転生したら人類の敵側になってしまった (クォーツ)
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プロローグ

 転生したら、カルデアに居た。

 正確には、それまでに歩んできた人生があったのだが駄文にしかならないような人生だったので軽く流す程度に触れていこう。

 

 前世ではまだ大学生だった私は、気が付いたら死んでいて気が付いたら転生していた。

 転生の時に『神』と呼ばれるような存在に遭った覚えはないし、望んで転生したわけではない。

 だが、心のどこかで死にたくないという思いがあったことは確かだ。

 

 転生した私は、それなりの魔術の家庭に生まれた。

 700年程度続いている家ではあるのだが、未だに主だった成果をあげられることはできない上に長いとは言い切れない歴史の浅さも相まって、とても大御所といえるわけもなく二流の魔術の家だった。

 

 特別な力に恵まれたわけではなかったが、『魔術』という前世ではなかったファンタジー満載のそれに心が惹かれて無心で打ち込んでいた。

 この時に、この世界が『Fate』世界だってことに気づいた。

 

 気づいたのだが、上には兄がいて私はあくまでスペアとしか見られていなかった。

 魔術属性は『水』。特性は『操作』。

 これは、我が家の家系の人間の殆どが当てはまるらしい。父も母も兄もみんな同じだった。

 しかし、私自身の魔力回路が貧弱なのか私が転生者だからなのかは知らないが、できる魔術は基本的に自分の血液を操作することのみだ。

 

 血液を固めて、剣を作る。

 血液の流れを加速して、身体能力の向上を図る。

 前者はともかく、後者は体への負担が大きいので殆ど使い物にならない。

 

 兄も大した魔力回路ではなかったが、私よりも『水』そのものの操作が上手だったのが決定的だった。

 また、人には見せることが出来ないものも多かったのが私がスペアになった理由なのだろう。

 血液から赤血球を抜いて体外に液体のみを排出し透明な液体で相手の体を削り飛ばすとか、血液そのものに上向きの力を与えて体を浮かすとか、体への負担が馬鹿にならない上にグロかったり実用的ではないものが多すぎた。浮く方に関しては、長時間浮いていると足が壊死する上に前に進むだけでも身体全身が破裂しそうなぐらい痛くなる始末だ。

 しかも、私が『水』の操作をできないと割り切っていたせいで『血液』の操作にばかり夢中になってしまったことで、家からは完全に要らない人扱いになっている。

 

 そんな時だった、カルデアからの使者が私をスカウトしに来た。

 『レイシフト適正』と『マスター適正』が高かったこと、スペアではあるもののそれなりの魔術の家で魔術回路自体は次期当主になる兄と遜色なかったことが理由だと言われた。

 拒否する気はなかったが、そもそも拒否権自体がなかった。

 

 その日のうちにカルデアに行くことになり、自分の部屋に有った魔術の資料などを持って家を出た。

 家族全員が喜んで私を家から追い出した。だが、私は家族自身そこまで好きになれなかったので、どうでもよかった。

 そんな些細なことよりも、これからのことに思い馳せていたのだ。『主人公』にはなれないと理解していながらも、どこかワクワクした気分を抑えきれずにいた。

 人生がつまらなかったわけではなかったが、『Fate』世界転生したのに何の話にも関わらないで死んでいくモブキャラになるのが嫌だったのだろう。

 今考えたら、そのまま死んでおけば楽だったのかもしれないと思うが、当時の私は前世の子供の頃のワクワクを思い出してしまっていた。

 

 どこぞのキモイルカよろしくだ。

 

 名前は十代ではないけど、ワクワクを思い出してそれに思いを馳せていたことに間違いはない。

 『FGO』と呼ばれるソーシャルゲームは、生前かなりやっていた。

 やり始めた原因ともなるのは『清姫』の存在だったが、周回が面倒だったこととガチャの排出率と戦闘の仕様に不満があった程度で出たキャラは一通り育てている程度にはやりこんでいた。

 

 小さい頃から祖母の影響で妖怪が大好きだった私は、妖怪の本を穴が開くかのように読み込んでいた。

 その中で『清姫』の項目を読んだ時に、こんなに異性に思われるんならさぞかし幸せになれるだろうにと思っていたものだ。結末は残念極まりないものだが、安珍が悪いと断言することもお門違いなことを子供ながらに理解していたので、やるせない悶々とした思いを抱えていた。

 その心を誰にも漏らすことなく死んでいったことが幸運だったのかはわからない。

 挿絵は、百鬼夜行絵巻のようなものに近づけていたのでお世辞にも可愛いとは思えなかった。

 

 だからこそ、『FGO』の清姫を見た時には腰を抜かしそうになったものだ。

 『刑部姫』も挿絵の方に慣れ親しんでいたせいで、実装当時は「誰だお前!?」と絶叫したのを覚えている。『長壁姫』の方で慣れ親しんでたいせいで、最初は誰だか分らなかったが、イベントを進めていくにつれて違和感を感じ、『刑部姫』は『長壁姫』と同一だったことに気づいた時の魂の叫びだった。

 今思えば、あの挿絵で実装されていたら地獄絵図になること間違いなしだ。

 

 

 そんな、画面でしか見れなかった『英霊』を一目見ることが出来るかもしれないと内心テンション高く飛行機に乗っていた。

 窓からの景色を見ることすら許されなかった移動ではあったが、そんな中でも暇だとは思っていなかった。

 カルデアで起こる日々を考えるだけでも楽しみだったし、前世ではまだ二部の途中ではあったがAチームの彼らと会話をすることも楽しみにしていた。

 人理が焼却されるが、『主人公』がいるならばなんとかなるだろう思っていたし、その『主人公』にも会って話でもしてみたいと思っていた。

 

 

 

 

 最初に着いたときに、シミュレーションを行った。

 しかし、待てど待てどサーヴァントは現れず、仕方なしに自力で何とかすることにした。

 持って来た、()()()()()()()()()()()()()()()を勢いよくゴーレムに叩きつける。

 体外から出した後、1週間程度ならば問題なく操作できることはこれまでの実験からわかっていた。

 拳大ほどの血液を叩きつけられて怯んでいるゴーレム相手に、150CCの血液を1μの細さにして無数に分裂。全方位から一気に串刺しにした。

 串刺しにして、ゴーレムの外殻を突き破ったことを確認してから貫いた部分の血液で中身をミキサーのように掻き回す。

 そんな単純な作業で、ゴーレムたちは全て塵と化した。

 

 とても人間には使えない、極悪非道の必殺技である。

 ゴーレムの外殻を突き破ったことからもわかる通り、1μの細さにまで圧縮された血液は先端が槍状に尖っており、殺傷能力が非常に高い。

 岩どころか、鉄ですら貫ける勢いだ。

 それが束になって体を貫くが、体の深部に達している必要はない。

 貫いた部分の血液を操作して体の中身を掻き回せば、耐えられる者は僅かだろう。

 欠点としては、魔術的な防御をされると弾かれる可能性が高いことと、高温の場所だと上手く圧縮できないため威力がガタ落ちしてしまうこと、弾が血液なので無駄打ちしすぎると自分が死にかねないことだ。

 

 一汗掻いた所で、カルデアに入ってすぐの入り口に立っていたことに気づいた。

 そこに走ってやってきた、所長やロマンを見てテンションを上げつつも両方とも顔を蒼白にしていたことで気持ちを落ち着かせていた。

 

 曰く、こちらの不都合でサーヴァントを用いたシミュレーションができなかったことの謝罪だった。

 それについては自力で乗り切ったので問題はなかったのだが、問題は私のシミュレーションでの行いを見てしまったことだったらしい。

 

 予定ではBチームに配属される予定だったが、自分の血液しか操作できない欠点を克服するような活用の仕方を見て評価を改めたそうだ。

 また、カタログスペック上ではサーヴァントでないと倒せない設定のゴーレム()体を、単騎で怪我も負わずに倒してしまったことがまずかったらしい。

 カルデアのスタッフ内では私のことを『怪物』と呼称している人間もいるそうだ。誠に遺憾である。

 私としては、Bチームのままの方が良かったのではないかと思いながらもAチームに所属することが確定してしまった。

 

 そして、自室になる部屋に案内されてベッドに横になって冷静に考えをまとめているうちに頭が痛くなってきた。

 

 私はさっきのシミュレーションの時に何としてでも戦うことを避けるべきだったし、さっきの話でもAチームをかたくなに拒む必要があったことに気づいたのだ。

 

 

 

 そう、私は第二部で異聞帯(ロストベルト)を作るAチーム所属になってしまったのだ。

 嫌な予感はしていた。

 間違いなくレフの起こす事故によって一度死ぬことも理解していた。

 だが、それを知ったところでどうしようもないことに気づいた。

 カルデアの中枢に入り込んでいるレフ・ライノールを止める手段を持ち合わせておらず、魔術の家としても二流でしかない。

 Aチームのメンバーは性格に難がある人物が何人か紛れ込んでいることは理解しているし、マシュを救うのが私ではないことも理解している。

 

 だが、このままでは人類の敵になってしまうのだろう。

 

 それは何とかして阻止したい。

 味方として登場するのではなく、敵として『主人公』に敵対することはできれば避けたいと思っている。

 しかも、『大令呪(シリウスライト)』とかいう、使うと死ぬ強力な令呪なんて厄種にしかならないものも押し付けられるのだ。

 

 はっきり言っていらない。

 

 転生してまで私が思うことは死にたくないということだけだ。

 

 『Fate』…『型月』世界だと自覚してから、死なないために力をつけてきた。

 ファンタジー染みた『魔術』だったからという理由だけで、ここまで頑張れてきたわけではない。

 『物語』に関わりたいと思いつつも、関わったら死ぬのではないかと思っていた。

 

 『型月』で物語に関わるということは高確率で『死』を表す。

 確定ではないものの、主要人物でもあっさり死ぬような世界だ。

 関わらないように立ち振る舞っても、それが原因で死ぬことすらあり得る世界だ。

 

 それならば、『魔術』を自分なりにものにしておいた方がまだいいだろうと思っていた。

 一流の魔術師ならば死亡フラグだが、二流でしかない私ならば確定死亡フラグにはならないだろうと思っていたこともある。

 

 でもAチームはまずいってば。

 

 死ぬ死なない以前に、()()()()()()()()()()ということ自体がまずい。

 『異星の神』に使いつぶされることが前提で、そのために今からAチームで頑張れとかやる気が起きるわけもない。

 あーだのうーだの言ってベッドで唸ることしかできない自分が、とても矮小な存在だと今更気づかされた。

 Aチームの彼らを救うには力不足で、彼らの助けになることすら『魔術刻印』を受け継いでいない自分には難しい。

 どうすればいいのか頭を悩ませながら、時間は残酷に過ぎていった。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 

 カルデアに来てそれなりに時間が経った。

 Aチームの人たちは思ったよりもいい人たちだった。

 

 キリシュタリアは、名家の生まれであることもあったのでヴォーダイムさんと呼んでいたのだが名前でいいし呼び捨てで良いと言ってくれて魔術について意見を交わした。

 二流の家でしかない私の意見なんかが役に立つとは思えなかったのだが、ゴーレムをグチャグチャにした映像を見たらしく、その発想力は好ましいものだと言ってくれたのが純粋に嬉しかった。

 

 ファムルソローネさん…オフェリアさんは名字で呼ばれることを嫌がっていたのでさん付けで呼ぶことにしていた。キリシュタリアと同じように、名家出身なのにこちらを見下すような態度を取ってこない上に、生真面目な性格はとても好ましい印象を受ける人だった。

 特殊な魔眼を持っているらしく、片目を常に眼帯で封印しているのが印象的な彼女だが、名家の出身であった彼女からも色々と魔術に関して話し合った。

 私の意見はだいぶ魔術師のそれとは異なっているらしく、「…なんでそんなことを考え付くのかしら?」と呆れられてしまった。

 

 カドックは自虐が過ぎるところがあるが、魔術に関わっているにもかかわらず思いやりと気遣いができるという印象が強かった。

 年が近いこともあり、魔術師としては平凡だった彼と二流の家出身のスペアの私は、良くも悪くもお互いに打ち解ける原因になっていた。名家にはわからないような苦悩とかを吐き出しあっている様は、傷の舐め合いと言われればそれまでなのだろうが、私にとっては今までになかった経験で気持ちがだいぶ楽になっていた。

 お互いに魔力量がないことを気にしていたため、二人で効率のいい魔力の使い方について話し合った。

 

 ペペロンチーノは非常に面倒見がいい人間だ。

 途中配属された私に真っ先に声をかけてくれたのが彼(彼女の方が良いのか?)だった。

 発想がぶっ飛んでいると言われたこともあるが、それでも魔術の練習と称してシミュレーションをする時に気がついたら付いてきてシミュレーションをいつでも止められるようにしてくれていたことを覚えている。

 

 芥さんは読書家だ。

 ペペロンチーノとは違い不愛想で、読書は好きだけど無気力で他のことには興味がないのではないかとすら思える。

 読書の邪魔をするのは申し訳ないと思っていたので、あまり話すことはできなかったが、ある件の話し合いの時の彼女を見て、自分の意思を貫くときには貫く人だと知った。

 

 ベリルは殺人鬼らしい。

 話してみると悪い人物にはあまり見えないのだが、確かに言動がヤクザか何かを彷彿させるものがある。

 ゴーレムを壊したときの映像を見て、それを人間にやってみたら面白いと思わないか? と言われたときは流石の私も口を噤んだ。

 その後すぐにケロッとして、冗談冗談、と言いながら去っていったのだが、アレで同意していたらどうなっていたのかを想像すると少し怖いなと感じた。

 でも、普段は悪い人じゃないことを知っていたし、自分の楽しみを優先しつつも他の人に気を配ることもできる人だった。

 

 デイビットは口数の少ない寡黙な男だ。

 だが、意思がない男ではない。

 頭が良いというよりは、直感が非常に良いという羨ましいような能力とも言えるものを持っている。

 理屈抜きに直感に頼るという様は、理解しがたいものではあれ凄まじいものだ。

 自分を信じ切っているように見える彼の姿は、私からすれば眩しいものに見えていた。

 

 

 最後に、原作とも言える『FGO』のメインヒロインになるマシュだ。

 話は事務的で、生命活動を最低限に行っているとしか思えない節がある彼女だが、Aチームの何人かは彼女を気にかけている。

 私は最低限は関わるというスタンスだが、『主人公』がいるのであれば何とかしてくれるだろう。

 少なくとも、私には彼女が変わる様をイメージできない。

 

 彼女がここからどのように変わっていくのか、ゲームで知っているはずなのに()()()()()()()()()()のだ。

 

 画面越しに知っているはずのことなのに、実際に目の前にいる彼女を見るととても変われるとは思えない奇妙な何かを感じる。

 それは、彼女が『デミサーヴァント計画』のために作られた試験管ベビーであることを知っているからかもしれない。

 ()()()()()()()()()()()()()()という強迫にも似た何かが彼女を目の前にすると呼び起された。

 

 恐らく、彼女は救われるだろう。

 だが、それは私の役目ではない。

 

 それを理解してしまったからこそ、私は彼女と距離を置いて接していた。

 申し訳なさと、やるせなさが入り混じった感情を彼女に…いや、Aチームのメンバーには知られたくなかった。

 

 

 

 

 私はこの僅かな期間に足掻き続けた。

 彼らを死なせたくはなかった。

 彼ら以外のマスター候補の皆からは『怪物』と呼ばれて避けられてしまっていたので、あまりかかわる機会を持てなかったが、死んでほしいと思ったことはなかった。

 スタッフの人には迷惑をかけたり、シミュレーションに籠って実験をしている時には心配をかけたりもしてしまった。

 特にロマンには何回説教されたか覚えていない。

 

 彼らを死なせたくはないし、彼らを悲しませたくもなかった。

 だが、レフ・ライノールという男…魔神柱の一体はこちらが何か行動を起こそうとするたびに見張るかのように先回りしていた。

 恐らく、彼は既に計画が私にばれていることを察しているのだろう。

 今私が始末されていないのは、どうせ殺すのだから構わないという自信の表れなのだ。

 

 

 現に私は今日がレイシフトする当日なのに具体的な対策をまるでできていなかった。

 露骨に爆破対策をすることは、他のAチームの人には一発でばれてしまう。

 それについて問い詰められようものなら、レフがカルデアの職員を正真正銘皆殺しにして回るかもしれない。

 そうなったら詰みだ。

 『主人公』も含めて、全員死んでしまったら人理焼却が為されてしまう。

 スタッフが『FGO』の時から1人減るだけでも負担はとてつもなく増えるのはわかり切っている。

 

 だから、私は『未来(正史)』を知っているにも関わらず、爆破を止められるのは私だけだという事実を理解しているのに、何もできないままコフィン(棺桶)の中に入った。

 

 

 

 そして、運命(Fate)の刻は訪れる。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Lostbelt No.0 ■百■■行■■

 

 A.D. 500 異聞深度:A-

 

 『■黒■■の■■る時』

 

 

 




 オリジナルサーヴァントの登場はもう少し後になる予定です。
 主人公は強いように見えますが、サーヴァントと対面した場合には速度で圧倒的に後れを取ることと対魔力を持っている相手だと身体の中に、魔力を込めた血液を送り込むことが難しくなるため十中八九死にます。
 また、主人公の主観で物語を進めているので事実とは異なる描写を挟む場合もございます。


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1話目

 感想、お気に入り、評価が早くも入って驚いています。
 今回、かなりの独自設定が入っているので、嫌な予感がする方はブラウザバックをした方がお互いのためになると思いますので、よろしくお願いします。


 体が熱くて痛い。

 私はどうしようもない無力感に苛まれながらも、出来ることはないかコフィンの中で模索した。

 身体から流れ出ている血液を利用して、コフィンの外に出られないかと思ったが上に瓦礫が乗っているようでとても動かせない。

 死ぬ直前に意識があったことを幸いと取るか、不幸と取るかは人それぞれだが、今の私を見て幸せだという人はいないだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、想像できる中で最悪の死に方だ。

 

 前世で死んだ理由はわからないが、痛みとかはまるっきりなかった。

 今の状態とはまるで反対だ。

 今の私は自分の身体が燃えている感覚を味わいながら、死んでいく苦痛に耐えて意識を残している。

 

 直ぐに死ねない理由があるとするならば、私の魔術の性質のせいだろう。

 少ない血液量を賄うために、循環効率を上げる魔術が自動的に発動している。

 体の外に出た血液も、体に戻ってきている感覚もある。

 

 だが、それで私が生き残ることはない。

 主要な臓器全てが潰れている現状で、生き残れたとしても地獄のような苦しみが待っているだけだ。

 それならば、意識を飛ばしてしまった方が楽になるのだろう。

 

 結局、転生しただけの凡人にできることなんてたかが知れていたのだ。

 外で何か聞こえているが、それが私に作用することはないだろう。

 何せ、私は今すぐに死んでしまうのだから。

 

 

 

 そうして、私の意識は闇の中に溶けて消えていった。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 私は死んだ…()()()()()

 死んでしまったはずの私はマシュ以外のAチームの面々と一緒に、『異星の神』に拾われた。

 拾われたと言うと語弊があるかもしれないが、まあ使いつぶされるだけの駒にされたのだ。

 大した違いはないだろう。

 

 オフェリアさんとヴォーダイムの様子が少しおかしいことから、彼らの間には私が意識を取り戻す前に何かあったのだと推察した。

 原作知識が正しければ、ヴォーダイムは私たちを生き返らせるために、私が増えた分と初回分を合わせると8回も試練を乗り越えたことになる。

 その件について謝罪したいと思っているが、どうやってそれを知ったのかを問い詰められると答えようがないことを知っている。

 その罪悪感から、私は無意識的に彼を避けるようになっていた。

 

 ヴォーダイムの指揮の下で各々で担当する異聞帯決めた。

 後で食い潰し合うことになることは半ば確定しているが、異議を出すものはいない。

 私たちは『異星の神』に命を握られているも同然なのだ。反対できるはずもなかった。

 

 話し合いの結果、私は日本の担当になった。

 そんな小さい島国でいいのかとベリルに冷やかされたが、私は前世も今生も日本生まれの日本育ちなのだ。

 他の国の歴史に詳しいわけでもないのに、担当地域にしようとは思えない。

 そして、暫くAチームのメンバーで連絡を取る回数は減っていき、各々自分の異聞帯の空想樹を成長させることになった。

 

 

 

 そして私は人類の敵になった。

 嗚呼、だが悲劇はそれではない。

 私が敵になった程度では『主人公』にとっては容易く打ち倒せるだろう。

 問題は私が担当してしまった異聞帯だ。

 

 

 私の作った…()()()()()()()異聞帯は、他の異聞帯に比べて()()()()だった。

 

 

 こっちの話を素直に聞いてくれる『王』。

 私のことを気に入ってくれて信頼関係を築いてきた『アルターエゴ』。

 立派に根を張ってきた『空想樹』。

 私の異聞帯特有の…個性豊かな『妖怪』たち。

 

 そして、大量の『家畜』。

 

 嗚呼、誰か私を止めてほしい。

 私を止めてくれなければ、私の作った異聞帯は()()()()()()()()()()

 悪戯感覚で、世界を壊しかねないのだ。

 

 『王』の力は貧弱だが、周りにいる者たちの力は『王』を容易く超えている者も多い。

 他の異聞帯ではまずありえない条件下で構成されている異聞帯だ。

 『王』の言葉に逆らう者はいないが、『王』と正面対決をすれば勝つことが出来る者は多い。

 

 

 

 嗚呼、なんで私は『妖怪』が生き残っている世界なんて望んでしまったのだろう?

 

 

 

 前世で妖怪を一目見たかったという欲望があったことは確かだ。

 だが、まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()誰が予想できるだろうか?

 

 

 

 

 富士山を作った『だいだらぼっち』、殺生石になることのなかった『九尾の狐』、天候を操る龍神『一目連』、生物を死に誘う『死神』、退治しに来た者たち全てを喰い殺した『鵺』、生者を死者にして燃え尽す『火車』、嵐を操る『風神』、雷を呼ぶ『雷神』、須佐之男から生き延びていた『八岐大蛇』、国を燃やし尽くして迷い込んできた『禍』。

 

 

 

 

 妖怪だけではなく、神話の生物が紛れ込んでいることも、『神』とされる者が紛れ込んでいることも、外国から紛れ込んできた妖怪がいることも、全てが想定外だった。

 

 とても家に上がって飯を食うことしかできないような『ぬらりひょん』が勝てるとは思えない。

 いや、彼自身も言っているように本来妖怪の総大将は彼()()()()ことを考えると仕方ないのかもしれない。

 

 噂話が独り歩きしたような形で『妖怪の総大将』という肩書を持っている『ぬらりひょん』だが、彼の与えられた特性は()()()()()()()だ。

 自分自身が家の主だという認識を植え付けることで、家に侵入し自由に振る舞う。

 しかも、それでさえ当時の文献からの事実ではなく、後世の曲げられた解釈によって生じているに過ぎない。

 本来のぬらりひょんとはその程度の妖怪でしかなく、説によっては『老人と間違えられて生まれた妖怪』とする説すらあるぐらいだ。

 『ぬらりひょん』は、2018年現在こそ有名な『妖怪』だが、当時の人々からすれば『鬼』の方がよっぽど怖い『物の怪』だったのだろう。

 

 そんな彼に全ての妖怪が従っている理由は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 妖怪とは、人々に『いる』と認識してもらうことから生まれる存在だ。

 実際にいるかどうかはそこまで重要ではない。

 人々が、「もしかしたら、さっきこう思ったのは妖怪のせいなのかもしれない」と思った瞬間にその『妖怪』が生まれ、認知度が増えていくほどに強大な存在として定着していく。

 

 

 だから、様々な動物を合成した様な姿で、黒煙を出して飛ぶのことしかできない『鵺』が、なぜか知らないが『強い妖怪』として定着してしまっているのだ。

 不気味な鳴き声に怯えて天皇の体調を崩させたと聞けば、凄まじいことをやったように思えるが、本来の『鵺』とは様々な動物を継接ぎにしたような『キメラ』でしかない。

 

 現に、凡人類史では退治される時になったらあっさり退治されている。

 

 姿を自由自在に変えるという話も聞くが、それは『鵺の声で鳴く得体の知れないもの』という『平家物語』からのフレーズが、転じて『掴みどころがない、得体のしれない人物』などという意味になって、そこから派生したモノだ。

 最も、『平家物語』で出てくる怪物自体は『鵺の声で鳴く得体の知れないもの』であって、『鵺』だと明言されているわけではない。

 

 

 だが、人々がそう思ったのならば『鵺』は姿を自在に変えることが出来る。

 

 

 『妖怪』とはそういうものだ。

 いいや、正確にはそういうものに()()()のかもしれない。

 少なくとも神秘が薄れた現代では、妖怪を見ることはなかったから検証しようがない。

 

 

 ただ一つ言えることは、この異聞帯での『妖怪』を普通のそれと思っていると直ぐに死ぬということだ。

 

 

 この異聞帯(ロストベルト)は『妖怪』たちが繁栄を極めた世界。

 

 

 鎌鼬に目をつけられるだけで死ぬ世界。

 雪女に見つかったら魂ごと凍らされる世界。

 釣瓶落としに遭遇したら、そのまま喰われる世界。

 猫を虐めると化け猫になって殺される世界。

 

 

 後世の曲げられた解釈によって『強化』どころではない、『妖怪』という種族全体に生き残るための『補正』が入ったとでも言うべきだろう。

 妖怪にとっての天国、人間にとっての地獄を体現したこの世界は、生前の私がある意味で強く願った世界ではある。

 しかし、今の私からすると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 

 

 

 …それでも、未だに死にたくないと思っている上に、他の人が死のうが関係ないのではないかと思い始めてしまっている私は、既に手遅れなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 

 

 

異聞帯(ロストベルト)の書き換えは無事、終了した。

 まずは第一段階の終了を祝おう。これも諸君らの尽力によるものだと」

 

「そいつは大げさだ、キリシュタリア。

 オレたちはまだ誰も、労われるようなコトはしちゃいない。

 やったのは全部『異星の神』さまの偉業だからな。本番はここからだろう?」

 

「…分かっていないのねベリル。異聞帯(ロストベルト)の安定と『樹』の成長は同義よ。

 キリシュタリア様は異聞帯(ロストベルト)のサーヴァントとの契約と、その継続に全力を注げと言っているのです。

 あなたみたいな考えの甘いマスターのために」

 

「はいはい、二人とも喧嘩腰にならない。ベリルは頭がいいからそれぐらいわかってるんだし、オフェリアさんも言葉を選ばないと相手を怒らせるだけだよ?」

 

水輝(みずき)の言うとおりだぜオフェリア。睨むのはやめてくれ、おまえさんの場合、シャレにならないだろ?

 ……第一オレはかつてないほど真剣だよ、お嬢さん。

 一度死んでまで遊び気分でいられるほど大物じゃないんでな。二回も救われるとも思えない。

 殺すのも奪うのも生きてこその喜びだ。

 ―――なあ。あんたもそう思うだろ? デイビット」

 

「同感だ。作業のような殺傷行為は、コフィンの中では体験できない感触だった。

 オレの担当地域とお前の担当地域は原始的だからな。水輝のところは原始的ではないが、その性質上『力』を分かりやすく示す必要がある。

 必然、その機会に恵まれる」

 

「そう、オレたちにその気がなくても向こうから殺されに来る。遊んでなんかいられねえよなぁ?

 ……水輝はどうだ? ()()は慣れたか?」

 

「慣れるようなもんじゃないよあれは。

 まあでも、私自身の懐が痛むわけでもないし、殺されに来たのなら殺してあげなければいけないってことぐらいはわかったよ。

 だから、ぐちゃぐちゃに殺すことはしないけど、殺した後の処理の仕方を変えたんだ」

 

「ほう? どんな風にだ?」

 

「肉片一つ、血液一滴残らず私の仲間にあげることにしたのさ。

 日本人特有の『もったいない精神』ってやつでね。ただただ殺されるよりも、殺されたことに意味があった方が彼らも救われるだろう?」

 

「ハハッ、違いねえ。ただ死ぬよりはその方がマシかもしれねえな」

 

「…そう、アナタたちの担当の異聞帯(ロストベルト)には同情するわ」

 

「……」

 

「あら、平常運転のベリルに比べて、元気がないんじゃないカドック?

 目の隈とか最悪よ? 寝不足? それともストレスかしらね?」

 

「…それだけじゃないが両方だ。僕のことは放っておいてくれ。仕事はきっちりこなしているんだから」

 

「いやあ、カドック。ぺぺ相手にそれは無理だって。せめて取り繕う程度の笑顔を張り付けていないと」

 

「水輝の言う通りよカドック。放っておいてほしいなら、せめて笑顔でいなさいな。

 友人が暗い顔をしていたら私だって暗くなる。当たり前のことでしょ?

 私は私のためにアナタの心配をしちゃうのよ。アナタの事情とか気持ちとか関係なくね」

 

「ぺぺ、それ長くなる?」

 

「アナタはちょっと黙ってなさい。

 ねえカドック、アナタ最近ストレスを発散してる? 貯めこんでいるだけじゃダメよ。何か楽しいことで発散しないと。

 例えば、そうねえ…定番で悪いけど、お茶はどう?

 こっちの異聞帯(ロストベルト)でいいお茶の葉を見つけたの、アナタのところにも分けてあげるわ。

 きっと皇女様も喜ぶわよ」

 

「……余計な気遣いだ。

 こんな世界になってもアンタだけは変わらないな、ぺぺ」

 

「きゃー、褒められちゃったわー!

 いいわ、殺し文句にしてはなかなかよカドック!」

 

「違う呆れているんだよ…(てっきりどっかの誰かみたいに全員変わると思っていたからな)」

 

「ぺぺ、そろそろ切り上げてよ。芥さんとかもう寝そうな感じだよ?」

 

「……寝そうになんてなってないわ。無駄話はそこまでにして。

 キリシュタリア、用件は何?

 こちらの異聞帯(ロストベルト)の報告は済ませたはず。

 私の異聞帯(ロストベルト)は領地拡大に適していない。私は貴方たちとは争わない。

 この星の覇権とやらは貴方たちで競えばいい。そう連絡したわよね、私?」

 

「私も同じような連絡をしたはずなんだけど。君たちを殺してまで、生き残る気はないんだよ、私。

 もう見捨てるのは嫌だからさ、生き残りたい人たちで頑張ってほしい。

 ま、もったいないし、どうせなら私の異聞帯(ロストベルト)を丸々奪ってくれれば万々歳かな?」

 

「……そんな言葉が信用できるものか。最終的に僕たちは一つの異聞帯(ロストベルト)を選ばなければならない。アンタたちが異聞帯(ロストベルト)の領地拡大を放棄しても、そのうち他の異聞帯(ロストベルト)に侵略される。

 水輝はともかく、芥、アンタはそれでいいのか?」

 

「……別に。私の異聞帯(ロストベルト)が消えるなら、それもいい。

 私はただ、今度こそ最後まであそこにいたいだけ。納得の問題よ。それが出来れば他のクリプターに従うわ」

 

「納得かあ、いい言葉だね。確かにそれが重要だ。『「納得」は全てに優先するぜッ!!』

 結果なんて些細なことで、自分が満足できるかどうかこそが本当の問題だ。

 他人にどう評価されようとも、自分の人生なんだから納得して満足できないと損だろう?」

 

「…水輝、アンタは納得しているのか?」

 

()()だよ、カドック。気に食わないこともあるけれど、こうやって皆で顔を合わせていられるだけでも『納得』のいく結果だって言えるのさ。

 過程がどうだったとしてもね」

 

「……ああ、そういうことか…アンタの言いたいことはわかった」

 

「おしゃべりは済んだかいお二人さん?

 まあ、オレたちが何を言ったところで結果は変わらないさ。オレたちは束になってもキリシュタリアには及ばない。()()()()()()()()()()はほぼ出来レース状態だ」

 

「人生なんてそんなもんさ。頑張ったから報われるとか、努力すれば報われるとか、死にたくないから生きることが出来たなんてほとんどないだろ?

 素質があって、能力があって、運があって、勝ったからこそ勝者なんだ。そういう意味ではキリシュタリアが勝ち残るのは順当だし正しいものだろう。最も、彼の努力が生半可なものじゃないことは容易く想像できるけどね。私たちの想像を絶するようなことをしているんだと思うよ。

 だからこそ、勝つのは彼であっても、私たちじゃあない」

 

「水輝の言葉通り、最終的に私が勝利することは自明の理だ。その事実だけは、どう言葉を使おうが変わることはない。

 だが、私はここにいる全員に可能性があると信じている。私の異聞帯(ロストベルト)にはないものが、諸君の異聞帯(ロストベルト)にあるように、私以外の誰かが使命を果たす可能性があることを望んでいる」

 

 

 

 

「さて、遠隔通信とはいえ、私が諸君を招集したのは異聞帯(ロストベルト)の成長具合を確かめるためではない。

 1時間ほど前、私のサーヴァントの一騎が『霊基グラフ』と『召喚武装(ラウンドサークル)』の出現を預言した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 

 

 そうして舞台の幕は上がる。

 本来は存在しないはずの異聞帯(ロストベルト)

 本来は存在しないはずの8人目のクリプター。

 

 『大令呪(シリウスライト)』を保持した、『アルターエゴ』のマスターは自らの心を偽りながらも異聞帯(ロストベルト)を育てていく。

 『主人公』に倒されることを期待しながらも、自分の望んでしまった世界に後悔を抱きながら空想樹を育てる。

 普通の精神では耐えきれなかった、『死』に迫る感覚を忘れたいがために『人格(キャラ)』を作って、何とか生きていこうとしている。

 

 

 それでも、自分は生き残ることはできないだろうと予想して、人類の敵になってしまったことを悔やみながら、人類の敵としてカルデアに敵対する自分が昔呼ばれた『怪物』そのものにふさわしい存在だと自虐した。

 

 その胸中を知る者はたった一人。

 『アルターエゴ』のサーヴァントは、マスターの苦悩を知りながらもそれを何とかしようとすることはない。

 

 

 彼女はマスターの苦悩さえも肴にしてしまう、正真正銘の悪性だ。

 マスターのことを思いつつも、自分の楽しみを優先してしまう。

 それが彼女達『妖怪』の業であり、宿命なのだろう。

 

 

 であれば、彼らが繁栄する世界を願った彼も同じ業を背負っているのかもしれない。

 

 




 感想の方で予想されていた方もいらっしゃいましたが、主人公の担当する地域は『日本』です。

 正確には、『人の想像の産物が人を支配する日本』です。

 『妖怪』に関しては、手っ取り早く『Wiki』に乗っている情報から出しているものが多いです。本から引用すると色々と問題が発生しますので、このような形にしています。

 


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2話目

 好き!(挨拶)

 たくさんの評価、感想、お気に入り登録、誤字報告ありがとうございます!
 


 ロシアが墜ちた。

 カドックが負けたのだ。

 その状況を私は()()()で見ていた。

 彼が『大令呪(シリウスライト)』を使おうとした時には冷や汗をかいたが、原作通り妨害されて安心してしまった。

 彼の勇姿は私にはできそうもないかっこいいもので、『皇帝(ツァーリ)になれ!』と彼が令呪を切ったときには、恥も外聞もなく手助けをしてしまいそうになった。

 だが、それは彼の戦いを汚すものだと、手を汚し切っている私でさえも理解していた。

 

 本当を言うのならば、彼の戦いに介入してカドックに勝利を手にしてほしかった。

 

 彼と皇女の(未来)を願うことは、罪深いことだったのだろうか?

 

 何が正しいのかさえもわからなくなってきたこの状況で、私はただただ茫然と彼がシャドウ・ボーダーに連れ去られていくことを見ることしかできなかった。

 

 なぜ、私が現地に赴いていないにもかかわらず彼らの戦いを鑑賞できたのかは、私以外に優秀な術士がいたからに他ならない。

 私の血液という魔術的には十分な媒介を用いて、『九尾の狐』印の魔術は現地に忍ばせた『海座頭』と視覚情報をリンクさせていた。

 

 

 『海座頭』は、絵巻に絵があるだけで解説文すら存在しない妖怪である。

 絵としては、巨人が海の上に立って杖をついて琵琶を背負っているものになっている。

 『海座頭』は『海坊主』の一種とされることもあり、『海の上を歩き回る』ことが出来るとされている。

 

 本来であれば、『海坊主』の下位互換としか思われないような妖怪だが、私の異聞帯(ロストベルト)においては、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 知名度が高ければ高いほど力を増すはずの妖怪だが、解説文すらない『海座頭』は有名な『海坊主』よりも隠密性において遥かに優秀だった。

 それこそ、ただ海を歩き回るだけならば『気配遮断 A+』程度を持ち合わせる程度に。

 それを『ぬらりひょん』が「他所の異聞帯(ロストベルト)は広大な(外界)である」と()()()()()()ことで強制的に『常時気配遮断 A+』の状態を維持させていた。

 

 そのため、その特異性によって『王』が極秘に他の異聞帯(ロストベルト)を監視することが出来る稀有な存在だった。

 

 『神霊』のように強い魔力があるわけでもなく、『サーヴァント』みたいに霊基があるわけでもない、『矮小な妖怪』だからこそ、彼は役目を果たしてくれている。

 その上、使い魔としての契約を『王』を経由して結んでいるため、痕跡は残るかもしれないが呼び戻すのは一瞬だった。

 

 妖怪の総大将、『王』である『ぬらりひょん』は『百鬼夜行』を行う権限を持っている。

 彼と契約を結んだ妖怪たちは、『ぬらりひょん』が『百鬼夜行』を行う場合拒否する権利はない。

 これも、『妖怪の総大将はぬらりひょん』という嘘実が独り歩きした結果なのだが、この権利によってこの異聞帯(ロストベルト)の『王』を殺すことは至難のモノとなっている。

 

 

 追い詰められたら『百鬼夜行』。

 見つかったら『百鬼夜行』。

 サーヴァントと対面したから『百鬼夜行』。

 

 

 しかも、出てくる妖怪が『王』より強い。

 本来の絵巻にはいない、『八岐大蛇』や『禍』、『鵺』に『九尾』まで揃っている妖怪オールスターだ。

 『鬼』も、『温羅』を頂点として『酒呑童子』と『茨木童子』、『大嶽丸』を構えたメンツが固めている。

 一人一種族の『両面宿儺』は単騎で軍隊を葬ることを容易く成し遂げる英雄でもあり、過去に『温羅』経由で邪魔になった悪鬼の群れを一人で皆殺しにした猛者だ。

 『大天狗』は種族内の争いのせいで一人になってしまったが、それ故に天狗の頂点となった『大天狗』の力は凄まじい。

 

 

 この『百鬼夜行を行う権限』が、そのままの意味で使われるのであれば大したことはなかったかもしれない。

 出会い頭に『百鬼夜行』をしたところで、相手に見つからなければそれまでだ。

 それに、その特性に気づいたら、見つかる前に殺す戦法を取られてしまう。

 

 『王』が死んだら、この異聞帯(ロストベルト)は自然消滅してしまうかもしれない。

 『雷神』『風神』の抑止要因がいなくなったら、世界は悪戯な風(暴風)によって吹き飛ばされ、世界は気まぐれな雷(神の怒り)によって滅ぼされる可能性が高い。

 

 だが、真にヤバイのは、『九尾の狐』でも『風神』『雷神』でも『八岐大蛇』でも『温羅』でも『鵺』や『禍』でもない。

 『大天狗』は理性的だし、『両面宿儺』は英雄としての一面もあることから無意味に暴れるようなこともしないだろう。

 

 この異聞帯(ロストベルト)で一番まずいのは『だいだらぼっち』だ。

 

 今でこそ、『ぬらりひょん』の命令で3メートルの巨人程度に落ち着いて山の中でひっそりと暮らす彼らだが、本来の大きさは富士山を作ってしまうほど大きい。

 

 そんな『だいだらぼっち』、実は数十体いる。

 

 『だいだらぼっち』とは、種族名であって個体名ではないのだ。

 彼らは汎人類史では巨大すぎる故に繁栄できなかったが、この異聞帯(ロストベルト)では『ぬらりひょん』のおかげで数を数十体で安定させている。

 身体のサイズを、『命令』によって弄られた彼らは仲睦まじく集団で生活しているのだ。

 それも、身長を小さくしてもらった上に衣食住の安定した提供をしてくれる、『妖怪の総大将』への絶大な感謝と共に。

 

 そんな彼らが、恩人であるぬらりひょんが殺されたらどうなると思う?

 

 彼らは非常に温厚な性格だ。

 子供を掌に乗せて歩いていた話だってあるぐらいに、妖怪の中では非常に友好的な妖怪だと言えるだろう。

 その時にふとした拍子で子供を投げ出してしまって、泣き出すような気弱さも持っている彼らだ。

 

 そんな彼らが、恩人を殺されたと知ったらどうなるか?

 

 標高3776mを誇る、富士山を作ったとされる『だいだらぼっち』がキレたらどうなるか?

 

 ざっと4000mは下らない身長の彼らが本気でキレたなら、日本はあっさり滅びるだろう。

 だからこそ、ぬらりひょんでさえ、『百鬼夜行』の時にすら滅多に呼ばない妖怪なのだ。

 感情豊かである彼らの怒りに触れたら、どうなるかわかったもんじゃない。

 

 

 

 話が逸れたが、私の異聞帯(ロストベルト)の『王』、『ぬらりひょん』は狡猾な『妖怪』だ。

 つい先ほどまで、視覚をリンクさせてロシアの異聞帯(ロストベルト)が崩壊していく様を見ていたが、『百鬼夜行』の応用で既に『海座頭』は私の目の前に帰還していた。

 

 

 『妖怪総大将ぬらりひょんの命令に、妖怪は逆らえない』

 

 『妖怪総大将ぬらりひょんには、百鬼夜行を行う権利がある』

 

 

 この異聞帯(ロストベルト)を構成している主なルールはこの二つだ。

 どちらか一つが欠けるだけでも、この異聞帯(ロストベルト)を維持することは難しくなるだろう。

 前者はともかく、後者も元々が貧弱な『ぬらりひょん』にはなくてはならない能力だ。

 

 後者のルールを実行に移すためには、ぬらりひょんが個人的に『契約』を結ぶ必要がある。

 前者のルールで無理やり結ばせることも可能だが、ぬらりひょんは無理やり『契約』を結ぶことしなかった。

 全ての妖怪の元に赴き、それまでに仲間にしてきた妖怪たちの知恵と技術を駆使して信頼を得ていったのだ。

 そうして仲間にしていった妖怪たちを、私は彼の紹介で全員一度見ている。

 

 だから私は、彼ら『妖怪』のことを嫌いになれないのだろう。

 ()()の顔を一度は見たことがある。

 それだけで、一度も顔を合わせたことのない、凡人類史のどこかの誰かなんかよりはよっぽど仲良くできる。

 

 現に今からここで報告会と会議を行うが、誰一人として私を笑う者も、嘲る者もいない。

 お互いに出来ることを理解して、協力し合って今を生きているのだ。

 『人』と『妖怪』の差なんて、そう大したものではないのかもしれない。

 

 目の前にいる琵琶を背負った坊主姿の妖怪と、楕円形の長い禿げ頭の老人を見た。

 彼らは必死にこの異聞帯(ロストベルト)を残そうとしている。

 それは、『人間()』にはない『生きる希望』を『妖怪(彼ら)』が持っていることを認識させ、より一層私の中の『人理のために倒されてあげないといけない』という思いが弱まっていった。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 

 

 クリプター同士の会議とは違い、四角い長机に『幹部』と呼ばれる『妖怪』たちが集まる。

 

 一番奥には、後頭部が縦に長く髪がない老人がそこにいるもの全てを見通すかのように座っている。彼こそが、この異聞帯(ロストベルト)の『王』である、『妖怪総大将ぬらりひょん』だ。

 

 その右隣には青い着物を着ている黒い短髪の男性。、慣れたように正座をしている彼は、『クリプター 清水(しみず)水輝(みずき)』だ。この異聞帯(ロストベルト)を生存させることが出来るかどうかは、彼の手腕にかかっているといっても過言ではない。彼の出身が日本だからか、彼の家が和風の屋敷だったからかはわからないが、彼の正座姿はとてもきれいに整っていた。

 

 その彼の後ろで彼を守るかのように正座しているのが、彼のサーヴァント『アルターエゴ』。

 真っ黒い髪を腰まで伸ばして、着物も帯も全て黒で統一している彼女は、真名をマスターにすら明かしていない。

 そのため、彼女はマスターがつけた『クロ』という愛称で親しまれている。

 彼女自身の表向きの性格はマスターを立てる献身的なものだが、その実を理解しているのは『王』であるぬらりひょんだけだ。

 だが、それもまた一興と愉しんで、彼と彼女の掛け合いを見守っているあたり、ぬらりひょんも愉しんでいるのだろう。

 

 

 そして、彼らの目の前には『幹部』と呼ばれる妖怪たちが集まっていた。

 九つの金色の尻尾を蓄えた白髪の女性、生真面目そうな雰囲気を思わせる白い着物を着た鼻の高い青年、体に合わない大きめの着物を着て黒いメガネが特徴的な少年、手に酒の瓶を持ち赤い髪を伸ばして一本角が天を貫くかのように構えている男性、様々な動物の面を服のいたるところに引っ掛けている少女。

 さらに空いている席が3つほどあるが、ここに居る彼らの一人一人が空間を歪ませるかのように錯覚させるだけの力を持っていた。

 

 

 

 

「それでは、これより臨時会議を行う。まず、急な召集にも関わらず集まってくれたことに感謝を」

 

 ぬらりひょんはそう言って、長い頭を下げる。

 自分の実力ではこの場にいる全員どころか、一人に敵うことすら怪しいことを自覚しているからこそ、彼は敬意を崩さない。

 だが、妖怪という種族を一纏めにしている彼を馬鹿にするものも、下に見る者もこの場にはいなかった。

 彼が頭を下げるのに合わせて、この場の全員が同じように頭を下げた。

 ぬらりひょんが頭を上げたことを確認してから、再び面を上げる。

 

「早速本題に入る。水輝の予想通り、露西亜の異聞帯(ロストベルト)が墜ちたそうじゃ。そのため、今後の意向について話し合いたい」

 

「私としては、彼らを迎え討ちたいのならここで叩くべきだと思ってる。私情もあるけど、この手の相手は早めに叩かないと力をつけていくタイプだ。

 現に、彼らはあの危機的状況下で世界を一度救っている」

 

「儂もそう思っておる。露西亜での戦闘を確認する限りでは、儂らにとっては大した脅威になり得まい。じゃが、逆にとるとあの状況から露西亜を墜とすだけのポテンシャルを秘めておる。確実に彼らは実力で劣っていた。じゃが、それを覆した。アレは早いうちに摘み取らねばならない芽じゃ」

 

 ぬらりひょんの言葉に、同じように意見を述べていた水輝以外の表情が引き締まる。

 『妖怪総大将』の言葉は、他の妖怪の言葉よりも遥かに重い。

 その『妖怪総大将』が最重要警戒どころか、進んで叩き潰さないとまずいと判断しているのだ。

 『温羅』と大将格にどちらが相応しいかを競った時でさえも、彼がここまでの危機感を募らせるような言い方をしたことはなかった。

 そのため、『温羅』が彼に従う前を知っている他のメンツは事の重大性を一瞬で感じ取った。

 

「汝がそう言うのならばそうなのじゃろう。妾はそれに従おう」

 

「俺は戦略家ではありませんので、あなたたちの言葉を信じます」

 

「僕も同じくだよ~」

 

「要するに久しぶりに強いやつが来るんだろ? なら歓迎しないと鬼じゃねえ」

 

「わちきもそれでいいや。あたしじゃあ、ようわからんし」

 

 言葉の違いはあれど、彼らはぬらりひょんの意向に沿うことにした。

 彼ら自身、ぬらりひょんに恩義があり、自分達の妖怪としてのプライドがある。

 妖怪にとって良い方向に導いていった『妖怪総大将ぬらりひょん』への大恩と、大妖怪として『人間』に尻尾を巻いて逃げることを許さないといったプライドだ。

 

 勿論、ぬらりひょんはそれら全てを踏まえて彼のためになるように誘導している。

 ()()()()()()()()()、ぬらりひょんについていくと決めているのは彼らだ。

 人間でさえ築き上げることに出来ない強固な絆が、現代社会で消え逝こうとしている『人間性』が彼ら『妖怪』を通して『人間』に牙を向ける。

 

「皆の忠義が有難いわい。おかげでようやく本腰を入れることが出来そうじゃ」

 

「で、どういう手筈で()()()()の者たちを呼び込むのじゃ? 彼奴らは今()()()を通過したところじゃろう? 行先もここから遠く離れた場所と聞いたのじゃが?」

 

「それについては私の方から説明しましょう」

 

 この異聞帯(ロストベルト)を担当しているクリプターこと、清水水輝が言葉を引き継ぐ。

 彼自身、ここに居るメンバーの中では力は低いものの、ぬらりひょんの紹介もあって孫か何かのように思われていた。

 それ故に、『九尾の狐』が自分では幾つか思いついているものの、彼がどうしようとするのかを観察するかのようにみている。

 

「ほう、では言うてみよ」

 

「では、失礼して。そう難しいことをする気ではありませんよ。呼び込むのが無理なら、()()()()()()()()()()()

 

 彼の言葉に、少し考えるかのように首を傾げる『九尾の狐』。

 だが、彼女が答えを出すより早く、痺れを切らした青年が水輝に続きを促し始める。

 

「確かにそれができるのなら手っ取り早くていいと思います。ですが、俺が聞いた限りでは虚数潜航しているカルデアの()()()()()()()()…でしたか? それに潜入することはほとんど不可能だと聞いておりましたが」

 

「それについてじゃが、『船幽霊』の頭領と『海坊主』の頭領、それとお主で行ってもらう予定じゃ。

 頼めるな『風雷』?」

 

「!! 御意に。

 師である『風神様』と『雷神様』から授けていただいた『風雷』の名に懸けて、我らが総大将ぬらりひょん殿に絶対の成果を約束致しまする」

 

「お主には期待しておる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ほどの実力を持つお主ならば、この任務をやり遂げてくれるであろう」

 

「はっ!!」

 

 白い着物を着た鼻の高い青年…『大天狗』の『風雷』は、彼にとっても尊敬するべき相手である『妖怪総大将』からの勅命に感激しながらも、その力を奮う決意を高める。

 強さと速さを只管追い求めた『大天狗』の彼は、『風神』と『雷神』の両方から師事を受けている。

 その結果合格祝いに、かの神二柱から名前を授けられたことからも彼の実力の高さを表していた。

 

「では、カルデアの者を招き次第、全ての妖怪にわかるように報せを送る。来た者は煮るなり焼くなり好きにするがよい」

 

「「「「「御意に」」」」」

 

 この場にいる大妖怪とも言うべき彼ら全てが、一致団結して『人間』を襲う。

 それが如何に恐ろしいことなのかを知る者は、この場にいるクリプターを除いて一人もいなかった。

 

 




 独自解釈モリモリなので、大丈夫かなーと思いながらも投稿しています。
 『海座頭』は『海坊主』の一種とされていることもあり妖怪ですが、その実態は一切不明で解説文がない妖怪なのです。
 実は、このパターンは結構多くて、絵はあるけど解説がない妖怪には『ぬらりひょん』も該当しているみたいです。当時の文献全てに目を通したわけではない上に、最近の奴とごっちゃになっているので記憶が少々怪しいですが。

 また、感想にて出して欲しい妖怪や取り上げてほしい妖怪を挙げていただけると嬉しい気持ちにもなるのですが、運営対処のリクエストや設定改変の強要に繋がってしまうそうなので控えていただければと思います。
感想はとても嬉しいのですが、全てに返していると非常に時間がかかることが判明しました。そのため、量と内容によっては返せないものが出てくると思いますので、ご了承ください。


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3話目

 好き!(挨拶)


 清水水輝は動き始めた。

 

 まず、ぬらりひょんを通して『船幽霊』の二十五代目頭領である『水底』と、『海坊主』の二十三代目頭領『海念』に『虚数空間は広大な虚数()でできた世界()』だという認識に書き換えた。

 船を沈める逸話を持つ『船幽霊』によって、『虚数空間(海の上)にいるシャドウ・ボーダー(獲物)』を見つけ、海に現れて船を破壊する巨人『海坊主』によってシャドウ・ボーダーの守りをこじ開ける。

 

 そして、『大天狗』である『風雷』の瞬間移動(神隠し)に『九尾の狐』による『人間の負の側面』という『マイナス』のアプローチを用いた『呪術』によって『虚数空間』に瞬間移動するための糸口をつける。

 当初の予定では、『九尾の狐』なしでも行けるだろうと予想していたが、想像以上に虚数空間に潜るための糸口を見つけることが難しかったので急遽呼びつけたのだ。

 

 『マイナス』という指向性を持たせることに成功したが、最終的には『九尾の狐』の圧倒的魔力及び呪力によってかろうじてこじ開けられた。

 些か見通しが甘かったと、反省することになったが、結果として虚数空間に潜ること自体には問題がなかったので次に移ることになった。

 

 次に行うことは、虚数空間内での座標指定だ。

 これには、『虚数潜航()』である、シャドウ・ボーダーが虚数空間に潜っている場合、船を破壊する逸話を持つ『海坊主』と船を沈める逸話を持つ『船幽霊』ならば可能だろうと判断。

 念には念を入れ、試しに虚数空間内に魔術理論を無理やりに組み立てた防壁を巡らせた船を流してみてから、虚数空間内に二体の妖怪を侵入させて確認した。

 結果は、『虚数空間』を『海』と認識させられている彼らにとって、(獲物)を探すことはあまりにも容易なことだった。

 

 次に、虚数空間内で座標を指定して瞬間移動を試みる。

 多少のずれがあったものの、『大天狗』の十八番である瞬間移動は問題なく行えた。

 これで、彼らが虚数空間に逃げた時の対処法は万端になったと言える。

 

 次にするべきことは、彼らが地上にいる場合のケースだ。

 今の彼らは未だに虚数空間には潜っていない…ロシアが墜ちたのが数時間前の出来事だと考えれば当たり前かもしれない。

 急ピッチで進めてきたが、思ったよりも早く進んでしまったので彼らが虚数空間に潜る前に出迎えできる可能性が生まれた。

 

 まず、大まかな座標指定は、彼のサーヴァントである『アルターエゴ』の『クロ』による広範囲索敵によって成立している。

 マスターである彼ですら真名を知らない彼女だが、能力の一つに膨大な規模の『索敵』能力があげられる。

 それこそ、集中しなくてはいけないが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は容易いなことだった。

 虚数空間では同じようにはいかないが、現在地表に出現している彼らの場所は彼女なら何時でも位置を知ることが出来る。

 

 これによって、虚数空間に入っていても『ダイナミックお邪魔します』を敢行する準備ができ、地表にいる場合には『大天狗』の瞬間移動(神隠し)と『アルターエゴ』たちによる力技によって何時でも出迎えに行ける状態になった。

 

 

 

 やろうと思えば今すぐに乗り込める状況になったが、彼にはもう一つやらなければいけないことがあった。

 それは、会社や組織に所属している者にとっては当たり前のことで、常識的に考えてやらなければいけないことだ。

 だが、面倒だと言ってやらない人も大勢いるものでもある。

 『クリプター』と呼ばれている、一種の組織の中で彼がしなくてはいけないこと。

 

 そう、『報・連・相』だ。

 

 単純な話、彼がここでいきなりカルデアを迎えに行ったところで大した問題はないだろう。

 彼の異聞帯(ロストベルト)が潰れようとも、カルデアが潰れようとも他のクリプターにとっては良いこと尽くめだ。

 前者は異聞帯(ロストベルト)の生存競争において脱落者が出ることと同義だし、後者は厄介な邪魔者を勝手に潰してくれるのだから、下手に手出しをするよりも静観している方が得だ。

 

 だからと言って、無断でカルデアに手を出していい理由にはならないだろう。

 正確な『組織』と言っていいのかは怪しいところだが、不用意に輪を乱すような行動を好ましく取られることはまずない。

 他のクリプターに喧嘩を売るつもりなら問題ないが、彼はどちらかと言えば他のクリプターを守りたいと思っている方だ。

 

 『大令呪(シリウスライト)

 

 『異星の神』にとって、彼ら『クリプター』を縛る鎖となっているそれは、世界の書き換えすら可能にするある種の『魔法』みたいな『力』を持っている。

 その代償はクリプターの命そのものであり、これがある限り彼らは『異星の神』に魂を使いつぶされる運命にある。

 

 人間は脆い生き物だ。

 精神的にも、肉体的にも。

 そんな脆い存在だからか、自分の命一つで何とかなるなら使いつぶしてもかまわないと思う人がいる。

 

 それは、その輝きは、とても美しいものなのだろう。

 命を燃やす瞬間は光り輝いているのだろう。

 

 だが、燃えた後の灰にまで目を向けたことはあるだろうか?

 

 物語の世界なら、それでいいのだろう。

 だが、彼の生きている今は紛れもなく現実だ。

 人が燃えた後には、死骸が残る。死臭が残る。

 

 彼は、そんな現実にしたくはなかった。

 原作(FGO)では、第二部の二章で、あるクリプターが『大令呪(シリウスライト)』を使う。

 そして、彼女は満足そうに命を落とすのだが、彼は他のクリプターが死ぬところを観たくなかった。

 

 

 きっとそれは我儘なのだろう。

 彼女は原作において、死ぬことになったが救われた人間だ。

 それを、無理やり変えようとしているのだ。

 導かれても救われなかった彼女が英霊たちの活躍によって救われたというのに、その彼女の救いの道を自分の手で閉ざすのだ。

 これを我儘と言わずしてなんというべきか。

 

 

 だが、彼はそんな我儘を実現させるために彼女だけではなく、他のクリプター全てを騙してまで宣戦布告を決め込むつもりだった。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 水輝は遠隔通信によって、キリシュタリアと交渉した。

 目の前の人物に対して様々な負い目を感じながらも、彼は自分の意思を口にした。

 

『カルデアを始末する許可が欲しい』

 

 それは、以前までの彼は絶対に言わないであろう台詞だった。

 カルデアで過ごしていた時の彼は、魔術の腕が極端な方向に振り切っているが、魔術師には珍しい他の人に思いやりを持てる優しい人間だ。

 挨拶には挨拶で返し、細やかな気遣いもできる人間だった。

 彼の経歴からして、どこでその気遣いを培ったのかを疑問に思うほどに、彼は魔術師としては乖離した人物だった。

 

 だが、キリシュタリアの目に映る彼にその優しさはない。

 どこからか仕入れた、ロシアが…カドックが負けたという情報を手に入れたからか、彼はカルデアに対して憎悪にも似た感情をぶつけているようにも見えた。

 その彼の思いを汲み取りたいと思ったが、カルデアの面々のいる場所が彼の担当する異聞帯(ロストベルト)とは離れすぎていたため却下しようとした。

 

 しかし、キリシュタリアは水輝がその問題をクリアしているのだろうと察した。

 そうでなければわざわざ直談判しに来るようなことはないだろう。

 『怪物』などと呼ばれて恐れられていた彼だが、考えなしに『力』で解決するような男ではないことをキリシュタリアはよく知っていた。

 

「なぜ、そこまでする?」

 

『自分がしたいからやる。他に理由が必要かい?』

 

 彼の物言いは自分勝手そのものだが、言葉通りではないことは想像するに難くない。

 彼にとって『親友』とも言えるぐらい仲の良かった、カドックが倒されて黙っていられなくなったのかもしれないと推論を立てた。

 

「方法はどうやるつもりだ?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。座標把握も準備はできていて、直接シャドウ・ボーダーに乗り込む予定さ。地表に居ても位置情報を把握できるようにしているから、まだ虚数空間に潜ってないんならそのままご招待してあげるよ』

 

 その言葉に思わず目を見開いた。

 用意周到さ、それを行う度胸もだが、それに付き従う者が彼にいることにキリシュタリアは素直に驚いた。

 虚数空間は一歩間違えれば帰ってこられなくなる可能性が高く、帰ってこられたとしても大幅な時差が生まれる場合もある。

 

 彼のサーヴァントだけでは、まず無理だ。サーヴァント一体で虚数空間に潜って乗り込むには距離が離れすぎている。

 彼の技量を考えても不可能だ。戦闘型とも言える彼が、虚数空間に飛び込んで無事に帰還できる可能性が天文学的なものになるだろう。

 

 ならば、彼にも自分異聞帯(ロストベルト)で得たものがあるのだろう。

 恐らく、それはキリシュタリア()が手に入れたものとは違うものだ。

 

「そうか…。そこまで言うなら、君に任せよう。ついでで悪いが、カドックが生きていたら匿ってほしい。

 『大令呪(シリウスライト)』を未だに持っていると聞いている以上、『異星の神』からの接触がある可能性が高い」

 

『言われなくてもそのつもりだよ。死んでても不思議じゃないけど、カルデアが彼を放置してなければ生きてるだろうしね。

 じゃあ、これから準備するから、また今度』

 

「良い報告を期待している」

 

 その言葉を聞き終えてから、彼は遠隔通信を切った。

 他のクリプターは知らないか、知っていて放置しているかの二択だったが、まさか彼が動くとは思わなかった。

 自分の異聞帯(ロストベルト)についての情報を開示してはいるものの、日本の知識に詳しくないとまるで分らない彼の異聞帯(ロストベルト)は、予想していたものよりも遥かに優秀なものだったのかもしれない。

 

 だからこそ、玉座に座る彼は、今送り出したクリプターが異聞帯(ロストベルト)の生き残りに欠片も興味を持っていないことに残念な気持ちを抱いていた。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 

 

 ロシアの異聞帯(ロストベルト)を超えた彼ら(カルデア一行)は、漂白された世界に驚き、困惑を覚えることになる。

 だが、彷徨海バルトアンデルスという新たな手掛かりを元に彼らは歩む足を止めることはなかった。

 彼らはバルトアンデルスに向かうために、スカンジナビア半島を横断することを決意する。

 そして、彼らがスカンジナビア半島を横断する準備を整え、捕虜にしているクリプターの一人、『カドック』の尋問に移ろうとしていた。

 

 ちょうど、その時、その瞬間、正しい歴史は終わりを告げることになる。

 

 シャドウ・ボーダーに響く緊急アラート。

 ここまでは『正史(原作)』通りだ。

 だが、その緊急アラートが鳴った理由が乖離していた。

 

 本来ならば、『言峰神父』の姿を取っているサーヴァントがカドックを連れ去るべくシャドウ・ボーダーを強襲する。

 それが正しいはずだ。

 ()()()()()

 

「ああ、アラートだとぅ!? 何事かね!?」

 

『!? そんな!』

 

「ダ・ヴィンチ! 一体どうなっている!?」

 

『既に()()()がシャドウ・ボーダーに潜入している! 何の前触れもなく! 突然現れてる! ハッチも開いていない!』

 

 その言葉に言葉を失う一同。

 虚数空間から身を守るための防壁は起動していなかったものの、魔術理論を組み合わせた複合装甲を無視して進入してきたことになる。

 魔術理論を組み合わせた複合装甲を、『転移』のような魔術で突き破ってきた…つまり、シャドウ・ボーダーの装甲がまるで意味をなしていないことになる。

 もっと言うと、キャスターによる高度な魔術ステルスも、光学迷彩などの隠密仕様も、全て看破されていることになる。

 それの意味を理解した彼らが固まってしまうのも無理はないだろう。

 

 刹那、シャドウ・ボーダー内に靴で床が蹴る音が木霊する。

 軽い木のような材質で、鋼鉄の床を蹴る音。

 

 侵入者を知らせるその音が、彼らに正常な思考を取り戻させた。

 

『! もうブリッジの前に来てる!』

 

 ダ・ヴィンチがそう言った瞬間に、彼らは入り口を睨む。

 ホームズが彼らを守るように前に出て、『藤丸立香』たちを後ろに下げた。

 

 彼らの前に現れたのは、青い着物を着ている男性。

 足には下駄を履いていて、その音が反響音を生んでいたことは明らかだった。

 目の前にいてわかるほどに禍々しい魔力を身に纏っている彼は、マシュとムニエルは何回も見たことのある顔だった。

 

「水輝さん…!」

 

「やあ、キリエライトさん。ご機嫌いかが…って聞くまでもないか。まあ、お察しの通り私はこっち側なんだ」

 

 彼はそう言って目の前の彼らに右手の甲を見せる形で令呪を見せる。

 以前の彼と幾度も会話をしているマシュは、悲しそうに顔を俯かせた。

 そんな彼女を無視して、彼らを守るように前に立っている男が侵入者に言葉を投げる。

 

「初めまして、ミスター清水。私は「知っているさ。かの有名なシャーロック・ホームズだろう?」…ふむ、知っているのなら話は早い。私も同じように君のことは情報的に知っている。こちらから質問をいくつかしていいだろうか?」

 

「んー……いいよ。その方が早そうだ」

 

 別にどっちでもいいかと言わんばかりに、視線をホームズの方へ固定する侵入者こと『清水水輝』。

 クリプターの一人と予想されていた彼の話題が出なかったはずがなく、軽い情報の共有程度でマシュとムニエルを除いた面々も彼のことを知っていた。

 

「ではまず、君は何をしにここに来た?」

 

「何をしに…って言われるとちょっと困るな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、最低限やらなくちゃいけないことはカドックの回収ぐらいかな?

 ほら、いつまでも捕虜にされて人質にされても面倒じゃん?

 君たちがそうするかどうかは置いておいてさ、されるかもしれないってだけで精神的負担がかかるもんだよ」

 

「では目的は既に達成されていると?」

 

「必要最低限はね。これ以上はネタ晴らしになるから言わない。『その方が面白いしね』」

 

 『ネタ晴らし』漂白された地球を見ている彼らは彼のその言葉に憤りを隠せない。

 事実、目の前の彼はそれまで来ていた情報が虚偽の者であったと錯覚させるようなものだった。

 まるで楽しむかのようにホームズと会話をする彼の姿は、とても人間味あふれるような人間とは思えない。

 

「面白いって…!」

 

 その言葉に一番憤ったのは藤丸立香だった。

 清水水輝との面識が一切なかった彼は、以前聞いていた人物像が仮初のものだったのだろうと予想した。

 だが、それを抜きにしても、ロシアでの戦いだけではなくパッシィ達『ヤガ』たちの思いを踏みにじるような彼の在り方を、彼自身が認めたくなかった。

 

「だってさあ、見ればわかるじゃん? 

 君たちを殺すことなんて、『キャンディーなめながらだって僕にはできる! 遊びさ。本気でやるわけないじゃん』」

 

「遊びって…! そんなことッ!」

 

 事実、彼がここにわざわざ立ち寄らずに、そのままステルス性を生かした奇襲を仕掛けていればここに居る人間たちは一人残らず死んでいただろう。

 それを理解しているからこそ、藤丸立香は憤りを隠せなかった。

 遊び半分で人類を滅ぼそうとする彼に、ロシアでの戦いを貶す彼に。

 

「なら、君たちはカドックが最初から君たちだけを見ていたと思うかい?

 自分の異聞帯(ロストベルト)の王を掌握することで精いっぱいだった彼が、最初から全力で君たちを殺しに来たって本気で思ってるのかい?

 『とんだロマンチストだな』」

 

「ッ!!」

 

 それを聞いて彼は反論することができなかった。

 確かに、言われてみればロシアの異聞帯(ロストベルト)は度重なる幸運の元で勝利を収めることができた。

 現地のサーヴァントの協力もあったり、『ヤガ』たちと協力したり、パッシィから思いを受け取った結果として、彼らは勝利を収めた。

 

 だが、もしもカドックが彼らを殺すことを最優先としていた場合どうなっていただろうか?

 拠点に閉じこもらずに、皇女を連れ添って片っ端から彼らの行方を捜しに行っていた場合どうなっていただろうか?

 

 それを想像してしまった藤丸立香は、彼を睨みつけることしかできなかった。

 そんな険悪な雰囲気を出している二人の間に、ホームズが割って入った。

 咳払いをして仕切り直しした彼は、次の質問を投げかける。

 未だ謎解きの材料は足りていないが故に。

 

「なら、次の質問に移ろう。君は私たちをどうするつもりだ?」

 

「どう…ねえ? 異聞帯(ロストベルト)を切除されると困るから、ここで死なない程度に痛めつけに来たってどう? ほら、なんかそれっぽいだろう?」

 

 言いながら、彼の纏っている魔力が色をもって彼の周囲に漂い始める。

 情報共有した中では出てくることがなかった、彼のどす黒い魔力に思わず一同は身構える。

 

 だが、そんな中でもホームズだけは冷静だった。

 

「…見たところサーヴァントはいないみたいだが、君一人で私たちを相手に取るのは些か無謀じゃないかね?」

 

「それはそれで楽しそうなんだけど、今回は付き添いがいるんでね。荒事はそっちもちなんだ。だから下手なことをしないでくれると助かるな」

 

「ふむ…まあ、そうだろうとは予想できていた。だが、さっきの言い分からするに戦いに来た(そういう)わけではないのだろう?」

 

 その言葉と同時に、彼の纏っているどす黒い魔力は霧散した。

 正解と言わんばかりに、満面の笑みを顔に張り付けながら拍手でもって成否を示す。

 

「うん。まあ、いきなり暴れ始めたりされたら私も君たちを殺さざるを得なくなるし、知り合いだったそこのキリエライトさんとムニエルを直接殺すのはちょっとーって感じだから言ってるだけ。

 必要なら殺すよ。やりたくはないけど、やらなくちゃいけないこともある。やりたいことだけやって生きていければ幸せなんだけどね。

 だから、そんな強張んないでもっと楽にしなよ。別に取って食おうってわけじゃないんだしさ」

 

 そうは言うものの、突然のことに緊張するなと言う方が無理だろう。

 それを代弁したのは、後ろで怯えていた新所長のゴルドルフ・ムジークだった。

 

「…アポイントもなしに押しかけて来た来訪者に委縮するのは当然のことだと思わないかね?」

 

 震える声音だが、しっかりと響くような声で言い切る。

 それを受けた彼は、少しの驚きを見せながらも笑いながら続ける。

 

「ジョークの一つも飛ばせるなら大丈夫みたいだね、ムジークさん。

 ……っと、あっちも終わったみたいだし、それじゃあ仕上げに入りますか」

 

『! 膨大な魔力反応を独房で感知! すごい勢いでそっちに向かってる!』

 

 その言葉と同時に、彼の後ろから凄まじい暴風が巻き起こる。

 それの余波に耐えるために、ホームズは彼らの盾になるかのように立ちはだかり、後ろにいた彼らは壁に押し付けられる形になった。

 

 そして、彼らが暴風を耐えしのいだ後に目にしたものは、彼の隣に参上した一人の男だった。

 いや、一『人』と言うには語弊があるかもしれない。

 背中に漆黒の翼を持つ彼が『人間』ではないことは誰の目から見ても明らかだった。

 

 高い鼻に黒い翼。

 

 その場で唯一の日本人である、藤丸立香はその男性が『天狗』であることを察した。

 あまりに有名すぎる、その出で立ち。

 白い袈裟を着て、下駄をはいていることからも確定だろう。

 

「水輝殿、貴殿の友人の確保は既に終わらせました。後は何なりと」

 

「ありがとう。じゃあ、予定通りによろしく」

 

「はっ!」

 

 彼がその思考を仲間に伝えるまでのわずかな間に、彼らは既に指示を交わしていた。

 瞬間、シャドウ・ボーダー全体が謎の浮遊感に襲われる。

 それは、中にいる人たちからすれば、まるでエレベーターに乗っているような感じだったと言うだろう。

 

 

 

 そうして、『正史(原作)』と乖離し始めていた世界は、シャドウ・ボーダーが()()()()()()という結果をもって完全に乖離した。

 

 それがどんな結果をもたらすのかは、誰にもわからない。

 

 

 




・神隠しについて
 天狗隠しとも言われる、人間が忽然と消え失せる現象のこと。本作ではそれを行うために天狗の全てが瞬間移動を用いることを可能としている。
 自分だけ移動するためには魔力を多く消耗するが、他の()()連れていく(攫う)と移動距離が大幅に伸び、魔力消耗が極端に少なくなるという設定。

・清水水輝について
 感想でも多く挙げられた、『女性じゃないのか』という意見については後々本編で触れていきます。『彼』で間違いはないです。

 次回からカルデア側に移って、異聞帯(ロストベルト)攻略に入っていきます。


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4話目

 好き!

 まさか年が超えるとは思いませんでした。
 その間にも、3章が配信されたりと色々新しい情報が出てきていますが、少しずつやっていきます。


 仕事を終えた清水水輝は、予定通り自分の仕事を済ませて本拠地である『屋敷』に戻った。

 屋敷に入ると、どこからともなく表れた子供達が構え遊べとせがんでくる。だが、『ぬらりひょん』様に用事があると言うと不満げに口を尖らせながらも、渋々隣にいた烏天狗にターゲットを移した。

 困った顔でこちらを見る彼だが、彼は少し考えると烏天狗…その長である『風雷』に告げた。

 

「彼らの不満を買うことはあまりしたくないし、報告は私と『アルターエゴ』で十分だから、申し訳ないけど遊んでやってくれるかい?」

 

「…よろしいのですか?」

 

「この屋敷に『貧乏神』が来るよりはよっぽどマシでしょ?」

 

「御意に」

 

「お兄ちゃんこっちこっち―!」

 

「…まあ待て、今行くから。これ、袖口を引っ張るな」

 

 清水水輝に一礼した彼、『風雷』は普段の堅苦しい雰囲気を崩して子供たち…座敷童達に引っ張られていった。

 座敷童達に連れられて行く彼の顔が綻んでいたように見えたのはきっと気のせいだろう。

 

 彼らの姿が見えなくなってから、清水水輝の影が揺らめく。

 その影の形が変わり、床から盛り上がるようにして彼の真後ろに立ち並ぶと、その陰に色と質量が宿り『アルターエゴ』が姿を現した。

 

「よかったの? 報告を彼に任せることも出来たでしょうに」

 

「遊んでるだけで事態が解決するならいくらでも遊んであげるさ。けど、そういう事態じゃないからね。自分が何も知らないところで動いていくことほど怖いものはないよ」

 

「そう」

 

 彼らは屋敷を歩いていく。

 途中にある障子に目が浮かび、こちらを覗き込んでいるがいつものことなので気にしない。

 悲しいことに、『目目連』はこの異聞帯(ロストベルト)に置いても監視以外のことは碌にできはしない。

 意思疎通さえできるようになっているものの、商人に売りさばかれるほどの貧弱さを持つ彼らを匿える場所はこの屋敷以外になかったのだ。

 彼らはこの異聞帯(ロストベルト)において最も、絶滅危惧種に近い存在だ。

 

 

 そんな彼らに手を振りながら、一番奥にある部屋に辿り着いた。

 手慣れた様子で障子を開け部屋に入ると、そこには座布団の上で正座して彼らを待っているぬらりひょんがいた。

 恐らく、『目目連』から彼らが来ることを聞いていたのだろう。

 この屋敷に、ぬらりひょんが目を光らせていない場所は存在しない。

 妖気と言われる、妖怪が持つ特有の魔力による探知もあれば、『目目連』や座敷童達の目もある。

 文字通り、この屋敷全体に彼の目と耳があるのだ。

 

 座るように促され、用意された2つの座布団を埋める。

 ぬらりひょんと彼らの間には、ちゃぶ台があるだけで他に遮るものはない。

 二人が座ると同時に、お茶と茶請けが用意される。

 それを用意した侍女も当然ながら人間ではない。

 だが、清水水輝がそちらに意識を向けるよりも早く、ぬらりひょんが切り出した。

 

「遅かったの。して、首尾はどうじゃ?」

 

「7割成功、3割失敗ってところ」

 

「ほう…して、何を失敗したのじゃ? 友人…カドックといったか? それが既に息絶えておったか?」

 

「いいや、彼はきちんと回収できてるよ。今は、九尾の(あね)さんに診てもらってるところ。とりあえずは軟禁させるような形で、空いてる部屋に居させる予定」

 

「ふむ…となると、カルデアに隠された戦力があったか?」

 

「いんや、彼らに『風雷』をどうにかするだけの戦力はなかったし、シャドウ・ボーダーごと何事もなく輸送出来たよ」

 

「? それでは、10割成功といってもいい成果ではないか。全て予ての予定通りじゃろう」

 

「うん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、100点満点だったんだけどね」

 

 清水水輝の言葉に、ぬらりひょんはピシリッと擬音が聞こえるかのような勢いで固まった。

 水輝の隣に座る『アルターエゴ』も頭に手を当てて、あちゃーと言わんばかりに天井を仰ぎ見ている。

 

 その間に水輝はのんびりとお茶を飲み始めた。

 お茶請けの煎餅は狸印のマークが大きく描かれており、たっぷりと沁みた醤油が濃い目の味を出している。

 苦みとしょっぱさの無間地獄に陥る前に、ぬらりひょんが復活した。

 

「…どうしてそうなったのじゃ?」

 

「シャドウ・ボーダーの装甲が思ったよりも複雑で面倒だった見たい。運んでくるところまではうまくいったんだけど、それ以降が安定しなかったから適当なところで投げ出すしかなかった。

 海の中に落とすことも考えたけど、そこから虚数潜航で逃げられると色々練り直す必要があるから諦めた」

 

「これに関しては私の失敗ね。正直、甘く見ていたわ。おかげでせっかく烏天狗がいい仕事をしたのに、私の補助がうまくできなかったもの」

 

「ふむ…して、彼らは今どこにおる?」

 

()()だよ。ほら、()()たちが1000年ぐらい前に()()に繁栄したところだったっけ?」

 

「正確にはもっと前じゃがの……あそこか…あそこは確か……なるほど。確かにそうなると3割は失敗じゃの」

 

「そういうこと。好きにしろって言っちゃったから、多分あいつらを殺すまでにはいかないと思う」

 

「……致し方ない。とりあえずは、他のモノたちに知らせるとするか」

 

「りょーかい」

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 

 気が付いたら彼らはうつぶせで倒れていた。

 その状態から一番早く気が付いたのは、サーヴァントであるシャーロック・ホームズだった。

 彼は起きると直ぐに周囲の者を起こし始める。

 全員が意識を戻したころ、サーヴァントである『シャーロック・ホームズ』及び、弱体化しているとはいえデミ・サーヴァントである『マシュ・キリエライト』の二人はすぐに辺りを見回すが、既に『清水水輝』と『黒い羽根をはやした日本人風の男性』の姿は見えない。

 マシュはそのままマスターである『藤丸立香』の方を確認した。

 

「……みんな大丈夫?」

 

「はい。マシュ・キリエライト、問題ありません。先輩は大丈夫ですか?」

 

「こっちは大丈夫…所長たちも大丈夫そうですね」

 

 藤丸立香がゴルドルフたちの方を向き確認を取るが、ゴルドルフは顔を青くさせて叫ぶ。

 

「ええい、私たちのことよりもあやつはどこに行った!?」

 

「既に周囲に人影は見えません。もし、シャドウ・ボーダー内に居たらダ・ヴィンチちゃんが通信を入れてくるはずです。恐らく…逃げられたというよりは見逃されたのでしょうか?」

 

「ふむ…()()()()()()()()()()()()のが正しい見解だろう。ダ・ヴィンチ、我々はどの程度気を失っていた? それと、現在の我々の場所をモニターに映してくれ」

 

『私含め、みんなが気絶してたのは1時間ってところみたい。モニターは今やっているところだよ。…よし、機能面には大した損害はない。どうやら、本当にカドックを取り戻すことがメインの目的だったみたいだ。現在のシャドウ・ボーダーは…』

 

 その言葉と同時に、モニターに現在位置が青白い光で示される。

 その場所が、先ほどまでの位置とはまるで異なっていることに驚愕を隠せない者もいるが、それに構っているような余裕はない。

 

『日本だ。藤丸君の故郷だね。それでこの位置は…』

 

 ダ・ヴィンチの言葉を藤丸立香は繋ぐ。

 その場所はよく話題になるようなことはあれど、修学旅行の時にしか行ったことのない場所だった。

 

「…京都ですね。あんまり行ったことはないけど」

 

『そう、京都だ。「清水水輝」の故郷でもあるね。さらに言うと、ここは異聞帯(ロストベルト)の中だ。どのような手段を用いたのかはわからないが、我々は異聞帯(ロストベルト)と化した日本の中にいる』

 

「ということは…」

 

 推測するように考え込むマシュの後を継いだのは、ホームズだった。

 

「彼は()()()()()()()()()と言っていた。その一方で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。つまりはそういうことだろう」

 

『直接殺す気はないが、カドックを回収しに来た以上は放置することも出来ない。だから、我々を自分の異聞帯(ロストベルト)に連れてくることで責任を果たしたというポーズを見せた…ということだと予想できるね』

 

「あくまで推測の域を出ないがね。彼が嘘をついている可能性もなくはないが、先ほど交わした言葉が真実ならば、彼は()()()()()()()()()()()()()()()

 

 噂通りの人物。

 マシュやムニエル、こっちじゃない方のダ・ヴィンチから聞いていた『清水水輝』像は『魔術師にしては珍しく人のことを思いやることのできる人間』という評価だった。

 『魔術の面で奇異な部分があり、カルデア他の職員及びマスター候補から蔑まれ疎まれていた』という面も聞いている。

 だが、先ほど見た彼の印象は『思いやり』という面を一切感じさせず、『奇異な魔術』を用いる『化け物』という評価の方が正しいように思えた。

 

 しかし、ホームズの言葉から読み取るに、彼の先ほどの言動に『思いやり』が隠れている。

 それに疑念を抱いた藤丸立香は思わず呟いた。

 

「…あんなことを言っておいて?」

 

「だが、事実でもあった。当然、全てを肯定するわけではないが、我々は度重なる幸運の元で勝ち得た勝利であることに間違いはない。今回生き延びていること自体、彼が私たちに対して()()()()()()()()()()()()()()からだ」

 

 そう言われると強くは言えなかった。

 さっき彼に言われたことの焼き増しだったが、有名な探偵であるホームズからの言葉であると同時に、運が良かったことを否定することはできなかった。

 その上、殺意を持っていないことも今ここで全員の生存が確認できることから明らかだ。

 

 そこまで考えてふと頭の片隅に、『クリプター』が『カルデア』に敵意を持っていたとしても、『清水水輝』個人が『カルデア』に敵対しているわけではないのかもしれないという考えがよぎる。

 それを払拭するかのように、それまで黙り込んでいたムニエルが声を荒げた。

 

「…あんな…あんな魔力(もの)を見せつけておいてかよ!

 今にもこっちに向けて飛ばしてきそうな、アレも全部偽物だったって言うのかよ!」

 

 カルデアで、爆破事件が起きるまで清水水輝とそれなりに仲良くしていた方であったとされているムニエルの叫びは、その場にいた全員の耳に響いた。

 

 仲良くしていると思っていた相手が、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 それでいて、殺意はなかったと言われても心から納得できるものではないだろう。

 しかし、対照的にホームズは至極冷静に状況を解明し、暴き、晒すための次の手を進める。

 

「そのことだが…ダ・ヴィンチ、アレの解析はしたか?」

 

『既にやったよ。彼が見せつけるように纏わせていた魔力…一見、ただのどす黒いだけの魔力だが、何のことはない。どす黒くて当たり前のものだ』

 

「どす黒くて当たり前…?」

 

「あ…もしかすると、先ほどの光景は…」

 

 藤丸立香がそう呟くと、心当たりを思い出すかのようにマシュが呟く。

 そして、それの答え合わせをするかの如く、ダ・ヴィンチが解析結果を示した。

 

『そう、マシュは気が付いたみたいだけど、あれは()()()()()()だ。霧状に霧散させている血液に魔力を回しているだけの見掛け倒しと言ってもいい。液状になっているのではなく、霧状になっている以上は直接触れることでもしない限りは害はないだろう。彼が霧状の血液を物理的に操作した記録は残されているものの、殺傷能力の低い目晦まし程度の用途にしか使われていなかったことも確認済みさ』

 

「つまり、彼は文字通り()()()()をしたわけだ。最初から私たちを殺す気も、私たちと戦う気もなかった。それを裏付けるものは他にもあるが、一番明確なことは今現在我々が何物にも襲われずにこの場にいることに他ならない」

 

「…自分の異聞帯(ロストベルト)に呼び寄せたのに、襲うどころか放置されて見逃されている」

 

 藤丸立香の呟きに、シャーロック・ホームズが眉を顰めて続いた。

 

「その通りだ。…しかし、そうなると当然不可解なことも出てくる」

 

「不可解なこと…ですか?」

 

「…いいや、これはまだ控えておこう。確たる証拠がない以上、推測に推測を重ねるだけのものになる」

 

「またそれか…」

 

「それよりもダ・ヴィンチ。清水水輝の情報について改めて共有しておきたい。残っている情報を可能な限り探し出してくれ」

 

『それももうやってる…ん? このロックは…』

 

 その言葉を最後に、ダ・ヴィンチの声が一時的に途絶える。

 30秒、1分と経つにつれて、少し不安に思ったのか、マシュ・キリエライトは周囲の気持ちを代弁するかのように声を漏らした。

 

「何か見つけたのでしょうか…?」

 

 その言葉を言い終るのと同時に、ダ・ヴィンチからの通信がつながった。

 

『ビンゴだ! 前の私が作ってた、清水水輝のレポートがあったよ!』

 

「そういえば、あいつはよくダ・ヴィンチの工房に出入りしていたような…」

 

「よくやった! これであやつの弱みの一つや二つ握れば少しは状況が好転するかもしれん」

 

「そう簡単にいくとは思わないけど…」

 

「ダ・ヴィンチ、そのレポートをこっちに転送してくれ」

 

『もちろん、今送るよ!』

 

 

 

 

――――――――

 

 

 『清水水輝』について

 

 

 清水水輝、彼は元々Bチームに配属されるはずだったが、その腕を買われて急遽Aチームに所属することになった魔術師だ。

 彼曰く、独学でしか魔術を齧ったことがないから教えてほしいとのことで私が直々に魔術の理論について軽く教えることになったのだが、その時に感じた違和感が気になったので少し詳しく調べてまとめてみた。

 レポート、という分類にはしているものの、とりあえずはわかるところまでまとめるメモ書きのようなもので、もししっかりと書く機会があったら再度推敲しなおすことにしよう。

 

 まず、彼に感じた違和感は彼の社会適応能力の高さだ。

 そもそも、彼は()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そこには、彼がカルデアに来ることになった理由にもつながるわけだが、彼は彼自身の家…『清水家』が存在そのものを隠蔽していた。

 カルデアに来るのが遅くなったことも、それが原因だ。

 なぜ、そのような処置をしていたのかまではわからなかったが、少なくとも厄介払いのつもりでカルデアに送り付けたことは間違いない。

 

 それにもかかわらず、彼の社会適応能力の高さは魔術師の中では特に異端に見える。

 Aチームの個性的なメンバーが揃っている中でも、ペペロンチーノ並みの社交性があることはどう考えてもおかしい。

 彼自身にここに来るまで何をしていたかを聞いてみたが、暇だったから与えられた魔術の本を読み漁って色々試してただけとしか言わない。

 そんな生活を20年近くもやっていたら普通の人間なら耐えきれない。

 その上、どこでその社会適応能力を身につけたのかが甚だ疑問だ。

 

 だが、調べていくうちに面白いものに辿り着いた。

 彼の家名である『清水』…日本ではそう珍しくない苗字だが、彼の家は分家と本家があるほどの家だという。

 調べていくうちに、『清水家』の家系図を入手することができたので詳しく見てみると、『清水』とは遠い昔『死水』と称されたのが始まりだとされるそうだ。

 その由来だが、『死水家』は『祈祷師』…我々で言うところのシャーマンの家系で、『水』を用いた災害を扱うことを得意としたとある。

 

 『水』を枯らして、食物を枯らし『死』に至らしめる。

 『水』を飽和させて、家屋を倒壊させ『死』に至らしめる。

 

 故に、『死水』と呼ばれるようになったそうだ。

 そんな彼らが名前を変え、魔術を扱うようになったのは西洋の文化が入ってきて、『祈祷師』の価値が落ちたからだと予想している。彼本人は700年程度の魔術の家と言っていたことから、魔術に切り替わったのは700年前ぐらいだと考えられる。

 遡ると日本で言う飛鳥時代まで遡ることのできる彼の家系は、今でなお古い家同士のつながりがあることも確認できている。

 そのつながりを作るために、不吉な『死水』という姓を捨て、『清水』に変えたのではないかと考えている。

 

 彼の家はその大本とも言える本家であり、だからこそ彼の『水』を扱えない魔術の腕を見限ってこのカルデアに送り付けたのだろう。

 上手くいけば、『清水』の名が上がり、失敗しても邪魔者を始末することになる。

 どうやって彼は、この環境で社会性を身につけたのだろうか?

 色々と考えはつくが、あまり裏を取れるようなものはない。

 ひとまずこの問題は追々調べていくとして、次の問題を提示しよう。

 

 

 次に彼に対して疑問を感じたところは知識の偏り方だ。

 先ほど述べたように、彼は『清水家』から出ることは許されなかった。

 それどころか、調べによると彼が過ごしていた場所は一般的な部屋ではなく、『清水家』本家の地下にある洞窟のような場所だったという。

 その洞窟には川のように地下水が流れており、霊脈としてはなかなかだったみたい。

 

 しかし、彼が部屋と言っていたそれは人が生活するには適しているとは言い難かった。

 夏は涼しいが、冬は冷え込む。食事の提供と洗濯は使用人が行っていたみたいだが、他に彼が触れることを許されたものは魔術の書物と筆と紙だけだった。

 

 一般的な常識を培う機会すらなかったのだ。

 

 だが、ここにきている彼を見ているとそのような家庭事情を察することが難しいほど馴染んでいる。

 どこかで違和感を覚える人物が現れてもおかしくないのに、キリシュタリアでさえその点に違和感を覚えていはいないだろう。

 さらに言うと、輸血パックと呼称している血液を入れる入れ物さえ自作していたが、『輸血パック』という呼び名さえどこで知ったのかが不明だ。

 

 彼は一体何者なのか。

 調べれば調べるほど、彼の素性は闇の中に溶けていくようにも感じる。

 

 ……続きは次回に持ち越そう。

 ま、時間はあるから暇つぶしにはちょうどいいし?

 別に調べてもこれ以上よくわからなかったわけじゃないし?

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

『……ここでレポート…もとい、メモ書きは終わってるね』

 

 ダ・ヴィンチちゃんがレポートを読み上げ終わると、その場にはただただ静寂だけが残された。

 途中まで『清水水輝』の境遇の悲惨さを噛みしめさせるものがあったものの、最後の最後のせいで何とも言えない空気が漂う。

 

「……最後のダ・ヴィンチの強がりは置いておいて、これはなかなか興味深いものだ。ムニエル氏、何か知っていることは?」

 

「…いいや、強いて言うなら確かに水輝の奴はカルデアに来る前のことを一切話さなかったぐらいだな」

 

「同じくですね…私も、水輝さんとは会話をしたことはありますが、業務的な内容の方が圧倒的に多かったこともあって、事情などを聞いたことはありません」

 

「ふーん…」

 

「ふむ、一般常識的に知らないものに驚いた素振りなどもなかったと」

 

「ああ、少なくとも俺が見た限りはなかったぞ。パソコンも普通に使ってたし、洗濯機も説明書見ながら普通に使ってたし、何なら厨房で昼飯だって作ってた」

 

「えー、水輝って料理できたんだー」

 

「そんな馬鹿な話があるか! ダ・ヴィンチの調査が正しければ、こやつはパソコンを触ったことも、料理を作ったこともないはずだろう!?」

 

「確かにそう考えるとおかしいけど、普通に使ってたから違和感とかは感じなかったな」

 

 うんうんと首を縦に振るムニエルにゴルドルフは、ええい使えん奴だと吐き捨てると、ふと視線を隣に移した。

 そこにいたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 頭にはてなマークを浮かべながらも、目をこすり、もう一度周囲を見る。

 マシュ・キリエライト、ムニエル、藤丸立香、シャーロック・ホームズ、様々な動物の面を服のいたるところに引っ掛けている少女。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「て、敵襲ーーー!!」

 

 

 

 

 



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