Fairy Tales End. (風鈴@夢幻の残響)
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メイビス・ヴァーミリオンの独白/あるいは回顧録

※続きません。


 『彼』は、“六人目”だった。

 四人の男の子と、一人の女の子。その子供達よりも少し年上な、少年の『彼』。

 『彼』は他の子供達の面倒を良く見て、子供達にも慕われて。けれども、他の“大人達”から見れば、『彼』もまだまだ子供で──他の子供達と同じように、可愛がられ、育てられた。

 時は過ぎ、やがて、運命の扉は開かれる。

 現れた(・・・)彼女は問う。「自分の前に、六人の子供は来なかったか」と。

 迎えた(・・・)彼女は答える。「子供は来ていない。けれども五つ(・・)の光が飛び出し、散った」と。

 問われた六に、答えられた五。足りぬ一つは誰か。

 それぞれの子供達の身に潜む特性を考えれば、恐らくは『()』か、と彼女は当たりを付ける。

 その時、その場の彼女に為す術はなく──どうか、無事でと、祈り、願った。

 

 

 私が、『あの人』に出逢ったのは──忘れもしません。かつて私が所属していたギルド、『赤い蜥蜴(レッドリザード)』のギルドマスターに、靴を没収された日のことでした。

 恨まない。嘆かない。笑っていよう。そう思っていても、それでもどこか心の中では悔しかった。

 だから、八つ当たりをするように、その日の仕事を一生懸命に片付けて、無理矢理に時間を作って。

 私は、気晴らしをするように海岸沿いに散歩に出たんです。

 そこで、私は『あの人』に出逢った。

 砂浜に倒れ伏した人。

 最初、死んでしまっているのかと思って、恐る恐る近づいて。

 近づくにつれ、胸が緩く上下していることに気付いて、生きているのだと解ったのです。

 もしも大怪我を負っていたとしても、治療法なんて知らない。その時の私には、そんな知識は無かったから。

 けれども私は、何となく……そう、本当に何となく、見捨てて逃げるのは嫌で、駆け寄って。

 ただ、どうしようもなく、揺さぶりながら「大丈夫ですか? しっかりして」と声をかけ続けました。

 やがて、随分と衰弱しているのか苦しそうで……「水」と小さく呻くように言ったんですよね。

 それで私は、確か近くにわき水の小川があったのを思い出して、そこまで駆けて行って。

 もちろん器なんて無かったから、両手にすくって駆け戻って。

 だけど、そんなやり方じゃ水はすぐに零れちゃって、その人の所に戻った頃には、ほんの少しが残った程度になってしまっていました。

 口元に垂らしたほんの僅かな水だけど、それでも気付けにはなったんでしょうか。目を覚ましたその人は、私の頭に手をやって、優しく微笑み掛けてくれたのを覚えています。

 

「声をかけ続けてくれたよね? お蔭で目を覚ませたよ。ありがとう」

 

 『あの人』から掛けられた、初めての言葉。今でもちゃんと覚えています。

 きっと私は、あの時、あの瞬間から──

 ……そしてその日から、私はお仕事の合間を縫って、自由な時間が出来る度に、『あの人』に逢いに行くようになりました。

 幸せ、って言って良いんでしょうか? ……うん、きっと、その時の私は確かに幸せだったと思います。

 ギルドでのお仕事を終わらせて、『あの人』に逢いに行って、他愛のないお話をして──そんな小さな逢瀬の時間は、『赤い蜥蜴』が敵対ギルドの『青い髑髏(ブルースカル)』の襲撃を受けたことで終わりを告げました。

 ゼーラを連れて森の中へ逃げ出して……気を失ってしまった私が次に目が覚めたとき、最初に飛び込んで来たのは、私を心配げに見つめる『あの人』とゼーラの顔。

 ギルドのあった場所へ行けば、そこはもう誰も、誰も居なくて、皆死んでしまって──その時から、私と『あの人』とゼーラの、三人だけ……あぁ、『あの人』にとっては、私と『あの人』の二人だけの生活が始まったんです。

 しばらく経ったころ、奇跡的に無傷で残っていた、ギルドハウス地下の書庫。そこにあった書物で魔法の勉強をすると言った私に、『あの人』も一緒に勉強したいと言ってきた。

 私が学んだのは、幻影の魔法。『あの人』が学んだのは、同調の魔法。

 他人と魔力を同調させる……それが基本であり、極意でもあるその魔法。

 なんでそんな魔法をってその時は思ったけれど……今にして思えば、答えは簡単ですよね。

 その魔法を身につけて、「それじゃあ早速」って言って、私と魔力を同調させた『あの人』。

 その日以降、『あの人』からゼーラに声を掛ける姿を少しずつ見るようになったのを覚えています。……そう、『あの人』は、ゼーラの姿を見るために──ゼーラと接することが出来るようになるために、その魔法を身につけてくれたんです。それに気付いたのは、あの時……ユーリに真実を告げられて、ゼーラとお別れした、あの時以降なんですけど。

 それからは、本当の意味で三人で過ごしました。

 そして、ユーリとプレヒト、ウォーロッド……貴方達が来て、旅立って──マグノリアを解放した、あの日が訪れました。

 皆も知っての通り、あの時私は、天狼玉の悪意のみを砕くために『ロウ』を使って、この姿のまま、年を取ることは無くなりました。

 けれど……これは、私も後になって知ったのですけれど、私だけじゃなかったんです。

 『ロウ』を使ったあの時、私の直ぐ側に、『あの人』も居た。私と一緒に『ロウ』を使ってくれていた。

 ……先に述べたように『あの人』はゼーラを認識するために、私と『同調魔法』で魔力の同調をしてくれていました。ううん、今も、この時、この瞬間も、同調し続けてくれているんです。

 そして、一緒に使った『ロウ』。

 ……もう解りましたか? そう、あの時一緒に使った『ロウ』は、“それぞれが別々の『ロウ』を同時に使った”のではなく、本当の意味で、“一つの魔法を二人で使った”んです。

 未熟な状態の『ロウ』により命の選別をしてしまった私達は、『アンクセラムの黒魔術』の呪いに掛かりましたが、使った魔法は二人で一つ。それゆえに、掛かった呪いもまた、二人で一つとなってしまって──結果として、私は『あの人』に辛い役割を押しつけてしまっていたんです。

 別名で『矛盾の呪い』とも呼ばれるこの呪いは、先に挙げたように不老不死になるものと別に、もう一つの影響を周囲に及ぼします。

 ……それは「命を尊く思えば思う程に、自身の周囲の命を奪う」というもの。

 けれども私達の呪いは二人で一つ。私が“入力”で、『あの人』が“出力”。

 つまりは、私が命を尊く思う程、『あの人』の周囲で命が奪われていく。

 ……ギルドの中で『あの人』の近くに居ると調子が悪いとか、気分が悪くなるっていう声が出ていたのは知っています。

 それは呪いのせいで、ひいては私のせいでもあります。ユーリには特に謝らないといけないですよね。……マカロフが産まれた時、リタの命が一時危ない状況になったのは、あの時私がマカロフの誕生を嬉しく思ってしまったから……あの時、たまたま『あの人』は離れた所で見ていたけれど、それでも呪いは、出産で弱っていたリタに影響を及ぼしてしまいました。

 ……一歩間違えれば、リタは……ううん、リタだけじゃなく、産まれたばかりのマカロフも、命を失うところだった。

 あの時『あの人』が貴方達を祝うことなく、急にギルドを出ていったのは、多分それに気付いたからだと思います。

 ……それから、なんですよね。『あの人』がもうずっとギルドに顔を見せなくなってしまったのは。

 私のせいなのに。私が、命に尊さを覚えなければ、あの人は苦しむことはないのに。けれど、あの人は自分が引くことで収めてしまった。

 けど──ごめんなさい。私は、ギルドの皆が好きで、新しい生命の誕生を見れば嬉しくて……なによりも、私は、『あの人』を愛している。この想いを無くすことなんて出来ないんです。

 ──だから。

 

 ……皆にお願いがあります。

 『あの人』を迎えに行ってきます。

 『あの人』の──リヴェルグの帰る場所を、守っていてください。

 きっと、その時には大丈夫になっているはずだから。リヴェルグが帰ってきたら、「お帰り」って言ってあげてください。

 どうか、お願いします。

 

                 「メイビス・ヴァーミリオンの独白/あるいは回顧録」

 

 

 X698年。ギルド『フェアリーテイル』のギルドハウス前にて、マスター代行であるプレヒト・ゲイボルグは、一人の青年を出迎えていた。

 およそ一年ほど前に、顔を見せなくなり、ギルドから消えてしまっていた青年。

 彼の腕の中には、小さな少女が大切に抱えられていて、まるで眠るように、静かに横たわる白い少女の姿に、プレヒトは目を見開いた。

 

「……彼女は……メイビスは、死んでいるのか?」

 

 問われた青年は、静かに首を横に振って答えた。「完全に死んではいない、けれど、生きてもいない」と。

 「すぐに蘇生用の魔力結晶(ラクリマ)に入れよう」と言うプレヒトに、青年は「メイビスを頼む」と慎重に少女の身体を渡したが、その場を動こうとはしない。

 

「……お前はどうする気なんだ?」

 

 着いてこないのか、と問うプレヒトへ、青年は告げる。「呪いを解く方法を探しにいく」と。

 今はメイビスがこう(・・)なってしまったから治まっているけれど、このまま彼女が目覚めれば、自分のせいでまた心苦しい思いをさせてしまうから、と。

 青年の様子に、その意思は硬く止められないと悟ったプレヒトが「メイビスは任された。いつでも帰ってこい」と告げると、青年は深く頷き応えて。

 寂しげに、そして愛おしげにメイビスの頬を撫でた青年は、動かない少女へ、優しく語りかけた。

 

「──少しだけ、待っていて。妖精を探しに行ってくるよ」




書かなきゃ行けないものが滞っているのに、思い付いてしまったので続かないのに書いた。なので短編。書くだけ書いたらスッキリしましたが。反省。

ヒロインはメイビス。
……とはいえこれだと、ゼレフの扱いが困るんですよねぇ、話的にも、戦闘的にも。(公式)チートすぎるんよー。
ご都合主義的なアンチゼレフ能力でも考えないと……となります。
アクノロギアはもう原作展開的に片付けられるので(乱暴)どうとでもなるのですが。
多分この先があるなら、本編のスタートは原作開始と同じぐらい。
話のピークは天狼島編辺り。オリ主とメイビスの劇的な再会!片方幽霊ですが。
ちなみにサブヒロインはウェンディ。
ユキノも良いんですが、オリ主の立場というか背景的にウェンディですね。シェリアも漏れなく付いて来る(来ない)し。


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篭められた想い

※続きません。


 その日、マグノリアに在する魔導師ギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の広間(ホール)を兼ねる酒場は、お祭り騒ぎに沸いていた。

 正確に言うのなら、このギルドはほぼ毎日騒いでいるようなものなのだが、今回は騒ぐ為の口実(・・)があるため尚更である。

 

「そんじゃあ、新しい仲間、ルーシィにカンパーイ!」

 

 そんな何度目かも解らない音頭を聞きながら、その口実にされた少女──ルーシィ・ハートフィリアは、疲れた様子でカウンター席へと避難した。

 「ただの宴会がなんでこんなに激しいの……」と漏らしたルーシィを出迎えたのは、「みんな元気だからねぇ」と少しズレた答えを朗らかに返した、看板娘のミラジェーン・ストラウス。そしてカウンターの上に胡座をかいて座り、パイプを吹かすギルドマスターのマカロフ・ドレアーだ。

 どっと疲れた様子で「ちょっと休憩……」と、一番左端から二番目の席に座ろうとしたルーシィを、ミラジェーンが慌てて止める。

 

「あ、ルーシィ、そことその隣の二席はダメよ」

「……? この席、何かあるんですか?」

「マスターが言うには、リザーブ席なんですって。……って言っても、マスターとギルダーツ以外、そこが誰の席なのか知らないし、誰かが座っているのを見たこともないらしいんだけどね」

 

 奇妙な話だと思った。今のミラジェーンの話し振りだと、もう何ヶ月……いや、何年もこの席に誰も座っていないということか、もしくは本当に誰も居ない時にのみ、この席に座る人が来るということになるだろう。何か曰くのある席なのだろうか。そう思いながら、件の席からさらに一つ空けた、左から四つめの席に座り、何とも為しにその二席を眺めるルーシィ。

 そんな彼女へ、マカロフがパイプを吹かしながら「気になるかね?」と声を掛けた。

 

「ええっと……はい、そりゃまあ、気になります」

「そうさな……ま、別に秘密にしとるっちゅう訳でもないしな」

 

 マカロフのその言葉に、ルーシィとミラジェーンが話を聞こうと身を乗り出した時だった。

 外へと続く両開きの扉を開け、誰かがギルド内に入ってきた。

 ルーシィがこのギルドに来た時に、彼女を連れてきたナツ・ドラグニルのように、騒々しく乱入するように入ってきた訳では無い。静かに……とても、自然に。場の空気を壊すことなく、するりと。事実、今の広間の喧噪も相まってか、多くの者は入ってきたことにすら気付いていなかった。

 入ってきた人物は二人。一人はフードを目深に被っているため顔はうかがい知れないが、恐らくは成人男性。そしてフードの彼の側を付いていく、年の頃は十前後だろうか、蒼銀色の髪の小柄な少女。

 フードの人物は悠々と、少女は戸惑うような様子を見せながら、マカロフの元へと近づいて来る。

 そして当然それに気付いた一人であるマカロフは、その人物へと顔を向けた所で驚愕するように目を見開いて、手に持っていたパイプを取り落とした。

 普段のマカロフの様子を熟知しているミラジェーンのみならず、この日初めて会ったばかりのルーシィにも“普通ではない”と解るマカロフの雰囲気にあてられ、彼の視線を追っていったところで、件の二人に気がついた。

 

「久しいな、三代目。もうどれぐらい振りかな?」

 

 マカロフの側まで来た男性はそう言いながらフードを取る。そこから出てきたのは、まだ年若い──恐らくは二十代前半と思わしき顔立ちの青年だった。

 青年は自身の横に居た少女を抱え上げてルーシィの横の席に座らせると、自分はその隣──先程ルーシィが座ろうとしてミラジェーンに止められた、左から二番目の『リザーブ席』に座る。

 それを見たルーシィが咄嗟に「あの、そこは……」と声を上げかけるも、マカロフが「いや、良いんじゃよ」とルーシィを制すと、「お久しぶりですな」と言いながら頭を下げた。

 

「今回は十年……とは言え、前に戻られた時はすぐに出られましたからな。その前と合わせるともう十七年になりますな」

「あぁ……いつの間にかそんなにか。そりゃあ知らない顔ばかりになるか」

 

 マカロフの答えに苦笑を浮かべた青年は、軽く振り向いて広間の様子を伺ったあと、隣で若干落ち着かなく、どことなく不安そうな表情を浮かべる少女の頭を撫でる。

 この時点で、見知らぬ人物が居ることに気付いた者も幾人も居たが、その人物が話している相手がギルドマスターであり、それなりに親しげな様子を見せているところから、不審には思いつつも様子を伺っていた。

 

「まぁ、巷で集まる程度の情報はいつも仕入れていたけどな。中々楽しくやっているようで何よりだよ」

 

 これは、ギルドメンバー達が依頼(クエスト)先で起こす様々なトラブルや騒動を指しての言葉であろう。とは言え、別段不快気と言うでもなく、言葉通り「楽しそう」と思っているのが解る声音であったからか、マカロフもまた「そうでしょう」と静かに笑みを浮かべた。

 

「ところで、その娘は?」

「弟子。……何時だったかな、実の姉がある集団に攫われたらしくてね。一人で取り戻そうと無茶していたところを保護したら、押しかけられてな」

 

 簡単に少女の境遇を説明し、「ほれ、挨拶」と青年が促すと、それまで静かに様子を伺っていた少女が、マカロフとミラジェーン、そして自分の隣に座っているルーシィの顔を順番に見たあと、ぺこりと頭を下げる。

 

「ユキノ、です」

 

 おずおずと名前を名乗った少女──ユキノに対し、ミラジェーンとルーシィがそれぞれ「よろしくね」と名乗り返し、マカロフは好好爺然とした表情を浮かべ、ウムウムと頷いた。

 そしてカウンターから中へと降り、ミラジェーンに、ユキノに果実水(ジュース)でも出してやるように言った後、自身はカクテルシェーカーを手に取る。

 

「ミラよ、よく見ておきなさい。彼がここに座ったら、コレを出して差し上げるように」

「マスター、それは?」

「……『フェアリーホワイト』。まぁ、俺の我儘で作ってもらった、オリジナルカクテルだよ」

 

 ミラジェーンの問いに、青年が答えた。

 出来上がったのは、白みがかった透明の、澄んだカクテル。マカロフはそれを二つのカクテルグラスに注ぐと、青年の前と、その隣──誰も座っていない、一番左の席に置く。

 グラスを手に取った青年が、それを隣の、誰も居ない席のグラスと軽く合わせ──チン、と響く、澄んだ音。

 ここに至りミラジェーンとルーシィは、このリザーブ席が、青年と、もう一人の“誰か”──恐らく、青年にとって大切な誰か──のものであると理解する。

 いや、青年が座った時にマカロフが止めなかった時点で、予想はしていた。それが確信に変わったというべきか。

 

「あの……ところで、この人はどなたですか?」

 

 そのまま、誰も言葉を発さない、幾許かの静寂が過ぎた後、タイミング的に丁度良いと思ったか、ルーシィがマカロフへ問いかける。

 それに対して何か言いかけたマカロフを手で制し、「そう言えば名乗っていなかったな」とルーシィとミラジェーンに向き直り、

 

「名前はリヴェルグ。理由(わけ)あって長い間旅に出ていてね。ほとんど籍を置いてるだけみたいになっているが、一応ここのメンバーだよ」

 

 そう言って「ほら」と右腕の袖を捲って前腕を出す青年──リヴェルグ。そこには確かにフェアリーテイルのギルドエンブレムが押されている。

 

「あ、じゃあさっきマスターが言っていた、十年と七年って……」

「ギルドを空けていた期間だね」

「ええぇ?!」

 

 ミラジェーンの疑問にサラリと答えたリヴェルグに対し、その余りに長い期間にミラジェーンとルーシィがと揃って驚きの声を上げたのも仕方無かろうか。

 

「それじゃあ、さっきからマスターが気を使っているっぽいのって……リヴェルグさんって、実は凄い人……?」

 

 上目遣いにそう聞いてくるルーシィの姿からは、何か凄い答えが飛び出すんじゃないかと期待しているのがよく解る。

 それに返された答えは、苦笑を浮かべて「いやいや」と頭を振るもの。

 

それなり(・・・・)に昔からギルドに在籍しているからな。三代目ともそこそこ(・・・・)の付き合いがあるのさ。後は……そう、昔ちょっと貸し(・・)があってね。だから、気を使ってくれているんだよ」

 

 つらつらリヴェルグが述べた理由を聞いたマカロフは、なんとも言えない表情を浮かべ──「まあ、そんな感じじゃ」とどこか諦めたように息を吐いた。

 

「……ああそうだ、それはそれとして三代目。ユキノもギルドに入れてやりたいんだが」

「この子をですかな? ……ふむ。無論構いませんぞ」

 

 話を切り替えるようにリヴェルグが言うと、少しユキノをじっと見たマカロフが、何かに納得したように頷いて同意する。

 それを受け、ミラジェーンがギルドエンブレムを入れるための、スタンプの魔道具を用意すると、ユキノに視線を合わせて笑いかける。

 

「ユキノちゃんは、どこにエンブレムを入れたい?」

「……お師さまと、同じところ」

 

 そう言って差し出されたユキノの右腕に、ミラジェーンがポンッとスタンプを押す。

 ユキノは自分の右前腕に入ったフェアリーテイルのエンブレムを見て、次いで視線をリヴェルグに移し、嬉しそうに笑みを零した。

 

「ふむ……今回戻られたのはその子のことを?」

 

 ユキノの様子に「やあぁん、可愛い!」と嬌声を上げるルーシィとミラジェーンを横目に、マカロフがリヴェルグに問うと、「それもあるが……方法(・・)を見つけたんだ」との答え。

 それを聞いたマカロフは目を見開いて──「然様ですか」と、感慨深げに息を吐く。

 

「灯台もと暗しだったよ。まぁ……とは言え、ようやく“妖精の背中が見えた”……って程度だけどな。これからはこっちに留まって、実験と検証を行うってところさ」

 

 「まだまだ問題は山積みだよ」と言うリヴェルグに、マカロフは「それでも、ようございました」と笑みを浮かべた。

 そんな二人の話は、当然すぐ側に居るミラジェーンとルーシィにも聞こえてくる。

 とは言え二人の話し振りから、あえて解らないように、抽象的に話をしていると言うのは理解できるし、であるならば、何の話なのか気にはなるが、突っ込まない方がいいのだろう。

 そう判断したルーシィは、「そう言えば、ユキノちゃん」と、自分の隣に座る可愛らしい少女に視線を向ける。

 

「あたしも今日、ここに入ったんだ。お揃いだね」

 

 ニコリと笑いながら掛けられたルーシィの言葉に、ユキノははにかみながら「はい」と頷く。

 

「ユキノちゃんは、どんな魔法を使うの?」

「……幻影の魔法を、習ってます」

 

 ルーシィの問いに、一度リヴェルグの顔を見たユキノはそう答えるが、一方のリヴェルグは「そうなんだけどなぁ」と苦笑しながらユキノを撫でる。

 

「実際のところ、ユキノは星霊魔法の方に適性があるんだよ。だからそっちをメインにした方がいいと思うんだが……俺はそれを教えられなくてな」

 

 「すまんな」と謝るリヴェルグに、ユキノはううん、と首を振り──二人のやり取りを聞いたルーシィが、「あの」と声を上げた。

 

「あたし、星霊魔法使うんですけど、良かったらユキノちゃんにアドバイスしましょうか?」

「いいのか? そりゃ助かるが」

「はい。あ、ユキノちゃんが良ければですけど」

 

 「どうする?」と訊くリヴェルグを見て、次いでルーシィの顔を見てからしばし考え……「よろしくお願いします」と頭を下げるユキノ。

 ルーシィは自分の胸をドンと叩いて、「任せといて!」と朗らかに笑った。

 

「そう言えば、ルーシィ……だったよな? 君は、このギルド……『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』っていう名前に篭められた意味を知っているかい?」

 

 掛けられた問いに対し、頭を振って「何か特別な意味ってあるんですか?」と逆に問うルーシィ。

 彼女の答えに、リヴェルグはどーなってんだ、とマカロフへジト目を向ける。

 

「……今って新人にその辺教えてないのか?」

「うむ……いや、申し訳ない」

 

 気まずげに言うマカロフに、確りしろよと言いたげに軽く溜め息を吐く。

 今の発言を鑑みるに、ルーシィにその問いをしたのも、彼女の先程の「自分も入ったばかりだ」という言葉を受けてなのだろう。……であるならば、彼にとって『ギルド名に篭められた意味』は、ギルドメンバーに知っていて欲しいものだったのだ。

 見た目年若い青年に、老人が注意されるという……というか、普段とは調子の違うギルドマスターの姿を見かねたというのもあるが、彼の気持ちをくみ取ったミラジェーンが「私も聞きたいです」と願い、同時にリヴェルグの袖を引いたユキノが「わたしも」と言ったことで、リヴェルグもまあいいかと切り替える。

 逆に言えば、知らないながらも『ギルドの想い』を汲んだようなことを言ってくれたのだ。そういう人材が自然と集まるのであれば、それほど嬉しい事も無いのだ。

 そう思い直したリヴェルグが意識を周囲に向ければ、どうやらこちらを気にしている幾人かも耳をそばだてているようだと認識し、ミラジェーンやルーシィ、ユキノだけではなく、他のギルドメンバーにも語りかけるように問いかけた。

 

「君達は、妖精が居ると思うかい?」

 

 唐突な話題転換にも思える問いに、戸惑いつつも「居ると思う」「居ないだろう」と、あちこちから様々な声が上がる。

 妖精。ギルドの名前にもなっている、不可思議なもの。居るとも言えず、居ないとも言えない、おとぎ話(フェアリーテール)の代名詞。ならばこそ。

 リヴェルグはカウンターチェアから立ち上がり、身体の向きを変えて、広場に居る全員に相対する。

 

「居るかどうかも解らない妖精の、有るかどうかも解らない尻尾を追い求める。故に、永遠の謎、永遠の冒険……それこそが、このギルドの名前に篭められた意味。

 その過程で手に入れるだろう、金も名誉も──他者から下されるだろう、賞賛も、罵倒も……そんなものは須く、ただの福次品。おまけに過ぎない。

 だからこそ──尽き果てぬ冒険心と探究心を胸に宿し、何処までも続く謎と冒険を求めて世界に飛び出せ! それが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導師だ!」

 

 かつての彼女(・・)の言葉をなぞるように、唄い上げるように、高らかに言い放ち──

 

「そして、その冒険が、いつまでも続く、終わらないものだとしても大丈夫。このギルドが、君達の帰るべき場所としてここに在るから……それこそが、このギルドそのものに篭められた想い」

 

 ギルドの名前と、ギルドそのものに篭められた彼女(・・)の想いを家族(メンバー)へと伝え、自身の胸を、軽く握った拳で叩いた。

 そう、全ては、ここ(・・)にあるのだと言うように。

 

「“ヴァーミリオン”の名に於いて、もう一度、君達に問おう」

 ──貴方達に問います。

 

 それは、その青年が醸し出す空気に当てられたのかもしれない。ただの、幻だったのかもしれない。

 けれど確かに、その場に居た者は皆──青年の隣に寄り添うように立つ、白い少女の姿を見たという。

 

 ──(そこ)に、妖精は居ますか?




・タイトルの「Fairly Tale」はおとぎ話の意。すなわち、おとぎ話の終わりに。
仮にこの話が続いたならば、それはきっと妖精を追い求めた少女が、妖精よりも素敵なものを手に入れて、おとぎ話を終わらせる話になるのでしょう。

・ユキノを攫ってきました(違う)。狂言回しではないですが、コイツ(リヴェルグ)をまともに係わらせるには、某かの切っ掛けが必要になりますので、その切っ掛け役ですかね。
ていうかニルヴァーナにユキノを連れて行ったら、早々にソラノと再会してしまいますね。ソラノちゃん妖精入りフラグ……? いやいや。
ちなみに天狼島にユキノがいかない場合は、七年後は原作と同じ十八歳ユキノ。行った場合はロリノのままになります。

・それなりに昔から=創設メンバー。そこそこの付き合い=産まれた時から知ってる。
原作でのウォーロッドに対する態度から考えると、コイツ(リヴェルグ)が居ると、マカロフさんすごくやりづらそうです。


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彼方の空、貴方を夢見る/黎明に、君を想いて

※続きま……した。
思い付いて書きたくなったら書くスタイルですので、今後は未定です。


 『彼女』が意識を取り戻したのは、いつ頃だったのだろうか。

 少なくとも、あれ(・・)からもう幾歳もの年月が過ぎたのは確かであると気付いたのは、思念体となった『彼女』が居るこの地を『聖地』とする、『彼女』に所縁のあるギルドのメンバーが訪れた時だ。

 ギルドを率いていた、老年に差し掛かった壮年の男性。呼ばれたその名を聞いて、男性がかつて彼女も抱き上げたことのある赤子が成長した姿だと知り、それはもう大変に驚いたものだった。

 同時に、悟った。それほどまでに長い時間、『あの人』を独りにさせてしまっていたことに。そしてこの先も長い間、独りにさせてしまうことに。

 誰に何を言われずとも、解るのだ。『あの人』の性格も、考えも、想いも全て知っているから。何よりも、出逢った時からずっと、見続けて、側に居続けていたのだから。自らの半身とも言うべき人。今もずっと、繋がり続けている人。

 思念体となった今も、褪せることなき想いを抱き──愛する人の過去と、今と、明日を想い──『彼女』は一滴(ひとしずく)の涙を流した。

 

 時は巡る。

 ここには、たくさんの思い出があった。

 『あの人』と初めて逢った時から、ここを旅立った日までの長い間、『あの人』と親友と、三人で過ごして積み重ねた、たくさんの思い出。

 だから、寂しくはない。

  ──寂しい。

 だから、大丈夫。

  ──逢いたい。

 溢れかえりそうになる想いとたくさんの思い出を胸に抱いて、時折訪れる『子ども達』の姿に時の流れを感じつつ、いつか訪れるで在ろうその時を夢見て、信じて、彼女は静かにその時(・・・)をこの地で待つ。

 『無意識』と言っていい状態であったころは当然として、意識を取り戻してからもずっと、『彼女』は自身の姿を表に出すことが出来ず、『彼女』の声は誰にも届かず、『彼女』はこの地を離れることは出来ない。

 足りないのは切っ掛け。足りないのは、たった一つのピース。

 『彼女』はそれを、理屈では無く『意識』全てで感じながら、独り静かに、空を見上げ、想いを馳せる。

 

「──リヴェルグ。私はここにいます。ここで、待っています」

 

 

 ギルドハウスの奥深く。隠された部屋に彼は居た。

 彼の目の前には、淡く光を放つ魔力結晶(ラクリマ)が鎮座している。

 人が入りそうな程に大きいそれには、事実、一人の少女が入れられて──否、封じられて(・・・・・)いた。

 淡いプラチナブロンドと白い肌の、雪の妖精のような裸身の少女。

 『神話』。あるいは『心臓』。

 彼に言わせれば、クソくだらない(・・・・・・・)モノに貶められた、最愛の人。

 しばらくの間『彼女』を見つめていた彼は、『彼女』の前に白いカクテルを置くと、向かい合うように座り込んだ。

 ギルドハウスのいつもの席。彼と二人で座っている時に、『彼女』が好んで飲んでいた。『彼女』に合わせて度数は然程高くなく作られていて、それを教えられた『彼女』が子ども扱いするなと怒っていたこともあったな、と、もう遠い遠い昔の思い出を──流れる年月に摩耗していくそれのひとつを心に浮かべ、彼は静かに笑った。

 

「随分と遠回りしたけれど、ようやく、妖精の背中が見えたよ」

 

 ぽつりと、語りかける声が響く。

  ──君の声も、笑顔も、夜明けの空に溶ける星のように、遠くなってしまったけれど。

 

「解ってみれば、答えはすぐ側に在った。……『さんざん探し回った妖精は、実はいつもすぐ近くに居たのです』なんて、チープなおとぎ話みたいだろ」

 

 苦笑交じりに語られる言葉は、されど万感に満ちていて。

 けれど、それ(・・)をすぐに、おいそれと行うわけにはいかない。何故ならば──彼と『彼女』は二人で一つ。その時(・・・)は、『彼女』を解き放った後でなければならない。

 立ち上がり、静かに『彼女』が入った魔力結晶を撫で、彼はその場を後にする。

 永く彷徨った夜が明け、朝が来て。星の光は朝に溶けて消えてしまったけれど──それでも、見上げればそこに、光は見えずとも星はある。

 ならばこそ、進むしかないのだ。その時(・・・)が来ると信じて。

 

「──メイビス。必ず君を解放して、呪いも解いてみせるから。だから、もう少しだけ待っていて」

 

 

 リヴェルグがユキノを連れて戻ってきてから、幾許かの日が過ぎた。

 その間、偶然ユキノと同じ日にギルドに入ったルーシィ・ハートフィリアは、彼女をこのギルドに連れてきたナツ・ドラグニルとその友、喋るネコのハッピーとチームを組んで依頼を達成したのを初めとして、その後も精力的に活動を行っていたが──一方のリヴェルグとユキノは、依頼(クエスト)の掲示された依頼掲示板(リクエストボード)を見るでもなく、広間(ホール)の片隅でユキノの魔法の修行に勤しんでいた。

 その日、ルーシィがギルドに顔を出すと、ここ数日変わらずに広間の隅に居るリヴェルグとユキノが視界の端に映る。

 そういえば、ユキノちゃんに星霊魔法について教えてあげるって言ってたなと思い出し、その辺りの話をしようと彼等の元へと近づくルーシィ。

 

「リヴェルグさん、ちょっと良いですか? ユキノちゃんの星霊魔法についてなんですけど……」

「!」

「ん? ああ、ちょっと待ってくれ。……ユキノ、集中」

「……っ、はい」

 

 ルーシィが声を掛けた内容が自分に関することだったからか、それまで目を閉じて集中していたユキノが目を開き、ルーシィへ顔を向けたところで、リヴェルグから注意が入る。

 慌てて再び目を閉じて集中しだしたユキノを見ながら、ルーシィが「ごめんなさい」と謝った。

 

「すみません、邪魔しちゃいましたよね」

「いや、構わないよ。この程度で意識を乱すようじゃ、実戦では使えん」

 

 厳しめな口調でそう口にするリヴェルグに対し、厳しいなぁと感想を抱いたルーシィだったが、すぐに彼がユキノを見る眼差しの柔らかさを感じ取り考えを改める。

 

「ユキノの星霊魔法に関しては、ルーシィの都合の良いタイミングで構わないよ。最近大変だったみたいだしな」

「あー……ありがとうございます」

 

 リヴェルグが言ったように、ここ最近は大変だった。特にこの前の『呪歌(ララバイ)』が……と最近自身が係わった依頼──と言うよりも事件を思い出し、近くのテーブル席に座り、グデッっと突っ伏した。

 『呪歌』事件。闇ギルドである『鉄の森(アイゼンヴァルト)』が、聞いた者の命を奪う魔法『呪歌』をもって、丁度定例会を開いていたこの辺りのギルドのマスター達を、纏めて呪殺しようとしたものだ。

 最終的に、このギルドのS級魔導師である『妖精女王(ティターニア)』の二つ名を持つエルザ・スカーレット、『火竜(サラマンダー)』のナツ、氷の造形魔導師であるグレイ・フルバスター、そしてルーシィとハッピーの四人と一匹でチームを組み、『呪歌』から生まれた、遥か昔の黒魔導師『ゼレフ』の悪魔──というよりも、『呪歌』とはそもそもその悪魔そのものであったのだが──を倒し、事なきを得たのである。

 その後も、帰ってからのナツとエルザの勝負中に、エルザが評議委員に逮捕されたり、実は形式だけで本当はすぐに釈放されるはずが、早とちりしたナツが乱入して暴れたために話がこじれたり……と、ルーシィが最近の出来事を思い返していると、ユキノの「お師さま、できました」との声が聞こえてきた。

 突っ伏していた顔を上げて彼女の方を見ると、ユキノの横にもう一人ユキノが居て──疲れ目だろうか、と思わず目を擦ってみても変わらない……と、その時点でようやく、そういえば今ユキノが教わっているのは幻影の魔法だったと思い至る。

 

「……ってことは、どっちかは幻ってこと? ……はぁ~、ユキノちゃん凄いね」

 

 心底感心したというように告げられたルーシィの言葉に、二人のユキノが同時に、照れてはにかむ。

 リヴェルグは、二人に増えたユキノの周りをぐるりと一周し、全身をつぶさに観察したあと、ふむ、と一つ頷いて。

 

「まあまあだな」

「え~、全然見分けつかないけどなぁ」

 

 「厳しくないです?」と言うルーシィに、いやいやと頭を振って返すリヴェルグは、「弟子に取って教えている以上、そう簡単に『良く出来ました』とは言えないさ」と苦笑を浮かべた。

 次いで「さて」とユキノに向き直り、ユキノもまた姿勢を正して彼の言葉に耳を傾ける。

 

「ザッと見たところ、魔法の構成はままあ良い。が、魔力の練り込みがまだ甘い。今のような静止状態や、ゆっくりした動きなら問題無いだろうが、激しい動きをさせると像がブレるぞ」

「はい」

「よろしい。じゃあ、その場でクルッと一回転を──」

 

 と、リヴェルグが指示を言い切る前に、彼に向かって左側のユキノがくるりと回る。スカートがふわりと翻り、その可愛らしい様子に、側で見ていたルーシィだけでなく、何ともなしに彼等の訓練の様子を見ていた者達も、思わず頬が緩んだ。

 一方のリヴェルグは、そんなユキノの頭にポンッと手を置いて、

 

「いや、ユキノじゃなくて、幻像の方」

「ご、ごめんなさい」

「まぁ丁度いい。今の自分の動きをトレースさせて」

「は、はい」

 

 リヴェルグに突っ込まれ、流石に恥ずかしかったのか耳まで赤くしたユキノが咄嗟に謝り、続けて出された指示に従って、今度は向かって右側のユキノがくるりと回った。

 先程左のユキノが回った時と同じように、スカートがふわりとなびき、それを見たルーシィが「うわ、凄い」と声を漏らした。幻像……ただの幻であるはずなのに、まるで本物のように衣服の動きまで再現されていたからだ。

 

「事前に言われていなかったら、どっちが本物か解らないですね」

「……そう思うかい? じゃあユキノ、もっと勢いよく、連続で回転させて」

「はい」

 

 ユキノが頷くと同時に、幻像の方のユキノが再び、今度は先程よりも勢いよくグルグルと回り出し──何回転かしたところで、ザリッとノイズのようなものが走った。

 直後掛けられた「ストップ」の声で、幻像のユキノも回転を止めてピタリと止まる。そこにはもう、先程走ったノイズのようなものは見受けられない。

 

「さて、見たな?」

「はい」

「じゃあ、像のブレの他に修正点があるけど、それは?」

 

 恐らく思わぬ問いだったのだろう、少しばかり視線を彷徨わせてリヴェルグの言葉を思い返したあと、自分の幻像を見ながら考えるユキノ。

 けれど思い付かなかったか、少し落ち込んだ様子で「ごめんなさい、わかりません」と頭を下げた。

 

「ん、まぁ端的に言うと、『人間らしさ』だな」

「人間らしさ」

 

 指摘に対してピンと来ていない様子で鸚鵡返しに口にしたユキノに微笑み、修正点を詳しく説明していく。

 

「そうだな……例えば、回転の軸。さっき幻像を回した時、軸は一切ぶれずに周り続けていた。じゃあ実際にユキノが同じように回った時、一切場所がズレずに同じところで回転し続けられるかい?」

「あっ……いいえ、動いちゃうし、目が回ってフラってなります」

 

 自分の言った『回転の軸』の他に、起こり得る生理反応を足して答えたユキノに、満足気に頷いたリヴェルグは、優しくその頭を撫でた。

 二人のやり取りを見ていたルーシィは、先程は「そう簡単に『良く出来ました』とは言えない」と言っていたけど、十分行動で示しているなぁと思い、声を抑えつつ可笑しそうに笑う。

 

「他にも……例えば、回りすぎたら具合が悪くなってしまうかもしれない。目が回らなくても、疲れて息が荒くなるかもしれない。こういった『人間らしさ』……いや、人に限らず、動物でも、無機物でも、『それらしさ』っていうのは、幻像を創る上で非常に重要な部分を占めるわけだ」

 

 一旦言葉を切り、「ここまではいいな?」とユキノが話に付いて来れていることを確認し、

 

「では、その『それらしさ』を出すのに必要な事は?」

「……『色々なことをよく観察して、視野を広くもつ』です」

「正解だ」

「前に、お師さまが言ってました」

 

 ユキノの答えが満足行くものだったのだろう、「よく覚えていたな」と微笑んで頷く。

 

「さて、その『それらしさ』を踏まえてこのユキノの幻像を評価する、ということになると、『まだまだ』から『もっと頑張りましょう』になるわけだが……」

 

 と、突然の下方修正を聞いて悲しげな表情を浮かべたユキノは、すぐにブンブンと頭を振り「がんばりますっ」と気合を入れた。

 そんな弟子の様子に、クツクツと楽しげに笑ったリヴェルグは、もう一度ユキノの頭を撫で、「勘違いするな」と一言。

 

「今まで教えてこなかったことで評価したりはしないさ。今その話をしたのは全て、ユキノが俺の元に来てからやってきた“幻像を正確に創る”っていうのが確りと出来ていたからだ。そもそもそこがちゃんと出来ていなければ、どんなに『らしさ』を出したとしても逆に不自然になるからな。なのでそこ……外見の出来を見るなら、このユキノの幻像は良いな」

「ほんとう!?」

「ああ。さっきは構成や魔力密度を含めて『まあまあ』って言ったけど、外見の構築精度で見るなら『良く出来ました』だ」

 

 リヴェルグがそう言った瞬間、「お師さま、ありがとうございます!」と花が咲いたような笑顔を浮かべるユキノ。

 一方で話を聞いていたルーシィは、思わずクスリと吹き出してしまう。

 

「どうした?」

「いえ、さっきそう簡単には『良く出来ました』って言えないって言ってたけど、結局褒めちゃうんだなって思っちゃって」

 

 無論馬鹿にしている訳では無く、実際柔らかい声音のルーシィの言葉に、リヴェルグは「そりゃな」と肯定を返す。

 

「まだまだ改善点の多い部分に対して『良く出来ました』とは言えないが、ことコレ……幻像の外見に関しては、今までユキノが積み重ねてきたことの結果が出ているものだ。それに対して褒めなかったら、逆にいつ何を褒めるってもんだ」

 

 片膝を着いて視線をユキノに合わせたリヴェルグは、「だから、そんなユキノにプレゼントだ」と懐から一本の鍵を出してユキノに見せる。

 少し古めかしい、けれども不思議な輝きを放つ鍵。それにユキノよりも先に反応したのは、側で見ていたルーシィだった。

 

「あ、門の鍵(ゲートキー)! それって『大犬座』の……あれ? 『大犬座』の気高き猛犬(ダイアウルフ)かと思ったけど、何か違う……? 形状的に『狼座』にも似てる気が……」

 

 鍵の上部に記されているマークで何の星座か当てたものの、そこで何かに気付いたか途中で言葉を止めて首を傾げ、考え込みながらポツリと零したルーシィ。それを聞いたリヴェルグは驚いた表情を浮かべ「良く解ったな」と感嘆の声を上げた。

 

「こいつは『大犬座』の括りではあるけど、ちょっと特別製でね。まぁ黄道十二門程ではないけどな」

 

 「さあ、ユキノ」と促して彼女に鍵を渡すリヴェルグ。

 ユキノが鍵を受け取ると、立ち上がって今度はルーシィに向きなおる。

 

「それでルーシィ、さっき君の好きなタイミングでって言ったばかりで済まないんだが、良かったらユキノに使い方を教えてやって貰えないか?」

「あ、はい。もちろん良いですよ。……特別製ってことは、もう名前は有るんですか?」

「ああ。そいつの名前は“シリウス”。天の狼と書いて、天狼(シリウス)だ」

 

 その名を口にした際、いつものようにカウンターの上に座っているギルドマスターのマカロフがピクリと反応したのを横目に見つつ、「それじゃ、よろしく」とルーシィに場所を譲るリヴェルグ。

 リヴェルグに代わりユキノの前に立ったルーシィは、彼と同じように膝を着いてユキノと視線を合わせると、「それじゃあユキノちゃん」と声を掛ける。

 

「鍵を手に持って、そこに魔力を流してみて。気負わなくていいから、自然にね。……あ、大犬座の星霊って、確か結構大きかったはずだから、そっちの開けた通路に向けてね」

「はい」

 

 ルーシィに従って鍵を手に持ち、むむっと魔力を篭めるユキノ。

 「自然に」と言ったがやはりどこか力が入っているユキノの様子に、あたしもあんなころあったなあと、微笑ましくも懐かしく思いながら、続きの指示を出していく。

 

「星霊魔法に素養があると、この時点で鍵と自分が一つに……って言うか、鍵が自分の手の延長のように感じるんだけど、どう?」

「はい、わかります」

「じゃあ、そのまま『鍵』(じぶん)をその先にある『門』に差し込んで──」

 

 ルーシィの言葉に追従するかのように、ユキノが持つ『門の鍵』の先に魔力が集まっていく。

 

「『門』を、開ける」

「──開け! 大犬座の扉……シリウス!」

 

 ユキノが言い放ったと同時に、集まった魔力が渦を成し──ポンッと音を立てて霧散した。

 

「……あれ?」

「え? ええ??」

「あの……わたし、なにか間違えましたか……?」

 

 不安そうにルーシィを見上げてユキノが問う。それに対して「ちょ、ちょっと待ってね」と焦りながら先程の手順を思い返すが、別におかしな所はないはずだ。

 と、その時、二人のやり取りを見ていたリヴェルグが「あ」と声を漏らして手を打った。

 

「……すまん、今思い出した。そいつを使う時は、確か『大犬座』じゃなく……『天狼星』で門を開く、だったはず」

 

 それに対し、今度はルーシィが驚きで目を見開いた。

 星座ではなく、星そのものを司る『門の鍵』。そんなものは聞いたことがなかったからだ。

 ともあれ、ものは試しとユキノを促すと、ユキノは一度頷くと鍵をじっと見つめ、大きく息を吸い──

 

「──開け、天狼星の扉……天狼(シリウス)!」

 

 その瞬間、差しのばされた鍵の先に魔力が集まり、渦を巻く。凝縮した魔力は空間を歪ませ目には見えぬ『門』を生み出す。

 そして『門』は開きて、その先に居るモノをこの世へと喚び出し、その存在を結実させ──

 

「……わぁ、きれい」

「……すごっ」

 

 ユキノとルーシィが思わず感嘆の声を漏らした。

 彼女達の前に現れたのは、その体高が小柄な馬か牛ほどはあろうかという、白銀の毛並みの大狼だった。

 グルル、と小さく唸った白狼は、己を喚び出した術者であるユキノに視線を向ける。

 その迫力に一瞬ビクリとしたユキノだったが、下がること無く視線を合わせ、じっと見つめた。

 

「ユキノ、ギルドエンブレムを見せてやれ」

「……は、はい」

 

 後ろから掛けられたリヴェルグの言葉に従い、若干戸惑いながらも右腕の袖を捲り、前腕に押されたエンブレムを白狼に示すユキノ。

 その瞬間、若干警戒を孕んでいた白狼の眼からそれが取れ、ユキノに顔を近づけてその臭いを嗅ぐと、ベロリと頬を舐めた。

 

「ひぁっ! ……びっくりした」

 

 どうやら無事にユキノを認めたようだと、内心安堵するリヴェルグ。

 そんな彼へ、「エンブレムって、どう言うことですか?」とルーシィが疑問を呈すと、「こいつはうちのエンブレムを付けたヤツにしか、心を許さないんだよ」と返ってくる。

 

「ギルド限定の星霊とか初めて聞いた……まぁ、そういう契約してるってだけなんだろうけど」

「ああ、そうだとは思うが、正直俺も詳しくは知らない。鍵も譲り受けたものだしな」

 

 手に入れた経緯を聞いて興味が出たのだろう、「その、前に使っていた人は?」と問うルーシィに、苦笑を浮かべて頭を振って返すリヴェルグ。

 

「死んだよ、随分前にな」

「あっ……その、ごめんなさい」

「気にするな。それより、契約の仕方の続きを教えてやってくれ」

 

 リヴェルグに促され、伏せた天狼(シリウス)の頭を恐る恐る撫でているユキノに近づくルーシィ。

 その気配に気付いたシリウスが頭を上げ、ルーシィへと視線を向けたところで、ルーシィも先程のユキノと同じように、自分の右手の甲に押されているギルドエンブレムを見せた。

 ……どうやら、最低限の警戒は解いてくれたらしい。

 ほっと息を吐いたルーシィは、「それじゃあユキノちゃん、詳しい契約の仕方を教えるね」と声を掛ける。

 

「はい、お願いします」

「うん。まず大前提として、星霊魔導師は契約を重視するんだ」

「契約、ですか?」

「そう。喚び出す前の星霊達は星霊界にいるけれど、そこで何もしていないってことはないの。星霊には、星霊の生活って言えばいいかな? ……彼等の生きる世界がある。だから、初めて喚び出した星霊とは、いつ喚んでいいのか、いつはダメなのか……っていう取り決めをして、契約しないとだめなの」

 

 ふむふむと頷きながら説明を聞いているユキノに、ちゃんと理解できているか確認をしながら、詳しい説明を続けて行くルーシィ。

 そしてシリウスに「ユキノちゃんは初めてだから、説明も兼ねて私が代わりに質問をするけど良い?」と確認を取り、それじゃあ月曜日は? 次は火曜日……と、星霊との契約の仕方を説明しつつ、質問をしていき──

 

「……よし、これで契約は完了。あとはユキノちゃんが、ちゃんと星霊との絆を結んで、信頼を重ねていくこと」

「はい、頑張ります! シリウス、よろしくね?」

 

 満面の笑みを浮かべたユキノに、シリウスがワフッと返事をしたことで、正式に精霊契約が成った。

 それを確認し、最後に門の閉じ方……つまりは喚び出した星霊の返し方を教え、実際にシリウスが星霊界に返ったところで、ルーシィの星霊魔法講座も終わる。

 

「ありがとう、お疲れ様」

「はい……あの、あたしちゃんと教えてあげられてました?」

「ああ。傍で聞いていただけの、星霊魔導師じゃない俺でも理解出来たからな。良い先生だったよ」

 

 リヴェルグの感想を聞き、 教わっていた側であるユキノからも「すごく解りやすかったです。ありがとうございました」とニコリと笑みを浮かべながら礼を言われるにあたって、ルーシィも「良かった」とようやく安堵の息を吐いた。

 

「ユキノ。プレゼントは気に入ってくれたかい?」

「うん、お師さま、ありがとう! 大好き!」

 

 余程嬉しかったのだろう、訓練中に見せていた、どこか背伸びしていたような真面目さ──丁寧さが消え、年相応の満面の笑顔でリヴェルグに飛びつき、抱きついたユキノ。

 リヴェルグとしても、たまにこうして年相応の姿を見せてくれるのは嬉しく思うからか、彼の頬も自然と緩む。

 

「さて、俺達は今日のところはこの辺で失礼するよ」

「あれ、今日は早いんですね?」

 

 飛びつかれた勢いそのままにユキノを横抱きに抱え上げたリヴェルグは、今日はもう引き上げるとルーシィに告げ、返ってきた言葉に「これから用事があってな」と言うと、「お家を見に行くんです」とユキノが続けた。

 

「ここに帰ってきてから、今は宿暮らしでね。少なくともすぐにまた旅に出るような状況ではなくなったから、そろそろちゃんとした拠点を用意しようと思ってな」

「なるほど……良い物件が見つかるといいですね」

「ああ、良い出会いがあるように祈っててくれ」

 

 「はーい。ユキノちゃん、またね」と手を振るルーシィに別れを告げ、リヴェルグとユキノはギルドを後にした。

 

 

 その翌日。

 リヴェルグとユキノがギルドを訪れ、中に入ろうとしたところで、飛び出してきたグレイとぶつかりそうになった。

 「と、悪ぃ」と言うが早いか、急ぎ駆けて行くグレイ。

 その様子に何か有ったのだろうかと疑問に思い、中に入ればやはりどこか騒然としている。

 

「三代目、何が有った?」

 

 いつものようにカウンターに座っているマカロフに問うと、近くに居たミラジェーンが答えた。それによると、ナツとハッピー、ルーシィの三人が、勝手にS級依頼(クエスト)に行ってしまったという。

 先程すれ違ったグレイは、彼等を連れ戻しに行ったとのことだ。

 それを聞いたリヴェルグは、しばし勘案する。

 ナツやグレイとまだ然程話したことはない、が、ある程度の人となりは聞いている。

 それらを踏まえて──

 

「……で、連れ戻せると思うか?」

「……七三と言ったところですかの」

 

 どちらが七とは言わないものの、渋い顔を崩さないマカロフを見れば、大体の予想は察せられる。

 そんな様子に、ギルドマスターは大変だなと苦笑を浮かべた。

 

「それで、彼等は何のクエストに?」

「呪われた島、ガルナ。悪魔の島です」

「呪われた、ね……確かあの島は……」

 

 ミラジェーンの答えに、ポツリと零すリヴェルグ。

 その声を拾ったマカロフは、今度は別の意味で、軽く冷や汗を流す。リヴェルグにとって“呪い”という言葉は、非常に繊細な意味をもつことを知っているからだ。

 ややあって、何かを考えていたリヴェルグが「ああ」と声を上げた。

 それは然程大きな声ではなかったにも係わらず、ざわついていた広間(ホール)を静かにさせるほどの強さをもって響いた。

 

「済まないな、三代目。その依頼俺が受けようと思っていたんだ。あいつ等にも手伝わせようと思っていたんだが、そうか、先に出発しやがったか」

 

 どう考えても嘘と解る、いっそ清々しい程に白々しい言葉だった。

 しかしてマカロフは、静かに頷き軽く頭を下げ、それを確認したリヴェルグは、ヒラリと軽く手を振って。

 

「チョイと月光浴(・・・)でもしてくるよ。ユキノ、行くぞ」

「はい、お師さま」

「ユキノちゃんも!? っていうか、S級クエストですよ!?」

 

 まるでフラッとその辺に散歩にでも行くかの如く軽いリヴェルグと、彼のことを微塵も疑っていないユキノの様子に、流石のミラジェーンも声を荒げた。

 それに対するリヴェルグの答えは「で?」と一言だけであった。

 

「三代目、俺がこれを受けるのに、何か不都合があるかい?」

「いえ、ご随意に」

「あと、確かエルザだっけか? アイツ等と仲良いが恐れられているのって。一応後詰め(・・・)は出しておけよ。説教役は必要だろ?」

 

 何ら気負いもない。重み(・・)すらも感じさせない口調だというのに、誰も──二階にいる、傲岸不遜を絵に描いたような男である、このギルドのS(ランク)の一人であるラクサス・ドレアーですらも、何も言わない、否、何も言えない。

 そんな中を悠々と、ユキノを連れてリヴェルグが後にし──その直後「何なんだ、アイツは!?」とラクサスの怒号が響いた。

 

「なんじゃ、お前気付いとらんのか? お前も昔会った事があるぞ」

「……なに?」

 

 マカロフの言葉にラクサスが考え込んでいる間に、「……あの、マスター」とミラジェーンがおずおずと声を掛け、

 

「あの人の実力って、どれぐらいなんでしょう?」

 

 恐らくはこの場の誰もが気になっているであろう問いを口にする。

 すなわち、『S級依頼を受けられる程の強さなのか?』ということ。何しろ、彼がこのギルドに来てから皆が見ているのは、ユキノに魔法の訓練を指導している姿だけだったからだ。

 それに対して、マカロフは軽く肩を竦めてこう言った。

 

「さて、今の(・・)強さがどれほどかはワシも知らんが……少なくとも『このギルド最強は誰か?』と問われれば、彼の名が真っ先に上がる程度には強かろうよ」




・作中の魔法に関するアレコレは勝手に考えた独自設定です。念のため。

・ロリノちゃんがユキノっぽくないですが、原作ユキノになる前にコイツ(リヴェルグ)が攫ってきたせいです。

・今の実力は「少なくとも聖十大魔導クラス」と迷いましたがまあこんな感じ。
『方法』が見つかった時に相応の実力が求められる可能性を考慮し、約百年近く放浪している間も自分の実力を高め続けていましたので。そら強うなりますわ。


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海を駆る

 翌日午後、港町ハルジオン。

 ナツ達の後を追ってガルナ島へ渡るためにこの町を訪れたリヴェルグとユキノは、港に居る船乗り達に島へ渡る船が無いか訊いて回ってみたが、反応は著しくなかった。

 とある人物は「朝も同じことを頼んで来た連中が居たが、今あの島に船を出す奴ぁいねえぞ」と言っており、他の者も概ね同じような答えばかりだったからだ。

 その“朝の連中”はといえば、どう説得したのかは知らないが、乗せてくれる船を見つけたらしく、島に向かったらしいというのは解ったのだが。

 

「お師さま、どうしましょう?」

 

 眉根を寄せて困ったと悩むユキノとは反対に、リヴェルグは「まぁ予想通りだ」と特に困った様子は見せていない。

 

「何か方法があるんですか?」

「ん? ああ、俺とユキノだけなら、島に渡るのは別に難しいことじゃないよ」

 

 事も無げに言うと「そうなんですか?」と小首を傾げるユキノ。

 そんな彼女にもう一度ああと頷くと、「それじゃあまずユキノは、シリウスを喚んでくれ」と指示を出した。

 

「はい。……開け、天狼星の扉……天狼(シリウス)!」

 

 リヴェルグに言われて、その場で先日契約したばかりの星霊である天狼(シリウス)を喚び出すユキノ。

 現れたシリウスはユキノに顔を寄せて、ユキノも嬉しそうにしながらその顔を撫で、首筋に抱きついた。

 そのままリヴェルグへ顔を向け「喚びました」とユキノが言うと、

 

「じゃあユキノ、シリウスに乗って」

 

 続いて出された「シリウスに乗れ」という指示に、戸惑いながらもシリウスへ「良い?」と訊いたユキノは、ワフッと一声鳴いたシリウスが、彼女が乗りやすいように伏せたのを受けて、恐る恐るその背に跨がる。

 ユキノが確りと乗ったのを確認したシリウスが立ち上がると、ユキノとリヴェルグの視線の高さが近くなった。

 それがなんだか嬉しいような、楽しいような、けれどちょっと照れくさいような……そんな不思議な感じがして、クスクスと楽しそうに笑うユキノ。

 

「どうした?」

「あ……な、なんでもない、です。それでお師さま、これからどうするんでしょうか?」

「走る」

「え?」

 

 改めてユキノが訊いたところ、一言で帰ってきたリヴェルグの答えは、流石に彼女の思わぬものであった。

 一瞬聞き間違いかと思い、困惑した声を漏らしたユキノを他所に、「行くぞー」と緩い感じにシリウスに呼びかけたリヴェルグは、港から海に向かって伸びる桟橋へと駆け出すと、ユキノを乗せたシリウスもその後に続き、一人と一匹は軽やかに海へと跳んだ。

 

「ひ、ひゃあぁっ!」

 

 ユキノが小さく悲鳴を上げ、次に来るであろう衝撃と水の冷たさを想像し、ギュッとシリウスにしがみついて──

 

「……あれ?」

 

 そのどちらもが来ないことに疑問に思って顔を上げると、今度は「わぁっ」と感嘆の声を上げた。

 風を切る感覚。目の前に広がる大海原。下を見れば、海中ではなく海面がある。

 シリウスが空を走っていた。

 と、その時風の音に紛れて、小さなパンッという乾いた破裂音が聞こえてきたので横を見ると、シリウスと同じように、リヴェルグが空を走って……否、跳んでいた。今の破裂音は、彼が足を踏み出す度に鳴っているようだった。

 ともあれ、「人間が空を走る」という非常識に目を丸くするユキノ。次いで「お師さまもシリウスもすごいです!」と声を上げると、リヴェルグは微笑ましげに笑う。

 

「シリウスの名前、『天の狼』って言ったろ? そいつは空中も地面と同じように走れるんだよ」

「お師さまは、どうやってるんですか? シリウスと同じ?」

「いや。シリウスは、地面と同じように空気を踏んでるんだが、俺は違う。そうだな……足元の空間を歪ませて偏重させることで、空間に“落差”……重さというか、密度というかな。それに差を創って、“濃い”方に衝撃を加えることで、元に戻る反発力を利用して跳んでるんだ。この破裂音は、歪んだ空間が元に戻る時の音だな」

 

 ザックリ説明して解るか? と訊くと、しばし考えた後「ちょっと難しいですけど、なんとなく」と、師の言うことを十全に理解出来なかったことが少し悔しいのか、少ししょんぼりとした声音で言うユキノ。

 「まあ要するに、魔法で一度しか使えない見えない足場を創ってると思っていい」とリヴェルグが簡単に説明すると、今度はすぐに「なるほど」と頷いた。

 

「それって、わたしにも出来ますか?」

「さて……“そういう魔法”を考えて修行すれば、俺とは違うやり方で出来るようになるかもしれないな」

「お師さまと一緒が良いです」

「そう言ってくれるのは嬉しいが、コイツ(・・・)は俺の“根源(オリジン)”に関わるものだからな。ユキノに限らず他の誰にも、完全に同じやり方ってのは無理だろうな」

 

 自分と同じ方法が良いと言う愛弟子の言葉に、師匠冥利に尽きると笑みを浮かべつつも頭を振ったリヴェルグは、「そうですか……」と寂しそうな顔をするユキノに、「そんな顔をするな」と笑いかける。

 

「それじゃあ、お互い共通の魔法でレッスンだ」

 

 そう言って彼が手を軽く振るがいなや、前方──島があると思われる方に向けて、海面上空……丁度リヴェルグが跳躍するために足を出すであろう箇所に、川面に浮く飛び石のように、平たい石が一直線に連続して現れた。

 無論本物の石の板が水平線の彼方まで続いているわけではなく、リヴェルグが創り出した幻影である。

 実際ユキノが後ろを振り返ってみれば、彼が踏んだ──ように見える、だが──後の石の板は、用は済んだとばかりに空中に溶けるように消えていっている。

 

「一昨日『それらしさ』について説明したのは覚えているな? ……よし、それじゃあ出来る範囲で良いから、この光景に“足りない”ものを付け足してみろ」

「はい。……えっと……」

 

 問題を出されたユキノは目の前の光景を眺めながらしばし考えたあと、「あっ!」と声を上げると両手を前に出し、魔法を行使する。

 すると、前方に続くそれぞれの石の足場の下に、一本の支柱が現れた。

 正確に言うならば、この間も彼等は前に進んでいるため、ユキノは進む度に現れてくる石の板の位置に合わせて、支柱の幻影を創り続けている、であるが。

 それを見たリヴェルグは「なるほど、そう来たか」と感心するも、彼のその反応で想定していた答えとは違うと言うことに気付いたユキノが、残念そうに眉尻を下げた。

 

「あ……違いましたか?」

「いや、これも間違いじゃないよ。そうだな……俺が考えていた答えと合わせてみようか」

 

 と、リヴェルグがパチリと指を鳴らすと、彼が創った石の足場と、ユキノがそれに付け足している支柱の幻影に合わせるように、海面に揺らめく影が生れる。

 

「あ、そっか、影!」

「ああ。普段然程意識していないだろうけど、光があって物体があれば、当然影が生れる。特に今のシリウスや俺を見れば解るが、こうやって空中にあれば地面……まぁこの場合は海面だけど、そこに出来る影は顕著だろう?」

「はい」

「ただ、さっきも言ったがユキノが出した答え……『空中に石の板が浮くのは不自然だから、海中に伸びる支柱を立てる』っていう考えだろうけど、それも間違いじゃない……と言うか、正解の一つだな」

 

 そう言ったリヴェルグはシリウスをその場に止まらせると、自身もまたシリウスに並ぶように空中に(・・・)立ち止まる。

 そしてユキノの顔を真っ直ぐに見つめながら、言葉を続けた。

 

「世の中には確かにたった一つしか答えがないものってのは確かにある。けど、今の問いのように、決してそうじゃないことも沢山ある。だから、ユキノ。考えることを止めてはだめだよ。色々なことを見て、感じて、考えて。色々な角度から“答え”を出せるようになれ」

 

 自身の言葉を、一言一句聞き逃さないようにと言うように真剣に耳を傾けていたユキノの「はいっ」という確りとした返事を聞いて、満足げに頷くリヴェルグ。

 

「何より俺が嬉しいのは、ユキノがこうして“自分なりの答え”をちゃんと出してくれたってことだ」

 

 そして続けて言った言葉を聞いて、はにかんで笑うユキノの姿を見て、彼は思う。本当に、自分の弟子にはもったいないぐらい素直で良い子だと。

 ──『彼女』を失って、灰色に染まってしまった自分の世界が、今になってほんの少しだけ色づいているのだから。

 

「……ユキノ」

「はい、何でしょう?」

「──ありがとう」

 

 突然礼を言われて一瞬キョトンとしたユキノは、けれどもすぐに何だか楽しくなって、クスクスと笑った。

 師が何に対して礼を言ったのかは解らない。けれど、彼から感じる雰囲気で、きっと悪いことではないのだと思って。

 ──わたしでも、お師さまの役に立てているのかな、と……そう思えて。「お師さま」と、花が咲いたような笑顔を浮かべて言う。

 

「お師さまも、ありがとうございます」

 

 何に対してかは、自分でも解らない。解らないけれど、お礼を言いたくなって、彼女は嬉しそうに、楽しそうに笑って。それにあてられたように、リヴェルグもまた楽しそうに小さく笑った。

 

 

 それからしばらくの時が過ぎ、夕日は彼方へ沈み、夜の帳が下りようとしていた。

 魔力量の関係から、少し前にシリウスは星霊界に帰されて、ユキノはリヴェルグの腕の中に抱きかかえられている。

 先程まで夕日を眺めて、綺麗ですね、と無邪気に喜んでいたユキノだったが、今はリヴェルグの首に腕を回して確りと抱き着き、ギュッと目を瞑っていた。

 

「ユキノ、大丈夫か?」

 

 耳元で優しく声をかけられて、なるべく下を見ないようにしながら、顔を上げる。

 先程──辺りを夜の闇が支配した後、不意に下を見てしまったところ、落ちたら何処までも吸い込まれ、沈んで行くのではないかと思う暗い海原に、言いようのない不安を覚えて怖くなってしまったのだ。

 月と星しか光源が無い夜の世界なれど、これだけ顔を寄せていれば、相手の顔もよく見える。

 いつも頼りになる師の顔は、恐らく自分を気遣ってくれているのだろう、いつもよりも柔らかく、そして力強く感じられて──夜の海への恐怖感と、師の腕の中に居る安心感。相反する感情に頭が混乱し、鼓動が早鐘を打つ。

 視線が合い、それがなんだか気恥ずかしくて、回した腕に力を込めて、リヴェルグの首筋に顔を押しつけた。

 

「わからない、けど、大丈夫です」

 

 一方のリヴェルグはそのユキノの台詞と態度に、大丈夫なんだか大丈夫じゃないんだか、とクツクツと笑いながら、「そうか」と一言だけ返して、少しそっとしておくことにした。

 それから少しの間、風と、リヴェルグが宙を蹴る際の小さな破裂音だけが聞こえる時が過ぎ、ユキノが少しウトウトとしだした頃。「島が見えたぞ」と呼びかけられた彼女が顔を上げると、目に飛び込んできた光景に「……すごい」と感嘆の声を上げた。

 暗い夜の海に浮かぶ島は、黒い影となってその輪郭を際立たせている。

 そしてその上空に浮かぶ白い月──遥か天空から島に向かって、月の光が一筋の光線となり、途中からその色合いを紫色に変えて降り注いでいた。

 確かにユキノが声を上げてしまうのも頷けるような、神秘的と言える光景であった。

 一方でリヴェルグは「やっぱりなぁ……」と溜め息を一つ。

 当然ユキノもそれで、目の前の光景がただ神秘的で綺麗なだけではないのだと気付き、リヴェルグの顔へ視線を向けた。

 

「お師さま、あれって厄介ごとですか?」

「あー……すまん、水を差したな」

 

 神秘的な光景には違いないのに、済まないなと謝るリヴェルグに、ユキノは「いえ」と首を振ると、「教えてもらってもいいですか?」と問いかけた。

 

「そうだな……元々あのガルナ島っていう島は、月の魔力を集めやすい島なんだ。それで、この時期……月が島の真上を通る時期になると、満遍なく降り注いだ月の光に篭められた魔力を受けて、島全体が淡く輝くんだよ」

 

 と“本来の現象”を話したところで一度言葉を止め「今と全然違うだろ?」と改めて目の前の光景を指した。

 

「そうですね……お師さまが言う方も、見てみたいです」

「残念だが島が輝くほどに月の魔力を集めるには、今年はもう期間がたりないだろうから無理だけど……いつか、また見に来よう」

「はいっ! お師さま、約束ですよ!」

 

 嬉しそうに言うユキノに「ああ、約束だ」と頷いたリヴェルグは、話を切り替えるためにコホンとひとつ咳払いをし、ユキノもまたそれでリヴェルグが何かを言おうとしているのを察して、話を聞き逃さないように彼の顔を見て聞く姿勢を整える。

 

「さて、それじゃあここで問題だ」

「はい」

「今し方言った“本来の現象”が“今起こっている現象”になっているのは、どのような作用が働いたためなのか。原因でも理由でも何でも良いから、“ユキノなりの”考えを聞かせてくれ」

「……解りました。あの、お師さまは、その理由とか知ってるんですよね?」

「そりゃ勿論。ああ、別に間違っていたからってどうということはない。ただ、ユキノがどう考えるかってのを知りたいだけだ。余り重く考えなくて良いぞ……ってわけで、答えは島に着いたら聞かせてもらうからな」

 

 そう言ったリヴェルグは、ユキノが「はい」と頷いて考え出したのを確認すると、彼女の邪魔をしないように出来るだけ静かに、ガルナ島へと足を向ける。

 島が近づいてくると、考え込んでいたユキノが顔を上げ「お師さま」と呼びかけてきたため、「もうちょっと待ってろ」と言うや、速度を上げた。

 

「──到着、と」

 

 しばらくしてようやく島に着くと、ユキノを降ろしたリヴェルグは海岸近くに迫っている森の中へと入り、薪になりそうな枝木を集めると着火の魔導具で手早く火を起こした。

 焚火が安定したところで、着ていたローブを脱いで近くに広げ、ユキノを呼ぶと並んで座る。

 

「流石にもう遅いから、島にある村には明日向かう。今日は野営だ」

「はい。……なんだか久し振りですね」

 

 ユキノを弟子に取ってからマグノリアに戻るまでの間にも、人里から離れたところを移動したりで町などに行けない時は、何度かこうして野営をすることもあった。それを思い出しているのだろう、焚火を見るユキノの表情も、どことなく懐かしげで楽しそうであった。

 やがて、リヴェルグに寄りかかって身体を預けていたユキノは、彼が気がつくと小さな寝息を立てていて、「問題の答えは明日だな」と苦笑する。

 船を使わず海を渡り、途中から彼に抱えられていた間は、満足に動けずに同じ姿勢を続けていたりで、やはり随分と疲れたのだろう。

 ……流石に無理をさせてしまったか。ユキノが自分から弱音を吐いたり、最初から出来ないと言ったことは記憶に無く、何にでも一生懸命に着いてこようと頑張っている。

 結果的にこうして負担を掛けすぎてしまったのは反省点だと自戒したリヴェルグは、今はまずゆっくり休ませるかと、ユキノを起こさないように優しく横にし──いつの間にか自分の服をしっかりと握られているのに気付き、仕方無いなと微笑んで。

 火は朝方まで持つだろう。風は凪。雲は無く雨の匂いはしない。

 無論寝入ることないが、身体を横にするだけでも疲れの度合いは違う。彼女の横で自分も身体を休めることにして、その場に横になる。

 

「おやすみ」

 

 優しく頭を撫でたユキノの寝顔は、何の不安も無く、安心しきったものであった。




・ガルナ島に行くまでで終わりました。おかしい。
 もう島での戦いはほとんど原作通りだしすっ飛ばしても……って思ったけれど、これロリノちゃんの初陣なんですよねえ。

・ロリノちゃんはもうほとんどオリキャラ状態ですね。原作ユキノが好きな人はごめんね。

・気がつけばロリノちゃんがグイグイきていますが(こんなはずじゃなった)、この子別にヒロインじゃないんですよね。いまのところ。

・ちなみに、リヴェルグが幻影魔法を使っていますが、彼の場合は同調魔法あってこその幻影魔法です。メイビスとの同調の副産物ですね。この辺の設定は追々。なお使いこなしているのは研鑽のたまもの。
 “根源”と表したモノはまた別。第一話でバレバレですが。何を扱っているのかもまた追々。


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