化物語ssーー凡人が怪異に巻き込まれたらーー (クロノス@百合おじさん)
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第1話。ひたぎクラブ
須咲乃雄という人間を紹介するにあたって、必要な情報はほとんどない。
”あの”羽川翼と”あの”阿良々木暦に対して、あくまで現在での話だけれど、唯一、両方と交友関係を持ってる人間であることぐらいだろう。
と、言うのも、俺が至って平凡な人間であるからである。苦手なことは多少あるけれど、得意な事は一切ない。
羽川曰く、いい観察眼を持っているそうだが、彼女の方がよっぽど上等なものを持っているだろう。
これは、そんな平凡極まりないこの俺が、不運にも、怪奇現象というか、怪異現象に足を突っ込みたがる、阿良々木暦という人間と友達になってしまい、彼のお人好しに付き合う物語である。もっとも、全てに俺が関わっている訳では無いがな。
「阿良々木君。話聞いてる?」
放課後、夕焼けが差し込む教室。
そんなロマンティックな空間で、羽川は、なにやら意識が完全に外に向いている阿良々木を諌めていた。
「あ、ああ。うちのクラスの出し物は猫耳メイド喫茶にするんだろう?」
「誰もそんなこと言ってないけど…ねぇ?須咲乃君。」
「え?さっき羽川自分で言ってたぞ。私が猫耳出してメイドになるって」
「確かに、猫耳は不本意ながらある意味私のアイデンティティみたいになっているけれど、だからと言ってそれを売りにしているわけではないよ?」
俺達は今、文化祭でのクラスの出し物を決めている。決める係は本来2人で、阿良々木と羽川だったのだが、暇だったので俺も加わっている。
もっとも、阿良々木も俺もこんな調子なので、全く何も決まっていないが。
「そういや羽川。戦場ヶ原ひたぎって知ってるか?」
「ええ。知っているけど、それがどうかしたの?」
「いや、実はさ…」
と、阿良々木は、今日自分の身に起きたことを話し出す。羽川も、友達が少ない阿良々木から珍しい名前が出たことに興味を惹かれたのか、乗り気で聞いている。お前ら出し物決めろよ。
「昼休み。僕は購買から帰る途中で、あの螺旋階段を登っていたんだ」
”あの”と付けたのは、うちの高校に一つだけ建っている螺旋階段が結構高く、また、高そうに、作られているからだ。
「そしたら、上から戦場ヶ原が落ちてきて、慌てながらもなんとかキャッチしたんだけど…」
「軽かったんだ、異様な程に」
「なるほど。ちなみに、異様な程ってどれくらい?」
「多分、今座ってる机と椅子を合わせたくらい…」
うちの高校の机は木製で、机と椅子だとだいたい10kgオーバーくらいだ。
「羽川。極度に体重が落ちる病気とかあるか?」
「多分ないと思う。拒食症とかで40kg下回るくらいなら有り得そうだけど…」
何かの漫画で、女の子は羽のように軽いと聞いたことがあるが、流石に現実でそんなことはありえない。阿良々木は確かに常人の何倍も筋肉があるけど、その差引きをしても流石におかしい。
「ってことは、怪異関連か?」
「まあ、そうだろうね」
「僕もそう思うんだ。それで、忍野に相談しようと思うんだけど、羽川。戦場ヶ原について詳しく教えて欲しい」
「私も、そこまで詳しくはないんだけれど…。戦場ヶ原さん。1年の頃は不登校児で、だけど成績は良かった記憶があるよ。確か中学時代は陸上部で、それなりに成績も残していた。清風中のヴァルハラコンビって、聞いたことないかな?」
「いや、僕は聞いたことないな」
「というか羽川。もしかして、戦場ヶ原と同じ中学校だったのか?」
「ううん。違うよ」
「なんで中学時代まで知ってんだよ…」
「羽川はなんでも知ってるからな」
「なんでもは知らないわよ。知ってることだけ。というか、なんで阿良々木君が自慢げなの…」
「それじゃあ、戦場ヶ原の近況については、誰も知らない感じか」
「まあ、あいつ友達いなさそうだからな」
「少し前の阿良々木君がそんなこと言うなんてね」
「と、とにかく。そろそろ日も暮れてきたし解散しようぜ。僕は忍野のとこに行くから、2人は戦場ヶ原のことを調べてくれ」
「わかったよ」
「俺もついてくわ。阿良々木一人だと心配だし」
「ぐ、余計なことを…それじゃあ行くぞ」
「あ、少し支度していくから先行っててくれ」
俺がそう言うと、阿良々木は教室を出ていった。
「さて、羽川。まだ何か戦場ヶ原について知ってることはないか?」
「…わかっちゃうかぁ」
「いや、なんとなくだけどな。あのお人好しの前じゃ言い辛いこともあるかもしれないってだけだ」
「阿良々木君の前で言い辛いってより、戦場ヶ原さんの結構深いところだから、本人の前で許可取らずに言うのもなあって」
「多分秘密にするから、教えてくれるか?」
「絶対って言わないあたり君らしいけど…。戦場ヶ原さん。中学の頃にお母さんが宗教に嵌ってしまって、その弊害で、戦場ヶ原さんも襲われたりしててね。具体的にいつ頃かはわからないけど、ある時から、ヴァルハラコンビの名前を全然聞かなくなったから、多分そのあたりなのかなって」
そういえば、少し前に、怪異が憑くのは心に闇を持った人間が多いって、忍野から聞いた気がする。今、羽川から聞いた情報は結構重要なピースになりそうだな。
「んじゃ、俺もそろそろ行くわ。ありがとな」
「うん。気をつけてね」
羽川の言葉を背に、俺は教室を出ていった。かなり時間使ったし、阿良々木ももう忍野のとこに向かってるだろうな。
「やあ。遅かったね。須咲乃君」
「これでも走ってきたんだがな。久しぶりだな。忍野」
結局走っても阿良々木とは合流できず、忍野のいる学習塾跡まで一人で来た。
「それで、なんで戦場ヶ原がいるんだ」
「あ、ああ。僕が教室を出たら廊下に居てな。丁度いいから連れてきた」
「戦場ヶ原ひたぎよ。あなたは?」
「須咲乃雄だ。それで忍野、こいつに憑いてる怪異はわかったのか?」
「もちろん。阿良々木君達にはもう説明したから、2度説明するのも手間だし、阿良々木君から聞いてね」
阿良々木からの話をまとめると、戦場ヶ原には蟹が憑いてるらしい。
おもし蟹。他にも、重いし蟹。重石蟹と言うらしい。また、そこから転じておもいし神。思いし神とも言われる。『思い』と『しがみ』つまり『しがらみ』であり、人の思いを代わりに支えてくれる神様であるらしい。
「それじゃあ、さっき言った通りお嬢ちゃんは清潔になってから、零時頃にここに来てね」
「はい。わかりました」
「なんだ、もう解決手段もわかってるのか」
「まあ、割とポピュラーな怪異だからね。ただ、彼女が何の”思い”を蟹に渡したのかはわからないけど。」
「戦場ヶ原本人はわかるんじゃないのか?」
「どうなんだ?戦場ヶ原」
「わからないわ…記憶に靄がかかることなんて別に普通に生きててもあるし」
恐らく、戦場ヶ原が渡した”思い”は母親の件だろう。もっとも、詳しいことは、俺もわからないが。
「戦場ヶ原。今までの人生で何か大きなトラウマがあったんじゃないか?」
「っ…。え、ええ。でもなんであなたがその事を?」
「おもし蟹は人の思いを肩代わりする怪異なんだろ?でも普通怪異になんて出会わない。出会ったってことは、それなりの理由があるわけで、つまり、何か肩代わりして欲しい大きな思いがあったんじゃないかってな」
「中学の頃、母親が宗教に嵌ったわ。理由は私が大怪我を負ったせいね。それから…いろんな人が家に来るようになったわ。ある時、儀式だからって理由で私、襲われそうになったの。幸い近くにあったスパイクで殴って逃げられたんだけど、お母さんは…それで、ペナルティ…を…負うことになって…。私…あの時ああしてなかったら…お母さんは……」
「お嬢ちゃんが蟹に渡したのは、お母さんとの思い出ってところかな」
「はい。きっと、そうだと思います」
「それじゃあ忍野。僕と戦場ヶ原はもう行くから。あ、須咲乃はどうする?」
「もう解決したも同然だろ?俺は帰って寝るよ」
「おう。じゃあな」
「須咲乃君も、ありがとう」
「礼なら羽川に言ってやってくれ。あいつがいなかったら、分からなかったことだ」
「ええ。わかったわ」
「それじゃあ。帰るわ」
阿良々木達と別れて、帰路に着く。怪異のことは、まだよく分からんが、まあ、忍野がいれば大丈夫だろう。
にしても、全く。阿良々木のお人好しに付き合うとこんな時間に帰る羽目になるのか。今度からめんどそうだったら断っとこうかな。
後日談。というか今回のオチ。
あの後よくわからん儀式が行われて、無事、戦場ヶ原の体重は元に戻ったそうだ。とは言っても、別段日常に変化があるわけでもなく、なんとなく肩透かしをくらった気分だと戦場ヶ原は言っていたそうだ。
そういえば、儀式が終わった時に阿良々木と戦場ヶ原が友達になったと、忍から聞いた。
主様に女友達ができて嫉妬心とか無いのか。と、聞いたが、「かかっ。儂は寛容だからの。寧ろ主様に友達ができて嬉しいの」との事だ。
今回の件で忍野は戦場ヶ原から報酬を、10万円を受け取ったそうだ。女子高生から金を巻きとるのもどうかとおもったが、まあ、それくらいのことをしたのだろう。
その金で、忍にドーナツでも買ってやればいいのに。そうすれば少しは俺や阿良々木が投資しなくて済む。
余談になるが、あの件の後、何故か阿良々木が少し太ったらしく、俺にぼやいてきた。まあ、体重を戻す手伝いをした報酬なんじゃねぇの?俺も体重には気を使わないとな。
ん?文化祭の出し物?
ああ、もちろん羽川が全部決めといてくれたぞ。
〜fin〜
俺ガイルssの次は、物語シリーズssに挑戦してみました!
キャラの話し方など、難しいところが多々あり、完成させるのになかなか骨が折れました…。
戦場ヶ原が10万円を払う、原作とは違うルートにしたのは、なんとなくです(笑)
今作は、次話も作ろうと思ってます。(いつ完成するかわからないですけど…)
それでは、また次回。「まよいマイマイ」にて。
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