君がいた物語 (エヴリーヌ)
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・本編
登場キャラの設定など


 申し訳ないけど本編じゃないっす。以前言ってたキャラ紹介のページを作成。
 別に必要ないんじゃないかと思いましたが、原作と比べると人間関係とかも結構変わっていてわかりにくいと思うので、少しはわかりやすくなるかなと思って作りました。

 一応ネタバレ満載なので、本編を読み進んでから見るのをお勧めします。
 ちなみに順番は、過去編、現代編の清澄・阿知賀・その他となっています。

 人数が増えて見づらくなってきたので改良を思案中。


――――――――――過去編――――――――――

 

 

・須賀京太郎 <一話登場>

 

 主人公

 

 初登場時 清澄高校三年 17歳

 16歳の時にバイクの免許を取り、少し前までは親のお下がりを使っていたがバイトに専念し念願の愛車を購入。

 中学校からの親友であるハギヨシや他の男子の友人をはじめ、その面倒見の良さからか女子にもそれなりの数の友人がいる。

 中学時代からハギヨシとつるんでいた為か料理や掃除、裁縫などの家庭科分野における才能が開花し、既にそれなりの実力を持っている。しかしそれでも師のハギヨシには到底及ばない。

 一部(が残念)の女子からは告白されることもあるが、いざとなると本人が乗り気でなくなるためか恋人がいたことはない。ようするにヘタレである。

 教師になる為に大学受験の勉強中である。ただしどこに行くかはまだ決めていない。

 

 元の設定ではレジェンドに合わせて『かつてサッカー部に所属していて1年でありながらレギュラー獲得をしたが、大事な試合でミスをし、それらのことで先輩達に陰口をたたかれていたのを聞き退部。のちにとある先生に色々面倒を見てもらいそのことから教師を目指す』的な設定を考えたが、別にいらなくね?ということでボツに。

 

 

 

・赤土晴絵(学名レジェンド) <一話登場>

 

 ヒロイン

 

 初登場時 阿知賀女子学園三年 18歳 

 阿知賀生まれの阿知賀育ち。元麻雀部部員で現帰宅部。

 中学から女子校に通っていた為に、男嫌いというほどではないが、男子にはあまり慣れていない。彼氏なし=年齢の喪女予備軍である。

 料理の腕などは不明。ただ、将来コンビニ弁当を買って温めている姿が目に浮かびやすいのは困りものである。

 過去に全国大会でKかじSこやにフルボッコにされたため、現在も麻雀に触れることはできないでいる。

 遊んでばかりいたのかあまり成績はよくないのだが、集中力が凄いので目標さえ持てれば直ぐに成績も良くなるはず。

 

 

 

・カピ <五話登場>

 

 須賀家の癒し

 京太郎が子供のころから付き合いのあるカピバラ。この世界のカピバラは50年以上生きる為まだまだ現役であり、本編に出てくるのもこのカピバラである。

 だって寿命云々のシリアスはいらないっしょ。ただでさえ本編で(ry

 

 

 

・ハギヨシ <六話登場>

 

 京太郎の親友 

 

 初登場時 清澄高校三年 17歳 

 中学一年からの京太郎の友人であり、お互いにとって良き理解者。

 家の方針で『たとえ執事だとしても一人の人間』『主の為に世間を知る必要がある』ということであえて専門の学校に行かず、一般の学校に通っている。

 現状は執事見習いだが、来年からは本家のお嬢様の専属になるということで忙しく、京太郎が思っているよりも多忙な日々を送っている。しかしそれを感じさせないのは執事の鏡である。

 ちなみに好みのタイプは年上の女性。

 

 

 

・宮永照 <六話登場>

 

 初登場時9歳 まな板

 お菓子大好き。京ちゃん大好き。咲大好き。

 

 

 

・宮永咲 <六話登場>

 

 初登場時7歳 ようじょ

 ほんだいすき。きょうちゃんだいすき。おねえちゃんだいすき。 

 

 

 

・新子望 <九話登場>

 

 晴絵の親友

 

 初登場時 まだピチピチの18歳。

 当初は晴絵の話を聞いて京太郎に多少の疑いの目も持っていたが、本人に直接会うと巫女としての直感から悪い人間ではないと判断。そこから気の合う友人として付き合っていくことに。

 晴絵を恋愛云々でからかってはいるが、望本人も恋人がいたわけではないのでただの耳年増である。

 大学に関しては一緒にすると出番が多くなり、また、別にすると必要なときに出しにくくなるので、実家で働いてもらっています。細かいことは気にするな!

 

 

 

・松実宥 <十八話登場>

 

 マフラー姉

 

 数年前京太郎が一緒に探し物をした少女。後に京太郎の最初の教え子に。

 京太郎はレジェンドに会ったりして忙しく忘れていたが、当時から宥は京太郎を忘れたことはなかった。

 それは大切な物を一緒に探してくれた親切な相手。結局何もお礼が出来ずにいた相手。そして――周りと違う自分を好奇な目で見ずに普通に接してくれた相手……などの理由からずっと気にかけていた。

 

 ちなみにあの時をマフラー失くして周りに迷惑をかけたせいで以前よりも消極的になりかけたが、京太郎と出会って視野が少し広がったことから、もっと前向きに頑張りたいなどと考えたのがきっかけで旅館の事にも積極的になった。詳しくはそのうち。

 京太郎に対する感情は――――

 

 

 

・松実玄 <十九話登場>

 

 マフラー妹

 

 宥の家庭教師で来ていた京太郎と知り合うが、当人は過去に会った時のことはほとんど覚えていなかった。だけど姉から色々話を聞いて興味を持ったため実際に会いに行ってみたら仲良くなった。

 普段からおもちのことについては、その内容ゆえに話せる相手がいなかったのもあり、京太郎とはそういった話や性格的にもあっていたことから後に意気投合。

 黙っていれば可愛いのに……とは京太郎談。

 

 

 

・高鴨穏乃 <二十話登場>

 

 ジャージ娘

 

 新子憧の親友で京太郎とは新子家に遊びにいった時に匂いにつられて向かった先の部屋で遭遇。

 過去に京太郎と出会ったことはさっぱり忘れており、今後思い出すかは展開次第。ただ、既に懐いているので、思い出してもあまり関係はなさそうである。

 京太郎との関係は兄妹みたいな感じで、以後京太郎が穏乃の家に買い物に行くようになったりして交流を深める。

 

 

 

・新子憧 <二十話登場>

 

 望の妹

 

 京太郎とは家に忘れ物をした穏乃を探していたら遭遇して初対面。

 見知らぬ年上の男性という事で京太郎を最初警戒していたが、話しているうちにすぐに仲良くなる。ただ、名前で呼ぶのは照れがあったようで須賀さん呼びになった。

 年相応の元気娘で現代編と違ってまだオシャレには目覚めていないのだが、年頃の姉の影響もあって少々耳年増。年上の異性である京太郎と出会ったことによって、少し早めにオシャレに目覚める可能性もある。

 

 

 

 

・鷺森灼 <二十二話登場>

 

 ボウリング娘

 

 京太郎のアパートから少し歩いた所にあるボウリング場の一人娘。鷺森レーンによく通っている京太郎とは話も合うのかそこそこ仲の良い関係。

 レジェンドの事は今でも気にしているが、麻雀を投げ出した姿をあまり見たくなく耳に入れないようにしているため京太郎との関係は知らず、後の麻雀教室にも参加しなかった。

 もし京太郎がレジェンドの彼氏だと知っていれば、別の未来があったかもしれない。

 

 

 

・三尋木咏 <二十三話登場>

 

 京太郎の親友。つまり女版ハギヨシ。

 

 高校を出てからプロ雀士になり、持ち前の強さでチームの人気者に。ただその分周りの嫉妬もあって中々忙しい日々を送っている。京太郎に会いに来たのもそう言った理由がある。

 レジェンド相手には自分の立ち位置を取られたようで何やら気に入らない感じ。また雀士としても気に入らない様子。

 あとは現代編紹介参照。向こうで書きすぎて書くことがない。

 

 

 

・原村和 <二十六話>

 

 耳年増

 

 最後に阿知賀子ども麻雀クラブに入ったメンバー、遅すぎた戦国大(今後の出番は……。

 当初は京太郎を警戒していたが、普段の様子からすぐに慣れた。

 厳しい家ゆえに世俗的なものに興味を持っていた所、ちょうどよくバカップルが現れたのでターゲットとなる。

 デカい。既にレジェンドよりデカい?

 

 

 

 

 

――――――――――現代編――――――――――

 

 

 

 

 

【清澄】

 

 

 

・須賀京太郎 <プロローグ登場>

 

 清澄高校教師四年目 主人公

 

 大学を出てから母校である清澄高校に就職して教師となり、現在麻雀部の顧問としてそれなりに多忙な日々を送る。

 麻雀は全国クラスには勝てないが、練習相手になれるぐらいの腕前はある。

 元彼女に赤土晴絵がいる。本人は終わったことだし未練はないと言っているが、実際は未練タラタラであり、新しい彼女を作る気は起きない模様。

 

 

・宮永咲 <プロローグ登場>

 

 清澄高校一年 ポンコツ

 

 京太郎とは生まれたころからの付き合いがある幼馴染。

 昔からハイレベルな家族と麻雀を打っていた為にその腕前は全国トップクラス。ただし人見知りな性格と本を読むほうが好きなため麻雀部に入ったことはない。ちなみに家族麻雀はお年玉など賭けない普通の麻雀だった。

 須賀母とは料理に関する師匠と弟子の関係で、日々鍛錬に励んでいる。

 

 

・原村和 <プロローグ登場>

 

 清澄高校一年 (自称)清澄側のヒロイン

 

 かつて奈良にいる時には阿知賀中等部で麻雀部に所属していたがのちに転校。

 麻雀自体は好きだが、親友である優希と同じ高校に行きたいと考え、麻雀部として対して実績のない清澄を選んだことからも特に名声などには興味がない模様。

 本編では阿知賀との関係から清澄で多分一番出番があるキャラ。

 ちなみに京太郎に対する感情は現状不明である。

 

 

・片岡優希 <プロローグ登場>

 

 清澄高校一年 タコス

 

 多分原作と一番変わりのないキャラ。詳しくは原作を読んでほしい。

 和と絡むことはあるが単品での出番は少ないと思う。

 

 

・染谷まこ <プロローグ登場>

 

 清澄高校二年 清澄の良心

 

 こちらも原作とあまり変わりのないキャラ。

 一応本編ではストッパーとして顧問の京太郎がいるため、部長を押さえる機会も少なくなっており、心労も減っている。

 キャラは好きなのだが、方言が難しく扱いにくいのでどう扱うか思案中。

 

 

・竹井久 <プロローグ登場>

 

 清澄高校三年 ロッカー

 

 京太郎とは二年近い付き合いだがお互い忙しく、教師と生徒と言う間柄そこまで深い付き合いではない。

 しかしお互い真面目な所もあるが基本軽い性格のためかそれなりに仲は良く、歳の離れた悪友と言うのがしっくりくる関係。

 顧問がいるため、無理に気を張る必要もないので、原作よりも精神的に幼い感じである。

 

 

・三尋木咏 <6話登場>

 麻雀プロ 迫りくる怒涛のロリ

 

 京太郎とは中学時代から付き合いのある後輩で現麻雀プロ。

 高校の頃に横浜に引っ越したが、それからも付き合いが続いており、休みには泊まりで遊びに来ることも多い。これはプロになってから頻度は減ったがそれでも続いており、須賀両親とも一緒に飲んだりと仲のいい関係。

 

 レジェンドが出て来るまでは京太郎に一番近かった女子で、レジェンドと仲良くなってからは同率一位、別れてからはまた単独首位を維持している。

 ちなみに落ち着き始める高校時代ならともかく、やりたい盛りの中学時代に京太郎に彼女がいなかったのはいつも隣にいたコイツのせい。本人たちにその気がなくとも傍から見るとどう見てもカップルなので誰も告白してこなかったのである。

 多分高校時代に引っ越してなかったら本編開始前に付き合ってたんじゃないかな?知らんけど。

 

 また、恋人がいないことを嘆く時もあるが、本人としては友人(京太郎)達と遊んでいる方が楽しいので、内心では別にいらないかと考えている男子高校生的思考。

 京太郎の事は異性としてはあまり見ておらず、彼女が出来た時も親友が盗られたというぐらいの気分だった。ただ、30過ぎても一人身だったらセンパイに貰ってもらうかー的な好意はある。

 

 

 

 

 

【阿知賀】

 

 

 

・赤土晴絵  <3話登場>

 

 阿知賀女子学院麻雀部顧問 ヒロイン

 

 大学卒業後福岡の実業団チームに所属。チームでは若いながらもエースとして活躍していたが、本人としては過去の事でここ一番の時に実力を発揮できず悶々としていた。

 また、京太郎と別れた上に地元からも離れたので、チームメイトとは仲良くやっていたがそれでも完全に気を許す相手もいなく精神的に相当キテいた。

 その後チームが廃部となり悩んでいたところで親友の新子望の計略で阿知賀麻雀部の顧問へ。

 当面の目標としては、教え子たちを立派にすることが一番。そしてそれを前提として自分も前に進めたらいいなと考えている。

 

 ちなみに一番油断ならないと思っているのは宥。

 

 

・高鴨穏乃 <4話登場>

 

 阿知賀女子学院一年 ジャージ娘

 

 原作では主人公。でもここではサブヒロインの一人。

 玄や宥もそうだけど、原作と違い麻雀部には最初から入っていたのでブランクとかは無し。ただしメンバーは足りなく、指導者もいなかったので実力はそこまで上がってはいない。

 和に連絡をしなかった理由は京太郎が考えていたのに近く、近頃和からの手紙が届かないのを変に思いつつも、TVでインターミドル優勝を見て忙しかったのかと納得。

 それにやる気を出したのか自分達も全国に行ってみたくなり、また、普通におめでとうの手紙を出せばいいのに全国で直接会っておめでとうと言おうと思ったのが、全国へ行くきっかけと和に連絡をしない原因。

 ちなみに和が高校では全国に行かないかもとか考えてないのはご愛嬌。

 

 京太郎への呼び方は京兄。詳しい関係などは過去編で。

 

 

・新子憧 <4話登場>

 

 阿知賀女子学院一年 阿知賀のストッパー

 

 中学は原作通り阿太峯中へ。本人としては玄が麻雀部を復活させていることを知っていたなら阿知賀に行っても良かったのだが、知った時には既に阿太峯に入学が決まっていたので無理だった。戦犯クロチャー。だけど時期的にギリギリだったのでそこまでクロチャーも悪くない。

 ちなみに動かしやすいので阿知賀勢の中での出番はそれなりに多い方だが、ヒロインとしては多分一番少ない。まあ、余所でヒロイン張ること多いからいいでしょう。

 

 京太郎への呼び方は須賀さん。詳しい関係などは過去編で。

 

 

・松実玄 <4話登場>

 

 阿知賀女子学院二年 咲-Saki-で一番ヤンデレが似合う女

 

 阿知賀麻雀部を復活させた張本人でありここでは部長を務める。復活についての詳しい話は過去編でやるかも。

 京太郎とは嗜好が一致したためか当時麻雀教室の中で一番仲が良かった間柄。とはいえ穏乃や年少組も良く懐いていたのであまり差はない。

 京太郎が長野に帰った直後は大泣きして、会いに行く方法を色々模索していたが、ある出来事により鎮火。ただし会うのは諦めていなかった。

 

 京太郎への呼び方は師匠。詳しい関係などは過去編で。

 

 

・松実宥 <4話登場>

 

 阿知賀女子学院三年 あったか~い(意味深)

 

 原作とは違いレジェンドの麻雀教室に参加していて、玄が麻雀部を復活させた当初からのメンバー。

 色々書きたいのだが原作と違い麻雀教室に参加するなど、他のメンバーより原作とは立場が変わっている所があるため、あまり書くとネタバレになるので現状はここまで。

 

 京太郎への呼び方は京太郎さん。詳しい関係などは過去編で。

 

 

・鷺森灼 <4話登場>

 

 阿知賀女子学院二年 動くこけし

 

 原作通り麻雀教室には参加しておらず入部経緯も同じだが、既に玄が部長だったのでこちらでは一部員。

 番外編の『穿いていない物語』みたいに京太郎経由で麻雀教室に参加させても良かったのだが、全員集めるよりもこちらの方が話的にも幅が出そうだったのでこうなった。スマンアラタソ。別に当初からアラチャーが入ると和が転校するまで部として活動できてしまうからという理由ではない。

 京太郎とは麻雀教室を通さず面識があるけど、そこらへんの詳しい話は過去編で。

 

 京太郎への呼び方は須賀さん。他と被ってるとか言わない。

 

 

・新子望 <3話登場>

 

 憧の姉 レジェンドの親友

 

 晴絵とは昔からの付き合いで、京太郎と付き合った時もからかったり手を貸してもいた。

 なので二人が別れた当初も色々動き回ったのだが、当の本人たちが頑固だったのでどうしようもなく一旦放置。ただしそれからも二人の事は心配していたので、現在もレジェンドの背中を押すなど親友として立ち回っている。

 京太郎とは親友の彼氏と言うだけなく、本人にとっても良い友人と言える仲。そこらへんも過去編で。

 

 

 

 

 

【その他】

 

 

 

・須賀父 <2話登場>

 

 京太郎の父親 おっさんその1

 日本でカピバラを飼えるほどの金を稼ぐすげぇ父親。ただし須賀母には頭が上がらない。

 宮永姉妹の事は自分の娘のようにかわいがっている。 

宮永両親と違い麻雀には興味がなく、京太郎もそれに引きずられてやったことはなかった。

 

 

・須賀母 <2話登場>

 

 京太郎の母親 かーちゃんその1

 須賀家のヒエラルキーの頂点。

 母親と離れて暮らす咲の母親代わりであり、料理の師匠でもある。

 

 

・宮永父(宮永界) <2話登場>

 

 咲の父親 おっさんその2

 須賀両親とは学生時代からの先輩後輩関係で、京太郎の事は息子同然に思っている。

 過去に宮永母が仕事の関係で東京に行くかも知れなくなった時、話し合いで収まりそうだったのだが、宮永父の隠していたエロ本(巨乳)を宮永母(貧乳)がたまたま見つけて大激怒。そのため怒った宮永母が長女の照と一緒に東京に行ってしまったが、元々仲はいいので現在では元鞘に納まっている。

 さりげなく本気で娘たちが京太郎と結婚しないかなーって考えている。

 名前は発表されたけど、多分書いても「誰これ?」になると思うんで表記はこのまま。

 

 

 

 

 

・ハギヨシ <9話登場>

 

 龍門渕家執事 京太郎の親友

 

 龍門渕家の執事として活躍中。龍門渕の麻雀部では部外者ながらもフォローを欠かさず行っており、姿の見えない顧問の代わりとしても周りからも頼りにされている。

 執事という立場から常に年上年下関係なく大抵の相手に対し様付けで呼ぶが、京太郎や咏の様な親しい友人や他の同僚に対してはそれを崩している。

 また、執事の仕事で忙しいながらも、未だに晴絵と別れた事を引き摺っている京太郎の事を気にしており、手助けが出来ればと考えている。

 

 

・龍門渕透華 <13話登場>

 

 見た目や設定はすんごいツンデレキャラっぽい

 

 京太郎とは昔からの付き合いで、ハギヨシの家に行くときに顔を会わせるなど交流があった。

 そのためそれなりに親しい関係ではあり、昔は透華ちゃんと呼んでいた。しかし年を重ねるにつれてお互いの立場などもあり、呼び方も変えることとなった。

 ただ親しいとはいえ、別に恋愛感情があるわけではなく、ハギヨシと同じで頼りになる年上の男性という感じである。中の人補正はない。

 

 

・天江衣 <13話登場>

 

 127cm(16)

 

 原作と違い、既に周りにも心を開いている状態。なめプもなし。

 理由としては、衣が龍門渕家に来たときに衣の事で透華→ハギヨシ→友人の京太郎達(横浜在住の咏除く)経由で相談が行き、色々京太郎達が構っているうちに打ち解けた結果である(濃いメンバーを相手にするうちに諦めたともいう)。

 京太郎はハギヨシ達と同じようにそれなりに甘えられる相手。とはいえ、やはり子ども扱いはあまりされたくないため口調は尊大なことが多い。

 また、昔は京太郎に衣ちゃんと呼ばれていたが、それに拘っているのは他人行儀なのが嫌なためである。

 

 

・龍門渕他三名 <13話登場>

 

 京太郎とはそこそこ良い関係。他は原作通り。

 手抜きとか言わない。

 

 

 

・宮永照 <19話登場>

 

 竜巻娘

 

 とある理由により本格的に麻雀をやりたいと数年前に白糸台高校に入学。

 親友に弘世菫がいて、マイペースなためよく面倒を見られている。ただ本人としてはその部分はわかっているのでちゃんと感謝もしている。

 京太郎とは最近買った携帯で頻繁に連絡を取り合っているが、咲とは喧嘩継続のため未だになし。本人としては仲直りのタイミングがつかめない様子である。

 ちなみに赤土晴絵に対しては、『しょうがないよね』と納得している咲と違い、色々含むところがあったりもする。

 

 

・弘世菫 <19話登場>

 

 NOチョロイン

 

 強豪校の麻雀部の部長を務めながらマイペースな照の世話をしているので、中々胃が痛い日々を送っている。最近生意気な一年坊が増えたため苦労は二倍に。

 京太郎とは照との繋がりで知り合い、常識人という事でよく意見が合う。決してチョロインではない。

 

 

・大星淡 <19話登場>

 

 妹でも姉でも従姉妹でも子孫でも幼馴染でもないただの淡。

 

 麻雀好きがたたって強い者しか興味がないことから他人に対してぞんざいな態度も多く、一年でいきなりレギュラーになったこともあり、周りからは持て余されてもいる。ただ別に空気が読めないというわけではないし、チームメンバーには可愛がられている。

 京太郎に対しては、尊敬している照や菫から慕われているため逆にあまり良い印象がなかったが、元気のなかった菫が京太郎に相談に乗ってもらったことにより調子を取り戻しているのを見て、少しだが認めることとなった。

 

 

 

・風越 <21話登場>

 

 清澄とは久と美穂子が友人のため以前からの知り合い。とはいえ以前までの清澄は二人しかいなかったため練習試合はなく、個人間はともかく学校同士での付き合いはほとんどなかった。

 多分この中では池田が一番目立つと思う。今までも京太郎は時々三姉妹の面倒を見ていたって設定があったりなかったりする。

 

 

・鶴賀 <21話登場>

 

 他校と違い、原作と変わりのないので多分出番も減るであろう不憫な学校。

 京太郎と以前に偶然遭遇し、なんだかんだで話題が弾みそれなりに仲良くなる。一応出番が多いのはモモとむっきーだと思う。

 

 

 

 

 

【番外】

 

 

・東横桃子

 好きなキャラその1。ただし本編では特に出番がない模様。

 そのうち短編を書きたいと思う。

 ↓

 ようやく登場。ただしやっぱり薄い。

 

 

・小瀬川白望

 好きなキャラその2。やっぱり本編では出番がない模様。

 教師宮守編が書きたい。

 ……いや、やっぱり出すわ。異論は認めない。

 ↓

 ようやく登場。なお小ネタのみで本編ではまだ。

 




これら以外でも話が進むたびに新規キャラや既存キャラの設定などの追加を行う予定。


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プロローグ

・これは「京太郎が清澄麻雀部の顧問だったらおもしろくね?おまけに学生時代にレジェンドと付き合ってたとかどうよ」の発想から作られた作品です
・教師になる為に原作と違い、京太郎の年齢が異なります。また、独自解釈や年相応の性格に変えるなど他にも原作と異なる所が出てきます。
・当作品は地の文を京太郎中心に一人称視点で進めていきます。
・作者はこれが初SSなので誤字やおかしな書き方があると思いますが大目に見てください(懇願)
・作者は遅筆なのであまり投下頻度は多くありません。

 以上の点に気を付けてお読みください。

 また、番外編以外の本編は上から普通に読んでも一応問題ありませんが、過去編と現代編をそれぞれ区切りを入れて交互に投下してますので、読むときは投下日順(プロローグ→過去編第一部→現代編第一部→過去編第二部という感じ)に読んでいくことをオススメします。


 それでは、君がいた物語始まります。




 入学式――それは春に行われ、全国津々浦々の若者がキャッキャウフフと新しい生活に思いをはせる行事である。

 それは長野に存在し、現在進行形で入学式を行っているこの清澄高校においても例外ではない。これからの学校生活に思いを馳せて楽しげな顔をするもの、友達ができるか不安なもの、校長の話が長いと半分寝ているものと様々な生徒たちがいる。

 

 しかしこれからの学校生活に色々感じているのは生徒だけではなく、一部の大人も含まれている。

 それはこの清澄高校の教師である俺こと須賀京太郎も例外ではなく、緊張した面持ちで並んでいる生徒たちを眺めていた。

 

 

「おい、京太郎。可愛い新入生を見て鼻を伸ばすのは良いが、せめて顔に出さずに内心に留めておけよ」

「いや、内心でも教師が生徒に鼻を伸ばすのは駄目でしょう。それに違いますから」

 

 

 そんな軽口で俺を注意してきたのは高校時代の恩師であり、教師として現先輩の先生だ。

 見た目は30過ぎのくたびれたただのおっさんだが、こう見えて気さくかつ生徒思いで人気のある先生であり、付け加えると俺が教師になった理由もこの先生にあった。

 

 

「おいおい隠さなくてもいいだろ。別に水着でもあるまいし見るだけなら問題ないぞ」

「だから違いますって……教師になってから何年か経ちますけど、新しい学生が入ってくるのを見ると、まだ慣れないなって感じがしまして」

「ああ、今年でおまえさんが教師になって四年目だったか? そろそろ慣れてもいい頃なんだがな。まあ、嫌でもそのうちに慣れてくるものだし、そんな気分でいられるのも今のうちにだけだから存分に味わっておくべきだな。といっても、来年になればそろそろクラス持ちになるだろうし、別の意味で緊張してくるだろうから大変だがな」

 

 

 不安げな表情をする俺を見ながら苦笑している。当時と変わらず子ども扱いだが、向こうから見ればまだまだ俺も半人前に見えるのだからしょうがないだろう。

 

 確かに現状は受け持ちを持たず、勉強を教えているだけの立場なのに、これが担任になったらどうなるんだろうな……。

 そんな今後の不安を抱えるような話をしているうちに式も終わり、生徒達は決められたクラスに向かいだしていた。

 

 

 

 その後、体育館の片づけを現役生と共に新米教師に近い立場の俺も手伝うことになり、片付けが完全に終わったのは新入生達が帰った後であった。

 

 

「あ~~~~、そこまで大変じゃなかったけど流石に疲れたな……」

 

 

 そこそこ疲れた体に鞭を打ち、職員室に向かって人通りが少ない廊下を歩く。

 

 新入生は帰宅し、在校生もまだ春休みなため、入学式の手伝いをしに来た一部の生徒以外には残っている者はいないので、俺以外に歩く人影はほとんど見えない。

 流石に大学と違い、高校では入学式にまで部活勧誘もやっていないからな。

 

 

「しっかしほんと体力落ちたな……どっかのジムでも通うかねー、でも時間もねーしな」

 

 

 学生時代ならともかく、就職してからは多忙なために体を動かす機会も減り、体力だけではなく筋力などもめっきり落ちてしまっている。

 こんなんではいざという時に困るから少しでも運動をしておきたいが、学生時代と違い金に余裕はあっても、無常なことに時間に余裕がないのであった。南無。

 

 そんな感じでぼやいていると、トタトタと後方からこちらに向かって走る足音が聞こえた。

 

 

「京ちゃ~~~ん」

 

 

 足音だけではなく、一緒に後ろから聞こえてくる馴染みある声に振り向くと、こちらに駆け寄ってくるこれまた馴染みある姿があった。

 

 

「やっと京ちゃん見つけたー、もうお仕事終わり?」

 

 

 そうやって声をかけてきたのは、俺の幼馴染でありご近所さんでもある宮永咲だ。頭の角が特徴的な15歳で、この清澄高校の新入生でもある。

 

 

「あー、とりあえず宮永、ちょっとこい」

「ん? なぁに、京ちゃん?」

 

 

 手招きをすると、素直にこちらに近づいてきた咲に向かって―――

 

 

「……デコピン!」

「うきゃぅ!?」

 

 

 そこまで力を入れなかったが、いきなりのことで驚いたのか、片手でおでこを押さえ目を見開きながら咲がこちらを見ている。

 

 

「あのなー、昨日言っただろ。学校では須賀先生だって」

「うー、だって京ちゃんは京ちゃんだもん……」

 

 

 口をとがらせ、恨めしそうな目でこちらを見る咲。可哀想だがしかし妥協はしない。

 

 

「そんな目で見ても駄目だぞ。別に敬語まで使えとは言わんし、学校の外でも呼べってわけじゃないんだから我慢しろ」

「むー、わかったよ京ちゃん」

「さらにもう一発!」

「あいたっ!」

 

 

 結局もう一発食らう羽目になった咲である。いや、どうせこうなろうと予想はしてたがな。

 

 

「で、どうしたんだ宮永。なにか用か?」

「何事もなかったかのように続けてるし……もうっ。別に京ちゃ……須賀先生の姿が見えたから話しかけただけだし、もしお仕事終わったなら一緒に帰りたいなーって考えて探してたわけじゃないよ、ほんとだよ」

「あーはいはいわかってるって、しかしなー……そりゃ無理だ。まだ残ってる仕事があるし、顧問として部活にも顔出さなくちゃいけないからな」

 

 

 咲の言葉に適当な理由をつけるが、実際は残りの仕事はすぐに終わるものだし、部活も別に絶対行かなくちゃいけないわけじゃない。

 

 しかしこう言っておかないと咲は終わるまで俺を待つだろうからな。それよりもどこかの部活見学にでも行って、友達を作ってほしいってのが本音だ。まぁ、今日やっている部活なんて限られるけど。

 そんな俺の言葉が引っ掛かったのか、咲が首をかしげる。

 

 

「部活って……確か麻雀部だっけ?」

「そうそ。今日部活は休みなんだが、部長が『もしかしたら初日から部員が来るかもしれないじゃない!』って言って開けてるんだよ。あと、部活って言っても二人しかいないから同好会みたいなもんだけどな」

 

 

 俺がまだ新任の頃に顧問を任された麻雀部。

 現在二年が一人と三年が一人なため人数が足りなく正式には同好会なのだが、部長が色々やって一応名目上麻雀部という形になっているのだ。部費は出ないけどな。

 

 

「そっか、麻雀部かー」

「なんだ宮永、興味あるのか? 中学で図書委員だったから高校でもそっち関係の部活に入ると思ったんだが」

「別にまだ決めてないよ、それにここ文芸部ないみたいだし」

「あー、確かに俺がいた時もなかったな」

 

 

 もちろんどこぞのカチューシャ女に乗っ取られた、とかじゃなく普通にないだけだ。

 そんな感じでどうするか悩んでいると、少し良い事を思いついた。

 

 

「ならうちの麻雀部に見学に来てみるか? 部活自体がどんな感じか確認するってのもありだし」

「えー、大丈夫? 人数少ないみたいだし、向こうに着いたら部長さんとかにいきなり『入部決定ね!』とか言って無理矢理入らされたり……」

「あー……まあ、竹井の奴は確かにやりそうだからそれは否定はできないが、そもそも俺が入部届受け取らないと入れないから大丈夫だよ」

 

 

 あれで結構強引だからな、一応引き際は弁えてはいるだろうが心配ではある。

 

 

「それもそっか……なら行ってもいいかな。麻雀もこの前お姉ちゃんが帰ってきたお正月以来だし、ちょっとやりたいかも」

「……言っておくが俺はやらないぞ。おまえらに何回飛ばされて泣いたことか」

「えー、ちょっと楽しみにしてたのになー残念」

「こっちは一年ちょっと齧ってただけだからな。チャンピオンとその妹相手なんて到底無理だって」

「それでも京ちゃ……ごほん、須賀先生は結構いい線行ってると思うんだけどなー」

「なーにがいい線だ、生意気な事を言うのはこの口かー」

「あうー、ひょうひゃんひっはらないへー」

 

 

 そんなこんなで咲を弄りつつ一度職員室に向かって10分ほど待ってもらった後、仕事をちゃちゃっと終わらせて一緒に旧校舎にある麻雀部に向かうこととなった。

 

 

「そういえば春休みに照は帰ってこなかったけど、やっぱ忙しいのか?」

 

 

 途中、先ほどの話からふと気になったので、咲の姉でありもう一人の幼馴染の事を聞いてみる。

 たまに電話で話すけど、照が携帯を持っていないのと、お互い忙しい身でもあるから最近は話せていないんだよな。

 

 ところが何を思ったのか、話を振った先の咲はフグのように頬を膨らませていた。

 

 

「むー、私は宮永呼びなのにお姉ちゃんは名前で呼ぶんだ」

「いや、お前は俺の生徒。あいつは違う。OK?」

「ぶー……なんか二回も優勝しちゃったから、その分部活が三連覇目指してすごい力入れてるみたい。お姉ちゃんは帰りたがってたけど、チームの看板だからダメだって」

「そりゃそうだよなー、しっかしあの照がチャンピオンとか未だに慣れないな……おかし大食いチャンピオンなら納得いくんだけど」

「あー……お姉ちゃんごめん、フォローできないや」

 

 

 鬼の居ぬ間に何とやらで、本人がいないから言いたい放題である。

 まあ、いたとしても『お腹いっぱいお菓子食べたい』って話に乗ってくるのが目に浮かぶがな。

 

 

「っと、此処だ此処。到着っと」

 

 

 照の話で盛り上がっていると麻雀部に到着した。

 建物自体もそうだが、部室が珍しいのか咲がキョロキョロと辺りに視線を飛ばしている。

 

 

「ここ? 建物に入った時も思ったけどなんかボロボロだね」

「まあ、旧校舎だししかたないさ。それじゃあ入るけど……大丈夫か、お姫様?」

「大丈夫だって、それにお姫様って……」

「気にすんなって……うーっす! お疲れさん。カモネギもとい見学者連れて来たぞー」

「京ちゃん、私ポケモンじゃないよ…」

 

 

 咲の言うことを無視して扉を開けると、見慣れた風景の中に見覚えのある人物がいることに気付いた。

 

 

「む、誰なんだじぇおまえは」

 

 

 そう声をかけてきたのは咲よりも背の低い清澄の制服を着た女子だった。

 というかこいつ――

 

 

「え、おまえ憧か? なんでここにいるんだよ?」

「誰なんだじぇそれは? 私は片岡優希ちゃんなんだじょ!」

「片岡? マジで別人なのか?」

「そうだじぇ!」

 

 

 片岡優希と名乗る女子は、驚く俺に向かって平らな胸を張る。

 発展途中とは言え高校生でコレか……いやいや、それより思わず口に出してしまったが、ほんとに憧に似てるな。

 

 

「む、なんか失礼なこと考えなかったかお前? というかいい加減名乗ったらどうなんだじぇ」

「あ、悪いな。俺は「その人は須賀京太郎っちゅう名前で、この学校の先生兼この麻雀部の顧問じゃぞ」おう、お疲れさん染谷。この子は新入生か? あと人の台詞を遮るのはよくないな」

「お疲れ様じゃ須賀先生。うむ、麻雀部に入りたいと言う一年生じゃ。いやなに、須賀先生がわしを無視して新入生ばかりと話してるもんじゃから嫉妬して、思わず口を挟んでしもうたよ」

「そりゃ悪かったな」

 

 

 自己紹介をしようとした声を遮り、奥から出てきたのは、この麻雀部の部員のうちの一人で二年生の染谷まこだ。

 ウェーブのかかった髪とメガネが特徴的だが、それよりも目立つのがこの広島弁である。しかしそんな個性的な出で立ちとは裏腹に、性格は常識的で破天荒な部長の抑え役でもある。

 

 

「げぇ! 先生なんだじぇ!?」

「いや、普通に考えて生徒には見えないんじゃから、ここに教師以外がいるのはありえないじゃろ」

「いやいや、俺も頑張れば生徒に見えるだろ? なあ宮永」

「そこで私に振られても……それに無理だと思うよ」

 

 

 驚く片岡に、ツッコミを入れる染谷、そんなに年寄りに見えるのかとショックを受ける俺、フォローどころかズバッと切る咲……ちょっとしたカオスである。

 

 しかし学生には見えないか……そうだよな、おっさんになるってつらいな……。

 

 

「ああ! 違うって!? ほら、京ちゃんは……アレだよ、ナイスミドルってやつだよっ!」

「全くフォローになっておらんぞ……んで、おまえさんも見学者か?」

「あ、えっと……宮永咲と言います。そこの京ちゃ……じゃなくて、須賀先生とは昔からの知り合いで、それで見学に来ないかと……」

「おお、なるほど! 須賀先生からはよう話は聞いとるぞ。昔から世話をしている姉妹がいて、その妹の方が今年清澄に入学しようると。しかし須賀先生もこんな可愛い幼馴染がおるとは隅におけんのう」

「可愛いって、あぅぅ……」

 

 

 落ち込む俺を無視して盛り上がる咲と染谷。いやね、確かに咲が馴染んでくれているのはうれしいけど、放置されるのは虚しいぞ……。

 そんな感じで落ち込んでいると、視界の隅にいた片岡がこっちに向かって近づいてきた。

 

 

「えーと、その……すみませんでした」

「ん、どうした? なんかやったのか?」

「いや、その……さっき先生にため口で話しかけたりして」

「ああ、知らなかったんだし気にしなくて良いさ。ただ他の先生も同じとは限らないから気を付けるんだぞ。あと話し方も無理せずさっきみたいなので良いし、敬語も最小限でいいからな」

「そっか! なら早く言ってくれれば良いのにさっきみたいなのは疲れるじぇ!」

 

 

 切り替わりが早いな、おい……。

 まあ、俺が良いって言ったんだし良いけどな。しかし破天荒な性格の割にすぐに謝ってきたし、いい子っぽいな。

 

 

「そういえば竹井の奴はどこにいるんだ?」

 

 

 騒ぐ片岡から視線を外すと、残りの部員である部長の姿が見ないことに気付いた。恐らく行先を知っているはずの相手に聞くのが早いと思い、未だに咲と話して(で遊んで)いる染谷に尋ねる。

 すると咲を弄るのにある程度満足したのか、染谷はこちらに一度視線を向けてからバルコニーの方へと親指を向ける。

 

 

「んー、久なら外で休んどるぞ。まあ、須賀先生も来たし呼んでくるかのう」

 

 

 そういうと染谷が部室の外に出ていく。しっかし毎度思うがバルコニー付きの部室ってどんだけだよ。

 その後染谷が呼びに行ってから一分もたたずに竹井を連れて戻ってきた。

 

 

「やっほー、須賀先生こんにちは」

「おう、おはようさん竹井」

「おはようって……もうすぐ昼ですよ」

「でもお前寝てただろ? ちょっと寝癖ついてるぞ」

「え、ちょ!? まこ、鏡!」

「いや、そこにあるじゃろが」

 

 

 指摘してやると慌てて自分の髪を押さえ竹井が鏡に向かう。

 後ろから「京ちゃんデリカシーないなー」「ありゃモテないじぇ」とか声が聞こえるが知らん。部活中に見学者をほったらかしにして寝てるやつが悪いんだ。

 

 

「まったく……せっかく来てくれた新入生を放っておいてなにやってるんだ」

「いや、さっきまで四人いて打ってたんじゃが、一人が親からの連絡ということで離席してのう……暇だったんじゃ」

「それでも片岡が一人残ってるんだから出来ることがあるだろ」

「むぅ……確かにの……すまんかったのう片岡」

 

 

 そういうと片岡に向かって染谷が頭を下げる。

 自分が悪いと思ったら年下相手でもしっかりと謝れるのは染谷の良い所だな。

 

 

「気にしなくっていいんだじぇ、のどちゃんは私の嫁だからな。嫁の帰りを待つのは当たり前なんだじょ。あと、片岡なんて呼ばずに優希って呼んでほしいんだじぇ染谷先輩」

「そうか……うむ、よろしくのう優希」

「よろしくね優希」

 

 

 片岡と染谷が友情を深めている間に割って入る影ならぬ竹井。

 

 

「早かったな、もう終わったのか竹井」

「ええ、少しだけでしたからねフフフ……」

 

 

 さっきのを根に持っているのか底知れぬ笑顔で笑う竹井。いや、俺は悪くないだろ。

 

 

「それでそちらの子は……確か須賀先生の幼馴染さんでしたっけ?」

「ああ、宮永咲だ。部活自体決めてないらしいから、とりあえずうちを見本として見せておこうと思ってたな」

「えっと、宮永咲です。よろしくお願いします」

「部長で学生議会長も兼任してる竹井久よ、よろしくね」

 

 

 その後お互いに名乗っていなかった片岡と咲も自己紹介を交わし、皆がそれぞれの名前を把握する。

 しかしそこで気になるのは両親と電話をしているという片岡の連れだ。

 

 

「もう一人の子はまだ戻らないのか? 竹井が寝てたぐらいだから結構時間経ってるみたいだけど」

「のどちゃんの家は厳しいからなー、それにお手洗いに寄ってから戻るって言ってたし」

「そういうこと、だから私が休んでいても問題なかったと思うわ」

「いや、威張っていうことじゃなかろう……」

 

 

 反省してない竹井にツッコミを入れる染谷。まったくこいつときたら……。

 すると話しているうちに廊下の方から誰かが歩く音が聞こえた。恐らく先ほど言っていたもう一人が戻ってきたのだろう。

 

 

「すみません、遅くなりました」

 

 

 扉を開ける音と申し訳なさげに聞こえるどこか聞き覚えのある声に振り向くと――――

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――――和?」

 

 

 

 

 

「――――――――――――――え?もしかして……須賀さん、です……か?」

 

 

 

 

 ――――そこにいたのは、最後に会った時よりも成長したかつての知り合いの姿だった。

 

 

「マジで和なのか!? いやー大きくなったな! 元気にしてたか?」

 

 

 いや、マジで大きくなったな……特に胸が。

 

 

「え? はい、元気ですけど…………え? す、須賀さんがなんでここにッ!?」

「ああ、大学卒業してからここで教師やってるんだよ。ついでに麻雀部の顧問もな」

「なるほど……そうだったんですか、驚きました…」

「ああ、そうだ。遅くなったがインターミドルチャンピオンおめでとう」

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 先ほどの片岡は似てはいても流石に別人とわかっている為そこまで驚かなかったが、今回はさすがに驚いた。

 優勝した時の映像は見ていたから長野に住んでいたのは知ってたし、容姿もわかっていたが、流石で生で見るのは違う。

 

 向こうも驚いているのか口調は昔と変わらず丁寧だが、微妙に興奮しているのが伝わってきた。

 

 

「しっかしなんでまた清澄に? 和の実力なら風越に行くかと思ってたんだが」

「それは……ちょっと考えるものがあって……」

「まあ、確かに進学なんてそういうものだよ 「あー、ちょっといいかのう?」 ん、どうした?」

「お二人さんが、話に夢中な所悪いんじゃがのう」

 

 

 そういい染谷が指をさす方を見ると――

 

 

「京ちゃんが年下の女の子に手を出してる。しかも胸が大きい子だし……」

「のどちゃんに手を出すとか死刑確定だじぇ!」

「ええと、110、110と」

 

 

 全身から黒い何やらを出したり、殺気立ったり、冷静に携帯を取り出す三人。

 つーか手を出すってなんだよ、それに通報もするんじゃねぇよ!

 

 

 

 

 

「つまり二人は昔の知り合いだと?」

「だからそう言ってるだろ、それ以外に何があるって言うんだよ」

「そこはほら、恋人とかね」

「普通に考えて歳が離れすぎてるだろ……和と最後に会ったのは三年ぐらい前でまだ小学生だったからな」

「ほほう、つまり須賀先生はロリコンだと……いやん、こわ~い♪」

 

 

 その後とりあえず説明をして何とか納得してもらったが、竹井はさっきの仕返しとばかりに弄ってくる。

 他の面子もあからさまにホッとしたものや、安心するものと色々。

 

 こいつら人をなんだと思ってるんだ……。

 

 

「まったく! 紛らわしいんだじぇ須賀先生は」

「何を言ってるんですか、勝手に誤解したのはゆーきや部長さんじゃないですか……」

「いやいや、のどちゃんのおっぱいは富士山級だからな! 血迷って手を出してたとしてもおかしくないじょ」

「ほんとに何を言ってるんですかッ!?」

「おっぱい……」

「わしもなくはないがのう……」

 

 

 和の胸を見てから自分の胸をぺたぺたと触る咲と染谷。咲よ……照やおばさんを見る限り、未来はないから諦めろって。

 

 

「そういえば……三年前って言うと、京ちゃんが大学で奈良にいた頃の知り合いってこと?」

「ああ、歳は離れてるけど一緒に麻雀教室で打ってた仲だ。あと須賀先生な」

「あら? 須賀先生って奈良の大学だったの? てっきり地元の大学だと思ってたわ」

「あー、そういえば話してなかったな。向こうで一人暮らしして就職を機にこっちに帰ってきたんだよ」

 

 

 当時教師という職業に拘りはあったけど、働く場所についてはそこまで考えてはいなった。

 だから地元に拘りはなかったが、やっぱり自分の母校って事で特別に感じてだろうな。まあ一応他にも理由はあったが……。

 

 

「っと、そうです。須賀さん、なんでここにいるんですか?」

「いや、だからこの学校に就職したからで……」

「そうじゃありません。さっき大学卒業してからここでお仕事をしてるって言いましたよね? 赤土さんが福岡に行ったのにどうしてここにいるんですか?」

 

 

 ――――――ッ!?

 そうだよな、気になるよな。こっちとしてはなるべく触れてほしくはなかったんだけど……。

 

 

「あー、その……あれだ……」

「須賀さん?」

「あいつとは……別れた」

「…………えっ!?」

 

 

 俺の発言を聞いて思いもよらぬ答えが出てきたのか、最初に再開した時と同じぐらい和が驚く。

 

 

「お二人ともあんなに仲が良かったのにどうしてっ……!? ……いえ、すみません。きっとなにか理由があるんですよね」

「ああ……まあ、そんな所だ…」

「それじゃあ赤土さんが所属しているチームが解散したというのは……?」

「一応ニュースは見てるから知ってるけど、連絡も取ってないからその後はわからないな……」

「そうですか……」

 

 

 聞いては不味いことだったのかと思い、それきり口を閉ざしてしまう和と声がかけられない俺。

 確かにあまり聞かれたくないことだったが、一応吹っ切れてるつもりだったんだけどな……。

 

 

「えっと……いいかしらお二人さん? 赤土さん……って?」

 

 

 気まずい雰囲気だが好奇心には勝てなかったのか恐る恐る竹井が聞いてくる。

 咲は事情を知っているけど、それ以外の三人は全く理解できていないもんな。しかしなんて答えるべきかな……。

 

 

「えっと……須賀先生の昔の彼女さんです」

「彼女って、え……? 須賀先生恋人いたの!? 聞いてないわよ!?」

「いや、わざわざそんなこと話さないからな……」

 

 

 答えにくそうにしていた俺の代わり咲が話すと、竹井がありえないとばかりに驚く。

 というか驚きすぎだろ、そんなに俺に彼女がいたことが不思議か。

 

 

「まあ、わしはなんとなくわかっておったがのう」

「ありがとう、染谷がこの麻雀部の唯一の癒しだ」

「いきなりなにをいっとるんじゃ」

 

 

 照れる染谷に荒んだ心が癒される。常日頃から非常識なのに振り回されるから染谷の存在にはほんと助けられるわ。

 

 

「ほら! 俺のことは良いからいい加減部活始めるぞ! せっかく見学者が三人も来てくれたんだし、しっかり教えてやるんだぞ」

 

 

 いつまでもこの話題を引きずらせない為、全員に聞こえるように声をかける。

 和とは少し話をしたいが、また後で時間取ればいいしな。

 

 

「そうじゃな、とりあえず宮永さんも来たことだし改めて自己紹介をと……ってどこに行くんじゃ先生?」

「いや、少し仕事が残っててな。とりあえず顔を出しに来ただけで、一度戻るから任せたぞ」

「うむ、任された。ほら久、部長らしくしっかり動かんかい」

「むー……」

「のどちゃんの昔の話をもっと聞いてみたいんだじょ」

「別に今でなくてもいいでしょう」

「京ちゃん……」

 

 

 なにやら動きが鈍い竹井や騒ぐ片岡達を横目に部室を抜け外に出る。まぁ……実際には仕事なんてないんだけどな……。

 咲には落ち込んでいるのがばれていただろうが、気遣って放置してくれたのは助かった。

 

 

 

 

 

 その後、特に目的地もないが職員室に戻る気分にもなれず学校の敷地内を当てもなく歩き回る。

 しかし流石に歩きっぱなしというわけにも行かず、自販機で缶コーヒーを買ってそのまま近くのベンチに座ることにした。

 春とはいえ未だ風は肌寒く、先ほど買ったホットコーヒーが体に染みわたる。

 

 

「はぁ……しっかし、まさか和と会うとは思わなかったな……」

 

 

 一口飲んでから思わずぼやくが、別に和自身がどうというわけではない。むしろ再会を喜んでいる方である。

 問題なのは和の口から出た人物のことだ。

 

 

「ふぅ……晴絵の奴どうしてるかな……」

 

 

 思わず口にしてしまった人物の顔を思い浮かべながら空を見上げる。

 

 ――あいつと会ったのは季節こそ違うが、こんな晴れた日だったな……。

 

 そんなセンチメンタルな気持ちに浸りつつ、かつての恋人との出会いを思い返し携帯を取り出して、中にある写真を表示させる。

 

 そこに映っていたのは、当時まだお互いに高校生だった頃の俺と出会ったばかりの赤土晴絵の姿だった。

 二人とも照れがあった為かぎこちなさも残るが、それでもその一瞬を何よりも楽しんでいるような表情だ。

 

 かつての恋人の姿を久しぶりにしっかりと確認したことにより、思わず笑みが浮かぶと同時に出したくない後悔の念も出てくる。

 

 

「あー……くっそ……悔いがないとか言ってるくせに未練ありまくりじゃねえかぁ……」

 

 

 お互いに完全に満足に別れたとは言えないが、いつまでも引きずりすぎだろ……。

 もうガキじゃないんだから、いつまでも過去を振り返らずに先を見るべきなんだけどな。向こうだって新しい彼氏出来てるかもしれないし……。

 

 ――やばいな……あいつが他の男と一緒に歩いてる姿とか想像したくねぇ……。

 

 ふと、頭に過った想像に気分が悪くなり頭から振り払う。

 

 

「そういえば別れてからもう三年も経つのか……」

 

 

 教師になってからの忙しさもあり、あいつのことはあまり考えないようにしていたからあれから随分と時が過ぎていた。

 

 

「それに……あいつと出会ってからもう八年も経ってたのか……」

 

 

 先ほども考えた元カノである赤土晴絵と初めて出会った日の事を思い出す。

 そう、あれは、八年前……今日とは違い、真夏の日差しが容赦なく降り注ぐ日の事だった……。

 




 はじめての方はこんにちは。以前の所で見てくれてた方はお待たせしました。

 遅くなりましたが、以前向こうで投下したいと言っていたプロローグでした。

 こんな感じで心機一転、「阿知賀のレジェンド」改め「君がいた物語」を書いていこうと思います。

 時間はかかると思いますが、完結まで書きたいと思いますので皆様どうぞよろしくお願いします。


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<過去編> 第一章
一話


―八年前―

 

 2×××年8月。夏休みも終盤に差し迫った日のお昼過ぎ。

 清澄の金髪ナイスガイ(自称)こと、わたくし、須賀京太郎(17)は大変困っておりました。

 

「あぁぁぁ……うぁぁぁぁ……畜生ぉぉ……マジついてねぇぇぇ……」

 

 

 こんなこと滅多に起きることじゃないと思っていたが、まさか自分の身に起きるとは思わなかったわ。

 いやまったく、ギリギリいけるだろうとは思ったんだけど、調子に乗りすぎたな……まさかのガス欠とかしょーもないわ。

 

 

「あちぃ……重い……ダルいーーーーーーー」

 

 

 ぼやいてみるがどうしようもなく、つい先月買ったばかりのバイクを引きずる俺。

 車輪がついているとはいえ、100kg越えの鉄の塊を夏の炎天下の中押すとかマジ拷問だろ……。

 まあそれよりも一番の問題は――。

 

 

「いったいっ! 此処はっ!! どこでっ!!! スタンドは何処にあるんだよぉぉぉーーーっ!!!!!!!」

 

 

 暑さと辛さを誤魔化す為に声を張り上げて叫んでみるが、余計に疲れるだけであった……。

 

 そもそも一体なぜこんな状況に陥っているかというと、夏休み終盤ということで気晴らしにThe・一人旅!と洒落こんでみたのがそもそもの原因である。

 

 故郷の長野を出てから西に向かい、昨日までは各地の名所を巡りながらも絶好調だった。

 しかし、今朝になってから燃料がヤバいことに気付いたのだが、財布の中身も危うくなっていた為『なるべく安い所で入れたいから後で良いや!』などと安易に考えていたら結局見つからずアウトというオチである。

 

 おまけにガソリンより少し前に携帯の充電が切れるという非常事態が起きたため、スタンドどころか自分の正確な位置すらわかず、バイクも放置できずにいた為にこうやって歩き続けるはめになっていた。

 充電が切れる前に確認した限りでは奈良県に入ったのはわかるんだが、街の場所などは全く分からなかった。

 

 

「くそー……おもちがひとつ……おもちがふたつ……おもちがみっつ……」

 

 

 気晴らしに好物?のおもちを羊のごとく数えてみるが、傍から見るとどう見ても不審者だろうな……。

 まあ、本道から外れている道のせいか人なんてまったく出会わないんだけどね。あー……喉乾いたーーなんか飲みてー……。

 

 

「おもちがよっつ……おもちがいつつ……おもちg 「あのぉー……」 ……ん?」

 

 

 さながら亡者のごとくおもちを唱える俺の耳に戸惑ったような声が聞こえた。

 さっきまで人はいなかったし幻聴だろうか?などと考えつつも、もしやと思い声が聞こえた後ろを振り返ってみると――

 

 

「あ、えっと……なんか苦しそうな声が聞こえたんですけど、大丈夫ですか?」

 

 

 そこにいたのはおもち……じゃなくて自転車に跨った女の子だった。

 見た目はボーイッシュな感じだが、男みたいだとか、可愛くないなどというわけでなく、むしろうちのクラスの女子達より可愛いぐらいだ。

 身長は女子にしてはそこそこあるが、年齢は少し下ぐらいかな?おもちも小さく好みとは言えないはずなのだが、なぜか惹かれるものがあった。

 

 

「ああ……いえ、特に体の方は問題ないです。ただ、ちょっとこいつがガス欠起こしちゃったんで、スタンドまで歩いているんですけど全く見つからなくて」

 

 

 いつまでも黙ってみているのも失礼と思い、アレな所を見られたなー、と苦笑いをしながらも状況を説明する。

 買ったばかり愛車だし、ガス欠だけのはず………だと良いなあ……。

 

 

「あ、それでしたらこの先に小さい所なんですがありますよ。けど、このまま普通に行くよりもここから200mほど行った先を右に曲がって、奥の道を進んでいけば早く着きますね」

「本当ですか! えっと200m進んで右に曲がって、ええと……」

 

 

 親切心からか女の子が正面を指さしながら教えてくれるのだが、暑さのせいで頭が茹ってるから微妙に覚えていなかった。

 

 

「良かったら案内しましょうか? 表の道じゃないから結構わかりにくいと思いますし」

「確かに助かりますけど、良いんですか?」

 

 

 俺が困っていると女の子はその様子を見てか道案内を申し出てくれた。

 しかし……こんな暑い日にわざわざ外に出てるぐらいだからなにか用事でもあるんじゃないだろうか。

 そう思う俺だったが、しかし女の子は手をパタパタと横に振りだす。

 

 

「そんな手間でもないですし、お兄さん旅行者みたいだから地元民としてはお客さんに嫌な思いはして欲しくないですしね」

 

 

 女の子はそんな素振りも見せず、こちらを気遣った感じで問題ないことを話す。

 何たる天の助け、こんな場所で女神様(微乳)に会えたことに感謝する。

 

 

「じゃあ……ちょっと厚かましいけどお願いします」

「はい、それじゃあ着いてきてください」

 

 

 途中失礼なことを考えつつもお言葉に甘えることにした。

 

 こんな具合にたまたま会った親切な子に助けられてバイクを押す俺。

 どこのラブコメ展開だよ!と突っ込みが入るかもしれんが、現実は非情で、お互いに見知らぬ相手ということもあり緊張していたのか、特に会話もない。

 まあ、個人的には喉が渇いてて、話すのも結構ダルい身としては助かった所もあった。

 

 

 

 

 

 それから彼女に先導してもらいながらある程度歩くとガソリンスタンドが見えた。

 道中会話はなかったが、彼女は押して歩くこちらを気遣いペースを落としてくれるなどしていた。この暑さのせいで汗もかいているのに本当にいい子だよ……。

 

 

「おーやっとあった! いやー本当に助かったわ!」

 

 

 目的地に着いた嬉しさから思わずため口になってしまったが年下っぽいし……大丈夫かな?

 しかし彼女は特に気にもせず笑っているだけだ。

 

 

「いえ、お役にたてたなら良かったです。それじゃあ私はこれ 「あ、ちょっと待ってくれ!」 ……はい?」

「君のおかげで助かったんだし、なにかお礼をさせてくれないか?」

 

 

 自分の役目は終わりだとばかりに立ち去ろうとする彼女を慌てて止める。

 

 流石にここでなにもしないと男が廃る、というか人間としてダメだろ。帰ってからこの話をしたらハギヨシにも説教されそうだし。

 そんな思いを抱え、誘う俺だったのだが――

 

 

「いえ、別に気にしなくてもいいですよ。私もこっちの方に用事がありましたし」

 

 

 ――さらりと断られてしまった。

 ただ、幸いなことに迷惑だって顔じゃなく、本当にたいしたことをしてないって思っている顔であるので説得を続ける。

 

 

「え、えーと……そ、それならあれだッ! そこの自販機のジュースだけでも受け取ってくれないかな? それならすぐ済むし!」

 

 

 しどろもどろになりながらも必至に言葉を紡いでみるが、はたから見れば完全にナンパに近いものがある。

 これはやっちまったかなーと思っていると。

 

 

「くすっ、じゃあお言葉に甘えようかな」

 

 

 意外にもOKが出た。

 

 

「……あ、じゃあ! お、俺はコー○でも飲もうかな! 君はなにが飲みたい?」

「それじゃあ、アクエリ○スでお願いします」

 

 

 注文を聞いてから急ぎ足で自分と彼女の分を買いに行く。くそー、あの笑顔は卑怯だろ。美少女とはわかっていたがおもちがない子に照れるとは不覚!

 

 くだらないことを考えてるうちに自販機までたどり着き、財布を取りだし二人分の飲み物を買う。

 ボタンを押す途中に塩コーヒーとか変な飲み物が見えたが無視無視。普段ならチャレンジしている所だけどそんな状況でもない。

 

 

「はい、君の分」

 

 

 先ほどのやり取りで少し赤くなった顔を誤魔化す為にまた走って戻る。うん、これならなんとか誤魔化せるかな。 

 

 

「ありがとうございます。えーと……」

「あ、まだ名前言ってなかったね。俺は須賀。須賀京太郎だ」

 

 

 こちらに礼を言おうとする彼女だったが、お互いに名乗っていなかったせいで名前を言えずにいたので、特に隠す理由もなかったし名乗ることにした。

 

 

「須賀さんですね。私は――

 

 

 

 

 

――赤土晴絵です。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 傍から見ればなんの変哲もない出会いであった。

 当人たちからも見ても彼女はただの道案内で、こちらも同じ只の迷子であった。

 

 しかし――この出会いこそがこの先長い付き合いとなる、阿知賀のレジェンドこと赤土晴絵との運命の出会いであった。




 プロローグに比べて短いですが、切りが良い所でここで一話終了。

 向こうと違って話数で投稿するからそこらへんも考えないと…いやはや、SS書くって思ったよりも難しいですね。

 あ、関係ないですが私はポ○リ派です。


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二話

あらすじ(うそ)

 ヒロイン赤土晴絵と運命の出会いをした京太郎。
 しかし「あいつおもち微妙だよなー、小さくも大きくもないし個性ねーわ」とやさぐれていたのであった。


 

 あれから飲み物を渡し自己紹介が終わった後、近くにあったベンチに移動し座ることとなった。

 用事あるみたいだしそのまま行っちゃうかなーって思っていたけれど残ってくれた赤土さん(ちゃん?)に感謝。

 

 ただ……引き留めたのはいいけど、この先どうするかまったく考えてなったな……。

 クラスの女子とは普通に話せるが、流石に初対面しかも年下?だろ。年下って言っても咲達とは流石に年が離れすぎてるし、一部は参考にならん。どうするよ俺?

 などと無駄に思考を巡らせて考えていると、情けないことに赤土さんの方から話しかけてきてくれた。

 

 

「えっと……須賀さんはここらへんの人じゃないみたいですけど、やっぱり観光ですか?」

「あー、そんな所だな。夏休み使って色々回ってたんだけど、奈良に入ったらこんな感じで立ち往生してた感じかな」

「そうなんですか。いいですねー、そういったのも大学生ならではって感じですよね」

 

 

 一応最初会った時の会話で旅行者っぽいのはわかっていたのだろうが、改めて訪ねてくる赤土さんに説明している中で違和感を感じた。

 ん?大学生?あ、そういえば名前だけ名乗って、年齢とかはまったく話してなかったな。

 

 

「あーいや、もしかして勘違いさせてたらゴメン。俺まだ高校生なんだ」

「……ゑ?」

 

 

赤土さんがちょっと面白い声を上げた。

 

 

「え? でもバイクって確か十八歳からですよね?」

「ん? ああ、いや、バイクにも色々種類があって、大型は車と一緒で18歳からなんだけど中型や小型は原付と一緒で十六歳から免許が取れるんだよ。ちなみにこいつは中型」

 

 

確かに車が18歳からなのもあって紛らわしいよな。知らない人から見たら単車なんて、原付とバイクぐらいの分け方しかわからないだろう。

 

 しかしこう考えるとあんまり関係ないが煙草や酒、選挙は二十歳と他にも色々紛らわしいの多いよな。そんなに多くはないが、一般高校生の適当な感性としては一律にしてしまえば良いと思う。

 

 

「……あ、あははー、そっ、そっかぁ! 勘違いしてたなーあはは!」

 

 

 間違えたはずかしさからか、頭を掻きながら照れをごまかしている赤土さん……可愛いなオイ。

 

 

「そ、それじゃあ須賀さんは高校生なら実は同い年かな? それとも二年生とかで年下だったりして!」

 

 

 ん?二年で年下ってことは……。

 

 

「あれ? もしかして赤土さんも三年生?」

「ん? 三年生だけど、“も”ってことはやっぱり須賀さんも?」

「ああ、受験真っ只中の高校三年生だ」

「なんだーやっぱ同い年か! なら敬語使わなくても大丈夫だねっ! ……あれ? ってことは私も年齢を勘違いされてたってこと?」

 

 

 なんだー気遣って損したーと言わんばかりに大袈裟に言う赤土さんにばれていないと思っていたら、触れられたくないことに気付かれてしまった。

 あやふやなままに出来ると思ったら意外に鋭いなこの子。

 

 

「それは……おmほら! 赤土さんが最初に敬語使ったから無意識に年下かと思っちゃってさ!」

 

 

 口走りそうになった言葉を止めるために咄嗟に出たが、実に苦しい言い訳だな。初対面なら同い年でも敬語は普通だし、これで騙されるとかありえ――

 

 

「あー確かに紛らわしかったかもね! そこらへんは須賀さんが身長も高くて大人っぽく見えたってことでっ! うん!」

 

 

 ――たな。多分さっきのバイクの件が残ってるんだろうなー。そしてちょっとテンパりつつも話を続ける赤土さん。

 

 

「えっと、それじゃあ須賀さんはもう推薦とか出てるから高校生最後の夏休みを楽しんでるって感じかな?」

「あーうん、息抜きというか青春18きっぷというか、こうしてるけど普通に受験する予定かなーと」

 

 

 痛い所を突かれて目をそらしながら口ごもる。

 本当だったら家で机に向かってなきゃいけないんだけど、受験は大事って言っても息抜きも必要だよな。うん、気にしちゃいけない。

 まさに「こいつダメだなー」って感じで呆れられているよなーと思い視線を戻したら、予想外なことに赤土さんは腕を組んで頷いていた。

 

 

「うんうん、確かに息抜きって大事だね。私も三年だから受験だけど勉強が大変でさー、今日も息抜きに友達と出かける予定なんだよね!」

「あ、それだったら時間大丈夫? 助けてもらってから結構時間経ってるけど」

「大丈夫大丈夫! 待ち合わせまでまだ三十分あるから余裕だし」

「それならいいんだけど……『チャーチャラチャラチャラ、チャッチャチャチャー』……ん?」

 

 

 会話の途中でどこかから軽快なリズムの機械音が響く。

 携帯の着信音のようだがここには俺と赤土さんしかいなく、俺の携帯ではないので必然的に赤土さんの携帯からということになるが……。

 

 

「あっ! っと、ごめんなさい電話みたい」

 

 

 そう言うと慌てて携帯を取り出しながらここから離れる赤土さん。

 しかしラヴェルのボレロか……いい趣味してるな。

 

 

『望どうしたー?』

『え? なんで来ないんだって』

『だって待ち合わせまでまだ……」

『え……? 過ぎてる? 二時じゃなくて一時?』

『マジ……? ちょ!? ゴメン! 今すぐ行くからっ!』

 

 

 慌てながら赤土さんが戻ってくる。

まぁ、何があったか大体わかっているんだけどね、赤土さん結構声大きかったし。

 

 

「須賀さんゴメン! 時間を間違えてたみたいで、今すぐ行かなきゃいけなくなった!」

「いいよいいよ。こっちこそ付き合わせてごめんね」

 

 

 両手を合わせながら頭を下げて謝ってくる赤土さんだけど、元々こっちが引き留めなきゃもっと早く着けたし、むしろ謝るのはこちらの方だしな。

そして急いで自転車のところまで走り、さあ行くぞとペダルを漕ぎ出そうとした赤土さんだったが、何か忘れていたとばかりにこちらに向かって振り向く。

 

 

「あ、そうだ! 行く前に他に何か聞いておきたいことある?」

 

 

 急いでいるんだし、もう俺なんて放っておいてもいいのに気をつかってくれる。まったく……面倒見がいいな。

 

 

「あー……そうだな、それじゃあここら辺でおすすめの宿ってあるかな? 名前さえ教えてくれれば後は自分で見つけられるから」

「そうだな……松実館なんてどうかな? ここらへんじゃ結構評判良い旅館だよ」

 

 

 ふむふむ、松見館……と。今度は案内もないのだし忘れないようにしっかりと記憶しておく。

 

 

「そっか、ありがとう。後で行ってみるよ」

「どういたしまして! それじゃ受験勉強頑張って、じゃ!」

「おう、色々助かったよ! そっちも頑張れよ!」

 

 

 お互いに手を振りながら別れの挨拶をする。

 手を振り終えると、赤土さんは全速力で自転車を漕ぎだし進んでいった。あ、赤信号に引っ掛かって焦ってる。けれどすぐに思い立ったのか進路変更したな、流石地元民。

 

 

「ふぅ……さて、俺も行きますか」

 

 

 赤土さんを見送ってから数分後、放置していた愛車にガソリンを入れるために動き出す。

 ほんの短い間だが結構楽しかったし、もっと話したかったけどしゃーない。これも旅の醍醐味、一期一会ってか。

 

 

 

 

 

 その後バイクが動くようになり、本道をある程度走らせるとあっという間に人通りが多い所に着いた。

 ビババイク。こんな便利なものを発明するとか、まったく……たいしたやつだよ。

 

 さて、気持ちを切り替えてと、この後どうするかな。携帯の充電器を買いに行くのもいいが、なるべく出費押さえたいから宿で充電したいんだよな。

 けれど宿を探すにしても結局携帯で探すか人に聞くしかないし……とりあえずコンビニでも探すかと考え、バイクを止め周囲を見渡してみると――

 

 

「おいおい、危なっかしいな……」

 

 

 視線の先にいたのは袋だった。いや、正確には袋と足――じゃなく袋を抱えた子供みたいだ。

 ただ、問題はその袋が大きすぎて上半身が隠れている為、前が見えていない状況みたいだということだ。その証拠に足取りは覚束なく、歩くのも亀のようなスピードだ。

 

 それでも少しずつ前には進んでいるんだが、荷物もそれなりに重いのか微妙にふらついている。

 親のお遣いかな?それにしては無理があるんじゃないか?とか考えていると。

 

 

「あっ!? う、うわわわわわわ!!!???」

 

 

 足がもつれたのかころびそうになり――

 

 

「って、あぶねえ!」

 

 

 急いで駆け寄り、倒れる前に体を抱き締める。

普通だったら間に合わないだろうが、その子がいつの間にかこちらに近づいていた為なんとかキャッチ出来た。

 腕の中にいるその子の様子を見ると、怖かったのか両目をしっかりと閉じて硬直している。

 

 

「ふぅ……おい、大丈夫か?」

「……え?」

 

 

 声をかけると、その子は目を見開き、驚いたような目でこちらを見つめてくる。

 まあ、転びそうになったと思ったのに、気づいたら知らない人に抱っこされていたら流石に驚くよな。

 

 

「とりあえず離すけど立てるか? あ、危ないから一回荷物は降ろしたほうがいいぞ」

「えっと……はい」

 

 

 いつまでも掴んでいたら悪いと思い手を放し、荷物も降ろすように言う。

 とりあえずその子は素直に言うことを聞いてくれ、しっかり自分の足で立った後荷物を置くと、隠れていた全身が見えるようになった。

 

 そこでまず目についたのは、髪を後ろに束ねたポニーテールと勝気な瞳で、どちらも特徴的だ。服装は動きやすいのが好きのか上半身ジャージで下は短パンを履いている(※ノーパンノーズボンなんてSOA)

 

 ぱっと見ると実に健康な女の子といった感じで、歳は咲と同じぐらいかな。顔は整った感じで、あと数年も経てば周りの男子から意識されるだろう。

 

 

「えーと、ありがとうございました」

 

 

 こちらが考え込んでいるうちに落ち着き、今の状況が呑み込めたのか礼を述べてきた。

 頭を下げると同時に後ろに結んだ髪がさらさらと揺れる。むぅ……少し触ってみたい。

 

 

「いや、気にしなくていいし、怪我がなくて何よりだよ。ただ、頑張るのは良いけどあんまり無茶をするのはよくないぞ」

 

 

 内心の考えを隠し、子どもということで怖がらせないように普段よりも丁寧な口調で注意をすると……。

 

 

「あはは、おみせのおじさんにもいわれたんだけど、いけるかなーと」

 

 

図星だったのか照れ笑いしながら答えてくる。

 うん、数時間前の俺もそうだったな。これがブーメランか。

 

 

「次からは気をつけてな。それでやっぱり親御さんは一緒にいないのかな?」

「うん! おかあさんにおねがいされてかいものだよー」

「そうか、小さいのに親のお手伝いをするなんて偉いぞ」

「えへへー」

 

 

 笑顔で元気よく答えてくれるので思わずこちらも頬が緩んでしまい、思わず頭を撫でる。

 女の子は髪の毛に触られるのを嫌がるとよく言うが、この子は歳のせいかむしろ喜んだ感じだ。

あー、なんかいいなーこういうの。癒されるわー。癖になりそう。

 

 

「あ、そうだ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど良いかな?」

「んー、なーにー?」

「ここらへんで松実館って名前の建物知らないかな?」

 

 

 ちょうど良いと思い、撫で続けたまま赤土さんに教えられた旅館についてダメ元で聞いてみると――

 

 

「うん、しってるよー。うちからもうちょっとだけいったところにあるよー」

 

 

 意外にも知っていた。有名旅館で家に近いとはいえ、ある程度の場所もわかるんだな。

 いや、むしろこれぐらいが普通でポンコツ姉妹が例外なのか。

 

 

「えっと……それってどっちの方角かな?」

「あっちー」

 

 

 俺の質問に女の子は右の方を指差し答えてくれたのでそちらへと視線を向ける。確かに遠目でもいくつか建物が密集しているのが見えた。

 

 

「そっか、ありがとうな」

「どういたしましてー。よかったらあんないしようかー?」

「いや、ここからでもなんとなく見えるし大丈夫だよ」

「そっかー、わたしここからみえないし、おおきいのうらやましいなー」

 

 

 礼と同時に撫でる手を離すと名残惜しそうにする。うん、出来るなら俺ももう少し撫でていたかったよ。

 撫で終わったのを合図としたのか、降ろしてあった荷物を持ち上げようとするが、重いためかよろけてしまったので軽く支える。

 

 

「おっとっと。えへへーありがとうね」

「どういたしまして」

 

 

 再び礼を言われた。しかし…このまま行かせるのも心配だな。

 

 

「あー、ちょっと危ないし家まで送って行こうか?」

 

 

 しばし考え込んだ結果、家まで送ることを提案してみる。

 近年ロリコンがどうたら騒がれるようになったが、流石にこのまま放っておくのも目覚めが悪いし、一応尋ねてみると――

 

 

「おくるって……? え……!? もしかしてそれにのっていいの!?」

 

 

 最初はキョトンとして女の子だったが、話が呑み込めると目を輝かせて見ているのは我が愛車だ。

 あー……確かにこの年頃の子ならこういったのに興味を示す子も多いか。少し心配だが、子供の二人乗りもよく照達を乗せているし大丈夫かな。

 

 

「ああ、いいよ。ついでに道案内も頼んでいいかな?」

「やったーッ! まかせてー!」

 

 

 嬉しさのあまり飛び跳ねる女の子。喜ぶのは良いんだが、跳ねるたびに服が捲れ、臍が見えている。

 別にロリコンじゃないですし何も思わないですヨ。……ほんとだよ。

 

 その後、荷物を受け取り積み込み、旅の前に降ろし忘れていた子供用のヘルメットとタンデムベルトを取り出す。結構邪魔で荷物になってたんだが、まさかこんな所で役に立つとは思わなかったな。

 それから女の子と一緒にバイクに乗り、ヘルメットを被せ、ベルトで落ちないように固定する。

 

 

「ベルトで俺から離れないようにはなってるけど、落ちたら危ないからしっかり掴まってるんだぞ」

「はーい!」

 

 

 元気の良い返事を聞いてからエンジンをかけて走らせる。どうか周りの人から誘拐犯だとか間違われませんように。

 

 

「うおー! すごーい!」

 

 

 女の子は初めてバイクに乗った為か、後ろでかなりはしゃいだ声を上げている。

 

 しかし、こうやって子供を乗せること機会は多いのに、同じくらいの年の女の子を乗せる機会ってほとんどないよな……。あわよくばこの旅行で女の子とお近づきになりたかったけどまったくないし、大学に行ったらなんか変わるのかねー……。

 

 そんなことを考えつつも女の子を乗せて数分後。

 安全のためにかなり速度を落としたがやはり文明の利器。あっという間に女の子の家に着いた。

 

 

「とうっちゃくーーーっ!」

 

 

 目的地に着き、ヘルメットとベルトを外すと軽やかに降りる。こちらも預かっていた荷物をおろすため、一度エンジンを切り停める。

 家は……なんかのお店かな?看板はついているが休業日の為か中の様子は窺えない。

 

 

「おくってくれて、ありがとうございましたー!」

「そっちも道案内してくれてありがとうな」

 

 

 荷物を渡し、お互いに礼を言い合う。

 距離的にはそんなでもなかったが、微妙に入り組んでいる道もあったから助かったのは事実であった。

 

 

「にもつおいたら、むこうまであんないしようかー?」

「いや、さっきより近くなってわかりやすくなったし大丈夫だよ」

 

 

 向こうからの案内の提案も流石に大丈夫と思い遠慮しておいた。

 断られた為か女の子はしょんぼりした顔をしてるが、連れまわすわけにもいかないし、まだ距離はあるが先ほどより道もわかりやすくなっているしな。

 流石にここで迷子になるなんて見知った二人を除けば滅多にいないさ。

 

 

「じゃあ、俺はそろそろ行くな」

 

 

 いつまでもこのまま話しているわけにもいかなので、再びバイクに跨りエンジンをかけなおす。

女の子はこれで終わることにつまらなげな顔をしていたが、こちらが行くことを伝えるとなんでもなかったかのように笑顔を見せた。

 

 

「そっか………わかったっ! それじゃあおにいさんありがとうね! バイバーーーイ!」

「おう、そっちも次は無茶しないようになっ!」

 

 

 お互いに手を振り別れる。ミラーを見ると角を曲がる直前まで手を振っているのが見えた。

 

 ――しかし松実館で泊まれなかったらどうするかな……野宿は嫌だし他に見つかるか……?

 

 そんな不安を抱えつつ、女の子に見送られながら旅館への道を走り始めた。

 

 

 

 

 

 おまけ

 

 急いだおかげで電話から10分かからずに新子家へ到着した晴絵であったが……。

 

 

「いやーごめんごめん! 後でなんか奢るから許して」

 

「いや、まあいいけどね……それよりなんかいつもより機嫌よくない? なんかあったの?」

 

「え? いやいや!? なんでもないない! いつも通りだから!」

 

「(やっぱりなんか怪しい……)……男でもできた?」

 

「うぇい!? そんなんじゃないから全然ッ! ただ道案内しただけだからっ! そんな関係じゃないからっ!」

 

「冗談で言っただけなんだけど、本当だったのね……」

 

「だから違うって!? 須賀さんとはそんなんじゃなくて!」

 

「道案内しただけの相手なのに名前も知ってるのね…。いやー、今まで一切男の影がなかった阿知賀のレジェンドにもようやく春が来たかー」

 

「だから違うってーーーー!!??」

 

「(うるさいからよそでやりなさいよ……)」

 

 

 遅れてきた仕返しに弄る新子望と弄られる赤土晴絵、それを見ながら呆れる新子憧であった。

 




 謎のジャージ娘…一体なに鴨穏乃なんだ…。

 いや、待てよ…KかじSこやという可能性が存在してもいいんじゃないか?


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三話

うそすじ

 赤土晴絵と別れた後謎のジャージ娘と出会った京太郎。
 下半身に何も穿いていない様に見えた彼女だったが、実は上半身もボディペイントだったのだ……
 痴女ってレベルじゃねーぞ!


「えーと……松実館松実館と……お、あれか?」

 

 

 女の子と別れてから十数分後。

 四方八方に視線を飛ばして探していたらようやく松実館とやらを発見したので、とりあえずバイクを止めてから旅館全体を眺めてみる。

 

 

「ふ~む、なるほどなるほど」

 

 

 パッと見た感じ、大きさ的にはそこまで大きくないが老舗の旅館といった雰囲気である。

 しかしそんな雰囲気とは裏腹に近くに土産物屋などもあって別に不便というわけでもないし、値段的にもそこまで張らなそうだからこれなら良さげだな。

 

 

「ま、とりあえず入ってみるか」

 

 

 いつまでも見ているだけでは何も始まらないので、バイクを駐車場に停めて中に入ることにする。そして受付で聞いてみると実際に値段も良心的で、部屋も空いているとのことなので今日の宿をここに決めた。

 その後部屋まで案内され、一人になったら気が抜けたのか荷物を置いて畳の上に座りこみ、そのままぐるりと首を動かして部屋の中を見渡してみる。

 

 華美な装飾はなく、畳、木のテーブル、襖、ブラウン管テレビ、窓際のイスというどの旅館にもよくみられる家具があり、一般的な宿といった感じである。

 しかしそんなゆったりとした雰囲気じゃら体だけでなく精神的にも安らぐ感じがして、人気が高いのも頷けた。

 

 その後部屋を見回している時にコンセントを見つけたため、携帯を充電し、その間に荷物の整理をしておく。時間的に夕食はまだ先だし風呂も後でいいしどうするべきか……。

 

 とりあえずいつでも風呂に行けるように準備をしたが、すぐに終わってしまったので体を休める為に横になる。

 十分ほど休んだ後、そろそろ少しは充電できただろうと携帯開きメールを確認する。

 

 

「おー、流石に半日放置してると結構来てるな」

 

 

 半日の間に溜まって友人達や後輩からのメールを一つずつ読んでいく。

 大抵が当たり障りない雑談的なものだが、中には遊びに行かないかとのお誘いメールもあった。

 今回の旅行はハギヨシや照達などの身近な相手にしか言ってないのでこういったメールもこの旅行中に何度か届いており、その都度用事があるって断っている。

 

 

「だって、ほら……あれじゃん。一人旅ってなんか恥ずかしくて言いにくいじゃん……」

 

 

 何処との誰とも知らない相手に言い訳をしつつも、流石にいつまでも休んでいるのはもったいないからと立ち上がり外に出る準備をする。

 財布や携帯など貴重品だけ持ち、部屋の外に出る。途中宿の人に会ったらいい観光地でもないか聞こうと思ったが、忙しそうなので適当に近くを歩くことに決めたのだが――

 

 

 

 

 

「いやー実にいい田んぼや畑ですねーーーー」

 

 

 ――一面に広がる山やのどかな田園風景に心洗われる……。

 

 

「わけねーよ……自分ちの近くでも見れるっての……」

 

 

 見渡す限りの自然に思わず毒づいてしまう。

 普通に行くんじゃつまらないし、こういった所の方に穴場があるのではないかって考えて建物が多い方とは逆方向に歩いてきたのが失敗したな……。

 

 まあ、こういった風景も風情があっていいんだが時と場合による。

 そういえば今更だけど、携帯を弄っている途中に調べたんだが、ここは吉野っていう地名らしいな。

 

 その後結局この道を十数分ほど歩いたが特に何もなく、これまた変哲もない十字路に出てしまった

 

 

「ふぅ……しゃーない、戻るか」

 

 

 この先にも建物はいくつかあるが、これ以上行っても面倒だから戻って土産物でも見るか。しかし踵を返そうとした時、ふと右の方から泣き声のようなものが聞こえたのでそちらの方へ視線を向ける。

 するとそこには見た目、小学校高学年ぐらいの女の子がいた。

 

 真夏なのになぜか長袖長ズボンの服を着て、尚且つこんな時期なら虫がいくらでも出て来そうな草むらの中を必死に覗き込んでいた。

 

 

「ふぇぇ……いったいどこにいっちゃったのぉ……」

 

 

 察するにどうやらなにかを失くしたみたいで探し回っているようだった。

 その為自分に向けられる視線に意識を回す余裕もないのか、こちらに気付いた雰囲気はなく、一生懸命に探していたみたいだったのだが……。

 

 

「ぐすっ……うっ……っ、ないよぉーー……っ! ……ッ……」

 

 

 あちこち探しても見当たらないのか、とうとう蹲り泣き出してしまう。

 もちろん田畑らしく辺りには俺以外人通りもなく、誰も声をかける人などいなかった。

 

 

 ――ふぅ……仕方ないな……。

 

 

「君、大丈夫? どこか痛いのか?」

 

 

 流石に無関係とは言え、泣いている女の子を無視する事もできず声をかける。

 もちろん先程から見ていた為、体の問題じゃないのはわかっているが念のためだ。

 

 

「ッ!? ……!? ……」

 

 

 すると誰もいなかったはずなのにいきなり声をかけられてびっくりしたのか、しゃくりを上げながらも驚いた表情で女の子がこちらを見上げる。

 

 近くに寄ったことに顔が見えるようになると、整った顔立ちをしていることがわかったが、それを台無しにしてしまうほど目元が腫れていた。

 この腫れ具合を見る限り、どうやら俺が見つけるよりずいぶん前から泣いていたみたいだった。

 

 

「ほら、服で擦ったら目に傷がつくからこれ使って」

「……っ! あっ……ありっ……あり、がと……ご、ござい……ますッ!……」

 

 

 そういって未使用の清潔なハンカチを渡すと、女の子は詰まりながらも礼を言い受け取る。涙を拭いている間少しでも楽になるよう背中を撫で続けてあげる。

 しかし撫でているうちに気付いたが、これってもしかして下に服を何枚も来てるのか?

 

 探し物するために長袖にしているのかと思ったが、実は風邪をひいているとか……?いや……でもこれだけ着込まないだろう普通……。

 

 普通ならあり得ない状況に思考を巡らせていると、段々と女の子も落ち着いたのかしゃくりが収まってきたみたいだ。

 

 

「もう大丈夫か?」

「……ぐすっ、はい……ありがとう、ございます……」

 

 

 泣き止んだのを見計らって手を離す。しゃくりも止まり落ち着いたのだが、未だに涙は少しだけだが出ている状態が続いている。ふむ……よし。

 

 

「ちょっとここで待っててな」

「……え?」

 

 

 そう言うと驚いている女の子を置いて近くにあった自販機まで走る。

 財布を取りだしお金を入れ商品を選ぶのだが、その段階になって、ふとある考えが浮かんだため悩み始めた。

 

 

「(あれだけ着込んでたってことは極度の寒がりだとか……。う~ん……いやでも、夏だしまさかな……でもまあ、それなら両方買えば問題ないだろ)」

 

 

 そう考えホットとアイスのお茶を一本ずつ買って戻る。冷たい方を選んで、暖かい方が残ったらぬるくなってから宿で飲めばいいしな。

 

 

「ほら、冷たいのと温かいのがあるけど好きな方飲んでいいよ」

「え……? でも……」

 

 

 知らない人からの差し入れだからか遠慮したのか、躊躇った感じで俺がさし出した二本のお茶を交互に見ている。

 もしくはそんなことをしている暇があったら、探し物を早く見つけたいのかもしれない。

 

 

「遠慮しなくていいから。それになんか探し物してたみたいだけど、その調子じゃ大変だし一回休んだ方がいいぞ」

「あ……そ、それじゃあ……こっちのを……」

「温かいのでいいのか? 冷たいのもあるけど」

「はい……私、寒がりだから……」

「そっか、じゃあこっちな。結構熱いから気を付けるんだぞ」

「はい……ありがとうございます」

 

 

 本人の発言と指をさしたのは暖かい方であった為、思っていた通り極度の寒がりだと判明し手渡す。

 だけど、こんな真夏日和の中でも暖かい飲み物を選ぶほどの寒がりだったとはな……。

 

 

「ン……ン……はぁ……あったか~い……」

 

 

 温かいお茶飲んだためか安心したのか、女の子は先ほどよりも頬を緩めて笑顔を見せてくれる。いや、どんだけ寒がりなんだよ……。

 しかし、一日に二回も女の子に飲み物を奢ることになるとは思わなかったな。

 

 

「落ち着いたか?」

「……あっ!? は、はい……あ、ありがとうございましたっ」

 

 

 女の子が落ち着いたのを見計らって声をかけると、驚いた顔でこちらを見て、それから急いで頭を下げていた。どうやら飲んでいるうちにリラックスできたのかこちらのことを忘れていたみたいだ。

 ただ、そのかいはあったのか目元は未だに赤いが、それでも先ほどよりは落ち着いている。

 

 

「それで、さっきから何か探してるみたいだけどどうしたんだ?」

「えっと……」

「あ、別に言いにくいなら言わなくてもいいんだぞ」

 

 

 答えようとするのだが言い淀んでしまっているし、様子からするに恐らく答えにくいものなんだろうと結論付け、先に言葉を挟んでおく。

 しかし女の子は何処か恥ずかしそうにしながらもこちらを見て何かを言おうとする。

 

 

「いえ……別にそういうのじゃないんですけど、その…………マフ、ラー……です」

「???」

 

 

 恥ずかしそうに答えた結果は予想外のマフラーである。

 一瞬頭の中が???で埋めつくされたが、先ほど寒がりだって言っていたことを思いだしすぐに納得する。

 確かに季節的におかしいけど、まあそういう人もいるよな。自分の周りに変人が多いこともあり再び納得する。

 

 

「うし、じゃあ探すの手伝うから、そのマフラーはどんな色で、どこら辺で失くしたかわかるか?」

「……え?」

 

 

 先程提案した通り俺が手伝おうと詳細を尋ねると、不思議そうな顔でこちらを見てきた。

 あれか?いきなり知らない人が手伝うとか言ったから驚いているのだろうか?

 

 

「あー……すごい今更だけど別に俺は怪しいものじゃないぞ。ただの観光客で、さっきから君が困っていたみたいだから声をかけたんだ」

 

 

 少しでも安心させようと事情を説明しようとするが、本当に今更であるし、大抵こういう事を言う奴は本当に怪しいと相場が決まっている。

 さて、どうすっかな……。

 

 

「あ……そ、そうじゃないんです……えっと……そ、その……」

 

 

 これ以上説明しようにもどうしようか悩んでいると向こうから声をかけてきたのだが、何か言いたいことがあるのだろうけど、上手く言葉に出来ずにいる。

 

 見たところあまり自己主張するタイプには見えないし、言いづらいんだろうな。

 こういった場合話しやすいようにこちらが手を引いてやるか、向こうが話すまでゆっくりと待つの、どちらかである。

 ふむ、だとしたら――

 

 

「何か気になることがあるのか? 別に怒らないから言いたいことがあるなら言ってもいいんだぞ」

「あ……その…………いえ、なんでもないです…………えっと……マフラーはピンク色で……お買いものから帰ったらなくなってました……」

 

 

 向こうが話させるようにこちらから促したら見事に失敗してしまった。

 まあ、気になるけど、それでもマフラーについて聞けたから良しとしよう。

 

 

「なるほどな、マフラーは首に巻いてなかったのか?」

「はい……お買い物の途中で邪魔になっちゃったので、寒かったんですけど外して……お買い物の袋の中に一緒にしまってたんですけど……き、気付いたらなくなってて……ぐすっ……」

「ああ、ほらハンカチ」

 

 

 失くした事を改めて実感したせいか、再度泣き始めてしまった為に先程とは違うハンカチを取り出して涙を拭う。

 しかしマフラーって結構かさばるもんだし、落としたことに気付かなかったってことは、相当買い物に一生懸命だったんだろうな。

 

 

「それじゃあ探し方はどんな感じだったんだ? 家から買い物したお店に戻る感じ?」

「ッ……はい……お家の近くは探したんだけど……全然見つからなくて……今はお店までの道を探してました……」

「ふむ、それでお家とお店の方角ってどっちかな?」

「えっと……あっちがお家で……こっちがお店です……」

 

 

 涙を拭きつつさらに詳しく聞いてみると、女の子が指をさしたのは今俺が来た旅館がある方と、先ほどの俺から見てこの子を見つけた方角である。

 

 しかし……ここらへんに住んでいる人はあまりいないみたいだし、家があるとしたら旅館のあたりだよな。ここにくるまでそれなりに歩いたし、つまりこの子は俺より前にこの道にいてずっと探してたってことなのか……。

 

 

「そっか、大変だったな……よしっ! 俺も手伝うから一度店までいかないか? もしかしたら落し物で届いてるかもしれないし」

「え……? で、でも……もし道に落ちてたら……」

「もちろん探しながらだけど、ピンクのマフラーって大きいし目立つから普通に道歩いてるだけで見つかると思うんだ。けど俺も向こうの道から来たんだが見てないし、この先に落ちてなかったらきっと誰かが拾ってくれてるんじゃないかな?」

 

 

 今日は風もあまり吹いていないから落ちたマフラーが何処かに飛んで行くというのも考えにくい。

 勿論最悪な事態として車に踏まれた勢いで何処かに行った可能性もあるが、悲しませるだけなので口には出さないでおく

 

 

「あ、そっか……」

 

 

 そこまで説明をすると気が楽になったのか、安心して悲しそうな顔ばかりしてた中で少しだけだがようやく笑みを見せてくれた。

 

 さっき見た時も思ったが小学生でこれか……今はおもちもないけど、そのまま育ったら後数年もすれば俺好みのタイプになるんだろうな……だけどもちろん手なんか出しません。

 Yesロリータ、Noタッチ。と、バカな考えは放り出そう。

 

 

「よし、それじゃあ俺が右側見ながら歩くから左側はまかせたよ」

「あ……は、はい! お願いします!」

「おう、任された」

 

 

 先ほどのような下心は兎も角、こんな風に一生懸命に頭を下げてしまったら頑張らないわけにも行かないよな。

 

 

 

 

 

 その後、店までの道を歩きながらお互いに左右に分かれて田んぼや草むらの中に落ちていないか探すも一向に目的のマフラーは見つからなかった。

 そして目的地である店にも着いて、店員さんに落し物がないか聞いてみるも届いてないとのことだった。

 

 

「うう……どうしよう見つからないぃ……」

 

 

 心当たりの場所をすべて探したにもかかわらず見つからないことでまた泣き出しそうになっている。

 その様子を見て、しゃがみ込んで女の子の目線に合わせてからあやすように頭を撫でる。

 

 

「ほら、泣かない泣かない。それじゃあ次は君の家の近所の人達に聞きに行こうか」

「え?」

「さっきも言ったけど、この時期のマフラーは目立つし、近所の人達だったら君のマフラーだってすぐにわかって拾ってくれてると思うよ。もしかしたら探してる間に家に届けられてるかもしれないしね」

 

 

 都会ならいざ知らず、お世辞にも人が多いとは言えない阿知賀なら顔見知りも多いだろうし大丈夫じゃないかと思う。

 袋に入れた時に落としてなかったなら、家が近くなった時に気が緩んで落としたって可能性も高いしな。

 

 

「でも……もし誰も拾ってくれてなかったら……」

「そしたらまだ俺も手伝うし、もう一度探してみよう」

 

 

 時間的にもう少しで夕食も近いが、乗りかかった船だし最後まで付き合うさ。

 するとまたもや気が緩んだのか、女の子が再び目に涙を浮かべだす。

 

 

「ぐすっ……あ、ありがとうございます……」

「ああもう、泣かないでくれって」

 

 

 流石に何度も泣かれると居心地が悪い、しかも今回は俺が完全に泣かせた感じだしな。

 それから店員さんにもしマフラーの落し物があったら残して置いてほしいと告げ、店を後にする。

 

 その後、もう一度来た道を戻りながら同じように探し続けていたがやはり見つからず、結局旅館に近い所まで戻ってきてしまった。

 途中何度か人とすれ違ったので、マフラーについて尋ねてみたが誰も知らず、地元の人ではない為か女の子の知り合いでもなかったので、拾ったら届けてほしいという事も出来なかった。

 

 

「さて、それじゃあ人通りも多くなりそうだし、色々聞いてみるか。ここら辺の人とは大体は知り合いなんだっけ?」

「うん……お家も近くだから皆よくお話ししてます」

 

 

 探しているうちに緊張が解けたのか、さっきよりも口調が少し柔らかくなっている。

 いつまでも硬いままだとやりにくいし、少しでも心を開いてくれたなら嬉しくもある。

 

 

「よし、それじゃあ聞き込みしながら一度君の家まで行ってみようか」

「はい」

 

 

 女の子の返事を聞いて、人を探すために歩き出そうとしたら――

 

 

 

「お~~~~~~い、おねえ~~ちゃ~~~~~~~~~~~~~~ん」

 

 

 

 ――遠くから声が聞こえた。

 

 

「あ、玄ちゃん!」

 

 

 その声に反応したのか、女の子が声のした方を向き名前を呼ぶ。先ほどまで元気のなかった声とは全く違い、それは年相応の声に近かった。

 そして俺もつられて同じ方向を見ると、この子にどこか似た感じだが、少し年下っぽい女の子がこちらに向かって走ってきた。

 

 

「えっと……お姉ちゃんってことは、あの子は妹さん?」

「はい……妹の玄ちゃんです」

 

 

 なんとなくわかっていたが、一応確認の為に聞いてみると予想通りの返事が返ってきた。

 軽く話している間に急いで走ったのか、アッと言う間に妹さんはすぐそばまで来ていた。

 

 

「もうっおねーちゃんどこ行ってたの! 心配したんだからねっ!」

「ごめんね、玄ちゃん……」

 

 

 余程心配していたのか声を荒げて姉を叱る妹さんと素直に謝る女の子。

 この感じからするに家族にはマフラーを失くした事を言ってなかったんだな。

 

 

「あ、えっと……お兄さんは……?」

「ん、ああ俺はただの観光客で、君のお姉さんがマフラーを落としたって聞いて少しの間だけ一緒に探してたんだ」

「ふ~む、なるほどなるほど。おねーちゃんがお世話になったようでありがとうございました!」

「いや、別に気にしないでくれ。それにマフラーもまだ見つかってないし」

 

 

 女の子を叱っていた妹さんだが、一緒にいた見知らぬ男が不思議だったようで、軽く説明をするとそれで納得にしたのか礼を述べてきた。

 内気の姉としっかり者の妹か……どこぞのポンコツ姉妹とは逆だな。ただし、照がしっかりしているか聞かれると返答に困る。

 

 

「あ、そうだ! そのおねーちゃんのマフラーだけど、少し前に灼ちゃん家のおばあちゃんが道に落ちてたって届けてくれたのです」

「え……!? 本当玄ちゃん!?」

「嘘なんかつかないのですっ!」

 

 

 驚く姉と胸を張る妹。

 しかし姉は厚着していた為わかりにくかったが、よく見ると姉妹どちらも平均的な小学生よりも少し大きなおもちをしてるな…。

 どこぞの宮永(ry

 

 

「というか、おねーちゃんもマフラーを落としてたのなら言ってほしかったのです」

「うう……ごめんねぇ…………でも、玄ちゃん達皆忙しそうにしてるのに言いだせないし、私が無理言ってお遣いもしたのが悪いんだし…」

「そんなこと気にしないでいいんだよ! むしろおねーちゃんが寒いのを我慢してお手伝いしくれて嬉しかったのです!」

「ふぇぇ……玄ちゃん……ッ」

 

 

 セクハラ気味なことを考えている間に話は進み、一人で探しまわっていたことを怒りながらも心配妹さんが再び泣き出してしまった女の子を抱きしめてあやす。

 

 しっかし……今日はやけに親のお手伝いをしている子供に出会うな。さっきのジャージの子もそうだったが、この子もどうやら親の手伝いを自分で買って出たみたいだし、妹さんも家の手伝いで忙しかったみたいだ。

 こうして見ると親孝行な子供がほんと多いよな。当時の俺なんて外で遊んでばっかりだったし、手伝いなんてもう少し年取ってから照達の相手したことぐらいだもんな……帰ったらなんか親孝行の方法でも考えるか。

 

 しかしこの仲の良い姉妹の醸し出す雰囲気の中。須賀京太郎、実に空気である……。

 いや、まあ……いいんですけどね。マフラーも見つかったし、万々歳だわ。

 

 そのような事を考えているうちに数分ほどたち、涙も止まり落ち着いたのか離れる二人。

 女の子は涙を拭くためにポケットからハンカチを取りだすと、ハッと気づいたかのようにこちらを見る。

 

 

「あ、ごめんなさい……ずっとハンカチ持ってて」

「ん?ああ、気にしなくて良いよ。いざというときの為に使い捨て用にたくさん買ってあるやつだからあげるよ」

 

 

 ハギヨシの教え第十三番『常に清潔なハンカチを多めに持ち歩け』。

 

 実際にこの旅行中なんども清潔なハンカチを必要とする機会は多かった為、実に役に立つ教えだったな。それになにやら明日もまた使いそうな予感がするし。

 そんなわけで自由にしていいと告げると、驚いたように視線をこちらとハンカチの間で行き来させる。

 

 

「え? でも……いいんですか?」

「うん、大丈夫だから。それにこっちとしては可愛い女の子に泣かれる方がきついしね、それなら思いっきり使ってくれた方がいいよ」

 

 

 遠慮しがちにこちらに尋ねる女の子に大丈夫だと返答する。常日頃よく転ぶ咲達のために家には箱で閉まってあるし別に安いものだ。

 途中ちょっとキザな事を言ったような気もするが気にしない。

 

 

「あ……あ、ありがとうございます……」

 

 

 とはいえ、この年の女の子なら傍から見れば寒いキザな台詞もそれなりに受け取ってくれるのか顔を赤くし俯いてしまった。

 別の方向から「おー、おねーちゃん真っ赤かだ~お兄さんすごいのです!」と聞こえてくるが無視無視。

 

 

「それに俺はたいして役に立てなかったしね」

「そんなことないです! お兄さんが一緒に探してくれたり、お家に戻ること教えてくれなかったら、きっと玄ちゃんが見つけてくれるまでずっと探してましたっ!」

「そうなのです! おねーちゃん外は苦手なのですごく助かりました!」

 

 

 結局役に立てなかったといった俺に対し、今までの中で一番大きな声を上げてそれを否定する女の子と姉の立場に立ちそれに同意する妹さん。

 気をつかってくれているのもあるだろうが、本心でそれ言ってくれてることが伝わってくる。

 そんな二人の姿と仲の良さに思わず顔がほころんでしまう。

 

 

「そうか、そう思ってくれるなら何よりだよ。それじゃあ、マフラーも見つかったし、俺はそろそろ行くな」

「え……!? あ、その……な、なにかお礼をさせてください」

「そうです。このまま返しては武士の恥なのです」

 

 

 目的のマフラーも見つかった為、その場から立ち去ろうとする俺を引き留めようとする二人。

 しかしさっきも言った通り、結局役に立たなかったし礼を受け取るほどのこともしていない。そもそも子供から礼を受け取るのは(もう数年もしたら)大人の身としてはあまりよくないしな。

 

 

「俺が好きでやった事なんだし、子供がいちいち礼なんて気にしないでいいんだぞ。それに夏だから日が暮れるのは遅いけど、親御さんも心配してるだろうしそろそろ帰った方がいいな」

「でも……」

「それに……ほら、俺もそろそろ夕食だし、帰らないといけないからしょうがないさ」

 

 

 まだ夕方で明るいが、マフラーを探している間に子供が帰る五時を過ぎてしまっている為帰宅を促し、こちらも帰る必要があることを匂わせる。

 

 実際は夕食にはまだ少し早いので、今度こそ土産物にでも見に行くつもりだ。

 あまり良い方法ではないが、こうでも言わないとこの姉妹の性格上諦めそうにもない為である。

 

 

「あっ……そうですか……わかりました、それじゃあ私たちはもう行きますね」

「うん、そうした方がいいな」

 

 

 拒絶されたことに少し落ち込んだ表情を見せつつも納得してくれたのか帰ることを告げる。妹さんの方は納得していない様だったが、当事者である本人たちが良いと言っている為かこれ以上口を出さない様だ。

 

 

「それじゃあ……ほんとうにありがとうございました……さようなら」

「ありがとうございました! さよならです!」

「ああ、さよなら」

 

 

 頭を下げながら礼を言い、何処か名残惜しそうにしながらも手を振りながら帰っていく二人にこちらも手を振り返す。

 何度もこちらを振り返りながら帰る二人が角に消えるまで見送った後、こちらも歩き始める。

 

 しかしあの子を最後にがっかりさせてしまったが、あれ以上のことは浮かばなかったし仕方ないよな……。

 最後の落ち込んだ顔が脳裏に浮かんだが、いつまでも引きずるわけにも行かず、気持ちを切り替え土産物へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

 その後、土産物屋を巡るうちに夕食の時間になった為宿に戻り、夕食を取る。

 料理も美味く、露天風呂も気持ちよかったし、値段も悪くないと赤土さんが言っていた通り、実に快適な旅館だった。

 

 ただ……欲を言えば、女将さんや従業員さん達がもうちょっと若ければなーPlease give me omoti!・

 

 それから入浴も済んだあと、明日の為にも早めに就寝に就くことにする。そして寝る直前に今日一日のことを少しだけ思い返してみることにした。

 

 午前中は特に何もなく、午後になりガス欠で悲惨な目にあったが、赤土さんに助けられ、その後はジャージ娘(仮)に会った。

 旅館に着いてからは、軽い散歩のつもりが落し物探索に変わり、結局役には立たなかったが仲の良い姉妹と会えた。

 

 半分以上は歳がアレとは言え、可愛い女の子四人と話ができたし実に良い日だったな。これがあるから旅はやめらないよなー。まあ、昨日までそういった出会いなんてなかったけどね……。

 そんなことを考えているうちに瞼が重くなって来た為に本格的に眠りにつこうとする。

 

 

「今日はとっても楽しかったな。明日は、もっと楽しくなるよな、カピ?」

 

 

 遠い長野の実家にいるペットのカピバラに向けて言う。

 

 

 ――一人旅って虚しいよなー、あー彼女欲しいなーできればおもちが大きいのが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝食を軽く終えた後、旅館をチェックアウトしバイクを走らせる。

 さて、旅に出てからそれなりに経つし、夏休みも終わりに近いからそろそろ帰らないとなー、財布も寂しくなってきたし。

 

 今後の心配をしつつ走らせていると、人通りの少ない道に出る。すると視界の端で、自転車の傍にしゃがみ込みなにやら作業をしている人を発見した。

 つーかあれって――

 

 

「ぬぁーもー! なんでこうなるかなぁ! うがーっ!!」

 

 

 ……奇声を上げて自転車を弄りつつも八つ当たりしているのは、どう見ても昨日世話になった赤土さんだ。

 数十分の間の仲とは言え助けられた身だし、暴れている理由はわからないが流石に無視はできないと思い話しかけに近寄る……大丈夫だよな?

 

 

「あのー……赤土さん?」

「なによっ! ……ってあれ?」

 

 

 怒声をあげつつ振り返った赤土さんだが、こちらの顔を見ると思わぬ相手の登場に驚いたようだ。

 

 

 

 

 

 ――これがお互いの人生にとって一瞬だけの交差であり、もう会うことがないだろうと思っていた相手との二度目の出会いだった。

 

 

 

 あ、自転車を弄っていたせいか鼻の上が黒くなっている。

 

 




 レジェンドの出番が少ないのも全て松実玄って奴の仕業なんだ!

 当初の予定では一言二言しか台詞がなかったはずなのに登場させたとたんに表にぐいぐい出てくるとは…
 松実玄…実に恐ろしい奴だ…。


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四話

うそすじ

「汚物は消毒だ~!」

一夜のうちに何故かモヒカンサングラスに進化していた赤土晴絵。
世紀末系ヒロインとかありじゃね?


 先ほど、昨日世話になったばかりの赤土さんに偶然再会したのだが、いきなり俺が現れたのが予想外だったためか固まってしまった。

 とりあえずもう一度声をかけてみるか。

 

 

「え~と、大丈夫赤土さん?」

「……え? あ!? す、須賀さんがなんでここにっ!?」

 

 

 再び声をかけたことでようやく起動する赤土さん。動揺しているのか、漫画のごとく手をワタワタ動かしている。

 

 

「いや……宿出た後に走ってたら、たまたま赤土さんの声が聞こえたから話かけてみたんだけど……」

「声って……もしかして、さっきの見てた?」

「あーー……うん」

「………………くぁー!!!」

 

 

 恐る恐る聞いてきた赤土さんに頷くと、先ほどの奇行を見られていたのが相当恥ずかしかったらしく、顔を真っ赤にして蹲ってしまった。

 

 しまったなー、なんとか誤魔化すべきだったかなー、恥ずかしがる顔が見れて役得だなんて思ってないぞー。うん。

 とりあえず向こうが再起動するまで待つことにする。

 

 

「………………………………………………よし! ……やほっ! 昨日ぶりだね!」

「ああ……うん、昨日ぶりだな」

 

 

 時間を置いたおかげで持ち直したのか、自分の顔を叩いてから立ち上がり、改めて挨拶をしてくる。ただし叩いたのとは恐らく別の原因で顔は赤いままだ。

 

 

「あの後はどうだった、旅館は見つけられた?」

「おう、ちょっと迷ったけど見つけられたしいい旅館だったぞ、ありがとうな。そっちもあの後大丈夫だったか? 友達を結構待たせてたみたいだったけど」

「あー、大丈夫大丈夫! 向こうの家で待ち合わせだったから待つのも楽だったからね!……まあ、色々と詮索されたけど」

「???」

 

 

 なにかボソッと呟いていたみたいが、声が小さすぎて聞こえなかった。なぜか顔がまた少し赤くなったが。

 呟きも気になるが、しかし今はそれよりも大事なことがある――鼻の上の汚れが先ほどから放置されたままで、赤土さん自身もまだ気付いてないみたいなのだ。

 

 

「あー、とりあえずこれ使ってくれ。使ってない清潔なやつだから大丈夫なはずだ」

 

 

 鼻の上の汚れをいつまでも放置するわけにはいかず、カバンの中からハンカチとウェットティッシュ出して渡す。

 なんとなく予感はしていたが、まさか本当にまた使うことになるとは思わなかったな。

 

 

「え? ハンカチ? なんで?」

 

 

 突然出されたハンカチたちに疑問顔の赤土さん。

 しかしここで詳しく言うと恥をかかせるような気もするので、なにも言わずバイクについているミラーを指さす。

 

 

「??? ………………??? …………!?!?!?」

 

 

 バイクまで歩いていき、ミラーを覗き込んで自分の顔を確認する赤土さん。

 すると最初何が起きているのかわからなかったみたいだが、理解すると急いで顔を拭き始めた。

 

 こういった場合ってどうするのが正解なんだろうな……帰ったらハギヨシに聞いてみよう。

 

 

「………………………………」

 

 

 顔を拭き終えた後、赤土さんが顔を下に下げたまま無言で戻ってくる。

 汚れも取れてキレイになったみたいだが、なんか居た堪れなくなってきたな……顔真っ赤だし。

 

 

「………………………………アトデアラッテカエス」

「あー、使い捨て用にまとめ買いしてるやつだから別に気にしなくていいぞ」

「………………………………アリガトウ」

 

 

 なにこれ萌える。

 

 

 

 

 

「そういえば……さっきから何の作業してたんだ?」

 

 

 その後、戻ってきてから少しの間気まずい沈黙が続いたが、流石にこのままと言うわけにもいかずこちらから話しかけることにした。チェーンが外れるのを見ている為なんとなくわかるが、話のきっかけとしてはちょうど良いだろ。

 

 さっきのこともあり、こちらの質問に答えづらそうにしてた赤土さんだったが、なんとかこっちを向いてくれた。

 

 

「……自転車のチェーンが外れたから直してた……」

「ああ、確かにそれなら汚れても仕方ないし、気にしない方が…」

「ううぅ……」

 

 

 やばい、選択肢をミスった。多少持ち直していた赤土さんだが、俺の不用意な再び顔を下に向けてしまった。

 そりゃ年頃の女の子があんな姿見られたら恥ずかしいもんな……。フォローも失敗したし、どうするべきか……。

 

 

「ん、よし! まかせとけ!」

「……え?」

「ちょっと自転車弄らせてもらうな」

 

 

 いきなり胸を叩いて任せろと言いだした俺に赤土さんは目を丸くして驚いていたが、あえて触れずに自転車に向かう。流石に女の子に恥をかかせたままではいられないから、せめてもの償いをする為に動きだす。

 チェーンが外れたぐらいなら持ち歩いている道具があればなんとかなるかな。

 

 

 

「よし、直った! これで大丈夫だと思うけど一応試してみてくれ」

 

 10分ほど自転車を弄っているとようやく直ったので、後ろで手持無沙汰にこちらの作業を見ていた赤土さんに声をかける。

 うん、さっきより顔の色も戻っているし大丈夫かな。

 

 

「え? うん…………あ、本当だ! 直ってる!」

「あーよかった。しばらく弄ってなかったからちょっと自信なかったけどなんとかなったわ」

「なによ『まかせとけ!』って自信ありげに言いながら実は自信なかったの?」

「まあ、そこらへんは自分を鼓舞するためってことで」

 

 

 向こうも落ち着いてきたためか、笑いながら軽口にも乗ってきてくれる。いや、まったく。一時はどうなることかと思ったよ。実際に自転車のチェーンなんて外れる機会もそう多くはないから、あまり直したことなんてなかったけど出来てよかったわ。

 それに多少強引に直したから引かれてもおかしくなかったけど、特に気にしてないみたいだな。

 

 

「あー……なんか恥ずかしい所見られちゃったけどありがとうね、おかげで助かったよ……そうだ! せっかくだし、なんかお礼させてよ」

「いやいや、俺も昨日助けられたしお互い様ってことで」

「ダメだって。自転車を直してもらったのと違って昨日のはただの道案内だし。それにそれはジュースで手打ちにしたでしょ」

「あー……それじゃあなんか適当にお願いしようかな」

 

 

 赤土さんの提案に一度断る俺だったが、食い下がられてしまったので考えた結果、下手に断り続けても粘られそうだったので提案を受けることにした。

 あまりないとは思うが、大げさな内容なら断ればいいし。

 

 

「よし! じゃあお腹すいてない? 近くに面白い喫茶店知ってるんだ」

「朝は軽く食べただけだから入るっちゃ入るけど……そこまでしなく 「いいからいいから、行こう!」 ……まあいいか」

「よし、じゃあ案内するから着いてきて!」

 

 

 まあ喫茶店ならコーヒーぐらいで済ませられるかと思い了承する

 こちらの承諾を得た赤土さんが自転車を漕ぎだしたため、こちらもそれに合わせたスピードで後に続く。

 

 面白い喫茶店かー、美味いコーヒーとかが出来てくるんだろうか。

 

 

 ん?…………面白い喫茶店?

 

 

 

 

 

「到着ー! この店だよ」

「へー、結構落ち着いた感じで良い店だな」

 

 

 数分ほど赤土さんの後についていくと目的地の店に到着した。面白いと言っていたが、別に可笑しい外観をしているわけでもなく普通の喫茶店だ。

 ただ、雑誌とか出てくる今どきの女子高生たちが行くタイプではなく、主婦やサラリーマンが行くようなモダンな感じの建物だった。

 

 

「知り合いのおばちゃんが一人で経営してるお店で個人的にお気に入りなんだ。それじゃあ暑いしさっさと中に入ろうか。あ、そこにバイク停められるから」

「了解」

 

 

 お互いに愛車を停めて中に入ると、夏らしく冷房が効いており、炎天下の中で火照った体を冷やしてくれる。

 店内も外見通り落ち着いた感じであり、ゆったりとした雰囲気がある。しかしまだ早い時間帯の為かお客さんは他にいないみたいだ。

 

 そんな感じで店の中を見回していると、奥から年配の女性が出てきた。

 

 

「いらっしゃいませ~。あら、晴絵ちゃんいらっしゃ~い」

「こんにちはおばちゃん」

「こんにちは~。あら、男連れ? いや~晴絵ちゃんが彼氏連れてくるなんて明日は雪かしら~」

 

 

 先ほど言っていた通り知り合いらしく二人とも軽い挨拶を交わすが、おばちゃんは俺がいることに気付くといきなりからかい始めた。

 

 しかし雪って……そこまで男連れが珍しいのか?

 疑問に思っていると、その言葉に焦った赤土さんがこっちとおばちゃんを交互に見ながら否定し始めた。

 

 

「ちょ! ちち違うっておばちゃん!? 確かに男の人を連れてくるなんて初めてだけど彼氏じゃないし、いくらなんでも夏に雪は大げさでしょ!」

「何言ってるの。晴絵ちゃんが男の子と一緒にいたのなんて小学校の時以来見たことないわよ~。彼氏さん、この子パッと見、男勝りで女の子らしく見えないかもしれないけど、結構女の子らしい所もあるから大事にしてあげてね」

「だから彼氏じゃないって!? もうっ! なんでみんな勘違いするのよー!」

「あはは……」

 

 

 赤土さんの必至の弁明もむなしく、彼氏だと決められてしまい苦笑いするしかない俺。

 流石おばちゃんパワー、赤土さんの話をまったく聞いていない。おばちゃんが人の話を聞かないのはどこに行っても共通だな。

 

 

「はぁ~……とりあえず座るから、後で注文お願いね」

「はいはい。ちょっと奥から冷たいお水取ってくるから、それまでは若い二人でゆっくりしててね~」

 

 

 誤解したままおばちゃんは奥に戻っていく。まあ、おばちゃん特有の軽口で本気では言ってないだろうしな………多分。

 

 

「はぁ~疲れたぁ~~~」

 

 

 奥の方のテーブル席に対面になるようにお互い座った後、先ほどの応酬で疲れたのかテーブルの上にくだ~っと体を預ける赤土さん。その様子は一昔前に流行ったたれパンダの様だ。

 しかし隣りあわせは論外だが、向かい合わせで座るのも正面から顔を見る感じになるから結構照れるな。

 

 

「とりあえずお疲れさん。さっき言ってた通りかなり仲良いみたいだな」

「まぁ、昔からの付き合いだしね、ここらへんじゃ人も少ないから知り合いも多くなるし」

「はは、赤土さんが完全に翻弄 「ストップ」 ん?」

「えーと、あれさ、それ……やめない? その赤土さんって言うの。結構今更だけどさ……同学年だからため口で話してるのにさん付けってなんだし……なんか~こう……ね? ムズムズする」

 

 

 話を遮られたと思ったら、口元をウネウネとしながらの赤土さんからのいきなりの提案。

 確かにお互いため口で話しているのにさんづけはちょっとおかしかったな……俺も須賀さんって呼ばれるたびになんかむず痒かったし。

 

 

「あー、確かにそうだな、それじゃあどうしよう? さんが駄目なら………赤土ちゃん?」

「はぁ!? ちょちょ、なし! それはなしっ! 流石に無理無理!?」

 

 

 おばちゃんの真似でちゃん付けしたら、顔を赤くしながら机をバンバン叩き否定する赤土ちゃん(仮)。

 そりゃそうだわな。年下相手ならともかく流石に同い年にちゃん付けはこちらも恥ずかしい。

 

 

「それじゃあ呼び捨てで赤土になるけど大丈夫か?」

 

 

 名前呼びなら親密さが上がるだろうがそこまでの度胸はない

 

 

「うん、そこらへんが妥当かもね。それならこっちは須賀君かな」

 

 

 ん?

 

 

「いや、そこはそっちも君付けしないで須賀呼びだろ」

「だってさ………その………男子を呼び捨てってなんか……恥ずかしいじゃん」

 

 

 下を向き、落ち着きなく両手の指同士を合わせながら答える赤土(決定)。

 なにこの可愛い生き物。おばちゃんの言っていたとおり確かに乙女だわ。

 

 

「そりゃ須賀君はなんか女子と話すの慣れてるみたいだけど……私は女子校だから男子とめったに話さないし……」

「あー……まあ、うちは一応共学だしな。確かに慣れてるっちゃ慣れてるけど……」

「ほらやっぱりズルい! だから須賀君呼びね。ハイ! 決定!」

「ズルいって……まあ、いいか」

 

 

 確かに大抵の女子からも須賀君呼びで、後輩からも先輩呼びだから別に名前で呼ばれることに拘りもないし。

 でも名前呼びする奴なんて少ないし、新鮮だからちょっと呼ばれてみたいと思ったのは内緒だ。

 

 

「それとお互い微妙にため口に慣れきってないから、そこもしっかりとしようか」

「おう、わかったよ赤土」

 

 

 とりあえず試しに名前で呼んでみると――

 

 

「え!? ちょ、いきなり!?」

「なんだよ、何も問題ないだろ。なあ? 赤土」

 

 

 いきなり呼び捨てで呼ばれて焦る赤土に追い打ちをかけるようにもう一度呼ぶ。

 なるべく普通の表情でいるようにしてるが、確実ににやけてるだろうなー俺。

 

 

「あーうー……あ、あんま呼ばないでよ。……す、須賀君」

「いやいや、赤土が慣れないみたいだしそれに付き合う意味ってことで」

「うー……須賀君」

「なんだ赤土?」

「……須賀君」

「赤土」

「須賀君」

「……赤土」

 

 

 顔を赤くし照れながらもこちらの名前を呼ぶ赤土に普通に返していた俺だが、お互いに見詰め合って呼びあう現状に今更照れてきた……。

 赤土もさらに顔が赤くなってるしここら辺でやめとくか。

 

 

「す 「はい、お水ね」 うひゃああ!!!!!?????」

「いや~若いって良いわね~、初々しくて~。あ、これメニューだからね」

 

 

 再び名前を呼ぼうとした所で現れたおばちゃんに驚き大声をあげて芸人の如くひっくり返る赤土。それに対しおばちゃんはからかいながらも、メニューを置くとまた奥に戻って行った。

 

 タイミング良すぎたし、おばちゃん今の狙ってやったな……。赤土の奴は先ほどのやり取りをおばちゃんに見られていたのが相当恥ずかしかったのか、顔が伏せてしまっている。

 

 

「大丈夫か? ほら、とりあえずメニュー見てなに頼むか決めようぜ」

「……うん、そうだね! アハハ……」

 

 

 顔は赤いが空元気で無理やり笑い出す。これ以上突っ込むのは可哀想なので、話題を逸らしておばちゃんに渡されたメニューを見る。

 喫茶店らしくコーヒーや紅茶などの飲み物とサンドイッチなどの軽食が中心みたいだな。

 

 

「う~ん、それじゃあ私は冷たい紅茶とサンドイッチにしようかな。須賀君はどうする?」   

「そうだなー、俺はそこまで腹も減ってないしアイスコーヒーだけ頼もうかな」

「いや、それだけじゃお礼にならないし、ここは一つこの欄から選んでみてよ」

 

 

 なにやら含みがありそうな笑いを見せながら指をさしたのはメニューの裏の左下の部分だ………………なんだこれ?

 

 

「ふたるさんサンド、熊本サンド……なんだよこれ? 他にも変な名前のやつあるし…」

「面白い名前でしょ。どうせ私の奢りだしそこから好きなの頼んでよ。あ、おすすめはふたるさんサンドかな」

「あー……なんか怖いし、パスということで」

 

 

 いくら奢りと言えども、まず食べ物か怪しいものは頼みたくない。

 どうせアレだろ。見るからにおかしな料理が出てくるけど捨てるのはもったいないから結局俺が食べるって流れだろ。テンプレ乙。

 

 

「いやいや、男子なんだしそこはチャレンジするところでしょ。いつ頼むの? 今でしょ」

 

 

 もうブーム過ぎてるぞソレ、つーか男子関係ねえ。あとドヤ顔やめろ。

 

 

「おばちゃーん! 冷たいコーヒーと紅茶にサンドイッチとふたるさんサンドね!」

「は~い。しかしアレを頼むなんて彼氏さんも勇者だねえ~」

 

 

 結局空気の読めない赤土によって自称オススメの料理が頼まれてしまった。

 アレ扱いかよ。しかも勇者って。

 

 

「おい、なにが出てくるか不安でしょうがないんだが」

「大丈夫大丈夫。一応食べ物だから」

「一応ってなんだよ一応って……まあいいけど」

 

 

 頼んでしまった物はしょうがないから諦める。

 喫茶店のサンドイッチだし食べれないことはないだろ……多分。いざとなったら赤土にも手伝わせればいいしな。

 そんな黒いことを考えていると、待っている間暇なのか赤土が話しかけてきた。

 

 

「そういえば聞いてなかったけど、須賀君ってどこから来たの?」

「あー、長野から来た」

「え? 長野って冬は雪がいっぱいで、夏は軽井沢で優雅に過ごせて、グンマーっていう原住民が住みついてるっていわれてるあの長野?」

「前のはともかく後ろはなんだよ……そりゃ隣だ」

 

 

 長野県民だけでなく群馬県民にも失礼な奴だ。竹槍で刺されるぞ。

 

 

「長野かー、行ったことないんだけど夏は過ごしやすくて気持ち良いって聞くよね」

「そりゃ標高が高い所だけだな、確かにそういった所は朝なんか涼しいが俺が住んでるところは普通に暑いぞ」

 

 

 それに標高が高くても晴れた日なんかは太陽が近いせいかしらんが相当ヤバくなるから特別快適と言うわけでもない。

 しかし隣の芝生は青く見えるのか、どこか羨ましげな表情をする赤土。

 

 

「でも涼しい所はあるんでしょ、いいなー」

「いや、奈良だって良いとこあるだろ」

「たとえば?」

「あー……ほら、鹿とか大仏」

 

 

 とりあえず思いついたのをあげてみる。前に写真で見た律儀に信号待ちしてる鹿は可愛いと思った。

 

 

「他には?」

「えーと……ほ、ほら、大阪に近いじゃん」

「奈良関係なくない?」

 

 

 ……すまん、もう思い浮かばない。奈良に旅行に来たのなんてはじめてだし、TVとかもバラエティぐらいしか見ないからさっぱりわかんねー。

 そんな困ったような俺の様子が面白かったのか赤土が笑い出す。

 

 

「あはは、まあ大阪とかに比べれば田舎だししょうがないさ、逆に私も長野のこと全然知らないしね。と、それで須賀君は息抜き旅行って言ってたけどこれまでどんな所行ってきたの?」

「どんなとこって言ってもなあ……普通に愛知できしめん食ったり、名古屋城見たりして、三重では赤福食ったな」

「おぉ! いいねー、近いと逆に行く機会ないんだよねー。いいなー、私も免許取って旅したいなー」

「赤土は免許取る予定はないのか?」

 

 

 羨ましそうな声を上げる赤土に気になったので尋ねる。バイクの免許は知らなかったけど、車はもうすぐ取れるだろうしな。

 

 

「いや~、もう18だし車の免許取りたいんだけど先立つものがね~」

「へえ、18ってことは一応年上か。こっちは二月生まれでまだ先だから羨ましいわ」

「お、ならこっちがお姉さんだねっ! どうする? 晴絵お姉ちゃんって呼んでみる?」

「なにが悲しくて同級生を姉呼びばわりしなくちゃいけないんだよ。それに、本当に呼んだらまた例の得意技で顔赤くするんだろ?」

「ちょ!? と、得意技って何よ! 得意技って!」

「赤土晴絵18歳。ピチピチの高校三年生。趣味赤面」

「趣味扱いされた!?」

 

 

 棒読みで赤土の自己紹介を読み上げる俺にショックを受けている赤土。昨日会ってから何度も赤面する姿見てるしな、特技や趣味と言っても過言ではない。

 勿論向こうも冗談だとわかってて反応をしてくれるので、打てば響くといった感じで話が弾む。お互い結構相性がいいのかもしれないな。

 

 そんなこんなでバカ話をしている間に注文していた品が届いた。

 

 

「はい、お待ちどうさま」

「ありがとうおばちゃん」

 

 

 おばちゃんが持ってきた注文品をテーブルに置いたことにより、先ほど頼んだ品の姿が見えるようになった。

 

 

 ―

 ――――

 ―――――――――――――――――――なにこれ?

 

 

 そこにあったのはサンドイッチと呼ぶにはあまりにも不似合いなものだった。

 パンは白く大変ふっくらとしており、見ていると食欲をそそられるのだが、その間に挟んであるものが問題だ。

 

 レタスはまあいい、だけど魚一匹まるごとはあり得ないだろ……しかも生きて動いてるし。踊り食いってレベルじゃねーぞ……。

 一応パンで挟んであるから定義的にはサンドイッチであってるんだが、これをサンドイッチと呼ぶのはこの世すべてのサンドイッチに対する冒涜じゃないだろうか……。

 

 

「あははははっ、おばちゃん料理は上手だから創作料理作るのも好きでさ」

「昔リボン付けた女の子のお客さんが来てね、色々話しているうちにアイデアを貰ったんだよ」

「……これを食べろと?」

 

 

 馬鹿笑いをする赤土となぜか自信ありげに答えるおばちゃんに対し虚ろな目で尋ねる俺。いやだって、これ絶対まずいだろ……。

 漫画で見るような名状し難いような食べ物と違って見た目はまだ食べ物に見えるが確実にヤバい。

 

 どれくらいヤバいかっていうと、不思議なダンジョンでミドロとにぎり変化に挟まれた時ぐらいヤバい。

 

 

「いや、見た目はあれだけど案外いけるんだよこれが」

 

 

 フォローをしている赤土だが、実はさっきのことを根に持ってて、仕返しの為に頼んだってオチじゃないかコレ……。

 助けを求めようにもいつの間にかおばちゃんはいなくなってるし……。

 

 

「じゃあ熊本サンドに変えてもらおうか? あっちはキムチと梅干が挟んであるけど」

「なにその究極の選択肢? ……まあ食べ物無駄にするのもあれだし食べるさ」

 

 

 やっぱテンプレオチじゃないか……。

 テーブルの上に置いてあるサンドイッチを見ると魚と目が合った。こっちみんな。はぁ……奈良的ですもんね。乗るしかない、このビッグウェーブに。

 

 

「南無三!」

 

 

 少しずつ食べるのは怖いから一思いに一気に行ったが、その分口の中で魚が動いているのが感じられる。

 パンの触感とレタスの風味と魚の磯的な味が絡み合って何とも言えないハーモニーを――

 

 

「モグモグ……ゴクン…………あれ? 意外に行けるなコレ」

 

 

 見た目と反して味は悪くなかった。むしろ絶妙なバランスで作られており普通に美味いと言えるものだった。

 そんな俺の様子が面白かったのか、こらえきれない表情で赤土が笑い出す。

 

 

「そりゃ見た目はあれだけど、おばちゃん料理上手だし、喫茶店だから味はしっかりしてるさ」

 

 

 赤土がドヤ顔で言ってくる。ウゼぇ……。

 

 

「いや、普通に考えて美味いなんて思わないだろコレ」

 

 

 【隠しきれない】嫁のメシがまずい【隠し味】の系列だと思うだろ。まあ、そもそも嫁じゃねーけど。

 

 

「まあまあ。そこは言いっこなしで。あ、こっちのも食べていいからそれ貰うね」

「貰ってから言うなよ」

 

 

 赤土がこちらのサンドイッチに手を伸ばしてきたので、お互いの食事を交換して食べる。おばちゃんの腕が良い為か普通のサンドイッチも美味いな。

 

 

「そうだ、さっきの続きだけど奈良ではどんなの見て来たの?」

「んー? 昨日奈良に入ったばかりだからまだ特に見てないなー、入ったあたりですぐにガス欠になったし」

「ああ、昨日会った時ね」

「そういえば昨日会ったばかりなのか俺たち。なんか赤土とは話しやすいせいか結構前からの知り合いのような感じがするな」

「そうだねー。確かに私も男子とこういった会話するのも久しぶりだけど、なんだか須賀君とは話しやすいね」

 

 

 まあ、おばちゃんが言ってた通り男勝りな所があるせいだろうな。

 しかしそれは決して口には出さない。同性のおばちゃんが言うのと異性の俺が言うのでは意味がまったく別なのである

 

 

「それじゃあ今日は奈良観光ってわけか………んー、よし!」

「どうした?」

 

 

 考え込んでいたと思ったらいきなり声を上げて立ち上がる赤土。

 しかし昨日から気になっていたが頭の触手みたいな前髪はなんだろうな……すっごい気になるわ。

 

 

「よかったらここらへん案内しようか? さっきの話だと観光地も詳しくなさそうだし」

「え? そりゃ助かるし嬉しいけど、外に出てたってことは今日もなにか用事あるんじゃないか?」

「えーと……ま、まあ、そこらへんは良いじゃない! 行こう!」

 

 

 いきなりの提案に対し戸惑う俺とは反対にずいぶんと乗り気な赤土である。

 

 あれか、勉強しようと思ったけど暑いし面倒だから外に逃げたといった所だろうな。

 こんな日はクーラーが効いている部屋で昼寝でもしてるのが一番だが、華の高校生なら遊びたいか。

 

 

「良いけどどこに行くんだ? 場所によっては足も変わるし」

 

 

 阿知賀周辺ならいいけど遠出するなら結構大変だし、地方の路線だと本数も少ないから乗り換えに失敗すると非常に困って下手すると帰ってこれなくなる。

 まあバイクはあるけど、二人乗りは問題ないのか?

 

 

「んーそうだねえ、観光地と言えばここらへんもあるけどやっぱ春日大社や奈良の鹿がいる奈良市が一番かな~。ここからならバイクで一時間ぐらいだし、途中に長谷寺とかもあるからちょうどいいと思うよ」

「そうだな、それぐらいなら二人乗りですぐだな」

「え? ………あ! そ、そうだよね! 案内するなら後ろに乗らなくちゃいけないのか……」

 

 

 自分が何を言っているのかようやく理解したのか、途端に顔を赤くしてモジモジしだす赤土。

 自分からバイク使うことを提案したから二人乗りは大丈夫なのかと思ったら、そもそも後ろに乗るのは考えてなかったのかよ。

 

 

「大丈夫か? なんだったら近場の案内でもいいぞ」

「うー……い、いや! 男子の後ろに乗るぐらいで恥ずかしがってられないし行こうか!」

「まあ赤土がそれでいいならいいけどな、それじゃ頼むわ」

「おまかせあれ!」

 

 

 悩んだ赤土だが赤面しつつも大丈夫だと言い張るので、厚意に甘えることにした。

 まあ、恥ずかしさで死ぬわけじゃないし本人がそういってるなら大丈夫だろ……少し不安だが。

 

 

「おばちゃん! 出るから会計お願い!」

「はいはい、でも晴絵ちゃんが彼氏さんを初めて連れて来たんだし今日はタダでいいよ~」

「だから違うってもー! はい、お金置いていくからね! 行こう須賀君! ………あ、おばちゃん! 自転車置いていくからお願いね!」

 

 

 お金を置いて逃げるように外に出て行こうとする赤土だが、自転車の事を途中で思い出したのか振り向きおばちゃんにそれを告げてから再び出ていく。

 というか、行こうって言いながら俺を置いていくなよ……まだコーヒー飲み終わってないし。

 

 

「ゴクゴク、ふぅ……美味しかったです。ご馳走様でした」

「ありがとう。あと晴絵ちゃんのことよろしくね、お兄さん」

「はい、任せてください。それじゃあ失礼します」

 

 

 おばちゃんに挨拶をして店を出る。

 最後呼び方変わってたし、ありゃ完全に彼氏じゃないのをわかっててからかっていたんだろうな。

 

 おばちゃんに挨拶をしてから店を出ると、バイクの隣で赤土が頬を膨らませながら待っていた。

 

 

「遅いよ須賀君。早くいかないと日が暮れちゃうよっ!」

「まだ昼にもなってないし焦るなって……ほら、ヘルメット。しっかり被らないと危ないし俺が捕まるから気をつけろよ」

「いくら私でもそれぐらいわかってるって」

 

 

 赤土にヘルメットを渡し、エンジンをかける。

 やべえな……女子を後ろに乗せるとか久しぶりで、おらワクワクしてきたぞ!

 

 

「へい! YOU、乗っちゃいなよ!」

「いや乗るけど、どうした?」

 

 

 恥ずかしさを誤魔化す為におちゃらけたが余計に羞恥心を感じるだけだった。

 

 

「……それじゃあそれなりにスピード出すから、乗った後はしっかり掴まれよ」

「りょーかい。それじゃ、お邪魔しますよっと」

 

 

 返事をしたあと、後ろに乗り込み腰から俺の体の前に腕を回す赤土――そして俺の背中にくっつく未知の物体おもち。

 見た目あんまりないと思っていたが、着やせするタイプなのか思ったよりも意外に大きなおもちが押し付けられる。

 

 

「(うお~これが本場のおもちかー……やべえ! マジで奈良に来てよかったぜッ!)」

 

 

 女っ気のなかった旅行だが、まさかこんなラッキーな出来事に出会えるとは……。

 初めての感触は下着がありながらも、薄い上着とそれなりにあるおもちのおかげで俺に今までにない感動を与えてくれる。

 

 やったぜ! カピ、ハギヨシ、照、咲! ……俺は一つ大人の階段を上ったぞ! ……ふぅ……。

 

 

「えっと……そろそろ行かない?」

「お、おう! それじゃあ出発するから腕を放すなよ」

「うん」

 

 

 お互いに初めての感動や恥ずかしさでしばらく動かずにいたが、赤土が声をかけてきたことによりようやく俺も動き出す。もう一度注意したことにより抱きつきが強くなり、俺に更なるおもちの祝福を与えてくれる。すばら!

 いつまでもこうしていたいが、そういうわけにも行かずエンジンをかけ出発する。

 

 

 

 

 

 ――こうして俺と赤土の観光巡り(デート)が始まった。

 




時間かかったくせに修正前とほとんど変わらない?

これがイザナミだ。


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五話

うそすじ

「このサンドイッチを作ったのは誰だ!」

 大声が聞こえたので振り向くと、そこにいたのは厳つい顔をしたおっさんだった。
 いや、マジで誰だよアンタ。



 おばちゃんの店を出てから赤土の案内で奈良の観光地を巡る俺たち。

 奈良市に来るまでに有名な天理市や長谷寺などを回り、現在奈良公園にて観光中。途中はしゃいだ赤土が鹿煎餅を食べようとしたこと以外は問題なかったが、その後それなり歩いて疲れて来たし、小腹もすいてきたということで、人間用の食べ物と飲み物を買って休憩することとなった。

 

 食べながら先ほどまで見て回った観光地や、ここから見える綺麗で長閑な風景について話す。

 基本食事は静かに取るものだけど二人とも多弁な方だし、友人同士ならお喋りに興じるのも普通にあるということで許してほしい。

 

 

「いやー、久しぶりに来たけど改めて来てみると良いもんだねー。高校の修学旅行は東京だったから小学校の遠足で来て以来かな~」

「修学旅行かー。俺は沖縄だったから同じように東京に行きたかったぜ」

「えーなんで? 修学旅行で沖縄とかすごく良いじゃんっ!」

「普通ならそうだけど行ったのが三月……しかも雨のせいで関東の方が暖かかったっていうオチがあるけどな……」

「あはは……それはご愁傷様だねー。よっと、やっぱお茶は爽○美茶だよね」

 

 

 こんな感じでグダグダと話をしている中でふと気づいたんだが、一応観光ってことになっているけどこれってやっぱデートじゃね?

 別に年頃の男女が一緒に出掛けたぐらいでデートとはならないだろうが、二人っきりだしな。

 そのことを考えていたら、あることが浮かんだので赤土に尋ねてみる。

 

 

「そういえば赤土はやっぱ彼氏いないのか?」

「ゴフッ!? げほっつhげっほっへgふ!?」

「お、おい大丈夫か? ほらハンカチ」

 

 

 唐突な俺の質問に驚いたのか、お茶を吹き出し盛大に咽た赤土にハンカチを渡して背中をさすってやる。

 つい気になったので聞いてみたら予想以上の反応をしてくれた。

 やるな、赤土。いいリアクションだ。

 

 

「ゲホゲホ、あ、ありがとう……というかいきなり何言いだしてるのさ、もう!」

「い、いや……もし彼氏がいるならこうして二人っきりで出かけてるのばれたらやばいなーと思ってな。おばちゃんは男連れを初めて見たって言ってたけど、実は知らないだけって可能性もあったし」

 

 

 涙目でこちらに抗議する赤土に対し、内心焦りながら身振り手振りを交えながら説明をする。

 

 口には出さないが赤土って可愛いし、話してても面白いから彼氏の一人や二人いてもおかしくないと思うんだが……いや、二人はおかしいか。

 そんな言い訳をする俺に赤土は頬を膨らませる。

 

 

「もう、男子としっかり話すの久しぶりって言ったでしょ。というか私のこと、彼氏がいるのに他の男と出かけるような軽い女だって見てたわけ?」

「あ、いや、それは、えーと……」

「じぃぃぃぃーーーーーーーーー」

「すまん! つい出来心なんだ許してくれ!」

 

 

 ジト目でこちらを見つめてくる赤土に流石に言葉が悪かったかと思って手を合わせ急いで謝る。

 確かに気にはなったけど、聞き方も悪かったし次からは気を付けた方がいいな。

 というか、じーって口に出すなよ。

 

 

「……くく、冗談だって! というかその言い訳可笑しすぎ! あはははは!」

「えー、そこまで笑うことないだろ……」

「あはは、ごめんごめん。まあ、残念ながら生まれてこの方彼氏どころかまともな男友達もいたことなんてないよ……って! 何言わせんのさっ!」

「いてえっ!」

 

 

 ジト目でこちらを見ていたと思ったら俺の様子が面白かったのか当然笑い出した赤土。

 しかし途中でいきなり男性経歴を語りだしたと思ったら、恥ずかしくなったのか照れ隠しに背中を叩いてきた。

 

 本気ではないのだろうが、それでも恥ずかしさが乗った一撃に思わず顔を顰めてしまう。いや、まったく……照れたり怒ったり、元気有り余りすぎだろこいつ。

 

 

「しょうがないじゃん女子校なんだし、出会いがないのも当然でしょ」

「そういうもんか? まあ、俺は共学だしわからないが」

「そういう須賀君はどうなのよ? 共学なら彼女いないの?」

 

 

 プンスコ怒りながら聞いてくる赤土。いや、怒るか聞くかどっちかにしろって。

 しかし彼女か……あーどう答えるべきか……。

 

 

「あー……うん、俺か? ……俺に彼女は……いるかいないかと言われれば……ないアルヨ」

「いや、それじゃ全然誤魔化せてないし使い方違うし」

 

 

 痛い所を突かれたので誤魔化そうとしたが無理だった。

 ちくしょう……どうせこっちも彼女いない歴=年齢だよ。ま、まあそれでも高校の時は何度か告白されたことはあるけどな。フンス。

 男慣れしてない赤土とは違うのだよ、赤土とは。しかし……。

 

 

「それにどうせ須賀君のことだから、たまに誰から告白されても断ってるんじゃないの?」

「なぬ!? なんでわかった?」

「んー……女の勘ってやつ?」

 

 

 え? やだなにこの子怖い。エスパー?

 

 

「まあ、冗談はさておき。実際の所、須賀君チャラそうに見えて奥手っぽいし、遊びで誰かと付き合わなそうだしね。その上告白してきた子が好みとは限らなくて、好みのタイプからは良いお友達でいましょうとか言われてそうだし」

「べ、別に俺が本気になれば彼女なんていつでも出来るし、今はそういう気分じゃないだけだからな」

「はいはいそうだねー、須賀君なら大学行けばすぐ彼女出来るよー」

 

 

 詳細に俺の女性遍歴を当ててくる赤土に対し虚勢を張るが、にまにまと笑いながらからかってくる。ぐぬぬ……。

 恋愛経験ないみたいなこと言っておきながらこの観察力とは女子校クオリティー半端ないな。

 

 さっきの仕返しか積極的に攻めてくるので、このままではいけないと思い反撃出る。

 だって負けっぱなしって悔しいじゃん(小学生並みの発想)

 

 

「そうだ。さっき言ってたけど、赤土から見て俺って一応告白されるぐらいにはイケてるんだよな? つまり赤土から見ても俺って好みのタイプに近いのか?」

「へ……? うぇい!? いいいいきなりなに言ってるのさ!?」

「いや、だってそうだろ。赤土がイケてるなーって思ったからそう言ったってことじゃん?」

 

 

 慌てる赤土に対し畳み掛けるように言葉を重ねる。

 言葉だけ見れば「俺ってカッコいいよな?」って言いだしたナルシストそのものだが赤土はテンパって気付いてないのでこちらも気にしない。

 

 

「うー……べ、別にそういう意味で言ったんじゃないし……! ほら、リップサービスだよリップサービス! ……まあ、確かに最初見た時、須賀君のことちょっとカッコイイなーって思ったし、話したらいい人だったから今も楽しいけどさ……」

「え? なんだって?」

「な、なんでもない!」

 

 

 本人的には小さく呟いていたつもりだろうが、バッチリと聞こえていたので、あえて聞き返してみたら誤魔化されてしまった。

 しかし、カッコいいって思われてたのかー……やべえ、なんか嬉しいわ。

 

 

「ほら、もう十分休憩したし次行こう、次!」

「え? おま!?」

 

 

 突然立ち上がったと思ったら、赤土は隣で驚く俺の手をいきなり掴み引っ張り、そのまま広い奈良公園の中をダッシュで走り出す。

 いや、さっきも言ったが照れ隠しとは言え行動的過ぎるぞ。

 

 そして数分後、手を掴んでいたことに気付いた赤土がまたもやテンパって顔を赤くしたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 その後観光巡りを続け、阿知賀に戻ってくる頃にはすっかり夜も更けていた。

 そしておばちゃんの店で自転車を回収し、家までそれなりにあると言うので一人で返すのは危ないから、大丈夫だと言う赤土を説得して途中まで送ることになった。

 

 それなりに距離はあったのだが、楽しい時間は過ぎるのは早いというのを現実にしたかのように、話している間にあっという間に近くまで来てしまった。

 

 

「そろそろここらへんでいいよ、あまり遅くなるとそっちも宿が駄目だしね」

「わかった、今日はありがとうな。おかげで助かったし、楽しかったぜ」

「いやいや、こっちも楽しかったしありがとうね。いい気分転換になったし……そうだ、明日はどうする? また案内するよ」

「いや、流石にそろそろ帰らないと行けないから今日宿に泊まったら明日直ぐに出るわ。赤土のおかげで今日だけでも色々回れたしな」

「そっか、もう帰っちゃうのか……」

 

 

 そう告げると寂しげな表情をする赤土。

 確かにもう友人と言ってもいいぐらい仲が良くなったが、それでも昨日会ったばかり相手に惜しんでくれるなんてほんといい奴だわ……。

 

 

「それじゃあ明日何時ぐらいに出る? 見送りに行くよ」

「あー……多分朝早くなるし無理しないでいいぞ」

「えー気にしなくて良いのに……むー……」

 

 

 下手に赤土とまた会うと楽しくて時間を忘れて明日も阿知賀に留まる、ということになりかねないので、悪いと思ったが断っておく。

 それに対し不満そうな赤土だったが、何やら考え込み始めた。

 

 

「むー……そうだ! それなら折角だし番号とメルアド交換しようよ! そうすれば帰ってからも連絡できるし」

「いいけど大丈夫なのか? あんだけ男相手に恥ずかしがってたのに。俺たち昨日会ったばかりだろ?」

「今まで散々遊んで話してたのに今更~? そ、それに……私たちもう……と、友達でしょ?」

「お、おう、確かに友達だな……ほら、携帯」

 

 

 わざわざ口に出して友達だという赤土にこちらも照れながら返事をし、こちらに携帯を向ける赤土に対し同じように携帯を取り出す。

 

 昨日だけでなく今日も何度か見る機会があったが、赤土の携帯はストラップとかがついていないシンプルなものだ。

 近頃の女の子らしくはないが、そういったのを気にしないのはらしいと思った。

 

 

「赤外線と……よし! 登録完了! おー……初めて男子のアドレスゲットだぜ!」

 

 

 某国民的アニメの主人公の如くはしゃぐ赤土。

 赤土の初めてをゲット……ってか。流石に口に出すわけにもいかず考えるだけにした。というかこんな時に何考えてるんだろうな俺。

 

 

「よし、交換もできたし、それじゃあそろそろ行くわ」

「ん、わかった。こっちからもメールするからそっちもちゃんとお願いね」

「おう、色々ありがとうな。それじゃ、またな!」

「うん、またね!」

 

 

 名残惜しいが宿のこともあるし、家がすぐ近くなのに赤土をいつまでも拘束するのは悪いと思って。もう行くことを告げる。

 それに対し赤土も残念そうな顔をしながらも同意したので、それを確認してからバイクに跨りエンジンをかける。そしてお互いに名残惜しみながらも手を振り別れる。

 

 走り始めたため、既に後ろを振り返ることはできないが、こちらの姿が見えなくなるまで赤土は手を振り続けているんじゃないかと、そんな気がした。

 

 

 その後、時間も遅かったので近場の宿を探し、昨日とは別の宿に泊まることとなった。

 寝る直前に携帯を開いて赤土のアドレスを表示し、メールを送ろうかと思ったが、時間も遅いし流石に止めておいた。

 

 ――そして気が付かないうちに疲れていたのか、布団に入ると直ぐに眠りについてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまーカピー」

「キューキュー!」

 

 

 翌日阿知賀を出て、寄り道をしつつもようやく帰宅。

 既に深夜に近い時間だったので、寝る直前だった親父達と軽い会話だけして土産を渡した後部屋に行くと、先ほどまで眠っていただろうに俺の姿を見て急いで駆け寄ってきたカピバラのカピを抱き上げる。

 

 

「いやーなんかお前と会うのも久しぶりだな、元気にしてたか?」

「キュキュー!」

「よしよし」

 

 

 それなりに重いのでベットに座ってカピを抱きしめると、久しぶりの感覚に旅の疲れが癒される。

 

 

「さて、どっこいせっと。えーと……携帯携帯っと、あれ?」

 

 

 しばらくカピを撫で続けた後、そのままベットの上に寝転び携帯を取り出すと、メールが来ていることに気づく。開いてみると赤土からだった。

 二時間ほど前に来ていたみたいだが、ちょうど運転中だった為まったく気が付いていなかったな。

 

 

「えーと何々?」

 

 

『やほー、そろそろ着いたかな、と思って初メールも兼ねて送ってみたよ。しかしなんかあれだね……顔合わせてた時と違ってこれはこれでなんか照れくさいね。だからこれからメールだけじゃなく電話もしてくれると嬉しいかなー……なんてね! それと改めて言うのもなんだけどこれからよろしくねっ! それじゃ、須賀君も疲れて眠いと思うからこれで終わりにするね、お休み~』

『あ、疲れてるだろうし返事は出さなくて大丈夫だから。その分明日から電話とメールに期待してるぞ♪』

 

 

「ははは、こりゃ責任重大だな」

 

 

 赤土からのメールを見て思わず笑みがこぼれてしまう。

 ほんと今回の旅は楽しかったわ、息抜きという理由だったがそれ以上のものが得られたな。

 

 

「しっかし心と体は別ってやつで、ずっと走りっぱなしは疲れたな……風呂も入ってないけど寝るか……お休みカピ」

「キューキュ」

 

 

 既に遅い時間だったのと疲れから眠気が来てしまったので、カピにお休みを告げ電気を消して、明日どんなメールを赤土に送るか悩みながらそのまま眠りについた。

 

 

 

 ――こうして短いながらも俺の高校生最後の夏休みの充実した旅は終わった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「うーん……うーん、なんて送ろうかなー」

 

 

 須賀君と別れてから一日。

 ベットの上でゴロゴロしながら携帯のボタンを押して文字を打ち、文章を作り、悩んでから消す、という動作を繰り返している。

 

 昨日からどんなメールを送ろうかずっと悩んでいて、今日の夕食を食べた後の今も、ベットに寝転びながら悩んでいる。

 丸一日悩みすぎていたせいで勉強も集中できなかったし……。

 

 

「うーん、うーん……」

 

 

 今まで父親以外の男を相手にメールを送るなんて一度もなかった身としては非常に悩ましい状況だった。

 

 

「と言うかむしろここは男らしく向こうから送ってきて欲しいよねー。むー……こっちは女子校育ちで慣れてないんだから気を利かせて向こうが送るべきでしょー」

 

 

 メールの内容を考えながらも向こうからの連絡も待ってたのにさー。

 まあ、昨日はずっと後ろに私を乗せて運転してたから疲れてただろうし、今日も長野まで帰るのに忙しいだろうからメールなんてする暇なんてないんだろうけどさ……それでも送ってほしいと思ってしまうのは我が儘かな……?

 

 望達みたいな女子相手の距離感はわかってるけど、同年代の男子なんてほんと話すことなんてなかったからどうしたらいいかわかんないし……。

 

 

「でも、思ってたよりも普通に話せてたよね」

 

 

 今までなにか用事で男子と話す機会が会った時も、事務的ことでも緊張してうまく話せないってこともあったのに、須賀君とは望達みたいに気楽に話せたんだよね。

 しかしこうやって改めてこの数日間の自分を顧みると、普段よりも実に大胆だったと思う。

 

 最初の道案内やお礼でおばちゃんの店に行ったのは兎も角、二人乗りや手を繋いだのは――

 

 

「……うひゃあっ!? うーうー! んんっー! ッ!」

 

 

 

 昨日のことを思い出してしまい、思わず携帯を放りだして恥ずかしさのあまり枕に顔をうずめたり、両手でベットをバシンバシンと叩いてしまう。

 

 会ったばかりの相手にあんなことするってどうなのよ、大胆すぎたんじゃないかな……須賀君は普通にしてくれてたけど、もしかしてはしたない女だって思われてたりして!?    

 ……でも……今までそういう機会なんてなかったから普通なんてわかんないし……。

 

 

「須賀君……初めての男の友達か……」

 

 

 先ほど投げた携帯を拾い上げ、この一日何度も見ているアドレスを開く。

 

 ――今まで父親以外になかった男の連絡先か……。

 

 昨日はあれで終わりだと思ったら残念だと感じてしまい、いきなり連絡先聞いちゃったけど流石に大胆だったかな……。

 

 そのまま携帯を操作して写真が入っているフォルダを開くと、そこには昨日須賀君と撮った写真がいくつか出てくる。

 

 餌をあげようとしたのにその鹿に追いかけられている須賀君の写真。

 甘味処で美味しそうにおやつを食べてる須賀君とそれを私に撮られて慌てている須賀君の写真。

 そして……私と須賀君が一緒に映ってるツーショット写真……。

 恥ずかしいからやめとこうぜ、という須賀君を強引に引っ張って撮った写真だ。

 

 

「うー……やっぱ昨日はなんか大胆すぎたでしょ私……」

 

 

 普通同性相手でも会って少ししか経ってない相手にここまでしないし……初めての異性の友達と言うことで浮かれすぎたのもあるが、それでもやっぱり大胆すぎる。

 

 多分……昔からの知り合いみたいに須賀君が話しやすい人なのと、お互いに波長があったせいだと思う……というかそういうことにする。

 まあ、でも……あれだよね…………この前気晴らしに見た、有名なローマの休日って映画も二人の男女が一日で恋に落ちてたし…………って――

 

 

「違うって!? す、須賀君とは恋人とかじゃなくてただの友達だし!」

 

 

 誰もいないのに思わず大声で言い訳してしまった。

 そりゃ確かに須賀君は結構カッコいい上に話してて楽しいし、軽薄そうに見えて実は真面目な人で、クラスの子達がよく言ってる将来的に見て有望株ってやつなのかもしれないけどさ……。

 

 そりゃいままで男っ気のない生活を送ってきたから、私だって彼氏欲しいなーとか、もし彼氏が出来たらこんなことしたいなーって相手もいないのに色々考えてみたりしてたけど……そもそも友達になったばかりだし、会ったばかりの相手と恋人とかそういうのはまだ早いし……。

 

 そんな感じで結局グルグルと思考が回って、結局メールを打とうにも色々と詰まってしまうのだった。

 

 

「うー……もういいっ! やけくそだ!」

 

 

 これ以上悩むとさらにどつぼにはまってしまいそうで思い切ってメールを打つ。

 ……まあ思い切ってと言っても硬すぎず柔らかすぎずと注意はしたし、送る前にはちゃんとどこかおかしい所はないかとチェックはしたけどね。

 

 

「むー……よし! これでいいや! 送っちゃえ!」

 

 

 30分近くかかりながらもできたメールを送信する。

 その後送ったメールを開いてもう一度眺めてみるとなんともいえない気持ちになった。

 

 

「なんで最後に♪なんてつけたんだよー!」

 

 

 流石に初メールにしても硬すぎるかと思いつけてはみたが、今更になって恥ずかしくなってきた。

 だってつまらない奴だって思われても嫌じゃん……。

 

 その後お風呂を済ませてからまた携帯を開いたが、着ていたのは学校の友達やメルマガばかりで、残念ながら須賀君からの返事はなかった。

 

 

「確かにこっちから返事はしなくていいって書いたし、お休みとも書いたけどさ~」

 

 

 理不尽に怒りつつも思わず愚痴を言ってしまう。

 しょうがないじゃん、まだ向こうからも一回も連絡ないんだし。

 

 

「いいや、寝よう! 須賀君のことだし明日きっと返事くれるよね」

 

 

 長い時間過ごしたわけではないけど、須賀君がこういったのを放置する人じゃないのはわかってるしね。

 

 

「にひひ、明日が楽しみだな~」

 

 

 夏休みもまだ少し残ってるし時間もあるんだからと、明日の返事を楽しみに待ちつつ眠りにつく。

 初めての男友達に浮かれすぎているのは自分自身でもわかっていたが、楽しいもんは仕方ないでしょ。

 

 そして楽しみすぎて眠るのに時間がかかってしまった為、朝に須賀君からメールが来ているのにすぐに気付かなかったのはご愛嬌だ。

 

 

 

 ――多少意識していたとはいえ、初めての男子の友達としか思っていなかった須賀君とあんな関係になるとは、この時は想像もしていなかった。

 




 少しレジェンドが意識しすぎな気もしますが、本人の言うとおり初めての男友達にテンパってるだけでチョロインじゃないですよ………きっと。
 むしろレジェンドみたいなのは友達や仲良くなるのは簡単だけど、そこから先の関係に行くのは難しいタイプと思う。


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第二章
六話


うそすじ

赤土晴絵が登録した電話番号は何故か小鍛治健夜のものだった…。
トラウマを拗らせてひきこもる晴絵とそれを立ち直らせようとする京太郎のハートフルコメディが今始まる。


 阿知賀から帰ってきて一週間。ついに来てしまった九月一日。さよなら夏休み、こんにちは二学期。今日までの一週間にも色々あったが、語ると某鈍器ラノベ並みの長さになるのでそこは割愛する。

 

 とりあえず日課である朝のジョギングを終えて家に帰ってきたので、朝飯を食うことにしよう。

 

 

「あー腹減ったー、飯くれー」

「はいはい」

 

 

 訂正。お袋に朝飯をねだることにしよう。

 どうやら親父は既に出かけた後らしく、お袋が台所で食器を洗っていたので俺の分の朝飯も頼んで手を洗って席に着き、待っている間に新聞を広げて読むことにする。

 

 ハギヨシの教え第21番『少しでいいから新聞は読む』。第3番『いざと言うときの為に体を鍛えておく』と一緒にすっかり朝の日課になっている。

 時間もあまりないので三面記事だけ読んでいると、テーブルの上に置いておいた携帯が鳴ったので手に取る。この音からしてメールだな。

 

 

「誰からだ? ……って赤土か」

 

 

 送り主を見てみると、向こうから帰ってからこれまた日課となっている赤土からのメールだった。電話やメールは結構な頻度でやり取りしているけど、流石にこんな朝早い時間にしてくるのは珍しいな。

 とりあえず内容が気になったので開いてみると。

 

 

『おはよ~眠いよ~こんな朝早くから学校なんてキツイよ~学校も重役出勤とか認めるべきだよ~』

 

 

 そんな愚痴なのか提案なのかわからない上にリズムに乗ったメールであった。いや、普通に愚痴だろうけど。

 気持ちはすごくわかるが、初日からこれとか先が思いやられるぞ。

 

 

「逆に考えるんだ、休んじゃえばいいんだ……っと」

 

 

 最初の頃は多少硬さもあったのだが、流石に一週間も続けていると慣れて来た為か、お互い砕けた感じの口調でメールを打てるようになっていた。

 勿論中身もそれに合わせて変わっており、ちょっとしたことも話すようになって、お互いのことも以前より詳しくなっている。ちなみに赤土の好きなおにぎりの具は鮭らしい。

 

 そんな感じで赤土とメールのやり取りをしている間に朝飯も出来たので一旦メールを切り上げ、時間もそこまで余裕がないのでさっさと食べて学校へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

「うーっす、おはよーっす」

 

「おー須賀おはよー久しぶりー」

「須賀君おはよう」

「チーッス」

 

 

 家を出てから徒歩15分ほどで俺が通っている清澄高校へと到着。通学に電車とかを使うのが面倒で近場を選んだが、実にいい選択だった。

 教室に到着し挨拶をすると、クラスメイト達から思い思いの返事を返ってくる。受験ということで夏休みもほとんど会うことがなかったので久しぶりに会う為か感慨深いものを感じ――

 

 

「そういえば聞いたぞ~、旅行先で女の子達ナンパしまくりで仲良くなって、酒池肉林を楽しんだらしいじゃねえか。須賀マジもげろ」

「ちょっと待て、それ何処情報だ」

 

 

 ――さっきまで感じていた感動も一瞬で吹き飛んじまったぞ……。

 

 確かに女の子(赤土)とは仲良くなったが意味が違うし、マジでどこ情報だ?クラスの奴で旅行の事を言ったのはハギヨシぐらいだが、あいつがそんなこと言うわけないし……。

 

 

「あーどこだっけ……? ああ……思い出した。隣のクラスの新聞部の部長が言ってたな」

「そいつ、書いた記事の半分がデマで出来てるやつじゃねえか、信じるなよ!」

「いや、ほらあれだ。面白いものには巻かれろって言うじゃねえか」

 

 

 ケタケタ笑うクラスメイトの顔を殴りたくなるが堪える。まあ、発信元がアレだしすぐに噂も消えるだろ。

 しかし半分デマらしく旅の事は当たっていたな、行きか帰りの姿でも見られてたか。

 

 

「んで、酒池肉林はともかく結局彼女は出来たのか?」

「いやいや、ヘタレの須賀に出来るわけないだろ。常識的に考えて」

 

 

 好き勝手言ってくれるな、こいつ等……そうだ。

 

 

「ま、まあ……自慢じゃねえしわざわざ言うことじゃねえけど……出来たぜ、彼女」

 

 

 あまりにも好き放題言われるため、思わず嘘をついてしまった。すると――

 

 

「ちょ、マジかよ!? あのヘタレの須賀に彼女が出来たのか!?」

「くそ! 裏切り者が出たぞ! 縛り上げろ!」

「恨めしい! 羨ましい! 嫉妬! シット! SHIT!!」

 

 

 不用意に放った一言で教室にいた男子たち全員が悲鳴を上げて阿鼻叫喚の渦となった。

 やばい……今更になって嘘だったとか言えない状況だぞ、これ……。

 

 

「名前は!? デートはしたのか? 写真は?」

「えーと……名前の方は言えないが苗字は赤土だ。デートはしたけど、写真は恥ずかしいし見せられないな」

 

 

 詳細を尋ねてくるクラスメイトに思わず咄嗟に出た名前を言う。すまん、赤土……俺の為に犠牲になってくれ。それに苗字だけならバレないだろ……。

 そんな感じで騒いでいると、誰かが後ろに近づいてくる気配がしたので振り向くと――

 

 

「おはようございます。皆さん以前と変わらずにお元気そうでなによりです」

 

 

 するとそこにいたのは中学からの同級生で親友のハギヨシだった。ちょうど今来たばかりみたいで鞄を持ったままだ。

 我が親友ながら相変わらずのさわやか素敵スマイルで教室の女子たちから黄色い声が上がっている。男子から怨嗟の籠った声をあげられた俺とは大違いだな。

 

 

「おう、ハギヨシおはよう。今日は遅かったな」

「ええ、少しお屋敷の仕事を手伝っていましたので」

「おはよう萩原。それより聞けって! 須賀に彼女が出来たらしいぞ!」

「ほう……それはまためでたいことですね。でも先生も来ましたから一旦席に戻った方がいいみたいですよ」

「お、そうだな。それじゃあ戻るか」

 

 

 これ以上話しているとボロが出そうで話を切り上げたがったからちょうどいいと思い、ハギヨシの話に乗っかって後ろにある自分の席まで逃げる。

 まあ、飽きっぽい奴らだし、他に面白いことがあればすぐにそっちに興味が行くだろ。

 

 

「ふふっ、大変そうでしたね」

「ふぅ……まったくだぜ……だけど見計らって声かけてくれたんだろ? 助かったわ、サンキュー」

「いえいえ、お役に立てなら良かったです」

 

 

 席に戻った俺と同じように移動して隣に座ったハギヨシが声をかけてきたので、先ほどの礼を言う。普段ならハギヨシが気配を感じさせることなんてないから、さっきは俺を助ける為に気配を殺さないで、わかりやすいように近寄ってきたんだろうな。

 

 久しぶりに会って積もる話もあるし、ハギヨシとこのまま話を続けたかったのだが、先生が来てしまった為話を切り上げる。まあ、後で時間もあるしその時でいいか。

 

 

「おー、おまえらおはよう、そしてお久しぶり。皆変わりがなさそうで何よりだよ。ああ……でも、須賀は婚約者が出来たらしいな。俺がわざわざ口を挟むことじゃないが避妊だけはしとけよー」

「噂の内容変わってるんですけど!?」

 

 

 教師にまで伝わってるってどんだけだよ……。

  周りの女子からはセクハラだと非難の声が上がっているが、先生はどこ吹く風だった。個人的に尊敬している先生だし、こういった所も男子とかには人気あるんだけど、女子相手には不評だし見習いたくねーな……。

 

 

 

 その後新学期らしく体育館で集会を行い、初日ということですぐに下校となった。

 本来ならクラスの奴らと遊びに行きたいんだが、皆受験勉強ということで解散となり、ハギヨシと一緒に下校中である。

 

 

「あーあ……せっかく皆集まったんだからボーリングとかカラオケにでも行きたいよなー」

「仕方ありません。既に受験まであと半年を切りましたからね」

「だよなー、ハギヨシも今日は駄目なんだっけ?」

「ええ、本家でパーティーがあって手伝いに行かねばなりませんので……すみません」

「いや謝んなって。俺たちみたいに勉強さえしてればいい立場じゃないんだし、むしろ立派だと思うしすげーよ」

「ふふ、ありがとうございます。またお互いに都合の良い日にどこか行きましょう」

 

 

 ダメ元でハギヨシに聞いてみたがやはり断られてしまった。

 こう見えて……というか、同級生に敬語を使うぐらいだから、見てわかる通りハギヨシの家はちょっと特殊だ。

 

 なんでも、家が先祖代々龍門渕というお金持ちに仕えている執事の家系らしく、こいつも将来執事になるために常日頃から相手を立てるように心掛けているらしいので、中学からそれなりに長い付き合いの俺に対しても常に敬語を崩さないのだ。

 

 一時期かたっ苦しい感じもしたのでなんとか普通に話させてみようと周りと色々試したこともあったが、終始この調子で変わらないので諦めた。

 というか昔の面子が皆個性的であったせいでこれぐらい気にならなくなったというのもあるし、無理に直させることもないかって事になったんだよな……。

 

 そんな感じで昔のことを思い返していると、ハギヨシが思い出したとばかりに話題を振ってきた。

 

 

「それで旅行はどうでしたか? 前に頂いたメールからは実に有意義に過ごされたように感じましたが」

「おう、すげえ楽しかったぜ! やっぱ勉強も大事だけど、高校生らしく遊ばないとな!」

「ふふ、それは何よりです。でも教師になる為には勉強の方も頑張らないといけませんね」

 

 

 しばらく会っていなかったこともありお互いの近況について話していたが、やはり会話の中身の中心は俺の旅行に関することだったのでその感想を伝えると、自分のように喜んでくれるハギヨシ。余計な一言もついていたが。

 

 男二人で会話をしながらのむさ苦しい下校だけど、こうやって気兼ねない同性の友人同士で帰るのもいいもんだ………強がりや言い訳とかじゃないぞ。

 

 

「わかってるって。ハギヨシは龍門渕の執事になるから就職扱いだっけ? 本格的に働かなくちゃいけないのはキツいからまだ勘弁だけど、受験勉強しなくていいのは羨ましいわ~」

「やれやれ、教師を目指す人が何を言っているんですか……」

「それはそれ、これはこれってやつだな」

 

 

 呆れるハギヨシに言い訳をする俺。

 勿論教師になりたいから勉強しなくちゃいけないのはわかってるんだけど……ほらな?なりたいものになる為とは言え苦手なものに取り組むのには多大な労力が必要だと思う。

 

 

「まったく……そういえば先ほどしていた彼女の話ですが」

「お、おう!? あれな。いやぁ、ついに俺も彼女が出来たんだぜ!」

「アレ……嘘ですよね?」

「なぬ!?」

 

 

 なぜバレた。執事か?執事だからなのか?

 

 

「執事は関係ないですよ。友人ですからなんとなくわかったんです」

 

 

 いや、今完全に心の中読んでたじゃねーか……。

 

 

「まあ、須賀君が旅先で会ったばかりの女性といきなり恋人関係になるような軽い人だとは思っていませんからね。それに本当に須賀君に彼女が出来たとしたら、親友として真っ先に教えてくれると信じていますので」

「……ったく、なに恥ずかしいこと真顔で言ってるんだよ」

 

 

 こっぱずかしい話をしだしたハギヨシに照れ隠しも兼ねて呆れるように言う。

 

 ハギヨシは基本的に誰にでも丁寧な態度を崩さないやつだが、気を許した相手にはこうやって気軽な一面を見せることもある。親友として信頼されていて嬉しくもあるが、大抵俺が弄られ役になるのでそこは遺憾だ。

 

 

「そういえば聞きたかったのですが、旅行先で恋人はともかく、仲良くなった人はいないのですか? 特に同年代の女性などで」

「あー……うん。まあ……一応向こうで親切にしてくれたやつがいてな、俺らと同じ学年だ」

「ほうほう、それはそれは」

「なんだよその顔は……俺が女と仲良くなったらおかしいか?」

「いえいえ、むしろ人当たりの良い須賀君が今まで彼女を作らないのが不思議でしたので。その方とは帰ってきてからも連絡を取り合っているのですか?」

「あー……まあな。一応連絡先は交換したから何度かメールはしてるな」

 

 

 実際は何度かどころかあれから毎日メールして、たまに電話もしているんだが流石にそれを話すのは恥ずかしいので黙っておく。

 といっても、ハギヨシの奴は鋭いし普通にばれてそうだな。

 

 

「そうですか。もしなにかあったら頼ってくださいね、いつでも力になりますから」

「なにかどころか、特にそういう関係でもないけどな……まあ、いざというときは頼りにさせてもらうわ」

「おまかせください」

 

 

 誇らしそうに言うハギヨシが少し眩しく感じられる。

 執事の仕事を目指すだけあって、こいつってやっぱり性格的にもそういう仕事に向いてるんだろうな……別に執事とかになりたいとは思っていないけど、なんか羨ましいわ。

 

 それから適当に近頃の高校生らしく実りのないくだらない話などを続けていたが、お互いの家への分かれ道へ来て立ち止まる。

 

 

「それでは私はここらへんで。また明日会いましょう」

「おう、また明日な…………さて、しゃーないし帰るか」

 

 

 ハギヨシと別れた後流石に一人で遊びに行く気にもなれず、素直に勉強でもするかと考えて家に向かって歩き出す。

 

 

 

「しっかしハギヨシも大変だよなー、まだ見習いなのに」

 

 

 先ほどまで一緒にいたハギヨシ事を考え、昔聞いたあいつの家の事を思い出す。

 一応見習いと言うことで学生の間はなるべく学生らしく生活しろ、という方針らしいが、完全に遊ぶだけと言うわけにもいかず、ああやって駆り出されることもあるらしい。

 

 それに高校三年となり、来年からは本格的に本家の執事として仕事を始めるからその頻度も多くなっていて、こっちも勉強があるのでお互い遊ぶ機会も減っている。

 夏休みも執事の勉強とかであまり会う機会もなかったしな……まあ、遊びにいけないのはつまらないが、我が友人ながら鼻が高いと思う。

 

 

    アレ?キョウチャンジャナイ? ア、ホントダキョウチャンダ

 

 

「そういえば赤土からメール来てないかな」

 

 

    キョウチャーン キョウチャーン

 

 

 男の事ばかり考えても男子高校生的にはよくないので携帯を取りだし、赤土からメールが来てないか確かめる。

 そろそろ向こうも学校が終わるだろうし、そろそろ来るだろうな。

 

 

    キョウチャンハヤイヨ、マッテヨー オネエチャンモハヤイヨマッテ~

 

 

 んー……まだ来てないか。あいつのことだから「勉強放置して遊ぶ私! ワイルドだろ~」とか間抜けなメールが来るだろうと思っていたのだが。

 

 まあ、あいつも地元の友達いるだろうし。そっちと夢中になって遊んでいるんだろうな。決して勉強するために図書室籠りをして、携帯断ちをしているとかの発想は出てこない。

 

 

    モ、モウダメ… ワ、ワタシモムリ…

 

 

 ふぅ……これ以上の無視は可哀想か、と思い振り返ると、そこにいたのは小学校からの帰りの宮なg、違った、ポンコツ姉妹だった。

 

 こっちは走るどころか普通の小学生なら簡単に追いつけるぐらいの速さでゆっくり歩いてたんだがな……どんだけポンコツなんだよ。

 このまま待っていても時間がかかりそうだったので、二人に近づき声をかける。

 

 

「おい二人とも大丈夫か? というか照は女の子なんだから胡坐をかくな、咲も服が汚れるから道路に寝転ぶのはやめろって」

「はぁはぁ……だ、だってぇ……き、京ちゃん逃げるんだもん、はぁはぁ……ず、ずるいよぉ……だ、だから…………おかしを要求する」

「ひぃひぃ……そ、そうだよ~き、きょうちゃん、わ、わたしたちのこときらいになっちゃったの?」

「いや、普通に歩いてただけだからな。ほら、引っ張るからしっかり立つんだぞ咲」

「ふぅふぅ……あ、ありがとうきょうちゃん」

「どういたしましてっと。それに二人とも赤ん坊のころから知ってるのに今更嫌いになるわけないだろ。あと、照はせめてさりげない感じでお菓子を要求しろ」

 

 

 ヘタレていたと思ったらいきなりキリッとした表情をする照と、涙目で聞いてくる咲に言い訳をして、寝っころがる咲に手を差し伸べ持ち上げる。

 

 しっかし同年代の子と比べてもやっぱり軽いよなー。相変わらず片手で持ち上げられる重さの咲だが、しっかり食べているのは知っているけどそれでも今みたいな体力の無さもあり心配になってくる。

  照?こいつは大食漢だから言っても意味がない。むしろあれだけ食べてるのに太らないのが逆に心配だが。

 

 とりあえず涙目の咲を宥める為にも頭を撫でておく。こいつらはこうすれば大抵の機嫌が良くなるので楽でいい。年取るとなんであんなに面倒になるんだろうな……わっかんねー。

 

 

「え、えへへ~」

「ぶーぶー、お菓子食べたい。それに咲だけ頭撫でるのズルい! 私も撫でて~」

「わかったから頭をこすり付けるな、角が刺さって痛い!」

 

 

 一人だけ撫でられる咲を見て不満げな照に頭をグリグリと押し付けられた。

 ちなみにこのような感じで先ほどから俺に纏わりつく二人は宮永照と宮永咲という九歳と七歳の姉妹で、俺のご近所さんであり幼馴染でもある。

 

 両親達が学生時代の先輩と後輩という関係だったらしく、俺も昔からこいつらの世話をすることが多かった為、10歳近く歳が離れているが実の兄のように慕ってくれている。

 まあ、だからといって京ちゃん呼びはないよな……。

 

 

「どうしたの京ちゃん?おかしは3000円まででいいよ」

「0が一つ多いぞ、それにこの前お土産でたくさんお菓子あげただろ」

「あのねぇきょうちゃん。おねえちゃんね、おかあさんにいっぺんにおかしたべたらダメだっていわれてたのに、ないしょでたべておこられたんだよ」

「咲。それは京ちゃんに言っちゃダメだって言ったよね?」

「ほねえたゃん、ほっへひはあああないえ~」(訳:お姉ちゃん、ほっぺ引っ張らないで~)

「こら、やめろって」

 

 

 咲の頬を引っ張る照の手を掴み上げる。

 基本暴君の照とそれに泣かされる泣き虫の咲だが仲が悪い事はなく、むしろ普段から良い方である。

 まあ、そこらへんは照がしっかり大丈夫な範囲はわかっている為だろうが、照も子供だからやりすぎる時があって泣かせることもあるので、一応こういう場では収めるのが年長者の役目であった。

 

 

「むう、京ちゃんが咲ばっかりやさしくする……京ちゃんが寝取られた……」

「おい、その言葉何処で覚えた」

「学校のお昼休みに同じのクラスの美桜さん達が話してるの聞いた。好きな人が盗られた時に使う言葉だって。そのあとなんかみんな気にいったのか大きな声で叫んでたよ」

 

 

 世紀末過ぎだろそのクラス……同じ叫びでもまだモヒカンが「ヒャッハー」って言ってる方がマシじゃないかそれ……。

 近年の初等教育に不安を感じつつも、しっかり釘を刺しておこうと思い腰を下げて、照の目線に合わす。

 

 

「言っておくけど、それは使ったらダメな言葉だからおじさん達に聞かれたら怒られるし余所で使うなよ。というか聞いたってことは、照は話に参加しなかったのか?」

「うん。たまたま聞こえただけで興味なかったし」

「なんだ、照はまだ友達少ないのか……照は本が好きなんだから同じように本が好きな子にでも話しかければいいのに」

「だって話しててもあんまり面白くないし、京ちゃんや咲と話してる方が楽しい」

 

 

 興味なさそうに話す照に思わず頭を抱えてしまいそうになる。いやまあ…言いたいことはわかるけど悟るのが早すぎだろ……。

 

 確かにある程度年取るとそういった考えの人も多くなるけど、その分仲の良くないやつとの付き会い方も同じように自然と身に着くものだから問題ないんだがな。早熟と言えばそうなんだろうけど、照の場合は別に大人の付き合い方を知ったとかじゃなくただの無関心だから困る。

 今の所個性の範囲だし、そのうち直って来るとは思うんだけどな……まあ、いざとなったら手を貸せばいいしいいか。無理やり嫌なことさせてもしょうがないしな。

 

 

「きょうちゃんなにかかんがえごと?」

「あのメス犬のことね……」

「ああ、ちょっとな……あと照はどっかで覚えて来た変な言葉使うのホントに禁止な。破ったらもうお菓子買ってやらん」

「!? それは嫌!?」

 

 

 立ち上がる俺の脚にしがみ付いたと思ったら、姥捨て山に捨てられる老婆の様な表情でこちらを見上げる照。そこまでショックかい……。

 まあ、叔母さんからこいつらが近頃お菓子食べすぎだからどうしようって、相談されていたのもあるから減らすのは確定事項なんですけどね。勿論これは言わないでおく。

 とりあえず脚にしがみ付く照を宥める為に頭をなでてやるが顔が晴れなく、仕方ないのでもう一度しゃがんでから照を持ち上げて、そのまま右の肩に持っていき乗せてやる。

 

 

「わ、わ、京ちゃん……ッ!」

「ほら、危ないから暴れるなよー」

 

 

 慌てた照がしっかりと俺の頭を掴んだのを確認してから立ち上がる。

 最初のうちは体を強張らせていた照だが、慣れてきて余裕が出たのか常日頃とは違った視点の景色に喜びだす。

 

 

「京ちゃんもっと高く高く!」

「いや、これ以上は無理だって。あと落ちないようにしっかり掴まっとけよ」

「うん!」

 

 

 折角のお願いだけど背を伸ばすことはできないので断るが、それでも十分なのか喜んでいる。

 そんな照の様子に満足していると後ろから服を引っ張られたので下を見ると、大体の予想はしていたが、そこにいたのは羨ましそうに姉を見ている咲がいた。

 

 

「きょうちゃんわたしも! わたしも!」

「あー……まあ大丈夫か」

 

 

 咲も乗せてやりたいが、乗ったばかりの照が退くとは思えなく悩み、また、二人いっぺんに乗せるのは難しいと考えたが、最低一度はやらないと満足しなそうな咲を見て一緒に乗せること決めてもう一度しゃがむ。

 照とは逆の方に乗せてもう一度立ち上がると、照と同じように咲も喜ぶ。

 まあ、照達も大きくなってきてこういったこともしてもらえないだろうし、たまにはいいよな。

 

 

「じゃあ帰るからしっかり掴まってるんだぞ」

「「はーい!」」

 

 

 そして帰る為に左右の肩に二人を乗せたまま家に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 

 遊ぼうとせがむ照達に謝りながら振り払い帰宅。返事が返ってこないことからどうやらお袋も出かけているみたいだ。

 

 いつもは迎えに来るカピもどうやら寝てるみたいなのでそっとしておき、昼には少し早いが小腹が減っていたので冷蔵庫を漁って軽く食べてから部屋に向かう。

 部屋に戻って鞄を置いてから勉強! …………の前に休憩してパソコンの電源を入れるが、別に遊ぶためではない。

 

 立ち上がるのを少し待ってから大学関連のサイトを開く。

 そう――未だに俺は何処の大学に行くのか決めていないのである。勿論まったく決めていないと言うことではないのだが、ここが良い!というようなのを選べていないのだ。

 

 とりあえず勉強前の休憩も兼ねて、それ系のサイトから教育関係に力を入れている大学を探す。教師になるだけなら教職課程を選択できる大学は多いのだが、一生に一度のことなので出来る事ならその中でもしっかりと考えておきたい。

 

 その後30分程色々と見ていたのだが、やはりビビッと来るものがないので一度電源を落とす。このままだとヤバいと思うんだが、決まらないものはしょうがない。

 とりあえず一時間程度勉強したら飯を食べるかと考え、タイマーをセットしておこうと携帯を取り出すと、調べ物をしている間に赤土からメールが届いていたことに気付いた。

 

 

『あーやっと終わったーーー勉強する前に電話で話しよーよー』

 

 

 赤土からの誘いに少し悩んだが、昼食を早めにして準備しながら電話すればいいかと思ったので、こちらから電話をかけると――

 

 

「やほー。もう、かけてくるのが遅いよー」

 

 

 二コール目がなる前に出た。はえーな……こいつ宣言通り勉強しないで携帯弄ってたな。

 

 

「うっせ、さっきまで調べものしてたんだよ。だけどそっちも随分と遅かったみたいだな。学校終ったらすぐに連絡来ると思ってたけど」

「あー……ちょっと学校で先生に掴まってねー……」

 

 

 俺の指摘にやっちまったーって感じの声を上げる赤土。しかし初日早々掴まるとか流石赤土だな

 こっちが無言でいると、電話越しだがそこに生暖かい何かを感じたのか焦りだした。

 

 

「あ……い、言っておくけど別に悪いことしたわけじゃないからね。ほんとだよ!?」

「はいはいわかってるって」

「絶対わかってないし!」

「じゃあ、何で呼び出しうけたんだ?」

「あー……ちょっと進路のことでね…」

 

 

 言いにくそうにしている赤土だが、こいつ前に大学に行くって言ってなかったっけ?気になったので聞いてみると。

 

 

「いや、大学行くのは一応決めてあるんだけどね……その……志望校が決まらなくて…」

「ああ……なんだ、俺と同じ理由か」

「へ? 須賀君も志望校決めてないの?」

「ああ、前に教師になりたいって話しただろ? だけど行きたいところが決まらなくてなー」

 

 

 意外な共通点に驚く。ダメな共通点だけどな……。しっかしほんとどうすっかねー……。

 

 

「なるほどねー……そうだ! それだったらうちの近くの大学来ない?」

 

 

 

 ―――――――――――は?

 

 

 電話でこんな面倒な話をする必要もないと考えて、別の話題を出そうと思っていたのだが、唐突にわけのわからない事を言いだした赤土に思わず言葉を失ってしまう。

 

 しかし――まさかこの一言が、今後の俺の人生を大きく変えるとはこの時は思いもしなかった。

 




新キャラのハギヨシと宮永姉妹(幼女ver)登場。なお次回は出番がない模様。

しかしあとがきって何書けばいいのか毎回悩む…。
本編の詳しい内容について書くと今後のネタバレになるし、本編に関係ないこと書くのもなんかアレだし…なにも書かないのもね…。次回予告とか?



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七話

うそすじ

奈良から帰ってきた京太郎を待っていたのは、また地獄だった。
破壊の後に住み着いた竜巻とカン。
夏休みが生み出したホモの街。
悪徳と野心、頽廃と混沌とをコンクリートミキサーにかけてブチまけた、
ここは長野の清澄。

次回「ツモとロン」
来週も京太郎と地獄に付き合ってもらう。



「お、きたきた! こっちこっちー!」

 

 

 とある九月の土曜日。俺は愛車を走らせて青空が透き通る吉野の地に再び訪れていた。そして待ち合わせ場所に行くと、そこには俺より先に到着していたらしく赤土が手を振りながら待っていた。

 ここら辺は人が少ないとはいえ、恥ずかしいからやめて欲しいぞ……。

 

 

「おう、久しぶり。すまん、待ったか?」

「うん、久しぶり。んー? 30分ぐらい待ったけど、私はすぐ近くだったから問題ないよ」

「なんだ、本当に待ったのか。大体の到着時間は知らせてたんだから普通にその時間に来れば良かったんじゃないか」

「いやいや、長野からわざわざ来てくれた須賀君を待たせるわけにはいかないし、待ってるのも結構楽しいしね」

「そうか、なんか悪いな」

 

 

 10時ぐらいに着くとメールは送っていたんだけど、それでも待たせたことには変わりないので謝るが、待ち合わせにおける定番的やり取りで赤土はたいして気にもしていないようだ。

 既に夏は過ぎたと言えども、未だに気温は高いので待つのは結構つらいと思うんだけどな……。

 

 そんなことを考えつつ赤土の服装が気になり視線を向ける。赤土の奴もお洒落するんだな……いや、年頃の女だし普通にするか。

 以前見ていた時と変わらずパンツルックだが、流石に本格的に出かけるためか、どことなくおしゃれに感じるし、薄くだが化粧しているように見えた。

 

 

「ん? どうしたの?」

「あ……いいや、なんでもない。とりあえずここは暑いし行くか」

 

 

 マジマジと見てしまったせいか、視線に気づいた赤土に尋ねられるが誤魔化す。思わず見惚れたとか言わない。と言うか言えない。ハギヨシのようにこういった時サラッと褒めたりできれば良いんだけど、そこまでの度胸はない。

 多少慌てて否定したため少し挙動不審だったが、赤土は特に気にする様子はなかった。

 

 

「だね。でも休憩とかしなくて大丈夫?」

「ああ、一応途中で休んで来たし全然行けるぞ。それに早くいかないと見れない所とかあるかもしれないしな」

「あはは、別に焦らなくても大丈夫だって。私がきっちり調べて来たから安心していいよ」

「そうか、それじゃあ道案内とか任せるから行くか」

 

 

 どこか自信ありげな赤土に不安を感じるが……まあ、大丈夫だろう。

 そして以前と同じように未だに照れる赤土を後ろに乗せ、目的地へと向けて出発する。

 

 

 

 さて、そもそもなぜ俺が再び奈良に来て赤土と再会しているかと言うと、事の始まりは数週間前にあった新学期初日の電話の内容にあった。

 

 数週間前の赤土との電話の際、唐突に自分の地元の大学に来ないかと言い始めた赤土に詳しく話を聞くと、なんでもその大学は教育関係に力を入れている大学であり、近いうちに一般公開の学園祭があるとのことだった。

 確かに名前を聞いてみると聞き覚えのある大学であり、距離的に離れてはいたがそれでも俺の中では一応候補の中の一つにあった所だ。

 

 しかし試験を受けに行くだけならともかく、見学に行くだけで長距離の移動は強いられるのはキツイものがあり悩んだが、このまま他の手短な大学になんとなくの気分で見学などに行くのも考え物だったので、とりあえず赤土への返事を保留にしてその時は終わったのだった。

 

 それからその大学の資料を洗い直し、担任にも聞いてみた所、やはり教師の間でも日本において有数の大学であると認識されており、興味があるなら行ってみると良いと勧められたのでとりあえず行くことに決めたのだ。

 おまけに、もしそれで休むなら休み扱いにしないと言うことだったので渡りに船だと思ったのもあった。

 

 そんなわけでその後赤土にそれを話すと、自分も興味があるから案内を兼ねて一緒に行くと言うことになった。

 なので、学園祭がある週末。金曜日の放課後に長野を出発し、夜には途中の宿に泊まりつつも昼前には赤土と合流することとなったのだ。

 

 そして現在、赤土を後ろに乗せて道案内をしてもらいつつ、大学に向けて移動中。調べたところ赤土の言っていた通り吉野からはあまり離れていなく、電車でも30分かからない距離なので道が空いているのもありどんどん目的地に近づく。

 

 

「次はどっちだー!」

「もう少し走ってから右ー!」

 

 

 それなりにスピードを出しているので大声で話す。

 しかしこうやって密着していると汗とかの不快じゃない匂いがするな……赤土の香水かな?香水とかのキツイ匂いはあまり好きではないんだけど、これはどことなく落ち着く感じがする――って、人の匂いを嗅いで落ち着くとか変態かよ!

 

 

「ちょ、須賀君速くない!?」

 

 

 恥ずかしくなってきたので思わずスピードを上げてしまうと、それに驚いた赤土が悲鳴を上げるが気にしてられない。

 そしてそのスピードのまま俺達を乗せたバイクは大学へ向けて進む。

 

 

 

「もう!びっくりしたなー」

「あー、すまんすまん」

 

 

 あれから十数分後、俺達は目的地である大学に到着した。後ろから降りてプンスコ怒っている赤土に謝りつつも辺りを見回してみる。

 目の前にある大学は、まさにこれが大学である!というようなお手本通りの見た目をしており、それなりに広い敷地の中庭に自然を残しつつも、講堂や研究棟などの建物が多く見える。

 

 そして大学の敷地の外も先ほどまでいた吉野と違い、それなりに人も多く住んでおり、電車やバスの往来も多い為かそれなりに栄えているように見える。

 来る途中もそれなりの数の店があったし、もしこの近辺に住むようならそこまで不便じゃないだろうな。

 

 

「こら、謝りながら一人だけ見学するの禁止。ずるいぞ」

「だから悪かったって。それに折角来たんだし、早く見ないと思ったいないだろ」

「確かにそうだけどね……まあいっか! それじゃあ行こう」

 

 

 機嫌を直した赤土が歩き始めたので、そのまま後に続いて駐車場を出る。門の所でパンフレットを配っていたので貰って中に入ると、流石に学園祭らしく人が多い。

 それなりに敷地も広い為か人にぶつかると言うほどではないが、それでも逸れない為に先ほどよりも赤土が隣に近寄ってくる。

 

 

   手を繋ぐ

  >手を繋がない

 

 

 いや……考えるまでもなくこっちだろ。流石にまだ早い……いや違う、そういう場面じゃないって。

 そんなアホな事を考えている間に座れる場所を見つけたので、一度休憩してからこの後の方針を決めようってことになった。

 

 しかし座ったかと思ったら、もう一度立ち上がり赤土がどこかに行く。声をかけようとしたが、すぐ目の前の自販機目当てだとわかったので止めて少し待つと、戻ってきた赤土の手には二本の飲み物があった。

 

 

「はい、ここまで運転してきて喉乾いたでしょ」

「ああ、ちょうど買いに行こうと思ってたしありがとうな」

「どういたしまして。ここに来るまでの電車賃も浮いたし、奢りだからね」

 

 

 財布を取り出そうとした俺の先手を打つように言う赤土。まあ、それならいいか。

 それから隣同士でベンチに座ってしばしの休憩。だけど俺達らしいと言えばいいのか、少しは喉を休めればいいのに、道端で話しているおばちゃん達の如く直ぐに会話を始める。

 

 

「さてと、それじゃあどこ行こうか。数も多いし、時間も限られてるからしっかり決めないとね。須賀君はどこ行きたい?」

「あーそうだな……まず講堂とか学校の施設を見てみたいし、ゼミのフォーラムとかやってるだろうからそれの見学もしたいな。あとは入るかわからないけど適当にサークルとかかね……赤土はどこ行きたい? あ、屋台とかは後回しにしても大丈夫だよな、それとも腹減ってるか?」

「しっかり食べて来たからそこは無問題。そうだなー個人的には学食とか見てみたいかも」

「結局飯かよ」

「ほほう……そんなこと言っちゃう? 大学って基本四年以上通うわけだし、食事に関してはすごく大事らしいよ」

「あー……確かにいちいち外に食いに行くのも面倒だし正論だな」

 

 

 ちゃんと調べてきたぞーとばかりに自信満々な赤土に言われて、パンフレットを見ながら食堂があると思われる方向へ視線を向ける。

 

 大学生相手の店とかもありそうなもんだけど、場所的に駅から少し離れてるのもあって、食べる所も近くにはあまりなかったぽいしな。コンビニも近くにない為、食べるとしたら学食以外には途中のコンビニで買ってくるか、弁当でも作るしかないな。

 家事は嫌いではないけど、毎日作るのは手間だ。無論作ってくれる彼女もいない。やばいちょっと落ち込みそうだ……。

 

 

「ふむふむ、それじゃあまず近い所から行こうか」

「そうすっか……」

 

 

 アホな事で落ち込む俺を尻目に、この後の予定を決めた赤土の提案でとりあえず近くの建物から入っていくことになった。パンフをしまい、飲み物を飲み干して立ち上がる。

 ――っと、そうだ。

 

 

「探すの面倒だから迷子になるなよー」

「高校生にもなってなるわけないっしょ」

 

 

 一応人が多いため言っておくが、軽く流される。赤土はこう言ってるが、あれなんだよな……照達とは違うが、こいつからもどこかしらポンコツ臭がするんだよな……。

 まあ、携帯もあるし大丈夫か。どうかフラグとかじゃありませんように。

 

 

 

 

 

 それから数時間ほど施設を巡っていると昼を回り、流石にお腹もすいてきたので、主に野球部などの運動部がやっている出店で食事となった。

 

 

「改めて見ると大学って広いよねー。普通の教室だって高校とかに比べて五倍ぐらいあったし、大講堂だっけ? あれも相当広かったね」

「そりゃ大学生ってかなり人数多いからな。全学部合わせたら軽く一万人超える大学もあるらしいし。それに外の人間を呼んだり貸し出しもするわけだから、そりゃ建物も立派になるさ」

「なるほど確かにねー。んー結構これイケるわ」

 

 

 買ってきた料理を赤土が賞賛する。素人が作っているのだが、高校までの文化祭と違い、各部の活動費となったりするためか力を入れているみたいでそれなりに美味いな。

 ちなみに俺が奈良の郷土料理らしい飛鳥鍋で赤土が水餃子だ……なんで水餃子?

 

 

「だってニンニク入ってないって言うし美味しそうだったんだもん。あ、そっちもちょっと頂戴……うん、これもイケてるね」

「だから良いって言う前に取るなっつーの……まぁm良いけどよ。俺も貰うな」

 

 

 以前と同じようにこちらの了承を得る前に食べる赤土に呆れるが、別にかまわなかったし、こいつらしいと思い流す。うん、餃子うめー。

 

 

「それで次はどうする? いくつか主な施設は見て回ったけど」

「そうだなー……見たいフォーラムは夕方からだし、今度はサークル中心に適当に回るか」

「サークルね。そういえば須賀君はなにか部活とか入ってないんだっけ?」

「ん? 高校の話だよな? うん、高校はアルバイトとか中心だったから帰宅部だったな」

 

 

 腹ごなしの会話と言った感じで、サークルからの連想からなのか赤土が部活の話題を振って来るのでとりあえず答える。

 

 中学は兎も角、高校では入りたい部活がなかったのもあって、最後まで帰宅部で通しちまったな。まあ、バイクを買うって目的もあったからバイトに専念できてよかったけど。

 そんな答えに赤土はどこか羨ましいそうな表情で返してくる。

 

 

「アルバイトかー……こっちじゃ出来るバイトも少ないし、私は短期間のアルバイトをたまにしてたぐらいだったな」

「いやいや、こっちのバイト先もあんまりないから変わらないって。そういえば聞いてなかったけど、赤土も帰宅部なのか?」

「……え? あー……うん……私も帰宅部だよ」

 

 

 気になったので同じように部活の事について聞いてみたら、途端に口ごもる赤土。視線はこちらに合わせず別の方向を見ているし、表情も明るいとは言えない感じだ。

 

 見るからになにか隠している感じなのだが、あまり答えたくなさそうな赤土に聞くことができない。それなりに仲が良くなったと言ってもこうして顔を合わせたのはまだ数回だけだし、俺に話せないことも沢山あるんだろう。

 とりあえずこのまま気まずい空気が流れるのは嫌なので、今度はこちらから赤土に別の話題を振ることにする。

 

 

「ふーん……それじゃあ飯も食ったし、見学の続きするか」

「あ……うん、そうだね!」

 

 

 なるべくさりげない感じで話を流そうとし、次に行こうと提案をすると、赤土も一瞬ためらった様子を見せたがすぐに笑顔で返してくれた。

 あんまり演技とかはうまくないんだが、赤土自身が気も漫ろだったせいかうまくいったようだ。

 

 その後、ゼミやサークルが出展物を展示している建物へ移動すると、多くの大学生や、恐らく俺達と同じように見学に来た高校生と見られるようなのがたくさんいた。

 それにやはり室内のためか体育会系のサークルとは違い、文科系のサークルが多くあって混雑しており、全部を見て回るのは苦労しそうだ。

 

 手当たり次第入るのは愚策だと考え、とりあえず赤土と相談することにする。

 

 

「うーん、どこ見て回るかね?」

「映画研究同好会、漫画研究同好会、サバゲー部、現代視覚文化研究会、カポエラ部……色々あるねー」

「まあ大学だしな。俺にもちょっと見せてくれ」

 

 

 パンフレットを見ながら高校とは桁が違う数のサークルに驚く。というかカポエラ部はなんでこっちなんだよ。違う建物に空手部とかの格闘技系が集められてるんだからそっちでいいだろ。

 

 

「古典部、科學部、自らを演出する乙女の会、と……変なサークル多いな」

「大学だからね」

「まあな……お、やっぱり麻雀部もあるのか」

 

 

 赤土のパンフを見ながら色んな部活を探していると、その中に今をときめく麻雀のサークルもあった。世界中で人気の競技である麻雀らしく、麻雀部のゾーンは他のサークルよりも広くとられている。

 

 うちの高校にも一応麻雀部はあるみたいだけど、長野には他に強豪校があるせいかあまり活動はしていないと聞いたことがあった。

 まあ、同じ麻雀部でも大学なら部員も多い上に設備とかも充実しているだろうから、うちとは全然違うだろうけどな。

 

 そんな事を考えながらパンフレットを見ていると、横から視線を感じたので顔を上げると、なにやら複雑そうな顔をしながら赤土がこちらを見ていた。

 

 

「どうしたんだ?」

「いや、その……」

 

 

 流石に気になったので聞いてみたのだが、赤土は視線を逸らし口ごもる。先ほども似たような様子を見たが一体どうしたんだ?

 

 

「ええと……須賀君は、それ……麻雀に興味……あるの? というか……実はやってたり?」

「麻雀に? 全然ないな。周りにやってるやつはいるけど、正直役とかが覚えられないし、ルールもチンプンカンプンだぜ」

「そ、そうなんだ……」

 

 

 なにを言われるか構えていたが、赤土から放たれた言葉は全然たいしたものでもなく、サラリと答えられた。

 

 しかしそれを聞いた赤土は嬉しいような悔しいような、本当に良くわからない表情をしていた。どういうことなんだ?実はここの麻雀部になんか問題があって入部させないようにしてるとか?

 

 ……そうか!実は昔彼氏が麻雀をやっていたのだけど、事故で色々あったとか――――ねーな……我ながらショボイし、展開も薄っぺらい発想だな。

 でも……なら一体この赤土の様子は……。

 

 

「あ、いや……なんでもないよ! ほら、早く行こう 「あれ?もしかして赤土晴絵さん?」……え?」

 

 

 訝しんだ顔をしている俺に気付いたのか、頑張って取り繕うとする赤土だったが、突如後ろから声がかけられたので思わず振り向き、俺も同じように振り返る。

 すると、そこには俺達と同じぐらいか、若しくは少し上ぐらいの綺麗な女の人が驚いた表情で立っていた。赤土の名前を呼んだってことは知り合いか?

 

 

「うわー! 懐かしいー! 私のことは……えっと……まあ覚えてない……というか知らないか。二年前の一回戦で一度戦っただけだしね」

「二年前……一回戦……ってもしかして県大会で……?」

「そうだよーあの時同じ卓で打ってたメンバーの一人だよ。といっても一回戦で完全にボコボコに負けたから覚えてないのも無理ないって、あはは」

「ええと……」

「ああ、二年も前のことだし気にしないで。三年最後の年で悔しかったけど、むしろあの阿知賀のレジェンドと戦えたのはむしろいい思い出になったよ」

 

 

 どこか誇らしそうに言う女性に何とも言えない表情を浮かべる赤土。機関銃の如く喋りかけるのに流石に困っており、微妙にこちらに視線を向けて助けを求めてくる。いや、でもどうしろと……。

 だけどこの会話でなんとなく掴めて来たが、現帰宅部の赤土は何かの部活で二年前に県大会?だったか、それに出てたってことか?

 しかし……阿知賀のレジェンドってなんだ?

 

 

「いやーでも二年前は惜しかったねー。全国まで行ったのに準決勝であの小鍛治健夜に当たったのは運がなかったね……そういえばあれからあなたの話聞いてないけどどうしたの?」

「その……部活は……辞めました……」

「あー……そっか、しょうがないよね……それで今日はうちの大学の見学に?」

「はい……友人と一緒に」

 

 

 二人の視線がこちらに向けられる。この人も綺麗だし、赤土も可愛いから見られると微妙に照れる。いや、そんな場合じゃないっぽいけどな。

 

 

「おおー、彼氏さんだと思ったら友達かー。なるほどねー……そうだ! 二人ともサークル見学に来たんだよね? それだったらうちのサークル寄って行かない? 私としても、もう一度赤土さんと打ってみたいし」

「……え?」

 

 

 良いこと思いついたと言わんばかりに女性が俺と赤土に話しかけてくる。

 

 二人って……俺も含んでるよな?なんだかよくわからんうちに話が進んでいるが、それよりも隣で借りてきた猫のように大人しくなっている赤土が気になる。

 ここは―――

 

 

「あー……すみません。俺達さっきまで回り続けてたから昼に何も食べてないんですよ。だから残念ですけど、時間もないんで今回は遠慮させてください」

「あ、そっかー……そうだったんだ、ごめんね引き留めちゃって。それじゃあ私は戻るけど時間があったらいつでも来ていいからね」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

「それじゃあまたねー」

 

 

 赤土の代わりに断ると、女性は残念な顔もしつつも納得してくれて、言葉通りすぐにその場から去って行った。

 社交辞令……ってわけではないんだけど、ほんとに思いつきレベルだったみたいだな。

 

 

「あー……なんか疲れたし、ちょっと外で休憩するか」

「…………そうだね」

 

 

 さっきの人がテンション高めだったこともあり、少し疲れたから休むことを提案すると、同じようにどこか疲れた表情をした赤土も頷いたので、少し前に入ってきた入口からもう一度外に出て、なるべく人が少ない所を探す。

 

 それから表の敷地からはあまり見えない位置に、普段は学生用に使われているだろうベンチがあったので、誰もいないみたいなのでちょうど良いと思い座り込む。

 普段ならすぐに会話が始まるんだけど、先ほどから赤土が黙り込んでいる為にこちらも無理に話すのもなんなので、とりあえず赤土が回復するのを待つことにした。

 

 

「……さっきはありがとうね」

「ん、気にすんなって」

 

 

 しばらくすると落ち着いた赤土がいつもと違った笑い方をしながら礼を述べてくる。未だ表情の中に暗い部分もあるが、先程よりはマシだろう。

 なにせ短い付き合いとはいえ今までに見たことないぐらい思いつめた感じだったからな。

 

 落ち着いた赤土にさっきの事を詳しく聞いてみたいが、安易に人の内側に入り込むのは失礼だし、心配する気持ちもあるが、結局は好奇心の部分も多い為に聞けずにいた。

 

 すると俺の様子を見た赤土がなにやら思いつめたようにいきなり立ち上がって空を見上げる。何事かと思って見ていると、一度赤土は深呼吸をした後もう一度座り、こちらを見つめながら口を開いた。

 

 

 

「ちょっと愚痴……なのかな? 話してもいい?」

「……休憩中だしな。でも言いづらかったら言わなくてもいいぞ」

「ううん……ちょっと外に出したい気分だから……」

「そうか」

 

 

 どこか躊躇いがちに言った赤土に対し、気を使うようにぶっきらぼうに言う。まあ、中にため込むより外に吐き出したほうがいいこともあるよな。

 しばしこちらを見つめていた赤土だが、深く座り直してもう一度空を見上げながら語りだした。

 

 

「私、昔から麻雀やっててね……これでも結構腕に自信があったんだ。それで高校生になった時に阿知賀高校の麻雀部にも入って大会に出たんだけど、そこでまさかの県大会優勝。それで全国大会まで行ったんだ」

「そりゃすげえな、さっき赤土が阿知賀のレジェンドって呼ばれてたのもそれの関係か?」

「うん……奈良には晩成高校っていう、全国大会に何十年も出続けてる高校があってね、他の高校が晩成に勝つことなんてなかったんだ。だけど私がいた時の阿知賀麻雀部が勝ったからそう呼ばれるようになったみたい。もちろん私以外のメンバーも強かったんだけど、その中で一番強かったのが私だったから」

 

 

 どことなく自虐的に言う赤土に何て言っていいのか言葉が思いつかない。

 

 野球とかでもそうだけど常連校ってのは強い人材が集まりやすく、簡単に倒せるものではない。しかもそれが数十年単位の相手ならば、確かに周りからすれば伝説と呼びたくなるのも分かるが、言われる本人からすれば……な。

 赤土はお調子者だがそういったのをあまり見せびらかすタイプじゃないし、戸惑っただろう。納得する俺の様子を見てから赤土は話を続ける。

 

 

「そこで全国に出てからも阿知賀の勢いは止まらずに一回戦と二回戦も勝利。調子も良くて初出場で準決勝までいったんだけど…………」

 

 

 そこまで話すと少しは明るかった表情が途端に曇り、言葉が詰まった。

 そんな赤土になにか声をかけるべきか悩んだが、無理に話させるのも駄目だと思い赤土が話してくれるまでゆっくり待っていると、決心がついたのか赤土が再び口を開く。

 

 

「……だけど、その準決勝で、ね……私が大量失点してチームは敗退……後援会とか周りの皆も期待してくれてたんだけど、そんな結果だったからね…………私もその時の対局のせいで麻雀が怖くなっちゃって、退部したんだ……」

 

 

 言い終わるとすっきりしたどころか、先ほどよりも一層憂鬱な顔をし、赤土は顔を俯かせてしまった。

 

 なるほどな……阿知賀の皆の期待を背負おって、しかも伝説呼ばわりまでされていたのに、その自分が負けた原因だってことに罪悪感を感じてるのか……しかもそれで退部もしてるぐらいだから逃げ出したようにも感じるのだろう。

 

 そして――なによりもそのトラウマのせいで、全国に行くぐらい好きだった麻雀と向き合えないのがつらいんだろう……。

 だけどな―――

 

 

「なあ……ぶっちゃけて言うと、それって赤土が悪いのか?」

「え……?」

 

 

 思った事をそのまま口にすると、驚いた表情でこちらを見る赤土。いや、だってなあ……。

 

 

「まあ、ぶっちゃけ俺は麻雀のことなんて全然わからないしその時のチームメイトじゃないから詳しいことは知らん。だけど晩成だったか? その全国常連校倒して、準決勝で負けたとはいっても、今まで無名だった阿知賀がそこまで行ったのは十分スゲーじゃん」

「でも……」

「それに赤土は自分が失点したのを気にしてるけど、そもそも赤土いなかったらまずそこまで行けなかったんじゃないか? レジェンド呼ばわりされるほどその時の赤土は強かったんだからな」

「それは……他の皆もいたから」

 

 

 色々と言葉を重ねる俺に反論する赤土だけど言葉は重く反論はイマイチだった。

 

 正直あんまりこういったのは得意じゃないけど、落ち込んでいる赤土を見るのは嫌なのでなんだか嫌だったので無理にでも言葉をひねり出す。

 赤土自身が麻雀に対して抱えているコンプレックスみたいなのは無理だろうが、せめて今も感じている責任については少しでも気にしないでほしいと思う。

 

 

「ああ、勿論それもあるだろうけど、やっぱり一番勝利に貢献したのは赤土だろ? 俺はそれをすごいと思うし友達としても誇りに思うわ。さっきの人だって赤土の事を馬鹿にしないで尊敬してる感じだっただろ? だから周りの変な声なんか気にしないで、その極僅かにしか膨らんでない胸を張っとけって」

「そう……かな…………って、誰の胸が抉れてるのさ!? これでもそれなりにあるんだからね!」

「ぐふぅ……そこまで言ってない…」

 

 

 色々と励ましているうちにシリアスになってきたので軌道修正しようとしたら、怒った赤土からボディーに一発食らわされた。

 

 一発決めた後、プンスコ怒りながら赤土は横を向いて、ベンチの上に倒れ込んだ俺に背中を向けてしまう。帰宅部のくせに結構力あるなこいつ……でも、少しは元気でたみたいだな。

 腹の辺りをさすりながら起き上がるが、隣に座っている赤土は未だに向こうを向いたままだ。失敗したかな……?

 

 

「………………ありがとうね……なんか元気出てきた」

 

 

 しかし心配する俺を余所に、少し鼻声になった赤土がこちらに背を向けたまま礼を言ってきた。

 月並みなセリフだったし、説教臭すぎたからダメかと思ったけど、少しはなんとかなったみたいだ。

 

 

「気にすんなって、俺達ダチだろ?」

「うん……ありがとう。残念だったとか、惜しかったかは言われたことはあるけど、そんな風に言われたのは初めてだから」

 

 

 赤土はそう言うけど、多分当時周りのチームメイトや友達も俺と同じようなことは言ってくれんじゃないかと思う。ただ、その時は負けたばかりだから赤土も今ほど気持ちに余裕がなくて、そう言った声が届いてなかったんだろうな。

 

 とりあえず後ろを向いたまま泣いている赤土の為にポケットからハンカチを取り出す。

 

 

「ほら、これ使っとけ」

「べ、別に泣いてないし」

「嘘つけ、思いっきり鼻声だろ」

「こ、これは目から汗が出てるだけだし」

「はいはい。つーか泣いてるとまでは言ってないぞ、ったく」

 

 

 途中で墓穴を掘る赤土の手に無理やりハンカチを握らせて、万が一にも赤土の顔が見えないようにこちらも背を向ける。

 そんな強情な俺の態度の観念にしたのか、突っ返すこともなく涙を拭き始める赤土。

 

 

 

 それからしばらく俺達の間には会話はなかった。

 だけど、それは先ほどのような気まずい空気ではなく、どこか気持ちが落ち着く感じがした。

 




おかしい…今回で奈良に行ってイベントこなさせてさっさと長野に帰る予定だったのにまだ終わらない…。
最初の方を書いているうちはまだ3000字ぐらいなのか、って思ってるといつの間にか10000字超えてるから結構慌てる。


とりあえずレジェンドの過去イベを消化。ちょっと豆腐メンタルじゃないかって思うけど、10年もトラウマ引きずってるしこれぐらいはね…。
ちなみにお互い未だ恋愛感情はありません。どっちもこれで落ちるほどチョロくない。


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八話

うそすじ

「実は私……元アイドルでレスリング部だったんだ」

 世界でいちばん強くなればいいんじゃね?しらんけど。



 あれから落ち着いた赤土と一緒に学園祭を回るが、文科系サークルの方にはあえて行かず、運動系のサークルをいくつか見てから他の所を見て回った。

 

 そのことに申し訳なさそうにしていた赤土だけど、別にサークルは一応見ておきたかった程度なので気にしてないことを告げておいた。こっちとしては赤土が一緒に楽しんでくれている事の方が大事だったからな。

 結局今日一日多少のトラブルはあったが見たいものは見られたし、今後の勉強の刺激にもなったから来てよかった。

 

 その後、夜になるころには学園祭も終わったため帰路につき、赤土を家の近くまで送った。

 

 

「今日はごめんね。せっかく来てくれたのにあんなことになっちゃって」

「だから別に気にしてないって。赤土がピーピー泣いてる姿も見れて面白かったしな」

「だから泣いてないってば!」

 

 

 あれからあまり明るい表情を見せなくなった赤土を茶化すように言うと、頬を膨らませながら抗議をしてくる。うん、やっぱ赤土はそういう表情の方が似合ってるわ。

 そんなことを考えていると、赤土がなにか気になったようにこちらを覗き込んでくる。

 

 

「それでやっぱ須賀君はもう帰っちゃう感じ?」

「ああ、一応先生から月曜休んでもいいって言われてるけど、少しでも行っておきたいしな。それに目標も出来たし」

「目標?」

 

 

 俺が告げた言葉に興味と疑問が混じった反応をする。そこで一種の決意を示す形も込めて赤土に答える。

 

 

「今日色々見て考えたんだけどさ……俺この大学を第一志望にしようと思う」

「え……? 本当っ!?」

 

 

 俺の言葉に予想外とばかりに赤土が声をあげる。確かに一度見ただけでいきなり決めるとは思わないもんな。

 

 だけど今日一日大学の施設や教授、学生達を見ていく中で、確かに有名なだけあってあの大学なら俺が教師になる為に必要な要素が揃っていると感じられたのだ。それに元々この大学も候補の一つだったから親父達にも一人暮らしの話はしていたこともあり、問題はないだろう。

 

 そのようなことを説明すると、突如黙って赤土が考え込み始めた。どうしたんだ……?

 声をかけようとした途端、なにかを思いついたように赤土が声を上げる。

 

 

「……よし! 決めたっ! 私もあの大学受ける!」

「え……まじか?」

「うん。元々なんとなくで進学は決めたけど、今日一日真剣に大学を見学してた須賀君を見てたらなんか自分もやる気になってきた」

「だけど別の大学とかじゃなくていいのか?」

「まぁ、あそこってそれなりに大きいからそこらへんの大学より教育関係以外にも力は入れてるしね。どの学部とかはまだ自分の中で固まってないけど、私もあの大学見て良いかなって思ったし受けるよ」

「そっか……それなら俺も大学行くの楽しみになるな」

 

 

 確かにそれなりにレベルの高い大学なのもあって、他の職種を目指す奴らも多く入るって聞くし、赤土からすれば実家から通えるのもあるしな。

 俺としても地元を離れて暮らすわけだから、個人的には一人でも見知った顔がいると心強いから歓迎したい。それが友人ならなおさらだ。なのでそれを口に出すと――

 

 

「え? 楽しみって………え? ええ!?」

 

 

 いきなり赤土が顔を赤くして狼狽えはじめた。

 なんでこいついきなり特技使ってるんだ?と疑問に思いしばし悩むと、答えにたどり着く……って……!?

 

 

「ばっ、おま、ちげーって! そういう意味じゃねーよ!? 友達とかそういうことだよ!」

「あ、なんだそっちか……って! そっちでもちょっと恥ずかしんだけど!?」

「知らねーよ!」

 

 

 それからしばらくギャーギャー言いあっていると、通りがかった人が「バカップルかよ……けっ!」と言うような表情で見てきたので、お互いに恥ずかしくなり声を潜める。

 

 忘れていたがここは赤土の家の近くだし、両親とか出てきたら俺ヤバくね?

 すっかりそのことを忘れていたので、急いで話を進める。

 

 

「じ、じゃあ、とりあえず二人とも受けるってことでいいんだよな?」

「うん……でも重要なことに気付いた」

「なんだよ?」

「私、頭悪いんだった……」

「それやばくね!?」

「まあ、山は高い方が登りがいあるって言うじゃない。あと半年あるしなんとかなるって」

 

 

 あっけらかんと言う赤土に小さな声で驚く。受験まであと半年切ってるしどうすんだ……。半年をどう捉えるかは個人差があるが、これで大丈夫なのか?不安でしょうがない……。

 

 

「はぁ……勉強に専念するためにもこれならしばらく連絡は取り合わない方がいいよな……」

「ええ!? 別にそれぐらいよくないっ」

「あほか。お前は今まで俺達が話した電話の時間を覚えているのか?」

「ええと……わかんない」

「俺も知らん」

「ダメじゃん」

 

 

 赤土がジト目で見てくる。ただ、ぶっちゃけ詳しくは覚えてないけど、それでもそれなりの時間を使っていたのは俺でもわかる。

 

 別に迷惑だったとかじゃなく、むしろ楽しかったのだが、それでもお互いに受験生に大切な時間を浪費したことには変わりない。だからもし互いに大学を本気で目指すならば、半年の間は気軽に連絡するのを控えるべきだ。

 そう詳しく赤土に説明すると――

 

 

「むー……だったらメールぐらいならいいよね?」

「まあ、それぐらいだったらいいか、根詰め過ぎるのもよくないし。でもたまにだぞ」

「わかってるって」

 

 

 本当にわかってるのか?嫌だぞ、来年浪人生になった赤土に勉強教えるとか……まあ、俺もそこまで余裕があるわけじゃないけど。

 

 その後、軽く会話してから別れを告げて、再び奈良の地をあとにして長野へと戻る。

 そしてそれからの日々はあっという間に過ぎて行った―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ってから親父達に大学のことを話すと「別にいいぞ」と軽く了承をもらった。

 

 それなりに裕福なのはわかっていたが、一応大丈夫かと再度尋ねると親父達曰く「子供はいくつになっても子供だ。これぐらいいくらでも面倒見てやる」とのことだった。

 我ながら甘やかしてもらっているのはわかったが、今はその厚意に甘えさせてもらうことにした。

 

 そして家族だけでなく友人などの身近なやつらにもしっかりと話しておくことにした。

 ハギヨシからは――

 

 

「そうですか……寂しくなりますが応援しています。なにかあればいつでも頼ってください」

 

 

 という心強い言葉を貰った。おまけに「少し手が空きましたので、勉学の方も手伝いますよ」という嬉しくもあり辛くもある言葉も貰った。ハギヨシ結構スパルタなんだよな……。

 んで、照達は――

 

 

「京ちゃん行っちゃやだーーーーーっ!!!!!」

「うわぁぁぁーーーーーーーーーーん!!!!!!!」

 

 

 ――と、すごい泣かれてしまったが、おじさんたちの口添えもあり何とかなった。

 

 照達からは受験が終わったらしばらくの間遊ぶことと、向こうに行っても休みになったら帰ってくることを約束させられたが……まあ、それぐらいなら安いもんだろ。

 

 そして他の連中にも色々と言われたが大抵は応援するものであり、中には以前の彼女発言から邪推する者もいたが特に普通の反応だった。

 まあ、俺以外にも遠方を受験する奴ら結構いたし、その中の一人ならそんなものだろう。

 

 そして――そんなこんなで受験日まで猛勉強が続いた。

 

 以前言っていた通り、時間の空いたハギヨシにも手伝ってもらったおかげで俺の成績は以前よりも上がっていき、十分な合格範囲内まで行った。

 

 また、赤土との連絡もなるべく控え、連絡はお互いの学校の休み時間や就寝前などのほんの少しだけに努めた。

 赤土の方も友人たちに教えてもらったらしい上に、元々麻雀をやっていた為か集中力がいいのか、写真で送られてきた模試の成績表ではかなり上がっているのがわかった。

 

 このようにお互いに負けられないと言う気持ちなどから一層勉強に実が入り、所謂永久機関的が出来上がって、どちらもさらに成績を伸ばしていった。

 それから数か月の日々が過ぎて行き――

 

 

「おう、お疲れ」

「そっちもお疲れ」

 

 

 ――今日は待ちに待っていない大学受験の受験日であり、ようやくその試験が終わった所だ。

 そして前日に「お互い試験が終わってから一度会おう」と言う話になり、門の所で待ち合わせていたのだ。

 

 ちなみに赤土の地元の友人たちは皆就職したり、別の大学に行くなどしているのでここを一緒に受けた奴はいないらしい。

 

 

「どうだった?」

「なにが?」

「なにがって、試験結果以外に何があるの?」

「隣にいた女の子が可愛いかどうか聞かれたのかと思ったぜ」

「さいてー」

「嘘だって、ちなみに両隣は男でした」

「もう……ふふふ、あははッ!」

「く、くくく……ははは!」

 

 

 試験の緊張から解かれたのか、こんなくだらない会話でどっちも笑ってしまった。

 

 それから外は雪も降っていて寒いということで近くの喫茶店に入り、お互いの試験結果について話すと、どちらもそれなりに自信があるとのことだった

 一応の安心ではあるがこれが実に怖い。試験って出来たと思ったらひどい点数で、出来なかったと思ったらそれなりの点数だった言うこともあるので油断ならないからな。

 

 

「それで赤土はまだ試験残ってるんだっけ?」

「んー、あと一つ受けたら終わりかな。前に受けたのはまだ結果出てないし帰ったらまた勉強しないと。須賀君はもう終わりだっけ?」

「ああ、最初に受けたのが合格してたからこれが最後だな」

「いいなー私も早くゆっくりしたいわ」

 

 

 愚痴を漏らしながら、ぐでーとする赤土に苦笑い。

 既に予備が受かってる俺に比べて赤土は数日後にまだ試験を残しているから気が抜けないしな、愚痴りたくなる気持ちも分かる。それでも山場の本命は過ぎたと言うことで、お互いに一息は入れたいところだ。

 

 

「結果っていつ出るんだっけ? 明日?」

「んなわけないだろ。確かここはそれなりに早かったから一週間後ぐらいじゃなかったか?」

「一週間かー……あー……しばらくは憂鬱な日が続きそう」

「だな」

 

 

 背もたれに寄りかかり疲れたように言う赤土に同意する。

 待っている間に他のことをやっていても、ふと試験のことを思い出して気になるし、さっさと結果を教えて欲しいものだ。マークシートなんだからせめてその場でパパッと点数だけでも教えて欲しいと何度も思う。

 

 今後の事を憂い、テンション低めになる俺達だが、この雰囲気を嫌がったのか赤土が明るく話しかけてくる。

 

 

「そういえばちょっと気が早いけど、もし須賀君がここ受かってたら何処に住む予定なの? やっぱり大学の近く?」

「あー……まだ詳しいことは決めてないけど多分少し離れた所になると思うわ」

「え? なんで?」

「ほら、一応ここらへんってそれなりに栄えてるからそれなりに家賃かかるじゃん。だから少しでも浮かせるために少し離れた場所に借りようかなって」

「でも結局電車賃とか考えたら微妙じゃない?」

「まあな。ぶっちゃけ言うとさっきのは表向きの理由で、本当は親父達から『近くに家を借りるとお前のことだし怠けて大学にいかなくなるから別の所にしろ』って言われててな。仕送りしてもらう予定の身としては親父達に逆らうわけにはいかんですたい」

「ああ、なるほどねー」

 

 

 詳しく説明すると赤土が頷きながら納得する。

 実際、既に大学に行った先輩たちの中にはそういう人達もいるということを学校でも聞いているし、親父達の言い分も理解できたので素直に言うことを聞いたのだ。

 

 というか、今の説明で納得している赤土は俺がサボるようなやつに見えるのか。否定はしないが失礼な奴だな、おい。

 ジト目で赤土を見ているが、当の本人は何か考え事をしているようで気付かない。無視かい。

 

 

「ふむふむ、それだったら阿知賀の方に住まない? ちょっと不便だけど家賃も安いし、いざとなったらうちも近いから手助けできるよ」

「んー……まあ実際見て見ないことには始まらないけどありっちゃありか……んで、本音は?」

「私が遊びに行きやすいじゃん」

「ほーん」

 

 

 そんなことだろうと思った。

 いやまあ、別に赤土が遊びに来るぐらい別にかまわないけど、便利だからってなんだか毎日のように遊びに来る気がするな……。

 

 それにしても気が早いとは言ったが、それでもこいつ既に受かった前提で話しすぎだろ。俺が受かったとしてもこいつが一人暮らしする可能性もあるし。

 そのことを聞いてみると――

 

 

「え? 一人暮らしなんてしないよ。私が受けたの全部自宅から通える範囲だし」

 

 

 マジか。ぶっちゃけここらへんって大学少ないのに大丈夫なのか……。もしそれでどこに受かってなかったらどうするんだよ……。

 

 

「その時は来年も頑張るからよろしくね、先・輩♪ なんだったら一年留年するのもオススメだよ」

「丁重にお断りします」

 

 

 そんなくだらない話をしつつも、お互いにしばし休息を取っていたのだが、赤土もまだ試験があるので早めの解散となった。

 

 いつもの様に阿知賀まで赤土を送ってから受験についてきた親父の待つホテルへと戻り、今日はこちらに泊まって行くと言う親父におざなりに返事をしつつも、今までの疲労から次の朝まで爆睡してしまった。

 

 そして――

 

 

 

 

 

「やべー……緊張してきたー」

『うー……こっちだってそうだよ』

 

 

 あれから一週間ほど経ち、試験結果の発表日。

 俺と赤土はお互いに電話をして気を紛らわせながらも、大学のサイトに結果が出るのを待っていた。

 

 俺はともかく赤土は近くなんだから直接見に行ってもいいと思うんだが、本人からすると一人で行くのは嫌らしい。おまけに外は寒いから嫌だと。後者の方が理由が大きい気がするのは気のせいか?

 まあ、確かに今の時代わざわざ行かなくても結果がわかるし余計な苦労をする必要もないしな。昔は地方に住んでたりすると、郵送で結果が送られてくるまで待たなくちゃいけなかったらしいし、便利な世の中になったものだ。

 

 そして無駄話をしているうちに、ついに結果発表の時間となった。

 

 

「よし……! 見るぞ……!」

『うん……ってすごい重いし!』

 

 

 一斉に全国の学生たちが開いている為かその重さに悲鳴を上げる。といってもそれはほんの数秒で、すぐに合格者の受験番号が表示された。

 

 

「……………………………………赤土」

『……………………………………須賀君』

「どうだった?」

『そっちこそ」

 

 

 牽制するかの様に質問に質問で返される。まあ、お互い気になるのは仕方がないからな、こっちから答えることにする。

 

 

「すぅ……はぁ…………受かってた」

『…………私も』

「…………」

『…………』

「『やっっったぁぁぁーーー!!!」』

「キュ?」

 

 

 自分だけでなくお互い無事に受かっていたことを大声で喜びあう俺達。その様子が気になったのかカピが近寄ってきたので小躍りしながら抱き上げてやる。重さなど気にしない。

 そうか……俺だけじゃなくて赤土も受かってたのか、やべ、ガチでうれしいぞ。

 

 

『嘘じゃないよね! 実は文字化けしてるとか!?』

「おいやめろって! 俺まで心配になってきたじゃないか!」

 

 

 未だ不安がる赤土の言葉に触発されてもう一度確かめる。勿論一と七を間違えているというこもなく、しっかりと画面には俺の番号が映っている。

 もう一度見直して、さらに見直し、計五回ほど確かめたが間違いなかった。

 

 

『もしかして他の人の番号と間違えて乗せられてたりして!?』

「だからやめろって!」

 

 

 お互い興奮気味なためこの後も不毛なやり取りが続いたが、流石に疲れてきたので大声を出すのをやめると落ち着いてきた。

 

 あー……騒ぎ過ぎて喉いてー……普段だったらお袋に叱られるが、用事で留守にしてるからよかったぜ……って!?

 

 

「やべ、親父達に連絡入れとかないと」

『あ!? そうだ私も皆に報告しないと』

「んじゃ、一回切るな。また後で連絡するわ」

『うん、了解した。須賀君のこっちでの生活のこととか決めないとね』

「おう、色々と頼むわ。じゃあな」

『またね』

 

 

 お互いにすっかりお祭りムードだったが、これまでに世話になって来た人達への連絡もあると言うことで一度通話をやめることにした。

 赤土の言ってた通り、今後の事を決める為にどうせこの後も腐るほど話すだろうしな。

 

 そして平日と言うことで仕事中の親父と出かけているお袋にメールを打ち、ハギヨシやおじさん達、後輩などにも同じようにメールを打った。

 クラスメイトや他の友人にはまだ試験も終わっていないやつも多くいるので、刺激しないように伏せておいた。そのうち登校日があるからその時でいいしな。

 

 その後、ハギヨシやおじさん達からは祝福のメールが来ており、近いうちにお祝いをしようと提案された。この年にもなって恥ずかしいと思ったが、折角の厚意なので受け取っておくことにした。

 ちなみに学校から帰ってきた照達にも受かったことを伝えると、涙ぐみながらも寂しいのを堪えておめでとうと言われた。そんな様子に俺も泣いてしまいそうになったが、ここで俺が泣いたら我慢している照達に申し訳ないので唇を噛んで我慢をした。

 

 

 

 そしてそれからの日々は受験時代を凌ぐほどの速さで過ぎて行った。

 

 学校の方は既に消化試合と言う感じで何事もなく過ぎていき、授業もないので特に問題はなかった。しかしそれ以外の事は山の様にやることがありてんてこ舞いだった。

 

 まず大学に入学するための手続きがあり、そのための書類や入学式に必要なスーツ、向こうで生活するための家具など必要なものを色々と用意しなければならなかったので、かなり大変だった。

 

 次に、一人暮らしの為に部屋を借りなくてはいけないということになったが、それに関しては赤土が地元の人間ということで不動産屋に話をつけてくれたおかげで、いくつかの優良物件を回してくれたからスムーズに進み、実際に阿知賀まで見に行き決めてきた。

 

 これまた次に、しばらくは会うことがないと言うことなので、ハギヨシから時間の許す限り色々と役に立ちそうな知識や技術などを仕込まれた。

 色々役に立つことも多かったが、中には必要ないんじゃないかってものもあった。いや、あいつの言うことだからきっと役立つ日が来るはずだ、うん。

 

 最後には以前約束していた通り、照と咲と遊んだ。というかこれが多分一番長かったな。

 デパートに連れてって迷子になった二人を探したり、近くの山までハイキングに連れて行って迷子になった二人を探したり、うちに遊びに来て迷子になった二人を探したりとその他etc……。

 

 これら以外にも色々あって疲れはしたが、どれも楽しい思い出だった。そして――

 

 

 

 

 

「んじゃ、そろそろ行くな」

「ぅぅ……京ちゃん行っちゃやだ……」

「わたしもいっしょにいくー……」

「二人ともわがまま言わないの。京ちゃん困ってるでしょ」

「そうだぞーそんな顔してたら京太郎に嫌われるぞー」

「「やだー!!!」」

「あなた……」

「す、すまん! 冗談だって! な! 京太郎!」

「あはは、もちろんですって」

 

 

 涙あり笑いありの卒業式も終わり長野を出発する日。見送りに来てくれた宮永家との別れを惜しむ。

 顔をぐしゃぐしゃにしながら俺に抱きつく照と咲をおばさん達が宥めるが、おじさんの一言で余計に悪化した。

 

 ちなみに既にハギヨシなどの友人達とは送別会をすまし、皆も忙しいだろうから見送りについては断っておいたので、この場にいるのは親父達と宮永家族だけだ。

 

 

「ほら、二人とも泣くなって。ちゃんと休みには帰ってくるから、な?」

「ぐすっ……本当?」

「うそじゃない?」

「当たり前だろ。俺が今まで嘘ついたこと……は、あったけど今回は約束守るよ。だからいつまでも泣いてたら駄目だぞ」

「うん……わかった」

「うううぅ……」

「いい子だ。それじゃあ後はお願いします」

「はいはい。向こうでも元気でやるんだよ」

「何かあったらいつでも連絡するんだぞ」

 

 

 名残惜しいがこうしているといつまでも出発できないので、照達を慰めてから二人に引き渡しお激励を貰う。親父達とはさっきまで十分話したので今更話すこともない。それに照れくさいしな……。

 

 そしてほとんどの荷物は既に向こうに送ってあるので、必需品だけを詰め込んだバイクに乗り込みエンジンをかける。

 

 

「んじゃ、行ってくる」

 

 

 照れくささもあり、見送りに来ていた親父達とおじさん達にそう一言だけ告げて走り出す。ミラーを見ると手を振る皆が見えたが、名残を振り払うようにスピードを上げて進む。

 

 さらば我が故郷。また来る日までってか……。

 

 

 

 それから既に何度かの訪問により慣れ始めた道を使って阿知賀まで向かう。

 

 朝早く出たおかげで夜になる前に何とか到着し、一度下見に行ったとは言えおぼろげな記憶に頼るのは不安なため、事前にメモしておいた地図を頼りに新しい我が家に到着し、改めてその全体を見回す。

 

 築30年の三階建てのアパート。

 字面だけ見ればおんぼろを想像するだろうが実際はそうでもなく、数年前にリフォームしたらしく外見も中身も綺麗であり、田舎というこもあって中はそれなりの広さながらも格安の家賃である。

 

 二階の部屋なので隣だけでなく、下と上の両方に気を使わなければならないのだが、角部屋で壁もそれなりに厚いのでそこまで気にしなくて済む。しかもトイレ風呂別という好条件。色々手をまわしてくれた赤土には頭が上がらんな……。

 

 とりあえず愛車を停めて大家さんに挨拶をしに行くかと考えた所で、見覚えのある姿がアパートの前に立っていることに気付く。

 ……っておい。

 

 

「なんでここにいるんだよ赤土」

「失礼なセリフだなー。手伝いに来てあげたに決まってるじゃん」

 

 

 そこにいたのは現在阿知賀における唯一の知り合いと言っていい赤土だった。

 俺の台詞に不機嫌になってプンスコ怒り出している。いや……確かに助かるけどさ……。

 

 

「おまえこの日は用事あるって言ってなかったか?」

 

 

 そう。引っ越しのことなどは事前に知らせていたのだが、その日は用事があると聞いていたのだ。内心来てくれるんじゃないかと思って期待をしていたのだが、それを聞いてガッカリしていただけに寝耳に水だ。

 そんな驚いた俺の表情が面白かったのか赤土がしてやったりと笑い出す。

 

 

「あはは、だから言ったでしょ『須賀君の引っ越しを手伝う』用事があるって」

「わかんねーよ……」

 

 

 ドヤ顔で言う赤土に思わずため息をついてしまう。いや、まあ、嬉しいことは嬉しいけどな……。

 隠そうとしても隠しきれない嬉しげな表情に満足したのか、赤土が俺の背中を押す。

 

 

「ほら、さっさとそれ停めて大家さんに挨拶行こう。その後は部屋に荷物は届いてるから中身出して、時間が空いたらここらへん案内するよ。あ、勿論終わらなかったら明日も付き合うからね」

「ま、待てって!?」

 

 

 どんどん話を進める赤土について行けなく焦る俺。

 すると、背中を押していた赤土が突然立ち止まったので、気になり振り向く。

 

 

「どうした?」

「いや、すっかり言おうと思っていたのに忘れててさ」

 

 

 そういうと赤土は後ろに数歩下がり、深呼吸をすると―――

 

 

 

 

 

「ようこそ阿知賀へ!! これからよろしくね!」

 

 

 

 

 

 ―――思わず見惚れてしまいそうな満面の笑顔で俺を歓迎してくれた。

 




 駆け足になりましたが受験編終了。次回から大学編に入ります。
 早すぎないかと思いますけど、どうせこの期間はハギヨシと勉強してるだけなのでカットで。幼池田や幼桃子の出番もあったけど、ヒロイン出さずにサブ出すなよって事なのでやっぱカットで。


 また次回もよろしくお願いします。



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第三章
九話


うそすじ

「……………………………………赤土」
『……………………………………須賀君』
「どうだった?」
『そっちこそ」

「………落ちてた」
『………私も」

「『どうしよう…………」」


今回から女子寮となった松実館で一緒に東大を目指す二人のラブコメディが始まります。


 阿知賀に引っ越してきてから一週間。荷解きなどは赤土の手伝いもあり、当日に終わったのだが、入学式の準備や周りの地理の把握などで忙しい一週間となった。

 

 その間赤土は、毎日のようにうちに入り浸っていた――――というわけでもなく、一応赤土も女の子らしくそれなりの恥じらいを持っていたのか、一人暮らしの男子の家に上がり込むのは中々勇気がいるらしく、最初の引っ越しの手伝い以降は何度か来た程度だった。

 

 まあ、赤土も入学式の準備で忙しいと言うこともあるのだろうけど、こちらで唯一の知り合いと会えないと言うのは中々寂しいかったが仕方がない。

 

 そしてそれからあっという間に来た入学式当日。

 式は流石有名大学といった所で、中学や高校とは比べ物にならないほどの大人数の生徒とその親族、学長などのお偉いさん方で大学の大きなホールは埋め尽くされていた。

 勿論それだけの人数がいれば進行も遅くなり、式が終わってようやく落ち着けた頃にはすでに昼を回っていた。

 

 

「あーーー、肩こったし尻いてぇ」

「ほんと、どうしてああいった人たちの話ってあんなに長いんだろうね」

「あれじゃね? 短いと他の人と比べられて馬鹿にされるから見え張って長くしてるんじゃねーの? 知らんけど」

「あー子供っぽい理由だけどありえそう」

 

 

 人込みを避けて歩き、ずっと座っていて固まった肩や腰をほぐしながら愚痴る俺と赤土。

 周りにも同じように会場から出てきた新入生が多くいて、俺達のように友人同士お喋りをしているものや、逆に知り合いがいない為か悲しいことに一人で帰っているものもいる。

 

 ――俺も赤土がいなかったら同じだったんだろうな……。

 

 改めて赤土がいてくれて良かったことを実感しつつも、この後のことを相談する。

 

 

「……さて、これからどうすっかね。今日は入学式だけだからこのまま帰ってもいいけど」

「どうせだったら何か食べていかない? 疲れたし、あっちじゃ食べる所も少ないから」

「そうすっか。しかし赤土は親父さん達と一緒に帰らなくてよかったのか? 無理に俺の用事に付き合わなくてよかったんだぞ」

「いいのいいの、流石にこの年になって一緒に行動するのは恥ずかしいしね。それに私だけ帰ったら須賀君一人ぼっちじゃない」

「まぁ、否定できねーな」

 

 

 ニシシと笑いながら言う赤土にぼやきながら、片手で着なれないワイシャツの第一ボタンをはずし、ネクタイを緩める。

 先ほどまで赤土の両親も一緒にいたのだが、式も終わり、写真も撮り終えたということなので先に帰って行った。ちなみに先の話に出た赤土両親とは既にこちらに引っ越してきてから一度挨拶に行っているので顔見知りだ。

 

 その理由としては、俺が忙しくて食事を出来合いの惣菜で済ませているのを赤土経由で聞いたお袋さんが夕飯用のおかずを赤土に持たせてくれたので、その時のお礼をしに行ったからだ。

 

 女子の家に上がるのは初めてではないとはいえ、初めて会う人達だから緊張していたのだが、お袋さん達は赤土から俺の話を聞いていたからか歓迎してくれた。一応親父さんからは娘に近づく男ということで警戒のまなざしもあったのだが、話しているうちに打ち解けていき、途中からはそれなりに仲良くなれたと思う。

 

 そして歓迎された理由としては赤土の友達と言うだけでなく、どうやら赤土が受験勉強を真面目にするようになったのもあったみたいで、それに関して礼を言われてしまった。

 こちらとしてはそんなつもりはなったので反応に困ったのだが、どうやらそういった所も気に入られたらしく、今日の入学式も本来は電車で来るつもりだったのだが、赤土と一緒に車で会場まで送ってくれたのだった。

 

 

「それじゃあさっさと食いに行くか。早くしないと満席でどこも入れなそうだ」

「そうだね。他にやり残したこととかない?」

「んー……必要な資料は今日じゃないし、お袋たちに言われた写真も撮ったし大丈夫だろ」

 

 

 赤土に言われ、必要な事を指折り数えていくが問題なさそうだ。

 今日の入学式は親父達も見に来たがっていたのだが、流石に距離が離れすぎているので諦めてもらい、その代わり写真を撮って送るということになっていたのだがそれも撮り終わっている。

 

 勿論その写真に写っているのは俺だ。間違っても赤土が一緒に写っていて帰省した時にからかわれるなんてフラグはない。

 

 

「それで、なに食べるんだ? ハンバーガー?」

「スーツ汚れないのがいいなー……よっしゃ、パスタ食べに行こう!」

「滅茶苦茶飛び跳ねるだろそれ……」

「んじゃハンバーグ!」

「お子様……いや、ありだな」

 

 

 赤土の案に一瞬考えつつも肯定する。自分でハンバーグは作るのは大変だから偶には良いだろう。

 その後、一度決まったけどさらに食べたいものが出てきたりしたことにより、激しい討論を繰り広げながら駅の方に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 あれから食事を済ませて阿知賀に戻る電車に乗る俺達。

 電車内は昼ということもあり、他に客もおらず空いていたので並んで席に座りこれからの事について話す。

 ハギヨシの教え第6番『女性に席を譲る時は気を使わせないようにさり気なく』は必要なかったな。

 

 

「次に大学行くのって確か明後日だっけ?」

「ああ、授業はまだ先だけど、学生証やら講義に必要な冊子とかを配布するらしいから忘れないようにしないとな」

「そっか、本格的な授業はまだ先かーどうしようかなー」

「まぁ、そこらへんは当日決めるしかないだろ。知り合いの先輩がいれば授業とかの情報貰えるけど……」

「あー……直接はいないけどもしかしたら友達の中には知り合いがいるかもね、探してみるわ」

「任せた」

 

 

 こっちは全く知り合いなんていないからな、地元民のネットワークに任せておく。

 そんなわけで大学関連の話をしていたのだが、若者らしくポンポン次の話題へと話が飛ぶ。

 

 

「そういえばアルバイトとかどうするの? やるでしょ?」

「バイトかー……やりたいんだけどしばらくは無理そうだな」

「え、なんで?」

「んー……一人暮らしする時に親父達から条件を付けられてな『一年の時はいい成績取る為にバイト禁止。交友費は生活費をやりくりして出せ』って感じで……。まぁ、それなりに渡されてるから楽っちゃ楽だけど、派手に遊ぶのは無理だな」

 

 

 既に大学通っている人たちの話を聞くと、中にはバイトに明け暮れてそのまま留年、下手すると退学する人もいるって言うから確かに親父の心配も最もだろう。

 やってみたいアルバイトもあるにはあるのだが、それは二年目からだな。まあ、今年勉強の方に専念すればその分単位も取れるから来年以降楽になるだろう。

 そう言ったことを話すと、赤土が頷いてそれに同意してきた。

 

 

「なるほどねー、それなら私も今年はバイトやめとこうかな。下手に単位落としても嫌だし」

「別に俺に付き合う必要はないぞ。前に免許取りたいって言ってたし、親からの小遣いだけじゃ大学での付き合いとかきつくなるだろ?」

「そこは大丈夫。春休みの間に短期のアルバイトしてたし、夏休みに一気に稼げるバイトするつもりだから。須賀君もそういったのはありなんでしょ?」

「あー、多分な」

 

 

 確認は取ってないけど多分親父もそれぐらいなら許してくれるだろう。だけど照達と約束したし、長期休みは帰らないとな……。

 そんな事情を抱える俺を余所に赤土は話を進めていく。

 

 

「よし決定! 一か月ぐらい住み込みでやる旅館のアルバイトとか色々やってみたかったから楽しみだねっ」

「旅館ね……結構大変だって聞くし、一か月は長くないか?」

「まあまあ、そこらへんはその時になったら考えよ! ほら、もう着くよ」

「おう、降りるか」

 

 

 話している間に電車が目的地に到着したので、そのまま駅のホームへ降りて改札を抜けて外に出る。まあ、バイトの事は後で話せばいいか。

 

 電車を降りて外に出ると、テレビとかで見る東京などの大都会とは全く正反対の駅前風景が目に入った。家の周りはそれなりに探索をしたけど、ここの電車に乗ったのは今日が初めてで、ここらへんの景色も見慣れない。

 

 ――ここで四年間過ごすのか……その間にこの風景にもなれるのかな。

 

 引っ越してきてから一週間。今まで忙しくて深く考える暇がなかったせいか、今更ながらに自分が遠い所に来たと実感する。

 そんな感じで物思いに耽っていると赤土がこれからどうするか尋ねてきた。どうするっていってもな……。

 

 

「帰るか?」

「えぇーそれつまんないっしょー……」

「そういわれてもどっちもスーツだからそういった服装でもないし、どうしようもなくね?」

「むむむ」

「なにがむむむだ」

 

 

 唸り始めた赤土にツッコミを入れてから腕時計を見て時間を確認する。まだ日が沈むには早いが、だからと言って今更家に戻って着替えてからどこかに遠出するほどの時間はない。

 向こうでもこんな服装だから諦めて帰って来たけど、こっちはこっちで遊ぶ場所はそう豊富ではないのでどうしようもないのだ。

 

 そうやってどうするか考えていると、唸り声をあげながら悩んでいた赤土が閃いたとばかりに声をあげる。

 

 

「よしっ! 須賀くんちでゴロゴロしよう!」

「おい」

「気にしない気にしない、さあ行こう」

「……まぁ、いいか」

 

 

 そう言って歩き出す赤土に呆れながらついて行く。

 時間的にも遅いし、こっちに来てからのんびりする暇はなかったからいいだろう。赤土ともゆっくり話をする時間もあまりなかったからな。

 

 不安要素は実家から持ってきたエロ本だが、急な訪問用にバレない場所に隠しているから大丈夫だろう。

 鍵のかかる引き出しにしまい、さらに二重底にして貴重品っぽい物をその上にしまっておくと言う方法だ。これなら開けられる心配も少ないし、見てもただの貴重品をしまってあるようにしか見えないという仕掛けだ。

 赤土は好奇心で家探しをするタイプだろうが、そこらへんは弁えているだろう。

 

 

「それでさっ、なんかお菓子でも 「やっと来たね。まったくいつまでも待たせて」 え?」

 

 

 これからのことを話そうとこちらを振り向こうとした赤土が、突如聞こえた声の方向へ顔を向ける。同じようにつられてそちらを向くと、そこには俺達と同じぐらいの歳の女性が立っていた。

 

 その女性は赤土より身長は小さいがそれでも同年代より少し高く、髪の毛を後ろで一本に縛った髪型をし、一般的にはまだ幼い部分もあるが、美人の範囲に入る容姿をしていた。

 

 こちらに越してきて短いし、田舎とは言えそれなりに人は住んでいるので当たり前だが見たことない顔だ。

 『誰なんだ?』と頭に疑問符を浮かべていると、その人物の登場で固まっていた赤土が動き出し、女性の方へ向かう。

 

 

「望!? ちょ、え、なんでここに!?」

「ん? さっきおばさん達に会ってね、あんた達が後から帰って来るって聞いたからここで待ってたんだよ」

「待ってたって……」

「遅すぎ。向こうでデートでもしてたの?」

「ち、違うって! お昼食べてだけだからっ!?」

「二人っきりならそりゃデートでしょ」

 

 

 頑張って説明する赤土だったが向こうはあまり聞いていないようだ。どうやら友達みたいだな。しかし俺のこと忘れられてないか?

 そんな感じでボッチの気分を味わっていると、先ほど望と呼ばれた女性が赤土を放置してこちらに向かってくる。

 

 

「君が噂の須賀くん? 初めましてハルエの親友の新子望です。よろしく」

「あ、ああ、初めまして須賀京太郎です。こちらこそよろしく」

 

 

 新子さんが笑顔で手を差し出してきたので、照れながらこちらも同じように手を出して、握手をしながら自己紹介をする。勝気そうだけど、どこか大人っぽさも感じる相手で、周りにはいなかったタイプだな。

 握手している手を離すと、新子さんは嬉しそうに話を続ける。

 

 

「いやーハルエが中々会わせてくれなくてね、ようやく会えたよ。どう? ハルエとは仲良くやれてる?」

「あ、はい。赤土にはよくして貰ってます」

「ほうほう、なるほどねー。ああ、同い年だし敬語なんて使わなくていいよ、むしろ呼び捨てでどんと来いって感じ」

「そうか? じゃあよろしくな、新子」

 

 

 どうやら新子は見た目通りフランクな人物の様で、本人が言った通り呼び捨てに抵抗もないようだ。

 しかし友人だから赤土とどこか似た感じだが、赤土よりもしっかりとしてる印象を受ける。

 

 

「しかしハルエに聞いてた通りの印象だねー」

「聞いてたって……赤土は何て言ってたんだ?」

「んふふ、それはねー 「ちょっと」 おっと、どした?」

 

 

 そのままにこやかに話を続けようとしたのだが、突如俺達の間に赤土が割り込んできた。こちらに背中を向けているので表情は見えないが、機嫌が悪そうに感じる。

 

 

「それで、わざわざ何の用なのさ?」

「なに怒ってるの? ……はっはぁ~ん、須賀くん取られたから妬いてるんでしょ?」

「ち、違うしっ!? 何言ってのさこいつは!」

「それで用だけど」

「話聞けって!」

 

 

 赤土の質問をのらりくらりと躱す新子。さっきも思ったが、どうやら力関係は新子の方が上みたいだ。

 脳裏にハギヨシと俺の力関係も浮かんだが、気にしないでおこう。

 

 

「落ち着きなって、さっきも言ったけど噂の須賀くんに会ってみたかったからだよ」

「な、なんで……」

「そりゃあんたの初めての男友達だし、ハルエが会わせてくれなかったから余計にね」

「う……だって……」

 

 

 先ほどとは違い、攻めに転じた新子の質問に押される赤土。

 まあ、気持ちはわからないでもないけどな、俺も赤土の事でハギヨシに散々からかわれたし…。その上、俺は赤土の初めての男友達みたいだから、そりゃ周りからすれば余計に気になるだろう。

 とはいえ、そのままだと可哀想なのでフォローに入る。

 

 

「まあ、そこらへんで許してやってくれ。俺がこっちに来てから忙しかったのもあって赤土も気を使ってくれたんだろうし」

「んー……まあ、当人の須賀くんが言うならしょうがないね」

「そういうこったな。それで本当に俺の顔見に来ただけか?」

「まぁ、それが本命、後は迎えに行ってあげようかと思ってね。二人ともスーツだし、バス待つのはキツいでしょ?」

 

 

 そう言って新子が指差したのは少し離れた所に停めてある車だ。

 

 なるほど……確かに今日は向こうまで赤土の親父さんの車に乗せてもらったからな。

 帰りはここから自宅までは歩くとそれなりにかかるし、バスは本数が少ないから待たなくちゃいけないので助かる。まさかの天の助け。グッドタイミングだ。

 

 

「それで送るついでにちょっとお茶会でもしない? 色々聞きたいし」

「別にかまわないぜ」

「よし、決まり。どこでやろっか」

「んー……さっきまで赤土とうちでゴロゴロしようって話してたけど来るか? 引っ越したばかりだからまだ綺麗だぞ」

「へぇ、須賀くんの家かー興味あるなー、でもいいの? 今日会ったばかりの相手を家に入れて」

「新子は赤土の友達だろ? 問題ないって」

「ほうほう、ハルエも信頼されてるねー、よし決定。行こうか」

 

 

 そう言うと車の方へ歩き出す新子。その後ろ姿は堂々として様になっている。

 

 

「それじゃ俺達も行こう……ぜ?」

 

 

 新子の後を追う為に後ろにいる赤土に話しかけようと振り向いたら、そこには先ほどよりも不機嫌そうな表情をした赤土がいた。

 その視線は新子の背中に向けられている――恐らくだが色々お節介な新子に不満があるのだろう。

 

 

「機嫌直せよ、新子もお前の事が心配で様子見に来たんだから許してやれって」

「……別にそういうことじゃないけどね」

「んん?」

 

 

 口を尖らせて、まさに不機嫌であるという表情を見せる赤土がそう言うが、さっぱりわからない。

 新子がお節介だったり、過保護なのが気に入らないんじゃないのか?

 

 

「どういうことだ?」

「なんでもない」

 

 

 そういうと赤土は車に乗る為にさっさと歩きだしてしまった――――――俺の手を掴んで。

 

 

「ちょ、おまっ!?」

「望が待ってるし早く行くよ」

「いや、その手が……」

「なに? 初対面の望とは直ぐに呼び捨てに出来て家に呼ぶぐらい仲良くなったのに、半年以上の付き合いの私とは手も繋げないって?」

「………………」

 

 

 俺の言葉に少し速度が落ちたが、こちらを見ずに赤土が不機嫌そうにそう言ってくる。 

 

 ――って、そういうことかよ……まったく……。

 

 

「あのなあ……確かに新子相手にフランクに話してたけど、あんな態度とれるのは赤土の友達だからだぞ?」

「……え?」

 

 

 俺の言葉に立ち止まった赤土がこちらを凝視してくる。その顔は思いもしなかったという表情だ。

 その表情が少し可愛く感じたが、とりあえず勘違いを訂正するために話を続ける。

 

 

「そりゃ確かに新子は話しやすいタイプだと思うけど、それだけじゃあそこまで仲良くならないって。半年近い付き合いがあって、こうやって色々世話を焼いてくれる赤土の親友だから俺も安心して話せたし、家にも呼べるんだよ。向こうだってきっとそうだろ?」

「………………………………」

 

 

 俺も新子も積極的な方とは言えいきなり仲良くはなれないし、普通に考えてそれだけで家にはあがらせない。だからそうなったのは俺と新子の間をつなぐ赤土という存在があってこそなのだが、どうやら本人はまったく気づいてないようだ。

 

 というかさっき、そういった事を言っていた気がするんだが、新子の登場やらで驚いていた赤土の耳には入っていなかったみたいだ。

 そして俺が言った言葉を理解できたのか、段々と顔が赤くなっていく赤土。トマトかな?

 

 

「…………………………………」

「あ、おい」

 

 

 赤くなった顔を隠すように下を向きながら、再び歩き出した赤土。しかし依然俺の手は掴んだままだ。

 こちらの声は届いてないみたいだし、無理やり離そうかと思ったが止めておいた。別に無理やり離すと赤土がショックを受けそうだと考えただけで、手の感触が柔らかいとか、そういったことは考えていないのである。

 

 その後、新子が待つ車の所まで行くと、俺達の姿を見た新子がなにやら笑っていたが、気を使ったのか特に何も言ってこなかったのは助かった。

 ちなみに車に乗る時には赤土は何事もなかったかのように手を離し、助手席の方へ座りに行ったので、余った俺は一人後部座席へと座ることとなった。

 

 

 

 ――――別に寂しくないぞ!

 




 予定より遅くなってしまった上にいつも通り一万字超えてしまったのでカットします申し訳ない…。続きは長くない「はず」なので近日中には投下する「予定」です。

 とりあえず今回は久しぶりの過去編の続きでした。ここからしばらく京太郎とレジェンドが適当に大学生活をグダグダやる話が続きます。
 現代編はとりあえず大学一年の話が終わった後にでもまた書くと思います。

 それでは今回はここまでで、次回もよろしくお願いします。


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十話

うそすじ


「君が噂の須賀くん?初めましてハルエの親友の新子望です。一目ぼれしました。付き合ってください」
「あ、ああ、初めまして須賀京太郎です。こちらこそよろしく」


―――――――――――――――――――――――――あれ?



 あれから赤土の着替えの為に一度赤土家に寄った後、途中のスーパーで適当につまめる物を買ってから俺の家に向かった。勿論未成年かつまだ昼だし、新子は車なので酒の類は買わなかった。

 

 その後、うちについてからは俺もスーツから着替えたかったので、二人には手前にあるリビングで待っていてもらい、奥の寝室に着替えをしに行く。

 ついでに赤土にはコップなどの食器類の用意を頼んでおいた。

 

 

「さて、ジャージ……はないな」

 

 

 なにを着ようか悩み、箪笥からジャージを手に取ったがすぐに戻す。恐らく二人とも気にしないだろうが、親しき仲にも礼儀ありだろう。

 そうやっていくつか着替えを探していると、扉を一つ挟んだリビングの方から二人の声が聞こえた。

 

 

「コップとお皿、あとは……」

「おぉ、手馴れてるねーすっかり通い妻?」

「違うっ!」

 

 

 …………いつも通り……いや、今日会ったばかりか。毎度の如く赤土がからかわれている。まあ、赤土って結構いい反応返してくれるし、からかいがいがあるのは俺も納得だ。

 しかしこのまま放っておくと、止まらなくなりそうなのでさっさと着替えて向こうに戻ることにする。

 

 

「悪い、待たせた。それと赤土は引っ越しの手伝いをしてくれたから食器の位置も分かってるんだよ」

「ほうほう、つまり初めての共同作業と」

「じぃー………………」

「いや、えーと…………すまん」

 

 

 うまくフォローしたつもりだったが、かえってネタを与えてしまった。いや、でも普通のこと言っただけだぞ、俺。

 

 

「と、とりあえず飲み物を 「お、あれって」 ん?」

 

 

 話を逸らそうと冷蔵庫にしまってある飲み物を取りに行こうとしたら、突如新子がリビングの隅を見て声をあげた。

 新子は興味深そうにそのまま部屋の隅に行くと、そこにおいてあるものを見て、何か思い出したかのように赤土に尋ねる。

 

 

「これって、前に街に遊びに行った時にハルエがこそこそしながら買ってたやつじゃん」

「ちょっ! 見てたの!?」

「そりゃいきなり『なんか適当に見てくるー』とか言いだしてソワソワしながらどっか行ったからね、何かあると思って後をつけてみた」

「うがぁー!」

 

 

 じゃれあう二人の話の中心となっているのは、こちらに引っ越してきた日に赤土から渡されたちょっと遅れた誕生日プレゼントのカピバラの置物だ。

 以前俺がカピを飼っているのを話したことから、一人暮らしでしばらく会えないのは寂しいだろうってことで贈られたものである。

 

 ちなみにこれ以外にもカピバラを模したティッシュカバーなども渡されたので愛用させてもらっている。

 

 

「いやぁ、じっくり悩んでたからなにかと思ってたけどねー……くふふっ」

「その笑いかた禁止っ!」

「そういえばさっき食器棚開けた時に見えたけど、中に色違いのコップがあったような~」

「おぶぶぶぶぶ」

 

 

 追い打ちをかける新子についに負けて、座布団の上に倒れ込む赤土であった。

 

 ちなみに新子が言ったコップも誕生日に渡されたもので『この前店で見つけて安かったから』と赤土に言われたものだ。遊びに来る赤土用のコップとしてもいいかと思っていたが、よく考えればペアルックなのか?……まあ、カピバラだしいいか。

 

 そんな感じで面倒になったから深く考えるのを止める俺だった。

 

 

 

 

 

 その後、なんやかんやでジュースや菓子などを食べながら話題に花を咲かせる。その中で最初に話の中心となったのはやはり俺と赤土が出会った時の話だ。

 どうやら最初に会った時に赤土が待ち合わせをしていた相手と言うのは新子だったみたいで、そのころから俺の事は知っていたからか、当時の事から迷子だとからかわれてしまった。

 

 それからはどんな学校に通っていたとか、家族の事などお互いの事を話す。

 新子の話もそうだが、赤土とはそれなりに連絡は取っていたけど、未だ話していないことも多かったので結構新鮮だ。

 

 その中でカピの話が出た時には、やはり女子だからかすごい反応をしてきたので、携帯に入っている写真を見せてやると二人ともすごく興奮していた。日本でカピバラなんて普通は見ないもんな、昔は気にしてなったけど親父凄すぎだろ。

 そんな中で次に話題になったのは新子の実家の事だった。

 

 

「へー、新子って実家が神社なのか」

「そうだよ。折角だし今度巫女服見せてあげよっか?」

「是非頼む!」

「うわー……即答ひくわー」

「あははははっ!」

 

 

 一瞬の間を置くことなく答えた俺に白けた目を向ける赤土と馬鹿笑いする新子。いいじゃないか巫女服。男のロマンだ。女にはわからない世界だ。

 

 

「ハルエも着る?」

「お断り」

「ちぇー」

「ちぇー」

「絶対嫌だし、制服とかならともかくスカートとかフリフリしたの似合わないもん」

 

 

 先ほど俺に話を振った時のように新子が赤土に尋ねるが速攻で断り、そんな赤土に不満の声を上げる新子と俺。

 

 確かに赤土は基本ジーパンシャツなどのパンツルックばかりで、スカートを履いている姿を見たことがなかった。そういった服装が苦手というのは理解できるが、赤土の制服姿とか巫女服って結構興味あるし、この場のノリだけではなく実際に見てみたい気持ちもあるんだけどな。

 とりあえず赤土にそれの以上話を振るのは止めて新子の家の話を続ける。

 

 

「それで実家が神社ってことは、やっぱ大学はそっち系専攻か?」

「ううん、巫女としては働いてるけど、今の所宮司になる気はないから大学は行ってないよ」

「望、頭いいのに勿体ないよなー」

「いいのいいの、大学なら年取ってからもいけるし今は通信教育もあるからね。資格なんて必要になったら取ればいいんだから。必要のない今行ってもお金の無駄だし」

「はは、かっけぇな」

 

 

 女なのに男らしくキッパリと答える新子に苦笑いをしつつも尊敬の念を抱く。

 傍から見ると将来の事を考えてないと言われるのかもしれないが、めんどくさい、とかじゃなく新子自身がしっかりと考えて必要ないと言えているのだからそれはそれで芯が通っているだろう。今時資格なんてとりあえずで取る人が多いのにな。

 

 そうやって新子の話に聞き入っていると、何か思い出したかのような表情をして新子が赤土に話しかける。

 

 

「まあ、私の事は良いとして、まさかハルエがあの大学に行くなんて思わなかったなー。普通に近くの大学行くと思ってたし、その上受かるとは……まさに愛の力ってやつ?」

「ないっ! 絶対にない!」

「うわ、全否定だし。そこんとこどう思いますか須賀くん?」

「ショックな話ですわ」

「いやっ別に須賀君が嫌いとかじゃなくて、その……な、なに言わせんのさ、望!」

 

 

 凹んだ俺を見て慌てだす赤土だったが、言葉に詰まったのか新子の方へ責任を転嫁した。まあ、赤土の言いたいことも分かるけどな。

 そんな感じで慌てる赤土を見て、腹を抱えて笑っている新子が話を続ける。

 

 

「冗談冗談っ、でも学部学科も一緒なんでしょ? 意識しまくりじゃん」

「う……それは…………」

「それは?」

「えっと………ほ、ほら!私たちの学部って一番人数多いから入りやすかったし、やっぱり知り合いが同じ学科にいた方が大学行きやすいじゃん!」

「ふ~ん」

 

 

 赤土の説明に意味ありげな顔をする新子であった。ちなみに今さらりと言われたが、俺と赤土は同じ学部で同じ学科だ。最初聞いた時は俺も驚いたが、先ほどの話を既に聞いているので納得もしている。

 

 なんでもうちの大学は結構すごいらしく、本来なら学部ごとに受けられる授業は決まっているのだが、自由な校風らしく必修以外の授業ならば学部関係なく幅広く受けられるのだ。だから理系文系などの進路さえ決まっていれば、そこまで学部の違いはないらしいので、一番入りやすい学部を選ぶのは当然だろう。

 

 俺は教職課程の授業を中心に受けるつもりだが、赤土は別の授業も受けられるということで、俺達が同じ学部なのも不思議ではない。とはいえ、そこらへんも新子には関係なく、からかうのにはいいネタみたいだけどな。

 

 

「ほら、素直に吐きなさいってー」

「ギャーッス!」

 

 

 お互いに相手の懐を探ろうと牽制と威嚇をしあっている。まるでゴ○ラとキングギ○ラだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後もそんな話を続けていくと途中で飲み物が尽きたり、お菓子が足りなくなったりもした。普通だったらそこで解散となるのだろうが、俺と赤土と新子三人の相性が良かったのか話題は尽きることなく、もっと話そうと言うことになった。

 

 なので途中、もう一度買い出しに行き、それからまた騒いだ後夕食を一緒に作って食べたりして、解散する頃にはすっかり外も暗くなっていた。

 

 

「いやー今日は楽しかったよ。また集まりたいし、いつでも連絡してきてよ」

「ああ、こっちも楽しかったぜ」

 

 

 帰宅する赤土達を見送る為にアパートを出て新子の車まで行くと、こちらを振り帰った新子が笑顔でそう言った。

 俺も今日は楽しかったし、こうやって見知らぬ土地で友人が出来るというのは凄くありがたいと感じる。多分四年以上の付き合いになると思うしな。

 

 

「それじゃあそろそろ帰るね、また今度」

「おう、気を付けてな」

 

 

 軽く会話をしてからさっさと車に乗り込む新子。こういう時って切り上げのタイミングとかが難しいけどホントサバサバとした性格だな。

 新子が車に乗り込むのを見てから、同じように立っている赤土の方を向く。

 

 

「赤土もまた明後日な、寝坊するなよ」

「須賀君もね。迎えに行くからしっかり起きてるんだよ」

「別にそこまでしなくていいぞ、一緒に行くなら普通に駅とかで待ち合わせすればいいんだし」

「いいの、私がやりたいんだからさ。そうだ、むしろ心配だから今日から泊まって行こうかな」

 

 

 そうやって下から覗き込むようにする赤土。普通だったらドキッとする場面なんだろうが、目が思いっきり笑っていてからかっているのが丸わかりである。

 

 

「ったく、アホな事言ってないで新子も待ってるからさっさと車乗れって」

「いてっ」

 

 

 そんな赤土に仕置きの意味も込めた凸ピンを食らわせる。とは言え、軽く打ったので痛みなんてないから赤土も笑いながら摩っている。

 

 ――なんだろうなこの感覚……男友達とも違うし、三尋木を相手にしている時とも何か違った感じがする……。

 

 

「さて、それじゃあ私も帰るね。また明後日」

「え、お、おう……またな」

 

 

 よくわからない感覚からか物思いに耽っていたせいで、反応が遅れてしまった。

 そんな俺の様子に赤土が怪訝な表情をしていたが、すぐに表情を戻すと新子の待つ車に乗り込み、そのまま車は赤土の家に向かって走りだした。

 

 二人を乗せた車を見送ってから部屋へと戻ると、当たり前だがそこには俺以外誰もいない。

 

 生まれてからこの方ずっと実家暮らしで、中学辺りからは両親がいないときは大抵照や咲がいて一人になると言うことは少なかったからか、一人暮らしと言うのはなおのこと心細く感じる。

 その上さっきまで二人がいたからか、この一週間で少しは慣れてきた部屋が余計に広く感じてしまう。

 

 

「あーくっそ……こんなんじゃ皆に笑われちまうぞ……」

 

 

 頭に浮かんだ弱い考えと弱気な心を振り払うように頭を振ってからシャワーを浴びに風呂に行く。どちらかというと夏以外は風呂につかる派なのだが、浴槽を洗って湯を溜める作業が億劫なのでそのままに入ることにした。

 

 

 

 

 

「あぁ~~~さっぱりしたぁ~」

 

 

 風呂からあがり、頭を拭きながら冷蔵庫から冷たい麦茶を取り出す。熱いシャワーを浴びたおかげか、先ほどまでのモヤモヤした気持ちも随分霧散したようだ。

 

 そのまま麦茶を飲みながらリビングへ向かうと、テーブルの上に置いてある携帯にメールが届いていた。誰かと思い、しゃがんで手に取ってみると差出人は赤土だった。

 どうやら風呂に入ってから直ぐに届いていたみたいだ。

 

 

「忘れ物か何かか?」

 

 

 片手で携帯を開きながら、先ほどまで話していたリビングを見渡してみるが別に何もない。食べたお菓子や食事もすべて片づけてあるし、何か落ちているなら直ぐに分かるはずだ。

 まあ、開けば分かるかと考え、メールを開けてみると――

 

 

『やっぱ明日遊びにいくわ。だから一人で遊びに行くの禁止ね』

 

 

 それ以上でもそれ以下でもなく、短い文章でそう書いてあった。

 

 

「はは、元気な奴だな……」

 

 

 思わず苦笑いが出てしまうが、どこか喜んでいる自分がいた。

 そんな赤土の期待に応える為にも今日は早めに寝て明日に備えようと考えて、赤土に返信した後、いつもよりも早めに就寝することにした。

 

 ――これからの生活が楽しみだな。

 

 先ほどまでの不安も消えたおかげか、その日はゆっくりと眠ることが出来た。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「ハルエの言うとおり須賀くんいい人だったね」

「だから散々そう言ったじゃん。ホント信じてなかったの?」

「そりゃあんた世間知らずだから、騙されてる可能性もあったしね。でもあれなら安心だよ」

 

 

 須賀君の家から帰る車の中で、唐突に望がそんな話をしてきた。

 こっちとしては信用されていないように感じるけど、逆に望にあんなかんじの男友達が出来たら自分も同じように心配だから何も言えない。それでもわざわざこんな所まで来た須賀君を疑われるのはあまりいい気がしないけど……。

 

 まあ、実際はすぐに意気投合してた二人だから心配することなんてないけどね。

 

 

「それであんた明日はどうするの?」

「明日って?」

「いや、だから須賀くんとどこか出掛けないのかってこと。須賀くんってばまだこっちに慣れてないし、案内してあげなよ」

「ん~」

 

 

 こちらに一瞬だけチラリと視線を向けながら望がそう言ってきたので少し考える。

 確かにここ一週間、入学式の準備で忙しくて須賀君には生活に必要な範囲を案内しただけだから全然足りてないだろう。

 だけど――

 

 

「迷惑じゃないかな? 今日だって遅くまでいたし、須賀君も一人でいたい時があると思うし……」

 

 

 慣れない土地に来たからきっと精神的にも疲れてるだろうから、明後日からは大学があるから今のうちに体を休めていたいんじゃないかと思う。

 私としては須賀君とはもっと遊びたいから全然いいんだけど、迷惑になるかもしれないという後ろ向きな考えからか前に一歩が踏み出せない。

 

 そんな私の様子を見た望は、一度嘆息したかと思うと突如車を止めた。

 

 

「確かにあんたの言うことはもっともだし、グイグイ押す女は嫌われやすいよ。でも考えてみなさいって、今まで家族や妹みたいな子達に囲まれて来た須賀くんが一人暮らしするとどうなると思う?」

「どうって…………やっぱり寂しいのかな?」

「多分ね。それにさっきあんたが車に乗ろうと背中を向けた時、一瞬だけど須賀くん寂しそうな顔してたよ」

「え、そうだった?」

「見間違いじゃなければね」

 

 

 望に指摘されたけど、全然わからなかった……。でも、確かにそうだよね。どうしよう、メールとかするべきかな……。

 考え込み始めた私から視線を外し、望が再度車を走らせ始める。

 

 

「だから『明日案内するからどこか行こう』的に誘いなよ、どうせ暇でしょ? なんだったら私が行こうか? 二人きりで」

「それはなし」

 

 

 悩む私に望がからかいを含んだ声で言ってきたが、一言で切り捨てる。

 望と二人にするとお互い何するかわからないし、須賀君が望みたいになったら大変だもん。

 

 

「だったらほら、今すぐやりなって」

「う……わかったよ……」

 

 

 どこかにやついた望に促されるまま携帯を取りだし須賀君へメールを送る。

 メルアドを交換したばかりの頃と違い、今では普通にメールを送れるが、それでもこうやって遊びに誘うのは緊張する。なので送ったメール内容は実にシンプルなものだった。

 

 

「いや、こりゃないわ。女らしさの欠片もないしひどいわー」

「そこまで言うの!?」

 

 

 送ったメールを見た望のダメ出しにもう一度メールを読んでみる―――――ああ、こりゃないね。

 しかし送ってしまったものはしょうがない、返事を待つだけだ。

 

 

「ま、須賀くんなら大丈夫でしょ。だから今のうちに出掛ける服装でも考えときなよ、折角のデートなんだから」

「服装って言っても……というかデートじゃないって」

「スカート貸そうか? 須賀くん服装の話になった時に興味深そうにしてたよ」

「え? そ、そうかな……って絶対履かないし!」

 

 

 その後、須賀君からOKという返事が返ってきたのはしばらくあとで、その間望と話を続けながらも、返事が返ってこないことにそわそわしていたのを望にからかわれてしまった。

 

 

 

 ――ちなみに翌日の案内は普通に友達同士の案内といった感じで、別にデートとかそんな変なことは何もなかった。

 




 予定は未定、実にいい言葉ですね…。そんな感じで前回の続きでした。

 大学の設定は、レジェンドがわざわざ高校の教員免許取ったかの理由もわからなく、京太郎の影響を受けたからとかは現状ではまだ説得力がないので、後々取れてもおかしくない様にこんな感じにしました。まあ、設定練っても話にそこまで深くかかわらないので適当です。


 それでは今回はここまで、次回もよろしくお願いします。

 キャラ紹介過去編に【新子望】追加しました。


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十一話

うそすじ


二人を乗せた車を見送ってから部屋へと戻ると、当たり前だがそこには俺以外誰もいな―――――

咏「おう、お帰りセンパ~イ」ヒラヒラ

京太郎「おい」



 大学に入学してからもうすぐ一か月。未だ肌寒い日もあるが、着々と夏に向けて季節が移り変わり、もうすぐGWだ。

 この頃には既に受ける講義も決定していて大学にも馴染んできており、俺も赤土も大学生活を楽しんでいた。

 

 あれから色々情報を集めた結果、卒業の事や二年目から自由に講義を選べるようにと、一年目は必修科目を中心に受けようと一緒に決めたことにより、英語などの人数が限られる一部の講義以外は全て赤土と同じのを受けている。

 

 よって、ほぼ毎日赤土とは一緒に通学しており、晴れの日は俺のバイクで登校し、雨の日は電車を使うといった感じだ。待ち合わせは適当に決めており、朝に赤土が迎えに来ることもあれば、寝坊した赤土を俺が迎えに行くということもあった。

 また、お互いサークルには入らなかったので帰宅時間も変わらず、交友関係も一緒なので一緒に帰るまでが日常となっていた。

 

 そんなわけで今日も平日だから学生らしく大学に来ていたのだが、俺達は一つの重大な局面に立っていた。それは――

 

 

「USJ行こうUSJ! もしくは道頓堀のタコ焼き!」

「いや、県外はキツイって。せっかくの機会だしバイトしないか?」

「まだ余裕あるから大丈夫だって。それより連休なんだしどっか行こうよ」

「いやいや連休だからこそ人で混むし、どうせ大学生なんだから世間が平日に休み取れるんだしその時に行こうぜ。というか、流石に県外で日帰りだとドタバタするし、泊まりなんて親父さん達が許さんだろ?」

「そこらへんは…………ほらっ気合で!」

「確実に空回りしそうだな……」

 

 

 昼には少し早い時間帯の学生がほとんどいない学食で意見をぶつけ合う俺達。

 

 そう――――今、俺達はGWの予定について話し合っているのだ。

 

 余所にまで遊びに行きたいという革新的な赤土に対して、今は我慢すべきという保守的な俺の対立はお互い一歩も譲らない。

 とはいえ、このままでは空いている時間に学食を使えるようにと、昼前に講義を入れてないのにその時間も終わってしまいそうだ。

 

 

「んー……だったらお互い妥協してある程度近場で済まさないか? 俺のバイク使って朝早く出れば夜ギリギリで帰ってこられる所とか」

「でもさー折角の休みだし~」

「俺だって色々遊びたいけどしょうがないだろ。それは夏休みまでのお楽しみにしようぜ」

「うぁ~しょうがないかー……モグモグ」

 

 

 このままでは昼を回り、ここも混んできてしまうので妥協案を出すと赤土も納得してくれた。

 

 そうして一息ついたという感じで、赤土が持参した弁当から唐揚げを箸でつまんで口に放り込む。ちなみに弁当の中身は俺製だ。

 引っ越してきてからようやく落ち着けたので少し前から自炊を始めたのだが、一人分だけだと材料費が勿体ないので赤土の分も時折作っているのだ。

 勿論二人分になれば食費も余計にかかるのだが、それ以上に赤土のお袋さんがよくおすそ分けをしてくれるから、むしろ助かっているぐらいなのでそれのお礼でもある。

 

 そして俺も同じように未だ手を付けていなかった弁当を食べ始める。

 なんだかんだで厳しい所もあるが、ハギヨシから教わった事って基本的に無駄がないよな。料理だけじゃなく一人暮らしの中で役に立つことも実に多かったし。まあ、ハギヨシもそれを見越して教えてくれていたんだろうが。

 

 そして弁当を食べながら予習の為に鞄から次の講義の教科書を取り出すと、赤土が苦虫をかみ殺したような表情をした。

 

 

「うわぁ……まっじめっだなぁー」

「あの授業分かりにくいからな、赤土もしっかりやらないと中間テストで泣き見るぞ」

「う……ま、まあそこらへんは神様仏様須賀様ってことで…………み、皆にも見せてもらえばいいし」

 

 

 斜め上を見ながら先が思いやられる様な言い訳を始める赤土であった。

 

 ちなみに大学は高校や中学みたいなクラスがないので、サークルなどのコミュニティに入らなければ友達などを作るのが難しい。なので、俺達は一緒にちょっとした研究会みたいな講義を受けている。

 

 そこの講義ではグループで色々やることも多いので知り合いを作りやすく、それによってそれなりに話したり、遊びに行く友人も出来た。

 ちなみにそいつらとGWに遊ぶ話も出たんだが、中には彼女彼氏持ちもいたので話はお流れになった。リア充爆発しろ。

 

 また、入学時から一緒につるんでいる俺と赤土を見てそいつらから恋人だと勘違いされたこともあったが否定しておいた。

 

 そのことで赤土にアプローチをかけてくる奴もいたけど、当の本人が未だ俺以外の男子とは緊張してあまり話せないので皆すぐに諦めていった。

 そういったこともあって一度否定したのにカップル扱いされることもあるけど、何度も訂正するのは面倒なので二人とも諦めている。どうせあいつらも本気では言ってないだろうしな。

 

 それからしばらく参考書を読み進めていると、弁当を食べ終わって暇になったのか赤土がちょっかいをかけてきた。手に持ったボールペンでこちらの頬を突いてくる。

 

 

「やめろって」

「だって暇なんだもん」

「だから教科書見るなりなんなり出来るだろ」

「うー……だってー」

 

 

 余程勉強が嫌なのか、頬を膨らませながら抗議をしてくる。仕方ないな……。一応昨夜のうちに目を通してあるので問題ないと思い、参考書をしまう。

 

 

「んじゃ、適当に遊ぶか」

「お、いいね。今日こそ勝つよ!」

「ん? 結構自信ありそうだな」

「へへっ、結構練習したんだよ」

 

 

 そういって赤土が鞄から取り出したのは通信ができる携帯ゲーム機で、中には暇つぶしなどで使えるオセロや将棋など、色々なゲームが出来るソフトが入っている。

 そして先ほどから赤土が話しているのは、近頃俺達の間でちょっとしたブームのチェスのことである。

 

 以前俺が中学の頃チェスをやっていたのを話したら一度勝負を仕掛けられたのだが、流石に素人に負けるわけなく圧勝。その後どうやら俺に負けたのが相当悔しかったのか、こうやって時間を見つけてはリベンジを仕掛けてくるのだ。

 

 

「それじゃあ赤土が負けたらいつも通りの罰ゲームな」

「う……い、いいよ、でも須賀君が負けたらメイド服ね」

「はいはい」

 

 

 俺が出したいつもの条件と比べるとどう考えても俺に不利な誰得な罰ゲームであるが、赤土との実力差を考えればこんなもんだろう。

 

 それから昼になり学食が混んできてからも場所を移動しても続けたが、いつも通り俺の勝ちで締めくくられた。

 その後、時間が迫っているので罰ゲームは後にし、講義を受ける為に教室へと向かうこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コーラ、コーラっと」

「あ、俺の分も頼むわ」

「あいよー」

 

 

 あれから日が暮れる前に今日の講義はすべて終わり、他の奴らはまだ授業が残っているとの事なので遊びには行かずに既に俺の部屋に帰ってきている。

 赤土は大学が始まってからはほぼ毎日うちに入り浸っているので、うちの事はほとんど把握しており、こうやって何か用事を頼んでも既に手慣れたものだ。

 

 本来なら男の家にあまりあがらせるのは良くないんだろうが、宿題があればうちでしっかりとやらせているためか、赤土両親からは泊まるとかならともかくそれぐらい別に問題ないだろうということで認められている。

 結構信頼されてるよなー俺。

 

 それなりの信頼を貰っていることに嬉しさを感じつつ荷物を置いて早速着替える。

 別に今の服装のままでもいいんだが、やはりリラックスできる部屋着の方がいいので、赤土に了承を貰い着替えているのだ。勿論赤土がいるので着替えるのはパジャマとかでなく、軽く外に出るくらいならおかしくないと言える格好だ。

 

 適当に部屋着を見繕ってからリビングに戻ると、赤土が体の下に座布団を入れて居心地の良い体勢を作りながら漫画を読んでいる。自分の部屋かい。

 

 

「さて、今日は宿題もないしどうすっか……」

「んー適当にゴロゴロしようかー」

「既にしてるじゃねぇか」

 

 

 自分の部屋の如く寛いでいるに赤土に呆れつつもツッコミを入れる。

 初めの頃は男の家ということで緊張していたからか、それなりにしっかりとしていたのだが、入り浸るようになって一週間もしたあたりからこんな調子である。気を許してくれているのはわかるけど、男としてまったく見られていないのは、それはそれで複雑である。とはいえ、変に意識されても面倒なのでこのままでいいけど。

 

 赤土の女子度に関してはひとまず余所においておき、俺も同じように座ってコップに注いであるコーラでのどを潤す。

 

 

「まぁ、ゴロゴロするのは良いけどなにするよ?なんか映画でも見るか?」

「ん~今何か借りてたっけ?」

「えーと……この前見たシザーハンズは返したから、今あるのはクール・ランニングとミストだな」

「あー……返却までまだあるし他のことしたい気分かなぁ…………あ、それじゃあGWの予定立てよっか」

 

 

 そういうと赤土が部屋の隅に置いてあるパソコンの元へもぞもぞと動きだす。恐らくネットを使ってなにか面白いイベントがないか探すつもりなのだろう。

 

 ちなみにうちのパソコンはこういったのや講義で必要な情報を集める為にしょっちゅう赤土も使うので、バレる危険性も考えて危ない画像は入れてないし、サイトにも行かないようにしている。

 赤土もいちいちそんなことを調べたりしないだろうが、たまたま目に入った検索履歴などからぎこちなくなるのは嫌だしな。

 

 赤土が調べている間、何かなかったかと立ち上がり、戸棚を漁ると―――お、あったあった。戸棚から見つけたお菓子を手に持ちながら赤土の所まで戻る。

 

 

「それで何か面白そうなのでもあるか?」

「んんーどうだろぉーやっぱ混みそうな観光地除くと微妙かなぁ……」

「まぁ、季節的にも中途半端だしな。ほれ」

「お、ありがと」

 

 

 戸棚から取り出したカントリーマァムを手渡しながら同意しておく。春なら花見、夏なら海水浴と色々あるが五月だしな。外泊しないとなると選択も狭まるし。

 多分出かける時は俺のバイクだからなるべく渋滞には嵌りたくないんだよなぁ……やっぱ早めに車の免取るべきか……いや、取っても車買う金ねーし、取る金もねーや。

 

 

「むむむ、だったらやっぱりどっかに泊まる前提にしようよ!」

「だからこれが恋人同士だったならともかく、ただの男女の友達がサシで宿泊旅行とか親父さん達が許さないだろって」

「あ……そ、そうだね……」

 

 

 無茶を言う赤土に反論するために例えを挙げたが、例が悪かったのか赤土が顔を赤くしたために俺達の間に気まずい空気が流れる。

 あー……確かにデリカシーに欠けた台詞だったな、気を付けよう。

 

 

「そ、それじゃあ望も一緒なら!」

「既に断られているんですがそれは」

「うぐぅ……」

 

 

 ちょっと気まずくなった空気を払うように赤土が別の案を挙げてくるが、それは既に通った道だ。

 

 当初は折角の連休だからと新子も誘うつもりだったけれど、なんでも実家の方で集まりがあるらしく無理との事だった。その時に『いい機会だし、二人であはんうふんな事をしてきたらどうかな?』と言われたので、言い方が古臭いぞと言ったら頭をはたかれた。

 

 勿論そのやり取りで赤土は顔を赤くしていたし、収集をつけるのが中々面倒だった。

 俺?少し前にハギヨシにからかわれまくったし、中学の時から何故か三尋木の事でからかわれるのが多かったから慣れっこだ。

 

 とまあそんなわけで『新子もいるから二人きりの旅行じゃないですよー』という赤土の案は説得の材料にすることすら出来ないのである。

 しかしこのまま否定ばかりするのもあれなので、俺からもなにか案を出せないかと思いパソコンに目を通す。古都らしく観光名所はそれなりにあるが、若者向けのイベントというのは難しく、いくつかお祭りがあるぐらいだ。

 

 そして悩む俺を見て、ついに赤土が駄々をこねはじめた。

 

 

「うぅー……やだやだー! どっか遊びに行きたいーっ!」

「落ち着けって……ん、多少の混雑を諦めるならこれなんてどうだ? 平城京天平祭ってやつ。他にも献氷祭ってのもあるけど」

「お? あー、そういえばそんなのあったっけ」

「前の観光じゃここらへんはあまり見れなかったし行ってみないか?」

「いいね、行こう行こう!」

 

 

 多少離れてはいるが地元の赤土からすれば退屈かな、と思ったが、聞いた途端すくっと立ち上がり元気の有り余った返事をしてきた。

 まあ、とりあえず遊びに行く口実が欲しいだけで、あまり中身は気にしないか。

 

 

「さて、予定も決まったし。映画でも見ようか」

「そうだな――――あ」

「どした?」

 

 

 とりあえず懸念事項だったGWの予定も埋まりそうなので一安心だとテレビに手を伸ばす赤土。しかしその様子見ていたらあることを思い出した。

 疑問顔な赤土を放置し、隣の部屋においてある『アレ』を持ってくる。

 

 

「ほれ、罰ゲーム」

「うげぇ!?」

 

 

 俺が手に持つ物を見て、女があげちゃいけない声をあげる赤土。昼間の罰ゲームの事をすっかり忘れてたわ。

 ちなみに俺が持っているのは、以前街で見かけて買ったカピバラの顔を模した帽子だ。

 

 最初はその場のノリで買ったのだけなのだが、以前遊びで負けた赤土に罰ゲームをする時にふと思いついてからは主にそれ用に使っているのだ。

 帽子を見た赤土は何処か引き攣った笑みをしながら後ずさる。

 

 

「いや、そのぉ……今日はやめとかない? 天気もいいし」

「わけがわからんぞ」

「だってぇ……」

「もう何回もやってんだから今更恥ずかしがることないだろ」

 

 

 そういって無理やり赤土の手に握らせる。しばらくそれについているカピバラの顔とにらめっこしたかと思うと、諦めたかのように赤土はこちらに背を向けて帽子を被り始めた。

 

 

「…………………」

「…………………」

「……………………………………」

「…………………いや、そろそろこっち向けって」

「ぅぅぅ~……」

 

 

 恥ずかしさのためか唸り始める赤土。出来ればこのまま時間が過ぎればいいと思っているんだろうが、現実は非情である。

 赤土の肩を掴み、体を半回転させてこちらを向かせると、予想通りその顔は真っ赤であった。

 

 

「…………なにさ」

「いや、相変わらず似合ってるなーと思って」

「……嬉しくないし」

 

 

 にやにや笑うこちらを見ずに赤土はソッポを向いてそう言うが、口元がもにょもにょしていて微妙に喜んでいるのが丸わかりである。

 毎度のことだが、赤土の反応が楽しいのでからかってしまう。まあ、実際似合ってるし、可愛いとも思ってるんだけどな。赤土は身長が同年代の女子より高いので、失礼な話だが最初こういったのは似合わないかなーっと思っていたんだが、予想と反して似合っていた。

 

 改めてカピバラ帽子を被った赤土をまじまじと眺めると、カピバラ帽子も流石カピバラといった感じで可愛いが、なにより帽子を被っているため、普段は目立つ赤髪と主張の激しい前髪は隠れており、赤土の素顔がいつもよりよく見える。

 

 そしてその顔は、恥ずかしさからか目は少しうるんでおり、眉を下げて頬も赤く染まっている。

 そんな表情に当初はドキッとさせられていたが、今では慣れたものである―――いや、時々今でもたまーにドキッとさせられるが、ほんのたまーにである。

 

 

「………あんまり見ないでよ」

「いやー俺も赤土嫌がることはしたくないんだけど、罰ゲームなんだからしょうがないんだよなー」

「くぅぅ……」

 

 

 心底残念だーという風に言い訳をしてみるが、赤土からすればからかっているようにしか見えないだろう。

 そもそもこんな恥ずかしいことをしたくないならチェスの勝負なんてしなければいいのだが、赤土は相当な負けず嫌いみたいだ――っと、さっさと続きやるか。

 

 

「ほら、いつも通りアレやってくれよ」

「うー……や、やらなくちゃダメ?」

「そりゃな」

「わ、わかったよ……」

 

 

 恥ずかしさで固まったままの赤土に対し続きを促すと、案の定渋っていたが、急かすと流石に観念したみたいだ。

 

 そして赤土は指示をこなす為にこちらに向き直りフローリングに座り込むと、そのまま両手を床につけて四つん這いになり、こちらに向けて顔を突きだし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「き、きゅー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――カピバラのモノマネをした。

 

 

 

 

 

「………・・なんか言いなよ」

「似てないな」

「酷い!」

 

 

 素直に感想を述べると四つん這いのままに泣き崩れる赤土。傍から見ると、なにか怪しげなプレイでもしているみたいだ。

 ちなみにこれは『実家のカピバラに会えなくて寂しいだろうから、これでモノマネしてあげようじゃない!』とテンションがあがっていた時の赤土が言い始めたのが最初なので俺の発案ではない。

 

 そして当初はノリでやっていた赤土もすぐに恥ずかしくなって止めたのだが、こちらとしては結構面白かったので、それ以降罰ゲームの定番メニューとなっているのだ。

 勿論赤土が本気で嫌がっているならやらせるつもりはないのだが、そういう姿勢なだけでお互いそれなりに楽しんでいる………ハズだ。

 

 

「ほら、そこはきゅーじゃなくてキューな」

「きゅきゅー…・・」

「違う、キュー」

「きゅー!」

 

 

 実家のカピの声を思い出して指導する俺と途中からやけくそになって鳴きはじめる赤土。

 

 ぶっちゃけ人間の俺がカピバラの鳴き声を正確に指導できるわけないし、赤土も正確に真似できるわけないから適当でいいのだがそこらへんはノリだ。

 鳴き方もキュルやギューなど色々あるしな。

 

 

「キゅー!」

「おおっ!結構似てるぞ!」

「きュー♪」

 

 

 あれから暫く練習していると段々カピの鳴き声に近づいてきたので褒めると嬉しそうにする。

 しかしなんとなく実家にいるカピの事が恋しくなってきた……。別に今すぐ帰りたいとまでは思わないけど、流石に一か月も離れていると微妙にホームシックなのか、親父達の事を思い浮かべる。

 

 一応週に最低一回は連絡してるし、照と咲もなんだかんだで元気にやってるみたいだけどそれでも心配だ。ないと思うが、新しい学年になって苛められたりしてないよな……。

 

 

「キゅぅ!?」

「あ、悪い」

 

 

 赤土の声に我に返ると、どうやらアイツらの事を思い出して無意識のうちに頭を撫でていたみたいだ。同い年に頭を撫でられるとか流石に恥ずかしいだろうと急いで手を離す。

 いつもだったらモノマネしてそれで終わりなのに何してるんだ俺。

 

 

「あ……」

「どうした?」

「い、いや、えっと…………別に撫でたいなら撫でて……い、いいよ」

「……はぁ?」

「ほ、ほらっ、須賀君もカピバラに触れなくて手持無沙汰なんでしょ! だ、だからここ今回は特別大サービスってことで…」

「手持無沙汰はなんか違うぞ……」

「じゃ、じゃあ口寂しさ?」

「離れたな」

 

 

 どこかテンパりつつも良いことを思いついたとばかりに提案されたがどうするべきだ……。確かに向こうではしょっちゅうカピを撫でて、照や咲の頭も撫でていたから手が寂しいって言われるとそう思えてくる。

 

 ――しかしさっきみたいに無意識ならともかく、意識して同年代の頭を撫でるなn…いや、同い年の相手の頭を撫でるなんて恥ずかしいぞ。

 

 どう断ろうか悩み視線を四方八方に飛ばしていると、こちらを見つめる赤土と目が合った。毎度の如く照れているが、その目はどこか期待しているようにも見えた。

 

 

「は、早く! 撫でるなら撫でる……っ!」

「でもな……」

「いいから撫でる! でなければ帰れ!」

「脅しかよ。というか俺の家だから」

 

 

 テンパりすぎてるのか、部屋に置いてある新世紀的な漫画に出てくるマダオの様な台詞を吐きながら頭をずいっとこちらに差し出してくる。

 まあ、悩むぐらいなら突っ込んだ方がいいか。そう決意して再び赤土の頭に手を伸ばす。

 

 

「んっ……」

「…………」

 

 

 目をつぶりながら撫でられる赤土と黙って撫でる俺。昔からカピ達を撫で続けた俺のハンドテクニックは誰であろうと唸らせるっ!――――なんて事実はないが、とりあえず赤土は何も言わず身をゆだねている。

 照達には撫でるのをせがまれることもあったが、実際良いのか悪いのかは自分ではわからないのでとりあえず聞いてみることにする。

 

 

「えーと…………お客さん痒い所はありますかー?」

「いや、美容院じゃないんだから…………でも……悪くないかな」

「そうか?」

「うん、なんだか懐かしいし落ち着くかも」

 

 

 そういって赤土は目を細めながら撫でられ続けられる。まあ、お互いいい年だから親に甘えるってこともないし撫でられるのも悪くないのかもな。それに撫でているこちらもこれはこれで心が落ち着く感じがするし。

 しいて言えば、帽子を被っているせいで赤土自身の頭を直接撫でられないのが残念といったぐらいだろう。

 

 

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

 

 

 お互い無言になりながらも続けていると、赤土はしばらく目を閉じていたのだが、ふと目を開けてこちらに視線を向けてきた。それにつられ同じように俺も赤土を見つめる。

 先ほどまで撫で続けていた手もいつの間にか止まっていたのだが、お互いに見詰め合っていたから直ぐには気付かなかった。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 お互い言葉を発せず無言が続くが、居心地の悪さは感じない。しかし何か言わなくてはと口を開こうと―――

 

 

『TRRRRRRRRRRRR』

「「おわっ!」」

 

 

 ――したところで突如携帯の着信音が部屋に鳴り響き、お互い我に返ったように急いで離れた。

 

 

「あ、あわわわわっ、ご、ごめん! おおおお母さんからみたいだから電話出る、外で!」

「おお、おうっ、いってらっしゃい!」

 

 

 

 電話に出る為に慌てながら外に向かう赤土を見送る。

 そして赤土が出て行ってから、ようやく自分が先ほどまで何をしていたのか冷静に判断できるようになった。

 

 

「って! ほんと俺なにしてんだよ!?」

 

 

 訂正。冷静じゃないし、今更ながらすごく恥ずかしいことをしたんではないかと思えてきた。

 そしていつもと違い、なんであんなことまでしたのか自問自答してみるが答えは出なかった。

 

 

「やばい、顔が熱い。水で冷や 『ブーブーブー』 あ?」

 

 

 赤土が帰ってくる前に悶々とした気分を消すために顔を冷やそうと洗面所に向かおうとしたら、今度は俺の携帯のバイブが鳴った。画面を見ると、どうやらハギヨシと三尋木から同時にメールが来たみたいだ。

 未だにそれなりの頻度で連絡をとりあっているけど、同時に来るのは珍しいと思いながらも開いてみると――

 

 

『んっふ、急いでは事を仕損じますよ』

『流石にまだ早いんじゃね?知らんけど』

 

 

「………………」

 

 

 部屋の中を見回し、ベランダにも出てみるがもちろん誰もいない。カメラとかは…………ないよな?それからしばらく部屋の中を探したが何もなかった。

 その後、電話を終えた赤土が戻ってきたが、時間を置いて頭を冷やしたおかげかお互い元に戻っており、それからはいつも通りTVを見たりしながらゴロゴロして過ごした。

 

 

 

 ――そんなわけで春も終わりに近い日。いつもと通りの日常でもあったが、なにかが変わる気がする日でもあった。

 

 

 

 ちなみにあの後ハギヨシ達になんであんなメールを送って来たのか問いただすと、なにやら電波が降りてきたとの事だった。

 電波なら仕方ない。あいつら執事と雀士だしな。

 




 そんなわけで大学編の続きでした。出来ればもっと細かく話を書きたいのですが、話が進まなくなるのでこんな感じで多少飛び飛びに話は進んでいきます。なので次も一気に夏休みに入る筈です。

 それでは今回はここまで、次回もよろしくお願いします。


 あとモノマネの件で変なことを考えた人は、PC・携帯に入ってる咲キャラの画像の数だけ腹筋です。


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十二話

うそすじ


疑問顔な赤土を放置し、隣の部屋においてある『アレ』を持ってくる。


「ほれ、罰ゲーム」
「あばばっばばば!?」


俺が渡したのはあんこうを模した全身タイツだ。
さあ、大洗町名物のあんこう踊りを見せてくれ。



「……それまじ?」

「まじ」

「………マジマジ?」

「マジマジ………すまん」

「………………うだぁーーー」

 

 

 頭を下げて謝る俺に何か言いたげな表情をしながらも、これ以上は流石に自分の我が儘だと思ったのか、諦めてテーブルの上に体を投げ出す赤土。

 俺ももう少し早く言うべきだったと反省し、申し訳なく思いつつコーヒーを啜る。

 

 そしてコーヒーを啜りながら死んでいる赤土を表面上は冷静に見つつ、頭の中ではどうするべきかと冷や汗をかきながら考える。

 そもそもこうなったのは俺と、学生にとって最高の時期である夏休みが原因だ――

 

 

 

 

 

 こちらに来てから早三か月。それぐらいになると余裕が出来たので地元の人とも関わることが多くなり、すっかり阿知賀にも慣れてきた。

 どうやらここらへんでは以前聞いた麻雀の事で赤土は有名人らしく、その関係もあって友人である俺を受け入れてもらえるのは結構早く、そのことで皆が親身になってくれるので赤土さま様だろう。

 

 そんな感じで住み心地がさらによくなり、また、つい先日には赤土の誕生日ということで、うちで俺と赤土、新子の三人でちょっとした誕生日パーティーなんかもして色々充実した三か月であった。

 そんなわけで既に暦は七月に差し掛かって、気温は30℃を超える日もあり、セミは鳴きはじめ、冷たいものが美味い季節に入ろうとしていた。

 

 ところで、今俺達がいるのは以前赤土と二度目に会った時に来たおばちゃんの喫茶店である。こちらに住んでからそれなりの頻度で来ており、今日も大学が午前で終わったので、昼飯がてら来ているのだ。

 

 そして話は最初に遡り、俺達が何を話しているのかというと夏休みの予定についてである。

 大学生の夏季休暇は二か月近くあるので、きっちり計画を決めて話し合おうと赤土が提案をしたのだが、今まである話をするのをすっかり忘れていたのだ。

 

――まあ、その……実家に帰ることを。

 

 正確には話したつもりだったのだが言っておらず、お互いあんまり考えない方で、今まで夏休みのことを後回しにしていたのもあり話していなかったのだ。

 よって、恐る恐るそのことを告げたのが今の状況である。反省はしている。

 

 

「それで……いつからいつまで?」

「あー……詳しく決めてないけど遅くとも八月に入る前に帰って最低でも一か月は向こうだな」

「…………あふぅ」

 

 

 顔を上げて死んだような目で尋ねてきた赤土にそのまま告げると再び死んでしまった。

 

 あまりの反応に実に申し訳なく思うが、照達にも長期休みは帰るって言っていたから、近頃はいつ戻って来るのかとよく電話が来るし、向こうでの付き合い考えると一か月は欲しい。

 県大会を突破した三尋木が多分夏の全国大会でもいい成績残すだろうし、なるべくなら直接集まって祝ってやりたいからな。

 

 だけどこの様子を見るに、赤土としては俺以外にも新子達が忙しいのもあって遊べないのが余程ショックなのだろう。

 

 大学の奴らも彼氏彼女がいるのはキャッキャうふふ、一人身の奴らも趣味に走っているいのが多いので会う機会も少ない。

 中には赤土を狙っている男子もいるが、この三か月である程度話すのは慣れたと言っても流石に二人っきりで出掛けるのは赤土にはまだキツイし、俺もなにやら気に食わないという。さて、どうしよう……。

 

 とりあえず死んでいる赤土に慰め半分申し訳なさ半分で声をかける。

 

 

「あー……ほら、七月はまだ遊ぶ機会もあるし、なんなら九月にでも…」

「…………一か月も放置」

「う……」

「…………そんな時期じゃお祭りとかも終わってるし、バイトもない」

「うぐぅ……」

 

 

 恨めしいそうな目と声で言われてしまうが、俺に非があるので何も言えなかった。

 すると黙りながら見詰め合う俺達の所におばちゃんが近づいて来た。

 

 

「まったく……晴絵ちゃんも我が儘言わないの。むしろそこは黙って見送るのが良い女よ」

「だってぇ……」

「京太郎君だって遊びに行くわけじゃなくて親御さんの所に帰るんだから、ねえ?」

「ははは……そうなんですけど、やっぱり先に言っておかなかった俺が悪いんで」

 

 

 おばちゃんがフォローをしてくれるけど、悪いのはやっぱり俺だからな。

 

 

「まあ、晴絵ちゃんもその間夏休みの宿題でもやってなさいって」

「いや、大学だからないって」

「うそつくなよ。一部の講義では出されているだろ」

「あら、それなら頑張らないとね。それでこれがさっき言った新しいメニューだから試食してみて」

「ありがとうございます」

 

 

 おばちゃんはそういうと、テーブルの上に試作品兼俺達の昼食を置いて奥に戻って行った。

 ちなみに出されたのは蕎麦だ。喫茶店なのに蕎麦である。なぜだ?

 

 

「ひとまず食べようぜ」

「ぶぅ……ぅん」

 

 

 腹も減っていたのでさっさと食べようとフォークに手を伸ばす。蕎麦なのにフォーク。実にシュール。いや、美味いんだけどね。

 ちなみに商品名は「そばもん」らしい。色んな所から苦情が来そうな名前だ。

 

 それからズルズルと蕎麦を食べ始めるが、某アンパン男の如く赤土は凹んでいて力が出ていないのかその動きは実にスロウリィで全く蕎麦が減っていない。

 そんな様子を見ていると、ふと、あることが閃いた。

 

 

「だったらさ……赤土、夏休みにうちにこないか?」

「……ん? そりゃ須賀君が行く前や帰ってきたら遊びに行くけど」

「違う違う。アパートの方じゃなくて長野の実家に来ないかってこと」

「…………はえ?」

 

 

 俺が言ったことが理解できなかったのか、手に持っていたスプーンの動きが止まる――ってスプーンかよ!そりゃ減らないわけだ。

 

 とまあ、それはさておき話を続けると、こっちで一緒に遊べないなら一緒に向こうに行って遊べばいいし、うちに泊まるなら宿泊費もかからず安く済むから少し遠いけど気軽に行けるだろう。

 俺も向こうで毎日用事があるわけじゃないから赤土の相手だってできて、これなら前から赤土が行きたがっていた遠出という条件もクリアできるということだ。

 そんな感じで呆ける赤土に説明していくと、死んでいた目に光が戻ってきた。

 

 

「いいじゃんそれ! あ……でも須賀君の両親が良いって言うかわからないし……」

「ん? ああ、別に大丈夫だろ。来客用の部屋もあるし、昔からダチが泊まりに来ること多かったからな。そんなわけで一応連絡はしておくけど、たぶん大丈夫だから、後は赤土とおじさん達次第だな」

「んー」

 

 

 中学の頃からハギヨシや三尋木達が泊まることも多かったから親父達も慣れてるし、どうせ八月の後半になったら三尋木も来るしな。

 

 

「それにうちにくればカピに会えるぜ」

「行く!」

 

 

 そしてとどめの一言で赤土の夏休みの予定は決まったようだ。

 咄嗟の思い付きだったが、これで赤土の機嫌も直りそうでよかった。

 

 

 

 

 

 ―――しかしこの時の俺は理解していなかった。親元を離れて一人暮らしをしている男が、女子を連れて帰るということが周りからどう見られるのかを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからさらに日は過ぎ、ついに夏休みとなった。

 その間にあった中間試験も親父との約束があったので常日頃から勉強していたのもあり、返却はまだだけど良い成績が取れたと思う。赤土もうちで勉強させていたのもあり、それなりに出来たみたいだ。

 

 また、長野への泊り旅行については、一人娘が最低でも一週間は県外に行くと言うことから心配して、親父さんも多少渋い顔をしていたがOKが出た。

 

 これは大学の試験がうまくいったことや、泊まり先のうちの両親に電話を取り次いで、向こうの事もしっかり把握できたのがよかったみたいだ。ちなみに俺がお袋に赤土が泊まることを話した時、なにやら面白そうな声をしていたので、ただの友達だと念を押しておいたが少し心配である。

 

 そんなわけで七月後半。俺と赤土は俺のバイクを使って長野へと向かうのであった。そして―――

 

 

「空気が旨い! 体が軽い!」

「いや、体はともかく、空気は大してかわらないだろ。どっちも田舎だし」

 

 

 後ろから降りた赤土が長時間同じ姿勢を強いられた体を伸ばしながら叫びだしたので、俺がツッコミを入れる。

 赤土のボケと俺のツッコミ。たまに逆になるとはいえ、既に毎度のパターンになってるな。

 

 

「そんなことないって、やっぱマイナスイオン的なのが違う気がするってこの前髪が言ってるよ!」

「前髪がかよ、つーか今まであえて触れてこなかったのにサラッと話題に出しやがって」

「ん、触れる? もしかして触りたいの?ほれほれー」

「はいはい」

「ぬおー!」

 

 

 そしてその後もボケっぱなしで前髪を顔の正面で振ってきたが、長時間の運転で疲れているので軽くつかみ、上に引っ張る程度に相手をしておく。

 そう――つい先ほど、ようやく故郷の長野の地へ返り咲いたのだ。

 

 現状長野県に入っただけで未だ住んでいた故郷の町には着かないが、それでも同じ長野には違いなかった。

 それから俺もバイクを止めて、一度降りてから同じように体を伸ばし深呼吸をする。

 

 気温や高低差の違いはあれ、同じ日本で自然に囲まれた奈良と長野。大して変わるものでもないと思ったが、こうして生まれ育った故郷に帰ってくると、なんとなくだが赤土の言っていることも理解できる気がした。

 半年ほどしか経っていないとはいえひどく懐かしく感じる。

 

 

「あと一時間程度か……一応お袋にメールしておくか」

「向こうに着くころには良い時間だろうね」

「だな、今日も早めに出たとはいえ流石に下道続きはキツイな」

「まあ、旅行なんだし良いじゃん良いじゃん。いやーやっぱ泊り旅行っていいよね」

「中学生かよ」

「一応大『学生』だし、ぎりぎりセーフ」

 

 

 そういって赤土がこちらの肩をパシンと叩くついでに凝った肩を揉んでくれる。

 そうなのだ。高速道路の二人乗りはまだ年齢的にできないから下道を走る必要があった。

 

 だから出発したのは昨日で、さりげなく今日で旅行二日目なのだ。

 昨日も早めに出発したが速度を出せないので、度々休憩を挟みながら移動をしつつ昨日は安めのホテルに泊まって、二日かけてようやくここまで来たのだ。勿論泊まった部屋は別室だ。

 

 当初は多少金がかかってもバスもしくは電車で行くつもりだったのだが、赤土の「旅っぽくバイクで行こう」との一言でこうなった。

 長時間の移動と言うことで、それなりの回数後ろに乗ってるとはいえ心配ではあったけど、多少疲れた表情は見せているが楽しそうなので余計な杞憂であったようだ。

 

 

「向こう着いたらどうしよっか?」

「ん、流石に疲れたし、時間もないから今日は休みたいわ」

「一理ある。というか向こう着いたら須賀君の両親に挨拶しないと」

「まぁ、硬くなるなって。平日だから今はお袋ぐらいしかいないし」

「それでも緊張するって、それに幼馴染の子達も来るんじゃないの?」

「あー、多分な」

 

 

 おじさんとおばさんの二人とも仕事してるからうちにいることが多い姉妹だ。俺が返ってくるのもあってきっと今日もいるだろう。土産も買ったし、喜んでくれるといいのだが。

 積んである荷物に視線を向けていると、赤土が少し不安げな顔をするのが横目で見えた。

 

 

「仲良くなれるかな……」

「うーん…………わからん」

「いや、そこは『大丈夫だろ』って言うべきでしょ!?」

「正直、あいつら人見知りするからわからんし、あまり俺の友達と合わせたことないからな……まぁ、でもなんとかなるだろ。んじゃ、あと少しだしさっさといくか」

「不安だなー」

 

 

 もうすぐ日も暮れる時間なので、休憩もそこそこにして不安がる赤土を再度乗せ出発する。

 

 

 

 

 

「よし、到着っと」

「おー! ここが須賀くんち! ………デカッ!?」

「んーまあそこそこな。カピバラ飼うとどうしても広くなるし」

 

 

 到着してうちを見た赤土の一言目がこれだった。

 確かに龍門渕の屋敷には到底勝てないが、それでも一般家庭よりは広い家だと思う。とはいえ、それはプールが必要なカピの為でもあるので、生活空間はそこまででもないのだけど。

 

 そんな会話をしながら荷物を下ろす。着替えなどのデカい物は先に宅急便で送ってあるとはいえ必需品は手持ちだからそれなりに積んでいる。

 

 

「んじゃ、さっさと入るか」

「ちょ、まま待って! な、なんか緊張してきた……」

「緊張って、うちに入るだけだぞ」

「いや、いつも入ってる須賀くんちと違ってご両親もいるならヤバいって」

「あー……確かにそうか。まあ、でもさっき言った通り今日は平日だから今いるのはお袋ぐらいだぞ」

「そうなんだけどさ……」

 

 

 微妙に後ずさりしながら答える赤土に同意しておく。確かに初めて遊びに行った家に上がる時は親が留守ならともかくこんなもんか。

 すると何を思ったのか赤土が深呼吸を始めた。そこまでかい。

 

 

「すぅーはぁー…………よし……行こうか」

「おう。ただい 「「きょうちゃーん!!」」 ぐぼぁ!?」

「え、なななに? 敵襲!?」

 

 

 鍵を差し込み、扉を開けて足を踏み入れた俺に激突する影二つ。

 それなりの衝撃だったが、男のプライドとしては倒れるわけにもいかず足に力を入れて踏ん張る。ただし手に持っていたカバンは落としたけど。

 なんとか倒れずにすんだので顔を下に向けると、予想通りそこには懐かしくもあり、見慣れた顔が二つあった。

 

 

「照、咲、危ないから体当たりは禁止って言ってるだろ」

「だってだって!」

「京ちゃん帰ってきたんだもん!」

 

 

 前にいたのが俺だったからいいけど、もし先に赤土を入れてたらそっちにぶつかっていたのもあって注意をするが、二人はこちらの腹に顔を埋めてぐずった声を出しながらいやいやと首を振るばかりだ。

 

 まったく……半年経ったんだから少しは大人っぽくなっているかと思ったら変わらないな――いや、少し背が伸びたかな?

 

 

「少しは我慢しなさい、二人とも外見てずっと待ってたんだから」

「って、お袋」

 

 

 どうしようか悩んでいるとお袋が奥から出てきた。

 

 まあ、お袋の言うことにも一理あるか。なんだかんだ言ってこいつらが生まれてからこんなに長く離れていたことはなかったし、しばらくはこうさせておくか。

 そうやってなすがままにされている俺を一度置いて、お袋は俺の後ろへ視線を向ける。

 

 

「あなたが赤土晴絵さんね、汚い家だけどゆっくりしていってね」

「あ……おおおお世話になります!」

 

 

 どこか楽しそうに歓迎するお袋に向かって急いで頭を下げる赤土。なんだかこそばゆい空気だぞ。

 

 

「さ、積もる話もあるだろうけど、二人も長旅で疲れたでしょ。ぱっぱと荷物置いて休憩しましょう」

「あ、ああ、そうだな。部屋の案内は――」

「あんたは動けないんだから、私に任せて照ちゃん達と一緒にリビング行ってなさい。案内するから着いてきて、晴絵さん」

「お、お願いします…………あ、お邪魔します!」

 

 

 そういって俺の荷物をかっさらうと、そのまま赤土を連れて部屋に向かうお袋であった。しかしお袋もいきなり名前呼びか…いや、年下の同性だしそんなもんか。むしろおばちゃんみたいにちゃん付けしないだけましか。

 

 そんな風に異性間の壁を感じつつも再び視線を向けると、チビ達は未だにくっついたままだ。

 

 

「ほら、リビング行くんだから一回離れろって」

「…………抱っこ」

「…………おんぶ」

「はぁ……ほらよ」

 

 

 くぐもった声で答える照と咲に呆れつつも、仕方ないかと思い腰を下ろしてやる。すると、のそっとした動きで背中に回る咲と抱っこしやすいように首に腕を回す照。

 二人がしっかり掴まったのを確認してから立ち上がると、前に同じようにした時よりも幾分か重く感じた。

 

 しかし――それは二人が半年で成長したからなのか、久しぶりに帰ってきたからなのかはわからなかった。

 




そんなわけで夏休み長野帰郷編でした。
本当なら夏休みの話は今回前編、次回後編の二話で終わる予定だったのですが、案の定一万超えたので区切ります。


それでは今回はここまで、次回もよろしくお願いします。



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十三話

うそすじ

「よし、到着っと」
「おー!ここが須賀くんち!………なにこれ!?」
「んーまあペガサス級強襲揚陸艦2番艦だからな。MS置くとどうしても広くなるし」


 到着してうちを見た赤土の一言目がこれだった。
 確かにア・バオア・クーの龍門渕には到底勝てないが、それでも一般輸送船よりは広いと思う。



 あれからリビングまで行き二人を下ろしたのだが、二人とも離れる素振りを見せず、結局ソファーの左右に陣取られてしまった。手ぐらい洗いたかったのだけど……。

 

 その後、案内も終わったのか数分も経たずに赤土を連れてお袋がリビングに来ると、俺達の様子を見て苦笑してから台所に向かい、手伝おうとする赤土をお客さんだからと座らせて、ささっとお茶菓子の用意をしてから戻ってきて改めて自己紹介を始めた。

 しかしお袋と赤土は問題なくにこやかに終ったのだが、問題はこのポンコツ姉妹であった。

 

 

「…………………」

「…………………」

「…………………」

 

 

 上から照、咲、赤土である。

 変わらない?確かに三人とも無言なのには変わりはないが、表情は全く異なっている。嫌いな野菜を目にしたように赤土をジッと見つめる照と咲。そしてその視線に晒されて居心地悪そうにする赤土といった感じだ。

 

 赤土は助けを求めるようにとあちこちに視線を向けているが、俺は問題の視線を向けるポンコツ姉妹に挟まれており、お袋は楽しそうに見ているだけだ。

 孤立無援である。

 

 

「こら、二人ともやめろって、いったいどうしたんだ?」

「だって……」

「この人京ちゃん盗ろうとする」

「取ろうって……俺は物じゃないし、赤土はそんなことしないぞ」

 

 

 流石に支援しようと二人を注意するのだけど、的外れ――いや、ある意味正しい事を言われてしまった。

 

 久しぶりに帰ってきたと思った俺が友達連れてきたんだもんな。二人からすれば遊んでもらえなくなるって思っても不思議じゃないか。

 とはいえ、しばらく赤土はこっちにいるから二人と会う機会も多いだろうし、何とか仲良くして貰いたいんだけどな……。

 

 そんな風に頭を悩ませていると、正面に座っていた赤土が決心したかのように一度表情を引き締めてから立ち上がり、こちらに向かって歩いてくると照達の目線に合わせてしゃがみこんだ。

 

 

「私は赤土晴絵って言うんだ。二人の名前教えてくれるかな?」

「………宮永照」

「………宮永咲」

 

 

 普段俺に見せている馬鹿笑いのような表情とは違い、優しげな笑みを浮かべて話しかける赤土。それに対し一応の返事は返すものの、対照的に眉間に皺を寄せている二人。

 その様子にどうなるのかと、ハラハラして見ている俺を余所に赤土は話を続ける。

 

 

「うん、いい名前だね。照ちゃんと咲ちゃんって呼んでいいかな?」

「………」

「………」

「まあ、ダメって言っても呼ぶけどね」

「「え?」」

 

 

 赤土の言葉に顔を見合わせていた二人だが、続けられた言葉にパッと顔を正面に向けて赤土の顔をガン見すると、その様子が面白かったのか赤土が耐え切れなくなったかのように笑い出す。

 その様子に最初は何がなんなのか理解していなかった照達だったが、なんで笑っているのか理解すると、気にいらないのか頬を膨らませて抗議し始めた。

 

 

「あはは、ごめんごめん。でも二人の事は須賀君からよく聞いてたたし、本当に仲良くなりたいんだ」

「京ちゃんが……」

「……んゅ?」

 

 

 赤土の台詞を聞いてこちらを見上げる照と咲。

 まあ、確かに話題に上がることは何度あったし、赤土も会ってみたいって言ってたから本心だろう。

 

 

「そんなわけでダメかな?」

「………」

「………」

 

 

 頭を傾けながら両手を合わせる赤土に対し、どうしようかと二人とも悩んでいる。

 その様子を見ていた赤土はもうひと押しだと畳み掛けるように話を続ける。

 

 

「それにさ、二人とも須賀君のこと好き?」

「ん? ……うん」

「……ん」

「私も須賀君のこと好きだよ。あ、勿論友達としてだけどね。だからさ、須賀君の事が好きなもの同士ってことで友達になれないかな?」

 

 

 そういって照達の手を取る赤土。その真っ直ぐな視線に二人とも困惑気味で、どうしたらいいのかとこちらを見てきた。しかし笑い返すだけであえて何も言わないでおく。

 人見知りでもあるこいつらにとってはある意味いい機会だと言えるから自分達で考えさせたい。というか赤土もサラッと好きだとか言わないでほしい。ビビったじゃないか。

 

 そんな思いが届いたのか、二人はこちらを見るのを止めて、お互いに視線を交わすと口を開いた。

 

 

「うん……いいよ」

「友達……」

 

 

 咲は普通に返事を返したが、照は何処か恥ずかしそうにしている。

 新学年になってからも親しい友達は出来たって話は聞かないし、なんだかんだ言っても嬉しいんだろうな。

 

 

「よっしゃ! それじゃあ一緒に遊ぼうか! 須賀君、なんか遊び道具ない?」

「ん? だったらあっちの部屋にトランプとかジェンガとか色々あるからそれでも使うか?」

「いいね! 照ちゃん、咲ちゃん、一緒に行こう!」

「う、うん……」

「わかった」

 

 

 奥の部屋を指差して教えると、赤土は立ち上がって二人の手を取りながら動き出す。

 照と咲はその勢いに戸惑ってはいるが、嫌そうな顔はしていない。二人とも人見知りはするが人懐っこいし、何とか仲良くなれそうだな。

 

 

「ほら、須賀君も」

「あー、先行っててくれ。流石に疲れたし、荷物の整理もしたいから少し休んでから行くわ」

「おーけー、二人が寂しがるから早く来るんだよ」

「りょーかい」

 

 

 遊ぶのは構わないけど、帰ってきてから落ちつけてないからな。先に行ってもらうことにして三人を見送った。

 ソファーに深く座り直しコーヒーに口をつけながら一息ついていると、お袋が笑いながらこちらを見ているのに気づく。

 

 

「…………なんだよ?」

「ふふ、いい子じゃない」

「まあな、自慢のダチだよ」

 

 

 『誰が』とは言わなかったが、まあ、赤土の事だろう。

 前から子供の相手は得意そうに見えたが、実際にそういう現場に出くわすとハッキリしたな。

 

 昔、ハギヨシから子供を相手にする時は子供の目線に合わせるとか、明るい声や笑顔で接する必要があるとか色々聞かされたけど、赤土はそれが出来てたっぽいし納得。でもアイツ一人っ子だったよな、どこで覚えたんだ?

 そんな風に考えていると、お袋が話を続けてきた。

 

 

「それで、晴絵さんとはどんな関係?」

「どんなって…だから友達だよ」

「あら、恋人じゃないの?」

「ゴフッ!?」

 

 

 お袋の唐突な台詞のせいで飲んでいたコーヒーが気管に入りかけて咽る。

 濡れた口元を近くに置いてあったティッシュで拭うと、恨みを込めた視線を返し焦りながら反論する。

 

 

「ちょ、な――」

「なんでって?そう見えたからよ。二人の距離って友達って言うには近すぎるからね、咏ちゃんと同じぐらいの距離だったわよ」

「はぁ……三尋木と一緒ならやっぱ友達でいいだろ。それでもおかしいって思えるなら親友ってことにしとけよ」

「あらあら」

 

 

 そういって頬に手を当てたまま笑うお袋。くそ……我が親ながら年に合ってないのに違和感がないのがムカつく。

 

 

「まあ、京太郎がそう思うのは良いけどそれも時間の問題かもね」

「また含みがある言い方しやがって……」

「そんなことよりそろそろ行ってきなさい、三人が待ってるわよ。照ちゃん達なんて朝からずっとソワソワしながら待っていたんだから」

「はいよ」

 

 

 お袋に急かされて残ったコーヒーを一気飲みしてから奥の部屋に向かう。お客さんの赤土一人に任せるわけにもいかんし急ぐか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーーー食べた食べたー」

「お粗末さまでしたっと」

 

 

 あれから夜まで四人で遊び、夕食時には仕事から帰ってきた親父やおじさん達と一緒にちょっとしたパーティーとなった。

 

 成長期の照達と違って、久しぶりに会う親父達は当たり前の如く変わっておらず、酔っ払った親父とおじさんが赤土にセクハラまがいの事をしそうになってお袋とおばさんに締められたのも変わらない光景だった。

 

 その後、夕食も終わると明日も平日だから仕事があると言うことで早めの解散となり、照達はうちに泊まりたがったが半分眠っていたのもあり、寝るなら自分の家の方がいいだろうとおじさん達に連れられて一緒に帰って行った。

 

 それから少しリビングで話していたのだが、親父達といつまでも一緒だと赤土も落ち着かないだろうと思って切り上げた。

 ちなみに赤土が泊まる客室は俺の部屋の隣だが、娯楽的なものが置いてあるわけでもないので今は俺の部屋にいる。それ以上の他意はない。

 

 

「悪いな、折角の旅行なのにあいつらの面倒見させて」

「全然かまわないって、前から会ってみたかったからね。それに楽しかったし、須賀君の話も色々聞けたよ」

「聞けたって……あいつら何言ってたんだ?」

「にひひー秘っ密ー。しかし京ちゃんかーいつもの須賀君とのギャップでなんかもう……ウププ」

「余計なお世話だ。おばさんが昔からその呼び方だからあいつらにも移ったんだよ」

 

 

 昔ならともかく、もうすぐ二十歳になるのに今だにちゃん付けなのは恥ずかしいが、無理に直させるのも可哀想でそのままなんだよな。

 

 

「でも本当に仲良いんだね、本当の兄妹みたいだったし」

「まあ、生まれた時から面倒見てるからな。子供の相手は慣れっこだよ」

「そういえば岩手に従姉妹もいるんだっけ? そっちとも仲良しだっておばさんが言ってたね」

「まあな」

 

 

 そんな話題を続けていると、ちょうどいいかと思って先ほど気になったことを尋ねてみることにした。

 

 

「そういえば赤土も子供の扱い方上手かったけどなんでだ? 兄弟とかいなかったよな」

「ん?ああ、憧……望の妹と昔から付き合いがあるからそれのせいかな」

「そういえば前に妹がどうこう新子が言ってたな」

 

 

 以前会話の中でそんな話題があったのを思いだす。

 それなりに新子とも仲良くなったけど、流石に友人の兄弟と会うことなんてそうそうないし、多分この先もしかしたら会うことはあっても顔を合わす程度で仲良くなることはないだろうな。

 

 

「まあ、二人と違って気は強いんだけどね。私の呼び方も望の真似してハルエだし」

「はは、確かにあいつらに赤土さんって呼ばれてたのは違和感あったし、そっちの方がしっくりくるな」

「なにそれー」

 

 

 赤土はカピの背中を撫でながらジト目で抗議をしてきた。

 ちなみにうちのカピは空気が読めるカピバラなので、帰ってきた当初は照達の事を考えて姿を見せず、夕食が終わった後で顔を出してきた。

 そしてカピを見た赤土の反応は……その、まあ、アレだった。

 

 

「なに? その表情」

「いや、なんでもないって」

「変な須賀君。ねー? カピー」

「キュ」

「おー聞いた通り毛はあんまり柔らかくないねー。でも癖になる手触りー」

 

 

 そう言いながら両手で背中を撫でる赤土とサービスのつもりかなすがままに身を委ねるカピ。良くできたカピバラだ。

 すると赤土がカピを撫で続けたまま物珍しげに部屋の中を見回し始めた。

 

 

「しかしこれが須賀君の部屋かー」

「ん……? しょっちゅう奈良の方の家に来てるし、別に今さらだろ?」

「そこはやっぱ十年以上暮らしてた部屋なんだから違うって、向こうにはあんま写真とか飾ってなかったし」

「まあ、向こうじゃ携帯ぐらいでしか写真なんて撮ってないからな」

 

 

 そう言って視線を向けるのは机の上に飾ってある中学や高校時代の写真だ。失くすのも嫌なので阿知賀には持っていかずこちらに置いて行ったんだっけな。

 

 そこに映っているメンバーはほとんど一緒で、中学の頃の部活関係の友人達だ。

 引っ越した三尋木以外は大体地元の清澄に行ったから高校ではクラスが別れることは多かったがそれでもつるむことは多かったな。

 

 そんな風に当時の事を思い返していると、膨れっ面になった赤土がこちらに詰め寄ってきた。

 

 

「………どうした?」

「………………………ずるい」

 

 

 は?

 

 

「ずるいずるいずるいずるいずるいずるいーーーーーッ、私も写真撮る!」

「いや、前に出掛けた時にいくつか撮っ 「やだ!」 」

「ちゃんとしたの撮りたい!」

 

 

 そういって赤土はブーブー言いながらカピの背中に顔を埋める。一方のカピは仕方ないと言った表情で受け入れている。ホント良くできたカピバラだよ。

 

 しかし…こいつ一体どうした?さっきまで普通だったのに、いきなりいつもより言動が―――って!?

 

 

「おまえ酒飲んでないか!?」

「んー? そう???」

「いつ飲んだんだよ……」

 

 

 近づいてみるとほのかに酒臭く、その予想は確信へと変わる。しかし記憶を探るがこいつが酒を飲んでいた記憶ない。

 親父達が勧めていたが、お袋たちに止められていたから普通のジュースやお茶だったし………あ。

 

 

「まさか最後の……」

「なにさー難しい顔してー」

 

 

 思いだされるのは最後リビングを出る時に赤土が自分の手元にあった麦茶を一気飲みしていたことだ。

 それが普通のお茶ならともかく、確か隣に座っていたお袋がウーロンハイ飲んでたし、それを疲れていた赤土が間違えて……。

 

 

「あちゃー……」

「あははハハハ! 変な須賀くん!」

 

 

 片手で額を押さえる俺を見て余計に赤土が笑い出す。普段だったらこうも酔わないんだろうけど今日は長時間の移動だったから体が疲れていたのもあって一気に回ったな。

 こうなっては話とかも出来ないだろうし、明日以降の予定も立てたかったが仕方ない。部屋まで連れて行って寝かせるか。

 

 

「ほら、部屋まで連れて行くから掴まれ」

「やだぁ! 須賀君の部屋で朝までいた○きストリートやるもん! 破産させてやる!」

「また懐かしいなものを……しゃーない」

「にょわ!?」

 

 

 このままではいつまでもグダりそうだったのでさっさと運ぶために赤土を抱え上げる。俗に言うお姫様抱っこだ。

 

 流石にこれにはビビって酔いが醒めたのか、先ほどまでの騒がしさは鳴りを潜め、赤土は借りてきた猫のように静かになる。

 しかしいきなりこうも変わると俺もどうしたらいいのかわからず、無言のまま隣の部屋に行く。

 

「それじゃあ今日はもう寝とけ。風呂は明日の朝にでも入ればいいだろ。場所とかルールの話は聞いたよな?」

「……うん」

 

 

 隣の部屋のベッドに赤土を降ろして風呂の事を尋ねると、小声だが返事が返ってきた。

 

 うちは昔から泊まる客が多いので、鉢合わせしないように風呂には鍵をかけて立札を掛けるようにしているのでその確認だ。

 破ればお袋からキツイ制裁があるので、故意でも偶然でも破ったものはいない。

 

 

「それじゃあまた明日な、お休み」

「あ……」

「ん? どうした」

 

 

 部屋を出ようとした俺の背中に声がかかったので振り返ると、赤土が何か言いたげな顔をしていた。

 

 

「なにかあったか?」

「……そのさ」

「うん?」

「さっき…………鬱陶しかったよね?」

「は?」

 

 

 表情からなにか重要なことでも言われるかと思ったが、出たのはよくわからない話だった。

 

 

「鬱陶しいってなにがだ?」

「だからさ…………さっき酔って駄々こねたじゃん……普段から色々迷惑かけてるのもあるし……その、嫌いになったり……」

「…………はぁ」

 

 

 そんなことかと思わずため息をつくと、赤土の体がビクッと震えた。

 こっちとしてはすごく下らないことだと思ったけど、本人が不安がっているならしっかり話したほうがいいか。

 

 

「あのなぁ……普段のおまえのやり取りをめんどくさいとか思ったことは……まあ、あるけどな」

「う……」

「人が大事に取っておいたお菓子いつの間にか食ってるし、ちょっと留守任せた間にエロ本探してるし、男の部屋だったってのに無防備にくつろぐし、それ以外にもこいつクソめんどくせえって思ったことはたくさんあるわ」

「うう……」

「でもな、嫌だなんて思ったのは一度もないぞ」

「……え?」

 

 

 少し恥ずかしいが、相手も酔っ払いだと思い込む。既に酔いが醒めている事はあえて忘れて話を続ける。

 

 

「別にさっきのなんかただのじゃれあいみたいなもんだし、他のことだってめんどくさいと思うことはあっても決して嫌じゃないさ。むしろそういった所は赤土らしいって思うし、俺も楽しいよ」

 

 

 付き合いの長いハギヨシや三尋木などの友人にも面倒だったり嫌な所はあるし、照や咲、親父お袋おじさんおばさん、全員に思うところはある。

 

 しかしどんな奴にだって大なり小なり嫌な所はあるし、ウンザリする所もあるのは当たり前だ。俺自身も気づいてたり気付いてない所でそういうのがあるだろう。

 だけどそう言った所を含めてそいつらを気に入っているんだ。嫌いになることはないし、もし本当にそいつらに不満があって付き合うのも嫌ならさっさと縁を切っている。

 

 だからそんなことぐらいで嫌いにはならないと伝えると、その言葉に安堵したのか表情を和らげる赤土――ったく、ほんとそんなことを気にしてるなんて思いもしなかったぞ。

 もう大丈夫だろうと部屋を出ようとして、最後にもう一つ付け加える。

 

 

「それにな、俺だってお前のこと好きだぜ」

「……うぇい?」

「勿論、友達としてだけどな――お休み」

 

 

 赤土が言葉を理解する前に部屋を出て、自分の部屋へと戻る。

 夕方赤土に少し驚かされた仕返しだ。やられたことをそのままやり返すのは幼稚だけど気にしてられるか。

 

 その後、隣からゴロゴロ転がりまわるような音が聞こえるが気にしないで、俺もそのままベットに倒れ込み寝ることにする。朝から運転しっぱなしだったから疲れたわ。

 眠りに落ちる途中、ふと、なんとなしに頭の中で夕方の赤土達との会話が思い出された。

 

 

『私も須賀君のこと好きだよ。あ、勿論友達としてだけどね』

 

『まあ、京太郎がそう思うのは良いけどそれも時間の問題かもね』

 

 

 しかし眠気に勝てず、それらはあっという間に頭の中から消えて行き、そのまま眠りに落ちる。

 こうして長野帰郷の一日目は過ぎて行った。

 

 

 

 ――後になってこの時の事を振り返ると、おそらく当時の俺達は生温く馬鹿の言いあえる関係が心地よくて、その先の関係に一歩足を踏み入れることから無意志に目を逸らしていたんだと思う。

 




 こんな感じで13話終了。
 レジェンドはちょっと手こずりましたが、たいした対立もなく照咲と親交を深めました。原作でも阿知賀こども麻雀クラブやってるだけあって、こっちでも子供の相手は得意です。
 まあ、ここらへんは現代編の咲ちゃんの様子からも関係は悪くはない感じはとれていたと思います。

 そんな感じで今回はここまで、次回もよろしくお願いします。


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十四話

うそすじ


「私は赤土晴絵って言うんだ。二人の名前教えてくれるかな?」
「「だが断る」」
「………………………」


 こいつらまたおじさんの漫画読んで変なこと覚えやがったな…。
 いや、ちゃんとさせるから泣きそうな顔でこっち見るなよ赤土。



 赤土と一緒に長野に帰ってきてから一週間。昨日までは晴れが続き日差しが強かったのと照達も一緒ということであまり遠出は出来ず、主に家でのんびりしたり、近場で遊んでいた。

 

 しかし俺自身はあいつらの相手をするのは日課のようなものだし、まったく嫌ではないのだが、折角旅行を楽しみにしていた赤土には申し訳ないので、ちょうど気温も下がってきたのもあり、改めて出かけることにして今日は軽井沢の方まで足を延ばしていた。

 

 ちなみにあれから赤土と照達はそれなりに仲良くなり、その中でも照は元々友達が少ない事と赤土の友達になりたいって言葉で人見知りセンサーが解除された為か、俺達身内を相手にする時程とはいかないが、普段の他人に対する消極的な面とは裏腹にそれなりに仲よくなれたみたいだ。勿論咲の方も照ほどではないがそれなりに懐いており一緒に宿題などもしていた。

 そして流石の照達も一週間ほぼ毎日相手をしていたので我が儘を言わず、しばらくは家で夏休みの宿題をしているとの事だった。

 

 そんなわけで俺達は午前中に軽井沢のいくつか観光名所を巡り、現在旧軽の土産物屋を見て回っていた。

 

 

「あっ、これ望達のお土産にいいかも。どうかな?」

「んー、大きさ的にかさばらないし、日持ちもするから悪くないんじゃないか。値段も手ごろだし」

「そうだね、じゃあこれ買ってくるからちょっと待ってて」

「おう、先行ってるな」

「いやいやいや、待っててよ!?」

 

 

 赤土が手に取った土産をレジへと持っていき、俺はその様子を眺めながら他の客の邪魔にならないように端へと体を寄せる。

 他の客の事を考えるならさっさと外に出て待っていた方がいいんだろうが、この真夏日の中、少しでもクーラーの効いた店の中に居たいと思う現代っ子的な発想で動く気にはなれない。

 

 暇なのでボーっと店の中を見ながら待っていると、レジで袋詰めして貰って手持無沙汰の赤土と目が合った。

 

 

「(そろそろお腹すいた)」

「(だったらそれ買った後どっか入るか)」

「(さんせーい)」

 

 

 口パクとアイコンタクト、そして勘でお互い何を言っているのかを把握する。流石に半年の間ほぼ毎日顔を合わせているとこれぐらいお手の物だな。

 ちなみにこれより長い付き合いのハギヨシと三尋木他数名とはやろうと思えば目だけで会話ができる。

 

 

「おまたせ、それでどこいこっか?」

「ん、ここら辺でもいいがいっそのこと下に降りるか」

「あー、来る時に見えたショッピングモール? いいね、いこいこ」

 

 

 会計を終えた赤土と一緒に店を出てから停めてあるバイクまで歩く中で、あれは美味かっただの、別の方が良かったなどと先ほど店で試食した品について討論する。

 こういった話って店の中だと、店員に聞かれるからおおっぴらに話せないんだよな。

 

 

「よっしゃ、レッツゴー!」

「はいはい」

 

 

 最初の頃は乗るたびにおっかなびっくり回していた腕も、今ではすんなりと俺の腰へと回される。半年経つとこのやり取りも慣れたもんだ。

 そして赤土がしっかり掴まっているのを確認してから走り出す。目指すは軽井沢駅だ。

 

 

 

 

 

 あれから軽井沢駅の方まで下りてきた俺達は近くの店に入って昼食となった。

 名産的なのでもいいが、この一週間うちでも外でもそれなりにその系統の物はよく食っているから、たまには洋食ということで、昔何度か入ったことがあるピザ屋で食べることにした。専門店だからそれなりに美味く、当たりの店ということで赤土もご満悦だった。

 

 そして腹も膨れたので腹ごなしに歩こうということになっり、そのままショッピングモールを覗くことにする。

 

 

「おーでっかいねー。やっぱり皆服とかの買い物来るときはここなの?」

「まあ、田舎だしそんな感じじゃないか?」

「いやいや、なんで疑問形。同じ長野県民でしょ」

「おまえ、女子と男子の衣類に対する認識の差をわかってないな。近場ならともかく、こんなとこまで来るのは一部のお洒落な奴ぐらいだよ」

「えーと、須賀君は…………あ、ゴメン」

「それはそれでムカつくな」

「あはは、ごめんごめんって」

 

 

 謝りながらもからかう様にこちらの頬を突いてくる赤土をジト目で見る。

 自分のセンスの無さはわかって入るけど、他人に言われるとそれはそれで腹が立つな。いや、別にないわけじゃないけど、雑誌に載っているような男達に比べるとそこまで服に拘りなんてないから劣ってはいるのは仕方がないんだ――なんて、自分に言い訳をしつつそのまま歩き続ける。

 

 昼食を終えてから敷地の中に入ったのだが、向こうにはあまりこういった施設はないので赤土も興奮気味だ。大阪に出ればこれぐらいのはいくらでもあるけど、流石に阿知賀近辺にはないからな。

 昔、子供の頃に来た時は俺もすげえ興奮したっけ……まあ、服とかアクセばっかりで、玩具系がほとんどなかったから直ぐにがっかりさせられた覚えもあるけどな。

 

 ガキの頃を思い出して感傷に浸っていると、赤土が近くにあった案内板を見ながら眉間に皺を寄せて唸りはじめる。

 

 

「む~……これだけあると一日で回りきるのは難しいね」

「そこらへんは時間と相談だな。ついでにブランド物も多いから財布とも相談だ」

「まあ、ウインドウショッピングって感じでいいよ。他にも色々あるみたいだし」

「ああ、場所柄長野の土産も揃ってるしな」

 

 

 これからどうするか相談しながら足並みをそろえていくつか店を眺めていく。

 しかしこうやって歩くたびに思うが、俺と赤土はそこまで身長差がないから楽でいい。下手すると歩幅が俺の半分近い奴もいるからな。

 まあ、口に出すと赤土は凹むからあえて言わないけどな。こいつ自分の身長の事結構気にしてるし。

 

 

「言っとくけど……視線で何考えてるのか丸わかりだから」

「うげぇ!? マジか!」

 

 

 モロバレだったみたいだ。

 

 

「ふん、どうせデカ女さ……」

 

 

 そして拗ねた。

 

 

「悪かったって、ほ、ほら、あれ旨そうだし食おうぜ」

「ん、仕方ないな」

 

 

 拗ねる赤土に対し出店で売っているお菓子を奢ることで宥める。そしたら案の定、コロッと機嫌を直しやがった。

 周りからしたら背も高くてスラッとしてるからモデル体型に見えて良いと思うんだけど、赤土も女だからか妙に気にするんだよな……。

 

 その後、それなりに歩きっぱなしだったのもあり、先ほど買ったお菓子を手にモールに設置されているベンチに座って休憩することにした。

 

 

「ほれ」

「ありがと」

 

 

 近くにあった自販機で飲み物を買って手渡すと並んで座り、外の景色を眺めながら一息つく。

 ちなみに夏休みらしく俺たち以外の客も大勢いるから、家族連れや学生達と思われる集団もいて、中にはカップルもいる。

 

 

「(俺達も周りからすればああやって見えるのかね…)」

 

 

 まあ、男女ペアならそう見えるかもしれないけど、実際は只の友人同士だし関係ないな。今考えたことを頭から振り払い、今一度外の景色を眺める。

 元々ここはゴルフ場だったからそれを活かした広場も大きく、特に店先の通路で円状に囲まれた中央の池も合わせてそこいらじゃあまり見られない景色だろう。

 

 

「……いいね、なんかのんびりしてて」

「だな……しかしここに来るなら冬の方がよかったんだけどな…」

「え、なんで? なんかイベントでもあんの?」

「ん……ああ、いや、そういうわけじゃないんだけどな」

 

 

 ボンヤリとしていたせいか、思わず口から出でてしまった事を聞かれていた。まあ、たいしたことでもないけど隠すほどの事でもないし言うか。

 

 

「ほら、そこにデカい池があるだろ?」

「うん」

「冬の良い時期に当たるとそこが全部凍ってな、それで晴れると日が反射して景色がすごくきれいなんだよ」

「へぇ~、雪に見慣れてる須賀君でもそう思うぐらいなんだ」

「ああ」

 

 

 その景色を思い出すように言うと、興味津々とばかりに同じように池の方を観察する赤土。

 しかし残念ながら今は夏真っ盛りだからその景色は拝めないが、それでもなんとなくは感じ取れるんじゃないかと思う。

 

 

「それにな、ここの通路って長いだろ」

「うん」

 

 

 俺が横を見回してから上を向くと、またも同じように赤土も視線を動かす。

 そこには通路に沿って軒……と言っていいんだろうか、そんな感じで屋根が付いている。

 

 

「この軒の先に氷柱がずらーっと出来るんだよ」

「ほうほう」

「それで氷柱が出来た後に少し気温が上がるとその氷柱が少しずつ溶けて水が落ちるんだけど、氷柱の量も多いから色んなところからその音が聞こえな、凄く綺麗なんだ」

 

 

 中学の頃、冬休みということで皆とここにスキーをしに遊びに来たんだが、たまたまその状況に出くわして皆めちゃくちゃ感動してたっけな。

 当時を思い返して懐かしく思っていると、ふと、横から視線を感じて顔を向けたら、赤土がどこか優しげな表情で見ていた。

 

 

「ま、まあ、そんなわけで夏の長野もいいけど、冬も凄く良いってわけだ」

「ん、そうだね」

 

 

 恥ずかしい所を見られた!と、少し後悔をして少し赤みがかっているだろう顔を見られないように視線を他へ向ける。

 

 ――まったく……なにやってるんだろうか。

 

 きっとからかう様な笑みに変えてこっちを見てるんだろうなーと思い、横目で赤土を見ると、予想とは違い赤土は池の方を見ながらどこか羨ましそうな顔をしていた。

 

 

「いいなぁ……私も見てみたいな」

「その時の写真なら撮ってあるぞ」

「いや、それはそれで見てみたいけど……もう、そうじゃないっしょ」

 

 

 意地悪げに言う俺に対し、拗ねながら抗議してくる。

 まあ、言いたいことはわかってはいるけど、先ほどのことを誤魔化したくてはぐらかそうとしてしまうのはわかっては欲しい。

 

 

「まあ、また冬に来た時に見れると良いな」

「…………いいの?」

「断る理由がねーよ。お袋たちだって歓迎するさ」

「そっかぁ……へへ」

 

 

 照れくさくなったのか頬をポリポリとかいて誤魔化す赤土。

 なんだかんだですぐに馴染んだからお袋たちは勿論照達だって歓迎するだろう。

 

 

「まあ、冬になると駅から離れた土産物屋は結構閉まるからそれはそれで不便なんだけど」

「でも今度はスキーとか色々出来るんでしょ?」

「まあな」

「今度教えてよ」

「いいけど俺の教え方はスパルタだぜ」

「そんなの今更だってば」

 

 

 向こうでのことを思いだしたのか赤土が眉間に皺をよせる。言っておくが俺は悪くないぞ。勉強しないお前が悪い。

 おかしな表情をする赤土をからかいながら立ち上がる。そろそろ休憩もいいだろ。

 

 

「んじゃ、適当に次の店でも入るか」

「おっけー、今度は須賀君に合う洋服選んであげるよ」

「自信ありげだな」

「まあ、望の胸ぐらいにはね」

「それってびみょ…いや、すまん何も聞かなかったことにしてくれ」

「貸し一ね」

 

 

 要らぬところで貸しを作ってしまった……凹む。

 そのような調子でこの後も適当な感じでいくつかの店を回る俺達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから店を回り、インテリアや雑貨の店ではお互いの趣味や個性の違いからちょっとした討論になり、服飾関係では俺だけでなく、赤土のセンスの無さも浮き彫りに出るという結果となった。

 まあ、それでも赤土の『一応』俺以上センスで服や小物をいくつか購入した。

 

 それからいくつか名所を巡ってから街まで帰ってきたが、夏なので日は未だに出ているが、それなりに寄り道もしたので既に時刻は五時を過ぎていた。

 良い時間なのでこのまま家に帰っても良かったのだが、もう少しだけ外を歩きたい気分だったので今はうちの近くの河原で休憩中だ。

 

 

「んーーー、楽しかったぁー!」

「ああ、でもやっぱ一日動き回ると流石に疲れるな」

「若いのに何言ってんだか、向こうでも毎日筋トレしてるじゃん」

「いやいや、そういった疲労とはちょっと違うだろ。まあ、楽しかったからいいんだけどさ」

「だね、明日はどうしよっか?」

「そうだな 「お、あれって須賀じゃねーか!?」 ん?」

 

 

 赤土と河原に座りながら明日以降の予定について決めようとすると、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 声の主がいるであろう上の道へ振り返ると、そこにいたのは見覚えのあるようなないような男子四人だった。

 

 

「あ? ………おお! 久しぶりだな、佐藤、鈴木、高橋、田中!」

 

 

 全員個性のなさそうな顔をしていて少しばかり逡巡したが、四人組みということから記憶が掘り起こされ、高校時代のクラスメイトだということを思いだした。

 そいつらも俺が須賀京太郎だとハッキリと分かるとこちらに向かって降りてきた。

 

 

「おう久しぶり! つーかいつ帰ってきたんだよ、戻ってきてるなら連絡しろよ!」

「というか絶対今『こいつら誰だっけ?』って顔してただろ」

「マジひくわー」

「そうか?」

 

 

 高校時代から変わらないサラウンドアタックをかましてくる佐藤鈴木高橋田中に少々ゲンナリしながらも懐かしく感じる。

 まだ高校を卒業してから半年しか経っていないというのにそれでもひどく懐かしく感じるのは、こちらに帰ってきてから未だ昔の友人に会っていないのと、向こうでの大学生活が充実しているからだろうか。

 

 

「悪い悪い、少し前に戻ったんだけど忙しくてな。しかしお前らも相変わらずだな」

「そういう須賀もかわらねーな。それでいつまでこっちいるんだ?」

「あー、詳しく決めてないが多分八月末ギリギリまではいると思う」

「だったら今度遊び行こうぜ。須賀って見た目悪くないから女も寄ってくるし合コンに持って来いだ」

「ああ、なんせ昨日も玉砕してきたところだからな。俺達の力じゃ足りん」

「マジひくわー」

「そうか?」

 

 

 そういって逃がさないとばかりに肩を組んでくる佐藤鈴木高橋田中。遊びに行くのは構わないけど合コンか……向こうじゃそういったのは行ったことないからな、今後の経験として一つ行ってみるのもありか?

 突如訪れた機会に頭を悩ませていると、佐藤鈴木高橋田中がなにかに気付いたかのように横を見る――って、あ…そうだ赤土がいたんだった。

 

 視線の先にいる赤土はどうしたらいいのかわからないといった複雑な表情だった。

 まあ、いきなり一人で放置状態にされたらそうなるか。こりゃ拗ねて後で色々言われるな。

 

 後の事を考え微妙に頭を痛くしていると、突如佐藤鈴木高橋田中が俺を囲み、まるでドラマで見る容疑者を調べる警察官のような表情かつ赤土に聞こえない程度の声量で詰問してきた。

 

 

「おい須賀! あの子は誰なんだ!? 一緒にいたって事はお前の知り合いだよな?」

「見た感じ女子にしてはかなり身長があるみたいだけど、かなり可愛い子だよな。結構好みかも」

「マジひくわー」

「そうか?」

 

 

 矢継ぎ早に飛ぶ質問のおかげで霹靂とする。

 まあ、確かに赤土って大学でも女子だけで動く時は声かけられることもあるみたいだし、こいつ等としては気になるのもしょうがないか。ついでに俺としても一応可愛いのは同意しておく。

 そしてさっさと教えろとばかりに体をゆすってくるのが鬱陶しいので教えてやることにした。

 

 

「向こうのダチだ。休みだからちょっとした旅行のつもりで連れてきたんだよ」

 

 

 面倒なので簡潔で必要なことだけを伝えることにする。とはいえ、これ以上に説明することなんてないのだが。いや、うちで寝泊まりしているって言ったら炎上しそうだが。

 しかしそれだけでも十分なのか、四人とも苦虫をかみ殺したような表情をしている。

 

 

「あーくっそ、向こうで上手くやれてるか心配して損したわ」

「女同伴で帰省とかありえねーな、でもまだ友人なら俺にもまだチャンスがあるかもしれん。ちょっくら行ってくるわ」

「マジひくわー」

「そうか?」

 

 

 そいつは余計な心配かけてスマンな。いや、絶対嫉妬十割だろ。そんな会話をしていると、俺を囲んでいた円から抜け出して本当に鈴木が赤土の所に向かいだした。

 止めようと思ったが、未だ他の三人に囲まれているのでとっさに動くことができなかった。

 

 

「はじめまして、須賀の高校時代のクラスメイトの鈴木です!」

「え、ええと……はじめまして、あ、赤土です……」

 

 

 元気よく自己紹介をする鈴木に対し、赤土はなにやらヒソヒソしてた野郎五人のうちの一人が突如自分の方へ向かってきたので困惑気味だ。

 

 案の定「これなに?どうしたらいい?」って顔でこっち見てるし。

 別に鈴木が変なことをするとは思っていないが、いきなり初対面の相手に話せって言われるのも困るだろう。そう思い二人の方へ向かう。

 

 

「そうですか赤土さんですか…………ん?」

 

 

 爽やかに語りかけて鈴木が突如黙り込んだかと思うと、こちらに振り向き歩いてきた。

 そして同じようにむこうに向かって歩いていた俺の前で立ち止まると、頭を叩いてきた――って!?

 

 

「なにすんだよ!?」

「うるせぇ、なにが友達だ。期待させやがって」

「はぁ?」

「ったく、恥ずかしいからって彼女隠すんじゃねーよ」

 

 

 ―――――――――――――――――はぁ?

 

 

「「はぁ!?」」

 

 

 最初何言われていたのか理解できなかったが、脳みそがようやく言葉と意味を理解すると、会話が聞こえていたらしい赤土と声を揃える。

 いや、それよりこいつ何言ってんだ。赤土が誤解するじゃねーか!?

 

 

「ちょ、お前なに言ってんだよ!?」

「だから彼女だろ、お前去年の夏休み明けに彼女出来たって言ってたじゃないか」

「あー、そういえばその時赤土って人が彼女だって言ってたなー。後で聞くつもりだったけど中川と室井の話題ですっかり忘れたっけ」

「マジひくわー」

「そうか?」

 

 

 頷きながら話す佐藤鈴木高橋田中を見ていると俺自身も当時を思い出してきた。

 

 

「(あー…確か見栄で咄嗟に赤土の名前使ったんだっけな…)」

 

 

 あの時はすぐ後に隣のクラスの中川(男)と室井(男)が付き合い始めたって話題が出て有耶無耶になったから俺自身もすっかり忘れていた。

 

 しかし既に後の祭り。恐る恐る赤土の方を見ていると―――無表情となった赤土がいた。それなりに付き合いがある相手でなければわからんが、おそらく頭の中では激しい混乱状態になっているんじゃないかと思う。

 

 こいつらの誤解を解くべきか、それともとりあえず今は流して赤土の誤解を先に解くべきかと悩んでいると、佐藤鈴木高橋田中がバツの悪そうに話を進める。

 

 

「だとしたらこれってデート中だよな? 俺達ってすげえ邪魔だし急いで消えるか」

「空気を読んでカップルを応援するイケメン四人……次の合コンではイケるな」

「マジひくわー」

「そうか?」

「んじゃ、俺達もう行くから後でメールでもくれよ。近いうちにプチ同窓会でもしようぜ。じゃあな」

「お、おう、またな」

 

 

 そう言うと佐藤鈴木高橋田中は肩を並べ、どこか哀愁漂う背中を見せながら帰って行った。あいつらホントかわらねーな……って、それより今は大事なことがあった。

 

 

「あー……赤土」

「………………」

「おーい、赤土ー」

「………………」

 

 

 顔の前で手をひらひらとさせてみるが反応なし。別に気絶しているというわけではないが、どうやら頭の中で色々と考えまくっているからかこちらに気付いていないようだ。

 しかし無理に気付かせるときっと『近づいた俺の顔に驚いて大声を上げるorビンタ』という漫画みたいなテンプレ展開が起きそうだしな、さてどうしよう。

 

 

「――――――――なんで初めてのデートが床屋なのさ!?」

「何の話だよ!?」

 

 

 どうしようか悩んでいると、突如赤土がわけのわからんことを叫ぶ。

 驚いて後ずさり、ひとまず様子を見ていると、正気に戻ったのかどこか虚ろ気だった目に光が戻って近くにいた俺へと視線を向ける。

 

 

「え? え? えええ? あれ?」

「おーい、目は覚めたかー」

「え、う、うん……ってすすす須賀ががかかかかかのじょ!?」

「いや、ちゃんと説明するから落ち着けって」

 

 

 どうやら想像……いや、妄想でもしてたんだろうな。目が覚めた後もテンパる赤土を落ち着かせ、先ほどのやり取りで出た誤解を解くために説明をする。

 

 ――去年赤土と出会った旅行が知らぬ間にクラスで広まっていた事。

 ――その中で俺に彼女出来たって噂が出来たって事。

 ――否定すると馬鹿にされるので思わず嘘をついたこと。

 ――そして……思わず旅行先で会った赤土の名前を出してしまった事をだ。

 

 

「ほんとスマン。長野と奈良だったらすごい離れてるし、苗字だけならバレないと思ったんだよ」

 

 

 今になって思えば、当時は知らなかったが、赤土は数年前に麻雀の全国大会にも行っていて、クラスで麻雀やっている奴もいたから下手したら知ってる奴がいてもおかしくなかったんだよな。写真でも見せていたら完全にアウトだったろう。

 

 

「マジで迷惑かけるつもりなんてなかったんだ、なんでもするから許してくれ!」

 

 

 未だ黙ったままの赤土に向けて両手を合わせ、頭を下げて謝る。

 当時はまだ知り合ったばかりの相手に本人がいない所で勝手に彼女扱いされるって嫌だろう。しかも誤解も解かずそのままだったし。まあ、もし俺が逆に彼氏扱いされてたら…その、嬉しいが、そこは男だからだろうしな。

 

 頭を下げている為赤土の顔は見れないが、恐らく恥ずかしさ75%、怒り25%辺りの赤土がいるんじゃないだろうか?

 しかし赤土は何も言わずにいた。どうしようか悩んだが、いつまでも顔を下げたままだと話が進まないので恐る恐る顔を上げると……。

 

 

「………………ん、ああ、別に気にしてないからいいよ」

 

 

 俺の視線に気づいた赤土が予想と反して笑いながらそう言った。

 てっきり恥ずかしさを誤魔化す為に怒りだすと思っていたのだが、俺の予想違いだったか?いや、でもなんか違和感があるな……。

 さっき佐藤鈴木高橋田中がいた時に見せた無表情の時よりも赤土の表情が読めない。

 

 

「それじゃあお腹もすいてきたしそろそろ帰ろっか」

「あ、ああ……」

「ほら、もたもたしてないで急ぐ急ぐ」

 

 

 赤土はそういうと俺の背中を押してバイクの方へ歩きはじめる。振り返って赤土の顔をもう一度見て確かめたかったが、この変な感じは気のせいなんだろうか。

 そしてバイクの所まで行くと、いつも通り赤土を後ろに乗せて家に帰ることとなった。

 

 

 

 ――その後、赤土が先に阿知賀に帰るまでの一週間。俺達の間にはどこかおかしな空気が流れていたが、結局俺はそれがなんなのかわからなかった。

 




 とまあそんなわけで随分と間が空きましたが夏休み後編の過去編14話でした。
 登場を期待していた方々には申し訳ないのですが、咏ちゃんハギヨシの出番はありませんでした。神は言っている…まだ早いと。まあ、そのうち出る予定なので気長にお待ちください。
 そしてそれなりに良い雰囲気だったのになにやら暗雲立ち込めはじめた二人の関係。この先どうなるかは次回で。


 とまあ本編の話はここまでで、なにやら色々と設定が公開されたみたいですのでちょっと横道にそれますが雑談を。
 なんでものどっちのおもちがJ→Kになってたり、明星ちゃんが従姉妹だったりと色々出てきましたが、うちとしては京太郎が中学時代ハンドボール部だったってのが一番重要ですね。
 これまた設定が出てきてくれて色々使えますが、これはこれで既に書いてあるものに影響するという…嬉しい悲鳴ってやつですかね。

 それで入れ替えても本編にはそこまで影響ないですし修正してもいいんですが、めんど(ryいえ、しょせん二次創作ですからね。多分番外編で他の話を書く時はハンドボール部設定で行くと思いますが、本編はこのままで行かせてください。
 ほ、ほら、10年違えば周りの環境も変わるから部活が違ってても問題ないよね!うん!


 それでは今回はここまで、次回もよろしくお願いします。


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十五話

うそすじ

京太郎「マジで迷惑かけるつもりなんてなかったんだ、なんでもするから許してくれ!」

 未だ黙ったままの赤土に向けて両手を合わせ、頭を下げて謝る。
 すると赤土は下を向いたままこちらに近づき、俺の体に腕を回したかと思うと…。

晴絵「レジェンドブリーカー!!死ねぇっ!!!」
京太郎「ぐああああああああ!」



 ―――男の部屋に女が上がり込む。

 

 言葉だけなら大変盛り上がるシチュエーションだ。しかしそれも相手による。

 いや、別にその相手に女性的な魅力がないというわけでなく、正確に言えば誰が相手でもそれなりに慣れるということだ。

 

 中学時代は学校に近いという条件もあって野郎どもと一緒に女子の友人(貧乳多数)もうちをたまり場にすることが多く、また、女子で一番仲の良かった三尋木(ロリ)がピンで遊びに来ることもあり、最初のうちは女子相手ということでドキドキすることもあったがすぐに慣れてしまった。

 それは高校生になってからも三尋木の身長と同じで変わらず、そして大学に入ってからは赤土(平均)がほぼ毎日尋ねて来るので相手が変わってもすぐに慣れてしまった。

 

 そんなわけで今、難しい顔をした新子(並)がテーブルを挟んで俺の目の前にいるのだが別にドキドキはしないな。やっぱ大事なのはおもちだよ。うん。

 そんな他愛のないことを考え現実逃避をしていると、先ほど俺の話を聞いて黙っていた新子が呆れたようにため息をつく。

 

 

「はぁ……そりゃまた面倒なことになってるね……」

「面目ないっす。そこでどうか新子様のお力を貸していただけないかと……」

「やれやれ、情けない友人達を持つと苦労するよ」

「ごもっともです」

 

 

 拝み倒す俺に呆れた視線を向けながらもなんだかんだ相談にのってくれる新子には感謝を仕切れない。赤土が頼りにするのもわかるわ。

 そもそもなぜ俺が新子相手にこんなことをしているかというと、話は夏休みまでさかのぼる――

 

 

 

 

 

 赤土と一緒に長野に帰省した夏休み。初めの一週間はチビ共の相手をしつつもお互いに楽しんでいたのだが、途中遠出をした時に高校時代の友人と出会い、そこでとある会話をしたのが事の発端だ。

 

 

「赤土晴絵は須賀京太郎の彼女だ」

 

 

 正確な台詞は違うが、このことでそれから赤土との間で微妙な空気が流れ始め、夏休みが終わり、大学が始まってからもその状態が続いていた。

 

 しかし別に仲が悪くなったということではなく、夏以前と接し方はあまり変わらず、毎日一緒に大学へ行き、帰り、遊ぶと言う関係は変わっていない。ただ、時折会話の中にズレみたいなものを感じるのだ。

 なので、この一か月なんとかそれをなんとかしようとしたのだが、下手に動いてもこれ以上に差が広がりそうな気がするし、実際どうしようか困り果てている間に一か月も経ってしまっていた。

 

 このままでも友人としてのやり取りには問題ないのかもしれないが、流石にそれは原因を作った身としては不誠実だし、俺自身しっかりと解決したいと思っている。

 そこで、最後の手段として新子に協力してもらうことにしたのだ。

 

 あまり人に聞かれたくない話ということで、赤土が実家の用事で来ない日を狙ってうちに呼んだ。なんか彼女に内緒でこそこそ浮気しているみたいな感じだが、新子がうちに来るのは珍しくないし気のせいだろう。

 そして先ほど家に来てもらった新子に出来る限りもてなしをした後、向こうで何があったのかを話したのだ。

 

 ちなみに最初は神妙に聞いていた新子も話を続けるにつれて表情を崩していき、最後の方はテーブルに肩肘を乗せながら顎の下に手を置き、呆れた表情を見せながら聞いていた。

 それから新子に詰られ弄られてようやくアドバイスを貰えることとなった。

 

 

「まあ、話は大体分かったよ。それで聞くけどさ、須賀くんはなんでハルエがそんなそっけない態度……っていいのかな?それをとってるのかわかる?」

「あー……多分だけど…………怒ってるんじゃなくて、恥ずかしいんじゃないかと思う」

 

 

 当初は表情が読めなく何を考えているのかわからなかったが、今になって思えばやはり恥ずかしかったんじゃないかと考える。

 

 出会ってから一年以上。そして大学に入ってからは半年の間ほぼ毎日つるんでいるから赤土の性格も大体理解しているのもあって、赤土がもし怒ったとしてもそこまで怒りは長続きしないタイプだってのはわかる。

 だからやっぱりあいつらにからかわれたせいで俺を意識しているからこうなってるんじゃないかと思うんだが……。

 

 

「うーん……半分正解。半分はずれかな」

 

 

 そんな俺の答えに新子は少し考えた後にそう告げた。

 

 

「え? でもさ……」

「まあ、聞きなって。恥ずかしいってのはあってると思うけど、多分須賀くんが考えてるのとは少し違うかな」

「えっと……どこらへん、だ?」

 

 

 少し違うって……どこがだ?わからん。

 理由がわからず聞き返す俺に対し新子が人差し指を立てて、出来の悪い生徒に教えるように説明する。

 

 

「だって二人が恋人じゃないかって勘違いされたり、からかわれるのは今更でしょ。私だって須賀くんと会う前にハルエから話を聞いてからしょっちゅうからかってたし、大学でも言われることもあるっしょ?」

「あ、ああ……だけど新子達と違ってあいつらは赤土の事を知らなかったからそういった違いで……」

「まあ、多少はそういった面もあるだろうけどそれだけで今日まで引きずるのは流石に変でしょ。だったらやっぱり理由は一つだけ」

 

 

 そういうと新子は上に向けていた人差し指を俺に向かって突き出した――って……

 

 

「えっと……俺……か?」

「そう、須賀くんが原因だね。面倒だからサクッと言っちゃうけど、今までは私みたいな第三者が好き勝手に言ってたからね。いくら周りが言おうとも本人たちがそう思ってなければ笑い話で流せたんけど、今回の元は須賀くん『自身が』ハルエを彼女だって言ってたことよ」

「だけどそれって元々その場を逃れる嘘だったし……」

「もちろんハルエもそこは理解してると思うよ。だけどねぇ……それでも須賀くんが自分をそういう対象として扱ったってことが重要ってわけさ。須賀くんだってもし立場が逆ならどうよ?」

「それは、確かに……」

 

 

 多分だが俺も普段より意識せざるを得なくなるだろう。しかしそれでも長続きするものなのだろうか?。

 

 

「まぁ、普通だったら多少照れくさくなって終わりなんだろうけど、毎日顔突き合わせてる相手だからね。そのことがきっかけで友達フィルター的なのが外れて意識しちゃってるんでしょ。それになによりもまず第一にハルエ自身が満更じゃないのが大きいと思うよ」

「…………え?」

 

 

 新子が躊躇いなく言った台詞に驚き、思わず凝視してしまう。満更じゃないって………えっと…もしかしてそういうこと?

 恐らく呆けた顔になっているだろう俺を見て、新子が悩んだ顔をしながら話を続ける。

 

 

「はぁ……こういったのって自分達で気付くべきなんだろうけど、二人ともこのままだといつまで経っても変わらなそうだからね。ハッキリ言うとハルエは須賀くんの事を友人としてだけでなく男として意識してるよ」

 

 

 予想外の言葉に思わず「いや、うそだろ?」と言いたくなったが、こちらの目を見ながら真剣な表情で告げた新子を見るとそんなことは言えなかった。

 

 

「まずさ、ハルエって昔からお洒落にあまり気を使ってなかったんだけど、ある時から私に相談するようになったんだよね。いつかわかる?」

「ああっと…………大学から、か?」

「ハズレ。正解は去年の秋、須賀くんがこっちに大学見学に来る少し前。その時はまだ恋愛感情はなかったんだろうけど、それでもちょっとは須賀くんの事を意識してたから少しでも良いところ見せたかったんでしょ」

 

 

 新子に言われて一年前の事をなんとか思い出す。

 記憶が正しければ確かに夏に会った時とは違い、あの時うっすらと化粧していて、余所行きの服を着ていた気がする。

 

 しかしその時は単に遠出するつもりだからそれ用に仕立て上げていたという事もありえるが……。

 そんな俺の考えを否定するように話は続く。

 

 

「ああ見えてハルエも女だからね、今まではそういった相手もいなかったけどやっぱそういったのにも興味あるし誰かを好きになることもあるよ。私と話すときはガサツだけど、須賀くん相手には恐らく無意識なんだろうけど言葉づかいにも気を使ってるのか女っぽいし。それに知ってる? 須賀くんといない時に会っても話の中身は須賀くんの事ばっかりだよ、あの子」

「え、そう……なのか?」

「そうよ。今まで恋人どころか好きな人すらいたことなかったから自分ではわかってないだろうけどね。だからこの前のことで意識させられて、恋愛初心者だから須賀くん相手にどうしたらいいかわからないから、今までと変わらないように無理に行動しようとしてて違和感を感じるんじゃないかな」

「なるほど……」

 

 

 流石昔からの親友だ、新子の言うことに説得力がある。しかしそうなると気になる点が一つあるが……。

 

 

「だけど……別になんか好きになられるようなことをした覚えなんかないぞ」

 

 

 そうだ。今まで友人として付き合っていたし、不可抗力として異性としてみたこともたまにあるが、恋愛対象として接したことなんてない……はずだ。

 きっと赤土も同じように接してきただろうからいきなり友達を好きになるとかな……。

 そう新子に告げると、心底ダメなものを見るような視線を向けられてしまった。

 

 

「そりゃ恋愛なんて元からそういうでしょ。全員が全員なにか凄い出来事があって誰かを好きになるんじゃないし、何気ない事で誰かを好きになるってよくあることだよ。陳腐な台詞だけど人を好きになることに理由なんて必要ないでしょ。それでも無理やり理由つけるなら友情から芽生えた恋ってことでいいんじゃない? そういった人も結構いるみたいだし。まぁ、そもそも二人が出会った時の話聞いてもどこのラブコメ漫画だって言いたくなるけどね」

「………………」

「んで、過程は置いといて、肝心の須賀くんはどうなの?」

「俺……か?」

 

 

 新子の話を聞いて悩む俺に、今までよりも真剣な表情で聞いてくる新子。

 質問内容としては言葉が足りていなかったが、話のつながり的に理解が出来ないほど馬鹿ではない。

 しかし言葉に出すのは難しく、また、新子にも軽蔑されないかと考えると口に出すのが躊躇われる。だけど黙っているわけにもいかず、自分の素直な言葉を口に出す。

 

 

「―――――――――――――――――――わからない」

 

 

 そう、俺自身が赤土を好きなのかどうかはわからないのだ。

 赤土の事は当たり前だが嫌いじゃないし友人として好きだ。だけど恋愛的な意味で好きかどうか聞かれると本当にわからない。

 

 確かに時々赤土相手にドキッとすることはあったけど、それが恋愛としてなのか、ただ単に異性が相手だからかなのかもわからなかった。

 そんな風に悩む俺に対し新子は――

 

 

「ふーん……まぁ、そんなとこじゃない」

 

 

 特に気もしない感じで言った。

 

 

「え……いいのか?」

 

 

 正直優柔不断すぎて呆れられるかと思ったので身構えていたが、当の新子が気にしていないので力が抜ける。

 そんな俺の様子が面白かったのか、新子は笑いながらコップに手を伸ばし、喋り疲れたのか中に入っていた麦茶を一気に飲み干す。

 

 

「ふぅ……いや、むしろさっきまで仲のいい友人として考えてなかったのに、ここでいきなり『好きだ!』とか言う方が無理っしょ。須賀くんなら大丈夫だろうけど、それこそ惚れやすい男ってことでそっちに関しては邪魔してたかも」

「あー……なるほど」

 

 

 確かにその通りだな。もしかしたら自分の気持ちに気付いてなくて、今の会話で気付くってこともあるかもしれないが、それってその場の雰囲気に流されてるって可能性もあるからな。

 恋愛経験がほとんどない身だけど新子の説明は良く理解できる。あれ?でも新子って彼氏いたことないって聞いたような…。

 

 

「今なにか変なこと考えた?」

「いや、なんもないぞ」

「ふーん……」

 

 

 テーブルに肩肘を突いたままジッとこちらを見つめる新子に対し冷静を装って弁解をしておく。

 赤土といい、女ってどうしてこう勘が良いんだろうな。

 

 

「…………それで、ハルエが須賀くんに惚れてるかもしれないとしてどうする?」

「どうするって………………どうしよう?」

「はぁーーー…………」

 

 

 赤土が俺に惚れているっていうのも予想にすぎないから、いきなりこっちがお願いしますorごめんなさいってのも変だし、かといって俺自身の気持ちがわからないのにアピールするのもどうかと思うし、ましてこのままお互いの気持ちに区切りがつくまで待つってのもな…。

 

 

「まったくしょうがないなー」

 

 

 どうするべきかと悶々と悩む俺に新子は呆れた表情を見せたかと思うと、部屋の隅に置いてあった鞄の中に手を伸ばし―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋に入り、既に長袖を着るのが当たり前となった季節。休日の為、多くの人たちが街を歩く中、俺は駅前の案内板近くに立っていた。

 

 本来なら今日は大学の学園祭だから友人達と回るつもりだったのだが、当初の予定とは全く異なり、落ち着かない気持ちを抱え、自分でもわかるぐらいそわそわとしながら人を待っていた。

 ここに来たのが10分前。待ち合わせ時間より一時間も早かったので、まだまだ来るわけないのだが、それでも緊張の為か先ほどから改札口の方を何度も見てしまう。

 

 いっその事近くのコンビニでも入っていようか、でももし行き違いになったら、いやでもこんな早く来るわけないよな…と悩んでいる所で、目的の人物が現れた。

 そいつは改札を出てから辺りをキョロキョロ見回したかと思うと、俺に気付いたのか一度驚いたような表情をした後、こちらに向かって歩いてきた。

 

 

「お、おまたせ……待った?」

「あー……いや、俺も今、来た所だから大丈夫かな?」

「………………」

「………………」

「……上映まで時間あるし、どっか入るか?」

「……うん」

 

 

 そういうと俺と……待ち人であった赤土は肩を並べて歩きはじめた。そもそもこうなったのはこのあいだ新子に相談したのが発端だ。

 

 簡単に言えば、俺と赤土の気持ちがどちらも中途半端のままでいるぐらいなら、ここのまま何もせずにいるよりもいっその事行動に移したほうがいいということと、何よりもまず俺自身の気持ちを確かめる為に必要だということで赤土を『デート』に誘ったのだ。

 

 いや、本当はどこか出掛けないか的に言おうと思ったのだが、緊張してしまい思わず口を滑らせてデートの単語を出してしまったのだった。

 そしたら案の定、赤土は最初何を言っているんだ?という顔をしていたが、意味を理解すると同時に爆発した。

 

 それから爆発しつつも理由を聞かれたが、俺自身テンパっていたのと、もういっそのこと俺だけじゃなく赤土にも意識してもらおうと決め、とりあえず赤土とデートがしたいからということを無理やり通した。

 

 結果、赤土から声を小さくしながらもOKを貰い、万が一にも大学の友人に会って邪魔されないようにと学園祭の日にデートすることとなった。

 その後、当たり前だがそれまでの間、今までにないぐらい緊張した空気が俺達の間で流れたが、なんとかこの日を迎えられたというわけだ。

 

 それから現在、新子からあの日貰ったチケットを手に映画館まで移動中。

 ちなみにこのチケットは、なんでも実家の付き合いで貰ったから元々俺達を遊びに誘うつもりの物だったらしいので、タダでやるから上手く使ってくれということだった。

 

 また、このチケットの映画は評判がいいらしいので、作品で失敗して話題が盛り上がらないということもないし、アクション映画だから俺達の好みに合ってる上に恋愛要素もあり、周りの雰囲気でよりカップルらしくなれるから上手くいくだろうと新子から太鼓判を押してもらっている。

 

 そんなわけでここまでは順調だったのだ。しかし……そちらはうまくいくかもしれないが、今の俺達の間は順調とは言えなかった。

 

 

「………………」

「………………」

 

 

 待ち合わせ場所から少し移動して映画館近くの喫茶店に先ほど入ったのだが沈黙が続いている。

 なんだかんだ二人とも待ち合わせで早く着すぎたせいで映画開始まで一時間以上待つこととなった。映画をデートで選んだときの数少ない欠点の一つだな…・・。

 だけどそれも普段の俺達だったら話題が尽きることなく話すからあっという間に時間が経つのだが、今日はいつもと違い緊張の為か上手く話せないでいた。

 

 

「えっと……映画、楽しみだな」

「うん」

「………………」

「………………」

 

 

 駄目だ…話が続かない。というか何を言っていいのか自分でもわからない。

 普段だったらそれこそいくらでも話題が出てくるのだが、デートという形式上何を言っていいのかわからない。

 

 事前に新子にアドバイスを貰おうとしたんだが「あんた達のデートなんだからそれぐらい自分で考えな」という実に冷たくも温かいアドバイスしかいただけてない。一応デートコースについては決めてきたが、意識しすぎていて会話で困るとか全く考えていなかったしな……。

 

 しかしこのままでは今後の俺達の関係を決めるかもしれないデートなのに中途半端で終わってしまう。だったらいっその事ある程度話すかと思い、下を向いて先程頼んだコーラのコップを弄ってる赤土に話しかけることにした。

 

 

「すぅーはぁー…………なぁ、赤土」

「えっ!? な、なにっ?」

 

 

 少しでも緊張を解こうと一度深呼吸をしてから話しかけると、ビクッと体を震わせてからおっかなびっくり赤土がこちらに視線を向ける。

 そんな普段とは違う小動物的な反応に思わず可愛く思うが、気を取り直して話を続ける。

 

 

「すまん、今日は無理に誘って悪かったな」

「う、ううん、わ、私も映画楽しみだったから全然かまわないよ全然っ!」

 

 

 そういって赤土は笑顔を見せるが、緊張しまくって無理に笑っているのが丸わかりである。

 そんな赤土を少しでも落ちつけられたらと思い話を続ける。

 

 

「いや、赤土が戸惑ってるのも無理はないさ。だから今日誘った理由聞いてくれないか?」

「ん、うん……」

 

 

 頷く赤土を見て簡単にだが話を始める。

 夏休みの件から赤土の様子がおかしかったからそれをなんとかしたくてデートに誘った事を。ただし新子に相談した事や恋愛の話は伏せておいた。

 すると黙って俺の話を聞いていた赤土はようやく自然な表情を見せてくれた。

 

 

「ん、大体わかったよ……確かにいつまでも須賀くんを避けてたのは自分でもよくないと思ってたし……いい機会だね」

「(え?あれで避けてたつもりだったのか)ま、まあ、そんなわけで仲直りしたくて誘ったわけだ」

「うん……ありがと。それにごめん」

「気にすんな。元はといえば俺の責任だからな」

「確かに一理ある」

「おい」

「アハハハっ…………ん?」

 

 

 話しているうちにいつもの調子が出てきたのか、笑いながらボケをかましてくる赤土。

 しかし途中、何か引っかかったのか笑いを止めて頭を捻り始めた。

 

 

「どうした?」

「いや、仲直り的に遊びに出かけるのはわかったけど…………須賀くんあの時デートって言ってたよね?」

「あー……そこは気にしないでおいてくれ、こっちの問題だから」

 

 

 詳しく説明すると余計な事も言いそうだし、赤土の気持ちも知りたいが、どっちかというとやっぱり今回は俺自身のけじめって意味合いが強いからな。

 そんな風に考えていると赤土が口元に手を当て、何かを考え始めた。

 

 

「赤土……?」

「…………いや、なんでもないよ」

 

 

 そう言うと赤土は何かを決心した表情をしてコーラを飲む。よくはわからないが、とりあえず誤魔化せたみたいだしいいか。

 

 

「よしっ! それじゃあ映画館行こうか」

「そうだな、そうするか」

 

 

 いつもの調子に戻った赤土が立ち上がるのを見て、俺もコーラを一気に飲みほしてからそれに続く。

 そしてテーブルの上に置いてある伝票を取り、レジまで向かい財布を取り出す。

 

 

「えっと、私のが 「ああ、待ってくれ」 うん?」

「今日は俺に奢らせてくれないか?」

「え?」

 

 

 赤土がいつもと同じように割り勘にしようとしたのを制して俺が支払う事を伝えると途端に目を丸くした。

 そりゃいつも割り勘なのにいきなりこんなこと言われたら変に思うよな、でも今日はな……。

 

 

「その……なんだ……一応デートなんだから少しぐらい恰好つけさせてくれ」

「う、うん……」

 

 

 なるべく自然に笑いかけながらそう言うと、赤土は途端にして顔を赤くして俯いてしまった。

 

 ――やばい……赤土が顔を赤くするのなんてしょっちゅうあるけど、友達というフィルターを外してみるとこんなに可愛いのか。

 

 普段と同じ様子でも違った一面を見せられていることに新鮮さを感じ、そちらに意識を取られて手間取りながらも会計を終える。

 それから外に出ると先ほどよりも時間が経っているからか人込み激しくなっていた。

 

 

「それじゃ行くか」

「あ、待って!」

 

 

 すぐ近くだし時間にはまだ余裕があるが、それでも早めの方がいいと思い歩き出そうとすると、赤土に腕を掴まれる。

 

 

「どうした?」

「その…………うう……ててて……」

「ててて?」

「手……繋がない?」

「What?」

 

 

 突如赤土から出た言葉に驚いて間抜けな返しをしてしまう。手って……手だよな?いやそれ以外ないんだけど。

 

 

「だ、だって一応デートでしょ? だったら繋いでもいいんじゃない…かな?」

 

 

 まさかの大胆な台詞に驚いていると、慌てるように説明を始めた。しかし赤土からそんなこと言われるとは思わなかったな。

 

 

「えっと……いいのか?」

「ダメだったら言わないよ」

「それじゃあ失礼して」

 

 

 赤土の左手に向かって右手を差し出し、程よい程度の力を入れて握る。

 緊張の為かお互いに強張っているが、それでも赤土の女の子らしい柔らかさを感じるのは容易かった。

 

 

「……やっぱ男の子だね、がっしりしてる」

「え-と……赤土のは柔らかいな」

「…………セクハラ」

「理不尽じゃね!?」

 

 

 赤土の言葉に合わせて思わず感想を述べるとジト目で非難された。

 いや、でもこれはしょうがない。何度か手を繋いだことはあるが、大抵は咄嗟のものでここまで意識して繋いだことはないから余計に意識が手に集中されてガチで柔らかいのが感じられるのだ。

 そして言葉に出さなくてもなんとなく感じ取れるのか顔を赤くしてあらぬ方へ顔を背ける赤土。人の事は言えないがきっと顔赤いぞ。

 

 

「そ、それじゃあ行こうか」

「お、おう……」

 

 

 そしてようやく歩きはじめる俺達。結局手はつないだままだ。

 しかし手を繋いだのは良いが、恥ずかしさからかまた無言が続いてしまっている……そうだ、ちょうど話題もないし今なら言えるか。

 

 

「あー……赤土」

「な、なに?」

「そのだな……ああっと……」

 

 

 今日会った時から言おう言おうと思っていたが、恥ずかしさから言えなかったことを今こそ言おうと思うがやはり恥ずかしいので、口ごもってしまう。

 そんな俺を心配したのか、不安げな表情で見つめる赤土。本人は気付いていないみたいだが、繋いだ手に力が入っている。

 

 

「その……言うの遅くなったけど、服……凄く似合ってるな」

 

 

 これ以上赤土を不安にさせたくないと思い勇気を込めて告げる。

 今日の赤土は普通の女子が履くようなスカートみたいにヒラヒラした服ではないが、それでもいつもよりも気合の入った服装なのが一目で見てわかる。

 今まで見たことのない服だし、多分今日の為に買ったりしたんじゃないかと思う。

 すぐに言えなかったことを謝りつつもそう赤土に伝えると……。

 

 

「ありがとう」

 

 

 思わず見惚れるような笑顔を見せた……いや、実際に俺はそれに見惚れていた。

 

 

 

 ――後になって思えば……今まで意識はしていたが、この時こそ俺ははっきりと赤土に惚れたのかもしれない。

 




 そんなわけで一気に話が進んだ15話でした。今回、前話から一気に一か月以上たっていますが、なにせ過去編は期間が長いのでこれぐらいしないと話が進まないという…。

 それで今回前半は京太郎がお互いの関係を見直す話。後編はデートに戸惑う二人でした。
 友人同士からの恋愛って今の関係を崩したくないなど諸々もあってなかなか難しいですし、それが特に仲の良かった間柄ならさらに難しいと思います。
 
 
 それでは今回はここまで、次回もよろしくお願いします。
 あ、次回はこのままデートとの続きとなります。


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十六話

うそすじ

「まったくしょうがないなー」

 どうするべきかと悶々と悩む俺に新子は呆れた表情を見せたかと思うと、部屋の隅に置いてあった鞄の中に手を伸ばし―――

「桃太郎印のきびだんご~♪これを食べさせれば色んな意味で一発だYO!」
「まさに外道」



 あれから映画を見終えるとそのまま近くの店に入って昼食となった。

 いつもだったらバーガー店や牛丼屋、ファミレスとまったく場所に拘らない俺達だが流石に今日だけは違っており、入ったのは子洒落たイタリアンな店だった。

 

 元々デートするにあたって事前に色々調べて選んだ店なのもあって雰囲気も良く、味もなかなかの店だ。そして映画を挟み、時間をおいて慣れたことと料理のうまさもあってか、今朝俺たちの間にあったぎこちなさもほとんど消え、会話も随分と弾むようになっていた。

 

 

「いやーまさかあそこで恋人が裏切るなんて思わなかったなー」

「ああ、彼女を助ける為に自分を裏切り者にするなんて咄嗟に考えつかねーよ」

「酷く裏切ったのも自分に未練を残させない為だなんてね、でも裏切られても彼氏を信じていたから最後は二人とも助かったって結末はよかったね」

「当たりの映画だったな。今度レンタル始まったらまたみるか」

「さんせーい」

 

 

 食事中の会話でメインとなったのは、やはり先ほど見た映画で、前情報通りなかなかの出来だったので俺も赤土もご満悦だ。

 このように店に入ってから和やかな雰囲気が続いていたが、これではいつもと変わらないので少し切り込んだ話をしてみることにする。

 

 

「なぁ、赤土もやっぱああいうのには憧れるのか?」

「え? う、うん、一応……そうかな」

 

 

 予想外の事を聞かれたためか赤土は最初目をパチクリとしていたが、少し戸惑いつつも頬を掻いて照れながら答える。

 赤土も女の子だからな、本人は自分に合わないからと俺にはそういった面はあまり見せないが、こう見えて恋愛ものの映画や本を見ることも多いらしい(新子談)。

 

 

「そうだね……別に命張って欲しいとかそういうのじゃないけど、あれだけ自分や周りを顧みないほど誰かを好きになれたら素敵だと思う」

 

 

 その様子を思い浮かべているのかどこかうっとりとした表情を見せる。いつもだったら茶化すところだけど、そんな雰囲気でもないしする気も一切起きなかった。

 どこか暖かげな気持ちになりつつパスタに手を伸ばして食べていると、ふと前方から視線を感じた。

 どうしたのかと思い顔を上げると、赤土が何か言いたげな視線を向けていた。

 

 

「どうした?」

「あれさ…………須賀君はどうなの? やっぱ彼女とか欲しいと思う?」

「まぁ、俺も男だし時々そういった気分になる時もあるかな」

 

 

 探りを入れるように聞いてきたので偽りなく答えておく。

 本人はさりげなく聞こうとしているみたいだが、少し身を乗り出しているし、落ち着かなげなのが丸わかりだ。

 

 

「それって……やっぱり大きい胸の人?」

「あー…えー…………い、いや、確かにそういった好みもあるけどー……別にそれだけじゃないぞ」

 

 

 まさかの性癖を突かれて慌てるが、なるべく平静を装い答える。うまく隠していたつもりだけどいつバレたんだ?

 

 

「んんっ、あーそうだな……改めて考えると色々あるんだろうけど、やっぱ一緒にいて楽しいとか落ち着くってのが一番だな」

 

 

 確かに大きい胸は好きだが、小さいからそいつを好きにならないってことはあり得ない。現に今の俺も赤土の事を意識しているしな。

 そんな俺の言葉を聞いた赤土は頬を緩めて、ホッとした表情を見せながら浮かしかけていた腰を下ろす。今日の赤土は随分と積極的だ。やはり新子の言っていたことは本当なのだろうか……。

 

 

「ん、そっかぁ……いや、ごめん、須賀君がテレビで胸の大きい人が出ると普段より真剣に見てるから気になってさ」

「おぅふ……そこは男だから仕方ないという事で流しておいてください」

「ふふ、わかった」

 

 

 昔、三尋木に見苦しいから控えろと注意されて以来なるべく表情には出さないようにしていたんだけどな。流石に付き合いも長くなるとばれるか。

 ともあれ、俺だけ聞かれるのはフェアじゃないよな。

 

 

「それじゃあ赤土はどんな奴がタイプなんだ?」

「え、私? …………考えたことないけど……そうだなぁ」

 

 

 頭を捻り赤土が考え込む。いい言葉が見つからないのか、店の中を見回し時折こちらに視線を向けてもいる。さっきの俺もそうだったが実際に改めて聞かれると困るよな。

 苦笑いしつつ待っていると、先ほどまでとは違い、どこか緊張気味に赤土が口を開く。

 

 

「そう、だな……楽しくて優しくて気が利いてて、普段から頼りになる人がいいかな…あと、子供にも優しい所があると良いと思う」

 

 

 考え込んだ割には聞かされた内容としては俺とたいして変わらないごく普通のものであった。まぁ、大体そんな所だろうな。

 そんな感じで普段の俺達からはあり得ない会話もあったせいかどこかしんみりとした空気が漂う。

 

 

「……じゃあそろそろ出るか」

「……おっけー、次はどこ行く?」

「そこは着いてからのお楽しみという事で」

「えーなにそれー」

 

 

 隠しているのが不満なのか笑いながら腰をツンツンとつつかれる。別に近くの綺麗な紅葉が見られる自然公園に行くだけだから隠すほどの所でもないが、ここで言うのもつまらないしな。

 それから先ほどのように俺が払う形で会計を済ませ外に出てから再び手を繋いで俺達は歩き出した。

 

 

 

 

 

 あれから色々と回っているとあっという間に時間も過ぎ、すっかり日も暮れてしまった。

 

 最後に入っていた店を出ると、俺達はそのまま夜景が綺麗だと言われるちょっとした山の上の丘にある公園まで来ていた。

 そこから見える街の景色は絶景かつロマンチックであり、デートの締めには最適だろう。また、運が良かったのか他に人の姿は見えなく、今ここにいるのは俺達だけだった。

 

 

「綺麗だね……」

「ああ……」

 

 

 手すりに寄りかかりながら街の光を見て呟き、横目で隣にいる赤土を盗み見る。

 今日一日友人の赤土晴絵でなく、一人の女性として改めて赤土晴絵を見て来たが、以前にも増してどんどん惹かれているのがわかる。

 ちょっとした仕草も可愛く見えるし、疎い俺でも赤土の事を女性として好きになっているのだと思う。だから本当なら周りの雰囲気も良い今ここで告白をすべきなのだろう。

 

 しかし、俺が赤土の事を好きなのがわかったとはいえ、元々今日は確認という意味合いが大きく、いきなり告白というのはがっついているし、なにより赤土も困惑するだろう。

 よって後日改めて告白をしようと内心で決意を固めていると、突如、赤土が後ろに向かって歩き始めた。

 

 

「どうした?」

「ん、ちょっとね……須賀君はそのままでいて」

「あ、ああ……」

 

 

 そう言って俺を制してから赤土は数歩下がったかと思うとこちらに背を向けたままでいる。何をしているのかわからなかったが、見られるのは恥ずかしいかもと思い視線を戻し、再び夜景を見て待つことにする。

 その後二、三分してから赤土が戻ってきて再び隣に並ぶ。

 

 

「……今日は本当にありがとね」

「何度も言うけど元は俺のせいだしな。それに俺もすげぇ楽しかったし」

「そうなんだけど――――おかげで私も決心ついたから」

「なにがだ?」

 

 

 いきなり決心したとか言われ、どうしたのかと思い横を向くと、赤土が真剣な表情でこちらを見て――

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――須賀くん、もしよければ私と付き合ってください」

 

 

 

 

 

 ――そう告げてきた。

 

 

「………………え?」

 

 

 突然の事で頭が真っ白となり驚くが、赤土はそのままお構いなしに話を続ける。

 

 

「今日一日須賀君とデートして分かったんだ、私が須賀君を好きだってこと…………ううん、本当はとっくの昔に好きになってて、少し前から気付いてたんだけど今日ので確信できたよ」

 

 

 真っ直ぐな視線を向けながら話す赤土から俺も視線を逸らせない――いや、逸らさない。

 

 

「実はね、少し前に望に相談したんだ……須賀君からデートに誘われたって事。その時に色々言われてね、改めて自分の気持ちを思い返したんだ」

 

 

 そこまで言うと再びこちらに背を向けて、夜空を見上げながら赤土が話を続ける。

 

 

「最初に須賀君に会った時はカッコいいけどちょっと間抜けな人って印象だった。だって夏の山でバイク押して歩いてたしね。それでも話し始めてから面白かったからなのかな……当時は男の子話すことなんてなかったのに、これで終わりは残念だって思ったんだ」

 

「次にあった時は観光で来てるのにわざわざ自転車直してくれていい人だって思った。だから前の日のこともあってお礼をしたくなったし、それでもっと話したいと思ったから観光に誘って番号も交換した……あの時ね、須賀君から連絡来ないのにやきもきしてたんだよ……待てなくて自分から送っちゃったけどさ。それからは直接会えなかったけど電話でいっぱい話して楽しかったっけ、男子とあんだけ仲良くなったのなんて初めてだったし」

 

「それから大学の事でまたこっちに来た時は嬉しかったから柄にもなくお洒落なんかしちゃった。まぁ、須賀君は気付いてなかったと思うけど。それであの時は色々恥ずかしい話聞かせちゃったけど凄くすっきりしたんだよね。周りの皆は当時の事を知ってるから改めて話すことなんてなかったし……それであれから須賀君のおかげで将来どうしたいのかも少しだけ先が見えて、今まで気の乗らなかった勉強にも集中できた。そんで合格して須賀君と同じ大学に行けるのは嬉しかったよ。だって絶対今以上にこれから楽しくなるってわかってたから」

 

「それで大学に入ってからは本当に楽しかった。須賀君と大学行って、須賀君の家で色々やって毎日が楽しかった。周りからカップル扱いされるのも実は満更でもなかった。だけど須賀君に他の女の子が近づくのは表ではからかってたけど内心ではちょっと嫌だった。それで夏休みに須賀君の友達から話を聞いた時も恥ずかしかったけど……ちょっと嬉しかった…」

 

 

 そこまで言い終えた赤土がこちらを振り返ると、その顔は真剣だが目は潤み、頬は赤くなっている。

 

 

「私はね……須賀君と一緒にいると楽しい。一緒にいるのが好き。一緒にどこかに行きたい。一緒に遊びたい。一緒にいろんなものを見たい。一緒に馬鹿なことしたい。一緒にもっともっといたいって思ったんだ。だけど……私たちは友達だからそのうち須賀君にはきっと素敵な彼女が出来て、一緒に居られなくなるって思ったらすごく嫌だった……」

 

「でも、もしかしたらこの気持ちは友達が自分から離れていくのが嫌だっていう只の嫉妬心かもしれなかったから…………もしそうだったらそんなのに須賀君を付き合わせたくないし、何より今の関係を壊すのが怖かったんだ。だから今回のデートで自分の気持ちを確かめたかった―――私は須賀君の事をどう思ってるのか」

 

「それでね……友達として見なかった須賀君もやっぱり素敵だった。手を繋いだときは凄くドキドキしたし凄く安心できた。他にもいっぱい良い所があったけど言い切れないや……それでやっぱり私は須賀君が好きってわかった。友達としてでなく、もっと近くに居たいって思った」

 

「意地悪な須賀君が好き。ちょっとおバカな須賀君が好き。困ったらすぐに助けてくれる須賀君が好き。文句を言いつつも付き合ってくれる須賀君が好き。照ちゃん達に懐かれてる須賀君が好き。やさしい須賀君が好き。楽しい須賀君が好き。一生懸命な須賀君が好き」

 

「だからこれから友達としてではなく、恋人として私と付き合ってほしいっ!」

 

「無駄に身長が高いデカ女で、須賀君の好みと違って胸も大きくないし、頭も良くない、男っぽいし、料理も出来ない、唯一の取り柄の麻雀すら捨てた私だけど―――」

 

 

 

 

 

 ―――――――――付き合って貰えませんか―――――――――

 

 

 

 

 

「……………………………………………」

 

 

 今までに見せたことのない真剣かつ怯えの混じった顔で告白をしてきた赤土。きっと悩んで悩んで悩みまくって答えを出したのだろう。

 そんな赤土に対し俺は――

 

 

「はぁ………………なさけねぇ」

 

 

 思わず心中を吐露してそのまましゃがみ込んでしまう。

 くそっ…!なにが「赤土が困るから告白は後日にしよう」だ。ただ単に俺がビビッてヘタレただけじゃねえか……。

 

 

「え? ど、どうしたの?」

「いや、今の赤土見てるとほんっと自分が情けなすぎてどうしたらいいのかわからねえよ…」

「え? え?」

 

 

 突如しゃがみ込んでわけのわからない事を言う俺に戸惑う赤土。

 まぁ、一大決心の告白の後にこんな反応されたら困るよな。その上今も赤土にこんな顔させてるのが余計に情けねえ………………よし!

 

 

「すまん赤土。今度は俺の話聞いてくれるか?」

「う、うん……」

 

 

 戸惑いながらも頷いてくれる赤土を見てから俺も話し始める。

 

 

「最初な……俺も赤土に会った時可愛い子だって思った。ぶっちゃけ胸は大きい方が好きだけど、それを気にしないぐらい当時から惹かれた感じがしたんだ。それにその後親切な子だとわかったし、俺もあの時はこれで終わりかと思うと残念だったけどしょうがないと思ってたから次に会えた時は嬉しかった」

 

「それから奈良を案内してくれた時も楽しかったし色々話してると会話が弾んで、まるで昔からの友人かと思うぐらいすげぇ身近に感じた。だから次の日も誘ってくれた時も嬉しかったし、メルアドを交換した時もちょっと恥ずかしかったけどそれ以上に楽しみだったな」

 

「次に大学の案内で会った時は前と違ってお洒落してたのも気付いてたけど、あの時は恥ずかしくて言えなかったんだよな、すまん。それで向こうで麻雀の話を聞いた時、凄い奴なんだってわかってそんな奴が友達だなんて誇らしかったぜ」

 

「そんで赤土は俺のおかげで勉強する気になったって言ってたけど、俺もあれから前より勉強にやる気になったし、俺の方にこそ赤土に礼を言いたいぐらいなんだ。それで受かってからこっちに来ても色々面倒見てくれてすげえ助かったし、知らない土地に一人じゃないっては安心できた。それから大学に入って一緒にいることも多くなってからもっと赤土のいいところが見えてくるようになってたな」

 

「いつも元気でこっちも楽しくさせてくれる所、お節介焼きで周りから頼りにされる所、意外に気が利く所、他にも色々魅力的な所があってすげぇいい奴だった」

 

 

 一気に話し疲れたので一度止めて、赤土の方へ再度向き直ると指をもじもじさせていた。照れてるな……。

 そしてこのまま俺の気持ち伝える為に次の言葉を重ねる。

 

 

「それで……今でこそ言うが普段から結構赤土にドキッとすること多くてな、俺も赤土と同じようにもっと前から意識してたんだけど、同じように関係を壊したくなくて、友達だからって無理やり納得してそのことから目を逸らしてたみたいだ。だから今朝、赤土からデートのことを言われた時は咄嗟に誤魔化してたけど、今日は俺自身気持ちを確かめたかったから本当は最初からそのつもりだったんだ」

 

「それでな……今日一日デートして分かったが俺も赤土が好きだ。ちょっと間が抜けてる所が可愛いし、身長の事を気にしてるのも可愛い、スカートが似合わないって言いながら欲しそうにしてるのも可愛い、料理が下手だって言ってるけど隠れてお袋さんにこっそり習ってる所も可愛い、チビ共相手に嫌な顔せずに本気で向き合ってる所も可愛い」

 

「だからそんな可愛い赤土が彼女になってくれるなら――いや、俺はそんな赤土を彼女にしたい」

 

「結構いい加減だし、セクハラもするし、大きい胸が好きだし、いざとなったらヘタレるし、女の子に先に告白させちまうようなどうしようもない男だけど――」

 

 

 

 

 

 ―――――――――こんな俺でよければよろしくお願いします―――――――――

 

 

 

 

 

「…………っ! ……っう……!!」

「……あ、赤土!?」

 

 

 突如泣きはじめた赤土に慌てふためく。調子に乗りすぎて何かいけないことまで言っただろうか!?

 

 

「ご、ごめん……こ、断れるかもって考えてたからっ……嬉しくてっ……」

「すまん……俺の気持ちも伝えたかったんだけど、最初に返事の方をすればよかったな」

「ううんっ…………私の事、ちゃんと見ててくれて嬉しかった」

「っ!」

「!?」

 

 

 未だ涙を流しながらしゃくりあげる赤土を見て思わず抱きしめる。普段友人達と馬鹿やってる時や照達をあやしている時は全く違い、壊れやすいガラス細工を包み込むように優しく抱きしめる。

 いきなりそんな行動に出た俺に驚いていた赤土だったが、すぐに強張っていた体から力が抜け、こちらの胸元に顔を埋めると同じように俺を抱きしめ返してきた。

 

 

「…………いきなりすぎだよ……」

「……ごめん、離すか?」

「……やだ、もっと強く抱きしめて」

 

 

 そう言うと俺が動くよりも早く赤土の方から先に力を入れて抱きついてきた。それに応じ、先ほどとは逆に俺も赤土を強く抱きしめる。

 どちらも体格が良く、それなりに力も強い為、これだけ力を入れたら痛がってもおかしくないのだが、今はその痛みすら心地よく感じてくる。

 まるでその痛みこそがお互いを直に感じる為に必要であると言わんばかりに。

 

 

「ねぇ……」

「なんだ?」

 

 

 あれからしばらく抱きしめたままでいると赤土が胸に埋めた顔を上げて声をかけてきた。

 先ほどまで泣いていた為か未だ眼は赤くなり、頬には涙の跡が残っている。。

 

 

「その……私達ってさ、これから恋人でいいんだよね?」

「……ああ、もちろんだっ!」

 

 

 どこか不安げな声で聞かれたので、少しでも元気づけようと力強く肯定する。

 そうだよな…お互いに気持ちを伝えあってそれから今まで抱きしめてたから満足していたが、これからは友達じゃなく恋人なんだよな…。

 

 

「だからさ、これから呼び方も変えた方がいいよね?」

「そうだな…いつまでも苗字呼びじゃおかしいもんな、だけど変えるとしてどうする?」

「えっと……その……さ……き、京ちゃん……とかダメ?」

「い、いや……それは」

 

 

 自信なさげに首をかしげるという可愛らしげな仕草で尋ねられるが、流石にこの歳になって彼女にまでそう呼ばれるのはちょっと……。

 

 

「ぶぅ……だって二人が羨ましかったんだもん」

 

 

 膨れて拗ねてみせるがそれでも駄目なものは駄目だ。絶対周りからはバカップルだって誤解されるし。

 

 

「あー……二人っきりの時に偶にならいいぞ」

「ほんと?」

「ああ、だから普段は別のにしようぜ」

「むぅ……だったらやっぱ、きょ……京太郎……か、な?」

「お、おぅ……」

 

 

 照れてどもりつつも名前を呼ぶ赤土にこちらまで恥ずかしくなってくる。

 というか初めて会った時も同じようなことしてた気がするぞ……ホント俺達って成長してないんだな……いや、立場が変わったって考えればこういうものか。

 

 そんな事を考えつつ腕の中で「京太郎京太郎」と恥ずかしながらかつ恥ずかしげもなく連呼する赤土を見ているとなんだか俺もその気になって来た。

 

 

「じゃあ俺も呼んでいいか?」

「え………………ぅん……」

 

 

 何をとは言わなかったがそれでもわかったのであろう、声を小さくしながらも頷く赤土の目を見ながら俺も同じように呼ぶ。

 

 

「………晴絵」

「ぅぅぅぅぅ……」

「ははっ」

 

 

 

 腕の中で擽ったそうに身をねじる赤――晴絵の姿がおかしくて思わず笑い出してしまう。

 

 

「…………いじわる」

「ごめんな晴絵」

「…………もっと呼んでくれたら許す」

「まったく……チビ共に負けず劣らずのわがままお姫様だな」

 

 

 今までとは違う甘え方がくすぐったくて誤魔化すように軽口をたたく。

 そして――晴絵の目を見ながらもう一度名前を呼ぶ。

 

 

「晴絵……」

「……京太郎」

 

 

 お互いに名前を呼びあい見詰め合う。女の子らしくないって自虐する晴絵だが、肌はプニプニしててまつ毛も長いし普通に可愛いよな。

 いままでだったら恥ずかしがってこんなに長く見つめることなんてなかったが、今の俺達は既に恋人同士であり、目を背ける必要なんてなかった。

 

 

「晴絵」

「京太郎」

「――んっ」

「――ん……っ」

 

 

 ――そのまま何かに吸い寄せられるように俺と晴絵の唇が重る。これが俺達のファーストキスとなった。

 

 

 

 ―

 ―――

 ―――――――――

 

 

 

 こうして…出会ってから一年ちょっとという長くもあり短くもある期間を経て、俺と晴絵は友人という関係でなくなり、恋人という新しい関係へと変わることとなった。

 

 




 レジェンド誕生日おめでとう。こんなんでスマンな。

 そしてようやくです…ようやくここまで来ました…苦節16話目でようやく二人が付き合うことになりました。いやほんと長かった…。
 当初の予定では「それなりに書くけど半年あれば終わるだろー」と軽く考えていましたが、まさかの過去編すら終わらずこんな調子という…完結まで頑張りたいと思いますので皆様これからもよろしくお願いします。

 今後の過去編はまだ大学二三四年と期間的には今までより長く残ってるのですが、もう山場は一つ越えたしイチャイチャしつつ残りの主要キャラが出しながら話を進めていくだけなので、話数的には今までより短く終わる予定です………本当か?


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。


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第四章
十七話


今日のうそすじ

 今まで仲の良い友人として過ごしてきた晴絵と京太郎だが、ある日ささいなことからお互いの間に気まずい空気が流れるようになった。
 そこで二人は仲直りのデートをすることになったが、その中でどちらも相手を恋愛対象として見ていることに気付き告白。その後二人は付き合うようになり幸せなキスをしてカンッ。


京太郎「ふむふむ」
晴絵「ちょちょちょっ! なに人の小説勝手に読んでるのさっ!?」



 人を表す時、よく猫っぽいとか犬っぽいという言葉を使って表すことがある。

 これは顔立ちの話ではなく、どちらかというと性格などを表す時に使われる時が多いと思う。顔立ちの場合はタヌキ顔とかだしな。

 それで、人懐っこい人や素直な性格の人の場合には犬っぽいといわれ、俗にいうツンデレなどの気まぐれな人を表す時には猫っぽいと言われるのが多いんじゃないかと個人的に思う。

 

 身近な人物に当てはめれば三尋木なんかは猫っぽく、照と咲は犬っぽいといえるだろう。とはいえ誰でもこの二つに分けられるものではないし、全ての行動がそれに当てはまるわけでもない。

 

 三尋木なんかはなんだかんだで人懐っこい犬的な部分もあるし、照や咲は内向的で人見知りな所もあるからそういう所は猫っぽいといえるだろう。

 だからどちらかと言えば、何々っぽいというはある種の観念的なものに無理やりあてはめている感じがしていた。

 

 とまあそんな感じで長々と語ったが、俺が言いたいのは赤土晴絵のことである。そう、高校三年の夏に出会って、後に一緒に大学に入り、秋には俺の恋人となった晴絵のことである。

 元々晴絵とは友人だった頃から常に一緒に行動をしており、なんでも気安く話せる仲だったと言える。ならば付き合ってそれ以上の関係となってからはというと――

 

 

「はい、京太郎。あーん」

「あーん」

「おいしい?」

「んっ……お、前よりもパサパサ感がなくなったしいい具合だ」

「やった! ほら、もう一枚。あーん」

「あーん」

 

 

 ――デレた。めちゃくちゃデレた。今まで以上にデレた。まさしくさっき言っていたことを否定して、犬っぽいというのがぴったり当てはまるというぐらい具合にデレた。

 気まぐれな猫のように時にデレるのでなく、24時間ほぼずっとデレっぱなしだ。ブンブン尻尾を振りまくりである。

 

 その証拠に現在もさっき晴絵が一人で挑戦して作ったクッキーを俺の胸にもたれかかりながら、俗にいう『あーん』で食べさせているぐらいだ。

 ちなみに付き合いだしてから一緒に料理をする機会も増え、晴絵の腕はまだ俺には勝てないがそれでも十分なものと言っていいほどになったので、こうやった物も気軽に作れるようになっていた。

 

 

「ほれ、今度はそっちだ。あーん」

「あーん」

「な、自分でも上手くなってるのわかっただろ」

「うん、これも京太郎のおかげだよ」

 

 

 そういいながら俺の胸にマーキングするのかというぐらいにゴロゴロと頭を擦り付けてくる。ふむ……さっき犬っぽいといったがこういった所は猫っぽいな。

 そんな仕草が愛おしくて、クッキーの粉がついていない手で頭をなでてやると、気持ちよさそうにさらに頭を擦り付けてくる――って、やばいやばい、これ以上は抑えないと。

 以前こんな感じでいちゃいちゃしていたら途中からキスに発展して、昼から夜までずっとニャンニャンしていたという事があったから自制しないと。

 

 

「ふんふふーん♪」

 

 

 とはいえそこまでしなくても、これだけでも十分ご機嫌な晴絵であった。まぁ、俺もこういったのは嫌いじゃないけどな。

 

 

「ほら、もう一枚」

「あーん」

 

 

 とまあこんな感じで付き合い始めてからただのバカップルとなっていた俺たちであった。

 

 

 

 

 あの日、俺たちが付き合い始めてから今日まで既に数か月の月日が経っていた。

 あれから後日、付き合い始めたことを晴絵の両親及び俺の両親にけじめとして報告したのだが、大した反応もなく受け入れられてしまい、新子や大学の友人たちも「へー、そうなんだー」という今さら?的な返事しか返ってこなかった。

 

 確かに元から仲が良かったとはいえ、そんな反応をされるとは思ってもいなかったので、今更になって付き合う前の俺たち自身を他の第三者の目で見たいと思ってしまったぐらいだった。

 ただ、問題だったのが照たちで、電話でもふてくされているのがわかるぐらいに不機嫌だったので、向こうに帰った時は晴絵と一緒にご機嫌をとるのが大変であったとしか言いようがないだろう。

 

 ちなみにあれから向こうに最初に帰ったのは二月に入ってからで、年末年始はこちらで過ごした。

 これには理由が二つあり、一つは期末試験が一月にあること、そしてもう一つは、帰る時は晴絵も一緒なので、そうすると晴絵がこっちで年越しが出来なくなってしまうということだからとりあえず今年は帰りを遅くしたのだ。

 後、年末年始はドタバタしてるから動きづらかったのもあった。道も混むしな。

 

 また、地元の友人達にも彼女が出来たことだけは伝えたが、未だ晴絵には会わせていなかった。皆それぞれの事もあって忙しいというのもあったが、単純に昔からの付き合いのあいつらに晴絵を紹介するのが恥ずかしいというのが大きかった。

 ある意味両親以上に俺のことを知っている奴らゆえに逆に黙っていたかったし、絶対にからかわれるしな。実際彼女の事を伝えただけでお祭り騒ぎだったぐらいだ。

 

 そんなこんなもあり、付き合い始めてからクリスマスやお正月、バレンタインデーなどのイベントをこなし、俺達の仲は深まっていった。ついこないだも俺の誕生を祝ってもくれたしな。

 ちなみにうちに泊まることはしょっちゅうで、この前長野に帰った時には二人っきりで近くの旅館にお泊りにも行ったぐらいだった。家族風呂に一緒に入ったのは忘れられない思い出だろう。

 

 

 

 とまあ、そんな感じでバカップル街道直進中といった俺たちなのだが、問題があった。それは俺があることを晴絵に伝えられないでいることだ。

 二月辺りには既に伝えようと思っていたのだが、結局言い出せずにいてずるずると今の三月まで伸びてしまったので、いい加減話したいと思っていたのだ。

 もしかしたら泣かせる可能性もあるけど、これからの事を考えるとどうしても話さなくていけないことだ。

 

 

「なぁ、晴絵……」

「ん、なぁにー」

 

 

 なになにーと小動物的な可愛さで首をかしげながら聞いてくる晴絵に思わずまた頭をなでたくなる。

 しかしそれではいつも通りなあなあで済ませることになってしまうので、意を決して話を続ける。

 

 

「俺さ……」

「うん」

「………………アルバイトしたいんだけどいいかな?」

「ん? んー……まぁ別にやってもいいんじゃない?」

 

 

 眉間に皺を寄せ、少し悩んだ顔をする晴絵。そんな顔も可愛いぞ。

 さて、とりあえずの了承を得たがここまでは問題ない。この次が問題なのだ。

 

 

「それじゃあどこにしよっか。ここらへんじゃ働くのも限られてるからやっぱ大学の方かな?」

 

 

 さて、この晴絵の言葉だけで、俺がただのアルバイト一つの何を問題にしているかわかる人もいるんじゃないかと思う。

 どういうことかというと、晴絵は俺と一緒に『同じ』バイトをやることを前提として話を進めているのだ。

 

 そもそも付き合い始めてからわかったことなのだが、どうやら晴絵は一緒にいる時間が多めに欲しいとか接触を好んだりするような甘えるタイプのようだった。

 その証拠にまず出かけるときは常に手を繋いでいるし、飯を食う時も席は隣、風呂も一緒、泊まる時はそういった行為以外の時も確実に俺のベッドに入って来るぐらいだ。

 とはいえそこら辺を見ればただのバカップルなのだが、極めつけなのは友人時代には色々な所に遊びに行ったのだが、付き合い始めてからはそういった部分がなくなったことだろう。

 

 付き合い始めてから俺たちはあまり外でデートという事はあまりせず、休みの日なんかは今日みたいに一日中家でイチャイチャしていることが多いのだ。

 友人からは、付き合いだしてしばらく経ったカップルならともかく、付き合い始めたばかりなら色々デートしたりするものだと聞いていたのでかなり拍子抜けだった。

 

 そのことについて一度晴絵に聞いてみたのだが――

 

 

「え? 別に今のままでもいいよ。ほら、あんまりお金もないし」

 

 

 ――と、不思議な顔をされた後に平然とした顔で返されてしまった。

 

 確かに晴絵の言う通り、俺たちもあまり懐に余裕がないというのもあった。

 俺は一年の時はバイトを禁止されていたし、晴絵も休みの時に短期のバイトを入れるぐらいで、普段は俺といるという生活だったからな。

 つまるところ晴絵としてはバイトすれば懐に余裕も出るが、それで一緒にいる時間を減らすよりも、金がなくても少しでも俺と一緒にいたいという事なのだろう。我が彼女ながらいじらしく可愛すぎた。

 

 とはいえ俺としては今後の事を考えてやりたいアルバイトもあるし、晴絵とは学生時代でしか作れない思い出も色々と作っていきたいから、もう少しお金の方を何とかしたいと考えていたのだった。

 

 そんなわけで、これなんてどうかなー、と携帯を使って色々アルバイトを探している晴絵には悪いけど俺の考えを伝えさせてもらう。

 

 

「あー……そのな、晴絵。俺、やりたいバイトが既に決まってるんだけど」

「ほんと?」

「ああ、その…………じゅ、塾の先生とか家庭教師のアルバイトをやりたいんだ」

 

 

 楽しそうにアルバイトを探す晴絵に対する申し訳なさと、誰にも言っていなかったことを打ち明ける恥ずかしさから少々どもりながら話す。

 

 そう、俺がやりたいアルバイトとは、将来教師を目指すに備えて子供に勉強を教える仕事であった。やはりそのような仕事につくならば、まず生徒一人に教えることすらできないなら到底無理な話であるので、前から是非やってみたいと思っていたのだ。

 しかしこういったバイトは一人でやるものなので、晴絵が望んでいるような一緒にやるバイトとは違う。だからそうなるとやはり問題となるのは、晴絵の反応なのだが……バイトの説明をすると、予想通り目に見えるぐらい晴絵は落ち込んでいた。

 

 

「……悪いな」

「ううん……京太郎は全然悪くないよ。京太郎が教師になりたいって話は前から聞いてたし、そのためにそういったバイトがやりたいって気持ちはわかるから止めないよ。でも……やっぱり一緒にいる時間が減るのは寂しいや」

「晴絵……」

 

 

 だよな。そういった日は一緒に帰れなくなったり、飯だって食えなくなるもんな。今まで当たり前に出来たことが出来なくなるっていうのは嫌なもんだ。

 だけど嫌だと言いつつも俺の事を優先してくれる晴絵が愛おしくて、後ろから覆いかぶさるように晴絵を抱きしめる。

 

 

「安心しろって、別に週に一、二回程度のつもりだから一緒の時間はそんなに減らないぞ」

「そうなの?」

「ああ」

 

 

 首だけ振り向かせて不安そうに聞いてくる晴絵を安心させるように、目の前の頭をなでてやる。

 正直バイトの回数としては少ない方だが、元々金目当てよりも人に教えるといった経験をしたいがためにするバイトだからな。もちろん授業の準備や反省といった所にも時間を割くだろうから、回数以上にそれなりに忙しくなるのは明白だが仕方もない。

 それに……俺も出来る限り晴絵と一緒にいる時間は作りたいからな。

 

 

「それでな、お詫びと言ったらなんだけど、受け取ってもらいたいものがあるんだ」

「え、なに?」

「えっとな……ほら、これだ」

 

 

 話の途中で渡そうと思い、ズボンの右のポケットに用意していたある物を取り出して見せる。

 すると晴絵は最初それがなにかわかっていなかったみたいだが、すぐに『何処の』ものかわかったみたいで驚きで目を見開いた。

 

 

「これって…………もしかして」

「ああ、うちの合鍵だ。今まで機会がなくて渡してなかったからちょうどいいと思ってな」

 

 

 付き合う前から俺と行動をすることが多かったため、付き合ってからも以前と同じような感じで特に必要としていなかったから渡していなかったが、これからは俺が留守にすることもあるだろうからな。

 今後、バイトで遅くなる日もあるだろうからこいつは持って貰った方が良いだろう。出来るなら俺が遅い日なんかは家で待ってくれていると嬉しいかな。

 それを伝えると、晴絵は抱きしめられながらも器用に体ごとこちらへと振り返り、先ほどまでの暗くしていた顔を満面の笑顔とさせ、俺に向かって抱きついてきた。

 

 

「京太郎大好き!」

「おっとっと……機嫌直ったか?」

「うん!」

 

 

 現金なもので、さっきまでの落ち込みが嘘みたいにジャレついてきた。やっぱ犬だよなこいつ。

 でもよかった。反対されることはないと思っていたが、それでも落ち込むのは目に見えていたからな。

 

 

「それじゃあ話も着いたし、ちょっと早いけど夕飯の買い物で行くか?」

「行く行く!」

 

 

 少し早いが、話もいい感じで終わり、クッキーもなくなった頃合いだったので、外に出ることを聞くと晴絵は機嫌よさそうに頷いてきた。

 そこからまだ寒い季節なので二人とも一応外着に着替えてから家を出る。春に近いとはいえ、予想通り外はまだ肌寒かった。

 

 

「あ、ちょっと待って。私にやらせて」

「ん? ああ、いいぞ」

「ありがと……へへっ」

 

 

 なんてことはない。ただ単に先ほど渡した合鍵で晴絵が鍵を閉めただけだ。

 本当にそれだけのちっぽけなことなのだが、当人の晴絵は嬉しそうにしてるし、それを見ていた俺も心の奥が温かくなった気がした。

 

 

「それじゃあ行こっか」

「ああ、そうだな。今日は何食べたい?」

「うーん……それじゃあ京太郎のシチューがいいかな。野菜とコーンがいっぱい入ったやつね」

「了解。主食はパンでいいよな?」

「うん」

 

 

 そしてスーパーは決して近くとは言えないが、バイクは使わずにいつものように手を繋いで俺たちは歩き出す。

 これはそんな俺たちの付き合い始めてからの至って普通な日常の一コマであった。

 




 とりあえず前回の十六話から一気に半年近く進んだ三月が舞台。
 アルバイトを始めようとするが甘えるレジェンドにどう切り出すか悩む京太郎と、二人の時間が減るのは嫌だけど京太郎の邪魔はしたくないというレジェンドという、小さなことを深刻そうに話す二人。そんなバカップルの日常な十七話でした。


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。


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十八話

今年最後のうそすじ


「俺さ……」
「うん」
「………………アルバイトしたいんだけどいいかな?」
「うん、それ無理」


 きっと反対はされないだろうと思っていたために、咄嗟に言われた言葉を理解できなかった。そして……その直後に俺の腕に付けられた謎の輪っか。現物は見たことがないけどよく刑事物のドラマで目にするものだ。
 あまりの出来事に脳がついていかずまったく理解できない。


「京太郎はアルバイトなんてしなくていいんだよ。ずーーーーーーーーーーーーーっと私が面倒見てあげるからさ♪」


――――ヤンデレジェンドEND



「ええと……確か、ここらへんだったよな」

 

 

 ある晴れた休日。俺はとある場所に行くために、辺りをキョロキョロと見回しながら街中を歩いていた。

 

 住み着いてから一年近く経つ阿知賀だったが、別に全ての道を通ったというわけではなく、また一度通ったからと言って全部を覚えているわけではないので、渡されたメモや携帯の地図を見ながら懸命に目的地を探す。

 案の定目的地の近場に来ると、なんとなくそこを通った記憶もあるがほとんど覚えていなかった。何度か目的の建物の近くを通ったことはあるけど、直接行くのは二回目だしな……。

 

 

 

 さて、そもそも俺がなぜこんなことをしているかというと、先日晴絵と話してアルバイト……しかも家庭教師の方をすることになったのが事の発端だ。

 

 あのあと色々話し合ったのはいいが、ここら辺では結局子供の勉強はどうなっているのかということもあり、その方面では晴絵は頼りなかったため、実家の事もあって顔が広い新子にも相談したのだ。

 

 そして色々相談した結果、まず塾はここらへんではあまり存在しなく、あっても新しく誰かを雇うことはなさそうだということで、俺達の大学があるような都市に行かなければほとんど仕事がないということだった。

 

 また、いざやるとなると、それだと休日や長期休暇に入った場合に向こうまで出勤することになったら移動の手間もかかるし、いきなり不特定多数の相手に教えることを考えたら家庭教師のほうがいいんじゃないか、というアドバイスをもらった結果こうなったのだ。

 流石新子頼りになる。

 

 そしてその流れで新子から、近くに住む知り合いの家の子供が今年から六年生で、来年から中学生という事もあって勉強について色々考えているみたいだからよかったら話をしてみないか?という案が出たのだ。

 

 新子曰く、その子はちょっと変わった子で、訳あって塾には行き辛いらしいという話も聞いていたから、先方さえよければどうだろうとのことだった。

 俺として初めての生徒でいきなり気難しい子に教えるのは不安であったが、とにかく会って見なくては始まらないという事で話を進めてもらった。

 

 ちなみに相手は女の子という事で晴絵から色々と言われたが、流石に照と同じ年の子に手を出すわけがないだろうと説得した。

 男勝りでさっぱりしているように見えて、あれで恋愛には臆病なのである。まあそこらへんも可愛いと思うけどな。

 

 そんなわけで現在、相手の親とその娘さんに会うために相手方の家に向かっているのであった。

 

 

「ええと……あったこれか。というかやっぱりここだったのか……」

 

 

 ようやく着いた目的地の建物を見上げると、懐かしさが思わず込み上がってくる。

 そう、俺が向かっていたのは二年前、初めて会った晴絵に教えられて泊まったあの松実館である。

 

 当時は色々とあったのであまり覚えていなく、こちらにきてからその場所柄訪れることもなかったが、なんとなく記憶に残っているのと同じ姿でそこにあった。

 とはいえ感傷に浸りたかったが時間も差し迫っているのもあって、ゆっくりと眺めるわけにもいかずさっさと中へと入ることにする。

 

 当時と違い、今日は歩いてここまで来たので駐車場へは行かずにそのまま正面の入口へと向かった。

 そこで受付にいた中居さんに名前を告げると、先日直接電話してアポを取った時、先方から話しては通しておくと言われた通り、承っているとのことで奥の事務所へ通された。

 

 そこで数分待っていると、直ぐに俺の親父とそう変わらない歳の男性が現れた。

 相手は先日電話のやり取りをした男性で名前は松実さんといいこの旅館の経営者だ。

 

 その後軽い自己紹介を済ませると早速詳しい話をすることになり、まず俺のことについて色々と聞かれた。恐らくだが、いくら新子の紹介だとはいえ年頃の娘に男の家庭教師をつけるのは不安だからだろう。

 とはいえ、たいして聞かれることはなく学歴や成績、そして人間性を確かめるために軽く趣味などを聞かれたぐらいだ。

 

 ただ、恋人の有無について聞かれたときに晴絵の彼氏ということを話すと「ああ、例の彼か」という事を言われてならば安心だ、ということで納得されてしまった。

 以前から思っていたが、晴絵の名前はほんと此処じゃ有名なんだな。

 

 

 

 そんなこんなで一応親御さんの許可が得られたので、後は勉強を教える本人がどう思うかという話になった。

 一応事前に改めて話を聞かせていただくと俺が教えるのは彼の娘さんで、なんでも数年前から旅館の仕事に対し以前よりも積極的に興味を持ち、経営のための勉強を頑張ると言って子供ながら懸命に取り組んでいるとの事だ。

 とはいえ個人や学校の勉強だけでは出来る範囲も限られ、新子から聞いた通り塾に通うのは訳があって難しそうという話なので、来年には中学受験をするかもしれないという事もあって家庭教師の話が出たということだった。

 

 そんなわけで現在、応接室にて松実さんがその娘さんを連れてくるのを待っているという状態だ。

 ちなみに松実さんに何故塾にいかないのかという事を聞いたときに「それは本人に直接聞いてもらってほしい」と言われたのは疑問であったが、まあすぐにわかるだろう。

 そうやって考え事をしながら数分ほど待っていると、遠慮がちにだが扉を叩く音が聞こえた。

 

 

「どうぞ」

「……失礼します」

 

 

 返事をすると、入ってきたのは伏し目がちでおどおどとした少女だった。

 後ろには先ほど娘を連れてくるといって出て行った松実さんもいることからして、この子がそうなのだろう。

 

 ――しかし……どっかで見たことあるような……。

 

 未だ肌寒い時期とはいえ室内でマフラーを巻いている姿にどこかデジャブを感じるが、まぁ外ですれ違ったりしたのだろう。

 何度かすれ違っていてもおかしくないし、ここらへんはあまり子供もいないから記憶に残っていても不思議ではないな。

 

 

「初めまして須賀京太郎です。もしかしたら今度から君の家庭教師をやるかもしれないんだ。よろしくね」

「……はぃ………………その、私は…………!!?」

 

 

 相手に会わせて立ち上がり、あまり背の高い子じゃないのもあって怖がらせないように少し屈んでから自己紹介をすると、向こうも小さな声だが返事を返してくれた。

 ところが娘さんが下を向いていた顔をあげてから自分の名前を言おうとしたら、何故か目を見開いて固まってしまった。

 

 

「えーと……大丈夫、かな?」

「あ…………は、はいィ!? わわわ私、松実宥です!! あ、あああの……!?」

「ゆ、宥どうしたんだ?」

「お、お父さんっ!」

 

 

 何故か慌てだした女の子――宥ちゃんが同じように驚く親父さんを連れていきなり部屋から出て行ってしまったので、一人残される俺。いったいどうしたんだろうか?

 

 なんか粗相でもしたか?鼻毛でも出ていたか?と不安になり部屋にあった鏡でそそくさと確かめてみるが、なにもなく安堵する。ではなんだろう?

 不安になりながら待っていると、数分経ってから二人とも戻ってきた。ただし先ほどまでと違って、宥ちゃんは松実さんの後ろに隠れてしまっているが。

 

 

「いや、先ほどはすみませんでした。少し事情がありましたので」

「いえ、かまいませんが……」

 

 

 そういうと松実さんは俺に座るように促し、松実さんも出ていく前と同じ席に再び座り直す。それに続いて宥ちゃんもその隣へと座った。

 先ほどとは違い松実さんの後ろには隠れていないが、両手でマフラーを掴んで顔の下半分を隠している状態だ。しかし何故か視線だけは、俺に向かって真っ直ぐ注がれている。

 

 

「それで不躾に悪いのですが、須賀君はこちらには大学の為に一年前から住んでいるとのことですけど」

「え、ええ……そうですが」

 

 

 ジッと見つめてくる宥ちゃんの視線に思わず姿勢を正していると、松実さんがずいっと体を前に倒しながら聞いてきたので、少し慌てながら答える。

 

 持ってきた履歴書にも書いてあることを聞かれ、今更どうしたのだろうと思っていると松実さんが隣に座っている宥ちゃんに耳打ちをされていた。

 俺が訝しげに見ていると、二人とも慌てて姿勢を正した。

 

 

「こほん……最後にもう一つだけ聞きたいのですが、こちらに住む以前にここを訪れたことはありましたか?」

「え? えーと……はい。一度旅行に来たのと大学の見学、後は引っ越し前の確認の三回ぐらいですが」

「それはいつ頃かわかりますか? 特に旅行の時と大学見学の時で」

「あー……確か、八月の半ばと同じように九月半ばぐらいだったと思います」

 

 

 真っ直ぐこちらを見てくる二人の視線から逃れたいのもあって、視線を天井に向けて当時の記憶を辿り、指折りながら答える。

 携帯を見れば晴絵とのメールで正確な日時を確かめられるだろうが、二人の様子を見るによくわからないけどそこまでは必要なさそうだ。二人とも目を合わせて笑いながら頷いているし、俺には分からないがなにやら話が進んでいる。

 

 

「いやはや、色々申し訳なかった。それではこれから宥の勉強をお願いしてもよろしいですか?」

「え……ですが、彼女の意見は?」

「いえ、この子もあなたなら良いと言っていますので、是非お願いします」

「お、お願いします……っ!」

「え、ええ……わかりました」

 

 

 松実さんだけでなく宥ちゃんにも頭を下げられてしまい、よくわからないが勢いで了承してしまう。もしかしたらさっきの問答のせいかもしれないが、全くと言っていいほど心当たりはなかった。

 その後、勉強の内容や日程、給金などの話を進め、あれよあれよという間に契約が決まってしまった。

 

 

「それでは私は仕事があるのでお先に失礼します。須賀先生、宥の事をお願いします」

「わかりました。精一杯務めさせていただきます」

「ありがとうございます。それでは私はこれで。宥、後は頼んだよ」

「うん」

 

 

 そういうと松実さんは部屋を出ていき、部屋には俺と宥ちゃんだけが残された。

 あえて残されたってことは少し話をして打ち解けておけってことだよな。まあ、次に勉強を教えるときに最低限のコミュニケーション取れないとだめだしな。とはいえそう言われてもどうするべきか……。

 

 

「あの……須賀先生」

「……ん? どうしたんだ宥ちゃん」

「そのぉ……」

 

 

 俺の事を話すべきか?いや、向こうのことを先に聞くべきか?と悩んでいると、先に宥ちゃんの方から声をかけられた。

 宥ちゃんは最初に見た時と違い、何故かリラックスしているせいか表情も硬くなっておらずにむしろわずかに微笑んでいたが、一方で何から話すべきかと言葉にも詰まっていた。

 

 とりあえず向こうが話してくれるまで焦らせずに待っていようと思ってなんでもない風を装う。しばらく待っていると言いたいことが決まったのかいきなり宥ちゃんが頭を下げた。

 

 

「その……お久しぶりですっ」

「え、久しぶりって……もしかして俺たちって会ったことある?」

「はい……」

 

 

 いきなりの話から驚く俺の言葉に、どこか寂しげに頷く宥ちゃん。

 なるほど……だから最初俺の顔を見た時驚いてたし、その後の話がスムーズに進んだのか。しかしどこで会ったんだ……?

 宥ちゃんが僅かにだが悲しげな表情をしているのが気になって記憶を辿ってみる。

 

 ――松実さんや宥ちゃんの反応を見るにただすれ違ったというわけではないだろう。だけどここ最近会ったなら流石に覚えているだろうから今年ではない。ならば去年かと思うと、先ほどの親父さんとの会話を思い出した。

 

 何故か一昨年にこっちに来た時の事を聞かれたよな?あの時ここで会ったのは晴絵とおばちゃんで、後は奈良巡りと大学に行ったぐらいだもんな。後は…………松実館?

 松実館に泊まったのは晴絵に初めて会った日だよな?頭の中で確認しながら宥ちゃんを改めて見ると、彼女が首に巻いているマフラーが目に留まった。

 

 マフラー。別にまだギリギリ冬だしおかしくはない。室内だが寒がりなら別に巻いていてもおかしくはないだろう――寒がり?

 マフラーと寒がりという言葉が頭の中で木霊する。

 

 

「マフラー……寒がり……………………あ、もしかしてあの時の!」

「はい、あの時は一緒に探してくれてありがとうございましたぁ」

「そっか、あの子って宥ちゃんだったのか……」

 

 

 なんとなく連想しているうちに、宥ちゃんの言葉で思い出すことが出来た。

 俺が出会った時のことを思い出したのが嬉しいのか、宥ちゃんは先ほどよりも顔をほころばせている。

 

 そういえば此処に泊まった時に外を散歩していたら、夏なのにマフラーを探している女の子に会ったんだっけか……。おぼろげながらもなんとなくだが思い出してきた。

 

 

「はぁーなるほどな……でも悪いね、こうして話すまで全然思い出せなくて」

「仕方ないです。あれから一年以上たってますし……」

「だけどなんとなくそのマフラーとか見覚えあるよ。あの時もそうだったけど今でも大事に使ってるんだな」

「はい、お母さんが買ってくれたものだから……」

「そっか……」

 

 

 大事そうにマフラーに触れる宥ちゃんに何でもない様に話を合わせておく。

 ここに来る前に新子と話した時に、松実家のお袋さんは子供たちが小さい頃に亡くなっているから話す内容には注意しろって言われていたからな。

 

 

「でもまさか君がここの子だとはあの時は思いもしなかったな……」

「私も須賀先生がうちのお客さんだってわからなかったです。知っていたらちゃんとお礼も出来たのに……」

「まあ、気にしない気にしない。むしろこうやって親父さんに取り成してくれたんだから十分だよ。やっぱさっきのって俺が昔会った本人かどうかの確認だったんだろ?」

「はい、あの時の人だってお父さんに話したら、もしかしたらって当時のお客さんの名簿を調べてました……」

 

 

 申し訳なさそうに説明する宥ちゃんの言葉に納得がいく。

 当時俺がここに住んでいないなら旅行客で来ていたと推理して、その時期に自分の所に泊まった客の中にいてもおかしくはないと踏んで調べてみたのか。

 んで、実際にそこに名前があった上に実際に話して本人だと確認したってわけか。

 

 しかしこれで新子や松実さんが言っていた事情も理解した。宥ちゃんは寒がりだから塾などの夏には冷房がガンガンに効いているところに簡単に通えないだろう。

 先ほど松実さんがあえてそのことを言わなかったのも、そのことに変な先入観とかを持ってほしくないという事だろうな。

 

 

「初めての家庭教師の仕事ってことで不安もあったけど宥ちゃんなら安心だよ。これからよろしくな」

「はい、よろしくお願いします須賀先生」

「あー……そうだ。その須賀先生ってやつは勘弁してくれないか。別にそんな偉い立場でもないし、背中が痒くなってくるんだ……だから普通に呼んでくれていいぞ」

 

 

 確かに家庭教師ならそう呼ばれてもおかしくはなさそうだが、慣れないのもあるしなんか偉そうにしてるみたいで今の俺にはまだまだ無理そうであった。

 そんな俺のしかめっ面が面白かったのか、宥ちゃんがクスクスと笑い出した。

 

 

「ふふっ、じゃあ……京太郎、さんってよんでもいいです、か?」

「ああ、全然かまわないぞ」

「そ、それじゃあ……私も……宥、でいいです」

「いいのか?」

「はい」

「そうか……それじゃあこれからよろしくな宥」

「はい、よろしくお願いします……京太郎さん」

 

 

 これからのことを思い、口だけではなく行動でも示そうと右手を出すと、宥は最初おっかなびっくりだったが、それでも恐る恐る手を伸ばして答えてくれた。

 

 

 

 ――こうして俺の初めての教え子は、何の因果か以前こちらで偶然関わった少女、松実宥となった。

 そして……晴絵とは違った意味で、宥はのちに教師となる俺にとって特別な存在となるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<その後のレジェンド>

 

 

 あれから松実館を後にして家に帰ると、晴絵が夕飯を作って待っていてくれた。

 俺も手伝おうと思ったけど既にやることはなく、着替えて座って待っていろとの事だったので後は晴絵に任せておいた。

 

 

「それで面接はどうだった?」

「まあぼちぼちって感じだな、来週から授業開始だ。お、うまそうだな」

 

 

 結果が気になるのか皿を運びながら晴絵が今日の成果を聞いてきたので、先ほどの事を思い出しながら答える。

 ちなみに今日のメニューは肉じゃがだ。

 

 

「ありがと、それにおめでとう。でも口でいうよりもなんか機嫌良いね」

「ん? ああ、ほら、俺が教えることになった娘さん。あの子実は昔会ったことがある相手だったんだ」

「え、マジ?」

「マジ。だから話もスムーズに進んでな、見知った相手だし宥は素直ないい子だからうまくやっていけそうだよ」

「へぇー……」

 

 

 驚く晴絵から箸を受け取り、腹が減っていたのと料理が予想以上に上手くできている為にそちらに気を取られる。いやー、ホント晴絵料理上手くなったなー。

 用意も揃ったことだし、さあ飯だ!と箸を伸ばしたところでやっと晴絵の様子がおかしいのに気付いた。

 

 

「どうした晴絵?」

「べっつにぃーーーーーーーーーーーー」

「…………ほら、おいで」

「………………」

 

 

 不機嫌になりながらテーブルの向こう側に座る晴絵を見て、なんとなく予想がついたので手招きをする。

 すると最初はじーっと猫のようにこちらを見つめていた晴絵だったが、少しずつこちらに移動していつも通り膝の上へと乗ってきた。

 

 

「もしかして妬いてるのか?」

「……だっていきなり名前で呼んでるしさ」

「そこらへんは照たちと一緒だよ。だから、な?」

「……うん」

 

 

 そんな感じで晴絵の機嫌を取りつつ食事を進め、忙しい一日は過ぎて行った。

 




 阿知賀メンバーで最初の登場はまさかの宥という十八話でした。みなさん当てられましたか?

 宥はこんな感じで、京太郎にとってはレジェンドみたいな恋愛対象ではないがちょっとした特別な相手。そして宥にとって京太郎は――――な相手という感じです。
 また、一番最初に出た今回みたいに、宥は阿知賀メンバーの中でも扱いがちょっと別になるかもしれませんが、一応サブヒロイン筆頭(予定)ということで許してください。

 それではこんな所で今回は終了。今年も皆様ありがとうございました。今年の投下は今回で最後(の予定)です。
 それでは皆様よいお年を。また来年お会いしましょう。


 キャラ紹介の過去編に【松実宥】追加しました。


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十九話

2015年初めのうそすじ


家庭教師の面接に来たはずの松実館。
しかしそこで行われたのは――


「あの……ご趣味は?」


――何故か小学生とのお見合いであった。旅館の跡取り探しらしかった。


勿論帰ったら何故か晴絵にばれていて壁ドンされたのは言うまでもない。



 晴……いや、春の日差しが心地良い四月。俺がアルバイトを始めてから数週間が経つ頃。俺と晴絵は無事進級して大学二年生となっていた。

 とはいえ二年になったからといって特に環境が変わるわけでもなく、俺たちは今までと変わらない日々を過ごしていた。

 

 大学へはいつも通り一緒に行って、周りからバカップルと囃されるぐらい常に一緒におり、家でも泊まりの頻度は減ったがそれでもいつも一緒にいた。

 一応変わったことと言えば、新しい講義の中でも二年になってから選択できるようになった教職課程の講義を受けるようになったことだろう。

 

 そういえばその時驚いたことに、晴絵も俺と同じように教職の講義を取ったのだ。

 これには晴絵曰く「確かに京太郎と一緒にいたいって気持ちもあるけど、京太郎の話を聞いてたら私も教師って仕事に興味が湧いてきたからね」と言っていた。

 確かに子供好きな晴絵からすれば悪くない選択肢だろう。別に講義を取ったからと言って必ず教師にならなければいけないというわけでもないし、今のご時世教員の資格を持っておいて損はないからな。

 

 あと講義だけではなく、少し前から晴絵も俺と同じようにバイトを始めていた。

 といってもやはり俺と同じようにあまり回数入れず、なるべく俺と同じ曜日にシフトを入れるなどそこらへんは徹底されており、相変わらず可愛い彼女であった。

 

 

 

 ちなみに俺の家庭教師のアルバイトの方もあれから順調に続いており、宥の勉強もそうだが、宥との間では信頼関係というものもそれなりに築けていると思う。

 

 勿論最初の頃は宥の性格もあって中々思うように意思疎通が取れなかったが、それは嫌われているという事ではなく、むしろ昔の事でそれなりに懐いてはいてくれてはいたので要は慣れ問題だった。

 

 元々松実さんが家庭教師をつけたのは、消極的であまり他人に慣れない宥に免疫を持たせるためというのも聞いていたので、最初の頃は松実さんからの要望もあって勉強をしながらもなるべく信頼関係を築ける用に会話の時間を多めを設けたこともあり、今では普通に話せる様になっていた。

 

 とまあそんなわけで、今ではしっかりと勉強にも集中させてやれる環境が出来ており、今日も俺は大学が終わった後、宥に勉強を教えるために松実館に来ていた。

 

 

「えっとぉ……こんな感じでいいですか?」

「そこそう、その通りだ。この少し教えただけの事もしっかり出来てて偉いぞ」

「えへへぇ……」

「宥はほんと要領がいいな。これなら俺も教えることも少ないからすぐにお役目ごめんってことになりそうだな」

「そ、そんなことないですっ、だからこれからもお願いします!」

「大丈夫。わかってるからそんな泣きそうな顔するなって、俺も宥には色々教えてやりたいからな。ほら続きやるぞ」

「はいっ」

 

 

 目元をウルわせる宥の頭を撫でてやりながら、俺が家で作ってきた復習用の自作の問題集のページを開いて次の問題を解かせる。

 こんな懐いてくれているんだもんな。この関係がいつまで続くかはわからないけど、ちゃんと面倒見てやりたいし、ただ単にお金だけを目的として接していきたくはないよな。

 

 

「よし、45分やったし15分間休憩するか」

「はい」

 

 

 それからしばらく勉強を続けていると良い頃合いとなったので休みを取ることにした。

 子どもの体力というのもあるし、ずっと続けていても判断が鈍るだけで効率は良くないからな。適度に休憩をはさむ方が良いのだ、と受験時代にハギヨシが常々言った言葉は胸に刻ませてもらっている。

 

 

「ぁ、なにか飲み物持ってきますね」

「ありがとう。頼むわ」

 

 

 休憩に入るにつれ、なにも飲み物を用意していなかったことに気付いた宥が立ち上がり、俺はそんな宥が部屋を出るのを座ったまま見送る。

 ここだけ見ると年下をパシらせるダメ男だが、ここは俺の家じゃない上に下手に断ると宥が悲しそうな顔をするため断るに断れないのだ。

 

 そんなわけで宥がいない間暇を持て余すので、教材の方を纏めておこう。

 宥に教えるために俺が自作したものもあるが、大半は晴絵や新子の助言などを踏まえて書店で買ってきたものだ。

 

 勿論これは松実さんから必要経費を受け取っているから問題ない。母親がいない上に忙しくあまり構ってやれないのに、旅館の事を手伝ってくれる優しい娘に苦労を掛けているという事で、出来る限りの事はしたいという親心らしい。

 

 

 そんな大事な教材を開きながら、次に教えることを整理しつつもなんとなく目にとまった部屋の中を少し見回す。今いるのは宥の自室だ。

 最初はプライベートもあるし、応接間みたいな所があるからそういった所で勉強するのかと思ったのだが、宥が寒がりなのもあって自室が良いという事から此処で教えている。

 

 ちなみに驚くことに宥の部屋の中央には勉強机兼の炬燵がある。別にまだ四月だし、ギリギリあってもおかしくはないのだが、宥の話だとやはり寒がりだという事で一年中出しっぱなしらしい。

 普段の様子やそんな話を聞いて宥の体が心配になったが、どうやら医者の話でも特に体に異常はなく、ただ単に本当に寒がりらしい。

 

 まぁ……俺の身近にも色々と変態どもがいたからそれに比べれば可愛い物だろう。

 とはいえただの変態とは違って、宥の体質だと冬は普通の人よりもさらに寒く感じて、夏は多少マシだがその分その服装もあって周りから好奇の目で見られてしまうというのは可哀想だよな……。

 

 可愛い教え子の事だしなんとかしてやりたいと考えてはいるが、医者でもない俺にできることはなくて、少し落ち込んでいると――――どこからともなく視線を感じた。

 

 いきなりのことに驚き立ち上がって辺りを見渡しそうになったが、平静を装い座ったままでおく。

 ハギヨシの訓練でそういったのにも少し慣れていた俺は敢えてその視線に気づいたふりはせず、今まで通り目線は教科書の方に向けていながら気配を探る……………………そこかっ!

 

 気配を探っているうちに視線の主を見つけたので、バッ!と体を動かして部屋の扉の方を向くと、そこに少し隙間が空いているのに気づく。

 

 

 そして――――そこから部屋の中を覗く目と俺の目がバッチリあった。

 

 

「……………」

「……………」

「…………………………」

「…………………………」

 

 

 痛い沈黙が続く。しかし俺にはわかる。扉の向こうでその人物が焦っているのを。何故ならその人物が手で押さえている扉がカタカタ揺れているからだ。

 

 

『…………玄ちゃん、なにやってるのぉ?』

『お、おおおねーちゃん!!?』

 

 

 どうやら宥が戻ってきたら当の人物と出くわしたらしい。というか姉ちゃんってことは妹か。

 そういえば……未だ家の手伝いやらが続いているらしく会ったことはなかったけど、妹がいるってことは前に聞いたな。確か二年前に宥に会った時もそんな子がいた覚えがある。

 

 そんなことを考えているうちに向こうの話も終わったのか、扉を開けてお盆を持った宥が入ってきた。おまけで後ろに何かをつけている。

 

 

「えっと……妹の玄ちゃんです」

「は、はじめまして……」

「初めまして」

 

 

 そういうと宥の後ろからそろ~っと顔を出したのは、宥と似た風貌を持つがそれより少し幼い感じのするこれまた美少女だった。

 

 しかし先ほどのやり取りのせいか、姉の背中越しにビクつきながら恥ずかしがって一向に出てくる気配がなかった。

 その姿はまるで親猿にへばりつく小猿のようだった――いや、女の子相手に例えが悪すぎるな。

 

 

「まあとにかく座ろうぜ。妹さんもさ」

「はぃ。ほら、玄ちゃん」

「……うん」

 

 

 姉の宥に促されることでようやく妹さんも背中から離れて炬燵へと足を入れる。席順は俺から見て、左に宥、正面に妹さんって感じだ。

 

 寒い部屋の外(宥感覚)から帰ってきたためホッとした顔をする宥と比べて、妹さんの顔はカチンコチンに固まっていた。もちろんそれは寒さからではなく緊張からだ。

 まあ、さっきみたいな恥ずかしい場面を見られればそうもなるか。見た所宥より一つや二つ下ぐらいだろうから、そろそろ羞恥心が出てくる年頃だもんな。

 

 ならこういう時は俺から水を向けるべきだろうと思い、少し姿勢を崩してさも気安いですよー、という雰囲気を普段よりも出して話しかける。

 

 

「俺は宥の家庭教師をやってる須賀京太郎っていうんだ。君の名前は?」

「……松実、玄です」

「そっか、いい名前だな。宥から君のことは聞いてるよ、すごくしっかり者で自慢の妹だってな」

「……ほんと?」

「本当だよ、なあ?」

「うん。玄ちゃんのこと凄いと思ってるよ……」

「そ、そっかぁ、エヘヘぇ……」

 

 

 確かめるように恐る恐る姉の方へ顔を向けると、本当だとわかり途端に妹さんの顔が綻ぶ。

 秘技褒め殺しは効果抜群であった。まあ、嘘はついていないしな。それで嫌なことが流れるなら万々歳だ。

 

 

「それで玄ちゃんはいったいどうしたのぉ?」

「……あ、ええと…・・おねーちゃんがいつも話してるお兄さんの事が気になって見に来ちゃったのです」

「いつもって?」

「はい、おねーちゃんご飯の時間とかにいっつもお兄さんの話してるんですよ」

「あわわわわっ、く、玄ちゃんっ!」

「あれ? 言っちゃった駄目だった?」

「あううううぅ……」

 

 

 慌てふためいて腕を振り炬燵に籠る宥とは裏腹に、妹さんは首をコテんと横に傾けて頭に疑問符を浮かべている。

 羞恥心は多少あるけど、そういった機敏が効かない辺りここらへんは年相応といった感じだな。

 

 しかしそっか……普段が普段だけに実は俺の前では無理に取り繕っているんではないかと少し考えてもいたが、宥はちゃんと心を開いてくれているみたいで嬉しい。

 そう感慨深く感じていると、妹さんが炬燵の上に手をついて体をずいっと伸ばしてきた。

 

 

「それでお兄さんがあの時おねーちゃんのマフラーを拾ってくれた人なのですか?」

「そうだよ、確か君……玄ちゃんにも見覚えがあるよ。あの時宥を迎えに来てくれた子だろ?」

「あー……えへへーーー……ごめんなさい、私はその時の事は覚えてるんだけど、お兄さんかどうかまでは……」

「まあしょうがないさ、顔を合わせたのは一瞬だったし、二年近く前の事だからな。俺も宥に会うまではすっかり忘れてたし」

 

 

 それから当時俺がなんであそこにいたのかから、俺がどこから来ただの、今はどこらへんに住んでいるかなどの話で盛り上がる。その中には既に宥が聞いた話もあったのだが、まるで初めて聞くかのように微笑んでいた。

 

 

「さて、そろそろ勉強に戻るか」

「はい……」

 

 

 とはいえ楽しい時間とはあっという間に過ぎていくもので、話しているうちにいつの間にか休憩時間をオーバーしていたから勉強に戻ることにする。仲良くなるのもいいけど、けじめはしっかりとつけないとな。

 そうして勉強を続けるため教科書を広げる宥と俺だが、そんな中この場で一人困っている人物がいた。

 

 

「えっと……」

「……うん、玄ちゃんは学校で宿題とか出てないか?」

「あ、はい。算数のドリルが……」

「だったら一緒にやらないか? わからない所があったら教えるよ」

「え……い、いいんですか!?」

「勿論。ただ、一応宥の専属だから片手間になっちゃうけど」

「大丈夫です! す、すぐ持ってくるです!」

 

 

 そういうと急いで炬燵から抜け出してドタバタと部屋を出ていく。手持無沙汰にしていたのを見て思わず言ってみただけなんだが良かったみたいだ。

 しかし宥自身に了承を取っていなかったな、と思い振り返ると、当の本人が何故かニコニコと笑っていた。

 

 

「どうした?」

「いえ、玄ちゃんを仲間外れにしてくれないでありがとうございます……」

「別に気にしなくていいけど、宥こそいいか? 一緒にやることになっちゃったけど」

「はい、玄ちゃんと一緒だと嬉しいです」

 

 

 基本家庭教師はマンツーマンだけど一人が問題を解いている間は意識を向けつつも暇だし、一人増えたぐらいならあまり変わらないだろうと思い決めたんだが問題なさそうだ。俺としても教える練習にはなるからな。

 しかし先ほど話している時も思ったが、こういった宥の嬉しそうな表情を見ると二人は随分と仲がいいみたいだった。

 

 

 

 それから玄が戻ってきてから勉強を再開する。

 ちなみに休憩後、勉強を教えるときに呼び名もこちらからは玄、向こうからは宥と同じように京太郎さん呼びとなった。

 

 

「ふむふむ……あ、ここちょっと計算間違えてるな。ほら、さっき解いたこれ参考にして自分で一回確認してみ。わからなかったら説明するから」

「わ、わかりましたぁ……」

「頑張れ。それで玄の方はどうだ、なにかわからないのはあるか?」

「大丈夫です!」

 

 

 宥の解答を確認してから玄の方も一応見てみるが問題なさそうだった。

 まあ、基本勉強を先取りしている宥と違って、小学校の宿題ならわからないってところもあんまないわな。玄も別に頭悪そうに見えないし。

 

 その後も勉強は続き、そろそろ前の休憩から一時間ほどが経とうとしていた。

 流石に小学生の身で長時間机に向かい続けるのは疲れるのか、宥も時々目をこすったり体を揺らしている……ふむ。

 

 

「さて、そろそろ休憩するか。宥も眠そうだし一度顔洗ってきたらどうだ?」 

「は、はぃ、ちょっと行ってきます……うう、寒い」

 

 

 俺の言葉に宥がそそくさと部屋を抜け出す……やっぱ眠気だけでなく尿意も我慢していたみたいだな。

 

 昔、ハギヨシに、女性は男性にはそれ系の話は切り出しにくいからこちらからさり気なく促してあげるのが紳士だって言われたっけな。

 照達ならストレートに言ってくれるけど、宥みたいな性格だと難しいからな。

 

 

「玄は大丈夫か?」

「平気なのです」

 

 

 こちらの質問にムフーっと得意げにドヤ顔をかます玄。

 最初はちょっと姉に似て消極的な所もあると思ったけど、基本的にはお調子者って感じだな。ちょっと晴絵に似ているタイプだ。

 

 

「それでそっちは宿題終わったみたいだけどどうする? 後一時間はやるつもりだから無理して付き合わなくてもいいぞ」

「えーっと……もしかして私……邪魔、かな?」

「いや、静かに勉強してくれてたし、宥も玄がいるとさらにやる気が出るみたいだから玄がいいなら最後までいてくれてもいいよ」

 

 

 流石に持て余して暇かなーと思い、ここにいなくても良いと話してみると、悲しげな顔をして違う意味に受け止められてしまった。実際に玄は勉強の邪魔になってなかったし、宥は妹に良いところを見せたいのか、普段よりも気合が入っているように見えたからな。

 そのことを告げるとほっと胸を撫で下ろして安堵していた。ちょっと俺の言い方が悪かったな、反省。

 

 

「まあそんなわけでいてもいいし、これからも遊びに来てくれていいからな。あ、勿論そのことで親父さんにお金要求したりなんか決してしないから安心してくれ」

「あ、ありがとっ、です!」

 

 

 俺の言葉に素直に頭を下げる玄。なんだかんだで素直でいい子だよなー。ただ……俺の勘が、この子は良い子なだけでなくなにかがあると告げていた。

 そんな嫌な予感を感じていると、突如玄がもじもじとし始めた。

 

「そ、それで、少し京太郎さんに聞きたいことがあるんだけど……いい、かな?」

「ん? 別にいいけどなんだ?」

「きょ、京太郎さんって、あの赤土さんと付き合ってるんだよね?」

「ああ、そうだけど」

 

 

 恐る恐る聞いてくる玄に頷く。地元の人からすれば晴絵は有名人だし、その彼氏がどんな奴かというのは気になる所なのだろう。

 

 引っ越して以降晴絵の友人ってことで結構話しかけてくる人がいたが、付き合ってからはより多くなったからな。子供に聞かれるってことはあまりなかったけど、この年頃なら興味持ち始めてもおかしくはないか。

 そんな微笑ましい気持ちで玄を見つめていると――

 

 

「そ、それじゃあ赤土さんの胸は揉んだのですか?」

「……………………………………はぁ?」

 

 

 ――可愛いらしい表情に反して、その口からは理解しがたい言葉が飛び出してきた。

 

 

「えーと…………」

 

 

 さて、どう答えるべきかと悩む。というか言葉が出ない。

 胸?おもちだよな?聞き間違いじゃないなら晴絵のそこそこある胸について聞かれた気がするな。

 いや、言葉の意味は理解できるが何故胸……?

 

 

「あー……まあ揉んだかな」

「そ、それで感触は!?」

「まぁ、柔らかかったな」

 

 

 玄の勢いもあって何故かバカ正直に答える俺。小学生の女子相手に何をやっているんだ。

 

 

「……胸、好きなのか?」

「はい!」

 

 

 思わず聞き返すと、今までの会話の中で一番の元気さで返されてしまった。

 確かにこの子には何かあると思ったけど、こんな予想はしてなったし当てたくなかったぞ。

 

 

「くぅー! うらやましいです!」

「そ、そんなにか……?」

「はい! 赤土さんの胸はいつか揉んでみたいと思ってたのです。大きさはそれほどでもないけどきっと柔らかさは絶品のはずのなのですっ」

 

 

 いい笑顔だ。話題が胸の事でなければだが。いや、まあ、別にいやらしい目的ではなく、ただ単にそういったのが好きみたいな雰囲気だけど、女の子がそれでいいのだろうか?

 

 

「そ、それで京太郎さ……いえ、師匠! 具体的にはどうでしたか?」

「…………なんで師匠?」

「だって前から是非揉んでみたいと思ってた赤土さんの胸を先に揉んでたんです! だったら私からすれば師匠当然なのです!」

「そう……なのか?」

「まあ、おねーちゃんの胸の方が上なのですけどね!」

「あ、はい」

 

 

 先ほどのようにムフーっとドヤ顔を決める玄。さっきと同じ顔で可愛いはずなのだが、今回のは先程とは全然違って見えた。実に残念な子だな……。

 

 その後、響きがいいとかなんとかで何故か呼び方が師匠に固定されてしまい、戻ってきた宥には不思議な顔をされてしまったが、理由など到底言えるはずもなかった。

 

 

 

――なんで俺の周りって変な奴が多いんだろうな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<今週のレジェンド>

 

 

「それで今日はどうだった?」

「あーーー…………面白かったけどそれ以上に疲れた」

「???」

 

 

 どういうこと?と聞いてくる晴絵には悪いが、お前の胸の話で盛り上がったとはいえず、とりあえずその日は揉んで誤魔化しておいた。

 




 皆様新年あけましておめでとうございます。今年も君がいた物語をよろしくお願いします。

 そんなわけで新年最初の話は、宥に続いて妹の玄登場の十九話でした。クロチャーが出るといつの間にかギャグになってるんだよなー……


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。


 キャラ紹介過去編に【松実玄】追加しました。


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二十話

今週のうそすじ


「……胸、好きなのか?」
「はい! それで……その、近頃、男の人の胸にも興味が出てきて……」


 そういうと少しずつにじり寄ってくる玄。
 ちょ、待て、止め―――



「それで今日のアルバイトはどうだった?」
「アア、ウン。タイヘンダッタヨ。ホント」





「お邪魔しまーす」

「いらっしゃーい。ささ、上がって上がって」

「サンキュー。あ、これお土産の俺自作のシュークリーム。後で食べようぜ」

「お、いいねぇありがとう。それじゃあこっちだからついてきて」

 

 

 スリッパを用意してくれる新子に礼を言い、土産を渡してから家の中へと上がらせてもらってから後に続いて歩き出す。

 通されたのはちょっとした応接間で、神社の家らしくそこは畳の間となっていた。

 

 

「それじゃあ何か飲み物とお茶菓子取って来るからちょっと待ってて」

「ああ、悪いな」

 

 

 俺を案内してからも座ることなく、慌ただしそうにそのまま新子は部屋を出ていく。

 その機敏な動きからして恐らく何か料理でもしていたのだろう。家に入ってからいい匂いがしているし、何よりエプロンをつけていたからな。実に似合っていてグッドだった。

 

 さて、今俺がいるのは新子の家である。しかも本殿ではなく、新子家の実家の方である。

 

 何故こんなことになっているかというと理由は簡単。この前晴絵を含めた三人で遊んでいた時に、新子の家について話したのがきっかけだった。その時に色々話しているうちに話の流れで、そういえば新子の家ってどんな感じなんだ?という話になったのだ。

 

 今まで本殿の方は正月などに参拝で訪れたことはあったが、大概俺たちが集まる時は俺の家だったし、女子の家という事で敷居が高く、新子家の方に遊びに行ったことはなかった。

 そこで新子が「なら今度遊びに来ない?と言いだし、俺としても神社の家ってどんなものか興味もあったので了承したという事だった。

 

 しかし女子の家に上がるのは晴絵を除けば久しぶりだが、やっぱ男友達の家とは色々と違って見えるよなー。

 そんな感じで部屋を見回していると、襖の向こうからお盆を持った新子が戻ってきた。

 

 

「おまたせー。お菓子は須賀くんのそれは後で頂くとして、先に近くの和菓子屋で買った団子でいいかな?」

「あ、ああ、悪いな」

「ん? ……んー、もしかして須賀くん緊張してる?」

「まぁ少しな。こういった場所だし、なにより女子の家だしな」

「それに隣の嫁さんも今はいないしね」

「嫁さん違います」

 

 

 いいおもちゃとばかりに新子がからかってくるがキッパリと否定する。一応、まあ、将来にはそうなるかもしれんが、まだ彼女だしな。ちょっと気が早い。

 

 ちなみに新子の言う通り、今晴絵はここにいない。

 最初は一緒に遊びに来る予定だったのだが、家の方で用事が出来たらしく後から遅れて来ることになっている。

 一応彼女持ちの身としては、一人で女子の家に遊びに行くのは躊躇われたのだが、晴絵が気にしないで行ってこいと言ったのでこうして先に来ることとなったのだ。

 

 

「それで? 晴絵からはなんか言われた?」

「あー、『浮気しちゃだめだからね!』ってさ。といっても新子と会うのなんて今更だし、新子は俺なんか相手にしないから大丈夫なのにな」

「あら、私これでも須賀くんのこと結構気にいってるんだけどなぁ」

「おいおい、照れるからそういうこと真顔で言うのはやめてくれって」

「…………」

「…………冗談だろ?」

 

 

 話の内容いつものおふざけだと思ったのだが、こちらを見つめる新子視線にそのような感情は混じっているように見えず、そんないつもと違う新子の様子に思わず狼狽える。

 

 

「……本当に火遊びしてみる?」

「……いや「アハハッ! なんてね、冗談冗談。人様の彼氏をとったりなんてしないよ」ったく……冗談きついぞ」

 

 

 晴絵がいるから無理だ、って言おうとしたところで新子が真剣な表情を崩し、いつもの様にいたずらっ子の笑みを見せた。まったく……焦らせないでほしいわ。ぶっちゃけ新子は可愛いんだから嘘でもドキッとするだろ。

 

 まあ確かに新子が彼女でもそれはそれで楽しそうだけどな……っていかんいかん。俺には晴絵がいるだろ。もしもでも考えるのは駄目だな。

 馬鹿な考えを頭から振り払い、話を変えるために別の話題を振る。

 

 

「それにしてもあんまり普通の家と変わらないんだな」

「そりゃそうよ。仕事は仕事、プライベートはプライベートってよく言うじゃない」

「なんか違くないか、それ」

「まあ、田舎の小さな神社だしね。これがもっと由緒正しい伊勢みたいな所ならともかくそんなもんよ」

「確かにな。そもそも目の前の新子を見れば納得だったな」

「ははっ、言ったなこんにゃろー」

「ギブギブッ!」

 

 

 そういうと新子はずりずりっと俺の傍に近寄ってきてヘッドロックをかましてきた。相変わらずだがこういった乗りの良さは晴絵と親友であるというのが頷ける。

 

 それからいつも通り大学の出来事や俺のアルバイト先である松実姉妹の話で盛り上がっていると、突如携帯の着信音が鳴った。

 

 

「それでさー、ん……? あー……ごめん。本殿の方に呼ばれたからちょっと出てくるね。すぐ戻って来るからテレビでも見て待ってて」

「おう、頑張ってな」

 

 

 いきなり来たメールを見た新子が忙しそうに部屋を出ていく。休みでもこうやって呼ばれることがあるのが自営業の辛い所だな。いや、自営業に限らずどの仕事でもそうか。

 とりあえず話し相手もいなくなって暇になったのでどうするか悩む。ちょっと外を散策してみるのもいいが、家主がいないのに歩き回るのもな……新子の言う通りテレビでも見ているか。

 

 そう考えてリモコンに手を伸ばしかけた所で、ふと気配を感じた。

 なんだか前にもこんなことがあったなーと思い気配の先を探ると、襖の向こうに小さな人影が見え、それが中を覗こうとしていることに気付いた。

 そういえば……忘れていたけど新子に妹がいるって前に言っていたし、きっと姉が見知らぬ人間を招いていることに気付いて様子が気になったのだろうな。

 

 

「…………入ってきなよ」

「!!?」

 

 

 黙っているのもなんだったので声をかけてみると、俺の声に驚いたのか影が飛び跳ね固まってしまった。どうやら驚かせたみたいで入るのに逡巡しているようだった。

 その様子にどうしようか悩んでいると、しばらく経ってから、そーっと襖が横に動く。

 

 そして――入ってきたのは、俺の予想通り小学校中学年ぐらいの女の子だった。

 

 服装はジャージ。

 その格好に少々男の子っぽさを感じるが、本人は髪を一本に束ねて後ろに伸ばしているのが似合っており、顔も整っていることから将来確実に美少女になるだろうという外見をしていた。

 新子の妹にしてはあまり似ていないが、歳も離れているしそれぞれが両親のどちらかに似ているのかもな。

 

 そう思い妹さんを見ていると、彼女がなにかを凝視しているのに気付いた。

 視線の先はこちらに向いているのだが、俺を見ているにしては少々ずれており、よーくその先を辿ってみると視線がテーブルの上に注がれていた。

 何か面白い物でも置いてたっけ?とテーブルの上を見ると、先ほどそろそろ食べようかと取り出したシュークリームが置きっぱなしだった。

 

 

「…………食べるか?」

「いいの!?」

「あ、ああ……」

「ありがとう!」

 

 

 じゅるりという音が聞こえそうなほどシュークリームを凝視している妹さんを見て、腹が減っているのかと思い聞いてみたら、目を輝かせながら身を乗り出してきた。

 そこまで腹が減っていたのか……と思いながら箱に入れていた新しいのを取り出して渡すと、妹さんは礼を言ってからすかさず齧り付いていた。

 

 

「! …………なにこれ! すごくおいしい!」

「そっか、多めに持ってきたからたくさん食べていいぞ」

「やったぁ! ありがと!」

 

 

 まあ確かに多めには作ってきたけど、この食欲旺盛な妹さんを見ていると残るのかは不安であった。

 だけどここまで美味しそうに食べてくれるなら作った身としては嬉しい限りだし、まあいいか。晴絵……また今度作ってやるからお前の分はない。許せ。

 

 

「あ、そうだ自己紹介がまだだったね。俺は須賀京太郎、君のお姉さんの友達だ。君の名前は?」

「お姉さん……? えっと、私の名前は「しず! 忘れ物取りに行くって言ってたのに、こんな所でなにしてんの!」あ、憧!」

 

 

 なにやら不思議そうな顔をした妹さんが名乗ろうとしたところで、突如廊下の方から怒鳴り声が聞こえてきて二人とも振り向く

 

 するとそこにいたのは、妹さんと同じ年ぐらいでジャージではないが、ショートカットとで同じように快活そうでこれまた可愛い女の子だった。

 いうかあれ?こっちの子ってどこか新子に似ているような……?

 

 

「……………………………………誰!?」

「えっとな「憧ーっ! これ凄くおいしいよー!」」

「「あのなぁ(ねぇ)……」

 

 

 いきなり大男が視界に飛び込んできたのもあってか、ビビって後ずさるショートカットの子だったけど、ポニーテールの子の空気を読めない発言で脱力して、一瞬のうちにこの場にあった緊迫した空気がなくなっていく。

 だけどこの様子からして、友人らしいこの二人の関係がなんとなくわかったな。それでポニーの子がしずちゃんで、ショートの子が憧ちゃんか……ふむ。

 

 

「それで……君が新子憧ちゃんでいいかな? 俺は須賀京太郎。君のお姉ちゃんの友達だ」

「お姉ちゃんの!? って、男の人の友達!?」

 

 

 最初はポニーの子が妹さんかと思ったが、新子に似た見た目と前に聞いていた名前を今おぼろげに思い出して、ショートの子が新子の妹かと思いなおしてみたら当たっていたみたいだ。

 

 

「今は新子が仕事で呼ばれたから一人だけど、お姉さんから今日俺が来ることは聞いてない?」

「あ、友達が来るとは聞いてましたけど……」

 

 

 余程姉に男の友達がいるのが信じられないのか、未だに狼狽えている憧ちゃん。そしてその様子が気になるのか、シュークリーム頬張りながら首を傾げるしずちゃん。

 

 しかし意外だな。確かに男日照りだとは自分で言っていたけど本当だったんだな。

 俺たちに的確なアドバイスをくれたし、見た目や性格もいいから実は裏で誰かと付き合っていてもおかしくはなさそうだったんだけどな。

 

 

「まぁ、信じられないかもしれないけど本当だよ。ほら、これ新子との写真」

「あ……はい」

「?」

 

 

 向こうからすれば見ず知らずの俺の発言だけじゃ信用できないだろうと思い、以前おふざけで撮った俺と新子が一緒に写ってる写真を見せるが、未だ表情が硬かった。

 

 

「それで君はしずちゃんだっけ? 憧ちゃんの友達かな」

「…………ん、えっと高鴨穏乃です。はじめまして」

「初めまして、さっきも言ったけど須賀京太郎だ」

 

 

 未だ警戒されているっぽい憧ちゃんは置いといて、とりあえずこっちの子についても改めて確認すると、口に含んでいたシュークリームをしっかりと咀嚼してから名前を告げられた。やんちゃな見た目と反して結構礼儀正しいみたいだ。

 しかしポニーテールジャージか……なんか引っかかる。いや、三尋木。お前じゃ無いから出て来るな。

 

 そういえば三尋木で唐突に思い出したが、近頃連絡の頻度が減っているしプロとしての仕事が相当忙しいみたいだ。晴絵の事もあって家のテレビでは麻雀系の番組などは見てないからその分そっちからの情報はあまり入ってこないが、やはりあちらの世界は厳しいのだろう。

 

 とはいえテレビからの情報はないがネットでいくらか調べているし、友人たちの三尋木応援隊みたいなコミュニティで話はしっかりと聞いてあいつの活躍は聞いているからそこらへんは問題なかった。というかあいつも結構な頻度でそこに顔を出すしな。

 

 そんなわけでなにか思い出しそうになったが三尋木のせいで忘れてしまった……決めた。あいつ今度会ったら絶対に弄る。

 

 

「それにしてもこれおいしいねーどこで買ったの?」

「ん? ああ、これは俺が作ったやつだよ」

「ほんと!?」

 

 

 無邪気に聞いてくる穏乃ちゃんに少し自慢げに応えると、余程俺が作ったのが予想外だったのか驚きの表情を浮かべていた。

 まあ、いい年した男がこんなの作ってたらビックリするか。ちゃんとした職人とかは男性が多いけど、この年頃ならお菓子=女の子って思ってもしょうがないし。

 すると、その話題が気になったのか憧ちゃんがピクッと反応した。

 

 

「……そんなにおいしいの?」

「うん、憧も食べなって」

「えっと……」

「いいよ。新子に君の事も聞いてたから多めに作ってきたしね」

「……それじゃあいただきます」

 

 

 未だこちらを警戒の目で見ているが、好奇心と甘い物には勝てないのか穏乃ちゃんからシュークリームを受け取る。こうでも言わないと受け取ってくれなさそうだしな。

 そして憧ちゃんが恐る恐る手に持ったシュークリームに口をつけると――

 

 

「……っ! なにこれ美味しい!?」

「な、私が言った通りだろ?」

「ほんと、お店で売ってるやつみたい! すごく美味しいですよ!!」

「はは、ありがと」

 

 

 先ほどとはうって変わって目を輝かせる憧ちゃん。穏乃ちゃんもそうだったけど子供+女の子なら甘い物にはそりゃ目がないよな。お菓子作りを仕込んでくれたハギヨシには感謝だ。

 

 

「しっかし憧もなーんでそんなにビビってたのさー。いつもだったらお菓子って聞いたら飛びつく癖に」

「そ、それは……し、しずの舌が信用できないからだし!」

「なにをー! うちは和菓子屋だぞっ!」

 

 

 先ほどまで俺を警戒していたとは言いづらいのか、誤魔化すように穏乃ちゃんに責任を押し付けていた。

 しかし穏乃ちゃんは和菓子屋の娘か……ここらへんで和菓子屋と言えば一つしかないし、もしかしたら新子がさっき出してくれた団子もそこのだったりしてな。

 そういえばなんだかんだであの店てまだ入ったことないっけか。あれ?そういえば今思えばあの店って――

 

 

「お待たせー。いやー随分待たせてごめんねー、途中で拾った野生のハルエあげるから許して頂戴」

「誰が野生か」

「あ、そっか既に須賀くんにゲットされてるっけ」

「そういうことじゃないっての」

「お疲れ新子。晴絵も早かったな」

「うん、京太郎が浮気しない様にさっさと切り上げてきたよ」

「さいですか」

 

 

 また何かを思い出そうとした所で、仕事を終えた新子と早めに到着した晴絵の漫才で薄れてしまう。というか晴絵は浮気を疑いすぎ、相手は新子だぞ新子。

 

 

「だから不安なんじゃん。望だし」

「ほーう、ハルエが私をどう見てるかよーくわかったよ。ほんとにやっちゃ……ってなんでその二人が此処に?」

「あれ? ほんとだ」

「「???」」

 

 

 漫才を続けつつも部屋に入ってきたことで、ちょうど俺の後ろにいたシュークリームを頬張る子供コンビに大人コンビがようやく気付いた。

 

 そうか――なんか気になっていたけど、この二人って晴絵と新子にどこかちょっと似ているのか……。

 




 穏乃は意外にも礼儀正しい。アコチャーは多少警戒気味。そんな二十話でした。
 そしていっぺんに二人出して長くなりそうだったので次回に続きます。

 しかしツッコミ役が増えたのが嬉しい。今まで過去編はボケばかりだったからアコチャーには頑張ってもらわないと。なおボケ役(穏乃)も増えた模様。


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。

 


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二十一話

うそすじ


 襖を開けて入ってきたのは――


「あ、あはは……」


 ――何故か小さくなった晴絵だった。


 次回から迷探偵ハルエが始まります。




「あははははははははっ! しずと私が姉妹か! そりゃいいね!」

「京太郎もうっかりだねー」

「おいおいあんま弄ってくれるなよ……」

 

 

 二人が到着した後、なんでチビッ子達が此処にいるのかを晴絵たちに説明をしているうちに、先ほど穏乃ちゃんと憧ちゃんを間違えたことを話すと大笑いされてしまった。

 確かに早とちりだったけどそこまで笑わなくてもいいだろ……。

 

 

「ごめんごめん。ほら、さっき焼いたケーキ持ってくるから許して。ね?」

 

 

 掌を合わせて新子がウインク。その様は実に似合っている。そしてその言葉に反応するものがここに一人。

 

 

「ケーキ!!?」

「しずってば、今、須賀さんのシュークリーム食べたばかりじゃん」

「……てへっ」

「いいんじゃない。望もいっぱい作ってるだろうし、しず達も食べていきな」

「やったー」

「はぁ、まったく……」

 

 

 晴絵の一言に穏乃ちゃんが両手を掲げながら喝采し、それを見て憧ちゃんがため息をつく。二人の関係性が見える一コマだ。その様子を見て、新子も苦笑しながら部屋を出て行く。

 と、そこで少しに気になって隣に座る晴絵へと振り向く。

 

 

「そういえば晴絵は二人と知り合いなのか?」

「まぁ、望の妹とその友達だからね。それに狭い阿知賀なら結構見知った顔も多いわけよ」

「そうか?」

 

 

 いくら子供が少ないって言っても無理がないかと思ったけど、晴絵は有名人だしそんなもんか。

 そんな会話をしていると、テーブルを挟んだ正面で憧ちゃんが何やらそわそわしていた。

 

 

「そ、それよりハルエはこの人とどういう関係なの?」

「え? えーっと……ね、その…………か、彼氏……」

「……………………マジ? そういえばお姉ちゃんから前に聞かされたかも……衝撃的だったからすっかり忘れてたわ……」

「へぇー赤土さんって彼氏いたんだー」

 

 

 俺と晴絵の距離感が気になったためか、憧ちゃんが俺達の関係を聞いてきた。それに対し、もじもじしながら晴絵が答えると、答えが予想外すぎたためか絶句している。

 まあ、気持ちはわからんでもないな。

 

 しかし二人の反応を見る限り、俺たちの事は大人の間では有名だけど子供たちにはあまり伝わってなさそうだな。ここら辺は子供たちへの教育に悪いからなのか、俺たちをそっとしておこうという大人達の気遣いなのだろうか……恐らくは前者もあるが、後者が大きいのだろうな。

 

 

「うう……京太郎、憧が苛めるぅ……」

「はいはい。ほら、シュークリームやるから機嫌直せ」

 

 

 憧ちゃんのありえないという視線が微妙にショックなのか、泣き真似をしながらしなだれかかってくる。その様子に憧ちゃんが、再び目をひん剥いていた。そしてとりあえずこの場では俺の分のシュークリームを渡して宥めておく。

 残り?全部ちびっこ達の胃の中だよ。まあ、こういった場という事で手元に置いたけど散々味見をして実際に食べるのは結構きつかったしな。

 

 

「あ……」

 

 

 とはいえ、タダでさえこの状況で目立っているのにこんなことをすれば流石に察する者もいた。憧ちゃんがバツの悪そうな顔で手元を見ている。

 なので、わかりにくいかもしれないが、苦笑しながら目線と手の僅かな仕草で気にしなくていいと伝えておいた。流石に誤魔化しようがないからな。

 

 伝わるか不安であったが、憧ちゃんはすぐに理解したようで無言でぺこりと頭を下げてきた。見た目は穏乃ちゃんと同じで普通の元気娘だが、姉に似て年相応以上に気遣いのできる子みたいだ。

 

 

「?」

 

 

 もう一人は年相応にわかっていなかったが、まあ、可愛いからいいんじゃないかな。

 

 それからすぐに新子も戻ってきて、新子が焼いたバナナケーキを肴に盛り上がる。チビッ子達も最初は遊びに行くつもりだったみたいだけど、ケーキや見知らぬ俺の事が気になるようでここに残っていた。

 

 

「へぇー須賀さんって長野の人なんだー……長野ってどこ?」

「えっと……たしか埼玉の上かな? …………多分」

「それは群馬か栃木。憧は頭良いんだけどどっか抜けててお姉ちゃん心配だよ」

「ちょ、ちょっとまちがえただけ! それにあたしの事は良いからっ! そ、それで大学のためにこっちに?」

「ああ、色々やりたいことがあってな」

「へぇー」

 

 

 この年代の男と話すのが珍しいのか、色々と二人に質問をぶつけられる。

 まあ、子供の頃って自分の世界が狭くて、歳が離れている相手と話す機会なんて普通はないからな。色々と気になる年頃だし興味もわくよな…………玄は別格な。

 そういえばこうやってしばらくの間話してきたためか、先ほどまでと違って緊張が取れて憧ちゃんの言動が少し年相応になって来てるな。

 

 

「そ、それでハルエとは、い……いつからつきあ……出会ったの?」

「高校三年の夏の旅行に来た時だから二年前だな。それで付き合い始めたのは去年の秋からだ」

「う……」

「憧、顔真っ赤ー」

 

 

 恥ずかしさからか、憧ちゃんが口籠った言葉をあえて拾って意地悪そうに言うと、途端に憧ちゃんは恥ずかしさのあまり顔を赤くして、体を縮こませてしまった。

 

 

「ふむ、耳年増は姉譲り 「なんかいったかなー?」 いや、なんでもないぞ」

 

 

 そんな様子が可愛くて更にからかおうと思ったら、別の方向からプレッシャーをかけられる。付け足し。姉には地獄耳もついているようだ。

 

 しかし晴絵と会ってから二年か……早いもんだな。あの時は他にも宥達と会って、他にも――

 

 

「それでどうして今日は憧んちに?」

「ん? ああ、いやこっちに引っ越してかなり経つのに 新子の家に行ってないなーって話になってな。それで遊びに来たんだ」

 

 

 またなにかを思い出しそうになったが、穏乃ちゃんからかけられた言葉で霧散する。後一歩なんだけどなんか思い出せないんだよな……。

 とまあそんな俺の言葉を聞いた穏乃ちゃんが、良い事を思いついたとばかりに立ち上がる。

 

 

「ほうほう、なら私たちがあんないするよっ!」

「え、たちってあたしも? まあいっか」

 

 

 その穏乃ちゃんの言葉に、しょうがないなー立ち上がる憧ちゃん。なんかいきなり話が進んでいるけどいいのだろうか?

 

 

「いいんじゃない? 須賀くんも若い子の方が嬉しいでしょ?」

「若すぎだっつーの。まぁ、俺はいいけど場所が場所だけに余所様が見て待ってもいいのか? それに二人を残していくのは……」

「まあまあ、そこらへんは大丈夫。こっちもハルエの面倒はしっかり見ておくから気にしないで。須賀くんから聞けなかった二人の赤裸々な日々について聞いておくし」

「……言わないよ」

 

 

 手をひらひらとさせながら行って来いと合図を送る新子。というか完全に晴絵がペット扱いだ。

 しかし赤裸々な日々……ぶっちゃけ心当たりが多すぎる。晴絵も下手なこと言わなきゃいいんだが、すぐに挑発に乗るって余計なこと言うし。

 

 

「ほら、行こっ!」

「あ、待ってくれ。それじゃ行ってくるわ」

「いってらっしゃーい」

 

 

 先に出た憧ちゃんに続くように穏乃ちゃんに手を引っ張られ、晴絵と新子に見送られながら部屋を出る。その時にチラッと晴絵の表情を見たが、特になにもなく普段と変わらなかった。

 以前宥の事で嫉妬させたが、流石に歳もさらに離れているからか、この二人にはそういった感情はないようで安心した。

 

 

 

 それから憧ちゃんたちの案内で神社やその周囲を探索する。以前参拝で来たといってもここまで詳しく見ることはなかったので中々興味深かった

 

 

「へー、ここってそんな話があるのかー」

「……しずには前にも話したと思うけど」

「そうだっけ?」

「まったく……」

「はは、でも憧ちゃんは物知りだな」

「当然だし」

 

 

 憧ちゃんの解説はまだしっかりと教えられていないためか、一部話が曖昧な所もあったがそれでも素人が効く分には十分な内容であった。この年にしてはしっかりしており、思わず褒めると、胸を張って誇らしっていた。

 そのような得意げな顔は新子によく似ており、改めて姉妹であると感じる。

 

 

「さて、説明できるのは大体こんな所だねー、次はどうする?」

「そうだなー…… 「山行こう! 山ーっ!」 山?」

 

 

 あらかた回り終ったことで次にどうするかを話し合っていると、突如穏乃ちゃんが斜め上の方角を指さして山に行こうと言いだした。何故に山?

 

 

「ほら行こう!」

「お、おいっ!?」

「しずは山が好きだからねー」

 

 

 先ほどと同じように穏乃ちゃんに手を引っ張られながら神社を出て、すぐ近くの山に向かって走り出す。いきなりの事に慌てるが、手を振り払うわけにいかずおとなしくついていくことにした。

 というか憧ちゃん。しょうがないという風に笑っているが、君も満更ではないように見えるぞ。

 

 その後、田舎らしく直ぐに森の中に入り、山道を歩きながら山を登っていたのだが――

 

 

「ひい……ひぃ……ちょっと休憩……」

「えー、もう?」

「須賀さん体力なさすぎぃー」

「はは、二人が、げ、元気すぎなんだよ……」

「そうかな?」

「うーん……どうなんだろ?」

 

 

 呆れる二人には悪いが、ここまで二人の全力疾走に付き合っていたせいかすっかり息が上がっていたため立ち止まって、近くの木を背もたれにして座り込む。大学に入ってから筋トレはしていたが、晴絵と付き合ってから疎かにしていたし、運動もあまりやらなくなったからな。

 

 とはいえ、一番は子供の体力が底なしというのが大きいだろう。照と咲もそうだが、遊び関係になるとどうして子どもはあそこまで疲れ知らずなんだろうな、謎である。

 ちなみに女子の買い物が長いのも謎だ。下手したら何時間も同じ店にいるし、あれは化け物に近い。ただし晴絵は例外である。あいつはそこらへん決めるの早いからな。

 

 

「ふぅ……でも二人とも山が好きなんだな」

「まあねー」

「べ、別に好きじゃないし」

 

 

 俺も田舎育ちだし気持ちはわかる。多少の飽きもあるけど、やっぱり自然に囲まれているとリラックスできるからな。受験時代は気分転換によく散歩してたっけ。

 まあ、最近じゃ時々晴絵とピクニックに出かけたりするぐらいで全然登らないけどな。だけどホント体力落ちたな……今度久しぶりにあそこ行って体動かすか。

 

 

「ふう、それじゃあ行こうか」

「もういいの?」

「ああ、折角案内してくれるのにずっと休んでてももったいないからな」

「といっても別に行っても景色がいいだけで、何かあるわけじゃないよ。しずはただ単に山登りが好きなだけで」

「そうなのか? …………まあいっか」

 

 

 目的地に何か見るものでもあるかと思って期待もしていたのだが仕方ない。運動不足だし、偶にはこういうのも良いだろう。

 

 

「それじゃあ穏乃ちゃん、先頭に立つのは任せるよ」

「りょうーかい。あ、そうだ須賀さん、私の事は呼び捨てにしていいよ」

「ん、いいのか?」

「うん、あんまりちゃんづけで呼ばれるの慣れてなくて」

 

 

 そう言うと穏乃ちゃんは恥ずかしそうに頭をポリポリと掻く。うーん、こんな所も晴絵に似てるな。

 そんな思わぬ共通点を見つけ感心していると、今度は憧ちゃんが――

 

 

「あ、あたしも憧でいいから」

「別に無理しなくて 「してない!」 そ、そうか……」

 

 

 恥ずかしがってもじもじしている所を見て、無理ならと伝えようとしたのだが拒否されてしまった。あれかな、自分だけ仲間外れにされたように感じたのかもしれないな。

 それでも一応呼び捨てで呼ぶのを許してもらえたのは、仲良くなれた証拠のようなものだし嬉しかった。

 

 

「わかった。ありがとうな穏乃、憧。それじゃあ逆に俺の事も名字じゃなくて名前で呼んでくれていいぞ」

 

 

 こちらだけが呼び方を変えるのは不公平かと思ったので、そう切り出してみると――

 

 

「うーん……」

「……」

 

 

 二人とも何やら悩んでいた。

 

 

「どうした?」

「なんて呼べばいいかなーって……京太郎さん?」

「別にそれでもいいぞ」

 

 

 呼び捨ては流石に周りの目もあるから無理だけど、それ以外なら好きに呼んでいいしな。

 

 

「あ……あ、あたしはパスッ……今まで通り須賀さんで」

「なんで?」

「な、なんでも!」

「はは、別にかまわないよ」

 

 

 きょとんとした顔の穏乃に憧が声を荒げる。恐らくだが、向こうから呼ばれるのはともかく、歳上の男を自分から名前で呼ぶのが急に恥ずかしくなってきたのだろう。もし俺が逆の立場だとしても中々呼べないだろうな。

 

 

「それで穏乃はどうする? 憧みたいに無理に変えなくてもいいけど」

「うーん…………………………………兄ちゃん」

「……はい?」

「兄ちゃん、ってどうかな?」

 

 

 唐突な穏乃の提案に思わず聞き返す。今まで京ちゃんとか呼ばれたことはあったけど兄ちゃんはなかったな……。

 今までにない呼び方に戸惑い、どうしようか返答に困っていると、穏乃が不安そうな顔をしているのに気付いた。

 

 

「あー……別にいいぞ」

「ほんと?」

「ああ」

 

 

 少し恥ずかしいが、まぁいいかな。穏乃も満更ではなさそうだし。

 

 

「うーん……でもなんかなー。やっぱ別のにしよっと」

「おいおい」

「しず……」

 

 

 さっきあんなに悩んでたのにいきなりの撤回であった。いや、別に本人が言うならいいんだけどね。

 

 

「んー……京太郎……兄ちゃん…………そうだ! 京兄ってどうかな?」

 

 

 そして悩みに悩んだのか、俺の名前と先ほどの兄ちゃんの間を取って、京兄という案を出してきた。まあ、兄ちゃんほど恥ずかしくもないしありじゃないかな。照達の呼び方もそれに近いから慣れてるし。

 そんなわけでその呼び方にOKを出すと、穏乃は自分が言った言葉をかみしめるように何度も繰り返す。

 

 

「京兄……京兄……へへっ」

「なんだ、気に入ったのか?」

「うんっ! 私って兄弟いないからこういうのってなんかいいかも」

 

 

 そういうと嬉しそうに俺の周りをグルグル回り始める。

 そうか穏乃は一人っ子なのか。もしかしたら身近な友達の憧に姉がいるのもあって少し羨ましかったのかもな。

 

 

「よっしゃ! 京兄早く行こう!」

「あ、待てって! 憧、行くぞ……っていない」

「へっへーん、置いてっちゃうよー」

「いつの間に!?」

 

 

 振り向くとそこにいたはずの憧はすでにおらず、気付いたら俺よりも先に走り出していた。さっきまでしおらしくしていたと思ったらこの調子である。女の子の所もあるけどこういった所も見ると、やっぱまだまだ子供だな。

 

 

 

 それから二人に付き合って野山を駆け回り、その日は久しぶりに体を動かした休日となった。

 ちなみに晴絵たちの所に戻るころにはすっかり日も沈んでいて、思いっきり呆れられてしまったのは言うまでもなかった。

 




 昔会ったことを思い出さないというまさかの展開。とはいえ二年前に少しだけ顔を合わせた相手なんて普通は覚えてないだろうという事から。宥とはその出来事を後まで深く気にしていたかという違いです。


 さて、ようやく四人までそろった阿知賀メンバー。ならば次に来るのは――――ですね。あと、そろそろ奴も出てきます。


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。

 キャラ紹介過去編に【高鴨穏乃】・【新子憧】追加しました。


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二十二話

あらすじ


「うーん…………………………………兄ちゃん」
「……はい?」
「兄ちゃん、ってどうかな?」



「「!!?」」
「どうしたの二人とも?」
「京ちゃんになにかあった!」
「ちょっと(奈良まで)行ってくる」
「ま、待ちなさいっ照! 咲もついていかない!」



 とある休日。俺は自宅周辺の道を珍しく一人で歩いていた。

 ほぼ毎日、朝から晩まで一緒にいる俺と晴絵だが、時々は離れて過ごす時もある。それは主にお互いにアルバイトなどがある時だ。

 

 今日は晴絵が家の用事で傍にいない休日であり、俺もアルバイトが入っていなく暇を持て余す日となっていた。まあ、暇といっても課題を片付けたり、掃除や買い出ししたりと探せばやることはいくらでもあるのだが、外の天気が良かったためこうして散歩をしていた。

 

 途中ちょこっとそこいらの店には入ったり、顔見知りのおじさん達やおばさん達と挨拶を交わしながらのんびりと歩く。

 しかし……目的地もなく、ただブラブラと歩くのも悪くはないのだが、今一つ物足りなかった。

 

 

「……そういえば随分体も鈍ってたし、久しぶりに行ってみるか」

 

 

 先日穏乃達と野山を駆け回った時の事を思い出し、このままのんびりと過ごすことを考え直して、とある場所に向かって歩き出す。

 

 

 

 吉野は……まあ田舎だ。だから若者が遊ぶ娯楽施設は少なく、友人と遊ぶならほとんど街の方へ出なければならないのが常であった。

 とはいえ、遊ぶところはゼロではなく、おばちゃんの喫茶店のような所もいくつかあり、俺が向かっているのもそんな所の一つだ。

 

 途中寄り道をしつつもしばらく歩いていると、目的の建物――鷺森レーンが見えた。そこは名前の通りボウリング場であり、ここらへんで数少ない遊び場の一つであった。

 以前俺がこちらに引っ越してしばらく経ったある日、当時友人であった晴絵や新子とも都合が合わない暇な休日があり、今日と同じように散策をしていた所偶々見つけ、それ以来、時折こうして遊びに来ているのだ。

 

 

「……いらっしゃい」

「おう、邪魔するな」

 

 

 小学校が休校のためか、受付にいた顔見知りに声をかけながら店に入る。来るのは久しぶりなため、ざーっと店の中を見回してみるが、最後に来た時とほとんど変わっていなかった。

 

 

「随分ご無沙汰だったけど留年でもした?」

「相変わらずの毒舌だな灼……少し前からアルバイト始めたんだよ」

「ふーん……それで今日は?」

「とりあえず3ゲームで頼むわ」

「そこはケチらず30ぐらい……」

「死ぬわ」

 

 

 一人でやるからインターバルがなくてただでさえ腕に負担がかかるのに、600回近く投げるとか死んでしまうだろう。

 

 

「気合 「無理だからな」 ちぇ……」

 

 

 何を言ってくるか予想がついていたため被せるようにして遮ると舌打ちをされた。まったく、相変わらず無茶ぶりをする子だ。

 ちなみにこの子の名前は鷺森灼。この鷺森レーンの一人娘で、玄と同じ小学五年生だ。

 

 俺がこいつと会ったのはこのボウリング場に初めて来た日で、かれこれ一年近い付き合いとなっている。灼は小学校が終わった後や休みの日にはこうやって家の手伝いをしており、俺が会ったのもそんなときだった。

 

 当時、初めてこのボウリング場に来て、偶々仕事で困っている灼に遭遇し、少し手伝った事をきっかけに少しずつ話すようになったのだ。

 それ以来、灼の手が空いているときにはボウリングのアドバイスを貰い、忙しそうなときには俺が手伝うといった関係を続けている。といってもこんな調子で穏乃達みたいにべったり懐いてくれる関係というよりも、同年代と話すのと近い関係と言った方がいい関係になっていた。

 

 

「あ、さっき荷物届いたからあとで運ぶの手伝ってほしいかも……」

「いいぞ」

 

 

 灼が出ているのを見てもどうやら今はこいつしかいないようだし、そういったのを子供にやらせるのは忍びないからな。

 

 

「ありがと……おまけで4ポンドの使っていいよ」

「余計にやりづらいわ」

 

 

 なんだかんだで1ゲームおまけしてくれた。荷物もそこまで重い物ではないだろうし、久しぶりに来た俺へのサービスだろうな。

 それからゲームとシューズの料金を払ってからレーンへと向かう。久しぶりとはいえ、それなりに来た事もあり慣れたものだ。

 

 

「それでなんで灼まで?」

「暇だし」

「さいですか」

 

 

 隣のレーンには先ほどまで受け付けにいたはずの灼がいる。どうやら他のお客さんが来るまでやるつもりのようだ。

 まあ、今日は平日だし、時間帯的に他に誰も見えないからいいのかね。

 

 

「勝負する?」

「いいぞ。俺に買ったらジュース奢ってやるよ」

「……もう一声」

「しゃーないな。アイスもおまけだ」

 

 

 自信満々に言い放ったその結果は――

 

 

 

 

 

 

「ごちになります」

「あー、くっそ、やっぱ負けたかぁ」

 

 

 見事に完敗であった。元々の腕の差もあるのに、近頃来てなかったブランクもあって大差をつけられての完敗だった。灼はまだ子供だけどボウリング場の娘らしく、それなりに運動神経の良い俺でも歯が立たない相手なのだ。

 とりあえず賭けに負けたという事で、自販機まで灼に言われたものを買いに行く。

 

 

「ほれ」

「ありがと。だけどしばらく来ない間にフォーム崩れてるし……」

「いや、面目ない。そんなわけで指導お願いします」

「しょーもない」

 

 

 以前通っていた時に教えてもらった事もあり、手を合わせながら頼み込むと、飲んでいたジュースを置いて、気怠そうにしながら立ち上がった。

 そんなダルそうな動きにしばらく会っていないいとこを思い出した。

 

 

「それじゃあお手本見せるから見とく……」

「おう」

「…………そんな穴が開くほど見なくていいから」

 

 

 その一挙一動を見逃すものかと、身を乗り出しながら灼をガン見していると、流石に気持ち悪かったのかドン引きされてしまった。

 

 

「いやいや、俺の事は気にしないで。ささっ、早く投げてくれ」

「大学生が小学生女子を付け狙う事案が発生……」

「洒落にならんぞ」

 

 

 ただでさえ近頃松実姉妹や穏乃達小学生と出会って、行動を共にする機会が多いんだからな。勘弁してくれって。

 

 

 

 とまあそれから灼に投げ方のレクチャーを受け、実際に何度か投げているうちに感覚を取り戻して、そこそこいい点数を取れるようになっていた。まあ、それでも灼には到底届かないんだけどな。

 ちなみに灼はその後他にお客さんも来たので既にカウンターの所に戻っていた。

 

 

「お疲れ……」

「おう、しかし久しぶりに投げると腕つるな。それでさっき言ってた荷物はどこだ? 動けるうちに動いておきたいんだけど」

「あそこ」

 

 

 そういって指さすのは入口の隅に積んである段ボールだ。近づいて中身を見ると清掃用具など大量に入っており、大人ならともかく子供が運ぶには中々苦労しそうだった。

 

 

「向こうの倉庫までよろ……」

「あいよ」

 

 

 持ち上げたダンボールを灼の指示で運ぶ。倉庫内には何度か入ったことがあって、こいつをどこにしまうかは大体わかっていたのもあり、何往復かするとすぐに作業は終わった。

 

 

「はい」

「お、サンキュー」

 

 

 仕事を終えてカウンターの所まで戻ると、裏にお茶が用意してあったので遠慮せずに中に入っていただくことにする。これも毎度おなじみで、投げ終わった後はこうやって灼と話すのが恒例だった。

 ……言っておくが、俺は小学生相手にしか相手してもらえない可哀想な大人ではなく、晴絵や他の友人たちと会わない時に来ているだけだ。別に灼の事を馬鹿にしているわけではないし、灼も歳は離れていても友人には違いないのだが、そこは誤解しないでもらいたい。

 

 

「それでアルバイトって言ってたけど具体的には……?」

「ああ、家庭教師だ。ほら、前に教師になりたいって言っただろ? それの延長でな」

「ほうほう……それで女子学生相手にうつつを抜かしていたと」

「意味はあれだがそんな感じだ」

 

 

 そんな灼の言葉に苦笑いしながら答える。ちなみに灼は少々毒舌気味な所もあるが、これはある意味信頼を置かれている証みたいなようなものだから気にしていない。ツッコミとボケの延長上みたいなもんだし、大人相手に背伸びしているように見えるから逆に微笑ましかった。

 

 

「……なに笑ってるの」

「いや、なんでも。あ、これ忘れてたけどお土産」

「ん? これってあそこの?」

「近頃はまっててな」

「ありがと……」

 

 

 そういって手渡すのは穏乃の家で買ってきた御萩だ。あれ以来、穏乃の顔を見るついでに立ち寄らせてもらっている。

 とはいえついでと言っているが和菓子の方も大変うまいため、近頃はそっちがメインになっていることは否めなかった。

 

 

「どっちがいい?」

「……あんこ」

「じゃあきなこ貰うな」

 

 

 しばらく悩んだみたいだったが、あんこの方が魅力的に見えたらしくそちらを指さす。まあ、なんとなく予想はついていたけどな。

 それから分けた御萩を食べながら話を続ける。

 

 

「もぐ……それで?」

「それでって?」

「バイト。楽しい?」

「ああ、まあな。教えてる子も真面目だし、なによりやりがいがあるよ」

「ふぅん……」

 

 

 そこまで聞くともういいのか続きに手を付ける灼。詳しく聞かない所を見ると多少気になった程度だろうな。まあ、顔も知らない相手である宥達の話なんて聞いても面白くはないか。

 

 

「なんだったら灼の勉強も見てやろうか?」

「今の所勉強にはついて行けてるからいらない。それに高いからパス」

「はは、まあ安くはないか」

 

 

 無表情かつにべもなく断られるがしょうがない。確かに家庭教師の授業は一対一でこっちの準備の時間も必要だから割高になりやすいからな。長く続けば馬鹿にならないし、宥みたいにしっかりとした目標でもなきゃ安易には雇えないものだ。

 一応こっちも商売みたいなもんだし、ここで灼だけに安売りをするのは松実さんに申し訳ないから出来ないし困ったもんだな。

 

 

「まぁ、軽い宿題程度だったらこういった時に見てやるから必要だったらいつでももってこい」

「……考えとく」

 

 

 実にクールに返されてしまった。こういった所はちょっと照に似てるかもな。ただ、あいつはそこにポンコツがつくから困りもんだが。

 その後適当に話しているうちに日も傾いてきていい時間となってきたため帰ることにした。

 

 

「それじゃあまた今度な」

「ばいばい……」

 

 

 わざわざ店の前まで出て小さいながらも手を振りながら見送ってくれる灼に手を振り返して帰路につく。こうやって体を動かすのはいいもんだし、近いうちにまた来るか。

 

 

 

 その後、途中スーパーによって夕飯の食材を買ってからアパートに戻ると、部屋の明かりがついているのに気付いた。どうやら晴絵が来ているみたいだ。家の用事も終わったから泊まりに来たんだろうな。

 とりあえず中に入ろうと思い、さっさと階段を上がってドアを開ける

 

 

「ただいま」

「おかえりー」

 

 

 帰ったら予想通りエプロンをつけた晴絵が玄関まで出迎えに来てくれた。やばい。いいなこれ。

 

 

「――っと、今日は遅くなりそうだから来ないんじゃなかったか?」

「もちろん急いで片付けてきたのさ。だから……ね、今日は泊まっててもいいかな?」

「ま、今更だな」

 

 

 念のため聞いたが予想通りだった。まあ、明日は大学だけど別にいいだろう。荷物も着替えもあるし。

 そう言うと晴絵は俺から買い物袋を受け取って、気分よくスキップしながら台所に戻っていった。下の家に迷惑だからスキップはやめろって。

 

 それから部屋に戻って着替えると、少ししてから調理に一区切りつけた晴絵も部屋に入ってきて、いつもの定位置に座る。

 

 

「それで今日はどうしたの? 家で課題やってるかもって言ってたから先に食材も買ってきちゃったけど」

「あ、ああ……ちょっと散歩してた」

 

 

 俺の胸にもたれかかりながら話題のとっかかりとして今日の事を聞かれ、少しどもりながらも適当にはぐらかしておく。

 別に晴絵と一緒に遊びに行ってもいいのだが、やはりたまにはのんびりできる自分だけの秘密の場所というのを持っておきたいので、しばらく鷺森レーンの事は黙っておきたかった。

 

 

「ふーん……あ、そうそうっ! これ親戚の人から貰ったから食べよう!」

 

 

 俺の様子を特に疑問に思わなかったのか晴絵は軽く流し、いつの間にか部屋に置いてあった紙袋から土産を渡してきた。

 晴絵が能天気……いや違った。あんまり追求してこない彼女で助かったと実感するそんな日だった。

 




 レジェンドがいない時の京太郎の日常を少しやりつつ、五人目の戦士が出てきた二十二話でした。ハブらレジェンド。

 当初の予定では宥に続いて灼は二人目の教え子的にするつもりだったのですが、多少役がかぶりますのでカットいたしました。それによって少々関係が薄くなってしまいましたが、他の皆がフレンドリーなのでこれぐらいの距離感もありかなーと思いこうなりました。個性も出ますしね。


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。

 キャラ紹介過去編に【鷺森灼】追加しました。


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二十三話

今日のうそすじ


「大学生が小学生女子を付け狙う事案が発生……」
「洒落にならんぞ」
「通報しますた」


 そういって本当に誰かに電話する灼。まさか本当に警察じゃないだろと思っていたが、来たのは――


「呼ばれて飛び出てレジェンド!」


 ……………………痛いどっかの誰かさんだった。



 さて、少し前に蝉の声が聞こえる季節も終わり、大学の後期が始まった頃合い。勉学もアルバイトも順調にこなし、彼女の晴絵とも時々些細なことでしたことでケンカはするけれど問題ない日々を送っていた。

 しかし、晴絵と付き合ってから一年ほどたったそんなある日。ちょっとした問題が発生した。

 

 

「うーーーーーーーーーん……」

「どしたの京太郎?」

「あー……いや、なんでもないんだ」

「そう?」

 

 

 部屋の中央でソファーに座りながら腕を組んで唸っている俺を見て不思議に思った晴絵だが、大丈夫だという言葉を聞いて台所に戻って料理の続きを始める。どうみても何かある感じなのに俺の言葉を直ぐに信じてくれる辺りほんと可愛い奴だ。

 

 とまあ、晴絵の可愛さは置いといて、今片づけるべき問題は先ほどこの携帯に届いたメールだ。これが中々難しい問題で、晴絵が席を離れているほんの10分間に届いたこのメールの中身。これが実に厄介だった。

 別に俺としてはこの内容に応じても構わないのだが、ここに晴絵が関わると恐らく難しくなるだろう。やっぱここは本人に直接聞いてみないと駄目だよな……。

 

 結局の所、俺一人では答えが出せない問題だから晴絵が作り終わるのを待っているしかなかったので、晴絵がおやつに作っていたホットケーキを二人で食べた後、改めて話し合いの場を設けることとなった。

 

 

「それで話って?」

「そのな……」

「お金貸してほしいとか? 別にいいけどなんか無駄遣いした?」

「違うって、あと身内でもお金の貸し借りは簡単にするもんじゃないぞ」

「大丈夫、だって京太郎だもん」

 

 

 そういいながら晴絵が俺の腕に自分の腕を絡ませてくる。

 俺のことを信頼してくれるのはすごく嬉しいが、とりあえずそれは置いといて話を続けよう。

 

 

「あのな……今度友達が仕事の都合でこっちに来るんだけど、うちに泊めてもいいか?」

「??? 別にいいけど、その日は来るなってこと?」

 

 

 純粋そうに聞いてくる晴絵に少し心が痛む。とはいえ相手が相手だけに隠すわけにもいかないんだよな……。

 

 

「いや、そのな……多分晴絵が考えてるのとは少し違ってな……相手が、その……女なんだよ」

「え…………? うわ 「浮気じゃないぞ」 そ、そう?」

 

 

 晴絵が言おうとしたことを先んじて潰しておく。とはいえ、彼女持ちの男がいきなり女を家に泊めるとか言い出したら疑うのも無理ないよな……なので何度か話したことはあると思うけど、そいつが昔から付き合いの友人だという事を改めて説明し始める。

 

 そいつは一つ下の後輩で、中学の頃から付き合いのある相手だという事。中学を卒業した時引越ししたため、高校の時から長野に遊びに来るときはうちに泊まっていた事。なのでその時と同じ気分で今回こっちに来るという事をだ。

 

 

「なるほどねぇ……それで京太郎は出来るならここに泊めたいと?」

「ああ、久しぶりに会うし、大学に行かずに今年から仕事始めてる奴だから出来る限り愚痴とか聞いてやりたいと思ってな」

 

 

 難しい顔をして聞く晴絵に決して疚しい気持ちはないという事を伝えておく。とはいえ、晴絵からすればいい気分ではないのは当たり前だろう。俺だってもしこいつに男の友人がいて、そいつが家に泊まるって話を聞いたら冷静ではいられないはずだ。

 それから難しい顔をして悩んでいた晴絵だったが――

 

 

「うーん……別にいいよ」

「え、ほんとか!?」

「昔からの友達でよく泊めてたんでしょ? なら友人関係を止めろとは言えないしね。疚しい気持ちもないんでしょ?」

「勿論だ!」

「ならOKだよ」

「そうか……いや、本当に悪い 「ただし!」 え?」

 

 

 その後、晴絵は泊まらせることについて条件を出してきたのだが、その条件とは予想もしていなかった事だった――

 

 

 

 

 

 後日、待ち合わせの日――

 

 

「よう、久しぶりぃセンパイ」

「おう、久しぶり。こんな所までお疲れさん。いくらこっち方面で仕事があるっていってもここまで来るのは大変だっただろ」

「まぁー不便だけど、そこは長野と同じだし慣れたもんじゃね? 知らんけど」

「違いない。というかなんだその恰好」

「変装へんそー。これでも有名人だからねぃ」

「そうかい似合ってるぞ」

「うわ、あんま嬉しくねー」

 

 

 駅から出てきた今日の待ち人である三尋木を迎え入れると、いつものように軽口を叩きあう。ちなみにこいつの今の服装は洋服で普通だが、髪を後ろで結んでおり、極めつけに白いマスクに眼鏡とつけているというものだった。ぶっちゃけ親しい者じゃなきゃわからないレベルだった。

 しかし顔を直接会わせるのは、以前春前にあったこいつのプロ入り記念の集まり以来だから半年ぶりぐらいか?案の定その時と背丈は変わっていなかった。

 

 

「まーた、なんか変なこと考えてるね?」

「気のせい気のせい」

「まぁ、大体想像つくけど、わっかんねーってことにしとこうか。んで、そちらさんは例の?」

 

 

 そういって三尋木が視線を向けたのは、俺の隣にいる晴絵だ。

 つまりこういうこと。この前晴絵が出した条件とは、自分も一緒に会って一緒に泊まるという事だった。晴絵からすれば相手が女なら自分も泊まれば安心という事だろう。

 まあそれで晴絵の不安がなくなるなら全然俺は問題なかったし、三尋木にもその条件で了承してもらったので問題なかった。

 

 

「ああ、こいつが前に話した俺の彼女の赤土晴絵だ。晴絵、こいつが俺のダチの三尋木咏だ」

「………………あ、は、はじめましてっ!」

「はい、よろしくってねー」

 

 

 とりあえずお互いの名前をと思って話を振ると、晴絵は何故かボーっとしており、俺が声をかけてから我に返って慌てだした。

 そしてそれに対する三尋木の対応は年上相手に適切なものと言えなかった。まあ、こいつの中では俺の彼女ってことでそこらへんは気にしてないんだろうな。

 だけどやっぱり晴絵の様子がおかしいな、驚いた顔でじーっと三尋木の顔を凝視してるし………………あ、もしかして……。

 

 

「そ、そういえば前に麻雀やってるダチがいるって言ってただろ? それこいつなんだけど実は今は麻雀のプロなんだ」

「うん、なんとなく見覚えあると思ったけどそっか……」

 

 

 俺の言葉に頷きながらも少し元気がない晴絵。そうだよな、俺の前ではそういった話はしないけどやっぱ今でも昔のこと気にしてるよな。恐らく去年の全国大会なんかも俺に内緒で見ていたりもしたんだろう。

 普段麻雀のことについてはあえて触れないようにしていたけど、今回ばかりは事前に言っておくべきだったな。くそっ……気が利かないどころじゃねーぞ。

 

 

「まー、話はそれぐらいにして早くいこうぜ、お腹空いちゃったよ」

「……そうだな。食材は買ってあるから真っ直ぐうちに向かうか」

 

 

 そんな俺達の変な様子が分かったのか、三尋木が空気を換えるために明るい声を出したので俺もそれに乗るようにする。昔からそうだけどこいつは人の機敏に聡いからな、よく助けてもらったっけ……。

 そんな昔の事を思い出しつつ、俺を真ん中に右に晴絵、左に三尋木が並んで家に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 あれからタクシーを呼んでうちまで行こうと思ったのだけど「少しなら歩こうぜぃ」という三尋木の提案でうちまで歩くこととなった。ただ、これが好を制したのか、歩いているうちに晴絵も元の調子を取り戻し普通に話せるようになって会話も弾むようになっていた。

 しかしその内容が問題で、二人が共通することと言ったら麻雀と俺のことぐらいだけど、三尋木が空気を読んで麻雀については語らずにいたため、中学や高校時代の俺のことが話題の中心となったのだ。

 

 

「へぇー京太郎って昔はそんなやんちゃしてたんだ」

「まぁ、今じゃ真面目ぶってるけどさー、話してると昔のままの事多いし中身は悪ガキのままじゃないかな、知らんけど」

「おまえにいわれたくねー」

 

 

 三尋木の言葉に思わず額を押さえ空を見上げる。

 仲良くなってくれるのは全然かまわないんだけど、隠しておきたい黒歴史までペラペラと話されるのは中々に困る。これだから昔からの付き合いのある奴にあまり晴絵のことを紹介したくなかったのだ。今後、他の奴らにも晴絵を紹介するのはもっと先にしようとここに誓った。

 とまあそんなことを考えていると、突如隣からじっと見つめる視線を感じたのでそちらを向いたらなにやら三尋木がニヤニヤ笑っていた。

 

「しっかしセンパイがねー……」

「なんだよ」

「いや、あんだけ悩んで癖にうまくやったなーっと」

「おい」

「悩んでた?」

 

 

 邪悪な笑みを浮かべながら言う三尋木に晴絵がすかさず反応する。こいつまた余計なこと言おうとしてるな……。

 すかさず口を押えようと動こうとしたが、先んじて三尋木が口を開く。

 

 

「去年だっけ? センパイが仲の良い女子とケンカして、どうしよー、どうしよーって落ち込んでたの。その女子の名前が赤なんちゃらだったけ? 知らんけど」

「それって……」

「お・ま・え・なーっ!」

「うっひぃー、センパイこえー!」

 

 

 流石に腹が立ったので持っていた荷物を置いて、逃げ回る三尋木を追い掛け回す。

 確かに当時晴絵とギクシャクして悩んでいたのをこいつに話した事はあったけど、わざわざ晴絵にバラしやがって。今じゃなんてことはない話だから蒸し返されるとすごく恥ずかしいのだ。

 

 

「全くお前ときたらっ!」

「いてててっ! ちょっ! 悪かったってセンパイ!」

「いーや、ゆるさん。帰ったらお前にも料理の手伝いしてもらうからな」

「いや、まぁ、それぐらいならいいけどさ」

 

 

 捕まえて頭を両手で挟みながら絞めるという久しぶりのお仕置きをすると三尋木が軽く悲鳴を上げた。グリグリきて意外に痛いからなコレ。あと、甘く見ているが嫌というほど野菜の皮むきをさせてやる。

 

 

「あー……頭がぐわんぐわんするー」

「自業自得だ。さて、こんなアホなことしてないでさっさと行くか」

「……やったのセンパイじゃん」

 

 

 三尋木がジト目で見てくるが知らん。

 

 

「それじゃあ行くかって……晴絵?」

「…………なに?」

 

 

 三尋木を無視してから荷物を持って晴絵の方を向くと、思いっきり頬を膨らませていた。とりあえずしょうがないと考えてもう一度荷物を置き直し、拗ねる晴絵に近づいて正面から抱きしめる。

 

 

「悪かった。別に忘れてたわけじゃなくて、いつもの馬鹿なやり取りしてただけだよ」

「別に怒ってないし」

「でも拗ねてるだろ?」

「拗ねてないし」

「いじけてる」

「いじけてない」

 

 

 いつもの押し問答をしながら左で晴絵の腰に手を回し、右手で頭を撫でて宥める。相変わらず嫉妬深い彼女だ。

 それから晴絵の機嫌が直るまで撫で続けた。

 

 

「なんだこのバカップル……」

 

 

 三尋木。そういうことは思っていても口には出さないもんだぞ。

 

 

 

 

 

 その後、拗ねた晴絵のご機嫌を取って家に戻ると、少し早かったが時間もそこそこということもあって夕食をとることとなった。流石にうちのアパートで三人一緒に料理をするのは中々骨が折れたが、それでも中々楽しい時間だった。

 そして夕食が終わってからは晴絵から三尋木の相手をしてやれとのことで、申し訳なかったが洗い物を任せてのんびりと休みながら話をする。

 

 

「はー食った食ったぁ」

「こらこら食べてから直ぐに横になると牛になるぞ」

「聞き捨てならないねぇ、こーんな可愛い咏ちゃんを捕まえて牛扱いだなんて。マジでわかんねー」

「自分で言うな自分で」

「いやいや、これでも結構人気あるんだぜ」

 

 

 胸を張って言っているのは恐らくプロになって出来たファンの事だろう。確かに一応見た目は……小さいけど容姿は悪くないし、去年の優勝者という事でそれなりにファンも出来ているらしいな。

 俺としては友人のこいつがこうやって周りに認められるようになったのは鼻が高いが、それと同時にちょっとした寂しさと戸惑いも感じていた。

 

 

「??? ……! ……んふ~」

「なんだよ……」

「なんだろうねぃ、わっかねー」

 

 

 最初はこちらを見ながら首を傾げていたのだが、突如ニヤニヤし始めたと思ったら答えをはぐらかしてきた。なんだこいつ……。

 

 

「まあまあ、特等席はずっとセンパイ達用だから安心しなって」

「……調子にのんな」

「へっへー」

 

 

 にやけた笑い顔が気に入らなかったので、思いっきり頭を撫でまわして髪の毛をぐしゃぐしゃにしてやるが、全く堪えていなかった。ったく、一応女なんだから笑ってないで少しぐらい気にしろって。

 昔から変わらない三尋木に少々呆れていると、向こうから洗い物が終わったらしい晴絵の足音が聞こえた。

 

 

「お疲れ。ありがとな晴絵」

「気にしない気にしない。それより後で手洗いするからそれ系の洗濯物出しといてー」

「いや、それぐらいは自分でやるから晴絵も休んでくれって」

「そう? じゃあ何か飲み物出すよ」

 

 

 そう言って晴絵は再び冷蔵庫がある台所へと向かう。昔は家事全般イマイチだったのにこの一年でホント成長したよな……と、それよりさっさと洗濯物出すか。

 晴絵に頼りっきりというわけにも行かないので、立ち上がり箪笥へ向かう。そろそろ寒くなってきたし、冬物も一度洗っておかないとな。

 

 

「これと……こっちも出しとくか」

「大変そうだねぇ、知らんけど」

「別にいいんじゃねーの実家暮らしも色々あるし」

 

 

 一人暮らしと違って金も余分にかからず家事の負担も減るけど、こうやって彼女は気軽に呼べないだろうしな。

 そんな感じで三尋木と話しながらポンポン必要そうなのを出していると、中から見覚えのある物が出てきた。

 

 

「お、それって……」

「ん、どうしたの?」

 

 

 するとちょうど飲み物を持った晴絵も来たみたいで、三尋木と一緒に俺が取り出したものに視線を向ける。別にそれ自体はそれほど珍しい物ではないのだが――

 

 

「それ冬になると京太郎が使ってるマフラーだよね?」

「ああ」

「おー、大事にしてるのね。こりゃ照れちゃうなぁ」

「え?」

 

 

 照れ隠しなのか扇子をパタパタと扇ぎながら呟いた三尋木の言葉に晴絵が振り返る。そういえば言ってなかったっていうか、別に言わなくてもいいって思ってたしな。でも少し不味ったかな。

 

 

「あー……これな。前に三尋木から貰ったんだよ」

「ま、折角の誕生日だしねぃ。別にマフラー程度なら手間もかからず作れるし」

「へぇ……」

 

 

 適当に誤魔化そうかと思ったけど、ベラベラ話す三尋木のせいでそれも出来なくなった。そしたら案の定晴絵は拗ねだした。

 

 

「いや、あのな晴絵」

「どうせ私はぶきっちょですよー」

「まだ何も言ってないぞ……」

 

 

 なんだかんだでこの後も晴絵の機嫌を取るのに時間がかかったとさ。

 

 

「……変なバカップル」

 

 

 ほっとけ。

 




 修羅場のようなそうでないような二十三話でした。そしてまだ咏ちゃんの話は終わりませんが、とりあえず長くなりそうなので次回に続きます。

 しかしようやく過去編本編にて登場した咏ちゃん。一応京太郎は帰省した時などに会ったりはしていますが、京太郎もレジェンドがいる時は彼女を優先して二人でいたので、ようやくこの二人の遭遇となりました。
 とはいえお互い明るい性格なので表向きはそれなりに和やかな感じで問題なし……に見えますが、それは京太郎視点からの話なので実際どうなのかは……どうなのでしょう?

 などと不穏なことを言いつつ今回はここまで。次回もよろしくお願いします。


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二十四話

先週のうそすじ


「ああ、こいつが前に話した俺の彼女の赤土晴絵だ。晴絵、こいつが俺のダチの三尋木咏だ」
「…………………」
「…………………」
「…………あれ?」


 気付いたら何故か二人ともおでこをぶつけあい睨み合っている。いや、待て、お前らどうした。


「おらぁあああっっっ!!!!!」
「くらえやああぁぁぁ!!!!!」


 ――殴り合いを始めたその後の話は俺の胸の内に閉まっておこうと思う。



 あの後なんかんだで騒いでいるうちに夜も更けてきたので、順番に風呂に入ることとなった。とりあえず客人の三尋木が一番という事で入ってもらい、二番目に晴絵、最後に俺といった感じだ。

 そんで先ほどから三尋木と入れ替わりで晴絵が入っていた。

 

 

「いやー、いい湯加減だった。綺麗だししっかりと掃除してるみたいだねぇ」

「そりゃ晴絵もいるしな」

「しっかしあのセンパイがここまで骨抜きにされてるとは……こりゃ皆に報告しとかないと」

「やめんか」

 

 

 携帯を取り出した三尋木の頭を小突いて止める。絶対にからかわれるし、面倒なことになるからな。全く、久しぶりにあったからか今日はテンション高いなこいつ。

 その様子に思わず呆れていると、ソファーに座った三尋木がテーブルの上に置いてあるリモコンに手を伸ばしてテレビをつけた。

 

 

「なんか見たいもんでもあるのか?」

「なんとなくかな、知らんけど。お、試合やってるね、しかも小鍛治プロかぁ……」

「知り合い?」

「一応」

「ふーん、強いのかその人?」

「化け物だよ。というか知らないのセンパイ?」

 

 

 なんとなく話の種でテレビに映る地味な人について聞いてみたらあり得ないものを見るような目で見られるが、麻雀自体よくわからんし晴絵の事もあってそれ関係の番組は見ないからな。別にこの人胸も大きくねーし。

 しかしそのことを伝えると、何故か三尋木が眉間に皺を寄せて小難しい顔をしていた。

 

 

「どうしたんだ、面白い顔して」

「いや、むしろセンパイだからこそ知っててもおかしくはないんだけどね……」

「?」

 

 

 含んだ物言いに何のことかわからず疑問に感じていると、三尋木が風呂場の方にチラッと視線を向けてから内緒話をするようにこちらに身を乗り出して小声で話し出した。

 

 

「前にセンパイに名前言われた時もピンとこなかったし、直接会うまで忘れてたけど、私も四年前のインハイであの人が戦ってる試合をテレビで見てたわけよ。それでその時にあの人が大量失点した話は知ってるっしょ?」

「ああ」

「……その時の相手があの小鍛治健夜さ」

「…………マジか」

 

 

 画面に向かって指さす三尋木が告げられた言葉は衝撃的であった。今、テレビに映っている少しぼーっとした人が晴絵にトラウマを作った相手だというのか。その見た目もあり中々信じられなかった。

 そんな俺の気持ちが驚く気持ちがわかるのか、苦笑しながら三尋木は足をブラブラさせてソファーに寄り掛かりながらテレビを見つめる。

 

 

「まぁ、見た目ただのドンくさい女だけど、中身は激ヤバ。あの人が勝てなかったのも無理はないと思うよ」

「……おまえでも駄目なのか?」

「まだやり合ったことがないから『やってみないとわかんねー』っていいたいけど……多分勝てないね。悔しいけど」

 

 

 そういうと三尋木は顔を歪めながらリモコンに手を伸ばしてつけたばかりのテレビを消す。その表情は見たくもあるが見たくもないという複雑な表情であった。

 恐らくその口調からするに実力的に相当上みたいだ。昔の約束通り、世界最強を目指しているこいつからすれば目の上のたんこぶなんだろうな。

 

 消したテレビを未だ見つめる三尋木を見ていると、こちらの視線に気づいたのか、ハッとした顔をしてからバツの悪そうに扇子を開いて顔を隠す。情けない姿を見られたくはない……そんな所だろうな。

 

 

「ま、私の事はどうでもいいとしてさっ、それであの人はもう麻雀はやらんの?」

「ああ、どうしても昔の事があってな……」

 

 

 話の流れを変えるためか話題が晴絵の事に移る。そこであまり大っぴらに言う事でもないが、事情を知っているこいつには隠してもしょうがないので素直に話す。もしかしたら他にも話が聞けるかもしれないしな。

 しかしそう思ったのだが、俺の言葉を聞いた途端、三尋木が何やら気に入らないといった表情を作って腕を組む。

 

 

「ふーん……でもそれ甘えだよね? 確かにあの時小鍛治プロのぼこぼこにされてたけど、あれぐらい麻雀やってればよくあるし、いつまでも引きづりすぎだっつーの。知らんけど」

「手厳しいな。まぁ、ああ見えて晴絵も結構打たれ弱いんだよ」

 

 

 あんまり責めないでやってくれという思いを込めて苦笑いで返す。

 確かに三尋木の言う事ももっともだろう。勝負の世界で負けることはよくあることだし、挫折を味会わない人間などいない。俺も三尋木もそうだった。

 勿論晴絵だってそれはわかっているだろう。だけど大事な大会で失態を犯したのが一番の問題で、そう簡単に割り切れる話ではないのだ。それに俺自身がその屈辱を味わったのではないから晴絵を責めることはできなかった。

 

 

「……そこが好きだって?」

「そこも好きなんだよ」

 

 

 なにやら探るような目で見てくる三尋木にそう告げる。惚気かもしれんが事実だしな。

 そんな俺の様子に三尋木は呆れた視線を向けながら肩をすくめた。

 

 

「はぁ、全く腑抜けたもんだねぇ……」

「幸せだからな」

「やれやれこれじゃあ奴らと一緒だよ」

 

 

 そういって苦々しい表情で思い浮かべるのは地元にいるバカップルの事だろう。昔、散々メタクソ言っていたがまさか自分が同じ立場になるとは思わなかったな。

 

 

「まぁ、センパイが楽しそうならそれでいいけどね。それでこれからどうすんの?」

「…………俺なりにやってみるつもりさ。といっても俺だけじゃなく周りにも相談するつもりけど」

「それでいいんじゃね? 知らんけど」

 

 

 何を、とは言わんが晴絵の麻雀の事だろう。今まで思う事があって敢えて避けてきたけどそろそろ向き合わないとな。そのためには俺だけじゃなく、当時を知っている新子にも協力してもらわないと。

 どういう形をとるのかはわからないけど、アイツならきっと晴絵の為に動いてくれるはずだ。

 とまあ、それは今度に置いといて――

 

 

「しっかしお前あいつに結構厳しいな。前にどっかの大会で当たったりしたのか?」

「んー……さぁねー」

「また意味深だな……おら! とっとと吐きやがれ!」

「やなこった!」

 

 

 無理矢理吐かせようと後ろに回り込んで羽交い絞めにしようとしたが、三尋木はするりと抜けて部屋の隅まで避難した。

 

 

「いつまでもセンパイの好きにされるような咏ちゃんではないさっ」

「ほう、言ったな……」

 

 

 姿勢を腰だめにしてじりじりとにじり寄る。三尋木も体を沈めていつでも躱せるようにと構えるが、しかしお互いにそれ以上は動かない。まるでこれ以上は先に負けだと言わんばかりに。

 両者動かず、俺たちの間に緊迫した空気が立ち込め――

 

 

「お風呂あがった 「いまだ!」「なんの!」 よ……?」

 

 

 突如聞こえた音を合図として飛びかかると、三尋木も同じようにこちらに向かってきた――って!?

 

 

「なにいぃ!?」

「わはははははは! 言っただろっ! そう簡単には負けないってね!」

 

 

 いつもの様に頭を抱えてグリグリしてやろうかと思ったら、それを見越したかのように三尋木は体を低くしてこちらに向かってタックルを仕掛けてきた。

 勿論ただのタックルなら体格差もあって俺が負けるはずないのだが、いつの間にか足元に広げたハンカチが落とされており、踏ん張った時にそれに足を滑らせて、押される勢いそのままに俺の体は後ろのソファーへと倒れこむ――――まさかの負けである。

 

 

「く、くそぉ……ってくすぐるのはやめろおおぉぉ!」

「わっかねー、全てがわっかんねー!!」

 

 

 三尋木に負けるというありえない現実に打ちひしがれていると、腰にしがみついた三尋木が手をごそごそさせた思ったら脇腹をくすぐってってきたので悲鳴を上げる。こいつ今日一日の分の仕返しをするつもりだな……って苦しいわ!

 

 

「っ……ひぃ……こ、こうなった、ら……」

「ちょっ! センパイ、やめっ」

「倍返しだーっ!」

 

 

 無理矢理にでも引きはがそうかとも考えたが、三尋木も一応女なので力づくは無理だと諦めて同じように擽りで返すと、案の定三尋木も悲鳴を上げた。

 

 

「ず、ずるいっつーの、セ……セン、パイっ!」

「だ、だったら……そそそっちが止め、ろ」

 

 

 指を痙攣させながらもお互い一歩も引かずのくすぐりあいである。

 恐らくどちらかが止めれば片方も引くのだろうけど、俺も三尋木どちらも負けず嫌いなのもあってどちらも手を止めずにいた。自分でも馬鹿な奴らだと思うが、そう簡単に引けないものなのだ。

 しかしそんな意地を張る俺たちの間に止めるものが現れる。

 

 

「い……いい、加減に 「ハイ、ストップ」 およ?」

「はぁ……はぁ、晴、絵?」

 

 

 くすぐりが止んだと思ったら、三尋木の体が宙に浮いていた。いや、実際にはいつの間にか風呂からあがった晴絵が後ろから三尋木の両脇に腕を通して持ち上げていたのだ。

 とりあえず止めてくれた礼を言うべきだと思い、呼吸を整えながら晴絵の方を向くと――

 

 

「……ふぅ、悪い晴 「お風呂」 え?」

「お風呂空いたよ。入ってきたら」

「お、おう!」

 

 

 笑顔のはずなのだが有無を言わさぬ晴絵の言葉とプレッシャーにすくっと立ち上がり、風呂場へと駆け足で向かう。

 そして服を脱いで風呂に入り、頭を洗う所になってようやく冷静さを取り戻した。

 

 

「………………………………………………なにやってんだよ俺」

 

 

 馬鹿であった。世界一の馬鹿であった。なんであいつがいる時にあんなことをしたんだろうか……。

 俺たちの主観ではさっきのはいつものただの悪ふざけである。しかし冷静になって傍から見れば先ほどの俺たちは彼女がいない隙に抱き合っているアホにしか見えなかっただろう。晴絵がどこから見ていたのかは知らないが、どの時点から見ても問題だろう。

 だったら今すぐ誤解を解きに行こうと思い立ち上がろうと――

 

 

「京太郎」

「は、晴絵!?」

 

 

 ――したら晴絵の声が聞こえ、思わず座り直す。

 顔を上げると鏡越しの曇りガラスの向こうに人影が立っているのがわかった。先ほどの声と見える背丈からしてこれは晴絵だろう。

 

 

「ど、どうした晴絵?」

「ん、多分さっきの事気にしてるだろうと思ってね」

「おまえ……」

 

 

 それはこっちの台詞だ。なんでアホやらかした俺に被害者のお前が気を使ってるんだよ……

 

 

「あはは、大丈夫だって。ただ遊んでただけだってわかってるからさ」

「そうか……」

「それじゃあ戻ってるからゆっくり浸かりなよー」

「ああ……」

 

 

 それだけ言って晴絵の姿が扉の前から消えた。

 

 

「……………………………………冷てぇ」

 

 

 蛇口を捻って冷水を出して頭を冷やす。だけど今の俺にはこれがぴったりだ。いくらわかっていると言われてもそれでも彼女に不安にさせるのは彼氏失格だった……いつまでも昔のままの気分でいるわけにも行かないよな。

 

 それから風呂からあがった後、晴絵達の元に戻ると二人とも平然と俺の昔話を肴に盛り上がっていた。その光景に少し安堵して胸を撫で下ろしたが、これからは以前よりも気を使っていかなければならないだろう。

 

 けれど……さっきの事で前々から思っていたことにもある程度の確信を得た。だから俺は――

 




 とりあえず懲りずに修羅場してる三人。なにやら変なレジェンドとその様子から何か考えることのあった京太郎という不穏な展開をやりつつ終わった二十四話でした。

 ちなみに前回からやっているのは恋愛でよくあるパターン、恋人以外の異性との距離感で揉める話です。
 京太郎の中・高校生時代や一人身時代の気分が抜けないから起きた問題であり、出会う前のお互いを知らないために起きた問題でした。


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。

 ちなみに……もしかしたら気付いた人もいるかと思いますが、あの二人一度も名前で呼んでいません。


 人物紹介過去編に【三尋木咏】加えました。


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二十五話

うそうそ


 それから風呂からあがった後、晴絵達の元に戻ったら――何故か俺のTシャツを振って白旗を上げている晴絵と勝ち誇る三尋木がいた。


「あ、それじゃあ今日から私もここに住むからよろしく~」
「………………私もだから」
「……いったい何があった」


 俺の部屋が焼き畑状態なのは関係……あるんだよなきっと。



 三尋木がうちに尋ねに来た日から一か月ほど経った。

 あれから多少のゴタゴタはあったけど別にプロの三尋木が遊びに来たからといってどうにかなるわけでもなく、あいつが帰った後も今まで通り俺たちは過ごして――いや、正確には少しだけ変わった。

 それは以前よりもさらに晴絵が俺にベッタリになったことだろう。あれ以来、今まで以上に料理に力を入れたり、編み物を始めたりもしたのだ。

 

 まあ、それだけを見れば三尋木に対する嫉妬からの可愛い対抗心なのだが、この前の事もあってなんとなく俺にはそれが少し違って見えた。

 そこで以前から考えていた事もあり、やはりこのままでは晴絵の為にも良くないと思い――

 

 

「麻雀……教、室?」

「ああ」

 

 

 大学帰り、買い物を終えて帰路につく途中、先日新子と相談して決めた話を晴絵に切り出すと、目を丸くして立ち止まった。

 内容もそうだが、俺の口から麻雀の単語が出てきたことに驚いたのだろう。繋いだ手から僅かに力が籠るのを感じた。

 

 確かに俺と出会ってからは晴絵が麻雀に対する感情を表したことは一度しかなく、そのときも吹っ切れたと言い、それ以降話題に上げることはなかった。そして付き合ってから一年経っても今までそのことには触れては来なかった。

 だけどこの前の事もあって流石に無視できなくなっていた為、少々心苦しいが思い切って話を続ける。

 

 

「なあ晴絵……やっぱお前、まだ麻雀に未練があるんだよな?」

「な、なにさいきなり急に……べ、別に……京太郎の気のせいだってば」

「アホ、これでも彼氏だぞ。隠してもわかるわ」

 

 

 立ち止まっていた足を再び動かし歩き、少しでも晴絵が気を使わないためにと誤魔化すように少々かっこつけながら話を続ける。

 

 勿論これは俺の勘だけではなく、新子から大会当時やその後の様子を聞いてもいるし、この前のことからも晴絵が麻雀を今でも気にしているのがわかっているからだ。プロとしてまだ新人の三尋木を知っているあたり、隠れて去年の大会を見ていたりと今でも麻雀について調べてもいたのだろう。

 そしてそれを隠していたのは、俺に余計な心配をさせないと気遣っていた面もあるのだろうな。

 

 

「そ、それじゃあ……もし百歩譲って麻雀に未練があるとしても麻雀教室って何さ」

「ああ、それなんだけどな……」

 

 

 しかし否定はしてもやはり興味あるのか、恐る恐るだが話に食いついてきた。なんだかんだでこういった所は晴絵らしかった。

 なので先日新子と相談したことを伝える。晴絵が麻雀に未練があるためにどうしたらいいかと相談しに行くと、新子も以前から晴絵の豆腐メンタルと頑固さにイラついていたのでどうにかしたいと思っていたことを。

 

 

「なんか気遣われつつも貶されてない?」

「気のせいだ」

 

 

 とまあそんなわけで具体的にどうするかという話になった時に、新子からいきなり麻雀をやらせるよりも子供たち相手に麻雀を教える麻雀教室をやってみないか?と提案されたのだ。

 その理由としては晴絵がどれほど麻雀と向き合えるかわからなかったし、今でも苦手意識が残っているなら単に麻雀をやるよりも、このようにワンクッションおくのが良いと思ったからだ。

 

 

「まぁ、大げさに教室って言ってるけど、一度穏乃達に麻雀教えるだけだからそんな難しい話じゃないさ」

「しず達に?」

「ああ、あいつら前から麻雀に興味あるらしくてな、どうせだったら晴絵に教えてもらいたいんだとさ」

「……そっか」

 

 

 その言葉に晴絵の歩みが一歩遅くなる。チラッと横顔を覗いてみると、複雑そうだがなにより満更でもなさそうな表情だった。多分チビ共が慕ってくれているのが嬉しいのだろう。

 とはいえ、だからと言ってすぐに『じゃあやろうか!』と言えるほど簡単な問題ではない。

 

 

「ま、勿論無理にやれとはいわないさ、だけど一日だけだしどうせだったらやってみないか? 俺も付き合うし」

「京太郎……」

「まぁ、全然知らないから穏乃達と一緒に教えて貰いそうだけどな、ははっ」

 

 

 少しでも空気を換えようと明るい声を出して笑い飛ばす。こいつからすればどのような形であれ、麻雀に携わるのは勇気がいることだ。

 

 

「で、どうだ? 実際晴絵は麻雀についてどう思ってる?」

 

 

 俺から話せることはすべて話したので後は晴絵自身の気持ち次第だ。故に立ち止まり、正面から真っ直ぐ晴絵の目を見つめて思い切って尋ねる。

 すると俺の視線に晴絵は一瞬目をそらしかけたが、それでも一度目を閉じてから意を決して口を開いた。

 

 

「――うん、京太郎の言う通り確かに今でも麻雀の事は忘れられない……忘れようとしたけどやっぱり何かあれば気にしちゃうぐらいだよ。だけど……やっぱり怖い」

 

 

 晴絵は歯を食いしばりながらつないだ左手に無意識に力を込めてそう洩らした。

 言葉は短かったがそれでも晴絵の気持ちは十分に伝わった。しかしやはりあと一歩が踏み出せない様子だ。ならばその背中を押してやるのが俺の務めだろう。

 

 

「だったらやろうぜ、やらないで後悔するよりやって後悔しろだ。何もできないけど俺も一緒にいるから」

「京太郎…………うん」

 

 

 涙を流しそうになりながらもそれを堪えた晴絵は俺の胸に飛び込み、僅かに嗚咽をもらしながら抱きついてきた。そんな晴絵を慰める様に頭を撫でてやる。

 こうして俺たちは晴絵のトラウマ克服の一環として麻雀教室を開くこととなったのだった――

 

 

 

 

 

 そして当日。俺たちは今日の麻雀教室の舞台を提供してくれた新子家に集まっていた。

 メンバーは俺と晴絵、そして教え子となる穏乃、憧、玄、宥だ。後は新子も一応いるけどあまり手は出さないという事で、別の部屋で待機していた。

 晴絵が困ってもすぐに自分に頼らないようにするためだろう。ただ、それでもいざという時の為に近くに待機している辺り、ほんとに面倒見の良い奴だった。

 

 ちなみに宥と玄がいるのは以前話の中で経験者だというのを聞いており、それならと思って俺が誘ったら是非参加したいとのことで来ていた。最初は年も近い灼も誘おうと思ったのだが、麻雀に興味ないかと聞いたら『…………興味ない』という一言でバッサリ切られてしまったので残念ながら諦めた。

 とまあそんなわけで、この六人によってついに新子家の一室で晴絵を中心とした麻雀教室が始まろうとしていた。

 

 

「さて、今日皆に麻雀を教える赤土晴絵だ。よろしく!」

「「「「よろしくお願いします!」」」」

「……ほら、京太郎もっ」

「え、俺も言うのか?」

「そりゃそうでしょ」

「京兄ノリわるーい」

「うっさい」

「「「「あはははっ!」」」」

 

 

 俺と穏乃のコントに皆が声を上げて笑いだす。いや、別に笑い取るつもりはなかったけどな。

 ちなみに穏乃と玄達は面識がなかったみたいだけど、持ち前の性格もあってすぐに和気あいあいとしていた。

 

 

「ま、とりあえず早速始めようか。それじゃあ麻雀について教えるけど、麻雀を全然知らない人は……」

「はい」

「京太郎だけか」

「……なに笑ってんだよ」

「ま、まぁ、あたし達もお姉ちゃんからちょっと教えてもらっただけだから……」

「ありがとうな」

 

 

 無理して気遣ってくれる憧の頭を撫でるとはたかれた。相変わらず照れ隠しが激しいやつだ。

 とりあえず手持無沙汰になったので隣にあった穏乃の頭を撫でておく。玄がこちらに向かって心なしか頭をずいっと向けた気がしたが気のせいだろう。

 

 

「むぅ……それで穏乃ちゃん達はどこらへんまで覚えてるの?」

「えっと……」

「実際に打ったことはないけど役なら全部覚えてるよ」

「え、まじか?」

「………………」

「おい」

 

 

 俺と同じ初心者だと思っていた憧の意外な言葉に驚いて、穏乃へと視線を向けるが目を逸らされた。だよなー。

 

 

「まあまあ、初心者が最初に躓くところだからしょうがないね。それで京太郎は?」

「……国士無双なら」

「…………」

「だって覚えること多すぎるし」

 

 

 お前それでもプロの親友がいるのかよって視線だったがしょうがないだろ、試合なんて勝ってるか負けてるかわかれば十分だし…………今さら覚えるのも恥ずかしかったし。

 

 とまあそんなわけで、それから晴絵を中心として俺と穏乃と憧に麻雀を教えてもらう事となった。一応憧たちは新子に少し教えてもらっていたみたいだけど、それでも実際に四人で囲んでやるのは初めてみたいで目を輝かせていた。

 

 ちなみに教え方としては初心者組のうち二人が席について、もう一人が後ろで見ながら覚えるといった感じだ。ここら辺は前日に晴絵と色々相談して考えた結果だ。最初は教材でも開きながらやろうかという案も出たのだが、それでは退屈だろうという事で、実践で覚えていこうということになったのだ。

 それで今は俺と穏乃、松実姉妹が席につき、晴絵と憧が後ろで見ながら教えていた。

 

 

「あー! そっちじゃないこっちだってば!」

「だってこっちの方が決まった時かっこいいじゃん!」

「確かにそれは大事だね」

「いや、しっかり教えてよハルエ」

 

 

 まあ、ちょっとカラ回っている部分もあるが何とかやっているようだった。こうやって見る限り、不安もあったけど晴絵も大丈夫みたいだな。

 そんで今回の趣旨から微妙に外れている&ガチ初心者の俺はそこから外れて主に玄と宥に教えて貰っていた。

 

 

「お、これでタンヤオだっけ? 上がれるのか?」

「あ……はい、他の役は付いていないけど必要なのはそろってますから合ってます。ただ、最後に必要な牌がもう河に捨ててあるからダメですよ」

「マジか、やっぱ色々難しいなぁ~」

「いやいや師匠なら大丈夫なのです!」

「お前の俺への根拠のない期待はなんなんだ……」

 

 

 そう言いながら駄目な部分を改めて教えて貰い改めて作り直す。

 俺よりも年下な二人だが、二人とも亡くなったお袋さんから教えて貰っていたらしく、中々手際も良かった。ただ、三歳の頃から麻雀をしていたと聞いた時は驚いたけどな。

 

 

「でも……京太郎さんはなんで麻雀やってなかったんですか? 京太郎さんのお友達が麻雀やってたんですよね?」

「ん? まぁ、さっきも言った通り麻雀は覚える事多いからな。それに昔、ダチがやってた中学の頃には違うことに熱中してたしそんな余裕がなかったんだよ」

「それってまさか―――――――――――――――おもち?」

「違うっての」

「ですよねー」

 

 

 玄にツッコミを入れながら牌を捨てる……いや、切るだったか?専門用語も多いっての。

 まあ覚えることが多い――勿論それもあるが、当時の理由は他にも色々ある。やっぱり運任せのゲームが好きじゃなかったってことや、友人同士で力の差がある遊びをする気がなかったってのもあったが、今それを楽しんでいるこいつらにはわざわざ言うつもりはなかった。

 ただ食わず嫌いしてた所もあったけど、こうやって実際にやってみると麻雀も結構面白いもんだな。

 

 

「しっかし……欲しいのが来ないな」

「ああ、そこらへんは読みが必要かな、長く続けてると直感でこれが来るこれが来ないってつかめて来るし。他にも……例えばこのパーソウ捨ててみて」

「え、いいのか捨てて? 三つ同じの揃ってたけど」

「うん、時と場合にもよるけど今は変に刻子に拘るより一回崩して雀頭、アタマにした方が良いと思うよ。ほら、今他にアタマ用に残り一つ待ってた状態だけど、それだと欲しいのが来るのが確率的にも低いからね。だったらあがりから遠のくけど待ちを増やし方がいいよ」

「なるほど」

 

 

 晴絵の言う通り、竹の絵が描いてある八の牌を捨ててみる。すると次の次に来たのはおもち……じゃなくて丸が四つ書かれた牌だった。そして手元を見ると同じマークの五がある。

 

 

「お、なるほどこれであと一個三か六が来れば……えっと順子だったか? それが揃うってことだよな」

「そういう事、一種類の牌を待つより二種類の牌を待った方が良いでしょ?」

「確かに」

「???」

「えっとね」

 

 

 省いていた今の説明で俺は理解できたのだが、一緒にやっていた穏乃が理解できていなかったために隣に座っていた宥が手元の牌を使って説明をしていた。

 まあ、しょうがないよな麻雀って運ゲー以前に覚えることが多いし難しいから。

 

 

「しかしこうして見るとあれだな……」

「ん? 何か気になることでもあった?」

「…………晴絵が賢く見える」

「そっち!?」

 

 

 いや、だって普段の晴絵と違って色々物知りだしな。

 だけどいくら前日に予習しといたとはいえ、五年近くブランクがあったにもかかわらずこうやって流れる様に教えられるところからしてもやはり相当な麻雀狂だったのだろうな。

 

 

「さ、続きやろうか」

「「「「おーっ!」」」」

「フォローなし!?」

 

 

 そんなこんなでその後途中、様子を見に来た新子が乱入するなど色々あったが、日が暮れるまで麻雀教室は続いた。

 始める前は不安に感じていた晴絵も十分満喫したようで、その日は俺たちの中で掛け替えのない日となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その夜

 

 

「今日はありがとうね、京太郎」

 

 

 麻雀教室が終わった後、皆を家に送って解散となったのだが、家に帰らずうちに泊まった晴絵が布団で俺の腕枕に頭を乗せながら唐突にそんなことを言い出した。

 

 

「どうしたんだよいきなり。別に俺は何もしてないぞ」

「ううん……一緒にいてくれるだけ助かったよ。京太郎が一緒にいたから私はあそこにいられたから」

「おいおい、そこはお世辞でもいる以外にも役に立ったというべきだろ」

「へへ、ごめんね」

 

 

 冗談交じりに額を小突くと、舌を出して晴絵が笑う。今日は色々気を張って過ごしてそれなりに疲れた日であったが、この笑顔が見られただけでもその甲斐があったな。

 

 

「それで今日はどうだった?」

「うん……久しぶりちゃんと牌に触ったけど思ったより全然普通に出来たし楽しかったよ。京太郎はどうだった?」

「俺か? そうだな……食わず嫌いしてたけど、結構面白かったな。どうだ、また今度開いてみないか? それこそもっと人集めたりして」

「そうだね……そうなったらきっと楽しいだろうね」

 

 

 そう言うと晴絵は徐々に瞼を閉じ始めたと思ったらすぐに寝息を立て始めた。どうやら今日の事で思った以上に疲れてたみたいだ。

 気持ちよさそうに眠る晴絵の髪を梳きながら寝顔を見つめると温かく穏やかな気持ちになる。しかし……嬉しそうに眠る晴絵を見つめていると、以前から感じていた一抹の不安が浮かんできた。

 

 

 

 晴絵は嫉妬深い。それこそ身近な新子を始め、子供の照達にまで嫉妬するほどだ。勿論嫉妬と言っても危害を加えるものでもないし、それ自体も愛されていることの裏返しといえるから俺としては満更でもなかった。

 

 

 だけど――本当にそれはそんな簡単に片づけられるものなのだろうか?少々いきすぎではないだろうか?いつしか俺はそんなことを思うようになっていた。

 

 

 まず先日、三尋木が来た時の出来事。晴絵は聞き分けが良かったし、機嫌が悪くなりそうな場面でもそれを出さずにむしろこちらを気遣うようにしていた。

 そう――まるでそのような感情を出すべきではないと言わんばかりに……故にこのこともあり、俺は晴絵が無理をしているという結論に至った。

 

 何を無理しているか――それは恐らく俺から嫌われること、そして俺がいなくなることをだろう。

 

 勿論そんなのは恋愛において誰しもが思う不安であって、実際に俺も頭の片隅では考えることはある。しかし晴絵の場合は過去のトラウマがあった。

 自分の好きな物が離れていってしまう恐怖――麻雀と向き合う事の出来なくなってしまった過去のトラウマ――それが全ての原因だろう。

 だから晴絵は二度とそのようなことが起きないように、自分が嫌われない様にと、心のどこかでそういった我儘を言う気持ちを抑えていたのかもしれないと思ったのだ。

 

 そしてそこからもう一つ――晴絵が俺に向ける愛情が過剰な理由には麻雀を出来ないという思いから来たのもあったのではないかと考えた。

 

 晴絵は今まで大好きだった麻雀を遠ざけていた。だったらそれまで晴絵の心の中にあるそれを占めていた部分はどうなっていたのか?そのような心の傷というのは簡単に埋まるものではない。

 ならば麻雀をまともに出来ないというストレスを俺への愛情の一部へと変えていたからこそ、あそこまで献身的に俺に尽くしてきたのではないかと考えた

 

 とはいえ勿論だが晴絵の愛情に疑いはない。俺があいつを好きなようにあいつも俺のことを大事に――愛してくれているのはわかっている。だが、その全てがそうだとは俺には断言できなかった。

 今まで恋愛経験が無かった身だが、盲目的に愛を信じられるほど俺は若くはない。俺とて今でも晴絵に麻雀をやらせずに、ずっと俺の傍にいて欲しかったと思う自己中心的な気持ちもあるぐらいだ。

 とはいえここまで来たらもう戻れない。俺は晴絵の背中を押して、晴絵もゆっくりだが歩き出したのだ。

 

 

 だから今後、晴絵が押さえつけていた麻雀を続けていくならば、俺たちの関係はどう変わっていくのか。俺はその時どうするべきなのか。今はまだわからなかった――

 




 麻雀教室という明るい話から一転、前話の話から順調にフラグを立てつつBAD……いや、TRUEENDへの道を全速前進で突き進む二十五話でした。

 前回との繋がりで、今回はレジェンドの過去から来る話。ただ、京太郎のとはかなり違いますし、問題自体も根深いものとなっています。
 そして作中の京太郎の独白通り、レジェンドのデレっぷりの中には僅かにそのような一面もありました。とはいえレジェンドには自覚もない状態で、大きな問題ではないのですが、当人たちからすれば些細な事でも気になってしまう感じですね。

 さて、今回で過去編四部終了となります。続きの五部は次の現代編四部が終わってからになりますので、またしばらくお待ちください。
 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。


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最終章
二十六話


1年ぶりのうそすじ



京太郎「三尋木と会ってから晴絵の元気がない……」
望「ああ、それはきっと――」
京太郎「そうか、あいつ嫉妬してるんだな! 晴絵ェェェ! 誤解だぁぁぁぁっ!! 好きだぁぁぁっっ!!! 俺は浮気なんてしてないぞォォォォォッ!!!!!」


望「…………バカップル死すべし。慈悲はない」




 ――夢を見た。

 

 

 

 悲しい夢。なぜかはわからないがそう感じた。

 後になって思う。この時、夢の内容を覚えてさえいれば……俺たちの未来は違っていたのかもしれないと――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ~~」

「あらら、おっきな欠伸。寝不足かな?」

「ああ……昨日は誰かさんが寝かしてくれなかったからな。いくら久しぶりだからってなぁ……」

「だ、だって最近就活で忙しいし……ね?」

「…………はいはい」

 

 

 下手くそな上目遣いをしながら晴絵が腕にしなだれかかってくるが、適当にいなして誤魔化す。危ない危ない。思わずクラッと来たわ。

 

 しかし全く……いくら人通りが少ないとはいえ、誰が見てるかわかったもんじゃないのにな。まあ、別に見られても今更たいした意味もないんだけど……どうせ近所の人達はみんな知ってるし。

 この数年で、近所で知らぬ者はいないとまでになってしまった俺たち二人。既に恥ずかしさはニュージーランド辺りまで突き抜けているさ。

 

 

「でさでさ! 少しは暇も出来たし、どっかデートいこっ!」

「ん、あー……」

 

 

 いつにも増して実にテンション高めな晴絵……いや、いつもこんなもんだわコイツ。

 とはいえその気持ちもわかる。先日まで就活関係で実家に帰っていたのもあって、こうして会えるのも二週間ぶりだからだ。

 

 そんなこともあり何時にもましてべったりな晴絵と俺。だからこのまま何処か(俺の家でも可)で是非いちゃこらしたいのだが……。

 

 

「ま、残念ながら今日は『あの日』だからな。というか外に出た目的を忘れるなよ、行くぞ」

「むぅ……」

「ほら、拗ねるなって」

 

 

 口をとがらせ不満げにする晴絵のお凸を軽く突く。そんな可愛い反応するなよ、俺が困るだろ。

 銅のような意思を固め、未だちょっぴり渋る晴絵を引き摺りながら、俺達は晴絵の母校――阿知賀女子学院へ歩みを進める。

 

 

 

 

 

 それから徒歩で十数分かけて学校へ到着。腕を組んでいてかつ晴絵がちょっかいをかけて来たから、いつもより時間がかかってしまった。

 これならバイクで来てもよかったかもなぁ……。

 

 流石に校舎に入るのに腕を組んだままでは不味いので絡ませていた腕を解くと、案の定晴絵が不満げな顔をした。

 仕方がない。俺たちの関係が公然の物だとしてもTPOを弁えなければいけない。俺たちはバカップルじゃないんだから。

 

 

「相変わらず元気だねー」

「まったくだ。よく日曜日に学校なんかこれるよなー」

「ほんとほんと」

 

 

 校門をくぐると、部活で来ている生徒たちの元気な声が聞こえた。

 折角の休日なのに学校に来ているなんて奇特な奴らだよな――と自分たちの事は棚に上げる。

 

 さて、何故大学生の俺たちが、女子校であり晴絵の母校である阿知賀女子にせっかくの休日に来ているかというと答えは簡単だ。

 去年の春頃からここの教室の一つ――かつてこの学校の麻雀部の部室であった場所で、晴絵が子供たち相手に麻雀を教えているからだ。

 

 発端はあの日、一年前に新子の家で晴絵が麻雀に触れた日だ。あれ以降、何度か機会を設けて晴絵は穏乃達とおまけの俺相手に麻雀を教えていた。

 それは一週間に数度。新子の家、もしくは俺の家に穏乃達を呼んでといった感じで、まさにリハビリを続けるような感じだ。

 

 そしてそれを数か月ほど続けていたら、ある日、新子から『このメンバーに教えるのも慣れてきたし、どうせだったらちゃんとやってみない?』という案が出たのだ。

 

 いったいどういうことなのだろうと……と皆と一緒に疑問に思っていたら、なんと新子は母校で許可を得て、周りの麻雀に興味のありそうな子達にも声をかけて、晴絵を先生とした正式な麻雀教室――正式名『阿知賀こども麻雀クラブ』を作ってしまったのだ。

 ちなみにその間、俺は宥と玄に麻雀を教えてもらうだけの役立たずであった。

 

 そんなわけで大体週に1、2回、こうやって晴絵は子供たちに麻雀を教え、俺もそれに付き合っているのだった。

 そしてここでも俺はたいして役に立っていなかった。だらしない彼氏ですまない……。

 

 まあ、咲達の相手で慣れたのもあってか、新しく入ってきた子達を相手にしても浮かずに済んだのは行幸だし、一応年上として懐いてくれたのは良かった。決して俺の精神年齢が低いわけではない……はずだ。

 

 とりあえずこういう経緯で俺たちは女子の花園なんかに来ている――が、正直なところ出来るならこういった所には高校生の頃に来たかった。

 数年経って彼女も出来た今じゃ、ドキドキもワクワクも(あんまり)感じなかった。所詮現実なんてそんなもんだったよ、高久田。

 

 

「さてさて、ちょっと早いけど皆来てっかな」

「大丈夫じゃない? 京太郎が今日来るのは伝えてあるしね。しばらく来れなかったの寂しがってたし……モテモテだねぇ」

「おぅ、嬉しいなー」

「………………」

「無言で脇腹をつねるな。子供に妬くな」

「べ、べつにぃー妬いてないしぃー」

 

 

 なんとも誤魔化すのが下手なやつである。

 

 

「……ほら、やってるみたいだよ」 

「だな」

 

 

 拗ねる晴絵を引き摺りながら進むと、いつの間にか部屋の近くまで来ていたみたいで、少し離れながらも中から騒ぐ声が聞こえてくる。

 心配とは余所に既に何人か集まっているようだ。

 

 そのまままっすぐ部屋の前まで行き、この一年で開け慣れた扉を開けると、扉が開く音が聞こえたのか全員が一斉にこちらを振り向く。

 そこには朝早いのに全員ではないが既に年少組の何人かは集まっていた。手慣れたもので、俺達や穏乃達年長組が来なくとも既に自分たちで用意をして早速練習をしていたみたいだ。

 

 

「おはよう、みんな」

「「「「「「おはようございまーす!!」」」」」」

「よう、おはよう」

「京ちゃんだーッ!」

「誰が京ちゃんだっつーの」

 

 

 勢いよく飛び出してきた桜子の体を支え、おでこを軽く押さえながらツッコミを入れる。まったく……相変わらず元気がいいんだから。

 

 

「もう、危ないってば」

「てへへーごめーん」

 

 

 急に走り出した桜子を綾がたしなめる――が、当の本人は笑顔のままだ。反省してないなコイツ……。

 そんなことをしている内に他の皆も釣られたように俺の周りに集まり、やいのやいの騒ぎ立てる。騒がしいことこの上ないけど、久しぶりなのもあって思わず口元が緩む。

 

 

「相変わらず京太郎は子供に好かれるねー」

「オマエモナー」

「そ、そうかな?」

「ほめてねーよ」

 

 

 確かに子供と相性がいいと自分でも思うが、俺がここまで溶け込んでいるのは、子供たちにも定着してしまっているこの渾名のせいだろう。

 以前晴絵が俺の向こうで呼ばれていたこの渾名を暴露してからすっかりこの状態だ。それ以来穏乃とかにもたまに呼ばれてからかわれるし、実に困ったことだ。

 

 

「それでまだお前らだけか?」

「うん」

「アコちゃん達来てないよー」

 

 

 部室の中を見回してみるが、皆の言う通りどうやらやはり年長組は一人もまだ来ていないようだ。宥と玄は家の手伝いをしてから来るって事前に聞いていたが、穏乃達の姿が見えないのは珍しかった。

 休みの日は誰かしらいるのだが、恐らくはどっかで道草でも食っているのだろう。

 

 

「ま、あの子たちの事は置いておいて、ある程度人数も揃ってるし始めようか」

「「「いぇーい!」」」

「ニューヨークに行きたいかーーッ!!!」

「「「おー!!!」」」

 

 

 俺も久しぶりに揃っている為か、普段よりもテンションが高い晴絵と桜子達が手を握り高く上げた。

 

 え……?人数に対して声が足りない?そりゃなぁ……小学校にもなれば恥じらいを覚える年頃ってやつだよ。

 照、咲、穏乃?知らんな。晴絵?許してくれ……あいつは病気なんだ。

 とまあちょうどキリのいい人数いるという事で、早速二つに別れて早速練習を始める。中途半端に多かったりするとあぶれるのが出てきちまうからな。

 

 

「じぃーーー」

「こらこら、京太郎のお土産は後だって」

「「「えー!」」」

「ほら、次々」

「「「「はーい」」」

 

 

 

 直接見なくても会話でわかるぐらい向こうでは実ににぎやかであった。この一年でよりわかったが、晴絵はやはり子供の扱いが上手かった。

 一方こちらでは――

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「あ、チー」

「はい」

 

 

 ――向こうとは実に対照的に静かに進んでいた。

 

 俺も結構お喋りな方だけど、一応練習中兼この子たちのお手本ってことでこういう時は無駄話はしないように心掛けているからか、面子にもよるが習ってこんな感じになることが多い。

 

 

「ロン。タンヤオのみ」

「あーあ……親がぁー」

「悪いな」

 

 

 ちなみに俺の実力は一応この子達よりは上だ。

 柔らかさはともかく、成熟して頭の回転が速い大人ということもあるが、流石にここ以外でもうちで晴絵のリハビリに付き合っていたのもあって、この一年で麻雀初心者だった俺もそれなりになっていた。

 

 といっても未だに晴絵はおろか宥や玄にすら基本負け越している。昔からやっている3人との間には経験の差があって当たり前だからな。

 そんで穏乃憧とは五分五分といった感じだ。流石にプライドもあってそう簡単には負けられん。

 

 

「ポン」

「むぅ」

「なら私も」

「いやいや、意味なく張り合うなって」

 

 

 あと、おとなしいと言ってもあっちのメンツに比べたらって話で、こうやってふざけ合うことも多々ある「あ、ツモ。えっと……清一色ドラ1で3000・6000かな」……なん……だと!?

 

 まさかの手に思わず目を見張る。作りやすい手とはいえ3巡目で跳満かい……どこぞの誰かさんで慣れてるとはいえ、いきない高いので和了られると流石にビビるわ。

 とはいえドラ7とかがポンポン跳んでくるのに比べればまだマシだ。アレは戦場だ。

 ま、そんな時は悔しいから、家庭教師の時にこっそり難しい問題を混ぜて仕返ししてるけどな。玄は頭がよくなって、俺は溜飲を下げる。Win-Winの関係だ。

 

 ……はい、現実逃避はやめますよ。親被りですよ。

 

 

「………………」

「………………

「…………………………」

「…………………………はいはい」

「えへへっ」

 

 

 和了った途端、そんなあからさまに何かをねだる様な視線を向けられたらなぁ……とりあえずご要望にお応えして撫でてやる。

 嬉しそうに頭を撫でられるひなとそれを羨ましそうに見る他6名。晴絵、帰ったら好きなだけ撫でてやるから我慢しなさい。

 

 そんな感じで続けていくうちに時間は経つ。そろそろいい時間だなー、と牌を切っていると、廊下から物音が聞こえた。この軽快な音は1人しかいないだろう。

 

 そういえば昔ハギヨシに足音から性別や体格なんかを特定する技があるって聞いたけど、これは当てはまらんわな。ただの経験だし。

 当時はめんどくさがったけど、話のネタになるし教えてもらってもよかったかもなぁ。

 

 

「おはようございまーす!」

 

 

 ――と、そんなことを考えているうちにどうやら来たようだ。振り向けばそこには穏乃が「あ……京兄だーッ!」……は?

 

 

 >シズノのすてみタックル

 

 

 気づけば眼前に迫る穏乃がいた。避けりゃアウト(穏乃→雀卓)に………! 避けらんねえ!?

 最悪の事態を予測してすかさず腰を落とし、迎撃態勢へ移る。そのまま勢いよく飛びかかってきた穏乃をキャッチ…………………はぁ………あっぶねえ……。

 とりあえず穏乃にケガを負わせなかったことにほっと胸を一撫で。さて――

 

 

「…………………………よう、おはよう」

「おはよー!」

「………………」

「あ、あれ? ……怒ってる?」

「……………………」

「ご、ごめんなさい……」

 

 

 コアラのごとくくっついているので、近距離からの無言の圧力に耐えられなかったのかシュンっとする穏乃。心なしか自慢のポニーテールも元気がなかった。まったく……。

 

 

「危ないから次は気をつけろよ」

「え…………うんっ!」

 

 

 鳴いたカラスがなんとやら、頭をぐりぐり撫でてやったらすぐに機嫌を直す。ま、穏乃は笑顔の方がいいしな。

 とりあえず未だ正面からガッシリへばりついている穏乃を外しておろすと――

 

 

「おはようございます師匠!!」

「玄、声が大きいってばー」

「むふぅ」

「全然褒められてないよ玄ちゃん」

 

 

 どうやらどっかで偶然会ったのか、残りのメンバーが続々と現れ、途端に部屋の中がやかましくなる。

 そしてみんなと同じく会うのが2週間ぶりなためか、無駄に玄のテンションが高かった。

 

 

「おう、和もおはよう」

「……おはようございます」

 

 

 玄たちよりも一歩引いた所に立つ和に気付き声をかけると、硬くもあったがそれでも挨拶を返してくれた…………まあ、しょうがないか。

 

 

 ――俺が先程声をかけたこの子の名前は原村和。穏乃達と同じ小学六年生で、少し前に入った新しいメンバーだ。

 

 

 特徴としては穏乃や憧みたいなお転婆ではなく、お嬢様っぽい感じ(服装とか)でうちでは珍しいおとなしい子だ。というか俺の周りにはいないタイプだ。

 俺の知っているお嬢様って言ったらアレだし……いや、いい子なんだけどね。ちょっと濃いから。

 

 そして先ほどの様子を見れば予想もつくが、あまり男に慣れていないみたいで、未だに俺相手にはこのようなぎこちない態度であった。

 もう少し仲良くなれるといいんだけどなぁ……まあ倍近く離れた年上に対する態度なんてこれが普通だよな、焦ってもしょうがないか。

 

 

「京兄京兄! お土産は?」

「元気になったと思えばそれかい」

 

 

 先ほどの事や大人じみている和との比較でより一層穏乃が子供に見える。見た目だけじゃなく頭の中身が年少組と同じな穏乃である。

 いや……子供ならこんなもんか。こないだ中学二年になった照も未だにお土産をねだって来るし…………え?あれは例外だって?

 

 とりあえず妖怪お菓子ちょーだいは頭の隅へ追いやる。今は目の前の体力底なしポニーテール(エビ味)の相手が先だ。

 

 

「ほら、向こうに置いてあるから「やったぁ!」後で……っておい」

「あ、しずずるい!」

 

 

 人の話を最後まで聞く前に穏乃が駆け出し、それを憧が見逃さず追いかける。

 そしてその2人の様子を窺っていた年少組もとうとう我慢できなくなったのか、我先にとお菓子に群がり始めた。

 

 

「やれやれ、困った子達だね」

「えっと……注意しましょうか?」

「偶にはいいんじゃないか?」

 

 

 年長者らしく叱った方が良いのかと不安げな顔をする宥。とりあえず安心させるように頭に手を置く。俺はいったい今日は何度頭を撫でればいいんだろう……。

 しかし相変わらず宥は真面目だ。……もうちょっとわがまま言ってもいいんだけどなぁ……あ、だけど寒いからってそこらかしこで抱き着いてくるのは減らさないとな。どこぞのレジェンドがやきもち妬くから。

 

 

「ニコニコ」

「……撫でないぞ」

「ガーン!?」

「玄ちゃん……」

 

 

 一方、妹の方はわかりやすかった。つーか口に出して言うなよ……。

 いじける玄に姿に思わず呆れながらもう片方の手で撫でていると、ふと後ろから視線を感じ振り返る。

 するとそこには穏乃達と違い、お菓子に群がらなかった和がじーっと目を細めてこちらを見ていた。

 

 

「どうした?」

「!? い、いえっ、なんでもないです!」

「そ、そうか……」

 

 

 よくわからないが、勢いよく首を振る和に頷き返す。

 自分も撫でて欲しかった……なわけないか。未だに話す時に目を逸らされるし。和とは今度ちゃんと話す機会でも作りたいな。

 

 

「それじゃあちょっと早いけど休憩しようか」

「そうだな」

 

 

 わいわい騒いでいる穏乃達の所に俺たちも混ざる。

 

 これが今の俺たちの日常。

 大学も4年目という事で、就職関係で慌ただしい事もあり、落ち着いているとは言えない日々だ。それでも――輝かしい日常だ。

 

 

「うわーっ!! しずがのど詰まらせたぁぁぁーー!!」

「いい急いで吐かせて!」

「そ、それよりお茶を飲ませましょう!」

「顔真っ赤……あったかそう」

「そんな場合かっ!?」

 

 

 …………輝かしい日常だ。

 




 はい、半年以上空いた過去編二十六話でした。言い訳はしません。すいませんでした。

 とりあえずこっちもかなり飛んで一年後。麻雀クラブの話はもっとやりたいけど断念。出来れば短編集とかで補完したいです。
 そしてさらっと和、過去編初登場。なお出番はたいしてない。裏ヒロインだからね、しょうがない。

 とりあえず久しぶりだからリハビリと話の補完もかねて過去編の短編集をたくさん書きます(予定)

 それでは次回もよろしくお願いします。



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二十七話

うそすじ


咏「センパイってば小学生ハーレムを作った聞いたけど本当かい?」

京太郎「まったく、小学生は最高だぜ!!(訴訟も辞さない、法廷で会おう)」

咏「わっかんねー、本気かどうかもわっかんねー」



 温暖化だのドーナツ化現象だのバタフライエフェクトだの騒がれる昨今の世。夏に入る前の5、6月辺りでも下手すると30度を超える日も珍しくはなかった。

 めっきり暑くなったせいで、虫なんかも大量に湧くがこれは田舎の宿命だろう。

 そういえば昔、照がカブトムシと間違えて……いや、これ以上はやめておこう。あいつも深い記憶の底に封印した過去だ。

 

 そんな前置きはさておき、そんな茹だるような暑い日には――

 

 

「「やっほォーーーッ!」」

「うわっ! やったなー!」

「おぶぶ! み、水が鼻に入ったのですっ!」

 

 

 ――川で遊びたくなるのもしょうがないだろう。

 

 今日は麻雀クラブを休み、上の奴らと近くの川まで遊びに来ている。就活?あいつは置いてきた。この戦いについてこれそうもないからな……。

 

 

「ふぅ……みなさん元気ですね」

「ま、いつもは部屋の中だし偶には良いだろ」

「あったかぁい」

 

 

 川岸の岩場で足を伸ばしながら寛ぐ俺と和と宥。向こうではついて早々、晴絵と穏乃、憧、玄が川の中心で遊んでいる。

 あー……暑気持ちいい……。

 

 

「和も行ってきたらどうだぁ~? 俺が荷物は見ておく……てか盗まれることもないけど」

「いえ……もう少しだけ休んでいます」

「そうか、ほれ」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 少し疲れた様な声色の和にクーラーボックスから水筒を取り出して渡す。今流行の水筒男子だ。

 そんなに離れた場所ではないが、元々都会育ちなこともあって、あまり体力のない和には山道は少しきつかったみたいだ。

 

 一応隣の宥にも声を掛けようかと思ったが、幸せそうに目を閉じて寝っころがっていたのでそのままにしておく。

 日差しによっていい具合に熱せられた岩がベリーグッドみたいだ。

 

 

「………………」

「須賀さんは入らないんですか?」

 

 

 日光浴をしながら、ぼーっと、晴絵達を眺めていたら、和が首を傾げながらこちらを覗き込んでくる。

 うん、可愛いな。

 

 

「後でな、俺も偶にはのんびりしたいし」

「ふふっ、なんだかお爺ちゃんみたいですよ」

「ほっといてくれ」

 

 

 拗ねたような俺の言葉にクスクスと和が笑う。

 なんだかんだ以前に比べて打ち解けたのか、こういった表情も見せてくれるようになっていた。

 

 

「他にもお年寄りっぽいもの好きですよね、和菓子とか」

「確かに穏乃の所の御萩は大好きだ。あとおばちゃんの店の抹茶ご飯も好きだぞ」

「美味しいですよね」

 

 

 勿論こんな軽口も叩くことができる。

 というか和菓子好き=老人は偏見だ。三尋木に聞かれたら怖いぞ、焼き土下座じゃすまされん。

 

 

「ぅーん……」

「おっと」

 

 

 いつの間にか寝入っていた宥がどこか寒そうに寝返りを打ち、少しでも暖を取ろうとして手を彷徨わせている。

 後ろの荷物から持ってきた上着を手に取り、起こさないように宥の体に掛けてやる。

 

 

「んぅ……」

 

 

 上着の肌触りでホッとしたのか気持ちよさそうに眠り続ける宥を見ていると、思わず笑みが浮かぶ。

 最近将来の事も考えるようになったけど、もし娘ができたら宥みたいな子だったらいいな。気は利いて優しいし、家の手伝いもよくする子だ。欠点とすれば、いい子過ぎて寒がり以外の事であまり我儘を言わないことぐらいだろう。

 

 

「………………」

「ん? どうした和?」

「な、なんでもないです」

 

 

 宥の頭を撫でていると、背中に和の視線を感じたので振り向く。

 前にも……というより、最近特に感じる視線――そしてよく見る和の表情だ。うーん。

 

 

「えーっと……なあ、和。なにか聞きたい事とか言いたい事があったら何でも言っていいんだぞ」

「…………」

「晴絵みたいに麻雀も強くないし頼りないけど、これでもお前達の先生でもあるんだ。遠慮するな」

 

 

 これでも教師を目指す身。最近の和が何かを抱えているのは流石にわかる。流石に身近にいる子の悩みを見過ごすわけにもいかない。

 自分の事。家庭の事。麻雀の事。麻雀クラブでのこと。何に悩んでいるのかはわからないが、それでも出来る限り力になりたいと思う。

 そんな俺の言葉が届いてくれたのか、意を決したようで和の表情が変わった――

 

 

「で、では………………………………こ、ここここ恋人とはどういう感じなのですか!?」

「………………え?」

 

 

 顔を真っ赤にする和。思わずアホ面を晒す俺。実に対照的である。というかいきなり何を言い出すのだこの子は……。

 

 

「え、えーと……」

「ご、ごめんなさい!? そそその、ふ、普段のお二人を見ていたら、ぜ、是非聞きたくて!」

「いやいや落ち着けって」

 

 

 テンパってるのかどんどん声を荒げながら身を乗り出す和。

 今の声が聞こえたかなっと思い、チラッと川のほうを見るが、晴絵達がこちらに気づいた様子はない。というかあいつら潜って何してんだ……後で車に着替え取りにいかないと。

 

 玄は玄で、少し離れた川岸で石を積み上げてなにか作っていた――ってネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲じゃねーか。完成度たけーな、後で見に行こう――と、話がそれたな。

 

 

「大丈夫か?」

「………………はい」

 

 

 我に返ったのか顔を真っ赤にして俯く。ま、大声を出したのと内容が内容だけにな……しっかし和がねぇ、澄ました顔をしながらも意外に興味津々だなぁ……。

 思わぬ相手と内容に顎を撫でつつ思考を巡らせる――が、思わず口元が緩む。

 

 

「……なんですか」

「なんでもないよ」

「笑ってます」

「おう、和が可愛くてな」

「ぶぅ……」

 

 

 俺のニヤニヤした顔が気に障ったのか、頬を膨らませている。

 いやいや、これが宥や憧ならお年頃で納得だし、玄なら何を企んでいるのかと訝しむ。しかし相手が和なら話は別だ。微笑ましい。あ、あと穏乃なら背後に誰かいないか確認するな。主に憧。

 

 

「しかしどういう感じって言われてもなぁ……」

 

 

 漠然としすぎてて何を言ったもんかと困る。まさか夜は部屋で運動会なんて言えるわけがないし。いや、誰が相手でも言わないけど。

 なにより相手は多感な時期の小学生。変な話を聞かせるわけにもいかないしな……親父さんが怖い。

 

 

「そうだなぁ……和ももう知ってるだろうけど、あいつと付き合い始めたのは今から三年前の秋だ。それからずっと付き合ってて、たいてい一緒にいるな。ほら、今日の昼もあいつと一緒に作ったものだ」

 

 

 とりあえず当たり障りのないことを言いながら後ろの荷物にある弁当を指差す。

 中身はから揚げ卵焼きなどの定番料理や、いくつか長野や奈良の簡単な郷土料理を詰めて来た。皆の分も作ってきたから中々の量だ。

 

 チラッと横目で見ると、目を光らせながら真剣かつ真っ赤な表情で聞いていた。どんだけ興味津々何なんだ。

 

 

「そ、それじゃあ次に、二人はどうやって知り合ったんですか?」

「どうやって……ねぇ」

 

 

 和の言葉に昔を――既に四年も経っていたことに驚き――思い出す。そういえばあの時は――

 

 

「辛かったなぁ……」

「何がですか!?」

 

 

 炎天下の中バイクを押し続けた苦く辛い思い出がよみがえり知らず涙を零す……。

 一人であれはつらかった……晴絵が来てくれなかったJ○Fでも呼んでしまうところだったし。

 

 

「な、泣くほどのことだったんですか……?」

「いや、これはちょっと別件だ……それで晴絵と会った時の事だよな」

 

 

 ちょっぴりひいている和はさておき、悲しい記憶はよそに置き話を戻す。

 とりあえず二度目に偶然会ったことやそれから連絡を取り合うようになったこと、そしてこっちの大学を紹介されたことなど、当たり障りのないものをいくつか掻い摘みながら話すと――

 

 

「……………………」

「……の、和?」

 

 

 途中までふんふむと話熱心に聞いていた和だったが、いつの間にかうつむいていた。話しているうちに熱が入っていたため気が付かなかった。

 なんだろう……つまらなかっただろうか?もしくは新子みたいに呆れたか……。

 

 とりあえず手持無沙汰なのですぐそこにある宥の頭を撫でる。いつの間にか俺の足を枕にして眠っているし。

 うーん……やっぱり子供の髪ってやわらかいなぁ、晴絵も昔に比べて伸ばしているけどちょっと固めなんだよな。ま、そこがむしろ良い。触り甲斐があっていいし、風呂で洗う時もやりがいあるから。

 

 そんなことを考えながら髪を撫でていると、突如、腕をつかまる――和の手だ。

 

 

「…………のど「ドラマみたいで素敵です! もっと聞かせてください!!」あ、はい」

 

 

 先ほどよりも興奮した様子で詰め寄ってくる和に思わずたじろぐ。

 和ってムッツr……いや、歳相応の夢見る乙女だったんだな……。

 

 

「そうだなぁ、それじゃあこの間……でもないか、数か月前なんだけど晴絵と一緒に大阪に行ったんだけど、面白い子供達と会ってな――」

 

 

 最近ではあまり聞いてくれる奴もいなくなっていたからか、普段よりも饒舌になる。

 一応笑いになりそうな話を選んでいく。普段の日常のことから始まり、遠出をした時のことなどを。

 色々と話をするが、どれも物珍しそうに和は聞いている。しかしそこまで面白いのかな?よくある話だと思うけど。

 

 

「父が厳しいので、あまりそういうのが……」

「ああ……なるほど」

 

 

 和のシュンとした表情と言葉に納得。何度か顔を合わせているけど、あの親父さんならばそうだろう。小学生には悪影響だって言いそうだ。

 流石に和の部屋には入ったことがないからわからないけど、恋愛漫画とかそういったのは買ってもらえそうじゃないもんな。性格的にも隠して買うみたいな悪知恵も出来なそうだし。

 だからそういった女の子が憧れるような恋愛物っていうのはテレビぐらいでしか見られない。そしてその分、身近な俺たちのことが気になっていた、ということなのだろうな。

 

 ま、それで和が楽しめるなら付き合おう。話して減る様な事でもないしな。

 

 

「そうだなー、他に「二人はお揃いのTシャツ持ってるんだよ、和ちゃん」……起きてたのか宥」

 

 

 続きを話そうとしたら、視線を下にずらせば寝ぼけ眼の宥。というか勝手に恥ずかしい秘密をばらすな。

 

 

「カピバラのTシャツでね、とっても可愛いんだ~」

「ほうほう」

「京太郎さんはね、お味噌汁は赤味噌が好きなんだよぉ」

「ふむふむ」

「あとね、京太郎さんの押し入れには「やめんか」はうっ……」

 

 

 余計なことまで口走りそうになった宥のお凸をはじくと涙目になった。というかなんでアレを知ってるんだコイツは……。

 

 

「あったかくない……」

「はいはい」

「……えへへ」

 

 

 恨めしそうに見上げる宥を誤魔化すようにお凸を摩る。普段が普段だけに宥に甘えられるとどうも弱いんだよなぁ……。

 

 

「これは……浮気でしょうか?」

「テレビの見すぎだ」

「わ、私は……良いよぉ」

「修羅場ですね!」

「テレビの見すぎだ!」

 

 

 目を輝かせる和ともじもじし出す宥にたじたじである。なんで俺ってば子供二人にセクハラされてるんだろうなぁ……。

 

 

「……飯にするか」

「あ、逃げました」

「おーいっ! 昼飯にするぞー!」

「「「「わーい!」」」」

 

 

 誤魔化すように大声をあげて晴絵たちを呼ぶと、一目散に駆け寄ってくる。犬かよ――って、おい。

 

 

「あれ、どうした?」

「お昼はー?」

「師匠のご飯~」

「お腹すいたー……って、三人ともなんでそんな顔してるのよ」

 

 

 宥と和の顔は見えないけど、俺と似たような表情だろう。いや、だって……な。

 とりあえず視線を逸らす。晴絵のは見慣れてるけど、他の3人はやばい。

 

 

「「「「???」」」」

「透けてますよ……」

「「「!!?」」」

「?」

 

 

 呆れた様な和の言葉で状況が呑み込めたのか、晴絵達が息をのむのが聞こえた。

 見ていない。俺は見ていないぞ。意外に大きい玄のおもちや結構派手な憧の下着も。あと穏乃はブラぐらいつけなさい、擦れて痛いだろうに……。

 

 

「あ、あ、あわわわ!!?」

「いやぁああああああ!!?」

「み、見るなああああああ!!」

「あ、赤土さん!?」

「ええっ!?」

「グエッ……」

「……憧たちはなにやってるんだろ」

 

 

 玄と憧が水へ飛び込む音を背景に、視線を隠そうとする晴絵に押し倒される俺。勿論隣に座っていた和と膝を枕にしてた宥も巻き添えだ。

 流石に軽いといっても三人分の体重がのしかかり動けない。和と宥のおもちが思いっきり当たってるけど動けない。動けないものは動けないのだ!

 

 

「京太郎! そのまま目開けたらダメだから!」

「あ、赤土さんっ、重いで……す」

「濡れてるけどあったかぁ~い」

「あ! ず、ずるいのです!」

「なんで玄まで跳び込んだ!?」

「??」

 

 

 さらに重なり合うアホガこども麻雀クラブ女子達。途中で穏乃も乱入し、止めようとした憧まで巻き込まれた。何やってるんだろうなぁ……

 

 その後、俺はおもちとおもちの間の生命となりしばらくこの空間をさまよい続けた。

 そして動こうとしても動けないのでとりあえず――楽しむことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなバカみたいな俺たちの日常。

 だけどある日、たった一本の電話によってそれは崩れ落ちた。

 

 

 

 




 和の出番はないといったな?あれは嘘だ……という二十七話でした。というかいつの間に和が中心になっていた。和はムッツリの耳年魔。

 それでは今回はここまで、次回もよろしくお願いします。


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二十八話

うそすじ


玄「(師匠が川の中に全然入らない……これじゃあスケスケにならないよっ!)」
憧「(まだまだね玄、そんなものなくても心の眼で視るのよ)」
和「(ふっ、それならすぐ隣にいた方が正確に視えますよ。すぐに中に入らないと踏んだ私たちの勝ちです)」
宥「(あったかぁい)」
穏乃「(みんなが頭の中で会話してるよ!?)」


逆セクハラ



『悩んだ時にコイツと一緒に走るとな、どうでもいいことなんて全部ふっとんじまうんだ』

 

 

 古い記憶。

 かつて親父が自慢の単車を弄りながら、楽しそうに俺に向かって話しかけて来たのを覚えている。

 

 

 

 俺が最初にバイクに乗ったのはガキの頃、親父の後ろに乗せてもらった時だ。

 当時、某バイクに乗っている特撮ヒーローが流行っていた時期でもあったからだろうが、なにより家で楽しそうに単車を磨く親父の姿と、それに乗ってかっこよく出かける姿に憧れを抱いたのが大きかった。

 いつもお袋と一緒にそれを見送っては、いつか自分も同じように乗ってやると子供心に決めていた。

 

 その後、高校生になって念願の免許を取ってからは、それこそ時間を忘れるまで走った。

 街の中、隣町、県内、県外と段々と行動範囲も広がっていき、何か悩む度に俺はかつて親父が言っていた通り、愛車を走らせた。

 

 肌に当たる風、風を切る音、流れていく景色、すべてが気持ちよかった。

 車などでは味わえない麻薬のような感覚は、確かにどんな悩みもどうでもよく感じさせるほどのものだった。完全にスピードの虜になっていた。

 

 けれども、今になって思う。親父の言っていたことは確かに正しかったと。

 所詮、走る程度で吹っ飛んでしまう悩みなど、どうでもいい……元から大した悩みではないのだと――

 

 

 

 

 

 晴絵がうちに来なくなって一週間が経った。

 あいつがこれだけうちに来なかった日はない。一度もだ。そして大学でも顔を合わせていないから話すらもしていない。

 それだけ今が非常事態ということだわかるだろう。

 

 

 ある日――晴絵にかかってきた電話。それからすべてが変わった。

 

 

 電話の内容は……簡潔に言えば、晴絵の実業団への誘いだった。

 高校時代にインターハイに出た晴絵の実力を見た実業団の監督が自分のチームへスカウトしたいという話だ。

 

 顔を合わせた対談での席では、俺はその時同席はしなかった。したい気持ちはあった……だがしてはいけないと思った。これは晴絵だけで向き合う問題なのだからと。

 その後、監督さんが来た日の話し合いでは晴絵はどうするべきか答えを出せず、うちに帰って話し合ったけれども、俺達の間でも答えは出なかった。

 

 今回の話は大学時代に表に出ていなかった晴絵にとってはまたとないチャンスだ。だからすぐにでも受けるべきだろう。

 しかし……そうすれば晴絵は実業団チームの本拠地である福岡に行くことになる。だから俺たちは悩んだ。

 

 そうなった場合の選択肢は、俺は今の予定通り長野で教師をやり遠距離恋愛となるか、もしくは俺も一緒についていくかの二択だ。

 

 前者はお互いにキツイだろう。

 それこそよくあるドラマのごとく気持ちがすれ違うかもしれない。そもそもああいうのは片方が後に合流するのが前提だ。俺たちはいつまでその状態を続けるかわからないのだから到底無理であろう。

 

 ならば後者か?

 俺は別にかまわない、教師をやるのに場所は関係ないから。確かに不慣れな土地でいきなり教師をやるのは不安でもあるが、晴絵がいるなら大した障害でもないだろう。

 今年は向こうの教員試験を受けるには時期が過ぎている為、教師になるには来年以降の試験を受けなければならないからチャンスは減るが仕方ないだろう。それにあいつの為だったら教師を諦める――それも考えていた。

 

 だが…………それを晴絵がどう思うか問題だ。

 きっと晴絵はそれを気に病むし、それこそ俺が教師にならなければずっと引き摺るだろう。大なり小なり後ろめたさを持ってしまうはずだ。うぬぼれではなく恋人のことだ、これぐらいはわかる。

 俺はそんな重荷をアイツに背負わせたくなかった。

 

 また逆に、晴絵もきっと俺と一緒にいるために、今回の話を蹴ることも考えているだろう。俺と同じように麻雀だって何処でも出来るからかまわないと考えているはずだ。

 だけど俺はあいつにそんなことをさせたくはない。

 

 つまり――お互いがお互いのことを考えすぎて、完全に行き詰っていた。

 

 そういった理由により、ここ一週間ほど俺達は顔を合わせていなかった。お互いにゆっくりと考えたかったのだ

 だけど未だに答えは出ない。俺たちはまだ20歳を過ぎたばかりガキなのだ、容易に答えは出なかった。

 

 

「はぁ…………くそっ」

 

 

 結局の所、一週間一人でいる間も考えもまとまらず、気分を晴らすために今日は近くの山まで走りに来たのだが、まったくと言っていいほど何も感じず、変わらなかった。

 やはりただ走って解決できるほど、今回の悩みは安くない。

 

 

「疲れたな……休むか」

 

 

 流石に朝からぶっ通しで走り続けていたので、近くの道の駅で停めて休憩をすることにした。まだ暑さも残る季節、喉も乾く。自販機で買ったコーヒーのプルタブを開ける。

 そのままベンチに腰掛けぼーっとする。ここらの景色も慣れた。暇さえあれば晴絵と一緒に走った道だ……それでも飽きることはないな。

 

 

「…………はぁ」

 

 

 ため息しか出ない。

 グルグルと頭の中が回っている。それ以上何も考えられない。

 

 なんとなしに気分転換に景色を眺めていると、遠くで親子連れが仲良さげに歩くのが見えた。どっかでお祭りでもあったのか、綿飴やお面を持っているのが微かにわかる。

 そんな光景に少し微笑ましい気持ちになりながら眺めていると――ふと、あることを思い立ち、荷物から携帯を取り出す。

 

 今日は平日だ。普通に考えたら仕事中で出ないかもしれないが、出なかったら出なかったでいいだろう。単に思いついただけだ。

 しょっちゅう電話している相手だ、弄ればすぐに履歴に番号が出て来たので呼び出す。

 

 

 

―――――――そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから三日後、俺から話があると晴絵を呼び出した。

 決意は固めた。後は……俺の想いを告げるだけだ。

 

 

「……………………」

「……………………」

 

 

 お互いに普段の定位置には座らず、テーブルを間に挟み向かい合う。

 ここに来てから俺も晴絵も口を開いていない。開けない。おそらく……お互いに相手が自分と同じ結論に至ったとわかっているからだろう。だからその一歩が踏み出せない。

 

 ふと思った、なんだか懐かしいな……と。10日ぶり、これより離れていた期間もあったのに凄く懐かしく感じる。

 ここで晴絵と話し、飯を食い、一緒に風呂に入り、そして一緒に寝る。ここでの――吉野での生活は晴絵という存在が多くを占めていた。そして今後もそれが当たり前と思うほど晴絵の存在は俺の中心となっていた。

 

 だけどこれからは――

 

 

「………………はぁ」

「……っ」

 

 

 いつまでもこうしてはいられない。だからなんでもいいから話そうと息を吐いたら。微かに晴絵の体が小さく跳ねるのを見えた。

 

 怯えているんだろう。だけど……それでも……話さなくちゃいけない。

 告白の時、俺たちの関係が壊れる不安を抱えていながらも先に想いを告げたのは晴絵だ。ならば…………今度は俺の番だ――

 

 

 

 

 

「晴絵…………………………………………………………………別れよう」

「…………………」

 

 

 

 

 

 苦しすぎてそれ以上の言葉は何も出なかった。

 

 ――――――晴絵はきつくこぶしを握り締め、顔を上げない。

 

 俺の下した結論はこれだった。

 

 ――――――肩が震えている。

 

 遠距離ではあいつの足を引っ張る。一緒に行けば晴絵に甘えが生じ、負い目を背負わせる。だったら……。

 

 ――――――水滴が落ちる音が聞こえる。

 

 別れるしかない。

 

 ――――――晴絵が顔を上げる。泣いていた。

 

 

「…………………………………………………………それ、しか…………ないのか、なっ」

「…………晴絵もわかってんだろ」

 

 

 全てを否定するような声。それをまた否定する。

 そんな重たいものを背負っていて勝てるほど麻雀は甘くはない。しかも晴絵が目指す先は常人よりもなお高い。

 

 

 ――――三日前の電話で、情けない俺の腹は決まった。いや、そもそも最初は気持ちは決まっていたんだ。ただ、背中を押す何かが欲しかった。

 

 俺は聞いた。プロになって後悔はないかと。

 あいつは言った。大変なこともあるけど後悔はしていない楽しい、と。

 

 だから……夢をかなえる為に晴絵は今回の話に乗ってプロへの一歩を踏み出すべきだ。俺の事なんか捨てて上に行くべきなのだ。

 それだけの価値が晴絵と今回の話にはある。

 

 

「今まで色々あったよな」

 

 

 そうだ色々あった――

 

 

「…………………………」

「偶然、晴絵に助けられて」

「…………………………」

「口車に乗ってこんな所まで引っ越して」

「…………………………」

「大学じゃ入って早々カップルだなんだともてはやされて」

「…………………………」

「避けられてたと思ったら実は両思いで」

「…………………………」

「新子には散々からかわれて」

「…………………………」

「バイトを始めれば子供たち相手にもやきもち妬いて」

「…………………………」

「麻雀教室を始めたらもっと増えてさらにやきもち妬いてな」

「…………………………」

「色んな所にも行ったよな」

「…………………………」

「ほんっと騒がしい日常だったよ」

「…………………………」

「でも……晴絵と一緒にいると楽しかった」

「…………………………」

「…………晴絵は……どうだった?」

「…………………だのじがっだぁぁ……っ!」

 

 

 涙と鼻水で晴絵の顔はぐしゃぐしゃだ。他の奴から見ればひどいものだろう。

 だけど――俺にとっては誰よりも愛しい恋人の顔だ。

 

 

「そうだな…………だけどそれも終わりにしなくちゃいけないんだ」

「いやぁ……」

 

 

 既に向かい合っていたはずの晴絵は俺の傍まで来ていた。

 

 

「ずっと、一緒って言った……っ」

「………………ごめん」

 

 

 これ以上みていられなくなり抱きしめる。俺は何よりも晴絵の笑う顔が好きだから。

 

 

「一緒にいたいよっ……ずっと……ずっと!」

「俺もだ」

「離れたくないよぉっ……!」

「俺もだ」

「なんでぇ……ッ!」

「俺は晴絵が好きだ。だけど――今の俺が一番好きなのは麻雀をやっているときのお前なんだ」

「……っ…………っぁぁ」

「だからこれからは麻雀を一番に向き合ってくれ。俺は――お前の邪魔をしたくないんだ」

「ああああああああああぁああああああああああああぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!!」

 

 

 なによりも突き放す一言だった。

 そのまま泣き崩れる晴絵を抱きしめる。抱きしめ続ける。

 

 俺は泣かない。泣けない。

 たとえ晴絵の為といってもこいつを泣かせたのは俺だ。泣くのは許されない。泣く資格はない。ただ抱きしめる。

 今の俺にできるのはこれだけなのだから――

 

 

 

 

 

 もう少し子供だったら――若さに任せて後先考えずに一緒にいられたはず。

 もう少し大人だったら――どこかで妥協して一緒にいられたはず。

 

 

 ――俺たちが中途半端に物わかりの良い大人で、夢を諦められない子供だったこと。それがこの結果だったのだろう。

 

 

 




 前回のほのぼのから一転、一気にシリアスとなった二十八話でした。
 恋愛というのは一方通行ではいられない。お互いを尊重するから成り立つものである……が、それを拗らせた故の結末でした。あと己の重さを軽視しすぎたせいですね。

 それでは今回はここまで、次回もよろしくお願いします。
 もう少しだけ過去編は続きます。

 あと登場人物過去編に【原村和】を追加しました(忘れてた



 次回の投下はいつだろう……ふむ、誰かさんの誕生日が近いな。


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二十九話

うそすじ


俺はバイクを走らせ――


京太郎「事故って入院した。留年して内定消えました」

晴絵「心配だから残ることにしたよ」


優しい世界



 冷たい風が吹きすさぶ。冬という季節は嫌いではないが少し苦手だ。

 草木も枯れ、人もあまり出歩かないこの雰囲気はどこか情緒さを感じさせるところもあるが、それでもやはり寂しく感じる。一人で出歩くならなおさらだった。

 

 

「寒……」

 

 

 前から吹く冷たい風から体を守るようにニット帽をかぶり直し、マフラーを締め直し体を小さくして隙間風が少しでも入らない様にする。

 長野生まれの長野育ちといえども流石に寒いものは寒いのだ。

 

 

「はぁ……もうすぐか」

 

 

 一人ぼやく。

 この寒空の下、今日は就職の事で晴絵も傍にいない。だからか普段よりも心にポッカリと穴が空いたように感じる。

 

 あの日、お互いの道の為に別れることを決断した日。俺たちはもう一つ決めた。

 二人がこの地を去るまで、その瞬間までは――せめて恋人で居続けようと。そして他の皆にも話さない。決心が鈍るし、心配をかけたくもないから。

 

 勿論それは不誠実な選択だったのだろう。俺たちがここで恋人として暮らしていくにあたり大なり小なり色んな人にお世話になった。いくら俺達の間の問題とはいえ、今までの恩を忘れたそれは、信頼を裏切る行為だ。

 だけど……理屈ではわかってはいても、感情で追いつかないこともあった。俺たちは周りを含め、今のままの関係で、最期までいたいと思ったのだ。

 

 とりあえず今のところは誰にもバレていない。新子にもだ。

 晴絵が向こうに行くことは周知の事実となって、俺がそれについていく――ということでいつのまにか周りでは話が広まっていた。あえて否定はしなかった。

 

 あれ以来、俺の傍には常に晴絵がいた。今まで以上にべったりとくっつく俺達を見て、新子は子供でも出来たかと親父ギャグをかましてきたが、残念ながらそんなことはなかった。

 ならば今も一緒にいるべきなのだろうが、残念ながらお互いに都合が悪い日もあった。だからこうして手持無沙汰になり、こうやって寒空の中、一人外を歩いている。

 あと一か月もすれば俺もここからいなくなる。だから今のうちにこの街を巡りたいと思い、こうして歩いている。もう一度、同じように回れるとは限らないから。

 

 おばちゃんの喫茶店から始まり、穏乃の和菓子屋、新子と憧の神社、宥と玄の松実館、灼のボウリング場と馴染み深い所を歩く。

 そして……晴絵と初めて会った時に行ったガソリンスタンドに着いた。

 

 ここで晴絵と会った。正確にはここより少し離れたただの道だけど、ちゃんと会話をしたのはここになるのだからさして変わらない。というかあそこもさっき通ってきたからいいだろう。

 

 流石に歩き疲れた……とりあえずベンチに座ろう。あの時と同じように自販機で飲み物も買ったし。流石に寒いからホットコーヒーになったけどな。

 

 そのままボーっと、何もせずに座る。これからどうすっかなぁ……。

 まだ日は高いけど良いころ合いだ。色々回ったしそろそろ帰るかな……寒いし。

 

 

「……ああ、そういえばそうだな」

 

 

 まだ行ってなかった場所があったのを思い出す。もう少しだけ休憩したら向かおう。

 しばしの休憩を挟み、もう一度立ち上がって歩みを進める――阿知賀女子学院へ。

 

 

「ここに来るのも久しぶりか……」

 

 

 見上げれば懐かしい校舎。別に生徒として通っていたわけではないけど、それでも今になっては俺にとっても思い出のある場所となっている。

 晴絵の就職が決まり麻雀クラブも解散、それからは足を運んでいなかった。そもそも女子高に部外者の俺がいる時点でおかしいのだから来なくなるのも当たり前だった。

 

 そこまで考えて思い出す。当時晴絵と一緒だった俺ならともかく、今の俺は入れないんじゃないかと――

 

 

「やっべぇ……どうすっかなぁ」

 

 

 思わず頭を抱え込む。流石にかっこ悪かった。ニヒルに決めてたくせにこのざまだ。

 今日は平日だから放課後といってもまだ生徒も残っているし……。

 

 

「……………………帰るか」

 

 

 寒いし、どうしようもないので諦めることにして踵を返す。今度機会があったら晴絵と一緒に来よう。

 とりあえず帰りにスーパーに寄るか……寒いし確か牛肉が特売だったからビーフシチューでも作ろうかね。

 

 

「待ってください師匠!」

「あれ……玄?」

 

 

 校舎を背にした俺の耳に聞き覚えのある声が届く。振り向けば――阿知賀の制服を着た玄がいた。

 

 

 

 

 

「いやーびっくりしました、窓の外を見れば師匠がいるんだもん」

「ま、ちょっと散歩しててな。でも助かったよ」

「えへへ、師匠の為ならおまかせあれ!」

 

 

 玄の先導で校舎の中を進む俺。

 あの後、ここに来た理由を話したら玄がそのまま俺の手を引き、事務所まで行って中に入る許可を取ってしまった。こんな簡単でいいのか阿知賀女子……。

 しかしこうして顔を合わせるのも久しぶりなためかご機嫌である。といっても二週間ぶりぐらいだ。以前は二日に一度はほぼ会っていたのもあってより懐かしく感じる。

 

 

「あ、師匠、あそこでサッカー部が練習してるよ……いいね」

「どこ見て言ってるんだ」

「えへへ」

「いや、今度は照れる所じゃないから」

 

 

 いつも通りのくだらない話をしながら歩いていると、すぐに見覚えのある部屋にたどり着く。

 

 

「そうか……看板はもうついてないんだったな」

「うん……」

 

 

 解散した日に麻雀部の看板は外している。そこにあるのは何もないただの部屋でしかなった。

 仕方がない事とはいえ、俺たちが過ごした日々がなくなっていくようで少し寂しかった。

 

 

「…………ありがとうな玄、戻ろうか」

「え? 入っていかないんですか?」

「いや、だって鍵、締まってるだろ」

「大丈夫です」

「え?」

 

 

 そういうと玄は扉に手をかけ――そのまま開けた。

 

 

「……開けっ放し……か?」

 

 

 いや、違う。その考えは間違っていると、躊躇いなく入る玄の後に続けば理由はすぐにわかった。

 

 

「カーテンが開いてる……それに掃除、してあるのか?」

 

 

 クラブをやめてから数か月。それだけの期間があれば埃が積もっているのが当たり前なのに部屋は以前使っていた時と同じように綺麗にされている。

 鍵が開いていたこともそうだがこちらに驚く。一体誰が……いや、これは一人しかいないだろう。

 

 

「お前なのか……玄?」

「うん」

 

 

 隣にいる玄を見れば照れくさそうに笑っている。

 

 

「なんで……」

「だって木曜日は私の当番ですから」

「いや、それは……」

 

 

 胸を張って答える玄に動揺を隠せない。だってあれは麻雀クラブがあった時の頃の決まりだ。なくなった今では……。

 そんな俺の動揺が伝わったのか、玄がどこか寂しげな表情をする。

 

 

「私がいつも通りなら……きっとまた皆が来てくれるんじゃないかって思ったから……」

「玄……」

「あ……ほ、ほら、こうやって師匠にも会えましたし!」

 

 

 確かにあれ以来、皆で集まることはない。

 俺と晴絵は就職と卒論の件で皆と顔を合わせることは少なくなった。皆は皆で学年も違うし、クラブのような集まりでもなければ会う機会も減っていくだろう。

 だからいつか集まれる日を願う玄の気持ちもわかる。だけどこれは――

 

 

「わわわ、そんな顔しないでください師匠! これは私の好きでやってるんだから大丈夫ですっ!」

 

 

 気遣うような玄には悪いが笑えない。いつ来るかわからないメンバーを待つ。美談に聞こえるが、これはあまりにも歪過ぎる。

 一言、一言でいい。『みんなでもう一度集まろう』それだけ言えば済む話なのにそれをしないのは――いや、それは後にしよう。

 

 

「よし」

「し、師匠!?」

 

 

 邪魔になるコートを脱ぐと、玄が突如大声を出す。いつもの事なので気にしない。

 

 

「し、しし師匠なんでいきなり脱いでるんですか!?」

「別に良いだろ、室内だし」

「そ、それはそうですけど……」

「それに邪魔になるからな、お前も着てないだろ」

「!!?」

 

 

 埃が積もっていない近くのテーブルにコートを置き、そのまま部屋の中を見回す。

 

 

「さて……」

「ま、まままだお昼ですし……そ、その」

「いや、今やらなくていつやるんだよ、夜は閉まっちまうだろ」

「う……そ、そうだけど、でもここは流石に恥ずかしいよぉ……」

「意味が分からん」

 

 

 腕捲りをしてそのまま掃除用具を閉まってあるロッカーへ近づき開ける。中には以前と同じ道具が入っていた。ここも変わらずか。

 

 

「で、でも師匠が言うなら……私、ここでも大丈夫だよ!」

「いや、最初からそのつもりで来たんだろ、ホラ」

「……………………箒?」

 

 

 玄の目の前に取り出した箒を差し出せば何故か目をぱちくりとさせていた。

 いや、なんだよその顔。

 

 

「??? …………!!!?」

「突然蹲ってどうした」

 

 

 眼をパチクリとさせていたと思ったら、なにやら両手で顔を隠し、こちらに背を向けて座り込む玄。

 髪の間からうっすらと見える首が赤くなっている。よくわからんがいつもの暴走か?

 

 

「…………だ、だいじょうぶなのですししょう」

「いや、どうみても大丈夫じゃないだろ、顔真っ赤だぞ」

「うぅぅーーっ!」

「なんで唸る」

 

 

 思いっきり頬を膨らませて涙目である。なんだろう……悪いことを気がした気がする。

 

 

「あー……えーと、俺も手伝うから掃除しようか」

「…………」

 

 

 無言で頷く玄。茹蛸みたいだった。

 その後、黙々と掃除を始める。最初は黙り込んでいた玄だったけど、時間も経てばいつも通りの様子に戻った。

 

 

「玄、上叩くぞー」

「はい。あ、その前に右足失礼します」

「あいよ」

 

 

 お互い慣れたものでみるみるうちに汚れも消えていく。といってもたいして汚れていないな。

 

 

「ふぅ……これで終わりだな」

「おつかれさまです」

 

 

 一時間後、部屋の中の掃除がようやく終わった。

 日ごろから玄が掃除していた為かあまりやることもなかったが、それでも一部屋を二人で掃除をするのは中々に大変だ。これを玄は一人でやっていたのか……。

 流石に疲れたので、片づけてあった椅子を下ろして並べて二人で座る。

 

 

「あ、これ残りものですけど飲んでください」

「悪いな」

 

 

 いつの間に持って来ていたのか、玄が水筒についでくれたお茶をもらい一気に流し込む。動いているうちに汗もかいていたが、それも用意してくれたタオルで拭う。

 こうやってすぐに用意できるあたり、玄の気配りを感じる。良妻賢母ってやつだな。

 

 

「師匠が手伝ってくれたからすぐに終わりました。ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 

 たいしたことはやってない、たかが一回手伝っただけだ……そうだな、掃除をすることで一旦後回しにしていたけど、ちゃんと話さないとな。

 改めて話をするために玄を正面から見つめる。

 

 

「なあ、玄……これからも掃除、続けていくつもりなのか?」

「はい、もちろんです」

「……そうか」

 

 

 思わず渋い顔が出る。

 屈託のない笑み、傍から見ればそうにしか見えない。ただそれでも……寂しげな表情は隠せていない。

 今の俺には余裕がない。晴絵の事を何よりも優先している。だけど、それでも……少しはできることもあるはずだ。

 

 

「玄…………ハッキリ言うぞ。これから先、あの頃の様にクラブが元通りになることはないんだ」

「…………」

 

 

 突然出た俺の言葉に玄が驚くが、すぐに目を伏せ、きつく唇を噛む。黙っていても苦しそうな気持ちが伝わってきた。

 俺自身ひどい事を言っている自覚はある。かつてあった日常を想う玄の気持ちを踏みにじる行為だ。だけど……玄もわかっているはずだ。一度なくしたものは簡単には戻らないと。

 晴絵も俺もいなくなり、穏乃や和は阿知賀へ入るが、憧は別の中学に行く。二度と同じメンバーが揃うことはないだろう。玄のやっていることはいつ芽の出るかわからないことだ。だけど――

 

 

「だけどな……もう一度、形は少し違うかもしれないけど始めることはできる。晴絵が始めた阿知賀こども麻雀クラブじゃない……新しく、皆の集まれる場所を」

「新しい……」

「これは別に命令じゃない、ただの……お願いだ。だからもう少しだけ考えてみてくれないか」

 

 

 本当ならば俺自ら他の皆を誘って何かしらの機会を作ってやればいいのだろう……だけど近いうちにここからいなくなる俺には何もできない。する資格もない。少し背中を押すだけ、道を示すだけだ。それも正解なのかはわからないけど。

 

 

「なあ、玄。欲しいものはな……自分から動かないと手に入らないんだよ」

「…………」

「もちろん待っていればそのうち変わることもあると思う。だけど、それじゃダメなんだ……」

 

 

 なんという自虐。俺が言える立場じゃない。欲しいものを自分から手放してしまう愚か者だ。

 そんな俺が誰かにアドバイスなんて烏滸がましいかもしれない。ただそれでも……こんな玄を見ていられなかった。

 

 

「時間はあるんだ、ゆっくり考えてくれ」

「……はい」

 

 

 無責任だけど俺が言ったのも一つの選択肢に過ぎない。玄にも考えがあるだろう、色々言ったがどうするかは玄自身で決めてほしい。

 

 それからしばらくお互いの気持ちを落ち着ける為に関係のない話を始める。学校の事や家のこと、しばらく聞くことのなかった話だ。

 先ほどの話をしていた時は落ち込んでいた表情をしていた玄だけど、すっかり元通りだ。

 

 

「それでこの間、晴絵が間違えてジャージを中に着たまま外に出ちまったんだよ」

「あははっ、赤土さんらしいですね」

「まったくだ……と、もう暗くなってきたな。そろそろ帰るか、送っていくよ」

「やったぁ!」

 

 

 話しているうちに日も落ちてしまい既に外は真っ暗だ。帰り支度をするために使った用具をしまいカーテンを閉める。そして隅に置いておいたコートを手に取り、ようやく気づいた。

 

 

「玄、鞄は?」

「あ! 教室に置きっぱなしだ!」

「じゃあ教室寄らないとな」

「てへへ」

 

 

 とりあえず部屋を出ないことには始まらないと扉まで歩く。一年の教室は何階だったっけな……。

 

 

「なあ玄「あれ、おねーちゃん?」え、宥?」

 

 

 玄の言う通り、よく見れば扉を開けた先、廊下の真ん中に宥が立っていた――いつも通りの不審者恰好で。

 日も暮れて暗くなった夜の学校の廊下では中々イケてる格好だった。

 

 

「おねーちゃんっ、どうしたの?」

「うん、玄ちゃんの教室に行ったらまだ鞄があったから……」

「ああ! ありがとーおねーちゃん!」

「こんな時間まで残ってたのか?」

「う、うん」

「寒かっただろうに……ほら」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 寒さで震える宥の肩に俺のコートを脱いでかけてやる。少し寒いが仕方ないな、マフラーもニット帽も被っているし、家までは耐えられるだろう……あれ?

 

 

「(冷たい……)」

 

 

 今、コートをかけたときに宥の頬に手が触れたのだけど、凄く冷たかった。まるで長時間冷気にあたっていたかのように。

 いや、そもそもなんで宥がこんな時期に家に早く帰らず、暖房も切られていく校舎にこんな時間まで残ってるんだ……。

 疑問に思っていたのだが、隣にいる玄の顔を見てすぐに思い至った――

 

 

「ああ…………そういうことか」

「京太郎さん?」

「いや、なんでもないよ。寒いし帰ろうぜ」

「はいです!」

「……なんで俺の右手を握ってるんだ玄」

「これの方が温かいのです!」

「そうだね~」

「宥まで……ま、いいか」

 

 

 せっかく楽しそうにしているんだ、それ以上野暮なことは言わずにおく。

 その後、両手を二人に握られたまま俺は帰路についた。晴絵に出くわさない様に祈っていたのが届いたのか、何事もなく帰れたのは幸運だったのだろう。

 

 玄がこれからどうするかはわからないけど傍には宥もいる。だからきっと大丈夫だ。

 




 クロチャーをフォローしてるのか追いつめてるわかりませんが、とりあえずいちゃついてる二十九話でした。
 別れ話の後にこれを入れるのは蛇足気味ですが、この話がなきゃ麻雀クラブに関わった意味が半分なくなるので、濁す程度で終わらせる予定を変更して急遽投入しました。次回こそ完全に別れます。


 それでは今回はここまで、次回もよろしくお願いします。


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三十話

今日はレジェンドこと赤土晴絵の誕生日ですね。



 時が経つのは早い。気がつけば――

 

 

「ふぅ……こんなもんか」

 

 

 荷物が詰まったダンボールを玄関まで運び汗を拭う。

 玄関には積み上げられたダンボールの山、全て引っ越しの荷物だ。いくつかの家電はこっちで処分するけど、捨てないものがほとんどなのでダンボールに片づけるのも一苦労だ。

 本来なら引っ越し業者に頼むことが多いけど、ここにあるのは思い出の詰まったものばかりだ。出来る限り他人の手には触れさせたくはない。だから一つ一つ丁寧に自分の手でしまった後に持って行ってもらうつもりだった。

 

 そして――最後の荷物が先ほど終わった。

 年が明けてから少しずつやっていた作業もこれで終わりだ。後は引き払うまでの最低限の物しかない。

 

 踵を返し、部屋に戻って改めて中を見回す。四年間住んだ思い出の詰まった部屋を。

 テーブルの上に飾ってあり、未だ残っている数少ない荷物であるフォトスタンドを手に取る。麻雀クラブの皆で撮った写真、これだけは自分の手で持って帰るつもりだ。

 皆には忙しさを理由に引っ越す日なども伝えていない。ただでさえ自分たちの事で手一杯なのにそこまでの余裕はなかった。

 

 

「はぁ……」

 

 

 思わずため息が出る。前から覚悟していたとはいえ、簡単に割り切れるものではない。まさか実家に帰るのがこんなに億劫になるとは思いもしなかった。

 向こうには家族をはじめとした馴染みの奴らももちろん多い。家族と一緒に暮らせるのは……まあ悪くないし、長い付き合いのある奴らとまた会いやすくなったのは嬉しい。だけど……それほどまでにこちらでの生活に未練が出来ちまった。

 

 

「……片付いた?」

「ああ」

 

 

 俺の動きが止まったのを見ていたのか、台所から晴絵が顔を出す。夕食を作ってくれていたのだ。

 晴絵も同じように向こうへ行くための準備で忙しいはずだが、こんな時だからこそ自分で作りたいと言って台所に立っていたが、あちらも用意が終わったみたいだ。先ほどから食欲をそそるいい匂いがする。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 黙って傍に寄り添ってきた晴絵が何を求めているかわかったのでソファへ腰を下ろすと、晴絵もしゃがんで俺の胸にもたれ掛かってきた。甘えてくる時のしぐさの一つだ。

 そのまま背後から抱きかかえる。

 

 

「……あっという間だったね」

「そうだな……」

 

 

 本当にそうだ。

 あと半年ある、あと三か月ある、あと一か月ある……そんな風に言い聞かせていたが、ついにここまで来てしまった。

 明日には――

 

 

「………………」

「………………」

 

 

 何も言わず抱きしめる腕により力を籠める。

 この四年で当たり前となっていた温もりと匂いだ。

 

 

「やっぱ晴絵って抱き心地いいよな」

「…………バーカ」

「いや、ほんとだって、こうちょうどいい感じでフィットするんだよ」

「そういうのはしずとかの方が似合いそうだけど」

「ははっ、確かにあいつはそういうのがぴったりだな」

 

 

 人形風にデフォルメされた穏乃の姿を思い浮かべ笑う。勿論服装はジャージだ。

 他にも憧や玄達も似合いそうな……気づけば頬を抓り、咎めるような視線で晴絵が見ていた。

 

 

「……別の子の事考えてる」

「いや、それ理不尽じゃね!? …………安心しろって俺にとって一番抱き心地がいいのは晴絵だから」

「…………やらしい」

「おい」

 

 

 ちょっと良いこと言ったのに台無しである。

 

 

「…………っく」「…………あはは」

「「あはははははははっ!」」

 

 

 示し合わせたわけでもなく笑いが出る。

 これぐらいがいい、これが俺たちの距離感だ。恋人関係になってもバカ言いあって友人で会った時と同じように笑いあう、心地の良い関係だ。

 

 倦怠期っていうのはどこのカップルにもあるみたいだけど、俺達にそういったのがなかったのは恋人になってからもこの距離間を忘れず過ごしてきたからだろう。

 一緒にいても疲れない間柄、だけどただの友人とは違う関係。ドキドキや甘酸っぱいのもちゃんとあるけど、それでも元の関係を蔑ろにしなかったからこそ上手くやってこれたのかもしれないな。

 だけど――それも終わりだ。

 

 

「……飯が冷めるしそろそろ」

「……………………もうちょっとだけ」

「わかったよ」

「もっと強く……」

 

 

 晴絵の言葉に無言でより力を籠める。それから一時間足らずであろうか……一言も喋らずにそのままの姿勢で俺たちはいた。

 結局夕飯は冷めてしまった。ただ、今まで食べた食事の中でも一番美味く、心に残った最後の夕食であった。

 

 

 

 

 

 翌朝、眠りが浅かったためか、外から響く鳥達の声でいつもよりも早く目が覚めた。視界の中に微かに明かりが見える。まだ夜明け直後だろう。

 昨夜はほとんど眠れなく、浅い眠りだったので頭もはっきりしていて、すぐに今の状況を思い出す。横を向けばすぐそこに晴絵の顔が見えた。

 目を閉じ、規則正しく聞こえる寝息。穏やかな表情だ。昨日は遅くまで起きて二人で話し込んでいたからまだ目を覚ます気配はない。

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

 

 整った目鼻、長い睫毛、シミもない肌、凛々しそうでありながらもどこか幼いところを残した顔立ち。見慣れた顔であるが、改めて見ると――――可愛い。

 

 思わず口に出してしまいそうになり慌てて口を塞ぐ。

 別に今までもコイツの事は当たり前のように可愛いと思っていたけど、こうして改めて見直せば俺には勿体ないぐらいの彼女だろう。

 勿論欠点を上げればキリがない。どこか抜けているし、あほだし、ヤキモチ妬きだし、不器用なところも多いし、すぐに調子に乗るし、胸もあまり大きくないし、背もデカいし、前髪も変だ。だけど――俺の惚れた女だ。

 

 

「………………」

 

 

 起こさないように優しく頬を撫でる。途中擽ったそうにしていたが、目覚める気配はなった。

 

 俺は――この半年何度も悩んだ。やはり内定を辞退して晴絵についていくべきかと。だけど……だけど、その一歩が踏み出せなかった。

 

 口に出すなら簡単だ。他のことなんか知ったことじゃない、愛しい相手を取る――それが言えたらどれだけ楽だろう。

 だけど、ようやく手に入れた目標としていた仕事を手放すこと、晴絵の邪魔になるかもしれないこと、そういった幾つもの壁を崩せない、崩す覚悟がない。取り返しにならないことになったらどうしようという気持ちで前に進めなかった。

 ヘタレだ。こんなんじゃ皆に笑われるだろう。いつから俺はこうなっちまったんだ――ああ、やめよう。これ以上考えるのは不毛だ。これじゃあ未練だけじゃなく後悔も残っちまう。

 

 自分の気持ちを奥底に沈めて、晴絵が起きるまで飽きもせずに、ずっとその寝顔を眺めていた。

 

 

 

 

 

 朝になり、晴絵と一緒に作った朝食を食べ終えた後――

 

 

「これで全部だな」

 

 

 実家に送る荷物を業者に任せ、きれいに片づけた部屋を引き払った。残りもバイクに乗せるわずかな荷物だけでそれも積み終えた。

 流石にコイツを向こう送るのは大変だから乗って帰ることにした。いや……出来れば乗って帰りたかった。四年住んだこの街を自分で――独りで――走りたかった。きっと……もう二度と来ることはないだろうから。

 

 そして――見送るために朝からずっと残ってくれた晴絵とアパートの前で向き合う。ここで終わりにするつもりだ。

 

 

「……忘れ物はない?」

「山ほどあるな」

「持っていけたらいいんだけどね……」

「俺の懐には大きすぎるさ」

「テレビの見すぎ」

「おいおい、名作だろ」

 

 

 いつもの様に軽口を叩きあう。お互いに穏やかな表情だ――表面上は。

 

 

「あとこれ、途中でお腹すくだろうし持って行って」

「おう、ありがとうな」

 

 

 晴絵が見覚えのある弁当箱を取り出す。ああ……そうだ、いつも俺たちが出かけるときに使っていた弁当箱だ。向こうに戻ってからはきっと使うことはない、これが最後の晴絵の飯だ。

 

 

「中身は何だ?」

「ええとまずおにぎりで次に握り飯も入ってて、デザートにおむすびかな」

「全部一緒じゃねーか、どんだけ米押しだよ。俺は裸の大将か」

「冗談冗談、途中で開けるまでのお楽しみってね」

 

 

 ウインクしながら晴絵が慣れた手つきでバイクの荷物の中に弁当を入れる。

 こんなことを言っているが、きっと中身は俺の好物ばかりだろう。晴絵もこの四年で料理も上手くなった。向こうに行ってもこれなら安心だ。外食ばかりじゃ体にもよくない。

 

 

「悪いな、いろいろ助かったわ」

「京太郎だってこっちの手伝ってくれたじゃん。ま、帰ったら私も急いで出発しないとね」

「大変だから荷物は選んで持って行けよ。必要だったらおばさんたちに後から送ってもらえばいいんだからな」

「わかってるって」

 

 

 まるでこれから何処かに出かけるような口調で話す。だけど……お互いに無理をしているのは丸わかりだ。晴絵の奴、目が既に真っ赤だ。

 

 

「……向こうはこっちと違うんだから風邪ひくなよ」

「わかってるって、京太郎こそ身体に気を付けてね」

 

 

 だけど……それでも涙は流さない。

 行き場のない想いは拳を握ることでごまかし、無理やり笑顔を作り晴絵に笑い返す。出来るなら最後は笑って別れたいから。

 

 

「京太郎……」

「晴絵……」

 

 

 どちらからともなく身体を寄せ抱き合う。目を閉じ、こちらへ顔を寄せる晴絵。俺もそれに合わせる。

 軽い、それこそ単に唇と唇を合わせるだけのキスだ。

 

 時が止まればいい――今ほどそう願ったことはなかった――いったいどれほどそうしていただろう。全ての想いを振り払うように俺から体を離す。

 

 名残惜しい、だけどこれ以上はダメだと自分に言い聞かせる。見れば晴絵も彷徨わせる様に視線や手の行き場をなくしている。

 もう一度――いやずっとこいつの傍にいたい。けどダメだ。

 これ以上晴絵の顔を見ないように背を向け、バイクに乗り込みキーを回す。

 

 あの日の逆だ。新生活への高揚感を抱え、アパートの前で晴絵に出迎えられたあの日。今は全てが逆になってしまった。

 

 

「……それじゃあ、行ってくる」

「…………いってらっしゃい」

 

 

 それ以上何も言わずヘルメットをかぶり、アクセルを強く踏み真っすぐに走らせる。

 振り返らない。今振り返ってあいつの顔を見たら……きっと止まってしまうから。

 未練を振り払うようにさらに速度を上げてそのまま突き進む。見慣れた道を超え、徐々に街から遠ざかっていく。

 

 友達も増えた。彼女も出来た。たくさんの思い出も出来た――だけど二度とこの街には来ない。晴絵のいないこの街にはもう来れない。

 切り捨てるには楽しい思い出ばかりだ。だけど切り捨てなければ今の俺には耐えられそうにもないのだ。

 

 そして俺は逃げるように、四年間住んだ第二の故郷と恋人へ別れを告げた――

 

 

 




 予定通りレジェンドの誕生日に別れ回を投下完了。レジェンドおめでとう。

 そしてレジェンドと別れ、他のものも投げ捨てた三十話でした。どう見てもギャルゲーでいう『個別ルートで付き合った後に、ヒロインの問題を解決できずに破局』というバッドエンド。テンプレ乙。
 次回はエピローグ。京太郎が少し前向きになるだけの話です。
 
 それでは今回はここまで、次回もよろしくお願いします。


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エピローグ 準NEW!

あらすじ


カピ「きゅー!」

京太郎「ただいまカピ…………ああ、向こうにはもう行かないから大丈夫だよ……」

カピ「きゅー……」



 春が過ぎて夏が来た。

 夏が過ぎて秋が来た。

 秋が過ぎて冬が来た。

 

 そして冬が過ぎて――また春がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さむっ…………あれ? ……ああ、いつの間にか寝てたのか」

 

 

 資料室。寒さに体を震わせ、気づけば俺はそこの机で突っ伏して寝ていた。

 窓の外は真っ暗で日も暮れている。変な体勢で寝ていたせいで体が強張っており、伸ばせば骨がポキポキと鳴った。スーツも埃だらけだ。

 

 

「今何時だ?」

 

 

 時間を確認しようと腕時計を見れば、既に短針が真下を過ぎている。最後に時計を見たときからすでに一時間以上たっていた。

 休憩のつもりで少し休んでいたのだけど、窓の外から流れる気持ちの良い風に眠気を誘われたみたいだった。といってもそんな陽気はどこへやら、すでに日も暮れているため開いている窓からは冷たい風しか入ってこない。

 

 

「やばいなぁ、まだ資料見つけてないぞ」

 

 

 辺りを見渡せば未だここに入った原因が残っている。

 放課後、上司に言われて今度使う資料を探していたのだけど中は乱雑としている為、未だに目的物を発見できていなかった。

 

 

「明日にするかな……」

 

 

 正直な所そこまで急ぎの仕事でもないし、後回しでもよい。ぶっちゃけテンションが上がらなかった。

 理由は決まっている――

 

 

「久しぶりに見たな……晴絵の夢」

 

 

 浅い眠りだったからか内容をハッキリと覚えており、眠っている間に見ていた夢を鮮明に思い出せた。

 晴絵と過ごした四年間の夢。帰って来てからは毎晩のように見ていたけど、最近はめったに見なくなっていたのに……。

 

 

「一年か……早いもんだな」

 

 

 そうだ一年。あれから一年たった。

 晴絵と別れ、故郷の長野に帰って来て、教師となってから一年たってしまった。

 

 ――あの日。晴絵と別れた日から色々と変わった。

 

 俺は母校、清澄高校の教師となった。それからは今までと違う日々にアタフタとする毎日だったけど、それでもやりがいもあってそれなりに満ち足りた日々を送っている――だけど俺の気持ちは晴れない。

 

 理由は言うまでもないだろう。良い思い出――というには未だに苦い記憶だ。

 他人から見ればもう一年も経ったからそろそろ忘れてもいい、とでもいうだろうが、当事者からすればクソみたいな言葉である。そんな簡単に忘れられるかよ……。

 

 

「やめやめ、さっさと探すか……っと、電話か」

 

 

 堂々巡りになるのはわかっていたので、さっさと頭の隅に追いやることにする。

 そして気持ちを切り替えたところで着信を告げるバイブ音に気付く。ポケットの中で震える携帯を取り出せば見覚えのあるナンバーだった。つーか実家だ。

 

 

「もしもし……ああ、咲か。うん、うん、そうだ。悪いけどもう少しかかりそうだし、先に食べててくれ……ああ、悪いな」

 

 

 手早く用件だけ話し切る。夕飯についてだった。

 この春からおばさんが仕事の都合で東京に行き、照がそれについていったため、以前よりもおじさんと咲がうちで飯を食うことが多くなった。それもあってか最近では咲もお袋とよく飯を作っているので、こうした電話もかかってくるのだ。

 ま、残念ながら平日はなかなかいい時間に帰れることはないんだけどな。

 

 

「さて、さっさと終わらせるか」

 

 

 そんなことを考えているうちに腹もすいてきたし、キリの良い所まで終わらせることにした。こればかりに時間を取られるわけにもいかないからな。

 

 

 

 

 

 結局、あれから数分もしないうちに、今までの苦労は何だったのかといわんばかりに必要な資料は見つかった。まさか入口の近くにあったなんてな……。

 無駄な時間を過ごしたことに落胆もしたけど、久しぶりに懐かしい夢を見たことは……まあ悪くはなかった。

 

 

「さて、今日はもう帰るかな」

 

 

 頭の中で明日以降の仕事を思い出し、一応これ以上の急ぎの用事はない事を確認する。授業の資料は作ったし、提出物もないな……今なら夕飯にも間に合うかもしれないし。

 そうと決まれば鞄を取りに職員室へと向かうとしよう。

 

 

「しっかし流石に夜は少し怖いな……」

 

 

 来た時には気がつかなかったけど、日が暮れれば真っ暗だ。

 夜の校舎。怪談物の舞台になることが多い場所なのもあって、中々に背筋が寒くなる。

 しかも俺がいるのは旧校舎だ……薄暗い上にさっきから木製の廊下がしなって凄く怖い。思わず独り言も多くなっていた。こういう時は……。

 

 

「急ぐか」

 

 

 速足で駆け抜ける一択だ。

 

 

「……ってあれ?」

 

 

 走りぬけようとしたら、窓の向こうに明かりが灯っている部屋を発見する。

 本校舎ならともかくなんでこっちに電気がついてるなんて…………ああ、どっかの部活動か。確か旧校舎を部室にしてる部活もあったっけな。流石にもう下校時刻は過ぎているぞ。

 

 とりあえず注意しようと思い明かりが灯っている部屋まで向かう。どうやら一番上の階にある部屋みたいだ。

 軋む階段を上り部屋の前に着けば、ドアの隙間から明かりが漏れている。ホラー系だと実は誰もいないってオチだけどそんなことないよな……。

 

 

「おーい、下校時刻は過ぎてるぞー」

 

 

 怖さを紛らわせるように声をあげ扉を開けると――

 

 

「おいおい……」

 

 

 ――本当に誰もいなかった。いや、こんなお約束いらないぞマジで。

 流石に心霊現象はないだろうし、きっと明るいうちに部屋を出て消し忘れたのだろう。そうに違いない。よし、さっさと電気を消して帰ろう。咲とカピが待ってる。

 

 

「そもそもここ、なんの部屋なんだ……?」

 

 

 在校時だけでなく教師になってからも旧校舎に来ることはほとんどなかったので見当もつかない。とりあえず電気を消す前に調べておこ………………あっ。

 

 

「雀卓……?」

 

 

 中を見渡そうとした途端、部屋の中央で一際存在感を示す物体――麻雀を行うために使う麻雀卓が目に留まった。

 こんなものがあるってことは……。

 

 

「そうか、ここは麻雀部の部室だったのか……」

 

 

 誰かが弄った後なのかまだ牌が積み上げられたままだ。懐かしくなって近づき思わず雀卓に直に触れる。

 そんなに長い期間やっていたわけではないけど、それでも俺にとって既に麻雀は特別なものになっていた。正直な所色んな出来事が噛み合わさって、好き……とは違う思いだが、それでも特別だ。

 

 この一年、照達が気を使ってくれていたからまったく触れていなかったのに、まさかこんな所で会うなんてな……。

 手を伸ばして牌を拾い、指で表面をなぞる。この感触……本当に懐かし――

 

 

「んん……だれぇ?」

「っ!?」

 

 

 突如後ろから聞こえた声に驚き飛び上がり、気づけば牌を手から落としてしまった。まさかまだ人が残っているとは思わなかった。

 声が聞こえた方へ振り向けば、一人の少女が目をこすりながら現れた。

 

 

「………………」

「………………」

 

 

 明るい茶髪でミディアムより少し短い髪、身長は女子にしては少し高いぐらいだろう。寝ていたのだろうか……?意識がはっきりとしないのか眼の目をこすっている。

 そうしているうちに少しずつ動作がはっきりしていき……固まった。目を白黒させている。

 とりあえず――

 

 

「下校時刻過ぎてるぞ」

 

 

 教師らしいことを言っておいた。

 

 

 

 

 

 その後、その女子生徒と話をすると、そいつは一年の竹井久と名乗った。

 なんでもこの麻雀部の部長、というか唯一の部員だという。

 

 そういえば先日、麻雀部で多少のいざこざがあったと聞いた。俺には関係ない事だと思い、詳しくは聞いていなかったけど、まさか部員が一人になってたなんてな……。

 

 

「そういうことで、少し休憩していただけで問題ないです。お迷惑をおかけしました」

「……ま、理由はわかったし、別に口うるさい事は言いたくないけど、次からは気を付けろよ」

「はい」

 

 

 俺の言葉に頷き丁寧に返事を返す竹井。

 素直だ。実に素直だ。それこそ模範的な生徒の返事だろう。だけど俺の最近ではあまり役に立たなくなった直感が告げている。こいつは何かあると。

 

 

「それで先生はなにしてたんですか?」

「見てわかるだろ、見回りだ」

「ふぅん……」

 

 

 嘘は言っていない。入るまでの目的はそれだったのだから。

 俺の言葉に対して、竹井は平常心に見せかけた一方、懐疑的な目と何かに期待したような顔をしていた。その表情を見て確信する。やはりこいつは厄介なやつだと。何故なら、その澄ました顔などはかつての友人――新子にどこか通ずる雰囲気を持っていたから。

 竹井は俺に顔を向けながらも、先ほど落として拾った雀牌へ視線を向けた。

 

 

「ねぇ、先生ってもしかして麻雀やってたんですか?」

「いや、友……人がやっててな。俺はそれに少し付き合ってただけだ」

「なんだ、そうなの」

 

 

 嘘をつくことは必要ないとはいえ、咄嗟に言葉が出ていた。自分で自分の言葉に傷つくとは情けない。

 しかし共通の話題を見つけたからか、先ほどよりも竹井の口調が砕け、距離感が近くなっている。

 

 

「でもそれなら『少し』は麻雀に興味を持ってるんじゃないですか?」

「あ、ああ……一応な……」

 

 

 どこか楽し気な竹井の言葉に思わず怯み、少しだけ本音が出てしまった……これ以上はまずいな。

 

 

「さて、俺は行くからさっさと帰れよ」

 

 

 君子危うきになんとやら、何か言われる前に帰ろう

 

 

「えっ? ま、まっ――」

 

 

 全て聞き終える前に扉を閉める。

 竹井が言おうとしていたことはおおよそわかる。だけど聞きたくなかった。

 

  それ以上追いすがられないよう、速足で駆け抜ける。チラッと扉を振り返れば横に麻雀部と書かれたプレートがあった。

 

 ――ああ、クソ……こんなのにも気づかないなんてな……。

 

 

 

 

 

 数日後。放課後にまた俺は旧校舎へ足を運んでいた。今日は使わなくなった資料をこちらの倉庫に運ぶ仕事だ。

 ちくしょう……下っ端はつらいなぁ……。

 

 とはいえそちらはあまり気にならない。俺の頭にあるのはこの間会った麻雀部の竹井の事だ。ここ数日、暇さえあればあいつの事を思い出している俺がいた。

 可愛いあの子が気になる――なんてわけがない。むしろそんなふうに言えたら逆に楽かもしれないが、俺の頭に浮かぶのは部屋を出るときに見てしまったアイツのどこか愁いを帯びた表情だ。

 

 一人っきりの部活。他の部員もおらず、顧問も名を貸すだけの存在。そんな名前だけの部活、部室であいつはこれからどうするのだろう……。

 時期的にも新しい部員は難しいから来年まで待つか、それとも諦めて自身もやめてしまうのか。

 

 いや……俺は確信していた。きっと竹井はこのまま一人でも待ち続けると。

 あいつの顔を見たときにハッキリとわかった。そんなタマではない……って――

 

 

「いかんいかん」

 

 

 頭を振って雑念を払う。他にも仕事は残ってるんだからさっさと片づけよう。

 本当に暇さえあれば竹井の事ばかり考えてしまう――が、その理由はわかっている。俺にはあいつの姿が、いつか見た晴絵と玄の姿と被ってしょうがないのだ。

 

 ――かつて麻雀に青春をつぎ込んで、燃え尽きてしまった晴絵。

 ――以前の繋がりを忘れられずに、一人で待ち続けていた玄。

 

 晴絵は時間がかかったけど立ち直った。玄は宥が傍にいて陰ながら支えていた。

 だけどあいつはどうするのか……と。

 

 けれど色々考えながらもハッキリ言ってそんなことは俺には関係ない。同情や慰めで引き受けられるほど顧問という立場は安くないのだ。

 原状、他の部活の副顧問もやっているし、一人だけの部活の顧問になるぐらいなら周りにも他の部活の顧問をやれといわれるだろう。名だけとはいえ一応顧問もいて、まともな部活動すらできない部の顧問にわざわざなるつもりはない――と自分に言い聞かせる。

 

 

「無理だな無理」

 

 

 どうにも最近独り言が多くなった。歳を取ったのだろうか……まだ23なんだけどなぁ……。

 

 

「さて…………」

 

 

 そうこうしている間に倉庫に荷物を運び終える。後は戻るだけなのだが……。

 

 

「…………少しだけ、な」

 

 

 どうにも気になってしまい、麻雀部のある階へと足を運ぶ。

 未練、後悔、贖罪――どれも当てはまるようでどれも違う。よくわからない感情が俺の体を動かす。

 

 麻雀部の部室に近づけば、シンッと静まり返った廊下に麻雀特有の牌がぶつかる音が微かに聞こえる。懐かしい音……実に聞きなれた音だ。

 見学者が来ている……ってわけでもないだろう。きっと竹井が一人で練習をしているはずだ。

 

 だんだんと部屋に近づき――足が止まる。

 

 行ってどうするのか、何がしたいのか、懐かしいという気持ちだけで混ざろうとでもいうのか……。

 そもそもなんでこうまで気になるのか……。

 

 

「ああ、そうか……」

 

 

 自問していくうちにようやく気づけた――俺は、吉野で過ごした日々を忘れたくない、無駄にしたくはないんだ。麻雀は俺とあいつらを繋ぐ絆だったから……。

 

 確かに傷である。過去にできた傷で、今も瘡蓋として残っているものだ。そのまま弄らないでおけば少しずつ治っていき、目立たなくだろう。

 だけど……あいつらとの繋がりをこのまま全てなかったことにするのは俺自身でも許せなかった。

 一年、無視していた。ならばそろそろ向き合う頃だろう。 

 

 覚悟を決め、扉をあける。

 中には予想通り、竹井が教本を手に取り、一人で山から牌をツモっていた。

 

 

「あれ……? 須……賀、先生?」

 

 

 少し話しただけだがどうやら俺のことは覚えていたらしい。俺が現れたのがよほど驚きなのか、振り返った竹井の目を見開いている。

 そりゃそうか、この間思いっきり拒絶したんだからな……きっと向こうも色々言いたいことはあるだろう。だけどとりあえず――

 

 

「改めまして、今日から顧問になる須賀京太郎だ。これからよろしく頼むな……部長」

「……………………え?」

 

 

 俺の言葉にポカーンと口を開けたまま硬直する竹井。

 さて、許可は……なんだかんだで簡単に取れるだろうなうち緩いし。あとは顧問として色々書類を作らないと。ははっ、これから忙しくなりそうだな。

 

 

 

 

 

 こうして俺は清澄高校麻雀部の顧問となった。その後の事は割愛する。

 

 一年目は、結局これ以上部員は増えず、俺と竹井だけの活動に終わった。

 その竹井は個人戦に出たが見事玉砕。中学との壁を思い知らされる結果となった。

 

 二年目になって染谷が入り、三麻が出来る環境となった。

 といっても二人とも生徒議会長や実家の事で忙しいのであまり活動はできなかった。

 

 そんなこんなで教師や顧問になってから大きな事件もなく過ぎていく。来年以降、誰も入らずに竹井と染谷が卒業すれば、この部活も廃部になるのかもしれない。

 これでいいのかと自問するが、何事もない日々も大事だと言い聞かる。

 

 何か功績をなすことが大事か?いや、それだけが学校生活じゃない。俺のように部活に入らずとも高校生活を満喫した奴もいるし、逆に無理な部活ばかりで楽しむことをできなかったやつもいる。

 どうやっても悔いというのは出る。ならばこうやって集まれる場所を作り、卒業までそれなりに楽しく過ごしていく――かつての阿知賀こども麻雀クラブのように。

 そして後々こいつらが過去を振り返って楽しかったと思えるなら……それもありではないのだろうか。

 

 だからこれからも俺は、この『普通な』日常を教師として過ごしていくのだ――――

 

 

 

 

 カンッ

 

 

 




 これで過去の物語は終了。この後京太郎たちがどうなったのかは今までの事もありお察しの通り、これ以上は必要ないでしょう。ここから現代へと続きます。

 しかし苦節三年弱……ようやく終わりとなりました、本当に長かったです。というか長くしすぎ……途中から過去編は最初から省略で行くべきだったと後悔しました。楽しかったけど。
 ちなみに余裕があったら二人がいなくなった後の阿知賀も軽く書きます(反省の色なし


 そして皆さまここまでご付き合いいただきありがとうございます。終わりは見えましたがまだまだ続きますので、もう少しだけお付き合いください。
 それでは今回はここまで、次回から現代編最終章が始まります。


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<現代編> 第1章
1話


和「過去編の続きだと思いましたか? 残念、そんなオカルトありえません。今回は清澄側の(自称)ヒロインである私がメインの現代編です」

まさに外道。


 麻雀部を出てから一時間がたった。

 

 その間過去のこと思いだしボンヤリとしていたが、流石に春とはいえ外の風は冷たく体がすっかり冷えており、手の先も悴んできたためそろそろ戻るかと考えて立ち上がる。仕事があると言って出てきたけどこれだけ時間を潰せば大丈夫だろう。

 とっくに飲み終わって空っぽになっている空き缶を捨て、もう一度自販機まで歩く。

 

 

「さて、あいつらにも何か買ってやるとするか」

 

 

 それなりに疲れているだろう部員二人と新入生三人を労うために財布を取りだす。

 付き合いのある咲達の好みはわかるが、片岡の好みがわからない為とりあえずホットとアイスのお茶をいくつか買っていく。なんだか既知感を感じるが、別に理由のない些細なことだと流す。

 

 スーツのポケットに買った冷たい飲み物を入れて悴んだ手には温かいのを持ち、そのまま旧校舎への道を歩き始める。まあ、自分で買ったやつだしこれぐらいの役得は良いだろ。

 

 既にお昼を少し回った時間なためか、数時間前よりもさらに人の気配もほとんどしなく誰にも会わなかった。

 しかし我が麻雀部は絶賛活動中なため、近づくと騒がしい声が聞こえてくる。まあ、そのほとんどが竹井と片岡みたいだけどな……。

 

 

「まったく元気なやつらだな…………お疲れさん。しっかりと後輩達に指導してるか?」

「あ、お帰り京ちゃ……須賀先生」

「お帰りなさい須賀先生」

「おう、お帰りだじぇ」

「お疲れ様じゃ須賀先生」

「お疲れ様須賀先生。でも戻って早々の一言目がそれってどうなんです」

「おう、ただいま。今は染谷が見学してるのか」

「無視ですか」

 

 

 少々呆れつつも扉を開けて声をかけると、皆がそれに反応し銘々の挨拶を返してくれた。竹井だけは俺の言葉に反応したのかジト目で見てくるが、先ほどのこともあるし自業自得である。

 

 その場で打っているのは染谷を除いた四人であるため、同じように見学をしようと皆から少し離れて見ている染谷の隣に行く。しかし咲はいつになったら呼び方慣れるんだろうな……切り替えの早い和はすぐに呼び方が変わっていたのに……。

 

 我が幼馴染の不器用さに嘆いてしまうが、まあそこが咲の良い所でもあるからあえて指摘はしない。そんな事を考えながら染谷に近づき飲み物を渡す。

 

 

「ほら、好きなの選んでいいぞ。んで、染谷は見学……というより観察か?」

「お! すまんのう……まぁ、言い方はあれじゃが大方あっとるね。新入生に打たせるって意味もあるんじゃが、さっき須賀先生が言ぅとったように指導の為じゃな。指導しようにも三人の打ち方がわからんとどうしようもないからの。まあ三人がまだ入ってくれるかどうかは決まっとらんが」

「まぁ、確かに指導の基本だな。それで副部長から見てどんな感じだ?」

「ふーむ……簡潔にゆうと、三人とも個性ある打ち方をしとる。その上実力も全国クラスじゃ」

「ん? 片岡もか? 宮永とのど……原村の実力は知ってるけど」

「うむ、多少ムラがあるがどうやら東場で力を出す雀士らしいけぇ、東場では他の三人より勢いがあったの」

「東場でってことは、南場は?」

「察しの通りじゃ」

 

 

 詳しく説明してくれる染谷のおかげで納得する俺。なるほどね、そういうタイプのオカルトか。

 確かに集中力のなさそうな性格してるしなー、これで南場も続くようならもっと強くなれるんだろうが、簡単にはいかないだろうな。

 

 しかしオカルト遣いが五人中二人か……染谷と竹井も半分オカルトに突っ込んでるようなもんだし、和もオカルトなしで相当な強さみたいだから、こりゃまた凄い面子がそろったもんだな。

 

 

「しかしあの二人は中学から大会で実績をあげとったけぇええとして、宮永さんがあれほど強いのは驚きじゃったな。須賀先生も知っておったらな教えてくれりゃあよかったのにのう」

「いや、あいつだって中学行ってたし、教えても麻雀部には入れなかっただろ」

「別にうちに通っていなくとも休日なんか都合が合えば一緒に打てたじゃろ。うちらいつも人数足らんかったしのう」

「そこらへんは勘弁してやってくれ。あいつ見ての通り人見知りだから、知らない所で知らない人間と打つのはキツイんだよ」

「カカカ、冗談じゃよ。流石にそこまで顔の面は厚くないわい」

 

 

 一年間の付き合いもあり、新入部員が入って嬉しい染谷の軽口だとわかってはいたのでこちらもそれに乗っておいたが、本当に嬉しそうだなこいつ。

 

 うちの麻雀部は顧問である俺を含め三人しかいないから、出来たとしても三麻だけだ。その三麻すらも俺は教師の仕事があり、染谷や竹井もそれぞれ家の手伝いや学生会の仕事がある為、あまり出来てはいなかったのが現状だった。

 

 だから先ほどの染谷の気持ちも痛いほどわかるので、軽口だとわかっていても咎める気にはなれなかった。

 そんな感じで染谷と話しているとどうやら向こうも終わったみたいだ。

 

 

「あー負けたじぇ! のどちゃんを押さえて一位とかほんと宮永さんは強いなー!」

「そ、そんなことないよ……片岡さんも東場ではすごい強かったよ」

「確かに本当に強かったですね……今まで無名だったのが驚きなぐらいです」

「あれー? おっかしいなー部長なのに四位に近い三位ー? あれれー?」

 

 

 どうやら咲が一位で和が二位、その後ろに竹井と片岡が続くといったみたいだな。

 対局が終わると一位を取った咲を褒める片岡と照れる咲や、二位になり負けたことよりもこれだけ強い相手が身近にいたことにより驚く和達が和気藹々と話している。

 

 一方部長でそれなりに自分の実力に自信があった竹井が凹んでいる。イキロ。

 

 

「四人ともお疲れさん。ほら、俺の奢りだから好きなの飲んでいいぞ」

「ありがとう、きょ……須賀先生」

「ありがとうございます」

「おー先生気がきくじぇ!」

「ありがとう……」

 

 

 切りが良いと思い、先ほど買った飲み物を渡しに行くと元気よく受け取る三人としょぼくれてる一人。

 まったく……しょうがないな。

 

 

「ほら、麻雀は運も絡むんだからそういうこともあるだろ。元気出せって」

「でも部長がいきなり負けるってどうなのかしらね……うふふ」

 

 

 そう言うと部室にあるベットまで歩いたと思ったら寝っころがる竹井。

 駄目だこりゃ、せめて二位なら良かったんだろうが相手も悪かったししょうがないと思うんだけどな。

 

 まあ咲達ほどではないが、こいつとも二年近い付き合いだしこういった時の対象法は心得ている。

 このまま相手をしていたらキリがないし、放置しておくことにした。冷たいって?親しい相手ならこんなもんだろ。

 

 そんな不貞腐れる竹井をよそに話こんでいる新入生二人組はなかなか胆が据わっているように見える。

 しかしこうやって見ると和(大)、咲(中)、片岡(小)とバランスが良いな。いや、咲も(小)か。何がとは言わんが。

 

 

「しかしこれだけ強いということは、宮永さんは何処かで麻雀を習っていたんですか?」

「何処かって言うと……えーと……家族で麻雀してただけなんですけど」

「マジでかッ! それでこんなに強くなるとか宮永家は化け物だらけなのか!?」

「まったく……化け物は失礼じゃろ優希。そうじゃ宮永さん、その家族のことで思うたんじゃが……もしかしてチャンピオンの宮永照はわれの親戚かなにかか?」

「あ、はい……私の…………お姉ちゃんです」

「「「「お姉ちゃんッ!?」」」」

 

 

 咲の強さの理由に驚き、失礼な発言をした片岡を諌めるために近寄ってきた染谷がいい機会とばかりにこの界隈では有名人である照との関係を思い切って聞き出した。多分咲の名前を聞いた時から気にはなっていたんだろうな。

 

 そして咲としては隠す理由もないため素直に答えると、その事実に俺と咲以外の全員が思わず大声を上げていた。

 あ、不貞寝していた竹井も流石に起きたか。

 

 

「ちょ!? え? 本当に宮永さんってあのチャンピオンの妹なの?」

「ははははい……」

「落ち着けって竹井。宮永が怖がってるぞ」

 

 

 本人にその気はないだろうがネズミを追い詰める猫のごとく迫る竹井に完全に萎縮してしまっている咲。

 このままじゃビビって二度と麻雀部に来なくなりそうな勢いなので止めに入る。

 

 まあ自分達が青春を捧げている麻雀のチャンピオンの妹が現れたらそりゃこうなるのもしょうがないな。

 

 

「ハッ! ……あ……ご、ごめんなさい宮永さん! 大丈夫だった?」

「うう……は、はい……」

 

 

 窘められて我に返った竹井が掴んでいた肩を離すと急いで俺の後ろに隠れる咲。

 先ほどの非礼を謝る竹井だが、ビビっちまった咲にはあまり効いてないみたいだ。

 

 

「まったく……気持ちはわかるが、怖がらせてどうすんじゃ」

「だってぇ……」

「でも、確かにあの宮永照と姉妹なら宮永さんの強さにも納得いくじょ」

「そうですね」

 

 

 皆も咲の強さがチャンピオンである照と姉妹ということで納得したみたいだな。

 それに竹井も染谷に怒られて反省しているみたいだしこっちでもフォローしとくか。

 

 

「咲、竹井も反省してるみたいだし許してやってくれ」

「え、えっと別に……怒ってるわけじゃないよ。ただちょっと驚いただけで」

「ほんとか? 咲って怒ると麻雀やってる時と同じで魔王みたいに怖くなるからな勘弁してくれよ」

「ちょ!? 魔王ってなにさっ! 失礼だよ京ちゃん! それに麻雀の時だって普通だし!」

「えーーー……人のことトばしといて『麻雀って楽しいよね!』って言う咲さんは魔王だと思いますー」

「確かに言ったけど意味が違うでしょ! もう!」

 

 

 大声で否定する咲をさらにからかうとプンスカ怒りながらこちらをポカポカと叩いてくる。

 ふう……さっきまでの強張った表情も直ってるし、からかっているうちにいつもの調子を取り戻したみたいだな。

 

 しっかしいくら本気で叩いてないとはいえ全然痛くない。ほんとこいつ腕力ないなー。

 

 

「あー……いちゃついてる所悪いんじゃがちょっといいかのう?」

「ん? どうした染谷?」

 

 

 ジャレついてく咲の相手をしている俺に申し訳なさそうに声をかけてくる染谷。

 というかどうみたらこれがいちゃついてる様に見えるのか。

 

 

「いやのう……宮永さんと須賀先生は幼馴染じゃろ?」

「ああ、ただ正確には歳がかなり離れてるから兄妹みたいな感じだが」

「まあそこらへんは置いといて、その宮永さんと兄弟みたいな感じとゆうこたあ、その姉である宮永照ともそういう関係なんか?」

「あー、そういうことになるな。一応照の方が二歳年上だから咲よりも長い付き合いになるな」

「ぶー……でもお姉ちゃんは東京の高校に行ってるから一緒にいた時間は私の方が上だよ」

「いや、張り合うところじゃないだろそこは」

 

 

 思わず口に出した言葉に咲がどことなく機嫌悪く口を挟んで来たのでツッコミを入れる。

 

 しかし咲を連れて来た時点で覚悟していたとはいえ、やっぱばれたか……。面倒なことになるから言ってなかったツケが回ったかね。

 聞いてきた染谷や横で聞いていた和と片岡もそれなりに驚いていていたが、その俺の台詞に一番反応したのはやはり部長である竹井だった。

 

 

「えぇー……なんでチャンピオンと深い関係って教えてくれなかったんですかー」

「深い関係って人聞きの悪い言い方するな。それにもし教えてたらどうしてた?」

「え?それはほら、個人的に打ってみたり話してみたいじゃない?」

「ふー……残念だけど照はチャンピオンで向こうのエースだからな。忙しくてあんまりこっちに帰ってくる時間もないから例え言われてたとしても無理だったぞ」

「うぐぅ……残念……」

 

 

 きっぱり告げると肩を落とし残念がる竹井。まあ、さっきのは嘘なんだけどな。

 確かに照が忙しいのはほんとだけど、それなりにこっちには帰ってきてるからこいつらと合わせる事もできたし。

 

 前に麻雀部の顧問をしている話をしたら顔を出そうかと照自身に言われたこともあったが、向こうで毎日エースとして働き、なれない取材などを受けたりしてストレスが溜まっているだろう照にはせめてこっちでは家族とのんびり過ごして欲しいと思い断ったんだよな。

 

 咲達の前ではあまり顔に出さないが、疲れた表情を見たことや愚痴を聞いたこともあるし、普段のんびりしてるように見えるが溜めこみやすいタイプなのはわかっているからだ。

 麻雀部の顧問なら少しぐらい自分の部活のために融通するべきなんだろうが、これぐらいは許してほしい。

 

 こっちを見る咲には目線でなにも言わなくていいぞと合図をすると軽く頷いていた。普段はポンコツだが、長年の付き合いらしく察してくれたようだ。

 

 

「まあ、その話は置いといて……原村と片岡は部活についてどうするんだ? 入学式の日にわざわざ見に来たぐらいだし結構興味あるみたいだが」

「もちろんこのまま麻雀部に入るじぇ」

「はい、出来るなら入部させてもらえませんか」

「おう、もちろん歓迎するぞ、これからよろしくな」

「よろしくだじょ!」

「よろしくお願いします」

 

 

 手を挙げて元気よく返事をする片岡と礼儀正しくお辞儀をして返す和。改めて見ると実に対照的な二人だが、それでも親友と言っていいぐらいの仲なのは見るだけでもわかる。

 まあ、向こうでも万年元気娘の穏乃達と仲良くしてた和だし不思議ではないな。

 

 

「それじゃあ入部自体は新学期が始まってからになるからとりあえず仮入部って形になるな……と、それで宮永はどうする?」

 

 

 一応部活活動期間ではない為仮入部という扱いになることを告げ、それに納得した二人を見た後咲にも尋ねる。

 

 最初から入部すると決めていた感じの二人と違い、部活の雰囲気を体験させるために連れて来たからな。別にこのまま入ってもこのメンバーなら直ぐに馴染んで問題なさそうだけど、他の部活に入るのも自由だから一応聞いておく。

 

 

「んー……もうちょっと考えたいかな……長ければこれから三年間続けるわけだし」

「えー、宮永さん入らないのかー?」

「残念ですね……先ほどのリベンジもしたかったのですが」

「ごめんなさい……でも色々見てみたいから」

「いやいや、謝らなくてもいいんだじぇ。高校生活は一生に一回だからな、ゆっくり考えるべきなんだし」

 

 

 入部するかどうかを保留する咲に対し残念そうな声を上げる片岡と和。

 俺としてもこいつ等なら咲の良い友人になってくれると思ったんだが仕方ないよな、そこらへんは本人の自由意志だし。

 

 そして三人が話しているのを後ろで指をくわえながら見ている竹井といつでも抑えられるように控えている染谷。

 確かに咲が入れば部員も五人になって正式に部活になって大会にも出れるようになるし、ミドルチャンプの和より強いとなれば喉から手が出るほど入ってほしいだろう。

 

 しかし無理やり入れても意味がないし、もしそれで入れたとしてもそのことで部活内がギクシャクしてひどい状況になる可能性があるのもわかっているから竹井も無理はしないはずだ。

 それにまだ部活勧誘すら始まってないし、他の新入生が入るかもしれないから焦ることもないだろう。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、新たに新入部員が二人増え心機一転部活動したいところだが、お昼を過ぎて本来ならとっくに下校しているはずの新入生をこれ以上拘束するわけにもいかないということで解散することになった。

 本来なら部活のない日だし、上級生の二人も帰った方がいいしな。

 

 

「それじゃあとりあえずしばらく部活はないから、次に集まるのは二、三年生が登校して新学期が始まる日だな。詳しい時間や連絡は部長の竹井に任せたぞ」

「おっけー」

「うし、それじゃあお疲れ様でした」

「「「「「お疲れ様でした!」」」」」

 

 

 皆で手分けをして使っていた雀卓を片付け部室の中を軽く掃除をし、後日の予定を決めてから挨拶を交わして解散する。

 竹井と染谷はこの後用事があるということで挨拶も早々に帰宅した。

 

 既に仕事もないから俺も帰る為に部室に施錠をしたいので、残っている皆に声を駆けようとしたら鞄を持った咲が近寄って来た。

 

 

「京ちゃん一緒に帰ろう」

「こらこら、学校を出るまでは須賀先生な。まあ、帰るのは別にいいぞ」

「やった! それじゃあどっか寄ってご飯食べて帰ろうよ」

「いいけど……おじさんはいいのか? 家で待ってるんじゃないか?」

 

 

 この前『休みを取ったぜー!』って嬉しそうに叫んでいたぐらいだし、むしろ俺に会いに来るまで一緒に帰っていたもんだと思ってたんだけどな。

 

 

「お父さん、お母さん達に送る為のビデオを編集しなくちゃいけないって言ってたよ」

「あー……元々東京と長野じゃ遠いうえに、おばさん今仕事がそうとう忙しいらしいしな……照も合宿があるからこれなかったし」

「うん、二人ともすごく残念がってたからその分お父さんが張り切っちゃって」

 

 

 苦笑しながら詳しく話す咲に納得する。現在別居状態にある宮永家だが、別に仲が悪いというわけでなく仕事の都合だ。

 まあ、実際に別居の時に親父さん達が揉めた事もあったみたいだが今ではそれも問題なく仲がいい。

 

 

「うし、それじゃあどこに 「すみません須賀先生」 ……ん?どうした原村?」

 

 

 それなら問題ないと言うことで、どこで食事をするか相談しようとしたら、片岡と話していた和が躊躇いがちに声をかけてきた。

 

 なんか忘れ物か?……ってそうだ、さっきの話が中途半端だったんだな……。

 咲と話していたから控えめな和としては困っていただろうに、向こうから声をかけさせちまった。

 

 

「ああ、そうだな話の途中だったもんな……すまん」

「いえ、お忙しいんでしたらまた後日にでも……」

「あー……でも 「いいよ、行ってきなよ京ちゃん」 ……咲?」

 

 

 困っている俺たちの背中を押すように声をかけてくる咲。

 一緒に昼飯を食べるのを了承したのに悩んでいることに怒っているのかと思ったが、特にそんな空気ではない。

 

 

「三年ぶりにあったんだよね? だったら色々話したいこともあるだろうし行ってきなよ」

「でも……良いのか咲?」

「大丈夫だって、だからその分夜ご飯一緒に食べようね」

「そっか……ありがとうな咲」

「どういたしまして、それじゃあ先に帰ってるからね」

 

 

 そういうと鞄を持って部室を出ていこうとしたが、途中で片岡に一緒に帰ろうと言われ戸惑いながらも返事をして一緒に部室を出て行った。

 そうこうして皆帰ってしまった為、残されたのは俺と和だけだ。

 

 

「……気をつかわせちゃいましたね」

「ああ……咲達には色々話してるから、このことになるとちょっとな……」

 

 

 これが和との個人的な食事だったら機嫌が下落していただろうが、そういうのじゃないしな。晴絵のことになるとあいつらは気をつかいすぎだってのまったく……。

 

 

「うし、それじゃあ腹も減ったしどっかで飯でも食いながら話すとするか……どこ行きたい?」

「えーと……あまりこちら側に詳しくないので特に希望はないですけど、あまり重い感じでないものが良いです。それと教師と生徒が一緒に食事しても大丈夫なんですか?」

「あー……うちはそこらへん軽いし、実際やましいこともないしな。それに部活の顧問と生徒だし問題ないだろ。それじゃあ近くにそれなり良い喫茶店があるからそこ行くか」

「はい、わかりました」

 

 

 俺の言葉に安心し納得した和を連れて部室の施錠をする。

 そして一度職員室まで鞄を取りに行き、その後歩いて俺たちは喫茶店へ向かうこととなった。

 




の、はずが書いてたら長くなってしまったので分割しました。またきてのどっち。

こんな感じでキリがよくなったり、書きたくなったら現代編の方も書くのであしからず。

あ~皆~オラにもっと書くための時間をわけてくれ~。


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2話

和「今度こそ私の出番です。三度目の正直とかありませんよ」



 喫茶ギアス。

 学校の近くにある為か学生向けのメニューが多くあり値段も手ごろと懐に優しく、清澄の学生達から人気の喫茶店だ。

 俺自身も学生時代から通っていて、コーヒーが結構美味いので教師になった今も良く訪れている。あと個人的になんとなく喫茶店の名前に惹かれたのもあった。

 

 学校を出た後、麻雀部や片岡の話などのあたり触りない会話を和としながら歩いていると、その店に到着したので中に入る。

 メインの客層である学生たちが休みの為か、店内は普段よりもお客さんは少ないみたいで馴染みの店長と軽く会話をした後、待つこともなく席まで誘導されて和と向い合せに座る。

 

 しかし……こうやって正面から改めて見るとほんと可愛くなったよな和。昔から美少女だったから将来は美人になるとはわかっていたがここまでとはな……おもちもすごいデカくなったし、もし俺が和と同年代の学生だったら確実に和目当てで麻雀部に入っていたかもしれん。

 

 そんな感じで思わずジッと和を見ていると、突然和が顔を赤くして俺の視線から顔を背けた。

 

 

「あの……須賀先生、あんまり見つめられると恥ずかしいんですが……」

「え……ああ!? スマンッ! こうやって落ち着いてみると和が成長したことが実感できてな」

「成長って………………もう、須賀先生ったら……」

 

 

 恥ずかしがる和に言い訳をしていたのだが、思わず口に出た成長と言う言葉に反応した和が自分の胸を見下ろす。するとさらに顔を赤くして腕で胸を隠し、こちらをジッと見つめながら頬を膨らませて怒る。

 

 いや……でも、そこにおもちがあるなら見るのが男のサガというか……その…………ごめんなさい。あと頬を膨らませる姿が可愛い。

 

 

「あー……それより腹も減ってるだろ? 奢るから好きなの頼んでいいぞ」

「そんな……悪いですからいいですよ」

「気にすんなって。久しぶりの再会ってこともあるけど、遅くなったが和のインターミドル優勝を祝わせてくれって」

「……そうですね、それじゃあご馳走になります」

 

 

 遠慮する和に対し、先ほどの事を誤魔化す為にも色々言葉を並べて何とか説得する。

 流石にこういう時に大人が出さないのは問題あるし、実際に和との再会は嬉しいから祝いたいという気持ちは本気なので、こちらの我が儘を通させてもらった。

 

 そんな俺の言葉に和も納得してくれたのか置いてあったメニューに手を伸ばしてくれたので、俺も同じようにもう一つのメニューを取り注文を選ぶ。

 さて、何食うかな……。

 

 

「うっし……俺はコーヒーと納豆パンプキンイカスミ苺パフェデラックスにするか」

「なんですかそれ!?」

 

 

 俺が選んだ商品の名前を聞いた途端大声を上げて反応する和。まあ気持ちはわからなくもないが、店の中で大声はやめようぜ。それに意外に美味いんだぞコレ。

 

 

「ハァ……須賀先生って相変わらず変な食べ物が好きなんですね……」

「待て待て。別にゲテモノが好きなわけじゃなくちゃんと美味い物しか食べてないからな。あと、もう学校も出たし呼び方戻して良いぞ」

「はい、わかりました須賀さん。だけどやっぱり向こうでもそういうのばっかり食べていませんでしたか?」

「それは……ほら、あのおばちゃんの店の食べ物だけだな。確か和だって美味しい美味しいって言いながら食べてた記憶があるぞ」

「う……き、記憶にありません……」

 

 

 呆れる和にツッコミを入れると、俺の言葉が図星だったのか目を逸らして答える。確かに向こうでおばちゃんの店に行く時は創作料理ばっかり食べていたからな。

 

 まあ、見た目的にもインパクトがあるからそればっかり食っていたって印象が残ってもしょうがないか。しっかしおばちゃんか……懐かしいな、元気にしているかな。

 

 

「そ、それじゃあ私はこの普通のサンドイッチと紅茶を頼みますね」

「なんだ、同じの頼んでも良かったんだぞ」

「いいですから」

「じゃあ途中で食べたくなったらあげるな」

「い・り・ま・せ・んっ」

 

 

 力強く断られてしまった。美味いんだけどなー……。

 そして二人とも決まったので店員を呼んで注文し、商品が届くのを待つのだが――

 

 

「……………………」

「……………………」

 

 

 き、気まずい……。

 

 さっきまでは移動中と言うこともあり当たり障りのない話題だったが、流石にこうやって落ち着いて話せる場所に来てしまったからさっさとお互いに聞きたいことを聞くべきなのだろうが、その取っ掛かりがすごく難しい。

 

 こっちは俺がいなくなった後のことなど結構聞きたいことも多く、また、向こうとしてももしかしたら俺のこっちでの話も聞きたいのかもしれないが、一番聞きたいことって言ったらやっぱり晴絵とのことだから聞きにくいだろうしな。

 まあ、大人らしくこちらから行くか。

 

 

「さてと……じゃあ飯が届くまで時間もあるし話すか……と言っても和が聞きたいことは晴絵の事だよな?」

「あ……はい、そうですね…………でも先ほども言いましたけど須賀さんが話したくないと言うのなら……」

「んー……まあ確かに誰にでも話すこと言ったことじゃないけどな…………でも、昔一緒に麻雀クラブで打ってた仲間の和が知りたいって言うなら聞く権利はあると思うからな……だから気にしなくて良いぞ」

 

 

 実際俺の身近な人物である咲や照は知ってるし、和達が知らなかったのは当時まだ子供のこいつらにそういった大人の嫌な所を見せたくないって気持ちがあったからだ。

 だからもう高校生になってそういったことも理解できるようになったなら話してもいいと思う。

 

 

「……わかりました。もしよろしければなにがあったのかお聞きしてもよろしいですか?」

 

 

 少しの間、下を向いて思案していた和だったが、俺の考えを理解したのか決心して顔を上げる。

 しかし――それはそれで困ったな。普通に別れただけだから特に話せる内容がないと言う……。まあ、普通に話すか。

 

 

「あー……そう深刻に捉えなくてもいいぞ、別に喧嘩別れとかしたわけじゃないからな。ほら、当時晴絵の奴に実業団の誘いが来てただろ?」

「はい、覚えてます」

「まあ、それで……あいつ福岡の方に行くことになっただろ? んで、俺も向こうについていくことも考えてたんだけど、色々話し合った結果……まあ、別れるってことになったっていう在り来たりな話さ」

 

 

 そこらへんの話し合いの中身については特に必要ないので言わないでおく。俺だけなく晴絵にとってもプライベートな部分なので、あまり言いたくはない。

 

 

「そうだったんですか……お二人ともその後会った時も仲良しでしたし、一緒に福岡の方に行くと思ってましたからまったく気づきませんでした……」

「まあ、確かに卒業までは変わらず付き合ってたからな。それに俺の就職先についてもバレない様にはしてたし」

 

 

 俺の言葉に驚きつつも納得する和にさらに説明を加えておく。

 当時卒論や就活などで忙しかったのと麻雀教室が解散したこともあり、こいつ等とは以前よりも会う機会が減ったが、それでも顔を合わせる事は多かった。

 晴絵とは最後まで普通にやれていたから大丈夫だったみたいだが、就職先の事とかからバレない様には気を使ってはいたし。

 

 

「そうですね……それにいつの間にか引っ越していたのもあり、その時に聞こうと思っていた須賀さん達の連絡先を聞けずにお別れしてしまいましたからね……実業団で忙しくなる赤土さんは兎も角として」

 

 

 ジト目なのだが、傍から見るとこちらを睨むような目で見つめてくる和。その恐ろしさに背中に嫌な汗が出てくる……。

 

 

「あー……ほら、当時みたいに近くに住んでるならともかく、遠くの長野に帰った男が小学生女子に連絡先を渡して置くって言うのは流石にな…………それに俺も教師のなり立ては結構大変だったんだぞ」

「勿論冗談ですよ。でも実際何も言わずにいなくなったのは酷いと思います……。当時皆で見送りに行くつもりだったのに、いつの間にか住んでいたアパートから居なくなっているのに気付いた私たちの気持ちも分かってほしいです。穏乃達は泣いていましたし、その中でも特に玄さんなんか『師匠がいなくなっちゃったー!!!』ってずっと泣いていて大変だったんですからね」

「まあ、そこらへんはスマン……一応何度か会ってたし、皆も忙しそうだったからそれで大丈夫と思ってたんだけどな……」

「確かに私たちも中学校に入るので忙しくもありましたけどそれぐらいじゃダメに決まってますよ、もう……」

 

 

 昔の事を思い出しご立腹となった和に怒られてしまう。傍から見ると女子高生に説教をされるスーツを着た大人とかひどい絵面だと思うわ……。

 一応当時の言い訳をすると、やっぱり俺達の事を知らせないためにいうのがあったのと、別れるってことで俺たち自身もちょっとキツイ状態だったからな……まあ、それでも確かに酷いことをしちまったな……。

 

 

「いや、本当にすまなかった……それで俺たちの事はこんなもんだが和はそれからどうしてたんだ?」

「えっと……そうですね……それから一年ほど向こうにいたのですが、両親の仕事の関係でこちらに引っ越してきました」

「あー、なるほどな。和の両親みたいな仕事ならしょうがないか」

「ええ……そうですそのことで思い出したんですけど、須賀さんが阿知賀麻雀部の創部に協力したと聞きましたよ」

「あ、しっかりと復活したんだなー……ああ、言っとくけど俺は別に対してことしてないぞ。ただ、あの時玄が悩んでいたから相談に乗って背中を押してやっただけだし、結局俺がやらなくても宥あたりが同じようにしてただろうしな。だけどそれを聞いたってことはやっぱり和も麻雀部に入ってたのか?」

「はい、でも人数が集まらなくて私と穏乃と玄さん宥さんの四人だけだったので同好会扱いでしたからきっと今でも……」

 

 

 人数が足りず部になれなかったのに、そこでまた自分がいなくなったことによりさらにそれが遠のいてしまったことを申し訳なさそうに言う。

 

 しかしそっか……玄のやつあれからしっかりとやってたみたいだな。

 当時阿知賀こども麻雀クラブがなくなってから表には出さずとも落ち込んでいた玄に何かできないかと思って手を貸してやったが、結果的には良かったみたいだな。

 

 

「ふんふむ……それであいつらは今どうしてるんだ?」

「それは……」

 

 

 さらにみんなの事を聞こうと思った俺からの質問に言いよどむ和。あれ?なんか地雷踏んだか?

 

 

「いえ……その……少し前までは手紙などで連絡を取り合っていたんですが、中学の麻雀部に入ってから忙しくなって……その……」

「あー……確かに一度タイミング失うとそういうのってどうしたらいいか困るもんな……そ、それで穏乃達からは連絡は来てないのか?」

「いえ……向こうからはなにも…………もう私の事なんて忘れてしまったのかもしれません……」

 

 

 そう言うと和は目を伏せ、どんどん声が小さくなっていく。

 

 あー……これってキツイパターンだよな。自分が連絡しなくなったら向こうから来ないっていうのは。

 こちらから連絡しようとも実際長い間連絡取りあってなかった友人にもう一度連絡取るって結構度胸いるし、しかもそれが親しかった奴だと余計に気まずいしな。

 

 罪悪感と友人だと思っていたのは自分だけかという思いで、和は顔を曇らせたままであり、なんとかフォローをしようと急いで言葉を紡ぐ。

 

 

「でもまあ、あの穏乃だしな……ほら、和がインターミドルで優勝したのは結構有名だから多分知ってるだろうし、忙しくて連絡できなかったのはわかってると思うぞ。それにきっと、あいつらのことだから和の優勝見て『自分達も全国大会に行って和に会おう!』とか考えてるんじゃないか?」

「まさかそんなわけないですよ……」

「いやいや、だってあの穏乃達だしありえるって。それにあいつらが手紙の返事出さなかったぐらいですぐに友達止めるような奴らに見えるか?」

「そ、それは……見えません……」

「だろ? それに和みたいな可愛い子だったらたとえ自分が女の子でも忘れることなんかないって」

「な、何を言ってるんですか……」

 

 

 俺が話していくない内容を聞いてるうちに安心したのか、照れながらもホッとした表情を見せてくれる和に俺も安心する。

 言い訳みたいにも聞こえるが、友人を大事にしていてあんだけ麻雀教室に拘っていた穏乃達だしな……実際にさっきの俺の考えは結構あり得るんじゃないかと思う。お互い人数的に麻雀部だし、団体戦は無理でも個人戦ならもしかしたら会う機会があるかもな。

 

 

 

 

 そんな感じでお互いの近況を話しているうちに注文していたのが届いたので、一旦話を打ち切って食事にする。

 和が頼んだのは本人の行っていた通り普通のサンドイッチだが、俺が頼んだのは見た目が外宇宙的な感じのパフェである。その見た目に和は完全にひいてしまっている。

 

 

「………………」

「………………」

「食べるか?」

「食べません」

 

 

 再度和に進めてみたがにべもなく断られてしまった。何度も言うけど美味いんだけどな……この味を共有できないのは実に残念だ。

 諦めて自分だけで食べることにし、一口コーヒーを飲んでからスプーンで掬い食べ始める。個人的にコーヒーを最初に飲むことによって味がより引き立つと思う。

 

 バリモググシャパリンズドンドカンモキュグニュビタンニュフフフフと、口を閉じていながらも聞こえる咀嚼音に思わず食べていた手を止めて、まるで巨乳となった憧を目の当たりにしたような顔で和がこちらを見る。

 

 確かに音は凄いが意外に味はいけるんだけど、これは自分で食べてみないとわからないもんな……。よし……ならこうするか。

 そう思って食べやすい量をスプーンですくい、和の方へ持っていく。

 

 

「ほら、和。あーん」

「うぇ……? ちょ! いきなりなにしてるんですか!?」

「いや、さっきからジーっとパフェを見てるから食べたいんだと思ってな」

「そ、そんなオカルトありえません! どう見たらそんな変なもの食べたいと思っている様に見えるんですか!」

 

 

 まあ、確かに和の言うとおり食べたいと考えているなんて咲の胸ほどもあると思っちゃいないけどな。

 でも美味い物を誰かと分かち合いたいって思うのは人間としての本能だと思う。こっちじゃあんまりこういったのに付き合ってくれる奴いないしな。

 

 あと店長が自慢の一品を変なもの呼ばわりされて凹んでる。いや、食べ慣れた俺でもやっぱり変だと思うわ。

 しかしここまで頑なに断られるのに無理やり食べさせるのは駄目だし諦めるか。

 

 

「しゃーない、そこまで和が嫌がるならやめとくわ」

「そうですよまったく……………………………いえ、ちょっと待ってください」

「え?」

 

 

 諦めてスプーンを持っていた手を引っ込めようとした俺に和が待ったをかけてきた。

 どうかしたのか? と聞こうと思ったのだが、なにやら考え込み始めた和を見て思わず声を駆け辛くなってしまった。

 とりあえず手持ち無沙汰になったスプーンを引っ込めようとしたが、何故かスプーンもジッと見つめられているので、これまたひっこめ辛くなってしまった。

 

 

 結局その後五分程度硬直状態が続いたのだが、未だに和は黙って考え込んでいて、たまに視線をこちらとスプーンに向けてジッと見ているのでこちらとしても動けないのである。

 ただ、考え込んでいるにしては頬が赤くなってきたのがよくわからないんだが……流石に腕も疲れてきたしとりあえず声でもかけるか。

 

 

「あのー……和さん? 一体どうしたんですか……?」

 

 

 思わず敬語になってしまった。恥ずい。

 

 

「…………え!? あ、いえ……その……」

「もしかして……やっぱり食べたいのか?」

「………………………………………………………………はい」

「おう、じゃあ新しいのとるな」

 

 

 顔を赤くして蚊の鳴くような声で答える和だったが、店内が騒がしくないおかげでギリギリ聞き取ることが出来た。スプーンで掬ったままなのは温くなっていると思い自分で食べ、新しいのを掬っても一度和の前に差し出す。

 しかし食べたいなら食べたいって素直に言えばいいのにな……まあ和は結構内向的なタイプだし、一度断った手前言いだしにくかったんだろう。

 

 

「ほら、あーん」

「あ……あああああーん……」

 

 

 俺につられて同じように口に出してあーんと言い、先ほどよりも顔を真っ赤にして口を開けて待つ和。

 んー? あー、そっかなるほどな。

 

 

「ちょっと待ってろ。新しいスプーン貰うから」

「え!?」

「ほら、このスプーン俺が使ってたやつだし、自分で持った方が食べやすいだろ?」

 

 

 あの頃みたいに子どもなら特におかしくないんだけど和も年頃だしな。昔からの癖で子供相手だとやってしまうがいい加減直さないとだめだなー。

 さて、代えのスプーンを貰うか――「あ、ま、待ってください!」――ん?

 

 

「えっと……べ、別に……そ、そのままでもいいですよ……」

「え? でも」

「いいんですってそれで食べますよ。だってそこにスプーンがあるのにもう一個貰うのは非効率的ですし実に無駄です。新しいスプーンを頼むことによって他の作業をしている店員さんの手を煩わせてしまいますし、頼んでいる間の時間によってさらにパフェが温くなって味も落ちてしまいます。また、スプーンを余分一個使うことにより洗わなくちゃいけないスプーンがもう一つ出てくるんですよ。スプーン一つ洗うのに使う水の量なんてたいしたことないと思うでしょうが、その一つ一つを積み重ねていくことが自然を大事にするんです。そして私が自分でスプーンを持とうにも今の私は先ほどまでサンドイッチを食べていたので手にパンの滓が付いていますので、このままでは須賀さんのスプーンが汚れてしまいます。もちろんお手拭で拭いたから綺麗ですけど100%大丈夫とは言えません。ですので、須賀さんが私に『その』スプーンで『食べさせてくれる』ことに何の問題もないのです。別に言っておきますけど別に私がそのスプーンを使って食べたいとかそんなオカルトありえませんからね、別に」

「…………お、おうわかった。ほら、あーん」

 

 

 なにやら和が言っていたのだけれど早口で何を言っているかほとんど聞き取れなったが、とりあえず食べさせろと言うことはわかったので、あーんをする。

 うん。先ほど内向的なタイプだと思ったけど、いつの間にか和も変わっていたみたいで良かったわ。

 

 

「そ、それでは失礼します。あーん…………パクリ」

「どうだ? 結構美味いだろ?」

「モグモグ…………ゴクン。はい、見た目と違ってとてもおいしいです」

 

 

 差し出したパフェを赤く染めた顔で食べる和。味を噛みしめるようにゆっくりと咀嚼する和に感想を聞くと、笑みを浮かべながら答えてくれた。

 そっかやっぱり美味いよなー、見た目で皆ひいてしまうから食べてくれないんだよな。共感してくれて良かったわ。

 

 

「ほら、もう一口どうだ?」

「いえ……なんだかお腹がいっぱいなのでもう大丈夫ですよ……」

 

 

 もう一度差し出す俺に対し、どこか呆けながら頬に手を添えて答える和。

 なんだろ……実はまずかったとかか? でもそれにしては様子が変だしな……でも別体調が悪いとかでもなさそうだし……まあ、確かにサンドイッチも食べ終わっているから腹いっぱいなってもおかしくないし大丈夫か。

 

 どこかボーっとした和をそっとしつつ食事を続ける。あー……コーヒーが美味いな。

 

 

 

 

 

 食事が終わった後も店に留まり話を続け、店を出るころには既に夕日が沈むころになって暗くなり始めていた為、安全を考えて和を家まで送ることにした。

 これが男子生徒だったら家を教えることになるから途中までってことになるんだろうが、教師なら今更知っても変わりないと言うことである意味役得だな。

 

 道中和と話しながら帰ったが、やはり長い間会っていなかったこともありずっと話題が尽きることはなかった。

 

 

「今日は色々とありがとうございました」

「いや、こっちこそこんな時間まで付き合わせて悪かったな。それに俺も楽しかったよ」

 

 

 会話をしているとあっという間に和の家に到着し、和が頭を下げて礼を言ってきたので、こちらも色々話を聞けてよかったので同じく礼をし返す。

 しかしここが和の家か……やっぱり親父さん達が立派な職業のためかキッチリとした感じの家だ。それに同じ学校に通っているんだからわかってはいたが、うちからもそんなに遠くないし何かあれば駆けつけられる距離だな。

 

 

「よければお茶を出しますので寄って行きませんか? まだお話したいこともありますし」

「あー悪い。流石に咲が飯の用意してるから流石に帰らないとな」

「そうですか残念です……」

 

 

 家を眺めていた俺に誘いをかけてくる和だが、流石に咲と約束したこともあり断る。

 悲しげな顔をする和に罪悪感を覚えるが仕方ないしな……それに教師と言えども……いや、むしろ教師だからこそこんな時間に女子生徒の家に上がるのは問題ある。

 

 

「それじゃあ今度また来てください。父も須賀さんに会いたいと思いますし」

「あー……和の親父さんか……正直言うとあの人厳格だからちょっと苦手なんだよな……」

「ふふっ……気持ちはわかります。でも父は須賀さんの事を気にいってましたし、教師になっていることを話したら喜ぶと思いますよ」

 

 

 そうかなー?言ったとしても多分「そうか、おめでとう」ぐらいだと思うけどな。まあ、厳しいあの人からすればそれでも十分なのかもな。

 でも和の親父さんとは向こうでも、とある理由で話す機会はあったけどやっぱりいつも厳しい顔していたからなー……。ちょっと怖いんだよな。

 

 

「まあ……こんなんでも和の顧問だし、親父さんも忙しいと思うから話せる機会見つけてまた来るよ。それじゃあそろそろ行くな、今日お疲れ様。お休み和」

「はい、お休みなさい」

 

 

 和が家に入るのを見届けてから歩き始める。

 途中咲に電話をし、何か必要がないか聞いたが大丈夫とのことなのでケーキでも買っていってやるかと思い、寄り道をしてから帰宅した。

 

 

 

 

 

「ただいまおじゃましまーす」

「帰りいらっしゃーい」

「どもっス。咲は飯の支度ですか?」

「ああ、折角のめでたい日なんだから出前でも取ろうって言ったんだけど自分が作るって聞かなくてな」

「はは、咲らしいですね」

 

 

 咲の家に着いた俺を出迎えてくれたおじさんに挨拶をして、会話をしながらリビングへと向かう。ガキの頃から二十年以上出入りしている家なので迷うこともなく足取りも早い。

 リビングに着くと料理をしているいい匂いが漂ってきており、台所の方では咲が忙しなく動いている。

 

 

「ただいまー咲ー。なんか手伝うかー?」

「あ、お帰り京ちゃん。もうすぐできるから大丈夫。先に手洗ってきなよ」

「おっけー」

「よし、後は盛り付けてと……あ、お父さん明日は休日だからビール飲んでもいいけどなるべく控えてよ」

「えー京太郎もいるし偶にはいいじゃないか」

「だーめ、お母さんからも気を付けるように言われてるんだからね」

「はぁ……娘がどんどん嫁に似てくるな…………お、そうだ!」

 

 

 父親の健康を気遣っていつもより口うるさくなった咲と、何やら思いついたように携帯を取り出すおじさんの会話を聞きながら洗面所へと向かう。

 

 父親一人、娘一人と一般的には普通じゃない家庭環境だが相変わらずうまくやれているみたいだな。俺もそうだったが、大抵の年頃の子供は中学辺りで反抗期が来るけど咲は特にそういうのもなかったし。

 まあ、大抵ストレスが溜まった時は俺が買い物など色々付き合わされているからそれで解消しているんだろうけどな。

 

 その後手を洗ってリビングに戻るとなにやら笑顔の親父さんが待っていた。なんだ?

 

 

「どうかしたんですか?」

「おう、先輩達も誘ったから今から来るぞ」

「げ、親父達が」

 

 

 マジか、親父達も来るのか。俺がいなくて二人っきりなんだから年甲斐もなくいちゃついてればいいのにな。

 

 ちなみに咲の両親と俺の両親は学生時代の先輩後輩関係で昔から仲が良かったらしく、家がすぐ近くなのもあり、今でもこうやってつるんでいるのだ。

 また、俺から見てもおじさん達はもう一人の親みたいなもので、正直そこらの親戚よりも濃い関係だと言える。

 

 

「だから咲~先輩達も来るから飲んでいいだろ~」

「まったくもう……しょうがないなあ……」

 

 

 なんとか咲を説得しようとするおじさんに対し、なんだかんだいって許してしまう咲。

 まあ、咲の性格上ああやって頼み込まれたらな……。

 

 その後、テーブルに料理を運んだりしているうちに親父達もやってきて、咲の高校入学というめでたいこともあり、ちょっとした宴会状態になってしまった。

 

 

「いや~咲ちゃんももう高校生か~! こないだまでこんなに小さかったのに時間がたつのは早いな~」

「確かに早いですよね~、こないだまで悪ガキだった京太郎もこんなに立派になってな~くぅ~!」

「まったく……二人とも飲み過ぎよ~」

「いや、二人の倍飲んでるお袋が言うなよ……」

「あはははは……」

 

 

 あっという間に出来上がってる親父ーズとお袋。

 昔の咲を思い出しながら小指を立てている姿は完全にセクハラ親父そのものである。つーか大きさからしてもアホかと、親指姫ならぬ小指姫かよ。

 

 そんな大人たちの様子に苦笑いをしている小指姫ならぬ咲はこの中で唯一酒は飲めないので、ジュース片手にお袋が持ってきた料理をつまみながら時折考え込んでいる。

 おばさんが東京に行ってからお袋に料理を習う機会が多かったのもあり、師弟関係みたいなもんだから勉強熱心に今も味を盗もうとしているみたいだな。

 

 

「おら、京太郎も飲め! 飲める男はモテるぞ!」

「そうだそうだ! 俺達もそれで学生時代は合コンで連勝だったんだぞ!」

「自分の好きなように飲ませろって。別にモテるとか今は興味ないし」

 

 

 自分のペースで飲んでいた俺に絡んでくる酔っ払い二人。

 途中いらぬことを言ったせいで、お袋の口元が怒りでヒクヒク言っている……これは帰ったら確実にお仕置きコースだな……多分お袋経由でおばさんの耳にも入るだろうからおじさんもご愁傷様。

 

 

「枯れてるな~京太郎は~。先輩なんか学生時代ブイブイ言わせてたんだぜ~」

「まったくだ! 俺の息子ならもっとがっつくべきだな。それともあれか? 例の元カノがまだ好きなのか?」

「別に…………あいつの事は関係なく今は仕事が楽しいから興味ないってだけだよ」

 

 

 こんな感じで飲むと毎度同じような会話になる為に慣れたが、それでも相手をするのは疲れる。

 実際に少し前まではなれない教師生活で手一杯だったし、今は今で部員も増え忙しくなるだろうから恋愛に現を抜かしている暇はないだろうしな。

 

 しかしそんな俺の答えが不服だったのか頬を膨らませて不満なのを表すおっさん達。可愛くねー……つーかキモイ……。

 昼間に和の可愛い膨れっ面を見たのもあり、ギャップで余計に気が滅入ってくる……。

 

 

「むむむ……だったら咲か照のどっちかと結婚しないか? それなら京太郎が俺の本当の息子になるしな! むしろ二人とも嫁にするか?」

「お~! いい考えだ! 照ちゃんならもう結婚できるし、咲ちゃんももうすぐ16歳だからな。ほら! 早く孫の顔見せてくれって!」

「あらあら~この酔っ払いたちどうしようかしら~」

 

 

 セクハラギリギリの発言をかます二人とそれを見て、頬に手を添えながらニコニコ笑っているお袋。咲なんて先ほどの親父達の台詞のせいで茹蛸と間違わんばかりに真っ赤になっている。

 

 はぁ……まったく……付き合いきれないと思い立ち上がる。

 

 

「お~どうしたんだ~京太郎~~~」

「仕事も残ってるし、飯も食ったから先に戻ってるわ。親父達も迷惑だから早めに切り上げとけよ」

「え~もう少し一緒に飲もうぜ~」

「はいはい、また今度飲みましょうね。それじゃあ咲、悪いが後頼むわ」

「……うん、お休み京ちゃん」

「ああ、お休み」

 

 

 もっと飲もうぜとばかりに引き留めようとするおじさんをあしらい、未だ顔が赤い咲に後を任せてリビングを出て玄関へと向かう。

 俺がいなくなっても流石酔っ払いと言うべきか、すぐに新しい話題で盛り上がっていた。

 

 こういったことも何度かある為咲に任せるのは特に不安ではないが、面倒事を押しつけたのは変わりないので今度何か願い事でも聞いてやるか。

 

 

 

 

 

「うーさっみぃーーー…」

 

 

 外に出ると酒で温まった体に容赦なく夜風が吹きつけてくるのでポケットに手を入れ、少しでも寒さをしのごうとするが、この寒さの中ではあまり意味はなかった。

 

 家はすぐそこだからさっさと帰って風呂にでも入って体を温めればいいのだが、なんだか少し歩きたい気分だったので、寒さを我慢して遠回りをしながら帰ることにする。

 街灯も少なく、あまり明るいとは言えない道のりだが、月明かりのおかげで歩くことに問題はなかった。ただし……それに反して足取りは重い。

 

 

「はぁ…………あー……なんだろうなー……」

 

 

 しばらく歩いていると思わずため息をつき、独り言を呟いてしまう。

 まあ、その原因はさっきの親父達とのやり取りだとわかってはいるし、本来ならいつものことで流せるんだけど、どうやら和と会って当時のことを鮮明に思い出したのが足取りも重い原因みたいだ。

 あれから三年も経っているんだし、未練タラタラすぎるだろ……。

 

 多少男勝りな所もあるが、あれで晴絵は性格も器量も良い女である。たまたま昔、俺が恋人関係になれただけで、今は新しい恋人がいてもおかしくはない。

 それに少し前までは実業団リーグで活躍するほどで、今は詳しい話は聞こえないが、機会があればプロにだってなれるだろうし、俺とはすでに別世界の人間だ。

 

 そういうこともあり確かに新しい彼女を作っていいんだろうが、どうしても俺の隣に晴絵以外の姿が歩くのを想像できないのである。我ながらここまで女々しい人間だったかと自己嫌悪に陥るがどうしようもなく、再びため息をついてしまう。

 

 お互いの連絡先はあえて伝えていないが、当時の友人たちを介して連絡を取ることも出来るけどその気にはなれない。

 また、この三年間何度も連絡をしようと考えたこともあるのだが、意地なのか謙虚なのかはわからないが結局はできずにいた。

 

 別に先に連絡した方が負けと言うゲームをしているのではないが、前に進んでいる晴絵の邪魔になりたくないとか、先ほど考えたように新しい彼氏がいて俺は既に邪魔なのではないかという思いもあり出来なかった。

 

 重いなりとも前に進んでいたのだが、そんなことを考えているうちに、ついに動くのがだるくなって足も動かずその場に立ち止まる。

 どうしていいのかわからず、心の中にあるもやもやを頭のてっぺんに浮かんでいる月を見上げる。

 

 

「あーくそぉ…………会いてえなぁ、晴絵」

 

 

 無意識に出てきた言葉が誰に聞かれることもなく流れて、夜に溶けていった―――

 




 後編投下終了。さあ、次こそ過去編書くぞー。

 ちなみに登場キャラの設定やら紹介やらの項目を作るか思案中。番外編も書きたいのがあるし実に悩む。


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第2章
3話


晴絵「次回は大学生編だといったな」
京太郎「そうだ晴絵・・・出番をk・・・」
晴絵「あれは嘘だ」
京太郎「うあああああああ!!」


わかりにくいコマンドーネタですまんの。



「廃部?」

「うちの会社今すっごいヤバいじゃん? だから経営合理化とかでうちのチームなくなっちゃうかも」

「へぇ」

 

 

 その日はいつもと同じ、代わり映えのしない試合があった日だった。

 

 何度か戦った相手でそれほど強いわけではなかったが、それでも麻雀には常に真剣に取り組んでいるので、試合が終わるころには私はすっかり疲れきっていた。

 そのためか試合も終わって更衣室で着替えていた所にチームメイト達が話題を振ってきたのだけど、思わず気のない返事を返してしまう。

 

 

「おまえホント麻雀のことしか見てないのな……一応社員なんだから会社のことくらい気にしとけよ」

「うん……」

「先に言ってんね」

「あい……」

 

 

 仕方ない奴だとばかりに忠告を受けるが、返事を返す気力もあまりないのでおざなりに返す。先に行く二人を見送った後、着替えを続けるがその手は重い。

 別に今の話が原因と言うわけではない。確かに二年以上所属していたチームだからそれなりの愛着もあるし、仕事がなくなると言う心配もあるけれども……。

 

 

「その麻雀も……まだまだ正面から向き合えてはいないんだけどね……」

 

 

 ――そうだ……今の話や試合で疲れているだけが本当の原因ではない。

 

 麻雀は子供のころからやっていたし、チームのエースを背負って試合をするのもこの二年半で慣れたのもあって、今日の試合だけでヘトヘトになるほど柔ではない。

 原因はわかっている。麻雀を打っていると、ここぞというときにチラつくあの影だ……。

 

 

 結局麻雀教室で子供たち相手に教えていた二年間だけでは、九年前の傷を未だに私は癒すことが出来ずにいた。

 そしてもう一つ――

 

 

「……ッ!? …………早く帰ろう」

 

 

 思わず脳裏に浮かんだものを頭から振り払い、急いで帰る支度をしてさっさと外に出ると、夏だというのに既に日が沈み始めていた。

 

 ――先ほどの話が本当なら新しい仕事の事も考えなくちゃいけないし、忙しくなりそうだから早めに帰ろう。

 

 そう考えると足早で家に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 

 誰もいない部屋に自分の声が虚しく響く。わかってはいるのだがこの癖は一向に治る気がしない。

 実業団から貸し与えられている2LDKで駅まで五分と言う優良物件のこのマンションが現在の住まいだ。

 

 ――と言っても一人暮らしにはこの部屋は広くて、持て余し気味なんだけどね……。

 

 帰り際にコンビニで買ったお酒やつまみを冷蔵庫にしまい、一緒に買ってきた弁当はすぐに食べられるように電子レンジで温める。

 こちらに来てから二年半近いが、自炊など数えるほどしたことはなく、大抵はコンビニ弁当と近くの定食屋だ。

 もう若くないし、栄養のことを考えるなら自分で作った方がいいのだが、あまりやる気になれない。

 

 自炊の方が安く済む。とはよく言われることだが、1人分だけ食事を作ると言うのは実に面倒だ。

 大抵のスーパーでは家庭用に食材を分けている所が多いので買いづらく、また野菜や肉などは賞味期限も短いので、消費するためにも買ってきた後はしばらく同じ食材が続き、前にキャベツを一玉買った時なんかは頑張って半分まで使ったのだが、結局残りは萎びて食べられなくなってしまった。

 

 勿論一人用に売っているのもあるのだけど、結局それだと割高になるし、忙しいときなんかは結局冷蔵庫で腐らせることも多いのでついには止めてしまった。

 そのうえ一人暮らしをすると家族がいないため、炊事洗濯掃除全て自分だけでやらねばならず、社会人ともなるとそんな暇すら持てないのが現状だ。

 

 だけど…………こうやって色々言い訳をしているが、やっぱり一番の原因としては時間と手間をかけて作っても自分以外食べる人間がいないからだと思う。

 どんな頑張って作っても誰も褒めてもくれないし喜んでもくれない……。

 

 ――向こうにいた時にはよく作ってたんだけどね……。

 

 

「あー…なんか今日はいつもに増してアレだなー…………よし! さっさと食べて飲むか!」

 

 

 昔のことを思い出して鬱になりかけたが、お腹いっぱい食べて酒を飲んで忘れることにしよう。

 人間の三大欲求のうち一つを満足させればすっきりするだろう。勿論食欲の方だ……自分でもストレート過ぎて嫌になる……こんなんだから親父くさいって言われてたんだし。

 

 又もや落ち込みそうになりながらも、部屋着に着替えてから温めた食事と酒を取りに行く。

 ちなみに服装はジーパンとタンクトップだ……決して女を捨てているとかではなく、ただ単に誰も見られてないんだから楽な方を選んだというだけだし。

 

 

「うし、いただきまーす」

 

 

 温めたパスタをテーブルに置いて、手を合わせてから食べ始める。

 気分は落ち込んでいても空腹には勝てないのか、どんどん胃の中に入っていく夕食たち。……うん。おいしくないや。

 

 この二年近くでかなりの数を食べてきたが、ここに来るまでそれなりに豊かな食生活を送っていた為かこの味には一向に慣れない。

 勿論いくつかの飲食店を回しているのだが、行ける範囲の店はある程度限られるし、近年コンビニも味が良くなってはいるとは言っても基本どの店舗も方向性は一緒なので味は濃いし飽きる。

 贅沢なのはわかっているけど買うものは買ってるし、別に店にクレームはつけてないんだから心の中でぐらいは文句を言わせてほしい。

 

 そして文句は言いつつも無くなっていく夕食に、そろそろいいかと思い酒を開ける。

 空腹時には酔いが回って危険だからなにか腹に詰めてから飲め、とさんざん言われてきたのを未だに律儀に守っている自分になにやら笑いがこみあげてきてしまうが、さらに酒を進めて誤魔化す。

 

 ――それにしても、ほんと今日はアイツのこと思いの出すのが多い……やっぱりさっきのチーム解体の話のせいかな? 自分がこうやって夢を追いかける為に地元から離れてアイツとも別れたのに、それが無駄になったからかな……って、いけないいけない!

 

 頭に浮かんだもの振り払うようにどんどんお酒を飲む……うぐっ!? うぇ……。

 

 

 

 

 

 食事が終わりお酒をチビチビと飲んでいるとやることもなくなり暇になった。

 

 廃部するかもしれないとはいえ今はまだチームに所属しているのだから、少しでも麻雀の勉強や研究をするべきなのだろうが、酒に酔った頭では上手く回らないしそういう気分でもない。

 なので、少し早いがこのまま寝てしまおうかと考えたのだけど、ふと、部屋の中にある本棚の分厚いファイルに目がついたので、酔っぱらってふらつく体を動かし取りに行く。

 

 ――まあ、ファイルと言ってもただのアルバムなんだけどね……。

 

 子供の頃の物は実家で両親がしまってあるので、これは私が自分で撮って保存したものだ。ちなみに実家から持ってきた数少ない私物でもある

 主にこのファイルには高校時代からのを集めていて、最初のページを捲ると高校の麻雀部で活躍していた時の写真が出てくる。

 

 ――当時はあの準決勝で負けるまでは何の悩みもなく楽しく打ててたっけ……。

 

 かつて自分が最も麻雀を楽しんでいた頃を懐かしみながらもさらにページを捲っていく。

 

 次のページには望達と馬鹿やっていた頃の写真が出てくる。と言っても田舎の阿知賀でやれたことなんてたいしたことはないのだけど。

 

 ――最近忙しくてこっちから全然連絡してないな……少し落ち着いたら会いたいな……。

 

 そこから進んでいくと時代が飛んで大学生の頃に写真が多くなる。その中でも特に多いのは、母校で子供たち相手に麻雀を教えていた頃の写真だ。

 麻雀と向き合うことが出来たきっかけであり、あの子たちのおかげで自分はまた麻雀を打ちたいと思えたのだ。

 

 ――あのころは楽しかったっけ……みんな元気にしてるかな。

 

 そして…………その中に映る一人の人物の姿を見て手が止まり、しばらく凝視した後、思わず棚に置いてあるもう一つのアルバムに手を伸ばしてしまう。

 

 先ほどのアルバムが友人達との思い出が詰まったものなら、こちらは元彼――京太郎との思い出が詰まったアルバムだ。

 開いては駄目だと思いつつも、その誘惑に勝てず指を動かして開けてしまう。

 

 

 

 

 

 須賀京太郎――――私の初めての男友達と言っていい存在で――――私が初めて好きになって彼氏となった男性だ。

 

 

 

 

 

 最初京太郎とは当時吉野に旅行に来ていた所を偶然出会い道案内をしただけの関係だった。

 

 その時は背が高くてちょっとカッコイイ人だなー程度にしか思っていなかったし、まさか次の日も会うとは思っていなかったな……前回と違い逆に私が助けられて、その上色々恥ずかしい姿も見られてしまったけど、お礼がしたかったから恥ずかしかったけど勇気を出して食事に誘ってみた。

 それで色々話していくうちに思っていたよりもいい人で楽しかったかった為、友人となり観光案内をすることになったのだ。

 

 ――あの時は咄嗟に口に出しちゃったけど、内心では心臓がドキドキしてたっけ……。

 

 そう思って手に取るのは、その時に一緒に出掛けた写真だ。会ったばかりだったから写真越しだけどお互いにぎこちないし、照れているのがわかる。

 

 ――当時は事故で手を繋いだりしたら、それだけで真っ赤になってたっけな……。

 

 その時の京太郎と自分を思い出して、思わず笑みが浮かぶ。

 一枚目の写真を戻して他の写真も見ていくと、大学見学に行った時の写真が目につく。

 

 ――周りが慰めたり、腫れ物に扱うばかりだった私の過去をすごいって言ってくれたんだよね……今思えば当時他にも同じように言ってくれた人もいたんだろうけど、何故か京太郎の言葉は凄く嬉しかったっけ……。

 さらにページを捲って行くと次々と写真が出てくる。

 

 

 ――大学で一緒にご飯を食べている時の写真。

 ――勉強についていけなくて、京太郎に教えてもらっている時に気晴らしに撮った写真。

 ――試験が無事終わり、お疲れさまと言うことで一緒に遊びに行った時の写真。

 ――恋人になってから初めてのデートの写真。

 ――いっしょにクリスマスを過ごした時の写真。

 

 

 これらだけでなく他にも様々な写真が出てくる。ここにあるのは全て京太郎と一緒に撮ったものだから、この先も京太郎との写真はずっと続く。

 そしてページを捲る途中、アルバムに水滴がついていることに気付いた。

 

 

「あれ? なんか濡れてる……おかしいな、しっかりしまってあったはずなのに……拭かないと」

 

 

 そう思っている間にもどんどん水滴が増えていく。

 急いでタオルを探すために顔を上げると、部屋においてある鏡に自分の顔が映り――ようやく自分が泣いているのだと気付いた。

 

 

「…………え? なんで私……泣いてるのさ……」

 

 

 近くにあったタオルを右手に取ってアルバムを拭きながらも、左手にも別のタオルを持って目元を拭くのだけど一向に涙は収まらない。

 むしろ後から後から溢れて出てくる。

 

 

「な、なんでよ……止まってよぉ……」

 

 

 涙は止まらず、そのうえ胸までも苦しくなって来てベッドの上に倒れるように横になる。

 すごく苦しくなり、助けを求めるように京太郎の事をもう一度考えると少しだけ気持ちが軽くなったが、それを上回るようにさらに苦しさが増す。

 

 

「……っ! ……ッ! 会いたいよぉ……きょうたろぅ……」

 

 

 その苦しさに、口に出すまいと思っていた言葉が思わず出てきてしまう。

 

 ――駄目だ……こうなるから京太郎のことを考えたくなかったんだ……。

 

 この二年間……京太郎と別れてから何度も味わった苦しみだ。

 こちらでは京太郎のことを知っている者もいなく、一人で我慢して抱え続けていたが、一向に治ることも慣れることもない上に、時が経つにつれてその痛みはどんどん増していく。

 

 

「ぁぁ……苦しいよぅ……寂しいよぅ……」

 

 

 この二年間、何度も京太郎に連絡をしようとしたことがある。

 

 お互い別れる時に携帯の電話番号は変えて、どちらも相手の電話番号はわからないようにしたけど、相手の実家を通せば話すことはできるだろう。

 だから何度も携帯に残っているその電話番号を見て通話ボタンを押してしまいそうになった……今では長野にある京太郎の実家の電話番号を何も見ずに打てるほどだ。

 

 けれど――番号は押せてもそれ以上は出来ず、一度も連絡は出来なかった。

 

 教師として働いている京太郎の重荷になりたくはなかった。きっと新しい彼女がいて楽しく暮らせているはずだから、余計な面倒をかけたくなかった。

 そしてなによりも――――別れてここまで来たのに、こんなことになっている自分を見せて軽蔑されたくはなかったのだ。

 

 勿論京太郎はこんなことで自分を蔑んだりしないだろう。たとえ彼女がいても自分の事を慰めてくれるはずだ。

 だけど一度そういったことを考えてしまうと指が動かなくなってしまうのだ。

 

(辛いよ……なんで私は一人なんだろう……)

 

 そしてこの二年間、こんなに苦しいのなら京太郎と出会わなければと考えたこともある。

 きっとそれでも自分は赤土晴絵としてそれなりに楽しい人生を送れていたはずだし、もしかしたら別の男性と人生を共にしていたのかもしれない……。

 

 ――だけど駄目なのだ。

 

 阿知賀にいた頃は喧嘩をすることもあったが、すぐに仲直りもして、離れている時間なんてほとんどなかった。だから気付かなかった……一度須賀京太郎という人物に出会ってしまった赤土晴絵は既に彼無しではいられなくなっていたのだ。

 

 先ほどの様なifを考えたことはあるが、それでもこの二年一度も新しい恋人を作ろうなどとは考えなかった。

 だから……きっとこの先も須賀京太郎以外に自分の隣に一瞬でも立つ相手は死んでも現れないだろう。

 

(嫌だ! こんなはずじゃなかった! こんなことになるなんて思わなかったッ!)

 

 またこの二年間、こんなことなら麻雀など捨てて京太郎と別れなければよかったと何度も思った。

 実際に熊倉さんが話を持ちかけてくれるまでは深くは考えていなかったが、それでも京太郎と同じ街で就職するつもりだったし、別れることなんて考えもしなかったのだ。

 

 そして――――もし学生時代に子供でも出来ていたのなら、きっと幸せな家庭を築いて自分は今も京太郎の隣にいたのだろう。けれど当時学生という立場から避妊をしていたし、これは現実から逃れるための意味のない妄想でしかないのはわかっていた。

 だけどこうやって現実を忘れるかのようにそういったことを考えるのを止めることはできなかった。

 

(寂しい! 会いたい!! なんで隣にいてくれないの!?)

 

 しかしこのようなことを考えてはしても、今の自分を言葉に出して否定するのは、応援してくれた人たちと京太郎に申し訳がないから出来なかった……。

 

 

「くぅ……はぁ……ぅぅ……」

 

 

 結局今日も胸の痛みが治まるまでこの現実から逃れるようにジっと体を丸めて堪えている。

 

 そして治まったら京太郎の事を思い自分を慰めて眠りにつくのだ。

 このやり取りは週に最低一度は繰り返しており、自分でも不毛だとは思っているのだが、それは麻薬の様に自分の中に入り込み、止めることが出来ないでいた……。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――会いたいよ。京太郎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃部の話を聞いてから数か月。結局決定は覆らずチームは解散した。

 

 社員としておいてくれると言う話はあったが、あまり乗り気ではなくどうしようか悩んでいたある日、昔からの付き合いである望から久しぶりの電話があった。どうやらチームが解散した話を聞いてかけてきたらしい。

 こちらに来た当初は何度か連絡を取り合っていたのだが、忙しくなるにつれてこっちから連絡する回数も減り疎遠となっていたのに、昔と変わらず心配してくれる親友に思わず泣きそうになってしまった。

 

 なので思わずこれまでの経緯を洗いざらいぶちまけて話すと、それまでこちらの面倒な話を親身に聞いてくれていた望から「だったら一度帰ってこない?」と告げられた。

 その言葉に少し考えたが、こちらにきてから一度も帰省していなく、両親からも散々顔を見せろと言われていたのでいい機会だと思い、会社の方に休みをもらい故郷に帰ることにした。

 

 ――そして今、三年近く帰っていなかった故郷の地に、私は足を踏み入れていた。

 

 乗っていたロープウェイから降りると、20年以上暮らした故郷は降り続ける雪のおかげで歩くのも中々骨が折れる。

 

 歩きながら辺りを見回すと、そこには数年経つにもかかわらず以前と変わらない町並みと自然があった。

 福岡での都会暮らしも便利であり、都会に憧れて田舎を出ていく者たちの気持ちも分かったが、やはり自分は生まれ育った故郷の方があっていると感じる。

 

 

「帰ってきたんだ…………私」

 

 

 久しぶりの光景に感慨を感じていると一台の車が近づいてきた。よく見ると運転していたのは迎えに来ると言っていた望だ。

 

 

「運ぶよ」

「あんがと」

 

 

 気さくな感じで声をかけてくる望にお礼を言って車に乗り込み、私がシートベルトを付けたのを確認してから望が車を走らせる。

 望が運転する車は雪で滑りやすくなっている道を安全運転で走る。山の中ということもあり、雪が降るのも珍しくないけど、車の中から流れる久しぶりの風景をゆっくりと走る車の中から眺める。

 

 

「案外早く出戻ったじゃない」

「うちの会社ホントにヤバいらしいからね……」

「チームが廃部でも社員でいられるんだ」

「ありがたいことに……でもやっぱり居づらいわ」

 

 

 運転をしながらこちらを窺っていた望が少しでも気分を明るくしようと軽い口調で話してくる。

 そんな望に感謝しつつなるべく軽い感じで素直に答えるが、ありがたいと言っても別にチームはともかく、会社に居たい理由はほとんどないからお世辞のようなものだ。

 けれどそんな私の気持ちはお見通しとばかりの視線と雰囲気で望がさらに続ける。

 

 

「それでどうするつもりなの? ぶっちゃけ麻雀打たないなら向こうにいる理由ないでしょ。帰ってくる?」

「…………わかんない」

 

 

 気持ち的には帰りたくもあるが、帰ってきた所でどうしようもない。

 別にこちらでも仕事は探せばあるのだろうけど、今更麻雀に関わらないのは京太郎との約束を破ることにもなり自分を許せそうにないのだ。

 

 

「ハァ……こりゃホント死んでるね……今のあんた道端で車に踏みつぶされた蛙みたいだよ」

「…………否定できないな」

 

 

 呆れたような望に辛辣に言われるが、反論する気力もなく頷いてしまう。

 そんな私を見た望はまたもや呆れた表情も見せる。しかし一度黙ったと思うと、意を決した感じで口を開いた。

 

 

「あんたさ……口には出してないけどやっぱ須賀くんの事引き摺ってるんでしょ?」

「……………………うん」

「かぁーまったく……ッ! こんなことなら別れなきゃよかったのに本当に馬鹿かと。というか向こうに行ったあんたに言われるまで気付かなかった私も十分間抜けだと思うけどね」

「……あの頃は皆に隠してたからね」

 

 

 自傷気味に言う望にそう返すと一層複雑そうな表情をしていた。

 あの頃は皆に気を使われるのが嫌で隠そうと二人で決めたしね……まあ、私たちがここを離れるまで今までと変わらず過ごしてたから気付かないのも無理ないと思うけど。

 

 

「で、須賀くんとは連絡取らないの?」

「……電話番号知らないし」

「ああ、そういえば二人とも変えてたね。まったく……あんたに近い私も教えられてなかったからあの時は連絡取るのに苦労したよ」

「連絡取るって……もしかして、京太郎と?」

「そうよ。あんたに話聞いてから電話したけど、一向に繋がらないから大学の友達通して色々聞いたよ」

「…………なんて言ってた?」

「『晴絵のこと頼む』ってさ。まったく……須賀くんもそんなこと言うぐらいなら最後まで自分で面倒見ろってのッ! あと番号教えなかったこととか謝られたけど謝る所が違うってばさ!」

 

 

 当時の事を思いだしたのか片手でハンドルを握りながらも、空いた手で横のドアを叩いて怒り心頭な望。ちょっと怖い……。

 そんな望にビビりながらも、私は京太郎がこちらのことを気にしてくれていたことに思わず頬が緩んでしまう。

 

 ――だけど……そっか、望は京太郎と話せたのか……羨ましいな。

 

 自分が出来ないことを出来てしまう望が羨ましい……そんな風に思わず嫉妬してしまいそうになる心を押さえて話を続ける。

 

 

「今でも連絡は?」

「とってないよ、最初の一回だけ。向こうも忙しそうだったし、私も何言って良いかわからなかったから」

 

 

 どこかぶっきらぼうに言いつつも先ほどよりどこか運転が荒くなった望。

 こっちにいた頃は二人とも気が合うのか、時々私が嫉妬するぐらい仲が良いこともあった。

 だから私たちの事で面倒をかけたのもそうだけど、望から親しい友達を奪ってしまったことにも罪悪感がわく……。

 

 

「それで、多分電話番号は変わってないと思うからあんたも電話しなさいよ」

「…………いいよ、結局麻雀も中途半端になったし今更会わせる顔がないさ」

「会わせる顔がないって……」

「それにあれから三年だよ……京太郎だって新しい彼女出来てるって」

 

 

 後ろめたさからか望の顔を正面から見ることも出来ずに、外の風景を見ながらどこか投げやりに答える

 

 大学でも京太郎はモテたし、高校時代には地元で何度か告白されているのも知ってる。

 それに幼馴染の照ちゃんと咲ちゃんも大きくなってるだろうし、二人とも京太郎が大好きだったからどちらかと付き合っていてもおかしくない……。

 今じゃ無駄に年を取った私なんかよりも、若いあの子たちの方がきっと魅力的だ。

 

 ――だけど、こうやって京太郎の隣に自分以外の誰かがいることを考えると胸が痛いな……あはは。

 

 

「ったく……言っとくけど須賀くん今でも彼女いないらしいよ」

「…………え?」

 

 

 胸を押さえながらどこか遠くを見ていた私に望が呆れながらも聞き捨てならないことを告げた。

 

 

「な、なんで?」

「なんで知ってるかって? 私は須賀くんと最初以外話してないけど、未だに結構こっちで須賀くんと連絡取りあってる奴は多いからね。ほとんどはあんた達のこと知ってるからあまり深い所は聞けないけどそこらへんはポロッと聞けたみたい」

「そ、そっか……」

 

 

 ――やばい。顔が熱くなるし思わずにやけてくる。

 

 もしかして京太郎も自分と同じことを考えてくれているじゃないかと思うと、未だに京太郎を縛っている申し訳さもあるが、なによりも嬉しいと感じてしまう。

 そのことを考えると途端に落ち着きがなくなって、京太郎がここにいるわけでもないのに辺りを見回したり、車についているミラーで髪の毛を整えてしまう。

 

 そんなことをしてると、ふと、視線が気になり横を向くと、望がにやにやと笑いながら横目で見ていた。

 

 

「嬉しい?」

「そ、そんなこと!」

「ああ、聞くまでもなかったね。それで、憂いの一つはなくなったんだから連絡しなさい」

「…………でも、やっぱり会いづらいよ」

 

 

 色々心配してくれる望には悪いが、やはり気持ち的に難しい。

 確かに京太郎が自分を待ってくれてるんじゃないかって思うとすごい嬉しいが、たまたま彼女を作っていない可能性もあるし、もしくは冷やかされるのが嫌で隠しているだけなのかもしれないもん……。

 

 そんなネガティブな思考にたどり着く自分が嫌になるけど、京太郎みたいにカッコよくて背も高く、優しい上に家事万能な男がいつまでも一人身だなんて思えないよ……。

 

 

「はぁぁ~……別れてる筈なのにこの惚気っぷりとベタ惚れっぷり……なんで別れたっつーかさっさとくっつき直さないのよ……」

「え……? え? は?」

「途中から声に出してたよ」

「うそ!?」

 

 

 指摘されて思わず口を押さえるが時すでに遅し。

 望は「こいつらマジで爆発しろ」って目で見て来るし、思わずその視線と恥ずかしさから縮こまる。

 付き合っていた頃も良くからかわれたが、どうも私はこういったことに免疫がないらしい。穴があったら入りたい……。

 

 

「はぁ……ご飯でも食べてからって思ってたけど、ちょっと先に寄り道するよ」

「え?」

 

 

 こちらが小さくなって黙っていると横からため息が聞こえ、望がいきなりハンドルを切って道を曲がった。

 そして車はそのまま疑問に思う私を乗せて、先ほどとは違う道を走り始めた。

 




 とまあこんな感じで過去編の前に現代編の赤土サイドでした。しばらく現代編が続きます。
 そして案の定書いてたら長くなったので前後に分割。個人的に番外編以外で一話の中身が1万字超えるのは許せないというくだらないこだわりです。


 また今回出てきた望さんはレジェンドの友人キャラとして背中を押すなど色々便利なので次回も頑張ってもらいます。
 未だ出ぬ阿知賀ガールズは次回までお待ちを。


 それでは次回もよろしくお願いします。皆様よいお年を。


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4話

玄「(だ…駄目だ まだ笑うな…こらえるんだ…し…しかし…)」

宥「腹黒チャー…」



 あれから望が運転する車に黙って乗っていると、見覚えのある道を走っていることに気付いた。

 そしてもしかしたらと思っていると、予想通りそれはかつて私が通っていた阿知賀女子学院に到着した。懐かしさから思わず望がエンジンを切るよりも早く車から降りて校舎を見上げる。

 

 

「おお……懐かしの学び舎。ここに三年通って、ここで二年麻雀教室した……」

 

 

 辛いこともあったけど、それ以上に楽しいことが多くあった母校だ。

 思わず涙ぐみそうになるが、後ろから車を降りた望が近くに寄ってきたので急いで目元を拭う。

 

 

「ここからインターハイに行った……」

「うん」

「やっぱり阿知賀が好きだわ」

 

 

 帰ってきたときにも感じていたことを改めて口に出すと、またもや涙が出てきそうになる。けれど過去は過去……今の私は既に学生でもないしこの土地から離れている身だ。

 そんな風に落ち込んでいると、後ろにいた望が歩き始めた。

 

 

「ちょっとついてきて」

「あ、待ってよ」

 

 

 一言告げるとそのままぐんぐん進む望。何がしたいのかはわからなかったが遅れないようについて行く。

 

 私がついてきているのがわかっているのか、振り返らずに進む望は事務所で受け付けをするとそのままさらに奥へ向かう。懐かしの校舎は中の方も数年前から変わっていなかったけど、今日は生徒がいないせいかどこか見慣れなくも感じる。

 そのまま望の後に続いて階段を上ってさらに歩くと、前方にふと目に留まるものがあった。

 

 

「あれ、表札……? 麻雀教室をやめる時に外したのに……」

 

 

 そう――そこはかつて麻雀部があった部屋であり、私が子供たち相手に麻雀を教えていたところでもある。

 

 最後に教室を出るときにちゃんと外したはずの表札がついていることに疑問を感じていると、中から『ジャララ』と聞きなれた音が聞こえる。その音の引き寄せられるように扉を開くと――――そこには五人の女子達が雀卓を囲んで楽しそうに麻雀をしていた。

 

 そのどこか懐かしい光景にしばし硬直していると、その子たちがこちらを振り向き驚いた表情をする。同じようにその子たちの顔を見てみると、成長はしているけど皆がかつての教え子達だと気付いた。

 

 

「あれっ赤土さん!」

「ハルエとお姉ちゃんどうしたの!?」

「先生!」

「本当に赤土さん……!?」

「みんな、どうしてここに……?」

 

 

 そうやって声をかけてきたのは、三年前とほとんど変わらないしずとどこか面影を残しながらも成長した松実姉妹だった。

 だけどもう一人同じように声をかけてきた、芋臭い阿知賀には合わない、今どきの女子と言った子は誰だろう……?

 

 ――ん? あれ? でも私のことを名前で呼んでいたってことは知り合いみたいだし、こっちを見てお姉ちゃんって言ってたよね?

 

 後ろを振り向くとそこにいるのは何処かしてやったり顔の望だけだ……ってことは……?

 

 

「え? もしかして……アンタ憧!?」

「もしかしてってなによ、どう見てもそれ以外にないでしょ」

「あはは! やっぱり驚いてる、あはははははっ!」

「笑い過ぎでしょお姉ちゃん!」

 

 

 ――いや、だって変わりすぎでしょ……。

 

 不服そうにしている憧だけど、昔の憧を知っているなら誰だって驚くでしょこの変化は……隣にいるしずが成長していないのもあって余計に違和感を感じる。突然変異かな?だけど随分と美少女になったな……羨ましい。

 

 そしてもう一人。この教室にいる子を見ると、その顔は麻雀教室にはなかったけどどことなく見覚えのあることに気付いた。

 

 

「きみ……ネクタイの子――」

「!!」

「すぐわかった! 大きくなったね」

 

 

 懐かしさのあまり声をかけると、その子は顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。

 あー……流石に10年も前の事だし覚えてないかな……。当時凹んでいた私にあのように声をかけてくれてすごい嬉しかったんだけどな……。

 

 ――と、それより。

 

 

「この集まりはなんなの?」

「これは……」

 

 

 友達同士で遊んでいるにはわざわざ休みなのに制服を着て学校まで来ているのが変であり気になったので、皆に尋ねると。

 

 

「「阿知賀女子学院麻雀部です!」」

「この五人でインターハイ目指します!」

 

 

 声をそろえて答えるしずと玄から言われた言葉で驚き、続けざまに憧からも驚かされる。

 

 

 ――麻雀部? また出来たんだ……って!? インターハイ!?

 

 

「インハイ……本気なの?」

「大まじめらしいよ」

 

 

 思わず呟いてしまった台詞に望がどこかからかい気味に答える。

 

 ――インターハイ。かつての私が挫折をした、人生において特別苦しい経験の一つだ……。

 

 それをかつての教え子たちが目指すと言うことにどこか因縁めいたものを感じる……が既に自分には関係ないことである。

 

 先ほどの自分たちは絶対に行くんだ! と断言した皆に眩しいものを感じてしまい、余計に自分がみじめになって来た。

 すると隣にいた望が子供たちの所へ行くと、皆が囲んでいた雀卓を覗き込む。

 

 

「ほーほーふむふむ……」

「……何よお姉ちゃん」

「いや、ちょっとねー」

「ハッキリ言いなさいよ」

 

 

 思わせぶりな発言をする望に憧がイライラしながらも聞くと――

 

 

「じゃあ言っちゃうけど、これじゃ全国大会なんて無理だよ」

 

 

 そう、キッパリと皆に告げた。

 勿論それを聞いて皆も黙っていなかったようで、直ぐに憧が声を上げて反論し始めた。

 

 

「なんでそんなのお姉ちゃんにわかるのよ!」

「いやいや~ハルエに引っ張られたとはいえ、一応これでもインハイ経験者だしね。あんた達とは踏んだ場数が違うからわかんのよ。んで、言わせてもらうと、阿太峯中で打ってた憧はともかく、他の皆はここで打ってたことはあっても公式の大会なんて出てないでしょ? ハッキリ言って今のあんた達じゃ実力だけじゃなく経験不足で、それなりにいい所は行くだろうけど県大会で優勝なんて到底無理。あ、他の皆よりはマシって言っても実力で言えば今の憧じゃ晩成でベンチにすら入れないだろうね」

「ふきゅう……」

「確かに……」

「あうぅ……」

 

 

 全員の鼻をへし折るように、ものすごい勢いのマシンガントークでへこましていく望。

 そんな望に反論したい憧達だったが、望が言っていることが正論だとわかっているのか、どんどん元気を失っていく。

 

 確かに望の言うことは正しい。

 どうやら穏乃達は麻雀教室が解散してからも麻雀自体はやっていたみたいだし、ネクタイの子もそれなりの実力みたいだけどそう簡単に優勝が出来るほど麻雀は甘くない。

 近年オカルトが重視されるようになったとはいえ、やはり経験と言うものは大事だ。今の状態で勝てるなんてそれこと牌に愛されるような特殊な子達ぐらいだろう。

 だけどこのままじゃ可哀想か……。

 

 そう思い、流石に凹んでいる皆になにかフォローをしようと近づくと――

 

 

「だ・け・ど! そんなあんた達に朗報! ここに昔、この麻雀部の部長を務めたインハイ経験者で、最近は実業団でエースを張ってプロのから誘いもある阿知賀のレジェンドと呼ばれた女がいます!」

「…………はい?」

「し・か・も! チームが解散したからもうすぐニートになります!」

「ひどっ! って、え……」

 

 

 近づいていたこちらを指差しそう告げた望と一斉にこちらに向けられた視線に思わず呆けた言葉を返してしまう

 

 ――えーと……つまり…………どういうこと?

 

 事態が呑み込めていない私に望が噛み砕くように話を続ける。

 

 

「だから、あんたここで教師やりなさい」

「え、え? な、なんで……?」

「だってあんたこのままじゃほんとにニートじゃない。大学で高校の教員免許取ったでしょ」

「いや、確かにそうだけど……まだやめるって決めてないし……」

 

 

 悩んでいるとはいえ一応席はあるんだという私に対し、呆れた表情をしながら望が近づき、こちらの肩を掴んで真剣な表情で顔を覗きこんできた。

 そのまっすぐな視線に目を背けようとするが出来ない……。

 

 

「あんたさ……このままでいいの? そりゃ確かに食べていくぶんには困らないだろうけど、それはあんたのやりたいことじゃないっしょ? それにもしこのまま誘われるままプロに行っても同じことの繰り返しだよ」

「それは……」

「だったらさ、昔の事を清算する為にもこの子たちと一緒にもう一度あの舞台に行きなよ。選手ではなく顧問という立場になるけど、それでもなにか変われるものがあるんじゃない?」

 

 

 確かに望が言うことももっともだ。今麻雀を止めても悔いが残るだろうし、そのまま続けてもきっと同じようにあの悪夢が出てくるだけなのだ――だけど……。

 

 未だ悩む私を後押しするかのように望が続ける。

 

 

「それにもしこれで正面から麻雀と向き合えたら、須賀くんとも会う気になれるんじゃない?」

「え? 京兄がどうしたの?」

 

 

 望が告げた私を説得するための言葉に反応を示すしず。口には出さないが、同じように憧たちも怪訝な顔をしている。

 

 ――そういえば望は知ってるけど、この子たちとは全然会ってなかったからまったく教えてなかったっけ……。

 

 

「え、とね…… 「須賀くんと別れたのよこの馬鹿チン」 ちょ!? って痛っ!」

「「「「別れた!?」」」」

 

 

 こっちからすれば恥みたいなもんだし、なんとか誤魔化そうかとしたのだが、肩を掴んでいた手を離しそのままこちらの背中をバシンと打ってあっさりばらす望。

 するとよくわかっていないネクタイの子を除く四人が私に詰め寄ってきた。

 

 

「どういうこと先生!」

「なんで別れてるのよ!?」

「師匠も一緒に福岡に行ったんじゃないのですか!?」

「く、詳しく説明してください!?」

「ちょ、ええっと……」

 

 

 四人に囲まれ質問攻めにされてしまうが、説明しようにもどうしたらいいのか困り、視線で望に助けを求める。

 

 

「落ち着きなって皆。どうせハルエが説明するといつまで経っても終わりそうにないし私から言うけど、簡単に言えば大人の事情ってやつよ。あんた達も昔ほど子供じゃないんだしわかるでしょ」

「……なんとなくわかるけど、納得いかないわよ!」

「そうなのです! 二人ともあんなに仲良しだったのに……」

 

 

 しょうがないな~と言い、その場を諌めようとする望に対し言葉通り納得いかないと抗議を上げる皆。まあ、私でもこれじゃあ納得はできないだろうな……。

 そんな様子を眺めながら苦笑している望はさらに説得を続ける。

 

 

「まあ、そこらへんはおいおいハルエに詳しく聞きなよ。とりあえず今言えることは二人が別れて、その上この豆腐メンタルは昔のインターハイのことを今もそれを引きずってるってこと。だからそれを解決するためにももう一度どんな形でもいいからあそこに行って、自分を見つめなおす必要があるって言うわけよ。あんたたちも本気でインターハイ目指すならこんなのでも監督は必要でしょ」

「こんなのって……」

「あら? 何か間違ったこと言った?」

「言ってない……」

 

 

 豆腐メンタルもこんなの扱いも実に的確過ぎて、ぐうの音も出ない……。

 そんな感じで凹んでいる私に一度四人で顔を見合わせた憧たちが声をかけてきた。

 

 

「お姉ちゃんはこう言ってるけど、ハルエはどうなの?」

「どうなのって……」

「……京太郎さんに会いたいんですか?」

「それは……」

 

 

 隠し事は無しとばかりに聞いてくる宥達に口ごもってしまう……。

 

 ハッキリ言えば会いたい、会いたくてしょうがない。だけど今の自分が会っていいのかと思うし、この子たちのインターハイについて行ったぐらいで何かが変われるのかと思ってしまう。

 そうやって悩む私を余所に、向こうでネクタイの子が憧たちに声をかけてきた。

 

 

「……ねえ? さっきから皆が言ってる須賀さんとか京兄って、もしかして金髪で背が高い、須賀京太郎って人のこと?」

「え? そうですけど……もしかして灼さん、京兄のこと知ってるんですか?」

「ん、ちょっと……」

「そういえば灼ちゃんのボーリング場は師匠の家の近くだったね」

 

 

 なるほどとばかりに頷いた玄を置いてネクタイの子が私に近づいてくる。

 

 

「私は、はる……赤土さんと須賀さんが当時どういう関係だったのか知らないし、ついて行けば麻雀を打てるようになるかもとか、そんなあやふやな気持ちで私達の監督にならないでほしいと思う」

「うん、そうだよね……ごめん」

 

 

 私の中を見透かされているように言われてしまうが当たり前だろう。誰だってこんな中途半端な人間が役に立つとは思えないし、教わりたくなんてないだろうから……。

 

 

「おしかけちゃってごめ 「だけど……」 え?」

「だけど曖昧だとしても、もし本当に私たちと一緒にインターハイに行くことで、あの頃の様な赤土さんに戻るって約束してくれるなら構わない。私も……もう一度あの頃のような赤土さんが見てみたいから」

 

 

 邪魔になるから謝って部屋を出ようとする私に、真剣な声で私に告げるネクタイの子。驚いて俯いていた顔を上げてその子を見ると、その表情はどこか緊張しながらも本気であることが感じられた。

 すると、穏乃達も同じように真剣な表情でこちらを見つめてくる。

 

 

「先生! 私たちと一緒に全国に行こう!」

「うん、今の私達じゃ力不足なのは一応わかってたし、ハルエがいてくれたらすごく嬉しい」

「そうです! そして県大会だけじゃなく全国でも優勝して師匠に会いましょう!」

「うん、みんなでいっしょに行けたらすごくあったかいと思う」

「みんな……」

 

 

 やばい、泣きそうだ……。

 こんな中途半端な自分の背中を押してくれる皆のせいでただでさえ緩い涙腺がさらに緩くなる。

 

 だけど……皆もこうやって正面からぶつかってきてくれたのに、大人の私が逃げるわけにもいかないよね。

 

 

「うん。私もちゃんと麻雀打てるようになりたいし、京太郎にも正面から会えるようになりたい! だからお願い! 前に進むために私も一緒にインターハイに連れていって!」

 

 

 涙をこらえながらみんなに頭を下げる。

 

 ――そうだ、いつまでも止まってられない……! これは私が赤土晴絵であるために神様がくれたチャンスなんだ!

 

 そんな私の様子に皆はどこか安心した雰囲気で喜び始めた。

 

 

「よーし! これで部員も顧問も揃ったから同好会から正式な部になれるぞ!」

「部長としてやる気満々なのです!」

「でも玄が部長って不安よね~」

「です!?」

「ふふふ」

「しょーもなし」

 

 これからの事を考え意気込んで声を上げる穏乃や玄に憧がやれやれと言った感じでツッコミを入れて、その後ろで宥とネクタイの子が呆れつつも笑っている。

 

 お調子者や自信過剰などまだまだ未熟な子達だけど、そんな今の私にないものを持っていると皆を見ていると、なんだか元気がわいてきて今なら何でもできる気がしてくる。

 するとこちらの様子を離れて見ていた望が、切りが良いとばかりに声をかけてきた。

 

 

「それじゃあとりあえずハルエはさっさと正式に教員になれるように手続しないとね。あ、既に上に話は通してるからすぐにでもなれるよ」

「いつのまに!?」

「この前あんたに電話した時」

 

 

 さらっと衝撃の事実を告げる望に驚きが隠せない。

 

 ――全部こいつの手の中で踊らされてたって事か……いや、まあ、私の事を考えて色々やってくれてたのはわかってるけど、なんか釈然としない……。

 

 そして何処か憮然とする私に背を向けて憧たちの方を向く望。

 

 

「あ、そうだ。皆が少しでもやる気になるように、全国大会に行けたらなんかご褒美上げようか?」

「ご褒美……まさかおもt 「ゴッドモザイク」 もごもごうぶぶ」

 

 

 昔と変わらない懐かしい台詞を吐こうとした玄の口をネクタイの子が塞ぐ。やるねぇ。

 

 

「おもtは置いといてあれね……ふっふっふ、あんた達が県大会勝てたら全国大会の後に須賀くんに会わせてあげるよ!」

「「「「ええ!?」」」」

「もごgvどいんヴぃ!?」

「ほうほう」

 

 

 不敵な笑みを浮かべたと思ったら爆弾発言をかました望に驚く私達――って。

 

 

「会わせるってどうやって?」

「別に物理的に会えないわけじゃなく普通に実家に住んでるみたいだし会えるでしょ。だったら押しかければいいじゃない」

「いや、そうだけど……」

 

 

 望の答えに納得する。確かに私が会えないのは精神的な問題だし別に会おうと思えば会えるもんね。だけどあんた達って?

 疑問に思う私を押しのけ憧が望に詰め寄る。

 

 

「お姉ちゃん須賀さんがどこに住んでるか知ってたの!?」

「友達だしね、そりゃ知ってるわよ」

「なんで教えてくれなかったのッ!」

「だって当時のあんた達に教えたらそのままヒッチハイクしてでも会いに行きそうだったからね、隠しといた」

「う……で、でも……」

「あの頃は師匠に会いたくて色々したけど駄目だったよね……長野に住んでることしか知らなかったし」

 

 

 そういえば京太郎は詳しい家の場所教えてなかったし、出ていく時も連絡先も教えてなかったっけ……。

 当時自分たちの事で一杯一杯だったとはいえ、ここにいない年少組を含めて皆京太郎に懐いてたから悪いことをしたな……。

 

 

「まあ、昔の事はおいといて。どうよ、やる気出た?」

「えっと……県大会で優勝すればいいん……ですよね?」

「全国大会優勝にしとく?」

「あぅぅ……県大会でいいですぅ」

「そんじゃさらに全国大会で一番頑張った子には最初に須賀くんに会わせてあげようじゃない!」

「「「「「おお!?」」」」」

 

 

 意地悪そうに言う望に声と体を小さくする宥だったが、次に発言を聞いて他の皆と一緒に元気になる。いや、確かに全国優勝はキツイし、県大会で優勝ぐらいがちょうどいいんだろうけど……。

 

 というか確かに皆に悪いとは思っているし、そのうち会わせてあげたいとは思ってはいるけど、京太郎と感動の再会するのは私の役目じゃ……。

 

 

「よーし! さらにやる気出てきた! 和だけじゃなく京兄にも会うぞぉー!」

「師匠に会えたらいっぱいお話ししたいなー……ふひひひひっ」

「まったくお姉ちゃんは……まあ、でも行く理由がまた一つ増えたわね」

「うん。早く京太郎さんと会ってあたたかくなりたいな~」

「まあ、私も久しぶりに話したいかな……」

「それと須賀くんって今彼女いないらしいから狙ってる人はチャンスあるわよー頑張りなさいね」

「「「「「おー!!!」」」」」

「あー……えーと……いえ、なんでもないです……はい」

 

 

 こうして身内に敵っぽいのがいたりと、どこか不安ながらも阿知賀女子学院の教師兼麻雀部顧問となった私、赤土晴絵の新しい日々が始まったのだった。

 

 ――待ってなさいよ、京太郎……きっと会いに行くからね。

 

 




 皆様新年あけましておめでとうございます。このような駄文な駄作品ですが、今年も宜しければお付き合いくださいませ。


 ということで現代編レジェンドサイド後編でした。これでうじうじレジェンドは消えるはず…。
 阿知賀麻雀部に関しては以前の現代編の会話でもわかるとは思うのですが、京太郎という要素が加わったことにより微妙に変わっております。詳しいことは過去編でやりますのでそれまでお待ちを。
 ちなみに京太郎が清澄で麻雀部の顧問をやっているのは望さん含め全員知りません。


 それではまた次回もよろしくお願いします。
 

 キャラ紹介現代編に【赤土晴絵】・【高鴨穏乃】・【新子憧】・【松実玄】・【松実宥】・【鷺森灼】・【新子望】を追加しました。

 おまけにタグとか弄り弄り。


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5話

咲「伊達や酔狂でこんな頭をしているわけではないぞ!」

氵 火 火「」
氵 也 田「」
タ コ ス「」



 新一年生の入学式から数日たち、新学期が始まった。

 一年生は本格的に学校が始まると言うことで楽しそうだし。二、三年生も新しいクラスに不安と期待を膨らませる姿が見える。そんな生徒たちの様子に、当時自分が学生だった頃を思い出させられる。

 

 あー、久しぶりにハギヨシ達誘って飲みにでも行くか。

 と言っても、ハギヨシは執事の仕事上多忙だし、他に仲の良かった奴らは県外で働いているやつも多い為会う機会はほとんどない。

 それでも元々べったりしない連中が多いからなのか、久しぶりに会った時でもお互い昨日会ったばかりの様に話せる関係なのはいいもんだ。

 

 

「おーい、京太郎。始業式と会議が終わって気が抜けたのはわかるが意識飛ばし過ぎだぞー」

「大丈夫ですって、それより先生も職員室で競馬新聞広げないでください」

「そりゃ鴉に空を飛ぶなというぐらい無理な話だ」

 

 

 隣の机で赤ペンを持ちながら競馬新聞を読んでいた先生が、コーヒーを片手にボンヤリと窓の外を見ていた俺に笑いながら話しかけてくる。

 確かに結構フリーダムな学校ではあるけど、堂々と競馬新聞広げているってどうなんだろうな……。まあ、逆に気さくでいいのか?在学当時から嫌な先生っていなかったし。

 

 

「んで、京太郎。どれが来ると思う?」

「俺やったことないからわかりませんって」

「勘でいいんだよ勘で、麻雀って運の要素が強いんだから上手く使って当ててくれよ。この前のケンタウルスホイミ逃してヤバいんだよ、来ると思ったんだがな……」

「んな、無茶な……」

「それじゃあ今度一緒に行くか? 百聞は一見にしかず。されど百見は一戦にしかずだ」

「折角ですが麻雀部の面倒もありますし、丁重にお断りします」

「ああ、そういえば新入生二人が入ったって言ってたな。ちゃんとした部に昇格できるまでもう少しじゃないか、頑張れよ」

 

 

 個人的にギャンブルは好きではないし、楽しそうに勧めてくる先生は悪いが顧問を理由に断る。すると先生は特に残念そうな顔することもなく、むしろ麻雀の事で激励をくれた

 まあ、誘ってくるのはしょっちゅうだし今更か。それに実際和達が入って忙しくなりそうだしな。誘ってくれたのは嬉しいけどしょうがない。

 

 

「それじゃあ、俺部室の方に顔出してきますね。お疲れさまでした」

「おう、お疲れさん――と、それでどれがいい?」

「いや、だから……」

 

 

 挨拶をして麻雀部の方へ行こうとする俺に対し、先生が手に持っていた新聞を再び見せてくる。このまま無視して行くのはアレだったので、適当に選ぶかとちらっと目を通す。

 

 

「あー……それじゃあ6と……22はないのか、じゃあ2と6でどうです?」

「2と6な、よしよしゲシュペンストとグルンガストだな」

 

 

 俺の告げた番号に楽しそうに丸を付ける先生を置いて、他の先生にも同じように挨拶をしてから旧校舎へと向かう。

 

 ――まったく……未練がましいな俺も。

 

 

 

 

 

「入っていいかー?」

「どうぞー」

 

 

 旧校舎にある麻雀部部室に着いて、ノックをしてから入っていいか了承を聞く。

 以前ノックをせずに入ったら竹井が着替えている所に遭遇して、竹井もそんな所で着替えてる自分が悪いのがわかっているのか怒られはしなかったが、しばらく気まずい状態が続いてしまった。

 

 なので、時々忘れることもあるがそれからはなるべく確認してから入るようにしている。といっても、竹井もあれから着替える時は奥の方を使うようにしているらしいから二度目は未だにないが。

 竹井から返事を返ってきてから中に入ると、竹井だけでなく染谷と新入生二人も既に集まっていた。

 

 

「おう、皆お疲れ様」

「おつ~」

「おつかれさまじゃ」

「お疲れ様です」

「おつだじぇ!」

 

 

 とりあえず挨拶をすると皆から思い思いの返事が返ってくる。

 しっかりとした挨拶を返す染谷や和と違い、竹井や片岡は随分とフレンドリーな返しをしてくるが、お堅いのも面倒なので訂正はしない。

 挨拶が終わった所で部屋の中を見ると、皆が机に座って何か作業をしていることに気付く。

 

 

「ん? なにしてんだ?」

「あら、決まってるじゃない。新入部員勧誘のポスター作りよ」

「あー、そういえば明日だったな」

「もう、顧問なんだからしっかりして欲しいわ」

 

 

 思い出したように言う俺に呆れた表情を見せる竹井。

 うちの高校では一学期の初日ではなく、次の日に新入部員の勧誘を行うのでその作業みたいだ。準備が遅い気もするが去年もこんな感じだったし、別に文化祭みたいに大がかりな準備をする必要もないので十分間に合うだろう。

 そして俺と竹井が話している間にも染谷達はそのための準備を進めている。

 

 

「むう……タコスの絵は書いちゃダメなのか?」

「料理部じゃないんじゃから駄目にきまっとろう」

「ここはこうしてと……」

 

 

 タコスの絵を描こうとする片岡に冷静なツッコミを入れる染谷と黙々と去年配布したチラシを見て新しいのを書いている和。この前少し話したぐらいだけど、真面目なのは相変わらずみたいだな。

 ちなみに片岡がタコスにこだわる理由は後の雑談で聞いた。タコスが好物とか珍しいな…。

 

 

「とりあえず順調そうだな」

「当然! 和と優希が入ってくれたおかげで今年こそ正式な部になれそうだしね、気合の入り方が違うわ。ふふふ」

「入り方が違うって……」

 

 

 何か含み言った言い方をする竹井に嫌なものを感じる。まさかな……。

 

 

「ちょい竹井。こっちこい」

「あら? デートのお誘い?」

「デ、デート!?」

 

 

 奥の部屋で話すため竹井を引っ張ると、軽口をたたく竹井に何故か和が反応して立ち上がる。

 

 

「ど、どうしたんだ原村?」

「デートに行くんですか?」

 

 

 恐る恐る聞いた俺に何処か凄味のある声で詰問してくる和。

 おかしいな……和ってこんな怖かったっけ?いや、でも、元々内向的だったのが成長して歳相応になったって考えるべきか?

 どうするか俺が悩んでいる間に、のほほんとしている竹井が依然怖い表情をしている和に近づく。

 

 

「アハハ、冗談冗談。部長と顧問の話よ。ねぇ? 須賀先生」

「お、おう勿論だ」

「……そうですか」

 

 

 ケタケタと笑っている竹井に肯定すると、どこか憮然としながらも納得する和。

 あれか?真面目に作業してる自分たちを放っておいて、どこかに行こうとする俺達が不真面目に見えたのか?確かに真面目な和ならありそうだ。

 ならしょうがない、あまり本人の目の前で言うのもアレだけど仕方ないか。

 

 

「やっぱここでいいぞ、竹井」

「あら、そうですか?」

「ああ、それで――もしかして竹井、明日の勧誘で原村を使おうとしてないか?」

「ふぇ?」

 

 

 竹井に尋ねると、まさか自分の事が話されると思わなかったのか、和が気の抜けた声を上げる。

 そして俺の質問に対し、誕生日の為にサプライズパーティーをしかけていたのに、それを前日にばらされた進行役のような表情をする竹井……そのままだな。

 

 

「もう、明日の楽しみに隠しておいたのにバラさないで欲しいわ~。そうよ、インターミドルチャンプの和がいれば新入部員もどんどん入ってくるはずよ!」

「楽しみって…………はぁ、言っておくけどそれ禁止な」

「ちょ、なんで!?」

 

 

 うきうきと話す竹井にダメ出しをすると途端に慌てだした。

 

 ――はぁ……まったく、こいつ和達が入って嬉しいせいか前に自分で言っていたこと忘れているな……。

 

 

「あのなぁ竹井……それじゃあ聞くけど、その勧誘で原村を前面に出したらどうなると思う?」

「そりゃインターミドルチャンプとお近づきになりたいってことで麻雀に興味持つ子が……」

「ああ、出て来るかもな。だけどお前去年自分で言ったこと忘れたか?『ミーハーな気持ちで入ってほしくない。弱くても麻雀が好きな人や好きになってくれる人が麻雀部に入ってほしい』ってな」

「あ……」

 

 

 俺の言った言葉を聞いて思い出したのか、途端にバツの悪そうな顔をする竹井。

 

 既に去年の時点でうちの学校の有名人だった竹井はその名を使えば部員を集めることは出来たのだけど、先ほど俺が言った台詞通りの考えを持っていた為、そういった手段は取らなかったのだ。

 だから今回浮かれていたとはいえ、和を客寄せパンダにすることは竹井自身の意志に反することだ。

 

 勿論和自身もそんな風に扱われるのは嫌だろう。

 だけど当日竹井から懇願されたら断りきれなかったかもしれないし、竹井を傷つけることになるかもしれないが、この場でしっかりと言うしかなかったのだ。

 

 

「とまあそういうことで、明日は普通の勧誘だけだぞ。ついでにもしかしたら和の顔を知ってる奴もいるかもしれないから、和にはなるべく裏手に回ってもらった方がいいな」

「そうね……勝手に決めてごめんなさい和」

「あ、頭を上げてください部長! た、確かに本当にさせられていたら嫌でしたけど、まだ何もしてないんですから」

 

 

 俺に言われたことが身に染みたのか、和に向かって頭を下げる竹井。そんな竹井に先ほどの話を聞いて複雑そうな顔をしていた和も焦りだす。

 

 ――ふぅ……仕方ないな。

 

 

「それにな、竹井。もし和を見て入ってくる奴って主にどんな奴だと思う?」

「……え? どうって?」

「おいおい、決まってるだろ。インターミドルとか関係なく、和にお近づきになりたいって考える男子達に決まってるだろ」

「わ、私にお近づきに……!?」

「そりゃそうだろ。だってこんなbigな和の胸だぜ、絶対不真面目な男子ばっかりが集まって部活にならないに決まってるだろ」

「完璧にセクハラじゃのう」

「サイテーだじぇ」

 

 

 拳を握って力説する俺に冷たい視線を向ける染谷と片岡。確かにセクハラには違いないが、一理どころか十里ぐらいある話だと思う。

 実際和が麻雀部に入っているって知られればそういう行動をとる男子は多いと思うし、もしそんなのが入れば先ほど言っていた通りの面倒なことになるだろう。

 

 例え入部させる前に人柄を見ようと面接でもして真面目そうな奴だけ入部させても、それまでにかなりの人数を落とすだろうから『あの麻雀部は選り好みする部活だ』みたいな悪い噂が立って、もしかしたら純粋に興味を持っている奴らも来なくなる可能性もある。 

 だからなるべくそういったのは避けておきたい。

 

 ――と、考えてはいても口には出さない。いや、口に出しても駄目だろうが、先ほどのセクハラ発言で部員たちの冷たい視線に晒されてしまった俺であった。

 そんな俺を無視するように皆は先ほどの作業に戻って行く。あー……汚れ役はきついぜ……。

 

 そんな感じで落ち込みつつも、みんなの視界に入らないように部屋の片隅で牌譜の整理をしようとすると竹井が近づいてきた。

 

 

「ん? どうした?」

「えっとね…………ありがと、先生」

 

 

 竹井は顔を赤くしつつそう一言告げると、急いで和達の方へ戻って行く。

 ……流石にわざとらしすぎたか。和達もこっち見て笑ってるし、皆にはバレバレみたいだな。……さて、俺もなんか手伝うとするか。

 

 

「あ、セクハラ教師が来たじぇ!」

 

 

 訂正。一人だけわかってない奴がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてあれから一週間後。新しい生活で浮足立っていた生徒達も落ち着き、校舎にはのんびりとした空気が漂っていた。

 心配だった咲もクラスの中心とまではいかないが、それなりに話す知り合いは出来たみたいで一安心だ。まぁ、それとは反対にお通夜ムードを漂わせている奴もいるんだが……。

 

 

「結局誰もこなかったわね……はい、ハートの9」

「何人かは見学に来たけど大抵は和目当てじゃったからのう。ほれスペード12」

「ご、ごめんなさい……スペードの13です」

「別に原村が謝る必要ないだろ、実際その中に真面目に麻雀する気の奴はいなかったしな。ほれダイヤの4」

「むむむ……真面目に見学来たやつらも部長が虐めて追い出したしなー……くっ、パスだじぇ」

「ちょ、人聞きの悪い!? 普通に打ってただけじゃない」

「いや、経験者だからって悪待ちなんて性格の悪いことされれば心も折れるじゃろ。ちなみにそういう優希も跳ばしまくってたのう」

「記憶にございません」

 

 

 あれから一週間たっても部員が増えなかったことを嘆く竹井に容赦なくツッコミを入れる染谷達。

 そうなのだ、結局あれから部員は集まらず、部員四人顧問一人と言う現状は一切変わっていなかった。

 

 勧誘自体はそれなりに見物人も来たのだが、本気で麻雀をやるなら長野には名門の風越や他の高校もあるので、同好会しかない清澄に来るものはいなく、初心者からすれば麻雀は敷居が高いのか、実際に部室まで足を運ぶものはあまりいなかった。

 

 まれに興味を持って部室に足を運んだ生徒も、和目当てで見に来たやつらは竹井や染谷が直々に面接をして真面目そうなのがいなかったので切り、数少ない真面目な見学者も竹井と片岡の容赦ない洗礼に心を折られて帰ってしまったのだ。

 

 

『ふふん、此方が負けるわけないわ』

『あ、それロン』

『にょわー!?』

 

 

 こんな感じだ。

 まあ、和目当ての連中からは悪い噂が流されなかったのは良かったとするか。前進も後退もしてないけど。

 

 ちなみに現在、片岡が携帯のアプリで練習したと言うので五人でトランプの七並べをしている。おい、麻雀やれよ。

 

 

「まあ、部費は下りないけどうちは同好会でも大会は出られるから、個人戦があるし良いじゃないか」

「そうなんですけどねー……一度でいいから団体戦も出て見たかったわー。合宿とかもしたかったし」

「お、そういえば、部長たちの去年の個人戦の映像見たじぇ。結構いい成績だったんだな」

「ハハ、良いって言っても部長は7位。わしは13位じゃったがな」

「まあ、去年も強い女子は多かったしな、染谷も一年目にしては上出来だよ。竹井なんか一年の時はガチガチに緊張してたし」

「それは言わないでほしいわ……」

 

 

 俺の言葉で当時の事を思い出したのか、恥ずかしげな顔をする竹井。

 中学の時にも大会に出ていたとは言え、高校になって初めての大会を一人で出ると言うことで相当緊張してたからなこいつ。

 

 

「そういえば……私も清澄に決まった後に、部長が一年生の時の動画見ましたよ」

「ああ、あの時の竹井か……やっぱそれって『アレ』やった時か?」

「はい、あまり褒められものではないですね…」

「ぶー……緊張してたんだからしょうがないじゃない」

 

 

 昔の事を持ち出す俺達に不満の声を上げる竹井。

 ちなみに『アレ』とは竹井が時々やる悪い癖の事であり、俺が顧問になってから矯正はさせていたんだが、大会の時に緊張から思わずやってしまったのだ。

 周りからの印象が悪くなるからやめさせたんだけど、癖って言うのはそう簡単に治らないしな。

 

 

「ま、まあ昔の事は良いじゃない! それより二人も個人戦は出るんでしょ?」

 

 

 慌てながら話を変える竹井。無理があるぞ。

 

 

「そうですね、できれば出たいと思っています」

「目指すはNo.1だじぇ!」

 

 

 そんな竹井に話を合わせて、遠慮しながらも参加を表明する和と自信満々な片岡。

 まあ、和だけじゃなく片岡も初心者どころか結構な腕だし問題ないだろ。一応学校の看板を背負っているので、顧問としては始めたての初心者を出すわけにもいかないからな。

 

 

「あら、自信満々みたいだけどそう簡単にはいかないわよ。長野の高校には腕利きがわんさかいるからね」

「なんでおんしが偉そうにしてるんじゃ…」

「それはもちろん私もその一人だからよ」

 

 

 胸を張って言う竹井に呆れる染谷。

 確かに昨年まで個人戦に出ていた元三年生もいなくなり、竹井も腕を上げたから言いたいことはわかるけど自分で言うなよ……。

 

 

「まあ、部長の言うとおり長野には結構手強いのが揃っとるからな、今のうちにそれに向けた練習は必要じゃ」

「手強いって……もしかして昨年、全国常連校の風越を倒して全国で猛威を振るった龍門渕高校ですか?」

「あら、しっかりと調べてるのね」

「同じ長野ですから。それにMVPなどを受賞した選手もいますからね、それぐらいは知っています」

「天江衣だっけ? かなりヤバいみたいな話聞いたじぇ。見た目は完全に幼女だったけど」

「片岡も似たようなもんだろ……。勿論龍門渕もそうだけど風越の福路も強敵だし、他にも強いのは多いから一筋縄じゃ終わらないな」

「そうねぇ~龍門渕さんも強敵だし、美穂子も去年の団体戦のリベンジで腕を上げてるだろうからやっかいね」

「ん?部長って例の龍門渕とかと知り合いなのか?」

 

 

 竹井の言い回しが気になったのか不思議な顔をして聞いてくる片岡と、同じように不思議な顔をする和。それに対し得意そうな顔で説明を始める竹井。悪そうな顔だな。

 

 

「これでも個人戦は良い成績だったからね、それなりの付き合いってわけよ。それに龍門渕さんとは須賀先生のつながりがあるし」

「え? 須賀先生がですか?」

「なぬ?」

 

 

 竹井に台詞に反応してこちらを見る和と片岡。別に大したもんじゃないし、こっちに振って来るなよ。

 とは言え、話を振られたのに無視するわけにもいかず答えることにする。

 

 

「あー……昔の同級生が龍門渕の屋敷で働いててな。その関係で昔から付き合いがあるんだよ」

「人数が足りないから団体戦みたいなのは無理だけど、何度かまこと一緒に相手をして貰ったわ」

「なるほどなー、須賀せんせーも顔が広いんだな」

 

 

 俺達の説明で納得をする二人がこちらを尊敬したような視線を向けてくるのが微妙に居心地悪い。別にハギヨシのつながりで仲良くなっただけだし、俺自身が何かしたわけじゃないからな。

 あー……でも、前にどっかでそういった人脈を作るのも力の一つだって聞いたっけな。

 

 

「まあ、龍門渕は全国行くほどの実力で他の学校も手ごわい相手じゃからな。しっかり対策練らんと」

「そうね、去年の映像が残ってるからそのうち見ましょう」

「ほーい……って負けっちゃったじぇ」

 

 

 竹井の提案に片岡がやる気のあるのかないのかわからない返事を返す。それと同時に片岡の敗北で七並べが終わる。

 久しぶりにやったけど、これってやっぱ性格が出るゲームだよな。

 

 

「それじゃあさっそく麻雀部らしく練習始めましょうか。……それにしてもほんと誰かこないかしら」

「流石に一週間経つし難しいだろ。体験入部期間もあるとは言え、ほとんどの生徒は既に所属する部活も決めてるだろうし」

「二人が入ってくれただけでも儲けもんじゃ」

 

 

 未だ落ち込んでいる竹井を皆で慰めつつも麻雀の用意をし始めている――――と、突如どこからか地鳴りのようなものが聞こえ始めた。

 

 

「ん? なんだ?」

「足音、でしょうか……?」

 

 

 和の言葉に耳を澄ませてみると、確かにそれは足音に聞こえた。

 しかし足音にしてはそれは聊か大きくさらにどんどん近づいており、部室の近くまで来たと思ったらいきなりに静かになった。

 

 

「「「「「…………………」」」」」

 

 

 顔を見合わせる俺達。

 

『部長なんだからお前行けよ』

『先生こそ行くべきでしょ』

『そうそう、ここは年齢序列だな』

『それじゃあ若いもんから行くっていうのもありじゃの』

『何を言ってるんですか』

 

 視線で会話をする俺達。団結力は完璧だな。

 

 すると、牽制を続ける俺達を余所に部室の扉が開かれる。そこにいたのは――

 

 

「……咲?」

 

 

 そこにいたのは我が下の幼馴染の咲だった。ただしその顔は窓が入ってくる太陽のせいであまり見えない。

 しかし咲が俺の言葉に返すこともなくこちらに向かって歩いてくると、ようやく顔を見ることが出来た。

 

 ―――――――――――怒っている。

 

 かつて咲が大事にしていた本に照がジュースをこぼした時と同じぐらい怒っていた。

 その魔王的な怒りに、俺を含め他の四人も固まる。

 

 

「……京ちゃん」

「ひゃい!?」

 

 

 いきなり声をかけられたので間抜けな声を出してしまったが、誰も笑ったりからかったりしない。恐らく気持ちがわかるからだ。

 

 

「な、なんだ……咲?」

「入部届頂戴」

「入部届って……もしかして麻雀部……のか?」

「それ以外に何があるの?」

「そ、そうだよな……アハハ。ほ、ほら竹井、入部届しまってあるだろ? 出せよ」

「わ、私!?」

 

 

 話を振ると驚く竹井だが、実際に用紙を持っているのは竹井なのでしょうがない。

 魔王的な咲が恐ろしいのか、本来五人目の部員が揃うかもしれないと言う状況なのに竹井はそのことに頭が回っていないみたいで、ギクシャクした動きで棚に置いてある用紙を取りに行く。

 

 

「は、はい、み、宮永さん……」

「ありがとうございます」

 

 

 竹井から用紙を受け取ると、ポケットからボールペンを取りだしサラサラと名前を書いていく咲。

 

 

「な、なあ咲 「はい、これで私も部員だね」 お、おう……」

 

 

 何があったのか尋ねようとする俺に書き終わった入部届を渡してくる。そして咲はそのまま竹井の方へ振り向いた。

 

 

「これで五人揃ったから団体戦に出れますよね?」

「え、ええ……そうね」

「はい、それじゃあ全国大会行きましょうね」

「……え?」

「そしておねえ、いえ、白糸台を潰しましょうね」

「………………………え?」

 

 

 咲のぶっちゃけた台詞に言葉を失くす竹井。横で聞いていた俺達も似たようなものであった。

 

 

 

 こうして……なんだかんだありながらも、とうとう部員が五人揃った清澄麻雀部であった。

 ちなみに後日、おじさんから咲がこうなった理由を聞くことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<とある鉄板姉妹の喧嘩>

 

 

「――――まったく…お姉ちゃんもチャンプだからって無理しちゃだめだよ。うん」

 

「え、部活? まだ決めてないよ」

 

「うん、どうしようか考えてるんだけどね……」

 

「京ちゃんの麻雀部? 誘われていってみたけど……大会とかで人前に出るのは恥ずかしいよ。TV出るなんて私死んじゃうって……」

 

「……あ、そうだ思い出した。清澄の麻雀部に京ちゃんが奈良にいた時の知り合いが来たんだよ」

 

「うん、京ちゃんはちょっと元気なかったんだけど、それでも昔の知り合いに会えたから嬉しそうにしてたかな」

 

「そうなんだけどね……でもね、その子……胸がすごかったの…………うん、私たちとは逆の意味で」

 

「うん、うん、え、そうなの? ふーん、オメデトウ、オネエチャン」

 

「ふーん……―――はぁ? 何言ってるの」

 

「それとは関係ないでしょ。というか大きくなったって言ってるけど、それってただ太っただけじゃないの?」

 

「違う? だったら前と今の体重言ってみてよ…………ほら、やっぱり言えないんだ」

 

「確かに私も変わってないけど、お姉ちゃんと違ってまだ二年分の余裕があるからね」

 

「………………………………………………………」

 

「いいよ、久しぶりにガチで行こうか」

 

「ううん、その必要はないよ。私も麻雀部に入って全国大会行くから」

 

「そうだよ。『京ちゃんのいる』麻雀部でね」

 

「………………………………………………………」

 

「うん、私にも『デブ』のお姉ちゃんはいないよ」

 

「………………………………………………………」

 

「………それじゃあ首洗って待っててね」

 

 

 

 

 

「(うちの上の娘と下の娘が修羅場過ぎる…)」

 

 

 




 ということで咲ちゃん入部回でした。別に部室に入った時は緊張していただけで、ガチ魔王ではありません。咲ちゃん可愛い。咲ちゃんマジプリチー。
 部員云々とかに関しては、部員勧誘は和たちが入った時期がわからないのでねつ造だとしても、他は原作でもこんな感じだったから足りなかったりしたんじゃないかーと言う感じで書きました。

 アニメに関してはまだ見てない人もいると思うんで、あえてここでは触れません。
 ただ一言だけ言うと、あの阿知賀勢をヒロインとして書く自信がなくなってきた…。


 それでは次回もまたよろしくお願いします。


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6話

照「私に妹はいません。お兄ちゃん(京ちゃん)はいますけど」
宮永母「浮気!?」
宮永父「ご、誤かくぁwせdrftgyふじこlp」



 そんなこんなで咲が入部して一週間。

 申請も滞りなく通り、麻雀部は名ばかりではない立派な部へと昇格。学校からの粋な計らいから予算も今学期から出してくれるとイうことなので、これからの事を考えると実に幸先が良い。

 

 ただ一つ残念なことは、結局咲が入った後も他に入部希望者は現れなかったことだが、正式な部となり、五人揃ったことで個人戦だけでなく団体戦にも出場出来るだけで既に十分だろう。

 

 部員達にもそれなりに変化があり、竹井は念願の部に昇格し団体戦にも出られるからと機嫌が良いし、染谷もさらに後輩が増えたことで嬉しそうだ。

 

 また、一年生三人もそれなりに打ち解けたのか、人懐っこい片岡が中心になり、クラスは違うが部活以外でも昼食を一緒にするなどして交流を深めているみたいだ。

 内向的な咲と気難しい和が少し心配だったけど、間を取り持つ片岡やお互い人見知りという共通点があるおかげか、今ではお互いに名前で呼び合っている。

 ………別に他にも共通点である俺のことで盛り上がったからというわけではない。俺は何も聞いてないぞ、うん。

 

 とまあ麻雀部の人間関係は一旦置いておき、照の事がある咲を筆頭に全員が全国大会に向けてやる気になっているため、ここ一週間は精力的に練習に力を注いでいる。

 なので、麻雀という基本四人でやる競技の要素上どうしても一人余ってしまうので、俺もなるべく部室に顔を出してそいつの指導にあたっていた。

 デジタル面では和に劣るが、それでもそれなりのものだと自負しているしので、一応役に立っていると思いたい。

 

 ということで、今日も仕事を早めに終わらせて健気にも部室に向かっている俺なのであったとさ。

 

 

 

 

 ―――おしまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――と言うわけもなく、いつもの様に旧校舎にある部室のドアをノックしてから部屋に入る。

 んー、相変わらずボロい部室だけど大会で優勝とかしたらもっといい部屋貰えるのかね。でもそれなりにここにも愛着があるし何とも言えないよな。

 

 

「うーっす、お疲れ」

「おー……せんせーお疲れだじぇ」

「あら、おつかれさまー」

 

 

 俺が入ると、どこか難しそうな顔で雀卓を睨んでいる片岡とそれを楽しそうに見ている竹井が挨拶を返してくれる。

 しかし返ってきたのは二人分だけで、他の部員の姿は影も形もなかった。

 

 

「あれ……二人だけか? 他の奴らは?」

「まこは実家の手伝い。咲と和にはそれについて行ってもらったわ」

「実家の手伝いって……ああ、例のメイド喫茶か」

「メイド雀荘よ」

「あんま変わらないじぇ」

 

 

 間違える俺にツッコミを入れる竹井と雀牌を弄りながらさらにツッコミを入れる片岡。いや、十分変わるだろ。

 

 

「って、なんで雀荘?――――あれか、借金の肩に二人を売ったのか……なんてひどい女なんだ」

「見損なったじょ部長!」

「なによこの私が悪女と言う風潮……」

 

 

 冗談をかます俺とそれに乗る片岡に、納得がいかないとばかりに竹井が腕を組む。なんだろうな、雰囲気ってやつか?竹井からはそんなのが出てる気がするんだよな。

 

 

「まあ、冗談はさておき、なんでだ? 一般人相手に経験を積ませるとかか?」

「あら、冴えてるわね須賀先生、半分正解よ。咲はインハイチャンプのお姉さんとやり合うあたり十分強いけど、やっぱりそれだけじゃ足りないものもあってね。和もミドルチャンプと言っても経験で言ったらまだまだだからね」

「なるほどな……でもあの二人相手じゃ普通の人だとキツくないか?」

 

 

 確かに咲は家族や俺相手に打つことはあっても、外で他の人と打つことはなかったからな。和に関しても、咲みたいに今まで表に出てこなかったり、高校になってから才能が開花する雀士も多いからミドルチャンプと言っても油断はならない。

 納得しつつも再び疑問に思ったので再度聞くと、竹井は何処か得意げな顔をしている。……やっぱ悪女ぽいな、その顔。

 

 

「もちろんそこは完璧よ。靖子に行ってもらったから」

「靖子って……ああ、例の藤田プロか」

「そういうこと。靖子だったらあの二人の鼻をきっと折ってくれるわ。この先全国に行くならまず龍門渕を倒さなくちゃいけないんだから、咲達には一度敗北してもらって、しっかり上には上がいるだってことを知ってほしくてね」

「なるほどな……確かにそういったのも必要だな。すまん、そこらへん気が回ってなかったわ」

「ふふ、貸し一よ」

 

 

 楽しそうに言う竹井に不安に思うが、しょうがない。こういったのは顧問が色々考えるべきだけど、部の昇格とかで忘れていた俺が悪いからな。

 

 藤田プロには直接会った事はないから竹井達からやTVで見るなどの情報でしか知らけど、あのまくりの女王相手に指導してもらえるならあいつらもいい経験になるだろう。

 ――と、そこで気になったので竹井に再度尋ねる。

 

 

「なんで片岡は行ってないんだ?」

「ああ、一緒に行かせるつもりだったけど、この子だけ小テストの成績が悪くてその再テストのせいで伸びたんですよ、うふふ……」

「なんもかも政治がわるいじぇ……」

 

 

 どこか恐ろしい笑みを浮かべる竹井とそれから目を逸らして汗をたらしながら言い訳を始める片岡。悪いのは政治じゃなくお前の成績だっつーの。

 

 

「ったく……県大会で勝っても補習で全国いけないなんて嫌だぞ。なんならこの前言った通り勉強見てやろうか?」

「えー……せんせー勉強教えられるのか?」

「先生だからな」

 

 

 当たり前の事を聞いてくるので当たり前のことを返す。

 勉学と言うのは常に発展しているから、教師と言う立場上受け持ちの教科は生徒と同じように勉強してるし、新米教師でもあるので受け持ち以外も知識がさび付かない程度にはやっているのだ。

 

 そんなわけでこちらとしては100%親切な気持ちで言ってやったのだが、片岡は嫌そうな顔をしていた。まあ気持ちはわかるが。

 

 

「でも面倒臭いしなー……また今度頼むじぇ」

「おいおい……大丈夫か?」

「そこらへんは私も不安だけど後で詰め込めばいいし、今は麻雀の練習が先ね。なるべく東場の時の勢いを南場でも持っていけるように訓練訓練」

「うげぇー……疲れるじぇ」

 

 

 もう勘弁してくれという片岡に嬉々として更なる特訓を課す竹井。その表情は実に楽しそうだ。

 そんな二人を見ながら、とりあえず俺にやれることはなさそうなので部室においてあるコーヒーを入れにいく。

 

 

「ほら、牌を切る速度が遅くなってるわよ。集中しなさい」

「うう……タコスを食べさせてくれぇー」

 

 

 そしてコーヒーを手に持ち窓際まで行って、片岡の悲鳴と竹井のS声をBGMに外の景色を眺める。

 

 その後、日も暮れた頃に帰ってきた咲と和は、どうやら藤田プロにはコテンパンにされたみたいだが、それでも何かを得たのかどこか晴々とした表情をしていた。

 

 

 

 

 

 ――ふむ、プロの指導か……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして週末。土曜日と言うことで半ドンだが、麻雀部はいつも通り午後には活動を始める。

 

 上級生二人が多忙なため、全員揃うということはあまりないのだが、今日は事前に全員集まるように知らせていた為しっかりと揃っていた。

 とはいえ、わざわざ全員集めたことに皆何やら戸惑っているみたいだ。

 

 

「そんで須賀先生はなんでわざわざ今日前もって召集をかけたんじゃ?」

「そうね、聞いても当日になったら教えるとしか言われなかったし、そろそろ教えて欲しいわ」

「んー、ちょっと会わせたい奴がいてな、もう少しで来ると思うんだけど…」

「会わせたいって……もしかして彼女!?」

「違うってーの」

「うわぁ! 髪の毛がー!?」

 

 

 的外れな事を口に出す咲の頭に手を乗せてグリグリとやると悲鳴をあげだした。

 そして空いているもう片方の手でポケットから携帯を取り出してみるが、未だ到着したとの連絡はない。

 

 

「おかしいな、そろそろ連絡が来ると思うんだけどな……ちょっと駅まで 「おいーっす、きちゃったぜ~」 ……おいおい」

 

 

 先に駅に行って待つかと思い、外に出ようと思ったら唐突に部室の扉が開けられた。

 

 その音に俺達がそちらを振り返ると、そこにいたのは今どきの日本人には珍しく和服を着て、扇子を持った小柄な長髪の女性だった。ついでに言えば、未だ電車に乗っているはずの俺の待ち人でもある。

 

 そいつを出迎えに動き出す俺とは対照的に、奇妙な出で立ちの珍妙な客の登場に咲達は驚き固まっている。

 

 

「おう、久しぶり。悪いな、わざわざ来てもらって。というかよくこの場所分かったな、駅まで迎えに行くって言ってただろ」

「久しぶり~。いやねぇ、前に文化祭に来た時の事覚えてたから、センパイを驚かせようと思って黙ってきたわけなのさ。どう? どう? びっくりした?」

「いや知らんし」

「人の口癖パクんなってーの!」

「悪い悪い。後でガム買ってやるから許してくれ」

「子ども扱いすんなし!」

 

 

 めんどくさいので適当にあしらうと、さらにプンスコ怒り始めたので宥めてみるが、さらに怒り始めた。とはいえ、いつも通りの挨拶程度のやりとりなので気にしない。

 お互いに多忙だったから、数か月ぶりのやり取りだが、昔からの付き合いの為か話が弾む――と、いけないいけない。咲達にも紹介しないと。

 

 

「ほら、お前のこと紹介するから中入れよ」

「そうすっかね、お邪魔するよ~」

 

 

 中に入るように促すと、そいつは怒っていた顔をサラッと戻し、手に持っていた扇子をしまい中に入る。

 先ほどのやり取りもあって未だ固まっている咲達に方へ向き直り、隣に立っている奴の紹介を始める。

 

 

「悪い、待たせたな。こいつが今日、俺が呼んだ客で 「きょ、きょ、京ちゃん! この子どこどこから連れてきたの!? 中学生に手を出したら犯罪だよっ!」 ……いや、あのなぁ……」

 

 

 先ほどの様に的外れな指摘をする咲に思わず脱力する。そもそもお前だって一か月前まで中学生だっただろ……。

 隣に立っている中学生に間違われた本人はそれを見てケタケタと笑っているし、めんどくさいなぁ……と思いつつも、どう説明しようか考えていると、咲の後ろで固まっていた皆の中から代表として竹井が動き出した。

 

 

「咲……人違いじゃなきゃその人は中学生じゃないわよ」

「え?」

「多分だけど……あの、失礼ですが横浜ロードスターズの三尋木プロ……ですよね?」

「……え? プロってことはもしかして……私より年上?」

「あっはっは~大・正・解! いや~顔も売れてきたせいか、あんま間違われることがなくなったから中学生扱いも久しぶりで新鮮だねえ」

「ご、ごめんなさい! あ、あの私!?」

 

 

 自分が間違っていたことに気付いた咲が急いで頭を下げるが、当の本人は再び手にした扇子をパタパタと扇いで笑っている。

 

 

「いいよ気にしなくて、むしろ流石センパイの幼馴染って感じだしねぇ。先輩と最初会った時とおんなじような反応してたよ。まぁ、と言ってもセンパイには小学生扱いされたけどね、なんで間違えるのかわかんねー」

「そりゃ今よりもさらに小さかったからな。それにさっき久しぶりに間違われたって言ったけど嘘つくなよ。初めて行く居酒屋行ったら毎回身分証が必要だろ」

「わかんねー、なんのことかさっぱりわかんねー」

 

 

 指摘してやると、明後日の方向を見ながら口笛を吹き始めるちびっこ(三尋木)。

 相変わらず変わんねーな。いや、子供ならともかく、いい年した大人がいきなり変わられても困るんだけどな。

 

 

「――って、そろそろちゃんと自己紹介するぞ。咲以外の奴らは知ってると思うけど、こいつは麻雀のプロで日本代表の先鋒も務めている三尋木咏だ。今日はお前らの指導を見てもらうために来てもらったんだ。ほら三尋木、挨拶しろ」

「ほいほい、私が今ご紹介に預かった三尋木咏だよ。よろしくね~……って、普通逆でしょが!」

「いや知らんし」

「またパクった!?」

「あのー……こっちの自己紹介したり、色々聞きたいこともあるんで、漫才はそのへんでやめてもらえませんか?」

 

 

 再びぎゃいぎゃいと騒ぎ始める俺達。しかし流石に二度目だからか先ほどよりも早く、竹井が話に割り込んできた。

 いかんいかん、こいつといると学生時代のノリを思い出してしまうな。

 

 どれから一度姿勢を正して竹井達に向き合い、三尋木に咲達の紹介をする。その後、皆なにやら気になりげな顔をしていたので先ほどの質問を聞くことにする。

 

 

「それで聞きたいことって?」

「この服かい? オーダーメイドだぜぃ」

「違います、お二人の関係です。さっき三尋木プロが先輩って言ってましたけど……」

「ああ、こいつとは学生時代の先輩後輩関係でな。今でも続いてる腐れ縁だ」

「そんなこと言って~麻雀トッププロの咏タンだよ。嬉しいくせにこのこの~」

「うっとうしいわ」

「あいてっ」

 

 

 皆に向けて説明をする俺の脇腹を三尋木がニヤニヤと笑いながら扇子で突いてくる。

 邪魔くさかったのでお凸にデコピンをくらわせてやると、お凸を摩りながら恨めしそうな目でこちらを見てくる。自業自得だ。

 

 そんな事をしていると、ふと視線が気になりそちらを見たら、俺達の様子に咲達が何と言っていいのかわからないと言った表情をしていた。

 

 

「でも、確か三尋木プロって横浜出身じゃ?」

「ん~家庭の事情ってやつ? 知らんけど」

「こいつとは中学の頃に知り会ってな、高校に入るタイミングで引っ越したんだよ」

「へぇー」

 

 

 適当なことを言う三尋木の代わりに説明すると納得をする。そして竹井だけじゃなく、後ろにいた染谷も気になったとばかりに質問をしてきた。

 

 

「でも先輩後輩っちゅうても仲良過ぎないかのう? 同じ部活だったとかか?」

「うんにゃ、私は麻雀部だったけど、センパイはチェス部だったから違うぜい」

「チェス部……ですか?」

 

 

 三尋木の台詞を聞いて和が驚く。他のみんなも似たり寄ったりだ。

 そんなに俺がチェスをやってたのが意外かい。

 

 

「咲ちゃんは知ってたのか?」

「一応チェスをやってたのは聞いたことはあるけど、三尋木さんと知り合いだったのは初めて知ったかな」

 

 

 そういってこちらを責めるような目で見てくる咲。いやいや、俺に女友達がいたっていいだろう。

 当時は咲達もようやく喋れるぐらいになった歳頃だし、わざわざ紹介しないって。

 

 

「それじゃあ二人はどうやって知り合いになったんですか?」

「どうやってって……なぁ?」

「あー、懐かしいねー若気の至りって感じかな? 知らんけど」

「その言い方は誤解を招くからやめろって」

 

 

 竹井に尋ねられ、思わず三尋木と顔を見合わせる。当時の事を説明すると長くなるけど、適当に流すと後で面倒なことになりそうだしな……。

 とりあえず三尋木に補足させながら話すことにする。

 

 

「あー……俺が中学二年の時の話なんだが、ちょうど校舎の改装をしててな。俺達の部室も改装ってことで他の部室を与えられる事になったんだけど、その候補がそれなりに広い部屋と狭い部屋の二つしかなくてな。どっちの部活がどっちの部屋を使うかってことで揉めたんだ」

「当時うちの麻雀部とセンパイのチェス部はどっちも同じような部員数で、どっちも同じような大会成績だったからねぃ。学校側としてもどっちを優先するか決めかねてたらしいね」

「三尋木プロがいる麻雀部と同じ成績って……もしかして須賀先生ってすごくチェスが上手ったり?」

「ん、まあそこそこだな」

 

 

 竹井の質問に言葉を濁す。一応全国でもそれなりの実力だったけど、昔の話だしな。

 

 

「まあ、それで生徒会とかが出てきて、なんやかんやで料理対決で部室を決めることになったんだ」

「「「「「なんで料理!?」」」」」

 

 

 驚いて声を揃える五人。なんでって言われてもな……。

 

 

「いや、お互いの得意分野でやるわけにもいかないし、向こうの部員の三尋木とかはチビでスポーツ系で決めるには不公平で、勉強だと華がないから却下されて、結局は角が立たないのになったんだよ」

「そうそ、それでお互い部の代表で出たのが私とセンパイってわけだねぃ。それで誰かチビだって?」

「俺の右にいる奴じゃね? 知らんけど」

「よーし、その喧嘩買ったぜぇ、あの時の続きと行こうか」

「いや、そういうのいいですから……その勝敗はどうなったんですか?」

 

 

 火花を散らす俺達に竹井がめんどくさそうに間に入る。また、話が脱線してたな。

 そして当時の喧しい中学生活を思い出しながら説明を続ける。

 

 

「まあ、結論だけ言うと同点で決着つかずだったんだ。だけどそんなやり取りしてたらお互いの部員達が意外に意気投合してな。どっちも毎日活動するわけじゃないから活動日をずらせばいいかって結論が出て、一緒に狭い部屋を物置にして広い方を活動部屋として使うことになったんだ。改装も何年も続くわけじゃないから、俺達の後の代には影響ないしな」

「学校側も当人たちがそれでいいならって感じだったししね。いやーホント懐かしいなぁー、結局どっちも自分たちの活動日以外にも部室に集まってお互いわいわいやってたっけねぇ、私も無駄にチェスのやり方も覚えたし。まぁ、逆にセンパイは全然麻雀には興味持ってなかったけど」

 

 

 そう言うと、どこか責めるような目で見てくる三尋木。

 あー……確かに今でこそ麻雀をやっている俺だけど、当時は完全に実力主義のチェスをやっていたせいか、運の要素が大きく絡む麻雀はどうにも興味が起きなかったんだよな。

 そうやって昔を思い出していると、突如俺を見て何やら思いついようにニヤニヤと笑い始める。

 

 

「まあ、あの頃のセンパイってチェスに一辺倒だったからねえ~『王が動かなければ部下がついてこない(キリッ)』だっけ? くふふっ」

「人の黒歴史を掘り返してんじゃねーよっ! この爆裂ロリータ!」

「ちょ! それってセンパイが勝手に呼び始めたあだ名じゃないか、センパイのせいで未だに呼ばれることあるんだぜ!」

「じゃあ闇の福音で」

「そいつも勘弁してほしいね。また厨二コンビとか言われたくねーし」

 

 

 当時使っていたもう一つのあだ名を出すと途端に嫌そうな顔をする三尋木。

 あの頃は色々言われたからな――って、そうだ思い出した。

 

 

「そういえばこの前たまたま会って聞いたんだが、あのバカップルそろそろ結婚するらしいぞ」

「げぇ……まじかい……マジ爆発しろし」

 

 

 三尋木につい先日道を歩いていると遭遇した元部員仲間のバカップルと話した内容を告げると、途端にウザそうな顔をする。

 

 当時一緒に行動しまくっていた麻雀部とチェス部の中で男女の仲になったそいつらは、周りがあてられるほどラブラブしやがりやがったので、今でもバカップルという一言で通じるし、当時一人身だった俺達からすればすればかなり鬱陶しかったのだ。

 だからお互い祝う気持ちはあるのだが、それでも当時を思い出してイラっとしてしまうのは許してほしい。

 

 

「そういうことで今度他の奴らにも召集かけるわ」

「やれやれ他にもカップル出来てたら蹴り飛ばしてやるかい」

「おいおい、流石にそりゃ可哀想だろ。ビールでも用意してバカップルと一緒に思いっきり浴びせてやろうぜ――――ダース単位で」

「おおっ! いいねえいいねえ! 楽しみだねぇ!」

 

 

 物騒な事を言う三尋木に代わりの代案を提示すると楽しそうに乗ってきた。

 しかしビールかけをやるとなると店じゃできないし、誰かの家とか使うか―――って、やべ、またこいつら置き去りにして話し込んでたぞ。

 振り向くと、竹井達は皆しらーとした目で見てくる。

 

 

「ま、まあ、そういうことでこいつとはそれから神奈川の高校に行った後も付き合いが続いてたってことだ」

「んーそういうこと」

 

 

 誤魔化す為に話を進めるが、その視線は変わらない。いや、すまんかったって。

 

 

「はぁ……とりあえずわかりました。三尋木プロ、今日一日ご指導お願いします。須賀先生もわざわざ私たちの為にありがとうございます」

「おーけーおーけー。私に任せとけば県大会も楽勝じゃね? 知らんけど」

「気にするな、俺自身はあまり教えることは少ないからそれの埋め合わせだ。それじゃあ今日の部活を始めるぞ」

「「「「「「はーい」」」」」」

 

 

 俺の号令に返事を返す麻雀部員五人+おまけ一人。

 こんな感じでプロを交えた午後の部活は始まった。

 




 多分誰も予想はしていなかったと思う咏ちゃん登場回でした。この作品を書き始めた当初からやりたかったのがプロ勢との先輩後輩関係でしたのでようやく書けて満足です。
 ちなみに過去編の中で時々京太郎の脳裏に出ていた後輩や麻雀をやっていた知り合いとは咏ちゃんの事です。


 また、数あるプロ勢の中で咏ちゃんを選んだ理由は、私の好みもありますが他のプロが使いにくかったのもあります。

 はやりんは本編開始前に食われそうで、野依さんは口調がめんどくs…扱いづらくて、すこやんはレジェンドの心と私の筆が折れそうなのでパスしました。後この三人はシノハユやレジェンド関係で色々扱いが難しいのもありました。
 それで他にもカツ丼さんはありかと思ったんですが、元々久繋がりで出てきますのでこれまたパス。かいのーさんも結構好きなのですが、年齢が離れてしまっているので泣く泣く無理でした。
 ただ、すこやんと先輩後輩関係は書いてみたら面白そうなので、番外編ぐらいで書くかもしれません。


 あと今回出てきた京太郎のチェス云々は中の人のキャラつながりで特に意味はありません。
 一応なぜ京太郎がレジェンドに会うまで人気競技の麻雀をやっていなかったのかという理由の一つみたいな感じです。


 それでは次回もよろしくお願いします。


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7話

咏「ちなみに和服は気合の入った時だけで普段は洋服も着てるよー」

京太郎「いきなり壁に向かって話しかけてどうした」



「通らばリーチだじぇ!」

「そりゃ残念、ロンだね」

「じぇじぇ!?」

 

「これなら……」

「そいつは無理な相談だなぁ」

「そんな非効率的な!?」

 

「えっと……」

「ほい、ポンポン」

「あ、私のカン材……」

 

 

 あれから三尋木が指導をすることになったのだが、皆の打ち方を実際に見てみないとわからないと言うことなので、現在三尋木を含めた四人で卓に着いている。今は咲、和、片岡の一年トリオが席に座っていて、後ろではその様子を俺と竹井、染谷で眺めていた。

 一年とは言えこの三人も相当な実力なので、結構粘るんじゃないかと竹井達は思っていたようだったが、実際に初めて見るとその差は歴然だった。

 

 三尋木は最初の一、二局は様子見をし、特に行動を起こさなかったのだが、その次から全員のスタイルが読めたのか、攻めの姿勢に入った。

 

 それからは本来なら東場で力を発揮するはずの片岡は上手く流され丸め込まれ、デジタル派の和も調子を崩されていた。

 三人の中で一番の実力者である咲も、手元を見てカンする為の素材が後々来ると予想をしていたのだろうが、それ嘲笑うかのように三尋木が先にその素材を手元に集めているなどして翻弄されていた。

 このようにして三人とも手も足も出ていない状況となった。

 

「あっはっはーツモでちびっ子がトんで終わり~」

「あうー……」

「くっ……」

「つ、強い……」

 

 

 そして南場に入ると、三尋木持ち前の火力で調子が落ちた片岡をあっという間に飛ばしてしまった。

 楽しそうな三尋木とは裏腹に、卓の上に突っ伏したり、悔しそうな表情を浮かべる三人。後ろで見ていた竹井達も流石にこれには動揺を隠しきれない様子だ。

 

 

「まさかここまで強いなんてね……」

「うむ、TVで見ているのは感じるものが全く違うの……」

 

 

 二人ともプロとは言え、ここまで差があるとは思っていなかったようで苦い表情をしている。

咲達も高校生にしては十分すぎるほどの実力を持っているし、並みのプロであればそれなりに戦えるのだろうが、今回は流石に相手が悪すぎた。

 

 近年の麻雀では団体戦において先鋒にエースが付くことが多く、それは日本代表においても変わらないので、その先鋒についている三尋木は言ってみれば今の日本で一番強い雀士と言える。

 

 勿論先鋒に一番強いのが必ず来るわけでもないし、日本代表以外にも強い人はいるだろうから実際には一番ではないだろう。とはいえ、それでも日本の看板を背負うトッププロだけあって強いことには変わらないのだ。

 

 そもそも麻雀をやっていた期間も経験も圧倒的に差があるから、そんな三尋木相手に勝つのは至難の業と言えるだろう。とはいえ、流石に凹むよな。

 

 

「ほら、お疲れさん。飲み物買ってきたからお前ら休憩入りな」

「うい、ありがとうだじぇ……」

「いただきます……」

「ありがとう……」

 

 

 三人はそういうと、足取りは重いながらも飲み物があるテーブルまで歩く。

 そんな三人を見つつも三尋木に近寄ると、微妙にバツの悪そうな表情をしていた。

 

 

「あちゃーやりすぎちった?」

「いや、これぐらい問題ないだろ」

 

 

 心配をする三尋木に対し、気にする必要はないと告げる。

 これぐらいで諦めるなら全国なんてまず無理だし、そもそもあいつもそれぐらいで投げ出したりはしないだろ。

 

 

「おー相変わらずスパルタンだねー知らんけど」

「誰がイギリスの軽巡洋艦だよ」

「じゃあスバルタン?」

「どこの蟹似の宇宙人だよ」

「すばらタン?」

「よくわからんがそこらへんでやめとけ」

 

 

 三尋木の台詞に和と片岡がびくっ、と動いたように見えたが気のせいか。

 そしてそんな後輩達の様子を見ていた竹井達も覚悟を決めたのか動き出す。

 

 

「それじゃあ次は私たちの番かしら」

「仇をうってやらんとのう」

「いいねえ~そういうの。お姉さんが相手になってあげるからいくらでもかかってきな」

 

 

 威勢のいい二人を見て気分が良くなったのか、三尋木も指をクイクイっとしながら挑発気味に言う。その様子を見て二人とも俄然やる気になったみたいだ。

 

 

「それじゃあセンパイも早く席に着けって」

「は? 俺もやるのか?」

「そりゃ三人じゃ足りないしねー。それに昔と違ってそれなり打てるんだから問題ないっしょ」

「勘弁してくれよ、お前相手だったら確実に南場行く前に終わる自信があるぞ」

 

 

 俺が特訓受けてもしょうがないしな……。しかしこのままでは三人なのでどうしようか悩んでいると、休憩していたはずの和が立ちあがり、再びこちらに近づいてきた。

 

 

「あ、おい原村」

「和ちゃん?」

「人数も足りませんし、私が入ります。大丈夫です、あれぐらいで疲れるほど柔じゃありませんから、ゆーきと咲さんはゆっくり休んでいてください」

 

 

 そう言うと心配する俺や止めようとした片岡達に笑いかけて席に着く。

 

 ――あー……相変わらず負けず嫌いと言うかなんというか……。

 

 そんな和の様子を見て三尋木は面白いとばかりな表情をしている。

 

 

「へぇ~なっかなか根性あるじゃないか」

「たとえプロでも負けっぱなしではいられませんので」

 

 

 そういって火花を散らす二人。一方で初回だと言うのに微妙に空気になってしまった竹井達だった。

 

 

「余計なお世話よ」

 

 

 そりゃすまんかった。

 その後、気合を入れ直した和達だったがやはりプロの壁は厚く、先ほどとは違い、飛ばされることはなかったが、一方的な戦いであったのは変わりなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、疲れたわぁ……」

「打った時間はそこまで長くないはずなんじゃが、精神的に来るのう……」

「うひー……」

「はぁ……」

「キツい……」

 

 

 あれから何度か回し終わると、椅子の上にぐったりと倒れ込む竹井達。その姿はまるで敗残の兵のようだ。

 しかしその一方で未だ元気な奴もいるんだが。

 

 

「やれやれ、少しはやれると思ったのにこれぐらいでへこたれるなんて近頃の若いのは根性ねーなー。私たちの頃は背中に土嚢を積みながら朝から晩までやってたのにさぁ」

「すぐにバレる様な嘘をつくんじゃねーよ。あの頃は片手にコーラとかポテチ持ちながらやるのが日常だっただろ」

「おんや、そうだっけ? わかんねー」

「まったく……そりゃお前相手ならこんなもんだろ、むしろよく粘った方だよ」

 

 

 一応フォローのつもりで言うが、実際に間違ってはいない。

 

 三尋木との実力差をハッキリと感じた竹井達は、個人プレーではなく三人で連携してその動きを止めようとしていたのだ。しかしそれで止まるような三尋木ではないので、結局効果はあまりなかったのだが、それでもこの短い間にそういった圧倒的な相手に対するプレーを経験できたのは良かったと思う。

 実際に大会で同じような機会があるかもしれないので、いざと言うときに先ほどの経験が活かせるだろう。

 

 その後全員が落ち着くまで休憩とし、それから三尋木のアドバイスというか説教が始まった。

 ちなみに座り方はやりやすいようにと、俺と三尋木が隣に座り、テーブルを挟んで竹井達五人が並んで座っている。

 

 

「ほんじゃ、指導とかだけど。んーどうすっか……んじゃ、この嶺上娘にはどんな指導してるんだい?」

「嶺上娘……」

「あ、はい。えっと……咲はうちで一番実力はあるんですけど、あまり人打つ経験がなかったのでそれを補うために雀荘に行かせたりして場数を踏ませるようにしています」

「なるほどね~結構いい眼してるじゃないのさ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 三尋木が竹井の観察力を褒めてやると、緊張しながらも竹井が喜ぶ。

 トッププロからの賛辞だもんな、そりゃ嬉しいか。

 

 

「顧問より部長の方が指導に向いてるってどうなんだろうねぇ」

「はいはい、どうせ俺は弱いですよー」

「ありゃりゃ、拗ねちゃった? 元気だしなよセンパイ~」

「うっせ」

「はにふんのさー」

 

 

 そういうと脇腹を突いてくる生意気な後輩のほっぺたを痛くならない程度に引っ張る。

 するとお返しとばかりに三尋木もこちらのも摘まもうとしてきたので、体を動かし回避すると身長と腕の長さに差があるためギリギリ届かなかった。ざまあみろ。

 しかしこいつ相変わらず見た目だけじゃなく、肌とかの張りも子供だよなー。

 

 

「今嬉しいような嬉しくないようなこと考えなかった?」

「いや、全然。ほら、続き話せって」

 

 

 手を離すとジト目で聞いてくるが誤魔化す。幼児体型なんて思ってないぞ。とりあえず漫才を終わらし、話を促す。

 

 

「仕方ないなー……まあ、基本的にはその方針で間違ってないんじゃね? 知らんけど」

「それでしたら――」

「まあ、最後まで聞きなって、基本的にって言っただろ。んで、その嶺上娘だけどね……」

「嶺上娘って……やっぱり私なんだよね?」

「咲ちゃんしかいないと思うじぇ」

 

 

 先ほどの発言も兼ねて一応尋ねる咲。渾名のセンスはともかく、お前しかいないわな。

 名前に納得はいってないみたいだが、呼ばれた咲が姿勢を正す。

 

 

「あれだろ? 君ってあの竜巻娘の妹で麻雀は基本的に家族としかやってこなかったんだろ?」

「竜巻娘……あ、はい。お姉ちゃんやお母さんたちの家族麻雀ばかりでした。近頃は須賀先生ともやりますけど」

「まぁ、あの竜巻娘相手に打てるならそりゃそれなりに強いね。でもやっぱり麻雀って経験が大事だから決まった相手だけと打ってたら変な癖もついてるだろうし、今のままじゃダメダメだね~」

「だ、ダメダメ……」

 

 

 モロにダメ出しをされて落ち込む咲。

 しかし照の事を竜巻娘とはこいつもうまいこと言うな。きっと今頃白糸台でもギュルギュル回してるんだろう。

 

 

「まっ、経験に関してはネトマとか雀荘に通ってれば少しはマシになるんじゃね? 知らんけど。まぁ、それよりも嶺上ちゃんはオカルトに頼りすぎだねぇ」

「オカルトに……ですか?」

「そうそ、ネトマはやったことある?」

「はい、少し前に……」

 

 

 三尋木の質問に数日前の事を思い出したのか咲が顔を曇らせる。

 少し前にネトマをやらせたんだけど、俺の予想通り咲のカン材が集まりやすいと言うオカルトは発揮できなかったので、その時の咲はかなり戸惑っていたのだ。

 そんな咲の様子を見て、やっぱりな~という表情をする三尋木が話を続ける。

 

 

「オカルトはそういうのじゃ使えないからね~。んで、プロの中にはそれと似たような感じでオカルトを封じてくる人もいるし、今度のインターハイにそういった力を持った高校生が来ないとも限らないわけよ。さっきも私が先にカンに必要な牌を取ったのわかってなかったから、気づいてからペース崩してただろ? だからもし本気でインハイ目指すならそこの爆裂おっぱいとまでは行かないけど、オカルトだけを前提にした打ち方はしないで、デジタル面も頑張った方がいいと思うね。知らんけど」

「ば!? 爆裂おっぱいって私ですか!?」

「ん? ロケットおっぱいにするかい?」

「どちらもお断りします!」

 

 

 オカルトの話に眉をひそめていた和だったが、まさかの渾名に立ちあがり声を荒げる。

 爆裂……ロケット……良い響きだ。

 

 

「ま、とりあえず後で話聞いてあげるから座っときな。センパイも鼻伸ばしてるんじゃないってーの」

「べ、べべべ別に伸ばしてねーし」

 

 

 図星だったために声を震わせる。そんな俺の様子に呆れたような表情を見せた三尋木だったが、それまでとは一転した真面目な表情を見せる。

 

 

「はいはい、それで続きだけどね――――やっぱオカルトなんて微妙なわけさ。そりゃ持ってれば強いし、勝ちやすくなるよ。でもさ、使って勝っても結局自分じゃない誰かに打たされてる感じがするんだよ。それでふと、ある時思うんだ。自分はホントに麻雀が強いのか、楽しめてるのかって……ね」

 

 

 今までのおちゃらけてた時と違い、真面目な表情で咲達に向けて言う三尋木。その様子と内容に咲達だけでなく、先ほどまで声を荒げていた和も聞き入っている。

 

 

「勿論オカルト自体は否定しないさ、昔からあるものだし私も持ってるからね。だけどそれだけで打つのは止めときな、そのうち絶対に麻雀を楽しめなくなる時が来るから」

「……三尋木プロもそういうことがあったんですか?」

「私? 私はね…………ん~~~秘密だぜぃ」

 

 

 竹井の質問に対し、こちらを振り向いてから回答をはぐらかす三尋木。

 まあ、あの頃は色々あったしな……。でもこっちを見ながら意味ありげな顔は止めろって、咲達が怖いから。

 

 

「ま、とりあえずまとめると、別にオカルトみたいな直感や感覚を使うのは構わないけど、そんなものは只の道具って事で、出来るならその前に理屈で麻雀をやりな。そうした方が今よりも確実に強くなれるし、なによりも楽しめるからね……ったく、近頃の若いのはオカルトに頼りすぎだっつうの……。去年のインハイでもオカルトに頼り切ってるやつがいたし、しかも胸がデカいっていう……マジ嘗めてんのかよ。」

「おい、途中に私怨が入ってるぞ」

 

 

 怒り出した三尋木を宥めつつも去年のインハイを思い出すと、当時三尋木にそのことについて愚痴を聞かされた記憶もある。

 

 確かに傍から見ると、オカルトを使っている選手はあれで麻雀を楽しめているのだろうかって俺も思うことがある。しかし結局それはよそから見ただけの感想だ。

 それぞれになにかしらの理由があるのかもしれないから俺はそれを非難するつもりはないが、プロの三尋木としては腹に据えかねているものがあるのだろう。

 

 そして三尋木の話になにか感じ入るものがあったのか同じように考え込む五人。そんな皆を見て三尋木が先ほどまでの真面目な表情からいつもの表情に戻り、話を続ける。

 

 

「そういうことで長年の経験者からのアドバイスでしたっと。まあ、だから嶺上ちゃんはネトマで練習するのが一番だねぃ。色んな相手と打ててオカルトも制限されるからいい訓練になるんじゃね? 知らんけど」

「……わかりました。頑張ってみます」

 

 

 三尋木のアドバイスに頷く咲。しかしこいつこの前ですらアレだったのにこれからまともにパソコン使えるんだろうか……。

 そして咲への話が終わった三尋木は、和を見ると――

 

 

「さて…………飽きたしもういいかな」

「「「「いやいやいやいや!」」」」

 

 

 疲れたーとばかりの声を上げる三尋木に和、片岡、竹井、染谷の総ツッコミが入る。

 まあ、話し続けて疲れたのはわかるので、テーブルにおいてあるお茶をついでやる。

 

 

「ほら、引き受けたんだから最後までやれって」

「んー……センパイがおんぶしてくれたらいいよ」

「前向きに善処してやるよ」

 

 

 そういうと一気にお茶を飲み干して再び三尋木がしゃべりだす。

 

 

「んじゃ、ロケット娘に関してはね……」

「ロケット……」

「まあ、別に今のままでいいんじゃね?」

「投げやりですか!?」

 

 

 適当な事を言いだした三尋木にまたもや声を荒げる和。こいつさっきから和の扱いが雑だけど、おもちが大きいのを妬んでるのか?

 

 

「まあ落ち着けって。君はデジタルタイプだし、ある程度型は出来てるんだろ? だからあとは実戦を積んでれば十分強くなれると思うぜぃ。ぶっちゃけ言いたいことはさっき言ったからねー」

「ですが……」

「まあ、強いて言うならオカルトを認めろとまでは言わないけど、一応そういったのもあるんじゃないか的に考えとけばいいんじゃね? 知らんけど」

「え?」

 

 

 三尋木の言葉に戸惑う和。さきほどまでオカルトについて語っていた三尋木からあやふやな言葉が出てきて驚いたのだろう。

 多分オカルトはあるから信じろ的に言われると思っていただろうし。

 

 

「勘だけど、この先そのオカルトを信じないって姿勢は役に立つ時が来るかもしれんのよね。だからあえて正面から受け入れない方がいいと思うよん」

「………」

「だけど頑なに信じないってなるとどこかで必ず足をすくわれるからね。こいつはこの時に何々しやすい的程度でいいから頭の片隅に置いておくようにしておくといいんじゃね? 知らんけど」

「……わかりました」

 

 

 和としてはオカルト自体未だ信じない方なのであろうが、自分よりはるかに高みにいる三尋木の言葉は信頼に値すると思ったのだろう。多少の逡巡を見せながらも頷いた。

 

 

「それに頭が固すぎる女は男からは好かれないぜ」

「それは関係ないですよね!?」

「わかんねー、全てがわかんねー」

 

 

 ここで終わっとけばいい教官と生徒だったのに余計な一言を付け加える三尋木。こっち見ながら言うな、和も俺を見るな、俺じゃ今の三尋木は止められないぞ。

 それからしばし和をからかっていた三尋木だが、満足したのか片岡達の方を見る。一方でやっと解放された和は安堵している。お疲れさん。

 

 

「んー……次はちびっ子かー……君には集中力の持続やそれが切れた時の防御の仕方について色々教えたいけど、ぶっちゃけあんま口で説明しても理解できないっしょ? このまま説明するのも面倒だし、後は打ちながらやるかねー」

「あー……確かにそっちの方が楽かもしれなじぇ」

 

 

 三尋木の提案に苦笑しながらも納得する片岡。和と違ってどっちかと言うと感覚タイプだもんな。

 

 

「それと上級生二人はある程度固まってるし、経験もそれなりだから主に自力の底上げだね。ちびっ子と一緒に相手してやるから、それでもしかしたら何か掴めるかもね。知らんけど」

「わかりました、お願いします」

「よし! 気合い入れるかの」

 

 

 そういうと再び雀卓の方へ向かう三尋木について行く三人。

 そしてそれと同じように少しでも技術を盗み取ろうと咲と和も卓に向かう。

 

 ――どうやら上手くいきそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「カンパーイ!」」

 

 

 

 あれから三尋木の指導は夕方まで続き、終わるころには流石の咲達もくたびれていたが、しかしそれ以上のものがあったのか全員満足そうな顔をしていた。

 こいつ等より弱くて、オカルトの類も持ってない俺じゃこうはいかなかったからな、今日は三尋木を呼んでホントよかった。

 

 その後、俺が部活に出ている時はいつも咲達と一緒に帰っているのだが、今日は三尋木に礼をするために一緒に帰らないことを告げると、不満の声をあげられてしまった。    

 しかし高校生を連れまわすわけにもいかないし、疲れ切っているのでお前らは休むべきだと説得をしたら一応の納得はしてくれた。

 

 とはいえ、竹井がさりげない顔をしてついてこようとしていたり、咲と和が怖い顔でこちらを見ていたりもしたが、染谷と片岡が引っ張って連れて帰ってくれたのでなんとかなったので良しとしよう。……今度あいつらになんか奢ってやるか。

 

 それから昔からの行きつけの居酒屋に三尋木と一緒に行くと、馴染みの店長がいつも通りの奥の席に案内してくれた。

 有名人である三尋木が変な客に絡まれないようにという粋な計らいだ。……決して未成年に見える三尋木が酒を飲んでいる姿を見られて通報をされたくはないということではない。

 

 そして席に着いてから三尋木に好きなものを注文させてやり、先ほど酒が届いたのでグラスを合わせ、今日の礼を改めてする。

 

 

「三尋木、ほんと今日はありがとうな。あいつらもいい経験になったと思うし、助かったわ」

「礼は言いっこなしだって先輩。私としてもそろそろセンパイと飲みたかったからいい機会だったし、それに才能ある子達と打てて楽しかったしね」

「はっ、嬉しいこと言ってくれやがってこのやろー!」

「ちょ、撫でるならやさしくなでろってーの!?」

 

 

 三尋木から出た言葉に恥ずかしくなったので誤魔化す為にぐしゃぐしゃに撫でてやる。昔からこいつの頭を弄るのは多かったけどホント髪質とか変わんねー、アラフォーになってもこのままだったりしてな。

 それから満足して撫でるのをやめると、三尋木はご立腹になりながらも注文した唐揚げを摘まむ。

 

 

「ったく、頭ボサボサじゃないか。センパイは相変わらずデリカシーがないねぇー、マジわかんねー」

「お前相手に今更だろ、そんなもの」

「やれやれ、少しはハギー先輩を見習ったらどうなのさ」

「いや、あいつは別格だろ」

「まあそれには同感だねぇ。しかしハギー先輩も忙しそうで大変だねぇ」

 

 

 三尋木の言葉で近くに住んでいる親友を思い出す。

 一応今日声をかけたのだが龍門渕の方が忙しいので、残念だが今日来るのは無理とのことだった。他の連中も県を跨いでいるのが多く、急な話と言うことで来れる奴はいなかったので、俺達二人だけの飲み会となってしまったのだ。

 とはいえ、個人的には静かに飲むのも好きだし、三尋木とは久しぶりに会ったからお互いにゆっくりと近況を話せるので今の状況も悪くはないとは思う。

 

 

「しかし今になってセンパイが生徒の面倒見てくれって言うなんて思ってなかったねぇ。普通に前から呼んでくれても良かったのに」

「なに言ってんだ、お前少し前まで日本代表とかで『忙しー忙しー』って言ってただろうが」

「何のことかさっぱりわかんねー」

「むぐぐ」

 

 

 指摘してやると三尋木が箸でつまんでいたイカを口に突っ込んできやがった。デコピンでもかましてやろうかと思ったけど面倒なので放置する。

 

 三尋木は誤魔化してはいるけどトッププロとして活躍するのは相当大変らしく、若いということもあって周りからの妬みもかなりあるらしい。

 ただ、三尋木はそういったことで気を使われるのがあまり好きではないので、先ほどの様に誤魔化すことが多い。だから今までは少しでも負担にならないようにとそういった話は持ちかけなかったのだ。

 

 

「まあ、気にしなさんな。今年は随分楽だからねえ、また呼んでくれればいつでも来るよ」

「……ありがとよ」

 

 

 今までより楽とは言え、それでも忙しいのは変わらないのに気を使ってくれる三尋木に感謝をしておく。

 

 その後、お互いにちびちびとやりながら話を続ける。

 うちの麻雀部の事もあったが、やはり友人同士だから主に話は共通の友人ことなどになる。たとえば今度結婚する奴らとか。

 

 

「しかしあいつら結婚するとかマジないわー。せめて私がするまで待つべきだろ」

「なんだ、三尋木って彼氏出来たのか?」

「いるわきゃないしー、年中無休で独身だしー、あっはっは!」

 

 

 知人が結婚するということと酔いが回って来たのかヤケくそ気味に笑い始める。気持ちはわかるけど落ち着けって。

 

 

「でもプロなら芸能人の誘いとかあるんじゃねーの?」

「誘い~?『三尋木プロ? ああ、あの子供プロね。ないわ』とか陰で言われてる咏ちゃんだぜぃ、あるわけないしね~。たまーに声かけてくる奴もいるけど、大抵危なそーなのやいけ好かないのばかりだから興味もわかないってーの」

 

 

 俺の質問に毒舌気味に悪態をつく三尋木。

 

 ――まあ、確かにこいつはちんまりとした体形だから言いたいことも分かるけどな。でもそれを上回るぐらいいい所もあるんだけどな…。

 

 そんな他の奴が知らない三尋木の良い所を知っていることにちょっとした優越感がわいてくるが、目の前で酔っ払っている姿に呆れもくる。こいつペース速くなってるけど大丈夫か?

 

 

「おい、少し落ち着いて飲めって。ほらウーロン茶」

「うい……ありがとさんセンパイ…………まあ、私はともかくとしてセンパイはどうなのさ?」

「俺か?」

「そうさ、あのロケット娘って元カノと一緒にやってたって言う麻雀教室の子どもの一人だろ? 色々聞かれたんじゃない?」

「あー……まあな」

 

 

 三尋木から遠まわしに赤土との事を尋ねられて思わず口を濁す。

 当時別れてこっちに戻ってきてからは、事情を知った友人達からは心配されて、三尋木も忙しい中それなりの頻度で遊びに誘ってきたりと気にかけてくれたからな……。

 

 確かに和とは再開した日に赤土との事を話したが、気を使っているのかそれからは聞かれることもなく普通に過ごしてるし、竹井達もそれについては触れてくることもないので助かっているのだ。

 そのことを告げると、三尋木は喉に骨が刺さったような顔をする。

 

 

「んーでもなー……まあ、センパイがそれでいいならいいんだけどねぃ」

「なんだよ……気になるから言いたいことあるなら言えって」

「なんでもないよーほら、まだまだ酒は残ってるんだから飲もうぜぇ~」

 

 

 はぐらかされてしまったが、こちらとしてもこういった席にあまり昔の事を持ち出したくないのでそれに合わせる事にした。

 それからお互いの近況や下らないことをグダグダと話しながら酒を飲み続け時間は過ぎて行った。

 

 

 

 

 

「あー、飲み過ぎたーつれーつれー」

「だからペース押さえろって言っただろ」

「わかんないニャ」

「キャラまで崩れてるぞ。つーか背中で動くな、くすぐったい」

 

 

 飲み終わった後に居酒屋を出て歩いていたのだが、途中気持ち悪くなった三尋木がおんぶをしろと言い始めたのだ。

 万が一にも背中に吐かれるのは嫌だったので、断ろうと思ったのだが、昼に言った台詞のせいで退路は絶たれてしまっていた。

 まあ、昔からよくやっていたし三尋木は軽いので問題ないのだが、余所から見ると中学生を背負っている様に見えるのが心配だ。

 

 

「それでこの後どうする? 時間も遅いし、ホテルでも取ってるのか?」

「んー? いつも通りセンパイの家でいいんじゃねぃ? カピにも触りたいしねぇ」

「俺んちか? 別に良いけどパパラッチとか大丈夫なのか?」

 

 

 こんなのでも一応有名人。ゴシップからすればいいネタだろう。

 

 

「なーんで先輩の家に泊まるだけなのに、私がそんな奴らに気を使わなくちゃいけないのさぁ。気を使うのはおばさん達にだけで十分だよ」

「まあ、お前が良いならいいけどな。んじゃ、体が冷える前にさっさと帰るか」

「おー! いけー京太郎号ー!」

「声がでかい、落とすぞ」

「うお~暴力反対ィ~」

 

 

 深夜に近い時間帯だと言うのに大声を上げる三尋木を窘め、近所迷惑にならない程度の声量で騒ぎながら三尋木を背負ったまま自宅へと向かう。

 その後、自宅に帰るとまだ起きていた親父達と一緒にまた飲んだせいで、次の日に二人とも二日酔いになったのはご愛嬌だ。

 

 

「う、きもちわるぃ……今日も泊まって行こうかな……」

「いや、お前も明日仕事なんだから帰れよ……頭いてえ……」

 

 




 今回は弟子が師匠に一度コテンパンにやられる的なよく漫画とかで見かける王道展開でした。
 原作の清澄では一応カツ丼さんがそんなポジだった時もありましたが、それでは足りなく、また京太郎では実力不足なので代わりに咏ちゃんに出張ってもらいました。
 あとオカルト云々は適当です。


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。


 キャラ紹介現代編に【三尋木咏】を追加しました。無駄に長くなった…。



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第3章
8話


生徒1「新しく入ってきた赤土先生って昔の麻雀部のレジェンドがどうたらって人?」
生徒2「らしいね。なんでもあの変な前髪から出た光線で相手を操れるらしいよ」
生徒1「はは、確かにそりゃレジェンドだわ」
生徒3「SOA」



 あの日――私が阿知賀に帰ってきて皆に再会し、麻雀部の顧問として再びインターハイに行くことを決意した日から既に数か月が経っていた。

 

 あれから私は望が通してくれた話通りに阿知賀の教師になった。いや、正確には講師の様なものだ。というのも今もプロになるのは諦めていないのと、ここ数年麻雀尽くしだったため教員試験を突破できるほどの知識がほとんど抜けて落ちていたので、とりあえず一年間の臨時職員という立場になったのだ。

 

 学校の方は当時の事もあって今でも私に目をかけてくれていたが、だからといっていつ辞めるかわからないあやふやな立場の人間を正式な職員にするのは難しいだろうし、そもそも学校側は私に勉強を教える立場でなく、麻雀を教える役目を期待しているのもあってこのような扱いとなったんだろう。

 とはいえ、こちらとしてはそちらの方がありがたいので渡りに船でもあったけどね。

 

 そんなわけで正式に阿知賀に勤めることが決まると福岡の会社も退社し、こちらへと戻ってくることとなった。

 ただ、一応向こうでの手続きや教師として準備することも多かった為、どうしても時間が取れなく、皆の指導をする暇が殆どなくて数回しか参加できなかったのは申し訳なかった。

 

 そして月日が経ち、四月上旬。麻雀部も顧問と部員五人となり、同好会からしっかりとした部活となった。

 今日から私も麻雀部顧問として正式に活動をすることとなり、今日からビシバシと鍛えていくつもりだったんだけど――

 

 

「そこで京太郎がさー『俺はそんな赤土を彼女にしたい!』って言ってきてもう……キャーッ!」

「あはは……」

「はぁ……」

「あっつぃ……」

「お、お姉ちゃんしっかり!?」

「ダメだこりゃ」

「ちょっちょ、なにさっ」

 

 

 始業式も終わり、全員が集まるのを見計らってから今後の予定を話すつもりだったんだけど、全員が揃うまで暇だったから京太郎との昔話をしていたのだけど、予想とは違ったみんなの反応が返ってきて慌てる。

 おかしいな~昔と違って皆もお年頃だし、結構食いついてくれると思ったんだけどなー。

 

 最初に聞きたいっていたのはそっちなのに……と、教え子たちの冷たい態度にいじけるが、誰に似たのか容赦のない憧がさらに追い打ちをかけてきた。

 

 

「そりゃ言ったけどこれで三回目よ! 話し終わらないから次回に持ち越してきたのに、な・ん・で! 毎回初めから繰り返すのよ!?」

「だってぇ……えへへ~」

「うがー!!!」

 

 

 前回、前々回も話している途中で時間が来てしまって解散となっていたので、それも踏まえて最初から話していたんだがどうやら駄目だったようだ。

 怒られているから少しは反省するべきなんだろうけど、昔の事を思い出すと思わず頬が緩んでしまう。だってあの時の京太郎格好良かったし。

 

 憧は怒っているけど、こっちとしても向こうじゃこんな話は出来なかったから折角だから最初から最後まで聞いてほしいし、誰かに話したくてたまらないのだ。

 望なんか『聞き飽きた』と一言バッサリ切って絶対聞いてくれないし……。

 

 

「ああ、もう玄! 色ボケ教師は放っておいて練習するわよ!」

「は、はいなのです!」

「さんせーい」

「ええ!? 今日こそ時間あるから最後まで話せるよ!」

「却下」

「ちょっときついかなーって……」

「灼と宥まで!?」

 

 

 ぷりぷりと怒り始めた憧が玄としずを連れて雀卓へ向かうとそれに連れだって灼と宥も一緒に行ってしまい、私一人がポツーンと残された。皆の容赦のない態度に「懐かしなー」とか「灼もすっかり馴染んでるなー」と考えもするが実に寂しい。

 そんな寂しさを紛らわすために携帯から京太郎の写真を取り出して眺める。デヘヘ……。

 

 

「ハルエも遊んでないで来なさい! 今日から顧問になるんだからしっかりしてよ!! 大会で優勝して須賀さんに会うんでしょ!!!」

 

 

 ……ハッ!そうだった!?思い出の中の京太郎に現を抜かしている場合じゃないんだ。

 そう思いつつも携帯から目を離せなかったが、なんとか気合を入れて誘惑を断ち切りポケットへとしまって憧たちの元へと向かう。

 

 

「さて……それじゃあ阿知賀麻雀部の記念すべき第一回目のブリーフィングを始めるか!」

「「おー!」」

「お、おー……」

「はぁ……」

「わずらわし……」

 

 

 元気よく号令をかける私に対し乗ってくれるしずと玄だが、後の三人は微妙な反応だ。

 ぐすん……近頃の若い子ってノリが悪いよ。

 

 

 

 この数か月、麻雀に関してはあまりできなかったが、一応皆とのコミュニケーションはある程度取れていた。

 昔からの繋がりがある四人はともかく、一度会っただけの灼とも仲良くなりたいと思ってこちらから名前呼びをし、向こうからも昔呼ばれた「ハルちゃん」という渾名で呼ばせてみたりもしたからか、灼も付き合いの短さの割に随分懐いてくれていると思う。

 

 しかしそれなりに仲良くはなれたつもりだけど、微妙に棘があるというか、呆れているというか、容赦ないというか、なんとなく望や京太郎が私を相手する時の反応近いものがあるなーと考える。もしかして私って駄目な大人とか思われてたりするのかな……。

 

 

「ハルちゃん、考え事してないで手を動かす」

「お、おお……オッケーオッケー!」

 

 

 黒板に向かってこれからの予定を書いていたんだけど、考えに集中していたらいつの間にか手が止まっていたみたいで、手伝ってくれていた灼に怒られてしまった。

 一応懐いてくれてるんだよね……これ?

 

 

「……よし、出来た。皆集まってー」

「「「「はーい」」」」

 

 

 最後まで書き終えて抜けている項目がないか確認し、向こうで牌譜を見ながら色々討論を交わしていた残りの四人を呼ぶ。うーん、なんかこの感じ懐かしいなー。

 かつてここで教えていた大学生時代を思い出す。

 

 

「さて、改めて今日から阿知賀麻雀部の顧問を務めることとなった赤土晴絵だ。これからよろしく!」

「「「「「よろしくお願いします!」」」」」

「よし、それじゃあこれからの事だけど、まず大会までのスケジュールを考えたいと思う。本当だったらもっと早く決めたかったんだけど、私の日程が合わなくてごめんね」

「しょうないですよ。それに色々と宿題を出してもらってたからその分練習してきました!」

「そうかそれなら安心だね」

 

 

 私を励ますように元気づけてくれる玄に色んな意味でホッとする。

 人の事を言える立場ではないが、当時どこか脆い感じがした玄が部長と聞いて少し心配だったけどこれなら大丈夫そうだ。

 

 

「じゃあ、まず日程だけど県予選は六月上旬――今から二ヶ月後。まだ時間はあるように見えるけど前に話したからわかってると思うが、奈良には晩成があるから今の皆じゃ無理だね」

「そりゃそうね……だから私達もハルエを頼ったんだし」

「40年地区大会優勝を続けてきた晩成が一度だけ負けた相手……」

「ま、そこは任せときな」

 

 

 今一度目の前に存在する壁の高さを思い知ったのか緊張で顔を強張らせる皆を奮い立たせるように胸を叩いて力強く言う。

 

 正直な所、参考までに昨年の晩成の大会での牌譜を見させてもらったが、相手はかなりの物だった。10年前と変わらず奈良で最強と言っていい高校なだけあって、恐らく今年も去年と同レベル、もしくはそれ以上の相手が来ると考えればキツイものがあるだろう。

 

 だけど――少しの間だけど、ここにいる皆の今の実力を見せてもらった結果から言えば勝つのは不可能ではないと思う。

 全員今はまだ普通の雀士だ。しかし未だ磨かれてない原石でもあり、磨けば必ず光るだろう。だから私に出来ることはそれを輝かせるために力を注ぐことだ。

 

 

「ま、そんなわけでこれから二か月死にもの狂いで相手をしてあげるつもりだけど異論は?」

「ないです!」

 

 

 先ほどまでビビっていた様子はどこかに行ったのか元気よく答えるしずと同じように頷く四人。思った通り心配はないみたいだね。

 

 

「それじゃあ決意を新たにしたところで、今度は出場について決めようか」

「出場について?」

「個人戦と団体戦のこと。前に聞いた話だと団体戦は出るんだよね? だからそっちは良いとして、個人戦はどうする?」

「あー、そっかぁ」

「京太郎の事だけじゃなく和とも会うんだろ? それなら行ける確率は高い方がいいと思うけど」

「うーん……」

 

 

 なんだかんだでこちらの話も後回しにしてきたから今更だけど聞いてみるが、パッと見皆の反応はあまりよくない。どうやらそっちに考えがあまりいってなかったようだ。

 

 

「誰か出たい?」

「「「……」」」

「んー」

 

 

 皆を代表してしずが尋ねるけど玄と宥は無言で首を横に振り拒否し、灼は無反応だが多分出ないっぽいかな。ただ、憧だけ少し興味があるのか思案顔だ。

 宥は引っ込み思案だからみんなと一緒の団体戦ならともかく目立つ個人戦は出にくいだろう。玄はどちらかというと皆と一緒に行くことを大前提って感じがするし、灼もそこまで興味なさそうだ。

 

 

「憧はどうする? 出る?」

「ん…………いいや。今回は団体戦の方に集中したいし」

「なるね」

 

 

 なんだかんだ皆の事を考えているのが憧らしいね。

 どちらもルールは同じだけど、相手より点を稼を稼ぐ事だけを考える個人戦と違って団体戦は後の試合の事を考えて守りに入ったり、他も考えなければいけない点などで異なってくるから練習や目標を団体戦だけに集中できるならそれに越したことはない。

 

 あの時の私はそんなことも分かっていなかったけど、憧はしっかりとチームの事を考えて動いてくれているからある意味私よりもいい選手だろうね。

 

 

「おっけ! じゃあこのメンバーでインターハイの団体戦でエントリーする! 異論は?」

「ないです!」

「あ、出る順番はどうなるんですか……?」

 

 

 とりあえず決める内容はこんなもんかと思い締めに入ると、おずおずと手を挙げた宥から質問があった。

 そういえばそれについては話していなかったね。

 

 

「そこらへんは一応未定。まだ今の皆のスタイルを全部は見れてないしね」

「あ、そうですよね……わかりました」

「なんだったら宥が大将やってみる?」

「へうぇぇ~……」

 

 

 情けない声を上げる宥だが、私としては一応ありなんじゃないかと思っている。

 気弱に見えるが最上級生らしく宥はこれでも芯がしっかりしてるし、いざという時は踏ん張ってくれるはずだ。

 そしてオカルトも特定の牌を集めるという性質上それなりの打点が出せ、かつ、たとえ詳細が分かってもその特徴ゆえに対戦相手からすれば対策をしにくいし、逆に逆手にとって翻弄することも出来るだろう。

 

 とはいえ未だ確定ではないし、今からの二か月で他にわかることもあるかもしれないから保留かな。

 

 

「それじゃあ決めることも決めたし、これからはとにかく練習のデスマーチだ! しっかりついてくるんだよ!」

「よっしゃ! やるぞー!!!」

「おもち! ファイトー!!!」

「なにそれ?」

「ふふ」

「やかまし……」

 

 

 気合を入れる私とシズと玄に対し、楽しげに見てる宥と冷めた目で見ている憧と灼。

 うう……やっぱり乗り悪い。これがジェネレーションギャップか……。

 

 

 

 

 

「そういえばハルエの今の実力ってどうなの?」

「私の?」

 

 

 それからしばらく指導をして途中少しの休憩となった時、唐突に憧が疑問に思ったのか首をかしげながら聞いてきた。今の実力って言ってもなー。

 

 

「打っててわかんない?」

「そりゃあたし達よりも凄く強いってのはわかるわよ。だけどさっきからハルエってば所々こっちの実力図ろうとしてるのか手抜いてるし、上限がわからないのよ」

「へぇ、そこらへんはわかるんだー。しっかり成長してるじゃない」

「もう、子供じゃないんだから頭撫でないでよ」

 

 

 口では嫌がる憧だけどなんだかんだで振り払わない辺りやっぱ子供だなー。

 だけどうまく隠していたつもりなのにそこを見抜くなんて、中学も一人だけ本格的にやってただけあってそういったのは頭一つ抜けてるね。

 

 

「確か赤土さんって実業団ではエース張ってましたし、プロからのスカウトもあるんですよね?」

「一応ね」

「おお、という事はプロレベル」

 

 

 手を上げなから質問をしてくる玄に対し素直に答える。

 昔の付き合いではやりさんから誘いは来てるけど、流石のあの人でも公私はわけるはずだからちゃんと実力を買ってくれたんだと思う……多分。

 

 

「それで赤土先生はプロに行っても楽勝な感じですか?」

「楽勝は……うーん……」

 

 

 しずに言われて考えるが、多分大体のプロには勝てるんじゃないかと思う。

 途中五年近くのブランクはあるけど、京太郎が近くにいないという身を粉にして手に入れた実業団時代の経験もあるからね。

 ただ――

 

 

「小鍛治プロにも勝てる?」

「ほぐぅう!?」

「あ、赤土先生の顔が……」

 

 

 灼の鋭い指摘に座っていた椅子からずり落ち、頭の中にかつてのトラウマが色々と蘇る。

 そして宥、そういうことは言わないの。私だって女なんだから言われたくないこともあるの。

 

 

「ま、まぁ、多分今は勝てないかもしれないけどいずれは超えてみせるよ!」

「おおー!」

「赤土先生かっこいいのです!」

 

 

 教え子にかっこ悪い所は見せられないと無駄に虚勢を張ってみせる。

 別にあの人は悪くないんだけど、今もあの時のことで上手く打てないし、どうしても苦手意識があるんだよね……。

 

 

「まぁ、そっちは置いといて他のプロはどうなの? 今話題のルーキーの戒能プロとか」

「ん、まぁ勝てるかな」

 

 

 知り合いの名を出されて考えるが、まあ戒能プロもかなりのものだけどまだ若い子には負けないつもりだ…………自分で言ってて凹んできた。

 ただしそんな気分もそれも次の宥が出した人物の名前で吹き飛んだが。

 

 

「あ、それじゃあ横浜の三尋木プロはどうですか?」

「………………」

 

 

 なんとなしに宥の挙げた人物を思い浮かべる。あの人は……。

 

 

「ハルちゃん?」

「え……? ああ、いや……ちょっときついかな」

 

 

 ボーっとしていたのか心配げな顔をして灼がこちらを見ていたので、手を振りながらなんでもないよと言いながら素直に答える。

 私と違ってブランクもないし、日本代表も務めている人だから正直勝つのは難しいだろう。しかしそんな事よりも私の心の内には別の事がある。

 

 

「…………ハルエなんか隠してるでしょ?」

「え? いや、なんも隠してないし」

「うそね。さっきまでと全然反応が違ったわよ」

 

 

 長い付き合いの為、憧にはバレたみたいだけど平静を装い近くに置いてあったペットボトルへ手を伸ばす。

 流石に当時のあれを話すのは中々恥ずかしいしね。

 

 

「…………須賀さんがらみ?」

「!!? ごふっごはぁ…!?」

「うわぁ!?」

「タ、タオルタオル!」

 

 

 予想だにしなかった一言で咽て、口に含んできたお茶を正面に座っていたしずへとぶちまける。

 慌てた玄からタオルを受け取り、咽ながらも顔を拭う。

 

 

「ご、ごめんしず……」

「だ、大丈夫です……それよりも憧~!」

「い、いや、まさか冗談で言ったのに本当だとは思わなくて……ごめん」

 

 

 憧は片手で後頭部を掻きながら謝り、もう片方の手でタオルを持ちながら器用にシズの顔を拭く。いや、まさか当ててくるとは思わなかった。

 そして――こうまでわかりやすい反応をしてしまうと言い逃れは出来なくなってしまった。現に全員の「早く教えろ」という視線はこちらに向いてるし。

 

 

「はぁ……ぶっちゃけ三尋木プロとは昔ちょっとあってね、といっても何回か会っただけなんだけど」

「そ、そのちょっとと師匠になにか関係が!?」

「そこはもう確定なのか……というかなんか興味津々だね玄」

「き、気のせいです!」

 

 

 誤魔化すように顔をブルンブルン横に振る玄。他の皆も同じようにそっぽを向いたりして『興味ないですよー』的な態度を見せているがバレバレだ。

 まあ京太郎が絡んでいるなら聞きたくもなるか……。

 

 

「ふぅ……簡単に言うとね、三尋木プロは京太郎の中学時代の後輩なんだよ」

「「「「「…………ええぇーーー!?」」」」」

 

 

 予想していた通り五人ともかなり驚いていた……って、そりゃそうか。当時でもすごかったけど、今じゃ時の人だし。

 

 

「ちょ! な、なんで!?」

「なんでって……偶々?」

「……身も蓋もないわね」

 

 

 詰め寄るぐらいに驚いていたが憧だったが、私の答えに一応は納得したのか引き下がる。

 正直言って実際なんで二人が知り合いなのかって言われたら、それこそ偶々学校が一緒だったからとしか答えようがないだろう。一応当時何があって仲良くなったとかは聞いているけど、そこはそんなに関係ないしね。

 

 

「ほへぇー」

「なるほど~」

「……つまるところハルちゃんと三尋木プロは須賀さんを巡って修羅場を繰り広げたと……」

「修羅場……なのかな?」

 

 

 納得したり目を輝かせる皆には悪いが、あれは修羅場とは言えもしそうだが逆に言えない気もする。

 あの時はこっちが勝手に騒いでいて、向こうは……どうだったんだろう?結局良くわからなかったな。ただ一つ言えることは、当時の私は三尋木プロにそれなりに対抗心を持っていたという事だ。

 私より京太郎と過ごしてきた時間は長かったし、私が知らないことも知っていたから…………って!?

 

 

「そうか……そうなっててもおかしくないのかぁ……」

「あ、赤土さん……?」

「ど、どうしたの赤土先生?」

 

 

 頭を抱えて椅子に座り込む私に宥達が気遣った視線を向けて来るが、今はそちらを気にしている余裕がなかった。何故なら大変なことに気が付いてしまったから。

 そう――京太郎が三尋木プロと付き合っているという可能性だ。

 

 以前、望から京太郎が付き合っている人がいないという情報を貰っていたが、もし三尋木プロと付き合っているならスキャンダル的にも隠すのが当たり前で、誰にも教えてないだろう…………だから……。

 

 

「うぅ……ぐすっ……」

「今度は泣き出した!?」

「ああ、もう……めんどくさい教師ね……」

「めんどいっていうなぁ……」

 

 

 こっちに帰ってきてから落ち込むことは多かったから、周りからすれば確かに面倒かもしれないよね……。とりあえず気持ちを落ち着かせてから先ほど考えた説を皆に話すことにした。

 

 

「京兄が三尋木プロとかー……うーん、よくわからないや」

「まさかの須賀さんロリコン説」

「し、師匠はそんな人じゃないよ!? 絶対今でも大きなおもちが大好きだよ!」

「いや、フォローになってないから」

「おもち……」

 

 

 言われてみれば京太郎は大きい胸が好きだった…………私も一応ある方だし。だからまな板の三尋木プロは恋愛対象にならないはず!……ならないといいなぁ……。

 額に手を当てて考えつつ、あーだこーだを議論する皆を横目でチラッと皆を見る。

 

 ――昔から片鱗は見せてたけど玄と宥は本当に大きくなった。出来れば5cmずつでいいから分けてほしいぐらいだ。

 ――しずと灼は……うん、頑張りましょう。

 ――憧は……姉と一緒で中途半端だ。

 

 

「なにか言った?」

「う、ううん、なんでもないよ」

 

 

 感の良さも姉そっくりだ。できればこんな所じゃなく麻雀で活かしてほしいと思う。

 

 

「ふぅ……それじゃあ休憩も済んだし続きやろうか」

 

 

 注目を集めるため手をたたきながら立ち上がる。いつまでも落ち込んでいてもしょうがないし、時間は限られているからね。

 

 五人ともまだ話したそうにしていたが、私が言いたいことはわかっているのか雀卓の方へと急いで向かう。正直思わぬダメージを負ったし、気がつきたくない事にも気づいてしまった休憩時間だったけど皆が少しでもやる気になってくれたならよしとしようか。

 

 それから下校時刻ギリギリになるまで皆は特訓に精を出した。

 ただ……私は皆の指導に専念をしていたが、それでもやはり胸の中心にあるのは別の事だった。

 

 京太郎――――今、何してるのかな?

 




 そんなわけで現代編八話はレジェンドサイドの話でした。
 ちなみに教師や講師、大会の事については突っ込みつつも半分なんとなくで書いております。京太郎もそうだけど話の主軸が教師二人なので顧問らしいとこは適度に書いていかないとね。

 それでは今回はここまで、次回もよろしくお願いします。
 また次の話は女の子が出ず、野郎だけの誰得回の予定です



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9話

咲「咲-Saki-で野郎オンリーとか誰が出てくるか丸分かりだよね……」

久「書くべき話を間違えてる気がするわ」

タコス「出番がないじぇ」




 県大会まで一カ月を切った五月の晴れた日。俺はとあるお宅にお邪魔していた。

 

 通された応接間で待っている間、失礼だと思いつつも暇なので部屋の内装を見回すと、外から見た外見と同じように中も綺麗に整っており、家具も上品なものが置かれているのがわかる。また、小まめに掃除をしているのか埃もほとんど落ちていないようだ。

 以前の家とは色々と異なっているが、こういった所は昔と変わっていないな。

 

 それから暫らく部屋の中を見回していると、扉の開く音が聞こえたので、急いで視線を戻して姿勢を正す。

 

 

「須賀先生は確かコーヒーが好きだったな」

「ええ、ありがとうございます」

 

 

 お盆の上に載せられたカップが目の前のテーブルに置かれたため一度視線を向けてから頭を下げて礼を述べる。

 

 同じように自身の分を置いてからテーブルを挟んで座るのは身長は俺と同じぐらいで、40代半ばほどの男性だ。自宅にいながらも毅然とした姿勢や態度をとっていることから彼の真面目な性格が伺える。

 また、その視線は鋭いが別に機嫌が悪いとかではなくそれも職業柄などからであり、これでも仕事の時と違って和らいでいるのは昔の付き合いもあって理解している。

 だから久しぶりに会った時には緊張もしたが、家の中に通されてから間を空けたおかげもあってある程度緊張もほぐれていた。

 

 

「さて、和のことで話があると聞いたがどんな用件かな」

 

 

 出されたコーヒーに手を伸ばして口をつけていると、男性――和の父親である原村恵さんから早速俺がわざわざ訪ねた理由である今日の話題が出た。

 そう、今日俺が原村邸を訪れたのは和の事で家庭訪問をしに来たからであった。

 

 

 

 

 

 和と再会した四月から約一カ月半。和達がうちの部に入部したと思ったら咲までも麻雀部に入り、全国大会を目指すことになったり、教師役として三尋木を呼んだりと色々とあった新学期であった。

 

 近頃では咲がネトマをやろうとしておじさんのパソコンを壊したり、今後の事を考えて咲の携帯を買いにいったりと咲の周りだけでも色々あった。

 ちなみに咲が携帯を買ったという話を聞いたことから、東京にいる照が自分も携帯を使いたいと強請るようになり買ってもらったという話も聞いた。そのため休みの日には照からの電話が以前より多くかかってくるようになったが可愛いものだろう。一方でメールは慣れていないのかあまり来ないのだが。

 しかし照に携帯の説明をすることになった弘世には頭が上がらないな。今度何か礼をしようと思う。

 

 そんなわけで色々とあったが、それでも大きな問題もなく活動を続けていた清澄麻雀部だったのだが、少し前からちょっとした問題が発生していた。まあ、簡単に言ってしまえば和の様子がおかしかったのだ。

 咲や片岡は気づいていなかったが、俺自身それなりにつきあいもあるし、教師という立場上生徒の変化には敏感なもので気づけたのだろう。

 

 最初はプライベートな事もあるし無理に聞きだすつもりはなかったのだが、教師だけでなく年の離れた友人としても何やら思いつめた表情の和を放っておけず、結局他の部員がいない時に尋ねてみたのだ。

 結果、最初は渋っていた和であったが、駄目もとで押し気味で説得してみると意外にもすぐに訳を話してくれた。恐らく和は自分でも気付かないうちに結構悩んでいて誰かに話したかったのだろう。

 

 そこで話を聞くと出てきたのは『今度の全国大会でうちの麻雀部が優勝しないと和が転校する』というトンデモ話だった。

 ぶっちゃけ最初はなんでそうなっているのか訳が分らなかったのだが、どうやら麻雀を止めさせたい親父さんを説得するためにそのような条件を付けたらしいのだ。

 

 正直その話を聞いた時俺は頭を抱えた。今までただの無名校だった清澄が全国の高校を破って優勝。はっきり言って無理だ。

 確かに咲を筆頭にうちの連中は全国レベルの力はあるんじゃないかと思う。しかしうちレベルの学校はいくつもあり、県大会には前回優勝校の龍門渕もいるためガチできついのが現状である。その上顧問の俺がそこそこできるだけの素人だから余計に難しいだろう。

 

 途中、現実逃避で『相変わらず頑固な所は変わってないんだなー』と昔を懐かしくも思ったけど大ピンチには変わりなかった。

 そんなわけで詳しい話を聞きに原村邸に家庭訪問をすることとなったのだ。

 

 そこで事前に連絡を取ると、原村さんは快くスケジュールを開けてくれて土曜日に会うこととなった。以前和に言われた通り一度顔を出すべきだと思っていたので渡りに船でもあった。

 

 ちなみに土曜日ということで和達は現在麻雀部で部活中であり、顧問の俺は別の仕事があるということで出ないと伝えておいたため、俺がここにいる事を知らない。

 多少プライベートも入っているが、実際これも大事な仕事には変わりないので問題ないだろう。

 

 とまあこんな感じで、今俺は原村邸にいるのであった。

 ちなみに最初原村さんは教師と保護者という立場から敬語を使っていたのだが、こちらとしては昔の付き合いもあり、凄くむず痒かったので頼み込んで昔のように普通に接してもらっている。

 ただ、一応のけじめとして先生という呼称はついたままであったが。

 

 そして本題に入ろうと手に持っていたカップを置き、表情を引き締めてから原村さんに向き合う。

 

 

「そのですね……和から聞いたんですけど、転校を考えているとか」

「ふむ、やはりその話か……」

 

 

 今日訪ねた理由を話す上で少し悩んだが、遠まわしに聞いてもしょうがないので率直に告げると、俺の話に納得しつつも顔を顰める原村さん。

 傍から見ると家庭の事情に口を出されて機嫌が悪くなっているように見えるだろう。ところが実際は――

 

 

「やる気にさせるためとはいえ限度がありますよ……和、かなり悩んでいたみたいでした」

「ふん、別に嘘は言っていないがな。それにしてもなぜ本気でないとわかった?」

「そりゃ原村さんともそこそこの付き合いですからね。それに言葉がわざとらしすぎます」

 

 

 和から聞いた話を俺なりに考えて伝えてみると、やはり予想通り和の転校の話は本気ではなかったみたいだ。

 

 確かに原村さんは麻雀を好いてはいなく、出来るなら和の将来のためにも勉強に専念してほしいと考えているのは本当だろう。しかしそれでも和がインターミドルで優勝したことやそれを通じて友達を作り楽しんでいる事には、昔聞いた事もあって理解をしめしているのはわかっているのだ。

 

 そしてそもそも和もまだまだ子どもだから親が話を進めればそれに従わざるを得ない。だから本当に進学校に行かせるつもりなら清澄に入れる前に手を打っているだろうし、転校も仕事の都合といえば和だって諦めがつくはずだ。

 

 つまり原村さんが和とその話をしたときには、転校について考えておきなさいという話ではなく、ある意味今後の和の決意表明を聞いておきたかっただけなのだろう。その時に反発するぐらい熱中しているなら良しとするが、その程度で決意を曲げるようなら転校により乗り出していたのだろう。

 だけど実際は和の行動は原村さんの予想に反していたのだが。

 

 

「やりすぎましたね」

「ああ……」

 

 

 俺の言葉に目を閉じて深くため息をつきながら原村さんが頷く。

 原村さん自体転校については考えてはいたが、ここまで大事にはする気はなかったのだろう。『遊びはほどほどに』程度にその場は濁して釘を打つだけだったはずが、まさかの反抗期である。まあ、反抗期とは言うにはかわいいものだが。

 

 

「まさかあの子があそこまで言うようになるとはな……」

「そうですね、昔からあまり口には出さないタイプでしたから」

 

 

 原村さんは困った風ではあったがどことなく嬉しそうだ。厳しい人だが別に愛情がないというわけでなく、それも子どものためと思って動いている人だから愛娘の成長が見られた嬉しいのだろう。

 

 元々和は気を許した相手にはそれなりに感情を見せてわがままを言ったりをするのだが、忙しい両親に対しては負担にならないようにといい子であろうとする傾向があったからな。

 そんなわけでそのように経緯はわかったが問題は解決していない。

 

 

「それでどうするつもりですか?」

「どうするとは?」

「和との約束ですよ。自分から見ても、去年の和の優勝と違って高校生の大会はレベルが高くなりますから全国での優勝は難しいと思います。ですから売り言葉に買い言葉ということもあり、和も思わず言ってしまったようですので考え直してもらえませんか?」

 

 

 出来る限りの懇願の気持ちを込めて考え直してもらえるように原村さんの説得をする。

 

 物静かなタイプの和は友達を作るのにも苦労する方だ。中途半端な時期に東京に行って馴染めるとは限らず、片岡達と離されるのを考えるとせめて高校卒業までは同じところにいた方がいいだろう。

 流石に大学生になる頃になれば和も割り切れるようになるし、自分で道を選ぶ事もできるはずだ。だからせめて高校までは待ってほしいという願いを込めてそう伝えるが、正面に座っている原村さんは思案顔だ。

 

 相手はこういった討論に慣れた弁護士であり、説得の材料が足りないかと思い何か言葉にしようとするが、先んじてあちらが口を開くのが見えた。その表情は先ほどまでと違い視線は鋭く、それこそ詰問されているかのように感じる。

 

 

「……君は和達を全国で優勝させる自信はないのかね?」

「え……? …………勿論あの子たちの為に全力を尽くしますが、お恥ずかしながら絶対に優勝させるとは断定できません」

「ふん、模範的回答だな」

 

 

 先ほどまでと全く繋がりのない話に困惑して言葉に詰まり、出来る限りの言葉を紡ぐ。それに対し原村さんは不満げもあるが、納得したような表情を見せている。

 

 なにを考えているのかは俺には全く予想もつかなかったが、反応を見るかぎり正解ではないが間違いでもなさそうだ。

 しかし雰囲気的にこのままでは和の転校の話をなかった事にするのは出来なそうである。

 

 

「一度約束したことだ。撤回をするつもりはない」

「で、ですけ 「ただし」 」

 

 

 縋りつこうとするこちらの言葉を遮り、原村さんは、ふっ、と少しだけ口元を緩めた。

 

 

「もしかしたら今後、こちらで何か長期の仕事が入る事もあるだろうな」

 

 

 原村さんはそういうとこちらから視線を外して窓越しに外を眺める。

 俺は最初、原村さんが何を言っているのか分からなかったが、頭の中で言われた言葉を整理するうちに飲みこめてきた。

 

『優勝とまではいかないがそれなりの成果を見せろ。そうしたら仕事を理由に引っ越さないでいてやる』

 

 つまりそういうことだろう。

 成果というのがどこまでかは曖昧ではあるが、それでも話のつながりとして優勝よりも楽な位置なのは間違いない。とはいえ、原村さんが言うならば生半可なものでは納得してもらえないだろう。せめて準決勝に行くぐらいは欲しいな。

 その為には俺も今後一層手を抜いていられなくなった。

 

 

「ありがとうございますッ! 必ず優勝できるようにサポートします」

「頑張りたまえ」

 

 

 先ほどとは違った決意を込めて麻雀部の顧問として動く事を伝えると原村さんも険しかった表情をようやく緩めてくれた。恐らくだが、俺が口で言う以上に優勝に対して諦めムードだったのを感じていたのだろう。

 

 そこまで深い付き合いがあるとは言えないが、それでも知り合いがそのような状態になっていたら活を入れたくなるだろうし、なによりも愛娘の顧問なのだからしっかりして欲しくもなるか。とはいえ一時はどうなる事かと思ったがなんとかなりそうだ。

 見知った相手とはいえ、話す内容からそれなりに不安であったため一気に力が抜けて座っていたソファーへと少しだが体を沈める。

 

 これで今日の仕事は終わりだ。時間的には短いものだったがホント疲れた。

 さて、これからどうするかと思い、下に向けていた顔を上げると、原村さんがなにか言いたげな表情をしているのが目に入った。

 

 

「どうしましたか?」

「いや……その和の事なのだが……」

「和がどうしました?」

「その……だな……時間があれば、学校ではどんな調子か教えてもらえるか?」

「……ああ、学校のですか。いいですよ、そうですね」

 

 

 最初何を言われるのかと内心ビビっていたが、聞かれたのはある意味予想できたことであった。

 

 先ほどまでの真面目な表情を崩し、落ち着かない様子でわずかに身を乗り出しながら話を促してくる様子に昔の事を思い出しながら苦笑しつつも学校での様子を話し始める。

 そもそも元々俺が阿知賀で原村さんとこういう風に昔付き合いがあったのは、当時和の様子を教えてほしいと頼まれたからなのだ。

 

 原村さんはこのような性格のため、親子関係自体は問題ないのだが、外での和の様子というのが本人から聞き出しにくいらしく、当時麻雀教室で保護者的役割をしていた俺に色々と様子を尋ねていたのだ。

 

 ということで本日の用件は終わったのだが、原村さんの希望に答えて和が高校でどのように過ごしているのかと話すこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 原村邸を後にしてから数時間後、俺は帰宅はせずにとある一軒のバーに来ていた。酒を飲むようになってからよく訪れており、以前三尋木と行った居酒屋と同じように懇意にしている店だ。

 店に入りマスターに挨拶をしてから中を見回すと、視線の先に待ち合わせをした人物を発見して席に近づく。

 

 

「悪い、待たせた」

「いえいえ、こちらも来たばかりですよ」

 

 

 謝りながらそいつ――ハギヨシの隣の席に着く。こっちとハギヨシの休みがようやく重なって、今日ようやく飲めることになったのだ。

 

 マスターが何を飲むか聞いてきたのでいつも飲んでいるのを頼む。ハギヨシの手元にもチラッと視線を向けるが、先ほど言っていた通り来たばかりだからか酒は減ってはいなかったので追加はしないでおく。

 それから届いたグラスをお互いに合わせて、久しぶりの再会を祝う。

 

 

「お疲れ。こうして会うのは久しぶりだな」

「お疲れ様です。そうですね、直接顔を合わせるのは二カ月ぶりぐらいですか」

 

 

 学生のころとは違い、お互い社会人で自由な時間というのは取りづらく、こうして顔を合わせる頻度は少ない。

 しかし携帯などを使って小まめに連絡を取り合っているためそこまで久しぶりという感じはあまりしないだが、それでもやはりこうやって顔を合わせて話す機会というのは必要だろう。

 

 

「そんでそっちはどうよ?」

「変わりなしといったところですね、お嬢様達も二年に上がっただけで環境もたいして変わってないですし」

「彼女は?」

「出会いがないもので」

 

 

 まずは適当な話題ということで当たり障りない話を振ったのだが、帰ってきた返事は素っ気ないものだった。

 ハギヨシもいい年だしそろそろ出来ていてもおかしくないと思ったのだが、昔から仕事一筋なところもあったからなーと納得する。決して女に興味がないというわけではないだろうが、優先順位的にまだ先だろうな。

 

 

 

「そういう須賀君こそどうなのですか? あれから随分経ちますし、いいころ合いだと思いますが」

 

 

 軽い気持ちで振った話題であったが、ハギヨシからのまさかのキラーパスで藪蛇だったと後悔する。

 面倒なことになったと思い、気遣いつつもどこか楽しそうにしているハギヨシの視線か逃げるように酒を飲むが、逃がさないとばかりにハギヨシが話を続ける。

 

 

「昔の知り合いとも再会したんですから、何か浮いた話の一つや二つあってもいいと思いますよ」

「はぁ……あのなぁ、俺は教師で和はまだ高校生だぞ。それに十歳も年が離れてるんだからないない」

 

 

 誰とは言わないが、流れからして和の事であろう。ハギヨシの言葉に対し手を横に振りながら否定をする。

 万が一を考えたとしても向こうからすれば好意的にみても良い兄貴分程度だろう。そして何よりも親父さんが怖い。ここに来る前の事で昔のようにそれなりによい関係が出来たのにそれが確実に無に帰すだろう。いや、むしろ確実にマイナスだ。

 

 

「そういうことで和とはなんともないし、ハギヨシと同じで暫くは一人身さ」

「ふむ……でしたら三尋木さんはどうですか?」

「??? なんでいきなり三尋木?」

「お互い気心も知れていますし、仕事にも理解がありますから全然ありでしょう。むしろ昔からお似合いだと思っていたぐらいですよ」

 

 

 先ほど以上の突拍子もない話に、何言ってんだこいつと思いマジマジと顔を見ると、ハギヨシはいつも以上にニコニコな笑顔でいた。その表情に最初からかわれているのかと思ったが、その笑顔の中にかすかに読み取れる程度の真剣さを感じる。

 

 笑って流すのも手であるが、こういった場において笑いで何かを隠すというハギヨシにしては珍しいことをしているので、俺としては自分に向けられる恋愛話は乗り気しないしけど、少しだけ真面目に考えてみることにする。

 

 ――三尋木ねぇ……ぶっちゃけ考えた事もなかったな。

 

 三尋木とは中学二年の時からの付き合いだから既に十年以上の間柄だ。

 初めてあった時は当たり前かつ可笑しな話だが今よりも小さかったのもあって、第一印象は『どっかしらから迷い込んだ小学生』だった。

 そして色々あってつるむ様になって、それこそ一つ下ではあったが女子では一番で、同性であるハギヨシ達と同じぐらい気心の知れた友人……いや、親友と言える相手だ。

 

 勿論昔の事なので覚えていない事もあるだろうが、今まで友人と接してきたから特別な意味で『女』として見た事は一度もなかっただろう。また、咲達と一緒で、ある意味妹みたいな感じだ。だから今更恋人とかそういった相手として見るというのは中々難しい。

 あいつが凄く良い奴なのは身に染みてわかっているが、それとこれとは話は別だ。

 

 頭の中で今までの事を踏まえてそう考えていると『おう、どうした?早く話せ』と言わんばかりの表情でこちらを見ているハギヨシに気づく。

 まあ、別に隠す事でもないかと思い話すと、ハギヨシはそうだろうな、とばかりに頷いていた。

 

 

「なんだよ?」

「いえ、なんでもないですよ。ただ、そういった可能性もあるのだと、頭の片隅でいいので置いといてください」

「あ、ああ……」

 

 

 結局ハギヨシが何を言いたいのかは具体的には分からなかったが、言われた通り頭の片隅に置いておくことにしよう。

 昔からからかわれる事は多いが、その反面こういった真面目な問題でハギヨシのアドバイスというのは役に立つ事は多かったからな。心に留めておこう。

 

 それから適当にお互いの近況をつまみに酒を進める。先日会った三尋木の事や他の友人の結婚についての話題などもあり、中には連絡を取り合っているうちに話した事もあったが、それでも実際に面と向かって話すとより内容も掘り下げられ話が盛り上がるものだ。

 その中でも特に盛り上がったのはやはり麻雀部の事だった。

 

 

「そっちの調子はどうだ? 大会まで一カ月を切ったが」

「万全といっていいでしょうね。昨年逃した事もあって全国優勝を目標により練習に力を注いでいます。後はそちらの事もありますし」

「ん? ああ、うちが団体戦にも出ること伝えたのか」

「ええ、竹井様達の実力もわかっていますし、どうやらお嬢様としてはそちらに入学した原村様が気になるようです」

「へぇー龍門渕さんがねー」

 

 

 恐らくだが自分より目立って羨ましいとかそういう事だと思う。昔からそういう子だったし、苦笑いをしているハギヨシの表情からも大体はあっているのだろう。

 

 和は昨年のインターミドルチャンプだからそういった取材が来る事もあったし、長野の県大会では昨年の優勝校の龍門渕とは別の意味で注目の選手だろう。龍門渕さんも十分目立っていると思うのだが、それでも羨ましいのだろうな。

 

 

「これは強敵になりそうだな。だけど言っておくが勝つのはうちだぜ」

「勿論こちらも負けるつもりはありませんよ」

 

 

 立場は多少違うが、自分の教え子たちの勝利を望み、顔を見合わせ笑いながらグラスを傾ける。

 その後俺たちはしばらく店で飲み続け、途中で他の友人達も合流するとそのまま朝までかつての学生気分で盛り上がり、次の日にはいつも通り二日酔いに悩まされることなった。

 

 ちなみに後日、誘ったけど仕事で来られなかった三尋木からグチグチと文句を言われたのもいつも通りであった。

 




 原村父はツンデレである。

 そんなわけで野郎だけの誰得な現代編九話でした。
 とはいえ麻雀部の顧問ならばのどっちの転校については避けては通れない道ですので、この話は最初から是非やりたいと思っていました。
 原作では原村父が実際どう考えているのかはわかりませんが、こういう考えもありかなーと思いました。友達を馬鹿にしたら反発されるのなんて普通に考えたらわかりますしね。

 そしてなにやらお節介なハギヨシ。
 といっても別に京太郎と咏ちゃんを無理にくっつけたいというわけではなく、二人の関係を踏まえ、未だにレジェンドの事を引き摺っている京太郎に別の道を考えたらどうかという親友に対するお節介や思いやりなどからです。


 それでは今回はここまで。次回もよろしくおねがいします。

 キャラ紹介現代編に【ハギヨシ】を追加しました。


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10話

和「出番です! 約8か月ぶりの出番です!」

まこ「おう、メタ発言やめんさい」



 五月も終わりに近づいた休日。本来なら学校の記念日のおかげで三連休となったので、家でグースカ寝ていたいところだが、教師という職業柄そうもいかず俺は学校へ来ていた。

 

 普段とは違い車で来たため移動時間そのものは短かったが、用意に手間取ったのもあってか待ち合わせ時間には間に合ったが、校門前に着くころには既に麻雀部のメンバー全員が揃っているのが見えた。

 四人の前で停まり運転席から降りると、思い思いの表情で迎えてくれる。

 

 

「おう、悪い待たせた」

「須賀先生、おっそっーい。これがデートだったら帰ってるわよー」

「待ち合わせ時間には間に合っとるんじゃから問題なかろ」

「全く……折角のタコスが冷めちまうじょ!」

「優希ちゃん車の中で食べる気なの?」

「没収です」

「なにぃー!?」

 

 

 その場で竹井達に謝りながら話していると、同じ様に後部座席から降りてきた咲が自信満々にポーチを掲げる片岡に驚き、咲と話している隙に和が片岡の手からポーチを奪う。

 ナイスだ和。流石に密閉空間の車内で食われるのはたまったもんじゃないからな。片岡には悪いが我慢して貰って、向こうについてから食べてもらおう。

 とまあそんな漫才はさておき、一応準備はできているかを確認する。

 

 

「さて、時間もないし直ぐに行こうと思うけど忘れ物はないか?」

「んー? 大丈夫そう「 あ、私トイレ」 うひぁぁぁっ!?」

 

 

 自分の荷物を見降ろし、他の皆のことを見回してから問題ないと言おうとした竹井を遮る声。それは俺が今降りてきた運転席の方から聞こえてきたもので、そいつはシートベルトをはずして助手席から体を伸ばし、運転席の開いた窓から顔を出していた。

 

 

「み、み、三尋木プロ!?」

「おっすぅー」

 

 

 驚く竹井に三尋木は片手をあげながらダルそうに返事を返す。

 竹井からすればここにいる六人以外に誰もいないと思っていたのだろうからいきなり聞こえた声に驚くのも無理ないだろう。その上に三尋木ともくれば驚きも二倍か。

 同じように染谷達もポカーンとしており、咲も家を出る前に同じような状態であったからか苦笑ぎみだ 。

 

 

「ああ、竹井達には言ってなかったが今回こいつも参加するからよろしく頼む。あと今日は学校が閉まってて入れないから、近くのコンビニまで我慢しろ」

「うぇーい」

 

 

 竹井達と三尋木の両方にそういうと、それを聞いた三尋木はささっと助手席に戻っていく。

 昨日も親父たちと遅くまで飲んでいたみたいだし、まだ朝早い時間帯なのもあって眠気が抜けきっていないのだろう。というか子どもじゃないんだからトイレぐらい家出る前に済ませておけよ。

 呆れた視線を三尋木に送りつつ、竹井達の方へ振り替えると未だ固まっていた。

 

 

「あー……須賀先生。なんとなく予想はつくんじゃが、なんで三尋木プロまでここにおるんかの?」

「ああ、多分染谷の思っている通りで、俺だけじゃ不安だから指導役で来てもらった。問題ありそうか?」

「いや、全然ないんじゃが、プロが何日も抜けてええんか?」

「まぁ、暇だって言ってたし大丈夫だろ。気にするな」

「了解じゃ。にしてもあの恰好は?」

「ん? ああ、一応有名人だから変装だ」

 

 

 暇という一言で染谷はなんとなく納得したらしい。実際三尋木はゴールデンウィークで休みを取れなかった分どこかしらで取るつもりだったらしく、今回の話をしたら自分も付いていくと言い出したのだ。

 こっちとしては以前よりも大会に力を入れなければならない理由もできたのでうれしい誤算であった。

 まあ、こいつらに事前に知らせておかなかったのはそっちの方が面白そうだという話なのは決して口には出さないがな。

 

 そして染谷が指摘した通り、今の三尋木は麻雀プロだとバレない様に普段と違い、洋服を着て伊達眼鏡をかけ、長い髪を後ろで一つに束ねている状態だ。普段がアレなだけにこの程度の簡単な変装でも周りからはバレなく、出かけるときはこのような格好をする場合が多い。

 

 ちなみに前回麻雀部に顔を出した時も駅まではこの格好で来て、その後お袋に連絡を取っていたらしく、それからうちで着替えて学校までまた送ってもらったらしかった。

 なんでそんなめんどくさいことをしたのか理由を聞くと、第一印象が肝心だと言っていた。

 

 

「まぁ、詳しい話は後にしてさっさと行くか」

「お、おおー!」

 

 

 細かい話をしていると出発も遅くなるので手を叩き、注目を集めてからそう告げると驚きで固まっていた片岡達もようやく動き出した。

 そして後ろの扉を開き、全員から荷物を受け取りながら詰め込む。短い期間だが、流石女子。男とは違い荷物も多めだ。

 

 その後、全ての荷物を積み終え、全員が車に乗り込んだのを確認してから俺も運転席に戻り、車を走らせる。

 

 ――さて、それじゃあ二泊三日の強化合宿に行きますか。

 

 

 

 

 

 車を走らせること三十分。時期や場所がら渋滞に嵌まるという事もなく、途中三尋木の為にコンビニに寄ったので時間を食ったが、俺達を乗せた車は順調に走っていた。

 

 ちなみに今日俺が運転する車は近くでレンタルしたものであり、全員が少しでも楽に乗れるようにとうちでいつも使っているものよりも大きなタイプを選んで借りてきた。座席は三列あり、一列目に運転手の俺と助手席の三尋木。二列目に上級生の竹井と染谷。三列目に咲、和、片岡の一年トリオだ。

 

 隣が三尋木なのは、見た目はともかく大人の三尋木が混じるとあいつらも落ち着かないであろうという判断からだ。そしてそれを見越したのか前の列に近い二列目には上級生の竹井達が座っている。

 また、その後ろでは咲達が女子高生らしく先ほどのコンビニで買ったお菓子で騒いでおり、竹井と染谷も向こうに着いてからの予定を話していた。

 

 一方、運転手が退屈しないように話題を振る役目があるはずの助手席に座る三尋木は、昨日の酒が抜けていないのと寝不足で未だにローテンションであった。酒には弱くはないが、寝不足とのコンボは中々に効くようだ。とはいえそれもそろそろだろう。

 横目で見ると、袋の中をガサゴゾと探り、先ほどトイレに行ったついでで買った商品を取り出している。そして手に持っているのは、酒を飲んだ次の日に良く効くというドリンクだ。

 

 

「………………………………よし! 目醒めたぁっ!」

「おはようさん」

 

 

 両手を上に挙げながらそう宣言する三尋木の一応返事を返しておく。というか大声出すなよ。後ろの全員が何事だって感じで見てるだろ……。

 ミラー越しに映る皆の顔を覗いてため息をつく。全く……いくつになっても変わらないなこいつ。この前ハギヨシにあった時に色々言われたが、やっぱそういう対象には見れねーな。

 

 

「わっかんねー。ため息なんてついてどうしたのさセンパイ?」

「いや、なんでもねーよ。というか酒飲みすぎ。一応客って立場だけどこいつらに教えるのに期待してるんだから、頼むぜホント」

「大丈夫大丈夫、任せとけってぇ。それに飲んでたのも、先週私を除けものにしてセンパイ達だけで集まってた上に、昨日だって私を放っておいてさっさと寝ちまったからじゃんか」

「誰かしらの予定が合わないのは良くあることだろ。それに今日運転するんだから酒が残らないように早めに切り上げなくちゃいけないんだから遅くまでは飲めねーよ」

「そこは気合でなんとかなるっしょー」

「無茶言うな……ん?」

 

 

 親指を立てながらウインクをする三尋木。容姿的にも似合うのが腹立つ。

 すると前を見て運転しながら三尋木と会話をしていたら、肩のあたりに軽く振動が伝わってくるのを感じた。

 

 俺の真後ろに座っているのは竹井だから、体を動かしてぶつかったのだろうか?と思いきや続けて振動が伝わり、信号でちょうど停まったのもあって何かと思い振り向くと、何か言いたげな顔をしている竹井と目があった。

 

 

「どうした?」

「いえ、さっき先に寝たとか三尋木プロが……」

「あ? …………ああ、そういうことか。今日の事もあって早く出るからこいつには昨日うちに泊まってもらったんだよ。言っておくが親父たちもいたし、一緒に飲んでただけだからな」

「何も言ってないんだけどね」

「言わなくてもわかるわ」

 

 

 そろそろ信号が替わると思い、話を切り上げて視線を戻すと、横の信号が点滅している所だった。他に車はあまり見えないとはいえ気をつけないとな。

 それに昔からこいつがしょっちゅううちに泊まっている事を知られたりしたら凄くめんどくさそうだし、適当に流しておこう。

 

 

「しかしのう……三尋木プロもそんなことしてゴシップは大丈夫なんじゃろか?」

「んー別にセンパイの家に泊まるのは昔からだし今更だしねー」

 

 

 おい!

 

 

「む、昔からぁ!? も、もしかして何度も須賀先生のうちに泊まっとるんか?」

「ん? そうだよ。もしかして初耳だったり?」

「え、ええ……ちゅうことはことはこの前ん時も……」

「いやー、あん時は次の日も頭痛くて帰るのがダルかったから二日続けて泊まるか悩んだっけ。やっぱこっちに引っ越してこよっかなー、のえっちや桜にも会いやすくなるしー」

 

 

 隠そうとしていた事を三尋木がベラベラと話すせいで、染谷も予想以上の話にどう反応したらいいんだという感じの雰囲気を出し始めている。俺も話を遮りたかったが運転中という事もあり、そちらにあまり意識を向けられないでいた。

 

 というか三尋木、引っ越したいって言ってもチームの看板選手がそう簡単に移籍できるわけがないだろう……。

 ちなみに三尋木が名前をあげた二人は俺達の友人の事で、三尋木とは同い年ということもあって昔から良くつるんでいる相手だ。

 

 そんな他愛のないことを考えながらさりげなくチラッと見たミラー越しに映るのは、だらしない大人達だと言わんばかりの表情をしている生徒たちであった。

 だよなー、立場が逆だったら俺もそう思うわ。別に顧問がプライベートで何をしていようと構わないけど、せめて隠して欲しいよな。全員女子でお年頃だからこういった話には余計に色々言いたい事もあるだろうし。

 

 

「はぁ……言っておくが、こいつが昔から泊まっていたのも、うちにそれなりに広い客室があるからだぞ。だから三尋木以外にも泊まるやつは多かったし、向こうに越してからは戻ってくる時の宿代わりにもしていたからな」

 

 

 せめてものフォローとして説明をするが、聞いている方からすれば苦しい言い訳に聞こえるだろう。

 

 確かに中学時代は溜まり場として三尋木以外の他の女子も泊まりに来ていたが、その場合は複数人が当たり前で、三尋木みたいにピンで泊まる事はなかった。

 当時は全然気にしていなかったが、親がいるとはいえ女子一人が男子の家に泊まるって確かに問題あったよな。まぁ、ホント今更だし、当人達が気にしてないから別にいいんだけどな。

 とはいえ、部外者に話すとこうなるから言葉は選ばなければならない。昔、晴絵に話した時も暫く拗ねられて大変だったし。

 

 

「ほんと仲良いんですね……」

「実は付き合ってたりするのかー?」

 

 

 後ろの座席から呆れた和の声と面白がっている片岡の声が聞こえる。

 真面目な和からすればだらしなく映るよなそりゃ。あと片岡はめんどくなりそうなこと言わんでくれ、案の定変な空気になってるし。

 

 

「センパイとねー……実際に付き合ってみる? 知らんけど」

「おう、三十過ぎても独身だったら貰ってくれ。ハギヨシ仕込みの家事能力もあるからお買い得だぜ」

「ふむふむ、専業主夫希望かー。私は味にはうるさいぜぃ」

「それは昔から知ってるってーの」

 

 

 三尋木の軽口にのり、お互いに適当にボケを交えながら話す。

 正直いきなりこんな事を言われていたら以前の俺なら焦っていただろうが、先日のハギヨシとの会話で一応三尋木の事を考えていたから普通に返せた。

 

 まあ、今回は冗談で言ったけどいつまでも一人身ってわけにもいかないし、家の事もあるから将来的には結婚する必要もあるだろう。だから現状そういった対象とは見れないが、ハギヨシの言った通り、そういった選択肢もありだろうな。

 とはいえ、俺は兎も角こいつはいつまでも一人身ってこともないだろうし、あり得ない話だ。この前は出会いが無い的なことを嘆いていたが、こいつなら直ぐに見つけられるだろうま。

 

 運転をしながらそんなあり得なさそうな未来を考えていると、ミラー越しにテンパっている咲が見えた。

 

 

「きょ、京ちゃん結婚するの!?」

「うわー、車内でプロポーズとかマジひくじぇ」

「……」

「いやいや、冗談だから!? というか話が飛びすぎだ」

 

 

 一年トリオが騒ぎだしたので慌てて釈明をする。竹井達は最初から冗談だとわかっているからか静かに聞いていただけだが、若いこいつらには通じていなかったようだ。

 

 

「こんなこと言ってますけど、どう思います三尋木プロ」

「女の敵なんじゃね? 知らんけど」

 

 

 訂正。上級生もしっかりと話をこんがらせようとしてくれていました。

 

 

「三尋木ぃ……」

「冗談だって。センパイが未だアレなのはわかってるって」

「……」

 

 

 ちょうど再び信号で止まったので、話をややこしくするなという気持ちを込めて視線を向けると、逆に気を使われるような目で見られた。まあ……晴絵の事だよな。

 それに対し、なにか言うのも変だったので視線を戻し、信号が変わるのを待ってから黙って再び車を走らせる。それから暫し沈黙が続いたが、竹井達が話題を変えたおかげで直ぐに車内ははしゃいだ声で溢れるようになった。

 

 まったく――生徒に気を遣わせてどうするんだろうなー俺。

 

 

 

 その後数十分程走らせていると、今日から泊まる宿にようやく到着した。

 

 

「あー重いなぁー、わかんねーけどどこかのイケメンな先輩が持ってくれないかなー」

「さっ、行くぞ」

「無視かーい」

 

 

 アホなことをぬかす三尋木を放っておいて荷物を持ち、咲たちを引き連れて宿へと向かう。

 自分の荷物だけじゃなく、部員全員で分けてあるとはいえ牌譜などの部活用の荷物もあるから余計なものを持つ余裕はないのだ。

 

 それから中で受付をし、鍵をもらって部屋へと向かう。

 今回借りたのは生徒用と教師用の二部屋だ。練習時に俺が女子の部屋に行くわけにもいかないので、教師用の部屋も合わせてどちらもそれなりに広めだ。

 

 

「こっちがお前達の部屋だ。鍵は竹井がしっかり管理しておけよ」

「大丈夫だって」

「それじゃあ荷物の整理もあるし、少し休憩時間取るから三十分経ったらこっちの部屋に来い。昼飯前に色々と決めよう」

「わかったわ」

 

 

 長時間ではないが全員車に乗って疲れていると思い、話し合いなどは後回しにして持っていた隣の部屋の鍵を皆の代表として竹井に渡す。そしてこんな所で泥棒などないだろうが、万が一を考えて念を押しておく。

 竹井は心配しすぎだと言わんばかりの表情をしているが、一応顧問や部長としての責任もあるからしっかりしてもらいたい。なんか問題が起きれば俺の責任になるし、なによりこいつらも大会に出られなくなるかもしれないからな。

 

 

「同じ姿勢で座り続けるのは疲れたし、さっさと入って座ろうか」

「座ってて疲れたのにまた座るのかよ」

「なら寝ようかなー」

「昼前だっつーの」

 

 

 お決まりのごとくボケる三尋木の突っ込みつつ扉を開け中に――

 

 

「ちょちょちょっ!? 待ってくださいっ!?」

「うお! どうした和」

 

 

 皆と別れて自分達の部屋に入ろうとした俺達に所にいきなり和が割り込んできた。普段の冷静な和と違った様子に慌てる。いや、昔と違って今は結構大きな声を出す事多くなったっけか?今さらだったな。

 

 

「なんで三尋木プロがそっちの部屋なんですか!?」

「ん? ああ、後から連絡したら泊まれるけど部屋が取れなくて、しょうがないから俺と同室にしたんだよ。元々練習用に使うつもりで広い部屋だったから問題ないだろ」

「男女が同室というのが問題なんです!」

「京ちゃん流石にそれはまずいよ。こっちの部屋に入ってもらったら?」

 

 

 厳しい視線を向ける和に続いて咲も一緒になって抗議をしてきた。

 といってもな……確かに合宿をするのはこいつらの実力を上げるのが目的だから、三尋木と同室にして言葉を交わす機会が増えれば何かしら役に立つ事もあるだろう。

 しかし今回練習時間は多くあって話す機会も十分あるし、逆に部外者の三尋木が四六時中一緒だったらこいつらもやりづらいだろうし、落ち着く事も出来ないはずだ。

 

 それに俺としては合宿というものは実力を上げる以上に部活内のメンバーの結束力を深めるのが一番重要だと考えている。

 皆、既に仲はいい方だが、何かしらのイベントを体験させるなりしてより部員同士の結束を高める方がいいと思うから、部外者の三尋木が同室にいるのはあまりよくないだろう。

 ほら、修学旅行とかの夜って猥談なりして部屋の友人となにかしらの仲間意識が芽生えるじゃん。つまりそういうことだ。

 

 そんなわけでいくつか内容を誤魔化しながらも、あえて部屋を分けた方がいい理由説明すると、ようやく咲たちも納得してくれた。

 

 

「わかったよ。でも変なことしちゃダメだからね!」

「何を言ってんだかこいつは。さっきも言った通り三尋木とは何でもないし、生徒のお前らが隣にいるのに俺がそんな事をするような奴だと思っているのか?」

「うへぇ、ごへんごへん!?」

 

 

 あまりにも聞き捨てならなかったので手に持っていた荷物を下ろし、開いた両手で咲の頬を引っ張ってやる。そして咲の頬を引っ張りつつも抗議の視線を他の四人に向けると、全員がさっと視線を逸らした。

 

 まったく……言いたい事はわかるが、そうまで節操なしだとか思われるのは心外だ。

 これでも晴絵と付き合っていた頃は女性と二人きりになるようなことはなるべく避けていたし、別れてからも晴絵以外とそんな関係になったことはないんだぞ。

 

 

「ほ、ほら、須賀先生! 皆疲れてるし早く部屋に入りましょ!」

「そうだな、いつまでもこのままだったら邪魔だしな。よし、解散!」

 

 

 竹井の言う事も最もだったので、咲の頬から手を離して号令をかける。皆はまだ聞きたそうにしていたが、飛び火を恐れたのかそそくさと部屋の中へ入っていった。

 はぁ……やれやれ。

 

 

「騒がしかったねぇ」

「お前のせいでもあるけどな」

「わかんねー、何のことかさっぱりわかんねー」

 

 

 着いたばかりであり、練習もまだだというのに実に疲れた。まったく、この先どうなる事やら……。三尋木という追加要素があったとはいえ、教師という仕事は本当に難しいわ……。

 いや、ややこしくなった原因の半分以上は俺の責任か……後でなにかしたフォローをしておいた方がいいだろう。折角の合宿だし、あいつらには存分に活用してもらいたいからな。

 

 ――こうして、教師生活の中で初めての合宿らしく初日の朝から前途多難なのであった。

 




 目指せ、週刊君がいた物語! なお、定期的に月刊になる模様…。

 そんなわけで合宿編の現代編十話でした。咏ちゃんが付いてくるまで予定通り、車の中での会話が長引いたのは想定外でした。


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。



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11話

[壁]久「どう? 聞こえる?」
[壁]優希「うーん……お、なんかガサゴゾ始めたじぇ! こいつはまさか……」
[壁]咲「SOA!」
[壁]和「ちょ!?」


まこ「アホなことしとらんで練習の準備せえや」



「へぇ~、中々いい部屋じゃん」

「まぁ、悪くはないな」

 

 

 咲たちと別れてから部屋に入って中を見渡すとそれなりに整った装飾やその広さに感心する。部費や私費で泊まることを考えてあまり高いところは選べなかったが、これなら悪くないだろう。さすがに同じ旅館といえども松実館程ではないが値段相応だ。

 そして部屋には宿として必要なものが揃っているだけではなく、片隅には事前にレンタルして運んでおいてもらった雀卓もしっかりと用意されていた。荷物を置いてから近寄って少し様子を見てみるが問題なさそうだ。

 

 

「おーまっじめー」

「顧問だからな」

 

 

 部屋に備え付けられている座椅子に座り、鞄から取り出した扇子で仰ぎながらからかってくる三尋木にそう返しつつ部屋の他の設備を見ていく。折角こんなところに来たのだから畳の上に寝っ転がって昼寝でもしたいが、さっさとやることをやらないとあいつらが来ちまうからな。

 

 それから荷物を片付けて一息つくころには予定の三十分などあっという間に過ぎてしまい、時間通り竹井達がこちらにやってきた。

 

 

「おっじゃまっしまーーーすっ!」

「部長。周りの迷惑になりますから声を落としてください」

「なんだ中はこっちと変わらんなー」

「いや、そりゃそうじゃろ」

「あ、でもこっちとは掛け軸が違うよ」

 

 

 入ってくるなり大声を上げたり部屋のなかを見回したりと騒々しい竹井達。まぁ、竹井なんかは三年にしてようやく行くことができた合宿ということでテンションが上がるのも無理はない。  

 しかし和の言う通り他の客もいるのだし、いくら部屋と部屋の間に壁があるからとはいえ少しは控えさせた方がいいだろう。

 

 

「ほら、話し合いするんだから早く来い」

「はーい」

 

 

 とはいえ、口うるさく言うのも鬱陶しいだろうし、少しすれば落ち着くだろうから説教は横に置いて、未だ部屋の中をキョロキョロ見回している竹井達を促してさっさと座らせる。さすがに七人全員分の椅子はないので座布団だが問題ないだろう。

 そして全員が移動している間に鞄から資料を取り出し、皆と手分けして持ってきた牌譜などを受け取りながら話を始める。

 

 

「さて、今回の合宿の目的は大会前の追い込みってことだけど、俺の目から見ても今までの部活もあってある程度はみんなも仕上がっていると思う」

「ほうほう、この前は随分ボロがあったけどしっかりと練習したんだ?」

「ええ、もちろんです」

 

 

 俺の言葉を聞いて意地悪げな笑みを浮かべる三尋木の質問にも堂々と返す和。

 以前三尋木が来たときに「ムラがありすぎてミスが多い、本当にミドルチャンピオンなのか? わかんねー」ってボロクソに言われていたからな。あれからいろいろ特訓したし、そこらへんもある程度克服できたと思う。

 そして他のメンバーも和と同じようにダメ出しと課題を出され、長所短所それぞれを伸ばしたり埋めるようにしてきた。

 だから子どもみたいな容姿に反して意外にも厳しい三尋木にも満足のできる仕上がりになっているだろう。

 それはさておき、実際に打つ練習は後の事なので話を続けることにする。

 

 

「とまあ、そんな感じだから今回は県大会に出る対戦校の対策が主になると思う。後は団体戦のオーダー決めかな」

「なんだ、まだ決めてなかったのかい?」

「一応俺なりに考えてはいたけど、やっぱプロのアドバイスも必要かと思ってな。だから頼むぜ三尋木プロ」

「へぇーうれしいこと言ってくれるじゃん。それじゃあアドバイスの前に顧問であるセンパイの意見を聞いてみようか」

「そうだな」

 

 

 手に持っていた扇子で口元を隠しながら目を細める三尋木や皆に向かって、予め作った各校の資料などを渡しながら俺が考えたオーダーを発表する。

 普段とは違う俺の真面目な表情につられて三尋木を除く全員が顔を引き締めているため、似合ってなくて思わず笑いそうになるが堪えて話を始める。

 

 そして俺が考えたオーダーというのは先鋒に片岡、次鋒に染谷、中堅に竹井、副将に和、大将に咲というものだ。

 

 まず一番悩んだ先鋒に関しては、各校のエースを相手にするということから同じくエースを添えるか、逆にガチガチに守りが固いのを置くのが定石なので、ここでは前者を取ってうちの中でも火力が一番高い片岡を持ってきた。片岡の火力なら他校のエースにも見劣りはせず、十分稼いでくれるだろう。

 また、後になれば他校との点数差から自由に打てなくなるし、自由奔放な片岡には他の位置が難しいのも理由であった。

 そして問題としては南場に入ると集中が切れて火力が落ち、防御もおざなりになることだが、以前に比べると少しずつだが改善されているため悪くはないだろう。まぁ、そこらへんは他のメンバーからフォローも必要だろうから気をつけねばならないな。

 

 次に次鋒と中堅を任せる染谷と竹井だが、これは二人が一年トリオと違って去年も大会に出ていることなどの理由で安定感があるため選んだものだ。

 次鋒と中堅というのは試合の流れから立ち回りが難しい位置であり、特に中堅あたりだと下手をすると他校が飛んで終わりということもあり得る。だからうちの中では胆も座っており、視野が広い上級生二人をこの位置に添えたのだ。今までの他校でもこの位置にはベテランを置くことも多いしな。

 ただ、染谷はともかく竹井は土壇場になると緊張しやすくもあるので、片岡とは別にフォローが必要だろう。

 

 最後に副将と大将に選んだ和と咲だけれども、これは前回の県大会優勝者である龍門渕を意識した組み合わせだ。向こうは去年と同じく後詰めにはあの二人を持ってくるだろうから、ここはあえて似たようなタイプをぶつける形にしておいた。

 あの二人相手だと竹井と染谷でもかなりの苦戦を強いられるだろうし、向こうは竹井達の手もある程度分かっているだろう。だから敢えて情報を集めにくい二人をこの場においたのだ。

 また、この順番なのは和がネトマで同じデジタルタイプの相手に慣れていることと、咲も照相手にオカルトとの対戦経験があるのでそれを活かした形とした。

 だから咲には初めての県大会で大将という大役を押し付けることになってしまったが、ここは我慢して頑張ってもらいたい。可愛い子は谷に落とせっていうからな。うん、問題ない。

 

 資料を見ながら長々とこうなった説明を終える。それなりに長く話し喉が乾いたため、未だ手元の資料に目を通している皆を一瞥してから、部屋に置いてあったポッドにお茶を入れに行く。

 ついでなので自分の分だけでなくみんなの分も入れる。夏に近づき気温も上がってきたが、それでも今日は少しだけ肌寒いのであっついお茶でも問題ないだろう。

 

 熱いお茶といえば宥を思い出すが、あいつ今でもあの体質は変わってないのだろうか。冬ならともかく夏にあいつの部屋に入るのは中々キツかったな……クーラーなんてつけられなかったし。

 

 そんな懐かしい記憶を思い出しながらお茶を入れて皆のところに戻ると、ある程度読み終えたみたいで皆顔をあげていた。表情を見るとどうやら内容に納得している者が多いみたいだが、中にはこの世の終わりのようなものをしている者もいた。まぁ、わかりやすいので敢えて言わないが。

 

 

「悪くないんじゃね? 奇を狙うより正攻法って感じで。ぶっちゃけつまらんけど」

「ええ、私でも同じにしたと思うわ」

「ありがとうよ。三尋木は後で屋上な」

 

 

 プロの三尋木と部長の竹井から問題なしとの太鼓判を押されてほっと一息つく。

 試合に出ない第三者からの客観的な目ということでそれなりに考えたものだから自信はあったけど、それでも自分より実力がある者から認められるかわからないからよかった。

 しかし一方で不服満々といった感じに異を唱えるのもいたが。

 

 

「きょ、京ちゃんっ、私が大将なんて無理だって……」

「理由は?」

「だ、だってやっぱり大将みたいな役は部長なんじゃ?」

「ほうほう……部長の意見は?」

「全然OK!」

「えー……」

 

 

 問題ないとばかりにウインクをする竹井に咲が戸惑いの声を上げる。確かに咲の言いたいこともわかるが、贔屓目なしで考えた結果だし納得してもらいたい。

 

 ちなみに他に隠してある理由もあり、先日照から電話で白糸台の先鋒を務めるという話を聞いたので、もし全国にいったときに敢えて二人が戦わない位置に置いたのだ。

 これには未だに二人の間では険悪なムードが漂っているので、大会で直に戦わせるのはやめとこうという危機感からのものだ。そもそもケンカの原因が胸の大きさの事というしょうもない理由なので、あとから別で和解させる場を作ればいいだろう。俺が言うのもなんだが、昔から実にめんどくさい姉妹だ。

 その後も渋る咲だったが、周りの説得もありなんとか大将を受け持ってくれることとなった。プレッシャーもあるだろうが、人見知りを治すいい機会なので頑張ってほしい、

 

 そのから結局個人的に不安だったオーダー決めもすんなり終わったので、次に龍門渕や風越などの有力選手がいる学校を中心に対策を練ることとなった。

 これは主に一年トリオに向けたものであり、整理した牌譜を見ることもあれば、竹井や染谷が実際に対戦した相手の話を聞かせるという形となった。

 その中でも際立ったのは、やはりある二年生の事だった。

 

 

「しっかしホントに天江衣って人かなりやばいじぇ……牌譜も意味わからんし。部長たちから見て打ってみたらどんな感じだったんだ?」

「そうね……今まで色んな相手と打ってきたけどやっぱり別格だったわ。まさに魔物っていうべき強さだったわ」

「じぇじぇ……じゃあ咲ちゃんとはどっちがやばい?」

「うーん……いい勝負ね、きっと」

「ええぇっっ!? なんでぇ!?」

「どうどう」

 

 

 先ほどまで魔物呼ばわりしていた相手と同格扱いされて驚きの声を上げる咲。個人的には間違ってはないと思うのだが、当人としては不服なのだろう。頬を膨らませる咲を和が宥めているが、扱いが動物に近いのは触れないでおこう。

 

 

「ちなみに三尋木プロはどのへんじゃ?」

「お、そりゃ聞いてみたいなぁ」

「ちょっ! ええぇっっ!?」

 

 

 まさかの染谷からのキラーパスに、竹井が先ほどの咲と同じように声をあげる。助けを求めるように周りを見回すが、咲たちは巻き込まれたくないのか、先ほどまでと違いいつの間にか手元の牌譜に視線を落としていた。

 まったく、仕方ないな……。

 

 

「三尋木はどっちかというと大魔王って感じじゃないか? いや、それより上の邪神あたりかもな」

「誰が女神だって? 照れるなぁ」

「すごい聞き間違いだな」

 

 

 咄嗟のボケにうまく乗ってきてくれる三尋木。視界の端では竹井が胸をなでおろしているのが見えた。まったく、染谷もここぞとばかりに遊ぶのはやめてくれ。後でめんどくさくなるのは俺なんだから。

 そう思っていると、先ほどの会話からふと疑問に感じたことがあり三尋木に聞いてみることにした。

 

 

「なあ三尋木。お前から見て天江衣はどれぐらいの強さに見える?」

「んー……まあそこそこじゃね?」

「マジか。お前がプロで実力があるのはわかるが、それでも天江はそこまでの雀士じゃないってか?」

「そりゃプロの中でも上位陣でかつ女神だからさ」

 

 

 やばい相手だといわれると予想していたのだが、それほどじゃないと言う三尋木に少し拍子抜けした。天江は去年の成績もすごいし、以前のプロアマ交流戦で優勝しているぐらいだから、いくらトッププロでも天江の実力は凄いと感じてもおかしくはないのだが。

 そう考える俺の思考が読めたのか、苦笑しながら「仕方がないなー」と言わんばかりの表情で説明を始める。

 

 

「んー、直接会ったことはないから正確なことはわからんけど、確かに天江衣のオカルトは強いし、実際に交流戦に出たプロ相手に勝っているから相当なもんだと思うよ。だけどまだまだ技術的には未熟だし、優勝したって言っても私を含めて大体のプロは忙しいから当時の交流戦にほとんど出てなかったからね。それにある程度アマに花持たせるのが交流戦の意義でもあるから、あの時は結構手を抜いている人も多かったんじゃないかな? だから私から見れば、天江衣の実力はまだまだ学生の域を出ていないし、言われているほど強いとは思わないよ。知らんけど」

 

 

 会ったこともない相手に対して実に手厳しい評価であったが、確かに三尋木の言うことももっともであった。

 学業などに時間を割かなければならない学生と違って、プロは麻雀と向き合う時間が半端ないからな。以前よりも高レベルな相手が周りに多いために、挫折もあるが実力が伸びやすいと聞くし、こいつも七年近くその世界にいるのだから、そりゃ年若い学生の雀士は未熟にも見えるだろう。

 

 実際に以前うちで飲んでいる時に話のタネで三尋木の学生時代の記録を見させられたが、昔よりましになったとはいえ、未だ未熟な俺から見ても随分と実力が違っているのは感じたぐらいだからな。プロと学生の力の差はやっぱ大きいか。

 それから一応納得する俺や周りに対しさらに詳しく説明を続けるために三尋木が置いてある茶を一度飲んでから話を続ける。

 

 

「ただ、いくら手を抜いてもプロだし、それに勝てるってことはそこに近い実力はあるってことだよ。それに私が知ってるのも去年の天江衣だからねぇ……去年の時点で他よりマシとはいえ力に振り回されてたけど、あれだけ打ててたんだから今年はもっと手ごわいと思うよ。ハギー先輩も近くにいるし」

「ああ、あいつもマメだしな。しっかし説明してくれるのはいいけどお前はこいつらをビビらせたいのか安心させたいのかどっちなんだよ」

「んー、両方? まぁ、プロと違って経験もまだまだ浅いからつけ入る隙は全然あるし、同じ学生だあらそこまでビビる相手でもないよーってことさ」

「そういうもんか?」

「そういうもんじゃね? わっかんねーけど」

 

 

 横目で竹井達の方を見ると、釘を刺すような俺たちの話を聞いて何とも言えない表情をしていた。

 まぁ、確かに三尋木の言う通りか、下手に臆しても楽観視してもいいことはない。対策を練るのはいいが、考えすぎるのも問題だ。なんかいい方法を後で考えよう。

 そして話題の中に出てきた、ここにいない親友の頑張っている姿を頭に浮かべながらエールを送る。きっと今日も目立ちたがりやなお嬢様に振り回されているだろうな。

 

 その後、話も一段落したということで三尋木が体を伸ばしながら立ち上がる。その様は本人の性格もあってかまるで猫のようだ。

 

 

「さーて、じゃあお昼までに少し時間あるし打ってみようか。相手はそうだなー……よし角ドリルにボインにタコスンが入りなー」

「角ドリル……」

「ボイン……」

「タコスン!」

「毎回あだ名変わるのね……」

「いや、ぶっちゃけ適当に言ってるだけで、きっと前のも覚えてないぞ」

「ホントに今さらじゃが、プロって変人が多いのう……」

 

 

 戸惑う咲たちを引き連れて三尋木が雀卓へ向かい、それをアホな話をしながら見送る俺たち。

 しかし染谷もキッツいなー、まあ三尋木からそういったプロの話を聞く限り、多少の私見は入っているのだろうが間違ってなさそうだけどな。

 それから時間もないので半荘を1回だけということで打ち始め、東場が終わるころになると咲たちは三尋木にしっかりと特訓の成果を見せつけていた。

 

 

「んー、やっぱセンスがいいねぇー。これなら県大会優勝も夢じゃないと思うよ」

 

 

 珍しい三尋木の褒め言葉に咲たちも頬を緩めている。散々色々言われた相手からの賞賛の言葉というのは心に響くものだからな。

 しかし、長い付き合いの俺は知っている。今のあいつの表情がしょうもないことを考えている時の顔であると。

 

 

「さーてと――――それじゃあ少し本気出すか」

 

 

 三尋木はそういうと手に持っていた扇子を一度閉じる。

 そして――再び開いた時には空気が変わっていた。

 

 

「え……なにこれ?」

「???」

「はえ?」

 

 

 同じ卓を囲っていながらも突然のことに何が何だかわからないという表情をしている三人。

 しかし傍で見ていた俺たち三人には直にコレに触れた経験があったため、例え直接卓についていなくてもコレがなんなのか理解できた。

 

 

「これって……天江さんの!?」

「そう、正確にはあれの真似したパチモンだね。同じものはできないけど似たようなものは再現できるさ」

「こりゃなんちゅう……」

 

 

 あまりの出来事に言葉を失う竹井と染谷。俺たちは以前打ったこともあるためわかったが、確かにこれは天江衣のオカルトだ。ただ、雰囲気的には本人が言っている通りパチモンらしくどこか違っており、どこかチグハグであった。

 しかしそれでも他者に対するこの圧力は本物であり、実際に打ち始めた咲たちは先ほどまでと違いかなりの苦戦を強いられていた。

 

 

「しっかしまぁ、おまえってばとことんスゲえよなぁ……」

「はっはっは、これでもこいつで食ってるトッププロだからねぇ。経験の浅い学生の真似事なんて朝飯前なんじゃね? 知らんけど」

 

 

 この状況を見て無意識に思わず感心した声をあげると、それを聞いた三尋木が得意げな表情を浮かべながら胸を張る。先ほど言っていた通り本人からすれば学生の真似事なんか朝飯前なのだろう。きっと注文すれば咲や竹井の真似だって容易にしてくるだろうな。

 ちなみに軽やかに会話をしているにも関わらず、なおも辺りには重苦しい空気が続いている。きっとこの状況に並みの雀士ならば心折れているのだろうが、それでも咲たちは必死に食らいついていた。

 

 ちなみに和はペンギンのぬいぐるみであるエトペンを膝の上に置きながら打っているため、傍から見ると大変シュールな光景だが気にしてはいけない。

 以前竹井からの思わぬ提案でアレを始めたのだが実に不安だ。ルール上大会で私物の持ち込みは可なので、問題はないのだが不安すぎる。

 

 それから最後まで食らいついていた咲たちだったが、残りが短かったとはいえ結局一度もあがれずに終局となった。しかし……場を支配するだけではなく海底撈月まで真似るとか実際に本人と打っているようなものだろうなこれ。

 

 

「ノンノン、手加減しててもこの私が打ってるんだからパチモンでも本物より強いさっ!」

「心を読むなって」

「わかんねー、何のことかさっぱりわかんねー」

 

 

 先ほどまで全方位で向けていた威圧感を消して和やかに話しかけてくる三尋木に思わず苦笑する。

 周りからは色々と麻雀の事で持ち上げられているが所詮三尋木は三尋木だな。ホント昔からかわらねえよ。

 

 

「さて、どうだった?」

「うん……すごい大変だったけど頑張る!」

「そうか、その調子で行けよ」

 

 

 実際にこの能力を持つ天江と当たる咲の様子が心配になって顔を覗くと、予想と反して悲壮な顔はしておらず、先ほどまで抑えこまれていたのが嘘のように溌剌とした表情をしていた。

 昔から咲は内弁慶で引っ込み思案なところがあったが、それでも負けず嫌いでもあるので杞憂であったようだ。当初の麻雀部に入った理由はただの姉妹喧嘩であったが、入部してから色んな相手と打つのが楽しみになっているみたいでいい傾向である。

 そして今後を見据え張り切るのは咲だけではなく、他の二人も次こそは勝ってみせるという表情をしていた。しかしな……。

 

 

「勇みこんでいるとこ悪いが昼食だ。誰かさんが長引かせたせいで時間も押してるから早くするぞ」

「えー、私のせいか?」

「そりゃ毎回海底撈月で上がられてたら時間も食うだろ」

「わっかんねー」

「はいはい」

 

 

 恍ける三尋木をいなし、昼食をとるために皆に指示を出して動き出す。まぁ、なんだかんだで合宿らしいことはできたかな。

 今朝の事や初めて合宿ということでうまくやっていけるか不安でもあったが、これならなんとかやっていけそうだった。

 




 なんかもっともらしいこと言っているけど話半分な麻雀話の十一話でした。
 京太郎が顧問なため一応麻雀について話しているんですけど、ぶっちゃけ今回の話は自己満設定から来ているので深く考えてはいけません。本編自体京太郎が麻雀をしないので話の中心ではないですし。

 ちなみに一応強さの設定としては大体で下のように考えています。本編でこの設定が活躍することはあまりないでしょうが。


上位プロ>中位プロ>咲などの魔物レベルの学生≧下位プロ>大会に出る一般レベルの学生


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。


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12話

咏「いやーほんとデッカイねー、まさに乳属性って感じ」
優希「大きさだけじゃなく手触りも一品だじぇ」
久「ほうほう、それは興味深いわね。ここは後学のため一つ……」

和「な、なんでこっちににじり寄ってくるんですか!? 染谷先輩助けてください!」

まこ「わしも気になるし、そりゃぁ無理な相談じゃ……咲、気持ちはわかるが、歯ぎしりはやめんさい」
咲「……………………………………」ギリギリ



 日が傾き始め、オレンジ色の夕日が差し込む廊下を歩く。

 特にどこへ行こうという目的自体はなかったが、ふと静かなところに行きたいと思いぶらぶらとうろついていた。

 

 昼食後からずっと続けていた練習も先ほど済み、今まで根を詰めていたのもあって夕食までの時間は自由時間とした。そのため咲達は夕食までに風呂に入ってくるということらしいので、今の俺の周りにあいつらはいなく、折角だからのんびりしたかった。

 別にそれはあいつらが嫌いだという話ではなく、今日はずっと練習しっぱなしで精神的にも疲れていたので少しリラックスしたかったということが大きい。

 

 まぁ、元々子どもや女子の相手というのは苦手ではないが、流石にダブルはそれなりにクるものがあるし、俺以外男がいないという状況は中々きついものだった。三尋木?三尋木は三尋木だ。それ以上でもそれ以下でもないな。

 

 そんなことを考えつつ探索をしていると外に出られるところがあったので、そのまま宿の裏庭に出て、そのまま整えられた道を歩く。すると一分もしないうちにちょっとした水辺と休憩場所を発見した。

 まぁ、休憩場所といってもただベンチが置いてあるだけなのだが、地べたに座ったり、立ちっぱなしになることを考えると十分すぎるだろう。

 

 景観も良く、他に客がいてもおかしくなさそうだが、周りを見回すと時間帯などからか辺りには他に人もいないようなので、気兼ねなくゆっくりと休ませてもらうことにする。

 ベンチに座ると、どっと疲れが押し寄せてきて、そのまま今日一日の疲れをとるように深く腰掛け背もたれに寄り掛かる。

 夏までもう少しということもあり、日暮れ近くなのに寒くない程度の涼しく心地よい風が吹いてきて、水の音や自然の景色と合わせて疲れ切った俺の体を癒してくれる。

 同じ長野県内でもやはり慣れた場所から離れると空気が違ってくるな。

 

 それからおそらく30分ほどだろうか、心地よさから半分寝かけてうつろうつろしていた俺の耳に誰かの足音が聞こえた。

 その音に目を開いて、頭をひねり視線を後ろの方に向けてみると人影が見えた――というか。

 

 

「なんだ和かぁ」

「なんだとはなんですか」

「ははっ、悪い悪い」

 

 他の客だったらだらしないところを見せるのは恥ずかしいので、少しは姿勢を正すべきだと思い身構えていたら、まさかの和だったので拍子抜けした。とはいえ、当人からすれば不服だったらしく、微かに頬を膨らませながら抗議の声をあげられてしまった。

 そういえば思わず名前で呼んでしまったが、合宿も部活のうちとはいえ休憩中で周りに誰もいないし別にいいだろう。やべぇ、今の俺相当グダグダだな。

 

 

「それで、和は何でここに?」

「そういう須賀さんこそどうしてですか?」

「質問に質問で返すのはいけないらしいぞ。まぁ、夕食まで暇だったから散歩ついでのただの休憩だ。そんで和は? 風呂行ってたにしては早くないか?」

「……ゆーき達が暴れるから先に上がりました。それからそのまま夕涼みです」

 

 

 男子と違い、女子の風呂が長いことは存分身に染みているゆえに疑問だったのだが、わかりやすい返答だった。

 

 和の顔が風呂上りという理由以外にも赤味がかっているようなので、どうせあいつらが和の胸についての話題に出したり、実際に触ろうとしたのだろうな。うらやまけしからん。

 片岡、竹井、三尋木がこぞって周りを取り囲み、咲も消極的ながら恨みのこもった視線を向け、それを染谷が呆れながらも興味深い目で見ているという仲睦ましい光景が目に浮かんだ。

 と、それは一回置いといて。

 

 

「浴衣似合ってるぞ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 風呂上がりの和は先ほどまで来ていた服と違い、旅館で用意されている浴衣に着替えていた。

 普段と違う装いのためどこか新鮮さを感じ褒めてみると、和は恥ずかしそうに顔を横に背ける。

 その様子を見ていると、昔、ハギヨシから言われたことを思い出した。

 

 確か女性がいつもと違った物を身に着けているならとにかく褒めろって言ってたな。言うだけならタダで簡単だし、どんな相手でも褒められて喜ばない人はいないのだからとにかく褒めろとな。

 ハギヨシにしては毒舌気味だったが、まぁ、間違ってはいないのであろう。とはいえ、今の和は素直に似合っていると俺は感じるが。

 

 

「座るか?」

「……え、ええ」

 

 

 そんな懐かしいことを考えつつも、和が座れるように腰かけていたベンチのスペースを空ける。といってもそれなりに長いのでそこまで気にすることはないのだが。そのまま俺の右隣に和が座ると、先ほどよりも距離が近くなったためか、風呂上りもあってかシャンプーの匂いが漂ってくる。

 そういえばなんで同じシャンプー使っていても、男と女じゃあれだけ匂いが違ってくるんだろうな。わからん。

 

 

「今日はどうだった?」

「そうですね……とても有意義な一日でした」

 

 

 黙って座っているのもなんだったので適当に話題を振ってみると、和らしい言葉が笑顔とともに返ってきた。

 有意義というのはプロである三尋木の指導を受けられたということもあるのだろうが、皆とこうして合宿に来て、一緒に何かに取り組んでいるのが楽しいのだろう。竹井達ほどではないが、普段の和に比べてもテンションが高めに感じたからな。

 

 ただ、楽しそうなその表情の中には少し陰りがあったが、きっと親父さんとの約束が心に引っかかっているのだろう。

 原村さんとは先日話をしてきたが、そのことは和には内緒であるからそのことは話もしていない。出来れば親父さんの気持ちを教えてやりたいが、家庭内の問題でもあるからそれ以上踏み込めないのがもどかしいな。

 

 

「まぁ、全国前にまた合宿をするつもりだし、しっかりと考えておくから楽しみにしてろよ」

「ふふ、期待しています」

 

 

 これは言葉に出さずとも県大会で優勝しろと言っているのと同じなのだが、和は理解しているのか敢えて聞き返さずに頷いてきた。相変わらず察しがいいな。

 

 それから今日の練習でのあの打ち方はどうだっただの、温泉が気持ちよかっただの他愛ないことを話しているといつしか話題も途切れた。

 とはいえ話題がないというわけではなく、隣に座っている和からは話したりないという雰囲気を思いっきり醸し出している。しかもそれはこちらに気を使って、いかにも話にくいといった空気を感じた。

 

 まぁ、この感じと俺たちの間柄から話題は絞れるため、なんとなく聞きたい話はわかったが。

 

 

「晴絵のことか?」

「!!? …………ええ」

 

 

 向こうからは話にくいだろうと思い、先んじて和が聞きたいであろう話題を出すと、和はビクッと体を震わせながらも肯定した。

 

 以前話した時に一応の説明はしていたとはいえ、他にも色々聞きたいことはとあっただろうに、二か月前に話してから今までその話題はしてこなかったからな。周りにちょうど人がいないのもあって和からすれば絶好の機会なのだろう。

 といっても晴絵の事で聞きたいってなんだろうな?他に聞きたいことなんてあるのか?

 

 聞きづらそうにしていた和だったが、俺から水を向けられたのもあり重い口を開き始める。

 

 

「その……車の内で出た三尋木プロと付き合うという話ですが……」

「………………はぁ、あのなぁ……あれぐらいの軽口はいつもの事だしただの冗談だよ」

「いえ、それはなんとなくはわかってるんですが……」

 

 

 まさかの三尋木の事に思わず脱力をしてしまう。竹井みたいにからかうつもりで言ってるならともかく、和までそんなこというなんてな。

 とはいえ、それが本題ではないみたいだから言いよどむ和が続きを言うまで急かさず待つことにする。

 

 

「そのですね…………三尋木プロが言っていましたけど、彼女を作らないのは理由があると。それはやはり赤土さんのことですか?」

「ん……そうだな」

「それってやっぱり、須賀さんは赤土さんのことが……えっと、今でも……好き、なんですか?」

「……まあな。女々しいけど今でもアイツの事を想ってるよ」

 

 

 羞恥心などからで口に出すのは憚れるためか、どこか躊躇いがちに聞かれた。

 しかしその言葉は確信を持ったものであり、嘘や誤魔化しをするべきではないと思い、素直に答えた。

 

 

「あいつと別れてから3年。前に話した通り、後腐れなく別れられたけどそれでもやっぱ今でもあいつのことは忘れられないな。だから三尋木もああいったんだよ」

「それじゃあ、やっぱり別れたのは後悔していますか?」

「……いや、晴絵の事に未練はあるけど、別れたことに後悔はしてないぞ」

「えっ?」

 

 

 俺の言葉が予想外だったのか、呆けた顔をしながら和がこちらを見てくる。余程俺の言葉が意外であったみたいだ。

 そんな和の様子に思わず笑ってしまうが、すぐに鋭い視線を向けられたので止める。

 そしてその視線にはどういう意味か説明しろと言わんばかりの力が込められているようにも感じたので口を開く。

 

 

「そうだな……今でもアイツに会いたいし、アイツの作った飯も食いたいし、時々寂しくて隣にアイツがいてくれたらなーってよく思うよ。でも……別れたことには後悔はしていないな」

「……どうしてですか?」

「そのまんまだよ。晴絵に会いたいっていう俺の未練は俺からの一方通行な思いだからいいけど、別れたことに対する後悔は当時からの晴絵の気持ちや今までの晴絵の成果に対する侮辱でもあるからな……あの時の俺たちは俺たちなりに自分と――なにより相手の事を想って別れようって決めたんだ。だから俺があの時のことを後悔すれば、それはその晴絵の決心と、そこから繋がっている今の晴絵を侮辱することになるから出来ないさ」

 

 

 内心の思いは少しだけ隠しながら和に話す。嘘はつきたくはないが、それでも話せない一線があった。

 和には後悔はしないといったが嘘だ。確かに今言った通り、後悔すればあの時の思いが嘘になるためしたくはないが、そう簡単に割り切れるものではない。それでもやはりどうなっていたかとifを考えてしまう。

 

 俺も一緒に福岡に行っていたらどうなったのか。晴絵が実業団に行かず俺についてきたらどうなったのか。

 あるいは晴絵が実業団に行かず、俺も長野に帰らずに阿知賀に残って2人で教師をやっていたかもしれない。そしてそこで麻雀部の顧問をやりながら集まった和や穏乃達と麻雀で全国大会に行ったかもしれない――とな。

 

 しかしこれはやはり只のifであり、内心で思うことはあっても決して一度も口には出さなかった。言えば先に考えた通り、本当に後悔したことになるからだ。

 

 

「それではこれからも……?」

「……そうだな、もう少し引きずると思う」

 

 

 情けない話で本来なら生徒に言うべきことではないのだが、感傷的になっていたのか思わず口に出していた。

 それは三尋木や咲たちと違って向こうでの晴絵との生活を知っている相手だからこそ言いたくなったのかもしれなかった。

 

 

「だ、だったら赤土さんともう一度っ!」

「そうはいっても今のあいつの連絡先知らないからなー、それに頑張ってる今のあいつに会ってもな」

「っ! ……そうですか」

 

 

 いきり立つ和を抑え、遠まわしに今の晴絵の邪魔をしたくないと言うと聡い和は理解したようだ。それに実際、今の晴絵が何をしているのかさっぱりわからないからな。

 

 別れてからなるべくあいつの事は調べないようにしていたが、それでも思わず気付いたら手が動いて調べていたため、どれだけあいつが頑張っているのかは知っている。しかしチームが解散してからの足取りは不明で、ネットでもどこでも情報は入ってこなかった。

 とはいえ、新子辺りなら知っているだろうが、以前のことがありどうも連絡をしにくいのだ。

 

 ただ、一つ言えることは、晴絵は高校時代に一度躓いたとはいえ再び立ち上がり、もう一度麻雀の世界に入ったのだ。

 だからもしかしたら解散の事で悩んだかもしれないし、まだ悩んでいるかもしれない。しかしそう遠くないうちにどこかで活躍し、姿が見られるのを俺は確信している。

 ならば俺はあいつの邪魔にならないように遠くで応援するだけだ。

 

 

「それでは、もし向こうから会いに来たらどうしますか?」

「晴絵が俺に? あー……んー……わからん、それはその時考えるさ。とはいえ大丈夫だと思うけどな」

 

 

 そう和に反論するが、確かにあいつは強いが脆くもあるため、可能性としては小さいけどもしかしたら麻雀を諦めるなどして俺に会いに来るという事もあるかもしれない。

 そしたら俺はあいつ受け入れるか、それともあいつのためを思って突き放すかどうするだろうか……それはあいつが来る理由なども考え、それはその時になってみなければわからないだろう。

 

 もし本当に全部投げ出して来たらそれこそ叱責してでも立ち直らせるつもりだが、そうじゃない時には――

 

 思いを巡らせる俺を見て、和が先ほどまでの真剣な表情を崩しため息をつく。

 

 

「はぁ……わかりました。今の話を聞いて、須賀さんが凄く頑固だという事がよぉーーーくわかりました」

「まったく失礼な奴だな……。というか、俺の事なんかどうでもいいから、和は大会に集中しなさい」

「もうっ」

 

 

 時々俺がアホなことをした時に照や咲が呆れた視線を送ってくるが、それと同じような呆れた顔を見せる和の額を人差し指で小突く。

 

 そう、俺のはただの古傷で、未だカサブタとなり疼くものだがそれでも終わったものだ。

 だからこんなのはいつまでも気にしていてもしょうがないし、今は県大会の方が大事だからそちらに意識を傾けるべきだろう。

 そして話はこれで終わりだと言外に示すように立ち上がる。

 

 

「さて、そろそろ夕飯だし戻るか」

「そうですね」

 

 

 日も沈んで辺りも暗くなってきたこともあり和を連れて戻ることにする。早く戻らないと三尋木や片岡辺りが、腹が減ったと煩いからな。

 足元に気を付けながら宿からの灯りを頼りにしようと歩き出すと、今のこの状況にふと、昔の事を思い出した。

 

 

「はは……」

「どうしました?」

「ああ……いや、なんでもない。ちょっと……な」

 

 

 その時の光景が頭によぎり、思わず笑いがこぼれてしまったのを誤魔化す。

 

 そういえば昔、晴絵と付き合い始めてからこっちに帰郷した時に二人だけで泊まりがけで出かけたのは、宿は違ったけどこのあたりだったっけか。

 あの時の晴絵はほんとに笑えたっけな。その時のことを掘り起こすと怒りだすから付き合っていた頃は話題には出さなかったけど、今ではそれも良い思い出だった。

 

 そんな嘗ての記憶に浸って足を引っ張られかけもしたが、歩みを止めることなく、俺たちは前に進むために宿へと戻る。

 

 

 

 こうして麻雀の練習だけでなく、本来なら関わりのない俺の古傷にも触れるなど横道に逸れたし、この日の夜や次の日にもトラブルも発生するなど騒がしい合宿であった。

 

 しかし今回の合宿は咲達部員だけでなく俺を含めた全員にとって尊いものとなり、俺たちは万全の態勢を持って県大会へと望むこととなったのだった。

 




 今回は(自称)清澄側のヒロインの和がメインとなる十二話でした(一応誕生日だし)。とはいえ、話の内容は以前の二話の時と近く、レジェンドの事ばかりで全くそんな雰囲気はないんですけどね。
 また、和と再会してから意識したのか、気丈にふるまっていても以前より一層レジェンドの事を気に掛ける京太郎。でも本人は過去の事だと割り切ろうとしているという感じです。
 レジェンドよりまともそうに見えても、向こうも向こうならこっちもこっち。似た者同士で和が言う通りマジでメンドクサイ二人です。


 それでも今回はここまで。次回もよろしくお願いします。



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13話

京太郎「さて、まずは咲を拾っていくか――――ん? こんな早くからメールか?」

照『京ちゃん頑張れ。……あと咲も』

京太郎「ハハッ……全く素直じゃねーなぁ」



 六月。ついに全国大会団体戦予選の日がやってきた。

 試合は休日である土曜日と日曜日の二日間行われ、本日はその一日目の土曜日である。

 本来なら電車を乗り継いで会場まで行ってもよかったのだが、休日のため電車の本数も少なく乗り過ごしが怖いので俺の運転する車で会場までいくこととなった。

 そしてつい先ほど会場前に到着し、俺たちは今日の舞台である試合会場を見上げていた。

 

 

「ついに来たわねー」

「そうじゃな……」

 

 

 竹井と染谷は今まで個人戦で来ることはあっても団体で出ることは初めてであり、すっかり感動ムードだ。

 かくゆう俺も、こうやって顧問としてこいつらを連れて団体戦出られることに感無量であったのだが。

 

 

「まだ早い時間帯なのに随分と人が集まっているようですね」

「これが全員ライバルかー、歯ごたえあるなぁ」

「うん、楽しみだけど緊張してくるね」

 

 

 一方の一年トリオは初めての高校の大会という事で感動よりも緊張の方が大きいようだ。

 しかしそれよりもこれからの試合に対しての奮い立つ気持ちの方が強そうだったのは心強かった。

 

 それから中に入り受付を済ませる。そのまま奥に進み辺りを見回してみると、既に中には外で見たよりも大勢の大会参加者が待機していた。

 

 

「相変わらず人多いなー……」

「ええ、年々増えるわね」

 

 

 毎年恒例の人ごみに思わずげんなりとするが、会場には長野県内から集まった学生たちが集まり、選手以外にも関係者やマスコミも来ている為この人ごみも無理はない。

 ちなみにこれは予想できていたので、迷子名人の咲がはぐれないように和と片岡で咲の両脇を固めてもらっている。携帯を持たせているとはいえ、不安なものはしょうがない。

 

 

「さて、試合前に……ん?」

「あら、風越ね」

 

 

 試合までには時間があるとはいえ、今のうちに話せることは話しておこうと思い口を開こうとした所で、後ろからどよめきが聞こえたため話を区切り視線を向ける。

 どうやら長野屈指の強豪校であり、去年の県大会二位の風越が会場入りしたみたいだった。

 

 遠目で判断がつきにくいが、先頭に立つのはキャプテンの福路みたいで、他にも何人か見覚えのある顔が見えた。

 マスコミや他の選手たちと同じように眺めていると、こちらに気付いたらしい福路が軽く頭を下げてきたので、こちらも軽く頭を動かす程度に挨拶を返す。周りの視線がこちらに向けられても面倒だしな。

 

 

「強敵だな」

「そうね……」

 

 

 思わず口から漏れた言葉に竹井が相槌を打つ。

 このような場で注目されれば普通なら弱腰になってもおかしくはないのだが風越一行は堂々とした姿を見せており、周りからの視線も何処吹く風で、緊張といった物は感じられない。流石常連校といった所だ。

 改めてその手強さを認識していると、風越が過ぎた入口の方からまたもやどよめきが聞こえた。

 

 

「今度は龍門渕だろうな」

「そうみたいじゃな」

 

 

 辺りがこれだけざわめく相手は風越の後なら一校しかないと予想していると、入ってきたのはやはり見覚えのある四人であった。スマイルがどうこう聞こえるが、まぁ、いつも通りなのだろう。

 

 ちなみ一人ほど姿が見えないが、昨年の優勝校である龍門渕はシードで午前の試合がないからハギヨシと一緒に後から別で来るのだろう。

 

 

「騒がしくなってきたし、移動するか」

「そうね」

 

 

 このままここで話していても良かったのだが、まだ他の高校が来るだろうし、出来るなら落ち着けるところの方がいいだろうと移動を始める。

 途中、マスコミが和の取材をしたいと集まってきたが、試合前に余計な緊張を与えたくないので軽く追っ払っておいた。

 

 

「さて、車の中でも説明したから大丈夫だと思うけど何か質問はあるか?」

「大丈夫だじぇ!」

 

 

 移動した先の観戦室で何か問題がないかと聞いてみると、片岡が元気よく返事を返してくれる。

 だけどぶっちゃけお前が一番心配なんだよな……ちなみに咲が二番だ。

 

 

「まぁ、それでも何かあったらすぐに誰かに聞けよ。あと、宮永も一人で出歩くの禁止な。トイレに行く時も誰かと一緒にいくこと、いいな?」

「もう、心配しすぎだよ須賀先生。私だってもう高校生だよ」

「ソウダナー、モウ高校生ダモンナー」

 

 

 心外だとばかりに胸を張っていう咲に棒読みで肯定する。

 確かに以前よりも迷子になる機会は減ったが、それでもこういった大事な場面でポカをやらかす可能性もあるのが宮永姉妹だ。用心に越したことはない。

 

 それから室内に表示されているトーナメント表を見ながら念のためもう一度説明をする。

 大会は四校のうち上位一校だけが勝ち上がるトーナメント制で、今日の午前に一回戦、午後に二回戦、明日に決勝戦という方式だ。

 一度負ければそれで終わり。全国と違って二位までが勝ち進めるというものではないので、よりシビアな戦いとなるから予選といっても気を抜けないのだ。

 

 

「なーに龍門渕や風越とは決勝まで当たらないし、私達なら楽勝だじぇ」

「これこれ調子にのるんじゃないぞ。うちみたいな大穴校が出て来ないと限らんから気を引き締めときい」

「そうですよゆーき。どんなときにも手を抜かず普段の自分通り打つべきです」

「じぇ……わ、わかってるてぇー」

 

 

 調子に乗る片岡を染谷と和がいさめるとバツの悪そうに片岡が頭を掻く。

 片岡としては場を盛り上げて、緊張をほぐそうとしただけみたいだが、一応の釘を刺しただけの染谷はともかく緊張気味の和には微妙に伝わっていなかったみたいだ。

 

 まぁ、仕方もないな。中学チャンプといっても規模が中学のころとは違うし、転校の事がかかっている今はより必死にもならざるを得ないだろうから少し余裕がないのだろう。

 

 

「まぁ、気負う気持ちもわかるけど、リラックスしてい「少しよろしくて?」」

 

 

 さり気なくフォローをしようと、格好良く決めかけた所でいきなり後ろから声をかけられた。

 なんとなく聞き覚えのある声だなー、と思って振り向くと、そこにいたのはやはりそれなりになじみ深い人物たちだった。

 

 

「お久しぶりですわ須賀先生」

「ああ、久しぶり龍門渕さん。また少し背が伸びたね」

「あ、あら? そ、そうですか?」

 

 

 そこにいたのは俺よりも綺麗な金髪をたなびかせた龍門渕高校麻雀部部長の龍門渕透華さんだった。

 流石龍門渕家次期当主という人物なのもあり、こういった場においてもその仕草一つ一つが様になっている。ただ、俺のお世辞なんかに喜んでいる所に年相応の少女らしさを感じもして微笑ましくもあるが。

 

 そしてまぁ、顔を会わせるのは数か月ぶりだから実際に少しは伸びていてもおかしくないんじゃないかな?うん。

 

 

「おはようございます須賀先生」

「どうも……」

「兄貴ちーっす」

「皆も相変わらずだな。あれ? 天江さんは?」

 

 

 部員兼メイドの三人も変わらないようで微笑ましく思っていると、こういった場で龍門渕さんほどじゃないけど前に出てくる人物の姿が見えないのに気づく。

 ちなみに龍門渕家執事であるハギヨシは四人から少し離れた所で、主人の話の邪魔にならないようにと控えている。執事の鏡だ。

 

 

「ふっふっふ、真打ちは遅れて登場するものだっ!」

 

 

 御付きのハギヨシがいるにもかかわらず姿の見えない人物に疑問を感じていると、そのハギヨシの背後から当の人物がトレードマークの赤いリボンと龍門渕さんと同じ綺麗な金髪を靡かせ現れた。

 普段子ども扱いするなと言っている割にはやっていることはまさしく子どもっぽかった。

 

 

「久しぶりだね天江さん。相変わらず元気そうだ」

「うむ、意気軒昂。今日に向けて勤倹力行の思いで過ごしてきたぞっ! それより京太郎、その呼び方としゃべり方はどうにかならないのか? 普段のままでいいし、呼び方も昔のままでいいじゃないか」

「まあ、俺の立場もあるし、そこらへんは慣れてほしいかな」

「むう……」

 

 

 俺の言葉に対し不服そうな声をあげながら天江が唸るが仕方がない。一応ライバル校の教師と生徒とだし、あまり仲良くしているのは対外的にもよくはないからな。

 天江と違って龍門渕さんはそこらへんを理解しているため、以前呼び方を変えた時も直ぐに慣れて向こうも合わせてくれたんだよな。

 普段はちょっとアレなお嬢様だけど、名家の次期当主らしくなんだかんだでしっかりとしているのだ。

 

 ちなみに俺たちが話しているのとは別に残りのメンバーも旧交を温めていた。

 顔を会わせるのは春休み以来だから積もる話もあるだろう。しかし皆和やかに話をしているのだが、その中で龍門渕さんが話をしながらも和を意識しているのがわかった。

 恐らくだがミドルチャンプの和に対抗心を燃やしているのだろう。チャンプとしても目立っているのもあるが、お互いのプレイングも似ているのも理由であろうな。

 

 

「それにしても龍門渕は午後からの対戦だよな? 天江さんなら後からゆっくりくると思ってたけど」

「ふん。普段だったらそうであったが、京太郎の幼馴染が出ると聞いてな。顔を拝んでやろうと思ったのだ」

「へぇーそうだったのか、しっかりと相手の事を調べるなんて偉いな」

「ええいッなでるなっ! 衣は子供ではないぞ!」

 

 

 腰に手を当てながら自信満々に答える天江の言葉に表では感心した風を装いながら頭をなでているが、内心で思いっきり頭を抱える。

 照の妹という事で注目される可能性はいくらでも考えていたが、まさか俺のことで咲に興味をもたれるとは全く予想もしていなかったぞ……。

 

 

「全く……それで、貴様が京太郎の幼馴染か?」

「は、はじめまして……」

 

 

 後ろの方で目立たぬよう縮こまっていた咲を天江が目ざとく見つけると、興味深げに観察をしている。ちなみに文句を言いつつも撫でられたままだ。

 当初咲を見つめるその目はただ単に珍しいものを見る視線だったが、途中何かに気付いたかのように天江は目の色を変える。

 

 

「ふん、なるほどな……確かに京太郎の妹分かつ、あの宮永照の妹だけあって相当できるようだな」

「お姉ちゃんを知ってるの?」

「遠目で見ただけだがな」

 

 

 去年の団体戦で二人が対戦することもなかったし、天江が個人戦に不参加だったから言葉を交わす機会はなかったみたいだけど、それでも同じ実力者として何か感じいるものがあったのだろう。照の事を語る天江は可愛い見た目と反して凄みがあった。

 しかし、チャンピオンの照はともかく、なんで俺の妹分ってことができることに繋がるんだろうな。

 

 

「と、そろそろ時間みたいだ」

「そのようですね。それでは私たちはお暇しますわ。須賀先生、決勝で会えるのを楽しみにしています」

「うむ、京太郎、咲。衣たちは先に頂で待っているぞ」

「ええ、ではまた」

 

 

 そういうと竹井達とも挨拶を交わし、龍門渕ーズは踵を返して去っていた。といっても観戦室からは出て行かず、少し離れた席に座ったところを見るとやはりうちの試合を見ていくつもりのようだ。

 咲達の打ち方を見られるのは少し不味いが仕方ないだろう。試合もあるし切り替えていこう。

 

 

「それじゃあもう試合時間だけど準備はいいか片岡?」

「大丈夫だじぇ!」

「よし、頑張ってこい! ……とそうだ言い忘れてた。さっき三尋木からメールが来てな『緊張せずに頑張りなー』だってよ」

「え? わざわざ三尋木プロが私たちに向けて送ってくれたんですか?」

「ハハハッ。まぁ、普段の様子見てると意外だーって思うのも無理ないよな。だけどいくら指導時間が短かったといっても、お前らはすでに師弟関係のようなもんだからあいつも気にかけてるんだよ。だから素直にそのままの意味で受け取っておけ」

「ほへぇー」

 

 

 皆思わぬ相手からの応援もあり感極まっている。誤解されやすくもあるが、あいつもなんだかんだ言っておせっかいな所もあるんだよな。

 と、流石にこれ以上話している余裕はなさそうだ。

 

 

「片岡、しっかりやってこいよ」

「まかせとけッ!!」

「ゆーき、頑張るんですよ」

 

 

 先鋒である片岡が皆と挨拶を交わしながらこちらに背を向けて試合会場へと向かう。

 その背中は小さいが、チームのムードメイカーとして、なんだかんだで頼りになる背中だと俺の目には映ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、なんなく一回戦を勝ち進んだ俺たちは現在午後の二回戦に備えて昼食をとっていた。

 一回戦で参加校のうち四分の三が敗退したのもあり、備え付けの食堂にいる学生は朝見たときよりも目に見えて減っていた。

 

 まぁ、負けたのにいつまでも同じ会場にいるっていうのは精神的にかなりキツイものがあるから、午後の試合を見るために残る者もいるだろうが大半はさっさと帰りたくもなるだろうな。

 

 とはいえ、非情だけど勝ち進んだうちが気にしても仕方がないので、素直に祝わせてもらおうか。

 という事で――

 

 

「一回戦突破おめでとう! かんぱーい!」

「「かんぱ~い!」」

「おつかれー」

 

 

 年に似合わない俺の音頭に乗ってきてくれるのは竹井と片岡と染谷だけで、咲と和はグラスを掲げるだけであった。

 おいおい、恥ずかしいのはわかるけど乗ってくれよ……まあいいけどさ。

 

 

「しっかし、まさか咲ちゃんに出番が回らず終わるとはなー」

「うう……打ちたかったよぉ……」

「ま、まあ二回戦もあるからっ」

 

 

 肩を落としながらしょんぼりと落ち込む咲を竹井があわてて慰める。

 そう、先ほどの一回戦で先鋒の片岡を筆頭に全員が稼ぎすぎたせいで副将の和の番で対戦校の東福寺が飛んでしまい大将の咲まで回らなかったのだ。

 

 咲に経験を積ませておきたいから出来るなら打って欲しかったのだが、しかし頑張りすぎだとこいつらを怒るわけにもいかず微妙に困っていた。

 まあ、まだ二回戦もあるし龍門渕や他の学校に咲の実力や手が知られなかったのはよかったとしておこう。一回戦ので確実に他校から目をつけられただろうからな。

 

 

「これもみひろ……んんっ、特訓のおかげかもね」

「そうじゃな、随分と世話になったからのう」

 

 

 周りに人もいるため、竹井は三尋木の名前を出しかけたのを誤魔化して話を進める。

 確かにあいつにはなんだかんだいろいろ世話になったからな。今度改めて何か礼をしておこう。何を要求されるか不安だが仕方もない。

 

 

「次の試合では打てるかなぁ」

「次に当たるのはどこも一回戦を勝ち抜いてきた学校ですからね。午前よりも手強いでしょうから最後まで行けるでしょうが、その分油断できません」

「じゃあさっそく午後の「やぁ」またかよッ!?」

 

 

 昼休憩の時間もあまりないので午後の二回戦についてサクっと相談をしておこうとすると、本日二度目の横槍が入り思わず口調を荒げて振り返る。

 するとそこにいたのは煙管を手に持った俺と同い年ぐらいの女性だった。

 

 

「二回戦進出おめでとう」

「藤田プロ!」

 

 

 なんとなく見たことある人物だと思ったら、染谷の言葉でようやく容姿と名前が合致した。

 なるほどこの人が藤田プロか、竹井や染谷から話を聞くことはあったけど会うのは始めてだからわからなかった。

 

 

「はじめまして清澄麻雀部顧問の須賀です。以前この子たちがお世話になったみたいでご迷惑をおかけしました」

「はじめまして藤田靖子です。いえいえ、この前の事は久からの頼みでしたし、私も面白かったですから全然かまいませんでしたよ」

「そういっていただけると幸いです」

 

 

 保護者として以前の事で礼を述べると、藤田プロは片手をスッと挙げてたいしたことではなかったという。

 

 うーん、実に様になっている。その貫禄はとても俺と同世代とは思えない。ちなみに同じプロの三尋木は……うん、気にしないでおこう。

 

 それから藤田プロが訪ねてきた理由なのだが、今日の試合の和や竹井が以前と比べても腕を上げていたのが不思議で聞きに来たらしい。

 

 確かに一か月以上あったとはいえ、身内の贔屓目を抜いてもかなり実力を上げたのだから無理もあるまい。

 そんな藤田プロの疑問に対し竹井は濁す感じで答えていた。三尋木の名前を出すとややこしいし、誰が聞いているとも限らないからな。

 

 それからしばし談笑をした後に藤田プロは去って行った。

 ただ、その去り際に何とも言えない視線を咲に向けていたのが気になったが、何か言いたいことでもあったのだろうか。とはいえ、藤田プロの姿はすでに見えないのでどうしようもないのだが。

 

 

「それじゃあ早く食べて次の用意しましょ」

「よし、おかわりしてくるじぇ」

「おい」

 

 

 竹井の言うことももっともで、午後からはより忙しくなるので残りを急いで片付けるために食事を進める。

 さて、午後の二回戦はどうなることやら。

 




 そんなこんなで県大会初日の午前を描いた現代編十三話でした
 展開もそうでしたが、ホント衣の口調などで難産でした…硬すぎても柔らか過ぎてもだめで難しかったです。

 そして今回は基本原作沿いなのであまり書くことが思いつかないという…とりあえず次の十四話はさくっと書きたいです。


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。


 人物紹介に【龍門渕透華】・【天江衣】・【龍門渕他三名】追加しました。


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14話

和「えーと……龍門渕のA卓は向こうでしたね。早く行かないと試合が始まってしまいます。ついてきてください咲さん……咲さん?」

シーーーーーーーン…

和「…………なんでこの一瞬で迷子になれるんでしょうか……」



久「なんでこっちにいるのよ、咲……」
咲「あれ?」



「それじゃあ予定通り俺たちも行くけど大丈夫か?」

「なーに問題ないって! 私も終わったらすぐに手伝いに行くからそっちも任せたからな!」

 

 

 そういうと片岡は二回戦の試合に出るため急いで走り出す。一回戦を勝ち抜いた自信や慣れもあるのかその足取りは午前の時に比べてもより軽やかであった。

 

 

「じゃあ後は頼んだわよ、まこ」

「任せんときぃ」

 

 

 次の次鋒戦もあるため一人残る染谷に後を任せ、観戦室を出てから俺、竹井、和と咲といった三グループに分かれ別々の観戦室へと向かう。

 そして会場内を歩き、目的地である俺たちがいたのとは別の観戦室へ入ってからモニターが見やすい手ごろな席を見つけて座る。

 

 さて、これから午後の試合がある俺たちがなぜわざわざこんなことをしているかというと、一言でいえば明日の決勝戦のための偵察だ。

 試合は同時進行で行われている為、うちが順調に勝ち進めば明日当たる予定の他校も同じように試合も行っている。

 だから龍門渕が午前にうちの試合を見ていたように、うちも他校の試合を見て決勝戦のためになるべく過去のデータだけでなく今の情報を仕入れたかったのだ。

 

 多少のズレはあっても自分が当たる相手とは時間がかぶっている為、直に対戦相手の試合を見られない可能性も高いが、龍門渕などの強敵の牌譜は全員が目を通しているから誰か一人が見ておけばアドバイスだけは出来るからな。

 だから咲や片岡なんかは心配ではあるがそれでも少しはアドバイスが出来るだろう。

 

 また、本来なら顧問である俺は教え子の試合を見守ってやり、選手である竹井達は試合に集中すべきなのだが、人数の関係もあって試合に出ない部員もいなく余裕がないので、待機メンバーが他の試合を偵察することとなったのだ。

 ちなみに片岡と染谷は先鋒次鋒ですぐに試合に出るため残ってもらったが、終わり次第入れ替わりで偵察に加わる予定である。

 

 そんなわけで今、竹井には風越、和と咲には龍門渕が出る試合を見に行ってもらって、俺は決勝の残り一枠の試合を見に来ている。

 これは皆試合があるためそれぞれ途中で退席することや、龍門渕も風越もある程度データはあるので、退席せずに全試合を続けて見ることができる俺がもう一枠に入って来る高校を確認することとなったからだ。

 それで現在、うちでも龍門渕でも風越でもない、残りの決勝一枠のK卓を見に来たのだが……。

 

 

「見事にガラガラだな……」

 

 

 席の周りに誰もいないのもあって、辺りも気にする必要もなかったから思わず部屋を見回した感想が口から洩れていた。ぶっちゃけると俺の周りだけでなく、観戦席はすっからかんだ。

 いくつか離れたところに複数の女子が集まっているのが確認出来るぐらいで、それも出場校のメンバーだろう。

 まぁ、仕方もない。午前で他校をトバして和だけのワンマンチームではないと話題となったうちがいるD卓ですら関係者以外ほとんど人はいなかったのだ。恐らく皆龍門渕と風越の試合を見に行ったのだろうな。

 

 ということで男一人という目立つうえに凄いアウェー感を感じるが、だからと言って抜け出す気はない。

 麻雀は卓に座る四人の一人一人それぞれが大なり小なり影響力を持つ。だからどの学校が決勝に上がって来るかはわからないが、どれも決勝に上がってくるほどの相手だ。あいつらの為に少しでも情報を集めるに越したことはないだろう。

 

 

「――と、始まるな」

 

 

 いろいろ考えているうちに試合が始まったので、鞄の中からペンとメモ帳を取り出す。

 明日まで時間もなく確認する暇もないので映像には残さない予定だが、それでも多少の情報を纏めておくために備える。

 試合に挑む皆のことは気になるが、心の中で応援をしながらも俺は自分にできることに専念しよう。

 

 

 

 

 

 その後、トラブルもなく試合も終わり、勝ち抜いたのは鶴賀という学校だった。聞いたことがなく、去年の参加校にもいないことからうちと同じ初参加の高校なのだろう。親近感がわく。

 ちなみにこちらの決着がつく少し前に連絡が入り、うちも見事決勝進出を果たしていた。また、予想通り他の卓では龍門渕と風越が勝っており、やはり明日の決勝は荒れそうだ。

 

 

「さて、皆を待たせてるしさっさと出るか―――――っと、すいません」

「あ、こっちこそ申し訳ないっす…………………………あれ?」

 

 

 部屋を出る途中で人にぶつかりそうになってしまったので、謝ってから急いで退室する。

 チラッと顔を見た程度だが、さっきぶつかりそうになったのは先ほど決勝にあがった鶴賀の副将の東横選手だろう。試合を見た限りどうやらオカルト使いっぽいし、かなりの実力の持ち主みたいだったから要注意だな。

 それから部屋を出て通路を歩いていると、既に咲達が集まって俺を待っていた。

 

 

「もう、遅いわよ先生っ!」

「悪い悪い、結構長引いてな。それにしても……おまえらホントよくやったな、おめでとう」

「ありがとうございます」

「先生もおおげさじゃな、明日が本番じゃのに」

「まあ、気楽に行こうじぇー!」

「ふふっ、優希ちゃんったら」

 

 

 まだ決勝も残ってるし、場所が場所だけに抑え気味ではあるが、それでも皆喜びを隠せないようだ。

 これで念願の全国にリーチをかけたことになるからな、そりゃテンションも上がるさ。ぶっちゃけ俺も連絡が来たときに直ぐにでも駆けつけたいぐらいだったし。

 

 

「よっしゃ! それじゃあ記念になんか食べに行くかっ! 何が食べたい?」

「あら? それって先生の奢り?」

「当たり前だ、子供に出させられるかよ。それでどこにいく? 居酒屋とか変な所じゃなきゃどこでもいいぞ。あ、言っておくがタコスはなしな」

「なにぃ!!?」

「夕食にタコスは……のう?」

「ありえません」

「絶対にノウ!」

「っく……タコスの良さがわからんとは……それでも私は食べるぞォー!!!」

 

 

 ボロクソに否定されつつもそれでも自分の意地を曲げない片岡が微妙に格好良かった。ただし手にタコスの包みを持っていなかったならばだけどな。

 あと咲よ、俺の部屋に入って漫画を読むのは昔からの事だから部屋に入るなとは言わないが、一言断ってから入りなさい。一応年頃の女子なのだから。

 

 それからマスコミが龍門渕や風越に張り付いている間に俺たちはそそくさと会場を後にした。あの二校ほどではないが、うちも和や今日の事で目立っていたから注目はされているだろう。

 そして結局夕食はラーメンという事となった。俺はもっと良いところでいいといったのだが「それは優勝してからのお楽しみにしましょ」という竹井の鶴の一言で決定した。

 確かに何処でもいいといったがちょっと不安になってきたぞ……。

 

 そんなわけで俺たちは帰りにあるそこそこ大きなラーメン屋へと来ていた。

 竹井達はもっと安いところでも良いといっていたが、ぶっちゃけラーメンぐらいでそこまで値段は変わらないからなぁ。

 それに出来るなら明日の話もしたいからテーブルがあってゆっくり出来る店という事も考えると、ある程度長居出来るなど融通が利く店の方がいいのもあったのだ。

 

 

「好きなの頼んでいいけどニンニク系はやめとけよー、対戦相手の集中力を削ぐって意味じゃいいアイデアだけど今後一生ニンニクチームとか呼ばれるようになるからな」

「そりゃ勘弁じゃが、今さらな気もするのう」

「なんでこっちを見るんだじぇ、わかんねー」

「同感です。あと移ってますよゆーき」

 

 

 不服な表情を見せる片岡と和だが、申し訳ないけど染谷の言いたいこともわかる。

 試合前にタコス食ったり、ファンシーなぬいぐるみを抱えながら試合に出る女子高生達がいるチームだろ?そら目立つわ。

 とはいえ、何故かは知らんが、元々麻雀選手って個性的な人が多いからまだ常識内……ではないが、問題のない範疇だろう。着物?アイドル?アラフォー?実に濃い。

 

 

「まあまあ、それは置いといて早く頼みましょ。私は味噌豚骨にしようかしら」

「ほいじゃ塩」

「タコ……いや、味噌だな」

「え、ええっと……それでは醤油で」

「ニンニクラーメンチャーシュー抜き」

「本当にそれでいいんだな? 俺は醤油豚骨で」

「ま、待って!? 嘘嘘!! え、えーと……しょ、醤油で……」

 

 

 ボケと突っ込みをはさみながらも他にもトッピングを追加したりして注文も決まり、10分もたたないうちにラーメンも届いたので食事となった。和なんかは初めてラーメンを食べるらしく興味津々だ。

 家がお固いとはいえ、今時の若者にしては珍しい、と思わず口に出したら拗ねた目で見られたのはご愛嬌だろう。

 

 それからラーメンを啜りながら今日の試合の反省や其々が偵察で見てきたものを話して作戦会議とする。明日に備えて少しでも準備はしておきたいからな。

 

 

「私たちが見た感じですと、去年と大きな違いがなかったように感じました」

「うん、ただやっぱり皆強かったよ」

「わしの目から見ても春の時より手強くなっとる感じじゃ。ただやっぱり全部は見せとらんじゃろな」

「うーん、なら心配だけど一応対策は前に話した通りでよさそうね。それと風越も基本似たような感じだったわ。ただ、文堂って一年の子がレギュラーに入ってたから要注意ってところかしら」

「池田って二年がキャラ被ってたじぇ」

「われは何を見とるんじゃ」

 

 

 龍門渕は予想通り昨年どころか春以上に腕を上げているみたいだ。

 そして風越も片岡の言葉はともかく竹井の発言は無視できない。80人近い部員数を誇る風越の中で一年生がレギュラーを取るという事はそれだけの意味があるのだろう。後でもう少し詳しい話を聞いた方がよさそうだ。

 それから今度俺が見てきた鶴賀高校について話し始めると、他と違い情報がなかった学校だったのもあって全員興味津々だった。

 

 

「なるほどねぇ、須賀先生的には可愛い子が揃ってて合格だと」

「そうそう、特に次鋒や副将の子のおもちが良くてなぁ……って違う!」

「所詮世の中乳か……」

「最低です。あと……咲さんは何でこちらを見ながら言うんですか?」

「自分の胸に聞いたらいいんだじょ」

 

 

 竹井の巧みな誘導で責められる俺だったが、何故かその矛先が和に向かっていた。

 富める者は富めるように、貧しいものは餓えるように……ぶっちゃけただの嫉妬である。

 

 

「ほいで、須賀先生から見て要注意だったのは?」

「んー、これといって特にはなー。正直天江ほど強烈なのはいないし、どちらかというと全員が上手にまとまっている感じだ。ただ、次鋒の子だけは動き的に初心者みたいだったな」

「へぇ、それなのに決勝に上がってくるのは凄いわね。うん、それだけでも十分警戒する必要があるわ」

 

 

 竹井の言う通り初心者を抱えている状態で決勝まで勝ち進むのは至難の業だ。その分他のメンバーの力量が伺える。ただな……。

 

 

「何か気になることでも?」

「いや、なんとなくだが変な感じがしてな……もしかしたらただの初心者じゃないかもしれない。俺の気のせいかもしれないけど、染谷も他が疎かにならない程度でいいから試合の時は気にかけといてくれ」

「あい、わかった」

 

 

 取り越し苦労だといいんだが、何があるのかわからないのが麻雀だからな。俺がもっとこちらの事情に詳しければ負担も少なくしてやれるんだけどな……。

 きっと皆ならもっと詳しくわかったかもしれないのに、俺の勉強不足や実力不足が悔やまれる。

 

 

「そいつは言いっこなしじゃ。先生にはいつも世話になっとるからな」

「そうだよ。三尋木さんを紹介してくれたのも京ちゃんじゃん」

「ほほう、それは暗に俺だけじゃ役に立たないという事か~? あと先生だ」

「あー!? チャーシューとったー!!」

「ほれ」

 

 

 悲鳴を上げる咲の丼に代わりの卵を入れてやると、なんとも言えない表情をして俺の顔と自分の丼を交互に見つめてから続きを食べ始めた。

 恐らく頭の中では丼に複数枚あるチャーシューと一個しかない卵で等価交換の原則が働いたのだろう。現金な奴である。

 

 

「ふぅん」

「どうした竹井?」

「いや、部活や合宿でも思ってたけど、そういうことサラリとやるあたりやっぱ須賀先生と咲ってやっぱ幼馴染らしく距離が近いなーって思って」

「そうか? お前らだってよく弁当交換したりしてるし、これぐらい皆もよくやるだろ?」

「そりゃ、同性なら普通だけど異性ってなるとちょっと……ねぇ?」

「そうじゃな、無理とは言わんが正直照れるわい」

「須賀先生はデリカシーがなさすぎます」

「というか普通に受け入れてる咲ちゃんも同類だじぇ」

「えー」

 

 

 同類扱いされて嫌そうに顔をしかめる咲。まぁ、どう聞いても鈍感的な悪い意味だからな。あと和は俺に厳しすぎ。泣くぞ。

 

 だけど改めて言われてみると確かにそうなのかもしれん。他人の食べかけを嫌う人って多いって聞くしな。鍋の直箸なんかも嫌う人は多いからラーメンも似たような系統と考えれば納得がいく。

 といっても、宮永一家と飯を食うことはしょっちゅうだし、鍋の時も菜箸なんか気にしてなったからほんと今さらだ。他人相手ならともかく咲達は家族みたいなもんだし、家族で食べかけもなんもありはしないさ。

 そう言うと咲からジトーっとした目で見られた。なんだよ?

 

 

「べっつにぃぃぃーーー」

「だからなんだよ」

 

 

 ラーメンを啜りつつもその目は変わらず、微妙に呆れた目をしていた。竹井達もなにやら笑ってるし、近頃の若い子ってよくわからんな。

 

 

 

 

 

 それから明日の話の続きをし、食べ終わり店を出るころにはそれなりに遅い時間にもなったので、皆を家まで送ってからうちに着くころにはすっかり遅い時間となっていた。

 そして家に車を止めて、すぐ近くとはいえ夜遅くなので咲を家まで送ることにした。

 

 

「それじゃあ京ちゃんまた明日」

「おう、夜更かししないでさっさと風呂入って歯磨いて寝るんだぞ。あと、寝坊しないように目覚ましも忘れないこと」

「わかってるって、心配性だなー」

「そりゃ普段の行いのせいだ」

「余計なお世話ですよーだ。それじゃあお休み」

「ああ、お休み」

 

 

 べーっと舌を出しながらそのまま背を向けて家に入る咲を見送り、踵を返して俺も家へと向かう。試合に出ないとはいえ、俺もさっさと帰るか。

 

 

「京ちゃん!」

「ん? なんだ?」

 

 

 背中を向けた所で咲の声が聞こえたので振り返ると、先ほど家に入ったはずの咲が再び外に出ていた。

 車の中に忘れものでもしたのかと思ったが、いつもよりも強張った表情していることからするとどうやら違うらしい。

 

 

「どうした?」

「明日……明日頑張ろうね!」

「……ああ」

 

 

 その一言が言いたかっただけだったのか、俺の返事を聞くと咲は満足したのか再び背を向け今度こそ家に戻った。

 咲が家に入っていくのを確認してから俺も再び家に向かって歩き始める。

 

 俺にも経験があるが、さっきの咲を見るにきっと明日が楽しみでありつつも不安なのだろう。

 色んな相手や自分が本気でやっても勝てるかどうかわからない相手と戦えること。

 そして照とのしょうもない姉妹喧嘩で始めた麻雀部での全国行きという目標が本当に実現しそうなことや、明日の決勝戦で強敵達に勝てるのかどうかということが……。

 

 そしてきっとこれは咲だけでなく、ここにいない竹井達も似たようなものだろう。もしかしたら不安で今夜は眠れないかもしれないな。

 これもいい経験だから頑張ってほしいと思いつつも、そんなあいつらに顧問としてこれ以上何もしてやれないのがもどかしくもあった……。

 




 書く→悩む→書き直す→悩む→書き直すを繰り返しておりました。一か月って短いな……。
 そして皆で額を合わせて相談したりの十四話でした。前半に新キャラがいた?一体どこの誰だろう……?

 とりあえず予選も後は決勝戦だけなので、なんか書きたい話(池田ァ!!とか)が出なければあと一、二話で大会は終了するはずです。


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。



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15話

京太郎?「大事なのは過程よりも結果だ!」



 さて、目の前の現状をどうしたものか悩む……。

 

 和は自分の両頬をそれぞれの手で引っ張っていて面白い顔になっており、片岡は口に詰め込めるだけタコスを詰め込みこれまた面白い顔になり、染谷は眼鏡を何度も拭ってから逆さに眼鏡をかけ直すというお決まりのボケをかましている。竹井なんて立ったまま失神してるし……。

 傍から見ているとどこぞの新喜劇か何かと勘違いしそうなほど面白い光景ではあるけど、今後の予定も詰まっているしとりあえず起こすか。

 

 

「ほら、起きろ」

「…………ハッ! すすす須賀先生!?」

「だーれが、すすす須賀先生だ。……まあ、言いたいことはわかるが夢じゃないぞ」

「そ、それじゃあ本当に?」

「ああ本当だ」

「っっっつ!!?……………やっっっったぁぁぁぁあ!!!」

 

 

 俺の言葉に反応し、部屋に備え付けられているモニターを何度も見返し自分が今見ている物が本物だと理解すると、体を震わせてから両手を天に向かって挙げながら喜びを表す竹井。

 その様子に他の面子も我に返ったのか竹井と同じようにモニターを見直し、ようやく実感がわいたのか皆手を取り合って喜びあいだした。

 そう、つい先ほどの県大会決勝戦で俺たち清澄麻雀部は他の三校を下してついに優勝したのだ。

 

 もちろん相手が相手だけにそれまでの道のりは険しく、あれだけ事前に色々と用意をしてきたにも関わらず何度も危ない場面はあり、最後の大将戦においても他校、特に龍門渕の天江は強敵であったが、咲の活躍により最後の最後で優勝をもぎ取ることができたのだ。

 だから皆の心境を想えば、思わず呆けたり夢でないと疑うのも無理ではないだろう。

 

 

「ほら、こんな所で喜んでないで咲を迎えに行くぞ」

「そうね、皆行くわよ!」

 

 

 とはいえ、いつまでも控室で騒いで待っているよりも試合場に咲を迎えに行った方が良いだろう。まぁ、万が一にも迷子にでもなられたら面倒だしな。

 そして竹井を先頭に他の三人も試合場まで駆け出す。走ると危ないと言おうと思ったが、こんな時ぐらいいいかと思い、俺も後に続いた。

 

 試合会場に向かう途中、他校の選手とすれ違い少々居心地も悪かったが、仕方もないだろう。向こうには悪いが勝者らしく堂々としていよう。

 その後咲がいる試合会場にたどり着いたのだが、肝心の咲が尿意を我慢していたため感動的な場面とはならず、結局俺たちらしく県大会は何処か抜けた終わりとなったのだった。

 

 

 

 

 

 それから表彰式も難なく終わり、帰宅することとなったのだが一つ問題が発生していた――

 

 

「それでどこに行くの?」

「タコ 「タコス屋以外で」 ……うぐぅ」

「そうじゃのぉ、折角じゃけぇ旨い所がええな」

「そうよねー、和はどう思う?」

「うーん……私はどこでも」

 

 

 まぁ会話の内容からしてすぐにわかると思うが、昨日話してた優勝祝いの話だ。

 大会が終わったのは昨日よりも遅い時間だし、別の日にすればいいと思うんだが「感動が薄れるから今日で!」というまたもや竹井の一言でこの後どこかにいくこととなったのだ。

 しかし困った……俺の懐事情はともかく、今日は日曜だし、今からだと良い店は埋まってて入れないってこともありそうだしな……。

 現在既に車の中なのだが、どこに行くのか決めないと走らせることも出来ないのもあり困っていると、助手席に座っている咲の手が上がったのを見た。

 

 

「ふふん、その心配なら無用だよ」

「ん? なにかいいアイデアでもあるのか咲?」

「うん、だってこの後の事はすでに決めてあるからね」

「あら、初耳ね」

 

 

 胸を張って答える咲の言葉に俺だけでなく竹井達も聞かされていなかったのか驚きの表情を浮かべている。

 基本内弁慶の咲がこういった時に自分の意見を前に出すなんて珍しいな、どこか行きたいところでもあるんだろうか?

 

 

「それでどこに行きたいんだ? あんまり遠いところは駄目だぞ、明日は学校あるんだからな」

「大丈夫大丈夫。学校からも近いからね」

「へぇ、それって何処なんですか?」

「えっとね、京ちゃん家」

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――what?

 

 

「今、祝勝会をするにまったく相応しくない場所の名前が出た気がするんだけど、もう一度言ってくれないかね咲君?」

「だから京ちゃんの家でお祝いするんだってば。聞こえづらいみたいだし、帰ったら耳掃除してあげようか?」

「余計なお世話だ。そうじゃなくてな・ん・で! いきなりうちで祝勝会することになってるんだよ。そもそも今から用意するのは大変だぞ……」

「あれ、聞いてないの? この前お父さんやおばさん達に大会のこと話したら、用意して待ってるから皆連れて早く帰ってきなさいって言ってたけど」

「……初耳だ」

 

 

 いたずら好きな親父たちの事だ、きっとサプライズ的な意味があるのだろう。とはいえ、仕掛ける相手が咲ではなく俺という事が意味わからんし、おまけに事前に準備せずに、試合後にどこに行こうとか考えている俺の要領が悪いとか後で言ってきそうだ……。

 まぁ、確かに自宅なら好きに騒げるし、もし負けていたとしても残念会に代わるだけで済むんだよな。だけど折角の優勝祝いを俺んちなんかでやるのはもったいない気もするんだが……。

 

 

「私はいいと思いますよ。ご両親の折角の好意ですし」

「そうじゃな、それにわしとしても須賀先生の家も興味があるな」

「なら決まりね」

 

 

 口を挿む前にあれよあれよという間に決まってしまった。いや、でも他の人がいるとはいえ夜に教師の家に行くのはいいのだろうか?

 そんな悩む俺の肩にポンッと手を乗せられる感覚があり、振り返るとそこには憐みの表情を浮かべた片岡がいた。

 

 

「……諦めるじぇ」

「やかましいわ」

 

 

 表向きはその表情と言葉から慰めているように見えるが、口元がひくついているので笑いをこらえようとしているのが丸わかりだった。

 

 

「まぁ、しょうがないか。いいけど今のうちに家に連絡するんだぞ」

「「「「はーい」」」」

 

 

 そんなこんなで結局咲の言った通り、うちで祝勝会をやることとなったので遅くなりそうなこともあり全員に家に連絡をさせておいた。和の家が少し心配だったが相手が教師の家であり、一人で行くわけではないという事で許可も下りたようだった。

 そんなわけで過ぎたことを愚痴ってもしょうがないので、さっさと帰るために車を真っ直ぐとうちへと向かわせよう。

 

 

 

 

 

 それから家に帰ると親父たちがうちで『優勝おめでとう!!!』という垂れ幕や絶対に食いきれないだろうという量の料理を用意して待っていた。部屋の片隅には『お疲れ様個人戦頑張ろう!!!』という負けた時用の垂れ幕があったが見なかったことにしよう。

 その後和達四人の紹介と親父たち三人の紹介を終えた後に軽く音頭をとってから食事となった。ちなみにやったのは俺だけど恥ずかしいからそこは割愛する。

 

 

「うおおおおぉぉぉ!!! このタコスうッまっー! せんせーのおかーさん料理旨すぎだじょ!」

「うふふ、ありがとうね。タコス好きな子がいるって聞いてたから頑張っちゃったわ」

「是非にレシピを教えて欲しいんだじぇ!!」

「もちろん良いわよ」

 

「ささ、どうぞ一杯」

「おおっ、ありがとう久ちゃん。いやー、こんな可愛い子に注いでもらえるなんて嬉しいなー」

「咲の父親さんもどうじゃろか?」

「これはこれは、ありがとうまこちゃん」

 

 

「そーっと、そーっと……」

「ふふ、そんな慎重にならなくてもカピは逃げないよ」

「そ、そうでしょうか? あ、意外にもごわごわした毛並をしてるんですね」

「見た目はそうは見えないよね」

 

 

 食事を始めたばかりは慣れない場もあって皆緊張していたみたいだが、食べてるうちに緊張もほぐれ随分と打ち解けていた。

 

 片岡はタコスのことでお袋と盛り上がっており、親父とおじさんは今日の祝勝会を開いてくれたお礼として酒を注いでくれている竹井達にデレデレとしている。あ、お袋のこめかみがピクッと動いた。あれは完全にキてるな。

 そして少し離れた所では先ほど奥から出てきたカピを見て、和が興味津々かつ恐る恐る近づいて撫でている。まぁ、以前から見たい見たいと言っていたし、いい機会だったかもな。

 

 

「え、えっと……お手! …………ホントにするんですかッ!?」

 

 

 うちのカピはそこらへんのカピバラとは一味も二味も違うからな

 

 その後、今日の試合の事などでしばらく談笑していると尿意を催してきたので席を立ってトイレに行って戻ったら、親父たちは変わらずリビングにいたのだが、肝心の咲達がいなくなっていた。

 トイレ……は俺が行ってたし、五人も連れションができるほどうちのトイレは広くない。とりあえず知ってそうな親父たちに聞いてみるか。席を立つ前と変わらずの定位置で未だ飲んでるし。

 

 

「あいつらどこいった?」

「んー? 久ちゃんがお前の部屋見たいって言ってたから咲ちゃんが案内してたみたいだぞ」

「ちょっ!? 止めろよ!」

「なんでだ? しょっちゅう咲ちゃんが入ってるぐらいだから部屋の掃除はしてるし、エロ本は隠してあるんだろ?」

「そういう問題じゃねーよ……」

 

 

 駄目だ……所詮は酔っ払い、話が通じる相手ではなかったのだ。さっさと話を切り上げて階段を上って自室へと向かおう。

 

 確かに部屋の掃除は小まめにしてるし、エロ本は晴絵と付き合ってからは捨てて、別れてからもなんか虚しいため持ってはいないから心配はしていない。だけどそれとこれとは別だ。

 階段を上り終わり自室に近づくと、扉はしまっているが中からあいつらの話す声が聞こえてきた。

 

 

「本棚の裏……はないわね」

「表紙だけ変えて中身は別もんっちゅう事もあるんじゃないか?」

「ベッドの下にも無いみたいです」

「机の引き出しが二重底になっててその下に隠していたりしてな」

「まっさか-」

 

 

 話しの内容からしてこいつらがやってるのはエロ本探しだろう。頭を抱えて蹲りたくなってきた……。

 全く……県大会で優勝した日に華の女子高生が何やってるんだが……。あと片岡は勘が鋭すぎ、こいつとは学生時代に会わなくてホントよかったわ。

 とまあ、それはさておいて――

 

 

「何やってんだ、この残念女子どもが」

「「「「「!!!」」」」」

 

 

 勢いよく扉を開きながら詰問をすると、肩をビクッと震わせた咲達が恐る恐るこちらを振り返る。いや、確かに驚かせようとは思ったけど驚きすぎだろ。

 

 

「え、ええと、ええっと……」

「まあ、なにをやってたのかはわかるから敢えて聞かんが、もうちょっと周りを見た方がいいんじゃないか?」

「い、いやー夢中になってたというかー……」

「あはははー……」

「わ、私は止めたんですよっ……」

「いや、そういうアピール良いから」

 

 

 夢中になってたって、そんなにエロ本探しって面白いのだろうか?確かに昔、三尋木とかは遊びに来たときによく探してたけど、晴絵はしなかったんだけどなー。いや、付き合い始めてからチェックするようにはなってたか。

 

 

「というか咲はしょっちゅう来てるし、たまに掃除してることもあるんだからそんなものないのは知ってるだろ」

「あ、確かに」

 

 

 いつものポンコツぶりを発揮してくれる咲だった。あれな、今日の大会で格好よく役満決めてくれたのとは同一人物だとは思えないのが凄い。

 そしてその咲の言葉を聞いて皆脱力して座り込む。そんなにエロ本を探せなかったのが残念か。

 

 

「なーんだつまらんじぇ」

「それより年頃の女子高生が軽々しく男のベットに寝っ転がるな」

「やれやれ口うるさいな、まるで先生みたいにやかましいし」

「先生だからな。あとスカート捲れてるから直せ」

「ん? 見たいのか?」

「興味ねー」

「あらあら、振られちゃったわね」

「むぅ……遺憾だじぇ」

 

 

 何が悲しくて子供のパンツなんて見なければならんのか、しかも貧乳。片岡には悪いが二重で俺の対象外だ。

 

 

「ふふっ……ん? あれって……」

「どうしたんじゃ和?」

「いえ、あの写真……」

「ほう、カピバラのフォトスタンドなんて洒落とるの」

 

 

 俺たちの漫才を見て笑っていた和が何かに気付き、テーブルの上を指さしたため皆の視線がそれに集まる。そこにあるのは和達が言った通りカピバラを模した写真立てで、昔、晴絵から貰ったものだ。

 興味深そうに片岡がそれに近づくと何かに気付いたように声をあげた。

 

 

「おっ! これってのどちゃんだじょ!」

「あら、本当だわ。それにちょっと若いけど須賀先生も映っているわね」

「ほうほう、それに他にも随分と映っとるの。これって前に言ってた麻雀教室のメンバーか?」

「ええ……懐かしいです」

 

 

 染谷の言葉に和がかつての懐かしい記憶を思い返すように目を細め、どこか遠くを見つめるような視線をしながら答える。

 そう――こいつらの言う通り、そこにある写真は昔、奈良にいたころに阿知賀麻雀こどもクラブの皆で撮った写真だ。俺と晴絵を中心に和や穏乃達年長組が囲み、前の列には年少組が並んでいるものだ。

 こいつは晴絵の誕生日に撮った写真で、当時の麻雀教室全員が映っている中でも一番映りが良かったため飾っているのだ

 

 

「へぇー、じゃあこっちの大学生っぽいのが例の須賀先生の元カノさん? 美人じゃない」

「……ええ、赤土晴絵さんです」

「先生には勿体ないじぇ」

 

 

 そういって竹井が指差すのは穏乃と憧の両首に腕を回してニカッと笑う晴絵だ。俺的には美人というよりは可愛いという表現の方があってる気もするんだがな。あと片岡の一言余計だ。

 

 

「お……これって優希じゃないか?」

「ん? ああ、こいつは新子憧って言って片岡に似てるけど別人だよ」

「むむむ、肖像権の侵害で訴えるべきだじぇ」

 

 

 写真を眺めていた染谷が移っていた憧を片岡と勘違いするが仕方もないだろう。よく見れば多少の差異もあるが、当時の憧は本当に片岡とそっくりだったからな。

 憧の奴今どうしてるかな……姉の新子はスタイル良かったし似たような感じで成長しててもおかしくないんだよな。とはいえ確かめる手段もないし、黙ってこっちに帰ってきたから自業自得とはいえ今さら懐かしんで会いに行くのも難しいしどうしようもないんだが。

 感傷に浸っていると、視界の端に意味ありげに腕を組んで頷いている咲が映った…………可哀想だから触れてやるか。誰も反応しないとただの痛い子だし。

 

 

「いや、声に出してるからね京ちゃん」

「そうか? 気にするな。それでどうしたんだ?」

「うん、前からこの写真見てたからだろうね。和ちゃんとあった時に初めて会った時になんか見覚えあると思ったんだよ」

「ふーん…………本当か?」

「ほ、本当だよ!?」

 

 

 自信ありげに少々過剰気味に頷く咲を見て疑惑の視線を向けると、咲は両手をわたわたとさせて慌てながら答える。だって咲だしなぁ……

 

 

「本当に本当か?」

「う……実は全く……」

「だろうな、ちなみに憧と片岡は?」

「あ、あははー……」

 

 

 案の定、特に気にしてもいなかった咲である。まあ、俺の部屋に飾ってあっても咲からすれば会ったこともない相手だから一々覚えてないのは普通だろう。

 むしろ見栄なんて張らなければいいのに。

 

 

「だって、どうせ気付いてなかったらポンコツとか言ってたでしょ」

「よくわかったなポンコツ娘」

「ほら言ったー!」

 

 

 別に咲だからってなんでもかんでもポンコツとは言わないぞ、多分。だけど知ったかぶりをしようとした上に結局ばれているのがポンコツなのだ。

 ドヤ顔ポンコツなのは照だけで十分だ。

 

 

「しかし須賀先生以外女の子しかいないわねー、この時からハーレムだったなんて……」

「1:12の比率……なんという黄金律……ッ!」

「いやいや、麻雀教室は女子校の阿知賀の部室を借りてたせいか男子は集まらなかったんだよ。それに子供相手にハーレムとかあり得ないから」

「でものどちゃんもそうだけど、こっちの二人も乳でかいじぇ。せんせーボイン好きだろ?」

「ゆーきぃ……」

 

 

 片岡が言っているは恐らく俺の両隣に写っている玄と宥の事だろう。他の皆よりも年長だったし、消去法から言っても他の面子がチンチクリンだからな。

 だけど別にあいつらをそういった目で見たことなんてないからやっぱハーレムとか無理だってーの。ボインは好きだけどな。

 それから十分弄って写真には興味をなくしたのか、ゲームやら漫画など入っている棚を物色し始める竹井達。まぁ、酷くなるようなら止めるが問題ないだろう。あいつらも親以外の男の部屋を見るのが珍しいだけみたいだからな。

 

 そして竹井達の様子を視界に収めつつも、あいつらが見ていた写真を再び手に取って持ち上げる。

 なんだかんだで毎日眺めている写真だが、いつみても懐かしくなってきちまう。晴絵の事は別にしても俺の中では中学で三尋木たちと馬鹿やってた時と同じぐらい楽しかった時だしな。

 

 しかしこうして見ると、昔、あいつらと出会った時……いや、一部は再会か……まぁ、その時の事を思い出すな。

 あいつらと会ったのは、晴絵と付き合いだしてしばらく経ってからだったっけ――

 




 麻雀描写を描かずに試合書くのって逆にムズいな→試合の部分カットして合間合間を書くか→ブツ切りになるし、むしろ控室中心にするか→カットカットカットカットカット(ry
 そんなかんじでむしろ試合後が中心となった15話でした。

 一応試合は原作と同じで清澄が龍門渕を降して勝利って感じですが、相手の情報を得たり、ころたんが慢心していないなど色々あって微妙に変わってたりしてます。まあ被害を被ったのは主に鶴賀や池田なので問題ないでしょう。

 しかしいつの間にか最初の投下から一年経ってて驚いた。当初の予定ではとっくに終わってるはずだったのに……。小説を書くって大変なんだと改めて知りました(粉ミカン)
 1周年記念に何か書こう(無謀)


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。


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第4章
16話


穏乃「さて、今日から現代編だから阿知賀の制服に着替えないと」

灼「(昔の体のままでピッタリ……まるで成長していない……)」



「~~~♪」

 

 

 お昼休み。右手に昼食をぶら下げ、思わずスキップでもしたくなるほどの気分で私は学校の廊下を歩いていた。

 さて、何故ここまで私のテンションの高いのかと言うと、それは先日開催された全国予選の県大会団体戦に理由があった。

 

 何故なら――私がこの二か月鍛え上げたかいもあって、阿知賀の皆は一回戦目で強豪晩成高校を打ち破り、その後も快進撃を続け見事優勝を果たしたのだ。

 

 このことで地元では10年前の奇跡再び!みたいな感じで喝采され、私もよくやってくれたと肩を叩かれた。まあ、確かに私が今回の優勝に一役買っていたのは間違ってないけど、なによりも頑張っていたのはあの子達だ。

 今までの分を取り戻すかのように毎日遅くまで居残り、それこそ指に豆ができるのもお構いなしに続けていた。その中で私が声荒げるのも一度や二度ではなく数えきれないほどであったが、それにもめげずに皆しっかり着いてきてくれたから優勝できたのだ。

 

 だから過去の事もあって私の名前が挙げられかけたが、今回の功労者はなによりもあの子達だとしっかりと訂正しておいた。望や色んな人に事前にそのことを頼んでおいたし、私の名前は表には出ないだろうね。

 

 とまあそんなわけで大会があった翌日。本当なら休みにしてほしい所だけど、教師という立場上そんなわけにもいかず疲れた体に鞭打ち学校へ来ていた。

 

 そりゃ精神的には昨日の興奮もあって全然行けるけど、体はそれについていけるほど若く……いや、若いけど、月曜日が憂鬱なのは社会人も学生も一緒だった。

 

 とりあえずそういった事もあり今後の予定を話すためにも放課後の前に、昼休みに集まってミーティングというわけで今日も元気に部室へと向かっている。ついでに昨日の勝利で浮かれている皆に釘でも刺しておくつもりだ。

 なーんか京太郎のせいで私も微妙に真面目ぶるようになっちゃったな。

 

 

「おっす、やってるかー」

「あ、赤土先生!」

 

 

 扉を開けて部室に入ると、既に五人が固まって何かを囲むように座っていた。はっはーん、さては――

 

 

「先に食べるのは卑怯だろー、私も混ぜなさいよ」

「いや、お昼食べてるわけじゃないからね」

「え、違うの?」

 

 

 時間的にもてっきりみんなでお弁当を食べていると思ったけど違ったみたいだ。あ、なるほど、やれやれ……。

 

 

「無理なダイエットはよくないぞ」

「ち・が・う・か・らっ!」

「そ……そう?」

 

 

 先ほどよりも強い憧の否定に思わず引け腰になる。あれかなーガチでダイエット中だったかな?藪蛇だったみたい。

 

 

「違うっての。私はハルエみたいに無駄肉ついてないから大丈夫なの」

「ちょーちょっちょっちょい待ちっ! 誰が贅肉の塊だって? これでもボンキュボン……ではないけど、しっかりとスタイルは維持してるんだよっ」

「へぇ……この前お姉ちゃんが誰かさんに余分なお肉を落とす運動について聞かれたって言ってたけど?」

「望ぃぃぃぃいいっ!!!!!!????」

 

 

 まさかの親友からの裏切りに悲鳴を上げる。

 内緒だって言ってたのに……あれか?この前酔った時に喧嘩したのを根に持ってたのか?単に望は良い相手はいないのかって聞いただけなのに……。

 

 

「べ、別に危ないってわけじゃないわよっ。BMIは一応平均より下だしぃ」

「……ならなんでよ?」

「きょ、京太郎と会った 「あーもういいや」 なんで!?」

 

 

 ジト目で聞いてくる憧に言い訳をしようとしたのだが、最後まで聞いてもらえなかった。思わず他の皆にも振り向くが、誰一人として目を合わせてくれない。

 最近憧だけじゃなく皆が京太郎の話を真面目に聞いてくれなくて困った……。

 

 

「でも憧もこの前 「これでも食べてなさい」 もぐぐぐ」

「贅肉……」

「お、おねーちゃんはその分おもちも大きいから大丈夫だよ!」

「フォローになってないし……」

「あったかくない……」

「あうぅ……」

 

 

 何故か体重の話から話が広がって胸の方へと行っていた。

 そういえば麻雀クラブでもしょっちゅう京太郎や玄が脱線させてたっけ。普段は真面目な京太郎も子供達と一緒の時はよく羽目外してたんだよね……。

 

 そんな懐かしい昔の思い出に浸っていると、口の中にお菓子を詰めたしずがモゴモゴと急いで消化させていた。そんなに慌ててどしたの?

 

 

「……ゴクン。それより先生! これ見てこれ!」

「これって……今朝の新聞?」

 

 

 そう言ってしずが皆で囲んでいたテーブルの上から取って渡したのは今日の朝刊だった。うん、実に似合わない光景だ。

 

 

「なんでまた新聞? いつからそんな真面目になったのさしず」

「違うってば先生。ほら、このページっ」

「ん……? ああ、そういえば予選の結果が載ってるんだっけ」

「皆さんご覧ください。この人がここの麻雀部の顧問です……」

「ど、ド忘れしてただけだからっ!」

 

 

 呆れ果てる灼に慌てて言い訳をするがその視線はしらーとしたものだった。今日は午前中も昨日の試合の事で後援会等の色んな人に連絡を取り合っていたから確認する暇などなかったのだ。

 とはいえわざわざ言う事でもないので、とりあえず視線が合わない様に新聞に目を落とす。スルーとは大人に大事なスキルなのだ。

 

 

「それでこれがどうしたの? どっかに知り合いでもいた?」

「はい、そこに和ちゃんが載ってるのです!」

「え……マジ!? どこの高校?」

「えっとぉ……どこだっけ?」

「長野の清澄高校だよ、玄ちゃん」

「そ、そう! そこなのですっ!」

「へぇ……長野の清澄ねぇ…………清澄?」

 

 

 なにやら聞き覚えのある名前だなーと思いつつ新聞の欄に目を通す。すると確かに長野の優勝校の欄に清澄高校という名前があり、そこに和の名前が――って

 

 

「嘘ぉ!!?」

「ほわぁっ!?」

「ちょ、いきなり大声出してどうしたのよ?」

 

 

 なにやら横で玄達が驚いているけど、そちらに返事をする余裕が今の私にはなかった。何故ならそこには和以上に驚く名前があったからだ。

 

 

「どうしたの先生?」

「……もしかしてあれじゃない? ほら同じ清澄の大将」

「あ、宮永……咲さんだっけ? チャンピオンと同じ名字だなんてめずらしいよねぇ」

「親戚とか?」

「でもこの人がどうかしたのですか?」

 

 

 玄の言葉に私に視線が集まる。普通だったら思わずその視線にたじろぐ所だけど、意識が半分飛んでいておざなりな返事しか出せない。

 さて、なんて言うべきか……。

 

 

「うん。ちょっとね……」

「なによ、また煮え切らないわね。言いたいことがあったら言ったら?」

「えっと……」

 

 

 とはいえこのまま誤魔化すことも出来ないし諦めて話すことにする。

 先に口の中の渇きを何とかしようと近くに置いてあったウーロン茶を一気飲みし、落ちつくように深呼吸をする。

 

 

「いや、なに人の勝手に飲んでんのよ」

「ま、まあまあ憧ちゃん」

「……この宮永咲って子なんだけどさ…… 「無視かい」 ……京太郎の幼馴染なんだよ」

「「「「「……え? …………えええええぇぇっっ!!?」」」」」

 

 

 私が告げた言葉に、以前三尋木プロの事を話した時のように皆が驚いていた。

 そりゃそうか、まさかここで京太郎が出て来るとは思いもしないだろう。そして驚くのはこれだけじゃない。

 

 

「それでさっき皆が言ったのもほぼ正解。咲ちゃんはチャンピオンの照ちゃんの妹だよ。ちなみにこの清澄高校って京太郎の母校で、京太郎と咲ちゃんの実家の近くだから多分同姓同名の別人じゃなくて本人だね」

「「「「「………………」」」」」

 

 

 ついには無言で驚き始めたが、まあ、気持ちはわかる。和の事があったのに、更にチャンピオンの照ちゃんとも京太郎の幼馴染だなんて夢にも思わないだろう。

 しかしそっか……咲ちゃんはしず達と同い年だからもう高校一年生か……懐かしいな。

 

 

「ちょ、ちょっと待って! それじゃあもしかしてハルエはチャンピオンとも知り合いなわけ!?」

「す、ストップ憧ちゃん!?」

「まぁ、一応ね。京太郎の帰省に付き合った時はよく一緒に遊んでたよ」

 

 

 憧に体を揺らされながら懐かしい思い出に思わず目を細める。

 最初は二人とも京太郎が大好きなのと人見知りなのもあって凄い避けられてたっけ。けど仲良くなってからは色々遊びに行ったりしたんだよね……ただ今は……。

 

 

「はぁ……京兄も凄い人と知り合いなんだね」

「流石師匠!」

「やるね……」

「というか私としてはハルエが黙ってたことが気になるんだけど……」

「いや、だって下手に言うとあんた達ってば上ばっかり気にして県大会に集中できなかったかもしれないでしょ?」

「確かに……」

 

 

 私の忠告になるほどとばかりに頷き納得する五人。ただでさえ初めての公式戦で緊張していたから余計な情報は与えたくなかったのだ。

 それに……個人的にはあまり言いたくはないからね。きっと二人とも約束を破った私を恨んでいるだろうし。

 京太郎と別れたことにより、失ったのもはそれだけではないのだと改めて実感して落ち込んでいると、誰かが服を引っ張っているのに気付いた。

 

 

「お、どうした灼?」

「それでこの人の実力はどんな感じ……?」

「え? いや……」

「なによ、今更隠さなくてもいいじゃない」

「えっとぉ……そのぉ……わかんない」

「「「「「………………」」」」」

 

 

 新聞に載っている咲ちゃんの名前を指さしながら聞いてきた灼にそう返すと、さっきとは違う沈黙が痛かった。だって――

 

 

「だ、だってほら、京太郎ってばあの頃まで麻雀出来なかったしょ? だから照ちゃん達も無理に誘わなかったみたいで私の前でやってることなんてなかったし……」

「「「「「………………」」」」」

「もう悪かったってばー。私も二年前に初めて知ったんだってばぁ……」

 

 

 諦めて降参すると、向こうも諦めたかのように皆がため息をついた。なんだよ……虐めか泣くぞ。

 

 

「まぁ、そこらへんは後で詳しく聞くとしてこれからどうすんの?」

「……どうするって?」

「全国大会への練習だってば先生」

「あ、ああ! そうだね大丈夫っ! ちゃんと考えてるから問題ないよ!」

 

 

 また白い眼で見られかけるが、さっきと違いこちらは抜かりないので太鼓判を押すようにしっかりと話す。

 

 

「それなんだけど、まずうちは個人戦出ないから早速全国に向けて練習ができるよね。他よりも余裕あるからそういったのは皆と相談しながら追々決めるよ。だから今話しておきたいのは遠征についてかな」

「遠征?」

 

 

 首を傾げる皆に午前中から考えていた今後の予定として、これからの土日の連休使って各地の県大会準優勝校の所に練習試合に行くことを説明する。

 勿論まだどこともアポはとっていないけど、向こうからすれば自分たちから行くならともかく奈良の代表がわざわざ出向いてくれるのだから受けてくれる所は多いと思う。

 

 

「ただ、毎週行くわけにも行かないから多分一か月に一、二回が限界だね」

「え、なんで?」

「そりゃ皆がしずみたいに体力馬鹿じゃないからよ」

「いやぁそれほどでもー」

「褒めてないから。そもそも馬鹿ってついてるし……」

 

 

 憧の呆れながらの言葉に何故か照れているしず。素直っていいねぇ……。

 まあ本当だったら経験を積ませるためにも毎週にでも行きたいところだけど、普段から遅くまで部活をしているし、今後もする予定なのに更に二か月休みなしだと皆の体が持たない。無理して風邪でもひいたら元も子もないし、何より後援会がつく予定だとしてもそんなお金はないのだ。

 

 

「まぁ、行ける場所も限られてるから今のうちに皆で第一希望とか決めときな。早めにアポ取りたいからね」

「えっと、どこが良いんだろう?」

「やっぱ強い人がいるとことか?」

「うーん……先生はどこがいいと思いますか?」

「私? 私はそうだね……」

 

 

 宥に言われてもう一度新聞に目を通す、一応麻雀の欄には優勝校だけではなく決勝に出た残りの三校の名前も載っている。その中にはチラッと見ただけでもいくつか知ってる名前もあり、すぐに目についた。

 そしてその中でも一際目を引いたのが――

 

 

「……長野の龍門渕とか?」

「長野?」

「言っておくけど京太郎は関係ないよ。この龍門渕って去年全国出てた上にMVPとってた天江選手がいる学校でもあるからね、練習相手としてはここ以上の所はないんじゃないかな? 言っておくけど京太郎は関係ないよ」

「二度言わなくてよろし……」

 

 

 言い訳がましく説明をするがしょうがない。だってこうでも言わないと皆、私が京太郎目当てだって勘違いするし。別に向こういったらもしかしたら会えるかなーとか考えてないよ。ほんとだよ。

 しかし案の上だれも聞いていなかった。

 

 

「それじゃあ長野に行ったら本当に師匠と会えるかも!」

「そうですよね! だとしたら県大会で優勝したし……」

「ああ、駄目だったわよ。昨日お姉ちゃんに教えて貰いに行ったら『約束は全国の後でしょ』って言われたわ」

「ちぇー」

「ま、それまでは試合に集中しろってことじゃない……? ここで気抜いて負けたら悲惨だし」

「残念だけどしょうがないよね……」

 

 

 そう言いつつも宥達のこちらに向ける視線には期待が籠っていた。

 いや、確かに私も会いたいけど、望との約束があるから諦めなさいって。別にまだ顔を合わす勇気が足りないとかじゃないよ。だからそんな目で見るなって。

 

 

「まぁまぁ、師匠と会うのは全国大会の後の楽しみに取っておいて今は大会の方に集中しよ。それで第一候補は先生のおすすめ通り龍門渕高校でいいかな?」

「そうね……あの龍門渕ならありだと思うわ」

「あれ? 憧も知ってるの?」

「まぁ去年の大会は見てたし、和と同じ長野ってことで調べてたからね。ほんと和もよく勝てたわね……これは清澄もかなりの強敵だわ」

「きっと和ちゃんのおもちの大きさに圧倒されて負けたんだよ」

「はいはい」

 

 

 なんだかんだで部長らしく皆をまとめてくれる玄のおかげで話もまとまりそうだ。普段はお調子者だけど、しっかりしてる面もあるから頼りになるね。勿論オチがついてるのも玄らしいけど。

 とまあそんな話を聞いていたら視界の端でしずが突如立ち上がり、窓際まで歩いたと思ったら窓を開けて外に向かって指を突き出したのが見えた。

 

 

「よっしゃ燃えてきたー! 待ってろ和ーっ!!」

「ふふ、あったかぁい…………あれ? でも和ちゃんは副将みたいだから闘うのは灼ちゃんだと思うよ?」

「え…………マジで!!?」

「しょうもない……」

 

 

 そういえばしずは和と戦いたがっていたけど確かにこれじゃ無理だわ。和が大将の可能性も考えてしずを大将に置いた面もあったからまさかの展開だった。

 しかし当時の知り合いが全く当たらないとかね。うちは個人戦出てないしどうしようか…………ま、向こうで顔合わせるだろうし、なんとかなるか。

 

 

「それじゃあ話も決まったしお昼 『キーンコーンカーンコーン』 え?」

「「「「「あ……」」」」」

 

 

 話も終えてようやく一息ついたので、ようやくお昼にしようとしたら聞きなれた音が聞こえ、もしやと思い部室の時計を振り返ると、話に夢中になっていたからかいつの間にか休憩時間が過ぎていた。

 

 

「ふぅ…………解散! 走らないで急げっ!!」

 

 

 その後、授業があるしず達だけでなく、私も午後は麻雀部の事で色々動き回らなければ行けなかったため、この日は結局放課後まで全員空腹と戦う羽目になったのだった。

 




 そんなわけで現代編四部一発目はいつも通りのレジェンドサイドからでした。
 出来るならもうちょっと県大会までの話(ニワカさんが出るとことか)などを挟みたかったんですが、どんどん話を進めたいですからね。だから残念ながらニワカさんの出番はない。実は京太郎と過去に知り合っていたという展開もありません(ちょっと考えましたけど話を膨らませすぎてもあれですしね)。

 ちなみにうちのレジェンドは京太郎の影響で原作よりちょっと思慮深くなってますがその分アホになり、クロチャーも頼りになる分アホにあっております。


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。あとまたもや長くなりそうだから切りましたので、次回もレジェンドサイドの話です。


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17話

晴絵「あ、今年は勝利者インタビューなんかも載ってるんだ」

咲『レジェンドゴっ倒す』
照『レジェンゴ倒す』

晴絵「………………見なかった事にしよう」



 県大会から二週間後。私たちはあの日話した通り他校との練習試合の為に他県まで遠征に来ていた。

 あの後、どこの学校と闘ってみたいかと議論を重ね、候補を絞ってから実際に連絡をしてみると、個人戦後なら是非にといくつかの学校から返事を貰うことが出来たのだ。

 

 いくら全国出場校とはいえ、ぽっと出の阿知賀が相手にされるか実は不安な所もあったが、その結果にほっと胸を撫で下ろすことが出来た。あれだけ啖呵を切った身としては駄目でしたでは済まされないからね。

 

 そんなわけで今、私たちは今日の対戦校である長野の龍門渕高校に向かっていた。場所柄どうしても遠いため、昨夜から途中休憩を挟みながらつい先ほど長野入りを果たしたところだ。

 四年ぶりに近いとはいえ、何度も通った道ゆえにナビを見なくても自分がどこら辺を走っているのかが分かるのは思わぬ貰いものであった。うん、懐かしいな。

 

 ちなみに移動手段は私を含め六人が乗れる少し大きめの車である。これは少しでも予算をかけない様にするための苦肉の策であった。

 だけどやっぱ長時間運転は腰が痛いね……こりゃ毎週にしなくてホント良かったよ。

 

 とまあそんな事を考えながらのんびり走っていると、後ろの方でもぞもぞと誰かが動く音が聞こえた。どうやら眠っているうちの誰かが起きたようだ。

 チラッとバックミラーを確認すると、しずが目をこすりながら体を起こしていた。

 

 

「うー……眠ぃ」

「おはよ。長野入ったよ」

「お? …………おーっ! ここが長野! …………うちとあんまり変わんないね」

「そりゃ北海道や沖縄みたいな極端ならともかく日本国内ならどこ行ってもそんなもんよ。流石に東京にでも行けば違うけど」

「ハルちゃんは東京に行ったことはあるの……?」

「まあね、インハイの時と学生時代に京太郎と旅行で何回か行ったかな。一応団体戦が終わった後の個人戦も見ていくつもりだから時間も空くし、観光も楽しみにしてな」

「ほんとっ!? やったー!」

 

 

 先に起きて静かに景色を眺めていた憧と灼も話に乗ってきたので、伝え忘れていた話をすると、中でも一際憧が喜んでいた。

 見た目通り、昔と違って女の子らしくなったからか若者が集まる原宿とかそこらへんに憧れを持っていたのだろう、憧だけに。

 

 

「寒……」

「…………そろそろ目的地に近づいてきたから準備しときな。可哀想だけど宥と玄も起こしといて」

「りょうかーい」

 

 

 聞かなかったことにして後ろで未だ眠り続ける二人をしずに起こさせる。向こうにつく前にどっかの施設で汗を流しておきたいしね。

 

 

「二人とも朝ですよー」

「ふへへぇ……師匠」

「あ、そこ駄目ですぅ……」

「しず、殴って起こしていいよ」

「いやいやいや……ほら、玄さん宥さん起きて」

「んぅ……」「はぅ……」

 

 

 聞き捨てならない寝言を吐く二人をしずに叩き起こさせる。その時に二人の長い髪が揺れたのがミラー越しに見えて、少しだけ羨ましかった。

 京太郎と別れてから切って昔みたいに短くしちゃったし、また伸ばそうかな……。

 

 

「あれぇ……? 京太郎さんは?」

「いないから」

「うちの旅館の主人になった師匠は?」

「ありえないから」

 

 

 寝ぼけているのかふざけたことを抜かす色ボケ姉妹にツッコむ。全くこの姉妹は……。

 いや、でも結構そういったのが似合いそうだよね京太郎。確か就活時期に松実さんから松実館に来ないかって誘われてもいたらしいし……まあそれはおいといて。

 

 

「ほら、そろそろ近くのお風呂入ってさっぱりしてから向かうから目覚ましときな」

「「はーい……」」

 

 

 仲良く返事を返したと思ったら、再び夢の世界へ旅立とうとする姉妹。全く……でもこういった所はやっぱり母親似だね。あれで露子さんもしっかりしてるようでどこか抜けてたからね……。

 ま、もう少し寝かせておきますか。

 

 

 

 

 

 その後、近くの温泉で汗を流してから龍門渕へと向かうと――

 

 

「はぁー……凄い」

「おっきいねぇ……」

 

 

 近づくにつれ段々と建物全体が見渡せるようになり、その大きさにみんな圧倒されていた。

 今回の練習試合は龍門渕の校舎でやるのではなく、向こうの部長さんの家でやると事前に聞いていたため、もしかしたら広い家なのかなーと思っていたら、想像をはるかに超えていた。

 大きい家だと京太郎の家なんかが思い浮かぶけど別物であった。家じゃなく邸だった。

 

 唖然としながらも車を走らせ近づくと、門の前で男性やメイドさんが立っているに気付く。恐らくさっき電話した時に待っていると言っていた案内役の人だろう。

 とりあえず車をどこに停めたらいいかもわからないので、そのまま車を近くに停めてから挨拶も兼ねて運手席から降りると、一番前に立っていた男性が恭しく頭を下げてきた。

 

 

「遠い所をよくぞお越しくださいました。私、当館の執事を務めております萩原を申します」

「…………あ、さ、先ほど連絡を入れさせていただいた阿知賀麻雀部顧問の赤土ですっ。本日は無理なお願いを聞いていただきありがとうございました」

「いえ、こちらこそ奈良県代表の皆様と練習試合をさせていただけるのは大変光栄なことです。それでは早速お嬢様たちの元へご案内いたしますので、お車やお荷物の方はお任せください」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 それから萩原さんは他のメイドさん達に指示を出し、私達も言われた通り荷物をメイドさん達に預けてから萩原さんの後に続いて屋敷の中へと入る。まるでどっかのホテルの宿泊客の様な扱いだった。

 

 そして中に入ると、外から見たのと同じく内装も大変立派であり、そこらじゃお目にかかれないものだった。先ほどホテルに例えたが、ハッキリ言ってそれ以上であった。

 そんな豪勢な内装もあり、廊下を歩きながら皆珍しそうに中を見回している。ただ、私は気になることがあって前を歩く萩原さんの背中を目で追っていた。

 

 途中、後ろを歩いていた憧がそんな私の様子に気付いたのか、近くに寄って小声で耳打ちをしてきた。

 

 

「どうしたの? なんか萩原さんのことずっと見てるけど…………まさか須賀さんがいるのに惚れた?」

「違うってば、ただどっかで見覚えがあるなーって……」

「それってよく聞く口説き文句よね……そうじゃないなら昔、大会で県外に出た時や場所的に須賀さんと一緒に来たときにどっかで会ったとか? 須賀さんの家までそんなに遠くないんでしょ?」

 

 

 憧と話しながら改めて前を歩く萩原さんの背中を見てみるが、やはり覚えはなかった。

 ただ、気になったのがどことなく京太郎と似たような雰囲気があるんだよね……歳が近いからかな?

 

 

「うーん……もしかしたら望ならなんかわかるかも。私が忘れた昔の事も覚えてそうだし」 

「どうかしらね……あ、そういえば思い出したんだけど、最近お姉ちゃんが夜にこそこそ何かやってることがあるんだけど、なんか心当たりない?」

「望が?」

 

 

 憧に言われて近頃の事を思い返すが特に覚えがない。先日一緒に飲んだばかりだけど、いつも通り京太郎の事でからかわれただけだし……。彼氏でも出来たとか?いや、まさかぁ~。

 

 とまあそんなことを話しているうちに目的の部屋についたのか萩原さんが大きな扉の間で立ち止まる。玄関から分単位でかかるとか何処の世界だろうか?

 

 

「お待たせしましたこちらです。どうぞお入りください」

 

 

 そう言って萩原さんが開けた扉の先にあったのは滅茶苦茶広いラウンジだった。金持ちスゲー……。

 

 驚き半分茫然半分で中に入ると、奥に誰かが立っているのが見えた。恐らくはここのお嬢様である龍門渕さんと部員仲間だろう。

 そのまま奥へと進むと全員の容姿がはっきりとわかって、確かに去年全国で暴れた龍門渕のメンバーであると認識出来た。

 

 

「ようこそお待ちしておりましたわ!」

「こいつらが奈良代表?」

「こいつらとか失礼だよ純くん」

「よろしく……」

「………………」

 

 

 なるほど……確かに化け物だ。他のメンバーも個性的で目立っていたが、一番奥に座っていた一際小さい少女――天江衣を見た途端、私はすぐに理解出来た。

 

 以前アマとの交流試合に出ていたプロから聞いていたが、改めて自分で相対するとその言葉を強く実感する。今の私ならともかく昔の私じゃ勝つか負けるか正直わからないだろう。よくこんなのに咲ちゃんは勝てたものだ……。

 

 予想以上の相手の登場に思わず観察するような視線を向けてしまったが、このままでいるのは失礼なので、とりあえずは挨拶をと思い、玄に視線で挨拶するように促す。

 向こうは顧問がいないみたいなので、とりあえずこっちも同じように部長がまず話すべきだろう。

 

 

「初めまして阿知賀麻雀部部長の松実玄です。本日はお招きいただきありがとうございます」

「同じく部長の龍門渕透華ですわ、以後お見知りおきを」

 

 

 私たちより一歩前に出た玄が旅館の娘兼次期女将らしくそつなくこなす。普段が普段だけに中々新鮮である。しかし龍門渕さんもキャラが濃いな。お嬢様ってみんなこんな感じなのかな?

 それから顧問の私を含めた残りの全員が順番に自己紹介を含めた挨拶をする。そしたら龍門渕の全員がしず達ではなく、その中でも何故か一際私を興味深そうに見ていた。

 

 なんだろう……対戦相手としてうちを調べた時に過去の私に行き着いて興味を持ったのだろうか?

 理由を聞きたくなったが一旦後回しにして、今晩こちらを泊めてもらえることなどの礼を改めて述べ、明日まで予定を改めて話したらすぐに練習試合となった。どうやら向こうもこっちと同じでうずうずしていたみたいだった。

 

 そしてそれからしばらく試合を進め、途中善戦する所もあったが、基本的にうちが負けて力の差を見せつけられることとなった。しかし過去の私と違ってへこたれることもなく再度果敢に立ち向かって皆は私に心の強さを見せてくれた。

 その光景に嬉しくもあったが、もし私も昔あれだけの強さがあれば……と少しだけ過去の自分に後悔もする気持ちも私に中にあったのだった……。

 

 

 

 

 

 その後、午前からずっと続けていたし、明日もお昼までいられるから無理をする必要もないという事で、日も暮れたころになって今日はお開きとなり、向こうの好意で夕食となった。その上出してもらった食事は見栄えも味も大変すばらしい物であり、皆が舌鼓を打つほどであった。

 玄や宥なんかは実家で役に立てる知識はものはないかと、ある意味試合の時よりも真剣な目をしていた。

 

 そのおかげもあるのか食事中も皆は和やかに談笑し、実にいい雰囲気だった。美味しい料理は心を豊かにするってね。

 ほんとここまでよくしてもらって頭が上がらない。何かお礼をしなくちゃいけないだろう。

 

 

「だけど天江さんもそうですけど皆さんほんと強いですね」

「ふんっ、至極当然!」

「当たり前ですわ!」

「ま、それでも準優勝だけどな」

「一言余計ですわよ純!」

 

 

 流れるような漫才に皆から笑いがこぼれる。最初家柄や経歴からいって少しとっつきにくい子達かと思っていたが、こうして話してみればうちの子達となんら変わらない、ちょっと変わっているだけの普通の女の子達であった。

 

 

「ハハハ、まぁそんなわけでこんなボクたちですら準優勝どまりだったんだから全国では頑張った方が良いよ」

「そうだよねぇ……」

「中々キツイ……」

 

 

 励ましつつも釘を刺すような言葉で宥達がまだ見ぬ強敵を相手に楽しみにしつつも落ち込んでいた。

 

 確かに今日の試合ではうちはほとんど龍門渕の人たち良いように翻弄されていたから、このまま全国で勝ち抜けるのか不安なのは当然だろう。とはいえ私から見ればそこまで卑下することではなかった。

 確かに負けてはいたが、圧倒的というものではなくまだまだ改善する余地があるのがハッキリとしたし、そこまで力量に差があるわけではないというのがわかった。

 

 それにどうしても去年の優勝校ゆえに他校からも注目されて、研究されたりマークされて思うように打てなかったりするのはよくある話なので、次の年は勝てないというのは暫しあるのだ。だから全国に駒を進めた清澄と龍門渕は実力に実質大した差もないだろう。

 

 とはいえそこを加味してもやはり気になる者はいる。しずが似合わないシリアスな顔をしていた。

 

 

「そんなに和……清澄は強いんですか?」

「そういえば皆さん、原村さんとはお知り合いと言ってましたわね……まっ! 私たちに勝ったぐらいですから当然ですわ!」

「サキ達は勿論だが、みな剛強無双の者たちばかりだ。それに他にも清澄には京 「こ、この肉もらったぜーっ!」「ぼ、ボクもおかわりしようかなぁー!」 きょ……き、今日の衣たちに打ち勝った実力があるのだっ!」

「あ……は、はい」

 

 

 何故か当たり前のことを力強く言われたせいで思わずしずが鼻白む。なんだろう……そこまで言うほど清澄は手強いのだろうか?

 しかしあっちの二人もまだお皿に残っているのにおかわりとかよく食べるなぁ。まぁ、強さの秘訣はよく食べる事かもね。健全なる精神は健全なる身体に宿るともいうし。

 思わぬ龍門渕の強さの秘密に感心していると、何故か他のメンバーからいきなり視線を向けられた国広さんがなにやら慌てながらこちらに振り向く。

 

 

「そ、そんなことより赤土先生って少し前まで実業団にいたんですよね? そ、その時の話なんて聞きたいなーなんてっ」

「え、そう? 別に話せることなんてないけどなぁー」

「い、いやいや、麻雀をやっててもプロとかみたいな仕事にする人はそこまでいないんで結構気になるんですよー」

 

 

 その言葉に思わず頬が緩む。いやぁーまさかこんな所で私の事知ってる人に会えるなんてねー。

 普段憧たちは遠慮してるのか、あんまり深くは聞いてこないから思わず口が軽くなり、あまり脱線しない程度に実業団時代の事を話していく。

 

 うちの子たちは将来的にプロなどに進みそうな子はほとんどいないけど、龍門渕の子たちは高校二年生だからそろそろ進路を意識する頃だし、皆、興味深そうに聞いていた。

 

 

「へぇー……あ! それじゃあきっと男の人からもお誘いとかあったんじゃないですか? エースなんですから」

「え? うーん……あったと言えばあったけど……」

 

 

 突如出た国広さんの言葉に周りからの視線が一斉に強まった。え?なんで?……あ、なるほどそういった世界に入った場合の異性との関係が気になるのか、皆お年頃だしね。

 

 確かに昔から麻雀やっている人は異性との巡り合わせが悪いってジンクスがあって、実際に半数以上のプロが独身のままだ。

 私の知っている人達も未だ彼氏すらいたことがない人がほとんどだし、だから今後の事を考えるならば気にしてもおかしくはないだろう。

 

 しかしそう考えると学生時代に京太郎と付き合っていた私は雀士の中では中々異端なのだろう――――アレ?でも今は別れてるからやっぱ私も同類?つまり今後復縁できる可能性なしってこと?いや、でもでも……

 

 

「うぅぅぅぅん……」

「もしかしてハルエあんた……」

「え……? あ……いや、ないない! 時々食事に誘われることはあったけど、興味ないから全部断ってたしっ」

「そうなの? それにしても顔が百面相してて変だったけど……」

「べ、別のこと考えていたから!」

 

 

 嫌な想像が顔に出ていた為か、何やら訝しげな眼で見てくる憧に首と手を振って完全否定する。なにやら誤解されるのは嫌だし。

 

 

「ああ、なるほど……」

 

 

 そしたらなにやら呆れた顔をしながら納得された。いや、わかってくれたのは嬉しいけど、ちょっと複雑な気分だった。

 

 

「えっと……それじゃあ赤土先生は今男性とは?」

「あはは、残念ながらね」

 

 

 これが男性からならばセクハラだろうが、恋愛に興味津々な若い子という事で私の口も軽かった。

 ただ残念という気持ちは半分だ。京太郎じゃなきゃ駄目という気持ちが半分で、京太郎以外の相手なら一生一人身でもいいやということだ。無理して相手を作りたいとか思ないしね

 

 

「ま、私はこんなんだけど、男の人と付き合う機会もきっとあるから頑張って」

「あ、あはは……そうですね」

 

 

 私の言葉に龍門渕の皆は目を合わせながら頷いていた。

 うん。これでまた一人こちらへの道に落とし……いや、導けたかな。良い事をした後は気持ちがいいなぁ。

 

 

「なんか少し可哀想になって来たわね」

「自業自得……?」

 

 

 ……………………泣くぞ。

 

 とまあそんなこともありながら食事も終わり、私たちは部屋へと案内される。まだ就寝時間には早いが、皆疲れている事もあっての一時休憩だ。

 そして案内された部屋に実際に足を踏み入れてみると、これまた豪勢であった。一人一部屋とかホント贅沢だ。

 

 

「それでは私はこれで。何かあれば枕元の内線でお知らせください」

 

 

 私たちに室内の説明を終えたら萩原さんは一礼をしてから踵を返して戻ろうとする。

 改めてみてもその一つ一つの動作は洗練されており、とても真似できるものではないが、何かが引っ掛かった。だから――

 

 

「あ、あの萩原さん!」

「はい、なんでしょうか?」

 

 

 どうしても尋ねたくなり思わず声をかけると、まるでそれがわかっていたかのように萩原さんは澱みなくクルッと体を回転させてこちらを振り返る。

 いきなりの私の行動にみんなが驚いているが、今はそちらよりも聞きたいことがあった。

 

 

「……私の勘違いかもしれないんですけど…………もしかして以前どこかで会った事ありませんか?」

 

 

 思い切って聞いてみると――

 

 

「ふむ……いえ、私は(・・)赤土先生と一度もお会いしたことはありませんよ」

「あ、そうですか……」

「はい、何やら力になれず申し訳ございません。それでは失礼いたします」

 

 

 萩原さんは少し考えた仕草を見せてからきっぱりと否定して、再び一礼してから今度こそ元の通路を戻って行った。

 

 

「やっぱ気のせいだったんじゃない?」

「そうかなぁ……まあ、とりあえず疲れたし休もうか」

 

 

 しこりを残しつつもそこまで気にすることではないかと自身を納得させ、その日は休むこととした。

 そして次の日。お昼までお世話になってから私たちは龍門渕さん達に見送られて長野を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行ったか。あれでよかったのかハギヨシ?」

 

「ええ、わざわざお付き合いいただきすみませんでした衣様、透華お嬢様。皆様もすみませんでした」

 

「構いませんわ、須賀先生にはお世話になってますもの」

 

「しかし兄貴も隅に置けねーな、あんな彼女がいたなんて」

 

「ちょっとスレたててくる……」

 

「はいはいお座りともきー。でもよかったんですか? 須賀先生に伝えなくて」

 

「そうだな、京太郎はいまでも気にしているのだろう? ならば教えてやっても良かったのではないか?」

 

「……見た所向こうも未だ脈ありの可能性」

 

「え、マジで? 全然わかんなかったぞ」

 

「純は女心がわからないから……」

 

「オレも女だ!」

 

「はいはい、それで本当に大丈夫なんですか?」

 

「ええ、お二人ともすぐに全国大会で会えますから。ならばこのような場所よりもやはり再会の場面にふさわしい所というものがありますので」

 

「ええ、その通りですわハギヨシ! 私たちがあの二人を再び出会わせて見せますわ!」

 

「透華の奴さり気なく馬鹿にされてることに気付いてないぞ……」

 

「まぁ、透華だしね」

 

「いえ、お嬢様。人の恋路に手を出すと馬に蹴られてしまいますからここはそっと見守っておきましょう」

 

「あら、そうですの? なら仕方ありませんわね」

 

「しかも丸め込まれてるし……」

 

「まぁ、透華だしね」

 

「いつも通り……」

 

「ふっ……しかしこれでまた一つ全国大会が楽しみになったな。サキ、京太郎……阿知賀は中々に手強いぞ」

 

「いや、衣は出ないからあんま関係ねーぞ」

 

「他の皆も個人戦落ちちゃったしね」

 

「「一言余計だぞ(ですわ)!!」」

 




 そんなわけで前回に引き続きレジェンドサイドで今回は龍門渕とのお話でした。何やら嗅ぎまわっていた龍門渕が今後関わって来るかは……どうでしょう?

 それでは今回はここまで。次回は京太郎サイドに移りますのでよろしくお願いします。

 あと短編が増えてきたので、過去編と現代編に分けました。


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18話

玄「またしばらく出番がないのです」

咲「大丈夫ですよ。過去編には早めに登場してるのに、こっちでは台詞すらない人もまだいますから」

壁]照「…………」



 月曜日――実に憂鬱だ。

 別に教師の仕事が嫌だというわけではないが、それでも週初めの月曜日はやはり気が重い。特に今日は昨日一昨日の県大会の疲れもあって余計だったが、ただ気分だけは実に良かった。

 やっぱり自分の教え子たちが頑張った結果が出て報われる姿を見られたのは、教師を始めた中でも一番嬉しいことであり、改めて教師をやって良かったと実感できた。

 

 とはいえ試合に出たあいつらに比べれば屁の河童だろうが、昨夜の祝勝会の後に咲を除いた四人を家まで送ったのもあって寝不足気味なのも事実だったため、疲れた体を鞭打ち引き摺りながらリビングへと向かう。

 

 顔を洗ってから到着したリビングではお袋だけがいて親父の姿は見えなかった。恐らく昨日の酒が残っているのでまだ寝ているのだろう。

 とりあえずお袋が朝食を用意してくれている間に置いてあった新聞を開く。昔からの習慣で朝は新聞に軽く目を通しているのだが、今日は最初に開くページが違っていた。

 

 

「お、言ってた通り勝ち上がったみたいだな照のやつ」

 

 

 そう、俺が見たのは全国麻雀大会県予選の結果である。昨日メールで連絡が来た通り、照の名前が先鋒としてそこに載っていた。

 ちなみに次鋒には照の友人であり、以前知り合った弘世菫の名前も載っていた。彼女には部長で忙しいのに色々と照の世話を見てもらっているし、今度会ったら労ってやらないとな。

 

 

「あと目ぼしい所は……」

 

 

 今後のこともあり他の高校を探してみると、去年も全国に行った学校の名前が多くあった。うちみたいな無名校がいきなり全国に行くってのはあまりないもんな。

 そんな感じでざーっと眺めていると。

 

 

「……ん? ………………へ? …………………………はぁ!!?」

 

 

 その中に見知った名前が『複数』あることに気付いた――

 

 

 

 

 

 放課後。昨日の大会のこともあって休みにしたかったが、今週末には個人戦があるし、これからのことを考えて俺たちは部活動を行っていた。

 といっても根を詰めすぎても駄目なので、どちらかというと息抜き的な意味合いが大きく、部室では昨日の試合の反省会という名目でその時の話題に花を咲かせている。

 しかしその中で俺だけは話題に加わらず、少し離れた所で一人携帯を操作していた。

 

 

「せんせーも携帯弄ってないで話に参加するべきだじょ。ほら、食うか?」

「あー……すまん、もうちょっと待って」

 

 

 そんな俺の様子が気になったのか、片岡が手に持ったタコスを向けながら誘ってきてくれるのだが、どうしても今のうちに終わらせておきたいので断る。顧問がこんなことやっていていいのかと思うがしょうがない。これも重要な案件だ。

 そんな俺の必死な様子が伝わったのか片岡も少し不満そうな顔を見せたが、聞き分けよく戻り、同じようにこちらの様子を窺っていた咲達も話を再開させた。

 

 そしてそれから十五分ほど経って、ようやくこちらの要件も終わった。

 出来れば電話を使いたかったけど、向こうの奴らも仕事などで忙しくて、メールでのやり取りしかできないみたいだったから実にもどかしかった。

 

 

「終わったの京ちゃん?」

「まあな、ありがとう」

 

 

 こちらの作業が終わったのを見計らってコーヒーを持ってきてくれた咲に礼を言い一気に飲み干す。内容が内容だけに精神的にも結構疲れて喉が渇いていたみたいで、凄く美味く感じた。

 そんなわけでようやく一息つけたのだが、視線を少しずらすと案の定さっきの俺の様子から気になっていたのか、興味津々とばかりに目を輝かせる咲達と目があった。

 

 

「それでどうしたの先生。随分と必死になってなんかやってたみたいだけど」

「ああ、少しな……それで宮永と原村ちょっと来い」

 

 

 とりあえず竹井の言葉に肯定しつつも濁して、この話題に関係がある咲と和を先に呼ぶ。

 そしたら二人とも、どうしたんだ?という疑問顔で近づいてきたので、さっそく鞄の中から持ってきたある物を見せる。

 

 

「これって……」

「今朝の新聞……ですか?」

「ああ、昨日の県大会の結果が載ってるやつだ。確かお前らまだ読んでないって言ってたよな? それでまず和、この奈良のところ見てみろ」

「奈良、ですか? ………………………………………………………ふええぇっっっ!!?」

 

 

 俺が指差す先を見た和が驚きのあまり思わずキャラ振れしたような声を出す。

 だけど無理もないだろう。何故ならそこにあったのは――阿知賀女子学園代表。高鴨穏乃、新子憧、松実玄、松実宥という俺たちにとって馴染み深い名前だったからだ。

 

 

「こ、ここここここ……っ!」

「ニワトリかしら?」

「こここれって!?」

「ああ、俺も最初見た時驚いたよ。あいつらマジで全国来るみたいだな……」

 

 

 優勝したことで浮かれて、自分たちの事で手がいっぱいだったためかこのことを知らなかった和が滅茶苦茶動揺していた。

 傍から見るとすごく面白いが、決して口には出さないでおこう。驚いたのは俺も同じだしな。しかし以前言ったことが本当になるとはな……まあ来る理由は違うかもしれないけどそれでも驚きだ。

 

 

「で、でも同姓同名ってことは……」

「いや、同じ名前と歳で麻雀、阿知賀だろ? さすがに本物としか考えられん」

「です……よね」

「それに一応大学時代の友人に連絡とったらやっぱりアイツらっぽかったわ」

 

 

 向こうのローカル放送で見ていたやつもいるんじゃないかと思って、連絡を取って教えてもらった特徴からもそうとしか考えられなかった。

 そんなわけで疑いたくなる気持ちもわかるけどどう考えてもあいつらだろう。近所で同じ名前の子供がいるなんて聞いたことがないしな。

 

 

「そうですよね……ですけど私と同じ副将の人は誰でしょうか? 知らない方ですけど」

「ん? ああ、灼の奴か」

「え、もしかしてお知り合いですか?」

「まあな。ほら、うちの近くにボウリング場あっただろ? あそこの娘さんだ」

「ああ、なるほど…・・・」

 

 

 新聞の記事をじっと眺めていて気付いたのか、自分と同じ副将の灼が気になった和がそのような知り合いいたっけってニュアンスで聞いてきたので説明すると、知りませんでした……という顔でうなずいていた。

 ちなみに俺が先程言った灼とは鷺森灼という当時近くに住んでいた女の子であり、今は玄と同じ高校二年生だ。

 

 当時、麻雀教室を開くために穏乃達と同年代で知り合いだった灼にも声をかけようと思ったのだけど、確か麻雀の話をした途端不機嫌になったんだよな。

 その事もあってそれ以来麻雀の事を話に上げたことはなかったけど、あれから何年もたったんだし、興味持ってもおかしくはないか。ちゃんと話して誘っておけばよかったかな。

 

 

「ま、でもこれで向こうに行った時の楽しみが出来たな」

「ええ」

「ついでにいいカモも……」

「須賀先生……」

 

 

 なんだかしんみりとした空気になってしまったので、冗談交じりで話すと呆れた目で見られてしまった。

 

 とはいえ昔馴染みと言えども手を抜くつもりはないから、試合で当たった時はあいつ等の癖などを知ってる俺たちが有利になるだろ――いや、でも全国に来たということはあの晩成を破ったという事か。

 晴絵が一度倒したとはいえ、あの晩成だしな……相当腕を上げてるとみていいから油断ならないか。

 

 

「それでどうする? いい機会だし連絡取ってみるか?」

「……いえ、どうせですし……ね?」

「……和も変わったなぁ」

「そんなしみじみと言わないでくださいっ」

 

 

 恥ずかしそうに顔を逸らしつつも怒る和には悪いが、なんだかんだ言って俺も賛成だった。そっちの方が面白そうだしな。

 そんなわけで少し気は早いが、夏の全国に向けて気持ちを高めていると、誰かが俺の裾をひっぱっている――咲だった。

 

 

「あ、悪い。忘れてた」

「…………」

「無言で頬を膨らませるなって。ほれ、咲はこっち見てみろ」

「ん? …………………………………………………………」

 

 

 中身を見た後、無言で新聞を閉じる咲。いや、気持ちはわかるけどなんかリアクションしろよ。

 

 

「……………………………………なんで?」

「俺に聞かれてもなぁ……」

 

 

 再び新聞を開いた咲が説明求むといった感じでこっちをガン見してきた。とはいえ俺も今朝新聞見るまでマジで知らなかったから話せることなんて限られているのだが……。

 とりあえず先ほどまで連絡を取り合っていたのでそこから得た情報を伝える。こっちは阿知賀の皆と違い、本人に直接聞いたから確信をもって話せるという違いはあるけどな。

 

 

「なんかうちらと同じで今年から麻雀部の人数が五人になったらしくてな。それで県大会出て優勝だってよ」

「…………シロさんって麻雀出来たんだね」

「俺も今日初めて知った」

 

 

 今まで何度もうちに来て顔を合わせた相手の意外な一面を知ってか咲が驚きつつも苦笑していた。うちに来た時はそんなそぶり一切見せなかったからな。

 確かに最近部活が楽しいって話は聞いてたけど、まさか麻雀部とはな……だから以前こっちからそこらへんの話を聞いた時も濁していたんだろう。

 

 そんななにか訳知り的な俺たちの様子が気になったのか、一歩引いて様子を見ていた竹井達が近づいてきた。

 

 

「えーと……先生、話が良く見えないんですけど」

「ああ、悪い。ほら、この岩手代表の枠に宮守高校ってあるだろ? ここの先鋒が俺の従妹なんだよ」

「………………マジですか?」

「マジだよ」

「いやいや、どんだけ引き出しあるんです先生?」

「お前だって藤田プロと知り合いだろ。まぁ、お前より長く生きてるからな、その分伝手も多いんだよ」

 

 

 俺から新聞を受け取った竹井達の視線が岩手代表宮守高校の所へ注がれ、ついには呆れた視線を向けられた。確かに自分でも縁に恵まれているとは思うけどな。

 

 

「この小瀬川白望って人か?」

「ああ、こいつだ。詳しく説明するとうちのお袋の妹の娘だ」

「この人です」

「ほう……確かに似とるのう。話から察するに咲も知り合いか?」

「はい、シロさんは休みによく京ちゃんに会いに来てたので。それと京ちゃんが中学生ぐらいの頃はもっと似てましたよ。」

「須賀先生な。あと余計な情報はいらんから」

 

 

 咲が携帯に保存してある去年一緒に撮ったシロの画像を見せると、染谷がまじまじとこちらと携帯を交互に見比べて頷いていた。まあ元々どっちもお袋似だからな。そのせいで昔は三尋木たちによく女顔だってからかわれたっけな……。

 

 というかあれってこの前携帯買った時にコピーして入れてやった写真だよな?咄嗟に出せるとかなんだかんだで携帯を使いこなしてて驚いたぞ。

 

 

「それで京ちゃん先生はほんとに知らなかったの?」

「須賀先生な。なんか驚かせようと県大会が終わるまで黙ってたらしくてな……ちなみに今朝こっちから詳しい話聞こうとしたら最初に返ってきたメールがこれだ」

「えーと……V? ……これってもしかしてビクトリー? なんかシロさんらしいね」

「ああ、めんどくさがりやなアイツらしいよ」

 

 

 咲と顔を合わせて思わず笑いあう。この一文字には、驚いた?とか凄いだろう?ダルいから的な複数の意味が込められているのだろう。まあ後でしっかりと時間とって電話するかな。

 

 

「それでその従妹以外は知り合いか?」

「一応二人とはな、後のもう二人とは会ったことないけど」

 

 

 全国で当たる可能性のある対戦校として気になる片岡にそう返しつつ、改めて新聞を見てみるが、胡桃ちゃんと塞ちゃん以外の二人はシロが最近話していた新しい友達だったはずだ。

 

 エイスリンって子はニュージーランドからの留学生で、豊音って子が小動物みたいな子だったかな。きっと胡桃ちゃんと一緒で小柄なタイプなのだろう。

 もう少し詳しくシロから聞いてみようかと思ったけど、あいつに仲間の情報を売らせるような感じになるし、どうせ向こうで顔を合わせる事も考えてやめておいた。

 

 

「ま、とりあえずシロ達の事はここまでにしといて、今は個人戦について話すか……といってもなんかあるか竹井?」

「そうねぇ……」

 

 

 今はこちらが優先事項だという事で部の方の話に戻す。ただ顧問としては情けないが、思いつかなかったため部長の竹井に話を振ると向こうもどうするべきかと腕を組んで悩んでいた。

 目標の全国行きはすでに果たしているからそこまで気負う必要はないけど、個人戦も大事だからなぁ……。

 

 

「……いつも通りでいいんじゃないかしら?」

「そうだな、そうすっか」

 

 

 そんなわけで結局、今さら慌てて個人練習などをするよりもいつも通り打って、他校の牌譜を調べるといった感じでその日は落ち着いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ああ、ちゃんと伝えておくよ。……おう、わざわざありがとうな、お休み」

 

 

 夕食を終えた後、時間もあったので偶にはのんびりしようかと思っていたのだが、三尋木からかかってきた電話に対応していた為、いつのまにか九時を回っていた。

 どうやらいつの間にか一時間以上話していたようだ。

 

 

「さて……風呂でも入ってさっさと寝るか」

 

 

 一区切りついたし、少し早いが寝る準備をしようと思い立ち上がる。その振動でベッドの上で寝ていたカピが目を覚ますが、頭を撫でてやると気持ちよさそうに再び目を閉じた。まるで猫みたいだな。

 

 苦笑しながらそのまま部屋を出て行こうとしたのだが、ドアの所まで行ったところで突如先ほど置いた携帯が鳴り始めたので振り返る。着信音からするに電話だが、こんな時間かかってくるという事は三尋木が再度かけてきたのだろうか?

 無視して後でかけ直そうかと思ったのだが、その時に嫌味でも言われたらたまったものでもないのでため息をつきながら再度ベッドの上に戻る。

 

 

「はいはい、今で出ますよー――――――え?」

 

 

 いい時間なんだから少し自重しろよなー、などと内心愚痴りながら拾い上げた携帯のディスプレイを見ると、そこには思いもしない名前が出ていたため言葉を失う。

 

 驚きで心臓が脈打つのを感じる。それは久しく――それこそ三年以上まともに目にしたことはなかった名前だ。

 ゆえにどうするべきか逡巡したが、その間にも呼び出し音はまるで俺を急かすかのように部屋の中に鳴り響いており、こちらが出るまで簡単には諦めないというような意思を感じた。

 

 こうなったからには出ないことには始まらないと諦め、通話ボタンに手を伸ばす。そして緩慢ながらもついに通話ボタンを押して耳元へと携帯を寄せる――

 

 

「…………もしもし」

『ああ、やっと出たね』

 

 

 もしかしたら間違い電話ではないかという思いもあり控えめに切り出すと、それを裏切るかのように電話の主は呆れたような声を出した。

 その声色は聞きなれたものであり、最後に言葉を交わしたのは三年以上前だが、すぐに相手が電話の向こうでどのような表情をしているかが想像できる。

 

 

「……久しぶりだな、新子」

『ええ、久しぶりね須賀くん」

 

 

 緊張しながらも口を開くと、電話の相手――新子望も同じような言葉を返してきた。

 

 新子望――今日部室で話題になった阿知賀麻雀部にいる新子憧の姉で、俺が昔付き合っていた赤土晴絵の昔からの親友であり、俺にとっても仲の良い友人だった女性だ。

 

 当時、向こうに住んでいた時に晴絵の次に仲良くなった相手で、晴絵を含めた三人でよく遊び、また晴絵とギクシャクしていた時や付き合う時に世話になった相手でもあった。

 だが、三年前に晴絵と別れた後、電話で口論――といっても一方的なものだったが――したことによってそれ以降連絡を一切取っていなく、こうして言葉を交わすのはその時以来であった。

 

 

『いやーあの時はごめんね、感情的になっちゃって。謝ろうと思ってたんだけど、なんかかけづらくてさ』

「……気にしなくていいさ。新子は心配してかけてきてくれたんだし、怒るのも無理ないからな。俺だってずっと何もしてこなかったわけだし」

『なら痛み分けってことでっ、お互い手打ちにしようか』

「ああ」

 

 

 とまあ、そんなわけで仲直りとなったわけだがこれで終わりというわけではないだろう。

 

 

「それでどうしたんだ? わざわざこのタイミングでかけて来るってことはやっぱ県大会がらみか?」

『あれ? もしかして既に知ってたり?』

「ああ、おめでとう――ってここで新子に言うのはなんか変だけど、まぁおめでとう。姉やOGとして鼻が高いな」

『アハハッ、ありがとう。いやー、ほんとあの子たちがあそこまで行くとは正直びっくりだったよ!』

 

 

 俺の言葉に晴々とした声で新子が自分の事の様に喜んでいる。

 新子は10年前に阿知賀の麻雀部で晴絵と一緒に全国まで行っており、その大変さがわかっている為に嬉しさもより大きいのだろう。もしかしたら面子的にも新子が色々指導とかしていた可能性もあるしな。

 

 

「しかしあの晩成に勝ったってあいつら本当にすごいな。だけどこれで俺もまた一つ楽しみが増えたよ」

『ん? また一つってなにかあったの?」

「あれ、言ってなかったか? 俺、いま母校の清澄高校で教師やってるんだけど、麻雀部の顧問もしてて、うちも昨日の団体戦で優勝したんだよ」

「………………………………それ本当?」

「嘘なんてつかないさ。あ、顧問始めたのは二年前からだから、最後に話した時はまだだったか」

 

 

 当時は自分の事で手一杯だったのもあって、そういった話は全然していなかったな。麻雀部の顧問をしてるってのもあまり周りに話していなかったし、特に大学時代の友人には晴絵と共通の友人が多いために話しづらかったのもあったのだ。

 思わず頭を掻きながら気まずく感じていると、電話の向こうでなにやら新子の唸り声が聞こえた。

 

 

「どうした?」

『……いや、まさかの展開に驚きが隠せなくて』

「??? まあ、そんなわけで東京に行ったらあいつらと顔合わせるだろうからよろしく……じゃなかったわ。折角だしあっちで顔合わせた方が面白そうだから悪いけど黙っといてくれないか?」

『ああ、うん……』

 

 

 和に言われた事を思い出して穏乃達には内緒にしてくれるように頼んだのだが、何やら歯切れが悪い。新子ならサプライズってことでこういったのに嬉々として乗ってきそうだったのに。

 

 

『あー……ちょーとごめん。色々と立て直したいからまた近いうちにでもかけ直すわ」

「あ、ああ……わかった。なんかわからないけど頑張れよ」

 

 

 なにやら切羽包まっていながらも楽しそうな声を出す新子に激励を送る。立て直すって実家でも立て直すんだろうか?

 と、その前に――

 

 

「あ、新子。切る前に一つだけいいか?」

『ん? どうしたの?』

「そのな……」

 

 

 尋ねたいことがあて思わず引き止めってしまったが、その内容ゆえに言葉が詰まる。とはいえ電話を終えたがっている相手を引き留めて黙っているわけにも行かず、決意を込める。

 

 

「晴絵……あれからどうしてる? 実業団が解散したのは知ってるんだけど」

『ああ、ハルエ? あー……そのうち見れるから大丈夫だと思うよ』

「え、見れるって……?」

 

 

 親友の新子なら今の晴絵の現状を知っていると思って切り出したのだが、何故か軽い感じで返されてしまった。それなりに勇気がいる話だったのだが……。

 それに何処か呆れた含みを持たせた声色だが、いったいどういう事だろう?脳内に疑問が溢れ――あ、そうか、あいつの実力的にどっかにスカウトされててもおかしくないし、そのうちテレビやネットに出るという事か。それなら納得だ。

 

 

『ま、その時のお楽しみってことで。それじゃあお休み!』

「お、おう、お休み」

 

 

 そういうと向こうはまるで今までの事がなかったかのように軽く電話を切った。あまりの呆気なさに、今まで気まずくて遠ざけていたのがアホらしく感じた。

 気が抜けたのか体の力が抜けてしまったので、携帯を放り投げて再びベッドに横たわる。

 

 

「ふぅ…………でもそっか、あいつも上手くやれてるみたいだな……」

 

 

 実業団で働けるという折角のチャンスが潰れてしまったことを心配していたのだが、大丈夫なようでホッとした。あいつは麻雀をやっている時が一番輝いているからな。

 

 その安堵のためか立ち上がるのもめんどくさくなり、昨日の疲れもあって少し早いが寝ることにした。風呂は朝入ればいいし。

 そして実際に瞼を閉じたらすぐに眠気が襲ってきて、俺は段々と眠りに落ちていった。

 

 

 

 ただ――その中で俺は晴絵の事で安心しつつも、既にあいつにとって俺は必要な存在ではではないのだと完全に突きつけられたような感じがして、心苦しい気持ちを抱えながら眠りについたのだった。




 そんなわけで16話とは逆に京太郎達が阿知賀の出場を知る18話でした。自分の知り合いが新聞に出ていたら驚くよねと。
 だけどまさか話に出てた京太郎の従妹が白望だったとは誰も予想だにしなかったにあるまい……。

 ちなみに白望については名前を出したのはいいけど、出番が全国までなさそうなので短編の方で補完するかもしれません。

 それでは今回はここまで、次回もよろしくお願いします。


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19話

咲「…………」ニコニコプンプン

宮永父「(照が勝ったのが嬉しいのはわかるけど、喧嘩中だからって怒りながら笑うのは中々怖いぞ)」



 目を覚ますとなんと10時を過ぎていた――

 

 

「ほわぁっ!? ……………………はぁ」

 

 

 一瞬寝坊したのかと焦りかけるが、すぐに今日が休日である事を思い出してベッドの上に倒れこむ。

 

 学校の先生たちとの昨夜の飲み会でそれなりに飲んだのが効いたようで、こんな時間まで眠っていたみたいだ。

 麻雀部の優勝祝いということで喜ばれ、色々奢られもしたから羽目を外しすぎたな。

 

 

「んん~~~~~ああぁ~~……」

 

 

 再び体を起こして、長時間眠っていたために硬くなった部分をほぐす。一晩のうちにアルコールは完全に抜けたみたいだが、寝すぎか歳か体が微妙に怠かった。

 今日は休みだし二度寝をしたい気分だったが、寝すぎると今日の夜眠れないし、折角の休みを寝て過ごすのは勿体ないので、未だ鈍い体を無理やり動かして部屋を出る。

 

 それから洗面所に向かい、冷たい水を出して顔を洗って歯を磨くと少しは眠気も取れて、表情も心なしか引き締まった気もした。

 まあ、実際鏡に映っているのは見慣れた締まりのない顔だし気のせいだけどな。

 

 よく晴絵からはかっこいいだの言われたが、自分で見るとそうは到底見えなく、昔は大人っぽいハギヨシが羨ましかったっけか。今ではマシになったが、よく女顔だとからかわれたし。

 

 そんなどうでも良い事を思い出しながら小腹もすいていたので真っ直ぐリビングに向かう。お袋は出かけてる可能性も高いが、その時は適当に作るか。

 しっかしほんと今日はなにすっかなぁ……麻雀部もない久しぶりの休みだからハギヨシと遊ぼうかと思ったけど、今日は急な仕事が入って何やら忙しいらしいしな。

 

 

「あ、京ちゃんおはよう」

「おう、おはよう照」

「お、おじゃましています……」「してまーす」

「ああ、いらっしゃい」

 

 

 リビングに入って、ソファでお菓子をつまむ照に返事をしてから冷蔵庫に向かう。まったく相変わらずお菓子三昧だな。あれでよく太らないものだ。

 

 なんかあるかなー?……ふむ、卵、ベーコンか、パンもありそうだし、スクランブルエッグにでもするか?でもそこまで入らなそうだしな……あ、でも照もいるし残ったら食わせればいいか………………………あれ?

 

 

「照ぅうううっ!??」

「うん、私だよ。どうしたの?」

「いや……そうじゃなくて、な、なんでお前が此処に……っ」

 

 

 寝ぼけた頭を振って振り返ると、そこにいたのは東京にいるはずの咲の姉であり、俺の幼馴染でもある宮永照であった。

 昔と変わらない態勢と仕草でそこに座っていた為に全く違和感がないのもあって気が付かなかったのだ。

 

 驚きのあまり目も完全に覚めて、ようやくリビングに俺と照以外の人物がいることにも気が付いた。

 

 

「え……っと……久しぶりだな弘世」

「お久しぶりです須賀さん、お邪魔しています。こっちは今年麻雀部に入った大星淡です」

「……どうもぉー」

「えっと、はじめまして」

 

 

 俺の言葉に照の向かい側に座った紺色の髪の女子がソファから立ち上がって深くお辞儀をし、もう一人の金髪の子も不満そうにしていたが、一応頭を下げてきた。

 この金髪の少女とは初対面であるが、もう一人の少女は知っている。

 

 彼女の名前は弘世菫。

 東京に行った照に出来た親友であり、そして休みに照がこっちに帰ってきたときに何度か一緒に遊びにきたことで、俺とも顔を合わせている間柄だった。

 

 だから照がいるなら彼女がいてもおかしくはないのだが、そもそもなんでここに照がいるのかが問題だった。

 

 

「えっと……それで?」

「すみません、以前から照が『帰る帰る』と聞かなくて……」

「ああ、なるほど理解したわ……」

 

 

 事情を聞くために照よりも話が分かりやすい弘世に尋ねると、彼女は眉を下げて申し訳なさそうに声を小さくしながらも説明してくれた。

 

 恐らくだが、春休みも部活で拘束されたせいで不満が溜まっていたのが爆発したのだろう。昔よりマシになったとはいえ、基本Going my wayだからな照の奴。

 多分ゴールデンウィーク辺りも同じように帰ると言っていたが、大会までは何とか説得して、それが終わった次の週末である今日帰ってきたといった感じだろう。ちょうどあの辺り照の電話も多かった気がするし。

 

 

「それで連絡がなかったのは?」

「……照が自分でするからと」

「うん、気にするな。弘世は悪くない」

「ありがとうございます……」

 

 

 慰める様に肩に手を置くと、お互い同時に深くため息をついた。照の事だ、どうせ普通に忘れていたんだろう。

 チラッと照の方を見ると、流石にマズイと思ったのか目線をずらして、下手な口笛を吹いていた。わかりやすい奴だった。

 

 そして質問攻めで弘世には悪いのだが、まだ聞きたいことがあった。

 

 

「だけどなんでうちに? 今日は休みだからおじさん達もいるだろうに」

「それなんですが、照が『私に妹とお父さんはいない』と」

「まだ言ってるのかあいつ……というかおじさんが可哀想すぎるぞ……」

 

 

 未だ喧嘩続行中の妹がいる自宅に帰りたくないために、いない人扱いされるおじさんがとても不憫であった。

 まったく、冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろうに、これについては後で説教だな。

 

 まあ、それで照の提案でうちに来た後は俺が起きるまでここで待っていたという事か。あれ?でもここまでどうやってきたんだ?

 

 

「須賀さんのご両親に電話をかけて……」

「オーケー、気にしなくていいぞ」

 

 

 新幹線の中で親父たちに電話をかけて迎えに来てもらったという事だろう。それであのアホ両親は後を俺に押し付けてデートでも行ったというとこだろうな。

 

 再び深くため息をつく俺達を見て、照が頭上に疑問符を浮かべて首を傾げていた。もう20年近い付き合いだから慣れたよ。

 とまあこれで大体の事はわかったけど――

 

 

「それでこっちの子は?」

 

 

 やはり一番気になるのは初めて会うもう一人の金髪の少女だ。

 彼女は俺と弘世の視線が集まるのを感じたのか、お菓子を食べる手を止めてからこちら――特に俺を警戒の目で見ていた。なんかしただろうか俺?

 

 

「私たちがこちらに尋ねる事を話したら自分も行きたいと駄々をこねて……本当にすみません」

「ああ、いいよ気にしないで。どうせ照が大丈夫とか言って安請け合いしたんだろ? うちは部屋も余ってるし、気兼ねしないで泊まって行ってくれ」

「ありがとうございますっ」

「安請け合いじゃない。ちゃんと考えた」

「はいはい。だけど気にすんなって、弘世には照の事で普段から世話になってるし、むしろ感謝してるんだからな」

 

 

 何やらプンプン怒り始めた照を無視して、ついには土下座せんばかりに低姿勢になった弘世の頭を軽く撫でてやる。

 照のポンコツぶりは身に染みてるし、それを嫌がらずに付き合ってくれている弘世には本当に感謝してるんだ。昔から気難しい子だったからこうやって仲良くしてくれる子が出来たのは凄く安心したしな。

 

 

「THSだ……」

「THS?」

「き、気にしないでください、淡っ!」

「っ!?」

 

 

 そんな俺たちの様子を眺めていた大星さんがなにやらよくわからない単語を呟くと、顔を赤くした弘世が叱責をする。そしたら大星さんが慌てて照の後ろに隠れてしまった。

 うん、気持ちはわかる。今のは俺も怖かった。

 

 

「まぁまぁ良くわからないけど、喧嘩はやめようぜ」

「う……須賀さんが言うのでしたら……」

 

 

  一応俺が原因っぽいので間に入ると、弘世も話の腰を折りたくないのか矛を収めてくれた。

 ちなみに後で照にこっそり聞いた所、THSとはちょろいヒロインスミレという意味だと教えられた。なんのことだろう?

 

 

「それで大星さんだっけ? 改めまして俺は須賀京太郎、照とは昔からの付き合いなんだ、よろしくな」

「……大星淡……よろしく」

 

 

 ちゃんと挨拶をしようとこちらが手を出すと、向こうもおずおずとだが手を出して握手してくれた。

 そしたらやはり麻雀をやっているからか彼女の指先が少し硬いのに気付き、そこから以前照から聞いた話を思い出した。

 

 

「あ、そうか君が白糸台の大将の子か、照から話は聞いてるよ」

「え、テルから?」

「ああ、元気の良い一年生が大将を務めてて、実力もあるしとても頼もしいって言ってたよ」

「へ、へーそうなんだぁー……」

 

 

 俺の言葉にそっけない返事をしながらも、照の方をチラチラ見つつ満更でもないといった表情をする大星さん。

 実際は面白い子が入ってきたぐらいの控えめなものだったけど別にいいよな。照がわざわざ話題に出すってことはそれなりに気にいっているのは間違いないだろうし。

 

 

「?」

 

 

 ま、本人はわかってなさそうだけどな。

 

 とりあえず聞きたいことはある程度聞けたので、一息つこうと空いていた弘世の隣に俺も座りこむ。

 なんか起きたばかりなのに無駄に疲れたな……。

 

 

「ふぅ……それで骨休みに帰ってきたのはわかったけど、これからどうするんだ?」

「……どうしよっか?」

 

 

 コテンと首を傾げながら聞き返す照に思わず頭を抱える。なんにも考えていなかったのか……いや、予想できてたけどな。

 

 

「まぁ、妥当な所で……観光か? 大星さんはこっち初めてだし」

「いえ、わざわざこいつなんかに気を遣わなくていいですよ」

「菫先輩酷ぃー」

「アホ、須賀さんは休みなんだ。ただでさえ泊めてもらうのにこれ以上迷惑をかけてどうする」

「あはは、別に俺も今日は暇だし、どっかに出かけようと思ってから構わないよ」

「だってさー」

「ぐぬぬ……」

 

 

 怒られて萎む大星さんを庇おうと咄嗟にフォローをしたのだが、逆に調子に乗らせてしまったみたいで、横から見える弘世の顔が恐ろしいことになっていた。

 

 うーん、どうやら大星さんは身近で言えば片岡に近いタイプなのかな?それならもっと軽く接してもいいのだが、初対面かつ一応お客さんだし、教え子でもない分中々距離感が難しかった。それに俺に対しては余所余所しいし。

 思わぬ難敵の登場に今度は心の中で頭を抱えていると、照が口に入れたポッ○ーを食べながら突如手を上げるのが見えた。

 

 

「……ピクニック行きたい」

「ピクニックだと?」

「うん」

 

 

 思わぬ案が出たため驚いて聞き返す弘世に照が再度頷く。ただ俺としてはある程度納得してした。

 元々照はそういった意味で活発な方でもないし、色々揃っている東京でなくわざわざこちらでやること言ったらそういった自然を活かしたものが多くなるだろうからな。昔はよく山登りしていたし。白糸台もそれなりに緑が豊富らしいけど、やっぱり地元が一番だろう。

 

 とりあえず意見が出たという事で、どうするか是非を取ろうと残りの二人へと視線を向ける。

 

 

「弘世たちはどうだ?」

「構いませんけど……」

「えー、もっと面白いとこないのー?」

「あるにはあるけどやっぱ今日だけで回るのは難しいだろうなぁ」

「いいじゃないか、たまにはのんびりするのも」

「うーん……まぁ、菫先輩が言うならいいけどね」

 

 

 渋る大星さんに弘世からの援護が来る。こうして見ていると生意気な性格っぽいけど年下らしく二人の話は結構聞くみたいだな。

 そんな微笑ましい二人の様子を見ていると、いつの間にか隣に照が寄ってきており、ねだるように俺の腕を揺さぶっていた。

 

 

「京ちゃん」

「はいはい、弁当な。サンドイッチでも用意するからしばらく待ってな」

「あ、手伝います」

「悪いな」

 

 

 照からの期待の眼差しを受けながら厨房へと向かうと、弘世もすかさず後をついてきた。お客さんだしそこまで気にしなくてもいいのになぁ。

 

 

「京ちゃんっ!」

「ん、どうした?」

 

 

 近くにあった普段三尋木などが使っている予備のエプロンを弘世に渡していると、突如照の大声が聞こえたため振り返る。そうしたら何時になく真剣な表情をする照がいた。

 そんな顔していったいどうし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………タマゴは多めに」

「あ、私ツナが良い!」

 

 

 ――まあ、わかっていたよ。あと君たちは少しは気にしような。

 




 そんなわけでようやく出てきたテルテルでした。
 すぐに合宿行っても良かったのですが、過去編からいる照の出番がこっちで全国までないのはあまりにもなため挟む形に。ちなみに時期は17話と同日です。
 しかし他の二人の方が目立っていたように見えますが……気のせいでしょう。気がついたらいつの間にか着いてきてたんだよ……まあ照だけと会話していたら横道逸れまくって話が進みませんしね。


 それでは今回はここまで、次回もよろしくお願いします。



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20話

一か月ってのは早いものですね…短編すら書けなかった

虎娘達(-2)の続きです。



 あれからつまみ食いに来た照に説教したりと色々横道に逸れたりもしたけれど、なんとか昼飯を作り終えることが出来たので、そのまま車で昔からよく遊びに行っていた近くの山へと向かうこととなった。

 

 近くとはいえ、車を降りてから歩くこともあって時間もかかったが、しばらく顔を合わせていなく、積もる話もそれなりにあったためか、向こうでの照の暮らしや白糸台麻雀部の話で盛り上がり、道中も退屈な時間ならず楽しい登山となった。

 とはいえ途中、山登りで疲れた大星さんが駄々をこねたりもして困りもしたが、なんとか無事に頂上へたどり着いたのだった。

 

 

「ふぅ――――お腹すいた」

「ついて早々一言目がそれか……」

「まぁ、照だしな。それに結構いい時間だし」

 

 

 笑いながらつられて時計を見ると、登るのにそれなりに時間がかかったためか既にお昼の時間を過ぎていた。

 それにそこまで高くないとはいえ、一応山だからな。疲れて腹が減る気持ちもわからんでもない。実際に――

 

 

「まったく、淡もだらしのない」

「だってぇ~」

 

 

 ここまでの登山で体力を使い果たした大星さんが力尽きていた。

 そりゃ麻雀は一応インドアだし普段から運動でもしてなければ疲れるのも当然だ。これが普通の反応だろう。

 

 荷物は俺が背負っていたので、背中のリュックに手を伸ばしてペットボトルのお茶を目の前に差し出すと、大星さんは少し逡巡するそぶりを見せたが素直に受け取る。

 

 

「……ありがと」

「どういたしまして」

 

 

 うん、ちゃんとお礼も言えるし、いい子じゃないか。やっぱこいつらと仲がいいだけはあるよな。照も上手くやれているみたいでよかっ――

 

 

「京ちゃん京ちゃん」

「はいはい急かすなって」

 

 

 まあそんなちょっとした気持ちにも浸らせてくれないのが我が幼馴染である。

 とりあえず言いたいことはわかっていたので、背負っていたリュックを降ろし、辺りを散策する前に休憩を兼ねてお昼となった。

 

 取り出したお昼は普通のサンドイッチだが、それなりに具の種類には拘ったので飽きはしないだろう。大星さんほどではないが、皆山登りは流石に体力を使ったみたいで、景色の良さもあり次々と手が伸びる。

 

 

「京ちゃんのごはん久しぶり」

「ごはんってほどのものでもないけどな」

「でも本当に美味しいですよ、なぁ淡」

「まぁ、及第点かな」

「……なにを偉そうにしているんだお前は」

「まぁまぁ」

 

 

 そんな会話をしているうちに、あっという間に用意したサンドイッチがなくなっていた。

 8人前ぐらいは作った気がするんだけどな……俺の周りの女子はよく食べるなぁ。

 

 

「それでごはん終わったけど、どうする?」

「そうだなぁ……」

 

 

 控えめな言葉とは裏腹に俄然動く気満々な照の視線に、悩みながら他の二人の様子を窺う――――そうだな。

 

 

「……ちょっと疲れたから俺はもう少し休憩してるわ。照はその間近くを大星さんに案内してやったらどうだ? 腹ごなしの散歩にもなるし」

「うーん……淡はどうする?」

「ん、別にいいよ」

 

 

 お昼を挟んで疲れが取れた大星さんからの返事を受けて、照が少し悩みつつも立ち上がる。そして次にその視線が向くのは弘世なのだが……。

 

 

「ああ、私も休んでいるから行ってこい。ただあんまり遠くには行くなよ、迷子は勘弁だからな」

「大丈夫、ここは私の庭だから。咲と来た時もたまにしか迷わなかった」

「……微妙に不安なんだけどテル」

「大丈夫、京ちゃんもいるし」

 

 

 なにやら不安げな会話をしながら二人が離れていく……まあGPS機能がついている携帯もあるから何とかなるだろう。

 そして照達が離れると、ここに残るのは俺と弘世だけなのだが――

 

 

「さて、わざわざ残ってくれたんだし、話してくれるんだよな?」

「……やっぱりわかっていましたか」

「そりゃ照だけならともかく、全国まではまだ時間があるとはいえ、こんな大事な時期にわざわざ大星さんを連れてこっちに来てればな……」

 

 

 あいつらがいつ帰って来るのかわからないのですぐに話を切り出すと、向こうもこちらの言いたいことがわかっているのか苦笑しながら頷いていた。

 

 確かに照一人を帰省させるのは迷わないかと正直不安であるが、今までにも何度かあったから問題ないのだ。だから今回弘世が一緒に来たのは多分大星さんが理由だろう。

 そもそも我儘を言うなと一喝すればいのに、こんな所まで大星さんを一緒に連れてきたというのはやはりなにかしらの理由があると思うのが自然だ。その理由を話すためにこうやってあいつらから離れたのだろうし。

 

 そう伝えると、図星だったのか少し考えるそぶりをした後、降参だとため息をついて弘世が説明を始める。

 

 

「そうですね…………理由は色々ありますけど、一番は淡を須賀さんに合わせたかったからです」

「……俺に?」

「はい」

 

 

 思わぬ言葉に目を点にしながら聞き返す。なんで俺が出てくる?別になんでも解決できる不思議パワーなんて持ってないぞ。

 

 

「先ほど説明しましたが大星は一年でレギュラーになるほどの実力です。しかしその事もあって、他の部員との壁がありまして……」

「……うまくコミュニケーションが取れてないと?」

「はい、しかもあの性格ですから……だけど自分よりも実力が上の照に特に懐いているので……」

 

 

 なるほどそういうことね。部員も五人ちょうどのうちでは考えられないことだが、白糸台みたいな多くの部員の中から選ばれたのだから、同級生もそうだし、レギュラーの地位を狙っていた三年あたりからは当然嫉妬の対象となるだろう。

 

 また、あの白糸台で一年ながら大将を務めるという事はそれだけの実力という事だ。ならば麻雀自体が物事の判断の基準になっていてもおかしくはない。若いなら尚更だし、少しは生意気にもなるわな。

 

 とはいえ、照と弘世への態度を見る限り、本人自体はただの天真爛漫な性格なだけで、誰かを見下しているという認識はあまりないはずだ。

 ただ強豪校の麻雀部は体育会系の所も多いし、周りからすればレギュラーの事もあって生意気な一年生というイメージが大きくもなるはずだ。大星も年上に胡麻を擦るようには見えないからな。

 

 そして話の途中だが、ここまで聞いて大体言いたいことはわかった。

 

 

「つまりこういうことか。麻雀の実力がないのに照の兄貴分をやってる俺と、大星さんの尊敬する先輩である照の様子を見せれば、大星さんの年上に対する見方などが少しは変わるかもと?」

「はい、須賀さんには失礼な話でしょうが……」

「構わないよ、事実だしね。ただ、最初から警戒されてるみたいだけど……」

「それは……電車の中で照が須賀さんの事を話し続けたせいで――」

「――拗ねたと」

「予想外でした……」

 

 

 額を抑え、申し訳なさそうにする弘世だがこればかりはしょうがない、中々難しい問題だ。大星さんからすれば尊敬する相手が気にかけているのが、自分よりよわっちい俺なのが気に入らないのだろう。

 だけどな――

 

 

「確かに弘世の悩みもわかるよ、大事な時期だし少しでも不安要素は失くしておきたいもんな。だけどこればっかりは本人がどうにかしようって思わなくちゃいけないから、そこまで気負ってもしょうがないぞ」

「えっと……そうでしょうか……?」

 

 

 教師としてだけでなく、年上の大人としても少しアドバイスをすることにしたが、俺の言葉に納得がいかないのか弘世は訝しげな顔だ。

 確かに簡潔に言っちまえば放っておけという事だもんな。向こうとしては、少しは期待した回答を望んでいたのにこれではあんまりだろう。なので話は終わりではないと、横に首を振って続ける。

 

 

「別になにもしないってわけじゃないさ、別にそこまで焦らなくてもいいってことだよ。無責任かもしれないけど、今は多少のお小言だけでもいいんじゃないか? 今後それだけでも改善されるかもしれないしな」

「……」

「そしてそれでもダメなら、本当に大星さんが他の部員とぶつかった時に、お前たちが叱って手を貸してやればいいんだ。何か起こってからでは遅いって意見もあるけど、何かが起こってからじゃないと解決できない問題もあると俺は思うぞ」

 

 

 話を聞く限り、現状では周りも単に不満があるというだけで、今後の大星の行動で認識が改まる可能性もあるのだ。だけど今、下手に弘世達が出張れば、事態が悪化するという可能性も否めない。

 それに大人なら失敗は簡単に許されないけど子供なら許されることもある。大星さんはまだ一年生だ。これからゆっくりやって行けばいいさ。

 

 

「……そうですね、もう少し考えてみます。ありがとうございました」

「頑張れ」

 

 

 そんな俺の言葉に何か思う所があったのか、頷いて頭を下げてくる弘世に気にするなと手をひらひらさせて返す。

 本当に無責任だし少し偉そうに言ってしまったがしょうがない。部長と言っても弘世もそう歳も変わらない同じ高校生だ。出来ないことだってあるんだから気負う必要はないのだ。

 

 だけど――うちも県大会で優勝したし、今後もし全国でいい成績を収めたのならば来年はもっと部員が増えることだってあるだろう。少し気が早いかもしれないけど、俺も少しは今後の事を考えた方が良いかもな……。

 

 

「――と、あいつらも戻ってきたしこの話は終わりだな。さっきはああ言ったけど、なにかあればまた相談乗るからいつでも連絡してこい」

「はい」

 

 

 色々と辺りを散策していたみたいだが、それも終わったのか二人が戻ってきた。こうして中の良い所をみると姉妹みたいだ。咲が知ったら嫉妬しそうだな。

 

 

「京ちゃんそろそろいい?」

「ああ、それじゃあ向こうの花畑の方でも行こうか」

 

 

 折角ここまで来たからか高揚感を抑えられないみたいで、ワクワクという擬音が聞こえるぐらいの表情だった。インタビューの時とかもその顔でいればいいのにな。

 

 ――とその時、照の隣に立っていた大星さんが何かに気付いたように弘世に近づき、じーっと顔を眺めていた。

 

 

「んー…………?」

「どうした淡?」

「ふぅん……なるほどねぇ、なんでもない!」

 

 

 弘世と俺を交互に見ていたと思ったら、何やら含み笑いをしながら納得したとばかりの表情で笑っていた。

 うーん……よくわからんが、とりあえず移動するか。

 

 

「それじゃあ大星さん「呼び捨てでいい」え?」

「敬語使われるの気持ち悪いし、その代わり私もキョータローって呼ぶから」

 

 

 まさかの発言に俺と弘世が固まる。

 え?なんでいきなりデレてるの?いや、デレてるにしては随分と偉そうな感じだけど。

 

 

「待て淡、いきなり呼び捨てにするとか失礼だろ」

「なに? 先輩ってばやきもち?」

「な・に・を・言ってるんだ!!」

「おっと、危ないっ」

 

 

 弘世に怒られた大星さんがすかさず俺の後ろに隠れる。俺を間に挟めば弘世も怒るに怒れなくなるという計算だろう。

 うーん、近頃の子は狡賢いなぁ。

 

 

「まぁ、いいよ、好きに呼んでくれて。でも本当にこっちも普通に呼んでいいのか?」

「いいってば。あ、でも名前で呼ぶのはまだ駄目だから」

「はいはい、わかったよ。それじゃあ改めてよろしくな、大星」

「よろしくね、キョータロー」

 

 

 よくわからないが、距離が近づくのは悪い事ではないし、少しは心を開いてくれたってことでいいのかな?

 正直先ほどまでの当たり障りない会話は俺的にも疲れたし、照の後輩なら仲良くなりたいしな。

 

 

「さて、それじゃあ今度こそ行くか――ってどうした照?」

 

 

 とまあそんなこんなで心配事も一つ減ったので気分よく散策でもしようかと体を反転させると、目の前に河豚かと見間違わんばかりに思いっきり頬を膨らませる照がいた。

 うーん、こういう所を見るとやっぱ姉妹だ。よく似ている。

 

 

「……菫たちばっかりずるい」

「いや、ずるいって……」

「エコヒイキ」

「違うからな…………ハァ、どうしたらいいんだ?」

 

 

 プリプリ怒りだす照に、長年の経験から言い訳を続けてもどうせ聞きやしないと頭を振りながら結論付け、なにをしてほしいのかと聞く。どうせお菓子だろう。

 と、思っていたのだが――

 

 

「おんぶ」

「おま…………しょうがねぇな」

「よいしょ」

 

 

 まさかのお願いに絶句しかけるが、断っても駄々をこねるのは見えていたので、諦めて腰を下ろす。すると躊躇いなく、すぐさま乗ってきた。

 まったく……いい歳してこんなんで大丈夫なのかなコイツ。

 

 

「ロリコン……」

「違うからな!!!」

「♪」

 

 

 ジト目をした大星からボソッとこぼれた、聞き捨てならない言葉にすかさず反応する。教師にそういう単語は禁止だぞほんとに……。

 そんな呆れた視線を照越しにだが、確かに背中に二つ感じながら俺たちは歩く――ま、照も満足そうだしいいか。

 

 

 

 そんな感じで大会開け最初の俺の休日は、なにやらよくわからない三人と過ごすこととなったのだった。

 ただ、次の日には三人とも来た時よりもどこかすっきりした表情で東京へと帰って行き、俺としても悪くはない休みにはなった、とだけは言っておこう。

 




 大人が思っているよりも子供は聡い、それだけの話でした。あと仕事以外でも京太郎も拙いなりに大人らしいことはあるなって感じで。
 そして今後の彼女たちの出番は……どうでしょう?ただ、彼女たちが全国で当たる相手は――


 それでは今回はここまで。次回は早くあげられたらいいな…。


 キャラ紹介に【宮永照】・【弘世菫】・【大星淡】追加しました。


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21話

前回よりは早かった(現実逃避)



 麻雀の県大会やら古い友人からの久しぶりの連絡、そして東京にいる幼馴染の突然の帰省など色々忙しかった六月を終え、日差しも強く、茹だるような暑さの新しい月を迎えた。

 

 そんな外に出るのも憚られるような陽気が続くある日、俺たち清澄麻雀部は車でとある場所へと向かっていたのだった。

 そう、それは咲達にとって新たな成長となるであろう場所であり、俺たちは緊張した面持ちで――

 

 

「ほい、センパイ皮向けたぜぃ」

 

 

 ――いるわけもなく、久しぶりの合宿でウキウキであった。しかも本来なら一番関係ない奴が。

 

 

「はぁ…………おいおい、見てわかるだろ。今手離せないってーの」

「ふんふむ、つまり食べさせてほしいと……しょーがねぇな」

「丸ごとはやめろよ、口に入りきらないからな」

「……注文は付けるけど断わらないのね」

 

 

 後部座席からため息交じりの声が聞こえたためミラーを見ると、竹井達が疲れたような顔をしているのが見えた。

 どうした、酔ったのか?

 

 

「違います。自然に溶け込んでいたからツッコまなかったけど、なんで三尋木プロがいるのよ……」

「そりゃあ俺じゃ頼りないからな」

「自分でいうんかい」

「ま、いいじゃない。合宿ならやっぱ私は必要っしょ。知らんけど」

 

 

 扇子を開いてドヤ顔で踏ん反り返る三尋木だが、まあ間違ってはいないのだ。

 今回俺たちは藤田プロの提案で行われる決勝で戦った他校三つとの合同合宿に向かっており、そんな中、俺一人ではどう考えても力不足ゆえに指導役として三尋木にまた付き合ってもらったのだ――というか合宿の話をしたら自分から行くと言いだしたのだ。

 

 

「ハギー先輩も来るしねぃ、三人集まるのって久しぶりだし」

 

 

 まあ、こんな感じでノリノリなのだ。でも気持ちもわからなくはなかった。

 仕事や距離的な問題もあり、昔からのメンバーの中でも特に忙しい二人だからな。どっちかが集まりに来られることはあっても、両方が揃うというのは久しぶりのことであった。

 それに俺としても出来るなら聞いておきたい事もあった。先日竹井達清澄&龍門渕に嵌められて連れて行かれたプールではあまり話す機会もなかったし。

 

 

「むぅ……この合宿の主役は私たちのはずだじぇ」

「まぁまぁ」

 

 

 愚痴る片岡に同感だが、口を挿むと面倒なので此処はスルーだ。

 とまあ途中渋滞にはまりつつも、そんな感じで談笑をしていたらあっというまに無事に目的地へと着くことが出来た。

 

 

「ふぅーーーやーっとついたじぇ」

「それなりに遠かったねぇ」

「長野は広いですから」

 

 

 車から降りると、咲達が凝り固まった体を動かしながら辺りを見回している。

 場所的には特に物珍しい所ではないが、以前泊まった所と同じで静かだし、集中して合宿をするには向いていそうだな。来る途中、コンビニもあったからそこまで不便でもなさそうだし。

 

 

「見物するのもいいが、はよう荷物おろすぞ。他の学校は既についとるんじゃろ?」

「ええ、美穂子たちはもう来てるみたいね」

「マジか、じゃあうちらが最後か」

「仕方なかろう。途中渋滞にはまってしもうたし」

 

 

 荷物を降ろしながら竹井が携帯を開き、他校の状況を知らせてくる。

 一応時間内に間にあったとはいえ、最後についたのは失礼だからな、顔合わせたら謝罪しないと。大人って実に面倒だ。いや、大人じゃなくても謝るけど。

 

 

「おーい、置いていくぜーーー!」

 

 

 まあ、中にはお気楽な大人もいるけどな。視線の先には一足先に三尋木が駐車場の端まで移動し、手を振っているのが見えた。

 なんであいつが一番テンション高いんだろうなぁ。

 

 

「またお酒でも入ってるんですか?」

「もしくは徹夜したとか」

「昨日はさっさと寝たはずだぞ。だからそんな目で見るな、さっさと行くぞ」

 

 

 だらしない大人を見るような視線の和と咲から目を逸らす。本当に疚しいことなどないのだが、こうやって見られると思わず目を逸らしてしまうのであった。

 

 とりあえず騒ぐ三尋木と合流して建物へと向かう。すると建物の前に人影があるのに気付いた。

 

 

「あれって……」

「鶴賀じゃの」

 

 

 染谷の言う通り、そこにいたのは決勝で当たり、今日から一緒に合宿を行う鶴賀高校の面子だった。荷物を持っていないのを見るに、俺達と違ってどうやら今着た所というわけではなく散歩でもしていたのだろう。

 竹井が一人早歩きで俺達より先に近づくと、足音で向こうもこちらに気付いたみたいだ。

 

 

「久しぶりね、ゆみ」

「来たか、随分ゆっくりだったな」

「そうなのよ~ちょっと先生が寄り道しててねぇ」

「まったく、やめんか」

 

 

 さり気なく俺一人の責任にしようとした竹井にすかさず追いついた染谷がツッコミを入れる。それを見て笑いながらも加治木は後から来た俺たちに向かってぺこりと頭を下げた。

 

 しかしこいつら随分と仲がいい感じだな。合宿会議の時に一度顔を合わせただけだと思ったが、その後も電話か何かで連絡を取っていたのだろう。

 部長同士……ちがった元部……じゃない、三年同士気が合うのかもな。

 とりあえずあっちも盛り上がっているようなので、こちらはこちらで――

 

 

「やぁ新部長さん、お疲れ様」

「う……か、からかわないでください須賀先生」

「はは、スマンスマン、東横も久しぶり」

「どうもっす。なんかおまけ扱いが気に入らないっすけど」

「気のせい気のせい。元部長達の姿が見えないけど二人は別行動か?」

「はい、近くのコンビニまで行ったっす」

 

 

 なるほど三人の姿しかないと思ったらそういった事か――と、そんなことを考えていると背中を突かれる感覚があったので振り向くと、咲がじーっとこちらを見つめていた。

 

 

「……京ちゃん、久しぶりって言ってたけど、話し合いの時に会った加治木さん以外といつ知り合ったの?」

「…………目が笑ってない人には教えたくないです」

「だったら私に教えて貰えませんか?」

「口元が笑ってないから嫌です」

「ま、せんせーが女を引っ掛けてくるのはいつもの事だじょ、しっかし何があったのやら」

「人聞きの悪いことを言うな、別にこの間の休みに偶然あっただけだぞ、ホント」

 

 

 特に秘密にすることでもないし、ここでグダりたくもないから軽く説明する。

 先日、釣りに出かけた時に、偶々鶴賀のメンバーと出会っただけだし。

 

 

「あの時は本当に助かりました。あのままではサワガニが晩御飯だったので……」

「ほんとにいったいどういう状況だったんだじぇ……」

 

 

 深刻そうに話す津山に思わず笑いそうになるが、確かに気持ちはわかる。あんな所でサワガニと調味料だけの夕食を迎えるのは俺だって嫌だな。ちょうど俺が釣った魚があってよかったよ。

 

 その時の事を思い出して苦笑いをしていると、後ろで様子を窺っていた三尋木が興味深そうに脇から顔を出した。

 

 

「お、この子が前に話してた消える一年生? ふぅ~ん……確かにちょっと薄いね」

「え、あれ……? もしかして……私の事普通に見えてるっすか!?」

「うん、一応最初から見えてたよ」

「それじゃあ――」

「ああ、こいつが前に言ってたダチの一人だ。やっぱ見えるよなぁ」

 

 

 驚きで目を見開く東横に軽く頷く。なんでも東横は普段から人に認識されにくい体質らしく、こうやって初見の相手に話しかけられるのがほとんどないらしいのだ。

 実際に咲達も俺がこうやって東横さんに話しかけるまで気付いていなかったし。

 

 そんな理由もあってなにやら感動している東横さんなのだが、元々三尋木なら普通に見えるだろうと思っていたから俺としては不思議ではなかった。多分ハギヨシも見えるだろう。

 ちなみに俺は普通に見えている。多分、昔から変人を相手にすることが多いから免疫がついたのではないかと思う。

 そんなことを考えながら話していると、なにやら津山が首を傾げながら三尋木を凝視しているのに気付いた。

 

 

「どうしたんっすか、むっちゃん先輩?」

「いや、えーっと……」

 

 

 なにやら悩んでいるみたい――あ、そうか、変装しているからわからないか。

 ちょっと早いがもういいかと思い、手を伸ばして眼鏡を外し、三尋木の変装を解く。

 

 

「こいつはうちの先生役をやってる三尋木咏だ。合宿中はよろしく頼む」

「よろしく~」

「えっと……確かプロの方っすよね」

「そうかもねぃ、知らんけど」

「っっっっつ!!!!!!??????」

 

 

 俺たちの発言――特に三尋木の口癖がきっかけだったのか、津山が目と口を大きく開けたまま固まってしまった。

 確かにプロってのはビックリするだろうけど、驚きすぎじゃないだろうか?

 

 

「ああ、むっちゃん先輩ってばカード集めるほどのプロファンですからね、しょうがないっす」

「へぇーそうなのか、でもカードって?」

「ほら、おせんべいのおまけについてるやつっすよ」

「うーん……あ、もしかしてこれか?」

「!!!? そ、それはっ!? 53万袋のうち1袋にしか入っていないと言われる三尋木プロのSSSレアカードッ!!!」

 

 

 心当たりがあったので懐にあるカード財布からそいつを取り出すと、津山がものすごい勢いで覗き込んできた。

 

 

「す、すごいレアものなのにどうやって!!?」

 

 

 以前会った時の冷静な態度とは全く異なっており、相当なジャンキーであることが伺えた。思わず腰が引ける。

 

 

「えーと……確か昔、こんなの出来たから持っとけーって三尋木から俺達ダチ連中に渡されたんだよな」

「そうそう、大事に持ってて関心関心。いつも心に咏ちゃんってねぃ」

「俺としては閉まっておいたら呪われそうだから持ち歩いてるだけだけどな―――売ったらいくらになるんだろう」

「……七代先まで祟るぞ」

「こえーから前髪たらすなっての」

 

 

 そんな俺たちの様子に顎を落としながら茫然と津山が見ていた。

 ただその状態にもかかわらず視線の先は俺が持っているカードに注がれており、何処か――というか凄く羨ましそうだった。

 

 しかしこんなのがレアなのかぁ……ただ単に三尋木がかっこつけたポーズ取ってるだけのだし、よくわからん。

 だから別に俺は集めているわけでもないし、そんなに欲しいならあげてもいいんだけど、流石に三尋木から厚意で貰った物を渡すのはなぁ……一応こんなんでもこいつの努力の証だし。

 すると俺のカをちらっと見た三尋木が、顎に扇子を当てながらなにか考え込んでいた。

 

 

「ふぅん、なんか私のカードは持ってないの?」

「え……? あ、はい、あまりレア度は高くはないのですが……」

 

 

 そういって津山は何処からともなくバインダーを取り出したと思ったら、その中から一枚カードを見せてきた。

 それを確認した三尋木は懐からペンを取り出し――

 

 

「そいじゃちょっと貸してねーっと、ちょちょいのちょい。うん、これでいいかもねー」

 

 

 ――そのカードに自分のサインを書いてから返した。

 

 

「え……え、え……っ?」

「お、これじゃダメな感じ?」

「い、いえっ!? ああありがとうございますっっっ!!!」

 

 

 首が取れるんじゃないかとばかりに激しく振りながら津山が感謝の意を伝える。

 確かにこっちの方がいいだろう。コピーではないマジもんの本人のサインだ。俺が持ってるのとは違い、本当に世界に一つの品だった。

 

 

「で、でもよろしいんですか……?」

「ま、これも何かの縁ってね、出来れば大事にしてくれると嬉しいかな。あと清澄の奴らとも仲良くしてやってくれってね」

「勿論です!」

 

 

 その三尋木の言葉に津山だけでなく、今まで黙って聞いていた咲達も感動していた。

 鶴賀の次期部長である津山に清澄の好印象を与え、尚且つそれによって咲達からの印象をよくするという策士であった。流石三尋木汚い。俺はそんなお前が好きだ。友人でよかったぞ。

 

 

「むっちゃん先輩、涎垂れてるっすよ」

「…………」

「……駄目だこりゃ」

 

 

 東横が首を横に振ってため息をつく。津山は完全に別の星――多分ナメック星辺りに意識が飛んでいた。

 

 

 

 

 

 その後、まだ戻ってこない二人を向かいに行くために津山を引き摺る加治木と東横と別れ、俺たちは建物の中に入る。結構外で話していた為、予定時間ぎりぎりとなってしまった。

 まずいかなーと思いつつ中に入ると、ロビーの所で固まっている一団を発見した。この施設は今うちらの貸し切りだから相手は詳しく見なくてもわかった。

 

 

「お待たせして申し訳ない」

「いえ、私達が先に到着しただけですから問題ありませんよ」

 

 

 そういって最初に話しかけてきたのは風越のコーチである久保さんだった。

 これで俺より年下の23歳と聞いた。貫禄あるなぁ。

 

 

「さっき鶴賀の子達とは会ったのですが、そちらの子たちは?」

「ええ、ここに全員そろっています。龍門渕の方も」

「そうですか、ありがとうございます」

 

 

 視線をチラッとずらして周りを確かめると、確かに見知った顔がいた。それぞれの選手だけでなく、ハギヨシや藤田プロと勢揃いであった。

 そして俺たちの会話が終わったのがわかったのか、目立ちたがり屋な龍門渕さんが両手を腰に当てながら早速に前に出た。

 

 

「さて、これで全員揃いましたわね。今すぐ始めますわよ!!」

「透華。挨拶が先だよ。しっかりとけじめはつけないと」

 

 

 早速暴走しそうな龍門渕さんを国広が抑えてくれる。いつもの光景であった。

 

 

「でも早く打ちたいんだし!」

「こら華菜、清澄の皆さんもここまで来るのに疲れているんだから無理言わないの」

「でもキャプテン~~」

「池田ァ! 恥ずかしいから気の抜けた声を出すなっ!」

「ひぃ! ごめんだしコーチッ!」

 

 

 そしてこっちはこっちでよく見る光景であった。あまり顔を合わす機会がないとはいえ、やはり皆相変わらずといった所だな。

 そして騒ぐ二校の端に、なにやら藤田プロが何度も目をこすっている姿が見えた。どうしたんだろう?

 

 

「あら? どうしたの靖子?」

「いや、なにやらあり得ないものが見えてな……」

 

 

 そういう藤田プロの視線を辿ると――

 

 

「やぁやぁ藤田プロ元気ぃ~?」

「マジか……」

 

 

 背後から姿を現した三尋木を見て、頭痛がするのか藤田プロが額に手を添える。他の皆の中にはわかっている者もいるが、未だ眼鏡以外の変装はそのままなので誰なのか理解していないものも多く疑問顔だ。

 まあ、着物の印象がデカいから洋服だけでも十分な変装になるんだよなこいつ

 

 

「なんでここにいるんだよ――――三尋木プロ」

 

 

 しかしため息交じりの藤田プロから出た名前で、ついに三尋木に驚愕の視線が集まる。やっぱトッププロの注目度はヤバいな……まあ咲みたいなタイプじゃなきゃ知ってて当たり前か。

 それはさておき、藤田プロの驚く姿が面白いのか三尋木が指を振りながら俺の隣に来て小さな胸を張る。

 

 

「そりゃセンパ……須賀先生とマブだからさ、これでも清澄のコーチみたいなことやってたんだぜ私」

「……久」

「だって黙ってた方が面白いじゃない」

「…………ハァ」

 

 

 ついには額を抑えながら近くにあった椅子に座り込んでしまった。そんな藤田プロの肩を三尋木がバシバシと叩いて慰めていた。いや、お前のせいっぽいから意味ないぞ。

 しかしさっきから様子がアレだが、この二人何かあったのだろうか?心当たりがあるとすればプロ時代と三尋木がこっちにいた中学の頃か?今度聞いてみよう。

 

 

「まぁまぁ、私は級友達に会いに来ただけでなにもしないから心配ないって。わっかんねーけど」

「一言余計だろう――――――ん? 達って?」

「ほら、ここにいるセンパイとあそこで一人、自分は関係ないですよーって澄まし顔でいるお人さ――そうだろ、ハギー先輩」

 

 

 三尋木の発言で、今度は一歩下がって一人龍門渕メンバーの後ろに控えていたハギヨシに視線が集まる。特に龍門渕さんなんかは明らかにやばい顔をしていた。

 そんな状況に思わずハギヨシも苦笑いだ。

 

 

「お久しぶりです、三尋木さん。相変わらずお綺麗で」

「ありがとう、相変わらずそっちもイケメンでお世辞がうまいねぃ。少しはセンパイに爪の垢を飲ませたいよ」

「どっちの意味でだ? 勿論どっちでもかまわねーけどなぁ」

「そのグリグリする構えはやめとこーぜぃ」

 

 

 両手をワシワシさせると、三尋木はすかさず構えを取って臨戦態勢となる。勿論何か武術を習っているわけではないので、なんちゃっての構えだ。

 そんなアホな俺達に視線が集まるが、その一方で龍門渕さんは取り乱しながらハギヨシに詰め寄っていた。

 

 

「ちょっ、ハ、ハギヨシッ! 聞いていませんわよっ!!」

「聞かれませんでしたので」

「へぇ、やっぱ凄い人の所には凄い人が集まるんだなぁ」

「同感だ。だがとーかには教えなくて正解だな、厚顔無恥にもハギヨシを通して我儘を通していたろう」

「でも衣も不満顔」

「ま、気持ちはわかるよね」

 

 

 例え主でも友人は売らない。主を甘やかすだけではないという実に執事の鑑であった。

 あと井上、その発言は俺にグサッとくるからやめろー。別に今さらこいつらに劣等感持つつもりはないが、口に出されると微妙に考えてしまうんだよ。

 

 

「むむむ、なにやら向こうは凄いな……コーチ! こっちにスペシャルゲストは?」

「……拳骨ならいくらでもくれてやるが?」

「い、いらないからその手を下げて欲しいんだし!」

 

 

 へこむ俺を余所に、相変わらず向こうはあの二人だけで十分にぎやかであった。

 ただ、一人――確か一年の文堂さんだったか? 彼女が三尋木を見て目を見開いているがどうしたんだろうか?

 

 

「それより先生。そろそろ荷物」

「と、そうだな。それじゃあ悪いけど俺たちは荷物置いてくるからまた後で」

「わかりましたわ、先に会議室でお待ちしております」

 

 

 こんなことをしている間に鶴賀の人たちも戻ってくるだろうし、このまま始められないなら本末転倒なので、急かす竹井を先頭に俺たちは部屋へと向かうことにした。

 ちなみに流石に今回は三尋木とは別部屋である。三尋木は別に一緒でもいいと言っていたが、他校には恥を晒せないからな――夜はしっかり鍵しめてさっさと寝よう。

 

 

 

 

 

 それから荷物を置いてから再び集まり、代表という事で竹井の挨拶で開会式の様なものを行った。

 そして時間ももったいないので、早速皆各々卓を囲んで練習することとなったのだが――

 

 

「んで、俺たちはどうする?」

「そうですねぇ……」

「飲む?」

「アホか、そもそもお前は対戦相手として引く手数多だろ」

「イテッ」

 

 

 どこからともかく酒瓶を取り出した三尋木にチョップを入れる。

 

 そうなのだ、ちょうど各校の生徒は五人。それで四校だから俺たちが入る隙間が無いのだ。まあ、元々生徒たちのスキルアップの場なのだから俺たちが入ってもしょうがないんだけどな。

 

 アホな話をしながら壁際で手持無沙汰にしていた俺たちだったが、それに気付いた藤田プロがこちらに向かってきた。

 

 

「お二人は入らないんですか?」

「いや、俺たちの実力じゃ精々数合わせ程度にしかならないんで」

「え……もしかして執事さんも?」

「そうですね」

 

 

 不思議そうに眼を丸くする藤田プロの視線から逃れる様に顔を合わせる。お互いに苦笑いだ。

 意外なことに、何でも出来そうなハギヨシなのだが、何故か昔からボードゲームの類だけは苦手なのだ。それは麻雀も例外ではない。勿論それに甘んじてるハギヨシではないので、主の為に特訓はしているが、結局実力は俺とどっこいだ。

 

 だから正直出来ないわけではないが、教えられることは少ないし、皆の練習に割り込む理由もないので、いざという時の数合わせとしかならないからどうするか悩んでいるんだが――

 

 

「いいじゃんやろうぜぃ、この三人で麻雀打つなんて初めてなんだし」

 

 

 ――どっかの誰かさんがやる気満々であった。

 

 

「でもなぁ……」

「あ、もしかして負けるのが怖い? いやーまさかあの二人がそんなことねーよなぁ、わっかん「おー、いいぞやってやろうじゃねーか」おぶぶ」

 

 

 ニヤニヤ笑う顔がむかついたので、下から挟むように片手で頬をつかむとタコの様になっていた。

 まあ、わかりやすすぎる挑発であったが、流石に後輩相手にここまで言われて引き下がるわけにも行かないよな。

 

 

「よし、ハギヨシ行くぞ」

「ええ」

 

 

 それ以上言葉は交わさずとも思いは同じであった――この生意気な後輩、泣かせてやると。

 

 

「おう、早く席つけよ。後悔させてやる」

「いいねぇ、そうこなくちゃ。藤田プロ、付き合いな」

「え、え? わ、私?」

 

 

 展開の速さに困惑気味の藤田プロであったが、プロとして逃げるわけにはいかないのか、諦めて俺達と一緒に卓を囲む。

 ふむ……最初は乗り気ではなかったが、こうやって座るとやっぱ身が引き締まるな。

 

 

「さて今回はまじでいくぞ!」

「負けられませんね」

「む」

「ほう」

 

 

 俺とハギヨシの本気の気迫を感じたのか二人が真剣な表情をする。そしてそんな異様な空気に気付いたのか、周りで練習していた咲達の視線が集まるのを離れた所からも感じた。

 

 ――ふんっ、こちとら伊達にお前らより年食ってないんだ。偶には良い所見せてやる。

 

 

「行くぞぉぉおお!」

 

 

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほいツモ。6000・12000かな。知らんけど」

「ぐわあああーーーーッ!!」

「ふむ……困りましたねぇ」

 

 

 ――俺とハギヨシ、両者ともに同時に飛んでしまい対局終了。こんな時でも俺たちは仲良死だった。

 




 ようやく入った四校合宿編。しばらくは他校と絡みます。

 ちなみに――

 池田「妹たちの世話で合宿行けないんだし……」
 京太郎「どうせ俺暇だし面倒見といてやるから連れてこいよ」

 ――的な展開を思いつきましたが、池田がヒロインぽくなるからなしで。


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。


 キャラ紹介に【風越】・【鶴賀】追加しました。
 龍門渕と違ってこの二校は出番が少ないので、今回はキャラごとではないです。

 しかしハギヨシ19歳かぁ……


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22話

和「さて問題です。これはなんと読むでしょう」


つ『赤土晴絵』


照「空気ヒロイン」
咲「レジェなんとか」
咏「ハブらレジェンド」

晴絵「好きで出番がないわけじゃないからね!!?」



 死屍累々――というには大げさだが、まさにその言葉が似合うような光景であった。

 

 

 結局あの後も二戦ほど対局を続けたのが、どちらも南場にすらいかず東三局、東四局で俺とハギヨシがそれぞれハコワレして一文無しとなってしまった。

 ちなみに付き合わされた藤田プロも巻き添えを食らって、焼き鳥という悲惨な状況となったのだった。

 未だに机に突っ伏したまま動かない藤田プロを見て、思わずため息が出る。

 

 

「おまえなぁ少しは手を抜けよ……」

「おや? 本当に抜いてほしかった?」

「……多分キレてた」

「だろぉ? センパイの事はよーくわかってるってね、知らんけど」

 

 

 三尋木のいう事はもっともだが、それでも悔しいものは悔しい。いい歳だし、こんなことで喚いたりはしないがやはり気は落ちる。勿論勝てはしないが、多少は泡を吹かせることぐらいは出来ないかと思っていた上での結果だしな。

 なんだかんだ言いつつも慕ってくれている後輩に良い所を見せたいと思うのは先輩の嵯峨というものだ。

 

 

「べっつにいいじゃん、一つぐらいはセンパイ達に勝てる物があったってさぁ」

「……なーに言ってんだが」

 

 

 なにやらしんみりした表情をする三尋木の額を軽く指で押す。ま、そう言われて悪いはしないけどな。

 

 

「へへっ、それに私に本気出させたぐらいだし、センパイ達も存外悪くないと思うぜ。わっかんねーけど」

「そうか?」

「さぁーてね。わっかんねーすべてがわっかんねー」

「おいおい」

 

 

 まあ、慰めてるのか本気なのかどっちかは知らないけど、本当だったら嬉しいね。

 ちなみに咲達は一度目の対局を見終えて早々、それぞれすぐさま席について続きを始めていた。どうせガッカリするような結果だったさ、ちくしょー。

 

 

「……ま、とりあえずハギヨシもいないし、時間的には短かったけど満足しただろ? 他の奴らにアドバイスでもしてきてくれよ。暇だろ?」

「ん~別にいいけど、ハギー先輩帰ってきたよ」

 

 

 俺の背後に向かって扇子を指したので振り返ると、皆のお茶を用意するために少し前に退室したハギヨシが戻ってきていた。しかも――

 

 

「……どう思う?」

「アリだと思うけど、向こうはそんなつもりないだろ。勿論ハギヨシも」

「だよねー」

 

 

 お互い短い会話だったが、長い付き合いゆえに言いたいことはわかる。どうせハギヨシの隣にいる風越キャプテンの福路の事だろう。

 どうやら先ほどから姿が見えないと思ったらハギヨシの手伝いをしていたみたいだ。

 

 あの心遣いを見習わせてみたいと実に思う。敢えて誰達にとは言わんがな。

 

 

「確かに福路はハギヨシの好みに近いけど、年下だしなぁ」

「あいっっっ変わらず年上好きかぁー……自分が年食うにつれて対象も変えてきゃいいのに。今のハギー先輩だと相手も限られてきつくねー? 知らんけど」

「その時はその時だろ、今時結婚しないってのも珍しくないしな。それにあいつは今のままでも十分に満足してるからな」

「あー……確かに」

 

 

 今の発言が己にも返って来ることに気付いた三尋木の言葉が途端に減った。

 俺は一時期晴絵と付き合っていたけど、お互い一人身期間が圧倒的に長いからな。今後も全くその予定もないし。

 あーーーもうめんどくさいから親父たちの言う通りお見合いでもしようかなぁー。

 

 自分のリアルな現状に嫌気がさして、そんな投げやりな気分になっていると、どっかで対局が終わったらしく、何人か立ち上がって真っ直ぐハギヨシ達の所へ行くのが見えた。

 

 

「タイミングもバッチリ、流石ハギー先輩」

「あいつらしいよ」

 

 

 昔から気の利かせ方では抜きんでていたからな。比べようとすることすら烏滸がましいぐらいだ。

 

 

「ま、あの通りしばらくはあいつも周りのサポートだから、今度こそどっか行ってこい。じゃないとマジでお前が来た意味がないからな」

「ちぇー、なんだよさっきから余所余所しいなぁ」

「ここには教師として来てるからな――ほら、どうやらご指名みたいだぞ」

 

 

 俺の視線の先にはこちらに向かってくる猫っぽい女子――風越の池田がいた。わざわざこっちに来るという事はお目当ては三尋木か。

 

 

「ようお疲れ、三尋木をご指名か? だったら心が折れない様に頑張れよ」

「そうしたいんだけど残念ながら違うんだなーこれが」

「「?」」

 

 

 俺の言葉に生意気そうにヤレヤレと首を振る池田。ここには俺と三尋木、後は既に心が折れた藤田プロしかいないが、どういうつもりだ?

 疑問に思っていると、池田がため息をつく。

 

 

「練習で勝った連中が三尋木プロと最初に戦えるって勝負してたんだし……」

「ああ、なるほどね」

 

 

 つまりこいつは負けたからその権利はまだ先だという事か。確かに視界の先では他の所で勝負に勝ったらしい龍門渕さんが高笑いを決めながら、こっち――三尋木を見ていた。

 

 

「三尋木に誰も寄ってこなかった理由はそういうことか、しかしだったらどうしてここに?」

「勿論相手を探しに来たんだし! 残念だけど須賀先生で我慢するかな!」

 

 

 ふむ――――つまりこういうことか。

 

 

「拳骨が欲しいと、お前好きだもんな」

「違うし!? 確かにコーチにはよく怒られてるけど好きでやってないから!」

 

 

 頭を抱え勢いよく首を横に振りながら否定する池田だったが、どう聞いても喧嘩を売っているとしか思えない。先ほどの言葉では説得力がないのだ。

 

 

「ほ、ほら、須賀先生って皆と違って古臭い打ち方してて練習になるから!」

「ったく、古臭いは余計だっつーの」

 

 

 やっぱり喧嘩を売ってるようにしか思えないが、これが池田の持ち味だから仕方ないのかもしれない。それに古臭いというのもあながち間違ってない。俺の麻雀の師匠は晴絵だからな。

 以前見た実業団の試合での晴絵はすっかり打ち方も洗練されていたが、俺が教えて貰っていた当初はまだ始め直したばかりで、ブランクもあったから昔の癖が移ったのだろう。

 

 

「あらあらそんなこと言っては駄目よ、華菜。さっきの先生たちの戦いを見て火がついたんでしょ?」

「キャプテン!?」

 

 

 昔の記憶に思いを馳せていると、ハギヨシの手伝いをしていたはずの福路がいつの間にか傍に来ていた。しかし火がついたね……負け犬根性にか?

 我ながら酷い言い草であった。 

 

 

「ふふ、華奈はこう言っていますけど、心の底では須賀先生と遊びたがっているので許してあげてください」

「キャ、キャプテン違うんだし!」

 

 

 慌てながら福路の台詞を遮ろうとする池田だが、福路は相変わらず『あらあらウフフッ』といった感じで、まったく意味を成していなかった。

 

 俺の周りの女子と言ったら基本的に咲や三尋木をはじめ、内弁慶含めて気が強いタイプばかりなので福路の様なタイプはやはり新鮮だ。

 こーんな感じの子が嫁に来てくれたらなぁ――と、んなアホなことを考えている場合じゃない。いつまでこうしていても時間がもったいないので折角の誘いだ。

 

 

「そこまで言われちゃ断れないなぁ~ほら、遊んでやるからこっち来い」

「猫扱いするなってば!」

 

 

 とりあえず先ほどまで座っていた卓は未だ藤田プロが死んでいるので移動すると、なんだかんだ言いつつもプリプリ怒りながらついてくる池田であった。

 久保コーチがこいつを可愛がる理由がなんとなくわかる。

 

 そんで先ほどまで池田たちが使って所が空いていたので、そのまま座る。しかし池田も座った所であることにようやく気付いた―――二人じゃ足りなくね?いや、確かに二人でも出来るけど流石に寂しすぎるだろ……。

 

 とりあえず余っている誰かを誘おうと思い、辺りを見渡そうとしたら――

 

 

「失礼するっすよ」

「お邪魔します……」

 

 

 ――何故か東横と沢村がぬるっと入ってきた。

 

 

「……なんだお前ら、他に相手いないのか?」

「いやいや、一言目がそれってどんだけ失礼っすか」

「だって俺と池田だぞ、もっとマシな相手がいるだろ」

「さり気なく華奈ちゃんまで混ぜないんで欲しいんだし!」

「だってリアルで私が見える人と打つ機会なんて早々ないっすからね」

「なるほど」

「そろそろ混ぜて欲しいし……」

 

 

 隣で池田がしょぼくれだして面倒なので、持ってたクッキーを渡すと途端に機嫌がよくなる。それでいいのかお前……。

 そんでそんな理由があった東横はいいとして沢村の方へと視線を向けると――

 

 

「……憂さを晴らしに来た」

「素直だなぁ」

 

 

 感情が込められてなさそうでしっかりと怨嗟を感じる一言だった。

 恐らく前の卓でやっていた決勝戦の時と同じ面子でのリベンジで振るわなかったのだろう。次鋒の全員が眼鏡という眼鏡カルテットだったのには驚いたっけな。

 

 

「ま、いっか、それじゃあこの面子でやるか」

 

 

 なんだかんだ言いつつ、ちょうど人も欲しかったし渡りに船であった。

 そして改めて面子を見回してみると、中々華(おもち)がある面子である。まあ一部は名前にしかないけどな。

 

 

「…………」

「なんで慰める様に肩に手を置くんだしっ!!?」

 

 

 隣で池田が騒いでいるが気にしない。

 そういえば置いてきた三尋木は今どうしているかと思い、なんとなく探してみ――

 

 

「「「「……」」」」

 

 

 少し離れた所で三尋木、咲、龍門渕さん、天江というなんとも恐ろしい組み合わせが揃っていた。しかも周りに充てられたせいか、どうやら龍門渕さんは『冷えている』みたいだ。

 俺だったら――いや、俺でなくともすぐに踵を返して裸足で逃げ出すだろこんなの。

 

 

「ふぅ――こっちは気楽にやろうか」

 

 

 俺の言葉に三人とも深く頷いていた。強敵に挑みたい気持ちもあるだろうけど、やっぱ楽しまなくちゃな。

 

 

「さて――それじゃあ普通にやっても面白くないから、誰かが振り込むたびに池田がモノマネな」

「なんでだしっ!??」

 

 

 安定の池田オチであった。

 

 

 

 

 

 その後、俺たちはのんびり楽しく麻雀を続け、お互いに切磋琢磨し合う良い時間となった。え、人外卓?なにそれ美味しいの?

 

 そんな練習も先ほど終わり、夕食をとった後は待望の自由時間となる。

 麻雀を続ける者もいれば、普通にお喋りなどをして他校と交流を深める者などもおり。うちの連中もその中に加わり、皆思い思いの時間を過ごしていた。

 そんな中、俺はというと――

 

 

「ふぅ……いいお湯ですね」

「まったくだ」

 

 

 ――ハギヨシと風呂に入っていた。

 

 勿論HOMO的な意味ではなく、単に飯食った後の流れだ。それに外じゃ誰が聞いているかもわからない為、こういった時にこのような場所は話をするのにもってこいなのだ。

 別に秘密の話などというものがあるわけではないが、教師としてではなく、一友人として腹を割って気軽に話したい事もたまにはある。

 

 

「いやー今日はほんと疲れたなぁ~」

「そうですね」

「嘘つけ、これぐらいお前だったら屁の河童だろ」

「ふふっ、実を言うとそうですね。ただお嬢様が冷え始めた時には流石に肝を冷やしましたが」

「あー……あれなー」

 

 

 苦笑しながら出たハギヨシの言葉に昼間の事を思い出す。

 

 龍門渕さんは周りに充てられると時たまああなることがあり、打ち方などがガラリと変わってしまうのだ。

 しかもそうなった場合、下手するとそのまま気を失うように寝てしまう事もあり、身内としては心配になるのも無理なかった。龍門渕さん自身あまりその状態を気に入っていないのもあるしな。

 

 とはいえ今日は三尋木がいたおかげで完全に成る前に対局が終わってしまったので、対戦後はいつもの龍門渕さんに戻っていた。三尋木様々だった。だけどなぁ……。

 

 

「あいつはしゃぎすぎじゃね?」

「私たちで遠出をするというのは久しぶりですし、無理もありません」

 

 

 こっちはこっちで更に長い付き合いなので、何の話かもすぐに通じる。三尋木の事だ。

 勿論あいつも立場をわきまえてしっかりと生徒たちの指導はしてくれて皆にもそれは身についているのだが、それにしても異様にテンションが高かった。確かに気持ちもわかるけどな。

 

 

「まあ、あいつの話はどうでもいいんだが、それより一つ聞きたいことがあったんだ」

「おや、なんでしょうか?」

「この前のプールで会った時……からだろうな。どうにもそっちの面子から変な視線を感じるんだけど一体なんなんだ?」

「ほう……」

 

 

 そう、聞きたかったのは最近龍門渕のメンバーから感じる視線のことだ。この間のプールで会った時から、龍門渕メンバーの全員から生暖かいような変な視線で見られているのだ。

 背中がムズムズするので、その時すぐに聞こうとしたのだが、結局機会がなくてハギヨシに尋ねることが出来なかったので今日こそはと思い問いただす。

 そんな俺の疑問に対し、ハギヨシは――

 

 

「気のせいじゃありませんか?」

 

 

 ――見事にはぐらかしてくれた。

 

 

「……ふぅ、つまり主人のプライベートに関することってわけか」

 

 

 とはいえいくらポーカーフェイスなハギヨシであろうと、流石に長い付き合いもあって何かを隠していることだけは掴める。勿論微かなことぐらいであって、何を隠しているかはわからないけどな。

 だけどハギヨシが隠すことと言ったら龍門渕さん達に関わることしかあるまい。そう当たりをつけて、鎌をかけたのだが――

 

 

「いえ、そうですねぇ……」

 

 

 ――なんと珍しくハギヨシが言い淀んでいた。

 

 本当に珍しい。こいつとは10年以上の付き合いになるが、それでも片手で数えられるほどしか見た事がない。いったいどうしたというんだ?

 

 

「……そうですね、私の口からは何とも……そのうちわかると思いますよ」

「うーん、わっかんねーけど、お前がそう言うならきっとそうなんだろうな」

 

 

 理由はわからないが言いたくなさそうだし、とりあえずハギヨシの言葉を信じてここは引き下がることにする。

 別にこいつを盲信しているわけではないが、こいつのいう事は大抵正しくもあり、あっていることがほとんどだ。その上友人の助言なら聞かないわけにも行かないだろう。

 

 

「まあ、とりあえず俺のどっかしらが可笑しくて笑っていたわけじゃないんだよな?」

「勿論です。いつも通り男前ですよ」

「……キモいからそういう物言いはやめろって」

「おやおや」

 

 

 なにがおかしいのかくつくつと笑い始めるハギヨシに思わず呆れる。全く……こいつの笑いのツボは相変わらずわからんな。

 

 

「さて、そろそろ上がりましょうか。きっと皆さん須賀君を待っていますよ」

「……すげえ出たくねぇ」

 

 

 ハギヨシの言葉で、酒瓶を持った三尋木やニヤケ顔を隠さない竹井の顔が真っ先に浮かんだ。

 

 ただでさえ清澄一校でも手に余るのにプラス三校だしなぁ……真面目な生徒も多いとはいえ、騒がしい面子を抑えきれるかというと話は別だ。

 そういえば竹井の奴、荷物の中に花火を持ち込んでたっけ…………。

 

 

「なんかあったら助けろよ」

「前向きに善処します」

「心強い言葉に泣けて来るぜ……」

 

 

 そんなことをぼやきながら俺たちは揃って風呂からあがり、皆の所へと戻るのだった。

 




 そんなわけで進んだのか進んでないのかわからない22話目でした。
 とりあえず池田は可愛い。

 しかし筆が進まない……今年の6月22日は本編に関係ない、原作準拠の京太郎主人公でレジェンドがヒロインの番外編書こうと思ったけど無理でした。早く本編進めましょう。

 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。


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23話

マホ「ついにマホの出番です!」

ムロ「尺がないからカットだって」

マホ「!!?」


嘘です



「………………ねむ」

 

 

 まだ初夏なのに既に喧しい蝉の鳴き声と、窓からまぶしい朝日が差し込んで目を覚ます。

 寝起きで半分頭が寝ている為、普段よりものそっとした動きで手を伸ばして携帯を探る。半分開いた目で確認すると、どうやら時計の目覚ましアラームが鳴るよりも早く起きたみたいだ。

 昨日は結構遅くまで起きていたからな……とりあえず頭の運動も兼ねて携帯を放り、天井を見上げながら昨日の寝る前――合宿一日目の夜を思い返す。

 

 昨夜は確か……風呂上りに竹井達に絡まれて、それから男として嬉しいような微妙なような目にも合わされたっけか…………これについてはさっさと忘れよう。

 そしてその後は三尋木とハギヨシ、そこに藤田プロや久保コーチを交えた大人達で軽く晩酌をしながら、久しぶりにゆっくりと語らうことが出来た夜となったんだっけな。ま、昔の話……特に中学の頃の話をされたのは計算外ではあったが、しかたもないか。

 

 そんな感じで本当なら一日目を乗り切り、清々しい朝を迎えるはずだったのだが、酒が残っている為か微妙な気怠さを感じる。

 まあ、せめてもの救いは自分の部屋でちゃんと布団の上で寝ていたことであろう。いつも通り適当にあいつらと雑魚寝でもしている所を咲達に見られたらうるさいからな。

 

 

「…………起きるか」

 

 

 とりあえずこのままぼーっとしていてもしょうがないので、頭も少し冴えてきたから体を起こす。早くしないと喧しい奴らが起こしに「おーい、センパイ起きてるかーー?」…………来ちまったから急ごう。

 

 ――さ、今日も一日頑張りますか。

 

 

 

 

 

 その後、無駄に元気よく起こしに来た三尋木を連れて食堂へと向かい皆と朝食をとる。

 そして朝食後には少しは息抜きも必要という事で、本来なら昨日予定に入ってた自由行動を今日の午前中に入れ、生徒たちは皆思い思いに動き出した。

 

 え、俺?うちの連中と一緒に練習だよ。全国まで時間もないし、団体戦優勝校にそんな暇はないのだ。勿論手招きをする三尋木は無視した。

 ただその前に午後の打ち合わせで藤田プロや久保コーチと話すこともあったので、咲達と合流するのは少し遅れてしまった。

 

 とはいえ、別に俺がいなくてもなんとでも連中なので、急ぎもせずに途中顔を合わせた鶴賀や風越のメンバーなどと話したりしながら部屋に向かう。とりあえず池田は相変わらずしつこかった。

 

 そして予定よりも一時間ほど遅れて部屋に到着する――さっきはああ言ったが、あいつらホントに練習してるんだろうな?

 不安になりつつもとりあえず扉を開けると。その音に気付いた竹井、染谷、和、片岡と――見知らぬ女子二人がこちらを振り向いた。

 

 

「…………ふむ、いつの間にイメチェンしたんだ咲」

「どうしてそうなるの!?」

 

 

 誰が聞いても突っ込みどころ満載のボケをすると、案の定隠れて見えなかった位置から咲が飛び出してツッコんできた。

 いや、勿論別人なのはわかってるけど、お約束の様なものだ。

 

 

「どうどう、それでその子達は?」

「あら、先生には話さなかったかしら? 中学の頃の和と優希の後輩たちを呼んだって」

「あぁ、そういえばそんなこと言ってたな。いらっしゃい、よく来たな」

「こんにちは!」

「初めまして、突然お邪魔してすみません」

 

 

 しゅっと、片手を上げてちょっとかっこつけながら挨拶をすると、二人ともわざわざ立ち上がって頭を下げて礼儀正しく挨拶をしてくれた。いきなり大人が出てきて緊張しているのか、ぺこぺこと頭を下げるおかっぱの子にひらひらと手を振る。

 

 

「いやいや、どうせ呼んだのは竹井の方からだろうし歓迎するよ」

「ありがとうございます」

 

 

 確かに部外者があまり出入りするのは体裁的に良くないのかもしれないけど、肩っ苦しいしなそんなの。それに遊んでいたならともかく雀卓を囲んでいるところを見るに真面目に練習していたみたいだし問題ないだろ。

 

 その後、途中だった対局が終わるのを観戦しつつ待って、改めてお互いに自己紹介をした。

 いかにも真面目そうな背の高い子は室橋裕子。もう一人の元気そうな小さい子は夢乃マホと言うらしい。うーん、しかし室橋は随分と真面目な子みたいだ。片岡の後輩とは思えないな。

 

 

「なんかいったか?」

「いや、別に」

 

 

 俺の生暖かい視線を感じてか、身を乗りだしてきた片岡の肩を抑えて再び座らせる。

 前に聞いた話だと中学の部活では片岡が部長だったらしいし、そりゃ部員もちょっと変な奴らだと思うは当然だ。実際うちに見本がいるし。

 

 

「何か言ったかしら?」

「いや、別に」

 

 

 俺の生温かい視線を感じてか、身を乗り出してきた竹井の肩を以下省略。

 まったく……落ち着きのない奴らだ。ほら、室橋たちも笑ってるぞ。

 

 

「ふふっすいません。優希先輩が話してた通り楽しそうな部活なので」

「まったく……どんな悪口を吹き込んだのやら」

「いえいえ、みなさん強い人ばかりでやりがいもあるし、とても楽しいと言っていましたよ。なあ、マホ……マホ?」

 

 

 同意を求める様に横に座る夢乃に室橋が話しかけるのだが、それが聞こえていないのか、何かを悩むように眉間に皺を寄せる夢乃。

 本人はもしかしたら真剣に悩んでいるのかもしれないが、その仕草は実に可愛らしげなものだ。

 

 身長からして小学生にしか見えないのもあって、麻雀クラブの子達の事を思いだす。少し微笑ましい気持ちで眺めていると、突如夢乃が立ち上がった。

 

 

「思い出したのですっ!!」

「マホ、どうしたんですか?」

「えとえと、いつも和先輩がお世話になってます!」

「あ、ああ……」

 

 

 いったい何を言い出すのかと思ったら、普段俺が咲、照関係で周りに言っている台詞だった。しかしなんで和?片岡ならともかく。

 理由がわからず首を傾げていると――

 

 

「はい、須賀先生って和先輩の元彼さんなんですよね?」

 

 

 ――――――――――はあ?

 

 

「「はあああああああぁあああああっ!!?」」

 

 

 夢乃の爆弾発言に声を上げたのは勿論当事者の俺と和である。だってそんな話初耳だし。

 

 そんな俺たちの様子に視界の端では竹井が目を輝かせ、染谷が額を抑える。そして咲は呆れた目で見ていた。幸いにも信じている奴はいないだろうが、そういった反応は腹が立つな。

 

 

「い、いったいどこからそんな話を……っ」

 

 

 驚きのためか、震えた声で問いただす和。

 いや、和、そんなの一人しかいないだろう――さり気なく部屋から逃げようとしているそこのタコス狂いを置いて他にいない。

 驚きながらも俺の視線に気づいた和が同じ方を向くと、片岡がビクッと体を跳ねさせ、片手で頬を掻きながら視線を漂わせる。

 

 

「い、いやー思わず話を盛りすぎたじぇ…………テヘッ」

「はぁー……」

 

 

 思わず……じゃねーよ。しかも話を盛るどころか嘘しかねーじゃないか。呆れてため息をつくと――気付いたら隣に悪鬼がいた。

 

 

「ゆ~~~き~~~」

「うぉぉ……のどちゃんの髪の毛が怒りで逆立ってるじぇ……」

「そんなオカルトあり得ませんっ!!!」

 

 

 どこからドドドッ!という様な効果音が聞こえてきそうな怒りのオーラを纏わせた和。そしてそれ見た片岡が逃げるが勝ちといわんばかりに走り去り、それを普段とは比べ物にならないほどの俊敏さで和が追いかける――おい、普段の運動音痴の設定はどこ行った?

 

 

「しっかし俺と和が……ねぇ?」

「い、いえ、流石に小学生と付き合うなんてありえませんし、最初から冗談だとわかっていましたよっ」

「ふぅん……」

 

 

 思わずジトーとした目で見ると、激しく首を振って頷きながら室橋が釈明する。ただし俺はその目が泳いでいるのを見逃さない。

 恐らく冗談なのはわかっていたのだろうが『もしかして……』ぐらいには考えていたのだろう。女子の色恋沙汰好きは古今東西変わらないからな。その対象になる身としては正直勘弁してもらいたいところだけど。

 

 

「あれ、違ったのですか?」

「夢乃。片岡の話は9割嘘だと思って聞いておけ」

「??? わかりました」

 

 

 俺の言葉に首を傾げながらも頷く。なんともまあ素直なことだ。咲にもこんな時代が――あったっけ?確かに天然ボケな所は似ているけど、ここまで純真じゃ……いや、これ以上はやめとこう。咲から視線が怖い。

 とりあえず空気を換える為に話を逸らそう。

 

 

「それで確か夢乃は二年で、室橋は三年だったっか? だったら室橋は今年受験だし、来年はうちに来るかもしれないのか」

「そうですね、和先輩もいますから考えています」

「あら、それなら来年私がいなくなっても大丈夫ね」

 

 

 自分が抜けた後の事も考えているのか嬉しそうな竹井だが、確かに俺もその意見に同感だ。

 

 

「ほう、その心はなんじゃ?」

「ボケが2人に減って、ツッコミが4人に増える」

「…………もしかしてそのボケに私も入れてないよね?」

「えーっと……ほら、和だよ和っ。ああ見えて結構天然だし」

 

 

 ジト目で見てくる咲の追及を逃れる為に、矛先をここにいない和に逸らす。

 嘘は言っていない。和もあれで「へぇ……須賀先生は私の事をそう思っていたんですか」あ……終わった。

 

 声の聞こえた方へ首を曲げると、片手に片岡の亡骸を抱えた和がいつ間にか戻ってきていた。

 その顔は笑顔ながらも怒気が感じられた。どう考えてもさっきの台詞が聞こえていたのだろう。つーか捕まえて来るの早すぎだろ……。

 

 

「さて、少しお話しましょうか……」

 

 

 その後、片岡と一緒に昼までたっぷりと説教された。

 ちなみに室橋と夢乃は最初ビビっていたが、すぐに慣れて咲達と一緒に俺達を放って麻雀をしていた。うん、実にうちのピッタリの人材だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。合宿最終夜という事で更に騒がしくなったあいつらの輪から俺は一人抜け出していた。少し一人になって考え事をしたかった。

 とはいっても遠出をするわけでもなく、備え付けのサンダルを履いて軽く庭に出ただけだ。

 

 

「すぅーー………………はぁ」

 

 

 火照った体の中の空気を入れ替える様に思いっきり空気を吸って吐くと、嗅ぎ慣れているが、どこか違った土の匂いがした。

 

 

「ふぅ……」

「おや、こんな所でどうしたのですか?」

 

 

 俺一人しかいないはずなのに、いきなり背中に向かって声がかけられた。

 振り向かないでもわかる。そこにいたのは部屋から出た俺の姿を見たのか、一人黄昏ている俺の姿をたまたま見かけたのかはわからないが、先ほどまでせかせかと天江達の世話を焼いていたはずのハギヨシだ。

 

 

 ――――――はぁ、まったくこいつは

 

 

「おまえ空気読もうぜ、ここは明らかに女の子が声をかけてくる場面じゃねえか」

「おやおや、すみません。それでは須賀くんのご希望のお方はどなたでしょうか?」

「あー……それを言われると困るなぁ」

 

 

 笑いながらも隣に立ったハギヨシの言葉で思わず頭を捻るが、適当な相手が思い浮かばなかった。

 

 生徒たちとは年が離れているからそういった対象としては見れない……というか見ちゃいけないだろ。大人勢の久保さんや藤田プロはそこまで親しくはないしなぁ……三尋木?ハハ、ワロス。

 

 まぁ、なによりも原因はな――

 

 

「ま、誰でもいいさ、とりあえず華がある方がいいじゃねーか」

 

 

 頭に浮かんだことを振り払うかのように誤魔化す。ほんといつまで引き摺ってるんだか……横にいるハギヨシには見えない程度に口を歪め、自分の情けなさを実感していると――

 

 

「……やはり赤土さんの事ですか?」

「っ……お前ハッキリというなぁ」

 

 

 なんとも勘の良い事だ。昔から俺の悩みをすぐに当ててきやがる。

 動揺を抑える様に、遠くの山の影を見ながらなんでもないかのように装う。

 

 

「ふむ、今でも好きなのですか?」

「はぁ……昨日といい今日といい随分と饒舌だな。また酒でも飲んだか?」

「いえ、私達もあと数年もすればアラサーですからね。以前お話しした通り気になるんですよ」

 

 

 確かにハギヨシのいう事ももっともだ。実際昔からのダチには今度結婚する奴もいるし、俺にも見合いの話は来ているぐらいだ。

 だから前に飲んだ時と同様にこんな話が出てもおかしくないのだが、最近のハギヨシは会うたびにこれ関係の話ばかりしやがる。

 

 

「まぁ……そのうちなんかあんだろ」

「果報は寝て待てと?」

「なんか違うだろそれ」

「ふふ、そうですね」

 

 

 男二人揃って何を話してるんだろうかねぇ……まあ、実際女相手にこういった話は出来ないからなぁ。もしかしたら昨日の時といい、ハギヨシも何か悩み事もあるのかもしれないな。

 

 偶には俺から悩み事に乗ってやるのもいいか。そう思い口を開きかけたら――

 

 

「おーっす! なぁに暗い顔してんのさぁ!!」

「うおっ」「おっと」

 

 

 突如、背中に衝撃が来たのでたたらを踏みつつ踏ん張る。

 まぁ、誰が何をしたのか聞こえた声などもありわかっていたが、確認の意味を込めて振り返ると、そこには案の定無駄に元気の良い三尋木がいた。

 

 

「ったく、あぶねーだろうが」

「ええ、危うく転ぶところでした」

「嘘つけ」

 

 

 俺に同調するように言うハギヨシだったが、俺はよろけることなくそのままの位置でいたハギヨシを見ていた。

 恐らくハギヨシは最初から三尋木の接近に気付いていたのだろう。もし避けたら三尋木が転ぶかもしれなかったし、どんだけ気が回るんだよこいつは。

 

 

「わっかんねー、なんのことかサッパリわかんねー。それよりこんな所で、男二人でなにやってんのさ」

「別に……ただ単に涼んでただけさ」

「うわー嘘っぽーい。ほら、観念して吐きなよ、ほんとはホモだってねぃ――――おえぇぇ」

「自分で言って気持ち悪くなってんじゃねーよ。ったく……ほらさっさと戻るぞ」

「あ、逃げた!」「おやおや」

 

 

 アホな話にはついていけないとばかりに誤魔化し、後ろで騒ぐ二人の声を聴きながら俺は皆の所へそそくさと戻る。

 そんな俺の後ろで笑いながら続く二人の足音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 ハギヨシの言う通り、未だ俺は晴絵の事を引き摺っており、最近では色々とあったせいで過去を思い返すことも多くなった。

 だけど……それでもこいつらみたいなやかましい奴らが傍にいるおかげで、良い思い出として振り返れるようになっているのも事実だ。

 

 だから――近いうちに本当に吹っ切ることも出来るだろう。きっと―――

 




 7月の記憶がない……記憶喪失かな?
 とりあえず歳とっても友達っていいね的な話の現代編23話でした。

 もう少し合宿の話を書きたいけど話が進まないので今回で長かった現代編4部も終了です。書けなかった合宿編は小ネタで書けたらいいなぁ…最近あっちすら書けてないけど。
 そして次からはとうとう過去編最終章に行きます。


 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。


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最終章
24話 NEW!


現代編はじめました。



『やはり鉄板は宮永照率いる白糸台か!?』

『昨年の屈辱を果たす!精鋭揃う臨海!』

『Vやねん千里山!』

 

 

「はぁ……」

 

 

 鬱陶しくなりラジオのチャンネルを回すのをやめて消す。

 視線を正面から外さずに凝った肩と首を軽く回して、筋肉をほぐしていたら思わずため息が出た。

 

 

「ふぅ……猫も杓子も取り上げるのは常連校ばかり……まあ、そりゃそうか」

 

 

 ラジオだけでなく、先日読んだ雑誌の事を思い出す。

 全国的に売られている有名な麻雀雑誌1800円(税抜)。そこにはプロからアマの試合解説、麻雀一口アドバイス、果てには麻雀占いなど、麻雀について色々書かれているが、一際目立つのはやはり夏のインターハイについてだった。

 

 野球でもそうだがプロには入る前、高校生の大会というのは注目が集まる。それこそ中学やそこらのプロの試合よりもだ。

 だからこうやってインハイ前には受けを狙ってラジオや雑誌などの話題の中心にもなるのはおかしくない。そして、その『中心の中心』になるのもまた受けがより良いものとなる。

 

 雑誌でもどこでも、話題の中心は昨年の上位入賞校や常連校ばかり。当たり前だが、そこには我が清澄の名前はほとんどない。だってよくわからない高校の特集なんて見ても面白くないのだから。

 うち以外にも穏乃たちがいる阿知賀、シロがいる宮守もほとんど空気だ。

 中にはそういったのを好む層もいるし、需要もある。しかし少数派の意見は届きにくい。しかも売り上げ等が関わるものならばなおさら――いや、もう拗ねるのはやめよう。

 評判なんてクソくらえ。あいつらの凄さは試合で見せてやればいい。だからそろそろ……。

 

 

「ほら、おまえら起きろ!」

「「「「「zzz…」」」」」

 

 

 朝早かったせいか、車に乗ってから速攻で爆睡し始めた五人に声をかける。まったく……気持ちよさそうに寝やがって。ま、昨日はあんまり眠れなかったんだろうな。

 あまりにも気持ちよさそうな寝顔なので、出来るならもう少し寝かせてやりたい。しかしそうもいかない。何故なら――

 

 

 

 

 

「もう東京に入るぞ!」

 

 

 

 

 

 四校で行った合宿も終わり、夏休みに突入した八月。俺たちはついにインターハイに出場するために東京へ出発した。

 移動には経費節約のために車を使い、高速を渋滞に嵌らないままなんとか此処までこれた。首都高は少し詰まったし怖かったけどな。まあ問題なく、なんとか到着できた……が。

 

 

「いやーよく寝たじぇ!」

「お腹減ったわねー」

「あ、あれは夢にまで見た紀伊○屋!!」

「ちょ!? 咲さん一人で行くのはやめてください!」

「むぅ……流石東京。あの服装は最先端じゃ」

 

 

 着いた早々フリーダム過ぎる教え子たちである。せっかくの機会だから色々回らせたやりたくもあるが、立場上そうもいかないのだよ。休憩もそこそこにとりあえず全員をもう一度乗り直させる。

 ブーイングが聞こえるが無視して宿泊所へと向かう。

 

 そしてついたのはこういったイベントなどに使われる宿舎。一泊云千円だ。

 いくら人気競技の大会といっても普通の高校生、ホテルなんて泊まれるわけがない。またもやブーイングが上がったが当たり前だ。現実を見よう。

 

 それで宿舎についたら当たり前だが別々の部屋に移動する。あいつらは大部屋に五人。俺は別棟で一人部屋。贅沢だけど一人で寂しいなぁ……と思っていたのだが。

 

 

「なんでいるんだ?」

「お嬢様の付き添いです」

 

 

 なぜか隣の部屋はハギヨシだった。

 いや、東京にいる理由はわかるけどなんでこんな所にいるんだよ。龍門渕さんはいいのか?

 

 

「お嬢様たちもこちらの宿舎ですよ」

「ほんとかよ」

 

 

 なんでわざわざこっちに……確か龍門渕家がオーナーのホテルが近くにあった気がするんだが。

 

 

「そちらも一応部屋をとっておりますが、何よりも清澄の皆さまのお相手をしたいそうなので」

 

 

 ま、大体予想はついていたよ。風越もここだしな。合宿の延長かよ。

 とはいえ龍門渕さんもあれで庶民的な物には慣れてるし大丈夫か。決して俺とかのせいではない。そりゃ昔色々と遊びに誘ったこともあるけど若気の至りだ。

 

 

「それでこれからどうするんですか?」

「んー、一応夕方までは自由行動だ。移動もあったし、無理させて明日に響いてもしょうがないしな」

「ほうほう……それではどこか行きましょうか」

「いきなりだな……そっちは大丈夫なのか?」

「ええ、お嬢様から今日はお暇を頂いておりますので」

 

 

 何気に乗り気なハギヨシである。こう見えてノリのいいやつだし、最近なんだかんだで遊びに行くってこともなかったからな。

 

 ちなみに咲達には一人で行動しないことと行き先を事前に知らせることで自由行動を許している。何か事件があっても嫌だが、宿舎に缶詰めにしたり、教師が常に行動を共にしていたら逆に試合に影響が出るだろうとの判断だ。

 どうせ明日の組み合わせ発表まで話し合うことも大してない。流石に昔の晴絵みたいに対戦選手を調べまくるという芸は俺には真似しようにもできない。出来る範囲でやっていくさ。

 

 

「それじゃ昼飯もかねて軽く出かけるか」

「賛成です」

 

 

 ま、教師にも休息は必要だ。明日からクソ忙しくなるからな。

 久しぶりの東京ということでテンションが上がる俺達。地方に住んでいる人ならこの気持ちはわかるはずだ。

 

 

「それで何食うよ?」

「ハンバーガーでどうでしょう」

「いいなそれ、向こうじゃ何処にでもあるチェーン店しかないしな」

「では早速」

「おう」

 

 

 咲達へ外に出ることメールで伝えて街へ繰り出す。東京も久しぶりだなー。

 東京なんて三尋木の所に遊びに行った時のついでや、大学の頃に旅行で行った時ぐらいでしか来た事がない。若者……の枠からは少し飛び出してしまったが、それでも心躍る。

 

 

「車出すか?」

「いえ、電車で行きましょう」

「道も混むし、停めるところもないしな」

「ええ」

 

 

 そんなわけで駅へ向かって歩きはじめたのだが、外は真夏の東京、早速汗が出てくる。あっちぃいな……。

 ちなみに当たり前だが俺もハギヨシも今は私服だ。どっちもジーパンやスキニーパンツ、シャツといった軽めの服装である。流石にプライベートで執事服を着るほどハギヨシも酔狂ではない。

 

 

「しっかし相変わらず東京って凄いよな、2,3分待てば次の電車来るとか……」

「それでいて席に座れないのがほとんどですからね」

「ほんと、どんだけ人がいるんだよ」

「日本の人口の1割が集まっていますからね。しかも昼間は近隣の県から仕事や通学でさらに人が集まりますから下手をすると倍近くなるそうですよ」

「そりゃ多いわけだ」

 

 

 辺りを見回せば人、人、人の群れ。こんだけ多いと自分が浮いていないか不安になってくる。特に服装とか浮いてないか少し怖い。

『キャー、あのおじさんダサぃー』とか道行く女子学生に言われたらガチへこみしそう。隣にいる男が男だけに比較対象にされるからなぁ……この完璧超人め。

 

 

「いえいえ、私なんかより須賀君の方が魅力的ですよ。ほら、あちらの見た目麗しい女性も熱い視線で見つめていますね」

「……どうみてもうちのお袋より年上の淑女なんですがそれは」

「そうですか? 中々お綺麗だと思いますが」

 

 

 相変わらず好みも人並み以上に外れていやがる。

 

 

「おや、あれは……」

「ん? ……おお」

 

 

 くだらない話をしながら歩いていると、前方からこちらに向かって歩いてくる女性二人を発見。日差し避けかどちらもグラサンをかけているので素顔はわからないが、それでも遠目ながらも綺麗な顔立ちをしているのはわかり、俺たちの目を引いた。

 声量を落とし、周りに聞こえないぐらいの声でヒソヒソと話す。

 

 

「どっちが良い?」

「うーん……背の低い方でしょうか。ただ後二回りほど年配でしたらですけど」

「言うと思った……」

 

 

 真面目そうに見えてプライベートでは結構はっちゃけてるハギヨシ。公私がきっちり分けられてる証拠である。

 しかし見たところあの女性たちはどちらも20歳ほど。つまるところ40歳辺りが好み。昔からそうだったがコイツも中々に業が深いな……。

 

 

「須賀君は?」

「うーん……どっちもいいけど背の高い方かな」

「なるほどなるほど……ただ、どちらもアリそうな感じですが」

「どこ見ていってる」

「さて、どこでしょう」

 

 

 ニコニコ笑っているが言いたいことはわかる。二人とも服の上からでもわかるぐらいの立派なおもちだ。見た目も合わさり俺のストライクゾーンど真ん中だ。

 

 

「流石東京、美人が山盛りだなぁ……」

「ふむ、中々下品ですね」

「お前といなきゃ言わねーよ」

 

 

 日ごろ周りにいるのが女子ばかりな為、こういった発言も普段は控え気味だ。そのせいかちょっぴり頭の螺子も外れかけだわ。なんだかんだで男同士の方が気も楽だし。

 

 

「それで声でもかけますか?」

「いや、やらねーよ」

 

 

 とりあえずはっきりと否定。今ここにいる立場もあるし、いきなり声をかけるなんてノリでもない。ハギヨシもこうやって話には乗ってくれるけど行動を起こすタイプじゃないからな……決して俺たちが草食系なわけではない。

 

 そんなバカな話をしている内に相手との距離が近づいてきたので話をいったん終え、お互いが通れるように横にずれる。

 

 

「そ、それでランチはどうしましょうか?」

「う、うーん……パスタがいいかな☆」

「……さっきと変わっていますよ」

「そういうこと言わない!」

 

 

 どうやらあっちもお昼のようだった。しかも何故かアタフタしていた。しかしあの二人、よく見ればどっかで見たことがある様な……うーん。

 

 

「…………」

「ちょっと惜しかったなって考えていませんか?」

「ねーよ」

 

 

 軽口を叩きながら歩みを進め、駅へと向かう。可愛かったけど俺達には高嶺の花だ。

 

 

 

 

 

 それから適当に行ける範囲で近くをぶらついた。流石東京、長野よりも品が豊富だ。

 本屋に入って漫画を物色したり、ゲームショップに入って面白そうなゲームを探したりする。服は……そこまで興味はないのでスルーだ。インテリアとかのお洒落な店は流石に男二人では無理だった。

 

 とりあえず成果としてはこっちでの暇つぶし用の本とゲームぐらいだろう。ハギヨシと同じのを買って今度通信対戦する約束をした。時間はあまりとれないけど、社会人になってもゲームはやっぱり面白いからな。

 

 夕方になり、少し日が傾いてきたので戻ることにした。夜は一応ミーティングをする予定だし、あんまりあいつらから離れるのもよくないからな。

 そのまま宿舎に戻ってきて部屋の前でハギヨシと別れる。

 

 さて、これからどうするかなぁ……時間的にはまだ飯には早いし、とりあえず荷物置いとくか。

 軽く部屋に入り、そのままベッドの方へ荷物を放りなげる。

 

 

「さて、どうすっか「いたっ」………………」

 

 

 踵を返そうとした足を戻し、振り返る。おいおい、人の声がしたよな今。

 

 

「…………………………」

 

 

 部屋の中は安めの施設だけあってクローゼットとベッド、小さな冷蔵庫とテレビぐらいだ。後は俺が持ってきたスーツケースとベッドの上に放り投げた先ほどの買い物袋だけだ。

 テレビはついてない。冷蔵庫は入れない。クローゼットは開けっ放しだ。だとすれば――というか一目でわかるぐらい膨らんだベッドがモゾモゾと動いていた。

 

 

「………………」

 

 

 足音を立てないように近づく。今更だけどしないよりましだ。

 そして恐る恐る掛け布団を捲ると…………中にいた人物と目が合った。

 

 

「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………(鍵)開いてた」

「ウソをつくな」

 

 

 そこには、眠たげな顔をした従妹――小瀬川白望がいた。

 

 




 そんなわけで現代編最終章一発目の24話でした。レジェンド?あいつはもう消した!

 しかしこの主人公、全国に来て早々なんで男と遊びに行ってるんですかねぇ……仕事(女子とイチャイチャ)しろよ。
 二人が会った女性二人はいったい何処の誰なのか……ヒントは短編で。

 それでは今回はここまで、次回もよろしくお願いします。
 ちなみに個人的にはマヨイガといえば水月だけど、知ってる人は少ないんだろうな……雪さん。


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・番外編(本編内出来事)
本編短編集 ―過去編―



本編の合間合間の話を追加していきます。
ささっと書くために台本形式で。

6/18追加


<ハギヨシにからかわれる京太郎>

 

―現代編八話中 受験時代―

 

 

ハギヨシ「ふむ……ふむ……なるほど悪くない点数ですね。これならこの前の試験結果通り十分合格範囲内ですよ」

 

京太郎「マジか! あーーー……ようやくひと段落だぜっ」グデー

 

ハギヨシ「とはいえ、何事においても限界なんてありませんし、まだまだ出来ることはありますからね。さらに合格率を上げる為にも頑張りましょう」

 

京太郎「でも、そのな……少しは休んでも……」

 

ハギヨシ「なにを言っているのですか、向こうでも彼女が同じように勉学に励んでいるんでしょう? ならば彼氏としても絶対に受からなければいけませんよ」

 

京太郎「まあ、確かに赤土も頑張ってるみたいだけど……って!? 彼女なんかじゃねーし!」バンッ

 

ハギヨシ「おや、そうでしたか? ふむ、そういえば片想いでしたね」

 

京太郎「それも違う! ただの友達だってーの!」

 

ハギヨシ「おやおや、それは失礼いたしました」ニコニコ

 

京太郎「……なんだよその顔」ジトー

 

ハギヨシ「ん、私の顔になにか付いていましたか?」

 

京太郎「ああ、ついてるな、その無駄にさわやかなイケメンスマイルがな。なにか言いたいことがあるならハッキリ言えよ」

 

ハギヨシ「いえいえ、気のせいですよ。別に高校の時も、近くてそれなりの学校だからと言う理由で選んだ須賀君が、わざわざ『ただの』女友達の為に遠くの学校を選んだのを微笑ましく思っているわけではありませんよ」

 

京太郎「絶対思ってるだろっ。というか、からかってるな?」

 

ハギヨシ「そんなことは、とてもとても」フフフ

 

京太郎「はぁ……もう一度言うが、俺があの学校を選んだのは教師になりたいからだぞ」

 

ハギヨシ「ええ、それはもちろん存じておりますよ。ですがあえて近場を選ばないあたりその赤土さんへの愛を感じまして」

 

京太郎「愛なんてないっての。そもそも先に俺があそこ行くって決めて、その後に赤土が決めたんだからな」

 

ハギヨシ「ですが、やる気の一つになっているのは確かですよね?」

 

京太郎「それは……確かにそうだけどな……でも、それは友達だからってだけで恋愛とかの意味はないからな!」

 

ハギヨシ「はいはい、わかっていますよ。ですが同じ友人としては嬉しい気持ちもありますが、どこか妬けてきてしまいますね。そうでしょうカピ?」ナデナデ

 

京太郎「いや、カピも『しょうがない奴だな』って顔すんな!」

 

カピ「(-ω-;)」ヤレヤレ

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

 

<望にからかわれるレジェンド>

 

―過去編八話中 受験時代―

 

 

晴絵「ムムム……だめだぁ~わからないーのぞみマン助けて~」ヘルプミー

 

望「誰がマンよ、せめてウーマンって呼びなさい。それでどこがわからないの?」

 

晴絵「どっちでもいいよ……ここ」ユビサシ

 

望「よくないわよ。それで……ふむふむ、あーこれは確かに難しいけど、結構重要な所だからね。こっちの教科書に載ってたはず」ホラ

 

晴絵「うい、あんがと~。あー……むずいなー」

 

望「……ふーん」ニヤニヤ

 

晴絵「ん?どうしたの望?」

 

望「いや、あの勉強嫌いのハルエがこうやって頑張ってるのがね~」

 

晴絵「そりゃ受験生だしやるしかないでしょ。あーーー頭使うと喉が渇く「やっぱ例の彼氏?」ぶはっ!?」ブー

 

望「あーあ、ノートが紅茶まみれに」

 

晴絵「あ、あんたが変なこと言いだしたからでしょうが!」

 

望「変なこと?何が?」

 

晴絵「そ、それは……その……す、須賀君が彼氏だとか……」モジモジ

 

望「別に例の彼氏って言っただけで、その須賀くんとは一言も言ってないんだけどなー。ああ、男日照りの阿知賀のレジェンドじゃ他に心当たりはいないか」

 

晴絵「望だって人の事言えないでしょうが! ……って違う! 須賀君とはただの友達!」

 

望「えー本当? あんたからの話聞くとそうは思えないけどなー。だってその須賀くんがいたから第一志望の大学決めたんでしょ?」

 

晴絵「べ、別にそういうわけじゃないし。た、確かにそう言った所がなきもあらずだけど、わ、私だって将来の事とかいろいろ考えて……」ボソボソ

 

望「そもそも男友達すらいなかったあんたが数回あっただけの相手と友達になってたのも驚いたし、それで勉強だってやる気になったんでしょ? やっぱそういった目で見たくもなるよ」

 

晴絵「う……でも望の言うとおり須賀君とは顔を合わせたのは数えるほどだし、ほんとそんなんじゃないよ」アタフタ

 

望「一目ぼれとか?」

 

晴絵「違う違う! 絶対違う!」バタバタ

 

望「あはは、冗談だって。でも波長なりなんかが合ったのは確かなんでしょ? だったらその『今は』友達の彼と一緒の大学行くためにも頑張んないとね」

 

晴絵「……うん」

 

望「そうと決まれば勉強勉強。あ、彼が今度こっち来たら紹介してよ」

 

晴絵「からかうから絶対にやだ!」

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<エイプリルフール>

 

―過去編八話後 大学入学前―

 

 

京太郎「赤土」

 

晴絵「ん、なに?」

 

京太郎「お前去年会った時に比べて太ったよな」

 

晴絵「……」

 

京太郎「うそうそ、今日はエイプリルフー……ル……」

 

晴絵「………………」

 

京太郎「あの……赤土……さ、ん?」

 

晴絵「………………………」

 

京太郎「え……?もしかして……マジで?」

 

晴絵「(#^ω^)」

 

京太郎「すいません。超えちゃいけない範囲考えていませんでした」

 

この後無茶苦茶奢らされた。

 

 

カンッ

 

※受験時代には運動と無縁だったレジェンドでした

 

 

 

 

 

<出来る人達と出来ない人>

 

―過去編十話中 入学式後須賀家に集まった時―

 

 

望「――でさー……おっと、もうお菓子ないね」ゴソゴソ

 

京太郎「飲み物もあとちょっとだな、もう少し買ってくれば良かったか」

 

晴絵「買い出し行く? それとももうすぐ日も沈むし解散する?」

 

京太郎「俺はまだいてくれてかまわないけど、二人は遅くても大丈夫なのか?」

 

晴絵「まあ、連絡すれば問題なし」

 

望「右に同じく。まだ話したりないし買い足し行こうか」

 

京太郎「そうだな」

 

望「そうだ、ついでだし夕飯も作ろうか」

 

京太郎「へぇ、新子って料理出来るのかぁ」

 

望「うちは両親忙しいしいからね。そういう須賀くんは?」

 

京太郎「まあ、今は一人暮らしだし、昔からやってたから自信あるぞ」

 

晴絵「(え?聞いてない)」←男の豪快料理レベルだと思って自分と同類判定していた人

 

望「お、なら長野県民の実力見せてもらおうか」

 

京太郎「へへ、いいぜ」

 

晴絵「…………」

 

 

>スーパー内

 

京太郎「野菜がちょっと高いな……」テクテク

 

望「まあ、ないと寂しいし栄養の事も考えて割り切っていこ。それで魚と肉どっちメインにしようか?」テクテク

 

京太郎「んー……魚だな」

 

望「ほう、その心は?」ズイ

 

京太郎「ブリ大根が食べたい」キリッ

 

望「うわぁ……時期的にびみょ~」

 

京太郎「仕方ないだろ食いたいんだから。あ、そういえば今日酒が安いって広告出てたから買いだめしとくか。今日だけでも結構使いそうだし」

 

望「確かにお酒ってすぐなくなるからねー、私も一本ぐらい買っておこうかな」

 

京太郎「はは、家族いるとその分調味料の減りも早いよなー」

 

望「まぁ、どんな料理する時でも必要だからね。醤油やみりんは大丈夫?」

 

京太郎「醤油はこの前買いだめしたし、みりんは酒に砂糖派だ」

 

望「あーわかるわかる」ウンウン

 

晴絵「…………」←まったく話についていけない

 

 

>帰宅

 

京太郎「フライパンで火通してーっと、新子、ちょっと鍋の火弱めてくれ」

 

望「はいよっと。あ、マヨネーズ使うね」

 

京太郎「どうぞどうぞ。しかしコールスローって外では食うけど、あんまり家で作ったことなかったわ」

 

望「いやね、これが結構簡単に出来きて妹にも評判いいんだよ。まあ、沢山作っておくから残ったら明日にでも食べといてよ」

 

京太郎「感謝感激雨あられ」

 

望「そういえばあられで思いだしたけど、この前神社で使う用に雛あられ作ったっけ」

 

京太郎「へぇーやっぱ神社ってそういうの作るんだな。そういえば確か関西の雛あられって少し違うらしいな。前から興味あったし今度教えてくれないか?」

 

望「いいよ、ただこっちも長野の料理教えて欲しいかな」

 

京太郎「もちろんいいぜ」

 

キャッキャウフフ

 

 

晴絵「………………せんべえうまー」ボリボリ

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<なんで知ってる?>

 

―過去編十六話後 告白後帰宅中―

 

 

晴絵「そういえばさっきので、ちょこーと気になった点があるんだけど」

 

京太郎「胸は大きい方が好きってやつか? 悪いがそれは事実だ」キリッ

 

晴絵「それじゃないしやっぱ微妙にショックだよ! って、そうじゃなくて私が料理の練習してるのを知ってたのって…」

 

京太郎「ん? ああ、お袋さんと親父さんに聞いてな」

 

晴絵「いつの間に!?」

 

京太郎「確か夏休み前だったか? 夕飯に呼ばれて、切れた調味料を晴絵が買いに行った時にな」

 

晴絵「な……なんて?」オソルオソル

 

京太郎「『近頃あの子が料理教えて欲しいって言ってきてね、今までそんな素振り一つ見せなかったのにこれも須賀君のおかげよ』『晴絵の手料理を食べたのなんてあいつが小学生の時以来だ。いや、ほんとうにありがとう』って言ってた。というか親父さん泣いてた」

 

晴絵「あぁぁぁ……お喋りすぎだろー……」ガクッ

 

京太郎「ちなみに『不器用で未だにちょくちょくミスするからダメダメだけどね』『嬉しいけど胃にくるから辛いものがあるな……』とも言ってた」

 

晴絵「ボロクソ!?」

 

京太郎「それでなんでわざわざ料理の練習なんかしてたんだ?」

 

晴絵「う……だ、だってぇ……前に京太郎と望が二人で楽しそうに料理してるのが羨ましかったから……」イジイジ

 

京太郎「あー……それだったら自分にもなんか手伝わせてって言えば……」ポリポリ

 

晴絵「余計に惨めすぎるってば……」

 

京太郎「悪かった。今度一緒に作ろうな」ポンッ

 

晴絵「でも……」

 

京太郎「なんだ? まだ練習中か?」

 

晴絵「い、一応ね…………レパートリーもあんまりないし……」

 

京太郎「だったらそれこそ一緒にやろうぜ、俺も晴絵の料理食べたいし。な?」

 

晴絵「うん……」

 

京太郎「よし! こりゃ楽しみだぜ!」ガッツポーズ

 

晴絵「……そんなに?」

 

京太郎「彼女の手料理が食べられるんだからな! テンション上がらない方がおかしいだろ」

 

晴絵「京太郎……うん!頑張るから期待してて!」

 

 

カンッ

 

※イチャラブにオチなし

 

 

 

 

 

<大きいと浮くらしいね>

 

―過去編十四話後 晴絵が先に帰るまで―

 

 

>須賀家浴室

 

晴絵「ほら、流しちゃうから目閉じたままね」ゴシゴシ

 

照「んー」バシャー

 

晴絵「よし、出来た! それじゃあ先に入ってて」

 

照「わかった」

 

晴絵「それじゃあ今度は咲ちゃんおいでー」チョイチョイ

 

咲「はーい」

 

晴絵「ほーれ、ごっしごし。目開けちゃだめだよー」

 

咲「うん」ギュー

 

照「……」ジィー

 

晴絵「ふんふふ~んっと――ん? 照ちゃんどうしたの?」

 

照「…………胸大きい」

 

晴絵「ぶっ!?」ガシッ

 

咲「にゃ!?」

 

晴絵「ご、ごめん。痛かった?」

 

咲「う、うん……だいじょぶ」

 

晴絵「あー良かった……って、いきなり何言ってるの!?」グルンッ

 

照「だって……私達ペッタンコなのに晴さん大きい」ペタペタ

 

晴絵「い、いや……それは二人がこどもなのと私が大人だからだよ。あと別に私もそんなに大きくないからね」ホント

 

照「ぶぅ……」

 

咲「???」

 

晴絵「だ、だから……そう! 二人もあと何年かすればすぐ大きくなるよ!」

 

照「だってお母さん小さいもん……だから私達も小さいままって本に書いてあった」ブクブク

 

晴絵「そ、それは……一応そんな話も聞くけど……実際どーなんだろ……? あ、流すからねー」

 

咲「はーい」ジャバー

 

晴絵「よし、それじゃあ私も洗い終わってるし、このまま入ろうか」

 

咲「うん」

 

晴絵「それじゃ失礼しまーすっと…………ふう、極楽極楽」

 

照「……やっぱり大きい」ジー

 

晴絵「ま、まあ胸なんて大して意味ないし気にしない方がいいよ」

 

照「でも京ちゃん大きい胸好きだし」

 

晴絵「え……? それホント?」

 

照「うん」

 

咲「京ちゃんおっぱいすき?」

 

晴絵「あー……やっぱりかー、須賀君テレビでそういったの目にすると途端に口数減るからね」ハァ

 

照「だから京ちゃんの為に大きくする」

 

咲「京ちゃんがすきならわたしもおおきくするー」

 

晴絵「ちょ!? 何気に大胆発言止める! しかし……この純真さ、これが若さってやつか……」トオイメ

 

照「……そういえば晴さんって京ちゃんに胸揉ませてるの?」

 

晴絵「ぶぅうううう!? ごほっごふっ……な、なんで……」

 

照「女の子は胸揉んで大きくなるってクラスの子が言ってたから。京ちゃんおっぱい好きだし」

 

晴絵「こ、これは須賀君と会う前から! そ、それに須賀君とそんな関係じゃ……(で、でもこの前私の事彼女だって紹介してて……い、いや、だけどあれは嘘だって)……ぅぅぅぅ……わかんなぃ……」ブクブク

 

照「???」

 

咲「???」

 

須賀母「あらあら」トビラゴシ

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<ちょっぴりジェラシー>

 

―過去編十四話後 晴絵が帰った後の夏休み―

 

 

咏「やぁやぁ、出迎えご苦労! それで他の皆は?」

 

京太郎「向こうで準備中。だから迎えは俺一人だ」

 

咏「うわぁわっかんねー、これでも優勝者だぜ」ヤレヤレ

 

京太郎「はいはい、おめでとさん」ポンポン

 

咏「扱い雑すぎぃ」

 

京太郎「電話で散々話したから今さらだろ? ほら、荷物寄こせ」

 

咏「ほい、ありがと」

 

京太郎「よいっしょ……って重いな、何入れてるんだよ。このまま向こうに行きたいけどこの荷物が邪魔だし一回うち寄るけどいいよな?」ヘルメットワタシ

 

咏「いいよー」キャッチ

 

 

>走行中、さり気なく買っていたインカムで会話

 

 

京太郎「それで高校出たらやっぱプロ行くのか?」

 

咏「そうだねー……前から色んなところに声かけられたしそのつもりかなぁ。そんで一応候補としてはこっちと横浜のチームかなーっと」

 

京太郎「やっぱ住み慣れた場所だよな。まぁ、お前なら選びたい放題だしなるべく自分に会った所選べよ」

 

咏「ん、そこらへんはじっくり考えるつもりだよ」

 

京太郎「そうしとけ」

 

咏「…………」

 

京太郎「…………」

 

咏「……ねぇセンパイ」

 

京太郎「あ、なんだよ?」

 

咏「なんか元気ない?」

 

京太郎「……そんなことねーぞ」

 

咏「ふーん……そういうこと言っちゃうわけか~」

 

京太郎「だから何もないって」

 

咏「素直に言わないと脇腹のあたりを擽っちゃうぜ」ツンツン

 

京太郎「シャレにならないからマジでやめろって!?」

 

咏「あはは、冗談冗談っ!」

 

京太郎「まったくお前は……相変わらずだな」ハァ

 

咏「そりゃそう簡単には変わらないよ」アハハ

 

京太郎「身長もな」

 

咏「はっはっは、センパイに言われると二重にムカつくなぁ!」イカリスマイル

 

京太郎「わかったから怒鳴るな」

 

咏「今のセンパイの一言で私の心は傷つきました。なので詳しく説明することを要求します」

 

京太郎「なんだよその喋り方……」

 

咏「………………女か」ズバッ

 

京太郎「ぶふぅぅぅ!?」

 

咏「やっぱりねぇ……あれか、例の女友達かなぁ? 風呂でも覗いた?」ニヤニヤ

 

京太郎「ちちちちげぇよ! ただ……その……なんだ……喧嘩、なのかな? 行き違いでちょっとな……」

 

咏「ふーん、ほぉー」

 

京太郎「……なんだよ?」

 

咏「いや、知らんし」

 

京太郎「無理やり聞き出してそれかよ」コイツ…

 

咏「まぁ、センパイは頭良いけどアホだし、とりあえず突っ込んでみればいいんじゃね? あの時もそうだったじゃん」シレッ

 

京太郎「あの頃とは色々と違うだろ……まぁ、帰ったら何とかしてみるよ」

 

咏「やっぱセンパイはそうこなくっちゃね。何かあったらいつでも相談乗るぜぃ」

 

京太郎「なんかあったらな。一応向こうの別の友達にも相談してみるけど、それでも駄目なら頼らせてもらうわ」

 

咏「うわぁ、なんかジェラシー……」

 

京太郎「なに言ってんだかまったく」

 

 

 

京太郎「あ、うち通り過ぎてた」

 

咏「こりゃ駄目かも知れんね」

 

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

 

<約束>

 

―過去編十六話後 長野帰省中―

 

 

京太郎「なあそろそろ機嫌直してくれよー」

 

照・咲「……………………」ツーン

 

晴絵「ほ、ほら、お土産の大仏プリンだよー」

 

照・咲「……………………」ピクッ

 

京太郎「全く……なんでそんなに機嫌悪いんだ?」

 

照「……だって京ちゃんたちいつの間にか付き合ってるし」ジー

 

京太郎「そりゃー……うん。そうなっちまったんだ。しょうがない」

 

咲「冬休みかえってこなかった」ジー

 

京太郎「それはほんとすまん。だけどほら、鹿クッキーもあるぞー」

 

照・咲「……………………」ピクピクッ

 

 

晴絵「どうしよう……」ヒソヒソ

京太郎「こいつら一度へそ曲げるとめんどいからなー」ヒソヒソ

晴絵「そもそもお土産で釣るのはどうなんだろう?」

京太郎「いや、あいつらならこれで間違ってないと思うぞ」

晴絵「……京太郎ってばデリカシーないなー」アキレ

 

 

照「……約束」ボソッ

 

晴絵「うん?」

 

照「約束して。京ちゃんのこと絶対に泣かせたりしないって」

 

晴絵「照ちゃん……わかった、京太郎のこと絶対に大切にするよ。約束する」

 

照「……なら許す」

 

京太郎「というか普通逆じゃないか? なあ?」

 

咲「もちろん京ちゃんもだよ」

 

京太郎「はは、大丈夫だよ。それじゃあさっさとお土産食べようぜ」

 

照・咲「はーい」ダッシュ

 

 

 

京太郎「やれやれ泣いた烏がなんとやらだな」

 

晴絵「子供らしくていいじゃない。だけどさ……望達もそうだったけど、こうやって周りに認められるのっていいもんだね……」

 

京太郎「そうだな……」

 

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<良き友人>

 

―過去編十六話後 告白後―

 

 

京太郎「よう新子」テツナギ

 

晴絵「やほー望」テツナギ

 

望「うまくいった――のは見たまんまだね」ハハ

 

京太郎「まあな。色々世話になったな」

 

望「といっても私がやったのは背中蹴ってチケット渡したぐらいだけどね」

 

京太郎「いや……正直新子がいなかったら今でも悩んだままだったし、やっぱ新子のおかげだよ。ありがとうな」

望「ほうほう、そこまでいうからには?」

 

京太郎「勿論これからなんか奢らせてもらいますよ」

 

望「ははは、須賀くんのそういう所好きだよ」バシバシ

 

京太郎「ありがとさん。それじゃあ……どうした晴絵?」フリムキ

 

晴絵「…………」ジー

 

望「……もしかしてハルエってば拗ねてる?」

 

晴絵「べっつにー」プイ

 

望「これはこれは……随分と誑し込んだね」ニヒヒ

 

京太郎「おいおい、人聞きが悪いな。別に普通に告白しただけだぞ」

 

望「いやいや、あのハルエだよ。男勝りでガサツで女子はともかく男子人気なんてなさそうだったあのハルエだよ。完全に恋する乙女じゃん」ビシッ

 

晴絵「望~~~」プルプル

 

望「……それでもうヤったの?」ズバッ

 

晴絵「ぶっ!?」

 

京太郎「あー……何とは聞かんが一応まだだぞ」ポリポリ

 

望「……マジで?」マガオ

 

京太郎「ああ」

 

望「ふーん……」

 

晴絵「……なにさ」

 

望「べっつにぃー、ただ時間の問題かなーってね」

 

晴絵「っく……」

 

京太郎「はは。まあ晴絵は相変わらずそういった話には慣れてないからあんまりからかわないでやってくれ」

 

望「ほう、つまり『こいつで遊んでいいのは俺だけだー』ってこと?」

 

京太郎「まあそんな所だ」ハハ

 

望「かーっ、妬けるねー!」バシン

 

京太郎「おう、存分に妬いてくれ。ちなみに家ではもっと甘えてくるぞ」

 

望「くっそー、こっちは一人身だってのに全くもうねー」

 

晴絵「ああ、もうっ! そんな話はさっさといいから行こう!」

 

望「そうだね、ハルエの事をからかうのは後にしようか。さて、それじゃあどこ行こっかー」クルッ ガシッ

 

晴絵「こらー! 腕組むなぁー!!」ガー

 

京太郎「は、ははは……」

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<初授業>

 

―過去編十八話後 宥との再開後―

 

 

京太郎「よーし、それじゃあ今日から本格的によろしくな」

 

宥「は、はい……」カチンコチン

 

京太郎「はは、そんな硬くならないでこの前みたいに話してくれていいぞ……ってのは難しいかな?」ポリポリ

 

宥「あぅ……」

 

京太郎「…………うん、それじゃあとりあえず改めて宥がどれぐらい勉強できるか聞いてもいいかな?」

 

宥「え? はい……えーっと、学校の勉強にはなんとかついていけてます……」ケンソン

 

京太郎「ほうほう、じゃあしっかりと授業は聞いてるんだな偉いね。俺が同じぐらい頃はよくサボってて怒られたっけなー」

 

宥「そうなん、ですか……?」キョトン

 

京太郎「ああ、例えば授業中に話を聞いてなさそうな奴を見つけると先生が名指しでそいつを呼んで『今話してたことを答えてみろ!』って言ってきてな。それで答えられなかったらしばらくその場で立たされるんだよ。だから昼寝は勿論、ぼーっとしてるのもあんまり出来なくてあれは子供ながらにキツかったなー」シミジミ

 

宥「へぇ……」

 

京太郎「勿論それで黙ってる連中ばかりじゃないから教科書立てて隠れながらマンガ読んでる奴とかもいたっけ」

 

宥「えっと……京太郎さんはどうだったんですか?」

 

京太郎「俺か? 俺は勿論そんなわかりやすい真似はしないさ。瞼の上にマジックで目を書いて誤魔化して寝てたぞ……勿論バレて怒られたけど」

 

宥「くすっ、京太郎さんってお茶目さんだったんですね。すごく真面目な人だと思ってましたぁ」

 

京太郎「まー、流石に年取ると色々無茶できなくなるしな。といっても今でも昔の奴らとつるむと派手なことはやってるし、宥はこんな大人になっちゃだめだぞ」

 

宥「ふふっ」クスッ

 

京太郎「(そろそろ緊張も取れたかな……?)さて、それじゃあそろそろ勉強始めようか。準備はいいか?」

 

宥「あ……はい、もう大丈夫です。これからよろしくお願いします」ペコリ

 

京太郎「うん、よろしくな」

 

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<同志との談話>

 

―過去編十九話後 玄との出会い後―

 

 

玄「それで最近の赤土さんのおもちはどうなのですか師匠?」ズイッ

 

京太郎「どうなのってまた唐突だな……前に話した以外に何を話せと?」ハァ

 

玄「わかってないですねー師匠。日進月光、おもちはたえず進化していくものなのです。だからこの前からどれぐらい変わったかを聞きたいのです」

 

京太郎「あいつ成長期はとっくに過ぎてるし、そう簡単にはかわんねーだろ。あと日進月光じゃなく日進月歩な。うろ覚えの言葉を下手に使うと恥かくぞー」

 

玄「う……そ、そんなささいなことは忘れましょう!」

 

京太郎「はいはい……あ、そういえば」

 

玄「お!」ガタッ

 

京太郎「身を乗り出すな……この前揉んでる時に気付いたんだけどな……」

 

玄「おお!」

 

京太郎「あいつ少しだけ大きくなってたかもしれん」

 

玄「うおおおおおおおッッ!!!」ドンッ

 

京太郎「食いつきすぎだ」デコピン

 

玄「あいたっ」バタン

 

京太郎「とはいえなんとなくだから断言はできねーけど」

 

玄「いやいや、師匠の黄金の指なら間違えるはずないのです」

 

京太郎「名乗った覚えも、呼ばれた覚えもないけどな」

 

玄「またまた~」エヘヘ

 

京太郎「はいはい。それでさっきから手に持ってるそいつは?」

 

玄「ヤング○ャンプです!」ドヤ

 

京太郎「グラビア目的か、小学生なら普通のを買えよ……」

 

玄「それで師匠はどのおもちが好みですか?」

 

京太郎「聞けよ。右のだな」キリッ

 

玄「ほうほう、でも私は左の方が好きですね」

 

京太郎「だけどそいつ寄せてあげてるぞ」

 

玄「なんとっ!?」

 

京太郎「うまく隠してるみたいだけど不自然だしな。多分カップ一つ落ちると思うぞ」

 

玄「…………っく」orz

 

京太郎「――玄、人間は誰しも失敗を通して強くなるもんだ」ポン

 

玄「師匠……」ウルッ

 

京太郎「だからそれを次に活かせばいいじゃないか。おもち道は一日にしてならずだ」

 

玄「し、師匠ぉ!」ダキッ

 

京太郎「玄ォ!」ダキッ

 

 

 

 

 

宥「あったかくない……」プルプル

 

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

 

<甘い物には目がない>

 

―過去編二十一話後 憧と出会い後―

 

 

ピンポーン

 

京太郎「はーい……って憧か、どうした?」

 

憧「これお姉ちゃんから。作りすぎたから須賀さんとこまで持って行けってさ」

 

京太郎「まじかっ、ありがとうなー。でもここまで少し距離あるし迷わなかったか?」

 

憧「そりゃここらへんもしずと一緒に遊びにくるしねぇ」ニヒー

 

京太郎「おまえららしいな。あ、わざわざ来てくれたんだし上がっていくか? 晴絵も後で来るしなんか飲み物でも出すよ」

 

憧「あ、え、えーと……」オドオド

 

京太郎「(あー……初めて来る家には上がりにくいかな)……さっきアップルパイ焼いた 「おじゃまします!」ダッシュ ……ははっ」

 

 

 

憧「ほへー」キョロキョロ

 

京太郎「そんなに俺の部屋が珍しいか?」

 

憧「べ、別にそんなことないし! は、初めて男の人の部屋入ったからってきんちょうしてないし!!」ブンブン

 

京太郎「そ、そうか? と、とりあえずこいつをどうぞ」カチャ

 

憧「!!! いただきます! ………………っ!?」パクッ

 

京太郎「どうだ?」

 

憧「おいしい!」

 

京太郎「そっか。まだまだ残ってるから好きなだけ食べてくれよ」

 

憧「うん!」

 

京太郎「それじゃあおれも食うかな。あ、飲み物は紅茶とコーラどっちがいい?」

 

憧「コー……こ、紅茶で」

 

京太郎「コーラな」

 

憧「う……うう~」プクー

 

 

 

 

 

晴絵「京太郎アップルパイ出来たー? ってなくなってる!?」

 

京太郎・憧「…………てへっ」←二人で全部食べた

 

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<子供は元気の子>

 

―過去編二十一話後 穏乃と出会い後―

 

 

穏乃「いらっしゃいませー、あ、京兄!」

 

京太郎「よ、店番か?」

 

穏乃「うん、朝からたくさん買った人がいて、後ろでもっと作ってるからそのあいだだけね」

 

京太郎「そうか、偉いぞー」ナデナデ

 

穏乃「エへへー。あ、それで今日はどうしたの?」

 

京太郎「ああ、ちょっと買い物にな。おはぎときなこ包んでもらっていいか?」

 

穏乃「えーと……あ、ごめん。ちょうど今作ってるんだ。でももうちょっとで出来るからだいじょうぶ?」

 

京太郎「うん、急いでないから全然構わないぞ」

 

穏乃「ありがと。それじゃあそっちで座って待ってて……おかあさーん!」タッタッタ

 

 

 

穏乃「はい。これ待ってる間にって」オチャー

 

京太郎「おう、ありがとうな」

 

穏乃「でもいいなー、せっかくの休みなんだし私も遊びに行きたーい!」

 

京太郎「ははっ、まあ今日は我慢だな」

 

穏乃「ぶーぶー!」

 

京太郎「うーん……そうだ、今度憧たちも誘って皆でどっかに遊びに行くか?」

 

穏乃「え……いいの!?」

 

京太郎「勿論。ただ皆の予定と親御さんのOKが出ればだけどな」

 

穏乃「わかった! 今すぐ聞いてくる」

 

京太郎「あ 「おかあさーーーーん!」 えーと……」

 

 シゴトノジャマシナイノ! ゴ、ゴメンナサイ……

 

京太郎「……うん。元気があるっていいな」

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<頼りになる子>

 

―過去編二十二話後 灼と出会い後―

 

 

京太郎「ふぅ……」

 

灼「暇なら投げれば?」

 

京太郎「いや、なんかそんな気分じゃない……」

 

灼「なら何しに来た……?」アキレ

 

京太郎「…………なんとなく?」

 

灼「……お帰りはあちらで」ユビサイ

 

京太郎「灼は厳しいなぁ」ハハッ

 

灼「いや、普通だと思われ……」

 

京太郎「そうかぁ?」

 

灼「……何かあった?」

 

京太郎「ん、ちょっとな……」

 

灼「思わせぶり止める。話すなら話す」ズバ

 

京太郎「うーん……じゃあちょっと聞いてくれるか?」

 

灼「まぁ、暇だし……」

 

京太郎「サンキュー。それで、そのなぁ……彼女と意見の違いからちょっと喧嘩しちまってな、どうしようかなって……」ポリポリ

 

灼「ふーん」

 

京太郎「多分今もうちにいるから帰りづらいんだよな……」

 

灼「……別に帰ってもいいんじゃない?」シレ

 

京太郎「いやいや、喧嘩してるし帰れないって」

 

灼「別にその人の事が嫌いになったわけでもないんでしょ? だったらいつまでも意地張ってるだけ時間の無駄だし、思い切って帰って謝ればいいんじゃないの……?」

 

京太郎「………………そうだな、意地張っててもしょうがないよな。ありがとうな灼。俺帰るわ」

 

灼「うん……それで喧嘩の原因は?」

 

京太郎「ん? ああ、今日のおやつにき○この山とたけ○こ里どっち買うかってことで揉めてな」

 

灼「帰れ」

 

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

 

<報告>

 

―過去編二十四話後 咏襲来後―

 

咏「はーいはい、おっ。お疲れ様ーどしたの?」

 

咏「……ん? ああ、行って来たよ。うん……うん……まぁ、上手くやれてるんじゃないかなぁ。知らんけど」

 

咏「とりあえずいい部屋に住んでたし、中もしっかりと整頓できてたしねぃ。ま、向こういって一年以上経つし、一人暮らしかつ彼女が出来たからって自堕落な生活は送ってなさそうだったよ」

 

咏「……は? 二人の関係? いや知らんし………………って言いたいけど、ただのバカップルだったかなぁ」

 

咏「そうっ! 私がすぐ傍にいるのにすぐに人の事ほったらかして、抱きしめたり頭撫でたりといちゃつき始めるしやってらんねーよっ。なんだよあいつら、マジでわかんねー。しかも食事中もちょっとぎこちなかったし、多分二人の時はもっと酷いんじゃねーの? 知らんけど」

 

咏「ちなみに探った結果、コップなんかは当たり前。普段着に寝巻に下着、歯ブラシとオールコンプ。そして極めつけに枕や布団が一つずつしかなかったのはそういうことだろうねぃ……」

 

咏「ま、別にそこらへんはセンパイの勝手だしぃ、危ない事とかしてなければ好きにやっててもいいんだけどー、なーんか腹立つんだよね……」

 

咏「…………誰が小姑だって? 私だって行くついでにって、おばさんたちに頼まれなきゃ……まぁ、やってなかったんじゃないかな? 知らんけど。それにお兄さんとしては弟がちゃんと生活できてるか心配だったっしょ?」

 

咏「あははっ! いやいや、二人の関係見たらやっぱ兄弟が近いって、だからこうやって気になってわざわざ電話かけてきたわけだし。まー、でも特に心配することはないんじゃないかな、仲良くやってたし」

 

咏「…………やっぱバレた? やれやれハギー先輩には隠し事は出来ねーなぁ」

 

咏「……正直な所ちょっと危ういと思うよ。何処がどうとはハッキリとは言えないけど、私からも見てもお互いに依存してる部分があるように見えたし…………うん、特に彼女の方がね」

 

咏「ただ、今後どうなるかとはわっかんねーけどね。何事もなく行くかもしれんし、もしかしたら別れるかもしれないし…………まっ! 下手に手を出すよりもなんかあったらそん時に手を貸せればいいっしょ。直接会えなくても電話使えばいくらでも話せるし、私も暇見つけてそのうちまた顔出しに行くつもりだよ」

 

咏「……いや、ハギー先輩は忙しくてあんま動けないんだから仕方ないって、そこらへんは私を含め他の連中に任せときなって。適材適所ってやつ? 知らんけど」

 

咏「おう、それじゃあまた今度。お疲れー」

 

 

 

咏「…………ふぅ、ホントに大丈夫かねぇセンパイ……」

 

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<レジェンドと過ごす1年 4月 たぶん二年生あたり>

 

 

京太郎「パス」

 

モブ男「偶にはいいじゃないか、須賀がいてくれれば面子も良いのが揃いそうなんだよ!」

 

京太郎「彼女持ちを合コンに誘ってんじゃねーよ」ハァ

 

モブ男「合コンじゃないさ! サークルの新入生歓迎会だ!」ドヤッ

 

京太郎「なおさらダメだろ」

 

モブ男「頼む! その日だけうちのサークル生になってくれ!!」

 

京太郎「だけどなぁ……」

 

モブ男「その日は空いてるんだろ?」

 

京太郎「まぁな、晴絵も家の用事があるらしいから……」

 

モブ男「金も要らんし、赤土さんには俺からも説明するから頼む!!」ドゲザ

 

京太郎「まったく……俺はレアだぜ」キリッ

 

モブ男「よっしゃあ!!」

 

京太郎「それで……ん、メールだ」

 

モブ男「よっしゃこれで「すまん、その日ダメになったわ」………………」

 

京太郎「家の手伝いに人が足りないからって晴絵に呼ばれちまった」ポリポリ

 

モブ男「………………いや、気にすんな……彼女がそう言ってるんだらしょうがないさ」ズーン

 

京太郎「悪いな、今も呼んでるから行ってくるわ。今度は出るから」

 

モブ男「おう………………ぬぁぁぁぁっ!!! もおおおおおッッ!!! なんで須賀を誘うといつも邪魔が入るんだァーーー!!!??」

 

 

 

???「…………」ポチポチ

 

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<5月>

 

晴絵「ゴールデンウィークだー!」バンザーイ

 

京太郎「レポート作らないとな」ニッコリ

 

晴絵「イヤだァァァァァァ!!!!!!!!!」ダッシュ

 

京太郎「逃がさないぞ」ガシ

 

晴絵「京太郎の裏切り者! 神戸まで泊まりデートに行くって約束したじゃん!」ウワーン

 

京太郎「しょうがないだろ、教授からいきなり宿題出されちまったんだから……」

 

晴絵「いいじゃんそれぐらい……」

 

京太郎「ダメだ、必修科目だから単位落とすわけにもいかないだろ。もし落としでもしたらおじさんたちに顔向けできないし」

 

晴絵「つーん」

 

京太郎「拗ねてもダメだ。大学の図書館で資料探すぞ」

 

晴絵「……」ツーン

 

京太郎「はぁ…………わかったよ。早めに終わらせる様にするし、もし無理でも来週何処か出かけるか」

 

晴絵「……」ジー

 

京太郎「……あと今日から休みの間はずっと泊まっていけ」

 

晴絵「京太郎大好きっ!」パアッ

 

京太郎「ただし許可取って――」

 

晴絵「あ、お母さん、今日から一週間京太郎の所に泊まるから。うんわかった…………良いって」

 

京太郎「はえーよ」ホセ

 

晴絵「いいじゃんいいじゃん、もう何回も泊まってるんだし同じ同じ。それじゃあ早速買い物行こうか」ルンルン

 

京太郎「(泊まりってことでレポート終わるまで缶詰めにされるのは考えてないんだろうなぁ……アホ可愛い)」

 

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<6月>

 

京太郎「…………ふんふむ」ペラ

 

晴絵「何真面目な顔して読んでるの?」ヒョコ

 

京太郎「のわあああっ!!!???」アトズサリ

 

晴絵「うわ、びっくりした……」

 

京太郎「こ、こっちの台詞だ、いつの間に……今日は昔の友達と出かけるんじゃなかったのか?」

 

晴絵「…………一週間後と間違えてた♪」テヘッ

 

京太郎「………………」シラー

 

晴絵「う、傷つくからその目やめて……」

 

京太郎「はいはい」ナデナデ

 

晴絵「ヘヘッ」ニヘラ

 

晴絵「それでさっきから何読んでたの?」

 

京太郎「あー……なんでもない、ただのファッション雑誌だ」

 

晴絵「……ウソ、思いっきり何か隠してる」ジトー

 

京太郎「気のせいさ」ニコヤカスマイル

 

晴絵「……見せろ」

 

京太郎「いやだ」

 

晴絵「だったら…………無理やりにでも!」

 

ドッタンバッタンギャースカ ア、ムネサワッタ オカエシ ヒルマカラドコサワッテンダ!

 

 

『結婚特集。プロポーズはこんな時にしなさい!!』

 

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<7月>

 

ザアーーーー

 

京太郎「雨か……」

 

晴絵「せっかくの七夕なのに……」

 

京太郎「しょうがないさ、この時期はまだ梅雨だからな」

 

晴絵「ちぇー、つまんなーい」ダラーン

 

京太郎「とりあえず笹の葉でも飾るか」オシイレカラダス

 

晴絵「…………どっから取って来たのそれ?」ビックリ

 

京太郎「昨日、松実さんからな。余ってる中で小さいのをもらっといた」

 

晴絵「へぇ、さっすが京太郎。抜かりないね」

 

京太郎「おうよ、飾るから場所開けてくれ」

 

晴絵「オッケー♪」

 

京太郎「小さくても風情があっていいな」

 

晴絵「うん、家の中ならこれぐらいがちょうどいい感じだね。それで短冊は?」キョロキョロ

 

京太郎「え…………? お前、その歳になって書くのか」ドンビキ

 

晴絵「ええっ!?」

 

京太郎「冗談だ。買っといたぞ」テノヒラクルー

 

晴絵「……」ジトー

 

京太郎「怒るな怒るな」ツンツン

 

晴絵「……」ムナモトニカラダヲアズケル

 

京太郎「……さて、何書くかな」

 

晴絵「意地悪しない彼氏がほしい」フンッ

 

京太郎「なら俺はEカップ以上の彼女を――」

 

晴絵「意地悪しない彼氏になってほしい」ホッペギュー

 

京太郎「善処します」

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<8月>

 

晴絵「暑い……」グデー

 

京太郎「パンツ見えてるぞ……」パタパタ

 

晴絵「見せてるからオールオーケー……」ダルーン

 

京太郎「ドン引きだわぁ……」パタパタ

 

晴絵「そんなこと言いながら扇子で扇いでくれる京太郎好き……」レジェジェ

 

京太郎「はいはい」パタパタ

 

晴絵「…………」

 

京太郎「…………」パタパタ

 

晴絵「エアコン、いつ直るんだっけ?」

 

京太郎「お盆だから来週だってよ」パタパタ

 

晴絵「う~……」

 

京太郎「お前の家か、どっか出かけるか? ここよりは涼しいだろ」パタパタ

 

晴絵「今日はこうしていたい」ギュー

 

京太郎「はいはい」パタパタ

 

 

カンッ

 

 

 

 

<9月>

 

京太郎「(お月見ということで見晴らしのいい新子の家に遊びに来たんだけど……)」

 

晴絵「だからさー、もう少し京太郎は私の事を大事にするべきだと思うのよ!」←酔っ払い

 

望「あアぁ? あんだけやることやってるくせにほざくのはその口かぁ?」←酔っ払い

 

晴絵「え? 何嫉妬? 嫉妬なのーーー?? いやー、困っちゃうなぁ///」

 

望「くっそぉ……私だってなぁー、出会いさえあれば彼氏なんて一発で作れるんらよー、そもそも周りにまともな男がいないのが悪い!」ドン

 

晴絵「京太郎は完璧だしーっ! 金髪で料理炊事洗濯何でもできて優しいしー世界で一番いい男だもんれー!!」デヘヘー

 

望「あの世で私にわび続けろレジェンドーーーーッ!!!」ウガー

 

ドッタンバッタンギャースカ

 

京太郎「(完全に出来上がっている……)」←素面

 

憧「これおいしー」モグモグ

 

穏乃「zzz」

 

京太郎「(こっちの二人は完全にスルーモード。穏乃は胡坐をかいた俺の膝の上で爆睡中、憧は隣でテーブルの料理とランデブー中……自由かよ)」

 

憧「この酢漬け卵のパイ……意外にイケる!」ガッツポーズ

 

京太郎「(腹減った……)憧、俺にも分けてくれ、動けないから届かないんだ」

 

憧「え? うーん……わかった、はい」ズイ

 

京太郎「…………なにこれ」

 

憧「アイスクリームホットドック」ニコッ

 

京太郎「いや、食べ物もヤバいけど、そうじゃなくてこの……」ユビサシ

 

憧「あーんのこと?」

 

京太郎「おう、そんなことしなくても近くに置いてくれれば食べられるからさ」

 

憧「んー……別にいいんじゃない?」ニヤニヤ

 

京太郎「いやいや」ナイナイ

 

憧「あれ? あれれぇー須賀さんってば子ども相手に照れるのー?」ニヤニヤ

 

京太郎「(いつもは子ども扱いされると怒るくせに……いいだろう受けて立つ)」

 

憧「ほれほれ~(そろそろいいかなー)」ニヤニヤ

 

京太郎「……あーん」

 

憧「ええっ!?」ビクッ

 

京太郎「おーい、早くしてくれー」

 

憧「う……あ、あああーん……///」

 

京太郎「モグ……うん、美味い」カッタ

 

憧「そ、そう……///」モジモジ

 

京太郎「憧、ちょっとその皿取ってくれ」サリゲナク

 

憧「う、うん……」

 

京太郎「サンキュー……よし、憧こっち向け」

 

憧「え……な、なに?」

 

京太郎「あーん」ズイ

 

憧「…………ふきゅっ!?」アトズサリ

 

京太郎「おいおい、そんなにびっくりしなくてもいいだろ。さっきのお礼だよお礼」ニヤニヤ

 

憧「うううぅぅ……」

 

京太郎「ほれほれ~食べないのかー?」

 

憧「(か、間接!)う……じゃ、じゃあ「いただきまーす!」…………あれ?」キョロキョロ

 

穏乃「ほんとだ、変な味だけどおいしー」モグモグ

 

京太郎「……いつの間に起きた」

 

穏乃「いま!!」エヘヘー

 

憧「…………しぃ~ずぅ~「「へぇ、面白い事してるね……」」……」ズサッ

 

穏乃「!?」ビクッ

 

京太郎「…………」フリムキ

 

晴絵・望「「……言い残すことは?」」ニッコリ

 

京太郎「……俺は大きい方が好きです」

 

※この後滅茶苦茶あーんした。

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<10月>

 

 

京太郎「やることねーなー」カリカリ

 

晴絵「そうだねー」

 

京太郎「せっかくの祝日」カリカリ

 

晴絵「だけど外は雨」

 

京太郎「他に何かすることあったか?」カリカリ

 

晴絵「うーん、思いつかないなー」モゾモゾ

 

京太郎「そうだよな……ふーー……よし右耳終わったから今度は左耳だ」

 

晴絵「おねがーい」クルッ

 

京太郎「おう、といってもやっぱり全然汚れてないな」ジー

 

晴絵「この間もやったしね」

 

京太郎「それに耳垢って何もしなくても取れるもんだから、あんまりやるのもよくないんだけどなぁ」

 

晴絵「そこは京太郎のゴッドハンドが悪いということで」キリッ

 

京太郎「はいはい」

 

晴絵「あとこの膝枕が絶品のせいだね」ナデナデ

 

京太郎「撫でるな、くすぐったい」

 

晴絵「へへ、いい太ももしてるねー」モミモミ

 

京太郎「いや、男の足なんて固いだけだろ」

 

晴絵「ううん、ほどよく引き締まっていて良い感じ」キリッ

 

京太郎「ま、半分はお前のものだ、好きにしてくれ」

 

晴絵「そうさせてもらうね」スリスリ

 

京太郎「ふーー……ほら、そんな事してる間に左も終わったぞ」

 

晴絵「ありがとう。それじゃあ今度は京太郎の番だよ」

 

京太郎「……なら膝の上から降りようぜ」

 

晴絵「………………わかった」ギギギ

 

京太郎「後でまたやってやるから」

 

晴絵「よっしゃバッチコーい!」ガバッ

 

京太郎「ふつう逆だよなぁ……」ヨッコラセット

 

晴絵「あ、タンマ!  忘れ物したからちょっと待ってて!」

 

京太郎「耳かき以外に何を忘れるんだ……-」

 

 

 

京太郎「(3分経っても帰ってこないんだが……)晴絵いったいど「お待たせ!」………………なにそれ」ゴシゴシ

 

晴絵「今日は体育の日だしねー、実家から昔の持ってきた///」ポリポリ

 

京太郎「(どう見ても体操着とブルマです。パッツンパッツンです)」

 

晴絵「ネタで持って来たつもりだったんだけどさ……さっきの太ももで思いついて着てみたんだけど……どうかな///?」テレテレ

 

京太郎「……………………」

 

晴絵「な、何か反応してってば! これでも結構恥ずかしんだよ!?」

 

京太郎「ハルエェ……お前ってやつは…………」プルプル

 

晴絵「う、うん……」

 

京太郎「最高の彼女だな!」ガバッ

 

晴絵「♪」

 

 

この後滅茶苦茶耳かき()した。

 

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<11月>

 

 

京太郎「(先日の三尋木の一件以来……)

 

晴絵「………………………………ああっ!?」

 

京太郎「……大丈夫か?」

 

晴絵「…………大丈夫」

 

京太郎「手伝うぞ」

 

晴絵「大丈夫!!」

 

京太郎「別に張り合う必要なん「ヤダ」……はぁ……」

 

晴絵「………………」

 

京太郎「(……晴絵は編み物に挑戦している)」

 

晴絵「う……」

 

京太郎「(しかもいきなりニット帽。そこまで難しいものじゃないけど初心者には中々敷居が高い……)」

 

晴絵「……………………」

 

京太郎「(ま、それで晴絵が満足するならいいか、わざわざ水を差すことでもないし。あと結構楽しみだったりする)」

 

晴絵「………………………………」

 

京太郎「(先に昼飯作っておくか)」

 

 

 

カンッ

 

 

 

 

<たまには>

 

 

―松実家 家庭教師時―

 

 

京太郎「さて、いい時間だし今日はこれぐらいにしとこうか」

 

宥・玄「はい、お疲れ様でした」

 

京太郎「お疲れ様。さて「あ、あのぉ…」ん、どうした宥?」

 

宥「その……」

 

玄「おねえちゃんファイトっ!」

 

宥「……あ、あの! よ、よかったら晩御飯食べていきませんか?」

 

京太郎「夕飯か? うーん……(晴絵も今日は来ないから適当に済ませるつもりだったけど……)」チラ

 

宥・玄「……」ドキドキ

 

京太郎「……別に大丈夫だけど迷惑じゃないか?」

 

玄「そ、そんなことないのです!」ブンブン

 

宥「は、はい!」コクコク

 

京太郎「そ、そうか? それじゃあお言葉に甘えようかな」

 

玄「おまかせあれ! それじゃあ用意してくるのでしばらく待ってて欲しいのです!」

 

宥「あ、玄ちゃん待ってぇ~、私も一緒に作るよっ」

 

京太郎「………………あれ? もしかして出来るまで俺放置?」ポツーン

 

 

 

玄・宥「…………」ドキドキ

 

京太郎「……うん、美味いぞ」

 

玄「おねーちゃん!」ダキッ

 

宥「玄ちゃん!」ダキッ

 

京太郎「モグモグ(相変わらず仲良いなー)」

 

玄「そ、それでどれが一番ですか?」ドキドキ

 

京太郎「お前結構突っ込んでくるよなぁ……しっかし一番ねぇ、まだ全然食ってないけどこの卵焼き……というよりだし巻き卵か? 形も綺麗だし味もしっかりしてて凄く美味いな」

 

宥「あ、えへへ……」

 

京太郎「お、これってもしかして宥が作ったのか?」

 

宥「は、はい……まだ全然ですけど」

 

京太郎「いやほんと美味いって」

 

玄「むぅ~……師匠! これはどうですか!?」

 

京太郎「これは筑前煮か?」

 

玄「はいです」

 

京太郎「どれ一つ…………うん、筍にしっかり味も染みてるし、里芋も荷崩れしてなくて美味しい」

 

玄「やったのです!」ガッツポーズ

 

京太郎「いやーホント二人とも調理上手だな。俺が同じ歳のころは全くできなかったぞ」

 

玄「練習したからね!」

 

宥「が、頑張りました」グッ

 

京太郎「(可愛い)」ノホホーン

 

玄「あ、次はこれも!」

 

宥「これも食べてみてください」

 

京太郎「(嬉しいけど食べきれるかな……)」チラ

 

宥・玄「?」キラキラ

 

京太郎「(頑張ろう)」

 

 

カンッ

 

 




一年ネタ放置して別のでお茶を濁す。


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本編短編集 ―現代編―

8/21日 一個追加


<京太郎と和を見た麻雀部>

 

―現代編2話後 咲入部前―

 

 

和「あ、そうです。今日、クッキー焼いてきたんですけど食べませんか?」

 

優希「おお、流石のどちゃん! 私の嫁だな!」

 

まこ「ほう、うまそうじゃな」

 

久「和は気が利くわねー。須賀先生はなにかないのかしら?」

 

京太郎「中間テスト対策の宿題でも出してやろうか?」

 

久・優希「「ぶーぶー」」

 

まこ「ほら、遊んでないでさっさと片付けんさい」テキパキ

 

 

(先ほどまで使っていた道具を片付けてみんなでテーブルを囲む)

 

 

まこ「ほう……これまた随分うまいのう。店で出してみたいわい」モグモグ

 

久「ほんと、お店で売っててもおかしくないレベルね」モグモグ

 

優希「ガツガツ! ウマウマ!」

 

京太郎「もう少しおとなしく食えって……うん、美味しいな」モグモグ

 

和「ほ、ほんとうですか?」

 

京太郎「ああ、ちょうどいい硬さで味もしっかりしてるし良い感じだ。だけどこの味って……」

 

和「ええ、昔、須賀先生に作ってもらったのを真似してみました」

 

京太郎「なるほどな、いや、ほんと美味いよ」ポンポン

 

和「えへへ」

 

久「……ふ~ん」ジロジロ

 

京太郎「……なんだよ竹井」

 

久「いえ、和って随分と須賀先生に懐いてるなーと思いまして」

 

まこ「確かにそうじゃのう」

 

京太郎「懐いてるって、ペットじゃないんだからな……これでも初めて会ってからしばらくの間はかなり警戒されてたんだぜ、仲良くなるのは大変だったな……」

 

和「あ、あれは……その……子供の頃はそれまで大人の男性と話す機会があまりなかったので……べ、別に須賀さんの事が嫌いだとかは……」

 

久「あら、じゃあ好きなの?」

 

和「す、すすすす好き!? そ、そそそそそそんなオカルトありえません!」バンッ

 

京太郎「う……微妙に凹む……」

 

優希「元気出せってせんせー。私の分のクッキーやるから」

 

まこ「いや、優希は一人で取りすぎじゃ」

 

和「あ、い、いえ、す、好きじゃないというのは言うのは、れ、れ、恋愛のという意味で! 大人としてちゃんと尊敬してますよ!?」

 

久「あらら、顔真っ赤ね~」ウフフ

 

まこ「悪魔か……」

 

優希「ほら、優希ちゃんが食べさせてやるから口開けるんだじぇ」

 

京太郎「うう……和に嫌われちまったよ晴絵ぇ~」(聞いてない)

 

和「うう……もう、なんですかこれ…」

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

 

<SSS改めTHS>

 

―現代編3話後 咲入部同日―

 

 

照「――衝撃のファーストブリット」ギュルギュル

 

モブ美「ぐふっ!?」

 

モブミガヤラレタゾー!ホケンシツー!

 

淡「なんだか今日のテルは荒れてるねー」

 

菫「ああ……昨日までは普通だったんだが今朝からあの調子でな、どうにも話しかけづらい……」ハァ

 

淡「ふーん、あれはあれで面白いけど止めなくていいの? あれで五人目だよ」

 

菫「はぁ……仕方ない」トコトコ

 

 

照「…………………………」ギュルギュル

 

菫「おい、そこまでにしておけ照。なにがあったのか知らないがこれ以上やられると部活動に支障が出てくる」

 

照「……………………………………………………」ギュルギュルギュル

 

菫「おい、聞いているのか? …………はぁ……昨日までは妹さんの入学式の写真を見ながら笑っていたと「私に妹はいない」……は?」

 

照「私に妹はいない」キッパリ

 

菫「いや、何を言っているんだおまえ。咲ち「知らない」……えぇー……」

 

照「あと、菫。夏の大会には清澄が全国に来るから本気出したほうがいい」

 

菫「清澄? 確か須賀さんが教師をやっていて、咲ちゃんが今年入学した学校だよな? おい、どういうことだ?」

 

照「――撃滅のセカンドブリット」ギュルギュル

 

モブ代「ぎゃんっ!?」

 

モブヨモイッタゾー!

 

菫「…………………………はぁ」テクテク

 

 

淡「……どうだった?」

 

菫「どうもこうもさっぱりわからん。私に妹はいないとか、清澄が夏のインターハイに上がって来るとかしか言わん」アタマカカエ

 

淡「へー、テルーって妹いたんだ。それと清澄って聞いたことないけど何処?」

 

菫「ん? ああ、清澄は長野にある高校で、麻雀部はあるが人数が足りないから団体戦には出ていない無名高校だ」

 

淡「ふーん……ん? でもなんで菫先輩は無名校なのにその清澄を知ってるのさ?」

 

菫「ああ、清澄には照の妹さんが今年入学したし、照の年上の幼馴染がそこで教師と麻雀部の顧問をやっているからその関係だ」

 

淡「なるほどねー。そういえばテルーの妹ってことはやっぱ角があるの?」

 

菫「角?……ああ、確かにあったな。ほら、これがその子だ。照の帰省について行った時に一緒に撮ったものだ」ゴソゴソ

 

淡「携帯にプリクラ……菫先輩らしくないなー」

 

菫「しまうぞ」

 

淡「あーごめんごめんっ! ――ああ、この子か、確かにテルーに似てるねー。で、こっちがその幼馴染?」ジロジロ

 

菫「ああ」

 

淡「へーそれなりにイケメンじゃん。それに私と同じ金髪だし」

 

菫「金髪は関係あるのか?」

 

淡「まあねー。しかし……ウププ」

 

菫「ん? どうした?」

 

淡「いや、あの菫先輩が男と撮ったプリクラ貼ってるとか、乙女っぽくて似合わな過ぎて……くっ」アハハ

 

菫「殴るぞ――いや、待て、何を言っている。これは向こうで色々案内してもらった時に一緒に撮っただけのものであってそういうことじゃないぞ。そもそも照と咲ちゃんも一緒に写っているだろよく見ろ」ユビサシ

 

尭深「……隠さなくていいですよ、弘世先輩」

 

菫「尭深……いつの間に」

 

誠子「そうですよ、弘世先輩。別に隠す必要なんてないですよ」

 

菫「亦野まで……いつから聞いてたんだ?」

 

誠子「先輩が宮永先輩を止めに行った所からです」キリッ

 

菫「最初からじゃないか……まったく盗み聞きとは……あのなぁ、須賀さんとは向こうでお世話になったぐらいで何とでもないんだぞ」ハァ

 

尭深「ほう……では、弘世先輩はその須賀さん相手になにか感じたものとかはなかったんですか?」ズイ

 

菫「え? いや……色々親切にして貰ったし、いい人だとは思うが……というか、いつもより饒舌じゃないか?」ヒキギミ

 

尭深「恋バナは女性にとって楽しみの一つですから……そして、つまるところ先輩は須賀さんに恋愛的な好意があると言うことで良いんですよね?」ズイズイ

 

菫「いやだから、良くして貰ったけど何度か顔を合わせただけの相手だぞ……そ、そもそも何回か会っただけの相手を……そ、その……いきなり、す、好きになったりはしないだろ…」アセアセ

 

尭深「いえ先輩、年頃の男性や女性が年上の異性に惹かれるのはよくあることですから、別にそれは可笑しいことではないんですよ」キッパリ

 

菫「そ、そうなのか?」

 

尭深「はい、それで先輩から見て須賀さんは他になにか特徴はありませんでしたか?」

 

菫「特徴って言われてもな……ええと……身長が高くて、気が利いていて、照や咲ちゃんが困っていると直ぐに駆けつけていたから面倒見もいいしな。あと、やっぱり大人だからか話題も豊富で話していたら楽しかったし、照の事で色々相談にも乗ってくれたし、他には……」ユビオリ

 

尭深「なるほど……十分ですよ」

 

菫「そ、そうか? まだあると思うが」

 

尭深「はい、大丈夫です。身長も高くてそれなりの顔立ちで性格もいいとわかりましたが、まず、そのような相手だったら大半の女子なら意識をしてしまいますね。そのうえ他にも好ましい部分があるならなおさらです。惚れても可笑しくありません」

 

菫「そ、そういうものなのか……」ムムム

 

尭深「それに弘世先輩って背が高いですからね。やはり上から見下ろされるといつもと違って安心感がありませんでしたか?」

 

菫「ああ、あったな……確かに須賀さんに見られていると落ち着く感じがした……」

 

尭深「つまりそういうことです」

 

菫「ふむ……」メガウツロ

 

 

淡「たかみー先輩なんて恐ろしい……菫先輩ってば目が死んでるし」ヒソヒソ

 

誠子「ああ、弘世先輩がその須賀さんを頼りになる大人として好ましく思っているのは確かなんだろうけど、それをうまく錯覚させて思考を誘導させたな。いや、これは洗脳に近いのか? 先輩自体が恋愛経験なさそうなのもあって効果は抜群だし」ヒソヒソ

 

 

菫「なるほど……私は須賀さんが好きなのか」シンダメ

 

尭深「……ここまで上手くいくなんて……流石先輩、チョロインの鏡です」グッ

 

菫「――ん?なんだチョロインって?」メニヒカリガ

 

尭深「……そのままの意味ですよ。これからはSSSではなくT(ちょろい)H(ヒロイン)S(スミレ)を名乗るのがいいと思います」

 

菫「待て、意味は解らないがなんだか無理やりすぎるし腹ただしいのは感じるぞ。というか、冷静に考えると須賀さんの事は嫌いではないが、恋愛的な意味で好きじゃない気がしてきたぞ……」ショウキナメ

 

尭深「気のせいですよ……それ、THS。THS。」テビョウシ

 

菫「おい、やめろ」

 

淡「THS! THS!」パンッパンッ

 

誠子「THS! THS!」パンッパンッ

 

菫「やめろと言ってるだろっ」

 

尭深・淡・誠子「「「THS! THS!」」」パンッパンッ

 

菫「やめろおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」

 

 

このあと無茶苦茶シャープシュートした。

 

 

照「……………………………………………抹殺のラストブリット」ギュルギュルギュルギュルギュルギュル

 

モブ田「もねっ!?」

 

 

カンッ

 

 

※こんなの書きましたが、過去に数回会っただけですし、菫さんはチョロインじゃないので別にフラグは立ちません。

 

 

 

 

 

<似た者同士>

 

―現代編6話中 咏指導時―

 

 

>休憩中

 

咏「そういえばこの部って男子はいねーの?」キョロキョロ

 

久「え……?あ、はい、私が入る二年前はいたみたいなんですが、それ以降面白半分で見に来る人はいても入部しに来た人はいませんね」イマダキンチョウギミ

 

咏「なるほどねー……まあ、男子は表と裏で分けられて表のレベルが下がった分、今が名を売るチャンスだからそういった子は強豪校に行ってるか」

 

優希「表? 裏? なんの話だじぇ?」

 

咏「んー、こっちの話だから気にしなくていいさ。それよりセンパイ、女子高校生五人に囲まれてるってどうよ、ハーレムじゃね?嬉しい?」ヌフフ

 

京太郎「お前答えにくいこと聞くなよ……この場合嬉しいと言えばロリコン扱い、嬉しくないって言えばそれはそれで責められるだろ…なあ?」

 

咲「あはは……」メソラシ

 

まこ「まあ、言いにくのう」ポリポリ

 

京太郎「ほら、こうなる」

 

咏「だってセンパイ、中学の時は全然女にモテる気配なかったじゃん。だからようやく部活でハーレム作れてご満悦なんじゃね?知らんけど」

 

和「え?須賀先生って中学の時はモテていなかったんですか?」キョトン

 

京太郎「ぐふっ……和って時々キツイよな…」

 

和「えーと……アハハ」ソッポミ

 

優希「のどちゃんは素直だからなー」

 

京太郎「というか、そういう三尋木だって中学で男が寄ってくる気配なんてなかったじゃねーか」ツンツン

 

咏「私はー……ほら、麻雀で活躍してた高嶺の花だからねぃ、凡人には近寄りがたい存在なのさっ」メソラシ

 

京太郎「嘘つけ、どう考えてもその幼児体型が問題だろ」ビシッ

 

咏「おいおい、言っちゃいけねーこと言ったねー」ガタッ

 

京太郎「事実だろ?それに俺は近くにハギヨシがいたからな。そっちに皆行ってたんだよ」

 

咏「……それ、自分で言ってて虚しくなんね?」アキレ

 

京太郎「……そうだな。だけど高校はたまにあったけど、なんで大会とかで目立ってた中学は誰もラブレターの一つや二つくれなかったんだろうな……」ハァ

 

咏「私は女子高だったからそれすら無理だったぜ」ヤレヤレ

 

 

久「二人とも絶対分かってないわよね」ヒソヒソ

 

まこ「中学の時も今と変わらずあんな感じだったんじゃろ? そりゃ無理じゃわい」ヒソヒソ

 

 

咏「わかんねー。すべてがわかんねー」←原因

 

京太郎「過ぎたこととはいえ虚しい思い出だな……」←原因

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<かつての憧れは……>

 

―現代編4話後 晴絵決意時―

 

 

灼「(……そういえばさっきキツイこと言っちゃったけど、ハルちゃん怒ってるかな?)」

 

憧「しかし改めて考えるとハルエの教師姿……うーん」

 

玄「きっとスーツ着るんだよね?……うーん」

 

宥「ふ、ふたりとも……」

 

晴絵「ちょ! ひどくない!? こ、これでも向こうじゃ結構イケてるって評判だったんだから」

 

憧「はいはいそうね、そんでハルエは教師やるとして大丈夫なの?」

 

晴絵「なにが?」

 

憧「なにがって……教師なら勉強教えなくちゃいけないでしょ」

 

晴絵「……あ」

 

玄「それに編入試験もあるよね?」

 

宥「それは生徒のだから、採用試験じゃないかな?」

 

憧「まあ、本当なら時期的に無理なのに受けられるだけ良かったんじゃない?」

 

晴絵「……ぅぅ」

 

穏乃「赤土さん?」

 

晴絵「うわああああああぁぁ!!!!! どうしようっ!!??」

 

穏乃「!?」ビクッ

 

晴絵「勉強の内容なんて全然覚えてないよっ!?」

 

灼「(困ってるハルちゃんも可愛い……い?)」

 

望「あー大丈夫じゃない? 学校側だってあんたの昔の成績知ってるんだし、それで話が通ったんだからなんとなるでしょ」

 

晴絵「それはそれでショック!?」

 

穏乃「だ、大丈夫だよ赤土さん! うちは私でも入れるぐらいだし、あんまり頭良くないから!」

 

晴絵「ぐふ……」←阿知賀卒業生

 

穏乃「え?」

 

憧「しず……あんたそれ全くフォローになってないから」

 

穏乃「???」

 

晴絵「うわぁぁぁぁん! 京太郎ぉーーー!!」ナミダメ

 

望「こらこら携帯取り出して須賀くんの写真にすがりつかないの」

 

玄「あ、師匠の写真! 私も欲しいのです!」

 

宥「わ、わたしも……」

 

晴絵「やだー! これは私だけのなのー!!!」

 

灼「(……あ、この人ってちょっと駄目な人なんだ……)」

 

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<お約束>

 

―現代編12話後 合宿一日目夜―

 

 

久「さて――行きましょうか」ガタッ

 

まこ「あんたは藪からに何を言ぅとるんじゃ」

 

久「いやねぇ、ただ隣の部屋に押し掛けるだけよ」

 

まこ「……はぁ」

 

久「なによその目」

 

まこ「なんでもないわい」

 

和「夜中に男性の部屋に押し掛けるのは……」

 

久「須賀先生だけじゃなく三尋木プロもいるわよ」

 

和「……うっ」

 

咲「そもそも夜中に抜け出したら怒られますよ。京ちゃんそこらへんうるさいですし」

 

まこ「じゃけぇ明日も早いんだから優希を見習ったらどうかの?」

 

優希「んごーーー」zzz

 

久「いやよ! 折角の合宿なんだしエンジョイしたいじゃない! それに今は耳を澄ませても何も聞こえないけど、あの二人がどうなってるか気にならないの?」

 

和「それは……」

 

咲「気になるかも……」

 

久「そう! 私たちにはあの二人を監視する義務があるのよ!」

 

まこ「(絶対面白がっとるだけじゃろ)」

 

久「そういうわけでちょっと行ってくるわ」スタスタ

 

和・咲「……」コソコソ

 

まこ「まったく……どうなっともわしは知らんぞ」ゴロン

 

 

 

久・和・咲「……」トボトボ

 

まこ「ん?……まだ一分も経ってないのに随分早かったのう」スクッ

 

久「…………鍵、閉まってたわ」

 

まこ「当たり前じゃ」

 

久「こうなったら窓から!」ガラッ

 

まこ「やめんか!?」ガシッ

 

 

 

京太郎「んぐぅ」←飲みと一日の疲れで爆睡

 

咏「むにゃ」←右に同じく

 

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

 

<胸囲の格差社会>

 

 

―現代編17話 龍門渕到着前―

 

 

穏乃「きもちぃ~」

 

玄「いいお湯だねぇ」

 

宥「あったかぁ~い……」ウトウト

 

晴絵「あ~~~生き返るわぁ~~~」

 

憧「親父臭いわよハルエ」アキレ

 

晴絵「しょうがないじゃん、ずーっと運転しっぱなしだったし、眠いって……」

 

憧「勿論そこは凄く感謝してるけど、一応女なんだから回りの目も気にしてってこと」

 

灼「確かに百年の恋も冷めるレベル……」

 

晴絵「そこまで!?」

 

穏乃「でも別に私たちしかいないからいいんじゃない?」キョロキョロ

 

憧「わかってないわね~しず、いい女ってのは普段からそう見えるよう振る舞ってるし、そういうもんが滲み出てるもんなのよ」ズバッ

 

穏乃「そうなの?」

 

憧「宥姉を見てみなさいよ。どっからどう見てもエロの塊じゃない」ビシ

 

宥「……ふぇ? 私ぃ!?」ビクッ

 

穏乃「あー……なんとなくわかるかも」ウン

 

灼「同意」ウンウン

 

玄「うんうん」オモチオモチ

 

憧「言っとくけど玄も同じだからね」

 

玄「な、なんで?」

 

灼「自分の胸に聞いてみろ」ケッ

 

玄「ふむ……おもちしかないのです」モミモミ

 

憧・灼「………………」ジロ

 

玄「な、なんでそんな目で見るのですかっ!?」

 

晴絵「そりゃねぇ……」ハァ

 

穏乃「玄さんも大きいよねー」

 

玄「でもおねーちゃんに比べれば全然ないよ!?」

 

憧「玄が言っても嫌味にしか聞こえないのよ」

 

灼「半分よこせや」

 

晴絵「確かに私ももうちょっと欲しいなぁ……」チラッ

 

宥「……」ブルブル

 

穏乃「でもそんな胸って必要? 邪魔になりそうだけど」ペタペタ

 

玄「それを捨てるなんてとんでもない!」

 

灼「っち……」ジロッ

 

玄「うっ……」ブルブル

 

憧「子供のしずにはわからないだろうけど、女ってのはそういうのを気にするもんなの」

 

穏乃「わ、私だって昔みたいな子供じゃないぞ! ……そりゃあ憧みたいに背も伸びてないけどさぁ」

 

憧「ごめんって、でもしずはまだ好きな男の人とかいないでしょ? あ、言っとくけど家族とか無しの恋愛的な意味でね」

 

穏乃「??? 憧はいるの?」キョトン

 

憧「う……い、いないけどさ」

 

穏乃「……」チラッ

 

玄・宥・灼「……」メソラシ

 

穏乃「……」チラッ

 

晴絵「……」カモン

 

穏乃「……」プイ

 

晴絵「……」ガーン

 

憧「ま、まあ好きな人はともかく、男の人は大きな胸が好きだし、女の人もプライドとかもあって気にするもんなのよっ。ほら、しずだって身長気にしてるでしょ? あれと同じ」

 

穏乃「あ、なるほどー。そういえば京兄も胸好きだったっけ?」

 

玄「師匠だからね!」

 

灼「前から思ってたけど須賀さんって結構変態……?」ウワァ

 

玄「し、師匠は変態じゃないよ! 変態だとしても変態という名の紳士だよ!」

 

宥「フォローになってないよ玄ちゃん……」

 

穏乃「灼さんとはどうだったんですか?」

 

灼「んー……別に普通だった感じ? まぁこっちが小学生なのに真面目に相手してたし、よく家の事手伝ってくれてたからお人好しだなーと思ってたかも……」

 

宥「ふふ、京太郎さんらしいね」

 

憧「今まで忙しくて聞いてなかったけど、詳しく聞いてみたいかも……」

 

灼「また今度ね」ナガクナルシ

 

玄「それで結論としては――師匠は今でも大きいおもちが好きだという事かな?」フンス

 

灼「どうしてそうなる……」

 

憧「まぁ、でもありえそうよねぇ……宥姉と会ったら惚れられたりして」アハハ

 

宥「え、そ、そうかなぁ……?」テレテレ

 

晴絵「(やっぱり油断できない……)」

 

穏乃「それじゃあ玄さんも?」

 

玄「てへへ……」ヘケヘケ

 

晴絵「(あっちも……)」

 

穏乃「私も大きくしたら会った時に喜んでくれるかなぁ?」

 

灼「なんという過激発言……」

 

憧「天然って怖いわ……」

 

晴絵「(…………敵ばっかじゃん!?)」ブクブク

 

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<やっぱりヘタレ>

 

―現代編 12話中―

 

 

>合宿二日目朝

 

 

優希「あ、おはようせんせー、三尋木プロ」シュタッ

 

京太郎「おはよう」ファ~

 

咏「おいーっす」ゴシゴシ

 

優希「二人とも眠そうだなー」

 

京太郎「お前らと違って若くない……って何言わせんだ。それよりそっちはちゃんと寝坊しなかったみたいだな、関心関し……あいつらはどうしたんだ?」

 

久・まこ・咲・和「……」コクリコクリ

 

優希「なんか起きたらあんな感じだったじぇ」

 

京太郎「朝っぱら船漕いで……夜更かしでもしたか?」ハァ

 

咏「もしくは猥談とかじゃね、知らんけど」

 

優希「マジか!? まさか私を置いてそんな楽しそうなことをしてたとは……」ワナワナ

 

京太郎「楽しいか?」

 

咏「そりゃこういった時の猥談は修学旅行土産の木刀レベルで当たり前っしょ。男子と同じで女子も集まればすぐに好きな男子や胸の話でもするもんだしねぃ」ウンウン

 

京太郎「昔のお前らが何話してたが怖いよ……ま、とりあえず朝飯にしようぜ腹減ったわ」

 

優希「タコスあるかなぁ?」

 

京太郎「無茶言うなって。ほら、あいつら起こしてこい」

 

優希「ういー」トタトタ

 

 

>朝食時

 

 

咏「ふむふむ、白米に焼鮭、だし巻き卵、味噌汁、納豆その他諸々……実にお決まりの朝食だねぃ」

 

京太郎「不満か?」

 

咏「いや、むしろこうじゃないと。朝っぱらからバイキング形式の冷めたパンとか出されるとマジ萎えるよ……」ヤレヤレ

 

京太郎「泊まるところが選べない仕事の悲しい所だな。それに酒の次の日は味噌汁が一番ってか?」

 

咏「まぁね~」

 

優希「二人ともあの後また飲んでたのか?」アキレ

 

久・まこ・咲・和「……」ピクッ

 

京太郎「まぁな。勿論俺は次の日には残らない程度には抑えといたけど」

 

優希「そんなに美味い物なのか酒って?」

 

咏「そこらへんは色々だねぇ……ま、大きくなったらわかるんじゃね、わっかんねーけど」

 

優希「どっちだし……それよりやっぱ酒よりも乳繰り合ってたんじゃないか? 折角同じ部屋なんだし」ニシシ

 

久・まこ・咲・和「……」

 

京太郎「誰と誰がだよ」

 

優希「そりゃせんせーと三尋木プロがだじぇ」

 

京太郎「ねーよ」

 

咏「そうそうセンパイはヘタレだからねぃ」

 

京太郎「ちげーよ、俺はボン、キュ、ボンがいいんだよ。それに引き替えお前ってばただのまな板じゃねーか」

 

咏「お、ケンカ売ってる? マジわかんねー」

 

優希「ふむ……つまりのどちゃんのようなのが良いと?」

 

久・まこ・咲「……」

 

和「///」

 

京太郎「アホか、教え子……というかまず子供に手出すかよ(確かに見た目はヤバいけど)」

 

優希「ふーん、じゃあ誰ならいいのさ?」

 

京太郎「そうだなぁ……例えば瑞原プロや戒能プロとかなんて好みだぞ。おもちもデカいし」ウンウン

 

咏「ん、あの二人が良いの? なんだったらセッティングしようか? 瑞原プロの方なんか特に餓えてるから、私の誘いなら安心して乗ってくると思うぜぃ(ま、どうせ来てもイケイケな態度見せるだけで、結局最後はビビって帰るだろうけど。あの人恋愛に関しては口先だけだし)」

 

京太郎「え……い、いやぁ、俺なんかじゃプロとは釣り合わないからいいぞっやらなくて。いやー残念だけどなぁ!」アセアセ

 

久・まこ・咲・和・優希「(やっぱりヘタレ……)」

 

咏「(……プロのジンクスは相も変わらずか)」

 

京太郎「さあっ! 今日も頑張るぞー!」

 

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

 

<わんこそばの地より>

 

―現代編18話中 県大会翌日放課後―

 

 

 

白望「……」ポチポチ

 

豊音「シロってばさっきからずーっと携帯と睨めっこしてるけど、どうしたんだろー? もしかしてなんか困ってたりして?」キョトン

 

エイスリン「ウーン……デモナンダカタノシソウダヨ。ニコーッテワラッテルシ」カキカキ

 

胡桃「いや、いつもの仏頂面だしそこまでじゃないけどね……まぁ、でも楽しそうなのは変わらないか。どうしたんだろ?」

 

塞「ん? ああ、あれでしょ、京太郎さんと連絡してるんじゃない? 私たちも新聞に載ったし」ホラ

 

胡桃「あー、そりゃ確かに気になるかぁ」

 

豊音「えーっと……京太郎さんって確かシロのお兄さんだっけ?」マエニキイタヨウナ

 

塞「正確には従兄だけどね」

 

胡桃「でも確かに兄妹みたいだったよね、昔からよく背中にへばり付いてたっけ」ナツカシー

 

エイスリン「オー! ブラコン!」シッテル!

 

胡桃「うーん……ある意味間違ってないかも」

 

豊音「お兄ちゃんかー……いいなぁー私も欲しいなぁ」チョーウラヤマシイ

 

塞「ははっ、ここは妹で我慢しといて」

 

胡桃「……誰のこと言ってるのかなー塞」ニッコリ

 

エイスリン「ジンルイミナキョウダイ!」

 

塞「どこでそういった言葉を覚えて来るのか……ま、でもあの二人見てると、確かに兄妹とかそういったのは羨ましいかもねぇ」

 

エイスリン「サエタチモアッタコトアル?」

 

胡桃「うん、向こうがシロに会いにこっちに来たときに一緒にね。ただ京太郎さんも社会人になって忙しいから、ここ数年はシロがあっちに行くだけで私たちは会ってないけど」

 

豊音「そうなんだぁー私もシロのお兄さんに挨拶したかったよー」チョーウラヤマシイ

 

塞「従兄ね。でもその機会はあると思うよ。京太郎さんって学校の先生やってて麻雀部の顧問もやってるらしいんだけど、そこがうちと同じように全国決めてたからさ」ホラコノガッコウ

 

胡桃「東京行ったら挨拶行かないとね」

 

エイスリン「スゴイ! ……ア、デモライバルダケドダイジョウブ?」

 

塞「そこはしょうがないね。そもそもシロはチャンプとも知り合いだから覚悟はしてたし」

 

豊音「え? そ、そうだったの!? さ、サイン頼んでも大丈夫かなぁ?」ガタッ

 

胡桃「いいんじゃない? まぁ、まずそっちより勝てるかどうかの方が心配だけどさ」

 

白望「問題ない……」

 

エイスリン「アレ、シロデンワオワリ?」

 

白望「うん。あとブラコンじゃない」キッパリ

 

塞「いや、ブラコンだし、というか聞いてたのか……それでなんて言ってた?」

 

白望「『首洗って待ってろ』だってさ……」

 

胡桃「なんという悪役台詞……シロってば変に煽ったんじゃないの?」アキレ

 

白望「………………別に」プイッ

 

塞「(拗ねてる……あっちも仕事で忙しいから素っ気なくされたかな?)」

 

エイスリン「シロコドモ」

 

豊音「珍しいねー」オドロキ

 

胡桃「ま、そっちは後で詳しく聞くとして、それで問題ないって言う根拠は? もしかしてチャンプに弱点とかあるの?」

 

白望「うん。まずはこのポッ○ーを使って――」

 

胡桃「使って……?」ナンカイヤナヨカン

 

白望「――勝ちを譲ってもらう」

 

胡桃「ただの賄賂じゃん!」ヤッパリ!

 

塞「お菓子一個で買収出来ると思われてるチャンプ……」

 

白望「照だからね」

 

豊音「お菓子好きなんだぁ」

 

エイスリン「ニホンノオカシオイシイヨネ!」

 

白望「……ま、あんまり気にしなくていいよダルいし……サインも大丈夫だと思う」

 

豊音「ホント!? ありがとーシロ、ちょーうれしいよー!!」ダキッ

 

白望「ダルい……」

 

塞「それで トシ「それで、いつ練習は再開するんだい?」 あ……」

 

トシ「まったく……全国に行けて嬉しいのはわかるけど、気を抜くんじゃないよ。ほら、練習に戻る」

 

白望・塞・胡桃・エイスリン・豊音「はーい」

 

 

ワイワイガヤガヤ

 

 

トシ「――ふぅ、しかし須賀京太郎……ね。阿知賀の彼女もそうだし、何かの因果かねぇ……」

 

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<休日にメール>

 

全部バラバラ

 

 

咲『このあいだおしえてもらつたりょうりもつていくからまつてて』

 

京太郎『携帯も忘れずに持って来い』

 

※教えてもすぐ忘れる

 

 

和『聞いてください須賀さん、父がですね!』

 

京太郎『わかったわかった』

 

※ネット弁慶

 

 

優希『タコ……』

 

優希『……ス』

 

京太郎『はいはい、今度作ってやるよ』

 

※なんだかんだ仲良くなっている

 

 

まこ『先生、休みの時にすまんのじゃが』

 

京太郎『どうしたー?』

 

※律儀

 

 

久『先生!先生!』

 

京太郎『お前は少し遠慮しろ』

 

※普段通り

 

 

照『きょうちゃんここどこ』

 

京太郎『そこを動くなよ』

 

※ポンコツ

 

 

菫『確保しました』

 

京太郎『すまん、そっち行ったら奢らせてくれ』

 

※苦労人同士

 

 

淡『あわいいい?あわわわ!あわわわわわーーーッ!?』

 

京太郎『うんっ!そうだなっ!』

 

※あわいい

 

 

ハギヨシ『先ほど王たちの化身を倒しました。これから二週目です』

 

京太郎『ちょ、待て! 二週目はサイン出しながら一緒にやる予定だろ、俺ももうすぐだからちょっと待ってろ!』

 

※結構休日は一緒に遊んでる。

 

 

透華『聞いてください須賀さん、お爺様がですね!』

 

京太郎『わかったわかった』

 

※変わらず

 

 

衣『トーカとお揃いのを買ったぞ!』

 

京太郎『お、ついに携帯デビューか! やったな』

 

※ほほえましい

 

 

咏『今日も疲れたわー、明日そっち行くからよろしく~』

 

京太郎『行き先は北海道だったか? カニ頼むわ』

 

※普通の会話

 

 

シロ「おはよ」

 

京太郎「おう、おはよう」

 

※だるいから電話

 

 

和父『須賀君聞いてくれ、和がな』

 

京太郎『そうですねー』

 

※似たもの親子

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<My Love My Hero>

 

22話後 四校合宿一日目の夜

 

 

>藤田部屋

 

京太郎「それじゃあ俺達は先に戻るけど、お前もほどほどにしてあんま藤田プロに無理させんなよ。久保さんも寝ちまったし」

 

咏「わかってるって、あんたは私のお袋かい?」ヤレヤレ

 

ハギヨシ「むしろ兄ですかね」フフ

 

京太郎・咏「「ゲッロ……」」ウゲェ

 

京太郎・咏「は?」

 

京太郎「なんだ俺が兄貴じゃ嫌だってか?」

 

咏「だってこんなエロおにぃイラねーし」

 

京太郎「誰がエロか。埴輪みたいな体形してるくせに」フンッ

 

咏「やっぱりエロじゃないか!」カッチーン

 

ギャーギャー

 

ハギヨシ「おやおや」

 

 

>男二人退散

 

 

靖子「はぁ……今日は散々だった」グデー

 

咏「あっはっはー、それはご愁傷さまだねぃ」ワハハ

 

靖子「半分以上はあんたのせいだよ、はぁ………………それでどうなんだ?」

 

咏「どうって?」

 

靖子「そりゃ三尋木プロと須賀先生の事さ、随分と仲がいいじゃないか。さっきは誤魔化されたけど――」スパー

 

咏「――――付き合ってるのかって? さあ、わっかんねー」ヒラヒラ

 

靖子「ふぅ……やれやれ、話す気はないってか」

 

咏「吹聴するもんでもないからなー…………でも、まあ……よくある話さ」

 

靖子「?」

 

咏「私らみたいなのが普通の連中からどう扱われるかってーことよ」

 

靖子「……そういうことか」

 

咏「ま、気持ちもわかるけどねぃ。傍から見ればイカサマでもしてるように見えるし」

 

靖子「これでもみんな昔から努力してるんだけどな……」

 

咏「ま、そうじゃないのもいるけどねぃ、誰の事かはしらんけど」ケラケラ

 

靖子「……『アレ』は例外さ」ニガイカオ

 

咏「ま、いずれは私が倒すけど」シンケンナヒョウジョウ

 

靖子「……………………それでさっきの話だけど、その時にあの二人は三尋木プロを守る方に回ったってことか」

 

咏「ま、他にもいたけどねぃ、これでも友達多いし。ま、その中でもセンパイなんて大立ち回りのせいでしばらく学校これなかったけどな、いやーあれは凄かったなー」

 

靖子「へぇ、話した感じ真面目な人だったけど結構やるんだ」

 

咏「ま、今はなーんか悟っちゃってスカした感じだけど、真面目な所はあってももっと熱血キャラだったんだよ、昔は……」フン

 

靖子「そりゃ十年もすれば誰でも大人になるさ」

 

咏「ま、そうだけどな、なーんか気に入らねー」ヤケザケ

 

靖子「おいおい、これ以上はやめてくれよ」

 

貴子「(なるほどな……つまり三尋木プロは須賀先生に当時の……自分のヒーローだった頃のままでいてほしいって所か。見た目通り、可愛いところもあるんだな……)」ネタフリ

 

咏「……なんか言ったかー?」ヒック

 

貴子「……」ビクッ

 

靖子「言ってないから早く帰ってくれ」セツジツ

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<誰だ?誰でしょう?> 

 

県大会後あたり

 

京太郎「ふむ……」ペラ

 

久「部室でいかがわしい雑誌を堂々と広げないでほしいわ先生」ドンビキ

 

京太郎「そう見えるなら医者に行った方がいいな」

 

久「産婦人的な病院に行けとか、セクハラよ先生」

 

京太郎「眼科って言おうと思ったけど、頭の病院に行った方がいいぞ」ドンビキ

 

和「漫才はいいから練習しませんか?」ネトマ中

 

久「そういってもまこはいないし……」

 

京太郎「咲は出張に行く叔父さんの準備で忙しくて……」

 

和「……ゆーきもタコス祭りとかで休みでしたね」

 

久「まあ、たまにはゆっくりするのもいいんじゃない?」

 

京太郎「最近根を詰めっぱなしだったからな」

 

和「……そうですね」

 

久「そういうわけで……さっきから須賀先生は何を見てるのかしら?」

 

京太郎「ん? ただの麻雀雑誌だよ」

 

久「うわっ……つまらないわね」

 

和「麻雀部の部長とは思えない発言です」

 

久「ふっ、今更ね」

 

京太郎「自分で言うな自分で……見てたのはこれだこれ」ズイ

 

和「これって……」

 

京太郎「ああ、あんまり扱いはよくないから小さいけど、阿知賀……穏乃達の写真だ」

 

和「えっ!? み、見せてください!」

 

京太郎「ほれ」

 

和「本当です、懐か…………ダレデスカコレ?」マガオ

 

京太郎「誰だろうなぁ……」トオイメ

 

久「あら、向こうのメンバーって全員知り合いじゃなかったの?」

 

和「そのはずです……」

 

京太郎「うーん、穏乃と灼は変わってない……というか変わってなさすぎ」

 

和「宥さんと玄さんもあまり変わってないですね…………ただ――」

 

久「この子? 新子さん……っていうのかしら? 随分と垢抜けた子ね」

 

京太郎「いや、きっと同姓同名の別人さんだ」

 

和「そうですね、地方なら苗字が重なることは多いですから」

 

久「なにその現実を直視できない会話」

 

京太郎「いや、マジでないんだって。前にも話したけど、ガキの頃は今の片岡みたいな容姿してたんだぞ! 姉の新子とも別の進化遂げてるんですけど!?」

 

和「ワープでしょうか? ジョグレス、それともマトリックス? スピリットという可能性もありますね!」

 

久「落ち着きなさいって、驚くのは無理ないけどこの年頃の子ならそうおかしくはないでしょ」

 

京太郎「う~ん……そういうもんか?」

 

久「そうそう、もしかしたら彼氏でも出来たのかもしれないし」

 

和「なん……ですって……!?」

 

京太郎「憧に彼氏……」

 

久「麻雀やってる子には珍しいけど、ありえない話じゃないわ」

 

京太郎「そうか……」

 

和「憧は私たちの知っている憧じゃなくなっているんですね……」

 

京太郎「向こうで会ったらお祝いしてあげないとな……」

 

和「はい」

 

久「え、なにこのしんみりムード」

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

<アスパラベーコン女子>

 

京太郎とハギヨシ東京探索時

 

 

 

良子「さて、ランチはどうしましょうか」

 

はやり「ケバブがいいな☆」

 

良子「……少しは自分のキャラを考えてください」

 

はやり「はやっ!? 偶にはそういうの食べたっていいじゃん!」

 

はやり「……ん!?」キュピーン

 

良子「ホワッツ?」

 

はやり「前見て前っ!」

 

良子「ん、男性ですね」

 

はやり「ねぇねぇ、2人とも結構かかかかっこよくない?」

 

良子「噛んでいますよ……まあ、グッドだとは思います」

 

はやり「む、何それ。余裕ぶっちゃって★」イラッ

 

良子「ノーウェイ、そんなことありませんよ」アセダラ

 

はやり「むぅぅ……それでよしこちゃんはどっちが好み?」

 

良子「え、私です……か? …………そうですねぇ……強いて言うならブロンドの方でしょうか」

 

はやり「理由は?」

 

良子「少しやんちゃっぽい感じがしますので」

 

はやり「へぇ……よしこちゃんは年上の男性に甘えられたいんだ」

 

良子「ソーリー、失言でした忘れてください///」カオマッカ

 

はやり「むーり☆ でもワイルドっぽくていい感じだよね。黒髪の人も凄く真面目な感じがしてかっこいいよ」

 

良子「…………声をかけるのですか?」

 

はやり「!!? 無理無理無理ッ!! よしこちゃんこそお願い!!」ブンブンブン

 

良子「ノーウェイ!? 出来るわけないじゃないですか!!」

 

はやり「ちょ、まま待って!! あっ、近づいてきた!」

 

 

良子「ソ、ソレデランチハドウシマショウカ?」

 

はやり「ウ、ウーンパスタガイイカナ☆」

 

良子「……さっきと変わっていますよ」

 

はやり「そういうこと言わない!」

 

 

カンッ

 

 



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京太郎の誕生日(仮)

 今週は色々あって本編を書けなかったので投下しないつもりだったのですが、流石に誕生日はスルー出来ないだろと思って急遽書きました。短かったり荒いのは許して。

 ちなみに時間軸ですが、本来なら教師をやっている現代編でやるべきなのでしょうが、時期的に色々難しいので過去編にしました。

 タイトルは適当。別に某ネタを使っているわけではない。ホントダヨ。


 2月2日。国民の休日でもない普通の日だ。

 ツインテールの日だとかなにやら色々と変な記念日で呼ばれることもあるが、世間一般にとっては取るに足らないまさに普通の日だ。

 だけど中にはそうでない人もいて、この俺、須賀京太郎にとっても、二月二日は一年に一度しかない誕生日という特別な日であった。

 とはいえ、その日で18歳にもなるのだから今更大げさに祝うことでもないし、受験真っ只中の身としてはハッキリ言って忘れていたし、覚えていてもきっとうまい飯が食える程度にしか考えていなかったはずだ。

 しかしその日は、当の本人が忘れていても記念日と言うものが周りにとってもいかに特別な日であるかということを実感させられる2月2日であった―――

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「ふむふむ…よし、これで終わりっと。いったん休憩するか」

 

 

 朝から続いていた勉強も昼になったということで区切りをつけ、一時休憩をすることにする。

 最初に受けた試験の結果が先日合格だとわかったのだが、まだ他にも試験はあるし、数日後には本命の試験が迫っているので気が抜けない日々が続いている。

 本来ならこんな真面目なのは性に会ってないのだが、赤土との約束があるので、反故にするわけにもいかずこうやって頑張っているのだ。

 中学時代の友人達に今の自分の姿を見られたら絶対にからかわれるだろうな、と考えもするが、そもそも自宅の自分の部屋と言う絶対不可侵スペースなので誰にも気兼ねすることはない。

 

 

「さて、なんか食うか―――ん?」

 

 

 空腹だと頭もまわらないので、何か腹に詰めに行こうかと席を立つと、扉の向こうから足音が聞こえ―――

 

 

「京ちゃんお昼だよっ!」

「おひるー」

 

 

 そういって勢いよく扉を開けたのはお馴染みの宮永姉妹だった。

 

 ――あー…俺の絶対不可侵スペースもこいつら+αの前には意味ねーな…。

 

 その事実に少し落ち込みつつも照達に話しかける。

 

 

「おう、ありがとよ。だけど勉強終わったのがよくわかったな」

「ん、おばさんが『京太郎の腹時計は正確だから』って言ってた」

「………」

 

 

 勉強をしている時は遊びに来ても邪魔をしないように一階にいる照達がいいタイミングで来たことについて尋ねると、知らないでいいことを聞かされてしまった。

 俺の人生で一番付き合いが長い相手だからな、そりゃバレバレか。

 

 

「はぁ…そうだな、ちょうど腹も減ったし行くよ」

「うん、じゃあおんぶ」

「あ、わたしだっこ」

「おまえら…」

 

 

 近頃かまってやる機会が減っているので、ここぞとばかりに甘えてくる強かな姉妹であった。

 

 

 

 

 

「あー腹減った、お袋飯ー」

「飯ー」

「めしー」

「二人に悪影響だからやめなさい。二人も女の子がそんな言葉遣いしちゃだめよ」

「「「はーい」」」

 

 

 お袋に窘められ声を揃えて返事をする俺達。………俺の精神年齢こいつ等と同じか?

 自分の脳みそが不安になりながらも視線をテーブルの方に向けると―――

 

 

「………なんかすごく多くないか、客でも来るのか?」

「なに言ってんの、あんたが食べるのよ」

「え?なぜに?」

 

 

 テーブルの上にはピザや唐揚げなど、他にも沢山の食事が並べられていた、

 昼にしては色々と豪勢すぎる食事に目を丸くして聞いてみると、お袋からはあり得ない言葉が返ってきた。

 いや、腹が減ってるって言ってもこれはきついだろ…。

 

 

「はぁ、やっぱり忘れてるわね…勉強してくれるのは良いけど、一つの事に集中したら他の事に目が向けられないのは誰に似たのかしら…。ほら、照ちゃん。咲ちゃん」

「うん」

「あ、まってー」

 

 

 さっぱりわからない俺に、お袋は褒めてるのかけなしているのかわからない言葉をかけた後、照達の名前を呼ぶ。

 すると照達は揃ってリビングを出て、どこかに行ってしまった。

 

 

「………なに企んでるんだよ?」

「なにも企んでないわよ、少し待ってなさい」

「はいはい。んで、親父は?」

「少し買い物に行かせてるけど直ぐに帰ってくるわ」

 

 

 休日だと言うのに姿の見えない親父についてきくと、そう返事が返ってきた。相変わらず尻に敷かれているMy fatherであった。

 テーブルにあるご馳走に手を出したい誘惑を我慢しながら一分ほど待っていると、奥の部屋から照達が返ってきた。ただし何故か両手を後ろに回しているが。

 

 

「どうしたんだ、二人とも?」

 

 

 その様子を疑問に思い尋ねるが、二人とも後ろに手をやったままもじもじして話そうとはしない。

 すると見かねたお袋が笑顔で二人の後ろに行き、しゃがんで二人の肩に手を乗せてこちらへと押した。

 

 

「ほら二人とも」

「うん…咲、せーので行くよ」

「うん」

「「せーのっ、京ちゃん!誕生日おめでとっ!」

 

 

 お袋に背中を押された二人が、俺に向かって揃って手を前に出して同じように口を揃えてそう言った。

 

 ――誕生日?…あ!

 

 

「あーそっか…そういえば今日だったな、すっかり忘れてたわ」

「まったくこの子ときたら…ほら、二人からのプレゼント受けとりなさい」

「わかってるって。ありがとうな、照、咲」

「ふふ」

「えへへ~」

 

 

 礼を述べて受け取ると嬉しそうにする照と咲。そうして二人から受け取ったのは、ガラス細工で出来たストラップだ。

 子供である照達からなので流石に高価なものではないだろうが、見た目的にそこいらのショップに置いてあるやつには見えない。

 

 

「おとうさんたちと旅行に行った時に作ってきた」

「おそろいだよー」

「綺麗だな、ありがとう」

「えっと…まだあるよ」

 

 

 咲がそういうと、二人とも俺に渡したのと似たストラップをポケットから出して見せてきた。

 そして二人に改めて礼を言うと、なにやら二人がさらにポケットをゴソゴソと探り何かを取り出した。

 

 

「はい、ちょっと遅れちゃたけどこれも」

「がんばってつくったよっ」

「二人とも京太郎が合格できるようにって、色々教わりながら自分たちで作ったんだよ」

 

 

 そういって目の前に差し出されたのは「合格祈願」と糸で縫われたお守りだった。

 先ほどのガラス細工とは違い、完全に一から作った手作りの為か、文字がゆがんでいたり、糸がほつれていたりとお世辞にも上手とは言えない出来の物だった。

 しかし、言われなくとも分かるぐらい二人の真心が籠ったものだ。

 

 

「ったく、二人ともありがとうな」

「わきゅ」「ふきゅ」

 

 

 嬉しさのあまり少し涙が出てしまいそうになったので、それを誤魔化すかのように両腕で二人を抱きしめる。

 こいつらからこうやってなにかを渡されるのは初めてではないとはいえ慣れないし、こういったのは恥ずかしいものだ。

 二人とも最初は驚いたようだったが、しばらくそのままでいてくれたので、落ち着くまでそうしていた。

 

 

「ふぅ…悪いな、いきなり抱きしめたりして」

「別にもっとやっていいよ」

「うん」

 

 

 落ち着いたので二人を離すと、逆にもっとやれとせがまれてしまったが、これはこれで恥ずかしいので断っておく。

 お袋がニヤニヤとこちらを見てるし、勘弁してほしい。

 

 

「ほら、感動的シーンが終わったなら手を洗ってきなさい。お父さんもそろそろケーキ持って帰って来るし、勉強もいいけど少しぐらいゆっくり休んで試験に備えなさい」

「おとうさん達も後で行くって言ってた」

「そうか、じゃあ飯前に一緒に手洗いに行くぞ」

「「うんっ」」

 

 

 どうやらおじさん達も来るようなので、受け取ったプレゼントをお袋に預けてから照と咲を連れて洗面所へと向かう。

 試験も間近だけど、近頃勉強詰めだったしこんな日もいいだろう。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 それから宮永家を含めた俺の誕生日パーティーはそれなりの盛り上がりを見せた。

 しかし普段だったら夜まで騒いでいるだろうに受験勉強中の俺を気遣ったのか、夕方になる前にはお開きとなった。

 そしてお袋の言っていた通りこれが気分転換となったのか、午後の勉強は随分とリラックスしてできたので、皆には感謝をしている。

 

 また、俺の誕生日を祝ってくれるのは家族だけではないらしく、それから友人達からのおめでとうメールが来たり、いとこやハギヨシ、三尋木からも宅急便を使って誕生日プレゼントが届いた。

 

 ハギヨシからは向こう行った時に使えるようにと、屋敷で余分に注文して余っていたと言うフライパンや鍋などの調理器具一式を貰った。

 しかしどう考えてもこれだけのセットがまとめて余っているのはおかしく、器具なんて余っていても無駄にならないものだ。恐らくこちらが気を使わないようにそういうことにしたのだろう。

 あいつには借りを作りっぱなしだからそのうち返さないといけないな。

 

 そして三尋木からは手編みのマフラーだった。以前、古くなったマフラーを買い替えようか悩んでいると話したのを覚えていたみたいだ。

 一緒に入っていたメッセージカードには『私の誕生日も期待してるぜ♪』と書いてあった。

 まあ、それぐらいには試験も終わってるだろうし大丈夫だろう。偶にはこっちが向こうに行ってやるか。

 

 

 

 

 

 その後、届いたプレゼントを丁寧に整理してしまってから再び机に向かい勉強に取り掛かり、しばらく参考書を読み進めていると、突如携帯の着信音が鳴り響いた。

 学校の友人かと思い手に取ると、そこには奈良に住む赤土の名前が表示されていた。

 近頃はメールで済ませて電話などほとんどしていなく、向こうも数日後の試験に向けて忙しいはずなので何の用かと疑問に思いつつも出てみる。

 

 

「もしもし?」

『ハッピーバースデー。誕生日おめでとう!』

「え?ああ、ありがとう。でも、なんで今日が俺の誕生日だって知ってるんだ?話したことないよな?」

『なに言ってんの、携帯のアドレス交換した時に一緒に付いてきたプロフィールに書いてあったじゃん』

「あー、そういえばそういう機能もあったな」

 

 

 赤土に指摘されて思い出すと、確かに買ったばかりの頃に適当に入力した記憶がある。

 住所みたいなプライベートとは違ってたいした内容でもないから書いたので、余計に記憶から喪失してたな。

 

 

「それでわざわざ電話して来たのか?」

『む、なにそれ。折角お祝いの電話かけてあげたのにさっ』

「わりぃわりぃ、この忙しい時期に手間かけさせたと思ってな」

 

 

 機嫌が悪くなった赤土に対し急いで謝る。こうやって電話の一つでも祝いの言葉をかけてくれるのは嬉しいけど、赤土にとっても大事な時期だからな。

 そう告げると赤土が先ほどまでとは裏腹に笑い始めた。

 

 

『まったく、須賀君って損な性格してるね。こういう日ぐらい踏ん反り返ってもいいんじゃない?』

「悪いがこれが俺の性分だよ。まあ、でもおめでとうの言葉一つでも嬉しいぜ」

『おや、もしかして私が言葉一つだけで済ませると思ってる?』

「思ってるって、なんかくれるのか?」

『まあねっ』

 

 

 俺の言葉に自信満々に答える赤土。

 大事なのは気持ちであって、ものじゃない。とはよく言われるけど、それでも形あるもので表してくれるのは嬉しいものだ。

 しかし奈良と長野離れてるし、どうするんだ?確かまだ住所とか教えてなかったし。

 

 

『それで用意はしたから渡したいんだけど住所がわかんないからね。だから大学受かってこっちに引っ越してきたときに渡すよ』

「受かった時って…落ちたら?」

『考えてないっ!』

「いや、力強く言うところでもないだろ」

 

 

 ハッキリと答えた赤土にツッコミを入れる。いや、まあ赤土らしいがな。

 ツッコミに対し赤土は笑っていたが、いきなり黙ったかと思うと、先ほどとは違い落ち着いた感じで話を続けてきた。

 

 

『…だからさ、お互い頑張ろう』

「…ああ、そうだな」

『それじゃあ試験終わったら会おうね』

「ああ、またな」

 

 

 そういってお互いに次に会う時の事を決めて名残惜しみながらも通話を切る。

 もう少し話していたいが、皆からの応援や先ほどの頑張ると言う約束を守る為にもなるべく勉強をするべきだろう。

 

 

「さて、もうひと頑張りするか」

 

 

 そういって勉強に取り掛かる。

 

 

 

 ―――こうして、俺の18歳の誕生日は受験勉強最中でありながらもいつもの如く騒がしく過ぎて行き、俺の試験への意欲をより滾らせてくれる日となったのだ。

 

 




そんなわけで京太郎の誕生日でした。京太郎おめでとう。
え?バレンタインや咏ちゃんの誕生日?そんなん考慮しとらんよ…。


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・番外編(本編とは基本関わりなし)
穿いていない物語


なんとなく思いついたので書いてみた短編。本編?なにそれ美味しいの?

基本的に本編とは似てる所もありますが、異なる世界での話です。

エロ・ハーレム要素があるのでそういうのが受け付けない方はスルーで。


 おっす!オラ京太郎!阿知賀女子学園の教師だ。

 

 『んースリスリ』

 

 高校時代に阿知賀に住む赤土晴絵と仲良くなった関係で奈良の大学に進学し、その後就職は母校の清澄にしようと思ったんだけど、思いのほかここの居心地が良かったからそのままこっちで就職しちまっただ。

 

  『しず狭いからもうちょっと開けてー』

 

 教師としてはもう四年目で慣れて来たし、麻雀の副顧問としても実に順調だ。

 

      『そう言いつつ自分は良い場所取るのは卑怯だろー憧』

 

 え?俺が副顧問なら顧問は誰だって?

 

   『そう言う先生だってくっつき過ぎなのです』

 

 そりゃ我らが阿知賀のレジェンドこそ赤土晴絵以外にはいないだろ。

 

    『あったか~い』

 

 赤土は一時期実業団からの誘いもあって進路について悩んでいたみたいだったが、麻雀教室で子供達に教えるのが性に合っていたらしく結局教師の道を選び、俺と同じく阿知賀女子に就職した。

 

      『まったく……皆さん争うのはよくないですよ』

 

 その結果、大学時代からの腐れ縁はまだまだ続くことになった。

 

     『そう言いながらちゃっかりくっ付いてるし……』

 

 それで赤土や俺が教師となったので、本来廃部となっていた阿知賀麻雀部も玄を中心に復活して、中学時代には県代表もなったことがあるぐらいだ。

 

   『そうなのです! 和ちゃんは師匠にくっつき過ぎだよ!』

 

 そのため部員もどんどん増えていき、今では晩成高校に続く奈良の麻雀強豪校として名を馳せている。

 

      『いえ、それは玄さんの目の錯覚です。スリスリ』

 

 そして今年は穏乃達中学生組も高校に上がり、我が部の実力者達が全員揃ったことによって今までよりも大会への意欲に燃えているのだ!

 

   『目の錯覚とかそんなオカルトないのです!』

 

 打倒晩成!全国大会への切符を手に入れるぞ!―――――――――――と、意気込んでいたのだが、少し前に深刻な問題が発生してしまった。

 

 『皆元気だねー……ぐぅ……』

 

 まあ、その原因は俺なんだが……って――― 

 

     『寝るなし……』

 

 

「ええい! 人が真面目に考え事してるんだから、いい加減やめろって!!」

 

 

 あまりにも騒がしいので、くっついていた七人を無理やり剥がす。皆はそれに文句があるのかブーブー言ってるが知らん。

 しかし全員剥がすということは出来ず、コアラのごとく背中にへばりついていた穏乃だけは残念ながらそのままだった。夏が近づき気温もあがって蒸し暑いのにやってられないぞ。

 

 

「いいじゃん、どうせエロい事考えてたんだろー? なら今日はもう終わりにしてうち来ない?」

「むー、ダメだよ赤土先生。今日は月曜日なんだから私の番だって」

「そうよ、ハルエは日曜全部使えるんだから卑怯よ」

「うん、私たちにももっと分けて欲しいかな……」

「いえ、憧や宥さんはそれぞれ穏乃と玄さんと一緒にやることにより二日続けてできるんですからむしろそちらこそ譲るべきです」

「いやいや、そこは頭を使った私たちの勝利だからね。羨ましいなら和ちゃん達も誰かとペアを組めばいいのです!」

「誰かと一緒なんて嫌。別に京太郎先生には興味ないけど」

「いや、灼のツンデレってもう意味ないから」

 

 

 好き勝手に話しているのは赤土晴絵、高鴨穏乃、新子憧、松実宥、原村和、松実玄、鷺森灼という先ほど俺にくっついていた七人であり、阿知賀麻雀部のメインメンバーとおまけの顧問でもある。

 会話内容からもわかる通りちょっとしたカオス空間であり、それに合わせたとおり内情も見た目通り混沌としている。

 

 しかしまあ……この会話だけでこいつらが何を話しているのか分かる人は分かるだろう。

 その……なんですか……はい………………全員とそういう関係になっちゃいました。

 話だけ聞けば「七股野郎もげろ!」と言われるだろうがこれには深いわけがあるし、俺だって教師という立場から好きで手を出したわけではない。

 事の始まりは一か月ほど前に遡り、春の新学期が始まって間もないことである――

 

 

 

 

 

 当時、穏乃たちが高校に上がったことにより県大会へ向けて皆が猛練習をし、副顧問である俺もそれをサポートしていた時期である。

 

 月曜日の朝、いつもだったら眠い目をこすりながら起きて支度をするところなのだが、ところがあの日は朝起きるととてつもない違和感に襲われたのだ。

 しかし違和感はあっても別に風邪をひいたわけでも泥棒に入られたわけでもなく、前日一緒に飲んでいた赤土が隣で酔っ払って下着姿のまま寝ているのはいつものことだったし、違和感の正体は全く分からなかった。

 だが、その正体は仕事のため家を出て学校へ向かう途中で明確となった。

 

 そう――――――――すれ違う多くの女子高生達のおもちがチラ見出来たり、スカートが短かくて中には下になにも穿いていない様に見えるものもいた。

 最初目もしくは頭がおかしくなったのかと思ったがすぐに立ち直り、その生徒達に注意しに行った。

 しかし――

 

 

「スカートが短い? 学校指定の長さのままですよ」

「え、須賀先生何言ってるの? 飲みすぎじゃない?」

「下着がなんです? あ~なるほど~スカートの中が見たいんですね。須賀先生ならいいかな~」

 

 

 こんな調子で普通の対応されたり、酔ってるんじゃないかと疑われて誘惑されたりもした。

 勿論そんな話には乗らなかったし、こっちがからかわれているのだと思ったが、少し冷静になって周りを見回してみると学生以外にも通勤途中のサラリーマンなどの男性もいたが、全く反応してないことに気付いた。

 

 その時になって、もしかしてこの光景は自分だけに見えているのじゃないかと疑い始めた。

 その考えが浮ぶと、とりあえずその生徒達には適当に誤魔化し学校に向かったのだがやはり学校でも同じような光景が広がっており、他の教師たちも平然としていたのだ。

 

 頭がおかしくなりそうな状態だったが仕事をさぼるわけにもいかず、とりあえず授業にも出たが、やはり同じような光景が広がっており、大人になりかけの大変魅力的な生徒達の体がチラ見出来る状態であった為、嬉しくもあるが大変困った状況となった。

 もちろん教師であるため、なるべく見ないように目線を外そうと努力したが上手くいかず、傍から見てもすごく様子がおかしかったのだろうか生徒達からは心配されてしまった。

 

 それからなんとか授業を終えた後、やはり酒の飲みすぎかと思い保健室で気分が悪いからと面会謝絶状態にして休ませてもらったが一向に直らなかった。

 ちなみに保健室の先生のおもちもチラ見出来てしまい、大変すばらだった。

 

 それからその日は土曜日のためすぐに放課後になり憂鬱だったが、もしかしたら昔から馴染みのあるあいつらなら大丈夫なんじゃないかと思って一縷の希望を持って麻雀部に行ってみたが、結果は惨敗であった……。

 

 麻雀部に着くと保健室で休んでいたことが伝わっていたのか、皆が心配して駆け寄ってきてくれ、本来なら嬉しくもあるのだが、この状況では素直に喜ぶことが出来なかった。

 何故なら憧、和、玄、灼の四人の上半身ははまだ普通だったのだが、スカートがいつもより短く見えるか見えないかのギリギリだったし、動きやすいからとジャージに着替えていた穏乃なんかは下半身が丸見え状態だったのだ。

 おかしい……いつも着ているジャージだから変な性癖に目覚めない以上、ズボン穿かないとかあり得ないはずなのに…。

 

 案の定ほかの部員も同じような感じだったが、その中で唯一常日頃から厚着をしている宥とズボンを穿いている赤土だけは普通のままだった。

 そのため部活中はこの二人を中心に話していたので、周りからは何かあったのではないかと心配されてしまった。

 

 心配してくれた皆には悪いが、頭の整理をしたかったので少し体調が悪いということで残りを赤土に任せていつもより早く上がらせてもらったが、帰る途中でも同じような格好をしている女の子達がいた為、見たいという欲望を押さえ、なるべく下を向きながらの帰宅となった。

 

 それからなんとか家に着くと今日一日の疲れからへたり込んでしまうが、しかしこのまま休んでこのおかしな状態が治るならいいがそんな都合よくいくわけないと思い、今日のことについて考え始めた。

 そして考えをまとめた結果今日一日で分かったことだが、この破廉恥極まりない症状は女性に対してだけに起こり、しかも高校生から20代後半ぐらいまでの相手に限るということ。また、部活中に赤土相手に探りを入れた結果、他の人からは普通の服装に見えているらしいということがわかった。

 あと着ているものが完全に透けるとかでなく、ずれて見えたり、一部がないように見えるというものだった。

 

 症状についてはなんとなくわかったが解決方法など分かるはずもなくその日は終わり、それから一週間過ぎても一向に治る気配がなかった。

 こっちとしては教師といえども一人の男であるため悶々とした気分をずっと味わわされ続け、視覚的には実に天国であるが地獄のような一週間だった。

 勿論こんな状態で気付かれないわけもなく、生徒や同僚からは心配されたが「実は女子高生の下着やその中身が見えるんですよ」なんて言えるわけもなく、体調が悪いと誤魔化すことしかできなかった。

 

 しかしそんなのが長い付き合いである赤土達に通じるわけもなく、日曜日に家に引きこもっていた俺の前にいつもの七人が現れ、どっかから持ち出したロープで俺を縛り上げたのだった。

 どうやら俺が何か後ろめたいことや悩み事を隠していると思い聞き出しに来たらしい。

 

 ――いや……聞き出すにしてももう少し別の方法があるんじゃないですかね……?

 

 本来なら宥や和はこういった手荒なことはしないのだが、どうやらこの一週間でかなり心配させてみたいで、なにがなんでも聞き出すといった雰囲気だった。

 流石にこいつらにまでこんなことまでさせるぐらいならたとえ自分が軽蔑されてもいいかと思い今日までのことを全部話すことを決めた。

 

 そしたら最初のうちは皆その内容に顔を赤くしたり、こんな時にふざけるなと怒り始めたが、俺の切羽詰まった表情から本当に困っているのだとわかりしっかりと聞いてくれた。

 そして最後まで話すと、とりあえず薄着をしている全員が俺の部屋にあった服を身に着けた始めたが、出ていこうとする者は一人もいなかった。

 

 それから持つべきものは歳の差はあっても長年の友人といった感じで色々と案を出してくれたが、結局その場では解決せず、和が「そもそもそんなオカルトありえません」と言い、とりあえず病院に行くという結論が出た。

 だがしかし、その結果、大きな病院で目や脳の検査をしてもらったが特に異常はなく、精神的なカウンセリングも受けたがそちらでも芳しい成果は得られなかった。

 

 そこで科学が駄目ならオカルトということで皆の伝手を使い、休みをもらって岩手のオカルトに精通しているという教師や鹿児島にいるおもちが爆発しそうな巫女さん達に助けを求めた結果、恐らくということだが原因と解決方法がわかったのだ。

 

 その結果は――――皆には呆れられたが、原因としてはただの欲求不満とオカルトのせいだということだった。

 

 まず女子校の教師となり、年頃の異性に囲まれ続けるという空間に居ながら彼女を作っていなかったためその発散先もなく、自分では気づかずにストレスが溜まっているからではないかと。

 もちろんそれだけでこんな状態にわけもなく、どうやら麻雀部でオカルト的なものに長年触れていたことと、今年になって練習に力を入れたためその影響が出たんじゃないかということだった。

 

 とはいえ実にくだらない原因であったが俺からすれば深刻であり、すぐにでも治したかったのだが、得られた解決方法としては実に簡単で彼女を作ればいいということだった。

 実にわかりやすい解決方法であったが、彼女いない歴=年齢の身としては尻込みしてしまう結果となった。

 

 ちなみにこの症状は透視と言うわけはなく、俺が見たいものを脳が勝手に想像して認識してるんじゃないかということだ。

 つまり実際に見てるのではなくただの俺の願望が生み出してる幻だ。

 

 たとえばとある巨乳のSさんという人がいたとする。

 

 勿論今の俺がその人を見れば大きくてすばらな光景が見れるのだが、もしその人が実は虚乳でパッドを外したとしても俺がその事実を知らなければこの症状下では大きく見えたままと言うことだ。

 勿論水着などを着てその事実を脳が理解すれば、途端にそっちの真実のおもちを参考に想像するようになり俺の脳内おもちも萎んでいくというわけだ。

 

 透視で本物を見ているというわけじゃなく安心したが、やはり目に毒なので一刻も早く治すためにやはり彼女を作らねばならないという結論にいたったが、やはりいまままで彼女を作ったことがなかったのですごく困った。

 しかし尻込みしている場合ではなく、同じく有給を取って一緒に来てくれた赤土に女友達を紹介してくれないかと言ったら―――

 

 

「ふーん、なるほどね…………いいよ、今度紹介してあげる」

 

 

 ――と言った後、説明の為に集まっていた他の皆と一緒に帰ってしまった。

 こちらとしては一刻も早く治すためにすぐにでも紹介してほしかったんだが、流石に年頃の女の子たちの前でがっつぎ過ぎかと思い反省し、帰宅してからも何かする気にもなれずさっさと寝たのだった。

 

 しかし次の日の夜、家にいるといきなり赤土達がやってきたと思ったら、いつまでも沈んでてもしょうがないし宴会をしようとの提案があった。

 昨日のことで軽蔑されたと思っていたのにこうやって励ましに来てくれる皆の姿に年甲斐もなく目が潤みそうになり、それを誤魔化す為にも差し入れの酒を飲み、遅くまでどんちゃん騒ぎをしたのだった。

 

 そして運命の日である次の日。二日酔いよりもなぜか腰の痛みに目が覚めると、そこにあったのは俺を含め全員が裸で寝ている状況であった――

 

 

 

 

 

「……………………………………なんだ夢か。早く起きよう」

「ところがどっこい、これが現実です」

 

 

 

 

 

 今見たあり得ない光景を夢と断定し、なぜか再び横になって目を覚まそうとする俺に対し声がかけられる。

 その声に振り返ると、そこには先ほどまで寝ていたはずなのに、いつの間に起き上がりこちらを笑顔で見ている和がいた…………裸のままで。

 

 

「ちょっ!? 見えてるから隠せって!」

「昨日さんざん見て触って舐めて揉んで弄って抓って嬲ったのに、今更何を言ってるんですか」

 

 

 慌てて目を逸らす俺に残酷な一言を告げる和。

 無意識的に頭から外していたことだが、裸なのはやっぱりそういうことだよな……。生徒に手を出す教師とかヤバすぎだろ……。

 

 いや、百歩譲って和とだけそういった関係を持ったのならば、どんなに罵られようと責任は果たすつもりだ。

 しかし、他の六人も同じような状況ってことは……………つまり……そういうことだよな?責任とか懲戒免職ってレベルじゃすまされないぞこれ……。

 

 

「顔が百面相状態で面白いことになっていますよ。まあ、大体なにを考えているのかはわかりますけど、とりあえず他の皆を起こしますのでシャワーでも浴びて来た方がいいと思います」

「…………ああ、そうするわ」

 

 

 確かに一度頭を冷やしてゆっくりと考えたい気持ちだったので、和の提案に乗ることにした。

 途中ぐしゃぐしゃになったシーツや何とも言えない臭いが部屋に充満していることに気付き、より一層気分を憂鬱にさせられた。

 

 それからシャワーを浴びている途中に色々考えたが堂々巡りでいい考えも浮かばず、このまま引きこもって浴槽と結婚したくなったが、いつまでも引き籠るわけにもいかないので外に出る。

 体を拭き着替えて外に出ると、残りの皆も既に起きていて俺を待っていた。

 

 

「おはよー、須賀せんせー」

「……おはよう」

「おはようです、師匠」

「お、おはようございます……」

「おーはー」

「あはは、おはよー」

「改めておはようございます。京太郎さん」

「……ああ、おはよう」

 

 

 俺が出てきたことに気付き皆あいさつをしてくるが、どことなくぎこちない。

 憧や宥、赤土は顔を赤くしてわかりやすいし、穏乃と玄、灼はいつも通りにしようとしているがやっぱりおかしく、平然としているの和ぐらいである

 というか、さりげなく和からの呼び方が須賀先生から京太郎さんになってるのが怖い…。

 

 

「あー……風呂空いたし、皆も入ってくれば?」

「いえ、どうやら京太郎さんが事情を詳しく聞きたいみたいなのでそちらを優先します。体は先ほど京太郎さんが入っている間に濡れたタオルで拭かせてもらったので大丈夫ですよ」

「そうですか…………それで……その、昨日何があったんですか?」

 

 

 すらすらを話を進める和にしり込みして思わず敬語になりながらも昨日のことを尋ねた。

 もちろん何があったのか予想はつくが、微かな希望もあるんじゃないかと――

 

 

「京太郎さんが私を含め全員を抱きました」

 

 

 ――希望など存在せず、そこにあったのは絶望だけだった。

 

 

「………………えーと……本当か?」

「そ、そうよ……だ、だから責任取りなさい」

 

 

 確認の為にもう一度訪ねる俺に、照れながらも重い一言を告げる憧。

 やばい、嫌な汗が出てきたぞ……。というか、いくら飲んでたからって全員に手を出すなんて……。

 

 

「ねえ、そろそろ可哀想だから教えてあげようよー」

 

 

 この世の終わり様な顔をしていた俺が流石に哀れになったのか、他の皆に聞こえるように言う穏乃。

 え?……教えるってなにが?………………そうか!

 

 

「実はドッキリだったのか!」

「教えてあげるってのは別のことで、手を出したのは事実」

「       」

 

 

 喜び立ち上がった俺。

 ズバッ切り裂く灼。

 無言で崩れ落ちる俺。

 現実は非情であった

 

 

「ええと、教えるっての言うのは昨日の夕食の中に鹿児島の巫女さん達から貰った薬を混ぜてたってことです」

 

 

 

 

 

 ……………………………………………ハァ!?薬!?

 

 

 驚き飛び上がって皆を代表して話した玄の方を凝視する。

 その視線が恥ずかしかったのか、イヤンイヤンといった感じで体をくねらせる玄。いや、そんなことしてる場合じゃねーだろ。

 

 

「あー、ほら一昨日京太郎が女の子紹介してって言ったじゃん」

「あ、ああ、確かに言ったけどそれが?」

 

 

 問いただそうにもどうしたらいいのか悩みつつ見つめたままの俺と体をくねらせるばかりの玄に焦れたのか、赤土が話を続ける。

 とりあえず答えたが、その時の発言とこの状況に何の関係が?

 

 

「で、今度紹介するって言ったじゃん」

「ああ」

「はい、可愛い女の子七人」

「……………………………はぁ!?」

 

 

 最初赤土の言葉が意味わからなかったが頭の中でよく考え込み、ようやく理解すると同時に思わず大声を出してしまった。

 え、なに?確かに女の子を紹介してくれって言ったが、それは同年代ってことで女子高生……しかも顔見知りのこいつ等ってどういうことだよ。それにこういう場合普通紹介するのは一人だけだしなんで七人。しかもお付き合いという前提と飛ばしてなんで体の関係持ってるんだよ。教師なんだから生徒達に答えだけじゃなく式も書けって教えてるだろ。それに赤土はもう女の子って歳じゃないし。

 

 頭の中でグルグルと思考してるうちに、思わず最後の台詞を口に出してみたいで赤土に殴られた。いてえ……。

 

 

「こほん。まあそれは置いといて。京太郎が女の子紹介しろって言いだしたからヤバいと思って皆と話し合ったわけよ」

「ヤバいって……なにが?」

「そりゃ決まってるでしょ。皆の好きな男が他に彼女作るかもしれないことよ」

 

 

 好きな男…………………………………………………………俺!?

 皆ってもちろんこの七人……だよな……?

 

 

「ああ、その表情だとやっぱ気付いてなかったんだ。まあ皆初々しいながらもアプローチはしてたんだけど高校生だしね。京太郎から見れば妹みたいなもんだからしょうがないよねー」

「えー、でも赤土先生は女子高生じゃないのに気づかれなかったじゃん」

「わ、私は、これでも奥手なの! そ、それに一応京太郎の部屋で飲んで泊まった時はいつも服脱いで誘ってたし」

 

 

 毎度寝相悪いなあって思ってたらわざとだったのかよ……。

 先ほどから話される驚愕の事実に固まっているとさらに話が続けられる。

 

 

「一応私たちの間で色々協定みたいなの結んでたんけど、流石に今回のままじゃヤバいと思ってね。そこで、知らない人に盗られるぐらいならもういっそのこと全員と付き合ってもらおうって決めたんだ」

「え…………お、おれの意志は?」

「す、須賀先生は私たちじゃダメですか?」

「う……それは……」

 

 

 せめてもの抵抗しようとする俺だが、宥に涙交じりの視線を向けられたじろぐ。

 いや……皆色々と異なるがそれでも普通に器量の良い女の子だし、これが教師などの立場じゃなかったら大歓迎なんだけど……。

 焦る俺に退路を塞ぐように和が話を引き継いで続ける。

 

 

「ああ、言っておきますと教師と生徒の立場はすでに問題ありませんよ」

「え?」

「少し前に本人たちの意志と保護者の同意が得られれば、たとえ未成年や生徒と教師であっても付き合えるように法律が変わりました」

「ちょ」

「それに近年の少子高齢化対策で、一定以上の要件を満たせば一夫多妻制が認められるようにもなりました」

「おま」

「すでに私たちの両親には了承を貰ってますし、京太郎さんのお義父様とお義母様にも話は通していますので」

「………」

 

 

 動揺して片言しかしゃべれない俺に畳み掛けるように続ける和。さすが弁護士の娘だな……。というかいつの間にそんな法律が通ったんだよ……。

 

 あとで耳にした噂だが、とある弁護士がその法律に深く関わっており、彼はある雑誌のインタビューで「娘が生まれてから15年経つが、あのような恐ろしい眼をしたのを見たのは初めてだった。そして私が生まれてからあのような恐怖は一度も味わったことがなかった。できればこの先二度とあのような恐ろしい出来事にはあいたくない」と語っていたらしい。

 いったい誰なんだろうか……。

 

 

「ええと、これってマジで言ってるのか?」

「ええ、本気も本気です。父も快く頷いてくれました」

 

 

 再度確認する俺に告げられる確固たる返事。

 こんな場でもなければ惚れてしまいそうな強い声と表情だ。

 

 

「他のみんなもそうなのか? 親御さんも本当に良いって言ってるのか?」

 

 

 反対してくれる奴が一人でもいないかと思い確認するが……。

 

 

「うん、お母さんも須賀先生なら安心して任せられるって」

「他の男に任せるぐらいなら須賀さんが良いってさ。お姉ちゃんも賛成してくれた」

「私は男の二人と女の子二人が欲しいなぁ……」

「お祖母ちゃんが、早く曾孫抱きたいって……」

「むしろうちは早く嫁に行けってうるさいしねー」

 

 

 まあ、こんなことになってるぐらいだからわかりきっていたことだけどな……。

 というか宥は気が早すぎるぞ…………でも、昨日ので既に出来てる可能性もあるんだよな……。

 

 絶望感を感じ、思わず両膝と両手を地面につく。そんな俺の肩に手を乗せる感触があったので振り向くと、そこには笑みを浮かべた玄がいた。

 そうだお前がいたな。これから全国大会に向けた練習もさらに忙しくなるし、そんなことしてる暇もないよな……。

 

 

「旅館はお父さんとお姉ちゃんと私、それに私たちの子供達がいるので師匠は安心して教師を続けても大丈夫なのです! あ、で、でももしうちに住んで一緒に旅館のお仕事してくれたら夫婦らしくてすごく嬉しいかも……」

 

 

 ドヤ顔で話していたかと思ったら、途中で照れながら未来について語り始める玄。

 ブルトゥス、おまえもか!裏切ったな!高1の頃『俺、男友達と遊んでる方が気楽でいいんだし!』って言いながらちゃっかり夏休みに彼女作ってやがった同級生の池田と同じで俺の気持ちを裏切ったな!

 

 そんな感じで絶望している俺を尻目に盛り上がる女性陣。子どもは何人が良いだの、もしみんな一緒に住むならどこにしようかと話し合っている。

 実に平和な光景だ……怒涛の展開で脳みそがシャットダウンしそうな俺を除けば。

 

 そんな中、固まっている俺に近づいてきた和が俺の耳元に口を寄せ、なにかを呟く。

 

 

「これからよろしくおねがいしますね。あ・な・た♪」

 

 

 それがトドメの一言となったのか思わず俺は意識を手放した。

 その途中で見たのは、この先の未来を馳せて満面の笑みを浮かべた和だった。

 

 ああ――その笑みでふと思い出したが、和が中学一年の頃に引っ越すことになり、それを撤回させるために皆で和の両親に頼みに行き、最終的には和が父親を説得させて奈良に留まることになったんだよな。

 あの時の和はすごかったな……それにここに留まれると分かった時の笑顔は今見たのとそっくりだったっけな……。

 

 

 

 

 

 それから今日までの日々はこれまでの人生の中でもっとも濃厚な日々だったと言える。

 

 とりあえずこれからどうするかということで、まず何よりも先に全員の両親に確認の為に挨拶も兼ねて会いに行ったのだが、皆の言って通り歓迎されて娘を頼むとまで言われてしまった。

 そして学校でも隠し通せるわけもなくすぐにバレたが、教師も生徒も特に普通のカップルを祝福感じだった。

 どうやら俺の知らないうちに俺が住んでいた日本はなくなってしまったようだ……。

 

 そして周りの事も大事だが、自分たちの事も決める為にうちの嫁達(仮)と一緒に話し合った結果、結婚とか同棲はしばらく後にするとして、今回の原因となった俺の症状を失くすことが先決となったため、ひとまず俺の週七日間を七人で分けることなった。というか決められた。

 そしてさらに何時間にも及ぶ議論の結果、月曜日が穏乃、火曜日が憧、水曜日が玄、木曜日が宥、金曜日が灼、土曜日が和、日曜日が晴絵と言うことになった。

 

 これには異を唱える者も多かったが、年長者ということで晴絵が無理を通した。

 また、土曜日に関しては今回のことで中心となった和に譲るということで特に異論がなかったのは、皆の協調性を感じられる出来事であった。

 しかし他のメンバーが引いたことには色々と考えがあったのだと知るのはそれから少ししてからであった。

 

 ちなみに晴絵からは「恋人同士なのにいつまでも苗字じゃ寂しいでしょ……というか、こっちも京太郎って呼んでるんだから、そっちもいい加減名前で呼びなさい!」と言われたため、名前で呼ぶことになった。

 おまけにこの後、今まで他の皆が名前呼びされてたのに、なんで一番古い付き合いの自分だけ苗字呼びのままだったんだって、今までのうっ憤を晴らす如くしつこく絡まれました。

 いやだって、穏乃たちは子供だったし、同年代相手に名前呼びはきついだろ……。

 

 そんなわけでとりあえず面倒な晴絵のことは置いといて、基本的に俺の相手をするのは学校が終わった放課後に俺の家ということになるが、それぞれが自分のホームを持っている為、そういった場所になることも多かった。

 

 

 月曜日の穏乃は学校が休みの時には山につき合わされることが多い。

 

「京太郎さんは私がジャージの時は穿いてないように見えるんだよね? それじゃあ……これとかどうかな」

 

 その場で穿いていた長ズボンを脱いだ穏乃とそれに付き合う俺。

 

 

 火曜日の憧は実家を利用して、巫女服を着ての神社の裏が多い。

 

「鹿児島の巫女さん達には勝てないけど、これでも意外にあるんだからね」

 

 子どものころよりも育ったものを手で寄せアピールする憧とそれに付き合う俺。

 

 

 水曜日の玄は実家の松実旅館の温泉が多い

 

「ふふ、実は私のおもちもそれなりのものなんですよ」

 

 宥や和には劣るがそれでも立派なおもちをスポンジにする玄とそれに付き合う俺。

 

 

 木曜日の宥はあまり外に出たがらないため宥の自室が多い。

 

「炬燵の中だったらもっとあったか~くなれますよ」

 

 こたつに入って手招きする宥とそれに付き合って二重に汗をかく俺。

 

 

 金曜日の灼は実家のボーリング場が多い。

 

「京ちゃんと一緒なの誰かに見られたくないし・・・」

 

 と、ツンデレ台詞を言い、受付をやりながらだったり閉店後にもやろうとする灼とそれに付き合う俺。

 

 

 土曜日の和は和の自室でやることが多い

 

「ほら、私たちの旦那様ならこれぐらい勝てないと」

 

 ネトマをしながらやるという高度なプレイをする和とそれに付き合う俺

 

 

 日曜日の晴絵は夕方までデートと言うことが多い。

 

「昔からこうしたかったんだけどね、なんか言いだせなくて……」

 

 念願だったというデートに誘う晴絵とそれに付き合う俺。

 もちろん夜には俺の家に行くが、一番年上の晴絵が一番乙女らしいとかどうよ。

 

 

 ちなみにみんなの俺に対しての普段や学校での呼び方が色々変わったが、特に学校側は問題ないようだ。

 器デカすぎだろ、阿知賀女子。

 

 

 

 

 

 そしてこうなる前はあんなにも拒否していた俺だが、こうして過ごしていくうちに結構こういう生活もいいんじゃないかと思えてきた。

 みんな器量は良くて、俺のことなんかを好きでいてくれるし、なによりも俺自身こいつらもっと一緒に居たいと思っているからな。

 しかしこんなことを考えていたのは、最初の一週間だけで次の週からは段々とメゲるようになっていた。

 

 何故かって?腰が痛いんだよ、だって週に七日毎日だぜ……。

 毎日夜に数回だけでもキツいのに、日によっては朝に俺の家まで来ることもあるから朝にもやって、昼に時間があれば誘われることもある。

 それに月曜から木曜までの四人は前から企んでいたのかそれぞれペアで来ることもあり、その場合二人相手を二日続けてやるので疲労も倍である。

 

 残りの三人も同じようにされたら死ねるが、灼は他の人に見られるのは恥ずかしいらしく、和は嫉妬深く最中に他の女性のことを考えるのすらNGで、晴絵は二人きりの時は自分のことだけ見ていてほしいとのことで安心ではある。乙女かよ。

 

 しかし、そんなにきついなら断ればいいじゃないかと言われるだろうが、こっちは毎日なのに対して、皆は週に一日しかないので断りにくいのである。

 流されるまま決まってしまった関係だが、それでも責任を取ると決めてしまったのだから、寂しい思いはさせたくない。

 まあ……それに皆魅力的な体してるしな、据え膳食わねば男の恥ってやつだ。

 

 そんな感じでこんな生活を一か月近く続けるうちに俺の透視的な症状も収まったが、週七日分割は既に日常に組み込まれていたのか終わる気配はない。

 もちろん分割と言ってもその当番の日の相手としか会えないというわけではなく、冒頭のように学校では大抵誰かがくっ付いている。

 それは部活中も例外ではなく、確実に誰かが余るように計算されておりその誰かが俺に甘えると言った感じだ。

 

 こんなことしていたら他の部員にも示しがつかないはずだが、なぜか普通に受け入れられている。生徒達の順応性高すぎぃ……。

 

 

「そろそろ終わったー? 終わったなら膝枕してあげるからこっちおいでー」

 

 

 こうなった原因の回想をしながら牌譜を整理していた俺に向かって晴絵が呼びかけてくる。

 膝枕は大変魅力的だが、こっちとしては一応部活中だし真面目にやりたいんだけど……。

 

 

「ダメ、今は私がしてもらってる途中。これはハルちゃんでも譲れない」

「うん、それに次は私が京太郎さんを膝枕するから赤土先生は駄目だよ……」

 

 

 前言撤回。すっかり忘れていたが、さっきから灼をずっと膝枕してたんだった。

 こっちには俺に膝枕をされている灼と次の順番待ちをしながら腕に抱きついている宥。おい、人に見られるのは恥ずかしという設定はどこいったんだ……。

 

 

「それはそれ。これはこれ」

 

 

 人の思考を読まないでください。

 

 

「いいなー私もしてほしいなー」

「今は対局だからダメだって」

「そうだよ、全国大会で勝って目立てば穏乃ちゃん達はプロになれる可能性も上がるもんね」

「はい、いずれ生まれてくる子供たちの為にもお金はあるに越したことありません」

 

 

 向こうでは穏乃、憧、玄、和が県大会の為の練習をしており、それを後ろから晴絵が指導しているのだが、会話からするにあんまり集中できていないようだ。

 こんなんで勝てるのか?と思われるかもしれないが、実際は必要なときにはすさまじい集中力や実力を見せて、この一か月でかなり実力を伸ばしているのだ。

 

 理由としては和が言ってたように、今までよりも勝ちたい理由が出来たためじゃないかと思う。

 晴絵なんかは「京太郎に抱かれたからじゃない?他の人に盗られるって心配もなくなったし」とか言っていたが、後者はともかく前者はありえないだろ。

 俺に抱かれると強くなるって?ばんなそかな。

 

 

「子どもかー、高校卒業したら作ろうね京太郎さん」

「あ、玄さんズルい! 私も!」

「男の子と女の子三人ずつ欲しいなぁ」

「いや、穏乃はプロ行くんだろ? なら仕事あるんだし、子供もそう簡単に作れないぞ」

 

 

 松実館で働く予定の玄や宥に、すでに教師として働いている晴絵はともかく、他の面子は進学やら就職もあるからそう簡単に出来るもんじゃない。

 さりげなく宥の希望人数が増えていることはスルーしておく。

 

 

「そうですよ穏乃。だから数年頑張って京太郎さんが働かなくてもいいぐらいたくさん稼げばもっと一緒に居られますよ」

「そうね、今のままだと一緒にいられる時間少ないし良い案ね」

 

 

 ええー完全にヒモじゃないですかやだー。

 

 

「一家の大黒柱はドンっと座ってるものだし問題ない」

「いや、座ってるのとヒモじゃかなり違うわけですが……だから人の心読まないでくれ」

「京ちゃんは何を考えてるのかわかりやすいし」

 

 

 ちくせう……。

 

 その後宥に膝枕と耳掃除をされ、じゃんけんで勝ってこっちに来た憧には膝の上に座られた。おまえの男子が苦手って設定はどこ行ったんだ?

 

 

「そんなの京太郎さんの気を引くために決まってるじゃない。実際他の男子はちょっと苦手だけど京太郎さんは平気だし」

 

 

 さいですか……こんな関係になって皆の猫と言うか色々被ってたのがわかってしまったな……。

 穏乃とか変わらないのもいるけど、最近めっぽうエロくなってきて非情にありがた困る。玄や宥なんておもちがさらに大きくなった感じがするし。

 

 

「よーしそろそろ下校自宅だし、部活も終わりしようか」

『は~い』

 

 

 そんな感じでいちゃついてる間に日も暮れてきたため、晴絵の一声で片づけを始める。

 朝は穏乃が起こしに来て、昼は練習中の穏乃の弁当を食べて、放課後は皆といちゃついてと、今日もいつもと変わらなくもあるが非日常的な一日だった。

 しかし今日はまだ終わらないのである……。

 

 

「よ~し、それじゃあ帰ろうか。お疲れ様!」

『お疲れ様でした!』

 

 

 挨拶を終えるとこちらに向かってくる穏乃と憧。

 そう、今日は月曜日でここからが分割時間なのだ……………………………今日も二人一緒か……。

 

 

「えへへ~、それじゃあ帰ろう京太郎さん」

「今日は私が左でしずが右ね」

「りょうか~い」

 

 

 憧の提案で左右にくっつく二人。

 ある程度帰り道は一緒なんだから皆で帰ってもいいはずなのだが……。

 

 

「二人きりでイチャイチャしながら登下校がしたい!」

 

 

 という赤土の発言でこうなった。乙女か!

 まあ他のメンバーも同意見だったためこうなり、毎度部室を出ていく皆の羨ましそうな視線にさらされる。結構愛されてるなー俺。

 それから皆を見送ってから戸締りをし、帰路に着く俺と穏乃と憧。

 

 

「それじゃあ帰るか、夕飯はどうするんだ?」

「いつも通り私たちが作るからスーパーに寄ろうか、何が食べたい?」

「ハンバーグ!」

「しずには聞いてなかったんだけど……まあいっか」

 

 

 最近少しでも肉付きをよくしたい為か、よく食べる穏乃の一声でハンバーグに決定した。

 穏乃の小柄な体も結構いいと思うんだが、本人は悔しいらしく裏でも努力を重ねている。

 

 ちなみにもう一人の小柄なお人は「貧乳はステータスで他の皆にない武器」と言い気にしていない。

 まあ、確かに大きいおもち好きの俺だが、あれはあれでいいものだと近頃考えるようになった。一種の洗脳だろうか?

 

 その後、スーパーにつき食材を買い始めると、毎度のごとく顔なじみの店員さんや近所の人たちから嫁さんだなんだのからかわれる。

 それに対し穏乃は元気よく返事をして憧は照れつつも肯定しており、それを皆で微笑ましく見ていて既に日常の風景となっいた。

 いや、本当に阿知賀の人たちの器は世界一かい。

 

 それから帰宅すると憧と穏乃がさっそく料理に取り掛かり始め、その間に俺は残った仕事を片付ける。ちなみにこの光景は毎日人や場所は変われども見られる光景である。

 玄や宥は旅館の娘らしく上手だし、和や灼も家で家事をしている為上手く、晴絵も意外に上手だった。

 

 

「だって……いつか京太郎に手料理を食べさせたいって思ってたし……」

 

 

 だから乙女かっての。

 そうこうしている間に料理もでき、三人で食べ始める。

 

 

「うん、ちょっと形が崩れてる所もあるけどおいしいぞ穏乃」

「えへへ~」

 

 

 穏乃が作ったハンバーグを食べて素直な感想を言うと喜ぶ。こうなるまで料理なんてしなかった穏乃も皆に教えられて段々とうまくなってきたな。

 そして夕食後、三人とも風呂に入ったあとまたのんびりとする。

 

 

「よし、それじゃあ始めようか。準備するから待ってて」

 

 

 そういうと穏乃を連れて別の部屋に行く憧。準備っていったい何をする気なんだ……。

 不安と期待の中でそわそわしつつ五分ほど待つと二人が戻ってきたが、その恰好は――

 

 

「じゃーん、どう? 似合ってる?」

「あははーなんか恥ずかしいねぇ……」

 

 

 二人が着ていたのはどこのコスプレ喫茶だよって、言いたくなるような水着メイド服だった。

 近頃コスプレ慣れしたのか堂々とした憧とこういった服を滅多に着ないため恥ずかしがってモジモジしている穏乃。

 大事な部分は隠れているとは言えその姿は扇情的であり、グッとくるものがあった。

 

 

「おいおい、そんな服どこで手に入れたんだよ?」

「この前ネットで見つけて可愛かったから思わず買っちゃった♪ それで感想は?」

「ああ、すごくいいと思う」

「にひひ」

 

 

 褒めてやると嬉しかったのか憧が普段とは少し違った顔で笑い出す。しかし……似合うけどこれって確実に如何わしい目的用だよな……。

 マジマジと憧を見つめていると裾のあたりが引っ張られたので振り向くと、そこには膨れた顔の穏乃がいた。

 

 

「むー、憧ばかりズルい! 私はどう?」

「ああ、もちろん穏乃も似合ってるよ。胸元のハートがお洒落でいいぞ」

「ウェヒヒ、やったー!」

 

 

 褒めてやると途端に機嫌を直す。実際に憧とは少し違った感じの水着でよく似合っている。

 

 

「って、もしかして今日はこの格好でか?」

「そういうこと、京太郎さんこういうのも好きだもんねー」

「うん、前に部屋にあった雑誌に載ってたもんねー」

 

 

 顔を見合わせて仲良く声をそろえる二人を見ていると暖かくも複雑な気持ちになる。 

 だっていつの間にか俺のプライベートが侵害されているし……今更過ぎるが。

 

 

「それじゃあ今日も頑張るよー」

「あ、こらしずずるい!」

 

 

 そういうと俺に飛び掛かって来る二人に押し倒されると、ぶつくさ文句を言っていた俺もやる気になったので今日も頑張ることとなった。

 その日二人が泊まって行ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 こんな感じで俺の生活は二か月前とは一変してしまい、俺自身も未だにこれでいいのかと思うこともあるが、それでもこの生活も悪くないと思い始めていた。

 

 この先、何年も経たないうちに子供も出来るだろうし、そのためには俺自身が今よりももっと成長して、皆を支えられるような男にならなくちゃいけないと思う。

 皆は助け合えばいいんだから俺だけが無理をする必要ないって言うだろうが、それでも男の意地がある。

 

 それに……まあ……なんだ、惚れた女たちなら自分で守ってやらないとな。

 そんな決意を胸にし、須賀京太郎は阿知賀でこれからも逞しく生きていくのだ。

 ……………………………ただ、腰の痛みだけは簡単に慣れそうにもないのは問題であった……筋トレでもするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝目が覚めると、寝ている二人をそのままにして朝食を作り始める。やはり今日も腰が痛いが、男の意地で我慢する。

 

 

「おはよー……京太郎さん。着替え見当たらないんだけどどこにしまったっけ?」

「おう、おはよー憧。着替えなら玄が洗って向こうの箪笥に……ってなんだもう既に着替えてるじゃん」

 

 

 寝起きだからボーっとした顔で挨拶をしてくる憧に返事をし、振り向くが憧の言葉に反して既に着替え終わっていた。

 なんだ寝ぼけてるのか?

 

 

「え? 何言ってるの? 私まだ裸のままだよ」

「そっちこそ何言ってんだ。制服ならもう着てるぞ」

 

 

 そういう憧だがどう見ても既に阿知賀の制服を着ているように見える。

 しかし俺が言っていることがわからないのか、話しているうちに覚めてきた眼で自分の全身を見直す憧。

 

 

「いや、やっぱり裸のままだし服なんてきてないってば」

「え?」

「え?」

「「え?」」

 

 

どうやらこの先も俺と七人の嫁達の未来は前途多難そうだった。

 

 ――――――To be continued?




Q.こいつらナニやってるの?

A.社交ダンスじゃね?


本編放置してこんなの書いてて正直すまんかった。
題名は本編に合わせて「穿いていた物語」にしようか悩んだけど、こっちの方がしっくりきたので穿いていないに。

この後、全国の猛者を手下にした宮永姉妹の奪還編とか、京太郎のオカルトに目をつけて婿にしようとする永水巫女編とか考えたけど続かない。



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タコえもん さき太の恋愛冒険記

 本編が全然書けていないので、以前から少しずつ書いていたドラ○もんのパロを投稿しました。

 ちなみに本編とは全然関係ないですし、教師すら関係ありません。レジェンドは山に帰りました。

 あと練習もかねていつもとは違い三人称視点で書いてみました。




「はぁ~またお母さんに怒られちゃった…」

 

 

 日本の長野県に宮永咲と言う、とある少女が住んでいた。

 彼女は勉強と運動が苦手で、テストは毎度赤点、マラソンをやればビリという、まさにポンコツという言葉が似合う少女だった。

 そんな彼女は今日もテストで赤点を取り、母親に怒られ部屋で落ち込んでいた。

 

 

「でも勉強は嫌だし、昨日買った本でも読もうかな」

 

 

 しかしそんな彼女にも趣味があり、それは読書だ。

 つい先ほど母親に怒られたばかりだったが、勉強はせずに本を取り出す咲。普段なら少しは勉強しようとする姿勢だけは見せるのだが今日は違う。

 なぜなら母親に怒られただけではなく、学校では学生会議長でありガキ大将の竹井久や子分の染谷まこに「咲のくせに生意気だ!」と虐められたことや、幼馴染でありクラスのマドンナの須賀京太郎が、優等生の原村和と一緒に図書館に勉強に行ってしまったことにより落ち込んでいたからだ。

 咲も京太郎から誘われたのだが、本は好きだけど勉強が苦手なので思わず断ってしまった。

 

 

「うう~京ちゃんも私が勉強苦手なのわかってくせに~」

 

 

 もちろん京太郎も苦手だからこそ咲の事を心配して誘ったのだが、咲には意地悪にしか思えなかった。

 一緒にいた原村和も咲の友達であり親友なのだが、ポンコツな自分と比べて頭もよく、高校生になってからはさらにスタイルに磨きがかかっており、近頃劣等感を感じている相手だ。

 なので、背も高く顔立ちもそれなりに良い京太郎も含めた三人で一緒にいると尻込みしてしまい、二人が最近仲の良いのもあって自分だけのけ者にされているように感じてもいる。

 一応補足をすれば、咲も地味めだが十分可愛い部類に入る顔立ちをしており、小動物的な仕草もあって男子からは人気があるのだが、当の本人からすれば知らない人からの批評などどうでもいいのだった。

 

 

「ふーん、だ。いいもん、皆が忙しい中私はこの本読むんだからね!」

 

 

 次に控えているテストのことなど忘れて本を読みだす咲。人はこれを現実逃避ともいう。

 それからしばらくの間咲は楽しく本を読んでいたのだが、途中何やら物音に気付いた。

 

 

「ん?何の音?………机?」

 

 

 咲が音の正体を探すために部屋の中を見渡していると、机の引き出しが動いているのに気付いた。

 どうしようか考えているうちに、さらに引き出しの揺れがどんどん大きくなっていく

 

 

「ちょ、なにこれ!?どうし『ガラッ』キャア!」

 

 

 怖くなって逃げようとしたところで、いきなり机の引き出しが開いたと思ったら――

 

 

「ふぅ…やっと着いたじぇ。お、あんたが宮永咲か?」

 

 

 中から出てきたのは咲と同じぐらいの少女だった。

 少女はなぜか咲の名前を正確に当ててきたが、当の咲本人はあまりのことで声が出ない状態である。

 放心する咲を尻目に引き出しの中から少女が出てくる。

 

 

「よいしょっと…ほら、私が聞いてるんだから早く答えるべきだろ」

「え、えっと…はい、宮永咲ですけど…あなたは?」

「ふっふーん、よく聞いてくれたな!私こそタイムマシンで22世紀より来た!クギミヤ型ロボットのタコえもんだじぇ!」

「………………」

 

 

 変人だ。どこからどう見ても変人であった。

 確かに引き出しから現れるというありえない出来事を起こしたのは見ていたが、咲からすればタイムマシンで未来から来た、と言うトンデモ理論よりまだマジシャンや幽霊の方が信じられた。

 勝手に家に侵入して電波な事を言う少女をどうするべきか悩み、とりあえず警察かと携帯電話を取り出そうとした咲にタコえもんが言う。

 

 

「しかしアレだなー写真で見たとおり、本当にちんちくりんだな」

「ちんちくりん!?あなただって背中と胸の区別がつかない体型してるじゃない!」

「72をー!私は成長期だから将来はもっとバインバインになるんだじぇ!お先真っ暗のお前とはちがうんだじょ!」

「(自称)ロボットが成長するはずないでしょ!」

 

 

 ギャーギャーと、どうしようもないことで張り合う二人。

 するとどこからともなく人影が現れて二人を止めに入る。

 

 

「あー、もう…いい加減にするっすよ二人とも」

「ちょ、あなた誰!?というか二人とも勝手に人の家に入らないでよ!警察呼ぶよ!」

「止めないでほしいんだじぇモモ!」

「あー…警察は困るし、タコえもんの事は謝って私たちの事も説明するんで、とりあえず話を聞いて欲しいっす」

「………はぁ…しょうがないなあ…」

「ちっ…今日はここまでにしておいてやるか」

 

 

 いつまでもこうしていてもしょうがないと思い、罵り合うのをやめる咲とタコえもん。

 落ち着いた咲は改めて二人を見ると、タコえもんだけでなくもう一人の少女も自分と同じぐらいの年齢だと気付く。

 タコえもんは背も低く、凹凸のない体をしているのに対し、もう一人はスタイルもよく胸も同年代に比べ大きく膨らんでおり、咲のイライラ感が増した。

 ただ、気になったのが、もう一人の少女の気配が普通の人より薄く感じられたのだ。

 自分を観察する咲を気にせずに、影の薄い少女は一度深呼吸をしてから口を開く。

 

 

「それじゃあ自己紹介なんですけど、私は東横桃子という名前でして………未来からやってきたあなたの子孫っすよ、お婆ちゃん」

「………はぁ?」

 

 

 タコえもんよりもマシな人だと思ったら、同じような電波を繰り返すことに呆れた声を出してしまう咲。

 本気で警察を呼ぼうか悩んでいる咲の横で話を続ける桃子。

 

 

「もちろん信じられないかもしれないでしょうが事実っす。その証拠に…ホラ」

「?………これって私の?」

「そうっす、昔お婆ちゃんが幼馴染さんに貰ったっていう手作りのブローチっす。ずっと大事にしまってあったのを未来にある本家からちょっと持ってきたんです」

 

 

 桃子が取り出したのは昔京太郎から誕生日プレゼントとして貰った手作りのブローチとそっくりのものだった。

 一瞬大事にしまってあるブローチを盗まれたのかと思い、机の下の段から急いで鍵のついている箱を取りだし、中を確かめる咲。

 するとそこには昨日見たのと同じ状態のままのブローチが収まっていた。

 

 

「はぁーよかったーーー…」

「これで信じてくれたっすか?」

「うーん…でも………ちょっとそれ見せて」

「はい、でも壊さないように注意してほしいっす」

 

 

 咲はそう言う桃子からブローチを受け取ると自分のと見比べてみた。

 確かに自分が持っているのと細部もそのままそっくりだったが、しかし咲が持っているのと違い、大事にしていたのはわかるがそれでもくたびれている部分もあり年季を感じられた。

 手作りの品をここまで似せたものが存在するとは考えにくいし、先ほどの話も信憑性が増したが、それでも胡散臭いことには変わらない。

 しかし完全に否定するのも出来ないので、話だけは聞いてみるのもありではないかと思えてきたので、咲は改めて話を聞いてみようと考えた。

 

 

「わかった。一応あなたたちの話を信じてあげるから、過去に来た理由を話してくれる?………あと部屋の中だから靴を脱いで」

「「あ」」

 

 

 

 

 

 

 

 履きっぱなしだった靴を脱いでベランダに置くと、床を掃除する三人。

 ある程度綺麗になると、話を続けるために桃子と咲は姿勢を正す。

 

 

「それであなたたちの話が本当だとしたら、わざわざ過去に来た理由は?」

「それなんですけど…多分ショックを受ける思いますが、事実なんでしっかりと受け止めて欲しいっす」

「…その話を聞かないことにはどうするかわからないけど…とりあえずわかったよ」

 

 

 深刻そうに話す桃子に頷く咲。一方タコえもんは我関せずで、タコを齧っていた。

 

 

「それじゃあまず…私が子孫だとしてお婆ちゃんは将来誰と結婚すると思うっすか?」

「え?唐突になんで?」

「この後の話と関係あるんでとりあえず答えて欲しいっす」

「あ…えーと………もしかして…京ちゃん?」

 

 

 一番自分に身近で尚且つ恋心を抱いている男性の名前を照れつつも挙げる咲。

 実際麻雀以外に取り柄の自分のことなんて相手にしてくれる男性なんてこの先も現れないだろうし、一番可能性があると考えた。

 しかし無情にも桃子が告げる名前は別人であった。

 

 

「違うっす、池田っす」

「誰!?」

「しかも女性っす」

「女!?」

 

 

 驚愕の事実に目を見開いて大声を上げる咲。

 京太郎以外と結婚していることにも驚いたが、それ以上に同性と結婚しているという事実に驚いている。

 言葉を失っている咲に説明を始める桃子。

 

 

「詳しく説明すると、数年後に須賀京太郎と原村和が付き合い始めて、その後結婚するんです。そして幼馴染と親友が同時に居なくなったお婆ちゃんは、鬱憤を晴らすがごとく麻雀のプロとして暴れるんですが…ある時一緒に飲んでいた池田と酔った勢いでヤッちまうんっす。んで、一人身で寂しさの積もっていたお婆ちゃんはそのまま転がり落ちるように池田と結婚しました。これ当時の写真っす」

「喪女乙だじぇ」

 

 

 そういって桃子が取り出したのは、仲良さげだがどこか虚ろの笑みを浮かべる女性二人の写真だった。片方の髪の毛が猫耳っぽい女性は知らないが、もう一人は咲が鏡で毎日嫌と言うほど見ている姿だ。

 

 

 

まるで成長していない………。

 

 

 

 説明を聞く咲だったが、京太郎と和が結婚すると言う話と大して成長していない自分の写真を見て、頭がパンクしそうだった。

 その様子を見てもなお、桃子の説明は続く。

 

 

「しかし日本では隠れて付き合うならともかく同性婚は認められてないっすよね。流石に周りは反対しましたし、麻雀界のトップに立つ宮永咲の事ですから、マスコミも騒ぎ立てますし、ハッキリ言って普通に暮らしていくのなんか無理でした。だから二人は同性婚が認められている国に移住し、そこで子供を作りますが………ここで一つ質問っす。同性で子供を作るにはどうしたらいいでしょうか?」

 

 

 説明を続ける中で桃子が聞いてきたので、咲は本やテレビで知った知識を探り、つっかえつつも答える。

 

 

「え?ええと…あれじゃないかな?少し前に話題になったiPS細胞ってやつ?」

「その通りっす。しかしこの時代でようやく話題になったぐらいですから、宗教や倫理観の問題もあり数年経った当時でも子供なんて一切作ることなんてできないっす。だからプロ時代に稼いだお金で秘密裏に作ったみたいなんですけど、これには大きな問題がありました」

「問題………?」

 

 

 考えても思いつかないので咲が尋ねると、先ほどよりも深刻な顔をして桃子が答える。

 

 

「先ほども言いましたが当時研究段階、しかも裏のルートを使ったから完全な子供を作ることなんて到底できなかったっす。多分お婆ちゃんも気付いてると思うけど、私って気配が薄いですよね?」

「うん、ちょっと透けて見えたりするかな」

「そう…私は家族のような身内やお婆ちゃんのようにオカルトが強い人には見えるんだけど、普通の人からは気付かれない体質っす。このようにお婆ちゃんの子孫達は、幸いにも体の器官とかは異常はなく育ったんですが、私のように強いオカルトを皆もって生まれるようになったんっす」

「咲ちゃんも池田もペッタンコなのに、子孫は皆デカイからな。やっぱり突然変異だじぇ」

 

 

 深刻そうな話をしているところに、余計な事を言って口を挟んできたタコえもんを睨む咲。

 咲としては自分が貧相な体をしているのはこの十数年で理解しているし、姉と母親を見て諦めているのだ。余計なお世話である。

 タコえもんを睨みつける咲を無視して話を続ける桃子。

 

 

「それに未来でも同性婚やiPS細胞での子供を作るのを認めている国は少ないっすからね。私のお爺ちゃん…つまりお婆ちゃんの息子っすね。その代で日本には戻ったんっすけど、未だに自分たちがそうやって生まれたってのは表には出せないっす」

「う…ごめんなさい」

「ああ、別にお婆ちゃんが謝ることないっす。悪いのは将来のお婆ちゃんで、今のお婆ちゃんじゃないっすから」

 

 

 あまりフォローになってないと思う咲だったが、当の桃子自身が本気でそう思っているみたいなので口には出さなかった。

 そして、そこまでの話でなんとなく予想がついた咲は桃子に確認を込めて尋ねる。

 

 

「それで…そのオカルトとかを消したいから未来を変える為に過去に来たの?」

「違うっす」

「へ?」

「ああ、いや…そういうこともあるんですけど、一番の問題は男の子にモテないことっす」

「………………………は?」

 

 

 わりと深刻な表情で尋ねた咲だったが、桃子があっけらかんと否定したので目が点になり、え?じゃあなんのために?と頭が疑問でいっぱいに咲に桃子が力図強く答える。

 は?男?モテない?咲のポンコツ頭は只でさえついていけてなったのに、さらに爆発しそうだった。

 フリーズする咲を余所に、桃子は拳を握りながら力強く話を続ける。

 

 

「あれなんすよね…お婆ちゃんの娘、つまり私のお爺ちゃんの妹さんの頃から女の人は一切結婚とかをすることが出来なくなったんっす」

「???」

「別に男の人はうちのお父さんみたいに問題なく結婚してるんだけど、なぜか女の人に限って一切男の人と恋人関係にすらなれないっすよね…。お爺ちゃんの姉のトシお婆ちゃんはずっと独身ですし、お父さんの妹の霞叔母さんは37歳なのに未だに処女でファーストキスもまだらしいっす。私なんてこの体質もあって男の子とまともに話したことなんてないっすよ!」

 

 

 先ほどまで深刻な問題だったのにいきなりモテるモテないの話になり完全についていけていない咲。

 しかし当人にとってはこれが一番深刻な問題らしく、力強くも重い声で話が続けられる。

 

 

「確かに別に恋人とかだけが人生の楽しみではないですし、男の人にモテないなら女に走ればいいじゃないか、と言う意見もあるかもしれないけど、別にそういう性癖は皆持ってないっす。それにお婆ちゃんたちが日本を出た後、お婆ちゃん達は麻雀以外ポンコツだから相当苦労したらしくて、一族の間では同性婚は一切認めないって言うのが決まりなんです」

「あ、はい」

「そしてこういった事情もあり、この体質をこの先の子孫に残さないのもありじゃないかという意見も出たんだけど…やっぱり本音としては女としては恋人とか作ってみたいっすよ!だったら過去変えようって話になってこうやって過去に来たっす!」

「えーと…まとめるとつまり………私が女に走らないように来たと?」

「その通りっす!」

「……………………………」

 

 

 本気で頭痛がするような話であった。未来の話も胡散臭いが、今の話も実に眉唾物である。

 咲からすれば自分の性癖はノーマルであり、未来とは言え女性に走るとは思えない。

 しかし桃子の表情は真剣そのものであり、嘘をついているように思えないのもまた事実であった。

 

 

「そこで私達がお婆ちゃんを例の幼馴染さんとくっつけるっす。どうせお婆ちゃんのことだから他に相手もいなそうだし」

「ひでぶ!」

 

 

 痛い所を指摘されて思わず倒れ込む咲。

 しかしちっぽけだが、まだ残っている女の意地で立ち上がる。

 

 

「そ、それでその方法って?やっぱり食べさせた相手を惚れさせる蒟蒻や相手の心が分かるような鏡みたいな未来の不思議の道具を使うの?」

「は?何言ってるんですか、そんな便利な道具あるわけないっすよ。漫画の読みすぎっすよお婆ちゃん」

 

 

 そんな未来の道具あるなら欲しいと告げる咲を冷静に切り捨てる桃子。

 その答えに思わず焦る咲だったが、未だに横でタコ焼きを頬張るタコえもんを指差す。

 

 

「え?でもタコえもんみたいなすごいロボットやタイムマシンを作れるならそれぐらい…」

「あ、それ嘘っす」

「………はぁ!?」

「タコえもんはちょっと頭がアレなただの人間ですし、タイムマシンなんて使ってないっす」

「失礼だじぇモモ!」

「あははーゴメンっす。あ、ちなみに私たちが来たのも本当は70年近く先の21世紀っす」

 

 

 思わず声を上げるタコえもんとじゃれ合う桃子だが、咲はこのノリについていけない。それでも一縷の希望をかけて尋ねる。

 

 

「え?じゃあどうやって過去に?」

「そこは私の力だな」

 

 

 そう言ってない胸を張るタコえもん。口元に先ほどまで食べていたタコ焼きの滓が残っている。

 意味が解らず、話についていけてない咲に桃子が説明を始める。

 

 

「タコえもんはタコスを食べるとその分不思議な力が使えるんです」

「えー…たとえば?」

「部屋の中で失くしたものが見つかったり、急いでいる時に赤信号に引っ掛かったりしなくなったりするっす」

「うわー…微妙」

「麻雀でしか役に立たない咲ちゃんよりマシだし」

 

 

 余計なお世話だ。プロで稼げる最高の能力じゃないかと思う咲。

 そして確かに少し嬉しいが、タコえもんの能力は微妙に役に立たない力であった。しかもタコスというところが余計に微妙である。

 日本でタコスを売っている店なんてそう多くないし、肝心な所で役に立たなそうである。

 

 

「まあ、もちろん一個じゃ力が足りなかったっすから、一個一万円するタコスを100個食べてもらったっす」

「余は満足なり。でもタコスは飽きて来たからしばらくはいいんだじぇ」

「おい」

 

 

 それでも100万かければ過去に行けるのは何気に凄いと思ったので、出費は痛いがそれなりに使えると思ったが、しばらく食べないと言うタコえもんに呆れる咲。

 そして能力が使えないならどうするんだと頭を抱える。

 

 

「まあまあ、その分私たちが手伝うから大丈夫っすよ」

「…でも、あなた達恋愛経験は?」

「タコスが恋人だじょ!」

「男の子とまともに話したことないっす!」

「…………………」

 

 

 眩暈がしてきた咲であった。

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~ここってこんな広い田んぼだったんすか~こっちではここは普通のデパートっすよ」

「やっぱり未来って結構色々変わってるんだ」

「といっても、ぶっちゃけマンガみたいな未来的な建物なんてないんだけどな。多少便利になったけど、空飛ぶ車も、空中を走るスケボーもないんだじぇ、マーティ」

「よくそんな古い映画知ってるね…」

「100年経とうと名作は名作っすよ」

「ヘビィだね、ドク」

 

 

 あれからこの先どうやって京太郎を落とすか話してあっていた三人だったが、とりあえず本人を見ないことには始まらないと言うことで外に出て探している。

 そして今後のことも兼ねて咲が二人を案内しており、写真などの資料では知っていても、実際に見る過去の街に驚く桃子達。咲としては未来的なものに憧れるので、詳しい話を聞くが、タコえもんに夢も希望もバッサリと切られる。

 先ほど未来の携帯電話などの道具を見せられたが、確かに桃子とタコえもんのどちらも今の時代と変わらない服を着ているし、残念ながら予想外の発展などはしていないんだろうなと思う咲だった。

 ふと、咲は二つほど聞き忘れていたことがあったのを思い出し、桃子達に尋ねる。

 

 

「そういえば未来の私ってどうしてるの?」

「若い時の苦労が祟ったのかとっくに死んでるっす」

「あっそ………あと私の結婚相手を変えたら、タイムパラドックス的なので未来のあなた達も今とは別人になるんじゃない?」

「そこはご都合主義で何とかなるっす」

 

 

 やはり夢も希望もなかったと思ったら、変な所で現実的じゃなかった。

 

 

「ちなみ未来の島根にもパソコンはないじぇ」

「それは知ってる」

 

 

 

 

 

 そのまましばらく話しながら歩き続けていたが、途中でタコえもんが忘れてたとばかりに咲に尋ねる。

 

 

「それでその京太郎ってのは何処にいるんだ?」

「えーと…多分図書館でまだ勉強してると思うけど…そういえば、二人とも京ちゃんのことはどれぐらい知ってるの?」

「一応写真で見たことはありますけど、直接会った事はないんで人づてで色々聞いたぐらいっす」

 

 

 そういうと桃子が漫画やアニメの如く、胸元から写真を取り出した。それを見た咲の目が険しくなるが、巨乳への嫉妬を押さえてそれを見る。

 すると、そこには今よりも少し大人に見える京太郎と咲が写っており、二人とも楽しそうに笑っていた。ただし昔から京太郎は写真映りが悪い為、実際の本人よりも少し人相が悪く見えた。

 

 

「なんでも高校二年の修学旅行に行った時の写真らしいっす」

「そっか…京ちゃんもっとかっこよくなるんだね」

「咲ちゃんは変わってないけどな」

「ちなみにこの数か月後、原村和と付き合い始めたらしいっす」

「あべし!」

 

 

 タコえもんの鋭い一言と桃子の追い打ちによる倒れる咲。容赦ない二人組である。

 

 

「ほらほら、起き上がるっすよお婆ちゃん。そんな未来にしたくないなら早く幼馴染さんを探して頑張るっす」

「うん…そうだね桃子ちゃん」

 

 

 桃子に励まされて決意をあらわにして立ち上がる咲。

 そうだ!自分は絶対に和ちゃんに勝つ!と意気込む咲に、聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り向くと、そこには先ほど話していた京太郎と和がいた。

 

 

「それでさ、さっきやった数学の問題だけどやっぱ咲にはキツくないか?」

「そうですね…でしたらもう少しわかりやすい方法に変えて見ましょうか」

「だな、…って咲じゃないか、なんでここに?」

「え!?えっと…それより京ちゃん達こそなんでここに?図書館に行ったんじゃないの?」

 

 

 和と話しながら歩いていた京太郎が咲に気付き声をかけてくるが、いきなりのことでテンパる咲。

 とりあえず話を逸らし、その間に理由を考えようとする。

 そして咲に質問を返された形になる京太郎だったがそれを気にせず、どこか照れくさそうに答える。

 

 

「いや、なんか今日、咲の様子が変だっただろ?だから早めに切り上げて咲の家まで行こうとしてたんだ」

「ふふ、須賀君ったら咲さんが心配で落ち着きなかったですもんね」

「そ、そんなことねーし!」

 

 

 和に暴露されて恥ずかしがる京太郎の様子に、自分を心配してくれていたことに喜んでいいんだか、和と仲良さげで嫉妬するべきか悩む咲だった。

 そして和とのやり取りにどこか拗ねつつも、京太郎がもう一度咲の方を向く。

 

 

「ちぇ、それで咲はどうしてここに?」

「そ、それは…「咲ちゃんは私たちに街を案内してくれてたんだじぇ」」

 

 

 少しの時間では誤魔化す内容が思いつかず困っていた咲の前に、いきなりタコえもん体を割り込ませてきた。

 突如現れたタコえもんに驚く京太郎と和だったが、咲の知り合いっぽいと思い、とりあえず話を聞いてみることにする。

 

 

「そうなのか…えっと…」

「おっと、自己紹介はまだだったな。私は片岡優希って名前で、咲ちゃんとは親戚なんだじょ」

「そうだったのか…俺は須賀京太郎、咲の幼馴染だ。よろしくな」

「私は原村和です。咲さんとは友人をさせてもらっています。よろしくお願いします」

「よろしくだじぇ!」

 

 

 うまい具合に二人を誤魔化すタコえもん。最初に咲に突っかかってきた時とは違い、和やかな雰囲気である。

 気を逸らした二人とタコえもんを置いて、後ろで咲と桃子が密談を始める。

 

 

「まさかイキナリ遭遇するとは思ってなかったっす。でも優希が誤魔化してくれたからセーフ」

「だね。というか片岡優希って?」

「本名っす。タコえもんはただのあだ名で、本人が気に入ってるから使ってるだけなんです」

「あっそう…」

 

 

 思ったよりもくだらない理由だったので萎える咲。

 そして萎える咲をおいて桃子が話を続ける。

 

 

「しかし幼馴染さん、写真で見るよりもカッコいいっすね」

「あはは、京ちゃん写真映り悪いから…」

「なるほど………結構タイプっす」

「おい」

 

 

 ボソっと聞き捨てならない事を言う桃子にドスの利いた声で牽制をする咲。

 手伝うと言ってから一時間も経たないうちの裏切りである。

 

 

「あはは、冗談っすよ。どうせあの人も見えない「おーい」…ん?」

 

 

 追求しようとする咲と誤魔化そうとする桃子に対し、京太郎から声がかかったので二人が振り向くと、先ほどから話していた三人がこちらに寄ってきた。

 

 

「どうしたの京ちゃん?」

「どうしたって…優希だけじゃなく、そっちの子も紹介してくれよ」

「そっちの子「もしかして…!?私が見えるんっすか!?」」

「え?お、おう見えるけど…もしかして幽霊だったとか?」

「いえ、そうじゃないんですけど…私、昔から影が薄くて人から認識されることがほとんどないんです」

 

 

 自分が見えていることに驚き大声を上げる桃子に、京太郎がビビりながらも詳しく尋ねる。

 それに対し、家族やごく一部のオカルト遣い以外に自分が見えているという事実に感動しながらも桃子が説明すると、京太郎が不思議そうな顔をしながら桃子の全身を眺める。     

 ちなみに和も同じように見えているのだが、桃子は気にしていない。

 

 

「へぇーそうは全然見えないけどなー…こんなに(おもちがデカくて)可愛い子だったら見逃すわけないし」

「ピッ!?」

 

 

 思わず素直に感想を呟いた京太郎の一言で、トマトも裸足で逃げだすほど顔を真っ赤にする桃子。

 桃子からすれば家族以外の男性に話しかけられることも初めてだったし、褒められたことなんて同じくなかったので、一瞬で出来上がってしまったのである。

 勿論この様子に黙っていない者達がいた。

 

 

「なんでいきなりセクハラしているんですか」

「モモちゃんに何するんだし!」

「京ちゃんゴッ倒すよ…」

「ちょ、悪気はなかったんだ!すまんって!?」

 

 

 顔を真っ赤にして蹲ってしまった桃子を見た女性人からフルボッコにされる京太郎。

 その後、ある程度弄って満足したのか、咲が恥ずかしさで蹲っている桃子のもとに行く。

 

 

「大丈夫だった?もう…京ちゃんたらいきなりあんなこと言いだして…」

「…………………あの、お婆ちゃん…」

「ん?なあに?」

「さっきの撤回していいっすか…?本気になりそうっす」

「おい!」

 

 

 心配して来た咲に、爆弾発言をかます桃子。

 裏切りである。先ほどの発言から10分も経たないうちに、某国民的アニメのマスコットキャラの豚ですら度肝を抜かす裏切りであった。

 

 

「まったく…とりあえず京ちゃんにアプローチにするから手伝ってね」

「むぅ…敵に塩を送るのは…」

「何か言った?」

「なんでもないっす。で、手伝うってどうすれば?」

「それは…えーと…と、とにかく行こう」

 

 

 魔王の如きオーラを出して威嚇する咲に表向きは従う桃子。

 しかし良いアイデアも浮かばないので、たりあえず京太郎を落とすために向かう咲達。

 

 

「あのね京ちゃ「ちょっと待ったー!」今度はなに!?」

 

 

 上手くいったらデートにでも行けるんじゃないかと思い、話しかける咲だったが、邪魔をするように入った誰かの声に、思わず声を荒げる。

 そして声がした方向を咲達が見ると、そこには二人の女の子がいた。

 一人は咲達と同じぐらいの年の金髪で活発そうな美少女。

 そしてもう一人は咲達より少し年上に見え、銀髪でどこか眠たそうに見える美少女だった。

 二人は五人に近づくと、金髪の少女が桃子たちにビシッと指を向ける。

 

 

「悪いけど、あんたたちの好きにはさせないからね!」

「くっ…出たっすね100年婆!まさかこんな所まで来るとは…!?」

「婆じゃないし!ただの100年生だし!」

「1年生なのに100年生を名乗ってるってことはやっぱ婆っすよ!」

「そういう意味じゃないもん!」

「ダル…」

 

 

 ギャーギャー言い合いを始める桃子と金髪の少女。

 もう一人の少女は関わり合うのが面倒なのか、ダルいと呟きながら近くの電柱によりかかる。ただしその視線はジッと京太郎に向けられており、当の京太郎はその視線が気になるのか落ち着かない様子だ。

 とりあえず状況がわからないので、手が空いているタコえもんに京太郎と和に聞こえないように尋ねに行く咲。

 

 

「ねえ、この二人誰なの?もしかして…二人と同じ未来人?」

「あー…そうだけどなー…」

「???」

 

 

いつものタコえもんと違い、どこか歯切りが悪い様子に疑問顔の咲。

すると決心がついたのかタコえもんが口を開く。

 

 

「その二人は京太郎とのどちゃんの子孫だじぇ」

「……………………………………………………………………………………………………」

 

 

 あ、いつの間にか名前やあだ名で呼びあうぐらい仲良くなったんだーあははー。と現実逃避を始める咲。完全に思考がついて行ってない。

 やっぱり壊れたかー、と予想通りの反応を示す咲を放置し、未だに喧嘩をする二人を見つつも、電柱によりかかる少女へと近づき話しかけるタコえもん。

 

 

「まさか二人も来てるとは思わなかったな」

「まあ、流石に自分のご先祖のことだしね…ダルいけど」

 

 

 態度と口の両方でダルイと言うことを表している少女だが、やはりその目は獲物を狙う猛禽類のごとく京太郎を見ている。

 相変わらずだなーと思いつつも、とりあえず喧嘩をしている二人を収める為に動くタコえもん。

 

 

「大体モモみたいな根暗じゃ、その体質を変えたって男にモテるわけないから無駄な努力だもん!」

「淡だって『大星?高飛車で性格悪いから付き合うとか無理だろ』って男子に言われてるの知ってるっすよ!」

「ちょ、誰よそれ!?そいつらの名前言いなさ「あー…二人ともそこらへんでやめとくし」」

「とめないで欲しいっす優希!」

「そうよ!」

「でも、いい加減にしないと京太郎たちが置いてけぼりくらってるじぇ」

「「あ」」

 

 

 さらにヒートアップする二人を止めに入るタコえもんだったが、収まりそうになかったので最終兵器京太郎を使うと効果は抜群だった。

 実際京太郎は銀髪の少女の視線に晒されて、居心地悪そうにしながらも喧嘩をする二人をハラハラと見ていたし、和も同じようにどうするべきか困っていた。

 そんな二人の様子に場を収めた二人は、先ほど喧嘩をしていたとは思えないほど息の合った動きで京太郎達の方へ向かう。

 

 

「まったく…ほらシロもいくじぇ」

「ダルい…」

「咲ちゃんもいい加減帰って来い」

「………は!?私と京ちゃんの結婚式は!?」

「ジャスト一分。夢は見れたか?」

 

 

 タコえもんはそんな二人を見て「なんだかんだでいいコンビだじぇ」と呟いた後、シロと呼ばれた少女を引きずり京太郎のもとへと向かい、未だ現実逃避している咲も起こす。

 それから全員が落ち着いたことで、改めて残りの二人の自己紹介を始める。

 

 

「えっと………これはただの通りすがりっす」

「違うでしょ!ちゃんと自己紹介しなさいよ!」

「ちっ………ええと、同級生で…認めたくないけど………一応幼馴染の大星淡とそのいとこの小瀬川白望さんっす」

 

 

 説明するのが心底嫌といった表情で桃子が嘘をつくが、もちろん通用するわけもなく淡にド突かれる。そんな淡に剣呑な視線を向けるも、仕方ないと思いしっかりとした自己紹介をする。

 そして自分達からも挨拶をしようと前に出る二人。

 

 

「初めまして大星淡です!淡って呼んでね」

「小瀬川白望…シロでいい」

「あ、初めまして須賀京太郎です。よろしく」

「原村和です」

「ええと…宮永咲です」

「キョータローね、よろしく!」

 

 

 改めて自己紹介をする二人に同じように返す京太郎達。しかし淡達の視線は京太郎一人に向けられており、京太郎は戸惑っている。

 こうして改めて正面から二人を見た咲は、確かにどちらも京太郎の面影があるように感じた。淡は京太郎と同じで自然の金髪をしているし、白望は顔立ちが京太郎に似ている。

 やっぱりこの二人は京太郎の子孫なのかと納得しつつも、咲は詳しい事情を聞こうと桃子に近寄る。

 

 

「ねえ?あの二人が来たのって…」

「お婆ちゃんの考えてる通り、私たちの邪魔をするためだと思うっす…くっ…まさかあの二人まで来るとは想定外っす」

「過去に飛べるのはタコえもんだけじゃなかったの?」

「多分ドラミの力で来たんだろうじぇ」

 

 

 二人の会話にタコえもんも加わるが、また新しい名前が出てきたことにうんざりする咲だった。

 しかし放置しても仕方ないと思い尋ねる。

 

 

「ドラミって?」

「タコえもんと似たような、ちょっと変わった能力を持ったオカルト遣いっす」

「ちなみに必要なのは麻雀のドラな。あいつの部屋は赤牌で占められてるんだじぇ。あれは変態の部屋だったな…」

「姿が見えないのはどうせ『お、あのお姉さん良いおもち!』とか言って街中を歩き回ってるんでしょうしね」

 

 

 ドラミとやらを酷評する二人だったが、咲からすればタコスもドラもどっちもおかしいことに変わりはなかったし皆変人であった。

 そして彼女たちが過去に来た理由や方法はわかったが、それよりも気になることがあったので咲は再度二人に尋ねる。

 

 

「ねえ、なんであの小瀬川って人は京ちゃんをガン見してるの?」

「あー…それは…」

「きっと久しぶりに会えて嬉しいんじゃないか?」

 

 

 言いよどむ桃子の代わりにタコえもんが答える。しかしその答えにまたもや咲に疑問が出てくる。

 

 

「久しぶりって…京ちゃんと昔会ってたの?」

「正確にはお爺ちゃんになった京太郎さんっすね。私が物心つく前には咲お婆ちゃんは既に死んでたんですけど、シロさんが中学に入るまではまだ京太郎さんは生きてて、一緒に暮らしながらすごい可愛がってもらってたらしいっす。ちなみに、前に一度昔の写真を見せてもらったんですけど、健康的な生活のせいか既に70歳を過ぎてたのに30代で通る見た目してたっすよ…あれは既にオカルトの範疇っす。あとシロさんの初恋だったみたいなことも聞いてたっす」

「未だに毎日線香あげてるらしいじぇ。淡はあまり会う機会はなかったみたいだけど可愛がってもらってたみたいだし」

「シロさんに京太郎さんの話を振ると、一時間は止まらないんっすよね…普段が普段だからギャップとかもヤバいっすよ」

 

 

 いい話だったのだが、途中の台詞で咲の中では既に敵判定されていた。勿論自分にはない豊富な胸肉も憎悪を駆り立てるスパイスの一つだ。

 しかし肉親相手に劣情は催すわけはないと、安心していたのだったのだが――

 

 

「あ、ちなみに未来では近親婚は問題ないっす」

「なんで!?」

「えーと…確か遺伝治療でそういった問題は解消されたから大丈夫みたいな感じだったっす」

「同性婚と違って一応自力で生むこと自体は出来るから、直接の親子じゃなきゃいいってことらしいじぇ。私としてはそれでもやりすぎじゃないかって思うけどな」

「…………………………………」

 

 

 白望の真意はどうなのかはわからないが、先程の空飛ぶ車などの未来の話とは別の意味で、未来に希望が持てなくなる咲だった。同性婚以前に倫理観は既に崩壊してるだろうと…。

 それに万が一京太郎と白望がくっ付いたとしても、どうせこっちでも御都合主義とやらで何とかなるんだろう、とやさぐれてもいる。

 こうして三人が額を突き合わせて相談をしている一方、向こうの四人の話は盛り上がっていた。

 

 

「へぇ~淡とシロさ「シロでいい」…シロの二人も麻雀やってるんだ」

「へっへ~ん、これでもかなり強いんだからね」

「なるほど、一度手合せしてみたいですね」

「お婆…原村さんには負けない」

 

 

 和やかに麻雀の話で盛り上がる四人だったが、その中でただ一人白望はなぜか和に敵意を燃やしていた。

 しかしいきなりそれが消えたと思ったら動き出す白望。

 

 

「ん?どうしたんだ…?っておわ!?」

「ダルい…」

 

 

 不思議そうな顔をしていた京太郎の後ろ回ると、落ちないようにバランスを取り京太郎の背中に乗り込む白望。

 ダルい…と言いつつも、その手足はガッチリと京太郎の体にしがみ付いている。

 

 

「ちょ、いきなりなに!?」

「ダルい…おんぶして」

「もうしてるし!」

「気にしない………はぁ…やっぱりここが一番落ち着く…」

 

 

 慌てる京太郎を余所に、此処こそが自分のあるべき場所だと言わんばかりにくっつく白望。

 その顔は先ほどまでダルいと言い続けていた時とは違い、心底安心しきった表情だった。

 

 

「むー…シロ姉ずるい!私も!」

「だが断る」

「須賀君…いったい何をしているんですか…?」

「え?お、俺が悪いのか?」

 

 

 白望を羨ましそうに見ていた淡が場所を変わるように強請るが、絶対に離れないと言わんばかりに一層力を込める白望。

 一方では額に筋を浮かべながら京太郎を問い詰める和とガチビビリしている京太郎。

 理由はわからないがこのままでは自分の命が危ないと思い、京太郎が背中にへばりつく白望に顔を向けて説得を始める。

 

 

「ちょ、降りてくれないかシロ!」

「………ダメ?」

「だめ………じゃ…ないです…はい…」

 

 

 捨てられた子猫のような瞳で見つめられてしまったので、思わず許可を出してしまう京太郎。

 しかし後ろで和が怒りのボルテージを上げているので、振り向くことが出来ず硬直し動けない。

 

 

「ん…ならいい」

「でも俺の命が…「そうだね、無くなるかもね」…………」

 

 

 

 

 

 京太郎が恐る恐る振り返ると、そこには咲き誇るような笑みを浮かべた魔王がいた。

 

 

 

 

 

「………アノ?サキサン?」

「なに?京ちゃん?」

「ナンデソンナニオコッテルンデスカ?」

「怒ってないよ。怒ってるように見えるなら、それはきっと京ちゃんに何か後ろめたいことがあるからだよ」

 

 

 嘘だ!と叫びたくなる京太郎だったが、恐怖により声が出せない。なぜなら咲だけでなく、大小あれど、和と桃子と淡の三人も怒っていたからである。

 ちなみに白望は爆睡しており、タコえもんは後ろに下がって、腹を抱えながら爆笑をしている。後でアイツは締めようと思う京太郎だった。後があるならの話だったが…。

 

 

「京ちゃん…何か言い残すことは…?」

「俺悪くないだろ!?」

「そうなんだ…じゃあみんなに聞こうか…?イノセント?」

「「「「NONO」」」」

「ギルティ?」

「「「「YESYES」」」」

「だってさ、京ちゃん」

「冤罪だ!?」

 

 

 尋ねる咲に口をそろえて答える三人とタコえもん。確実に締めると誓う京太郎だった。

 もう無理か…せめてシロはケガをしないようにしよう。と、覚悟を決める京太郎に咲が判決を言い渡す。

 

 

「それじゃあ「ちくしょおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」え?なに!?」

 

 

 とりあえず明日一日買い物(デート)に付き合って、と告げようとした咲の耳に獣のような雄叫びが聞こえた。

 その場にいた全員が驚いてそちらを向くと、そこにはすごい勢いでこちらに向かって走ってくる女性がいた。

 そこでなにやら気づいたタコえもんが声を上げる。

 

 

「アレ…ドラミだじぇ!」

「え?アレが?」

 

 

 間違いないと声を上げるタコえもんに、もう一度見返すと咲が納得する。なるほど…確かに未来人(変人)だと。

 そのドラミは漫画でよくあるような、片手を顔に押し付け下を見るポーズで前も見ずに咲達の方へ走ってくる。

 

 ちなみに爆走の理由としては、先ほど「そこのお姉さ~ん、おもち揉んでいいですか?」と素晴らしいおもちのお姉さんに尋ねたのだが、あっさりと断られたのがショックだっただけだ。

 そして爆走を続けるドラミに桃子が気付いた。

 

 

「ちょっと…これってぶつかるっすよ!」

「ドラミ!前!前!」

「………はい?…って!?」

 

 

 大声を上げる淡に気付いたドラミだったが既に時遅し――

 

 

「うわあああああああ!?」「うひゃああああああ!?」

 

 

 そのままシロを背負っていて逃げ遅れた京太郎と正面衝突を起こした。

 しかし常日頃から紳士を気取っている京太郎としては、背負っているシロとぶつかってきた謎の美少女両方に怪我を負わせるわけにはいかないと、火事場の馬鹿力を見せる。

 まず、正面のドラミが背中から倒れないように腕を伸ばし捕まえ支え、そのまま背中から倒れ込みそうになるも踏ん張り、前方に力をいれる。しかしここまではよかったのだが、思いのほか前に力を入れ過ぎたためかそのままドラミごと前に倒れそうになったので、ドラミが地面とぶつからないように背中に腕をまわし抱きしめ、二人が当たらないように体の側面から落ちて行った。

 

 その結果なんとか無事着地することができ、京太郎は少し体が痛かったのだが、二人にケガはないようで安心している。

 この一瞬の出来事に京太郎以外の全員の体がついて行けなかったが、倒れた京太郎を見て急いで駆け付ける。

 

 

「京ちゃん大丈夫!?」

「ああ…ちょっと打ったけどなんとかな」

「はぁ…心配しました…」

「まったく…ドラミは人騒がせだじぇ…」

「ってそうだ、大丈夫ですか?」

 

 たいした怪我もないようなので喜ぶ咲達だったが、腕の中で身動きをしないドラミの様子が心配になって声をかけ、顔を覗く京太郎。

 すると腕の中ではドラミが顔を真っ赤にしていた。

 京太郎がよく見ると、目の前の女性の大変すばらなおもちを自分の左手が鷲掴みにしているのに気付いた。

 

 

「ご、ごごごごごめんなさい!」

「あ…」

 

 

 急いでドラミから離れると、土下座をする京太郎。この間にも背中の白望を落としていなしのは流石である。

 離れた京太郎を見ると、我に返るドラミ。

 

 

「あ…こ、こちらこそいきなりぶつかってごめんなさいです!お兄さんが抱きしめてくれたおかげで助かりました!」

「あ、いえでも…その…触っちゃいましたし」

「えっとそれは…」

 

 

 京太郎と同じように膝をついて礼を言うドラミに自分の方が悪いと頭を下げ続ける京太郎。しかしドラミとしてはぶつかった自分の方が悪いのだと言う。

 このままでは平行線になりそうだったが、途中でドラミが話を変える。

 

 

「それよりも…その…私、ああやって誰かにおもちを揉まれたのも、抱きしめられたのも初めてなのです…」

「本当にごめんなさい!」

「いえ…いいんです。だからその…あなたの名前は?

「はい、須賀京太郎です!」

「京太郎君だね………私、松実玄と申します!不束者ですがよろしくお願いします!」

「………はい?」

 

 

 いきなり三つ指をつくドラミに呆気にとられる京太郎。当のドラミならぬ松実玄は、顔を赤くしながらもはにかんだ表情をしている。

 傍から見ると青春ドラマの様な二人であったが、しかしそうは問屋が卸さない。

 今まで二人のやり取りに呆気にとられていたが、この状況に口を挟む者たちがドラミの前に立つ。

 

 

「ふ~ん、クロは私の敵に回るんだ…」

「へ?」

「あはは、やっぱりドラミはドラミっすねー」

「モモちゃん顔が怖いのです!」

「さて、どうしますか」

「どうするってなんですか!?あとおもち揉ませてください!」「お断わります」

「ちょっと『お話し』しようか」

「怖いのです!?助けて京太郎君!?いやーーーー!!!???」

 

「えーと…どうしよう?」

「ダルい…」

 

 

 

 

 

 こうして五人の自称未来人と京太郎を落とすために奮闘する咲。そしてそれに巻き込まれる京太郎や和達の喧しくも可笑しい日常が始まったのだった―――

 

 

 

 

 

 

 

―――しかし、そんな咲達の前に多くの敵が立ちふさがる。

 

 

 

「この時代のイケメンは全ての私のものだよ!」

 

 石器時代を支配しようとするスコゾンビ。

 

 

「ワハハーこの星は私のものだー」

 

 おもちゃの街に現れた轢き逃げ百犯。熊虎ワハ吾郎。

 

 

「三蔵法師を捕まえて永遠の若さを手に入れるよー☆」

 

 唐の時代に現れた言動が痛い(一部が)牛(みたいな)魔王。

 

 

「背を小さくしてもらうんだよー」

 

 7つ揃えるとなんでも願いが叶うと言う不思議な球を集めるトヨネ総帥。

 

 

「ふふふ…京太郎はもらっていくからね!」

 

 下山してきた元ヒロイン。

 

 

そして―――

 

 

 

 

 

 

 

「咲、教えてあげる―――――姉より優れた妹なんて存在しないってことを」

 

 

 

 

 

――――To be continued?

 




 むしゃくしゃして書いた。反省はしていない。そしてこれも続かない。

 だけどおかしい…当初書くのは最初の三人だけで残りのメンバーはダイジェストだけの出番の予定だったから、これの半分以下で済むはずだったのにまさかの17000オーバー。今までの話で一番長くなった…。
 なんもかも白望が可愛いのが悪い。
 久とまこの出番がないのはスマン。顔が濡れて力が出なくなった。


 ちなみにわかると思いますが配役としては以下のようになります。
 こうして改めてみるとほとんど原型がないな…。

のび太:咲
ドラえもん:タコス
セワシ:桃子
静香ちゃん:京太郎
出木杉:和
ジャイアン:久
スネ夫:まこ
ジャイ子:池田
その他:いっぱい

 ちなみにこんなの書いた理由としては、なんとなく気晴らしで昔のドラえもんの映画見たら書きたくなったからです。まさかいい年してドラえもん見て泣くとは思わなかったわ…。

 
 それでは頑張ってなるべく早めに本編も投下したいと思いますので、次回もよろしくお願いします。



 関係ないですが、改めてこの前公開された身長見てると阿知賀の小さいこと…これ使って「平均147.4cmの憂鬱」みたいな短編考えたから書きたくなってきた。
 …スンマセン。寄り道しないで本編ちゃっちゃと書きます。


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歩くような速さで Vol.1

 さて、予告通りまたもや本編に関係ない番外編です。
 この話は本編と違い、原作の京太郎(15)を主人公にしています。また、原作沿いですが、独自解釈・独自設定も出て来ますのでいつも通り合わない人は以下略
 ヒロインはレジェンドじゃありません。ヒロインは○○○○です。
 また、タイトルからもわかる通り今回で終わりません。もうちょっとだけ続くんじゃよ。



 季節は五月も終盤、もうすぐ梅雨入りという季節。俺が咲を麻雀部に連れてきてからそれなりの日数が経っていた。

 また、数日後には先日決まった強化合宿もあり、それから県大会まですぐそこという時期もあって皆は大会に向けて懸命に練習を重ねていた。

 

 そんな中、麻雀部の黒一点で初心者の俺は実力も伴わなく、皆と一緒に団体戦には出られないのもあって今回の大会には出るつもりはなかった。だから最近では基本的にあまり皆と一緒に卓を囲む機会は少なく、牌譜の整理やネット麻雀で練習をしていることが多かった。

 

 勿論それに対しては大会目前の皆を優先するのは当たり前だから多少の寂しい気持ちもあったがあまり不満もなかったし、部長も大会が終わったらしっかり指導してくれるというので全然構わなかった。

 それに部長や染谷先輩は学祭の準備や店の用事等で忙しくて一年生だけの時もあるからその時は俺も卓に入るし、女子の人数が余る時は皆も休憩時間を使って一緒に牌譜の整理をしたり、ネトマなどを使いながらマンツーマンで指導をしてくれてもいた。

 

 咲や優希みたいな特殊な打ち方は兎も角、和や染谷先輩は経験がものをいうのかかなりわかりやすく教えてくれるので、俺以外経験者ばかりの部だし卓につく機会は減っているが、それでもいい環境とも言えるだろう。

 

 いうわけで今日もいつもの様に部長たちが卓を囲んでいるので、休憩中の和が今現在ネトマをやっている俺の隣で指導をしてくれていた。

 

 

「――ええ、それで今の河を見る限り安牌はありませんが、捨て方から見るとこちらの牌を切るのが一番安全ですし効率が良いですね」

「ああ、そっちの方がいいのかなるほどっと……お、本当だったな。いやー和の教え方はわかりやすくてほんと助かるよ」

「いえ、それほどでも」

「でも、悪いな。せっかくの休憩なのに教えてもらって」

「いいんですよ、ジッと座っているのも手持ち無沙汰ですし、私自身の復習にもなりますから」

 

 

 教え方が上手い和が凄くて思わず声をあげると、和は頬を染めて照れくさそうにそっぽを向いてしまう。あー可愛いなー。

 

 和とはまだ二か月程度の付き合いだから知らないことも多いけど、あまり正面から褒められるのは得意じゃないことは既に知っている。

 以前優希と一緒にからかい半分真面目半分で褒めちぎっていたら、最初は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていたんだが、しまいには怒らせてしまったこともあったっけな。

 

 

「そ、それで次のですが……あれ? この人って……」

 

 

 微笑ましそうに見ていた俺の視線から逃れるようにパソコンに視線を向けた和が何かに気付く。同じように俺もそちらに目を向けるとメッセージが届いていた。

 

 

「あ、ヨッシーさんからだ」

「……確かこの人って以前にも何度か一緒の卓についていた人ですよね?」

「へぇ~良く覚えてるな。何度か対局するうちに仲良くなってな、時々チャットをしながら麻雀について教えてもらってたりするんだ。」

 

 

 以前も部室のパソコンで打っていたこともあって、和はその時の事を覚えていたらしい。

 

 ちなみに彼女が口に出した『ヨッシーさん』とは、俺が麻雀部に入ってから家でも練習できないかと考えて始めたネトマで出会った人物だ。

 当初はお互い何度か一緒の卓で打つだけの間柄だったけど、ちょっとした事情で仲良くなり、それから色々と連絡を取り合っているのだ。とはいえリアルで会ったことや声を聞いたことはなく、文章だけの知り合いであるが。

 

 それはさておき、一応部活中とはいえいつまでも無視するのは失礼なので和に断りを入れてからメッセージを開く。

 

 

『ハーロー、ゼロ。ちょうどよかった今は部活中ですか?』

『はい、友人に教えてもらいながら打っていました』

『なるほど、では夜にでもいつも通りやりませんか?』

『勿論構いませんよ』

『オーケー、グッバイ』

 

 

 簡潔にそれだけを伝えるとヨッシーさんはそのまま落ちて行った。多分これだけの為にわざわざログインしてくれたんだろうな。

 そんなヨッシーさんの気遣いに感謝していると、後ろから視線を感じたので思わず振り返る。

 

 するとそこにいたのは当たり前だが先ほどまで話していた和なのだけど、つい数分前とは違って訝しげにこちらを見ていた。

 

 

「どうした?」

「いえ、随分と親しい感じでしたので……」

「あー、もう一か月以上一緒に打ってるからな。結構会うことも多いし」

 

 

 学校や部活があるため俺も夜にしか入れないが、ヨッシーさんも社会人らしいので同じように夜にしかいないのもあって逆に遭遇することは多いのだ。

 そのことを説明すると、その言葉に何かを感じたのか途端に和が眉をひそめる。どうしたんだ?

 

 

「いえ、ネット越しに自分の事を明かすのは……」

「ああ、だけど特に詳しいことは言ってないぞ。俺が知ってるのも、ヨッシーさんが強い理由聞いた時に教えて貰った麻雀関係の仕事をしてるってことだけだし、向こうが知ってるのも俺が麻雀部に入ってる学生ってことだけだからな」

「まあ、それぐらいでしたら……でも気を付けてくださいね」

「わかってるって、流石ネット麻雀の申し子のどっち先生だ」

「からかわないでください」

 

 

 これ以上言われるのもなんだったので冗談を混ぜてからかうと、照れ半分で怒られてしまう。以前ハンドルネームを付ける際にも色々言われたが、ネットの事には結構厳しい和であった。

 とはいえ、ヨッシーさんには暇な時によく指導してもらっているし、流石に悪い人じゃないと思うんだよな。

 

 

「あのですね須賀君。ネットでは皆本心を隠すのが当たり前ですし「あーほらほら、ストップストップ」部長……」

 

 

 まだ言い足りないのか、或いは傍から見れば危うい所もある為か和が色々と言いたいことがあるみたいだったが、お小言の途中で部長が口を挟んで来た。

 どうやら向こうの練習も一段落したみたいだ。

 

 

「須賀君もそこらへんは弁えてるだろうし、大丈夫だって。ねぇ?」

「そうですけど、盗み聞きとか趣味が悪いっすよ部長」

「あら、こっちにまでそこは聞こえるぐらいの声で話してた須賀君も悪いんじゃない?」

「ごもっともで」

 

 

 まぁ少し離れているとはいえ同じ室内だし、向こうは黙ってやっているから小声で話さない限り聞こえるのは当然だ。

 そして部長だけでなく、一旦片付け終わった咲達もこちらの話に興味津々といった感じで寄ってきた。

 

 

「それで京太郎が余所の女に手を出したって?」

「京ちゃん、少しお話しようか?」

「なんでいきなり女認定してるんだよ……」

 

 

 ジト目で見てくる優希と咲を軽くあしらい、それを部長と染谷先輩は面白そうに見ている。隣で呆れつつもどこか楽しそうにしている和も合わせていつもの清澄麻雀部の光景だ。

 

 ちなみに咲達は勝手に女に認定しているが、俺はヨッシーさんを30代ぐらいのオッサンだと思っている。

 これについて根拠などどこにもないが、可愛い女の子or女性とネットで知り合いになる?和風に言えばSOAだな。

 

 

「そ・れ・で! そのヨッシーさんってどのぐらい強いの?」

「え? うーん、そうですね……初心者の俺じゃさっぱりですけど、多分部長たちともいい勝負出来ると思いますよ」

「へぇー……言うじゃないの」

 

 

 俺が話していた内容が気になるのか、部長にヨッシーさんこと聞かれたので素直な感想を述べると、素敵な笑顔が溢れていた。

 

 

「……怒ってます?」

「いえ、興味がわいただけよ。だけど麻雀関係の仕事ってもしかしてプロだったりしてね」

 

 

 素直に言い過ぎたかと思い、恐る恐る尋ねてみるが予想とは違いケロリとしていた。単に強い相手に興味があるみたいだ。

 あっけらかんとする部長は逆に、視界の端で染谷先輩が部長の言葉に眉を顰めているのが見えた。

 

 

「忙しいプロがこんな時間からネトマをするかの……? それに京太郎の話じゃと結構会うんじゃろ?」

「はい、約束しなくても二日に一度は会いますね」

「プロでも練習の為にネトマを使う人は結構おるみたいじゃが、流石にその頻度じゃとな……大方雀荘辺りの関係者じゃろ」

「ん? 小鍛冶プロは家でゴロゴロしてるって言ってたじょ」

「あの人は例外じゃ」

「靖子は?」

「ノーコメント」

 

 

 悪い例として挙げられる不憫な小鍛冶プロ。全部福与アナが悪いな。

 それはともかく何かを余計な事を閃いたのか、にまぁ~とした笑い方をしながら部長が和の腰のあたりをツンツンと突きだす。

 

 

「それで先生役を盗られたのどっちさんはどうかしら?」

「知りません」

 

 

 部長の弄りにぷいっと顔を背ける和。入部したての頃は部長のからかいなどにもすぐに顔を赤くしていたものだが、毎度からかわれればそうなるな。

 微笑ましく見ていると、視界の隅で今の話に加わっていなかった咲がおっかなびっくりパソコンを弄っているのが見えた。

 

 

「なにしてるんだ?」

「きゃ!? もうっ! 驚かさないでよ京ちゃん」

「悪い悪い、そんで?」

「ん、ちょっと京ちゃんの成績が気になって」

「俺のか? 言っとくが全然ダメダメだぞ」

 

 

 電子機器が駄目な咲に代わり、キーボードを打って今までの対戦成績や牌譜を出す。このサイトのネトマは成績だけじゃなく牌譜もパッと出してくれるから便利なんだよな。

 要望通り俺のスコアを画面に表示させると咲が覗き込み、それに続くように何故か部長たちまで体を前に乗り出して来た。

 

 

「いや、何見てるんすか」

「あら、部員がどれぐらい成長したのか知っておくのも部長の仕事よ」

「う……確かに」

 

 

 正論を言われてたじろぐ。確かに言っておることは間違っていないのだが、それでも皆の強さと俺の弱さを考えると見せるのが恥ずかしいんだよな……。

 

 そうやって悩んでいる間にも部長たちはカチカチと画面を切り替え俺の成績を見ていく。というか生殺しに近いぞこれ……。椅子に座っている俺の周りを皆が囲んでいる状態の為に動くことも出来ず、ただ時が過ぎるのを待つばかりだ。

 

 そしてある程度見て満足したのか、前の方にいた部長たちがようやく離れる。やっと満足に息が出来ると安心していると、部長が画面を見ながら何やら頷きだした。

 

 

「うんうん、いいじゃない」

「え? マジっすか?」

 

 

 まさかの褒める言葉に夢かと思い頬を抓る。痛い……じゃあこれは偽物の部長か?

 

 

「須賀君は私をどう思っているのか、よ~~~くわかったわ」

「日ごろの行いじゃろ、我慢せい」

「まこまで酷い!」

「部長は普段から人をからかい過ぎなんですよ」

「皆ひどいわ……」

 

 

 染谷先輩だけでなく和にまで言われた部長が部屋の隅でいじけ始める。まぁ、俺も本気で言ってるわけじゃないし、その場のノリみたいなものだからな。部長たちも似たような感じだ。

 そんな部長をさておき、後ろにいてあまり見れなかった和が画面を見ようとマウスへ手を伸ばす。その為和のおもちが腕に当たるというサプライズがあったが顔には出さない。

 

 ――男、須賀京太郎。女性に恥をかかせたりはしない。別に一分一秒でもこの体勢でいて欲しいという欲望なんかでは決してない。

 

 そんなアホな事を考えているうちに和もある程度見終わったみたいで体を離す。実に残念。

 

 

「そうですね、先ほどから須賀君の打ち方を見ても思っていましたが、須賀君が卑下するよりもちゃんと進歩していますよ」

「え……マジか? 嘘じゃなくて?」

「わざわざ嘘なんてつきません」

 

 

 まさか和にまで褒められるとは思わなくまたしても頬を抓ろうとしたが、今度はその前に和に手を掴まれてしまった。あ……柔らかい……。

 

 

「……こほん。勿論まだまだ甘いところやダメなところはあります。ですが基礎的な事は出来ていますからもう少し頑張れば初心者の枠から抜け出せますね」

 

 

 自分が男の手を握っていることに気が付いたのかすぐに離して平静を装おう和。傍から見ても思いっきり動揺しているのがバレバレである。

 

 

「しかし……須賀君はあがる回数はそう多くはなく普通なんですけど、それと比べても振込みが減っていますね」

「あー、そりゃあな……」

 

 

 そういって視線を向けるのは我が部の姦し……いや麗しい女性陣だ。

 馬火力の咲と優希、そして人の裏をかく部長、和と染谷先輩はまだ常識的な打ち方をしてくれるがそれでも強い。だからこの五人と打つとどうしても守りを気にするんだよな……。

 

 俺の視線から何が言いたいのかわかってくれたのか同情的な視線で見られる。和なんて毎回それに付き合わされているもんな。

 

 

「……そうですね、ただあまり降りる事ばかりを考えると変な癖がついて勝てなくなりますから少し直したほうがいいかもしれません」

「ああ、気を付ける」

 

 

 とはいえ、以前ヨッシーさんからも言われたから俺も気をつけてはいるんだけど直ぐに治るもんでもないしな。和には悪いが今はそこまで気にする時間がないし、少なくとも県大会終わってからになるだろうな。

 

 

「さて……続きを「ちょっと待ったーっ!」なんですか部長」

「ほ、ほら、さっき私の話が途中だったじゃない、だからそんなに睨まないでほしいんだけどぉ……」

「別に睨んでませんよ」

 

 

 勢いよく現れた部長だったが、和の視線に段々と声が小さくなっていく。本人はこう言っているが第三者から見ればやはり睨んでいるようにしか見えない。

 真面目な和は練習中に茶々を入れられるのを嫌がるからな。さあ続きをって所で出鼻をくじかれたのが癪に障るのだろう。

 

 

「んっん、それで須賀君。前に夏の大会には出ないって言ってたわよね?」

「あ、はい。打つのは慣れてきましたがまだまだ力不足ですから今回は見送ろうかと。出ても恥かくだけですし」

「それなんだけど……まだ申し込み間に合うからやっぱり出て見ない? 出るだけならタダなんだし、今の須賀君なら点数計算ができなくて対戦相手を困らせるってこともないでしょ」

「え? だけど……」

 

 

 部長の思わぬ提案に自分の腕を弱くとも認められていると嬉しく思うがそれでも難しいよな……。

 確かに部長の言うとおり参加費用はかからないが、出るからには清澄麻雀部の看板を背負わなきゃいけないのだ。だから下手な負け方でもしたら、周りからも揶揄されるだろし初心者は出るべきじゃないと思ってるんだが……。

 だけど部長はそんなこと気にするなという。

 

 

「さっきも言った通り、周りに迷惑さえかけなきゃいいのよ。それにこれからも麻雀やっていくんでしょ? だったら流石に優勝は無理だと思うけど、これもいい経験になると思うわ。だからね! ダメもとでいいから出てみましょ!」

 

 

 再度の部長の押しに考え込む。確かに出てみたい気持ちはあるけど……。

 そんな悩む俺に様子を見ていた咲達が近寄ってくる。

 

 

「京ちゃん一緒に出てみようよ」

「咲……」

「京ちゃん頑張ってるし、きっと良い所まで行けるよ!」

「まぁ、私達も手伝ってやるじぇ。そしたら優勝まで行けるかもな」

「まったく……おんしは素直じゃないな……」

「ふふっ、そこがゆーきですから」

 

 

 咲だけでなく優希達も俺を奮い立たせるように背中を押してくる。

 そんな様子を見ていると、なんだか俺も勇気がわいてきて、周りの事も考え一度は諦めていたけど出て見たくなってきた。

 

 

「よし! いっちょやってみるか!」

「そうこなっくちゃ! それじゃあ次はネトマを止めて須賀君が入りなさい。後は和とまこ、優希ね。難しいかもしれないけど、二人の動きを見て参考にしながら優希から点棒を守りきるのが練習よ」

「おっしゃ負けないぜ!」

「よーし犬、かかってこい!」

 

 

 部長の一声で席に着く為に動き出すと、優希がこちらのやる気を出させるように指差し挑発をし、後ろには和と染谷先輩の呆れ顔もあって思わず笑い出しそうになった。

 そんなわけで心機一転、俺もインハイの予選に出ることとなった。まぁ、この日は結局ボロボロだったけどそれでも楽しかったな。

 

 だから……大会では悔いのないように打ちたいと思ったのだ――

 

 




 ヨッシーという名前を見て最初にハギヨシが浮かんだ方はホモの素質があります(嘘)だけど先に断言します。ヒロインはハギヨシじゃありませんよ。

 とまあそんな感じでとりあえず新番外編の歩くような速さでの一話目でした。タイトルは良いのが思いつかなかったのでゲームから適当に。

 そして今回の番外編はこんな感じで進んでいきます。ただ、内容から見てわかるとおり京太郎の麻雀についても書いていくので今までのと違ってちょっとだけシリアス気味な感じです。

 それでは今回はここまで。次回もよろしくお願いします。


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歩くような速さで Vol.2

フフフ……数日中とは言ったが、本当に次の日に投下するとは誰も思うまい! 
そんなわけで前回の続きです。ようやくヒロイン登場。

※一度投下したのをこちらの都合により一旦削除してしまいました。誠に申し訳ございません。


 そして訪れたインハイ予選の県大会。

 結果――女子は団体戦で優勝、個人でも咲と和の二人が全国へと行けることとなった。一方、男子個人戦に出ていた俺はあっけなく午前で敗退となった。

 

 咲達には慰められたが、そもそも初めてまだ数か月でルールもようやく覚えたての俺が勝てるほど甘い世界ではないし、そこまで悔しくはなかった。ただ、せっかく初出場で優勝という快挙を成し遂げた女子の顔に泥を塗ってしまったのは悔しかったが……。

 そんな県大会から一か月ほど経ったある日の夜。俺は自室にある椅子に座りながらデスクの上のパソコンと睨めっこをしていた。

 

 

「…………あー勝てねぇー」

 

 

 目の前に映し出される三位という文字を目にして悔しさから頭を掻きむしり、面倒になったのでブラウザを閉じる前にさっさとパソコンの電源を切ってベッドへと転がる。

 先ほどまでいつものネトマをやってそれなりにうまく進み、もう少しで捲れる所だったのだが、オーラスで他家にツモられてしまい結局二位から三位へ転落してしまったのだ。

 

 

「あー……くっそ、あいつらが帰ってくるまでに少しでも強くなって驚かせたかったんだけどな……」

 

 

 ゴロリと寝っころがりながら顔を横に向け、部屋の窓の外に広がる夜空を見ながらぼやく。

 今、咲達は県大会の決勝で戦った三校と合同合宿をしに行っているので、男子である俺は留守番中だ。それについては寂しいと思うが仕方がないし、染谷先輩から部長が色々手を回してくれていた話も内緒だが聞いているので文句を言うつもりはなかった。

 なんでも他校との話し合いの時に俺も一緒に連れて行けないかと打診したらしいのだ。

 

 「自分達と一緒に合宿した時も問題は起こさなかったし、初心者だから少しでも勉強させてあげたい」と言ってくれていたらしい。

 

 俺としては余計な事を考えさせてしまった事に申し訳なく思っているが、染谷先輩は「この前の県予選で無理に誘ったのを気にしとるのと、一年の時は部長も一人ぼっちじゃったから同じ思いはさせたくないんじゃろうて。なぁに言うだけならタダなんじゃからおんしが気にすることはないぞ」とも言っていた。

 

 とはいえ結局は風越のコーチから遊びじゃないんだってことで却下されたらしいが当たり前だし仕方ないだろう。いくら安全と言われても向こうからすれば全国個人戦の為に厄介ごとは少しでも避けたいだろうからな。

 ちなみにそのコーチが口を出す前は龍門渕、鶴賀、風越の部長さん達は意外なことにその案を受け入れていたらしい。染谷先輩は何も言っていなかったが、実は部長悪いことしてないよな?少し心配であった。

 

 とまあ、そんなわけで表には出していないが、俺に引け目を感じている部長を安心させるためにも目に見える成長をしておきたいのだが、前途多難なのであった。

 

 ちなみに咲達から残してきた俺を心配する連絡も入っていたが、俺のことを気にせずにたくさん練習して、夜には他校の人たちと思いっきり遊んで来いと釘を刺しておいた。

 

 せっかくのこういった機会だしな、是非交友を深めてほしい。気は早いが他の学校の面子とは来年の大会でも顔を合わせる長い付き合いになるだろうし、友達でも作ってほしかった。

 

 

「そういえば……大会といえばあの人ってなんだったんだろうな?」

 

 

 大会の事を考えていると、個人戦のある一戦を思いだした。ほんとあの時戦ったどう見ても高校生に見えない白髪の男性はいったい誰だったのだろうか……?

 

 あの時、個人戦の最初の試合で俺を含め他の二人も手玉に取られ遊ばれて、全く歯が立たなかった人がいたんだよな。ただ、最後の方は何故かその人のペースが落ちて、今までうまく食らいついていた二番手の人が繰り上がったのだが……。

 その事を思い出していると、ふと、先ほどまでついていたパソコンが目につき、以前ネットで耳にしたとある噂を思い出した。

 

 なんでも今の男子の麻雀は女子に比べて一歩劣っているのだが、数十年前までは女子より強かったらしい。

 しかし当時の男子は人数も多いことから女子よりもさらに選手同士の力の差が大きく、特に上位陣は人外の強さの為、それを目の当たりにした若い雀士が打つのを止め、一般の人もそれについて行けないと麻雀離れが深刻化した時期があったらしい。

 

 そこで麻雀協会は苦肉の策として上位陣を隔離して、表の大会とは別の裏の大会を始めることにしたという噂があるということだ。

 実際にそれを裏付けるものとして、昔、名を馳せた人たちは解説に出ることはあっても見知った大会で見ることはなくなり、失礼な言い方だが、昔パッとしなかった人達が今のトッププロになっているらしいのだ。

 

 それで今までの話は前提で、県大会に関係するのは、なんでも良い人材を見極め発掘する為にその裏の世界から時折表の大会に出てくる人がいるということだが眉唾物であった。

 最近じゃ逆に男子が弱くなりすぎたから元に戻そうという話もあるらしいけど、本当だとしたら実にアホな話だし、やはりただの都市伝説だろう。

 

 とまあ、そんな感じで現実逃避はここまでにしてと――いつまでも腐っていてもしょうがないのでベッドから起き上がり、机の上に綺麗に並べてある参考書の中から一冊の本を取り出す。

 

 

「実践の前に知識も固めるか……」

 

 

 経験もそうだが、俺にはまだまだいろいろ足りていないので、この前和から借りた教本を読み始める。所々和らしい生真面目かつ可愛らしい文字でチェックがついているのが味噌だ。

 ちなみに本棚には『激ウマタコスの作り方』『うちの妹がこんなに強いわけがない』『姉、ちゃんが最強』などの本もある。

 

 少し前に激マズタコスを作ったのがどこぞのタコス娘の逆鱗に触れたようでこれ見て練習しろと渡されたのだ。ぶっちゃけ料理なんてしたことない俺にそんな凝ったものを作るのは無理かと思ったのだが、これが意外に楽しかったりもするのだ。

 ちなみにもう二冊についてはノーコメントだ。早く返したい。

 

 

「さて……『ブーブー』ん?」

 

 

 さらに読み進めようとしたところでベッドの隅に置いてあった携帯のバイブがなり始めたのを見て、開いた本を一度閉じ携帯を手に取る。

 誰かと思い宛先を見てみるとヨッシーさんからだった。

 

 

「えーと、なになに?」

 

 

 大体の予想はついていたが、中身はいつも通りネトマのお誘いであった。

 ちなみにヨッシーさんとは少し前にネトマのチャットだけじゃ不便だという事でメルアドを交換したのだ。ただ電話番号の方は交換していない。メールと違って電話じゃお互いの声で性別や大体の年齢が分かっちまうし、いざとなったらメルアドは簡単に変更できるが、電話番号はそうもいかないからな。

 っと、さっさと返信しないと。

 

 

「んー…………まあやるか」

 

 

 さっきまでやってたしなー、と、ほんの少しだけ悩んだがすぐにパソコンを再起動する。せっかく誘ってくれたんだし、一人でやるよりも指導役がいた方が良いからな。

 そんなわけでいつも通り部屋を作りヨッシーさんを招待し、野良を二人入れてから始めたのだが、案の定ヨッシーさんが一位を取って終わった。

 

 

「この人ホントに強いんだよな……マジでプロだとかそういうオチはない……よな? いやねーよ」

 

 

 以前染谷先輩と話した内容を思い出し、そんなありえないことを考えていると、ヨッシーさんからメッセージが来ていることに気付いた。

 多分いつも通り指導という名の駄目だしが始まるのだろう。メゲるわ……いや、俺が頼んだことなんだけどね。

 しかし予想とは裏腹に最初に打たれた言葉はまったく別な物であった。

 

 

『今日は何処か調子でも悪いんですか?』

『え……? いや、そんなことないですけどどこかおかしかったですか?』

 

 

 まさかの言葉に戸惑いつつもキーボードへと手を伸ばし返事を打つ。いつも通りどこかしら間違っているならば率直に行ってくるだろうし一体どうしたんだ?

 悩んでいると、向こうからもすぐに返事が返ってきた。

 

 

『いえ、なんだかいつもと違って手に迷いがあるように感じたので』

「いやいや、直接ならともかく画面越しなのになんでわかるんだよ……」

 

 

 恐らく俺が悩んでいることがわかったのだろう。一応向こうとしては心配しているのかもしれないが、内心を見透かされているようで自分勝手な話だが面白くはない面もあった。けれどちょっと相談してみるのもいいだろうか……。

 悩んだ末に誰かに相談するのもいいと思い、自分の腕が伸び悩んでいる事について話してみると――

 

 

『ふむ、なるほど……だけどゼロはまだ始めたばかりの初心者ですからノープロブレム。それぐらいの躓きは誰でも経験しますよ』

『そうでしょうか……自分でも知識や経験不足なのはわかっているんですけど、頑張ってもあいつらみたいに強くなれるとは思えなくて……』

 

 

 こちらに気を使ってか、励ますような言葉をくれるヨッシーさんだったが、それに対し俺は素直に受け取れなかった。普段ならこんなことは言わないのだが、年上や麻雀における格上の相手だからか慰められるような事を言われると逆にそのことに反発してしまう。

 

 実際に俺の中では、決勝での咲の数え役満を見てから半分ほど麻雀に対する諦めの感情も浮かんでいた。オカルトなどを持っていない俺では所詮あいつらの影すら踏むことはできないのではないかと……。

 

 

『んー、悩む気持ちはわかりますが焦りは禁物です。初心者らしく一歩ずつ、歩くような速さで行きましょう』

『……そうですね、それじゃあ今日も指導お願いします!』

『イエス、どんと来なさい』

 

 

 辛抱強く言葉を重ねてくれるヨッシーさんを見ていたら、甘えている自分が情けなくなり改めて今日もお世話になることになった。

 顔を合わせたことすらない俺の為にこうやってわざわざ時間を割いて教えてくれるんだ。頑張ろう。

 

 しかし、歩くような速さか……ヨッシーさんが言っていることは正しいのだが、だけど……やはり今の俺では強くなれないのだ……。

 それから心の隅で暗い気持ちを抱えながら今日もヨッシーさんが落ちるまで特訓に付き合って貰うこととなった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「ふむ……ナイスなことです」

「良子ちゃんおまたせー☆」

「ん、お疲れ様です。はやりさん」

 

 

 携帯に来たメールを見て返事を返していると、待ち人であるはやりさんが来たので一旦閉じる。

 直接顔を合わせるのは久しぶりですが、はやりさんはいつも通り元気そうですね。

 

 

「ごめんねー、撮影が遅れちゃって」

「構いませんよ、何か食べますか?」

「じゃあオムライスで!」

「ディナーにしては珍しいもの頼みますね」

「この前雑誌の特集でね、オムライスを食べられない女の子の話やってて試してみたくなっちゃった☆」

「そ、それは……」

「おなかペコペコだし早く頼んじゃおー」

 

 

 楽しげなはやりさんとは裏腹に、私の額に冷や汗が滲んでくる。

 詳しい内容は知りませんが、恐らくあまりいい記事ではなさそうです。しかし楽しそうにしているはやりさんにそれを指摘するのも野暮ですね。

 

 それからはやりさんが食事と飲み物を注文し、私も先ほどまで飲んでいたのがなくなったので適当な摘まみと一緒に新しいのを頼むことにした。

 そして注文をし終えると、はやりさんがなにか楽しげに身を乗り出してきた。

 

 

「それでさ、さっきのメールの相手は誰かな?」

「さっきの、とは……?」

「ほら、私が来る前に携帯弄ってたじゃん」

 

 

 確かに目の前にはやりさんが来るまで触っていたから知っているのは当たり前ですが、なぜそれがメールだと気付いたのでしょうか?今時アプリやらいろいろありますが。

 

 

「そこは女の子の勘だよ☆」

 

 

 ノーウェイ。ですがそういうことにしておきましょう。

 

 

「それで相手は誰? 彼氏さんかな?」

「違いますから変なプレッシャーをかけないでください」

 

 

 ニコニコと笑ってはいるが、常人ならば裸足で逃げ出すような圧力をかけられ、先ほどとは違う意味で冷や汗が出てくる。

 どうもはやりさんはここ最近この手の話題に敏感になっており、辺りに殺気をまき散らすのが日課となっているのだ。そこまで焦ることなのだろうか?

 

 

「良子ちゃんも数年経てば気持ちがわかるよ」

「ソーリー、許してください……」

「別に怒ってないよ☆」

 

 

 笑顔のまま圧力が増しているので話しを逸らすことにしましょう。

 

 

「先ほどのメールですが以前話したネット麻雀の相手ですよ。なんでも初めて役満で和了ったらしくてその報告でした」

「へー、そういえば初心者の子に教えているって言ってたっけ? ネトマで師弟関係なんて珍しいね」

「別にたいしたものでもありませんよ」

「んー、でも良子ちゃんも忙しいしわざわざ携帯のアドレス交換してまでそんなことするなんて思わなかったなぁ」

 

 

 届いたお酒を口にしながらはやりさんは意外だとばかりに言う。

 まあ、プロとしての試合以外にも色々仕事はあって暇とは言えませんが、少しでも腕を鈍らせないように始めたネトマだから別にかまわないんですよね。アドレスも一々ネットに繋いで相手がいるのか確かめるのが面倒だったから交換しただけですし。

 

 ちなみに先ほどから話題になっているメールをやり取りしていた相手は、私が春に周りの勧めでネトマを始めた当初、何度か一緒の卓に着いているうちに仲良くなった『ゼロ』というハンドルネームの子だ。

 仕事が早く済む日は家に帰ってネトマで練習をしているのが近頃の日課だけど、その日課に彼の指導も入っている。

 

 

「ふ~ん、良子ちゃんがそこまでするぐらいだし、その子才能あるの?」

「そうですね……今はビギナーですが恐らくそれなりの物はあるかと」

「そうなんだ~これからが楽しみだねー」

 

 

 テーブルの上に両肘をつけて両手を顎の下に置きながら楽しそうにこちらの話を聞いているはやりさん。私よりいくつか年上なのに、それでもそんな仕草が似合うのは羨ましいと思う。私が同じことをやったら絶対に似合わないでしょうし。

 それはさておき、はやりさんの質問に彼の打ち方を思いだしながら素直に答える。

 

 元々ゼロと話すようになったのは、打ち方はどう見ても初心者なのに降り方が上手ため気になったのが切っ掛けでした。

 

 それはベタ降りではなく、なんとなく感覚で危険牌を察知しているように見え、そのことが気になりメッセージを送ったのが最初の会話だ。そしたらゼロの身内にオカルト遣いがいることがわかり、そのことがどうやらゼロの危機感を育てたという事を知ったのだ。

 そしてそれからなんとなくやりとりをしているうちにいくつか駄目な点を指摘し、色々と教えるような関係になったのでしたね。

 

 あの時の事を思い返してみると、興味深かったからといって見ず知らずの相手にグイグイ質問をしたのは駄目でしたね、全く反省だ。

 

 

「それでその子って男の子? カッコいい?」

「一応学生ってことは知っていますが、性別以下諸々は知りませんよ」

 

 

 先ほどとは違い、今度のはやりさんの質問には答えをはぐらかせておく。

 学生というのもチャットをしているとお互い軽い話をすることがあり、その中で彼がポロッとそれに連なる単語を書いてしまった為に知っただけだ。まぁ、そういう危うい所も若くていいと思いますけどね。

 それでどうせなら教える時に少しでも相手の時間帯がわかればいいと、こちらが麻雀関係の仕事についている社会人という事は教えておいたのは流石に余計でしたかね。

 どうやら向こうが学生という事でこちらも当時を思い出して、テンションが上がっていたみたいです。

 

 

「学生さんかー……全国大会に出たりして」

「彼は既に予選で敗退してしまったので出られませんよ」

「まあ始めたばかりならしょうがないよねー……ん? なんで『彼』なの?」

「あっ、それは……」

 

 

 うっかり口を滑らせてしまうと、はやりさんが目をキラキラさせてこちらを見ていた。やってしまいましたね……。

 少し前に、県大会で彼の所属する麻雀部の女子が優勝したことを私にテンション高く伝えて来て、プライバシーの事を軽々しく口にする彼を叱ったのですが、これでは人の事は言えない。

 

 ちなみに彼と呼んでいるのも、常日頃の話題や個人戦の事からなんとなく予想をつけた暫定の呼び方だけで確定ではないのですが。

 そのことを伝えると、はやりさんは目に見えてガッカリしていた。この人何をする気だったのでしょうか?

 

 

「なんだ~つまんなーい。でもさぁ! 本当に男子かもしれないし、お手伝いとかで優勝した女子と一緒に来る可能性もあるよね?」

「どうでしょうね。そもそも今までの話も合わせて全て嘘をつかれていたってこともあるかもしれません」

「……本当にそう思ってる?」

「……一応、信じてはいます」

 

 

 先ほどまでのおちゃらけていた雰囲気を潜め、普段と違う年上らしさを感じさせながら聞いてくるはやりさんに少し躊躇いつつも答える。

 

 初めに気になったきっかけは些細な事ですし、顔も見たことない相手ですが、個人的に彼を気にいっているのは事実です。なんだかんだで私自身、彼に教えるのを楽しんでもいますしね。

 私が強い口調で指摘しても投げ出さずにいますし、ちょっとした宿題を出せば次にはちゃんと解いていますからね。これでもプロですし、彼が麻雀に真剣に取り組んでいるな真面目な子なのは画面越しですがわかります。

 

 ただ、そのせいか大会が終わってからあまり調子が良くなさそうなのが気がかりですが……。

 

 

「むむ、これはラブロマンスのよかん!?」

「ノーウェイ、ありえません」

 

 

 寝ぼけた事を言うはやりさんを置いて、ようやく届いた注文した品を頂くことにしましょう。はやりさんからは「あー! 誤魔化してるー!」と言われたが気にしません。

 はやりさんが言うようなことはありませんし探られて痛い腹は持ちませんが、一応ゼロとヨッシーだけのプライベートな話ですし、根掘り葉掘り聞かれても面白くないですからね。

 

 しかし……本当に彼は大丈夫でしょうか? 県大会が終わってから未熟な私でもわかるぐらい打ち方に迷いが出ることがあるのがわかるのを見るに、やはり以前言っていたような悩みがあるのだろうか……。

 機会があるのならもっと詳しく聞いてみたいかな。

 

 ――その後、はやりさんの話に相槌を打ちつつも、以前のゼロの言葉が私の中で引っかかっていた。

 

 

 

 ちなみに……はやりさんのオムライスの食べ方は見ていて痛々しかったです。

 




 そんなわけでまさかの戒能さんヒロインのお話でした。なんで戒能さんかというと…………なんとなく? だって可愛いじゃない。一応他の理由は伏せときます。
 あと内容としてはこれからの自分の麻雀について悩む京太郎と、画面越しでしか会ったことのない相手ながらも気になるというお人好しでお節介な戒能さんというお話でした。

 まぁ、京太郎の悩みは初心者辺りなら誰でも持ち得るものですからしょうがないでしょう。京太郎が自分の中で今後どう整理していくのかもこの番外編の中でやっていくつもりです。


 それでは今回はここまで。まだまだ続く番外編ですが、次回もよろしくお願いします。



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歩くような速さで Vol.3

今週中に終わらせるために投下投下透華の三話目。
今回は京太郎と戒能さんだけでなくあの女性も出ます。



 インターハイ――それは全国の高校生雀士の頂点を決める戦い。

 

 俺が所属する清澄麻雀部の女子達は県大会に優勝して全国への切符を手に入れ、そこから何度も苦戦する場面もあったが、先ほど準決勝を勝利で終えてついに明日の決勝戦へと駒を進めた。

 皆このことを喜び、大いにはしゃいでいた。それは手伝いとして一緒に連れて来てもらった俺も一緒で、自分の事の様で誇らしかった。

 しかし――それに反し、心の隅では暗い事を考えている自分もいた。

 

 

「あー……なんだよあれ。あっりえねーよ」

 

 

 宿泊施設にて清澄唯一の男子ということで与えられている自分の部屋のベッドに寝転び、誰も聞くことはない愚痴を口から漏らし続ける。咲達は別部屋どころか別の棟なので万が一にも聞かれることはないし、こうしていれば顔も合さないで済む。

 県大会の時もそうだったが、全国に来てから正直一人で悩みこむ事が多くなった。

 

 ――そう……あまりにも皆が強すぎるし何をやっているのかわからないのだ。

 

 龍門渕の天江選手もそうだったが、全国には同じくらいヤバいのがいて、数か月前に始めたばかりの俺ではまったくついて行けなかった。

 そして女子がこれなら人数が多い男子も色々と強い人がいるのだろうな。

 

 

「俺……麻雀向いてないのかな……」

 

 

 中学の頃は体型に恵まれていたおかげもあってハンドボールで活躍をしたのもあり、高校では別の事をやりたくなって今までとは真逆の文化系の麻雀部に入ったのだが失敗しただろうか……。

 だけど麻雀面白いんだよなー、でもある程度才能なければ勝つ所かいい勝負が出来るという土俵にすら立てないしどうしようもないよな……。

 

 

「……うしっ! 悩んでも仕方ないしハギヨシさんとでも会ってみるか『ブーブー』……あ?」

 

 

 このまま一人悩んでいてもドツボにはまりそうだったので、こちらで仲良くなったハギヨシさんにタコスの事でも聞きながらちょっと相談してみることにした。そしてそのため電話をかけてみようかと思ったが、すぐ隣なので先に部屋に行ってみるかと思い、起き上がったところで携帯からメールの着信音が鳴り響く。

 

 こっちに来てから地元の奴らからよく近況報告を催促するメールが来るのでまたあいつらかと思い見てみると、まさかのヨッシーさんからだった。

 俺が東京に来てネトマをやっていないのとヨッシーさんも仕事で忙しいらしいので、一週間ほどあまり連絡をとっていなかったのだが何の用だろう。

 

 

「あーなになに?」

 

 

 開いてみると何のことはなく、メールの内容は東京に来てしばらく経つが調子はどうだ?という事だった。こちらに来た当初にも似たようなメールは来ており、それには普通に返していたのだが、このタイミングで来るなんてな。

 

 

「……………………」

 

 

 しばらく悩んだけど、これも何かの縁と思い、前と同じように先ほど考えたことをいくつか伏せながら伝えてみることにした。主に以前と似たような感じで全国の雀士の強さがヤバい的で自信がなくなりそうだということだ。

 

 迷惑かも知れないが、ヨッシーさんには近くにいる咲達には漏らせない様な悩みを時々聞いてもらっているので、ちょっと甘えたかったのもある。

 それにヨッシーさんならガツンと率直に言ってくれるだろうから、少しはやる気も出るかな。

 

 しかしそう思い待っていたのだが、いつもだったらすぐに返信してくれるはずなのに今日は10分以上経っても返事は来ず、流石の俺も焦ってきた。

 

 

「ちょっと愚痴りすぎたかな……」

 

 

 前にも同じような事を言ったし、人の愚痴なんて聞いていても面白くないから失敗したかなーと考え、謝りのメールを打とうとしたらちょうど返事が返ってきた。

 開いてみるそこには――

 

 

「…………へ?」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 長野とは違い、夜にはなってもサラリーマンや学生などの大勢の人達が出歩く東京。俺はそんな人々が行き交う駅前でヨッシーさんを待っていた。

 何故かというとさっき貰ったメールが原因で、話がしたいからこれから会わないか?という返事が来たのだ。

 

 何度も鬱陶しい話をする俺にガチギレして、直接会って殴られたりするのだろうかと思ったが、流石にわざわざそんなことの為に呼ばないだろうし、待ち合わせを駅前に選んだのもそういったのを配慮してのことだろう。

 とはいえ、今の俺は一応清澄麻雀部の一員として来ているのでなにか問題を起こしたらヤバいから悩んだのだが、ヨッシーさんの『無理だと思ったら断ってくれて構いません』というこちらを気遣う言葉と今まで世話になったことを踏まえてここまで来ていた。

 まぁ、本当に何かあったらすぐに逃げればいいだろう。

 

 一応部長に「用事が出来たから外に出てきます。遅くなるかもしれませんが明日以降に必要なものがあったら一緒に買ってきますよ」というメールを送っておいたら「大丈夫だけど、他校の生徒をナンパしちゃだめよ」という返事が返ってきた。あの人は俺をなんだと思っているのだろうか……。

 いや、まぁ大事な部員だと思ってくれるのはわかってるけどね。本人は「雑用よろしく!」と言って東京まで連れてきたがそれは照れ隠しで、実際は試合で場を離れられないときに弁当や飲み物を買ってくるぐらいの仕事しかなかったしな。

 それに男一人を二週間近く東京に滞在させるってかなり金かかるし、なにか問題起こせば責任を取るのは部長なんだから余計な負担を掛けたくないのなら連れてこなければいいんだもんな。

 部長としては俺に今回の試合を良い経験としてほしいのだろう……あの人には感謝だ。

 

 そんなわけでつい先ほど待ち合わせ場所に到着して待っているのだが、人混みのせいでよくわからないけどもう既に来ているのだろうか?

 辺りを見回してみるが、ぶっちゃけヨッシーさんの顔どころか性別すら未だ知らないので意味はないんだよな……そう思っているとメールが届いた。

 

 

『今、銅像の前で帽子を被っているウーマンが私です』

 

 

 そんなメールが届き、とりあえず視界の範囲で探してみるが、人混みが多くて分かりにくい。というかヨッシーさん女だったのか……。

 

 

『人が多いので時間はかかりますが今探しています。あと俺は金髪でジーパンと白いシャツを着ている男です』

 

 

 視線を飛ばしながらもケータイを弄りこちらの容姿がわかるように伝えておく。

 さて、どこだ――って、銅像がデカい上に周りに花が植えられて柵で囲んでいるからそれなりに円周が広くてわからないぞ……。

 わかりづらい目印を頼りに帽子の女性とやらを探していると、肩をポンとたたかれた。誰かと思い振り向くと――

 

 

「失礼、ゼロさんでよろしいですか?」

 

 

 声をかけてきたのは言われた特徴通りの帽子を深くかぶった、俺よりいくつか歳上の綺麗な女性だった……って!?

 

 

「か、かいの「ストップ。言いたいことはわかりますが、一先ずここを移動しましょう」わ、わかりました」

 

 

 口元に人差し指を置くジェスチャーをしながら暗に大声を出すのは止めて欲しいと言われたので、こちらも小さな声で返事をしながら頷き、先導するヨッシーさん?の後に続く。

 

 

「(帽子で隠しているけど、この人って戒能プロだよな? 麻雀を始めたばかりの俺でも知ってるぐらい話題のルーキープロじゃないか!?)」

 

 

 内心かなりビビっている俺を差し置き、戒能プロは人混みをかき分けるようにぐいぐい進む。

 

 その後、俺達はそのまま近くにあったそれなりに大きい公園へと入った。

 幸いにも周りには人影はなく、数十メートル先に待ち合わせなのか休憩しているのかはわからないが、サラリーマンっぽい人が何人かいるぐらいだ。

 

 

「ふう……ソーリー、待ち合わせ場所がわかりづらかったですし、私も分かりやすいように服装をもう少し教えるべきでしたね」

「あ、いえ……その……ヨッシー、さん……ですよね?」

「イエス、そういうあなたはゼロでよろしいですね? ちなみに一週間前最後に出した問題の答えは?」

「あー……とー……確か、六筒出すと満貫で上がられるから三筒出すのが正解……でしたよね?」

「イグザクトリー、本人で間違いないですね」

 

 

 そういうと良く出来ましたと言いたげにヨッシーさんが口元に笑みを浮かべながらこちらを見つめてくる。

 美人のそんな真っ直ぐな視線に恥ずかしくなり顔を背けると、ふと、まだ名乗っていないことに気付いた。

 

 

「あ、すいません。ゼロ改め須賀京太郎です」

「おっと先に言われてしまいました。ヨッシー改め戒能良子です。はじめまして須賀君」

「はじめまして。あ、敬語は良いですよ。こっちが年下ですし」

「いえ、須賀君にはネット上とはいえ今までそうでしたし、今更直すのも違和感があるのでこのままでお願いします」

「わかりました」

 

 

 簡単な自己紹介をして握手を交わす俺達。しかしまさか本物の戒能プロなんて、部長が言ってた冗談が本当だとは……。

 そんな俺の驚く様子が面白かったのかヨッシーさんは、女子高生には出せない大人の笑みで、ふふっと笑いだし、近くのベンチで話さないかと切り出してきた。

 

 本物のプロってことで詐欺的な話はなくなったから他に移動しても良かったけど、戒能プロの素性を考えると下手な店に入るより確かに此処の方がいいだろう。

 それからベンチへと座ると、今まで気付かないうちに緊張していたのか深く息を吐いた。どうやら初めてのオフ会兼相手がプロという事で緊張していたみたいだ。

 呼吸を整えている途中、横から視線を向けられているのに気付き、気になって顔を上げると、ヨッシーさんが俺の頭の辺りを見ている。

 

 

「ふむ、男子なのは予想していましたし、ハンドボールの話を聞いていましたけど、ここまで背が大きく体格が良いとは思いませんでしたね。」

「はは、俺もまさかヨッシーさんが戒能プロだなんて考えたことすらなかったですよ」

「そこは一応プロとして気を使っていましたからね。あと、名前で呼んでくれて構いませんよ。私も須賀君と呼びますから」

「わかりました戒能プロ」

「ノー、戒能さん」

「えっと……わかりました戒能さん」

 

 

 プロという事で緊張していたが随分と気さくな人で助かった。というか直接に会話をするのは初めてとは言え、ヨッシーさんとは四か月近くやり取りしているからそこまで困らなそうだ。

 とはいえ、そんなこんなで呼び方も変えたのは良いが肝心の話を聞いてないんだよな。

 

 

「戒能さん、今日会おうといったのは……?」

「はい、一度会ってみたいと思っていた所に須賀君がちょうど来ていたからいいチャンスだと思いました。つまりオフ会ですね」

「なるほど……俺も戒能さんに会えてよかったです。今までお世話になってたからずっと会いたいと思ってました。でもまさかこんな綺麗な人だとは思ってもみませんでしたよ」

 

 

 お互い好きな食べ物やスポーツなどの話はしていたが、相手の素性に関わることについてはタブーな感じだったからな。それなのに向こうから会ってみたいって言われるのは嬉しいものだ。

 それに今まで男の人だと思っていたから嬉しさも数倍だ。男子高校生からしたら麻雀プロというよりも綺麗でおもちの大きいお姉さんというのは役満以上の価値があると言えるのだ。

 そんなアホな事を考えていると、薄暗くて気づくのに遅れたが、戒能さんが顔を赤くしていることに気付いた。

 

 

「どうしました?」

「いえ……君は中々のプレイボーイですね」

「???」

 

 

 小声でボソッと言われたためうまく聞き取れなかったが、なにか失礼な事でもしただろうか?

 不安になり戒能さんに聞こうと思ったが、なにか聞きづらい雰囲気だった。

 

 

「こほん。何でもありませんよ」

「そうですか?」

「イエス」

 

 

 咳払いをし、疑問に思う俺を差し置いて何かを誤魔化していたがツッコまないことにする。大人には大人の事情があるのだろう。

 それからしばらく東京はどうだとか取り留めのない話をしていたのだが、三十分程話し時間が経つと、チラリと腕時計を見た戒能さんが立ち上がる。

 

 

「さて、そろそろ行きましょうか」

「え? 行くって……どこにですか?」

「それは着いてからのお楽しみです」

 

 

 ちょっと不安になったが、プロなんだし変なことはしないだろうと思い後について行くことにした。

 それから最初は先ほどのように先導する戒能さんの後ろについて歩いていたのだが、途中からそのままでは話しづらく、並んで歩くようになっていた。

 そのまましばらく話しながら歩いていると、一軒の麻雀バーに辿り着いた。

 

 

「ここです。ちょっと怪しい雰囲気ですが、取って食べたりしませんよ」

「はは、信頼してます」

 

 

 俺が緊張しているのがわかったからか、冗談を交えながら中に入って行く戒能さんの後に続くと、店にはマスターと部屋の中央の席に一人の女性が座っているだけだ……って!?

 

 

「はやりん!?」

「はややっ、来たねー」

 

 

 こちらを見て笑っているのはプロの雀士であり、牌のお姉さんとして有名な瑞原はやりであった。

 驚き固まっている俺とは裏腹に戒能さんは躊躇うことなく店の中央へと歩いて行く。

 

 

「すいません、遅くなりました」

「いいよ~皆まだ来てないしね」

「そもそもみなさんあれを解読できるのですか?」

 

 

 どうやら二人は知り合いらしく気安い感じで話をしている。そもそもプロなら面識があってもおかしくないが、どうやらそれだけでなくプライベートの仲の良さを感じさせる。

 そう頭の中では冷静に観察し考えているが、突如目の前に現れた二人目のプロの登場で俺の体は未だ固まっていた。

 そんな入り口で固まっている俺に気付いたのか、はやりんがこちらへ視線を向けた。

 

 

「ほら、君もこっちおいでー」

「あ……あ、はいっ!」

「ここに座ってください」

「し、失礼します」

 

 

 はやりん……いや、瑞原プロに呼ばれて俺も急いで二人の元まで行くと、二人の間にある席を勧められて座る

 戒能さんだけでなく瑞原プロと直接会うなんて夢じゃないか?思わず頬を抓りそうになる俺だが、ふと視線が気になり横を見ると瑞原プロがこっちをニコニコしながら見ていた。

 

 

「あ、あのー……」

「君が良子ちゃんの言ってた弟子なんだねー」

「弟子って……そんな大層なもんじゃないですが……」

 

 

 興味津々といった感じで視線を向けられて尋ねられるが、思わず視線を逸らしてしまう。

 着ている服が服なため、さりげなくおもちが見えそうですばらなんだが、それ以上になんか怖い。

 ジロジロと瑞原プロに見られ萎縮する俺に横から救いの手が差し伸べられる。

 

 

「はやりさんストップ。怖がっていますのでそこまでにしてあげてください」

「ひどーい、私怖くないよねー?」

「彼は一般人ですから有名人が近くにいれば緊張するのは当然ですよ」

 

 

 まあ有名人なのはそうなのだが、こっちとしては何やら品定めされているような視線が一番きついんだが……。

 

 

「あ、あの……それより俺はなんでここに連れてこられたんですか?」

「あれ、説明してないの?」

「実際に見てもらう方が早いと思いまして」

「んー、でもちょっとは話しといたほうがいいんじゃないかな?」

「確かにそうですね」

 

 

 先ほどまでのプレッシャーを消し、首をかしげる瑞原プロにホッとしていると何やら話が進んでいる。ええっと……?

 

 

「ソーリー。簡単に言いますとこの後三人ほどさらに人が来るのですが、その三人とはやりさんがここで一局麻雀を打つのでそれを見てもらおうと思ったんです」

「別にそんなつもりじゃないんだけどなー」

「麻雀バーに来ているのにただの同窓会で終わらせるつもりだったのですか?」

「にゃはは」

 

 

 ツッコミを入れる戒能プロに対し、瑞原プロは笑ってごまかしている。なんとなく二人の仲の良さと関係が分かる会話だ。

 しかしなんでその同窓会の対局とやらを俺に見せる必要があるんだろうか?一応聞いてみると。

 

 

「そこはあとで説明した方がわかりやすいのでその時にしますから、今はただその対局を見ているだけでいいですよ。他に何かしろというわけではありませんのでリラックスしていてください」

「あ、私お酌して欲しいかなー」

「健全なお店だからダメです」

 

 

 俺に向かってボトルを渡そうとする瑞原プロを戒能さんが止めている。先ほどから感じでもいたが、やっぱ部長を止める染谷先輩みたいな関係なんだな。

 そんな感じで騒いでいると、新しく店の中に入ってくる人がいた。

 

 

「はややっ、はるえちゃんお久しぶり!」

「お久しぶりです」

 

 

 最初に反応したのは瑞原プロで、入ってきたのは変な前髪の女の人だった。多分歳的には瑞原プロと同じぐらいだと思う。

 会話からするにこの人が待ち人のうちの一人みたいだが……。

 

 

「おー、戒能プロもって……その子は?」

「どうも……知り合いの子でちょっと相席してもらいました。構いませんか?」

「よくわからないけど別に良いんじゃないかな。だけど学生っぽいし大丈夫なの?」

「大丈夫です。お酒は飲ませませんよ」

 

 

 そう言う心配なのだろうか?とりあえず名乗った方がいいかと思い口を開きかけると、又もや誰かが入ってきた。

 

 

「わかりにくいよ!」

「難解!」

 

 

 微妙に怒りながら二人の女性が入ってきた……って!?

 

 

「小鍛治プロに野依プロ!?」

「おー、グッドな反応ですね」

「お決まりだねっ」

「あ……す、すいません……」

 

 

 思わぬ人物達の登場に立ち上がり大声を上げてしまうが、横にいる二人の反応で恥ずかしくなって縮こまる。

 いや、マジでなんなんだよこの集まり……場違いすぎるだろ俺。

 

 

「えっと……どこの子?」

「知らない子!」

 

 

 当たり前だが向こうも俺の事は知らないので疑問顔だ。

 

 

「すいません、ちょ「ま、まさか!?」……小鍛治プロ?」

 

 

 訳を説明しようとした戒能さんの話に割り込むように、先ほどの俺に負けないほどの大声を上げる小鍛治プロ。

 なんだなんだ皆が視線を向けると、小鍛治プロは体全体をフルフルと震わせながら瑞原プロへと指を向けて――

 

 

「はやりちゃんの彼氏!?」

「せいかーい☆」

「「なにぃー!?」」

「犯罪!」

 

 

 小鍛治プロのありえない発言を何故か肯定する瑞原プロ。そして驚く俺と変な前髪の人。野依プロはこんな時でも変わらず片言だ。

 普通だったら当事者の俺が驚いていることで嘘だとわかるはずだが、小鍛治プロは聞いていないのか虚ろな目をしながら瑞原プロを見ていた。

 

 

「裏切ったね……はやりちゃんは生涯独身だと思っていたのに裏切ったね……」

「はややっ!?」

 

 

 さりげなくキツい一言により瑞原プロの額に漫画みたく怒りマークが浮かぶ。

 どうしようか困ってオロオロしながら、正面に立っている変な前髪の人と野依プロに視線を向けるが、どちらも逃げ腰になっていてどうしようもなかった……仕方ない。

 

 

「……あ、あのッ!」

「なにかな……?」

「ひぃ!?」

 

 

 一応原因の一つっぽいし、責任もって場を収めようと立ち上がると、小鍛治プロからメデューサの如き視線を向けられ固まる。こ、これが元世界二位の実力なのか……。

 しかし止まるわけにはいかないと勇気を振り絞って話を続ける。

 

 

「いいい今のは瑞原プロの、じょじょ冗談ですっ! じ、自分は須賀京太郎といいい言いまして! きき今日は、戒能プロに、つつつつ連れられて来ただけで、みみみ瑞原プロとは、しょしょ、初対面です!」

「………………ほんと?」

「………………ごめんねっ」

「………………はぁ」

 

 

 嘘を言っているんじゃないかと瑞原プロに問いただすも、ウインクをしながら謝る瑞原プロの顔を見て本当なのだと知り、ようやく元に戻ってくれた小鍛治プロ。ガチで心臓が止まるかと思った。

 以前咲が変なプレッシャーを出したことがあるが、これと比べると永水の副将と大将ぐらい差があった。何がとは言わんが。

 

 

「はぁ……」

「お疲れ様です」

 

 

 恐怖から解放され座り込むと戒能さんが飲み物を手渡してくれた。

 

 

「ありがとうございます……って、戒能さんが説明してくれれば良かったのか……なんで黙ってたんですか?」

「いえ、私も恐怖で足がすくんでいただけですよ。別に私の事を忘れてあちらの二人に助けを求めようとしたことに怒っているわけではありませんよ」

「すいませんでした」

 

 

 どこか拗ねた様子の戒能さんに素直に謝る。

 恐怖のせいと視界から外れていたのもあり、隣に座っていた戒能さんのことは完全に頭から吹き飛んでいました。

 

 

「まあ、あの中でいの一番に動いたのは褒めてあげます。男の子らしかったですよ」

「うぃ……あざっす」

 

 

 まるで麻雀の指導の時と同じように褒めてくれるが理由が理由だけに嬉しくはない……すまん、正直綺麗な年上の女性に褒められるのは嬉しいわ。

 

 

「さて……立ち話もなんですし、皆さんも座りましょう」

「そうだね……」

「……死ぬかと思った」

「心肺停止!」

 

 

 そんなこんなでなんやかんやあったが、戒能さんの一声で後から来た三人もようやく席に着くこととなった。

 席順は俺から左に見て円上に戒能さん、野依プロ、小鍛治プロ、変な前髪の人、瑞原プロだ。

 そして席に着き、ようやく落ち着けたので自己紹介となった。

 

 

「えっと……須賀君だったね、さっきはごめんね。小鍛治健夜です」

「野依理沙! 感謝!」

「赤土晴絵。さっきは助かったよ、よろしく」

 

 

 自己紹介と共にさっきのことについて謝られたり、感謝されたりする。

 と、そんな中でふと気になったのが……。

 

 

「ん、どうした?」

「い、いえ……」

 

 

 変な前髪の人……いや違った。赤土さんを思わず見ていたら怪訝な顔をされたので、誤魔化しておく。だけど……やっぱそうだよな……。

 

 

「えっと、清澄高校の須賀京太郎です。本日は皆さんの集まりにお邪魔させていただきます」

 

 

 向こうとしては誰こいつ状態だろうし、一応自分の立ち位置を教えておこうと思い、清澄の名前を出しておいた。

 すると事前に話してあった戒能さん以外の四人は驚いていたが、特にその中でも赤土さんの反応が一番大きかった。

 

 

「清澄って……和の?」

「あ、はい。同級生で部活仲間です」

 

 

 名前を聞いた時にもしやと思ったが、やっぱ前に和が話していた奈良での恩師か。

 赤土さんは、なるほどーといった感じでこちらをジロジロ見ている。本人としては悪意なく、昔の教え子の同級生という事で気になるんだろうが、ぶっちゃけ凄く居心地が悪い。

 

 

「そっか……和は元気にしてる? うちの子たちは会ってたみたいだけど私はまだだからさ……って私が阿知賀で子供たちに麻雀教えてたのは聞いてるの?」

「ええ、とても良い先生だったって和から聞いています。それでこっちの和ですが、元気にいつも『そんなオカルトありえません!』って言っていますよ」

「あははっ! 口癖は変わらないか! そっか……元気そうでなによりだ」

 

 

 共通の知人がいることで話題に花を咲かせる。和からは子供たちに懐かれる良い先生だって聞いていたことを伝えると嬉しそうにしていた。

 そんな感じでトラブルもあったけど和やかに自己紹介を終わったのだが、それからやはり話題となったのは自己紹介からの流れで俺の麻雀についての事だった。

 

 

「へぇー良子ちゃんが麻雀教えてるんだー。それに須賀君も麻雀部で東京にいるってことは大会に出てるの?」

「あ……それは……」

「須賀君は高校に入ってから始めたばかりの初心者なので、残念ですが県大会で敗退していますよ」

「あ、そうなんだゴメンね……」

「いえ、気にしないでください。そんなに甘くない世界だってのはわかっているので」

 

 

 答えづらそうにしていた俺の代わりに戒能さんが先に口を挟むと、小鍛治プロがやってしまったとばかりに顔をゆがめる。

 さっきのですげえ怖い人にだと思ったけど、普通にいい人みたいだ。

 

 

「ほらほら、暗い顔してないでみんな揃ったんだしなんか頼もう☆」

「そ、そうだね! 私たくさん食べるよ!」

「暴飲暴食!」

「よっしゃ! 景気づけに飲もうか! 須賀君も私が許すからガンガン頼んで飲んでいいからね! 生六つで!」

「ストップ。大人五人、未成年一人です。教師なんですから先ほど自分で言った台詞ぐらい覚えておいてください」

「気にしない気にしない!」

 

 

 俺のせいで空気が悪くなってしまったが、傍からも見てわかるけどやはりムードメーカーな瑞原プロの音頭でどんどん話が進む。

 赤土さんなんかは和の話が聞けたからかかなりテンションが上がっており、戒能さんが止めようと必死になっていた。

 

 それからしばらくはプロに囲まれていたこともあり緊張していたが、皆元から話しやすいタイプなのか緊張もほぐれて話題に花を咲かせた。

 なんでも赤土さんは少し前までは実業団で働いていたが、少し前から阿知賀麻雀部の顧問をしており、一緒に来ているのはかつて和と一緒に遊んでいた教え子たちらしい。

 また、小鍛治プロはTVで見るよりも気さくな人で先ほどのような怖い所は出さず、場違いな俺をとても気遣ってくれていた。そして野依プロの片言は興奮しているかららしいと知った。ちなみに瑞原プロのは素らしい。

 そんな感じで皆の人となりもわかってきたが、そこでふと気になることがあった。

 

 

「そういえばこれってなんの集まりなんですか?」

「あれ? 聞いてないの?」

「はい、この後皆さんが麻雀を打つとしか」

「え!? そうなの?」

「はや?」

 

 

 先程三人が来たこともあって、結局聞きそびれていたことを尋ねると小鍛治プロは驚き、今日召集を書けたらしい瑞原プロを見るが、本人は頬に人差し指を添えて「なんのことかわからな~い」といった感じのポーズをしている。

 元々のキャラがあれだからか随分と似合うな。

 

 

「雀卓常備!」

「まぁ、確かにこの店を選んでる時点でね……」

 

 

 どうやら野依プロと赤土さんはなんとなく予想がついていたみたいだ。店もそうだし、周りに俺たち以外の客がいないことから見てもそうだよな。

 そこでいい加減話そうと思ったのか戒能さんが飲んでいたグラスを置き、こちらを向いて口を開く。

 

 

「ふむ、簡単に言いますと十年前に私を除くこの四人は全国大会の準決勝の同じ卓で打っていた面子なんですよ」

「え? そうなんですか!?」

「別にお話しするだけでも良かったんだけど、どうせ集まったらなら……ね?」

 

 

 戒能さんの言葉に驚く俺。なるほど……四人とも同世代っぽいしそう言う集まりなのか……。だから同窓会って言っていたのも納得がいくな。

 そしてこちらに向かってウインクをしながら説明する瑞原プロ。流石半アイドル。マジで似合ってるな。

 

 

「それでどうする? 皆で打ってみる?」

「いいですね……っ!!」

 

 

 そして今度は三人の方を向いて瑞原プロが尋ねると、赤土さんがなにかを決意したように立ち上がり、残りの二人も無言だが力強く頷き後に続く。店のマスターも話を聞いていたのか元からその手筈だったのか、店に置いてある雀卓の用意をしていた。

 そして残った俺と戒能さんは邪魔にならない程度の距離に座り、それを見学することとなった。

 

 

「須賀君、よく見ていてください。これが今日あなたを呼んだ理由です」

「は、はい……」

「あそこにいるのはかつての全国で猛威を振るった存在で、今の麻雀界を引っ張る怪物たちです」

 

 

 あまり表情が動かない戒能さんだが、それでも傍目でわかるぐらい真剣な表情をしている。

 ただ……その言葉は俺にと言うよりも、戒能さん自身に言い聞かせているようにも聞こえた。

 

 

「それで勝ったら商品は出るのかな?」

「うーん……須賀君一年分?」

「なんと!?」

「お得!」

「はは、それはいいですね」

 

 

 小鍛治プロからの疑問に瑞原プロが悩んでいたかと思うと、いいことを閃いたとばかりに言い出す。しかも何故か他の皆も話に乗っているし。

 

 

「あの……俺の知らない所で勝手に話が進んでいるのですが……」

「ノープロブレム。緊張をほぐすためのただの軽口ですよ………………多分」

「断言はしてくれないんですね……」

 

 

 ――こうして、本来ならば此処にいるはずのない存在の俺が、因縁ある四人の対局を間近で見ることとなった。

 




 まさかのシノハユ0話を使った三話でした。前から使いたいなーと思っていたんで番外編で思わず使用。本編では……どうするかはその時に考えよう、わかんないけどっ。
 そして元の話に比べて一部の人たちが少々残念になってますが、男の子がいたらしょうがないよね、だって適齢期だもの。前髪が変な人はまだマシな方。のよりん辺りは空気過ぎたのが反省です。二人のアラサーとアラフォーが濃すぎるのが悪い。

 しかし書いていると思うんだけど、戒能さんは原作だとちゃんと敬語以外も使っているのに敬語キャラ感が半端ないという。元のイメージを崩さないように書くのがなかなか大変なキャラですね。


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歩くような速さで Vol.4

終わりが見えてきた四話目。
ここからちょっとシリアスです。



 あれから瑞原プロたちの長いようで短い半荘が終わり、明日も皆仕事があるという事で対局後すぐに解散となった。

 店を出る前に赤土さんとは大会後に和との橋渡しをしてほしいということで携帯の電話番号とメールアドレスを交換した。ちなみに何故か俺の携帯には他の三人の番号とメルアドも入っている。戒能さんの知り合いだし気に入られたという事でいいのだろうか?

 そして四人と同じように俺も明日の決勝の応援があるためそろそろ帰ろうと思ったのだが、戒能さんからまだ話があるということで、店を出てから一緒に先程の公園までもう一度行くこととなった。

 

 最初にここに立ち寄った時から既に数時間が経って深夜に近い時間帯になっている為、駅前ならともかく既にここら辺を歩いている人はいなく、いるのは俺たちだけみたいだった。

 

 

「ソーリー、今日はいきなり付き合わせてしまいました」

「いえ、いい経験になりましたし、すごく楽しかったです」

「ふふっ、そう言ってくれるなら良かったよ」

 

 

 先ほど座っていたのと同じベンチに座り、戒能さんに改めて今日の礼を言う。

 戒能さんはいきなり誘った事を申し訳なく思っているみたいだが、俺としては貴重な体験だったし、ちょっとした伝手も出来ていいこと尽くめだった。

 それに……あのまま宿に一人で居たら鬱々と抱え込んでいたかも知れなかったからな……。

 

 

「それで話というのは?」

「オーケー、そうですね……」

 

 

 とはいえ楽しい時間であったのは確かだが、既に時間が時間なので早めに話を切り出す。連絡は入れてあるとはいえ、明日も皆の試合があるから遅刻するわけにもいかない。

 話を促すと戒能さんが顎に手を当て、何から話すべきかといった感じで考え込む。

 その仕草は俺の周りの女性陣では到底出せない知的な大人そのものであり、俺と五歳しか違わないとは思えないほどだ。

 考え込む戒能さんの姿に見惚れて思わず見つめていると、考えがまとまったのか戒能さんがようやく口を開いた。

 

 

「……ではまず、須賀君は麻雀が好きですか?」

「え……? あ、はい。まだ始めてからそんなに経ってないから知らないことも多いですけどそれなりに楽しいですし、多分好きだと思います」

「そうですか」

 

 

 唐突によくわからない質問をされて焦るが、とりあえず当たり障りなく答える。

ただ、夕方のメールと一緒で、自分には麻雀は向いていないんだとか考えたことは隠しておく。相談しようか悩んだが、画面越しならともかくこうして面と向かって言うのはやはり躊躇われるからだ。

 それに年上とはいえ相手は女性。今までと違い、やはり情けない所は見せたくなかったのもあった。

 うまく隠せたのか、戒能さんは特に気にせず話に相槌を打って次を促した。

 

 

「では次に……先ほどの勝負を見てどう思いましたか? あ、皆さん個人のことじゃなく対局自体を見て思った事です」

「……そうですね、一言で言えば次元が違うって感じました」

 

 

 続いた戒能さんの質問に困惑しながらも俺が感じた率直な意見を言う。

 普段の部活でも咲達の打ち方を見ているし、県大会や全国大会でも色んな選手を見て来た。また、プロの牌譜を見たこともあるし、テレビでやっている試合を見ることもあった。

 

 しかし……今日見たのは現役のトッププロ三人とそれとかつて肩を並べた赤土さんだ。その戦いは今までとは遥かにレベルが違ったし、あの対局にはなにか特別なものを感じられた。そしてそのせいか今まで感じたことのない感覚を俺に与えてくれた。

 そのことを伝えると、同感だとばかりに戒能さんも頷く。

 

 

「ええ、小鍛治プロを筆頭に全員相当な腕を持ち主で、今の日本を代表する女性雀士です。だからその感覚は正しい物でしょう。そして彼女たちは――私にとっては超えるべき壁でもあります」

「壁……ですか?」

「はい。私も雀士の端くれですし、いずれは全員に勝って日本でトップの女性雀士になることが目標です。ですが一応ルーキーの中ではトップに近い実力を持っていると自負していますが上を見ればまだまだです。しかも下にも多くの実力者がいますから油断なりません」

 

 

 戒能さんは頭上に広がる夜空へと視線を向けて、どこか遠くを見つめるように語る。

 俺はその眼差しに試合に挑むときの咲達と同じような力強いものを感じ、また、彼女が今までの英語交じりのしゃべり方をしていないことからもその真剣さを感じ取った。

 

 先ほどまで皆が仲良く話をしていたのを見ているし、実際に仲はいいと断言できる。しかしそれでもこの人にとっては友人や先輩でありながらも勝ちたい相手なのだ。

 俺も昔ハンドボールをやっていた時は似たような感じだったし、今だって咲達には麻雀で勝ってみたいと思うときもあるためその気持ちは僅かだがわかった。

 

 

「そう……今同じプロという立場でありながらも天辺ははるかに遠いのですよ」

「そうなんですか……」

 

 

 俺にとっては戒能さんもあの四人と同じように雲の上の人だからわからないが、当人には当人にしかわからない苦悩があるのだろう。

 今までよりもさらに遠くに感じる戒能さんを見ていると、俺自身自分の悩みが小さなもの感じてきて、それとは別に湧き上がるものもあったのだが……

 

 

「言っておきますが他人事じゃないんですよ。あなたにとってはどうなのですか?」

「俺……ですか?」

 

 

 胸の内に湧き上がるものを感じかけたとき、唐突に今までと違い、鋭い視線で戒能さんがこちらを見つめてきた。

 そんな今までと違う様子に躊躇い、少し臆しながらも意味がよくわからず聞き返す。

 俺の様子に話が理解できていないことに気付いたのか、戒能さんが言葉を足して説明をしはじめた。

 

 

「須賀君。麻雀だけでなくスポーツや学問、どんなことであれ大事なのはそれに関わってきた時間です。中にはそれを飛び越える天才もいますが、それでも同じような天才同士ならやはり時間をかけた方が勝つと言えるでしょう。それはわかりますね?」

「ええ、勿論です」

 

 

 どんなものであれ経験がものをいうのは当たり前の話だろう。

 麻雀なんかは運や才能の要素は大きいが、それでも経験によってその差を埋めることが出来るし、かなり大事であると戒能さん自身からも以前習っているからな。

 なんでそんなことを今さら言うのが疑問に感じていると、先ほどと同じように真剣みを帯びた声で戒能さんが話を続ける。

 

 

「それでは高校に入ってから麻雀を始めた須賀君はどうですか? 自分が他の人に比べても大きなハンデがあることはわかっていますね? 先ほど私の目標と壁の話をしましたが、須賀君が麻雀で何かを成し遂げようとすれば私のと近い……いえ、もしかしたらそれ以上の苦労が必要かもしれません。そして……もしかしたらその苦労が全部徒労に終わることもありえるでしょう」

「た、確かにそうですが……で、でも……」

「それで学んだことは無駄にならない? 確かに一理ありますね。しかし私も少し前まで高校生だったからわかりますが、高校の三年間というのは貴重です。だからそれを今後も報われるかどうかわからない麻雀に費やすのですか?」

「それは……」

 

 

 戒能さんの厳しい言葉に反論しようとしたのだが、咄嗟に言葉が出て来ずに詰まってしまう。それは戒能さんが言っていることが全て正論だったからだ。

 

 確かに他の雀士に比べて俺の麻雀歴は浅すぎる。大抵大会に出て来る人なんて早くて小学校前、遅くとも中学から始めているが普通だ。中には高校から始めている人もいるだろうが、その人がインハイなどで優勝できるかと言われれば別だ。

 もしかしたら才能で行ける人はいるのかもしれないが、俺にはそんなものはない。咲のようにカン材を集める力や部長のように悪待ちで上がれるような力も……。

 だからこの先、俺が麻雀を続けても無駄になる可能性も高いし、来年以降うちの麻雀部には俺より腕の立つ新入生も入って来るだろうから俺の存在は邪魔になることもあるだろう……。

 

 黙り込む俺に戒能さんが畳み掛けるように言葉を続ける。

 

 

「ハッキリ言えばそんなことをするよりも須賀君には向いていることがたくさんあるでしょう。前に話していたハンドボールをまたやるのもいいですし他の運動部でもいいです。少し前に料理に凝っていると言いましたね? ならその系統の部活でもいいんじゃないですか。あなたにはもっと向いているものがあります」

「……………………………」

 

 

 抉るような言葉を次々と放たれ、ついには言葉すら出なくなっていた。

 わかっている……俺自身今まで何回も考えたことだ。今日だって相談しようかと思っていたぐらいだ。

 だけど自分から言いだすのと、他者から言いだされるのでは訳が違う。

だから――

 

 

「ふぅ……ですが「……かよ」……どうしました?」

「……いけないのかよ」

「…………なにがですか?」

「弱かったらやっちゃいけないのかよ!?」

 

 

 座っていたベンチから立ち上がり、先ほどまでボロクソに言っていた目の前の女を睨みつけながら声を張り上げる。

 相手は年上で今まで世話になった人だという事も忘れて、これまでずっと内側に誰にも言えず溜めていたものを吐き出していた。

 

 

「ああ、そうさ俺は弱いよッ! 県大会じゃボロ負けだし、咲達にも全く勝てねーし背中すら見えない!! 自分に才能だってないのはわかってるさ!!! それに始めた動機だって大したもんじゃないし、皆みたいにちゃんとした目標だってなくて今だって止めようか悩んでたさ! だけどっ……だけど……それでも少しずつ麻雀が好きになって頑張りたいって思ったんだ! ……それなのに…………駄目……なのかよ…………弱かったら、やっちゃいけないのかよ……今までやらなかったからって、後から始めちゃ駄目なのかよ…………麻雀を好きになっちゃ、いけないのかよ……ッ……ッ!………………っ」

 

 

 大声を張り上げ叫ぶように言うが、途中からそんな自分の現状を振り返ると情けなくなり、涙が出て来ると同時にほとんど声が出なくなってしまった。

 それでも負けてたまるかと涙で視界が滲みながらも目の前の相手を睨むのをやめないでいると―――

 

 

 

 

 

「良いに決まっています」

 

 

 

 

 

 ――突然抱きしめられた。

 

 

「………………え?」

「ごめんなさい……やりすぎました。君の本心を知りたかっただけなのに、傷つけてしまいました」

 

 

 戒能さんが戸惑う俺を抱きしめながら心底申し訳なさそうな声で謝ってくる。

 柔らかさとかぐわかしい匂いに包まれて、どこか安心できる心地よさに先ほどの怒りは少しずつ収まって行き思わず身を委ねたくなる。しかし頭のどこか冷静な部分で恥ずかしさを感じ離れようとするのだが――

 

 

「構いません、せめてもの罪滅ぼしです。落ち着くまでこのままでいてください」

「………………」

 

 

 ――俺を抱きしめている腕により強く力を入れられ、結局成すがままになっていた。

 

 依然先ほどまで感じていた怒りや悲しみは残っているが、それでもこうして抱きしめられながら戒能さんの悲壮な声を聞いていると、なにか事情があったのではないかと考える余裕が出てきた。

 

 実際に先程俺の本心が知りたいと言っていたし、元々戒能さんがこんなことをする理などないのだから。

 もしネトマで俺と会うのが嫌になればいくらでも理由をつけられるし、先ほど俺が話を遮って勝手に癇癪を起こしただけで、彼女からはまだ話の続きがあってもおかしくはなったのだと思った。

 

 それからしばらくこの体勢のままでいたのだが、流石に時間をおいて頭が冷えてくると恥ずかしくなってきた。

 

 

「あの……そろそろ……」

「大丈夫ですか? 私に遠慮しているなら気にしないでいいですよ」

「本当に大丈夫です。ありがとうございました」

「いえ、全面的にこちらが悪いんですから」

 

 

 そういうと戒能さんが背中に回していた腕を外して体を離す。

 先ほどまで感じていた温もりが消えることにどこか寂しさを感じたが、もう一度してほしいなどとは到底言えず、再びベンチに腰かけて戒能さんと向き合う。

 

 

「えっと……それで、なんであんなことを話したのか教えてもらえますか?」

「はい、まず先ほど言った通り須賀君の麻雀への本当の思いというのを知りたかったからですね」

「本当の……ですか?」

「ええ、県大会の後から様子がおかしかったですし、先ほど麻雀について尋ねた時にも全部話してくれていない様な気がしましたので」

 

 

 確かに麻雀についてどう思うか聞かれた時に内心考えていたことは言わず、当たり障りのない答えを返していたからな。

 俺よりも年上だし、麻雀においてはそれ以上の差があるのだから気付かれてもおかしくはないか。前にも画面越しでありながら気付かれていたし。

 

 

「ですので少し本音を引き出そうと厳しい言葉を使ってしまいました。本当にごめんなさい」

「あ、頭を上げてください!?」

 

 

 当時の事を思い返していたら目の前で深く頭を下げる戒能さんの姿を見て慌てる。

 まだ話の途中でよくわからないが、それでも何か理由があったのがわかって既に怒ってはいないのだから。

 

 

「そ、それで、本音を聞き出す理由を教えてください!」

「そうですね……気分を悪くしたら申し訳ないですが、須賀君……もう一度聞きますけどやはり今も麻雀を続けたいと思いますか?」

「それは……」

「先ほどはああやってキツく言いましたが、やはり須賀君が麻雀を続けるのはかなり辛い道です。勿論遊び程度に続けるなら問題ないですし、私も今まで通り教えるのは構いません。ですが……初出場で全国大会決勝まで行った清澄の麻雀部で初心者の君が続けるのは相当の覚悟が要ります。なぜなら……」

 

 

 そこで戒能さんは俺がその後のこともしっかり理解できるように一拍置いた後、続きを話し始めた。

 

 

「なぜなら……君が初心者だからという事だけでなく、直接会う前から携帯やパソコン越しの文章だけでわかるぐらいお人好しなのがわかるからです。きっとこの先も君は自分の練習をしながらも部活の為に大なり小なり身を削る場面があるでしょうし、周りからも心無い言葉をかけられるかもしれません。だから私としては生半可な覚悟をしているなら止めたかったのもあるんです」

「………………………」

 

 

 先ほどと同じように戒能さんの言うことはまたも正論だった。どれも以前から俺自身考えていたことだし、悩んでいたことだ。このままでいいのかと……そして結局今まで結論が出せなかったことだ。

 だが、今まで何度もメールやチャットで会話をしたとは言え、今日会ったばかりの俺の事をここまで親身になって心配してくれる戒能さんの姿に俺は――

 

 

 

「大丈夫です。だって俺麻雀好きですから」

 

 

 ――笑顔で答えた。

 

 

「須賀君……?」

「確かにさっき色々言ったのは全部俺の本心ですし、仕事任される時も正直めんどくさいなーって感じる時もあります。だから正直この先の事はどうなるかわかりませんし、不安ですけど――それでも仲間がいます」

 

 

 そうだ……本音を言えばすごく不安だ。だけど、それでも俺の未来は不安だけがあるんじゃないんだ。戒能さんのおかげでようやく自分の気持ちに気付くことができた。

 

 

「――咲は前に比べればマシですけど、どんくさいですからやっぱ近くにいないと心配です。

 ――優希は口が悪いですけどそれも心配の裏返しですし、あいつにはそのうち旨いタコス食わせてギャフンと言わせたいです。

 ――和は麻雀の事に人一倍熱心で俺にも楽しんでもらおうと頑張ってくれています。

 ――染谷先輩は店の事で色々忙しいのにそれでも時間があれば俺の事いつも気にしてくれます。

 ――部長は天の邪気ですけど、試合の事があるのにこうやって少しでも勉強になればと一緒に連れてきてくれました……俺はそんな皆が好きですし、これからもあの麻雀部でやっていきたいんです」

 

 

 皆が俺の事を本当はどう思っているのかはわからない。

 色々世話を焼いてくれているが、実はお荷物に感じているかもしれないし、そうじゃなくて仲間だからこそそんなことは気にしていないのかもしれない。それは前者だったら悲しいし、後者だったらそれこそ悔しいのだ。

 だからこそそんな皆の背中に追いつきたいし、期待に応えたいんだ。

 

 

「確かに戒能さんの言う通り、今麻雀をやっていることももしかしたら将来俺は後悔するかもしれません。だけど……やっぱ後悔だけが残るとはお思いません。ちょっと違うかもしれないっすけど失敗は成功の元っていますしね。だから月並みなセリフですけど麻雀をやらないで後悔するより、やって後悔したいです」

「君は……」

「それに戒能さんも言ってくれてたじゃないですか『大丈夫。少しずつだけどちゃんと強くなってる』『歩くような速さでいい』って、だから俺はもっと頑張ってみたいです」

「……そうですか」

 

 

 もちろん皆の気持ちに応えるだけじゃなく、俺自身一度始めたことは投げ出したくないし、好きな麻雀を続けたい。後悔したくないんだ!

 

 戒能さんはそんな俺の答えが予想外だったのか最初は驚いた表情を見せていたが、俺の気持ちが伝わったのか笑った顔に合わせて同じように笑みを浮かべてくれた。

 別に今言ったことは混じりけのない本心だったけど、それでも先ほどのまでの表情は見ていて痛々しかったし良かった。途中自分でもなにを言っているのかわからなくなってきたが、言いたいことは伝えられたはずだ。

 

 

 

 

 

 それから泣いた後に長々と語ったこともあり少し疲れてしまったので、改めてベンチに深く腰掛ける。

 今思えばこれだけ誰かに自分の心の中の事を話したのは初めてかもしれない。

 親父やお袋には恥ずかしくて言えないし、友人達にも話しづらかった。一番身近な咲に対してもあいつの前では兄貴面していたかったから弱みなんて到底見せられなかったしな……。

 

 それからしばらくの間俺たちの間に沈黙が続いた。俺の言葉を聞いてから戒能さんがなにやら黙って考え事をし始めたためだ、

 とはいえ、今の俺にとってはあまりこの静けさは気にならない。多分溜まっていた言いたいことが言えて、戒能さんの言葉で自分の中の気持ちを整理ができてようやく形にすることが出来て満足したからだろうな……。

 

 戒能さんの考え事が終わったら後でさっきのことを改めて謝ろう。そして礼を言おう。戒能さんのおかげで俺は答えを見つけられたのだから。

 そう思い、戒能さんを待っていると、隣からいきなり「よし!」という声が聞こえたため顔を向けると、戒能さんが何かを決心したような顔をして同じようにこちらを振り向いた。

 

 

「……決めた。京太郎……いや、京って呼ぼうか。今から君を本格的に私の弟子にするからよろしく」

「え?……ええ!?」

 

 

 突如顔をずいっとこちらに寄せて、決定事項とばかりに戒能さんが告げた突然の爆弾発言に驚く。弟子って……。しかも呼び方と喋り方まで変わってるし……。

 

 

「なぁに、元々なんとなくで指導していたのが形式的なものになるだけだから変わらないよ。それにさっきの話でも『だけどもし君にやる気があるならこれからも指導を続けていくつもりだけどどうするか?』って言うつもりだったからね」

「えっと……そうなんですか? で、でも俺なんかが……」

「ノーウェイ、そうやって自分を卑下するのは良くないね。京は自分を才能ないって言っているけど、私はそんなことないと思うよ」

「え……そうなんですか!?」

「イエス、ただしまだまだ蕾だけどね。だから立派なフラワーを咲かせるためにも弟子入りしなさい。ほら、返事。はいorイエス」

 

 

 先ほどよりも顔をずいっとこちらに向けて有無を言わさないような感じで話を進める戒能さん。だけど……。

 

 

「で、でも、いくら俺に才能があるって言っても同じような人はたくさんいるんじゃ……」

「そうだね、きっといるだろうね。だけど京は世界に一人だけだよ。それに才能だけで君をスカウトしてると本当に思っているのかい?」

「え?」

 

 

 雀士としての才能じゃなければ……パシリ?

 全く心当たりがないためそんなことを考えていると、戒能さんは呆れたようにため息をついた。

 

 

「ふぅ……そもそもただの他人だったら相手の内情に突っ込んだりしないよ。まず私は京がネットのやり取りだけでも真面目でやる気のある子だって思ってたから気にいったんだよ。だから元気がなさそうだったのが気になって今日の集まりに参加させて、実際に会って見て本当に君の事が気に入ったからこうやって話もしてるのさ。アンダースタン?」

「ええと……」

「それにさっきも君は本来ならやらなくていい小鍛治プロの暴走を止めてその生真面目さを見せてくれたからね。そういった所もグッドだよ」

「そ、そうですか……」

「だからこそ私は君を弟子にしたいんだよ」

 

 

 次々と真っ直ぐに放たれる言葉に恥ずかしさのあまり顔をあらぬ方へと背ける

 この年になって面と向かって褒められることなんてないため、恥ずかしくなってきてまともに戒能さんの顔を見られなくてしまった。

 でも、これだけ俺を買ってくれているのだ。ならばこれ以上かっこ悪いところは見せられないし、それに応えなければならないだろう。

 

 

「えっと……知ってのとおりまだまだ未熟で、これから苦労を掛けると思いますがよろしくお願いします」

「うん、よろしく」

 

 

 頭を下げようとした俺を制して、手を差し出した戒能さんに合わせてこちらも手を出して握手を交わす。

 その手は雀士らしく指先が少し硬くなっているのを感じたが、それ以上に女性らしさを感じる手であった。

 

 

 

 こうして、仲間の応援に来ただけのはずの俺の東京訪問は、予想もできなかった結果を伴うものとなった。

 この先なんだかんだで色々と大変なことはきっと訪れるはずだ。だけど少し変わってはいるが、それ以上に頼りになるこの人と一緒ならば俺はやっていけるだろう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そうと決まればトレーニングと行こうか。今から24時間耐久オカルト全方位麻雀ぐらいならいけるかな?」

「名前からしていきなりハード!? いやいや、既に夜遅いですし、そもそも明日応援があるんで無理っすよ戒能さん……」

「弟子が口答えしない。あと私の事は師匠と呼ぶこと。オーケー?」

「イ、イエス、師匠……」

「ン……実際に言われてみると中々ナイス響きだね」

「あー、ソウッスネー」

 

 

 ――さっそく後悔しそうなほど不安であった。

 




 ということで紆余曲折ありましたが正式に弟子入りした京太郎と、受け止めて諭す役割果たした戒能さんの四話でした。


 そしてなんだかんだで麻雀に愚痴愚痴言いつつもなんとか答えを見つけて辞めない京太郎。原作では描写が少ないため実際どうなのかはわかりませんが、向こうもこんな感じで悩みながらも頑張ってほしいなーと思います。


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歩くような速さで エピローグ

完結の五話目。
エピなのでちょっと短めです。



「京ちゃん頑張って!」

「ファイトだじぇ!」

「いつも通りやれば今の須賀君ならきっと勝てます!」

「先輩頑張ってください!」

 

「おう、行ってくるぜ!」

 

 

 咲達から激励を貰い、見送られながら清澄の控室を出る。そして逸る気持ちと落ち着か無さの両方を抱えながら会場へ向けて歩き出す。

 

 ――咲達の応援と手伝いの為に、初めて東京のインターハイ本選会場に来てから既に二年。

 今までと違い。この日、俺は一人の選手としてこの地に来ていた。

 

 

 

 二年前のインターハイ後、元部長の竹井先輩が卒業してから染谷先輩が部長、和が副部長となり清澄の麻雀部は活動を続けていた。

 最初は実力不足でも俺が補助役や仲裁役に向いているので副部長をやってほしいと染谷先輩や咲達から推薦されたのだが、自分の練習時間に少しでも時間を割きたかった為に辞退し、代わりに責任感が強い和がやることとなった。

 当初自分が副部長をやることに躊躇っていた和だったが、俺や咲達も出来る範囲で手伝う事を伝えると、悩みつつも受けることを決めたのだった。

 

 そして新学期となり、新しい学年に上がると、昨年の活躍のおかげか新入生もそれなりの数が来た。

 ただしミーハー気分で来る者や竹井先輩が抜けた分の席を狙う為に他の部員を露骨に蹴り落とそうとする者、清澄麻雀部の名を使って悪さをしようとするものなどがいて問題となりかけたが、染谷部長を中心として動き、途中様子を見に来てくれた竹井先輩の手伝いもあってなんとか乗り切ることが出来た。

 

 その結果、残った真面目な生徒を含めれば女子は大会規定人数を大幅に上回ることができ、この年も団体戦に参加することができた。

 ただ残念なことに、男子の方は和目当てで来ていた麻雀に興味のない連中を除いたら、規定人数より少ない数しか集まらなかったことだったが、それでも仲間が出来て俺としては嬉しかった。

 

 そして二年目の夏、清澄は女子団体戦、男女其々で個人戦に出たのだが、結果は惜敗。

 昨年と同じメンバーが揃い、昨年よりも更に強くなった龍門渕が清澄を抑えて団体戦で優勝し、かろうじて個人戦では咲だけが全国へ行けただけであった。

 また、男子個人戦は俺が一桁順位に行けた程度で終わってしまった。今までの特訓の成果もあって、昨年の午前敗退に比べたら奇跡的な成長ではあるが、それでも全国への切符を勝ち取ることは出来なかったのは確かであった。

 

 そういえばあの時の染谷先輩の悔しそうな顔はしばらく忘れられなかったっけな。

 忙しいながらも部長として竹井先輩が抜けた後の部活を引っ張っていたのだが、昨年の県大会優勝校として周りからの期待もあったために、負けた時は相当落ち込んでいた。

 でも翌日にはいつも通りの笑顔を見せていたんだよな。とはいえ、どう見ても皆に心配かけないように無理して笑っていたのが丸わかりだったのだが、誰も指摘できず陰ながらフォローするしかできなかったっけ……。

 

 それからしばらく経って染谷先輩も引退し、代替わりの時は順当に和が部長となり、副部長には当時一年のムロがなった。

 とはいえ俺も肩書きは一応平部員のままだったが、男子の後輩を引き連れなければならないため、実質二人目の副部長って感じだったが。

 

 

 

 そして三年目、泣いても笑っても最後の年。団体戦でいくつか厄介な高校は出てきたが、難敵であった龍門渕のメンバーが皆卒業したため女子は全国へと駒を進めることができた。

 ただ男子は惜しくも優勝を逃してしまったが、それでも人数がギリギリにも拘らず、決勝戦まで行けたことを考えると十分な成果といえるだろう。

 

 ちなみに個人戦では相変わらず咲が暴れまわり、去年の雪辱を果たすために気合を入れた和と優希を含めた三人で、まさかの一位から三位を占めるという結果を残していた。

 

 ――そして……男子でもついに俺が県予選の個人戦で一位を勝ち取ることが出来たのだった。

 

 初めは夢じゃないかと思ったが、あの時の皆の笑顔と抱きつかれた時の和のおもちの柔らかさは一生忘れないだろう。

 

 そして――今日、此処に、この全国大会の会場に出場選手として、一年の頃のような見学でも、二年の時のような咲の御守りでもなく、一選手としてここまで来たのだ。

 

 

 

 

 

 楽しくもあり、辛くもあったこれまでのことを歩きながら思い返していると、前方の曲がり角に誰かが立っているのが見えた。

 それなりに距離はあり、こちらに背中を向けた状態かつ体半分しか見えないため最初はだれかわからなかったが、少し近づけば特徴的な髪形で誰かすぐに分かった。

 先ほどよりもペースを上げて近づくと、俺の足音に気付いたのか、その人物は角から姿を現し、同じようにこちらに向かって歩いてきた。

 

 

「……ついにここまで来たね」

「はい……全部師匠のおかげです」

「ノー、良子さんだろう。緊張しすぎだね」

「すいません、良子さん」

 

 

 そう、そこにいたのはあの出会いからかれこれ二年の付き合いとなる俺の師匠こと戒能良子さんだった。

 ここにいたのは偶然通りかかったわけじゃなく、明らかに俺を待っていたのだろう。見た目は真面目そうだが、結構サプライズとかが好きな人だからな。それはこの二年で嫌にほど身に染みていた。

 

 ちなみに呼び方に関してはあの時以降師匠呼びだったのだが、良子さんの「やっぱり可愛くないからパスです」の一言でお蔵入りとなり戒能さん呼びに戻ったのだが、俺だけ名前で呼ばないのは卑怯だという事で結局良子さんと呼ぶようになったのだ。

 この期間一週間である。我が師匠ながらほんとに我儘だ。

 

 

 あの日から良子さんとは以前よりも頻繁に連絡をとるようになり、住んでいる県が違っているから直接会うことは少なかったが、それでも電話やメールだけでなく、インターネット経由のカメラを使った指導をしてもらうことで俺の実力はメキメキと上がっていった。

 また、指導は画面越しだけではなく、長期休みには色々と連れ回されて、良子さんの試合の付き人をやることもあったし、岩手や鹿児島など日本中を回ったりもした。途中、やばい目に合うことも多かったが、その度に確実に実力は上がっていたのでその指導は間違っていなかったのだと言えるだろう。

 

 しかしそんなやり取りも一年までで、二年生になってから良子さんが長野にあるチームに移籍して近くに引っ越してきたため、直接顔を会わせて教えてもらう事が多くなったのだ。

 本人は上の方で色々話し合いがあった結果と言っていたが、ピンポイントで俺のいる長野というのは出来過ぎていた。とはいえ、実際の答えは良子さんの胸の内にあるので俺には本当の事はわからなかったが。

 

 そして良子さんがうちの近所に引っ越してきてからは指導も一層過密となり、平日休日問わず良子さんの家にお邪魔することもあれば、俺の家で教えてもらうこともあった。

 また、長期休みの付き人や修行は引っ越してからも続いており、最近では海外にも行ったほどだった。ちなみにその旅行の中で何故良子さんに傭兵やらの噂がついたのかがそれで垣間見えた気がする。

 

 とまあ、そんなわけで今まで以上に麻雀に費やす時間も多くなり、その結果、二年の夏には間に合わなかったが、さらに一年熟成し、俺は全国へ行けるほどの実力者となったのだった。

 と、俺の事はさておき問題はこの人だ。

 

 

「良子さん仕事は大丈夫なんですか? 確か解説役でしたよね」

「イエス、だけど弟子の晴れ舞台だから少しだけ抜けさせてもらったよ。まったく……京の試合の解説が出来るかと思えば全く別の選手のをやらなくてはいけないなんて……」

「しょうがないですよ、そこは運ですから」

「いや、どう考えても私たちの仲を妬んだはやりさんと小鍛治さんの嫌がらせだよ。まったく、お二人とも羨ましいなら同じように弟子をとればいいのに」

「あはは……」

 

 

 辛辣に言う良子さんだが、まぁ……間違ってないのだろう。

 ついに30代に突入したあの二人は周囲の視線もあってか精神的に相当キテるらしく、この前会った時も相当溜まっているものがあるのか耳にタコができるほど愚痴を聞かされたからな。

 でもあの二人もああ見えて奥手で初心だからいきなり弟子を取るのはキツイだろう……。

 以前酒に酔った良子さんが後輩として溜まっていた鬱憤もあったのか、生涯独身だなんだの言っていたが、決して本人達の目の前では言えないけど現実になりそうだよな……。

 

 ちなみにあの時あった四人とはあれ以来、歳の離れた友人としてそれなりに親しくさせてもらっており、それなりの頻度で連絡を取り合っている。そのため仕事で近くにいたりと都合が合えば麻雀の指導をしてもらうこともあった。

 しかしながら、あまり他の人に師事すると良子さんが拗ねるので中々誤魔化すのが大変であるが。

 

 

「まぁ、二人の事は置いとこうか。それで京、覚悟はいいかい?」

「ええ、バッチシ決めてきますよ」

「残念ながら予選は見ることはできないし、近くで応援することも出来ないね……。だけど、その……決勝の解説は任されたから……」

「わかってますって。絶対にそこまで勝ち上がりますし、なにより……離れていても良子さんはちゃんとここにいますから」

 

 

 自分が出るわけでもないのに気負い過ぎな良子さんに苦笑しつつ、胸に手を置いて伝える。

 確かにあの場では他に味方もおらず周りは皆ライバルだ。だけど俺の中には良子さんや咲達と共に築いてきた今までがある。

 

 良子さんにはこの二年間、麻雀について色々教えてもらった。

 そして、それだけじゃなく私生活でもいろいろ面倒を見てくれた。麻雀部で優希と喧嘩した時などは仲直りできるようアドバイスをくれ、助けてもらったっけな。

 また、逆に良子さんが忙しい時には俺が身の回りの世話をすることもあったな。かっこいいお姉さん風に見えるが、良子さんは意外にズボラな所もあり、忙しいと洗濯物などをすぐ貯めるのでそれを毎度俺が片づけていたのだ。

 

 このように互い助けあうこともあったが、時には大きなことや些細なことで喧嘩をすることもあったりもしたし、他にも色々なことがあった。

 

 つまり俺の中には良子さんから教えられた技術だけでなく、そういった二年間の思い出も詰まっている。だから例えあの場に赴いても決して一人なんかじゃないのだ。

 そんな俺の言葉に良子さんは驚き、恥ずかしさからか頬を赤らめていたが、それでも俺の顔から目を離さず見ていてくれた。

 

 

「まったく……あの時もそうでしたが、この二年で京はさらに口が回るようになりましたね」

「師匠が最高ですから」

「はぁ……誰にでも言いそうで今後が心配ですよ」

 

 

 良子さんは手を額に当てて、天を仰ぐという少々大げさな仕草をしながら嘆いているがそれは余計な心配だ。俺だってこんな事を言うのは一人しかいないのだから。

 

 こうやって良子さんと話すのは楽しく、このままもっとこうしていたかったが、とうとう試合が近づく放送が流れだした。名残惜しいがここまでだろう。

 なんだかんで緊張していたため、良子さんと話せていい具合にリラックス出来て良かった。もしかしたらこの人はこのことも読んで待っていたのかもな。

 

 

「……それじゃあ行ってきます」

「……ええ、いってらっしゃい」

 

 

 俺の試合だけでなく良子さんの仕事もあるので、名残惜しいが見送る良子さんに背中を向けて歩き始める。

 ――と、いい機会だし今のうちにあのことを言っておこうと思い、振り返る。

 

 

「あ、良子さん」

「ん、どうしたんだい?」

「そのですね……決勝で勝って俺が優勝したら伝えたいことがあるんで聞いてくれますか?」

「ほう、まだ一回戦なのにちょっと気が早いね」

 

 

 からかい気味に笑われるが、確かに気が早いだろうな。

 まぁ、実際決勝前に言おうと思っていたのだが、なんだか今言いたい気持ちになったので予定を前倒しにしたのだ。

 

 

「ふむ……それは大事な事?」

「はい、とても」

 

 

 真剣な気配が伝わったのか、先ほどまでと違った真面目な表情で聞いてくる良子さんに対し頷き返す。

 そう……良子さんには伝えたいとても大事な話があるんだ。今までの感謝とそして―――

 

 

「そうだね、楽しみにしているよ」

 

 

 そんな俺の決意が伝わったのか、良子さんは表情を崩し、とても綺麗な笑顔を見せてくれた。

 

 

「――じゃあ、今度こそ行っています」

「――いってらっしゃい」

 

 

 今伝えたいことは全部伝えられた。既に俺の中に迷いはなく、今まで緊張で遅かった歩みも普段以上に軽い。後は全力を尽くすだけだ。

 そして俺は――

 

 

 

 

 

 

 

 

『長野県代表。清澄高校三年、須賀京太郎選手です!』

 

 

 

 

 

 ――この舞台へと立った。

 




 そんなこんなで五話目でようやく完結した番外編『歩くような速さで』でした。
 この後京太郎は優勝出来たのか?優勝して伝えたいことはなんだったのか?そこらへんは皆さんのご想像にお任せします。

 また、一応Vol.4とエピローグの間の二年間の話も考えてはあるんですが、そこらへんまでやるといつまでたっても終わらないですし、前回と今回である程度綺麗に終われたのでそこはカットという事になります。
 今後本編に行き詰った時や本編終了後にもしかしたら書くかもしれませんが、その場合はもう番外編としては長すぎるので、新しいSSとして本編とはわけるかもしれません。もしその時はよろしくお願いします。


 それでは長くなりましたが今回の番外編はこれで終了です。皆様お付き合いいただいてありがとうございました。次回の本編過去編もよろしくお願いします。


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