BLEACH〜十一番隊に草鹿やちるではない副隊長がいたら〜 (ジーザス)
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プロローグ
1


BLEACHの小説を読んで衝動的に書きたくなった作品です。更新は未定です反響によっては書くと思いますが事情によって変更になります。


「おい雷蔵(らいぞう)、今すぐ俺と勝負しろや!」

「うっせぇぞ剣八!俺一人のための時間よこしやがれ!」

「んだと?副隊長の分際で隊長に歯向かってんじゃねぇぞこら!」

「やかましい!歯向かわれたくなかったら書類整理しやがれってんだこの脳筋野郎!」

 

雷蔵・剣八と呼ばれた2人は、道場の真ん中で互いが額に青筋を浮かべて言い合っている。

 

此処は十一番隊隊舎の一角にある道場。十一番隊は喧嘩っ早く揉め事がない日がないほど荒れているので、よその隊から疎まれている。その中でも雷蔵と呼ばれた青年は、揉め事を唯一起こさない人物として名前が知れ渡っていた。

 

「毎度毎度、それしか言わねぇなおい!言い返す言葉はそれしかねぇのか!ああん?」

「うっせえぞ剣八!だったら言ってやらぁ!てめぇも喧嘩ふっかけることしかしねぇなおい!」

「てめぇ言いやがったな!?今日という今日は許さねぇ。ぶち殺してやらぁ!」

「上等だ剣八ぃ!返り討ちじゃこらぁ!」

 

模範稽古にも関わらずヒートアップする2人にため息をついてまたかとばかりに嘆く者、「やっちまえ」と(まく)し立てる者。

 

大まかにこの2パターンに分かれている。

 

「相変わらずだね隊長と副隊長は」

「しゃあねぇだろ。あのお二方は考え方がまるっきり反対なんだからよ」

 

そう言いながら道場の柱に寄りかかって2人の喧嘩を見ているのは、第五席の綾瀬川弓親と第三席の斑目一角である。2人ともなぜその地位にいるのか不思議なほどの実力の持ち主だが、トップ2が尋常ではない強さなのでその地位に留まっているのだった。

 

「毎回思うけど、よくこれでまとまるよね十一番隊」

「副隊長の手回しが良いんだろ?俺はあの人を尊敬してるぜ」

 

良いことを言った次の瞬間、一角は吹き飛んできた剣八によって吹き飛ばされていた。

 

「ボサッとすんじゃねぇパチンコ頭!常に警戒してろボケっ!」

「俺はパチンコ頭じゃねぇぞこらぁ!」

 

先ほどの発言は何処へやら、完全にキレた一角は木刀を手にして雷蔵へと突っ込んでいく。その後ろに剣八も続いた。

 

「2人がかりかよ上等だ。2人ともまとめてぶっ倒してやる!」

「「おらぁ死ねぇぇぇ!」」

 

完全にハモって木刀を振り下ろす。その重みを受けたまま雷蔵は耐え続ける。

 

「ぐぬぬぬぬぬぬ!」

「げはははははは。よく耐えるじゃねぇか面白れぇ!」

「おおおおおおおお!喰らえ《破道の三十一 【赤火砲】》!」

 

雷蔵は埒が明かないと見るや《鬼道》を使ったのだが…。

 

ドカァーン!

 

「「ギャアァー!」」

 

右手で放ったものの威力を考えずに唱えたため、とてつもない威力で暴発し衝撃が3人を襲った。

 

「苦手なら使わなければいいのに」

 

苦笑気味な弓親は、爆発によって炎上を起こした道場の鎮火作業に走り回っている隊員たちを見守っていた。

 

訂正しよう。

 

雷蔵が揉め事を起こさないのは、十一番隊隊舎以外でである。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

鎮火作業が終わったあと、3人は道場の縁側でよく冷えた麦茶を片手に話をしていた。

 

「雷蔵さんは《鬼道》苦手なんすから、あんな場面で使わないで下さいよ。あの威力半端ねぇっす」

 

そう、雷蔵は剣の腕は確かなのに《鬼道》が大の苦手なのだ。

 

本人曰く「剣の方が性に合っている」ということらしいが、隊員たちは「いや違う。そうじゃない」と口を揃えて言う。だが本人は全く気にしていないというのが現実だ。

 

「お前らが2人でかかってこなかったら使わなかったよ。だがある意味いい戦闘方法だな。接近戦が得意な奴らに敢えて爆発させることでダメージを与えられるんだ」

「自分がダメージを喰らうんだったら意味ねぇだろうが」

「よく言えるな剣八。喧嘩吹っかけてきたのはてめぇなのによ」

 

なんだかんだ言って2人は仲がいいのだ。喧嘩するのはお互いに互いの力を認め合っているからであり、こいつに負けたくないという思いがある故だ。その喧嘩にいつも巻き込まれている一角からすれば迷惑な話だろうが、自分の腕の見せ所でもあるので文句は言わないし、むしろありがたく感じている。

 

「隊長、緊急の連絡です」

 

話をしていると隊員の1人が走り寄ってきた。

 

「…あんだよ?」

「総隊長がお呼びです。『至急一番隊隊舎まで来い』とのことです」

「どうせジジイの雷が落ちるんだろ?おい雷蔵、てめぇが行ってこいや」

「あ?呼ばれてるのはてめぇだろうが」

「面倒くせぇ」

「てんめぇ…」

 

なんとも情けない理由に、雷蔵は怒りを露わにして拳を握るが一角に止められる。

 

「ちょっと雷蔵さん、抑えて下さい。いつものことじゃないですか」

「そろそろ我慢の限界だ!いつも俺にばっかり雑用やらせやがって。俺はてめぇの下僕じゃねぇんだよ!」

「てめぇは副隊長だろうが。副隊長ってのは隊長のできない仕事の尻拭いをするのが仕事だ。なあ、やちる?」

「剣ちゃんの言う通り行ってこいや〜」

「やちる、てめぇもかぁ!」

 

いつの間にか剣八の肩に乗っかっていた草鹿やちるが、剣八の言い分が正しいかのように言い放ってきた。

 

「はぁ、…もういいよ。俺が行ったらいいんだろ?行ってやるよ」

「さすがらっすん!」

「その字名やめろ!」

 

言い返しながら一番隊舎へと向かっていく雷蔵の背中は、少しばかり寂しそうだった。

 

「じゃあ、俺もどっかふらついてくる。一角、てめぇが面倒見とけ」

「ええ!俺がっすか!?」

「三席だろうが。隊長と副隊長がいなかったら次のてめぇしかいねえんだよ」

 

適当に言い放ち、《瞬歩》で縁側から消えた剣八に届かない手を中途半端に伸ばして愕然とする一角もなんだか寂しげだ。

 

「隊長から無理矢理隊を任せられること通算741回。ちなみに隊長と副隊長が喧嘩した回数は485394回、一角が巻き込まれた回数242697回。道場が潰れた回数全壊が542回半壊が254回、一部崩壊が742回だね」

「…いちいち数えなくてもいいんだよ弓親。…それに任せられるってことは、それだけの実力があるってことだ。てめぇら隊長たちがいない間に修行すっぞぉ!」

「「「「「「おおおおおおおおおお!」」」」」」

 

乗せられていることも知らず、やる気満々に隊をまとめ始める一角に弓親は同情し始めていた。

 

「問題を有り得ないくらい抱えてるけど、それはそれで楽しいかな。これこそが十一番隊の娯楽といったところだね」

「おーい弓親ぁ、お前も混ざれよぉ!」

「今行くよ」

 

弓親の微笑みは今の生活に満足している者の表情だった。




原作は仮面編までしか読んでいないので知識がまったくありません。矛盾や変な説明になっていた場合はご指摘いただけると嬉しいです。


雷蔵・・この物語の主人公で十一番隊副隊長 剣八と同等の剣の腕前を持つ男の死神。鬼道は大の苦手。

苦労人だが面倒見は良く隊士からの信頼は厚い。容姿は普通で茶髪に切れ長で甘さを程よく抜かしたシャープな顔立ち。

喧嘩っ早い十一番隊の中でも揉め事を唯一起こさないある意味珍しい人。


ヒロインは未定なのでリクエストがあれば考慮してみようかと思います。


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2

思った以上の反響があって驚いている作者です。プロローグは原作の10年前からという設定で、この頃に冬獅郎が隊長で乱菊が副隊長かどうかはわかりませんので独自設定とさせて頂きます。


隊長である剣八が呼ばれたにもかかわらず、何故か俺が行くことになり、若干沈んだ気持ち〈瀞霊廷〉を北へと歩いていた。

 

道中、死神たちが死覇装を着て浅打を腰に携え、楽しげに会話しているのが視界に入る。ここ最近は目立った虚の活動も見られず、平和な世の中が続いている。

 

91年前に一騒動が起こってからは…。

 

「…嫌なこと思い出したな」

 

後ろ髪をかきながら目的地へと歩いていると、よく知った人物が前方10mの角から出てきた。久々に会えたので声をかけてみる。

 

「日番谷隊長、お久しぶりです」

「雷蔵副隊長…」

 

笑顔で挨拶したにもかかわらず、無愛想に俺の名前を呼ぶのでついつい苦笑してしまう。

 

千歳緑の羽織を着て、銀髪に翡翠色の瞳をした少年に見えるこの人物は十番隊隊長 日番谷冬獅郎という。〈尸魂界〉史上最年少で〈護廷十三隊〉の隊長に任命された天才少年だ。

 

「そろそろ他人行儀はやめて下さい。仮にも日番谷隊長は十番隊隊長なんですから。副隊長の俺に対して、そんな話し方をする必要はないですよ」

「いえ、俺より年上なので目上の人は敬わないと…」

 

この話は以前に何度もしているものだが、結局は妥協点が見つからず今に至る。いつも律儀な隊長である。癖の強い隊長しかいない中でも、常識人と呼べる人なのだ。

 

「じゃあこうしましょう。年上と隊長で中和させてお互いタメ語でいきましょう。いいですか?」

「…はい。いえ、わかった」

「よっしゃ、俺も呼ばせてもらいます。冬獅郎はなんでここを歩いてるんだ?十番隊隊舎からは結構離れているけど」

「松本を探している」

「…なるほど」

 

十番隊副隊長の松本乱菊はマイペースでその性格が災いしてか、デスクワークをサボりがちだ。そのせいで毎度日番谷隊長が苦労しているのだ。

 

今日もどこかへ職務を放棄して、酒を飲みに行っているようだ。

 

「苦労してるな冬獅郎も」

「お互いにな」

 

意見が一致したことで苦笑する。お互いに世話のかかる隊士がいて無駄な労力を強いられているので、疲労の度合いがよくわかる。

 

「それより何故ここに雷蔵が?この道をまっすぐ行ったら一番隊隊舎しかないが」

「総隊長に呼び出された」

「雷蔵がか?」

「いいや、俺じゃなくて剣八の野郎だよ」

「だが何故更木ではなく雷蔵が来ている?」

「面倒くさいから俺に行けと言ってきやがったんだ。そろそろ行かないと怒られるから行くわ。また飲みに行こうぜ」

 

《瞬歩》でその場から消えた雷蔵に対して、珍しく冬獅郎は本心からの笑みを薄く浮かべて乱菊の捜索を再開した。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「十一番隊副隊長 雷蔵、ただいま参上仕りました」

「もう少し前に来い」

「はっ」

 

一番隊舎の集会室に足を踏み入れ片膝をつき頭を垂れていると、腹に響く声で指示され言われるように前へ歩を進める。雷蔵の前の椅子に座っているのは、〈護廷十三隊〉を創設した護廷十三隊総隊長兼一番隊隊長 山本元柳斎重國であった。

 

「呼んだのは他でもない十一番隊の在り方じゃ。十一番隊の行動は目に余る。どれだけの被害が出ているか知っておろう?」

「誠に申し訳ないとしか謝罪できません」

「お主は十一番隊副隊長でありながら問題を起こさず、常に物事を冷静に捉え解決する男じゃ。じゃがもう少しまとめてほしい。被害総額は隊長と副隊長の給料70%に相当する。これ以上問題を起こさないよう気をつけてもらいたい」

「可能な限り手を尽くさせて頂きます」

 

元柳斎は初めから剣八が来ないことを見抜いており、雷蔵がここに来たことを一毛たりとも不自然とは思っていなかった。むしろ雷蔵が来ることを期待していた。剣八が来ていれば、少なからず驚いていたことだろう。

 

「それから剣八が旅に出たいと言うので許可しておいた。故に貴殿には臨時隊長を務めてもらう」

「謹んでお受け致します」

 

これで話は終わりかと思っていたが、今度は予想外の人物からのお言葉があった。

 

「それでね雷蔵君、君は隊長をする気はあるかな?」

「…今なんと仰られました?京楽隊長」

「要するに君を隊長に任命したいと言っているんだよ」

「何故そのようなことを?」

 

俺自身隊長という役職は、名誉以外の何物でも無いと頭では理解している。だが俺の場合、統率のとれた陣形を整えたり命令を下す能力は少しばかり。いや、大きく他の隊長たちより劣る。

 

そのような未熟者が隊長を担うなどあってはならぬことだ。

 

「君は自分を少し過小評価しすぎているようだね。山じいも君が担えるほどの実力者であると認識しているし、浮竹も同じ意見だよ」

「しかし《鬼道》が使えない者が隊長となってもよろしいのでしょうか」

 

俺が所属している十一番の隊長 更木剣八以外の隊長は《鬼道》を操ることが出来る。つまり、剣術と《鬼道》ができないと隊長になれないというのが俺の中での意見だ。

 

剣八は特例として隊長になっているが、それはこの際関係ない。

 

「《鬼道》が使えなくとも、部下を重んじる気持ちと心があれば隊長にはなれなくないよ。それがあれば必然的に隊士達はついてきてくれるからね」

「…考慮させて頂きます」

「良い返事を期待しているよ。時間はたっぷりとあるからね」

「失礼します」

 

 

 

雷蔵が集会室から退出した後、元柳斎・京楽・雀部が3人で話し合っていた。

 

「春水はどう思う?」

「あまり乗り気じゃないと思えるねぇ~。山じいの推薦したい気持ちはわからなく無いけど、あの気の持ちようでは無理かな」

「雀部はどうじゃ?」

「京楽隊長と同意見ですな。何かきっかけがあればいいのですが」

「そのきっかけが何になるかじゃな…」

 

3人は僅かながらの希望に託して、集会室を後にした。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

一番隊隊舎をあとにした雷蔵は、遠くに見える技術開発局を見上げている。技術開発局が設立されたのは今から100年前であり、親友と呼べる人物がいた頃だ。

 

その親友が追放されたのを今でも昨日のことのように覚えている…。

 

 

 

 

 

110年前…。

 

 

 

 

 

『浦原喜助、貴様待たんかぁぁ!』

『あははははは、捕まえてごらんなすって』

 

〈瀞霊廷〉の中を大声で黄色の髪のひょろい男を追い掛けているのは、若干やせ形な体型で俊敏な動きをしている女性だ。

 

どちらも俺にとっては無視できぬ間柄だが、面倒事に巻き込まれるのは目に見えていたので、他人の振りをしようと決めたのも束の間。

 

『あれぇ、雷蔵サンじゃないっスか。こんなところで何してるんスか?』

 

妙に鼻の効く喜助の問いかけに殴りたくなる。しかしそれどころではなくなってしまう。

 

『む、貴様雷蔵か?成敗してくれる!』

『なしてぇ!?』

 

喜助と話をしていただけでターゲットにされてしまい、共に逃げざるをえなくなる。

 

『何で喜助が追い掛けられてるんだ?』

『わかんないっスよぉ~。歩いていたらいきなりこうなったんですから』

 

この男が砕蜂を怒らすのは、喜助から何かをしでかすことが半分、彼女の敬愛する女性(ひと)と仲良くすることへの嫉妬が半分。

 

今回もどちらかなのだろうが、砕蜂が顔を紅くしているところを見ると、喜助が何やらやらかしたと察する。

 

『あの様子じゃお前が何かしでかしたようにしか見えないぞ』

 

走りながら隣をふざけた走り方で追走している喜助に尋ねる。

 

『いやぁ、新しく作ってみた簡単に服を脱げる煙【脱衣煙玉】の試作品を試してもらったら、全部脱げちゃって。それを見ちゃったんスよ』

『そりゃ怒るわな…』

 

彼によると死覇装だけが脱げる仕組みだったらしいが、手違いなのか材料の配分ミスなのかはわからないらしい。そんなんなで予想外のことになってしまったようだ。

 

何も知らない身体を見られれば、一部分を除き正気でいられる女性死神はいないだろう。

 

『無駄な才能だな』

『そんなこと言わないで下さいよぉ~。これでも真面目に研究してるんスよ?』

『あんなものを作って何処が真面目な研究だ?もっとマシなことに時間を割け…おわっ!』

『うひょ!?』

 

2人して可笑しな声を出したのは、後ろからクナイが飛んできたからだ。背後を振り返ると堪忍袋の尾が切れたのか。両手に10本のクナイを持って、今まさに投げつけようとしている砕蜂がいる。

 

『…喜助、ヤバくないか?』

『さすがにヤバいっスね、あれは…』

『使っちゃう?』

『使っちゃいましょうか…それ!』

『な、こ、これは!』

 

喜助が死覇装の懐から取り出した問題の試作品を砕蜂に投げつける。爆発した瞬間、《瞬歩》を使い2人してその場を去った。

 

「喜助・雷蔵、覚えてろよぉぉぉぉ!」

 

誰もいない〈瀞霊廷〉の端の方で、一糸まとわぬ姿にされた砕蜂は、大事な部分を両手で隠し地面に座り込む。赤面して2人への恨みを空へと吐き出していた。




原作では100年前ですが事情があって110年前になっております。


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3

砕蜂の追走から逃げおおせた雷蔵と喜助は、四楓院夜一の部屋でお茶会をしていた。〈瀞霊廷〉で四大貴族の一角、四楓院家22代目当主の自室でお茶会をするなど普通であればできないはずである。

 

しかし、自由奔放な当主故か、はたまた幼馴染の喜助がいる故か簡単に上げてもらうことができた。

 

喜助が訪ねた際、「なんじゃ喜助か。上がれ上がれ」とほぼ命令するかのように言い放ってきたので、背くわけにもいかず雷蔵も上がらせていただいた次第である。

 

『俺なんかが上がらせてもらっていいんですかね…』

 

貴族でもない。ましてや〈護廷十三隊〉の副隊長及び隊長でもない雷蔵が上がっていいはずがない。さらに高級菓子と高級なお茶を出してもらうなど身に余る光栄。

 

隣では菓子をパクパク食べて、カスを口周りに付けながら夜一と話しているので、幼馴染というのは身分を気にせず付き合えるのだろう。

 

『そんなことでこの30分間悩んでおったのか。肝が小さい男よのう』

『そりゃビビりますよ。ここ四楓院家ですよ!?四大貴族の家でお茶会なんて、気が休まるはずないじゃないですか!』

『喜助よ、お主の友人はお気に召さないようだぞ』

『ふぁにふぇんでいいんでふよ』

 

大量に頬張っているからかまともな言葉を発せていない。

 

『ああ美味かった〜。雷蔵サンは気にしすぎなんス。自分の家だと思って過ごせばいいんスよ』

『四大貴族の家を自分の家だと思って過ごせだと?できるかんなこと!お前は幼馴染だから気にせず過ごせるだろうけど、俺は流魂街出身なんだ。気にするなという方が無理な話だよ』

 

少しばかり寂しげな雷蔵に2人は訝しげに眉を潜めている。ここまで暗くなれば心配するなという方が難しいだろう。

 

『喜助の友人は儂の友人、ではダメか?』

『…え?』

『身分なんぞ気にしていたら生きていけぬ。それなりの敬意は払わなければならんじゃろうが、儂はそんなこと気にせん。むしろ邪魔じゃ。四大貴族という肩書きだけで、色眼鏡を使われてきた儂の気持ちがわかるか?何をしても四大貴族の次期当主だからという理由で済まされた。成績が良くとも四楓院家の次期当主だから。当たり前なことができなければ、一族の恥と思われてきた。儂はそんな生活が嫌なのじゃ』

 

夜一の言葉にはこれまでの怒り・哀しみが、溢れんばかりに含まれていた。

 

〈護廷十三隊〉二番隊隊長そして隠密機動総司令官及び、同第一分隊〈刑軍〉総括軍団長を任されているこの女性(ひと)でも悩むことがあるらしい。

 

『じゃがそのような苦しい生活をしている間、唯一儂の救いだったのが喜助じゃった。四楓院家次期当主と死神という立ち位置ではなく、ただの女と男として友人として接してくれた唯一の存在じゃ。じゃから、喜助に親友と呼べる存在ができたことが儂にとって最高の褒美じなのじゃ』

『喜助には人を引き寄せる何かがありますから』

『確かにそうじゃが、喜助が大きく変わったのはお主に会ってからじゃ。今まで儂といても死んだ魚のような目をした男が、水を得た魚のように活き活きと研究に没頭するようになった。お主のことを初めてわしに話したときのことを今でもよく覚えておる。『夜一さん、アタシ親友ができました。また連れてくるんでよろしく頼んます』と笑顔で言いに来たのじゃ』

 

喜助は気恥ずかしいのだろうか。左頬を人差し指でぽりぽりとかいている。

 

『そんな笑顔を見て儂は嬉しかった。じゃから、お主には儂にも喜助と同じように接して欲しいのじゃ』

『…善処します』

『その返事だけで充分じゃ。それに個人的興味もあったのでな』

 

雷蔵の返事に心底嬉しそうに微笑むので、つい目を逸らしてしまう。ここまでお礼を言われると、さすがに気恥ずかしくこそばがゆく感じるのだ。

 

でも嫌な感じではない。ここまでお礼を言われたことが一度としてなかったのだから、嬉しいに決まっている。

 

『そういや夜一サン、アタシ『浦原喜助ぇぇ雷蔵ぅぅぅ!どこだあぁぁぁ!」…なんか言う気なくなったっスね…』

『砕蜂に何かしたのか?』

『喜助の試作品を試したら、最悪の事態になったと理解してもらえたらいいです』

『また喜助の仕業か…』

 

夜一もどうやら喜助の才能の無駄遣いには、何度も出くわしているらしく、額に手を当ててやれやれとばかりに首を振るだけだ。

 

『夜一様、奴らを知りません…え?』

『どうも〜お邪魔してますぅ〜』

『お邪魔してます』

『貴様らぁぁ!ここで何をやっている!?』

 

余程機嫌が悪いのだろうか、今にも斬魄刀を手に取りそうな形相だ。

 

『なんでって言われてもわかんないっスよね?雷蔵サン』

『お前が連れて来たんだろ。俺は何も知らん 』

『またまたぁ〜照れちゃって〜』

『照れてねぇ』

 

喜助が冗談交じりで雷蔵の頬を指でつつくので、砕蜂も怒りをどこに向ければいいのかわからないらしい。

 

『やめておけ砕蜂。お主では喜助はともかく雷蔵には勝てんぞ』

『夜一様直属の護衛団に籍を置くこの私が勝てぬと?』

 

地位を考えれば、三席である雷蔵が副隊長である砕蜂に勝てるはずもない。

 

『雷蔵は真央霊術院卒業前に《始解》を会得していた猛者じゃ。聞いたところによると、《卍解》のコツを掴み始めているようじゃぞ』

『そ、そんなまさか!私でさえ《始解》に至るまで10年をかけたというのに!それを既に会得していたというのですか!?』

『事実じゃぞ。それに喜助も《卍解》を完全会得してもいい頃だと思うんじゃが?』

『よしてくださいよ夜一サン。アタシは雷蔵サンほど能力はないですから、完全会得までの道はまだまだッスよ。…それよりアタシのカンでは、年内に雷蔵サンが《卍解》会得すると思いますけどね』

 

まさかの発言にこの場にいる3人が息を詰める。

 

《卍解》は、死神として頂点を極めた者のみに許される斬魄刀戦術における最終奥義。死神として他とは隔絶した超然たる霊圧を持って生まれる四大貴族といえど、そこに至れる者は数世代に一人といわれている。

 

まず《始解》と《卍解》を会得するには、《具象化》と《屈服》が必要である。

 

《具象化》とは、斬魄刀本体をこちら側の世界に呼び出すこと。

《屈服》とは、その名の通り力で従えさせること。

 

《具象化》に至るまでには最低でも10年以上、《屈服》させるには何十年何百年という時間が必要となるとも言われている。

 

《卍解》を発現できた者は、1人の例外もなく尸魂界の歴史に永遠にその名を刻まれる。それほど名誉なことであるのだが、《始解》を〈護廷十三隊〉入隊前に会得し、そして僅か5年で《卍解》を会得するなど異例である。

 

まあ、例外として冬獅郎は真央霊術院入学一年目に《始解》を会得しているが…。それでもこの若さで会得など普通であれば有り得ない。

 

今は春であるため残りは8ヶ月程度。本当にこの短期間で会得できるのだろうか。

 

『喜助、それは本当か?』

『こんな大切なことを嘘として言えるわけないでしょう。それに彼はそれだけの腕前がありますから』

『だが、誰も彼の《始解》を見たことはないのじゃが』

『その通りっスね。アタシもまだ見たことないですし』

『簡単に見せてしまえば対応策を考えられるかもしれないからな』

『誰に?』

『誰にでもだ。例えばここにいる3人とかね』

 

夜一は舌で唇を舐め、喜助は研究対象にしたいとでも言うような眼をしているし、砕蜂からは嫉妬のような視線を向けられている。

 

夜一の場合はいい好敵手になりそうだという思いもあるのだろうか。

 

『じゃあ、アタシはこれで』

『それじゃあ俺も。夜一さん茶菓子美味かったです、またよろしくお願いします』

『二度と来るなっ!』

『またいつでも遊びに来い』

 

約1名から酷いことを言われたが、嫉妬なので無視が一番だ。

 

『ああ、それと砕蜂さん』

『な、なんだ?』

 

突然名前を呼ばれて素に戻った砕蜂だったが、予想外の言葉を聞いて赤面する。

 

『もう少し香水強くした方が魅力的ですよ。それでは』

『んなぁ!』

 

右手でひらひらと手を振りながら四楓院家を後にする2人に、砕蜂は顔を真っ赤にさせて悪態をついている。

 

『これだけ仲良ければこの先楽しそうじゃな』

 

夜一の楽しげな表情を目にした者は1人もいなかった。

 

『よし、砕蜂修行じゃ。あやつらに負けぬよう鍛えるぞ!』

『はい!』

 

2人は互いを鍛え上げるために練習林へと移動を開始した。

 

 

 

だが夜一の願いは虚しくも9年後に儚く、叶わない夢へと変わる。それが起きようとは誰も予想だにしていなかった。

 

〈護廷十三隊〉隊長・副隊長。ましてやそれを統括する総隊長でさえも…。



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4

4ヶ月後…。

 

 

 

 

『え、それ本当か?夜一(・・)

 

半年前から関わりを持つようになった四大貴族の一角 四楓院家22代目当主の言葉に、高級茶を口にしていた俺は素で問いかけてしまった。

 

褐色の肌を惜しげも無く晒し、椅子に寄りかかるように座っている現当主は、悪戯を成功させて喜んでいる。浮かべているのは、腕白坊主のような悪い笑みだ。

 

『そうじゃ。奴にはそれなりの腕と知識がある。それを〈尸魂界〉のために役立てて貰えれば発展間違い無しじゃ。いつの間にか置いていかれたの』

『今までは横一線だったってか?まあいきなり置いていかれるのは癪だけど、友人がそれだけ名誉ある地位に就いてくれるのは嬉しい限りだ』

『お主は《卍解》を会得、喜助は隊長昇進。儂にとっては最高のクリスマスプレゼントじゃな」

 

言葉通り俺はつい先日に《卍解》を会得した。その名を〈尸魂界〉に名を刻んで貰い、喜びを喜助と夜一と共に分かち合ったばかりだ。喜助はその僅かな間に三席から隊長に昇進していたようだが。

 

7日前、十二番隊隊長 曳舟桐生が昇進のため退位が言い渡された。これは王族特務《零番隊》に昇進するための名誉ある退位である。

 

翌日、〈二番隊第三席〉浦原喜助を、〈二番隊隊長 四楓院夜一〉の推薦により隊首試験において隊長資格を検分。その能力・人格に申し分無しと判断され、晴れて〈新十二番隊隊長〉に任命された。

 

〈現世〉では12/25にクリスマスプレゼントを渡すという恒例行事があるらしく、夜一はそれを取り入れているらしい。何故そんな行事が〈現世〉にあるのかが不思議だが、〈尸魂界〉と〈現世〉では理解できぬ壁があるのだからそれの一部分なのかもしれない。

 

『儂は今から【新任の儀】に行ってくる。お主は帰るも良しこの場に留まって過ごすも良し。好きなようにせぇ」

 

そう言い残し、〈瞬歩〉でその場を去った夜一の立っていた場所を見ながらお茶を一口すする。

 

『喜助に先を越されたな。まあいいか、俺が追いつけば良いだけだし』

 

俺は湯飲みを元の位置に戻して、十一番隊隊舎に向かって歩き出した。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

91年前…。

 

 

 

『『『ぎゃああああああああああああ!!!!!!』』』

 

悲鳴と苦痛に苦しむ声が混ざったような声が喉から絞り出され、口から白い何か(・・)が出てきたと思えば、身体ははじけ飛ぶ。そしてそれらは空気に消えていった。

 

『成程、一般魂魄では原形を留めないか…』

『如何なさいますか?実験を中止されますか?』

『いや、もうしばらくこれを続けよう』

 

流魂街の端に位置する場所で、ある実験(・・・・)が行われていた。当事者は、大人の男が2人青年が1人の合計3人。

 

1人の言葉を咎めるようなことをその男の周りに立つ2人は言わず、むしろ後押ししているように思える。

 

3人とも死覇装を着て斬魄刀を腰に携えていた。

 

 

 

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『そうだ浦原隊長、雷蔵三席 耳にしていますか?』

『何をっス(です)か?』

『流魂街での変死事件についてです』

『『変死事件?』』

 

雷蔵は〈瀞霊廷〉を、喜助・ひよ里・涅マユリの3人で歩いていた。すると角から〈五番隊隊長〉 平子真子と副隊長 藍染惣右助が現れた。

 

そしてひよ里と平子が(一方的な)喧嘩している間、雷蔵・喜助・藍染は3人で会話を続けていた。

 

『ここ一月程で流魂街の住人が消える事件が続発しているんです。それも原因不明で』

『普通ではないと言いたいんですね』

 

雷蔵の質問に藍染は然りとばかりに頷く。

 

その間も2人の喧嘩は継続中である。

 

『何処かへいなくなっちゃうってことッスか?』

『それが違うんです。蒸発であれば彼ら自身の勝手ですが。消える(・・・)んですよ。服だけ残して跡形もなく。死んでから霊子化するのであれば、着ていた服も同時に消えます。しかし、帯を結んだまま服を脱ぐことも、ましてや草履を履いたまま足袋を脱ぐなどできません。それらを踏まえると、人のまま形を保てなくなって消えてしまう(・・・・・・・・・)という考えしか浮かばないんです』

 

説明に心をひんやりした何かが撫でるのを感じたが、それは恐怖故の錯覚であると理解していたため表情には表さない。

 

『面白い、実に面白いネ。次の研究対象に決定だヨ』

『涅副開発局長落ち着いて下さい。さすがにそれは不謹慎です』

『ぐぬぅ、雷蔵がそう言うのであれば今回は見逃そうかネ…』

 

涅マユリは雷蔵の言葉を比較的素直に聞く。それは彼がたまに珍しい虚を研究素材として寄付しているからなのだ。

 

人のまま形を保てなくなって消えてしまう(・・・・・・・・・)ですか…』

『卯ノ花隊長に言われたことそのまま言うてるだけやから、詳しいことは俺たちにもわからん。ともかくその原因解明のために、〈九番隊〉が調査に出とるんや』

『〈九番隊〉というと六車拳西隊長ですねェ。あの人なら何かしらのデータを手に入れてくれるかもしれませんヨ」

 

復活した平子の説明に、喜助は「あっぱれ」と書かれた扇子を扇ぎながら納得する。

 

『言うことは言ったからこれで終わり。お勤め頑張りや~』

 

手をひらひらと振りながら反対方向に向かう2人を見送った雷蔵たちは、微妙な表情を浮かべていた。

 

喜助・マユリ・ひよ里はともかく。雷蔵までがそんな表情をするのは、ちょくちょく喜助が創設した〈技術開発局〉に出入りして、最新の情報を吸収しているからである。

 

『大丈夫かな六車隊長。あの人の実力は知ってるけど、相手の素性が未確認な上さらに危険とみた。援軍に行くべきだろうけど、俺じゃ足手纏いだ。〈九番隊〉の面子を潰すことになる上に、総隊長の命に逆らうことになる。それだけは簡便だな』

『まあ、〈九番隊〉を信頼して待ちましょう。さあ今日も研究張り切っていくっスよ!』

『五月蠅い男だね、こいつは』

『うちの近くで叫ぶなボケぇ!』

 

いつも通りの様子に少し沈んだ表情をしていた雷蔵は、苦笑を浮かべて3人を追い掛けた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

数週間後、緊急の各隊隊長の招集が真夜中に知らされた。

 

〈十一番隊第三席〉である俺の出番でないが、嫌な予感がしてならなかった。だが隊長しか呼ばれていないのであれば動いてはならない。

 

大人しく命令が出るまで耐えるしかなかった。

 

 

 

数時間後、何やら隊舎内が騒がしくなっていたので、先輩隊士に聞いてみることにした。

 

「一体何があったんですか?」

「雷蔵三席。実は…」

 

聞かされた内容は、到底黙っていられるものではなかった。即座に窓から抜け出し、〈九番隊〉の霊圧が消失したと思われる場所に向かって走る。

 

何故、何故〈九番隊〉全て(・・)の霊圧が消失したのか。まさか、六車隊長たちが、流魂街の住民消失事件の関係者にやられたのか!?

 

いや、そんなことはありえない!

 

あの人は部下思いで強くて、男として尊敬できて何より強い。そんな人が簡単にやられるわけがない!霊圧消失は何かの間違いだ!

 

〈瞬歩〉で現場に急行していると、知った霊圧を感じて足を止める。

 

『…夜一』

『雷蔵、お主あの現場に行くつもりか?』

『当たり前だ!』

『行く必要は無い』

『何?』

 

この女性(ひと)は行くなと言っている。確かに今の俺では、隊長格でも適わない相手に向かっても命を無駄にするだけだ。だがここで止まっている間にみんなが死んでしまったらどうする?それでは意味がないではないか!

 

『何故止める?』

『〈三番隊〉・〈五番隊〉・〈七番隊〉それぞれの隊長が現場に急行している。お主が行く必要は無い。不安になっている隊士たちを落ち着かせほしいのじゃ。それが今お前に託された使命じゃ。わしも別命あるまで待機と言われている。行きたいのは山々じゃが命令は無視できぬ』

『…わかった』

 

俺は必死な様子でお願いをする夜一の気持ちを優先して、来た道を引き返す。霊圧認識可能範囲の端で、夜一も同じように来た道を引き返していくのを確認するのだった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

翌日、事態は最悪という言葉以外に表すこと以外にはできなかった。

 

『喜助が〈現世〉に永久追放!?喜助が何をしたと言うんですか!?』

 

雷蔵は一番隊隊舎の中で、椅子に腰かける元柳斎に詰め寄るのだった。

 

『口を慎め雷蔵三席。これは《中央四十六室》の最終決定である。異議は認めぬ』

『喜助がそのような危険な実験を、8人の隊長格に行ったというんですか!?証拠はあるのですか!?』

『十二番隊隊舎の研究棟から、《虚化》の研究と思しき痕跡が多数発見されておる。それはつまり実験をしたという意味に他ならぬ』

『彼は自分に教えてくれました!あれ(・・)は危険だと、そしてそれを作ってしまった自分は、破壊する術を必ず見つけると。〈四十六室〉は一体何を考えているのですか!?」

『雷蔵三席、貴殿に無期限の謹慎処分を言い渡す!以後このような〈中央四十六室〉に対する異議をしないよう命ずる』

 

元柳斎の声音に雷蔵は俯き、拳をふるわせながら隊首会から退いた。

 

〈中央四十六室〉の決定は絶対である。〈尸魂界〉の最高司法機関であり、これの決定は隊長各でさえ異議は認められない。だが雷蔵は前日に、喜助と大鬼道長 握菱鉄砕を審議中の議事堂から救出した夜一から話を聞いていた。

 

今回の実験は喜助本人の意思ではなく、何者か(・・・)による陰謀。罪をなすりつけられた喜助と鉄砕は、〈現世〉で隠れて生活をする。

 

万が一、自分に〈現世〉への任務を言い渡されても接触は禁止。

 

〈虚化〉の実験台にされた8人の世話は、喜助に任せて自分は4人と接触したことを隠す。

 

これが初対面の鉄砕を除く2人と交した最後の約束となった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

そして雷蔵の意識は現実に帰還する。

 

「喜助と鉄砕さん元気にやってるかな?まあ、あいつと一緒にいると面倒ごとに巻き込まれるけど、大鬼道長だったあの人なら喜ぶかも。おっと、物思いにふけりすぎたかな全員に報告しないと」

 

雷蔵は一番隊隊舎から〈瞬歩〉で、十一番隊隊舎へと急いで戻るのであった。

 

 

 

戻った頃は既に沈み、夕日が鮮やかに〈尸魂界〉を照らし始めていた。道場からは稽古終わりなのだろうか。楽しげな会話が聞こえてくる。

 

「オーッス、てめぇら話すべきことが2つあるからそのままで聞いてくれ」

 

上半身の汗をぬぐっている隊士たちに縁側を背に話をする。

 

「まずは総隊長からの雷だ。『これ以上物を壊すようであれば、〈十一番隊〉の取りつぶしがあり得る。今後は行動には気をつけること』だそうだ」

「「「「「「「「…えええええええええええ!!!!!!!!」」」」」」」」

 

かなり尾ひれを付けた話だが、直接聞いていない隊士たちはかなりのショックを受けていた。まあ、あながち有り得なくはない話なので、脅していても問題は無いだろう。

 

「驚くのは後にしてくれ。それから剣八が旅に出るらしく、俺が隊長を任されることになった。配慮できないこともあるだろうが大目に見てほしい。剣八の旅がどれだけの期間になるかはわからない。あいつが帰ってくるまでの間、全員の腕を上げる予定だから覚悟するように」

 

言い終えると息を大きく吐き呼吸を整える。

 

「ということで今から稽古な。全員木刀持って俺と勝負といこうじゃないか。全員が終わるまで稽古は終わらないのでよろしく」

「「「「「「「「…えええええええええええ!!!!!!!!」」」」」」」」

「よっしゃあ、その言葉待ってましたぜ隊長(・・)。俺から行きますよぉ、だりゃあぁぁぁぁ!」

 

意気揚々と自分に接近する一角に、雷蔵は嬉しそうな笑み浮かべる。

 

「最初は一角か。相手に不遜なし。本気でかかってこい!」

 

一角と雷蔵の稽古は10分間にわたって続き、体力の尽きた一角の負けで終わった。

 

「さあ来い!」

 

息を荒げて大の字に沈んでいる一角の前で、息も乱さず汗1つかいていない雷蔵の身体能力に怯えながらも、果敢に攻める隊士たちは悉く返り討ちに遭い白目をむくのだった。

 

稽古は2時間にわたって続き、またしても道場が全壊し通算543回となった。

 

 

 

その報告を聞いた春水・雀部・元柳斎は3人それぞれの反応をしたらしい。苦笑・苦笑い・ため息だったそうだ。




原作では夜一は喜助に声をかけてくれれば付いていったと言っていますが今回はその話が無かったことにしておいて下さい。独自設定でごめんなさい。

さて次からは尸魂界潜入編に入る予定ですよろしくお願いします。




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尸魂界潜入編
5


〈護廷十三隊〉各隊長の招集があったのは昼過ぎの頃だった。

 

俺は日課の日の出前修行を終えて、書類整理を終了させたあとの僅かな時間で、束の間の休息をとっていた。

 

書類整理が終わると、その書類を分野ごとにわけてまとめる。

 

それが終われば持って行かなければならないのだが。普段の倍の数であれば、気を休めてから持って行っても良いだろうという自己判断を下した。

 

「隊長、緊急招集であります。至急一番隊隊舎へ来いとの連絡です」

「緊急?朽木ルキアと関係があるのか?」

 

隊士からの連絡を聞いて、右手に持っていた湯飲みを作業机の上に置く。朽木ルキアとは〈十三番隊〉に所属している女性死神で、〈現世〉の空座町を担当していた。

 

数日前から突如として消息不明となっていたのだが、技術開発局の腕前で発見されたということだろう。

 

「それはわかりませんが一刻も早く一番隊隊舎へ。総隊長がお待ちです」

「総隊長まで来るのか。よほどの案件なようだな」

 

背中に〈十一番隊〉と刺繍された袖無しの羽織を翻し、〈瞬歩〉で一番隊隊舎へ急行する。

 

招集されたのが数分前であるためか。着いたのはいいが、〈一番隊〉隊長兼総隊長である山本元柳斎重國と〈八番隊隊長〉 京楽春水だけが立っていた。

 

2人は俺が現れても話しかけず、全員が揃ってからとばかりにだんまりを決め込んでいる。俺も一度説明してもらい全員が揃ってからもう一度聞くのは嫌だったので、話しかけず全員の到着を待つのだった。

 

 

 

10分後、1人を除いて全隊長が揃ったところで元柳斎が火ぶたを切った。

 

「全隊長を招集したのは他でもない。重罪人朽木ルキアを、本日未明〈現世〉にて発見したからである。これにおいて〈十三番隊〉隊長 朽木白哉及び副隊長 阿散井恋次を派遣した。発見次第捕縛。逃亡を図るようであれば、その場での処断も許可しておる。捕縛後は〈尸魂界〉に帰還予定な為、パニックを起こさぬように隊士たちには知らせずに頼みたい。以上で隊首会を終える」

 

 

 

その言葉を最後に各隊長は隊舎に戻っていったが、俺は〈三番隊〉隊長 市丸ギンととある部屋で密会を行っていた。

 

「予定通りやね。これでボクたちの目的が叶えばええんやけど」

「気が早いなギン。それにここまでが順調でも予定外な横やりが入れば元も子もない。慎重に頼む。でないと露見する可能性がある」

「任せてな。ボクが失敗するとでも?」

「さあな、今まで失敗したことなくとも次に失敗しないという保証はない。また干し柿送るよ」

「おおきになァ」

 

ギンとの密会は、ギンが張った《鬼道》で誰にも聞かれることはなかった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

朽木ルキアの【殛刑】になるまでの期間は長いと思われたが、それはあまりにも予想外な展開で崩されることになる。

 

 

 

雷蔵は四大瀞霊門西門通称「白道門」にギンと来ていたが、門が落とされた今では手を出すことはそうそうできない。

 

「これじゃあ手の出しようもないな」

「ええねん来ないなら来ないで。他の方法を考えればええから」

「楽観的だなギンは」

「そないなこと言うてるけど雷蔵はんも結構やで」

「そんなことはない…と思うけどな」

 

門の向こう側では、予想も付かない戦闘が行われているんだろう。地面を揺らす振動。空気を伝わる波動はかなりのものだ。

 

兕丹坊と渡り合えるとは、余程の腕前を持っているという証拠でもある。なにしろ彼がこの任に就いてから300年もの間、負けたことは一度もないのだから。

 

「ぐふはははははははは!!!」

「…なんか笑い声が聞こえてきたんだが。俺の耳が可笑しくなったか?」

「気にせんでええで。ボクも聞こえてるから」

 

門のせいでどのようなことが起こっているか見えない。彼が笑っているということは、それなりに面白い何かが起こったのだろう。

 

しばらくして、兕丹坊の必殺技「万歳兕丹坊祭」が繰り出された。その後、門が上がり始めたのでギンと共に近くによる。

 

「ああ…あああああああああ…」

「…誰だ?」

「さ、〈三番隊〉隊長 市丸ギンに〈十一番隊〉隊長代理 雷蔵…」

 

兕丹坊はあまりの恐怖故に震え始める。

 

「あァ、こらあかんわ」

 

ギンは右手を一閃した。

 

「…あかんなァ。門番は門開けるためにいとるんとちゃうやろ?」

「があああああ!!!」

 

兕丹坊の左腕が簡単に肩から切り落とされ、血が間欠泉のように噴き出し、辺りを赤色に染め変える。

 

片腕を失っても門を支えるのは、さすが〈尸魂界〉一の豪傑と呼ばれるだけあるが、負けては「番人」として失格である。

 

 

 

 

{〈三番隊〉隊長 市丸ギンと〈十一番隊〉隊長代理 雷蔵がいるとは迂闊じゃった!雷蔵の場合、話をすれば理解してくれるじゃろうがこの姿では無理じゃろうな}

 

(・・)の姿での話は無理だ。本来の姿(・・・・)を見せれば納得させられる。

 

だがそれは大きな代償を払うということと同義。今自分の姿をさらす場面ではないと無理矢理自分を納得させる。

 

{こいつらが強くなったとはいえ、隊長クラスの力量は兕丹坊とは別格じゃ。戦わせるわけにはいかぬ}

 

 

 

「負げた門番が門を開げるのは…当だり前のことだべ!」

「わかってへんねんな?門番が『負ける』ゆうのは『死ぬ』ゆう意味やぞ」

 

ギンが殺気を放つと、3人は怖じ気づいたが1人はギンに切り掛かった。

 

「なんてことしやがんだこの野郎!」

「ボクが怖ないんか。勇気のある子やな」

「もういい一護、ここは引くぞ!」

「「一護?」」

 

猫が声を上げて止めに入り、その名前にギンと雷蔵が首を傾げる。

 

「萱草色の髪に身の丈ほどもある大刀…そうか君が黒崎一護か」

「知ってんのか?俺のことを?」

「…ほうか、それじゃあ尚更ここを通すわけにはいかんなァ」

 

ギンは大きく距離をとり、一護という名の少年から離れている。

 

「そんなに距離とってどうするんだ?その脇差しでも投げるのか?」

 

確かにギンが持っている剣は脇差しと捉えてもいい長さだが、それを見抜けないようではまだまだである。

 

「脇差しやない、これがボクの斬魄刀や。《射殺せ【神鎗】》」

 

右手を引き、名を叫びながら突き出す。《神鎗》は視認できるかどうかという速度で伸びて、一護と呼ばれた少年に向かう。少年は大刀で防ぐが勢いは殺せず、兕丹坊と共に門の奥へと押し戻された。

 

「バイバーイ 」

 

ギンはいつも浮かべている謎の笑みで別れを告げる。

 

「お疲れギン…と言いたいところだが。兕丹坊にたいしては少しやり過ぎじゃないか?」

「あれぐらいせぇへんと後々支障が出るからしゃあなかってん。許してぇな」

「俺が許しても一護と呼ばれた奴は許さんだろうな」

「それならそれでええねん。戻りましょ。どうせみんなから言われるやろうから言い訳考えようや」

 

ギンのいつも通りの状態に苦笑する。懐から取り出した干し柿を投げ渡し、2人して食べながら〈瀞霊廷〉中心部へ向かって歩みを進めた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

〈旅禍〉。死神の導きなしに〈尸魂界〉へ来た魂魄をそう呼び、〈尸魂界〉ではあらゆる災厄の元凶とされている。

 

「この前の〈旅禍〉はどうやって戻ってくると思う?」

 

翌日、雷蔵とギンは偶然道で会った。何気ない会話を誰にも聞こえないようにしながら話していた。

 

「門がダメなら門以外から入ってくると思てるよ」

「何故そう思う?」

「あの門を通ることできへんから他の門へと向かうかもしれんけどなァ。遠回りしたら最低でも10日かかる。彼女取り戻すんやったらそないな時間かけてせぇへんと思うんや」

 

そう、2週間後には朽木ルキアの処刑が始まるのだ。

 

10日かけて次の門へと行って中に入れたとしても、道を知らない一護たちに、処刑が行われる〈双殛の丘〉まで残り4日間で到着できるはずがない。

 

そもそも〈双殛の丘〉という名前自体を隊長及び副隊長、席官クラスでなければ知らない。処刑が行われる「場所」の「名前」を知ったとしても、流魂街の住民または〈瀞霊廷〉に住んでいる死神を脅しても無駄な労力に終わる。

 

つまり「名前」を知っても「場所」がわからなければ、救出は不可能である。

 

「さすがは〈三番隊〉隊長だ。よく頭が切れる」

「あんさんほどじゃないけどねェ」

「じゃあ俺は行くところあるから」

「ほなまた」

 

 

 

雷蔵はギンと別れた後、会うべき人物を探して走り回り昼前に見つけた。

 

「あ、いたいた。お~い阿散井、話があるんだけど少し良いかな?」

「…雷蔵隊長?」

 

予想外の人物からのコンタクトに恋次は戸惑いを隠せず、ぬけた顔をしていた。

 

「誰にも聞かれたくないから率直に問うよ。君の眼から見て朽木ルキアは死ぬべきか?」

「…え?…質問の意味がわからないんですが」

「君が朽木ルキアと流魂街の頃から親しかったのは、白哉から聞いている。そこでなんだが今回のことについて妙だと思わないか?彼女の罪状は、『霊力の無断譲渡及び喪失・滞外超過』だ。この程度の罪状で『殛刑』など、俺は一度も聞いたことがない。それに加えて『義骸の即時返却・破棄命令』・『35日から25日への猶予期間の短縮』・『隊長格以外への【双殛】の使用』。どれも異例づくめだ。もはや誰かが裏で操っているとしか思えない」

「まさか…」

 

恋次の質問は突然の音にかき消された。

 

『隊長各位に通達!隊長各位に通達!只今より緊急隊首会を招集!』

 

予想通りの呼び出しに内心にやけるが、表面はどういうことか理解できていない風をよそう。

 

「…こんなときに隊首会か」

「あの雷蔵隊長…「すまない阿散井、話はまた後だ」…はい」

 

雷蔵は〈瞬歩〉でその場を去る。

 

残されて貴重な休憩時間を無駄にされた恋次は、しばらくの間眼を点にさせて立ち尽くしていたらしい…。




急ぎ足になってしまっていますよねこれ!?「尸魂界救出編」5話も続かずに終わってしまう気がしますぅぅぅ!マズいマズいぞこれは!どこかで回収しなければ話数がぁぁぁ~!

追記 約1名は準ヒロインとして作者の中にあります。






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6

敢えて1人では中には入らずギンと共に中へと入る。

 

「予想通りだな」

「ほんまやねェ。ボクはそれほど緊張してないけど。雷蔵はんは若干してらっしゃるみたいやけど大丈夫?」

「微妙…」

「気張りや。たぶん面倒くさいこと起こるから」

 

ギンに言われるまでもなくそれは予想している。だがさらに気を引き締める機会をくれたのだ。自分とギンを除く10人の隊長から放たれる威圧に耐えなければ申し訳ない。

 

「じゃあ、怒られに行こうか」

 

一番隊隊舎の扉を押し開ける。

 

「…来たか。さあ、今回の行動についての弁明を聞かせてもらおうか〈三番隊〉隊長 市丸ギン及び〈十一番隊〉隊長代理 雷蔵!」

 

元柳斎の怒りが2人を包む。

 

それに臆することなくギンは、いつもの内心を疑わせない笑みを浮かべている。雷蔵は毅然とした様子で、左右に立つ元柳斎を除いた10人の隊長格を見渡している。

 

「〈十三番隊〉の隊長がいらっしゃいませんなァ」

「おそらく病欠だろうさ」

「そんな話をしに来たんじゃないんだヨ。まったく2人とも、〈旅禍〉と勝手に交戦してきたとは誠に遺憾だネ」

 

普段は白い肌に面妖な黒い化粧をした異相の男が、不愉快とばかりに刺々しい言葉を投げつけてくる。

 

「その言い方には語弊がある」

「何?何が言いたいのかネ?」

「交戦したのは自分ではなく市丸隊長だ。自分が交戦したとは一言も申していないが?」

「貴様ぁ!…君は『私に殺されるべきリスト』に掲載する必要があるようだ」

「ご自由に」

 

雷蔵は興味なしというより、勝手にしておけとばかりに無関心を決め込んだ。

 

「君たちのような隊長であれば、見逃すことはなかったと思うんだが違うかネ?市丸隊長」

「あら?死んでへんかったんや。てっきり死んだと思ってたんやけど、ボクの勘もニブったかな?」

「しらばっくれるのもいい加減にしろ!我々のような隊長が、相手の〈魄動〉が消えたかどうかが察知できないわけがないだろう!」

「あれまぁ。その言い方だと、ボクがわざと逃がしたみたいですやん」

「砕蜂隊長はそう言っているんだヨ」

 

ギンと各隊長の雰囲気は険悪だ。元から折り合いの悪い〈護廷十三隊〉は、何かあれば互いに啀み合う。

 

「ぺいっ!」

「「「!」」」

 

元柳斎の一言で、言い争っていた隊長各は声のした方を一斉に見る。

 

「それぞれやめんかいみっともない。…今の話を聞いて大体呼び出された理由はわかったかの?今回のお主たちの許可なしの行動。さらには、標的を取り逃がすという隊長としてあるまじき失態!それについて、お主たちからの理由を聞こうかと思っての。何か弁明することはあるか?」

「「ありません」」

「ぬ?」

 

2人の予想外の言葉に、元柳斎は意外とでもとれる反応を示した。それもそのはず。このような場を作り隊長各から言いたい放題に言われたにもかかわらず、反論する気がないのが不思議だった。

 

「言い訳も出来ないほどの失態ですやん。どうしようもありませんわ」

「市丸隊長と同意見です。自分も気付けなかったのですから言い訳できません」

「ちょっと待て2人とも。それで…『緊急警報!緊急警報!〈瀞霊廷〉内に侵入者有り!各隊守護配置について下さい!』…」

 

藍染が2人に声をかけようとした瞬間、非常事態を告げる鐘が〈瀞霊廷〉に響き渡った。

 

「来たか…」

「まさか例の〈旅禍〉が!?」

「致し方ないの。隊首会は解散じゃ。2人の処置は以後決定するとして全員廷内配置に着くのじゃ!」

 

元柳斎の命を受けて、11人の隊長たちが持ち場に急いで向かう最中、藍染がギンに何かを話しかける。それを不思議そうに見つめる日番谷がいた。

 

だがその声は非常事態を知らせる鐘の音で聞こえない。

 

そして日番谷の視線も僅かな時間の間だったので、自分の見間違いかもしれないと自分を納得させる。そのまま部下へ指示を出すため隊舎へと向かった。

 

よもやこの勘違いが大きな溝を生むことになるとは、その時は思いもしなかった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

雷蔵が十一番隊舎に到着した頃には全員の帯刀が終わり、あとは命令を待つだけとなっていた。良く言えば準備の早い。悪く言えば喧嘩腰の部下に苦笑いを浮かべてしまう。

 

「準備が早いのはいいがそこまで威圧を発するな。これは喧嘩じゃない。戦争だ」

 

少し肩の力を抜いた隊士ににっこりと笑いかけた後、部下を鼓舞するかのように言う。

 

「〈旅禍〉は全部で死神が1人と人間が3人、そして人の言葉を話す猫が1匹の一団だ。気を抜くなよ?いつ敵が来るかわからないかな。一角と弓親は〈瀞霊廷〈〉の外周部を頼む。何処から入ってくるかわからない以上、広範囲を探れるお前たちにしか任せられない」

「「はい!」」

 

2人は〈瞬歩〉でその場を離れ、指示通りに外周部へと跳んだ。

 

「隊長、我々はどうしますか?」

「しばらくは様子見だ。それから十席以上の隊士に隊舎周りを警備させろ。交代制で順に仮眠をとるように伝えてくれ」

「御意」

 

1人の隊士に伝言を頼み夜空を仰ぎ見る。星々が煌めき幻想的な美しさを醸しだし、本当に〈旅禍〉の侵入があったのかと疑うほど穏やかな輝きである。

 

雷蔵はしばらくの間、無表情に空を見上げ続けていた。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

翌日の朝、結局〈旅禍〈〉は現れず日が昇ってしまった。

 

「現れませんでしたね」

「そうだな。もしかしたら諦めたのかも…」

 

そう言っていると何かしらの音がどこからともなく響いてきた。

 

ゴオォォォォォォォ!

 

「ん?」

 

音に気付き空を見上げると、何かしらの物体がとてつもない速度でこちらに向かって飛んできている。いや、落下してくるではないか。

 

「「は?」」

 

雷蔵ともう1人の隊士は見上げながら素の反応を示した。

 

「いかん!呆気にとられている場合ではない!離れろここから離れるんだ!落ちてくるぞ!」

 

部下に命令し自分も下がろうとした。が何かしらの物体は勢いを増し、地面に落下すると思いきや空中の膜らしきものに衝突し落下は起きなかった。

 

「〈遮魂膜〉に衝突しても消滅しないのか?中々の霊子密度じゃないか」

 

感想を口にしていると、その部分が渦を巻き始めて破裂した。東西南北に向かって4つに分離する。

 

「さあ黒崎一護はどれだ?北か南か西か東か」

 

雷蔵はギンの攻撃を受けて無事だった一護を探し始める。あの斬魄刀を初見で防ぐほどの腕前を、この身で確かめたくなったのだ。

 

雷蔵は一護が何処にいるのかまで敢えて掴かまず、大きな建物の上から探すことにした。〈瀞霊廷〉で最も高い建造物が建ち並ぶエリアに向かって歩を進めた。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

「ゲホゲホ!どうやら助かったみてぇだな…」

 

岩鷲の謎の力で地面への激突を回避した一護は、〈瀞霊廷〉の風景を見渡して流魂街との差に驚いている。地面は土でなく住居も木材で作られていない。生活基準の違いが顕著に表れている。

 

「これが〈瀞霊廷〉かよ…」

「いよっホォ!ツいてるゥ!」

 

一護が愚痴を漏らした瞬間、背後の壁の上から楽しげな声が聞こえ振り返る。

 

「隊長の命令とはいえ外周部の見回りをさぼって適当に歩いてたら、いきなり目の前に手柄が落ちてきやがった!」

「ボクは持ち場に戻ろうって言ったけどね」

 

スキンヘッドで三白眼の強面の男で、目元に赤い化粧を入れた男として一護は見ているのだろう。眼に宿る光が強まった。

 

 

 

「僕は後ろの醜い顔を相手にするから彼は一角にあげる」

「さすが弓親わかってるじゃねえか!」

 

おかっぱ頭で死覇装に飾りを付けた弓親にターゲットにされた岩鷲はその場から離脱を決定し、なかなかの速度で逃げ出した。

 

それを追い掛ける弓親に一護は手を出さなかった。

 

「なんで弓親を止めなかった?あいつ死ぬぜ?」

「…あいつは掴み所がわからなくてうざくて嫌いだ。でも『仲間』としては信頼してるし腕は確かだ。俺は『仲間』の腕を疑いたくもないし、絶対に負けねぇって知ってる」

「心意気だけは立派じゃねぇか。だがなぁ、世の中はそれだけじゃ揺るぎはしねぇんだよぉ!」

 

一角は斬魄刀を鞘から抜刀し跳躍から振り下ろした。

 

キィン!

 

一護も背中から斬魄刀を抜刀し一角の攻撃を防ぐ。

 

「今に吠え面かかせてやるよ」

「青二才が生意気言ってるんじゃねぇ!男なら剣で語らなきゃ話にならねぇぞ!」

 

鍔迫り合いしていた腕にさらに力を込めると、引力によって一角の攻撃は地面で斬り掛かるより数倍の重さを作り上げている。このままでは斬られると即座に判断した一護は、拮抗部分から体を左に移動しながら縦にずらし、鍔迫り合いを解除した。

 

{賢い体捌きだ}

 

自分の攻撃が避けられた一角は恐れず、真剣に一護の動きを分析している。避けた瞬間から一護はかなりの速度で一角に接近し、空中から一角を斬り付けた。

 

「…一応、名前を聞いておこうか」

「…黒崎一護だ」

「一護かいい名前だ。名前に一が付く奴ァ、才能溢れる男前だと相場が決まっている。俺は〈十一番隊〉第三席副官補佐 斑目一角だ。一の字同士仲良く戦ろうぜ」

「やだね」

 

2人とも似たような人の悪い笑みを浮かべ対峙している。そしてお互いに額に切り傷があり流血し、一護が額の傷から流れる血を左手で拭った。

 

「…解せねぇな。これだけの距離があるとはいえ、対峙中に刀から手を離すのは素人のすることだ」

「仕方ねぇだろ眼に血が入りそうなんだからよ!」

「額の傷は浅くても派手に血が出る。だから早めに血止めしなきゃ戦闘に支障がでるぜ」

 

一角は柄部分を開いて、中から血止め薬を取り出し額の傷口に塗った。

 

「てめぇ、そこに仕込んでやがったのか…」

「バーカ、知恵だよ知恵。数え切れねぇぐらいの場数踏んできたからな。それなりにヤバい怪我をしたことがある。まったくてめぇって奴はつくづく妙な野郎だぜ。振る舞いは素人、戦士と呼べるほどの腕前じゃねぇ。だが反応は上等、打ち込みは激烈、体捌きは俺に近いと言ってもいい」

「あ?」

 

一護はカチンときたらしく顔がひくついている。

 

「そんな怖ぇ顔すんなよ。褒めてんだぜ素人にしては動きが良すぎてるってな。刀を使い始めたのは最近だと予想するが、それにしては動きが長年死の淵の近くを歩んできたように思える。師は誰だ一護」

「10日間ほど教えてもらっただけだから、師と呼べるかはわかんねえ。だけど戦いを教えてくれた人はいる」

「誰だ」

「浦原喜助」

 

その名前を聞いた瞬間一角の殺気が一段と増した。

 

「そうか。あの人が師なら手ぇ抜いて殺すのは失礼ってもんだ」

「待てよ!あんた浦原さんのこと知ってんのか!?」

「さあなァ!俺に勝ったら教えてやる!《延びろ【鬼灯丸】》!」

 

一角が叫んだ瞬間、斬魄刀の柄と鞘が繋がり形状が変化した。さらに一角の霊圧が上昇し一護は眼を見開く。

 

「見誤んなよ一護ォ!」

「誰が!」

「オラァオラァオラァ!」

「ぐ!」

 

一角の鋭い突き込みに、一護は斬魄刀で紙一重の動きで避けるしかない。一角は心底楽しそうだが、一護はそれが気にくわないらしい。必死な表情とは違い、眼の光は落ち着いている。

 

「槍の間合いはわかってんだよ!」

「違うな《裂けろ【鬼灯丸】》!」

「何!?」

 

一角がもう一度叫ぶと「槍」が3つに分離し、先端の刃が一護の右腕を大きく斬り付けた。

 

 

「だから見誤るなってのはこういうことだ、【鬼灯丸】は『槍』じゃねえ『三節棍』なんだよ。その腕じゃまともに剣は振れねぇはずだ。たとえ痛みに身体が慣れているといっても限度ってもんがある」

 

一護の右腕からは血が大量に流れ出し、地面に血溜まりを作り始めている。これだけの血を失えば、貧血を起こしても可笑しくはないだろう。しかし一護には、少し息を乱した以外にこれといった症状は見受けられない。

 

「これでよしっと、ふん!」

 

ゴガ!

 

「なっ!」

 

茎の後端から伸びた晒を傷ついた右腕に巻きつけ、《斬月》を一角に振り下ろす。一角は間一髪のところで避けるが、背後にあった塀が大きく削り取られ、その一撃の強さに一角は眼を見開いて驚いている。

 

「勝手に終わったことにしてんじゃねぇよ。次に剣を握れなくなるのはあんただ一角」

「…餓鬼がいっちょ前の言葉言うじゃねぇか。おもしれぇ!」

 

一護と一角は互いに飛び出し、一護は大きく振りかぶり振り下ろす。だが一角は「三節棍」を不規則に操って、動きを悟られないようにしている。

 

「そんなもんかよ」

「っ!?」

 

{野郎、素手で《鬼灯丸》を破壊しやがった…}

 

しかし、攻撃の僅かな隙を突かれ《鬼灯丸》の一部を壊されたことに驚いた瞬間、一護は大きく跳躍した。

 

「もう一度言うぜ一角。次に剣を握れなくなるのはあんただ」

 

振り下ろされた剣を《鬼灯丸》で防ぐ。だがあまりの威力に分断され、身体の左胸から腹部にかけてを大きく削がれる。傷は浅くはなく、出血量がかなりのものとなっている。

 

出血多量で気が遠くなり始めている一角の脳裏に、ある人との会話が浮かび上がる。

 

 

 

{いいか一角、命を粗末にするな。たとえ戦うことが好きでも命を投げ打ってまで戦うな。危険なら逃げろ。命を捨てるのは大事な何かを護るときだけだ}

{そう言う隊長は護るものがあるんですか?}

 

稽古で俺を負かした隊長は薄く笑って答えた。

 

{いつかわかるよ}

 

 

 

俺にはその言葉の真意がわからなかった。戦いを第一にする〈十一番隊〉からすれば、あの人の考えはずれている。だが、あの人が口にすると自然に聞こえるのが不思議だった。

 

更木隊長がいないこの10年。喧嘩っ早い〈十一番隊〉を苦労しながらもまとめ上げ、全員の腕を今の高みまで磨いた。

 

10年経った今でも隊長の言いたいことは理解できない。でも気持ちはわかる。

 

「自分にとって大切なものを護るときだけに命を捨てる」

 

ああ、そうか。俺は隊長のために命を捨てるんだ。そのためだけに腕を磨いてきたんだ。

 

「…残念だった、な。…俺はまだ、剣を握れる…ぜ。俺を止めるには…この、腕を落とす以外には、ねぇよ…」

「剣を退けよ。もうあんたは負けたんだ!」

「何、寝言言って…やがる。…俺が死ぬ…のは、戦闘の中、だけ…だ。それが隊長の言葉を聞いて自分なりに出した答えだ!」

 

一角は話し終えたかどうかというところで、全力で一護に肉薄する。

 

が重傷を負った一角の動きは、全快時と比べて明らかに遅い。一護はそれを少し悲しげに見つめていた。

 

「遅ぇっ!」

 

振り抜いた剣が、一角の持つ《鬼灯丸》を粉砕する。

 

「マジ強ぇなお前。…すんません隊長」

 

一角は一護の強さを改めて褒めた後、自分にも聞き取れるかどうかという声量で自分の憧れる人に謝罪する。そこで一角の意識は途切れた。




過去の回想から現実復帰するとすごい技繰り出して相手を驚かして自分も驚くって展開ありません?作者は漫画やアニメでそういうのが多いと思うんです。だから今回も一角の記憶を呼び起こし覚悟を決めさせたという状態にしました。

まあ結局は原作通り負けたんですけどね。作者自身一角の高音ボイスは結構好きです。

マユリさんはちょいとふざけてみましたあのセリフ使いたかったので…。





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7

「ん?」

 

俺は知った霊圧が揺れたのを感じその方向を見る。

 

死んだ…わけではなさそうだな。〈魄動〉は消えていないし、微弱ながらも霊圧は感じる。

 

「負けたか一角。あいつを倒せるということは、〈旅禍〉の中には第三席以上の実力を持つ輩がいるらしい。おそらく黒崎一護だろうが、その程度では〈瀞霊廷〉には勝てないぞ」

 

雷蔵は隊首羽織を翻し、何処かへと消えていった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

俺は負けたのか?クソ、身体が言うこときかねぇぜ。隊長には悪いことしたな。顔に泥塗っちまった。

 

「ん?」

 

そこで俺は気付いた死んでいないことに。瞼を開けると〈瀞霊廷〉の青空が見える。それも先程と変わらない色で。どうやら気絶していたのは、僅かな時間だったようだ。

 

「死んでねぇ…」

「よお、起きたか?」

 

声がした方を向くと、先程まで戦っていた一護が俺の斬魄刀を持って、自分が壊した塀の瓦礫の上に座っていた。

 

「しかし、よく効くなこの血止め薬。俺とあんたに使ったら空っぽになっちまった」

 

言葉通り俺に柄の下部分を俺に向けてくる。負けた相手に情けをかけられれば、普通なら憎悪が湧いても可笑しくはない。今までの俺ならそうだっただろうが、どうやら今の俺は少し違うらしい。

 

怒りは露程も感じず何故か心地良かった。

 

「じゃべれるならそのままでいい、俺は質問したいだけだ」

「んだよ自己紹介はしたぜ。血液型でも教えてやろうか?」

「バーカ、そんなんじゃねぇよ。ルキアについて知りたいだけだ」

 

その名前を聞いて驚いた。こいつはまさか助けるつもりか?あの重罪人を。

 

「助けに来たのか?」

「当たり前だ」

「何人でだ?」

「5人と1匹」

「1匹ってなんだよ!それ戦闘できんのかよ!ギャハハハハハハハ、できるわけねぇ~だろそれだけで!」

 

ブシュー!

 

「グオォォォ!笑いすぎて血がァァァ!」

「…アホだろ」

「…ふう。まあいい。こっから真っ直ぐ南に行くと、〈護廷十三隊〉各隊の詰所があるんだが、そこの西の端に真っ白い塔がある。おそらくそこにいるはずだ」

「…聞いたのになんだけどよ。それは教えてもいいのか?」

「〈旅禍〉に負けた俺は用済みだ。どうせ処罰を受けるだろうからな。それから俺の隊の隊長には気をつけろ。今のお前じゃまるで歯が立たねえ」

 

俺の言葉に一護は眼を見開く。

 

「…それだけ強いってことか?」

「俺は〈十一番隊〉第三席。俺の上には別次元と言っていいほどかけ離れた実力者が本当は(・・・)2人いる」

本当は(・・・)?」

「『隊長』はどこかを放浪している。今の『隊長』は『代理』だ。正式な地位は副隊長。どちらにせよ手に終えない人だ」

「その代理より強いのが本当の隊長か…」

「俺のところは少々特殊でな。本当の『隊長』は戦いで得た役職だ。それより気ぃつけろよ一護。お前らの中で誰が一番強いか俺は知らねぇが、隊長は簡単に倒せる人じゃねぇ。俺が思うに〈瀞霊廷〉10本の指に入るはずだ。俺でも《始解》させることは一度も出来なかった」

「あぁ、ありがとな。頑張ってルキアを助けるぜ」

 

そう言い残し一護は俺の前から姿を消した。

 

「ありがとうか…けっ、戦闘が終わっても嫌な奴だ。本当に気ぃつけろよ一護。あの人は人をあまり殺さねぇが、原始的な恐怖を覚えさせる人だ…」

 

それだけ言葉にして再び俺の意識はそこで途切れた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

四番隊綜合治療詰所/第一治療室

 

 

「何か言うことはないかネ?斑目君」

 

一角は搬入されてからの治療後。〈十二番隊〉隊長 涅マユリから脅迫を受けていた。一護との戦闘後、出血多量で倒れているところを治療班である四番隊隊士に発見されたのだった。

 

ここに搬入され治療を受けたのも束の間。涅マユリが押し入っているという経緯である。

 

「俺は何も知らないんですよ。〈旅禍〉の目的も行き先も」

「では何かネ?君は何も情報を得ずに逃がしたと?」

「その通りです。ついでに言うと〈旅禍〉の声も顔も知りません」

「そうかい。では頭に直接聞くことにしようかネ!」

 

マユリが左腕を振り上げ掴みかかろうとした瞬間、その腕を掴む手があった。

 

「そこまでだよ涅隊長。いつから他の隊の隊士を裁けるぐらいに偉くなったか聞いてもいいか?」

「隊長…」

 

その人物は他でもない一角の上司である、〈十一番隊〉隊長代理 雷蔵その人であった。

 

「やれやれ隊長さんのお出ましとなると聞くに聞けないネ。行くぞネム。…ネム?」

「ネム副隊長、何故俺の羽織に頬摺りしている?」

「気分です」

「ネム、今すぐそやつから離れろ!汚らわしい奴から余計な知識を流し込まれては困るヨ!」

 

散々な言われようだが、いつものことなので無視するが吉だ。マユリの言葉を右から左に流す雷蔵である。

 

「離れた方が身のためだネム副隊長。隊長の言うことに従った方が良い」

「承知しました」

「きいぃぃぃぃぃ!上司である私より他の隊長の言うことを聞くとは忌々しい!行くぞネム!」

「はい」

 

殺伐とした会話を終え、2人が出て行ったことを確認する。それから一角と雷蔵は向かい合う。といっても一角は寝かされているので、向かい合うとは言えないが…。

 

「すみません隊長、負けてしまいました」

「構わないさ。お前が無事に帰ってきたことが何よりの吉報だ。それで〈旅禍〉はどうだった?」

「かなりの腕前で今は発展途上です。戦いを続けることで、大幅に戦闘能力が向上します。戦いの中で成長していくようですね。現在の実力は隊長には及びませんが、三席以上副隊長未満というところです」

「黒崎一護、それほどまでに力を付けたか」

「知ってたんですか?」

 

一角が知らないのは当然である。これを知っているのは各隊の隊長のみだからだ。

 

「件の〈旅禍〉は一昨日、ギンの《始解》を受け止めた」

「…マジですか?」

「嘘を言う必要は無いだろう?」

「俺でも視認できたことはないんすけどね。…負けても当然っすか」

「かもしれないな。今は安静にしていろ。また戦うことになるかもしれん」

「隊長」

「ん?」

 

そう言って去ろうとする雷蔵を一角は止める。

 

「隊長の人相をお伝えしました。一昨日、出会っているなら戦闘は避けられません」

「構わないさ。俺の満足できる実力があれば、いつでもかかってくればいい」

 

そう言い残し、雷蔵は四番隊綜合治療詰所/第一治療室を後にした。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

数時間後、〈六番隊〉副隊長 阿散井恋次が〈旅禍〉によって重傷を負ったという情報が〈瀞霊廷〉に回った。

 

「事態は火急である!遂に〈護廷十三隊〉の副官1人を欠く事態となった。もはや下位の隊員に任せておける事態ではない。先の市丸・雷蔵の行動は不問とする」

「おおきに」

「ありがとうございます」

「上位席官の廷内で斬魄刀の常時携帯、戦時全面開放を許可する」

 

元柳斎の重々しい命令に隊長各は恭しく頷いた。

 

「ギン、どうだ?」

「雷蔵はんのおかげで順調やで。おおきに」

「〈旅禍〉がこのまま上手く立ち回ってくれたらいいんだが…」

 

それには同意見らしく、ギンもいつものような底の知れない笑みを浮かべてはいなかった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

翌日、雷蔵は定例集会が行われる場所で待っていた。

 

「いやあァァァァァァァ!」

 

突如、女性の悲鳴が大きく響き渡った。

 

「東大聖壁のほうじゃ!」

 

〈七番隊〉副隊長 射場鉄左衛門の言葉通りにそちらへ向かう。その場に着くと誰もが眼を見開いた。

 

「…藍染、隊長?」

 

誰かが呟いたが聞き取れなかった。

 

「何や朝っぱらから騒々しいことやなァ」

 

暢気な言葉を発して現れたギンに、藍染の死体を見ていた〈五番隊〉副隊長 雛森桃が振り返る。脳裏に幼馴染が話してきた言葉を思い出す。

 

{〈三番隊〉には気をつけな。特に藍染が1人で出歩くときは}

 

「お前かぁ!」

 

斬魄刀を抜刀してギンへと肉薄し斬り付ける。

 

ギイン!

 

それを防いだのは〈三番隊〉副隊長 吉良イヅルだった。

 

「どんな理由があろうと、隊長に剣を向けることは僕が許さない!」

「…どいて。どいてよ吉良くん」

「ダメだ絶対に」

「どいてって言うのがわからないの!?」

「だめだと言うのがわからないのか?!」

 

双方共に頭に血が上り、互いを敵としか認識していない。

 

「《弾け【飛梅】》!」

 

《始解》するとその部分が爆発した。煙の中から無傷の吉良が飛び出し、大きく距離をとって怒鳴る。

 

「公事と私情を混ぜるな!自分が何をしているのかわかっているのか雛森副隊長!」

 

その言葉を無視して攻撃を続ける雛森に、嫌気がさしたのか吉良も覚悟を決めたようだ。

 

「そうか。それでも攻撃するのであれば、僕も君を敵と認識するよ」

 

大きく宙に跳躍し叫ぶ。

 

「《面を上げろ【侘助】》!」

 

その瞬間、2人の隊長が飛び出していた。

 

「「動くな2人とも」」

「…雷蔵隊長」

「…日番谷隊長」

「拘置だ2人とも。連れて行け、報告は俺と雷蔵隊長で行う」

 

2人は副隊長たちに捕らえられ、連行される様子を静かに見守っていた男がいる。謎の笑み浮かべている市丸ギンだ。

 

「すんませんな。うちの副隊長が迷惑かけて」

「市丸…」

「ギン…」

「お前、雛森を殺そうとしたな?」

「はて?なんのことやら」

 

ギンの右腕は人差し指が不自然に伸びており、冬獅郎は鋭い観察能力でそれに気付いていた。

 

「とぼけんな。雛森に血ィ流さしたら俺がてめぇを殺すぜ」

「おお怖」

 

それだけを言い残して冬獅郎は戻っていった。

 

「あまり冬獅郎怒らせんなよ?あいつは強い」

「わかっとるよ、そないなこと。でもこれだけしないと怪しまれるからなァ」

「お前が殺したわけではないと?」

「簡単に言ってくれはるね雷蔵はんは。無理やで今のボクじゃ」

「そうか。…なら別にいい」

 

話を終えると雷蔵は何処かへと跳び去り、その場には不可思議に佇むギンだけが残った。そしてギンは殺された藍染であったはずの()を、いつもの底が知れない謎の笑みを浮かべながら見ていた。




ギンと雷蔵の関係上手く書けているのか微妙なところですね…。作者自身知識不足及び語彙力が無いので伏線張れている気がしませんねww

さて明日から旅行に行って参りますので投稿はこれで一区切りとなります。次回の投稿は未定です迷惑をおかけします。






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8

一週間ぶりの投稿ですお待たせしました。さてさて今回のお話の前に一言、たくさんの評価ありがとうございます!

台風の影響なのかわかりませんが凄い勢いでお気に入りとUAが増えていつの間にか合計UAが14000超えていました!一日で4000行くもんですね!?

自分でも何故このようなことになったのか理解できていません何故でしょう!?よろしければお教え願います。

9/2日間ランキング(加点式・透明)におきまして5位に入ることが出来ました!それと9/4ルーキー日間(加点式)においても10位にはいることができました!ありがとうございます!

本当にこの小説がここまで評価して頂けるとは思っていませんでした。20日から学校が始まりますので更新スピードは格段に落ちると思いますがご愛読して頂けると嬉しいです。

それからアンケートに投票いただきありがとうございます。

1位 夜一 18票
2位 砕蜂 13票 
3位 雛森 ルキア ネム 7票
4位 卯ノ花 乱菊 4票

中間結果ではこうなっています。

アンケートは尸魂界救出編が終わるまで続けようと思っています。

それにしてもみなさん夜一さんと砕蜂好きですね。作者自身は乱菊や雛森が多いと思っていましたが圧倒的な差が出てます。しかしこれは中間結果でありどうなるかはまだわかりません。

それからこの中で1位になったからといってその人物をヒロインにするとは限りませんご了承下さい。



長々と前書きを書いてしまいました。久々に書くと気持ちがあふれ出しますねそれではどうぞ~


その頃、一護は岩鷲ともう1人を連れて大きな階段を上っていた。

 

「クソ!それにしても長い階段だな!」

「文句言わずに上れ!…よし、てっぺんだ。このまま一気に奥まで…」

 

ドウン!

 

突如、3人に尋常ではない何か(・・・)が降ってきた。冷や汗が嫌というほど体中の穴という穴から吹き出し、死覇装と服に染みこんでいく。

 

「何だよ!このデタラメな霊圧は!」

「何が!誰がいやがるんだ!?」

「走れ!この霊圧は只者じゃねぇ!さっき戦った一角とは比較にならねぇから逃げるぞ!」

 

一護は連れの2人を守るかのように、全速力でその場から逃げ出そうとする。だが走っても走っても距離が縮まらない。むしろ近付いている気がするのだ。

 

{なんで、なんでだよ!これだけのスピードと死にものぐるいの思いで逃げているのに。なんで距離が開かねぇんだよ!まるで、まるで喉元に刃を突きつけられてるみてぇだ…}

 

どれだけ走っただろうか。感覚的には5分以上だが、肉体的にはそれ以上に思えてくる。あの霊圧は言葉に表すのも難しいほど強烈なものだった。

 

押しつぶされそうになるほどの圧迫感。戦闘意欲を失わせるほどの威圧感。でも微かに安らぎと暖かさのある圧。

 

だがその2つは、「ここ」に来るまでに何度も経験している。「ここ」に来ることを手助けしてくれた「あの人」に。

 

だからこのまま逃げるわけには行かない。そいつを倒してルキアを助ける。そう覚悟した瞬間上に巨大な存在感を感じた。

 

「さあ、()るか」

 

一護が視線を恐る恐る上げると、その存在感がそう言ったように聞こえた。

 

 

 

 

「ふあぁぁぅぁう。…暇だ」

 

俺は藍染が殺害された現場を眼にして、2人の副隊長のいざこざを終息させた後。白い建造物のてっぺんで寝転がりながら、〈旅禍〉の到着を待っていた。

 

一角を単独戦闘で勝利した場所から真っ直ぐ南に来れば、ここを必ず通る。ここを通らなくとも行けなくはない。

 

最短距離として地図が入っていないのであれば、罠があるとわかっていても通らざる終えない。

 

ならばここで待機していても別段可笑しくもない。そこかしこで戦闘をする余波が、空気を伝って霊圧と共にここまで届いている。

 

計画(・・)は予想外のことも起こっているがかなり順調である。〈旅禍〉の動きによっては、計画を練り直さなければならないだろう。今のところはこのままでいいだろう。

 

「ん?来たか」

 

寝転がりながら青空を仰いでいると、一角の傷口から救護詰所で感じたものと同じ霊圧を感じて起き上がる。一護の後ろには知らない霊圧が1つと知った霊圧が1つある。

 

「なんで君がそこにいるのか甚だ疑問だがまあいい。お前が黒崎一護を回復させてくれるなら、俺たちの計画は加速するさ」

 

立ち上がり、てっぺんから3人の動きを観察する。

 

「さあ、()るか」

 

見下ろしながらそう言うと、恐る恐る見上げた視線と交差し戦意を感じた。地面に着地してゆっくりと立ち上がり声をかける。

 

「黒崎一護、久しぶりだな」

「…俺の名前を知ってんのか?」

「一角から話を聞いているはずだが?それに「白道門」で会っているのに忘れられるとは…辛いものだ」

「…〈十一番隊〉隊長代理」

 

恐る恐るとばかりに冷や汗をかきながら呟く黒崎一護に、俺は僅かだが落胆した。さきほど視線を交したときに俺へと向けた戦意が、玩具にまで成り下がっていたからだ。

 

最初に向けた戦意が日本刀と評するなら、今はサバイバルナイフといったところだろうか。手で握れば即座に折れてしまいそうな貧弱な戦意を大きくさせるために、俺はどうすればいいだろうか。

 

「い、一護さん逃げて下さい!」

「花太郎?」

「その人は〈瀞霊廷〉において、10本の指に入ると評される死神です!阿散井副隊長を退けさせた一護さんでも勝つことは不可能です!」

 

花太郎の懇願が痛いほど一護にもわかった。副隊長の恋次にあれほどの手傷を負わされたのだ。それかまわからないわけがない。今回の敵は恋次の腕を遙かに凌ぐ敵だと知っている。脳が体が危険だと知らせているのを理解している。

 

でもここから逃げればどうなるか。二度とルキアに会うことも助けることもできないと理解している。だからこそ懇願を聞き入れることは出来ない。

 

「…悪い花太郎、俺はここで諦めたり逃げたりすることはできねぇ。すればルキアを助けられねぇし一緒に来てくれた夜一さん・チャド・井上・石田・岩鷲。そして斬魄刀を手に入れさせてくれた、戦闘を教えてくれた浦原さんを裏切ることになる。それだけは勘弁してぇんだ」

 

振り返りながらそう言いう。視線を〈十一番隊〉隊長代理に戻すと、少し動揺しているように見えた。

 

{なんだ?俺の言葉に覚悟に感動したわけじゃねぇよな?いや、考えるのは後だ今はこいつを倒す。倒してルキアを助けに行く!}

 

覚悟を決めそのまま相手の懐へと突っ込み、左肩から右足へと斬魄刀を振り下ろすが、足を僅かにずらすだけで簡単に避けられてしまう。

 

だがその程度は予想済みだった。左足へと振り向く瞬間に、右へ切り払い。その場で一回転してから、さらに刀身が深く相手の身体を捉えるようにもう一度振り向く。

 

今度こそ決まったかと思った。

 

が…。

 

「な、なんだと?」

 

右手だけで最後の攻撃を防がれ、一護は眼を見開いた。全力とは言わないまでも、一角と恋次を倒したとき以上の攻撃ではあったはずだ。

 

それなのに、それなのに。その攻撃を斬魄刀を抜かずに片手で。しかも握り拳を作ることなく易々と止められてしまった。

 

「やれやれ、この程度とはがっかりだ。それに相手が構えていないのに斬り掛かるとは礼儀がなってないな」

「う、うるせぇ!俺はどんな手を使ってでもルキアを助けなきゃなんねぇんだ!ひょうひょうとしているあんたが構えるの待ってたら、処刑が始まっちまうんだよ!」

「君が助けたがっている理由もわかる。だがどんなときも礼儀を忘れてはならないときがある。そう師に教えてもらわなかったか?」

「なっ!」

 

腰に携えていた斬魄刀を抜刀して、上段から真下へと振り下ろす。それを勘と無意識における反射で避ける。

 

振り下ろした威力だけで、自分の立っていた地面が大きく凹んでいる。まともに喰らっていれば、立ち上がることはおろか気を保っていれなかっただろう。

 

それだけの殺傷能力を持った攻撃だった。

 

間髪入れず斬魄刀を突きで放ってくるのを、初動と剣先の方向を全力をもって観察する。師の攻撃を死に物狂いで避けてきた結果が、今の自分の回避行動に現れている。

 

と思えば激烈な突きが放たれた。

 

「おわ!」

 

ズガン!

 

避けていなければ胴体に風穴が空いていただろう。それだけの威力があり、それを示すかのように自分の後ろにあった建造物が、玩具のように音を立てて崩れていく。

 

「殺す気か!?」

「だって、そうしないとさっきみたいな戦意見せてくれないだろう?だから殺す気でいかないとな」

「うわぁー!」

 

一護は背を向けたまま逃げる。それを楽しそうに雷蔵は追いかける。

 

「や、やるな。その細い斬魄刀でこれだけの破壊力って」

「ありゃ、褒められちゃったな。でもだからといって手加減はしないぞ」

 

バキ!ゴン!ガツ!

 

笑顔のまま斬魄刀を何度も突き、その剣圧で建築物の壁が凹んでいく。それをかろうじて避けていた一護は少なからず安堵していた。

 

{よし、このままいけば少しは避けられる…}

 

ザシュ!

 

「え?」

 

いつの間にか突きから振り下ろしに変わった攻撃を視認できず、右肩から左脚にかけての背中を大きく切り裂かれた。

 

「ガハ!」

「今気を緩めたな?『隊長格の攻撃でも避けていれば問題ない』『避けられるから自分の腕は上達している』と。本当につくづく甘い。《蹂躙(じゅうりん)しろ【雷天(らいてん)】》」

 

雷蔵が《始解》をする。すると斬魄刀が変化を始めた。刀身の左右から突起が発現し、それがさらに上へと湾曲する。それが上下に2つ付随し刀身には、雷光が時たまに走り、チリチリと音が聞こえてくる。

 

「な、なんだよその斬魄刀…。まるで、まるで雷じゃねぇか…」

「俺の斬魄刀は『雷』系統でな。〈十一番隊〉には似合わないものだ。さあ、行こうか《雷天》。獲物がいるよ」

 

口にした瞬間、雷蔵の姿が消えて一瞬にして一護に肉薄した。それは一護に視認できる代物ではない。見えたのは、自分の胸を突き刺した《雷天》を鞘にしまったあとだった。

 

「それは自分の腕前を傲ったことと、相手の実力を判別できなかったことによる傷だ。忘れるなその痛みを。この攻撃を受けたことで、お前は今よりはるか高みへと至ることができる」

 

遠くであいつの声が聞こえた。

 

傷は深くないはずなのに何故か脚が動かない。出血量も一角戦よりは少ないはずなのに腕が上がらない。

 

{なんで、なんでだよ!?なんで脚が腕が上あがらねぇんだ!俺は勝たなきゃ、勝たないとルキアが!}

 

そこで俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

『勝ちたいか?』

 

意識が途切れたと思った瞬間、その場を去ろうとする〈十一番隊〉隊長代理 雷蔵の横に見たことのある男が現れた。

 

「斬月のおっさん…」

『勝ちたいか?生きたいか?どっちだ』

「お、俺は…!」

 

 

 

目の前で血を流し、前のめりに倒れた黒崎一護を慈愛に悲哀に満ちた表情で雷蔵は見下ろしている。

 

「こんな幕引きとは。俺のお前に対する過大評価が原因か…。これでは『作戦』に支障が出るな。どうやってギンに伝えれば良いだろうか」

 

黒崎一護から眼を離しその場を離れようとした瞬間。

 

爆発的な霊圧が背中から吹き抜けてきた。その方角を見ると折ったはずの斬魄刀が復活し、傷口からの出血も収まってきている。

 

何故か。

 

それは俺にもわからない。だが望んだ力を今ここで発揮しようとしているのがわかる。それだけで戦う理由は十分なのだろう。

 

「起き上がるか黒崎一護」

「当たり前だ。俺を待ってくれている友人がいる。俺を信じてくれている友人がいるんだ。負けるわけにはいかねぇ。ここで倒れたまんまじゃ合わせる顔がねぇ」

「それでこそ俺が待っていた本当の『黒崎一護』だ」

 

眼に宿る光が先程とは比べものにはならないほど輝き。高まった戦意が伝わってくる。だがこれだけ強い戦意を放ってきているのに殺意を感じない。

 

戦意に殺意は付きもの。自分がまったく向けているつもりがなくとも、敏感な者であればすぐに感じ取れる。

 

それは俺も例外ではない。だがその俺でも殺意を全く感じない。微塵もだ。それだけ仲間のために朽木ルキアのために、俺に勝つつもりなのだろう。

 

ならば俺も真っ向勝負で応じてやらなければ。隊長という責任ある立場上、全力の相手から逃げるわけにはいかない。

 

 

 

『聞こえるか一護。あの剣の声が』

「ああ、聞こえる。すごく嬉しそうだ」

『互いを信じ合う者同士共に戦えば互いの力を上昇させる。それは限界に非ず。互いが求めれば求めるほど強くなる。一護、お前は私を信じられるか?』

 

《斬月》の言葉に一護は少しばかり間を置いて答えた。

 

「…当然だろ。俺の力を全部あんたに預ける。好きに使ってくれ。そして俺に力を貸してくれ」

『………ああ』

 

僅かに間が空いたのは迷ったからではない。覚悟を決め己に活を入れるための猶予を手にしたかったからだ。

 

《斬月》が一護の持つ柄を握るとさらに霊圧が格段に上がった。

 

 

 

「ほう!まだ霊圧が上がるか。面白いそれでこそ『黒崎一護』だ」

「俺はあんたと同じで『独り』で戦っているわけじゃねぇ。《斬月》と2人で戦ってんだ」

「《斬月》か…。月を斬る、大それたなんとも詩的な名前だ」

 

雷蔵も嬉しそうな笑みを浮かべている。

 

『私がお前の傷口の血を止めておくのも限界に近い!一撃で決めるぞ!』

「ああ!」

 

一護と雷蔵は、コンマ一秒ずれることなく互いの呼吸が合わさった瞬間に地を蹴った。

 

{雷蔵さん、あんたの戦い方は浦原さんとまったく同じだった。浦原さんと夜一さんの名前を出したとき、僅かに霊圧が揺れたんだ。もしかしたらあんたは2人となんらかの関係があるんだろう。けど今はそれを気にしている暇ねぇんだ。だからこの一撃で俺は勝つ!}

 

ガガン!

 

一護の《斬月》は刀身の半ばから折れ、雷蔵の《雷天》は一護の腹部を貫通していた。

 

「みんな、すまねぇ…」

 

倒れることで一護は自身の体を余計に傷つけてしまった。一護の腹部の傷は、中心から左脇腹にかけてを大きく削がれ出血が酷かった。

 

「ふ、何がすまねぇだ。お前は隊長と戦って満足させたんだ。大勲章じゃないか。見事だった」

 

〈十一番隊〉の隊長羽織を一護にかけてやり、背後にいる花太郎に声をかけた。

 

「花太郎、少しでいいからこいつを治癒してくれ。それが終われば黒崎一護を置いて先に進め」

「え、雷蔵隊長はどうして…」

「つべこべ言うな二度は言わん。それとも俺に逆らうか?」

 

軽く霊圧で威圧すると大人しく行動を開始し、もう独りは惚けたままその場に腰を抜かして座り込んでいた。その様子からは弓親を倒したとは思えないが、志波家(・・・)の血筋なりの戦いで勝利したのだろう。

 

弓親の髪型から察するに、「志波家」のお家芸である花火の爆発によって敗北したようだ。双方共に聞かれたくないだろうから、何も聞かずにその場を〈瞬歩〉で去って行った。




ようやく雷蔵の斬魄刀の名前が明らかになりましたね。能力などはまだ登場していませんが作者の中ではほぼ完成しています。

次話から尸魂界救出編に入ります。かなりハイペースで進んでいますがご理解の程お願いします。



出身・・?
解号・・蹂躙しろ『雷天』
始解・・雷天
卍解・・?


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尸魂界救出編
9


あっという間に書き上がっちゃいました。

原作とは流れが変わり一角と弓親が「中央四十六室」の決定に違和感を感じているという状態になっています。いろいろ可笑しくなっていますが原作とずっと一緒では面白くないかなと思ってアレンジしました。

まあ、結局流れは一緒なんですけどね。


黒崎一護を花太郎に託し、少しだけ近くの建造物のてっぺんで昼寝をした後、四深牢へ架かる橋の上に向かう。大きな霊圧が、さきほど黒崎一護とともにいた男とぶつかっていた。

 

〈護廷十三隊〉に所属する死神より霊圧は高いが、今対峙している者には遠く及ばない。次元が違うとも言えるだろう。

 

〈瞬歩〉でその場に急行し、斬魄刀を振り抜こうとした者の手を掴む。

 

「物騒だな、朽木隊長」

「雷蔵隊長代理!」

「オッス、朽木ルキア。痩せたな元気か?」

 

驚きを露わにしながら、「重罪人」とされている朽木ルキアが声をかけてきた。生憎今は手を掴んでいる人物を抑えることが第一である。

 

「どういうつもりだ、雷蔵…」

「どうもこうも〈懺罪宮〉での斬魄刀解放とか一級禁止条項だ。いくら戦時命令がでているからといって、お前の実力であれば《鬼道》で十分だろう」

 

目の前には橋に血溜まりを作る、さきほどの男が倒れていた。斬魄刀を解放した朽木白哉の攻撃を、真正面から喰らって息があるのが不思議なくらいだ。

 

ドン!

 

突如、ここ一帯を数時間ほど前対峙した者の霊圧が覆った。

 

さすがの白哉もこれほどの霊圧を持ちながら、知らないことに少しばかり驚いているが。とはいえ、いつもの通り落ち着いた表情でその者が現れるのを待っている。

 

見たことのある空飛ぶ何かを掴んで、空を飛んできたそれはルキアの側に降り立つ。その瞳はようやく見つけることが出来たことへの安堵、助けることへの覚悟に満ちている。

 

「俺はお前を倒すぜ、朽木白哉」

「大層な口を利くな小僧」

 

白哉が霊圧をさらに上げるが、一護は表情を変えず斬魄刀を構えて白哉を見据えている。

 

「この霊圧の中で顔色一つ変えぬか。随分と腕を上げたようだ」

「ご託はいいんだよ。俺はあんたを倒して帰る」

「大層な口を利くなと言ったはずだ、小僧」

 

その瞬間、白哉の姿が消えた。少なくともルキアや花太郎にはそう見えただろう。雷蔵はそれをしっかりと視認し、一護も素早く反応した。

 

ガッ!

 

「見えてるぜ、朽木白哉」

「…思った以上に腕を上げたと見える。ならばその姿形を残さぬように塵となるがいい」

「待て白哉!」

 

さすがに雷蔵も〈雷天〉を抜刀し止めようとしたが、それより早く白哉の斬魄刀に布を巻き付けた者がいた。

 

「四楓院夜一、やはり来ていたか…」

 

白哉の呟きには目もくれず、夜一は一護の腹部に攻撃を加え気絶させた。〈穿点〉か〈崩点〉のどちらかである強力な麻酔を、内臓に直接たたき込んだようだ。

 

「治す気か、夜一」

「…雷蔵」

「治させるわけがなかろう。今ここで始末する」

 

互いに〈瞬歩〉を使って追う、逃げるを繰り返す。幾度目かの攻防の末、夜一が白哉の動きを見切り、四深牢の屋根に一護を肩に担いで現れた。

 

「3日じゃ、3日でこやつをお主より強くする」

 

それだけを言い残し〈瞬歩〉で消え去ったのを見届けると、白哉は興味が失せたのか何も言わず何処かに消えていった。

 

「やれやれこれだから白哉は」

 

どさ。

 

背後では緊張の糸が切れたのか、ルキアが倒れ込んでしまった。無理もない。久々に白哉の霊圧を間近に感じ、さらに一護に再会したのだから。

 

「朽木は俺が牢に戻しておく。花太郎、お前はそのまま〈四番隊〉に戻るんだ。卯ノ花隊長には俺が事情を説明しておくから気にするな」

「はい…」

 

花太郎は反論せず、そのまま四番隊隊舎へと向かっていった。その後に朽木を牢に入れた雷蔵は、卯ノ花隊長に説明するため、花太郎より先回りをして四番隊隊舎に向かった。

 

 

 

「『精神的肉体的強制を受け、【旅禍】に従わざるを得えない状況であったと考えられる。よって卯ノ花四番隊隊長の寛大なご処置を期待する』と〈十一番隊〉隊長代理 雷蔵から言付けをいただいています。しかしながら貴方の協力を得た【旅禍】によって、〈尸魂界〉が受けた被害は甚大です。貴方の行動は地位的責任から考えても、決して看過できるものではありません。いいですね、〈第十四上級救護班〉班長及び〈四番隊〉第七席 山田花太郎」

 

落ち着いた容姿で、言動共に静かで穏やかな女性は花太郎に厳しく言い放つ。

 

「しかし、彼らは悪い人ではないと思われます!黒崎さんはただ朽木さんを助けたい一心で…」

「黒崎、それが【旅禍】の首謀者の名前ですか。しかし、彼らの行動が正当だとしても、〈中央四十六室〉の決定は絶対です。私たちにはどうすることもできません」

 

その言葉に花太郎は口を閉ざすことしか出来なかった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

一護は夜一に気絶させられた後、白哉に勝つための修行をしていた。

 

死神最高戦術、《卍解》を会得するために…。

 

「ふぅぅぅぅぅ~」

 

夜一の秘密の訓練場の隅に湧いている温泉に浸かると、無意識のうちに口から息を吐き出す。傷口にかかった湯によって塞がっていくのを見て、湯に潜り全身を治す。

 

すると猫の姿で温泉に浸かりに来た夜一に声をかけた。

 

「夜一さん、ここって浦原商店『勉強部屋』に似てないか?」

「まあ、そうじゃろうな。あそこはここを真似て作られたものじゃから」

 

一護が言っているのは、自分を鍛えてくれた場所にそっくりということだ。死神の力を手に入れさせ、そして〈斬月〉を目覚めさせてくれた場所に。

 

「ここはわし・喜助・もう1人(・・・・)が幼い頃、遊び場兼稽古場として〈双殛の丘〉の地下深くにコッソリ作った場所じゃ」

「…この巨大な空間をコッソリとか?」

「…喜助はコッソリと悪いことをするのが病的に上手かったからの」

「その通り」

「誰だ!?」

 

2人で話していたはずなのにどこからともなく声が聞こえ、一護は〈斬月〉を持たずに狼狽を露わにする。

 

「まったく数時間前に戦っていた奴の声も忘れたのか。脳みそは〈十一番隊〉以下だな」

「なんだ〈十一番隊〉隊長代理かよ…じゃねぇ!なんであんたがここにいんだよ!」

「ここの温泉が好きだからだが?」

「答えになってねぇ!」

 

ひょうひょうとする雷蔵に、一護は右手に握り拳を作ってかなり怒っている。

 

「そう怒るな一護。雷蔵は敵ではない」

「んなこと言ったって、俺の身体斬ったんだぜこいつ」

「そうしなければならなかったのじゃ。もし本当に殺す気で来ていたならば、お主は雷蔵の姿を見ずに息絶えておったわ」

 

それを聞いた一護は、立ち上がっていたにもかかわらず座り直した。夜一の言葉が痛いほどわかったのだ。自分がどれだけ全力でぶつかろうとも本気を出さず、笑みを浮かべていられるほど余裕な表情をしていたのだから、力の差がわからないわけがなかった。

 

「じゃあなんでここにいるんだよ。あんたは【旅禍】の俺たちを倒さなきゃなんねぇんだろ?隊長代理ともあろう人が仲良しこよしでいいのかよ」

「それなりに俺にも理由があってな。っと、そういうわけで俺はおいとまさせてもらう。急用が入った」

 

湯煙の中に消えていこうとする雷蔵に一護は声をかけた。

 

「待てよ、いや待ってくれ雷蔵さん!なんであんたがここにいるのかだけ教えてくれよ!なんで夜一さんと知り合いなんだよ!」

「時が来れば話そう。それまでに《卍解》を会得しておくことだ」

「雷蔵さん!」

「黙れ餓鬼が。同じことを何度も言わすな」

 

怒気のはらんだ声音と押しつぶされそうな霊圧に、一護は生唾を飲み込んだ。

 

「…あやつ、また腕を上げよった」

「前に会ったときより上なのか?」

「比べることが出来ないほどにじゃ」

「…そうか」

 

一護は事実を聞いても怖じ気づくことなく、むしろ前向きにそのことを捉えていた。今まではルキアを助けることが目標だったが、今新しい目標が目の前に現れたのだ。

 

《卍解》を会得した暁には、その腕前をあの人に見せたいと思うようになった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「弓親、これ見ろ!」

 

普段見せない何かに疑問を感じているような表情で、自分に駆け寄ってくる一角を見て、弓親はなんとも言えない表情を浮かべていた。

 

「どうしたの一角?珍しい表情してるけど…」

「そんなことはいいんだよ!それよりこれを見ろ!何がどうなっているのかわかんねぇよ!」

「何をそんなに慌てている、の、…ん?」

 

一拍の間が空いてから。

 

「ええええええ!!!」

 

十一番隊隊舎の縁側でお茶を口にしていた弓親は、一角から渡された文に書いてある文字を読んで叫んだ。

 

「…隊長は何を考えているのかな。これは罰則を受けるとかそういう次元の話じゃないよ」

「俺もそう思った。けどよ、隊長がなんの考えもなくこんなものを送りつける理由はないはずだ。命令を聞くか聞かないかは俺たちに任せるみたいだが。…どうにもきなくせぇ」

「何が?」

「【旅禍】が侵入して副隊長 阿散井恋次がやられただけで、戦時特例っていくらなんでもやりすぎだ。それから朽木ルキアの処刑も異常だ。それはお前も薄々感づいてるはずだろ」

 

一角の勘の良さに呆れるより称賛したくなった弓親である。

 

「…まあね。あれだけの罪状だけに、〈殛刑〉だなんて正気を失っているようにしか見えない。隊長格以外への《双殛》の使用に義骸の即時返却。どれも異例づくめだよ」

「それだけじゃねぇ。隊長に教えてもらった藍染隊長殺害事件だが、【旅禍】という証拠もねぇのに断言されてやがる。もはや誰かの陰謀にすぎねぇとしか言えねぇよ。そこは隊長と同じ意見だな」

「そうだね、藍染隊長を殺すのは容易じゃない。藍染隊長を殺せるほどの実力を持っているなら、もうすでに朽木ルキアを奪い返していても可笑しくないはずだ。いくら〈瀞霊廷〉を翻弄する気があるとしても余計なことをしすぎだよ」

「一護は生きてる。そうだろ織姫ちゃん(・・・・・)?」

 

一角が声をかけると、襖を開けて井上織姫が顔を覗かせた。

 

〈十一番隊〉平隊員 荒巻真木造によってここに連れてこられた織姫は、直後は緊張した面持ちでいた。自分が一護の仲間ということを知ると、優しく話しかけてくれたり生活を見てくれることに嬉しさを感じ、数日間〈十一番隊〉に保護してもらっていた。

 

その時に別れた石田雨竜とは連絡も取れていないが、無事だと確信している。

 

「確信はないですけど生きていますよ。絶対に」

「そりゃそうだろうな。たとえ俺の隊長に負けたとしても、その場で死ぬような奴じゃねぇと俺も戦ったから理解できる」

「黒崎君は絶対に負けない!」

「気持ちはわかるがあの人には絶対勝てない。それだけは決定事項なんだ織姫ちゃん。いくらあの野郎が強くても、《卍解》を会得していない。ましてや会得していても勝てない。それが俺らの隊長だ」

「そんな…」

 

落ち込み始めた織姫に、一角は乱暴な手つきで頭を撫でて慰める。

 

「安心しろ。一護の野郎は無事だって、隊長からの手紙に書いてある。今は修行中で会えないが、必ず会わせるって書いてあるから落ち込むな」

「それで一角、どうするの?」

「俺は隊長についていくぜ。少々〈瀞霊廷〉のやり方に疑問があるからな。それに一護ともう一度戦いてぇし、今度は俺が勝つ。お仲間の救出は明日だ。なあに〈震点〉を使えばすぐ解放できる」

「即答か。いつも通りだね一角は」

 

頼もしい2人の楽しげな会話に、少しばかり沈んでいた心が温まるのを感じた織姫であった。



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10

連載十話達成です!2巻近くぶっ飛ばしてますがお気になさらずにお願いします!


『〈尸魂界〉に緊急要請!こちら筆頭六回生 檜佐木修兵!現世定点1026番北西2128地点にて、巨大虚(ヒュージ・ホロウ)の襲撃を確認!至急、応援をお願いします!』

 

技術開発局2代目局長の涅マユリは、スピーカーから聞こえた応援要請に面倒くさいとばかりに眉を顰める。しかし表情とは裏腹に、〈瞬歩〉で一番隊隊舎に急行し元柳斎に伝えるのだった。

 

「〈現世〉にて巨大虚(ヒュージ・ホロウ)の出現を確認した。よって〈五番隊〉副隊長 市丸ギンと〈十一番隊〉副隊長 雷蔵、以上2名を救援班として送ることを決定。至急、〈現世〉に向かうことを命ずる」

「「はい」」

 

ギンと雷蔵は一番隊隊舎から〈瞬歩〉で消え去り、準備を終えた〈穿界門〉を駆け抜けるのだった。

 

 

 

2人は〈穿界門〉を走りながら無駄話をしていた。

 

「何故副隊長の俺たちがあの場に呼ばれたのかがわかったよ」

「そやねぇ。でもなんで隊長たちじゃなくて、ボクらが派遣されたのかわからへんなぁ」

「隊長格を派遣するほどの虚じゃないからだろう?」

 

隊長格は単独で大虚(メノスグランデ)を討伐できる。巨大虚(ヒュージ・ホロウ)の相手であれば、副隊長2名で十分という元柳斎の判断だと2人は自分を納得させた。

 

「それにしても巨大虚(ヒュージ・ホロウ)が出るとは聞いていないが」

「ボクも知らんかったよ」

「これも計画(・・)のうちか?」

「そやろね。でもまだまだ実験段階(・・・・)みたいやから、討伐してもなんも言われへんはずやで」

「じゃあ、手加減なしで行こうかな」

 

〈穿界門〉を抜けた2人は少々驚いていた。巨大虚(ヒュージ・ホロウ)の予想外の数に。

 

「…多いな」

「…そやねぇ」

「楽観的だなギンは」

「あれれ?雷蔵はんも似たような感じやけど?」

「うるせぇよ。《破道の四【白雷】》」

 

右人差し指から発射された閃光は、檜佐木修兵に噛みつこうとした

巨大虚(ヒュージ・ホロウ)の顔面をいとも容易く貫通した。《鬼道》が苦手な雷蔵だが、基礎的なものであれば、詠唱破棄でも扱えるのだ。

 

飛んできた方角を見た院生は眼を見開く。

 

「ひゃあ、たいそうな数やなぁ」

「遅れてごめん。救援に来たよ」

「え?あなた方は〈五番隊〉 市丸副隊長と〈十一番隊〉 雷蔵副隊長…」

 

檜佐木の言葉に後ろの院生の3人は息を飲む。まさか2人の副隊長クラスが来るとは思っていなかったのだ。女性死神にいたっては、今にも泣き崩れそうな表情をしながらも、何処か安心した表情を浮かべていた。

 

「よく頑張ったな怖かったろうに。でも俺たちが来たからには大丈夫だ。そこで心を落ち着かせておくといい」

「ほな雷蔵はん、どっちが多く狩れるか勝負と行きますか?」

「いいだろう受けて立つ。まあ、お前が負けるのは眼に見えているがな」

「その言葉そのままお返ししますで」

 

2人は向かい合いながら不敵な笑みを浮かべ、その様子に苛ついたのか巨大虚(ヒュージ・ホロウ)が飛び掛かってきた。

 

「ほ~う、俺に負け越しているお前が俺に勝つとでも?」

「負け越してますけど本当は互角やとおもてますよ」

「グギャアァァァァ!」

「「五月蠅い」」

 

2人が同時に斬魄刀を抜刀し、飛び掛かってきた巨大虚(ヒュージ・ホロウ)の顔面を斬り裂いた。

 

「今のは俺の方が速かっただろう?」

「ボクのほうが速かったですやん。負けたくないからって、自分の頭数に数えるのはあきまへんなぁ」

 

これだけの数の巨大虚(ヒュージ・ホロウ)の前で余裕でいられるのは、2人がそれだけの腕前であるということだ。

 

「じゃあ、今のは無しにして始めようか」

「構へんよぉ。ほな行きましょか」

 

互いに〈瞬歩〉で敵に斬り掛かった。眼に見えて巨大虚(ヒュージ・ホロウ)の数が減っていくその速度に、全員が呆気にとられている。

 

僅か3分後、残り1体になった巨大虚(ヒュージ・ホロウ)を2人の斬魄刀が左右から同時に斬り裂いた。

 

「けっ、同数かよ。大層な口を利いた自分が恥ずかしい」

「それはボクもですやん。まあ、楽しかったからええですけど」

「同感だな。うし、〈穿界門〉開くか。さっさと戻らないと総隊長に怒られそうだからな」

 

そう言って連れてきた地獄蝶を用いて、〈穿界門〉を開いた雷蔵とギンは、誘導するようにその中へ踏み込むでいく。

 

「おら一年坊、あとはお前らだけだ」

「「「はい!」」」

 

修兵に呼ばれた3人は、元気な声と共に覚悟に満ちた表情で〈穿界門〉に飛び込んだ。

 

これが雷蔵とギンによる恋次・雛森・イヅルの初対面となったのだった。

 

 

 

ちなみに、戻った2人に速攻元柳斎の雷が落ちて頭から煙をあげていたらしい。ギンは煙の出る頭を抱えながら座り込み、雷蔵は床をのたうち回っていたそうな。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

突如、冬獅郎とギンの爆発的に上昇した霊圧を感じ、そちらの方角を見ると空が曇り始め気温が低下していく。

 

「ギンの野郎、もう始めやがったのか!」

 

久々に悪態をつき、〈瞬歩〉でその場に急行する。すると血が滲むほど強く斬魄刀を握っていたのだろうか。柄を血だらけにした雛森が倒れている。

 

「《射殺せ【神鎗】》」

「くっ!」

 

ギンが《解号》を口にすると、視認するのがやっとの速度で刀身が伸びる。辛くも避けた冬獅郎だったが、雛森へと向かっていく刃を見て叫んだ。

 

「雛森ぃぃぃ!」

 

グサッ!

 

【神鎗】は雛森の身体を貫かず地面に突き刺さった。

 

「ふう、なんとか間に合ったか。ギン、これ以上暴れるなら俺もそれなりに抜かなければならん」

「雷蔵…すまない助かった」

 

冬獅郎は心底安堵したかのように息を吐いた。その機会を逃さないかのように、ギンが立ち去ろうとするのを冬獅郎が止める。

 

「待て!」

「ボクを追うより〈五番隊〉副隊長さんをお大事に。それから雷蔵はん、ボクはボクのやりたいようにやる(・・・・・・・・)。…もう気にせんといてぇな」

 

ギンはそれだけ言い残し、〈瞬歩〉で何処かへと消えていった。

 

「ギン…」

 

雷蔵は友人の名前を呼ぶことしか出来なかった。

 

 

/五番隊隊舎治療室/

 

そこのベッドには気絶したままの雛森が寝かされており、冬獅郎は後悔に彩られた瞳で見つめている。

 

「…すまない雷蔵、お前がいなかったら雛森は死んでいた。ありがとう…」

「…いや、かなり際どいところだったからな。あいつの《始解》を見てから間に合ったのは、奇跡と言っていい」

 

ギン、お前は一体何を企んでいる?俺と行動を共にしておきながら、別のことをしようとしている気がする。

 

「冬獅郎、一体何があった?雛森があんな姿になるなんて余程のことがない限りあり得ない。それから何故雛森とイヅルが牢の外に出ている?」

「藍染が残した手紙を読んだ雛森は自ら牢をぶち破り、イヅルは市丸に解錠されて外に出ていた」

「何故冬獅郎を敵と認識したんだ?」

「あの手紙が改竄されていたのかもしれない。俺は〈双殛〉を使って尸魂界を壊そうと思っていない。俺が首謀者とするように改竄した手紙を残し、それが松本から雛森に渡った」

 

だが雛森が尊敬していた藍染の字を見間違えるはずもない。改竄されたとすれば、よほどの腕前かあるいは本人がそう仕向けたかのどちらか。

 

前者は不可能に近いだろう。何故なら人の字を真似るというのは、案外難しい。真似ようとすればするほど字の形は崩れ、自分の癖が顕著に現れる。

 

それを踏まえると後者しか考えられない。

 

「あの手紙通りに処刑における〈双殛〉の力が、市丸の狙いであるなら処刑は止めなければならない」

『隊長並びに副隊長各位に通達ご報告申し上げます。殛囚 朽木ルキアの処刑日程について変更になったことをお伝えします。最終的な刑の執行は現在より29時間後、これは最終決定です』

 

どこからともなく現れた地獄蝶の報告に2人は眼を見開いた。

 

「明日だと…?馬鹿ないくらなんでも早すぎる。〈中央四十六室〉は一体何を考えている?」

「…焦るな雷蔵。もはや悠長に事態を考えている暇はない。処刑とそれに連なる〈双殛〉の解放、それが市丸の狙いなら、この処刑を見逃すわけにはいかない。行こう雷蔵、処刑を止める」

「…ああ」

 

雷蔵には気がかりなことが一つあった。ギンの口にした「自分のやりたいようにやる」という言葉が何を意味するのか。それは自分だけであの計画(・・・・)を為し得ようとしているのか。

 

〈双殛〉が目的にせよ1人でやろうとしているにせよ、止めなければならないのは事実。雷蔵は自分の疑問を一旦棚上げし、冬獅郎と共に五番隊隊舎治療室を後にした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

〈十一番隊〉の隊士2人は、掃除がダルいのといつも通り喧嘩っ早い性格によることで苛つき、斬魄刀を抜きそうになっていた。しかし登場した人物を見て慌てて仕事に戻る。

 

「斑目三席ぃぃ~!」

「それと綾瀬川五席ぃぃ!?」

「サボるならもう少し上手くやれ」

「チリ一つでも残したら殺すよ?」

「ははははは、諸君お勤めご苦労!」

 

自分達の前を通り過ぎてく3人を見て、2人は何が起こっているのか理解できていなかった。

 

「なんで荒巻があの2人に随伴してんだ?」

「てか荒巻の野郎、誰か担いでなかったか?」

 

2人の謎はしばらく後になってからになる。

 

 

 

ドカーン!

 

「ドワー!」

 

牢屋の天井が崩れ落ち何が起こったのか理解できていない3人。

 

「ふう~到着。おら織姫ちゃん、仲間に説明してあげな」

「は~い」

 

荒巻に地面へと降ろしてもらった織姫は、状況が理解できていない石田雨竜・志波岩鷲・茶渡泰虎に説明を始めるのだった。

 

 

 

一角・弓親・荒巻・織姫は、3人を救出した後、雷蔵のところに向かおうとしたはいいが道に迷いどうするか迷っていた。

 

〈瀞霊廷〉は広大であり、全ての路地を覚えるのは困難である。全ての路地は同じような造りであるため、特徴を見つけるのも一苦労。

 

「どうする一角?」

「どうにもこうにも壁を上って走るしか…っ!」

 

自分が立つ位置より高い位置に現れた霊圧に驚いて見上げる。

 

「へぇ~、檜佐木副隊長と射場さんかよ。いいぜ、相手に不足なしだ。弓親行くぜ!」

「いいよ一角。もう一度暴れようか」

「荒巻、〈旅禍〉連れて先に行け。少々荒っぽくなるからよォ」

 

5人がいなくなったのを確認後、4人はそれぞれの邪魔にならないように場所を移し戦闘を開始した。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

何か得体の知れないものが現れたかのように感じたが、今は向かうべきところに行くのが最優先。

 

「冬獅郎、今までのことどんなふうに考えている?」

「…すべてにおいて何者かによる陰謀だと思う。朽木の罪状だけで〈殛刑〉だと?〈尸魂界〉に対する疑問を抱いた輩がそのような刑を受けていないにもかかわらず、それが通るわけがない」

「〈中央四十六室〉がまともな判断を下しているようには思えないか。それは同感だが、妙だと思わないか?」

「妙?何がだ?」

 

〈瞬歩〉で移動しながらも、背後から感じる霊圧とは違うものの圧力。それが何かは見ればすぐにわかる。

 

「《燬鷇王(きこうおう)》、〈双殛〉の矛の真の姿にして、〈殛刑〉の最終執行者だ。あれが罪人を貫くことで、〈殛刑〉は終わる。そのときに発生するエネルギーは、確かに驚異的なんだろうさ。だがその眼に見えない肌でしか感じることしか出来ないエネルギー。それを〈尸魂界〉破壊のために、一時的にとはいえどのように保存するのか。…考えれば、その方法はないと思えてくる」

「つまり藍染の手紙は嘘なのか?」

手紙の内容(・・・・・)はな。雛森が見間違えなかったんだ。本人が書いていたのは事実なんだろう。だが強制的に書かされたというわけでもないだろうな。藍染隊長(・・)の弱みを握ることはほぼ不可能。あの人は弱みを握られてもそれを逆に手玉に取って、返り討ちに出来るほど柔軟な頭脳がある」

「どっちみち本人に聞くしかなかったというわけか…」

 

藍染がどうなったのかを知っているのは雷蔵を含む3名のみ。もはやどちらも信用できない事態にまできている。あいつ(・・・)はどっち側なのかまったく予想がつかない。どう考えようと今の情報量での決定は早期すぎる。

 

「おっと、〈双殛〉の矛を止めた奴がいるようだな」

「馬鹿な…。斬魄刀百万本に値する破壊能力を、たった一本の斬魄刀で受け止めたのか?」

「黒崎一護、例の〈旅禍〉だろうな。ん?なんだあの手綱のようなものは?矛に巻き付いている?」

 

次の瞬間に矛は周囲に爆散し、処刑台つまり〈双殛の磔架〉までもがほぼ同時に破壊された。それを足を止めた冬獅郎が呆然と眺めている。

 

「一体、何が起こっているんだ?」

「あの手綱の伸びている場所にある霊圧からして、浮竹隊長と京楽隊長の2名だな。どうやらあのお二方も処刑に疑問を感じていたようだ。これは、…総隊長はブチ切れてるな。圧がここまできてやがる」

 

元柳斎特有の重みと熱さの霊圧の余波がここまで届き、肌が焼け付くように感じられる。これだけ離れていても冷や汗が浮かぶのだ。対峙すれば気を失っても可笑しくはない。平然として対峙できるのは誰くらいだろうか。雷蔵にはあの2人だけしか思い浮かばない。

 

「急ごう冬獅郎。…ところで乱菊はどうした?ここ4日ほど会っていないが」

「…4日酔いだ」

「…は?」

「5日前にどれだけ自分が酒を飲めるのか試したいとか言い出してな。案の定、吐くわ頭痛はするわ爆睡するわ雑務は手伝わないわで、俺の仕事が増えた」

 

4日酔いなんぞ言葉初めて聞いたぞ冬獅郎。嘆かわしいとばかりにかぶりを振る友人に、同情してやりながら移動を開始する。

 

「止めろよ。酒飲むと面倒くさいのは知っているだろう?」

「止めたら余計に飲みやがるからできねぇ」

「…あ~、目に浮かぶわその様子」

 

簡単に想像できるのが悲しきかな。今は寝てもらって必要なときに役立ってもらえればそれでいい。




狛村さんと要は登場させていません。だって原作だったら剣八と戦ってるけどここじゃいないし一角や弓親じゃ勝てないし雷蔵は冬獅郎と行動共にしてるから出せない。

という理由です!待ってくれていた人がいればすみません。2人が何をしていたのかはご自由にお考え下さい。






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11

まあまあ間が空きましたがよろしくどうぞ。


「隊長!雷蔵さん!」

 

〈中央四十六室〉へ向かっている最中、乱菊が十番隊隊舎から〈瞬歩〉でやってきた。顔色が悪くないということは、4日酔いから復活したということなのだろう。

 

若干足取りがおぼつかない。もうすぐに治るだろうということで、何も言わないでおくことにした。

 

到着したところで、3人一緒に〈中央四十六室〉へと入っていく。

 

〈中央四十六室〉は、〈尸魂界〉全土から集められた40人の賢者と6人の裁判官で構成される。つまりは〈尸魂界〉における最高司法機関だ。

 

〈尸魂界〉・〈現世〉を問わず死神の犯した罪人は、全てここで裁かれることになる。その裁定の執行に武力が必要と判断されれば、〈隠密機動衆・鬼道衆・護廷十三隊〉などの各実行部隊に指令が下される。

 

そして一度下った裁定には、例え隊長格といえども異を唱えることは許されない。それは〈一番隊〉隊長及び総隊長である山本元柳斎重國でさえも…。

 

「なっ!〈中央四十六室〉が全滅だと!?」

「そんな!一体誰がこんなことを…」

 

2人が驚いている間、一番近い座席で事切れている賢者の流した血に触れる。

 

「…乾いているな。黒く変色してひび割れるくらいに」

「…殺されたのは昨日今日の話じゃねぇってことか?」

「それしかないだろうな」

 

阿散井が倒され、戦時特例が発令されて以降、ここは完全隔離状態に入った。それ故に誰も立ち入ることは許されなかったはずだ。

 

ついさっき3人がここを強行突破するまで、侵入された形跡はなかった。なのに〈中央四十六室〉は全滅している…それもかなり前に。

 

つまりあれ以降の〈四十六室〉の決定は全て贋物だったというわけだ。

 

「待て吉良!追うぞ松本!」

「はい!」

 

思案に暮れていると、2人がイヅルを追い掛ける。出遅れた雷蔵はその場に取り残されてしまう。

 

「あれれ?可笑しいなぁ~なんでこないなとこに雷蔵はんがおんのやろ」

 

少ししてからイヅルが出ていった扉とは、違う入口から現れたギンに声をかけられた。

 

「ギンやないか。これ聞いてないんやけど」

「…ボクのしゃべり方移ってません?」

「ん?ほんまやいつの間に?」

「ボクに聞かれてもわかりませんよ。それにそのしゃべり方似合ってないなァ」

 

自覚してから真似てみたが、似合ってないと言われてしまった。それはそれでいいのだが、このこと(・・・・)についての問いに答えてもらっていない。

 

「質問の続きだが」

「あ、それは仕方ないですわ。だってボクが教えられたのもまあまあ最近ですから」

「困るわ~。ちゃんと伝えるべきことは伝えてもらわないと」

「いいやないですか。それより後ろに隠れとる副隊長さん放っといていいんですか?」

「ダメだろうな。雛森、出てきなさい」

 

後ろの入口の陰に隠れていた雛森が狼狽しながら姿を見せる。雷蔵たちについてきていたのはずっと気付いていた。

 

冬獅郎と乱菊が気付いていたのかは知らないが、霊圧を可能な限り消し、気付かれないように追随するのは並大抵の腕では不可能。藍染の元で築いた腕は確実に実を結んでいたようだ。それを裏切られたとは露知らずに…。

 

「これは一体?日番谷くんがやったんじゃないの?日番谷くんじゃなかったら藍染隊長は?」

 

〈中央四十六室〉の全滅に、眼を見開いて混乱しているのは仕方ない。血を見ても眼を背けないのは、無残さより驚きの方が大きいからだろうか。

 

任務をしていれば必ずと言っていいほど目にするのは血と死体だ。〈護廷十三隊〉に所属しているとはいえ、席を持たない平隊員の任務中における死亡率は四割。

 

これはあまりにも高すぎる被害だ。

 

だがそれは致し方ないことでもあり、隊長・副隊長がすべての戦線を渡り歩くなど不可能である。虚との戦闘は常に死と隣り合わせだ。

 

 

 

 

「雛森ちゃんに逢わせたい人おるんやけどついてきてくれへん?」

 

という言葉に雛森は困惑しながらついていき、俺もその後に続いていく。

 

第一会議室を出てあらゆる廊下を歩く。階段を上り下り、また扉を抜けて階段を上り下る。よく道順を覚えているなと関心する。複雑な入り組んだ道を歩いて行くと、見覚えのない大きな空間に出た。

 

〈清浄塔居林〉

 

四十六室のための居住区域は、完全禁踏区域に指定されている。本人以外入ることは許されない。そのような場所を知っていて尚且つ気にせず入っていくギンに、俺は言い様のない不信感を覚える。

 

「〈清浄塔居林〉ってここにあったんだ…」

「雛森は知っていたのか?」

「はい、名前だけですけど。〈真央霊術院〉の頃に習いました」

 

卒業してから100年以上経てば忘れるだろう。実際、その頃の記憶はほぼ抜け落ちている。かつての友人や家族のこともうっすらとしか覚えていない。

 

「そういや習ったような習っていないような…あれ?やったっけな?」

「ふふ。そんな風に小首を傾げていると、なんだか幼く見えますよ雷蔵隊長」

「うぐ…それはそれでなんか傷つくな」

「なんでですか!?褒めているんですよ?」

「今の褒められてたんだ」

 

そんな話をしているとギンが立ち止まった。

 

「後ろ見てみ」

 

それを聞いて雛森は振り返って眼を見開いた。

 

枯れきっていた心に水が注がれ、満たされていく感覚にさいなまれる。そのまま後ろに立っていた憧れの人の胸に飛び込んでいく。

 

その様子を俺はギンと並んで見ていた。

 

「よっぽど会いたかったんだろうな」

「そやろね。なんせずっと死んでたと思てた人が目の前に現れて、触れることできるんやから」

 

優しく雛森の頭を撫でている藍染に対して、俺は憎悪が湧いてくるのを自覚する。別に嫉妬とかそういうくだらない理由でではない。もっと単純に殺す(・・)という気持ちによるものだ。

 

次の瞬間、俺は斬魄刀を抜刀して藍染に斬り掛かった。

 

「藍染んんんん!」

 

怒りにまかせて振りかぶった斬魄刀が当たるはずもなく、藍染は雛森から離れて床を滑るようにしてギンの横に移動した。

 

いきなり俺が抜刀し、藍染に斬り掛かったことに三度驚愕している雛森くんを抱きかかえる。〈瞬歩〉を用いて2人から大きく距離をとる。

 

「なんで…」

「君はもう少しで死ぬところだったからだよ。見てみな自分の死覇装とあいつの斬魄刀の切っ先を」

 

言葉通り自分の死覇装と藍染が持つ斬魄刀を交互に見て、雛森がさらに驚愕する。

 

「何故…藍染隊長?」

「ギン、お前本気でそちら側(・・・・)につくつもりか?」

「当たり前ですやん。やないとこっち(・・・)に立ってるはずがないやないですか」

「…墜ちたなギン」

「どうとでも言って下さってええですよ。ボクのやることは変わらへんから」

 

俺とギンが互いを威圧する霊圧によって、周囲の壁が震え出す。どちらも本気ではないが臨戦態勢なことに違いない。実際、雛森は俺の腕の中で震えだしている。

 

どう攻撃をしようか考えていると新たな参戦者が介入してきた。

 

「…何故、藍染が、いる?死んでいないのか?」

「本物だ冬獅郎。気をつけろギンもそっち側だ」

 

俺の声を聞いた冬獅郎は、俺の腕の中で震えている雛森くんの腹部辺りの死覇装にある血痕。そして藍染が持つ斬魄刀の切っ先に、僅かばかり付着している血液を見て真実を悟った。

 

「てめぇが雛森に血ぃ流させたのか藍染!?」

「聞くまでもないはずだよ日番谷隊長」

「藍染んんんん!」

 

ギンと対峙したときとは比べものにならないほどの霊圧が辺りに吹き出し、周囲の壁を崩壊させていく。

 

「ちょっと待て冬獅郎!ここで《卍解》するつもりか!?」

「《卍解【大紅蓮氷輪丸】》!…「聞いてねぇ!」藍染、俺はお前を…殺す!」

 

氷が全てを覆う前に、俺は〈瞬歩〉で緊急離脱した。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

雛森を五番隊隊舎の牢にもう一度入れて、監視を強化するよう〈五番隊〉隊士たちに要請した。本当は幽閉したくはなかった。暴れられて面倒ごとが増えるよりはマシだと、自分を無理矢理納得させた。

 

《天挺空羅》によって藍染がどこに行ったのかを知ったのは、それから約1時間後だった。

 

「一角・弓親、お前らはゆっくりでいいぞ。俺は今すぐ向かう」

「え、ちょ隊長待って…ええええ?速すぎィィィィ!」

「…何あの速度。〈瞬歩〉なのにありえないんだけど」

 

雷蔵は自分に出せる可能な限りの速度で、十一番隊隊舎から〈瞬歩〉で〈双殛〉へと向かって行った。

 

織姫たちを一護がいる場所まで送りつけて休憩していた一角と弓親に断りを入れて、消える速度に2人は呆然とするしかなかった。

 

それでも次の瞬間には、同じように〈瞬歩〉で向かうのだった。

 

 

 

「僕はすぐに〈四十六室〉を…「藍染んんんん!!」またか…」

 

藍染が話しかけている隙をついて、上空からすでに《始解》した《雷天》を振り下ろした。それは一護と白哉によって致命的なダメージを与えられていた〈双殛の丘〉に、さらなる大きなダメージを与えた。

 

「この霊圧は雷蔵隊長じゃねぇか…一体なんでこんな重さになってんだ?」

「あの時と比べものになれねぇぐらい濃い。そして何より重い…」

 

ルキアを守るために傷ついた恋次と一護は、その霊圧の異質さに驚きの声を上げる。そして辛うじて動ける恋次に、雷蔵は懐から取り出した小瓶を投げ渡す。

 

「雷蔵隊長?」

「それを黒崎一護の傷口に塗ってやれ。卯ノ花隊長から渡されていたものだ。緊急用治療霊圧を液体にした霊薬だが、ないよりはマシだろう。藍染、俺はお前に殺意が沸き上がってきている。理解しているよな?」

 

雷蔵の口から発せられたいつもの本人とは大きくかけ離れた声音に、ルキア・恋次・一護は唾を無意識のうちに飲み込む。大量の冷や汗をかいていることに気付かなかった。

 

「怖いくらいに感じているよ。友人を追放されたことに対する恨みか。全てを騙して回った僕に対する哀れみからかはわからないけどね」

「哀れみだと?貴様にそんな甘い感情を抱くと思うか?」

「どちらでも構わないよ。ギン、早く終わらせたいから時間稼ぎを頼むよ」

「しゃあないなぁ。悪いですけどそういうことなんで許してや《射殺せ【神鎗】》」

「くっ!」

 

ギンの《始解》を《雷天》の刀身で受けたはいいが、衝撃を抑えることはできず遙か彼方へと吹き飛ばされてしまった。

 

 

 

ズドーン!

 

雷蔵は〈双殛の丘〉から遠く離れた林の中に墜落した。かなりの衝撃音にもかかわらず、住民が来ないのはそれほど遠く離れているからか。もともと誰も住んでいないのか。

 

どちらでも雷蔵には問題ないので、そのようなくだらない思考をすぐにやめる。

 

「はあ、思った以上に飛ばされたな」

 

その言葉通り落ちた林の草木は、手入れなどされておらず自由気ままに生えている。手入れされているのは、死神が暮らしている地域一帯のみなので仕方ないかもしれないが。

 

たが自由気ままに生えていることで草木がクッションになり、大怪我はせず枝によるかすり傷が数える程度あるだけである。

 

「なんでここまで吹き飛ばされなきゃなんねぇんだ?理解に苦しむよ。しかし、そこまでして藍染側につく理由がわからないなあの言葉(・・・・)と関係しているのか?」

 

雷蔵の頭の中には、100年以上も前にギンが自分に告げた言葉が浮かんでいる。

 

『ボクは死神になる。乱菊を守れるくらい強い死神になるんや。もう二度と乱菊を護れないのは嫌や』

 

それは真冬の雪が降り積もった中で、少年らしかったギンの最後の言葉だった。その声音と表情は同年代の少年たちより悲壮だった。

 

言葉通りギンは、翌年に〈真央霊術院〉に入学してきた。

 

その才能は凄まじく、わずか1年で院を卒業して〈護廷十三隊〉に配属された。喜助が藍染(・・)の陰謀によって〈現世〉へと永久追放された頃から、2人でこの先訪れるであろう事件を未然に防ぐために動き始めた。

 

藍染からの信頼を得るために、ギンと2人で指示通りに動き回り要望に応えていった。

 

だが完全な信頼を得ることはできなかった。

 

それは夜一に真実(・・)を教えてもらうまでの疑問だったが、真実(・・)を知ったことでその意味がわかった。

 

何故藍染が俺を信用しなかったのかを。

 

雷蔵は喜助を追放した何者か(・・・)を、夜一に知らされるまで藍染だとは知らず、ギンも知らせていなかった。

 

夜一からすれば伝える方法がなかったのもあるが、ギンの場合は計画が潰れてしまうことを恐れてのことだった。雷蔵にとっては辛いことかもしれないが、彼を守るためにわだかまりができることを覚悟して2人は黙っていた。

 

「止めてやるよ藍染・ギンそして東仙。お前らの企みは今ここで潰えさせる」

 

〈瞬歩〉でその場を去った雷蔵は、〈双殛の丘〉へと全力で向かっていった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「《破道の九十【黒棺】》」

 

俺が到着したのは〈七番隊〉隊長の狛村が、詠唱破棄した九十番台の破道にやられた姿だった。

 

「九十番台詠唱破棄、怖いわァ。いつからそないなことできるようになりはったんですか?」

「いや、失敗だ。本来の破壊力の三分の一も出せていない。やはり九十番台は扱いが難しいよ」

「余裕だな藍染」

「…思っていた以上にお早いお帰りだ。ギン、時間稼ぎと言ったはずだが?」

「時間稼ぎとは言いましたけど、具体的な時間までは言うてませんよ」

 

ギンの言葉にさすがの藍染もげんなりとするが、それを気にしている暇はない。自身の安全を少なからず脅かすかもしれない相手がいるのだから。

 

「手加減はしない。今ここで俺はお前を殺す!」

「あまり強い言葉を遣うなよ。弱く見えるぞ」

「言ってやがれ。今すぐその薄ら笑いを、恐怖に歪んだ顔に変えてやるよ。《卍解》…」

 

そう言って雷蔵は右手に持った《雷天》を空に向かって掲げる。まるで「天」を指し、「従属」させるかのように。掲げたことで天候は悪化し、雷雲が音を立てて集まり始めた。

 

霊圧が高まり《雷天》の切っ先から電光が弾け飛ぶ。それは霊圧が高まるにつれて数は多くなり音も大きくなる。

 

静電気が弾ける程度に見えていた電光は、いつの間にか簡単に視認できるほどになり、地面を抉り始める。削られた地面は大きく波打ち、周囲へと被害を拡大させる。

 

そしてこれまで以上の「雷鳴」が轟き、《雷天》の切っ先から放たれた蒼と白が混ざったような光が雷雲を貫くように放たれ、それより太く色の濃い光が雷蔵を直撃し閃光が弾ける。

 

その閃光は辺りを真っ白に染めるほど。

 

あまりの明るさに、さすがの藍染とギンも眼をかばうように腕で顔を隠している。

 

唯一、目の見えない東仙はかばってはいない。だがあまりの霊圧の大きさと圧力に、後退りしそうになる足を懸命にその場へと留めていた。

 

「《帝破明神雷天(ていはみょううじんらいてん)》。解放するのは久々だ。簡単に壊れてくれるなよ?藍染」

 

光の中から出てきた雷蔵の姿に、ルキア・一護・恋次は眼を見開く。東仙は数歩後退る。ギンは普段閉じている眼を薄く開いて、藍染は少しばかり真面目な表情をしている。

 

雷蔵の手にある《帝破明神雷天》からは、途絶えることなく雷が迸り、地面を抉り続けている。チリチリと刀身が鳴く度に電光が弾ける。

 

「さあ、始めようか友の復讐を」

 

雷蔵が《帝破明神雷天》を構えた瞬間には、藍染の懐に入り込んでいた。

 

「壱足!」

 

雷蔵の口から死へのカウントダウンが通告された。




ようやく卍解の登場です。名前はダサいかもしれませんがご容赦下さいどうしても原作のように格好良いネーミングが考えつきませんでした。


※追記 え~、オリ主の卍解が雀部さんと似ているという指摘を受けました。書いてから気付きましたこれパクリじゃねと?しかし書いてしまった以上直すことは読んでいただいた方々に失礼だと思いますのでこのまま行こうかと思います。

技は可能な限り似せないように努めて参ります。ちなみに作者はユーハバッハなどはまったく知りません。もしかしたらまたパクリになるかもしれませんのでその時はご指摘お願いします。



出身・・?
解号・・蹂躙しろ『雷天』
始解・・雷天
卍解・・帝破明神雷天(はていみょうじんらいてん)


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12

約一週間ぶりですね。なかなか構想できず書こうと思えばバイト、学校で書く時間がありませんでした!


俺は2人(・・)がどうして出会ったのか知らない。俺が出会った頃には、既に2人(・・)で生きていたからだ。

 

『あんた一体誰や?』

 

ギンの初めて言葉がそれだった。警戒して後ろの少女を守るように、斬魄刀を携えた俺に対して恐れず殺気を放ってくる。

 

『俺は〈護廷十三隊十一番隊〉第七席 雷蔵だ。君達は?』

『…市丸ギン』

『…松本乱菊』

 

2人は怯えながら名前を名乗った。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「壱足!」

 

雷蔵は手にした《帝破明神雷天》を右から左へと振り抜く。しかし藍染は斬魄刀を逆手に持ち替えてそれを防ぐ。

 

「弐足!」

 

振り抜いたところを右上に切り上げる。

 

「参足!」

 

切り上げた後、左回転をし左から右へと振り抜く。回転によって威力を増した《帝破明神雷天》が、藍染の持つ《鏡花水月》に衝突し藍染が大きく体勢を崩す。

 

「藍染様!」

 

東仙が《清虫》を抜刀して斬り掛かってくるのを確認した後、雷蔵は藍染を無視して東仙に肉薄した。

 

「なっ!」

「俺を甘く見ないでもらいたいな」

「がはぁ!」

 

上半身を袈裟懸け状に切り裂かれ、東仙はその場に崩れ落ちた。

 

視線を向けると体勢を立て直しながら冷や汗を僅かに頬から流している藍染が、憎々しげに殺気のこもった視線を向けてくる。自分をここまで驚かす相手に出会わなかったからだろうか。妙に狼狽している。

 

「素晴らしい反応速度だな藍染隊長(・・)

「僕をここまで動揺させた死神は、山本元柳斎重國以来だよ。それにしても君の《卍解》は非常に興味深いね。良い研究材料になりそうだ。どうだろう、僕たちと一緒に来ないか?来てくれれば最高級の待遇で君をもてなすよ」

 

雷蔵が持つ《帝破明神雷天》を見ながらそんな誘いをかけてくる。

 

「お前の目的は、死神と虚の境界を取り払い超越者になることだろう?」

「…よく考察されているらしい」

「俺がそんな危険なことを繰り返し、魂魄を玩具のように扱う輩に従うとでも思ったか?」

「来ないとわかっていたよ。君が来てくれれば研究がはかどると思ったのだけれど残念だ」

「藍染隊長、そりゃ無理やて。だって親友を陥れた張本人が誘ってるんですから頷くはずないですやん」

 

ギンがいつも通り軽い調子で話すので、雷蔵は苛つき霊圧を迸らせてしまう。それに気付いたのか2人はこちらを見てくる。

 

「復讐で俺の気持ち全てが晴れると思うなよ屑野郎。…《雷進(らいしん)》」

 

呟く程度に囁かれた言葉を聞けた者はいなかった。気付いた頃には雷蔵が藍染に肉薄し、視認できない速度で剣を振るい藍染を圧倒していく。

 

ギンは藍染が攻撃されたのを直感で感じ取り大きく距離をとる。

 

どれくらい経っただろうか。気がつくと切り裂かれた跡が見えないにもかかわらず、藍染は息を荒くして膝をつき、(こうべ)を垂れるかのように下げている。

 

「この程度か藍染。お前はこれまでにどれほどの魂魄を殺してきた?俺は…「《射殺せ【神鎗】》」…ぐっ!」

 

藍染に気を取られていたせいで、ギンの攻撃に反応できず左脇腹を貫かれる。痛みは不思議にもあまり感じない。痛みが強すぎることで脳が認識できていないのかもしれない。

 

痛みは僅かに感じるが熱をより強く感じる。焼けた金属で傷口を炙られているような不快な感じだ。

 

「ギン…」

「…いいところで助かったよギン」

 

名前を呼ばれたギンは、普段見せない真面目な顔をしているだけだ。それを膝から崩れ落ちながら雷蔵は見ていた。

 

 

「あきまへんなぁ藍染隊長。ここで死んだら全部終わりやないですか。気ぃ付けて下さい」

「すまないギン。ところでどこまで話したかな?ああ、そうだ僕は〈双殛〉を使って朽木ルキアを処刑することにしたんだ。地下議事堂を開けたのは、二度の隊首会の前後数時間だけだ。死を装ってそこに潜伏したのは、その直後で君達の意外な行動で処刑が行えなくなる可能性が出てくると思ったからだ。朽木ルキア、君の魂魄に直接埋め込まれた異分子を取り出すには方法は2つしか無い」

 

藍染の眼は歓喜に震えている。自分の目的を完成させるための最重要物質を、自らの手で手に入れることが出来るのだから。

 

「埋め込む技術があれば、それを取り出す技術もあると踏んだ。僕は〈瀞霊廷〉の情報・事象が強制収拾される地下議事堂の大霊書回廊に向かった。読みは当たり、そこからある術を作り出したそれがこの(こたえ)だ」

 

藍染の右手が形容できない何かに変化し、ルキアの胸に突き刺した。身体から取り出されたのは小さな物体だ。

 

「…驚いたなりこんな小さなものなのか」

「…それが崩玉か。喜助が作り出した謎の物質」

「あれ、死んでなかったんや」

「…うるせぇよ」

 

出血を続ける傷口は醜い。内臓の動きが見えるから余計に醜く見えるのかもしれない。

 

「君は用済みだ。殺せギン」

 

今の脱力しきったルキアでは、ギンの《神鎗》から逃れることは出来ない。万全な状態でも回避不可なほどの速度であるため、今の状態では無理なのは一目瞭然。

 

「しゃあないなぁ。《射殺せ【神鎗】》」

「待てギン!」

 

俺の呼び止めも虚しく、ギンは斬魄刀を伸ばしていく。しかしそこにいたのは…。

 

「「白哉…」」

「隊長…」

 

そこにはルキアの処刑を聞いても眉1つ動かさず、表情を変えなかった男が片手にルキアを抱いて、ギンの《神鎗》を掴んでいる。眼からは外敵に対する非難の視線が含まれている。

 

「…兄…様…。兄様!」

 

崩れ落ち、荒い呼吸をしている白哉の顔色は蒼白だ。一護と戦っていたときの疲労、傷も今回の攻撃を受けたことで再び体を傷つけているのだろう。だが最悪な状況に変わりはない。

 

崩玉を抜き取られ斬魄刀を持たないルキア。

 

ルキアを守るために攻撃を避け続けた恋次。

 

恋次の助けを借りて不意を突いた攻撃をしたが、避けられた瞬間に切り裂かれて背骨で辛うじて繋がっている状態の一護。

 

ギンに臓器を貫かれた雷蔵と白哉。

 

それに比べて万全な状態の藍染とギン。袈裟懸け状に切り裂かれ懸命に立ち上がろうとしている東仙。まったく相手にならないのは両者ともにわかっている。

 

「動くな。筋一本でも動かせば」

「即座に首を刎ねる」

「夜一、砕蜂…わだかまりはとけたのか?」

「あまり喋るな雷蔵。もうすぐ助けが来る」

 

突然、現れた2人は藍染の首に刀を触れさせ脅しをかける。夜一が振り返ることなく答えると、周囲に数多くの知った霊圧が出現した。

 

「動かないで」

「ありゃま。すんません藍染隊長つかまってもた」

「乱菊、お前…」

 

 

市丸の手を掴み、首筋に斬魄刀を押しつけている乱菊の姿はひどく儚い。

 

本心ではこのようなことはしたくなかったのだろう。だがそれでも私情を挟む場合ではない。〈十番隊〉副隊長としての立場を忘れることなくここに来たのだ。

 

その覚悟を無碍にするような言葉を発する気にはなれなかった。

 

ああ、乱菊。君は覚悟を決めたんだな。俺には出来なかった大切な人を自分の手で殺めると。あの頃(・・・)はただ追い掛けるだけの背中を見ているだけだったのに、今ではその背中を見て殺すことを考えるようになった。

 

ギン、お前はそれでも置いていくのか?過ちを犯しながらも自分が大切だと想う相手を傷つけてでも。自分の成し遂げたいことを成し遂げるために。

 

「終わりじゃ」

「ああ、そうだね時間(おわり)だ」

「っ砕蜂、離れるのじゃ!」

 

夜一の言葉を聞いて砕蜂はその場を反射的に離れる。藍染を空の隙間から降り注ぐ光が包み込み、その現象に全員が驚く。

 

それも藍染だけではなく乱菊に捕まっていたギン、駆けつけた修兵が捕縛していた東仙までもが同じ光に包まれている。

 

「…〈反膜(ネガシオン)〉。まさか藍染は虚まで従えたというのか!?崩玉はそんなことまでできるのか…」

 

仰向けから俯せに体勢を変えた雷蔵は、空へと上っていく藍染を見上げながら呟いた。

 

「〈反膜〉。《大虚(メノス・グランデ)》が同族を助けるときに使うものじゃ。その光に包まれたが最後、外部と内部は干渉不能な隔絶された世界となる」

「総隊長…」

「雷蔵よお主は良く戦った安心して良し。隔絶された世界となれば、藍染はこちらにも手を出すことは不可能じゃ」

 

元柳斎は昇っていく藍染を見つめるその眼は、哀れみなど一辺すら感じさせない冷ややかなものだった。同じように藍染を見上げながらギンを見ると微かに口が動きこう言った。

 

「頼むで」

 

どういうことだろうか。隣で東仙に向かって必死に問いかけている狛村がいたが、それよりもギンの言葉の意味がわからなかった。

 

「頼む」とは何をだろうか。〈尸魂界〉だろうか〈瀞霊廷〉だろうか。はたまた自分自身をだろうか。

 

「一体何のために虚と手を組んだ?」

「高みを求めて」

「地に墜ちたか藍染」

「…傲りが過ぎるぞ浮竹。誰も最初から天になど立っていない君も僕も神すらも」

 

かけていた眼鏡をはずしながら握りつぶし、髪をかき上げて布告する。

 

「私が天に立つ。さらばだ死神諸君、さらばだ【旅禍】の少年。そして葛城家元次期当主(・・・・・・・・)雷蔵くん、君は興味深かったよ」

「ギンんんんんんんんぁぁぁぁ!」

「東仙んんんんんんんぁぁぁぁ!」

 

雷蔵と狛村の叫びも虚しく、空に開いた大きな歪みに3人は入り消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

3人は〈尸魂界〉を去った後、砂漠のような場所を歩いていた。

 

「藍染様、お怪我は?」

「大丈夫だよおそらくね…グ!」

「藍染様!?」

 

歩いていた藍染の体中から僅かにだが血が噴き出し、藍染がその苦痛に顔をしかめる。

 

「…やはりあの時(・・・)の攻撃が今頃になってきたか。雷蔵くんか…。もしかしたら僕たちの勝機は、彼を倒すのかどうかにあるかもしれないね」

 

藍染の言葉に袈裟懸け状に切り裂かれ、半分近く回復した(・・・・・・・・)傷口を無意識のうちに抑える東仙。

 

無表情に微笑むギンは再び歩き出した藍染について行った。

 

 

 

 

 

 

 

消え去った空間を見上げる。俺は友も守れず友の敵もとれない。ただ行動して何も出来ない半端者だ。

 

「結局、俺はこの程度か。ははははは!ざまあねぇ、なんにも、なんにもかわってねぇなおい!自分(てめぇ)は100年間何やってたんだ!なんにも、なんにも変わってねぇじゃねぇか!なんにもぉぉぉぉぉ!」

 

両膝をつき両拳を地面に何度もぶつけながら、自分の己の無力を嘆いた。

 

「仲間1人!友1人!部下1人守れねぇのかお前はぁぁぁ!」

 

右拳を〈双殛の丘〉に叩き込みながら愚痴を吐く。皮がめくれ肉が裂け筋繊維が千切れ骨が粉砕されようと、傷ついた殴る拳を止めない。

 

どれだけ出血したのか。どれだけの時間殴り続けていたのかわからない。視線を向けられても気付かない。

 

「およしなさい」

 

俺の右拳を掴み背後から声をかけている女性がいた。

 

「卯ノ花隊長…俺はどうしたら」

「今は傷を癒やすことを考えましょう。さあ傷口を見せて下さい」

 

言われて周りを見ると、〈四番隊〉の隊士たちが怪我をした死神たちを治療している。

 

俺は左脇腹だけだが、もっとも深刻なのは背骨だけで辛うじて繋がっている黒崎一護。

 

黒崎一護との戦闘をした後に、ギンの《神鎗》を身を挺して受けた白哉だろう。

 

「いててて、黒崎一護や白哉を優先するべきでは?」

 

血で腹部に張り付いた死覇装を脱ぎながら疑問を口にする。

 

「【旅禍】の彼にはお仲間がついて治療しています。朽木隊長はすでに私が一定の治療を終えました。あとは貴方だけです」

「それじゃ、お言葉に甘えて」

 

簡易の布の上に寝転び治療を受ける。卯ノ花隊長の《回道》は、優しくとても温かい。傷口だけでなく心までもが癒やされるような不思議な霊圧だ。

 

視線を向けると何故か少しだけ顔を赤くした卯ノ花隊長がいる。気のせいだと思い身を委ねることにした。

 

 

 

何故でしょうね。雷蔵隊長を回復させているときだけ心が安らぎます。それほど容姿は優れているわけでもないのに、声を聞いて声をかけられるだけで鼓動が僅かに早くなります。

 

心なしか身体が火照っている気がしなくもありませんね。勇音にでも聞いてみましょうか。…そんなことをして心配させてしまうのは、私の魂が許さないでしょうね。

 

 

 

「雷蔵隊長、応急処置は終わりましたよ?…雷蔵隊長?」

 

視線を向けると、穏やかな表情で落ち着いた速度で呼吸をする雷蔵がいた。

 

「勇音、雷蔵隊長を十一番隊隊舎に運んで下さい」

「はい!」

 

担架に乗せて隊士と共に十一番隊隊舎に向かう勇音と運ばれる雷蔵を見て、卯ノ花は穏やかな笑みを微かに浮かべた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

藍染の反乱から3日後…。

 

 

 

「また来ていたの?雛森」

 

十一番隊隊舎の隊長室に寝かされている雷蔵さんの傍らには、〈五番隊〉副隊長 雛森が座っている。彼女はあれから毎日ここへ来ては、1日の大半を彼の側で過ごしていると一角から聞いている。

 

寝かされている雷蔵さんは卯ノ花隊長によると、100年分の恨みを一気に放出したことで、精神が疲労困憊しただけということらしい。あと数日すれば目を覚ますと仰っていた。

 

雛森は副隊長としての仕事もあるはずなのに。ここまでくるといささか重傷ではないかと、私こと〈十番隊〉副隊長はそう思ってしまう。

 

「…乱菊さん、来ていらっしゃったんですか?」

「つい今だけど」

「あ、お茶煎れますね」

「別に気にしなくていいわよ。私も雷蔵さんの顔を見たらすぐ戻るつもりだったから。仕事の合間に少し抜け出して来ただけだっだし」

 

立ち上がろうとして座り直した雛森の表情はとても暗い。ただその眼の光は、恋い焦がれる少女のように純粋にも見える。

 

「率直に言うわ。雛森、貴女は雷蔵さんのことが好きなんでしょう?」

「乱菊さんい、一体何を、何を言い出すんですか!?」

 

顔を真っ赤にして言い返す反応は、肯定しているのと同義。私が真面目な眼で雛森を見つめると、観念したのか顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

「別に誰かに言いふらすつもりなんてないわよ。貴女が何故ここまでして雷蔵さんのところに来ているのか気になっただけ。…その気持ち大事にしなさい。伝えるべきときに伝えないと必ず後悔するわ」

 

雛森の肩を軽く叩いて隊長室を出て行こうとすると、雛森に呼び止められてしまう。

 

「乱菊さんは、雷蔵隊長のことをどう思っているんですか?」

「好きよもちろん。二番目(・・・)にね」

 

雛森はそれを聞いて安堵しながらも、どこか不安そうだった。

 

 

 

「まったく私としたことが。なんであんなこと聞いてしまったのかな…」

 

確かに私は雷蔵さんのことを家族(・・)としても、ひとりの男性としても好き。でもそれを受け止めてくれる人かどうかはわからない。

 

私が一番好きな人のように、どこか理解できない部分があるからなのかもしれない。

 

『ご免な乱菊、さいなら』

 

脳裏にあの日の別れ際に言われた言葉が浮かぶ。

 

何も言わず、言ったとしても本心を伝えずに去って行くあんたのそういうところが嫌いなのよ。

 

「バカみたい。…や~ね私ったら私らしくないみたい。面倒だけど仕事に戻ろうかな隊長に怒られちゃうし」

 

独り言を呟きながら、誰もいない十一番隊隊舎の廊下を歩いて乱菊は十番隊隊舎へ帰って行った。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

藍染の反乱から1週間後…。

 

 

四番隊綜合救護詰所では、ある問題が起きていた。〈十一番隊〉の隊士が調子に乗って、〈四番隊〉に喧嘩をふっかけているのだ。喧嘩っ早い〈十一番隊〉だからこそ起こる事件で、各隊士たちが迷惑している。

 

「「元気そうだな(ですね)。元気になったのはいいこと(です)が、ここは病室(です)。静かにしてろ(してください)。ここにいる限り、お前ら(あなた方)の命は卯ノ花隊長(〈四番隊〉)が握っているということを忘れない(お忘れなき)ように」」

「…ははははは、僕たち何調子乗ってるんでしょうね」

「…以後気をつけます」

 

雷蔵と卯ノ花の謎の宣告に、騒いでいた〈十一番隊〉隊士2人は圧倒的な恐怖を感じて、素直に言うことを聞いた。

 

「すいません卯ノ花隊長。俺の部下がお騒がせして」

「こちらこそ助かりました。それにしても何故ここに雷蔵隊長が?」

「花太郎に頼まれましてね。『十一番隊の隊士を安静にさせてくれ』と」

「そうでしたか。それでは良い機会ですからお茶でも如何ですか?」

「いえ、俺はこれで「お茶でも如何ですか?」ハイ、ヨロコンデ…」

 

笑顔で言われているはずなのだが、逆らってはいけないと本能が囁く。雷蔵はもう一度聞かれて素直に言うことに従うのだった。

 

 

 

「どうぞ」

「…ありがとうございます」

 

恐怖の笑顔(本人は至って普通の笑顔)をしているのだろう。雷蔵からすれば、心臓を鷲掴みされているような奇妙な錯覚を覚える。

 

その気持ちを流し込むかのように、ゆっくりと味わいながらお茶を楽しむ。心が落ち着くのを感じ、ほっと息を吐き出す。

 

「今日、【旅禍】たちが帰るそうです」

「今日ですか?いつ頃に?」

「予定では正午くらいと言ってましたからもうすぐですね」

 

日の高さからすればもうすぐだ。急がねば言わなければならないことがある。

 

「すみません。申し訳ないのですがお茶会はまたいずれ」

 

そう言うと卯ノ花の返事を待たず、〈瞬歩〉で〈穿界門〉へ向かった。万全の状態ではないとはいえ、彼であれば数分もかからず到着できるだろう。

 

1人残された卯ノ花だったが、楽しそうに雷蔵がいた場所を見つめながらお湯のみを傾けていた。

 

 

 

なんとか〈穿界門〉を通る前の黒崎一護一行に会うことが出来た。

 

「黒崎一護、少し良いか?」

「雷蔵さんどうしたんすか?」

「お前は夜一から俺と喜助の関係を聞かされているな?」

「はい、親友だったとか」

 

包帯を腹部に巻いたままの雷蔵に、大丈夫なのか聞こうと思った一護だったが、雷蔵の真剣な眼差しにその言葉を発するのをやめた。

 

「それなら話が早い。〈現世〉に戻ったらあいつにどこでもいいから一発殴ってこう言ってくれ。『伝えるべきことはしっかりと伝えろ』とな。そう言えばあいつは理解してくれる」

「それを伝えるだけで良いんですか?」

「十分だ。恩に着る黒崎一護。お前のおかげで俺と喜助の絆は切れることはない。お前が俺とあいつを繋ぐ希望の架け橋となって、〈現世〉と〈尸魂界〉をも繋げてくれ」

「もちろんです。また俺を稽古して下さい」

「言っておくが俺のはあいつより厳しいぞ」

「強くなるためならそれでいいんです」

 

そう言って仲間と共に黒崎一護は、〈穿界門〉を通って〈現世〉へと帰って行った。

 

喜助、俺とお前の線はちゃんと繋がっているよな?俺はお前がどうなろうと何をしていても、親友という立場から変わることはない。お前が本当の俺(・・・・)のことを聞いて態度を変えなかったように。

 




こんなラブコメ感ある小説書いたつもりはなかったはず…。一体いつからラブコメを書くと思っていた?なわけあるか!自分の欲吐き出しただけじゃねえか!

というわけで尸魂界救出編は次話で終わる予定です。もしかしたら伸びたり仮面編に入るかもしれませんそればかりは構想によって変わりますのであしからず。


出身・・?
始解・・雷天
解号・・蹂躙しろ雷天
卍解・・帝破明神雷天

雷進(らいしん)・・自分の速力を上げる技。「瞬歩」と足し合わせることで誰にも視認されることなく移動することが可能。


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13

今回はすぐに内容を思いついて書くことができました。これってフラグ?次は書けなくなるっていうあれ?嫌だぁ〜!

…ということでどうぞ〜


ドカーン!

 

『あわわわわ!…むぐ!』

 

ドシーン!

 

『いたたたたた。ふぬ!ふっ!よいしょ!…また失敗っスね』

 

別段することがなく〈瀞霊廷〉を徘徊していると、自分の上から爆発音が聞こえてきたので見上げる。

 

黄色の髪色をした如何にも「悪戯大好きです」と言わんばかりの青年が、気の抜けた声音を発しながら落下してきた。

 

正面から地面に突っ込んだ顔を、妙な腰の動きで抜き出した男と視線が合ってしまう。互いに気まずく、どう声をかければ良いのかわからない。

 

『あ~、なんにも見てないんで。俺はこれで失礼します』

『すんませんね。アタシ実験が趣味なもんで、暇あればやっちゃうんスよ』

『いや、人それぞれだから気にしなくていいと思います。俺も似たようなもんですから』

『実験をしてるんスか?』

 

嬉しそうに聞いてくる青年に、少しばかり圧倒されて引いてしまった。

 

根は悪い人ではないと思う。

 

そう思ったのは、瞳の中にある光が歓喜に震える瞬間を待っているように輝いていたからだ。傍目では頼りなさそうな男だが、少し人を観察する趣味があればそれぐらいは見抜ける。

 

誰もしないようなことをしていれば、不気味と思われてしまう。だが初めて(・・)のことを始めるには、そういう眼に耐えられる精神力が必要になる。

 

それを考えると、この青年も唯の趣味で終わるような軟弱者ではないと思いたくなる。

 

『そういうわけではなく。暇さえあれば〈瀞霊廷〉を徘徊しているから、時間を潰す方法はその人のしたいことだと思ったので』

『へぇ~。あ、アタシ〈二番隊〉第七席 浦原喜助といいます。以後よろしくお願いします』

『〈十一番隊〉第七席 雷蔵です。よろしくお願いします』

『あの〈剣八〉のいる隊の隊士さんなんスね。喧嘩したら負けそうっス』

『そこに配属されたからといって、剣の腕が高いかどうかはわからないよ。そもそも自分が志望届出さなかったから、そこに配属されただけだし』

 

〈真央霊術院〉を卒業する院生は卒業半年前頃、成績優秀者宛に自分の志望隊を記入して提出する義務が発生する。

 

100%の院生が記入するが、極稀に記入しない院生が出てくる。希望者が少なかった隊に、自然に配属されることになっている。

 

〈一番隊〉は成績優秀者の中でもトップ3だけが志望できるが、許可を得られることはそうそう無い。〈一番隊〉の入隊試験に合格できた院生は、過去数百年の中でも片手で数える程度だ。

 

『貴方が数十年ぶりに、志望届に隊の名前を書かなかった5年前の主席さんなんスね。5年で七席って相当だと思いますよ』

『そう言う君こそ院始まって以来の問題児だって聞いたよ。なんでも実験で、教室丸々一個吹っ飛ばした異端児だってね』

『…それかんなり院長に口止めさせたんスけどね。まだ懲りてないんスかあのヒゲ爺は』

『口悪いな。それを含めても面白い奴と思うけど。じゃあまたどっかで会おう』

 

そう言って俺は徘徊を再開した。

 

『雷蔵サンっスか、また会えたら研究手伝ってもらいましょうかね』

『こらぁ!浦原またやりよったな!?今度という今度は許さん大人しくお縄に付け!』

『やっべ逃げますか』

 

この辺りを統括している地主に怒鳴られて、喜助はその場から変な走り方で逃走した。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

〈穿界門〉を抜けた一護たちは、浦原の遊びが入った回収方法で〈現世〉に帰還した。

 

「お帰んなさい黒崎サン。…聞いてますよね?アタシのこと」

「…ああ」

 

振り返って喜助は被っていた帽子を脱ぎ胸に当てる。そのまま深々と頭を下げた。

 

「…本当にすいませんでした。アタシは何も告げず、あなた達を送り出しました。情報も渡さず自分のことも説明せずに。向こうでどんなことがあったのか。アタシには想像することしか出来ません。アタシの話を聞いて黒崎サンが後悔するんじゃないか、黒崎サンが自分を殺しに帰ってくるんじゃないか。1日1日を怯えながら過ごしてました。でもアタシはそれを心の何処かで望んでいたのかもしれません。黒崎サンたちが帰ってきて喜びと同時に哀しみも感じました。…そんなアタシでも黒崎サン・井上サン・石田サン・茶度サン、あなた達は許してくれるんですか?信じてくれるんですか?」

 

許しを請う眼ではない。どのような批判も罵倒も受け止める覚悟で見上げる喜助に、4人は穏やかな笑みを浮かべてこう言った。

 

「「「「もちろん(です)」」」」

「…皆さん優しすぎます。これじゃあ泣いちゃうじゃないですか」

 

喜助は言葉通り眼から涙をこぼして泣き崩れる。そんな普段見られない喜助の様子に鉄裁も雨もジン太も、どう声をかけたら良いのかわからないようで、困惑した表情をしているだけだ。

 

「俺たちはあんたから戦う術と強くなることを教えてもらった。たとえあんたのしたことが間違いでも、俺たちにしてくれたことに変わりねぇ。それに俺たちはあんたがしたことが悪いことだなんて思っちゃいない。だから浦原さんは前向いて顔上げていつものように軽い感じで生きていけば良いと思う。…ここで追い打ちかけるようで悪いけど伝言があるんだ。『伝えるべきことは伝えろ』だってさ」

「…一体誰からっスか?」

「雷蔵さんから。親友のあんたに伝えたいって言ってた」

「…何も告げずに去ったアタシのことを、まだ親友(・・)と思ってくれてるんスね。アタシはアタシはなんて幸せ者なんでしょう。…黒崎サン、少しだけ胸貸してくれませんか?」

 

喜助は嗚咽を漏らして少しの間、喜びによる男泣きを続けた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

雷蔵はようやく腹部の傷が癒えて自由に行動することが許されると、一角と弓親を〈十一番隊〉の隊長室に呼び出した。

 

自由に行動することを許可されたといったものの、激しい運動は制限されている。《卍解》はおろか《始解》することも許可されなかった。

 

もちろん模範稽古も白熱する可能性があるので自らすることはなく、隊士たちの素振りの指摘程度に控えていた。

 

「それで用とは一体なんでしょう?隊長」

 

稽古中に呼び出された2人は、訝しげに眉をひそめて雷蔵に聞いている。訝しげにしているのは呼び出されたことだけではない。隊長が普段羽織っているべき、隊首羽織を着ず(・・・・・)に隊長椅子に座っていることを含めてだ。

 

「隊長、なんで隊首羽織着てないんすか?」

「それも含めて今から話す。できるだけ落ち着いて聞いてくれ」

 

雷蔵は少しばかり長い沈黙の後、衝撃の言葉を発した。

 

「俺は十一番隊隊長(・・・・・・・)を辞めることにした」

「「…は?」」

 

まさかの隊長辞任の言葉に、2人は何を言ったのか理解できず、間抜けな顔をさらしていた。

 

「一体何を言ってるんすか!?隊長が辞めたら誰が代わりを務めるんすか!?」

「…言っては失礼ですけど、今の〈十一番隊〉に代わりを務められる死神はいません」

「わかっている。それを踏まえて俺は言っているんだ。一昨日、総隊長に『隊長辞任届』を提出して正式に受理された」

「そんな…」

 

よほどショックだったのだろう、一角はその場に崩れ落ちてしまった。弓親はいなくなるのが嫌だが、本人が決めたことに口を出してはならないと必死に自分に言い聞かせている。

 

「俺はもともと本当の意味での隊長(・・・・・・)じゃなかった。これまでは藍染を止めるために動いていた仮の隊長(・・・・・・)。それに終止符を打つために辞任したが、これからは違う。俺は藍染を倒すための隊長(・・・・・)として動く。だからお前らの隊長で無くなるわけじゃない」

「隊長、それはどういう意味ですか?」

「『隊長辞任届』を提出前に言われた。

 

三番隊と五番隊の共同隊長(・・・・・・)を担ってくれないか』

 

と」

「それで隊長はなんと仰ったんですか?」

「もちろんお受けしたさ。雛森とイヅルを放っておくわけにはいかないからな。修兵は狛村がどうにかしているから含まれてはいないが」

 

主犯である藍染の所属していた〈五番隊〉・右腕のギンの〈三番隊〉・そして東仙の〈九番隊〉は、他の隊士から酷い差別的扱いを受けている。特に〈十一番隊〉によって。

 

それは仕方の無いことでもあるが、彼等には罪は一切無い。彼等もまた犠牲者なのだから。それを理解しているとはいえ、裏切りの隊長が所属していた隊の隊士を攻撃しなければ、自我を保てないほどに精神的ダメージを受けていた。

 

彼等もしてはならないとわかってはいるものの、そうしなければ気が済まない。

 

これらから彼等を守りショックから立ち直らせること、そして何より力を付け、きたる藍染との全面戦争に備えるために雷蔵へ下された指令だ。

 

「俺は〈十一番隊〉から離れるが、お前らと志が変わるわけじゃない。それから俺がいなくなった後はお前らが隊をまとめろ。弓親は書類整理が出来るし、一角は今の〈十一番隊〉で一番強い。覚醒(・・)するきっかけさえあれば、お前は誰にも引けを取らない戦士になる。精進しろ俺の大事な弟子(・・)なんだからな」

 

隊首羽織を一角と弓親に渡して横を通り出て行く。

 

「「隊長!」」

「…なんだ?」

 

2人が声をそろえて俺雷蔵の名を呼ぶ。

 

「俺は隊長の下で戦うことができて嬉しかったです!」

「僕も一角と同じです。隊長、隊長はここに(・・・)に〈十一番隊(・・・・)〉に戻ってきますよね?」

 

涙を流しながら俺に問いかける2人に、雷蔵は背を向けたまま答えた。

 

「それは俺が決めることじゃない。俺の意思だけではなく誰かの想いがそこへの道を作る。…だがこれだけは言っておこう。お前らは俺にとって自慢できる部下だ」

 

振り向かないので2人がどんな表情をしているのかは見えない。だが声と雰囲気からして、雷蔵は2人が涙を流しながらも笑顔を浮かべているのではないかと思った。

 

今振り向けば、ここで育てた2人との思い出が溢れて覚悟が揺らぎそうになる。覚悟したなら曲げない。それは喜助がいなくなってから決めた自分への戒めだ。

 

雷蔵は新たな希望を胸に一歩足を踏み出した。

 

 

 

「よーし、じゃあ今から第一回三番隊・五番隊共同会議(・・・・・・・・・)を始めるぞ」

「「隊長、よろしくお願いします!」」

 

隊舎前の入り口に立っている2人の副隊長(・・・・・・)から元気な返事をもらう。これからのために新設された隊舎の入り口を開けて中に入る。目の前に整列した隊士たちに声をかける。

 

「〈護廷十三隊〉史上初の共同部隊の隊長になった雷蔵だ。藍染とギンのことで落ち込んでいるかもしれないが、それを含めて俺がなんとかする。だから俺に全部預けろ」

「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」

 

嫌がらせを受けていたとは思えないほど穏やかで覚悟に満ちた隊士たちの声を聞いて、雷蔵は己の選択が間違っていなかったのだと深く実感した。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

『雛森、イヅル。時間があればいいか?』

 

そう言って俺は書類整理をしていた2人を、〈瀞霊廷〉の端にあるのどかな丘に連れてきて寝転んだ。

 

『えっと、雷蔵隊長?』

『いいから俺と同じように寝転がれ。今は心を癒やすのが一番だ』

 

そう言うと2人は俺を挟んで寝転ぶ。左に雛森、右にイヅルという位置で。

 

『雷蔵隊長、藍染隊長(・・)はどうなるんですか?』

『始末されるだろうな。あれだけの事件を起こした主犯なのだから』

『ということは市丸隊長(・・)もですか?』

『藍染よりはマシだろうけど、どちらにせよ生半可な刑で済まないだろうな』

 

2人の疑問に俺は率直に答える。遠回しな言い方では余計な希望や願いを与えることになる。それを考慮してストレートに答えた。

 

『あたし、藍染隊長(・・)に憧れて〈五番隊〉に入隊したんです』

『知ってるよ。確か藍染の剣技と《鬼道》に魅了されたんだったね?』

『はい、でもまさかこんなことになるなんて…』

『「憧れは理解から最も遠い感情」とあいつは言うだろうが、俺はそう思わない。〈憧れ〉ほど自分を高めるきっかけを与えてくれる感情はほとんどないからね。負けたくない、乗り越えてみせるといった向上心も、自分を高めるきっかけにはなる。だが、〈憧れ〉は、その人と同じような存在になりたいという感情から発生する。どの感情よりいいものだ」

『僕も雛森くんと同じように市丸隊長(・・・・)に憧れて〈三番隊〉を志願したんです。実際、副隊長として行動しているときは誇らしくて、こんな素晴らしい人と戦えるなんて自分にはもったいないって思うほどでした。でも雷蔵隊長と手を組んでいると見せかけて裏切って、藍染隊長(・・)とともにここを去りました』

 

2人は空を見上げながら、自分の想いを素直に述べてくれる。

 

それはこうして周りを何にも囲まれず、開放的な場所でのんびりと自然を感じられるからだろう。

 

そうなるとわかって俺はここに2人を連れてきていた。

 

『昨日、俺は〈十一番隊〉隊長を辞めた』

『…何故ですか?』

『今までの俺は仮の隊長だったからな。それにやるべきことができたのもあった。総隊長直々に言い渡された「三番隊と五番隊をまとめあげろ」と。2人は俺がまとめあげてもついてきてくれるか?』

『だから新しく隊舎が建てられていたんですね?もちろん付いていきます!…でも〈十一番隊〉はどうなるんでしょうか?』

 

雛森の疑問はもっともだ。俺が抜ければ一角と弓親しか支える隊士はいなくなる。それでも俺はこちらを優先すると決めた。

 

『一角と弓親がまとめあげるさ。あの2人は仲が良いし、書類整理も遅いが出来ないわけじゃないからな』

『そのことはいつお伝えするんですか?』

『明日だ。明日2人に告げて俺は〈十一番隊〉を去る。…そんな申し訳なさそうな顔をするなよ2人とも。お前らが悪いわけじゃないんだ。それに俺が自ら望んだのもある。お前らを放っておけないんだなんだか弟や妹(・・・・)みたいでな』

 

優しく2人の頭を撫でてやると、嬉しいのか僅かに涙を浮かべて微笑んでくれた。笑わせるためにこうやって2人をここに連れて来たのだ。こうでもないと辛い。

 

『明日から頼むよ雛森副隊長(・・・・)、イヅル副隊長(・・・・)

『『よろしくお願いします雷蔵隊長(・・・)!』』

 

こうして〈三番隊・五番隊共同部隊〉が正式に発足したのだった。




書きながら声優さんの声を使って脳内再生していると涙出て来ました。作者が涙脆いだけです。某超絶大ヒットアニメ映画を見てから涙腺崩壊しやすいんですよなんででしょうね〜誰か教えくれぇ〜!


はい、ということで尸魂界救出編これにて終了となります。

雛森とイヅルは原作では藍染が使えるとして自分とギンの部下にしたと言っていますが作者の方では自ら望んでそこにいったということにしています。すみません。

さてさてさ〜て、次話はどうしようか悩んでいる作者です。破面編を書くのかちょこっと番外編を書くのかまあ、書いたとしても「あれ」を使うだけなんですけどね〜。

ではまたお会いしましょう〜


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破面出現編
14


※BLEACH~十一番隊に草鹿やちるではない副隊長がいたら~のヒロイン募集は終了致しました。多くの投票まことにありがとうございます!


『な、なんだよ…これ!』

 

俺の目の前には血溜まりができている。そしてその中には切り刻まれた2人の遺体が…。

 

『なんでだよ…。父上!これは一体どういうことですか!?』

 

血溜まりの奥に立つ父へ、声を荒げて問いかける。しかし何も言わずに返事は、行動で返ってきた。

 

『父上!っ!』

 

父が俺に肉薄し、上段に振りかぶった真剣を振り下ろした。

 

鮮血が俺の視界を紅く染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

冷や汗を沢山かいて肌に張り付く寝巻きに、不快感を感じながら布団から出る。窓を開けて空を見上げると、朝日が染める少し前ぐらいだった。

 

横では規則正しい寝息を立てて、夢の世界へと旅立っている雛森がいた。

 

ここは藍染の反乱以後に新設された、三番隊・五番隊共同部隊の隊長室。隊長には隊長室以外にも自室が造られており、隊長から第五席までは隊舎内に自室を与えられている。

 

それ以下の席官及び隊士は、4人部屋などに振り分けられている。といっても隊舎に留まる隊士は全体の4割ほどだ。残りの6割は隊舎外の自宅または実家に帰宅する。

 

隊舎内で宿泊できるのは緊急事態に備えてのものであり、常駐するように設計されているわけではない。

 

もちろん日常生活するには不便なく利用できるぐらいには、問題なく設備が整っている。さらには掃除も行き届いているので、不満を漏らすような隊士は1人もいない。

 

おそらくそのように総隊長が指示を出していたのだろう。まったく用意周到であり脱帽するしかない。

 

そんなことを思いながら汗を流そうと、シャワー室に向かうと先客がいた。そこにいたのは副隊長の1人だった。

 

「イヅルか」

「あ、隊長おはようございます」

 

湯をかぶっていたイヅルが、湯を止めて挨拶してくるので続けろという感じで手を振る。

 

「早くに起きたんだな」

「隊長こそ早いですよ。まだ日も出ていないのにここに来るなんて物好きですね」

「人のこと言えた義理か。なんか目が覚めてな。おそらく夢の内容が悪かったせいだろう」

「…隊長の過去と何か関係があるんですか?」

「…何故そう思う?」

 

湯を頭からかぶりながらそう聞き返す。

 

大きな浴槽などは、〈護廷十三隊〉共用の場所がある。そこはここからいささか遠いので、軽く汗を流す程度にはここで十分である。共用風呂に行くと多くの隊士がいるのもあるが、何より人が多いところに行ってまで汗を流そうと思わなかったのが主な理由である。

 

「隊長があの葛城家(・・・)の関係者ということをお聞きしたからです」

「…確かに俺は〈五大貴族(・・・・)〉の一角、〈葛城家〉次期当主だったよ。詳しいことはまだ話せないが、藍染の言ったことは事実だ」

「気分を害したのであれば申し訳ありません」

「気にするな。強者ほど誰にも知られたくない忘れたい過去が、一つや二つあっても不思議はないさ。それを忘れがたいがために己を鍛え上げ、それを繰り返さないために己を鍛え上げる。そんなのは世の常と言っても過言じゃない。白哉も似たようなことがあったからな」

 

かぶりを振りながらイヅルの目を見て話す。ルキアのことが明るみになったのは1ヶ月前のこと。

 

ルキアが〈殛刑〉になると聞いても眉一つ、表情を一切変えなかった白哉。ルキアをギンから身を挺して庇ったのを見た雷蔵は、正直言ってかなり驚いた。

 

どんな心境の変化なのか。何があればああしてまで助けようと思うのだろうか。疑問に思った雷蔵は、安静にしていた白哉に聞いてみた。

 

すると穏やかな表情で「再び護るべきものを見つけた」と話した。「黒崎一護がその身を通して気付かせてくれた」のだと。

 

四大貴族(・・・・)としての誇りや掟を護ることだけに、重きを置いていた自分を恥じたいと話した。だがそれは間違ってはいない。

 

他の死神から憧れて敬われる存在であるべき存在が、すでに二つの掟を破っているのを知っている。そして二度も誓いを立てたことも知っている。時にはその誇りや掟を捨てなければならない事態が、時折起こるのだと理解したと話した。

 

「朽木隊長は変わられました」

「あの白哉坊と呼ばれていたあいつが二度も変化するなんてな」

 

白哉坊とは夜一が付けたあだ名で、時には2人でからかったこともある。反応が楽しくて前当主の前で遊んでは、なんとも言えない表情をされたこともあったが。

 

「まあ、俺が言いたいのは過去にどんなしがらみがあろうと、それから抜け出すことは出来るということだ」

「勉強になります。それとは関係ないのですが、最近雛森くんが副隊長室にいないんです。どこにいるかご存じですか?」

「…本当に関係ない話だな。雛森くんなら俺の部屋に入り込んで寝ているが?」

「隊長室に?」

「なんで俺の所にいるのだろうか。不思議だな」

「…」

 

人の感情に気付かない僕の隊長はアホなのだろうか。

 

僕は失礼ながらも、鈍感な隊長に対してそんな感情を抱いてしまった。

 

誰よりも強くあり続けようとする。誰をも守れるように強くなる。それだけが今の隊長を動かす原動力だと、日番谷隊長と松本副隊長が仰っていた。

 

100年前、まだ僕は〈真央霊術院〉に入学したばかりだったから憶えてないけど。隊長の親友であった浦原喜助という人物が、隊長格及び副隊長の合わせて8名に対して禁術なる〈虚化計画〉を行った。

 

そしてそれがバレて、〈現世〉への永久追放となった。それが藍染隊長(・・)による陰謀だと知ったのは、つい先のことである。

 

隊長がそれを知ったのは、四楓院家22代目の夜一さんから。それまでに藍染隊長(・・)が危険だと、自分の直感で認識していたらしい。親友が追放されて以降、2人は共同で藍染隊長(・・)を滅するために行動を開始した。

 

しかし、それもまた市丸隊長(・・)の計画であり、順調に進めるためのものだったと〈技術開発局〉二代目局長 涅 マユリ隊長が結論を出した。

 

隊長は本当に苦しい100年間を過ごしてきたのだと思う。友人をもう二度と失わないために。仲間を傷つけさせないために剣を磨き続け。そして腕を上げてきた。

 

そういうこと(恋愛)に疎いのは仕方ないのかもしれない。だからといってこれを放っておくわけにはいかない。雛森くんの想いに気付かせなければ、それが僕の副隊長としての役目の一つだ。

 

若干間違えてるような気がするが今はいい。隊長の機嫌を良くするのも副隊長の役目。

 

「隊長、これからお暇ですか?」

「悪い、朝から隊首会があってその後に総隊長との個人的な話がある」

「いえ、気にしないで下さい」

 

どちらもこれからの戦いのために大切な話し合いだ。水を差して空気が悪くなったら意味ないからね。

 

…もともと僕たちはそこまで関係が良くなかった。どうしてもぎすぎすした空気になってしまう。でも努力するのは必要だからね。そういう気持ちで行かなきゃやってられないよ。

 

「すまないな。何か用事があったか?」

「いえ、急ぎではないのでお気になさらず」

 

タオルで体の水気をとった隊長は、鍛えられた背中を見せながら隊長室に戻っていった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

隊首会の後、俺は総隊長と1対1で話し合いをしていた。戦闘するわけではないが空気が重い。

 

霊圧ではない存在感によるものだと理解はしている。だが何しろその圧力が尋常ではないので、僅かながら気後れしてしまう。

 

「お主が市丸と連携していたのは誰もが熟知しておる。その行動は友のためにしていたということもじゃ。そのことについて間違いあるまいな?」

「総隊長の仰る通りです」

「うむ。春水・浮竹・卯ノ花・朽木・狛村の以上5名から、反乱の危険性がないという助言もある。こちのことは不問とする」

「感謝いたします」

 

本来であれば、投獄されても可笑しくはないほどの問題である。〈護廷十三隊〉発足以来。いや、〈尸魂界〉始まって以来、初の裏切り者である藍染と関わっていたのだから。

 

どうやら隊長格以外にも、副隊長や席官などから投獄に対する異論があったらしい。とは言うものの不起訴になったようだが。砕蜂やマユリは我関せずなのかどちらでも構わないという立ち位置なのか。これといった発言はなかったようだ。

 

2人が賛成していたとしても、他の隊長格があれだけ反対していたのだから投獄はなかっただろう。

 

「新しい共同部隊はどうじゃ?」

「雛森副隊長や吉良副隊長が頑張ってくれていますから今は順調です」

「〈二代副隊長制度〉を導入すると聞いたときは耳を疑ったものじゃ。しかし今思えば、それで正解だったのじゃろうな」

 

2人がいるおかげで〈三番隊〉と〈五番隊〉の隊士をまとめることが出来ている。二部隊分の人数がいるのだから、いつも通りの制度では不可能だと判断したのだ。

 

「さて、本題に入ろうかの。話は2つあるのじゃが。…まずはお主についてじゃ。お主は本当に〈葛城家元次期当主〉で間違いないないのじゃな?」

「その通りです総隊長」

「〈葛城家〉…かつて〈五大貴族〉と呼ばれたときの一角。今になって思い出すとは、随分と長いこと忘れておったわ」

「自分も隠しておきたかったので口にしませんでした」

 

そんなことを知られれば、どのような仕打ちを受けるのか雷蔵にもわからなかった。蔑まれ罵倒されるのではないかという勝手な思いでいたため、今まで誰にも話さなかった。

 

数人を除いて。

 

「このことを知っているのは誰じゃ?」

「藍染が言いふらしましたので多くは知っているでしょう。事実として知っているのは5人だけです」

「その5人とは?」

「浦原喜助・四楓院夜一・吉良イヅル・藍染・市丸です」

「敵にも味方にも真実を知る者がいるということじゃな?その程度でどうこうなるとは思わんのじゃが。それが知られている上で、お主はどう考えておる?」

 

どうと言われてもそれが戦況を左右することにならないと思う。「五大貴族の元次期当主?だから何?」なもんだし、もともと汚名だと思って生きてきた。

 

だから今どう言われても感情が揺れ動くことはないと思う。

 

「気にする必要は無いかと思われます。自分が元貴族だったとしてもそんなこと関係ありませんので」

「そう言うのであれば問題なさそうじゃな。では2つ目について話そう。内容は…」

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

雷蔵は廊下を歩いている。〈尸魂界〉にある〈真央霊術院〉のではなく〈現世〉のである。後ろには知った顔が4人続いて歩く。

 

「こんなところにいやがんのか、面倒くせぇ」

「その言い方はヤバいっすよ。なんせ総隊長の命令なんすから」

「そんなこと関係ないじゃない。ねえ~隊長?」

「五月蝿ぇ」

「苛ついてるな」

「これだけ五月蝿かったら機嫌も悪くなる」

 

軽く会話しながら歩くが約1名はご機嫌斜めである。それに対して苦笑しながら目的地へと歩を進めた。

 

「お、いたいた」

「え、どうしてここに?」

 

教室の扉を開けて声を出すと、気付いたのか驚きを露わにして、目を見開いていた。

 

「どうしたもこうもあるかよ。後ろ見てみろよ」

 

恋次の言葉に一護は窓側を見る。

 

「え?…まさか」

「久しぶりだな一護」

 

勝ち気な少女が窓から入り、窓枠で仁王立ちしている。

 

「どうやって上がってきたんだ?」「ここ三階だぞ」

 

という声がちらほらと聞こえてくるが、誰もがそれを無視する。

 

「ちょっと来い!」

「おわ!」

 

一護から死神を取り出して、その人物は何処かへ連れ去っていった。魂を抜かれた一護の抜け殻は恋次が預かっており、どうすればいいのか悩んでいた。

 

「赤髪だ」「ヤンキーか?」という声が聞こえて、恋次がイライラしている。

 

「マジで斬っていいですかね?こいつら」

「人間の戯言だ。気にしてたら負けだぞ」

「一角さん…」

 

一角が恋次をなだめるので放っておいて良いかと思った。

 

「ハゲ」

「反則だろあの体型」

「ハゲ」

「茶髪だけどなんか爽やか」

 

 

「…おい、今ハゲって言った奴順に前出ろや」

 

腰に入れた木刀を抜き出しながらキレかけの一角がそう言う。

 

「人間の戯言なんすから斬ったらダメなんすよね?」

「誰が強いかってこと教えなきゃダメだろうが」

「一角さんが壊れた…」

「…誰かこの立ち位置変わってくれ」

 

言い合う一角と恋次に挟まれた背の低い冬獅郎は切実に。そして額に青筋を浮かべから呟く。可哀想なので助け船を出すことにした。

 

「気にしたら負けだぞ冬獅郎」

「雷蔵がいるからまだ助かってる。これがお前じゃなくて弓親が来ていたらどうなっていたか」

「一角を煽っていただろうな」

 

一角と恋次の言い合いをBGMに2人は、遠くに見える死神状態の一護を連行したルキアを優しく見ていた。




アンケートにお答えいただきありがとうございます!

総投票数140

1位 夜一 34
2位 砕蜂 20
3位 雛森 ルキア 13
5位 ネム 12

という結果でした!

意外と乱菊が少ないのが予想外です。何ででしょうね作者からすれば面白いので嫌ではないですよ。

では募集も終わりましたのでヒロインが決まったらタグ追加させていただきますのでお楽しみに~ 




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15

回想部分のネタが無くなってきた~。ヤバすやばす~

どなたか案をいただけませんか?もしかしたら書くことが出来るかもしれません。

ではどうぞ


今俺はある意味生死の境に立たされている。何故かって?それは…。

 

『もう限界か?雷蔵よ、生半可な鍛え方じゃのう』

 

相手は息一つ乱していない。褐色の肌を惜しげもなく、豊かな肢体を晒していらっしゃるお方は、悪巧みしているような表情だ。

 

『…いきなり、ハード、過ぎん、じゃね?』

 

息も絶え絶えにやめてくれと遠回しにお願いするが、相手は気付いているのかいないのか。まあ、割とこういうことには鈍感な人なので、十中八九気付いていないだろう。

 

『お主が鍛えてくれと言ったのじゃろう?』

『…だからといっていきなりこれはないだろうさ』

 

雷蔵の背後には地面がめくれ、あられもない姿になっている。どうすればこんなことになるのか疑問は尽きない。

 

簡単に言うと体術を極めたいと言った雷蔵に、夜一が二つ返事で頷き、指導を始めたのだがいきなり全力の〈瞬閧〉をぶっ放してきたのだ。

 

いくら鍛えている雷蔵とはいえ、予備動作も準備もなく使ってこられては、死に物狂いで避ける。いや、逃げるしかない。

 

『では続けるぞ』

『ええ!もう!?』

 

容赦ない、慈悲のない言葉に悲鳴をあげる。

 

『甘いぞ雷蔵!〈瞬閧〉!』

『いやぁぁぁぁ!』

 

全速力でその場を離脱した雷蔵だったが、逃走わずか3秒で捕まった。

 

『ほれほれほれ!もうすぐで天国が見えるぞ!わしを出し抜こうなど100年早いわ。うひょひょひょひょひょ!』

『ひいぃぃぃぃぃ!おやめ下さいぃぃぃ〜!…ああああああぁぁぁぁぁ!』

 

数分後、満足さらにはどこか恍惚した表情の夜一と干からびた雷蔵がいた。

 

それを見た喜助は何が起こったかまでは理解していなかったが、雷蔵の死んだような表情を見て腹を抱えて、しばらくの間涙を流すまで笑い続けた。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「で、《破面(アランカル)》ってのがなんなのか。なんで俺たちが狙われるか教えろ」

 

勿体ぶらずに唐突に内容を話せと言う一護に、ルキアは少し苛ついていた。普通であれば元気だったのか何故ここにいるのかと聞くはずだが、何も聞かずして率直なので急ぎすぎだと言いたかったのだ。

 

ここは〈現世〉にある一護の自宅。

 

「焦るな黒崎一護。久しぶりに会ったんだ。挨拶をしてからでも遅くはないはずだぞ」

「雷蔵さん…てか普通にドアから入ってきていいんすか?」

 

死神なのだ。わざわざ玄関から入ってくる必要は無いのではないかというのが一護の意見だった。

 

ちなみにドアから入ってきたのは雷蔵1人だけだ。

 

「一々窓から入っていると不審者と思われかねんからな。それにご家族への挨拶(・・)をしておかないと失礼だ」

「「「「そういうことだ(よ)」」」」

「おわ!てめぇら何勝手に人の家の電灯に細工してんだ!?」

 

天井にある電灯の留め金を外して、頭だけ出してきた4人に一護は文句を言っている。

 

「うるっせぇな。この程度ごちゃごちゃ言うんじゃねぇよ」

「よその家に上がるときは、礼儀を大切にするんじゃねぇのか?」

「てめぇの家だろうが。お前の家なら別にいいんだよ」

「ほ〜う、白哉に掟やルール習ってねぇんだ。あいつも部下に対する指導がなってねぇな、おい」

「…てめぇ、今朽木隊長を馬鹿にしたろ?」

「し・て・ね・ぇ・よ」

 

一護と恋次が互いに言い争い始める。仲が良いのだろうが尊敬する人を侮辱されたとあれば、頭に血が上ってしまうのは仕方ないだろう。

 

「いい加減にせぬか。このたわけ共が!」

「「いてっ!(うぐっ!)」」

「ナイス…ポソッ」

 

ルキアが2人の頭を掴んで額をぶつけさせた。のたうち回っているがこれはこれでよしとしていいだろう。

 

「では、お前の言うとおり《破面》について話そうか。《破面》とは…」

 

破面(アランカル)》。それは仮面を外し、虚と死神2つの力を手に入れた虚の一団。今までは数も少なく未完成だったが、そこに〈崩玉〉を持った藍染が接触したことで、〈成体(・・)〉の《破面》が誕生した。

 

「黒崎一護、それがお前がこの前遭遇して戦った2体(・・・・・・・・)だ。当初〈尸魂界〉は藍染がコトを起こすまで静観するつもりだった。しかし思った以上に早く。いや、予想外の早さで〈成体〉が完成し、そいつが〈現世〉に送り込まれたことで黄色信号が灯ったわけだ」

 

雷蔵たちが来る前に、一護は正体不明の敵と対峙していた。一護は詳しく知らなかったが、その発生を〈尸魂界〉は観測していたのだった。

 

あの2体が来るまでに先遣隊を送る予定だったが、各部隊の準備も整っておらず。かといって未熟な死神を、わざわざ情報不足の最前線に派遣するわけにはいかなかった。

 

雷蔵も行きたいのは山々だったが、なにしろ新しく設立された部隊の編成や情報収集で多忙だったため、来ることは出来なかった。

 

雛森とイヅルに任せて、なんとか抜けることが出来るようになったのは2日前の話だ。

 

「このメンバーはどういうことですか?」

「現時点では、総隊長が今の全権利を一時的に任されている。〈中央四十六室〉が全滅したから、今もっとも権力があるのは総隊長ということでな。選抜メンバーがこうなったのは俺が決めたからだ」

「ルキアは前にここで動いていたからわかるけど。他は検討つかないっすね」

「朽木はお前の言う通りここで調査していたこと。地理がある上に、お前との仲も良く連携がとれる。阿散井はルキアと仲が良く実力も申し分ない。一角は俺が総隊長に無理を言って連れて来た。乱菊はなんか知らんが付いてきて冬獅郎はその管理だな」

 

乱菊は何とも言えない表情をしているが、それを無視して話を続けた。

 

「これが今〈現世〉に送れる最大人数で最強の戦力というわけだ。隊長格が3人抜けると、さすがに向こうも手薄になるからな。そこまで戦力を分散させるわけにはいかない」

「つまり、お前は確実に藍染に目ェつけられているってわけだ黒崎一護」

「窓枠に座ると落ちるぞ冬獅郎」

「日番谷隊長(・・)だ」

 

未だに名前だけで呼ばれると、律儀に訂正し直す冬獅郎。最近は面倒くさいならやめたらいいのにな。そんなふうに雷蔵は、別の同情を抱きはじめていた。

 

黒崎一護が冬獅郎のことを、「隊長」とつけて呼ぶようになった未来を予想するとなんだか違和感がある。不気味で悪寒が走るような気がする。

 

「《破面》は虚の面を剥ぐことで生まれる。だがその辺の虚の面を剥いだところで、大したモンはできやしねぇ」

「《破面》になるには、それなりの霊圧が必要だからな。だからもしこっちに全面戦争を仕掛けてくるなら、《破面化(・・・)》の対象は自ずと《大虚(メノス・グランデ)》以上に限られてくる」

「《破面化(・・・)》?《大虚(メノス・グランデ)》?」

「《破面化》は簡単に言うと、虚が《破面》になることだ。《大虚》は、共食いを繰り返した大きな虚と思ってくれればいい。《大虚》は更に3つの階級がある」

 

1つ目は《最下級大虚(ギリアン)》。最下層の存在で人間に例えるなら雑兵。数も多く全て同じ姿をしているのが特徴で、動きは緩慢であり知能は獣並み。

 

「だからお前が〈尸魂界〉へ来る少し前に倒せたんだよ」

「空気の壁から現れたあれか…」

 

恋次の言葉に一護が息を飲む。

 

「あの程度ならその隊の実力によるが、五席以上であれば《始解》せずとも勝てる。問題はこの先だ」

 

2つ目は《中級大虚(アジューカス)》。《最下級大虚》よりもやや小さく数も少なくなるが、知能が高く戦闘能力が飛躍的に上昇する。

 

「これも副隊長クラスであれば、そこそこ苦労はするだろうが問題はない。そして最大の関門は次だ」

 

一護は無意識のうちに唾を飲み込む。それはこれ以上に厄介な存在がいるということへの恐怖だ。

 

3つ目は《最上級大虚(ヴァストローデ)》。大きさは虚としては極めて小柄で人間程度。数は極めて少なく〈虚圏(ウェコムンド)〉でも数個体と言われている。

 

が…。

 

「はっきり言う。この《最上級大虚》の戦闘能力は隊長格より上だ」

「な、んだと?」

 

冬獅郎の言葉に一護は驚愕する。

 

「信じられないだろうな。だが技術開発局の分析と冬獅郎の頭脳で判断した。《破面化》することで奴らが手に入れる力は未知数だが、隊長格が3人抜けてそれがそのまま虚の上についた今、これだけは言える。もし現時点で藍染の下に《最上級大虚級》が10体以上(・・・・・)いたら…〈尸魂界〉も〈現世〉、どちらも終わりだ」

 

その言葉に空気は重く張りつめるのだった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

事態を知ったときの一護の反応は予想通りだった。

 

同じ隊長格でさえ手も足も出なかった藍染の下に、隊長格より強い存在がいるということを聞けば絶望する。あれだけの驚愕ですんだのはマシな方だろう。

 

下手をすれば絶望という感情を抱いて仕方のない現状を知ってもあれだけで済んだのは、彼にはそれだけの腕があるからだろうか。

 

右手の上腕に刻み込まれた傷を見下ろす。初めて剣を交えたあの戦いにおいて、雷蔵に治らない怪我を与えた。今まで、時間がかかっても目に見えない傷をつくることはなかった。

 

だがこの傷はあれから1ヶ月経とうとしているにも関わらず、一向に消える予兆はない。ギンにやられた傷は貫通していたこともあり目に見えなくなることはないが、彼の傷は火傷の跡のように残っている。

 

卯ノ花にも見せたが治りはしないと言われた。何故かはわからなかったらしいが別に気にしない。かといって戦闘や日常生活に支障がでていいるわけではない。

 

いや、する暇はないだろう。いつ《破面》がやって来るのかわからない現状ではその余裕もないのだから。

 

おそらく奴らは〈虚圏〉から、空間の裂け目を通ってここに来るだろう。空間を広げる際には空気が微弱に振動するため、意識を張り巡らしていれば気付くことは可能だ。

 

「隊長、何処行くんすか?」

「徘徊していれば会うかもしれないからな」

 

雷蔵を未だに隊長と呼ぶ一角は、悲しげな表情を浮かべている。それは目標としていた雷蔵が、よその隊の隊長として移籍したことに対する恨みか。

 

そんなことはない。雷蔵がどんな辛い思いをしてきたのかを一角は知っている。それでも〈三・五共同部隊〉ではなく、〈十一番隊〉の隊長としていてほしかった。

 

剣八よりも教えるのが上手く、人当たりのいい雷蔵が好きだった。決して剣八のことが嫌いなわけではない。剣八も部下に対する想いは大きい。

 

それでも一角は雷蔵に惹かれて〈十一番隊〉の扉を叩いた。剣八に負けて殺すために〈真央霊術院〉に入ったが、偶然剣八と雷蔵が本気で斬り合っている場面を見て考えが一変した。

 

真剣や斬魄刀ではなく木刀であった。

 

あれに触れれば切り裂かれるのではないかと思うほど、刀身に当たる部分には戦意がこもっていた。その勝負は引き分けだったが最後まで見ていた一角の心に、剣八に対する今までの思いとは違う反対の感情が湧き上がった。

 

なんと素晴らしい戦いだろうか。なんと気分を高揚させてくれる戦いだろうか。剣八を殺すことではなく、戦うことに喜びを感じさせる死神に強く憧れた。

 

その死神は決して印象に残るような容姿でもない。

 

なのにその模範稽古を見ただけで一角の心に強く灼付き、あの人と肩を並べたい。あの人を納得させたい。あの人を超えたいという想いが芽生えた。

 

唯の模範稽古なのに涙が溢れるのはなぜだろうか。

 

それはたぶんに2人が互いを互いに好敵手として認識し、負けてはならないという想いを抱いているから。こいつ(あいつ)には全力で手を抜かず、己の全てを剣だけで相手に勝つ。

 

唯それだけの単純な力技で、ねじ伏せる悦びを味わいたい。

 

そんな言葉が木刀がぶつかる衝撃が語っているようだった。

 

「前にも言ったが、俺はお前の隊長(・・・・・)をやめたわけじゃない。背中を任せるのは信頼できるやつだけだ。今の俺の背中を任せられるのは一角お前だ。頼りにしている」

「…オッス!」

「もう少しで剣八も帰ってくる。その時にまた酒でも飲んで色々と語り合おうじゃないか」

「酒、準備しときます」

 

雷蔵の言葉に一角は戸惑うことなく返事をした。間を置かずに返事できたのは、雷蔵が隊長羽織を一角と弓親に渡した中に文が入っていたからだ。

 

それは剣八からの便りで、雷蔵が藍染騒動のことを伝えていたのだ。それを知った剣八は可能な限り早く戻ると返事をした。

 

部下の心配もあっただろうが、藍染の手によって強化された虚がどの程度の強さなのかを知りたい気持ちが大きいのだろう。

 

それでも帰ってきてくれるのであれば、かなりの戦力アップになることに違いはない。剣八がこの10年間をかけて何処を放浪し、何をしていたのかは知らない。

 

そのことについては文に書かれていなかったし、書いたとしてもそんなに重要なことは書いていないだろう。というのが雷蔵の剣八に対する評価だ。

 

隊長であるからある程度の文字は書けるし礼儀は持っている。戦闘に対しては貪欲で常に餓えている。だから藍染のことを伝えるとすぐに帰ると言ってきたのだろう。

 

一護のことを書かなかったのは、毒牙にかけないための雷蔵なりの配慮だ。雷蔵を納得させるほどの腕前とは、如何程なのか知るために喧嘩を吹っかけるのが目に見えたのだ。

 

一角に笑みを浮かべて、深夜の空座町の住宅街へと足を伸ばしていく。すると一角も同じようについてきて、雷蔵の背中を守るような位置で同じ速度で歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リンク率10%…




どこまで話数をかせげるだろうか。このままの調子だと30話いくのかも疑問になってきました。

今回は一角の想いについて多く書きました。文才ないので箇条書きですがなんとなくそれなりには書けたかなと想います。







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16

むむむむ…誤字報告が止まりません。投稿する前に確認しているんですけどね


ではどうぞ…


『待て、クソ餓鬼ども!』

『ヤベぇぞ逃げろ!』

『でも鎌持ってるよ!?』

『つべこべ言わず走れ!』

 

鎌を持った男が、歳の頃7歳から8歳と思われる2人組の少年少女を、怒鳴りながら追いかけている。

 

『俺の取った水返せ!10秒だけ待ってやる!10…0。ああ、もう殺す!10秒経ったから殺す!』

 

なんとも大人げない奴である。彼はもはや2秒も待っていない。

 

『あっ!』

『バ、馬鹿!足を止めんな!』

『ご、ごめん…ひっ!あ、う…』

『ひひひ、見ィつけたぁ~』

 

こけた少女に向かって、鎌を振りかぶり振り下ろそうとした瞬間。 

 

スパン!

 

『げっ!…ぶべらぁ!』

 

高い音が聞こえたと思いきや、男が顔面から土に突っ込んだ。

 

『誰だ!?俺をこかし…ぶっ!ぐぺぺぺぺぺ!』

 

上げた顔をもう一度地面に蹴り込んで、後頭部を凄まじい速度で踏み続ける影。

 

『こっちにこい!』

『『え?』』

『生き残りたいなら早くしろ!』

 

真面目な声に2人は、腕にある水の入った入れ物を大事そうに抱えて、助けてくれた人影を追いかけた。

 

 

 

『ここは?』

『僕の家だ』

『家?』

『ちょっとした理由があってね。家だけはどうにか建てれたんだ』

 

助けてくれた人物を追いかけて着いた場所。誰も住んでいない、この地区の端にある一角だった。

 

そこにはかなり頑張らないと建てられないであろうこの地区にしては、きっちりと計算された家が建てられている。

 

『2人とも家は?』

『『…ない』』

『そうか、ならここに住めばいい』

『『え?』』

『そこまで驚くことか?』

『だってお金もないのにこんな立派な家に住むなんて失礼だもん』

 

普通であればそうだろうが、この地区で生きている時点で普通ではないのだ。

 

『放っておけないんだよ。2人を見てると』

『何故?』

『…弟と妹みたいでな。2人とも名前は?』

恋事(れんじ)8歳』

『ルキナ7歳』

『いい名前だな。僕は雷蔵10歳だ』

 

雷蔵は赤色の長髪の少年と勝ち気そうな少女に笑顔を向けた。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

名も知れないビルと呼ばれる建造物の屋上で寝転んでいる、と本当に些細な僅かな空気の揺れを感じて、閉じた眼を開いて周囲へと向ける。

 

「一角、何か感じたか?」

「いいえ、隊長のいびきしか感じてないっすよ」

「おい…。気のせいか?」

 

気のせいだろうか。確かに揺れらしきものを感じたが、それ以降は何も感じない。

 

大虚は〈現世〉を時たまに空間の狭間から覗くことがある。出現する際、僅かな空気の揺れが確認される。今回もそれがあったのかもしれないが、技術開発局によれば今のところ空間の狭間に存在する大虚は発見できていないという。

 

ということは気のせいというのが今のところ割合が高いが。なのにどうにも焦臭い。揺れた後の空気が先程より幾分重くなったような気がする。

 

一部分から周囲に向かって放たれているような不気味な圧だ。

 

「確認でも行くか…っ!これは!?」

「隊長!」

 

一角も気付いたのだろう。巨大な霊圧がそれぞれの方角へと散っていく。

 

「6つの霊圧がそれぞれ別の方へと向かってやがる!」

 

悪態をつくが、もっとも異常なほど濃密で暗くて重い霊圧が黒崎一護へと近付いている。それもかなりの速度で。

 

今の黒崎一護では勝てないだろう。霊圧の高さは明らかにもう一つの方が上だ。

 

義魂丸を2人して呑み込み死神化する。義骸に命令して安全な場所への退避を命令した後、音もなく空を滑りながら大男が現れた。

 

「見つけたぜ、ここ一帯でもっとも高い霊圧が2つ」

「てめえは誰だ!?隊長に向かって失礼な口聞いてんじゃねぇ!」

「俺は《破面No.13(アランカル・トレッセ)》…いや、いい。死んでいく奴に名前を名乗る意味はない」

「…隊長」

「なんだ?」

 

完全にぶち切れた一角が雷蔵の名前を呼ぶ。

 

「ここは俺にやらせて下さい。隊長を侮辱したやつは俺が殺します!」

「…死ぬなよ」

「勝ちますよ」

 

その一言を聞いて、雷蔵はその場から少し離れた民家の屋根に移動した。

 

「どうやら俺とあんたの流儀は真逆らしい。俺は戦う相手が誰であろうと名前を名乗る。俺は最強部隊〈十一番隊〉第三席 班目一角、お前を倒す男の名だ!」

 

一角は抜刀して破面へと向かって行った。

 

 

 

一角と破面の戦闘を民家の屋根の端に座り、片膝を立て片足を垂れさせながら見る。戦闘は一進一退ではあるが一角が押されている。もともと破面は死神と対等か、それ以上に戦うことのできる戦闘力の持ち主だ。

 

彼等の上に〈崩玉〉を持った藍染がついたのだ。彼等に対してそれが使われ、戦闘能力が飛躍的に上昇していたとしても可笑しくはない。

 

だから三席である一角が、僅かずつではあるが確実に追い詰められていく。

 

「さあ、どうする一角。使うのか使わないのか。お前が使わなければ負け、使えば勝機は見える。それを決めるのはお前次第だ」

 

雷蔵は大きく吹き飛ばされた一角を一切表情を変えずに見ていた。

 

 

 

{型は粗いが腕は確かだ。挑発するだけのことはある。だが動きは直線的で読むのは比較的容易い。左の刀で攻撃、右の鞘で防御。実に単純!}

 

「ふん!」

「ぐっ!」

 

殴られて一角は大きく吹き飛ばされた。

 

「ちっ!厄介な攻撃だ。重いし攻撃速度は速いな。まるで隊長の攻撃みてぇだ。だがこの程度は体に染みこんでいるから屁でもねぇ」

「…お前の隊長の方が速いのか?」

「まあな。それに今の攻撃より遙かに重い」

「…そうかそれならば見せてやろう」

 

〈破面No.13〉は腰から刀を抜き出し呟く。

 

「《()きろ火山獣(ボルカ二カ)》」

「…な、なんだよそれ!」

「なんだとは随分だな。これが俺たちの《斬魄刀解放》だ。確かお前の流儀では、殺す相手には名を名乗るんだったな。《破面No.13(アランカル・トレッセ)》エドラド・リオネスだ。一角とやら俺の《火山獣》の熱をその身を以て知れ」

 

熱噴射によって一角は大火傷を負った。

 

 

 

『はい、雷蔵隊長。ご用件をどうぞ』

「敵の破壊能力が予想を超えていた。このままでは多数の魂魄が巻き込まれる可能性がある。斑目一角の半径300間の空間凍結を頼む。他の戦闘をしている死神及び代行にも同じような処置を頼む」

『了解しました』

 

通信機で緊急対策を伝えた後、とどめを刺そうとしている《破面》に肉薄した。

 

 

「ふははははは、どうだ俺の解放した力は!解放した俺の力は数倍に膨れ上がる!死ねぇ!」

「させると思うか?」

「何?ぐあぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

エドラド・リオネスとやらを、霊圧を纏った蹴りで彼方へと吹き飛ばした。その隙に地面に倒れ込んでいる一角を拾い、安全圏へと移動させる。

 

「馬鹿が何故使わなかった。使えば勝てたというのに。やはり〈十一番隊〉の隊士というところか」

 

独り言を呟き吹き飛んでいった《破面》へと向かった。

 

 

 

民家ではなく、偶然十字路の真ん中に突っ込んでいた破面の隣に着地する。

 

「…頑丈な皮膚だ。かなりの威力で蹴ったつもりだったんだがな」

「…〈鋼皮(イエロ)〉はそれ自体が強固な鎧。簡単には刃を通さない」

 

立ち上がったエドラドは一角と戦ったときとは違い、いかにも真面目ですとばかりに笑みを浮かべてはいない。覚悟を決めたそれの眼だ。

 

「いい顔してるな」

「あんたは真面目にやらないとこっちがやられる気がするからな」

「…相手の力量は測れるらしい」

「余裕だな。一体それはどこからきている?」

「さあな。俺もどうして弟子がやられていながらこう落ち着いていられるのか疑問だ。…《蹂躙しろ【雷天】》」

 

《始解》して奴の目を見据える。

 

「解放しないのか…舐められたものだ」

「それはこれを見てから言え。…《雷進》」

「っ何!?」

 

一瞬にして雷蔵の姿を見失ったエドラドは周囲を見渡す。しかしどこにもいない。

 

「どこだ!何処に行った!?」

「上だ!」

「なにっ!?」

「壱足!」

 

右肩が切り裂かれる。

 

「弐足!」

 

右脇腹。

 

「参足!」

 

右太もも。

 

{なんだこいつの剣!こんな簡単に斬られるだと!?あいつらの中で最硬の鋼皮がこうも容易く貫通されるとは!なんだ!何者なんだこいつは!?}

 

「肆足!」

 

左肩。

 

「伍足!」

 

右脇腹。

 

「これで最後だ陸足!」

 

左太もも。

 

「ぐあぁぁぁぁ!フウフウ。クソがぁ!」

「…これでも死なないか。やはり【限定(・・)】されていると倒しきれないな。だからといって《卍解》したとしても、オーバーキルときた。…面倒だな」

「…一体今のは?」

「単なる俺の腕だよ」

「…つまりそれだけの力量差があると」

 

エドラドは遠くに感じる霊圧を見ながら話す。

 

「向こうでは2人が《卍解》しても同胞には勝てていないようだが、お前はせずにして俺を追い詰めている。ということはお前の腕は他の奴らより一回りいや、二回りも上だ」

「高評価どうもありがとう。だが間違っている部分がある」

「…何?」

 

訝しげに眉をひそめるので冷酷に告げる。

 

本当の俺(・・・・)はこんなものじゃない。それだけ覚えとけ」

「…どういうことだ?」

「つまり…『【限定解除】の許可が下りたわ!』…ようやくか」

 

乱菊からの連絡に雷蔵・冬獅郎・恋次が安堵する。

 

「何がだ?」

「そこで動かずに見ていろよ?最高のショーを見せてやる」

 

左手を胸の中心にあて、少しばかり握る動作をすると模様が浮かび上がった。

 

その模様は鋸草。

 

「「「「【限定解除】!」」」」

 

雷蔵たち4人が叫ぶと花の紋章が消えて、霊圧が爆発的に吹き出した。

 

「…【限定解除】だと?なんだそれは?」

「俺たち〈護廷十三隊〉隊長・副隊長は、〈現世〉の霊なるものに影響を及ばさないよう〈現世〉に来る際、身体の何処かに隊章を模した限定霊印を打ち込み、霊圧を極端に制限される。その限定率は80%。つまり俺たちの今の力は今までの5倍(・・)だ」

 

もう一度、霊圧を全開の6割程度に上げる。するとエドラドの表情が恐怖によって引きつっていく。

 

『退け!一時撤退だ!』

 

どこからか誰かが必死な声で、周囲にいる《破面》に対して命令を下す。

 

それを聞いたエドラドは大怪我をしているにもかかわらず、どこにそんな速度を出す力があるのかと思うほどの速度で逃げ出した。

 

鬼事(鬼ごっこ)はあまり好きじゃないが苦手じゃないよ」

 

〈瞬歩〉でエドラドを追い掛ける。さすが〈現世〉に来るだけあって、逃走速度はなかなかのものだが夜一ほどではない。

 

瞬く間に追いつき正面に回り込む。

 

「悪いなここで死んでもらう。《卍解【帝破明神雷天】》!」

「…これが隊長格の斬魄刀解放か」

「《雷伝》」

 

《帝破明神雷天》の切っ先から発射された電撃が、エドラドの腹部を貫通する。そしてエドラドは空気に消えるように溶けていった。

 

「エドラド・リオネス、なかなか面白かった。さてと黒崎一護のところにでも行くか」

 

〈瞬歩〉でもっとも霊圧が高い人物の元へと向かった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「《月牙天衝》ぉぉ!」

 

黒い斬擊が《破面》の肉体を捉える。

 

「…何だ、今のは?。そんな技ウルキオラ(・・・・・)からの報告にゃ入ってなかったぜ死神」

「がっかりせずに済みそうか?《破面》。ハアハア、ちっ!待てよもう少しだからよ…」

 

一護は左手で左目を抑える。

 

「はははははははははは!おもしれぇそれでこそ殺し甲斐があるってもんだぜ!ボサッとすんなよ死神!次は俺の番だぜ!…「させると思うか?」…誰だてめぇ!」

「雷蔵さん…」

「よくやった黒崎一護あとは俺に任せろ。《破面》、お手合わせ願おうか」

「いいところで邪魔すんなよ!ぶっ殺してやらぁ!」

 

ぶつけていた《雷天》を、躊躇いもなく《破面》に振り下ろす。《破面》はすさまじい反応速度でそれを弾くと、即座に斬り掛かってくる。それを霊圧を纏った足で蹴り返す。

 

「…やるじゃねぇか死神」

「お前もよく反撃できたな。あの速度を」

「まだ視認できるぐらいの速度だったからな。それにしてもこんな序盤で抜かされたのは久々だぜ…名前を聞いておこうか、てめぇは誰だ?」

「〈三・五共同部隊〉隊長 雷蔵だ。破面、お前は?」

「聞きてぇなら言わせてみやがれ!」

 

《破面》は少し距離をとり片手をこちらに向けた。

 

「耐えたら名前を教えてやる。消え失せろ!」

 

閃光がとてつもない速度で発射され、着弾させないために《雷天》で受ける。

 

{なんて威力だ!これが今の《破面》の《虚閃(セロ)》か!}

 

「ぐぬぬぬぬぬ!《雷伝》!」

 

切っ先から電撃を放ちどうにか相殺させる。

 

「ふう、強いなお前。興味が湧いてきた」

「俺の《虚閃》を防いだだと?ありえねぇ…ありえねぇ!」

 

{俺、もしかしてヤバいことした?でもあいつが耐えたら名前教えるって言ったから俺は悪くないはず。もしかして耐えられるって思ってなかったのか?}

 

そこまで考えていると殺意にまみれた視線を向けられた。

 

「ぶっ殺す!てめぇは俺が…「そこまでだ」…てめぇ!」

「…東仙、来ていたのか」

 

《破面》の背後に現れた男に殺意を向ける。〈|虚圏〉から出てきたようだが、戦いに夢中になっていたばかりに空間を開く空気の振動を捉えきれなかったらしい。

 

我ながら集中のしすぎにうんざりしてしまう。

 

「命令違反をどれだけ犯しているのか本当に理解していないのか?」

「ちっ!…わかったよ」

 

空間を開けてその中へと入っていくのを見ながら、斬魄刀をしまいつつ一護の横に下りる。

 

「待て!勝手に攻めてきて勝手に帰んなよ!下りてこい!下りてきて俺と勝負しろ!」

「ふざけん…「ふざけるな黒崎一護」…」

「雷蔵さん…」

 

言葉を中断させて人物へ視線を向ける。

 

「今のお前の状態であいつに勝てると思うか?さっきの技は打ててあと2、3発といったところだろう?たとえそれを打ち続けても今のお前じゃ相手にならない。それにあいつはまだ《解放》さえしていない。奴がその気になれば、お前など一瞬もかからず死ぬ(・・)

 

自分でも勝てるとは思っていなかったのだろう反論はなかった。

 

「《破面》、お前の名前はなんだ?」

「《破面・No.6(アランカル・セスタ)》グリムジョー・ジャガージャック。てめぇら死神を全滅させる男だ!忘れるんじゃねえぞクソ餓鬼と雷蔵、俺は必ずここに戻ってくる。そのときまで精々あがきやがれ!」

 

捨てセリフを残して空中に消えていった。

 

「雷蔵さん、俺は…」

「何も言うな。他の隊長格でも苦戦したんだ。つい最近死神の力を手に入れたお前が勝てるわけがない。あいつは他の奴らとは次元が違う。おそらく隊長格でも倒すことはかなり難しいだろう。取り敢えずは命があることを喜べ」

「俺は誰も護れなかった。傷つけた奴も倒せなかった。これで俺は本当に死神代行なんですか?」

「…俺にはお前の気持ちがわからない。一度護れなかったらそれでお前は自分を捨てるのか?何度も護れなかったのか?」

「…俺は一度妹や親父から母を奪っています。そして今回は誰1人護れなかった。俺は無力です!結局何一つ護れない!約束を口でするくせにできない!」

 

一護は自分を責め続ける。

 

「…俺だって家族を殺した(・・・・・・)さ。直接この手をかけた家族だっている。100年前、喜助を藍染から救えず、そして1ヶ月前も敵を討てなかった。これが〈護廷十三隊〉の隊長を任されているんだ。お前が役不足だなんて誰も思わない。あの頑固だった総隊長が今では堅さがとれたことに自信を持て。…黒崎一護、自分が正しいと思う道を歩め。誰にも真似できない曲げられない道を。人に正されても、自分だけの道を築き上げろ」

 

雷蔵さんが横から消えて俺はグリムジョーがいた空間を見上げる。雷蔵さんは俺の十倍もの年月を生きているあの人がそう言うなら浦原さんと夜一さんの親友なら信じていいはずだ。

 

「俺だけの道…か。格好良いよな雷蔵さんは、よし井上のところ行くか」

 

友人の元へ向かうために急いでその場を後にした。

 

 

 

 

 

???「面白いことされますなやっぱ任せて正解やったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リンク率30%




文才がほしい!この作品に合う回想のネタをリクエストしてもられば嬉しいです!

隊章が鋸草ままなのは作者が花言葉をまだ決定できていないからです。すみません!

回想部分では名前が違いますが意味があるので修正はありません。

連擊上昇・・雷天の能力の1つ。攻撃が連続で当たる度に攻撃力が上昇する。


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17

今週の水曜日にお気に入りが1000件突破しました!自分の投稿作品の中で断トツの多さです。この作品を見てくれている読者の皆様に感謝を!



そろそろ作品の名前を変更するべきかなと思い始めました。作品名がダサくてなんか見ていると悲しくなるので感想と共に提案して貰えるとありがたいです!

作品名を提案してくれる方は「」をつけてわかりやすくなるようにお願いします。

1話から16話を修正しましたので読みやすくなったかなと思います。よろしければ読み直しお願いします。


今回は少しほのぼの系とシリアス系になっていますのでお楽しみに。

ではどうぞ~


『ちょっと隊長!また昼間っから酒なんか飲んで!』

『飲まねぇとやってらんないんだもん』

 

女性死神に怒られているのは、隊首羽織を着ながら酒を飲んでいる男だ。シブいと言われそうなヒゲを蓄えた男は、面倒くさそうに返事をする。

 

『まったく平和だからってこんな量飲むだなんて』

『乱菊ちゃんはいい奥さんになるぜ』

『酔っ払ってるから誘っても良いだなんて思わないで下さい!』

 

酔っ払いの対処法を心得ているからなのか。隊長への扱いは手慣れている。乱菊は若いこともあり、そして何より美人であることが隊長のおもりの手際がいい理由である。

 

飲み会に誘われた回数はいざ知らず。隊長の介護をした回数もいざ知らず。

 

だからこそこうやって冷静に対応できるのだ。

 

『ごめん下さい』

『あ、誰か来たみたい。ちょっと日番谷三席(・・・・・)開けてきてよ』

『…了解しました松本副隊長(・・・・・)

 

書類整理をしていた手を止め、面倒くさそうに腰を上げて冬獅郎は十番隊隊舎の扉を開けに行く。

 

戻ってきた冬獅郎の後ろには茶髪の青年が立っている。その少年の腕には少し大きめの小箱が抱えられており、何やら甘い香ばしい香りが漂ってくる。

 

『ん?おう、雷蔵じゃねぇか飲め飲め!昼間からの酒は美味いぞ』

『いいえ、勤務中なので遠慮します』

『雷蔵さん、抱えているその箱は何ですか?』

『ああ、これ?俺が作った焼き菓子。〈現世〉の焼き菓子を真似して作ったんだけど、集中しすぎて大量に残ったから持ってきた』

 

箱を書類が置いていないまた別の机に置いて、箱を開けると出来たてなのだろうか湯気が立ち上っている。それとともに甘い香りが鼻をついて小腹が空いてしまう。

 

『良い香りですね。何を使ったんですか?』

『〈現世〉ではハチミツと言うらしい。知り合いが短期で行ってたんだけどそこで出会ったらしい』

 

1つを持ち上げて乱菊の口に押し込んでやる。

 

『はああぁぁぁぁぁ~なんと美味しい食べ物なんでしょう。甘い中にも香ばしいのが、さらには僅かな苦みがあるから飽きない。なんと素晴らしいバランスでしょう。あ、そうだ雷蔵さんもどうぞあ~ん』

『おいおいこんなところで。まあいいけど』

 

『うふふふふふ』やら『ふふふふふふ』やら、2人だけの世界に入っている乱菊と雷蔵を見て隊長はジト眼で、冬獅郎は甘ったるい雰囲気について行けないのか僅かに赤面している。

 

『仲良いなお前ら』

『『そうでしょうか?』』

『ハモった…』

『てめぇら、もうそのままゴールインしちまえ。爆発しやがれってんだ』

 

嫉妬なのかそっぽを向いてしまった隊長に、。2人は顔を見合わせて笑みを浮かべる。

 

『いい大人が拗ねても可愛くないですよ隊長』

『そうですねそんなにヒゲを生やした親父が拗ねても可愛くないですよ志波隊長(・・・・)

『2人して同じ事言いやがる。もはや兄妹だろ』

『あながち間違いではありませんね。同じ釜の飯を食った中ですし、俺にとっては妹的な存在ですから』

『惚気やがって』

 

女性と仲良くなってもまったく進展しない一心は、2人が楽しそうに話している姿を見るといつも拗ね始める。そしてそれを情けなさそうに見ている冬獅郎という絵面が完成するのだ。

 

『私にとっても兄みたいな存在ですから』

『2人して隊長を落ち込まさないで下さい。これ立ち直るのに時間かかるから、残った仕事を俺がやる羽目になるんです』

『今さらっと隊長をもの扱いしたぞ冬獅郎』

『普段から真面目に働かず、三席の俺に書類整理させていることへの嫌みです』

 

毒舌は相も変わらず健在のようだ。斬魄刀の能力と一緒で冷たい言葉を氷柱にして落ち込んでいる一心に突き刺す。一心は3人には理解できない謎の言語を発しながら、右の人差し指で床をつついている。

 

隊長でありながらこのような情けない姿は、同情してくれという一心なりの精一杯の合図なのだ。3人はそれを知っているからか気にせず会話に花を咲かせる。

 

『まあそういうことで俺は帰るわ』

『雷蔵さん、今度休みにデートしましょうよ』

『俺はいいがギンはどうする?』

『たまには2人だけで』

『了解。あとこれやるよ』

 

雷蔵は紙で包まれた小さな何かを乱菊に投げ渡した。それをキャッチした乱菊は不思議そうに首を傾げている。

 

『誕生日プレゼント。今日はお前の誕生日だろ?ギンにもらった最初で最高のプレゼントなんだから、忘れたりしたらあいつがかわいそうだぞ』

『あ…』

 

乱菊の脳裏にはギンが言った言葉が流れてきた。

 

【ほんならボクと乱菊が出会った日が乱菊の誕生日や】

 

忘れてはならない言葉を今日は忘れていたのだ。いつもなら忘れないのに何故か今日に限っては忘れていた。

 

『それなら来てくれても良いのに…』

『あいつも忙しいんだよ許してやれ』

 

拗ね始める乱菊の頭を優しく撫でてやるとあっという間に機嫌を直してくれた。

 

『じゃあまた非番の日にな』

『うん!』

 

嬉しそうに乱菊は笑みを浮かべて雷蔵を送り出した。胸に雷蔵がくれたプレゼントを抱きしめて。

 

 

 

 

雷蔵が渡したプレゼントの中身は香水であった。

 

それを見た乱菊は「顔を紅くしながらも心底嬉しそうに悶えていた」と、目撃した〈十番隊〉の女性死神が友人たちに良い回っていたらしい。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

井上織姫という名の少女に治療してもらった一角を、他から離れたところに連れてきて、説教を喰らわす。

 

「なんでここに連れてこられたかわかるか?」

「…はい」

「誰にもばれたくないというのは理解できる。だがな、使わずして死んでいいわけじゃないんだよ。お前はなんのために命を捨てる?」

「隊長のためです。俺の命は隊長貴方のためだけに使いたいんです!」

 

一角は雷蔵に自分の想いを全力で伝えている。どれだけ雷蔵を尊敬しているのかを伝えるために。

 

「俺は俺を変えてくれた隊長に…」

 

パアン!

 

高い音が周囲に響き治療を終えた者・治療最中の者・治療者本人、それ以外の者が振り向く。

 

一角は自分がビンタされたことにすぐには気付かなかった。はたかれるようなことを口走ったつもりはなかったのだ。左頬が熱を帯び始め、左手で触れて痛みを感じたことで、ようやく自分がはたかれたことに気付いた。

 

「隊長…」

「誰が俺のために命を捨てろと言った?いつ自分の命を無駄にしろと言った?俺がお前に教えてきたことは一体何だったんだ。俺がお前に教えたのは死に場所か?」

「俺に教えてくれたじゃないですか!『自分の命を捨てて良いのは大切な何かを守るとき』だって!」

 

一角の心からの叫びに恋次は数週間前のことを思い出していた。

 

 

 

『断る』

『どうしてですか!?一角さんしか他にはいないんです!』

『俺が隊長になったらあの人とは戦えなくなる。同じ戦場で同じ敵を前にすることは出来ねぇ。それだけは絶対に嫌なんだ』

『そこまでですか?』

『俺という死神を根底から変えた人だ。試合を見ただけで俺は変わらされた。てめぇが朽木白哉を超えることが目標なら俺の目標はただ一つあの人(・・・)の下で死ぬことだ。解ったなら二度とその話をするな』

 

 

 

「…お前が俺のために死んだとしよう。俺が喜ぶと思うか?」

「っ!それは…」

「確かに己の命を捨てて良いのは、大切な者を守るときだと言った。だがそれには別の意味がある。『庇われた人がその先笑顔で生きていけるような死に方をしろ』というな。俺は命を粗末にするような、周りの気持ちを理解せずに死んでいくような輩が一番嫌いだ」

「じゃあ、俺が今までしてきた意味は何だったんですか!?」

「それを俺に聞いてどうするつもりだ?」

 

その質問には答えず雷蔵は去って行った。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

翌日、一護が通う高校の校舎の上に冬獅郎が座り込んでいた。

 

「どうした?浮かない顔して」

「雷蔵…昨日の奴らだが」

「ああ。あいつらは《最上級大虚》でもなければ《中級大虚》でもない。俺たち隊長格が【限定解除】無しじゃ《最下級大虚》すら倒せないのは痛いな」

「つまりそれが今の破面の最低戦力ということか」

 

霊圧の濁り具合からして奴らは未完成。

 

おそらくこの程度でどこまで戦えるのかという分析、あわよくば情報収集できれば尚良しといったところだろう。そんな奴らは【限定解除】無しの冬獅郎たちが、ギリギリ倒せるほどの戦闘力の持ち主ということになる。

 

今回は【限定解除】して霊圧が膨れ上がったことで油断させ、隙を突いて倒すことが出来た。だが最初から全力勝負であったならどうなっていたのかわからない。

 

「…雷蔵、俺は今すぐ井上とかいう奴の家に帰る」

「連絡を映像で取り合うのか。通信機では伝えにくいことも話せるから賢い選択だな」

「あとは頼んだ」

 

校舎の屋上から飛び降りていった冬獅郎を見送らず、雷蔵は寝転がりながら空を見る。昨日にあのような戦闘があったのかと疑ってしまうほど、柔らかな日光を太陽は降り注がせている。

 

あれから一角はどこかへと雲隠れして霊圧を補足できていない。時を同じくして黒崎一護の霊圧も感じなくなった。どちらも事件に巻き込まれたわけではないだろうが、こうもバラけてしまうと上手く統率できなくなってしまう危険性がある。

 

かく言う雷蔵も非常に深刻な事態に陥っている。斬魄刀が《雷天》が反応しないのだ。《始解》や《卍解》もできて、技も同じように使えるが呼びかけに応えないことが心配である。それに僅かに感じる体内の異物感(・・・)の正体が何なのかわからない。

 

声はしない何か(・・・)が近付いてくるような気がするのだ。それも一日毎にではなくもっと速く。冬獅郎と話していたときより今の方が近くに感じる。

 

もしかしたら《雷天》が反応しないことと、何か関係があるのかもしれない。

 

「確かめに行くか…」

 

〈現世〉においても、何よりもっとも信用できる人物のいる場所へと足を向けた。

 

 

 

その人物は現在、駄菓子屋を営んでいる。そこの店長ということになっているが、それは表の顔であり裏の顔は闇が深い。何故なら〈現世〉に来た死神に、いろいろ必要なものを裏ルートで手に入れているのだから。

 

「こんにちは。店長はいるかな?」

「いるけどあんた誰?」

「俺は…「ジン太殿、どうされた?」…」

 

突如、店から出てきた大男を見て雷蔵は懐かしさを感じていた。

 

「この人がいきなりさ、店長に会わせてほしいって言うんだ。怪しく思って聞いてた」

「怪しい?…むっ、これはこれはお久しぶりです。100年ぶりですかな?」

「ええ、お久しぶりです大鬼道長」

 

 

 

中へ案内され、一室で正座をしていると目的の人物に会うことが出来た。

 

「…お久しぶりっスね雷蔵サン」

「100年ぶりだな喜助。相変わらず何も変わらない不思議な奴だ」

「怒らないんですか?」

「怒る?何に?」

 

マイナスの感情を一切見せない雷蔵に、さすがの喜助も不気味になってそう問いかけた。100年前に何も言わず去っていったというのに。一護から伝言を聞いていても、疑わずにはいられなかったのだ。

 

「何も言わずに失踪したことについてっスよ」

「今更言ったところでだろ?それにお前が俺に何も言わなかったのは、巻き込みたくなかったからだろ?それを知ってからは、怒る気にもなれなかったよ。嬉しいとも思ったさ」

「…気付いていらっしゃったんスね」

「親友だからな。と言ってはいるが、気付いたのは藍染の裏切りのときだ」

 

本当に雷蔵は鈍感である。100年経ってようやく友が隠していた理由を知ったのだから。それだけ隠し方が上手かったのかもしれないが、雷蔵が鈍感だったという方がしっくりくる。

 

「それで用とはなんでしょうか?」

これ(・・)について調べてほしい。できれば早急に」

 

ポケットから取り出した液体の入った小瓶を渡す。すると喜助は深刻そうにその小瓶を受け取った。

 

「…何か可笑しな事でも?」

「異常といえば異常だな。だがそれがなんなのかわかれば対処法を見つけられるはずだ。念の為に涅にも調べさせているが、研究を優先しそうですぐに結果が出るか微妙だ」

「アタシもすぐに出るかわからないっスよ?」

「出ないなら出ないでいい。蝕まれる(・・・・)のが先か対処法が見つかるのが先か」

 

この部屋には喜助と雷蔵しかいない。なのに存在感が3つ(・・・・・)、それも雷蔵の中(・・・・)から。それに気付いているのか喜助の表情も浮かない。

 

「…早急に取りかかった方が良いみたいっスね」

「そうしてくれると助かる。それじゃあ俺はこれで」

「あれ、もういいんスか?」

「もう1人会わないといけない人物がいるからな」

「わかりました。何かわかれば連絡します」

 

部屋を出て店を出るときに、壁から少し顔を覗かせた少女から微妙な視線をもらった。雷蔵は気にせず、もう一つの目的地へと足を向けた。

 

 

 

「柚子も夏梨も寝たことだし俺も休むか」

 

ピンポーン

 

「ん?こんな夜更けに誰だ?」

 

そろそろ日を跨ぐという頃に、インターホンを鳴らすような迷惑者は誰なのか疑問になる。とはいうものの、来訪者を待たせる訳にもいかず玄関へと向かう。

 

「はいはい、どなたですか?っと…こりゃ驚いたな」

「久しぶりだな黒崎。いや、志波(・・)一心」

 

ドアを開けた先に立っていたのは、かつて酒を飲み合う間柄だった友人の姿だった。

 

「来ていたのか」

「嘘は相変わらず下手だな。《破面》と戦っている余波や霊圧を感じていたはずだ。たとえ死神の力を使っていなくても、長年の癖と才能で」

「俺に才能なんてねぇよ」

「よくそんなこと言えるな。〈十番隊〉隊長(・・・・・)だったあんたが」

「よせやい、もう20年以上前の話だ。その頃とは天と地の差があるぐらい力は衰えている」

 

一心はとある事故でにより、〈現世〉で生活している。事故ではなく、陰謀によるものだと浮竹の捜査で判明していた。

 

「家に入るか?」

「いや、いい。黒崎一護の妹2人に迷惑をかけるわけにはいかない」

「寝てるから起こさない限り迷惑じゃないんだがな」

「気配りの問題だ。それよりあんたも出くわしているんだろ?」

「…ああ、奴ら急激な進化を遂げている。もうあまり時間はない。多く見積もっても2ヶ月ってとこだろう」

「何?」

 

冬獅郎からもらった情報では、4ヶ月の猶予があるということだった。なのに一心は2ヶ月、つまり予定の半分程度の時間しかないと言っているのだ。

 

「〈崩玉〉は魄内封印から解かれた今でも、強い睡眠状態にある。目覚めるには時間がかかるだろうと涅は言っていたが?」

「開発者本人がそう言っているんだ間違いない。本来であれば手にした者にしかわからないらしいが、開発した者は手にした者と同じ(・・・・・・・・・・・)ということだろう」

「…なるほどな。それとようやく藍染の真の目的が判明した。それは《王鍵》だ」

「…《王鍵》だと?」

 

《王鍵》。文字通り《王家の鍵》を示す。それは〈尸魂界〉の中のまた別の空間に存在する〈王宮〉へと続く空間を開く鍵である。〈王宮〉には《霊王》と呼ばれる王がいる。〈尸魂界〉にあって、【象徴的】でありながら【絶対的】な存在とされている。

 

「それが何だと言うんだ?」

「問題はそこじゃない。浮竹隊長は藍染が失踪する前、不自然な記録を残していたのを発見したらしい」

「…《王鍵》の在り処を示した文献ではないと?」

「然り。あいつが覗いていたのは《王鍵の創世法》だ」

「《創世法》に問題があると言いたいのか?」

「それも無きにしも非ずだろうが、一番の問題は材料(・・)だ。『10万の魂魄と半径1霊里及ぶ重霊地』と聞いて、どういうことかわかるか?」

 

あまりにも奥が深い話に、さすがの隊長だった一心も脳が追いついていないらしい。難しい顔をしながら腕を組み、自分なりの回答を出そうとしている。

 

「…10万の魂魄という時点で、取り込むこと自体不可能だと思うが。がどちらかというと、その《重霊地》が問題なんだろ」

「その通り。そもそも《重霊地》とは『現世における霊的特異点』を指す。それは『時代と共に移り変わり、その時代においてもっとも霊なるものが集まり易い霊的に異質な土地』を呼称する。ここまでくればどこを藍染が狙っているのかわかるだろう?」

「空座町か…」

「ご名答」

 

喉から絞り出した言葉に一心も信じられない。いや、信じたくないとばかりに頭を抱える。自分の子供が生きている町。妻が生きていた町。自分が生きているこの町が狙われていると知れば、たとえ隊長だった死神だとしても、到底受け入れられる話ではないだろう。

 

「…これは喜助による情報だが、『隊長格に倍する霊圧を持つ者と一時的に融合することで、一時的に完全覚醒状態と【同等】の能力を発する』らしい。これが本当なのかは、それを目の当たりにしないとわからない。だがあいつが言うのであれば間違いは無いだろう」

「…そうか。もう過去に囚われていては、〈尸魂界〉も〈現世〉も護ることは出来ない。受け入れるしかないのか…」

 

俺は自分の中にある存在(・・)、異物の正体が何か大方の見当はついている。むしろそれ(・・)でなければ《雷天》が反応しないことに説明がつかない。

 

「受け入れる?何をだ?」

「いや、なんでもない。ちょっとした悩み事だ」

「そうか、ならいい。おっと、浦原から連絡が来たぞ。なんで俺と一緒にいるのを知っているのかが不気味だが。わざわざ俺に連絡をよこしたのかわからんぞ」

「読み上げてくれないか?」

 

大体の予想はついている。あとはそれが真実なのかどうかを確かめるだけだ。送られてきた情報に目を通した一心は、眼を見開き信じたくないとばかりに狼狽している。

 

「お、お前何があったんだよこ、これあいつ(・・・)のせいと書いてあるぞ。俺は信じたくねえいや、信じねぇぞ!」

 

送られてきた情報を雷蔵に見せてくる一心の狼狽は尋常ではない。原因の名称が、一心にとって無視できない文字が記されていたからだ。

 

「…やはりか。あいつ(・・・)を絶対に攻めるなよ?一心。あいつ(・・・)だってそうなりたくてなったわけでも生み出したくて生み出したわけでもないんだからな」

「…俺はあいつ(・・・)にどんな顔をして会えばいい?お前になんと言えばいい?」

「謝るな。お前のせいでも、ましてやあいつ(・・・)のせいでもない。…喜助に言っておいてくれないか『1ヶ月後に戻る』と」

「それはいいが、お前はどうするんだ?」

「〈尸魂界〉に戻って力を付けてくる」

 

雷蔵は〈穿界門〉を開きながら笑顔で伝えると中に入っていく。

 

それを見送る一心の眼には涙が溢れていた。

 

「クソが、そんな悲しい笑みを浮かべるんじゃねぇよ!俺は俺なりに償わせる。だからお前は強くなって帰ってこい雷蔵!」

 

一心は携帯をこれでもかと思うほど握りしめ、雷蔵が開いた〈穿界門〉が消えていくまで見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原因 黒崎一護

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リンク率50%




少し文字数が多くなってしまいましたねそれだけ書けたということにしておきます。最初はほのぼの系なのに最後の方はかなりシリアスになっています。伏線を張れてますよね?大丈夫ですよね?

20年前の乱菊の方が今より可愛く感じるのは作者だけでしょうか?あんなのがもし現実にいたら卒倒してしまう気しかしないですね。

感想で名前を間違っているという指摘があり、「回想部分なので大丈夫です」と返事をして皆さんにあらぬ誤解を与えてしまいました。恋事とルキナは恋次とルキアと別人だということをお伝えしたかったんです!

本当にすみませんでした!

2人が雷蔵にとってどんな存在だったのかは藍染との決戦の終わりぐらいに明かされる予定です。そして雷蔵の正体、「葛城家」がどうして滅んだのかもその時に説明できたらなと思っています。


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The Diamonddust Rebellion~もう一つの氷輪丸


今回は少し本編から離れて気分転換にこちらを書きました。

映画の中ではこれが一番好きなので物語をこれにして書いています。

ではどうぞ~


巨大な長寿の木々が生え、謎の植物が自生する森のぽっかりと空いた空間に少年が1人ポツンと佇んでいる。

 

だがその様子は森に迷い込み、途方に暮れている者のそれではない。何かを待つ、いや現れるのを待っているかのようだ。その空間は不気味に傷跡が多く残っている。新しいものから古いものまで。数多の爪痕が地面や幹に刻み込まれている。

 

【ーーーーーーーーーーーーーー!】

 

言葉に表せないような鳴き声が聞こえ、目の前の木々が大きく揺れ始める。木々をなぎ倒しながら現れたのは四足歩行の獣だった。

 

鋭い爪が生え、逞しく鍛え上げられた強靭で鋼のような筋肉に覆われた手足。碧色の体毛に黒が若干混ざったの体毛が全身を覆っている。

 

長い尻尾は硬く、鱗状の鎧で隙間なく覆われている。

 

そんな獣を少年は恐れることなく見上げていた。その眼の光りは恐怖で立ち竦む軟弱者の眼ではなく、出会えたことに対する歓喜で満たされていた。

 

【我が名は○○。小僧、貴様が従えるというのか?《無双の狩人》と二つ名を与えられし我、雷狼竜を】

 

およそ獣が出すような声ではない、もはや唸りのような声は本能的に危機を感じさせる。いや、それでは生ぬるい。

 

原始的な恐怖を与えるかのような圧力だ。

 

『そうだ』

 

その唸りを聞いても少年は後退らず、なんと一歩踏み出して応えた。それに対して獣は琥珀色の瞳を向ける。

 

【まだ年端もゆかぬ小童が我を持つか。汝に問おう。我を持つ理由はなんだ?斬るためか?殺すためか?戦うためか?】

『護るためだ』

【護るためだと?滑稽滑稽、実に哀れよ。小童は何を護る?】

『仲間を、友人を』

 

それを聞いた《無双の狩人》は黙り込んだ。何故黙り込んだのか。何故何も言わず、少年の黒い瞳を覗き込んでいるのだろうか。

 

何故(なにゆえ)そこに己の命は含まれない?】

『自分の命など、他の価値ある命より安いからだ』

【何を以て生命の価値は変わる?】

『…存在意義だ』

 

僅かに間をとったのは、己のリズムに相手を乗せるためだ。《無双の狩人》の瞳が、少年を鋭く睨みつける。

 

【小童にはないと申すか?】

『この程度の命欲しかったらくれてやる』

【笑止!…だがお前には興味が湧いた。いいだろう小童、お前を主として認めてやる。…呼べ!我が名は…】

『《雷天》!』

 

少年が叫んだ瞬間、彼の差し出した右手には刀身が碧く、柄が黒の混ざった蒼色の美しい斬魄刀が一振り握られていた。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

第1話 決別

 

 

 

 

 

 

 

瞼を持ち上げるとそこはいつもの隊長室だった。

 

隣では穏やかな寝顔であどけない姿の雛森が寝ている。笑みを浮かべながらずれた掛け布団をかけてやり、そのまま起き上がる。

 

さっきまで懐かしい過去を見ていた。見るのはどのくらいぶりだろうか。何年いや、何十年ぶりかもしれない。

 

『起きたの?雷蔵』

「珍しいな。【具象化】するなんて」

 

声が聞こえた方向に顔を向けると、人間の姿をした《雷天》が、惜しげも無く細いが健康的な脚を見せながら、魅惑的な笑みを浮かべてベッドに腰掛けていた。

 

『ときにはこっちの世界にも来たくなるの』

「相変わらず【マイペース】なことで」

『精神世界ではなくこっちで話すのはダメ?』

「誰もダメとは言っていないだろう?」

 

上目遣いで見てくる《雷天》に苦笑しながら答えると、途端に機嫌を直して鼻歌を歌い始めた。

 

『ふふんふふふん、ふふふふふん。ふふふふふふん、ふふふふふふん。ふふふふふふん、ふふふふふん。ふふふふふふんふふふふんふん』

 

久しぶりの《雷天》が【具象化】した姿は、本当に目のやり場に困る。必要最低限しか衣類を身につけていないせいだ。

 

別に乱菊のように特別グラマーというわけではない。何しろ服装が服装なので、誰かに見られたらどんなことを言われるかわかったものではない。

 

出会った頃のような棘のあるなりは姿を潜めている。美人と美少女の間の微妙な容姿の姿がお気に入りらしく、初めて【具象化】させた頃からずっとその姿のままだ。

 

〈現世〉から一護がもってきた喜助お好みの茶を、沸かした湯とともに湯飲みに注いで一口すする。

 

「あ、おはようございます隊長」

 

最悪のタイミングで起きた雛森と雷蔵の視線が交差する。不思議そうに首を傾げた雛森は、自分の近くのベッドに腰を下ろしている人物を見て硬直した。

 

パリーン!

 

雷蔵が頭を抱える。愛用の湯呑みを落として、割ったことさえ気付いていない。

 

「た、た、隊長!?誰ですかこの女性(ひと)は!?はっ、まさか隊長のっ!」

「うおい待て!違う違う違ぁう!こいつは俺の斬魄刀!勝手に【具象化】しただけ!」

 

必死に弁明を図る雷蔵だが、悪ノリした《雷天》が爆弾発言をする。

 

『嘘つき、雷蔵のバカ。昨日、あんなにしたのに(・・・・・・・・)///』

 

顔を真っ赤にしながら(・・・・・・・)胸の前で両手を交差させている姿(・・・・・・・・・・)を見て、雛森の感情は爆発した。

 

「た、た、た、隊長のぉ、バカァ〜!」

「ぶべらぁ!」

 

左頬を涙を流している雛森に、思いっきりビンタされた雷蔵は、奇声を発して大きく吹き飛ぶ。窓を突き破って三・五共同隊隊舎の中庭へと突っ込んでいった。

 

「はぁはぁはぁ、隊長のバカっ!」

 

大きく息を吐いてズカズカと隊長室を出て行く雛森に向かって、《雷天》はヒラヒラと手を振りながら見送る。

 

『久々に雷蔵の面白い顔見れたから良しとしようかな。じゃあね〜雷蔵また会おうね。浮気はダメだぞ☆』

 

中庭で伸びている雷蔵にウインクを残して、《雷天》は【具象化】を解いた。

 

 

 

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「う、痛い…」

「大丈夫ですか?隊長」

「…なんとか。どちらかというと頬より心が痛い」

 

心配されて弱々しい笑みを浮かべた雷蔵を見て、イヅルは大丈夫ではないと余計に心配になった。

 

「何があったのか僕は知りませんけど。雛森くん、相当怒ってましたよ?」

「怒られるようなことしてないんだけど。斬魄刀が勝手に【具象化】して、それを勘違いした雛森に非があると思うんだが」

「原因が【具象化】ですか。隊長のがどんなのか知りませんけど、大事な任務の前に疲れてたらヤバイですよ?」

「雛森のせいなんだけどな…」

 

今日は新しく隊を作ってから最初の大きな任務なのだ。ランクで言えばSクラス。

 

クラスは上からS.A.B.C.Dとなっており、A.B.C.D.はさらに2つの階級に分けられる。つまり全てで9つの階級があるということ。

 

だから今日は最上級に重要な任務だ。それなのに老人のように萎れている雷蔵を見て、イヅルは完遂できるのか心底心配だった。

 

雷蔵は中庭で伸びているところを隊士に保護され、どうにか歩けるぐらいにまでは復活した。窓の割れ方と雷蔵の腫れた左頬を見て、イヅルは何があったのかをある程度まで予測した。

 

おそらく雛森が何か重要なことを言ったにもかかわらず、盛大に勘違いした雷蔵が雛森にパンチされたのだと。イヅルの予測は間違いではないが少しずれている。まあ、目撃していないのだから仕方ない。

 

「…やるか。全員配置につけ。任務開始だ」

「「「「「「はい!」」」」」

 

立ち直った雷蔵が命令を出すと、隊士たちは自分たちの持ち場へと散っていった。

 

「まったく金をかけやがるな王族は」

 

遠くに見える影を見ながらボヤく。半ば本気の呆れが含まれているのは、気のせいではないだろう。

 

「権威には飾りが必要だからな」

「言い過ぎじゃないか?冬獅郎」

 

隣に立つ友人の辛辣な言葉に苦笑しながら言うと、自分の言い方に悪意を込めすぎたことに気付いたのだろう。同じように苦笑する。

 

ここへ来るまでに〈十番隊〉は、すでに配置を終了させている。〈三・五共同隊〉が遅れたのは、雷蔵が立ち直るのに少し時間がかかったからである。

 

「〈王印〉か。一体どんなものなのやら」

「俺たちには知らされない王家の重要な何かなんだろうさ」

「少しぐらい教えてくれてもいいのにな」

「機密事項まで漏らすわけにはいかないさ。藍染のことがあったばかりだからな。今は特に」

「…そうだな」

 

あれからまだ3週間しか経っていない。反逆者の藍染・市丸・東仙が去ってからわずかな期間。〈護廷十三隊〉への信頼は回復しているとは言えない。

 

それでもショックを受けた者たちも、ようやく元の生活に戻り始めている。

 

「だからって数十年に一度、こうして保管庫を遷移させなくともいいだろうに。さらにはあの事件の直後と来た。嫌みかよ」

「あまり大きな声を出すな。聞かれるぞ?」

「はん、それぐらい屁でもねえわ」

 

どうやら雷蔵はやけになっているらしく対応が杜撰になっている。

 

「そういうわけでは…!」

「っ!何か来る!」

 

冬獅郎と雷蔵が同時に微かな霊圧を感じて、視線を僅かに行列から眼を離した瞬間だった。

 

赤と白が混ざり合った光の束が、矢のように神輿に突っ込んだ。閃光と爆発音が起こり衝撃によって担ぎ手が吹き飛ばされ、神輿が大きく傾く。

 

「冬獅郎!」

「わかってる!」

「「「隊長!」」」

 

駆けつけた乱菊・雛森・イヅルは、何が起こったのか理解できていない様子だったが、指示を仰ぐためにここへやってきていた。状況理解よりも、指令を受けるのを優先した結果だ。

 

そしてその行動は結果的に正しかった。

 

「松本、鎮火作業の指揮を頼む」

「雛森は負傷者の治療と救護、イヅルは他の襲撃に対しての防衛を頼む。指揮はお前たちが出せ」

「「「はい!」」」

 

3人の返事を聞いた後、冬獅郎と雷蔵は〈瞬歩〉でその場から離れる。神輿に突っ込んでいった2つの光球を探し出そうとしていた。

 

「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」」」

 

神輿を囲んでいた鬼道衆たちが火球と雷球に飲み込まれ、瞬時に灰と化して消え去った。

 

彼等は〈王印〉の遷移を任される鬼道衆であって、そこらの鬼道衆とは比較できないほど鍛え抜かれている。そしてその中から選び抜かれた精鋭である。

 

そんな彼等の肉体を容易く消失させる威力とは如何ほどなのか。

 

「ぐあぁぁぁぁぁ!」

 

近くにいた鬼道衆が雷球に飲まれ、また1人が消え去った。

 

「下がれ!冬獅郎は火球の方を頼む」

「ああ!」

 

遠くで暴れている火球を冬獅郎に任せて雷球へと接近する。

 

鬼道衆の間を抜いていると、前方にいた鬼道衆を薙ぎ払った雷球から鞭のようなものが伸び、《雷天》に絡みついた。

 

「死ね」

 

雷球が人間のような姿をしたものに変化すると共に、鞭から高圧の電撃が伝ってくる。

 

「させるかよ。《雷伝流し》」

 

電撃に対して同じように電撃で対抗する。

 

《雷天》から発せられた電撃は、敵が放った電撃と衝突して大きな爆発を起こした。だが雷蔵の電撃は威力も速度も衰えることなく、敵へと鞭を伝って接近する。

 

「ちっ!」

 

眼を見開いて舌打ちをした敵は、数歩距離をとってこちらを見てくる。

 

「お前は何者だ?虚…ではないな。《破面》か?」

「虚だと?あんな下種と一緒にするな!」

 

敵は鞭を自在に操りながら攻撃してくる。このような武器を得意とする人物を、雷蔵は今までに1人しか見たことがない。だが目の前の敵はそいつとは違う。もっと異質で霊圧は澱んでいる。

 

殺めることを忌避しない。むしろ好んでするような血を欲する化け物だ。

 

「正体を聞かせてもらおうか」

「我らには正体などない。我らは()の命に従う唯の道具にすぎないのだ」

「主だと?上は誰だ!?誰の命令だ!?」

「ふはははははははは!」

「ちっ!待て!」

 

アクロバットな動きで煙の中に逃げ込んでいく青い髪の女を、雷蔵は恐れる様子もなく追い掛ける。

 

煙の先では、冬獅郎が仮面を被り死覇装を着た男と剣を交えている。普段の冬獅郎なら気後れすることなく圧倒できるはずだが、今の動きはあまりにもノロい。

 

何があったのかはわからないが余程のことがあったとしか思えない。

 

それより気になるのは仮面の男の霊圧だ。どこかで感じたことのあるような懐かしいもの。だがそれと同時に寂しさのようなものも伝わってくる。

 

「死ね」

 

煙の中から現れた女の攻撃を見ずに《雷天》だけで受けきる。攻撃自体は特に強くはなく、危険性も感じられないが。その正体が謎が故に、雷蔵は攻撃を渋っていた。

 

「我らの主のもとに来い」

「だからお前の上が誰かって聞いている。話してくれるまではついて行く気にはなれないな」

「貴様が素直についてくればいいだけのこと」

 

そしてもう一度煙の中へ消えていった。

 

そちらを見ていたが霊圧が消え去ったことで、ここからいなくなったと結論づけた。

 

冬獅郎を見るとその仮面の人物を追い掛けていくところだった。冬獅郎を呼び止める乱菊だが、冬獅郎は振り返って僅かな瞬間ためらいを見せた。だがすぐにあの仮面の男を追い掛けていく。

 

「あの馬鹿!1人で行きやがって!」

 

同じように雷蔵も追い掛ける。

 

「「隊長!」」

 

跳ぼうした瞬間に2人に呼び止められ、顔だけ振り返る。そこには必死な想いで呼び止めているイヅルと雛森がいた。

 

「すまない…」

「「隊長!」」

 

2人に心から謝罪する。何も言わずに去る自分の無責任さに。仮面の男を追い掛けていった冬獅郎を追い掛けるため、〈瞬歩〉でその場を去った。

 

 

 

 

冬獅郎を見つけたのはそれからすぐだった。男を見失ったのか、疲労したのか。木の根元に背を預けて座り込んでいる。

 

「…雷蔵か」

「見失ったのか?」

 

冬獅郎は返事を口ではなく首を縦に振ることで言葉を肯定した。鼻腔をくすぐるのは木々と土の匂い。だがそれ以上に鼻をつくのは血臭だ。それは冬獅郎の方向から流れてくる。

 

「冬獅郎、お前怪我をしているのか?」

「ああ、あの仮面の男に腹を突かれた。だが気にすることはない。これぐらいすぐに、っ!」

「…どこが気にすることないって?どうみても無理しているだろうが」

 

冬獅郎の息は浅く、速い。この寒さと出血によって身体は悲鳴を上げているのだろう。それに加えて、任務の失敗という三重のミスが心の疲労を加速させている。

 

「クソ!…」

「冬獅郎!?しっかりしろ!」

 

倒れ込んだ冬獅郎に声をかけるが返事はない。口に手を当ててみると浅い呼吸を速く繰り返している。特に命に別状はなさそうだ。

 

背負ってどこか安静にできる場所に移動しようとすると、知った霊圧が近付いてきていた。

 

それは2週間前に手を取り合った【旅禍】の少年のものだった。

 

「…俺ではこの傷は治せない。【旅禍】に任せるのが適当だな。…黒崎一護、少しの間任せた」

 

雷蔵は自分のいた痕跡である霊圧を消して、怪我をした冬獅郎の側から離れた。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

/尸魂界 一番隊隊舎 隊首会議場/

 

〈護廷十三隊〉総隊長の山本元柳斎重國の前には、全ての隊の隊長が集まっている。

 

だが不自然なのは空いている空間が3つあること。〈三・五共同隊〉・〈九番隊〉・〈十番隊〉の場所である。

 

「周囲をくまなく捜索しましたが、〈王印〉の痕跡は発見できませんでした。おそらく襲撃者が持ち去ったものだと思われます」

 

砕蜂の報告に全隊長が顔をしかめる。〈王印〉を奪われたとなれば、それは重大な問題だ。

 

〈王印〉。それは王族にある宝の1つである。それを奪われたとなれば、〈護廷十三隊〉といえど1つや2つの隊の隊士の命では、償えないほどの問題である。

 

「なお、対象を追跡したとの報告を受けている護衛隊責任者 日番谷十番隊隊長及び雷蔵三・五共同隊隊長ですが。自ら霊圧を消した形跡が残されておりました」

 

隊長たちの間に片膝を突いて俯いていた乱菊・雛森・イヅルがハッと顔を上げる。

 

「お待ち下さい!お二方が職務を放棄したかのような発言はいささか早急すぎませんか!?」

「では、何故そのようなことをした!?これは明確な法規違反だ」

「そ、そんな…」

「〈十番隊〉及び〈三・五共同隊〉に全員蟄居を申しつける。場合によっては《廃絶》も覚悟しておくことじゃ」

 

《廃絶》。隊自体を取りつぶす最悪の罰則である。

 

そのことを聞いた3人は、絶望に近い表情を浮かべている。

 

「副隊長の命3つで事が終息するなど甘い考えをもたぬことだ。逃走した〈十番隊〉隊長と〈三・五共同隊〉隊長、日番谷冬獅郎、雷蔵以上両名の身柄確保を最優先とする。これは《緊急特令》である!」

 

元柳斎の重々しい発言に、3人は途方に暮れるしかなかった。

 

 

 

副隊長3人と他の隊長格が出て行ったあと、京楽と浮竹は元柳斎に異議を申し立てていた。

 

「山ジイ、今回は少しやりすぎじゃない?確かに護衛には失敗したけど、取りつぶす必要はないと思うよ?」

「元柳斎先生、僕も同意見です。2人が襲撃者を追い掛けていったことには、何か深い意味があるのだと思います」

「職務を放棄してまで知らねばならぬ事柄があると申すか?十四郎」

「…ないとは言えないかと」

 

頑固な元柳斎だが、京楽と浮竹の言葉は比較的考慮する。とはいえ王族の秘宝〈王印〉を奪われたとなれば、黙って見過ごすわけにはいかない。

 

「ならぬ。先に申したとおり両名の身柄確保を優先させよ」

 

何を言っても無駄だと感じた2人は、元柳斎に一礼して一番隊隊舎をあとにした。

 

「…雷蔵よ、何故(なにゆえ)お主は己を戒め続ける?」

 

元柳斎の疑問は儚く一番隊隊舎隊首会議場に響いた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

乱菊・雛森・イヅル以下の隊士は、〈一番隊〉副隊長 雀部長次郎に謹慎を言い渡され、十番隊隊舎の前で恋次、ルキアと話をしていた。

 

雛森とイヅルは深く落ち込んでいるため、一足早くに新設された隊舎の自室でふさぎ込んでいる。

 

「…というところかな。だからどうして2人が襲撃者を追い掛けていったのかわからないのよ」

「なんにもわかっていないのに反逆者の烙印をつけられているんですか!?」

「それだけ〈王印〉が秘匿されるべき物体ってことでしょうね」

 

2人に力なく笑みを浮かべる乱菊に、どうしようもない傷が増えたのだと2人は理解した。

 

「必ずお二方は戻ってきます。それだけは確実です!」

「…もちろんよ。2人はギンと違うもの。ここを守るために追い掛けていったんだとわかっているから」

「斬魄刀の回収終了しました!松本副隊長は自室へ。阿散井副隊長、お時間です!」

「ああ、わかった」

「待って!」

 

離れようとした恋次の腕を必死の表情で掴んだ乱菊は、声を落として頼んだ。

 

「2人が追い掛けたのには何か理由があると思うの。2人と何か共通する何かが。だから調べてくれないかしら?でないとあんな必死な様子で追い掛けるはずがないから…」

「わかりました。微力ながらお手伝いさせて頂きます」

 

恋次はしっかりとそのお願いに答え、十番隊隊舎を出て行った。

 

{隊長・雷蔵さん。私はこんなところでくじけません!ギンのようにならないとお2人を信じています!}

 

『もうちょっと捕まっとっても良かったのになぁ。さいなら乱菊、ご免な?』

 

 

 

雛森とイヅルは同じような蹲った体勢で同じ言葉を呟いていた。

 

「隊長、帰ってきてくれますよね?藍染隊長(・・)みたいにはならないですよね?」

「隊長、帰ってきてくれますよね?市丸隊長(・・)みたいにはならないですよね?」

「勘違いでビンタなんかしなきゃよかった…」

「沈んでる隊長を笑わせておけば良かった…」

 

 

 

〈十二番隊隊長及び2代目技術開発局〉局長の涅マユリは、珍しくハッスルして猛然とキーを叩いていた。

 

「マユリ様、関連文献をお持ちしました」

 

副隊長 涅ネムは、両手に何十冊と積み上げられた書籍を無表情で運んでくる。

 

それを無造作にマユリはネムから本を取り上げ、片っ端からとてつもないスピードでページを開いていく。

 

「〈王印〉とはネ…。一体如何なる材質か?制作過程は如何なるものか?」

 

ネムに読み終えた書籍を片づけるよう指示して、マユリはマッドサイエンティストもかくやとばかりの歓喜に満ちた笑みを浮かべている。

 

「久しぶりにワタシの脳細胞がフツフツと煮えたぎっているヨ!ホーホッホッホッホッホ!」

 

その後ろでは、ネムが男物の下着に頬づりしながら匂いを嗅いでいる。

 

「…ネム、今すぐその汚物を処分するんだネ。ここら一体に菌が繁殖しそうだヨ」

「…承知しましたマユリ様」

 

ネムは右手をノコギリに変化させて、男物の下着を千切りにして口から吐き出した炎で焼却処分した。

 

そしてマユリが読み終えて知識を吸収した書籍を両手に抱えて、元の場所へと返しに行く。

 

その頭には新たなる男物の下着を被っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ブルッ、ん?なんだか悪寒が。冬獅郎によるものでも寒さによるものでもない。俺の何か(・・)が誰かに奪われている。そんな気がしなくもないな…」

 

その人物が自分の下着をネムに奪われていることに気付く日は、もう少し先の話である。




ネムが変態化していますね。そうしないと面白みがないかなと思ってキャラ改変しています。

それとマユリも少しアレっぽくしています。声優が一緒ですから使っても可笑しくはないかと思いました。

ところであと2話ぐらい続くかもしれませんがそれはどうなるか予測不可能です。

なんとか映画に沿っていきながら2人が彼とどのような生活をしてきたのか、どのような関係があったのか書ければいいなと思っています。



雷蔵の斬魄刀の入手方法や具象化した姿がどのようなものだったか、お楽しみいただけたでしょうか?

本来、映画の小説版では冬獅郎の入手方法が書かれており映画の方も冬獅郎メインですが、この作品においては雷蔵が主人公なので雷蔵を書いてみました。正直、作者の遊び心というのも無きにしも非ずという感じですが。




雷伝流し・・切っ先から放つ雷伝とは違い、刀身全体から放つことが出来る。また虚閃のように光線を発するのではなく稲妻ような爆ぜるような電撃である。


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『楽しいな冬獅郎・雷蔵さん!』

『『そうだな〇〇』』

 

川の土手にある草の上に寝転びながら、本当に楽しそうに声をかけてきた友人に、2人して苦笑しながら返事をする。

 

〇〇と冬獅郎はまだ〈真央霊術院〉の院生で、俺は学生憧れの〈護廷十三隊〉の隊士。

 

普通であれば関わりを持てるはずもないが、俺が特別講師として赴いたときに偶然知り合った。それからよく顔を合わすようになっている。

 

いつも主席の成績を収めていた冬獅郎。次席で冬獅郎を追い掛ける〇〇は、周囲から僅かに浮いていた。それは2人の実力が他より群を抜いて高かったからであり、決して周囲が悪いわけではない。

 

実際、その年の霊術院の卒業生の腕前は総隊長が頷くほどハイレベルだったからだ。

 

その中でも群を抜いていた2人が周囲から浮いてしまったのは、仕方ないと言うべきか必然と言うべきか。言葉を選ぶのに難しいところだ。

 

『俺は〈尸魂界〉のために戦うんだ!』

『〇〇、それ何十回目か忘れたけど聞き飽きた』

『そう言ってやるなよ冬獅郎。〇〇だってそれだけの覚悟があるんだからさ。それよりこんな気候条件が整った日は滅多にない。今楽しまなきゃな』

 

俺の言葉に2人は再び寝転んで空を見上げる。

 

湿度も低すぎず、かといって高いというわけでもない。日光は程よく降り注ぎ、風は頬を撫でるようで時折前髪を揺らす風が吹く。

 

気温もちょうどいいので、ぽかぽか陽気と言っても過言ではない最高の気象だ。

 

『こんな平和な日々がいつまでも続いたら良いのになぁ』

『『ああ、そうだな』』

 

〇〇の願いに同調して返事をした後、睡魔に身を委ねた。

 

しかし、俺たち3人の願いは翌年叶わぬ幻想となる。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

第2話 覚悟

 

 

 

 

 

瞼を持ち上げると空は鈍色に染まり、重々しい空気が辺りに降り注いでいる。

 

昨日の夕方に出血多量で気を失った冬獅郎は、一護に回収されて雷蔵が寝転んでいる家の下で大事を取っている。

 

自分の霊圧を封じた中で、さらに寒さを遠ざけるように膜を張るのは少々疲れる。目的を果たすまでは、〈尸魂界〉に知られるわけにはいかない。

 

苦労しているおかげからか。今のところ追っ手の気配は感じられない。

 

〈穿界門〉が開かれて、〈現世〉に大勢の死神が捜査に来ているのは感知している。ここから離れた地域で活動しているので、そこまで心配する必要は無い。

 

見つかったところで冬獅郎を担ぎながら逃げても、余裕で逃げ切れる自信がある。

 

たとえ追手が〈隠密機動部隊〉の総司令官だったとしても…。

 

「ありゃ、冬獅郎のやつもう出てきやがった。傷口は塞がっていないというのに頑固な奴だ」

 

黒崎一護の家からコソコソしながら出てきた冬獅郎を、自宅の上から見下ろす。隊首羽織を着ておらず、仮面の男が着ていたマントらしきものを着て歩いている。

 

歩き出した道の先には、死神化した一護が腕を組みながら不機嫌そうな表情で仁王立ちになっている。

 

「ご機嫌斜めだな。どうせ止めても無駄なのに。冬獅郎は止まらない。そして俺も。成すべき事を成し遂げるまで(・・・・・・・・・)は何があっても」

 

雷蔵と冬獅郎は襲撃者が誰なのか予測はついている。むしろそうでなければ、あの霊圧を体に受けたときの気分の高揚について説明が出来ない。

 

突如として、冬獅郎と一護の間に火球と雷球が空を駆けて落下してきた。

 

「誰だお前ら!?」

「我が名はイン」

「我が名はヤン」

 

青い髪と赤の髪をした女2人が一護の問いかけに答える。

 

「日番谷冬獅郎と雷蔵を、こちらに渡してもらおう。草冠(くさか)様のために」

「何!?」

「渡さぬなら」

「邪魔するのであれば」

「「排除する」」

 

2人が短刀に霊力を込めることで、それぞれの形状が変化していく。インの短刀は、青白い雷光を纏いながら鞭へと。ヤンの短刀は、刃の根元から炎が吹き出した炎剣へと変貌する。

 

「なんだよこいつら!冬獅郎、行くんじゃねぇ!」

「…すまない黒崎」

 

冬獅郎は謝罪してから2人の元に向かおうとする。

 

「冬獅郎!」

 

一護は必死な想いで冬獅郎を引き留めようとする。

 

行くなと。

 

戻ってこいと。

 

呼びかけ続ければ、こちら側に戻ってきてくれると信じている。

 

だが振り返った冬獅郎の眼にはすさまじい葛藤が見られた。

 

「冬獅郎、っ!やめろ冬獅郎!俺はお前と戦いたくねぇ!…冬獅郎!」

「許せ黒崎…」

 

冬獅郎は猛然と一護に斬り掛かる。それを必死な様子で受けるが、斬魄刀がぶつかる瞬間に何かが自分の中に流れ込んでくる。

 

血まみれの男と消えていく斬魄刀。

 

「黒崎…頼む」

「っ!」

 

迷いを振り払うかのように《氷輪丸》を振りかぶる。祈りのようにも懺悔のようにも一護には感じられた。大きく体勢を崩された一護は、着地する前にインとヤンによる攻撃を受ける。

 

火球と雷球が着地する瞬間、一護に襲いかかった。爆風が自宅の上にいる雷蔵まで届くほどの威力。生身の状態では鬼道衆たちのように消し炭になっていただろう。

 

「…くそっ!ハアハア」

 

《斬月》で防いだのだろう。出血は激しいが消え去ることはなかった。だがダメージはかなりあるらしく呼吸は大きく乱れ、額からは血が止め処なく流れ続けて地面に落ちていく。

 

「まだ、立つのか?ならばこれで!」

「どうだ!」

 

インとヤンが振りかぶる。ヤンの火球が巨大になり、それを包み込むかのように電撃が火球の表面を走っていく。

 

「「死ね!」」

 

2人が放った合体技を一護は冷静に見つめて眼を閉じた。すると霊圧が爆発的に巻き起こり、視認できるほどに高まる。一護の体が白く淡く輝いているように見えた霊圧は、《斬月》へと移動する。

 

「《月牙天衝》ぉぉぉ!」

 

《斬月》を薙ぎ払うかのように振るった。刀身から放たれた飛ぶ斬擊がインとヤンの合体技を貫き、消滅させても威力を失うことなくインとヤンへと向かっていく。

 

〈瞬歩〉のような歩行で、その場から少し離れた場所へと移動し攻撃を避けた。

 

「クソっ!外したか!」

「我らの攻撃を破るとは…」

「なんという力だ…」

 

2人は少しの間顔を見合わせて超高速移動でその場から消えた。それを追い掛けようとした冬獅郎に、《斬月》を杖代わりにして立ち上がろうとしている一護が引き留める。

 

「っ冬獅郎!行くのかよ…。…クサカっていう奴と関係、あん、のか?」

「…殺された(・・・・)男の名だ。俺は〈王印〉を取り返す…」

「殺された?待て冬獅郎!冬獅郎ぉぉぉぉ!」

 

意識が薄れていく中、一護は悲しげな冬獅郎の背中をしばらく見つめていた。

 

 

 

倒れた黒崎一護の横に降り立ち、隊首羽織を背中にかぶせる。《卍解》していない状態とはいえ、ここまで大きなダメージを与えるあの2人組は侮ることはできない。

 

電撃と炎というどちらも人間には厳しい属性の攻撃を受けたのだ。いくら白哉に辛勝した死神代行でも耐えられる代物ではなかった。

 

「…すまない」

 

腰から抜いた何か(・・)を一護の横に落とし、一言だけ述べて冬獅郎を追った。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

暗い意識の底から戻ってきて眼を開けると空が青かった。どうやらかなりの時間気絶していたらしい。

 

「おい一護、ここで一体何があった?それにこの羽織、雷蔵隊長のじゃねぇか」

「…羽織?あれ、いつの間に…」

「こやつの反応からすると、雷蔵隊長を見たのではないようだぞ恋次」

 

自分に話しかけているのは友人の恋次とルキアだった。今はあの公園からほど近いビルの上にいるらしく、気兼ねなく話すことが出来た。

 

「取り敢えず俺の家に来てくれ。そこで詳しく話す」

 

2人を連れて自分の家へと一護は戻っていった。

 

 

 

家に帰って自室に入ると、自分の机の上に羽織が置かれていることに気付いた。

 

「あいつ、これを置いていくなんて…」

 

〈十〉の文字が刻まれた羽織を見つめながら呟く。おもえば剣をぶつけ合ったときには、これを着ていなかったと思い出す。これを着ていない理由がどういう意味なのか。雷蔵が同じように隊首羽織を残していったことが、何を意味しているのかわからなかった。

 

「それは日番谷隊長の…」

「てめぇ一護!何で2人を止めなかった!?」

 

驚いているルキアを放っておいて恋次は一護に掴みかかる。

 

「止めたさ!…けどわけわかんねぇ奴追い掛けてすぐいなくなっちまったし、雷蔵さんの方は霊圧すら感じなかった」

「それで日番谷隊長はなんと?」

「〈王印〉を取り返すって。それだけしか言わなかった…。そうだクサカって言ってた。2人とも知らねぇか?」

 

一護の問いに2人は首を振った。縦にではなく横に。その反応に一護は深いため息を吐いた。2人が知っていればもしかしたら自体が急展開するのではないかと思ったようだが、それはあまりにも甘い考えだった。

 

「恋次、一度〈尸魂界〉に戻ってそのクサカとやらを調べてくれぬか?もしかしたら松本副隊長が言っていた今回の事件と、何か関係があるかもしれん」

「いいけどよ。なんで俺なんだ?」

「無席の私では謁見が許可されるとは思えない。それからこの隊首羽織2枚とこれ(・・)を3人の副隊長に」

「…嫌な役目だな」

 

恋次は渡された3つ(・・)を受け取りながら、言葉とは裏腹に悲しそうな顔をしていた。

 

 

 

謁見を京楽と共に入ることで許可された恋次は、3人に〈現世〉で見つけた品を渡した。

 

乱菊に〈十番隊〉隊首羽織を。

 

雛森には〈三・五共同隊〉隊首羽織を。

 

イヅルにはあるもの(・・・・)を。

 

そのときの3人の表情を見て、恋次は心臓を握られるような不快な感覚を抱いた。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

自ら霊圧を封じた痕跡を注意深く辿っていると、ある廃工場に辿り着いた。そこでは背を壁に預けて、浅いまどろみの中に沈んでいる冬獅郎が、《氷輪丸》を大切そうに肩に立てかけている。

 

近付くと霊圧に気付いたのだろう。眼を開けてこちらに向けてきた。

 

「雷蔵、お前も隊首羽織を…それに()のはどうした?」

「お前と同じ(・・)さ。囚われたままでは決心が鈍ってしまうからな」

 

立ち上がって歩き出そうとする冬獅郎の腹部に、懐から取り出した小瓶の中身を死覇装の隙間から差し込んで傷口にかける。すると滲みるのだろう。歯を食いしばって痛みに耐えている。

 

「もう少しだけ我慢しろ。これぐらいの痛み、あの時(・・・)に比べたらなんてことないだろ?」

「…ああ、そうだな。しかし良いのか?緊急応急用霊圧の霊薬を使っても」

「今ここでお前に倒れられては困るからな。本当は井上とかいう奴に治してもらう予定だったんだが、お前が颯爽と逃走するから予定が狂った」

「…すまない」

 

居心地が悪そうに視線を外す冬獅郎に、雷蔵は自然と笑みを浮かべる。こんなに素直な反応をする冬獅郎を見れるのが嬉しかったのだ。

 

「気にするな。これからのことを考えれば、少し行動が難しくなるが動けなくなるわけじゃない。それに計画(・・)を練り直さなきゃならないほど狂っているわけでもないからな」

「そうか。なら、できるだけ速く行動しないと。…っ!」

 

立ち上がろうとした冬獅郎だが、すぐに片膝を突いてしまう。いくら〈四番隊〉の応急霊薬を傷口に注いだとはいえ、所詮は応急処置だ。直接治療するより効果が薄いのは否めない。

 

「あまり無理するな。黒崎一護との戦闘の時のように傷口がまた開くぞ」

「それでも行かなきゃなんねぇ。これは俺がやらなきゃ、俺がやるんだ!っ!クソが…」

 

再び立ち上がろうとする冬獅郎に雷蔵は悲しくなった。いや悲しいのは雷蔵ではない。むしろ冬獅郎だ。自分の魂が消えるかもしれないというのに、ここまで自分の成すべき事を成そうとするのは、自分が終わらさなければならないと思い込んでいるからだろう。

 

「草冠…。雷蔵、何をして…」

「そこまでして行こうとする奴を、簡単に止められるわけがないだろう?それにお前が誰より悲しんでいるのも苦しんでいるのも、俺は全部知っている。だからってお前1人が抱え込む必要は無い。そういうのは家族、友人と分け合うものだ。お前には家族はいないのかもしれないが友はいるはずだ」

「ふん、馬鹿だなお前は」

 

何故かけなされたが腹は立たなかったし、気を張っていた冬獅郎が僅かでも気を休めることができたならそれでいい。

 

「そりゃどうも。褒め言葉として受け取っておくよ。《氷輪丸》も持とうか?」

「いや、これは俺が持つ。俺の唯一の繋がり(・・・)なんだ。それに…」

「「あいつも《氷輪丸》持っているから」」

 

バッチリとハモったことで2人して笑みを浮かべる。

 

「さてと、もう少し気軽に休めるところを見つけないとな」

 

冬獅郎の左手を自分の首に回して歩き出した。




なんとか3話で終わりそうです。


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まさかおわらないとは…残念な限りです。


『どうして、どうして俺が、俺が死ななきゃ、ならないんだ…』

 

右肩から大きく斬り裂かれ、大量に出血している男が涙を流しながらこちらを見てくる。

 

『《氷輪丸》の所有者は、日番谷冬獅郎と決定した。これは〈中央四十六室〉による最終決定である。故に貴殿にはここで死んでもらう(・・・・・・)

『『やめろぉぉぉ!』』

 

黒装束の服を着た男たちが、絶望を浮かべている青年に刃を突き刺した。

 

『草冠ぁぁぁぁ!』

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

最終話 終焉前編

 

 

 

 

 

 

/空座町 鎮守の森/

 

 

社の中で冬獅郎を寝かせたあと、自分も僅かな平穏な時間を消費して仮眠を取っていた。

 

睡眠不足は集中力を格段に低下させ、戦闘においてもっとも影響が出る。睡眠は僅かでも取っておく方が良いのである。特に冬獅郎は血を少なからず失っているため、身体を休ませておくべきだ。

 

「ん?…もう見つかったのか。いくら何でも早すぎるな」

「…どうする?」

 

ひときわ強い風が吹いたと思うと、多くの霊圧が現れている。霊圧を封じていたにもかかわらず、居場所を特定された。微弱な霊圧から、位置を特定できる特殊能力を持った隊士が参加しているからだろう。

 

「囲まれたな。強行突破するしかないだろうが動けるか?」

「ああ、ここで全てを終わらせるつもりはない」

「日番谷隊長・雷蔵隊長、至急〈尸魂界〉へお戻り下さい!」

 

修兵に呼びかけられ2人は、素直に引き戸を開けて外へ出た。周囲は囲まれており、上空にも隊士たちが待ち構えている。簡単には抜け出すことは出来ないだろう。

 

「お二方ともお戻り下さい。そうすりゃあ今回のことお咎めも少なくなるかもしりゃせん」

「悪いな射場、俺たちは戻るつもりはない」

「何故ですか!?」

 

射場の言葉に拒絶した雷蔵に修兵が詰め寄る。

 

「話す義理はない」

 

その言葉通り、冬獅郎は《氷輪丸》を抜刀して臨戦態勢を取る。雷蔵も臨戦態勢を取ると、修兵や射場が同じように斬魄刀を手にするが、他の隊士たちは後退っている。

 

それもそのはず。2人は彼等からすれば雲の上のような存在であり、どう転がっても勝機が見えないからだ。

 

雷蔵と冬獅郎が同時に修兵と射場に斬り掛かった。受け止めるがその威力は抑えきれず、勢いは留まることを知らないかのように、2人を後方へと吹き飛ばしていく。

 

修兵と射場はどうにか勢いを止めようとするが、どうすることもできずに為す術なく慣性の勢いに従う。

 

「おやめ下さい!謀反の意図ありと見なしますよ!?」

「おやめ下せぇ!このままじゃぁお二方が藍染と同じようになってしまいやす!それだけはダメなんすよ!」

「黙れ。今の俺たち(・・・・・)は〈尸魂界〉のではなく、俺たちの意思で動く」

「下がれ、射場。…死ぬぞ」

 

冬獅郎と雷蔵の本気の殺気に、2人は生唾を飲み込んだ。その隙を突かれて大きく吹き飛ばされた修兵と射場は、後ろに控えていた隊士に起こされて、もう一度対峙する。

 

「日番谷隊長・雷蔵隊長、あなた方を拘束します。かかれ!」

 

修兵の命令で周囲を囲んでいた隊士たちが、一斉に2人へと飛び掛かる。

 

その数およそ50人。

 

これだけであれば多少の隙が出来ると思った修兵だったが、その予想は甘かった。

 

「「「「「ぐあぁぁぁぁぁぁ!」」」」」

「…神速の剣」

 

全員を吹き飛ばしたのは雷蔵だった。他者から尊敬され、畏れられたが故に与えられた2つ名を、脩兵は無意識に呟く。怪我をした冬獅郎を庇いながら、50人もの死神を返り討ちにしたことで、修兵は自分の認識の甘さを理解した。このままでは任務遂行さえ困難だと認識させられた。

 

「檜佐木ぃ、こりゃそう簡単にいかんわけやが。どやろか。わしが雷蔵隊長を止めるけん、日番谷隊長を拘束できんか?」

「どれくらい保ちますか?」

「よくて5秒といったところじゃ」

「…4秒いえ、3秒で拘束してみます!」

「頼むけんのぉ!」

 

なんの策もなく、ただがむしゃらに突っ込んでくる射場を雷蔵は哀れに感じながら迎え撃った。右上段から繰り出してくる斬擊を右斬り上げで斬魄刀を弾く。その衝撃で僅かに浮いた体へ刀身の腹で薙ぎ払う。

 

「うがあぁぁぁぁぁ!檜佐木ぃ今じゃぁ!」

「《縛道の六十二【百歩欄干】》!」

「しまった!冬獅郎!」

 

檜佐木が投げた光の棒は空中で分裂し、数多の光の雨となって降り注ぐ。何本かを《氷輪丸》で防いだ冬獅郎だったが、怪我をしたままの身体では全てを防ぐのは不可能だった。

 

「く、くそ!」

「冬獅郎!」

 

光の牢獄に囚われた冬獅郎を救うべく、吹き飛んだ射場の場所から離れて向かう。途中、こちらを止めるために数人の隊士たちが現れるが、全てを威圧だけで吹き飛ばす。

 

「どけえぇぇぇ!」

 

辿り着いて全てを抜こうとした瞬間、新たなる指令が檜佐木の口から放たれた。

 

「今だ!全員で捉えろ!」

「「「「「《縛道の六十二【百歩欄干】》!」」」」」

 

六十番台の《縛道》を多くの隊士が使えることに驚いたが、それよりも光の棒を弾くことが先決だ。

 

「おおおおおぉぉぉぉ!」

 

気合いを迸らせながら弾くが、全方位から放たれては全てを弾くことは出来ない。

 

「くそ!」

 

一本の棒が裾を貫き地面に縫い付けると、瞬く間に10本以上の光の棒によって囚われの身になった。

 

「日番谷隊長・雷蔵隊長、これよりあなた方を〈尸魂界〉へ連行します」

 

檜佐木の声は遠くにしか聞こえない。冬獅郎は地面に対して俯せに。対して雷蔵は仰向けという状態。だが辛うじて首だけは動く。互いの眼を見て、何を考えているのかを瞬きで交換し合う。

 

「…《霜天に坐せ》」

「…《蹂躙しろ》」

 

周囲の空気が一瞬にして凍り付いていく。さらには空気が静電気を発し始める。

 

「檜佐木ぃ、離れるんじゃ!」

 

射場の言葉に修兵はその場を飛び退く。

 

「《氷輪丸》!」

「《雷天》!」

 

光の棒が消し飛び、氷の竜と雷の獣が互いに逆回転の竜巻を起こして小型の竜巻を複数発生させる。麻痺を起こさせる竜巻と凍傷を引き起こす竜巻が辺りを舐め回す。

 

一帯が雪原と荒野と化した場所には、二つの影だけが動きを見せて、夜の町へと消えていった。

 

 

 

 

檜佐木と射場が負傷したのとほぼ同時刻、〈尸魂界〉で〈八番隊〉隊長 京楽春水が襲撃を受けた。残存霊圧から襲撃者は、〈十番隊〉隊長 日番谷冬獅郎と確認された。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

/一番隊隊舎 隊首会議/

 

 

「事態は一刻を争うまでとなった。日番谷冬獅郎及び雷蔵を謀反の疑いにより、《緊急特令》を《護廷大命》へ変更する」

 

威厳に満ちた元柳斎の声音によって、緊張していた空気がさらに張り詰める。

 

「総隊長、それはいささか拙速ではありませんか?」

「〈護廷十三隊〉の隊長1人が復帰未定の重傷を負ったのじゃ。ここで手をこまねいていれば、事態を悪化させる原因になりかねぬ」

「失礼ではあると思うが卯ノ花隊長・総隊長、私からも意見を述べたいのだがよろしいか?」

「認めよう」

「未だ疑問が残るのです。京楽隊長を襲った犯人が日番谷隊長であるということに。襲撃された時刻と〈現世〉にて、檜佐木・射場両副隊長を負傷させた時刻があまりにも近すぎる」

 

白哉の説明に全員が耳を澄ませる。

 

「〈穿界門〉を抜けるにもそれなりの時間が必要となります。仮に日番谷隊長が両副隊長を負傷させてこちらへやってきたとしましょう。しかしそれでは京楽隊長を負傷させるには、時間的にも物理的にも不可能かと。それに雷蔵隊長の霊圧移動が確認されていないのも不自然です」

「では何故、襲撃現場で日番谷隊長の霊圧が発見されたのだ」

「それについては涅隊長が捜査されている」

「如何なる理由があろうと、〈尸魂界〉に反旗を翻すことは許されぬ。〈王印〉の所在は引き続き捜索せよ。謀反の疑いがある両名の捕縛を最優先とし、抵抗するのであれば処刑も許可する」

 

元柳斎の瞳には迷いがなかった。

 

 

 

 

「ふふふふふ、それで隠れたつもりかネ?何処にいようとワタシから逃げることなどできないヨ。地の果てまで追い掛けてやろうじゃないか。ホーホホホホホホホホ!」

 

技術開発局のプライベートスペースにて、猛然とキーを叩いている涅マユリは、大霊書回廊の深淵にまでハッキングして潜り込んでいる。

 

白哉と浮竹に頼まれたこともあったが、どちらかというと自分の疑問を解き明かしたいという思いが強かった。

 

その背後で男物の上着を普段の死覇装の上から着て悶えているネムは、そんなマユリを気にしていない。

 

「草冠宗次郎とやらの死因は不明。場所も正確な日時も同様かネ。…これはこれは深い闇がここにはあるようだネ。ふふふふふ、またまたワタシの脳細胞が煮えたぎっているヨ!…これは!」

 

マユリはとんでもない記録を見つけてしまった。

 

「…どうやらワタシは見てはいけない闇を見てしまったようだネ。これは黙って見過ごすことはできない闇だヨ…」

 

そこに記されていた記録は、マユリの言う通り無視できない代物だった。

 

それは誰もが知ってはならぬ〈尸魂界〉の闇そのものだった。



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次で終わると言いながら長文になってしまいました。すみません


最終話 終焉 後編

 

 

 

 

 

 

 

/空座町・防災用地下貯水池/

 

新しい怪我を複数負った冬獅郎を担ぎながら、分厚い扉を足で開けて、滑り込むように中へと入る。

 

ここは大雨の際、町が浸水を防ぐために水を溜めておけるように造られた巨大地下施設だ。そのため地下へ下りる階段は底が見えないほどにまで続いている。暗いのが余計にそう思わせているのかもしれない。

 

「冬獅郎、飛び降りるが大丈夫か?」

「…任せる」

 

肯定と捉えて、踊り場から手すりを乗り越えて最下層まで飛び降りる。衝撃を可能な限り殺して着地し、所々に水たまりができているコンクリートを歩く。

 

「…久しぶりだね冬獅郎に雷蔵さん」

 

柱の陰から現れた仮面を外した男が声をかけてきた。俯いていた冬獅郎は、顔を上げて眼を大きく見開いて驚愕している。

 

「驚きすぎだよ冬獅郎。俺が生きていたって何も可笑しいことないじゃないか。さあ、今こそあの日の約束をここで果たそう3人で!」

「草冠…」

「〈王印〉を手に入れてまでしなければならないこととはなんだ草冠!王族の宝を強奪し、俺たちの仲間を傷つけたお前に何をする権利があると言うんだ!」

 

雷蔵の悲しみと怒りの問いかけに草冠は嬉々として答えた。

 

「この〈世界〉を、〈尸魂界〉を変える!俺が、俺たちがすべてを支配する!ゴミのように扱われ、不良品と見なされれば生きることは出来ない。〈尸魂界〉の在り方に疑問を抱けば危険人物として幽閉される。それが正しいのか!?大義のためだと!?そのためなら魂魄をいくらでも無駄にしていいのか!?俺はそうは思わない!」

 

〈尸魂界〉と〈中央四十六室〉によって存在を消された男は、間違いなく正しかったはずだ。〈尸魂界〉に忠誠を誓い、魂を捧げると誓ったのだから。

 

「…俺は〈尸魂界〉に忠誠を誓ったんだ。この命を、魂を捧げると。なのに、なのに〈尸魂界〉は俺を拒絶した!何故だ!?同じ斬魄刀を持つ(・・・・・・・・)だけで、《氷輪丸》が二振りある(・・・・・)だけで、どちらかの存在を否定だと?何がダメなんだ!何が悪い!?同じものがあることで〈尸魂界〉に影響がでたのか!?」

「草冠…」

 

草冠は魂から叫んでいる。それが冬獅郎にもわかる。それでもこいつが犯した罪は消えない。自分も大罪を犯して今ここにいる。だから、だから…。

 

「見届けるんだ3人で。俺たちの夢を叶えに、あの日交した約束を果たすために!」

 

草冠は〈王印〉を頭上に掲げて叫ぶ。

 

「さあ行こう。〈尸魂界〉に〈瀞霊廷〉に復讐だ!時は来たれり!」

 

〈王印〉がすさまじい光量を周囲に放ち、光が草冠・冬獅郎・雷蔵を包み込んだ。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

「申し上げます!〈双殛の丘〉に〈王印〉と思われる霊圧が出現致しました!」

 

共同隊の隊士が雛森とイヅルに片膝を突いて情報を伝える。

 

「これが〈王印〉の霊圧…」

「吉良くん、これって」

「うん、隊長と日番谷隊長の霊圧だ」

 

〈双殛の丘〉に降り立つ雲の中に感じる懐かしい2人の霊圧。そして知らないがとてつもなく大きな霊圧。それを感じた2人は同時に駆け出した。

 

「吉良副隊長・雛森副隊長、一体何処へ!?」

「「隊長のところだ(です)!」」

 

2人は自分達の斬魄刀が保管されている場所に《鬼道》で押し入る。自分達と乱菊の斬魄刀を掴み、〈双殛の丘〉へと〈瞬歩〉で向かった。

 

腕には恋次から渡された大切なものを持って…。

 

 

 

冬獅郎と雷蔵は、目の前にかざしていた腕を降ろす。そして周囲を見渡して驚愕する。

 

「…ここは〈双殛の丘〉?」

「まさか…空座町の地下にいたはず」

「どうだすごいだろ?〈王印〉は使う者の意思によって、空間・時間を問わず、すべての事象を別の次元に移すことが出来る。今の移動はもとより、敵の攻撃を別次元に移すことも、致命傷もすべてなかったことにできる」

「致命傷がなかったことになる…まさかお前!」

「そうだ!消えかかっていた俺の身体は、偶然こぼれた〈王印〉の光によって〈虚圏〉に移されて再生された。そして〈虚圏〉で力を蓄えながら、〈王印〉の在処を探し続けた。〈瀞霊廷〉に復讐するためになぁ!」

 

草冠は酔っている。〈王印〉の持つ強大な力を使える自分に。

 

「さあ、これを斬るんだ冬獅郎!」

「〈王印〉を斬る、だと?」

 

迷うのは王家について多少なりとも知っている者であれば、至極当然のことである。斬るということは王家を冒涜し、秘宝を消すということに他ならない。

 

「そうだ!そのときこそすべてが浄化される!」

「よっしゃぁ、俺たちが一番乗りだな弓親!」

「そうだね一角。…隊長、本当に裏切ったんですか?」

「…」

 

突然現れた元部下2人に雷蔵は驚かなかった。弓親の問いには答えず、無表情に雷蔵は見つめ返す。

 

「無言ってことは敵なんすか?隊長。…隊長を誑かした草冠!てめぇは俺がぶっ殺す!」

 

《鬼灯丸》を抜刀して草冠に斬り掛かる一角、《藤孔雀》を振り下ろす弓親を雷蔵と冬獅郎が弾く。

 

「隊長!どうして、どうして庇うんすか!?」

「下がれ一角。これは俺たち(・・・)の戦いだ」

「綾瀬川、頼む邪魔をするな」

 

2人の懇願に2人は腕に込める力を緩めて大きく距離をとる。すると多くの霊圧が丘に集結し始める。各隊の隊長・副隊長・席官。他にも平隊員までもが集まり、広い〈双殛の丘〉とはいえここまでくると少々手狭だ。

 

「さあ、斬るんだ冬獅郎!それが俺たちの復讐への一歩だ!」

「かかれ!」

 

砕蜂が命令を下すと、〈隠密機動〉と〈二番隊〉隊士たちが一斉に攻撃を開始する。迎え撃とうとした瞬間、予期せぬ事が起こる。

 

「《月牙天衝》ぉぉぉ!」

 

上空から白い斬擊が誰もいない部分に撃ち込まれ、攻撃しようとした者の足を止める。

 

「あんたらは戦うことしかできねぇのかよ!?冬獅郎は雷蔵さんは裏切ってなんかいねぇ!」

「何を言う!京楽隊長を襲撃した者がこいつらだと判明しているのだ。それでもまだ違うとでも言うのか!?」

「2人が京楽さんを攻撃したかなんて俺にはわかんねぇ!命令だからって斬ることはねぇだろ!」

「黙れ代行の分際で!それ以上言うのであれば貴様も殺す!」

「待てぃ!」

 

《雀蜂》に手をかけ抜刀しようとした砕蜂だったが、威厳溢れる声音に停止を余儀なくされた。現れたのは元柳斎・乱菊・雛森・イヅル、そして包帯を巻いて伊勢七緒に身体を預けている春水だった。

 

「京楽、気がついたのか!?」

「まあねぇ。無実の者が処罰されたら、本当の意味での目覚めが悪いでしょ?」

 

七緒に肩を貸してもらいながら現れた春水に、浮竹がほっとしつつ嬉しそうに声をかける。

 

「生きておったか草冠宗次郎」

「殺したはずだったのに、か?」

 

草冠は顔を歪めて笑う。その笑みは悪に取り憑かれた者のそれだった。

 

「〈王印〉がお主に命を与え、〈虚圏〉が育てたか」

「ああ、そして俺は戻ってきた!冬獅郎と雷蔵さんと新しい世界を創る。そして初代王として永遠に支配するためにな!」

「草冠く〜ん、それはちょいと無理なんじゃない?いくら〈王印〉があっても世界を創るなんて無理でしょ」

 

たとえ〈王印〉に力があっても、新たなる空間・次元の中で世界を創り出すことなどできるはずがない。〈王印〉は新たなるものを創り出す(・・・・・・・・・・・)能力を有してはいないからだ。

 

「確かにたとえどれだけ願おうと、使用者が意志を強く保とうと。それだけは不可能だ」

「なら諦めなよ。今ここで投降したなら禁錮1000年くらいで済むと思うよ?」

「だがそうではない!力を得れば世界を変えられる!俺は、俺たちは3人でここを生まれ変わらせる!さあ冬獅郎、これを斬れ!」

 

草冠が霊圧を上げると、〈王印〉の輝きも増す。冬獅郎が草冠に近寄る。草冠は自分の思いが通じていると信じているようだ。

 

「っ冬獅郎!何をする!?」

 

神速で接近した冬獅郎が振り下ろした《氷輪丸》を、辛くも逆手で抜刀して攻撃を防ぐ。

 

その様子に〈護廷十三隊〉の面々が驚きの表情を浮かべる。〈王印〉を斬ると思っていた冬獅郎が、首謀者に剣を向けたのだから。

 

「隊長!」

「来るな松本!これは俺と雷蔵、そして草冠の戦いだ!」

「何故だ冬獅郎…。何故俺に剣を向ける!?」

「俺と雷蔵は、初めからお前の仲間になるつもりはねぇ」

 

冬獅郎の言葉に、一護・ルキア以外が再び驚愕の表情を浮かべる。

 

「彼らは〈護廷十三隊〉を裏切ったのではなかったのかネ?」

「俺たちは裏切ってなどいない。首謀者がこいつだと襲撃時に直感していた」

「では何故我らに剣を向けたのだ!?」

「それは…「そうか、冬獅郎。ついてきてくれていると、志は同じだと思っていたのは俺だけだったのか」…」

 

雷蔵の言葉は草冠の言葉によってかき消された。

 

「草冠、俺たちはお前の友であり家族だった。お前を殺したのは間接的に冬獅郎だが、それを決定したのは〈中央四十六室〉であって、〈護廷十三隊〉でもない」

「つまり何かネ?君たちは〈護廷十三隊〉としての立場では斬り捨てることはできなかったと?」

 

独り言を呟いた雷蔵はマユリに返事をせず、冬獅郎と鍔迫り合いをしている草冠のもとへ走り出した。

 

「そうでもしないと決心がにぶると思ったんだ。〈護廷十三隊〉隊長としてではなく、唯の友人として斬ることしかできなかった。冬獅郎と雷蔵さんは哀しみを自分だけで抱え込もうとしてる。それが周りを傷つけていると知らずに」

 

一護の言葉に、乱菊・雛森・イヅルがその通りだというように決心した表情を浮かべる。

 

「草冠を救えなかったことを悔いている。だから〈護廷十三隊〉隊長としての座を自ら捨てて、かつての因縁に決着をつけようとしてるんだ。たとえそれで自分たちが処刑されることになっても」

「しかし一護、それは正しいことなのか?部下を傷つけてでも成し遂げなければならないほどのことだとしても」

 

ルキアは仲間をとても大切に思う死神であるから、冬獅郎と雷蔵の決心が間違っていると言いたいのである。

 

「ここで終わらせなきゃ部下・部下の家族・友人、そして流魂街の住民まで巻き込むことになる。それだけは避けたかった。全てを失うぐらいなら部下を見放し、自分たちの魂で終わらせる。それが自分たちにできる最大の償いだって思い込んでる」

 

一護の視線の先には、草冠と2対1の勝負を繰り広げている冬獅郎と雷蔵がいる。攻撃を交互に繰り出しながら追い詰めていく。

 

怪我をした冬獅郎では、草冠には勝てないが雷蔵が介入することで互角の戦いを続ける。《卍解》を会得していない草冠に雷蔵が本気で挑めばすぐに終わるだろうが、雷蔵は本気を出さない。

 

それは剣の腕だけで勝敗をつけるためともう一つの理由があった。

 

「久しいな、3人で斬り合うのは」

「あの頃は木刀や浅打でだったけどな。…それにしても腕がかなり上がったな。あの頃とは比べ物にならないほどに」

 

剣を交えながら草冠と雷蔵は言葉を交わす。冬獅郎は背後で呼吸を整えるために、今は2人の動きを眼で追いかけている。

 

「俺は魂が復活してから〈虚圏〉へ飛ばされた。生き残るために俺は〈虚圏〉で己を鍛え続けた。〈虚圏〉にきたときは生き残れる気はしなかった。だが数多の虚を殺し続けた俺は、奴らの血に含まれる霊圧を吸収することで力が増すことを知った」

「虚の血には力を高める効果があると?」

「ああ、だがそれは〈虚圏〉でだけ作用する。〈王印〉の光を浴びた俺にしかない能力。つまりそれは復活した俺の《氷輪丸》が手に入れた新たな力、その名も【クリムゾン・ボーナス】!」

 

誰が予測しただろうか。復活した死神が新たなる能力を得ることがあるなど。

 

「君たちは最初から俺を…」

「「そうだ」」

「…俺は見誤っていたのか。ならば俺1人で成し遂げる!」

 

爆発的な霊圧が溢れ出し、至近距離にいた雷蔵を吹き飛ばした。辛くも態勢を立て直した雷蔵は、隊長格をもかくやと思われる霊圧を放つ草冠を見つめる。

 

〈王印〉自体が持つ霊圧が、草冠に触発されて高まっていく。

 

「俺に応えろ〈王印〉!」

 

光も霊圧も際限なく増していく。限界など有りはしないと。〈王印〉自体が語っているかのように。

 

〈王印〉が草冠の手から離れ、宙に浮いていくのを驚愕の表情で誰もが見ていた。

 

「何をする気かネ?」

「《卍解》を使えない今までの俺では解放することはできなかったが。今の俺なら…!」

「ならぬ!」

 

元柳斎の制止を無視して、草冠は宙に留まっている〈王印〉《氷輪丸》を振り下ろす。〈王印〉が砕かれる金属音が周囲に響いた。

 

それはここが地獄と化されることへの警鐘であるかのように、〈瀞霊廷〉一帯へ響き渡る。

 

光の洪水が押し寄せる。眼を開けていられない。瞼を閉じても灼けつくような痛みを与える光量に両腕で顔を庇う。解放された霊圧が光とともに突風となって一同に吹き付ける。

 

「「草冠ぁぁぁぁぁぁ!」」

 

飛び出して光の渦に飛び込もうとした冬獅郎と雷蔵の前に、一護とイヅルが立ちはだかる。

 

「2人だけで苦しむんじゃねぇよ。みんなが2人の指示を待ってんだ」

「…俺はもう隊長じゃない。唯の裏切り者だ」

「そんなことありませんよ。隊長は誰よりも優しくて、格好良くて、誰からも憧れるほど強い方です。でも弱い部分もあります」

 

イヅルは振り返って雷蔵の眼を見ながら言葉を続ける。

 

「1人で抱え込もうとするところです。何もかもを1人で背負おうとする。苦しみも覚悟も。僕たちに受け止めさせてください」

「裏切った隊長のをか?」

 

雷蔵は一度、部下を全員を切り捨てた。己のやるべきことがそれよりも重要だと思い込んで。そんな隊長の全てを受け止めたがるわけが…。

 

「隊長!」

 

1人が近寄ってくる。

 

「「「「「隊長!」」」」

 

すると次々に、我先にと雷蔵の周囲に集まってくる。10mほど離れたところでは、冬獅郎も同じように囲まれている。

 

「隊長…」

「雛森…」

 

儚げな表情で歩み寄る雛森の腕の中には、隊首羽織が綺麗に折りたたまれた状態で握られている。そしてわざわざ雛森の隣に移動したイヅルの手の中には紫色の帯が。

 

どちらも裏切ることを決心した際、気絶した一護にかけて置いてきた。誰かによって2人の元に戻されたものが今目の前にある。

 

哀しげに顔を歪めた雷蔵は草冠に向き直る。

 

「「隊長!」」

「構えろイヅル・雛森。くるぞ…」

 

草冠を取り巻いていた光を帯びた白い風の渦が瞬時に晴れる。雷蔵の言葉を聞いて、斬魄刀に手をかけていた2人が眼を見張る。

 

渦の中から現れたのは氷の竜。閉じられていた翼が広げられ、その全体像が露わになる。異形の怪物と化した草冠宗次郎が、凍えるような冷気を撒き散らしながら吠える。

 

『フハハハハハハハハハ!ついに、ついに手に入れたぞ。これが〈王印〉か!』

 

不透明な紫の混じった青白い氷でできた竜に似た化物が、そこに鎮座している。高さは優に5mは超えており、多くの隊士たちが後退る。

 

「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 焦熱と争乱 海隔て逆巻き南へと歩を進めよ 《破道の三十一【赤火砲】》!」

 

雛森が完全詠唱の破道を撃ち込み、草冠の脇腹を貫いた。がしかし、すぐに氷で修復される。

 

「超速再生かネ!?これは困ったことになるヨ…」

 

〈護廷十三隊〉きっての頭脳派であるマユリが苦い顔をするとは、どれだけあり得ないことが起こっているというのだろうか。

 

『素晴らしい!素晴らしい力だ!』

 

草冠が吠えるたびに膨大な霊圧が嵐となって吹き荒れる。風をきって飛び去っていく草冠に誰も攻撃できない。高さのある屋根の上に舞い降りた草冠は雄叫びをあげる。

 

『グオォォォォォォォ!』

 

草冠の足元から氷がとめどなく溢れ出し、柱を覆い始める。氷の噴出が止まったのは、巨大な氷柱を創り上げてしばらく経った頃だった。

 

草冠の頭上では鈍色の空に暗雲が立ち込め、雷鳴が轟いている。草冠が放出する膨大な霊圧に触発されたのか。雷鳴は激しさを増していくばかりである。

 

霊圧によって発生した暗い雲から雪が舞い降りる。すると雷雲の隙間から何かが降りてきた。雷雲の中から現れたのは火球と雷球であり、草冠の創り出した氷の宴に降り立つ。何故か草冠は2人の頭の上に手をかざし霊圧を送り込む。

 

氷柱に閉ざされていく2人は成す術もない。瞬く間に氷像にされた2人は動きを止めた。

 

「臆すでない!引いてはならぬ!重罪人草冠宗次郎を斬り捨てよ!」

 

腹に響く元柳斎の言葉に、後退りしていた隊士たちが奮い立つ。席官や隊長格などが駆け出し、草冠であった竜が生み出した極太の氷柱を駆けていく。

 

〈瞬歩〉で踏み出した雷蔵を追って、イヅルと雛森が続く。だが雷蔵は気付かなかった。もう2人が楽しそうな笑みを浮かべて付いてきていることに。

 

『邪魔だぁぁぁぁ!』

 

氷柱を伝って攻撃を仕掛けようとした全員が、草冠の腕が作り出した衝撃波によって吹き飛ばされふ。その風圧に耐えかねて、氷柱までも破壊していく。

 

氷柱を駆けていた雷蔵一行は、足場の崩壊とともに草冠の霊圧によってえぐられた深い地面に落下していった。

 

『フハハハハハハハハハ!グオォォォォォォォ!』

 

最後はもはや人の声ではなかった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

気がつくとそこは見たこともない場所に思えた。潰れた家屋や建造物が瓦礫と化して辺りに散乱している。

 

だが可笑しいのは瓦礫に埋もれていないことだ。振り返ると2人で抑えには不可能であろう大きな岩を、2人がかりで抑えているイヅルと雛森がいた。

 

「お前ら…」

「大丈夫です…くっ」

「このくらいどうってこと…っ」

 

慌てて逆方向に押し倒すと、イヅルと雛森がその場に膝をつく。それを見れば、2人がどれだけ無理をして支えていたのかわかる。

 

「…何をしている?」

「隊長の背中を守るのは、副隊長の仕事ですから」

「もう1人では行かせませんよ」

 

まったく思い通りになってくれない困った部下である。笑みを浮かべながら雷蔵を見るイヅルと雛森には、雷蔵が苦笑しているのが見えた。

 

遠くでも冬獅郎・乱菊・一護・ルキアが、瓦礫の中から立ち上がっている。澱んだ霊圧によって周囲が覆われている。それを目にした雷蔵が呟いた。

 

「これは霊圧の壁か…。〈王印〉はこんなこともできるとは予想外だ」

「雷蔵!」

 

空を見上げていると夜一が砕蜂を連れて現れた。

 

「事態は一刻を争うぞ。総隊長及び2名の隊長格が三方向からこの空間、〈霊壁〉の膨張を抑え込んでいる。その間に草冠を斬れとの命だ。いくら隊長格が3人で抑え込んでいるとはいえ、相手は〈王印〉を吸収した元死神。あまり猶予はない」

 

確かに隊長格とはいえ、王族の宝を相手にして長時間抑え込めるとは思えない。だからこそここで何もせずに動かないわけにはいかない。

 

短期決戦で向かうべきである。

 

「隊長、これを」

 

雛森に呼ばれて雷蔵が振り向くと、笑みを浮かべながら隊首羽織を差し出していた。

 

「隊長、これも忘れてはダメですよ」

 

イヅルの差し出した手の中にあるのは、紫色の腰帯。

 

〈三・五共同隊〉結成時に雷蔵・イヅル・雛森の3人で、一から素材を決め、色も話し合って作った一品。

 

紫には効果が色々とあり、心理効果では心と身体の回復を促す。

 

藍染とギンが抜けたことで、精神的ショックを受けた2人を少しでも気楽にさせたいとして雷蔵が提案したのだ。2人の顔を順に見る。着ることが当たり前であり、そうでなければ雷蔵ではないかというように眼が言っている。

 

雷蔵は2人の眼を見て頷いた。

 

イヅルから腰帯を受け取り素早く締める。

 

雛森から羽織を受け取り袖に腕を通す。

 

左腰に《雷天》を差し込んで草冠を見据える。

 

雷蔵の背中に刺繍された【三・五】の文字を見て、イヅルと雛森は思った。

 

あるべきところに戻った

 

帰ってきたのだ

 

と。

 

「イヅル・雛森、…後ろを頼む」

「「はい!」」

「ちょっと待ったぁ!」

 

2人の返事に感謝して動こうとした時、懐かしい声によって足踏みを余儀なくされる。

 

「こんなおもしれぇ祭りに参加しないわけにはいかねぇよな?弓親」

「そうだね。僕たちを置いていくのは許せないかな」

「ということで俺たちも行きますよ隊長(・・)!」

「…相変わらずやかましい奴らだ。死んだら容赦しないからな」

 

神経を少しだけ逆撫でることで同伴を許可する。砦を見ていると人型の塊が、猛スピードでこちらに向かってきているのが見えた。

 

人型ではあるが人としての意識はなく、ただ目の前の形あるものを破壊するだけの存在となったインとヤンの末路である。

 

「奴等はわしらにまかせろ。行くぞ砕蜂!」

「はっ!」

「「〈瞬閧〉!」」

 

走り出した2人の背と両肩の布が弾け飛ぶ。〈白打〉と〈鬼道〉を練り合わせた戦闘術を発動させ、変わり果てた姿となったインとヤンへと向かっていった。

 

「冬獅郎、二手に分かれよう。敵の戦力を分散させる」

「わかった。俺たちは左側の塔を登る。松本・黒崎・朽木・阿散井、行くぞ!」

 

塔を目前にして雷蔵が提案すると、冬獅郎は素直に従い一番手で塔を登り始めた。

 

「さてとぉ。暴れてやろうじゃねぇか!」

 

雷蔵よりも先に登り始める一角を、弓親が楽しそうに追いかける。その様子にイヅルと雛森が苦笑いを浮かべている。

 

「やる気満々ですね」

「あいつら2人はお祭り気分なのさ。一発喰らって頭冷やしたほうがいいかもな、っと!」

 

塔を登りながら話していると、背後から大型の虚の複数個体が迫ってきた。それを雷蔵が霊圧を纏った蹴りで消し飛ばしながら上を目指す。

 

虚それぞれの個体の強さは雑魚なのだが、途切れることなく攻撃され、足場の悪い場所で戦っているとなかなか前へ進めない。

 

「隊長、先に行ってください!ここは僕と雛森くんで片づけます!」

「隊長が行かなくて誰が行くんですか!?それにこのくらいの虚、あの頃(・・・)と比べればなんでもないです!」

 

雛森は雷蔵と初めて会ったときのことを話している。藍染から信頼を得るために命を遂行していたときに出会った。だがそのことを雛森は知らない。

 

いや、知ってはならない。雷蔵が自らの口からそれを言うまでは。

 

「無茶するなよ」

「「はい!」」

 

2人の想いを理解して、一角・弓親を追って塔を垂直に登って行った。

 

 

 

頂上付近に辿り着くと目の前の光景に驚愕する。

 

大虚(メノスグランデ)の壁〉

 

と表せるように幾百もの虚が集まって生じる《大虚》が、分刻みで一体、生み出されて行く。

 

「〈王印〉は《大虚》まで操れるのか…厄介にもほどがある」

 

呆然と呟いた瞬間、一体の《大虚》がこちらを向いて大きく口を開けた。口腔内に光が生まれ始める。

 

「《雷伝》!」

 

虚閃(セロ)》を相殺させ、爆発とともに発生した煙を利用してその場を離れる。あまりの数に簡単には通してもらえないと考えていると、乱菊を連れた冬獅郎が隣に降り立った。

 

「…どうやって抜ける?」

「《卍解》で一気に抜けるしかないな。一角!」

「呼びましたか?隊長!」

 

周囲の虚を蹴散らしながら、一角が弓親と共に駆け寄ってきた。それを横目に、冬獅郎と雷蔵が爆発的な霊圧を放出させる。

 

「《卍解 大紅蓮氷輪丸》!」

「《卍解 帝破明神雷天》!」

 

2人の隊長格が《卍解》したことで、爆発的な霊圧が周囲に吹き付けられる。その霊圧に気づいて、《大虚》が大量にこちらへやってくる。

 

「やれ、一角!」

 

一角に合図を送る。

 

「よっしゃぁ!みんなには黙っててくださいよ?ここいる全員が対象っす。《卍解(・・)》ぁぁぁ!」

 

一角の霊圧が急激な勢いで上昇していく。

 

霊圧の竜巻から現れたのは、三節に分かれた各部がそれぞれ身の丈ほどの巨大な刃物に変貌した《鬼灯丸》だった。

 

否…。

 

「《龍紋鬼灯丸》ぅぅ!」

 

一角の《卍解》は、〈十一番隊〉らしい直接攻撃専用である。だが直接攻撃だけではなく、その破壊力が《龍紋鬼灯丸》の本来の能力だ。

 

「一角が溜め終えるまで援護しろ!」

 

そう言って雷蔵は周囲に接近してくる《大虚》を潰していく。

 

「《雷龍地走(らいりゅうちばし)り》!」

 

雷が地面を這うように進み、多くの《大虚》の足元に辿り着くと小さくスパークを起こす。雷は《大虚》の身体を駆け上り、麻痺させる。

 

「今だ!」

「《群鳥氷柱(ぐんちょうつらら)》!」

「《唸れ【灰猫】》!」

 

雷蔵の合図を聞いて、冬獅郎と乱菊が麻痺して動けない《大虚》を一掃する。

 

「溜まりましたぜぇ隊長!」

 

見ると《龍紋鬼灯丸》に描かれている龍の紋様が紅く輝き、解放した頃より遥かに上の霊圧を放つ一角がいた。

 

「これが《龍紋鬼灯丸》本来の力だ!オラアァァァァァァ!」

 

一角が《龍紋鬼灯丸》を《大虚》に放つ。切り裂かれた《大虚》は直後に再生するが、何度も切り裂かれるたびに再生が追いつかなくなる。ついには、切り裂く速度が再生速度を超えたことで消滅した。

 

「「「行ってください!」」」

「雷蔵!」

「任せろ!」

 

翼を広げた冬獅郎が伸ばす手を掴み、《大虚》が一時的に消え去った空間を普段の何倍もの速度で飛翔する。

 

《雷進》の効果で速度が格段に上昇し、ありえない速度で駆け抜ける。人の筋肉は電気信号で動くため、電気を加速させれば動きが早くなるのは必然。

 

翼を直接羽ばたかせているわけではないが、脳から指示を出しているので、《雷進》も効果を現す。

 

あまり加速させすぎると、神経を傷付けてしまうので加減は必要だ。

 

〈大虚の壁〉を抜ければ、あとは高い氷柱を登るだけだ。

 

「来やがった」

 

見ると上から氷の竜が何匹もやって来ている。

 

「雷蔵は先に行ってくれ」

「大丈夫か?《卍解》を会得していないとはいえ、〈王印〉を取り込んだ草冠が使う《氷輪丸》だぞ?」

「…氷の竜を破るのは氷の竜だ。もう一度俺が示さなければならない」

 

冬獅郎は何をとは言わなかったが、雷蔵はそれを理解していた。

 

「無理はするなよ?」

「わかっている」

 

互いに手を離し、雷蔵は氷の竜を避けながら巨大な氷柱を登っていく。

 

「《大紅蓮氷輪丸》!」

 

《卍解》した冬獅郎の氷の竜と数多の氷の竜がぶつかり合い、周囲に氷の破片を撒き散らす。それは季節外れの雪さながらだった。儚くも美しい氷の破片は日の光を浴びて、落下しながら時たまにキラリと輝いている。

 

「待ってろよ草冠…」

 

登りきり、草冠を見上げる。意識があるのか不明だが、敵意を感じるのか視線だけはこちらに向けてくる。

 

《雷進》で縦横無尽に動き回ると攻撃を回避するためか、それとも攻撃を加えようとするためか。大きな両腕を振り回している。だが、俊敏に動き回る雷蔵にはついてこれないらしく、攻撃は宙を舞っていく。

 

鉤爪は雷蔵の残像を捉えていくばかりである。

 

「てりゃぁぁぁぁ!」

 

攻撃を避けた流れで、頭蓋を貫通させるかのように脳天へ、《雷天》を突き刺す。

 

「《雷伝》!」

 

接触点から雷を放出させると、雷は氷の竜の額を貫き、頭部を破壊した。それにより氷の竜は無へと還っていく。〈霊壁〉・虚・《大虚》が消えていき、何もかもが元に戻っていく。

 

〈瀞霊廷〉の地面に突き刺さっている氷柱も、空気に溶けていくかのように先端部分から順に消えていく。《卍解》を解いた冬獅郎が雷蔵の隣に降り立つ。

 

見据える先にいるのは、氷の竜の残骸に埋もれている草冠。

 

「行ってやれ冬獅郎。あいつもそれを望んでいるはずさ」

「…ああ」

 

友に背中を押されて歩み寄る。〈王印〉を失って人型に戻った草冠は、《氷輪丸》を杖代わりにして立ち上がる。冬獅郎は剣道のように《氷輪丸》を構える。

 

草冠も冬獅郎の気持ちを察したのか同じように構えた。

 

「…終わりにしよう草冠。何もかもを」

「…そうだな冬獅郎」

 

2人は呼吸を合わせて足を前に出した。

 

「はぁっ!」

「たぁっ!」

 

鏡に映し出したかのように、まったく同じ動作で《氷輪丸》を互いに突き出す。

 

「…天才だよ、やっぱり…お前、は。2度も…俺を、殺す…んだ、か…らな」

 

草冠の手から刀身の半ばから折れた《氷輪丸》が滑り落ちる。

 

冬獅郎の《氷輪丸》は草冠の身体を貫いていた。

 

「俺は、ただ…俺、の…存在、…を」

「忘れたりしない。俺は、俺たちはいつまでもお前の友達だ…」

「あまいよ…敵の俺、に…情け、かける…な…んて」

 

草冠の身体が霊子に分解されていく。天に昇るような様子は、草冠の罪を咎めずに神が許しているかのようだ。

 

草冠自身は、ただ自分が理不尽な理由で殺されたことが理解できなかった。処刑を命令した〈世界〉に復讐するだけで、砕かれた自尊心と心は満たされたはずだ。

 

だが冬獅郎を仲間にすることで、その後も生きていけるよう願った。だが冬獅郎は自分にはついてこなかった。自分を再び殺して2度とこのようなことをさせないために…。

 

わかっていたのだ。冬獅郎が自分についてこないと。誰よりも冬獅郎の友で居続けた草冠だからこそ、冬獅郎の覚悟がわかる。それでも信じたくなかった。

 

何より冬獅郎と剣を交えることをしたくなかった。

 

これ以上冬獅郎の手を汚したくなかった。

 

だから…。

 

「なあ、冬獅…郎。もし、俺が《氷輪丸》、じゃ…なく、て他の、だっ…たら、どう…なって、た?今…まで通、りに、いら…れた、か?」

「当たり前だ。草冠は俺にとって誇るべき友人だから」

「俺と、お前…が、逆だ…った、ら……」

 

草冠は最後まで言うことなく消えていった。空に昇っていく草冠であった霊子を見て、冬獅郎は口を開く。

 

「…同じだったはずだ草冠」

 

草冠の言葉を理解して餞のように呟いた。

 

金色の光がどこからともなく集まり、〈王印〉になった。雷蔵が地面に落下したのを拾い上げる。

 

「こんな小さなもんが〈王印〉なのか…。今回の元凶か…」

「雷蔵、ありがとう。俺は救われた」

 

隣にはいつの間にか冬獅郎が並んでおり、礼を述べてくる。

 

「礼は必要ないさ。あいつはあいつなりの信念を持って戻ってきた。それに対して冬獅郎は冬獅郎なりの信念で戦った。それでいいだろう?」

「ああ」

「礼は乱菊にしっかりと言うんだな。お前が裏切ったと聞かされても、お前が裏切っていないと信じ付けていたんだからな」

「ああ」

 

同じ返事しかしない冬獅郎の頭を乱暴に撫でる。

 

「何しやがる!?」

「暗いんだよ。明るく行こうじゃないか。この戦いはもう終わったんだから」

 

冬獅郎は軽く笑みを浮かべて歩き出した雷蔵の隣を歩む。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

崩れる塔を降りていく。〈王印〉の力を借りて、草冠の霊圧で成り立っていた城だ。供給源がなくなれば、崩れ去るのは道理。チラリと視界に入った何かを見る。赤髪の女が瓦礫の下に埋もれているのが見えた。

 

「悪い冬獅郎、先に行っといてくれないか?」

「?…わかった」

 

冬獅郎が先に降りて行ったのを見届けて瓦礫に近寄る。

 

「〈王印〉が消えたのに生きているのか?」

「…もともと我らは草冠様に仕えていただけだ。〈王印〉と関係は何もない」

「何故草冠のもとに集った?」

「…〈虚圏〉にいた頃、その力に屈服させられたのだ。《氷輪丸》によってな」

 

つまり本当の意味で部下になっていたわけではないらしい。だからといってこいつらの罪が消えるわけではないのだが。

 

「生きたいか?」

「何を言う?」

「お前が生きたいと望むなら、俺がその道を切り開いてやる。お前が死にたいと望むならここで殺してもいい」

「あまい男だな。敵に機会を与えるのは」

 

確かにあまいだろうが無理に命を奪う必要もない。雷蔵に影響は出ていないし、あの場にいた鬼道衆以外は無事なのだから。

 

「それでもいいさ。草冠がお前らを利用していたとしても、俺は草冠の友だ。そして友の部下は仲間ということではダメか?」

「…拍子抜けだな。インがいなくなってこの先どう生きていこうか悩んでいたところだ。許されるとは思わないが、居場所を作ってもらえるなら願ったり叶ったりだ」

「冬獅郎が凍らせて消してしまったからな。それに女の子がそんな雑な言葉を使うもんじゃないぞ」

「なっ!?////」

 

ヤンが顔を真っ赤に染めて雷蔵を見上げている。女として見られたことがなかったのだ。初めて言われたことに羞恥心が爆発していた。

 

そもそも自分は虚なのかさえわからない。何故〈虚圏〉にいたのかさえわからない。自分の過去を捨て、新しい道を歩くことを許されるならば、それも悪くないかもしれない。

 

「夜一と砕蜂の〈瞬閧〉を喰らって生きているとはな」

 

瓦礫を撤去しながら問いかける。

 

「超速再生のおかげだ。今は〈王印〉から与えられた力を失っているから、今は使うことはできない。これからも」

「気にするな。おまえは元はといえば、自我を持つ虚なのかもしれない存在だ。それがなくても一般の死神より回復速度は上だろうと思う」

「死神として生きていくことになるとは。運命とはわからぬ」

 

その言葉を了承として受け取り、瓦礫から引っ張り出したヤンを連れてみんなの元へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

/三・五番隊隊舎 隊長室/

 

草冠の襲撃から数日。ヤンの入隊の許可が下りたことで、ようやく彼女を地下牢から出すことができた。万が一、暴走されては困るためということで牢に入れられていたが、本人はまったく気にしていない。

 

むしろ警戒されることが当たり前かのように受け止めていた。敵として戦った人物が、今度は仲間になるのだから疑っても仕方あるまい。

 

「ここが隊長室か?」

「ああ、俺か俺の許可したやつしか入れ…ナイ…」

「?」

 

雷蔵の言葉が尻すぼみになったことに、ヤンは疑問符を浮かべている。気になって雷蔵の脇と扉の隙間から中を覗き、その光景に赤面した。

 

何故なら…。

 

「…何故ここにいる?」

「おはようございます雷蔵隊長」

「挨拶はいいから問いに答えてくれ。何故ここにいる?」

「気分です。スーハースーハー」

「やめんかぁ!」

 

当の本人は満足そうな顔をして窓から逃走した。雷蔵の下着を持って…。

 

「待てこらぁ!返しやがれぇ!」

 

雷蔵もその人物を追いかけていく。それをヤンはどうしたらいいのかわからないらしく、入り口で佇んでいた。

 

「どうしたの?ヤン」

「桃、これはどうしたらいい?」

「どうって何を?…っ!?/////」

 

雛森は散乱している雷蔵の服や下着を見て思わず赤面した。好きな人のそれを見るのは、若干望んでいたシチュエーションであったが、如何せん刺激が強すぎた。

 

「どうした桃?顔が紅いが」

「な、な、なんでもないよ!?」

「何故疑問形?」

 

そう聞き返しながら雛森が雷蔵の服を片付けていく。それを真似てヤンも片付けを手伝い始めた。

 

 

 

「まったくやかましいことだネ。研究に集中できないじゃないか。一体誰が騒いでいるのかネ?…雷蔵かい。なんとも予想外の客人だヨ」

 

マユリは何もなかったかのように監視カメラを切って、研究に没頭し始めた。

 

 

 

一方その頃、雷蔵は十二番隊隊舎の中を走り回っていた。

 

「返せ!」

「これはサンプルですので返却不可です」

「なんのサンプルだこらぁ!あれか?マユリの実験のためとかいうあれか!?」

「私の○○○○のためです」

「真顔でそんなことを口にするなぁ!聞いた俺の方が恥ずかしいわボケェ!」

 

なんとも聞いていて恥ずかしいやり取りなのだが、〈十二番隊〉隊士たちは気にせずそれぞれが仕事をこなしている。

 

彼の人物が雷蔵の服をダシにしているのを知っているから…。

 

「ではいっそのこと2人で致しますか?」

「…は?」

「要求にはなんなりとお答えできると思います。雛森副隊長にはできないようなことも」

「何故そこで雛森がでてくる?」

「…鈍感なのですね。そこもまたポイント高ですが。それより如何ですか?」

 

 

 

「なんだネ?この悪寒は。…まるで自分の身に何か危険が迫っている感じだヨ。直接自分のではなく間接的な何かに。…根拠のない疑問は後回しだヨ、それよりこの材料で何か面白いことを始めようじゃないか。ほーほっほっほっほっ!」

 

 

 

「…もうやるよ。なんか疲れた」

 

疲弊した雷蔵は自舎に帰ろうとする。

 

「ありがとうございます。常時携帯させていただきます」

「やっぱり返せこらぁ!」

 

雷蔵とネムの追いかけっこが再開された。

 

 

 

「隊長遅いなぁ〜」

「どこで道草食ったんだろうね。せっかく桃と2人で片付けたのに」

 

ネムを追い掛けている雷蔵とは違い、雛森とヤンの愚痴は穏やかなものだった。




これで番外編は一時終了です。次話からは本編に戻りますのでよろしくお願いします





雷龍地走り・・雷が地を這うように伸びて触れた敵を麻痺させる


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虚圏救出編
18


今回はまったく進んでません。それほど上手くかけた気もしないですが雛森の行動が可愛かったら許してくださいね。


ではどうぞ〜


藍染との決戦までの2ヶ月間。〈護廷十三隊〉の面々は、其々が思い思いの方法で力を蓄えていた。

 

ある者は剣技だけを磨き、ある者は《鬼道》だけを磨く。

 

自分の短所を補充する者、あるいは長所を伸ばす者。

 

僅かな時間にできることは限られているが、誰もがその時間を無駄にしなかった。この戦いに勝利を収めなければ自分たちの命はおろか、世界をも守ることができなくなるからだ。

 

守らなければならない。家族・恋人・友人。其々がそれぞれの思いを胸に秘めて修行に励んでいた。

 

それは雷蔵も例外ではなかった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

ドカーン!

 

「ギャー!」

 

爆心地から聞こえる悲鳴。立ち上る煙を雛森は吸い込んでしまい何度も咳き込む。

 

「ケホッケホッ。隊長、大丈夫ですか?」

「…ヤバいかな」

「ええ!」

 

土煙で見えない雷蔵に何かあったのか混乱して、土煙の中を走る。前方がほぼ見えない中、雛森は真っ直ぐに走ることだけを考えて向かう。

 

「隊長!」

 

煙を抜けた先では爆発の張本人、雷蔵が地面に両手をついて落ち込んでいる。上半身には服を着ておらず、下半身は死覇装を着ているが所々土ぼこりで汚れたりほつれたりしていた。

 

見たところではそれほど大きな怪我はしていないようだ。

 

「身体の傷はそれほど問題ないようですけど?」

「心がヤバいな」

 

何度目。いや、何十度目・何百度目・何千度目とも忘れるほど失敗を続けている雷蔵は、相当精神的に病んでいた。

 

「…慰めます!」

「は?…むぐ!」

 

雛森が意を決したような表情で言うと、雷蔵はどういう意味なのかわからず振り返ると同時に、雛森に顔面を掴まれた。押し付けられているのは柔らかい2つの膨らみ。そして鼻腔をくすぐる甘い匂い。雷蔵は自分の欲が高まるのを否応なく感じてしまった。

 

さすがにそれを知られるわけにはいかないので平静を装うが、雛森には雷蔵の葛藤など理解する暇がない。顔を真っ赤にして雷蔵の頭を抱え込んでいるという現状もあるが、どちらかというと大胆すぎる自分の行動を恥じている側面が強い。

 

「ひにゃもりはん?」

「ひゃあ!喋らないでくださいくすぐったいです!」

「そっ…」

 

「そんなこと言われても」と言いたかったのだろうが、喋るなと言われた雷蔵は口をつぐんだ。

 

自分より身長がはるかに高い雷蔵の顔を下に持ってくるのは、雛森にとって相当難しい技術だ。警戒していない雷蔵の顔を持ってくるのは、案外簡単なことだった。

 

「…隊長は苦しんでいるんですよね?」

「?」

 

恥ずかしいのを堪えながら雛森は雷蔵に問いかける。声をかけられた雷蔵は、雛森が何を言いたいのか理解できず、再び疑問符を浮かべる。

 

「市丸隊長に裏切られて、100年前の復讐を妨げられて悔しいんですよね?でも、今日までの修行の様子を見てて思ったんです。本当に市丸隊長を恨んでいるのかって」

 

雛森の質問に雷蔵は一言も答えない。雛森に喋るなと言われたのもあったが、何よりギンを恨んでいるのかという言葉が引っかかっていた。

 

100年もの間、2人で藍染の陰謀を阻止すべく、共に命じられるままに任務を遂行してきた。だがその途方も無い苦労を打ち砕くかのように、ギンは邪魔をした。

 

腹立たしくて心底憎いと思った。だがそれは本心だったのだろうか。その場限りの一時的な殺意だったのではないだろうか。

 

破面No.6(アランカル・セスタ)〉グリムジョー・ジャガージャックとの戦闘後から、その時の自分の感情と今の自分の感情が、違っていることに気付いた。

 

確かに裏切られたことに対する怒りは存在するが、あの瞬間ほど殺意が芽生えている気はしない。落ち着いている自分がいることに驚いている。

 

何故、裏切られたにもかかわらず今のように穏やかでいられるのかわからない。100年の間、共に動いてきたからだろうか。はたまた115年前、僅かな時間とはいえ面倒を見ていたことによる親心からだろうか。

 

どちらも違うように思えるのは気のせいだろうか。他に、別の理由があるのではないかと思えてくる。だがその理由がなんなのか、まったく見当もつかない。

 

「私には隊長が本当に市丸隊長を恨んでいるようには見えないんです。哀れみでもなく同情でもなく。むしろ同じように苦しんでいるように見えます」

 

雛森は雷蔵の頭を優しく撫でながら問いかける。

 

「乱菊さんに聞きました。短い間にお二人の世話をしていたと。〈護廷十三隊〉の仕事の合間を縫っては、様子を見に行ったり必要なものを届けたりして親代わりをしていたとも」

 

5年というわずかな合間だったが、その時間が何より雷蔵にとってはかけがえのない宝物だった。2人に会いに行くのが楽しみで、日々の訓練や任務も以前ほど苦しいとは思わなくなった。

 

自分には子供がいなかったが、まるで我が子のように年端もいかない2人が愛しかった。

 

だがある日、ギンが「死神になる」と言い、乱菊とともに暮らしていた家を出て行ってしまった。

 

その後、乱菊を引き取って自宅に住まわせるようにした。友人の女死神に乱菊の世話をしてもらいながら仕事を続け、乱菊が〈真央霊術院〉に入学するまで2人だけの生活は続いた。

 

その時間もまたかけがえのない時間だった。以前は週に2回、たまに2週間に1回という頻度で会いに行っていたが、その時は毎日会えた。

 

ギンがいないという寂しさもあったが、それを補えるほど幸せだった。

 

乱菊のことを意識し始めたのは、その頃からだっただろうか。別に女性という意味合いではなく、1人の死神として妹として守らなければならないと思い始めた。

 

自宅に帰れば院帰りの乱菊が夕食の準備をしてくれていたし、風呂を沸かしてくれたりしていた。

 

ただそれだけなのに疲れた身体が癒される気がした。

 

「5年でも一緒に暮らしていた人を殺めるなんてこと、どうしたってできないと思います。でも、それでも倒さないとダメなんですよね?私は何があっても隊長について行きます」

 

その言葉を最後に雛森は雷蔵の顔を離した。

 

ようやく開放された雷蔵は、少し顔を紅くして一言だけ述べた。

 

「ありがとう」

 

ただ一言だけでもその言葉が聞けただけで雛森は嬉しかった。

 

「ところで隊長は、《鬼道》を使うときにどのようなイメージをしていますか?」

「できるだけ速くて威力の高くって感じかな」

「それじゃダメです。《鬼道》はイメージがとても大切なんです。【白雷】なら鋭く、【百歩欄干】なら細長く、【赤火砲】なら赤くて砲撃のような感じで。それぞれの特徴をイメージするだけで成功率や威力は段違いに変化します。これは私なりの研究なので正しいかはわかりませんが」

 

雛森は自信なさそうに言うが、《鬼道》において彼女の右に出る者はほぼいない。そう言われるほどの腕前なのだから、彼女の考察が間違っているはずがない。

 

「もしかしてこれから休憩無しで修行?」

「もちろんです!さあ四の五の言わずに練習しますよ!?」

「ええ~。…は~い」

 

雷蔵は嫌がりながらも真面目に練習を始めた。

 

 

 

 

その後、またもや爆発して雛森を巻き込こんだ。あられもない姿にさせてしまった雷蔵は、偶然様子を見に来た乱菊に誤解されて左頬を思いっきりビンタされた。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「ふっ!っ!たあっ!」

 

イヅルは全力の攻撃を全て受け流されている現実に驚愕していた。《侘助》を使っていないとはいえ、ここまで全力を出しても一発も当てることができないことが怖かった。

 

その恐怖は指導してもらっている人物の腕前だった。どれほど力を込めようと、フェイントを入れようとすべてをさばかれて返り討ちを喰らう。

 

「はぁっ!」

「おっと、残念だったな」

 

雷蔵がイヅルの攻撃を刀身を滑らせることで、受け流した流れを利用してイヅルの懐に入り込む。振り下ろした際の重心を置いていた軸足を払われてバランスを崩し、その場に倒れこむ。

 

そのイヅルに木刀の切っ先を向けながら、雷蔵は微笑みながら告げた。

 

「負けました」

 

僕は素直に負けを受け入れた。どう転んでも一本をとることができないと思えるほど力の差がある隊長は凄い。一体どれほどの鍛錬を繰り返せば、これほどの高みにまで至ることができるのだろうか。

 

僕は思い切って聞いてみることにした。

 

「隊長、どうすればそのように強くなれますか?」

「死ぬまで自分を追い詰める、かな」

 

返ってきたのは意外な言葉だった。

 

「死ぬまでですか?」

「イメージだけどな。簡単に言えば、体力と精神の限界まで追い詰めるような修行を続けるということだ。俺の場合は友人にそういう奴がいたから苦労はしなかったが」

「四楓院家22代目当主ですか?」

「ああ。あいつのおかげで短期間でかなりのところまで至ることはできた」

 

隊長の表情は喜びと同時に悲しみの表情が見て取れる。浦原さんと夜一さんとの生活がそれほど楽しかったのだろうか。僕にはそれを判断するほどの洞察力は持っていないし、何よりどれだけの苦しみを味わってきたのか想像もつかない。

 

でも一つだけ言えるのは、隊長にとってその生活が何よりかけがえのないものだったということだ。お二方の昔話をする度に、その懐かしみと悲しみが混ざったような表情が垣間見える。

 

僕にとっての隊長は誰よりも強くて憧れる芯のある人だ。

 

初めての出会いは大虚に襲撃されたとき。

 

あの時は誰もが勝てないと思わされた相手を、市丸隊長(・・)と共にあっさりと蹴散らしてしまった。その光景は、今でも鮮明に思い出せる。

 

それほどまでに強烈な第一印象を僕に与えてくれた。それが死神として強くなりたいと思うきっかけになった。だから僕は隊長の背中を追い続けることができるんだと思う。

 

「《破面》との戦いまで残り僅かですけど僕は強くなれますか?」

 

2つの世界の運命を分ける戦いまで残り1ヶ月強。隊長に修行をつけてもらったとはいえ、どこまで強くなったのかはわからない。

 

同じ相手と戦いをしていると腕が上がったかどうかを知る術は、自己判断するしかない。隊長の動きついていけるようになったのは事実だが、それが本当に自分の力なのか。

 

もしかしたら隊長が手を抜いているからついていけるようになったと勘違いしているのかもしれない。

 

「簡単ではないだろうな。〈破面No.6〉の奴でもかなりの腕前だった。あいつより上に5人(・・)もいるとなると、非常に厳しい戦いを求められる可能性が高い。何故今その事を聞く?」

「僕が本当に強くなっているのかわからないんです。斬魄刀を使った戦いをせずに木刀だけでこの1ヶ月を過ごしていますから」

 

僕はこの1ヶ月弱を斬魄刀ではなく木刀だけで修行してきた。それは隊長の命令なのだけれど、なんとなく違和感を覚える。

 

斬魄刀を使った戦いが僕たち死神の戦い方なのに、それを使わずして命をかけるには、軽すぎる木刀では頼りなく感じてしまう。

 

「基礎戦闘力を上げないと、いくら斬魄刀を使ってもあいつらには勝てない。基礎戦闘力を上げると自ずと斬魄刀の力も上昇する」

「木刀では恐怖を感じない気がするのですが」

 

僕が呟くと隊長が木刀に霊圧を込めて振り下ろした。すると僕の背後にあった巨大な岩が真っ二つに割かれた。

 

「…」

「これでも恐怖を感じないって?」

「…カンジマス。スミマセンデシタ」

 

笑顔で言われたら謝るしかないよ!あんな巨大な岩をいとも容易く真っ二つにするなんて簡単じゃないからね!?

 

「まあ、お前の言いたいことは理解できる。木刀はそれ自体にある殺傷能力はたかがしれているし。斬るのではなく叩くとかそういうイメージが強い武器だからな」

「木刀にはどんな意味があるんですか?」

「俺の意見だが、木刀は基本の動きを体に染み込ませるための道具じゃないかなって。真剣と木刀じゃ対峙した時の緊迫感の度合いは比べ物にはならない」

 

確かに、真剣を向けられるより木刀を向けられる方が危険度は低い。僕もそれは同感だ。つまり隊長は木刀だろうと真剣だろうと戦うときは、戦うなりに覚悟を決めろと言っているんだ。

 

「勉強になります」

「部下の成長ほど嬉しいものはないさ。それからこれを見ろ」

 

雷蔵が示したのは自身が斬った岩の断面と表面だった。イヅルは言われるがまま近寄り、何を指しているのか近寄る。

 

「綺麗な断面ですが…あ、所々に欠けた部分や真っ直ぐになっていない部分がありますね」

「その通り。つまりこれはまだ力加減ができていなくて、均等な霊圧の刃を作れていないということだ」

「隊長でもできないということですか?」

 

イヅルの質問は、隊長ほどの才能を持つ人でさえ扱うのが難しいという意味合いだった。それが伝わっていたのか雷蔵は苦笑しながら頷いた。

 

「この技は見様見真似でやっただけだからな。こういうふうに雑になってしまうわけだ」

「つい最近のことなので?」

「黒崎一護が使った技だがあいつのほうが威力は上だろうな」

 

その言葉を聞いてイヅルは、この技が何かに似ていた疑問が解決したことで、スッキリしたような表情を浮かべた。

 

「小休止もできたところでそろそろ続きをするか?」

「はい、お願いします!」

 

イヅルが木刀を握り直し、雷蔵へと先ほどより強い攻撃を放って行く。

 

そんな激しい中にものどかな時間が過ぎていく。雷蔵・喜助、夜・一だけが知っていた秘密の基地で、そんな楽しい時間が流れていった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

そして喜助との約束である1ヶ月前にさしかかるという頃、雷蔵はようやく《鬼道》を習得した。

 

 

 

 

〈穿界門〉を通って〈現世〉へと帰還する。1ヶ月ぶりだから感慨めいたものがあるわけではないが、なんとなく落ち着く場所である。軽く空気を吸い込んで目的地へと向かう。義骸に入り地面を歩いていると、目的地であるしがない駄菓子屋が見えてきた。

 

ドアをノックすると、帽子を被った友人が扇子を口に当てながら出てきた。

 

「予定通りっスね」

「かなり根気つめて修行したからな。それでもギリギリだったさ。それより下から僅かに霊圧を感じる、阿散井とあと一人は誰だ?顔は知っているが名前までは知らない」

「茶度さんですよ。黒崎サンのご友人の体格が素晴らしい方っス」

 

言われて思い出した。確か京楽隊長と交戦して興味を持たせた人間だ。というより人間と言っていいのかわからない。

 

人間にはない力を持っているから人間ではないが、肉体的な組成は人間である。本人は人間のつもりだろうし、誰もその事を気にすることはないだろう。何故なら彼も藍染の反乱を阻止するのに手を貸してくれたのだから。

 

「それでアタシにしてほしいこととは何ですか?」

「地下を貸してほしいのと○○を頼む」

 

雷蔵の言葉に喜助は驚愕の表情を浮かべた。



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19

レポートと免許で書く時間がないです…

どなたか時間をください…


「やあ、ウルキオラ。ちょうどいいところに来てくれた」

 

〈崩玉〉を操作していた藍染は、ヤミーを連れたウルキオラが現れたことに驚かず、振り返らないまま声をかけた。それに対してウルキオラは静かに返事をする。

 

「状態はどうですか?」

「予定通りだよ。僕の予想と同じように機能してくれている」

 

〈崩玉〉に触れた指から霊圧を送り込むと空間が割れた。

 

「名を聞かせてもらおうか新たなる同胞たち(・・)よ」

「ワンダーワイス…ワンダーワイス・マルジェラ」

「ワンダーマイス…ワンダーマイス・マルジェラ」

 

名前を告げた2体に藍染は笑みを深める。

 

それは新たに戦力となる僕が増えたことに対する歓喜か。それとも死神を滅することができることが、より容易くなったことに対する歓喜か。

 

「〈護廷十三隊〉、永遠に葬ってくれよう」

 

藍染の呟きを横に並んだギンは、いつもの内心を読ませない能面の笑みを浮かべながら見ていた。

 

それを気にせず藍染は振り返って告げる。

 

「ウルキオラ、1ヶ月前に話した例の作戦を実行に移してくれ。それと好きな者を連れて行くといい」

「…わかりました」

「君も行くかい?グリムジョー」

 

ウルキオラの返事を目で受けた藍染左腕を失い、背中の6を消された(・・・・・)グリムジョーに声をかけた。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

黒腔(ガルガンタ)〉から《十刃》が現れた頃、雷蔵は浦原商店の地下にある〈勉強部屋〉で修行していた。

 

「ふぅ〜」

 

息を吐いた雷蔵はその場に座り込む。身体中から汗をこれでもかというほど噴き出させている様子を見ると、どれほどのしんどい修行をしたのかと不思議になる。

 

それを遠くから見つめる喜助の右腕や額は、大量の血に染まっている。よく見れば雷蔵と喜助の間の地面は大きくへこみ、尋常ではないほどの壊れ方をしているため、何が起こったのか想像もできない。

 

「雷蔵サン、やっぱダメっスよ。【血霞の盾】があってこれだけのダメージはあり得ないっス」

「それを使われても気にしない程度まで上達したかったんだが。さすがに1ヶ月じゃ無理か」

 

喜助の怪我の具合を心配するより、己の未熟さを嘆いている様子をはたから見れば人でなしと言われるだろう。だが喜助はそのことを気にしていないし、むしろそれでこそ雷蔵とばかりに頷いている。

 

「反射的に《鬼道》使いましたけど、それでもこれっスからね。愕然とする必要はないんじゃないっスか?」

「予定だったらお前の首飛んでたはずなんだけどな。おしいな」

「アタシを殺す気だったんスか!?」

 

悪びれる様子もなく告げられた現実に憤慨した喜助は、怪我している腕で雷蔵を指差す。その様子にヘラヘラとしてまともに取り合わない雷蔵は喜助の反応がとても面白いらしい。

 

普段から周りがこのような目に遭っていることを教えているのだが、本人は気づいていないらしい。喜助自身がマイペースなこともあり、そのことに気付いていないのかもしれない。

 

「アタシが何かしたと言うんスか?」

「気付いてないのか?」

「何をっスか?」

 

やはり喜助は気づいていないらしく首を傾げている。その時パサッと音がして喜助が被っていた帽子が地面に落ちた。左半分が吹き飛んでいるところを見ると、雷蔵の攻撃によって攻撃を受けていたようだ。

 

「お気に入りの帽子…壊れちゃったっスね」

「その程度気にしてたら腕の傷はどうなるんだよ」

「浦原殿!雷蔵殿!」

 

話をしていると、鉄裁が猫状態の夜一を連れて焦ったような表情で駆け寄ってくる。後ろにはウルルとジン太も怯えた表情で駆け寄ってくる。

 

「鉄裁サンどうしたんスか?夜一サンまで連れて」

「余程のことがあった…っ!この霊圧はまさか《破面》!?」

 

鉄裁が作り出していた結界が解除されたことで、周囲の様子が空気を伝って〈勉強部屋〉に流れ込んできた。

 

それは《破面》と対峙する死神たちの霊圧だった。

 

「そういえばもう2ヶ月だったな。…この様子じゃかなり追い込まれているみたいだ」

「アタシも行きましょう。おそらくこの霊圧は初めてやってきたときの巨体の人でしょうから。残りはわかりませんが」

「無茶をすればわしが許さんからの」

 

凄みのある声で言われては、喜助も雷蔵も苦笑するしかない。全部で4つの《破面》の霊圧を感じるが2つは知らない。

 

おそらく藍染が〈崩玉〉を使用して、生み出した新しい《破面》なのだろう。かなりの霊圧を発しているようだが取り乱すほどではない。さきほど取り乱したのは来ていることに驚いた結果だった。

 

《解放状態》なのかは確認しなければわからないが、救出を優先するべきだろう。

 

「鉄裁サンはお二人をお願いします。雷蔵サン、手を貸してもらえますか?」

「愚問だな。聞かなくても返事はわかっているはずだけど」

 

笑顔で質問を返すと喜助は苦笑を漏らして走り出した。その様子に雷蔵は喜びを感じながらその背中を追いかけた。

 

 

 

2人が走り去るのを見ている鉄裁は、ジン太の声で我に返った。

 

「店長、大丈夫かな?」

「大丈夫ですとも。しかしあれほど嬉しそうにしている浦原殿を見るのは初めてです」

 

そう、黒崎殿を鍛えていた頃よりもっと楽しそうな。何より嬉しそうな浦原殿は見たことがない。

 

楽しそうにしていても、それは自分の顔に貼り付けた偽りのような笑みの仮面。しかし今浮かべた表情は、心の底から雷蔵殿と戦うことができる歓喜。

 

{それほどにまで雷蔵殿と背を預けて戦えることが嬉しいのですかな?浦原殿。雷蔵殿、浦原殿を頼みましたぞ}

 

鉄裁は駄菓子屋を守るため、周囲を結界で覆う作業を始めた。

 

 

 

 

喜助と浦原が駄菓子屋を出た頃。一角・乱菊・冬獅郎は、窮地に追いやられていた。

 

「なんだぁ?手応えまったくねぇじゃねぇか!来て損したぜ!」

「同感。これが〈護廷十三隊〉の隊長と副隊長の実力?正直、期待はずれだね」

 

《解放状態》になり、六本の腕を生やした《破面新No.6》は乱菊を掴み、どうしようか悩んでいるようだ。今いる中でもっとも強い冬獅郎の姿がないのはやられたからだろうか。霊圧を感じるがいつもほどの圧力は感じない。

 

「やらしい体つきしてるねお姉さん。本当にセクシィー。そんなやつをボロボロにするのか僕の趣味なんだ。これで刺したらどんなことになるかな?」

「くっ!」

 

腕で捕まえている乱菊に、一本の腕に形成された無数の針を近づける。あれにやられれば自分がどのような姿にされるのか予測したのだろう。

 

乱菊に焦りの表情が垣間見える。

 

「じゃあ始めようかな。いえーい!」

 

針が乱菊を貫く瞬間、その腕が針ごと斬り落とされた。木々の枝葉を切り落とすかのように、少しの抵抗もなく切り落とされた。

 

「何!?」

 

何が起こったのか確認しようとするが、今度は乱菊を捕まえていた腕が斬り落とされる。

 

「うわあぁぁぁ〜!」

 

痛みからか驚きからか、判別はつかないが斬られた腕を周囲に振り回しながら《破面》が叫ぶ。ついでに一角を捕まえている腕を移動して斬り落としておいた。

 

「これが《十刃》の〈鋼皮〉?期待したほどの硬さじゃないな」

「雷蔵さん…」

 

腰を持たれて担がれている乱菊が呟くと、雷蔵は穏やかな笑みを浮かべる。その笑みを見て乱菊は助かったことへの安堵と、助けさせてしまったことへの後悔を感じていた。

 

だがそれ以上にそれらを押しのけるように湧き上がったのは、安心という感情だった。自分・一角・冬獅郎がまともに戦うことができなかった相手の腕を、容易に斬り落とす技量に対する感情だった。

 

「喜助、そのでかいの頼むわ。俺は乱菊をボコボコにした奴に仕返ししないと気が済まない」

「復讐っスか?」

「その程度で済むならいいけどね。《十刃》さん、名前を聞いておこうか」

 

八本(正確には六本)の腕を生やした《破面》は不機嫌極まりない表情で告げる。喜助は「了解っス」と言って、図体のデカい破面へと向かって行った。

 

ちなみに喜助の薬で、2人は《破面》との接触前に怪我と体力を回復させていた。

 

「…《破面No.6》ルピ・アンテノール。腹立つなぁ。僕、大して強くもない奴が、正義の味方気取ってるのが一番気にくわないんだよ」

 

雷蔵はそんな風に言う《破面No.6》ルピに《雷天》を向けて言う。

 

「大して強くもないかどうかは、やってみないとわからないだろう?それとも手を全部斬り落とされないと、力の差もわからないか?」

「…いいね君。存在した破片を残さないくらいに潰してあげるよ」

 

そう言ったルピから爆発的な霊圧が発せられ、周囲に広がっていく。霊圧が風圧となって2人を襲い、乱菊が腕で顔を守るようにかかげた。

 

一方、雷蔵は冷静に発生源にいるルピを見据えている。

 

「乱菊、冬獅郎と一角の状態を見てくれないか?残りの2体は喜助が相手をしているから、派手に動かなければ狙われることはないはずだ」

「わかりました。雷蔵さんもお気をつけて」

「ああ」

 

乱菊が降りていくのを見送る間にも、ルピの霊圧は高まっていく。色で例えるならば一護のように紅黒く見える。だが唯1つ違うのは、霊圧に含まれる感情だ。

 

一護の場合は、仲間を護りたいという想いが含まれているが故に強く・重くて心地いい。

 

だが眼前の《破面》の場合はどうだろうか。敵意と殺意しか見て取れないからなのか。不快で触れるのを躊躇うような感じである。

 

遠くでは一護とこの前の《破面》の霊圧を感じる。奴と眼前の破面の数字は同じ。一体どういうことだろうか。

 

《十刃》と数字持ちは、《大虚》の中でも特に優れた殺傷能力を持つ《破面》の名称であったはずだ。それなのに6を持つ《破面》が2体存在している。

 

いつから数字が被るような事態が発生したのだろうか。まさか同じ数字を持つ《破面》が、どの数字にも2体ずついるというのだろうか。

 

《十刃》という名称は、10体という意味ではなくなるのだろうか。

 

もしそうなれば〈護廷十三隊〉では決して勝つことはできない。《最上級大虚》が10体いれば、世界が終わりだと冬獅郎が言っていた。

 

「死ねぇぇぇぇ!」

 

思考中にルピが腕を伸ばして攻撃を繰り出してきた。それを〈瞬歩〉で避けた後、その腕を一刀両断する。

 

痛みを感じないらしく、斬られても腕を抑えるような真似はしていない。おそらく先ほど腕を斬られて声をあげたのは、意図も容易く斬られたことに対する、恐怖からのものだったのだろう。

 

腕を斬られた瞬間、遠距離では分が悪いと理解したのだろう。近距離戦で勝負を決めに来たらしく、距離を詰めてくる。

 

「…《十刃》ってのは、どの数字持ちも2人いるのか?」

「何言ってんの?んなわけないじゃん」

「じゃあ何故お前が6を背負っている?遠くで戦っているグリムジョーも6だったはずだ」

 

腕と鍔迫り合いをしながら問いかける。腕を斬り落とせないのはらその腕に〈鋼皮〉とやらを集中的に集め、硬度を高めているからだろうか。

 

よく見れば他の腕より色が濃く、幾分か太い。

 

「ああ、彼は数字落ち(プリバロン・エスパーダ)になったんだよ。この前独断専行でこっちに来て君たちにやられた罰だ。失ったのは左腕と数字。情けないよねほんとうに」

「違うな」

「はっ?」

 

否定されたことにイラついたのか表情が黒く(暗くではない)なり、押し込む力が強くなる。

 

「あいつが失ったのは腕と数字だけじゃない。信念と仲間の期待。そして誇りだ!」

「っ腹立つなぁもう!僕らにそんなのあるわけないだろ!ちっ!」

 

雷蔵が語尾を強めるとともに腕に加える力を増やすと、ルピの硬化した腕が斬り落とされた。それを見たルピはあり得ないとばかりに驚愕の表情を浮かべる。

 

《第6十刃》としての実力は十分なはずだ。実際、席官である死神3人を《解放状態》になった自分が圧倒していた。なのに目の前のこいつは、《解放状態》でもまったく歯が立たない。

 

しかも《卍解》さえ。いや、その手前の《始解》とやらをしていない。それなのに自分を相手にして互角ではなく、先ほどの自分のように圧倒している。

 

何故だ!?何故そこまでの力を死神程度が持っている!?

 

「お前は俺の大切なものを傷付けすぎた。お前にあるのは死だけだ」

 

雷蔵が《雷天》を天に掲げながら冷酷な声を発した。

 

「これを見せるのはお前が初めてだ。冥土の土産として持っていけ。《卍解》!」

 

雷蔵から圧倒的な霊圧が溢れ出し、ルピの身体に吹き付ける。その霊圧の高さにルピは目を見開いた。

 

「な、なんだよこれ…。これが《卍解》…だと?ありえない…」

「《卍解》程度の霊圧で怯えるなよ。本番(・・)はこれからだ」

 

雷蔵が左手で顔を掻き毟る(・・・・・・・・・)ような仕草をした。すると雷蔵の顔に、虚のような仮面(・・・・・・・)が現れた。

 

「そ、それは仮面?…ありえない!ありえない!死神風情が虚の力を得ただと!?僕たちの力と同じものが使えるだと!?」

『見ればわかるだろう。ありえるからこうしてお前の前に立っている。お前の罪を洗うとしよう』

「くっ!」

 

雷蔵が発する声はもはやいつもの雷蔵ではなく、副音声のように獣の唸りが入り混じっていた。

 

雷蔵が霊圧をさらに上げると、ルピは恐怖の表情を浮かべ、後退りを始める。その様子を雷蔵の仮面の奥にある黒い眼球に黄色の瞳が、憂いを帯びながら見ていた。

 

 

 

雷蔵が爆発的な霊圧を発した頃、乱菊に治療されていた恋次・一角・冬獅郎が目を開けた。

 

「雷蔵隊長?けど霊圧は…」

「隊長?」

「雷蔵か?この霊圧は。だが…」

「この霊圧は雷蔵さんの?でもなんだかいつもより重い」

 

乱菊に応急手当てをしてもらった4人は、雷蔵が《虚化(・・)》したことを知らなかったがその異質さには気付いていた。

 

 

 

《虚化》した雷蔵の霊圧の高さは、一護とグリムジョーのところにまで届いていた。

 

「なんだよこれ!藍染の野郎に匹敵しやがる!」

「…雷蔵さん、あんたもか(・・・・・)よ」

 

2人もその霊圧の高さに驚愕し、一時的に戦闘をやめて、異質な霊圧を感じる方角ををみていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

雷蔵の突き刺すような視線にルピは動けなくなっていた。

 

『動けないのか?《第6十刃》もこの程度。じゃあな』

 

雷蔵が《帝破明神雷天》を、《虚化》した状態でルピに上段から振り下ろした。




無理矢理的な感じですが一応空座町決戦編にて彼の実態を説明できたらいいなと思っています。

辻褄が合っているか不安ですが頑張ります…


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20

登校と帰宅の合間にしか書く時間がないので投稿スピードはこれぐらいになると思います。

申し訳ありません


「てめぇらの治療は受けねぇ!」

「なりません!怪我人が治療しないのは言語道断です!」

「やかましい!俺は…げほぉ!」

「大人しくしてください」

「ナイスですウルル殿!そのまま抑え(オトし)ましょう!」

 

怒号が飛び交うこの場所は、浦原商店の地下にある〈勉強部屋〉である。怪我した乱菊・冬獅郎・そして今ウルルに首を押さえ込まれ呼吸困難に陥っている一角が収容されている。

 

店では安心して治療できず、広い空間で過ごした方がいいという喜助の判断により今に至る。

 

「…どうすればここまで五月蝿くなるのでしょう」

「人の心は簡単じゃないということだな」

「…」

 

乱菊と雷蔵が感想を述べている隣で、約1名が天井を見上げて岩に腰掛けている。普段見せない様子に、微笑むより不安を抱いた雷蔵はその人物に問いかけた。

 

「どうした?冬獅郎」

「…いや、なんでもねぇ。しばらく1人にしてくれ」

「ああ」

 

歩き去る冬獅郎に簡単な返事しかできない雷蔵は、何故そこまで暗いのかが理解できなかった。

 

 

 

俺は松本や雷蔵から程よく離れた場所まで移動し、岩陰に隠れるようにして座り込んだ。脳裏をよぎるのは《第6十刃》との戦闘だ。《卍解》を駆使してでも致命傷は与えられなかった。ましてや《斬魄刀解放》によって、自分は戦闘続行不能になる怪我を負わされた。

 

いくら自分の(卍解)が未完成《・・・・・・》だとはいえ、このような敗北は屈辱以外に他ならない。

 

現在の〈護廷十三隊〉の中で《卍解》を完全会得しているのは、俺を除いて6名。

 

〈総隊長兼一番隊〉隊長 山本元柳斎重國。

 

〈三・五共同部隊〉隊長 雷蔵。

 

〈四番隊〉隊長 卯ノ花烈。

 

〈六番隊〉隊長 朽木白哉。

 

〈七番隊〉隊長 狛村左陣。

 

〈九番隊〉隊長 京楽春水。

 

〈技術開発局二代目局長兼十二番隊〉隊長 涅マユリ。

 

〈十三番隊〉隊長 浮竹十四郎は病気がちなためか解放することは稀であるし、《卍解》を見たことがある人物がいるのかも不明だ。〈四番隊〉隊長 卯ノ花烈も総隊長に次ぐ最古参の死神だ。《卍解》を会得しているだろうが、目にした者はいない。

 

戦闘方法が違うとはいえ〈現世〉に来てからというもの、勝利という一言で終わらせる戦闘は一つもなかった。

 

破面・No.11(アランカル・ウンデシーモ)》シャウロン・クーファンとの戦闘では、【限定解除】した際の霊圧の上昇率に驚いた隙をついて勝てた。だが最初から本気で戦っていれば、勝てたかと言われると微妙である。

 

よくて相討ち。下手をすれば致命傷を与えながらも、自分の負けの可能性があった。今回の戦闘は《十刃》であったという言い訳が通じるはずもない。

 

そのためにあれから2ヶ月の間、斬魄刀との対話を繰り返し実力を上げたつもりだった。だがその苦労を粉砕するかのようにあの《破面・No.6》は姿を現した。

 

《卍解》した自分には手も足も出なかった相手に、雷蔵は圧勝した。新しい力(・・・・)を手にして。あれほどの力をどうやって手に入れたのか不思議だが、そのことを気にしている暇はない。

 

僅かな時間でも無駄にせず修行し、藍染が来るまでに実力を上げなければならない。ならばすることは1つ。

 

「《霜天に座せ【氷輪丸】》」

 

立ち上がり、静かに斬魄刀を解放する。

 

「俺は強くなる。雛森を、〈尸魂界〉を、〈現世〉を守れるくらいに強くなる!」

「あまり思い詰めるなよ冬獅郎」

 

誓いを立てていた背後から突如、声をかけられ驚いてしまう。立っていたのは友人であり、今回の戦闘での勝利の立役者である雷蔵だった。

 

「…聞いていたのか?」

「様子が気になって見に来たら聞こえただけだ。別に盗み聞きしようとは思ってなかった」

 

覚悟を聞かれていたのは恥ずかしいが、悪気があってしたのでなければ怒る必要もない。むしろ自分の覚悟を聞いたことで手を貸してもらえるのであれば、羞恥など微塵も感じない。

 

「怒ったりはしない。ただ頼みがある」

「珍しいな冬獅郎が俺に頼みごとするなんて。だが俺にできることならやろう」

 

俺は断られるかもしれないという最悪の事態を想定しつつ、隊長としてあるまじき行為である頭を垂れる。

 

「俺を鍛えてくれ。この通りだ」

 

《始解》を解除し、頭を下げて頼み込む。もしこれを断られれば俺は強くなる方法を1つ失うことになる。自分で己を鍛えることが正しいことなのかは、今回の戦いではわからなかった。

 

己を自分自身で鍛えることは、自分を一番理解していれば効率がいい。自分に不足していることを、補えるように修行すればいいのだから。全体で見れば正しいことだろう。

 

一方、今のように人に頼んで教えてもらうことは、自分だけで修行するより明らかに効率がいい。自分より腕が上の相手であればその人物に追いつこうと思うようになり、一層修行に身が入る。

 

相手が上でなければならないという限定はないが、今の俺に適している師は目の前にいる雷蔵だ。

 

断られる可能性が高いと俺は予測している。今のような緊急事態に、自分ではない他の死神を鍛えることなどするはずがないからだ。それは雷蔵に限ったことではない。多くの隊士に言えることだ。藍染の裏切りの際、狛村が呆気なく倒されていれば尚のこと。

 

《鏡花水月》の能力である【完全催眠】にかかっていたという理由もあったが、それでも力の差を痛感した。俺もその強さを身に染みて覚えている。右腕から肩までを一直線に斬り裂かれた傷は、今でもうっすらと残っている。

 

《卍解》した状態の俺に対して、《始解》もせずに一振りで致命傷を与えた腕は、傲りでもない本当の勝者だった。

 

頭を下げた俺に対して、雷蔵は一体どんな視線を向けているのだろうか。他人に力添えを求める姿勢に、哀れみの表情を浮かべて見ているのだろうか。はたまた己の修行時間を奪うことに対して、怒りを表に出した表情を浮かべて見ているのだろうか。

 

この短い沈黙が何より俺には耐え難い時間だ。断るのであれば冷たくあしらってもらった方が嬉しい。あらゆる理由をつけてやんわりと断るようであれば、感情のまま突き放してくれた方が楽だ。

 

「いいよ」

「え?」

 

お願いしときながら許可をもらえたことに、間の抜けた表情を浮かべ声を出してしまう。

 

「いいのか?」

「別に断る必要もないからな」

「お前にだって修行があるだろう?」

「ないわけじゃないが…。友人の頼みを無碍にはしたくない」

 

自分の時間を削ってでも教えてくれるというのであれば、それに縋っても文句を言われることはないだろう。そう判断した俺はもう一度深く頭を下げた。

 

「ありがとう」

「隊長が頭を下げるなよ」

 

苦笑しながら雷蔵は俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

 

「やめろ!髪が乱れる!」

「冬獅郎は俯くより顔を上げた方が似合ってるよ」

「そ、そんなことは言わなくていい…」

 

顔がやや紅くなっていると自覚する。俺が何かしらの感情を抱いているように見えるだろうが、決してそのような感情はない。ただ褒められて、純粋に嬉しかっただけなのだ。それを理解しているからか雷蔵の表情も明るい。

 

「じゃあ、始めようか。やることはただ1つだ。《卍解》同士で力尽きるまで戦う。いいな?」

「望むところだ」

 

俺たちは互いに距離を取り叫ぶ。

 

「《卍解 帝破明神雷天》!」

「《卍解 大紅蓮氷輪丸》!」

 

爆発的に迸った霊圧が、浦原喜助作の〈勉強部屋〉一帯に広がり、巨大は空間を揺るがせる。

 

「はあぁぁぁぁ!」

「せあぁぁぁぁ!」

 

〈瞬歩〉で互いに相手の懐に入り込み斬魄刀を一閃した。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

〈勉強部屋〉に2人を置いて地上に戻った乱菊と喜助は、〈尸魂界〉から与えられた情報に眉を潜めていた。

 

「井上織姫 断界にて霊圧消失 同行した死神2名重体 何者かによる拉致の可能性有」

 

映像で総隊長直々の説明を聞き終えた2人は、重い空気に落ち潰されるような錯覚に陥っていた。

 

「〈断界〉内でそのようなことが可能なのですか?」

「《破面》の一部、強いて言えば《十刃》ですネ。彼らには《黒腔(ガルガンタ)》と呼ばれる、我々が使うような〈穿界門〉と同じ原理の空間を移動する能力があるのでしょう。誰がそのようなことをしたのかはわかりませんが、非常にマズイことになりましたネ」

「織姫を攫った理由は〈能力〉でしょうか?」

「大半の理由はそうでしょうネ。ですが少し気がかりなことあるんス」

「なんでしょう?」

 

喜助の深い謎の能面の表情に、乱菊も耳をすませて言葉を待つ。〈能力〉以外も拉致する必要があると言いたいのだろうか。言い方は悪いが、彼女にはあれ以外に取り柄と言えるものはない。

 

体力は人間の女性と比べると、〈尸魂界〉に侵入するために鍛えたことがあるからか多少高い。だがそれは、人間という規格内に収まるものだ。

 

あるとすれば折れない心の強さと仲間を信頼する想い。だがそのためだけに、拉致という面倒なことをするはずがないというのが乱菊の考えだった。

 

「時期ですよ」

「時期?」

 

予想外の言葉に乱菊は聞き返してしまった。

 

「はい。何故今のような時に拉致ということをしたのかということっス」

「油断していると踏んだのではないしょうか」

「それもあるのでしょうけど、アタシには他の理由があるんじゃないかと思うんス。拉致であれば〈断界〉ではなく、独り暮らしをしている〈現世〉で拉致すればいいはずなんスよ。なのに今回はこちらではなく、あちらとの境界で拉致した。つまりあそこでなければならない理由があった。もしくはあの時にしなけれはならない理由があったんじゃないかって」

 

喜助の説明に乱菊は深く納得した。確かにこちらでする方が安全で素早く拉致できる。なのに空間の境目でしたということは、何かしらの理由があるのだ。

 

「さすがは雷蔵さんの親友ですね」

「いやぁ、褒めても何にも出ないっスよ。アタシは自分の罪を償うために言っているだけであって、それ以外には何もありません。強いて言うなら、雷蔵さんに全てを終わらせてほしいという願いですかネ」

「それでもいいんです。雷蔵さんと親友でいてくれるだけで、私は嬉しいです。ところで【旅過】の少年や一角はどこへ?」

「黒崎サンなら昨日の夜、自宅に戻りましたよ。一角さん一行は事後報告ということで、〈尸魂界〉に戻りました」

 

つまり一護は安静にするために家へ、一角たちは今回の戦闘報告と、次の戦いのための作戦を聞くために戻ったようだ。喜助は既にいくつか策を考えているようだが、今はまだ明かすつもりはないらしい。

 

「織姫のことはすぐにお仲間にお伝えした方がいいでしょうね」

「アタシもそのつもりだったんスよ。今から3人に連絡しますのでアタシはこの辺で」

 

居間から出て行った喜助を見送った後、乱菊は振動で激しく揺れる机から湯のみを持ち上げて、ウルルが淹れたお茶を味わっていた。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

数日後、一護は浦原商店の地下にある〈勉強部屋〉に来ていた。仲間の雨竜・チャドがいることに驚いていたが、救出のために来てくれたことに感謝して何も口にはしなかった。

 

浦原が開いた穴は不気味に鈍く輝きを放っている。不吉な予感しかしない穴を見ても、3人は表情をひとつも変えなかった。

 

「暗がりに向かって、霊圧を使いながら足場をつくって進んでください。暫く行けば〈虚圏〉に着く筈です」

「この先に井上が…」

「気をつけてくださいね。この中は霊子の乱気流が渦巻いています。足場から落ちて入り口を見失えば、二度とこちらにもあちらにも戻れなくなります。それでも行きますか?」

 

喜助の脅しは、それだけの覚悟があるのかという問いかけでもあった。生半可な心意気では命をむやみに捨てることになり、〈尸魂界〉の戦力を著しく損なうことになる。それだけは避けなければならない事案なのだ。

 

例え、井上織姫の奪還が成功しなくとも。

 

「今さら覚悟を聞いても(こたえ)は変わらねぇ。俺たちは井上を助けるためだけに行くんだ」

「そうだね」

「む」

 

どうやら喜助の脅しは必要なかったようだ。

 

3人の覚悟を聞いて足を踏み入れようと思った瞬間。隣の岩が粉砕されて、人影が3人の目の前を通りすぎていった。

 

「何!?」

「この霊圧は冬獅郎?なんでここに」

「ん?黒崎一護とその仲間たちか」

 

死覇装をボロボロにして流血している雷蔵が、《卍解》した状態で岩の上に現れた。

 

「雷蔵さんもかよ。一体ここで何してるんすか?」

「修行だよ。少しでも強くなっておかないと戦いに勝てないからな」

「クソ!」

 

瓦礫の中から現れた冬獅郎の背後にある氷の華の一片が割れる。それと共に、《卍解》が解除された。

 

「持続時間は大幅に伸びたな。だがまだ使いこなせていない。続けるか?」

「当たり前だ。《卍解 大紅蓮氷輪丸》!」

 

爆発的な霊圧が冬獅郎を覆い、氷でできた翼と尾を持った竜がそこにいた。

 

「黒崎一護、行くならヤンを連れていけ。〈虚圏〉のことを熟知している」

「雷蔵の頼みだから仕方なく行くんだ。勘違いするなよ?」

 

雷蔵の背後から現れた赤髪に緋色の瞳をした少女らしき人物に、3人が目を見開く。

 

「雷蔵さん、そいつは…」

「ああ、草冠の手下だった。だが今は俺の部下だから気にするな。イヅルと雛森が井上織姫が拉致されたと聞いて、すぐに送ってくれたんだ。今や藍染は〈虚圏〉を根城にしている。そこを知っているヤンをよこしたというわけだ」

「納得だな」

「む」

 

ヤンが〈黒腔〉に飛び込むと、一護たちもそれに続いて入っていった。それを見送る喜助・雷蔵・冬獅郎の眼は、珍しいことに不安に染まっている。

 

それは敵しかいない地に、僅か4人だけで飛び込まざる負えない状況まで追い込まれた、こちらの不手際を背負わしてしまっていることへの謝罪も含まれている。

 

「あいつらならやってくれるさ。まだまだ延び白が余るほどあるからな。隊長格が向こうへ行くことを禁止されている状態では、〈現世〉でもっとも力のあるあの3人が行くのは必然だ」

「ですがあちらの実力は未知数なので何が起こるかわかりません。その時になったら背いてでも行くんスか?」

「行くのは俺たちではない誰かだろうな。さてと冬獅郎、やろうか」

「ああ!」

 

霊圧を高めて冬獅郎は雷蔵へと斬り掛かった。



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21

教習所無事、卒業しました!危なかった。あの日落ちたらまた、20万が…。

そんなことより本編をどうぞ〜


暗闇というほど暗いわけではないが、ぼんやりと光が自分たちを映し出しているような錯覚に陥る。そのなかを一護たちは、前を走る死覇装を着た赤髪の少女の後を追っていた。

 

足場は喜助の言ったように何一つ無く、霊圧で形成するしかなかった。目の前を走る少女のように見える元虚?は、磨かれたかのように光り輝く足場を霊圧でつくりながら走っている。

 

「しかしすげぇな。ここまで綺麗に作れるなんて。自信失いそうだ…」

「黒崎の長所は霊圧の高さ。この一点しかない」

「んだとこらぁ!」

 

感心していたというのに雨竜が、眼鏡の鼻っ面を押し上げながら素っ気なく評価を下すのが無性に腹が立つ。

 

そう言う雨竜は霊圧で形成された足場を走らずに、隣を併走している。その動きは不思議で足下には鈍く発光する何かがあり、その上に乗っているようだ。

 

「石田、それなんだ?」

「〈飛簾脚〉の応用だよ。今の僕ならこれぐらい訳無い」

「力を抑えるならここを走ればいいだろ。なんでここを走らねぇんだ?」

滅却師(クインシー)である僕が、虚か《破面》かわからない存在が作る足場を走ると思うかい?お断りだね。よっぽどのことが無い限り、僕は自分の力で対処するよ」

 

雨竜が素っ気なく答えると一瞬だけ霊圧が揺らぎ、一部分の道が削れていた。前を走るヤンの心が、瞬間的に揺らいだことをそれは示している。それを感じ取ったのか、一護や後ろを走るチャドが不安そうな表情を浮かべる。

 

「すまねぇ。石田は悪気があって言ったわけじゃないんだ」

「…気にしなくていい。滅却師がどのような扱いをされたのか雷蔵から知らされているからな。それでも力を貸して貰えることに感謝している。だが石田とやら、何故お前は恨むはずの死神に手を貸す?」

「それと石田、親父さんと約束したと浦原さんから聞いたぞ。『修行をつけてもらう代わりに、死神とは金輪際関わりを持たない』と。ここに来ていいのか?」

 

2人からの質問に雨竜は若干困ったような表情を浮かべ、素直に言葉を返した。

 

「茶度くんの言う通り、僕は修行をつけてもらうために誓った。でも黒崎は死神代行(・・・・)。それと〈尸魂界〉に見捨てられた(・・・・・・・・・)存在。つまり僕がどう行動しようとなんの制約もないってことさ。それに井上さんは死神でもなければ、〈尸魂界〉の関係者でもない。〈尸魂界〉と関わりを持っている時点で関係者じゃないというのは無理があるけど、そこの住人と言い換えれば問題ない。だから彼女を助けるとしても、個人的な感情で動いているわけだから問題は無いよ」

「それって屁理屈だぞ」

「契約の穴をついたと言ってほしいね」

 

雨竜らしい説明に茶度は苦笑を浮かべ、ヤンはどう反応したらいいのかという表情で固まりながら走っていた。

 

 

 

後ろで言い合っている滅却師と死神の少年はどこか楽しそうだ。普通なら相容れない関係であるはずの2人。協力することが不思議でならない。

 

死神は整の魂魄を魂送し虚を斬ることで〈現世〉を守る存在。

 

それに対して滅却師は、虚を〈尸魂界〉に送ることはせず消してしまう存在。

 

滅却師は人間を襲う存在である虚を〈尸魂界〉に送ることを良しとせず、消すこと(第一優先は自分の安全だが)を優先し、それ故に世界のバランスを崩すことになってしまった。

 

〈現世〉と〈尸魂界〉は複雑なバランスで成り立っている。どちらかに魂魄が多いとその均衡は容易く崩壊し、世界は破滅を迎える。

 

当時、死神より圧倒的に数の多かった滅却師は、自分達の存在意義と正義感から魂魄の消去を続けた。

 

相容れない関係により互いに互いを忌み嫌い、そして憎しみあった。そして200年前に死神の手によって滅ぼされた。生き残りがいたことに〈尸魂界〉は驚いていた。

 

〈技術開発局二代目局長兼十二番隊〉隊長であるマユリは、彼を実験体にしようと画作しているが、各隊長が水際でそれを防いでいる。

 

と私は聞いている。

 

王族の秘宝の一つである〈王印〉を狙った当事者に、〈尸魂界〉の情報を回すことを良く思わない隊士がいるのも事実だ。でもその反対に自分の力を認めてくれる隊士がいるのもまた事実。実際、〈三・五共同隊〉のほぼ全員が自分を受け入れてくれている。

 

席官クラスの実力を持つからなのか。彼ら彼女らは気安く話しかけてくれる。

 

男の場合は若干下心ある感じで近付いてくるから、桃や雷蔵に助けてもらっている。女性の場合は恋愛事(〈現世〉ではこいばなというらしい)をメインで話している。

 

例えば桃が雷蔵を好いているとか。〈十番隊〉副隊長の乱菊も少なからず想っていることを聞いている。

 

桃の場合は九死に一生を得る感じで救われたから、そうなっても可笑しくはないらしい。反対に乱菊は、〈護廷十三隊〈〉に配属される前から同じ屋根の下で暮らしていたから、恋人としてより家族としての愛が強いと聞いた。

 

乱菊が本当に好きなのは、〈尸魂界〉を裏切った件の市丸ギンという男のことらしい。聞くところによれば雷蔵の親友でもあったらしいが、裏切られた事に対してあまり本人は気にしていないようだ。

 

内心が読み取りにくかった性格もあって、その事については吹っ切れたようだ。恨みもなければ悲しみもないと言っていた。本心はどうなのかは聞かなければわからない。踏み込んでいい域ではないと直感が囁いているため、自分から聞こうにも聞けない。

 

今回の件の主犯である藍染は、誰からも慕われる優秀な死神だったらしい。〈護廷十三隊〉に所属する前のことは、雷蔵でさえもまったく知らないらしい。

 

おそらくその事を知っている人物は、総隊長・京楽春水・浮竹十四郎・卯ノ花烈だけと思われる。

 

京楽さんや浮竹さんはともかく、総隊長や烈さんには聞けない。総隊長は、地位の関係があり簡単には聞けないためだ。

 

烈さんだけは根本的に無理だ。

 

あの人の笑みは優しいはずなのに、寒気を催す謎の恐怖がある。総隊長よりは遥かに若いが、最古参の死神らしくまったくその衰えは見えない。

 

その美貌の不思議をそれとなく聞いたのだが、あの恐ろしく優しい笑みを浮かべてこう言った。

 

「その身体にお教えしましょうか?」

 

あんな風に言われたら首を振るしかない。でも、女性としての憧れは確かにある。正体ががなんなのかわからない自分の寿命は、どれ程なのかまだわかっていない。

 

長いのか短いのか。

 

それを調べるために、涅マユリではなくネムに調べてもらっている。

 

あんなマッドサイエンティストに自分のことを研究されたくないからな。あいつの遺伝子から造られたはずなのに、まったくそんなことを感じさせないからこそ任せられる。

 

「見えてきたぞ」

 

物思いに耽っている間にも足を動かしていると、周囲より明るい部分が目の前に見えてきた。その光に体を突っ込み、抜けるとそこはどこかの建物内だった。

 

「どこだ?ここは」

「建物内もしくは地下空間と見るべきだろう。だが窓がないところを見ると、地下空間である可能性がある」

 

石田雨竜なる滅却師の冷静な分析をBGMにして、私は到着場所に首を傾げていた。本来であればあの場所の近くに出る予定だった。浦原が開いた〈黒腔〉の質が悪いのか、私の道が悪かったのかはわからない。

 

ただ言えるのは、面倒な場所に出てしまったということだ。背後から巨大な影が近づいているのが何よりの証拠だからだ。

 

「なんだよあれ!」

「走れ!」

「戦わねぇのかよ!?」

 

文句を言いながら走ってついてくる黒崎に振り返らず説明する。

 

「こんな狭いところででかいやつが暴れてみろ。天井が崩れて埋もれてしまう。最悪圧迫死だ!」

「うおぉぉぉ!それだけは勘弁だ!」

「見ろ、開けてる場所がある。そこで迎え撃つ!」

 

石田が指差す方向にはかなり巨大な空間がある。あれだけの規模なら、後ろから追ってきている巨体をも倒せるだろう。

 

足を動かし空間に出て背後に眼をやると、その巨体も入ってきた。改めてその大きさに眼が点になる。下手をすれば4mになるのではないかと思われるほどだ。

 

背後には上へと繋がるとおぼしき階段がある。

 

「階段があるぞ」

「相手にするより、上にのぼったほうがよさそうだね」

「戦闘はなるべく避けないとな」

 

3人の意見が一致したことで階段を上ることが決定した。巨体から逃げるように階段へと走り、もう少しで上がれるといったところで、逃げ道を塞ぐように現れた人影に邪魔されてしまう。

 

「…っ何処へ行く侵入者よ。ここから先は我々を倒すまで行くことはできん」

「へぇ、じゃあやるしかねえよな!」

 

黒崎が斬魄刀を抜いて臨戦態勢をとる。一瞬、敵が狼狽を露にしたのは気のせいだろうか。それより黒崎の短気を納めるのが先だ。自分が前に出ることでやめさせる。

 

「邪魔すんのか?」

「お前はこの中で一番腕がたつ。そんなやつがこいつらを相手に体力を減らすのは、勝気を失うのと同意。せめて3人は戦わずに体力を温存してくれ」

「…彼女の言っていることは正しい。今ここで体力を使うのは得策じゃないね」

「む」

 

どうやら納得してくれたらしく私から3人が離れる。敵であったはずの存在にこうして信を置いてもらえることが嬉しい。

 

草冠の下についていたときには味わえなかったこの感情。雷蔵に救われたことで、私は今のように新しい感情を感じることができる。

 

感謝してもしきれないくらいに雷蔵には感謝している。

 

「私たちはここの番人。女相手に戦うのは私の流儀ではないが、命令故に処断する。デモウラ、手を出すな。私一人で十分だ」

「アイスリンガー、そこは俺が行く!ここまで追い込んだのは俺だ!」

「…わかった。お前に任せる」

 

鳥のような仮面をつけた《破面》は、高速移動でその場を離れ、壁際まで移動した。代わってズシーンと音がするように足を、床に踏みつけた背後の《破面》は、舌舐めずりするように私を見てくる。

 

共同部隊の男どもとはまた違った不快感を感じる。私を舐めきっているのか。奴の眼には戦闘意欲があるようには見えない。

 

「俺の名前はデモウラ・ゾッド。愛でてやるよ」

 

…不快感この上なし。肌がざわつくように腹立たしく、嫌悪感が沸き上がってくる。こんな敵と戦わなければならないことが不愉快だ。

 

だが個人的な感情で戦いをやめることは、藍染捕縛又は処断のための計画に穴を開けることになる。そうすれば私を部下にした雷蔵の信頼を失うことになる。雷蔵が私に向ける信頼を。ではなく〈護廷十三隊〉が雷蔵に向ける信頼がだ。

 

「我が名はヤン。貴様らを殺す敵の名だ」

 

言い終えるかどうかというところでデモウラは、腕を振り下ろしてきた。振り下ろされた腕によって床は大きく波打つ。

 

掌が傷ついていないのは〈鋼皮〉がよほど硬いのか、または特殊な効果によるものなのか。私の頭では判断を下せないがやるべきことは変わらない。

 

「はははははは!手も足もでないか哀れだ!」

 

うるせぇな。ただ相手の出方を伺っているだけなのにアイスリンガーはそれを、大口を叩いた癖にまともな戦いができない奴と認識しているようだ。

 

相手の考えを理解しようとしない輩が私は嫌いだ。自分の考えが何より正しいと、自分に溺れているような存在が気にくわない。

 

「ガアアァァァァ!」

 

デモウラが振り下ろした右腕がヤンを叩き潰した。

 

「おい!」

 

黒崎がその様子に驚いて声をあげる。石田や茶渡もさすがのことに声をあげるまではしていないが、驚きが表情に表れている。

 

「ふはははは!…アアァァァァァ!」

 

笑い声をあげていたデモウラが、いきなり右腕をおさえて叫び始めた。見れば手首から先がなくなっている。まるで鋭利な何かで切り落とされたかのように。

 

「潰すつもりだった?残念。その程度では潰れないよ」

 

砂煙の中から、死覇装がところどころ破れた無傷の姿で現れる。あれほどの攻撃を喰らっても、服以外に怪我は特にない。短期間で鍛えられて成果だろう。

 

「なるほどな。掌に霊子を集めて威力を上げるか。まともに喰らってようやく理解できた。でもその程度じゃ殺せないな。これ邪魔だから脱ぐし」

 

私はボロボロになった死覇装を脱ぎ捨て、彼らと初めて出会った頃の服装になる。

 

「やっぱこっちの方がしっくりくるな。さてと、終わらせてもいい?」

「ガアァァァァ!」

 

私の問いに言葉ではなく行動で示したデモウラに、冷静にその行動を見つめた。猛禽類のように虹彩が鋭く細めると同時に、私は後頭部にさしていた短刀を引き抜き、デモウラを一閃した。

 

アイスリンガーや黒崎たちが何が起こったのかを把握したのは、デモウラが炎によって燃やされ、姿がなくなってからだろう。

 

「…何が起こった?」

「斬った、のか?」

「まるで手足のように無駄な動きがない…」

 

3人は目の前で起こったことが現実なのか理解できずにいる。斬られたことで消えたのは理解できたが、何度斬られてどこを斬られたのかはわからない。

 

わかったのは、私の腕前が無視できるものではないこと。そして仲間として必要な戦力になること。

 

それだけの腕前を私は示せたはずだ。

 

「あとはお前だけだな」

「…ふ、ふはははは!デモウラを倒せた程度で傲るか?私はあいつより遥かな高みにいる!故に貴様らを倒すのは不可能ではない!私はアイスリンガー・ウェルナール。喰らえ、《翼状爪弾(ウニャ・ティロテアル)》を!」

 

振り向き、投降を促す発言したがアイスリンガーは意に返さず、敵対することを続行した。背中から生える爪のようなものから、針のような鋭利なものを大量に撃ってくる。

 

それを刀を振るうことで私はすべてを弾いていく。発射速度も装填速度も遅い。これなら桃の《鬼道》の方が格段に速く感じる。

 

「ほう、すべての《爪弾》を弾こうというのか!?単純明快な回答だ!無理・無茶・無謀を知っていながら向かってくるとは良い心掛けよ!だがせいぜい足掻くといい!私の《爪弾》の連射弾数は102。いつまで保つか根比べといこうじゃないか!」

「…うるせぇよ」

 

長ったらしい台詞にイラついてつい本音を口にしてしまった。雷蔵からは口の使い方を直せと言われているが、無意識で素の性格が表れてしまうことは誰にでもあるはずだ。

 

それは雷蔵も例外ではないはず。ならば少しは許してくれるだろう。

 

「何?」

「うるせぇって言ったんだ。格好つけて長ったらしい言葉使って自分の方が強いって示したいんだろう。だが私はそれを否定する」

「貴様!」

「その言葉を使えるのは、相手より自分が強いときだけ。相手の実力を計れないようじゃ番人失格だ」

 

次第に私の剣速がアイスリンガーの《爪弾》の発射速度を越えていく。越え始めると私の足はアイスリンガーに近づいていく。

 

「私はここにくるまでに戦う術を叩き込まれた。そもそも私は近接戦闘を得意とする。遠距離からの攻撃に弱いことは、始めから自覚していた。雷蔵がその穴埋めを教えてくれた。それが私がこうしてお前の攻撃を防いでいる現実だ!」

 

短刀を。いや、《焰王(えんおう)》を私は一閃する。それだけでアイスリンガーを斬り刻んだ。刃に仕込まれた焰によって切り口が燃えていく。

 

「馬鹿な…」

「馬鹿でもなんでもない。これが現実だ」

 

燃えながらも負けたことを認めようとしないアイスリンガーに、私は冷めた視線を向ける。負けたことを認めないのは、未だに自分が未熟である証だ。

 

あの日、雷蔵に拾われた私はこの戦いに負けたのだと認識した。ここにいる滅却師の石田と謎の力を使う茶度によって。

 

草冠の命令で殺せと命じられながら、その役目を果たせなかった。だが今ではそれで良かったのだと思える。あの時、私とインが2人を殺していたら今こうして会うこともなく、協力して戦うこともなかった。

 

そして100%ではないだろうが、ある程度は信頼してくれることに嬉しさを感じる。そしてそれは〈尸魂界〉に住む者、関わりがある者にもそうだ。

 

失いたくない、失わせたくない。そう思って拾われた日から力をつけようと必死で鍛えた。恩を仇で返さないように、期待に添えるような腕前をつけると。

 

最初は忌避するような視線を向けられたが、期待以上の成績を残すと次第に向けられる視線は変わっていった。〈十番隊〉の隊士から向けられる視線は未だに微妙だが、隊長が親しげに話してくれるので今は落ち着いている。いつかは仲を改善したい。

 

親しげといえば、桃が雷蔵と楽しそうに話しているのを見るとなんだかもやもやとするのだ。何故か羨ましくなって、雷蔵にかまってもらえると落ち着く。そして落ち着くのと同時に、胸にじんわりと温かい何かが流れ込むような感覚に苛まれる。

 

その訳を聞きたいのだが、なんとなく恥ずかしくて聞けなくてずっとこのままの状態だ。原因を解明できる時がくればいいのだが。

 

話が逸れた。ようするに私が言いたいのは、さっさと敗北を受け入れて地に沈めということだ。

 

「崩れてるぞ!」

「この程度の振動で崩れるはずがないのに!?」

「…解けたのだ」

「解けた?一体何がだ?」

 

アイスリンガーの言葉に、茶渡は不思議そうに問いかける。

 

「私とデモウラはここの番人。我々の存在理由は、侵入者の排除または(虚夜宮(ラスノーチェス)への侵入防衛。我々の存在は鍵となり、ここの基盤を支える要だ。片方が消えれば基盤は不安定になり、2つ消えれば崩壊。鍵が2つ消えると、その定義は破綻するように設計されている。…逃げろ。今ならまだ間に合うはずだ」

「…愉快じゃないな。出るぞ!」

 

天井が崩れ始める前に、私は3人を連れて階段をかけ上がっていった。

 

 

 

走り去る4人を見送りながらアイスリンガーは呟く。

 

「私は貴様らを恐れた。恐怖から生まれたにも関わらず恐れた。だが忘れるな。藍染(・・)は何も恐れない。恐れぬから我々はついていこうとする。希望の星を失った私もそれにすがるしかなかった。我々にとって恐れのない存在は、月のように明るくそして眩しい。それを忘れないでほしい。ヤン様(・・・)私の元主(・・・・)よ…」

 

主が去っていった階段へ、残りわずかな力を振り絞って伸ばす。だがその腕は崩落した岩によって潰されてしまった。

 

「我が主に勝利を…」

 

最後に生涯初めて仕えたいと思わせてくれたヤンに、再び(・・)会えた喜びを感じて、アイスリンガーは眼を閉じた。

 

 

 

次の瞬間に22号地下通路は砂と岩に埋もれ、二度と使い物にはならなくなった。

 

 

 

 

 

 

「あれ?予定外なんやけどええかな。気付いてほしかったんやけどまだ無理か」




今回はヤン視点でいっています。流れは原作と変わっていませんが楽しんで貰えたら嬉しいです


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22

一週間で書けたぁ!

前話投稿したらお気に入り数が減った…。でも作者はめげない!諦めない!

読んでくれる人がいるから!


地面に倒れ込んだ私を見下ろす数多くの影。その眼は弱気者には立つ資格無しとばかりに、嘲笑い見下す視線しかない。

 

弱者には生きる価値がないのか。弱者は命を持っていてはいけないのか。

 

そんなことばかりが、血まみれになり生きる気力を失った私の頭の中に浮かぶ。

 

どれだけ強くなろうと願っても限界がある。同じ存在であったはずの名も知らぬ存在が自分より上に立っている。それがどれだけ苦痛か。何故自分は同じ場所に立つことができないのか。何故生きたいと思うことがダメなのか。

 

その理由を教えてほしい。

 

この汚れきった世界を。腐りきった時代を修復させることは可能だろうか。

 

最後の気力を振り絞って、玉座に座る死神(・・)を見る。

 

左手でほおずえをつき、不気味に笑みを浮かべながら陶器のように冷えた視線を私に向けている。

 

『用済みだね。誰か破棄を頼むよ』

『はい』

 

喉元に穴が開いた(・・・・・・・・)白い人物が、私を片手で持ち上げる。そして近くの窓から外へ放り投げた。

 

落下しながら小さくなってく先程までいた場所に手を伸ばす。

 

二度と戻ることのできない場所に未練があるのか。内心で自虐的に笑。微笑む

 

『藍染…』

 

主犯の名前を呼ぶと私は現実から意識を手放した。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

崩れ始めた22号地底路から脱出した一護たちは、目の前に広がる景色になんとも言えない表情で見ていた。

 

「白くて何もないんだな」

「それに霊子濃度が濃い。僕にとってはとても好ましい環境だね」

「滅却師は自らのではなく、周囲から霊子を吸収して戦う種族だからな。〈虚圏〉のほうが戦いやすいのは事実だが。それは虚や《破面》にも言えることだ」

「む…」

 

会話をしている合間にも、チャドは左手をしきりに気にしている。握っては開いてを繰り返し、違和感を感じているのか普通の様子ではない。

 

「どうした?茶渡泰虎」

「なんだかな違和感がある。ただそれだけだ」

「違和感?」

「何かが身体の中から溢れだしている。そんな感じなんだが俺にもよくわからん」

 

本人にもわからないとなるとお手上げである。そもそも虚に近い存在である自分が、人間にあるまじき能力を得た彼の力を理解できるとは思っていない。

 

知識を持たない自分が理解できることといえば、今の〈虚圏〉の在り方が間違っているというその一点のみ。何故間違っていると言えるのか自分もわからない。ただ《破面》を見る度に頭痛がするのだ。

 

胸にもやもやとする何かが溢れてどうしようもなく倒したくなる。それが何によるものなのか思い出せない。此処にいた(・・・・・)のではないかという根拠のない理由だけが渦巻く。

 

空気をゆっくりと吸う。ほのかに甘酸っぱいものが胸一杯に広がり、郷燥に似た感情がわき上がってくる。

 

「なんだあれは!?」

 

一護が指差す先には、フード付きマントを着た背の低い何かを、2体の人影と蛇に似た生き物が追い掛けている。

 

叫び声を上げているのは、殺されることを予想しているからなのか本気だ。だがヤンは追い掛けている2体の人影と生き物を見て、あることを思い出した。

 

あれは…。

 

「取り敢えず助けるぞ!」

「ちょっとま…ああもう!」

 

思い出して声をかけようとすると、すぐに走り出した3人を追い掛ける。せっかちというのは、こういうところで面倒なことを起こすものだ。

 

 

 

「やめれ~やめてけろ!」

「やめろ!」

「ほげ!」

 

追いかけていた2体と謎の生き物を牽制している一護と雨竜に、フードを脱いだ人物とヤンが仲裁に入る。人物の方は口だけだったが、ヤンの場合は肘打ちつきだったので、一護はその痛みに転げ回っている。

 

「…逆らわない方が身のためだね」

「む」

 

眼鏡を押し上げながら悟ったように言う雨竜に、チャドも同感らしく深く頷いている。

 

「ネル、久しぶりだ」

「あ、ヤンでヤンス!」

「これはこれはお久しぶりですヤン様」

「ヤン~!」

「バワバワ!」

 

感動的な再会を果たしている4人に、一護たちはどう声をかければ良いのか迷っていた。

 

「なんだこれは?」

「…干渉しない方が身のためだ」

「ヤンでヤンス…ふ」

「茶渡くん、君は真似しなくていいんだよ」

「む」

 

ヤンスが気に入ったのか、チャドが真似ると雨竜が正気に戻した。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

ヤンとフードつきマントを着た虚の絡みを、少しだけ傍観していた3人は疑問を口にした。

 

「で、一体どういう関係なんだ?」

「ネルたちは私の命の恩人だ。血まみれで倒れていた私を保護して世話をしてくれた」

「血塗れ?なんかあったのか?」

「わからない。気がついたときには血塗れで外に倒れていたらしい。そこを偶然通ったネルたちが親切にも治療してくれた。敵しかいないこの世界で、自分たちの安全より私の治療を優先したバカだ」

 

ヤンはネルの頭を優しく撫でながら口をほころばせて話す。その様子は、子をあやしている母親のように穏やかだ。見ていて心が安らぐ光景だった。

 

ヤンの口にしたバカとは決して悪い意味ではない。物好きだなという半ば呆れながらも喜びを感じている様子だ。

 

「ネルは《破面》のネル・トゥと申スまス」

「兄のペッシェです」

「同じく兄のドンドチャッカでヤンス」

「「「そしてペットのバワバワっ!」」」

 

自己紹介がなんともシュールなのだが、後ろではチャドがまたもやヤンスに反応して笑いを堪えている。

 

「…再会はともかく、〈虚夜宮〉ってところに行きてぇんだがどうやって行けばいい?さっきから見えてっけど近付ける気がしねぇんだ」

「目測では近く感じますが、実際の距離は計り知れません。ご覧下さいあの建物の近くに生える木々を」

 

ペッシェが指差す方向に眼を向ける。近くに生える木々は自分達とほぼ同じ背丈だが、建物付近では小指ほどの大きさにしか見えない。

 

「こうして見るとかなり小さく見えますが、本来の大きさはここらのと同じ高さです。それだけここからあの場所まで距離があるということです」

「僕の飛廉脚と黒崎の瞬歩ならある程度の時間で済むが、茶渡くんがついてこれなくなる。どうする黒崎」

「バワバワってやつは早いのか?」

「覚醒している茶渡泰虎の走る速度よりは速いが、滅却師や死神よりは遅いな」

 

ヤンの説明に一瞬迷った一護だったが、それで行くことを決めた。

 

 

 

「ところでなんで〈虚夜宮〉に行くっスか?」

「仲間を助けるためだ」

 

一護は迷う素振りを一切見せずに言い切った。

 

「それだけですか?」

「十分すぎる理由だ。仲間ならどこにいても助ける。それが俺たちのやり方だ」

「相手が望んでなくてもヤンスか?」

 

ドンドチャッカの予定外の質問に、一護がだしかけた言葉を飲み込む。それはどんなつもりで飲み込んだのかは、本人にしかわからないことだ。

 

「あいつが、井上がそんなこと思うはずがねぇ。助けを求めるはずだ。いや、求めてるはずだ。それにあいつが望んでなくても俺たちは連れ帰る。あいつがいるべき場所はここじゃなくて〈現世〉だ」

「ヤン様はどうしてですか?」

「本来はこいつらの誘導が目的だったが、ここに来てからなにやら頭が痛む。体調不良という意味合いではなく、何かを思い出そうとしているそんな感じの痛みだな」

 

今も鈍痛を感じるのか、せわしなく額に手を当てて耐えているようだ。

 

「痛みだって?どんな痛みなんだい?」

「チクチクと刺すというよりつつくような感じだ。気にすることはない。すぐ収まるさ」

 

ヤンが無理矢理に作った笑顔を見て全員が大丈夫ではないと思ったが、心配すればヤンに余計な負荷を与えると思い何も言わなかった。

 

聞いた雨竜ももう少しだけ聞いておくべきかと思ったが、気分を害してまで聞くべきではないと自分に言い聞かせた。来る頃は冷たかったというのに、今は仲間として受け入れているように見える。強さを見たからなのか。ヤンの魂の叫びを理解したのか。

 

それは雨竜にしかわからない。

 

ペットのバワバワに乗って移動していると、目の前に巨大な砂が建造物のように突如立ちはだかった。

 

「は?」

「…歯ではなく砂だぞ黒崎」

「デカい…でヤンス…む」

「茶渡くん…」

 

突っ込むことで自分の動揺を隠す雨竜だった。

 

『我が名は〈白砂の番人〉ヌルガンガ。今し方〈虚夜宮〉より侵入者アリとの報が入った。よもやぬしらのようなガキとは思わなんだな』

「戦闘力は年齢イコールではないぞ」

『ぬ?おうおう、そこにおられるのはヤン殿(・・・)ではないか。息災か?』

 

ヤンを含めて全員が首を傾げる。さきほどまでの威圧感が消え、若者を可愛がる老人のように優しい雰囲気に変わったのだ。

 

「知り合いか?」

「知らん。私の記憶にはない」

『記憶喪失とな?なんとも悲しきことよ。それほど時が経っていなくとも、我の中には深く刻まれておるわ』

 

砂で形成されているはずの顔には、どこか愛嬌が加わったような気がする。

 

「悪いが私には貴方と関わっていた頃の記憶はない。邪魔をするのであれば排除するのみ」

 

ヤンが後頭部に挿していた短刀を抜刀する。それに合わせて一護が斬月を、雨竜が零弓〈銀嶺孔雀〉を、チャドが右腕に鎧を発現させる。

 

ネルたちはバワバワの背中に可能な限りへばりついているが。

 

『潔し。敵の大きさに怯えず、立ち向かうことを選んだことは称賛に値す。だが砂でできた我〈白砂の番人〉ルヌガンガを倒せるとでも?』

 

3人がどう攻撃しようか迷っていると、ヤンが刀身に焰を纏わせてルヌガンガに歩いていく。焰が放つ輝きは、ヤンの意思が宿っているかのように鮮やかでまた力強い。

 

「…砂の昇華温度は約1000度。私の《焰王》の温度は計測不能だ。だが砂の昇華温度より高いのは確定事項。それでも私と交戦するか?」

『我の受けた命は〈侵入者を排除せよ(・・・・・・・・)〉であった。だがその主犯がヤン殿であれば、排除の意味は無し。侵入者というのは藍染以下2名(・・・・・・)のことである。故に!我はぬしらと敵対するつもりはなし』

「…一件落着だね」

「「一護!」」

 

安心していると、右方から馴染みのある声が聞こえてきた。顔を向けると、勝ち気な容姿の女性と赤の長髪をした男性が笑みを浮かべている。

 

「ルキア!恋次!…はぶ!ぶお!」

 

ルキアから顎に向かって正拳付きが放たれ、その後に恋次からの左フックにK.O.された一護は、地面に倒れ込んだ。

 

不意討ちを喰らっては、彼らより霊圧が高い一護でも無事では済まないらしい。

 

「たわけ!何故我々が行くまで貴様は待てぬのだ!」

「一護、俺もルキアも行くつもりだった。置いていかれるのは耐えられねぇぜ。俺たちは仲間だろ?」

 

恋次の言葉に一護は自分の判断ミスを恥じた。織姫の救出のことだけを考え、戦力になるはずの2人を蔑ろにしてしまった。仲間の援助を待たずに何を救出だろうか。仲間であるのならば協力するべきだったのだ。なのに、自分は自分の欲に負けてしまった。

 

自分に正直であれと言うが、それは決してすべてを受け入れろというわけではない。自分の考えが気持ちがすべてではないのだ。

 

「…悪い。俺の我が儘がお前らを不快にさせたことを謝る」

「たわけ、その言葉を聞きたいのではない。他に言うべき言葉があるであろう」

「ああ。行くぜルキア・恋次!」

「「ああ(おお)!」」

 

2人に声をかけ目の前にある〈虚夜宮〉の壁へと肉薄する。壁は〈殺気石〉でできているわけではないようだ。

 

〈殺気石〉とは、霊圧を完全に遮断することのできる希少な鉱石のことである。

 

力技でいけるということは。つまり〈ゴリ押し〉。

 

「《月牙天衝》ォォ!」

「《吠えろ【蛇尾丸】》ゥゥ!」

 

一護と恋次が技を放つと激震が周囲を襲い、亀裂が数多発生した。技が直撃した部分は派手に崩れ落ちる。空気が流れ込んでいるところを見ると、内部まで貫通したようだ。

 

ヤンを先頭に中に入っていく。中は暗いが道が直線になっているので、前の人を見失うということはなさそうだ。

 

しばらく走っていると抜けたのだが、空間が広い分余計に暗く感じる。どうしようかと悩んでいると火が灯り、辺りを明るく染め上げる。

 

「歓迎されているようだな」

「んなわけあるか」

 

ヤンの冗談に一護が乗る。明るく照らし出された空間に6つの入り口が設けられていた。敵を分散させるために造られたようだが、どれからも尋常ではない霊圧を感じる。

 

「虱潰しに端からあたっていくより、1人ずつ別の入口を通るのが得策だろう。各々一番近くの入口の前へ」

 

それぞれが入口の前に立つとルキアが呟いた。

 

「ここで我々は別の場所へと向かうことになるが恐れるな。ここにいるのは腕の立つ者だけだ。仲間の力を信じ、己のやるべきことをやり通せ。それが我々の勝利に繋がる」

「死ぬなよ黒崎一護。お前が死ねば、井上織姫を救出する可能性は皆無だ。力の出し惜しみは自身の勝利を揺るがすばかりか、仲間を危険にさらすことになる」

「…わかってる。今回は出てくる敵を端から全力で叩く。ウルキオラだろうがグリムジョーだろうが倒す敵に変わりねぇ」

 

一護の覚悟に全員が淡い苦笑を漏らす。そういう奴なのだ。黒崎一護という人間兼死神代行は。

 

覚悟とそれを実現させる力の双方を持つから頼りたくなってしまう。それが彼の力になるとわかっているから。

 

全員が同じタイミングで入口に飛び込んだ。

 

 

 

私が入った通路からは、霊圧をまったくといっていいほど感じなかった。選んだ入口は偶然であるからして、敵がそれを予測していたとは考えにくい。

 

誰がどこを走るかなど予想などできるはずもない。そういうことしていたとすれば、敵は私たちの行動を逐一把握しているということになる。

 

今のメンバーのなかに内通者がいるとは考えられない。

 

死神代行の黒崎一護は井上織姫の救出が目的だし、滅却師の石田雨竜と謎の力を持つ茶渡泰虎も同じ。

 

〈尸魂界〉からの援軍である2人の死神は、そのようなことをする人間性を持っていない。

 

ネルたちだってそんなことをできるほど力があるわけでも、頭の回転が速いわけでもない。消去法で考えると偶然。自分が誰もいない通路を通っているということになる。それはそれで構わないのだが、なんとなく違和感を感じる。

 

何故ひとつだけ誰も配置されていないのか。

 

私の疑問は目の前に現れた男によって明らかになった。

 

「待ってたでヤンちゃん」

「…市丸ギン。雷蔵の親友であるくせに裏切るとは何様のつもりだ!」

「本意ではなかったんや。ただ雷蔵さんより大切なもののためにしたんやで。仕方なかったんや」

 

言葉を返す市丸ギンの表情は苦しみに満ちている。私からすればそう見えたが、雷蔵が言っていたように、本心から口にしているのかはわからない。

 

「ついてきて欲しいんやけどええかな?」

「背後から突き刺すかもしれないぞ」

「それは困るなァ。でもそれはそれでありかな」

 

そう言って市丸ギンは私に背を向けて奥へと歩きだした。その無防備な背中に剣を突き刺すだけでいいはずなのに、私にはそれができなかった。

 

背中から哀愁に似た何かを感じたからだ。

 

ただただ白い石。石灰岩によって造られた通路を無言のまま歩く。景色が変わらなければ興味も薄れ、どれほど時間が経ったのかわからない。

 

「ヤンちゃんはここのこと知っとる?」

 

馴れ馴れしく私の名前を呼ぶことに鬱陶しく感じる。

 

「こことは?〈虚夜宮〉なのか〈虚圏〉のことなのか」

「どっちもやね。まずは〈虚圏〉から」

「虚が住まう世界としか知らない。私にはその知識が皆無だ。雷蔵から教えられたこと以外何も知らない」

「その考えでええよ。〈虚夜宮〉のことは?」

「それがここのことを言っているのであれば、知らないの一言だ。雷蔵に救われる前の記憶は、草冠に従わされる少し前からのことだけ。自分がどのような存在だったのか。どのようにして生まれたのか。どのように生きてきたのかわからない」

 

草冠に従わされる前のことは何も覚えていない。

 

覚えているのは僅かに2つのみ。

 

気が付けばネルたちに助けられていたこと。

 

既にインを従えていた草冠に敗北したこと。

 

「着いたで。言われた通り連れてきましたよ」

「ありがとうギン。ようこそ我が〈虚夜宮〉へヤンくん。いや、お帰り(・・・)と言うべきかな?」

 

とても広い空間にいた男の声、霊圧を聞いて感じて名前と顔が一致した。

 

「あ、藍染、惣右介…」

 

私を陥れた張本人が、1人の女性を背後に立たせて私の名前を口にした



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23

なんだか久しぶりな気がします。他の方に書く力注いでたらあっという間に時間が…。

今回は短いですが何とぞよろしくお願いします。


藍染惣右介。その男は〈尸魂界〉を裏切った大罪人であり、私を〈虚夜宮〉から排除した死神。

 

何故あいつが私を〈虚夜宮〉から追放したのか。その理由はわからない。あるとすれば、力なき者には存在価値がないということくらい。ゴミのように捨て去ったというところか。

 

それならばまだわかる。何故なら〈虚圏〉は強者が全てを手に入れる弱肉強食の世界だからだ。それを藍染が一番わかっている。あいつはどの死神よりも、虚よりも上の次元に存在する超越者になりえる。いや、もうなっているかもしれない。

 

雷蔵でも敵わないと思わせるほどの圧倒的な存在感。霊圧が存在密度が桁違いに巨大だ。この男は一体何を求めているのだろうか。

 

これほどまでの強者にありながら、それ以上の力を求め続ける理由とは。私は雷蔵の手足となって動くことを自分の使命としている。力を持つことを望むことがあっても、それ以上の存在になりたいとは思わない。

 

あつかましいのだ。〈尸魂界〉と敵対した自分が、そのような想いを抱くことさえ間違っているというのに。あまつさえそのような馬鹿げた考えを思いつくなど想像したくない。

 

「さて、君たちをここに連れてきたのはこれを見てほしいからだ」

「その前に藍染、何故お前は〈尸魂界〉を裏切った?貴様を信頼してくれている部下や同僚の思いを踏みにじってまで、成し遂げなければならないこととはなんだ?」

「その問いは正しくないね。私は裏切ったのではなく君たち(・・・)が私の考えを理解していなかったというだけだよ。私が自分から裏切ったわけではないさ。それから部下や同僚の思いと君は言ったが、私からすればそれはまやかしのものでしかない。あるのは現実と野望、その2つだけだ」

「ゲスが」

 

藍染は私の質問に、本心からなのかわからない言葉を返してきた。100年間の長きにわたって自分の計画を露見させることなく、完遂させてきているこの男の言葉を果たして信用できるのだろうか。

 

こいつが嘘をついて翻弄させようとしている可能性もある。反対に本当のことを言っている可能性もある以上、私1人で答えを出さない方が適当だろう。

 

藍染は無表情の笑顔を浮かべながら、床と平行に掌を下に向ける。すると筒上の何かがせり上がってきた。藍染が右人差し指を伸ばし筒の最上部に触れると蓋のようなものが移動し、中にある何かが露になった。

 

それを視界にいれた瞬間、私ともう1人の女の身体が震えた。異質なそれでいて膨大に溢れる《力》。なのにまるであるのにないように(・・・・・・・・・)感じる不気味な物体。それが何であるかを私は即座に予想した。

 

「…解るようだね。そう、これが〈崩玉〉だよ。今は瞬間的覚醒を繰り返したことでやや衰弱しているが。確実に完全な覚醒へと進んでいる」

「今壊せばそれは無理だろう?」

「破壊できるのであれば、私が手に入れるまでに浦原喜助が既にしている。だが今は私が所持している。これがどういう意味かわかるかな?」

「…浦原が破壊する方法の模索中に貴様に奪い取られたか?」

「聡い子だねヤン。君の考えは的を射ているが残念だ。答えは否だよ。浦原喜助は自分が作り出した〈崩玉〉を破壊する方法を見つけられなかった。悪用されることを恐れた彼は、壊すのではなく隠す道を選び、その隠し場所が朽木ルキアの義骸だった」

 

この大きな事件は浦原喜助が原因であるのは確かだ。

 

だが浦原喜助は決して藍染のように自分の欲のために使うのではなく、〈力〉を持てずに苦しんでいる死神に、その機会を得られるよう研究していたのだと私は雷蔵から聞いている。

 

マイペースで周囲を迷惑させる輩だが正義感もあり、誰より物事を見る能力に長けている。雷蔵の経験談だからその評価に間違いはない。だからといって浦原喜助の罪が消えるわけではない。もしかしたら他の方法で力無き者を救えたのかもしれないから。

 

だがそれでも〈崩玉〉を作り出し、藍染に奪われるようなことがなければ上手くいっていたのかもしれない。

 

これは仮定論であって、実際はこうして最大の問題となっている。

 

「虚の《破面化》、〈王鍵〉の創生。どちらも〈崩玉(これ)〉なくしては成し得ない。これを君たちに見せたのは私からの信頼の証だよ」

「…敵である私に見せてなんのメリットがある?むしろ危険しかないだろう」

「私は信頼している者にしかこれを見せない。それで十分だよ」

 

藍染はそれだけを告げて〈虚夜宮〉の奥へと入っていった。

 

 

 

それから私は喉元に穴が空いた(破面)《・・・・・・・・・・・》に、もう1人の女とともに部屋へと移動させられた。その《破面》の顔には見覚えがある。感情を一切持たない能面の顔。細いはずなのにその漏れだす霊圧は異常値。

 

それでいて不思議と懐かしい(・・・・・・・・)

 

それだけでこいつを思い出す条件には十分だった。

 

「お前もここで大人しくしていろ。問題を起こさなければ貴様らを縛る鎖はない」

「随分と出世したものだなウルキオラ(・・・・・)

「貴様も墜ちるところまで堕ちたな。死神の下につくなど、弱き者にはありがたい温情だろう」

 

ウルキオラは冷たく良い放つと、部屋のドアを閉めて出ていった。

 

そのドアを壊すこともできた。しなかったのは、面倒事を起こして黒崎一行に迷惑をかけたくなかったからだ。余計なことをしてしまえば仲間であるあいつらを、処罰するために《破面》が討伐に向かってしまう可能性がある。

 

だから今はこうして大人しくしているしかないのだ。

 

「〈崩玉〉のことどう思います?」

「藍染の言葉のことか?十中八九そのままの意味で言っているはずがない。私は雷蔵の手足であって、あいつの仲間ではないから信頼に足るとは思えない。さらに言えば、お前も人質に近い存在だからあいつの仲間であるとは言えない。その白い服(・・・)を着ていたとしても」

「このことを知っているということは、こちらにいたことがあるんですね?」

「嫌な記憶だがな」

 

井上織姫の言葉に、私はため息を吐きながら何もない真っ白な天井を見上げる。

 

そう私はかつてこの虚圏にある虚夜宮にいた。

 

だがその頃の記憶は未だに不鮮明なままだ。此処にいたという記憶があっても、その頃に何をしてどのように暮らしていたのかということは思い出せない。

 

記憶に鎖が巻かれ、檻の中にある。手を伸ばしても決して開けることができない。

 

私は藍染の手によってここを去らなければならなくなった。直接でないとはいえ、命じさせたのだからあいつにされたと言っても間違いではない。

 

記憶にある倒れた私に悲しげな視線を向けていたのは誰なのか。それは私と何か関係があるのか。疑問は尽きずむしろ増えていく気がする。だがそれも今は一旦棚上げにして、どうやって〈崩玉〉を藍染から奪い返すかが問題だ。

 

何しろあいつにしか扱えない代物なのは、一目見ただけでこれでもかとばかりに身体で感じた。そしてそれを床から取り出せるのも藍染ただ1人。

 

故に次に藍染が取り出した瞬間こそが最初で最後の機会。藍染がそのことを危惧していないはずもないので簡単ではない。周囲には《十刃》・東仙・市丸もいるだろうから奪い取れたとしても、逃げ出すことは不可能だ。

 

この命と引き換えに〈崩玉〉をどうにかできるのであれば、少しは罪を償えるかもしれない。そんな自分に都合の良いことを考えて自嘲の笑みを浮かべる。

 

それを同じ部屋にいる井上織姫は心配そうな表情で私を見ていた。

 

 

 

ヤンと織姫を織姫の自室に連れていったウルキオラは、右手首に謎の痛みを感じていた。痛みとはいえそれは怪我や病気からのものではなく、自分にはないはずのあるものからだった。

 

人間の1つの死の形である《虚無》を司るウルキオラは、その右手首を左手で抑えながらその痛みを懐かしむように歩きだす。その顔には決して見せないはずのものが。彼にはないはずの感情(・・)が極わずかに滲んでいた。

 

「運命か…そんなものはまやかしだと思っていたがこうなるとは。何も感じず感じられず生きている俺にも、微塵はあるようだな」

 

歩くウルキオラの足取りは幾分か軽くなっていた。その様子を壁に隠れて見ていた者がいたことに、ウルキオラは気付くことはなくその場を去る。

 

「ウルキオラぁ、お前があいつらにどんなことをさせようと考えてるか知らねえが俺は邪魔するやつは殺すぜ。そいつとどんな関係があろうとな」

 

細身で背の高い男は、ウルキオラとは反対の方向へと足を向けた。




なんとなく似てる気がするんですよね2人は。

誰とは言いませんがわかってくださる方にはたぶんという形で理解されているかと思います。

ウルキオラさんは物静かで見てて癒されます。


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24

1ヶ月ぶりの投稿なのに話が進まない。


一護一行が〈虚圏〉に向かってから、雷蔵は未だ冬獅郎と剣を交わしていた。

 

「《群鳥氷柱》!」

 

氷の翼を纏った冬獅郎が叫ぶと、刀身から無数の氷柱が飛び出し、地面に着地する寸前の雷蔵に向かって飛翔する。手をついて着地したことで雷蔵の反応が遅れた。数個を《雷天》で弾いたが、全てを躱すことができず身体に直撃する。

 

直撃した部分から氷が服を覆い始め、みるみるうちに上半身を覆っていく。

 

「これで終わりだ雷蔵ぉ!《竜霰架》!」

 

冬獅郎は翼を強く羽ばたかせる。速度を上げて身動きのとれない雷蔵に向かって突撃した

 

「なんのこれしき。はぁ!」

「何!?ぐあぁぁぁ!」

 

霊圧を爆発的に全身から放出することで、身体を覆っていた氷を吹き飛ばしす。突き出されていた《氷輪丸》の側面を、《雷天》でこすりあげ軌道を僅かに逸らす。かなりの速度で突っ込んできていた冬獅郎は、重心を崩され無防備に懐を開けてしまっていた。

 

その隙を逃すはずもなく。雷蔵が右回し蹴りを喰らわせ、遙か彼方へと吹き飛ばした。

 

「甘いな冬獅郎!今度はこっちから行くぞ!」

 

雷蔵が左手で顔をむしるような動作をすると、獣のような仮面が現れた。先程放出させた霊圧とは桁違いの濃さと重さをもった霊圧が発せられる。周囲の景色が霞むほどの速度で吹き飛んでいる冬獅郎にも、その強さが明瞭に感じられた。

 

『ォ ォ ォォ オ オオ!《雷光迅(らいこうじん)》!』

 

獣のような唸り声を上げながら吹き飛ぶ自分より、遙かに上の速度で接近してきた雷蔵は、冬獅郎の上空から上段斬りを繰り出した。刃から放たれた斬擊は、小柄な冬獅郎を飲み込み地面を穿った。

 

『やり過ぎたな…」

 

顔をかきむしり《虚化》を解いた雷蔵は、いたたまれない表情で気絶している冬獅郎の側へと降り立っていった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「汗をかいた後の風呂は格別だな」

「…のぼせそうだ」

 

湯に浸かりながら嬉しそうな笑みを浮かべる雷蔵とは反対に、冬獅郎の顔は赤く眼は若干虚ろだった。氷を扱う冬獅郎からすればら40℃を超える湯を浴びるのは結構辛いのだ。大抵十番隊隊舎の隊長室で書類整理をしているほど熱に弱い。

 

まあ書類整理をしているのは普段からなので、それほど珍しいことではないのだが。

 

「聞きたいことがあるんだがいいか?」

「どうした?」

「雷蔵は雛森をどう思っている?」

 

予想外の質問に雷蔵は眼をパチクリとさせた。先程まで剣を交していたので、そのことを聞いてくると思っていたから余計に驚いていた。

 

「雛森をどう思うかね。これといって特別な思いはないさ。大切な仲間で部下ということぐらいしか思いつかない」

「あいつがお前のことを好きでもか?」

「雛森が俺のことを好きだと?そんなことがあるものか。俺なんかが人から好かれる性格でないのは自分がよくわかってるはずだぞ」

「気付いてないんだなお前」

「気付いていない?俺が?」

 

鈍感な雷蔵に俺は怒りより安堵を抱いた。雛森はまぎれもなく雷蔵に好意を抱いていることを知っている。俺だけじゃない。イヅル・京楽隊長・浮竹隊長・松本だって知っている。松本は例外としてカウントしても、〈護廷十三隊〉に所属する隊士の大抵が知っている。

 

露骨に好意を周囲に見せることもあるが、それより無意識に雷蔵を見ている表情が恋する乙女なのだ。

 

似た髪色の男がいれば眼を向ける。

 

声を聞いたり姿を眼にすると機嫌が良くなる事がざらにあった。本人がそれに気付いているかはわからないが。

 

ただ松本に対しては、人一倍対抗心を抱いている。魅力とかそういうことではなく、1人の女性としての対抗心を。松本は別に雛森の恋を邪魔しようとはしていない。むしろ後押しをしているが本心はどうなのだろう。

 

「雷蔵は松本が好きか?」

「乱菊は妹とか家族としての好意は抱いているさ。同じ屋根の下で短い間とはいえ、一緒に暮らしていたからな。だがあいつが本当に好きなのはギンだ。それは一緒にいたからわかる」

「…市丸の野郎は知っているのか?」

「さあな。あいつの本心を知ることができるのはあいつだけだ」

「…俺にはわからない。〈護廷十三隊〉に所属してからも、あいつのことは何一つ理解できなかった。いつも謎の笑みを浮かべて人を観察するあいつの人間性を」

 

初めて出会ったあの日だってそうだった。

 

 

 

 

 

『君が〈十番隊〉に配属された今年の〈真央霊術院〉首席 日番谷冬獅郎くんやね?』

 

十番隊隊舎に向かっていると、背後から声をかけられた。振り返ると、謎の笑みを浮かべる背の高い男の死神がいた。どことなく院で習った〈現世〉にいると言われている狐に似ている。細長い顔に糸のように細い眼。僅かに開かれた瞼。そこからは鋭い眼光が垣間見えた。

 

『…そうです』

『へぇ~、なかなか強い霊圧しとるね。稀に見る霊圧の強さって言われてる意味が理解できたわ』

『そんな噂になってるんですか?』

『卒業時に成績を残している子の噂ぐらい流れるよ。〈護廷十三隊〉にとっても大事な時期やからね』

『あまり目立ちたくはないんですが』

 

これは本心だ。目立つことは極力避けて生きていくことだけを望んでいた。そして目の前に立つこの男は底が知れないと思った。実力という意味合いもあったが、大半は「人として内心を読み取れない」というものだ。

 

『〈十番隊〉におるんやったら気ぃ付けや。乱菊は面倒くさがりやから』

『待ってくれ!あんたは誰なんだ?』

 

去ろうとする男に声をかける。

 

『〈五番隊〉副隊長 市丸ギンよろしゅうな』

 

狐顔の男もとい〈五番隊〉副隊長は、それだけを告げて俺の前から姿を消した。

 

 

 

 

 

俺は院にいる頃から孤立していた。誰も寄せ付けない成績を見ては、周囲が離れていくのを感じていた。

 

「天才」「怖い」「未来の隊長」「化け物」

 

といった正と負の評価を受けていたから、俺は他人を信用できなかった。

 

今は俺を信頼してくれる友人が2人いるが。

 

1人は同じ院で俺に声をかけてきてくれた青年。

 

もう1人は特別講師としてやってきていた、〈護廷十三隊〉の〈十一番隊〉三席の死神。

 

俺とは切っても切れない絆で結ばれた草冠と雷蔵だ。

 

俺を神童として扱わず、1人の人間として話しかけてくれた2人に救われた。それ以来、俺は人を信頼するという感情が大切だと思えるようになった。人と関わることで自分の弱い部分を補ってくれる気がした。互いが互いの短所を補い合い、長所をより高みへと至らせてくれるもの。

 

だが何故か草冠は消されてしまった。俺と同じ斬魄刀を手にしたというだけで、〈中央四十六室〉に抹殺された。

 

恨みがゼロだったわけではない。むしろ怒りが溢れていた。

 

勝敗が決していないのに所有者は俺だと決定された。…いや、勝敗は決していた所有者を決める前から既に。院で次席だった草冠の実力は、同期の中でも突出していたのは俺も隣で見ていたから知っている。

 

でも首席の俺とは天と地の差があったのも事実。

 

その時改めて、俺は自分という存在を許せなかった。草冠を護ることが出来なかった自分の弱さを呪った。願わくば草冠と共にこの世界から消え去りたい。…でもできなかった。死ぬことが怖かったのもあったが、それ以上に生きていこうと思った。草冠が歩めなかった残りの人生を自分が歩んでみせると。

 

〈十番隊〉三席になり当時隊長だった志波一心が行方不明となってから、俺は史上最年少の隊長となった。それから今までの長い間、俺を死神になることを勧めてくれた副隊長の松本と歩んできた。仕事をさぼる問題児だが絶大な信頼を置いている。

 

そんな松本は苦しんでいる。想い人が〈尸魂界〈〉を裏切っていたことを知らされれば、心を病まないわけがない。だから俺は市丸を許さない。

 

「ありがとうな雷蔵」

「いきなりだな。何に対してお礼を言ってるんだ?」

「俺が今まで生きてこられたのは、死神になることを勧めてくれた松本。院で俺に剣術を教えてくれたお前のおかげだ。恩を仇で返さないためにも俺はもっと強くなる。松本を雛森を護ってみせる」

「いいんじゃないか?誰かを護ろうとする人間は強い。今までできなかったこともできるようになることだってあるからな。…で、雛森が俺に好意を抱いていることを聞いてきたのは何でだ?まさか嫉妬か?ニヤリ」

「んな!?そ、そんなわけないだろ!」

 

深刻な話をしていたっていうのに、終わればなんてこと言いやがるんだ。確かに羨ましいと思わなくはないが、嫉妬をしているわけじゃない。断じて。

 

「いいことを聞いたな。乱菊に言っておくさ」

「させるか!《霜天に座せ【氷輪丸】》!」

「ここでやんのかよいいぜ!《蹂躙しろ【雷天】》!」

 

湯船近くに置いていた斬魂刀を手に取り、2人が《始解》すると温泉が半分凍り付き半分が電気を発し始めた。それを気にせず、下半身の大切な部分にタオルを巻いたまま戦闘を再開した。

 

 

 

喜助が食事の準備が整ったことを伝えに来るまで、壮絶な戦闘は続いた。気づいたい時には温泉が半壊していた。喜助はこれまでにない様子の〈勉強部屋〉の有様を見て撃沈するのだった。



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空座決戦編
25


テンポ良く話を進めていくので色々と内容がすっ飛んだりしますが無視してください。


空間に突如現れた黒い塊が、口を開けたかのように中心部分が開いていく。

 

「隊長格が勢揃いとはね。歓迎でもしてくれるのかな?〈尸魂界〉。いや違うな。こう言おうか未だに死神風情(・・・・)でいる諸君」

 

圧倒的な威圧感を放つ存在。抑えているわけでもなく解放しているわけでもない。ただそこにいるだけだというのに、押し潰されると誤解してしまうほどの圧力。

 

それを発しているのは、他でもない〈尸魂界〉始まって以来最悪の犯罪者藍染惣右介。

 

「きよったか藍染」

「久しぶりだね総隊長。いや、山本元柳斎。万全の状態と捉えても良いのだろうか」

「好きにせい。儂らの目的は貴様を殺すことで一致しておる。どうなろうと知らぬのでな」

 

謎の微笑みを浮かべる藍染。

 

怒りを抑え込み無表情を浮かべる元柳斎。

 

どちらが強いかなどどうでもいい隊長格は、既に臨戦態勢に入っている。短期決戦を望む〈尸魂界〉は、被害を最低限に押さえ込み元凶を滅することだけに動く。

 

「そういうことらしいよ要・ギン。では諸君らが望む短期決戦に敢えて応えよう。スターク・バラガン・ハリベル、おいで」

 

藍染が名を呼ぶと空に3つの空間が開かれた。面倒くさそうに割れ目から歩き出す長身の男、がたいが良く右眼に傷のある老人、そして露出過多で魅力的なスタイルを持つ女。

 

そして背後に立つ複数の影。

 

「それがお主が持つ最大戦力というわけか?」

「総隊長にしては早急すぎる質問だね。僕がそうだと言えば信じるのかな?」

「戯言を。そうではないと踏んで全員がきておるわ」

 

不愉快極まりないとばかりに、元柳斎が斬魄刀を収納している杖の先を宙にコツン、コツンとぶつけている。その様子に浮竹と京楽が苦笑していた。

 

「どうすべきなのでしょう隊長」

「戦闘では頭を叩くのが基本だけどなぁ。藍染の能力は未知数だ。効率よく行うなら、《十刃》を叩くのが定石かな」

「だが戦闘中に藍染が介入してこないという確証がない」

 

雛森の問いに雷蔵が答える。補足として冬獅郎が口にしたことが、《十刃》とその取り巻きを相手している間の危惧事項だった。藍染が介入しないと口にしたところで信用できない。《鏡花水月》の能力が発動している可能性がある以上は、誰であろうと自由には動けまい。

 

だがそれに影響しない存在がたった1人だけいる。〈現世〉という注釈がなければ、正確には2人だが今は1人だけということにしていた。それを気にする死神は此処にはいない。

 

「藍染を動けなくすればいいのじゃ。全員退がっとれ。雷蔵は前に話した通りに協力せい」

「かしこまりました」

 

元柳斎と雷蔵を除き、隊長・副隊長全員が背後にいることを確認すると、2人が斬魄刀を鞘から抜き出す。

 

「《万象一切灰燼と成せ【流刃若火】》!」

「《蹂躙しろ【雷天】》!」

 

元柳斎の全身から炎が溢れだし、雷蔵からは雷光が発せられる。炎による熱波と雷による麻痺を、同時に起こさせる余波を全員が感じていた。

 

「…これはまた凄いね彼は。もしかしたらもう既に技量だけなら負けてるかもよ?」

「彼自身は気付いてないだろうね。僕は病人だから比較対象にはならないけど」

「そんなこと言っちゃってぇ。本当は自分も負けたくないっていう霊圧が漏れ出してるよ~ん」

「そそそ、そんなことないぞ!」

「またまた~そんなこと言っちゃってさぁ」

 

楽しげに会話している京楽と浮竹を、冬獅郎は微妙な様子で見ていた。対照的に、乱菊と雛森は我が事のように胸を張っている。しかしその景観が対極なのは致し方ない。

 

暴力的なサイズを誇る乱菊。

 

控えめで大人しい双丘を持つ雛森。

 

見る者が見ればだらしなく顔を歪ませることだろう。

 

「羨ましいんですか?隊長」

「半々だ。羨ましくもあれば悔しくも感じる」

「隊長だってあの時より強くなっていますよ。落ち込む必要はありません」

 

そうだ俺はあの時より強くなっている。《卍解》の持続時間はこれまでと比べて、比較にならないほど増えている。霊圧も格段に増加した。だが依然として完全会得はできておらず、公言できるほどのものではない。

 

今日まで手を貸してくれた雷蔵には感謝してもしきれない。しかしその代償として、浦原喜助の住居の地下にある〈勉強部屋〉が、今悲惨なことになっているなど言えるわけない。だがそれを抜きにしても、あの短期間でここまで至れるなど想像していなかった。

 

〈勉強部屋〉の半分は修復中であるため、入場は規制されている。正確に言えば俺と雷蔵は当面の間立ち入り禁止なので、規制されていようと関係ないのだが。俺の《卍解》が強化されたことで、雷蔵にも眠っていた力が発言したのもまた事実。

 

そのおかげで浦原喜助からは、修復費を要求されることはなかった。

 

「ゆくぞ雷蔵!」

「御意!」

「ふんっ!」

「はあぁぁぁ!」

 

元柳斎が炎を纏った《流刃若火》を。

 

雷蔵が雷を纏った《雷天》を。

 

それぞれが一閃した。

 

炎と雷が融合した物質が、空間を焦がし妬きながら進む。《十刃》を除き、この場にいる首謀者及びその腹心を包み込む。一瞬にして、出入り不能な〈壁〉を造り上げた。

 

《城郭炎雷壁》と名付けられたこの技は、今回のためだけに元柳斎と雷蔵が試行錯誤して創られた。簡単そうに見えるがそう易々と発動できるわけではない。炎と雷は対極的な関係なため、接触するとプラズマを発生させ周囲に溶けて消えてしまう。

 

だが己の霊圧をそれぞれに纏わせることで、接触させることなく火傷と麻痺を同時に起こさせる技が完成する。2人の技量が合って為せるので、誰しもができるわけではない。

 

「容赦ないな総隊長と雷蔵くんは」

「それだけ2人とも我慢できないんだろうさ。さてと僕たちもやるしかないよね!あんな大技見せられたらさ」

「あっ、ちょっと僕を置いてくなんて酷くないか京楽!?」

「早い者勝ちだよ」

 

年甲斐もなくはしゃぐ古参であり〈尸魂界〉屈指の実力者2人が、〈護廷十三隊〉の誰より真っ先に敵へと駆け出していく。それを見て、我先にと戦闘へ参加していく血気盛んな死神たちなのである。

 

「まったく小童共がはしゃぎおってからに。〈尸魂界〉で造り上げた模造品を入れ替えたこの重霊地を壊すつもりかの」

「〈町の四方に柱を建てその柱の力で移動させる〉なんて誰も思いつきませんよ。それを考えつく喜助が異常と言えば異常です。そしてそれを嫌々と言いながらも、嬉々として完成させた涅も同様にですが」

「浦原喜助か。…100数年前の疑いを許してくれるかの?」

 

藍染の思惑によって冤罪をなすりつけられた浦原喜助と握菱鉄砕は、〈尸魂界〉を永久的に追放された。その判決を下したのは〈中央四十六室〉であり、いかに〈護廷十三隊〉総隊長でも異議を許されない相手なのだから、元柳斎が悔やむ必要はない。

 

だというのに元柳斎は、気付けなかった自分が不甲斐なく罪があると言っている。雷蔵にだって恨む資格はあるのだが、喜助と同様に藍染とは違い謀反は起こさぬばかりか、忠誠を揺るがせることはなかった。

 

だからこそ元柳斎は雷蔵に信を置いているのだろう。

 

「おうおう、そのような大事な話を敵の前でするとはの。うつけかはたまた腕を過信している故か知らぬ。儂からすれば、どちらにせよ潰すことに変わりがないがな」

 

見れば骨でできた玉座に座っている老人が、不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。その存在感は圧倒的で、雷蔵が羽織っている隊長羽織の裾を雛森が掴むほどだ。だがそれを前にしても元柳斎と雷蔵は、普段通りの表情でいるのが逆に不吉だった。

 

「その柱を壊せば取り戻せるじゃろうて。そしてその柱が置かれているのは、東西南北と考えて間違い無し」

「頭の回転がはやいの。さすがは《十刃》の1人じゃな。それならばどうするんじゃ?」

「言わぬともわかっているじゃろう?フィンドール!」

「はっ!」

 

名前を呼ばれた男が口笛のようなものを鳴らすと、空に亀裂が入り巨大な何かが現れ柱へと向かっていく。

 

だが。

 

「ほう、一撃でそやつらを倒すか。なかなかの腕前があるとみてよかろう」

 

4つの柱に向かい破壊を試みた何かが、呆気なく4人の死神に消されたのを見て、驚くより称賛を与えた。

 

「じゃがまあそれも予定通り。大事な場所に駒を置かぬはずがないのは理解済みじゃ。儂もそうするのでな。うして今の攻撃を見れば戦闘能力はそこそこ。しかし甘い」

「力量まで測られているのは迂闊じゃったな」

「測られて腕を見切られても勝つことこそが、総隊長の求める新たな強さなのさ。どう思うかは知らないけどな〈()〉よ」

 

雷蔵に〈王〉と呼ばれ、機嫌を良くするより機嫌を害した様子で視線を向ける。何故自身が〈王〉であることを見抜いたのか疑問に感じたのだ。

 

「…ほう、儂を〈王〉と見抜くか」

「確信があったわけじゃない。玉座のようなものに座り、命令を下している様子からそう呼んだまでだ。では聞こう〈王〉よ」

「言うがいい」

「何故貴方ほどの実力者が、藍染などの悪の下についているのか」

「黙れ!」

 

自分がもっとも言われたくなかった言葉と現実を突きつけられ、バラガンは本気で叫んだ。怒り・恨み・怨み。それしか藍染に抱いていない自分が言われたくない言葉。それは藍染に負けたという事実。

 

忠誠など誓うはずもなく、ただ自分の道具にしかならないと思っている存在に抱けるはずもない。

 

だから戦果を上げ対価を口にする。配下に下ることさえ不満極まりない今、口にするのはただ一つだけ。

 

「儂は〈王〉だ!〈虚圏の王〉!自称ではなくそれが事実じゃった!だが今は自身がなるはずもない使い捨ての道具。許さぬ!死神風情が口にするな!貴様らまとめて儂が葬る。儂は《十刃》が1人、《破面 No.2(アランカル・セグンダ)》バラガン・ルイゼンバーン。司る死の形は《老い》。柱を護る蟻は我が配下に任せるとしよう」

「我が名はチーノン・ポウ」

「シャルロッテ・クールホーン」

「アビラマ・レッダー」

「フィンドール・キャリアス」

 

名乗りながら東西南北へと散っていく《破面》に攻撃を加えることもなく、雷蔵と元柳斎はバラガンを見据えていた。

 

「儂は貴様らを相手取るとしようかの」

「させると思うか?」

「た、隊長!」

 

現れたのは、小柄でありその華奢な体格を生かした戦法が得意の〈二番隊〉隊長 砕蜂。普段から菓子ばっかりを食っている副隊長 大前田稀千代。その現れ方は、自分が戦うべき相手と認識していたようにも思えるものだった。

 

「総隊長に手は出させん。総隊長こそ我らが要。故に危機まではどのような手を使ってでも貴様を倒す」

「…俺は?」

「知らん。それより死んでおけ」

「辛辣すぎる…。いいさ俺は俺の戦いをするだけだ。行くよ雛森」

「は、はい!」

 

敵であると評されたことで、雷蔵はここにいる意味を失った。そして最前線へと雛森を連れて行くのであった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

2人が移動している間にも戦況は変わっていく。

 

イヅルside

 

「うおぉぉぉぉぉ!やってやる、やってやるぜぇぇぇ!」

「…どうすればいいんだろうね僕」

 

相手のテンションについていけないイヅルは、今の状況からどう抜け出せば良いのか悩んでいた。

 

それもそのはず。

 

テンションの高い相手は、普段から物静かなイヅルからすれば戦いたくない相手の1人だ。それに自身が所属していた隊の隊花に影響されているのもあった。

 

「こらぁ!てめぇもやれよ!神聖なる戦士の舞を侮辱すんな!やる気のない顔もすんなよ!」

「別に侮辱しているつもりはないよ。やる気が微塵もないのは事実だけど」

「シケた面しやがって。とんだフヌケに出会っちまったもんだ。まあいいさ。俺はバラガン陛下の従属官が1人、アビラマ・レッダーだ。死神、お前の名は?」

「〈三・五共同部隊〉副隊長 吉良イヅル」

 

名前を聞いてアビラマと名乗った《破面》は口角を上げにやつき、イヅルを下に見る。そして禁句を口にする。

 

「元隊長 市丸ギンの手下かよ。置いていかれた理由がわかったぜ。何故なら…」

「その名を口にしないでもらいたいな。君程度が口にして良い物ではないし、僕には必要のないものだ。それに僕はあの頃の僕じゃない。その過去は価値がないただの汚物だからね」

 

抜刀して納刀を終えた状態で、アビラマの背後に立つイヅルの顔は以前のイヅルではなかった。

 

〈三番隊〉の隊花は《金盞花》。花言葉は〈絶望〉。英雄的な勝利を必要とせず、爽快的なものであってはならない。戦闘に恐怖し、死することに畏怖する。それはイヅルが身を以て知った真実。

 

「もう聞こえていないだろうけど餞として置いていこうか。僕はもう市丸ギン(・・・・)を隊長とは認識しないし、敵としか見えてないよ。僕が口にしないでほしいと言ったのはそういうことだ。今の僕の隊長、そしてこれからの隊長は唯1人雷蔵さんだけだよ」

 

霊子として空へと消えていく戦士に眼を向けることなく、イヅルはその場を去った。もう一言だけ言葉を残して。

 

「君という存在を消してしまった以上、僕を許さないでほしい」

 

 

 

 

弓親side

 

「はいはいはぁ~~~~~~い!ちゅうもぉ~~~~~~く!バラガン陛下一の従属官シャルロッテ・クールホーンが来ましたよぉ~~~~~~!てかこっち見なさいよぉ!」

 

変態が目の前に現れたことで弓親は眼を閉じている。

 

「断固拒否するよ。汚物なんか見たく…ブヘラァァァ!何するんだ!」

 

頬をぶん殴られた弓親が逆ギレを開始。

 

「何するんだはこっちのセ・リ・フ!人が自己紹介してるっていうのに眼を閉じるとは何事よ!しかも汚物ですって!?」

「汚い物は眼にしたくない主義なんだよ僕は!汚染されたくないからね!」

「汚染って何よ汚染って!」

 

罵り合いが始まっていた。

 

「どっちが強くて美しいのかこれで決めてあげるわ。〈ビューティフル・シャルロッテ・クールホーン'sミラクルスウィートry...ギロチン・アタック〉!」

「ぐわぁぁぁ!」

 

名称不明の強烈な攻撃を喰らった弓親は眼下の空座町の模造品へと落下していった。

 

 

 

 

修兵は圧倒的な実力差で勝利。

 

 

だがここで予定外の事故が起こる。それは一角が護っていた柱が破壊されていた事だった。

 




オリジナルは難しいですね。書ける人が凄いといつも思わされます。


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26

長かった。


クソ、みっともねぇ。死守すべきものを破壊され、自分は戦いに負けた。情けねぇな。約束の1つも護れねぇような奴が誰に憧れるって?誰に追いつくって?

 

喜ぶわけがねぇ。嬉しいわけがねぇ。そんな俺を見て失望しないわけがねぇ。きっと興味を失って、二度と声を交わすこともなくなるだろうな。

 

当たり前だ。〈十一番隊〉は敵に負けるような弱い隊士を必要としない。それくらいあの人だって知ってる。今は〈三・五共同部隊〉の隊長だって、〈十一番隊〉の副隊長だったんだ。そこ出身の人が、護るべきものを護れなかった弟子を見捨てるには十分な理由だ。

 

「死んだカ。他の奴らはそれなりに面白みのある奴と戦えているようだナ。俺はくじ運が悪いようダ」

「誰が、くじ運…悪、いだ?お前、の眼は…節穴、か…よ」

 

上から俺が弱いみたいに言いやがる。ああ、弱い。俺は弱い。てめぇなんかに負けるぐらい弱い男だ。だがなぁそれを口にして良いのはあの人だけだ!てめぇ如き虫螻が口にして良い言葉じゃねぇんだよ!

 

あの人になら何度言われても良い。それは俺を高めて強くする言葉だからだ。お前なんかに言われると腹が立つ!

 

「生きていたカ。といっても満身創痍であるのは確かなようダ」

 

その間にも折れた柱を中心に転送されていた街が戻り始めていた。それを眼にして一角は、自身が命令を守りきれなかったことを現実に思い知らされた。

 

「俺は、負けねぇ!」

「そうか。なら出せ。隠している力(・・・・・・)を」

「うぐああぁぁぁぁぁ!」

「こうして痛みに喘ぐ姿を見るのもまた一興。敵とはいえなかなかにいい声を上げル」

 

痛ぇ。踏みつぶされている左脇腹がぐちゃぐちゃにされるみてぇだ。だが《卍解》を使うのは嫌だ。あの人のおかげで身につけれたというのに、使う相手がこんな奴だなんて絶対に嫌だ。

 

「出さないカ。ならば死ネ」

「《弾け【飛梅】》! 」

「ぬっ!?」

 

俺を踏みつぶしていた野郎がいきなり飛び退きやがった。誰だ?俺を助けたのは?あの《始解》はどこかで聞いたことがあるような気がするが。クソ、内臓とあばら結構やったみてぇだな。もう感覚がほとんどねぇよ。

 

「大丈夫ですか!?斑目さん!」

「お、お前は!」

「〈三・五共同部隊〉副隊長の雛森です。待っててください直ぐに終わらせますから」

 

そう言いながら左手で抱えていた布袋から、上部に白い包帯が巻かれた全体が黒い円柱形の棒を計六本取り出す。壊れた柱を中心にして均等な間隔で突き立てていった。

 

すると〈転送回帰〉していた部分の拡大が収まっていく。

 

「これは…」

「緊急用の結界です。壊さないように戦えば問題ないと思います」

 

そう言って俺を背にして歩いて行きやがる。女に護られるのは腹が立つぜ。

 

「雛森、このバッカ野郎!いいか!?そいつは俺でも倒せなかった破面だぞ!お前が勝てるわけねぇ!」

「それは斑目さんが本当の力を使わなかったからでしょう?私は敵が強いとわかればいつでも全力で戦います。…《卍解(・・)》!」

「っ何!?」

 

雛森が叫ぶと、一角でも右手で顔を庇わねばならないほどの霊圧が辺り一帯を吹き抜ける。それは四方の柱の中心部分で退治している藍染以下やそれ以外にも感じられた。

 

こいついつの間に《卍解》を?藍染の野郎がいたときは、《始解》を扱うだけだったはずだ。この短期間で習得し、自在に扱えるようにまで成長したってのか?成長速度が異常だ!これはもう成長という言葉では表せるわけがない!

 

進化だ。それ以外適切な表現は見つからない。

 

雛森、お前はそこまでして勝ちたいのか?自分の隠し技を使ってでも勝ちたいのか?秘密をバラしてでも。俺にはわからねぇ。何故自分の秘密を他人に知らせることができるのか。褒めてもらいたいからなのか?ちやほやされたいからなのか?

 

《卍解》を使えるってことは、隊長として部下を率いていくことに他ならない。お前があの人の下で共に戦えなくなるって事だ。お前が慕っているあの人の側にいられなくなるって事だぞ。それでもいいのか雛森!

 

一角は満身創痍の身体で《卍解》した雛森の、普段はないはずの何かが護っている背中を眺めるしかできなかった。

 

 

 

 

 

『久しぶり』。

 

それが《卍解》した瞬間に感じた私の感想だった。背中にある一本の燃え盛る樹が、私を此処に立たせてくれている。

 

「…できた。あれから一度もしてなかったけど自力でできた」

「…雛森?」

「寝てて良いですよ斑目さん。直ぐに終わらせて治療しますから」

「ぐぅ!」

 

雛森が駆けると熱波が一角を襲う。

 

宙を焦がし空気を熱する炎は、火であって火そのものではない。私が散らしているのは己の霊圧そのもの。炎が勢いを増し熱く燃え上がるほど、私の霊圧は減少していく。

 

これは己の霊圧と引き替えに熱を放出し、敵を焼失させる諸刃の剣。決して大勢がいる場所で使うべきものではないけれど、隊長には指示を受けているから仕方がない。

 

「この熱。即座に貴様を倒さねばこちらがやられるとみたよって全力で行く。《気吹け【巨腕鯨(カルデロン)】》」

 

間合いを詰めたとはいえ、それなりに距離があるというのにここまで届く霊圧は只者ではない。尋常ではない強さだとはもちろん知っていた。あの《第2十刃》の配下なのだから強者でありら簡単には勝てないのはわかっている。でもここで勝負しなければ駄目。

 

隊長の命令を完遂できないどころか、斑目さんも救えず治療もできない。その上、総隊長の絶対命令をも。許されない絶対に負けるわけには行かない。

 

霊圧が《破面》から膨大に放出されてくる。頭部が膨張し次に肩、腕、胸部、腹部の順にそして下半身へと移動していく。一つ一つの部位が、私の全身ほどもある巨大さには眼を疑ってしまう。

 

「これが《破面》の《卍解》…」

『違うナ。我ら《破面》の解放は《帰刃(レスレクシオン)》。またの名を《刀剣解放》。斬魄刀の形に封じ込めた虚本来の力を解放することをいう』

「…ご説明どうも」

 

死神の力量にもよるけど見た目の変化はあるし、霊圧の上昇度は凄まじい。私も現に使うとき以外は、和服のような派手な衣装にはならないし、霊圧も副隊長間でも低い。

 

でも目の前の《破面》の見た目の変化と、霊圧の上昇度は桁違いにも思える。震え出す《飛梅》であった2つの鈴が鳴るのを気合いで押さえ込む。

 

「一撃で仕留めたいところだが的が小さいナ。攻撃範囲を広めればその程度問題ない!」

「っ!」

 

攻撃速度は遅くても、攻撃範囲が広すぎて風圧まで避けきれない。前後ではなく左右に避けても、反対の腕か下からの攻撃で頻繁に〈瞬歩〉を使わないと回避できない。

 

《卍解》を会得したから勝てるなんて思ってなかった。ずっと前から会得している白ちゃんでさえ、以前の敵には苦戦していた。前回の戦いでは、手も足も出ずに負けたって言ってた。だから今回はもっと強い《破面》が来ると誰もが予想していた。

 

私もそのために《鬼道》を効率よく発動できるように訓練したし、自分に一番足りてない剣技にも力を入れて霊圧を上げた。そのおかげで以前とは比べものにならないほど強くなれた。けどこうして本当の戦場に出てみたらどうだろう。

 

手も足も出なくて逃げ回ることしかできていない。情けなくなってきたかな。隊長自ら教えてくれたのに、恩を仇で返すことにしかならないなんて嫌だ。

 

「きゃあ!」

「一~撃~め~。どんどん~~い~くぞ~~」

 

左手による張り手が直撃して踏ん張っても勢いが全然収まらない。

 

「《縛道の六十三【鎖条鎖縛】》!」

 

先程までの戦闘で倒壊した家々の柱に巻き付けて、どうにかそれ以上後退するのを防ぐ。

 

「ハアハア、ここまで重いなんて。はああぁぁぁぁ!」

 

全力の〈瞬歩〉で飛び回り足・腕・背中に火球をぶつける。でも火傷さえ見つけることが一度もできない。どれだけ全力で火球を放っても、傷と呼べるものが何一つ見当たらない。

 

「生き~て~い~~るナ~~~。面倒だなぁ~~~ま~とめ~~て吹っ飛ば~~そう~~」

 

ズキンっ!

 

張り手の攻撃と霊圧の過剰使用で身体に激痛が走った。未完成ということもあって、本当は戦闘で使いたくなかったけど…。けど私にできることはこれくらいだからやるしかない!

 

「《咲き乱れ 荒れ狂え 燃え盛れ 其の力は偉大 命あれば我が身に染みて 満たせ 熱は熱く 火は熱く 光は灯りて世を明かす 【女愼妃燄飛梅(にょしんきえんとびうめ)】》!」

 

背を護るかのように生えていた樹が、炎となって2つの鈴に吸い込まれていく。全ての炎を吸い込むと脈打った。拍動の間隔が短くなる度に鈴の形状が変化し、1つの剣へと姿を変えていく。

 

《始解》したときの七支刀のような形状ではなく、左右の刃部分が直線の一振りの直剣。だが雛森が手にしている剣は異質だ。その長さが雛森の身長と筋力に比例していない。

 

刃渡りは雛森の身の丈を遙かに凌ぎ、柄部分でさえ上半身ほどもあるのだ。

 

それほどの巨大さだと片手で切っ先を敵に向けることはおろか、持ち上げることさえ一苦労のはずだ。人は見かけで判断できないと言うし、死神だから人間より力はあるといっても物理的に不可能。

 

であるはずなのに、雛森は重そうな素振りを見せない。本当に剣を持っている(・・・・・)のかと疑問に思うほど軽い動きで構える。

 

「不思議そうですね。どうして私のような小娘がそれほど大きい剣を表情1つ変えずに持っていられるのか。教えてあげましょう。この剣の重さは、斬魄刀本来の重さだけです。それなのに何故これほどの大きさで存在しているのかというと、全て私の霊圧から構成されているからですよ」

 

《破面》の返事を聞かずに雛森は、自身の現状を不思議なほど無表情で語り続けた。

 

「霊圧は本来質量を持たない。霊圧を感じるのは、存在が放つ霊圧に刺激され数多集まった霊子が身体に触れるからです。霊子で構成される私たち死神と虚は、自身の霊子と何者かの霊圧によって活性化した霊子の接触により、霊圧が強いと錯覚する。霊圧が強いというのは、霊子を刺激する力が強いから。ただそれだけです!」

「ぬぅ!」

 

雛森が《飛梅》から霊圧を解放すると、《破面》が一歩後退った。今の雛森の霊圧は、隊長格にも匹敵するほどだがそれは一時的なものでしかない。

 

霊圧の保有量が少ない雛森では、《卍解》を長時間維持することが非常に難しい。だから解放した以上、最小限の時間で勝負を決める以外に方法はない。

 

「《破麺No.25》~チーノ~~ン・ポ~ウ~~いくぞぉぉ!」

「はああぁぁぁぁ!」

 

ポウの右拳による叩き付けと、雛森が振りかぶった《女愼妃燄飛梅》が両者の中心点で交差する。衝撃波が周囲の倒壊し瓦礫となっていた家々をさらに崩壊させた。それと同時に陽炎のように揺らめいていく周囲の景色。あまりの熱に破片となっていた残骸が溶け始めた。

 

「ぬうぅぅぅぅ!」

「くうぅぅぅぅ!」

 

互いに全力で押し返そうとするが、僅かにも動かず時間だけが過ぎていく。

 

このままじゃ押し負ける!でも負けられない負けたら駄目!

 

限界を迎えそうな両手に霊圧を込めていると、周囲の景色が一変した。

 

 

 

『いいかい雛森くん。これから君に《卍解》を会得させる』

『《卍解》ですか!?無理ですよ私には!』

 

あれは私?教えてくれているのは隊長?

 

『誰が無理だって決めた?やってもないのにできないなんて決め付けるの良くないな』

『だって《卍解》ですよ!?簡単に習得できるとか言わないで下さいよ!』

 

記憶だ。今私が見ているのはあの日の記憶だ。

 

決戦まで1ヶ月を切ったある日、いきなり隊長が私に《卍解》を習得させるとか言い始めたんだった。最初は冗談で言ってると思った。

 

会得者は、永久的に〈尸魂界〉へその名を刻まれるぐらい簡単じゃないのに。でも同時に隊長がそんなことを軽い気持ちで言うはずがないとも思った。

 

眼を見れば明らかだった。真剣な眼に覚悟も決めた光が瞳に映っていたから。

 

『本来は十分に時間をかけて習得するがら今はそれがないし余裕もない。だから今回はこれを使う』

『それは何ですか?』

 

隊長は妙な人形を指差して言いました。

 

『〈転神体〉。隠密機動の最重要特殊霊具の1つ。斬魄刀の本体を強制的に転写して【具象化】させることができる』

『そんなものを使うんですか!?』

『言っただろう?時間がないって。《始解》に必要なのは、斬魄刀との【対話】と【同調】。対して《卍解》に必要なのは、【具象化】と【屈服】。どれも〈真央霊術院〉で学ぶ基礎だが、その道は困難を極める。今の雛森は【具象化】を可能にしていると聞いているからこれを使うことにした』

『よくご存じですね』

『部下の腕を知っとかないと、任務に支障をきたすからな』

 

そう言っておどける隊長は幼くて可愛くて優しかった。でも次の言葉がその感情を許さなかった。

 

『斬魄刀をこれに突き刺せば、強制的に【具象化】へ持って行ける。そうすれば、俺がその状態を霊圧の代償に保つことが可能だ。だがこれができるのは一度きり。そして期限は3日。失敗すれば二度と《卍解》は会得できなくなる。それでもやるかどうかは君次第だと言いたいところだが、何度も言っている通り時間が惜しい。だから強制的にでもやってもらう。いいね?』

 

そう問われて正直迷った。けれど同時に恐ろしかった。断れば隊長と任務こなすことも隣で支えることもできなくなるのも。でもそれ以上に嫌だったのは自分の弱さ。自分で戦えるだけの力を身につけたいと思ったのはずっと前からだった。

 

隊長の瞳に宿っていた覚悟は、私が《卍解》を永久に会得できなくなる可能性を受け入れることだったんだ。

 

だから私は決心した。絶対に《飛梅》を【屈服】させて《卍解》を会得すると。だから私は《飛梅》を迷うことなく〈転神体〉に突き刺した。

 

現れたのは和服を着た天女のような女性。

 

『話は聞いていたか?』

『もちろんですとも。私を【屈服】させろだなんて罪な男性(ひと)。でも面白そうね。もし時間があったら、私と2人っきりの時間を過ごしましょう?邪魔者がいないところで』

『誰が邪魔者ですか!というよりその台詞はアウトです!』

 

…記憶とはいえ第三者から見ると恥ずかしいやりとりですね。でもあれのおかげでやる気度マックスになたのは内緒です。

 

『直ぐに始められるか?』

『いつでもよろしくてよ?さあ桃、その浅打で私を【屈服】させてみなさい!』

 

 

 

渡された浅打で3日後にどうにか【屈服】に成功したことで、《卍解》を会得した。それからは長時間の保持と戦闘方法を模索したっけ。隊長しか《卍解》は知らなかったし見せることもなかったから、《卍解》する度に戦闘を楽しむことができた。

 

この記憶を視たのは何故だろう。負けると意識してしまったから?情けないなぁもう。これじゃ隣に立つ資格なくなっちゃう。でも勝てばいる資格は得られるし生きる理由にもなる。だから私は勝つ!

 

『ようやく思い出してくれたのね』

 

その声は《飛梅》!?会話できたんだ。

 

『貴女が覚悟を決めたからよ。心にではなく魂自体にね。斬魄刀の(おも)は魂だもの。その覚悟が私を此処に呼び出したと言えばわかるかしら?でもそれより先にするべきことは、目の前の敵を倒す事ね』

 

そういえば忘れてた。会話をしている間ずっと押し合っていたことに。でも何で意識しなくても互角で押し負けなかったんだろう。あれだけ力を込めてようやく競り合っていたのに。

 

『それが貴女本来の力よ。力まず一点に集中して力を込めればどんな強靱な防御も貫通できるわ。さあ倒してしまいましょう。あのような愚かな生き物には、死がちょうど良い罰なのだから』

 

物騒な女性ね。でも今はその声かけが嬉しいからお礼だけは言っておくわ。

 

ありがとう。

 

「《焦がせ【女愼妃燄飛梅】》!」

 

高らかに雛森が叫ぶと、炎の勢いが倍増しポウの拳を舐め始めた。一点集中で熱が伝わっていた皮膚の一部に穴が開き炎が入り込む。

 

「〈鋼皮〉が破ら~~れ~た~~だと~~!?」

「これが私いえ、私たち(・・・)の力!」

 

右拳を切り裂いた勢いを利用して回転した刃が、ポウの巨体を真っ二つに切り裂いた。

 

切り口から炎に燃やされ消えていくのを一瞥する。《卍解》を解いた雛森が、大怪我をしながらもあぐらをかいて座っている一角の側に降り立った。

 

「雛森、お前ってブヘェラァァァァ!な、何しやがる怪我人に向かって!」

「ふんっ、隊長の命令を実行したまでです。〈もし一角が本気を出さずに負けていたら一発かましとけ〉って」

 

頬をビンタされた一角だったが、告げられた言葉を聞いて嘆くより笑みを浮かべていた。その理由を問う様子もなく穏やかに微笑んだ雛森は、一角の治療を始めるのだった。




オリジナル卍解の名前を付けるのが大変。ダサいネーミングですが暖かく見守ってください。服装は飛梅が実体化した和服が、炎のように燃えて揺らめいている状態だと想像してください。




女愼妃燄飛梅(にょしんきえんとびうめ)》・・・雛森の卍解した名前。


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