七夜の幻想郷 (在処彼方)
しおりを挟む

新月

とうとうクロスオーバーを投稿します。
主に、東方Project&MELTY BLOODになります。

五年前に趣味で書いたモノ発掘してしまったので、少しリライトして投稿してます。



 

 

 ────。

 

 ────────。

 

 ────────────。

 

 ────────────────…。

 

 ────────────────……ちっ。

 

 

「はぁ、全く最低最悪だ──何時になったらオレは最低最悪の亡者生活を満喫できるんだ。こんなに起こされるなんて、全くこうも"死にたがり"が多くちゃ、閻魔も死神も休む暇もないだろうに……ま、オレが目が覚めたって事は殺せって事だろう?」

 

 

『七つの夜の幻想郷』

 

01 新月

 

 

 幻想郷、人から忘れられた存在が集うこの小さな楽園に誰もが知る洋館がある。『紅魔館』と呼ばれるその洋館は、500年の歳月を生きた吸血鬼が住まう悪魔の館である。

「……その件はこちらが引き受けたはずよ?」

 その館、玉座さながらの椅子に背を持たれかけて座っている少女こそがレミリア・スカーレット。幼き少女の風貌でありながら、『永遠に赤い幼き月』の異名を持つこの館の主である。

「えぇ、その通り。確かに貴女が引き受けたけれど、一体アレをドウなさるのか……興味が尽きないわ」

 その対面に居るのは、金色の髪をした女性……彼女こそ『妖怪の賢者』と呼ばれる幻想卿の最重要人、八雲紫であった。

「それを、貴方に」

 少女の姿から発せられるとは到底思えぬ威を纏いった声をレミリアが発すると

「えぇ、確かに言う義務は全然ないわね」

 紫はさらりと、レミリアの言葉の先を紡いだ。

「……話はそれだけなのかしら?八雲紫」

「えぇ、それだけですわ。レミリア・スカーレット。ですが、客を前に早く帰れとばかりの仰い用は如何なものかと……」

「客なら客らしく、玄関から入りなさい。そうしたら紅茶とケーキくらいは出してあげるわ」

「成る程。それは確かに──」

 くすり、と笑いながらそういうと紫の半身に異界が侵食した──彼女の能力『境界を操る能力』による"スキマ"によるものである。

「──ですが、くれぐれも油断無きよう。アレは幻想卿にとっての"天敵"ですわ。排除する以外の選択肢は無いということを覚えておいてくださいね」

 柔らかに、だがその裏に十二分に脅しを含んだ物言いを残し、紫はスキマへと消えていった。

「……確かに、帰られたようです」

 いつの間にいたのか、まるで今はじめて表れたかのように出現したメイドが口を開いた。

「ご苦労様、咲夜」

 白髪の美しく瀟洒なメイドは、主人の声にうやうやしく礼をするとまるで最初からそこには存在しなかったかのように消えてしまった。

 

 

 紅魔館の門の前には一人の少女が居る。

 その事を幻想郷で知らぬものはあまり居ないだろう。

 だが、彼女の名前もまた、知る者は多くない。

 紅魔館の門番──中国服に身を包んだ彼女の名前は、紅美鈴という。

 人間と何も変わらないように見える彼女だが、妖怪である。

 "気"と呼ばれる中国拳法の奥義を自在に操り、各武術の達人でもあるという妖怪の彼女は、人間の腕試しの相手として格好の注目を浴びている。

 が、彼女が武術で人間に負けた事は未だ無い。

 勝負が終われば相手を称え合う、という武の礼により人を殺める事も無い彼女との"試合"は人間にとっては妖怪と自分の差を確認する良い目安となっているのだ。

 ……といっても、夜中に妖怪に挑む馬鹿な人間などそうはいない。

 夜中は夜中で別の心配事があるので、休めるわけでもないのだが……。

「あの魔法使い──今日は来るかしら──」

 思い起こすのは人間の少女。

 彼女はよく不法侵入を犯して、紅魔館の図書館に入る常習犯である。

「美鈴」

 瞬間、そこに瞬間移動したかのようにメイド長──十六夜咲夜が現れた。

「は、はいっ!!」

 条件反射で美鈴の背筋が伸びる。

「異常は?」

「は、はいっ! ありませんっ!!」

 どこか和やかな気を持つ美鈴は、咲夜の持つ厳かな気に弱かった。

「──そう。今日は新月ね」

 美鈴も釣られて空を見る。

「?」

 いつもの咲夜らしくない雰囲気を美鈴は感じた。

「──無理はしないのよ?」

「えっ!?」

(咲夜さんが優しい!? な、なんで?!)

 という疑問で脳が凍っているうちに、咲夜はまた忽然と消えてしまった。

「あ、あぅ……」

 まぁ、あの広いお屋敷を一人で取り仕切っているのだから大変なのはわかるけど……。

 意味深なままで居なくなるのは止めてほしい……。

「新月、ねぇ」

 美鈴は再び空を見る。雲が星を覆い隠している為に灯りは皆無。

 人間には道を歩くことすらままならないであろう闇が広がっていた。

 ──

 

  「~ッ!?」

 

 刹那、程の時間があったかどうか。

 悪寒を感じた、というだけで身を翻した直感といままで培った武技が紙一重で、自身を救った。

「しかし、下手だね。ホントに」

 嘲る声。若い、人間の男。獲物は短刀。

 反射的に手に入る相手の情報を読み取った。

「何者ですかっ!!」

 凛、とその名の如くよく響き渡る声で美鈴は相手の名を問う。

「──はっ、全くね……こんな時代錯誤な名乗りを受けるなんて思っても見なかった……いったい此処が何処かすら識らないが、まったく笑えないよ、っと!!」

 敬意を払うべき相手の『問い』を投げ捨て奇襲に出てきた男。

 これは武芸者では、無い!

 腕試しではない!

 お嬢様に仇なす、賊ッ!!

 相手は、愚かにも短刀で一直線に向かって来ている。

 虚を突かれたといえ、まさか身体能力で遅れを取るはずも無い。

 常石(セオリー)通り、狙うは相手の足!

 鞭の様なしなやかさと速さの蹴りで美鈴は相手の機動力をまず殺ごうとした。

 いや、彼我の実力差なら距離を詰めて一撃を入れるという選択肢もなくはない。

 が、美鈴の直感が相手を近づかせてはまずい、と告げている。

 この敵はは得体が知れないヤツだ、と。

 だから、その為に足を狙う。

 だが、美鈴のその蹴りは空を切った。

 侵入者は、恐るべき反射速度でその蹴りに合わせ、身体を反転しながら跳んでいる。

 同時に美鈴の首を短刀が狙った。

「くっ!?」

 この真っ暗闇の中ですら、妖怪である美鈴は奇襲同然に襲い来る短刀を視認はしている。

 後は身体が動くか、どうか。

 体重移動、流れるように重心を変え、ナイフの円の軌道にあわせながら美鈴は目前まで迫ったナイフを紙一重で回避し、侵入者の隙だらけとなった背に逆蹴りを叩き込む。

 が、侵入者は短刀が回避されたと見るや、すぐに全身を捻らせ、カウンターで放たれた美鈴の蹴りをかわした。

 美鈴は強引な体重移動の為に一呼吸、侵入者は強引な捻りを戻すためにバク転をして距離をとり再び、門の前で対峙する。

「何者ですかっ!?」

 先ほどの様に澄みやかな闘志を言葉に乗せて、再度問う。

「──只の"死"さ」

 先ほどの、奇襲から一転短刀を横にした形で前に出し、"構え"らしき様子を取った男。

 対して、美鈴は深く腰を落し深く呼吸をした。

 目の前の敵の技は今まで見たことの無い技であった。

 慎重に、相手を確実に、ここで死止める──。

 美鈴が深呼した息が止まる。

 ひり付く様な、静寂。

 ──トッ。

 侵入者は、態勢を極端に低く──まるで二足の獣の如くに、急襲を仕掛ける。

 瞬間──美鈴の肉体が最善を反射する。

 達人同士の戦闘であればあるほど、思考の判断などを仰ぐ事は無い。

 その一瞬を思考に捉われれば、敗北を喫するのだ。

 美鈴の肉体の反射は、右膝で敵対者の顎をかち上げる事であった。

 が、その思考をも越えた最速の膝蹴りが、またもや空を切る。

(ありえな)

 思考する隙が、否応なしに生まれる。

 だが、身体は、武に捧げた美鈴の年月は、次の行動を思考より先に起こす──

 ──短刀は、真っ直ぐに、左胸を狙ってきている。

 ならば、肉を

 ──否、心を切らせ命を絶つ!!!

 苦悶の声が、両者から同時に漏れた。

 美鈴の右拳が侵入者の左胸に衝突し、

 侵入者の短刀が、美鈴の胸に突き刺ささっている。

 だが、妖怪である美鈴には心臓は絶対的な生命の維持装置では無い。

(だけど、凄まじく痛いっていうのは変わりないのよねぇ……)

 侵入者に叩き込んだのは、形意拳の一つ崩拳。

 叩く打撃という概念で放つ拳ではなく、拳を刃のように相手へ差し込む概念で放つ拳である。

 そうする事によって、拳は相手へ減り込む特質が生まれる。

 寸分たがいなくこの技で心臓を強打すれば、確実に鼓動を止めると言われている。

「──まったく」

 だが、侵入者は胸を抑えながらも立ち上がる。

「割に合わないな……心臓を刺されたら、死ぬのが礼儀ってもんだろう?」

 会心の一撃、というわけではなかった。

 向こうの短刀の長さの分だけ、こちらの拳が遅く、それが一撃必殺を逃すこととなった。

「非礼に対する礼無しッ!!」

 激痛──美鈴はそれを呼吸法で和らげる。

 侵入者に与えたダメージも決して、小さく無い。

「ハッ、ったく最高に最低最悪だ──さて、そろそろ幕と行こうか」

「えぇ、貴方は此処を通れずに終幕です──」

 ──無音。

 先に動いたのは三度、侵入者。

 不動の門番は己の誇りを胸に迎え撃つ。

 美鈴はこれまでの戦闘で、相手の戦闘体系を読んでいた。

 自己流──では無い。しかし、武術ではない。

 この"敵"の体系は、いかに虚を突くか、という答えに終始している。

 ならば──こちらは虚をつかせない。

 誘いに乗らず──大技を狙わず。

 手堅く必勝の基本技を、躊躇無く叩き込む。

 またも二足の獣は姿勢を低く、襲い来る。

 美鈴が注視するのは、短刀。

 向こうの得物さえ気をつければ、虚をつかれる事も無い。

「──"極死"」

 侵入者が確かにそう言った。

 と、同時に短刀が、右胸を狙って飛んでくる。

(大博打、ですか?)

 早い。だが、甘い。もしこれが初の攻撃であれば、虚は突かれたであろう。

 だが、"見切り"を行っていた美鈴には通じない。

 この短刀を、防げも出来れば、回避すことも美鈴には出来る。

(──いやっ!?)

 美鈴は気付いた。

 侵入者の異常な速度に。

 投擲したナイフと変わらぬ速度で駆けている。

 ──獣が、跳んだ。

(同時攻撃ッ!?)

 美鈴は最小の動作で短刀をかわし、上から襲いかかる獣を迎え撃とうとした。

「"七夜"」

 ──それは、果たして獣にすら可能な動きであったのか。

 ソレは()()()()()()()()()()()()()()()()()神速というべき速さで美鈴の首を掻き切った。

 誰が知ろう。

 この技こそ、対魔を生業として生き続けた一族の奥義であると。

"極死・七夜"

 人間でありながら、魔を屠る彼ら一族の名を冠とする必殺の技。

 その概要は、得物とさらに()()()()()()()することによる同時攻撃。

 ──そして、その攻撃を必殺たらしめるのは応用力の高さである。

 得物と自身を投擲することによって、確実に相手の急所を穿つ選択肢を選ぶことが出来るのだ。

 言うなれば確実に虚を突き殺せる技、と言える。

 得物で心の臓腑が抉れれば良し、防がれるなら自身が脳や首を狙えば良し、それも防がれるのなら今のように奇襲を仕掛けることも出来る。

「──運が良いよアンタ。大凶を曳くなんて選ばれた証だぜ」

 首をかき切って物言わぬ門番を一瞥し、侵入者は悪魔の館へと足を踏み入れる。

 

 

 十六夜咲夜は、紅魔館のメイド長であり『時間を操る程度の能力』を持つ。

 時間を操ることは、空間を操ることと同義であり──この館は彼女によって、大幅に空間を弄くってある。

「……来ました、か」

 故に彼女は屋敷内における全てを、掌握できる。

 門番である美鈴からは、何の連絡も無い。

「……無礼な来訪の代償は、その血で補ってもらいますよ」

 

 

 ──紅魔館へ入った侵入者……彼には特に目的は無い。

 いや、目的といえば存在して以来、殺す事以外において他は無い。

 つまり、此処が何処か分からぬまま、彼はただ殺すためだけに訪れている。

「さ、てと」

 だが、彼は一つ困惑していた。

 外観に比べ、あまりにも広すぎる。

「──困ったな、こいつは迷子になりそうだ」

 頭を掻く。

 そもそも、自身がなんでこんな館を訪れているのかすらも分からない。

 ただ、呼ばれている気がするのだ。

 ──ならば、彼はこう考える。

 その呼んでいるヤツを殺さないとな、と。

「お困りですか、お客様?」

 その刻、彼の目の前にメイド──十六夜咲夜が現れた。

「──メイドか」

「絶滅したと思っていましたか?」

「いやいや、メイドだけは良くない──本当に殺したくないんだ──だけど」

「だけど?」

「そんな眼をされちゃ、いけないなぁ──滾っちまう、よ」

 ふっ、と咲夜と七夜は跳躍する。

 互いに無粋な言葉は要らないだろう。

 咲夜は愛用の自分が一番信頼しているボウイナイフを、男は七夜の短刀を持ち交差する。

 ギン、と金属音が響き渡る。

 連続で、そして何回も──

 剣や槍では発しない、澄み切った音。

(──怪我、ですか)

 咲夜は迫り来るナイフを、切り払いながら相手を観察していた。

 速さ、体裁き、殺気、どれも凄まじい。

 だが、明らかに左腕が弱い。

 十中八九、美鈴の功績だろう。

(──それでも、瞬さを失ってまでいないのは驚嘆に値するけど)

 だが、咲夜とて素人ではない。

 ナイフ捌きにいたっては、幻想郷で誰にも負けないという自負がある。

 その彼女を前にしては、この弱みは致命的といえた。

 実際二人のナイフのワルツは、徐々に咲夜がリードしはじめている。

(お嬢様の思惑が外れることになるけど──)

 咲夜は早くも勝負を決めようと、ボウイナイフを強く繰り出す。

「チェック」

 咲夜のナイフは、七夜のナイフを弾き──

「──ッ!?」

 それよりも早く蹴り出された七夜の蹴り足が咲夜の眼の前で止まっていた。

「──当方、足癖が悪くなっておりますのでご注意ください」

 不敵に笑う男。

 すぐさま、距離を取り直し短刀を構える。

 虚をつかれた形の咲夜は、そのまま仕切り直しを許してしまう。

「とてもメイドとは思えぬナイフ捌きだ──何人殺したのかを問うのも馬鹿らしい。さて自己紹介は終わりとして、お楽しみの時間と行こうか──」

「えぇ、貴方を材料にお茶会と行きましょう」

 再度対峙した瞬間、咲夜が想起したのは蜘蛛であった。

 七夜の体術は、暗殺術──自然、遮蔽物の使い方に長がある。

 天井、壁を駆使した跳躍、三次元の交差はまさに蜘蛛の巣に相応しい。

「──ッ!?」

 縦横無尽。

 敏疾万変、動静虚実入り乱れた幻惑の巣。

 その凶猛な爪牙が、咲夜に襲い掛かる。

「甘いッ!!」

 ──それは相手が普通であれば必殺たりえたであろう。

 相手が、空間を使う十六夜咲夜でさえなければ。

 今までより一層大きい金属音が響き渡る。

 咲夜が、天井から迫り来る侵入者のナイフを防いだのだ。

「はっ!」

 だが、侵入者は止められた事を意にも解さずそのまま力を乗せて来ている。

(くっ!? 重さで叩き切るつもりか!?)

 怪我で力が乗せられないのなら、身体ごと重さにする、という戦法か。

 いくら咲夜が強いといっても、所詮は女──筋力で押し切られれば、彼女といえでも能力無しでは拮抗できない。

 しかし──

「ハッ!!」

 気合一閃、咲夜は侵入者の腹に蹴りを叩き込んだ。

「ぐっ、てて──なんてメイドだよ、まったく」

 けられた腹を押さえながらも、侵入者はすぐに立ち上がる。

「そちらだけが蹴り技が有効というわけでは、ありません」

「確かにな」

 にらみ合う両者──実力は伯仲している。

 怪我の分だけ咲夜が有利といえたが、先ほどのデタラメな動きを見る限り負傷をしても身体を動かす分には支障が無いようだ。

 つまり、勝負の天秤はどちらにでも、傾きうる。

「──なぁ、アンタ」

 不意に、侵入者が発語した。

「見逃してやるからさ、此処を通してくれないか? なに、メイドは殺人鬼を追っ払うのが職務でも無いだろう? おとなしく掃除したりサンドイッチでも作ってればいい」

「──お嬢様こそが、わたしにとって絶対なのよ」

「はぁ……よりにもよってお嬢様と来たか。中国拳法娘にメイドにお嬢様、ねぇ……まさかと思うが割烹着で働くアンタの姉なんかいないよな?」

「さて──どうでしょうか、ね!」

 言うと同時に今度は咲夜から仕掛けた。

 隠し持っていたナイフの投擲である。

「っと!?」

 咲夜はナイフの腕前は幻想卿随一だと自負しているが、ことナイフ投げに至っては最早誰と比肩されても負ける気がしないほどの達人であった。

 ナイフのスローイング──これは基本として、回転しながら相手に向かっていくのが常識である。しかし、時折──そう、例えば先ほどの"極死・七夜"の様に矢の様に放つ絶技もある。

 だが、効果の割りに難易度は桁外れに難しく実用的ではない。

 

「おいおいおいおいおいッ!」

 侵入者が慌てたのは無理も無い。

 彼が見たそれは、直線的に飛んで来るナイフの乱れ撃ちであった。

 眼・喉・心臓あるいは、肩・腿へと狙い済まして飛んで来る──もし刺されば、勝敗は決する。

 魔技という他に無い。

 更には、通常の常識通り回転して飛んで来るナイフも幻惑効果を生み出している。

 咲夜の腿にある無数のホルスターから、一つまた一つとナイフが飛んで来る。

 それを彼は、叩き落しあるいはかわし、また避けてと紙一重で致命傷を免れている。

「──ちっ」

 このままでは窮地を脱せないのは明白だった。

 彼は意を決すると、低く地面に構える。

(甘いっ!!)

 咲夜はそれだけで、侵入者の思考を読んだ。

 ナイフを集中させてなげさせれば、避ける空間が出来る。

(しかし──)

 彼女にも懸念は一つある。

 今回に至っては、ナイフの回収が出来ない──つまり、残弾の数である。

 両の腿の専用のホルスターに入れてあった24のナイフは既に残り4つ。

「しっ──」

 彼女は、一気にその4つを放った。狙うは──自らが投げたナイフ。

 自身の最速の速度で投擲した最後の4つのナイフはそれぞれが、ナイフに命中し──

 当然の結果として、軌道がずれる。

「ありえねぇっ!?」

 侵入者の驚嘆は、この魔技だけに非ず。

 この場面にて"切札"を躊躇無く披露するその精神。

「くっ!?」

 侵入者は直前に軌道が変わった4つのナイフに反応する事が能ず。

 そのうち2つは掠めるだけに留まったが残る2つは、右腕に小さくない傷を付け、右足の腿へと突き刺さった。

「チェックッ!!」

 だが、それだけに終わらないが故の"完全で瀟洒なメイド"。

 彼女はこれだけでは仕留め切れない事を承知しており、最後のナイフを投擲した後に侵入者に止めを刺すべく忍び寄っていた。

 背後から、逡巡すること無く首を狙うボウイナイフ。

 ところが、それをも侵入者の短刀がなお防ぐ。

 殺気と殺意の共鳴が、刃物を通して館内に鳴動する。

 仕留め損なった、とメイドは再び距離を取ろうとした。

 最早彼我のダメージ量の差は、大きな戦力差を開くに至っている。

 

 ──十六夜咲夜の思考は概ね正しい。

 

 されど、間違いがあるとするのならば──

 

 侵入者の右腕が咲夜の襟を掴む。

 

 ならば──()()()()()()()()()()()()()()

 

 相手は人間。時間と共に出血し戦力の低下は最早、決定的であった。

 

 侵入者は、腕力を使わずに身体ごと回転し──

 

 だが、咲夜は恐れた。この侵入者の技では無く殺意では無く、在り方を。

 

 ──十六夜咲夜を組み伏せた。

 

 故に、早い排除を望んだ。それが仇となったのだ。

 

「──"詰み"だ」

 首にナイフをあてがえ、チェック・メイトを宣言する侵入者。

 彼女は、侵入者を見る事無く、穏やかに眼を閉じる。その口の端には、苦笑がにじみ出ていた。

(──結局、お嬢様の言うとおりになってしまったわね)

 須臾──そのメイドはまるでそこには居なかったかのように姿を消した。

 ──廊下に錯乱していた筈のナイフと、刺さっていたナイフまで消えていた。

「ハ──いよいよ狂ってやがる──」

 ゆらり、と侵入者はそれでも足を止めることはない。

 

 

 ギィ、と扉は音を立てて開く。

 これからの狂夢の始まりをつげるかのように。

「ようこそ、紅魔館へ」

 玉座に座るのは、その椅子に埋もれてしまいそうな幼い少女──レミリア・スカーレットである。

「──無礼な訪問、失礼いたしました」

 うやうやしく、男は膝をつき礼を示す。

「あら、わたしはそそらないかしら? 殺人貴」

「いやいや、淑女としては十分に魅力的ですが──片思いほど辛い恋はないでしょう?」

「──貴方にとって、最大の愛情表現は"殺すこと"一点。貴方では殺せないわたしは、愛せない、と?」

 クスクスと笑う少女姿の何か。

「左様です。お嬢様──」

「でも、残念ではあるわ。貴方がわたしをどう殺そうとするか、見てみたかったのに」

「──それで私をお呼びになられたのですか?」

「あら、勘が鋭いのね。わたしが招いたことが分かるの?」

「粗末な身ですのがね。察しだけはいい方なのですよ」

 クスリ、と姿に似合わぬ妖艶な笑みを浮かべてレミリアは立ち上がった。

「貴方がなぜ"幻想郷"に呼ばれたのはわたしの知るよしでは無いけれど──その運命には意味があるはずよ。わたしは、貴方の"それ"がみたい──」

「運命、ね」

「あら、殺人貴には胡散臭い言葉に感じるかしら?」

 膝を立てる侵入者にゆっくりと近づいていく。

「でも──それは確かにある。貴方がこの幻想郷で何を為すか、私にそれを見せるまで貴方を紅魔館で雇ってあげるわ」

 レミリアの歩みは、侵入者の目の前で止まる。

「──わかりました。お仕え致します。お嬢様」

 かしずく侵入者にレミリア・スカーレットは愉しげに笑みを浮かべた。

「では、貴方の名前を教えていただけるかしら?」

 主人の問いに新しい従者は答える。

「七夜志貴、と申します」




・五年前の自分の文章
・クロスオーバー
・七夜

と闇に葬ってしかるべきSSをこうして投稿する蛮勇、嫌いじゃない(好きでもない)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大図書館

 紅魔館の一角に、図書室がある。

 いや、正確には図書室になってしまった部屋、というのが正しい。

 主が客に宛がった部屋を、その客が図書室にしてしまったというのが真相である。

 客の名は、パチュリー・ノーレッジ。

 彼女は今日も図書室に篭り、本を読んでいる。

 この図書室の主となって。

 

 

 

七つの夜の幻想郷

 

02 大図書館

 

 

 紅魔館に現れた新しい住人。

 七夜志貴──彼は館の主であるレミリアによって執事として雇われた。

「咲夜、どうかしら?アレは──」

 日中、レミリアは朝食の最中にそう尋ねた。

 吸血鬼である彼女は当然の事ながら、朝は眠りの中に居る。

 尤も、並大抵の吸血鬼にあらざる彼女はその自負としてこうして日中から活動をするのであるが。

「はっ──」

 隣で給仕をする咲夜は、レミリアの質問に数拍置いて。

「上出来かと──料理以外は一通り高水準でこなします」

 正直な評価を答えた。

「あら、料理はぜんぜん?」

「えぇ、教えようにも曰く『男が料理なんて出来るなんてのは、ペンギンが空を飛ぶようなものだ』と全くやる気が無いようです」

「ペンギンが空を?アハハ、おかしい──」

 レミリアは七夜のいい様が面白かったのか、楽しげに笑う。

「ならいいわ、料理はさせなくて。他の雑事は貴方が教えれば、数日でモノになるでしょう?そのようにね、咲夜」

「──はい」

「それで、今は何を?」

「パチュリー様のところへ、御茶を運んでいる所かと──」

 そう、とレミリアは頷いてフォークを進めた。

 

 

 とんとん、と慣れた調子で七夜は図書室(客室)の戸を叩く。 

 返事は無い。

「失礼します」

 と、静かに言い入室する。

「お茶をお持ちいたしました」

 と言っても、聞こえまい。

 なにせこの図書室は尋常な大きさではない。

 空間を操る十六夜咲夜の能力で、この部屋は大図書館と言う相応しい威厳を放っている。

 七夜の眼に映るのは、ひたすらに本と本棚、鼻に付くのは少量のインクの匂いと古本のかびたあの臭いである。

 といっても、本はすべて本棚に収まっており乱雑な印象は全く無い。

 大図書館を想起するのは止むを得ないというところであろう。

(さて、と──)

 七夜は、図書館の奥へと進む。

 直属の上司である咲夜が言うには、この図書室の主は魔女だという。

 雇われたのだから、顔見せも兼ねてという所か。

 あの主人──レミリア・スカーレットの盟友であるというのだから、並大抵のモノではないだろう。

 歩を進めるながら、思考をする七夜。

(それにしても──)

 大きい。と七夜は嫌でも思う。

 陽を嫌う本の為か窓も無い。部屋は、妖しい光が所々にある為、何も見えないと言うほどではないが。

 外から見た以上に巨大なのは、上司の咲夜の能力だと言う。

 なんでも、彼女は"時間と空間を操る程度の能力"を持つとか。

(──人間に許された力の許容を超えてるよ)

 よくもまぁ、そんな化け物を相手にしたものである。

 手加減されていなくては、勝つ見込みが全く無い。

「はっ、まぁ娑婆に未練なんざ──」

 頭を過ぎるのは、一匹の白い猫──

「馬鹿馬鹿しい──」

 七夜はそれを笑殺する。

 ふと、人の気配を感じ取った。

 本棚の間で、どうにも気配を殺そうとしているらしいが、七夜の前では児戯にも等しい。

(──おや?)

 自らも気配を殺し、様子を伺うと人間の少女がホシらしい。

 黒い帽子はいかにも魔女と言う有り様だが、咲夜の言った特徴とは一致していない。

 七夜は一考したが、ここは素直に声をかけることを選んだ。

「おや、お客様とは気付きませんでした。どちら様でしょうか?」

「げっ!?」

 なんとも分かりやすい、素直な少女だ。

「気配が全くしなかったぜ……」

「恐れ入ります」

 物腰柔らかく、頭を垂れる七夜。

「……その格好。執事ってやつか」

「はい」

 七夜は支給された燕尾服を着ているのだが。あつらえた様によく似合う。

「まさか、メイドの他に執事までいるとは思わなかったぜ。いよいよ此処も万国吃驚ショウ染みてきたなぁ」

「失礼ね」

 図書館中に響く、声。

 声帯によるものではなく、恐らく魔法という力の一種であろうと七夜は推測した。

「お、なんだ。聴いてたのか。」

 少女は足取り軽く、置いてあった竹箒を手に奥へと進んでいく。

 七夜は、その後ろをついていくことにした。

 自分よりもこの少女に任せたほうが早いと確信するほどに、彼女の足には迷いが感じられなかったからである。

 そこから、歩くこと数分。

 いかにも格調高そうな椅子に座り、こちらを見向きもせずに本を読んでいる少女がいた。

 彼女こそ、この異郷の主に違いないであろう。

 紫色の長い髪と、骨まで透けているかのような白い皮膚という外見も咲夜に聞いていた特徴と一致していた。

「──何しに来たの」

 小さな声は、その主から発せられた。

 七夜は自身に向けられた問いかと思ったが、少女が答える。

「何かしに、な」

 シシシ、と笑いながら隣の椅子に少女は腰を下ろした。

「はぁ……」

 ため息と同時にバタン、と紫髪の少女は手にしていた大きな本を閉じた。

「──あなたは?」

 そして、今度こそ七夜に向けて尋ねる。

「お嬢様に雇われました。七夜志貴と申します。」

 それを受け七夜は丁寧に挨拶をする。

「レミィが?……そう。お茶はそこに。」

 机を指差す彼女の前で、七夜は指示通りにそこにカップをおいた。

「なんだ。新人だったのか」

 その最中、横に座る少女が喋る。

「はい。先ほどは失礼しました」

 主の客の客であろう、と推察した七夜は彼女にも丁寧に頭を下げる。

「お、おう……」

 大人の、こういう態度に慣れていないのであろう。

 少女は若干照れた様に、頬を掻いた。

「そういう態度を取ることはないのよ、コレは客じゃないのだから」

「おいおいパチュリー、私には魔理沙っていう立派な名前があるんだぜ?」

「……図書館を荒らす鼠を見つけてくれたのは感謝するわ、猫としては有能みたいね」

 魔理沙の言う事を無視して、一応は自身を労う言葉をかけてくれたらしい。

「ありがとうございます」

「なぁ、パチュリー面白い本何か貸してくれよ」

 そんな扱いにも慣れているのか、魔理沙は気にした様子は無く話を進めた。

「……はい。これでも読んでなさい」

「お、珍しいな素直に貸してくれるなんて」

 パチュリーは机に置いてある古書の一つを手に取りを魔理沙に渡した。

「って中身は真っ白じゃないか!!ノートか?」

「魔力で書いてあるのよ。その本の文字は満月の夜にしか浮かび上がってこないわ」

「へぇ、面白いな……めんどくさいけど」

「貴方の研究に役立ちそうな事も書いてあったわよ?」

「それはそれは──ま、死ぬまでには返すぜ」

「期待もしてないし、別に待ってないわ」

 パチュリーはカップに口につけ、一層小さな声で呟いた。

「この味は生姜茶……ね……まったく、咲夜ったら」

 一方の魔理沙は、渡された本を仕舞い込みながら

「じゃ、これ借りてくぜ。サンキュー」

 図書館を出る準備をしている。

 慌しい少女である。

 席を立つと、パチュリーの返事も聞かずにパタパタと走り出していった。

 埃が舞った為か、少し苦しそうにパチュリーは数回咳をした。

「……大丈夫ですか?」

「えぇ……まったく、アレは何度言っても直らないわ」

 少し憎憎しげに言うも、口調には何処か穏やかさが感じられる。

「仲が良いのですね」

「──そう見える?」

「恐れながら」

「そう……それより、ナナヤ」

 魔理沙すら見ていなかった瞳が、初めて七夜の眼を捉えた。

「どうかしら?この館は」

「大変に華美で豪奢かと」

「趣味じゃない?」

「えぇ、実は」

「そう、わたしもよ……ところで、ナナヤ」

「は?」

 七夜はコレが単にただの会話では無いと言うことは分かっていたが、意図は全く読めない。

 そもそも、魔法を使うというこの人を前にしては、正直に答え続けるしかないだろう。

(まさかいきなり蛙にはされないだろう)という開き直りでもある。

「──どうかしら、此処の感想は?」

「感想、ねぇ……」

 感想も何も無い。

 そう……この身は元より『あり得ないもの』。

 秋に満開になる桜。

 或いは、夏に降る雪。

 湖水に映る月に等しい。

 であるならば、現存するのは何かの間違いであるのであろう。

 しかし、間違いは正される。

 自分という存在は、いずれ千切れて消えるのが必然である。

 そんな存在が、感想など抱く事はない。

「いい場所ですね」

「──随分捻くれているのね?」

「いやいや、弁えているのですよ」

「幻想卿は『あり得ないモノ』が集う郷。貴方は此処なら消える事はないかもしれないわ」

「……」

「有体だけど、全ての現象には意味があるのよ。わたしが此処にいるのも、貴方が此処に来たことも。」

 淡々と喋るパチュリーに七夜は軽口を挟めない。

「ま、頑張りなさい。執事」

 パチュリーはそう言うと再び視線を本に向け、その眼は七夜に向くことは無かった。

 

 

 図書館を出た七夜はその後、咲夜と共に通常の業務をこなしていく。

 何をやらせても如才ない七夜をしても咲夜の仕事ぶりはまさに完璧と言うに相応しかった。

「七夜、貴方は今日はこれで自由時間です」

 七夜が仕事から開放されたのは、夕方になってからであった。

 咲夜は事務的に、注意事項を伝達すると、目の前から消えてしまった。

「……時間を操れるんなら、オレはいらないんじゃないか?」

 七夜は少し大きく息を吐いた。

 慣れない行動で、思った以上に疲労しているようだ。

 もともと、この身体は体力に乏しいのだが。

 七夜は宛がわれた自室へ向かう。

 そこには生活に最低限必要な家具があるだけの、素朴で小さな部屋ではあったがみすぼらしさは無い。

 従者に質の悪い備えをさせては、主の格に関わるということだろう。

 いかにも、あのお嬢様らしい。

 ベッドに腰を下ろして、頭の下で両手を組みながら眠りに落ちる。

(まぁ、こういうのもたまには悪くない──)

 一睡の夢、みたいなものだ。

 もとより存在しない、夏の雪のようなモノ。

 その在り方が捻じ曲がったところで誰も気にはするまい。

 

 どれくらいの時間が経っただろうか。

 その部屋に控えめにノックが叩かれた。

「──どちらさまで?」

 扉越しに声をかける。

「わたしです。すこし、よろしいですか?」

 咲夜の声では無い。

 ──あぁ、あの門番の声か。

「意趣返し、か?」

 彼女には、そうされる権利がある。

 首を薙いだ一閃、それは確かに明確なる殺意で放った業であり今彼女が此処に存在しているのは彼女自身の体力によるものなのだから。

「いえ、そんなわけでは……」

 七夜は学生服を着て、部屋を出る。

 部屋の前にはあの夜と同じ服と帽子を着た美鈴がいた。

 あの夜と違うのは──その首には生々しさが残る包帯を巻いていた。

「月でも見ますか」

「え?あぁ、そうですね」

 女性を部屋に入れさせない為のエチケットではあったのだが、七夜は屋敷の事などまだ要領を得ていないため、結局玄関──あの時干戈を交えた所に来る事になった。

「──繊月ですね」

 夜空には薄い曲線の小さな月が浮かんでる。

「で、話とは?」

「あの日──私は持てる武技を駆使して貴方に挑みました。それでも、わたしは貴方には勝てなかった……正直、人間に接近戦で負けるたのはショックでした。でも、お嬢様も咲夜さんも、そんな役立たずな私に何も言いませんでした」

 美鈴はその頼りない光を放つ月を見ながら言葉を紡いだ。

「──ですから、わたしはもっと強くなりたいんです。貴方の技……我流に近いとは思うのですが、どうか」

 向き直り、七夜の目を鋭く見つめる美鈴。

「わたしにあの技を教えてくれませんか?」

 真摯な目。

 どうも、彼女は根が真面目な気質らしい。

「あんなのは、邪道もいいところでね。アンタが使うようなものじゃない……それにアンタは十分強い。これより強くなってどうするんだ?仮面ライダーとでも戦うのか?」

「でもっ」

「アンタの武道が並大抵の結晶じゃ無いのはオレにも分かる──理由あって八極拳を少し齧ってね。中国武術なんていうのは修練が気の遠くなるような果てに、たどり着くのが非常に難しくてその合理には思想を伴う──アンタほどの使い手に合うのは稀だ」

 七夜が何を言いたいのか、美鈴にはまだ分からない。

「対してオレの技は、お察しの通り武術なんてとても呼べない。思想も何もあったもんじゃない。あるのは『どうやって殺すか』それのみだ」

「それでもっ!」

 強く、なりたい。

 お嬢様や、咲夜さんの為に。妹様の為に。

 なにより、自分の為に。

「今までの自分を殺してもか?」

「えっ?」

 どくん、と心音が跳ね上がった。

「いっただろ、中国武術は思想を伴う。これは一体化されたものだ。中国武術っていうのは、身体と精神の合一が究極目標だろ?それにオレの邪道を迎えるっていうのなら、功夫は治まることはない。アンタ、今までの努力を無にするのか?」

 ──いつからだっただろうか。

 いつかのわたしも『強くなりたい』そう願い、中国武術を始めたのだ。

 ──いつまで続くのだろうか。

 そう思う日もあった。果てしなく長く続く修練と功夫の日々。

 ──いつでも共に合った。

 毎日の修練はかかなさかった。強くなりたい。それだけを思い続けたのだ。

 その自分を──裏切るのか?

 功夫が足りない事を、負けたからなどと尤もらしい理由で正当化して逃げるのか?

 ──目の前の男は、そう言っているのだ。

「……申し訳ありません、浅はかでした。わたしはやっぱりこの道を修めます」

「はっ、それに優劣なんて初めから決まってたのさ。殺すことしか出来ない技が、守ることができる技に勝るはずが無い」

 そう──そもそも悪魔の巣である紅魔館に、門番など必要ではない。

 如何なる侵入者が現れようと、咲夜やましてレミリアの敵ではない。

 もし、彼女達以上の実力を持った者が侵入者であったら、逆に美鈴では役には立つまい。

 ならば──レミリアが彼女を門番として置いている意味は最早、明白ではないか。

「?。なにを笑っているんです?」

「いや、なに。」

 だが、それをこの輝かしい門番に言う事はないだろう。

「あんたが人間だったら、蕩けるほどに殺したかったと思ったんだよ」

 屋敷の主の意図は、それこそ言わぬが花というものであろう。

 あの図書館の魔女の言葉を借りるまでもない。

 美鈴が存在する意味は、確かにあるのだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ふたつの神社、二匹の猫

「今日は天気がいいわね。ちょっと付き合いなさい」

 七夜が雇い主であるレミリアにそう言われたのは、正午を少し回ったくらいのときである。

「はぁ、しかしお嬢様。外は曇り空ですが?」

「いい天気じゃない。わたしが一人でお昼にでかけられるんだもの」

 なるほど、吸血鬼は日光と流水に弱い。

 曇天が彼女にとってはいい天気ということか。

「畏まりました。お供いたしますが、どちらまで?」

「ボロっちぃ神社よ」

 吸血鬼が昼間から出歩いてする事が参拝とは──まったく、確かにあの魔女の言うとおり此処は何があってもおかしくないのか。

 

 

 

 七つの夜の幻想郷

 

03 ふたつの神社、二匹の猫

 

 

「──全く、とんでもない」

「ふふっ、殺人貴もそんな顔するのね」

 顔を真っ青にした七夜と、上機嫌に笑うレミリア。

 紅魔館からこの神社までは確かに歩いていける範囲ではない。まともな人間の足でも一両日かかるだろう。

「空を飛んだ感想はどう?七夜」

「正直、ろくなもんじゃないね──腕がちぎれそうだ」

 それが空を飛べば半刻かかるか否か、という程度である。

 それは確かに浮遊ではなく、飛ぶという言葉が相応しい速度だった。

「それにしても──」

 七夜は改めて境内を見回す。

「ぼろっちい?」

「あぁ、それに狭い……こんな寂れた神社に神頼みなんかして、意味があるのか?」

「神頼み? なにそれ、わたしが神なんかに頼むわけないじゃない。願いは自分でかなえるものよ」

「そりゃご立派で……じゃあ、なんで此処にきたんだ?賽銭ドロボウか?」

「あぁ、それは面白いかも」

 クック、と笑いを堪えるレミリア。

「もっとも、ここの賽銭箱を盗んでも賽銭は盗めないけど、ね」

「──どういう意味だ?」

「無いものを盗むのは不可能、ってことよ」

 何がおかしいのかレミリアはずっと笑みをこぼしている。

「あぁ、なるほど」

 七夜は納得、といった表情で頷いて。

 ごつん、と頭に衝撃が走った。

「ったく、失礼な連中ね。冷やかしならお断りよ」

 驚いて振り向くと、そこには巫女装束の少女がいつの間にか立っていた。

「こんにちわ霊夢。遊びに来たわよ」

「はいはい。まったく、吸血鬼やらがよりつく神社なんて参拝者が来ないのは当たり前じゃない……で、なにこれ?」

 悪びれることなく、霊夢は手にしていた箒の柄を七夜に向ける。どうやら、この箒の柄で七夜の頭を叩いたらしい。

「新しく雇った執事よ。外の世界の人間みたい」

「外の? ……ふーん……」

 霊夢は少し興味をもって七夜を見たが、すぐに視線をレミリアに移した。

「あんた、また良からぬ事考えてたらしばくわよ?」

「あら、当てずっぽうで人にそんなこというもんじゃないわよ、霊夢」

 どうもレミリアとこの少女は知己らしい、ということはレミリアは彼女に会いに来たということか。

 叩かれた頭を撫でながら、七夜は思考する。

(まさか、オレが気配も感じる間もなく叩かれるとはね……)

 その事実が既にこの巫女が只者ではないと言うことを証明していた。

 まじまじと先頭をきって歩く少女を見る。

 歩いてる中、彼女の身体の軸が少しもぶれていない。武道で言うなら達人の域だ。

 しかし、歩く所作は武道のそれではない。自然体そのものである。

「まったく──」

 不意に、七夜は図書館で会った魔理沙を思い出した。

 今のところ彼がこの郷で出会った人間で一番まともな人型は彼女だけだ。

「──なんて、無様」

 誰に言うでも無く、七夜は小さく呟いて頭を掻き、二人の後をついていった。

 

 

 中に入って驚いた。

 外観とうって代わって、内装は意外にもきちんとしていたのだ。

「あのねぇ、歴史があるからボロっちぃだけで、貧乏ってわけじゃないのよ?」

 七夜の表情だけで、考えていたことが読めたのか霊夢はため息まじりに言った。

 もしくは似たような事を思われることが多いのかもしれない。

「っていうか、本当に何のようなのよ?」

 お盆に乗せたお茶を配りながら、霊夢が尋ねる。

「最初に言ったでしょ、遊びにきたって」

「ふーん……」

 納得しない表情ではあったが、深く追求する気もなさそうだ。

「そういえば、その執事は外の人間なんだっけ?悪いけど──」

「平気よ、霊夢」

「ふぅん……」

 そこで会話が途切れ、何故か雰囲気が重くなっていった。

「さて、じゃあ執事は明日迎えに来るから──またね、霊夢」

 あぁ、もう帰るのか。執事は明日──って、おい。

「ちょっとあんた。どういうつもりなの?」

 混乱して頭が回らない七夜に代わって霊夢が聞く。

「あいつが暴れる気がするのよ。咲夜はともかく、館においておいたらソレは死ぬわ。だから置いていくの」

「──ったく、何が遊びに来ただけ、よ。」

「えぇ、遊びにきただけよ?それで、置いていくだけ。嘘はついてないわ」

 言いながらレミリアは背の羽をばさり、と広げる。

「犬や猫だってもう少しまともにおいてかれるわよ」

「人間なんだからこのくらいで十分なのよ、じゃあね。良い夜を、霊夢。粗相をしないようにね、士貴」

 そう言うが早いがレミリアお嬢様は飛んでいった。

 姿はすぐに曇天の空に溶け込み、あっという間に見えなくなってしまった。

「はぁ……ったくあの吸血鬼は──ま、あんたも仕事してもらうわよ?『働いた者は、食べていい』って言うでしょう?」

 にこり、と笑う霊夢の目には有無を言わさない力強さがあった。

「あ、あぁ。だが料理だけは頼られても困る。それ以外は、まぁこの身体なら人並みにはこなすだろう」

「この身体? なに? あなた夢想の類なの?」

「あぁ、人の夢の具現だよ。B級の悪夢だけどね」

「ふぅん……儚いものね」

 さして興味が無いのか、霊夢はそれ以上言葉を紡がずにお茶を啜って呟いた。

「──平和だわ」

 

 

 ──

 

 

 幻想郷には、現在二つの神社がある。

 博麗霊夢が祀る博麗神社。

 そして、守谷神社。

 外から引越しして来た神社であり、それを祀るのは東風谷早苗。

 八坂神奈子と洩矢諏訪子という神の風祝にして現人神である。

 

 

「──平和だわ」

 神社を箒で掃除しながら、早苗は呟いた。

 外は生憎の曇り空ではあるものの、小鳥たちが空で歌っているのを見ればそう呟いてしまうのも仕方が無い。

 幻想郷は、危険と素敵で満ち溢れているがこんな平穏もたまには悪くない。

「早苗」

「はい、なんでしょう。神奈子さま」

 いつの間にか、後ろに神奈子が立っていた。

「諏訪子がどこにいったか、知らないか?」

「諏訪子さま……そういえばお姿が見えませんね」

「地下にでも行ってるのか、ね……」

 そう言う神奈子の表情は幾分曇っているように早苗には見える。

「……探してきましょうか?」

「いや、諏訪子が本気で姿を隠したら早苗じゃ見つけられないよ。姿を隠したんじゃなきゃ、帰ってくるさ」

「……」

 神である神奈子にそう言われては、従うしかない。

 第一に諏訪子が幻想郷に来て以来、彼女が忽然といなくなるということがあったのは、今まで一度や二度では無い。

 そして、その心配をよそに彼女はかってきままに帰ってきては、何事もなさげにまた、忽然といなくなるのであった。

「ったく、今度はわたしに内緒で何を企んでいるのやら……」

 神奈子は頭を軽く掻きながら、堂の方へと戻っていった。

 その後姿を見守りながら、早苗は小さくため息を漏らした。

「近頃勝手が過ぎますと言ったのに……」

 以前、早苗は諏訪子にそう言って弾幕勝負を挑んだことがある。

 巫女と神という力関係というのは、明確すぎるほどに明確であるが、それでも巫女は神を想うものなのである。

 風祝の身として、自身の言葉が神に聞き入られもしないという事が早苗に少し寂しい思いを起こしていることも確かであった。

「おやおや、何かお悩みですか?」

「……今のは独り言だったのですよ」

 急に背後から、声をかけられたがこの事も幻想郷に来て以来、一度や二度の事ではないので早苗はすっかり慣れてしまっていた。 

「失礼しました。どうも、毎度お馴染み。清く正しい射命丸です」

「それで、本日は何用でしょうか?」

「えぇ。いつも通り取材をして回ってまして──最近お邪魔していませんでしたので……何か変わった事は起きていませんか?」

「べつに、いつも通りですよ」

 彼女──射命丸文は鴉天狗であり、新聞記者である。

 神奈子曰く、長年生きた妖怪で天狗社会のみならず幻想郷での実力者とのことだがとてもそうは思えない風貌が特徴的だ。

「はぁ、そうですか。矢張り、ネタを提供してくれるのはアチラ側の巫女ということですかねぇ」

「……巫女は話題を提供するのが仕事ではありませんから」

「あやっ、お怒りにならないでください。此方の神社には山の妖怪なら、みんな感謝してますとも!」

 彼女が言っているのは、神奈子が以前信仰の拡大の為に起こした核エネルギーによる地域(即ち妖怪の山)の活性化である。

 神奈子の方策は的中し、信仰も大いに増大した。

「あ。そういえば諏訪子さまを見られませんでした?」

「おや、神様が神隠しにでもあいましたか?」

 好奇の視線でメモとペンを手に文が早苗に詰め寄る。

「いえ、そんな大層なものじゃないですよ。もうすぐ夕飯の準備をしないといけませんから」

「そうですか……うーん、記事にはならなそうですねぇ……見かけましたら声をかけておきます」

 そういうと、文はふわりと空に飛ぶ。

「お願いします」

 早苗はそういうと文にぺこりと頭を下げた。

「では、いずれまたお会いしましょう!」

 文はそう言って、その幻想郷最速と自負する速度を誇るかのように風の様に去っていった。

「はぁ……」

 早苗は小さく、吐息を吐いた。

「何も、悪いことが起きないといいのですが……」

 

 

 ──

 

 

 俺は猫である。名前もある。

『弥太郎』である。残念ながら姓は無い。

 野良猫社会において姓というのは一部の有力者のみが付けられる実力者の証明であるのだ。

 その代わりに異名がつく。

 例えば、『サビ猫の順二』だとか『紅サソリのミィ』などで野良猫社会は呼び合う。

 これも野良猫社会で有力になればなるほど、あだ名が付けられていき、そして広まっていく。

 ちなみに俺は『キジトラの弥太郎』で通ってる。

 茶色と黒のトラ模様っていうだけのあだ名だが、割と気に入っている。

 さて──とはいっても、此処は狭い。

 いや、此処はというか世間、とでもいうか。

 世間で行われていることで猫が知らないなんて事はほとんど存在しない。

 山中さん家の献立メニューから、桃置さん家の奥さんの浮気まで、猫情報網(キャットネットワーク)に引っかからない情報なんて、特例がいくつかあるだけだ。

 何故、俺達がそれを知ってるかというと、猫は定期的に情報交換をするのが掟なのだ。

 この掟に逆らっては、家飼のヤツらはともかく野良ではやっていけない。

 古くからの決まりである。

 どんな小さく些細な事も、報告するのだ。

 爺さん猫の、その爺さんの爺さんの爺さんの……ずーっと昔からの決まりだと、そういわれた事がある。

 ここでいい情報を提供したりすると名前が売れ、異名が広まり、リーダーに選ばれて、更に霊力に目覚めたりまでいくと妖獣になったり出来る。

 一般的な野良猫の出世街道はこういう仕組みだ。

 勿論、俺も出世したい。

 が、結局今日の定例会までにいいネタは探せなかった。

 今日報告するべきネタで受けが良さそうなのといえば……

(山の天狗と河童の大将棋の決着くらいか……)

 イイネタ、とは言えないが……まぁそこまでまずくも無い。

 そう思案しながら、川原の集会所に向かう最中──嗅いだ事の無い臭いを、嗅いだ。

(猫だ!)

 俺はすぐさま、その臭いが猫の臭いであることに気がついたが──記憶をどう呼び起こしても嗅いだ事の無い臭いだ。

 ……いや、俺だって野良猫社会の全ての猫を知っているわけではない。この近辺で居ない、というだけの話だ。

(縄張り違反か……)

 ここいらはハットリが仕切るハットリ組の猫の領地である。

 隣接するのは、リュウゾウジ隊とシマヅ集──それとエドガー軍団が近接する組織だ。

 その、何処いらの若手猫ともあれば俺が臭いを知らなくても無理は無い。

(が、縄張り違反は大きなネタだぜ)

 そう期待に胸をこらし、風下から様子を伺う。

(死んでる……!?いや、衰弱してるのか……?)

 雪の様に白い猫が、苦しそうに横たわっている。

「お、おい!大丈夫か!?」

 同胞の思わぬ危機に、俺は駆け出していた。

 白猫の返事は無い。ただ、苦しそうな顔のまま、こちらを見た。

 ぞくり、と背が震え尻尾が立った。

(直感でこの猫が、只者じゃないということを理解した)

 まるで、『氷のような赤い眼』

 これ、は──自分の手に追える話ではないッ!!

 俺は集会所へと、最速で走っていった。

 

「ふむぅ、それではぁ、きょうはぁここまでとぉ、しようかのぉ……」

 集会の閉会の音頭をとったのは服部満蔵──現在の高齢でふくよかな体系と、間延びした喋り方からは想像もできないが若い頃は『鬼猫満蔵』などと呼ばれるほどの武闘派だった猫である。

「ふむぅ、たいしたぁ、じけんもなくぅ、へいわじゃのぉー……」

 ──結局、弥太郎は白猫の話を告げなかった。

 今も、この瞬間すらも彼にはその理由が分からない。

 告げる事が、何故だかとても躊躇われている。

「ちょっとまったぁ!」

 少女が、集会所に乱入した。

「はぁ、間に合ったよぉ。やっ、みんなコンバンワ」

 人間の少女の形をしているが、彼女の名は『橙』。

『八雲の家』に属する猫の妖獣でこの猫たちの統率者である。

「うおぅー、おおきく、なったぁのぉーちぇんー」

「ありがとっ! 満蔵お爺ちゃんも元気そうでよかったよ!あ、今日はへんなことなかった?」

「ほうこくすべきことはー、とくにないのぉー……」

「んー、そうなんだ? おっかしいなぁ……」

 その声を聞いて、弥太郎は心臓を口から吐き出そうになった。

「んー? おかしいかぁのぉ?」

「んー……おかしいっていうか」

 橙の二つある尾がゆさゆさと揺れる。

 しばらく、彼女は腕を組んで唸っていた。

「やっぱりアレかなぁ、紅魔館の姉妹喧嘩かなぁ……」

 ピタリ、と揺れていた尾が止まる。

「うん、分かった! みんな邪魔してごめんね! バイバイ!!」

 橙はそう告げると、来た時と同じように風の様に去っていった。

 呆気に取られるだけの猫たち一同だが、弥太郎だけは事態の重要さに気付いた。

(──橙さんは、あの白猫を探してるんだ……!)

 直感だが、確信した。

(だけど、白猫だと知っているならそう聞けばいい……橙さんが『おかしいこと』としてしか聞かなかった理由は……? 橙さん……いや、もしかしてその上の『八雲の妖怪』も把握しきれない何かが起こってる──?)

 集会が終わった帰路の最中でも、弥太郎の脳みそは回転をし続けている。

(まさか──)

 弥太郎は自分の考えを打ち消すかのように、かぶりを振った。

『八雲の妖怪』といえば、幻想郷を管理する伝説の妖怪である。

 その様な妖怪が、まさか一匹の猫に遅れを取るはずが無い。

 しかし、心はざわつくばかりである。

 弥太郎は決心し、白猫の様子を伺いにあの場所へ戻ることにした。

 臭いや気配を悟られぬように、弥太郎は前回と同じ場所から白猫の様子を伺う。

 木々と茂みに身を隠す、野良として生まれてきた弥太郎は気配を消す事を得意としていた。

 今回も完璧に気配を消している。

 その、筈だった。

 弥太郎が眼を白猫に向けた瞬間、白猫は振り返りその紅い眼と合う。

 ぞくり、と悪寒が尻尾の先まで伝わったのに弥太郎は逃げる事すら出来ない。

「おかえりなさい」

 可憐な声で白猫は喋り、ニンゲンの様な笑顔を浮かべた。

 弥太郎は、恐怖と混乱で思考が麻痺しながらも猫は笑顔にならない方がいいと思った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。