おいでませ北郷亭 (成宮)
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歌姫たちに寄り添って

ありがとうございます そして皆様すみません



「天和ちゃん、これどうぞ!」

 

「地和ちゃん、これ、食べてください!うちの故郷の名産品なんです!」

 

「人和ちゃん好きですつきあってぇー!」

 

 ライブ終了後にファンから送られてくる貢物の数々。服、食べ物、愛の告白と、毎度のことながら多種多様なモノが彼女たちの前に並べられていく。張三姉妹の三人は、いつもの様に嫌な顔せず笑顔でファンと向かい合っていた。

 そしてようやく一段落、いまだ熱い身体をうちわで仰ぎ、冷ます。仕事モードは終わり、完全にだらけきった今の姿をファンが見たら絶望するだろうか。いやむしろ隙だらけの三人のあられもない姿に興奮するかもしれない。

 

「あーもう、今日はつっかれたぁ」

 

「そうね、でもこの疲れ、嫌いじゃないわ」

 

「お姉ちゃん、もーお腹ペコペコだよぉ」

 

 いつも通り雑談に花を咲かせている三人の天幕に、あの、と声が掛かる。その声に最初に反応したのは意外にも天和、胸元を大きく開けて扇いでいた手を早業で止め、だらけていた顔をさっと笑顔に変換する。

 いつもののんびりとした姿からは想像できない姉の早業を見て、残る二人も急ぎ身だしなみを整えた。地和はぶつぶつと聞こえない程度に文句を言っていたが。

 

「あの、お三方に贈り物を持ってきたのですが」

 

「すみません、もうお時間は過ぎていますので」

 

「あ、う、うぅ・・・」

 

 人和が当然断ると、男は情けない顔を隠そうともせず三人に向けてさらけ出す。贈り物を持ってきてくれるのはたしかに嬉しい、だが規則を守らなければ他の人達に不公平だと騒がれてしまう恐れがある。今後活動していく上で、そういったデリケートな部分はしっかりとしておくべきことがらなのだ。

 

「すみません、ちょっとだけでいいんで見てやってくれないでしょうか。きっと、お三方も気にいるはずです」

 

「ちょっと、あんたぁ!」

 

 そういって助け舟を出した人物は、三人のマネージャーをしている男だった。当然のごとく名前などは覚えていなかったが。人和は心の中で、この男の首を切った。

 

「まーまー、今回は大目に見ちゃうけどー、マネージャーさんも今後こういったことはしちゃだめだよ。・・・今後はないと思うけどね」

 

 険悪な雰囲気、というか一方的に怒鳴りつけようとした地和を、天和が仲裁に入った。笑顔でありがとうございます、天和ちゃん!とお礼を言ったマネージャーには残念ながら最後に付け足された一言は聞こえなかったのだろう。

 

「こ、これ、どうぞ!」

 

 吃りながら男が持ってきたのは、人が入れるくらい大きな袋。時折跳ねる。

 

「あ、あれ?」

 

 あまりの突然の光景に呆気にとられ、静寂が満たした部屋に、男のマヌケな声が虚しく通る。張三姉妹はそのもぞもぞ動く袋を見て、危機感を募らせる。

 

―――地和姉さん、これやばくない?

 

―――やばいもなにも、もう確定的でしょ!人、絶対人入ってるって!

 

―――あー今ぴくって動いた。とりあえず死体じゃなくてよかったねー

 

―――天和姉さん色々悟りすぎ!

 

 視線で会話する三人、デビューしてからようやく売れ出した彼女たちにとって、どう見ても犯罪臭漂う光景に逃げ出したい一心だった。というか明らかに攫ってきたであろう人をプレゼントされて喜ぶアイドルが果たしてどこにいるのだろうか。

 

「あ、ああコレじゃわかんないですよね。今出しますから」

 

―――いやそうじゃないわ!てか出すな!

 

―――ちょ、まっ!

 

 凍えた視線を受けた男は、何を勘違いしたのか焦りながら袋の紐を解く。慌てて止めようにも、驚きで固まった身体はすぐには動いてくれるはずもなく、ただ見ていることしかできない。これにて見事に関係者の仲間入り、犯罪者へあと一歩というとことまで迫っていた。

 祈った、人が出てきませんように、と。きっと可愛らしい動物を連れてきてくれたのだろう。人くらい大きいから、捕まえるのも大変だったのだろう。

 だがそんな切なる願いも届かず、出てきたのは猿轡をかまされ、手足を縛られた男性が一人。年若く、服の上からでもわかる細く引き締まった身体。顔は見るものすべてがハッとするような美形、というわけではないが人懐っこそうな、それなりに人気が出そうな整った顔。

 どこかの領主か豪族の子息か、と最悪の想像を巡らせた地和、人和、二人の気分は既にお通夜ムードまで下がり、つい先ほどまでの熱気は一体なんだったのか、というくらい冷えきってしまっている。

 

「あ、ちょっと好みかも」

 

 一人ずれた天和のつぶやきは、誰にも耳に入ることなく消えた。

 

「で、この方はどこのどちらさまなんですか?」

 

 攫ったところに返してこい!と怒鳴りたい衝動を抑え、今後の展開を含めた計算を開始した人和は、ひとまず目の前の人物が誰かを確かめる。目は開けているから今までの会話も恐らく聴いていただろう。できることなら無関係を装いたいが、供物として捧げられた人物が、自分たちを許すとは到底思えない。ならばここで印象を良くしておけば、もしかすると最悪の事態を避ける事ができるやもしれない。

 

「以前天和ちゃんが言ってた人ですよ」

 

「姉さん?」

 

「あれ~?私なにか言ったっけかなぁ」

 

 三姉妹の中でも天和、地和の二人はその場の乗りで色々行ってしまいがちなところがある。たまにだが、ファンの一部がそれを本気にしてちょこっと騒ぎになったことが有ったが、コレもその延長線上の出来事なのだろう。

 

「んー思い出せないなぁ」

 

「えーそんな!酷いよ天和ちゃん~」

 

 いい加減誤解を招くような言動は慎ませなければ。天和の言動をすべて把握しているわけではないが、特定の重要人物に会いたいといった発言はしていないはず。故に大事には至らないと人和は安堵した。

 

「仕方ないなぁ。じゃあね教えてあげるよ」

 

 男はもったいぶらせるように、その言葉に期待を込める。恐らく彼の頭には既に喜びに満ちた天和がいるのだろう。もしかすると感謝されて抱きつかれている妄想すらしているのかもしれない。残念ながらそんなことはありえないのだが。

 

「なんと、この男!北郷亭店主なんです!!」

 

「嘘?!」

 

 声を上げたのは地和。天和は目を丸くし、人和は固まった。この広い大陸、噂だけが先行し実際はいないのではとも囁かれた人物が、この男の話が本当であれば、目の前にいる。地和が騒ぎ出したために、一歩出遅れた人和は冷静でいられたが、内心テンションは最高であった。正直、過去送られてきた貢物の中ではダントツに嬉しいモノであった。

 その三姉妹の様子に満足したのか、男は上機嫌で北郷亭の領主を縛っていた縄と猿轡を解く。店主はさっそく深呼吸をし、手足の感覚を確かめようにばたつかせた。そしてひと通り済んだところでようやくこちらに向き直った。

 

「えっと、こんにちわ?」

 

「えへへっ、こんにちわー」

 

「ねえねえ、あなた本当に北郷亭の店主なの?!」

 

「そうだよー。まぁ証拠を出せって言われても困るけど」

 

 何事もなかったかのように和気あいあいといった雰囲気になる店主。あまりにも自然体な姿が逆に不自然に映るほど。人和には、どう見ても捕獲され、無理やり連れて来られた人間の反応には見えなかった。

 

「ああ、慣れだよ慣れ。無理やり連れてこられるのなんてよくあることだから」

 

「・・・それは慣れていいことなのかしらね」

 

 私がわかりやすいのか、それとも店主が聡いのか、人和は自分の考えていることに、いわずとも応えられ、こっそりと彼の評価を上げた。人が何を考えているのかを断言してこたえられる人間なんて、明らかに普通ではない。とりあえず本物かどうかは別にして、非凡な人間であることを確信する。

 

「ちぃたちね、ちょーどお腹すいてるの!なにか作ってよ!」

 

「おねーちゃん、甘いモノがいいなぁ」

 

 彼女たちのファンであればその蕩けるような笑みと甘ったるい声に、どんなことでも頷いてしまうであろう。だがしかし、店主には多少動揺させることはできたものの落とすまでには至らない。

 

「えー、無理やり連れてきてそれってどうなの?」

 

「おいてめぇ!なに天和ちゃんのお願い拒否ってんだ!」

 

「そうよ!ちぃたちのお願いが聴けないっていうの?!」

 

 まさかの拒否に、さらってきた本人すら慌て出す。まぁ正直な反応といえば反応だろう。

 

「姉さんも、あなたも落ち着いて」

 

 この中で一番冷静で頭も切れる人和が、ひとまずの事態の収拾にとりかかる。焦った二人に声を掛け、特に興奮して真っ赤に顔を歪ませた男に対して優しく語りかける。

 

「店主さん、このようなことになってしまい申し訳ありませんでした。私が代表として謝罪させていただきます」

 

「れ、人和ちゃん・・・」

 

「人和?!悪いのは攫ってきたこいつで、私達が謝ることじゃ」

 

「違うわ、ちぃ姉さん。確かに攫ってきた彼は悪いコトをしたんだと思う。でも彼は彼なりに私達の願いを叶えたいと思って行動したの。私達の為にね。だから私達も知らんぷりって訳にはいかないの」

 

 そういって人和は頭を下げた。それに見習って男もバツが悪そうに同じように頭を下げる。

 

「いや、店主の兄ちゃんよ。済まなかったな」

 

 この男の人も猪突猛進なだけで悪い人ではないのだろう。そこさえ矯正できれば次のマネージャーに据えてもいいかもしれない。

 

「いや、すごいな」

 

 店主は心底感心したように頷き、控えめだが拍手をした。その声色には、嘘が混じったような感じはしなかった。

 

「えっと、すごいって?」

 

「いや、今まで攫われてきちんと謝られるなんてなかったからさ。大概拒否したら逆ギレするやつらばかり。場合によってはこっちを殺そうともしてくるし。しつこく勧誘してくる金髪くるくるもめんどくさいし。うん、君たちはいいね」

 

 そういって店主は立ち上がった。店主も見えないところでものすごく苦労しているのだろう。その言葉にはなんというか辛さを感じ得られた。

 

「俺の名前は、北郷一刀。今日は君たちのために腕をふるおう」

 

 店主―――北郷一刀が私達を気に入った理由はあまり理解できるものではなかった。けれどもその御蔭で私達は彼の料理にありつけるのだから、何も文句をいうことはないのだろう。

 

 

 

 

 

 

「おーいしー!」

 

 天和が満面の笑みを浮かべ、箸を動かす。口元にご飯粒を付け、まるで子供のようにどんどん口へと運ぶ姿は、大人なのに思わず抱きしめたくなるような可愛らしさだ。

 

「おかわりよ、お・か・わ・り!」

 

 既に食べ終わっておかわりを要求するのは地和。見た目によらずたくさん食べる立ちらしい。果たして、その栄養はどこにいくのか、恐らく胸にはいかないだろう。

 

「うっさい!」

 

「ちぃ姉さん、食事中。静かにして」

 

 ゆっくりと、噛みしめるように上品に食べるのは人和。目の前の姉二人の姿が恥ずかしいのか若干頬が赤く染まっている。その赤く染まった頬が若干緩んでいるのをみると、思いの外気に入ったようだ。

 

「その件は本当にすみませんでした。その上俺らまでごちそうになってしまうだなんて」

 

 そういって以前とは打って変わって低姿勢なのは、人さらいの男とマネージャー。そう言いつつも箸を止めないところを見ると、意外と図太いようだ。もしかすると反省していないのかもしれない。

 

「期待に答えられたようで、一安心といったところです」

 

 ホッと息をつく。食事というものは、人種や地域、宗教によっても好みが分かれる。どんな人でも満足させ得るものというのはありえないのだ。だが今回作った『うな重』はどうやら受け入れてもらえるものらしい。以前に出した際にも満足されたものだから大丈夫だとは思っていたが、やはり実際に食べられた反応を見るまでは緊張しっぱなしだ。

 香ばしい甘じょっぱいタレの匂いが食欲をそそり、焦げるか焦げないかのまさに絶技と言わざる負えない焼き加減が、身をふっくらとさせる。口の中に入れると柔らかくほぐれ、あふれる脂がタレと混ざり、旨みをさらに引き上げる。ご飯との相性は最高で、うなぎからこぼれ落ちたタレがご飯と混ざり、コレ単体でもイケるほどである。

 

「さすが北郷亭と言ったところですね。ごちそうさまでした」

 

「いやいや、お口にあって何より。満足いただけたかな?」

 

「ええ本当に。こんな満足感初めてです」

 

「えー、私甘いものも欲しいなぁ」

 

「残念。食材がないからまた今度機会があったらね」

 

 その代わりとウーロン茶を差し出す。うなぎの脂をすっきりとさせてくれるだろう。みずみずしい果物なんかがあればより良かったが、残念なことに見当たらなかった。さすがに今から探しに行くというのも、時間を考えれば無理であった。

 

「さて、じゃあ俺はいくから」

 

「え?もう日が沈んじゃうよ?」

 

そう、辺りは既に薄暗くなってきていた。こんな時間帯に出て行くのは、いくら雲がなく、月明かりがあるとはいえ危険な行為だろう。

 

「そう、なんだけどね。でも連れを探さなきゃ。もしかしたら探してくれてるかもしれないし」

 

「それだったら余計にここにいたほうがいいと思います。もしかしたら私達のファンの人達に聞いてみれば何かわかるかもしれません」

 

 一刀は少し悩んだ後、お願いしてもいいかな?と声をかける。三姉妹としては万々歳だ。彼が行動を共にしてくれるのなら、いつでも食事にありつけるのだから。また、北郷亭を独占できる、という優越感さえもある。

 

「かーずと。よければこの後色々とお話聞かせて」

 

「あー、天和姉さんずるいっ!」

 

「姉さんたち。もう日が暮れるのよ。ファンの人たちに聞かれたらどうするの」

 

「えー、ただお話するだけだよ?」

 

「それでもよ。最悪勘違いした人が一刀さんに襲いかかることだってあるかもしれないんだから。これ以上迷惑をかけられないでしょ」

 

「うー」

 

 正論で抑える人和と、自分のしたいことに正直な天和。できる限りわがままを聞いてあげたいものの、すでに隣には怒りを何とか抑えこもうとしている男が二人。隠そうにも最早隠せないような状況なのだから、どうしようもない。

 

「うん、さすがに悪いから。ちなみに連れの件聞くとしたらどれくらい掛かりそう?」

 

「ええ、明日も公演がありますからその時にでも」

 

「うん、よろしく頼むよ」

 

 なんとか事なきを得てほっとする。大規模の暴走にならずに済んだようだ。張三姉妹の『らいぶ』には数万単位の人が集まる一大イベントだ。その全てが暴走したとなっては恐ろしいことになるだろう。

 

「ねねっ、明日の公演が終わった後も、ごはんつくってほしーなー」

 

「もちろん、ちぃと人和の分もよっ!」

 

「はいはい、わかりましたよ」

 

 あまりにもストレートな物言いに苦笑い。でもストレートなものいいだけ合って悪い気がするはずもなく了承する。一刀にとってこんなことは珍しい。普段なら即座に囲い込まれるのを嫌って雲隠れするのだが、思いの外彼女たちのことが気に入ったようだ。

 

「あの、ちょっといいですか」

 

 そんな和やかな空気に水を指したのは、黙って同席していたマネージャー。

 

「あ、あんたまだいたの?もーいいから出てきなさいよ」

 

「ちぃ姉さん、その言い方はさすがに酷い」

 

「えー、だって一刀が攫われてきたのだって、コイツラのせいでしょ?」

 

「えー、でもそのおかげで私達は一刀に会えたんだよ?ちぃちゃんもー、一応マネージャーさんたちに感謝しなきゃ」

 

「わ、わかったわよ。で、なに?!」

 

 半ばやけくそで聞き返されたマネージャーは、目を白黒させた後、焦るように自分の用件を話しだす。そのあまりの荒唐無稽の内容に、一刀は呆れ、人和は頭を抱え、天和と地和は面白そう、と脳天気に笑い出す。

 打ち合わせはマネージャーたちも交え、夜が更けてなお続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「みんなー!今日もありがと~!」

 

 張三姉妹の真名を競いあうように叫び合う。公演が終了したにもかかわらず、熱気は冷めやらず彼女たちが舞台から降りるまで誰一人帰ろうとはしない。恐ろしいまでのアイドル性、絶対数が少ないとはいえ、ここまでの人気を得るにはどれほどの苦難が合ったのだろうか。

 力強い歌声、見るものを熱狂させる笑顔、キレのあるダンスに、時折冗談を交えたトーク、何故音響施設に類似するものがあるかとか些細な事も有ったが一先ず置いておこう。

 一刀そっと舞台袖から抜けだした。最前列よりも更に特等席といえる位置で彼女たちの歌と踊りを楽しんだ一刀は、この後のイベントに向けて気持ちを引き締める。

 

「皆にお知らせがあるの」

 

 その一言で会場がしいんと静まり返る。雰囲気からそのお知らせが重要な事だとわかったのだろう。一字一句聞き逃さぬよう、会場全体が耳を澄ませた。

 

「皆さんは、北郷亭を知っていますか?」

 

 予想だにしない突然の振りに、辺りがざわつく。僅かな戸惑い、そして『しってるよー』といろいろな場所で上がる声。それも徐々に大きくなっていく。

 

「よかった~。皆知ってるみたい。もし知らない人は近くの人から聞いてね~」

 

「で、お知らせのことなんだけど」

 

「その北郷亭が、この会場からしばらく行ったところに屋台を出します」

 

「そこでちぃ達が売り子をするの!皆、きなさいっ!」

 

 地和の命令口調。そして一瞬の静寂。その後の大反響。

 舞台の上の存在である三姉妹にすぐそばで会えるという夢の様なシチュエーションに、男どもは興奮を抑えきれない。会場の一部が我先にと動き出そうとするのを、見抜いた人和が釘を刺す。

 

「向こうはきっと大混乱になる可能性があるから、決して焦らないように。もし問題が起こったりした場合、今後このような催しができなくなこと思います」

 

「私達に直接会えるからと言って、おイタはだめだよ~」

 

「絶対に守りなさい!」

 

『はい!』

 

 

 

 マネージャーの用件とは、三姉妹の交流の場を作ること。

 それも今までのような握手会ではなく、彼女たちの別の面が見たいという要望が多かったのだ。素の彼女たちを見たい、ステージではなく身近な彼女たちを感じたいという欲求は、一度は誰しも考えることだろう。そういった夢を叶えて欲しい、そういうことであった。

 そこでマネージャーはあることを思いつく。目の前には北郷亭の店主という丁度いいネタが舞い込み、かねてから自分の夢も叶えられるシチュエーションを。そう、これはマネージャーがウエイトレス姿の彼女たちが見たいという欲望に駆られたイベントでもあったのだ。

 余談ではあるが、後にこのマネージャー、一刀によってこの件の真実をばらされ、三姉妹の手によってボコボコにされ、解雇通告を受けるハメになる。

 

 

 北郷亭の会場はさながら戦場のようだった。何しろ1000人単位の食事を用意しなければならない。故に複雑なものは避けられ、大量に作れる単純なものが用意される。そこで重要なのは人手であった。

 三姉妹のファンは主に農民、商人、技術者と多岐にわたる。そこでマネージャーに料理経験者、とりわけ料理人の有志を募らせた。北郷亭の名を出せば、その数はすぐさま集まった。

 挨拶もそこそこに、一刀は工程ごとに班に分け、指示を出す。量が量だけに時間との勝負だ。食材は許可をもらい、備蓄と手持ちから使用することとなった。

 

 メニューは一品、カレーである。理由は言わずもがなだろう。ただし辛さのことを考え、甘口、中辛、激辛から選べるようにだけはした。

 料理人たちも始めは顔をしかめていたものの、カレー独自のスパイシーな薫り、作りやすさとバリエーションの豊富さ、実際の味と誰もが唸らされた。

 そして公演開始までに大部分作り終えることができたのである。

 一刀は公演から戻ってくると、カレーに欠かせないご飯の指示を出す。こうして三姉妹が汗を流し、こちらについた頃には準備が万端になっていたのだった。

 

「はーい、こっちが甘口だよー」

 

「ちょ、そこ!押すんじゃなーい!危ないでしょ!」

 

「ありがとうございます。え、握手は遠慮願います」

 

 可愛らしいウエイトレス服に着替えた三人が、一人ひとりにカレーをよそう。天和が甘口、人和が中辛、地和が激辛担当だ。ちなみにご飯はセルフサービス。本来ならば自分の食べれる辛さの誰かのところに行くべきなのだが、推しメンのところに行くのが人情というべきか。地和のところにいって阿鼻叫喚になる男どもが続出、それでも食べきるファン魂にそこにシビれる、憧れるぅ!

 公演とはまた違った熱気に包まれた北郷亭は大成功だといっていいだろう。三姉妹のファンたちも、最初はカレーに対して懐疑的だったものの、『た・べ・て♪』とせがまれ食べてみると、その旨さに驚く。じっくりと煮こまれた肉と野菜は柔らかく、肉の臭みも感じられない。辛さは嫌なものではなく、もっと、もっととせがむような食欲を刺激するもので、食べるほどにその辛さに惚れ込んでいく。今まで食べたことのないあの独特の味が新鮮だった。

 そして一人、また一人と、北郷亭のファンが増えていく。

 

 

 

「お手伝いありがとうございます。無事なんとかなりました」

 

 手伝ってくれた有志の人、一人ひとりにお礼を告げる。皆、馴れ馴れしい気のいい奴らだった。一部からは弟子にしてくださいとせがまれ、いつの間にか師匠と呼ばれたりしたが、申し訳ないがすべてお断りさせていただいた。ただ、カレーのレシピだけは伝えておいたので、地域によってどう独自の進化をしていくのか楽しみである。

 

「あーつかれたぁ」

 

「もうちぃくたくだー」

 

「公演よりも疲れたかも・・・」

 

 ウエイトレス服のまま三姉妹も椅子に腰掛ける。すると図ったかのように三人のお腹が同時に鳴いた。

 

「あははっ、おなか空いたね~」

 

「ううっ、仕方ないじゃない!あんな美味しそうな匂いさせられてたんだから!:

 

「女として、ちょっと恥ずかしいわ・・・」

 

「うん、三人ともお疲れ様」

 

 テーブルに三人の分のカレーを配膳する。皆が食べたものとは違う、スペシャルバージョンだ。

 

「一刀さん、カレーに掛かってるこの白いのは?」

 

「これはチーズっていうんだ。味がまろやかになるよ」

 

「うー、もう我慢できなーい!いただきまーす」

 

「あ、天和姉さん早いっ!私もいただきまっす」

 

 早速食べ始める二人を尻目に、人和はため息をついた後手を付け始めた。三人とも喋ることも忘れ、夢中になってスプーンを動かす。その様子を見て、三人ともまだまだ子供だなと微笑ましく見守ってしまう。やがて三人の皿はほとんど同時に空になった。

 

「あー、お腹いっぱい!」

 

「一刀さん、ごちそうさまでした」

 

「んー、これも甘いモノが欲しくなるな~」

 

「残念ながら食材が以下略!」

 

「一刀そればっかじゃん!」

 

これだけ仕事させてまだ仕事させるか。公演とほぼ連続で動き続けている彼女たちに比べればまだマシかもしれないが、それはそれ、これはこれ、である。

 

 「ありがとうございます、一刀さん。今回の催しも、あなたのお陰で大成功でしいた」

 

 人和は一刀に向けて深々と頭を下げた。その律儀な様子に苦笑しながらつい先程までの自分を思い浮かべた。一晩でのルーの調合はしんどかった。教師のように料理人たちに指導するのは難しかった。大量の鍋に、大量の飯盒、ファンの熱気、灼熱のように暑かった。

 でも全て楽しかった。

 

「いやいや、俺も楽しかったよ。うん、また機会があればこういうのもいいかもね」

 

「そうだね、またやろうよ」

 

「どうですか一刀さん。よろしければ私達と一緒に旅をしていきませんか?」

 

 人和からでた一言は、実は予想していた提案。ここで彼女たちと行くのはリスクが高すぎる。なぜなら彼女たちは黄巾党の首領なのだから。

 既に歴史として近いうちに討伐されることは知っている。まぁ実体は全然違うんだけど、現在の情勢を鑑みれば、どうあがいても止められそうにはない。

 現状、この黄巾党は二種類の人間が存在する。一つは張三姉妹を純粋に盛り上げたいとするファン。もう一つはそのファンの影に隠れ、悪事を行おうとする者。今回俺を攫ったのは前者に分類される人間だろう。自分で言うのもなんだが、俺は金のなる木と言っても過言ではない。それをただで手放したりはしないだろうことから、ただただ三姉妹のことを考えた行動だと読める。

 そしてこの黄巾の乱を主導している人間が後者だ。言葉巧みに純粋なファンを扇動し、自分たちの好きに操る。張三姉妹の為と、信じている彼らを裏切る行為だ。そしてその暴走行為がついに朝廷の重い腰を上げさせようとしている。恐らく、酷い惨劇になるであろう。

 だから本来ならばいつも通り断るのが正解。

 

 

「そうだね、たまにはいいかな」

 

 しかし、一刀は断らなかった。

 

 一刀が料理を始めた理由、それは簡単にいえばホームシックである。いきなりこんな処にきて、慣れない人、食事、風習、環境、空気、誰も知らず誰も理解できない中でのひとりぼっち、圧倒的な孤独感。戻りたくても戻れない、故に故郷に繋がる何かを追い求めた結果、であった。初めて味噌汁を完成させた時は、恥ずかしげもなく泣き崩れてしまった。

 今回の張三姉妹のライブ、それはまさしく一刀のいた世界そのままの光景であった。目の前のアイドルのために叫び、気づいてもらいたくて手を振り、少しでも近づきたくて追い掛ける。少々ネジ曲がってしまっているかもしれないが、その光景に懐かしさを感じてしまった。

 だからか、少し手助けしたくなった。

 滅び行く運命は恐らく止められない、ならばその過程を、結果をほんの少しだけねじ曲げてやればいい。

 

 嬉しそうにハイタッチする三人を横目に、これからについて考え始めた。

 

 




誤字脱字、適合性が取れてない・・・ 苦しいです

食材等のツッコミはご遠慮ください 泣いてしまいます

『食』をメインに持ってきてしまったため、他の作者様にご迷惑をお掛けします
違った展開で楽しめるように、誠心誠意努力していきたいと思います

あと休みください、死んでしまいます


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何この茶番

まさかの連投


 

 

 

 

 

 

 

「最近、急に黄巾党の奴らが手強くなった?」

 

「はい、他の諸侯の間でも噂になっているそうです」

 

 桂花からもたらされた情報は、曖昧で、しかしなにか引っかかるものであった。各地で暴れまわっている黄巾党のうちの一部が、官軍を押し返すほどの精強さを見せたというのだ。

 数的にはあちらのほうが有利であるが、所詮は農民や賊、武器も粗末であり、身体は痩せ細り、戦術も殆どありはしない。これまで苦戦を強いられた原因は、その圧倒的な数と神出鬼没さ故であった。

 しかしその黄巾党の一部は、ほぼ同数の官軍を打ち破ったという、これまでとは明らかに一線を超えた強さを持った部隊と言えるモノであった。

 

「まったく、面倒なことね」

 

「はい、ごく一部であることが救いです」

 

 これが黄巾党全ての変化であれば、考えるだけで恐ろしいことになっていただろう。しかし何故急にこのような変化が起きたのだろうか。軍師でもついたか、いやそれならば一部ではなく全体に及んでいるだろう。首領の張角は妙な術が使えるという、もしかするとその効果だろうか。

 幾つもの考えを巡らせるも、どれもいまいちしっくりと来ない。何故この最早滅亡が確定した段階でこのような変化が起きたか、理由がわからない。

 

「考えても仕方ないわ。桂花、他に何か情報はないの?」

 

「申し訳ありません。これ以上特に黄巾党に関しての情報は・・・あっ」

 

「どうしたのかしら?」

 

 桂花は言うか言うまいか、非常に悩んだ様子を見せた。情報を整理し、取捨選択をする能力に長けた桂花が迷うなんて珍しい。それほど曖昧で、言うべきか言わざるべきか悩む事柄であるということか。むしろそのことに華琳は興味をひかれることとなった。

 

「言いなさい、桂花」

 

「はっ、実は捕まえた捕虜から聞き出した情報なのですが・・・」

 

 さて、どんな情報が飛び出すのか。今か今かと待ち望む華琳に向けて衝撃が放たれる。

 

「北郷亭の主人が、黄巾党と共にあるという・・・」

 

 そう言い切る前に華琳は驚きのあまり椅子を蹴飛ばし立ち上がった。そこまでの驚きを表すことなんて今まで一度もなく、桂花の中では『たかが』料理人一人に何をここまで華琳様が驚いているのだろうかと疑問符を浮かべた。

 

 そして当人である華琳は、『北郷亭』と名を聞いた瞬間すべてのピースがつながっていた。そして歓喜する、ようやくしっぽを掴んだと。

 

「待っていなさい、一刀・・・」

 

 そのつぶやきは、桂花の耳には入らなかった。華琳は獲物を見つけた狩人のごとく、ギラついた目で、無意識に舌なめずりをしていた。

 

 

 

 

 

 今回この2点の情報を得ていたのは、曹操、董卓、孫策、袁紹、袁術、馬騰、劉備、そして皇帝。

 これらの軍は、これまでの動きにとある変化が見て取れた。それは今まで力押しによるほぼ問答無用での撃破だったものが一転、様々な方法を用いての降参を促す武力衝突を行わない戦いという手段に出たのだ。

 

 時には大量の軍隊で囲み、時には補給線を断って、時には交渉によって。

 

 そして何故か大多数の黄巾党はその提案に従った。一部荒れ狂った者を除いて、抵抗しなかったものは罪を許され、散るはずであった命が救われる結果となる。

 

「そうか、天和ちゃんファンクラブ第二支部も下ったか。これで残すはここと、必至で抵抗している元賊の黄巾党だけだな」

 

 一刀は安心したように微笑み、優雅にはちみつれもんを一口のんだ。張三姉妹もそれに倣って、今では飲み慣れた同じ飲み物を、味わうように口に含んだ。

 

「これほどの命が助かったのは、一刀さんのお陰です」

 

「ほんと、ちぃたちのファンがみーんないなくなっちゃったらどうしようかと思ったけど。一刀さまさまね」

 

 一刀はあの後すぐさま行動を開始した。伝令を走らせ、各諸侯に《北郷亭》の噂を流したのだ。

 数多くの有力者を虜にしたその味は、正確に作れるのは北郷一刀のみ。また、皇帝や宦官が探しているという噂もある。探し出し、連れてくればどれほどの功績になるのか計り知れない。もし黄巾党を壊滅させ、万が一その中に北郷一刀が含まれていた場合、それをなしてしまった諸侯にどれほどの罰が下されるか。

 故に諸侯は、黄巾党を戦わずして鎮圧し、更にその中から北郷一刀を探すという手間ひまをかけざる負えなくなってしまった。

 本来北郷一刀は有力者によって籠の中の鳥になることを嫌う。しかし自分の身を囮とした、戦略を選んだ。彼女たちとそのファンを守るために。

 

「いや、三人の力だよ。俺はただ料理を作って、噂を流しただけだし。黄巾党の皆を納得させた三人のほうがよっぽどすごいって」

 

「えへへー、一刀に褒められちゃった」

 

 そう、本当にすごいのは数万人いる黄巾党をほぼ掌握できた三人のカリスマ。例え諸侯がそういった行動を取ったとしても、被害が多ければいずれ覆される。北郷一刀を手に入れるのはハイリターンであるが、自分の軍が壊滅するというハイリスクを追ってまでやるべきかとは多くの諸侯は思っていないだろう。例え殺してしまっても、秘密裏に処理してしまえばいいと考えている。だから、相手が取れる譲歩をギリギリまで引き出し、素直に投降しなければならない。

 そして彼女たちのファンは、彼女たちの言うとおりに遂行しきった。一部の賊たちは抵抗を示したが、放置、場合によっては粛清によってその数を大きく減らすことができた。ひとえに彼らの力も大きい。

 

 そして今残っているのは彼女たちの親衛隊と言われる集団のみ。最近噂になっている手強い集団のことである。頭である彼女たちがいの一番に捕まっては元も子もない。残った彼らは暴れ、惨劇を巻き起こしてしまう。故に、彼女たちの親衛隊は精強でなければならなかった。

 そこで北郷一刀が行ったのは、食事によるドーピング。各諸侯から稼いだ時間の間に、現代知識に基づき、的確な食事を元にトレーニングを重ねた結果、その効果は絶大なものとなる。そしてとある将軍の調練の結果、各諸侯の最精鋭にも負けず劣らずの恐ろしい集団が生まれたのである。

 

「さて、これで幕引きかな」

 

 準備は整った。あとは彼女たちが無事に保護される諸侯と上手く接触し、俺が逃げ切るだけ。時には北郷亭店主として、時には素性を隠して幾人かの諸侯と接触したが、彼女たちを受け入れる可能性があったのは二人、劉備と曹操であった。

 劉備は極度のお人好し、曹操は彼女たちの利用価値にすぐに気づくだろう。

 ほかは頭が固く、彼女たちを受け入れてもらえるような状態、状況ではない。袁術のところにいる張勲ならばまだ交渉次第では可能性がなきにしもあらず、ではあるが正直黒すぎて何が起きるかわからないためできるだけ関わり合いたくはない。ぶっちゃけ苦手です。

 

「そういえば曹操んとこと劉備っていう義勇兵ががやたらここを狙ってきてるんだけど、一刀、なにか心当たりある?」

 

「そうね。ここが精強なのは知れ渡り始めているし、あえて危険を犯してる曹操と劉備はなにか確信を持っているのかしら」

 

「ああ。曹操は昔ちょっと、ね」

 

 二人をどうこちらにおびき出すか悩んでいるところ、ふと曹操とのやりとりを思い出した。今の状況ともマッチしているし、向こうも覚えていれば執拗にこちらを狙ってくるであろうとの推測だ。予想は大当たりで、夏侯惇、夏侯淵を筆頭に、既に幾度と無く狙われ続けている。辛くも包囲される前に離脱できているが、確実に覚えていてくれたのだろう。

 そして劉備がこちらを狙ってきているのは彼女たちにはそれしかできないからだ。義勇兵故に領地を持たず、敵を討伐、物資の鹵獲ができない彼女たちは、いくら敵が投降してきても受け入れることができない。できる手は、北郷一刀を捕獲し、それを手土産に報奨を得ることだろう。上手く行けばその報奨で捕虜も養っていくことができるようになるかもしれない。

 

「当初の予定通り、劉備か曹操のどちらかが君たちを保護するだろうね」

 

「一刀さんの『しなりお』通り、ですか?」

 

「俺だけの、じゃないけど」

 

 この青写真を描いたのは俺ともう一人。大本は俺が考え、細かいところは彼女が煮詰めてくれた。とても頼りになるのだが、少々口うるさいのが玉に瑕だ。計画が最終段階に移行したのを確認した後、さっさと立ち去った。そう、ものすごくメリハリがあるというか、いて欲しい時に何故かいるんだよね、あいつ。

 

「あの、本当に一刀さんは一緒に来てくれないんですか?」

 

 切なげに、人和がこちらを見上げる。その目には、一抹の不安が見て取れた。確かに彼女たちにとって一世一代のギャンブルだ。それを俺に託したんだから、不安なのもわかるし、俺も側で見届けたい。でも。

 

「俺がね、どこかに捕獲されることになるとぶっちゃけヤバイんだよね・・・」

 

 今回の件を見ての通り、自分で言うのもなんだけど利用価値は絶大だ。そのまま皇帝に献上してもよし、秘密裏に捉えて、今回のようにドーピングとして軍事利用するのもよし、お抱え料理人として雇ってもよし。最後くらい平和的なものであればいいんだけど、曹操のところでも、劉備のところでも前2つの未来しか見えねぇ・・・

 故にここまでやらかしておいてなんですけど、当初の予定通りこのへんで御暇させていただきたいと思います。この世界のバランスをとるためにね。

 

「えー、もう一刀の御飯食べられなくなるのー」

 

「うう、お姉ちゃん一刀ご飯食べだしてから太っちゃったのに・・・」

 

「どうせ姉さんが太ったのは胸でしょ」

 

「えー、なんで地和ちゃん分かったの?」

 

「わからいでか!?」

 

 同じ食事をして、全然胸が大きくならなかった地和ちゃんに合唱。さり気なく胸元をガードしている人和ちゃんは、こっそりと育っていたりします。哀れ地和ちゃん。

 

「包囲網も狭まってきました。逃げるならば今のうちです」

 

 人和が真面目な顔で進言する。既に今いる拠点も、曹操、董卓、袁紹、袁術に四方を取り囲まれ始めている。確かに潮時である。

 

「ああ、最後まで一緒にいられなくてごめんね。無事でいることを祈ってる」

 

「はい」

 

「一刀!またちぃたちにおいしいゴハン、作りに来なさいよ!」

 

「えへへっ、皆には一刀のこと、絶対に内緒にさせるから大丈夫だよ~。一刀も、また私に会いに来てね」

 

「ああ、またライブ、楽しみにしてる」

 

 荷物を背負い、慣れ親しんだ天幕から出ようとした時、不意に人和が近寄ってきた。

 

「あの、はちみつれもんのレシピ、ありがとうございます」

 

「ああ。材料はちょっと高いかもしれないけど、喉にはとても良いから。声は消耗品、大事に扱ってあげなよ」

 

 北郷一刀が人にレシピを教えるのは非常に稀である。料理という希少価値は、己の身を危険に晒すだけではなく、守るための重要なファクターだ。それを一部でも手渡すのは、どれだけ彼女たちを大切に思っているかが伺える。

 それを十分理解していた人和は優しげに微笑んだ。

 

「一刀さん、すみませんちょっと屈んでもらえます?」

 

「ん?内緒話?」

 

「ええ、そんなものです」

 

 一刀は人和と視線を合わせるために少し屈んだ。一般男性の平均よりもやや高い方の一刀と、女性としては小柄な人和である。内緒話をするには一刀が屈むしかない。

 

「あー!人和!」

 

「人和ちゃん、ずるい~」

 

 屈んだほっぺたに、柔らかく、湿った感触がして、顔を真赤にした人和の姿を見て、初めて一刀は自分がほっぺにちゅーされたことに気がついた。事態に気づいた二人の姉が、一刀にちゅーをする前に、人和は呆けた一刀の背中を押し、天幕から追い出す。

 

「一刀さん、ごちそうさまでした。そしていってらっしゃい」

 

 突然のことに驚き、訳もわからず走りだす。背後の天幕からは、三姉妹の、楽しそうな喧嘩の声がいつまでも聞こえてくるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、遅かったわね」

 

「げげげ」

 

 拠点を離れ、のんびりと一人歩いていた先に待ち構えていたのは金髪くるくる(小)。側には黒髪ロングのおでこさん。

 

「誰が(小)よっ!」

 

 怒り心頭の曹操さん。そりゃ(大)がいるからね。金髪くるくる(大)である袁紹さんと外見的特徴が似ているために区別をする必要があって、ならば一番わかり易いところで分けるしかないではないか。

 

「普通に名前で呼べばいいじゃない!」

 

「それじゃ俺が面白く無いじゃないですか」

 

「そもそも私は真名をあなたに預けたはずよ。きちんと華琳と呼びなさい」

 

「えー、周囲が親しいと誤解すると、面倒な目に会いますよ?」

 

「だ、だったら二人っきりの時は華琳と呼びなさい。いいわね!」

 

 なんで急にデレたし。隣の夏侯惇将軍が完全に敵視しておるんですが。

 

「華琳様。こやつを叩ききっても構いませんね?」

 

「いや構うわ!」

 

 ダメだこのアホの子。普通に俺のこと叩き切るつもりまんまんだわ。正直こういう脳筋が2番目に面倒くさい。肉体言語でなんでも解決できると思ったら大間違いだ。ちなみに1番面倒なのは袁家の両名である。理屈が通用せず、こちらのことはお構いなし、交渉の余地はなく、我が道を疑わずに進むスタイルは尊敬できるが、搦手も一切通用しないため対処がしづらいのだ。

 

「春蘭、待て」

 

「はいっ、華琳様!」

 

 このやりとりにどことなく懐かしさを感じると思ったら、そうか、ご主人様と犬か。もし夏侯惇にしっぽが生えていれば千切れんばかりに振りきれていただろう。あー、実家の我が愛犬、いまどうしてるのかなぁ。

 

「夏侯惇将軍」

 

「なんだ?」

 

「後でこれ食べてください」

 

 そういって手に持っていた袋を放り投げる。ゆっくりと放物線を描いたそれは、俺が昼用にと作っておいた特製おむすびである。鶏ときのこをふんだんに使い、ふっくらと炊きあげた炊き込みご飯で作られたそれは、味もさることながら匂いの威力が半端ない。コメ一粒一粒にしっかりと味が染み込み、鳥の旨み、きのこの薫りがブレンドされ、初めての匂いだというのに、匂いを嗅ぎつけた黄巾党の奴らが押し寄せて大変なことになったといういわくつきである。

 

「?意味わからんが、ありがとう」

 

「いえいえ」

 

 あなたを見て、久々に愛犬の事を思い出しました、その御礼ですとは口が裂けても言えないだろう。激怒するのが目に見えてる。

 

「あら、私の分は?」

 

「残念ですが、売り切れです」

 

「そう、ならあなたを捕まえて作らせるしかないわね」

 

「隣の将軍に分けてっていえよ!」

 

 やっぱり捕まえに来たようだった。わざわざこの道に待ち伏せしてたってことは、まんまと罠にハマったということ。もしかすると伏兵を周りに配置しているのかもしれない。あれ、もしや積んだ?

 

「・・・いいんですか?指揮してなくて」

 

「問題ないわ。秋蘭がいるし、もともと本気で戦う気のない連中に、私がわざわざ指揮する必要はないわ」

 

 やはり気がついていたか。これまで戦ってきた本隊がもうその理由を失っていることを。

 

「張角、張宝、張梁の三人はどうするおつもりで?」

 

「そうね、皇帝もすっかりあなたにお熱のせいで忘れちゃってるみたいだし、それに彼女たちがいれば、あなたが鍛えた本隊をそのままこちらで吸収できるのでしょう?で、あるのならば適当に死んだことにして保護してあげるわ」

 

「相変わらず計算早いことで」

 

 やはり既に彼女たちのことも把握していたか。一を聞いて十を知る、ではないがここまで読みきってもらえると嫉妬とか以前にいっそ清々しい。

 

「そりゃ何より。じゃ俺は行きますんで」

 

「だからといって、みすみすあなたまで見逃す必要はない、わよね」

 

「欲張り過ぎは良くないですって」

 

「ええそうね、私は欲張りなの。どうしても私はあなたのことが欲しいの」

 

「か、華琳様・・・?」

 

 まるで乙女のような曹操に、見方によっては愛の告白、とも取れるかもしれない。現に夏侯惇将軍は曹操の物言いに驚き、手に持っていた大剣を取り落としている。

 だが向こうにそんな色気のある展開にしようとは微塵も思っていないだろうし、俺も決してそんなことはないことを知っている。

 

「一刀、早く私の胸を大きくしなさい!」

 

 瞬間、魏の大剣が怒りに我を忘れて襲いかかった。

 




非常にわかりにくい説明で申し訳ありません

簡単?にいいますと

(諸侯側)北郷一刀を捕まえたいけど、相手賊だから大人しく投降しないだろうしどうしよう

(黄巾党側)事体終息させたいけど、官軍に大人しく投降しても処罰されるんじゃねー?

(一刀)じゃぁ大人しく投降するから処罰しないでやってね 俺はそのどこかにいるから頑張って探してね

という茶番でした うん、これでもわけわからないね
一刀という影響力の強いファクターがいたからこそ、できた芸当ですね 阿呆ですね俺
ぶっちゃけこの展開は無理だわ―とか思いつつ、これくらいはちゃめちゃなほうが恋姫っぽい気がします

あと最後の人和のごちそうさまは、ちゅーしたことに対してではありませんw


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物語は濁流のように

ようやく出てきたオリジナルキャラ、といえるのかどうか。

季節の変わり目ですので風邪には注意してください
自分のように、休日寝込むとかやってられませんから 平日仕事休んで寝込むのもあれですけど


 

 

 

 

 

 地面に大きな足跡が残るほどの圧力であった踏み込みは、膨大なエネルギーとなって大剣に伝わり、大地を文字通り引き裂いた。一歩間違えれば北郷一刀が真っ二つになっていたのは想像に難くない。だがその光景は、一人の手によって回避されていた。

 

「馬鹿だ馬鹿だと思ってたっすけど、心底馬鹿だったんっすね。バ夏侯惇」

 

 高速で振り下ろされた大剣の腹を打ち軌道を逸らす、神業とも言えるべき技。

 それを成した者は、艶やかな黒髪セミロング、ブレザーに身を包み、尻餅をついていた北郷一刀を守るように夏侯惇の前に立ち塞がる。

 

「てんちょも大丈夫っすか?いやーしかし危機一髪って感じっすね」

 

「遅すぎだよ!もっと早く来いよ!というかむしろ最後だよ!」

 

「うわぁ、ワザと捕まって雲隠れしといて逆ギレっすか。あと相変わらず他の二人は早いっすね」

 

「もしかしたら常に監視されてるのかもしれない」

 

「うわぁゾッとする話っすね、それありえそうで」

 

 つい先程命を奪われようとした大剣が未だに側に突き刺さっているにも関わらず、二人の会話する姿からは微塵も恐怖を感じ取ることはできない。

 

「き、貴様は!」

 

「あら、いないと思ったらようやくお出ましね」

 

 その姿を認識した瞬間、激高する夏侯惇、そして冷静に状況を分析するために頭を回転させ始めた曹操。二人にとっては顔なじみで、何度も煮え湯を飲まされた相手。

 

「遅いぞ、徐晃」

 

「あはっ、私が来たからにはてんちょには指一本触れさせないっすよー」

 

 徐晃は座り込んだ一刀の手を掴むと軽々と引き起こした。互いに顔を見合わせたあと、こん、と一刀と徐晃は互いの拳を付き合わせる。二人の顔には親愛と、信頼が見て取れた。

 北郷亭、数少ないスタッフ。『ウェイトレス』徐公明遅れて見参である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 徐晃との出会いは、北郷亭の業務の一環で弁当販売をしていた頃まで遡る。資金繰りのため手当たり次第やれることをやろうとした結果、行き着いたのは弁当であった。遠出する際の食事は基本的にどうしても粗末なものになりがち。味よりも腹がふくれるもの、手間がかからず、すぐに食べられるものが好まれた。そして何より弁当販売という商売事態がほとんど成り立っていなかったのである。一刀はそんな状況に一石を投じた。

 竹を容器として使用し、そこに様々なおかずと炊き込みご飯を詰めた。見た目から竹の容器は趣があり、外で食べるようなものとは思えないその内容に加え、実際に食してみると冷めても美味しいように、傷みにくいように工夫されたおかずは、店で食べるものと変わらぬ満足感を与えた。特に上流階級には、陽の下で、風を感じる中でとるうまい食事は、普段の食事とはまた違った刺激と満足感を覚え、一時期『北郷亭の弁当を持って大自然の中で食事を摂る』ことがブームとなっていた。

 北郷亭弁当作戦は大成功を収め、そしてあまりに売れすぎた結果身を隠さねばならなくなってしまったのは、皮肉といえるだろう。弁当を出せ、と連日強面の兵士たちが脅しに来る日常なんて勘弁願いたいところである。

 さて今の話のどこに徐晃がでてくるのか、と問われれば最後のシーンである。逃亡直前の時には、兵士たちによる弁当の争奪戦がなされており、屋台の前では激しい戦いが繰り広げられていた。殴る、蹴るは当たり前、殺傷能力のある武器こそ使わないが、怪我人続出間違いなしをも思える荒々しい戦い。しかし無関係な者には手を出さず、勝ち取った者の弁当にも手を出さないという不文律がなされており、戦いが終われば紳士的な態度で立ち去る彼らには、確かな誇りを胸に宿していただろう。

 徐晃はその中にいた。何も知らず、空腹に従い屋台に近づき、兵士によって敵と認知されあえなく弾き出された。ここに来た時点ですでに限界だったのだろう、立ち上がることもできずに、争奪戦が終わるまでその場で気絶し続けることとなった。

 それを見ていた一刀は、その姿があまりにも不憫に思えて仕方がなかった。そして強いものしか手に入らない現状に疑問を持った。本当に俺がしたかったことはこんなことだったのか、と。この一件が引き金となって、店仕舞いし逃亡を決意させることとなる。

 こうして一刀は行き倒れた徐晃と出会い、彼女をスタッフとして雇い行動を共にすることになったのであった。ちなみに当時栄養失調寸前まで陥っていた徐晃を、養育というなの人体実験によって、身長を+20cm、胸をAAAからDまで押し上げた。ちなみに曹操はこの実験結果を知っているのである。

 

 

 

 

「あら、これでもまだ2対2よ。どちらが優勢なのかは火を見るよりも明らかね」

 

 突如として現れた強力な援軍、だが曹操は余裕の態度を崩さない。いかに徐晃が強いといってもどちらかが足止めをすればいいだけの話である。曹操、夏侯惇共にトップレベルの実力者、どちらであっても問題なく役割をこなすことができるだろう。

 

「相変わらず自信満々っすね」

 

「当然よ、事実ですもの。それより徐晃、あなたも一刀と共に私に降りなさい。私はあなたのその力、正当に評価してるわ。ふふっ可愛がってあげるわよ」

 

「うへぇ、遠慮するっす。女同士とか興味ないですし、私の操はてんちょに捧げるって決めてるんで!」

 

「いらんぞ」

 

「どうしてっすか!?」

 

「知らないのか?従業員に手を出したことで起きた悲劇の物語を」

 

「それただ二股かけてただけっすよね?!」

 

 そもそも社内恋愛はプラスに働く面もあるが、他者にとって基本不愉快以外何者でもない。つーか俺だったらキレる、即刻追い出してやる。

 

「なら私によこしなさい!」

 

「あんたもブレないっすね!」

 

 そうまでして欲しいのか曹操よ、背後で夏侯惇が再度怒りで狂い始めているぞ。この人こそ刺されてしかるべきなんじゃないかなと常々思う。圧倒的なカリスマさえあればハーレムを築くことなんて造作もないってか、パないな覇王。

 

「さて、いい加減捕まりなさい。これまでのお礼も含めてしっかりと調教してやるわ」

 

「まったくもって忌々しいが、徐晃、覚悟しろ」

 

 不敵に笑う二人、美人なのが余計際立つ恐ろしさ。正直逃げ出したいが、それもできそうにない。徐晃を囮にと考えるが、無理やり散らされるのも可哀想である。では打倒するか、と言われれば非常に面倒なことになるそうなことこの上ないし、痛いのは嫌だ。

 ジリジリと武器を構え、間合いを詰める曹操&夏侯惇ペア。共に無手でジリジリと間合いを外す北郷&徐晃ペア。先ほどのコント空間は鳴りを潜め、戦いによる緊張感がこの場を支配する。

 

 

「あら、てっきり徐晃の後ろに隠れるかと思ったのに、どういった風の吹き回しかしら」

 

「力不足っていうのはわかってるけど、見てるだけって訳にもいかないからな」

 

「へぇ、それなりに様になってるわよ」

 

「そりゃどうも」

 

 適材適所、本来料理人である一刀が戦う必要性はない。そのために徐晃がいるのだから。しかしその徐晃一人でなんとかできる状況でもない。なら覆すためにはとびっきりのサプライズが必要である。

 

―――隙はつくるっす。

 

―――ああ、お前の犠牲は無駄にはしない。

 

―――ええ?!犠牲前提っすか!?

 

―――ちょこっと痛いだけだ。いや結構痛いかも知れない。うーん、激痛が走るかも。

 

―――ちょっとぉ、何する気っすかぁ!?

 

 アイコンタクトでつながる想い、これが北郷亭クオリティ。

 

 

 切り札はある。

 

 見えないように袖から小さな袋を取り出す。中身は唐辛子パウダー。さぁあとはどうなるかわかりますよね。そう、某覇王の怒りが有頂天になることが確定的に明らか。今後本気で命を取られかねないこと間違いなし。でも悶絶する覇王様は是非とも見てみたいが。

 料理人として食材を粗末に扱うのはどうかと思うが、今回は非常事態がゆえ致し方ない。全て悪いのはこちらをここまで追い詰めたあちらである。決して、決して瞳に涙を浮かべながら、痛みに耐える覇王様の顔が見たいとか、萌えるとかそんなことはない。

 先に手を出すのはどちらか、夏侯惇がこの膠着状態から耐えかね、大きく一歩踏み出そうとしたその時。

 

 

「じょこたん!”わん”だ!」

 

「!了解っす!」

 

 先の先、出鼻をくじくように北郷一刀が声を張り上げた。その言葉の意味にいち早く理解した徐晃は戸惑う二人に向け、人の頭ほどある石を蹴り上げた。

 

「チッ!」

 

 重さが5、6キロあろう物体が高速で浮上してくる。予想外の方向からの攻撃に、曹操は回避を、夏侯惇は迎撃を選択。一方はバランスを崩し、もう一方は迎撃のためと足が完全に止まる。徐晃も北郷も、その隙を見逃すほど、甘くはない。

 

「はぁぁ!」

 

 あろう事か飛んできた石を真っ二つに切断した夏侯惇は、その隙に死角から接近してきた徐晃から腹部を狙った回し蹴りを受ける。だが夏侯惇の野生の勘はそれをまともに受けることを良しとはしない。石を斬った直後でありながら、自慢の大剣でその一撃を辛くも受けきった。

 

 剣と脚の鍔迫り合い。

 

「ホント化物っすね!」

 

「失礼な。貴様の方こそよほど化物だ!」

 

 そう、あの死角からの攻撃に反応できる夏侯惇も化物であり、脚で鍔迫り合いを演じている徐晃も十分化け物である。夏侯惇のように両足で踏ん張っているのではなく、片足で全てを支えているのだから。

 

 そして一方一刀と曹操は。

 

「なによっ、十分できるじゃない」

 

「これでも必死なんだけど、な!」

 

 こちらも、夏侯惇、徐晃同様、鍔迫り合いに入っていた。

 鎌は大きさゆえ小回りが利かない。適切な間合いでは猛威を振るうがそのうちに入ってしまえば動きを阻害される邪魔なものでしかない。故に一刀は息のかかるような距離まで詰めることしか選択肢がなかった。だが曹操もそれは百も承知、例え入られたとしてもその対処の方法も十分に練られている。いや、むしろワザとはいらせた。殺傷力の高い大鎌”絶”では大怪我をさせてしまう。本来ならば加減ができ、捕縛ができる素手の方が望ましい。

 互の思惑は一致し、望み通りの間合いに踏み入れた、までは良かったのだが。

 曹操は完全に予想を外されることになった。手加減しているとはいえ、力で押さえつけようにも更なる力で押し返され、関節を決めようと手を取ろうにも、全てはじかれる。

 

「人を育てる俺が、自分を育ててないわけがないっしょ」

 

「それもそう、ね!」

 

 それも当然、徐晃という稀代の武人の身体を作った男が、自分を放ったらかしにしているはずもなく。―――実際一刀は自分が作ったのではなく、徐晃というベースがあったからこそであって、本来はこんなことにはならないことを身にしみている。一線級の武人とまではいかずとも、それなりの膂力を有していることがわかった。

 

―――そうよね。この程度のはずがない。私が認めた男なのだから。

 

 だがこの鍔迫り合いは長く続くことはなく、唐突に終わりを迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 一陣のKY(空気読めない)が地鳴りとともにやってきた。

 

 

 

 

 

 

「おーっほっほ!そこにいるちんちくりんは華琳さんじゃありませんか。相変わらず姑息な真似してますわね!」

 

「お、晶の言うとおりじゃん。よっ、アニキ」

 

「ひ、姫ってば。一人で突っ走らないでよぉ」

 

 袁紹、文醜、顔良そして背後には黄金の鎧を身にまとった精鋭。本来ここにいるべきでない人間が、姿を現した。突然のことに驚く曹操と夏侯惇。数は力、単身やってきた彼女たちにとって突然やってきた袁紹によって、窮地に立たされた。

 曹操、夏侯惇は無理やり鍔迫り合いを解き、合流する。対していた徐晃、一刀もそれは追わない。

 

「あら、どうして麗羽がこんなところにいるのかしら?」

 

「もちろん、そこの北郷さんに会いに来たに決まってましてよ」

 

「な?!」

 

 突然の窮地に立たされても、動揺を表に出すことのない曹操。彼女は冷静に状況の把握に努め始める。北郷一刀は様々な地域を放浪している。故に袁紹と知己であってもおかしくはない。だがこの友達に会いに来たような、あからさまな親しげな雰囲気は一体何だというのか。

 

「あ、姫さん。ご無沙汰です」

 

「ええ、北郷さん。息災でなによりですわ」

 

「いやはや、危ないところでしたけど」

 

「ふふっ、そのようですわね。間一髪といったところかしら」

 

 会話の流れから、わざわざ軍を動かしてさえ、一刀を助けに来たことが知れる。麗羽にとって、この行動にそこまでの価値があるというのだろうか。いやもしかしたらいつもの勘かもしれないが。

 

「あら、華琳さん。何やら難しい顔をしてますわね」

 

「ええ、麗羽。あなたと一刀の関係を聞いてもいいかしら?」

 

「まぁ、そんなことでしたの。簡単ですわ」

 

 袁紹はまるでいたずらが成功した子供のように、心底意地悪な笑みを浮かべる。その仕草が妙に癇に障り、苛立たせる。隣の夏侯惇がイライラで今にも飛びかかりそうなところをなんとか制する。

 

「北郷亭は、私袁本初が支援してましてよ!おーっほっほ!」

 

―――抜かった。

 

 いくら北郷を徐晃が護衛しているからといって、数で圧倒できる有力者に捕獲されない理由はない。つまり裏から袁家が手を回していたにほかならない。最近袁紹の領地では食糧問題が解消されたと聞いた。持ち前の地力でなんとかしたと考えていたが、そこに北郷が手を貸していたとは想像できなかった。

 そして戦慄する。北郷亭を敵に回した時の恐ろしさを。

 食の重要性はわかっていたが、北郷亭の力がここまで強大なものになりうるとは。内心思わずにやける。堪らなく、欲しい。

 

「姫さんにはいつもお世話になってます。よっ、文ちゃんと顔ちゃん。おひさー」

 

「姫さまに付き人の二人もおつっす。いやぁマジ助かったっすよ」

 

「間に合ったみたいでよかったです」

 

「アニキもホントモテモテだな。いい加減うちにきたらいいんじゃね?」

 

「あはは、考えとく。あ、ほらこれ」

 

 そういって一刀は書簡を顔良に手渡した。

 

「これ新作の作り方。あいつに渡しておいてよ」

 

「あら、楽しみにしてますわ。北郷さんのお料理は本当に美味しいですからね。おーっほっほ!」

 

「お、アニキ。今回はどんなんだ?」

 

「甘いもの。ぷるっぷるであまーいやつ」

 

「わぁ、嬉しいです」

 

「ちょ、てんちょあとで私にも作ってくださいっすよ」

 

 曹操は本気で驚いた。門外不出と言われる北郷亭のレシピが渡されたのだ。あれひとつでどれほどの価値になるのかわからない。それを軽く手渡ししてしまうほどの親密さが北郷亭と袁紹にはあるのだ。

 

「では北郷さん、お行きなさい」

 

「姫さんありがとうございます」

 

「いいですわ。徐晃さんもしっかりお守りするのですよ」

 

「言われなくても。じゃ、またっす」

 

 北郷と徐晃の二人は、軽やかにこの場から立ち去った。残されたとは二人の金髪くるくる達。小さい方は軽くため息をついた。

 

「じゃあね、麗羽」

 

「あら華琳さん。もう帰るんですの?宜しければ北郷さんの新作、味わっていってはどうかしら?」

 

「遠慮しとくわ。いずれ本人に作ってもらうから」

 

「あら、残念ですわ。ふふっ、果たしてそんな機会が巡ってきますかしらね」

 

 穏やかな会話に見えて、一触即発。口元は互いに微笑んでいて、目は猛禽類のように鋭く、相手を敵として見据えている。その悠然と佇む姿は、共に王の器を互いに見せつけているようでもあった。

 

「―――無駄乳ババア」

 

「―――チビガキ貧乳」

 

 互いに踵を返した。口から漏れた言葉は小さすぎて互の耳には入らない。だが彼女たちには何を言ったかわかっていた。

 目的は消え、故にこの場で二人は争う必要もなく。

 

「この借りは、必ず返すわ」

 

「ええ、お待ちしてますわ」

 

 だが二人の衝突は、そう遠くない。

 結局北郷亭は手に入らなかった。だが収穫はあった。北郷は誰の手にも渡っていない。今はとりあえずそれで満足しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごはん、ごはん、てんちょのごはんー」

 

 鼻歌を歌いながら笑顔で北郷の料理を作る姿を見ている少女、徐晃はご機嫌だった。あの場を離れ歩き続けて、ようやく待ちに待った北郷が作る御飯。しかも、助けに来てくれたお礼になんでも作るよ、ということで、大好物であるクリームシチューをリクエストした。鍋から漂ってくる匂いに、テンションは跳ね上がる。

 

「うっさいぞ、馬鹿」

 

「えへへー、てんちょのご飯なんだから仕方ないっすよ」

 

 一刀が照れ隠しに素っ気ない言葉をいっても、笑顔で恥ずかしい言葉で返される。これだから親しいやつはやりにくい。でもこの空気、嫌いではない。

 お客に作る料理と、家族に作る料理では同じものでも差異があると思う。それは万人が美味しく感じるようにつくるか、その人にあったものを作るかの違いだ。徐晃はこってりとしたコクがあるものを好む。だから本来のものよりも煮込む時間を長くしたり、時間がかっても手間暇をかける。

 

「てんちょのご飯は、愛が詰まってるっていうか、ってイッタァ!」

 

「愛ゆーな」

 

「照れ隠しするてんちょも可愛いっすよ~」

 

 大勢の人のために作る料理も好きだが、たった一人のために作る料理も、北郷一刀は大好きだった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

徐晃    北郷亭『ウエイトレス』

 北郷一刀が拾った少女。能天気だが馬鹿ではない、北郷亭のムードメーカー。トーピング徐晃。作中通り拾われた当初はガリガリだったが、完璧な栄養バランスによって身長は伸び、貧乳から巨乳へ、理想の体型となった。戦闘は無手のパワー型、といってもスピードがないわけではない。ミニスカから伸びる整った足から放たれる強烈な蹴りは、単体でも必殺の域。だが残念スパッツ着用。あとてんちょ大好きっ子。

 衣装はブレザー、仕事時はその上にエプロンをつける『制服エプロン』

 





・頑なに曹操から逃げたがる一刀
・徐晃、という皮をかぶった女子高生登場
・カリスマ溢れる麗羽様            でした

いつも読んでいただきありがとうございます
今回は色々と出すぎて意味がわからない展開でしたね 特に麗羽様
いずれ詳細を語るときが来るといいなと思っています


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可哀想だからといって餌を与えるべきではない

鉄は熱いうちに打つべき
心底思う今日このごろ


 

 

 膝には食べ終わったあと即座に眠ってしまった徐晃。さらさらの髪を撫でても起きる気配がなく、無防備過ぎて将来が本当に不安になる。いつか悪い男に食べられてしまうのではないのか、いっそ曹操に献上してしまうというのも、またひとつの選択肢かもしれない。確実に恨まれるだろうが。

 

「「ぐぅぅぅぅ~~~~」」

 

 しかし徐晃の眠りは存外に深いようだ。ここまで俺を探しに来たのだから、当然かもしれないが、ほっぺたをフニフニしても、肩を揺すっても、胸を揉み揉みしても覚醒の兆しさえ見えない。頼む、せめてその服を掴んでいる手を放してくれぇ。

 

 心臓がうるさいくらい鼓動する。その原因はわかっている。先程から背後から聞こえる唸り声、いや正確には腹の虫の声。

 

 それも二つ。

 

 いくら徐晃に気を取られていたからといって、ここまで近づかれたことに気づかないとは、全くの不覚であった。というか腹の音で気づくとか間抜けすぎる。もし敵対者であったならば既に囚われていたか、最悪死んでいたかもしれない。

 

「ッ」

 

 意を決して振り返ると二人の少女が涎を垂らし、こちらを羨ましそうな目で見ていた。その愛らしい表情に反して、手には共に重量級の槍を軽々と持っている。ただその点だけを見ても一般人とはかけ離れていることがわかる。

 

「・・・」

 

 最悪襲いかかってくることも覚悟したが、あれはコチラが切り出してくるのを待ち構えている顔だ。どうやら無理やり奪うような真似はする気がないらしい。それが唯一の救いかも知れない。

 

「・・・何か用?」

 

 無言を貫いているのならば、こちらから探らなければなるまい。幸い相手は人間―――言葉が通じるのならばなんとかなるはず。同種の匂いを感じさせる夏侯惇さんにだって一応話せば多少は通じるのだから。

 

「お腹減った」

 

「空腹なのだ」

 

「うん、見ればわかる」

 

「・・・お腹すいた」

 

「・・・お腹が減ったのだぁ」

 

 まるで子供のような受け答え。いや片方はわかるが、赤髪のくせっ毛の娘はどう見てもは子供という歳には見えない。どんだけ過保護に育てられたのだろうか。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 徐々に情けない顔に変わっていく二人の少女たち。ああ、もうそんな顔するなよ。

 

「あーもうっ。ほら、その手に持ってるもん置いてこっちこい」

 

 大地に自分の獲物を突き刺し、満面の笑みを浮かべこちらに近づいてくる二人。警戒していたこちらが馬鹿らしく思えてくるような、人畜無害笑み。

 

「の前に自己紹介だ。俺は北郷一刀」

 

「呂布・・・奉先・・・」

 

「鈴々は張飛、翼徳なのだ!」

 

 笑みは人畜無害そうに見えるけれど、やばい人たちだった。いろんな意味でかかわりあいたくないトップレベルの方々。機嫌損ねて一刀両断とかマジで笑えない。

 こちらも笑みを浮かべつつ、戦々恐々とおもてなしを開始する。

 

 

 

 

 

「がつがつがつ」

 

「むしゃむしゃむしゃ」

 

「うおおおお、シチューは飲み物じゃねぇぇ!!」

 

 吸い込まれるかのごとく、鍋のシチューが消えてゆく。まさかシチューは飲み物とでも言うのだろうか。

 

「・・・おか・・・わり」

 

「おかわりなのだぁ!」

 

「くっ」

 

 まるで作業が追いつかない。野菜を切っても切っても、肉を炒めても炒めても次々と消えてく。これは物量作戦に出るしかない。もはや命の灯火となっているシチューは諦めざるえない。ごめんじょこたん。

 

「さらば、シチュー!」

 

 お玉を渡し、シチューに別れを告げる。セルフサービスになった瞬間、さらに加速するふたりの食欲。張飛は豪快に、呂布は淡々と、剛と静をおもわせるその食事風景。見とれている場合ではない。稼ぎ出した僅かな隙に大鍋を仕込み始める。

 

 常備してある出汁をベースに、皮をむいた野菜をどんどん放り込む。そして豚肉、肉味噌をいれて蓋をする。あとはひたすら煮込むだけ。大味だが、それだけに旨い。

 そして鍋ができるまでの繋ぎ、炒め物。材料、調味料、残っているものありったけ使い尽くす。でなければこの猛攻防げない。

 

「お兄ちゃん、もうこれなくなったのだ」

 

「ん・・・もっと・・・」

 

 相手は未だ余裕の表情。すでにシチューはご臨終、できた炒め物を出したが、みるみるうちに山が消えていく。やはり御飯やパンがないのが痛い。おかずだけではなかなか腹は膨れない。

 

「鍋、いい匂い」

 

「おー、これそろそろ出来上がるのか?」

 

 ついに最後の砦にまで手が入る。これが最後の食料だ。

 さよなら、誰かが丹精込めて作った食材。バイバイ、研究に研究を重ねて作った調味料たち。ぐっばい、手間をかけて手に入れたとある名水たち・・・。

 数々の散った戦友たち、空になったカバンを見ている間に、勝手に鍋の蓋を開けられていた。

 

 

 

 

 

 

「・・・足りない」

 

「うー、もうないのか?お兄ちゃんの御飯、美味しいから鈴々まだまだいけるのだ」

 

 くそぅ、こいつらもうその辺の草とか鍋に突っ込んで食わせてもいいんじゃないかなぁ。未だに不満顔している二人を見ると思わずはっ倒したくなる、もちろん確実に返り討ち確定なのは明らかであるが。

 これからしばらくひもじい生活になるだろうことは想像に固くない。そんな明日以降のことを考えて憂鬱になりそうだ。一刻も早く支援を受けねば餓死しかねないだろう、特に徐晃が。

 その徐晃は俺の服を枕に未だ夢の中、ぐーすか気楽に眠ったままである。しっかりと睡眠をとることは成長の秘訣であるが、護衛一体なにやってんの?こちとら死線を掻い潜ってるんですよ?

 

「おしまい、すっからかん」

 

「ちぇー」

 

「残念・・・」

 

 無い袖は振れぬ、どんなに可愛くしょぼーんとしてもどうすることもできないのだ。

 

「そういえばこんなところに何しに来たの?」 

 

 もっと早く感じてもいい疑問。なぜこの場に呂布と張飛がいるのか。しかもセットで。

 二人共先日の黄巾党本隊の捕獲作戦に動員されていたのは知ってる。結局こちらが曹操の方に保護を求めたために空振りとなっているはず。すでに董卓軍は領地に戻り始めていてもおかしくはないし、劉備たち義勇軍もそれほど余裕があるわけではない。もしや俺を捕まえるために捜索部隊を出したのかとも考えたが、ならば少人数であること自体おかしい。少数精鋭にしては効率が悪すぎる、つまり矛盾だらけなのだ。

 

「美味しそうな匂いがしたのだ!」

 

「・・・いい匂い・・・した」

 

「なんでやねん!」

 

 二人の答えは馬鹿らしくなるほど単純だった。匂いに釣られるとか、動物か!まさか今後追っ手を撒く際には料理の匂いにも気をつけなきゃいけないのだろうか。呂布・張飛の猟犬部隊とか恐ろしすぎる。

 

「にゃはは、鈴々なんだか眠くなってきたのだ」

 

「恋も」

 

 内心恐怖でおびえている俺をよそに、二人は未だ寝ている徐晃をちらりと見たあと、そんなことを言いだした。自由気ままに寝場所を探し始める。そして張飛は一刀の太ももに頭を乗せ寝転がり、呂布は一刀の背中に寄りかかるように身体を預けた。

 

「えーと、君たち?」

 

「暖かくて、ポカポカする・・・」

 

「そっちの徐晃を抱き枕にしていいから離れなさい」

 

「いやー、お兄ちゃんの身体、美味しそうな匂いがするのだ」

 

「それはちょっと待て」

 

 背中の少女は既に寝落ちしかかっている。背中に寄りかかられ、足も封じられた動けない状況。一刀にとって、ここまで有無を言わせず押し切られるのも珍しい。それほど自然に二人の少女は内側へと入ってきた。

 

 飯を食べさせただけの男のどこに信頼したのだろうか。

 

 太ももには張飛、背中には呂布、すぐ手の届くところには徐晃。一騎当千のタイプの違う美少女が三人、なんとも恐ろしい状況である。できることならばすぐさま脱出したい、が服を捕まれそれもできず。

 

「もうどうにでもなれ・・・」

 

 すやすやと眠りに入る三人を見て、もちろん邪な気持ちなんぞ欠片もわかず、穏やかな陽気に身を任せることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「ああよかった。カンが鈍ったわけではないらしい」

 

 そこらじゅうから感じる悪意の視線を受けて、目を覚ます。気持ちの良いまどろみは霧散し、ねっとりした気持ちの悪い感覚が身体にまとわりつく。

かなりの距離はあるが、囲まれているようだ。

 

「うはぁ、団体様っすね」

 

「ん?おはようさん」

 

 そばには目覚めた徐晃。向こうに気づいて目を覚ましたようだ。

 

「てゆうか誰っすか、その人たち。なんでてんちょに密着してんすか?!私が寝てる間に浮気っすか?!」

 

「浮気ゆうな。というかむしろなぜ起きなかったし」

 

 逆ギレ、あれだけ騒がしかったのに一向に目を覚まさなかったくせにコイツは一体何言ってるんだか。それより眠っていた二人が覚醒するようだ。

 

「なんか、気持ち悪いのだ」

 

「・・・・不快」

 

「なんかそれ、俺が言われてるようでなんか気分悪」

 

 呂布、張飛二人共、目をこすりながら開口一番気持ち悪いだの、不快だの。確かにこの感覚は、いいものではないがこっちに向けて言わないで欲しい。

 

「あはは、てんちょいい気味っす。ほら、誰か知らないけどいつまでもくっついてないで離れるっすよ」

 

 さりげなく徐晃が二人を引き離した。4人揃って固まった体をほぐすように背伸びをする。骨が小さく鳴る独特の感覚、体が軽くなる。

 

「おっと挨拶が遅れまして。徐晃っす」

 

「鈴々は張飛、なのだ!」

 

「恋は呂布・・・」

 

「マジっすか?!」

 

 慌てて徐晃が視線を向け、答えるように頷いた。今回、史実のような黄巾の乱になっていない以上、呂布や張飛の勇名はあまり広がってはいない。しかし未来を知っている俺は、徐晃に覚えている限りの要注意人物のことは伝えてある。その中でもこの二人は最上級といっても過言ではない。

 

「うへぇ、まさかまさか。てんちょもよく頑張ったみたいっすね」

 

「犠牲は大きかった」

 

 食料とか食料とか食料とか。

 

「あー、シチューがなくなってる?!」

 

「だけでなくなんもないぞ。文字通り食べ尽くされた」

 

「あはははは・・・」

 

 徐晃のこの世の終わりを見たかのような泣きそうな表情に、張飛は多少申し訳なさそうな表情を浮かべ、呂布はそっぽを向く。

 

「あーもうなんなんっすか。ひどっ、てんちょもどーしてっすかぁ?!」

 

「落ち着け。また作る、近いうちに作ってやるから」

 

「ぜーったいっすよ」

 

 食材を集めるところからかなり時間がかかるだろうけどな、と心の中でつぶやく。そう、手軽に手に入るものでもないから、時間がどうしても掛かってしまうのだ。つくづくスーパーとかコンビニのない不便さに嘆いてしまう。まぁ袁家の支援があるだけまだましな状況にはなっているのだろうけど。

 

「そ、それよりなんなのだ。鈴々のお昼寝の邪魔するのは誰なのだ」

 

「あれって黄巾党の奴らじゃないっすかね。あいつらって吸収されたんじゃなかったでしたっけ」

 

 一般的な視力しかない北郷一刀にはまだ見えない。だが常識を外れた彼女たちには見えたようだ。その服装からして正体が。

 

「ああ、ほとんど、な」

 

 徐晃の言うとおり、彼らの大半はどこかの勢力に吸収されている。そして先日最後の本隊も曹操に吸収された。そのことから導き出される答えは一つ。

 

「残党、だな。天和たちに従わなかった生粋の賊ってことだ」

 

「うわちゃー。迷惑な奴らっすね」

 

「だな。せっかくの努力を無下にして・・・」

 

少しでも被害を減らそうと策を巡らせたのに、甘い蜜を吸いたいバカが大暴れをする。そしてそいつらのせいで投降した奴らの風当たりも悪くなるだろう。最悪、本当に最悪だ。

 

「こっち・・・くる」

 

「おー、結構数いるっすね。ひーふーみー、おおー、500はいるんじゃないっすかね」

 

 眠たげだった瞳がしっかりと開かれる。ああ、あいつらは運が悪い。

 

「うざい・・・潰す・・・」

 

「にゃはは、気持ちよーく寝てたところを起こされて、鈴々ちょっとイラっときたのだ」

 

「これって所謂正当防衛って奴っすよね。4人を500人くらいが襲いかかろうとしてるんっすから。しかもこんな気持ち悪い視線を向けて、本当に最悪」

 

 ようやく彼らの姿が見えてきた頃にはこちらは準備が万端。戦意に満ち溢れ、三人はやる気満々といったところ。そしてあちらも完全にこちらを舐めきった様子。その顔には下品な表情を浮かべ、もしかしたら既に脳内であんなことやこんなことを始めているのかもしれない。

 

「まぁいいんじゃないかな」

 

 もはや黄巾党だったからといって彼らを助ける義理は、北郷一刀にはない。チャンスはあった、しかしそれを活かすこともしなかった。そしてよりにもよって手を出してはいけないところに手を出した。

 

 呂布、張飛、徐晃。歴史的に見ても類を見ない圧倒的な武力を持つ彼女たち。

 

「おい、てめぇらおとなしくしてれば命だけは助け」

 

 間抜けそうな下っ端、のこのことこちらに歩み出て、お馴染みの決まり文句。全部聞いてやるほど、彼女たちは優しくはなかった。

 最初に手を出したのは徐晃。鍋・・・元々シチューの入っていた鍋は徐晃の尋常じゃない脚力によってけり飛ばされ、形を変形して尋常じゃないスピードで下っ端を直撃した。鈍い音と共に男は崩れ落ちる。

 

「あ、すみませんっす。長そうだったんで」

 

 全く悪びれることもなく下っ端の男に向けて徐晃は歩み寄ると、そのまま蹴り飛ばした。男は高く飛び上がり、突然のことに阿呆面で固まっていた集団に突っ込む。あまりに非現実な光景、そしてそれを作り上げたのは少女といっても過言ではない。

 

「おー、徐晃すごいのだ!」

 

「何言ってるんっすか。どーせ張飛ちゃんもできるんでしょ」

 

「にゃはは」

 

 張飛はただ笑うだけ、言われたことに否定をしない。明らかに体格に見合っていない自らの得物を軽々ひと振りしたあと、ニシシと笑うだけ。ここにきてようやく彼らは状況を理解し始めた。そう『俺たちの人生ヤバ過ぎ・・・』と。

 

「呂布さんも、できますよね」

 

「どうでも、いい・・・」

 

 呂布から発せられる身も毛もよだつ殺意。そして怒りをぶつけるように得物を大地に叩きつけた。

 大きな音とともに大地が文字通り、割れる。

 それが合図であった。まるでパニック映画のように慌てふためき、逃げ出す黄巾党ら。深い目的もない、ただ適当に奪うためだけに寄ってきた彼らが、ここで命をかける意味はない。阿鼻叫喚になりながら彼らは新たにトラウマを刻み込んだ。

 

「あーあ逃げちゃった。つまんないっすね」

 

「・・・もう一度、寝る」

 

「うー、鈴々目が覚めちゃったのだ。つまんないのだ」

 

 彼女たちは言いたいことを言って、漲らせていた戦意を解く。その場に残ったのは徐晃、呂布、張飛、そして崩れ落ちた北郷一刀。

 

「あ、あれ?てんちょ、どーしたっすか?」

 

 一刀の突然の奇行に慌て出す。結局追い払っただけで怪我一つ負っていない、にも関わらず手をつき、うなだれる一刀の弱々しい姿。こんな姿、見たことない・・・

 

「―――」

 

「え、なんっすか?」

 

 何かを言ったように聞こえたが、小さすぎて分からない。徐晃に読唇術の心得はなく、仕方なく聞こえる位置まで耳を近づける。

 

「―――鍋」

 

 思わず飛び退った。まるで刃物を首筋に添えられたかのような本能的な恐怖。そして本能のターンが終わり、理性のターンがやって来る。そしてその単語の意味を理解し、サーっと血の気が引けた。一刀の視線の先には凹んだ一刀愛用の鍋。つまりそういうことだ。

 

「徐晃」

 

「は、はいっす!」

 

 思わず背筋を伸ばしてしまう。本能がとにかくやばいと警鐘を鳴らしている。だが金縛りにあったかのように体が動かない。

 

「なにしたか、わかってるか?」

 

 恐ろしくて、一刀の顔が見れない。思わず助けを求めようと呂布、張飛の方向を見ると、既に先程までいた場所から大きく離れていた。

(う、裏切り者ー)

 我関せずとそっぽを向く二人。実際裏切り者でも何でもないわけであるが、ひとり取り残された身としては思わずにはいられない。

 

「そうか、そうだよな。最近少し甘やかしすぎたんだよな。だから平気でこういうことしちゃうんだよな」

 

 何やら一人で納得する一刀。

 

「あはははは、てんちょ、ごめんな―――」

 

 徐晃の謝罪は言い終わることもなく、一人の修羅が降臨した。

 



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たいていのトラブルメーカーは無自覚

 

 

 

 

 

「おー、結構綺麗っすね」

 

「みたいだな。もしかしたら律儀に掃除しに来てくれてたのかもな」

 

 一刀たちはとある邑にひっそりと佇む山小屋、昔使っていた拠点の一つにやってきていた。久々だというのにほとんど埃が積もった様子はなく、炊事場も食材はないものの清潔を保っていた。

 

「くふふ、くふふふふ」

 

「何だその気持ちわるい笑いは」

 

「いやぁてんちょと二人っきりで淫蕩生活っていうのも憧れ、あたぁ!」

 

「お前はいきなり何を言ってるんだ」

 

 気持ち悪い笑いを浮かべた徐晃に向けて、チョップ一閃である。徐晃ならば避けることも造作もないがそこはちゃんとノってくれるところは評価できるのだが、些かネタが不穏なところに行き過ぎている。むしろこやつM属性に目覚めているのではなかろうか。

 

「それに残念ながら二人っきりでもないぞ」

 

「・・・」

 

「にゃはははは」

 

 そう背後には呂布と張飛が未だくっついて来ている。もう食料はないと勘弁願ったし、別れの挨拶を済ませたのに、である。

 あのあと別れ、徐晃と二人とりあえず近くの邑へと向かった。もちろん目的は食料調達であった。道端にある食料を集めての旅は、どう考えても限度がある。というかそもそも食べられる食物が自生していることすら珍しい、それほどこの国の食料状況はよくはないのである。野生の生物を探せばいないこともないのだが、どうしても栄養は偏るし、狩猟するにしても時間がかかる上長持ちもしない。燻製にしている暇もなければ、どちらにしろそのための道具すらない。つまり現実的ではないのである。

 幸いにして近くには邑があることがわかっていたので、多少無茶にはなるが目的地とすることにして歩き出した。しかし歩き出してすぐに、後ろから二つの気配が一定の距離をとって離れない。右にそれたり、左に戻ったり、時には徐晃と二人、突然走り出したりとフェイントをかけてみたりもしたが一向に気配が消えることもなく。

 どうしようかと迷っているうちに徐晃がキレた。

 

 

「てめぇら、これ以上付きまとうならぶち殺すっすよ?!」

 

 徐晃による張飛と呂布にぶち殺す宣言、歴史的に見ても恐ろしい所業であった。ただ運がいいのか悪いのか、彼女たちはその宣言には特に触れず、気まずそうに自分たちが迷子であることを明かしこちらに助力を求めた。見捨てないで、と。

 いかに悪辣非道な徐晃とは言え、小動物のように上目遣いでこちらを見る少女たちを蹴りつけて逃亡なんて真似ができるはずもなく、今に至るわけである。

 

「てんちょ、なんか誤解を招きそうな想像、してないっすか?」

 

「よし、俺はこの近くの邑から食料を調達してくる。徐晃たちはここでおとなしく待っていてくれ」

 

 一息つく暇もなく、最低限の荷物だけを持って玄関に足をかける。

 

「誤魔化された!?じゃあ私たちも一緒に」

 

「いらない」

 

「ふえ?!」

 

 腰を上げかけた徐晃を手で制する。驚きの声を上げるが、こちらからしてみればむしろ連れて行く意味がわからない。ここにるまでに、あっちへふらふらこっちへふらふら、疲れた、喉が渇いた、お腹減ったと駄々をこね、いきなりくっついてきたりとやりたい放題の張飛と呂布(無言)にいちいち構っていたら時間がいくらあっても足りない。ただでさえ徐晃の世話もしなければならないというのに、俺は小学校の先生か。

 

「というわけでお留守番、よろしく。徐晃は二人が変なことしないように見張ってて」

 

「そ、そりゃないっすよー」

 

「二人もじょこたんの言うこと聞いて、おとなしくしてるんだぞー」

 

「いってらっしゃいなのだ!」

 

「・・・しゃい」

 

「すでに決定済みっすか?!」

 

 すでにだらけモードに入った二人はぱたぱたを手を振って、お見送りしてくれる。というか呂布さん、オフトンシクノ、ハヤクナイデスカ?

 

「てんちょ?!てんちょー?!」

 

「あ、暇だったら水汲みと薪の用意お願い。準備しておいてくれればすぐに料理始めれるから」

 

「おー、わかったのだ」

 

「それじゃ、いってきます」

 

 背後で叫ぶ徐晃を無視し、素早く小屋を出た。なんだかんだ言って面倒見は良いはずなので、適当にどうにかしててくれるだろう。一瞬このまま逃亡することが頭によぎったが・・・逃げても地獄の底まで追いかけてきそうだ。

 

「ひっさびさの邑だな。何かいいものでも置いてあるといいけど」

 

 邑にありそうな食材から今度の食事の献立を想像する。お腹を空かせ帰りを待ちわびる三人を想像し、自分のポジションが完全にオカンポジションであることに気づき、北郷一刀はひっそりと凹んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「典韋ちゃん?許褚ちゃんから誘いの手紙が来たって言うんで曹操様のところへいったわよ」

 

 またお前か曹操よ。

 いや正確には予想してしかるべきであった。史実でも典韋、許褚は曹操の臣下となる人物である。故に詳細な時期はわからなくとも、いずれは彼女のところへいっていただろう。それにまさか彼女でも、幼い二人に手を出すような分別くらいわきまえているだろう、うん、違いない。・・・いや微妙に心配であった。

 先ほどの小屋の管理をしてくれたのは典韋。以前にここを訪れた時に知り合った、素直で誰にでも優しいちょっとだけ耳年増な少女。許褚ちゃんとともに、『兄ちゃん』『兄様』と慕ってくれた妹分、戦いなど似合わなかった彼女には、できればここでのんびりと過ごして欲しかった。と北郷一刀にはそんなことをいうような権利はないのだけれども。

 八百屋を営む主人の話では、つい数日前、俺がこの付近にきたのと入れ替わるように出て行ったそうだ。できれば小屋を管理してくれていた礼を言いたかったが、それもしばらくは叶いそうにない。だって曹操のところだもの。

 過ぎたことを悔やんでもしょうがない。サッサと買うもの買って小屋に戻ろう。そう思って店主に礼を言い、立ち去るために一歩踏み出したその時、突然の悲鳴が響き渡った。

 

「な、なんだ?!」

 

「あっちは橙さんちのほうじゃないか?!」

 

 近くにいた買い物客にも動揺が走る。なにやらきな臭いもとい、面倒なことになってきた。さすれば早々と退散するべきか。

 

「兄ちゃん、ちょいと様子みてきてくれねぇか?」

 

「ですよねー」

 

 ああ、わかってたよこんちくしょう。そりゃ自分の身が一番大事、でも何が起きたか気になる野次馬根性も持つ彼らが、対してどうでもいい外の人に様子を見てくれと頼むのはもはや定番。まるで運気を吸い取られているかのごとく重なる不幸、ああきっとあれもこれも全て覇王が悪いに決まっている。

 じーと見つめる店主の視線もそろそろ痛い、いい加減動くとしよう。

 

「わかったわかった。後でよるから何かつけてくれよ」

 

「ああいいぜ。まぁ無事に帰ってきたらな」

 

 と不吉なフラグを立てる店主。くたばれ。

 

 といいつつ向かってみたものの、すでに現場には野次馬根性に負けた人々が壁を作り、恐らく橙さんの家だと思われるところにまでたどり着くことができない。仕方がない、これはもう無理だろうし諦めて帰ろう。

 

「お、兄ちゃんも野次馬かい?いやぁ女好きの橙さんがまたやらかしたんだよ」

 

 帰ろうとした瞬間、それを引き止めるように隣にいた男が話しかけてきた。どうやら事件のあらましを説明してくれるらしい。しかしなんだろうこのRPGの強制イベントのような流れは。

 

「橙さんはなぁ。邑一番の色男でな、本人は自覚してないんだが色々な女の子を無意識に引っ掛けて泣かせてるんだ。まぁ気のいいやつだから、男からも好かれるような奴で今まであまり問題にならなかったんだが、しかし今回旅の女の子を1人、助けてしかも連れ帰ったようなんだ。そしたら幼馴染がついにキレちまったらしくて、橙に包丁を突き立てようとしたらしい」

 

 なにそれこわい。ヤンデレ、という言葉はなくとも概念はあるらしい。まぁ歴史を紐解いてみれば男女の情事なんて、どろどろのぐちょぐちょでもはや日常茶飯事であるわけで。

 思わず自分の状況と重ね合わせて背筋が冷たくなってきた。

 ああ、帰ったら目のハイライトを消した徐晃に刺されるんだろうか。そばには冷たくなった呂布と張飛が・・・はさすがにないとして刺されるという可能性は大いに有り得そうだ。うわ、帰りたくない。

 

「まぁそんな状況でついに橙も年貢の納めどきか?!となったっつーわけよ」

 

「あれだよね。橙さん本当に男にも好かれるような奴なの?」

 

 結婚ならいざ知らず、刺されて年貢の納めどきとか笑えない、笑えない。

 

「いや、ここでまた悪運というか女運の強い奴でな。たまたま旅の女の子が腕の立つ人だったらしくて紙一重で傷一つつかなかったそうだ。まぁ代わりにその女の子がちょこーっとだけ怪我しちまったようでいま治療中ってわけで。幼馴染ももうちょっと気張れよって感じだが、まぁ残念ながら一件落着だ」

 

「ちょこっと本音でてるけど」

 

 とりあえずは一件落着らしい。話もしっかりときけたし、店主に報酬でももらいにいこうかね。得意げになって話を続けている男に、そろそろ礼を告げさっさと帰ろう。

 

「しっかし錆び付いた包丁でよかったなぁ橙のやつも。いつも手料理ばっか差し入れしてもらってたから、使わずじまいで切れ味もほとんどない鈍で―――

 

「もーなんで蒲公英が責められなくちゃいけないの?!」

 

―――俺も女の子に差し入れしてもらって・・・ってあれ兄ちゃんどこいったんだ?」

 

 気分良く話していた男を遮るように聞こえた可愛らしい怒った声、さらに話を広げようとしていた男の視界にはすでに北郷一刀はいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついていない。

―――優しそうな人の口車に乗せられてホイホイ付いてきてみれば、いきなり怒鳴られるわ、モノを投げつけられるわ、修羅場に巻き込まれるわ。流石に刃物が出てきたから助けちゃったけど代わりに怪我もするし、もー散々だよぉ。

 馬岱は怪我をした傷口を押さえながら、深々とため息をついた。まさに好奇心は身を滅ぼす。幸いにも包丁は錆びていたため深い切り傷ではなかった。これくらいの怪我は日常茶飯事の範疇、むしろこの程度のことで怪我をしたことが、彼女の現在の母替わりである馬騰や従姉妹であり姉と慕う馬超に知れた時のことを考えると頭が痛い。

 かばった男は未だに腰を抜かし、取り押さえた女は憎しみの目でこちらを見る。本当に厄日だった。

 

「ね、落ち着いて。蒲公英はこの人のことどうとも思ってないし。あなたのこと邪魔するつもりはないから」

 

 なだめる言葉は確かに耳に入り、女性は一旦は落ち着きを取り戻したかに思われた。だがとある光景を目にし、和らぎかけた表情は憤怒に変わる。

―――あっちゃー。なんでそんな顔するかなぁ。

 馬岱のどうとも思っていない発言、その言葉を聞いた男は恐らく無意識に、ショックを受けた表情を浮かべた。なんという迂闊、想っている人の目の前で、していい表情ではない。いっそ助けなければもしかしたらいい方向に向かっていたかもしれないというIFは、本当に意味のない想像である。 

 馬岱はいっそこの拘束を解いてやろうか、とも考えるがいつものお茶目で済まないことは目に見えている。騒ぎを聞きつけて人も集まってきたようだ、こっそりと姿をくらます方がいいかもしれない。

 

「馬岱ちゃんも助かったよ。脇のあたり、血出ちゃったね。手当してあげるよ」

 

 それは男、橙の優しさだろう。本来ならば美徳と言われる行為であるが、しかしこの場では完全に裏目、騒ぎを聞きつけてやってきた近所の人たちも白い目で彼を見ている。この空気の読めなさは逆にすごいかも知れない。

 

「いいよ。ほら、恥ずかしいし」

 

「自分じゃ分かりづらいとこだから。ほら俺結構慣れてるしちょちょいとやるよ」

 

 むしろこれはわざとやってるのではないだろうか、脇腹の傷以外にも頭も痛くなってきた。周りは馬岱の返答を待つ、期待した眼差しを向ける橙、恐ろしい形相で睨む女性、白けた空気をまとわりつかせた周囲の野次馬。

 白けるのはこっちの方。蒲公英は何もしてないのに、なんでこんな目に遭わなきゃいけないの?!

 

「もーなんで蒲公英が責められなくちゃいけないの?!」

 

  馬岱はついに限界を迎える。反省することなど何もない、ただ人に助けてもらっただけの自分への理不尽にぶち切れて声を張り上げた。

 なんて顔してるの?私が怒ったことに驚いた?

 ありえないものをみた、そんな表情をした彼らが可笑しくて、もっとその表情を変えてやろうとさらに畳み掛けようとしたその時。

 

「はぁ、なにやってんだか・・・」

 

「あうっ!」

 

 不意に背後から伸びた手は、馬岱のポニーテールを引っ張った。そのまま上げられた視界に映るのは久々に見る男の顔。

 

「ってカズ兄?!」

 

「これ馬岱ちゃんが悪いの?」

 

 久々にあった姉の友人のような男は、相変わらず蒲公英を信用していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久々に知り合いの声がしたと思って見てみれば、思いっきり当事者だったとさ。以前涼州を訪れた際に領主の馬騰さん、その娘の馬超さん、そして馬岱ちゃんと知り合う機会があったのだが、特にこの馬岱ちゃんとはウマが合った。

 なんというか学園の悪友とつるむような、そんな馴染む雰囲気を醸し出すのだ。

 

「相変わらず、だなぁ」

 

「ひっどーい。久しぶりに会ったのにその感想!」

 

「そりゃこんな修羅場にいるんだから。ほんとどうしようもないほどのトラブルメーカーっぷりにお兄さんも驚嘆ですよ」

 

「あー知らない知らないそんなこと言われても知らなーい」

 

 先程までの空気は一変、周囲はきょとんとした顔でこちらのやり取りを眺めているだけ。計算通り、この隙にさっさと連れ出してしまおう。

 

「ほら、さっさと行くぞ」

 

「はいはーい。橙さんもありがとねー」

 

 呆気にとられているうちに馬岱の腕を引き、体を寄せる。一瞬馬岱の顔が苦痛で歪むが、申し訳ないが我慢してもらうしかない。こんなところで長々とさせるよりかはさっさと連れ出してしまったほうがよほどいい。

 

「ごめん、ちょっと肩貸して欲しいかも・・・」

 

 少し辛そうな馬岱の声、その声に応じて傍目から見てみればカップルのように寄り添って表から出る。ざわついた周囲、そこかしこから聴こえてくるヒソヒソ声。もし雑誌とかがあればどのように記事が書かれるだろうか。恐らくドロドロの展開が面白おかしく綴られているだろう。

 

「あー助かった」

 

「状況的にはあまり助かってないけどな」

 

 現代でなくて本当に良かった。であったならば恐らくスレ建てられて祭り状態になっていただろう。そして及川が同類を見るような生易しい視線を向けてくるに違いない、うぜぇ。

 

「流石にこの邑じゃ買い物はもう無理だな」

 

「ごめんねー。蒲公英のせいで」

 

「まったくもってその通り。でも怪我人なんだから今だけは忘れとけ」

 

「今だけ?」

 

「そう今だけ。後でしっかり反省すること」

 

「えー蒲公英悪くないもん。最後はついカッとなっちゃったけど」

 

 言いたいことも言えないこんな世の中、大人になるって辛いことだ。でもだからと言って甘やかしたりはしない。

 

「まぁとりあえずいいか。ほら脇腹見せてみ」

 

 邑からは出ずに、人気のないところで腰を下ろす。流石についてくるような野次馬はいなかった。馬岱は若干頬を染めつつも、言われた通りに服をめくる、すると浅いものの無造作に荒れた傷口が姿を現す。

 

「やっぱ切れ味悪いのっていうのはダメだな。傷口がズタズタだ。これは治るのに時間がかるぞ」

 

 斬るというよりは削り落としたような傷跡。更に凶器は錆びた包丁との事から感染症の疑いもある。

 この世界で北郷一刀が気をつけていることの一つ、それは極力怪我をしないこと。医術、医療設備がはるかに劣る為、少しの怪我が致命傷になりかねない。特に病気にまで発展してしまうと薬などないため、そこでお陀仏となってしまう。多少知識はあってもただの一高校生、出来ることなどたかがしれている。今回の馬岱に対してもそう、怪我に対して適切な処置は出来ても、感染症はどうすることもできず、やれるのはただ祈ることだけ。

 

「はい終わり。ここ数日で体調が悪くなったら絶対安静にすること。いいね」

 

「はーい」

 

 素直な返事に若干の違和感を覚えるが、ここは信じよう。

 

「ねね、蒲公英のお腹、どうだった?」

 

「そうだな。ちょっと丸みを帯びてきたんじゃないか?」

 

「えーひっどーい」

 

「褒めてるよ。丸みを帯びてきたってことは女性らしくなったってことでもあるんだから」

 

「女性らしくっていうのは嬉しいんだけど、太ったって言われてるみたいで複雑・・・」

 

 からかうつもりが逆に少ししょんぼりとする馬岱。腹筋が割れてるような女子力を持った女の子よりかは、はるかにいいんじゃないだろうかと思うのだが。徐晃はきちんと女性らしさを保っているあたり、しっかりと教育が行き届いた結果だろう。苦労したかいがあったというものである。

 

「ま、移動しよう。動けそう?」

 

「あーうー、・・・おぶって?」

 

「はいはい」

 

 とりあえず馬岱をきちんと休ませるため、移動を提案する。といっても邑に戻ることは正直やめてほいたほうがいいだろうし、放り出すこともできない。じゃぁどうするのかといえば小屋に連れて行くしかないのだが、3人が4人になったところでもう気にするようなところではない。最悪一刀が外で寝ればいいだけの話である。このじゃじゃ馬の声を聞いた時点で大体の予想は出来ていた、毒を食らえば皿まで、である。

 

「あ、待って。飛燕もいるから」

 

 背に乗せるため腰を屈めたところ、馬岱が慌てて指さした。その方向にはこの邑には似つかわしくない立派な軍用馬が一頭、繋がれていた。騎兵を得意とする馬一族の名に恥じぬ名馬の貫禄がある。ぶっちゃけ怖い。

 馬岱を背負い飛燕の前まで連れて行くと、飛燕は嬉しそうに馬岱にじゃれ付き、その頬に顔をこすりつける。

 

「わっ、くすぐったいよ飛燕」

 

繋いでいた縄を解くと、すぐさま寄り添ってくる。ここまで懐かれているのはちょっと羨ましい。

 

「馬岱ちゃんは飛燕に乗る?」

 

「んーそれよりもカズ兄の背中がいいかな、てへっ」

 

「はいはい、馬岱ちゃんはかわいいねー」

 

「あー心がこもってない」

 

「はいはい、馬岱ちゃんはあざといねー」

 

 背後でわめいている馬岱を放置し、歩き出す。寄り添うように飛燕がついてきてくれる、本当に頭の良いこだ。徐晃と交換・・・できないだろうなぁ。

馬岱のわめき声を適当に聞き流しながら、帰路につく。そういえば、買い物は途中までしか出来なかった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直分けがわからない。どうしてこうなっているのだろうか。

 

 

 小屋に戻って見た光景は、丸太の山、山、山。ものすごい数の丸太と、背後には切り株。

 

「あー、兄ちゃんお帰りなのだ!」

 

「・・・おかえり」

 

 こちらを見つけて駆け寄ってくる二人、そばに寄ってくると隣にいた飛燕に少し目を輝かせたあと、こちらに向けて顎を少し引いて上目遣い。え、頭撫でろと?

 この一帯の森林を伐採した諸悪の根源は無邪気にこちらに期待を寄せている。背後の馬岱からは細かい震え、それは恐怖ではなく、確実に笑いをこらえていることだろう。叩き落としてやろうかこの野郎。

 撫でないと先に進まなさそうなので、怪我人である為やむなく馬岱を優しくおとし、ようやく空いた手でふたりの頭を撫でた。気持ちよさそうに目を細める二人、少しバカ親の気持ちがわかったようなそうじゃないような。

 

「うわーん、てんちょ遅いっすよー」

 

 満足したのか今度は飛燕の方に向かう二人の後に、徐晃が飛びついてきた。迷わず回避する。

 

「ってなんで避けるっすか?!」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「確かに問題ないっすけど」

 

 ダイブを避けたにも関わらず空中で身体をひねり、見事に受身をとってノーダメージである。さすがの判断力と反射神経、この場面で使うには明らかに無駄であるが。

 

「これどうゆうこと?」

 

「そりゃカクカウシカジカっす」

 

「ほう、カウカウシカジカか」

 

 水汲みと薪集め。

 呂布は本来何度も往復して瓶をいっぱいにするはずなのだが、その瓶ごと持っていき水を汲んでくるという人間離れした行動を行う。

 張飛は多ければ多いほうがいいという理論から、木の枝を拾うのではなく、近くの木を伐採し始める。それなりの量を倒し終えたあと合流した呂布と共に小屋近くに積み上げる。

 徐晃は食材を集めるために森に入り、一人サボり昼寝を開始する。帰宅途中襲ってきた猪を素手で屠り予定通り食材ゲット。

 

「うぷっ、うぷぷぷぷ。馬鹿だ、翠姉さま並にのーきん・・・・」

 

 絶句のする一刀の背後で馬岱は笑いすぎて悶絶。いっそそっちであればどれだけ楽になれただろうか。

 

「徐晃」

 

「はいっす!」

 

「今後一切お前を信用しない」

 

「まじっすか!?」

 

 頭を抱えている徐晃に背を向け、馬岱に肩を貸し小屋に戻る。中は獣独特の匂い。あの馬鹿はなんの処理もせず小屋のそばに猪を放置したらしい。さすがの馬岱もしかめっ面になっている。

 

「とりあえず換気だな。申し訳ないが丸太か切り株にでも座って待っててくれ。今のうちに猪の処理をしてく」

 

「りょーかい。悪いけど蒲公英はちょーっとゆっくりさせてもらうね」

 

 馬岱は手頃な丸太に寝転び、身体を休めた。そこに寄り添う飛燕。そしておまけの二人。ちょっとほんわか。

 

「ほら、徐晃は動け」

 

「うぅ、扱いがおざなりすぎる・・・」

 

 徐晃に水を外に持ってくるように指示を出し、手荷物から包丁を取り出し猪のもとへ。

 あ、やっぱり瓶ごとなんですね。ここにいると自分の常識が崩れ落ちそうな北郷一刀であった。



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安易に契約書にサインするべからず

時間がかかった割に、微妙と言わざるえない


 

「んー、気持ちいい・・・」

 

 適度な暖かさが、固まった全身の筋肉をほぐしていく。今までの疲れがお湯に溶けていくようだった。

一刀は一人、徐晃らが寝ている場所からそう遠くない場所にあった天然温泉に入っている。地元の人間がよく使うのか、きちんと整備されたそこはゴミが浮いていることもなく、気分が良い。時間帯が夜であったならば、月を眺めながら一杯、もしくは風呂上がりにキンキンに冷えたビールが欲しいところである。どちらもないが。

 

「ふひぃー。あーこれからどうしようかなー」

 

 西か、東か。内陸部では魚介類などは高価であり、新鮮なものなどは存在しない。日本人である一刀にとって、久々に海の幸が恋しくなってきた。そして逆に西方の食材、シルクロードを通ってくるものにも興味がある。中国にはない、西欧特有の食材は滅多なことでは手に入らない。

 

 

「まぁ今回は西かな」

 

 邑で拾ってきた馬岱、すぐさま他の三人と打ち解けられるのはリア充もとい才能だと思う。特に予想通りというか、徐晃とはすぐに仲良くなれたようだ。野外でのBBQはまさに弱肉強食と言わんばかりに激しい戦いが執り行われ、しっかりと強者と弱者に別れ、その弱者たる徐晃と馬岱は傷を舐め合うかのように急接近、いつの間にか遊びに行く約束までしていた。ちなみに一刀は調理人特権ですでに自分の分は確保済みである。終盤それすら狙われていたが。

 

「しかし、最近はちょっときっついなぁ」

 

黄巾の乱に半ば巻き込まれ、曹操に追い詰められ、3人の大きい子供の面倒を見て、今日はトラブルメーカーも釣り上げた。わずかの間にイベント発生しすぎで精神的にも肉体的にもしんどい。

 一刀は張三姉妹を皮切りに短期間に歴史上の有名人と鉢合わせしすぎていることに、一抹の不安を感じていた。この広い大地にまるで導かれるかのごとくエンカウントしていく彼女たち、確かにこれまでにも多くの人びとと出会いを重ねてきたが、それは多くはこちらからあえて行動を起こしたからであってこうまで立て続けに受身に回らされたことはなかった。

 

「そういえば多くは黄巾の乱から始まってたっけ」

 

 三国志を題材にした物語の多くは、黄巾の乱を出発点に物語を進めていく傾向が強い。それは乱世の幕開けを象徴していたから、なのだろうか。そこから多くの英雄たちが舞台に上がり出す。

 

「まぁなんにせよ、しばらくはゆっくりしたいよなぁ」

 

 どこか腰を据えて落ち着いてみるのもアリかもしれない、徐晃には悪いけれど。とりあえず今はこの湯でゆっくりしたかった・・・のだが。 

 

 

 

「みつ・・・けた」

 

 後ろから聞こえた声、そしてゴソゴソと布が擦れる音。思わず反応し振り向いた先にはちょうど下着を脱ぎ終えて全裸になった女性。均衡のとれたボディに玉のような褐色の肌、そして刺青。

 

 月に照らされたその神秘的な姿に、思わず息を飲んだ。

 

 見惚れ、固まっている一刀をよそに、そのまま流れるようにゆっくりと呂布が温泉につかり、ゆらゆらと一刀の隣へと収まった。

 

「あ、え、う?」

 

「・・・?」

 

 動こうとしない一刀を不思議そうに眺めたあと、温度のためか、ほんのりと頬を染め、こてんと可愛らしく首を傾ける。やがて見飽きたのか、気持ち良さそうに目をつむり、ほっと息をつく。

 なぜ彼女がここにいるのだろうか。混乱した頭で考えても大したことは浮かんでこない。ただわかるのは自分は嫌われていないことだけ、だろうか。でなければ同じ湯につかることなんて到底できやしないだろう。

 呂布が顔の辺りまで湯に浸かり、その艶かしい身体が見えなくなったことでようやく視線をはずすし、背を向けることができた。今更ながら阿呆ヅラを晒してしまったことが異様に恥ずかしい。

 

 時間にして数分だろうか。一刀はようやく激しい動悸が収まり落ち着いてきたところで、ひとつの質問を口にした。

 

「呂布さんにさ、一つ聞きたいんだけど」

 

「ん・・・」

 

「食べ物と武器、どちらかしか手に入らないとしたら。どっちとるかなって」

 

 今まで感じていた疑問、彼女は一刀が知っている呂布奉先なのか、それとも全く別の存在なのか。後世にまで悪名轟くその裏切りの人生、目の前のこの少女からはそういった悪意の気配は感じられないが、それでもその武は本物と賞賛してしかるべきものがある。いつその無垢な瞳が獰猛なものに変わり、こちらに牙をむくのか、そっと息を潜めて観察してきた。

 しかしわからない。共に食事をとり、肩を並べ歩き、身を寄せ合って眠り、裸の付き合いをした。でも彼女が何を思い、なにがしたいのかはわからなかった。だからいまこの裸の付き合いをしている時に聞けるのではないか、と思った。

 

「恋は」

 

「恋は皆と一緒に美味しいご飯が食べれて、ゆっくりみんなと日向ぼっこして・・・うん、ずっと、ずっと皆と一緒にいたい・・・」

 

 零れたのは、少女の切なる願いであった。しかしそれは決して叶うことのない願い。この戦乱の世は彼女ほどの力を持った一騎当千なるものを放って置くはずもなく、いやがおうにも巻き込まれていくだろう。否、既に彼女は董卓軍の一人、ここにいること自体がおかしいのだ。

 

「そっか、・・・そっか」

 

 その呂布の言葉に、一刀の胸につっかえていたものが、ストンと落ちたように感じた。嘘だと微塵も感じられなかった。

 ふっと背中に重さがかかる。後ろから抱きつく、呂布のコミュニケーション。互いに裸だというのにいやらしい気持ちはわかず、暖かい、安心感があった。

 

「恋でいい。そう、呼んで欲しい」

 

 互いに無言が続く。その場は時折吹く風と吐息、わずかな波の音だけの空間となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬岱の怪我の様子見、ということで小屋に滞在していたある日のことだった。買い物に行けなくなった一刀の代わりに渋々、仕方なく、どうしようもなく、苦渋の決断をした結果、徐晃が邑に材料を求めに行った帰りのこと。

 

「くっくっく。いやぁちょろいっすね」

 

 買い物袋を手に、徐晃はごきげんであった。その袋には本来よりもずっと多い食料の数々、徐晃が行った成果物。商売人における男性の割合は高く、可愛い子ほどおまけがもらえるのはこの時代にも通じるものがある。一刀は交渉によって本来のものよりも多く、格安に手に入れる術を身につけているが、徐晃は自らの可愛さ、相手のツボを熟知し巧みに値引き、おまけを引き出す。

 では何故一刀はそんな徐晃が買い物を行うことに難色を示すかというと、彼女の手によっていくつもの商売人が崩壊の危機を迎えたという経緯があったためだったりする。嫁がいれば家庭を崩壊させ、より徐晃の歓心を買おうとした商売人は競って値引き、おまけを付け出し手痛い出費を強いられ、気づいたときには経営が崩壊している。

 一刀が気づいたときには、いくつもの馴染みの店がひどい状況になっていた。そして原因を突き詰めると徐晃に行き当たり、以降よほどのことがない限り徐晃に頼ることをしなくなったのである。

 当の本人である徐晃はそのことに対して不満を持ちつつも、これは一種の一刀の独占欲の表れ、とかポジティブなこととして受け止めている。でも見ていないところではやめる様子はみられない。

 

 

「―――うわー・・・でかいっすねぇ」

 

 そんな意気揚々と戦利品片手に歩いていた徐晃の視界に、遠目から見ても黒髪の美しいおっぱいさんがいた。ちょこちょこ邑の人に話しかけているようだったがすぐに逃げられているようである。それもその筈、その手には馬鹿でかい得物を持って話しかけているのだ、普通の人ならどんなに美人でも近寄りたくはないだろう。一刀も徐晃も基本は客商売、ゆえに基本無手を念頭に置いている訳は相手に余計な警戒心を持たせないこと、それに尽きる。たとえ戦いになったとしても相手の油断を誘えるし、身軽な分逃げられる可能性も高くなる。

 

「くぷぷぷぷっ、まーた避けられてるっすね。気づいていないのか、それとも気づいた上でやってるのか、てんちょが言ってた残念美人っていうのはああいう人のことを言うんっすねー」

 

 一刀の残念美人の括りに、自らも入れられていることを理解していない徐晃である。気がついたとしても、一刀に”美人”と付けられ喜ぶかもしれないが。

 そしてわずか見守っていただけで既に5人もの人に逃げられた美人さんは、こちらの視線に気がついたのか、近寄ってくる。心なしか足取りが力強いのは気のせいだろうか。

 

「そこの方、少しいいだろうか」

 

「あ、すみません。自分買い物の途中なんでこれで」

 

 厄介事は避けろ。傍から見てる分は面白くても、自分に降りかかるのはつまらない。だが、一歩遅かったようだ。

 

「いやいや、少しぐらいいいだろう。なぁ私を見続けていた時間があるのだから」

 

 ぐっと肩を掴まれる。それなりに力を入れているようで、結構痛い。恐らく服の下では赤くなっているだろう。ああ、てんちょに嫁入り前なのに傷ついたらどうしてくれるのだろうか。

 

「ちょっと痛いっすよ。私だからいいものの、普通の人なら骨折するくらい力込めてるっすよね、傷でも残ったら同責任とってくれるんっすか」

 

「あ、ああいや、そのすまない。何故だか少しイラッときてしまってな」

 

 ちょこっと脅かしただけですぐさま頭を下げた。頭が固い、正直すぎる、根っからの善人、いいおもちゃ。うん、蒲公英ちゃんにいいお土産ができそうだ。てんちょに布団に縛り付けられて退屈していたから、いい暇つぶしになるだろう、やりすぎて命の保証はしないけど。

 

「いえ、こっちもちょっと言いすぎたっす。ごめんなさい」

 

 困った顔で謝りつつ、内心微笑む。てんちょがいっていたポーカーフェイスはお手の物、それくらいできなきゃ北郷亭でウエイトレスなんて務まらない。

 

「それで、なんでしたっけ?」

 

「ああ、ちょっと人を探していてな、赤い髪の・・・」

 

 どうやってこの人を連れて行こうか、と思案している最中黒髪おっぱいさんから聞く探し人。運命って怖いっすねーと再度心の中でほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てんちょ、ただいまっすー」

 

 一刀が小屋の外で切り株に座り、木彫りのコップなんてちょっと洒落たものを作っていると元気に徐晃が帰宅したことを告げる声が聞こえてきた。とりあえず無事に帰ってきたようだ、あとは問題を起こさず、きちんと食材を買えたかどうかだが。

 

「そちらはどなたさん?」

 

 顔を見せた徐晃の隣に、一人の少女が付いてきていた。その少女を認識した瞬間、背筋に得体の知れないものが走った。見たことはない、だが誰だか知っている。黄巾にいたときに噂になっていた英傑の一人、姿も一致している。

 

「私の名は関羽という。ここに張飛がいると聞いたのだが」

 

 ええ存じておりますとも、この日をどれだけ待ち望んだか。一刀は視線で徐晃にGJと送る。徐晃はそれを完璧なウインクで返した。

 

「関羽さんですか、失礼ですが、張飛ちゃんとはどういったご関係で?」

 

 義姉妹、ですよね。劉備、関羽、張飛の誓いはこの世界でも有名な話だ。美談は人を惹きつける。義勇兵にはその話を聞いて参加した、という人もそれなりの数に登るであろう。それだけ風評をいうものは人の心を大きく左右する。

 

「む、そうだな。強いて言えば保護者といったところだろうか」

 

「なるほど、さぞ張飛ちゃんが心配だったでしょう」

 

「はぁ、鈴々のやつ急にいなくなって。桃香様がどれだけ心配していたか。しかしこちらで保護していただいたようで助かりました」

 

「いえいえとんでもない。いい子でしたよ、元気すぎるくらい」

 

「面目ない・・・」

 

 その姿が想像できたのだろう、うなだれる関羽。呂布といい関羽といい、そのしょんぼりと肩を落とす姿のなんと可愛らしいことか。史実通りの男ならからかった時点で、萌える萌えない以前に叩き切られていただろうが。

 

「ではちょっと待っててください。今呼びますから」

 

 そう言って小屋の方に視線を向ける。抜け出していなければ張飛ちゃんは呂布や馬岱と共にお昼寝の真っ最中だろう。歩みを進めると、同じく後ろから関羽と徐晃がついてきた。

 そっと戸を開ける、そこには馬岱を真ん中にして川の字に張飛と呂布。あどけない寝顔を惜しみなくさらし、その姿を見て思わす笑みがこぼれる。天使の寝顔とはまさにこのことだろう。徐晃ではこうはいかない、残念が混じってるから。

 

「てんちょ、何も言わなくていいっす。あとで一発殴らせてくれれば」

 

「お前は何を察したんだ」

 

 勘が良すぎる徐晃はそっとしておいて、張飛の傍まで行って肩を優しく揺する。

 

「んにゃ?」

 

 上半身を起こし、まだ眠たそうに目をこする。とろんとした視線は、まだ焦点が合っていないようだ。

 

「おはよう、お迎えが来てるよ」

 

 そう言って関羽に視線を向ける。張飛の瞳に徐々に理解の色が浸透していく。視線を合わせる二人、一方は元気100倍の笑顔を、もう一方はやれやれと苦笑いを。

 

「張飛ちゃん、お母さんが迎えに・・・」

 

 一刀が張飛に向けてそう言い切る前に、関羽から拳骨が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まて、私はまだそのような年齢ではない!」

 

 関羽は内心思わず手を出してしまったことに後悔しつつも、叫ばずにはいられなかった。武芸に身を捧げ未だに恋などもまともにしてこなかった自分が、鈴々くらいの子供がいるような年齢に見られたというのは許しがたいことであった。

 

「関羽さん、痛いです。あとけが人が寝ているのでお静かにしてもらいたいのですが」

 

「そ、それはすまなかった。しかし!」

 

「だーかーら、静かにするっす。ほらそこの子達が起きちゃうっすよ」

 

「うぐぐ、でも」

 

「お前、うるさぃ・・・」

 

「なっ、私が、私が悪いのか?!」

 

「うふふっ、私もおねーさんの声で目が覚めちゃったしぃ。どーみても悪いと思うよ?」

 

 まさに四面楚歌。出すこと出すこと全て周囲の人々から反論される。目の前の鈴々も役には立たず、わけがわからないといった表情でこちらを只見つめるだけであった。

 

 いつの間にか全員が目を覚まし、関羽に非難の視線を向ける。特に呂布はそれなりにイライラしているようだ。関羽VS呂布、虎牢関よりも先に夢のカードがいま実現するかもしれない。ちなみに馬岱は狸寝入りをしていたようで、この小屋に入った直後から様子を伺っていた。弱いゆえの高い危機察知能力、ではなく、なんか気配がして目を覚ましたら面白いことになりそうだったからとりあえず乗ってみた、という感じである。

 

「先ほど保護者とおっしゃったので、てっきり」

 

「わ、私が子持ちに見えるのか?!」

 

「・・・人は見掛けに拠らないといいますし」

 

「目をそらしながら言うな!」

 

 見た目に反している人などこの世界ではざらである。具体例を上げればキリがないというか命に関わるため伏せるが、とある太守さんなんかは一回りも年上であったり、更には子供までいたりする。つまり関羽の子供が張飛なんてことが確実にないとは言い切れないのである。

 関羽は自分が小馬鹿にされているのを自覚しつつも、上手く切り返すことができない。生真面目な性格が災いし、こういったことへの対処ができないのであった。もしこの場にいたのが趙雲であれば華麗に乗り切ったであろうがその人物は今ここにはいない。むしろ関羽とともにいたとしたら、周囲に同調してからかってきていただろう。

 

「にゃははは、愛紗が鈴々のおかーさんなんて御免こうむるのだ!」

 

「それはこっちのセリフだ!」

 

「・・・お前、黙れ」

 

「くっ、なんだこの威圧感はっ!」

 

 すぐ間近で発せられた威圧感に思わず全員身構えた。これほどまでのモノ、今まで味わったことがない感覚に、関羽の背中から冷たい汗が流れる。

 一触即発、そんな空気がこの場を支配し、誰がその均衡を破るのかと思われた、が。

 

「はい全員抑えて抑えて」

 

 頭をさすりながら、一刀が間に入った。唐突に霧散する緊張感、一番ホッとしたのは馬岱であった。呂布、関羽、張飛、徐晃と名だたるメンバーの中、自分がもっとも弱者であろうことを自覚している馬岱は、怪我も相まって逃げることすら叶わなかっただろう。呂布の沸点の低さを甘く見た結果であった。

 

「呂布さんも馬岱ちゃんも悪かったね。すぐに連れ出すから」

 

 そういって一刀は張飛と関羽の首根っこを掴んで立ち上がった。そして抗議の声が上がる前に立ち上がった勢いを利用して放り投げた。

 

「なっ!」

 

「にゃにゃっ」

 

 あっけなく投げられた二人は揃って驚きの声を上げる。いくら女子供とは言え、人はそう簡単に投げられるものではない、普通ならば。しかし彼女たちならば、大の男であっても軽々と弾き飛ばすことができるだろう。では何故彼女たちは驚いたのか、正確に言えば彼女たちが驚いたのは、自分が油断していたとは言えこうもやすやすと投げられたから、である。

 屈辱、特に関羽の視線はより厳しく一刀に向けられることとなった。

 

「ほら、怖い顔しないでさ。ほら、外で建設的な話でもしようよ」

 

「・・・一体何者ですか、あなたは」

 

「何者もなにも、ただの料理人ですがなにか」

 

「巫山戯てるんですか?」

 

「とんでもない。でしたら後で何か作りましょうか?」

 

「愛紗、おにーちゃんのご飯は美味しいのだ」

 

 まるで自分のことのように嬉しそうに語る張飛。関羽はその笑顔に毒気を抜かれたのか、苦笑いしながらため息をついた。

 

「いいでしょう、あとでご相伴にあずかります」

 

「んじゃちゃっちゃと外に出たでた。徐晃あとヨロー」

 

 追い出すように一刀は二人の背中を押す。微妙にその扱いに納得いかないような表情を浮かべながら関羽と張飛は先に小屋を出て、その様子をきちんと確かめたあと、一刀と徐晃は笑い合う。

 

「あいあいっす。しーっかりふんだくってくださいね」

 

「任された」

 

 先に外に出ていた姉妹には、今の不穏な会話は聞こえない。あくどい笑みを浮かべた一刀と徐晃を見ていた唯一の証人である馬岱は、ご愁傷様と誰にも聞こえないような声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、な、な、なんだその金額は?!」

 

「そりゃあれだけ食べればこれくらいいくよ。さあきっちり払ってもらいましょうか」

 

 耳打ちした金額に、関羽の顔が真っ赤になる。それはそうだ、小さな家くらいならば買えるような金額を張飛は使い潰したのだから。

 

「おかしい、こんなことって・・・」

 

「現実ですよ」

 

 がくりと大げさにうなだれた関羽の肩を優しく叩く。俯き、ブツブツとなにやら物騒なことをつぶやいている彼女はとてもヤバげなので、いつでも飛び出せるように影に徐晃を配置している状況、だが面白い。お勘定が支払えなくてうなだれる関羽とか、関羽に苦しめられた有力武将からすれば爆笑ものであろうこの光景。是非写真などで脅しネタとして保存しておきたいが残念ながら叶うことはない。

 

「愛紗、どーしたのだ?」

 

「そもそもお前が全部悪い!」

 

「にゃ、い、いふぁいのらぁー」

 

 怒りで顔を真っ赤に染めた関羽が、張飛の柔らかそうな頬を両手で引っ張った。張飛は必死に抵抗しようとするのだが、いかんせんリーチが足りてない。普段武器で補っている分には問題ないのだろうが、素手の今は戦闘力が激減している。戦場の外で張飛を狙うというのは史実通り正攻法と言えるのかもしれない。

 下手に手を出してこちらにまで害が及ぶのが嫌だったため関羽が大人しくなるのを待つ。わずかな時間であったか、それともそれなりの時間だったか、正確な時計がないためわからないが、見ている分には飽きない関羽の奇行を十分に楽しんだところでようやく熱が冷めたのか、関羽は襟を正してこちらに向き直った。

 

「うちの愚妹が大変迷惑をかけた。その、代金の方なのだが、大変言いずらいのだが」

 

「そんな余裕はない、ですよね」

 

 地盤もなく、金食い虫である軍隊を持つ劉備たちにそんな余裕などありはしない。そもそもこの時代に義勇軍を作り、ほかの諸侯と肩を並べられるような活躍をできることがまず異常なのだ。たとえ後ろ盾があったとしても、張飛一人の食費として経費で落ちるはずがない、たぶん。

 

「ではここは王道、身体で返すというのはどうでしょう」

 

「身体・・・?」

 

 一瞬の間の後、関羽は今度は別の意味で真っ赤になった。張飛はお子様だからかイマイチ意味がわからないようで、首をかしげていた。

 俺としては別にエロい意味で言ったわけではないことをはっきりと明言しておく。確かに魅力的ではあるが確実に破滅への第一歩を踏みだすことこの上ないだろう。脱げ、程度のセクハラで頭と胴が離ればなれになってもおかしなことではない、とすら思ってる。では身体で返すの意味は、そりゃ護衛とかそっちの意味であろう。常になくとも関羽という鬼札を必要な時に使える意義は大きい。

 いやここはむしろ曹操に売っぱらってしまうというのもひとつの手か。そうすれば曹操に多大な恩を売れるし、こちらを狙うこともなくなるかもしれない。いやだが劉備が伸び悩み、曹操の天下になってしまえばいずれ逃げきれなくなることも必至。だが将としての能力的にも申し分なく、見た目的にも曹操のどストライク。史実でも様々な手を使って手に入れようとしてたし、交渉次第でなんとかなる可能性も。

 一刀がそこまで思考を巡らせていたとき、ようやく彼方に思考を飛ばしていた関羽が戻ってきた。

 

「いや、そのさすがに身体というのはちょっと」

 

「はぁ、ではどうするおつもりで?」

 

「う、ぐ、ぐぐぐぐぐぐっ」

 

 歯をくい縛る。いやならば突っぱねてどこへと逃げればいいものの。借用書があるわけでもなし、知らないふりをしてしまえばいいのにできないのは、噂を気にしてか、それとも律儀な堅物ゆえのプライドの問題か。

 そろそろここいらで妥協点を出すべだろう。あまりに追い詰めすぎると後が怖そうだ。

 

「では今回は貸しということでどうでしょう」

 

「貸し、ですか」

 

「ええ。いずれあなたが偉くなったら、たーっぷり利子を付けて返してもらうというのはどうでしょうか」

 

「そ、それならば」

 

 先送りといってもいい一刀の言葉に、関羽はしかめっ面を笑顔に変える。劉備の夢のことを考えればすぐにでも戻らなければならない現状、先の見えない未来のことよりも現在の事の方が優先事項であった。それに運がよければこの青年がこの約束のことを忘れている可能性、場合によっては果たせないことすら考えれば決して悪い賭けではない。それに新しい条件、関羽が偉くなればというところ。劉備の夢を叶えるならば関羽が偉くなる必要性はない。つまり払う必要性はなくなる。

 というような独自理論を瞬時に展開した関羽は即座に承諾した。

 だがさらに上、未来を知っている一刀は内心ほくそ笑んだ。関羽が上へ行くことはほぼ確実、そして貸しということは具体的な内容が決まっていない。つまり応用が利くということにほかならない。関羽の性格から律儀に守ることは確か。一刀は関羽達が見えないところでガッツポーズをしたのだった。

 

 

 




いろいろ書いては中途半端なところで終わるというのを繰り返してる
このままじゃダメだと思いつつ、難しい


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つまり別れは唐突に

友人からタイトル詐欺と指摘された
そろそろタグを付けなけらばならないと思う今日このごろ


 自暴自棄、そんな言葉が今の関羽の様子を見るとしっくりとくる。ヤケになったようにうまいうまいと飯をかき込む姿は、彼女に恋する男性が見たらよほどの猛者でない限りドン引きする光景だろう。幸いなことにここに男性は一人しかおらず、他の女性陣も程度はあれ似たような状況だ。

 『さよなら張飛ちゃん、借金返してね関羽さん』と銘打った宴会を開きどんちゃん騒ぎをしたはいいが、よくよく考えると普段とさほど変わった様子ではない気がひしひしとする。怪我人のくせに騒ぎたい放題である馬岱を筆頭に、てんちょ幸せにしてくれーと叫ぶ徐晃、とりあえずうまいもんくわせろーと喚く張飛、静かに確実にそして大量に皿を平らげていく三国の怪物呂布。追加でもうどーにでもなれーと瞳に涙を浮かべながら笑顔という器用な真似をしている関羽である。

 どうしようもない。

 一人料理を作る機械とかしていた一刀はぼんやりと空を見上げた。日はほぼ沈み、効率的な明かりのないこの世界ではそろそろ料理を作ることがしんどくなってきた。つまりいい加減お開きにして解放されたい。何しろ尋常な量ではないのだ、主に二名のせいで。

 ちなみにこの宴会の出資者は関羽である。借金膨らむ膨らむ、関羽の胸のごとく。

 

「おっと、そろそろ薪がないな」

 

 本来節約してしかるべき資源であるが、外には呂布と張飛のよって大量に作られた薪が文字通り山のように残っている。これを邑にまで売りに行けばそれなりの金額になりそうではあるが、全く気づいていないようなので黙っていようと思う。そもそも邑にそこまでの蓄えがあるかが定かではないが。

 ドンチャン騒ぎをしている皆をよそに、万が一の火事防止用に小屋からある程度離して無造作に置かれている薪をいくつか手に取る。乾燥具合も良く、使いやすい手頃な大きさをのものをいくつか拾っていく。

 

 外からでも聞こえる騒がしい声に、及川とかと一緒にバカ騒ぎしていた頃を思い出す。あの頃のことを思えばこんなことになるなんて誰が予想しただろうか。及川なんかは羨ましがるだろうか、あいつなら喜んでこちらに来ることが容易に想像できて思わず笑ってしまった。

 

 

 それがいけなかったのだろうか。背後でとんと何かが柔らかく落ちた音を聞いても気にも留めなかった。

 慢心していたのだろうか。周りには、徐晃をはじめとする三国きっての英傑。そんな状況で手を出すようなバカはいないだろうという思い込み。

 油断していたのだろうか。既に何度も体験している状況、なんの問題もなく、いつも通り簡単に抜け出せるだろうというあってはならない余裕。

 

 

 首に衝撃。

 

 ゆっくりと斜めに崩れていく視界、止めようにも全く動かない身体。ヤバっと口から発音することもできず、一刀の意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 僅かに発せられた殺気に反応したのは二人。

 徐晃と呂布は咄嗟に床に置かれた皿を盾にし、馬岱と張飛を狙った外部からの攻撃を防いだ。突如として響いた音にすぐさま壁の影まで飛び込んだ関羽と張飛もさすがといったところであった。

 

「な、なになにどうしたの?!」

 

 一人状況が理解できていない馬岱は、床に落ちた投げナイフのようなのもを見てすぐさま徐晃の背後に隠れる。

 

「おおっ、助かったのだ」

 

「いい」

 

「すまない、油断していた」

 

 関羽と張飛は互いに背を向け死角を補うと、両手に皿を構えすぐにでも投げつけれるように体勢作った呂布に礼を言う。だが呂布の視線の先は張飛ではなく、刃物の飛んできた先を見据えていた。

 

 僅かな間が空く。

 

 すぐさま第二波が来るかと思われた為に守勢をとったが、襲撃者からのリアクションがない。耐え切れなくなったのか、呂布が飛び出すために足に力を入れた瞬間、まさに狙ったように何かが部屋の中に飛んでくる。

 

「なにっ?!」

 

今度飛んできたものは刃物ではなかった。否むしろ刃物よりも厄介なもの、それは火のついたボールのようなものであった。

 

「くそっ、鈴々すぐに火をってああっ!」

 

 言い切る前に張飛が蛇矛片手に飛び出していた。そして視界にチラリと見えた影を追う。後を追うように呂布も方天画戟を手に無言で飛び出す。

 

「てんちょ!」

 

 張飛たちが飛び出した逆から必死な叫び声、徐晃は既にここにはおらず、裏口の方から外へ出て一刀を探し始めていた。だが叫びは止まらず返事が来ている様子もない。

 

「ちっ、馬岱殿。外は三人に任せ我々は火の始末をするぞ」

 

「・・・そーだね。足でまといはここでおとなしくみんなが帰ってくるのを待つよ」

 

「・・・落ち込まなくていい。あの僅かな殺気に気づいた二人が異常だ」

 

 そういった関羽にもそれなりに悔しさがあった。自分を最強だと自惚れるわけではないが、こうやすやすと目の前に格上が現れると自信をなくしてしまう。精進しなければならない、とこのことをしっかりと受け止める。だが今はひとまずやることをやらなければいけない。

 

「まだ手練の仲間がいるかもしれん。戻ってきたらここがなくなっていたなんてことはないようにしなくてはな」

 

「だね。申し訳ないけど蒲公英は一回休みってことで」

 

「いざという時は任せて。これ以上遅れは取らない」

 

「きゃー格好良い。・・・翠ねーさまだったらけが人の蒲公英でも『立てこらぁ!』とか怒鳴ってくるんだろうなぁ・・・」

 

「・・・お大事にな」

 

「うん、ありがと」

 

 馬岱の言葉に少し同情、そして自分はそうならないようにと戒めに。劉備のもとに帰還した際に『鬼』から『やや鬼』と少しだけ優しくなったような気がする関羽であった。

 

 

 そして少しだけ和やかなムードになっていた中とは裏腹に、外では激しい追いかけっこが行われていた。

 

「くぅ、まてーなのだ!」

 

「・・・」

 

 覆面の主は張飛の叫びを気にもとめず森の中を危なげもなく駆け抜ける。張飛は時折投げられる飛礫を時には躱し、時には弾き、距離を詰めようにも見失わないので精一杯であった。

 

「うぐぐ、せいせいーどーどー戦え、なのだぁ!」

 

「・・・」

 

 張飛の叫びに返事するかのように急所を狙った飛礫が飛来する。こうして追いつきそうで追いつけない鬼ごっこは、張飛がブチ切れるまで続いていく。当の張飛本人は囮を掴まされているのだとは微塵も思うことなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「背後、徐々に距離を詰められています」

 

 深い森の中で勢いを落とさず冷静に周泰は報告した。背後、姿は見えないが恐ろしい気配がまっすぐこちらに向かってくる、それも二つ。離れていても感じるこの圧力に、冷や汗が流れる。正面切ってでは勝てない、だが得意の隠密で逃げに徹すれば、勝てずとも負けない相手ではない。そう自分に言い聞かせることしかできなかった。

 

「ちっ、丁奉に釣られなかったか」

 

 苛立ったように返事をしたのは甘寧。脇に気絶した一刀を抱えつつも周泰と同程度のスピードを保持し続ける。今回の指揮を任されていた甘寧は現状を踏まえ様々なことが脳裏に浮かぶ。

 

 黄巾の乱にて北郷亭の所在が発覚した際に、1番血眼になって捜索していたのは実は周瑜であった。いかに袁術から上手く独立するか、ただ保護したのでは袁術に掠め取られてしまうのは明白。孫呉に忠誠を誓わせ配下にすること、そして袁術にバレぬよう皇帝へ献上しその立場から孫呉を優位な立場へ押し上げさせる。それが周瑜の立てたシナリオだった。そのためには密やかに北郷を保護しなければならない。どこの陣営にも捕まらず脱出できたという情報は幸運であった。即座に情報収集、隠密に優れた『甘寧』『周泰』『丁奉』の三名を派遣、孫策自身はなに食わぬ顔で領地に戻り、あとの命運は三人に託された。

 そしてその作戦の現場指揮をとることになった甘寧の責任は重い。何しろこの一手で孫呉の未来が大きく変わってくるのだから。ゆえにできることならば使いたくなかった手をいくつも使う羽目になった。そして今、自身と周泰にもそれを強いなければならない。

 

 甘寧は手で合図して、大樹の陰に周泰に移動先を指示する。立ち止まると北郷を下ろし、大きく深呼吸した。

 

「あの、思春?こんなところで立ち止まっては・・・」

 

「よく聞け、明命」

 

 心配そうに声をかけてきた周泰を遮り、甘寧は告げる。

 

「今度は私が囮となる。明命、貴様はこの男を抱えて逃げろ」

 

「そんな、囮なら私がなります!」

 

「ダメだ、ほぼ確実に戦闘になるだろう。明命では時間稼ぎにもならない」

 

「そんなことは!」

 

「それに私はこの男を抱えて逃げていたせいでそれほど体力に余裕があるわけではない。ならば残って足止めするなら私のほうが適任だ」

 

「でも!」

 

 熱くなる周泰の姿とは対照的に、甘寧は氷のように冷静に言葉を紡ぐ。周泰もそれが最善であることくらいわかっている。だが心優しい彼女には耐え難いことであった。それならばいっそ自分が犠牲になるほうがよほどいい、そう思えてしまうほど。

 

「今回の作戦の指揮官は私だ。命令には従ってもらう。そんな顔をするな、私だってこんなところで死ぬつもりは毛頭ない。それに孫呉が袁術から独立する最後の機会かも知れないのだ。雪蓮様たちの悲願を、こんなところで終わらせるわけにはいかない。だから、あとは頼む」

 

 そういって甘寧は周泰から背を向け歩き出した。周泰は、はいっと答えた。唇をギュッと噛む、でなければ叫んでしまいそうだったから。

 未だに気絶している北郷を背負う。体格的に甘寧のように小脇に抱えるのは難しかった。できる限り追いかけにくいルートを、入り組んだルートを、綿密に調べ上げた逃走ルートを走る。背後から追って来る気配が消えた。甘寧の足止めが成功したのだろう。戻り甘寧を助けに行きたい、その気持ちを振り払うように走り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後を追いかけていたのは呂布と徐晃ではなく、呂布と張遼であった。呂布の捜索に当たっていた張遼は突如として現れた強大な気配を確認に来たところ、戦場にいるかのごとしの呂布と遭遇、ひとまず言葉足らずの呂布を追いかけいた。

 

「なぁ恋、どないしたんや」

 

「・・・連れ去られた」

 

「誰がや?!」

 

「・・・一刀」

 

「ホンマに誰や!?」

 

 呂布がここまで必死な姿は見たことがなかった。強さと、しかし同時に危うさを兼ね備えていた呂布を黙って行かせるほど、張遼は薄情ではない。森の中を突き進む呂布を追うため一緒にいた部下に指示を出す。

 

「くっそ、早すぎや。おいお前ら、うちは恋を追いかける。あと、頼むで」

 

「了解しました」

 

 副官に告げ、愛馬から飛び降りる。ぎりぎり獣道といっていいところでは馬では駆け抜けることができない。そんなところを当然のようにスピードを落とさず駆け抜ける呂布の身体能力には舌を巻く思いだ。

 

「まぁだからって、うちにできないはずはないんやけどな」

 

 呂布が無理やり切り開いて出来た道をついて行く。卑怯?んなわけあるかい。そうでもしないと見失ってしまうかもしれない、万が一を考えたらここでそんな面倒なことになってしまってはかなわない。今は意地よりも利をとる。合理的な張遼らしい考え方であった。

 

「恋!」

 

「んっ」

 

 視界に一瞬だけ入った黒い影。同時に飛来する何かを弾き飛ばす。

 

「なんや不意打ちかい」

 

 姿は見えないが濃密な殺気が漂う。真正面からの一騎打ちを好む張遼にとってやりづらい相手だ。ここは呂布と背を合わせ死角をなくして一旦体勢を立て直そう。

 

「ってちょ恋?!」

 

 呂布が既に影を補足、一閃抜き放っていた。その圧倒的な膂力から放たれた攻撃に影は大きく吹き飛ばされる。だが敵も空中で体勢を立て直し、こちらに刃物を投擲するというという離れ業をする。当然防御のために呂布の足は止まり、そのわずかな時間で敵は周囲に身を隠す。

 深い森の中、遮蔽物の多いこの場所では圧倒的に敵の有利だ。こちらの武器は戟と大刀、当然ある程度広くなければ振るうことすらできず、威力自体も大して発揮できない。

 

「あーめんどっちいわ。ちくちくと、正面からかかってこんかいこのマヌケェ!」

 

 沈黙。

 挑発してみたもののそれに乗る気配もなく、こちらにびびったわけでもない。きちんと自分の特長を理解してて、常に相手よりも有利に状況を運ぶ。それに気配の絶ち方が抜群にうまい。こんなに怒ってる呂布が足を止めて待つ状況なんて珍しい、それほどの手練。

 

―――なかなかのやるやないか。どこの誰か知らんけど結構楽しめそうやん。 

 

 黄巾の乱という茶番劇、拍子抜けしてたところに迷子探しと、立て続けにやりたくもない面倒事をやらされてきた張遼は豪快に笑みを浮かべていた。

 

「恋!逃がすんやないで、ひっさびさの獲物や!」

 

「うん。でも霞、殺しちゃ、めっ」

 

「さっきの恋の一閃のほうが真っ二つにする気満々やったやん!」

 

「だいじょうぶ。次から気をつける」

 

「絶対無理やんその顔!」

 

 先程よりかは少しだけ切羽詰まった様子が抜けた呂布。張遼が合流したことで落ち着きを取り戻していた。

 

―――あー、うちの分残るかなぁ・・・

 

 苦労性は辛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 希望は裏切られるもの、合流予定地点付近まで来て周泰はあることに気がついた。先程から一定の距離を保ち追跡されてる。甘寧の決死の足止めはうまくいかなかったのか、最悪の想像がよぎる。が、その想像を振り払い先のことを考えた。このまま人一人背負って逃げ続けることができるかどうか。

 答えは否、大人を一人抱えながら行ける距離などたかがしれている。護衛もなし、しかも相手は誘拐、起きれば抵抗される。

 

 そんな状況の中、周泰の中に浮かんだアイディアは三つ。

 

 一つはこの追手を撃退すること。相手の力量は並以上、こちらは人を背負い走り続けたため予想範囲内であっても削られた体力でどこまでできるか。圧倒的不利は否めないがここで減らすことができればこのあとの道程はかなり安全なものになる、ハイリスクハイリターンである案。

 

 二つ目はこのまま逃亡を続けること。相手が運良く見失ってくれることを祈る、また甘寧や丁奉、他の仲間が応援に駆けつけるのを待つ。運の要素が多分に含まれるが状況の変化に柔軟に対応できる無難な対応。だが体力を消費し続けるのは迎撃するという最後の手段さえも使えなくなる。

 

 三つ目は合流地点に北郷一刀を隠すこと。この場には後から仲間が集まるし、振り切ってから戻ってきてもいい。だがうまく追っ手を釣れなければ不審に思い、発見されてしまうだろう。目を覚まし逃亡される恐れもある。こちらはさらに不確定要素が大きいが裏をかくという意味では有効的な手である。

 

 そして周泰が選んだものは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「状況を整理しよう。私と馬岱は襲撃者の残した後始末をしてこの場に残った。それ以降は特に何も起きなかったから、とっくに引き上げたのだろう」

 

 小屋の中姿勢を正した関羽が報告を始める。それ以降皆が口を閉ざす中、呂布の隣に座っていた新顔がため息をついたあと、手を挙げた。

 

「張遼や。恋が落ち込んどるからウチが代わりに報告するで。追跡するも足止めされて見失ってもうた。更には足止め役まで逃がしてもうてる、素性もさっぱりや」

 

 すまん、と頭を下げる。無論それを責めるものはこの場にはいない。

 

「さーせん。私もまんまと囮に引っかかったっす。途中まではてんちょの姿もあったんですけど、気づいたときにはいつの間にかいなくなっててそのまま逃げられました」

 

 あさっての方向を向きながら、珍しくいらいらを隠そうともせず徐晃が告げる。関羽は初めて見るその徐晃の様子に少し驚いた。初めて会った時のような人を小馬鹿にしたような態度、余裕が感じられない。それほどまでに一刀という男のことが大切だったのだろう。もし桃香様が誘拐されたら、と少し考えいてもたってもいられなくなりそうであった。

 

「なぁ。こないなこと言いたかないけど、その一刀って男の安否はどうなん?途中で姿見なくなったっちゅーことは最悪殺されてるかもしれへんで?」

 

「その心配はあんまりしなくて大丈夫っす」

 

 徐晃の返事に張遼は首をかしげた。

 

「てんちょを殺す利点って現状あまりないんっすよね。むしろそんなことしでかしたら袁紹と曹操が黙ってないっす。たぶん地の果てまでも追い詰められる展開が容易に想像できます」

 

「よーわからんけど、らしいで恋。だから元気だし」

 

 少しばかり冷静になった徐晃が説明するものの、北郷一刀がどういった存在か理解していない面々は首をかしげる。張遼に肩を叩かれ、落ち込んでいた呂布は顔を上げてじっと徐晃を見つめた。

 

「そっす。それにてんちょが誘拐されるのなんて今に始まったことじゃないですし。心配するだけ無駄っていうか、気にしたら負けっすよ」

 

 徐晃はそう自分にも言い聞かせるように呂布に説いた。実際はそこまで楽観できる状況ではないのだが、それをいって不用意に巻き込むのもはばかれた。このように意図せず誘拐されたのは徐晃が知る限り初めてだといっていい。その証拠にいつもの調子ならばきちんと調理器材などを持って誘拐されるからだ。今回は荷物が全てこの場にある。つまりそんな暇もなく無理やり連れて行かれたのだ。

 

「今に始まったことじゃないとは。慣れてる、というのであれば確かに安心できる要素かも知らないな」

 

 徐晃の内心に気づくことなく関羽が同意した。ぶっちゃけその理論はおかしいのだが真面目な顔して頷いてる分突っ込みづらい。そういえばこの人てんちょに借金があるんだった、と思い出す。案外亡き者になっていることを期待していたりするかもという疑念が湧いてくる。そんな自分に少し嫌気がさし、そういえばと先程から思っていた疑問を口にした。

 

「そいえば張飛ちゃんは?」

 

 保護者である関羽に視線を向けると、露骨に目を逸らされた。切羽詰った様子はなく、気まずそうな表情から緊急事態にはなっていないだろうとは思う。

 

「鈴々はだな、まぁ、その」

 

「歯切れが悪いっすけど、怪我でもしたんっすか?」

 

「いや、違う。わからないんだ」

 

「わからない?」

 

「ああ。飛び出したあと帰ってこない。戦闘態勢になった鈴々ならばよほどのことがない限り遅れは取らないだろう。が、勢いよくここと飛び出して敵を倒したもしくは逃げられたとしてここに戻って来れるかと言われれば、おそらく無理だと思う」

 

「ああ、なるほど」

 

 つまりまた迷子になったというわけだ。せっかく見つけたのにこのような事態になるとは、拳を握り締めている関羽が痛々しい事この上ない。

 

「すまん。私はまた鈴々を連れ戻すために探さねばならない。それに今日のこの状況、桃香様のことが心配になってきた。悪いが手助けはできない」

 

 関羽は律儀に頭を下げた。それに引き続き張遼が謝りの言葉を口にする。

 

「うちと恋もすまん。いい加減恋は戻らんと支障をきたすで、どうしても連れ帰らんとあかんのや。情報収集と帰り道と領内で見つけたら保護するくらいしかできへんわ」

 

「いえ、こちらの問題ですし。それだけしていただくだけでも充分助かるっす」

 

 今回は相手もわからないため絞り込むことができないため、情報待ちになるだろう。少しでも範囲を潰してくれるだけありがたいことだ。

 

「闇雲に探してもどうしようもないっすから。私も蒲公英ちゃんを送り届けてから本格的に探すことにするっす」

 

「蒲公英足でまといみたいでごめんねー。うちの領内でも叔母さまに頼んで探してみるよ」

 

 話にひと段落つくと、皆各々この場を去った。徐晃も馬岱とともに西涼に向かう。どうせてんちょのことだ、すぐに噂になるような派手な動きをすることだろう。今までどおりそうであることを願い情報を待つ。だがその願い虚しくその情報がもたらされるのはかなり先の話であることを徐晃は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう、恋殿~、いったいねねを置いてどこにいってしまわれたんですか~。ほらセキトも恋殿を探すのです!ってちょ、セキト。どこいくのですか?!むむむ、もしやそちらに恋殿が?!ま、待つのですセキト」

 

「はぁはぁ、セキトもねねを置いていくなです!まったく、よくよく考えればこんな草むらに恋殿がいるわけがないのです。ほらセキト、さっさと戻りますよ」

 

「あいたぁ?!なにか足にひっか・・・うきゃぁ!」

 

「むむむ、死んでるわけじゃなさそうです。これは寝ている、いや気絶しているのです。縛られて、一体どこの誰なのでしょうか。まったく、セキトも見つけるならこんな男じゃなく恋殿を探して欲しいのです。とりあえず解いて・・・あつっ!す、すごい熱なのです!」

 

「セキト!高順のやつを呼んでくるのです!このままじゃこの男、命に関わるかも知れないのです!」

 

 

 

 その日、一人の男がこっそりと保護された。

 

 




ここまで読んでいただいてありがとうございます

完全に愚痴ですが、書き終えたあとに没にして書き直すのって精神的にきついっすね
回りくどいとだれるのでその辺をもう少ししっかりと練ってから書かないからこんなに時間が
かかるわけです 本当に申し訳ない

あとキャラの使い捨て感が半端なくてすみません 特に周泰と甘寧



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学校に一人くらいいる万能人たらしの友達

テンポ早く、とおもったら早すぎた


くぅー

 

 可愛らしい音と共に、竹簡を読んでいた董卓の顔が真っ赤になる。部屋には三人しかいないがその仕草だけで誰が犯人かはまるわかりだ。賈クはそんな可愛い親友を責めるわけでもなく、微笑んだ。

 

「この案件はできる限り影響を抑える方向で・・・って、あらもうこんな時間ね」

 

 まるで今気づいたかのように賈クは手に持っていた竹簡を置き、肩を回す。運動不足というわけでもないが、やはり事務作業ばかりでは身体が固まってしまうのは避けられない。乙女としてはどうかとも思う仕草であるが、それを見られて困るような相手は今のところいないのは果たしていいことなのか悪いことなのか。

 

「えへへっ、詠ちゃん今日もお疲れ様っ。今日も詠ちゃんの分のお昼、頼んであるからね」

 

 この笑顔が見れるだけこのままでいいだろう。董卓の無邪気な笑みを見て、賈クはそう結論づけた。できれば董卓の手作り弁当が良いがそこまでの暇はどうあがいても捻出させてあげれそうにはない。もう一人くらい使える奴がいれば話はだいぶ違うのだけれど、そこまで信用できる部下がいないというのはなかなか辛いところだ。

 

「はぁ、ねねはさっさと終わらせて恋殿の所へいきたいのですぞ!そんなところでいちゃいちゃとしておらずさっさと食べるのです!」

 

「うっさいわね、ねね。まだお弁当が届いてないんだからどうしようもないじゃない!」

 

 信用できる部下の一人、だが呂布の軍師を公言してはばからない人物、陳宮が苦情を述べる。能力はあるのだが常に呂布を中心として考えているせいか、主である董卓を後回しにしてしまう傾向がある。当の本人はそれほど気にしていないゆえに特に何も問題にしていないが、本来ならば処罰されていてもおかしくはない。

 

「ねね。あんたさぁ、今はいいけどちゃんとした場所ではちゃんとしなさいよね。あんたが月に軽い態度とると、こっちまで甘く見られるんだからね」

 

「え、詠ちゃんっ」

 

「わかってるです。そのせいで恋殿に迷惑がかかったら申し訳がないですからね。あ、ほらお弁当きましたぞ。さっさと食べてこーんな仕事終わらせてしまいましょう」

 

 タイミングよく女官が弁当箱を持ってきたようだ。陳宮は机の竹簡を脇に寄せ足元に置いておいた鞄から弁当箱を取り出す。その間に董卓、賈クの前にも弁当箱が置かれた。

 

「あら、ねねは弁当持参?ちょっと意外ね」

 

「言っておきますけど、ねねは料理もちゃんとできますぞ。ただ恋殿くらいしか食べさせたことがないだけです。まぁこれは居候から渡されたものなのですが」

 

 食いしん坊の恋のために料理を作るのに奮闘するねねというのは想像すれば納得のいく話だ。恋が満足する量を作るのは大変だろうなと少しだけ同情しつつ、手元の弁当箱を開ける。うん、彩りもよく開けた瞬間にいい香りが立ち上がる、とても美味しそうだ。

 

「えへへっ、美味しそうだね、詠ちゃん」

 

「ええ、さすが月のお勧めね」

 

 月は最近ここの弁当に凝っているらしい。政務のためなかなか時間が取れず、食堂に行く暇さえない時、高順に買ってきてもらったとのこと。そして一口食べて感動、以降よほどのことがない限り食べているくらい執着しているようだ。そして今回私に勧めるためにそれなりに手間をかけたのこと。たかが弁当一つにわざわざ月の手を煩わせるなんて、と少しだけ怒りも沸いたがこうやって楽しそうにしている月を見るといろいろどうでもいい気がしてきた。

 

「って居候?!」

 

「・・・詠は何をそんなに驚いているのですか?」

 

「ちょっと、そんな話初耳よ!誰、何処のどいつなの?まさか、男?!」

 

「まぁ男ですが」

 

「へ、へぅ~」

 

 いつの間にかお茶を用意した董卓が顔を真っ赤に染めてあわあわとうろたえる。賈クも董卓ほどではないしにろ、身近な知り合いが男と同棲していることに驚きを隠しきれない。いつも呂布のことばかり発言しているため完全に見余った、軍師としても女としても敗北感が胸いっぱいに広がった。

 

「ねねちゃん。その男の人ってどんな人なの?」

 

「なんでも出来ますぞ。料理、洗濯、掃除、文字も読み書きできますし計算もなかなかのもの。武芸も嗜んでいるらしく、この間街に入り込んでいた野盗を叩き出したとか言ってましたな。もちろん恋殿には到底及ばない腕ですが」

 

「へぅ、凄い人なんだね~」

 

 董卓が陳宮にその男のことを根掘り葉掘り聞いている。董卓も年頃の乙女、そういった話が好きなのは以前から知っているが流石に興奮しすぎではないだろうか。一方陳宮は対照的に冷静に、淡々と語っている。

 

「?」

 

 あのねねが、冷静に?

 そこで賈クは気がついた。ねねが恋のことを語る際のあの熱い想いの一欠片すらこの男に対して込められていないことを。それはつまり、そういうことなのだ。

 

「ねね、聞きたいんだけど」

 

「?なんですか?」

 

 ヒートアップしている董卓を遮り声をかけると、やはり淡々とこちらを見る陳宮。その表情を見て確信に変わる。

 

「本当にただの居候なのね」

 

「はぁ、何を当たり前なことを言ってるんですか」

 

「へぅ?」

 

 本当に、この陳宮という軍師は呂布のことしか見えていないらしい。

 

 

 

 卵焼きをつまみ、口の中に放り込む。美味しい。少し濃い目の出汁で味付けされたそれは、素朴で深い味わいがある。冷えることすら計算された味付けはただの卵焼きだというのに、職人によるこだわりを感じさせる。

 

「うまっ。な、なんなのよこれは・・・」

 

「えへへへへー。よかった。詠ちゃんも気に入ってくれて」

 

 董卓は賈クが食べるのを待っていたようだ。ひと安心した彼女は賈クの様子を見てようやく自分の弁当に箸をつけた。あのあと陳宮の状態に気づいた董卓が、自分のあまりに恥ずかしい勘違いから逃げ出そうとしたところを抑え付け、なんとか食事に取り掛かることが出来た。

 

「食べ慣れない味が新鮮、食材の使い方といい新しいわ」

 

 しかしここまで美味しい料理と作る料理人、そんな噂は聞いたことがない。うちにも何人か特級料理人がいて、接待などでも様々な料理を食す。しかしその彼らに劣らず、その誰とも違う最上級の料理。

 

「月、このお弁当どこで、誰が作ってるの?!」

 

「へぅ!」

 

 賈クが急に大きな声を出したせいで董卓は箸を取り落とした。そして落ちる卵焼き、呆然とした董卓は見る見るうちにその優しげな瞳に涙を貯める。

 

「た、まご、やき・・・」

 

「ああ!?ご、ごめん月っ」

 

 即座に親友の異常を察知した賈クは平謝り、むくれてそっぽを向いている董卓に向けて土下座でもしかねない勢いであった。

 

「ちょっと、ねねも月の機嫌を・・・あんたどうしたの?」

 

 賈クはこの状況を打開すべくこの世界有数の頭脳を働かせた結果、目の前の陳宮に援軍を求めようとして、あることに気づく。その援軍が弁当の蓋を半開きのまま固まって、いやじっと弁当の中身を見つめていることに気づいた。余りにもいつもと違う気配にむくれていた董卓も心配層に彼女を見つめる。

 

「?弁当に何かあったの?」

 

「ねね、ちゃん?」

 

 呼びかけてもこちらに対する応答はない。まさに釘付け状態、いったい何が陳宮をそうさせるのか。見ているものは弁当箱の中身、すごく気になる。

 こちらに気づいていないことをいいことに、董卓と賈クはこっそりと背後に回り、その中身を見る。

 

「こ、これは?!」

 

「・・・恋さん?」

 

「な、な、な、なにをみてるんですか?!」

 

 慌てて蓋を閉じるももう遅い、二人は確認してしまった。

 

 弁当の中身は食材で作られたデフォルメ呂布奉先。いわゆるキャラ弁と呼ばれるもの。弁当の蓋を開けた陳宮は一瞬で誰か把握し、そして目を奪われた。

 

「へぅ~、可愛かったね。ねねちゃん」

 

「それ、ねねが言ってた居候が作ったのよね?」

 

「そうなのです。今日は作りすぎたとかで押し付けられたのです!ぐぬぬ、しかしこれは食べれないのではないですか!」

 

 恋を模した弁当、とても恋の信奉者であるねねには食べることなどできないだろう。それを理解して渡したのであれば、その人物は相当腹黒いのではないだろうか。

 陳宮の居候といったが、もちろん賈クにはこんなものを作る人に心当たりはない。先ほどの質問にも名前は出てこなかったし、いつの間にそんな人を拾ったのだろうか。

 高順といいねねといい、意外な知り合いがいる。時間があれば少し調べてもいいかも知れないと賈クは考えた。

 

「で、それどーすんの?」

 

「・・・月殿」

 

「なにかな、ねねちゃん」

 

「大変申し訳ないのですが、今日は早退させていただきますぞ!」

 

「はぁ?!あんた何言ってるの?!」

 

 あまりの突然のことに気でも触れたのか、と本気で心配になってきた賈クであった。

 

「駄目ですか?ならばしばし長めの休憩をいただきますぞ。ねねは、ねねはこれを恋殿と一緒に・・・」

 

「さっさと食べないと代わりに私が食べるわよ!」

 

 賈クの怒鳴り声が部屋中に響き渡る。残念ながら陳宮の昼はお預けとなるらしいようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お姉さん。これ探してるんだけど売ってない?ああうん、もし入荷したら知らせてほしいな」

 

 陳宮にいたずらを仕掛け、そして賈ク、董卓の弁当を作った人物。二か月前に陳宮と高順によって運び込まれ、生死境を彷徨った青年。ひと月前にようやく快癒し、名を偽りこれまでの鬱憤を晴らすかのごとく節操なく動き回っている『北』と名乗る男。そう、あの時誘拐された北郷一刀である。

 

「あ、せんせー。きょうはなにしてるの?」

 

「まーたおんなのひとにおっかけられてるんでしょー」

 

「せんせーはよわいね。とくにおんなのひとに」

 

「散々だね俺の評価!」

 

 少年少女から先生と呼ばれ、親しまれてるもといからかわれているが紛れもなく本人である。

 

 甘寧、周泰の手によって拉致された北郷は、運良く呂布を探しに来ていた陳宮と高順の手によって保護されるがそこで高熱で動けなくなってしまう。ひと月ほどの長期的な治療、それを可能にしたのは陳宮と高順による看護の賜物だった。・・・実際は陳宮は部屋を貸すだけで何もせず、高順がほとんど全てを行っていたのだが。

 

「あ、一刀殿。・・・今日はお一人ですか?」

 

「こーちゃんまで!」

 

 ゆえにこーちゃんと呼ばれた少女、高順には甘く、陳宮にはちょっと厳しい恩返しを行っているのだ。今回の弁当もその一環であったりする。

 

 

 

 

「余分にお弁当二つ、助かりました」

 

「いえいえ。こーちゃんからの頼まれごとなんだからこれくらいちょちょいのちょいだよ。むしろもっと色々頼んで欲しいくらいなんだけど」

 

「ならばこーちゃんという呼び方を変えていただけると」

 

「それは無理」

 

 きっぱりと断言すると子犬のようにしょんぼりする高順。背は高め、胸はぺったん、服装によっては男としても通用するかも知れない中性的な容姿、でも心は小動物系乙女。そのギャップについついからかってしまういじられ属性持ち。からかうと徐晃とは違った楽しさがある北郷一刀にとっての恩人。それがこーじゅんであった。

 

「一刀殿はいじわるです・・・」

 

「いいじゃん、そっちのほうが可愛くて。それとも高順殿とか高順様って呼んだほうがいいよかったりする?」

 

「うぐっ。や、やっぱりそのままでいいです」

 

 二人は話しながら歩いているのだが、高順は一刀の隣ではなくその一歩後ろを常にキープしている。普段から呂布や陳宮の補佐ゆえの無意識のポジショニングなのだが、そんな事情を知らない一刀には違和感が拭えない。

 

「話しづらいよ。ほら、もう一歩前に出て」

 

「すみません、並んでっていうのはあまり。そもそも男の人と二人で歩くっていうこと自体ほとんど経験がなくて」

 

「つまり緊張してる、もしくは警戒されてる?」

 

「い、いえ。一刀殿を警戒しているわけじゃ」

 

「だよねぇ。警戒してるなら、一緒にお風呂に入ったりなんかしないよねぇ」

 

「その話はなかったことにするって約束したじゃないですか!」

 

 顔を真っ赤にしてこちらを叩いてくるこーちゃん。常識があるようで、意外と抜けている彼女は、まだ調子の良くなかった俺の入浴の補助といって全裸で風呂に侵入してきたのだ。別にただの補助ならばわざわざ脱がなくてもいいだろうに、風呂=全裸という常識を崩せず、見ているこっちが気の毒になるほど真っ赤っかであった。一応服を着る提案したのだが、融通が利かない性格らしくそのまま続行、こちらとしては役得であったが補助される方も罰ゲームを受けているような気分であった。

 

「で、今日はなんでしたっけ」

 

「うわ、さらっと流すんですか」

 

「あ、蒸し返します?」

 

「ごめんなさい。今日は私と一緒に警邏です。最近人の出入りが多くなったおかげで経済が活発になってるのはいいのですが、その分厄介事も舞い込んできているみたいで。賈ク様が西地区の方の治安の維持をと」

 

「あいよ。こーちゃんと一緒なら楽しくやれそうだね」

 

「もう、真面目にやってくださいよっ」

 

 一刀は現在、なんでも屋さんの真似事をしている。高順から依頼されたこと、その中でできそうなものを選別し処理しているのだが、ぶっちゃけ大抵のことはできるためそのような状況になっている。今回のように警邏を手伝うこともあれば、子供に勉強を教えたり、けが人の治療にあたるなど医者の真似事をしてみたり。様々なところへ顔を出しているため、わずかの期間ながら知り合いの数が半端ないのだ。

 

「お、北のにーちゃん。どうだ、なんか食ってかねーか?」

 

「ごめん、いま仕事中だから。また今度よるよ」

 

「北よ勝負じゃ!今度は負けんぞぃ」

 

「あーはいはい。碁もいいけど奥さんカンカンに怒ってたよ?謝らなくて大丈夫か?」

 

「せんせー、今日はこーじゅんさまと二人でなにしてるの?昨日は御飯処のおねーさんと一緒にいたよね?二股、二股なの?」

 

「どっちもお仕事!」

 

 なんて行き行先で声をかけられるのだ。まるでずっと昔からここに住んでいたかのような溶け込み具合、そしてどんな人とも仲良くなれる、人たらしの素養。意識、無意識含めて一刀の才能である。

 

「・・・恐ろしいですね。私よりもここに住んで長いんじゃないですか?」

 

「そんなのこーちゃんが一番よく知ってるじゃん」

 

「知ってても信じられないから言ってるんですけどね」

 

 高順は呆れ顔だ。自分でもちょっと馴染み過ぎかなとは思う。とりあえずなにかいいわけでもしたほうがいいだろう、一言、言おうとしたその時。

 

「・・・」

 

 前を歩いていた少女の身体がゆっくりと斜めになっていく。咄嗟に手を出したが、いつの間にか前に出て少女を抱きとめた高順によって空振りに終わる。ちょっとだけ凹むものの、気を取り直してすぐに少女の顔色を見る。

 

「ん、おそらくだけど貧血じゃないかな。日の当たらない涼しい場所に寝かせればじきに良くなると思うよ」

 

 顔色が悪く、少し呼吸が乱れているものの外傷はなし。それを聞いた高順もホッとしていた。

 

「すまん、どこかこの子を休ませられる場所はないか?」

 

「お、ならうちを使ってもいいぜ、北のにーちゃん」

 

 こういう時顔が広いと助かる。助け合いと言いつつも見知らぬ人を休憩させるとなるとやはり多少なりとも警戒心が出て言い出せないことが多いだろう。

 

「ありがとう。今度何か持ってくるよ」

 

「いいさ、にーちゃんには山菜採りの時に世話になったからな。これくらいはさせてくれよ」

 

「そか、でも持ってくよ」

 

「かかっ、にーちゃんも強情だなっ!」

 

 感謝の気持ちを伝え、高順に指示を出し少女を寝かせる。徐々に乱れていた呼吸も正常に戻ってきているようだった。

 

「驚いたね。急に目の前で倒れるもんだから何事かと思ったよ」

 

「間一髪でした。あのまま地面に倒れ込んでいたら、おそらく受身も取れなかったでしょうし怪我をしていたかもしれません」

 

「しかしこんな状態で出歩くなんて、何か切羽詰まったことでもあったのか、それとも出歩いている途中で急に体調が悪くなったのか。どちらにしろ目を覚ましてくれないとどうしようもないんだけど」

 

「ですね。私たちもいつまでもこうして見守っているわけには行きませんし、申し訳ないのですけど誰か代わりのものと交代しましょう。すぐに私が呼んでまいりますので一刀殿はそれまでこの方を見ていてもらえないでしょうか」

 

「あいよ」

 

 高順はそう言い残し部屋を飛び出した。そう急がなくていいだろうに走っていくのは律儀というか生真面目というか、でも可愛いから問題ない。

 言葉通りすぐに戻ってきた高順と息を切らせた女性の人。以前高順と一緒の時にあった隊員の一人だったはず。

 

「すまん、この女性が目覚めるまでついていてやってくれ。事情を聞いて動けるようだったら開放してもらっても構わない」

 

「わかりました副隊長。・・・副隊長は北さんと『一緒』に警邏の続きですか?」

 

「ああそうだが、何か問題でもあるか?」

 

「いえいえ~、どうぞごゆっくり~」

 

 パタパタと笑顔を携え手を振る女性隊員、高順が特に何も気にしている様子がなかったため一刀も何も言わなかったが、あれは確実に。

 

「勘違い、してそうだったけど?」

 

「なんのことですか?」

 

 高順は引き締められていた表情を柔らかく変える。先程まで部下に対しての態度と今の一刀に対しての態度、メリハリのついた彼女の性格ゆえのものだろう。そして色恋沙汰に微妙に鈍感というか非常識というか、わざわざ特定の人物を選んでまで警邏をしていたら勘繰ってくれと言っているようなものだろう。そんな人の機微にも気づいていない彼女がひどく可愛らしく思える。徐晃は狙ってやっていたからなぁ。

 

「ほら続き、行きますよ」

 

 そう言って普段よりも機嫌よさげに歩く彼女の後を負った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一刀はなんてものをつくるのですか!」

 

 警邏を終えて帰ってくると、怒りゲージをマックスにした陳宮がお出迎えする。さて予想通りの反応であったがどうしたものか。

 

「一刀殿、何かやらかしたんですか?」

 

「特に怒らせるようなことをしたつもりはなかったんだけどなぁ」

 

 共に帰ってきた高順がこちらに尋ねる。高順の家は別にあるのだが、看病していた時の名残か、最近はこちらで過ごすことのほうが多い。以前人といることに慣れすぎて一人は寂しい、とぼやいていたのを聞いてしまったが、恐らくそれが原因なのだろう。

 

「何をしらばっくれてるのですか!ねねのお弁当、食べられなかったのですぞ!」

 

「まて、その言い方は誤解を招く。あれはきちんと残さず食べられるものだ!」

 

「ねねにとっては同じことですぞ!」

 

 陳宮と同じく高順までもジト目で一刀のことを見る始末、とりあえず二人を落ち着け事の顛末を話す。もちろん陳宮が喜ぶだろうと思って善意で、ということを強調し食べれないだろうことを予想してわざと作ったなんてことはもちろん胸に秘めて。

 

「仕方ないのです。今後勝手に作らないこと、そして作り方を教えることで許してやるのです」

 

 という陳宮の許しを得てようやく落ち着くことができるようになった。予想外だった高順の視線も和らぎホッとため息をつく。

 

「そういえば今日は呂布さんの所へはいかないの?」

 

「もちろん行くに決まってるのです!わざわざお前に文句を言うために、ねねはここで待っていたのですよ!」

 

「なるほど、なら遠慮なく行ってらっしゃい」

 

「ふん。いわれなくても、です」

 

 そういって部屋を出ていこうとする陳宮に一つ用事を思い出した一刀は、慌てて出ていく陳宮に向けて袋を放り投げる。彼女は危なげなくそれをキャッチした。

 

「?なんですかこれは」

 

「それ、呂布さんに渡しておいて。お土産」

 

 袋の中身はお手製の饅頭である。できれば直接料理を作りたいがそれはできなかった。なぜならそれはここに住まわせてもらう条件の一つだからだ。

 

「いいでしょう。恋殿も喜ぶのです」

 

「ああ、ありがとう」

 

 最初に陳宮に名乗ったとき、彼女は激しく動揺を見せた。なぜなら彼女は呂布の口から『一刀』という得体の知れない人間の名前を聞いていたからだ。そして呂布が行方不明になっていた期間にあったことを聞き、一刀を発見した時の状態と照らし合わせ聡明な彼女が気付かないはずがなかった。

 そのときひと悶着あったのだが、呂布を助けた恩人と命を救ってもらった恩人と互いに恩を相殺し合い、今回のような妥協となった。一刀にとっても懐かれるのはいいが、半ば束縛されるようなのは御免こうむる。彼女が一緒にいたいといい出せば、必然的に董卓軍というしがらみができてしまう。フットワークの軽さを需要とする一刀にはむしろこの申し出はありがたかった。

 無論呂布には自分の無事は伝えてあるし、こうやって時々彼女のことを気にするという矛盾を抱えているのは十分承知の上だがそこは性分としか言いようがなかった。

 

 陳宮を見送ると家の主がおらず、一刀と高順の二人っきり。もちろん甘い雰囲気になるようなこともなく。すでにひと月以上共同生活のようなことをしているのだ、劇的な変化がない限り距離が縮まるようなことはない。

 

「一刀殿」

 

「なに?」

 

 二人では広すぎる空間、やることがなく手持ち無沙汰になった頃合を見計らったように高順が一刀に声をかけた。いつもよりその声は少しだけ、固い。

 

「警邏の最後の方で私の部下が来たの、覚えてます?」

 

「うん、何やら驚いてたね」

 

「前々からある噂を聞いていたんですが、それが現実になったらしくて」

 

「噂?」

 

「はい。詳しい事情は知らないのですが、董卓様が洛陽に招聘されたようで、近々私も陳宮さまも行かなければならないようでして」

 

 あのような形で董卓軍が活躍せず黄巾の乱が終わっても、歴史は大して変わらないらしい。そのことに残念なような、ほっとしたような複雑な気持ちになった。

 

「一刀殿はどうします?恐らく陳宮さまならばこのままここを使っても良いと言ってくださると思います。人が住まない家は傷んでしまいますから」

 

 さて、考えてみよう。選択肢は三つ。

 

 一つ目はこのまま陳宮の好意に甘え、ここでしばらく過ごすこと。ここならばこれから荒れていく状況でも比較的穏やかに過ごせるだろう。隠れ住む、にしてはそこそこいい場所であると思う。

 

 二つ目は彼女たちについて洛陽まで一緒に行くこと。洛陽はこれから起こる大騒動の中心地。金、物、人、情報、全てが集まるこの地では、何をするにもいちはやく先手が打てるだろう。それに大陸一の人口は隠れ蓑にもなるし、まさかそんなところに俺がいるとは思いもしまい。灯台下暗し、ハイリスクハイリターン。

 

 三つ目はこれを機に再び旅に出ること。ゴタゴタに巻き込まれる前に早いうちに当初の目的地、寝込む前に目指していた西涼に行ってみてもいいかも知れない。ただいずれ曹操がくる恐れがあるので早めに離脱しなければならないだろうけれど。

 

「こーちゃんはどうしたらいいと思う?」

 

 何気なく、こちらの様子を伺っていた高順に意見を尋ねる。こういう時、自分の意見だけで決めずに他者の意見もきちんと取り入れてしかるべきだ。やはり自分の意見だけでは偏りも出るし、思い込みもある。

 

「そうですね。私的には・・・もう少し一刀殿と一緒にいたい、と思います」

 

 でもその寂しげな表情で意見は、少し反則だと思う。

 




恋と一定の距離を置けば、ねねはそれほど突っかかってこないと思うんですがどうですかね
まぁ結局恋が無理やりそばにいようとすれば嫉妬の炎を燃え上がらせるんでしょうけど


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自分勝手は身を滅ぼす序章

遅くなりました 内容しょぼいかもしれません


 

 

 飛び散る火花、響きあう金属音、人を殺すことができる武器を使って戦うというある種禁忌であるその目の前の光景に魅せられる。身を掠める刃、気を緩めれば死ぬというのに目の前の二人に見えるのは喜悦、まさに狂っている。

 華雄の剛力から繰り出される金剛爆斧による一撃を、飛龍偃月刀を自由自在に操り受け流すという神業でもって対処する張遼。互いにタイプが違うものの、それぞれが超がつくほどの実力者。見ているこっちが手に汗をかくほどの緊張感を携えた攻防、これ金取れるぞ!

 

「何言ってるんですか、一刀殿は」

 

「そりゃこーちゃん、こんな凄いのみて興奮しないほうがおかしいって!」

 

「その気持ちは分かりますけど。そんなに身を乗り出したら落ちちゃいますよ!」

 

 首根っこを高順に掴まれた。いつの間にかかなり身を乗り出そうとしていたらしく、高順が助けてくれていなければ一刀の身体は真っ逆さまに落ちていかもしれない。

 

「というか、なんでこんなところで隠れて見るんですか」

 

「そりゃそれがお約束じゃん?」

 

「意味わかりませんよぉ!」

 

 今現在、一刀は高順と共に木に登り、隠れて董卓軍の訓練模様を観察している。もちろんただの興味本位でこのようなことをしているわけではなく、今後を見据えての行動である。いずれ大きなうねりに飲み込まれるであろう董卓軍の戦力確認の一端である。

 

「しまいや、華雄!」

 

 なんてもっともらしい言い訳をしたものの、実際はただ有名人見たさが大半だったりする。どうやら決着がついたようだ。金剛爆斧を地面に押さえつけられ動きを封じられた華雄はなお戦意を失わずに張遼を睨みつける。

 

「まだだ、まだ終わっておらん!」

 

「自分の得物抑えつけられてまだそないなこと言えるんか。ちょっとウチのこと舐めすぎとちゃうか?」

 

「ふん、貴様なんぞ素手でも十分・・・」

 

「どあほぅ!そないゆうなら武器持ってる時点で決着つけろや!」

 

 張遼は付き合ってられないと言わんとばかりに得物を解き放つと背を向け歩き出した。流石に華雄も歯噛みするがその後ろから斬りつけるようなことはしない、というかしたらアホとかいう以前の問題である。

 

「どうや恋。そっちも終わったんか?」

 

「ん、終わった」

 

 向かった先には天下無双、一騎当千、飛将軍、様々な逸話を持つ武人・呂奉先。残念ながらこの世界ではその勇名は轟いていないがその実力は圧倒的だ。なぜなら。

 

「ちょーっとこれはやりすぎとちゃうか・・・」

 

「まだまだ、頑張れる」

 

 ぐっとガッツポーズをとった呂布の背後で500人近い人間が倒れている光景が見えるのだ。張遼VS華雄の戦いの裏で呂布VS一般兵500人、しかも呂布は素手というハンデ戦。前の戦いに惹かれたというのは間違いないが、背後の戦いに目を背けたと言ったほうが正解だろう。正直人知を超えている。

 

「さすが恋殿、素晴らしき向上心です!ほら、お前たちもさっさと立って二回戦を始めるのですぞ!」

 

「鬼か!」

 

 思わず張遼がツッコミを入れてしまうほど無情な一言であった。

 

「常識ってなんですか?」

 

「こーちゃん、それ俺が聞きたい」

 

 自分の上司の強さに高順の常識もブレイクされたらしい。個人戦闘よりも集団戦闘で力を発揮すると自慢していた高順にとって、個人で集団を叩き潰す存在は正直どうしたらいいのかわからないのだろう。俺もわからない。

 呂布を相手するのならば、その速度を止めたあと網などで動きを封じつつ持久戦に持ち込むか。斬れる網よりもトリモチのような粘度のあるものがいいだろうが当てるのも一苦労しそうだ。まぁそれよりもまず動きを封じるところが無理ゲーに近いだろうが。

 

「予定ではそろそろ終わりです。逃げますよ一刀殿」

 

「・・・あいあいさー」

 

 真剣に対策を考えようとしたところにストップがかかった。確かにここは気が抜けているうちに退散しておくべきだろう。小声で、わざわざこんなことしなくてもいいのにと高順が呟いているのを耳にしたが無視した。

 

 音を立てずに着地し直ぐにこの場を去った二人に気づいたものはいなかった。ただひとりを除いては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄さん、ちょーっと聞きたいことあんねんけど」

 

 高順と別れてとある場所に向かう最中、突然背後から声をかけられた。振り返ると特徴的な服装に人懐っこい笑顔を携えた若い女性、董卓軍にこの人ありと言われる張遼がいた。わずかばかりの闘志を添えて。

 

「何か用でしょか、張遼様」

 

「堅っ苦しく様付なんかせぇへんでもいいよ。別に危害加えようとかそーゆんじゃあらへんし」

 

 確かにその手にはご自慢の飛龍偃月刀はなく、かわりに酒瓶を持っていた。しかしその闘志は十分相手を威圧させるだけのものがある。つまり危害は加えなくても脅しはするよというヤクザ顔負けの手口だ。その酒瓶は十二分に鈍器として使えそうな気もしないでもないけど。

 

「では張遼さんで。ごく一般的でどこにでもいそうな平凡優男に、かの有名な神速張遼さんが何用ですか?」

 

「なんか微妙にトゲがあるなぁ、まぁええけど。で、最初にいうたやん、聞きたいことがあるって。兄さん、木の上でうちらのこと見てたやろ?」

 

 さすが神速なだけあって話が速い、ど真ん中ストレートに攻めてきた。さてここはどう答えるのがベストだろうか。シラを切る?正直に答える?それとも逃げる?一瞬のうちにいくつもの選択肢が頭によぎる。だがどれもいまいち面白みに欠ける。相手は関西人、ならばここは渾身の一発ギャクで。

 

「え、ちょっと自意識過剰なんじゃないですか?」

 

「あほか!」

 

 普通にグーで頭を殴られた。張遼さんにはノリツッコミ的なものかもしれないけど、数十キロの武器を軽々と扱う人からの一撃、十分痛い。

 

「痛いんですけど」

 

「そりゃそんな応えする方が悪いわ。一応こっちは真面目に話しとるんやで」

 

「こちらも真面目ですよ。ここではいそうですかとか言えると思います?わざわざこう言いに来るってことは何かしら確信があって問い詰めに来たんですよね」

 

「そりゃそうや。華雄の馬鹿と違ってうちは詠に情報の重要性を叩き込まれとる。例え訓練にだって機密っちゅーもんがあるんや。本来ならばそう易々と人に見せていいもんやあらへん」

 

 訓練でも様々な情報を抜き取れる。重点的に行われている訓練ならば警戒すべき点となるし、一流の軍師ならば一度の訓練の手際を見ただけである程度の練度を予想できるだろう。そこから取れる作戦もある程度割り出せる。軍師が頭ならば兵は実際の手足。いくら頭が良くても手や足にしっかりと命令が行き渡り、一定の水準の動きができなければ優秀な頭もただの宝の持ち腐れとなる。

 

「やっぱり俺を捕えに来たんじゃないですかやだー」

 

「ちゃうわ!一緒におった高順が信頼してるからそこはある程度信頼したる。でもだからといって高順を盲目するっちゅーのもうちはする気はない。確かめられる限りは全部確かめる」

 

「つまり見定めに来た、と」

 

「せや。まぁ残念ながらうちの第一印象は今んとこ最悪やけどな」

 

 今すぐの危機はないらしい。しかしこの場ですぐに解放されるとは思わないし、場合によっては最悪の事態もあり得る。だからといって返り討ちにするべくなにかしようというのもできないだろうが。

 

「ではどこかで、と言いたいところですが今から俺も行くところがあるんですよ。張遼さんもよろしければどうですか?」

 

 張遼はにまっと笑ってええよっ、と即断即決すぐに答えた。どこに行くかすら聞かないのはどこに連れて行かれても大丈夫という自信の表れか、例え武器を持たずともその自信は揺るがないらしい。元々そんな危険なところ行くつもりはないが人によってはさぞ不思議な光景に見えるであろう行き先に、どんな顔を見せるだろうと俺の期待は高まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たどり着いた先はそれなりの広さを持った元店。ただ元というだけあってなかに人がいる様子もなければ暖簾も看板すら出ていない。椅子と机、見える位置に調理台とカウンター、元々は定食屋だったのだろう。

 

「んん?ここってこの間潰れた店やったっけ。兄さんここの従業員なん?」

 

「いいや、もちろん違うよ」

 

 そう言いつつ扉を開け勝手に中に入る。外の様子に比べて意外にも中は清潔を保っており、台所に近づくとそこに置いてあった大瓶の中の水も入れ替えたばかりなのか綺麗に透き通っておる。

 

「空家、みたいやけどきちんと整備されてるみたいやし」

 

「そうだね。一応俺が手入れしてるかな。あ、もちろん不法占拠とかじゃなくて持ち主に断ってね。じきにここがなんなのかわかると思うから、それまで何か適当に話でもしてようか」

 

 一刀は手に持っていた荷物をカウンターに置くと適当な椅子に腰掛けた。張遼も怪訝な顔をしながらそれに習う。

 

「とりあえず何か質問があればどうぞ」

 

「せやなぁ、自分はなんでうちらの訓練を見てたん?」

 

 もっともな疑問だろう。理由しだいで黒か白かはっきりと分かることだ。もちろん一刀は黒といえるような人間ではない。だが正直に将来あなたたちは諸侯相手に戦いになるだろうからその戦力分析をしたかった、などと言って誰が信じるだろうか。むしろ頭おかしい人扱いされても仕方ないだろう。

 

「そうだね、今の董卓軍の戦力を見たかったから、かな」

 

 だから本当のことを混ぜて嘘をつく。

 

「張遼さんだってわかるでしょ。今世の中はどんどん荒れていってる。生き残るのは力のあるもののみ、その力には政治力や経済力、勿論軍事力も入ってる。高順がこの軍に居るべきかどうかが知りたかったから、かな」

 

 歴史の流れにそうなら董卓軍は生き残れない。そういった意味ではこの戦力確認には意味はないが、黄巾党で張角たちが生き残った例もある。運と実力、タイミングさえよければ呂布も、陳宮も、高順も生き残れる可能性は十分にある。できることならば命の恩人でもある高順たちには生き残って欲しかった。

 

「つまり、高順が心配だったと」

 

「まぁ有り体に言えば、そう、かも?」

 

 いったあとに気づいたが、これではまるで彼女を心配する恋人のようではないか。張遼の顔がニンマリと、チェシャ猫のように変わっていく。

 

「なんやなんや。高順も隅に置けんなぁ。こんないい人がおったならきちんと紹介してくれへんと。水臭いやん」

 

「いや、別に俺と高順はそんな関係じゃ」

 

「照れんでええ。あー、あの堅物の高順がなぁ。ククッ、ようやく面白いネタが見つかって万々歳やな」

 

 張遼はぐいっと美味そうに酒をあおった。先程までよりも雰囲気がはるかに朗らかに変わったようだ。おそらくこれが素の彼女なのだろう。

 否定しても否定しても聞く耳持たない彼女にどうしようかと真剣に悩み始めた頃、男たちがこの元店に滑り込んできた。

 

「や、あんちゃん、ほれいつもの。おやそこのベッピンさんはあんちゃんのこれかい?っと今日はまだ誰も来てないみたいだね」

 

「ああ、おっさんたちが最初だ。へぇ、卵か」

 

「ああ、さっきとってきたやつさ。じゃぁ頼むわ」

 

「あいよ、まぁもう少し食材が集まってからだな」

 

 一刀に卵を渡した男たちはそのまま奥に座り談笑し始めた。今日は何があったか、どういったものが取れたのか、実に楽しそうにである。

 

「なんやいったい」

 

「もうちょっとでわかるよ」

 

 張遼はわけがわからない、といった表情を浮かべた。そりゃわけがわからないだろう、いきなり男たちが入ってきたと思ったら、食材をこちらに渡してそのまま奥の方で談笑し始めたのだから。一刀はそんな張遼の戸惑う様子を楽しげに見つめ、席を立ち荷物と卵をもってカウンターに向かう。その後も続々と人が入ってくる。一刀の前にはいつの間にか見た目は悪いが、様々な新鮮な食材が並び始めていた。その一つを手に取る。

 

「いい感じだ。よし、始めよっかな」

 

 そこから先の光景に張遼は目が離せなかった。軽やかな包丁さばき、力強く振られる中華鍋、ひとつ、またひとつと迷いのなく食材が調理されていく。グツグツと野菜を煮込む音、熱された鉄板に敷かれた油の弾ける音と食材が出す香ばしい匂い。美味そうに盛り付けられた料理があっという間に次々と完成する。

 

「お、相変わらず美味そうだな。俺はこれ持ってくぜ」

 

「あ、私の持ってきたお豆腐!これもーらい」

 

「それお前んとこで作った野菜なのか?ちょっと味見させてくれよ」

 

「いーわよ。その代わりそっちのもね」

 

 匂いにつられてか、奥で談笑してた人々が次々と完成された料理を持っていく。少し言い争いになる問もあるが、それでも最終的に笑って席に戻る。

 

「はい、張遼さんにも。何も持ってきてないってことは内緒な」

 

 目の前に皿と箸が差し出される。量はそれほど多くはない卵ともやしの炒め物だった。

 

「さて見てわかるとおりここのルール、規則は簡単。なにか食材を持ってくること。俺はそれでみんなの飯を作るだけの簡単なお仕事をしてるんです」

 

 そう言いながらも手は止まらない。果たしてこれのどこが簡単な仕事なのだろうか。不規則に持ってこられる食材、そこからメニューを考えねばならず、失敗も許されない。

 そしてなにより張遼が感嘆したのは、ゴミがほとんど出ていないことに、だ。余った部分を別の料理に使うのはもちろん、本来捨てるようなところをさらに別の料理として昇華させる、並大抵の知識と発想ではこうはいかないだろう。無駄なく、洗練されたその動き、幾重にも先を見据えたその一手は、まるで戦場を司る軍師のようだに感じられた。

 

「なぁ兄さん」

 

「一刀」

 

「?」

 

「一刀でいいよ」

 

「そか。なぁ一刀はなんでこんなことしてるん?」

 

 張遼の疑問ももっともだ。何故わざわざこんな手間のかかることを、食材をもってくるだけで行っているのだろう。今見ただけでも一刀の腕ならば料理店で働くことになんの遜色のない動きをしている。いやむしろはるかに高い技量を持っているだろう。

 

「俺さ、前々から思ってたことがあるんだよね」

 

「思ってたこと?」

 

「ああ。今の時代、食材って簡単に手に入るものじゃないんだよね。毎日同じ食材を卸してもらおうにも、それは簡単なことじゃない。多い時、少ない時、果てはない時だってある。もし拉麺の店で小麦が手に入らなかったら?」

 

「そりゃ店開かれへんやろ」

 

「だね。じゃぁ小麦が入荷するまで待てる?いつ入荷するかわからないのに」

 

「せ、せやな」

 

 食材の安定供給。この時代においてそれははるかに難しい。現代のように大量生産できず、害虫や冷害対策も万全ではなく、発達した運搬技術もなければ、保存するための加工技術も未熟。つまりあるもので作るしかない。

 

「だから俺はこんなことをしてるんだ。何を持ってくるかわからない、そもそも来るかどうかもわからないそんな中で満足する料理を作るっていう訓練をね」 

 

 理屈で言えば間違ってはいない、がそれを実践できるかどうかは別。そもそもこれほどの腕前があればとっくに有力者によって引き抜かれていてもおかしくはない。本来ならばそうするのが大多数の人間だ。潤沢な食材、広い厨房、高い俸給、それを捨ててまでこうして考え実践していること自体がある意味異常なのだ。

 

「なるほどなぁ。一刀はどこかに仕えたりとかせぇへんの?お偉いさんのところならそんなん気にする必要あらへんやろ」

 

「嫌だよ。めんどくさい」

 

「めんどくさい?」

 

「そそ、自由にできなくなるじゃん。行きたいとこいけなくなるし、好きなもの作れなくなるし、あれやこれや作法とかも気にしなきゃいけないだろうし、どうせしょうもない命令されるだろうし。それに・・・」

 

「それに?」

 

 一拍貯めた一刀が見せたほんの一瞬の表情、それは張遼がぞっとするようなものであった。

 

「誰かのマリオネットになるつもりも、ピエロを演じるつもりもない、から」

 

 張遼はその決意の一言を意味で理解できなかった。ただ一介の料理人とは思えない雰囲気に完全に飲み込まれていた。

 

「そな・・」

 

「馬鹿北兄!何先におっぱじめてやがるんだ!」

 

 張遼の絞り出された声は、外から入ってきた元気な少女の声にかき消される。

 

「そりゃお前が遅いからだろ」

 

「仕方ないじゃん。すっげー獲物と戦ってたんだぜ!ほら見ろよこれ、捌けるもんなら捌いてみろ!」

 

「臭っ!獣くさ!川にでも入って全身洗ってこいよ!」

 

「うっせーこのバカ!」

 

 小柄な身体、しかしその手には少女の身体の半分位はあるであろう猪が握られていた。少女が片手で軽々と猪を持ち上げると、いつの間にか近寄ってきていた人たちから歓声が上がる。どうやら彼らの間では少女のこの様子は異常ではなく、当たり前の事実として受け止められているようだ。

 いつも間にか周囲を巻き込んでの大騒ぎ発展、呆気にとられ横目で一刀を見ると、先程までの鋭い空気は霧散し出会った頃のような陽気で少し意地悪な一刀に戻っていた。

 

「せっかくのお嬢からの差し入れだしな。喜べ、宴会じゃ!」

 

 一刀が力強く手を振りあげるとさらに歓声が沸いた。

 

「食材が足りん!俺がこいつを捌いておくから皆はとりあえず食べれそうなもんもってこい!」

 

「わ、私は?!」

 

「お嬢は臭い落として来い!」

 

「わかった。絶対に先に始めんなよ!」

 

 皆手にしていた皿の料理をかき込むようにしてからにしていく。そして次々と外へと繰り出していった。恐らく一刀に言われたように何か食べれそうなものを探しに行ったのだろう。その顔ははち切れんばかりに満面の笑みであった。

 一刀にお嬢と言われていた少女もいつも間にか飛び出していった。

 

「今からこいつの解体だ。悪いけど少し手伝ってくれないかな?」

 

 そう言って一刀は放り出された猪を指さした。先ほどの少女は軽々と運んできたが重さとしては相当であろうことは、その大きさを見ればわかる。しかしこの張遼に雑用させようとは、先ほどのことといい本当にこの男はわけがわからない。

 

「うちに運べって言うんか?この重いのを」

 

「それくらいいつも握っている得物に比べれば楽なもんでしょ?それに、ね」

 

 そういって今度は近くにあった皿に視線をよこす。そう、その皿とは先程まで張遼が手をつけていたものだ。当然食したあと、すでにカラとなっている。

 張遼がしまった、と苦い表情を浮かべると、一刀はしてやったりといった笑みを浮かべる。

 

「働かざるもの食うべからず、ですよ。ほら、いい汗かいておいしいもん食べましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 大宴会であった。

 解体された猪をメインにいつの間にか噂を聞きつけて集まってきた大勢の人々。普段は知らない顔ばかり、いつも間にか祭りのような状態になっていた。それも仕方のないとかも知れない。そもそも娯楽も少なく、最近は賊やらで多大なストレスが溜まっていたのだろう、それが一気に吹き出したような形となった。どこにこれだけあったのかと思うくらい様々な食材が机の上に並ぶ。どれもこれも売り物にならないような形が悪かったり、地元でしか食べられていないものだったりとバラエティに富んだ食材たち。流石に全てを一刀が一人で調理することはできず、たまたま騒ぎを聞きつけてやってきた街の料理人も巻き込んで競うように調理を開始し始めた。

 その中でもやはり目立つのは一刀。猪の解体の時もそうだったが、その手際が半端ないものであった。迷いなく洗練された動き、いくつもの作業を同時に処理し、ほかの人への指示も忘れない。調理スペースにいた人間の動きをすべて把握しているのではないかと疑ってしまうほどの的確さだ。そして出来上がった料理はもちろん、その調理過程ですら皆の期待を膨らませ、楽しませた。

 

「北兄!私の、私の分は?!」

 

「ほら、お嬢の好きな煮込みだ。悪いな、取り分少なくなっちゃって」

 

「ん、そんなことくらいいいいよ。それよりせっかく私が獲ってきたんだから北兄もちゃんと味わってたべろよな!絶対うまいから!」

 

「そりゃ俺が調理してるんだからうまいのは当たり前じゃん」

 

 猪をとってきた少女は笑いながら喧騒の中へと消えた。ようやく手の空いた一刀のもとへと向かおうとしたとき、背後から肩を叩かれた。

 

「やはり張遼様でしたか」

 

「お、高順やん。こないなとこで会うとは奇遇やな」

 

「むしろこちらの台詞です。一体どうしてこちらに?」

 

「まぁ簡単に言うと一刀に連れてこられたからやな」

 

 椅子に座りこれまでの経緯を語る。他人からしてみれば相当笑い話だろう。高順の顔は明らかに呆れているようであった。

 

「やはり気づかれてましたか。しかしこのようなことになろうとは流石に予想できませんでした」

 

「せやな。うちも予想外やわ。一刀のことも、そんなに一刀のことを心配そうに見つめる高順もな」

 

 高順は一瞬呆けたあと今まで見たことのないくらい顔を赤く染めた。

 

「そ、そんな心配していたわけでは」

 

「いやいや、じゅーぶん乙女の表情してたで?まさかそんな高順を見ることになるとは思わんかったわ」

 

「からかわないでください!」

 

 普段の冷静な高順からは想像できないほど取り乱し、結局顔をこちらから背けた。対して張遼はニヤニヤと笑みを浮かべる。そんな二人の間に割って入ってきた人物が一人、運がいいのか悪いのか、当事者である一刀だ。

 

「あれ、こーちゃんも来てたんだ。ほらほらこれ俺が作ったんだぜ、食べてみてくれよ」

 

「え、あ、はい、ありがとうございます。張遼様から聞きました、解体から行ったそうですね、驚きました」

 

「ああ、あれは疲れた。ちょーっと調子に乗ったことを後悔してる。やっぱ色々と見栄張るのは良くないな、すぐにぼろが出る」

 

 一刀は頭を掻きながら渋い表情を浮かべる。実際一刀からしてみればここまで大きくなってしまったこと自体予想外のことである。噂にならない程度にこそこそしていたのにこれでは全くの本末転倒であった。

 

「まぁ丁度いい機会かな。ここから移動しようと思ってたし、最後の晩餐ってことでね」

 

「ああ、やはりそうでしたか。決めたのですね」

 

 どうやら高順はなんとなく察していたらしい。

 

「ああ、俺も洛陽に行くよ。やっておかなきゃいけないことがあるからね」

 

 いちはやく必要なのは情報。田舎に隠遁して手詰まりになるよりも、台風の中心で状況を見定め臨機応変に動くべき。一刀はそう結論を出した。誰かに仕える気も囚われの身になる気も毛頭ない。それにやはり田舎に引きこもるのなんて性に合わない。

 

 そう決意した一刀の背後で、がしゃんと皿が落ちて割れる音がした。

 

「え、え、北兄、洛陽にいっちゃうの?!」

 

 そこにいたのは背後からこっそりと近づいていた猪少女、お嬢であった。一刀にと持ってきた皿を取り落とし、唖然としてこちらを見つめている。

 

「そだね。そろそろいいかなって思ってたから」

 

「そんな、やだよ北兄がここからいなくなるなんて。いいじゃん、ここでお店でも開いてさ、そだ、わ、私が手伝ってあげるし!」

 

「それはそれでありがたいけど、一箇所に留まるっていうのは苦手なんだ。それにこわーいこわーい金髪くるくるから逃げないといけないしね」

 

 くる、必ず曹操はやってくるに違いない。何しろあの覇王が宣言したのだから。

 

「ぐぐぐっ、じゃあ私も!」

 

「ダメ、お嬢はちゃんと親孝行しなさいな」

 

「子供扱いすんな!私は姜維って立派な名前があるんだ!」

 

「はいはい姜維ちゃん。悪いけどもう決めたことだからさ。諦めてね」

 

「バカ!北兄の馬鹿ぁぁぁぁ!」

 

 お嬢こと姜維は瞳に涙を浮かべながら逃げるように走り去った。自分の住み慣れたところから出て行くなんてそんな安易に決めていいことではないし、それに理由が俺についていきたいだなんて最悪だ。どうあっても認めることなんて出来やしない。

 

「なんや一刀は冷たいな」

 

「さすがに今に言い方はどうかと」

 

「ええー。説教するもの趣味じゃないし、諦めさせるんならきっぱりとしたほうがいいだろうし。一時の感情に身を任せるべきじゃないよ」

 

 徐晃がこの場にいたらお前が言うんじゃねぇっすとツッコミを言われていただろうが残念ながらこの場にはいない。さてあやつは一体何をしているのやら、今回は特に情報が流れるような目立つ行動をしてないから仕方がないだろうが。

 調理場の方からもう無理と悲鳴が上がる、これ幸いと一刀はジト目でこちらを見つめる二人から逃げるようにしてこの場を後にした。

 料理屋や猟友会らしきものにスカウトされたりと面倒な目にあったが、なんとかこの街を去ることを告げることができた。その分ボルテージも上がったらしくもう腕が上がらなくなるまで鍋を振り続けたのはいい思い出、といえるだろうか。惜しんでくれる人がいる、本当にありがたいことである。

 

 北という偽名を使い洛陽に向かう旅に出る。高順たちから聞いた様子では董卓は暴政をするような人物ではない。ならばうまくいけば反董卓連合すら成立しないかもしれない。そのターニングポイントが果たしてどのようになるのか見極めるべく、その長い道のりを進んでいく。 

 




何にもとらわれない自由が欲しい!


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二人より三人、三人より四人で

前回久々の投稿にも関わらず日刊ランキング4位いただきました
正直ビビりました 見つけた瞬間ドキッとしてしまいましたよ

期間が空いたにも関わらず読んで頂けて感謝感謝です


 長期の行軍は心身ともに濃い疲労を残す。電車や自動車もなければ道がしっかりと整備されている訳もなく、馬はあれど全員に配備されているわけもない。ただ一日中道と呼べるか怪しいところを歩き続ける、それはどれほどの苦行だろうか。

 董卓の傘下である涼州はまだ比較的洛陽に近い場所であるがそれでも辛いことには変わりない。張遼たち武将からすれば比較的楽な部類と言えるが、普段からデスクワーク三昧である董卓や賈クにはひどく堪える道のりであり、全軍の足は引きずられるかのように鈍くなった。予定よりも長くなる行軍、溜まるストレス、それが爆発しないのはひとえに董卓が築き上げた信頼によるものが大きい。

 

 先行した董卓、賈ク、張遼、華雄の一軍の後を追うように呂布、陳宮、高順の部隊が洛陽までの道を出発した。そしてその一軍には当然のようにある男の姿があった。

 

「くぅー、すー」

 

 四人と一匹、その体温を確かめ合えるほど密着して布にくるまる。目の前に炊かれた火はパチパチと音を立て周囲に暖かさと光をもたらし、周囲を見渡せばそんな様子がいくつも見受けられる。

 

「ふふっ、よく眠ってますね」

 

「わざわざ外で寝るなんて、物好きだよなぁ」

 

「静かにしろなのです。恋殿が起きてしまうではないですか」

 

 一刀を中心として左右には恋と高順が寄り添い、犬のセキトは寝息を立てる恋の膝の上に陣取り主人と同じように夢の中のようだ。ねねは空いた恋の隣にしっかりと陣取っている。火によって照らされた恋の寝顔を横目で眺め、幸せのため息をついた。

 本来こういったことはあり得ない。董卓軍の将である恋と高順、軍師であるねねには簡素ながらも天幕がきちんと用意されている。民間人でかつ金魚のふんようにくっついてきただけの一刀とは身分が違うのだ。しかし三人は何故か今日も自分たちの天幕を抜け出しここにいる。

 

 

 

 始まりは高順の職権乱用であった。

 洛陽に向かう軍についていくのは予定通り、一刀の他にも商人などもこの部隊に付き従うようについてきている。もちろんそれは珍しいことでもない。旅は道ずれではないが野盗などの危険を考えれば護衛を雇うよりも軍についていくほうがはるかに安全でかつ安上がりで済むからだ。付け加えて言えば行き先は洛陽、戦争のための行軍でないのであればむしろ単独で行くメリットの方が少なすぎる。

 ということで本来ならば普通に商人たちに紛れて行こうと思っていたのだが、そこに高順の待ったが入った。

 

「目を離すと何をしでかすかわかりません」

 

「俺は子供か!」

 

「なるほど。あれは大人のやることだ、そう言いたいのですね」

 

「・・・」

 

「顔を背けたからって事態は好転しませんよ?」

 

 あれとは、リハビリがてら野盗を更生させたことを指している。あれは他人から聞けば自分でもかなり酷い話だと思う。ランニング途中で野盗数人に襲われた俺はつい先日まで床に伏せていたにも関わらずひとり残らずたたきつぶした挙句、愚かにも正座させて説教をしていたのだ。そして騒ぎを聞きつけて急ぎ駆けつけた高順に今度は俺が正座させられ散々絞られたのである。

 

「本当に呆れてものも言えません」

 

 その日以降、時間があれば事あるごとに一刀の傍に付きまとう高順の姿は、特に彼女のことを知る親しいものたちにとある疑問を抱かせた。

 あの堅物に春が訪れた、と。

 そんな話を時々尋ねられる一刀は実際はそんな甘い関係というなく、子離れできない母親と反抗期の息子、みたいなものと笑って返事した。高順は頬を赤らめ否定した。

 

 そして出発当日、高順の部下に呼ばれホイホイついていくと、あれよあれよという間に手荷物を奪われいつのまにか高順と共に馬の背にいた。もっと詳細を語るならば、高順の細い腰に手を回し、背後からギュッと抱きしめ馬から落ちないように懸命に縋り付いていたのである。

 

「ほら一刀殿、行きますよ」

 

 周囲からは嫉妬半分憧れ半分という視線を浴びせられ、羞恥プレイを余儀なくされた。鐙もなく不安定な足場を歩く馬は、例え遅くともかなりバランスが悪い。乗り慣れていない一刀は必然的にしがみつくもの、高順に頼らざる負えずこれまであった精神的優位性というものが失われた瞬間である。

 

「ほら一刀殿、もっとギュッとしがみつかないと落ちますよ?恥ずかしがらなくてもいいんですよ、落ちて怪我するよりはマシでしょう。落馬して怪我をして笑われるか、私にしがみついて情けない男として笑われるか、好きな方を選んでください」

 

「ちきしょー。こーちゃん絶対に許さん」

 

「何か言いましたか?」

 

普段一刀と接する時とは異なり、部下の前だと強気に出るところがなんとも憎らしい。

 

「私が傍にいますから、安心してください」

 

 だが高順の根本が優しさであることがわかっている分拒むことができず、一刀は返事の代わりに高順の腰に回した手を先程よりも強くするのであった。

 

 そして朝に出た行軍も太陽が頂点に差し掛かったあたりで休憩もとい昼食と相成った。そこで出された食事に一刀は難色を示した。行軍中の食事だ、普段食べられるものが出る訳もなく手早く調理でき、かつ保存できるものが出される。高順が皆と同じものを食べることも別にいい。だがその食事は明らかに味を落としていたのだ。

 水の分量、火加減、蒸し時間、ご飯を炊くのにこれだけの行程を要するが、正しい調理法を行うだけで味も栄養も全く違ったものになってくる。炊事は持ち回り制で得手不得手もあるだろうが、今だされた食事はそのレベルをはるかに超えている。

 ついでに付け加えて言えば、はっきりいって一刀がまずいと思った食事を何の不満を漏らすことなく淡々と食している高順が気に障った。

 

 そして行軍後の夕食、一刀は高順に直談判をした。俺に炊事班の指揮をさせろと。高順は権限を使い二つ返事で了承する。もちろん一刀の料理の腕前を知っているし、以前の大宴会での件もしっかりと見ている。例え失敗してもこれ以上にまずい食事が出されるようなこともまず有り得ないだろう、そう判断した高順は自分の権限の範囲内、高順隊分を任せることにした。

 

 既に周囲に自分の存在が知れ渡っていた一刀は高順の口添えもあり、すんなりと炊事班に受け入れられた。たまたま持ち回りが女性陣ばかりだったこともその要因としてあげられた。料理の最中手を止めざる負えないほどの質問を浴びせられたのは全くの予想外であったが。

 そしてここでさらなる予想外が起きた。調理際に発生する美味そうな匂いは高順隊の範囲に留まらずほかの部隊まで行き届いていた。その匂いにつられ、奴が来た。

 

「一刀、恋の分も」

 

 包丁を握っていた一刀の背後から抱きついたのは恋であった。類まれなる嗅覚でうまそうな匂いを嗅ぎつけた恋はその中心で一刀を発見するやいなや喜びのあまり行動を抑えきれなかった、否抑えるつもりなど毛頭なかっただろうが。

 突然現れ一刀に抱きついた呂布将軍に周囲の兵たちも動揺を隠せない。一部は黄色い声を上げ急ぎ走り去ったのを横目で確認した一刀は、噂話がどれほどのものになるかを想像し涙が出そうになった。

 

「恋、いま包丁持ってるからまた後で」

 

「嫌」

 

「ああもう、料理が終わったらちゃんと相手してやるから」

 

「ん、約束」

 

「約束」

 

 包丁を起き恋引き剥がし約束を交わす。親しげに、しかも真名でやりとりをする一刀と恋を見て何故か巻き起こる拍手。例え全力で否定したとしても時すでに遅し、今日にも高順隊だけでなくこの行軍に参加している部隊中に噂が広がってしまうだろう。

 

「恋殿~ようやくみつけ・・・何やってるのですか?!」

 

 そして恋を探しに陳宮まで現れさらに周囲がヒートアップ、こちらを見ながらひそひそとやり取りしている様子を見て、本当に大丈夫なのかこの軍は心配にならざるおえない。

 

「ねね、あとで一緒に一刀のご飯を食べる」

 

「うう、確かに行軍中の食事はまずいですし、一刀が作る料理ならば間違いなく美味しいでしょうが・・・ぐぬぬぬぬっ」

 

「うん、一刀のごはん、いつも美味しい」

 

 いつも?!あまつ陳宮様まで?!と盛り上がるギャラリーはもう手がつけられない。完全に諦めた一刀はぐぬぬと唸っている陳宮の耳元でそっと囁いた。

 

「呂布さんにも美味しい食事を食べさせてあげたいだろう? 洛陽までは俺が作るよ。もちろん陳宮さんの分も、ね」

 

「ねねだけ除け者は許さないのですぞ」

 

 意味をしっかりと理解したのか陳宮は大人しく引いてくれた。そしてこちらをじっと見つめる恋の手を引きこの場を立ち去る。その様子はまるで親子のようだ。体格でいえばは逆なのが。

 

「呼ばれて急いできたのですが、これは何事ですか?」

 

「残念ながら手遅れでした」

 

 入れ違うようにやってきた高順にそう告げ料理を再開させる。これ以上は何も言うまい、俺も高順も当事者としてとっくの昔に手遅れなのだから。

 配られた食事はもちろん大好評であった。ともに食事をした恋、陳宮、高順も大満足だった。しかし残念ながら一刀が食べようと思ってもってきたストック食材の半分を食い散らかされた。泣きたい。

 

 

 

 

 

 

 食事も終わり、見張りを残し天幕に続々と人が入っていく。もちろん今更だが部外者である一刀が天幕に入れてもらうなんてことはさすがに気が引け、誘いがあったものの固辞した。それに野宿も慣れている。取り返した荷物から人が三人くらいかぶれる大きさの毛布を取り出し頭から覆うように纏う。寝袋があればいいがそんなものあるわけがなく、いざという時にすぐ動けない。見張りがいるから安全ではあるが、野宿といえば座って毛布をかぶって寝るというのがよくやるスタイルだった。

 目の前の火に暖かさを感じながらウトウトしていると近づいて来る足音。顔を上げると本来ならば自分の天幕にいるはずの高順であった。

 

「何か用?」

 

「一刀殿は何してるかなって思いまして」

 

「ははっ、火を見ながらうとうとしてた。火ってね怖いものだけど落ち着くんだよね」

 

 薪が燃えている映像にはヒーリング効果があるらしい。見ていて退屈なものかもしれないが、心を落ち着かせるという意味ではかなりの効果があるとの検証結果が出ているようだ。普段から見慣れている彼女たちにはわからない感覚かもしれないが、こちらに来てから考え事をする際にはよく焚き火の前で行ったものだ。

 

「私は火はあまり好きではありませんね。嫌なもの、いっぱい見ましたから」

 

 そう言って高順は隣に腰を下ろした。戦争ともなれば火は恐ろしいものだろう。敵の放った火が家を、森を、人を焼き尽くす。もちろん逆もありえるが共通するのは結局は何も残らないということだけだ。

 

「でも、一刀殿とこうやって並んで見る火は、あまり嫌じゃありません」

 

 一刀は無言で羽織っていた毛布を解き、強引に高順を巻き込んで包まった。二人で包まったことによって身体が密着し、体温が伝わる。火とは違った暖かさをもたらす。

 

「俺は料理人だから、火が怖いだけじゃないって知ってる。それに怖いからって避けられないものだし、大切なのはちゃんと理解することだよ」

 

 要は使い方、使う人次第。包丁だって使い方を間違えれば人を殺す道具となる。北郷亭、北郷一刀の持つ未来の知識も使い方、使う人によっては薬にも毒にもなる。だからこそ安易に教える気はないし、誰かに仕え広める気もない。間違った使い方が広まった時の責任を、俺は負うことはできないのだから。

 

「一刀、殿は・・・」

 

 高順が何か言いたげに一刀の顔を見つめた。だがどうにも言葉が思い浮かばないのか無意識に出た名前以降が続かない。高順はそんな自分にもどかしさを感じていると別の足音、それも二つ近づいて来ることに気づいた。ここは展開している野営地の中央より、ここまで気づくことなく敵が来るとは思わないが警戒を怠る理由にはならない。歩哨かどうか確かめるために振り返ると思いもよらぬ人物が近づいていた。

 

「ようやく、見つけた」

 

「まったく、せっかく恋殿が会いに来たのですからちゃんと自分の天幕にいろなのです」

 

 呂布将軍と陳宮軍師殿、そして犬のセキトであった。

 

「どうしたのですか、呂布将軍に陳宮殿」

 

「こーじゅん、恋でいい。一刀、こっちの子はセキト」

 

「ねねもねねでいいです。一刀も恋殿から真名を許されているならば、ねねに配慮して呂布さん他人行儀辞めるのです。恋殿が悲しがってたのですぞ」

 

「え、え?!」

 

「わかった。恋、ねね、セキトよろしく」

 

 突然のことに混乱している高順をよそに、恋は緩んでいた毛布を広げ一刀の隣へ滑り込む。ねねとセキトも遅れることなく入り込んだ。4人と一匹が入り込んだ毛布は流石にきつく、ぎゅうぎゅう詰めになってしまう。だが恋はそれが嫌でないらしく、あどけなく微笑んだ。

 

 

「で、では私のことも円と、お呼び下さい」

 

 高順が真名を告げた。『円』それが彼女の真名。

 

「一刀殿も、今後は円と呼んでください」

 

「えっと、いいの?」

 

「はい、こーちゃんと呼ばれるよりもそっちのほうが嬉しいですから」

 

 はたしてそれはこーちゃんと呼ばれるのがよっぽど嫌だったのか、それとも真名で呼んでもらえることが嬉しいのか。実際のところは円しかわからない。

 

「じゃあ俺もいちいち殿なんていつけずに一刀って呼んでよ」

 

「かっ、一刀、ど、の」

 

「早く慣れるといいね」

 

 少し照れというか恥ずかしさが残るらしい。小声で一刀と練習している円をよそに先程から無言の恋を見るといつのまにかゆっくりと寝息を立てていた。

 

「あ、と」

 

「恋殿はお腹がいっぱいだったのです。だから眠気が来たのでしょう。行軍中でこれほど食べたのは恐らく初めてなのです」

 

 ねねいわく、日常で見せたあの食事量は行軍中は半分以下になるらしい。それでも多いことは多いが、恋も食料のことを考え抑えているようだ。元々心優しい恋は補給がなくなった際には自分の食事よりも味方を優先したりしているらしい。もしかしたら普段の量はその反動なのかもしれない。

 

「恋殿も行軍中に美味しい食事ができて嬉しかったのでしょう。お世辞にも美味しいとは言えませんし、周りの兵たちもたいそう喜んでいましたから、一刀さまさまです」

 

 円が付け足すように言う。確かに恋があまり味に対して感想を言うことは少ないが、だからといって何も感じずに食べているわけではない。うまい食事ならば箸が進むのは当たり前のこと、お腹がいっぱいになって眠くなるのも当たり前のこと。

 

「でもここで寝かすのは流石に無用心だよな。いくら野営地の中心部とはいえ護衛に来てもらうのも悪いし」

 

「ああ、恋殿には護衛は必要ないのです。天幕に立ててる歩哨もほとんど形式的なものですぞ。恋殿は人一倍悪意とかそういったものに敏感なので、間者や不埒者が近づこうものなら寝ていても一発でわかるのです」

 

「なにそれ怖い」

 

「さすが恋殿ですね」

 

「恋殿に好かれて悪い人間のはずはないのです。まぁ華雄みたいに悪気なしの天然はいるでしょうが」

 

 恋の寝顔を見つつ小声で三人で話を咲かせる。そして夜が更けていくに連れ、一人また一人と眠りに落ちてゆく。

 太陽が昇り徐々に明るくなりはじめ、火がなくとも周囲が見えるほどの光が差し込んだ頃、恋と一刀のセンサーに引っかかるギリギリでちょうど巡回していた歩兵が見たもの。それは一枚の大きな毛布に包まり、互いに温め合うように身を寄せ合う四人と一匹の寝顔であった。

 

 

 

 

 

 

「一刀も私たちの天幕に来れば良かったのですが」

 

「さすがにそれはどうかと思う。この状況もどうかと思うけど」

 

「ねねは恋殿がここにいたいというから仕方なくいるのですぞ。まぁたまにはこういうのも悪くないですが」

 

「ねね殿は丸くなりましたね。以前なら烈火のごとく怒ったと思うのですが」

 

「ふんっ、ねねは大人になったのです。恋殿が幸せそうであればねねはそれほど文句はないのです。もちろん恋殿にとってねねが1番ですからな!」

 

 自信満々に無い胸を逸らすねね、その微笑ましさに思わず笑みがこぼれる。和解、というか元々喧嘩なんていうものはしていないのだが一刀が恋にそういった感情を持っていないことを知っているねねは焦る必要などない。確かに一刀、一刀と親しげに連呼することには嫉妬することもあるが、短いながらも一刀という人間を理解したねねは、一刀がねねから恋を奪い取るような略奪者ではないと断定してた。

 むしろねねはこの四人でいることに、普段恋と一緒にいるときとはまた違った安らぎを感じていた。こんなことなら引き剥がすようなことをせずに最初から四人でいても良かった、なんて過去の自分が見たら笑ってしまうようなこと考え、恥ずかしくなって熱くなった顔を伏せた。今が夜で良かったと心底思う。

 

「ねね、いい子いい子」

 

「わ、あぁ」

 

 いつのまに起きていたのか、眠気まなこの恋がねねを抱きしめ頭を撫でる。それを微笑ましそうに見る一刀と円。

 最もバランスのとれた状態とはこういうことを言うのだろうか、まるで家族といるのような温もりを感じる。その温もりを感じながら、今日も夜が更ける。

 

 

 

 

 

 

 

 後発の呂布、高順隊は順調に、むしろ順調すぎた。一刀率いる炊事班は兵たちに活力を与え、本来かかる予定時間よりも遥かに速いペースで洛陽までの道のりを進むことができたがそれにより、まさかの先行組に追いつくという現象が起きてしまう。

 確かに後発組が予想だにしないペースを維持できたということもあるが、むしろ今回は先行組である董卓たちのスピードが遅すぎた。

 

「はぁ、全く予想外だわ」

 

「ごめんね、詠ちゃん。私が不甲斐ないばっかりに・・・」

 

「私にも責任があるわ。でもねねたちもすごいわね。よくこんなに早くここまでこれたものよ」

 

「すでに詠たちが進んだ道をなぞってきだけですぞ。うまく野営の跡地などを利用すれば当然の結果なのです」

 

 久々に見た月も詠も少し痩せ、顔色も悪く感じられた。ねね聞かれるであろうこと予測し、決めていた返事、一刀の功績を口に出さなかった。もちろんそれは一刀によって口止めされたからだ。もし知れば詠ならば無理矢理にでも召し抱えようとするだろう。だがねねも恋も円も一緒にいたいという気持ちはあっても、一般人である一刀を無理矢理軍に巻き込むようなことはしたくなかった。

 確かに味方が通った道を進むのであれば手探りよりもかなり楽ができる、ねねの説明に詠は納得した。だからといってこれほどの速さはだせないであろうが、詠は気に止めなかった。

 

「それよりも月殿も詠も体調が優れないとか。ねねが料理を持ってきたのでこれでも食べてさっさと治すのです」

 

 そういって布にくるまれた何かを渡す。受け取った詠はその何かから発せられるじんわりとした暖かさが一体なんなのかさっぱりわからなかった。

 

「布を解いてみればわかるのです。では冷めないうちに食べるとよいのです。ねねは戻えいますぞ」

 

 そういってねねが立ち去ったあとに残されたなにかの布を取り除くと出てきたのは鍋、そういわゆる土鍋というやつだ。土鍋は保温効果に優れ、布でくるめばかなりの長時間温かいままの状態を保つことができる。

 

「へぇ、鍋ね」

 

「ねねちゃんには悪いけど、ちょっと食欲がわかない、かな」

 

 机に置いて座り込んだ二人はため息をついた。ねねの気遣いは嬉しいが、正直言って食べられる気がしない。悪いけど下げてもらおうと考えていると、月が呟いた。

 

「詠ちゃん、食べられるだけ、食べよう?せっかくねねちゃんが持っててくれたんだから」

 

「そうね、食べられるだけ食べましょうか」

 

 食べられるだけ、と食べられない言い訳を連呼する二人は鍋の蓋を開けた瞬間息を飲んだ。

ふんわりと立ち上る湯気、白く輝く粥に、ほんのり漂う梅の香り。無意識に唾を飲み込んだ。

 

「ちょ、ちょっとくらいなら食べれそう、かな」

 

「う、うん。詠ちゃん、食べれるだけ食べよう?」

 

 小皿によそうとさらに嗅いだ事のない優しい甘い香り、ペースト状になった梅をかき混ぜると一層梅独特のにおいが広がり本能が食べたいと叫んだ。

 一口、本能を刺激していた梅の香りは予想を裏切り口の中で優しくとけてゆく。適度な酸っぱさが胃を刺激し次へ、次へと催促を行う。粥自体も抜群に美味しい。柔らかく煮込まれた米はあれほど食べ物を拒絶していた喉をすんなりととおり、胃に入ると胃から全身を暖かくさせる。三口くらいしか食べていないのに額からじんわりと汗がにじんだ。

 ちょうど食べやすい温度となった梅がゆは次々と二人のお腹の中へと吸い込まれてゆく。体調が悪いのも忘れ最後の一口を食べきった二人は、梅がゆの熱で赤くなった顔を見合わせ恥ずかしくなって、くすくすと笑うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「渡してきましたぞ。しかし食べれるかどうかはわかりませんぞ」

 

「大丈夫、だと思う。あれが食べれないのなら相当な重症だ」

 

 一刀特製の梅ペーストを用いた梅がゆ、匂いを嗅いだだけでも相当やばいはずだ。ペースト自体ならまだしも鍋系と合わせると爆発的に威力を増す、まさに一種に切り札といってもいいだろう。

 

「一刀、恋の分も」

 

「わ、私も食べたいです」

 

「はいはい、お昼にね」

 

 そしてその匂いを嗅いだ恋と円も例外ではなかった。

 

 翌日董卓、賈ク両名は体調が整い、再び進軍を開始する。いつのまにか先行組にもうまい調理法が広まり食に関しての不満を募らせるものがたいそう減った。

 

 その間一刀はようやく慣れた馬場で円の腰にしがみつきながら、器用に寝息を立てていたのだった。

 




ここまで読んでいただきありがとうございます

元々真名に関してどうするか悩んでいたのですが、高順は付けることになりました
読み方は『円』と書いて『マドカ』です
そう付けた理由はあるのですがいずれ機会があればということで

真名の大安売りと言われないといいなぁ

次回は一応洛陽入りになると思います
複雑な政治事情なりなんなりは無視してバッサリ行きたいと思います それでわ~


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渡り鳥

遅くなりました
そして新キャラ二人追加です

原作キャラが空気となり始めました


 洛陽での日々はまたたく間に過ぎていく。仕事に追われ、帰宅することすら叶わないこともあり、それでも少しだけ文句を言いつつ笑顔で出迎えてくれる一刀殿はかけがえのない存在だと思える。今この現状も充実していると思うが、涼州での一刀殿との日々のほうが私にはあっていたかもしれない、そんなことをつい部下に愚痴ったら黄色い声をあげられた。

 明日は久々の休暇だった。気分転換にどこかへ行こうと一刀殿に誘われ、着ていく服を選ぼうと思ったらあまりの選択の少なさに絶望した。元々服自体もっていた数は少なく、加えてその大部分は涼州においてきている。日々の仕事が忙しく買いに行く暇というか発想すら浮かんでいなかった。どうしようか慌てふためいているとすれ違ったねね殿に鼻で笑われた。切れずに我慢した自分を褒めてやりたい。

 そして当日、残念ながら恋殿とねね殿とは休みが合わず今隣りにいるのは一刀殿だけ、そして服は諦めた。気分転換にと街に繰り出すと一刀殿は少し歩くたびにすれ違う人に声をかけられていた。こっちに来ても相変わらず人気者なんだなと安心したが、こう、少し胸がムカムカするのはなぜだろうか。せっかく一緒に外を歩いているのに全然こっちを見ない一刀殿のすねを軽く蹴ってやった。

 

「こっちの方でね、大道芸をやってるんだよ」

 

 手を引かれついて行った先では広い場所に開け、そこかしこで人だかりが出来ていた。どうやらここは踊ったり歌を歌ったりと芸をしているそうだ。こういったことに疎い私から見ても綺麗で楽しげな歌声に拍手が、そしてお金や食べ物が飛ぶ。一刀殿もそれに習うかのように地面に置かれたカゴに向けて小銭を投げ入れた。

 

 

「一刀殿は何をしているんですか?」

 

「気持ちを表したんだよ。楽しい気分にさせてくれてありがとうってね」

 

 一刀殿いわく、こういった芸を見せて観客の満足に応じて気持ちを払うしすてむとやららしい。聞いたこともないことだったが、確かに先ほどの歌ならば少しくらいお金を払ってもいい、そんな気持ちになった。一刀殿が空のカゴに小銭を投げ入れるのを見て私も習って投げる。すると一人、また一人と真似するかのようにカゴに向けて小銭が飛んだ。

 

「ありがとー、また聴いていってね」

 

 やがて小銭やら野菜やらよくわからないものやらでいっぱいになったカゴをもって、歌っていた少女は立ち去った。その空いた場所に今度は二人組が陣取り何かを始め出す。男が支える木の板に叫び声とともに魂を込めた拳の一撃を放つ。見事に粉々になった板に歓声が上がる。

 

「面白いよな。大人でも子供でも、認められればお金を稼ぐことができる。場合によっては召抱えられたりとかもあったりとかさ」

 

 なるほど、先程の見事な一撃を放った男は軍でも十分通用するだろう。お金を稼ぐとともにそういった機会も得ることができる、さすが洛陽といったところか。

 

「あ、北のにーちゃん。今日はなにかしてかないの?」

 

「あー、今日は見学だから」

 

「えー、つまんねぇ!」

 

「いいじゃん、やってよぅ」

 

 一人の少年が一刀殿に気づくと、続々と人が集まってきて、いつの間にか取り囲まれていた。急に集まってきた視線に思わず一刀殿の後ろに隠れてしまった。

 

「一刀殿、どうにかしてください。・・・あとできちんと説明してもらいますからね」

 

「うーあー、失敗だったなぁ。なにかしないと収まりつかなさそうだし、ちょこっと待っててくれる?」 

 

 一刀殿は私を引き離すと期待の眼差しでこちらを見つめる周囲に向けて、なにかないか、と呼びかけた。するとひとりの男が小振りのりんごを3つ手渡した。

 

「よっと」

 

 一刀殿はりんごを順に上へ放り投げる。いわゆるお手玉というやつだ。空中で接触することなく宙を舞う。これだけならば別に特別すごいというわけではない。目を見張る光景はここから始まった。

 

「良い子は食べ物で遊んじゃダメだよっと。次、よろしくっ」

 

 お手玉の最中、さらに3つりんごが投げ込まれる。一刀殿は器用にに受け取ると同じように宙を舞い、元々宙を舞っていたりんごの数と合わせると倍の6つとなった。地面に落ちることなく6つものりんごをお手玉する一刀殿に向けて歓声が沸く。

 

「さて、仕上げだ」

 

 順に先程よりもひときわ高く投げられたりんごはもちろん一刀殿に向けて落ちてくる。

 

「なっ!」

 

 一刀殿はその落ちてきたりんごのわずかばかりに伸びたへたを掴み取った。6つとも全ての。成功させた本人はこともなさげに周囲からの喝采と賛辞を受け止める。

 

「右手の3つは完熟してるからそのまま食べるのがオススメ。左の3つはまだ酸っぱいからもう少し待ったほうがいいかな」

 

 そう言いながらりんごをくれた男に左の3つを手渡した。そして誰から渡されたのかそれとも最初から持っていたのかわからないが、手に持った包丁であっという間にりんごの皮を剥き、一口大にしてしまう。まさに早業というべき手技だ。

 

「げ、こっちはすっぺぇ!」

 

「だから言ったっしょ。ほらこっちは甘いよ」

 

 皿に盛られたりんごは観客の手に渡り、一口食べうまいとりんごの感想と一刀殿のそのお手玉と手技を褒め称える。6つものりんごを苦もなくお手玉したこと、落ちてくるりんごのヘタの僅かな部分を掴み取ったこと、宙を舞うりんごの状態を視覚と触感で判別しきったこと、にこにこと喋っている間にりんごを食べれる状態にしたこと。

 どれもこれもがそう簡単にできることではない。本当に一体何者なんですか、一刀殿。

 

「ほら、ぼけっと突っ立ってないで円もどう?冷えてたらもっと良かったんだけど」

 

 差し出されたりんごを一口、しっかりとした食感と甘さはここ最近食べたものでもかなり美味しい。

 

「おっちゃんが作ってるの?機会があれば今度買わせてよ」

 

「北のにいちゃんならただでやらぁ。ちょうどいい宣伝になったしな、注文が殺到しちまってウハウハだぜっ」

 

 男は手を挙げて走り去っていった。きっと準備に行ったのだろう。男がいなくなったところで落ち着きかけた空気が再度燃え上がる。それは声援となって一刀に降りかかった。

 

「兄ちゃん、次!つーぎ!」

 

「ほら、今度はもっとすげー事してくれよ」

 

「言ってくれればなんでも出すぜぇ!」

 

 先ほどの光景を見て、商魂たくましい声も飛び交った。だがその期待に反して一刀の顔は不機嫌になっていく。ただそれに気づいたのはこの中で円だけであった。

 

「しゃーないなぁ。じゃあ最後にとっておきを見せてあげるよ」

 

 一刀は手招きした先には円の姿があった。円は一度周囲を見渡して自分が呼ばれていることに気づくと慌てて一刀のそばに駆け寄った。突然の美女の登場に先ほどとは毛色の違った盛り上がりを見せる。

 

「か、一刀殿?」

 

「円は自然体で、ね」

 

 不安げな様子を見せる円に対して一刀はそっと耳元で囁いた。その行為は周囲から二人が恋人ではないかと勘ぐらせるには十分なものであった。

 突然衆人環視の中、何をすればいいのかわからず不安になっている円はその声を聞いて一旦落ち着きを取り戻す、かと思われたが次の一刀の発言で不安はピークとなり、更には混乱により思考停止へと突き落とされる。

 

「今からこの娘のブラジャーを気づかれないうちに脱がせます!」

 

 誰しもがその言葉の意味を理解しきれず止まった時の中、最初に動けたのは当事者のひとりである円であった。正確には動けたというよりは反射的に動いてしまった、手が出てしまったと言えるかもしれない。

 

ドンっという音が後ろまで伝わった。

 

 円の腹パンは正確に一刀に突き刺さる。声を上げることもなく崩れ落ちる一刀に唖然とし、誰ひとりとして声をかけることができなかった。そして次に認識したのは先程まで不安で小動物のような可愛らしさを醸し出していた美女ではなく、笑顔を携え刑を執行する処刑人のような空気をまとった悪鬼であった。

 

「一刀殿はお疲れのようでして、申し訳ありませんがここまでとさせていただきます」

 

「あ、ああ」

 

「では、失礼」

 

「お、お大事に・・・」

 

 ぐったりとした一刀を軽々と脇に抱え、悪鬼はその場から消え去った。後にこの悪鬼が高順であることがバレ、勇名を轟かせたりしちゃったとかしなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「疲れました。そろそろちゃんと歩いてください」

 

 円はそう言い放つと遠慮なく一刀を支えていた手を放した。落下の勢いのまま地面に叩きつけられるかと思いきや、しっかりと受身を取りこともなさげにすぐたま立ち上がる。ただ少しだけ顔色が悪く、右手は砂を払いつつ、左手はお腹をさすっていた。

 

「ありゃ、バレてたね」

 

「手応えで分かります。上手く衝撃を散らされました。それに本当に気絶している人間と起きている人間では持った時の重みが違いますから」

 

 ほぼ反射で殴ったとはいえ手応えははっきりとわかる。そしてそのことに気づいたとき、この場から逃げ出す絶好の機会だということにも気がついた。一刀がわざとあんなことを言って私を怒らせたことまで。

 

「私は悪くありません。謝りませんから」

 

「むしろこっちが謝らなくちゃな、こんなことになっちゃってごめん」

 

 一瞬の沈黙のあと、二人して吹き出した。

 

「もうあんなことはやめたほうがいいですよ。今回はうまくいきましたが次があるとは限りませんから」

 

「そうだな、腹に穴が開くかと思った。もう少し穏便にできるよう努力するよ」

 

「本当に、もしこれが恋殿であれば衝撃を散らしたとしても穴があいてますよ。手加減を忘れた恋殿なんて、私でもぞっとします」

 

「・・・マジで気をつけるよ」

 

 恋殿に串刺しにされる姿を想像したのか、一刀は冷や汗をかいていた。虎のようにじゃれついた拍子に引き裂かれることはないが、ドッキリを仕掛けてリアル返り討ちにされる可能性はありえそうだ、と一刀は恋には絶対に行わないように心に誓った。

 

「ま、お礼にしちゃ安いかもしれないけど、俺のオススメの店に行こう。ご馳走するよ?初めからするつもりだったんだけどね」

 

「いいでしょう、それで手打ちということで。私もただご馳走になるのであれば抑えようと思っていましたが、これで遠慮することはないですね」

 

「ははっ、円の良心に期待しておくよ」

 

 世間話を交え二人寄り添って道を歩く。一刀にとって腹パンのダメージが抜けきらない自分を円が支えるという状態が情けない事この上ないのだが、支えている張本人である円はこの状態について悪い気はしていなかった。

 

 一刀殿のオススメする店に入り席に着くと一刀殿は珍しく身体をだらけさせた。腹パンの他にも先程の大道芸は疲れる代物らしい。こともなさげにやっていたため私でも気づけなかった。

 

「演技だよ演技。必死にやってるよりもこれくらい出来て当然ってほうが凄いって思うでしょ。子供の一生懸命な姿はともかく、大人の必死な姿って見世物にするようなものじゃないし」

 

「そのようなものですか」

 

「そのようなものなんです。例えば円が泳げなかったとして、大勢の前で必死に練習してるところとか見せたい?」

 

「それは、すごく嫌ですね」

 

「見せるなら完璧で、かっこよく。まぁ時と場合によりけりだろうけど努力しているっていうのは見せていい時とダメな時があるよね」

 

「では一刀殿の先ほどの技術・・・は努力してできるようになったんですか?」

 

「そりゃそうでしょ。それなりの時間は費やしたつもり。円もじょこたんもちょこっと練習すればできそうな気がして複雑な気分だけど」

 

 注文を取りに来た店員にいつもの二つと伝えると、一刀殿はあの場での経緯について語りだした。

 先ほどの大道芸広場と呼ばれるものの基礎を作ったのはどうやら一刀殿らしい。いわく手っ取り早くお金を稼ぎたかったからとかなんとか。煽りまくった結果ここまで大きくなったのは計算外だったみたいだが、それなりに人気が出て稼げたようだ。いくらでも探せば普通の仕事くらいありそうなものだが、そもそもお金は生活費として少なくない額を渡しているのだけれど。

 

「ヒモは御免こうむる!」

 

 どうやら譲れないものだったらしく、私が渡していたお金はほとんど手をつけていなかったようで、使っていたとしても食費程度とのこと。

 一息ついたところで料理が届く。オススメというだけあってとても美味しい、のだが。

 

「どうしたの、円」

 

「いえ、そのなんというか」

 

「あー、もしかして苦手なものだった?」

 

「そういうわけではないのですが」

 

 怪訝な顔でこちらを見る一刀殿、どうやら追求を諦める気はないらしくため息をついて白状した。

 

「その、一刀殿が作る料理の方が美味しいなって」

 

 思わず小声になってしまったのはお店に配慮したから、それだけ。一刀殿の見透かしたような笑顔が直視出来なかった。

 

「そか。なら帰ったら腕によりをかけて作ってあげることを約束しよう。円の好きなものをね。それじゃ腹ごなしに歩きますか。せっかくだし円の新しい服でも探してみようか?」

 

 だがその約束が果たされたのは随分先のことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 李儒殿の振り下ろされた手に従い、一刀殿を取り押さえる兵士。その扱いはまるで罪人のようで、決して逃すまいという強い意志が感じられた。私はただその光景を見ていることしかできず、私が見たことのないような笑顔で一刀殿は素直に従い、私たちの目の前から消えた。

 

 そして次に私が一刀殿を見たとき、彼は皇帝の隣で不貞腐れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人質とは、本当にいい性格してるよ」

 

 大勢の兵士に囲まれて見慣れた洛陽の道を歩く。周囲の兵士は事情を知らぬ者からすれば一刀と李儒の護衛というふうに見られるだろう。もちろん実際は逃がさないようにするための人員であり、そんな素振りを見せればすぐさま止めに入るだろう。

 

「そちらこそ随分と酔狂な真似を。理解できませんね、名乗り出れば地位も名誉も思いのままだというのに」

 

「望まない地位も名誉も俺にとってはただの重りだ。しがらみに雁字搦めにされて喜ぶような趣味は俺にはないよ」

 

「でも、そのしがらみのせいでこんなことになっているんでしょう?聞いた通りの人ですね、あなたは」

 

「・・・」

 

「さて着きました。どうぞ、お入りください」

 

 たどり着いた先は高官などが住む住宅密集地帯。目の前に屋敷は恐らく李儒のもの、警備の兵に会釈し李儒とともに門をくぐった。案内された部屋で少し待つように言われ、とりあえず椅子に腰を下ろした。

 

「悪いこと、したな」

 

 円にとってせっかくの休みだというのにとんだことに巻き込んでしまった。もっというならば見られたくない状況を見られた、といったところか。まったく、別に悪いことした訳でもないのにあの犯罪者を捕らえるようなやり方をした李儒が全て悪い。

 これで恐らく円達にも素性が伝わるだろう。楽しかった時間もこれで終わり、これからしばらくは退屈で、大嫌いな時間が続くのだろう。そう思うとなんだか気が滅入ってくる。

 

「おやおや、随分としかめっ面ですな。せっかくの久々のご対面だというのに」

 

「こんな対面じゃなければもっと喜んだんだけどな」

 

 李儒ともうひとり、俯き顔を伏せた少女。名を荀攸、真名は鏡花。あの曹操のところにいる軍師、荀彧の姪に当たる。心なしかトレードマークである猫耳フードも元気がないように見えた。

 

「もうし、わけ、ありません。一刀様」

 

「いやいいさ。久しぶりだね鏡花、無事で、よかった。なにか酷いことされなかったか?」

 

「おや、私たちは彼女を保護しただけだというのに」

 

「なら解放してくれると嬉しいんだけど。きっと今からでも遅くないと思うな」

 

「せっかく手に入れた鬼札をそう簡単に手放す訳ありませんよ。くっくっ、精々利用されてくださいよ」

 

 李儒は積もる話もあるでしょう、と部屋から出ていった。これから彼女と俺を軟禁するであろうに随分と寛大なことだ。恐らく逃げられないことを確信する何かがあるのだろう。

 椅子から立ち上がり鏡花に近づこうとしたところ、彼女は突然バランスを崩した。なんとか受け止めることができたが、抱きしめた彼女からとある異変を感じ取った。

 

「鏡花!?」

 

「かずと、さま」

 

 異様に軽かった。羽のように軽いという比喩ではなく、枯れ木を抱いたというような絶望的な軽さだった。急ぎ椅子に座らせると彼女の身体はあまりにもやせ衰えていた。

 

「まさかほとんど食事を」

 

「ちょっとドジってしまいまして」

 

「・・・李儒が?」

 

「いえ、それ以前です。ちょっとやらかした際に監禁されてましてね。李儒が助けてくれたというのは本当のことです。私が北郷亭の関係者だということをどこからか聞きつけたのでしょう、手厚い看護をしてもらいました」

 

 その点だけは李儒に感謝するべきだろう。目的があったとしても曲がりなりにも鏡花を助けてくれたのだから。しかしやつはなぜ鏡花のことを知っていたのだろうか。

 

 北郷亭の情報は多いがその情報のほとんどがブラフである。それは一刀自身が流したものもあれば諸侯が流したもの、伝わるうちに尾ひれがついたものと様々だ。それはスタッフに関しても同様である。故に露出の多い一刀ならいざ知らず、他の者はほとんど知られていない。

 過去、偽北郷亭騒動なんていうものもあったが、実際あまりの敷居の高さに今では本人以外名乗る者などほとんどいないのだ。徐晃ならいざ知らず鏡花がそのようなヘマをするとは思えない。

 

「心当たりが一人。あの女狐です」

 

「狐なんて生易しい女じゃないだろ・・・」

 

「恐らく私が監禁されたのも計画していたことなのでしょう。おかげで逃げることもままなりません。それだけの才と財力、地位がある人間はたった一人だけ」

 

 ギリギリまで削られた体力は回復するまでに相当な時間掛かるだろう。この時代、点滴がないため食事以外の栄養補給法なんてものはほとんどない。つまり食べれなくなった時点でアウトだ。鏡花はそのギリギリ危ういラインといってもいいだろう。間に合ってよかった。

 

「でも、一刀様が無事で良かった。倒れられたと聞いたときは心臓が止まるかと思いました。本当に、ご無事で何よりです」

 

「それはこっちのセリフだ。助けてやれなくて、悪かった。鏡花が元気になるまで、俺が責任をもって傍にいてやるから」

 

「一刀、様」

 

 鏡花が一刀の胸に顔をうずめた。細かく震える鏡花の小さな身体、もしかして罪悪感から泣いているのかもしれない。そもそも監禁された原因は俺にあるのかもしれないのだ。洛陽にて北郷亭をサポートしていた鏡花は、権力に近い分危険も多い。黄巾党時に無理をしていたため監禁されていたのかもしれない。

 一刀は鏡花をぎゅっと抱きしめようとした、その時。

 

「感動の再会は済みましたか?」

 

 まだわずかしか話していないのに無粋な声が割り込んできた。もちろん李儒である。

 

「積もる話も、じゃなかったのか?もう少し気を使うことを学んだほうがいいぞ」

 

「いえいえ、申し訳ない。緊急事態でして」

 

「緊急事態?」

 

「ええ、呂布殿がここまで来てるんですよ。一刀はどこ、ってね。なんとか張遼殿と華雄殿に抑えてもらっていますがいつ爆発するかわかりません。早急に止めてもらいたいのですが」

 

 予想外です、と李儒はため息をついた。その顔には冷や汗と苦労がにじみ出ていた。性格は悪いが、そんな人間臭い部分が一刀はあまり嫌いではなかった。それに鏡花を助けてくれた礼もあった。

 

「わかった、適当に説得してくるから。つじつま、考えておけ」

 

「ええ、あまり荒唐無稽でなければ。それではよろしくお願いします」

 

 一刀は部屋から出ていった。そこで残されたのは鏡花と李儒の二人。そして互いににらみ合う。

 

「まったくせっかくいいところだったのに、死ね」

 

「場合によっては呂布殿にあなたが殺されていたかもしれませんよ?」

 

 不機嫌さを隠そうともしない鏡花を李儒は鼻で笑った。二人の間には険悪ながらもある種の気安さが込められていた。

 

「あんなしおらしいあなたは実に気持ち悪い。部屋に入ろうとしたとき思わず鳥肌が立ちました」

 

「の、覗いてたの!?しかもわざとあの状況に割り込んできたの!?死ね、あんたなんか呂布にでも斬殺されちゃいなさい!」

 

「いいじゃないですか。これからしばらくは彼がつきっきりで看病してくれるんですよ?その間にイチャイチャでもしててください。まぁ必要な時にはお借りしますけど」

 

「うっさい、一刀様が戻ってくる前にあんたなんか出てけぇ!」

 

 手当たり次第物を投げつける鏡花をよそに、李儒は逃げるようにしてその場を立ち去った。向かう先は一刀のところ、彼はうまく呂布を説得できただろうか。

 

「面白くなってきました。存分に踊り狂いましょう」

 

 外で叫び声が聞こえる。李儒の足音はその声にかき消された。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

荀攸   北郷亭『事務スタッフ』

実は一刀にこの世界のイロハを教えた少女。叔母に荀彧がいる。

お気づきかもしれないが、人によって猫を被っている。ツンデレ?

一刀と共に行きたかったが体力等の問題上泣く泣く断念、洛陽にて北郷亭のサポートを行う。

そのことに一刀も罪悪感を持っている、また先生でもあるため非常に甘い。

 

衣装はジャンパースカート ただ公の場では荀彧の色違いの服を着ている。(荀家の公式服のため)

裏方なので接客はほとんど行わない 一刀の前のみふりふりのエプロンを装備




ここまで読んでいただきありがとうございます

デートっぽいところをしっかり書こうかと思いましたが
無理だったためこうなりました すまんこーちゃん・・・

そしてタイトルの『渡り鳥』 あえて説明はしません

ようやく逸話部分までたどり着けそうです まぁ逸話であって事実とは違ったりするんですが
どのようにまとめていくかは腕の見せどころといったところで、ない腕で頑張ってみようと思います

次回があればよろしくお願いします


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利用するもの、されるもの

すみません 今回少し短いです


 董卓、賈クは非常事態に陥っていた。

 大将軍何進との会合、それに伴う料理の手配に問題が生じたのだ。雇っていた料理人は病気、急用と軒並み居らず食材だけ置かれた厨房で立ち尽くしていた。

 

「ふぇぇ、ど、どうしよう詠ちゃん」

 

「う、あいつら一体なんなのよっ。揃いも揃ってこんな時にいないなんて。どこから料理人を連れてくる?いいえ、そんな伝手もそもそも時間ももうないわ」

 

 そもそもまだ洛陽に来てからそれほど立っていない新参、他家から料理人を借りようにもそんな親しい知り合いは居らず、そもそもそんな簡単に借りを作る訳にはいかない。だがこの会合が董卓の未来を決めるといっても過言ではなく、借りとかうんぬんの以前の問題だ。

 

「ね、詠ちゃん。私が何か作るのは」

 

「ダメよ、月がいなくちゃそもそも意味ないじゃないっ!」

 

 私たちの中で料理を作れそうなのは月とねねくらい。恋はもちろんのこと脳筋の華雄が作れるとは思えない、霞は多少作れそうだが大雑把そうだ。さすがにそんなものを出すわけにも行かない。

 一人、また一人と名前を挙げていくが誰ひとりとして適任とは思えない。何しろ田舎から出てきたといっても過言ではない董卓軍が、本職である料理人以外で何進の納得のいく食事を提供できるはずもない。賈クの頭がパンク仕掛けたその時、声がかかった。

 

「おや、なにやら面白そうな事してますね」

 

「り、李儒」

 

「南瓜とにらめっこですか?そんな眉間にシワがよった顔を見て、笑ってくれるのは宦官くらいのものじゃないですかね。もちろん皮肉ですよ?」

 

「わかってるわよっ、今忙しいんだから邪魔しないで!」

 

「そうですか、それはすみませんね。では帰りましょうか、一刀君」

 

「あー、はいはい」

 

 そういってあっさり出ていこうとする李儒と見慣れぬ男がもうひとり。

 

「ちょっと、部外者をここに入れないでよね!」

 

「え、詠ちゃん。そんな風に言わなくても」

 

「やれやれ、切羽詰って逆ギレとか軍師のやることではないのではないですか、賈ク殿?そういう時こそ冷静にするべきですよ」

 

 ムカツクが李儒の言うことは正しい。賈クは落ち着くべく深呼吸を行った。少し、いやかなり頭に血が昇っていたようだ、隣にいる親友である月が心配そうにこちらをみている。自分がどれだけ心配されているかを知って、ようやく賈クは冷静になれた。

 

「で、あんたはなんでここに来たの?もしかしてあんた、料理出来るわけ?」

 

「いえいえ、それはさっぱり。何故か何を作っても黒焦げになってしまって、それ以降厨房にすら入らせてくれないんですよ。誰もいない今だからこそ、久々に入れた気がしますね」

 

「使えないわね。じゃああんたなんでここに来たのよ」

 

「そりゃ厨房と言ったらやることはひとつでしょう?後ろの彼をここに案内しに来たんですよ」

 

 李儒は後ろの男に視線を向ける。こちらのやりとりなんてどこ吹く風というか、彼の視線は食材に向けられていた。今のやりとりを見て大層神経が太いようで、同じくすぐそばにいた月は剣呑な雰囲気にビクビクしていた。

 

「そいつ、料理できるの?」

 

「ええもちろん。特級、そういっても過言じゃありませんよ」

 

 賈クは李儒のその言葉に疑ってかかった。特級料理人なんて数える程しか居らず、そもそもフラフラしているはずもなくどこかに召抱えられているのが普通だ。しかし藁にもすがる思いであった賈クにとっては、一応李儒も董卓軍の一人、わざわざ嘘をつく必要なんてない。過大評価だとしても、かけてみる価値はあった。

 

「いいわ、そいつに任せる。今よりも悪化することなんてどうせないでしょうしね」

 

 賈クはちらっと一刀を見たあと無言で厨房をあとにした。董卓もぺこりとお辞儀をしたあと、その後ろに続く。

 

「では一刀君、よろしくお願いしますね」

 

「俺が言うのもなんだけど、投げっぱなしすぎじゃないか?さっきの娘たちも誰とか紹介なかったし、俺が誰とか紹介もなかったし」

 

「あの目つき悪い眼鏡がうちの軍師の賈ク、あっちのおどおどして可愛らしいのが董卓様です」

 

 一刀は驚いた。話には多少聞いていたが史実とは似ても似つかない。呂布といい、陳宮といい、李儒といい、董卓軍は史実に真っ向から喧嘩売ってるとしか思えなかった。

 

「あなたの紹介はその腕で見せつけてやってください。まさかできないなんて言わないでしょう?」

 

 李儒の挑発するような笑み。目の前には清潔かつしっかりとした厨房、様々な新鮮な食材、この状況で言える不満はサポートがいないくらいか。一刀は鼻で笑うと腕をまくり食材を手にとって言い放った。

 

「"北郷亭゛の虜にしてやるよ、そりゃもうメロメロにね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・メロメロとはどういった意味かわかりませんが、かなり恥ずかしいことをおっしゃってませんか?」

 

「う、うっさい!余計なこと言わなくていいんだよ!」

 

「くくっ。私も会合には出席いたしますので。是非とも私も楽しませてくださいね」

 

「あー、はいはい。期待に添えられるように頑張りますよっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きな机には馴染みある麻婆、焼売、エビチリ、湯。他にも様々な料理が並ぶ中一つだけ異質を放つものがあった。

 

「こちら、トンカツでございます」

 

 手くらい大きさのある見たことのない黄金色した何か、その初めて見る料理は香ばしいいい匂いを放つ。そこにいた全員の目が釘付けた。

 

「ふむ、それはどういった料理なのだ?」

 

「こちら私の故郷の料理の一つでして、豚肉に卵とパン粉を付け揚げたものとなっております。是非ともお召し上がりいただきたいと思い、ご用意いたしました」

 

 何進の質問に、先ほどの料理人は流れるように豚肉のどの部位を、パン粉、揚げ物とは何か説明していく。そして説明が終わると包丁を取り出し、トンカツに手を加えた。

 

ザクリ、ザクリ。

 

 衣が割れる音と、切り口から肉厚でしっかりと火の通った断片と湧き出る肉汁が湯気とともにはじけ飛ぶ。ごくり、と誰かわからないが喉を鳴らす。見た目、音、匂い、本能が最後のピースである味を早く早くと急かし続ける。

 

「ではどうぞ、お好みでこちらのタレをつけてお召し上がりください」

 

 董卓は中央に置かれた皿を、はしたないと思いつつも急ぎ箸を伸ばす。そうしなければなくなってしまうのではないかと思うほど、皆の箸は早かった。

 皆が口に放り込むこと遅れて董卓も口をつけた。外の衣のカリっとした触感に比べ、中は程よい柔らかさ。噛めば噛むほど熱々の肉汁が口の中をいっぱいにする。もちろん外の衣の香ばしさも素晴らしく、肉の旨味に押し出されるのがもったいないと思ってしまうほどだ。そして最初につけたタレ、ソースと呼ばれるそのタレはこってりとしているが、肉汁の甘みと混ざり合い程よい旨みへと変わる。

 たった一切れでものすごい満足感であった。だが同時にもっと食べたいという想いも巻き起こる。

 

「おい、もうないぞ!」

 

「はっはっは、すまん。私が食べてしまった。いやしかしこれはうまいな」

 

 董卓が皿を見たときには既にトンカツは消えていた。どうやら董卓が惚けている間に何進が抜け目なく食べてしまったようで食事中であるにも関わらずいつの間にか殺伐とした雰囲気が流れてしまった。当然のように周囲の視線はこの食事を用意させた董卓へと集まるが、当の本人はへぅ、としか言いようがなかった。

 

「お、お待ちください。すぐに新しいのを用意させますので。ほかの料理も絶品ですのでどうぞお召し上がりください」

 

 賈クのとっさのフォローに感謝しつつ、董卓もともに頭を下げた。慌てて席を外す賈クを追いかける。背後でほかの料理にも手を付け旨いと唸っている何進たちの声を聞き、安堵と共に自分も食べたかったと食べ尽くされないことを祈った。

 

「ちょっとあんた!」

 

「はい?」

 

 本来誰かに言いにいかせればいいものの直接厨房に来た賈クと董卓は厨房で何かをしている料理人を見つけると怒鳴るように呼びつけた。

 

「さっきのトンカツってやつ、追加で直ぐに作りなさい!」

 

「えー、材料がないですよ」

 

「い・い・か・ら・つべこべ言わず作りなさい!」

 

 文句を言う料理人に対して賈クは怒鳴り散らした。実は会合はあまりうまくいっておらず、終始何進の機嫌は斜めであった。しかし、今の何進は先程とは比べ物にならないくらい機嫌が良い。これならば、とはやる気持ちが抑えられなかった。

 

「それは"命令"ですか?」

 

「ええ、"命令"よ!」

 

「・・・わかりました。ただ材料の豚肉がもうありません。牛肉を使ったものになりますがよろしいでしょうか?」

 

「ええ、美味しければなんでもいいわ!すぐに取り掛かりなさい」

 

 賈クはいうことはいった、と厨房から踵を返した。後ろからついてきていた董卓は一刀と賈クを見て、ぺこりとお辞儀をしてその背中を追いかけた。

 そのため運がいいのか悪いのか、冷めた目で賈クを見つめていた一刀に気がつかなかった。

 

「え、詠ちゃん。さっきのは、その、失礼だよ」

 

「せっかくの機会よ。あのままいけば何進が後ろ盾になるかもしれない。棒に振るようなことはできないわ」

 

「で、でも、あの人は私の部下でもなんでもないのに」

 

「李儒の部下なら月の部下でもあるわ。何も問題ない」

 

 賈クの足取りは軽い。だが対照的に董卓の心には少しだけ、ほんの少しだけ影が差し込んでいた。

 

 戻るとほかの料理もあらかた平らげられていた。

 

「おお戻ったか、董卓殿。今日の食事はとても旨いな。このような腕を持つ料理人がいるとは、心底羨ましい」

 

「いえ、お気に召したのであれば何よりです」

 

 何進は顔を赤くして大層ご機嫌であった。残った料理を口にすると冷めてはいたが同じ料理とは思えないほど美味であった。董卓はもちろん賈クもあまり食べられなかったことを後悔するほどに。

 

「お待たせしました」

 

 ようやく料理人がやってきた。そして皿に載っていた料理は先ほどのものと少し異なる。

 

「先程は豚肉を用いましたが、今度は牛肉を使用しております。トンカツとは異なり脂身が少ないため、先程とは違った美味しさがございます。お好みのタレでお召し上がりください。ちなみに私のオススメは軽く塩を振ったものです」

 

 先程とは違い肉汁は飛び出さないが、そのうまそうな匂いは相変わらず。既にかなりの量を食べているにも関わらず、皆箸を伸ばす。そして勧められた塩を軽く振りかけ、一口。先程のものとは何もかもが違う、例えるのならば豚肉が華雄の金剛爆斧による一撃のようなパンチ力のある肉の旨さ、牛肉は張遼の飛龍偃月刀による神速のような繊細かつ極上の肉の旨さといったところだろうか。どちらも棄てがたい。

 

「うむ、素晴らしい。料理人、是非にうちに来ないか?」

 

 何進が思わず勧誘してしまうほどであった。しかし料理人はのらりくらりと角が立たないように見事にかわす。それほど気に入ったのであれば、この男を差し出すのもいい手かも知れない。

 

「賈ク」

 

「なによ、李儒」

 

「やめておいたほうがいい」

 

 李儒が制した。李儒は馬鹿ではない、こちらの思っていることをしっかりと把握した上での忠告であろう。しかしたかが料理人を差し出すくらいで大げさな。

 

「はっ。無知が、自分の手の中に何があるか把握してないというのは怖いな。まったくいい勉強になる」

 

「・・・あんたが今私を馬鹿にしたのはよーくわかったわ。後で覚えておきなさい」

 

 そそくさ料理人が退室したためうやむやになった。最後に出てきた甘味は、最高に美味しかった。

 

「いや、この料理を食せただけでも董卓殿とは良い付き合いをしていきたいと思う。まぁこちらに来て日が浅く大変なこともあるだろうが、何かあれば是非力になろう」

 

「あ、ありがとうございます、何進様」

 

「次はもっといろいろ食べてみたい、そうあの料理人に伝えておいてくれ。それではな」

 

 次の会合を楽しみにしている、そう告げ何進は去っていった。この場に安堵のため息が満ちる。

 

「成果は上々、といったところでしょうか」

 

「ええ、李儒さんもありがとうございました」

 

「いえいえ、お役に立てたなら何よりです」

 

 恭しく董卓に向けてこうべを垂れる李儒。無事会合も終えて万々歳といったところではあるが賈クはひとつ納得のできないことがあった。

 

「李儒!あの料理人はどこのどいつなの!?あの何進が気に入るほどの美味しい料理作れるなんて」

 

「え、詠ちゃん」

 

「そう言われましても、口説き落とせたのはつい最近でして。今日もたまたま職場になるかもしれない厨房に案内しようとしていただけのこと。それに旨いのは当たり前です」

 

「は?どういうことよ」

 

 李儒の含みのある笑顔に少し不信感を覚える。どうもあの顔は気に入らない、仲間ではあるが一癖も二癖もある自分とは違った天才、それが賈クの李儒に対する評価だった。

 何を言われても驚くまい、そう賈クは心に決め返事を待った。しかし無様にも阿呆面を晒すこととなる。

 

「ええ、なにせ彼は"北郷亭"なのですから」

 

 あまりにこともなさげに告げた李儒。賈クと董卓は自分たちの手にあるものの大きさに、絶句する以外リアクションをとることができなかった。

 

 

 

 李儒は見えないようにこっそりとぐっと手を握りガッツポーズをとった。

 

 

 

 

 

 

 「一刀様、不機嫌ですね」

 

 李儒の屋敷の一室で、一刀と鏡花はリハビリを行っていた。一目見て一刀の様子が普段とは異なることを見抜いた鏡花は一段落した際に思い切って訪ねてみた。

 

「まあねー。有力者というか権力者っていうのはやっぱり好きになれないなぁって」

 

「・・・確かに、一刀様とは合わないでしょうね」

 

 一刀は自然体を好む。鏡花の知っている限り上下関係による歪な関わりを持とうとはしなかった。もちろん目上など敬意は忘れないが、権力を持つものと積極的に関わりを持とうとはしない。唯一といっていい例外は袁紹くらいであろうか。

 それが今は董卓と関係を結びつつある。元々董卓所属の将とは親しい関係であったようだが、それも私的だったからこそ。もし仮にも政治や軍事に巻き込まれるようなことがあればさっさと消えていただろう。一刀は情に厚い反面、冷徹なところもある。

 今回は董卓のところでその琴線に触れるようなことがあったのだろう。

 

「まぁしょうがないというか、頭ではわかってるんだけどね。だからといって納得できるわけじゃないんだよなぁ」

 

「申し訳ありません。本当に返す言葉もありません」

 

「ああっ!?別に鏡花を責めてる訳じゃないから」

 

 そうせざる負えない原因を作ったのは私だ。そのことが悔しい反面嬉しさもある。なぜならプライドを、自分を曲げてまで傍にいてくれるのだから。

 

「あーもーなしなし。ほら、続きを始めよう」

 

 一刀様に続いて私もふらつきながら立ち上がる。

 

「ほら、ゆっくりでいいからな」

 

 手すりにつかまりながらも、一刀様が待つところまでゆっくりと歩を進める。このリハビリとやらを始めてから少しづつだが立っていられるようになった。そして短い距離でも行けるようになってきている。一刀様におぶってもらうのもなかなか素敵だが、足で纏よりも、並んで歩いていきたい。

 

「あっ!」

 

「おっと」

 

 一刀様の下まであと少しというところで膝が折れ倒れ込むかと思われたが、しっかりと一刀様が抱きとめてくれる。細身ながら、逞しくてそして暖かい。むさっ苦しい男たちとは違う、一刀様だからこそ私は安心して身体を預けられる。

 

「も、申し訳ありません」

 

「いや、始めの頃に比べたらだいぶ動けてるよ。成果が出てるね」

 

 一度床に下ろされ、今度はお姫様だっこされる。私は一刀様の首にしっかりと手を回しそのお顔を見つめると、一刀様は柔らかく微笑んでくれる。一刀様は私が怖がって必死に落ちまいと首に手を回している、と勘違いしているがもちろん少しでも密着したいがためである。

 ちなみに時々わざと体勢を崩し、転ぶ"ふり"をするがそれくらいはどうか許して欲しい。短いながら一刀様を独り占めできる機会なのだ、それくらいの役得があっても罰は当たらないはず。

 

「どう鏡花。気持ちいいかな」

 

「は、はい」

 

 椅子に下ろされたあと、ゆっくりと丁寧に足をまっさーじされる。その瞬間も私にとって至福の時間だ。

 好きな人が私のためにいろいろ考え、色々と行ってくれる。ただそれだけで鏡花は幸せです。

 

 

 

・・・あ、食事の時にあーんをされるのも至福ですよ?

 




ここまでご覧頂きありがとうございます

今回突っ込みどころが満載ですがスルーでお願いします orz
料理に関してとかなんでやねんとか思うところもしばしば、表現が難しいです

そして今回詠ちゃんがすごく嫌な人になってますね
私は詠ちゃんは大好きです ただポジション的にどうしてもそうならざる負えないのが彼女でして
情よりも利を取る、でも最優先は月 が詠ちゃんだと思います
なので月を押し上げるためにこの発想は普通にすると思うのでこうなりました

次回はストーリー進めるよりも、ちょっとした回想にするかもしれません。
たぶんチーム呂布のぼのぼのストーリー

感想を見る限り、ぼのぼのの方が需要がある?と思いまして
個人的にも一足急ぎすぎたと感じています

次回もよろしくお願いいたします


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さよならとこんにちわ

遅くなりました。
冒頭部分は荀攸と合流する以前の話です

*感想で頂いた指摘部分は後日修正します


 初恋、そんな甘酸っぱいイベントは遥か昔に元の世界で済ましている。今では顔も名前も思い出せない、そんな遠い記憶。ではもしこの世界に来てから初恋は誰か、と聞かれればはっきりと覚えている。しかし残念ながら答えることはできない。なぜなら名を聞くことさえできなかったのだから。

 

「こら、こんなところで何やってるの?」

 

 洛陽から少し離れたところ、たった一本だけだが美しい桃の木がある。日課、というほどではないが時々ここで桃の木を眺めながら新作料理を食している。新作といっても既に元の世界では普通に作られているものばかりであるが。

 今日も弁当片手にここに来て、いざ食べようと思ったとき、後ろから声をかけられた。言葉として聴けば怒られているのだろうが、声をかけてきた女性はニコニコ笑っているため全然そんな気が起きない。いや実際に怒っていないのだろう。

 

「見てわからない?お昼、食べてるんだよ」

 

「へぇ、美味しそうね」

 

 彼女は遠慮なくスカートが汚れることを気にせず、すぐ隣に座った。弁当の方に顔をのぞかせた彼女、ふわりと桃の花とは異なる甘い香りに気づき少し緊張してしまう。

 まじまじと弁当の中身を見たあと、彼女は今度はこちらの顔をジッと見つめてきた。目は口ほどにものを言う、一刀はあっさりと降参し弁当を差し出した。

 

「食べる?箸は一本しかないけど」

 

「食べる♪」

 

 そう言って手に持っていた箸を奪い取り一口、彼女は目を輝かせた。

 

「美味しいわね。これなんていう料理?」

 

「に、肉じゃが」

 

「肉じゃが?初めて聞く名前だわ。今度作ってもらうわね」

 

 じゃがいも・・・本来はこの時には中国にはあるはずのない食材であるにも関わらず、少量ながら市場に出回っていたのを発見したのだ。それらを栽培し様々な実験を行なった結果作られたのがこの肉じゃがである。じゃがいもがあれば相当の料理のバリエーションを増やすことができる。

 箸は進み、次々と肉じゃがが彼女の口へと吸い込まれていく。あまりの食べっぷりに一刀としては軽くひくが、料理人としては誇らしい。自ら作った料理を本心から美味しいと言って食べてくれる、作り手としてはそれほど嬉しいことはない。一刀は彼女の表情を見て、とても気分がよかった。

 最近、客に嫌な感情が混じっている。そうはっきりと感じ取れるようになったのはいつごろだろうか。洛陽にあるとある料理店で働いている際に感じたこと、俺が作った料理を食べて喜ぶ、ではなく今人気の店の料理を食べたことがあるというステータスを誇らしげに語る客が増えているような気がしてならない。

 確かにそれは悪いことではない。だが純粋に料理を作っている側からしてみれば料理自体をないがしろにしているような行為はあまりいい感情が持てなかった。

 

「あははっ、残念だけど無理だね。それ、作れるのはこの世界で俺だけだから」

 

 肉じゃがが作られるのはまだまだ先の未来話。故にそれを作ることができるのは北郷一刀ただ一人。いや、目の前の彼女ならば作れるかも知れない。肉じゃがという料理が存在することを知ったが故に。

 

「そっか、残念」

 

「いい加減箸止めようよ」

 

「あなたしか作れないんでしょ?なら食べるしかないじゃない」

 

 無茶苦茶だった。いや確かに間違いではないがだからといって人の弁当を食べつくす奴がいるだろうか。結局肉じゃががなくなるまで箸が止まることはなく、一刀はため息をつきながら、反対に幸せのため息をついている彼女に向けてお茶を差し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ」

 

 懐かしき思い出、それは美化されるというが正しくその通りだと思う。その女性と話したのはその時のたった一度だけ、故に強く、鮮やかに記憶に焼き付いている。その時の夢を見たのはこの洛陽にきたからだろうか。

 

「花見をしよう!」

 

 思い立ったら吉日、布団から飛び起きた一刀はねねに向けてそう言った。夢で見た情景を懐かしみ、せっかくだから恋たちにあの見事な桃の木を見せたいそう考えたのだ。本音を言えばあの時の女性にまた会えるかも、という仄かな期待があったかもしれない。

 

「なんなのですか、いきなり」

 

「だから花見だよ。美しい桃の花を眺めながら美味しいご飯を食べる、以上!」

 

「訳がわからないのです・・・」

 

 ねねは溜息とともに頭を抱えた。何もそこまでかわいそうなものを見るような目でこちらを見なくてもいいのに。日頃の仕事で疲れているのか、ねねはあまり乗り気ではないようだった。

 

「ごはん、かずとが作る?」

 

 どこからか現れた恋が背後から覆いかぶさるように抱きついてきた。身体を密着させ擦り寄る恋は俺の手を取り、すんすんと匂いをかいだ。これは最近恋がよくとる行動で、本人いわく「おいしそうなにおいがしてすき」とのことだ。一刀には嗅いでもわからないが、カンが鋭く鋭敏な恋だからこそわかる、のかもしれない。

 ついでに言うと、いつどこで嗅がれるかわからないので人一倍、手は清潔に保っている。もし嫌な顔されたりされたら恐らくショックで立ち直れないだろう。

 

「ねねと一緒に作るよ。あとすんすんするの禁止」

 

「じゃぁ、こっち」

 

「ぬあっ。れ、恋殿~」

 

 いつもどおり断ると、素直に標的を移し今度はねねを抱きしめた。当のねねは首元をすんすんされて身悶えている。ねねには申し訳ないが色気はないし、恋も特に恥じらっているような様子がないためものすごく健全である。例えるならば大型犬に押し倒されペロペロされている感じというか、むしろその例えの方が・・・とても健全である。

 

「れ、恋殿っ。あまりすんすんされるのは恥ずかしいのですぞ。というか一刀も笑ってみてないで早く助けるのです!」

 

「最近、ねねからも美味しそうな匂いがする」

 

「うううー。花見でもご飯でもなんでもするのです!一刀、さっさと助けろなのです!これ以上はねねは、ねねは恥ずかしさのあまり死んでしまいそうですぞ・・・」

 

 今にもねねを食べてしまいそうな恋を引っペはがす。二本の頭の触手が心なしかしょんぼりしているような気がするが見なかったことにしよう。

 

「よし、買い物に行くぞ!そしてちゃちゃっと作って昼過ぎには着けるようにするぞ!」

 

「おー」

 

「おー、なのですぞ」

 

 嫌がりつつもちゃんと乗ってくれるところがねねのいいところだ。財布を持って家を出る。円はまだ起きてこなかったためそっとしておくことにした。

 恋を中央に一刀とねねが並び三人並んで洛陽の街を歩く。まだ朝も早かったため人通りは少なかったが、市場の方へ行けば活気があふれているだろう。

 

「手、繋ぐ」

 

 人ごみに突入する直前、恋が二人の手を取った。

 

「いや、さすがに迷惑になるよ」

 

「離れるの、ダメ」

 

「ねねはむしろどんと来いなのですぞ!」

 

 この人ごみの中、確かに手を繋がなければ散り散りになってしまうかもしれない。だがさすがに並んで歩くのは通行の邪魔になってしまうだろう。一刀は無理矢理繋がれた手を引き離そうとした。

 

「ちょ、え、外れ、ない!?」

 

 繋がれた手は微動だにせず、こんなに柔らかいのに解ける素振りさえ見られない。じっと見つめる恋の瞳、そこからは『嫌なの?死ぬの?』とまるで無言の圧力をかけられているかのようだ。完全に被害妄想です。

 

「迷惑というなら、こうすればよいのですぞ」

 

 ねねが恋の左腕に抱きついた。満面の笑みを浮かべ幸せそうに微笑むねね。ぎゅっと掴まれた左手に力がこもる。そう、それはつまり。

 

「俺が恋の腕に抱きつく、ということか・・・」

 

 帽子でもでもかぶってくれば良かった、ハイテンションになる二人をよそに一刀の目から何かがこぼれ落ちた。

 

「お、北の兄ちゃん。面白いことやってんなぁ」

 

「そうだね、傍から見たらすごい面白いだろうね!」

 

 豪快に笑う八百屋の店主が憎い。市場の通りをあの格好で抜けるという羞恥プレイもなんのその、本来の目的を果たすためにやってきたのは馴染みのお店。恋とねねは一刀が店主と話している隙に、とっくに手を話商品を物色中である。

 こう見えて恋はいい食材を選ぶのがうまい。それは知識に基づくものではなく、本能によるものが大きい。直感でこれは美味い不味いの判断がつけられるのだ。対してねねは経験不足ながらもその深い知識によって選ぶ。ある部分が硬いと美味しくない、見た目に反して重いとぎっしり詰まっている、そういった要点を抑えた選び方をする。

 

「いやぁすごいね、兄ちゃんのツレ。状態のいいものばかり持ってかれてるよ」

 

「はっはっは。彼女たちがいてくれると楽できるよ」

 

「兄ちゃんのこれかい?」

 

「だったら光栄ですけど、生憎とそんな仲じゃないよ」

 

 小指を突き立てる主人をドツキながらこの時代にもこんなやりとりできるんだなと思いつつ、もし恋たちが恋人だったときのことを思い浮かべる。うん、ないな。

 

「おい、何か失礼なこと考えてやがらないですか?」

 

「かずと、おまたせ」

 

 カゴいっぱいの野菜を手に戻ってくる二人、パッと見だが問題なさそうだ。ここは二人を信じてしまおう。

 

「お疲れ。さっさと会計しちゃおう。おっちゃん、いくら?え、半額でいいの?」

 

「おいおい、冗談はよしてくれよ。そんなことされちゃ商売上がったりだぜ」

 

 強引に押し切ろうとする一刀の言葉を聞き流し、やれやれとニヒルに微笑む店主。強引に押しきれないのならば搦めでを使うのみ。

 

「恋、出番だ」

 

「ん?」

 

 食材と、店主の顔を何度も往復する恋。その無垢な瞳に徐々に耐え切れるものなどいないのだ。両者無言、だが旗色は圧倒的にこちらの方が良い。

 

「あー、わかったわかった。今日だけな。ただしこれからもちゃんとうちに買いに来い」

 

「ありが、とう」

 

 ついに店主が折れた。こうして我が軍は圧倒的な食材を手に入れることができるのだ。まさに恋という存在はゲームで言うなればチート、桃鉄で言うならばゴールドカードといっても過言ではない。しかも無制限の。

 涼州では歩いているだけで何故か食べ物を渡され、料理屋で立ち止まるだけでただで食事ができてしまうというわけがわからない存在なのである。ここ洛陽でも既に侵食し始めているらしく、涼州のようになってしまう日も近いかも知れない。

 

「あ、そっちのちっこいのと北の兄ちゃんはダメな」

 

「なんですとー!?」

 

 きちんとオチはついた。

 

 

 

 

 正直あくどいと言われても仕方がない手口を使い、野菜の他に肉屋や魚屋を強襲、食材をゲットした一刀たちはホクホクした笑顔で自宅に戻る。

 

「あれ、買い物ですか?誘ってくれればいいのに・・・」

 

「円、ぐっすり寝てたみたいだし。起こすのも悪いと思って」

 

「それでも仲間はずれは少し堪えるんですが。しかしそんなに大量に食材を買ってきて、今日は何かお祝いですか?」

 

「おしい、いい線いってる。だが残念ながら不正解です」

 

 寝間着姿で寝起きらしき円は無防備というか、雰囲気が普段にもまして柔らかい。その表情を見ると私、不機嫌です、と物語っているのがよくわかる。

 

「花見、ですぞ!お弁当を作っちゃうので円は準備をしておくのです」

 

「ごはん、ごはん」

 

 テキパキと厨房へと向かうねねに、ハイテンション気味の恋。

 

「花見、ですか。なかなか風流ですね」

 

「おお、さすがこーちゃん。わかってるねぇ」

 

「こーちゃんはやめてくださいっ!」

 

 圧倒的に娯楽が少ないこの世界では、美しいものを愛でるといった趣味を持つ人は多い。それは美術品であったり、風景であったり、植物であったり、動物であったり。

 曹操?彼女は特殊な訓練を受けています。

 

「という訳でちゃちゃーっと作っちゃうからとりあえず顔を洗っておいで。そしてて伝え」

 

「はぁ、わかりました。しかし私はあまり凝ったものは作れませんよ?」

 

 円は別に料理ができないわけではないのだが、どちらかというと手間を惜しむタイプであった。例えるなら、ラーメンを食べる際にスープから本格的に作るのは一刀。袋入りラーメンにネギやコーンなどトッピングを加えアレンジをするのがねね。カップラーメンに湯を注ぐのが円、である。

 今の喩えは極端であるが、めちゃくちゃ美味しいものではなく最低限で妥当なものを作るのが彼女であった。

 

「大丈夫、作ってもらうのはおにぎりだから」

 

 特性炊き込みご飯で作るおにぎり。さぞうまいこと間違いなし。

 つまみ食いをしようとする恋を抑えつつ一刀とねねの合作が完成する。結局円は衝動に身を任せようとする恋の抑え役しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおお!なかなかやりますな、一刀」

 

「いい、香り」

 

「見事ですね」

 

 3人とも簡潔であるが最大であろう賛辞。聖域のごとく隠れるように見事に咲く桃の花。ここに連れてきたかいがあった、一刀もその3人の様子を見てホッとひと安心した。そして記憶通りの光景にであったことを素直に喜んだ。

 

「さっそく食べようか。恋も待ちきれないようだし」

 

 先程からじっと弁当を見つめる恋、先ほどのいい香りとは桃の香りではなくもしかしたら弁当から漂うお肉の方だったのかもしれない。

 適当に持ってきた御座っぽいのを敷き、重みのある弁当箱を中央へ。囲うようにして四人座る。水辺であれば火を使っても良かったが、万が一ということもあるし今回は自粛、冷めても美味しいように工夫してきた。

 

「それじゃ、いただきますっと」

 

 目を輝かせ、思い思いに箸をつける。これは美味しい、こっちのはちょっとしょっぱいですね、恋殿、あーんですぞ!などと騒ぎながら時折上を見上げる。

 そこには過去も現在も未来も、変わらず同じように咲き続ける桃の花。一刀いた世界まで世代交代しながら同じように咲き誇るのだろう。

 

「一刀殿、どうかしました?」

 

「いんや、何でもないよ」

 

 少しだけネガティブが入った気持ちを笑顔で吹き飛ばす。

 

「ねね、腕、あげた」

 

「褒めすぎなのですよ、恋殿ぉ。あ、こっちもねねが作ったんですぞ。ささっ、恋殿、あーんですぞ」

 

「あーん。むぐむぐ、おいしい。ねね、いつでもおよめにいける、ね」

 

「もちろんですぞ!いえ、むしろ既にねねは恋殿のお嫁さんなのです!旦那様、こちらも食べてください、なのです!」

 

 いい感じに恋とねねがトリップしている。一刀はつい生易しい目で見てしまうが、円はドン引きしていた。この世界ではそんなに珍しい光景ではないが、どうやら円にはそっちのけはないらしい。某覇王様は以下略。

 

「ほら円も、あーん」

 

「え、え、うぇえ!?」

 

 誤魔化すべく、隣でイチャイチャしている恋とねねの真似て円に箸でつまんだ卵焼きを差し出すが、しかし一刀の行動に驚いた円は普段聞いたことのないような叫びを放つ。

 

「・・・円、女性としてその叫びはどうかと思う」

 

「まどか、がんば」

 

「さすが恋殿、この情けなくも女性として失格と言える叫び声をあげた円に優しいお言葉をかけるとは。ねねは、ねねはもっと恋殿のことが好きになってしまいますぞ!」

 

「し、失礼な!全て悪いのは一刀殿、そう一刀です!」

 

 非情な周囲の視線に顔を真っ赤にして襲いかかる円をさらりと躱し、ぱくりと一口肉じゃがを食べる。冷めることでじゃがいもがしっかりと出汁を吸い込みより深い味わいとなる、自分で作っておいてなんだが最高にうまい。再現度もあの時よりさらに上、もう完璧といっても良い出来だ。

 

「円も落ち着いて、ね。ほらほら、あーん」

 

「あ、あーん」

 

 目を瞑り、小さく開けた円の口にじゃがいもをひと切れ放り込む。まるでキスをせがむかのような姿に少しだけどきっとしたが、なんとかバレずに済んだのではないかと思う。横目でねねがニヤニヤしていたからあとでお仕置きをしておこう。

 

「食べたことない味なのですが、ホッとするというか、とても美味しいですね」

 

「そりゃ俺が作るんだから、不味いわけないな」

 

「あ、いやそういう意味じゃなくて」

 

「わかってるって。ほら、どんどんたべ」

 

 そう言い切る直前、円、俺の二人がとある一点に視線を向けた。

その視線の先には、一人の少女。その瞳には何故か殺意を宿して仁王立ちでこちらを睨みつける。

 

「貴様ら、ここをどこだと思っておるのだ!」

 

 怒りに震え問いただす姿は、とても少女とは思えないほどの迫力があった。だが所詮はその程度、このメンバーを怯ませるには到底足りない。恋なんかは完全に眼中になく、ねねは気づいていないのかそれとも無視しているのか見ることすらしない。

 

「さぁ?洛陽ではないことは確かかな」

 

 代表で一刀が答える。少女はその答えがお気に召さなかったようでより怒りを込めて叫んだ。

 

「ここは、私と、母様の思い出の場所だ!そこに堂々と・・・」

 

 だがその叫びはふと何かに気づいた様子を見せると、だんだんと弱くなりついには完全に停止する。そして先ほどの様子とは打って変わって恐る恐るといった視線を向けられた。

 

「もしや貴様、北郷と申すのではあるまいな?」

 

 おもむろに近づき正面からじっと顔を見つめてきた少女から、懐かしい甘い香りを嗅いだような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそれからしばらくした後、その少女は玉座に座り、目の前にいる諸侯に見せつけるように隣に声をかける。

 

「一刀よ、朕に毎日食事を作って欲しいのだ」

 

 これは董卓が諸侯を集め開いた"北郷亭"のお披露目の場。北郷亭は皇帝に献上され、董卓は褒美として様々なものを手に入れる。董卓の栄華はもはや約束されたも同然だ。

 わざわざ諸侯を集めたのは皇帝である劉弁の意思であった。先ほどの発言も"北郷一刀は自分のものだから手を出すな"という独占欲から発せられたものであり、皇帝のものにおいそれ手を出そうというものはいないだろう。そこまでに至った経緯はいくつかあった。

 一つはあまりにも誘拐が多かったこと。この日を迎えるまでの僅かな期間で数えられるだけでも15回の誘拐未遂が発生していた。いずれも防ぐことができたが皇帝が正式に一刀を迎え入れようとすることで手出しできなくなるだろう。

 そしてもう一つ、劉弁が一刀を気に入った故。純粋に傍にいて欲しいと願ったために。

 

「申し訳ありませんが」

 

「むぅ、強情じゃな。だがその物言い、朕は許す。しかし朕は諦めんぞ」

 

 皇帝に請われ、それをあまつさえ断る。その異常さが、この場にいた諸侯には信じられなかった。皇帝が本当に欲しいのならば命令すればよい、だが欲しいと頼んだのだ。そして何でもないように断る姿、劉弁もわかっていたかのようにむしろ上機嫌で諦めないと宣言する。

 

・・・ベタ惚れね。本当に恐ろしいわ。

 

 集められた諸侯の一人、曹操は苦々しく唇を噛む。これではおいそれと手に入れることは叶わず、しばらくは傍観に徹するしかない。ちらりと麗羽に視線を向けるとあちらも笑顔の仮面の下で相当切れているようだ。他にも様々な諸侯がこの場にいるが、皆似たりよったりの意見であろう。

 

「董卓には特別に褒美を出そう。これからも朕にしっかりと仕えてくれ」

 

「はっ。かしこましました」

 

 恭しく頭を下げる董卓なる少女を見つめ、曹操は今後について思いを馳せた。

 




ここまで読んでいただきありがとうございました

まさか色々と考えている間にひと月も経っているとは思いませんでした。
特に誰がやらかすかで相当悩みました。今後の展開が多少なりとも変わってきますので。
結果このような形に収まりまして、矛盾とかあればすみません。

劉弁の喋り方や皇帝のあり方等疑問を浮かべるところが多々あるかと思いますが
難しくしすぎると話が進まなくなりそうなのでスルーでお願いします orz

さてようやく書きたかった部分がかけそうです
次回があればよろしくお願いいたします


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