勇者の仲間ですが魔王の協力者です (rocyan)
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第一章 勇者召喚
勇者


 

 

 燃え盛る炎の中、彼は言った。

 

「よろしくお願いするぞ、人間」

 

 白と黒のコントラストが、緋色の光を受けてどこか幻想的だ。彼は屈託のない笑顔で、オレの前から消えていった。

 それが彼との最初の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝、一人の少年が目を覚ます。何気ない朝、いつもと変わらない朝だ。ふわぁ~、と欠伸をかき、眠たい目を擦る。むくりと起き上がった少年は身支度を始めた。

 カッターシャツに黒のスラックス、同じく黒のベストを着て、丸い宝石のような装飾がついたシンプルなジャボを付ける。その上に学園指定の制服である、金の装飾があしらわれた黒いローブを、そして透明な水晶と青いリボンが付いたとんがり帽子を被れば完璧だ。

 昨日作り置きをした朝ご飯を食べ、机の上に置いてあった指定鞄であるシンプルなショルダーバッグを持って、玄関で靴を履いた。

 

「……いってきます」

 

 誰もいない部屋。賃貸であるこの部屋は少年以外に住んでいない。小さく呟いたその言葉がやけに響いた。

 扉から出てすぐに転移の魔法を唱える。行く場所は浮遊島。文字通り浮かんでいる島だ。少年の職業は学生である。その浮遊島の上にこそ、学校の校舎がある。

 魔導師を目指す者が集まる場所、それが少年が通っている魔法学園だ。

 

 魔法使い。これは魔法を操れる全ての者を指す、総称のようなものである。

 

 しかし、魔法使いにはランクがある。

 

 魔法師。これは、魔法使いの中でも一番下の者を指し、大半の魔法使いはこれに当たる。

 だが、それより上の者を魔術師という。大変優れた者で、王族の護衛として雇われる者が大半である。宮廷魔術師がそれだ。魔術師は魔力が多く、多彩な者が多い。しかし魔術師と呼ばれるほどの実力を持つ者は十年に一人と言われ、数が少ない。だが、それだけの才に見舞われた者がなる優秀な者の称号でもあった。

 しかしそれよりも上、百年に一人の確立。所謂、天賦の才を持つ者がいる。その者一人だけで一国の勢力と匹敵するほどの実力の持ち主。人は彼らを魔導師と呼んだ。

 

 この国の王はその魔導師である。故に、他国から恐れられこの世界最強と言えるこの国。名を、プラム王国と言った。

 このプラム王国は、魔法学園を作り、他国からの入学も認めた。そうすることで、優秀な魔法使いを育て、世界勢力を均衡に保ち、他国との友好関係を築く。まさに一石二鳥。

 そんな学園に少年は通っていた。今は春。まさに入学時であり、少年にとっては新たな学年に上がる時でもある。十四から入学できるこの学園で少年は今年十七になる。つまりは、三年生。六年制であるここでは、ちょうど中間地点。低学年で一番上の立場である三年生。少しずつ本格的な授業になっていき、ちょっぴり偉くなり天狗になる時期である。

 しかし少年の気は晴れない。少年は世に言う、落ちこぼれだった。何故か攻撃魔法だけ(・・・・・・)が使えず、使えたとしても精々蝋燭に火を灯すぐらいである。今年一年になる、ひよっこより弱い魔法使いのたまご達にも勝てない、周囲の嘲笑の的であった。故にぼっち。友達ゼロ。入学したての頃、友達百人できるかなー? と陽気と歌っていたあの頃の馬鹿を殴りたい。少年は自分の頬を殴った。

 

「いって……」

 

 そりゃ痛い。

 魔法学園に登校する沢山の生徒が歩く中、そんな奇行に走った少年を見た周りの生徒はひそひそと話し合う。中にはドン引きしている者もいた。そのことに少年は肩を落とすが、自業自得である。ざまぁ。

 

 

 

 

 

 張り紙に書かれた自分の名前を探し出し、指定された席に座った。クラスが変わるのも、席が名前順なのももう慣れたものだ。

とんがり帽子を脱ぎ、鞄へとしまう。魔法使い達は好んで、とんがり帽子を被る事が多い。その帽子が、魔法使いの象徴でもあるからだ。皆が皆、魔法使いであることに誇りを持っている。たが、それとマナーは別だ。室内に入れば帽子を脱ぐ。万国共通のマナーである。

 少年は教室の端で友達と同じクラスだったのか、キャーキャー喜んでいる女子達を煩わしく思いながら、ちらりと前の席を盗み見た。そして、小さくゲッ……と言葉を漏らす。よりによってこいつとは。

 

「おや、誰かと思えばシアン・アシードじゃないか」

「バルト・ピーコック……」

 

 バルト・ピーコック。何かと少年、シアンに絡んでくるやつである。

 シアンの唯一の話し相手(と言っても一方的にバルトが話をするのだが)と言っても過言でもない相手である。悪いやつではないのだが、如何せんシアンが苦手な人種であった。嫌いではないのだけれど、ずっといると疲れるっていうやつである。

 そして、バルトもまた“ぼっち”であった。最初は気のいい友人たちに囲まれていたが、次第にいなくなっていった。バルトってうざいよな、一緒だと疲れるのよね、などと言われバルトは一人になった。そのことを知っているからこそ、シアンは無下にできないでいた。

 

「三年間同じクラスだなんて、運命を感じるね」

「男相手に運命とか、願い下げだ」

「だろう? やっぱり僕たちは導かれるして出会ったんだよ」

「話聞けよ」

 

 だから、こいつは。と悪態を吐く。バルト・ピーコックはどこまでもポジティブな人間であった。だからこそ、ここまで明るいのだが。

 シアンははぁーとため息を吐き、鞄から本を取り出す。これ以上こいつの話を聞いていると疲れる、そう思っての行動だ。しかしバルトは“魔物や魔族の生態”というタイトルに興味を持ち、一旦閉じていた口を開く。

 

「……マニアックな本だね」

「ん? あぁ、面白いぞこれ。人間の魔族嫌いが嫌って言うほどわかる」

 

 随分と皮肉れた発言だ。バルトは顔を引きつる。

 

「そ、そうかい」

「あぁ」

 

 シアンは短くそう答えると、栞を挟んでいたページを開き読み始めた。どうやら彼は本を読み始めると、そっけない返事をしてしまうようだ。本人は無自覚だが。

 その行動を見ていたバルトだったが、このままでは暇になってしまう。いけない、何か話をしないと。この前、自慢話はいいと言われたばかりだ。そういえば、最近ビックニュースがあった気がする。

 バルトはできるだけ明るく話し始めた。相手が本を読んでいてもお構いなしだ。だからこそ、空気が読めないと嫌われたのだが、本人は全く理解していなかった。

 

「そういえば、隣国のカーマイン皇国が勇者を召喚したらしいよ」

「あぁ、そういえばそんなこと言ってたな」

 

 本に目を通しながらも反応したシアンに、バルトは嬉しくなって話を続けた。

 

「本格的に魔族に喧嘩を売る気だね、あれは」

「だろうな。この国も加担するだろうし」

「もしかしたら、パーティの魔法使い枠がこの学園から選ばれるかもね」

「……もしかしたら、じゃなくそうみたいだな」

 

 パタリ、と突如本を閉じたシアンは前を向く。

 バルトのえ……? という疑問の声は、教室の前に現れた今年の担任であろう男性と甲冑を着た男性の声によって遮られた。

 まだ始業式が始まる時間にしては早い。どういう事だ? とこの場にいる生徒たちが疑問に思う。

 

「えー、国王様からの命により始業式を早める。そのあと、重大な話を国王様自らしてくださるということだ。皆、心して聞くように。さぁ! 移動するぞ!」

 

 教師である男性は声を張り上げてそう言った後、立ち去った。甲冑の騎士と思わしき人物もそれに続く。暫く呆けた後、皆が皆、急いで並び集会所へ向かった。

 

 

 

 

 

 どういうこと? 何があるの? と皆が口々に話している。それは集会所に集まっても止むことなく、この学園の理事長が壇上で咳をして、やがてピタリと止んだ。

 シアンはというと、教室に騎士が来たことから検討はついているが、他の生徒達はそうでもない。ソワソワと、冷静な者がいたらため息を吐きそうなぐらい、忙しなかった。

 

「連絡した通り、国王様がいらっしゃってます。話があるようなので、心して聞くように」

 

 それ、聞くの二回目。シアンはジト目になる。

 理事長がサッと壇上から降りると、数人の男女を連れた厳つい中年男性が上がってくる。プラム国王だ。ざわりと、また沸き立つ。

 国王はその見た目から戦士と間違えられることがあるが、バリバリの魔法使いである。魔導師の称号を持つ彼に敵う魔法使いは未だ出ていない。この世界一番の魔法使いと言われている。しかし、魔族は除く。

 プラム国王は生徒全員を見渡すと、やがてマイクのような形をした魔法変声機で話を始めた。

 

「諸君、集まって頂き感謝する」

 

 その言葉から始めた国王は、近年魔族というより魔物の量が増えていることを話し始めた。

 作物目当てに人間を襲ったり、また人間を食べるために街へ来たり。魔物達のその行動は目に余り余ることから、カーマイン皇国が勇者を召喚したこと。

 さらに、各国から勇者のパーティを選抜すると。この国からは魔法使いを派遣することになったと。

 チラリと前にいたバルトがシアンを見るが、シアンは気づかないふりをして国王の話を聞いた。

 

「さて、遅くなったが紹介するとしよう。この者が勇者として異世界から呼ばれた、雄城英二ゆうきえいじ殿だ」

「紹介に預かりました。勇者の雄城英二です。雄城が名字で、英二が名前です」

 

 国王の斜め後ろから出てきたのは勇者と名乗る青年。黒髪黒眼の珍しい配色を持った少年だ。年齢は丁度シアン達と同じぐらいだろう。

 ここでは珍しい、名前が後に来るということに周囲は驚きと共にひそひそと話しだす。名前の珍しさ、あまり見たことのない黒髪黒眼、彼が異世界人だということを物語っていた。

 

「彼はまだまだ戦いに関しては素人だ。だが、素養は高い。カーマイン皇国からは剣士を選抜し、彼に剣術を教えるそうだ。そして、この国からは魔法使いを出すことになっている。そこで」

 

 そう区切ったプラム国王は生徒達を一瞥して、たっぷりと間をとってから口を開けた。

 

「この国立魔法学園から、その魔法使いを選抜したいと思う」

 

 ざわり。本日何度目かわからないが、生徒達が沸き立った。しかし今までと違うのは、教師達もその一員であったことか。

 理事長以外は予想外な……いや、ある程度予想していたが、あり得ない出来事に目を丸くしていた。

 プラム国王はそんな者達の反応を当たり前のように受け流し、話を続けた。

 

「そこで、来週末に選抜大会を行いたい。勇者の仲間である魔法使いが弱い、だなんて無様な事はしたくないんでな」

 

 プラム国王曰く、単純に実技での、実力での勝負だそうだ。座学でトップを取ろうが、座学が無に等しかろうが関係ない。要は実力次第。戦闘が必須なこれは、魔法の知識だけがあっても使えないからだ。

 出るか否かは、個人の自由。自分こそは勇者の仲間に相応しいと思うものならば、誰でも歓迎。その中で一番になった者がパーティの仲間入りだ。

 

「優勝者には、勇者の仲間になってもらう。仲間になった暁には、英雄の仲間の称号を、そして爵位を与え一生遊んで暮らせる大金を授与しようではないか」

 

 うぉおおおおおお、と血気盛んな者達が吼えた。

 英雄の仲間になれ、そして爵位を与えられ、遊んで暮らせるほどの大金をくれると言ったこと。これほどに嬉しい報酬はない。……ないが、唯一シアンは顔を顰めた。

 理由は、この国に生きて帰ってこれる保証がないのと、もし生きて帰ってこれてもそれを王から本当に与えられるのかが謎だから。もし後者が本当でも、前者は自身の実力次第。もし、この学園で一位となっても、素養が高いと言えどど素人な勇者と、その他の者達と旅しても、魔物が増えてきている原因と言われている魔王は討てないだろう。

 

「(あの化け物を倒せとか、カーマイン皇国も酷なことをする)」

 

 勇者として召喚されたあの雄城英二とかいう少年は、何処にでもいる平々凡々な顔をしている。恐らく、平和に暮らしていたところをいきなり召喚されたのだろう。シアンはそう結論付ける。

 盛り上がる生徒達の中、シアンは独りでにため息を吐いた。どうやら、面倒くさいことになりそうだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界の物語は何も勇者が召喚された時から始まったのではなく、約十年前……とある落ちこぼれ魔法使いが、とある最強の悪魔の主人となった時からもう既に始まっていた。

 

 あぁ、憐れな勇者よ……君は物語の主人公ではないようだ。

 

 




ハーメルンでははじめまして。rocyan(ろしあん)と申します。匿名での投稿ですが、なろうに関してはこの名前がユーザーネームです。
なろうの方が進んでいるので良かったらそちらを。なろう分が投稿し終わりましたら週一から隔月更新に変わります。よろしくお願いしまーす。


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魔界

 

 

 魔界。

 

 魔国とも呼ばれる、魔族達が住んでいる国。人間達が暮らす国々を全て合わせたほどの広大な土地だ。人の王でもその魔界の四分の一を統べるのがやっとというのに、魔界の王である魔王はこの土地全てを治めているのだから、その技量は言わずとも知れていた。

 今回はその最奥、人間の国との境目から最も離れた場所にそびえ建っている城。魔王城に住む一人の魔族へと視点を移してみようではないか。

 

 今回視点を向ける彼は人間を友好的に見ている数少ない魔族であり、この魔界の王、魔王の次に権力が強い。その理由は、彼が魔王の息子なのと、彼に勝てる者が魔王以外にいないからである。決して親の七光りではない。

 そんな彼は今、上下で黒と白に分かれた癖のある髪を揺らしながら、両手一杯に抱えられた紙の束をとある一室へと運んでいた。一五〇程の低身長である彼は、必死にその身長にしては長い脚をせっせと動かしている。どうやら早く運び終えたいようだ。

 

「ったく、どうせ運んでも処理しないのは見え見えじゃと言うのに……何故に運ばなければならないのじゃ」

 

 一回は父上もこの重労働を味わって欲しいものじゃな。と彼は口を尖らせながら、そう呟いた。まだ声変わり前であろうボーイソプラノは廊下にやけに響いた。と言っても彼は何千年も前から、姿は変わっていないのだけれど。

 ブツブツと己の親でもあり上司でもある魔王に文句を呪文のように放っていた彼だが、いつの間にかついたのであろう、目の前には豪華でそれでいて控えめな装飾が施された扉の前に来ていた。

 彼はふぅと息を吐いてからコンコンコンとノックを三回し、その重そうな扉を書類を持ち直した手で軽々と押した。黒い大きな手に押された扉は、ギィと悲鳴を上げながら開く。閉ざされていた部屋の中が見えてきた。

 

「父上ー、書類持ってきたやったぞ。我に感謝するんじゃな!」

 

 何故かドヤ顔でそう言った彼は、目に入ってきた自身の父の姿を見てため息を吐く。今日で一体何回ため息を吐いたか……少なくとも二回。

 彼の親である魔王は、書類の山に突っ伏しながら盛大ないびきを掻いて寝ていた。そう、寝ていたのだ。一国の主が、人々が恐れる魔王が書類に埋もれながら爆睡しているのだ。この姿を今の勇者が見ればどうなるのだろうか……多分あほ面を晒すことになるだろう。

 

「予想していたことじゃが……そんなテンプレはもうこりごりなんだよ! クソが!」

 

 近くにあった机の上に書類の束を置いた彼は、その左右で長さも大きさも色も違う両腕を広げ、手の平に機関銃と呼ばれる異世界の武器を出現させた。そしてそれを魔王へと標準を合わせ、セーフティを解除し、引き金を引いた。二丁同時にである。

 ズガガガガガッと辺りに銃声が響き、数秒間続いた後それは止んだ。機関銃を消した彼は、はぁと今回三回目のため息を吐いて、笑う。

 微笑む彼の前には、気怠けな欠伸を掻く無傷・・の男がいた。“まおう”とプリントされたTシャツに黒のスウェットを着た金髪の男は、ガシガシと後頭部を掻く。

 

「ふわぁ……手荒い起こし方はいつもやめてって言ってるのに……まおう悲しい」

「黙れ、ダメ親父。その作業中に寝る癖をやめるのなら、やめてやることもないんだがな」

「うわ、おこなの? おこなのね、口調が若返ってるよ。というかそっちこそ、その癖やめない? 怖いよ? それ」

「無意識だから許して欲しいのじゃ。我は悪くないぞ。父上こそ、その口調やめたらどうじゃ? うざい」

「うわー、息子にうざいって言われた……死んでいい?」

「勝手にどうぞ」

「ひどいッ! そこは死んじゃダメ! とか言うところでしょ!?」

「まるでダメな親父、略してマダオは一回死ねばいいと思うのじゃ」

「そのネタって結構くるんだね!! 心が痛いぜ!!」

「そのまま心筋梗塞で死ね」

「ふぁっく」

 

 一言二言に止まらずに言い合いをする二人。基本的に息子が優勢なのはいつものことだ。

 魔王はそんな息子にため息を吐きながら、あの可愛かったサタンは何処へいったんだろうと嘆いていた。子供が成長することは好ましいことだが、親に反抗的なのは少し悲しい魔王であった。どうやら魔王は子供に甘えてほしい側であるようだ。世の中には、その反抗する姿が可愛いなぞ言う奴もいるというのに。

 因みにサタンと言うのは、魔王の息子……つまりは彼の名前である。

 

 サタン。

 時には魔王、時には魔神と言われ、悪魔を統べる者の呼称とされる。人から畏怖される対象だ。

 

 しかし、サタンという名前の彼は記述通り魔王ではない。時には魔王の代理はするが、魔王の息子だ。

 では、魔王の名前は何だというのか。答えは---。

 

「ねぇー、一向に書類が減らないんだけど、何コレいじめ?」

「魔界最強の父上にいじめをできるなんて、この書類は凄いのう」

「何で、書類褒めるの。ちょっとは俺の事心配してよね、るしふぁー悲しい」

「魔王かルシファーか、どっちかに固定したらどうじゃ? ころころ変わりすぎなんじゃよ」

「どっちも俺を指すからいいの」

「あっそ」

 

 ルシファー。

 大天使ルシフェルの本名とも呼ばれ、またサタンの別称である。大天使長ルシフェルが堕天し、サタンと名を改めたらしいが、それはいい。

 

 このルシファーは、さっきも言ったが元天使だ。今は堕天使だが、この魔界を作った最高権力者であり魔王。そして、魔界最強である。

 何万年も前から存在し、今だに死なず、人間に敵認定されても殺されていない事からそれは伺える。それに、悪魔というのは向上心が高い。力が強い者ほど、権力者に相応しいということで、魔王の座を狙ってくる奴は大勢いた。しかし、それを全てはね退けている魔王は一体どれぐらいの力なのだろうか。

 因みに、中級悪魔が束になれば第一級冒険者でも少し苦労する程度である。

 

「そうじゃ、シアンから連絡があったんだけどの」

「あぁー、お前のマスターな。あいつの実力は認めるけど、何だかなぁー……俺の性に合わないから好きじゃないね」

「そうかの? 我は父上よりシアンの方が好きじゃが」

「負けた……人間に負けた……ショック」

「人格者とダメな奴との違いじゃな」

「え? まさか俺、ダメな奴の方じゃないよね?」

「さぁ?」

 

 どちらとも捉えられない返答をしたサタンにルシファーはガクリと肩を落とす。ううっ、息子がいじめるよぉー、と涙をぽつぽつと流しながら手元の作業に戻る。精神的ダメージはデカイが、まぁいつものことなので仕事に支障が出るほどではないらしい。もっとも、サタンの前で仕事をサボるような事をすれば、鉄拳が舞い込んでくるのだが。これではどちらが上司なんだか。

 

「で、内容は?」

「簡潔に言うと、勇者が召喚されたようじゃ」

「………………は?」

 

 筆を動かしながらも、シアンという人間から来た連絡の内容をサタンへと問いかけたルシファーだったが、その内容が内容だった。

 

 今、このバカ息子は何と言った? 勇者が召喚された……?

 

 その事実を突きつけられた瞬間、沸々とルシファーの中から怒りが沸き起こってきた。普段、温厚でふざけている彼から想像もできないぐらいに、彼は怒っていた。

 ルシファーから魔力が溢れ出す。ゆらゆらと霧のように、それでいてオーラのように見えるそれは、視覚できるほどの高密度の魔力。彼が相当お怒りなのはわかった。ヒクリ、とサタンの口角が引きつる。ヤバイ。

 

「あん……っの! クソ共がッ!!!!!!」

 

 ルシファーが怒りに任せて叫んだ瞬間、彼の周りを舞っていた魔力が爆ぜた。

 積み重なっていた書類達は突然起きた爆風によって部屋中に舞い上がり、椅子や机達はガタガタと恐怖に震えた。一種の阿鼻叫喚としたこの部屋の中で、サタンはひっそりとため息を吐く。と言っても、この騒音の中そのため息に気づく者はサタン以外いないが。

 前方に出現させた大きな盾に守られながら、サタンは勘弁してくれと頭を振った。まだまだマシな方だが、このマダオが本当にキレる日が来れば、この大陸は吹き飛ぶ。それだけは止めて欲しい。

 それに今でも少しキレてるルシファーは、今すぐにでも勇者を亡き者にしようと人間界へ行きそうなので、それを止めなくては、今後が心配である。

 

「その怒りはわかるが、一旦落ち着くのじゃ!!」

 

 盾に守られながらもそう叫ぶ。

 これ以上ルシファーが暴れるものならば強行突破であるが、ルシファーに実力が数段劣るサタンにそれは無理に等しい。願わくば、今の声で正気に戻って欲しい所だ。

 そんな願いが通じたのか、舞い上がって吹き荒れていた書類達は時が止まったかのように宙で止まり、やがて床へバサバサと音を立てて落ちていった。風はいつの間にか止んでいる。

 

「これが落ち着いてられっかての! 奴ら契約を破りやがったッ!!」

「確かに破った……それは事実じゃ。しかしの、神は破っておらんようだがの?」

「なに?」

 

 サタンが言った言葉にルシファーは眉を顰めた。それは本当か?と顔に書いている気がする。

 サタンは散らばった大量の書類の中から一枚の紙を手元へと出現させた。探知魔法と召喚魔法の応用だが、こういう器用なことができるのは魔族の中でサタンだけである。因みにルシファーにもできない事はないのが、やらない。戦闘に関することや、自分の好きな事には余念がないのだが、いかんせん面倒くさいことは嫌いであった。

 手元に持ってきた紙をルシファーへと渡す。それを受け取り、真剣に読むルシファー。常にこうであればいいのに、サタンは思う。

 今しがたルシファーに渡した紙は、シアンが念話で伝えてきた内容をサタンが纏めた書類である。

 

 内容はこうだ。

 

 人間界。カーマイン皇国にて勇者召喚の儀式。

 召喚されたのは十代後半の思しき、黒髪黒眼の男。

 名前は雄城英二。剣士としても魔法使いとしても素養が高く、カーマイン皇国からは腕のいい剣士を、プラム王国からは魔法学園から選抜し、それぞれ技術を教える手筈。

 ある程度勇者が育てば、魔王退治の旅に出させるらしい。

 

 これは、カーマイン皇国とプラム王国からの魔族への挑戦状とも取れる内容であった。

 ヒクリ、と規則的にこめかみが引くつく。ルシファーは先程のように怒りを表に出さず、その表情には少なからず呆れが出ていた。サタンはそんなルシファーを見て苦笑いである。

 

「この名前……どう見ても日本人じゃん」

 

 暫く無言だったルシファーだが、ハァとため息を吐いて頬杖をついた。

 

「そうじゃの。身体能力的には弱い方の日本人じゃが、まぁこういう事には適応力が高いというか」

「そういう事を言ってないよ」

「では、どういう事じゃ?」

 

 サタンは首を傾げた。

 先程言った内容以外にもその書類には、勇者の個人情報が載っている。多分だがシアンの唯一の友人を使って聞き出したのだろう。

 それを舐め回すように見ていたルシファーは、怒りは何処へやら、ニヤリと笑って紙を放り投げた。パサリと床に散らばった書類達の一部へとなる。

 

「なぁに、あのクールジャパンから来た奴だぜ?」

 

 異世界にワクワクしている子供と言っても、故郷が恋しくないわけでもない。それに先の情報通りならば、親は健在であり、それほど苦労した人物でもない。ただの一般家庭の日本人。

 天涯孤独やらとなら、心残りもないだろうがこの勇者はそうでもない。

 サタンはルシファーが考えている事がわかり、呆れたように息を吐いた。こいつに悪巧みをさせたらこの世界に敵う奴はいない。諦めるしかないか。

 

「メリットはいいが、デメリットは? 考えておるのじゃな?」

「もちのろん! 一番最悪なのはあの人ラブ! な唯一神(糞婆ァ)が出てくる事だが……ま、人間が先に契約を破ったんだ。手を出してこないだろう」

「魔導師が出てくる可能性は?」

「もし、出てきたとしても俺には遠く及ばないから、問題ナッシング!」

「…………勝手にしろ」

 

 ニコニコと笑うルシファーを止められないと悟ったサタンは現実逃避するために、床に散らばった大量の書類を片付ける事にした。

 

「精々、強くなってくれよ? 勇者。俺は待ってるからさ!」

 

 誰に話すでもなく座っている椅子でクルクル回りながら、ルシファーは咲う。それはもう、成長が楽しみで、その時が来るのが楽しみで仕方がないような笑顔。

 サタンはそんなルシファーを横目に、シアンにどう説明しようか考えながら書類を拾う。

 

 さてはて、これからどうなるやら。

 

 これから来る面倒くさそうな未来にサタンはため息を吐くが、鬱陶しげな態度とは裏腹にその口角が上がっていた気がした。

 

 

 

 

 子は親に似る。とはこの事であろう。

 

 




イタタタタタタ。


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授業

 

 

〝という事じゃから、よろしくの〟

「……ったく、自分でしろっての。あの糞魔王」

〝まぁまぁ、そう言わずに〟

「お前の頼みだからするけどな、借し一つだと言っておけ」

〝借し一つでも少ない気がするが……うむ、わかったのじゃ。いつもすまんの、マスター〟

「まったくだ」

 

 国立魔法学園、校舎裏。

 そこには耳に手を当てはぁーとため息を吐く少年がいた。この学園の指定制服である黒いローブを着た少年は誰かと話しているようだ。だが、その少年以外に誰もおらず、第三者から見れば首を傾げる光景だ。

 何もこの少年が独り言を言っているわけではない。念話という補助魔法を使って、遠くにいる自分の使い魔と話しているだけである。

 少年の名はシアン・アシード。この学園の三年生であり、攻撃魔法を得意とせず、補助魔法に優れた魔法使いだ。

 何故、彼がこんな場所で話しているかというと、今は昼時。所謂お昼休みというもので、他の休み時間より休憩時間が長い時である。生徒達は皆、友人達と食堂へ行ったり、お弁当を持ち寄って教室で食べたりするのだが、お生憎様、シアンはぼっちというものである。つまりは、友達がいない。

 元来より静かな時を過ごす方が好きなシアンは、こうやってお昼ご飯は校舎裏で食べている。勿論一人だが、たまに使い魔と念話で話したりして、シアンとしては楽しいひと時となっていた。

 そんなシアンの使い魔、サタンはシアンの呆れたようなため息を聞き、苦笑した。毎回、マスターには苦労かけるな、と内心労わっていたり。

 

〝しかし、してくれるとなると、あの大会? に出るんじゃろ? いいのか?〟

 

 プラム国王とカーマイン皇国で召喚された勇者、雄城英二が来た日から一週間。勇者のパーティの魔法使い枠を決める選抜大会まで一週間を切っていた。

 皆が皆、真剣に実力を上げるために特訓したり、ライバルになるであろう者たちの弱点を探ったり、ピリピリしていた。

 シアンの唯一の友人であるバルト・ピーコックも力試しに大会に出ると張り切っていたが、この雰囲気に気圧されて少々涙目になっていた。その様子をシアンは思い浮かべて、クスリと笑う。

 

「目立つのは好きじゃないが、まぁ今の時点でも目立ってるし、いいさ」

 

 それに、学園全員オレが出るだなんて思ってないだろうしな。

 そう続けたシアンは口角を上げて、手元にあった水を飲んだ。

 シアンは魔法使いでありながら攻撃魔法に適正がない。魔法とは、華だ。派手で強く、美しい。魔法使いにしか出来ない攻撃。だからこそ、魔法使いは皆誇りを持っているし、自分より下の者を見下す傾向にある。シアンは見下される側であった。

 

〝なんとも、愚かなことだの〟

「仕方がないな。オレが使えるのは劣化攻撃魔法だけ。初級魔法にも及ばない魔法ばかりだしな」

 

 人間は醜い生き物だ。

 人間は魔物。そう言えても仕方がないぐらいに、黒く濁っている。確かに綺麗な人物もいるだろう。勇者がそうであるし、聖人なども。

 もしかしたら、人間に限らず知能を持つ生き物は全て醜いのかもしれない。

 向こうからムスッとした思念が送られてきたことにシアンは苦笑するが、その時聞こえてきたチャイムにハッとする。どうやらもう休み時間は終わりのようだ。

 

「じゃ、またな」

〝うむ。我も業務に戻るとしようか〟

 

 魔界ナンバー2はダメな統率者のせいで忙しいらしい。はぁ、とこちらまでため息が聞こえてきた。シアンは笑いながらもお疲れ様と、自身の使い魔を労わってから、念話を終了する。

 耳から手を離してから立ち上がり、午後の授業は何だったかな? と思案した。確か、実技だったか。

 

「はぁ……(憂鬱だ……)」

 

 実技はシアンの最も嫌いな授業である。

 どちらかと言えば、座学の方が好きであるし、何しろあの馬鹿にしてくる奴らの顔が歪むを見るのがすきだから。逆に実技ではそいつらさ楽しそうであるが。

 やはり、脳筋は嫌いだ。シアンはそう思う。

 そもそも、魔法使いだというのに実技でしか相手を見下せないというのが腹立たしい。魔法使いは体力より精神力。魔力がモノを言う世界だ。

 魔力を上げるのなら、魔法を使いまくるのが一番効率的だというのに、何故に実技授業で走らなければならない。それで魔力が急激に上がったのは、プラム国王だけだというのに。アレは特殊すぎる。

 確かに体力を上げれば精神力も上がる。それは変わりないが、それでも微々たるものだ。後方支援たる魔法使いが、前衛に迷惑をかけないという意味では必要かもしれないが、する意味はあまりない。シアンは非効率的な事が嫌いだった。

 

「(それでも、やるしかないけどな)」

 

 授業を受けなければ、点数も下がり進級できなくなる。そうなれば除籍になり、世話になっている貴族の家からも追い出されるだろう。それはそれで万々歳だ。まぁ最終的にそうなる予定なのだが。

 シアンは立ち上がり、次の授業先であるグラウンドへと向かった。

 

 

 

 

 

「んじゃ、今日も基礎体力作り……って言いたいが、お前らも三年生。本格的に実戦に入る!」

 

 うぉおおおお! やら、やったぁああ! やらの歓喜の声が上がる。シアンの隣にいるバルトも例外ではなく、他よりも一際喜びを表現していた。ぴょんぴょんと跳ねたりするものだから、シアンは眉間に皺を寄せた。

 ガリガリとさっぱりした短髪を掻く男性は実技授業担当の教師である。褐色のいい肌をした引き締まった身体を持つその男性は到底、魔法使いには見えない。彼は魔法剣士という、魔法使いの中でも異色の職業を持つ者だった。

 確かに魔法剣士ならば、体力や筋力、剣術が必要だが、ここにいるのは生粋の魔法使いのたまご達。基礎体力作りよりも魔法を使う方が好きである。誰だって実戦大好きだ。ただ、一人を除いて。

 体力作りの為のランニングやらのトレーニングは無くなったのは素直に喜ぼう。シアンだって、生粋の魔法使いなのだ、動くのは嫌いであった。ただ、実戦となると、嫌な予感しか無いのは何故なのだろうか。はぁーとシアンは嘆息した。

 

「と言っても、ただの実戦じゃ面白くないなぁ。そうだな、この中から二人ずつ選んでそいつらの戦いを見るってのはどうだ? 勉強にもなるし、何より……」

 

 それ以上は続けなかった。教師の言うことを誰もが理解したからだ。一週間後、勇者パーティ選抜大会がある。情報とは力であり武器だ。誰も手の内をあまり明かしたくないし、相手の情報はなるべく手にしたいと思っている。という事はだ……この実戦はうってつけということになる。

 ニヤリと笑った教師は、さぁどうする?と問いかけてきた。生徒十五名、既に答えは決まっていた。

 

『やる!!』

「だっはっは!! いい根性だ!」

 

 豪快に笑った教師は、ふんと鼻を鳴らして腰に手を置く。

 

「じゃぁ! 始めようか! 最初の奴らはお前らが選べ」

 

 その言葉に驚く生徒。隣や友人達と話し合い、誰にするかを決める。最初はどうやら少し緊張するらしく、自分は嫌だ嫌だと言っていた。さっきまでの勢いはどうしたのだろうか。

 しかし、その話し合いに混ざってない奴が二人いた。当然の如く、シアンとバルトである。バルトに至っては話に加わりたいとそわそわしているが、過去の経験からか自分から行こうとはしない。普段自分と話している時のテンションで行けばいいのに、そう思うシアンである。まぁ、そんなテンションで行ったら確実に嫌われるのだが。

 

「先生! 決まりました」

 

 やがて一人の生徒が手を上げて教師に報告した。何やら良からぬ事を企んでいるようだ。その顔は真面目そうに見えていても、笑っている。

 そんな様子の生徒に教師は一瞬目を細めたが、それを隠すように笑った。どいつになったんだ? と問いながら。

 上手いな。素直にそう感嘆する。他の生徒は気づいていないだろうが、確実にあの目は好意の目ではなかった。熱血な教師だからこそ、この陰湿なモノは性に合わないのだろう。しかし、哀しきかな。真っ直ぐな心を持つだけでは、生きていけないのだ。

 

「はい、シアン・アシード君とバルト・ピーコック君がいいと思います。実技では成績が拮抗していますし、適任かと」

 

 つまり、こいつら弱ぇし先に手の内知っておいて大会でボコろうぜ! である。

 一見まともな事を言っているように見えるが、その内は腹黒い。何とも将来が楽しみな生徒達だ。

 シアンとバルトは所謂、座学は優秀だが実技がまるっきしダメな典型的な屋内型。と言っても二人共、する実技が苦手な分野ばかりであっただけで、実力はここにいる誰よりもある。何も成績イコール実力ではない。

 教師はしばし考えていたが、生徒の言う事が正しいためその提案を受ける事にした。何より、自分達で選んでいいと言ったのはこちらだ。口出しもできまい。

 

「では、シアン・アシード。バルト・ピーコック。前へ」

 

 シアンはやれやれと言う顔で、バルトは緊張した面持ちで前に出る。

 生徒達が見る中、二人は離れていきやがて適度な距離で向かい合わせになる。パチリと目があった。

 

「審判は俺がする。ルールは簡単だ。相手を殺さず、気絶させるか、負けを認めさせたら終わりだ。できるな?」

 

 元より殺す気のない二人だ。教師の言うことに何も言わず、こくりと頷いた。同時に頷いたシアンとバルトを見て満足そうに笑う教師。だが、生徒達は元々殺す程の実力がないと馬鹿にしているのか、あちこちで失笑している。

 

「あの」

 

 そんな生徒達を睨んで黙らした教師の目は、スッと手を挙げて声を掛けてきたシアンを捉える。どうやら、質問があるようだ。教師はシアンの方に振り返り、続きを促した。

 

「使う魔法の制限は?」

 

 教師は目を細める。

 “使う魔法の制限”。その言葉の意味は、複数の系統の違う魔法を使えるという事実。

 魔法使いとは皆、基本的に何かに特化しているものだ。攻撃魔法に特化していて、さらにその中の一つで ある火魔法が得意という風に。それは、遺伝の問題でもあるが、基本的にその者の適性の属性に左右される。まぁ、人それぞれというものだ。

 そのため、オールラウンダーと言うものがあまり存在しない。存在したとしても、それは弱々しいものであり、戦闘向きではないものが多い。

 つまり彼は戦闘向きではない。ということになる。それは魔法使いとして劣っているということ。思わず哀れみの目を向けた。

 

「……なし! 存分に暴れろ」

 

 まぁ、そんな事は出来ないだろうが。その言葉を飲み込んで、頭を軽く振る。先生が生徒を信じず、それに見下すなどとあってはならないこと。そんな腐った奴になりたくない教師は、その邪念を振り払った。

 だからだろうか? その言葉を聞いた時、教師が哀れみの目を送った時、シアンのその口角が三日月型に曲がったのに気付けなかったのは。

 その顔を見てしまったバルトが軽く身震いをして、腕を摩っていた。

 

「両者、共にいいか?」

 

 二度目の頷き。

 バルトは自身の杖であるコバルトグリーンの宝石が装飾された杖を懐から取り出す。細く柔らかそうな、しなった黄緑の枝が深い緑の宝石を包んでいる。まるでオーケストラの指揮者が持ちそうな、それの長さは二十センチ程であろうか。やや小ぶりであるそれは、持ち歩くのには便利そうだ。

 対してシアンは自身の杖も持たずにあくまで自然体に佇んでいた。あまつさえ欠伸をしている。やる気があるのか、と問いたくなるほどの無防備さだ。現にそう他の生徒達から野次馬が飛んできていた。

 

「では、開始!」

 

 シアンのその佇まいがデフォだと、間違いとわかっていながら判断した教師は、開始の宣言をする。

 その言葉を聞いた瞬間、バルトは詠唱を始め、シアンは欠伸を止めた。

 

 実戦の始まりだ。

 

 




読み返してなんとも言えないこの気持ち。


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実戦

 

 

「地に根を張る木々よ、その隣人達よ。契約に誓い、この身に宿る魔の力を糧として、力を貸したま---」

 

 それ以上は言葉が続かなかった。

 

〝バルト、それ以上はよせ〟

 

 何せ、シアンから念話が送られてきたからだ。

 魔法の制限はなし。という事は使う者が限られている魔法だってオーケーだということ。だからこそ、この学園で使ったことのない一番得意で、唯一の魔法を使おうと思ったのに、詠唱の終わりかけに声を掛けてきたシアンにバルトは不満を持った。

 明らかに不満そうな顔をしているバルトに苦笑しながらも、シアンはうーんと背筋を伸ばし思念を送る。

 

〝何故、止めた? いくらシアンでも、これは許されないよ〟

〝不満大有りって顔だな、バルト。気づいてないみたいだから教えてやる〟

 

 バルトからの鋭い視線を軽く躱しながら、シアンはニヤリと笑い人差し指を立てる。

 気づいてないこと? バルトは首を捻った。そんな事あっただろうか? 少なくとも記憶にはない気がする。

 

〝? 何のことだい?〟

 

 こてん、と首を傾げたバルトにやはり理解してなかったな、と呆れる。シアンはポジティブだが、鈍感だ。だからこその、その性格だと思うがどうにかしてほしいと思う今日この頃である。

 

〝オレ達が何故最初の実戦に選ばれたかわかるか?〟

〝いや〟

〝実技において、このクラスで底辺だからだ。下から数えてワースト一位と二位〟

 

 因みにワースト一位がシアンである。

 

〝それに加えて、この一週間後、何がある?〟

〝一週間後? 選抜大会があるに決まっ……あ〟

 

 そこまで言って気づいたようだ。なるほど、とバルトは思案顔で頷いている。どうやら理解したようだ。

 シアンとしては手の内は明かしたくない。奥の手とは最後の最後に見せるものだ。だからこそ、この大会とは関係のない戦いではあまり力を使いたくないのだが……シアンはそう願うが、どうにも相手は受け入れてくれそうにないようだ。

 

〝だから? お生憎様、僕には関係のない事だね〟

 

 そう来たか。

 バルトにとって、それはどうでもいい。バルトは大会には実力を試すために出るのだから。

 授業ではいつも全力を出せぬもどかしさがあった。実習課題はいつもただの(・・・)攻撃魔法。ただの魔法はバルトは使えないため、誰でも使える劣化魔法で挑むしかなかった。だが、今回はどうだろう。魔法の系統制限はなし、大会に至っては相手の命を奪わない代わりに何でもありの大会だ。これだ!そう思った。この機を逃せば、いつまでも自分を試せない。枠に当てはまるのは、もうこりごりだ。

 だから、シアンの提案を受け入れない。全力で行く。例えそれが、相手の命を容易く奪い去りそうな魔法でも。

 

「もういいね? シアン。僕は全力で行かせてもらうよ」

 

 全力も何も、相手を傷つける事すら出来ないだろう。とクラスメイト達は笑うが、バルトの急激に上がった魔力によって笑うのを止めた。否、止めざる終えなかったのだ。何せ全員がだらしなく口を開けて、惚けていたのだから。

 その魔力はここにいる教師も含め生徒達の平均値の保有量を容易く超えており、これには教師も目を見張る。そして同時に、今までの成績は何の冗談だと前任者へと悪態をついた。

 

「地に根を張る木々よ、その隣人達よ。契約に誓い、この身に宿る魔の力を糧として、力を貸したまえ」

 

 バルトはシアンによって遮られた詠唱をもう一度繰り返す。魔力は徐々に澄んだモノへと変わり、バルトの周りを舞う。暫くするとクスクスクスという小さな笑い声が聞こえてきた。

 シアンはこの笑い声の主を知っている。シアンも会った事のある者。

 

『バルー、あの人と遊ぶのー?』

 

 妖精だ。

 

 妖精とは、精霊の一種であり木々達の隣人として有名だ。森に住んでいる妖精達はあまり人間に近寄らず、森を護っているという。妖精達が住んでいる森は神聖な森として、刺激しないように国が立ち入りを禁止するほどだ。

 その妖精と契約を結んでいるバルトは一体何者なのだろうか。シアンはまさかの強敵に驚き、目を見開いていた。

 

「そうだね。久々によろしく頼むよ、フーリ」

『わかったー!』

 

 クスクスと笑う妖精、フーリはバルトの周りをくるくると飛ぶ。何処か楽しそうであるそれは、微笑ましく思える光景だが、その小さな体の中にある力を考えるとあまり微笑ましく思えなくなってくる。

 妖精を含む精霊達の力は強大だ。人間に貸す力は精霊達のほんの少しの力。それだけで宮廷魔術師に並ぶ程なのだから、その強大さはわかりやすかろう。

 厄介な、シアンは舌打ちをした。これでは少々力を出さないといけなくなる。劣化魔法だけじゃ、勝てない。

 

 ……いや、逆に縛りがある方が楽しめそうか?

 

 ニヤリと口角を上げ、瞬時に戦略を組み立てていく。実技は下から数えて一位だが、座学は上から数えて一位だ。これくらいお茶の子さいさいである。

 

「行くよ、フーリ」

『おーけー』

 

 周りを飛んでいたフーリはバルトの呼びかけに応じて、バルトの肩へとちょこんと座った。バルトも気にしてないところから、そこが定位置なのだろう。側から見てもしっくりくる図である。

 

「精霊魔法“妖精達の戯れ(フェアリーズカプリス)”」

 

 精霊魔法とは精霊と契約して初めてできる魔法だ。

 バルトの場合、妖精と契約しているので使える魔法は一つ。“妖精達の戯れ”。それがバルトが唯一使える魔法であり、得意な魔法だ。

 “妖精達の戯れ”とは、大地に根を張る木々達の力を借りる技だ。分かりやすく言うと、植物を操る魔法。

 魔法とは自身の魔力を用いて超常現象を起こすことであり、精霊魔法もそれは変わりがないが精霊の魔力を使える分強力だ。先程も言った通り、精霊自身の力は人間を容易く超える。まぁ精霊も魔族の一員なのだから、当たり前なのだが。

 

「第一曲調」

『ー♪ーー♪ーーー♪』

 

 バルトは杖を掲げ、目を閉じそして振る。その動作はまるで指揮者のようで、杖の形も相まって似合っていた。

 一方、フーリはその指揮者のタクトに合わせるように、体の前で手を合わせ歌っていた。その歌声は、到底人間には出せないであろう澄んだ声であり、耳の奥にスッと入ってくる程の洗練された綺麗な歌だ。

 しかし、その歌はシアンに災いをもたらす歌である。

 

「---ッ!」

 

 ボコリ。シアンの足下の土が押し上げたと思うと、そこから植物が勢い良く生えてきた。シアンは紙一重で避けようとするが、躱しきれなかったのか頬に赤い一筋の線を作ってしまった。そのままバックステップで距離を取る。

 距離を取ったシアンの前には、植物の根のようなモノが地面から生え、うねうねと動いている。ただそれだけだと思うと、シアンに向かって猛スピードでその鋭利な先端を突き刺して来るのだから、厄介な事この上ない。

 

「(第一曲調でこれかよッ!)」

 

 精霊魔法は精霊を呼び出す詠唱以外は、殆ど省略できるようになっている。

 第一、第二曲調と分類されたそれは、第十曲調まであり、人間が精霊に頼んでできる芸当だ。まぁ、精霊の機嫌を損ねてしまったら魔法は使えないとも思ってくれてもいいだろう。

 精霊次第とも言えるこの魔法だが、バルトはどうやら妖精とは上手くいっているようだ。魔法の威力が強い。

 

「くっそ〈強化魔法“身体強化”〉」

 

 小声で補助魔法の一つ、強化魔法の魔法名を言うシアン。詠唱は行っていないが、元より補助魔法の大半は詠唱無しである。そこが唯一の補助魔法の強みと言っていいが、強化魔法は魔法使いでもない剣士でも使える魔法だ。しかし、魔法使いとしては誇れるモノでもないのが一般常識だ。

 

「〈創造魔法“武器製造”〉」

 

 懐に手を突っ込み、そこから短剣を取り出す。今まで持っていなかったそれは、今し方魔法で作った物だ。懐に忍ばせていたように見せかける為に、手を突っ込んだのだ。

 

「第二曲調」

『〜♪〜〜♪〜♪』

 

 曲調が変わった!

 今までうねうねと動いては、突撃してきた木の根達は急に地面に帰り始めた。しかし、曲調が変わったという事は攻撃手段も変わったという事。ただ帰ったわけではないだろう。

 そう判断し、シアンは油断せずに短剣を構え、バルトへ向かって身体強化で爆速的に強くなった脚力で地面を蹴る。二秒、後二秒あればバルトに届いて攻撃できたかもしれないが、それも虚しく先制攻撃を食らってしまった。

 

「なっ……!」

 

 ドドドドンという風に続け様に地響きが鳴る。そしてそれと同時に、シアンの周りの地面から木飛び出し急成長した。すぐに生い茂ったそれは、陽の光を嬉しそうに浴びる。シアンを囲うように閉じ込めるように生えてきた木々達。どうやら、第二曲調は対象を閉じ込める魔法のようだ。

 上げていたスピードを落とし、完全に止まる。木々達のお陰で昼だというのに暗いこの空間で、シアンはふむ、と顎に手をやり考えた。

 第一曲調や他で攻撃を仕掛けてこないという事は、勝ったと油断しているのだろう。

 木々達に近づき、手を当てた。とくり、と脈動が伝わってくる。しかし、伝わる感触はそれだけ。シアンは、ニヤリと口角を上げて笑った。

 

「時空間魔法“瞬間移動”」

 

 一言、たった一言だけ唱える。それだけでその場からシアンが消え、次に現れたのはバルトの頭上であった。

 

「何……ッ!」

『バル!』

 

 ドン、とバルトの胴体を地面に押し付け、その上に跨り、左手でバルトの両手首を押さえ、右手の短剣でその首へと突きつけた。短剣が添えられた首からちいさな一筋の赤が滴り落ちる。

 くっ、とバルトは悔しそうに顔を歪ます。魔法を使うための杖はもう手放しているし、手も抑えられている。精霊魔法は精霊の召喚者が曲の指揮を執り、精霊が歌って初めて成り立つ魔法だ。杖は最悪無くても指揮を執る事は可能だが、こうも腕を封じられていては何もできない。

 魔力を詠唱に乗せるだけで発動できる他の魔法とは違う、精霊魔法にとって痛い所を突かれた。

 

「オレの勝ち……だろ」

「あぁ、そうだね。流石シアンだ」

 

 シアンがニヤリと笑うと、バルトは仕方が無いという様に笑った。

 

「参った。僕の負けだ」

 

 その言葉を聞いたシアンはバルトの上から退き、バルトは立ち上がって服についた砂を落としてから、シアンに握手を求める。バルトの行動に驚いた様に目を見張ったシアンだが、やがて苦笑してそれに応じた。

 互いに満足気に笑い合う。全力じゃ無いとはいえ、戦ったのは二人とも久し振りだったのだから、これ程舞い上がる事はない。

 

「また、戦ってくれると嬉しいよ」

「……遠慮する」

「ははっ、手厳しいね」

 

 一言二言、言葉を交わした二人の耳にパチパチパチという拍手の音が聞こえた。規則的にゆっくりと叩かれたそれは、実技の教師から放たれたものだった。

 

「良い戦いぶりだった! 良くやったな二人共!」

 

 ガシリとシアンとバルトの頭を掴み、そこからガシガシと豪快に撫でた。シアンは鬱陶しそうに、バルトは嬉しそうに表情を変える。

 

「にしてもお前ら、ちゃんと魔法使えるじゃねぇか。一、二年次の成績はどういう事だ?」

 

 ガッハッハ! と笑い、自分の事のように嬉しがっていた教師だが、やがて真剣な表情へと変えた。

 あぁ、その事か。とシアンとバルトは同時に思う。

 教師が言いたいことはこうだろう。何故、しっかりと魔法が使えるのに一年次と二年次の成績が悪かったのか、と。戦闘はちゃんとできているし、詠唱も申し分ない。ならば、何故。

 そんな事を聞かれては、シアン達はこう答えるしかなくなる。

 

「「実習課題が全部攻撃魔法だった」」

 

 と。

 シアンは攻撃魔法は使えないし、使えたとしても攻撃魔法の劣化バージョンである、劣化攻撃魔法だけ。得意分野は補助魔法なのである。

 バルトも誰でも使える劣化攻撃魔法しか使えず、普通の攻撃魔法は使えない。同じく得意分野は別にあり、バルトの場合、それは精霊魔法であった。

 

「なるほどなぁ……」

 

 ふむ、と思案顔になる教師。

 何やら考えているようだが、それはシアンにとって都合の悪い事ではなかろうか。

 教師は暫く考えて込んだ後、よし! と言うように掌に拳を打ち付けた。

 

「俺が上に掛け合ってやろう」

 

 バルトは首を傾げ、シアンはやはりかと言うように顔に手を当てた。懸念していた事が事実となったのだ。

 シアンとしては、自分が戦える事をなるべく隠しておきたかった。その方が大会で有利になるし、相手は嘗めてかかってくる。そうなれば楽に倒せるのだが……情報が漏れた今、そうもいかない。

 久しぶりの戦闘に少し興奮して手の内を見せたのがいけなかった。数分前の自分を殴りたい。

 

「お前ら二人の実習課題は、共通のではなく別のにして貰うよう頼んでみよう」

「本当ですか!?」

 

 仕方ない。

 

「あぁ、精霊魔法等を使う魔法使いは貴重だ。優秀な人材を育てるのもこの魔法学園の役目だからな」

 

 あまり、使いたくはなかったのだが。

 

「それに、お前らを嘗めていた生徒達も見直すだろう。戦闘に事おいては、お前らの方が上だと。俺も見直したしな!」

「先生……!」

 

 何故かバルトが教師を敬うようにして、手を前で組み合わせている。それに呆れながらも、シアンは魔法をを発動させた。

 

 せめて、バルトだけでも報われるようにするか。

 

 常に明るくポジティブなウザい友人は、唯一シアンと一緒に居てくれた人間だ。実力も、その話のウザさを除けば性格も良い奴。周りに嫌悪される対象ではないはずだ。ちょっぴり、馬鹿なだけである。

 元々顔も良いし、宮廷魔術師並の実力もあればモテるだろうなぁ、とシアンは思いながらも、言葉を紡ぐ。

 

「〈干渉魔法“深層心理”〉」

 

 小声でそう呟く。

 バルト、教師、生徒達の胸から錠のような物が浮き出る。それと同時に皆が皆、意識を失ったように言葉を話さなくなり、虚ろな目で突っ立っていた。

 

「“開錠”」

 

 シアンが右腕を前にしボールを掴むような形にすると、先程の言葉を口にしながらクルリと手首を回した。

 ガシャン、という音が聞こえたと同時に皆の胸の前に現れた錠が外れた。

 シアンはニヤリと笑う。何回も行なっている事だが、多数を相手するのは初めてな為、上手くいくと笑いたくなるものだ。

 開いた錠の奥。その記憶を司る部分を弄り、改変する。シアンにとって今は都合の悪い記憶を削除し、そして新たな都合の良い記憶を付け足していく。まるで、シアンの掌に転がされていくように、コロコロと変わっていった。

 

「“施錠”」

 

 鍵を掛ける言葉をシアンが口にした瞬間、虚ろな目をしていた者たちは意識をハッキリさせ始めた。

そして、何事も無かったかの様(・・・・・・・・・・)に皆の時間が流れ始めた。

 バルトは相変わらず目をキラキラさせ、教師にお礼を言っているし、教師もそのバルトの反応に大笑いをする。生徒達はバルトを見てバツの悪そうな、そして憧れの様な視線を送っていた。

 

「よぉし! これぐらいにして次へ行こうか!」

 

 バルトの礼を受け取った教師は手を数回叩き、興味を散漫していた生徒達の注目を集める。授業時間はまだまだある。次からは教師が対戦カードを組み、模擬戦をさせる。バルトとシアンはもう戦い終わったので悠々と観戦し、他の生徒たちは今か今かと待つことになるだろう。

 

「お疲れ、二人とも!」

 

 そう言って、二人の背中をドン! と叩いた。それぞれから悲鳴が上がる。その事にバルトは苦笑しながら、シアンは不服そうに観戦席へと戻っていく。

 その時、何を思ったのか教師はふと、シアンの肩を叩き、耳の近くに顔を寄せ小声で話しかけてきた。

 

「〈アシード、惜しかったな。次は頑張れよ(・・・・・・)〉」

 

 あぁ、上手くいった。

 シアンは内心ほくそ笑みながら、ハイと返事して歩き出す。シアンのかけた魔法が上手くいった証が本人の口から手に入ったのだ。

 シアンが使った魔法、干渉魔法“深層心理”。この魔法はその名の通り、深層心理に干渉する魔法だ。

 心の鍵を暴き、記憶や性格など、ありとあらゆるモノを変えられる干渉魔法の中で最上級の魔法だ。他の干渉魔法である、洗脳や記憶改変とは違う。魔法をかけられても違和感が全くない(・・・・・・・・)のだから、その脅威が窺えよう。

 誰にも気づかれず、その事実記憶を捻じ曲げれたのだから、嗤うしかないだろう。

 

 クツクツと表に出さず嗤いながら、ぼんやりとシアンは他の生徒の試合を眺めていた。

 

 此方を伺う視線に気付かぬまま。

 

 




因みに“深層心理”は禁忌魔法に指定されてるよ。


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友達

 

 

 実戦の授業から一週間。いよいよ勇者パーティの魔法使い枠、選抜大会が始まる。

 通常授業を全て無しにし、丸一日を使って行われるこの大会は参加する全ての魔法使いの神経をピリピリとさせていた。

 そんな日の朝、ふわぁあと欠伸をする少年が今日も目覚めた。深い緑色をした髪は朝日を受けてキラキラと輝いていた。癖のないストレートな髪は僅かな空気の流れでもサラリと揺れる。

 

「……よく寝た」

 

 そう言いながらも布団を持ち上げ、眠たい目を擦る。本音を言うのならばもう少し寝ていたいが、迫り来る時間がそうはさせてくれない。

 ベットから立ち上がり、着替えるためにクローゼットを開ける。そこに並んだ同じ制服の一つを手にして、今着ている寝間着を脱ぎ始めた。

 

『バルー! おはよう!』

「あぁ、おはよう。フーリ」

 

 着替え終わると自身に飛びついてきた小さな妖精を受け止める。いつものやり取りだ。

 少年、バルトは自身にギュッと抱きつく妖精の頭を撫でて、朝食の準備を始めた。勿論、フーリの分も忘れずに。

 バルトの使い魔、フーリはバルトの家に住んでいる。無論、学校などにはついていかないが、バルトの住んでいる所こそがフーリの住処だとフーリ自身はそう認識している。バルトも別に困ってはいないので放置しているが、本来妖精は森に棲む者。人間が立ち入らない場所にいるものだが、フーリは所謂はぐれ妖精だった。記憶はなく、妖精としてまだまだ未熟だった頃にバルトに出会い、契約を結んだ。フーリにとってバルトは恩人であり大好きな人だから。

 だからこそフーリは後悔していないし、森に帰らないフーリを見てもバルトは何も言わないし、少し嬉しいと思っていた。

 

 閑話休題それはともかく。

 

 朝食を食べ終わり、準備を終えたバルトは靴を履き、玄関の前に立った。いってらっしゃい、と手を振るフーリに微笑み手を振り返す。

 

「今日は頼むよ、フーリ」

『うん!』

 

 今日は選抜大会がある日。魔法で戦い、競う日だ。

 精霊魔法しかちゃんとした魔法を使えないバルトにとって、フーリは欠かせない存在である。フーリの体調が良ければ良いほど、その分魔法の威力が上がるというもの。だからこそ、彼はフーリに頼む、と言った。

 フーリは天然な性格である。何をしでかすかわからないから、こうして念を押す。体調が悪くなってしまっては、堪らないからだ。まぁ、ほぼ十中八九無駄になってしまうのだが。

 

「いってきます」

 

 その事をわかっているバルトは、今日も念には念をとフーリに色々小言を言ったが、分かっていないようにいつもの笑顔で手を振るフーリにため息をつきたくなった。それを我慢し、扉へと手を掛け外へ出る。

 学校から支給された魔法が封じ込められたペンダントに触れ、時空間魔法“空間転移”を発動させる。このペンダントは生徒証の役割も担っているが、第一はこうして学校へと通う為の転移の魔法を込められた、魔法道具マジックアイテムだ。魔法道具は高価ではあるが、プラム王国や他国の支援金もある魔法学園にかかれば造作もない事。しかし、時空間魔法は使い手が少ない。ともなれば、その魔法道具の数は限られてくるもの。卒業すれば、魔法学園へ返却するのが決まりであった。

 

 

 

 

 

 教室へと着いたバルトは、今やもう慣れた自身の席へと腰掛ける。前の席は空白であり、その主はまだ登校していない事が伺えた。

 周りを見る。皆が皆、精神を集中させ魔力を上げている。その効果は微々たるものだが、やらないよりはマシなのだろう。必死な形相だった。

 バルトは鞄から杖と上質な布を使って取り出した。どうやら、手入れをするようだ。バルトの魔法の命綱は杖である。いざとなれば、杖無くても問題はないがやはり、安定感が欲しい。杖はそれを担ってくれる。

キュッキュと、少し複雑な形をしている杖を丁寧に拭く。事細かな埃などもないように、優しい手付きで拭くその様は、自分の杖を大事にしている事が伺えた。

 暫くし、拭き終わったバルトは光に照らされ光沢を放つ杖に頷く。うん、綺麗に拭けた。

 ふと、前を向く。そこには見慣れた後頭部があり、バルトは嬉しくなって声をかけた。バルトにとって友人とは彼だけであった。

 

「おはよう、シアン。君は今日も気怠げだね」

「あぁ、おはよう、人気者さん。眠いから話しかけないでくれるか?」

「寝不足かい? それはいけない」

「うるさい……」

 

 眠たげな表情で此方を一瞥したシアンは、ふわりと小さな欠伸をした。なんとも可愛らしい欠伸であろうか。その整った容姿と相まって、女の子にでもモテそうなのだが、彼のクラスでの地位が邪魔をしてくる。

今やシアンは嫌われ者であった。この前までは劣化攻撃魔法しかできないクズだったが、今はそれさえ(・・・・)活かしきれないバカ(・・・・・・・・・)へと評価が下がったのだ。原因はただ一つしかない。

 この前の決闘である。

 あの日、あの時、バルトは自身の秘術と言っても過言ではない精霊魔法を使ってまで戦った。相手に敬意を表して、そうしたのだ。バルトは、彼からは底の知れないナニカを感じ取っていた。だからこそ、全力で行ったし、第二曲調までしか使わなかったが、フーリにも出てきてもらった。しかし、対してシアンは何のいつも通りだったのだ。

 バルトが第一曲調である魔法を放っても、魔法で防ぐ事はせず、ひたすら避けた。第二曲調で囲った時も、何もせず、ただ降参を宣言した。その時、クラス中からブーイングの嵐が舞い込んだのは言うまでもない。バルトもそれが一生懸命戦った相手には失礼な事だとは思うが、バルト自身も少し肩透かしを食らった気分だった。彼からはナニカを感じ取っていたと言うのに。

 その日から、シアンとバルトの評価は一変した。バルトは妖精と契約し精霊魔法を使える天才へと、シアンは劣化魔法しか使えず活かせない魔法使いの恥晒しへと。

 そんな評価へ変わったからか、クラスメイトはバルトを囲うようになっていった。クラス一の天才だ、盛り上がらないわけでもなく、決闘以来注目の的となった。もしかすれば、勇者のパーティの一員になるかもしれない、という期待や嫉妬も込みで。

 バルトは嬉しかった。ぼっちになってから今まで話しかけられた事がなかったからだ。讃え尊敬されるのは誰だって嫌ではない。ただ、バルトは良くも悪くも調子に乗りやすい人物だった。フーリのお陰とは言え、貴重な精霊魔法を使える天才。その裏に隠された嫉みに気付かぬまま、バルトは自慢話に近い話をクラスメイトにし続けた。後はお察しである。

 そんなこんなで結局ぼっちになったバルトは、いつも通りにシアンに話しかけていた。例え、今日が大会の日だったとしても、あまり気にしていない。逆にピリピリして、本番に緊張する方が駄目だとさえ思っている。その点に関してはシアンも同意なのか、いつもの様に眠たそうに目を擦りながら、本を鞄から取り出していた。

 

「またその本かい? 好きだね……」

「まぁな。けど、まだ読み終わっていないというのもある」

 

 シアンが取り出した本は、二週間前に取り出し読んでいた本だ。タイトルは“魔物や魔族の生態”。生態の本にしては、あまり分厚くなく小さな本である。

 ふーん、とバルトは相打ちをしてその本を見る。以前はマニアックだと思っていたが、些か面白そうだ。思い出してみれば、フーリの種族も森に住んでいて人間に会わない事以外あまり知らないし、他の野生の魔物の事も常識の範囲でしか知らない。勇者の仲間になるだけでなく、これから生きていくには魔物と向き合わなくてはならず、そう考えればそのマニアックな本も興味がある。今度、買ってみようか、と思案するバルトであった。

 そんなシアンとバルトを余所に、クラスメイト達の中で大会に出場する者は必死に自分のできる魔法を再確認したり、自身で調査した出場者のリストを見て自分が上位に行けるかどうかを調べていた。

 そんな中、三人ほど余裕そうな人物がいた。このクラスの問題児と言って過言ではない三人。シアンとバルトが実技の成績においてワースト2な問題児に対して、彼らは所謂素行不良な者達である。

 その三人の中で中央にいて、他の二人と違い自身の席にドカリと座っている人物が、一緒に本の内容を見ている二人を睨み、まるで気に入らないかの様に舌打ちをした。

 

「彼奴ら、何であんな仲良いんだよ……」

 

 楽しそうに話すバルトに対して、頷きだけを返すシアン。側から見れば、バルトが積極的にかつ一方的に話しかけている様にも見えるが、彼には仲良くしている様に見えているらしい。

 眉に皺を寄せ、まるで鬼の形相で睨む彼に他の二人は慌てたように身振り手振りを大きくし、大丈夫ですよ! と言う。

 

「ダリアさんだって、彼奴らと仲良くなれますよ!」

「そうっす! 元気だしてくだせぇ!」

「五月蝿ぇぞ! てめぇら!! 誰が彼奴らと仲良くなんかッ!」

 

 ダリアと呼ばれた彼、ダリア・フランボワーズは自身を鼓舞する取り巻き達に怒鳴った。詰まる所、図星である。

 

「だってダリアさん、毎日彼らを見てますよね?」

「そうっす。まるでストーカーっす」

「ストーカー言うなッ!!」

 

 自分のテリトリーに入ってきた侵入者を威嚇する動物の様に、ダリアはグルルルル! と取り巻き達を睨みつける。元々からの鋭い目もあってか、その迫力は半端なく、思わず仰け反ってしまう程だ。

 その様子を見た取り巻きの片割れは、もう一人の取り巻きを睨みつけた。自分もそうだが、少しダリアを弄び過ぎたかもしれない。

 

「ちょっと、チョーク黙って」

「け、けど、ヨットだって……わかったっす」

 

 チョークと呼ばれた少年は、ヨットの有無を言わせない目線に押し黙る。理不尽だ……と呟くチョークを余所に、ヨットはふぅと息を吐いて、未だ威嚇していたダリアに微笑んだ。

 

「とにかく、ダリアさんは彼らに話しかけてください」

「…………はぁ!?」

 

 急に訳のわからない事を言い出すヨット。ダリアは怪訝な表情を作りながら、彼を睨んだ。

 ダリアの視線に冷や汗を流しながらも、ヨットは笑顔で続きの言葉を紡ぐ。

 

「話しかける事は友達作りの基本ですよ! 何事も話しかけなければ始まらない!」

「そうっす! ダリアさんにならできるっす!」

 

 ヨットの言葉にチョークも賛同し、二人してダリアさんなら大丈夫! と連呼する。板挾みにされたダリアは、うがぁー! と頭を掻き乱し唸った。ヨットの言う事は一理あるからだ。

 

「(というか、友達になるんじゃねぇし! 仲良くなりたいだけだし!)」

 

 それが友達というものなのだとは、ダリアは気付かない。そもそも友達という定義が曖昧なので、その線引きは個人に寄るだろう。ダリアにとって友達とは、仲良くなった後になるものだと思っているにちがいない。彼はコミュ障であった。

 取り巻き達しか友達がおらず、頑張って人と接しようとしてもその鋭い眼光で相手を怯えさせてしまう。先程、この三人を素行不良だと言ったが、それを決め付けているのは教師とクラスメイトだけである。彼を知らなければ、成績は良い無遅刻無欠席な生徒など、唯の優秀な生徒だ。そもそもの話、彼の親が厳しいのもあったが、彼自身休む事や遅刻する勇気がないだけである。

 本当はヘタレな彼は、仲良くならないと話す事もできないコミュ障。他人からは見た目で勘違いされ、話す相手もいないので、それを直す事もできず、何故か慕ってくれているヨットとチョークとしか過ごす事がない。

 そんな彼が、シアンやバルトと仲良くなりたいのは同じような雰囲気を感じ取ったからである。彼らもまた、コミュ障……ではなく人とは何処か壁を隔てる者達。だからこそ、仲良くなれる気がした。

 

「(話しかける……話しかけるだけ……だけど、話題は?突然話しかけたら不自然だろ! どうする俺!? いや! でもここで話しかけないと後悔とかするんじゃねぇか!? ってかしそう!!)」

 

 自身を鼓舞するヨットとチョークの為にも、ここは行かなければならない。ダリアにとっては勇者の仲間選抜大会よりも、此方の方が大切な事。

 

 さぁ! 立ち上がれ! 君の勇気は力となり、やがて形となる! そう、友達ができる!

 

 良し! と強く呟いたダリアは、椅子から立ち上がった。

 

 ---ピンポンパンポーン。

 

 独特な電子音が流れる。

 教室に備え付けられた、補助魔法である念話を簡易的に発動できる魔石から聞こえた音だった。純粋な魔法ではないからか、所々ザザザッという砂の音が響いた。

 

「〝もう直ぐ選抜大会が始まります。大会に出場する選手は控え室へ、出場しない生徒達は観客席へ移動をしてください。場所は第一闘技場です。繰り返します---〟」

 

 闘技場とはこの学園に備え付けられた運動場の様なものである。雨天決行が可能な天井完備であり、観客席は一年生から六年生まで全員の生徒が座れ、更にスペースが余るほどの大きさだ。ただ、とてつもなく広いと言っておこう。

 放送を聞いた生徒達は一斉に歩き出し、教室から出ていく。勿論シアンとバルトはも例外ではなく、スタスタとダリアがいる横を通り過ぎて行く。それを見届けたダリアは、ストンッと椅子に腰をかけた。

 

「…………また今度にする」

 

 暫くしてダリアの口から弱々しく告げられたその言葉に、ヨットとチョークは涙を静かに流すのだった。

 

 




ダリアさん、ファイトっす!


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選抜

 

 

 登校中に急に魔法陣が現れ、異世界へ召喚されてしまった雄城英二は、国賓としてプラム王国に歓迎されていた。カーマイン皇国でもそうだったが、世界を救うとされる勇者を持て成し、囃し立てている。国王自ら相手をし、時折自身の国の自慢も混ぜながらも、話を途切らせないようにしていた。

 厳格な王、そんな印象を抱いていた雄城英二は苦笑いしながらも、そのお気楽なおじさんのような見た目にすっかり絆されてしまう。別におじさんが好きではないが、厳しいのよりも優しい方を好きになるのは必然と言えた。

 目の前には豪華な食事、高級そうな家具たち。絨毯の質は流石に現代日本には劣るが、やはりふわふわであり寝転びたいぐらいである。食事も味は少し薄いが美味しく、英二は作法を忘れるぐらいにはご飯にがっついていた。

 

「どうですかな? 美味しいでしょう?」

「えぇ! とても!」

 

 ゴクリと口の中の物を呑み込んでから答える。花が咲きそうなぐらいの笑顔を見た国王は、微笑ましそうに笑った。

 

「(やはり、まだ子供か。これで勇者が務まるのかどうか……)」

 

 素養が高くとも、精神が熟していなければそれは宝の持ち腐れとなる。もし人型の魔物である魔族と出会い戦闘になったとして、彼は難なく倒せるのか。いや、否であろう。動物や異形である魔物を倒し殺せても、人型であり喋る魔族の命を奪えないと国王は判断した。

 勇者召喚は最上級魔法を超える魔法である。神の領域に指一本触れるほどであり、そうそう簡単に行えるものではない。何ヶ月、いや何年も年月をかけて準備をし、宮廷魔術師十人以上で呪文を同時に唱えて成功するものだ。

 勇者召喚をカーマイン皇国が決意した翌日に、準備は始まった。今から二年前ほどの出来事であり、勇者召喚に賛成だったプラム王国も支援した。国王自ら出向き、魔法使い最強の魔道師故の魔力をひたすら分けた。カーマイン皇国お抱えの宮廷魔術師達やプラム王国の宮廷魔術師達の協力もあり、予測していた年月より早く術式が完成し、実行できる事となった。二年という月日は、神の力の一端を使うには早い方である。

 そうして、完成して成功したのはつい数週間前。目の前の黒髪黒目の少年が魔法陣から出てきた日だ。

 はぁ。ひっそりと息を吐く。勇者召喚に賛成したとは言え、やはり目の前の子供を見ると不安でしかない。バクバクと豪華な料理に舌鼓を打っている少年から目を離し、国王は窓から見える闘技場へと目線をずらした。

 見えるのは、これから始まる大会を楽しみにしている者達の歓声。勇者パーティの魔法使い枠選抜大会。それが今日、目の前で開かれる。選ばれるのは、プラム王国が設立した国立魔法学園の生徒。たった一枠を賭けて勝負する大会だが、学園の生徒とあるように魔法使い枠もまた子供である予定だ。それは今城に使える優秀な者を失いたくないという気持ちと、この学園から勇者一行の一人が出たとなれば、王国の株があがるのと、もし死んでしまっても名誉の死となるため、という打算的思考。

 貴族の子供達が多い場所であるが故に貴族間での問題が発生するが、それについてはもう対処済みである。これはあくまで志願制。子供を利用するのは大人として少々心が痛むが、仕方がない。これも、国の為だ。

 聞こえてくる理事長の開会式の挨拶。それを聞き流しながら、黒い笑みを浮かべる。

 

 さて、何処のご子息、ご令嬢が選ばれるのやら。

 

 明日から忙しくなるなと呟きながら、プラム国王は赤ワインを一滴だけ口に含んだ。

 

 

 

 

 

 理事長の開会の宣言と挨拶を終えた後、司会進行役の生徒が拡張魔法が込められた魔石を手に取る。大勢の前で緊張しているのか、聞こえてきた声はどこか震えていた。

 

「まず、お手元の番号札をご確認ください」

 

 選抜大会に出場する選手の一人であるシアンは、事前に配られていた木の板をポケットから取り出した。六十六番。それが彼が持つ板に書かれていた番号だ。

 この大会に出場する選手は総勢百人。多いと思うのは仕方ない。何せ全校生徒の六分の一程。全校生徒六百人弱の魔法学園での一学年分になる。一つの教育機関としては多い方だろう。

 

「この選抜大会。勝敗を決めるのは勿論、実力。ですが、このままでは人数が多いので絞り込む事にしました」

 

 えっ!? という声がそこかしこから聞こえてくる。それらを聞き流しながら、シアンはどういう形式で戦うのかを考えていた。実力。そうなると、魔法の腕を見せ合う事になる。単に決闘なのか、それとも魔法の威力か。もし後者であれば、シアンの場合即刻落ちる。はぁ、とため息を吐いた。そうでなければいいが。

 

「ルールは簡単です。一から十、十一から二十という様に十区切りで分けていき、それぞれ戦ってもらいます。チーム戦はなし、その中で生き残った十人の方が次のステージへと進出できます」

 

 なるほど、つまりは十人程度でのバトルロイヤル。この大会は今日中に終わる様に言われているので、恐らく時間がないのだろう。バトルロイヤルというルールはそういう状況下では効果的だ。良い選択と言える。

 

「区切られた線の中で十人ずつそれぞれ、同時に戦ってもらいます。場外や、気絶した又は無力化した場合は失格となり敗退。もし、相手を殺してしまった場合は殺した側が失格、そして然るべき処罰が下されます。勇者パーティにそんな非人道的な人はいりません」

 

 少しずつ慣れてきたのか司会進行役の生徒は、バツと腕を交差させてポーズを取る。その姿は何処か楽しそうでもあった。

 

「では皆さん、指定の位置へ着いてください」

 

 誘導係であろう人達が番号を呼んで手招きしている。闘技場にはロープが張られており、どうやらその中で戦う様だ。

 

「六十一番から七十番の選手は此方です!」

 

 聞こえてきた声の方を向くと、少し禿げ散らかしているおっさんが手招きしている。シアンは手元の板へ視線を戻し、もう一度そのおっさんを見た。シアンの持ち番号は六十六番。彼処か。

 

「(怠いな……早く終わらせるか)」

 

 気絶はありという事なので、打つ手はある。ほぼ全ての補助魔法を使えるシアンにとって、手は幾つもあった。彼が苦手なのは、劣化魔法しかできない攻撃魔法と治癒魔法だけ。その他はこの国、いやこの世界の誰にも劣らない自信がある。まぁ、人間限定なのだが。

 皆が皆、所定の位置についてそれぞれの杖を構える。杖は補助的な存在だ。無くてもできる魔法だが、杖ありの方が発動が安定するので、この学園の生徒殆どが持っている。学園から支給されたもの、自分自身が持つもの。人それぞれだが、大小関係無く効力は同じ。魔法の発動を円滑にする為、これに尽きる。

 シアン自身も杖を取り出す。自分自身の杖は少々大きすぎて目立つので、学園から支給された小さな枝で出来た杖を懐から取り出した。明らかに安物だとわかるこれでも、ちゃんとした魔法を発動できるのだから不思議だ。

 

「それでは、第一回選! バトルロイヤル! 始めッ!!」

 

 ピューーー! という腑抜けた笛の音が聞こえた。あれが試合開始の合図なのだろう。辺りを見渡すと全員が詠唱を開始していた。

 しかし早く終わらせるとはいえ、余りにも早過ぎては疑問を持たれる。早過ぎず、それでいて遅過ぎず。考えれば考えるほど、良い案が浮かばない。戦略を組み立てる事は得意だが、こうした矛盾している案件を処理するのは苦手だ。なのでシアンは、近寄ってきた生徒から気絶させる事にした。その方が手っ取り早く、簡単だ。そして、その方法はというと。

 

「(一番無難なのは首筋トンだが、そんな技量も力もない。却下)」

 

 バトル漫画などに良くある、強者が弱者を一瞬で無力化する方法だ。しかし、その首筋をチョップして気絶させるなんて事は、それ相応の技量がなければできない。力が弱すぎれば、ただのイタズラになり、かと言って力を強くすれば、気絶だけでは済まされなくなる可能性もある。首トンは優れた技術力を持った強者でなければできない代物なのである。

 なので、却下。

 

「(やっぱ、“睡眠”か)」

 

 第二の案。それは、干渉魔法“睡眠”である。

 対象を眠らせる事ができるこの魔法は、比較的簡単でありこの学園にいる生徒たちでも使える魔法である。しかし、彼らの思考は攻撃のみ。気絶、無力化させる方法など、攻撃して気を失わせる事しか考えてなさそうだ。才能があるのに残念だと、常々シアンは思っていた。

 干渉魔法“睡眠”は、唱えれば直ぐに眠ってしまう優れもの。寝不足の時などに有効活用できれば、中々使い勝手の良い魔法である。しかしこの“睡眠”という魔法。眠りの深さは込められた魔力によって変わる。込められた魔力が多ければ多いほど、眠りから覚めない。まさに眠れる森の美女となれる。……眠っているのが美女とは限らないが。

 この場合、無力化させれば完了。ならば、少しの魔力だけで十分だ。そうシアンが判断し、学園支給品である杖をくるりと回して、発動する魔法の名を紡ぐ。

 

「広域魔法“円形”。んで、干渉魔法“睡眠”」

 

 一つに対して発動する干渉魔法“睡眠”を広域魔法で広める。シアンにしか見えない、水色のベールがふわりとシアンがいる場所に降り立つ。この辺り一帯を包んでいるので、ちゃんと発動したようだ。ホッと一安心する。

 杖を懐へ直し、効果が効くのを待つ。この“睡眠”はあのベールに触れた者から眠る魔法だ。先程は直ぐ効くと言ったのだが、それは間違っていない。目の前を見ると、バタバタと倒れていく人が多数いる。その者達は見えないベールに触れた者だ。指先でも、髪の先でも、身体の何処か必ず触れれば問答無用で眠らす事ができる。干渉魔法“睡眠”、簡単魔法でありそれでいて強力な魔法であった。

 先程、一人ずつ気絶させていくと言ったにも関わらず、戦っていた者達全員を気絶させていくシアン。争っていた者達が急に倒れていった事により動揺が会場中に走る。何が起きた?と疑問を口にする者が後を絶たず、皆が皆彼の方を向いていた。

 やがて、立っている者がシアンだけとなった時、審判である禿げ散らかしたおっさんが駆け寄ってきた。どうやら、場所ごとに審判が違うようだ。

 

「何をしたんです?」

 

 何が起きたのか見てなかったようだ。審判ならちゃんと見てろよ、と心の中で悪態を吐くシアンであったが、ここで嘘を吐く理由も無いので正直に答えた。

 

「“睡眠”でみんなを眠らしたんですよ。大変でした」

 

 そう言って頬を掻くシアンに怪訝そうな目線を向けながら、まるで仕方がないと言う様にため息を吐く。

 

「番号札を」

 

 六十六番と書かれた木板を禿げ散らかしたおっさんに渡した。するとおっさんはその木板を掲げて、笛をひと吹きした。ピュイッという音がなり、司会進行役の人が此方を向いた。笛の音は合図か。

 

「確認しました。第一回戦、最初の突破者は六十六番! シアン・アシード!!」

 

 ドンドン! パフパフ! ヒューヒュー! なんて歓迎もしてくれるわけもなく、皆が皆なんで彼奴が? という顔をしている。シアン・アシードの実技の悪さは学年を超えて全校生徒、いや生徒だけではない教師全員が周知の事実。何せ、学年ワースト一位ではなく、学園ワースト一位である。そんな奴が、最初の突破者? あり得ない。疑問を抱くのも当然だった。

 

「(最初……か。思ったより早くしてしまった)」

 

 しくったな。そう思いながら会場を後にしようとする。試合が終わった選手は選手室での待機が義務付けられている。ルールは守らなくてはいけない、人間社会で生きる者の務めだ。

 まぁ、誤差の範囲内。結果オーライという事にしておこう。何事も楽観的思考である。だからこうして、まぐれだ! とか叫んでいる観客達の声は聞こえていない様に立ち去るのだ。ある程度予想していた事。なので、石を殴られたって痛くはないのである。

 

 ---ゴン!

 

 頭に何かがぶつかり、思わず前のめりになる。体勢を整えて、当たった場所に手をやるとヌルリとした感触があった。確実に血だ。そして直ぐ脇には拳大の赤い液体をつけた石が転がっている。

 

「…………(治癒魔法“ヒール”)」

 

 さすがに、この大きさは痛かった。

 

 




がんば!


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大会

 

 

 選手控え室。

 そこは第一回戦を勝ち抜いた者だけが利用できる部屋。勿論、最初の通過者であるシアン・アシードもその部屋を与えられる。

 スタッフに通された部屋は最低限の机と椅子しかなかった。暖房器具もないため、少し肌寒い春の気温では少々物足りない。毛布でも欲しい所だ。

 しかし、そんな些細な事は今のシアンには関係なかった。何せ、扉を開けたら自分と同じ様な顔をした人物が椅子に座っていたのだから。

 その人物は不敵な笑みを浮かべてギザ歯を見せる。シアンも他人とは違い尖った歯をしているが、その人物もらしい。

 

「よっ」

 

 右手を上げて軽く挨拶をした彼の頭上には怪しく光る光輪が浮かんでいる。隠す気もないその姿勢にハァとシアンはため息をつきながら、扉を閉めた。ついでに鍵もかける。

 

「何でここにいる」

「何でって、人間達が面白そうな事してるんでね。ボクも行くしかねぇーなぁー? と」

「お前らしいな」

 

 ケラケラと笑う彼にシアンはもう一度ため息を吐く。

 彼の名前はイエロー・シャルトルーズ。種族は天族、つまりは天使である。頭上に浮かんでいる光輪もそうだが、背にある細い草臥れた一対の翼が彼を天使だと物語っていた。

 もう一つあった椅子に腰掛けたシアンは脚を組んで、イエローを見据える。その輝かしい程の金髪を揺らしながら不敵に笑う彼は、とても気分屋である。こうして会うのも何年振りだろうか。最後に会ったのは、確かまだ、この魔法学園に入る前のはず。どれだけ会ってないのかがわかるが、そもそも天使と人間である。頻繁に会う方が可笑しい。

 

「あんまり見られると照れるねぇー」

「そう思ってないくせに」

「くひひっ。バレてら」

 

 別にバレないようにしているわけでもないはずなのに、そう答えたイエローにシアンは呆れ、懐から今読んでいる本を取り出してペラペラと捲った。題名は“何故この世界は生まれたのか”。……中々の哲学書である。

 シアンは大体こういう本を読むことが多い。この世界にいる者達にあまり受けなさそうな本等を好む。例外は前読んでいた“魔物と魔族の生態”だが、これは冒険者にとって必需品と言っていい程ポピュラーな本だ。だけれど、その著者の魔物や魔族への偏見を面白がって見る人間は世界にただ一人、シアンだけだろう。それぐらい彼は何処かズレているのである。

 

「天使の前でそういうの読んじゃうタイプかね、君って」

 

 自分を相手にしなくなったシアンに面白くないのか、暇を持て余すように草臥れた翼をバサバサと動かしていたイエローが、そう声をかけてきた。シアンは顔を上げずに、口だけを動かして応える。

 

「別に、偶々だ」

「ふーん。けどさ、その世界は何故生まれたのかっての答えは神が創った(・・・・・)……それだけだろー?」

「そういうのは夢がねぇからやめろ」

「いやいや、信教者にとっちゃ涙ものだとボクは思うけどなぁ」

「世界がたった一人の神に創られ、オレ達も創られたなんて……全く嫌な話だ、命持つツクリモノ(・・・・・)なんてな」

「くひひひっ。君、人間じゃなかったら全天使を敵に回してたぞ? 一瞬にてお陀仏だ」

「くはは、それこそ御免被るな。大天使達が出てきたら洒落にならない」

 

 首を振るシアンに更にイエローは笑う。

 たった今シアンが言ったことは神の批判である。別に神がいないとは言っていないが、神に創られた事が嫌だと言った。それは、この世界を創造したと云われる唯一神ウィスタリアを信じているウィスタリア教の教徒や、ウィスタリアに仕えている天使達を敵に回したに等しい。

 それに、全天使というのはとてつもない戦力になる。国一つ、いや大陸一つぐらいだろうか。とにかく彼等が出てくるとなれば、国一つは滅ぶとも言われている。基本的に天使は下界に降りてこない。人に祝福を与える時か、神からの伝言を伝えるためか、それぐらいだ。天使達が天界とも人間達とも敵対している魔界に降りて魔族達を倒さないのは、神を含めた二人の王によって交わされた約束(・・)を守っているから。その約束の一つに、必要以上に下界に干渉しないというモノがある。

 神を信じるか信じないか、それは人それぞれだ。なので、シアンの言った事は神を批判する事にはなるが、一意見として扱われる。自分は神がいるとは信じているが、神そのものは嫌いだ。そう言う意見もあるだろう。ただ、それが天使達や教徒達が気に食わないだけで。

 

「それよりさ、さっき石投げられたろ? 見てたぜ?」

 

 天使であるイエローにとって神批判は、それよりという言葉で流せる程度らしい。それで良いのか、天使。

 

「投げられたな。血が出てたから、治癒魔法かけたが」

 

 左手で石が当たった場所を撫でる。少しズキリと痛む事から、傷は塞がったが完全には治っていないらしい。シアンは治癒魔法が少しだけ苦手であった。

 

「くひっ、治ってねぇのか。そりゃ良かった」

 

 口角を上げて笑うイエローはとても天使には見えない。

 天使は常に微笑んだ様な表情をしていると言われ、実際に降りてきた天使達は皆、人々を愛しているかの様に素敵な微笑みを見せていたという。

 そんな天使の一人が目の前にいるが、有り難みは一切シアンには湧いてこない。

 彼此と付き合いが長い彼の性格はシアンは重々わかっているつもりだ。だからこそ、慈愛に満ちた微笑みをする言われる天使が、こうして不敵に笑う意味もわかっていた。

 

「やっぱ、お前か」

「なーにが?」

「石投げた事だ」

 

 ふぅと息を吐きながら首を振る。

 何と無くだが、気配とあの大きさの石で察していたシアン。掌の大きさとなると人の力では投げられまい。魔法を使えるのならまだしも、あの場では選手以外の魔法使いは魔法を禁じられていた。それなら、石を投げる事ができるのは純粋で強力な腕力を持った者だけ。あの時振り返って見たものの、軌道上から逆計算して割り出した場所には、ひ弱そうな者達ばかりであった。丁度、シアンのような細腕ばかりの。

 そこから考えられる事は、人外の仕業。人ならざる者達は、ひ弱そうに見えても大地を破る力を持つ者もいる。だから、そう考えたのだが……まさか、投げた本人が知り合いだと思ってはいなかった。最初見た時は驚いたが、後々此奴ならやりかねないとシアンは思ったらしい。

 その石を投げた本人であるイエローは、嬉しそうに顔を歪ませた後バッと両手を広げた。ついでに飛べれるのか怪しい細い翼も広げられていた。

 

「正解大正かーーい!!」

 

 パタパタと両手と翼を動かしていたイエローは、はたと漸く気づいたかのように動かすのをやめて、首を傾げた。

 

「しかし、よーくわかったな? シアンくん?」

「お前以外に誰がいるんだよ」

「こりゃ手厳しい。ボク、わからないようにしたつもりなんだけどなー?」

「逆だ。わからないから、わかったんだよ」

 

 頓知のような言い回しに、コテリと反対方向に首を傾げたイエローは暫く考えた後、なーるほどと両手をポンと打ち付けた。意味がわかったらしい。

 

「くひひ、流石シアンくん! 相変わらず頭脳明晰だなー? 脳筋なボクとは出来が違う!」

 

 本当に嬉しそうに笑うイエローは一見無邪気な子供に見えるが、その本質は悪魔そのもの。何故、彼が未だ天使として存在できているのかが謎だ。普通ならば、堕天していても可笑しくは無いというのに。

 

「お前の場合、脳筋なのは一部だけだろうに」

 

 イエローは趣味の内容が脳筋のそれであるだけで、その他は寧ろ頭脳明晰である。シアンと同等、いやそれ以上。ずる賢さにかけては、シアンより少しだけ上手である。年季が違うと言えば、それだけだが。

ただその頭脳を趣味に費やす為に、周りからは脳筋だと思われやすい。もっと他の事に使えば良いのに。

 

「おう! ボクは大好きな事に対しては努力を惜しまないタイプだからなー」

「人の心読むな」

 

 ケラケラ笑うイエローに、眉間を歪ませたシアンはやってられないとばかりに本の続きを読む事にした。はて、どこまで読んだだろうか。

 

「読んでねぇよ、そんな魔法持ってねぇからな。君は見掛けより顔に出やすいタイプだから、わかりやすいんだよ」

 

 まぁ、人間がわかりやす過ぎるだけなんだがなー。

 バサリと翼を広げて嗤うイエローは楽しそうだ。その楽しみを分かち合おうとは思わないが、人間がわかりやすいのはシアンも同意できた。

 わかりやすい例えと言えば、尊厳や恐怖等だろうか。

 尊厳は自尊心。誰もが驕りやすく、わかりやすい。自尊心があるだけならば良い。自分の行いに誇りを持ち、常に気高いのならば天使も気にいる人物になるだろうが、自尊心が高すぎ、傲慢という典型的なタイプは駄目だ。憐れ、手の施しようの無い馬鹿。

 恐怖は畏れ。圧倒的な力の前に、得体の知れないものに震える事。恐怖の方がわかりやすいだろうか。最も、人の化けの皮が剥がれやすい事だ。

 まぁ心を持ってさえいれば、人間に限らず全生物に当てはまる事なのだが。

 ペラリと本のページを捲ると、選手控え室に設けられたスピーカーから音が鳴った。それはこれから司会者がこの選手権に関わる皆に伝える為の合図。シアンも本を読むのを止めて、司会者の言葉に耳を傾けた。

 

「〝たった第一回戦が全て終了致しました。これより第二回戦の説明を行いたいと思います〟」

 

 一回戦が終わったらしい。

 シアンがこの部屋に来てから随分経った様な気もするが、本当は十分も経ってはいない。

 結構早く終わったな、というイエローの呟きにシアンは頷きはしなかった。勝負が決まるのもそれぐらいだろうと、予想していたのでさして驚きはしなかったのだ。寧ろ予想通りの結果に満足する。

 

「〝第二回戦からはトーナメント式となります。四人ずつで戦ってもらいまして、その中の二人が無事に第三回戦へ進出できます〟」

 

 成る程、小規模なバトルロイヤルと言ったところだろうか。しかしそれでは、二人余ってしまう。

 もしや、他の二人は落選という事になるのだろうか。上げては落とす何て事は、この世界でも何処でも有り得る可能性だ。主催者がそういう意地の悪い人物でなければ、この可能性はなくなるが。さて、どうなる?

 シアンは疑問に思いながらも、続きを大人しく聞く事にした。

 

「〝第二回戦に参加しないあとの二人にはシード権を贈呈します。勿論与えられるのは、第一回戦を最速で突破したシアン・アシード選手と、二番手に突破したダリア・フランボワーズ選手! おめでとうございます!〟」

「くひっ、良かったな。シード権だってよ」

 

 パチパチと嘲笑うかの様な笑みを浮かべて拍手するイエローを横目に、ダリアという人物は誰だっただろうか? と首を傾げる。何処かで聞いたような名前なのだが、どうにもシアンには思い出せなかった。

 しかし無事に三回戦進出は決定した。第二回戦をしなくて良いという事にシアンは喜びを感じた。面倒な事はあまり好きではないのだ。

 

「〝さて、これから第二回戦と参りたいのですが、それでは選手の皆様が疲弊してしまいます。万全の状態で挑んで頂きたい為、これより十分間の小休憩を挟みたいと思います〟」

 

 会場全体からどっと疲れた様な空気が漂った。

 小休憩は有難いのだろう。疲れ切った体を癒すのに十分では足りない気もするが、それはそれだ。寧ろ、選手より観客第一の方針にも思える。

 

「〝お手洗い等はこの時間に済ませてください。売店は会場から出てすぐ側にあります、是非ご活用くださいませ〟」

 

 この大会で一儲けしようというのか。

 確かに、勇者のパーティの一人が決まる大事な大会だ。観客も魔法学園の生徒以外も大勢いる。プラム王国は一、二位を争う大国だ。それなりに人口が多いので、こういう催し物は大事なのかも知れない。

 ついでの様に行われているそれだが、この事も頭に入っていたのなら、プラム国王は中々食えない人物なのかも知れない。そもそも、魔導師と言うだけで色々ヤバそうなのに。

 できれば、会いたくないな。そう思いながら、シアンは本のページを更に捲った。

 

 




厳ついおっさんだもんね。


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第三

 

 

「〝これより第三回戦の説明に入りたいと思います。ですがその前に! 第二回戦通過者を発表致しまーす!〟」

 

 第二回戦が終わった。

 激動というわけでもないが、それなりに盛り上がった試合を得て勝った者の名前が呼ばれていく。と言っても、ただ二人だけなのだが。

 第二回戦の試合形式は四人ずつ二組に分かれての無差別な試合であった。ルールは時間制限以内に立っていた者が勝ち、という単純なもの。

 己が勝ち残り勇者の一員という栄光ある称号を手に入れるために、魔法をぶつけ合った。魔法の乱発により会場の地形は変化していたが、これはまぁ些細な事だろう。

 そうして決められた勝者の中には、学園で唯一シアンの話し相手でもあるバルト・ピーコックもいた。彼の実力からすれば当然の事だが、優勝させる気はシアンにだって毛頭無い。そもそもシアンが負けてしまえば、あの魔王から受けた依頼を達成する事ができなくなる。それは良く無い。

 次は確かトーナメント戦だ。運が良ければ最終戦まで戦う事はなく、二度と戦わないかも知れないが、十中八九それは無いだろうと思う。そこまで甘くは無い。もしかしたら、運営が偶々勝ったであろうシアンを潰す為に、精霊魔法という珍しい魔法を使えるエリートであるバルトをぶつけてくるかも知れないからだ。

 

「(まぁ、流石に二度目は少しキツいから、他の奴と戦いたいな……)」

 

 精霊魔法は厄介だ。特に植物を操る事を得意とするバルトが契約している森の妖精は。

 植物を呼び出し操る精霊魔法“妖精達の戯れフェアリーズカプリス”。応用すれば攻撃にも強く、守りも堅い、謂わば攻守万能型の魔法だ。

 火属性の魔法でも使えば有利になるだろうが、シアンは攻撃魔法を使えない。正確には、劣化攻撃魔法しか使えないという事だが……火力不足だ。

 とは言え、補助魔法でもやりようは幾らでもある。一番簡単なのは、この前の決闘のような時空間魔法を使って守りの浅い懐に潜り込む方法など等。だが、時空間魔法は使い手の少ない希少な魔法として知られている。この大勢の前ではあまり使いたくは無いものだ。この国の国王も見ている。せっかく勇者の仲間として選ばれたのに、研究者共のモルモットに成り下がるのは御免だ。

 となれば、劣化攻撃魔法を活かして勝つという方法を取るべきなのだろう。相手もまさか圧倒的に火力不足である劣化攻撃魔法を使ってくるとは思うまい。先程も言ったように、やりようは幾らでもある。

 

「(例えば、一見使えない様な劣化魔法を上級魔法クラスまでに押し上げるとか……)」

 

 くはは、と左端の口角を上げる。常識的には考えられない手。しかしシアンならば可能だ。

 相手の驚いた様な顔を思い浮かべると実に愉快だ。そう思うと、早く戦ってみたくなる。先程までは戦いたくないと思っていたのに、不思議なものだ。

 

「何ニヤついてるんだよー。面白い事ならボクも混ぜろよ?」

 

 机を挟んだ向こう側にいるイエローが拗ねた子供の様に口先を尖らせて、そう呟いた。

 自分よりも何千年も永く生きている癖に、妙に仕草が子供よりだ。しかも、これで本人は無自覚である。自分に似ている顔でそういう行動をするのは、切実にやめて欲しいと思う。

 そんなイエローの行動にシアンはため息を吐くと、そっぽを向いた。ずっと目を合わせている必要性も無いし、放送は耳で聴ける。なら何も無い壁を見ていても、頭が可笑しいヤツだと思われるだけで、別に大丈夫だろう。

 

「別に。ただ、戦うのが楽しみになってきただけだ」

 

 独り言の様に呟いた。

 聞こえているのかどうかも怪しい程の音量だったが、人間よりは身体能力が強化されている天族であるイエローにはちゃんと聞こえていた。

 ガタッ! と椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がり、机を物ともしない様にシアンに詰め寄った。その顔は笑顔で溢れており、心なしか輝いている様にも見える。

 

「お? おぉ?? 君も戦う楽しさが、あの泣き喚く無様な者達の絶望した表情を見る愉しさがわかってきたのか!?」

 

 ようやっとこの楽しみを人と分かち合う事ができる! そう言っている様な声音だった。

 イエローの趣味は脳筋だと言っていいものだ。人に述べれば十中八九、引く様な内容。天族にしては野蛮で、嫌悪されるもの。イエローは所謂、戦闘狂というものである。それも、一般的な戦闘狂とは少々違った性質の。

 イエローは戦闘狂でありながら、戦って殺し合う様な熱血脳筋ではない。殺し殺され、自分の危機を死を肌で感じ取り喜ぶ質ではなく、一方的な蹂躙。それが大好きである。

 天族であるイエローは、人々の絶望した顔が大の好みだ。他の天族が人々の神に、天使に、奇跡に縋る姿が好みという事と比較すれば、その異常さがわかるだろう。

 彼は良くも悪くも異端だ。何故未だに堕天していないのかが謎に思うほど。

 イエローの言葉にシアンは首を振った。戦闘狂でもないし、イエローのいう人々の絶望した顔が大好きというわけでもない。何方かと言うと、どうでもいい方である。

 

「いや全然」

「なぁーんだ……つまんねぇ」

 

 盛大にため息を吐き、頬杖を付く。がっかりという表現が似合う様な仕草だった。

 シアンはイエローの期待に添えない事に謝るという事もせず、ただ彼から目を逸らして放送の続きを待った。確か、第二回戦通過者を発表し終え、賛美を司会者が送り終えたところのはずだ。

 

「〝では、改めて第三回戦の説明を致します!〟」

 

 対戦方法はトーナメント戦。二組に分かれてそれぞれ戦い、勝ったほうが決勝に上がれるという単純なもの。あと二回戦えば勇者の仲間となれるわけであり、壁を隔てているとは言え、隣の部屋にいる選手から闘気をビシバシと感じる。

 

「〝対戦カードはランダム! 一から四番に分かれたクジを私が引き、決めていきます〟」

 

 つまりは、運命は司会者に委ねられたという事になる。

 学園の席替えの時のようなものだろうか。四角い箱に入れられていく紙達は、一人の手によって陽の目を見る順番が変わる。一見公平に思えるこの選出方法だが、紙の大きなどを変えてしまえば思いのままにできるだろう。嫌な予感しかしない。

 

「〝因みに番号は一番がシアン・アシード選手、二番がダリア・フランボワーズ選手、三番がバルト・ピーコック選手、四番がタン・カーキー選手です〟」

 

 シード権を獲得した二人は連続した番号らしい。シアンが一番、ダリアが二番というところから理解できる。

 しかし、バルトはいいとしてタン・カーキー?

 

「(誰だ……? 一体)」

 

 少なくとも第三学年から二人も準決勝である第三試合に出ている事からして、その人物は高学年の可能性は高い。流石にまだまだひよっこな一、二年では無いだろう。もしそうだった場合、魔法の才に溢れすぎている。

 放送は音声だけな為に、相手の顔を見れないのが少し悔やむ。客席に移動してみようか、空席が何個かあったはずだ。もし空席が無くても、立って観戦すればいい事だ。

 

「〝では、第一試合の対戦カードを引きます〟」

 

 スピーカー越しからガサゴソという物音が響く。暫くして止んだが、それは第一試合の対戦カードが決まったという事だろう。

 この会場の誰もが固唾を呑んで見守った。

 

「〝第三回戦、第一試合。出場する選手は……!!〟」

 

 椅子を引き、立ち上がる。第一試合の対戦カードしか聞いていないが、元々四人しかいない為第二試合の組み合わせも決まったも同然だろう。最早、此処にいる必要は無い。

 脱いでいたとんがり帽子を、ふわりと被った。帽子の先に着いたリボンと丸い水晶が揺れる。

 

「何処行くんだ?」

 

 立ち上がったシアンを怪訝そうな表情を浮かべて、見上げる。イエローは頬杖を突きながら、喉が渇いたのか何処からか水が入ったコップを取り出して飲んでいた。備え付けの保存庫に入っていたものだろう。シアンの為に用意されたそれは、今や非道な天使の腹の中へと流れていく。

 

「会場」

 

 説明するのが面倒で、ただ一言。それだけ言うとシアンは扉を開けた。後方から、なーるほどという面白そうだと言っているような声音の言葉が聞こえてきたが、反応する事無く静かに扉を閉める。

さて、これから楽しい楽しい鑑賞会だ。高見の見物といこうじゃないか。

 

「さぁ、上がってこいよ? バルト・ピーコック」

 

 ニヤリと口角を上げた。

 思っていたより自分は、彼を甚く気に入っていた様だ。

 

「〝四番! タン・カーキー選手と三番! バルト・ピーコック選手です!!〟」

 

 湧き上がる歓声を聞き流しながら、シアンは観客席へと向かった。

 

 

 

 

 

 選手が入場すると歓声が上がった。当然だろう、第三回戦だ。この試合に参加するのはエリート中のエリート、つまりはプラム魔法学園において強者の部類に入る、優勝はしなくても生徒達の憧れの的となるだろう者達だ。

 期待や不安を含む声が上がる中、司会者は声高らかに選手達の紹介をしていく。

 

「まずはバルト・ピーコック選手の紹介をしたいと思います!」

 

 右腕を上げ、司会者から見て右側にいるバルトを指す。

 

「バルト選手はこの魔法学園で唯一! 精霊魔法の使い手! 契約精霊は森の妖精であります。あの気難しい彼らとどうやって仲良くなれたのか、気になるところですね!」

 

 瞬間、口笛や歓声が上がる。学園で唯一の精霊魔法の使い手だと知られたバルトは、こうも注目されるとは思われず少し照れ臭そうである。しかし調子に乗りやすい性格故か、直ぐに慣れて笑顔で観客達に腕を振っていた。

 そんなバルトを見届けた司会者は、バルトを指していた右手を下げて、今度は左手を上げた。反対側にいるのは勿論、タン・カーキーである。

 

「続いてはタン・カーキー選手!」

 

 観客席の後方に立っていたシアンが紹介された人物へと視線を向けると、そこには少し明るめの茶髪の女子生徒が立っていた。

 後ろ髪が長く、さらさらとしていて指通りが良さそうだ。手入れをしているのだろう、整えられた髪は風に靡いていた。

 

「タン・カーキー選手は第六学年の生徒です。強力な攻撃魔法の使い手であり、将来は魔法騎士団への入団が約束されているエリート中のエリート! この選抜大会に出場したのは、腕試しをしたかったからだそうです!」

 

 肩にかかった髪の毛を払い退け、不敵に笑った。相当な自信家なのだろうか。宮廷魔術師より、戦闘重視な魔法騎士団に入団する理由が垣間見えた気がした。

 しかし、第六学年とは。バルトは相当苦労しそうだ、とシアンは思う。

 最高学年である第六学年は、座学は将来なる職業に必要なことを学び、実戦では実際に強力な魔物と戦ったりするらしい。他にも軍に上がる者なら作法を学んだり、指揮官に必要な統率力などを測ったりする。主に実戦的な授業が多い学年だ。

 その厳しさは相当なものらしく、毎年十名ほどは魔法学園を辞めていく程。それでもたった十人なのだ、実際の魔法騎士団の様な職場よりは易しい方なのだろうが、彼女が自信ありげに佇んでいる理由がわかる。

人というものは、調子に乗りやすい。彼女も今の扱いに満足している様だし、それ以上に目の前にいるバルトの才能に嫉妬している。

 自分よりも若く、そして珍しい精霊魔法を使うという天才が気に入らないと見える。陰ながらに努力するタイプか、そうシアンは判断した。

 

「おーおー、凄い敵意。殺意じゃないところに可愛げを感じるねぇ……凄く、歪めたい」

「やめとけ、加減を間違えて死ぬぞ」

「誰が死ぬって?」

「相手」

 

 ある一定数の魔力が無いと人には見えない天族であるイエローは、のびのびと羽根を広げて背伸びをしていた。少し窮屈に感じる控え室はあまり性に合わなかったのだろう。清々しそうな顔をしていた。

 

「というかお前、魔導師がいるってのに余裕だな」

「流石に、神の使いである天使を攻撃してこねぇだろ。まぁボクの姿は見えていると思うけど」

「だろうな……」

 

 先程から物凄く視線が痛いのはその所為だ。

 ある一定数の魔力というものは、一般的に魔導師クラス以上を指している。魔術師クラスの魔力でも天族を見る事はできない事は無いが、その場合はっきりと姿は見えず、ぼんやりとした霧の様なものに見える事が多い。形からして天族だと判断できるが、そもそも天族は滅多に現れないので気のせいだと思われる事が大半だ。

 因みに魔法師クラスは、彼らを見る事はできない。しかし、天族が万人に姿が見える様にするのならば、別だが。

 選手二人がそれぞれ戦闘の準備をする闘技場を見る。今顔を上げてしまえば、あの魔導師と目が合ってしまうだろう。勇者の一員となれば、また会う事になるだろうが、その時はその時である。今はまだ、この視線に気づいてはいけない。

 タン・カーキーとバルト・ピーコック、両者共に準備を終えたのか、それぞれの得物である杖を胸の前に掲げて小さくお辞儀をした。決闘の前にする、魔法使いの最低限の礼儀だ。これが親善試合などならば、お互いに健闘を祈り握手を交わす。

 しかしこれは真剣勝負。相手を思い遣る気持ちは、小さな礼だけで十分だろう。

 それを見届けた司会者は立ち上がり、拡張魔法が込められた魔石を手に取る。

 

「では! 第三回戦、第一試合! タン・カーキー選手対バルト・ピーコック選手!」

 

 すぅと息を吸い、大きく声を上げて宣言した。

 

「試合、開始ですっ!!」

 

 




次は視点変わりまーす!


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回戦

 

 

 ここ、プラム王国の都心部である王都ヘリオトロープ、その一角にある貴族街。そこのとある屋敷の庭で自身の愛杖を振り、魔法を撃つ練習をしているタン・カーキーの姿があった。

 今日は待ちに待った勇者パーティ魔法使い枠選抜大会の日。勇者の仲間へとなる気はないが、腕試しにはもってこいなこの大会へ彼女は出場する事になっている。その為にこうして日課の朝の鍛錬をいつもより気合を入れて行っていた。

 大会前に魔力を使うなんて愚かな行為ではあるが、彼女の魔力回復は他に比べて優秀なので心配は無用だ。

 普通、魔力を完全に回復するには一晩寝ないといけないのだが、タン・カーキーの場合は寝なくても回復する。原理はわからないが、生まれつきの才能の様なものなのだろう。代々宮廷魔術師を輩出するカーキー家にはぴったりの才能であった。勿論知ったときは彼女も喜んでおり、両親も歓喜していた。やはり、優秀な子供は嬉しいのだろう。実に黒い笑顔で頭を撫でていた。

 そんな名家の生まれであるタン・カーキーは実に好戦的で、王を守る宮廷魔術師よりも魔物を殲滅したり街の人を守ったりする、所謂前線で戦う様な魔法使いが集まる部隊、魔法騎士団を好んで選ぶ程だ。

 安全な後方である宮廷魔術師よりも、前線を選んだタン・カーキー。無論、両親は納得をしていなかった。

 そもそも彼女の家は宮廷魔術師を輩出する家系だ。家は彼女の兄が継ぐ事になっており、その心配はないのだが、両親には思惑があったりする。それは彼女の人権を無視する様なものだが、貴族というのはそういうものであり、自身の家系の名前を残そうしたり、子供を使って出世しようとする者が大半だ。

 つまり、カーキー家はタン・カーキーに宮廷魔術師となってもらい、あわよくば王族と結婚、それか同じ宮廷魔術師であり自分達より身分が高い者に嫁いで貰おうと考えていたという事である。所謂、玉の輿。

 しかし、肝心のタン・カーキーが望んだのは宮廷魔術師では無く、前線で戦う魔法騎士団。魔術騎士団ではなく魔法と呼ばれているあたり、あまり優秀ではない魔法師が集まる場所。それを聞いたとき、娘の玉の輿を狙っていたカーキー夫妻が渋い顔をしたのは当然の事だろう。

 彼女の魔力は魔術師に迫るものがあり、その特異な魔力回復により魔法師より秀でているのは明確。だからこそ、ランクは魔法師であろうと宮廷魔術師になれる才能を持っていながら魔法騎士団になる理由がカーキー夫妻にはわからなかったのだ。

 だから反対した。宮廷魔術師になるべきだと言って。例え、彼女の志望所属場所を聞いて喜んだ魔法騎士団が熱烈なオファーを送って、彼女が快く頷いていたとしても、だ。

 何度も考え直す様に娘に言ったが、彼女は頑なに首を縦に振らなかった。彼女が慕う兄が両親に頼まれて、彼女にお願いの様な懇願を言っても、首を横に振り続けた。

 そうして断り続けていても、カーキー夫妻は諦めることもなく、ずっとタン・カーキーに言い続けた。それは一日、二日ではなく何週間も続き、流石に彼女も良い加減ストレスが溜まってきた様だ。遂にはキレて、自身の両親にこう宣言した。

 

 今度の選抜大会で優勝できなかったら父上達の言う事を聞きます、と。

 

 そう言われてしまっては、カーキー夫妻も頷かないわけにもいかず。彼女は両親の了承を得て、大会に出ることになった。

 宣言してしまったからには負けるわけにはいかない。もし、負けてしまったら自分はやりたくもない職に就かされてしまうのだから。

 タン・カーキーは朝日が庭を照らす中、一心不乱に的に攻撃魔法を当て続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が起きたのだろう。辺りは騒然としていた。

 どういうことだ? 何があった? 観客達は今し方起きた事に理解が行き届かず、ただただ困惑していた。

 

「ひゅー。こりゃぁ凄い」

 

 パチパチと隣の天使が拍手を贈り、相手を褒めていた。それ程まで凄まじい攻撃。これは将来有望だな、と嗤うイエローに怪訝そうな視線を送るシアン。

 それより此奴は、いつまでここにいるのだろう。天使という生き物はここまで暇人であっただろうか。そんな疑問が湧くが、それよりも目の前の事だ。シアンは顎に手をやり考える。

 先程起きたこと。それは、ダイジェストにまとめるとこうなる。

 

 バルトが精霊魔法で木の根を操り攻撃。

     ↓

 相手のタンは迫るそれをいつの間にか詠唱を終えていた火属性の攻撃魔法で撃破。

     ↓

 バルト狼狽える。

     ↓

 タンすかさず水属性の攻撃魔法でバルトを戦闘不能に。

 

「火属性の攻撃魔法も水属性のも、二つとも上級魔法。人間ってのはこんなのがゴロゴロいるのか?」

 

 イエローの問いかけにシアンはゆるりと首を振る。

 彼の言う通り、二つの攻撃魔法はどちらも上級魔法に匹敵する程の威力と技術が含まれていた。

火属性の攻撃魔法は爆炎魔法。その名の通り、火の爆発を起こす魔法だ。その規模は大から小と幅広くあるが、上級ともなると規模と威力が下級の比ではなく、危険度も跳ね上がる。

 タンが立っている場所を見ると均等な間隔において、地面が円状に抉れていた。結構な凹みである。一度入ったら、中々出るのが難しい程。こうして見ると、爆炎魔法の威力がわかるだろう。

 上級以上だと、位置は指定できるが威力を制御できない危険な攻撃魔法。仲間をも巻き込む魔法だからこそ、この一対一の試合で使ったのだろうが……実際に使う奴がいたとは。爆炎魔法は並の魔法使いでは魔力が足りず発動できない程のものなのに……彼女の魔力は相当なものだ。

 それにもう一つの使った上級魔法。水属性の魔法なのだが、一見して水ではないそれ。バルトを囲むその透明な岩は、世間一般でいう氷だ。

 氷晶魔法。氷の結晶を作り出す魔法であり、上級になると人一人囲める程の大きさになる魔法。それが、バルトを戦闘不能にした魔法だ。

 

「そんなにたくさんはいない。上級魔法を撃てるのは魔術師程のクラスだ。でも現役の宮廷魔術師でも上級魔法は続けて撃てないはずなんだが……」

「ふーん。あの子は訳ありって事か……」

 

 にしても残念だ。シアンはゆるゆると眉間に皺を寄せた。バルト・ピーコックが勝つという事に期待していた分、この裏切られたようなこれは不愉快に感じる。

 

「(けど、どういう事だ?)」

 

 シアンはつい一週間程前にしたバルトとの決闘を思い出す。今ではもうシアンだけしか覚えていない方の試合を。

 あの時のバルトは最後の勝ったという確信をした時の油断以外は、冷静だった筈だ。戦いながら彼を見ていたが、此方が突撃してくる木の根を次々と躱そうとも焦らず、ただ次の魔法へと移っていた。その戦い方は戦いを知らない学生ではなく、冷戦沈着な指揮官の様なもの。称賛に値するほどの事だった。

 けれど、今の試合はどうだろう。ただ、一つの魔法が破られただけなのに、狼狽えて負けてしまった。

 可笑しい……何かが可笑しいのだ。

 

「にしても、あのバルトって奴が契約してる妖精。何処行ったんだか……主人放って逃げるって、契約精霊失格じゃねぇか」

 

 イエローの言葉にハッとする。すかさずシアンは氷漬けからやっと解放されたバルトの周りを見た。

 最後列から観戦していたので良くは見えないが、確かに戦闘中にはいたあの森の妖精が消えている。バルトもいなくなった精霊が気掛かりなのか、辺りを見渡しながら妖精の名前を呼んでいる。確か、名前はフーリだったか……近くにもあの精霊特有の独特な雰囲気は感じられないので、完全にこの場所から消えたという事になる。

 そうか、とシアンは一人納得した。

 森の妖精は気難しい性格で、本来は人にあまり懐く事はない。妖精の上位種である精霊の加護を受けているエルフだって滅多に会えないと聞く。ならば何故、バルトにはあんなに懐いているのか……それがずっと疑問だったが、答えの一端を垣間見た気がした。

 精霊魔法“妖精達の戯れフェアリーズカプリス”、第一曲調。木の根を操り攻撃する魔法だが、タンはそれを爆炎魔法で吹き飛ばして対処した。多分だが、それがいけなかったのだろう。

 森の妖精は森に住む事から火を恐れる傾向にある。だが、恐れると言っても成長するにつれて段々慣れて行き、やがては火を恐れる事はなくなる。だが、あの妖精フーリは恐れ、逃げた。それが意味するのは彼女はまだまだ子供という事と、何かしらのトラウマを抱えているという事、その何方かだが……。

 

「まぁ、考えても仕方がないか……」

 

 結果的には彼が負けた、それだけだ。

 自身の契約精霊の弱点を対処できていなかったバルトの落ち度。それが彼を敗北の道へと進めた。

残念だな、という気持ちはあるが、仕方がないと思い割り切る。第一、第三学年と第六学年では普通実力差がある、そう思えばバルトは善戦した方だろう。

 此度の試合、攻めてやるつもりも、褒めるつもりもない。

 

「さて! 第三回戦、第一試合が終わりました! 結果はご覧の通り、タン・カーキー選手の圧倒的な勝利です!」

 

 会場にいる観客全てが盛大な拍手を送る。

 上級魔法という魔術師クラスでなければ撃てないものを見せてもらった事による、賞賛や憧れ。殆どがここ魔法学園の生徒である為、第六学年のタン・カーキーが勇ましく見えたのだろう。第一学年の生徒達は、目を輝かせながら拍手をしていた。

 

「では、次の試合へ移りたいと思いますが、その前に、タン・カーキー選手による強力な爆炎魔法でできてしまったクレーターを直したいので、少々お待ちください」

 

 またもや休憩。確かにあのままでは戦いにくいだろう。しかし、魔法使い同士の戦いだ。遠距離攻撃を得意とする魔法使いにはあまりデメリットの無い事なのだが、理解はしているのだろうか。いや、シアンとしては有り難い事だが。

 第二試合の相手は、ダリア・フランボワーズという者だ。名前は何処かで聞いたような気もするが、覚えていないので相手の情報は無いに等しい。この学園の生徒に遅れをとるつもりは無いが、先程のタン・カーキーの様に上級魔法を何発も撃たれてきては、対処がし難い。補助魔法を全て使える・・・・・からと言っても、やはり攻撃魔法には敵わないのだ。

 

「(やっぱ、接近戦か……)」

 

 遠距離相手には接近戦で挑め。世の常識だ。

 魔法は強力な力だが、その分その術者の魔力と詠唱の速さに依存する。魔力が無ければ攻撃ができないし、詠唱が遅ければその間に攻撃を食らってしまう。使い所が難しいものだが、パーティに一人は欲しい職業の一つでもある。

 生憎、シアンは接近戦は得意だ。遠距離攻撃も、場合によっては出来ないことは無いが、補助魔法しか使えないという点ではどうしても武の方へ走ってしまうのは仕方の無いこと。魔法使いとしては邪道と言える、武との合わせ技。魔法剣士もそのカテゴリに入るが、彼らは魔法剣士という職業であり魔法使いではないのだ。ノーカウントだろう。

 しかし、今回はその事に感謝して、早々に決着をつけてしまっても良いのではないだろうか。

 まぁそもそもの話、攻撃魔法に敵わないからと言って負けるとは一ミリも思ってはいないのだが。補助魔法だって、使い方次第で攻撃魔法に勝てる。相手が未熟な奴ほど、余計に。

 

「さぁ! 会場の皆さん、グラウンドの整備が整いました。これより第三回戦第二試合を始めたいと思います!」

 

 さて、どうやら出番のようだ。

 隣でパタパタと草臥れた翼を開いたり閉じたりしている天使には別れを告げず、歩き出す。イエローの方もそれは気にしていないようで、特に気にかけずただグラウンドの方を見ていた。

 第三回戦、第二試合。それは実質準決勝のようなもので、これに勝てば決勝へ上がれるという事。という事は、試合は多くてあと三回なのだ。たった三回だとしてもあまり気を抜く事をせず、相手に挑むだけだ。

 今回はどうやって攻めようか。ぐるぐると頭を働かせながら、シアンはブーイングの嵐を浴びた。

 

 




予約投稿するの忘れてた。


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友人

 

 

 目の前でブーイングの嵐を浴びている人物を見る。

 プラム王国立魔法学園の制服を着たその者は、気だるげにそれでいて隙を見せずに此方に向かって歩いてきていた。所定の位置につくつもりだったのだろう、お互いがはっきりと見える位置に来る頃にはその足を止めていた。

 同じくプラム王国立魔法学園の制服を着ている第三回戦進出者の四人目である、ダリア・フランボワーズは暴言を浴びさせてくる観客を鬱陶しげに見ている相手に油断せず、懐から杖を取り出した。

 学園からの支給品である杖だが、そこらの一般的な武器屋では中位に入るほどの性能を持つ。小さな枝を加工しただけに見えるこの杖は、見た目とは裏腹に材料が低級冒険者では取れないような場所にあると聞く。少なくとも中級冒険者ぐらいでないと、無理だ。

 だが、その材料も手に入りにくいというわけでもなく、大量生産が可能な程には取れる。初心者冒険者には高くて手を出せない杖だが、王国が何事もないように量産させれる程の価値でもある。

 そんなお高い量産品の杖だが、貴族の御子息、御息女である魔法学園の生徒達はあまり使わないものだ。何せ、自分達の親がオーダーメイドで作ってくれるのだから、量産品など要らないだろう。

 では何故、ダリアは使っているのか。それはひとえに、彼の家が他と比べ貧乏であるからである。いくら貴族とは言え、辺境貴族という者が存在し、辺境の土地を管理する彼らは王都の貴族と比べ遥かに貧乏である。そんな貧乏貴族であるダリアがオーダーメイドの杖を作るお金など持っているはずもなく、こうして利用しているのだ。幸い、平民達が使う杖よりは少しだけ高価なので、品質という点では問題ない。

 ともかく、今は試合だ。目の前の人物を見据え、ダリアは口を開いた。試合開始の合図まではまだ、余裕がある。

 

「…………てめぇがシアン・アシードか? 劣化攻撃魔法しかできないって言われてる」

「……そうだけど、それがどうした」

 

 ちゃんと此方を見ていなかった瞳が、ダリアを射抜く。怒っている様子でもなく、その事実を受け止めているようだった。その事にダリアは別段驚きもしなかったが、少しだけ怯みながら続きの言葉を紡ぐ。声が震えるように聞こえるのは気のせいだろう。

 

「いや、ただの確認だ。俺はダリア。フランボワーズ家が三男、ダリア・フランボワーズだ」

 

 いや、知ってる。という言葉を吐かずに呑み込んだシアンは、大人しく続きを待つ事にした。

 

「で、だ。シアン・アシード。てめぇと俺とで、賭けをしねぇか?」

 

 悪どい笑みを浮かべて、シアンを指差す。

 側から見れば、その鋭い目付きも相まって凶悪そうな戦いが好きそうな子供に見えるが、内心では冷や汗がだらだらと流れている。それを表に出さない時点で大したものだが、そもそもシアンとは敵対したいわけではなく、仲良くなりたいのだ。何故こうして、挑発するような笑みを浮かべて相手を目線で射抜いているのか……ダリア自身もよくわかっていない。

 とにかく彼は今、とても必死である。

 

「賭け……?」

「そう、賭け。しかも単純なもの……負けた方が何でも一つ言う事を聞く、っていうやつだ」

「……そりゃまた、何の捻りもない」

 

 軽薄な笑みを浮かべたシアンは、いいぞと返した。シアンにとってはどうでもいい事だ、断る理由も無い。ただ、相手が何を要求してくるのかわからない事だけが懸念材料だが、まぁ大丈夫だろう。よく分からない自信がシアンにはあった。

 シアンの肯定の返事にダリアは小さく、よしっと呟きながら、忘れるなよとシアンに言い残して定位置に戻った。

 

「さぁ! 両選手が出揃いました! それでは、選手紹介をさせていただきます!」

 

 方や、ダリア・フランボワーズ。

 その力は未知数。ある意味注目されていない選手であり、わかっている事は学園の成績が優秀な生徒である事。第三学年の特待生の一人だ。

 優秀な事は座学もさる事ながら、実技の成績が良いという事。それ即ち、彼の実力が高い事にも繋がる。

ただし、シアンが付け入る隙があるならば、ダリアは実戦経験が少ないという事だろうか。ダリアは勝つ気でいるが、いくら成績が優秀であろうと、それだけでは絶対に勝てるとは言い難い。

 

 もう方やは、シアン・アシード。

 劣化攻撃魔法しか使えない落ちこぼれ魔法使い。

 第一試合を何故か一番に勝ち抜いた者だが、果たして準決勝でも運よく勝ち上がれるのか。

ただ、彼は攻撃魔法は劣化しか使えないが、補助魔法に関してはそうではない。ほぼ全てを使えると言っていい。しかし、それを知っているのは彼自身と彼の使い魔、そして違う大陸の王だけだ。

 

 観客からの負け確定声援を受けながら、シアンは杖を胸の前へ掲げ、軽くお辞儀をする。ダリアもそれに倣うように頭を下げた。

 

「両者前へ!」

 

 審判役だと思われる男は、シアンとダリアが一歩ずつ前に進んだ事を確認すると司会進行役に合図するように手を挙げた。

 それを確認した司会は、拡張魔法を込めた魔石が使われている魔道具を手に取ったあと、腕を上げる。観衆に向けての試合開始の合図だ。

 

「両者共に準備は大丈夫ですね?」

 

 目線と声で問われた二人はこくりと同時に頷く。

 

「では……試合、開始ですっ!!」

 

 最初に動き出したのはダリアだった。杖を前に構え、詠唱を紡ぐ。いきなり長い詠唱の魔法を使う事もなく、一、二秒でそれは終わる。

 軽く塵を払うかのように腕を振るうと、その持っていた杖先から両手で抱える程の大きさを持つ火の球が発射される。基本的な魔法である、火属性初級魔法の火の球(ファイヤーボール)

 基礎とも言われる初級魔法。初級なのでそこまで威力もなく、相手も同じ初級魔法を唱えれば相殺でき、対処も簡単な魔法だ。しかし、ダリアの目の前にいるのはその初級魔法すらできない落ちこぼれと言われる魔法学院生。魔法を魔法で打ち消すのならまだしも、彼はそれすらできず生身である。いくら初級魔法とは言え、火傷する程の威力はあった。シアンが相手だからこそ通じる手でもあるだろう。

 けれど、その当人であるシアンは風を切って迫る火球をするりと避けて、此方へ走ってきていた。その速度は一般的な魔法使いよりは優れていて、彼が剣を持っていれば魔法剣士だと思わざるを得ない速さ。

 思わずダリアは驚くが、手を休める事なく火球を打ち続ける。

 しかし。

 

「(なんで! なんで、当たらねぇ!?)」

 

 最初の一発目よりも火球の速度は二倍以上に上がっている。なのに、相手には当たらなかった。

 元々魔法使いとは直立不動を貫き、その杖先から威力のある魔法を放つ者たちの事である。断じて、目の前の彼のように走りながら躱すなんて芸当ができる者達ではない。それができたとなれば、それはもう魔法使いではない、と言えよう。

 火球を当てようと杖を振るうダリアに迫ったシアンは懐に手を突っ込み、バルト戦で創造魔法である武器製造を使って造った短剣を取り出す。

 一度作れば壊れるまでその場に残り続ける創造魔法は、無から有を生み出しているからか魔力消費量が大きい。この小さな短剣でさえ、何度も造れる事は出来ない。一度造り出した物を運用する方が良いだろう。それに、試合とはいえ無駄な魔力は使いたくはないものだ。

 ダリアに近づいたシアンは短剣を逆手に持った右手を大きく振りかぶり、その首を貰い受けるとばかりに素早く振り下ろす。

 

「ッ!!」

 

 キィン! という金属音が擦れる音がした。ダリアは間一髪の所で、自身の得物である杖をその軌道上に滑り込ませ、剣先をずらしたのだ。ほぼ反射神経で行われたそれは、完全に躱すことはできず服を引き裂き小さな切り傷を残す。

 意味のない事だとわかるが一旦離れ、傷がついた左腕を見る。日常生活においてできる切り傷よりは深く、血はタラタラと流れている。袖口まで染みたその薄い赤に溜息を吐きたくなりながらも、目の前の敵を睨む。

 今はまだ、洗濯やら縫合やらを考えている暇はない。どうしてか相手は攻めてくる気は無いようだ。今が攻め時。杖を振るい、短い詠唱をもって魔法を発動させる。

 

水の球(ウォーターボール)っ!」

 

 火の球は威力重視の魔法。水の球は素早さ重視の魔法と言われる。

 火球よりも二回り程小さいそれを約十個展開させたダリアは、一個ずつシアンに向けて放つ。そのスピードは先程の火球の約三倍程度。常人であれば、躱すのが難しい程の速さだ。

 しかしシアンは、するりとそれを避けた。何てことない、少し身体を捻っただけ。

 

「(ねぇわ! こりゃねぇよ!!)」

 

 二個連続放っても躱され、三個四個と増やしていき、偶にはタイミングをずらしたり、合わせたり。何をやっても避けられる。

 段々と近づいてくる敵、命の取り合いをしない筈の試合だとわかっていても、ダリアはシアンの初撃で完全に慄いていた。当たり前だろう、最初から首を狙われたのだから。あれが当たっていた時なんて、考えたくもない事だ。

 再びダリアに接近したシアンは、腕を振るう。迫ってくる短剣を杖で防ぎつつ、ダリアは後退していく。

 接近戦では確実にダリアの方が実力が下だ。杖で完璧に防ぐ事はできず、小さな傷が無視できない程に刻まれていった。

 

「つっ……!」

 

 何度も防ぐ事によって腕が痺れてくる。一撃一撃がダリアには重いのだ。剣士にとってはなんて事ない軽い攻撃だとしても、ダリアは魔法使い。防御には向かない職業である。

 もはや何度目かわからない防御。綺麗な一撃が決まったのか、腕が痺れたダリアは杖を離しかけた。それをシアンが逃す訳もなく、逆手に持った手をくるりと返し、短剣の柄の先端でダリアの右手をドッ! と打ち付ける。握ろうとしていた手は、シアンの攻撃によって再び開き、杖を落とした。

 そしてカランと杖が落ちた音がしたと思えば、シアンはすかさず回し蹴りを鳩尾に打ち込み、ダリアをぶっ飛ばす。

 

「ぐふっ」

 

 三メートル程地面と平行に飛んだかと思うと、重力に従い地面に落ちた。ゴロゴロと土煙を当てながら転がったダリアは、壁に打ち付けられて制止する。詰まった空気が口から這い出た。

 

「典型的な魔法使い相手には、接近戦を。常識だよな」

 

 そっと地面に落ちた支給品である杖を持ち上げたシアンは、ペン回しの容量でクルクルと杖を回す。軽薄な笑みが見えた。

 嘔吐くダリアの目の前に立ったシアンはペン回しを止め、まるで指し棒の様に扱い出す。教師の真似事だろうか。

 

「確かにオレは攻撃魔法は劣化版しか使えない。けどさ、補助魔法は使えない、なんて一言も言ってない」

 

 シアンは言う。

 先程の身体能力も補助魔法で強化していたと。普段はあんな動きはできず、火の球も躱せないだろうと。

 人によって得意、不得意は必ずもあるもの。シアンの場合、ただ不得意なものが世間一般の魔法使いができないと可笑しいものだっただけだ。たった、それだけの話なのである。

 

「まぁ、魔法使いって名乗るのには少し可笑しいのはわかるけどな。魔法剣士にでもなろうか?」

 

 本職には敵わないだろうけど。

 ケラケラと笑うシアンを尻目にダリアは立ち上がる。切り傷だらけの腕や強烈な打撃を受けた胴体から悲鳴が上がるのを無視して、目の前の敵を見据えた。

 そんなダリアにシアンは驚く様に目を見開きながら、薄く笑う。まだやるのか? そう目が語っていた。

 

「いや……俺の負けだ。杖を取られた時点で、相手にならねぇし」

 

 ダリアが自分の負けを認めた瞬間、張り詰めていた空気が散っていき、代わりに拍手と司会者の試合終了の合図が響き渡る。

 そんな音の嵐を聞き逃しながら、シアンはダリアの方を向き杖を差し出した。戦力を奪う事だけに取っただけなので、別に返しても問題はない。そもそも同じ杖を持っているし、自分専用の杖もあるのだ。ずっと持っていても、邪魔なだけだ。

 

「杖、返す」

「あ、あぁ。どうも……」

 

 先程までとは違い、急に大人しくなったダリアにシアンは首を傾げる。

 

「なんだ? さっきまでの威勢はどうしたんだ。ただの虚勢だったのかよ」

「んなんじゃねぇ!! 賭けの事だ!」

 

 怒鳴る様に言ったダリアの言葉によって、納得がいった様に手をポンと叩いた。すっかり忘れていたのだ。ダリアとの試合に夢中だったからか、試合前の言葉なんて何処かへ行ってしまっていた。こうして、彼が言わなければ、そのまま忘れていたかもしれない。

 

「因みに、お前が勝ったら何を言うつもりで?」

「そ! そりゃぁ……」

「そりゃ?」

「お、俺と、とっ、とと友達になって、くれ……と」

 

 辛うじて聞き取れる音量で呟いた後に目を泳がす。

 予想だにしない言葉に惚けた表情を浮かべたシアンは、ダリアの言葉を反復して心の中で呟く。友達になってくれ。そう言ったのだ、彼は。シアンとしては断る事でもない。そもそも、シアンは友達が少ないのだ。この学校では一人だけだし、遠く離れた親友の使い魔はこの頃会ってないし、試合前まで話していた天使は友達と言えるか謎な関係だしで、寧ろその命令は大歓迎である。人脈は増えた方が良い。

 それに、此方としては命令する事なんて何も考えていなかった。その賭け事を忘れていたぐらいだ。シアンにはどうでも良いことになっていた。

 では、勝者の命令権はどうするか。ここまでくれば簡単だろう。

 

「じゃぁ、それで」

「……は?」

 

 ニヤリ、と笑みを浮かべる。

 

「オレのお前への命令は、オレと友達になる事だ」

 

 今度は反対にダリアが惚ける番になると、シアンは口角を上げながらもくるりと踵を翻した。

 

「じゃぁな、ダリア」

 

 選手入場口へと歩いていくシアンを眺めながら、ダリアは人生初の友達ができたことに歓喜の笑みを浮かべるのだった。

 

 ただ、その笑みは迎えに来た取り巻き達を怖がらせる事になるのだが……それを今の彼が知る由もないだろう。

 

 




キンキンキンキン!


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決勝

 

 

「魔法使い枠選抜大会。さて、残るは決勝だけとなりましたー!!」

 

 司会の声が会場中に響く。

 大会が始まった頃は固まった様な声音だったのに、良くこの短時間で成長したものだ。司会はもうこの学園では彼女にしか務まらないだろう。

 

「ここまで数多の激戦、攻防がありました。どれも見所のある試合ばかり! それがもうすぐ終わるとなれば寂しいものですが……ですが! 私はこの時を待っていたのではないかというぐらい、昂ぶっておりまーす!!」

 

 いやもう誰だ、というぐらいの変わりようだ。大会などの司会は常にテンションが高く、盛り上げ役にならなくてはならないが、たった一日でここまでだ。彼女はきっと、魔法使いより司会の職に就いたほうが良いのかも知れない。

 

「……ふぅ」

 

 薄暗い廊下の中、そっと深呼吸をする。

 決勝だ。遂に決勝なのだ。あと一試合、勝てば良いだけ。そう自分を元気付け、いつも通りに振る舞うことに務める。心の乱れは一瞬の隙を生む。魔法使いなのに接近戦をしてくる相手に油断していては負けるだろう、なるべく平常心に戻す努力をしていた。

 少女、タン・カーキーは自身の杖をしっかりの握りしめて、瞑っていた目を開けた。暗闇に一筋の光が走る。

 

「それでは! 選手に入場してもらいましょう! まずは、第六回生タン・カーキー選手! バルト・ピーコック選手との試合では圧倒的な実力を見せて勝利せしめた強者でございます! またあの派手な上級魔法を見せてくれるのかー! 楽しみです!」

 

 司会がそう紹介する間に、舞台へ歩み出る。光が溢れ目が遮られるが、それよりも耳をつんざく声援の数々が聞こえてきた。それだけタンを期待しているのだろうか。その士気に当てられてか、気分が高揚する。

 絶対勝つと、タンは改めて力強く決心した。

 

「次に、第三回生シアン・アシード選手! 攻撃魔法ができない落ちこぼれとして有名だった彼が、ここまで勝ち上がってくる事を誰が予想したでしょうか!! その短剣の腕と身体強化魔法を駆使した攻撃は、目に見張るものがあります! 寧ろなんで、魔法使いになったのー!」

 

 確かに、と会場中が頷く。

 魔法使いとしてよりも剣士としての方が才能があったのではないだろうか、というぐらいにはシアンの戦闘スタイルは確立されている。何故、魔法学園に来て魔法使いになろうとしたのだろうか。気になるところである。しかしそれは、彼自身しか知る由ない事だろう。

 プラム王国立魔法学園の制服とも言える、黒く短いローブを羽織った少年が反対側の通路から出てくる。青みがかった黒色の髪に太陽光が照らされ、彼は鬱陶しそうに目を細めている。

 見れば見るほど、普通の少年と言えよう。彼が攻撃魔法を使えない落ちこぼれでなく、普通の実力を持っていたとすれば、まるで目立たない容姿だ。

 顔は整っているし、背は平均身長。性格も今までの試合からして、そこまで歪んでいるようには見えない。これで高位の貴族子息ならば、令嬢達にとって優良物件とも言える。タンは興味ないが。

 しかしその見た目とは裏腹にどこか、捉えがたいものがある。本人がのらりくらりとしているからだろうか、芯がはっきりとしない。ぶれて見える。

 どうしてか、タンには相手が油断ならない人物に見えた。

 

「(見た目が、周りの批評がどうであれ……決勝で手を抜く馬鹿はしない)」

 

 寧ろ、徹底的に叩きのめし勝つ。それぐらいの気兼ねでいかなければ、タンの希望は途絶える。やりたくも無い宮廷魔術師などをしなければなくなる。

 他者から聞けば贅沢な悩みだろう。宮廷魔術師は言わば勝ち組だ。それをしたく無いというのだから、贅沢な悩みと言わず何と言う。しかし、タンにとっては死活問題である。王都の市民を守る、それがタンの夢。後方より、前線で皆を守りたいのだ。自分が慕う兄のように。

 自身の愛杖を握りしめ、目の前の人物を睨みつける。ぶつけるのは敵意。お前を絶対に倒す、という決意の意だ。相手は何でも無いように振舞っているが。

 タンは杖を掲げお辞儀をする。相手選手であるシアンも同じ事を繰り返し、そしてそれを審判が確認するといよいよ試合開始だ。

 

「両者、前へ! 試合開始です!!」

 

 瞬間、素早く杖を振るい言葉を紡ぐ。

 属性初級魔法は効かないと先の試合で分かっている。小賢しい、ちまちまとした攻撃は避けやすいのだろう。魔法使いからすればそんな事はないのだが、相手は例外。寧ろ魔法使いらしからぬ、戦い方をする。

 ならば! 避けられない程の魔法を使えば良い。

 タンは試合前にそう考え、試合開始と同時に詠唱を開始した。これなら詠唱までの時間のロスは無くなったと言って良い、それにもう既に発動準備は終わった。後は、放つだけである。

 

「上級爆炎魔法……エクスプローズ・フレイム!!」

 

 ドォン! と腹の底に響く音が鳴る。空気が揺れているのを肌で感じながら、タンはもう一度詠唱を開始する。魔力はまだ完治していないが、詠唱が終わる頃には魔法を発動するぐらい足りているだろう。

 先程放つ瞬間、相手が察知していたのはわかっていた。恐らく避けようとしたのだろう、重心が少し傾いていたが避けられてはいまい。手応えは少しあるし、クレーターができる程の爆発だ。爆風によって後ろに吹き飛ばされているかもしれない。

 しかし、油断は禁物だ。だからこそ、もう一発撃ち込もうとしているし、こうして周りを見ている。

 

「----凄まじいな……やっぱり」

「--っ!? がっ!」

 

 ……見ていたのだが、誰が後ろから来ると予想しただろうか。

 背中を蹴られ、前のめりに倒れる。砂埃が舞い上がり、地面に転がる石達によって擦り傷ができた。

 

「解析魔法の結果によれば、魔力は魔法師並み。本来なら、上級魔法一発で倒れるはずなんだが……どうなってるんだか」

 

 解析魔法? 解析魔法だって? どうして、三回生の此奴が使える? 六回生ですら使える者がいないと言うのに。

 解析魔法はありとあらゆる物の情報を引き出せる魔法であり、使える者が少ない魔法として知られる。その理由は、初めて使うと魔法をコントロールできずに、自身を中心とした数十メートル範囲の物を全て解析してしまうからだ。

 一つ一つの情報量は少なくとも、数十メートル範囲ともなると膨大になる。しかもコントロールできずにいると、その範囲に入った人や動物の身体的情報まで脳に入ってくるため、数分発動するだけで脳がショートを起こし、意識を失うという。

 ある意味危険視されている魔法であり、習得には魔法協会が定めた条件をクリアしなければならないと言われている。その条件が思いの外厳しいらしく、習得しようとする者は少ない。なので、習得者が少ないというわけだ。

 そんな魔法を目の前の三回生は使った。少しプライドが傷ついた気がしたが、精霊魔法を使う三回生と戦った時点で慣れた事だ。今年の三回生は優秀な人間が多いのかもしれない。

 

「それは……秘密」

 

 立ち上がりながら不敵に笑う。どうやら、魔力回復という体質については気づいていないらしい。そこは、幸運ともいえよう。

 つまり、相手に脅しをかけられるという事で、自分はあと何発も打てるんだという脅迫。相手はどれだけの魔力量をタンが回復できるかは知らない。ならば、付け入る隙はある。

そ う確信して杖を再度構えるが、相手は困ったように後頭部を掻いた。なんだというのだろうか。

 

「あー、どうなってるのかなんて言ったが、原因はわかっている。大方、スキルだろう」

「すき……る?」

 

 スキル。スキルとは何だろうか。聞いた事もない単語だ。

 内心首を傾げ、復唱する。少しでも魔力回復の時間稼ぎができればなんて考えてはいるが、それ抜きでも気になる言葉でもあった。

 

「知らない、か。この学校では習わないのか? ……まぁいっか、今は関係ないし」

 

 それよりも勝敗だよな。そう彼は一人で結論を出した。……いや、出したというより面倒になったのだろう。スキルの事を知らないタンに教える事を。

 タンは歯噛みする。彼は知っているのだ、この魔力回復が何なのかを。魔法とも違う力、体質かと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 シアンは懐から準決勝で使っていたのと同じ短剣を取り出す。相手は倒れている。あとは、この刃を首に当てたら降参するだろう。そう考え、構えたが。

 

「……一つ、私も賭けをしても良いかな」

 

 ため息を吐く。お前もか。

 

「賭け? お前も友達になりたいのか? 人脈は持っていて損はない、大歓迎だが」

「そう。その言葉、あの赤い髪の子に聞かせたいな。けど違う……私が勝ったら、そのスキルとやらを教えて欲しいの」

「あぁ、そういう事。お前、見かけと違わず貪欲だな。さすが貴族様か」

「そう言うって事は、貴方は貴族じゃないの?」

 

 聞いてからハッとする。何て馬鹿な質問だったのだろうと。

 貴族じゃないのならどうやってこの学園に入学したのだろう。ここの学園は世界各国の貴族達が集う場所。勿論、他の国にも魔法学園はあるが、ここプラム王国立程大規模ではない。それにプラム王国のは貴族御用達の学園。魔法は勿論の事、宮廷作法や基本経営等も習う。普通の学校では教えられない事まで学ぶので、入るのは簡単だが卒業するのが難しいと言われる。

 ただ、頭が悪くても意外とお金次第で何とか上へ行く者もおり、ここを卒業したからと言って頭が良いというわけでもない。

 しかし、しかしだ。貴族御用達という事は、それなりに学費がかかるという事。それは平民には到底払えない額であり、この学校に通うという事は保護者が裕福な家庭である事を証明している。

 だから、同じ生徒であるシアンに対し、貴族ではないのかという質問は、普通はあまり意味のないものだった。

 

「……そう、なるかな。まぁだった・・・、という方が正しいけど」

「え……?」

 

 そう、普通では。

 もうこの話は終わりと言うように、シアンは短剣をタンに振るう。剣筋を見たわけではないが危機感だけで避け、素早く距離を取った。

 もう魔力は回復している。離れた瞬間にタンは詠唱を始めたが、それを止めるわけでもなく、シアンは詠唱をしているタンを眺めながら口を開いた。

 

「じゃぁオレが勝った時の報酬は……そうだな、魔法道具でも貰おう。家にあるんじゃないか?」

 

 確かにある。カーキー家は代々宮廷魔術師を輩出している名家だ。なので、魔法道具など幾らでもある。

スキルとかいう未知の情報と魔法道具。魔法道具は平民達が安易に入手できるものではなく、冒険者であれば偶に手に入るぐらいの物だ。この二つならば、釣り合っていないようで釣り合っている。ならば、賭け成立だろう。

 オーケーだと答える代わりに、タンは詠唱を済ませた魔法を発動する。

 

「上級氷晶魔法……」

 

 杖を軽く振ると魔力が体内から杖の先へと流れ、そして空中に人の腕程はある氷の塊を生み出す。冷気が漂っているのか、普段よりも数段寒く感じる。

 上級攻撃魔法には何かしら欠点がある。それは、人の範疇を超えた力であり扱いきれていないからと言われている。タンが使った上級爆炎魔法は、その威力と引き換えに事細やかなコントロールが効かないところであり、今し方放った上級氷晶魔法はコントロールは効くが、周りの温度が急激に下がる。

 つまり、とても寒く感じるのだ。この魔法に慣れているタンは少しだけに止まっているが、他ではそうもいかない。対戦相手である、シアンは寒そうに両腕を摩っていた。

 

「行け」

 

 杖を前に振り、宙に浮かぶ結晶達に命令する。あの対戦相手を攻撃しろと、貫けと。結晶達は一斉に飛び出し、シアンに迫る。

 シアンは慌てたような素振りは見せず、地面を蹴って走り出した。横に逸れたなら、結晶達は地に激突しそこで壊れると思ったのだろう。結晶達が壊れれば、魔法の発動は終わった事になり反撃に出れる。魔法使いよりは素早さに自信のあるシアンならば、これぐらい躱すのはなんて事なかった。

 

「っ! ……これは少し予想外だな」

 

 しかし結晶達は地面にぶつからず、ギリギリのところで方向転換しシアンに迫ってきたのだ。これには彼も予想していなかったらしく、再び走り出した。

 このまま結晶達を連れてタンに攻撃するのもありだが、良く見るとタンの周りには小さな掌サイズの結晶達が漂っている。接近した途端にあれで攻撃する腹積もりだろう。

 

「(後先考えている奴は、これだから……!)」

 

 相手にすると面倒臭い。

 シアンは身体強化の魔法を更にかけ、結晶達から逃げるように走り続ける。

 

 




わ す れ て た。


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優勝

 

 

 時々、方向転換しながら結晶達を避けるが、流石に体力と精神力が持たない。このままずっと避け続けるのは、ストレスが溜まる行為だ。 

 早く決着をつけなければという焦りはないが、段々と面倒になってくる。早くこの試合を終わらせて、横になりたいものだ。

 地面すれすれを飛んできた結晶を跳んで避け、そこを狙ってきた違う結晶を空中で海老反りになり躱す。そのまま地面に手をつき、バク転の要領で後退し止まる。背中に伝わる固い感触。シアンは壁際に追い詰められていた。

 

「(やば----っ!)」

 

 迫り来る結晶達。鋭い先端が太陽光に反射してキラリと光った。

 

「これで、終わりっ!!」

 

 タンの言葉と同時に結晶達が一斉に激突した。鳴り響く轟音。ガラガラと瓦礫が崩れる音。それは攻撃が遂に当たったという事で、相手が生きている保証がないという事でもある。

 同族である人を殺せば、それは罪に囚われる。バレなければそうでもないが、ここでは観客がいて、王もいる。もし相手を殺してしまえば、死刑は確実だろう。

 あの鋭利な結晶達だ。脆い人の肉など、貫通するのは容易い。サァっとタンの顔が青ざめる。

 タンは杖を仕舞い、土埃が未だ絶えないシアンが倒れたであろう場所に駆けつける。ごほごほっ。土埃が喉を刺激する。視界も少し悪い。早く、助けなければ。

 

「だっ、大丈っ夫、っ!?」

「大丈夫、大丈夫。まぁ、危機一髪だったけど」

 

 声を上げながら倒れているシアンを見つけて駆けつけるが、あと一歩という所で首に冷たい感触が伝わった。何かが滴るような感触もあるし、少し痛い。いつの間にか目の前に倒れていた筈の彼もいない。これは、これはまさか。

 

「っ……なん、で」

「ん? 何で生きているのかって。そりゃぁ、避けたからに決まっているだろ」

 

 くつくつと嘲笑うかのように笑う声の主。この声の主は、先程まで戦っていた相手の少年の声に良く似ていた。というより、本人だろう。つまりは、タンは嵌められたのだ。この少年に。

 首を動かさず、後ろに立っているシアンの姿を見る。危機一髪という本人の言葉には嘘はなかったようだ。全身、至る所に切り傷があり血が滴っていた。死ぬ程の量ではないのが幸いか。タンは息を吐く。

 

「近距離からの魔法攻撃はやっぱり、すべて躱すのは難しいか。これは鍛錬が必要かも……いや、それより勝敗だ。タン・カーキー、先輩のお前に問おう。この試合を諦めるか、否か。因みに拒否した場合、お前の首が飛ぶぞ。物理で」

 

 ぐっと首に添えられている短剣に力が入る。

 タンは考えた。これは脅しか、脅しではないか。本来短剣では人の首を飛ばせるほどの強度と、長さを持ち合わせていない。なので、これは脅しという可能性が高い……が。

 

「(この子の実力は、私の上級魔法を躱し続けて、こうして私を罠に嵌めるほど高い。ほんと誰だろう。彼を落ちこぼれなんて、言ったのは)」

 

 実際シアンは、攻撃魔法については落ちこぼれなのであながち間違っていないが、戦闘慣れしているという点で強かったに過ぎない。場数を踏んできた数が違うのだ、そりゃ差があるというものだろう。

 しかし、三歳も年下の相手に遅れを取るなんて思っていなかったタンは悔しそうに顔を歪ませる。少なからず彼女の中にあった、プライドがその表情を作らせていた。

 それに彼女には約束がある。両親と交わした、人生を左右する約束が。このまま負けを認めれば、タンは宮廷魔術師にならなければならない。駄目だ、それでは駄目だ。

 

「(王を守るんじゃなく、この市民を守りたいんだから……!)」

 

 ギュッと杖を握りしめて素早く腕を前へ振り上げ、そして思いっきり彼の鳩尾で思われるだろう場所に振り下ろした!

 

「遅い」

 

 気がつくと視界が反転していた。青空が視界いっぱいに広がっている。背中には打ち付けたような痛みがあり、杖を持っていた方の手首が痛い。となれば、ひっくり返されたのだろう。

 

「最後の悪足掻きは無駄だったな。ご苦労様」

 

 どうやったのかはわからないが、杖を取り上げられた時点で負けは確定した。彼はくるくると、杖をペン回しの要領で回している。心なしか上手い。

 

「…………私の、負け」

「その言葉を待っていた」

 

 パッと手を離す。タンの身体が地面に倒れ込んだ。

 爆音のような歓声が巻き起こる。シアンは煩わしく思いながらも、奪った杖をタンへ差し出し返却する。

 

「決まったー! タン・カーキー選手VSシアン・アシード選手の試合結果は、シアン・アシード選手の勝利だーー!! 最上級生である第六回生を第三回生が倒すという奇跡!!! そして、魔法使い同士の戦いとは思えない良い試合でした! ありがとう!」

 

 賞賛と批判が入り混じる歓声の中、シアンはタンから背を背けた。

 悔しい。タンは歯噛みする。試合で負けたのではなく、戦いに負けたのだと思った。実際は試合でも負けてしまったが、そこではない。タンが悔しいと思ったのは、単純な魔法の力で負けていないという点。

 彼は、シアンは攻撃魔法は使えない。劣化でしか使えないのだ。その時点で魔法使いとしての格は落ちている。だからこそ、魔法の力ではなく、実力で負けた。

 まだまだ、タンが未熟だった証拠だ。

 

「では、優勝したシアン・アシード選手の授賞式を行いたいと思いますので、アシード選手はそのまま残ってください!」

 

 つまりは、タンは用済みであると言うこと。それを理解すると彼女はふらりと立ち上がり、会場への入り口の方へと歩いて行った。脱力しているのか、少し足がおぼつかない。

 そんなタンを横目で見たシアンは、興味を無くしたように顔を前へ向け、王が来るであろう場所を見据えた。シアンにとっては此処からが正念場である。あまり好きではない相手を前にしなければならないのだから。

 

 

 

 

 

「(まぁ、当然の結果だよな……)」

 

 ばさりと草臥れた翼を広げ、背伸びをする。少し凝っていたようだ。何かが折れたような音がした。

面白みを感じない結果に、イエローは溜息を吐く。

 確かに彼の実力は買っていた。いくら魔法国家の教育機関と言っても、たった二十年しか生きていない人間の、それも未熟な者たちにあのシアンが負けるとは微塵も思わなかった。

 けれど、それ以上に呆れたのは。

 

「(実力、落ちてねぇか? 彼奴……それとも、手を抜いたか?)」

 

 少し考えてから、そんなはずは無いと一蹴する。手を抜いているのなら、わかるはず。しかし、わからなかった。違和感がある。何なのだろうか。

 

「(何かが足りな…………あぁ、そういう事か。なんだ、なんだよ。手を抜いてねぇじゃねぇか)」

 

 暫く頭を悩ませていたイエローだが、以前シアンと戦った時を思い出して納得する。

 シアンと戦った時、彼は此方へ一瞬で迫るような戦い方だった。瞬きをした瞬間には消え、後ろからの攻撃。また、瞬きをしていなくても刹那には消えていて、死角から攻撃をする。そんなヒットアンドアウェイな戦法だった。

 そんな話に聞いているだけではあり得ない戦い方だが、一つだけ可能にする魔法がある。時空間魔法“瞬間移動”だ。

 時空間魔法は使い手が少ない魔法で知られ、希少である。時空間魔法は神の領域にも迫ると言われ、その神の領域と言われる階級、神級ではこの世界ではない違う世界に行けるとされる。

 勇者召喚もこの枠組みに入るが、勇者召喚は一方的な片道切符なため、神からすれば半端な術でもある。

 それはともかく、彼の戦法は“瞬間移動”が要。今回の試合では一回も使ってはいなかった。つまり、キーである“瞬間移動”を使わなければ、シアンの実力は上級魔法を少し使える者に苦戦する程となる。

 

「(最初、タンって言うやつの裏に回ったのはただ単に走っただけだしな……気配消して)」

 

 周りから見れば、普通に走って近づいていただけである。殆どの人がタンが気づかないのを不思議に思っただろう。

 

「……さて、考察は此処までにして。こっからは、お楽しみタイムにしようかなー」

 

 夕陽色の瞳を細めて笑う。目線の先には、試合に敗れ去り退場していく一人の少女。

 さてさて、天使本来の仕事をしようではないか。

 イエローは嬉しそうに顔を歪ませながら、そう呟いた。

 

 天使とは、人々に甘い言葉を囁く悪魔である。

 

 そう言ったのは誰だったか。

 飛び立つ瞬間、深い青色の髪が目に入った気がした。

 

 

 

 

 

 まるで海の底の様な瞳と目が合った。

 王の傍らで、これから自分の仲間になるであろう人物を穴を開くほど見ていた雄城英二は、目線が交差したとわかるとビクリと肩を揺らした。

 凝視されていたらわからないはずもないのに。

 彼は、試合では人間の限界以上のスピードで走っていた実力者である。英二の世界で一番速い人間なんて、遅く思える程だった。改めて異世界に来たんだな、と実感する。

 魔法という異世界ならあるだろうという現実離れしたものもあったが、何故かあまり実感が湧かなかったのだ。夢を見ているようにも感じた。

 それに、英二の世界でも超常はある。人が消えたり、居ないはずの人に会ったり。人ばかりだが、それでも科学では証明できないものばかり。そういうのがあるからか、魔法というものをすんなりと受け入れた。元からサブカルチャーに強かったから、というのもあるだろう。

 しかし、人がとても速く走るだなんて、何かこう、心の奥であり得ないと思っていた。いつかは世界最速の動物である、チーターをも超えるのではないだろうか。その時は焼け死にそうだが……。

 

「(けど、この人無愛想だなぁ)」

 

 改めて優勝した、シアン・アシードという人物を見る。王から賞賛の言葉を受け取っている彼は、先程から微動だに表情を変えない。眉ですら、動かないのだ。寧ろ尊敬を覚える程に。

 先程の試合では実に楽しそうに笑って話していたが、本来は此方の顔の方が素なのかもしれない。そうと言うのならば、無愛想というのを超えて無感情。少し怖い。

 ……いや、見ていてもコミュニケーションは出来る様なので、愛想笑いぐらいは浮かべてくれるだろう。そこまでの、常識知らずではないと思いたい。何だか、旅が不安になってきた。命の危険というのではなく、人間関係の方で。

 カーマイン皇国からも一人、勇者のお供として派遣されるが、この人がその人と仲良くやっていけるのか不安で仕方がない。

 英二は勇者としての素養はあるが、剣をやっと待つことができるほどの素人である。これから、カーマイン皇国からのお供に剣術を、ここプラム王国からは目の前にいるシアンに魔法を教えてもらう。しかも、旅をしながらである。

 なので、初対面のうちに王都から弾き出されるということ。喧嘩離れでもすれば、英二は路頭に迷う事になる。それだけは勘弁して欲しい。

 

「(あ、でも仲間になる以前に、魔法教わるから先生になるのか……)」

 

 確か、ここの魔法学園の制度だとシアンは十七歳だった筈だ。自分の一個上。先輩であり、魔法の先生になるわけだ。一つ上の教師か……と心の中で呟く。

 

「(年が近いから、先生って感じしないけどなぁ)」

 

 けれど、教えを請う立場であるのは明白。敬意を込めて、先生と呼ばなくてはならないだろう。この世界が、上下関係に厳しいというのならば。

 先生と呼ぼう。と心に決めたところで、一つ問題点が発した。カーマイン皇国から来る剣士も、剣術を習うので教師なのだ。同じ様に先生と呼ぶのは、ややこしくなるのは分かっていた。

 

「(魔法は理系って感じで先生呼びはしっくりくるけど、剣術はなぁ……体育会系だよな)」

 

 剣術は、主に身体を使うものだ。相手の動作を見極める動体視力、どうやって隙をつけるかという思考能力も必要だが、まずは体力だろう。体力が無ければ、戦いにすらならない。

 現代っ子である英二には、厳しくなるだろう授業に身を震わせながら、まだ見ぬ剣士の敬称について考える。

 

「(体育会系……うーん、師匠とか? よく、剣の師とか出てくるし。うん、うん! これが良いな!)」

 

 まだまだ続く授賞式と閉会式の最中、人間界を担う勇者である雄城英二は、他の者たちにとって至極どうでも良い事を延々と考えていた。

 

 彼にはきっと大切な事なのだろう。

 

 目が合った時から、彼の思考を読んでいた深海の瞳を持つ人物は、小さく溜息を吐く。

 

「(此奴、大丈夫か……?)」

 

 魔界の未来は明るい。

 

 




rocyanは先に予約投稿するということを覚えた!


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王城

 

 

〝では、優勝したのじゃな?〟

「あぁ、お陰様でな。意外と苦戦したけど」

 

 プラム王国。王都ヘリオトロープにある王城、その来客室にシアン・アシードはいた。

 先程までいた侍女が出した紅茶を飲みながら、シアンはクスリと笑う。

 思い出すのは数日前にした試合。時空間魔法を使わないというハンデを背負っているとは言え、経験豊富なシアンにあそこまで苦戦させたのだ。タン・カーキーは将来有望だろう。また戦いたい。

 しかし、彼女シアンに敗れた故に宮廷魔術師になるので、そこまで気軽に戦える事は無くなる。その点だけ、残念に思う。

 

〝何はともあれ、ご苦労様。ここからが肝心じゃがな〟

「あぁ。そこは遠いからな、人の足で何日かかるやら……」

〝竜車でも利用すればいいじゃろ〟

「貴族御用達の交通手段を一介の旅人が利用できると思うか? 値段がバカ高いんだよ、下げろ」

〝そこはほれ、勇者御一行と知れば無料で使えるじゃろう。何せ、かのプラム王国とカーマイン皇国が送り出す人類の救世主。貸し切りは容易いと思うぞ?〟

「証拠がなけりゃ、最悪豚箱行きだな」

〝確かにそうであろうな!〟

 

 はははは! と笑う自身の使い魔の声をジト目で聞き流しながら、出された紅茶をもう一口飲んだ。因みに毒味は済んでいるので、安心して飲める代物だ。

 今まで飲んだどの紅茶よりも美味しいそれを、一気に飲んでしまわないように努める。美味しいものはゆっくりと味わいたいものである。

 

〝で、これから王との謁見かの?〟

「あぁ。授賞式に一回会ったとは言え、正式にとなるとやはり謁見の間じゃないとな。あそこじゃ、大勢の目に触れ過ぎる」

〝なるほどの〟

 

 ペラリと紙の擦れる音がする。資料を読んでいるのだろう。人間界では高級品である白い紙を、ぐしゃりと丸めた音もした。何か、不都合でもあったのだろうか?舌打ちも聞こえたが。

 

「どうした?」

〝ん? あ、あぁ、いや。何でもない。いつもの事じゃ……それよりも、マスターや〟

「何だ?」

 

 明らかに話を逸らしたサタンに眉を顰めるが、なるべくいつも通りに答える。ここで不審がっても仕方がない。彼方は彼方で、何かがあったのだろう。そこに、人間である自分が関わる事もないだろうから。

 

〝雄城英二という人物はどういう奴なのじゃ? 送られた資料だけじゃわからんからの〟

 

 なるほど、と頷く。

 確かに前に送った資料では、雄城英二という人物がどいう理由でこの世界に来たのかぐらいしか載っておらず、大らかな人物像しかわからないだろう。

 仕方なし。この前に感じた感想を述べてみた。

 

「能天気家だな。授賞式の時、干渉魔法で心を読んでみたが、その時と全く関係ない事を考えていた。先の事を案じているようにも思えたが……まぁ、楽天家とも言えるな」

〝言いたい事はわかるぞ。良くて前向き思考、悪くて一般人的思考の持ち主。多分じゃが、集団の中に埋もれるか、孤立するタイプだろうよ。まぁ、何とも扱い辛いの〟

 

 結論、平凡な男子学生。

 勇者と言うからには、武や魔術には天才的な適性があるのだろう。しかし、その才はあちらの平和な世界では何ら役に立たない。武の才は、何か武術でも習っていたなら発揮されただろうが、見ていてもそういう何かを習う質でもなさそうだ。適当に生きて、適当に死ぬ。そういうタイプに見えた。

 

「とりあえず、第一印象はそれだ。詳しくはこれからわかる」

〝慌てても仕方がない、か……そういえば、他の仲間には会ったのかの? 確か、勇者の他に剣士もいたはずじゃろ?〟

 

 そのことか、とシアンは頷く。相手には見えていないだろうが、まぁそこは癖としか言いようがない。

 

「それなら、この国に来ると言っていた。オレと同じように王と謁見するんだろう。そうなると、此方もカーマイン皇国に行かなければならない事になるが」

〝それはどうじゃろうな。直ぐにこのまま追い出されるかも知れんぞ?〟

「……あり得るな」

 

 授賞式の時に英二が考えていた事をシアンは思い出す。確か、今し方サタンが言った言葉と同じ様な事を考えていたはずだ。

 カーマイン皇国とプラム王国は隣国だが、王都と皇都の距離は一日、二日では到達できない距離にある。それは、それぞれの国が三代大国の一つであるからで、国土が広すぎる所為だ。

 因みに三代大国最後の国は、カメリア帝国である。

 カーマイン皇国を挟んだ向こう側にある国であり、魔族が住むと言われる魔界から一番近く、近々魔界に戦争を仕掛けるのではないかと噂される物騒な国でもある。

 それを言うのなら、プラム王国もカーマイン皇国も勇者を送り出す以上変わらないかもしれないが、直接仕掛けるよりマシだ。腹黒さではカメリア帝国より数段上だが。

 それでも、カメリア帝国とプラム王国、カーマイン皇国は協定を結んでいるので、実質加担していると言っても過言ではない。

 

「(もしかしたら送り出される可能性もあるな。暫くは冒険者として活動する事になるだろうが……)」

 

 あり得ないことではない。協定を結んでいる以上、協力関係にある。勇者はプラム王国とカーマイン皇国の配下になるので、王達から命令されれば嫌でも戦線へ送られる可能性がある。

 カメリア帝国が戦争を仕掛けなければ済む話だが、望みは薄いだろう。脳筋は、どこまでいっても脳筋だ。

 

〝まぁとにかく頑張ってくれ、としか言いようがないの。魔界に入ったなら、できるだけサポートはできるんじゃが……む?〟

「? どうした?」

 

 話を遮り、サタンは黙り込んだ。シアンは首を傾げたが、“念話”を切られたではない。多分だが、通じたままで此方へ言葉を送るのをやめたのだろう。

 “念話”はこうして、発動していながらもオンオフを切り替えられる。使えれるのならば、便利な魔法だ。それ相応の魔力が必要だが。

 因みにこの“念話”を使うとき声を出す必要は無いが、シアンはこうして誰もいない場所でなら声に出して話している。頭に浮かべるよりも簡単だからだ。思考と会話を声に出さずにする事など、シアンにとっては朝飯前だが、楽できるのならしたい質である。

 数秒ほど静かになった部屋を見ていると、サタンから連絡が入る。

 

〝すまんの、マスター。ちょいと急用ができた〟

「ってと?」

〝クソ親父が逃げ出した〟

「あぁー……」

 

 ふと遠い目になる。

 あれは隙あれば怠け、逃げる奴だ。今回も、書類に追われるのが嫌になり逃げ出したのだろう。あの堕天使は、誰かが捕まえるまで逃げ続けるし、挙げ句の果てには別世界へ逃げたりする。そうなると追いかけられる奴は限られて来るから厄介だ。

 シアンもその捕獲作業に参加した事はあるが、“瞬間移動”を持ってしても捕まえられない。寧ろ此方の動きを予測し、移動した後にはそこにいない、なんてざらである。流石、腐っても実力は魔界一位であるという事か。

 今の所、彼を捕まえられたのはサタンだけである。

 

〝という訳じゃ。捕まえられるのは我だけみたいだからの、行って来る〟

「頑張れ」

〝うむ。お主もな〟

 

 プツリと“念話”の魔法が切れる。騒がしかった部屋は途端に静かになり、机の上の紅茶が入ったカップを傾けるが、すでにそれは冷めていた。

 冷たい紅茶はあまり好みではない。例えそれが高級な紅茶だとしても。

 カップを元に戻し、部屋を見渡す。広いそこは、一人でいるのには退屈に思えた。

 

「(さて、どうするか。学園は退学になる……のだろうが、まぁそれは良い。問題は……)」

 

 良い笑顔を浮かべる妖精と契約している少年を思い浮かべる。彼奴が言うには、明日はお別れ会などをすると言っていた。知人以上、友達未満だと思っていたのだが、どうやら相手はそうではなかったらしい。嬉しく思う反面、悲しく思う。

 

 ここへ帰ってくるなんて保証はないってのに。

 

 そもそも、ここプラム王国立魔法学園にはまだ自分の知らない魔法の知識があるのではないかと思って入った。結果は、無かったのだが……それでも、学校というものを堪能できたのだから良しとしよう。

 時間通りに起き、登校して、友と語らう。語らう事はあまりしてこなかったかもしれないが、程良いルールに縛られる生き方はまぁ面白かったといえよう。自分を侮る奴は何処にでも湧いてきたが。

 

「…………」

 

 劣化魔法を掌に発動させ、カップを温める。あったかく熱くない熱は、カップの中にある紅茶を程良く温めてくれた。一口。喉の奥に流し込む。

 思い浮かべるのは、この学園で過ごしてきた二年間。

 同年代と一緒に過ごし、同じ空間で勉学を学ぶ。それだけで心が踊り、入学した頃を思い出す。あわよくば、友達できないかなんとも思っていた。結果、一人……いや二人か、できた。

 百人はいかずとも、話せる同年代ができただけでも御の字だろう。まぁ何ともつっけんどんな態度を取っていたが、相手も愛想が尽かなかったものだ。ただのバカだったのだろうが、それでも嬉しく思う。

 

 だから、だからこそ。

 

 この気持ちを、捨てなければ。情は未だ、捨てきれていなかったらしい。

 ふぅと息を吐いた。

 

「(まぁでも、無理だと思うけどな)」

 

 人である限り、この感情を捨てる事はできないだろう。押し殺す事はできるかもしれないが、それは捨てたとは言えない。

 くつくつと笑う。まだ、人間であるらしい。魔界を抜け出し、人の世に身を置いたのは正解だったか。

 周りにいたのが、数百年以上生きている者達ばかりだったので感覚が狂っていたが、まだ自分は十数年しか生きていない。それを思い出させてくれた、平和なこの国には感謝しかない。勇者召喚に加担した国王は嫌いだが。

 うんうん、と頷き、微笑む。その一因となった人物が主催のお別れ会は、一体何をしてくれるのだろうか。少し、楽しみだ。

 お礼として次に会うときの為に、何か土産でも持って行こうかな、なんて考える。

 あぁ、でも。

 

「次……なんて、あるのかどうか」

 

 誰もいない部屋で、一人ごちる。

 音となってでた声が、寂しく反響した。

 

 

 

 

 

「こんばんわぁーーーー!!!!!」

 

 びっくぅうううう!

 勢いよく開かれたドアの音と、先程と比べ物ならない程の大きな声が響き、驚いたシアンは思わず空になったカップを落としそうになるが、持ち前の反射神経で事なきを得て、恐る恐る声の主を探して振り返る。

 そこには、ニコニコと笑う薄黄緑色の髪を持った少年とも少女とも言い難い人物がいた。

 一体、誰だろうか。取り敢えず声をかけようと口を開くが。

 

「……っ…………(どちら様だ?)」

 

 驚きすぎて、声が出なかった。

 

 




すでにキャラがぶれぶれだが、これから更にぶれる。


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仲間

 

 

 

「そっかそっか。君が、ふーん」

 

 いきなり現れ大声で挨拶してきたその人物は、シアンの周りをくるくると回りながら身体の様々な場所を見てきた。その様は宝を鑑定する商人のようで、その糸のような目からは見えないはずな瞳が光っているような気がした。

 一頻り回った後、少年(少女とも見えるが)は満足そうに頷き、首を傾げる。

 

「うんうん、魔力は申し分ないね。でも垂れ流してる、勿体無いな。それに、魔法使いとは言え接近戦を好むって聞いてるけど……全然鍛えられてないね、駄目駄目。毎日筋トレしてる?」

 

 してるわけないだろ、と悪態を吐くも、その観察眼にシアンは驚いた。筋肉云々は置いといて、魔力の方だ。

 人の魔力の有無や、多さを見るには解析魔法しかないと言われている。他の地では鑑定魔法と呼ばれるこれだが、その習得の難しさ故に使える者が少ない。シアンは使える者を知ってはいるが、この国に来てからは一度も知り得てはいない。それ程に、少ないのだ。

 因みに魔法を妨害する魔法はあるが、解析魔法は発動するのには詠唱がいらないので、いつされたかどうかもわからないのが利点であり、そんな魔法を妨害しようとする方が無茶だ。

 なので、これを止めさせる方法はなく、また相手が話すまで個人情報が漏れた事に気づく事もない。見方次第では凶悪な魔法である。

 

「あ、今、解析魔法使ったな? とか思ったろ?」

 

 考えている事を読まれたことに慌てず、こくりと頷く。

 

「使ってないよ。種族特有の能力って言うのかな。相手の力とかが何となくわかるんだよ」

 

 へらりと笑った少年は、薄黄緑色の髪揺らしながら距離をとった。くるりとシアンの横を通り過ぎ、向かい側の席へ座る。その仕草は何とも軽やかで、隙もない。多分だが今シアンが攻撃しても、躱されるだろう。それか去なされるか。

 敵意もないし害意もない。良く分からないその少年をどう扱えば良いのか判らず、シアンは仕方なくと言っ風に座り直した。いつの間にか立ち上がっていたらしい。

 けど、種族特有の能力か、と先程の言葉を脳内で復唱した。よくよく少年を見てみれば、その顔の横についてある耳が尖っている。つまりは人種ではないと言う事で、人型の別の生物だ。

 その耳は横に伸びてるわけでも、下に垂れ下がっているわけでもない。人の耳の上部分が尖り、伸びたような形状だ。つまり。

 

「(エルフ、か)」

 

 人とは違う日に焼ける事のない白い肌、緑の髪、そして上方向に尖る耳。伝わるエルフの容姿と同じだ。

妖精人種エルフ。人の形をしていながら、精霊種に近い存在であることからそう名付けられた亜人種である。もっとも、妖精人種と呼ぶのは人種だけとされているが。

 しかし本来エルフとは、森の奥地に住んでいる。人が踏み入れられない精霊達の領域の中にだ。

 人や他の種族と関わらず、ひっそりと暮らす種族。そう言い伝えられているが……目の前にそれがいる。案外当てにならないのかもしれない。

 

「で、そのエルフ様がどうしてここに。というより、名乗ったらどうだ?」

 

 笑みを崩さず此方を見つめてくるエルフ。糸目であるからか視線はわからないが、顔の向きからして此方を見ているのは明白だった。

 そんなエルフに肩を竦めながら、そう問いかけるとその少年はきょとんとした顔をして、何やら苦笑した。確かにそうだね、と。

 

「僕の名前はカクタス。姓はないよ。それでカーマイン皇国で騎士達に剣を教えてた。剣士が来るって知らされてたでしょ? それ僕ね」

「成る程、それでもう一人のパーティの一員であるオレを見に来たのか?」

 

 くすくす、と笑う。

 

「まぁね。これから旅をするんだ。長い付き合いになる相手を気にならないわけがないでしょ?」

 

 それはまぁ、確かに。

 シアンとて気になっていた訳なので否定はしない。第一、先程まで目の前にいる彼について話していたのだから。彼方から来てくれた、それだけでも良しとしようか。

 

「じゃぁ、オレも自己紹介を。シアン・アシード。得意な魔法は補助魔法で、攻撃魔法はできない。接近戦闘型魔法使いだ」

「話に聞いてたけど本当なんだね。実際に見るまでは確実にそうだと言えないけど、少なくともこうして君が言うんだからそうなんでしょう?」

 

 こくりと頷く。遠距離は弓などを使えばできるかもしれないが、本職には少し劣るだろう。やはり接近戦の方が少し得意だ。しかし、それでも本職に劣る。魔法職以外でのオールラウンダーでもあるので、それは仕方ないと言えるが。

 

「本当は勇者を交えて言った方が良いんだろうが、オレはオールラウンダーだ。攻撃魔法以外ならそつなくこなせる。まぁ、一点特化ではないから他には劣って見えるだろうな」

 

 補助魔法を全て使えるのと、魔力の多さだけがシアンの強みである。

 

「僕はそうだね。接近戦型なのは君と一緒だ。けれど、武器は大剣を使う。こう見えて攻撃特化なんだよ」

 

 今、彼の背には大剣はない。何処かに置いてきているんだろう。自分の得物をそんな不用心に置いてくるのもどうかと思うが、問題はないのだろう。

 シアンよりも背の低い彼では大剣などと、到底扱えないと思えるが、そこはエルフだ。大剣を操ることなど造作もないのだろう。

 彼らは人種よりも素の身体能力は上である。亜人種より人種の方が繁殖能力は高いく、逆に人種より亜人種の方が生物として強い。繁殖能力は低い、寿命が人より大分長いのも関係あるのだろう。

 しかし、幾ら人種より強いからと言って、決してエルフは大剣を使い力で捩じ伏せる様なタイプではない。寧ろ、魔法や弓といった遠距離か、小手先でちょこまかと戦うタイプだ。

 

「……似合わないな」

「えへへ、よく言われるよ」

 

 へらりと笑ったカクタス。その表情は、諦めがあった。本人が言う様に、よく言われているのだろう。

 エルフという種族という事もあるが、そのシアンよりも低い背と見た目、華奢な身体からでは想像しにくいと思われる。よくよく見てみれば、その身体はちゃんと鍛え上げられているが。

 しかし、この和やかな雰囲気とは裏腹に、彼は王国の騎士達に剣を教えられる程の実力を持っている。

 人は見た目八割などと、言うかもしれないが、これは見た目詐欺だろう、と悪態を吐いた。

 因みに、魔法使い様々な格好をしているのに攻撃魔法が使えないシアンもその中に該当する。本人は全く気づいてはいないが。

 

 その時、ガタンと音が鳴る。音の方向を向いてみると、閉じられていた扉は開かれ、そこには一人の少年がいた。

 

「ハァ、ハァ……っ。速すぎっ、ひゅっ……スー、ハァ」

 

 軽く呼吸困難に陥っているのか、膝を折って胸に手を当てて息を整えている。途中で、息をしっかりと吸えない音がしたが、その後の深呼吸で何とか落ち着いた様だ。

 額に滴る汗を拭い、少年は全ての元凶であるカクタスを見た。完全に怒りの目である。

 

「師匠速すぎる! 一回見失ったじゃないですか!」

「おー、勇者君じゃない! 意外と早いね。疲れたでしょ? 紅茶はどうだい?」

「誰のせいだと……! あーもう!いただきます!!」

 

 ズカズカと行き場の無い怒りを表しながら、シアンとカクタスの間にある椅子に少年は座った。

その間にティーカップを用意し、紅茶を入れる。その動作は様になっており、背格好を直せば彼が給仕係だとしても違和感はない。

 ゆらりと湯気が揺れる。こくりと喉が上下して、紅茶は少年の胃の中へと注がれる。体の奥から温かくなった気がした。汗を掻いている今では、不愉快に思えるが、とにかく落ち着いたので、良しとしよう。

 改めて少年を見る。勇者と呼ばれていた彼は、やはりというか雄城英二だった。

 短い黒髪に、黒目。日本人特有の童顔は、この世界ではあまり見ない人種である。

 

「落ち着いた? とにかく君は騒がしいからね。シアン君に迷惑だよ?」

「初対面の人を大声で驚かす人に言われたくないんですが!!」

 

 彼もカクタスの大声にやられた人間だったらしい。

 どうやら話によると、カクタスは初対面の人に会う度に大声で挨拶をする習慣があるらしい。それに合わせて、ボケているのか昼夜逆の挨拶をする。

 先程、シアンに挨拶した時は昼なので、普通は“こんにちは”だが、彼は何故かこんばんはと挨拶していた。

 ツッコミ辛い、微妙なボケであるため、殆どの人が驚くことあれど、困惑し苦笑する。どう扱えば良いのかわからないのだろう。カクタスの容姿からして、子供の悪戯とされる事もあるみたいだが、まぁ何とも色々と傍迷惑な話だろうか。

 何方にせよ、シアンの様に驚きすぎて声が出ないという反応をした人はいなかったらしい。面白かったよ、とカクタスは笑った。

 ……どう返せば良いのだろう。

 

「じゃぁ、皆揃ったことだし。改めて自己紹介をしよう! 僕の名前はカクタス。ここじゃ珍しいエルフっていう種族さ。よろしく頼むよ」

 

 この中で一番背の低い少年が笑う。

 少年と言っても、エルフは長寿なので外見よりは歳をとってはいるだろう。三人の中では、年長ということになる。

 

「俺は雄城英二。気軽にエイジって呼んでくれ。勇者はちょっと照れくさいから」

「わかったよ! 勇者君!」

「わかってない! 絶対わかってない!」

 

 大層な肩書きはあまり好きではないらしい。照れくさい、と言いながら困ったような笑みを浮かべていた。多分だが、未だ自分に合っていないと思っているのだろうか。

 シアンも見た限りでは、素養は確かに勇者と呼べるほどの物なので、そう卑屈にならなくてもとも思う。だが、彼は日本人だ。彼の国では、何かと謙遜する癖がある。彼もまた、それを受け継いでいるのだろう。

 

「シアン・アシード。魔法使いとして三流以下、前衛も後衛もこなせるが、魔法にだけは当てにしないでくれ。けど、教える分には問題ない。勇者様には是非とも早く覚えて貰って、オレの代わりの魔法使いになれ」

「命令形!?」

「まぁ適材適所ってやつかな。君は実力はあるから、王様も切れに切れなかったんだろうけど、僕は大歓迎だけどね、君みたいな子。傲慢で馬鹿なやつよりは良い」

 

 シアンの小さな横暴に驚いている英二を放っておくことにしたカクタスは、パンと軽く手を叩いてニコリと笑う。視線はシアンの方へと向いていた。

 

「さて、これで相手の名前がわかった事だし、行こうか。扉の向こうでメイドさんが、戸惑っている。慌ててる様子でもあるから、多分呼び出しだろうね」

 

 先程から慌てたように右往左往する気配は、カクタスの言葉でビクリと跳ねる。

 英二は驚きからは復活したが、気づいていなかったのか困惑した表情をしてみせた。気配を読むなんて事、彼にはできないのだろう。

 

「遅かったな。勇者様が来る前には、呼び出されるかと思ってたんだが」

「まぁね。王様にも何か事情があるんだろう。そこは一市民である僕らにはわからない事だし、考えても仕方ないよ」

 

 くすくすと笑う彼は、スッと立ち上がった。

 それを見たシアンも立ち上がり、謁見の為に身嗜みを整える。と言っても、ジャボの位置を整え、プラム王国立魔法学園の制服であるマントを羽織るだけだが。

 

「エルフはどの国にも所属してないだろ」

「それもそうだったね」

 

 長いこと居たから忘れてたよ、なんて微笑む。冗談なのか否なのか、よく分からない。

 やり難い相手だ。シアンは本気でそう思った。

 

「さて、行くよ勇者君。君が主役なんだから、そう呆けてないで、立ち上がって」

 

 ふわりとした優しい言葉とは裏腹に、英二の腕を掴み無理やり引っ張った。

 うわっ!? という声を上げた英二は、カクタスの身長を超えて持ち上げられ、そして絨毯の上に立たされる。何が起きたのかをわかっていない彼を満足そうに見たカクタスは、歩き出し扉を開けた。

 勢い良く肩が跳ねたメイドに優しく微笑み、彼は此方を手招きする。

 年長者だからか、それとも職業柄からなのかリーダーシップとしての姿を見せるカクタスを見て、英二は憧れるような表情をしてみせた。

 それを見てため息を吐くシアンの事など気づいていないようで、彼は陽気にはーい! なんて返事をしながら駆け出して行く。

 

「廊下は走らない」

 

 だが、走り出した途端に襟首をシアンに掴まれ、強制的に歩かされることになる英二であった。ぐへっ。

 

 




華がないね。


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閑話 送別会

 

 

「これから、第一回シアン・アシード送別パーティ! の! 準備を始めまーーす!!」

「「いぇーい!」」

「(第二回もすんのか? これ)」

 

 王都にあるとある宿屋の中、金に物を言わせて宿屋を一つ貸し切った貴族の子供達は、数日後には別れる事となる友人の為に所謂お別れ会の準備を始めようとしていた。

 そのテンションは準備ではなく本番を始めるかのようで、楽しんでいる取り巻き二人とクラスメイトであるバルト・ピーコックをジト目で見ながら、ダリア・フランボワーズはハァとため息を吐いた。このテンションで行けば、間違いなく疲れると思いながら。

 

「それじゃ、各担当を決めていくよ。僕は総監督、指示出しだけど、この食堂の飾り付け。ダリアとその取り巻き二人、ヨットとチョークは買い出し。買う物は後でメモに書いて渡すから。それと……」

 

 茶色い紙に書いてある、やる事一覧から目を離し、壁際に立っているここにいる誰よりも年上であり、強者の女性へと目を向けた。

 彼女はタン・カーキー。バルトの友人であるシアンと決勝で戦った女性だ。

 彼女は、この宿を借りるという事をしてくれたのだが、彼女にだけ仕事を出さないのも不公平だろう。 バルトは少し思案してから、口を開いた。

 

「タン先輩は、僕のサポートを。料理はできます?」

「……それなりには」

「良かった。では、ダリア達の買い出しが終わったら料理を、それまではここの飾り付けをお願いします」

「わかった」

 

 タンが料理できるという事を知って安堵するバルトだが、タンの受け答えに内心首を傾げた。

 彼女は、こんなにも素っ気なかっただろうか?

 そう疑問に思うも、試合では良く喋っていたタンは普段は口数が少ないタイプなのかも知れないと考えるのをやめた。それよりも今は、この送別会の準備である。

 パーティを始めるのは夜。日が沈み、王都中から光が溢れる時。一つの区画を除いては全ての店が閉まる時間帯でもあるからか、準備の終了時間でもあるこの時までには準備をしなくては。

 少しの焦りを感じながらも、作業に移りかかった。まだ、昼過ぎだと言うのに。

 何と無く、嫌な予感は当たるものだ。

 

 

 

 

 

 それは突然だった。

 とある誰かからの念話で、必死な声が聞こえた。

 

〝ぜぇ、ぜぇふっ。おいバルト!〟

「……ダリア? どうしたんだい? そんな切羽詰まった様な」

 

 横で座りながら一緒に準備していたタンはバルトの様子にふっと顔を上げて、首を傾げる。バルトは腕を振って、作業には問題ない事をタンに伝えて立ち上がり、壁際に寄った。

 仕草が少し、裏の組織の様にも思える。

 

〝いやちょっと、昔の恋人に間違われて追いかけられてるだけだ。それよりも、メモにあった最後の材料、売り切れてるってよ。ヨットもチョークとも手分けしてあらゆる店で探したんだが〟

 

 前者がとても気になる案件ではあるが、今はパーティの準備が先決。何だそんな事か、と胸を撫で下ろした。お金が足りなくなったという事を想定していたバルトは安心し、顎に手を置く。

 そんな事、と先程は思ったが、思ったより重要な事だった。何せその材料はメイン料理。派手にドーンと大きい物をと思っていたのだが、どうやら季節外れで何処も入荷してないだとか。わかってはいたが。

 

「どうしようか、一応メイン料理だしね。インパクトが無くなるのはなぁ…………そうだ!」

〝どうした? なんか良い案が---「いたぁあああ!!!」---げぇっ!?〟

「どうせ無いなら、取ってこようかと思ってね。現地調達って奴。ってダリア?」

 

 プツリ。皮膚を針で刺した様な音がする。念話が切れた証拠だ。

 

「…………切れてる」

 

 はぁ、と溜息を吐く。

 どうやら予想外のイベントが起こっているようだ。焦っているからか、自称コミュ障であるダリアが普通に話せていた事には嬉しく思うが、ちゃんと材料を持って帰ってくれるのかが気がかりである。しかし、待つしかないだろう。今どこにいるのかは知らないのだし。

 取り敢えず、材料を取ってこようか。フーリとなら出来ない事はないし、タンにこの場を任せられる。

 

「タン先輩、そのまま作業を続けてもらえますか。少し用事ができました」

「何処か行くの?」

「材料を取りに。どうやら店には出てないらしく、現地調達をと」

「わかった」

 

 許可は取った。自分の身分を証明する、魔法学園の制服であるマントを羽織りながら宿を出る。左右を見渡し、王都から出る門がある方向へと歩き出した。

 目指すは、王都より一時間ほど歩いた場所にある暗い森。そこに住む魔物が目的だ。

 鳥と豚と牛と、三種の味がその身に集まっている奇妙な魔物。元々、偶々その三種が濃い魔力が湧き出る付近に集まり、魔物化と同時に融合したのではないかと言われている魔物だが、これが絶妙に美味しい肉なのだ。

 主に王国の建国記念日や、王の御即位記念、誕生祭など、王国の祝い事に使われるこの肉だが、これらの記念日が冬に集まっており、今は春なため季節外れなわけだ。祝い事が無いのに、入荷する店もないだろう。

 その魔物自体は年がら年中活動しているため、狩りに行くのは容易い。あまり強くない魔物なので、駆け出し冒険者でも狩れる程、既に中級以上の実力を持つバルトにとっては雑魚である。

 時折走り、予定より早く着いた暗い森の中に入って行く。この森は強い肉食の魔物はおらず、草食である魔物しかいない。初心者に優しい場所である。

 しかしだからと言って、油断していい場所でもない。彼らは草食だ。普段から食べられる側である彼らが、何の警戒もなしに、のうのうと生きているわけではない。返り討ちに遭えば、弱い部類に入る生き物である人種が負ける可能性の方が高い。

 バルトはフーリを呼び寄せ、辺りを警戒しながら捜索にあたった。

 

 

 

 

 

「あっけなかった……」

 

 バルトの目の前には豚の頭を持ち、牛の体を持ち、鶏の尾を持った魔物が、命を刈り取られ横たわっていた。警戒も油断もしていないと思っていたのだが、流石に季節外れであるからか、人間は襲ってこないと思っていたようだ。思ったよりアッサリと仕留めてしまった。いや、これはこれで良いのだが。

 頭は豚なのに関わらず、コケーと鶏の様に鳴くそれは、バルトの精霊魔法によって操られている蔓によって持ち上げられる。ここで血抜きをしても良いが、それでは何かを呼び寄せるかもしれない。安全に、迅速に、これを持って帰らなくては。

 しかし、蔓でバケツリレー式に運ぶという方法ができるのは森を出るまで。そこからは自力で運ばなくてはいけないのだが、この魔物、肉が詰まっているからか子豚サイズなのに牛の様に重い。バルトの細腕では運べそうにない。ダリアでも呼ぶべきだったか、と後悔した。

 

「はぁ……」

『バルー? おつかれー?』

「いや、大丈夫さ。心配してくれてありがとう、フーリ」

『えへへー』

 

 自身の相棒であるフーリの頬を指で撫でながら、微笑む。癒しだ。

 森の外へ出る道中、襲ってくる魔物や動物達を精霊魔法で追っ払いながら歩く。ここらの魔物達は弱いからか、精霊魔法を見ただけで逃げて行く。バルトもバルトで、無闇な殺生はしないタイプだ。深追いせず見逃しながらも、順調に肉を運んだ。

 

「(やっぱり、連絡をした方が良いかな)……タン先輩?」

 

 念話を発動させ、宿にいるであろうタン・カーキーへと話しかける。バルトの魔力なら、徒歩一時間ぐらいの距離ならば余裕で繋がる。この魔法は先に発動した方が魔力を消費するので、例え片方が魔力が少なくても、もう片方が多ければ長く使えるという利点がある。そもそも、遠距離の会話ができる時点で利点だらけなのだが。

 

〝何かあった?〟

「特に緊急とかじゃないんだけどね。ダリア達は帰っているかい?」

〝とっくに〟

「そうかい……じゃぁ彼らに、暗い森に来てくれるよう言ってくれると助かるよ。思ってたより重くてね」

『ねー!』

 

 何が面白いのかクスクスと笑いながら、フーリはバルトの周りを飛ぶ。既に役目は終わったというのに帰らない辺り、要請というものは自由人である。

 

〝わかった〟

 

 プツリと念話が切れる。用は済んだとばかりに切れたそれに、バルトはため息を吐く。

 相手から切ってくれるのは有難いが、面と話すのには少し辛い。作業中も終始無言で、話題を出そうにも相手は一言で返してくる。酷い時は「そう」だけである。

 タンは接しにくい印象があると感じた。試合の時は気が強く、それでいて心配性でもありそうに見えていたのに、勘違いかも知れない。やはり、自身には慧眼は無いらしい。節穴の目であったか。

 

『バルー? 元気ないー?』

 

 自身の葛藤も知らない幼い妖精は、こてんと首を傾げながらバルトの頬を撫でる。

 

「いいや、とっても元気さ」

『そっかー!』

 

 その小さな手と、己の言葉に花を咲かせたように笑う彼女に癒されながら、約一時間程ダリア達を待ち続けた。

 

 

 

 

 

 シアンは騒がしいところが苦手だ。

 休日は友達と遊びに行くのではなく、家でゆっくりと寛ぎたいタイプの彼にとって予想していた事だが、自分自身が主役のパーティは疲れるの一言である。

 そもそもこういう祝い事を見るのは楽しいが、祝われるのはあまり好きではない。嫌な気分ではないが、面倒なのだ。

 特に、変に高まったテンションの友人などは。

 

「それでは、祝! 勇者の仲間入り送別会を始めたいと思いまーーす!!」

「「イェーイ!」」

「(デジャヴ……)」

「(何だこのテンション……)」

 

 主役なのに非常に冷めた目で友人を見るシアンを、何故かいるイエローが笑い、そのイエローを遠巻きにしてバイブレーションの様に震えるタン、そして主役を置いて盛り上がっている三人組。

 

 実にカオスとも言える。

 

「さて! 主役のシアン・アシード! さぁ! 存分に料理を食べてくれたまえ! 僕と、タン先輩の手作りだ」

 

 笑顔で近づいてきたバルトの頬は火照っていて、興奮しているのがわかる。そんなにもパーティが楽しみだったのか、とシアンは思った。

 しかし、やはりというかこのテンションは疲れるな。はぁとため息を吐き、こっちこっちと腕を引っ張る友人を冷めた目で見る。シアンの視線に気づいたのか、バルトは笑顔のまま振り返った。けれど、その笑顔は少しだけ違和感がある。はて? と首を傾げた。

 

「どうした、シアン。僕が一から考えたんだ。もっと楽しんでくれなくては困る」

 

 そう言って笑う。成る程、そういうことか。

 バルトはシアンの為にこうしてパーティを催した。主役が楽しまなければ意味がない。困った様な笑みなのだ、あれは。

 

「愛されてんねー」

 

 くひひっと笑う黄色いサラサラヘアーを睨みつけながら、シアンはバルトの説明に耳を傾ける。しかし、料理に興味のないシアンにとって、バルトのレシピ説明は聞いていても良く分からない。右耳から入り、左耳からすり抜けて行くばかりである。

 

「見ろ! シアン! 良い盛り付けだとは思わないか? あれはタン先輩がしたんだ。料理もできて、センスもある。良い嫁になるだろうね」

 

 そもそも貴族は料理しません、とも言えずにシアンは流されるがまま。いつになれば料理を食べて良いのか分からず、もしかして全ての料理の説明が終わるまでなのだろうか。だとすれば、それは酷い事だ。

 

「(腹減った……)」

 

 昼ご飯は抜いてこいというバルトの言葉を聞くんじゃなかった。そう後悔しながらも、彼の笑顔を見るとどうでも良くなる。

 けれど、目の前で先に料理を食べている他の連中は許さない。見せつける様に食べている天使は特にだ。

 しかし、シアンにはその姿が見えているが他には見えないことはわかっているのだろうか。イエローが食器を片手に移動すると、他が離れて行くのを気づいているのか。

 

「(変な所で天然だな……)」

「シアン、聞いているかい?」

「あー、はいはい。聞いてる聞いてる」

「反応が雑い!?」

 

 キャラ変わった? こいつ。なんて思いながらも、シアンは数日後にはここを離れるんだな、と思い出に耽る。少しの、たった二年程しか過ごしていない王都だが、まぁ良いところだったと思う。国王は嫌いだが。

 最後にはこうしてパーティを開いてくれたのだから、学校も良いものだ。

 

「(また、通いたいな)」

 

 他の生徒はあまり好きではないが、此奴らがいるのならば通う価値はあるだろう。多大な金はかかる事は省いて。

 しかし、いつになったら食べさせてくれるのだろう。もう三分の二は他の人の胃の中に収納されているんだが。

 

「(まさか、最後まで?)」

 

 そんな、まさかな。

 シアンの懸念が当たるのは、もう少し先の話である。

 

 




ほのぼの。


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閑話 魔法道具

 

 

 

 これは、送別会が行われた数日後の出来事である。

 

 

 

 

 

「勝負で約束したとは言え、本当に守ってくれるとはな……」

「最初からそのつもりだった」

 

 王への謁見を済ませ、勇者の仲間とした活動するまでの間である最後の休息日。シアンは選抜大会の決勝相手であったタン・カーキーと、貴族街を歩いていた。

 ここは爵位を王から貰い貴族となった者達の街。周りを見渡せば、豪邸ばかりである。

 タン・カーキーと会ったのは、選抜大会の決勝で賭けた事を守って貰うため。シアンとしては守らないと思っていたのだが、律儀なのかタンは守るつもりであったようだ。

 淡々と答え、胴より長い脚を動かし前を歩くタン。身長はシアンより、大きく百七十程はある。見た限り、踵の高い靴を履いているわけではなさそうだ。少し、悔しい。

 

「ここ」

 

 タン・カーキーが止まったのは、一つの豪邸。他のよりも一回り大きく、権力の高さが伺える。流石、代々宮廷魔術師を輩出してきた家というだけある。

 タンは門の隣にある魔法石に手を当て、魔力を流し込む。この魔法石には、念話の魔法が込められており、中との会話が可能になるという便利な代物だ。但し、魔力が無い者には使えないというデメリットがある。

 

「帰ってきた」

《タンお嬢様でございますね。お帰りなさいませ》

 

 やはり貴族だ。お嬢様とは。

 そう言えば、お坊ちゃまとは一度も呼ばれた事がなかったような。そうシアンは頭の隅でどうでも良い事を考えながら、開いた門を潜っていったタンの後姿を追いかける。

 足の長さが違うと、足の速さも違ってくる。速いな、と感じながらも小走りでついて行く。

 平民には広すぎると感じるであろう庭を渡り、玄関先へとたどり着く。人には大きすぎる扉は、此方が手を出さずとも自然に開いた。

 

「「「お帰りなさいませ、タンお嬢様」」」

 

 何十人ものメイドや執事達が一斉に頭を下げ、タンを出迎えた。

 只々、圧巻の一言。庶民には心臓に悪いものだ。先程から心臓が五月蝿いし、冷や汗が止まらない。これがジェネレーションギャップか、なんて見当違いな事を考えながら、タンの後ろに自然につくように歩き出す。

 周りからの好奇の視線や、妬みや怒りの視線が浴びせられるが、一心に無視して足を動かす。

 

「(いや、前者は分かるが、誰だ後者)」

 

 帽子が欲しい。タンと会うため、シアンの装備である上着ととんがり帽子は仕舞ってあり、今日は友人という設定できているため制服のマントを上から羽織っている。フードはついてはいるが、室内で被るのは失礼だ……今はこの習慣が嫉ましく思う。

 

「ごめん。皆、貴方が勝ったから気が立ってる。良い人達、でも心配性」

「そ、そうか」

 

 自分が勝ったから悪いという言い方をされて、シアンは困惑する。何か事情があるのだろう。そしてそれが、シアンに飛び火しているという事。厄介な。

 

「それに……」

 

 まだ何か続けようとタンは口を開くが、暫く考え込んだ後首を振った。首を傾げるシアンに、何でもないと言って歩き出す。

 

「ここ」

 

 つい数分前にも同じように声を発したタンが止まったのは、とある扉の前。

 他の扉は木製の茶色いものに対して、この扉だけは銀色である。よく見れば金属でできており、解析魔法を掛けようとしても掛からない。成る程、魔法の干渉を防ぐ金属のようだ。

 

「(防ぐと言うより、吸収してただの魔力として放出している……まさか、ミスリルか?)」

 

 防具や武器に使われる事が多いミスリルは、耐久力が強い事で評判だ。アダマンタイトや、オリハルコンの様な発見された例が少ない鉱石より、発見されやすい高級品として知られる。

 そしてミスリルで作った剣は魔法を斬る事ができるという噂があった。本当だったとは思いも寄らなかったが、こういう仕組みか、と一人納得する。

 因みに第一級冒険者は、皆ミスリル製の武具だとか。

 

「(流石貴族。金持ちだな)」

 

 けれど、その高級品であるミスリルをふんだんに使った扉。この奥には、自分が求める物があると確信できた。重要なものではなくては、ミスリルなど使わないだろう。

 何と無くで賭けをしたシアンだったが、思わぬ儲けになりそうで頬が緩みそうである。

 タンが扉の手形のような場所に掌を嵌め、魔力を流す。どうやら、一部分だけミスリルでできておらず、魔力が流れるような仕組みになっている。特定の魔力を感知し、開くタイプの扉。現に、地面を引きずる様な音と共に、扉が開かれた。

 他の場所に金をかけ過ぎていると感じるが、自分の家では無いのでシアンは思考を放棄し、中へ入っていくタンへと続いた。

 扉を潜れば、そこは楽園である。金銀財宝の山。流石に金貨や銀貨など直接なものはないが、魔法使いが見れば価値あるものばかり。どれもこれもに、魔力が宿っている魔法道具だ。

 

「(この中から一つだけ、選び放題か……これは、思わぬ当たりだ! 過去のオレ、グッジョブすぎる)」

 

 心の中でガッツポーズをしながら、周りを見渡す。その目はもう宝石を鑑定している宝石商の様に、怪しく光っている。

 タンが何も言わずに前に出て、振り返った。目は合わない。

 

「約束通り一つだけ。それ以上は無理」

「わかっている。触っていいんだよな?」

 

 こくりと頷くタンを横目に、シアンは鑑定に移った。

 すぅと息を吐き、解析魔法を発動させる。これより、眼に映る全ての物の情報が羅列される。

 余計な事は考えず、全て目の前の魔法道具達に集中する。脳内に浮かぶのは、魔法道具達の製作者や効果、それその物の価値。

 

「(遊びでだけ作った、なんて物が多いか。しかし……)」

 

 目蓋を開ける。歩き出し、魔法道具を二つ程取り出す。シアンにとって重要性は無いが、この二つだけが、この中で最も価値があるものだと思われた。

 一つは、箱の中に入ったアクセサリー。一見普通のブレスレットに見えるが、れっきとした魔法道具だ。効果は溢れ出た魔力を貯められるという物。貯めた後で使えば砕ける代物だが、その恩恵は大きい。容量の限りが無いのだ。それだけで、価値はぐんと跳ね上がる。

 本来、魔力という物は睡眠を取ると回復するという性質がある。精神力とも言われるこれは、人それぞれの許容量を超えると溢れ出す。溢れ出した魔力は周りに滞空し、周囲に影響を出す事がある。器が小さく、魔力を生成する力が大きいものには、このブレスレットは救世主になるのでは無いだろうか。

 

「(この製作者は砕けない物を作りたかったんだろうが、これだけでも価値はある。生産量は少ないが、オレなら複製できるしな……)」

 

 ま、世に出す気は無いが。

 さて、次の魔法道具だ。もう一つは、チョーカー型の魔法道具。先程と同じく身につける物であるからか、人体に作用するものだ。このチョーカー型の効果は、純粋な身体能力向上。装備者の身体能力を二倍にするもの。しかも恒常効果。強い。

 因みに強化魔法の一つである身体強化は同じく二倍であるが、一時的であるためこのチョーカー型魔法道具の方が強いと言える。

 

「(強化魔法を使わなくて良いという利点があるが、慣れてからこの魔法道具が壊れた時の反動が怖いな。それが戦闘中なら余計に)」

 

 利点は先程言ったように強化魔法を使わなくて良い点と、身体の弱い者が身につければ普通に生活できるなんていう点もある。まぁつまりは使い方次第という事だ。

 シアンは悩む。持っていけるのは一点だけ。ブレスレットか、それともチョーカーか……それとも。

 長い静寂が訪れる。

 

「決めた」

 

 数秒か、数分か、はたまた数時間か。体感時間では長く感じた時を過ごした後、シアンは納得したように頷き、手元にあるブレスレットとチョーカーを元の位置に戻した。

 そして、視線を滑らせ目にしたのは、一つのケース。中に入っているのは勿論魔法道具だが、ただの魔法道具ではない。この世界にとって価値のあるものだと思われにくいが、ごく一部に限ればそうではない。これは先程の二つよりも、貴重性が高い。

 蓋を開けずに持ち上げる。後のお楽しみ、というわけではないが、解析魔法で中身は二つ入っているという事がわかるので、貰えるのは一つだけという約束の元、文句でも付けられたら片方を持っていけないかも知れないため、あくまで一ケースで一つという事にする。

 実際、この魔法道具は二つで一つな様だし、嘘はついていない。

 

「これを貰って良いか?」

 

 この宝の山の持ち主の娘であるタン・カーキーへと確認を取ろうと立ち上がって振り返ってみれば、彼女はシアンの目を見た瞬間びくりと震えた。まるで何かに怯えている様に。

 

「……これを貰って良いか?」

 

 再度同じ事を繰り返して聞くと、タンは申し訳なさそうにしてからシアンの手元を確認し、そしてこくりと頷いた。

 そうか、と呟き懐に入れるフリをして時空間魔法で収納すると少しだけ思案した後、タンの前に歩き出し目を合わせようとする。案の定タンは目を合わせようとせず、右へ左へ、上へ下へと目線を逃すが、痺れを切らしたシアンはタンの顔を掴み無理矢理にでも視線を交差させる。

 

 びくり。また肩が震えた。

 

 正直、シアンはここまで怯えさせる様な事をした覚えはない。選抜大会だって、相手は果敢に向かってきたし、騙したとはいえ勝敗はついた。試合直後の彼女はまだ、瞳に怯えを含ませてはいない。

 ならどうして。その心当たりなら、ある。

 

「タン・カーキー、正直に答えて貰おう。お前は、草臥れた翼を持った天使に戦いを挑まれたな?」

「っ!?」

「そして、敗れた。トラウマを植え付けられる程に、性格を歪める程に。オレと同じ顔をした奴に」

 

 確信を持って告げた言葉にタンは固まったが、暫くして目を伏せた。

 手を離したシアンは一歩二歩と下がり、少しだけ高い彼女の顔を見上げる。

 

「分からないと思ったか? 同じ顔をした奴だ、知っているに決まってるだろ。オレの顔を見て驚き、怯える奴に何があったのか、オレにはわかるからな」

 

 人間であるために唯一良識的な方であるシアンは、こうして何もした覚えのない人間に怯えられる事が多かった。

 最初は意味がわからず、仲良かった者達に急に怖がられる羽目になったりもした。そんな彼らに問い詰めて得た答えは、お前に勝負を挑まれ負けた、ボコボコにされた、友を殺されたなど等。

 身に覚えのない事。だが、彼ら・・に出会って理解した。此奴らの仕業だと。

 

「(ま、その一人があのクソ天使のイエローだけど。何でこう身近な人間に手を出すんだよ……軽く問い詰めたい)……で、どうなんだ?」

「…………そう、貴方の言う通り。貴方と同じ顔の金髪の天使に戦いを挑まれた。君は強いからって」

「(やっぱりか……)」

 

 彼女も被害者の一人になったわけである。可哀想などと感想を抱くわけもなく、ただ湧き出るのは面倒だと言う感情のみ。恐らく先程の執事達の態度も、選抜大会だけでなくイエローの事情も混じっているのだろう。

 同じ顔をしているというだけでとばっちりが来るのだから、迷惑なものだ。早く死んでくれないだろうか。

 

「それは災難だったな。だがまぁ、そのクソ天使で良かったよ。そいつを相手にして死ぬ事はないからな」

「……? それだと、もう一人いるって事に聞こえる」

 

 今度はシアンが視線を逸らす番だった。伏し目がちに、溜息を吐いたシアンは頭を掻いた後タンの横を横切り宝物庫から出て行く。

 その態度は肯定なのだろうか。首を傾げたタンは、帰り道がわからず足を止めていたシアンの下へと駆け出した。

 

「そういや、送別会の時イエロー見て震えてただろ。天使見えない奴には、只の頭の可笑しな奴にしか見えないから気をつけろよ」

「……………………うん」

「(若干凹んだな、今)」

 

 前と違って性格変わりすぎているタンだが、感情がわかりやすいのは変わってはいなかった様だ。

 

 




これで、第1章は終わりですね


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用語大全集 第一章版

 

 

 第一章に出てきた用語一覧。魔法含む。

 見落としなどありましたら、追加していくつもりです。

 

 

 

 

[国]

 

 

 

【プラム王国】

 世界最大の魔法国家。国王が現時点で人間が到達できうる天才の中の天才である魔導師という事もあり、世界的に魔法で右に出る国はいないと言われるほどである。

 敵に回してはいけない国の一つとして知られている。

 世界で唯一魔法使いを教育する機関、プラム王国立魔法学園がある場所でもある。

 

 

・王都ヘリオトロープ

 プラム王国の王都。

 魔法学園がある都市であり、魔法国家所以の珍しい物が集まる場所だからか、世界中からこの都市に人々が集まる。そのお陰か長期に渡って滞在する場合はお得な宿屋が多い。

 貴族街や宿街、様々な店が並ぶ市場街など、大きくわかりやすく分けられてこの都市は構成されている。

 

 

・プラム王国立魔法学園

 世界で唯一の魔法使い教育機関。第一学年から第六学年まであり、十四歳になれば入学できる。但し、王国立である為か学費は馬鹿にならない値段であり、貴族以外の平民では入るのが難しい学園でもある。

 その救済処置である特待生制度があるが、今のところ平民での特待生は居ない。

 ここで優秀な成績を納めた者は宮廷魔術師や、魔法騎士団に抜擢される場合がある。プラム王国で働きたい場合打って付けの機関ではあるが、その努力は計り知れないだろう。

 因みに世界で唯一な為、プラム王国と縁を結びたい国や仲良くしたい国、交流がある国からこの学園へと人が来ることがある。

 浮遊島の上に建設されていることでも、有名である。

 

 

・第一闘技場

 第三闘技場まであり、魔法を試す場所。

 授業で使うこともあれば、勇者パーティ選抜大会の様にイベントなどで使う場合もある。

 全て合わせれば、校舎の二倍ぐらいの大きさはある。

 

 

 

【カーマイン皇国】

 プラム王国に並ぶ巨大国家。

 世界三大神器の一つである剣、叢雲むらくもを保有している国であり、プラム王国同様敵には回してはいけないとされる。

 皇家に神剣と共に代々伝わる剣技は有名であり、その剣技を見た者はいないとされる。皇曰く、絶対必殺の剣技らしく、見たとしても死んだ者しかいないらしい。真意は定かではないが、正に必殺技と言えるだろう。

 そんな皇家に憧れてか否か、カーマイン皇国は剣士が多いとされる。

 

 

 

【カメリア帝国】

 プラム、カーマインに並ぶ国家。二つと比べると国土は小さいが、軍事力はトップ。

 プラム王国とは違い、魔法科学が発展しており様々な機械が街を彷徨っている。

 三代国家の最後の国であり、近々魔界へ攻め込むのではないかと噂される。

 

 

 

【魔界】

 人間界から海を渡った北の方にある大陸の総称。そこには魔物や魔族達が跋扈しており、それらをまとめる魔王が存在すると云われる。

 魔界へ人が最後に立ち入ったのは、何千年も前未だ語り継がれる勇者とされる。それだけ未知の領域である為、一度入ったなら二度と帰ってこれないという噂が立っている。

 

 

・魔王

 魔の王、つまり魔族や魔物をまとめ上げる存在。人間界では、伝説の勇者が倒した者とは違う魔族で、人間に好戦的とされているが、実は魔王は何千年も前から変わってはいない。

 実力は不明。容姿も不明である為、人間界では様々な憶測が飛び交っていたりする。

 

 

・魔族

 人の形をした魔物の総称。横方向に小さく尖った耳が特徴。

 魔物から進化した者が多く、人並みに知性があり魔物よりも強い。

 精霊や妖精もこの部類に入るが、ゴブリンなど人型であるが知性が劣る者は魔物に分類される。

 因みに獣人やドワーフ、エルフなどは魔族ではないとされる。

 

 

・魔物

 魔の動物の総称。

 主に動物や植物が魔力に当てられ、進化した姿。知力や能力も上がるため、動物よりも厄介であり強い。力を持たない一般人では歯が立たない程である。

 また、人間が魔物になったという事例はない。

 

 

 

【天界】

 雲の上にあるとされる神の国。

 善い行いをした者だけが行ける国とされ、天国とも称される。

 この世界の唯一の神が収め、数多の天使達が蔓延る世界であり、天族しか人間界と天界を行き来できない。

 人間がこの国に足を踏み込んだ事はないらしい。

 

 

・唯一神

 名をウィスタリア。この世界の管理者であり、創造主である。人間好き。

 この世界の神は彼女しかいない為、唯一神と呼ばれ、敬われる。人々が他の神を作り出し信仰することもあり得ただろうが、この世界では何故か、ウィスタリアしかいない。

 自称、生命の母。子供達は彼女には逆らえないのである。例え、反乱を起こした元大天使だとしても、だ。

 

 

・天族

 真っ白な翼と光輪を持った種族の総称。垂れ下がった耳が特徴である。また、天使とも呼ばれる。

 基本的に翼の数、光輪の大きさや模様の複雑さで強さがわかるとされる。だが、地上に来る天使は下級天使が多いため、上級天使を見た者は少ない。大天使は尚更である。

 

 

・大天使長

 全ての天族の長。神の次に権限があるとされる、実質トップの存在。

 その翼の数は多く、歴代最強だった前天使長は六対もの翼を持っていたとされる。

 因みに、現大天使長は四対らしい。

 

 

・大天使

 天使達をまとめ上げる小隊長的存在。大天使長の次に偉い。

 全員で十人ほどいる。

 

 

・天使

 天族の呼び名。

 上級天使と、中級、下級と階級が分かれていて、その階級によって仕事が異なる。地上に降りて、人間の悩みを聞くのは下級天使である。

 

 

 

 

 

[職業]

 

 

 

【魔法使い】

 才能の有無に関わらず、魔法を使えるものを総じて魔法使いと呼ぶ。資格などは無く、基本的に言ったもの勝ち。

 魔法使いにはランクがあり、その者の力量を示している。魔力の多さ、使える魔法などによって決まる。

 

 

・魔法師

 魔法使いの中で一番下のランク。

 大半の魔法使いがこれに値し、実力は幅広く、初級魔法しか使えない者や、中級魔法を使える者まで存在する。しかし、魔術師とはならず魔法師止まりなのは、一概に言えば魔力不足と言える。魔力が一定以上なければ、魔術師とは名乗れない。

 

 

・魔術師

 才能がある者が多いランク。中級魔法を自在に操る事ができ、上級魔法を放てる程に保有している魔力が多い。

 また魔術師クラスの者が生まれるのは十年に一度ぐらいと言われるが、プラム王国ではそれなりにいる為、あまり珍しくもない。

 

 

・魔導師

 百年に一度の確率でしか存在しない魔法使い。神に才能が与えられた者だけがなれるとされ、一人いるだけで国を滅ぼす事ができると言われる。

 現時点でプラム国王しかいないとされる。魔法使い達の憧れ。

 

 

・大魔導師

 魔導師よりもさらに上のランク。伝説クラスの魔法使いである。

 その魔力量は計り知れず、その気になれば国を二つ三つは滅ぼせる程の魔力を有していると言われている。

 伝説の勇者の仲間である魔法使いがこのランクだったらしいが、伝説である為階級として扱われていない。

 

 

 

【魔法剣士】

 魔法を使え、更には剣も使える者の事。

 器用貧乏ではあるが、二つの才を持った者は少数であり、冒険者内では引っ張りだこの存在。ただし、攻撃魔法を使える者に限る。

 補助魔法を使える剣士は、ただの剣士としての認識が高い。

 

 

 

【宮廷魔術師】

 魔術師が付く宮廷魔術師は、魔術師クラスの実力を持ち王族の護衛をこなす魔法使い達の事である。しかし、実力が魔術師に引けも劣らないと判断されれば魔法師クラスでもなる事ができる職業と知られる。

 

 

 

【魔法騎士】

 魔法を使える者で才能ある者なら誰でもなれる。

 前線で戦う職業であるため人気はないが、王やこの国を民を守りたいという者が集まる。

 高い騎士道精神者の集まり。

 

 

 

 

[種族]

 

 

 

【人種】

 世界の約六割は占めている最弱の種族。

 生まれ持った順応性と、応用力の高さがなければ絶滅していただろう。

 種族の名前は全て人種がつけ、それを他が使っている。

 

 

 

【妖精人種】

 通称エルフ。上方に尖った耳が特徴的である森の民。

 人でいながら精霊に近い存在であるため、妖精人種と人間達から呼ばれる。

 妖精や精霊と親しく、滅多に人里に下りてこない。人でいながらまるで野生である。

 森に紛れる為か、髪色は緑色か茶色系統が多く、服装もそれに合わせている事が多い。

 精霊魔法をよく使う。

 

 

 

【魔族】

上記、【魔界】の通り。

 

 

 

【天族】

上記、【天界】の通り。

 

 

 

 

 

 

[魔法]

 

 

 

【攻撃魔法】

 

 

・劣化攻撃魔法

 攻撃魔法の劣化バージョンの魔法。

 誰でも使う事ができ、大体は日常生活に使われる。これされ習得していれば、マッチ要らず。

 

 

・球体魔法

 球体を生み出す魔法。

 属性ごとに効果が変わる少し変わった魔法であり、階級はなく、あえて言うのならば初級として扱われる。

 比較的簡単に習得できる事から、 魔法使いにとって基礎の魔法とも言われ、世間では属性初級魔法として知られている。

 因みに、魔法学園で最初に習う魔法は、これである。

 

 今まで出てきた種類:火の球(ファイヤーボール)水の球(ウォーターボール)

 

 

・爆炎魔法(火属性)

 爆炎を発生させる魔法。

 その威力は階級によって変わるが、最高ランクの最上級だと豪邸一つ分を破壊できる程の威力を持つ。

 しかし、威力が大きい分コントロールがあまり出来ない欠点がある為、パーティで戦う時には好まれない魔法でもある。過去にはそれで、死傷者が出たという事例がある。

 別名はエクスプロージョン。階級によって変わり、エクスプローズの後にフレイム等が付く。ただ、発動には全く関係ないので別名を言うかどうかは発動者次第である。

 

 今まで出てきた階級:上級

 

 

・氷晶魔法(水属性)

 氷晶を出現させる魔法。

 主に相手の動きを封じる事に使う魔法であり、階級によって大きさも変わる。上級だと人一人分簡単に覆う事ができる程になる。

 使い方は様々で、応用次第では壁を作ったりして防御にも使ったりできる。

 

 今まで出てきた階級:上級

 

 

 

【補助魔法】

 

 

・探知魔法

 色々な物を探知する魔法。

 失くしたものなどを探すのに便利だが、漠然とした事しかわからないため、あまり好かれていない魔法である。

 

 

・解析魔法

 色々な物を解析する魔法。

 生物や無機物の詳細を調べられる便利な魔法だが、その便利さと裏腹に習得者が極端に少ない。理由は、魔法をコントロールできる技術力と情報を整理できる脳を持つ者が少ないからである。

 初めてこの魔法を使った者は、情報量の多さに頭が割れると思ったようだ。限界まで酷使された証拠であり、危険だと思った魔法協会はある一定の条件をクリアした者だけが使える魔法として世間に広めた。

 

 

・召喚魔法

 時空間魔法に類似した魔法。

 時空間魔法は時間と空間をあやつる魔法だが、これはただ呼び寄せる魔法である。

 だが、呼び寄せるに当たって時空間に影響を与えているので、時空間魔法に分類されるのではないかと言われている。では何故未だに、時空間魔法と切り離されて一つの魔法となっているのかは単に勇者召喚の儀式の影響である。

 

 今まで出てきた魔法:勇者召喚

 

 

・念話

 人と会話する魔法。

 脳と脳が魔法によって繋がる事で脳内で会話できると言われているが、脳内で考えた事が相手に伝わる事はない。言葉として思い浮かべた時だけの様だ。

 因みに魔法石に念話の魔法を登録した場合だけ、魔法石を通じて一方的に通話できるようになっている。

 

 

・強化魔法

 様々な強化を施す魔法。

 主に剣士や冒険者が好む事が多い。

 身体能力を強化する身体強化や、武器や物の硬度を強化する魔法等様々なものがある。中には頭脳強化という、脳のリミッターを解除する危険なものも。

 

 今まで出てきた魔法:身体強化

 

 

・創造魔法

 あらゆるものを創造する魔法。

 物を零から作ることが可能であり、魔力消費が激しい魔法の一つである。故に魔導師クラス以上でないと使えないとされる。

 因みに創造魔法に分類される生命でさえも創り出せる魔法、生物製造は禁忌とされ、発覚した場合は処刑確実である。

 

 今まで出てきた魔法:武器製造

 

 

・時空間魔法

 時間、空間に干渉する魔法。

 魔法によって魔力消費が激しかったりするが、自身を移動させる瞬間移動はあまり魔力を消費しない。

 神の領域に迫る魔法とも言われ、その技術の難しさからして扱える者が少なく、時空間魔法の使い手は国単位で重宝されるという。謂わば、勝ち組である。

 

 今まで出てきた魔法:瞬間移動、空間転移

 

 

・干渉魔法

 生物に干渉する魔法。

 主に脳に対してであり、医者やカウンセラーが使う事が多い。

 ただ、人の心奥深くに干渉する深層心理等を使う場合、それ相応の技術と覚悟を持って行わなければならない。失敗した場合、対象者が廃人と化す事があるからである。

 

 今まで出てきた魔法:深層心理、睡眠

 

 

・拡張魔法

 あらゆる物の効果範囲を広げる魔法。

 ただ、四方八方に広げる魔法であり、主に声等を届かせる等に使う。

 類似した魔法である広域魔法とは違うのは、その範囲を指定できず、魔法以外も対象とできる所である。

 

 

・広域魔法

 魔法の効果範囲を広げる魔法。

 広域魔法は、範囲を指定して発動する魔法である。その形大きさは様々であり、また大きくなるにつれて対象の魔法の魔力消費量が多くなる。

 類似した拡張魔法とは違うのは、範囲を指定する事や、魔法にでしか対象とできない点である。

 

 今まで出てきた魔法:円形

 

 

・治癒魔法

 人体の怪我を治す魔法。

 下級魔法であるヒールは傷口を塞ぐ程度だが、最上級魔法となると欠損した部位を再生させる事ができる。その場合、対象者の体力を大幅に奪う為、失くなった腕を再生させようとした者が体力を奪われ続けた結果、死亡した例がある。

 神級ともなると、人を蘇らせる事ができるというが……それが治癒魔法に分類されるのかは未だ結論が出ていない。

 

 今まで出てきた階級:ヒール(下級)

 

 

 

【特殊魔法】

 

 

・精霊魔法

 精霊と契約した者だけが使える魔法。

 契約した精霊によって属性や攻撃内容が変わる魔法である。

 精霊魔法の特長は、その精霊によって内容が変わるだけでなく、皆が皆一律して同じような発動方法であると言える。精霊魔法の詠唱は最初に精霊を呼び出す事だけであり、後は術者を指揮者に見立て指揮を取り、精霊が唄って発動させる事ができる。

 魔力を使うのも呼び出す時だけなので、魔力消費が少ないのも一つの美点と言えよう。

 普通の魔法より幾分強力だと言われている精霊魔法だが、精霊頼りである為に彼らが居ないと魔法を使えないのが欠点である。精霊魔法使いをいち早く無力化するには、精霊を狙うか、手を使えなくするのが一番らしい。

 詠唱は『〇〇〇〇よ、その隣人達よ。契約に誓い、この身に宿る魔の力を糧として、力を貸したまえ』

 〇〇〇〇の部分は属性によって異なる。

 

 今まで出てきた精霊魔法:妖精達の戯れ(フェアリーズカプリス)(木属性)

 

 

 

 

 

 

[他]

 

 

 

【魔法道具マジックアイテム】

 名前の通り、魔法の力を持った道具。

 作り方は、魔力を閉じ込めやすい材料で作ったものに、魔法を使い閉じ込めて完成である。

 希少な道具であり、その生産性の低さから高値が付きやすく、魔法道具職人は片手で数えるほどしかいないという。

 

 

 

【勇者召喚の儀式】

 異世界から勇者適正者を呼び寄せる魔法。

 禁忌の魔法とされ、過去数千年間もの間、行われてこなかった儀式。

 今となって何故この儀式をしたのかは謎であるが、約束を違えた人間の王に魔王は怒り、唯一神は苦笑していた。

 

 

 

【竜車】

 生物最強と言われる龍の下位種、竜を用いた交通手段。空を飛ぶ種は飛竜車、大地を歩く種は地竜車と呼ばれる。

 基本的に温厚な種を選んでいるので人間に危害を加えることはなく、感覚的に家畜に近い。

 だが竜の希少性から、その利用料金は高く、庶民は使えず、貴族や上級冒険者しか利用しない。

 

 

 

【スキル】

 ありとあらゆる生物が生まれつき持った力の事をスキルと言う。

 竜が火を吐き、鳥が飛び、魚が泳ぐのもスキル。

 しかし、人種だけはスキルを持っておらず、ごく稀に持って産まれることがある。

 役に立たなかったり、立ったり、厄介事を招いたり、祝福を受けたり。そのスキル次第で人生すら変わるであろう。

 生まれつきの能力なので人に認知される事がなく、スキルという存在を知る者は少ない。

 

 

 

【魔法石】

 魔法を込められる石の事を指す。

 魔法道具とは違い、誰でも魔法を込められ、簡単に魔法を使える事を目的とする。しかしその簡易性から使用制限が存在するため、価値としては魔法道具より低い。

 因みに、魔力のみが溜まった石は魔石と言うため、この魔法石と混同する者が多い。

 

 

 

【魔物や魔族の生態】

 人種の作者による、独断と偏見による本。魔族からすればクソ喰らえな本であり、この本の影響を受けた子供達の未来は暗いだろう。

 だが、生態や生息地などが全て記されている為、冒険者には人気の本でもある。

 

 

 

【何故この世界は生まれたのか】

 哲学書。あらゆる観点から、タイトルの事を突き詰めていくだけの本。

 有名な本でもあるが、その理由が結局の所わからないという結論が出る為、何のための本なのか不思議という点で有名である。

 

 

 




私の為でもある用語全集。


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登場人物一覧 第一章版

 

 

 

 

 第一章に出てきた登場人物一覧です。

 見落としがありましたら、随時追加していきます。

 

 

 下に行くほどモブキャラ。

 

 

 

 

 

【サタン】

 

 魔王ルシファーの息子。

 左手が大きく黒い。

 黒と白に分かれた髪の毛が特徴的であり、後方にかけて髪が大きく跳ねている。

 感情が昂ぶると口調が若返る厨二病設定を持っている。

 戦闘力は魔界第二位。近接戦闘が得意で、魔法は武器創造魔法と身体強化が得意、契約を結んでいるため補助魔法も全て使える。

 武器創造魔法は、自身が武器だと思ったものならば何でも創造できるチートで、例え防具であろうとも、これも殴れば武器になるという発想で創る事ができる。なので、日常生活に溢れているもの殆どが凶器になるからか、武器創造魔法であるにも関わらず、ほぼ何でも創造できる。

 因みに、創造魔法の武器製造とは少し違う魔法である。

 シアンと使い魔契約を結んでいる。

 

「これぐらいで、厨二とか言って欲しくないのじゃ。まだまだ秘密はあるからの」

 

 

種族:悪魔(混血)

性別:男

年齢:千年以上

身長:150センチ

体重:45キロ

誕生日:不明

 

 

 

 

【シアン・アシード】

 

 本作主人公。

 プラム王国魔法学園に所属。後に離脱。

 勇者パーティの魔法使いであり、魔王の協力者。学園で行われた魔法使い枠選抜大会で、圧倒的な力で勝ち進んでいき、見事勝ち取った。魔王から言われた事を貸し一つで実行する優しさも持ち、実力は魔王の折紙付。

 選抜大会で優勝したからか、階級は魔術師となっているが、その魔力量や実戦力を鏡見れば、魔法使いの頂点、魔導師を優に超える。

 使える魔法は、補助魔法全て。攻撃魔法は劣化魔法しか使えず、戦闘には役に立たない程度。

 素性は一切不明であり、わかっているのはとある国の貴族だった事だけ。その国がどのような国なのかも、誰も知らない。唯一知っているのは魔王と、サタンだけであろう。

 所謂ぼっち気質であり、魔法学園でも二人しか友達がいなかった。

 勇者の仲間になったのは、魔王による依頼の様なものである。

 

「接近戦タイプなのに何故魔法使い然とした恰好を? そりゃぁ…………なんとなくだ」

 

 

種族:人間

性別:男

年齢:17

身長:165センチ

体重:56キロ

誕生日:6/25

 

 

 

 

【ルシファー】

 

 魔界の統率者である魔王。

 サタンの父親である。

金髪で、分け目から癖毛が跳ねるという特徴的な髪型であり、長髪。普段はバレッタで髪の毛を上へと押し上げている。

 “まおう”や“るしふぁー”とプリントされたTシャツやトレーナーを好んで着る。何処で手に入れているかは不明だが、少なくとも別世界の代物であろう。

 実力は魔界第一位であり、唯一神を除けば誰も勝つことができないという。本気を出せば一つの大陸が吹き飛ぶ。魔法は一通り使えるらしいが、細かい事は苦手なので、魔法を使う事はあまりない。

 世界が創造された時代からいた神の部下の一人であり、天使たちを統べる大天使長であったが、天界を追放され、魔王となった。元々六対あった翼は、天界を追放された時に捥げて三対しか残っていない。

 人類の敵として知られているが、そもそも彼は人を襲った事が無い。彼等を襲ったり殺したりするのは総じて、魔物や人間界へ移った魔族だけだが、魔王だからかよくルシファーの所為にされる。

 因みに本当の名前はルシフェル。

 

「追放されたんじゃなくで、したの! あの糞くらえな場所にいたくなかったからさ」

 

 

種族:堕天使

性別:男

年齢:不明

身長:170センチ

体重:50キロ

誕生日:不明

 

 

 

 

【バルト・ピーコック】

 

 シアンのクラスメイト兼友達。世に珍しい特殊魔法である、精霊魔法の使い手。

 森の妖精フーリと契約している為精霊魔法は使えるが、それ以外の魔法が一切使えない。ある意味落ちこぼれである。

 自分に自信があるかのような話し方をするが、人との話し方がいまいち分かっていない為、会話が途切れることを嫌う。

 前向きな性格であり、誰からも嫌われ、蔑まれ、罵倒され、ハブられようとも自分から話しかけていくという面がある。ここまでくると前向きというより、一種の異常である。

 今のところ第一章にしか出てこないかもしれない人物Partわん。

 

「フーリに出会えたのは奇跡だね。じゃなきゃ、こんな所に通っていないよ」

 

 

種族:人間

性別:男

年齢:17

身長:172センチ

体重:63キロ

誕生日:4/30

 

 

 

 

【フーリ】

 

 バルトの使い魔。森の妖精の子供。

 自身を拾ってくれたバルトが大好きであり、常にバルトの側に居たいと考えている。

 森の妖精だからか、火が苦手であり小さな火種を見るだけで怯えている事がある。

 またまだ子供なので、善悪の判別がつかず、バルトに甘えている節がある。

 妖精としては珍しくない人間の女の子の姿形をしている。

 

「バルのこと? 大好きー! ……えへへっ」

 

種族:妖精

性別:女?

年齢:不明

身長:10センチ

体重:10グラム

誕生日:不明

 

 

 

 

【ダリア・フランボワーズ】

 

 辺境貴族の出であるコミュニケーション能力障害の少年。シアンのクラスメイト兼友達?

 その鋭い目つきと、高身長から何かと勘違いされやすい。性格はわりと真面目。学園で休んだり遅刻した事が一度もない優等生。頭も割といい方である。

 三男坊なので家は継ぐ事が出来ない為、親に無理を言って王都に出てきたらしいが、勇者パーティ選抜大会でも第三回戦まで生き残るなど、実力はあるようだ。

 取り巻きの二人は友達だと思っている。

 今のところ第一章にしか出てこないかもしれない人物Partつー(取り巻き含め)

 

「あぁ!? 睨んでねえよ!! た! ただ……! と、とも…………だちに、ならねぇかな……って」

 

 

種族:人間

性別:男

年齢:17

身長:180センチ

体重:70キロ

誕生日:10/11

 

 

 

 

【ヨット】

 

 ダリアの取り巻き一号。ダリアさん呼び。

 ダリアには常に敬語を使う半目の少年。頭も良く、実力もあるダリアの事を慕っているが、純粋な彼の反応を楽しんでいる節がある。

 

「ほら、ダリアさん! 今行かなくてどうすんですか!」

 

 

種族:人間

性別:男

年齢:17

身長:170センチ

体重:66キロ

誕生日:12/25

 

 

 

 

【チョーク】

 

 ダリアの取り巻き二号。ダリアさん呼び。

 〜っす、という語尾を使う典型的な取り巻き少年。

 短髪と丸眼鏡という見た目と背の小ささから、ある意味クラス中の視線を集めている。

 常にヨットの尻に引かれている。

 

「そうっすよ! ダリアさん! 頑張るっす!」

 

 

種族:人間

性別:男

年齢:17

身長:155センチ

体重:50キロ

誕生日:12/24

 

 

 

 

【タン・カーキー】

 

 プラム王国立魔法学園の第六学年生。現在の首席であり、学園の中では実力がトップである。その腕は確かで、宮廷魔術師と魔法騎士団からオファーが来るほど。将来有望なルーキーとして知られる。

 彼女自身、将来は魔法騎士団として考えていたが、家柄宮廷魔術師を推す両親と衝突、勇者パーティ魔法使い枠選抜大会で優勝すればタンの言葉に文句は言わないという約束をしてしまう。

 実力はあり、その約束が叶えられようとしたところで主人公と当たってしまい、油断から負けてしまう。

 その後運悪くイエローに目を付けられ、選抜大会以前とは性格が変わってしまった。

 イエローにはトラウマを植え付けられたらしく、イエローの顔を見るとバイブレーションの様に高速に震える。イエローと同じ顔をした主人公もまた然り。

 類稀な才能、スキルを持つ人物でもある。

 今のところ第一章にしか出てこないかも知れない人物Partすりー。

 

「結局、スキルについてわからなかった……」

 

 

種族:人間

性別:女

年齢:20

身長:170センチ

体重:57キロ

誕生日:9/15

 

 

 

 

【イエロー・シャルトルーズ】

 

 シアンと瓜二つの顔を持つ天族。ただ、シアンとは違い少しつり目。

 髪型までもがそっくりであるが、その髪色と金髪である事とシアンに比べて癖があまりなく少し長い。

 天族であるため、垂れ下がった長い耳と光輪が特徴。消したり出したりできる翼は他の天使と比べて汚く、弱々しい。

 肉弾戦を好む戦闘狂。強き者と戦う事を望むが、大抵はイエローより弱いため得意な回復魔法で相手を回復させながら満足するまで戦い続ける事が多い。そのため、戦った相手からは恨まれる事が多々ある。

 本人の天界での位置付けは戦闘専用部隊の一員。下位天使である。ただ、その戦闘力は上位天使を凌ぐほど。

 何故未だ下位天使なのか、それに何故人々を痛みつけておいて堕天しないのか、周囲は謎に思っているようだ。

 一人称がボク、二人称が君であるのにも関わらず、人を馬鹿にするような口調であり、慣れていなければ違和感を持つ。

 因みにあまりシアンの前に姿を表すことはないらしいが、今となっては本当かどうか怪しい。

 

「さぁて、存分に殺り合おう! 大丈夫大丈夫! ボク、回復魔法は得意だからさ……簡単には死なないぜ?」

 

 

種族:天使

性別:男

年齢:不明

身長:165センチ

体重:56キロ

誕生日:不明

 

 

 

 

【雄城英二】

 

 異世界から呼ばれた勇者であり元凡人。

 呼ばれるだけの素養を持っているが学生である為色々世間知らずなので、鍛えられながら旅をする事となった。

 よく言えば楽観的思考、悪く言えば馬鹿。あちらの世界で生きていたならば、普通の家庭を持っていたかもしれない。

 知らない世界で心細くはあるが、持ち前の明るさと楽観的思考で、RPGに飛び込んだみたいだと喜んでいるが、そのネタが通じるのは今のところシアンのみである。

 魔王討伐を安請け合いしてしまったが、本人としては本当に魔王を討伐できるとは考えておらず、基本的にこの旅を楽しもうとしている節がある。

 

「うわ! モンスターだ! すげぇ!」

 

 

種族:人間

性別:男

年齢:16

身長:167センチ

体重:55キロ

誕生日:4/1

 

 

 

 

【カクタス】

 

 カーマイン皇国の剣士。妖精人種、エルフであり、身の丈程の剣を扱うのが得意。勇者パーティの一員。

 カーマイン皇国の騎士団達に剣を教えていた為、それなりの実力を持つ。勇者パーティの中での一番のベテラン。勇者を補佐するようにパーティを率いている。

 エルフにしては珍しく外に出てきたタイプであり、故郷には約百年ほど帰っていないらしい。

 見た目は少年とも少女とも言えないが、エルフ族全員がそうなので普通である。大半は女性的。

 

「この旅が愉快な旅になれば良いね。そう思うでしょ?」

 

 

種族:エルフ

性別:男

年齢:不明

身長:155センチ

体重:48キロ

誕生日:不明

 

 

 

 

【ウィスタリア】

 

 この世界の唯一神。天界の長である。

 この世界を作ったからか、凡ゆる権能を持つ。しかしその中で一番の脅威は、誰も彼女を傷つける事が出来ない事であろう。世界を生み出した彼女に世界は逆らえないのである。

 人間が大好きで、ちょくちょく世界を見渡せる瞳で覗いていたりするが、大体十年に一度ぐらいの頻度である。神であるために時間感覚が狂っているが、神としては普通。

 天界の誰もが尊敬する主。そのこの世ならざる美しさもあるが、世界を創造したという時点で敬われる対象である。隣世界である地球では神は人から生まれ、人によって死す。けれど、ウィスタリアは人によって死することはなく、永遠に有り続ける。彼女が神でなくなるその時までは。 

 自称、生命の母。

 

「約束を破ったのですか……我が子よ。ふぅ……本当、仕方のない子達」

 

 

 

 

【プラム国王】

 

 世界三大大国の一つであるプラム王国の国王。

 初老の男性であり、魔法使いでありながら筋肉隆々な見た目をしている強面のおっさん。

 魔法使いの中で伝説のランクを抜いたランクの中で最高ランク、魔導師の肩書きを持つ。今のところこの肩書きを持つ人間はプラム国王ただ一人である。

 カーマイン皇国の皇とは古くからの中であり、今回の勇者召喚にも加担した。

 強面であるため誤解されやすいが気に入った相手には優しい一面を持つ。ただ、腹黒い。

 本名、ライラック・ラ・プラム。

 

「はぁ、やっと行ったか……国賓とは言え、子供相手に媚びを売るのは肩が凝る」

 

 

 

 

【教師】

 

 シアンのクラスの教師。男性である。

 冴えない見た目ではあるが、声は大きくよく通り、所謂イケボでもある。一人二人は何故かそのギャップに落ちる。

 

「一人減って奇数になるのか……ぼっちになる子、いないと良いが」

 

 

 

 

【実技担当教師】

 

 短髪、褐色肌、程よく引き締まった体が特徴的な男性。顔もそこそこ整っており、偶に生徒に告白される。

 気前の良い性格で、好かれやすい。だが、シアンには嫌われている。

 国立の魔法学園に実技教師として呼ばれる程実力は高い。魔法使いとしては異色の魔法剣士である。

 

「まさか、シアンの奴が優勝するとはな! 面白い事もあるもんだ!」

 

 

 

 

【一人の生徒】

 

 良い子ちゃんで、クラスを引っ張っていくタイプ。先生! 決まりました!

 

「さて、明日の宿題やろうっと」

 

 

 

 

【司会進行役の生徒】

 

 勇者パーティ魔法使い枠選抜大会の司会者。立候補制のものであったが、皆が渋る中真っ先に手を挙げた強いメンタルを持つ。

 明るく、クラスではリーダー的存在。彼女の笑顔には励まされるだろう。

 クラス中に、実況者とか司会者の方があってるし才能あると言われるほどの才能がある。

 因みに魔法の才能は凡人。

 

「いやー! 楽しかった楽しかった! 司会、またやりたいなー!」

 

 

 

 

【審判】

 

 頭部を禿げ散らかした残念なおっさん。

 魔法の試合を見きれるほどの実力を持つ。

 

「決闘開始ィイイイイイイ!!」

 

 

 

 

【ターキー夫妻】

 

 タン・カーキーの両親。

 少し大人しいが、典型的な貴族。でも馬鹿ではない。

 

「優勝するかと思いましたわ」「ひやひやしたね」

 

 

 

 

【メイド】

 

 ビビリであるが、ちゃんと仕事はこなす王宮お抱えのメイド。

 

「し、しししし失礼しまっす!」

 

 

 

 

【いたぁあああ!!!】

 

 誰だろうね。

 

「あー! もう! 逃げられた! 何処に行ったのよ!!」

 

 

 

 

【豚の頭を持ち、牛の体を持ち、鶏の尾を持った魔物】

 

 三つの味を持つ魔物。主に食用として狩られる。

 豚の頭を持つのに、鶏の声でなく不思議構造。魔物には常識は通じないのである……。

 

「コケェーーー!」

 

 

 

 

【カーキー家のメイドと執事達】

 

 良い人たち。カーキー家のご子息とご令嬢を我が子のように愛している。

 ちゃんとプライベートと仕事は分けるタイプばかり。

 シアンが嫌い。

 

「「「「「お帰りなさいませ」」」」」

 

 

 




今年最後の日曜に、一章の最後を投稿できるとかキリが良いですね。


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第二章 見習い勇者の旅
宿屋


 

 

 プラム王国のとある街、モスモ。

 王都から幾ばくか離れたその街の宿に勇者御一行は泊まっていた。

 ただまだ勇者として旅だったわけではなく、あくまで勇者見習いとして旅に出た雄城英二は約一年程、見習い期間としてプラム王国内とカーマイン皇国内を旅する事となった。

 お膝元での旅はいささか不満はあるけれど、それでも異世界を堪能できると初日は機嫌が良かった彼であるが、今はどうもそうは思っていないらしい。

 目の前の問題用紙と睨めっこするこの時間は、好きにはなれなかった。

 

「(わからん……)」

 

 食堂だからか漂ってくる匂いに思考を邪魔される。そう言えばお腹が空いた。よだれが垂れそうになる。

 そもそも何故この世界の言語を覚えなくてはならないのだろうか。確かに不便であろうが、こうして話せているのだから良いのでは? なんて言い訳を述べるけれど、それではいつまで経っても目の前の問題は解けはしない。

 雄城英二は召喚された者である。

 勇者召喚は異世界から適正者を呼ぶ為、もしも使用言語が違っていたら話にすらならない。その為、召喚術式には此方側の言葉を話すことができるようにしてある。

 なので、話す分には不自由はないのだ。問題は筆記である。書けない、読めない。宿屋すら見つけられない。不自由だ。

 

「(当てはめろって言われてもなぁ。次の日には忘れてるから……ううっ、先生にど突かれる……)」

 

 あの魔法使いは何故か雄城英二にだけは手を出すのが早い。元々何かを言うより手を出しそうな印象であったが、そうであったとは。

 けれど、カクタスについてはど突くなんて事をした所を見たことがない。年上は敬うタイプなのだろうか。にしても、一個違いでしかないのだけど。

理不尽だよなぁと愚痴りながら、とりあえず何とか覚えている単語の意味を書き出す。書き出した言語は日本語。何故かあの魔法使いは日本語が読めるらしく、こうして訳す問題を出されていた。

 この世界の言語は一つの言語しかない。獣に近い魔物を抜いた全種族がこの世界の言葉、ティリア語を使っている。なので、このティリア語をマスターすれば、この世界での言葉に不自由はない。

 そもそも、英二は英語の点数は低い方である。何故日本人なのに他国の言葉を習わなければならないのだ、なんだの言い訳を述べてやらない典型的なタイプである。

 そんな彼の思う事は一つ。

 

「話せるから別に良いんじゃね」

「ダメだ」

「いった!」

 

 木の棒のようなもので頭を小突かれた。

 小突いた本人は軽くしたつもりらしいが、英二にとってはそうではなく、涙目になりながら頭を抱えている。

 木の棒のようなものであるそれは杖であり、先端が中央に浮く赤い魔石を囲むように変形した、青いリボンが付いた魔杖。主に魔法使いが使う武器である。

 特殊な木でできたそれは、見た目より頑丈でありまるで金属のような硬さを持つ。そんな物で殴られたのだ。痛くないはずがなかった。

 コツンと、杖を床で支える。英二の前から紙を取り上げ、内容を見た。全然進んでいないそれは、彼を呆れさせるのには充分だった。はぁとため息が聞こえる。

 

「間違ってるぞ」

 

 再び紙を机の上に置き、指を指す。痛みから復活した英二はその部分を見る。最初の問題、何とか無い頭を捻って出した答えなのだが、間違えているらしい。

 うーん? と首を傾げる。わからないらしい。

 

「ここまでくると、いっそ賞賛できる。日本語とは違ってこの世界の言語は簡単だ。単語を組み合わせるだけ。接続詞が無い分、英語より簡単なんだがな」

 

 そんな事を言われてもと思う。わからないものはわからない。生まれてからずっと聞いている日本語ならまだしも、異世界の言葉だ。しかも、文字が少々特殊だ。これで分かれと言う方が酷だ。

 

「…………気づいていない様だから、良い事を言ってやろう」

「え! 何々!?」

 

 良い事とはなんだろうか。この勉強の切り上げだろうか。流石の魔法使い様も、英二の頭の無さに呆れ返り、諦めてしまったのだろうか。

 振り返った英二に魔法使い、シアンはにっと笑い、人差し指を立てた。

 

「今、オレが使っている言語はティリア語だ。けど、お前の耳に聞こえてくる言語は?」

「日本語……だけど、それがどうかしたのか?」

 

 先程も言ったように、英二の耳には全ての言語が日本語として聞こえてくる。これは勇者召喚術式に、翻訳機能が組み込まれているからなのだが……シアンは一体何が言いたいのだろうと英二は首を傾げた。

 また、ため息を吐く。

 シアンは元に戻した紙をもう一度持ち上げ、そしてその内容を読んだ。

 

「私はプラム王国民です」

 

 今度はその紙の内容を英二に見えるようにしてから、文字を指差していく。

 

「私、プラム王国、住民」

 

 そしてシアンはニヒルに笑う。わかったか? と言外に述べていた。

 その言葉の意味を英二は心の中で反芻し、咀嚼してようやく理解する。つまりは、この自動翻訳機で当てはめて覚えていけという事なのだろう。辞書が傍にあり、それを使わずに覚えようとしていた英二にとっては思いつかなかった事だ。

 しかしながら結局は頭に意味を叩き込まなくてはならないので、行き着く先は一緒であるために、また明日になって同じ所で躓く可能性がある。

 そう考えた英二は、成る程と理解はしてもちっとも納得はしていない。

 英二の考えをシアンに述べると、彼は溜息を吐き目を逸らした。思う所があるのだろう。画期的な事を教えたは良いが、まさかその教えられた奴がポンコツだとは思いたくもなかった。

 

「ま、お前の頑張り次第だ」

「結局投げやり!?」

「何を言う。これを見てやってるのは、問題を作ってるのは誰だ? オレだろ?」

 

 投げやりだなんて言わせねぇと言わんばかりの言葉に英二は黙り、もう一度机にかじりついた。

 そんな英二にシアンは踵を翻しながら、昼飯を作ってくると言う。その意味はつまり、その問題を解かなければ昼飯抜きという意味である。

 実際に数日前に問題を解かずに昼ご飯を待っていた事があったが、いつまで経っても出されずにいたことがある。その日は結局、空腹のまま剣の鍛錬へと移る事になり、力が入らなかった英二はカクタスに怒られた事があった。

 普段怒らないタイプであるカクタスの怒りは静かなものだったが、内に秘めている炎は凄かったと英二は思う。何せ、目線で人を殺せそうだなと感じたからだ。

 もうあんな事はごめんだ。怖い事は避けたいのは自然の心理である。

 あの時のことを思い出し身震いする英二は、昼ご飯が出来上がるまでに終わらせておこうと気合を入れて、ペンを握った。

 

 

 

 

 

「ただいまーっと……(お? やってるなー)」

 

 宿屋の扉を開けたカクタスは視界の端に勉強に勤しんでいる英二を見つけ、感心する。勉強があまり好きではないタイプなのは知っていたので、ああやって机に齧り付き頭を悩ます姿を見ていると褒めてやりたくなる。

 ちょっと甘過ぎるかな? なんて考えながら、いい匂いのする厨房へと歩き出した。

 

「シアン、昼ご飯何かな?」

 

 ちょこっと入口の角から顔を出したカクタスはシアンを視界に収めるとそう言った。

 お腹が空いたのだろう。彼の目は昼ご飯の事しか考えていない目だった。

 

「お早いお帰りで。カレーだが、残念ながら今作りだしたところだ、できるのはまだだな」

「えー! そうなのー!? せっかく良い収入があったのになぁ」

「我慢しろ。それで、今日は何のクエストをして来たんだ?」

 

 手元を止めないでそう聞いて来たシアンにカクタスは依頼報酬の金銭と、その証明書を見せて来た。題名には“グリズリーボアの討伐”と書いてある。

 チラリとカクタスの出した紙を見たシアンは、少し驚いたような顔をした。

 

「グリズリーボア? また珍しい魔物を狩ってきたな。あまりいないだろ、それ」

 

 グリズリーボアとは名の通り、クマとイノシシが混ざった魔物の総称だ。このクマとイノシシの特徴さえあれば、どんな姿でもグリズリーボアとされる。例えば、イノシシの頭をしたクマ、クマの頭をしたイノシシという風にだ。

 だが、何かと何かの動物が混ざったような魔物はそうはいない。動物から魔物になる際に近くにその二種類がいなくては成立しないからだ。

 唯一例外なのが、一年中いる牛と豚と鳥が混ざった魔物であるが、あれは生命力が強く更に美味しい食材となるために一般市民にも知られている魔物である。

 けれど、グリズリーボアはそうではない。彼らは繁殖力が低い。そもそも絶対数が少ないのが原因だろう。だからこそ、その討伐というクエストは珍しい物である。

 

「でしょ? 報酬も良かったし、一回見て見たかったんだよね、グリズリーボア。僕が見たのはクマの手足を持ったイノシシだったんだけど……想像と違ったのがなぁ」

「動物が混ざった魔物はどう変化するか分からんからな……そういう奇抜なのもいるだろうさ」

 

 運が良かったのか、悪かったのか分からないよ。

 そう笑うカクタスに苦笑しながら、シアンは鍋に火を付けた後、包丁を手際よく具材を切るために動かした。

 さくさく、とんとんとん。小刻みにリズム良く音がなる。不愉快になる事のない音だ。

 だが、ずっと続くかと思われたその音は突如として止み、それを生み出していたシアンは考えているように目を瞑った後、口を開いた。

 

「彼奴はどうした」

 

 そしてまた手を動かし始めた。ぐつぐつと煮え湯が湯気を漂わせる。

 カクタスはシアンの言った彼奴という人物に誰なのか訊くこともなく、理解する。彼が名前を呼ばないのはせめてもの抵抗だろう。呼びたくない気持ちもわかるが、一応このパーティのリーダーを任されているカクタスとしては仲良くして欲しいとも思う。

 ただ戦闘には響いていないので、今のところ助かってはいた。

 そっと小さく溜息を吐いてから、カクタスは居場所を告げる為に口を開いた。

 

「彼女なら街の魔法道具(マジックアイテム)屋だね。新しいのが欲しいって」

「またか……」

 

 不愉快だと言うように眉を寄せる。

 このパーティで生活費のやりくりをしているのはシアンだ。宿代から食事代、その他出費まで全てを管理している。ただ一人一人にはちゃんと一ヶ月に一回のお小遣いをやっており、その金額分だけ好きにして良いという約束を最初にした。だが一人だけそれを守らず、プラム王国、カーマイン皇国から送られて来る資金を勝手に使う者がいる。それが四番目の勇者パーティの一員である。

 名はドラジェ。職業は魔法技師。魔法道具を作る職人であり、魔法使いでもある人物だ。

 彼女はかのカメリア帝国から送られてきた人材である。

 

「仲良くはできないの?」

「これでも最初はしようとしていた。けど、彼方からそれを足蹴にした……ならもう無理だろう」

「そっか」

 

 そして、軍事国家の出身であるかのように主張する彼女の戦闘好きや、他人を見下す性格、唯我独尊を行く上から物を申す態度、その全てがあまり好きになれなかった。彼女自身、カメリア帝国にて天才と持て囃されていた人物だからこそ性質が悪い。

 はぁと何度目かの溜息が出る。カクタスは鼻に入ってくる良い匂いにお腹を空かせながら、どうにかならないもんかと悩んだ。

 まぁどうにもならず、三ヶ月も経っているのだが。

 その時、カランコロンと宿屋の扉が開く知らせがなる。完全貸切のこの宿に入ってくるのは勇者パーティの一員か、宿屋の主人のみ。だが宿屋の主人は今日休むと言っていた……つまりは。

 

「ただいま……何? 出迎えもないの?」

「…………」

「…………」

 

 噂をすれば何とやら、だった。

 

 




週一とか良いながら第一章投稿した後で途絶えてしまった更新!マジですみません!!

男鹿父にスライディング土下座習いに行こうかな……!


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先生

 

 

 カクタスはチラリと横目でシアンを見やる。相変わらず料理に集中しているように見えるが、顔は少し歪んでいる。彼女を無視したいのだろう。

 自分にしかわからないように小さく息を吐いたカクタスは、おかえりー! と元気にドラジェを歓迎ムードで出迎える。

 彼は勇者パーティのリーダーだ。彼女の態度に思うところがあっても、パーティ内の揉め事は起こさせないようにしなくてはならないし、自分が暖和材にもならなくてはならない。苦労で禿げなきゃ良いけど、なんて妖精人種であるカクタスには無縁そうな悩みをポツリと呟いた。

 

「あら? リーダー、帰っていたのね」

「今日は午後から勇者君の特訓しなきゃならないからねー」

「大変ね」

 

 どこか他人事のように述べたドラジェは、ドアを閉めて英二が座る場所へと歩きだした。カクタスもすることが無いので、それについていくことに。

 椅子を引き、優雅に腰を掛ける。その一連の動作には乱れがなく、慣れたように長い脚を組んだ。

 その仕草は様になっていて、何処か貴族であったかのような振る舞いだと、横目で見ていた英二は思う。目の前にカクタスが座ったので直ぐに問題へと視線を移したが。

 英二の思っている事もあながち間違いではない。彼女は貴族の出であり、カメリア帝国では一目置かれている家の次女なのだ。宮廷儀礼など一通りに難なくこなせるが、今は目上の者などいないため脚を組んでいる。

 何処と無く下に見られてるな、と英二は漠然と考えながらペンを動かした。

 

「勇者様はお勉強なのね。毎日大変でしょう? 少しくらいお休みになさったら?」

 

 チラリと英二の手元を見たドラジェは身体を前に傾けさせ、そう提案した。

 顔を上げた英二は目の前にある豊富な胸に目を白黒させるが、いつもの事なので平静を装う。正直、思春期には辛い。

 英二が思っている事を感じ取ったカクタスがドラジェの肩を掴み、元の位置に戻させる。

 

「はいはーい、邪魔しない邪魔しない。これ終わらなかったら勇者君、昼ご飯抜きなんだよ?」

 

 ふぅと英二が小さく息を吐いたのがわかった。カクタスは苦笑いを浮かべ、ドラジェを宥める。邪魔はさせない。明らかな取り入りをさせてたまるかとカクタスは思った。

 カクタスの言葉を聞いたドラジェは、まあ! と目を見開いて驚いた様な表情を浮かべる。

 

「それは意地悪なこと。ねぇ、勇者様? あんな魔法使いとじゃなくて、私とお勉強なさらない? つきっきりで、わからないことは教えてあげる」

 

 なんなら、と少し胸を強調するドラジェ。

 言わんとしている事は、カクタスにも英二にもわかった。けれど、それを容認する事は出来ない。衛生上良くないのもあるが、仲間の内でそんな事されれば、気不味くなることこの上ない。

 リーダーとしてもやめて欲しいカクタスは止めに入ろうと動くが、それよりも出来た料理を持ってきたシアンと視線が合う。任せておけという事なのだろう。

 

「英二」

「あ、せ、先生……」

 

 カクタス、英二、ドラジェの順に皿とスプーンを置いたシアンは、水をコップに注ぎ同じ順に置いていく。

 最後に自分の分を置いたところでシアンが英二の隣に立ち、椅子に手をかけた。

 

「問題は解き終わったか?」

「あと一問だけ終わってない……けど」

 

 怒られると思った英二はシアンと目を合わせずにいるが、頭に乗った手の感触で彼の方へと振り向いた。

 

「昨日と比べりゃ充分だな。早く解けよ、飯が冷める」

 

 わしゃわしゃと少し乱暴に撫でたシアンは、椅子を引いて座った。

 いつもは厳しい彼が褒めた。最後までやれとは言われたが、頭を撫でられ褒められたのは初めてだと英二は片手で頭を抑えながら微笑む。

 嬉しい。単純にそう思った。

 

「良かったね、勇者君。褒められて」

「はい! けど先生が褒めてくれるなんて、明日槍でも降りそう……」

「馬鹿言ってないで手を動かせ」

「あいた!」

 

 小突かれた英二はペンを握りしめ、最後の問題へと取り組む。これが終われば昼ご飯、そして普段褒めない彼が褒めてくれたのだ。頑張るしかない。

 そう考える英二の中からはドラジェの事などすっかりと抜け落ちていた。だからか、彼女が凍てつくような視線をシアンに向けていた事など知りもしなかった。

 ましてや彼らが犬猿の仲、などと。

 

〝大事な生徒を取られそうになってやけになったのかしら? 珍しい事もあるものね、貴方が褒めるなんて〟

 

 念話の魔法を使って嫌味を言うドラジェにシアンは一瞥だけして、無視した。応える気はさらさらなく、彼女の言葉に乗れば何を言ってくるかわからない。

 年上でしかも社会経験がある相手だ、負ける気はなくとも言い負かされる可能性があるならば避けた方が良いだろう。

 相手にしない。それが最善の方法である。

 シアン自体、彼女と話したくないのも理由に含まれるが。

 

〝……つれないわねぇ〟

 

 何とでも言え、と念話が切れた後で思う。繋がっている最中は相手に聞こえてしまうからだ。

 英二が解き終わるのを待つ気がないシアンは両手を合わせて、いただきますと呟く。日本式の作法だが、英二が日本出身故にこのパーティではこれを取り入れている。彼が少しでも、日本が恋しくなるように。

 シアンと伴い、カクタスとドラジェも食事を始める。カチャリとスプーンが食器に当たる音がした。

 今日の昼食はカレーだ。日本式の一般家庭で出されるようなものだが、この世界ではあまり認識がない代物である。

 そもそもスパイスなどの香辛料が高価で出回っておらず、カレーという手の込んだ煮込み料理はこの世界の一般家庭には荷が重い。その日暮らしな者たちにとっては、食卓に出ないようなものである。それに白米も高価なものだ。普通は雑穀米などで代用するが、シアンの作ったものは白米であった。

 

「うん、美味しいね。ところでシアン、君さっき作り出したばかりだったのにできるの早くない?そんな早くできるようなものじゃないと思うんだけど」

「時短した」

「なるほどね!」

 

 時空間魔法が使えるシアンにとって、煮込む時間を早くするのはどうってことない事だ。その鍋の時間軸だけ先の未来にして仕舞えばいい。言うならばショートカットというものである。

 だが、時空間魔法の使い手だからと言って料理に使うような変人は後にも先にもシアンだけだろう。彼が思うに、魔法イコール戦法という考え方がこの世界に浸透し過ぎている。元はと言えば、楽しようとして編み出されたものなのにだ。

 

「いやー、シアンがいてくれて良かったよ! 美味しいものが食べられるからね」

「はふっ。俺もそう思います」

 

 隣から聞こえてきた声にシアンは振り向く。そこには英二が美味しそうにカレーを食べていた。熱いのか、ふぅと息を吐いている。

 

「あれ、勇者君。終わったの?」

「はい。目の前から良い匂いがするんです、早くしないと持ちませんてば」

「ははっ、確かに」

 

 横に置かれた紙を引き寄せて、白米とカレーを頬張りながら見やる。上から下に目を通すと確かに全て解いていた。間違っているのはともかく、これでは文句は言えない。

 虚空にそれを消し去り、口の中のものを歯で噛み裂く。これを食べ終わり片付けた後で採点しなくてはな、とぼんやり考えた。

 

「それ、便利だよな」

 

 英二がふと呟く。“それ”というのは今し方シアンがして見せた事だろう。

 

「本当に。僕も使いたいね」

 

 二人同時に頷く。確かに便利なのは認める。しかしこれは予想以上に魔力を使うので、おいそれと教えることは出来ない。

 それに、時空間魔法は使い手のセンスに左右される魔法だ。使うのが下手ならば大事故になりかねない物ばかりなため、使い手が少ないのに一因している。

 シアンがしたのは、所謂“収納箱”という魔法だ。人によってはマジックボックスなどと呼ぶ。

 魔力でできている亜空間に繋ぎ、そこにアイテムを入れることができる。時間は存在しないそこは、凡ゆるものの時が止まっている。例えば、出来立ての料理を入れたとするが、それは“収納箱”の中ならば何時間経とうともずっと出来立てのままになる。

 つまりはまぁ、それ程便利なものであり、便利すぎる故に魔力消費が多く使える者が少ないわけだ。シアンの場合、魔力量で言えばプラム国王を越えるため、悠々と使える。

 

「カクタスは無理だろうな。魔力が少ない」

「だよね。自分でもエルフなのに何で少ないんだろうなぁとは思うけど、本職に言われちゃ凹むなー」

 

 カクタスはエルフにしては魔力量が少ない。その量は魔法師と呼ばれるクラス程であるけれど、他のエルフは魔術師程だ。人種では十年に一人程しかいないはずの魔力量なのだが、妖精人種だけ全員がそのクラス。エルフがどれだけ化け物なのかわかるだろう。

 カクタスはその中で落ちこぼれと呼ばれる程しか魔力がない。しかし魔法使いになれる程はある。だが、高等魔法である“収納箱”を使える程ではなかった。

 

「英二はいけるだろうが……」

「本当か!? 教えてくれ!」

「駄目だ」

「何で!?」

 

 理由も告げられずに断られた英二は凹んだ。重い空気を放ちながら、カレーを口に運ぶ。無駄に美味しいのがなんだか虚しい。

 

「あらあら。意地悪ねぇ? 魔法使い様は」

 

 ニヤニヤと人を馬鹿にするような笑みを浮かべながらドラジェは水を飲む。コップから口を離す時に小さくリップ音が鳴るが、勿論わざとである。英二はそっと目を逸らした。

 

「私も少しは使えるから、教えれるわ。どう? 勇者様。そこの魔法使い様から私にしませんこと? この魔法技師に」

 

 ことりとコップを置いた。

 

「なんなら、使えるようになるまで“収納箱”を込めた魔法道具を渡すけれど」

「そんな事できるの?」

 

 意外そうな表情を浮かべたカクタスはドラジェにそう訊くが、本人は余裕そうな笑みを浮かべる。つまりはできるという意味なのだろう。

 “収納箱”は亜空間を作り出し、そこから物を出し入れする魔法。他の魔法とは一線を凌駕する高等魔法。亜空間を作り出すだけで人知を超えているのに、そこへ繋げるゲートを作り出すのも技術と魔力がいる。

 魔力は初めに発動する時に途轍もなく量がいる。空間を作り出すのだから当たり前なのだが、発動する分の魔力がなければ気絶する可能性があるため危険だ。おいそれと教えるわけにもいかない。例え大丈夫だろうと思っても念には念をだ。

 しかし一回発動すれば、最初程魔力を消費しない利点もあるのだが、ドラジェが言う魔法道具にするには初めて発動した時のように魔力を持っていかれる可能性があるのだ。カクタスが意外に思うのは当然であった。

 

「当たり前でしょう。じゃなければ、勇者様の仲間になんて選ばれないわ」

「流石、稀代の天才と言われる程はあるね」

「それ程でもあるわね」

 

 謙遜はしない。ドラジェらしい返答にカクタスは苦笑いを浮かべる。

 

「それで、どうしますの?」

 

 はっきりと答えろよと視線が語っていた。英二は食事の手を止めて、視線を逸らして考える。

 “収納箱”は確かに便利だ。前の世界にいた時、異世界に行くならば使ってみたい魔法だった。憧れはある、使ってみたい欲望もある……けれど。

 ちらりとシアンを見る。当事者のはずなのに我関せずとした態度をしていたシアンは此方に気づいたのか、目があった。彼の目は勝手にしろと語っている気がする。

 それがなんだか拗ねているように思えて、少し面白く感じてしまい笑みが零れる。シアンには睨まれたが。

 

「(うん。俺の先生はシアンだ……だから)」

 

 視線を戻してドラジェと合わせ、間も置かずに口を開いた。

 

「別に良いや」

 

 あっけらかんとした態度で述べる。その態度が予想外だったのか、三人共驚いた様に英二を見た。その後の態度はまるで違ったが。

 ドラジェは驚いたまま、何故? と問うてくる。断られるとは思ってなかったのだろう、他の二人とは違って戸惑う様子が窺えた。

 

「だって、俺は先生に教わっているし。先生が駄目だと言うんだから、生徒はそれを信じないと」

 

 世間一般の先生達と違って、先生は良い先生だしね。

 笑う英二とは対照的に悔しそうな表情を浮かべるドラジェ。面と向かって、お前には習わないと言われたのだ。同じ魔法使いとして悔しくないわけがなかった。

 ただドラジェの場合、他の理由もあるのだが。

 そんなドラジェを見て、シアンは鼻を鳴らしてしてやったりという顔をしていた。機嫌が良さそうだ。ドラジェが本当に嫌いなのがわかる。

 

「(まぁ、してやったのは君じゃないんだけどね……)」

 

 心の中でツッコミながら、カクタスはカレーを口に運ぶ。はふり、あったかいご飯がとても美味しい。

 

「(さて、この後どうしようか……)」

 

 ご機嫌斜めなドラジェを、どうやって直そうか考えるカクタスであった。

 

 




週一更新って言ったの誰でしたっけ……???

私だ!!!!!!


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依頼

 

 

「こんにちは! 冒険者ギルド出張所モスモ支部にようこそ! ご用件は何でしょうか?」

 

 受付嬢が人の良さそうな笑みを浮かべる。貼り付けたような笑みに見えるが、そう思えるのは捻くれてる奴だけだろう。

 超美人の部類に入る彼女の笑みは老若男女問わず魅了する。幼い頃から整っていた容姿に誰もが彼女を好きになり甘やかした。誘拐犯だって虜にして帰ってきたことがあるのだ。成長した今だって皆、自分を見て目の色を変える。

 そう、彼女は自身の美貌には自信があった。自分は美しい。それが真実であるし、事実なのだと。

 だが、最近はその自信が崩れて行く音がしていた。

 

「このクエストを受けたいんだが」

 

 しれっとクエストボードから取ってきた紙を出してくる魔法使い姿の冒険者。

 彼は受付嬢と目を合わせるが、顔を赤らめる事もなくただ淡々と話してくる。感情が無いわけではないのは話していてわかる。けれど男であるのに、受付嬢の美貌に靡かないのだ。

 ひくりと笑顔が引きつる。受付嬢はこの冒険者が苦手であった。

 

「Dランクのクエストですね、可能ですよ。メンバーズカードをご提示お願いします」

 

 腰に付けたポーチから四角いカードを出し渡す冒険者。その時に受付嬢と指先が当たるが、ピクリともせずスルーした。受付嬢の笑顔が崩れそうになる。

 

「(動じなさすぎじゃない!?)」

 

 指先が当たったのは受付嬢の仕業であった。お近付きになりたい男性冒険者を見つけると、まずこうして小さなタッチから始める。自身の見た目で狼狽える者も多いが、この指先が当たる作戦(受付嬢命名)で殆どの者が狼狽える。そして此方を見た時に恥ずかしがっていた所作をすれば、この受付嬢は俺に気があると思うのだ。

 そうして何人もの男を侍らせてきたプレイガールな受付嬢だったが、見た目が好みであるこの魔法使い姿の冒険者は一向に靡かない。彼女のプライドが崩れ落ちそうになったのは、何回目だろうか。

 

「期限は一週間ですので、気をつけてください」

「あぁ」

「それでは、いってらっしゃいませ!」

 

 去っていく冒険者を笑顔で見送る受付嬢。

 周りの冒険者たちは、うっとりとした表情で受付嬢を見ているが、担当した冒険者は全くそんなそぶりすら見せず出て行ってしまった。

 

「(……ど〜なってんのよ! あの鉄仮面!! 何で靡かないのっ! 私のプライドがズタズタじゃない!!)」

 

 心の中で荒ぶっている受付嬢だが、表情にはおくびもださない。流石のポーカーフェイスだ。鉄仮面とは受付嬢の方ではなかろうか。

 手慣れた作業である受付の仕事を済ませながら、次はどんな手を使ってあの冒険者を落とそうか考える受付嬢。無理だなと思う事はしてこなかった彼女にしては珍しい事だが、それはもはや彼女の意地であり、やけくそに近い。

 この手で落とせなかった男性はいるはずもないのだから。

 

「絶対に落としてやるわ……!」

 

 彼女は握り拳を作って決意した。

 誰かが見たらこう思うだろう。どこの落とし神だと。

 

「あら、何か言ったかしら?」

「せ、先輩! な、何でもありませんことよ……?」

「そう?」

 

 ほほほほほと笑う彼女に、先輩受付嬢は首を傾げた。

 

 

 

 

 

 ところ変わって、件の魔法使い姿の冒険者改めシアン・アシード。

 

「っしゅ……! っつう……」

 

 急に来たくしゃみに怪訝そうな顔をしながらも、先ほど受けたクエストを遂行しようとモスモの街から出ようと冒険者として身分を示すカードを門番に示していた。

 

「何だ? 風邪か?」

 

 冒険者ギルドのメンバーズカードを見た後問題ないと判断した門番兵は、ずずっと鼻水を啜るシアンを心配して問いかける。

 シアンは門番兵の問いかけに首を振り、カードを受け取った。

 

「そんなことは無いはずですけど」

「気をつけろよ、冒険者は身体が基本なんだからな」

 

 この街に滞在してから何かと気にかけてくれる目の前の門番兵に礼を言ってから、大きな正門ををくぐった。

 門から続く街道の上を歩きながら、目的地を確認する為に“収納箱”からモスモ周辺の地図を取り出す。事細かに書かれているわけではないが、方角ぐらいはわかる。ただ、いつも使っている地図とは違って正確ではないのでシアンの眉間に皺が寄るのは必然ではあったが。

 

「(方角がわかるだけで儲けものか……流石に魔法を使うのはなぁ)」

 

 いつも使っている地図とはシアンが得意な補助魔法を組み合わせたものだ。主に解析魔法と探知魔法、さらに広域魔法を使う。

 術者自身を中心とし、解析魔法と探知魔法を同時発動させたのち広域魔法で範囲を広げる。それにより周りに何があるのかがわかるのだが……この方法を使うと情報量の多さに頭が痛くなる。

 そして、得た情報を創造魔法“製紙製造”で地図のような紙を作り出す事で地図が完成する。

 ただわかるように、途中の頭痛があまり使いたくない理由だ。凡ゆる情報を拾う解析魔法を使っているのだから、当たり前のペナルティーではある。しかしやはり嫌なものは嫌だ。

 因みに普通の魔法使いがこれを真似しようとすると魔力が足りない、または魔法の同時発動ができない、もしくは解析魔法で頭が割れそうになり気絶する。地味なようで、離れ業なのだ。

 そもそも、創造魔法を使える魔法使いの方が少ないと言えよう。

 シアンは使わないことを決め、手元にある地図とは違う紙を“収納箱”から取り出す。依頼書だ。

 

「トリネコの討伐は良いとして、数が多いな。十匹か……そりゃ一週間もなるな」

 

 もう少し考えてから受けるべきだったか、と後悔する。後の祭りであるが。

 今回受けたクエストは、Dランククエスト“トリネコの討伐”。難易度が低いが数が多いので、一週間と期間が長い。

 冒険者にはランクがある。Aから始まりEで終わるランク。Eが一番下であり、所謂お試し期間というものであり新規冒険者が多い。

 次にDランク。一般冒険者が多いランクだ。所謂普通のランク。冒険者の六割がこのランクであり、シアンもこの部類に入る。

 Cランクともなると中級冒険者、B、Aは上級冒険者だ。本来ならここで終わりだが、Aの上にSランクが存在する。

 Sランクは特級冒険者と呼ばれ、国一つ程の戦力があると云われている。ただ全くいないので伝説のランクと化しているが、先代勇者はこのランクだったらしい。

 

 閑話休題。

 

「“身体強化”」

 

 方角がわかったシアンは自身に強化魔法をかけて走り抜ける。その速さは人の限界を超え、馬をも超えて超人の域だ。力を上手く制御しているのか、加速のために足をついたところにはクレーターはない。

 街道からは外れて、遠くに見える小さな山を目指す。そこが目的地。トリネコの住処だ。

 本来彼らはその住処から出てくることは滅多にない。数が少ないのもあるが、縄張りの外に出ることを極端に恐れるからだ。

 基本的にビビりだが、縄張り内だと気が強いトリネコが縄張りである山を出て近くの里に降りてきたというのがこのクエストの発生理由。

 

「(何かあったんだろうが)」

 

 トリネコは強者ではあるがそこまで強くはない。Dランク冒険者一人で倒せる程だ。一般市民には荷が重すぎる相手だが。

 そんな彼らが外に出てきた。つまりはDランク以上の何かがいる。トリネコ達が恐れる何かが。

 まぁ、ただ単に食料がないということかも知れないが、それはそれで異常なので調べてみないことに変わりはない。

 

「面倒だ」

 

 けれど、やるしかない。

 元々丈夫な素材であるトリネコ達は欲しかったのだし、それなりに面倒な相手なので金にはなる。一石二鳥だ。

 暫くすると目当ての森が見えた。平地にある林とは違い、それなりに斜面のある森。体力のない者には少し登るのを躊躇するぐらいだが、そこは冒険者だ。シアン含め彼らは身体が基本である。

 シアンは魔法使いではあるが、接近戦が得意故にそれなりに身体は鍛えている。普段“身体強化”等使っているので認知され難いが、そもそも“身体強化”は身体の力を引き上げるもので鍛えていなければ後日、筋肉痛でダウンしてしまう。

 しかし、ほとんどの魔法使いは身体を鍛えてはいない。遠距離の強力な攻撃魔法を打ち込めるのだから、鍛える必要があるだろうか? そんな考えをしているためだ。

 シアンに言わせれば、鍛えといて損はないというのに。

 

「いた……」

 

 猫のようなしなやかな身体に、肩甲骨あたりには鳥のような翼が生えている。間違いないトリネコだ。

 報告にあったように森から出ている。流石に遠くへは行かないようだが、山の麓付近に村を築いていた人達には傍迷惑な話だろう。まぁ、人間が後からそこに人里を築いただけだが。

 シアンがいる方角には村はないが、地図によると反対側にあるらしい。本当はそこにいるトリネコを退治して、強い者がいると認識させるのが一番だが、シアンにそんな優しさはない。取り敢えずクエストを終わらせれば良いのだし、何も指定をしてこなかったのでセーフだろう。

 

「まずは一匹」

 

 一瞬で距離を詰め、トリネコの首に創造魔法“武器製造”で作り出した短剣を突き刺し絶命させる。

 一撃でこの世を去ったトリネコはだんだんと変色していき、大地に根を張る。暫くすると一本の樹ができていた。トリネコの樹である。

 この魔物は猫と鳥が混ざった容姿をしている事と、死んでしまうと樹になるという特徴からトリネコと名付けられた。

 そもそも、各地にあったこの樹にトリネコという名前が付けられ、その後にこの魔物が変化した姿だと知って一悶着あったが、魔物の容姿にぴったり当てはまる名前であったのでそのまま採用されている。ネーミングセンスは求めてはいけない。

 シアンの背丈以上になっている樹の枝を選別した後、ナイフで切り落とし“収納箱”へと入れた。

 トリネコの樹はよくしなる上に丈夫なので、弓や魔杖作成に使われるが、魔物であった時のトリネコに強度が左右される為に上級者向けの素材になっている。生前が強ければより強い素材に、弱ければ弱い素材に。人間からすれば魔物の時点で判別し難いので、絶命させてからしか判断できない。

 そんなトリネコの樹を回収したシアンは、討伐の証である元々尻尾の部分であった小さな枝を切り落とす。尾の部分だった枝は他とは違い特徴的な形をしているので、討伐の証にはもってこいなのだ。

 

「よし、次だ」

 

 縄張りである森の外にいるトリネコのみ討伐という制限があるので森には踏み込まず、周りを調べるために足に力を入れた。

 爆速的に速くなる視界。音速に迫るその速度の中で、滑らかな白い毛をしたトリネコを見つける。短剣を取り出し後ろに回ってから首に突き刺した。短剣を抜くと動脈の血が勢い良く吹き出した。

 血が服に付くのを防御魔法で防ぎながらトリネコが変化するのを待つ。

 

「に゛ぃぃ……」

 

 力尽きたのか、自身を殺したシアンを恨めしそうに睨みながら、その瞳から光が消えていった。真っ白な毛が茶色に染まっていく。

 樹に変化したトリネコの尻尾を切り取って“収納箱”に入れた。これで二匹目だ。

 

「順調だな。一日で終わりそう」

 

 風で吹き飛んでいきそうである三角帽子のつばを掴んで抑えながら、空を見上げる。三角帽子の影から、太陽光が入り込んできた。

 

「まぶし」

 

 思わず目を細め、創造魔法“武器製造”で新たな長剣を即座に作り出したシアンは、差し込んだ影に剣を振り抜いた。

 

「ぐにゃ!」

 

 変な声を出しながら新たに襲ってきたトリネコが絶命。胴体が上下で分かれていた。

 先程も言ったようにトリネコは縄張り以外ではビビリであり、例え相手が格下だとしても襲うことはない。だが、今のトリネコは襲ってきた。それはもう必死な形相で。

 ということはつまり。

 

「本当に何かいるんじゃねぇか? これ」

 

 森を見上げてそう呟く。

 嫌な予感しかしないな、とシアンはため息を吐いた。

 

 




投稿再開です。何も言わずに放置してしまい申し訳ないです!


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鳥猫

 

 

 順調にトリネコを狩って行き、討伐証明部位を切り取ること数十分、シアンはトリネコの住処である森に足を踏み入れていた。

 緩やかな斜面ではあるが、人が踏み入れる場所ではないので足元が不安定だ。通常のDランク冒険者だと体力を奪われるだろう。しかし補助魔法において右に出るものはいないシアンである。“身体強化”をかけて、森の中心部に一速に駆けていった。

 森の中心部には他にはない大きな魔力が存在する。探知魔法と解析魔法の合わせ技という高難易度の技術を用いたことでわかった事柄だ。“身体強化”まで使っていながらなので、補助魔法においては勇者クラスを超えていると言っと過言ではない。

 普通、魔法使いは魔法の並行使用はできないのだ。一つ一つの魔法に魔力を使うため、その分魔力操作の機密性を問われる。その機密性はイメージが大事であるので、魔法名をすれば攻撃魔法を打てるなんて事しか考えていない魔法使いでは並行使用はできない芸当だ。そもそも二つの魔法を並行して使うという認識がないために、魔力操作云々以前の問題である。

 ともかく、彼がトリネコの住処の中心部に向かっているのはその魔力の源をハッキリさせる為。討伐だけ済ませて、この調査はギルドに任せれば良いはずだが、どうしても気になった様だ。いつになく真剣に野山を駆けている。

 

「(普段テリトリーから出ないトリネコが出て来た事、そしてあの必死な形相……確実に何かあるな。あいつらは決して馬鹿じゃない……格上に仕掛けるなんて事ないはずだが……)」

 

 考えられる可能性は二つ。トリネコよりも強い者に住処を取られたか、トリネコに命令できるものが現れたか。

 どちらにしろ異変である。トリネコは一体でDランク冒険者と同等の力がある。このクエストも本当であれば、パーティで受ける方が安全だ。そんな其れなりに強いトリネコが指揮官というモノを持ったならば、脅威となりうる。

 そして、その指揮官の存在がどういうものなのかというのがシアンにとって大事な事柄である。もしその指揮官が魔人という魔物の上位存在ならば、放っておくわけにはいかない。シアンの立場は勇者の仲間でもあるが、それ以前に魔王の協力者である。魔王直々に命令されているならいざ知らず、独断で生態系を壊し人間に迷惑をかけているなら、例え此方側とて討伐対象となるのだ。

 トリネコの魔力反応が尋常でないほどになった頃、シアンは気配を消して身を潜めた。改竄魔法である“隠蔽”を自分自身にだけ使って、まるで何もないように見せた。

 改竄魔法は干渉魔法に似ているが、あくまで違う魔法だ。干渉魔法に分類されないこれは主に周囲の法則を変えているからだと言われている。干渉魔法が人や生き物なのに対して、改竄魔法は自然を相手とする。まぁ区別をつけてはいるが根本的には同じではないかと言われていたりするが、そこは今重要ではない。

 

「にゃぶ、にゃにーにゃ?」

「ニャニャニャニュー!」

「にゃば! にゃふー!」

 

 二匹のトリネコが何かを話し合っているが、全くもって何を話しているかわからない。シアンも首を傾げたくなるが、それをすれば気づかれてしまうかも知れないので我慢する。

 二匹のトリネコは同時に頷くと、近くの小さな丘の下にできた洞窟へと入って行く。何かを決意したような顔だ、もしかしたらその奥にボスがいるのかもしれない。

“隠蔽”を継続させながら、トリネコ達の数メートル後を歩く。入り口は狭かったが、入ってしまえば人間であるシアンでさえ余裕に歩けるスペースがあった。

 ところどころで発光する苔を尻目に、足音を立てないように何かを蹴らないかどうかを気をつけながら歩みを進めた。

 既にかけてあった改竄魔法“消音”によってシアンが触れたものについては音は立たないが、それ以外に関しては別である。

 

「にゅにゃ! にゃににゃにゃはにゃぶ」

「ニャァ。ニャニュニッ!」

 

 相変わらず何を言っているのかわからないが、重要なことを話しているのだとはわかる。それだけ二匹の顔は真剣だった。

 ……猫顔なのに何故わかるのかだなんて、野暮なことは突っ込んではいけない。

 やがて洞窟の中とは思えないほどの大きな広場に出ると、二匹は何かを呼ぶように叫んだ。

 

「「ニャバァ!!」」

 

 途端に広がる光。とある一点が光ったと思えば、そこには猫がいた。

 白い体毛のトリネコとは違い黒い体毛を持った猫。背中には鳥のような羽根ではなく、蝙蝠のような羽根が付いていた。トリネコだとは思われるが、それにしては内包している魔力がトリネコとは桁違いであり、何よりそのトリネコは後ろ足で立っていたのだ。

 四足歩行の猫が立ち上がったような姿勢ではない、元から二足歩行ではないかと考えさせられるきちんとした姿勢。ゆるりと二匹のトリネコに向かう様は、まるで人間が猫の皮を被ったように見えた。

 

「(やっぱ魔人か……)」

 

 魔人とは魔物の上位種。魔物が強くなり進化して、より人間の姿に近くなる事を魔人化と言うが、分類としては魔物に近い。

 魔族の中には悪魔という種族もいるが、彼らは基本的に生まれながらに人型であるため、魔人とは全く違う種だ。

 だが。

 

「おやまぁ、君たち良く私のところに来る子達じゃないか。今日はどうしたんだい? また誰かヘマしたのかい?」

 

 魔物に近いとはいえ魔人。話せるほどの知能は持っている。

 話している言語は世界共通のティリア語であり、どうやって取得したのかは不明だ。だが、魔人がティリア語を話せることについてはまだ解明されていないために、そういうものとして受け取る。

 因みに獣型の魔人に似た亜人種である獣人達がいるが、魔物ではない。だが人間側は獣人達を魔人と同じ区別をしているらしい。

 それはともかく、ゆらりと二本の尾を揺らして微笑む黒い魔人トリネコを見た。仕草は妙齢の女性を思わせる。雰囲気からもそうだが解析魔法によれば、それなりに年月を生きた魔人であることがわかった。

 面倒だな、と心の中で呟く。

 

「にゃふ」

「おや、違うのかい」

「ニャニャニャ、ニャニュ。ニャバビー」

 

 一匹のトリネコが首を振り、もう一匹は何かを説明するようにジェスチャーを取り入れながら話している。ふむふむと頷きながら聞いていた魔人は、そうかいと笑った。挑戦的な笑みだ。

 

「何匹かやられたのかい……本格的に人間が関与してきた可能性があるさね。しかしまぁ、人間を見たら攻撃しておけとは言ったものの……もしや、焦ってヘマした、とかないだろうねぇ?」

 

 黄色い瞳が光る。細めた目は怒りを表しているのだろう、とても鋭い。

 視線を受けた二匹のトリネコは一瞬だけ肩を跳ねさせた後、勢いよく左右に首を振った。

 

「なら良いけどねぇ。私は寛容だ、結果さえ出せれば何も文句は言わないさ。ただ、何かあれば報告だけはするように。お前達では荷が重いだろうさ」

 

 二匹のトリネコが頷いたのを確認すると魔人トリネコは薄く笑い、登場の時とは逆に静かに消えていった。瞬きの間にいなくなったことから、“空間転移”を使ったのは明白だ。

 探知魔法と解析魔法を使い、どこに消えたのか探る。

 

「(いた)」

 

 広間の奥、壁の向こう側にいることがわかるが、突撃するのが憚られる。彼らの目的がわからないからだ。

 

「(しかし、時空間魔法の担い手となると厄介だな……)」

 

 時空間魔法を使う人間すら少ないのに、その更に少ないとされる魔人が使えるとなると厄介極まりない。通常の冒険者であれば、撤退して対策を練るために街に戻っていただろう。

 あの魔人が人間と敵対しているのは話を聞いていてわかる。ただ魔人の自然発生というのが珍しいので、魔王側としてはどうにかして魔界に移せないだろうか。

 

「(…………こういうのは上司に判断を仰ぐものだよな)」

 

 何でも出してくれる狸に泣きつく小学生のように、自分の使い魔に泣き付こうとする魔法使い。プライドはないのだろうか。

 ただ使い魔は主人の言う事を聞くもの。頼るのは当たり前かもしれない。

 

〝あーあーテステス。こちらシアン・アシード。現在人間に危害を加える魔人を確認、指示を仰ぎたい、どうぞ〟

 

 念話を使い、魔界にいる自身の使い魔と連絡を取る。まるで異世界の軍隊での連絡手段であるトランシーバーを使っているように話し出した。

 念話を受け取った使い魔であるサタンは、持っていた資料をめくりながら念話に応じる。

 

〝なんじゃ。今書類整理で忙しいのだ。巫山戯るなら後で……とは言いたいものじゃが、お主がそんな態度をとるのは事が大きい時のみ……何があった?〟

 

 普段真面目な方であるシアンが巫山戯るのは、大抵切羽詰まった時や緊急事態のみ。と言ってもその巫山戯方が周りと比べて小さいため周囲にはいつも冷静沈着と言われている。

 つまりこの一瞬で何かあったのかわかるのは、単に付き合いの長さだろう。シアンが子供の頃から知っているため、彼の性格は網羅していると言って良い。

 

〝さっき言ったとおりだ。トリネコが進化して魔人になっている。トリネコを黒くして蝙蝠羽を生やせば、それだ〟

 

 そう言うとサタンは驚いたような声を出した。ドンと何かを押し付ける音が聞こえたことから、書類に判を押したのだろう。紙をめくる音も聞こえた。

 

〝なんと! あのトリネコが魔人化じゃと? 珍しい事もあるもんじゃな……〟

 

 トリネコは魔族の中では比較的弱い方だ。魔族で最も強い種族となるとやはり竜種だが、その他の種族含めて、力の強い者は魔界にいる。人間界にいるのは弱い者達ばかりだ。

 魔族は人種を侮っている傾向にある。種族の問題として、身体能力が隔絶されているからだと思われる。何も訓練を受けていない最下級の魔物でさえ、同じく何も訓練を受けていない村人達を圧倒できるのだから、その差はわかるだろう。

 しかし魔人は人間界では生まれにくい。弱い者ばかりを相手にしていても一向に強くはならないので、進化という過程を得ることができない。

 その為、魔人という存在が出るだけで人間界は大騒ぎする。ランクD冒険者程の他の者から見れば力のある方であるトリネコは魔界の魔族達からすれば赤子同然だが、人種から見れば脅威以外の何者でもないため、本来なら街総出で事に当たるだろう。

 とにかくそんな弱いトリネコが、人間界で進化して魔人化するとなると結構珍しい事なのだ。

 

〝しかも人間に危害を加えているとな……またもや、父上に恨みが募るのう。魔王となった自業自得じゃがな〟

 

 面倒だ、とため息を吐くサタン。シアンの脳には頭を抱えるサタンの姿がありありと見えた。

 自身の使い魔がいつも苦労している事に苦笑しながら、どうするか持ちかける。どうせなら其方に送る、とも。

 

〝そう、じゃなー…………うん、そうしてくれ。ここ最近トリネコの魔人は目撃されていないからのう。城の研究者達が喜ぶじゃろうて〟

 

 魔族が魔物とはいえ、魔人を実験動物扱い。魔族には倫理とやらが加わっていないため仕方のない事なのだが。

 

〝了解した。じゃ、今すぐ送る〟

〝えっ!? 今すぐじゃと!? ちょっと待つのじゃ! シア---〟

 

 慌てたようなサタンの声を無視してぷつりと念話を切ったシアンは、さっそくとばかりに立ち上がる。

 もうあの二匹のトリネコは去っていて、あの広場には誰もいない。魔法で確認しても魔人の反応だけなのでオールクリアである。

 

「(“身体強化”二倍かけ、“武器製造”、探知と解析……よし、狙いは定めた)」

 

 広場の入り口に立っていたシアンは“武器製造”によって作り出された鉄製の巨大ハンマーを握りしめて、倍かけした“身体強化”に物を言わせて突撃する。

 壁にぶつかる直前に一回転して、遠心力の応用でハンマーを思いっきりぶつけた。

 

---ズッドォォオオン!

 

 地響きのような音が鳴り、壁が崩れる。解析魔法の結果一、二メートル以上あったと思われるその壁はまるで握りつぶした豆腐のように粉々に砕け、あたりに散って行った。

 シアンの方にも破片が飛んでくるが、ハンマーを振り回して弾いていく。

 

「なんの騒ぎ!?」

 

 魔人のトリネコが慌てて奥から走ってきている。彼女はハンマーを担いだ人間のシアンの姿を見て固まってしまった。どうやら、攻めてくるだなんて思っていなかったらしい。

 確かにトリネコの縄張りの中心地。入ってくる人間などいないだろう。いや、ここにはいたが。

 固まった彼女への同情も程々にシアンはやるべき事を実行するべく、彼女の黄色い目を睨みつけた。

 

 




トリネコ?トネリコ?


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