人が踏み込んでいるのだと認識させる為にああ言ったのだと、2人は思い込んでいた。

 

「エヴァちゃん凄いなぁ。そんな事考えてたんだ」

 

「ええ、流石ですね。しかも答えを直接与えず自分達で考えるように仕向けるとは。それで士郎さんは、そんな世界で人を殺したのは自己防衛の為ですか?」

 

「……いや、人を救う為だ」

 

「おかしくないですか? 人を救う為に人を殺すなんて」

 

「トロッコ問題って知っているか?」

 

「あっ、それって……」

 

 本を好きな夕映はすぐにピンと来た。その手の話は本でも何度も読んできた。それは物語の出来事、と思っていた。しかしどうやら目の前の男はそれに直面してきたようだ。

 

「暴走したトロッコが真っ直ぐ進むと5人を引き殺す。しかしレールを切り替えれば5人は助かり、その代わりに切り替えた先にいる1人が死ぬ。これはその行為が許されるのかという問題だが、俺はそれにぶつかり、常に1人を殺してきた」

 

「で、でもそれって士郎さんが悪い訳じゃ」

 

「いや、俺が悪いよ。最初の頃は救いきれず、零れ落ちた人々を見捨ててきた。そしてある時歯車が狂って、生きていると周りに被害が及ぶと判断した人を、俺は殺してきた」

 

「それは、悪人です?」

 

「善悪は関係なかった。悪があるなら間違いなく俺だ」

 

「倫理的に見れば確かに士郎は悪だな」

 

「エヴァちゃん!? なんでいるの!?」

 

「たまたま寝起きが良かっただけだ」

 

 

ーーーーーー

 

 

 その日、私は眠れなかった。士郎の記憶を見た事で昂ってしまったか。ま、不死の吸血鬼たる私が一晩寝なかっただけでどうにかなる事はないのだが……

 暇潰しに散歩をしていると漂ってくる良い出汁の香り。今日は味噌汁は確定だな。どれ、つまみ食いに行ってみるか……む、朝倉和美と綾瀬夕映。何をしている?

 ほう、士郎が殺人をした理由をわざわざ聞きにきたか。まあ記憶を覗くのではなく本人に聞くなら許してやらん事も……

 

「確かに士郎さんを恐れれば記憶を覗こうなどとは考えないです。でもあのエヴァンジェリンさんがそんな単純でしょうか? もっと別の意図があるのでは?」

 

 …………何を言っているんだ? いやいや私はただ士郎の記憶を見せない為に言っただけだぞ。意図なぞないぞ!

 

「エヴァちゃん凄いなぁ。そんな事考えてたんだ」

 

「ええ、流石ですね。しかも答えを直接与えず自分達で考えるように仕向けるとは」

 

 ……まあ私の株が勝手に上がったから良し! まだ話は続けるのか。ああ、そういえば元々は士郎の殺人の理由を聞きに来ていたな。さて、私もそろそろ本来の目的を果たそうか。

 

「倫理的に見れば確かに士郎は悪だな」

 

「エヴァちゃん!? なんでいるの!?」

 

「たまたま寝起きが良かっただけだ」

 

 会話に適当に入ってから小鉢に盛ってあるきんぴらを一つまみ。うむ、今日も旨いな。

 

「倫理的に見なければ士郎さんは悪ではないのですか?」

 

「ああ、私から言うと正義の体現。最小限の犠牲で最大限の救済なぞ簡単にやれる事ではない。時代が時代なら英雄と讃えられていただろうさ」

 

「皆さん、おはようございます!」

 

 声がした方を向くとそこにいたのは坊やだった。士郎の記憶を見た翌日だ。私の予想ではもっと弱々しい姿を見せると思っていたのだが、今の坊やはとても力強い印象すら感じた。




どうしたネギ君!? 何があったんだ!?


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第50話『僕の正義』

ネギ、元気です。


 昨晩僕は夢で延々と士郎さんの記憶を繰り返し見ていた。とても救いなどない光景。大切な人を殺し、助けるべき人を殺し、助けた人々に殺される。士郎さんのやってきた事は確かに殺人。いや殺戮といっていいくらいの大量殺人。それでも、士郎さんの行動を間違っているなんて言えない。あれは士郎さんが悩み抜き、自らを犠牲にした末の答えだ。

 果たして僕にあんな選択が出来るだろうか。僕は、ううん、殆どの魔法使いは目の前のなるべく多くの人を助けようとすると思う。そして後々になって助けた人より多くの被害を出してしまうだろう。全ての人を救いたい。僕もマギステル・マギになったらそうしたいと考えていたし、士郎さんも気持ちは同じ。でも僕は現実を知らず、現実を知った今はそれを成し遂げる自信は無くなっていた。でも士郎さんは現実を知ってなおそれに抗っていた。いつか本当に全ての人を救うと信じていた。それが目指す正義の味方なんだと。

 僕は人殺しを許せないと士郎さんに言った。その言葉は今でも撤回するつもりはないけれど、士郎さんに対してはなんと無責任な言葉だったか。士郎さんの言葉の本当の意味を理解しようともせず、士郎さんほどの人がその選択を取らざるおえなかった苦しみを知ろうともせず、ただ士郎さんを批判したのだ。

 お父さんのようなマギステル・マギを目指すのが僕の夢だった。でもそうなってから僕は何をするのだろう。その先を考えた事もなかった。目標に到達した時に、新しい夢を持てるのだろうか。

 

 起きてからも延々とそんな事を考え続ける。思考は加速し、時間がゆっくりと流れているようにも感じる。僕の、僕の正義ってなんだ? 世界平和? 悪を倒す? 英雄になる? 違う、それはきっとお父さんがやった事を僕もやりたいと思っているだけ。僕の、僕だけの正義…………

 

 

ーーーーーー

 

 

「とまあ色々考えたんですよ」

 

「長い。結論を言え」

 

「守りたいものだけを守ります。それが僕の正義です」

 

 僕は士郎さんのように全てを守る為に戦うなんて出来ない。見知らぬ誰かの為に命を投げ出す事も、大切な人を切り捨ててでも人助けをする覚悟もない。そんな事をすれば確実にどこかで折れてしまう。なら最初から折れておけばいい。折れて、守る範囲を決めてしまえばいい。考える事を放棄して逃げ出してしまったのかもと自分でも思うくらいな理論だけれど、それでいい。そもそもお父さんのようなマギステル・マギを目指すなら少しくらいテキトーでもいい筈だ。

 

「ネギ君、それって案外難しいぞ」

 

「でもやりますよ。自分の大切な人くらい自分の力で守ります。士郎さんが全ての人にとっての正義の味方になるなら、僕は大切な人にとっての正義の味方になります」

 

「自分の力を弁えたか。悪くないぞ坊や。己の力の無さを受け入れ、その上でやれる事を見つけたのは立派と褒めてやる」

 

「今でも力不足には変わりありませんけれどね。なので師匠! 今後ともよろしくお願い致します!!」

 

 僕には力が必要だ。僕の大切な人の中には士郎さんも含まれている。いつかは力で、今はそれが出来ないから士郎さんの心を守る。今の実力で最大限やれる事をやる。士郎さんが実行してきた事を僕もやるだけだ。

 

「ねぇねぇ先生の大切な人って誰ですか?」

 

「えーと、クラスの皆さんに士郎さん、タカミチ、ネカネお姉ちゃん、村の人達と、アーニャも入れていいかな」

 

「あ、はい、そうですよね」

 

「朝倉さんは何を聞きたかったんですか?」

 

「きっと大切な人というのは恋人や婚約者の類いと思ったのでしょう」

 

「僕、まだ子供ですよ……」

 

 夕映さんからの説明を聞いて思わず項垂れてしまう。朝倉さんは僕に変な期待をしすぎじゃないかな。

 

「ごめんごめん、士郎さん朝ごはん作ってもうた?」

 

「ああ、木乃香が寝坊とは珍しいな。茶々丸は?」

 

「メンテナンスやって…………ネギ君、元気なん?」

 

「色々ありましたが元気です」

 

「はぇー、心強いなぁ」

 

「強くはないですよ。妥協に妥協を重ねただけです」

 

 強さで言えば木乃香さんの方がずっと強い。元々一般人で、京都で襲われはしたけれど、それ以外は普通に過ごしてきたのに士郎さんの過去を受け止めて一緒に歩んでいる。

 

「さっさと飯を食え。気が乗ったから稽古を付けてやる」

 

「ありがとうございます!」

 

 

ーーーーーー

 

 

 麻帆良、本日は終日大雨。それに紛れて侵入したいくつかの存在にまだ誰も気付かず。




常に書きたかったものと違うものになってしまいます。ライブ感で書くといかんですね。


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第51話『悪魔襲来』

毎日更新しないでいると、とても気が楽なのに気が付いたので更新は週三回くらいの不定期にします。


 別荘からネギ達が出てきた。外は来た時と変わらず雨が降っている。

 

「まだ降っているネ」

 

「別荘内では1日過ぎても、外では1時間しか過ぎていないですからね。感覚がおかしくなってしまいそうですが、慣れるしかないでしょう」

 

「おっとと、そうだったネ」

 

「あれ、それじゃあ……アタシ達って他の人よりも老けるの早くなっちゃう!?」

 

「諦めるんやで明日菜。大丈夫、魔法には見た目を誤魔化すのも沢山あるで」

 

「騒がしいぞガキ共!! とっとと帰れ!!」

 

 エヴァンジェリンの一言で蜘蛛の子を散らすように去っていく生徒達。その中で残ったのはネギと木乃香だ。木乃香は馴れた手付きでコーヒーを淹れ始め、ネギは遠慮なくソファーに座る。

 

「おい、貴様らも帰らんか」

 

「まぁまぁ、一服くらいええやんか」

 

「そうですよ師匠。たまには弟子を養って下さい」

 

「……図太くなったな弟子のくせに。飲んだら帰れよ」

 

「「はーい」」

 

「士郎、私のコーヒーは貴様が淹れろ」

 

「ああ、分かったよ。茶々丸とチャチャゼロもいるか?」

 

「頂きます」

 

「ワインナラ貰ウゼ」

 

 その後一服を終えた木乃香とネギは一緒にエヴァンジェリンの家を出た。一緒に暮らしている2人だが、こうして2人だけで出歩くというのは意外とない。

 

「しかしネギ君があんな覚悟を決めるとは思わんかったわぁ。正直潰れる思うとった」

 

「あー、酷いですよ。僕ってそんなに弱々しく見えますか?」

 

「ネギ君が弱いというか、士郎さんの問題やね。しかし大切な人の味方ねぇ。ウチと茶々丸さんは士郎さんだけの味方やから、ネギ君の大切な人と士郎さんが衝突する時があれば士郎さんの味方になるわ。いずれぶつからんように気を付けるよ」

 

「士郎さんも木乃香さんも茶々丸さんも、僕にとっては守るべき対象です。そうならないように僕も気を付けますよ」

 

「ふふふ、士郎さんがそんな事せんように止めるのが一番なんやよね。そこは協力しような?」

 

「勿論ですよ!」

 

「あ、折角やし今日はネギ君が覚悟を持った記念に好きな料理作るで。何がええ?」

 

「うーん、ならカツレツがいいです!」

 

「よっしゃ! ほな材料買ってくるわ」

 

「いってらっしゃーい」

 

 ネギは帰宅し、木乃香はそのまま買い物に向かう。生憎とカツレツの材料は切らしているので殆ど買わなくてはならない。帰りの荷物が重くなるのに気が付いた木乃香はちょっと安易だったかもと苦笑していた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 はぁ、重いわぁ。少し肉を買いすぎたかもしれん。パン粉もここまで大容量やなくても良かったかなぁ。ま、ええわ。今日はネギ君にとって新たな一歩を踏み出した記念日やし、ウチが多少苦労するくらいはかまへん。

 しかし雨止まんなぁ。時間も遅くなって夜になっとるから、辺りも真っ暗や。誰かに襲われたらどないしよ。なーんて……

 

「! ほっ!!」

 

 足下にぬるっとした感触がしたからその場を飛び退いたら、何やスライムみたいのがウチのおった場所に覆い被さった。逃げとらんかったら捕まっとったな。

 

「おいおい、話と違うじゃねーカ」

 

「明らかに慣れていますネ」

 

「何やあんたら……ま、どうでもええわ。逃げさせてもらうでー」

 

 踵を返したところで目の前に現れたのはまた別なスライム。うん、囲まれとったか。

 

「逃げられると思っタ?」

 

「逃げさせてもらうんや。ほいっ!!」

 

 勿体ないけど荷物と傘を投げつける。荷物は取り込まれたけど、どうでもええ。本命は取り出した練習用の杖。1匹くらいなら1人で突破したる。逃げたら即士郎さんに連絡やな。

 

「プラクテ・ビギ・ナル! 光よ!!」

 

「グオッ!!?」

 

 ただ光を出す魔法やけど、ウチの魔力ならそれこそ日光に匹敵する。目眩ましをするには十分な光や。スライムが怯んだところで横を走り抜ける。背後のスライム達も想定外の光に怯んどったみたいや。パクティオーカードを額に当てて、士郎さんに念話を飛ばそうとしたところでそれは奪い取られた。

 

「これはこれは、やんちゃなお嬢さんだ」

 

「あららー、どちらさん?」

 

「おっと失敬。私はヘルマンというものだ」

 

 あかんなぁ。この老紳士強いわ。とてもやないが太刀打ちできへん。逃げられるかな?

 

「プラクテ・ビギ・ナル」

 

「させないよ」

 

 手刀で杖が真っ二つに切られる。そんなの関係あらへん!

 

「火よ」

 

「! 2本目!」

 

「灯れ!!!」

 

 可能な限り魔力を込めたそれは、とても初心者用の魔法とは思えんくらいの業火を巻き起こした。雨すら蒸発させ、ヘルマンっちゅう老紳士を呑み込んだ。でもきっと相手は生きとる。逃げな……

 

「やってくれる」

 

「ぐっ!?」

 

 炎の中から丸太のように太い腕が飛び出て、ウチの胸ぐらを掴んだ。炎からのそのそと出てきたのは人やない。角の生えたそれはネギ君の記憶でも見たもの。

 

「あく、ま……」

 

「その通りだ。お休み、お嬢さん」

 

 息、くるし……意識が……士郎さ……ごめん、なさ……い……




このか、頑張ったけど捕まる


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第52話『キレました』

最近寒くてたまらんですね。


 …………ううっ、体が重たい……寒い……ここは……? あれ、明日菜に、せっちゃん? 他にも魔法を知っとる子が何人も……捕まっとる? ああ、ウチも捕まったんやな。頭がはっきりしてきたわ。これは結界やろか。服は脱がされとる。何かされた痕跡はないから、単純に武器を取られたってところやろ。

 

「お目覚めかなお嬢さん」

 

「最悪の目覚めやわぁ。あんたの目的は何や? ウチの魔力?」

 

「ハハハ、そのようなものは必要ないよ。ただ君達の身柄が欲しかっただけだ。怪我をさせるつもりも毛頭ない。無論、それは君達が抵抗しなければの話だがね」

 

 あくまで人質って事みたいやね。荷物は近くにあらへん。逃げ出すのは無理やないけど、逃げたところで捕まるのがオチ。

 

「木乃香! 大丈夫!!?」

 

「ウチは平気よ。明日菜こそ拘束されとるけど平気なん?」

 

「このくらいなんて事ないわ!」

 

 元気やねぇ……救助が来たみたいやね。ネギ君と、あの男の子は誰やろ。

 

「小太郎君?」

 

「のどか、知っているですか?」

 

「うん。京都でネギ先生と戦った子だよ」

 

「おっちゃん!! 千鶴姉ちゃん返してもらうで!!!」

 

「ほう、君も来たか。まあどちらにせよやる事は変わらない。ネギ・スフリングフィールドと神楽坂明日菜、そして「少し黙って下さい」ゴッ!?」

 

 はやっ!? ネギ君と悪魔の距離は10メートルくらいあったんに一瞬で間合いを詰めて顎をかち上げた! 更に顔面へのドロップキック! なんか感じる魔力も普段のネギ君よりも多い感じするし、キレとるんやろな。

 

「あ、あいつこんな短期間で強なっとるんかいな」

 

「小太郎君、皆さんの救出をお願い。これはまだくたばっていないから早めにね」

 

「お、おう!」

 

「ぐっ、不意打ちには驚いたが、人質救出などさせはしない」

 

「これで大人しくしていて下さい。封魔の瓶」

 

 ネギ君の放り投げた瓶はおそらくは何かを封印するもの。でも明日菜の悲鳴と同時に無効化された。明日菜は魔法を無効にする能力の持ち主。なんや知らんペンダントを首にしとるし、あれで明日菜の能力を使ったと考えるべきやな。

 

「ふむ、実験は成功」

 

ーーメキャッ

 

「グガァッ!!?」

 

「何をしたのかは聞くつもりはありません。でも明日菜さんに痛みを与えましたね。魔法が通じないのなら徹底的に殴ります」

 

 うわぁ、顔面パンチ。悪魔も鼻血を滝のように流しとる。更に追加の顔面パンチ。ほんま容赦ないわ。

 

「人質を取れば、本気で来てくれるとは思っていたが……聞いていた以上に強いとは」

 

「大丈夫かいな! あっ、あんた確か京都の」

 

「木乃香やで。君は誘拐する側やった子やね。今回は助けてくれるんやね」

 

「うっ、雇われとっただけや。しかしネギのやつ何があったんや。強くなりすぎや」

 

 京都やとウチ誘拐されっぱなしやったから何とも言えんけど、エヴァ師匠の試験受けた頃と実力で言えば大差ないと思う。変わったのは気持ちの方。守る為に優しさを捨てたんや。どんなえげつない手を使ってでも守るべきもののを守る覚悟が今のネギ君の強さやと思う。

 

「てめぇ! 勝手に人質を逃がすんじゃネェ!」

 

「はっ! 雑魚が3匹きたところで俺の相手には」

 

 瞬間、向かってきたスライムを閃光が貫いた。スライムを消し飛ばし小さなクレーターを作ったそれは矢。放ったのは言うまでもない。

 

「遅くなった。みんな怪我はないか?」

 

「士郎さん、ありがとうな」

 

「とりあえずみんなのタオルと木乃香のパクティオーカードだ。体を隠しておいてくれ」

 

「ちぇっ、あれくらい俺が倒したかったのに」

 

「それはすまなかったな。その鬱憤はあいつ相手に晴らしてくれ」

 

「言われるまでもないわ!!」

 

 小太郎君は悪魔に向かって駆けていった。ネギ君だけでも手に余る状態での援軍。倒されるのも時間の問題やろ。ウチはアーティファクトを呼び出して服を着て、みんなにタオルを配る。

 

「明日菜、さっきの平気だったん?」

 

「ちょっとびっくりしただけよ。えいっ!」

 

 平然とペンダントを引きちぎるのは女の子としてどうかと思うわ。これでネギ君の魔法も通じるようになったな。

 

「ネギ君! 魔法が通じ、後ろ!!!」

 

「!?」

 

 背後からの凶刃をギリギリでかわすネギ君。当たれば即死やったかも……しかしどうしてこう何度も出てくるんかな、この女は。

 

「あらら~、外してしもうたわぁ」

 

「月詠君、君が出る予定ではなかった筈だが」

 

「ヘルマンはんだけやととても士郎はんに手が回らんやろ。ウチが手伝いますぅ」

 

「なっ!? あんたそっち側かいな!!」

 

「? どちらさんでしたっけ?」

 

「ふざけんなや! 京都で組んだやろ!!」

 

「弱い人には興味ないもので~。今この場で興味があるとしたら士郎はんに子供先生、それとさっきから殺気をぶつけてくるこのかお嬢様くらいやろか」

 

「士郎さん、すみませんがあっちをお願いします。僕と小太郎君はあの男を倒します」

 

「分かった。人質はもういないんだ。無理はしないようにな」

 

「ウチは明日菜とクーと一緒にみんなを守るよ」

 

「気を付けてくれ」

 

 可能なら士郎さんの横で戦いたいけど、それは邪魔でしかない。あーあ、もうちょっと力があればなぁ。

 

「決まったようだね。では私も本気を出そうか」

 

 おっ、悪魔が素顔見せおった。ネギ君は大丈夫かな。変なトラウマが起こったりせんやろか。

 

「ネギ君、見ての通り私は君の敵だ。全力で向かってくるがいい」

 

「そうですか。悪魔ですか……関係ありません。僕の生徒に手を出した時点で倒すのは確定なんですよ!!」

 

「ふふふ、士郎はんとは4度目やねぇ。あ、このかお嬢様達にはこれをプレゼントどすぅ。ひゃっきやこー」

 

 鬼や烏天狗の群れが召喚される。今のウチなら釣り合った相手やろ。誰も傷付けさせへんで。




ヘルマン戦、月詠戦、それぞれ1話とりたいですね


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第53話『対決! ヘルマン戦!』

仕事やめてーよー


 僕の前に立つ悪魔。村を襲った魔族の姿が思い出されるけど、そんな事はどうだっていい。生徒を人質に取った以上、絶対に倒す。

 

「オオォォッ!!」

 

 砲撃のようなパンチが飛んでくる。パワーもスピードもテクニックもある。でも不思議と怖くはない。当たればダメージはあるだろうけど、死ぬようなものではない。

 軽く受け流し懐に飛び込んで崩拳を叩き込む。多少後退りはさせたものの、ダメージは軽微といったところ。正体を現して肉体の強度まで変わったみたいだ。

 

「その若さでこの実力。強いなネギ君」

 

「ネギばっか見とるんやないで!!」

 

 小太郎君の分身が一斉に悪魔に襲い掛かる。あの強固な肉体にはろくにダメージが入っていないようだし、悪魔の一撃で数体の分身が消し飛ぶ。でも目眩ましとしては十分だ。

 どれだけ硬いといっても生物が基本となっている以上は柔らかい部分も存在する。僕は一気に走り出し、悪魔の顔面へ向かって飛び出した。狙うのは眼球。流石に眼球を硬くなんて出来はしない。

 

「それは流石にさせられないな!!」

 

 迫ってくる悪魔の手。掴まれれば僕の体なんて簡単に握り潰されるだろう。

 

「契約執行1秒間! ネギ・スプリングフィールド!!」

 

「ギャアァァッ!??!?」

 

 ほんの一瞬の強化。それにより掴まれるよりも早く眼球へと指を突き立てた。でも浅い。悪魔は着地した僕を目から血を流しながら睨んでいる。

 

「おのれ……」

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。来たれ雷精、風の精。雷を纏いて吹きすさべ、南洋の嵐」

 

「!」

 

 僕の詠唱が聞こえたのか悪魔は防御の体勢に入る。どうやら視力は僅かのようだ。こちらの狙いすら分かっていない。

 

「雷の暴風」

 

「「「うぎゃあぁぁぁぁっ!!?!?」」」

 

 僕の放った魔法は明日菜さん達が戦っていた鬼達を呑み込んだ。悪魔は何が起こったのか飲み込めずに呆然としている。

 

「皆さん! ここは危ないので早めに帰って下さい!」

 

「あんたの魔法が一番危なかったわよバカネギ!!」

 

「まあまあ。ほなネギ君、負けんといてや」

 

「硬い相手には浸透勁アルネ!」

 

「あっ!! ネギ先生危ない!!」

 

 のどかさんの言葉の前から回避動作はしていた。真横を通り過ぎる巨腕。視力が落ちていなければこうも余裕に回避出来なかった。

 古老師の助言を活用させてもらおう。振り向き様に悪魔の顔面を平手打ちする。浸透勁による一撃は脳に直接衝撃を与え、顔の穴という穴から血が流れ出す。しかし悪魔は膝をついただけで倒れない。

 

「ネギ! 合わせぇや!!」

 

「うん!」

 

ーーゴシャッ

 

 小太郎君が背後から、僕は前から蹴りを悪魔の頭に叩き込んだ。意識が朦朧としていた悪魔への止めの一撃。遂に悪魔は地面へと沈んだ。でもこれで終わりじゃない。えっと、確かこの辺りに……あったあった。

 

「封魔の瓶」

 

 よし、これで封印完了。どこかで時間を作って処分しよう。

 

ーーパチパチパチ

 

「悪くなかったぞ坊や」

 

「師匠! 見ていたんですか?」

 

「何よエヴァちゃん。見ていたなら手伝ってくれても良かったじゃない」

 

「この状態の坊やに私の助けなどいらんかったろう」

 

 珍しい。師匠が僕を褒めている。これは嬉しいな。

 

「なぁエヴァ師匠。士郎さんはどこなん? いつの間にか消えとったけど」

 

「ん? あいつなら月詠を連れて」

 

 直後、師匠の声を遮るかのような爆発音が響いた。全員が音の方向を向くと、そこには異様な光景が見えた。雷撃が落ち、花弁が舞い、斬撃が飛び交う。天変地異と言われてもおかしくはない。

 

「……ん、この、音は……?」

 

「せっちゃん、おはよう」

 

「このちゃん? ……あっ、そういえば私は捕まって」

 

「起きるのが遅いな桜咲刹那。平和というぬるま湯に浸かりすぎではないか?」

 

「うっ……申し訳ありません」

 

「はは、師匠そう責めないであげて下さい。さあ皆さん、月詠さんの相手は士郎さんに任せて帰りましょう。僕と木乃香さん、それと師匠は残る形でいいですよね? 小太郎君はどうする?」

 

「勿論や」

 

「ああ。その前に、氷盾」

 

 師匠の盾が向かってきた斬撃を防いだ。士郎さんが戦っているであろう場所からかなり離れているのに飛んでくるなんて、天変地異っていうのもあながち間違いじゃないかも。

 

「ごっついな……月詠にはここまでの力はなかった筈や。かつての仲間でもあるし、ちょっと見学させてもらうわ」

 

「見ての通り危ないです。早く帰って下さい」

 

「ネギ先生はどうするです?」

 

「僕は麻帆良に被害が出ないようにさっきみたいな斬撃を撃ち落とします。僕がいる以上、あまり好き勝手にはさせません」




次回は士郎と月詠、4度目の対決です


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第54話『対決! 月詠戦!』

リアルで嫌な事が多すぎて書く気力がなくなっていましたが私は失踪しません


 ネギ君が戦いを始めた頃、まだ俺は月詠と歩いていた。場所の移動を提案したのは俺だが、場所を選んでいるのは月詠だ。

 

「うふふ~、まるでデートやねぇ~」

 

 生憎とこんな大雨の夜に、雨具も着けず自分に対して殺意を向けてくる相手とデートをする趣味はない。ロマンの欠片もありゃしない。

 嬉しそうにぴょんぴょん跳ねていた月詠がクルリとこちらに振り返る。その姿はとても可憐だ。普通の少女として街中で見つけたら思わず目を奪われるだろう。そして抜かれる刀。以前までは名刀止まりの刀だったが、今の刀は宝具に片足突っ込むような代物になっている。

 

「この辺りでやりましょか」

 

 かなりの道幅のある大通り。特に障害物もなく、こんな時間なので車通りもない。とはいえ完全とも言い難い。簡易的な人払いの結界を張る。

 

「攻めてこないんだな。結界を張っている間なんて隙だらけだろう」

 

「今回は殺し合いという訳でもありまへんし、奇襲したところで防がれるのがオチでしょう?」

 

「殺し合いじゃない? それだけの殺気を放っておいてか?」

 

「はい~。秘密にしろとは言われてませんので言いますが、ウチとヘルマンはんの仕事は子供先生とお姫様の潜在能力、そして士郎はんの調査ですぅ。ヘルマンはんだけやと厳しいと思われとったみたいやけど、まさか子供先生にすら圧倒されるとは思っとりませんでしたわぁ」

 

「今のネギ君は強いさ。あんな奴なんかには負けはしない」

 

「ウチもそう思いますぅ。では……えーい!」

 

 無造作に振るわれる2本の刀。そこからは無数の斬撃が飛ばされた。その斬撃を壁にするように走ってくる月詠。干将莫耶で斬撃を全て切り落とし、直接迫る刀を受け止めた。瞬間俺は背後へと吹き飛ばされた。

 

「チッ」

 

 着地は問題ない。しかし今の威力は斬岩剣のもの。飛ぶ斬撃は斬空閃と同じ。月詠は通常の攻撃全てが神鳴流の技となるように修行したのか。大した努力と才能だ。

 

「せーや、とーう」

 

 飛ぶ斬撃、重量級の斬撃、雷撃を纏った斬撃。2本の刀からランダムに繰り出される斬撃はなかなか隙を見せてはくれない。そして斬撃に混じり、気による花弁が舞う。触れた瞬間に肌が切れたのでそちらにも意識を向けなくてはならない。

 

「うーん、流石は士郎はん。全く打ち崩せまへんなぁ」

 

「その割には随分と余裕だな」

 

「言いましたやろ。今回は士郎はんの調査なんですわぁ。このくらいは防いでもらわな困りますぅ。さて、次は技を使わせてもらいますね」

 

「ここまで技は使わなかったというのか?」

 

「あれはただの攻撃ですわぁ。らーいめーけーん!」

 

 それをどう形容したものか。目の前に壁となり向かってくる雷。巨大な道路の道幅いっぱいに広がったそれに逃げ道などない。

 

「投影(トレース)、開始(オン)」

 

 だが対抗策などいくらでもある。投影したのは刀。それをブーメランのように投げ付けると、壁となった雷は真っ二つに裂けて霧散した。投げたのは雷切。雷神を斬った日本刀だ。

 

「ざーんくーせーん……らんぶー」

 

 無差別に放たれる飛ぶ斬撃。無差別に周囲の建物や街路樹も切り刻む。まるで嵐のようだ。そしてその威力は斬岩剣に匹敵し、一部の斬撃は雷を纏っている。そんなものを放ちながら月詠は徐々に近付いてくる。

 短期間でこの成長は想定外だ。才能で言えば刹那と大差ないと思っていたが、血反吐を吐くような鍛練を積み重ねたのだろう。だが今はまだ俺の方が強い。

 弓矢を投影し射出する。斬空閃など容易に貫通するそれを直接切り落とそうとした月詠だが、矢は触れた瞬間に爆発した。矢はまだ止めない。確実に月詠が行動不能になるまでは気を抜いてはならない。

 

「二刀大旋風」

 

 矢が爆発すると知ってからは受け止めず回避しながら刀を振っていた月詠の動きが止まった。正確には最小限の動きで矢を避けながら何かの構えを取っている。だが避けきれなかった矢は体を掠め、手足の肉を引き裂いていく。行動不能にするのが狙いだったので頭部や胴体は狙っていないが、それでも出血多量になれば死に到る。そんな事はあいつも承知の筈だ。

 まるで鳥か蝶のように両手を広げていた月詠は回転を始めた。刀に籠められた気はまだ気に疎い俺でも察知可能なほどに濃密。徐々に速くなる回転はやがて俺の矢をも寄せ付けず、巨大な竜巻となった。

 

「百烈桜華斬」

 

 先程までの攻撃を嵐のようだと思っていたが、まさか本当に嵐を造り出すとは思わなかった。周囲のもの全てを切り刻みながらこちらに直進してくる竜巻に矢は通じない。放置すれば俺ごと街の一部を呑み込むだろう。なら消し飛ばそう。

 

「投影(トレース)、開始(オン)!!」

 

 イメージするのは1本の金剛杵。真名解放もない使い捨ての宝具。ただ持ち主が誰であろうと同じ力を引き出す便利なものだ。使い捨てなのも俺の投影なら関係はない。

 

「行け、ヴァジュラ!!」

 

 投げ付けたそれは電光となり竜巻に直撃するとそのまま貫通していった。形を維持出来ず消えていく竜巻。残ったのは目を回してフラフラとしている月詠だけだった。

 

「はらほらひれ~……バタンキュ~」

 

 手足からの出血による一時的な貧血もあるのだろうが、敵前で倒れるとは相変わらず図太い奴だ。さてこいつはどうしようか。相当街に被害が出たし、学園長に渡すのが

 

「…………フェイトか」

 

「また会ったねエミヤシロウ」

 

 裏にいたのはこいつか。今は敵意を感じられないが、この雨の中で水を使うこいつの相手は分が悪い。このまま敵対しないでいてもらいたいが、さて。

 

「士郎さーん!!」

 

「んげっ!? お前はフェイト!? なんでお前までおるねん!」

 

「ネギ・スプリングフィールドに犬上小太郎か。遠方で攻撃の準備をしているのは闇の福音に近衛木乃香、他にも誰かいるね。戦えばお互いただでは済まないが、今は月詠の回収に来ただけなんだ。見逃してもらえるかな?」

 

「ああ、帰ってくれ」

 

「はぁっ!? 兄ちゃんは敵を見逃すんか!?」

 

「僕も士郎さんに賛成かな。戦わなくて済むならそれが一番だよ」

 

「懸命な判断、感謝するよ。そうだネギ・スプリングフィールド。君の持っている封魔の瓶を渡してもらえるかな?」

 

「これの事? 残念だけどこれはこっちで処分するから」

 

 見せ付けるように小さな瓶を取り出したネギ君。一見すると油断をしているようだがあれは誘っている姿だ。

 

「…………隙がないね。君の実力を見た対価と考えて瓶は諦めよう。月詠、帰るよ」

 

「フェ、フェイトはん、ちょっと待って。士郎はん、ウチ強かった?」

 

「? 強かったが」

 

「殺してもええくらい?」

 

「……このスピードで成長されては加減が出来なくなるな」

 

「えへへ~、そっかぁ、そうなんかぁ。ふふっ」

 

「もういいね。帰るよ」

 

 水に呑まれて姿を消すフェイトと月詠。今日のところはこれで終わりか。

 

「士郎さん、お疲れ様でした」

 

「警戒ありがとう、茶々丸」

 

 空から飛んできたのは茶々丸。俺と月詠が戦っている最中、ずっと狙撃の用意をしていてくれた。何かあっても大丈夫なように待機していてくれたのは心強かった。

 

「ネギ君、怪我はなかったか?」

 

「はい。僕も皆さんも無傷です。士郎さんは、ちょっとほっぺが切れてますよ」

 

「この程度は何でもないさ」

 

「兄ちゃん強いんやな。街はボロボロやのに怪我はそれだけかいな」

 

「守りは得意だからさ。俺達も帰って休もう。怪我はなくても疲れたよ」

 

 この雨で体も冷えた。ゆっくり風呂に入ってゆっくり寝よう。




オリジナル技をつい使わせてしまった


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第55話『自己嫌悪』

えー、生存報告を兼ねて更新します
正直とてつもないスランプでして、書いては消してを繰り返していました。この話も納得いっていませんが、でもいつまでも更新を停止しているわけにもいかず、とりあえず更新します


 ヘルマン襲撃の晩、刹那は眠れない夜を過ごしていた。あの場で全く役に立てなかったという事実もそうだが、それ以上にショックだった事があった。

 

 ネギ、エヴァンジェリン、小太郎、木乃香が士郎の元へ向かおうとした時、刹那はそこに着いていこうとした。その場にいたメンバーでも実力は上位の筈の刹那だが、ネギと木乃香はみんなと一緒にいてほしいと頼み込んでいた。

 

「どうしてですか? 今の月詠は強大な敵です。少しでも戦力が多い方がいい筈です」

 

「ですが万が一また襲撃があったら……」

 

「そうよ。せっちゃんにはみんなを守ってほしいんよ。お願い。な?」

 

「しかし」

 

「貴様ら、そう優しく言っても無駄だぞ。足手まといだとはっきり伝えてやれ」

 

「っ!? 足手まといになどなりません!!」

 

 誰よりも強いという訳ではない。それでも邪魔になるほど弱くはない。いくらエヴァンジェリンといえどここまでの侮辱は許せないと語気が強くなる刹那に対し、エヴァンジェリンは呆れたように溜め息を漏らした。

 

「はぁ、そう思うなら我が弟子に聞くといい」

 

 答えを聞くまでもない。2人なら自分を肯定してくれる。そう信じて見た2人の顔は刹那の脳裏から離れない。うつむき、とても申し訳なさそうな顔をする木乃香。そして曖昧な笑顔を浮かべているネギ。それが何よりの答えだった。

 

「分かっただろう。今の貴様は気が抜けているんだ。1人で木乃香を守ろうとしていた時には周り全てが敵とみて、常に警戒を怠らない姿勢があった。今と比べれば剣術の腕前は落ちるだろうが、あんなスライムに捕まる事などなかった筈だ。

人というものは気持ちの変化で強くも弱くもなる。現に坊やは魔族相手に無傷で戦え、木乃香は魔法を覚えたばかりにも関わらずスライムだけでは手に余ると判断された。対して貴様はどうだ? 木乃香の側に多くの味方が現れ木乃香を守る事が容易になり、自分は士郎に指導をしてもらい腕が上がった。少し前までと比べれば恵まれた環境で、堕落した」

 

 反論はない……何も言えない。あんな下級の魔族に遅れを取るほどに油断していたのだ。そして気が付いてからもみんなの安全を確認して安堵しただけ。士郎さんがいるというだけでもう大丈夫だと刹那は思ってしまった。

 

 結局刹那はみんなを寮まで護衛してから部屋に引きこもっている。今の自分では何も守れないのではないかとずっと悩んでいた。

 ふと夕凪が目に入る。詠春から譲り受けた愛刀。それを握り締め外へ出ると振りかぶり、そして振り下ろす。以前とは比べ物にならないほど成長しているのがそれだけで分かる。しかしそれに対して内面は明らかに劣化していた。そして剣術についてもきっと月詠に劣ると刹那は判断していた。直接月詠と士郎の戦いを見たわけではないが、飛び交う月詠の攻撃、そして竜巻。あれの再現は刹那には出来ないだろう。

 

「私は、どうすれば……」

 

 過去のような自分に戻れるのか。刹那はただそれだけを考えていた。再び木乃香から離れ、従者として陰ながら見守る事が今更出来るだろうか。人を寄せ付けずに過ごした日々に戻るなど、これまで考えた事もなかった。しかしそうしなければまた同じ過ちを繰り返すかもしれない。

 結局一睡もする事なく夜が明けた。フラフラとした足取りで向かったのは龍宮神社だった。

 

「おや、早朝から珍しい客だな」

 

「頼みがある。私を襲ってもらいたい」

 

「おかしな依頼をするものだな。残念だがそういった趣味は「ち、違うぞ! 攻撃対象としてもらいたいという事だ!」ふむ、それもまたおかしいな。ターゲットが依頼主の依頼など初めてだ」

 

「今の私は腑抜けている。常に誰かに狙ってもらうのが特効薬になると思ってな。金さえ出せば何でもしてくれるだろう?」

 

「……私に依頼するのだからそれなりに準備はしてあるよな?」

 

「ああ、十分に」

 

 財布から金を取り出そうと懐に目をやった瞬間にこめかみに冷たいものが当たる。拳銃だ。それもモデルガンなどではない実銃。

 

「こういう形になるが、構わないな?」

 

「…………くっ、ははっ……本当に、私は弱いな」

 

「弱くはないぞ」

 

「それは力だけ。実戦になればこうも隙だらけだ。弱いと言わずして何と言う? ふふっ、惨め……」

 

 常に意識を緩めない為に依頼に来たというのに早々に油断をする。そんな自分の様子を自嘲する刹那。真名は面倒な依頼を受けてしまったかもしれないと顔を引きつらせていた。



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第56話『超包子』

リハビリが足りんですね。週刊くらいまでペースをあげたいです。


 早朝に士郎と茶々丸は林道を歩いていた。士郎の背中にはエヴァンジェリンが引っ付いている。

 

「日が昇るのも早くなってきたな」

 

「そうですね。マスター、起きていますか?」

 

「んむっ……」

 

「眠いなら無理して付いてこなくても良かったんだぞ」

 

「出来立ての士郎の中華を、朝から食えると思えばこの程度……」

 

 士郎達の目的地は超の経営する超包子。昨晩超から連絡があり、士郎に店に来てもらいたいとの事だった。何でも店についての相談という事らしい。茶々丸は超包子で働いている為、朝の仕込みに参加する為に同行し、エヴァンジェリンは士郎が店の食材で作る中華料理にありつく為に同行している。

 

「おっ、やってきたネ。早朝から済まないネ」

 

「構わないさ。俺だっていつもこのくらいには仕込みを始めるから朝は慣れている」

 

「それはそれは。しかしエヴァンジェリンさんも来るとは予想外だったヨ」

 

「朝飯の為だ……」

 

「マスター、お顔を洗ってきては如何でしょうか?」

 

「うむ……」

 

 士郎の背中から降りてふらつきながらお手洗いへ歩いていったエヴァンジェリンを見届け、茶々丸は仕込みの為に厨房に入った。

 

「学生なのに朝から仕込みなんて大変だな」

 

「毎週やっている訳でもないヨ。それで相談なんだけど、いいカナ?」

 

「ああ。平行世界から来た事を見破られた報酬があるしな。しかし店の相談なんてされても俺は経営なんてした事ないぞ」

 

「ハハハッ、それは期待していないヨ。近いうちに麻帆良祭、学園祭があるのは知っているネ?」

 

「勿論。かなり大規模らしいな」

 

 麻帆良の学園祭は都市1つ丸ごと使った祭りのようなもので、その期間の盛り上がりはそれはもう凄まじいものだ。麻帆良のサークルの中にはその期間に数千万もの売上を出すサークルもあるほどだ。超包子もこの例に漏れず、酷く忙しい期間である。

 

「士郎さんの料理の腕前はよく聞いているヨ。どうかその腕を貸してもらいたいネ。勿論士郎さんの意見や自由時間は大切にするヨ」

 

「そうだな……」

 

 手伝いたいのは山々だ。しかし士郎も用務員としてその期間には学園中を駆け回り、物品の故障等が発生すれば即座に駆け付ける必要がある。自分の仕事を放ってこちらの手伝いをするのは流石に問題がある。ただ超包子が普段から人気店だというのも知っている。麻帆良の学園祭に初参加だが、規模を考えれば超包子がどれだけ混雑するかも予想がつく。

 学園祭は学生が楽しんでこそ。店に付きっきりで超達が学園祭を楽しめないというのはいただけない。

 

「少し学園長と話してみるよ」

 

 携帯電話で連絡を取る。まだ朝早いというのに学園長もすぐに電話に出た。

 

『もしもし、どちら様かな?』

 

「早朝からすみません。衛宮です」

 

『何かあったのかね?』

 

「少し頼みがあります」

 

 学園祭の期間、少しだけでも超包子の手伝いをしたいという旨を伝える。それを聞いた学園長は笑って答えた。

 

『実は学園祭の期間は衛宮君には休みを取ってもらう予定じゃったのじゃよ』

 

「えっ、休み、ですか? でも忙しい期間に休みなんて」

 

『折角麻帆良に来たのじゃ。初めての学園祭なのに仕事に追われては勿体ないじゃろ。職員が1人休んだ程度で問題が発生するような事はない。好きなように過ごしてくれれば良いぞ』

 

「…………ありがとうございます。なら好きに過ごしますよ」

 

『お主の事じゃし人助けばかりしそうじゃな。ホッホッホ』

 

「否定はしませんよ。では失礼します」

 

「問題なかったようネ」

 

 超はニヤニヤとした顔でそう告げる。士郎も頷き、学園祭の期間は超包子の手伝いをする事が決定した。そんなところへ顔を洗い終わったエヴァンジェリンがやってくる。

 

「うん? まだ調理に入っていなかったのか?」

 

「エヴァの方こそ随分と長かったな」

 

「眠気が取れなくてな」

 

「さて士郎さん。早速だけれど腕前を見せて欲しいネ。炒飯、お願いできるカナ?」

 

「わかった。エヴァもそれでいいな?」

 

「朝だからあんまり脂っこくしてくれるなよ?」

 

「善処はするけど、炒飯なんだ。しっかり油は使うからな」

 

 厨房に入っていった士郎。その姿を見送ると超はエヴァンジェリンへと声を掛けた。

 

「聞いていた通り、学園祭の期間は士郎さんを借りるヨ」

 

「ずっとという訳でないのなら構わん。いざとなれば勝手に呼び出すしな」

 

「それとエヴァンジェリンさんと士郎さんの2人にお願いなんだけど、まほら武道会に参加してもらいたいネ」

 

「? あんなちっぽけな大会に出場しろだと?」

 

 まほら武道会は当時はかなり大きな格闘大会として学園祭の目玉の1つだった。しかし今では賞金10万円程度の小さな大会となっており、エヴァンジェリンも話として聞く程度で見に行った事もない。

 

「あの大会を買い取らせてもらってネ。2人には目玉選手として参加してもらいたいヨ」

 

「私は考えてやらなくもないが、士郎は諦めろ。あいつは自分の力を見せびらかすのは好まんし、仮に出たとしてもわざと負けるぞ」

 

「エヴァンジェリンさんの説得でそこを何とかできないカナ?」

 

「無理だな」

 

 きっぱりと否定をしたエヴァンジェリンに対し、超は参ったと言わんばかりに苦笑するしかなかった。

 その後士郎が持ってきた炒飯は当然のように合格。自分の味に自信があった超だが、それを初めて扱う厨房であっさりと越えてみせた士郎に本日二度目の苦笑を見せた。



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第57話『調査』

お久しぶりです。
簡単なお知らせですが、もう更新日の目標とか建てません。好きな時に好きなように書いていくスタイルでいきます。
それと感想の方は絶対に読ませてもらいますが、返信して期待を持たせてしまうのも読んでくださる皆様に悪いような気がするので、返信も控えさせてもらいます。自分勝手で申し訳ありません。


 一人の少年が机に向かい、紙に何かを書いている。時折筆が止まり、暫し何かを考えるように首を傾げ、再び書き始める。

 

「なんや随分と人間臭いな~、フェイトはん」

 

「自分でもこういう一面があったのかと驚いているよ。それで月詠、何か用かな?」

 

「士郎はんの調査がどんくらい進んだのかと思いまして~」

 

「どれ程かは分からないな。調べれば調べるほどに謎が増えるよ」

 

「ほなら今の段階でのフェイトはんの考察っちゅうのを聞きたいわぁ」

 

「…………そうだね。一度考えを纏める為に口に出すのも悪くない。君の疑問から解決の糸口が見つかる可能性もあるしね。まず衛宮士郎の出現した頃からだ」

 

 フェイトの調査では士郎が表舞台に姿を見せたのはネギが麻帆良へとやってきた頃とほぼ同時期だ。奇妙なのはそれ以前の経歴が一切見つからない事。そしてどうやって麻帆良へとやってきたのか手段が不明な事。

 今の士郎は一応は30歳とされているが、それが正しいかどうかも不明。肉体的に見ればそのくらいかもう少し若いくらいだが、エヴァンジェリンのように見た目と年齢が一致しない例などいくらでもある。

 麻帆良に出現してからはエヴァンジェリン宅に居候として住み込み、用務員として仕事を行っている。魔法先生や魔法生徒が行う深夜の警備には参加していない。

 

「麻帆良へ来て以降、その経歴はしっかりと残っている。どの日、どこで、何をやっていたのかも調べれば大抵は判明する。しかしそれ以前が不自然なほどに経歴がないんだ」

 

「例えば~、整形して名前を変えたとかやったらどうどす?」

 

「そうだね、一般人ならそれでもおかしくはない。しかし衛宮士郎は魔法使いだ。それも特異な魔法を使用する。経歴を詐称しながら過ごしていたとしてもあんな魔法を使えばどこかしらで痕跡が残る」

 

「? 物を持ってくるだけの魔法やないんです?」

 

「一見するとそうだけど、よくよく調べていくとあれは転移系の魔法ではないのが分かった。無から有を生み出す魔法、という感じだ」

 

「お伽噺に出てくる魔法みたいやな~」

 

 正確には魔力を消費しているので完全に無という訳ではないが、造り出される武具の中には内包された魔力が士郎の総魔力量を明らかに上回るものもあった。等価交換の原理を完全に無視している魔法。そんなものがこれまで見つからないとはとても考えづらい。

 

「そんなお伽噺のような魔法でありながら、彼の使う呪文は極めてシンプルだ。トレース、オンという呪文が基本。長くてもI am the bone of my sword.という呪文くらいか。始動キーすらなく、あの短い呪文。興味深い限りだ」

 

「ウチが気になるのはあの戦闘力やわ~。感じる剣の才能は凡才やのに、積み上げた経験で天才を凌駕する技術。一体どれだけの死闘を重ねればああなるんやろ~」

 

「彼の剣には才能がないのかい?」

 

 剣術に関しては門外漢なフェイトにとって月詠の言葉はとても興味を惹かれるものだった。

 

「全くない、という程ではありまへん。でも凡人レベル。もしも経験が同じくらいで試合という形式なら~ウチでも刹那センパイでも余裕で勝てると思います~。あの明日菜っちゅう人でも勝てるんやないやろかね~」

 

 性格に難があるが、剣士としては若くても一級品な月詠が言うのであれば彼女の言葉に間違いはないと思われる。そんな一級品を軽くあしらう凡人にはどれ程の経験を積み重ねればなれるのだろう。

 

「普通に戦地で戦うだけでああなると思うかい?」

 

「無理でしょうな~。剣も魔法も入り乱れるような大戦を何度も繰り返せば可能やと思いますえ。ああ、でも士郎はんが見た目通りの年齢とは限らへんし、何百年も戦い続けたら、普通の戦地での経験でもあれくらいはいくんとちゃいます?」

 

「見た目通りの年齢だったなら、それだけ濃い経験を積み重ねてきたと?」

 

 フェイトが記憶する限り、先の大戦以外で大きな魔法戦争というものはそう多くはなく、かつ士郎の年齢以内では発生していない。士郎がエヴァンジェリンの従者である以上、彼女のような吸血鬼で不死の力を持っているのならば話は変わるが、フェイトとの戦いで負傷した腕の治療に木乃香の力が必要だったのを考えると吸血鬼ではないという結論になる。

 

「大規模な戦争が起こり、彼ほどの実力がある者が動けば必ず記録として残る。だがそんなものが微塵もないというのは不可思議でならない」

 

「そういえば~士郎はんの血を採取したって聞きましたけど、何か分からんかったんですか~?」

 

「ん、ああ、あれか。残念だが何もない。せいぜいが血液型と健康状態が判明したくらいだ。至って健康だったよ」

 

 せめて身元くらいは判明するかと思われていた血液も何の情報も残してくれなかった。麻帆良に来る以前の経歴が無なのだから当然と言えば当然だった。

 

「まるで突然降ってきたみたいだ」

 

「それは面白い考えどすな~。この前テレビでやっとった未来からロボットが送られてくる映画みたいや」

 

「未来……? いやまさか……しかしそう考えると辻褄が合う……」

 

「ほえ?」

 

「しかし時間軸が違うだけで魔法がああも変化するか? 数千年単位なら或いは……だが現代への適応の早さをみるに……」

 

「フェイトはん? フェイトは~ん…………聞こえとらんわ。ま、ええか。考えが纏まったらまた聞きに来ます~」



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第58話『デート』

感想が来ていたので久しぶりに書きました


 残り数日で学園祭が始まるという最中、僕とカモくんと木乃香さんと刹那さんはある話し合いの為に集まっていた。発端は木乃香さんの仕入れた情報だ。なんでもアスナさんが遂にタカミチをデートに誘って告白するらしい。でもアスナさんにデートの経験はゼロ。このままだと失敗するのは目に見えているという事で木乃香さんがみんなを集めて作戦会議を開いたのだ。

 

「みんなはどないしたらデートが成功すると思う?」

 

「誰でも初めてはあるものですが、いきなり本命というのは難しいですね。剣ならば鍛練をするのみですが、デートで鍛練、練習となるとなかなか……」

 

「士郎の旦那に何か頼むのは駄目なんすか? 身近な大人の男で頼んだら何でもやってくれそうですぜ」

 

「今の士郎さんは用務員の仕事がピークなんよ。流石にこんな事には誘えんわぁ」

 

 僕が親しい大人の男性もタカミチと士郎さん、それと学園長くらいだ。アスナさんにデート慣れしてもらうよりも、タカミチに事前にエスコートを頼んでおく方が楽かもしれない。でもそれをアスナさんが知ったらきっと怒るだろうなぁ。

 

「…………見た目さえ何とかすればネギ先生でもいいのでは?」

 

「どういう事?」

 

「先生、何か魔法で見た目を変えるものはないのですか?」

 

「うーん、あるにはあるんですが、僕が使えるものとなると……」

 

「いや大丈夫だぜ兄貴! 少し前に丁度いいもん買ったんだ!」

 

 ちょっと待っててくれよ、と言ってカモくんは走っていってしまった。戻ってきたのは数分後。何やら瓶を持っている。

 

「ヒィヒィ……こ、この体だとつれぇ」

 

「なんなんこれ? 飴玉?」

 

「これって年齢詐称薬? こんなの買ってたんだ」

 

 記憶が正しければ赤い飴玉で歳を取って、青い飴玉で若返るんだっけ。結構値段がするものだったと思うけれど、こんなの買うくらいにカモくんってお金あったんだ。でもこれなら僕が大人になってアスナさんのデート相手になれるかな。

 

「ありがとうカモくん! 早速試してみるね」

 

 赤い飴玉を1つ口へと放り込むと、ポンッとすぐに僕の体は変化した。

 

「お、おおー!! すごいなぁこれ!! ネギ君が大人になったわ!!」

 

「流石親子と言うべきか、ナギさんそっくりですね」

 

「そ、そうかな?」

 

「うんうん! ホンマそっくりや。ほら鏡」

 

 木乃香さんから手渡された手鏡に写っていてた僕の顔は本当にお父さんそっくりだった。お父さんよりは少し若いかな。アスナさんの好みの年齢からは外れていそうだけど、許してもらうしかない。

 

「おもろいなぁ。うちも1つ貰ってええ?」

 

「勿論さ! 遠慮せず、ささ」

 

「ほないただきまーす! あ、せっちゃんも」

 

「えっ?」

 

 木乃香さんは赤い飴玉を、刹那さんは青い飴玉を口に含むとすぐに姿が変わった。木乃香さんは美人でおしとやかな大人の女性に。刹那さんは本来の僕と同じくらいの背丈の少女になった。

 

「やーん! せっちゃんかわええなぁ」

 

「か、刀が、おも、い……」

 

「大丈夫かい刹那の姐さん。赤い方食べてくれ」

 

「はむ……ふぅ、戻れて良かった」

 

「あーあ、可愛かったのに…………うち少しこのままお出掛けするわぁ」

 

「お、お嬢様!? 作戦は?」

 

「その格好のネギ君なら上手くやってくれるわぁ」

 

 行っちゃった……行き先は、考えるまでもないかな。さて、僕は僕でアスナさんとのデートの方に集中しないと。いくら練習でも僕だってデートは初めてなんだ。それでも英国紳士としてキチンとエスコートするぞ!

 

 

ーーーーーー

 

 

 学園祭の準備で機材の修理が必要になるのはどの学校も変わらないか。問題は麻帆良の規模が大きすぎて修理依頼も多大という事だけ。小さな故障から大きな修理まで毎日何十件。麻帆良にやってきてからこんなに仕事で忙しい日々も初めてだ。

 あんまりにも忙しいから最近では茶々丸が放課後に手伝ってくれている。学生なんだから自分のクラスの出し物の手伝いをするべきなんだろうけど、彼女の善意は無下に出来ない。

 それに比べてエヴァは相変わらずサボっている。俺の仕事を手伝えなんて言うつもりはないが、学園祭の準備くらい少しはやったらどうなんだ。本人に言ったところで聞く耳持たないだろうから言わないが。

 そんな事を考えながら修理を進めていると誰かがドアをノックした。また新しい修理依頼だろう。

 

「どうぞ」

 

「お邪魔します」

 

 …………てっきり中等部の子が来ると思ったんだが、成人女性が入ってきた。和服姿がよく似合っている美人だ。教師といった感じでもない。一般人がここへやってくる理由なんてないし、誰なんだ彼女は?

 

「お隣、失礼します」

 

「あ、ああ、どうぞ」

 

 さも当然のように隣に座ってきた。言葉のニュアンスから察するに関西方面の人か? とすると、呪術協会からの使者だろうか。それなら学園長がいる中等部にいるのも不思議じゃないが、俺のところに来る理由はなんだ?

 

「申し訳ありませんがどちら様でしょうか? 現在士郎さんはお仕事が立て込んでおりますので御用件からあるなら手短にお願いします」

 

「あらあら、そう邪険にせんといて下さいな。用事はこの方の様子を見に来たという事ではいけませんか?」

 

「いけません。御用がないならお帰り下さい」

 

「こらこら、彼女が誰かは知らないけど別に追い出す必要はないぞ茶々丸。何もしないならいても変わらないさ」

 

 本当によく分からない人だ。俺を見に来た? この前京都で暴れたのが余程問題だったかな。しかし隣で見ると本当に美人だ。でもこの顔立ち、どこかで見覚えが……

 

「ふぁー、よく寝た……士郎、熱い茶をくれ…………おい木乃香、その姿はなんだ?」

 

「あ、やっぱエヴァ師匠にはバレてまうか」

 

「……木乃香!? えっ、でも見た目が」

 

「ちょいとおもろいお薬貰ったんよ。ふふ、気付かんかったでしょ」

 

 あー、成る程。確かに木乃香が大人になったらこうなるだろうな、って姿をしている。見覚えがあるのも当然か。しかし魔法ではなく薬でこんな事が出来るものがあるのか。

 

「年齢詐称薬ですか。驚きました」

 

「茶々丸さん冷たいから怖かったわぁ」

 

「見知らぬ方が気安く士郎さんに近付きましたので。しかし何故そのようなものを?」

 

「実はな……」

 

 木乃香の話によると明日菜が近いうちにデートをするらしく、その練習相手を薬で大人になったネギ君がやるらしい。デートに練習なんてものが必要なのかは甚だ疑問だが、明日菜のデート相手はおそらくタカミチ。あいつタカミチの前だと借りてきた猫みたいに大人しくなるから、練習で少しでも自然体になれるならそれがいいか。

 

「ふん、学園祭でデートか。あれに釣られたか」

 

「あれ?」

 

「たぶん学園祭の時に世界樹の下で告白したカップルは永遠に結ばれる、っていう伝説やと思うよ」

 

「へー、ありがちだけどロマンチックだな」

 

「そう、実にありがちだが非現実的な話だ。ここが麻帆良という事を除けばな」

 

「どういう意味だエヴァ」

 

「世界樹が大量の魔力を蓄えた樹というのはここにいる全員が理解しているだろう。蓄えた魔力は一定期間毎に放出される。呼吸と同じだな。そしてそのタイミングが学園祭と同じなのだ。放出された魔力に強い想いが乗れば例え一般人の言葉だろうと魔法に等しくなる」

 

「学園祭で告白するという事は魔法で暗示を掛けるのと変わらないのか。だから永遠に結ばれる、と」

 

 それは、とても良くない事じゃないか? 人の色恋沙汰に首を突っ込むつもりはないが、一方的な想いが相手の意思に関係なく成立してしまうのは良くないと思う。

 

「学園とてそれを良しとしてはいない。学園祭の時期には魔法先生と魔法生徒が告白を阻止している。士郎、お前にも声が掛かるかもしれんぞ」

 

「そっか。頼まれたら上手くやるとするよ」

 

「はぇー、そんなカラクリがあったんやね。明日菜には告白せんように言うべきかも。そんな無理矢理カップルになるのは嫌やろうし」

 

「相手は高畑先生なのでしょう? 先生ならばのらりくらりとかわせると思いますよ」

 

「そうかもしれんね。あ、茶々丸さん。抜け駆けはあかんからね」

 

「このようなものに頼るつもりはありません。木乃香さんも同じでしょう」

 

「うん、勿論や」

 

ーーコンコンコンッ

 

「すみませーん。修理お願いしまーす」

 

「はいどうぞ」

 

 また新しい依頼だ。今日はまだまだ忙しそうだ。



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第59話『学園祭開催』

待っていた方々が想像以上にいらしたので頑張りました


 学生達が待ちに待った学園祭が遂に開催された。学園都市が丸ごと祭りを開いているのだ。全国を見てもこれほど大規模な祭りは皆無だろう。

 折角休みを貰ったので今日から暫くはこの学園祭を堪能させてもらおう。でも堪能出来るのは昼過ぎなんだけどな。

 

「炒飯大盛3つとラーメン2つ! 餃子5人前出来たぞ!」

 

「はい! こちら追加オーダーです! よろしくお願いします!」

 

 朝から約束していた超包子での手伝いをしているんだが、開店と同時に満席になるほどの来客があり、そこからも客がどんどん押し寄せてくる。回転率は相当いい筈なのに席は一向に空く気配がなく、注文も止まらない。学園祭期間中に何千万円もの稼ぎを出すサークルがあるというのも頷ける。

 しかしそれ以上に驚いたのは店員の動きだ。みんな無駄なくてきぱきと働いている。とても普段学生をやっているとは思えないほどだ。そしてこれほどの来客で一切の休みなく調理をしているのに全くクオリティが落ちていない。接客も同様だ。麻帆良の生徒恐るべし。

 

「ンー、そろそろピークも過ぎたカナ。士郎サン、助かったヨ」

 

「ピークが過ぎたって、まだ全然席が空いてないぞ」

 

「ここからどんどん減っていくヨ。とは言っても普段のお昼時くらいのお客は来るけどネ。それくらいなら増員した店員で事足りるヨ。士郎サンは学園祭を楽しんでくるヨロシ」

 

 オーナーからこう言われては断れない。それに学園長から貰った休暇も学園祭を楽しむためのものだ。ここは2人の好意に甘えさせてもらおう。

 

「ありがとう。また忙しそうだったら声を掛けてくれ」

 

「ふふ、気持ちは受け取っておくヨ」

 

 さて、これからどうしようか。正直予定は手伝いのみだったから、今後の計画が一切ない。学園祭を楽しむといってもむやみやたらに歩き回っていては広い麻帆良を効率的には歩けない。何か目標を立てていくのがいいんだけれど…………いくら規模が巨大でもあくまで学園祭は学園祭。各クラス毎に出し物がある筈。3ーAにでも行ってみよう。

 

 おっ、ネギ君がドラキュラの格好をして看板を持っている。教師自らが客引きとは感心感心。狼男姿の小太郎もよく似合っている。あいつの場合種族が狗族とかいうのだからコスプレという感じが薄いな。

 

「調子はどうだ?」

 

「士郎さん! 今日は色々とお世話になりました。ありがとうございます!」

 

「? 何の話だ?」

 

 俺は朝から超包子の手伝いをしていた。ネギ君と会ったのも今が最初だ。だというのにネギ君はまるで1日が終わったかのような挨拶をして来た。

 よく分からないという雰囲気を醸し出していると何かに気が付いたようにネギ君はポンッと手を叩いた。

 

「そっか。士郎さんはまだ何も知らない士郎さんなんですね。混乱させてしまったようですみません」

 

「何も知らない? 説明してもらえるか?」

 

「はい。小太郎君、士郎さんと少し話すから、1人で客引きお願い」

 

「ん、その兄ちゃんは何も知らんのか。ええで、やっといたる」

 

 小太郎も何の話か理解しているようだ。ネギ君は簡易的な防音結界を張った。

 

「これから話す事は突拍子もない、嘘のような話ですが、事実です。まずはそこを理解して下さい」

 

「ああ、分かった」

 

「僕は今日という日を4度繰り返しています。もっと噛み砕いて言うと、3回タイムスリップしています」

 

「タイム、スリップ!!!?!? ……それはこっちでは普遍的な魔法なのか?」

 

 驚きの声をあげてしまうが、深呼吸をして落ち着いて訊ねる。タイムスリップ。時間移動。魔術の世界でも数少ない魔法に分類されるもの。それをネギ君が行っている? にわかには信じがたい。

 

「これは魔法ではなく、超さんから貰ったこのカシオペアという時計によるものです」

 

「なんだって? ならそのタイムスリップは科学技術によるものなのか?」

 

「僕の魔力も使うので正確には魔法と科学のハイブリッドになるかと。僕も最初は驚きました。タイムスリップなんてSF小説くらいでしか読んだ事がなかったですからね」

 

「だが事実なんだろう。超が天才なのは知っていたが、想像を遥かに上回っていたな。こんな魔法の領域に到達するなんて…………」

 

 茶々丸の生みの親というだけでもノーベル賞ものだ。超の技術には畏怖すら感じる。遠坂といい超といい、どうにも俺の知り合いには常識はずれが多いように思うよ。

 

「この後何があるかは秘密にしておきます。もしかしたらここで話す事で色々と変化してしまうかもしれませんから。タイム、パラドックスでしたっけ? そういうのが起こっても困りますし」

 

「こうして話しているのは問題ないのか?」

 

「はい。他の周回の時に士郎さんは既にカシオペアについて知っていましたのできっとここで僕に聞いたんだと思います。他の僕に会った時はどうかよろしくお願いします」

 

 どうやらこれから俺は不思議な体験をするらしい。今日は一体何人のネギ君と会う事になるのだろう。

 

「話はこれだけです。この後予定がないなら僕のクラスのホラーハウスを見ていきませんか? 面白いですよ」

 

「ああ、元々それが目的だからな。見学させてもらうよ」




ホラーハウス内

 学生の作ったホラーハウスにしてはなかなか雰囲気があるな。装飾品も手作りなんだろうが、遊園地のアトラクション内に飾ってあってもおかしくないクオリティだ。流石は3ーAだ。目が良すぎて暗闇の中でもはっきりと見えてしまうのが惜しいと感じてしまう。脅かし方は年相応の可愛らしさがあるけどな。

「ひゅ~どろどろ~、お化けですよぉ」

 …………はて、3ーAにこんな娘はいたかな? 幽霊役だろうか。脚が見えないとは本格的だ。

「こんにちは。君も3ーAの生徒なのかな?」

「えっ、あっ、こ、こんにちは。相坂さよといいます。3ーA生徒兼地縛霊です」

「地縛霊? 道理で脚が見えないわけだ。用務員の衛宮士郎だ。よろしく」

「はい、ネギ先生からも話は伺っていますし、校内でも何度もお見掛けしました。衛宮さんはわたしが見えるんですね。ネギ先生の予想通りです」

「目が良いのが自慢だからね。霊体との遭遇経験も人よりはあると思う」

「凄いんですね! これからもよろしくお願いします! あ、お帰りはあちらになります」

 ホラーハウスに本物の幽霊とはな。本当に3ーAの生徒はバリエーション豊かで

「ってなんでさ!!」


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第60話『学園祭探索』

 いきなりネギ君のタイムスリップというとんでもない話を聞かされ、3ーAの幽霊に出会った学園祭だが、まだ始まったばかりなのだ。開始早々濃すぎないか?

 ただ流石にこれ以上の衝撃はそうは起こらない筈……と言い切れないのが麻帆良であり3ーAだ。

 

「……今のは」

 

 一瞬何かが飛ぶのが見えた。戦場で幾度となく見た光の筋。何者かが発砲したのだ。その先に何があるのか確かめるため駆け出す。ものの数分で着いた先には男子生徒が女子生徒に介抱されている姿があった。周囲に血痕はなし。いや、落ちている物がある。ゴム弾? 軽く解析してみるとそれよりも殺傷能力の低い、当たっても痣が出来る程度の代物らしい。

 着弾までかなり時間があったのは知っている。麻帆良でそれだけの狙撃を行えるのは1人しか知らない。銃弾の軌跡を追うように顔を向けると案の定真名がスコープを覗き込んでいる。軽く手を振ってやると驚いた後に苦笑しながら手を振り返してくれた。

 

「これがエヴァの言っていた告白阻止か」

 

 ずっとああいう事をやっているのかな。いくら仕事優先とはいえ、年に一度の学園祭を楽しめないというのはよろしくない。少し差し入れを持っていこうか。

 近くにあった屋台でたこ焼きやベビーカステラといった祭りの定番料理を買い、真名のいた高台を目指す。試食をしたがどれも満足のいく味だ。

 

「よっ、お疲れ」

 

「やあ衛宮さん。まさかあの距離からこちらが見えるとは思わなかったよ」

 

──ターンッ

 

「視力には自信があるからな。これ、差し入れだ。祭りの気分だけでも味わってくれ」

 

「これは嬉しいね。もう少しで今日のノルマは達成するから後でゆっくりと頂くよ」

 

──ターンッ

 

「…………今の実弾じゃなかったか?」

 

「大丈夫さ。個人的な依頼でね。当たらないギリギリを狙っているし、あちらも防いでいる」

 

「まあ、そっちの依頼ならあまりとやかく言うつもりはないが、怪我人は出さないようにな」

 

「衛宮さんこそ。告白される対象になったら遠慮なく撃ち抜くからそのつもりでね」

 

「ああ、気を付けるよ」

 

 とはいえ俺に告白するような子はいないだろう。知り合いは大概が中学生だ。恋に恋する年頃とはいえ、一回り以上差のある俺を恋愛対象にはしない、って明日菜みたいな子もいるかもな。趣味は人それぞれとはいえそれで狙撃されてはたまったもんじゃない。

 それにしても実弾を使わないといけない依頼ってなんだ? 真名は当てるつもりがないようだからいいけれども、誰に撃ったのかは気になる。

 

「刹那?」

 

 刹那ならあのくらいの狙撃は油断しない限りは大丈夫なんだろう。でも誰が何故刹那を狙撃する依頼をしたんだ? 1つ疑問が解消されると次の疑問が湧いてくる。

 

「おっと、見てしまったか。彼女が望んだ事だ。見逃してほしい」

 

「依頼主は刹那自身なのか?」

 

「そういう事。さっきも言ったがこれは個人的な依頼だ。お説教は勘弁願うよ。それと刹那に聞くのも無しだ」

 

「分かった。とやかく言わないと言ったのは俺だしな。じゃあまたな」

 

「ん」

 

──ターンッ

 

 

 

──────

 

 

 

 何気なく歩いていた学園祭だが、よくよく見ると魔法使いやその関係者による告白阻止が行われている光景が見られる。何かしら俺にも応援があるかもと思っていたが、何も連絡がない。学園長が気を効かせてくれているんだろう。

 

「おっ、明日菜達じゃないか。そんなところに隠れて何を「シーッ。今は静かにして下さい」?」

 

 明日菜と木乃香と刹那が隠れて何かを覗き見していた。黙るように言われてしまったので俺もこっそりと何があるのか確認する。

 

「ネギ君と、のどかか。デート中か?」

 

「本屋ちゃんからネギを誘ったんですよ。どうなるか気になるじゃないですか」

 

「あの引っ込み思案なのどかがか。でもこんな事をしていたら馬に蹴られるぞ」

 

「恋路を邪魔しとるわけやないしへーきよ」

 

「むしろ邪魔が入らないようにしているだけです、ねっ!!」

 

 一瞬の抜刀から飛ぶ斬撃。さっき真名と話していなければ何か起こったのだと警戒しているところだ。

 

「せっちゃん、また蜂がおったん?」

 

「木乃香を守るためとはいえちょっと過保護すぎない?」

 

「蜂は危ないですから」

 

 音速を遥かに越える速度で飛ぶ鋼鉄の蜂は確かに危険だな。ふとネギ君を見るとこちらを見てニコリと笑っていた。これだけ騒がしくしていれば尾行にも気付くだろう。

 これ以上楽しいデートを邪魔するのも悪い。邪魔物はさっさと退散しよう。そんな事を考えているとネギ君に向かって何かが飛んでいった。丸い袋? 気が付いたネギ君もそれを軽く叩き落としたが、それが間違いだった。地面に落ちた袋からは煙のようなものが舞い上がる。咄嗟にのどかを守るため抱き寄せたネギ君の顔にその煙が触れた瞬間、それは起こった。

 

「ハーーックション!!!」

 

 くしゃみと同時に巻き起こる武装解除の魔法。当然抱き寄せられていたのどかは巻き込まれ、服は消し飛んだ、と思われる。流石に見るわけにはいかないので目は逸らしている。あの煙はどうやら胡椒だったらしい。これも告白阻止の一環か。

 

「士郎さん? 本屋ちゃんを、見た?」

 

「くしゃみの瞬間に目は逸らした。信じてほしい」

 

「ハクションッッ!! ハクションッッ!!」

 

「あれは、近寄れませんね」

 

「ジャージで悪いがここに置いておく。投影品だからあんまり傷付くと消えるから注意してくれ」

 

「ありがとなぁ」

 

 まだくしゃみは続くだろうし他にも被害者が出るかもしれない。もう3着くらい投影しておこう。ここは明日菜達に任せてこの騒ぎを起こした元凶に挨拶しておこうか。

 ネギ君達から少し離れるとひょっこりと楓とクーが顔を出した。

 

「楓も告白阻止に参加していたんだな。クーもか?」

 

「割りのいいバイトでござるからな。ただネギ坊主に胡椒は失敗でござった」

 

「ワタシは士郎サンを探していたアルよ」

 

「俺を?」

 

「修学旅行のお礼のお願いが決まったアル!」

 

 あー、そういえば2人へのお礼はまだだった。わざわざ今やって来たという事は学園祭に関する事だろうな。

 

「学園祭ではまほら武道会という大会をやるアル。そこに参加してほしいアルよ」

 

「武道会…………あんまりそういうのには参加する気はないんだけれど、それが俺に出来る礼ならやるよ」

 

 クーには悪いが、参加だけというなら適当なところで負けるか棄権でもさせてもらう。下手に自分の手の内を明かすような真似はしたくない。

 

「ふむ。なら拙者も便乗させてもらって、武道会でわざと負けるのは無し。本気で戦ってもらうでござるよ」

 

「…………参ったな」

 

「不可能なお願いではない筈でござる。あ、武器は木刀2本がいいでござるな」

 

 ああ、確かにその通りだ。くそ、完全にしてやられた。この2人は最初からグルだったか。これならお礼は物限定にしておくべきだった。

 

「では予選会場へ行くでござる!」

 

「レッツゴーアル!」



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第61話『武道会開催』

年単位ぶりに投稿します


 楓とクーに引っ張られる形で士郎は半ば無理矢理まほら武道会の予選受付を済ませてしまった。自分から言い出した約束を反故にする事も出来ず、思わず溜め息をついてしまう。

 士郎はこういった催しが嫌いなわけではない。プロレスなんかは特に好きでよく視聴している。しかし自分が参加するとなると別だ。負ける事、見世物になる事が嫌ではないが、手の内を明かしてしまうのはあまり良くない。京都で散々魔術を使ったとはいえ、なるべくなら公の前での戦闘は控えたい。

 

「楓、竹刀にはなるけど双剣でいいんだよな?」

 

「それでお願いするでござる」

 

「おい、何をしているんだ?」

 

 双剣のみならと自分に言い聞かせていた士郎に声がかかる。振り返るとエヴァンジェリンと茶々丸がそこにいた。

 

「武道会の受付をしたんだよ」

 

「は? 貴様が? どうせ参加しないだろうと声を掛けなかったが興味があったのか?」

 

「いいや、参加するつもりはなかったが、楓とクーへのお礼をこれに使われてな」

 

「それで断るに断れなかったと。契約を守るところは魔術師らしいな。まあいい。参加するならそれはそれで楽しくなる。私も受付をするんだ。退け」

 

「エヴァも参加するのか。こういうのは観戦する側だと思ってたな」

 

「士郎さんとマスターに限って大丈夫だと思いますが、どうかお怪我をなさらぬよう」

 

「ありがとう、茶々丸。しかし武器の持参が許されるなんて大丈夫なのか? クーみたいな素手の武術家もいるだろう」

 

「誰が一番強いか決めるならその人の得意分野を使って当然アル」

 

 誰が強いか決めると言うと異種格闘技戦が挙げられるだろう。空手、ボクシング、ムエタイ等々、様々な格闘技は同じ土俵で戦う事が出来る。だがそこに武器を使用する武術はありはしない。あくまでも拳一つで競い合うものだ。戦場でもない大会で、刃物と飛び道具は禁止とはいえ武器の使用が許可されているのは異例と言える。

 

「いやいや皆の衆お揃いのようだネ」

 

「超? ああ、そういえば主催は超なんだっけ」

 

「そうネ。まさか士郎サンが参加してくれるとは思わなかったヨ」

 

「上手く嵌められたよ」

 

「こちらとしては士郎サンの戦いを一度は見てみたかったから嬉しい限りネ。今回の大会はかなりの猛者が大勢参加しているヨ。みんな気を引き締めるがいいネ。では失礼するヨ」

 

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

 

 武道会の予選が始まる直前、周囲を見渡したが明らかに参加者に魔法関係者が多い。それ自体は大きな問題ではない。麻帆良は魔法使いも多いし土地柄からか一般生徒なのに特殊な力を持つ子も多いからだ。だが問題なのはこの大会の撮影や配信が許可されているという点だ。観戦だけなら麻帆良の認識阻害である程度は誤魔化しが効く。しかし映像には認識阻害が効かない。普通に格闘するだけならいいが、認識阻害がある中生活してきた麻帆良の人々はどこか魔法を使うことへの危機感が薄い。この大会でも遠慮無く力を使うだろう。

 

「ネギ君、どう思う?」

 

 たまたまネギ君が近くにいたので声をかける。

 

「マズイですね。でも超さんはボクよりもずっと頭がいいですから何か考えがあっての事だと思うんです」

 

「どうかな。確かに俺達には考え付かない何かがあるかもしれない。だが明らかな危険行為だ。そして動かない魔法使い達もまた異常だ」

 

「考えが相当甘いんだと思います。認識阻害を過信しすぎているのか、もしくは機械に弱い魔法使いも多いですから、撮影されるというのがどういう結果に繋がるかまだ理解していないのかもしれません」

 

「魔術師にも科学を軽視している者は多かったな。このご時世、データは一瞬で世界に拡散されるぞ」

 

「本来なら学園長が動くべき案件ですね」

 

「ネギ君は動かなくてもいいのか?」

 

「魔法使いとしては間違いなく止めなくてはいけません。ですが教師としては超さんのやる事を知り、悪い事なら止めて良い事なら背中を押したいという気持ちもあります」

 

「なら行くんだな?」

 

 無言で頷くネギ君。もう少しで予選が始まるが、仮に間に合わなかったとしてもネギ君は超との話を優先するだろう。

 

「頑張れよ先生」

 

「はい!!」

 

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

 

 勢いよく飛び出したはいいものの、超さんがどこにいるのか知らない。茶々丸さんなら何か手掛かりを知っているかもしれないから電話してみよう。

 

「おやおや先生。もう予選が始まってしまうヨ」

 

「! 超さん……お話があります」

 

「…………聞こうカ」

 

「超さんは何故この大会で撮影の許可をするんですか? 魔法を広げるような行為は犯罪になりかねません。ボクは超さんに魔法使いに狙われるような犯罪者にはなってほしくないです。理由もなくこのような事をするとは思えません。教えてください」

 

「……どう説明したものカネ。無論理由はあるけれどそれを教える事は出来ないネ」

 

「分かりました…………では質問を変えます。超さんにとってこの大会は大切なものですか?」

 

「ンーー、とても大切ダヨ。教えられない理由の事もあるけれど、楽しみにしてくれている皆がいるからネ」

 

「そうですか。でしたらこの大会は続けて下さい」

 

「いいのカナ? 先生の言うように犯罪者になるかもしれないヨ」

 

「その時はボクが守ります。生徒を守るのも教師の義務ですから」

 

 でもやりすぎは叱りますからね、と一言加えてその場を立ち去ろうとする。超さんの目的は以前不透明だけれど、直接話して分かった事がある。超さんの瞳からは強い使命感のようなものを感じた。ボクが何か言ったとして止まる事はないだろう。犯罪以外であれば極力サポートしよう。

 

「先生!」

 

「何でしょう?」

 

「……優勝目指して頑張るヨロシ」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

 

 超にとってネギの返答は想定外にも程があった。彼女の知るネギ・スプリングフィールドは教師でありながらも魔法使いとしての常識に囚われていた。そんな彼が超が犯罪者になったとしても守ると言い切ったのだ。

 一瞬迷いが生じる。もし今ネギに協力を要請すればきっと迷い無く手を取ってくれる。そうすれば計画もより確実なものになるかもしれない。手を貸して、助けて、そう言うだけだ。そう思いネギの背中に腕が伸びかけるが、すぐに引っ込めた。

 これまで積み重ねてきたものにイレギュラーを組み込めばどうなるかわからない。超にとってネギは敵でなくてはならなかった。

 

「あんまり優しくされると困ってしまうヨ」

 

 超は顔を伏せながら持ち場へと帰っていく。その後の予選はネギや士郎は当然のように突破したが、士郎が懸念したように遠慮無く力は使われ、ネット上に拡散されることとなる。  



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第62話『一夜漬け』

 麻帆良祭の初日が終わり、中夜祭で大勢の人々が盛り上りを見せる中、士郎とネギ、小太郎、刹那、明日菜、そして木乃香の6人はエヴァンジェリンの別荘にやってきていた。

 

「1時間が1日って、こんなええとこあったんかいな。これがネギの成長の秘密かいな」

 

「教師をやりながら修業をするとなるとこういうのでもないと無理だよ」

 

「歳を早めに重ねることになってしまうのは女として気になるところですがね。しかしまさか士郎さんから鍛練に誘ってもらえるとは思いませんでした」

 

「ほんとにね。士郎さんこういうのにやる気出すなんて思わなかったわ」

 

 今回大会前の特訓を言い出したのは士郎だった。小太郎以外の4人からすれば士郎が今回の大会にそこまで意欲があったのかと驚かされた。

 

「エヴァから言われたんだよ。今のうちに身体を動かしておけってね。予選で見た程度だけど俺の相手は相当な相手だから怪我しないための準備運動をしたかったんだ」

 

「俺ら相手に準備運動かいな。兄ちゃん後悔しても知らんで」

 

「士郎の旦那の相手はクウネルなんちゃらってふざけた名前のやつでしたね。そんなにヤバい相手なんすか?」

 

 カモミールが尋ねる。士郎の実力を知る者にとっては当然の疑問と言える。

 

「紅き翼のメンバーらしい」

 

 さらりと言われた言葉に全員が驚愕する。伝説のメンバーの一人がまさかこんなところに参加しているとは誰も考えていなかった。

 

「僕の相手はタカミチだし、師匠はいるし、士郎さんに加えてお父さんの仲間まで? 世界最強決定戦?」

 

「あはは、ネギ君頑張ってな。ウチも治療と料理でサポートするで」

 

「さてやるか。みんな準備はいいか?」

 

 士郎は竹刀を投影して構える。ネギと小太郎はそれぞれ魔力と気で肉体を強化し、明日菜はいつものハリセンを、刹那は夕凪の代わりにモップを握る。木乃香はその様子をニコニコ顔で眺めていた。

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 士郎さんに向かっていって30分。僕らは全滅していた。大会ルールにほぼ乗っ取った形とはいえ4対1で手も足も出ないのは悔しい。攻撃が掠めてはいるので士郎さんも擦り傷や切り傷くらいならあるけど、動きに支障が出ないなら無傷といってもいい。砂浜だというのに息一つ切れていないし、体力差も思い知らされる。

 

「みんなおつかれさん。治すで~」

 

「一太刀も浴びせられなかった……」

 

「ハァハァ…………や、やっぱり士郎さん強すぎ」

 

「少し前に比べたらみんなスタミナ増えたんじゃないか? だからってまだまだ子どもには負けてられないけどな。みんな才能はあるし、10年もしたら追い抜かれるさ」

 

「10年って長すぎるで。あー、そういえば気になったんやけどネギは瞬動術使わんのか?」

 

「何それ?」

 

「足に気とか魔力溜めて一気に移動する技や。達人同士の対決やと必須やで。ほれこんな感じや」

 

 小太郎君が高速であっちこっちに移動する。何度も何度も見たことのある技術だったけどそんな単純なものだったんだ。

 

「「「へー」」」

 

 僕とアスナさんと士郎さんが感心していると小太郎君は信じれない顔で士郎さんを見ている。あ、そうか。士郎さんくらいの実力なら瞬動術というのは覚えていて当然なんだ。

 

「嘘やろ……」

 

「し、士郎さん使えなかったのですか? 普段の移動速度は素ですか?」

 

「肉体を強化しているから素とは言えないけど瞬動術っていうのは使ってないな」

 

「士郎さんくらい強い人でも使わない人もいるのね」

 

「「いやいやいや」」

 

 小太郎君と刹那さんが同時に否定する姿に思わず笑みが漏れてしまう。僕と木乃香さんは士郎さんの出自を知っているから出来なくても当たり前なのは知っているけど、他の人はそうでもないからなぁ。

 それはともかく瞬動術は使えた方がいいかも。攻めにも逃げにも使える高速移動。それも負荷はかなり低そうだ。

 

「小太郎君! ちょっと教えてよ!」

 

「ええで! ライバルは強い方が楽しいからな! つってもやることはさっき言った通りや。習うより慣れろ。やってみ」

 

「うん!」

 

 魔力を足に溜めて…………このくらいかな? このまま一気に踏み込む!!

 

「わわっ!?!?」

 

「ハハハッ! メリハリが足らんわ! もっと地面をしっかり掴まんといかんで!」

 

 勢い余って砂浜から海に飛び込んでしまった。全身ずぶ濡れで小太郎君には笑われてしまう。ちょっと着地が雑なのかも。小太郎君の動きは一瞬でトップスピードになって止まるのも一瞬。慣性もなく静止する。着地の方により多く魔力を割くべきかな。

 

「えいっ! っととと」

 

「おっ! ええでその調子や!」

 

 うん、何となく感覚は掴めたかも。あとは数をこなすだけかな。

 

「そーそー兄貴、タカミチってのはどんくらい強いんだい?」

 

「うーん? どのくらいかぁ。魔法使いとしては落ちこぼれって言っていたけど、100mくらいの滝は素手で割ってたよ」

 

「ほんまかいな。とんでもないオッサンやな」

 

「少なくとも今のネギ君には荷が重いだろうな」

 

 士郎さんからはっきりと告げられてしまう。ただ意外だったのは勝てないではなく荷が重いという評価だったこと。それだけ僕の実力が上がったということだろう。士郎さんにそれだけ評価してもらえるのはとても嬉しい。

 あっ、そうだ! あれを教えてもらえないか聞いてみよう。もし覚えられたら武道会でも大きな力になる。

 

「あの士郎さん、耳を貸してください。ゴニョゴニョ……」

 

「うん……うん……なんでその技を、って俺の記憶か。そうだな……短期間で覚えられるかはネギ君次第だが、教えるのは構わないよ」

 

「ありがとうございます!」

 

「なんや? 何を教えてもらうんや?」

 

「秘密兵器、かな」

 

「随分と楽しそうだな弟子共」

 

「師匠!」

 

「ほれ、これをやる」

 

 バカンスにでも来たかのような水着姿の師匠が何かを投げ渡してきた。指輪……? いやただの指輪じゃない。杖の代わりになる指輪だ。僕の指にぴったり嵌まるサイズ。わざわざ造ってくれたのかな。

 

「魔法拳士として戦うならこれの方が都合がいい時が多いだろう。プレゼントだ」

 

「ありがとうございます!! 大切に使いますね!」

 

「阿呆。そんなもの消耗品だ。使い潰せばいい。それで坊やは士郎から何を教わるつもりだ?」

 

「秘密兵器なので秘密です」

 

「ほほう、師匠にも秘密とは生意気な弟子だな。ま、いいだろう。本番を楽しみにしておいてやる」

 

「はい!! では士郎さん、お願いします!!」

 

「ああ」

 

 みんなから離れた場所でこっそりと士郎さんの技術、正確には士郎さんの世界にあるとある組織の技術を教えてもらう。これがまた難しくて3日も掛かってしまったけれど、どうにかこうにか形にはなった。これで武道会も万全だ! 頑張るぞ!



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第63話『最初からクライマックス』

 まほら武道会が開催日となり、多くの観客が選手達の勇姿を観るべく集まっている。麻帆良祭全体の参加者からすれば微々たる人数だが、熱気はまるで国際的なスポーツ大会のようにすら感じられる。

 選手である士郎達は専用の控え室で出場まで時間を過ごす。ネギ達はタカミチと親しげに話し合っているが、士郎はただ一人瞑想に耽っていた。先程から感じるねっとりとした視線を無視するように自分の世界に潜る。

 

「……さん……士郎さん!!」

 

「聞こえているよ明日菜。もう時間か」

 

「もー、第一試合も観ないでずっと寝ているから起きないかと思いましたよ」

 

「寝ているわけじゃなくて瞑想していたんだ。小太郎なら問題なく勝てるのも分かっていたしな。じゃあ行ってくる」

 

「あっ、待って下さい! これエヴァちゃんからです!」

 

「…………あいつ」

 

 明日菜から手渡されたのは巨大なしゃもじ。大きな文字で『突撃! 麻帆良の昼ご飯!』と書かれている。まるで嫌がらせのようにも感じるものの、武器として十二分な重さ、強度があるのが解析出来た。手持ちの木刀二本では到底足りないということだろう。

 悔しいくらいに背中にフィットする特製しゃもじと木刀を携え、舞台へと脚を踏み入れた。クスクスと笑う観客達の声がするが、士郎の全意識は既に眼前の敵にしか向いていない。

 

「さあ第二試合!! 麻帆良の用務員さんこと『衛宮士郎』!! 対するはふざけた名前な謎の男『クウネル・サンダース』!! 果たして勝利の女神はどちらに微笑むのか!!! 第二試合、ファイト!!!!」

 

「初戦から貴方と戦えるとは光栄ですよ、エミヤシロウ」

 

「それはどうも、ねちっこい視線の紅き翼のメンバーさん」

 

「おやおや知っていましたか。お喋りな子猫ちゃんがいましたかね?」

 

「さあどうした!? 双方全く動きがない!!」

 

 士郎は木刀を持っているものの、どちらも自然体で話している。第一試合と比べて酷く静かな始まりに一部の観客からはヤジも飛ぶ。それでも二人は動かない。

 

「士郎さんったらどうしたのかしら?」

 

「受けからのカウンターが士郎さんの本領やけど、あっちの人もそうなんかな? せっちゃんはどう思う?」

 

「攻めるに攻められない、という風ですね。僅かに動くタイミングがありますが、罠と気付いて止まっています」

 

「ただ向かい合っているだけやっちゅうのに、どっちの実力もとんでもないのが解るわ…………えっ、俺次どっちかと戦わなあかんの? マジ?」

 

「御愁傷様、小太郎君」

 

「ネーギー!? 決勝で会う約束はどないした!!?」

 

 多くの観客が今か今かと二人の動向を見守る中、ふと風が吹いた。直後士郎が立っていた地面がクレーター状に凹む。だが既にそこに士郎の姿はない。

 

「オオオッ!!!」

 

「っ!?」

 

 クウネルの背後から振り下ろされる双剣。なんとか両腕でガードするがその威力にクウネルの立っている地面も凹む。片や魔法、片や腕力、しかしそのどちらも凄まじい威力だ。

 なんとか士郎を弾き飛ばし、双方の距離は再び離れる。

 

「大した速度です。瞬動術無しであれほどの動きをする人間とは初めて会いました。威力も素晴らしい。鉄球でも叩き込まれたような気分です」

 

「そちらも無詠唱でありながらあれほどの魔法を使うとは思わなかった。一歩遅ければヒキガエルのように潰れていた。しかし随分と悠長だな」

 

「?」

 

──ズドォォンッ

 

「あーーーっと!!? クウネル選手降ってきた巨大しゃもじに潰された!!?」

 

「いっ、たたた……いつの間に投げていたんですか?」

 

「そちらの魔法を避けた時だ…………やはりそうか。あんた、実体がないな」

 

「おや、気付かれてしまいましたか」

 

「それに潰されて『ほぼ』無傷ではなく無傷。さっきの一撃も腕を折るつもりだったのに何もない。解析をしても妙なエラーが出る。流石に気付けるさ。しかしこの大会でそれはズルじゃないか?」

 

「どうしても決勝まで行きたい理由がありますから。お返ししますよ」

 

 投げ返されるしゃもじ。士郎はそれを受け取ることなく避けた。しゃもじはそのまま地面に深々と突き刺さった。重力魔法により何倍にも重くなっていたのだ。

 

「油断も隙もないな」

 

「油断も隙も見せませんね。困りました。15分で貴方を倒しきるのは不可能そうだ」

 

 そう言いながら取り出されたのはパクティオーカード。来たれ(アデアット)の呟きと共に無数の本がクウネルの周囲に展開される。手元のしおりを弄りながらクウネルは問い掛ける。

 

「何故妨害しないのですか? どのようなアーティファクトであれ強化されるのは必然ですよ」

 

木刀(これ)で妨害できるほど甘くはないだろう。それにここで手の内を晒してくれるならネギ君も助かるんじゃないかな」

 

「負けるつもりと?」

 

「さてな。お前が思ったより弱かったら勝つかもしれないぞ」

 

「ふふ……」

 

 クウネルは一冊の本を取り、しおりを挟んで抜き取る。先程までと同じローブを深く被った姿に変わりはないが、感じられる気配は明らかに変化している。

 

「いくぜ」

 

 その動きを捉えられた者は果たして何人いただろうか。一瞬にして間合いを詰めたクウネルから繰り出される拳。士郎が一発受け流せば直後には二発放たれる。あまりにも速い連撃に観客の目は追い付かない。だが士郎はそれらを明確に見極め回避し、防御する。

 

「こんなつえぇ男がいたなんてな!! しかも決勝は息子とやれるなんて、アルもいい舞台用意してくれたもんだぜ!!」

 

 強烈な蹴り上げに士郎は宙を舞う。そこへ追撃の稲妻が放たれたが、足の裏に一瞬だけ投影した刃物を足場に回避する。稲妻はそのまま直進し雲に穴を空けた。

 着地したところへ虚空瞬動を利用した飛び蹴りが見舞われる。ここで強化により誤魔化しながら使っていた木刀に限界が訪れ砕け散った。当然その隙を見逃されるはずもなく電撃を纏った拳が振るわれる。何とか掠めるだけに収めたが、大きく後退させられ、更には掠めた部分からは鮮血が散る。

 

「これで、決め」

 

 トドメのために飛び出したクウネルは直感的に危険を感じ取った。だが今更止まれない。このまま突き進むしかない。そこで目に入れる。士郎が何かを握っている。

 

「! しゃもじか!」

 

 しゃもじにしては巨大だし頑丈なもの。重力魔法で重くしてしまったので重さも十二分にある。しかし双剣に比べて小回りが効かない。振るわれる前に攻め込む判断を下した。

 

是、射殺す百頭(ナインライブズブレードワークス)

 

 クウネルの拳、それよりも更に速く振るわれた斬撃。回避、防御など間に合わず、攻撃目標を士郎から斬撃に変更せざるおえなかった。

 神速の九連撃。四発目までは相殺しきったものの、五発目で拳を弾かれ大きく隙を晒す。無防備な身体に叩き込まれる六発目。それがぶつかるよりも先にしゃもじが粉砕した。いくら士郎が強化しようとも大英雄の技術を模した剣技を耐えきるほどの強度などなかったのだ。

 

「武器が失くなったら勝ち目がないな」

 

「フゥー、ビビったぁ。流石に冷や汗かいたぜ。あんたみたいなのがネギの傍にいるなら安心だ。今度は加減のいらないガチンコでやろうぜ!」

 

「お断りだ。どっちかが死にかねない喧嘩はしたくはないよ。和美! 棄権する!!」

 

「………えっ、あっ、は、はい!! 衛宮選手棄権によりクウネル選手の勝利です!!」

 

──パチ…パチ…

 

 酷くまばらで静かな拍手が会場に響く。超人同士の対決は一般人にとって刺激が強すぎたようで、脳のキャパシティを超えてしまったのか殆どの観客が放心状態になっていた。

 

「素晴らしい戦いでした。貴方がきちんとした武器を使えば勝敗は分からなかったでしょう」

 

「ん? 元に戻ったのか?」

 

「あの姿でいられるのは10分程度ですので。ではエミヤシロウ、また会いましょう」

 

 煙のように消えていったクウネル。そこへネギ達が走ってきた。

 

「士郎さーん!! 怪我治すから見せて!!」

 

「ありがとう木乃香」

 

「す、すごい戦いでしたね」

 

「ほぼ頂上決戦やろ。第二試合で見せるもんちゃうで」

 

「そうでもないぞ。ルールの範囲内での戦いだったし…………あ、投影で足場出したから俺の反則負けかも」

 

「それに気付いた者はほぼおらんわ。お前にして随分と派手にやったものだな。意外だったぞ」

 

 この世界でも極力は神秘を秘匿しようとする士郎のやった試合としては確かに派手なものだった。

 

「もう予選の時点で拡散はされたからな。ただ殆ど剣技だけで対処したとはいえ、やり過ぎだった」

 

「それについてはご安心下さい」

 

 小型のモニターを持った茶々丸がやってきた。モニターには先程の試合が映し出されている。暫く観ていると茶々丸が安心するように言った理由が分かる。士郎とクウネルの動きにカメラの性能が全く追い付いていないのだ。閃光とぶれる人影が映っているだけでどんな戦いだったのか判別のしようがない。

 

「これじゃあ映像が公開されたところでよく分からないな」

 

「…………俺、勝てるんかな?」

 

「…………僕も、不安だな」

 

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

 

 複数の巨大モニターが並ぶ地下室で超と葉加瀬が話し合っている。

 

「凄まじい試合でしたね。危険因子同士がぶつかるとここまでとは」

 

「これで本気ではないのだから困ったものネ。クウネル、いやアルビレオ・イマは別の目的がありそうだから邪魔にはなりそうにないが、士郎さんがどうなるか問題ネ」

 

「仮に計画の障害となったら、勝てますか?」

 

「勝ち負けというのは勝負になるだけの実力差があって初めて気にするべき事象だと思うヨ。もしも本気の士郎さんが動けばなす術なく蹂躙されるカナ」

 

 はっきりと勝負にすらならないと言い切る超。それでもその顔には余裕があった。

 

「何か策があるんですか?」

 

「味方に引き入れるのは難しくても敵にしないのは比較的容易ネ。ということで出掛けてくるアル」



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