サイレンススズカ「お見舞い…ですか」 (K氏)
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お見舞い

 ――今年の秋の天皇賞。全国のウマ娘ファンに衝撃を与えた今回のレースは、ファンの間において『沈黙の日曜日』と渾名されていた。

 

 その原因は言わずもがな、『異次元の逃亡者』サイレンススズカの故障発生。

 「逃げて、差す」というあり得ざるスタイルを確立させた彼女は、その日も数多の夢を背負って走っていた。

 本人もその日は、絶好調だったとしか言いようがなかった。

 万全の体調で挑んだレースは、サイレンススズカにとってその前に挑んだ金鯱賞に匹敵する、あるいは上回るような、歴史に名を残すレースになる、筈だった。

 

 ――それが、今ではこのザマだ。

 

 あれだけ好調で、タイムも良かったというのに。

 気づけば彼女はこの病院で寝転がっていた。

 

 『左足の粉砕骨折』。医師からはそう伝えられた。

 幸か不幸か、それは分からない。

 あれだけのスピードを出していたら、本当なら死んでいたかもしれないという意味では幸運だったと言えよう。

 だが……この怪我は間違いなく、彼女の心に暗い影を落としていた。

 

 そして、今。

 

「ねぇ、トレーナーさん」

「なんだ?」

 

 彼女の見舞いに来ていた、彼女の所属するチーム『スピカ』のトレーナーである男。そして同じチームメンバーで、同じ寮の同じ部屋に住む後輩、スペシャルウィーク。二人に向かって、スズカは暗い表情で口を開いた。

 

「……本当はもう、レースに復帰できないんですよね?」

「馬鹿な事言うんじゃねぇよ」

「……嘘です、私知ってるんですよ!? こんな状態じゃもうレースには!」

 

 スズカが意識を取り戻してすぐ、トレーナーに走れるか否かを問うた時、彼は確かに頷いた。だが、彼女の心の影が、彼女自身がそれで納得するのを拒んでいた。

 落ち込むスズカに、彼女を誰よりも慕うスペシャルウィークが言葉を投げかける。

 

「何言ってるんですかスズカさん! 今日は、世界一位のウマ娘が、お見舞いに来てくれるんですよ?」

 

 ……唐突に何を言い出すのか、スズカには理解できなかった。世界、一位と、そう彼女は言ったのか?

 

「嘘よ……よりにもよって世界一位が来るわけないじゃない」

「いいえ、世界一位のウマ娘が来てくれるんです!」

 

 そう口にする彼女の目は、あまりにも真っ直ぐ過ぎて、輝いていて、今のスズカには直視できない。

 だが、これだけは分かる。分かっているのだ。彼女に嘘をつけるような器用さはないと。

 

 すると、そんなスペシャルウィークの声に反応するように、スライド式の病室のドアが開かれ――

 

 

 

 

「やぁ~こんにちは」

 

 

 

 

 ――何故か勝負服に身を包み、大きなレンズのサングラスを掛けたウマ娘、ゴールドシップが立っていた。

 

「わーホントだ!世界一位だ!」

(世界一位……えっ? どう見てもゴールドシップ先輩……えっ?)

 

 なんやかんやでそれぞれがエース級ながら、性格や性質に難ありな問題児が集まるとされるスピカメンバーの中でも、頭一つどころか山も軽く超えるレベルでの奇行が目立つのが彼女、ゴールドシップ。通称ゴルシ。本人曰く「ゴルシちゃんか、ゴルシ様か、ゴルシ様って呼んでくれてもいいんだゾ! だゾ♡」

 そんな彼女が、何故か後ろに黒スーツとマスク、サングラスというおかしな格好の二人を控えさせて、突然現れたのだ。

 これには落ちコンドルパサー……もとい落ち込んでいたスズカも、そんな暗い気分が吹っ飛ぶぐらいに困惑させられる。

 

 ……もしや、これはあれか。この間ウマ娘の神様とかなんとか言って励ましてくれた、その続きなのだろうか。というか、後ろに控えている二人はもしかしなくともウオッカとダイワスカーレットなのでは?

 

 そんなスズカの疑問を他所に、話はどんどん進んでいく。

 

「いやぁ今年は危うく三位になりかけたんだけどもな。今年も一位だったよ。フォッフォッフォ」

(え、えぇ……よく分からないけど、励ましてくれてるのかしら……)

「おめでとうございます!でも……どうやって世界一位になれるんですか?」

(そもそも何の世界一位なのかしら……)

 

 何と言うか、一から十までツッコミどころが満載過ぎて、何からツッコめばいいのか分からない。

 この数秒で最終的に彼女が辿り着いた結論は、「しばらく静観する」。これだった。

 

「うむ。例えば、世界五位がいるな?」

「はい」

「しかし、そいつが世界五位だったとしても、私が世界一位なのだよ」

(……????)

「南米のウマ娘主婦層の辺りじゃ私を八位だと言っているのもいるそうだが、とんでもない。私は一位なのだよ」

「そ、そうなんですね……(本当に何の話してるんだろう……)」

 

 テキトーに相槌を打つが、スズカには何の話かまるで分からない。

 というか、そもそも世界一位とは言うが、何の世界一位なのだ。どうしてスぺちゃんは普通に会話をしているのか。純粋だからなのか。まぁあの先輩だし。大方、ゴールドシップが何かしら言いくるめたのだろう。

 現に、かつてスペシャルウィークに対して、スズカの同期であるエアグルーヴに対してスマホ(フラッシュが自動的に焚かれる設定の)で写真を撮ってこいと言ったという前科がある辺り、その線が濃厚だった。

 

「考えてみると、十七位から始めさせられたのだよ」

「そうなんですね~」

 

 何のランキングかは知らないが、世界レベルで十七位スタートってそれなりに高いのではないのだろうか。

 

「あの頃が一番辛かった……よく十二位(ジェンティルドンナ)の奴に虐められたのだよ」

 

 あのゴールドシップが虐められていたというのが、俄に信じがたい。

 

「その頃いつも、九位(ジャスタウェイ)の家に泊まっていたよ」

「そんな過去が……」

(トレーナーさんも乗った!?)

 

 ここで唐突なトレーナーに、思わずスズカも吃驚仰天。というか、これトレーナーも絡んでる話なの?

 あまりもの置いてけぼりっぷりに、何故かスズカは今、自分が別の世界にでもトリップしたかのような気分になってしまっていた。

 

「世界一位さん」

「なんだね?」

(あ、名前はそれで通すのねスぺちゃん……)

「スズカさんと握手、してもらえますか?」

 

 えっ、と疑問の声を出す間も無く、ゴルシがスズカの手をひしと握りしめる。

 

「頑張るのだよ」

「え、えぇと、してくれたんですね……」

 

 よく分からないが、普通にしてくれるものなのかと、スズカは混乱しかしていない頭でそう考えていた。

 

「ウオッカ」

「はい」

 

 唐突に、ゴルシが右後ろに控えていたウオッカに話し掛ける。

 

「私は去年は何位だった?」

「一位です」

「今年は何位だ?」

「一位です」

「よしんば私が二位だったとしても?」

「世界一位です」

 

 そこまで聞き終えると、ゴルシは満足そうに、スズカと再度握手を交わした。

 

「二位じゃないの……?」

 

 そんなスズカのささやかな疑問の呟きは、しかし誰にも受け止められる事は無かった。

 

「あのっ、世界一位さん!」

「なんだね?」

 

 そこに、スペシャルウィークが元気よく手を上げた。

 

「私も、世界一位になれますか?」

「アッハッハッハッハ!」

 

 何でそこで笑うのか、これが分からない。が、当のスペシャルウィークは特に気にした様子も無いので、スズカは疲れからかあっさりとスルーしてしまう。

 

 すると、何処からか曲のメロディーが聞こえてくる。この曲は恐らく、ゴルシの持ち歌であるGoal to my shipだろう。ちなみに九月十二日発売のアニメーションダービー05にも収録されているので要チェックだ。更にこのCDにはトレーナーの歌ううまぴょい伝説も収録されているので、気になる人はぱかラジッ! アニメ版第22回を聞こう(提案)。具体的に言うと43分56秒辺りからだ! サイドストーリーもあるぞ!

 

「おっと失礼……」

 

 閑話休題。そのメロディーが鳴ったと同時に、ゴルシは腰のポーチから、何故か今時珍しい二つ折りケータイを取り出す。どうやら着メロだったようだ。

 

「私だ。何? 私を二位だと言う奴がいるって?」

 

 まぁ、良く分からないがそういう事を言う輩もいるのだろう。世界一位なのだし。

 スズカは半ば、思考停止しかけていた。

 

「そいつは何位だ? 七位のトーセンジョーダンだな?」

(ピンポイント!?)

「そんなに言っているのか? ……どんな言い方だ?」

 

 妙にピンポイントだが、話には聞いた事があった。「ゴールドシップはトーセンジョーダンを見かけると問答無用で蹴りに行く程嫌っている」と。多分本人が何も言っていなくとも、ゴルシなら蹴りに行くに違いない。

 スズカは死にかけの目でそう思った。

 

「そうかフフッ……分かった……すぐに行くクフッ……」

 

 何故かそんな笑い混じりの返答を最後に、失礼するよ、と一声掛け、二人の黒服を伴ってゴルシは出て行った。

 

 なんだかさっきまでシリアスな雰囲気を醸し出していたのが馬鹿らしく感じてきた、スズカなのであった。

 



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