ようこそTSギャルが暴走する教室へ (饅頭屋ちゃん)
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第1話

原作での佐藤麻耶の一人称は『私』ですが、本作では他キャラとの差別化のために勝手ながら『わたし』となっております。


 違和感を覚えたのは高校受験の時期だった。

 高度育成高等学校という名前の学校が妙に引っかかり、わたしはそこを受験することに決めた。

 卒業生は希望する進路にほぼ100%進めるという普通に考えたらありえないようなふれこみで、わたしはあまり頭がよくないにも関わらずその高校になぜか合格することができたのだが、既視感というかなんというか、わたしはその学校を知っているような気がしてもにょもにょしていたのだ。

 

 そんなある日、夢を見た。

 一人の男の生涯とでもいうべき膨大な記憶。

 その男はかつてわたしだった存在だということは漠然と理解できた。

 

 男はラノベを読んでいた。

 その登場人物の一人が、わたし。

 モブと言っても過言ではないような、いてもいなくても物語には大して支障もないような脇役。

 主人公に告白して振られる噛ませキャラ。

 

 夢から覚めたわたしはすぐに安物のノートパソコンを起動し、記憶に残っているものをメモ帳に打ち込んだ。

 登場人物の名前、プロフィール、おおまかなストーリー、注釈。

 そしてある程度書いてから思った。ここは本当に【ようこそ実力至上主義の教室へ】の世界なのかどうか、まだ確証がない。

 

 ブラウザを立ち上げて検索してみることにした。

 学校の情報は徹底的に秘匿されていて、検索しても何も引っかからない。ポイントシステムの存在とか退学になった人なんかが口外しないわけがないと思うんだけど、しかし不思議と見事なまでに何も出てこない。ならば登場人物で有名っぽい人の名前で検索してみようと自分で書いた登場人物の一覧を眺め、高円寺をチョイス。彼の実家である高円寺コンツェルンという企業を調べると、苦もなく彼の名前に辿り着いた。次期社長として顔写真まで載っている。その顔はわたしの記憶の中の彼と重なっていた。

 

 心臓の音がドクドクと聞こえてくる。

 この世界は――いや、落ち着けわたし。高円寺コンツェルンは有名企業だし、彼の顔を偶然どこかで見て無意識に覚えていただけかもしれない。だからもう一押し、この世界があの世界であることを確信できる何かがほしい。

 

 再び登場人物一覧を見る。

 そして一人の名前に注目した。

 佐倉愛里。彼女はたしかグラビアアイドルとかそんな感じのアレだったはずだし、ネット上に名前くらい載っているだろう。

 しかしその名前で検索しても出てこない。やはりわたしの記憶が間違いだったのか。一生懸命メモ帳に打ち込んだこの全部が妄想に過ぎないというのか。わたしの中の男の記憶は一体……いや、ちょ待てよ。アイドルが本名でやるわけないじゃん、ググるなら芸名でしょ。とそこまで思い至ったところで、そっちの名前は思い出せなかった。

 

 もっかい登場人物一覧を見てみる。

 須藤健、はどうだろうか。こいつはヤンキーでカスみたいなやつだけど、バスケをやっていて一年生でありながらレギュラーに選ばれるほどの実力の持ち主だ。中学時代の活躍次第では名前が残っている可能性があるのではないだろうか。

 

 あった。

 須藤は中学の大会で好成績を残しており、動画サイトで試合を見ることもできた。

 赤髪のツーブロックにラインを入れた、不良にしか見えない男。

 わたしの記憶と完璧に重なる。

 

 間違いない。

 どうやらわたしは【ようこそ実力至上主義の教室へ】の世界にTS転生してしまったらしい。

 

 

 

 

  ◇

 

 

 

 登校初日。

 高度育成高等学校に向かうバスの中でわたしと同じ新入生と思われる人たちの顔ぶれを見渡すと、高円寺くんや堀北に櫛田、そして原作主人公である綾小路くんの姿を発見した。

 

 ていうか、綾小路くんがヤバい。

 かっこ良すぎて子宮がキュンキュン疼くんだけど。

 なにこれ、もしかして恋?

 わたし、綾小路くんに一目惚れしちゃったわけ?

 

 あ、ちなみにわたし前世は男でも今は体も心も普通に女の子なんで。

 そこんとこよろちくび。

 

「席を譲ってあげようって思わないの?」

 

 綾小路くんのせいでパンツがビショビショになってしまわないかとそわそわしていると、OL風のお姉さんが声を上げた。

 どうやら優先席に座っている高円寺くんに向けていったようだ。

 そういえば原作でもこんなシーンあったような……こんなことまで原作通りになるんだ。

 

「お婆さんが困っているのが見えないの?」

 

 お婆さんを見てみると確かに辛そうな顔をしていた。席を譲ってあげたい気持ちに駆られたけど、生憎とわたしはどこの席にも座ることができていない。まあ仮にわたしが優先席に座っていたところで、こんな責めるような言い方をされては譲る気も失せるような気がしなくもないんだけど。

 優先席は高齢者に席を譲らなければならないというような義務はない。

 よってそこは敬語で下からお願いするのが筋だと思う。

 

 ちょっとこの偉そうなOLお姉さんで気を紛らわせようかな。

 このままだと綾小路くんのせいでパンツがビショビショになっちゃうかもしれないし。

 

「ねえ」

 

 わたしはOLお姉さんに近づき、その肩をツンツンと突いた。

 振り返るOL風お姉さんに、

 

「あんたが椅子になればいいじゃん、オバサン」

「え?」

 

 ポカンとしているOLお姉さん……オバサンでいいや。

 オバサンはどうやら意味を理解できていないようなので説明してあげることにした。

 

「あんたが手と膝を地面について四つん這いになったらさ、背中にお婆さん座れるじゃん。ほら、やり方わかったでしょ? はやくしなよオバサン。お婆さん辛そうだよ? はよ椅子になれよ」

「な、な……そ、そんなことするわけ無いでしょ! バカじゃないの!?」

「はあ? お婆さんが辛そうなのを何とかしてあげたかったんじゃないわけ? お婆さんを助けるのに優先席も人間椅子も大差ないじゃん。あ、もしかしてオバサンってさー、お婆さんを助けたいわけじゃなくて年下のガキに説教して正義感に酔いしれたかっただけみたいな? 自分の負担になるようなことは論外みたいな? なるほどね、その発想はなかったなー。オバサンの考えることは難しいなー。たしかにバカだねわたし。アハハ」

「こ、このっ! ならあんたがやりなさいよ! 四つん這いになって!」

「うわ、結局自分ではやらないんだ。こんな年下の女の子を四つん這いにさせてまで自分は汚れたくないんだ。人にはやらせようとするくせに」

「それはあんたじゃない――」

 

 と、ここで高円寺くんが優先席を立った。

 バスが目的地に着いたのだ。

 うるさいオバサンをスルーして、当然わたしも降車口へと向かう。

 

「フフ、面白い見世物だったよ、ヤンチャなガール」

 

 前を歩く高円寺くんはそれだけ告げるとわたしの返事も待たずにさっさと降りていった。

 わたしも続いて降りようとすると、背中にヒステリックな声を浴びせられた。

 

「ちょっとアナタ! 名前を言いなさい、あと学校も!」

「うるさいなー。堀北ですが、なにか?」

 

 学校名は告げず、とある女の名前を借用させてもらったわたしはバスを飛ぶように降りた。

 目の前にはなんか立派な感じの門があった。

 バスから降りた、制服に身を包む同年代の人たちが門をくぐり抜けていく。

 東京都高度育成高等学校。とても普通とは言えないちょっとアレな学校だけど、わたしには原作知識がある。知識が通用することは先ほどのバスの一件でわかった。緊張はするけど恐怖はない。

 一度立ち止まり、深呼吸。よし、行くか!

 

「ちょっと」

 

 一歩目を踏み出す寸前、真横から声をかけられて出鼻を挫かれた。

 長い黒髪の美少女、堀北だった。

 

「さっき私の名前を出していたけれど、なんなの?」

 

 バスを降りる寸前の一言、どうやら聞かれてしまっていたようだ。

 

「あなたはなぜ私の名前を知っているの? どうして私の名前を出したの? 私はあなたのことを知らないのだけれど、どこかで会ったことがあったかしら?」

「んーん、知らない。中学のときに嫌いだった人の名前を出しただけ。まさか同じ名字の人がいるなんて思わなかった。気に障ったなら謝るよ。ごめんね」

「はあ、そういうこと。他人の名前を勝手に名乗るなんてどんな神経をしているのかしら。とりあえず、堀北という名前は二度と使わないでちょうだい」

「うん、そうするよ。ごめんね」

「さっきのバスの中での出来事、見ていたけれど。願わくばあなたのような人とは関わらずに過ごしたいものね」

 

 堀北は言うだけ言うとため息をついて、足早に門をくぐり抜けていった。

 ……うっざ。堀北うっざ。死ねよあいつ。死ね。堀北死ね。

 堀北の後ろ姿をじっと眺めていると、わたしを見ている一つの影……綾小路くん!?

 バッと振り向くと、綾小路くんはわたしのことなんて気にも留めていなかったかのように自然と視線を逸らし、堀北の後を追って歩いていった。

 話しかけてみようと一瞬思ったけど、緊張で足がすくんで近づけなかった。



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第2話

 教室で前の席に座る長谷部波瑠加(巨乳)の後ろ姿をぼーっと眺めている。

 ここでも原作知識と差異はなく、わたしが振り分けられたのはやはり底辺の巣窟、Dクラスだった。

 わたしが一方的に知っている顔ぶれがそれぞれ微妙な距離感で世間話をしていたりぼっちしていたりしているのが見える。教室の一番奥の隅っこという主人公専用の席を確保しているのはやはり綾小路くんで、ちらりちらりと彼を見るとやはりぼっちしていた。でもかっこいい。好き。で、その横には堀北とかいう孤高気取りの無能ぼっち。真ん中ちょい後ろの方の席に座るわたしも絶賛ぼっち進行形。

 

 うーん、どうしようかな。

 友達が欲しいっちゃ欲しいけど、無理してでも欲しいってわけじゃないんだよね。

 佐藤麻耶(わたし)は原作でいうと軽井沢さんとか篠原さんとかあの辺と仲良くするんだろうけど……ちょっとめんどくさいな。嫌いとかそういうのじゃないんだけど。

 

 わたしの前の席に座るのは長谷部さん(巨乳)、わたしの後ろの席は佐倉さん(巨乳)。

 なんというぼっちエリア。そしてなんという巨乳サンドイッチ。

 おっぱいとおっぱいの狭間にいる女、それがわたし。

 どうせ友達を作るならこの二人のほうが気楽でいいかもしれない。無理に気を遣わないでも良さそうっていうか。おっぱい目当てじゃないよ?

 後ろを見てみると、佐倉さんはわたしの顔を見て怯えたように目を逸らした……あかん、これはあかん。下手に話しかけようものならいじめと勘違いされちゃいそう。

 というわけで佐倉さんは後回し。長谷部さんにツンツン攻撃。背中をツンツンすると長谷部さんの体がピクリと動き、怪訝そうな顔で振り返った。

 

「……?」

「わたし佐藤麻耶。よろしくね」

「……あ、よろしく」

 

 長谷部さんは気だるそうな声で一言だけ言って前に向き直った。

 ……名前すら名乗ってもらえなかったんですけど。

 

 長谷部さんはもういいや。

 彼女だってわたしみたいな尻の軽そうなビッチ臭い女と関わりたくないだろうし。ぐすん。

 

 気を取り直して。

 長谷部さんの隣の席を見ると、一匹のデブがぽつんと座っている。

 デブといってもそこまで太くはないんだけど……ポッチャリみたいな感じ。名前は忘れたけど、原作では博士とか呼ばれていたような気がする。あのデブに話しかけてみようかな?

 ギャルはキモオタに優しいっていうし、そういうギャルにわたしはなりたい。

 デブの脇腹にツンツン攻撃。

 デブはビクンと体を仰け反らせて椅子からずり落ちそうになりながら振り返った。

 

「ファッ!? え、えっと……?」

「わたし佐藤麻耶。よろしくね」

「あ、え、ええと……? じ、自分は外村、です……」

「よろしくね、外村くん」

 

 ニコリとスマイルをプレゼントすると、デブの顔が赤く染まった。……櫛田みたいなことやってんなー、わたし。

 ていうかこのデブ原作では変な語尾つけてたような気がするんだけど、今は緊張しているのか普通に喋っている。

 まあわたしみたいなのにいきなり話しかけられるとは思わないだろうし、そりゃ驚くよね。

 

 と、ここで招かれざる闖入者がやってきた。

 

「俺俺、俺は山内春樹!」

「俺は池寛治! よろしくな、佐藤ちゃん!」

 

 Dクラス内でも特に救いようのない三馬鹿の構成員の二人は、デブを押しのけるようにしてわたしの前にしゃしゃり出てきた。

 こいつらとは仲良くしたくないなぁ。けどシカトするのも角が立つよね。

 

「……あ、よろしく」

 

 長谷部さんの真似をして冷たく言い放ってそっぽを向く。

 続けて二言三言話しかけられたけど適当に流していると、

 

「なんだよ、ノリ悪いな」

 

 二人は舌打ちをして他の人の会話に混ざっていった。

 ふぅとため息をつくと、前の席の長谷部さんが振り返った。

 何事か。なんでわたしを見ているんだろう。じっと見つめ返していると、彼女は周りに聞こえないように声を潜めて心外なことを言ってきた。

 

「デブ専?」

「違うから」

 

 わたしには綾小路くんがいるというのに。心外にも程がある。

 

「デブにだけ態度違ったから、そうなのかなって。優しいっていうか」

「ギャルはキモオタに優しいって都市伝説あるじゃん? あれを実践しようと思って」

「バカじゃないの?」

 

 辛辣な言葉とは裏腹に長谷部さんの目に嘲りの色はなく、その綺麗な顔にはうっすらと笑みを浮かべていた。

 

「長谷部波瑠加。よろしく」

「お、おう、よろしく……」

 

 なんだろう、若干フレンドリーになってるような気がするんだけど。ここで名乗り返してくるとはね。

 とか思っていたら長谷部さんの顔が若干不機嫌になり、

 

「そっちは名前教えてくれないわけ?」

 

 言ってる意味がわかんなかった。

 先に名乗ったのはわたしのはずである。

 

「……さっき言ったんだけど? 佐藤麻耶って名乗ったんだけど?」

「……あ、ごめん。聞いてなかった」

「酷くない!?」

「ウザそうなのに絡まれたと思ったんだけど、思ったのと違ったっていうか」

 

 ウザそう……わたしってウザそうなんだ……。

 

「ちょっと、泣かないでよ。悪かったって」

「泣いてないし」

 

 目尻に溜まっていた雫を指で掬い取る。

 わたしは思いのほかショックを受けているらしい。

 

「ねえ、麻耶って呼んでいい? 私のことは波瑠加でいいよ」

「だめ。呼ばない。話しかけないでくれないかな長谷部さん」

「ちょっと、機嫌直してよ麻耶」

「わたしってウザそう?」

「うん。……ああ、もう、ごめんって」

 

 ウザそうって顔のことだよね……他に材料ないし……。

 顔には自信あったのに……。

 

「楽しそうだねっ」

 

 馴れ馴れしくて失礼な長谷部さんをあしらっていると、お前の目は節穴か、と言いたくなるような台詞を引っさげてやってきた女を見てわたしの身に緊張が走った。

 ダメだ。顔に出してはいけない。この女は人をよく見ている。敵意や警戒心を見せたらどんな逆恨みをされるかわかったもんじゃない。

 

 櫛田桔梗。

 同じ中学だったというだけの理由で堀北を執拗に狙い退学させようとするとんでもない女。

 堀北を狙うだけならまだしもこいつはDクラスそのものの情報をCクラスに流し、Dクラスに損害を与えまくる。

 ただし普段は猫を被りまくっており、周りには天使だと思われている厄介な女だ。

 一部の通の間では糞田桔梗などと呼ばれるほどのクソな女である。

 

「私は櫛田桔梗。よろしくねっ」

「長谷部波瑠加、よろしく。こっちは佐藤麻耶ね」

 

 わたしと似たような挨拶をかます櫛田、それに対してあっさりと名乗り返す長谷部さん。なんで普通に名乗り返してるんだろう。わたしとの対応の差が酷いんだけど。わたしがウザそうだからか。泣きそう。

 櫛田はわたしの顔をのぞき込んで言った。

 

「あのね、佐藤さんは気づいてなかったかもだけど、私も同じバスに乗ってたんだよ」

「……へ、へえ。そういえば見覚えがあるような」

 

 ということは、わたしがオバサンをからかってたところを見られていたわけだ。

 櫛田がバスに乗ってたことは当然知ってたけど、あのときは綾小路くんのせいでパンツがビショビショになりそうだったから櫛田の存在にまで気が回らなかったんだよね。綾小路くんのせいだ。

 恨みを込めて綾小路くんを見ると、彼は堀北と何か喋っていた。

 嫉妬嫉妬嫉妬。堀北死ね。

 

「あのときの佐藤さん凄かったなー。長谷部さんは知ってる?」

「ちょ、ちょっとやめてよ櫛田さん! あのときのアレは……!」

「へえ、なになに? 気になるんだけど」

「んー。……秘密、かな?」

 

 櫛田はわたしの顔を見て微笑んだ。

 こいつ……わたしの秘密を握ってやったとでも思っているのだろうか。

 それとも、ただ軽々しく人の嫌がることを口にしないようなキャラを心がけているのかもしれない。

 

「辛そうなお婆さんがいたんだけど、優先席に座ってる高校生に説教してたOLにお前が四つん這いになって椅子になれよって言っただけだよ」

 

 お前の思い通りになると思うなよバカめ。

 わたしは自分の口から言ってやった。

 

 わたしとしてはそこまで大したことでもないしね。

 これを聞いた長谷部さんが腹を抱えて笑っていたのは、あのときのことを面白おかしそうに話す櫛田のおかげかどうかはわからなかった。



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第3話

 入学式が終わり、昼前に解散となった。

 そんでわたしは波瑠加と二人でその辺を当てもなく徘徊している。

 

「あ、コンビニ。ねえ麻耶、ちょっと寄っていい?」

「いいよ、色々買うものもあるし。お昼も買う?」

「んー、お昼はカフェとか色々あるらしいしそっちにしない?」

「そうしよっか」

 

 来月、わたし達Dクラスはクラスポイントがすっからかんになってしまうため収入が無くなっちゃう。なので無駄な浪費は避けるべきだけど、このくらいは許容範囲だろう。初日だしね。

 

 コンビニに入ると、二人揃って必要なものを籠に突っ込んでいく。

 わたしはできる限り安い物ばかりを選んでいるけど、波瑠加は無駄に高いものも籠に入れていたので少し口を出すことにした。

 

「波瑠加、あんまり無駄遣いしないほうがいいよ」

「麻耶って見た目に反して真面目だったりそうじゃなかったりよくわかんないよね。そこが面白いんだけど。でも毎月10万も貰えるなら余裕じゃない?」

「ポイントが毎月振り込まれるとは聞いたけど、毎月10万貰えるとは言ってなかったよ」

「え? そうだっけ?」

「ていうか貰えないと思う。多分。ほら、あれ見て」

 

 わたしが指さした先を見る波瑠加。

 そこには無料の商品ばかりが並べられている。

 

「無料……一ヶ月三点まで……?」

「ポイントが足りなくなる人がそれだけいるってことだよ、きっと」

「ただの使いすぎじゃない?」

「そうかもしれないね」

 

 ポイントがなくなっても生活できなくなるわけでもないし、別にいいか。

 けどそのまま安物ばかりを選び続けるわたしを見ていた波瑠加は何を思ったのか高いものを棚に戻し、安い物へと替えていく。

 

「なんだか麻耶の言うとおりになる気がしてきたから。冷静に考えたら毎月10万も貰えるのっておかしいかなって。それに安いのもそこまで変わらないしね」

「……節約しろとまでは言わないけど、無駄遣いするのは来月ちゃんと振り込まれるのを確認してからにしたほうがいいと思う」

「そうする」

 

 よかった、浪費に付き合わされるのも面倒だったし。

 まあこんなこと言っておきながらなんだけど、わたしはちょっと高いものを買う予定があったりするんだけどね。

 

 わたしが買うものはカメラ。

 それもできるだけ小っちゃいやつが欲しい。

 何万掛かるかわかんないけど、わたしがこの先生きのこるにはこれだけは絶対に手に入れなければならない。計画が上手くいけば元は取れるはずだし。携帯のカメラだけじゃ不十分だ。盗撮難しいし。

 無人島にも隠し持って行けるくらいのミニサイズが理想だけど、さすがに難しいかなぁ。デブに頼んだら改造とかしてくれるかも。

 

 つまり何がしたいのかというと、わたしはこの学校に遊びに来てるわけじゃないんだよね。

 とはいえAクラスで卒業したいと思っているほど本気ってわけでもない。

 Aクラスは希望する進路がほぼ100%って言うけど、他のクラスだって高卒の資格を取れることに違いはないわけだし。

 そういうわけでとりあえず卒業だけできれば良いんだけど、快適な生活を送るためにプライベートポイントは多い方が良いに決まっている。テストの点数だってポイントで買えるわけだし、退学を防ぐという意味でも重要になる。

 あわよくば2000万ポイント稼いで最後の最後でAクラスに上がりたいところだけど、これは流石に難しいか。

 もしかしたら綾小路くんがこのクラスをAにまで引き上げてくれる可能性もワンチャンあるけど、彼の場合軽井沢さんだけを引き連れてしれっと自分たちだけAクラスに上がるなんてこともやりかねないし、そこまでの期待はしないでおく。

 

 結論、わたしの方針。クラスの勝ち負けはどうでもいいから自分のプライベートポイントを…………うわっ!?

 

 ふと横を見ると、妙に近いところに立っていた綾小路くんがわたしを見ていた。

 綾小路くんはわたしと目が合った瞬間、おまえのことなんか見ていませんでしたよみたいな感じで自然と目を逸らして適当な商品を手に取った。

 わたし達の話を聞いていたんじゃないだろうか。多分そうだ。ていうか近い。

 

「麻耶、どうしたの? って、なんで顔真っ赤……ん?」

 

 波瑠加は隣で商品を見ている綾小路くんとそれを見て固まっているわたしを交互に見回す。綾小路くんはこちらを一瞬たりとも見ることもなく離れていき、角を曲がって見えなくなった。

 

「今のって同じクラスの人だよね。なんだっけ、名前」

「綾小路くん」

「ふーん。知り合い?」

「違う、喋ったことない。今日初めて見た」

「ってことは一目惚れ? マジ?」

「なっ、ち、違う! 惚れてないし!」

 

 なぜだ。なぜバレた。わからん。

 波瑠加ってそんな洞察力高いキャラだっけ?

 

「わかりやす。でも綾小路くんねぇ……顔は悪くないと思うけど、なんか影薄くない?」

「だから違うから!」

「はいはい、応援してあげる」

「いらない!」

 

 うるさい波瑠加と並んで会計を済ませて店を出ると、クラスメイトが三人ほど店の前にいた。堀北と須藤が何やら言い合いをしており、綾小路くんはそれを見てるだけのようだ。

 

「綾小路くんいるじゃん。交ざる?」

「交ざらないから。早く行こ」

 

 生ゴミvsウンコの口喧嘩なんて興味がない。

 波瑠加の手を引いて三人の横を素通りしようとすると……堀北は振り返り、わたしの顔を見たかと思うと、

 

「はぁ。そこの男とかあなたみたいなのが同じクラスだと思うとため息が出るわね」

 

 言葉の通りため息をついた堀北はどこかへ去って行った。

 ……。

 

「なにアイツ、感じ悪くない?」

 

 波瑠加は堀北の後ろ姿を睨んでいる。

 

「…………つく……」

「あー! ムカつくぜクソが!」

 

 須藤はコンビニの窓ガラスを蹴りつけた。

 

「何なんだよあの女は! クソが!」

「ホントだよ! マジムカつくんだけど!」

 

 わたしも須藤のように窓ガラスを蹴ろうとしたけどカメラあるしヤバそうだから代わりに須藤を蹴った。

 

「ちょ、麻耶!?」

「痛ぇ! 何しやがる!」

「ムカつくんだよ堀北! なんであんな偉そうなわけ!?」

「ああマジで偉そうだよなアイツ! 調子こきやがって!」

「ウザいウザいウザいムカつく!」

 

 わたしはもう一度須藤を蹴った。

 

「痛ぇ! 蹴るんじゃねえ!」

「堀北ウザい!」

「ああ、うぜーよな!」

「別に大したやつでもないくせに! どうせ勉強くらいしかできないくせに! なんでそんなに上から目線なのよ! 死ね堀北!」

 

 わたしはもう一度須藤を蹴った。

 

「あーすっきりした。波瑠加、行こ」

「あんたはそれでいいのか……」

 

 ドン引きしている波瑠加の手を引いてわたし達はコンビニから離れた。

 

 

 

  ◇

 

 

 

 須藤を何度か蹴りつけた佐藤はオレを見ると我に返ったかのように顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうに俯きながら長谷部の手を引いて逃げるように去って行った。

 

「……おい、綾小路。何なんだよあの女は」

 

 それはオレも知りたいところだ。

 佐藤麻耶。

 現時点でオレが最も注目している人物。

 初めて佐藤を見たのはバスの中だったが、あのときの彼女の行動は悪意に満ちていた。

 しかし先ほどコンビニ店内で長谷部を諭す彼女からは思いやりと高い知性を感じた。

 

 佐藤はどういうわけかやたらとオレを見てくることが多く、教室にいたとき逆に観察させてもらったが、彼女は教室内の監視カメラの位置を確認していたのがわかった。それにさっき須藤を蹴っていたとき、彼女は最初コンビニの窓ガラスを蹴ろうとしていた。しかしカメラの位置を確認してからターゲットを須藤に変更していた。

 

 監視カメラの存在は堀北ですら気づいていない。

 ポイントの懸念だってそうだ。来月も10万ポイントが支給されると思っている生徒がほとんどだろう。漠然と警戒している堀北よりも思慮深いと言わざるを得ない。

 

 しかし先ほどの暴行、というより奇行は……。

 

「さあ、よくわからん。……ところで須藤、なぜ顔がニヤけているんだ?」

 

 須藤は佐藤たちの去って行った方角を見つめながら、幸せそうな気持ち悪い顔をしている。

 

「なあ、綾小路。おまえは女に蹴られたことがあるか?」

「いや、ないが」

 

 質問の意図が読めない。

 

「口では痛いっつったけどよ、あんま痛くねえんだ。いや、男に蹴られたら痛くなくてもブチギレするところだけどよ、あいつ男じゃねえし、その、顔も悪くねえし。だからなんつーか、許せるっつーか、もっと蹴ってくれてもいいっつーか」

 

 こいつはいきなり何を言っているんだ?

 

「蹴られると良い匂いがすんだよ。柑橘系みたいな感じの」

 

 ……。

 

「それにな、その……見えるんだ、パンツが。……白だったぜ」

 

 ……白、か。

 

「あんなギャルみてえなナリで白だぜ? やべーよ」

 

 ……ヤバい、か。

 

「クソ、思い出したら我慢出来なくなってきたぜ。ちと便所借りてくるわ」

 

 須藤は前屈みになりながらコンビニに入っていった。

 ……白、か。

 

「気になるな……」



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第4話

「せんせー、ポイントが振り込まれてないんですけどー」

「今月分のポイントは既に振り込まれている」

 

 入学してから一ヶ月が経ち、最初のポイントの支給日。

 わたし達Dクラスは過酷な現実を突きつけられている真っ只中である。

 

「はあ? 10万どころか1ポイントすら入ってないんですけど?」

「それが貴様達の価値だ。このカス共が」

「あり得なくない?」

「貴様らのオツムがな」

「せめてポイント増減の詳細を教えていただけませんか? このままじゃ納得できません。納得できないんですよ、僕たちは」

「そのくらい自分で考えろ雑魚が」

 

 アホ共を一頻り罵り終えた茶柱は教室から出て行った。

 教室中が騒然となる中、前の席の波瑠加が振り返り、声を潜めて言う。

 

「一応覚悟はしてたつもりけど、ホントにポイントなしとはね。麻耶の予想通りっていうか、もっと酷い……」

「うん。ゼロは流石にキツいよね」

「ポイント使い切った人とか何人かいたけどどうするつもりなんだろ。ていうかこのクラスどうなるの? 他のクラスと比べて酷すぎない? 三年間ポイントなしってわけ?」

 

 この一ヶ月間、他の女子達が服とかバッグなんかを買いまくる中、わたしと波瑠加はあまりポイントを使わなかった(小型カメラはこっそり買ったけどね)。たまにカフェに行ったりはしてたけど他に大した出費もなく、食事なんて二人で自炊したりしていたのだ。波瑠加と一緒に料理をするのは楽しかったし、特に節約を意識してたわけじゃないんだけど。

 

「ポイント入手の機会は多分あると思う。わたし達は余裕あるし大丈夫。今まで通り過ごしていればいいだけだよ」

「そう? 麻耶が言うならその通りになるような気がする。なんとなくだけどね」

 

 うむ。その調子で今後もわたしを信用したまえ。

 悪いようにはしないよ。うへへ。

 

「クソが、ふざけやがって、茶柱の野郎! なあ、これからどうするよ、佐藤」

 

 馴れ馴れしく近づいてきた須藤とかいうヤンキーに波瑠加は眉をひそめた。

 いつもの光景である。

 

 実はこの一ヶ月、須藤が馴れ馴れしくてちょっとウザい。

 初日にコンビニ前で須藤を蹴ったことが切っ掛けなんだろうけど、一日一回は用事もないのに話しかけてくるようになったんだよね、このクソ野郎。

 そのせいで須藤くんって佐藤さんのことが好きなんじゃないの? みたいな噂が立ったりもしたけど、それはないと断言できる。須藤はわたしの胸とか足ばかりに視線を向けてきて、ぶっちゃけ性的な目で見ているに過ぎないのだ。波瑠加もそう言ってたし。

 しかもコイツ、蹴ってやったら満足してどっか行く。口では文句を言いながらね。ほんとキモい。

 

 そういえばある日須藤はマゾなんじゃないかって噂が立って、篠原さんがわたしの真似をして須藤を蹴ったんだよね。そしたら須藤のやつマジギレしやがった。流石に暴力は振るわなかったんだけど、篠原さん泣いちゃったりして。そしたら可愛い女の子じゃないとダメなんじゃね? っていう篠原さんに失礼な説が男子の中(具体的に言うと池と山内)から出たりもしたんだけど、これは正解なんじゃないかと密かに思ってる。櫛田とか波瑠加とかが蹴ったら普通に喜びそうな気がするんだよね、あの変態。まあ実践する人はいなかったんだけど。篠原さんにトドメを刺すような酷い美少女はいなかったのだ。

 

「うるさいどっか行け」

「ケッ、おっかねえ女だぜ」

 

 椅子に座ったまま須藤を軽く蹴ってやると、須藤はニヤけつつ中腰になりながら自分の席に戻っていった。

 須藤の後ろ姿を見る波瑠加の目は完全に性犯罪者とかに対するものだった。

 

「あいつほんとキモ……」

「ね」

 

 あの変態、他のクラスメイトみんながポイントのことで大混乱中なのに何やってんだか。

 須藤だってポイントほとんど使い切ってるらしいし、困ってないわけがないと思うんだけど。今はそれよりも一時的に性欲が勝っているような状態なのかな。

 

「はぁ……どうせなら綾小路くんのオカズになりたい……」

「麻耶、その台詞はヤバい」

 

 おっと……うん、波瑠加の他には誰も聞いてない。聞こえる距離には誰もいない。オーケー。

 

「みんな、ちょっと真剣に聞いて欲しい。これからについて話し合いたいんだ。特に須藤くん」

「いま俺はそれどころじゃねえんだよ。わかったら俺を巻き込むな。殺すぞ」

「あ、いや須藤くん、ちょっと待って……」

 

 爽やかイケメンの平田くんが教壇に立って呼びかけると、須藤はいきなり教室を出て行った。前屈みで。

 

 平田くんがやろうとしたことは授業態度をクラス全体で改善していこうという話し合いなんだろう。けど最も改善の必要がある須藤がいなくなったのでは、その話し合いにはあまり意味がなくなってしまう。

 女子達が一斉に須藤の陰口を叩き始めた。

 

「須藤くんってほんっと空気読めないよね。キモいし。なんなのアイツ」

「このクラスのポイントがないのって全部須藤くんのせいでしょ」

「須藤がトイレから戻ってきたときイカ臭くない?」

「須藤くんっていつかレイプとかして捕まりそう」

「佐藤さんが最初に襲われそうだよねー。かわいそー」

 

 うーん……。

 キモいのはともかく、須藤がいなくてもポイントが残ったかどうかはわかんない程度には全体的に酷かったと思うんだけどね。アイツが1番酷いのは間違いないけど。

 

 あと最後の人、聞こえてるからね。

 マジでやめて。

 

 須藤に対する不満や中傷が飛び交う中、なんでか平田くんがわたし達の前までやってきた。

 

「佐藤さん、それから長谷部さんも。ちょっといいかな?」

「いいよ。なに?」

「放課後にクラスのみんなで話し合いたいんだ。それで二人には……というより佐藤さんには須藤くんを連れてきてもらいたいんだ」

「やだ」

 

 何を言い出すかと思えば、ふざけんなよこのイケメン。

 波瑠加がわたしを庇うように応対する。

 

「ねえ、どうして麻耶なわけ?」

「須藤くんが一番話を聞いてくれそうだからだよ。彼は多分、佐藤さんには心を開いていると思うんだ」

「平田くんさ、さっき麻耶がなんて噂されてたか知ってる? 須藤にレイプされそう、だって。あのさ、麻耶のこともっとちゃんと考えてくんない? 麻耶がアイツにレイプされたら平田くんは責任取れるの?」

 

 波瑠加……。

 

「ご、ごめん。彼がそんなことをするような人だなんて想像もしてなかったんだ。でも確かにそんな噂をされているようなら怖いよね。僕が軽率だった。佐藤さん、ごめん」

 

 平田くんは深く頭を下げた。

 ていうか正直別に怖がってはいないんだけどね。キモいけど。

 波瑠加も平田くんも優しいな。

 

「いいよ。あの変態にはわたしから言っとく」

「麻耶、いいの?」

「うん。教室ならみんなもいるし大丈夫だから」

「佐藤さん、ありがとう! もし彼に何かされそうだったらいつでも僕を頼って欲しい。必ず駆けつけるから」

 

 平田くんはイケメンだなー、こりゃ女子に人気なわけだ。

 彼女持ちの台詞じゃないと思うけど。

 

 須藤が教室に戻ってきた。

 あいつの席に向かう。

 

「須藤。今日の放課後にクラスで話し合いするから残って」

「おう、いいぜ」

 

 簡単なミッションだった。

 席に戻ると波瑠加と平田くんは微妙な顔をしていた。

 

 

 

  ◇

 

 

 

 放課後。

 平田くんの努力の成果か、性格の悪い堀北を除くクラスメイトの全員が残っている。

 話し合いはまだ始まっておらず、それぞれがポイントに対する不満や不安を零している。ポイント以外の話をしている人は多分一人もいない。

 綾小路くんは帰りたそうに見えたけど、わたしがチラチラみてたら出て行きづらそうにしてて面白かった。

 

 ポイントについての話し合いだけど、授業を真面目に受けましょう、の一言で殆ど終わりそうなものだけど、わたしも気づいていないような減点ポイントがあるかもしれないし、一応真面目に聞くつもりだったりする。

 

 いつものように波瑠加と話していると、櫛田が声をかけてきた。

 

「ポイント使い切っちゃった人たちは大変そうだね。私も半分くらい使っちゃったけど」

「キョーちゃんは友達多いからね。私はとりあえずは大丈夫な感じ」

 

 波瑠加は櫛田を妙なあだ名で呼ぶようになった。

 完全に信用しちゃってるみたいだけど、残念ながらこれは放置するしかない。下手に忠告でもして波瑠加の態度に僅かにでも変化があれば、櫛田は必ず気づく。

 とはいえ無意味に波瑠加を攻撃するようなことはしないだろうし、櫛田に関してはしばらくは問題ないはず。

 

「あのさ、櫛田さんと長谷部さん、それに佐藤さんもちょっといい?」

「軽井沢さん、どうしたの?」

 

 珍しく軽井沢さんが話しかけてきた。

 櫛田が応対する。

 

「あたしちょっとポイント使い過ぎちゃってマジ金欠なんだよね。今クラスの女子からポイント貸して貰ってんだけど、三人も助けてくんない? あたしたち友達だよね? 一人2000ポイントでいいからさ。三人ともあんまり使ってなかったみたいだし、結構ポイント残ってるっしょ?」

 

 なに抜かしてんの、こいつ。

 貸してって、返すあては?

 Dクラスは収入ゼロなんだけど。

 

「いいよっ」

 

 櫛田は即答で了承。

 二人は番号を交換してポイントの受け渡しを完了した。

 

「さんきゅ、やっぱ持つべきものは友達だよね~。あ、次、長谷部さんよろしく~」

「……はぁ。まぁ、いいけど」

 

 あんた、誰の友達にカツアゲしてんの?

 衝動的に手と口が出そうになるのを堪える。

 学校の空気というのは厄介なもので、わたし一人が勢いに任せてみたところで逆に波瑠加の迷惑になってしまう恐れがある。

 

 波瑠加は凄まじく嫌そうな態度を隠そうとせず、それでも了承した。

 これは仕方の無いことだ。

 櫛田や他の女子は軽井沢にポイントを渡しているのに、多くのポイントを残していると思われている波瑠加が断ってしまえば何を言われるかわかったものではない。かつて酷いいじめを受けていた軽井沢は自分を強く見せるために平気で人を傷つける。これを拒否することで嫌がらせやいじめに発展する恐れもあるのだ。その可能性を危惧しているから波瑠加は大人しく了承したのだろう。

 

「さんきゅ。はい次、佐藤さんね~」

「勿論いいよ。はいどうぞ」

 

 表情には出さない。

 笑顔で。

 

 

 

「……麻耶?」

 

 波瑠加が心配そうな顔でわたしを見ている。

 櫛田は何を考えているのかわからない表情でじっとわたしを見ている。

 わたしは今笑顔を浮かべているはずなんだけど。

 ま、いいか。

 

 

 

 

 

 

 ポイントについての話し合いは全く頭に入ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 特別試験で軽井沢を退学させる方法なんてのを五分くらい考えてみたけど特に何も思いつかなかった。

 そもそも退学者は出したくない。原作から乖離して未来が読めなくなってしまうからだ。

 ていうか、そんなに待つの無理。

 

 軽井沢。お前、今夜待ってろ。



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第5話

 夜。

 余程の健康ヲタでもない限り、一般的な高校生ならまだ起きているような時間。

 ポイントを送る際に交換した連絡先を使い、軽井沢にメールを送る。

 

『突然ごめん。軽井沢さん、いま一人?』

『うん。どうしたの?』

『ちょっと相談があって。いま軽井沢さんの部屋の前にいるんだけど、入れてくれないかな?』

 

 返事がない。

 しばらくすると部屋の扉が開いた。

 なんだか警戒しているような仕草だ。

 

「……どうしたの?」

「相談なんだけど、あまり人には聞かれたくない話で。ちょっと部屋に入れてくれない?」

「ごめん、あたしの部屋はちょっと」

「そうだよね、急に来られても困るよね。ならわたしの部屋に行こっか」

「いや、どこか違う場所にしない?」

 

 完全に警戒されている。

 わたしは今からやろうとしていることを誰にも話してはいない。

 なので他の誰かから軽井沢に伝わるということはあり得ない。

 過去の経験が軽井沢の中で警鐘を鳴らしているのかもしれない。

 

 周囲を窺う。

 誰もいない。

 が、監視カメラは設置されているため、今ここで強引な手段に訴えることはできない。

 

 想定内だけどね。

 入れてもらえない可能性くらい考えていた。

 なので前もって用意していた手段を使うことにする。

 

「じゃあここでいいよ。実は相談っていうのは軽井沢さんの話なんだけどね。軽井沢さんが中学時代にいじめられてたっていう話をCクラスの人から――」

「入って」

「いいの? お邪魔するね」

 

 軽井沢が扉を大きく開けてくれたので部屋に入る。

 わたしが口にした事のせいなのか普段からの癖なのかは知らないけど扉を閉めた軽井沢は鍵をかけ、わざわざチェーンロックまでかけてくれたので手間が省けた。

 

 玄関から離れて部屋の中央。

 こちらに向き直った軽井沢の顔からは血の気が引いていた。

 中学時代のことがバレてしまっていることが恐ろしいのだろう。

 

 先手必勝。

 軽井沢にそっと近づき、鳩尾に拳を叩き込んだ。

 

 わたしの脳内シミュレーションではこの時点で勝負は決していた。

 これで軽井沢は蹲って動けなくなる。

 そういう予定だった。

 

 が、わたしの拳を食らった軽井沢は突如もの凄い勢いで玄関に向けて駆け出した。

 効いてない。力が足りなかったようだ。

 

 わたしは弱い。

 今は勿論、前世でも格闘技の経験なんてないし、喧嘩に明け暮れていたわけでもない。

 Cクラスの不良共には間違いなく勝てない。

 それどころかその辺の男子にだって負けるだろう。

 

 けど、その辺の女子が相手ならあっさり制圧できるものと思っていた。

 甘かった。

 

 逃がしてはならない。

 慌てて軽井沢にタックル、ヤツは壁に背中を打ち付ける。

 軽井沢は腰の辺りを掴んでいるわたしの腕を引き剥がそうと抵抗する。

 

「なにすんのよ! 誰か、誰か助けて!」

 

 叫んでも無駄。

 この寮の部屋の防音性は高い。

 波瑠加と一緒にカラオケごっこで調査済みだ。

 

 殴れない。

 今わたしの両手は塞がっている。

 手がダメなら脚だ。

 軽井沢の鳩尾に膝蹴りを叩き込んだ、……つもりだった。

 

 膝蹴りは空振り。

 届かなかった。わたしの脚が短かった……いや、違う。踏み込みが足りなかったのだ。体勢とかも悪いし。わたしの脚は短くない。

 

 ローキック。

 軽井沢の脚を連続で蹴りつける。

 あんまり効いているようには見えない。

 

「やめて! やめなさいよ!」

 

 軽井沢が突き飛ばしてくる。

 軽井沢にしがみついているわたしがバランスを崩すと、軽井沢は脚をもつれさせてわたしと一緒に床に倒れた。

 

 すかさず軽井沢の上に乗る。

 脱出しようとした軽井沢は勢いよく頭を上げ、顔と顔がぶつかった。

 

 唇と唇が接触した。わたしのファーストキス。

 いや、そんなこと言ってる場合じゃない。

 

 軽井沢の襟首を掴む。

 軽井沢はすかさずわたしの両手首の辺りを握る。

 腕力は軽井沢が上か。振りほどけない。

 

 手が使えないのなら。

 目を瞑る。軽井沢の顔面に、思いっきり頭を振り下ろす。

 

 激痛。

 おでこが痛い。涙が出た。

 でも鼻血を出してる軽井沢のほうが痛いはず。

 

 女は根性、もっかい頭突き。

 痛い。おでこ痛い。さっきよりも痛い。もうやだ。

 でも軽井沢はもっと痛そう。

 やつは顔を両手で押さえて蹲った。

 

 立ち上がる。

 おでこの痛みに耐えながら、軽井沢を見下ろす。

 軽井沢の体を蹴る。

 脇腹のあたりを蹴る。

 もう一度蹴る。

 もう一度蹴る。

 今度は頭を蹴る。

 踏みつけるように蹴る。

 じっと耐えている軽井沢の髪を掴んで持ち上げた。

 

「痛い! 痛い! いや、いやぁぁぁあああああっ! 誰か、誰か来てよッ!」

「うるさい」

 

 左手で髪を掴んだまま、右の拳を振り抜いた。

 

 軽井沢の顔面に直撃。

 でも、殴った右手が痛くてまた涙が出そうになる。

 もぅマヂ無理。左手で殴ろ。

 いや、それより顔を殴るのは良くない。顔以外を狙わないと。

 

 顔面を涙と鼻水と鼻血でぐちゃぐちゃに汚した軽井沢が叫ぶ。

 

「なんで!? ねえ、なんで!? 中学の人になにか言われたの!? 誰なのよ、Cクラスの人って!」

「そんなのどうでもいいよ。てかさ、波瑠加にカツアゲしといてなんではないよね」

「返す、返すから……やめてよ……」

 

 軽井沢の前で屈み、着ているシャツの裾に手をかける。

 すると、軽井沢は猛烈に抵抗した。

 やはり例の傷を見せることには抵抗があるらしい。

 

 なら、まだ終われない。

 顔だけは避けるように。

 しばらく暴行を続けた。

 

「やめて、やめて、もう、許して」

 

 抵抗する気力を失ったのか、軽井沢はされるがままになった。

 そろそろかな。

 

 軽井沢の着ているシャツに手をかける。

 今度は抵抗しなかった。

 

 軽井沢が必死に隠してきたものが露わになる。

 刃物で切り裂かれたような脇腹の傷痕。

 

 パシャリ、パシャリ。

 携帯のカメラで撮影する。

 軽井沢の顔もちゃんと入るように。

 

「やっぱり、知ってたんだ、これのこと」

 

 軽井沢の顔は絶望に染まっている。

 目の焦点は定まっておらず、その声は震えている。

 

「あたし、あたし、変わったのに、なんで、なんで」

「脱ぎなよ」

 

 命令する。

 軽井沢は一瞬躊躇いを見せたけど、上を脱いだ。

 下着を残して、傷は手で隠すように。

 

「手、邪魔」

 

 傷を隠していた手をどけた。

 パシャリ、パシャリ。

 軽井沢は俯いたまま抵抗を見せない。

 

 今、どんな命令でも聞くんだろうか。

 気になったわたしは部屋にあったキャスター付きの椅子を軽井沢の目の前まで転がし、それに腰掛けた。

 靴下を脱いで、軽井沢の顔の前に右足を突きつける。

 

「舐めてよ」

 

 顔を上げた軽井沢は虚ろな目でわたしのスカートの中に一瞬だけ目を向けて、それからわたしの右足の小指の方から舌先で触れた。躊躇は見えなかった。過去に経験でもあって慣れていたりするのだろうか。

 

 下から上にゆっくりと顔を動かし、わたしの足の指を根元から一本一本舐め上げる。

 あ、ヤバい、これヤバい。でも、やっぱり辞めてとは言いづらい雰囲気。あ、あ、やだ、やだ、

 

「か、軽井沢。やめて」

 

 やっぱ無理。

 わたしの足を解放した軽井沢は虚ろな目でわたしのスカートの中に一瞬だけ目を向けて、それからわたしの顔を見上げる。その姿はまるで犬のようだった。

 

 大丈夫なんだろうか。

 あまり大丈夫そうには見えないけど。

 

「ねえ、軽井沢。今まで通りの生活したい?」

 

 反応がない。

 諦めているのか。諦めてもらっては困るんだけど。

 今まで通り、ちゃんと学校に通ってもらわないと。

 

「軽井沢の中学時代のこと。知ってる人なんていないよ」

 

 軽井沢の瞳が揺れた。

 

「知ってるのはわたしだけ」

「どういう、こと?」

 

 さて、どういうことにしようかな。

 原作知識を話すなんてのは論外。

 Cクラスの人から聞いたことにしてるんだっけ。その方向でいってみる。

 

「Cクラスの人たちってね、他クラスの弱みを握るためにいろんなことしてるの。それであいつらがどこかから仕入れた情報のひとつが、かつて酷いいじめを受けていた女の子がこの学校にやってきたこと。脇腹の傷がトレードマークなんだって」

「……一体、どこから、どうして、あたしの」

「それが軽井沢だってことはバレてない」

 

 そんな情報の出所はどこなのか、軽井沢の名前はどうして伝わっていないのか。

 突っ込みどころは多いけど、突っ込ませなければどうということはない。

 これだけ弱っている軽井沢を押し切ることはそう難しくない。

 

「なら、あんたは、どうしてあたしを」

「わたしの目を欺けるとは思わないほうがいいよ」

 

 わたしは解放された右足を床について、左足を上にして足を組んだ。

 軽井沢は一瞬だけわたしのスカートの中に目を向けて、それからわたしの左足を手に取った。

 

 軽井沢はまずわたしの足先に鼻を近づけて匂いを嗅ぎ、小さく口を開けてわたしの左足の親指を口に含み、根元まで咥えた。

 

 いや、あんた、何してんの。

 ていうか、なんで嗅いだ?

 

 わたしは軽井沢の口からそっと足を引き抜いて、軽井沢から椅子ごと少し距離を取った。

 

「知ってるのは、佐藤さんだけ?」

「うん。だから誰にも言わないであげる」

 

 軽井沢の目に少し光が戻った。

 

「なにが、目的なの」

「あんたが波瑠加にカツアゲしたから。ああいうの、もうしないで」

「……あ、お金、返さないと」

「わたしには返さなくていいよ」

 

 もし、万が一の話だけど。

 わたしが軽井沢にやったことが学校にバレた場合、ポイントを返してもらっているのかいないのかで処分の重さが変わってくるかもしれない。

 

 ポイントを返してもらっているにも関わらず暴行を加えた。

 ポイントを返してくれない相手に暴行を加えた。

 

 この二つでは大きく印象が変わってくる。

 軽井沢がカツアゲしている場面は学校のカメラに映っているし、ポイントの移動ログなんかも学校は把握できるだろう。

 

「どうして?」

「うるさい。波瑠加にだけは返してね。他の連中には返さなくていいし、これからもカツアゲでもなんでも好き勝手すればいいよ」

「……わかった」

 

 本当にわかっているのだろうか。

 この状態の軽井沢が今まで通りに振る舞えるような気がしない。

 こいつが突然佐倉さんのような大人しいキャラに変貌してしまえば、この先の未来がどう変わってしまうのか想像もつかない。

 

 もう一押し、必要か。

 床を蹴って、キャスター付きの椅子を軽井沢の目の前まで滑らせる。

 軽井沢は一瞬だけわたしのスカートの中に目を向けて、それからわたしの顔を見上げてくる。

 

「Cクラスの連中はあんたを探してる」

 

 軽井沢の体が震えた。

 

「でも、大丈夫。連中はあんたに辿り着けない。わたしがいるから」

 

 椅子から降りる。

 床に膝をつき、軽井沢と目線を合わせた。

 

「連中の探している、謎の人物X。いじめられっ子のことね。これを堀北ということにして情報を流す」

「……堀北さんを?」

「うん。堀北は中学時代にいじめられていたせいで性格が歪んだ。それで今みたいにどうしようもないやつになってしまった。そういうことにする。あいつなら他人を寄せ付けないし、易々と他人に脇腹を見せたりしない。身体能力も高いから暴力に任せてくる人間だって撃退できる。これ以上ない人選でしょ?」

 

 軽井沢は小さく息を呑んだ。

 こいつは平気で他人を傷つけることのできる人間だ。

 元々印象のよくない堀北を餌にすることに躊躇いなどあるはずもない。

 

「軽井沢。あんたのことはわたしが守ってあげる」

 

 軽井沢の目が大きく見開かれる。

 

「あたしのことも、長谷部さんみたいに守ってくれるの?」

「守るよ。三年間、ずっとね」

 

 軽井沢の目から涙がこぼれ落ちた。

 

 嘘だよ。

 ま、あんたのこれから次第かな。

 

 

 

 



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第6話

5話、こんなん投稿したら評価下がるだろうなと思ってたらゼロがついてた。
後悔も反省もしてない。ぐすん。


 返り血を拭い、身だしなみを整えた。

 ついでに軽井沢の傷の手当てもしてやる。

 軽井沢の精神状態も安定しているように見える。

 

「軽井沢、大丈夫? 痛むところない?」

「いや、色々痛いし」

 

 そりゃそうか。

 自分でやっといて何言ってんだろうね、わたし。

 頭とか蹴ったりしたのは少々やり過ぎだったと思ってる。

 ホントは腹パン一発で決める予定だったんだよね。

 動けなくなったところで脱がして写真を撮って脅す、みたいな。

 

「でも、昔はもっと酷いことされてたから。これくらいは慣れてる」

 

 そんなこと言ったって同情はしないからね。

 波瑠加をカツアゲしていい理由にはならない。

 

「じゃ、わたし帰るよ。明日は安静にするようにね。放課後また来るから」

「うん。……また明日」

 

 扉を開けた。

 軽井沢の部屋から一歩出る。

 

 ――心臓が止まるかと思った。

 

「あ、佐藤さん」

 

 櫛田桔梗。

 どうしてお前がそこにいる?

 

「奇遇だね、こんな時間に」

 

 何が奇遇だ。

 もう日付が変わろうとしているような時間。

 軽井沢の部屋の前でただ一人壁に背を預けている状態が偶然なわけがない。

 

 櫛田の視線が軽井沢の部屋の中に向かう。

 慌てて扉を閉めた。

 薄い笑みを浮かべる櫛田はわたしの頭から足先までまじまじと見て、

 

「佐藤さん。返り血ついてるよ?」

「あはは、何言ってんの櫛田さん」

 

 そんな手に引っかかるか。

 ちゃんと綺麗にしてきてよかった。

 櫛田はわたしの顔をじっと見つめ、

 

「おでこ、赤いね?」

 

 頭突きに使ったおでこも当然チェックはしてある。

 前髪である程度は誤魔化せたけど、完全には隠しきれなかった。

 けど、綾小路くんでもない限りこんなことで違和感を持つ人はいないと高をくくっていた。

 時間も時間だし、こんな場所で櫛田に出会うなんて。

 

「やだな、そんな怖い顔しないでよ」

 

 脅す気?

 わたしが軽井沢を暴行した証拠を握るためにこの部屋に押し入るつもりか。

 

「佐藤さんは怒った顔を隠すのが下手なんだよ。軽井沢さんにポイント取られたとき、凄い顔してたよ? 正確には長谷部さんが取られたときかな。軽井沢さんだって気づいてたと思う」

 

 思わぬ欠点を指摘された。

 軽井沢が警戒していたことにも納得がいく。

 

「で?」

「だからそんな怖い顔しないでってば。別に佐藤さんと喧嘩したいわけじゃないんだから」

「そうは見えないけど?」

「逆だよ」

 

 逆?

 

「バスの中で初めて見たとき。そしてバスを降りてから堀北さんの後ろ姿を見ていたとき。たまに見せる堀北さんに対する表情。わたしね、佐藤さんとなら仲良くできるんじゃないかなって思ってたの」

 

 そういう話か。

 無理だよ。

 櫛田は堀北を退学させたいけど、わたしは堀北に退学されたら困る。

 わたし達は相容れない存在。

 

「私と佐藤さんの敵はきっと同じだから」

 

 違う。

 私は堀北を敵として見ていない。

 あいつはウザいし嫌いだけど、何の脅威にもならないから。

 

 とはいえそれをそのまま伝えてしまうと櫛田の敵として見なされかねない。

 

「櫛田さんも堀北鈴音(アレ)のこと嫌いなの?」

「うん。堀北鈴音(アレ)のこと、大嫌い」

 

 気づいてなかったフリをする。

 櫛田は正直に答えた。

 

「わたしは今すぐ堀北鈴音(アレ)をどうこうする気はないよ」

「それでいいよ。いつか協力し合える日がきっと来るから」

 

 対処療法。

 とりあえずは上手くいった、かな?

 

「麻耶ちゃんって呼んでいい?」

「ならわたしは桔梗ちゃんって呼ぶよ」

「麻耶ちゃん」

「桔梗ちゃん」

 

 なんだか可笑しくなった。

 それは櫛田も同じだったのか、顔を見合わせて笑った。

 

 櫛田と別れて自分の部屋に戻り、そのままベッドにダイブ。

 

「こ、怖かったぁ……」

 

 

 

  ◇

 

 

 

 軽井沢を襲撃してから一週間が経った。

 一日休んでから復帰した彼女の振る舞いには何の違和感も感じさせず、わたしとの距離感も表向きは変化がない。たまにこそっと話すようになったくらい。

 

 桔梗ちゃんについては波瑠加の前でもこの呼び方にするようにしたため、わたし達が仲良くなったのだと波瑠加は無邪気に喜んでいた。桔梗ちゃん呼びについては、少しでも違和感を感じさせないようにするために脳内でもこの呼び方にしている。

 

 そんなこんなで休み時間。

 初めてエッチするときの理想的なシチュエーションを波瑠加と二人で小声で話し合っていたときだった。

 

「佐藤さん、少しいいかしら」

 

 堀北。

 教室で話しかけてくるのは初めてだ。

 

「よくない」

「お願いがあるのだけれど」

 

 わたしの返事を無視して続ける堀北。

 なんなんこいつ。

 

「勉強会を開くのだけど、須藤くんを呼んでほしいの」

「よくないっつってんじゃん。つーかそのくらい自分でやりなよ」

「それで彼が来るならあなたなんかにお願いしない。あなたが呼んだら彼は確実に来るからこうして頼んでいるの」

 

 うっざ。

 それが人にモノを頼む態度か。

 

「ごめん無理」

「このままだと彼は赤点で確実に退学になるわ。それはこのクラスにとってどんな悪影響を及ぼすかわからない」

「で?」

「クラスに協力しようとは思わないの?」

 

 おまえが言うな。

 須藤の件なんてほっといても綾小路くんが解決するだろうし。

 めんどい、逃げよう。

 

「波瑠加、トイレ行ってくる」

「はぁ、あなたなんかにお願いした私が間違っていたわ」

 

 教室から出た。

 トイレに向かって廊下を突き進む。

 

 堀北ウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザい

 ドン、と何かにぶつかった。

 

 わたしを見下ろす長身のハゲ。

 Aクラスに二人いるリーダーの内の一人だ。

 あ、謝らないと。どう見てもこっちが悪いよね。

 

「ごめん、ハゲ……じゃない、ええと……」

「お前、喧嘩売ってんのか! 葛城さんに向かって!」

 

 ハゲの隣にいた男が怒鳴りつけてきた。

 こいつは多分、いつもハゲの隣にいる金魚の糞みたいなやつ。名前は弥彦だっけ。ただの雑魚以外の特徴が思い浮かばない。

 

「よせ、弥彦」

「でもこの女、葛城さんに向かってハゲって言いましたよ!? Dクラスのくせに!」

 

 ……なんか謝る気なくなってきたな。

 

「弥彦、そんな言い方はやめろ。AクラスだろうとDクラスだろうと関係ない。それに彼女は謝罪の言葉を口にしていた」

「でもハゲはないですよハゲは!」

「名前がわからなかったせいで身体的特徴が思わず口に出てしまっただけだろう。悪意があったようには思えない」

「でも、でも!」

 

 ハゲ良い奴じゃん。

 だるいなぁ、とわたしが大きく欠伸をした瞬間だった。

 視界の端に映った綾小路くんが思いっきりこっちを見ている。

 わたしは慌てて両手で口を押さえて俯いた。

 

「……弥彦、いい加減にしろ。涙を流している女性を責め続けるのか、お前は」

「あっ……」

 

 何か勘違いをしているらしい。

 否定しようと顔をあげようとすると、

 

「どうかしたのか?」

 

 綾小路くんの声。

 近づいてくる気配。

 顔が熱い。多分真っ赤になってる。顔を上げることができない。

 

「いや、その、」

 

 弥彦が言い淀んでいる。

 ハゲが説明する。

 

「彼女とぶつかってしまったんだが、強く言いすぎて泣かせてしまった。完全にこちらが悪い。すまなかった」

「……そうなの、か?」

 

 疑問混じりの声。

 そうじゃないことを綾小路くんは知っている。

 ついさっき思いっきり欠伸見られてたからね。

 それにわたしがそのくらいで泣くような女じゃないことくらい分かってるだろうし。

 

「どうかしたのですか?」

 

 新たな参加者のようだ。

 今度の声は聞き覚えがない。ただ、女だということだけがわかる。

 

「……坂柳」

 

 苦渋混じりのハゲの声でその正体が判明した。

 Aクラスのもう一人のリーダー、坂柳。

 ハゲと派閥争いをしているらしい人物だ。

 横目でちらりと窺うと、松葉杖をついている銀髪の美少女が男女三人を引き連れていた。

 坂柳さんと目が合った。慌てて伏せる。

 

「男子二人がかりで女の子一人を泣かせているように見えましたが」

 

 ハゲを攻撃するようだ。

 わたしをダシにして。

 

「本当にすまなかったと思っている。どうしたら許してくれるだろうか?」

「やめてください葛城さん! 悪いのは俺ですし、そもそもその女が葛城さんのことをハゲって言ったのが悪いんじゃないですか!」

「やめろ弥彦」

 

 ハゲも大変だなぁ、こんなのが側近とか。

 坂柳さんからくすっと小さく笑ったような声が聞こえた。

 

「泣いている女の子に追い打ちをかけるような真似をするのはそれが理由ですか?」

「いや、そのようなつもりはない」

「戸塚くんはそのつもりのようですね?」

「いや、それは、その、」

 

 もっかい横目で坂柳さんの方を見ると、また目が合った。

 坂柳さんの口元が少しニヤけたような気がした。

 

「もう解放してあげてはどうですか? 葛城くんたちがいると彼女は顔を上げることもできませんし」

「……そう、だな。この件については後日改めて必ず謝罪する。本当にすまなかった。行くぞ、弥彦」

 

 遠ざかっていく気配。

 同時に坂柳さんが近づいてきている。

 

「私達も行きますから。もう顔を上げても大丈夫ですよ」

「あ、はい」

 

 数秒後に顔を上げると坂柳さん達が遠ざかっていく姿が見えた。

 うーん。ハゲも悪いやつじゃないけどカリスマ性みたいなものが違うなぁ。

 と、彼女の後ろ姿を眺めていたとき。

 

「佐藤」

「わひゃあ!?」

 

 綾小路くん!? そういえばいるの忘れてた……。

 全然大丈夫じゃないじゃん、坂柳さん……いや、悪気はないか……。

 

「……佐藤?」

「な、な、なに?」

 

 喋った!

 わたし、綾小路と喋った!

 

「頼みがあるんだが、いま大丈夫か?」

「う、うん」

「須藤を勉強会に誘って欲しいんだが……」

「い、いいよ」

「……いいのか?」

「う、うん」

「……なら頼む」

 

 キャッチボール!

 わたし、綾小路くんと会話のキャッチボールしてる!

 

「じゃ、これで」

「か、貸し! 貸しイチだから!」

 

 背を向けて去って行こうとする綾小路くんに一方的に告げてわたしは逃げた。

 

 

 

 




次の更新は少し間が空くかもしれません。


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第7話

 携帯電話の画面の向こう側ではエッチなビデオの序盤に行われるような、あまり健全とは言えない光景が繰り広げられていた。

 桔梗ちゃんが綾小路くんに自らのおっぱいを触らせているのだ、制服越しで。

 

「……」

 

 桔梗ちゃんの本性を偶然見てしまった綾小路くんに対し、桔梗ちゃんはもし口外したらレイプされそうになったと言いふらすと言って彼を脅迫している。

 わたしの隣で食い入るように画面を見ている軽井沢は絶句していた。

 

「何なの、櫛田さんって……」

「見たままだよ。普段は猫被ってるだけ」

 

 わたしも綾小路くんにおっぱい触って欲しいんだけど、どうすればいいんだろう。とか考えながら動画をコピーしたSDカードを軽井沢に差し出すと、軽井沢はそれをおずおずと受け取った。

 

「あげる。保管方法は任せるけど、人に見つからないように持ってて」

「なんであたしに?」

「無くしたりしたときの保険。もし軽井沢があいつに何かされたら、それ使っていいから」

「……ありがと」

 

 お互いにメリットのある話だけど、恩を感じてくれるのならそれに超したことはない。

 わたしが軽井沢のことを守ると約束したこと。それを有言実行しているように感じていることだろう。

 

 ちなみにこの動画についてだけど、屋上の手前にある火災報知器の中に仕込んでいたカメラで撮れたものだ。これはあくまでも桔梗ちゃんに対する反撃手段であって保険のようなものだけど、カメラの動作テストついでにやってみたら上手くいった。

 

 わたしは原作のことを隅々まで記憶なんてしてないけど、重要なポイントだけはしっかりと復習してきた。

 その中の一つが、今日。勉強会の日。

 この動画の一件は勉強会が終わった直後の話。堀北の態度にストレスをためた桔梗ちゃんが屋上手前で一人ぶちまけるところから始まった。

 

 ちなみにわたしは勉強会には参加してない。時間の無駄だし、堀北いるし。

 須藤を誘うという約束だけは果たしたからこれで問題は無い。

 

「ていうか、なんでカメラなんて仕込んでんのよ……」

「そのくらいしないと生き残れないんだよ、この学校」

「いやいや、こんなことしてんのアンタくらいでしょ。他の誰がやるってのよ」

 

 綾小路くんとかね。

 二年生で退学者を大量に出したっていう南雲副会長なんかもこれくらいはやっていてもおかしくはないと思うし。

 

「軽井沢、コーヒーか紅茶飲みたい」

「あんたのパシリじゃないんだけど、あたし」

「じゃあ買ってくる。軽井沢は何がいい?」

「……紅茶ならいれたげる。ティーバッグでいいでしょ」

「うん。ありがと」

 

 電気ケトルでお湯を沸かしながらカップを二つ用意する軽井沢。それをじっと見ているわたし。

 

「アンタといい櫛田さんといい、なんでこんなヤバいのばっかいんのよ、このクラス」

「もっとヤバいのいるかもよ?」

「冗談でしょ」

 

 冗談じゃないんだよなー。

 綾小路くんはわたしや桔梗ちゃんなんて比較にならないレベルでヤバすぎだし、高円寺くんもヤバいし、他クラスにもヤバいのいるし。

 

「はい、出来たわよ」

「ありがと。……熱い。軽井沢、冷まして。あと砂糖入れて」

「……アンタやっぱりあたしのことパシリにしようとしてない?」

「あのさー軽井沢。今のは佐藤が砂糖入れてって言ったとこに突っ込まないとだめじゃん」

「うざ」

 

 軽井沢が冷ましてくれなかったので勝手に砂糖を入れてちびちびと飲んだ。

 空になったカップを置いて立ち上がる。

 

「ごちそうさま。ちょっと出てくる」

「ん、帰るんじゃないの?」

「うん。何時になるかちょっとわかんないから先に寝てていいよ」

「言われなくても勝手に寝るし、つーかアンタの帰る場所ここじゃないから。……またなんかヤバいことするわけ?」

「うん」

 

 桔梗ちゃんのおっぱい冤罪事件なんてオマケに過ぎない。

 これからが本番だ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 正確な時間なんてわからず、ただ夜ということだけが分かっていた。

 下手をすると四時間とか五時間とか待たなければならない可能性もあったけど、念のため少し早めに待機していた。その結果、暗闇の中で待っていた時間は三時間半だった。

 

 寮から堀北が出てくるところで一気に目が覚めた。

 疲労が気にならなくなる程の緊張感が襲ってくる。

 堀北の少し後、寮から出てきたのは綾小路くん。彼は堀北の後を追うようにして寮の裏手へと消えていく。彼は特に理由もなく平気でストーカーみたいなことをするから恐ろしい。

 全身黒の服、それに加えて僅かでも物音を遮断するために靴すら履いてないわたしはその後を追いかける。

 

 綾小路くんが止まった。

 わたしも停止する。

 その先には堀北、そして一人の男。生徒会長である堀北の兄だ。

 

 若干距離はあるけど問題ない。

 携帯電話のカメラを起動し、それに加えてもう一つ、隠し持っているカメラを起動。校内監視用とは別の、腕に装着した腕時計型のカメラだ。

 ちなみにケヤキモールにこんなものは流石に売ってなかったけど、小型カメラと腕時計を持ってデブにお願いして作ってもらった。報酬としてその場で脱ぎたての靴下をあげたら凄く喜んで引き受けてくれた。……あのデブ、わたしの靴下使ったんだろうか。綾小路くんにあげたら彼は使ってくれるのだろうか。そんな事考えている場合じゃなかった。

 

 生徒会長が堀北の手首を掴み、壁に押しつける。

 二人は僅かに言葉を交わすが、その声は聞き取れない。そして堀北の体が宙に浮く。その瞬間、綾小路くんが飛び出した。そっとわたしも距離を詰める。綾小路くんが生徒会長の右腕をつかみ取った。

 

 彼らは言葉を交わす。今回は会話がなんとか聞き取れる。

 綾小路くんが生徒会長の腕を解放した瞬間、生徒会長は綾小路くんに殴りかかった。それを回避する綾小路くんの急所に向けて放たれる蹴り。

 

 撮れた。

 携帯電話の動画を確認すると問題なく撮れている。

 わたしはこの場を立ち去った。

 

 

 

 寮、堀北の部屋の前。

 わたしは壁に背を預けて彼女の帰りをじっと待っている。

 しばらくすると彼女は戻ってきた。

 

 堀北はわたしを見ると怪訝な表情を浮かべた。

 一応自分の部屋に戻って靴を履いてきたからそこまでおかしなところはないはずだけど、わたしがこの場所にいること自体がイレギュラーであることに変わりは無いのだろう。

 

「そんな場所にいられると迷惑なのだけれど」

 

 返事の代わりに携帯電話の画面を堀北に向け、例の動画を再生する。

 息を呑む堀北。生徒会長が堀北に襲いかかるところから綾小路くんに殴りかかるところまでを一気に流した。

 

「……何のつもり?」

「生徒会長が一年生に暴行。広まったらどうなるだろうね?」

 

 堀北の眼光が鋭いものへと変わった。

 

「佐藤さん、あなた何を考えているの? 脅迫、するつもりなの?」

「最低でも停学は免れない。退学の可能性だってフツーにあるよね」

「馬鹿馬鹿しい。私は彼の身内だし、被害を訴えるつもりもない。綾小路くんだってこのことについては何とも思ってないわ。こんなことで学校側が相手にするわけがない」

「ひとつ面白いことを教えてあげる。生徒会の副会長は南雲って人なんだけどさ、あんたのお兄さん、生徒会長の堀北学を狙ってるんだよね」

 

 堀北は言葉に詰まった。

 知らない情報が出てきたからだろう。

 そして見下していたわたしみたいなヤツがどうしてそんなことを知っているのか。情報の真偽以前にわたしなんかが口にするはずがないような次元の会話。

 

「南雲副会長は二年生で大量の退学者を出してる。その数は十人以上。逆らう者には容赦しない人。そんなヤツがあんたのお兄さんを潰そうとしてる」

「それは本当なの?」

「お兄さんにでも聞いたら? 電話でもしてみなよ、今すぐに」

 

 またしても黙る堀北。

 兄の連絡先を知っているのかどうかは知らないけど、易々と連絡を取れるような仲ではないことは知っている。仮に連絡が取れたところで事実なんだから何の問題もない。

 

「佐藤さん、あなたの目的は何?」

「今あんたの持ってるプライベートポイントの全部をわたしにくれたら今すぐこの動画を消してあげる。勿論他の誰にも口外しないと約束する」

「論外ね。私がどれだけのポイントを残していると思っているの? いくらなんでも高すぎる」

「バカじゃないの? 論外なのはそっちだよ。あんたの持ってるポイントなんてせいぜい八万か九万くらいでしょ? わたし達Dクラスの感覚だと高いかもしれないけど、他のクラスの生徒なら普通に払える金額なんだよね。上級生に至っては百万以上のポイントを持ってる生徒なんていくらでもいる。副会長にこの動画を持って行けば百万以上出してもおかしくはない話。コレにはそれだけの価値があるの」

 

 これは本当に格安だとわたしは思ってる。わたしが思ってるだけに過ぎないんだけど。

 わたしが自分で言ったとおり、副会長に持って行けば百万くらい出してくれるかもしれないし、然程の価値も認めてもらえないかもしれない。殴りかかる前の会話の内容は聞こえてるから堀北兄が一方的に襲いかかっていることは確認できるし、わたしは価値があるものだと思っている。

 

「ならどうして私に……」

「あんたの普段の態度が招いたことだと思えばいいよ。要はただの嫌がらせってわけ。あんたはお兄さんが助かる。わたしはあんたの不幸で飯が美味い。どっちも幸せだね」

 

 つまりわたしが堀北を選んだ理由は、まあ、堀北だからだ。

 金額を控えめにしていることについては、この件で借金を作らせるような真似まですると、下手をすると他人を巻き込んでどう拗れるか想像もつかないから。この場だけで片がつくのなら孤高の堀北が他人を巻き込むことなどないだろう。

 

「お兄さんを助ける手段が目の前にある。あんたがこの取引に興味がないというのなら、わたしは今すぐ南雲にこれを持って行く。選ぶのはあんた自身」

 

 再び黙る堀北の目の前に携帯電話を掲げてみる。

 堀北が手を伸ばせば届く距離。

 もしコレを力尽くで奪うようならそれをネタに更に脅してやる。

 この場所は監視カメラがあるから堀北の部屋に連れ込まれるかもしれない。そのときはもう一つのカメラで証拠を押さえる。

 が、流石にそんなバカなことはしないらしい。

 

「あなたは、何なの?」

「Dクラスの佐藤麻耶。あんたのクラスメイト。よろしくね」

「……いくつか条件があるのだけど」

「聞くよ」

「先ほどあなたが言ってたことに嘘があった場合、ポイントは全て返してもらう。動画についてだけど、携帯電話以外でも撮影していた場合、それも全て消してもらう。例えばその腕時計とか」

 

 ……鋭い。少し侮ってたかもしれない。

 

「誰にも口外しないこと。もし既に誰かに話していたり動画を送っていたりするのならこの話は無し」

「いいよそれで。誰にも話してないけど一応送受信の履歴なんかも見せてあげるし、口約束じゃなくて契約書も作るから。わたしとしてはこの件についてはこれっきりで済ますつもりだし」

「……この件については、ね」

「言葉の綾的なやつだよ。あ、さっきの条件だけどもう少し詰めていいかな。南雲副会長が堀北生徒会長を潰そうとしてるっていう部分に対してだけど、これは見る人によって表現や解釈が変わってくるから――」

 

 取引は成立した。

 堀北のプライベートポイントはゼロになった。




あまり間が空きませんでした。
読んでくださってありがとうございます。


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第8話

開き直った。すっきりしないかもしれませんが当初の予定通り。
※今更ですが須藤が若干キャラ崩壊しています。あらすじに注意書き&タグを追加しました。


 兄との一件以降、堀北には少しだけ成長が見られた。

 勉強会で揉めてしまった須藤に対して謝罪ともとれるような言葉を口にして、須藤たちとのわだかまりは解消されたのだ。

 これで心置きなく勉強会に励むことが出来るようになった。

 

 そう考えていたのだが、予想外の問題が発生したためにそうはいかなかった。

 須藤の妙な性癖のせいである。

 

 須藤は一日一回佐藤に蹴られている。

 これはもはや一年Dクラスにおいては日常の一部と化した光景であり、もはや誰もが気にも留めない。佐藤と長谷部のみが毎回嫌そうな顔をしているのが少々気の毒だったが、さしたる問題ではないだろうとオレもあまり気にしていなかった。

 

「もっとたくさん蹴ってくれ。一日に三回か四回、多くて五回くらい必要かもしれねえ」

 

 須藤が佐藤に要求を出した。

 試験が終わるまでの間だけでいいからそうしてほしいと、彼は至極真面目な顔でそう言ったのだ。

 

 これには佐藤も難色を示した。

 本当に嫌そうな、少し泣きそうな顔をしていた。

 だが須藤には言い分があるらしく、蹴られてからしばらくの間は集中力が増し、勉強に身が入るという。

 

 一度だけということで佐藤が実験に協力してくれることになり、昼休みの時間に試すことになったのだが、その効果は堀北が認めるほどであり、オレの目から見ても確かなものだった。

 正確には蹴られた後トイレに行く必要があるのだが、小便に要する時間と大差が無く、実用的と言わざるを得ない。そう結論づけた堀北は珍しいことに佐藤に頭を下げて頼んだのだが、佐藤は首を縦には振らなかった。

 

 ……話は変わるが堀北が授業中などに佐藤の方を見ていることがやたらと多くなった。それとなく尋ねて見たのだが、堀北は何もないと言う。堀北が佐藤のことを気にするなどこれまでにはあり得ないことだった。

 恐らく二人の間で何かがあったのだろうが、堀北が何も話す気がない以上オレにそれを知る術はない。

 

 ともかく、佐藤が堀北を嫌っていることは一目瞭然だが、それとは関係なく須藤を蹴るのは本当に嫌らしい。

 だが佐藤は代案を口にした。

 

「てかさ、わたしじゃなくてもいいと思うんだよね」

 

 しかしその言葉にはオレを含め、その場にいる全員が首を傾げた。

 以前に篠原が須藤を蹴ったところ、須藤は本気で怒りを露わにしていたのだ。

 

「多分、その……篠原さん以外なら、多分誰でもいけると思う。このクラス、みんなレベル高いし」

 

 言いづらそうに言う佐藤だったが、オレには何を言っているのか分からなかった。

 話を聞いてみるとどうやら顔のことを言っているらしい。つまり篠原の顔のみが須藤が満足するレベルに達していないということらしいが、やはりオレには分からない。篠原だって十分に可愛い女の子だ。しかし池や山内も以前に佐藤と同じような事を言っていたのを思い出した。佐藤もあの二人と同じ意見だったということか。ともかく佐藤がやらない以上はそれを試すしかないようだ。

 

 そこで急遽、ほぼ女子のみによるクラス会議が開かれることになった。

 篠原は勿論不参加。櫛田が連れ出して時間を稼ぐことになった。

 男子から参加するのは、勉強会の主要メンバーであるオレ、そしてクラスのリーダーである平田の二名のみ。参加と言ってもオレは見ているだけだが。

 

『須藤係を決める会議』

 

 黒板にデカデカと書かれた文字。

 試験が始まるまでの期間限定で、須藤が蹴って欲しいときに蹴る係、つまりは生贄を決めるような会議。

 

 そんなものをやりたい人間がいるわけがなく、このままでは大人しい女子に押しつけられてしまうだけだ。そう考えていた平田はどうやら前もって対策を考えていたらしく、それは『蹴り一発毎に須藤から100ポイント支払われる』というもので、須藤とも話はついているらしい。但し須藤の手持ちポイントがないため、クラスポイントが入手できたら、という条件はつく。

 だがこれだけでは弱いと思ったのか、平田は試験が始まるまでの間、須藤係に毎日カフェで奢ると言い出した。この提案には魅力を感じる女子も少なくないだろう。

 

 平田の提案が功を奏したのか、ある人物が真っ先に名乗りを上げた。

 松下千秋。軽井沢や篠原と一緒にいることの多い女子だ。

 そもそもこの須藤係、現時点では佐藤以外の女子でも本当に大丈夫なのかどうか定かではないのだが、可愛い女子なら誰でも大丈夫という条件を聞いた時点で松下の表情からは自信の程を覗かせており、怯えている様子もなかった。

 

 平田に連れてこられた須藤に向けて、松下は一切の躊躇いのない、勢いのある高めの蹴りを放った。

 恐らく全力で蹴ったようにも見えたが、その蹴りを食らった須藤はちょっとした奇声を上げた。

 怒りではない。喜びの奇声である。

 これで佐藤以外でも可能だということが証明されたのだが、しかし須藤が奇声を上げてしまったのがマズかった。松下は須藤係を辞退し、続く女子が現れなかったのだ。

 

 そこで次に須藤係の候補として選ばれたのは、井の頭心。櫛田と仲良くしている大人しいタイプの女子だ。

 軽井沢周辺の女子達から半ば無理矢理押しつけられていた彼女は半泣きだったが、こういうときに庇ってくれそうな櫛田は篠原を連れ出しているため、彼女に逃れる術は無かった。

 

 井の頭の蹴りは攻撃といえるようなものではなく、そっと触れるようなものだった。この蹴りに対し、須藤は怒らなかったが満足したようにも見えなかった。

 須藤は井の頭にひとつの要求を突きつける。

 

「もう少し足を上げてくれ」

 

 ここで井の頭が泣いてしまったため、彼女は須藤係を免れることができた。

 

 次の須藤係の候補は王美雨(ワンメイユイ)に決まった。

 彼女もまた櫛田の友達であり、櫛田からはみーちゃんと呼ばれている。

 気の毒なことに彼女も井の頭と同様、軽井沢周辺の女子から無理矢理押しつけられていた。

 王美雨に対し、須藤は蹴る前から一つの要求を出す。

 

「顔を蹴ってくれるなら何でもいい」

 

 王美雨も泣いてしまった。

 次の候補は……いや、もういいだろう。

 

 結論から言うと、須藤係として選ばれたのは沖谷京介だった。

 名前から分かるとおり、彼は男である。

 沖谷は女性的な顔立ちをしているため苦肉の策として選ばれたのだが、女子の制服を着せられた彼に対して須藤の体が反応してしまったためにそういう結果となってしまった。

 須藤は納得していないようだったが、そもそもの目的は果たせるため、堀北が文句を言わせなかった。ちなみに沖谷に須藤から報酬が支払われることはないのだが、平田はちゃんと奢るようだ。

 

 くだらない。あまりにもくだらない。

 あの白い壁に覆われた場所を出て手に入れたかったモノがこれなのか?

 こういったくだらないモノをオレは求めてきたんじゃないのか?

 

 自問自答しながらもオレは茶柱先生の後を追いかけている。

 前置きが長くなってしまったが、これまでの話は全てどうでもいい。

 

 ここまでしても須藤の英語の点数が足りなかったのだ。

 英語に不安のある須藤に対して堀北のとった策は、自身の点数を抑えるというものだった。しかしこの数日の間、偶然にも英語の勉強ばかりをしていた佐藤が高得点を取ってしまい、僅か一点が届かなかった。

 

 廊下の先にはオレを待ち構えていたかのような茶柱先生の横顔が目に映った。

 

 

 

  ◇

 

 

 

「10万ポイントだ」

 

 須藤の一点を売ってくれと要求するオレに対し、茶柱先生が突きつけてきた額はオレ一人が支払えるものではない。

 これまでポイントを全く使ってなければ支払うことができるが、そんな生徒がいるとは思えない。意地の悪い先生だ。

 

「――、」

 

 何か言おうとして言葉に詰まったかのような、微かな音がオレの耳に届く。

 茶柱先生はオレの背後を見てニヤリと笑みを浮かべた。

 振り返ると、そこには堀北が立っていた。

 だが、堀北は何も言わずに俯いている。

 

「堀北……?」

 

 堀北はオレの呼びかけにも反応がなく、ただ下を向いている。

 どうやらオレを追いかけてきたようだが、お前、何しに来たんだ?

 茶柱先生も浮かべていた笑みを怪訝なものへと変える。

 

「堀北、10万だ。須藤の一点を10万ポイントで売ることになった。だが綾小路一人では支払えないらしいぞ」

「……安く、なりませんか?」

 

 堀北の口から出たのは値下げの交渉だった。

 ……なんだ、この違和感は。

 

「フン、お前にはガッカリしたぞ堀北。クラスメイトを救いたいと思い行動しながらも自分のポイントを吐き出す真似は出来ないか。話にならんな、却下だ。お前にどのような事情があり、何を考えてその言葉を口にしたとしても、値下げには応じない」

「……っ」

 

 拳を握りしめ、唇を噛みしめる堀北。

 この先生が値下げの要求に応じるとは考えづらい。そのくらい堀北にだって分かっているはずだ。

 

 堀北は多くのポイントを残している。

 それは茶柱先生も確認しているからこその言葉なのだろう。

 だが堀北は本当に自分のポイントを吐き出したくないからというだけの理由でその提案を口にしたのか?

 この奇妙な違和感は何だ?

 

 三人ともが言葉を発することなく、居心地の悪い時間が流れる中、ふと足音が聞こえてきた。

 後ろから誰かが近づいてくる。

 

「チッ、邪魔だな」

 

 オレと堀北の背後を見て舌打ちする茶柱先生。

 背後に目を向けると、笑みを浮かべている一人の女子生徒が歩いてくる姿が見えた。

 

 佐藤麻耶。

 なぜか水筒を持っている彼女はほんの少し頬を朱に染め、楽しそうな顔で堀北を真っ直ぐに見ている。

 オレとは一瞬たりとも目が合わない。

 オレ達の目の前で足を止めた佐藤に対し、茶柱先生はもう一度舌打ちした。

 茶柱先生にとっての佐藤は取るに足らない有象無象の生徒の内の一人。

 今この場所に立っていいような人間ではない。

 そう思っているのだろう。だが、思い違いをしているぞ、茶柱先生。

 

「佐藤、今は大事な話をしている。悪いが」

「堀北さん、何か困ってるの? わたしでよければ力を貸そうか?」

 

 佐藤は茶柱先生を無視して堀北に問いかけた。

 その佇まいが茶柱先生の考えていたものと違ったのか、彼女は佐藤への言葉を止め、その表情は困惑へと変わる。

 堀北だけを真っ直ぐに見つめる佐藤。

 何故かその姿は、オレがバスの中で初めて彼女を見たときの記憶と重なった。

 

「……佐藤さん、あなた、まさか」

 

 今この場でどのような話し合いが行われているのか気づいているのか?

 堀北もオレと同じ疑問が浮かんだのだろう。目を見開いて彼女を見ている。

 

「何の話をしてるのか知らないけど、この学校で交渉みたいなことをするなら必要になるのはプライベートポイントでしょ? 何にでも使えるっていうし。助けになれないかなーって思って」

 

 やはり気づいている。

 知らないといいつつ、状況をほぼ理解しているとしか思えない言葉だ。

 茶柱先生は目を丸くしている。

 堀北は胸に手を当てて一度ゆっくりと深呼吸すると、改めて佐藤に向き直る。

 ……堀北の様子が普通じゃない。佐藤に対する緊張が隠せていない。

 

「佐藤さん。いま須藤くんの点数が10万ポイントで売ってもらえることになったのだけど、綾小路とわた……ポイントが足りてないの。あなたも出してくれると助かるわ」

 

 理解した。

 堀北はプライベートポイントが足りないのだ。

 しかも恐らくだが、堀北の所有するプライベートポイントはかなり少ない。

 そして堀北のプライベートポイントが足りないことを佐藤は知っており、その原因にも佐藤が関与している、のか?

 オレと同じ結論に至ったのだろう茶柱先生が佐藤に鋭い目を向ける。

 

「お前達の間で何があった?」

「先生、私と佐藤さんは情報の売り買いを行ったに過ぎません。この取引に不正な行為は一切ありません」

 

 情報、か。

 その内容はオレが知る由もないが、堀北は納得しているようだ。

 堀北がこの態度である以上、茶柱先生も追及の手を止めざるを得ない。

 

 佐藤は未だにオレとは目を合わせることなく、真っ直ぐに堀北を見て笑顔で告げる。

 

「なるほどね。じゃあ堀北さんにお金を貸してあげようか? 10万ポイントを二人でってことは、半分の五万でいいんだよね?」

「待て」

 

 佐藤の提案を茶柱先生が遮った。

 

「そういうことなら佐藤、貸すのではなくお前が五万を払えばいい。これはDクラスの問題だ。堀北でなければならない理由はない」

「あのさー、先生は黙っててくんない? わたしは堀北さんに提案してるだけなんだよね。わたしにとって須藤が退学になろうがどうなろうが知ったこっちゃないし」

 

 悪意。

 佐藤が堀北に対して向けているモノの正体。

 佐藤は堀北を助けに来たわけではない。堀北を攻撃しにきたのだ。

 茶柱先生は佐藤を睨みながらも口を閉じる。堀北は佐藤に対し、ただただ警戒の表情を向けている。

 

「……借金を作らせて、利息でも取るつもりなの?」

「利息なんていらないよ? 返済期限もなし。ただ、ちょっとした条件を呑んでくれたらね」

「条件とはなんだ?」

 

 ここで初めてオレが口を挟むと、佐藤の顔に一気に赤みが増した。

 だがオレとは頑なに目を合わせず、真っ赤な顔のままひたすら堀北を見つめている。

 

「じょ、条件っていうのはね、えと、」

 

 佐藤は指を一本立てる。

 

「条件その一。今後プライベートポイントを入手次第、即時全てのポイントをわたしに送ること。借金返済が終わるまでね」

 

 なるほど。もし今後Dクラスが多少のクラスポイントを手に入れることが出来たとしても、堀北個人がプライベートポイントを保有することはしばらく叶わないわけか。地味な嫌がらせだ。

 条件はそれだけで終わらないらしく、佐藤は立てている指を二つに増やした。

 

「条件その二。綾小路くんとのポイントのやりとりの禁止。綾小路くんからポイントを借りたり、綾小路くんとの取引でポイントを受け取るのはダメ。綾小路くんをパイプとして他の人と取引することも禁止。綾小路くんが関与する取引は全て禁止」

 

 徹底しているな。どうしても堀北にプライベートポイントを持たせたくないらしい。ただの嫌がらせ以上の意味があるようには思えないが。

 佐藤の立てる指が三本になった。

 

「条件その三。今からCクラスに行ってわたしの言うとおりのことをしてきて。そしたらポイント貸したげる」

 

 その内容を聞いたオレには、やはり堀北に対するただの嫌がらせにしか思えなかった。

 

 ポイントを借りる相手は別に佐藤でなくても構わない。

 例えば平田などに言えば貸してくれる可能性もある。しかし平田の他にはクラスメイトであっても貸してくれそうな人間に心当たりはない。

 確実とは言えないが平田を頼るか、そこまで難しい条件ではない佐藤の条件を呑んで借りるか、といったところか。

 

「あ、そだ。やっぱり返すポイントは半分でいいよ。わたしが二万五千ポイント出してあげる」

 

 その言葉が決定打となったのか、堀北は佐藤から借りることにした。

 

 

 

 佐藤が持っていた空の水筒を右手にはめ込んだ堀北がCクラスに突入する。

 Cクラスのリーダーらしい長髪の男、龍園の元に真っ直ぐに歩いて行く堀北に集中する視線。

 Cクラスは妙な静寂に包まれた。

 

「あん? なんだテメェ」

 

 自分の席の前に立ち見下ろしてくる堀北に怪訝な顔を見せる龍園。

 堀北は龍園に水筒を突きつけ、

 

「あなたが龍園くんね? 私はDクラスのリーダー、堀北鈴音よ。今日は宣戦布告をしにきたの。私達Dクラスはあなた達Cクラスを蹴落としてCクラスに上がってみせる。せいぜい震えて待っていることね。…………バキュン」

 

 堀北は銃を撃つような動作で水筒に包まれている右手を振り上げた。

 龍園の返事を待つこともなく、足早にCクラスの教室を去る堀北。

 堀北が教室を出た直後、Cクラスの教室からは一斉に大きな笑い声が上がった。

 廊下から一部始終を見ていた佐藤もオレの隣で腹を抱えて笑っている。

 ちなみに茶柱先生は興味がないらしく、ここにはいない。

 

「……これで文句はないのよね?」

「う、うん。お疲れ様」

 

 堀北の表情には羞恥よりも疲労の色が濃く見える。

 右手から水筒を外そうと四苦八苦しながら戻っていく堀北の足取りは重い。

 

「さて、わたしも戻ろ」

「ちょっと来い、佐藤」

「ふぇっ!?」

 

 堀北の後を追おうとする佐藤の手を掴み、人気のない方へと連れて行く。

 階段の踊り場まで連れてきたオレは佐藤を壁際に追い詰める。

 逃げようとする佐藤。オレは壁に手をついて退路を塞ぐ。

 

「あ、ああ……」

 

 佐藤は目に涙を浮かべながらオレから目を逸らし、俯く。

 先ほどまでの悪意に満ちていた彼女からは想像できないような弱々しい態度。

 以前から考えていたオレの推測は恐らく正しい。

 

「佐藤、なぜ堀北を狙う?」

「……だ、だって」

 

 オレと軽く目を合わせた佐藤はまたしても俯いた。

 何も言わずにじっと待っていると、佐藤は下を見たままその理由をゆっくりと口にする。

 

「……だって、堀北がムカつくんだもん」

 

 あまりにも単純で子供じみた答えだった。

 堀北の佐藤に対する態度は確かに若干辛辣なものがあったが、しかし堀北の態度は他のクラスメイトに対しても似たようなものだ。ここまでの仕返しをされるとは誰も思わないだろう。

 

「堀北のプライベートポイントが無いみたいだが、何をしたんだ?」

「……綾小路くんには関係ないじゃん。別に悪いことしてないもん」

 

 ここでようやくオレの目を真っ直ぐにみつめる佐藤。

 弱々しい目つきで睨んでくる。

 

 どうやらオレのいうことは何でも聞くというわけではないらしい。

 オレの駒にはなり得ないか。

 

「なら言えるんじゃないのか?」

「……そんなに堀北のことが大事なの?」

 

 オレの質問には答えず、別の質問で返された。

 別に堀北のことは大事ではない。

 堀北はオレの隠れ蓑としてちょうど良いから使っているに過ぎず、ただの隣人以上の感想をオレは持ち合わせていない。

 

「別に大事だとは思ってない。同じクラスメイトとして当たり前の心配をしているだけだ。お前はこれからも堀北を狙い続けるのか?」

「……別に。堀北に退学とかされたらわたしだって困るし。もう何もしないよ。もういいじゃん。どいて、どいてよ」

 

 俺の腕を力尽くでどけようとする佐藤。

 その力は弱く、俺の腕はビクともしない。

 

「……力、強いんだ」

「別に。男なら普通だと思うが」

 

 オレを上目遣いで見てくる佐藤の目はオレの言葉なんて信じてはいなかった。

 佐藤は少しアレな性格をしているが、頭はキレるし観察力も高い。

 だが、顔を真っ赤にしながらオレの手を恐る恐る触っている佐藤がオレの敵になるようにはどうしても思えなかった。

 

 結局、佐藤が五万というポイントの半分を肩代わりしたのは事実だ。

 悪意が前に出すぎているため分かりづらいが、堀北に退学されたら困るという言葉も嘘ではないのかもしれない。

 或いは、佐藤も退学者を出すことについてのデメリットを警戒しているのか。

 オレは佐藤の退路を塞いでいた腕を退ける。

 

「あ……」

 

 オレの手を名残惜しそうに見つめる佐藤。

 オレの視線に気づいた佐藤はオレを両手で突き飛ばし、走り去っていった。

 




なんとなくありそうな感じのやつ
Q.借金背負わせないんじゃなかったの?
A.堂々とお金を貸すだけだし特に介入はされないと佐藤は考えた。
Q.綾小路くんにバレても大丈夫なの?
A.大丈夫だと佐藤は考えた。原作では櫛田のこともしばらく排除は考えなかったくらいなので。


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