太陽王の娘 (蕎麦饂飩)
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マミーで大富豪な美少女JKはママが恋しい

属性過多系主人公


 西暦1700年代のエジプト。

 世界経済やパワーバランスの変化にあぶれた者達により、不届きにも王家の墓が荒らされることとなった。

 自称探検家(盗掘者)達はエジプト国民の目を盗んで、文字通りの宝の山(未発掘のピラミッド)を探していた。

 

 彼らが探していたピラミッドはラムセス二世に最も愛されたとされる王妃ネフェルタリの墓。

 しかし、捜索は難航しており、情報を持っていそうなエジプト人も古代の王妃への敬意故か何をしても口を割らなかった。

 そう、何をしても(・・・・・)だ。

 

 素行の良くない探検家達は、エジプト人に睨まれながらの調査はそろそろ限界が来ていると感じていた。

 早く見付けなくては。

 彼らがそう焦っていたとき、夜の帳が降りたエジプトの砂塵が風もないのに巻き上がった。

 先程まで何も無かった更地に古代エジプトの建造物――――ピラミッドが現れた。

 そのピラミッドは、ラムセス二世の時代の建築方式に見える。

 即ち、ネフェルタリ王妃の遺品が眠っている可能性が非常に高いと言えた。

 

 男達は大きく口を開けているような入り口へと駆け込んだ。

 そして周囲からシャカシャカと謎の音はするが、何もいない蜘蛛の巣一つ無い、整然とした通路を通った。

 道中の落とし穴のような縦穴で一人が脱落したが、分け前が増えたと他の者達は気にしなかった。

 

 そして奥へと昇ると、そこからは急に下へと続く道があった。

 探検家達はその最奥で落とし穴に落ちた男の衣服と装飾品を発見した。

 血は周囲に飛び散っているが、肉は見当たらない。少なくとも松明が照らす明かりでは見つかりはしなかった。

 

 その部屋には棺とその横に小さな箱があった。

 探検家達は先ず比較的軽そうな小さな箱を空けた。

 そこには黄金の装飾品があった。メンバーの一人が古代エジプト言語に詳しいので装飾品にかかれた文字を読み取ると、『ネフェルタリ』の部分だけは解読できた。

 

「やった、王妃の墓を見付けたんだ」

「ああ、ジョーンの奴には悪いが、これで億万長者だ」

「この王妃の装飾品だけでも家が、それも豪邸が建てられるぜ」

 

 興奮が支配していたのはわかるが、それにしても余りに男達はわかっていなかった。

 それが本当に王妃の装飾品であるのか。

 落とし穴に落ちたジョーン・カッターの死体は何処へ行ったのか。

 何故、エジプトの民は既に死した王家に敬意を持つのか。

 ――此処に、生者が訪れて良かったのか。

 

 

「よし、それじゃあ隣の王妃様の棺もご開帳と行こうか」

「ああ、美人で有名だったらしいな」

「おいおい、ミイラに美人も何もないだろう。それより一緒に埋葬されてる服飾品(お宝)だ」

「「違いねえ」」

 

 男達は、下卑た笑い声を上げながら重たい石棺の蓋を動かした。

 その中にいたのは、瑞々しい肌を持った息を呑むようなうら若い絶世の美女であった。

 更に付け加えるとすれば血塗れという付加情報があったが。

 

 

 

 美女は急に目を開いて身を起こした。

 唖然とする男達を眺めていたが、その視線が男達が先に空けた箱から取り出した装飾品を捕らえると、美女は鋭く睨んで男達に厳しい口調で何かを告げた。

 古代の上流階級の言葉を当時の発音で淀みなく話されては、考古学を学んでいた男も理解は出来なかった。

 だが、一つわかることがあった。それは怒りだった。

 恐らく宝を返せと言っているのだろう事は、他の学が無い男達にさえわかった。

 

「…おいおい、ケチケチすんなよネフェルタリ王妃様。

気前よくお宝の一つや二つ、何だったらピラミッドの一つや二つくれたって良いじゃないか」

 

 余裕が出てきた男達のリーダーがそう語りかけるが、美女にはその言葉は理解できていないようだった。

 強烈なジェネレーションギャップの賜物である。

 

 リーダーに引き摺られて余裕を取り戻した男達はある考えに至った。

 それは、欲望だった。それは獣欲だった。それは性欲だった。

 目の前の存在が余りに理解不能であったとしても、それを差し置いて美しい存在であったためだ。

 王妃らしき美女の身体を包んでいた金であしらわれた布を掴んで引っ張ると、風化寸前であった衣服は細切れになり、その下の素肌が露わになった。

 

 その肉体は、まさに典型的なミイラと言って良かった。

 美女は衣服に包まれていない部分だけは瑞々しくあったが、衣服の中に隠された部分は乾いた皮と骨であった。

 後ずさろうとした男達は身体が動かなくなっているのを感じた。

 

 足下を見ればスカラベと呼ばれるフンコロガシの一種が足に纏わり付いて、肉を食いあさっていた。

 痛みも重さも感触も一切感じなかったにもかかわらず、男達は移動手段を喰われていた。

 

 理解できぬ恐怖(王家の呪い)理解できる恐怖(迫り来る死)に発狂した男達に美女は近づいていき、男達が先程暴いた装飾遺品を取り返すと、指で汚れを拭き取るように撫でた後、愛おしむようにそれに頬擦りをした。

 美女はその装飾品をペンダントのように首にかけると、男達に喰らいかかった。

 

 

 男達を食い終えた美女の裸体には、どこにもミイラであったときの名残はなかった。

 美女はどこからか砂を呼び寄せて、それを服へと変じさせるとその場から去った。

 

 

 

 

 翌日、墓荒らしの男達の衣服だけが砂漠の上で見つかった。

 発見した砂漠の民達は、裁きが下ったと口々に男達の末路を罵った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 19世紀、様々な戦争を利用して一代で大富豪となった女性がいたという。

 その姿は現代のクレオパトラと湛えられたが、しかしその女性は胸を張って己の方が美しいと述べたという。

 その女性は家族を持たず、最期はひっそりとした葬儀で人生を終えたと言われている。

 彼女の墓がどこにあるかは公表されていない。その為、かつてのピラミッド荒らしのように彼女の墓を探す者は後を絶たない。

 

 また、その美女が興したホテルグループ『ピラミッド』は今では世界中を席巻しており、最高級のホテルとして君臨している。

 そのピラミッドホテルがこの度冬木に建つことになった。

 大火災で荒廃した町への復興支援という名目で、大規模な土地を買い占めて建築された。

 

「メルタトゥム様、建築反対派への対策は終わりました」

 

「ご苦労。愚かな若造と思っていたが存外にやるではないか。

そなたにこのピラミッド・冬木の責任者を任せてやろう。死ぬ気で働くが良い。死した後も仕えさせてやろう。

励めよ……まあ、程々にな」

 

 

 礼をして部屋を去った愚かな若造と呼ばれた青年は未だ二十代半ばではあるが、偉そうに命じているのは少なくとも見た目はそれよりも若そうな女性である。

 輝くような(かんばせ)、シルクのような肌、ナイルの源流を生む雫のような瞳と形容するに相応しい女性こそ、ピラミッドホテルの更に親会社の総帥を務めるメルタトゥムである。

 

 

 エジプトに本社を置くピラミッドホテルグループの成功の秘訣は、未だ過労が問題になる以前から続く圧倒的ホワイト体質である。

 古代エジプトのピラミッドの建築に関わった奴隷達は、二日酔いなので休暇、暑い日なので時短、ネフェルタリの誕生日なのでボーナスが認められていたという。

 おまけにピラミッドは仕事を無くした者達に職を与えるための公共事業の側面もあり、ビックリするほどのホワイト経営である。

 工業が発達して、競争が激化していく中、従業員良し、客良し、会社良しの三良しのバランスをピラミッドのような比率で完成させた初代総帥の手際によるものは大きい。

 

 代々グループの総帥はメルタトゥムと名乗っている。

 エジプトの伝説的な大王ラムセス二世とネフェルタリ王妃の長女の名前から取っているとされている。

 

 

 この時代では余り良い評価を受けないであろうが、現総帥は自負していることがある。

 

「私は、マザコンである」

 

 私こそが法、私こそが真理、私こそが全て。

 だから何もはばかられることなど無い。寧ろ、はばかるものは死刑だ。

 彼女はそう認識している。

 

 彼女は常に母から譲り受けたという黄金のペンダントを身につけている。

 しかし、その黄金のペンダントの以前の持ち主である彼女の母親は一度たりとも表舞台にでたことが無く、知る者はいないという。

 

 メルタトゥムが冬木にピラミッド・ホテルを建築した理由。

 それは町の復興だけが目的ではない。勿論それも無いわけではないが、真の目的はこの地で行われるという『聖杯戦争』である。

 魔術師と英霊と呼ばれる使い魔が殺し合う血濡れた祭典だ。

 

 

 さて、メルタトゥムは17歳という設定なので、この日本では学園生活を送ることにしている。

 目的は日本で活動するに当たって、外国人美少女で超巨大グループの総帥に加えて、『JK(女子高生)』という付加価値を加えることで広報活動に優位になる事。

 後は本人の意向である。ぶっちゃけ興味本位である。というか、最初の理由こそが完全に株主向けの建前である。

 

 先程偉そうに青年に命じていたときの彼女の服装は学園の制服だった。

 制服美少女に偉そうに命令される会社。…一部の趣味の人には天国(パライソ)かもしれない。

 

 

 メルタトゥムは逆らう者に容赦をする気は全くないが、無辜の民に被害を及ぼす気はない。

 (土台)無くして(頂点)無し、(指針)無くして(労働)無し。

 ピラミッドホテルグループの理念である。

 

 戦いは戦う前に勝てる準備をして、勝つ前提で戦う。

 ニュースで最近冬木にフンコロガシが大量発生していると流れているが、それが仕込みである。

 敵対者(マスター)となった者を発見次第、フンコロガシ(スカラベ)を通じてマスターを即脱落させる。

 元より呼び出す英霊は決まっている。

 そしてその英霊に戦闘をさせるつもりはない。

 つまり、メルタトゥム自身が事を為す。

 正面切って英霊と戦うつもりはなく、メルタトゥム自身が直接マスターを倒す。

 英霊にはファジージュースでも飲んでくつろいで貰うつもりでいる。

 

 

 

 

 

 ――――そして、遂にその時が来た。

自身が大切にしてきた触媒(・・)を元に、魔術的な仕掛けを施し、己が本来使っていた古代言語で詠唱する。

 

「――――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 

 

 

 暴力的な魔力の奔流と共に、それは来た。

 メルタトゥムは跪いて涙を流しながらそれを迎えた。

 そして、ゆっくりと顔を上げた彼女は見た。

 

「余の妻の遺品を暴く不届き者が死を………我が娘(メルタトゥム)、お前か」

 

「…………がっかりです。ハズレだなんて」

 

 メルタトゥムは心底がっかりした。

 それはそうだろう。使用したのは自身が母の形見として譲り受けたペンダント。

 これは呼び出されるのは最愛の母だろう。

 そうに決まっている。

 普通に考えればそうだ。そうで無くてはおかしい。

 あの優しくて可愛らしくて柔らかくてふわふわでスラッとしていて可憐で麗しくて怒ると恐いけど怒っても可愛い母上が来るはずだったのだ。

 何だろう、ネフェルタリの遺物で顕れるのがオジマンディアス(父上)だとか、この男はストーカーなのか?

 死んだ後も妻を隠密的にすら見える献身的な広報警備して、妻への呼び出しにちゃっかりボディーガード的に代わりにやってきたとでも言うのか。

 折角、今も記憶している母上に抱きついたときに測った身体の寸法に合わせた、現代のファッションや一流のマッサージ師も用意したというのに。

 この男(父上)は生きているときも私の恋敵として邪魔をして、死んで尚母上を独占するのか。

 メルタトゥムはこの邪知暴虐な王に激怒した。

 

 しかし、オジマンディアスも相手が娘とは言え、無礼にも程がある物言いに激怒した。

 

「ハズレとはなんだっ!! 無礼であろう」

 

「…母上の形見でおいでませるのは母上のハズなんです。

母上が当たりだから、父上はハズレに決まっているでは無いですか」

 

 

 黄金の太陽と謳われたラムセス二世ことオジマンディアスもこれには納得せざるを得ない。

 彼が唯一勝てないものは、最愛の妻である。

 千年単位で続く反抗期の娘に最愛の妻を引き合いに出されては流石に反論が出来ない。

 

 

「輝くような(かんばせ)、シルクのような肌、ナイルの源流のような瞳、太陽のようなまぶしさと、夜のような優しさ、天上の神々の愛を受けたような美と慈しみを内包する女神オブ女神な母上の方が、父上より素晴らしいのは当然ではないですか」

「完全に同意する」

 

 即答だった。

 同じ女性に恋をした二人だからこそ、同じ結論に至る。

 本来なら不敬とも取れる言い草だが、ネフェルタリ教徒、いや狂徒の二人であるから問題は無い。

 

「…で、今後の話だが、どうする?」

「…指針を示す者()なのですからご自分で考えてください。

母上でしたら、くつろいでいただく予定でしたが、父上なので馬車馬のように働いて母上の復活でも聖杯で叶えてください」

 

 

 オジマンディアスは反抗期が直らない娘に内心で苦笑する。

 母親(ネフェルタリ)にべったりで、母の死後は魔術に傾倒しながら衰弱して死んだ娘。

 本人が意識しているかどうかはわからないが、見た目はネフェルタリに似ている部分が多い。

 昔から不純物(父親)に似てしまったと本人は言っているが。

 

 妻と寝所に向かおうとするのを邪魔しようとして、妻に諭されて落ち込んだり、妻と一緒に買い物に行って喜んでいたときと変わっていない。

 口調こそ丁寧なものの、父親は敵で母親を争う敵とみているに違いない。

 しかし、親としてみればそれもそれで可愛らしい娘である。

 妻が死ぬまでは兄弟間の権力争いに興味も向けず、ただ母だけを見ていたという点も、ある意味非常に好ましいとも言える。

 

 

 

 

「よし、全力で叶えてやろう。―――――――――数千年分の誕生日プレゼントだ」

「…母上が悲しむので、精々無茶はしないで下さいね」

 

 ファラオの親子が、冬木の地で戦いの狼煙を上げた。



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神秘と笑顔と素直さと

 神秘とは何だろう?

 メルタトゥムはそれは母上の存在だと即答する。

 その神々しさたるや、存在そのものが奇跡。

 その御姿を思い返すだけでドキドキが止まらない。キュンキュンキュンのキュンである。

 

 ちょっとしたエクスタシーを感じながらも、メルタトゥムはやるべき仕事はしっかりする。

 思考の中は母親への劣情に濡れた妄想9割で、残り1割で常人以上の思考速度で聖杯戦争への準備を進める。並列思考は得意分野だ。

 既に冬木中に新種のスカラベが大発生して久しくなる。

 勿論、なるべく、…少なくとも一般人には怪しまれないようにピラミッドホテルグループが日本に進出するよりもずっと前からこの騒ぎは起こしていた。

 

 

 本来、肉食のスカラベは存在しない。

 古代エジプトの黒魔術にこそ話は出てくるが、本来はそんな生物は存在しないのだ。

 昆虫学上の大発見である。奇跡である。

 故に、学名はフユキ・ファンタジアと呼ばれることとなったとか、そんなどうでも良い裏話があった。

 

 魔術の流れを紐解かれて呪いを不発にするキャスターとか、暗殺が得意である故に対暗殺にも洞察があるアサシン、マスターを倒した後でも活動する『スキル:単独行動』持ち、その他だと虫に対する絶対性を持ったサーヴァントがいなければ何とかなる。

 メルタトゥムはそう考えていた。

 …結構、苦手そうな敵は少なくない。

 

 だが、マスターを殺すだけなら手段はいくらでもある。

 エジプトにもイスラム教が入ってきたとは言え、未だ古代エジプトへの敬意を忘れていない、信仰厚いエジプト人はそれ程少ないわけでは無い。

 特に上流階級には秘密結社のように、信奉者の会がある。

 メルタトゥムはそこに接触して協力を取り付けた。

 

 メルタトゥムにはエジプト軍の決定権を持つ人々の全面的なバックアップがある。

 そうで無くとも、メルタトゥムの経営する会社はエジプト本国では驚異的な影響力を持っている。

 エジプト本国のピラミッドホテルの内、最高グレードのホテルはガチのピラミッド型で建築されているのだから、その威光は凄まじいものがある。

 お持て成しさせていただくのでは無く、持て成して差し上げるスタンスな上から目線の丁寧な気配りで有名なピラミッドホテル系列だけでも、凄まじい外貨をエジプトに流入させているからだ。

 この為に、エジプト外から流入しようとした他宗教は本来より大幅に抑えられた。

 

 軍事衛星による敵対者の捜索。

 特殊部隊の借り受け。

 エジプト陸軍第二世代主力戦車T-54改Ⅱ、通称ラムセス二世と呼ばれる陸上戦力の密輸。…その戦車を選んだ理由は特に意味は無い。

 それなどまだ序の口とばかりに様々な有形無形の支援がエジプトから冬木に向けて送られてきている。

 

 聖杯戦争に近代兵器を使用するなんて、魔術師からすればナンセンスの極みだろう。

 より古きへ逆行することこそを良しとする魔術師には全く以てその通りだ。

 しかし、逆行するも何も自身が古代の神秘とも言える蘇生した死体であるメルタトゥムには、そうやって手段を自ら狭めていくことこそナンセンスに映った。

 

 エジプト軍だけで無く、アトラス院も契約書によりメルタトゥムの制御できる駒の一つである。

 次期院長候補生とも呼ばれる少女が支援をしに来てくれるとは中々わかっている。

 未来ばかりを見て足下が疎かな組織かと思い込んでいたが、次期院長を私に顔合わせさせたいなどと政治も出来るようでは無いかとメルタトゥムは思っていた。

 

 元々ネフェルタリを呼び出すつもりであったが故に、サーヴァント無しでも敵を殺し尽くす手段は用意していた。

 麗しき母上の手を汚す発想などメルタトゥムには無いが、それ以外の手段ならいくらでも用意していた。

 これは聖杯と枕詞が付くだけの戦争(・・)である。手段など選ぶ必要は無い。

 勝ってしまってからその様な事は考えれば良いのだから。

 

 そんな殺伐とした世界を知るメルタトゥムには、学校生活は一つの癒やしである。

 これで女子校ならもっと良かったのにとは、メルタトゥムの談である。

 基本的に男は余り好きでは無い。男は麗しい母に目を奪われる。その視線が汚らわしいというのが理由だ。

 だからといって男だからと差別的に扱うほどでも無い。

 勿論、女性が好きだという嗜好はあるが、愛するのは麗しのネフェルタリただ一人である。

 

「リン、今日も綺麗ね」

 

「ええ、メルトも今日も綺麗よ」

 

 爽やかな美少女同士の挨拶。リンとメルトと呼び合う冬木に建つ高級ホテルオーナーのメルタトゥムと冬木の地のセカンドオーナー遠坂凛。

 並ぶと絵になる美少女二人である。

 但しその内心は、

 

(マスターになる確率はほぼ100%。早めに処置(・・)しておきませんと)

(この時期に冬木に? 太陽運航神の化身(スカラベ)の大量発生? 古代エジプト王女の名前? …あからさますぎるほど怪しいわね)

 

 警戒は全く緩んでいない。

 冬木の利権的な意味でも、魔術師としても遠坂凛にとってメルタトゥムという少女は信用できないにも程があった。

 アメリカ、イタリア、イギリス、インドを除く多くの地域に影響力を持つ世界最大規模の財閥の総帥がこんな冬木に何の用があるのかわからない凛ではない。

 もしメルタトゥムが黒だとすれば、凛がマスターになることも知られているに違いない。

 

「どうかしら、此方の冬は寒くは無いかしら?」

 

「エジプトも、夜は冷え込みますから。それに、日本は何処へ行っても空調が効いていて素晴らしいわ」

 

 

「なら良かったわ。私の方は寝不足気味で、…最近虫が五月蠅いものだから」

 

 凛が仕掛けたのはブラフだった。

 凛は己の正体がバレていることを確信した上で賭に出た。

 メルタトゥムはそれを理解していたが、敢えてそれに乗ることにした。

 

「そうかしら、スカラベは鳴かないわ。…そう言う話が聞きたかったのでしょう?

凛、辞退なさい。…貴女なら死者として仕えさせてあげても良いけれど、嫌でしょう?」

 

 

 釣り竿を垂らしていたら、サメが釣り針を引っ張ってきた事に凛は驚愕した。

 自身は策を張り巡らせる故に、相手の策にも敬意を持って敢えて引っかかり踏み潰していくのがメルタトゥムのスタンスだった。

 …勿論相手にもよるが。

 

「――――ッ!! やっぱりそういう事だったのね」

 

「ええ。賢い貴女にはとうに見当が付いていたと思っていたけれど。見込み違いで無くて良かったわ」

 

 

「…もう、サーヴァントは用意したのかしら」

 

「ええ、貴女よりも少しだけ早めにね。先に言っておくと、貴女が呼び出した瞬間に貴女を殺す手筈は整っているわ。

だからお友達としてもう一度言うわ。辞退なさい」

 

 声は軽やかで春風のようなのに、乗せられた言葉は底冷えするような残酷さを持っていた。

 

 

「…随分と恐ろしい脅迫ね。

もし、今の会話を録音していて、編集をかけた後世界に公表したらどうなるかしら?

貴女は最早此処にはいられないんじゃ無い?」

 

 メルタトゥムはあからさまに迷うような素振りを見せた。それはからかいだった。

 

「私には聖杯にかけるべき願いがあるの。その為なら今の名誉も地位も必要無いわ。

私個人に不祥事があれど、私を切り離してグループが上手く動ける手筈は出来てあるの。従業員を路頭に迷わせることは無いわ。

――――それに、貴女はそう言うやり方好きじゃないでしょう?」

 

 メルタトゥムは母親譲りの美貌で花の咲くように笑う。その笑みはイエローオレアンダー(エジプトキョウチクトウ)と形容されるに相応しかった。

 尚、オレアンダーは強力な毒性を持っている。

 

「私にもかける願いがある。譲れないわ」

 

 しかし、凛は圧倒されたとしてもそれを表情に出すこと無く対抗するように笑う。

 家訓の『常に余裕を持って優雅たれ』を忘れるつもりは無かった。

 

「聖杯が手段でかける願いが目的。

典型的な魔術師の家系ならどうせ根源を目指すのでしょう?

では、その根源を目指すのは何の為かしら?」

 

「…自分の願いの方が崇高だとでも言うつもりかしら」

 

 凛はペースを握られないように、短く返してその間に次の一手を思考する。

 

「ええ。だからこそ戦争だなんて非効率的な手段に出るのでしょう。持たざる者が得るにはリスクを負わなければならないのは当然のことよ。

でも、聖杯にかける願いこそがそのまま目的であるというのはシンプルでとても良いわ。

私、貴女のそういう所が好きよ。…あら、もう学校に着いてしまったわね。では、ごきげんよう」

 

(落ち着きなさい凛。彼女(メルト)は敵よっ!!)

 ストレートに好きだとか笑顔で告げてくるのだから性質が悪いのよね、と凛は赤くなった顔を冷やすように首を振った。

 

 クラスが違う二人は別れて教室に入っていく。

 メルタトゥムは当初はその上から目線過ぎる態度に、平等意識の強い日本人には抵抗感を感じさせていた。

 が、周囲の者も慣れてくるにつれて、それが彼女らしい魅力的な姿だと納得されてきたようだ。

 今ではメルタトゥムを女王様と呼ぶものさえいる。

 

 北アフリカと言えば、近年イスラム系のイメージが強く女性は肌を露出させない印象があるが、メルタトゥムは基本薄着が好きである。

 制服に際どい改造を施してでも薄着を追求するスタンスは、年頃の男子生徒には目に毒であり、生真面目な生徒会長は何時も文句を言っている。

 しかし、見た目とは裏腹に大人びた対応で、

 

「許可は取ってあるというのに、生真面目ね。

そういうところ、可愛らしくて素敵よ。…貴方が男に生まれたのが残念で仕方ないわ」

 

 そう言って、からかうように生徒会長柳洞一成の顎を人差し指で撫で、顔を近づけて瞳を見つめてくるメルタトゥムは柳洞一成の天敵である。

 まだ遠坂凛の方が可愛げがあると一成少年は認識している。

 そして、彼はこの後他の男子生徒から嫉妬されることも理解して憂鬱になる。

 …だからこそ、今この時の役得を少しだけ喜んでみる気も無いわけではない。

 彼だってメルタトゥムが思っているよりはずっと男の子なのである。

 

 

 基本メルタトゥムの対人関係はストレートの剛速球で、素敵だとか可愛いとかハッキリ言う感性は恥ずかしがり屋の日本人には少々刺激が強すぎる。

 だが、それを彼女は理解していないし、理解する必要も感じていないし、理解したとしても行動を相手に合わせるつもりは無い。

 何故なら彼女は太陽王の娘だからである。







女同士なんて非生産的だという人の為に

一応、メルタトゥムさん××17歳は女性同士でも子供が作れる魔術を持っている設定です

両為らす陰陽(الكرز غضروف)
お互いに女性であっても子供を作ることが出来るようになる。(一時性)
尚、使われた事はない。

どうでも良いですが、
الكرزは桜
غضروفは軟骨
です。ええ、特に意味はありませんとも。だからツッコんじゃらめぇぇぇ。


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温泉回~エジプトから来たお友達を添えて~

 メルタトゥムにとって母ネフェルタリとは全てである。

 母に向ける感情は、敬意であり、独占欲であり、恋慕であり、愛である。

 父オジマンディアスは最大の理解者であり、最大の宿敵である。

 彼女の妨害が無ければ、オジマンディアスはネフェルタリとの間にもっと多く子を作ったかも知れないし、そうで無かったかも知れない。

 何だかんだで母親に嗜められたときはメルタトゥムは大人しく従った。

 父親と仲良くしたい母親に怒られるのもまた、ご褒美である。

 

 メルタトゥムはオジマンディアスから見れば母親似ではあるが、本人としては父親に似ていると思っている。

 古代エジプトとは違い、遙かに反射度の高い鏡が作られる現代を生きるようになってメルタトゥムは尚のことそう思う。

 …ぶっちゃけ、良いところより嫌なところが目に付くというやつなのだが。

 

 メルタトゥムは母より巨乳である。

 しかし、敬愛する母上のプロポーションこそ天上にあってさえ至高と断ずるメルタトゥムには不満がある。

 ミイラになって戻ったときに胸が小さくなっているかと思ってはいたが、現実は非情であり、生前と何ら変化が無かった。

 尚、巨乳美少女が薄着でいる環境は、穂群原学園男子には大変ありがたくけしからない状態だ。

 

 

 さて、メルタトゥムは本日ある人を待っていた。

 今回の戦争の軍師である。

 王はマスター。兵はサーヴァント。故に足りない軍師をこの冬木に呼び寄せたのだ。

 

 高級ホテルのスイートルームの部屋の中にある風呂に浸かっているメルタトゥムの下に、客人は通された。

 

「お初にお目にかかります。私は、シオン・エルトナム・アトラシア。お会いできて光栄です」

 

 

 美しい礼で敬意を払うアトラス院から派遣された軍師に、メルタトゥムは大変気をよくした。

 

「私はメルタトゥム。貴方なら想定しているでしょうが、本名よ。楽になさい。

何なら、この湯に入りながらお話ししましょう」

 

 羞恥心がまるで無い様なメルタトゥムと、初対面からいきなり裸体で接するメルタトゥムを直視できないシオンは極めて対照的だったと言えよう。

 尚、確かにメルタトゥムには羞恥心は無いが、父親がこの場に入ってきたら令呪を使って記憶を飛ばさせてやろうか程度のことは考えている。

 

 取り敢えずお風呂に入らないと話が進まないことを理解したシオンは、恥ずかしがりながらも衣服を脱ぎ、室内にしては広いお湯に入った。

 

「失礼します」

 

「ええ、許すわ」

 

 シオンが想定するとおり、隣にいる美女は古代エジプトの王女メルタトゥムその人であった。

 相手は本物の王族。次期アトラス院長候補のシオンであれ、緊張しない訳にはいかなかった。

 

 

「あの、それでこれからのことなのですが…」

 

 差し入れた爪先に感じる熱さに我慢して、湯を荒立てないようにゆっくりとお風呂に入ったシオンは、控えめにメルタトゥムに話しかけた。

 

「戦争においては貴方は軍師に徹して貰って構わないわ。戦う役割は他にいるのですから。

安全なところで計算される可能性を提示してくれれば、後は私が選んで命じることにする。それが方針よ。

ああ、お湯に浸かったときは気を楽にするのがこの国のやり方らしいわ。もう少し気楽になさい」

 

「…ありがとうございます」

 

 そう言われても、相手が相手である。お偉いさんの楽にしろという言葉ほど、加減が難しいものは無い。

 生真面目なシオンであれば尚のことである。

 シオンをまっすぐ見つめてくるメルタトゥムの瞳は蠱惑的で、思わず視線をずらした先にあるきめ細かい肌や、大きく実った双丘――――

 

(カット カット カット カット カット)

 

 シオンは幾つもの並列思考を強制的に終了させて、再起動することにした。

 再起動の合間に、自身の意識を逸らす為にも仕事の話へと持ち込む。

 

「…それでは、呼び出したサーヴァントというのは?」

 

「残念なことに、ラムセス二世(父上)よ」

 

 心底ガッカリしたように告げるメルタトゥムだったが、シオンからしたら大当たりにも程があるサーヴァントを何故ハズレたかのように言うのかが理解できなかった。

 しかし、その答えは考えるでも質問するでも無く、メルタトゥムの方から話し始めた。

 

「誰よりも美しく、可愛らしく、愛らしく、聡明で、麗しく、華やかで、慎ましく、気品があり、愛おしく、神々しく、素敵で、輝いていて、賢く、無欲で、慈悲深く、愛おしい母上が来てくれるものだとばかり思っていたのですけれど残念としか言えないわ」

 

 一息でそう言い切った雇い主の説明で、シオンは大体の流れを大凡理解した。

 そう言えば、ラムセス二世ことオジマンディアスも妻ネフェルタリを敬愛したことで有名だが、娘もこのようなのではネフェルタリという王妃はどれだけ凄い人なのかと、思わずシオンは聞こうと思ったが止めた。

 流石はアトラス院きっての才媛である。危うく聖杯戦争が終わるまでネフェルタリの素晴らしさについて語られる所を寸前で回避した。

 そして、自慢する上司に同調する部下の如く、それに賛意を示した。

 

「今も尚伝説に謳われる麗しの王妃ネフェルタリ。素晴らしい方だったのですね」

 

「貴女…」

 

 メルタトゥムはシオンの頬に手を添えて、視線を己に向けさせた。

 シオンの体温が上昇したのは、お湯のせいだけではあるまい。

 

 

「わかっていますね。実にわかっていて素晴らしいわ。流石はアトラスの次代を引き継ぐに相応しい人物と評しても良いでしょう。

貴女がアトラスを継いだ暁には、第19王朝の王女として惜しみない協賛を約束しましょう。

戦争が終わった後も、私の友として今後とも宜しくおねがいしますわね」

 

 互いが裸であることも忘れて、シオンに抱きつくメルタトゥム。

 上半身で温かくて柔らかいものが色々当たっているこの状況、シオン的には先程から並列思考が次々とシャットダウンしていっているが、メルタトゥムは気にしない。

 ある意味暴君である。

 

 

 因みに、ネフェルタリを冒涜する様な発言、例えば、かのネフェルタリよりメルタトゥムの方が美しいなど――――

 そう言う発言を述べるものが此処にいたならば、メルタトゥムは赤く染まった湯に浸かってお風呂を楽しむことになっただろう。

 今回はそうならなかったので、シオンの鼻から出る血液がお湯を染めるだけにとどまった。

 シオンは、計算が大きく崩れたものの、奇跡的な大正解を探し当てた自分を褒めた。

 そこまでが、シオンが持っている記憶の終わりである。

 

 ……わかりやすく言えばシオンはのぼせたのだ。

 湯あたり、と言うやつだろう。

 

 

 

 

 意識を失ったシオンを抱きかかえてメルタトゥムは湯船から出ることにした。

 この日本の地で出会った同郷の友人は、母上とは比べるわけにはいかないが、非常に愛らしいと王女は優しく笑った。

 

 シオン・エルトナム・アトラシアは戦闘者としても優れていることは、メルタトゥムも知っていた。

 事前に送られてきた資料で知っていたからだ。

 だが、余程の必要が無ければ友を死地に送るつもりも無い。(但し父を戦場に送ることには抵抗は無い)

 身体を拭くタオルを咥えて持ってきてくれた、魔術生物スフィンクスア・ラ・モードの頭を撫でた後、女性の使用人を呼んでシオンを介抱して華やかな服を着せるようにメルタトゥムは命じた。

 …華やかな衣装というのが、薄布と金細工で作られた、いささか視界的防御力に劣る、現代風に言えば少々破廉恥な服装であった為に、起きたシオンが顔を真っ赤にするのは、また別の話である。



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距離を詰めたいお父さんと、気難しいお年頃な娘さん

地味にフラグ回


「我が娘メルタトゥムよ、このピラミッドは素晴らしいな。温水シャワーや戦車やテレビまであるピラミッドはそうそうないぞ。

形がダサいことを除けば、良く出来ている。

入り口に我が妻ネフェルタリの像と説明書きが置いてあるのも非常に素晴らしいっ!!」

 

 機嫌が良さそうなオジマンディアス。

 今の彼の姿はTHE・シャワーあがりと言ったような姿で、未だ湯気の昇る身体を冷やす為に、上半身は裸にジャケットを羽織ったままという割と年頃の娘の前とは考えられないようなデリカシーの無い姿である。

 尚、この服装はシャワーあがりだけで無く、割と普段からそんなスタイルな事と、娘もまるで気にしていないので問題は特にない。

 何故なら娘も普段から割と際どい服装をしているからである。オジマンディアスは自分を棚に上げて娘のそういう所を少し心配していた。

 

 彼の娘は父親の言葉に対して、優雅を売りにしている遠坂家以上の優雅さで「ええ、そうですわね」と答えた。

 父親とは違い、少しだけ機嫌は悪そうだった。

 因みに、オジマンディアスが言っているピラミッドとは、ピラミッドホテル・冬木のことである。

 そして彼女は父親に形がダサいと言われたホテルの持ち主である。

 しかし、父親は不機嫌な娘の様子に気が付かず、小粋なジョークを飛ばし始めた。

 

「メルタトゥムよ、ピラミッドは死んでから入るものなのに、ピラミッドで()活するというのは不思議なものだな」

 

「…お言葉ですが父上。私も父上も既に一度は死んでおります。ピラミッドで寝起きする資格は充分かと」

 

 

「ああっ、そうであったな。余としたことが失念していた。許せ」

 

 うっかりうっかりと自分で言いながら自分で受けている父親の親父ギャグに極めて冷静にツッコミを入れる娘。

 両者の対応の温度差が良く解る光景である。

 

 メルタトゥムの言うとおり、片や蘇生した死体(マミー)、片や形ある霊魂(サーヴァント)

 どちらもピラミッドに入っていても全然おかしくない存在である。

 

「それにしても、このようなピラミッドは余のモノの中でも一際珍しい」

 

 メルタトゥムはまた少し、イラッとした。

 一応父への敬意はそれなりにあるが、譲れないものはそれなりにあるのだ。

 例えば母上とか母上とか母上とか、その他諸々とか。

 今度、日焼け止めのCMにでも出演してやろうか程度には腹を立てていた。

 

「………お言葉ですが、これは父上のピラミッドではありません」

 

「これはおかしな事を言うな。この地にあるピラミッドで余のモノで無いものがあるはず無いだろう」

 

 認識の相違は深い。最高のファラオ故に全てのピラミッドの所有権を主張する父親と、自分のピラミッドは自分のモノだと告げる娘。

 どちらにも自分の言い分はあった。

 だから、娘は先に切り込んだ。

 

「――母上が死の眠りから目覚められたときに、娘のピラミッドを取り上げる悪いお父さんだと報告しておきます」

 

「……何故だかわからないが、ネフェルタリは怒るような気がする」

 

 そこが何故だかわかって貰えないところが父の大王らしいところであり、迷惑なところなのだとメルタトゥムは思った。

 一方、オジマンディアスは久し振りに『父上』ではなく、幼いときのように『お父さん』と言われたことに少し手応えを感じていた。

 いっそのこと、『パパ』と呼んで貰うのも割とアリ(・・)だと思ったが、それを言うと娘が口をきいてくれなさそうなので言わないことにした。

 大正解である。

 

「とにかく、私のピラミッドは全て私のモノです。

宜しいですね? 父上」

 

「まあ、許そう」

 

 割とスケールが大きいのか小さいのかわからない親子喧嘩が始まりかけて、始まらずに終わった。

 

 

 オジマンディアスは割と心配していることがある。

 愛の形は人それぞれであるが、娘のそれは少々非生産的であると。

 主に、オジマンディアスとネフェルタリの間に割って入って邪魔をするという意味で。

 例え娘の相手が同性であろうと血縁であったとしても、ちゃんとした相手であれば応援するつもりである。…但し、相手がネフェルタリでなければ。

 何処かに良い女性(ひと)はいないものだろうかと、彼は娘の未来を案じた。

 …尚、相手を女性と決めてしまっている辺り、割と諦めてしまっている部分はある。

 

 この親子は、父は娘に愛情をもって接し、娘は父親に敬意をもって接しているが、そこまで仲が良さそうには見えない。

 それの大きな原因は、生前互いを最大の恋敵と競い続けてきたところが大きい。

 「妹が泣いているから、お姉ちゃんは相手をしてあげたらどうだ?」などといい、メルタトゥムの動きを封じている間に妻に逢いに行く父親。

 「大臣が仕事が溜まっているから早く父上に面会したいと言っていたので、連れて参りました。勿論書類と机は用意させております」と仕事を押し付けている間に母に逢いに行く娘。

 端から見れば、どっちもどっちである。

 ネフェルタリが死ぬまでその調子であった故に、世間一般の仲良し親子のようにはいかなかったのは、仕方がないことなのかも知れない。

 

 

 寧ろ聖杯戦争が終わった後にこそ、ネフェルタリを巡る戦争があるのだと彼らは確信している。

 無論、命を奪い合うような戦争では無く、ネフェルタリの愛を奪い合う戦争だ。

 だが、聖杯戦争よりも遙かに価値がある戦争だと彼らは確信しているようだ。

 この二人がオジマンディアスとメルタトゥムで無ければ人は捕らぬ狸のなんとやらと笑うのであろうが、この二人だからこそ己達の勝利を確信していた。

 慢心するだけの理由は十分にあったのであるから、当然のことだった。

 

 

「ところでメルタトゥムよ」

 

「…何でしょうか父上」

 

 オジマンディアスはそれでも何だかんだで可愛い妻に似た娘の為に、弾みそうな話題を探してみることにした。

 

「『父の日』というものを知っているか?」

 

「『母の日』なら良く存じております。エジプトには『父の日』は無いでしょう?」

 

 少し機嫌が悪そうな娘は拗ねてしまっているようだった。

 余程ピラミッドの所有権を勝手に取ろうとしたことに腹立てたのだろう。

 だが、メルタトゥムは基本他者に対して拗ねることは無い。基本的に余裕ある優雅な対応で相手を翻弄する。

 ある意味、この時のメルタトゥムの対応は父親が相手だからこその甘えと言っても良かった。

 

 勿論、メルタトゥムはエジプトを含むアラブ地域以外の国では『父の日』が普通にあることを知っている。

 だが、敢えて地元(エジプト)ルールを持ち出して拗ねて見せたのである。

 この時の彼女の顔は澄ました表情で、見ただけでは拗ねているとはわからない。

 わかる人物がいるとすれば、ネフェルタリとその子供達と、オジマンディアスを除いて他にはいない。

 

 不敬ではあるが、間違いでは無い小賢しげな物言いで数千年続く娘の反抗期に、オジマンディアスは若干の面倒臭さと、可愛らしさを感じていた。



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宣戦布告はハリウッドのように

 2月2日の深夜。

 聖杯戦争が、幕を上げた。

 

 メルタトゥムが把握しているマスターは全体の半数。

 メルタトゥムが認識しているのは、間桐慎二、アインツベルン家のホムンクルス、そして、遠坂凛。

 スカラベと特殊部隊による観察と人工衛星での監視結果なので、間違いないだろう。

 それ以外の者は発覚次第、対処する。

 

 だがまずはその三人に向けて、メルタトゥムは仕掛けることにした。

 遠坂家には特殊部隊による突撃命令。間桐家にはスカラベの大軍。アインツベルンには予め囲ませておいたエジプト陸軍の誇る第二世代戦車(ラムセス二世)小隊。

 それらは全て深夜になったと同時に、当初の命令通り容赦なく躊躇無く実行された。

 日が変わったと共に引き起こされる複数箇所での大爆発。どうせ後からはガス爆発の事故だなんだと理由を付ければ良いとメルタトゥムは考えていた。

 

「戦争の時間よ。――そしてさようなら、凛」

 

 感傷など全て終わった後にすれば良い。

 メルトと呼んでくれる友に心の中で別れを告げながら、小型犬サイズの近代風スフィンクスに連動させた遠見の魔術で様子を見た。

 少なくともそれぞれの屋敷は壊滅的な被害を受けているのは間違いなかった。

 敢えて言うなら、間桐の家は爆発が起こっていない分だけ静かであったかも知れない。

 

 だが、フンコロガシはただでさえ、最も力が強い昆虫の一つである。それも数百年以上生きたスカラベの軍団ともなれば、三家の中では一番恐ろしい脅威と言えた。

 因みにこのスカラベ達はメルタトゥムが死の眠りから覚醒めた時のスカラベ達の子ども世代である。

 此処だけはエジプト軍でなく、メルタトゥムの戦力が入っていることは大きい。

 間桐家にはマスターであろう慎二以外にも同居人がいるのは知っているが、これは戦争である。

 父親に冬木を焼き払わせるよりはよっぽど人道的な手段の為の犠牲だとメルタトゥムは思うことにした。

 

「余の娘が優秀すぎて、これでは出番が無いではないか」

 

 不平不満を言っている風に見せかけて、娘を褒めている父親の戯れ言は軽く無視して、戦争に集中する。

 …決してメルタトゥムは照れくさい訳では無い。

 未だ一口も付けていないファジージュースの入ったグラスで頬を冷やしているのは、きっと何かの気のせいだろう。

 

 

 先手で決めるのが戦争の定石だ。戦争は始めたときに多くが決まってしまう。

 故に、最初期こそ気を張らなくてはいけないことを娘は生前の父親の姿から学んでいた。

 ホテルのスイートルームとは言え、ファジージュースを飲みながら、ふかふかのソファーを満喫する死後(今の)父よりも、昔はもっとカッコよかったとメルタトゥムは思っている。

 

 遠坂邸とアインツベルン城は大炎上している。火の粉が舞い、屋根は崩れていく。

 メルタトゥムの目論見通りだ。

 一方、間桐邸は思ったような手応えが無い。

 メルタトゥムは無線で空挺部隊に潜入を命じる。命令は既に下してある。見付け次第殺せ(サーチアンドデストロイ)だ。

 更に、サソリやクモの群れもその援護として送り込んでいる。

 勿論、ただのサソリやクモで無いのは言うまでも無い。

 ヘラクレスと戦ったサソリには及ばないだろうが、化け物サイズのサソリでしかも群れている。

 火にも強い特性がある為、炎上しているアインツベルン城にも向けている。

 例え炎の中から逃げようとしても、容赦なく片を付ける目論見だった。

 

 

 だが、メルタトゥムの思惑は大きく外れた。

 無線機から聞こえてくるのは空挺部隊の断末魔だった。

 しかも、サソリやスカラベに襲われているのが途切れ途切れの声から聞き取れる。

 何者かが事切れた空挺隊員の無線機を奪い、メルタトゥムに宣戦布告をしてきた。

 

「お前さんが何者かはわからんが、虫の扱いが余り上手くないようじゃな」

 

 

 そのしわがれた言葉がメルタトゥムの耳に入ってくる頃、スフィンクスの視界からは遠坂とアインツベルンの映像が送られてきた。

 燃え盛る炎の城の中からは、筋骨隆々の男が斧にサソリを突き刺して悠々と歩いてきている。

 その腕の中には幼い少女が抱えられていた。

 但し、その周囲には何度か確認されている少女の世話を焼いていた従者の姿は無い。

 

 そして、遠坂邸でも炎の中から見目麗しい金髪の少女と共に、メルタトゥムがよく知る友が姿を現した。

 メルタトゥムの友――遠坂凛は焼ける屋敷に顔を向けるスフィンクスに向かい、吠えた。

 

「開始早々に仕掛けてくるのはわかっていたから、こっちも対策させて貰ったわ。

サーヴァントが当たりじゃなかったら危なかったかもね。

メルト、聞いているんでしょ。私の家をぶっ壊したこと、絶対後悔させてやるんだからっ!!」

 

 そう言った凛の気迫に合わせるように、金髪の少女はスフィンクスに急接近して切断した。

 メルタトゥムへと届く映像はそこで途切れた。

 

 メルタトゥムの策は全て不発。初撃の奇襲にて狙ったマスターはただの一人も殺すことは出来なかった。

 完全な失敗である。

 その失敗したメルタトゥムは下を向いて震えていた。

 オジマンディアスはその姿を見て、ちょっぴりバツが悪くて恥ずかしくなったのかと思ったが、どうやら違ったようだ。

 

 父親の方を振り向いて見上げたその瞳は、炎上する屋敷よりも、砂漠の熱砂よりも、遙かに高い熱量を持った太陽の如く燃えていた。

 

「…面白いわ。これでこそ闘争。これでこそ抗争。これでこそ戦争。

サーヴァントを持って仮初めの王になった新人さん達にしては、実に見事な踊り方といえましょう。

まだ、仕掛けは残していますが、これではそれも食い破られてしまうやも知れません。

…でも、所詮は私たちの引き立て役に過ぎませんわ。――――ですわよね、父上」

 

「余の出番という訳か。

ああ、魅せてやるとしよう。

ネフェルタリに、――――そしてお前にもな」

 

 エジプトの親子は、どちらから言うのでも無く、同時にファジージュースが入ったグラスを持ち上げると、重ねて音を立てた後、共に呑み干した。




ノンアルコールでした。


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迫り来る祟り

シオンがでた時点で今更かも知れませんが、Fateででないキャラクターがまた出ます。
というか、サブタイトルがネタバレ…


 冬木を浸食していく、魔力の匂い、血の匂い、戦争の匂い、――――そして死の匂い。

 この冬木の夜を蠢くのは、何も魔術師と英霊だけでは無い。

 

 それは、恐怖であった。

 それは、死であった。

 それは、現象だった。

 目に見えぬ何かが、目に見えるようになった何かが、この冬木の町を闊歩していた。

 

 

 

 

 

 拠点を失った凛はセイバーを連れて、夜の道を歩いて行く。

 

「日付が変わると同時に何か仕掛けてくるのはわかっていたけど、手榴弾に対戦車弾(RPG)、その他爆弾まで使ってくるとはね…。

貴方が私のサーヴァントじゃ無かったら危なかったわ」

 

「いえ、この身はリンの剣にして盾。当然のことです」

 

 真面目なサーヴァントと会話をしながら、彼女は予め用意していた新たな拠点を探していた。

 またメルタトゥムが次の攻撃を仕掛けてくることは間違いないから、その足の進みは速く、しかし警戒は怠っていなかった。

 既にメルタトゥムは初手から何でもあり、を体現してきた。

 魔術師を拠点から追い出すという意味では、確かにメルタトゥムは成果を出している。

 そして、それがサーヴァントすら使っていないメルタトゥム自身が用意した攻撃であり、まだ手の内は読めていない。

 狩人が穴から逃げ出した獲物を狙い撃とうとする可能性が低いなんて事は決してないことは、凛は良く理解していた。

 きっと、それをメルタトゥムが知れば、お友達に理解して貰えて嬉しいわと、妖艶に笑うのだろうが。

 

 凛達が歩いている向こうから誰かが歩いてきた。

 暗くてわかりにくいが、恐らく細身の若い男であろう事が凛にはわかった。

 近づいてくる男の姿が、丁度街灯の下にやってきたとき、その男は凛に向かって、こう訪ねた。

 

 

「あれぇ? どうしたのかなぁ、また、迷子かなぁ?」

 

 男は、その姿と声だけで凛のトラウマを沸き起こらせるには充分な存在であった。

 

「どうして…、どうしてあんたがここにいるのよ…。

ここに生きて立っているのよ、――――雨生龍之介ッッ!!」

 

「やぁ、久し振りだねぇ」

 

 かつて冬木を賑わせた、死んだはずの殺人鬼が再び地獄から、取り逃した獲物に会いに来たのだから。

 

 

 勿論、雨生龍之介だけでは無い。

 嘗て彼が引き連れていた者もその傍らにいた。

 

「ああ神よ、この奇跡を感謝いたします。

また敢えて実に光栄ですよ。ジャンヌゥゥゥゥッッ!!」

 

 その名はジル・ド・レェ。

 またの名を青髯。龍之介と共にこの冬木で悍ましい活動をしていた、彼の共犯者である。

 親しげに、というには若干以上の狂気を感じるが、それでも好意的に呼びかけられたセイバーは、呼びかけた相手に見えない剣を向けていた。

 因縁が因縁を生む戦いが、今始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

†††

 

 

 一方、ホテルピラミッド冬木の最上階のスイートルーム。

 メルタトゥムは次の一手を仕掛ける為に、ミニチュアスフィンクス達の新たな配置換えを命じていた。

 一部は引き続き、アインツベルン城跡や遠坂邸跡を監視。

 また他の一部は、気付かれないように発見している敵マスターを監視。これには気まぐれのようなランダム性を敢えて付与してある。

 そして残りはまだ見ぬマスターの捜索と、メルタトゥムの身の回りの世話である。

 

 スフィンクスア・ラ・モードと彼女が呼んでいる小さなスフィンクス達は、ネコのような外見をしている。

 彼女なりの美意識に則った姿なのである。

 時代は小型化。室内用愛玩動物は、かつての大型の流れからより小さな動物という流れが来ているとメルタトゥムは考えていた。

 

 そして小型のスフィンクス達には、先程の様にわざとあからさまなスフィンクスの姿を取るようなことをしない限りは、バレにくいように、やろうと思えば外見を普通のネコのようにして、魔力を隠匿する機能さえついていた。

 そうしておけば、もしかしたらセイバーに切られることは無かったのかも知れない。

 

 凛を追跡していたスフィンクスによって、他のスフィンクスに増援要求が入った。

 路地裏をしなやかな歩みで縦横無尽に駆けては跳ねるスフィンクス達は、主人が喜びそうな興味深い光景を発見し、その映像をメルタトゥムに送った。

 

 

 メルタトゥムはインターネットに繋いだ世界シェアに食い込んでいる自社製のパソコンNile7500-LXで、凛が叫んだ名前を検索する。

 彼女は若い時代に生きるが故に古代に憧れる魔術師とは違い、古代から生きるが故に新たな時代の物を好んで使っている。

 高速回線は、ディスプレイに即座に検索結果を表示した。

 

 雨生龍之介――――検索結果、111919件。

 日本ではそれなりに有名な人物であったようだ。

 出てくる情報は、猟奇殺人者、快楽殺人者、異常者――――そして既に故人。

 

 なるほど、中々の人気者ですわねと、メルタトゥムは頷く。

 そして少しだけ不機嫌そうな顔をした後、いつものように艶やかに笑った。

 

「ねえ、シオンはいないかしら、呼んできて頂ける?」

 

 猫のようなスフィンクスは、主人の命に従い、起用にドアノブへとピョンと飛びついて体重を利用して戸を開け、シオンの為に宛がわれた部屋へと向かった。

 前足でノックした後、反応が無いことがわかると、スフィンクスは口に咥えたカード型のマスターキーでドアを開けた。

 そして、開かれたドアの先にあった光景には目的の人物はおらず、開け放たれた窓から入る風がカーテンを揺らしているだけだった。

 もぬけの殻の部屋を見たスフィンクスは、最早こうなった以上己には客人を主人の命によって呼ぶことは出来ない。

 お手上げだとばかりに、ニャアと小さく鳴いた。

 N(ネコッぽいスフィンクスの為の)N(ネコっぽい生き物による)N(ネコっぽいスフィンクスのネットワーク)の術式起動の合図である。



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闇を祓う者達

「ゆっくり殺されるのと、ひと思いに殺されるの、どっちがお好みかな。

凛ちゃん、選ばせてあげよう。

因みに俺のオススメはじっくりゆっくりと恐怖の中で殺される方」

 

 雨生龍之介。一見はどこまでも爽やかな好青年。

 だが、凛は知っている。それも、そこらの専門家や噂に詳しい情報通なんかよりも、もっとずっと遙かに詳しく。

 その女受けしそうな爽やかなマスクの下に、破綻した狂気の本性が眠っていると言うことを。

 

 何故なら、遠坂凛はかつての連続殺人事件の被害者に危うくなりかけた当事者であるからだ。

 無垢で、弱かったあの時とは違う。

 それでも、それは確かに凛にとって未だ恐れたとしても仕方ない存在だった。

 

 龍之介は凛に見せつけるように、此処に来るまでに作ったアート(・・・)を見せつける。

 自作のドリームキャッチャーであった。インディアン発祥の有名な悪夢を捕らえる魔除けのお守りである。

 但し、その材料はまだ新鮮な血が滴る人間の指で出来ていた。

 

「これ知ってる? 恐い夢を防いじゃうんだって。

でもさ、溜まりに溜まった恐怖ってどうなるんだろうね?」

 

 ――この町を恐怖に陥れたかつての恐怖が、再び凛を追いかけてきた。

 

 

 

 そして、セイバーにとっても龍之介と共にあるサーヴァント、ジル・ド・レェは因縁ある相手だった。

 以前の聖杯戦争で戦った英霊が、その直後の聖杯戦争で再会する確率は極めて珍しい物だと言えよう。

 だが、確かにこの場において、それは為されていた。

 

「ああ、再び貴方に逢えるとは、望外の幸せ。

今私はまさに祝福の中に居る。そうでしょう、ジャンヌゥゥゥゥッッ!!」

 

 そう発狂する、否元より狂った男があげる歓喜の声に引き摺られるように、周囲からヒトデに似た気味の悪い軟体動物じみた海魔達が湧き出てきた。

 セイバーは今すぐにでも宝具で薙ぎ払ってしまいたいが、周囲の住宅への被害を考えるとそうもいかない。

 

 

「倒しなさいセイバーッ!! こいつらを今すぐっっ!!」

 

 恐怖を覆い隠すように己の正義から湧き出る勇気で蓋をして、セイバーのマスターは叫んだ。

 セイバーは剣を構えるが、ジル・ド・レェは残念そうに告げる。

 

「ああ、ジャンヌ。貴方は騙されているのです。

その少女が貴方を誑かしているのですね。ええ、わかっています。わかっておりますとも。

ですから私が貴方を解放してあげましょう。

――――そこの少女、これ以上罪を重ねるのは止めなさい。大人しく裁きを受けるのです」

 

 

 己の行いには間違いなど無く、凛の倫理観の方が異常だと告げるジル・ド・レェ。

 当然、凛はそれに従うつもりなど無い。

 恐怖を覆い隠した強い視線で敵対者達を睨み付けた。

 

「…残念です。更に罪を重ねるというのですね。

最早、その罪は貴方だけでは償えないものですよ」

 

 凛とセイバーは当初その意味が理解できなかった。

 …近隣の民家で悲鳴が上がるまでは。

 

「あーあ、旦那の言うとおりにしないからだよ」

 

 龍之介は平然とその事実を受け入れている。

 だが、凛にもセイバーにも無関係な人々を襲う龍之介達のやり方は受け入れるものでは無かった。

 どこからともなく現れた霧が当たりを包み、空気が暗く昏く淀む。

 不思議なことに、あれだけの悲鳴が聞こえたというのに、両隣の家の住人達には一切反応がない。

 それの意味することは――――

 

「因みに、今叫んだ家の周りの住人は合計で9人。

1人当たり手の指が10本あるから合計、90本。丁度このドリームキャッチャーと同じだね。

あと残り10本あれば丁度100本で完成さ」

 

 

 凛は血の気が引くのを感じた。

 生ける邪悪とは目の前の者達のような存在のことを言うのだろう。

 メルタトゥムの主従という明確な最大の敵が構えている中、無駄に令呪を消費するのは余り賢くは無いことは凛もわかっている。

 だが、小賢しく生きて己の信念を曲げるほど、遠坂凛という少女は弱くは無かった。

 セイバーはその宝具の解放を除けば、対軍戦闘よりは対人戦闘に特化している。

 大量の敵を用意したジル・ド・レェの行動は、思いのほかセイバーを苦境に追い詰めていた。

 しかも、まだ海魔に襲われていない人々に、文字通りの魔の手が伸びていく可能性は十分にある。

 相手はそういう戦術は使わない高潔な人物だとは、とても思えなかった。

 故に、凛は決断する。

 

「令呪を持って命じる。セイバーあいつらを――――」

「――――その必要はありません。下がって下さい」

 

 凛の背後から声がしたと同時に、空から雨のように降り注ぎ始めた魔弾、魔弾、魔弾。

 神代の魔術師による魔術の嵐による蹂躙が、海魔達を薙ぎ払った。

 建物を透過して対象だけを焼き焦がす魔弾は静かな夜の住宅街を静かなまま守り切った。

 

「――――バレルレプリカ・ロック解除」

 

 凛に話しかけた声の持ち主は、そう呟くと構えた銃の引き金を引いた。

 迸るは『天寿』の概念の模造品。タタリの残滓から汲み出した特殊弾頭の解放からなる光線。

 その出力は住宅地に被害が無い様に完全に計算されて尚強大。

 ジル・ド・レェと龍之介を光が包んだ。

 

 

 光が収まったとき、そこに狂気の主従の姿は無かった…。

 

 

「………逃がしてしまいましたか」

 

 紫の髪をした銃の担い手は、その光景を見てかぶりを振った。

 

 

「貴方は一体、何処の何方なのかしら?

いえ、キャスターのマスターということがわかれば、それで十分なのかも知れないけれど」

 

 凛は銃の担い手、シオン・エルトナム・アトラシアに対して、そう問いかけた。

 

「失礼な小娘ね。マスターがわざわざ貴方を巻き込まないように注意してあげただけで無くて、令呪も温存させてあげたというのに。

――これなら勝手に戦わせておいて、消耗したところで纏めて攻撃した方が良かったのではないかしら?」

 

 人としてはあんまりな、だが聖杯戦争の参加者としては至極真っ当な事を言ったのは、先程魔弾の雨を降らせた魔術師。

 メルタトゥムという特例はあるが、少なくとも現代を生きる人間の魔力量では無いわけで、ほぼ間違いなくサーヴァントだろう。

 凛が敢えて『サーヴァント』ではなく、『キャスター』といったことを否定しない当たり、その可能性は高い。

 凛に対しての第一声が、こんな言葉なので印象は良くはないかも知れないが、元よりキャスターにとって凛は聖杯戦争のマスター(殺し合いの相手)である。

 

 

「キャスター。私の目的は聖杯そのもので無く、『タタリ』の消滅です。この冬木にタタリが発生した以上、タタリを倒せる存在は温存しておきたい。

それに彼女(・・)も言っていました。遠坂凛は魔術師としても人間としても気持ちが良い友だと。

タタリが極めて危険な存在だと知れば、セカンドオーナーとしての立ち位置もあり、協力してくれるでしょう」

 

 凛は目の前の少女が自分を知っていたことで、警戒を引き上げた。

 セイバーも凛を守るように、己のマスターの前で不可視の剣を構える。

 

 それに、凛にとってはいくつか気になることも言っていた。――――『彼女』が気に入った『友』であると。

 だとすれば、最悪の場合その『彼女』の勢力という場合もある。

 

「良いのかしらマスター。敵のマスターに情報を簡単に教えて。

そもそも相手を助けたようなこの状況といい、私の存在を隠したことといい、『彼女』に対する裏切りではないかしら?」

 

 キャスターは諫めるようにシオンに告げた。

 

「…かも知れませんね。私を信じて衣食住を提供した『彼女』にとっては明確な利敵行為でしょう」

 

「……私も裏切りは経験済みだから、その心苦しさは理解できるわ」

 

 割と気にしているようだったマスターをフォローしようとする辺り、キャスターのサーヴァントはそこまで悪いやつではないのかも知れないと凛は認識したが、それはそれだ。

 他のマスターとサーヴァントであるというだけで、最終的には不倶戴天の敵となるのだから。

 

 

「マスター、命令を」

 

 凛のサーヴァントであるセイバーは、キャスター相手に仕掛けるのなら早いほうが良いと促した。

 決して、ここまで一言もセリフがないから、何か言わなくてはと焦っていたわけではない。

 だが――――――――

 

「向こうのマスターが戦わないというのなら好都合だわ」

 

 『彼女』ともし目の前の少女が対立するなら、それは凛にとっては願ってもみないことだった。

 間違いないだろうとは思うが、『彼女』というのがメルタトゥムの場合、余程ハズレのサーヴァントでない限りは、同盟相手は少しでも多い方が良いからだ。

 場合によっては、メルタトゥムの主従に対して、他全てのサーヴァントで応じなければならない可能性すらある。

 例え、ファラオ自体ではなくその権力の座についたことはないとは言え、ファラオその人の娘である。

 というか、アニメやゲーム、映画や小説によく出てくるあのとても有名な、空前絶後の超絶美女と謳われるネフェルタリの娘である。

 間違いなく、それらの娯楽媒体の影にはメルタトゥムがいるのだろうが。

 

 世界的な大財閥のトップが常に同一人物で、古代の王女メルタトゥム本人だとすれば、その子会社がスポンサーをして現在放映しているネフェルタリというヒロインが人気な百合アニメ『魔法王女☆メルタトゥム』は彼女が主導した可能性もある。

 というか、まずそうだろう。

 因みに『魔法王女☆メルタトゥム』のあらすじは、蘇った母親と、主人公であるその娘が次々と苦難を解決し、その絆を深めていく今期の覇権アニメであり、実写化も予定されている。そう言えば当て馬役でラムセスというキャラクターもいた気がする。

 確か史実ではラムセス二世はメルタトゥムの父親の名前であった筈だと凛は記憶している。

 凛は思う。メルタトゥム(この女)、父親を当て馬にして母親と百合の花を咲かせるとか業が深すぎだ、と。

 そして凛は考える。……友やめしようかな、と。

 

 

 魔力に優れ、権力に優れ、資産力に優れ、政治力に優れ、謀略にも優れた上に、手段を選ばずに躊躇もしない。

 業が深いと言えど、先ず間違いなく今回参加したマスターでは最強の存在である。

 そして本人自体が数千年規模の神秘であることも、無視できない。

 というか、それ自体が極めて危険である。

 その上、まだ凛の所には監視のスフィンクス以外の勢力が見えていないのだから手の内が読めない。

 

 そう簡単に情報をくれるとは思っていなかったが、凛はダメ元でシオンに問いかけた。

 

「メルト…メルタトゥム王女のサーヴァントについて、心当たりは無いかしら」

 

 ダメ元故に直球である。

 

「心当たりは無い…とは言いませんが、それを簡単に答えると言うつもりもありません。

ですが、見合う対価次第では…とでも言っておきましょう」

 

 シオンは涼しげな顔でそう答えた。

 

「条件…? 聞かせて貰おうかしら」

 

 そこに凛は食いついた。心は逸れど、しかして冷静さは忘れるべからず。

 せめて表面だけにでも氷の表情を羽織れば、僅かにでも頭の芯は冷えるだろう。

 どんな時でも余裕をもって優雅たれという父の言葉を、凛は実行した。少なくとも実行しようとは努めた。

 

「先程貴方達を襲ったのは、真っ当なマスターとサーヴァントではありません。

噂や恐怖を元に実像を結ぶ現象『タタリ』がその正体です。

死徒(・・)たるタタリ自体は不滅であり、定期的に様々な場所で現れては、極めて危険な殺戮者として顕れます。

…尤も、先程のマスター達はタタリが歪める事無くとも、元から危険そうではありましたが」

 

「それで?」

 凛は焦りを完全に隠し通して次の言葉を促す。

 

「結論を言いましょう。私はサーヴァントという規格外の戦力がこの冬木に集結している内に、『タタリ』を討ちたい。

それを目的に此処へとやってきました。当然、先に述べた対価(・・)への等価交換というのは、タタリ討滅への参加です」

 

 等価交換という言葉に、凛はシオンへ大凡の見当を付ける。

 目的は理解したし、嘘をついているようにも見えない。

 冬木のセカンドオーナーとしては、土地を荒らす危険な死徒(・・)を知らせてくれ、なおかつ排除に動いてくれるのは正直に言えば助かる。

 それに先程も同じ事を言っていたことから、最初からそのつもりだったのだろう。悪い人物とは思えない。

 …だが、何故彼女がその死徒を追うのか疑問が残る。

 偶々その存在を知った正義感が強いだけの少女と結論を付けるのは、余りにも楽観視が過ぎるという物だからだ。

 それでも、それを聞く以上に答えなければならないことがある。余計な手札は晒せない。余計なことは聞くべきで無い。

 錬金術師(・・・・)に借りを作るだなんて、後で何を対価に要求されるか解ったものでは無いからだ。

 

「そのタタリ包囲網というものに参加させて貰うわ。

それで、彼女のサーヴァントは誰なの?」

 

 包囲網(・・・)という言葉を使うことで、凛は己の他にもタタリ討滅の参加者がいるのか、若しくはこれから作るのかというカマをかけた。

 あくまで自然に、である。

 

「助かります」

 

 シオンはふぅとため息をついてそう答えた。

 そして、その協力への対価を払うことにした。

 

「古代エジプトのファラオ、ラムセス二世とあのネフェルタリの娘メルタトゥム王女の呼び出したサーヴァントは、彼女自身の父親。即ち――――――――――」

「――余だ」

 

 

 凄まじい存在感が場を覆った。

 最早、そこにある輝く覇気は他者に意識を逸らすことを許さない。

 空に浮かぶ空間から顕れた何かの舳先の上に立つ、太陽のように煌めく、いや太陽そのものであるような貴く眩いばかりのその存在は――――――――

 

 

 

 凛はその存在の名前を知っていた。

 想像通りなら、太陽のように感じるのも決して間違いでは無い。

 いや、それ程の存在を遠坂凛は間違えるとは自分でも思っていなかった。

 映画でも、アニメやゲームでも、何故か登場したときに顔が映らないキャラクターで表されるラムセス二世。

 偉大なるネフェルタリの内助の功で偉業を成し遂げたとされる大王。

 本人自体は凄く有名なファラオだが、映画などでやたら登場シーンが少なかったり、出ても顔が映ってない背後だけのシーンであることが多いことで有名な、あの(・・)ラムセス二世である。

 ぶっちゃけネフェルタリの方がずっと有名で、その夫というついでのような立ち位置で有名な古代エジプトの王だ。

 だが、あの有名すぎるネフェルタリの夫という部分を思い出したことで、凛は急激にその脅威を認識した。

 それは、知名度や生前の権威だけの問題では無い。

 

 どの映画でも必ず彼はこういう立ち位置で語られるからだ。

 女神のようで女神のような女神、超絶無敵にビューティフルでプリティな王妃ネフェルタリの夫であり、ネフェルタリとは彼女の最愛の娘メルタトゥムほどお似合いではないが、

まあまあそれなり(・・・・・・・・)に、ネフェルタリの夫として釣り合いの取れている古今無双の神王(・・・・・・・・・・・・・・・・・)だと。



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貴女の希望にお休みなさい

 もはや暴虐的なまでの覇気。それは王気と呼ぶのに相応しい威圧感だった。

 其はただそこにいるだけで、只人では思わずひれ伏したくなる程の人を象った灼熱の黄金。

 

 その存在を知らぬものが彼を見たとしても、その存在が王であることを理解できたであろう。

 その存在を識る者は、彼をこう呼ぶ。――――――――太陽王オジマンディアスと。

 

 

 凛の背中には冷たいものがはしる。

 実を言うと凛は想定したことはあった。仮に(メルト)が自分自身を触媒にしたとすれば、呼び出されるかも知れぬ最悪の可能性。

 (アニメ『魔法王女☆メルタトゥム』では恋のライバル、というか当て馬だが)相性はきっと悪くないだろうし、唯々単純に恐ろしく強いサーヴァントと恐ろしく強いマスターの組み合わせだと。

 だが、何処かで希望的観測を求める余り、その可能性は無いのではないかと願ってもいた。

 しかし、現実は何処までも非情である。強者に優しく弱者に厳しい。それが競争であり、闘争であり、戦争であるからだ。

 

 実際にはメルタトゥムは母親から受け継いだ形見で父親を呼び出しており、メルタトゥムが自身を触媒にしていた場合は、伝承上のメルタトゥム自身が呼び出される可能性の方が高い。

 だが、それを知らぬ凛には余り関係の無いことだった。

 事実として今、凛の前には黄金の王が悠然と立っているのだから。

 

 セイバーは剣を構え、キャスターは様子を見ている。

 しかし、オジマンディアスはあくまで自然体としてそこにあるだけである。

 ただそれだけで、その場の空気を支配していた。

 

 

 突如風も無いのに砂塵が巻き起こり、宙に浮かぶ舳先に立つ黄金のサーヴァントの横で渦巻く。

 砂は人型を造り、そして人型は凛のよく知る美女へと変わった。

 

「先ずはこんばんわ、かしら。

良い夜ね。リン達はそうは思わないかしら」

 

 

 物理的に見下す位置から奏でられる甘い声。

 彼女こそ、ワンピース姿で優雅に一礼する凛の友、メルタトゥム。

 古代エジプトの王女にして、オジマンディアスとネフェルタリの娘である。

 下にいる凛達から見れば下着が普通に見えているが、それを指摘する余裕があるものは此処にはいなかった。

 尤も、日頃から薄着好きで、古代エジプトではもっと露骨に露出した格好をしていたので、そういう感覚はメルタトゥムにはガバガバであるが。

 

 凛達とは違い、何処までも余裕に満ちている。

 それは、現在形作っている身体があくまで人間そっくりなだけの砂人形であるからでは無いだろう。

 仮に本体が来ていたとしても、その余裕は崩れていなかったに違いない。

 何故なら彼女自身が神秘の体現者であるだけで無く、彼女の知る最強の守護者が直ぐ隣にいるのだから。

 

 

「私は勝つ為であれば、戦争に紛れ込んだ乱入者と貴女達が戦って、勝手に消耗していく事を許容するわ。これは戦争ですもの。

過程(勝ち方)に拘る必要は無く、必要なのは結果(勝利)だけなのですから。

でもね、凛。私は心の何処かで貴女があの割り込み屋に殺されなかったことを喜んでいる事を隠しきれないの。

凛、できれば貴女を殺すのは私でありたいとおもっているの。だから、精々それ以外に殺されないようにどうか気をつけて」

 

 其れは傲慢。

 其れは思い上がり。

 其れは己惚れ。

 其れは――――――――確固たる事実。

 

 冬木の夜空に裾を靡かせる王女は、何処までも己達の強さを自覚していた。

 

 

「それと…、シオン。

お勤めご苦労様(・・・・・・・)。流石良い仕事をしたわね。褒めてあげる。

さあ、帰ってから色々報告(・・・・・・・・・)を聞かせて頂戴。

寝る前にガールズトークというものを楽しみたいの」

 

 

 

 見透かしたように微笑む王女。

 見透かされたように僅かに怯えを滲ませる錬金術師。

 

 

 凛のサーヴァントであるセイバーは、相対するサーヴァントのその絶対的な自信と黄金色に、既視感を受けていた。

 実際、かのサーヴァント同様に強大なサーヴァントであることは疑うべくもあるまい。

 だが、自分達が勝つことを微塵も疑わない輩に『No』を突きつけてやろうという気概を持つほどには、彼女は戦士であり、騎士であり、王であった。

 

 戦いが必要ならば、戦う前から降伏するつもりは凛にもセイバーにも無い。

 だが、黄金の王(オジマンディアス)騎士の王(アーサー)が住宅街で戦えばどうなるかはやる前から誰もが理解していた。

 

「…リン、そんな顔をしなくても解っているわ。

私だって、治めることになる人民を無駄に虐殺する事は好んではいないのですから。嘘じゃ無いのは解るでしょう。

だからそんな目はしないで良いのよ。いずれ戦場(場所)は用意するから。

尤も、そもそも全てが終わるまではこの辺り一帯は、ずっとずっと戦場なのだけれども」

 

 

 その言葉の裏を返せば、無駄で無ければ虐殺も致し方ないということ。

 そう言う状況になる前に、何処かで決着を付けなければならないと冬木のセカンドオーナーの主従は決意した。

 恐らく穏便にしておけばメルト達はここで帰るのであろう事は凛にも解っていた。

 でもこうも一方的に見下されているのも癪であった。凛の女気に関わる。故に…

 

「今のうちから勝った気でいられるのは気に入らないわ。

今夜見逃してあげるのはこちら側よ。覚えておきなさい、勝つのは――――私達よっ!!」

 

 

 

 精一杯の強がりかも知れないが、紛れもなく本気でそう言っているのだろう。

 己の方に指を指して告げる友の雄姿に、メルタトゥムは優しく微笑んだ。

 

「期待しないで心待ちにしているわ。

それではお休みなさい」

 

 メルタトゥムが現れたときのように、彼女とオジマンディアスの周りを風も無いのに発生した砂塵が囲む。

 メルタトゥムの姿は崩れるように砂に戻り砂塵の一部となる。周囲からオジマンディアスの姿は完全に遮断された。

 そして砂嵐が収まったとき、そこには最初からそうであったように誰もいなかった。

 

 

 

 ホテルピラミッド冬木のスイートルームで帰ってきた父親に、アイスを片手にワンピースを着た王女は語る。

 

「父上、中々に素敵だと思いませんでしたか? 私のお友達は」

「ああ。勇ある者との戦争は心が躍るな。…ところでそのアイス、少し食べても良いか」



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女子会という戦い、開かれるは最上階(ラップ調)

 シオン・エルトナム・アトラシアはホテルピラミッド冬木へと足を進めていた。

 その歩みは決して遅くは無いが、内心ではその道程がもっと長ければ良いと感じていた。

 当初よりこうする予定だったとは言え、あの見透かしたように妖しく光を宿す瞳の持ち主に会いに行くのは正直に言えば気が引けた。

 

 勿論、今回の雇い主に対する建前(言い訳)は最初から用意していた。

 実際に、軍師として作戦の立案とした準備も含めて、メルタトゥムは好きにすれば良いと許容するであろう。

 だが、あの全て解っていそうな微笑みは、本能的に敵対することを許さない何かを感じる。

 嘘をついて神の眷属を欺く者には、どのみち死後その心臓と羽根を秤にかけた後、アメミット(アーマーン)に喰われる定めが待っているのだというような…。

 

 それでもシオンは『死徒タタリ』を倒すと決意した。だからその不安など今更だ。

 ある意味、蘇った死者であるメルタトゥムも死徒と呼んで良いかも知れないが、シオンが倒さなければならないのは『死徒』ではなく『タタリ』である。

 

 

 シオンは先程まではある意味でメルタトゥムを裏切るような行為を見せていた故に、凛からは一時的な協力者としてそれなりに距離を詰めることが出来ていたが、それもメルタトゥムの己の計画の内と言った発言以降は、再びメルタトゥムの駒の一つとして警戒されるようになっていた。

 僅か一言でこうも立ち位置を変えさせるメルタトゥムは流石古代の王女であるとシオンは思う。

 しかし、その発言のおかげでオジマンディアスから不興を買うことは無くなった以上、安全を確保して貰ったという側面も大きいことはシオン自身も自覚していた。

 それに、既に遠坂凛には『タタリ』の事を教え、討伐するように契約を取り付けている。

 必要なことは揃えた。

 他のマスターにも『タタリ』討伐に参加させ、その上でメルタトゥムには嫌われず取りなして貰えた。

 ここまでは予定通りである。

 遠坂凛はこの後、強力な敵がいることと陣地を破壊されたことを受けて、他のマスターと同盟を結ぶであろう。

 しかし最初に協力しようとした相手が、優勝候補のメルタトゥムの手の者であったという印象は残る。

 それでも、メルタトゥムの陣営に更にもう一組他のマスターがいるという状況は、凛に同盟を急がせざるを得ない。

 メルタトゥムとしてもオジマンディアスという手札がある以上、細かく戦うよりも早く纏めて潰したい……そう考えるに違いないからだ。

 

 元から他のマスターという対立候補ではあったものの、随分と信用を失ってしまった凛とセイバーと離れ、帰路についたシオンは遂にホテルの入り口に着いていた。

 気は重いが、そもそもこれは聖杯戦争(・・)であるからして今更だ。

 例え同盟を組んでいたとしても、最後の最後には倒すべき敵となる事は全てのマスターが理解していることだ。

 全ては聖杯を手にする為、『根源』へと繋がる万能の魔法のランプを欲しがるからこそ、皆戦場(冬木)にいるのだから。

 『タタリ』同様に、聖杯では無くタタリの討滅を求めてこの戦場にやってきたシオンの方こそがイレギュラーなのである。

 そして、シオンの戦いはこの後にも続いていた。

 

 エレベーターに乗って屋上にあがると、己の部屋の前でカーペットの上をコロコロ転がっているネコがいた。

 もしかしなくてもメルタトゥムの用いる現代風スフィンクスだった。

 随分とカーペットが気に入っているようだ。

「………にゃん」

 

 ネコは、シオンから少しだけ目を逸らして鳴いた後、何事も無かったようにスイートルーム横の部屋へと歩いて行った。

 時折シオンの方を振り返ってはまた前を向いて歩き出す。

 その様子はまるで着いてこいと言っているようだった。

 

 

 ネコは部屋の前で扉にパシュパシュとリズミカルなネコパンチを入れる。

 すると、中から薄手のネグリジェを着けたメルタトゥムがドアを開けた。

 

「シオン、入りなさい」

「……はい」

 

 

 電気もついていない暗い部屋に、シオンは連れ込まれた。

 夜の室内であることを加味しても余りにも暗い部屋。

 しかし、メルタトゥムが二回手を軽く叩くと、周囲に小さな光が幾つも灯り始めた。

 光はメルタトゥムとシオンを囲むように浮いている。

 よく見ると、それは光るスカラベだった。

 シオンはこの状況を捕らえられたと認識した。

 

 着いてきたキャスターはこの状況を打破すべきかと己のマスターに念話で問いかけたが、シオンは首を振ってそれを断った。

 余計なことはするなと。

 …もし、これから行われるのが拷問だとしても。

 

 メルタトゥムは母親譲りの美貌で艶やかに微笑んで告げる。

 

「安心して良いのよ?

ここに父上はいないし、これから話すことを聞くことも知ることも出来ないのだから」

 

 

 シオンはキャスターを連れている。

 しかし、メルタトゥムは己一人で此処にいる。それはそういうことだった。

 サーヴァントが必要無いだけの仕掛けがあるのか、それとも仕掛けなど無くとも渡り合えるとでも思っているのか。

 キャスターはその眦を鋭くし、シオンは一つの安堵を得た代わりに別の恐怖を手にすることになった。

 

「何か勘違いしているようだけれど、今から行うのは男子禁制のガールズトーク。

先程言った通りよ。

第一、貴女が為した行動が私の利に反することなのか、私に利益をもたらす為の独断行動なのか確認していないわ。

もしかしたら、私がリンを瞞し討ったり利用する手管を邪魔してしまったかも知れないもの。

理解できていないことで貴女を責めるのは流石に不寛容が過ぎるというものよ」

 

 メルタトゥム自身がそう言ったように、その後は極めてどうでも良いたわいの無い話が始まった。

 当初は固まっていたシオンや、警戒を解かないキャスターであったが、話が進み、恋愛についての話になると、何だかんだで解れてきた。

 女性同士の恋愛についてや近親相姦、野性味がある男か知的な男かという話…そして眼鏡男子の是非、ヒモ男の見分け方など、大いに盛り上がった。

 そしてそろそろ寝ようかと言うときに、メルタトゥムはシオンに告げた。

 

「…シオンはズルいわね」

 

 最初言った本人以外はその意味を理解していなかった。

 先程の盛り上がった話の後なので、虚を突かれたこともあっただろう。

 しかし、そうだとしても少々シオンとキャスターは無防備であった。

 とはいえ、元々後ろめたいところがあったシオンである。見当が付かない訳では無かった。

 

「…私が貴方のサーヴァントを遠坂凛に教えようとしたことですか?」

 

 シオンの言葉にメルタトゥムは首を振る。

 答えは違ったようだ。

 

「…秘密裏に聖杯戦争に参加したこと、かしら?」

 

 次いでキャスターが出した回答にもメルタトゥムは首を振った。

 これも違ったようだ。

 

「正解は、それでも私が許すであろうと貴方が理解している事よ。

ねえ、ズルいと思わないかしら?」

 

 蝶を捕らえた蜘蛛のような瞳で、メルタトゥムは問う。

 

「貴女のような聡明な女性に限って大事なことには感情的に動くことはままあることだけれど、もしそうで無いと仮定して、

…私達の手札を明かしても、こっそりマスターになっていたとしても、そもそも聖杯では無い別の目的があってやってきたのだとしても、私に父上から庇い隠させるだけの価値が己にあることを貴女は知っている。

シオン・エルトナム・アトラシア。一体『タタリ』とは何かしら? 何故、死体も無いのに死者が蘇り地を歩いているのかしら。

そして――――――――――貴女は一体、何なのかしら?」

 

 今まではエサに見向きもしなかったメルタトゥムは遂に食いついた。

 ここで、シオンはひとまず土俵に乗ることは出来た。

 古代エジプト王族という聖杯戦争最強の組の庇護下に入りながら、他の主従に介入して『タタリ』を排除する。

 その肝心要はここからだ。

 その為に、わざわざ(・・・・)己もキャスター(・・・・・)のマスターとなった。

 

 大事なのは、誰かの起こした波に呑まれる事無く、誰かの起こした波に乗る事で満足するので無く、己が波を起こすこと。

 しかも最初から波打ち際から離れたところに相手がいたのでは何にもならない。

 波打ち際まで引き寄せてから波を引き起こすのは、最低条件だ。

 

「第六法に挑戦し、伸ばした手が届かなかった者の末路、死徒『タタリ』、又の名をズェピア・エルトナム・オベローン。

――――もうおわかりですね。そういう事です。

タタリは、規則に則って不規則な場所で人々の願いや恐れが反転したもの、本来は希望や勇気に駆逐されるべきもの、噂や恐怖を元に仮初めの魂を顕現させます」

 

 シオンは言外に『タタリ』は己の先祖にあたる者であることを明かした。

 先程までは、何処かからかい好きのネコのような瞳をしていたメルタトゥムの目付きが変わった。

 

「…まるで実体化した英雄譚(サーヴァント)の裏側のような存在なのね。

監督役に命じて『タタリ』を討った者に令呪を増やして貰えるように調整できれば貴女としては満足でしょう。

その為にはもっと『タタリ』を泳がせて監督役に被害の大きさを認識させる必要があったかも知れないわ。

私なら『タタリ』を利用して相手の恐怖(弱点)を暴き出すのに利用することを選ぶでしょうね。

この後だけれど、貴女ならどうする? シオン・エルトナム・アトラシア(私の可愛い軍師さん)

 

 敢えて軍師という立ち位置を解除しない。

 これは理性的に見えて感情的なシオンやキャスターにはやりにくい手腕だった。

 二人ともここぞと言うときは感情的に動く。

 ただその感情を他者に上手く隠せるだけなのである。

 理性的な相手こそ、利でも理でも無く情で縛る。

 それが何人もの王族がいる中で生き延びたメルタトゥムのやり方だった。

 

「…私なら、『タタリ』の出現場所をある程度予測できます。出現精度を上げることも。

そしてその場に他のサーヴァントやマスターをおびき寄せます。

ですが、それは貴方にとって最適解では無い上に、呼び寄せるだけのエサ(・・)が必要です」

 

「軍師である貴女がそれを献策するなら、私はそれを採用しましょう。素直に私にそのエサ(・・)になって欲しいと言ってくれれば更に(二重丸)をあげたのだけれど。

………ねえ、シオン。もしここで私が母上が恐いと言えば、『タタリ』は母上の姿を取るかしら?」

 

 それはけして願ってはならぬ願い。穢れ歪み落ちた顕在装置は願いを歪めて形にしてしまう。

 墓標に堕ちた理想の肯定者は過程だけを真逆にして、逆さに嗤う願いを叶えてしまう。

 報われぬ徒労に終わる滑車を逆しまに回すように、善意を悪意として貌を与えてしまう。

 

 先程のガールズトークで嫌と言うほどシオンたちは教えられた。

 間違いなくメルタトゥムは己の母を心から愛している。

 だからきっと、その願いを求めるなら――――――――

 

「…貴方が悪性と化した理想を見て耐えられるというのなら――――」

 

「……シオン、やはり貴女を殺さなくて正解でしたね。

そして貴女はその正解を見付ける私という答えを成功していた。そうでしょう?

ただ媚びる従者でも、敵対するだけの愚者でもこうはならなかったでしょう。

私と縁を結び、遠坂凛には契約を成立させ、私にタタリに興味を持たせ、こうして生き延びている。

やっぱり、貴女はズルいわ」

 

 少しだけ濡れた目でメルタトゥムはそう告げた。



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FM冬木、スポンサーはネフェルタリグループの提供でお送りしています

パーソナリティの名前はアナウンサーから
特にどうでも良いですが


『はい、皆様こんにちわ。いつもの時間がやって参りました。

FM冬木がお送りする、わたしの冬木アクト。

本日のお相手はパーソナリティの雲砂(うんさ)亜那(あな)と――――――――』

 

『今度オープンする予定のピラミッド冬木の親会社のグループ会長、メルタトゥムよ。

敬意を込めてメルタトゥムさんと呼びなさい』

 

 

 同盟相手を探す為、危険を冒して外に出ていた凛は、普段関わる事は無いのだろうが、偶々通りかかった鄙びた電気屋の横を通っているときに聞こえてきたラジオの音声に思わず吹き出した。

 そしてこちらは特殊部隊からの暗殺に怯えているのに、と若干苛つきながら音の出る機械に近づいた。

 

 

『メルタトゥムさんのピラミッドホテルは世界最大の総合商社ネフェルタリグループの子会社で、先日このFM冬木も買収されてグループの一員となりました。

つまりはわたしの上司の上司のその又ずっと上の上司になるんですね。でも王様というよりは可憐なお姿でお姫様みたいですね』

 

『ええ、お姫様扱いされるのは慣れているから、そう扱って貰って構わないわ』

 

 凛は思わずツッコむ。「そりゃそうでしょうよ」と。

 

 

『声だけだと解らないかも知れないですけど、実はメルタトゥムさんは今、学校の制服を着ているんですよ』

 

『何故か解らないけれど、この国では制服を着ると女の価値が上がると聞いたわ。利用できる物は利用する主義なの』

 

 随分と商業主義な制服の扱いである。

 確かにそう言う側面が無いとは言えないが、あんまりであった。

 

 

『そうですか、ファラオの娘の名を代々受け継ぐ敏腕会長は伊達では無いですね。

皆さん知っていましたか、メルタトゥムという名前は古代エジプトの王女の名前で、代々ネフェルタリグループの会長が受け継ぐ名前だそうです』

 

 受け継ぐも何も本人でしょうが。

 凛はメルタトゥムの面の厚さと、余裕に呆れた。

 

 

『さて、ここでお手紙の時間です。といっても急遽のゲストへのお手紙は無いので、先程来たメールの方から失礼します。

…えーっと、”好みのタイプはどんな方ですか。欲しいプロポーズの言葉と合わせてお願いします”だそうです。

これは、わたしも気になりますね』

 

『では先に欲しい言葉から言おうかしら。

そうね、”砂漠の真ん中で水と貴女の愛なら、貴女の愛が欲しい”なんて口説き文句も嫌いではないけれど、やはりシンプルに”好き(挨拶)”かしら。

といっても私はずっと好いている方がいるから、他の者に心を動かされることはないわ』

 

 経済界や政界に多大な衝撃が走りそうな発言をさらりと述べたメルタトゥム。

 恐らく、この発言はすぐさまインターネットに流れるであろうことは機械に疎い凛にも予想できた。

 多分ファンが荒れるだろう。

 

 凛がラジオを聴いていると、視界の先から見知った男が歩いてきた。

 

「やあ遠坂、どうせ遠坂も参加しているんだろう?」

 

 気障ったらしい話し方で、実際にモテる魔力以外は割と優秀な男、間桐慎二が凛に話しかけてきた。

 凛は話しぶりから間違いなく、何らかの形で参戦している慎二に警戒しつつも、ラジオを指差して黙り込んだ。

 相変わらずラジオではパーソナリティとメルタトゥムが話している。

 

『続いてのお便りです。

”ネフェルタリグループの社長から見て、日本経済の欠点は何ですか?”だそうです。

ちょっと難しいお便りですね、ここは保留ということでいいですか?』

 

『いえ、答えさせて貰うわ。

やりたいことと、やっていることが違うことと私は思うわ。

例えば、宿泊者に持て成しをする従業員がいるとするわね。

そしてその従業員は、とある宿泊客に非常に苛立っているとする。

貴女ならどう思うかしら?』

 

『お客様は神様と言いますし…そこは我慢するしかないのでは無いでしょうか?』

 

 

『そこが私には理解できない日本人の特性ね。

お客様は神様だと思うなら、心から神への敬意を持つべきであるし、相手に不満があるのなら、口頭だけでもお客様は神様だなんて思ってもいないことを言うものではないわ。

奉仕ができない従業員、奉仕されるに値しない客、その客を客と認めたホテル。

何処かに問題があるのでしょう。

きっと相手に正面から批判をするには勇気がいるし、己の過ちを認めるにはさらに勇気が必要だわ。

己の(給料)を保証する会社の悪口よりもよっぽどね。

だからと言って、良くわかってもいない政治のせいにするのは、更に愚かといえるわ。私は実は商売よりは政治が得意なのだけれど、誰もがそうではないでしょう?

私のグループでは、その場で従業員・客・会社の何処に問題があるのかを判別させるわ。

そこで間違っているものを直ちに正させるのよ。私の独裁のもとにね。

自由・平和・平等。革命の波は瞬く間に広がり、民はその権利を享受したわ。

けれどもそれも行き詰ってしまった。権利があることが幸せとは限らないという事よ』

 

 奉仕されるに値しない客という言葉を、出る杭は打たれる日本で告げるのはかなりのチャレンジャーであるが、元々そういうキャラクターで知られているメルタトゥムには痛手はない。

 

『でも、己を偽って、相手を偽って、会社へと偽ってでも穏便に済ませたい日本人の気質は、嫌いにはなれないわ。

だって、相手によく思われたいということでしょう。それ自体は素敵なことよ』

 

 大体、こうやって上から目線のフォローが入るから、というのも大きい。

 

 

 慎二がラジオを聞き始めてからは、小難しい話しかしていない。

 思わず、いったい何なんだよと言いかけた慎二であったが、その言葉を呑み込むような言葉が流れてきた。

 

『…まさに王女の風格。二つ名は伊達ではありませんね。――傅いてもいいですか?』

 

『許すわ』

 

 

『では、わたしが傅く前に本日の曲をお送りしましょう。

今回お越しいただいたネフェルタリグループの王女様からのリクエストです。

今宵燃え尽きた城へと向かう知人達へと向けてというメルタトゥムさんの言葉と共にお送りします。

2013年のビルボードランキング4位の名曲『Magna Carta Holy Grail』と、日本では馴染みが薄いですがドイツで大ヒットしたMartin Goreの『Master and Servant』」、スターウォーズから『Battle of Heroes』。

3曲続けてどうぞ』

 

 餌は見事にバラまかれた。

 これは完全に挑発と言えた。

 

「おいおい…これって…」

 

 まさかという顔をした慎二に凛は肯定した。

 

「そうよ。完全に嘗められているわ。『聖杯』『マスターとサーヴァント』『英雄の戦い』。あからさまに誘いにかけてきている。

この余裕綽々な王女様こそが今回の最大の敵というわけ。

倒すには一騎のサーヴァントでは心許ないわね」

 

 凛としても間桐の家には色々含むところがある。

 だが、これは戦争である。力あるメルタトゥムには思ったことを言って、思っていないことを言わない権利がある。

 だが、力無い者には心にも無い事を相手に告げ、相手に嫌われないように縁を保つ必要がある。

 恐らく、凛が誰かしらと同盟を欲している事を理解しての敢えての放送。

 それがまた、凛の癪に障った。

 

「まあ考えておくよ。せいぜいお爺様が初手を弾き返したような敵だからね。

どうしてもというなら、同盟を結んでやってもいい」

 

 だが、間桐臓硯(祖父)の意見も聞かず、同盟を結ぶのは慎二には気が引けたようだった。

 故に、凛は一気に畳みかけた。

 

「共に、戦いましょう」

 

 心にも無い笑顔と言葉で、慎二に手を伸ばした。

 その勢いと、己の下心に従い、慎二はその手を取った。



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流れる時が変えるもの

 遠坂凛は間桐家と同盟を組むことを決めた。

 勿論信用など欠片もしていないし、信頼なんて更にあり得ない。それは大前提だ。

 だが、メルタトゥムに破壊されずに現存する魔術師の工房というのは、戦力としては非常に魅力的だった。

 仮に単騎で魔術師としてマスター同士で戦えば、数千年を超えて存在する魔術師に叶うはずも無い。

 しかし、工房という地の利を生かして戦えば、時間稼ぎは出来るようになる。

 貧弱な者でも、強い武器を持てば強壮たる者への牽制くらいは出来るだろう。

 勿論、同盟相手の持つ強力な武器は、己の背中に刺さる可能性も十分にある事を忘れるわけにはいけない。

 凛は相手を信頼も信用もしていない。してはならない。

 ただ、互いに利用しあうことを決めるだけだった。

 

 情報を提供してくれた者が、メルタトゥムの手の者であった事実は記憶に新しい。

 遠坂凛は常に警戒を抱き続ける必要を理解した上で相手の懐に飛び込むことで、メルタトゥムの次の奇襲を押さえ込もうと考えた。

 

 

 持ちかけられた同盟への参加は慎二が勝手に決めたことではあったが、臓硯はその決断を責めること無く肯定した。

 勿論それは、遠坂に対しての優位を保つこと。

 弱みに付け込んで更に次の世代に、孫の番として遠坂の血を入れて零落した魔力回路の回復を図ることもある。

 だが、それ以上に臓硯には重要なことがあった。

 

 『敵』は仮に慎二を矢面(生け贄)にしても、手段を選ばず間桐の家ごと攻撃してくるような相手だ。

 戦争に負けたとき、己も滅ぼし尽くされる可能性は大いにあった。

 虫一匹残さぬ大蹂躙を避ける為には、敵を倒すに値する戦力、または体の良い目立つ囮が必要だった。

 それが凛とそのサーヴァントだということは言うまでもない。

 

 永き時に摩耗された記憶はセピアの色さえ残っていない。

 老人には嘗て求めた光の熱さは思い出せないが、間桐臓硯の今の願いは永遠の命、即ち滅びぬ事である。

 彼が遠坂との同盟を結ぶのを許可させる最大の要因になった相手こそがその体現者である事は、完全に皮肉であった。

 

「サーヴァントの共闘は前提であるからとして、

此方が提供するのは、敵の初手をも退けた防衛拠点。で、其方が提供出来るものは何だ?

…今払えぬと言うのなら、ツケ(・・)というのも構わないが――――――――」

 

 遠坂凛は表面には出すことは無いものの危険を感じていた。

 この妖怪のような男に借りを作る恐ろしさを、本能的に理解していたからだ。

 少女が翁に感じた恐怖は、土地の貸し出しで相手から金を巻き上げる不動資産家としてだけでなく、もっと生物的な恐ろしさであった。

 

 現在この間桐家の応接間には、同盟の締結の為に、それぞれの代表が存在している。

 勿論代表者とは、マスターである凛と慎二であるが、先程から慎二は一言も発していない。

 いや、発せていない。何故なら、相談役としてその場に居座った祖父が全て主導権を持っているからだ。

 

 だが、遠坂凛には臓硯にはない武器がある。

 

「私の知りえた敵二組。そしてイレギュラーとして関わっている戦力の情報を提供するわ」

 

 凛の選択、それは情報だった。臓硯が恐れる『敵』であるメルタトゥムとサーヴァント。

 そしてメルタトゥム配下のサーヴァント、そして『タタリ』の存在という情報だった。

 

 

 臓硯としては、己が間一髪で防ぎ切ったものの、下手をすれば工房と血筋を纏めて滅ぼしかねない敵の情報は知りたかった。

 相手のマスターに関しては正体は割れた。わざわざラジオ放送で挑発をかけてきたことを孫から聞いている。

 特殊部隊を使う事で、手の内を隠したまま攻撃してきた敵。

 一緒に湧いてきた蟲達は、サーヴァントの攻撃ではなく、あくまでマスターの攻撃に過ぎなかった。

 つまり、臓硯にとって、メルタトゥムのサーヴァントの情報は未だ不明なままだった。

 第一、特殊部隊を借り受けして、他の国で運用させられる権力というのがそもそも異常である。

 魔術師でない人間(・・・・・・・・)による暗殺を恐れて遠坂の娘が逃げ込んでくるのも当然だと頷けた。

 勿論、それも相手の思惑の内かもしれないが、それでもそうする他の選択肢が少ないという時点で、その誘導は強制と化している。

 思わず敵のやり口に称賛してやりたくなる程だった。

 

 

 凛が説明をしようとする前に、臓硯は関係者として間桐桜を連れてきた。

 そして、間桐家の召喚したサーヴァントとしてのアーチャーも。

 本来は、更に奥の手があるが、間桐臓硯はそれを正直に凛に告げる必要もないと思っていた。

 

 凛としてもここに間桐桜がいることはわかっていた。それでも、思わず部屋に入ってきた桜から目をそらした。

 何故なら、間桐桜こそ、遠坂凛にとっての間桐家との因縁であったからだ。

 間桐桜。彼女は養子であり、かつての旧姓を遠坂桜という。

 つまり、――遠坂の家に売り棄てられた遠坂凛の実の妹だった。

 

 そして、間桐臓硯はアーチャーの本来のマスターは間桐慎二ではなく、間桐桜である事も明かした。

 それには姉妹で殺し合うことに抵抗があるであろう凛への嫌がらせ以外の理由は、全くと言っていいほど特にないのだが…。

 

 

 至近距離にて優位なセイバーと、遠距離のエキスパートたるアーチャーの組み合わせ。

 尋常なら、これはかなり有利な条件と言ってよかった。

 だが、凛が敵の情報を述べたとき、その優位性は崩れるどころか、建ってもいなかったことが間桐臓硯には理解できていた。

 シンプルに理由を纏めるなら、相手は尋常では無かった。それに尽きるであろう。

 

 

「間桐、遠坂、加えてアインツベルンも引き込まねば、勝利は見えることさえないだろうな…」

 

 臓硯は呟く。しかし、その方法は見つからない。今、アインツベルンから来たマスターがどこにいるか、あいにく見当さえもつかない。

 無いとは思うが、もしも衛宮切嗣(以前)の様なマスターなら、その居場所を把握するのは難しいだろう事は間違いない。

 

 

「…それなら問題は無いと思う」

 

 ここにきて、漸く間桐慎二は口を開いた。

 

 孫である慎二の発言に臓硯は余計なことをと思った。

 先程の発言は、暗に遠坂だけの助力では力不足だという趣旨を孕んでいた。故に、更なる要求を重ねていく布石であったのだ。

 卑屈なくせに、こういう時だけ前向きな慎二()を、臓硯は心底不出来だと思った。

 

「どうしてそう言える」

 

 こうなっては臓硯も仕方ないので、その話を促すことにした。

 

「今夜、アインツベルンの城跡に来るようにラジオで言っていた。

それに、この家の入口に燃えた城の絵が描いたカードが置いてあったよ。

恐らく、アインツベルンにも何らかの手段で情報は伝わっているはずだ。他のサーヴァントも来るかもしれない。

そこに集まった、サーヴァント全員で組んで対抗すれば、相手が凄い奴だとしても何とかなる。

きっと現地についてからでも同盟は間に合う…だろ?」

 

 最後のほうは自信がなさげだったが、慎二は己の意見を言い切った。

 それに対して、臓硯と凛は――――

 

 

 

「わかってはいると思うが、それは――――――――」

 

「――――確実に罠よ」

 

 

 名策士慎二の意見はあっさりと潰された。

 そこで最初のように大人しくしておけばいいものの、それが出来ないのが間桐家の魔術師としては不出来な方の孫の慎二である。

 だから、こう言い返したのだ。

 

 

「罠がなんだよ。罠だとわかってるならそれごとぶっ壊せばいいじゃないか」

 

 それは、先程策士ぶっていたとは言えない程の、無謀な策、いや無策に近い暴挙と言えた。

 

 

 

 だが、それは一つの手段として、極めてシンプルなだけで取り得る手の中ではそれなりに有益な方法だった。

 慎二にしては十分だと臓硯は言い残して去っていった。

 暫くした後、慎二も応接間を去っていった。

 

 

 取り残された人間は二人。

 遠坂凛と間桐(・・)桜――――

 

 気まずいながらも凛は己から話しかけた。

 

「桜、その―――――――」

 

「それでは遠坂先輩(・・・・)、今夜は同盟に従い共に敵を倒しましょう」

 

 そう言って、桜もアーチャーと共に、その部屋を去っていった。

 この会話こそが、今の二人の関係ともいえた。

 時と共に相手には知らない過去が積みあがっていく。時と共に相手に知られない己の過去が積みあがっていく。

 かつては同じ場所から見えた未来が、いつの日にか違う光景に変わっていく。

 

 過ぎ去りし時が、摩耗を起こしていくのは信念だけではない。

 絆も、愛も、希望も、永き時の果てに砂に変わる建造物のように風化していく。

 神でもない人間にとっては、永遠には程遠い、高々数百年、数十年、時には数年の月日だけで元の形を失うには十分である。

 凛はその事実を、少しだけわかった気がした。

 

 

 ただ一人応接間に残された凛に、セイバーはかける言葉も見つからなかった。



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輪舞は硝子の靴を履いて

「許せない。許せないよね。

そう思うでしょ、バーサーカー」

 

 燃え尽きた城の跡地。

 その城の主であった少女は、彼女に従う黒き巨人により叩き潰されたスフィンクスが咥えてきた招待状を破りながら呟く。

 それは呟きと言うよりは、静かな慟哭に似ていた。

 

 彼女には仕えていた二人の従者はもういない。

 深夜零時を過ぎた瞬間に行われた戦車による奇襲攻撃から、聖杯戦争のマスターの一人イリヤスフィールを護る為に犠牲になった。

 魔法のような優しい日常の欠片は、時計の針が二つ上を向いて重なったときに、雪のように溶けて消えた。

 その二人が身をもってイリヤの命を守り、そして後をバーサーカーに託したからこそ、イリヤは今此処に生きている。

 

 理性の無い戦士であるバーサーカーであるが、その二人の最期の在り方には理性が無いとは思えないような、敬意を持った礼で見送った。

 

 

 スフィンクスを通じて送られてきたカードにはこう書いてあった。

 

『親愛なる城主様へ。

私が差し上げたリフォームはお気に召したでしょうか。

つきましては、今夜リフォームをお祝いさせて頂きたいと考えております。

酔い得る中身は此方で用意させて頂きますので、

つきましては素敵なドレスとグラスを用意して頂けると、ありがたく思います』

 

 

 文面はシオンが制作して、メルタトゥムが承認したものであった。

 シオンとしては、相手の怒りをメルタトゥムに向けさせることで、アインツベルンとメルタトゥムの動きを制御しやすくなるという思惑があった。

 文の意味を要約すると、

 『私が貴方の城をボロボロにしました。客を持て成す衣服や食器さえ無くさせる程に』

 という意味になる。

 メルタトゥムに意図は無く、完全に偶然の産物だが、イリヤにとっては聖杯(イリヤ)を満たす、英霊(中身)を連れて行くという意味にも取れた。

 これにより、イリヤは相手に奥深くまで知られていると、本来以上に警戒することになった。

 外にでも遊びに行こうなんて気分にはなるはずもない。

 敵に殺されないように、そして敵を殺せるように。

 イリヤはその二つの感情に、思考を占拠されることとなった。

 狂える主人に、狂える従者。

 なるほど、実にこの主従は似つかわしくあった。

 

「決めた、バーサーカー。この手紙をくれた人、絶対殺そう」

 

「■■■■■■■ッ!!!!」

 

 深夜零時を過ぎてガラスの靴を履く姫は、靴ではなく憎悪という魔法を城に残し――――

 ――――其れを拾い上げた儚き白と、黒き巌は、戦い(戦争)よりも闘い(復讐)を選んだ。

 

 

 

 

 

 

      △

☆☆☆__△_△__☆☆☆

 

 

 間桐桜に召喚されたアーチャーは、この千載一遇、いや、億載一遇の奇跡に感謝した。

 この弓兵は、掲げた理想に殉じるように、溺れるように、自分が守りたかった者こそを切り捨てた過去を持つ。

 彼を慕い、また彼が守りたかった少女をその手で殺め、守りたかった者(少女)の味方ではなく、守るべきもの(正義)の味方を選び、その事に後悔し続けながら、摩耗しながら、それでもその道を征くと定め、その信念を貫いた。

 軋む心を再び熱し、裂ける心を打ち鍛え直し、砕ける心を無理矢理に固めて、歪なほど真っ直ぐな鉄の剣のように――――。

 

 これは、そんな彼への救いであったのかも知れない。

 此度与えられた可能性を掴み取れるならば、きっと贖罪(願い)は叶う。

 真に正義の味方になった、成り果てた自分が最初に切り捨てた者こそ、彼が守りたい者であったのだから。

 …護りたかった者なのだから。

 

「これは、負けられない。

いや、負けるものか」

 

 己の自嘲するばかりの悪い癖で、少女の未来を汚したくない。

 故に嘗て切り捨てた少年の時の口調で己とマスターの勝利を赤き弓兵は呟いた。

 

 加えて、護りたい人間が少女以外にも、同じ陣営にいる。

 これはなんたる僥倖、なんたる運命。

 勝ち気な師と、その強さを誰よりもよく知る剣士がいる。

 これは、負けられない。

 負けて良いはずが無い。

 

 かつて出会った自分の可能性とは若干別の道を歩んで、そして結局同じ結末を迎えた。

 人々を救うために救いのない人生を送った。

 しかし、それで良いのだ。

 こうして、彼女を救える機会をもう一度与えられるのならば、己はそれで良いのだ。

 あの男はかつての己を殺す事を願ったが、オレはかつての己が殺した少女を救う。

 その結末でお前(オレ)を超える。

 

 別の可能性である自分への敬意と勝利宣言を、正義の味方は誓った。

 そのガラスのような儚き夢を、深夜の鐘が鳴った後も残すために。

 

 

 

      △

☆☆☆__△_△__☆☆☆

 

 

「ご丁寧にも今夜半数近くのサーヴァントが脱落すると通告があった。

合わせて被害が大きくなるであろう事の謝罪もだ」

 

「あのお嬢ちゃんか。

いや、俺より歳は上か。

…流石に気が付かれては無いと思うが、わざとらしい程監査役扱いしてくるんだな」

 

 

 『キョウカイ』の監査役にして、2体のサーヴァントのマスターである言峰綺礼にサーヴァントの内の1体、ランサーがメルタトゥムに悟られている可能性を提示する。

 しかし、彼のマスターは気に留めもしない。

 そして、もう1体のサーヴァントがその意見を無駄なものだと断じた。

 

「気付いてはいまい。相手が何を考えていようと、如何なる策を構えていようと、ただ真正面から蹂躙すれば良い。

そう考えてでもいるのだろう。

でなければ、そもそもその大半のサーヴァントを同時に相手取るような事もすまい」

 

 もう1体のサーヴァント、ギルガメッシュは鼻で笑いながらそう答えた。

 

「ほう、ならばその無策(己惚れ)を踏みにじりにいくか? ギルガメッシュ」

 

 

 マスターである男の感情の籠もらない揶揄を不敬だと叱責した後に、ギルガメッシュは答えた。

 

「傲慢である事は王族としての必然。責める事はない。

それに英雄ですらないその娘に、(オレ)が手を下す必要も無い」

 

 英雄でなければ相手にもしない。

 英雄ですら、己の足下には及ばない。

 其れはまさしく奢るに足るものの矜持だった。

 

「では、その父親が出てきたとしたら?」

 

 

 綺礼の問いに、ギルガメッシュは己の勝利する結果は変わらないと答えた。

 綺礼やランサーにはギルガメッシュがオジマンディアスは出てこないものと言ったように感じられたが、真面目に考えればメルタトゥムの縁者で最大戦力となるのは間違いなくオジマンディアスである。

 一般的に考えれば、メルタトゥムの立場であれば、オジマンディアスを呼ぶ事が常道と言えた。

 ある遺跡の隠し棚に保存されていたメルタトゥム自身の筆で、母への愛には優先されるものでは無いが、父こそが己の知る最高の戦士であり王であるとの資料が見つかったという話さえある。

 尤も、とある財団に回収された後は行方がわからなくなっている資料である故に、眉唾物ではあるが。

 

 しかし、ギルガメッシュはその可能性を、事実を含めての話をしたのだ。

 

「くどいぞ。

何も変わらん。

王が率いてこそ軍勢であり、王が号令を発してこその開戦だ」

 

 父親であるオジマンディアスがサーヴァントを率いたのならば、それは軍勢であり、戦争の幕開けである。

 しかし、メルタトゥムは王でも英雄でもなく、1人の姫に過ぎない。

 世界に現存する最も古き(ヒロイン)、最も旧き『表彰杯』(トロフィー)

 だとするならば――――――

 

「では、あの娘は何だ? あの娘がマスターであるなら何と呼ぶ?」

 

 重ねるように問いをかける綺礼に、ギルガメッシュは当然の摂理を知らぬ者に呆れるように言い捨てた。

 

 

「アレは『姫』以外の何者でもない。

手に入れた者に王権と栄光を示す『願望器』。

戦いに参加するのではなく、戦いの勝利者が手に入れる類いのモノ。

もし、その運命を拒み、己が戦いに参加するというのならそれは――――――」

 

 

 

 

 ――――『試練』とでも言う他はあるまい。

 英雄王は、それを解答にした。

 彼から見れば、現存する世界最古の姫であるメルタトゥムが世界経済を動かす大財団を築き上げるは、当たり前の事でしかなかった。

 

 現存する世界最古の姫にして、世界トップシェアのAI・OS開発企業のオーナーであり、世界最大の土地の所有者。

 情報・資産・土地・軍事力・栄冠・信仰。それらが彼女を手にした者には全て与えられる事になる。

 

 試練を超えて姫を手にした勇者は、王権を手にして国家を手中に収める。

 世界が経済を通して繋がった現在に、神秘の時代より続く最古の姫が存在するというのなら、世界はメルタトゥムというトロフィーの副賞であった。

 故に、彼女の意思がどうであれ、彼女が世界経済を握るのは偶然ではなく必然であるのだ。

 

 

 『杯』『権』『願望器』。

 それらから導き出される事がわからない聖杯戦争の参加者などいない。

 綺礼も当然其処に行き着いた。

 

 

 

 

「では、メルタトゥムは――――――」

「現代に存在するオリジナルの聖杯――と言えば理解できたか?

有象無象には望む事すら許されぬ宝物である」

 

 ギルガメッシュは機嫌良さげに答えた。

 全ての王の始まりにして、全ての英雄の始まりであるギルガメッシュだが、己に関与しないオリジナルがある事を不敬とはしない。

 メルタトゥムは王であるとも英雄であるとも騙らない。

 彼女が紡ぎ続けるのは、王統記でも英雄譚でもない。

 故に、ギルガメッシュの後塵でありはせず、倉に原典が存在する宝具の所持者でもありはしない。

 敢えて言うならば彼女自身がギルガメッシュの倉に収まるべき宝物。

 現在、メルタトゥムの物語のルーツはギルガメッシュの中にすらない。

 

 其は、ガラスの靴を履いた少女。

 其は、茨の城で永遠の眠りにつく美女。

 其は、禁断の果実で覚めぬ眠りに沈んだ佳人。

 世界に語られる幾つもの姫達の物語の生ける源流。

 それは、全ての少女たちが夢見る『尊き幻想/舞台装置』。

 

 

 

「故に(オレ)の后にこそ相応しい」

 

 

 

 

 これは、毎週日曜日の朝から放映されている『魔法王女☆メルタトゥム』を毎週欠かさず生放送で見ながら、全て録画しているという事実がなければ極めて尊大で雄々しい、世界最古の王による征服の宣言であった。

 …その事実を知る綺礼とランサーは、英雄王から目を逸らし、互いに顔を見合わせた。



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同じ地平に対する友へ

 焼け落ちた城があった場所で騎士・弓兵・狂戦士が一堂に会し、共通の敵を待っていた。

 騎士と弓兵は元より同じ陣営にあった。

 彼女たちと陣営が違う狂戦士とは出会い頭の一瞬、緊張が奔ったものの冷静な狂戦士の主従の側から矛を収めた事で其れも収まった。

 しかし、冷静で友好的なイリヤスフィールと、寡黙に従うバーサーカーは決して狂っていないのではない。

 ただ、狂気が純然と支配しているが故に、正気に見えるほどに狂っているだけなのだから。

 

「わたしはイリヤスフィール。こっちはバーサーカー。

先ずは倒すべき敵は同じでしょう?」

 幼女のような純粋な笑みで、幼女には似つかわしくない濃密な殺意を覆い隠しながらイリヤスフィールは手を伸ばして告げた。

 

 その後は互いに殺し合う事になるだろうけれど。

 伸ばされた手を握った遠坂凛は、イリヤスフィールに付け加えられた其の言葉を、今だけは考えない事にした。

 

「僕を置いて2人で勝手に話を進めるなよ。…まあ良いけどさ」

 

 桜の代理で参戦する慎二が、若干の置いてけぼり感が無い訳では無いが、ここに聖杯戦争始まりの御三家が共通の敵を討つために互いの手を取った。

 互いに対等だという意味を持つ握手という形を以て。

 それが束の間の虚構だとしても、かつて手を取り合った始祖がそうあったように、殺し合う運命になってしまった一族は再び手を取り合ったのだ。

 それは、そうしなくては倒せない敵の存在を示していた。

 ――――そう、透明な砂嵐の中より現れた、宙に浮かぶ彼女たちだ。

 

 

「皆様こんばんは。舞踏会へようこそ。

まずはこの舞台を提供してくれたアインツベルンへの謝辞を。

本日参加してくださった皆様、是非とも心ゆくまで踊り明かしましょう?」

 

 

 

 先程誰もいなかった場所に、誰もが釘付けになり、目を離す事を許させない『姫』がいた。

 そのドレスは、長く幅の広い一枚布の中央を首の後ろにかけ、首の前に巻いて交差して胸元を覆い、そのまま後ろに回して再び前で腰元を覆い、再度背面で臀部を隠すようにクロスして踝の先で垂れていた。

 左の揉み上げの一房を鎖型の黄金の宝飾具で縛り、袖先に黄金の装飾が付いた巫女の千早服の様な袖をノースリーブで身に付け、その美しい御御足を覆うはガラスの靴。

 シンデレラの起源はエジプトであり、メルタトゥムの生まれたとされる時代とほぼ同じである。

 当時のファッションリーダーでもあった彼女は、シンデレラの逸話の元であるとも、シンデレラの原典に靴を与えた魔法使いであるとも言われているが、その真相は最早現代では知る者は二人しかいない。

 その格好はまさしく、英雄王も拝謁している日曜朝のテレビ番組そのものであった。

 

 凄まじく余談ではあるが、ほどける事無く風に負ける事無く、ごく自然に胸回りと、端末側故に風の影響を受けやすい腰回りの布は自動的に視覚上の絶対守護たり得ているが、少女向けのアニメにするにあたり、様々な方面への配慮として布の下には短いながらもスカートが履かれている。

 更に余談ではあるが、この度舞踏会に臨むメルタトゥムはアレはアニメの話だからとスカートを身につけず、長き布一枚だけで済ませようとしたが、自分も結構肌の露出が覆い太陽王が、若い娘がそんな心許ない布だけで良くない、露出が多いのも良くないと諫めた故に女児アニメ同様にミニスカートも身につける事となった運びである。

 

 遙か遠くから完全アニメ仕様のメルタトゥムを眺めてご満悦の男がいたことと、太陽王の娘は年代的な意味では世界でもダントツトップで若い娘ではないという事実は、完全に余談である。

 

 

 

 

 

 主催の挨拶に最初に答えたのはギリシャの大英雄であった。

 なるほど、英雄の格から見ても何らおかしな事はない。

 …その返答が無骨な戦斧を投げつけるというもので無ければ。

 巨体とは裏腹に無駄の無い最短の仕草で投げつけられた得物は、豪腕から生み出される圧倒的物理衝撃を内包し、挨拶を終えたばかりの美女にキスをして砂のように爆散させた。

 

 そう。砂のように(・・・・・)爆散させたのだ。

 

 

 

 つい先程まで美女がいたところには、舞い散った砂が雪のように溶けて消えていく。

 そして、先程いた場所の真下にカーテシ―の姿勢で再び彼女は現れた。

 

 メルタトゥム。古代の王女にして現存する最古の『姫』。

 その起源は『権』にして、その属性は『集合』。

 人を集め、土地を集め、宝を集める。有形無形のものが『副賞』として彼女へと集まる。

 国家をピラミッドの如く頂点から末端まで集めあげて、来たるべき時に英雄に己と共に差し出す運命の女。

 戦場で戦う術を習わず、宮廷で護身する事を求められ、それを修めた。

 ファラオ流ではなく、戦わぬ姫としての戦闘術は相手を壊滅する事では無く、己が生き残る事に特化している。

 幻惑・回避・防御・再生・停戦。

 それらに長けた戦闘術は、初見だけではあったかも知れないが大英雄の初手を躱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルタトゥムは目的に全力を尽くす。

 そこに油断などは無い。

 故に、ここで使用できる戦力は隠し札で無ければ惜しみはしない。

 

 だが、凛は其れと同時にメルタトゥムが余裕は乱さない事を知っていた。

 メルタトゥムは余裕を以て優雅である事を遠坂凛以上に実践している。

 いや、実践というよりは、それが自然なのだろう。

 初日の奇襲であれ、事前の通告はあった。

 

 今でさえ、奇襲を仕掛けようと思えばその機会は、少なくとも二度はあった。

 全力は尽くすが、美学は曲げないのだろう。

 マキリとアインツベルンには攻撃を以て宣戦布告としたが、それも聖杯戦争の開始を待ってからだ。

 

 遠坂家の余裕というのが、弛まぬ努力と自制させる精神力によるものだとすれば、メルタトゥムのそれは才能であると凛は考えていた。

 何をやっても上手くいかない人間が事を為すには必死になる必要があるが、何をやっても当然のように上手くいく故に全ての物事が余裕となる。

 尤も、(性的な意味での)母の愛という、余裕をかなぐり捨てているものがメルタトゥムにもあるのだが、それは他人が知るところでは無い。

 全校生徒から羨望のまなざしを受ける凛でさえ嫉妬する、水中で必死に藻掻く事すら無く優雅にあれる水鳥のような女性が彼女の友だった。

 

 だが、凛は偶に感じるのだ。

 彼女の持つ余裕は、他者を同種とは認識していない故のものでは無いかと。

 愛玩動物や家畜が粗相をしたとして、憎しみを向ける飼い主はそうそういない。

 人間相手にされては厭な事も、己の保有する動物相手なら余裕を以て対応できる。

 だって、『対等』では無いのだから。

 彼女以外の人間は家畜だから気を立てる必要も無く、友と呼ばれる凛であれ、家畜で無いだけで愛玩動物という扱いなのでは?

 そんな、寒空の下で無くとも底冷えする想像を。

 

 

 

 古代エジプトの王女にして、(自作自演のアニメ制作により)最も高名な姫。

 大凡の常人が苦難と感じる事を、成人した健康な人が歩く事に苦労を覚えないのと同じように平然と余裕を以て為す。

 そんな彼女とは言え、戦う者として生まれたわけでも育てられたわけでも無い。

 生粋の戦う者『英雄』、その中でも更に特別な『大英雄』に余裕を以て戦うなど無謀という言葉すら生温い。

 彼女は『戦う者』(英雄)でも、『戦わせる者』()でもなく、『戦いの賞品』()だ。

 その賞品のために古来多くの英雄が争い、その勝利者が栄誉と共に手に入れた。

 姫を奪うために戦争は起き、姫が奪われた先に平和がある。

 『英雄』と『王』は戦いの最中にあるが、『姫』は戦いの原因と結末、つまり戦いの前後にのみ本来の居場所がある。

 

 

 だというのに――――

 

 

 

 

 集積した砂より再生しては、狂った大英雄や、それに続く彼にも劣らぬ英雄たちの猛攻を受けて再び砂へと帰る。

 ふと剣士である英国の王は直感に従い、最初に王女がいたすぐ真横へと跳躍して斬撃を放つ。

 そこに姿を隠した王女は確かに戦いの最中に居た。

 

 見えぬ剣が、見えぬ王女を切り裂く。

 …その、筈だった。

 

 

「流石ね。褒美は何が良いかしら」

 

 斬撃の直前に姿を己から現した姫は、己が切り捨てられる数瞬後に怯えることも無く優雅に笑っていた。

 彼女は己がその数瞬後に真っ二つになるなどとは欠片も思っていない。

 何故なら――――

 

 

「…剣を向けたのは太陽王()の娘と知っての狼藉か」

 

 姫が最も強いと信じる『王』にして『英雄』がそばに居るからだ。

 故に、己が奪われるなどとは彼女の思考の片隅にも存在していない。

 

 

 細長い鏡盾のような防具を娘の前面に出して、セイバーの斬撃を防ぎきった。

 そして――――

 

 

 

 

「そうね、決めたわ」

 

 最優のサーヴァントに向けて、砂漠の王女より『褒美』が下賜された。

 

 

 メルタトゥムの中にある魔術回路が沸騰した。

 血管が滾るように魔力が高密度を伴って消費される。

 名高い騎士王相手にだからこそ開帳される切り札、『灼沸せし神の血(BLOOD HEAT)』。

 強制解放される魔力は、密度と熱量を負荷されることで、魔力の消耗速度と引き換えに通常時を越えるものとなる。

 出し惜しみなどしない。油断などしない。

 メルタトゥムにとっては、本気で事に臨むことと余裕がない事は等号ではなかった。

 

 今まで切り捨てられてきたメルタトゥムを演じては散り、大地に敷き詰められた砂に一斉に魔力が籠もる。

 砂は敷かれた大地を喰っては増殖し、一面を砂漠へと変貌させた。

 そして砂の中から巨大な塔のようなものが天へと突き抜けた。

 それは塔にしては歪んでおり、禍々しかった。

 それは塔などでは無く、砂で象られた巨大過ぎるサソリの尾であった。

 

「光栄に思うことね」

 

 王女の言葉に従うように、サソリは円卓の王へとその毒針を差し向けた。

 針の先端は剣士へと引き寄せられるように真っ直ぐに向かう。

 その尾は濁流のように太く、その先端は目視に困るほどに細かった。

 

 

「セイバーッ!! 何とかしなさいっ!!」

 

 

 遠坂凛は、今まで友人として過ごしてきた古代の王女の本気が、現代の魔術師とは隔絶したものであったことを想定していたが、想定を超えていたことに狼狽しつつも、それを精神力で抑え己のサーヴァントへと命じた。

 その恵まれすぎた特別さ故に、自然体で余裕がある友に対抗せんとするならば、せめて表面上だけでも余裕があるように見せなくては。

 そうでなければメルトと『対等な友人』とあれるはずも無い。

 それは、魔術師としてでもマスターとしてでも遠坂の人間としてでさえも無く、メルタトゥムの友人として、1人の女としての意地だった。

 

 セイバーはその主君に応えようと、その神秘の剣で迎撃しようとしたが――

 

 

 

「ああ、それには及ばない。壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 ――赤き弓兵の一手が、砂蠍の尾を破壊した。

 

 

 

 この時間軸では未だ信用はされていないのだとしても、それでもそれは()彼女(・・)を護らない理由にはなり得ない。

 この身は守護者。

 ならば、護りたかった者を、今度こそ護りきって見せよう。

 その意気を以て不敵に笑いながら軽く息を吐いた。

 

 壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 それは、宝具を無限に量産出来る彼故に出来る、宝具の使い捨て。

 模造宝具を生み出し、改変し、破棄する事が出来る彼だけの特権。

 造り上げた宝具を自壊させる際に発生するエントロピーを破壊へと転用する。

 他者から見れば、そこに神秘への敬意(建前)は無く、そこには目的を成し遂げる意思(目的)だけがあった。

 

 しかし、それを己の業と出来るものなど彼以外には彼自身しかいない。

 故の初見殺し。

 王女が切り札でやろうとした初見殺し(それ)を、同様に初見殺しで返したのは何という皮肉であろうか。

 とはいえ、未だサーヴァントの切り札を見せること無く、マスターである己の切り札を見せただけで伏されていた相手サーヴァントの切り札を開示させたというのは無視は出来ない。

 とはいえ、アーチャーは後悔などしてはいない。

 後悔だけで塗り固めてきた過去と比べれば、大切な人達を護れる今に後悔なんてあるわけ無いのだから。

 

 

「感謝します。

尤も、私がアレで倒されるとは思っていませんが」

 

 助けられたことに礼を言う、魔力耐性に優れ、迫る針すらも両断し得る技量を持った剣士に、

 

「ああ、違いない。

君ならきっとそうする」

 

 弓兵は綻ぶ頬を無理矢理皮肉気に曲げて笑った。

 

 壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)は、かつて失った彼自身の壊れた幻想(幸せな日常)を護る鏑矢となった。

 そう、そうなるはずだった。

 

 

 

 その矢が、太陽王をして敬意を払う弓の大英雄の矢を、ねじ曲げて改変し、自壊する仕組みを携えたもので無ければ。

 アーチャーがこの度模造の元にして改変を加えた矢は、中東において弓兵と言えばその人ありといわれる伝説の英雄の物だった。

 

「偽者が作り上げた贋作など、見るのも汚らわしい」

 

 

 …それは、本来別の黄金の王によって為された言葉。

 

 それは、自身の命を代償に平和を成し遂げた伝説を持ち、太陽王をして対等かはともかく、惜しみなく敬意を払う相手を貶された故の言葉。

オジマンディアスが生前認めるに値した弓の大英雄アーラシュを、侮辱するかのような赤き弓兵の迎撃は、太陽王から若干の優雅さと余裕を奪うほどのものであった。



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感情の入ったグラス

 寛容な者にも許し得ない一線がある。

 それは人によっては妻のことであったり、母親のことであったり様々だ。

 だが、心しなければならない。

 寛容な者をして許せぬ事を犯してしまった者には、想像も付かぬ報いが待っている。

 暖かな日差しをもたらす太陽は時に命を渇殺し、美しき明りをもたらす月は時に人を狂わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「不届き者めが」

 

 

 娘が生み出した砂漠の上に、十匹を超えるスフィンクスを太陽王は召喚した。

 スフィンクス。それは怪物にしてエジプトにおける狛犬。

 律を破る不届き者に、その爪を立て、その牙を刺す神獣。

 

 持ち主の命を削る因果式を省き格落ちさせた模造宝具。

 弓兵の代名詞たり得るアーラシュの生き様さえも穢したようなその改変宝具を使い、そしてそれを使い捨てた。

 元より使い捨ての宝具でこそあれど、己の命を共に費やすのと、消耗品として使うのでは大きく意味が異なる。

 

 太陽王の認めし戦士の生き様を汚した有象無象には、相応しい末路を用意しなければなるまい。

 故のスフィンクス。

 他の怪物とは違い、法と律により存在する神獣。

 故に、為してはならぬ決まりを破った者への仕打ちとしては相応しかった。

 

 

 とはいえ、赤き贋作者も英雄の一端。

 躱し、斬り、防ぎ、刺し、受け流し、叩き、躱してまた斬り裂く。

 並の武芸者では無い英雄の名に相応しい武の理により神獣へと対処していく。

 それでも神獣相手には大きな傷が付けられてもいないし、逆に一撃でもその攻撃を受けては危険な上、回避と防御は常に紙一重。

 だが、紙一重でどうにかなるのなら、その紙一重で何とかするのがこの弓兵であった。

 更には先程の礼とでも言うように、最優の剣士が加勢に加わる。

 

「感謝する。

尤も、私がアレで倒されるとは思ってはいないだろうが」

 

 

 先程セイバーに言われた言葉を皮肉るように、加勢への感謝を述べるアーチャー。

 セイバーも、若干宜し過ぎる性格をした相手に小さくため息をついた。

 

 

 

 剣士と弓兵はスフィンクスへと足止めされ、狂戦士は単身で王女へと差し迫る。

 とはいえ、かの大英雄と比べれば、他の英雄の支援などあっても無い様なもの。

 元より単身で十分以上。

 狂ってさえ居なければ、王女の幻惑さえも見抜けたであろうが、狂って尚その武芸の冴えは鈍らない。

 もし幻惑の砂で作られた虚像しか見えないのなら――――

 

「バーサーカー。全部、ぜーんぶぶっ壊しちゃえ」

 

 

 徹底的に周囲全てを粉砕すれば良いとばかりに幼き主の命に従い、拾い上げた得物を振り回し砂上の台風のような猛威を振るう狂戦士。

 その攻撃はスフィンクスや、同盟を組んだはずのサーヴァントや他のマスターにさえ無差別に襲いかかる。

 まさしく狂戦士の本領の発揮だった。

 

 必死にその場から離れ始める間桐慎二。

 彼の目には黒き暴風が破壊をまき散らしているようにしか見えなかった。

 

「なんなんだよ…こんなの絶対おかしいだろ」

 

 

 触れたら死ぬのなんて考えなくてもわかる、今まで最も死が近いこの状況で彼は怯えて苛立っていた。

 無力な者。それは無様で惨めと言えよう。

 そんな者が怒りを持つことすら烏滸がましい。

 怒りとは、その物事に対する、可逆的な解決法を持たない許容値の低さから生まれるものなのだから。

 しかし、これは希有な才能と言えよう。

 死に怯えるだけの人間なら、それこそ星の数ほど居る。

 しかし、己の無力を証明する神の如き暴力、即ち理不尽に対し恐怖があったとしてもそれでも苛立ちを持てる者。

 それは、『正しき怒りの体現者(勇者)』になり得る素質の一つ。

 ただ一つ残念だったのは、彼にはそれ以外の才能に満ちては居ながら、魔術の才に全くといって良いほど恵まれなかったことである。

 勇気無き力ある者を勇者とは呼ばないが、力無き勇気を持つ者も勇者とは認められない。

 …例えそうだとしても、演じる気のない演者よりも、舞台に上がることを欲する観客の方が、輝きに満ちたものなのだ。

 

 バーサーカーは、狂える思考の中、恐怖と自惚れと怒りが混じった小心者の人間に、何処かで出会った誰かを思い出しそうになったが、狂気の中で思考は泡のように溶けて消えた。

 しかし、その逡巡のおかげで間桐慎二は暴風に巻き込まれる前に距離を取って回避ができた。

 

 

 

 

 見た目からでも十分にわかる圧倒的な耐久性能を持つバーサーカーに対して、メルタトゥムも、姿を隠している文字通りの隠し札であるキャスターとそのマスターも攻撃の一手は打たない。

 そう言った野蛮な部分は父親にでも任せるに限ると考えているのかはわからないが、メルタトゥムは一切バーサーカーに直接の手出しはしない。

 

 代わりに、時折透明な砂塵の中より出でては、遠坂凛への奇襲攻撃を仕掛ける。

 その長い脚で鋭い中段蹴りを放ち、不完全なガードで咄嗟に塞がれたところで頭部への上段蹴り。

 それも凛が上半身を反らせた事で躱されたが、上段蹴りの爪先は既に下を向いている。

 身体を反った状態では充分な防御も難しいと考えた凛は、振り下ろされる脚に対して、膝の蹴り上げで反撃する――と見せかけて身体を捻って回避した。

 

 しかし凛が起き上がる時に、メルタトゥムの反撃は無かった。

 それは先程までメルタトゥムが居た場所に岩の様な斧が薙ぎ払われていたが故に。

 

 

 そして狂戦士の攻撃が過ぎた直後、凛は背後から気配を感じた。

 前には狂戦士が得物を振り払った軌跡が未だ空間に威圧感を置き去りにしている。

 既に通り過ぎた後だというのに、その前には踏み込めない…。

 

 

 とでも自分の友は考えているのだろう。

 凛はそう考えながら躊躇無く前へと回避した。

 凛の肩を僅かに切り裂いたのは鋭すぎる王女の回し蹴り。

 しかし、凛の背後に向かって巌のような巨人は躊躇無く刃を振り下ろした。

 

 

 千切れ飛ぶ金細工の輪を足首に付けた肉片。

 

 

 

 

 

「――――リン、安心して。この程度では私は死なないわ」

 

 王女が拾い上げた足は砂へと代わり、王女の膝から下を再構成した。

 

「化け物ね」

 

「その言い方は傷つくわ。それに少々乾くの。

貴女が潤して下さるかしら?」

 

 再び構築されたメルタトゥムを狂戦士が叩き潰したが、今度は肉が舞うことも無く完全に人型の砂を砕くだけに終わった。

 そして凛の視界の端で、己の足を掴んだ左膝よりしたが無い美女が先程の焼き増しのように足を修復していた。

 足を失っても直ぐに再生させず、先ずは砂の虚像で狂戦士を引き付けてから、安全に再生したということなのだろう。

 

 メルタトゥムはマミーである。

 マミーは依存度の低い吸血種である。

 その肉体の維持や再生に、僅かながらの血液を必要とする。

 そして、その衝動は命の危機の他に、ある感情が高ぶると強まる。

 それは、時に恋であったり愛であったり友情であったりと呼ばれるものだ。

 

「――――好きだから、吸いたいの」

 

 唇を指で撫でながら、冗談なのか本気なのかわからない事を言い放つ王女は、女性の凛から見ても蠱惑的であった。

 呆気に取られた一瞬、メルタトゥムは凛へと急接近しており、凛は遅れながらもその焦りをおくびにも出さずに迎撃の構えを取る。

 だが、慣性など無いかのように凛の友は停止した。

 足の先についた大地の砂が王女の急制動を可能としたのだ。

 そして、反撃として振るわれた鉄山靠をその寸前で躱し、片手を地に突いて両足での回し蹴り。

 足払いで宙を舞った凛へ待っていたのは容赦の無い膝蹴り。

 

 迫り来る狂戦士から逃げる意味も込めているのかはわからないが、先程急停止したのとは真逆に、空中で見えぬ砂を足場として更に加速したメルタトゥムは吹き飛ばされる凛へと追撃とばかりに、追走、いや追翔しながら更なる連撃を打ち込む。

 そして凛より一足だけ早く大地へと足を付けると、誘うように握って伸ばした左手を小指から順に開いた。

 

 

 砂の大地より現れるは鎖。

 幾十もの鎖が大地より出でて、凛に絡まり天高く伸びていく。

 後は手を閉じれば、絡まった鎖が閉じるように捻れる。

 ここで凛は終わりだった。

 少なくともメルタトゥムはそう見限った。

 

 

「大切なリンだから、最後の機会をあげる。

私の従者(モノ)になりなさい」

 

 それは凛にとって、明確な格下へ対して授けられる慈愛だった。

 それは凛にとって、従者に成り果てて、友という形を失う契約だった。

 それは凛にとって、敗北を求める宣言であった。

 故に、凛はこう言う。

 

「答えはノーよ」

 

「…残念ね」

 

 遠坂凛はそういう女だと知るが故に、後悔と満足を感じながら王女はその処断を決めた。

 其処に憂いはあっても躊躇は無い。

 

 せめて一瞬で終わらせるのが慈悲だと、閉じかけた手を開き直して手を叩くと、砂中より、ギロチンの歯を持った巨大なアリジゴクの頭部が凛の下で口を開き――――

 

 

 

「今宵のワルツはここまでにしましょう。

遅れてきたにも関わらず、曲目をタンゴに変えて欲しいというお客様がいるみたいなの」

 

 

 砂の鎖とアリジゴクは解けるように消え、凛は地へと落とされた。

 

 

「私はアトラス院から来た者です。

どうか、このタタリの討滅に助力願いたい」

 

 

 

 

 王女を討ちに集まった者達の前へ姿を現したメルタトゥムの隠し札であるシオン・エルトナム・アトラシアが銃を構える先には、悪夢の脚本家『タタリ』がいた。

 タタリに対して優雅に微笑む王女の表情は、エサにかかって獲物が釣れたからなのか、それとも友を殺さなくて済んだからなのか。

 真実は、彼女以外に知る者は居ない。



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夜明けに鳴く鳥は

夜明けに鳴く鳥は朝を呼ぶのか、朝に呼ばれたのか


 紫の服に身を包んだ錬金術師は、先程まで殺し合っていた者達へ、停戦と共闘を依願した。

 無論、それに乗ろうというマスターはメルタトゥム以外にはいそうにも無い。

 

「ここでタタリを倒せなければ被害は更に大きくなるのです」

 

 シオンはそう告げたが、今まで己の命を掛けた野望のために戦っていながら、じゃあ仕方ないので世界の平和を優先しましょうという人間はそもそも魔術師にはそうそういない。

 

 遠坂凛は、セカンドオーナーという建前を良心に従う理由として折り合いを付けられなくも無いが、イリヤスフィールにとってはそんなことは極めてどうでも良いことであった。

 

「それがどうしたの?」

 

 幼き少女は、無邪気に、全く興味が無いと言わんばかりに残酷に告げる。

 ここで、狂戦士と剣士のマスターを言いくるめれば、連鎖的に弓兵単独で戦いを続行することも無い。

 そう踏んだシオンは間桐慎二よりもイリヤスフィールの説得を優先した。

 

「…しかしっ、

聖杯戦争と類似していながら相反するタタリの研究成果は、アインツベルンにきっと役に立つはずです。

どうか、ご考慮を」

 

 そう。アインツベルンとして考えれば、タタリという存在は、新しい伝承(都市伝説)を元に虚構の人格と命を与える点において、伝説に謡われる英雄の贋作を呼び出す聖杯戦争に酷似しており、その研究成果は非常に興味深い物だった。

 更に言うなれば、タタリの人の恐怖(想い)を起点に具現化する点においては、悪意に反転して実証されることを除けば聖杯との類似点さえも見られた。

 それはアインツベルンとしての理性的な判断であれば、一族の目的を果たすための手段として聖杯戦争に参加を命じられたイリヤスフィール・アインツベルンとしては、極めて有益な選択肢だった。

 そう。アインツベルンとして考えれば。

 

 しかし彼女は、理性(アインツベルン)であることより、感情(イリヤスフィール)であることを選んだ。

 

 

「ごめんね錬金術師。――それでも殺すよ」

 

 

 少女の残酷にして無垢な声と共に、狂戦士が巨体を俊敏に動かし古代の王女を叩き壊す。

 叩き壊された王女の虚像は、またしても砂へと変わるが、それはイリヤスフィールも想定済み。

 偽物なのはわかっていても、叩き壊すという殺意を向けたことで何よりわかりやすい拒絶を示しただけなのだから。

 

 シオンの目論んだ、この場に居合わせた全てのサーヴァント対タタリの構図は、メルタトゥム対タタリ対バーサーカーへと変わった。

 少なくともシオンの契約上の主は、タタリと狂戦士の二組を相手取らなくてはならなくなった。

 普通に考えれば、メルタトゥムへの危険性は上がったと言える。

 とはいえ、古代より続く象徴の姫は普通とはほど遠い。

 

 

「私の優秀なシオンの事だから、全てが上手くいかなかった場合のプランも幾つも考えているのでしょう?

用意していなくても今すぐにでも用意できるのでしょう?

だから貴女を用いるのよ」

 

 

 状況が完璧では無くとも、己と父が完璧である以上何の問題も無い。

 常人と比べることさえ烏滸がましい自負が其処にある。

 シオンもその王女に仕えていると言うだけで、心の不安が指の隙間をすり抜けていく砂のようにこぼれ落ちては消えていく。

 

 

「――ええ、当然です。

現状は想定の範囲を出ていません。

元より、タタリを原因として3体のサーヴァントを有する同盟が本来の機能を停止したと言うだけで、目的は達成できています。

多対一から多対多の乱戦になった場合の仕込みは既に終えてあります。

少なくとも遠坂はこの地の管理者としてある以上、タタリを見逃してでも此方を取りに来ると言うことは考えにくいでしょう」

 

 その答えに、王女は少しだけ形の良い口から息を吐いて訂正した。

 

 

「素晴らしいわシオン。

…だけど、90点だわ。

リンがタタリを見逃さないのは管理者(遠坂)だからではないわ。

――――リンが優しいからよ」

 

 

 …空気が止まった。

 

 事も無げに告げる姫。

 顔を赤い悪魔にしてしまうその友人。

 

 赤い弓兵だけが、

「くくくっ、随分と良い性格のようだ」と笑っていた。

 

 

「…そちらの弓の陣営にも言っておくわね。

タタリ退治に乗らないかしら?

現代の英雄になれるかも知れないわよ?

手を貸してくれるなら、多少流れ弾が来ても(・・・・・・・・・)文句は言わないつもりよ」

 

 それは、タタリに対峙するのなら、隙を見せたメルタトゥムを攻撃しても良いという事。

 勿論、それはシオンが気にもしなかった間桐慎二へ切符を手渡したメルタトゥムの誘いを無碍にすると言うことであり、タタリを敵に回してメルタトゥムをも狙う余裕が無ければ出来ない事。

 

 

 貫くべき義理は当初に結ばれた同盟にあり、通すべき道理は巨悪たるタタリを倒すにある。

 

「僕が英雄に?

幾ら僕でも其処まで勘違いしたりはしないさ。

口車に乗せるには大袈裟すぎたね」

 

 慎二はそう答えた。

 しかし、メルタトゥムは、それを否定しない。

 

「そうかしら。

英雄を定める象徴()はそうは思わないわ。

昔であっても今であっても、遙か未来の先であっても英雄の条件は変わらない。

英雄になろうとも思えない臆病者には、英雄の資格など無いわ。

マトウシンジ、――あなたはいったいどちら?」

 

 勿論これは、メルタトゥムの挑発ではある。

 しかし、彼女が信じている持論である。

 彼女にとって謙遜ばかりで、手に掴みにいくことをしない者は『勇者』足り得ない。

 そして慎二は――――――

 

 

「…ああ、わかったよ。乗ってやる。

だが、タタリごと倒してしまっても文句は言うなよ。

そういう事だ。わかったな、アーチャーッ!!」

 

「――ああ。

だが、別に全てのサーヴァントを倒してしまっても構わないのだろう?」

 

 アーチャーは、生前の親友が素直で無い表明をしたことに、素直で無い賛辞を勝利宣言として送る。

 本来は借り物の筈の主従。

 しかし、彼らには主人のみが知らない絆があった。

 

 

 

 剣士と弓兵の主従が矛先を変える中、狂戦士の主従だけが取り残された。

 

「ふーん、裏切るんだ。

まあ良いけどね。バーサーカーだけがいればそれで良いし。

うん、もう全部ぶっ壊しちゃえ」

 

 その期待の反転は怒りになる。

 家族を喪った傷を埋める仮初めの同盟は、少女が思う以上に早く瓦解した。

 …仲間なんて最初からいなければ、期待なんてすることは僅かさえも無かった。

 背中を任せられるのは狂戦士ただ1人だけ。

 最初からずっと理解出来ていた事実は、理解できていたはずの事実として少女の心を傷つけた。

 

 

 

 暗き闇の如き悪性情報式から生み出され顕れた第四次のサーヴァントやマスター達。

 ただ1人で全てを破壊へと誘う――いや、押し付ける暴威の狂戦士。

 伝説に名高い最優の剣士と、無限の刃を持つ弓兵。

 アトラスの錬金術師と、黄金の太陽王。そしてその娘。

 

 剣が舞い、暴力が弾け、銃声が絶え間なく響く。

 

 咲き乱れ、散り乱れる戦争。

 いや、これは寧ろ暴争。

 制御など無い。そんなものは存在しない。

 誰だって制御など出来ない。

 そう思っても間違いなどあるはずも無い。

 そう、姫とそのお抱えの軍師を除いて誰もがそう思って仕方が無い状況だった。

 

 メルタトゥムは、自身の虚像を使って、狂戦士の攻撃をタタリの虚像に巻き込むように誘発させる。

 アーサー王は、双槍の剣士と今度こそ全力で切り結ぶ。

 弓兵は、若き日の父と悪性情報で作られたもう一つのアーサー王に戸惑いながらも生き延びる。

 狂戦士は偽物であれ本物であれ、他の者であれ構わずその半神の力を振るう。特に主が殺せと叫んだ銃を持つ魔術使いと太陽王の娘を逃がすつもりはない。

 錬金術師は、タタリのみに集中して弾丸を放ち、視えぬ糸で縛り上げ刻む。

 そして太陽王の娘は、姿を隠して父の横でそれを眺めていた。

 

 

「…纏めて薙ぎ払えば終わるが、どうする?」

 

「…これ程答えのわかっている問いに答える無粋などありません

今、この地上にこれ以上美しい命の輝きがあるでしょうか?」

 

「ああ、勇者の絢爛とはまさに余が覧じるに相応しき舞台。

これ程美しいものはそうそう無い。――――我が妻ネフェルタリを除いてな」

 

「――ええ、私の母上は別格です」

 

 

 ちょっとどころで無く手遅れな妻コンとマザコンは、自分達が閲覧するためだけに用意された英雄劇を満足そうに眺める。

 華麗に美しく、壮麗に残酷な戦争。

 其処の果てにある結末を求めながら、その先に辿り着かない夢中を興じる。

 その手には何時かのファジージュースを弄びながら、親娘はグラスを口に付ける暇も惜しんで戦いの光景に満たされていた。

 

 

 しかし、色は匂えど散りぬるもの、諸行無常の響きは訪れる。

 輝ける時にも終わりは存在していた。

 

 美しき槍の使い手は虚構の身であれど満足いく決着に感謝して消えた。

 正義を目指した父は息子と娘に何かを告げることも無く消えたが、弓兵はその担われた武器の解析を以て、蓄積した経験と想いを知った。

 征服王は、これ程面白い戦場に混じること無く、眺めるだけで良いとは変わった趣向だという風に太陽王とその娘を視線に入れた後に、狂戦士と打ち合い、その結果満足して消えた。

 暗殺者と狂った軍師はまるで役者不足――その当初の評価に甘んずることは無く、圧倒的な数の暴威を全て戦線に投入して見事な戦をしては散った。

 そしてもう一つのアーサー王は今、本物のアーサー王によって切り伏せられ、第一幕が下りようとしていた。

 

 

 しかし、脚本家であるタタリはそれならばと、その続きを用意している。

 シオンがそうであったように、ワラキアの夜もまた、不利で終わったままで策が潰れる程度の脚本などは書きはしない。

 寧ろ、脚本に掛けて言えば上をいく自負があった。

 

 

 

「素晴らしい。絆は裏切りに変わり現在は過去を呼び出し現実は虚構を乗り越える。だがしかし其処に救いは無く希望は無く三千世界の果ては煉獄であり吊るされた糸が堕ちる運命はその糸にこそ内包され英雄を定義するもその資格はその手段にこそ否定される。

持ち主を求めぬ()(勇者)を削り合わせ朽ちて錆びた刃の墓場で笑うもやはりその死の先にさえ死は訪れん」

 

 虚構の代役を立てて、言葉遊びのような戯れ言を息継ぎさえ無く騙った『タタリ』。

 それに対して生き残った英雄たちは一斉に攻撃を放つが、存在していないものは倒すことなど出来ない。

 

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!

ズェピアは既に消え去り、残された悪性情報に過ぎない私に死など存在し得ない」

 

 タタリの虚像は、嘲笑うように嗤う。

 それがシオンの心を削る。

 その証拠に、シオンは口元を隠すように押さえて下を向いていた。

 

 

 その絶望したかのような仕草に気をよくした脚本家は、己の脚本の出来のみならず、その脚本が書かれるに至った語られざる裏設定までを、己の誇りの如く語り出す。

 

「終わらない悪夢など無いが、始まらない悪夢などもまた存在しない。

太陽は昇る。しかして太陽は再び蛇に呑まれて沈むのだ。

契約が沈む千年の月の夜まで、再生する悪夢に呑まれて怯えながら死ねぇっ!!

式に過ぎない現象故に、殺す事など出来はしな――――」

 

 

 

 

 

 その言葉は途中で途絶えた。

 

「――――それは違うわ。

契約に基づいた式に過ぎない存在故に、貴方は此処で殺されるのよ」

 

 

 タタリに突き刺された幾度も鋭角に曲がった短剣。

 その柄は、太陽の神を系譜に持つ、神代の魔女に握られていた。



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乾き飢え、しかし無へは還れぬ者たち

問うべきは天か己か


 タタリ/ズェピアに崩壊が訪れた。

 術式が、契約が、理念が、理想が、存在が、全てが破戒されていく。

 端から中央に掛けて亀裂が進むように、膨大な魔の羅列がほぼ一瞬の時を以て破戒されていく。

 

 それは『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』。

 神代の魔女メディアの宝具にして、一切合切の魔術を否定する短剣。

 それは令呪の様な契約の類いでさえ、例外では無い。

 

 

 ここまで、■■の■■の為、第六■・第■魔法に挑み、その成就の為生きながらにして生きぬ事象となった。

 崩壊の為か混在する様々な情報が思考をタタリを埋めていく。

 ならば、此処で魔を絶つ剣に倒されるのか―――――――――断じて否ッ!!

 

 

切断(カット)切断(カット)切断(カット)切断(カット)切断(カット)切断(カット)切断(カット)切断(カット)ォォォッッ!!!!」

 

 崩壊が中央に到達する前に、崩壊していく己自身を己から切り放つ。

 憎悪も驚愕も復讐も把握も再起も全ての思考は後回し。

 とにかく、膨大すぎる情報故に消え去るまでにかかる、一瞬のタイムロスのその隙間に割り込んで、生き残れない自分自身を切断(カット)して、己を不完全ながらもこの地に残す。

 

 テレビの砂嵐のように、割れた液晶のように、不確定な存在と成り果てながらもタタリは在り(いき)延びた。

 

 

 血が、存在が、知性が、あらゆるモノが足りない。

 だが、この状況でそれを手に入れることは出来ない。

 敵は多数。その内1人は少なくとも己を即死させうる手段を持つ。そして、もうすぐ夜は明ける。

 呑み込んだ蛇は船頭の戦神セトへと討たれ、太陽は再び闇を明かす。

 一先ずは悪夢が明ける時間が来る。

 

 

 

 故に、タタリは、その包囲網の中、先ず討たれはしない姿を囮にして、この場から逃げ出すことにした。

 

 

 

 その姿は、ある姫がこの世界で熱心にその素晴らしさを説いた者。

 その姿は、世界から敬意を受けて余りある者。

 その姿は、太陽の化身が何より愛した者。

 その姿は、現存する姫の象徴に似た者。

 その姿は――――――

 

 

「その姿を騙るとは――――不敬の極み」

「手心を、加えるとでも?」

 

 これまでに無い表情と怒気を見せた太陽王は、ネフェルタリの姿を象った囮が作られた事実自体を許しがたいと断じた。

 錬金術師も、殺しきれなかったものの、この機会こそ逃す訳にはいかないと断じた。

 

 

 

「やめて」

 

 ――しかし、その貌の娘だけが、それを阻んだ。

 例え、タタリが編んだ虚構であろうと、母の姿が傷つけられるのは娘には耐えがたかった。

 故に、従うべき己の父と、従えるべき己の配下に向けて相対し、庇うように左腕を伸ばした。

 

 それは、タタリに希望をもたらした。

 

 

「いいこね。メルタトゥム」

 

 使える(・・・)駒を見付けたタタリは、その姿でもって王女を己の壁にして逃げようとした。

 そして王女は、そのタタリの方を向いた。

 

 

「…母上は私のことをメルちゃんって呼んでいたわ。

お願いだからこれ以上、母上を虚で歪めないで」

 

 微笑を浮かべながら、その澄んだ瞳から頬を伝って雫を流す。

 誰もがその王女を美しいと思った。

 

 だからだろうか、それとも模した姿に引き摺られたのだろうか?

 タタリは、人質を取ることも、利用することも無く、この日はその場から消えた。

 

 

 

 

「夜は直に明けるわ。

舞踏会はお開きにしようと思うの。どうかしら?」

 

 目尻に浮かんだ雫を拭い、残された参加者へとむき直して、提案という名の、断られるとは欠片さえ思っていない命令を発する王女。

 

「…ええ。いいわ」

「…ああ、今回だけは見逃してやるよ」

 

 遠坂凛と間桐慎二は今まで何処までも美しく強い賢いと思っていた女性の、浅ましくて弱くて愚かな面と、意外と可愛い愛称で呼ばれていた事実に挫かれていた。

 夜が明けて尚、戦闘を継続する意志は無い。

 

 

 

 残されたのは、家族を奪われた幼き少女だけ。

 

「…良いわよ。見逃してあげる。

でもね――――次は殺すから」

 

 

 

 

 かくして、英雄たちの狂乱は一先ずの区切りを終えることとなり、各人は己の住まう場所へと向かった。

 

 

 

 

 △

△ △

 

 ホテルピラミッド冬木内部。

 特にマミーであるメルタトゥムに睡眠は必要無いのだが、己が起きていてはシオンも眠りにくいという配慮や、不必要であれど、その様な無駄こそ愛すべきものだという判断から、メルタトゥムはメイキングされたベッドで眠りに就くことにした。

 それから暫くの時間が過ぎて、メルタトゥムが起きると、既にシオンは起きていた。

 睡眠を取っていなかった可能性がない事は、交代制で警備をしている仔猫型スフィンクスの報告で確認済みである。

 

 次の戦いに備えた会議の前に、メルタトゥムは浴場にシオンとキャスターを誘い、湯に浸かりながら女子会トークをすることにした。

 真面目なシオンは、そんな暇があるのかと疑問視していたものの、いざ恋バナが始まると、かなり話していたのは秘密である。

 

「サーヴァントに睡眠は必要が無いから、本屋でも見に行こうと思ったのだけれど、その途中でぶつかった眼鏡の相手が凄く紳士的で…。

知的な眼鏡が素敵で…ギリシャにあんな紳士的な男はいなかったから……良いわ」

 

「メディアは眼鏡が好みなのかしら?」

 

「いえ、ぶつかったときに感じた鍛え抜かれた身体と、それに奢らない自制心。

教師をしていると聞いたけれど、教えられる生徒が羨ましいわ」

 

 母以外に興味が無く、異性が性的嗜好の対象外なメルタトゥムだが、会話を打ち切る無粋を好むわけでも無い。

 無駄な会話の為に無駄な会話をする程の愚者では無いが、有意義な日常の為に意味の無い会話も必要だと知る程度には賢者である。

 

 この辺りで教師をしていて、眼鏡…。

 メルタトゥムには思い当たる節が、無くは無かった。

 だが、その前にもう一つ確認したいことがあった。

 

「初対面の者に職業を自分から語る教師に自制心を感じることは無いと思うから、確信の上で聞くけれど、相手の職業まで聞き出すなんて随分と交渉が得意なのね。それとも、…そうなのかしら?」

 

 特に、見当を付けている寡黙な葛木教師から、個人情報を抜き出したとしたら、随分と積極的にお話ししたのだろう。

 そして、それは最早――――

 

「もはや無垢な少女というわけでもないし、恋に落ちたなんて安い言葉を使いたくは無いけれど……そうなのかしら」

 

「そうかしら、年月を重ねたとしても、恋をすることは良いことだと思うわ。

法も理性も何もかも、愛の前では力無きものなの。

シオン、貴女もそう思うでしょう?」

 

「…えっ?

私は眼鏡男子の是非とかそういったものは――――…あっ」

 

 

 語るに落ちたどころでは無い。大した誘発さえ無い状況での自爆である。

 眼鏡男子という言葉で思い浮かべていた所での、恋バナ。

 シオン・エルトナム・アトラシアが出逢って、タタリを滅しきることは出来なかったものの、共に時を過ごした少年を思い出すには充分な材料だった。

 

「あー、そのー私は…」

 

 赤くした顔を逸らしながら、頬を指でかくシオン。

 私好きな男の子がいますサインをこれでもかと無自覚に発している少女を、スルーするほど女子会に参加した(かなり)年上の女性陣は甘くない。

 

 結局、観念したシオンは最終的には眼鏡男子について、己のサーヴァントと熱く語り始めた。

 それなりの時間が経過した後、男についての是非について見解も見識も持たず、持つ必要も無いと考えるメルタトゥムは、藍染めで作られたこの国の民族衣装『浴衣』を纏うと、浴槽に併設されたビーチチェアでアイス乗せファジージュースで火照った身体を冷ましながら、未だ続く眼鏡男子論議を見て楽しんでいた。

 無論、彼女の中の結論としては、眼鏡男子は興味の対象外で、母ネフェルタリに似合う眼鏡仕草を妄想することこそ価値を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 これは、夜が明ける僅か前のこと。

 

 

 嘗て、世界を祝福しようとした魔術師がいた。

 嘗て、世界を祝福しようとした錬金術師がいた。

 神の摂理に挑む者達を、天を目指した英雄を墜とした如く運命は嘲笑った。

 それでも、掴む信念の剣は折れず、その為に外道を以て魔道を征く決意を勇気した。

 しかして、その願いは折れ、腐り、朽ちて、風化し、やがてはそこに手段だけが残された。

 

 

「なんとまあ無様に負けたものよ。

孫が借りる映画でも、脚本家と監督と主演を同じ者が行う低予算映画はハズレが多いものだが、此度もその例に倣いそうじゃ」

 

「お前は………」

 

 

 

「なあに、何故かは知らぬが他人とは思えなくてな。

儂が力となろう。儂の力になって貰おう。

…異論など、無かろう?」

 

「…奇遇にも同じ事を感じていた」

 

 かつてズェピアが目指した果てなき夢と、かつてゾォルケンが目指した果てなき夢は近しくあった。

 そして互いにその夢に破れ、手段が願いを駆逐した共感が故に、こうして巡り会ったのは必然だったのかも知らない。

 時を経て互いに欠けた今に残る執念の残滓が、己の隙間を埋める様に混じり合った。

 

 叶わぬ願いは、叶わぬまま時を経て、やがて呪いへと変わる。

 人へ向けられた愛は、厄災の軛となりて、己と他者を区別無く苛む救われぬ絶望となった。

 呪いの花は、同種の花と契り、実を結ぶ。

 

 

 原初の願いを思い出せないのなら、最後の手段を貫くほか、残滓達には路は無いのだから――――



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テレビを見る時は部屋を明るくして離れて見て下さい

 ここ数日、日が沈んだ後も天敵である太陽(・・)が眩しすぎる夜に辟易していた蟲の老人、間桐臓硯いや、マキリ・ゾォルケン。

 此度のサーヴァント、ライダーの主従は老人を構成する存在に対して致命的に相性が悪い。

 強すぎる日差しは、己を構成する蟲だけでなく、欠片を埋め込んだ桜の肉体にある本体さえ滅しかねない。

 桜の中にある蟲を見抜き、そしてそれを滅する意思を持たれてしまえば、長年の悲願を成就する前に滅びてしまう。

 あの舞台装置(象徴の姫)の寛容が執着に変わらぬ限りは安全であるとは言える。

 しかし、あの姫君は伝説に謡われる母のみならず、遠坂の娘に執着の欠片を見せた。

 もう一つの遠坂の片割れに、その執着が向かぬまま、他者への無関心(寛容)が続くまま、夜が続かなくてはならない。

 

 それだけではない。

 太陽の親娘に与する錬金術師のサーヴァントであるキャスターの宝具も、魔術で構成された命には致命的であり、更に言えば桜が召喚した得体の知れないアーチャーも宝具を複製する能力をもってすれば、『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』を再現し得る。

 

 単純な破壊力だけの英霊達による戦争であれば、ここまで恐れることもなかった。

 蟲により英霊達の宴を監視していた老人は、今の身体には不要な行為であるため息をついていたが、良い拾いものが出来た。

 理由も無く、理論もなく、利害もなく、本能的に近しいと思える脚本家(ワラキアの夜)

 臓硯は、気が付けば手を差し出していた。

 

 独りになってしまった今では届かなくなった悲願も、あの時のように共に進む者が居るのなら叶うやも知れぬ。

 今度こそ、此度こそ、叶わなくなってしまった運命に挑もう。

 その為になら何だってしてきた。その為になら何だってしよう。

 そう願う老人は、その悲願が何だったのかということを思い出せないまま、冬の風に凍り付いた妄執に身を焦がす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

 臓硯が家に帰るも、彼に関わりたくない孫達は最小限の対応を行い、臓硯は自室へと戻る。

 暫くの後、慎二が幾つかの本を買ってきた。そして、Tから始まるレンタルビデオショップで借りてきた幾つかのDVDもだ。

 

 『劇場版 魔法王女☆メルタトゥムDX』

 『劇場版 魔法王女☆メルタトゥムDX2』

 『劇場版 魔法王女☆メルタトゥムDX3』

 『劇場版 魔法王女☆メルタトゥムNewStage』

 『劇場版 魔法王女☆メルタトゥムNewStage2』

 『劇場版 魔法王女☆メルタトゥムNewStage3』

 

 己を知り敵を知れば百戦危うからず。

 敵を手っ取り早く調べるなら、TVシリーズより劇場版の方がわかりやすいとの判断である。

 慎二はこんな幼稚園~小学生の女児向けを借りる恥ずかしさを堪えて借りてきたが、金のかかった映像と、大人目線で見ると意外とえげつない設定でありながら、子供心にしこりを残さないハッピーエンドという絶妙なバランスで作られた映像にのめり込んだ。

 

 偶々居間のテレビで、例の王女が己の財力と人材を使い、己の主観で己の母を宣伝する為だけに作り上げたであろう劇場版アニメーションが流れているのを見た臓硯も慎二の横に座り、同じものを眺めることにした。

 慎二は最初横に妖怪老人が座ったことに驚いたが、「あくまでこれは敵の偵察だ」と何も聞かれていないのに良く解らない訂正をして視聴を続けた。

 

 尚、端から見ればいい歳をしたアニオタ達にしか見えない男達を、気持ち悪そうに桜が見ていたことは敢えて触れないことにする。

 『劇場版 魔法王女☆メルタトゥムDX』~『劇場版 魔法王女☆メルタトゥムNewStage2』までは途中からネフェルタリの夫を名乗るやたらハイスペックな噛ませ犬が出てくるものの、基本は劇場版のゲストキャラクターが出てくる程度で、キャラクターの関係性にそこまで慎二が思うところはなかった。

 

 しかし、一ヶ月前に作られた最新版の『劇場版 魔法王女☆メルタトゥムNewStage3』に出てきたゲストキャラクターが問題だった。

 悠久の眠りから目覚めた古代の姫メルタトゥムが仮の姿として通う学校。

 そこで出逢い、巻き込まれてしまう少女の容姿が、『黒髪』『ツインテール』『黒ニーソックス』『私服は赤』。

 まるで何処かの誰かのような、というか何処かの誰かじゃ無い方がおかしいくらいのキャラクターがいたのである。

 声が違うことが寧ろ違和感になるほどそっくりなビジュアルだった。

 いつの間にかアニオタにシフトした家族に軽蔑の視線を送る桜も、思わず視線を画面に止めてしまったほどである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲

 

 一方、運命の偶然か別の場所で同じ時間に同じ番組を見ている者が居た。

 そう、古代のシュメールの王にして、全ての英雄の源流である黄金。英雄王その人である。

 というか、家ではそのアニメが流れている事が大半なので、『まほメル』を見ているものは大体ギルガメッシュと時を共有していると言い換えても過言ではない。

 あくまで不敬というだけである。

 

「言峰、NewStage3からの転換点はわかるか?」

 

 アニメを見終えた黄金の王は、視線を向けることなく綺礼に問う。

 

「…その質問は何度も受けた。ランサー、何回目だ?」

 

「さあ、10回以上は数えてねえな」

 

 不敬にも辟易している二人を無視して、黄金の王は聞かれていないのに何時もと同じ事を語る。

 

「それまでの重要キャラクターは何かしら古代に関係する人物だったが、NewStage3及びアニメ新シリーズ以降から登場予定の『十長(とおさ)カリン』は現在公開されている情報の中では生粋の現代人。

それまで過去にしか目を向けていなかった主人公が、初めて今に生きる相手に目を向けた。

まるで、神の世界に決別し、人の世を見据えた我と通ずるものがある。

やはり我が后よ」

 

 聞かれてもいない事を何度も長々と語り、アニメに現実を交えて話す様は、イケメンの王である故に許されることであって、フツメン以下の一般人がこれをすると、漏れなく空気が読めないオタクになるのは、王の名誉の為に誰も告げることは無い。

 

 どちらかというと言峰にとっては、アニメで可愛らしく動く少女や設定よりも、見覚えのありすぎる新キャラクターを採用した制作サイドの思惑が気になって仕方が無い。

 裏切った師の娘と一致するところがありすぎる。

 というか、名前が確信犯だ。

 

 遠坂凛と十長カリン。もはやアナグラムですらない。

 劇場版アニメに出てくるカリンは、一般人故に未知への対応力のないドジっ子だが、それを持ち前の精神力で律して平然と振る舞う似非クールな主人公メルの友人である。

 ひょんな事から古代の魔術が込められた杖に出遭って、変身した為に勘違いが呼ぶ勘違いの末に、移した虚構(理想)に人々を捕らえる呪われた鏡を巡る争いや、何処か妙に生々しいエピソードの、異国からメルタトゥムに求婚してくる傍迷惑な王族が巻き起こす騒ぎに巻き込まれてしまうカリン。

 現実での凛が絶対に嫌がるであろう猫耳と魔法少女然とした萌え萌えスタイルど真ん中な衣装。

 

「ふむ、あの衣装を送ってみるのも愉悦か」

 

 断られることはわかっており、渡したときに嫌がる顔を見るためだけに、この男は労力を割くことを決意した。

 言峰綺礼は凄く嫌な奴なのである。

 

 そんな嫌な奴言峰綺礼に、思い出したかのように前回の聖杯戦争の生き残りのサーヴァントは告げた。

 

 

「そう言えば、昼にライダーにあったぞ」

 

「…あの太陽王にあったのか」

 

 よく戦いにならなかったものだ。

 英雄王の人となりを知る綺礼とクー・フーリンはそう思った。

 

「我が妃の出したカフェでファジージュースを飲んでいた。

アレは中々に面白い男であった」

 

 英雄王がこうも褒めるとは。

 とはいえ、太陽王ともあろうものが、腰を低くする対応を取るとも思えない。

 果たして如何なる接触であったのか?

 その疑問は直ぐに解決した。

 

「我はこの世で最も尊い真の王には、最上の妃が相応しいと奴に言った。

奴も最上の女の夫に立つには、最上の男でなくては務まらんと言った。

奴は確かにそう言ったのだ。

――これは、我こそが娘を手にするに相応しいということだろう」

 

 

「……」

「……」

 

 ラムセス2世の妻を溺愛した逸話を知る綺礼と、何となく察したランサーは黙秘することにした。

 何故なら、めんどくさいからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲

▲▼▲

 

 娘が世界に展開しているチェーン店カフェから帰ってきた太陽王は、小さな猫(スフィンクス)を抱きしめながらホテルで寛ぐ娘に告げた。

 

「中々に気の良い男にあった」

 

 父親がここまで手放しに称賛する男がいるとは、現代も捨てたものではない。

 まあ、相手が男であってよかった。

 父親の新たな恋の始まりなど聞きたくもない。

 母の恋人になるのは己しかいないと思っているが、母を愛さない父は父ではないし、父を愛さない母もまた想像できない。

 メルタトゥムはいつまでたってもそんな複雑なお年頃なのだ。

 

「アレは、ウルクの英雄王。アーチャーのサーヴァントだ」

 

 彼女の友人であれば、衝撃的な言葉にジュースを噴き出していただろうが、生まれ持ってのお姫様はそのようなことはしない。

 

「そうですか。お気に召したのはどの様な点ですか」

 

 余裕をもって優雅を努力なく地でいくのだ。 

 

 

「奴はこの世で最も尊い真の王には、最上の妃が相応しいと余に言った。

余も最上の女の夫に立つには、最上の男でなくては務まらんと言った。

奴は確かにそう言ったのだ。

――これは、まさしく最上の美女たる余の妻と、余への称賛に他ならない」

 

「ええ。母上は美しいですから」

 

 言峰の陣営と違うのは勘違いを理解したものの不在である。

 もし、事情を知り、察しがよく、そして何よりネフェルタリへ妄信していない者がいたならば、数千年に一人の美女とマスコミに謡われ、ネフェルタリと、そして僅かにオジマンディアスにも似た娘に対し、

 

 

 

「お前のことだよ」と突っ込んだであろう。

残念なことに、突っ込みができる錬金術師とそのサーヴァントは現在この部屋には居らず、仔猫が呆れたように鳴くだけであった。



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サーヴァント・タタリ

 宴の次の夜。

 主催者を変えた、新たな宴が幕を上げた。

 参加者は燃え尽きた城の幼き城主と、永遠を求める蟲、そしてそれらのサーヴァント。

 

 

 

 

「なんで…なんでなの…。負けないでバーサーカー。

バーサーカーが負けたらわたし…、――ひとりになっちゃう」

 

 

 ギリシャの大英雄ヘラクレス。

 英雄の中の英雄である彼は、狂気の中己の子を殺めた。

 神の祝福(定め)によって。

 故に此度こそ狂気の中であれ、いや狂気の中でこそ幼子を護りたい。

 

 狂える意識の中でただ一つ大切なもの。

 それを守り抜くために、彼は既に7回死んだ(・・・・・)

 

 

 『タタリ』にエキストラサーヴァントの枠を与える事で消滅から繋ぎ止めた臓硯。

 容赦なく生み出される虚構のサーヴァント達。

 先日はそれを薙ぎ払い撃退することができた。

 他でもないイリヤスフィールの信じるバーサーカーにはそれが出来た。

 

 だが、バーサーカーが対するはヘラクレス(・・・・・)3体。

 

 

「大英雄を殺すには、やはり大英雄しかあるまい。敗北を認める理性があればよかったものの」

 

 

 臓硯が笑うように、バーサーカーに対するは、セイバー、アーチャー、ライダーであるヘラクレス達。

 バーサーカーが一人では、どうあっても勝つことはできない。

 

 だが、それがどうした?

 勝つことができぬ相手に勝ってこそ英雄。

 不可能という言葉の首を落として、可能へと変える。

 よりにもよって『ヘラクレス』に幼き少女を殺させてなるものか。

 

 その為にイリヤスフィールの守護者(バーサーカー)はいる、そのためにここにいる。

 負けなど許されない。

 他でもない己が許さない。

 

 狂える思考の中、バーサーカーは理性無き咆哮を上げ、信念をもって斧剣を振り下ろした。

 アーチャーのヘラクレスが消滅した。

 

 

 しかし、その背をセイバーのヘラクレスが切り付けた。

 多頭の蛇の再生を否定する剣は、バーサーカーが復活しようと傷跡を残す。

 そこにアルゴノーツ時代の己(ライダー)が襲い掛かる。

 12の試練を攻撃に転用した力がバーサーカーを襲う。

 そこでバーサーカーはまた1回死んだ。

 しかし、ライダーを道連れにしてだ。

 

 しかし、更にランサーのヘラクレスがそこに現れた。

 

 

 夜が明けるまで、時間は長すぎる。

 バーサーカーを捨てて、足止めさせているうちに逃げるほか選択肢がないのは、バーサーカーもイリヤスフィールもよく理解できていた。

 

 イリヤスフィールは決断しない。

 イリヤスフィールは決断できない。

 巨人の優しさを知ったから。

 家族の温かさを知ったから。

 だから決断できない。

 

 故に――――――バーサーカーが決断した。

 

 

 パスを通じて、狂気の中とは思えない温かな気持ちが伝わってくる。

 

「■■■■■」

 

 その咆哮は、イリヤにははっきりと理解できた。

 

(さようなら)

 

 だから、イリヤも伝えるのだ。

 

「別に、アレらを倒してしまっても構わないんだからねっ!!」

 

 少女は冬の夜を走る。

 足音は遠ざかり、やがて聞こえなくなった。

 

 大丈夫だ。まだ命は4個もある。

 命の貯蔵と、夜明けまでのチキンレースを始めよう。

 狂える大英雄は、今まで以上に咆哮をあげて、少女と繋ぐために残した僅かな理性を全て手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬木の夜の町。

 ドラッグストアの前にある宣伝用のテレビ画面で、イリヤスフィールにとって憎き王女が、

 

「強すぎる太陽の愛から守るベールをあなたにも♪」と日焼け止めのCMに出演していた。

 そのCMの直後に「太陽の祝福をあなたに♪」とサンオイルのCMにも出ているCM女王な王女だが、彼女の存在は、とにかくイリヤスフィールの心をかき乱すには十分すぎた。

 

 液晶テレビにわざと腕をぶつけて棚から落とすと、イリヤスフィールはその場を走り抜けた。

 後ろから、何か店員が叫んでいるがそんなことは気にせず、知らぬ間に重たくなる体を引き摺って、ただ寒い風の中を少女は走り続けた。

 

 

 世界に救いは無く、英雄は神の贄であり、助けを求める少女に祝福はない。

 奇跡が起こったとしても、人ならざる少女に、人としての平穏は与えられない。

 そんなことはわかっていた。そんなことは期待していなかった。

 だというのに、イリヤスフィールは己の頬を伝う雫を止める術を知らなかった。

 

 

 

 疲れるまで走り抜け、疲れても走り続けた少女は、気が付かぬうちに、ある日本家屋の前までやってきていた。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。舞踏会を開くなら紹介状を頂きたかったわ」

 

 

 少女の背後に足音もなく現れたのは、何処までも余裕があり、何処までも優雅で、何処までも無関心(寛容)な美女。

 イリヤスフィールの怨敵。

 夜に輝く栄光。

 象徴の姫。

 英雄への賞品。

 太陽王の娘。

 

 

「メルタトゥム…ッ!!」

 

 絶望と、恐怖を上回る、殺意と怒気に埋められたイリヤスフィールは、血管だけは熱く滾っているのに、思考だけは夜風より冷たく醒めていた。

 

 

「私は殿方しかいない社交場に出るほどはしたない事はしたくなかったから、父が出向いたわ」

 

 その言葉の意味から最悪の可能性を想像する思考を食い止めようとするイリヤと、わかりきった結末が他者にも共有されていて当然だと笑う王女。

 無言の二人の間を風だけが通り抜けた。

 

 

 

 

 大丈夫。バーサーカーは強いんだから。

 そう健気に最悪の想定を無視して、祈るように言い聞かせる少女に、王女は事実だけを突き付けた。

 

「流石は大英雄ヘラクレス。魔術師以外の全てのクラスの紛い物を打ち滅ぼすとは、此度で召喚されたサーヴァントで次点と言って良かったわ」

 

 自らの父が此度の最優秀サーヴァントであることを微塵も疑わぬ姫。

 それは傲慢でも自惚れでもなく、彼女にとっての真実であるが故に。

 

 その言葉は、一瞬イリヤスフィールに希望を与えた。

 全ての紛い物を打ち滅ぼした――――。

 つまり未だバーサーカーは…。

 

 そう期待したイリヤの聡明な思考は、直ぐに憎むべき女の語尾に気が付いた。

 そう。良い(・・)ではなく、良かった(・・・・)である。

 

 

「…バーサーカーは?」

 

「その栄誉を認めた最強のサーヴァント(太陽王)が、直々に一騎打ちを求めたの。

きっと素晴らしい戦いだと思うわ。

けれど、殿方同士の真剣勝負に観客がいては無粋だから、私は今ここにいるのよ」

 

 

 つまり、バーサーカーは…。

 いや、重くなった身体と、パスが何より雄弁にそれを教えてくれていた。

 それに気が付かなかったフリをしていただけだった。

 

 

「残念だけれど、わかっていたことでしょう。

私と父が参戦した以上、他のサーヴァントに勝利などないわ。

敗れた貴女を保護してあげましょうか?

――貴女が…、それを望むなら、だけれど」

 

 同じ立場の隣人への温かみという類ではない。

 ただ上からの温度のない慈悲。

 

 

「ふざけないでっ!!」

 

 イリヤスフィールは、自身の髪から作り出した使い魔を4体作り出して戦闘態勢に入る。

 

 

 

「…残念ね。

――――貴女たち。夜酒とあては出さなくていいわ。

お客様はコブラの毒がご所望みたいだから」

 

 王女メルタトゥムが死を迎えたときに、死した後も仕えんとする忠義の為に自ら死を選び、同じ墓に入った召使いたち。

 生き返った王女の使い魔として存在する彼女たちは、メルタトゥムの言葉と共に姿を現した。

 

 四方を生ける死者たちに囲まれて尚、イリヤスフィールは闘志を蔭らせることはない。

 

「優れた従者を侍らせるに値するは、優れた主人というわけね。

素晴らしいわ。

…その心意気と、隣で起きた騒ぎで目を覚ました家の住人に免じて見逃してあげる。

どのみち、もう私の敵(マスター)では無いのだから、関心を向ける(殺す)必要もないのよ」

 

 

 クルクルと回したグラスを口に宛がいながら、王女とその従者たちは砂となって姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 残された少女に、王女が予告した如く、騒ぎに気が付いた家の住人が出てきた。

 

「…シロウ」

 

「君は…?」



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焼かない娘から、妬く父親へ

 オジマンディアスは激怒していた。

 

 

 

「強すぎる太陽の愛から守るベールをあなたにも♪」

 

 テレビという古代エジプトには無かった文明の機器で、実の娘があられもない姿(クロスビキニ)で日焼け止めのCMに出演していた。

 これには太陽王もお怒りである。

 よりにもよって、よりにもよって、

 

 若い娘が柔肌を露出して、果ては公衆の面前に晒すなどとはっ!!

 

 日頃から露出度が高い服を平然と好むとは思っていたが、最早これはやりすぎだ。

 太陽王の娘が、日焼け止めのCMというのも、まあ許されないことだが。

 それはこの際どうでもいい。

 

 自分が露出狂一歩手前の姿でいることには一切の疑問を持たず、深夜を徘徊する娘に一言言ってやろうとオジマンディアスは娘の帰りを待っていた。

 (スフィンクス)を抱いて帰ってきた娘に、厳正な態度で父王は言った。

 

 

「話がある」

 

「なんですか」

 

 

「なんですかとはなんだぁっ!!

あんな姿を晒すなんてパパは許さんっ!!」

 

「……?」

 

 日頃から、そんな姿である娘は純粋に何が不興を買ったのかを理解はしなかった。

 若い、若い…。……若い?娘である自覚がないのか、平民にどう見られようと気にならないのかはわからない。

 もしかしなくても、単純に遺伝性の露出癖なだけという可能性もある。

 

 よく理解できていない娘に何と言ったらいいかと父親が考えていると、再びテレビで同じCMが流れ始めた。

 

 

 

「強すぎる太陽の愛から守るベールをあなたにも♪」

 

 

 画面の中では、薄小麦色に焼けた絶世の美女である太陽王の娘(メルタトゥム)が、眩しすぎる笑顔で日焼け止めを塗っている。

 そしてその肌をCGで作られた太陽光線が反射していくCMだった。

 肌に浸透することを前提に、無害な成分のみで作られていることを強調している。

 

 

「…これだ。なんだこれは。お父さんは悲しいぞ」

 

「…ああ、これですか」

 

 このCMは少し前に、自身の持つホテルピラミッドを、父親に勝手に自分のもの扱いされた時にイライラして承諾したCMだった。

 正直、こういうのは全く日を受けていない肌の方が映えるとは出演者本人も思ったが、売れ行きを見る限りそうでもないようだった。

 だが、太陽王の娘が、太陽光線を弾く日焼け止めのCMに出るほどの太陽王(父親)に対する嫌がらせなどそうそうない。

 故に、肌の露出を咎められているなどとは、本人は思いもしていなかった。

 娘は、基本的に脱いでばかりの父親を見て育ったため、そんなに肌の露出自体に抵抗がないのだ。

 

 

「(日焼け止めの)CMに出たのが良くなかったのですね」

 

「(下着と変わらぬ露出度の服で投げキッスする)こんなCMが良い訳がないであろう」

 

 

「正直、当て付けというのもあったので、今回のことは謝ります」

 

「…ああ。………?」

 

 『当て付け』という言葉が妙にオジマンディアスには引っかかった。

 当て付け。それは、特定の対象に対して見せつける行為。

 ふむ、長く親離れをしている間に、娘にもそのような相手ができたのだろうか?

 これは応援せねば…応援せ……応援…………

 

「応援などできるかっ!!」

 

「……??」

 

 

 娘は、父親が良くわからない何かに対して怒りだしたが、良くわからないならば良くわからなくても何とかなることだとスルーすることにした。

 多分、芸能活動を下賎の仕事だと思われている様な気もしたが、そう言った時代でもないし、それを確認するつもりも無かった。

 イライラを抑えるために、左腕で己の右肩を抑えるようにしてワナワナしだした太陽王を見て、娘は言った。

 

「不敬でなければ肩をほぐしましょうか?」

 

「――何ッ!?」

 

 サーヴァントに肩コリというものなどない。

 しかしこれは、悪かったと反省した娘が、珍しく肩をもんでくれるという親子のスキンシップではないか?

 不敬などあるものか、どんとこい。

 太陽王は、真夏の太陽のごとく満面の笑みで答えた。

 

 

「許す」

 

「では、そこでうつ伏せになって寝て頂けますか」

 

 

「よかろう」

 

 太陽光線のような満面の笑みで、地面に顔を向け寝転がった太陽王。

 暫くしてその肩をふにふにと押す感触があった。

 

 力加減が弱すぎる気もしないでもないが、肩たたきに慣れぬ王女という身分ゆえ仕方ないであろう。

 丁度、孫に肩を叩いて貰う老人の特集をテレビで見た後の太陽王は、そう判断した。

 

 ふにふにふにふに。

 力こそ弱いが、同時に4か所もマッサージができるとは、かなりセンスがある。

 

 

「そう言えば、アインツベルンのマスターに会いました」

 

「そうか」

 

 

「良い魔術師でした。この者の血が欲しい…とまでは思いませんでしたが」

 

「…そうか」

 

 この時、オジマンディアスは気が付いたことがある。

 娘の声は、思ったより遠くから聞こえる。

 それに、気が付けばマッサージは止まっており、背中に軽い重みと温かさが感じられる。

 

「…あら、眠ってしまったのね」

 

 背中から、その重みと温もりが離れていった。

 オジマンディアスがふとそちらを見ると、砂の絨毯に乗せられて運ばれる(スフィンクス)があった。

 

「ネコふみマッサージ事業を形にするのは、まだ先のようですね。

父上、短い時間しか働かせず申し訳ありませんでしたが、どうでしたか?」

 

 太陽王はそこでやっと気が付いた。

 娘が肩たたきをしていたのではなく、猫を乗せて足蹴にさせていただけなのだと。

 王女にとって、己がすることと、己の所有物にさせることは同義なのだ。

 それは太陽王もよく理解できた。

 でも、悪気はなさそうだし、気持ちよかったし、何より(スフィンクス)を撫でている娘が可愛いので許すことにした。

 太陽王は器が広い男なのである故に。

 

 だが、水着のCMと、露出度の高い魔術礼装は今後も許すつもりはない。



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わくわくざぶーんなら大丈夫

「けしからん。実にけしからん」

 

 けしからんと憤慨したようなことを言いながらも、テレビから目を離さない古代ウルクの黄金の王。

 彼の目の前の画面には、軽やかなき■らジャンプをきめる水着姿の古代エジプトの王女がいた。

 

 槍兵と神父は、けしからん想像をかき立てられている英雄王を眺めて、ため息をついた。

 

 

「我が后が雑種共にその柔肌を晒すなどとはっ!!」

 

 別に、お前の后では無いだろうとツッコもうならば、王の財宝(バビ)られるので、そんなことは二人ともしない。

 故に、別のツッコミを入れる。

 

「なら辞めさせれば良いだろう」

 

「あの姫に我が言って聞くと思うか?

人生経験の足りないヤツらだ」

 

 情けないことを偉そうにいう彼は、いったい何様か? ――王様である。

 

「…これでも、妻子がいたこともあったのだが」

 

「一応俺もな」

 

 

 衝撃…でも何でも無い事実。

 独身貴族ならぬ、独身王族っぽい人生を生き抜いたギルガメッシュ。

 対して、二人は家庭を持ったことがあったのだ。

 

 

「…そうか。

プロポーズの手段や、結婚生活のコツを別に話しても良いぞ。

特別に拝聴してやろう」

 

 顔を見合わせて話し出さない二人に、ギルガメッシュの機嫌が悪くなった。

 

「どうした? 早く話さぬか」

 

 

「――――クラウディアとは………思い出せない。

だが、彼女が生きていれば、今の私はいなかったかもしれぬ」

 

 そこには壮絶な過去があった。

 乗り越えるのでは無く、見なかったことにしたくなるほどの過去が。

 故に、記憶が留めることを拒否、したのかも知れない。

 しかし、傲慢な王にはその返答は不満であった。

 

「ふん、使えぬな。

狗、お前はどうだ。」

 

 

「あっ? それが人にものを聞く態度か――って宝具は無しだろ。

…仕方ねえな。

妻とは、その何というか、戦争で倒したら結婚してた」

 

「…今、何と言った?」

 

 

「…師匠の妹(戦争で倒した総大将)相手に、気が付いたら結婚していた。

他にもエメルの時も戦争で――――」

 

「ほう? まさに今の我に打って付けの応えでは無いか」

 

 

 言峰綺礼は、よりにもよってこの3人では人格が一番まともそうな青タイツから、相手にとっては現状で最悪の答えが出たことに呆れた。

 そして歓喜した。

 言峰綺礼は人の不幸が生まれいずる事をも祝福する人間。

 言い換えれば、凄く厭な奴なのである。

 

 

「言峰、輿が乗ったぞ。

この戦いに勝利し、我が后を迎え入れ、

水着になれる場所(レジャープール施設)を貸し切りにして、思う存分后の肢体を堪能してやるとしよう。

なに、黄金律に愛されし我ら夫妻には些細なことだ。

…それと言峰」

 

「…何だ」

 

 

「お前も水着の用意をしておくがいい」

 

 捕らぬ狸のなんとやらという言葉があるが、己の勝利を微塵も疑わないものにとっては、手元に狸の皮は既にあると同じなのである。

 

「ふっ、楽しみにしているとしよう」

 

 

 英雄王の傲慢に捕らえられる姫の苦難を嗤う彼もまた、英雄王以外の勝利など想像していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

→→←←

 

 

「どうして…俺の名を?」

 

 家の前が騒がしいと出てみれば、初対面の知らぬ相手に、名前を呼ばれた衛宮士郎。

 相手は雪の妖精のような、幻想的な少女だった。

 

「それはね――――わたしがシロウのお姉ちゃんだから」

 

 放置児などという可能性すら想定しない、心優しい少年は、一先ず不思議な少女を家に招き入れることにした。

 そこで、彼女が自分の関係者である事を、明確に知る言葉を聞いたのだ。

 

「シロウは優しいね。

キリツグがこっちに残った理由はそれなのかな」

 

 養父衛宮切嗣の名前が出た以上、無関係や偶然の可能性は無い。

 しかし――――

 

「じいさんは――――衛宮切嗣は、死んだよ」

 

「えっ、嘘……」

 

 イリヤスフィールは、最初はアインツベルンを捨てた切嗣への憎悪があった。

 そして、それを成せるバーサーカー()があった。

 無論、イリヤスフィールだけでも一般人であろう衛宮士郎なら、殺すのは容易い。

 

 だが、セラもリズも、バーサーカーも死んだ。そして切嗣も。

 だとすれば、ここで衛宮士郎を殺せば、イリヤには、すべてなくなってしまう。

 

 何時でも殺せるように、無邪気の裏で研いでいた殺意のナイフを落としてしまった。

 

 笑っているのに、滲む少女の視界が塞がれた。

 それを、抱きしめられたと気が付いたのは、それから少ししてだった。

 

「…ふふっ、シロウはレディの扱い方がなってないのね」

 

 少女は、まだ己の瞼の隅に残る湿り気に気が付かないフリをして、精一杯笑う。

 少年は、まだ少女の瞼の隅に残る湿り気に気が付かないフリをして、それに謝罪する。

 

「だからね、シロウにはお姉様が色々教えてあげる。

女性の扱い方も、ダンスも、魔術も。

…しっかり学ばないと、――死んじゃうかも知れないんだから」

 

 決して長くない己の寿命の後でも、残された家族(大切な弟)が生き延びられるように、(イリヤ)はその術を残そうと思った。



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剣では無く花を持って、鎧では無くドレスを着て

 凛の頬に触れる髪を優しく払い、下に滑らせるようにゆっくりと撫でる王女。

 

「綺麗よ、リン」

 

「メルト…」

 

 そして、二人の距離を詰めていく親友に、凛は拒むことは無く――――

 

 

「私は異性愛者(ノーマル)なんだからぁーっ!!!!」

 

 

 夢の世界から覚醒すると共に、先程まで見ていた世界を振り払うように叫ぶ凛。

 そんな彼女に、パスでマスターの夢を察した古代ブリテンの王(女性)が宥めるように告げた。

 

「凛、私の時代でも珍しいことではありましたが、(女性同士の)例が無かったというわけでも無いので――――」

 

「違うから。そういうのじゃ無いから」

 

 

 なんとなく、女性同士に対して凄く理解のあるサーヴァントの慮るような視線を華麗に無視したマスターに、ブリテンの王はタイミングを見計らいながら便箋を渡した。

 その便箋には、可愛らしいハートマークの形をした桃色の蝋で封がされている。

 

 親友との危ない夢を見た直後に、己の使い魔からラブレターを渡される。

 この状況に、凛はこれも夢だと思い込もうとした。

 

「…これは、あの姫から寄越されたものです」

 

「えっ…」

 

 

「本日、晩餐会を開くそうです。

贅の限りを尽くした持て成しを用意しているのだとか」

 

 最初に、敢えて恋文である事を否定せず、凛が勘違いしたところを見計らってから真実を告げるセイバーは、少しだけ茶目っ気のある笑顔で笑った。

 余裕のある素敵な笑顔だった。

 ”贅の限りを尽くした持て成し”のところで、期待に溢れた目をしてさえいなければ。

 

 

「王女自ら出向いていましたが、何かすることも無く、「リンは寝ていると思うから渡しておいて下さる?」とこれを渡されました。

胸に抱いたあのネコ科の使い魔は、当初は切り伏せてしまいましたが、よく見ると可愛らしいものです。

無論、戦いとなれば容赦はしませんが」

 

 自らの食への欲求が滲み出たなど思いもせずに、涼しげに語る騎士王。

 先程の夢と、ラブレター染みた見た目の封筒に焦って、そこには気が付かなかったそのマスターは、赤くなった顔を見せないように、封筒を開けてその中身を読み始めた。

 

 

 

『親愛なるリンへ。

今夜、戦争の参加者と、剣を交えずに宴を楽しもうと思うの。

一切の不満を持たせない宴である事を確約するわ。

夜7時。場所はホテルピラミッド冬木の貴賓室。

入り口のスフィンクスにエスコートさせるから、この招待状を見せてね。

では、ドレス姿のいつも以上に綺麗なリンを待っているから。

P.S. リンが生き延びたら、個別に招待するから頑張ってね』

 

 

 何かしらの魔術。

 恐らくは使い魔に識別させる為の、エスコートチケットとしての術式が込められたパルプ紙に、丁寧な日本語が書かれていた。

 不必要に可愛らしい書き方でも無く、王女自身の性格を現したかのような、媚びることは無く、美しい字である。

 それだけに、隅端に描かれているデフォルメされたネコの絵とのギャップが凄かった。

 

 

「どうしますか、マスター」

 

 凛が読み終えたところで、彼女のサーヴァントが意思を問う。

 

「言うまでも無いわ。

逃げては女が廃るじゃない?」

 

 

 王女が友と認めた少女は、胸を張ってそう答えた。

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 喫茶店で、昼から酒と受け菓子を嗜む、この辺りで有名になりつつある金髪の美青年。

 「宜しいでしょうか」と言う声と共に、彼の前に古代の香りがする女性が現れた。

 

「私の主人から、招待状を授かっております」

 

「貴様の主人……ほう、受け取ろう」

 

 ギルガメッシュは、その『主人』とやらを理解したようで、傲慢な態度を崩さぬままそれを受け取った。

 疎いものでさえ高価な事がわかる琥珀の封がされた便箋。

 その封自体は当たり障りの無い形をしていた。

 中には定型文で、今夜ホテルで聖杯に関わる参加者を含めた宴を行うと書いてあった。

 

 古代ウルクの独身王は、どうせ二人きりで無い以上、折角だ、綺礼でも呼ぶか。奴も監督役という立場も持っていることだ。

 それに、未だ明かしはしないが、奴もまた、マスターであるのだからな。

 そう思い浮かべながら、口元を釣り上げた。

 

 そして立ち上がり、会計を済ませると二つ隣の店へと向かって、そこにいる住人へと告げた。

 

 

 

「花屋、この店にある薔薇を全て買おう」

 

 金糸を風に靡かせる自信に満ちた美青年に、薔薇の花束は確かに似合いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

==========

 

「姫様、ウルクの王とアインツベルンには招待状を渡しました」

 

「ありがとう。良い仕事よ」

 

 

「申し訳ございません。アインツベルンは、来ないものと思われます」

 

「構わないわ。勝者の奢りを、敗者が屈辱と捕らえることは理解するわよ――――」

 

 

 侍女がイリヤスフィールの元に手紙を運んだ際には、「馬鹿にするのもいい加減にして」と手紙を手で振り払われて追い返された。

 

「――――その上で、貴女の仕事の不満は無いの」

 

 

「…ありがたきお言葉です」

 

 参加者達が来る前から、ZERO次会(事前祭)と称して既に父親と酒盛りを始めて、今はドレスを選んでは露出度が高すぎると、口うるさい父親からダメ出しを受けては着替え直している主人に、恭しく侍女が報告する。

 

 (魔改造により背面を中心にやたら肌が露出した)Xラインドレスも駄目、(極端なミニスカートタイプの)エンパイアドレスも駄目。

 アレも駄目、コレも駄目という口うるさい父親に困った様な態度を見せる主人であるが、自分達が昔ながらの感性である事を差し引いても、王の判断は正しいと口には出さずとも侍女達も思っていた。

 

 実際に選ばれたのは、フィッシュテールとエンパイヤタイプの間の様なドレスである。

 エジプトの最上級の職人が仕立て上げた一品である。

 背中も露出しているし、スカートの側面には大胆なスリットも入っているが、前の二つよりは大分落ち着いたと言えば、その二つの危なさがわかるだろう。

 

 女性である侍女達をして見惚れる、メルタトゥムの美しすぎるプロポーション専用に設計されたオーダーメイドドレスは、他の者には着熟すことは出来ない。

 

 

「…姫様が申された料理が、後少しで出来上がるようです」

 

 見惚れていた侍女は、一瞬言葉が詰まったが、伝えるべきと感じたことをそのまま伝えた。

 

「その報告は要らないわ。

貴女達は完璧を仕上げてくれるのでしょう?

経過の報告は必要ないの。

それより喉が渇いたわ。飲み物をくれるかしら」

 

 

「はい姫様。こちらをどうぞ」

 

 主人が求めるものを淀みなくサーブする侍女から、渡されたグラスに注がれた深紅の液体を軽く回した後、王女は喉にそれを流して空いたグラスを侍女へと返した。

 

 

「美味しいわ。流石ね」

 

 

 でもきっと、貴女はこれ(・・)よりも美味しいのでしょうね、リン。

 耳にかかる美しい黒髪を払いながら、王女は心の中でそう呟いては微笑(ほほ)えんだ。



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嵐の前の静かな夜

「皆様ご機嫌よう。今夜は私の招待に応えてくれてありがとう」

 

 宣言通り、贅を尽くした食事が並ぶテーブルの向こうで、

 肩の布を蜂で留めた、自然な光沢のあるドレスを着た王女が己の父の前に立ち、優雅に礼をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これはその少し前のこと。

 凛がセイバーを伴ってホテルピラミッド・冬木へと向かうと、入り口の前で何匹かの猫が戯れていた。

 思い思いに遊ぶ猫たちであったが、凛達の姿を確認すると、先程までの遊びを無かったかのように音も立てずに近寄ってきた。

 

 凛が招待状を見せると、1匹を除いた猫達は道を空けた。

 その1匹は恭しく鳴くと、一礼した後凛達に背を向けた。

 それは、「着いてこい」ということを示しているのは凛達にも良く解った。

 

 凛達が入った冬木の町を見渡しながら上がる高速エレベータが停止して扉が開くと、いつの間にか猫の姿は無かった。

 代わりに凛達のエスコートを引き継いだのは、給使服を着た女性だった。

 

「遠坂凛様ですね。どうぞ此方へ」

 

 慇懃な態度でエスコートする侍女に着いて凛達が会場へと入ると、既に他の参加者達が席に着いていた。

 

 

「なんでアンタがここに…!!」

 

 椅子に座った言峰綺礼の姿を視認した凛は、その疑問を口にした。

 

「これはおかしな事を言う。

監督役として呼ばれたのだ。おかしいことなどあるまい。

…それより、主催者への挨拶が先では無いかね?

親しき仲にも礼儀あり、だ。我が師の娘として恥ずかしくない挨拶は出来るだろう」

 

 胡散臭い皮肉気な笑顔を浮かべた神父の言葉であったが、正論かどうかといえば間違いなく正論である。

 

 コルキスの王女、アトラスの錬金術師、マキリの兄妹、赤き弓兵、ウルクの王、監査役の神父、ウルクの王が偶然見付けた(・・・・・・)アイルランドの光の神子が一堂に会し、最後の参加者の動向をそれぞれの視線で見ていた。

 

 

 

「…そうね。

――遅くなりました遠坂家六代目当主、遠坂凛です。

今夜はお招き頂きありがとうございます」

 

「こちらこそ、私の為にご足労頂けて感謝するわ。

では、パーティを始めましょうか」

 

 

 セカンドオーナーが礼をして、王女が返礼し、宴が始まった。

 そして冒頭に至る。

 

 

 

 

「腕によりを掛けて作らせたわ。

ところで、何か質問はあるかしら」

 

 間違いなく超一級品の料理の品々と、部屋を用意してある以上、客に不満があるとは王女は思っていない。

 だが、質問くらいはあるだろうと思い、参加者にそう聞いたのだ。

 

 

「聞きたいことがある」

 

「はい、何でしょう」

 

 

 

「趣味はなんだ?」

 

 お見合いか!?

 思わず、隣に座った槍兵がツッコむのも無理も無い黄金の王の一言が、最初の質問だった。

 

「(経済による)世界への君臨ですわ」

 

 そんな質問にあっさりと答える王女。

 

「我と同じだな。気が合うな、結婚しようではないか」

 

「ウルクの王は冗談がお上手ですのね」

 

 

「…。まあいい英雄王ジョークだ」

 

 あっさりとスルーされた事で、もう冗談ということにして構わないと判断した。

 

 

 笑いを堪え切れていない、普段青いタイツを着ているが今宵はタキシードを着熟す、ケルトの国の太陽神の息子は、後で王の財宝(バビ)られるのは間違いないだろう。

 因みに出自を考えると、一番太陽王の娘の夫に相応しいのは彼である。

 

 冗談ということで落ち着いたが、いきなりプロポーズを始めた英雄王に対し、大きく表情が変わったのは2人。

 娘の父親と、騎士王である。

 

(前回あれだけ私に粉を掛けておきながら乗り換えっ!?

別に私としては寧ろ楽になりましたが、マーリンといい、人妻マニアといい、糸目男といい、切嗣といい、全く男という生き物は。)

「…いえ、私の周りの男が悪いだけなのでしょうか」 

 

 後半から口に出ていた彼女の向かい側に座っていたキャスターは思わず口を出してしまった。

 

「だからギネヴィア(女性)と結婚したのね」

 

SHUT UP(シャッタップ)

 

 獅子はイギリス英語で低く吠えた。

 

 

 

 

 次の問いは間桐の魔術以外は万能な高性能御曹司からだった。

 

「じゃあ僕からも。

どうしてメインが和食なんだ」

 

 この場に居合わせる殆どが外国出身。

 そして、主催者も外国人で、ホテルも外資。

 和食というのが似合いそうには無い。

 

「そうね、意外だわ。

しかも、これ程のものを用意できるなんて」

 

 凛もそれには同感だった。

 

「あら、リンは私が異国の文化には疎いと思っていたのかしら?」

 

 

 リンをからかうような万能な超高性能王女だったが、そんな彼女へと更に疑問を掛ける者が居た。

 

「だが、エジプトには父の日が無いから知らないと「父上、そのお話を私は知りません」……そうか」

 

 太陽王は少し傷ついた。

 

 

「先程の質問なのだけれど、日本食をメインにしたのは、此処が日本であるという以上の意味を持ちませんわ。

折角、この国へ来ていただいたのですから、この国の食で持て成して差し上げようと思っただけですの」

 

 因みに、『折角この国へ来た』人の中には己の父親が割と筆頭に含まれているのは敢えて言わない。

 

「まあ、不味いことで有名なブリテン料理より全然良いけどさ」

 

SHUT UP(シャッタップ)

 

 凛のサーヴァントをこばかにするような慎二に、またもや本場仕込みの発音で獅子は吼えた。

 

 

「私はエジプト料理が好ましいと思うけれど、この身は一国に君臨するのみに非ず。

世界に君臨するのであれば、己の所有する何処の地域が優れているなんて比較は無意味(ナンセンス)とは思わない?」

 

 慎二を諫めるように言葉を紡ぐ王女の色気に、慎二は少し顔を赤らめた。

 唇に指を当てて、少し前にかがんだ王女の胸の谷間が、彼の角度から見える事と無関係では無いであろう。

 

 

 

 侍女達が織りなす踊りの余興を眺めながら、各参加者の国の料理をモチーフに和食で再現された品々を楽しむ宴の時間は恙なく過ぎた。

 箸の使い方も、グラスの持ち方も美しいのに、グラスが空く速度だけは非常に速い王女。

 彼女は普段学園では制服を着ているが、実際には20歳以上など、とうの昔に過ぎている。

 

 

 晩餐会が終わる時、最後に抱負を語ろうと言うことになった。

 先陣は主催者本人だった。

 

「では、私から。

サーヴァントとマスターがそれぞれ願いを叶えられるということだから、望みは当然、父上の受肉と母上の復活になるわね。

無論、これは私の結論だから、他の結論を持つ者と争いになる事を否定はしないわ。

明日からは、また殺し合う相手として宜しくお願いするわね」

 

「娘の言に、異論は無いな」

 

 太陽王とその娘の聖杯に掛ける願いは大体同じである。

 致命的に違うのは、娘は父親が(・・・)自身の受肉を望み、()が母親の復活を望むのに対して、

太陽王自身は、()が愛妻の復活を望み、()が父親の受肉を望んでくれているとご満悦な事である。

 

 

 遠坂凛は、魔術師としての大正解な抱負を述べ、間桐慎二は先ずはこの戦いに勝つことが先決だと答えた。

 話を振られた彼の妹は特に望みも無いと答えた。

 言峰神父は、監査役であるから、聖杯に望むことを聞かれても困るという白々しいことをいった。

 槍兵は戦えれば良いと笑った。

 弓兵は、ニヒルに笑ったが、知り合いの女の子を護りたい等とはクールキャラが正直に言える筈も無いからだ。

 実は大して望むことを考えていなかったコルキスの王女は怪しく意味深に微笑んで終わった。

 錬金術師はタタリの消滅自体が目的であると答えた。

 

 

 そして、英雄王は――――

 

 

「象徴の姫。

この戦いに勝利した暁には我が后にしてやろう。

世界を嫁入りの持参金に我に輿入れするが良い」

 

 メルタトゥムに向かって、そう宣言した。

 勝てるのでしたら、と笑ってそれを受ける王女よりも、強くそれに反応した者が居た。

 

「それは余の娘のことか?」

 

 即ち、彼女の父親である。

 鋭い眼光で、英雄王を睨んだ。

 

「他に誰がいる」

 

 それに怯むどころか挑み返す視線を向けるは、流石に英雄王といったところか。

 

「ならば、余を倒して認めさせよ」

 

 それは、絶対に不可能という意味合いを持っていた。

 少なくとも、太陽王の親子にとっては。

 

 

「ほう、真の王の胸を借りられる機会などまたとないであろうからな」

 

「その在り方、良し」

 

 

 互いに満悦を浮かべて納得する英雄王と太陽王。

 しかし、『真の王』は互いに違う意味合いを持つ。

 即ち、互いに相手に敬意を払われていると勘違いしているのである。

 

 それに気が付いた委員長気質の錬金術師が訂正しようとしたが、「言ってはなりません」と己のサーヴァントに口を塞がれた。

 ほがほが言っているシオンへと可哀想な視線が集まったのは言うまでも無い。

 

 

「既に受肉している我が飲み干すは、冬木の聖杯(紛い物)よりも、栄光の受け皿(生ける聖杯)こそ相応しい」

 

「受肉…、…確か……ん?

そうか……実際…好青年…」

 

 英雄王の傲慢な発言に、何やら考え出した太陽王。

 その表情に何やら気が付いたらしいその娘は、突如少しキャラクターが変わったようなことを言い出した。

 

「父上、私はまだ(母)親離れしたくはありません…と言えば我が儘になりますか?」

 

 

 

 娘の滅多にあり得ない甘えに、太陽王の顔が真夏の日差しの如く、ぱぁっと明るく輝く。

 だが、しばらくしてそれが落ち着くと、

 

「…いや、王族の娘()に生まれたからにはその様な我が儘は通らぬ。

そろそろ身を固めて孫を見せてくれるのも親孝行であろう」

 

「…今、母上と仲良くする為の邪魔者が嫁ぐ事を想像していませんでしたか?」

 

 作戦が不発に終わった娘は、胡乱げな視線を父親に送った。

 

「いっいや、そんなことは…無いのかもしれないぞ、多分な。

それに――――」

 

 

 素敵スマイルで誤魔化す太陽王。

 それでも訝しげな表情の娘に、父親は告げた。

 

「――それにだ、例えそうであろうと闘いに手を抜くなどと、剰え敗北など余が喫すると思うか?」

 

「――ええ、確かに。

失礼いたしました父上。

私も母上を除いて父上を引き下がらせる者など想像し得ません」

 

 ちょっとカッコいい流れに戻した親子だったが、初めて見る親友の媚びっ媚びの誤魔化しに対して凛は思わずツッコんでしまった。

 

「親離れとか、適齢期とか、普通数千年生きてたら終わってないかしら」

 

「…プリンセスジョークよ、リン」

 

「プリンセスジョークッ!?」

 

 そんな言葉は遠坂凛は十数年生きていて初めて聞いた。

 

 そしてもう1人驚いた顔の人物がいた。

 

「ジョークだったのかっ!?」

 

 (父)親離れしたくないというのが、ジョークであったと認識した太陽王は大いに傷ついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宴が終わった後、バルコニーで夜風に佇む古代の王女の元に、もう1人の古代の王女が歩いてきた。

 コルキスの王女メディア。彼女もまた太陽の神に連なる系譜である。

 

「…良い風ね、お姫様」

 

「ええ、貴女がこの風を呼んでくれたのかしら、お姫様」

 

 二人の姫は隣に並び、しばらくの間、言葉も無く夜風を受けていた。

 そして、その静寂をコルキスの姫が破った。

 

 

「…ところで、最後のアレは冗談だったのかしら」

 

「…ふふっ、先輩には敵わないわね」

 

 コルキスの魔女メディア。

 彼女は『象徴の姫であった』存在である。

 英雄イアソンは英雄であったから王女メディアと結婚したのでは無い。

 王女メディアと結婚したからこそ、英雄である事が出来たのだ。

 自身に価値はなく、自身に付帯する価値を譲渡することで英雄という価値を生み出す存在。

 それが『お伽噺のお姫様』。

 

 嘗て幾つかの小国であったお伽噺。

 王女に認められた英雄が、国を取る物語。

 再び現代でスケールを変えて繰り返されるそれに、遙か昔に『お伽噺のお姫様』の役目を終えた王女は後輩に優しく微笑んだ。

 エジプトの王女は、それを受けて礼をすると、胸元からあるものを取り出した。

 

 

 

 「お伽噺の臭いものへの蓋(ハッピーエンド)を終えたお姫様に渡したい物があるの。

これ(・・)の為に、明日から本気で殺しに来ても、私はそれを許容するわ。

その先にある自分で掴む明日(ハッピーエンド)を掴む権利は、全ての定め定められ者(お姫様)にあるのだから」

 

 

 メルタトゥムは部下に集めさせた、己の学校の社会教師の写真と情報が書かれたパルプ紙をメディアに渡した。

 

 

 

 

 葛木宗一郎

 

現在の職――――穂群原学園社会教師

2年A組担任

それ以前の詳細な過去――――存在するが不透明

学歴――――上記の関係により信憑性・低

職場関係者――――藤村大河。同僚以上の関係では無い

住所――――冬木市柳洞寺

家族――――上記の寺の者とそれに近い関係

 

 

 

親しい女性――――――――――特になし

 

 

 

 

「呆れたわ。

貴女、裏切りの魔女に裏切りを勧めるの?」

 

「同じ姫の目線からすれば、裏切られて、裏切ることも強要された可哀想な生け贄に映る――――というのは重ねた我が身可愛さかしら。

とはいえ、出来ないわけでは無いでしょう?」

 

 

 

「…どちらを選んだとしても、後悔なんてしないことね」

 

「後悔することは無いわ。少なくとも私は、ね。

何はともあれ、今夜は戦いの無い夜よ。

折角だから、明けるまでお付き合い頂けるかしら」

 

 

「ええ、縛られる姫と―――――」

 

「――――縛られた姫に乾杯」

 

 

 贄で在った姫と、贄として在る姫は、空いたグラスに互いに酒を注ぎ合うと、合わせた石のグラスで甲高い音を響かせてその中身を飲み干した。




 メルタトゥム
 この作品の主人公。
 マザコンマミー。
 生ける死者。
 作品内での立ち位置は参加者という寄りは賞品。
 副賞は世界。
 その本質は求める側ではなく、求められる側にある。
 世界の栄光を受ける器であり、英雄にその中身を飲み干される運命にあるもの。
 故に、生きた聖杯と言える。(但し、世界を手に入れるなどの類いの内容のみに限り、死者蘇生の類いは叶えられない)
 世界でも有数の資本家であり、それは今後も更に加速する。
 起源は権で出来ている。属性は集合。
 超マザコンにして、こっそりファザコン…。
 国際的な資金やメディアを使い、母の栄光を広めている。
 母の復活を望み、父は受肉するのだろうと思っている。
 母親譲りの美貌に、少し父親の面影が若干ながら混じっている。
 見た目は気位の高い令嬢なのに、父親の影響か露出癖を疑われるような衣装を好む。
 何をやっても上手くいく故に、余裕があり優雅である。
 能力が高すぎて失敗すると言うことは無かった。
 己の失敗はもちろんのこと、私が失敗と思わなければ部下の失敗も失敗ではない理論を押し通す。
 そんな彼女の失敗は、母の死とその復活、母の召喚に紛れて父親が出てきたことくらいである。
 イメージカラーは金と藍(エジプト藍)。

 一見艶やかな素直クールだが、父親相手には割と素直でも無い。
 自分のピラミッドは自分のものだという、並々ならぬピラミッド愛があるが、実は冬木のホテルはある人物へのサプライズプレゼントである。
 本当に父の日を忘れているわけでも、不必要だと思っているわけでも無い。
 まあ、そんな訳で今のところは父親に自身のホテルを所有物扱いされるわけにはいかないのだ。

 左の横髪を鎖のような金細工でオカピ巻きの様に巻いている。
 両端が青のグラデーションになった非常に長い幅広の白い一枚布を、首後ろを中心にして、胸、背中、下腹部を交差するようにした衣服を好む。巫女服の千早の袖の様なアームカバーも好み。
 戦闘用の衣装もその類いである。
 但し、父親からの指示によりミニスカートを下に着ている。

 虫と猫を好む彼女の嗜好から、使い魔もその系統である。
 主に虫は服がはだけないように衣服に着いてワッペンのような役目を行い、猫は可愛がられる役目を負っている。

 依存性は高くないものの、吸血種である。
 某ヒロインの様に、好きだから吸わないのでは無く、好きだから吸いたくなる性質。
 遠坂凛のことはぶっちゃけ血を啜り、眷属にしたいとも思っている。
 しかし、それを拒絶する所も実は結構好き。

 砂の魔術を良く使う。
 自身の血を含ませた砂は、疑似的な吸血種として、傷を付けた相手の血を啜る。


 『強制解放』(ブラッドヒート)
 多分、説明不要。
 敢えて元ネタを語るなら、超必殺技を使う時に必要な最強モードみたいなイメージ。

 『供物・蠍の試練』(メルシー・デス)
 砂の鎖で縛り上げた相手を、蠍の使い魔を核に砂により作られた巨大な蠍の尾で貫く魔術。
 これは世界に縛り上げられた姫という名前の供物である己には、いっその事針に貫かれてひと思いに死ねることが慈悲という願望の表れでもある。

 『供物・砂顎門の試練』(スタベーションデザート)
 一滴の血を染み込ませた砂漠を眷属の疑似吸血種として扱う魔術。
 アリジコクのアゴを再現し、相手を喰らわせる。
 砂の牙で食らいついた相手の傷口から、血液という血液を吸い尽くす。
 血に飢え、母に飢えて、しかし英雄に絞り尽くされる定めの己への皮肉の表れである。

 作品内では、『供物・蠍の試練』の簡易版をセイバーに対して使用。
 『供物・蠍の試練』からのキャンセル→『供物・砂顎門の試練』を凛に対して使用。
 共にダメージ無しである。







 遠坂凛
 友人兼ヒロイン。同性愛者ではない。
 だが、最近変な夢を見たりする。しかし同性愛者ではない。
 無いと言ったら無い。
 というか、実際無い。

 ネフェルタリ
 母親兼ヒロイン。同性愛者ではない。
 娘にあの手この手で狙われていたが、その毒牙から逃げ延びた。
 しかし、娘を邪険にしたこともなく、その愛情は本物であった。

 オジマンディアス
 父親兼ライバル。妻が凄く好き。
 どれくらい好きかというと、すれ違っただけで心がキュンキュンするくらい大好き。
 娘のことも好きだが、数千年前からずっと素直じゃないので困っている。
 同じ洗濯機に服を入れないでと言われたら、恐らく霊基消滅する。
 自分が妻の復活を望み、娘が己の受肉を願ってくれたら良いなと期待している。

 衛宮士郎
 この作品内では、凛では無くイリヤスフィールが師に付いている。
 割と厳しいロリ姉に日夜しごかれている。
 魔力パス先もイリヤに変わるかも知れない。

 イリヤスフィール
 主人公のことは大嫌い。
 それは士郎以外の家族を全て喪ったため。
 元より長くない人生の為、弟に託すことを己の残された意義だと認識している。

 シオン
 タタリを滅する為に参戦。アトラスの錬金術師。

 タタリ
 救世主を目指した錬金術師の成れの果て。

 臓硯
 救世主を目指した魔術師の成れの果て。

 セイバー
 この作品の中では凛のサーヴァントである為、性能が上がっている。
 正直、セイバーがいなければ最初の開幕爆撃で凛は死んでいた。

 ランサー
 太陽神の息子。実は肉体的な相性は一番良い。
 でも、参戦した中でさえ観測者の立場を崩さないお姫様は、やはり賞品かもしれないとか考えていたりもする。

 アーチャー
 この作品では、士郎絶対殺すマンではなく、助けられなかった女性達を助けられるならサーヴァントになって良かったと思っている。
 作品内での過去は、護りたかった女性は全て死亡。
 そしてその死のほぼ全てに関係している。
 世界の在り方を否定するに奔る寸前に、最後のチャンスを与えられた。
 タタリによる切嗣との戦闘により、投影・起源弾を取得した。
 魔力によって永らえている人物が多すぎる今回の聖杯戦争では、キーマンになるかも知れないし、ならないかも知れない。

 キャスター
 太陽神の末裔。
 実はギリシャ神話外にルーツがあり、ギリシャに吸収併合された国家・文化の象徴。
 富在る地の隠喩であり、それを食らったギリシャの発展に寄与した。
 役目を終えた『象徴の姫(物語のお姫様)』。
 イアソンという英雄がメディアを手に入れたのではなく、メディアという姫を手中にしたことでイアソンは英雄として確立された。
 尚、確立された後の英雄に、その姫が絶対に必要というわけではない。
 彼女は絞り尽くされた果実のように、ギリシャに捨てられた。
 この作品では、実は『魔法王女☆メルタトゥム』の新作劇場版の衣装設計担当。

 ギルガメッシュ
 4次ではツルペタ少女に粉を掛けていたのに、5次では巨乳のお姫様に鞍替えした男。
 未だに貧乳趣味ではあるが、それとこれとは別らしい。
 賞品(メルタトゥム)副賞(世界)も己に相応しいと思っている。
 それは自惚れではなく事実という自負がある。
 尚、『魔法王女☆メルタトゥム』、通称『まほメル』の重度のオタ。
 本人へのプロポーズというヤバいアニオタでもやらないことをしたがスルーされた。


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眠り姫は踊りたい

 眠り姫。

 その始まりは、宴に招かれなかった者が宴の主役を呪った事より始まる。

 争いの女神エリスも宴に招かれなかった怒りから、トロイア戦争を引き起こした。

 …とはいえ、招かれなかった間桐臓硯は、間桐家に招待状が来たことは知っていたし、そもそも桜の心臓ごと来ていたと言えなくも無いのだが。

 

 晩餐会にマスターのサーヴァント達が参加すると言うことは、逆説的にその夜に限っては臓硯やタタリの行動を阻害する者はいないということ。

 恐らくその可能性に気が付いていて、その上で無関心(寛容)な王女も何もしては来ないだろう。

 下手をすれば、臓硯やタタリさえ己の所有物扱いをしておかしくも無い。

 臓硯たち(所有物)無辜の民(所有物)をエサとしたところで、気にも留めることは無い。

 そう判断した臓硯とタタリによって、その夜二桁の死者と行方不明者が出た。

 霊地とは即ち、霊を呼び込む生者にとっての災厄の地、なのかも知れない。

 

 次の日、”冬木の殺人鬼復活か?”

 その様な見出しの朝刊が発行され、それを知った遠坂凛は表情を落とし、それを知った王女は哀れみという形式で想定内の情報を処理した。

 そして、そうある王女の優雅さを、錬金術師は少し恐ろしいと感じた。

 

 

「おはようシオン。昨日は遅かったのだから、もう少し寝ていても良いのよ」

 

「…確かに、未だ少し眠くはありますが、何もせず寝ておいて対価を頂くというのは」

 

 

 シオンよりメルタトゥムの方が遅くまでキャスターと夜更かしをしていたが、マミーとサーヴァントなのでそれは考慮に値しない。

 しかし、眠くとも生真面目な気質のシオンからすれば、雇い主が起きているのに何時までも雇われた側が寝ているというのも気が引けた。

 

 

「なら、一緒に寝ましょう。

私も、もう一眠りしたいと思っていたの」

 

 そうやってシオンに対して蠱惑的に微笑む王女。行動と一体化した権謀術数として無関心に哀れみを被せる王女。

 そのどちらが本当の彼女なのか、シオンに対しての態度も謀略の一環なのか、被害者への哀れみが本物なのか。

 どちらも偽物なのか?

 どちらも本物なのか?

 メルタトゥムに抱きしめられたまま、柔らかなベッドに身を倒されたシオンは、緊張と混乱と残っていた酒気の為に並列思考を全て夢の中に投げ出した。

 

 

 

「私のマスターを、代用品にしないでくれないかしら」

 

「ふふっ、でもシオンの事も好きなのよ。

それより、随分大人しめの格好なのね。

昨夜の夜会より余程気合いを入れる場面でしょう?」

 

 隠匿が掛けられた睡魔を呼び込む魔術を、マスターに掛けられたことを察して現れたメディアは、魔術を使われる前にほぼ夢の世界に落ち込んでいた主を抱きしめる、昨夜どころか数時間前まで二人きりで酒盛りをしていた王女に苦言を呈した。

 勿論、隠匿が掛けられたシオンに当てた魔術がメディアを呼ぶ為のものであることも、それをメディアが気付いたことを王女が気が付いていることも想定の上での事だった。

 

「普通に考えて、現代で豪奢なドレスを着ていたら驚かれるでしょう?」

 

「それに、寡黙な男性相手には自己主張が強すぎては良くないものね」

 

 やはり、わかっていて言った砂漠の王女に、小国の王女はため息をつく。

 

「わかっているなら、言わないで」

 

「こんな意味の無い会話が、意義のある日常を作る。

そうは思わない?」

 

 総合的に合理的な手段として情緒で搦めて遂行することを好むメルタトゥムが言うと、それは極まった冷静さの証明でしか無い。

 

「そうね、悪くは無いわ。

それと――――セイバーと遠坂凛を襲って、貴女が遠坂凛を、私がセイバーをって話だけれど」

 

「応えを急ぐ必要も無いわ。

先ずは貴女の王子様を追いかけてきたらどうかしら?

城で眠っていれば、王子様が来てくれる時代はもう古いそうよ」

 

 昨夜共に太陽に連なる二人の王女が、太陽の落ちた夜の帳で語った契約の締結は先に流れた。

 メディアにとっては、それより優先したいことがあったし、メルタトゥムにとってはメディアを巻き込んだ策も数ある選択の一つに過ぎなかったからだ。

 

「可愛らしいシオンや、可愛らしい騎士王より、寡黙な男が好みなのね。

でもそんな貴女も可愛らしいわ」

 

 

 部屋を出て行こうとするコルキスの姫に、太陽王の娘は蠱惑的に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メディアはそこらの深窓の令嬢が鼻で笑われるレベルの、箱入りのお姫様である。

 というか、箱入りのお姫様だった。

 ギリシャが小国を呑み込む流れの象徴でもあった。

 そこに彼女の意志は無かった。

 彼女が幼き日に自ら選べたのは、魔術の深淵を学ぶことだけ。

 

 そんな元王女様は、エジプトの王女が昨夜おまけと言って渡された、晩餐会で使われた和食レシピを睨みながら、ルールブレイカーではなく包丁を使って食材と格闘していた。

 エジプトの王女であれば、自分が作るのも自分が(配下に)作らせるのも、変わらないと考えそうなものだが、コルキスの方の王女様は違うのだ。

 それを理解する故にエジプトの王女は、プレゼント用に、自分には必要無いレシピ本を取り寄せたのだが。

 

 ホテルの一流の機材が揃った厨房で、彼女は1人。

 竜牙兵にでも手伝わせれば良いのだろうが、彼女にその選択肢は無い。

 慣れぬ和食に1人挑む。

 魔術や錬金術は料理と近いという。

 特に錬金術の秘奥は、料理のレシピに偽装したものも多い。

 メディアにとっては朝飯前。

 

 …その筈だったのだが。

 

 

「何故なの…」

 

 それは当たり前である。

 王族を含む超MVPに出されるレシピを、和食料理初挑戦のメディアが完璧にこなせるはずも無かった。

 道具作成(A)をしても、設定されたハードルが高すぎたのである。

 エジプトの王女は自分で食事を作る事が無いので、渡すレシピを見誤ってしまったのだ。

 それでも、初めてとは思えない基準ではあったのだが。

 

 奮闘すること1時間半。

 朝飯前どころか、一般的な朝食の時間など疾うに過ぎていた。

 

 

「私も協力させて下さい。料理は錬金術と同じようなものです」

「頼ることを学びなさい。殿方は甘え上手がお好きと聞くわ」

 

 そんな時、エジプトから来たメディアのマスターともう1人の王女が厨房に入ってきた。

 2人ともエプロン姿である。

 当初、メルタトゥムがほぼ裸エプロン染みた格好だったで、シオンが必死に止めたことは、深く追求しないし、するべきでも無い。

 

 

「…良いのかしら」

 

「ええ、任せて下さい」

 

 己のマスターの返事を聞いた王女メディアは――

 

「王女が料理を作る側に回るなんて、これも時代かしら」

 

「城で眠っていれば、王子様が来てくれる時代はもう古いという言葉を言ったのは誰だったかしら」

 

 ――隣の王女のからかいを皮肉で返すと料理を再開することにした。 

 

 

 

 

 結局完成までには、そこから数時間の時が経ってしまった。

 エプロンを抜けて服に付着した染みを魔術で落とし、料理を手にしたメディアはウキウキと五段重ねの重箱を持って行く。

 重箱には軽量化の魔術だけでなく、殺菌・保温の魔術も掛けられている念の入りようである。

 

 柳洞寺という霊地に近付くにつれ、奇妙な何かを感じながらも、それでもメディアの足は止まることは無かった。

 あと一歩で階段を上り終えるというとき

 

「何のようだ」

 

「えっ、ふぇっ?」

 

 先程まで気配の無かった背後から声がして、待ち焦がれた声に思わず振り向いたメディアは、転倒しそうになったが魔術で姿勢を維持した。

 しかし、折角思いを込めて作ったお弁当は空へと投げ出された。

 念には念を入れた魔術で保存された重箱だが、内部への衝撃対策は行っていなかった。

 

 しかし常人では無いのが声を掛けた葛木宗一郎。

 倒れかけたメディアを後ろから抱くように支えつつ、お弁当箱を掴んでいた。

 まるで武術の達人である。

 いや、メディアにとってはまさしく王子様であった。

 

「大丈夫か」

 

「………は、…はい」

 

 色々といっぱいいっぱいなメディアを優しく地面へと下ろした宗一郎は、「何のようだ」再度最初と同じ言葉を告げた。

 

「あっあのっ」

 

 本屋で高いところにあった本を取ってくれたお礼に――――――

 その一言が言えない。

 高速神言を有するキャスターの英霊でありながら、簡単な一言が言えない。

 そんな普段口が回るのに、今は少しも回らない彼女は、

 

「この弁当を、誰かに…?」

 

 日頃寡黙でありながら、今必要な事を聞いてくれる彼の言葉に頷いた。

 そして、渡す相手は貴方だと、細い声で告げた。

 

 

 特に意図は無かったのだろうが、五段重箱(これだけの料理)を一人で食べることは厳しいと言った宗一郎は、折角だからとメディアを含めて寺の者達と食事をしようと言い出した。

 幸運Bは伊達では無かった。

 聖杯に頼ること無く願いが叶ってしまう時点で、サーヴァントとしては極めて幸運なのは間違いない。

 …本当は、二人きりで食事が出来れば幸運はAだったのかも知れないが、それを望むのは未だ早すぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルンルンで帰ってきたメディアに、ホテルで佇んでいたメルタトゥムは訪ねた。

 

「その顔を見れば聞くまでも無いと思うけれど、敢えて聞こうかしら。

どうだったの?」

 

「上手くいったわ。ありがとう」

 

 

 

「それは良かったわ。

なら聖杯はもう要らない? それともこのハッピーエンドの続きを奏でる為に聖杯(誓いの杯)が必要?」

 

 それは悪魔の誘惑。

 しかし、かつて神々によって定められた英雄の花嫁という逃げ場の無いレールとは違い、己の意思で決められる道であった。

 

「…まだ保留にしておいても良いかしら」

 

「ええ、今後その答えを私から急かすつもりはないわ」

 

 

 エジプトの姫は、今も焦らせる気は無いのだろう。

 故に、今このことを聞いたのは、意思確認では無くお遊び。

 中々に性質が悪いとコルキスの姫は苦笑する。

 

 コルキスの姫は、そんなエジプトの姫に尋ねた。

 

「…知っていたかしら?

聖杯だけど、少々怪しいかも知れないわ」

 

「そうなのね。

恋のことだけに集中していても良かったのだけれど、盲目にはなっていなかったのね。

回答だけれど、私は気が付いてはいなかったわ。

それに、願いが叶えられるのなら、それ以外は些事でしょう?」

 

 

 コルキスの姫は、更にエジプトの姫に問う。

 それは、悪魔に問われない為に、悪魔に問う行為でもあった。 

 

「じゃあもう一つ。

ゲームで勝った者が賞品を手に入れるというルールがあったとして、貴女ならどうする?」

 

「そうね、ゲームを楽しんでも良いけれど、どうしてもその賞品が欲しいのなら、

――――――――ルールなんて無視してその賞品を直接手に入れるわ。

私はそうするし、貴女もそうするだろうし、他の人だってそうしたいと思うわ。

そんな方法を知っていればね」

 

 聖杯の場所を暴いて直接介入。

 他の者が聖杯を巡って争う間に、その器に溜められた願いを叶える力を奪う。

 キャスターが己の手持ちであればそうしたと、メルタトゥムは告げた。

 ルールを敷く側の人間が、どうして他者のルールの中で動く必要があるのかしら。

 でしょう? 同類(ルールブレイカー)――――――と。

 

 

 

 

 

 

 心理の駆け引きは分が悪い。そろそろ話を変えようかと考えていたメディアは、ふとある事を思い出した。

 

「ごめんなさい。もう一つ聞いても良いかしら」

 

「ええ」

 

 

「貴女のお父様は、娘の手料理を喜んでくれたかしら」

 

 そう、宗一郎へのお弁当を五段重ねにして尚、余ってしまった料理を、「余ってしまったのは勿体ないわね。どうしようかしら?」とメルタトゥムが言っていたことをメディアは覚えていた。

 普段なら「余ってしまって勿体ない」などと王女様の感覚で宣うことなどそうそう無いのだ。

 つまり、これはワザとだ。

 そう気が付いたメディアは、ワザとその様な事を仕掛けてボロを出した王女へと食らいついた。

 

「喜んでくれたでしょう」

 

「ええ、それなりには」

 

 

 はいダウトー。

 メディアは心の中でガッツポーズを取る。

 あの太陽王が娘の手料理を振る舞われて、それなり程度で喜ぶはずも無い。大喜びしたはずだ。

 しかし、それを敢えて言わないのは何故か?

 ――――――即ち、照れ隠しである。

 

 照れなんて一切無く、相手を照れさせて優勢に事を進めるもう一人の王女の弱みを握ったメディアは、内心で勝利を確信した。

 

「そうかしら、きっととても嬉しかったはずだわ」

 

 そう。確かにメディアはそれを見抜いていた。

 本当に完全な推理だった。

 

 

 だが――――――、

 

「でも流石にお姫様抱っこされる本物のお姫様ほどは、喜んではいないでしょうね」

 

 そう言ってメルタトゥムの胸元から取り出されて、見せられたのは一枚の写真。

 

 

「貴女が行く場所はわかっていたもの。

…この喜びを大切にすると良いわ。

写真は差し上げるから」

 

 

 写真の中にはいつの間にか撮影されていた、葛木宗一郎に階段で姫抱きにされるコルキスの王女が写っていた。

 

 

 

 

 

 故に、その写真に気を取られた余り、エジプトの少女の頬と耳が少し赤くなっていた事までは気がつけなかったのである。



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幽雅たる隔絶

 メディアとのプリンセシーズトークで少々盛り上がりすぎたメルタトゥムは、冷風を浴びる為に夜の帳の降りた町に繰り出すことにした。

 冬の夜は寒い。薄着趣味のメルタトゥムも上にロングコートを羽織って外に出た。

 …ロングコートの下は、肩だしニットとホットパンツな辺り、少し間違えれば痴女なのかも知れない。

 

 

「ニャー」

 

 静かな夜道。

 メルタトゥムの近くに侍る家庭用スフィンクスが小さく鳴く。

 それは常人には聞き取れない、微細な音を感じたからに他ならない。

 

「ええ、わかってるわ。

私も感じてるから」

 

 サイドアップにされた髪の反対側の肩によじ登ってきたスフィンクスに、視線を逸らさぬまま王女は答えた。

 動物のみが感知できる、遠くからの足音。

 メルタトゥムは、音より先にそのものに宿る何かを感じていた。

 

 

 視線は揺るがない。

 次第に大きくなってくる足音に、そして視界の中で大きくなってくる姿にメルタトゥムは表情も変えず待ち受けた。

 

 

「こんばんは、リン」

 

「メルト、悪いけどまた今度にしてくれるかしら」

 

 

 

 道路の向こうから駆けてきた凛に声を掛けたメルタトゥムに対し、彼女の友は素っ気なく先を急ごうとした。

 それもまたよし、とは考えたものの珍しいことに王女はそれ以外の行動を取った。

 

「随分と恐い顔をしているのね。

何かを失った?

…それとも、何かを奪った相手を今になって知った?」

 

「――――――どうして、それを」

 

 

 先程、凛の前に戯れに現れたにウルクの王によって、先代の遠坂当主が何故死んだか、その答えを遠坂凛の兄弟子に聞けと、綺礼が関与している節を匂わされた。

 そこまで言われてしまえば、最悪の可能性の一つが思い浮かばないほど今代の遠坂家当主は愚鈍でも無い。

 故に、教会まで駆け続けたのである。

 

 問題は、何故それをメルタトゥムが知っているかということだった。

 

 

表情(かお)よ。奪われた側に同じ表情(かお)をしていた者は多かったわ。

――家督争い。あの時代の名家には良くあったこと、よ」

 

 誰もが、偉大なる神王の後を継ぐ事を求めていた。

 その時代に生まれた為に、メルタトゥムの母を含めて父以外に血の繋がった者で長生きした者はいなかった。

 それが自然な死でないことは誰もが感づいており、誰も口にすることは無かった。

 ただ、彼女の父親が、己の妻の喪失を悼んだのみである。

 未だに続く反抗期の一つは、母や兄妹達を守れなかった父への理不尽な恨みということもある。

 

「だからね、忠告してあげる。

そんな理性を失った顔で、その後長く生きていた者もいなかった。

リン、貴女は今、とても酷い表情(かお)をしているわ」

 

 王女自身は口に出しては言わなかったが、ネフェルタリを喪ったときのメルタトゥム自身が絶望と憎悪に堕ちていた。

 そこに余裕も、優雅も無かった。

 結局、それから暫くして王女は一度目の死を迎えた。

 

 

「家族同然の人間は、即ち家族では無い。

人は死を盛る害意を笑顔で隠し、死を盛らせた悪意を涙で彩れる。

そんなことにすら気がつけていなかったから、弟も死んだ。

弟を神輿にと考えていた者達は、義憤を名誉の盾にして進み、そして散った」

 

 珍しく淡々と物事を語る王女。

 気が付けば凛の足は、いつの間にか止まっていた。

 

 

「貴女の最後を看取るのは、私だと思っていたけれど、貴女が選択する路を私は否定しないわ」

 

「忠告ありがとう。私が負けることを決めつけた態度は気に食わないけどね」

 

 

 限りなく黒であろう綺礼に、決着を付ける前に凛はある程度の冷静さを取り戻した。

 

「貴女の敵を、私が倒しましょうか?

貴女が殺しても、貴女の為に私が殺しても同じでしょう?」

 

「随分と入れ込んでくれるのね。

でも、綺礼にはきっちりこの手でケリを付けたいの。

…冷静にさせてくれたお礼に此方からも忠告するわ。

ギルガメッシュは危険よ。万が一、私が死んだら――――」

 

「凛が死んだら、その後のことは私に任せなさい。

全て終わらせた後、リンの死体を探して永遠を与えてあげるから。

…それにしても負けを前提に話すなんてらしくないのね」

 

 温度の無い表情から、普段の余裕ある笑みに戻った親友のからかいに対し、凛は笑い返すと同時に冷静さを完全に取り戻した。

 

「そうね、らしくなかったわ。

それにしてもあの金ピカ――ああウルクの方の金ピカは、雑種である人類を間引いてやるなんて傲慢なことを言ってたわ。

…エジプトの金ピカ親娘は違うわよね」

 

「酷いわ。そんなことを言う殿方も、私を疑うリンも」

 

 王女は、優雅な笑みのままそう告げた。

 

 

 

「私には本音を言ってくれても良いんじゃ無いかしら」

 

 凛はその優雅な態度を否定するように断定した。

 

 

「あら……そうね。

いいわ、だって他でもない貴女(リン)だから。

ねえ、リン。――水族館は好きかしら」

 

 

 唐突に水族館について聞かれた凛は、否定する要素もないので肯定した。

 

「私は好きよ。

所狭しとお魚たちが賑やかに泳ぐ水槽を眺めるのも、静かな水槽を眺めるのも、どちらにも愛でる風情は存在するわ」

 

 それは、この世界についての観点。

 それは、ギルガメッシュによる選別の有無にさえ示される寛容。

 永遠を与えられた超越者の視点。

 そして何より――――――、

 

 

「何時まで分け隔てられた神族や王族(透明なガラスの向こう側)でいるつもり?

そういった態度、気に食わないわ」

 

超越者たる父の意思(水槽の温度を上げるだけで)だけで、お魚たちは死んでしまうというのに?」

 

 良く顔を合わせる凛でさえ、見下された怒りどころか、怖気がするほど、美しい表情で語る王女。

 それは、太陽王に対する純然たる信仰であり――――

 

 

「――――それに、水槽の外で迷子になった私を探す(ひと)がいる。

迷子になっても私が探す(ひと)がいる。

雑種たちの世界(ガラスの向こう側)には行けないの」

 

 その姿は、ガラスに護られていなければ存在できないような儚さを湛えていた。

 見下された怒りなど沸いてこない。

 凛は、水の中では生きていけない可哀想な王女が、可哀想だと感じられた。

 

 

「そう?

なら、そのガラス、ぶっ壊してあげるから覚悟なさい。

家族みんなでずぶ濡れになったところを笑ってあげるから」

 

 故に、彼女は宣戦布告をするのだ。

 それこそが、きっと自分達に相応しい間柄だと思うから。

 

「…期待しているわ」

 

 

 欠片も期待していないような余裕を以て、親友である王女は優雅に答えた。

 冬の夜空は冷たい。

 けれど、そこに生きる人々の魂は確かな温度を持っていた。

 

 

 

 

 

 

 太陽ほど熱くは無いが、有限故に輝いている駆け抜けていった少女を振り向くこと無く見送った王女は、同じく太陽の残滓たる青年に声を掛けた。

 

「私達の会話(ワルツ)が終わるまで待ってくれていたこと、感謝するわ。

次のお相手は、貴方かしら」

 

「これ以上無いって程身体が高ぶるお嬢さんだが、心にはどうも響かねえな」

 

 互いのルーツ故に、互いの肉体は惹かれ合う。

 しかし、互いの魂は全く相手を求めてはいなかった。

 

「…貴方が上品を知らない人種とは思えないのだけれど」

 

「なら上品なまま死んでな」

 

 野性的な男は、わざと下品な笑みを浮かべた後、その得物を突き出した。



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心に届くは真っ直ぐな――――

 蒼き戦士に突き出された槍は、古き王族の姫君の首筋を抉る。

 余りの勢いに、驚愕に染まったその細い首は千切れて転げ落ちるが、その首はいつの間にかその隣にいた微笑を湛えるメルタトゥム自身手の上に収まった。

 そして、その首は砂へと変わり、地に落ちる。

 

「驚いたわ――――」

 

「――――だろうな」

 

 

 その優雅に笑う王女の左腕ごと右胸を、いつの間にか再度繰り出されていた槍が貫いていた。

 

 

 

 しかし、王女は突き刺されたまま、後ろに下がることで槍を身体から抜いた。

 その傷口は、既に塞がっている。

 

「やっぱりその見ていない(・・・・・)態度、気に食わねえ」

 

「自分だけを見て欲しいなんて、情熱的ね」

 

 再度繰り出された槍が、再び王女を貫く。

 しかし、その寸前で王女の目の前に張られた砂で作られた蜘蛛の糸がそれを防いだ。

 

 

「遊び程度にはなるようだな」

 

「遊びのつもりだなんて、寂しいわ」

 

 

「――はっ、心にもねえ事を」

 

 再び槍を突き出すと、その蜘蛛の糸の隙間を縫ってメルタトゥムの足を貫いた。

 未だ、ランサーは本気は出してはいない。

 本気を出すまでの相手とも思えなかった。

 そういった相手とは思えないのだ。

 戦士と向き合っている気概が、相手からは一切伝わってこない。

 

 風が吹く。

 その二人の間を分ける風よりも、クー・フーリンの心は冷えていた。

 

「自分達だけは別物(・・)ってか? 金ピカってのは皆そうなのか」

 

「あら、ウルクの王とはお知り合いなの?」

 

 

「今更シラを切る気はねえ。

にしても座に登録され令呪に縛られた使い魔(サーヴァント)と、世界が定めた英雄の為の舞台装置(永遠の姫)が自分達は別物って面なのが気に食わねえ。

枠の内側にいるのに、観測者のつもりなのは滑稽だぜ。

不快だったらすまねえが、まあ、気にすんな」

 

「不快? 違うわね

――――――――それは、不敬よ」

 

 

 王女の温度が変わったのを槍兵は感じた。

 とは言え、直接対決で負けるようなら英雄では無い。

 しかし――――

 

「そんな目も出来るのか。

そっちの方が好みだぜ」

 

「貴方の目も綺麗よ。

でも貴方にとっては残念なお知らせよ。

私は、犬よりは――猫派なの」

 

 複数の蜘蛛の巣を正面に展開しながら、王女は槍兵と距離を詰めた。

 しかし、寸前のところで王女の姿は崩れるように消えて、ランサーの背後に二人のメルタトゥムが現れた。

 だが、ランサーは見向きもせず、先程王女が消え去った場所へ向かって真っ直ぐに槍を穿つ。

 

 貫かれた場所には王女の美しい顔があった。

 しかし王女は右目を貫かれたまま、後頭部に抜ける柄を掴み、もう片方の手から蛇の形をした砂の刃を飛ばす。

 

 ランサーは己ごと包むような炎をルーンで作り出すことにより、それを防いだ。

 

 

 超至近距離。

 それこそが槍使いの最大の弱み。

 普通であれば、それは間違ってもいない。

 だが、相手は尋常では無い槍使い。

 メルタトゥムも王女と言えど、それぐらいのことはわかっていた。

 

 わかった上で肉薄する。

 本来、槍使いに対して最も有効な間合いは、同じ戦場に立たないこと。

 矢、石や硬い乳製品の投合、謀略、毒、手駒の兵士、軍隊の出兵――――――

 王女という立場であれば、本来そうするのが正しかった。

 その事は誰よりもメルタトゥム自身が理解していた。

 

 

 だが、何故だかは知らないが、クー・フーリン(この男)とは、父をも挟まずに相対したいと感じた。

 魂は全く惹かれないのに、肉体は相手を認めていた。

 それは相性と言っても良いだろう。

 

「光栄を感じなさい」

 

 鋭い蹴りで片腕を吹き飛ばされたメルタトゥムは、表情を変えること無くそのままランサーに抱擁し、そしてその首筋に牙を立てた。

 牙が触れたのは一瞬。

 それはランサーの手刀によってもう片方の腕を切り落とされ、目を貫いた槍を引き抜き、柄で打ち払って弾き飛ばし、そのまま背後の砂の虚像二体を貫いた。

 

「つれないのね」

 

 両腕と頭部を再生させながら、宙を介して口元に流れるランサーの血を舌で転がしながら王女は笑う。

 

 

 

「今ので死なねえのか、仕方ねえとっておきだ。

 

――――――――刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)

 

 

 

 それは、師より受け継ぎし槍を以て、神話に伝わる技法を更に独自に練り上げた絶対死の魔槍。

 如何なる俊敏さを持つ者も、その槍の前には無力。

 類い希なる幸運がなければ、其を受けて命ある者は無い。

 

 音さえも置き去りにして迸る紅い閃光は、王女を当然のように貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 王女は倒れる。

 その身体から夥しい血液を流しながら。

 そして――――――――

 

 

「あ、ら…しにかけた…わ」

 

 心臓の僅か横に空いた孔を修復しながら立ち上がった。

 

「へえ、やっぱり、エジプトでも心臓には魂が宿るってやつか?」

 

 流石に心臓を穿ち抜かれれば、死ぬ。

 その解答(こたえ)に漸くランサーは至った。

 ならば、己の得意分野であると。それにしても――――――

 

 

「はっ、随分と幸運なことだなお姫サマ」

 

 

 刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)をこの距離で、此処まで逸らさせるのは、幸運という基準では測れない。

 

「私が――――、幸運?」

 

 メルタトゥムの幸運は、規格以上という意味でのEXである。

 世界に愛されしトロフィー。

 行使するのではなく、ただ受けるがのみ故に、例外として許されうる権能。

 それが彼女であるからだ。

 

 しかし、メルタトゥムは己の幸運を知っていて、その規格外の幸運があって尚、母を喪ったこと――即ち世界の認める幸福の中に母が無かったことを憎んでいる。

 そもそも、クー・フーリンは望めばゲイ・ボルクを当てられるのだ。

 欲すれば当てられるのだ。

 メルタトゥムの心臓や命では無く、メルタトゥム自身を欲すれば。

 

 彼女の幸運は、彼女を手に入れる英雄の為に存在するものであり、彼女を英雄が手に入れた時点でその幸運は彼女と離別する。

 クー・フーリンが、彼女を求めた上で因果逆転の槍を差し向ければ、それは即ち――――届く。

 

 

「貴方、本当に素敵な男性ね」

 

「なら素直にハートを射止めさせてくれ」

 

 メルタトゥムを掴む勇者として、クー・フーリンは間違いなく基準の幾つかを突破している。

 強く賢く美しく血筋が良く心根が通っている。

 実に良い男である。

 女性であれば、己を求めて欲しいと感じるであろう。

 

 女性に縁がない、クー・フーリンとは真逆の男性像を想定するとなれば、どうだろうか?

 男性には聞かせられない女子会の話の内容を婉曲に言うなれば、悪いところはないけれど、―――良いところも無い。

 善良だが、モテない典型的な男性の多数が、これに当てはまる。

 悪いところが無い方が良いのは当たり前だ。

 だが、良いところが無くてはそもそものトキメキが生まれない。

 男性に取って、ある女性が太陽の如く輝く唯一の運命の人であったとしても、その女性には関心が向かない地上の砂の一粒に過ぎない。

 

 その点、クー・フーリンには魅力が大いにあった。

 例えるなら、彼もまた太陽から生まれし灼熱。

 狂気の月。

 王女に極めて近い存在であり、目を背けることすら許さない立ち位置にあった。

 

 だが、王女にとってはそれでも合格点では無かった。

 彼女は求める者(英雄)では無く、求められる者(お姫様)であるが、拒否権の無い身でそれを拒否した。

 

 それは、悪いところが良いところを上回ったからなのか、それとも父親とはタイプが違いすぎたのかはわからない。

 

 

 

「それは貴方次第ね」

 

 王女は、己の血を拭い、舐め取りながら告げた。

 

 

「そうか、じゃあ今度こそ射止めてやるぜ。

刺し穿つ(ゲイ)――――――くそっ、また今度だ」

 

 

 

 今度こそ必滅の槍を繰り出そうとしたところで、突如魔力の光に包まれたランサーは、令呪により何処かへ強制的に飛ばされた。

 残された王女は先程まで穿たれていた孔があった場所を撫でながら言う。

 

 

 

「私の心の一番近くまで近付いた殿方がいたと告げたら、父上はなんと言うかしら」

 

 その瞳は、少しだけ嗜虐の色を帯びていた。




FGO風

入手イベント 栄獄幻想輪舞曲シンデレラダンスホール

召喚時
物語のお姫様、太陽王の娘、好きに呼ぶと良いわ。
今の私には副賞は付いていないけれど、十分でしょう?

レベルアップ
また世界が貢ぎに迫ってきているのかしら、もうこりごりよ

霊基再臨1
この硝子の靴を磨く職人を呼んで下さらないかしら

霊基再臨2
この髪飾り、綺麗でしょう。
私の方が…? ふふ、正直ね

霊基再臨3
この話す鏡、おかしいのでは無いかしら。
世界で一番美しいのは私では無く母上よ

霊基再臨4
『伽噺のお姫様』の源流、見て、聞いて、語りなさい


絆1
招待状の代筆をお願いするわ

絆2
私のドレスを手配して下さる?
なるべく風通しが良いのをお願いするわね

絆3
実はどうでも良いと思ってるんじゃ無いかですって?
ふふ、違うわ。――どうでも良かった、よ。意味は自分で考えなさい

絆4
私と踊りたい英雄は多くいるのだけれど、その上で貴方の手を取る意味、理解して下さるかしら?

絆5
貴方、世界を手に入れる気はあるかしら――――――ふふ、戯れよ


会話1
何かあったようね、どうするかは任せるわ

会話2
私は姫、彼は王で、彼女は戦士、――――では貴方は?

会話3
好きになさると良いわ。それが私のそれだから

会話4
父上がいるの。そう…。ところで母上は?
いない…ですって…!? すぐに探しなさい(オジマンディアス所属)

会話5
あれは…。ねえマスター、あの中身(女神)を追い出して、器だけ私に頂けるかしら(イシュタルORエレシュキガル所属)

会話6
魔法少女らしい仕草をして欲しいですって、良いわよ。
マジカルプリンセスメイクアーップ♪
変身中は少々刺激が強すぎたようね、マスター後は頼んだわ(術ギルガメッシュ所属)

会話7
魔法少女らしい仕草をして欲しいですって、良いわよ。
プリンセスレッグシザースホイップ♪
…幸せそうな顔で寝るのね、マスター毛布をかけてあげて(弓ギルガメッシュ所属)

会話8
彼女とは同じ太陽の系譜なの、共にいて心地が良いわ。
マスター、ファジーのカクテルを3つ用意して下さらない?
私と、彼女と、貴方の分(メディア所属)

会話9
貴方もいずれ、英雄のに…いえ、それを決めるのは私では無いわ(メディア・リリィ所属)

会話10
此方の殿方とは、太陽神という共通項はあるわね。
二人揃えるとマスターには眩しいかも知れないわ(クー・フーリン所属)

会話11
私が貴方を強くする?
素敵な口説き文句ね。…次からはもう少し視線を上げて言って頂けると嬉しいわ(ガウェイン所属)

会話12
非の打ち所の無い殿方だけれど、少し苦手かも知れないわね。
…あら、この私が苦手……?
――――――そんな方、今までにいたかしら(カルナ所属)

会話13
そう、貴女も生け贄なの。
私の物語を語ることを許すわ。それが慰めになるかしら(シェヘラザード所属)

イベント
何やら新しい物語が始まったようよ

誕生日
今日は貴方の物語が始まった日。賜りたいものはあるかしら?

好きなこと
母上よ、聞くまでも無いでしょう

嫌いなこと
ごめんなさい、そもそも嫌うほどの関心が無いの

聖杯について
母上…


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I LOVE YOU

 遠坂凛は英雄王の戯れにより、言峰綺礼の裏切りを本人から聞き出した。

 そして騎士王を背後に迫る凛の姿に、綺礼はこの時点で己が英雄王の用済み(興味の外)になったことを理解した。

 とはいえ、英雄王がいなければそこで全てを諦めると言うほど、綺礼は諦めが良くも手札が無い訳でも無い。

 

 故に、ランサーを呼び出した。

 一度目の令呪は、マスターの交代を承服することに使われた。

 二度目の令呪は、他のサーヴァントとの偵察をする事、決着に拘らず鞘当てに徹することを命じられた。

 メルタトゥムを殺すつもりで戦えたのは、彼女がサーヴァントでは無いという抜け道があったからに他ならない。

 

 そして、これは三度目である。

 マスターには三画の令呪があり、サーヴァントにはこの三画の令呪がある限りマスターに縛られる。

 逆説的に、三度令呪により命令を与えられたサーヴァントはマスターから解放される権利を得る。

 

 ランサーは、この時点で言峰綺礼に反逆する機会を得た。

 とはいえ、言峰綺礼は監督役として今までに使われることの無かった、幾つもの予備の預託令呪を保持している。

 実際には、クランの猛犬は檻から出たのだとしても、その檻を捕らえた更に大きな檻に捕らえられていた。

 

 

 メルタトゥムが、ランサーとの戦いに己の父親を呼ばなかった最大の理由は其処にある。

 王女は、ブラフを搦めて監督役である綺礼がマスターの一人である事を凛から聞き出した。

 当初は確信こそ無かったが、「綺礼にはきっちりこの手でケリを付けたいの」と言った凛の言葉でそれを確信した。

 げに恐ろしきは、親友相手に知らないことを平然と知った風に話し、その会話の中で実際にそれを知る王女の豪胆さである。

 

 そして王女は英雄王が言峰をつれずに単体で凛に接触して、綺礼を売った時点でランサーが呼び出されることは予想していた。

 サーヴァントに対抗する為の戦力は、この時代の人間ではサーヴァント以外の手段が無いであろうと。

 そして、間桐か監査役の綺礼であれば令呪の制限など幾らでも誤魔化しが利くだろうと。

 故に、最初からセイバーを連れた凛が綺礼に会うまで。

 それが戦いの制限時間であるとメルタトゥムは推測していたのだ。

 ランサーが己を殺し損ねて、セイバー対処に呼び出されるところまでは、あり得る可能性の一つとして想定済み。

 だからこそ、会話で時間を稼いだし、己の父親(サーヴァント)を呼び出しもしなかった。

 己の想定の外に出て、どうにもならないことがあるのなら、例え令呪が無くてもそこに最強の守護者(オジマンディアス)は来ている確信もあった。

 

 そもそも、メルタトゥムには令呪の命令権など必要の無いものだ。

 令呪が無くなったところで、彼女の父親が娘を見捨てることなど絶対にあり得ない。

 精々、令呪の使い道はネフェルタリ関係のことになりそうだが、父親(恋敵)相手に令呪を使って勝負する気も無い。

 最初から令呪で縛る必要も無いし、令呪が無くて困ることなどメルタトゥムには存在しないのだ。

 何故なら、オジマンディアスとネフェルタリの血という、令呪などより遙かに強い絆が其処にはあるのだから。

 

 

 

 

 

 

「先日は綺麗な薔薇をありがとう。部屋に飾らせて貰っているわ」

 

「――我が后にはアレでも不足とは思ったが、満足したのなら良い」

 

 

 夜風を浴びながら歩き着いた公園のブランコに座って、教会の方角を眺めるメルタトゥムは、いつの間にか隣に立っていた黄金の王に語りかけた。

 

「やろうと思えば、あと幾度か令呪による強化が出来る北欧屈指の英雄が相手。

凛には期待しているから頑張って欲しいものね」

 

「ふん、それは言峰が預託令呪を保持していることの最終確認か?

その様な形を取らずとも、后相手に隠すことはせぬ」

 

 凛の時と同様に、可能性が高いが確信仕切れぬ事象を、既知である仕草で確認する形で話しかけられたギルガメッシュは答える。

 しかし、己の思惑を察せられたメルタトゥムは、焦ることも無い。

 

「そう、ありがとう。

じゃあ教えてウルクの王様。

貴方は――――――――世界()に何を求めるの」

 

 

 見識者であるギルガメッシュへ尋ねるは、セイバーとランサーの勝敗などという些事では無い。

 己と父が手にする事が決まっている聖杯に求める事など特に意味は無い。

 故の質問だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギルガメッシュはただの魔法少女オタクだからという理由だけ(・・)で、メルタトゥムを求めているわけでは無い。

 偽りの聖杯、元よりその原典を持つシュメールの王には、固執する必要は無い。

 叶えられる願いは世界そのものの享受に限られるが、生ける聖杯である姫君(聖権)はかの王の倉の中にも無く、真の王が手に入れるに相応しい物である。

 そういった、傲慢でありながら自然な答えが其処にある。

 だが、そう言った『財』の一つとして見ての理由だけ(・・)でもない。

 

 

「恋をするのに理由などというものは無い」

 

 それが、今ギルガメッシュが答えられる理由だった。

 

 

「ありがとう、それ以上の素敵な言葉は想像できないわ」

 

「なら、我の愛を受け入れるが良い」

 

 

 それは、王道にして正道の求婚であった。

 世界最古の英雄王が申し出て、世界最古の姫君へと送る愛の告白。

 これ程までに似つかわしい二人もいないであろう。

 黄金の勇者による黄金の姫への求愛。

 古来より画家や詩人が追い求めた究極の美しさ。

 島国の小さな公園に、世界の祝福が一点に集まろうと言わんばかりの瞬間。

 その答えは――――

 

 

 

「そうね、でも保留で良いかしら。

…夜歩きをして、一晩で二人の男性と語り合うとははしたないと怒られてしまうわ。

――――――――いえ、もう手遅れね」

 

 

 娘を探しに来たもう一人の黄金の王によって打ち切られた。

 

「余に話を通さずに逢い引きか?

――覚悟は出来ているであろうな、英雄王」

 

「面白い、新婦の父親への手向けは宴の終わりに用意していたが、待ちきれなかったか?」

 

 

 

 聖剣の騎士が荒ぶる神子と激突する最中、夜風の止んだ公園で黄金の王達の戦争も始まろうとしていた。

 




王女は、凪いだ風の代わりに手扇が送る風に戯れていた。


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『エメル姫への求婚』

 古代ウルクの英雄王ギルガメッシュ、そして古代エジプトの神王オジマンディアス。

 この二人が衝突すれば、被害を抑えるのは難しいだろう。

 ましてや、被害を抑えようとする気があるかも疑わしい。

 本来監督役がいても、被害を隠匿するのは難しいであろう事が、今まさに起ころうとしている。

 監督役がマスターとして参加しているこの状況では、誤魔化しようも無いだろう。

 その上三名とも、根源に至らなければ叶えられぬ願いが無いなら、根源が最適の手段としての立ち位置で無ければ、魔術を隠匿する必要性を感じない者達だ。

 

 聖杯戦争が、根源へ至る事(本来の目的)を果たせなくなろうと、己の目的を果たせるならそれで構わない。

 この大災害が発生したら多くの人々が死に絶えるだろう。

 しかし、それで死ぬ程度ならその程度の雑種だとギルガメッシュは言うだろう。

 メルタトゥムもオジマンディアスも己に仕えるべき民を浪費するつもりは無いが、それが浪費では無く価値ある消費なら否定はしないだろう。

 かつて島国に己の命に代えても、国民を守り抜いた皇帝がいたが、価値観に違いというのは当然のように存在する。

 

 始まりの三家の夢を費やしてでも、冬木に住まう人々の命を費やしてでも、それが最終的に必要ならば否定する者は此処にはいなかった。

 

「私の為に争うのは止めて…というのは今更ね」

 

 王女は巫山戯て笑う。

 

 そもそも優勝杯(トロフィー)は争い、奪い合われる為に存在する。

 奪い合った果てに残った者が手にする為にある。

 手に取られる前の杯は、即ち不和の象徴。

 彼女が存在している時点で、彼女の為に彼女の存在が争いを起こさせるのだ。

 謡われるほどの物語によって、求められる姫。

 それを誰よりも理解しているのは他でもない優勝杯(メルタトゥム)自身なのだから。

 

 太陽王と英雄王がただ一人の娘・后(予定)の為に争う。

 そうなれば、この町は消える。

 別に、それが目的に沿うものであれば、無駄では無い犠牲であれば、可哀想と悔やむ姿を見せ、悲惨な災害の生き残りを演じれば良い。

 きっとそれは何処までも自然に為されるだろう。

 そして更に世界は王女の副賞として掌握されるのだ。

 考えるまでも無い。

 けれど、その思考の隙間に計算されぬ想いが挟まれる。

 

 

 

 凛が悲しむ――か、私の目的は母上だけで良かったのに。

 随分と未練があるのね。

 優勝候補との一騎打ち。

 これを乗り越えれば、()へと手が届く。

 他に伸ばす手の先なんて、考えることは無かったのに。

 そう内心で王女は呟く。

 

 

 人は何時までも、両親に手を握られていられるわけでは無い。

 何時かは夫婦となり、親となり、自身が繋ぐ手の先にいる相手が変わるものだ。

 もしかすると、この瞬間が、彼女にとって最初のそれだったのかも知れない。

 

 

「だから、この先は物語のお話ね。

――――――――演目再開」

 

 現代に残された最古の姫が紡ぐは、全四節からなる幻想的な大魔術。

 謡うように、踊るようにその大魔術(物語)は紡がれる。

 歌劇の幕が上がる。

 それから先に起こる全てのことは物語になる。登場人物が何をしようと、現実世界に一切干渉しない、干渉させない。

 登場人物以外の誰がそれを観測しようと、それは全て物語の中の出来事へと改竄される。完結される。

 条件は一つ。

 それが『お姫様の物語』であること。

 全ての姫の源流である彼女には、その源流から続く全ての姫の逸話を己の物として所持している。

 

 此度の演目は『エメル姫への求婚』。

 登場人物は、絶世の美女エメル姫、そしてその父親、最後にエメル姫に求婚する勇者の三人である。

 娘の結婚に反対する父親を倒さなければ、結婚は認められないという物語だ。

 結末として、勇者は姫の父親を倒す物語なのは、敢えて触れる必要は無い。

 この魔術に定められるのは、王女によって切り抜かれた基礎となる設定だけだからだ。

 姫を巡って、その父親と求婚者が決闘する。今回はその設定だけが定められている。

 

 『エメル姫への求婚』に登場する勇者の二つ名が、『クランの猛犬』であったり、『光の神子』であることも特に理由は無い。

 王女にとってからかいついでに、敢えて煽ってみるのも一興だが、物語を知らない相手にそれを自分が話すのは無粋、相手に教養が無かったと認識することにしていた。

 

 言い換えれば、オジマンディアスに勝った時点で、メルタトゥムはギルガメッシュの求婚を受けると言うことでもある。

 それは、父が負けることは決して無いと信じているからか、それともウルクの王の言葉に揺れるものがあったのか、それは秘密の奥へと沈んでいる。

 

 

 

「――――エメル? 聞いたことがあるな」

 

 求婚する側の黄金の王が、そう告げた事に少々王女は驚いた。

 

 

「ご存じでしたの?」

 

「いや――――ああ、思い出した。

あの狗が妻の話ではないか、意地が悪いぞ后」

 

 

 この物語をギルガメッシュが理解していたと認識した王女は、艶やかに笑って宣告した。

 

 

 

「ご存じのようなら手間が省けます。説明は不要でしょう?

私の為に、この物語を紡ぎなさい」

 

 

 結末は未定。

 父王が勇者を倒して娘を護るのか、勇者が父王を倒して姫を娶るのか、この物語(FATE)は――――――登場人物自らによって紡がれる。



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絢爛たる黄金劇場

 たった一人の賞品を巡った、一人と一人による大戦争。

 それは幻想的で、凄惨で、残酷で、恐ろしくて、そして美しい調べの物語。

 

 開幕の一手で、公園で在った場所は更地になった。

 しかし、これは互いの陣営にとって小手調べである誘いの一撃に過ぎない。

 一瞬の交錯程度のものでしか無い。

 

 凡夫であらば、この光景に腰を抜かすどころか、生きて見学することは能わない。

 しかし、この場にいるただ三人の演劇者にして観測者は、誰もが皆その表情に笑みを浮かべていた。

 

「やるようでは無いか。娘が欲しいと言うだけはある」

 

「この程度で理解したつもりか?

では―――行くぞ」

 

 相対する二者は楽しみを表情に灯し、それを眺める王女もこの特等席に期待を隠さない。

 参劇者が纏うは揃って黄金。

 その気質、覇気もまた黄金。

 放たれる閃光、放たれる武具もまた、それに似つかわしい輝きを証明する。

 

 黄金のドレスを身に付けた姫が謡うは、『起』。

 『承・転・結』は姫にも知るところでは無い。

 しかし、それを知る必要も、知ろうとも思わない。

 何故なら、知るまでも無く彼女の父が太陽たる神の王、ファラオの中にして偉大なる男、オジマンディアスなのだから。

 

 此処は物語の世界。

 お伽噺のようなお伽噺の世界が此処にある。

 ならば如何なる幻想神秘の存在も許される。

 

 戦いは未だ始まったばかり。

 幾数、幾十、幾百、幾千、幾万の互いの軍勢を打ち合わせて、それを命じる王達は未だ無傷。

 

 ならば幾億、幾兆、幾京を打ち合わせるだけ、それだけの話。

 細かい探り合いや、搦め手など圧倒的強者には不要。

 ただ暴力的な正面突破で押し通せば、他者がその意思に関わらず道を譲る。

 彼らはそうやって生きてきた。

 彼らはそうやって生きている。

 そして――――これからも彼らはそうやって生きていくのだろう。

 

 

「これ程の宴、参列者がいないのが勿体ないほどだ。

…いや、有象無象では参列に格が足りんか」

 

「至高の王の力の一端を見られる栄誉を承れんとはな」

 

 

 威光と威光が衝突する。

 その過去においても未来においても眼に収めることは無いやも知れぬ光景に、姫は己が上気していることを自覚した。自覚するまでも無かった。

 

 己を求めてこれ程の戦いが引き起こされる。

 支流たるトロイアの姫でさえ、この光景が想像出来ぬ事は諳んじる必要さえない。

 しかし、これが必然である事を王女は誰よりも理解していた。

 ある意味女冥利に尽きるとも言えない幻想を、偶然の余地も無い一種の呪いとして。

 それでも王女は謡う。

 

 

 

「更に美しく、凄惨で、残酷な戦いを」

 

 その望みは令呪によって為されるものでは無い。

 ただ(オジマンディアス)から(メルタトゥム)への、(ギルガメッシュ)から(メルタトゥム)への愛によってのみ盲目的に遂行される。

 既に、この物語の中では冬木は存在しない。

 その周囲さえ地平に至るまで更地である。

 人も建物も何も無い。

 あるのはただ三人の魂だけがこの場にある。

 

 その物語が閉じられるまで、登場人物が舞台を破壊し続ける快活にして虚無の歌劇。

 

 

 財宝の貯蔵にも、栄光の貯蔵にも陰りは無い。

 今こそが全盛期、いや一秒先の己こそが更なる全盛期とばかりに激しさを増す。

 煌びやかな暴威に光景が埋まる。

 

 

 神威が原初の英雄の腹を割き、宝剣が偉大なる太陽の首を割く。

 しかし、顔には苦悶の表情では無く、己の力をぶつけられる喜びが其処にある。

 

 これ以上は無いと思われる輝きの密度が更に増す。

 主演にして劇場支配人たる姫の周囲だけを除き、更なる黄金が世界を圧迫する。

 

 

 黄金が、黄金により、黄金になる。

 最早、黄金以外に何に例え得るべきか形容すら為し得ない光景が、物語の許容を超えたとき世界が砕け散った。

 

 

 

 

「いと早きと惜しむは、ヒバリが日照を告げる刻。

物語を紡ぐ夜は終わり、歌劇は幕を下ろす」

 

 

 薄らと空の色が変わり始める頃、世界は再びお伽噺から現実へと巻き戻される。

 大地が、町が、公園が、夢を見ていたかのように巻き戻されていた。

 あの何も無くなった黄金の世界は、まるで夜が更けるまで編み続けられていた夢物語の世界であったかという風に。

 

 血を流す二人の男達。

 しかし互いに膝を突くことは無い。

 尤も、死んでもその様な事は無いであろう。

 彼らは真に王という人種であるが故に。

 

 

 ただ一人、無傷な姫が己の父親に近付く。

「失礼します」

 その一言を告げた後、己の手首を咬み千切り、その血で父王の首をなぞった。

 

 太陽王の流血は止まり、その傷が癒える。

 

「どう為されますか?」

 

 娘はそう訪ねる。

 彼女にも答えはわかっていたが、それを敢えて神たる父に尋ねた。

 

 

「娘よ、どうするも何も日が昇った。休戦であろう、なあ英雄王」

 

「ふっ、我と后の披露宴だぞ。たかが一日在ったとしても足りるものか」

 

 

 その結論が、目的の為の手段として、非合理的だと理解して尚、姫はその応えに満足した。

 

「では英雄王ギルガメッシュ。また、夜会にて。

…帰りましょうか、父上」

 

 

 

 メルタトゥムは、ラムセスの手を取った。

 父の手を繋ぐなど、数千年ぶりのことではあるが、これ程の輝きを魅せてくれたのだ。

 甘えたフリをして父を喜ばせてやる位の褒美を与えなければ、母に苦言を呈されるだろうと王女は己の中で結論づけた。



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三振りの聖剣

 町は破滅をお伽噺の中の世界だったことにして、今日も太陽を迎えた。

 神話を再現した滅びの詩を本の中に閉じて、逃げるように未来へと進む。

 

 

 黄金の王達が宴をしていた頃、一方ではアイルランドとブリテンの英雄たちが雌雄を決しようとしていた。

 勿論文字通りの雌雄では無く、英雄としての決着である。

 予備の令呪を6画も消費して、全力でセイバーを倒せと命じられたクー・フーリンの猛攻は、狂戦士の如く荒々しく、剣士の如く真っ直ぐに鋭く、騎兵の如く豪快に、暗殺者の如く冷酷に隠行し、弓兵の如く多彩で軽やかでありながら、魔術師の如き冷たい理性を働かせていた。

 クー・フーリンの伝説の原典には、超常の杯、強固な盾、カラドボルグに並ぶ剣、話すマジックアイテムなど、アーサー王の逸話に並ぶほどの多彩な武具が存在する。

 サーヴァントのシステム上、というよりは世界に定められた制限の枠組みの中では、クラスに限定しないと再現できないものが多く在る。

 勿論、クラスを重複させる裏技はあるが、そういった裏技は、始まりの御三家などに限定される秘中の秘であり、言峰綺礼にその手段は無い。

 故に、予備の令呪を使って存在しない槍兵以外の側面を部分的に後押しする。

 これが――――――この戦争における言峰綺礼の秘中の秘。

 

 この瞬間、クー・フーリンは黄金の王達さえ凌駕していた。

 最優のサーヴァントであるアーサー王をして、完全な防戦へと、いや敗北へと追い込まれていた。

 少し油断すれば、セイバーは即消滅する。

 それだけの性能が間違いなくこの時のクー・フーリンにはあった。

 

 セイバーが持ちこたえたのは、極めてシンプルな理由である。

 仲間がいたというだけの話だ。

 多彩で軽やかな技を持つ弓兵。

 そして冷たい理性で先を見通す魔術師。

 

 計算高い魔術師がそこに現れたのは偶然で、正義を目指した弓兵がそこに居合わせたのは必然であった。

 魔術師が魔術で魔術を打ち消し、弓兵の剣士を知り尽くしたかのような援護の中、剣士が十全を振るう。

 魔術に強化された肉体、投影により再現された武器。

 その利を以て、漸く槍兵と呼ぶのも怪しい槍兵へと近付く。

 

 

 だが――――――

 

「…甘ェよ。

突き穿つ(ゲイ)――――死翔の槍(ボルク)

 

 必滅の槍は、あらゆる破壊の衝撃さえ破壊し、理の中にありながら理を超えて神話を再現する。

 対抗手段は、いや、対抗できないまでも可能性を残す手段はほぼ無いと言ってよかった。

 それでも弓兵エミヤは諦めない。

 今度こそ、今度こそ切り捨てた笑顔を守り抜く為に。

 

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

 とある王女を巡った争いに埋もれた伝説の誇りが振り払われた。

 暴虐を防がんと光の花弁が展開される。その数実に七。

 

 

 …しかし、古代トロイアの防壁を以て尚、易々と一枚ずつ花びらは散っていく。

 

 

 

 

 

一――――

 

 そして、零。

 その零へと至る道筋に、新たなる花弁が差し込まれた。

 

「やっちゃえ」

「ああ、熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)ッ!!」

 

 

 

「――――衛宮士郎」

 

 剣士達の更に前に立ち、今まさに破られた障壁から迫る殺意に貫かれようとした男は、現れた男の名を紡ぐ。

 彼の生み出した花弁の数は四枚でしか無いが、英霊である弓兵と全く同じ伝説が再現された。

 見ただけで英霊の御技を再現せしめた彼の名は衛宮士郎。

 即ち、英霊エミヤシロウに至る雛形である。

 それは、弓兵が言わずとも、その技を以てこの場にいる誰もがそれを理解した。

 

 

 

 師であり姉であるイリヤスフィールに朝も夜も鍛え続けられた男は、理由の無い胸騒ぎによって目が覚めた。

 そして理由の無い歩みを伴って教会へと向かった。

 最早、それが理由であると言っても良いのかも知れない。

 アルトリアと凛(ヒロイン)を救うのが、衛宮士郎(主人公)の運命なのだから。

 離れて尚、前進に響くが如き凄まじい魔力の発露、それは姉との適切すぎる訓練で疲労の限界に追い込まれたことにより魔術回路が一時的に過敏化した士郎を反応させた――――等といった賢しい理由などは其処には必要無い。

 これは最新の英雄譚。

 物語の勇者がお姫様を救うことに理由など求める方が無粋なのだ。

 

 

 七枚と四枚、合わせて十一枚の城壁を貫くに時間をかけた神話の槍。

 貫くに、時間はかかったが、それでも尚十一の城壁を突破した。

 後は、有象無象を貫くのみ――――――

 

 

「…いえ、十分よ。

――――――私には、ね。瞬来(オキュペテー)

 

 

 空間座標を移し替える神話の魔術を行使する魔女は、衛宮・エミヤが挟み込んだ時間の間に己の手札を遂行した。

 勢いと速度を落として未だ余り在る暴威を空間ごと反転させる。

 

 

「それがっ、如何したァ!!」

 

 クー・フーリンは、その衝撃をあらゆるルーンを重ね掛けした腕で消し飛ばした。

 数人がかりでやっとで止めた破壊すら造作も無いというかのように。

 無論速度も威力も極めて消耗し、そして使い慣れた己の宝具であろうとも、まさしくそれは破壊すら破壊する英雄であった。

 

 

「…充分と言ったはずよ。圧迫(アトラス)

――今よっ!!」

 

 圧迫(アトラス)――――其は敵の動きを一時だけ封じる魔術。

 この魔術は時間や消耗魔力こそ対象によってばらつきがあるものの、起動範囲の中に相手がいるのならそれは確固たる縛りとして機能する。

 根源が身近にあった時代に大魔女達が使っていた秘蹟の一つである。

 

 クー・フーリンは、ほんの僅かな瞬間だけ、空中に縛られた。

 

 

 

 ――――そして、その隙を逃す者は此処にいなかった。

 

「再現しろ」

 

 英霊エミヤはあるもの(・・・・)を投影して、それを再現するよう衛宮に告げた。

 其は、永遠に理想を目指す贋作。

 其は、彼が愛した女性(ひと)

 其は、永久に届かぬ輝き。

 其は、狂おしく愛した今。

 其れは――――――――永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)

 

 それは出来ないはずが無いという、確信めいた声であった。

 

 

 

 二振りの星の聖剣の贋作が、一人の女を挟むように立つ二人の男によって握られた。

 慎二がエミヤに、イリヤが衛宮に、そして遠坂凛がアルトリア・ペンドラゴンに命じた。

 そして、伝わる意思と魔力を持って、寸分の違いなく気迫と共に剣は振り下ろされた。

 

 

 

 

「「「――――エクスカリバーッッ!!!!」」」

 

 

 

 大地から空へと昇る流れ星が、太陽神の血を引く戦士を呑み込んだ。



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Sungazer~盲目のイカロス~

 悪性情報。

 それは人間が『正しく』ある為に存在してはならないもの。

 無かったことにして切り捨てられるべきもの。

 在るべき姿でないもの。

 正義を引き立てる為に踏みにじられるべきもの。

 それは―――――――『この世全ての悪』

 

 悪魔。

 それは、誰かの願い。

 それは、願いに寄生する願い。

 それは、願いを歪めた願い。

 それは、人間に取り憑き変質させる悪性の情報。

 人間に取り憑くも、人間という器が受け入れられるほど小さなものでは無く、未だかつて受肉は成功したことは無いという。

 

 ズェピアとマキリは考えた。

 悪性情報を疑似的な悪魔として扱うことが出来るのでは無いか。

 人間では無く、強大な霊子情報たる英霊であれば『器』足り得るのでは無いか。

 

 

 即ち、最後のサーヴァント『暗殺者(アサシン)』の召喚。

 そして召喚と同時に『タタリ』の『器』とする。

 受肉では無く、受胎であれば叶うやも知れぬ。

 これは元が人でありながら悪性に変質した悪魔のような計画。

 彼らは共に天へと(かいな)を伸ばした哀れなイカロスだ。

 太陽は、星以外が己の側に近付くことを許さない。

 それでも憧れて手を伸ばしたから、翼をもがれて地へと墜とされた。

 タタリが夜しか動けず、蟲が日光に弱いのは、憧れて絶望した太陽によるものなのかも知れない。

 

 

 

 

 だから―――――――――――再び手を伸ばした。

 呪腕のハサンとされる器に収まり内側から貪り食って羽化したタタリは、逆流する流れ星に討たれ堕ちようとする太陽(クー・フーリン)に手を伸ばした。

 文字通りに手が伸びた。

 太陽に連なる英雄の心臓を掴み取った。

 英雄の戦いを汚す者は地獄の釜に落ちるが相応しい。

 なれど、問題は何も無い。

 悪魔は元より地獄の住人である。

 そういって、己の物とした。

 そうやって――――――――――彼らは漸く太陽を手にした。

 しかし未だ足りない。

 手に入れてしまうと更に欲しくなる。

 だから、何故太陽に手を伸ばしたのか、其れを忘れて尚彼らは太陽に手を伸ばす。

 喰らいし神子の魂から、心臓へと必ず至る因果を己の物として――――。

 

 

 

 

 

 突然の乱入によって、戦いを汚されたマスターとサーヴァント達。

 しかし、片や多数とはいえ、戦力は満身創痍。

 その上、弓兵はそもそも間桐のサーヴァント。

 そして、夜明けを告げるヒバリの鳴き声。

 幕を引かざるを得ない。

 神々しい戦いが、闇に沈んだ幕引きであっても受け入れざるを得ない。

 

 この場から消えようとする、飲血鬼であり暗殺者であり悪魔である堕ちたイカロスに、未だ余力を残す太陽の系譜たる大魔女が告げた。

 

「この地の聖杯からは負の印象しか受けないわ。

到底真っ当に願いが叶えられるとも思えない。

それでもこの戦いを続けるのかしら。

戦闘狂にはとても見えないけれど」

 

 無論、この大魔女だけは聖杯をどうにか出来る事は敢えて告げられはしなかった。

 無駄に相手に情報を伝えるのは悪手。

 話しかけて相手を縛り、相手から情報を抜き出し、自身の情報は渡さない。

 王女たる者身に付けて当然の、特にそれに優れた友がいるのならば磨けて当然のスキルだ。

 

 

 しかし、そんな隔絶を当然と認識する太陽からの指図には彼らは従わない。

 これまで、別種と、雑種と、有象無象と、所詮は地を歩く者と見下され、翼を作り空を目指し、太陽のいるところへと命がけで駆けて――――――それでも不敬だと墜とされた者に、太陽からの言葉が届くはずも無い。受け入れるはずも無い。

 

 

 

「「負の印象?

その程度で怖じ気づくと?

願いが叶わないから諦めると?

馬鹿にするな。

その程度で諦めるのならば我らは―――――――」」

 

 

 臓硯とズェピアの声が重なる。

 彼らは願いも想いも始まりも経過も結末も重なっていた。

 その目的を忘れた今となっては、滑稽にさえ写る妄執。

 しかし、それを滑稽と笑ってきた太陽()には、大地()の心はわからない。

 出来て当然、出来ないはずも無い、苦難の必要も無い、さすれば成らん。

 そんな血の通わぬ機械(デウス・エクス・マキナ)には、血を流す人(イカロス)の愛憎は理解できない。

 彼らは恋した太陽へ繋ぎたく伸ばした手を振り払われて、星の開拓者になり損ねた、魔法使いになり損ねた敗北者。

 太陽は空の世界の住人であり、汝らは地の住人であると、奢れる太陽に焼き尽くされて、見せしめと晒し者にされた生ける死体。

 当然の如く門前払いした太陽に、その手の温度も、心臓の温度も、魂の温度も理解できるはずが無かった。

 

 永久に遥か遠き黄金の太陽。

 それを地に墜として埋めるのならば、地から天までよりも深い穴を掘らねばならない。

 悪魔らしく地獄までの孔を掘ろう。

 負の聖杯で何がいけないものか。

 彼らは其れを本能的に気付いていた。

 

 

 故に、思い出せぬものを思い出せぬまま手を伸ばす盲目のイカロス達は、翼だけで無く眼まで灼いた太陽に今度こそ対等に宣戦布告をして消えた。

 

 

 

 

 諦めるのならば我らは、生きてさえもおらぬ――――――――――と。



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成虫原基

 輝く太陽を頭上に掲げる象徴の美姫メルタトゥムと、深き闇を這う醜悪な老人間桐臓硯には幾多の類似点がある。

 特性とするのはどちらも『集』。

 『虫』の使役に極めて造詣が深い。

 共に長き時を生きた者。

 両者同じくして聖杯戦争のマスター。

 

 だが、それらは類似しているだけで、その根幹は決定的に違う。

 醜い老人の『集』が示すは『吸収』。

 ()の足で探し、()の手で集め、()がその核となる。

 己を改造したとしても、己のまま目指す。

 それは、吸収の先に()の手で目的を掴む為。

 

 美しき少女の『集』が示すは『集合』

 ()の意思で命じ、他者(・・)を集めさせる。

 それは、他者が()の延長でしか無い為。

 ()の輝きを一身に浴びる星に手足が無いのは、その必要さえ無いからに過ぎない。

 

 『虫』への扱いも同じ。

 自身が虫となり、手足をもがれても、使役する虫たちと集まり、己と同体としてある臓硯。

 虫は砂を纏う核として捉え、己の配下として使うメルタトゥム。

 

 死と生への在り方も対極にある。

 生の延長として恐怖から無理矢理寿命を引き延ばした死ぬように生きている臓硯。

 死を眠りと捉え、怯えることさえ無く、その死の先を征くメルタトゥム。

 

 己の下にある悪魔のサーヴァントを同胞と捉えて、一蓮托生とする臓硯。

 共にある神のサーヴァントを上に掲げて、傍観者であるメルタトゥム。

 

 類似しているのは表層だけ。

 天に頂かれるままに眺める手足の無い空月と、地の底で尚も手足をもがれたとしても身体を伸ばして足掻く虫。

 

 其処に真なる共通項などあるはずも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

「爺さん」

 

 己を本心では恐れ、不必要に真正面からは向き合おうとしない不肖の孫が、先に家に帰っていた臓硯の所にやってきた。

 

「如何した」

 

 言葉ではそういうものの、端から期待などしていない。

 臓硯はそういった態度を隠しはしなかった。

 

「僕は、勝ちたい」

 

 孫は勝ちたいと言った。誰にとは、言わなかった。

 それは、いつもの怯えでは無い。何時か何処かで見た瞳があった。

 どこか思い出せない、しかし癪に障るようであり、懐かしい瞳であった。

 

 

 慎二は、アーチャーに無理矢理連れられて教会へと辿り着き、そして見た。

 魔術師として自分を対等に扱わなかった、遠坂を。

 魔術師とは思ってもいなかったのに、そういう意味では見下していたのに、サーヴァントと肩を並べた衛宮を。

 そして、衛宮(親友)が行き着いたその先を。

 己などとは到底違う、運命に愛され舞台に上がることを許された者達を。

 

 屈折した彼にはそれが悔しかった、羨ましかった。

 でもそこで終わりなんて――――それで良いはずは無かった。

 

 遠坂や衛宮のように、いや、そんなチャチ(・・・)なものじゃなく、あの大英雄(ヘラクレス)の様になりたい。

 浅ましくも尊敬されて認められたい。

 しかし、現実としてその為の力が無かった。

 

 間桐を潰す魔術に才を持たなかった男は、それでも届かぬ空へと手を伸ばしたいと思った。

 臓硯は、その瞳を何処かで知っていたような気がした。

 故に、告げる。

 

「お前には才能が無い。諦めろ」

 

 

 それは間違いなく何処までも残酷な正しさだった。

 それはもしかすると天に灼かれる後続を諫める優しさであったかも知れない。

 故に、何処までも底冷えする声が臓硯から出た。

 それは彼の意図さえも越えるものだった。

 だが――――

 

「それが如何した。

才能が無ければ他から持ってくれば良い。

奪って集めてでも、如何なる犠牲を払ってでもそうする。

それが間桐の魔術だろっ、才能が無いなんて今更そんな甘さ(・・)は必要無い」

 

 狭い知識で、狭い視野しか持てないから、こんな馬鹿げたことが言える。

 そんな無様な孫を見て、臓硯は何かを思い出しそうになった。

 しかし、思い出すことは無かった。

 だとしても、その在り方は何処までも間桐らしいと感じた。

 

「死ぬ覚悟は出来たか」

 

「出来てるわけ無いだろ」

 

 

「それで勝てると思うのか」

 

「それでも勝つんだ」

 

 

「失敗するとは思わないのか?」

 

「失敗なんて認めない」

 

 

「敗北すれば死ぬかも知れん」

 

「だからこそ勝ちたい」

 

 

「苦痛に耐えることは出来るか」

 

「それで勝てるのならな」

 

 

「他人の夢を踏みにじれるか?」

 

「そうしてでも勝ちたい」

 

 

「他人の幸せを切り裂けるか」

 

「出来る」

 

 

「醜く浅ましく無様にもがけるか」

 

「やってやるさ」

 

 

 

「――邪悪に堕ちる覚悟は出来たか」

 

「はっ、僕は間桐の嫡男だ」

 

 

 

 

 それは、何処までも醜悪な問答だった。

 だが、それでも、何処までも、愚かしいほどに彼らは人間だった。

 

 

 

 

「ならば、儂の代わりに客人に会うと良い。

答えの一つでも見付けて見せよ。

期待など、してはおらぬが」

 

 

 臓硯が出て行った部屋に残った慎二は、暗殺者の容をしていたナニカを見る。

 暗殺者というよりは、学者か貴族の方が似た姿であり、人というよりかは悪魔に近かった。

 だが、何故か慎二にはそれが『人』に思えた。

 

「お前が爺さんのサーヴァントか、名前は」

 

「…色々名前はありますが、そう――――『ワラキアの夜』とでも。

我がマスターには同情しか無い。

私も出来の悪い子孫を思い出してしまう」

 

 

「出来が悪くて悪かったな。

で、他の名前は?」

 

「アサシン、とでも名乗れば良いかね?

最早、名乗るにはキャストミスが過ぎるが」

 

 

 アサシンの器を喰らって世界に固着された悪夢。

 それが、敢えてアサシンを名乗ることは、アサシンと慎二を馬鹿にしているのは明白だった。

 

 

「成虫原基というものがある。知ってるか?」

 

 間桐の家に生まれた魔術以外に幅広い才能を持っていた慎二は、一般的な虫についてはある程度の知識はあった。

 その知識が目の前のサーヴァントにあるかを訪ねた。

 

「成虫原基? セイチュウゲンキセイチュウゲンキセイチュウゲンキ――言い続ければ寄生虫元気。

贄になったアサシンがまさしくそれだろう?

そう言った言葉遊びは別に嫌いでは無い」

 

「成虫原基が、寄生虫か。

確かにそれも側面だ。

成虫原基というのは――――」

 

 

 

 慎二は語る。

 成虫原基は幼虫の中に予め仕込まれた、成虫の基盤。

 成虫は幼虫に産まれながらに寄生する『別種(・・)』であり、幼虫に寄生して栄養付きの蛹殻として利用するという説を語るときに良く使われると。

 だが、本当にそうだろうか。

 成虫に必要な栄養素が、成虫に害が無く成虫を護る毒が、幼虫によって都合良く集められるのは、ただ利用されているだけか?

 そうでは無いかも知れない。

 幼虫も、己の命を捧げるに充分な希を成虫に託すからでは無いのか?

 ハサンと呼ばれた悪魔を腕に宿した英霊は、内側に仕込まれた悪魔に身を喰われた。

 生け贄として生まれてきたとも言えるかも知れない。

 だが、それがハサンの希を叶えることになるかも知れない、と。

 

 

 それは、何処までも身勝手な言い訳だった。

 自分が相手を食い破って取り込んでも、犠牲になった相手が満足する結末が来るなどと、臓硯やズェピアですら烏滸がましいと考える。

 どこまで自分の矮小さが理解できていないのか、何処まで世界を甘く見ているのか。

 その程度の観測力で、その程度の思考力で、何が導き出されるというのか――――――

 

 ズェピアはそこまで考えて――――

 

「…カット」

 

「つまらなかったか、まあ面白い話でも無いな」

 

 ――――そこまで考えて一瞬、やはり間桐とは不思議な縁があると、そう思ってしまった。そしてその思考をカットした。

 観測力も思考力も無い少年は、それも理解できていないようだったが。

 

 

 

 その話が終わった頃、客が訪ねてきた。

 客は、アラブの大富豪であった。

 名は、アトラム・ガリアスタ。

 経済体アフリカベルトの権利を魔城に住まう財界の帝王から回()するエジプトの王女に、足がかりとして、否、財界の魔王ヴァン=フェムへの撒き餌として利用された事。

 そして、聖杯戦争のマスターとなる機会をシオン・エルトナム・アトラシアに奪われたこと。

 それも、アトラス院がアフリカベルトへの立ち位置を強める一環でしか無かったこと。

 何より、メルタトゥムへのプロポーズを断られたこと。

 それらへの復讐の為に、何とかして聖杯戦争に参加して、間違いなく参加しているメルタトゥムを倒せないかと思ったが、途中乱入の手段を持たない為に、聖杯戦争始まりの御三家である間桐に話を付けに来たのだと、彼は語った。

 

 そして、その切り札として、若しくは英霊の触媒として、人間の命で作られた力の結晶、彼曰く『賢者の石の原石』を持ってきたと告げた。

 これがあれば魔力が尽きて無くなっても、予備魔力電池として使うことも出来ると、彼はそう告げた。

 

 なるほど、後ろめたいにも程がある内容で、石油王が人に知られること無くお忍びで島国にまで来るわけだった。

 その顔は魔術師のサーヴァントが平行世界を覗く術を持っていれば、即座に殺したくなる程度には整った顔であり、何処か慎二に似ていた。

 

「オーケー。間桐の次期当主である僕がその話、引き受けよう。

確認だけれど、メルタトゥムを倒したい――――――間違いないね」

 

「ああ、間違いない」

 

 

 

「そしてアトラス院から来たハイエナも倒したい――――――間違いないよね」

 

「ああ、その通りだ。許せるはずがない」

 

 

 

「その魔力電池は、人の命を犠牲にした、魔力が無いものでも魔術師になれるもの。

――――――間違いないんだよね」

 

「そうだ、そう言った」

 

 

 

「そしてこの契約は未だ誰にも知られていない。

――――――これも間違ってはいないよね」

 

「遠坂よりもアインツベルンよりも先にここに来た。そこは買って欲しい」

 

 

 

「未だ現在サーヴァントを連れていないから、どうにかして参戦したい。

――――――そうなんだよね?」

 

「ああ、そのサーヴァントでも、いや、もっと強いサーヴァントが欲しい。

そして勝ちたい。見返してやりたい」

 

 

 

 

「そうか、喜んで良いよアトラム・ガリアスタ。

君の願いは――――――漸く叶う」

 

 

 慎二の目配せで、ズェピアは意味を得たと嗤った。

 

「合格じゃ慎二よ」

 

 背後から聞こえた声を聞いたとき、青年は意識を失った。

 

 

 この日を境にアトラム・ガリアスタは消えた。

 ――――間桐慎二という成虫原基を成長させる贄として。



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堕ちた友人達

 夜、間桐家の一室にして、偽りの主従関係を結ぶ男達が向かい合っていた。

 

「アーチャー、いや衛宮。

聞かせろよ、お前は間桐(今の僕)をどう思う?」

 

「…」

 

 

 

「オイオイ、だんまりは無しだぜ衛宮。

お前が間桐のやり方が嫌いなのはわかってる。

だけど僕には他者の犠牲(間桐のやり方)しか無いんだ。

…お前は未来の衛宮なんだろう。知らなかったとは言わせないぜ」

 

守護者()としては碌でもない男だとも思うが、――――衛宮士郎(オレ)は未だ友だと思ってる」

 

 

 慎二はアーチャーの答えに、一度言葉を詰まらせたものの、直ぐにそれを冷笑した。

 

「僕を大事に思ってくれて嬉しいよ衛宮。

でも、それは桜より大事なのか? 遠坂より大事なのか?

あの二人と比べて、それでも僕を選ぶのか?

わかりやすい正義よりも、碌でもない男を庇うのか?

…違うよなあ衛宮。お前はきっと――――――そうじゃない」

 

 

 アーチャー、いやエミヤはそれを否定出来ない。

 それを否定してしまえば、口先だけで虚構を紡げば、僅かに残った慎二との友情が完全に消え失せてしまうような気がした。

 

「僕を裏切るんだろう?

見下していた桜や遠坂のように。

お前も、僕を見下しているんだろう。

おためごかしは無しだぜ衛宮。

未来の衛宮は今の衛宮よりも賢いから、きっとそんなことしないと思うけど」

 

 

 己への忠誠心が無いと、その裏切りがお前にはあると慎二が追求するのは、それを「違う」と否定して欲しいから。

 最悪の可能性を思い浮かべて、それを否定してくれる何かを探すのは、『間桐』の(さが)そのものだった。

 慎二も、桜も、臓硯も、己の無力や汚さを否定してくれる何かを探し求める弱者の性を根底に宿している。

 …それは別におかしな事でも無い。

 裏切りを本心から許容して寛容を示す方が、相手への関心が無い方が余程異常なのだから。

 

 

 しかし、その機微が理解出来ないエミヤには、

 

「ああ」

 

 慎二の予想を肯定することしか出来なかった。

 

 

「くっ、ああそうだろうさ。そういうものだ。

どうせ護ってやるなら、可愛い女の子の方が護りがいがあるよな、正義の味方様は。

その方が、きっと正義のヒーローみたいだ。

いや、それとも後ろめたい陣営に居たくないからなのかもな。

…そうやって、護らないものを切り捨ててきたのか、そうなんだろ未来の衛宮士郎」

 

 

 その慎二の僻みは、偶然かはわからないが一部エミヤの本質を突いていた。

 

「………………ああ」

 

「はっ、そういう所だぞエミヤ。

僕がからかってるだけなのに、いつもマジになっちゃうんだからな」

 

 慎二は下を向いたまま掌を上に向けて呆れたように苦笑する。

 それは、かつてエミヤの過去(衛宮士郎)が何度も見た光景だった。

 けれど、今になってみてみると、何処か救いを諦めた振りをしているようにも見えた。

 

 

「考えてみれば、衛宮が英霊になっても便利屋であるのは意外でも何でも無いか。

ああ、僕以外の便利屋もやってるというのは、ちょっとムカつくけどね。

さて、情報交換といこうじゃ無いか。

お前の未来の知識、今まで辿ってきた路を話せ。望みを語れ。お前は嘘をついても真実を語っても良い。

代わりに僕は、知っている間桐の全てを話すよ」

 

 

 

 慎二は語った。

 間桐のこと、桜のこと、祖父のこと、そして自分のことを。

 間桐という家を束ねるのは始まりから今に至るまでただ一人、間桐臓硯である事。

 桜は他家から連れてこられて間桐の蟲地獄に堕ちた事。

 可哀想だと思っていたのに、才覚の無い慎二に同情していたこと。

 慎二が桜に人に言えないようなことをしていたこと。

 桜はきっと衛宮士郎が好きである事。

 慎二は語り続けた。

 

 間桐の秘めるべき闇。

 語りすぎることは危険であったが、今の彼は間桐家の次期当主の自負が内心に不安を抱えながらも確かにあった。

 故に、彼は臓硯を恐れること無く、正義の味方に悪事を全て語った。

 

「どうだ、失望したか?

…答えは聞かなくてもわかるさ、じゃあ次は衛宮が話す番だ」

 

 一口で言い切り、答えを受け入れることを拒絶したのは慎二の弱さとも言えた。

 口先で拒絶を許したとしても、他者の心の底からの侮蔑、特に認めて欲しい相手からのそれには耐えきれない。

 それが間桐慎二という、いや、間桐という在り方であった。

 非情を自認しながらその実は情に基づく。情を語りながら本質的には地上の民の情を理解し得ない太陽の娘とは其処が決定的に違った。

 

 

 弓兵は面白い話では無いがと言いながら、己の話をした。

 護ろうとする為に、護らないものを切り捨てたこと。

 護ろうとしたものが護れなかったこと。

 護ろうとしたものに否定されたこと。

 本当に護りたかったものこそ、己の手で切り捨てたこと。

 遠坂凛、間桐慎二、イリヤスフィール、藤村大河、そして聖杯と化した間桐桜。

 それら全ての死には己が関わっていること。

 

 特に間桐桜は、己の手で殺害した事。

 

 それを今度こそ護る為に此処にいること。

 此処にいられることが望外の幸運であったこと。

 この戦いに、桜を巻き込みたくは無いと言うこと。

 既に聖杯としては巻き込まれているから、これ以上は関与させたくないこと。

 出来ればこのまま慎二と共に聖杯戦争をどうにかしたいということ。

 

 

「はっ、桜は駄目で、僕なら良いのかよ」

 

 そうやって弓兵を批難する慎二が何故か笑っていたのは、己を護られるだけの役立たずでは無く、共に戦う者として選んでくれた喜び故なのかも知れない。

 その真相はわからない。他ならぬ間桐慎二ですらわかっていないのだから。

 

 

「衛宮、お前は僕が間桐としてやろうとすることを否定するか?」 

 

 

 それは、更なる犠牲を罪無き者に求める宣告であるようにエミヤには聞こえた。

 大切な人(友人)を取るか、正義を取るか。

 それは、何度も突き付けられた問であった。

 

 単純であり難解、選択肢は自由を嘯きながら限定的、そして締め切りまで存在する。

 どちらを選ぶか、言い換えればどちらを切り捨てるか。

 守護者(エミヤ)であれば、その答えは決まっていた。

 ただ、間桐という危険と、聖杯戦争という危険のどちらを切り捨てるか、それだけだった。

 だが、衛宮であった者としての答えは、考えればわかるはずの答えが其処にあるのに、しかし掴めないものであった。

 

 此処でアーチャーが容認すれば、偽りの主従関係により魂喰いを命じる可能性は決して低くは無かった。

 しかし、この世界線におけるアーチャーは、護りたい人々を護れればそれで良かった。

 聖杯に願いを求める必要は無く、聖杯に呼び出されたことで願いの始まりは叶っていた。

 その続きを叶えるのは、彼自身に他ならない。

 

「その願いは、聖杯が無ければ叶えられないものなのか?

聖杯以外で認められる手段や、魔術以外で認められる手段は幾らでもある。

それが不可能だとは思えない。

何故なら間桐慎二は私のマスターで――――オレの友だから」

 

 至らぬ己でさえ守護者へと上り詰めた(堕ちきった)のだから。

 そう笑う弓兵へ絆されそうになった慎二は、敢えて己の罪状を告げる。

 

「僕は既にある男を贄とした。

その男が贄とした他人の命を己の物にした。

後戻りが出来るとでも?」

 

「出来る」

 

 己の罪状をひけらかす少年に、青年は断定した。

 

「僕は贄に、曲がりなりにも復讐を肩代わりしてやると誓ったわけだが、それを反故にするのはどうかと思うけど?」

 

「全てを賭して聖杯を望む者に聖杯を与えない。それだけで充分な復讐だと思うがね」

 

 

「はっ、甘いな。

ちっとも成長してないな未来の衛宮は。

それとも……いや、それは良い。

聖杯を与えないって言ってたけどさ。

それは、桜を助けたいって事か?

桜を使いたいって事か?

それとも、桜を救いたい(殺したい)って事?」

 

「愚問だ。間桐桜を今度こそ護る。

オレはその為に此処にいる」

 

 

 慎二はいつも友人に見せている小馬鹿にした笑顔を貼り付けていった。

 

「偽悪的で実際人に言えない事してきたのに、機械になったと自称しているのに、今になって結局は他者に善性を求めるなんて実に滑稽だ」

 

「その言葉、そのまま返すぞ」

 

 

 少年であった男と少年は笑い合ったが、結局これからどうするかの話は何一つ進んでは居ない。

 

「あー、そうだ。

桜を今度こそ救いたいんだったよな、未来の衛宮」

 

「あ、ああ…」

 

 未だ話すべき事はあるのに、もう一度同じ話を掘り返した慎二と、言葉の切れが悪いエミヤ。

 それは両者ともに、部屋の前の戸で聞き耳を立てている少女の存在に気が付いたからに他ならない。

 

 

「だそうだ、桜。お前の先輩は英霊に成り果てでもお前を救いたかったらしい。

女冥利に尽きるじゃ無いか? そう思うだろう」

 

 戸を開けて、その向こうにいた妹にわざとらしい悪意を貼り付けた顔を兄は貼り付けた。

 

「先…輩……」

 

「後は、二人で話をしているといい。

僕は爺さんと話すことがあるからね」

 

 部屋を出た慎二は、振り向いたイイ笑顔のまま己が出た戸を閉じた。



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i×i=(マイナス)

 悪。

 それは()

 大いなる悪である故に、善望を孕みながら全貌を蜃気楼のように霞ませる悪。

 それは巨悪にして虚悪。

 仮想としてある虚数を基幹に定義しながら、確かに実を結ぶ実体ある虚像である。

 

 間桐桜は壊れている。

 間桐桜は被害者である。

 間桐桜は加害者である。

 間桐桜は愛している。

 これらのそれぞれは、他のそれぞれを肯定する。

 そしてその事を間桐桜は誰より実感している。

 

 目の前にいるのは衛宮士郎(先輩)では無い衛宮士郎(先輩)

 

 自分の大切な人であり別人。

 そして、悪を裁く者。

 

 だとしても――――戸惑うその顔は例え自分の知らぬ表情を被せていても、やはり彼女の恋した少年の面影があった。

 先程兄が言ったことが真実ならば、なんと冥利に過ぎることだろう。

 その事が申し訳なくて、でも嬉しくて、それでも浅ましくて、その上でやはり嬉しい。

 その資格が無いのだと知りつつも、その権利を求めてしまう。

 

 だからわたしを助けて欲しい。

 だからわたしを許して欲しい。

 だからわたしを受け入れて欲しい。

 だからわたしを愛して欲しい。

 

 

 だから―――――――

 

 

 …そこから、間桐桜は自分の思考を良く覚えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慎二が席を外した後、桜が落ち着くまでの間、アーチャーは様々な話をして、様々な話を聞いた。

 落ち着かせようとしたのに、衛宮士郎であって衛宮士郎でないアーチャーが語ったこと――――護りたかった者達こそ守りきれずに切り捨てたこと。

 それを聞いて桜の感情はかえって落ち着きを手放した。

 それは、自分が殺されたということだけでは無く、『先輩』が辿った道に悲しみを覚えた為だ。

 

 そして、アーチャーは今度こそ違う運命を往く為に元凶を抹殺しようとした。

 

 

 

 

 だが、臓硯が先手を打った。

 

 アーチャーの本来のマスターは慎二では無く、桜である。

 そして、桜の心臓には臓硯の本体が巣食っている。

 桜の意識を奪い、アーチャーのマスターとして命じた。

 

「令呪を持って命ず。間桐臓硯を害する事を禁じる。

…残念じゃったな」

 

 

 桜を解放する為に、駆け寄ってきた彼女を抱きしめながら、彼女から見えないように桜の背中から破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を使用しようと考えていたアーチャーはその動きを止めた。

 

「後少し、後少しだった。

しかしその後少しが来ることは無い」

 

 可憐な少女の口を使って、醜悪な老人は残酷に事実を告げた。

 

 

「儂を出し抜いたつもりとは、我が孫にしては己惚れたものよ」

 

 

 臓硯は桜にでも無く、アーチャーにでも無く、戸の向こうにいるもう一人にそう問いかけた。

 問われた者は先程己が閉めた戸を再び開けて姿を現した。

 

「まさか。出し抜いて己が祖父にして師を殺すなんてとんでもない。

遠坂家に倣う訳でも無いのに、間桐の代替わりには流石に早すぎる」

 

 

 この状況を望んでいたのは明確でありながら、白々しくも無実を語る臓硯の子孫、間桐慎二。

 剰え、いずれは成り代わることを平然と公言した。

 

 小心者の無能であれば、廃嫡による血統の断絶も臓硯は認めたかも知れない。

 だが、こうも不貞不貞(ふてぶて)しく堂々と開き直る慎二を見ては、それは余りにも勿体ないと感じた。感じてしまった。

 魔術の先天的な才こそ無いが、一家の当主として何処か大成を期待してしまう。

 故に―――――――

 

 

 

「儂の勘違い…ということにしておこう」

 

「…話がわかってくれて良かったよ」

 

 

 化け物と交渉する慎二の内心は冬の夜よりも冷えて背中にはびっしりと水気がしたたっているが、それでも余裕は貼り付ける。

 化け物を殺すのは臆病者では無く勇気あるものだ。

 化け物は勇気ある者をして初めて対象を贄以外と認識する。

 とはいえ、間桐慎二は正義の勇者では無い。

 正義の味方なんて面倒なものは、今化け物にお姫様()を人質に取られて動けない衛宮士郎(親友)にでも任せることにすれば良い。

 間桐慎二が目指すのは、悪の勇者。

 悪に虐げられる弱者を救うヒーローなどでは無い。

 悪を以て己の身の安全と自尊心だけを救うトリックスターもどきだ。

 

 その過程で結果として善行を生むのなら、正義の味方もうるさくは言わないだろう。…恐らくという但し書きも付くが。

 

 

「サーヴァントと本来のマスターである桜に会話の時間を設けてやっただけだから他意は無いんだ」

 

「言い訳はいい。

それよりはもっと面白い話をもってこい」

 

 

「面白い話、ねえ。

…さっき考えたんだけど、無いことも無いよ」

 

 慎二はこの聖杯戦争で勝ちたい。

 それは認められたいというのが大きい。

 彼は多才であり優秀だった。

 だが、魔術師の家に生まれながら魔術の才だけが欠落していた。

 それが彼の欲しくて認められるに相応しい手段だった。

 

 とはいえ、それは彼の責任では無い。

 彼の数代前からマキリの一族の魔術の才能は先細りとなっていた。

 いうなれば才能が無かった。

 馬鹿な親から馬鹿な子供が生まれる。

 運動音痴な親から運動音痴な子供が生まれる。

 行ってみればその派生の一つに過ぎなかった。

 魔術においては間桐はサラブレッドでは無く、駄馬の一族であった。

 

 故に、その頼りない魔術の才で何とかして魔術師であれるように研鑽をした者は少なくなかった。

 家の蔵書の中からそれらを幾つも何度も読みあさっては、己の中で複合昇華させることによって、少なくとも理論においては慎二はそれなりのものであった。

 

「どうやってそれを為すかまでは責任取れないけどさ、聖杯の『虚』とアサシンの『虚』。

異なる二種類の『虚』を掛け合わせることが出来れば、負のエネルギーが顕在する…ハズなんだよね」

 

「それはっ!! それはどういうことか自分でわかってるのか」

 

 思わず叫んだアーチャーの反応は正義の守護者として極めて正しい。

 負の実像を布武する。

 それはこの世の地獄を実体化させるに等しい行為だ。

 

「まあ黙って聞きなよ。桜を通じて聖杯に働きかけてその虚数を、アサシンと直接繋げる。

無限に実体化する負をもってすれば、太陽王を下すことも無理な話でも無い。

正義の味方がそれ程反応する辺り、かなりヤバいことになるとは思うけど」

 

「ふむ、確かに面白くはあるが」

 

 

 だが、その手段を実行する為の具体的な手段が無い。

 そう言おうとした臓硯を、現れた彼の契約者が手を翳す仕草で止めた。

 

「面白い。

間桐のこれからが実に不確定で不明瞭。実に結構。

道化というのは面白おかしく無ければならない。

私の所の後継者は所詮は私の劣化模造品に過ぎず喜劇役者にすらなれないので羨ましく思うよ。

我がマスター、理論は私にまかせてくれて構わない。

箱舟に乗ったつもりでいたまえ。残りは全て流してくれよう」

 

 己が保身の為に、己が肯定が為にここまでするのか…。

 アーチャーは今度こそ慎二を見限ろうとした。

 幸い、殺せない縛りがあるのは臓硯だけだ。

 そして、この場の誰もアイデアを出した後の慎二の身の安全など気にしてもいない。

 だから――――

 

「だけどさ、無指向に垂れ流すのは勿体ないと思わないか。

どうせなら、敵をはっきり打ち倒した実感が欲しい。

起こすなら洪水じゃ無くて、日食が良い」

 

「なるほどなるほど。実に芸術を理解している。

無指向は無思考。思考こそ至高。我々以外全てを冥府に送ったのでは、彼方から見れば我々だけが取り残されたようなもの。

なればこそ明確に、敵対者のみを地獄に送り明確に勝利を刻みたい。

なるほど歌劇には観客が必要であり、観客無き一人芝居は練習と変わりが無い。

何を言い出すかと思えば、

全く――――――筋が通っている。

なればこそ、勝者は聖杯では無く我々でなければならない。

我々は我々のまま勝利を自ら掴む。

故に、負の実体は数千年の神秘に充分な傷を付ける添え物として、我々の衣装にするのが適当」

 

 タタリは、己のシャドウサーヴァント(キャスト)に負の実体という特質を与える事で、聖杯では無く聖杯を握った自分達が勝利する事に賛同した。

 これにより、実体化した地獄は太陽の父娘に対して明確に向けられた。

 そして、決定権を持つ臓硯が、これを決定した。

 故に間桐は、マキリは、その為に動く。

 

 

「では、決まりじゃな。天を貫く白羽の矢を射るのは、やはり弓兵以外にはおるまいて」



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招待状には祓邪の銀を添えて

 『余裕を持って優雅たれ』

 言わずと知れた遠坂家の家訓である。

 この言葉は如何にも貴族的。

 

 そう思えるだろう。

 一般的な日本人に限っての話という枕詞を付けるのならば。

 諸外国の上級階級からみれば、それは家訓にするほどの話では無い。

 

 余裕・優雅。

 この対局に位置するのは、忙殺・疲弊。

 

 『お忙しいところすみません』『どうもお疲れ様です』

 この言葉は、直訳として諸外国の上流階級へ伝えると、極めて失礼へと当たる。

 忙しそうに見える。疲れているように見える。

 日本であれば、そうなるまで全力で働いているとして美徳となる。

 しかし、外国では、今やっている仕事で全力を出している。

 即ち、今やっている仕事量が限界(・・・・・・・・・・・・)として認識され、更に上へは上がれなくなる。

 考えてみれば当然である。

 今居る立ち位置が限界の人間にそれ以上高みは目指せない。

 故に、余裕であり優雅であるのは敢えて言うべき程のことでは無い。

 

 結果も出せずに、努力という経過だけを見せても外国では切り捨てられる人材としか扱われない。

 それが管理者という人種である。

 

 だが、メルタトゥムは所謂管理者と純粋に呼ばれるものでは無い。

 どちらかと言えば、君臨者の立ち位置である事が大きい。

 普通の人間より優れた人間である人々は、自分達のような能力の無い人間が、自分達と同じように受益することを認めない。

 だがメルタトゥムにとっては、自分より隔絶して劣る別種の人間の優劣に目くじらを立てるものでは無い。

 家畜や機械(労働者)の僅かな性能差などどうでも良い。メルタトゥムはそれを使う使用者(管理者)ですらない。

 その成果物を貢がれるのを待つだけの存在故に、労働者や管理者の都合など、全て寛容を旨とする。

 現代で言えば、株主が最も近い立ち位置だろう。

 

 人に使われる平民でも無く、人を使う貴族でも無く、人を使わせた利益を享受する王族という人種。

 故に、気が付かない。

 故に、気にしない。

 労働者の気持ちも、経営者の気持ちも理解出来ない。

 彼らの心など、見る必要も知る必要も考える必要も無く、彼らの起こす行動の集合の和から、今後の結果の成り行きを期待したりしなかったりするだけなのだ。

 

 

 英雄王との一戦に満足しながらもその続きに飢える父親を横目で見ながら、常勝の英雄であった生前の全盛期の父を、そしてその父の隣に立って微笑んでいる母をメルタトゥムは幻視した。

 

「母上、もうすぐです。

もう暫く間だけお休み下さい。

私と…父上でお待ちしています」

 

 小さく、とても小さく声に出して王女は目を閉じて祈った。

 勝利は既定。

 太陽が落ちた夜に戦うのはハンデに過ぎない。

 何故なら父と己以外が勝利するなどありえはしない。

 対戦者達は己の下にひかれた長い深紅の絨毯の両脇で己達を賞賛する引き立て役に過ぎない。

 これは慢心ではあるが油断ではない。

 定められた運命である。

 彼女も彼女の父もそう信じて止まない。

 

 そんな彼女は、目を開けると己宛てに来た招待状を物憂げに眺める。

 

「招待状の添えが銃弾なんて、吸血鬼狩りみたいなのね」

 

 メルタトゥムは、真昼の無粋なエスコートを思い出していた。

 普段の彼女にとっては思い出すほどのことでも無かったが、気まぐれのようなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、事業の関係で訪ねてきた代理人との面会の後だった。

 アクアマリンで出来た蒼い蝶のブローチを肩上にのせたメルタトゥムの首筋に一発の弾丸が飛来した。

 まさしく吸血鬼を殺す銀の弾丸の如く、その首筋に吸い込まれていく弾丸。

 その弾丸を、羽ばたいた宝石蝶が受け止めた。

 

 蝶は瞬く間に物理的・魔力的に切断されて結合され、元の機能を完全に停止した。

 

「無粋ね。昼は紳士的に、夜は猟奇的に。

これがこの戦争のルールだと思っていたけれど私の思い違いだったのかしら?」

 

 招待状を王女に渡すことを命じられたエスコーターは、あわよくば間桐が悍ましい手段を使う前に片を付けるつもりであったが、それを諦め本来の仕事をすることにした。

 蝶は地に落ちて、今は無防備な王女の首筋。

 しかし、もう一発弾丸を錬成するつもりは無かった。

 気が付けば先程撃ち果たした蝶と同じものが、狙撃者の周囲に羽ばたいていたからだ。

 

「物騒なのはお互い様では無いか?

まさか此方に気が付いた上で己を囮に罠を張っているとはとても静謐とは言えまい。

己を危険に晒し、一体の使い魔を犠牲にして後の先を取る、か。

それにしても自律した使い魔をこうも扱うとは流石だな」

 

「お褒めにお預かり光栄ですわね。…感謝しても良いのよ。暗殺者紛い相手の賞賛にも貴賤を付けないであげるのだから」

 

 メルタトゥムは膝を曲げて地に落ちた蝶を拾い手で包んだ。

 手を開くと、再び蝶は羽ばたいて主の肩に止まった。

 

「殺したと思ったが」

 

「ええ、死んだわ。

だから先程の子とこの子は別物。

けれど役割は変わらないわ」

 

 それは、個々の存在に人格(こころ)を求めない使う側の言い分だった。

 とはいえ、その被使用者を撃ち殺したアーチャーに何かを言う資格も無い。

 

 

「そうか。…本題に入ろう。

招待状だ。内容の説明は必要か?」

 

 

「結構よ。招待状に招待以外の意味があって?」

 

「ないな。…それと伝言だ。

『地獄が待っている』」

 

 

「死んだ貴方が使者で、招待客が生ける死者(わたしなら)、招待者も死者かしら。

楽しみね。いいわ、先程のことを父には秘密にしてあげる」

 

 

 後ろ髪を払いながら背を向けて去って行く一見無防備な太陽王の娘。

 弓兵はその背中越しに左胸に向けて銃を構えて、そしてそれを下ろして背を向けた後、己の居場所へと戻っていった。

 

 

 



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怪盗少女や魔法少女が男の子に正体がバレるのは古い伝統なのです

「差出人はマキリ・ゾォルケン。…断言しますが、これは間違いなく罠です」

 

 貴女の美しい声で代読して。

 その言葉と共に招待状を見せられたシオンは開口一番にそう告げた。

 

「ええ。わかっているわ。

だから他でもない軍師(貴女)に見せたのよ。

それはわかっているから、内容を読んでくれると嬉しいわ」

 

 聞き様によっては、罠かどうかを聞いているのでは無いから言ったことに従えと言っている様にも取れる。

 そういう側面は全くないとは言えないが、男によって書かれて男によって渡された文の内容が自分に届くまでに、清らかな乙女の代読というクッションを挟みたいだけという事情が大きい。

 元より寛容を旨とするメルタトゥムである。

 命令にだけ従っていれば良いという態度をばらまくつもりは無い。

 責務ある労働者でも責任ある使役者でも無く、権利の譲受者たる彼女は寛容なのだから。

 

 

「…もし仮に恋文なら、声に出して読まずにお断りの返信を代筆してくれると嬉しいわ」

 

 

 男性には、女性に対して程寛容では無いのかも知れない。

 彼女は基本的には男性に興味が無い同性愛者である。

 

 

 

 

「明日の晩、間桐が主催の前夜祭を開くそうです」

 

「何の前夜祭なのかしら?」

 

 

「書いてはいませんが、血生臭いことだけは間違いないでしょう」

 

「そうね。

では、参加に印を付けて返信しましょうか」

 

 

 昼の襲撃に対してメルタトゥムはオジマンディアスに伝えるつもりは無い。

 それは約束を違えることになり、美しくは無いからだ。

 だが、オジマンディアスによって招待状の返信を突き付ける事にした。

 

 王女は自社製のスマートフォンを取り出すと、履歴からある人物へ電話した。

 

 

「先日はよくやってくれたわ。

…死者が出たのは残念だけど」

 

 その言葉に電話の相手は――――

 

「誠に申し訳ありません」

 

 ――――電話の向こうにいる王女に跪いて謝罪した。

 

「責めてはいないわ。

私はよくやったといったの。期待以上の働きよ」

 

 

 

「…そのお言葉で十分です」

 

「勇士の遺族には私からも冥府での安息を祈らせて頂くわ。

実に、立派でありました」

 

 

 電話の相手はその言葉に息を呑み、感動の余りか嗚咽混じりに言葉を繰り出した。

 

「姫様にそう言って頂けて彼らも光栄でしょう。

遺族にも手厚い対応を姫様自らの御資産で行われて、私としても感謝しております」

 

「当然よ。

民も資産も私のものであり、此度の戦争も私の意思で行うもの。

その責任も栄誉も私の為にあるのだから。

 

大佐、貴方達にもう一つ栄誉を与えるわ」

 

 

「はい、何でしょうか」

 

 

 古代の王家を信奉するエジプトの秘密結社に属する陸軍特殊部隊の長である大佐は、その場にはおらず、電話の向こうにいる相手に対し更に深く傅きながら続きを待った。

 

「冥府からの招待状が来たわ。我が父の名を冠した馬で差出人に返事を届けなさい。

届けるだけで良いわ。

わかるわね? 彼らからの解答を聞く必要は無い」

 

 

 大佐は、心からの喜びを表すように意気込んだ。

 

 

「お任せ下さい。ジェイドとメネックが死の国の偵察をすましているでしょう。

我々はいつものように斥候を信じて駆け込むだけです」

 

 王女は満足そうに、任せる旨を伝えて電話を切った。

 

 

 開幕の襲撃で返り討ちに遭い死亡した数名を指揮していた陸軍大佐は、立ち上がるとすぐさま部下に命じた。

 彼が膝を付き敬意を捧ぐ相手は王女のみ。

 それ以外の全てのものに対しては常に威風堂々とした武人である。

 

「ラムセスⅡ世を偽装トラックに積み込め。

我らは姫様の為に、亡くなった戦友の為に勝利を取るのだ」

 

 

 

 特殊改造を施された第二世代戦車。別名ラムセスⅡ世、オジマンディアスと呼ばれるそれにより、彼らは最終点検を初めながら勝利を誓った。

 メルタトゥムは父王には秘密にするとは言った。

 しかし、不問にするとは言ってはいない。

 招待状が銀の弾丸と共に届けられたのならば、返信は銀の砲弾と共に届けてあげるのが風流というものだ。

 

 

 明日、前夜祭があるというのなら、今宵それ以上の祭を開いて当日の宴を白けさせてしまうのが良い。

 昨日の方が面白かった。

 そう言わしめるほどの火力を持って、前前夜祭を開いてしまえば良い。

 きっとそれ以上の花火を打ち上げることなど不可能なのだから。

 

 

「シオン、花火に行くわよ。

ファジーアイスを食べながら特等席で見学しましょう。

父は休ませてあげていて構わないわ。

あの黄金の戦争の後では何を見ても興醒めしてしまうでしょうから」

 

 

 

 王様ゲームでは無いが、お姫様の命令も絶対である。

 どうせ従う羽目になるのならば、積極的に従うのが良策だと軍師は諦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして夜の帳が降り、最初の襲撃と寸分の違いなく全く同一時刻。

 間桐邸の前に止まった数台のトラックから降りた戦車部隊による集中砲火が始まった。

 一瞬の内に家であったものが瓦礫へと変わる。

 間桐邸から逃げ出す者があれば、直ぐさま射殺出来るように複数箇所に狙撃兵達が構えている。

 一分の静寂の後、反応が無いことを確認した部隊はその場を撤収した。

 

 周囲の監視カメラも既に改竄済みでありこれ程までの大事を行いながら痕跡は無い。

 ただ、ガス栓の管理不足と火の不始末でもう少しで周囲の家に被害を出していたものの、そうなること無く間桐家だけが完壊したという事実が残るだけである。

 

 

 大佐に最高の成果であると告げ、撤収を命じた王女。

 彼女は既に間桐の本拠地が間桐邸で無くなっていたことを察していた。

 精々工房を潰しただけ。

 それでも現代魔術師にとって工房が潰されて尚、古代魔術師に勝てる見込みは殆ど無くなったと言って良い。

 メルタトゥムに言わせれば元々存在しない勝ち目がわかりやすく無くなっただけなのだろうが。

 

 捨て地となった廃墟を破壊しても勝利とはならないが、相手の拠点を無くせば勝利に王手がかかる。

 メルタトゥムに勝つ為の切り札である筈の拠点を捨てるには大きく分けて三つの理由がある。

 

 シオンも丁度その事に気が付いたようで雇い主に報告する。

 

 

「可能性は三つあります。

一つは勝利を諦めて逃走した場合」

 

「招待状まで出しておいて?」

 

 当然却下されるのがわかってシオンも、当然という顔でそれを否定する。

 

「二つ目は新しく工房を作っている場合」

 

「残り一つは聖杯戦争で勝利しなくても目的が達成出来る場合ね。

若しくはその複合」

 

 最後の答えをメルタトゥムが補完する。

 

 聖杯戦争でサーヴァント同士の戦いもせず、知られていないところに工房を作られたという最悪のパターン。

 しかもこの土地に根深く、聖杯戦争に詳しい御三家が陣取るとすれば、聖杯がある地点。

 聖杯戦争で参加者が戦っていても、聖杯はスポンサーが商品として渡さずに持ち帰るという方法。

 若しくはその聖杯を戦争に使ってしまうことすら考えられる。

 どうせ敗者は死人であるならば口が無いも同じだからだ。

 

 

「だとすれば場所は――――」

 

「――柳洞寺よ」

 

 

 シオンの疑問に彼女のサーヴァントが答えた。

 

「明日、前夜祭をすると言っていたわね。

どうやら、その準備中のようね。

行きましょう」

 

 どこかそわそわしたキャスターであったが、それでも非常に高度な空間転移の魔術を誤ること無く発動させると、メルタトゥムとシオンごと柳洞寺へと一瞬で移動した。

 

 

「宗一郎様ッ!?」

 

 

 見れば人型の影と穂群原の社会教師が戦っている。

 

「先ずは料理の下準備と思っていたが、一日早く来てつまみ食いに来るとは思ってもいなかったぞ」

 

 

 声のする方を見れば醜悪な老人がそこにいた。

 その老人、間桐臓硯が告げるにはこの影人形は実験に過ぎない劣化版であり、明日にはもっとしっかりしたものが出来るとのことだった。

 戦っているのが影の人型である事を考えると、完成品がサーヴァントの亜種の様なものであることは想像に難くなかった。

 そしてこの悍ましい戦い方に賛同しないであろう遠坂凛が、間桐との共闘を解除したか既に倒されている可能性もメルタトゥムには想像出来た。

 

 

「黙りなさい下郎が」

 

 キャスターが手を翳すと放たれた紫色の閃光が臓硯諸共、周囲の影人形達を撃ち抜いた。

 とはいえ、しぶとい老人は死んではいない。

 

「……」

 

 明らかに超常の力を駆使したメディアの方を見た葛木宗一郎。

 逆に隠していた己を知られたコルキスの姫はその視線を下げた。

 

「…殿方に正体を知られるのは魔法少女のお約束だそうよ」

 

 

 何のフォローにもならないフォローを言い渡す現役の魔法少女(××××歳)。

 そもそも少女という歳でも無いメディアにはプラスどころか若干マイナスだった。

 

「あの…私は――――」

 

「俺には必要無い――――助けてくれたのだろう。その事実だけで充分だ」

 

 当初拒絶とも取れる言い回しであった葛木教師に、女の敵だという風に見ていた二名と表情が落ち込みきった一名であったが、続く言葉にその印象は反転した。

 

 

「やれやれ酷いの。

最初は儂を見抜き、そこそこやるからマスターかと思って実験に付き合わせたが、見込み違いだったようじゃ。

では、実験の失敗作を置いていくから存分に処分してくれ」

 

 臓硯が影に沈むように何処かへ消えると同時に、有象無象の影人形達がどこからともなく夜の闇の中から現れた。

 その数は数えていられないほど多かったが、三名の女性と一名の男性は気にした様子も無い。

 

 

 瞬時にキャスターに強化魔術をかけられた葛木宗一郎は身体が軽くなったことに驚くこと無く拳を構え、

 メディアは簡易の陣を敷き、再び影共に手を翳し、

 シオンは銃を構えて敵の行動のあらゆる可能性を分割試行で思考走査し、

 メルタトゥムはただ薄く微笑んだ。

 

 

「影は、光の前には出来ないものなのよ」

 

 王女の否定の言葉と共に、戦いは始まった。



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吹き荒ぶ砂塵のシンデレラ

 有象無象の影。

 それぞれが現代の格闘家に等しい戦闘力を持っている。

 加えてその肉体は、サーヴァントの反存在。

 通常攻撃は通用しない。

 故にそれまでの葛木宗一郎は躱しやいなしに特化した動きを取っていた。

 葛木宗一郎ほどの一流の武術家でさえ一筋縄ではいかない相手が数十体。否、それ以上。

 

 だが、誰も不安そうにしているものはいない。

 先程防戦でばかりいた葛木宗一郎もそうだった。

 ただ一言、「わかっている」とキャスターに告げた。

 これで漸く戦えるのだと、説明を受けずとも本能的に理解したのだ。

 

「では、葛木先生とシオンで合わせて一割。

残りは私達に」

 

 メルタトゥムは平然と告げる。

 神秘そのものである彼女にとっては、その肉体が敵に対して普通に通用する。

 寧ろ神秘の濃さでは上回っている。

 残りは、彼女の戦闘技能だけだった。

 

 故に、問題は何も無い。

 

 

 突き刺すような右足上段蹴りで顔面を揺さぶり、更に反った体制を更に後ろに崩して地面に着けた左手を起点にして左に身体を捻りながらのかかとでの蹴り上げでアゴを打ち抜いて跳ね上げる。

 そしてその体制のまま軽く跳躍してのかかと落とし。

 頭に落とした足を肩の所に下ろし、もう片方の足を首を挟んで反対側に突き入れて、両足を閉めると同時に身体を丸める勢いを利用しての投げつつ追い打ちの空中蹴り。

 これで一体が消滅した。

 

 そのまま隣の影にビンタ。

 硬直した相手に容赦の無い回し蹴りを胴と足に対して二連撃。

 相手に向けて背中を晒した状態となり、そこに影にも反撃のチャンスはあったが、振り返りながら行われたかかと落とし。

 それも鋭く流動する魔力を纏った足で、180度開脚して地面に付くほどの勢いで行われたそれは影を真っ二つに両断した。

 

 開脚座をした無防備な状態のメルタトゥムの頭部へ、また別の影が蹴りを放つが、開脚したまま身体を横に倒したメルタトゥムは両手を地面に付けると、開脚したまま逆立ちした状態になり、回転して相手の蹴りを蹴りでいなした。

 そのまま足を閉じると、再び相手の首を挟むような状態となり、先程同様に投げ飛ばしながら最後の瞬間に足を締めながらひねると、先程と同じように影は消滅した。

 

 別の影の攻撃を腰を落として膝を付きながら回転して軸をずらすように躱し、その勢いのままローキック。

 倒れ込んで来た相手にハイキックで体制を押し返したところでその身体を掴んで膝を押し付けながら、反対側の地面に叩き付ける。

 大地によって大きくバウンドした相手をハイキックで跳ね上げ、更に前に前転のように飛び込んで逆立ちするように両足で更に蹴り上げて、逆立していた足が地面に着くやいなや跳躍し、三度の回し蹴り。

 そして大地に向かって投げ飛ばす空中巴投げにより、メルタトゥムより少しだけ早く地面に辿り着いた影の頭部を踏み付けて消滅させた。

 

 更に別の影へは鋭い肘打ちから裏拳が入り、そのまま影の首の後ろに両手を回し、胸元に抱きしめるようにして密着状態からの膝蹴り。

 そこから垂直に近い上段蹴りがアゴに入った直後、ムーンサルト。

 二度同じ位置に蹴りを受けたアゴは完全に崩壊するが、そこに更にムーンサルトが刺さり、またしても影は消滅した。

 

 王女は止まらない。

 すり抜ける様に相手の手刀を躱すと、後ろに姿勢を低くして回り込み、頭部に向かって蹴り上げる。

 首から上が砕けて跳ね飛んだ相手に合わせて、自身も跳躍すると宙で相手を捉え、地面に向かって巴投げの要領で影を叩き付けるように投げ飛ばした。

 その反動で自身も再び滞空し、地面にバウンドして跳ね上がった相手を、再び大地に向かって巴投げで叩き付けた。

 今度は空中へは跳ね上がらず、手刀を交差するようにして敵を切り落とす。

 影の見事な手刀の後でさえ惚れ惚れする技のキレであった。

 

 

 

「良い準備運動になったわ」

 

 

 これまでの動きはあくまでも慣らしに過ぎないと言い放ったメルタトゥムは、それを証明するかのように、更にキレが良くアクロバティックになった動きに加え、魔術を行使し始めた。

 

 そんな彼女へ、実験後期型と思われる影の濃い個体が数体近付いていったが、彼らは所詮供物に過ぎなかった。

 

 右左のワンツーパンチから後ろ側から振り抜いて上を通り、回しかかと落としに近い軌道での蹴りで相手を地面に沈めると、相手の直ぐ手前の地面を鋭く拳で打ち抜いた。

 地面と拳が触れた瞬間、地面は斜め上へと吹き出す砂となり、影ごと宙へと打ち上げた。

 

「ここですか」

 

 吹き上げられた影。

 しかしその真下から突如細長く聳える砂嵐が発生して、影を取り込んだ。

 触れる砂は影を削り裂くと共に、その生命力を吸っていく。

 

 メルタトゥムが伸ばした掌を上に向けて、招くように閉じると、影を閉じ込めた砂嵐はメルタトゥムの前まで接近してきた。

 

「では、お別れよ」

 

 王女は惑う事無くその砂嵐の中に手刀を繰り出した。

 砂嵐が霧散すると共に、影は粉々になった。

 その粉へと、王女が地面の砂を蹴りかけると鋭い錐となり、粉さえも駆逐した。

 

 

 メルタトゥムは更に自身の分身を三つ作り出し、別の影を囲むと寸分違わぬ動きで一切のズレなく攻撃のラッシュを始めた。

 同時に対向方向から攻撃を受けた影は、衝撃を逃がすことが出来ず、潰れるように砕けて消えた。

 

 背後から襲いかかって来た影は、王女の背後の地面から鋭く伸び上がった砂の牙に串刺しにされて消えた。

 王女は振り返りもしなかった。

 

 

 

 思わず、葛木はメルタトゥムに問う。

 

「…人間なのか」

 

「いえ、王族です」

 

 

「…そうか」

 教師からしても成績の良い生徒ではあったが、今回のは質問の応えとしては不適当であった。

 更に言うと紀元前から存在する吸血種のマミーであり、吸血種でありながら太陽に極めて耐性が高い永遠の独身シンデレラである。

 そもそも葛木宗一郎も、若干人間を辞めた動きをしているのだが、此処にツッコミを入れる者がいない。

 

 シオンからすれば、メルタトゥムも葛木宗一郎も格闘ゲームの住人だし、メディアに至っては弾幕シューティングゲームをそれに足した感まである。

 とはいえ、シオンも一般人から見ればどちらかというと十分そちら側の人間である。

 

 

 

 瞬く間に人数を減らした影たち。

 その内何体かが共食いを初めて、残った個体の色が濃くなり始めた。

 夜の闇の中で尚暗い影。

 それまでの薄ぼやけた影とは違い、明らかな漆黒がそこにあった。

 

 濃い十体の影は、先程とは見間違うばかりの速度で襲いかかってきた。

 反応の遅れたキャスターを保護するように、縦回転の回し蹴りを放ちながら前へと躍り出たメルタトゥム。

 しかし、別の個体の突きが刺さったのか、手首からは血が少し垂れていた。

 

 動かないコルキスの姫に対し、エジプトの姫は「気にしないでいいわ」とだけ告げた。

 

 

 その血が地に落ちた瞬間、大地から巨大な砂のムカデが現れて影へと襲いかかった。

 メルタトゥムは吸血種であり、その血は強力な防具であり武具である。

 意図されている流血はデメリットでは無く行動の手段に過ぎない。

 

 メルタトゥムが立つだけで砂化した地面を蹴り上げると、砂が下から伸びる刃のように伸び上がった。

 そのまま跳躍したメルタトゥムは肩のブローチとしてとまった蝶を外して自身の出血部位に付けると、蝶は元よりそうであったかのように瞬く間に巨大化した。

 蝶により空を舞うメルタトゥムが隣を見ると同じ高さに、これもまた蝶のように空に浮かぶ者がいる。

 

 

「終わらせましょうか」

 

「ええ、前夜祭当日は量より質だと良いわね」

 

 空に浮かぶキャスターに同意したメルタトゥムは二重圧縮術式を解凍する。

 

 

「死になさい――――――灰の花嫁(ヘカティック・グライアー)

処女(おとめ)(ねがい)に祝福を――――――灰の姫(サンドリィラ)

 

 光杖が降り注ぎ視界が光に埋め尽くされる。

 光が晴れた後、大地に残された影はいなかった。



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怪物王女と『へびがみ』

 女の子には誰にだってお姫様(幸せ)になる権利があるんだから――――――

 

 いつの日かに聞いた母の言葉を思い出した。

 

「…嘘ばっかり」

 

 

 現にこうして、己は穢れ堕ち、幸せになれると言った母の末路も良いものでは無かった。

 全ての女の子が幸せになれるのなんて嘘。

 幸せになれる女の子だけが幸せになれる。

 当たり前だけど夢なんて欠片も無い事実。

 

 

 誰も、お伽噺のお姫様になんかにはなれない。

 

 それなら逆に不公平じゃ無い。

 誰もが権利があるのに私にだけその権利が無いのなら許せない不幸かも知れない。

 けれど、それが否定されるなら、不平等ではあっても不公平では無い。

 

 

 だから私は、物語のお姫様なんて虚構だと否定していた。

 ハッピーエンドを確約された存在などいないと理解した。

 虚構をうらやんでも仕方の無いことだと思い込むことにした。

 

 

 

 だけど、本物のお姫様がいた。

 本物の、お伽噺のお姫様がいた。

 

 

 私の全てを――――――否定された気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 †▽□▽†

   ▽

 

 

 

 影人達を駆逐した柳洞寺に佇む者達を、突如凄まじい振動が周囲を襲った。

 

「地震かしら? 日本には多いそうね」

 

「この状況で本気でそう言っているなら笑えないわ」

 

 冗談よ。

 呆れた振りをしていたメディアに対し、ふざけた振りをしていたメルタトゥムはそう答えた。

 

 

 幸せな少女は不幸に穢れて女になる。

 メディアもかつてはそうあり、そして現世に舞い戻って今度こそ再び幸せを見付けた。

 しかし、そうあれずに終わった者も多い。

 

 

 地上に、新たな影が姿を現した。

 

 不幸に落ちたまま、その不幸のまま命を落として挽回の機会も無い者。

 不幸な者同士で傷を舐め合う愚か者。

 愚かに過ぎるほど愛の深い者。

 本来は召喚者と同じ髪の色を持ち、似つかわしく縁のある者。

 自己を否定する者。

 実験の最新の失敗作(廃棄物)

 ――地震が収まったときに、それ(・・)はそこにいた。

 先程のどの影人よりも深い黒で構築されたそれ(・・)は、それまでの無個性な影人形とは違い、明白な個性を姿に滲ませていた。

 

「…サーヴァント。これが実験の目的、ということかしら」

 

「いえ、所々崩壊が始まっています。

明日の前夜祭にはこれの完成品で彩られることは想像に難くありません」

 

 

 メディアの言にシオンはそう答える。

 その表情は決して明るいものでは無い。

 

 一方、輝くような表情を向ける者もいた。

 

「良いわ。実に私達に相応しい晩餐よ。

太陽神の天敵(蛇神アポピス)を打ち倒せば、我が両親(太陽)は再び昇る。

蛇髪の女を試食品の最後に宛がうなんて、実に趣向が素敵ね」

 

 何処までも他者を自分達の為に存在していると憚らない王女にとって、メドゥーサは打ち倒されてハッピーエンドに至る為の手段にしか写っていなかった。

 それは、メドゥーサには己の栄光の為に首を刎ねに来た英雄を思い起こさせた。

 お姫様がハッピーエンドを掴む為に打ち倒される魔女。

 英雄がハッピーエンドを掴む為に打ち倒される怪物。

 どちらも、メドゥーサの死を手段としてしか認知していなかった。

 メドゥーサには、そんなお姫様が許せなかった。

 

「A"A"A"A"A"A"a"a"a"a"」

 

 声すらまともに発せ無い。

 不完全な虚構の身体。

 不完全な身体が動くだけで崩壊していくことも恐れずに、メドゥーサは他の何にも目をくれずに王女へと襲いかかった。

 

「許すわ。蹂躙なさい」

 

 

 メルタトゥムは胸元のペンダントを外すと、それを前へと放り投げた。

 それは、彼女が身に付けていた宝飾具。

 それは、生前から身に付けていたもの。

 それは、ペットのスカラベの死骸を魔術で宝石に置換したもの。

 それは、思い出の品。

 それは、彼女の母が褒めてくれたもの。

 それは、巨大にして強大な彼女の為だけの戦士へと変わるもの。

 

 

 放り投げられたペンダントは、その放物線上の頂上に達したとき、本来の姿へと戻った。

 それは何処までも巨大な黄金のスカラベ。

 全身が鏡面の様に輝くそれは、魔眼の持ち主であるメドゥーサの天敵でもあった。

 

 

 

 相手が悪かったとしか言いようが無い。

 本来のサーヴァントよりも遙かに性能が劣る、サーヴァントの形を取れた第一号でしか無い失敗作と、魔眼の効かない王女の切り札。

 王女の言葉通りにスカラベは蛇女の手足をもぎ、ヘビの様な姿にした後それを踏み潰した。

 目的を果たした戦士は、再び仮初めの姿へと身を戻した。

 

 首から下が潰され、残された頭部も上から溶けるように消えていくメドゥーサは、己を倒した相手――ペンダントを拾い首に付け直している王女に、この時代では一度目の遺言を残した。

 

「次の私を楽しみにしていなさい」

 

 

「ええ、きっと父も喜ぶと思うわ」

 

 既に溶けて消えた呪詛に満ちた瞳を幻視しながら、スカラベのペンダントを付けた王女はその布告を受託した。

 

 

 

 

 

 

 

 大義名分を持つ分だけ、正義は時として悪よりも残酷だ。

 それは強すぎる太陽の輝きがもたらす乾きに似ている。

 怪物よりも遙かに残酷な仕打ちをしておきながら、決して見るものには王女は怪物とは認識出来ない。

 ハッピーエンドが約束された存在は、何をしても正義の側にある。

 それは幾多の神話で、太陽の属性を持つ者が正義の側にあることと似ている。

 明らかな太陽(正義)の系譜である以上、物語のお姫様である以上、どれだけ苛烈で残酷でも、王女が蛇の女のように悪へと墜とされることは無い。

 太陽であることを、お姫様である事を辞めない限り、メルタトゥムを見る者、聞く者、知る者は須く彼女を正義の側だと認識する。

 何故なら、ハッピーエンドは正義の為だけ(・・)のご都合主義であり、怪物や魔女の想いや過去など省みることさえないのだから。

 シンデレラを愛する者が正当で、継母達に同情する者は異端。

 

 メディアは、その事を少しだけ恐ろしく感じた。



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私を殺した責任――――

 夜空が明るみに霞み始める。

 まるで日を飲み夜を起こす蛇神(アポピス)を打ち倒したセトにより、再びラーが蘇るように。

 

 メディアとシオンを置いて先に帰ろうとしていた王女は、ある視線に気付き、そちらを向いた。

 視線の先にいた暁の日差しを背に背負った、王女もよく知る相手もまた王女に真っ直ぐに視線を向けていた。

 王女は、少しだけ冷めた表情を向けて口を開いた。

 

「今日の夜会はもうお開き。踊り足りなくても明日にするといいわよ、凛」

 

「…今ここで戦うつもりは無いわよ。…というかメルト、貴女わかって聞いているんでしょう?」

 

 友人の呆れたような仕草に対して、数千年を生きる王女は後ろ髪を払いながら、悪戯がバレた少女そのものな無垢の微笑みを浮かべる。

 朗らかで純粋で、それでいて気品もある笑みであった。

 現実にありながら幻想的な、お伽噺のお姫様の笑顔であった。

 

 遠坂凛は、間桐のやり方には最早付いていけないと同盟を破棄した。

 そして間桐が同盟を破棄して明確な敵となった遠坂を、許すはずもないことを理解していた凛は、そのタイミングを見計らっていた。

 勿論臓硯も、当然いずれ凛が裏切ることなど承知している事も凛は理解していた。

 

 つまり、お互い理解し合った上で、何処で隙を作るか。

 その読み合いがあった。

 

 結果として、その読み合いに勝利したのは遠坂凛。

 臓硯は、遠坂の娘が己の元を逃げ出すときには、間違いなく負い目のある妹を連れ出す。

 そこで離脱が失敗する。

 つまり、間桐桜という最終ラインがある限り、そこを重視して気に掛けていれば、逃げ出した遠坂凛は蜘蛛の巣にかかった蝶のようになると踏んでいた。

 自分の代わりに遠坂家を追い出されて、間桐家に捕らえられた哀れな妹を置いてはいけないと。

 蝶は蝶でも美しい成虫ではなく、羽化することの無い永遠の醜い芋虫に作り替えられた妹が枷になると。

 

 

 

 

 

 

 

 その前提は間違っていなかった。

 しかし、臓硯が軽んじていたのは、潜在的な敵陣営である遠坂凛の逃亡を、間桐の家に召喚されたサーヴァントであるアーチャーが扶助したことであった。

 聖杯戦争の参加者である遠坂凛を助ける為に、桜を見捨てろとエミヤは凛に言った。

 桜は必ず己が救う。

 だから、それを信じて待て。

 故に、今は――――見捨てろ。

 

 英霊エミヤはそう告げた。

 凛はそのやり方を受け入れたくは無かったが、アーチャーの偽悪的な正義感、否、ここでは無い何処かで彼を信頼したという存在しない可能性が、遠坂凛に英霊エミヤの言葉を受け入れさせた。

 臓硯の前提である、少なくとも臓硯の見立てでは自ら助けられるつもりも無い人質である桜を使う、最初の罠が動くこと無く潰えた。

 

 生前とは真逆の結果を手にする為に、護りたい者全てを護る為に、それ以外の全てを捨てる覚悟を決めたエミヤ。

 当然、彼自身の保証など一番最初に捨てている。

 臓硯に遠坂を逃がしたことを責められても、飄々と皮肉で答えるだけに過ぎない。

 間桐の最大戦力は間違いなく二体のサーヴァントだ。

 その認識が間桐家で共有されている限り、それ以外の有力サーヴァントが脱落するか、アサシンが聖杯の力を十全に引き出せるようになるまでは、自分に利用価値がある。

 だからその切り捨てが可能になるタイムリミットまでに、間桐桜を救えるのならエミヤの勝ち。

 

 逆に臓硯の立場で言えば、敵のマスターを逃がす原因になった、使い勝手が良くないサーヴァントは効率的に使い潰すのが良策と言えた。

 故に、アーチャーを最大限に利用して消費させる。

 それが間桐家でのアーチャーの最終着地点。

 

 

 そこでエミヤに助け船を出したのが慎二だった。

 いや、助け船と言うよりは、三途の渡し船の同行というのが正しいのかも知れない。

 慎二とエミヤで、他のサーヴァントを遊撃すると申し出た。

 それは、エミヤを未だ生かす理由を補強する為のものであり、エミヤを自由に動かす大義名分でもあった。

 

 慎二はもし万が一、有力な敵陣営を全て破壊した後には、アーチャーを自害させる事を条件に、臓硯から言質を得た。

 慎二はエミヤに貸し一つだと、悪友に対して悪ぶって笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠坂凛は、そう言った経緯を経て、今この瞬間、最高の友にして最大の敵である生ける幻想(ファーブラ・ファンタズム)の前に至る。

 あらゆる少女の夢想する物語の原点にして、世界というウェディングプランナーに一身に愛される永遠の処女。

 全ての王子様に愛されるお姫様。

 遠坂凛が知る限り最大の存在に、真っ当な手段で勝てるとは到底思えないのに、真っ当な手段で勝ちたい。

 戦いたくないのに戦いたい。

 

 矛盾した感情が凛の中には混在するが、きっとそれらを全て見通した上で、メルトが受け入れてくれると凛は信じている。

 逆にメルタトゥムは、凛の全てを見通せたとしても、更にその奥を覗けたらと思っているのだが、凛が知るところでは無い。

 

「凛。私が最初に攻撃を仕掛けた(ダンスに誘った)のは貴女。

そして最後に踊る相手も貴女だと嬉しいと思っているの。貴女も同じ気持ちだと嬉しいわ」

 

「ええ。私が貴女に終焉(十二時の鐘)の音を教えてあげる」

 

 その答えは、まさしく王女が望んだものだった。

 

「レイズを重ねてもフォールドしない。私は貴女のそういう所が好きよ、リン」

 

「持ち金が少ない私の行動が、オールインしか出来ないのを分かっていて聞くなんて、随分と趣味が悪いわね」

 

 

「…フフ、いいわ。

ええ、それでこそ貴女。

それでこそ私のリン。

この高揚感。この気持ちを、恋と呼ぶのかしら。

リン、第十九王朝ラムセス二世が娘メルタトゥムは貴女を…いえ、()は貴方を愛している。

…ある意味、貴女の前では王女としての私は殺されてしまったようなものね。

とは言え、私は何処までも王女なのだけれど。

でもね、リン。

…それ程の衝撃だったのよ。貴女だけは特別の中の特別。

貴方だけ。貴方だけが母以外で私の欲望を剥き出しにさせてくれる。

不死者であるこの私を殺したのよ。

だから、だからね、――――――――私を殺した責任、取って貰うわ」

 

 それは、愛の告白だった。

 情欲と熱意に燃えた瞳。

 その瞳には怯えや期待など無く、ただ確信だけがあった。

 

「…私は異性愛者(ノーマル)なんだけど」

 

「それも今のうちだけだから大丈夫よ。死の後も可愛がってあげるわ。

…ああ、今すぐ貴女をここで打ち倒したいけれど、デザートは最後に取っておくと既に決めたことだから」

 

 女性である凛をして魅惑的な王女。

 しかし遠坂凛は同性愛者では無く、親友の枠組みに置いているメルタトゥムからの告白は、正直にいうと気まずい。

 少女の憧れを詰め込んだお姫様に迫られて、恣意的に魔術を掛けられたわけでも無いのに理性が削られる異常事態。

 メルタトゥムにして言わせれば、これも恋と呼んだのかも知れない。

 

 大切な相手でありながら、護るべきものとして自らの保護下に置くのでは無く、互いを自らの敵として認識する。

 友情を共有しながら、敵意をも共有する。

 その歪な関係に、シオンとメディアは少しだけ倒錯的な耽美を感じた。

 その感情は――――

 

 

「マスター…」

「キャスター、貴女が言わんとする事に同意します」

 

 その感情は――――――嫉妬に似ていた。



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その裏切りに祝福を

完結までは不定期と00:00に投稿します。


 夜会が始まる日の朝。

 凛と葛木を笑顔で見送ったメルタトゥム。

 彼女はその笑顔のまま、コルキスの姫に告げた。

 

「メディア姫。裏切るつもりなのでしょう。悲しいけれど仕方ないわ」

 それは疑問では無く断定。

 

「貴女があの男性と生きて行くには、聖杯への願いが必要。

けれど私は、母の復活と父の受肉を諦めるつもりはない。

聖杯では、願いが叶えられるのはどうあっても二つが限度。

――――枠が欲しければ奪うしか無い。

恋は戦争とはよく言ったものね。

…いいわ。私に挑戦することを許します」

 

 裏切りすら許す。

 寛容にも程が過ぎる発言だった。

 加えて、この場には彼女の父であり最大の戦力であるオジマンディアスはいない。

 秘匿など知った事かとメディアが動けば、メルタトゥムは窮地へと立たされる。 

 

「裏切った?

何時からの事を言っているの。

今現在? それとも開幕当初のラジオキャスターに扮したとき? …それとも私の過去のことかしら?」

 

 思惑を見抜かれたメディアもさるもの。

 平然として、その余裕を崩すことは無い。

 

 

魔術師(キャスター)風情が、なんて言わないわ。

貴女は父上以外のサーヴァントと比しても、十分に勝ち筋を狙える優秀なサーヴァントよ。

だから勝利を掴もうと思っても、何もおかしな事も無いの」

 

 シオンにそのつもりが無いとしても、既にメディアは時間を掛けて、合図を送ればシオンを己の支配下に落とし込む魔術を仕込んでいる。

 やろうと思えば、何時でも自分にマスターからの指示も令呪も利用出来る。

 聖杯戦争のシステムに介入出来る時点で、直接の戦闘以外の全てにおいてメディアは極めて優秀な優勝候補とも言えた。

 

「――――それに、私は嬉しいの」

 

 エジプトの王女は心からの祝福をコルキスの王女に送った。

 遠坂凛が王女で無いメルタトゥムとして、個人としての欲望を向けられる相手ならば、メディアは王女であるメルタトゥム個人としての境遇を理解し合える相手。

 そもそも個人であるメルタトゥムと王女であるメルタトゥムの境界はあやふやな物で、メルタトゥムはお姫様であり、お姫様の概念の化身がメルタトゥムである。

 故に、メディアのその反逆の意思さえ、祝福に値する。

 メルタトゥムは、己の大切な人達が、大切な敵として己の前に存在することに歪んだ祈りで祝福した。

 その祝福は少しの寂しさと、少しの憧憬と、自然的な偶像で出来ていた。

 

「神々の陰謀で男に恋をした貴女は、祖国を裏切った。

でも今の貴女は、己の意思で恋した男の為に裏切りたいと思っている。

それは、とても素敵なことだと思わない?」

 

「…まさか祝福されるとは思わなかったわ。

そこまで善意を向けられるとやりにくいわね。

それも織り込み済みだろうし、その上でも潰す気なんでしょうけど」

 

 

「ええ、勿論」

 

 またしても断言。

 

「ふふっ、言うまでも無かったわね」

 

 王女同士の会話は、シオンには幾ら思考を重ねても、とうてい理解が出来ない世界の話であった。

 これは感情の話。

 思考の数や速度を増やせば正解に行き着けるというものでは無い。

 単純に、マスターとして同意するか、しないか。

 それを決めるのは、単純に己のサーヴァントの恋を応援するかどうか。

 秤の反対側には、圧倒的に有利な勝算と権益が乗ってある。

 ただ、それだけでしかなかった。

 何処までも簡単な問題なのに、天秤の反対側に乗っているものが大きすぎて動けない。

 

 そもそもシオンは聖杯に望むことも無く、サーヴァント達を使ってタタリを倒すことだけを目的としていた。

 サーヴァントが何かを望んでいれば、その望みの為に積極的な参戦が必要であったものの、取り分けて執着する目的の無いと申告したメディアを引けた事にホッとしていたくらいだ。

 

 それが、途中で譲れない願いが出来ました。

 だからサーヴァントの意向で動かないといけない。

 こんな状況になれば、他のマスターであっても戸惑うに違いない。

 少なくとも、別の世界線でメディアを引き当てていたアラブの富豪なら憤激するだろう。

 

 その上、メルタトゥムもメディアも王族同士として対等な会話を行っており、そこに平民であるシオンを挟んでもいなかった。

 

「マスターは、如何するのかしら?」

 

 メルタトゥムはマスターであるシオンに問いかけるが、その視線はメディアから離れていない。

 結局は、メディアがマスターに如何させるのか。

 メディアの意向次第に過ぎない。

 シオンは代弁者、いや腹話術師のパペットに過ぎない。

 そんな現実があった。

 

 勿論、それを否定して欲しいとシオンが願えば、それを察したメルタトゥムは甘く優しい言葉で丸め込んでくれるだろう。

 しかし、それは欺瞞以外の何物でも無い。

 それをシオンが理解していることを含めて、メルタトゥムは理解して寛容するだろう。

 

 きっと、力無い平民でも、遠坂凛であれば違ったかも知れない。

 彼女は、メルタトゥムの世界でヒロインになれる者だ。ヒーローになれる者だ。

 しかし、シオン・エルトナム・アトラシアは対等な相手ではなく、保護下にある者である。

 保護下にある以上護ることに努めるが、良くて愛玩までが精一杯だ。

 キングにもクイーンにもジャックにもジョーカーにもエースにもなれない。

 

 己を蚊帳の外に置かれ、当初の前提を反故にする。

 マスターとして自害を命じて、引き続きメルタトゥムの保護下で、タタリ討伐を行った方が成功の可能性も高い。

 そう動いたとしても、きっとメルタトゥムは寛容を示すだろう。

 彼女はそういう存在だ。

 太陽とはそういった存在だ。

 少なくとも、シオン・エルトナム・アトラシアにとっての、王女メルタトゥムはそういった存在であった。

 

 

 

 ――――シオンは決断した。

 

「メディア。令呪を以て命じます。

私達(・・)は誰にも負けません。

恋にも戦争にも、絶対に負けはありませんっっ!!」

 

 

 その様を見たメディアは、一瞬呆けた後、美しい礼を取りながら、謝罪と共に己の仕掛けた隷属の罠を解いた。

 そして砂漠の王女は――――

 

「ようやく、聖杯戦争の主権ある参加者となったのね。

シオン…いえ、シオン・エルトナム・アトラシア。

貴女を私の敵として敬意を以て迎えましょう」

 

 今までの寛容とは違う、別種の寛容を示す礼を取って、それを受託した。

 

「女の子に生まれたのならば、誰にでもお姫様を目指す権利があるの。

どうせなら憧れるだけよりは、自分がお姫様を目指せば良いだけのこと。

その分不相応な意思を、私は何よりも美しいと思うわ」

 

 勿論、母上と私の次にね――――。

 そう付け加えたメルタトゥムは、どこまでも始まりの姫と呼べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルタトゥムが去った場所で、真の意味でマスターとなったシオンに、メディアは告げた。

 

「侮っていたことはごめんなさい。

そして、共に戦ってくれてありがとう」

 

「今までも、そうしてきたじゃ無いですか。それに――――

私は、貴女のマスターですから」

 

 それに、眼鏡男子愛好会の会長でもありますとまでは、流石に雰囲気が崩れるからシオンも口にしなかった。

 

 

「…そうね。つまらない質問だったかしら。

物語を終えたお姫様には、二つの選択肢があるの。

新たな姫の為に魔法使いになるか、…新たな姫の為に悪役(魔女)になるか。

私は悪い魔女だけど、貴女の魔法使いになってみせるわ」

 

「それは…心強いです」

 

 

 ハッピーエンドの魔法にかかった姫に挑むは、魔法少女であった悪い魔女と、新たな時代のルーキープリンセス。

 これにて、役者は漸く揃い、万夫不等の英雄達が、己以外全ての英雄を屠り臨む、血と希望に満ちた祝祭の夜明けを迎えた。



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セトの花嫁

 ホテルに戻ったばかりのメルタトゥム。

 まだ太陽が輝く時間だというのに、不敬にも太陽の娘に襲いかかる者がいた。

 

「全く、…またかしら?

…もしかして、昼間に襲撃することがご趣味なの?」

 

 

 たった今、射出された剣によって貫かれた砂で作った虚像を眺めながら、王女は呆れたように言った。

 

「さあ? 姿を消して虚像と並列して移動するなんて警戒の仕方をしておいて、想定外のような顔をされても困る」

 

 

 赤き弓兵の皮肉に、王女は態度を変えることは無い。

 その程度で取り乱すようなら、彼女は生前ですらもっと早く死んでいた。

 彼女は他者の感情を自在に振り回すことはあっても、他者にその感情を振り回されることは彼女の母以外においては生前では無かった。

 ここ数年で、遠坂凛がそのカテゴリーに加わったようだが。

 

 

 

 多神教であるエジプト神話には、様々な神がいる。

 その中には不当に貶められた神々も多くいる。

 

 例えばミン神は快楽と子孫繁栄の神であり、常に勃起した姿で壁画にも描かれている。

 ミンの様な男。

 これは常に頭の中が快楽を求めることで一杯になっている男のことである。

 

 アトゥムという最高神は自慰を司る神でもあり、真の意味で彼の妻は彼の右手あり、彼の愛人は左手である。

 元々は、(配偶者)のいない全て始まりの存在を意味し、自己完結による生殖からなる逸話であったが、時代を下り、くだらない冗談にも使われるようになった。

 それが、どのような冗談かは言うまでも無い。

 

 

 そして、最高神級の神でありながら、不当に貶められた神の中で、最も有名なのはセト神である。

 戦争と闘争の神であり、オシリスと並ぶ至高に近い神である。

 しかし、民衆には戦争は人気があるものでは無く、次第に平和と豊穣の神であるオシリスへと民衆の信仰は移った。

 戦争の価値を民衆は認めはしない。

 それがどれだけ美しく気高く生命の本質に近いものであろうと、国家にとって必要であろうと、民衆にとってそれは恐ろしい災いに過ぎない。

 時代を下るにつれて、その民衆を纏める立場にある貴族達も、人気取りの為か次第にセトの信仰を疎かにしていった。

 

 しかし、第十九王朝であるセトの化身を名乗るセティ一世の時代に復権が為される。

 そしてメルタトゥムはその孫であり、母譲りの美しさと聡明さから祖父に溺愛されたメルタトゥムは、父と祖父の威光もあって、そして何より本人の性癖によって男が寄りつかなかったが、民衆の多くはそれを信仰に己を捧げた巫女としての責務だと評価した。

 

 セト神に己を捧げた無垢なる姫。

 民衆は彼女をこう呼んだ。

 ――――――――セトの花嫁、と。

 

 

 

 

「澄んだ空を舞う鷺よ彼の者を記せ。乾いた地を走る犬よ彼の者を測れ。死の海に潜む鰐よ彼の者を裁け。

我は戦神の膝元で賛美歌を歌う者。我は闘争を夫に迎える者。我はセトの花嫁なり――――」

 

 それは古代において己に捧げられた信仰の役割を、時代を越えて現代に再現する魔術(祝詞)

 戦闘において人類の上位存在と言えるサーヴァントに、戦闘者では無いお姫様が肉薄する為の秘術。

 

 仕える相手であり、巫女にとって宗教上の夫であるセトの力を行使する大魔術。

 これをもって、姫君は闘争の位階をガラスの靴で駆け上がる。

 これは、王子様を迎えに行くお姫様の物語を謳った賛美歌。

 王子様がいないのなら、己が王子様になれば良い。

 そんなヒロインをヒーローに成り代わらせる邪法。

 一度目の死を迎える前のエジプトで、メルタトゥムが時折披露していた男装の麗人とも言える姿へと変わる。

 それはエジプトの婦女子を熱狂させた巫女、セトの花嫁の姿。

 

 魔術が切れるのは、意図して解除したときか、魔術を掛けた本人が死んだときか、12時の針が重なる(今日が昨日になる)瞬間。

 もう一つ上の最終形態を除けば、直接的な戦闘力を底上げすることが出来る、単体戦闘では最もシンプルに勝利へと近づける手段。

 最終形態は、世界の概念と密接に結びついている為に、リスクが大きすぎて取り得る手段では無い。

 何より、ここはホテルピラミッド冬木。

 

 彼女が絶対と信じる勝利の象徴()がいる。

 その存在がここに着くまでに、時間を稼ぐだけで良い。

 

「貴方にとっての十二時の鐘は、それほど先の話ではありません。

それまでは、ダンスのお相手を務めさせて頂きましょう」

 

 深夜の鐘の前のシンデレラにダンスを申し込む王子様のように、メルタトゥムは礼を取った。

 対するエミヤも、相手の本拠地に入り込んで虎が出てくる前に、全てを終わらせることが正解だと理解していた。

 お得意の皮肉を返すことも無く、彼は己の進んだ道筋を詠唱した。

 

体は剣で出来ている(I am the bone of my sword)

血潮は鉄で、心は硝子(Steel is my body, and fire is my blood)

幾たびの戦場を越えて不敗(I have created over a thousand blades)

ただの一度も敗走はなく(Unknown to Death)

ただの一度も理解されない (Nor known to Life)

彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う(Have withstood pain to create many weapons)

故に、その生涯に意味はなく(Yet, those hands will never hold anything)

その体は、きっと剣で出来ていた(So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS)

 

 世界が変わる。

 比喩では無く文字通りに。

 現実でも無く、お伽噺話の世界でも無く、ただ一人の男の生涯を投影した世界へと変質する。

 

「僕とエミヤがお前を倒す」

 

 己のサーヴァントに変わって、慎二が高らかに宣言する。

 マスターとして、メルタトゥムの敵として、明確に名乗りを上げた。

 

「この閉じた世界には少々夢と希望と角砂糖が足りないようですね。

焼け落ちた空と乾いた荒野。夢見る女の子には残酷な世界。

まあ良いでしょう。

…改めて、お二人のお名前をお聞きしても宜しいでしょうか」

 

「今更だな。必要性を感じない」

 

 アーチャーは、下らなさそうに姫の嘆願を切って捨てた。

 

 

「必要性はあるわ。

――――だって、お弔いの時に必要になるでしょう?」

 

 己の中で興味の段階を一段階上げた王女は、しかしそれでも倒されて然るべき障害として以上には修正しない。

 彼女の中では、シオン(Q)ギルガメッシュ(J)、そして遠坂凛ほどには大切な敵では無かった。

 それでも、敵として十分に敬意を持ち得る対象だとは認識していた。

 戦闘力としての意味では無く、本質的な存在自体の意味において。

 

 勿論、相手に対しては仮初めとはいえ一定以上の敬意を以て振る舞うようにメルタトゥムはしている。

 それが上から目線でこそあるが、相手を相手として認識しての上から目線である。

 しかし、それは彼女の身体に染みついた処世術に過ぎない。

 手段に過ぎない。

 そう、メルタトゥム個人としての興味の対象では無いのだ。

 

 ギルガメッシュやズェピアと同じ、スポンサーや脚本家やプロデューサーを気取りながら現世で活動している。

 対等な顧客同士、商売敵同士ではない。

 君臨者としての在り方。

 兵士では無く王としての在り方。

 それが自然である故に、相手にお褒めの言葉を与えてやる以外の関わり方を基本として取らない。

 

 その特例が唯一許されるのは、一定以上の敵となりうること。

 それは、遠坂凛が通り、シオン・エルトナム・アトラシアが続いた道。

 彼女にとって、親族以外で大切な者になり得る者は、舞踏会で勝利を約束された物語のお姫様に挑む悪役令嬢。

 逆の視線で見れば、それは即ち圧倒的に有利な貴族令嬢に挑む、灰被りの小間使いとも言える。

 貴族令嬢しかいない舞踏会に挑むのがシンデレラの筋なら、お姫様だけが佇む舞踏会に挑む悪役令嬢もまた、もう一人のシンデレラ。

 シンデレラに挑むシンデレラ。

 それが、メルタトゥムが求める理想の少女像。

 何処までも傲慢な優しき温情。

 

 それ以外の存在については、無償の愛以外は授けられない。

 無償の愛も有償の愛も、祝福には違いないが、やはり己の身を切る様な有償の愛の方が、思い入れが深くなるのは仕方の無いことだ。

 

 王女は多くの者に一人一人を個人として扱うように振る舞うが、それは行動だけに過ぎない。

 無償の愛と寛容を振りまく対象に、メルタトゥム個人として一人の人間と認識を、深層でされるものはそうはいない。

 とはいえ慎二はここに来て、真の意味で初めて王女に個人として認識された。

 有象無象の敵から、個別に認識するに相応しい敵へと。

 (サーヴァント)に振り回される御者(マスター)から、(サーヴァント)の手綱を握りしめた御者(マスター)へと。

 

 

 

「弔われるのは君の方では無いか?」

 

 幾多の剣を王女に向けて構えた英霊エミヤはそう呟くが、王女はまさかと首を振ってそれを否定する。

 

「私を殺せるのは二人だけ。

私が愛する(ひと)と、私が恋する(ひと)だけよ」

 

 王女が向けるは一本のレイピア。

 正当なプリンセスストーリーから外れた、姫騎士や男装の麗人の物語。

 己を護る為に身に付けた棘で、摘み取られるだけの姫君という華が抵抗する物語。

 それらを己の神官時代、世界で初めての姫騎士の物語と組み合わせて己に着せる。

 それがメルタトゥムの此度の魔術。

 

 長い髪を後ろでリボンを使って縛り、涼やかな風に靡かせるその様は、婦女子達を歓喜の絶叫に陥れるのもおかしくも無いほどに麗しかった。

 

 

 彼女に対し、幾つもの魔剣宝剣の軍勢が矛先を構える。

 中には鬼をきった刀や、竜をきった剣、空想上の刃まであった。

 

「…剣の王様がお相手という訳ね。

貴方の蔵庫には私を切れるものはあるかしら」

 

「――――まさか無いとは思っていないだろう?

毒蛇・姫斬り。知らぬだろうが、どれもそれなりの業物だぞ」

 

 その(つるぎ)は源家に由来する故あるもの。

 優雅に挑発する王女に対し、何本も同一の(・・・)刀を大地に突き刺した状態でエミヤは投影した。

 

「令呪を以て命ずる。

エミヤ、最高にカッコいいところ見せてくれよ」

 

 そして更に令呪によるブーストがかかる。

 

「やれやれ、これでは気張らざるを得ない」

 

 英霊エミヤは、生前からの悪友の声援に苦笑を以て応えた。

 王女もそれを微笑ましく見つめる。

 

 王女はエミヤが宝具と思われる刀を幾つも投影したことに驚きも見せず、己の私兵である軍勢を呼び出していた。

 赤き弓兵と姫騎士は同時に開戦を告げる。

 

「やりなさい」「いけ」

 

 蟲と名刀が弾け合い、ミイラと宝剣が砕き合い、スフィンクスと魔剣が交錯し、砂と聖剣が衝突する。

 それは王女の父親と、もう一人の黄金との戦いに似ていた。

 勿論、スケールはまるで違うが、共に軍勢同士の戦いであり、支配者の戦い方の様であった。

 蝶の様に蠱惑し、蜂のように支配する。

 地に堕ちるは何れの骸かでは無く、何れの国か。

 

 

 …だからだろうか、メルタトゥムは英霊エミヤの本質を見誤っていた。

 そこには慢心があったのかも知れない。

 勿論、これまでに二度も暗殺を行ってきたような相手であるから、彼女なりの警戒はあった。

 しかし、その上をエミヤは超えた。

 

 

 投げ抜かれた中国刀が、メルタトゥムの後ろから引き帰るように帰ってきた。

 回転するその刀の柄をさらりと姫騎士は躱し、大地の砂を滑らせながら高速で迫っての反撃に向かったが、飛来してくる魔術師の杖にして戦士の刀、干将(かんしょう)莫耶(ばくや)は一つでは無かった。

 四対五対六対――――少なくともその刀は十対は超えていた。

 

 しかし、それでも鮮やかさに特化した形態の王女には、目で追える速度。

 それら全てを蜂のように躱し、蝶のように迫ってくる。

 

 それでも尚、エミヤには余裕が崩れる様子も無い。 

 それは刀に刻み込まれた魔術故に。

 

 複雑な軌道を描く刀の軌跡を全て静止画に収めれば、その目的は理解出来たであろう。

 それは衛宮の魔術。

 義父の亡霊が、コンテンダー(起源弾)と共に、衛宮最後の魔術使いに継がせたもの。

 それは――――――

 

 

「あら、刀の動きが加速――――いえ、私が遅くなったのね」

 

「そうだ。だがもう遅い(・・)――――固有時制御・二重停滞」

 

 

 刀が飛来した軌跡で描く魔方陣。

 その中心にいた王女の時間だけが急激に遅くなった。

 しかし、その上で尚王女は飛来する刀を避けながら、エミヤの攻撃を排除するべく指示を出す。

 

 だが、それすらも実はエミヤにとっての切り札では無い。

 

 

「お前の敗因がわかるか?」

 

「さあ、それを考える必要は無いわ。何故なら――――」

 

 

「そうか、では反省会は冥府でしろ――――――慎二」

 

「ああ、わかってる」

 

 

 剣と砂漠の魔が争う世界で、銃声が鳴り響いた。

 引き金を引いたのは間桐慎二。

 銃を与えたのはエミヤ。

 そしてその標的はメルタトゥム王女。

 

「言っただろう?

『僕とエミヤがお前を倒す』って」

 

 腕を打ち抜かれた王女は肩から切り離して、腕であったものを砂へと換え、そして再構成する。

 そこに更に銃弾が放たれて、反対側の腕も打ち抜かれる。

 最初に撃たれた腕は、未だ再生しきってもいない。

 魔術的再生機構の一部が崩壊したまま結合させられており、そこを再度分解して、再結合させる必要があるからだ。

 そこに、姫を斬る曰く付きの業物が飛来して、王女の身体に突き刺さる。

 

「…見事よ。おめでとう。

貴方達は、実によくやったわ。

賞賛しましょう。本当におめでとう」

 

 撃ち抜かれ、突き刺された王女は、己相手にここまでよくやったと、心からの賞賛を送る。

 頭に向けて銃口を向けられて尚、その余裕は崩れない。

 その理由は、彼女を支えるように、後ろに表れた者に由来する。

 

 

「――――でも、残念ね。

それと、先程言いかけたこと、もう言わなくても良いでしょうけど、お伝えするわ。

考える必要は無い。何故なら――――私の父上のお出ましよ。頭が高いのでは無くて?」

 

 

 メルタトゥムが絶対的に勝利と信じる太陽王が、閉じた世界を壊すように現れた。

 

 

「父上。彼らは実に立派に戦ってくれました。

ですから、勇士として立派に殺してあげてください」



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渡し損ねたプレゼント

 太陽が降臨し、世界の闇は祓われる。

 セトの花嫁は、太陽の威光を持って業物、『毒蛇姫斬り』を消し去る。

 

「娘が奔放だと苦労する。…後で治療と一緒にお説教だ」

 

 太陽王は、娘を持つ父親としての叱責と共に、心配と慈愛を向ける。

 妻によく似た娘が痛たましい姿になるのは、見慣れるものでは無いし、見慣れて良いものでは無い。

 正直、下手人共に対しても怒りがわいてくるが、娘はあくまで自分が招いたことだと言うのだろう。

 先にその思い違いを間違いだと、間違いで無くてもあって良いことでは無いと教え込むべきであると、オジマンディアスは考える。

 妻に説教して貰うのが、一番良い。

 きっと、それが何より娘には堪えるだろう。

 

 と、一見冷静を気取っているつもりだが、その怒りは物理的魔力的な圧力となって漏れ出ている。

 愛娘を銃撃して、斬り付けた相手が目の前にいる。

 勇士として立派と呼べる範囲で、思いっきりぶっ殺す。

 そしてその後、好き勝手動いては大ケガをした馬鹿娘のお尻を叩いてお説教。

 偉大なる王オジマンディアスは、それほど冷静でも無かった。

 

 

 この時、オジマンディアスと王女は向かい合った敵に対して、慎二とエミヤは強大な太陽とその眷属に対して、それ以外に注意を向けていなかった。

 それが失態であった。

 

 第三者の伸びる腕が、王女の胸を貫いた。

 その闇の腕を、太陽の血を流す心臓は焼き付けて拒絶するが、心臓を掴んだ闇の腕は引き抜くこと能わずと見るや、腕が焼けるのも戸惑わずそれを握り潰した。

 その直後、腕は太陽王に斬り掛かられたが既に、王女の心臓は潰された後。

 首を斬り落としても死なないマミーの最大の弱点は、死後別に収められて、その後に戻された心臓。

 心を持たぬ事を良しとするならば、自身の身体に収めないことで弱点で無くなるものを、心の温度の為に迎え入れた弱点にして最強の武器。

 それが、握りつぶされた。

 

「メルタトゥムッ!!」

 

 思わず叫んだ太陽王は、倒れた娘を抱きかかえる。

 妻が亡くなる寸前で見せた表情に似た顔で、娘は父親に別れを告げた。

 

 

「爺さんっ!!

こんな決着は僕は望んでないぞ。

こんな事しなくても僕はエミヤとっ!!」

 

「――――勝てたとでも言うつもりか?

悪いが、それは無理じゃ」

 

 不意打ちをした慎二達すら目眩ましに、更に不意打ちを掛けていたのはアサシンを従えた臓硯。

 太陽王は娘を喪う事を受け入れずただ名前を呼び、娘はそれを受け入れ、エミヤと慎二は納得出来ない状況を納得しようと自分を押さえ込む。

 

「祭は、日が落ちた後では無かったのか」

 

 太陽王のその声には、既に色が無い。

 快活さも聡明さも窺えない平坦な声であった。

 

「騙し討ちじゃよ。

悪人が悪事をして、何を悪びれる必要がある?」

 

 

 この時、オジマンディアスを支配していたのは怒りですら無かった。

 喪失感。

 ただそれ一点の感情で心は埋葬されており、それ以外の事は入る余地も無かった。

 

 

 

 

 文明の利器で作られた、ファジーのシャーベットをこよなく愛する娘。

 とにかく妻への劣情と執着を絶やさず、己を敵視する娘。

 素直に感情を見せるようでいて、己にはそれ程素直では無い娘。

 昔、妻が亡くなったときに、冷たくなったその手を放さなかった娘。

 禁呪に手を出した為に、一度目の死を迎えた娘。

 この時代で、大切な友が出来たと告げた娘。

 

 美しくなくても、賢くなくとも、優れた身体能力が無くても良かった。

 この時代でまで原初の姫としてあらずとも、己に続くお姫様を祝福する限定された第六法の体現者(幸福の魔法使い)で無くとも良かった。

 理由や理屈など要らない。

 ただ、愛する家族が生きていてさえいれば、それだけで良かったのだ。

 

 

 オジマンディアスの脳裏に、少し前に娘と話し合った内容が思い出される。

 

『――ところで父上、聖杯に掛ける願いは、父上(が御自身)の受肉を願い、(私が)母上の復活を願うで良いのですよね』

『聖杯に掛ける願いは、余の受肉を(お前が)願い、(余が)妻の復活を願う事に異論があろうか』

 

 正直に言えば、お互いに言葉に入れていなかった部分は理解していて、その上で更に言葉に含めていなかった部分が照れ隠しの蛇足だともわかっていた。

 

 

 だが、未だ手段はある。

 妻の時のように、天命によって一度目の生を召し上げられたわけでは無い。

 未だ、太陽に付き従う儚き光は消えてはいない。

 世界がそれを求めない。

 娘の役割がそれを許さない。

 何より、己の父親としての愛が、それを許さない。

 

「…お前は、余を恨むだろうな。

だが、許せよ」

 

 オジマンディアスは、最高のファラオの権限を持って、ホテルピラミッド冬木の所有者を、メルタトゥム()から己へと上書きする。

 娘が自分のものだと熱心に言っていたピラミッド(・・・・・)を己の物だと取り上げた。

 オジマンディアスの宝具によって、自身のピラミッドの中では己と己の眷属への高い蘇生効果を生み出す。

 

 潰れた心臓は再び息吹を吹き返し、血を吐き出しながら娘は意識を取り戻した。

 

「…取りましたね父上。母上に言いつけますよ」

 

「…この馬鹿娘が」

 

 珍しく、後ろめたそうに告げる娘に対して、父は愛のある叱責を与えた。

 

 

「ごめんなさい」

 

「うむ、許す」

 

 意外にも素直に謝った娘に対して、これ以上自分からの(・・・・・)叱責は終わりとすることにした。

 勿論、ネフェルタリからの叱責は別にある予定だ。

 

 そして、漸く喪失から復帰した太陽王には、未だ怒りをぶつけるべき相手が、その場に残っている。

 

 

「既にこのホテルの全ては我が宝具。

娘よ、その戦力は?」

 

「倉庫に収納された第二世代戦車十五両。試作型小型無人飛行銃撃機が三十機。

従業員として配置した生ける死者達十名。スフィンクス、魔蟲多数。

そして、それらを統べる偉大なる太陽王です」

 

 

「上出来だ。

だが、偉大なるの前に『私の大好きな』を入れれば満点だった」

 

 

「…今後の参考にするよう、善処させて頂きます」

 

 黄金の威光が、反撃を開始する。



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王政復古の大号令

 蟲の老人と虚影の劇団長が率いるは、世界中の神話や伝説で語られるような輝きを呑み込む逸話を持つ闇の側の存在達。

 いずれも完成品とは言いがたい。

 しかし、以前王女達に駆逐された者達よりは、遙かにその完成度を高めてきている。

 

 雑兵扱いにいたる者でも、以前の軍団の最後を飾ったメドューサを超える。

 とはいえ、それでも本来の英雄の側面を写し出したサーヴァントの、更にその側面程度の強さでしか無い。

 しかし、それであっても七体もいれば、並のサーヴァント一体とは同等以上には戦える。

 そしてその数は、現段階で確認出来るだけでも五十を超える。

 通常であれば七騎全てのサーヴァントを揃えても打ち破れない戦力。

 これらが本来の聖杯戦争でサーヴァントだとするのなら、明らかに聖杯のキャパシティを超えたサーヴァントの吐き出し。

 それらの軍勢が一人の舞台監督によって纏められる。

 一騎のサーヴァント如きでは、常識的に考えれば対抗手段すら存在しない。

 

 鏖殺は一瞬にして完了する。

 そう、これは通常のサーヴァントが相手である場合。

 太陽の親子の前に、その常識は当てはまらない。

 非常識の塊である魔術の世界で、非常識とされるサーヴァントの強さの中でさえ非常識。

 

 魔力量だけならばキャスター以外のサーヴァントと勝負が出来て、その出力も限定下という前提の元であれば匹敵する世界に愛された理想の姫。

 その娘の血の源流であり、魔力の伝達効率まで極めて相性が良い上に、そもそものスペックが規格外な太陽王。

 好戦的な二人の眼差しはよく似ていて、改めて親子だと誰もが認識するだろう。

 

 

 

 太陽王の宝具の一部と化したホテルピラミッド冬木の付属物である、王の名を冠した戦車群が一斉に射撃を開始する。

 その威力は本来の砲撃威力の比では無く、何よりもサーヴァントに通用する。

 太陽の覇気によるコーティングが浸透したことにより、影の亡霊達を引き倒して掻き消すだけの威力を得た。

 逆にサーヴァントからの攻撃は、娘が付加した黄金の流砂装甲壁により、その内部へダメージを与える事も無い。

 マキリを蹂躙する戦車達を、間桐家強襲作戦で殉職した兵士達が見たら、胸のすく思いだったであろう。

 

「太陽が昇ったというのに、夜の闇の分際でいつまでもそこにあるのが悪い」

 

「ええ。私と父上と、今に続くエジプトの民が築き上げた力に挑むことが、敗北の原因だと知るには少々遅すぎたようですね」

 

 有象無象の大衆達が、たった一人の独裁者(ファラオ)に蹂躙される。

 多数の結束は、ただ一人の強者によって踏みにじられる。

 多数の個人意思は、ただ一人の圧制によって叩き潰される。

 存在価値の圧倒的格差。

 まさに王政復古の大号令。

 

 近代において、一人の権力者よりも大勢の意思を尊重する様に変化していった常識は、この時この場所に置いては基盤ごと破壊された。

 

 

 

 閉じた手を優しく開いた王女の手からは、翡翠の蝶が無尽蔵に現れては王女の周囲を護っている。

 王女は先程の姫騎士の姿から元に戻ってはいるが、最早彼女が攻めに転ずる必要さえ無い。

 間桐邸の工房では制御を奪えた独立型制御使い魔である蟲達も、メルタトゥムの工房とも呼べるここでは臓硯にさえ奪えない。

 何時でも己の存在と引き換えに、王女を守り抜ける翡翠の蝶に愛される姫。

 最初の姫にして、続くシンデレラ達への魔法使い。

 ズェピアが挑んでも掴めなかった、第六法のスカートの端を掴んだ者。

 臓硯が望んでも手に入らなかった、ハッピーエンドの切符を手渡す者。

 全ての人では無く、お姫様に限って第六魔法(幸せになる魔法)を掛けられる魔法使いであった者。

 姫では無く后となり、挙げ句死した母に叶わぬ魔法を掛けようとしてその反動で滅びた者。

 原初のシンデレラにして、限定された魔法使い。

 

 外資系企業としてホテルピラミッド冬木は、日本にありながらエジプトの性質をも持っている。

 エジプトにありてファラオは神であり王。

 即ち、今この地において、神王たるファラオは万物に陽光を与える者。

 暗黒に住まう場所無く、乾き飢えて無に還る。

 容赦ない熱線の光源にして、比類無き威光の光源。

 黄金の中の黄金。王の中の王。正義の中の正義。

 

 サーヴァントの性能の良いデッドコピーでしかないズェピアの制作物達の中に、彼らを倒せる者はいなかった。

 民衆の革命は、ただ格の差によって正面から蹂躙される。

 王に剣を向けたから悪。姫に矢を向けたから悪。勝者に槍を向けたから悪。

 ただ駆逐される悪として、正義の踏み台として正義の前に蹂躙される。

 

 

 元々臓硯とズェピアはアーチャーを捨て駒にして、首尾良く王女を潰せるならそれで良かった。

 心の底では、王女との決着はやはり手ずから付けたいという想いもあった。

 しかし、それを互いに口に出さなかったが為に、結局今回の策となった。

 だから何処かホッとした想いもある。

 だが、それ以上に許せない。

 正義の女神に愛されて、幸福の女神に愛された親子が、誰にも愛されなかった悪を当然のように蹂躙していることが。

 

 だから、ここは逃げて、やはり最終作戦を以て決着を付ける事にした。

 しかし、それまでは逃げのびなければならない。

 これまでやってきたように、今回も醜く浅ましく生き延びなければならない。

 だが、それを許してくれる環境は無い。

 正義は唯々正義であり、悪は唯々悪である。

 悪が逃げ延びることを、正義は認めない。

 だが――――――

 

「…行けよ爺さん。

横槍を入れられたのは癪だけど、僕はこいつのマスターで、間桐家の次期当主だ。

逃げる為の時間稼ぎが必要なんだろ?

僕はこいつと死ぬだろう。だけど勝つのは間桐家(僕達)だ。

悪いね親友。――――僕と一緒に死んでくれ」

 

「慎二。

共に死んでくれと言われるのは、実にサーヴァント冥利に尽きる殺し文句だが、

別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

 弓の主従は似たような皮肉を顔に貼り付けて笑う。

 

 戦いを穢した孫に庇われ、助けられ、代わりに犠牲になられる。

 今まで、子孫をどれだけでも犠牲にしてきた。

 時には玩具のように使い捨てた。

 今回とて同じ。

 寧ろ相手の側からそれを望んで実行してくれるなんて、運が良い。

 ああ、実に運が良い。

 見れば、太陽王達の攻撃も少し収まってきている。

 慎二達が戦士として死戦を望むなら、それに免じて許すと言うことだろう。

 岩の後ろには影も出来る。

 岩は、陽の位置が変わるまでは影を作り、容赦ない閃光から弱者を護る。

 全く、実に運が良い。

 

 ――――――本当に、そうだろうか?

 視界の先にいる少年が、もはや思い出せないかつての己に、どこかが重なる。

 セピア色さえも失った写真のような記憶に、僅かに色が灯り始める。

 勿論、アーチャーごと慎二を捨てて逃げる選択は、既に臓硯達の中で決定済みのことだ。

 だが、その上で納得を仕切れない何かが臓硯の中で息を吹き返し始めていた。

 

 

「頼むぞ、孫よ」

 

 申し訳なさそうにして、その実そんな感情の欠片も無い。

 しかし完全にそうとも言い切れない中で、臓硯達は逃げ出した。

 

 

「待っててくれたのか?

お優しいことで。

いや、何時でも倒せるから余裕ですってか?」

 

 若き日の臓硯に似た容姿の少年は、王女に皮肉を浴びせる。

 

「ええ。その言葉の全てを肯定するわ。

そして、最初に言った私の言葉も思い出してくれると嬉しいわ」

 

「確か勇士として立派に殺してくれる…だったかな?

願い下げだよ。このクソッタレ」

 

 

 光る神達と、影の勇士達は互いに視線をぶつけた。



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クライ オブ グライアイ

 私は化け物だ。

 正義と戦争の女神に突き付けられた私の本質は、最初から化け物だった。

 己の醜さから目を背けて切り離して、美しい己だけを見せ付けて驕り高ぶり人間を辞めた。

 私を殺した英雄さえも、女神の駒でしか無かったが、女神の駒に取ってさえ、私は英雄譚の話の種でしか無かった。

 

 美しい私だけが私。

 醜い私は私じゃ無い。

 あの女神は、そうやって弱い自分を偽っていた私に、あの女神は真実を映し出す鏡を差し向けた。

 そこに映っていたのは、美しいだけで無く醜くもある私。

 醜くなっていく悍ましい私。

 醜くなってしまった悍ましい私がそこにいた。

 

 正義の光は、いつも容赦なく真実を突き付ける。

 正しさだけでは生きていけない人々に、容赦なく残酷を突き付ける。

 

 強ければ正しさの路を踏破出来る。

 では、弱い者に同じ事が出来るか?

 そんなことは無い。

 

 時に醜さ(グライアイ)から目を背けても良い。

 時に美しさ(ゴルゴン)を誇っても良い。

 

 しかして、それは許されはしなかった。

 

 

 惨劇の脚本家が呼び出した偽英霊達は、太陽の前に消える影の様に消された。

 影に住まう者達は、日昇により現世を追い出された。

 

 

 五体満足に残されたのは、憎き女神の駒にどこか似た少年と、白髪の赤い騎士。

 死の夜へと追放された残滓が、私の周囲に集まる。

 その密度は前回に臨界した時の比では無い。

 

 虐げられて踏み潰されて消えていく者達は、私にその存在の全てを託した。

 元々粗悪品である彼らの、しかもその残滓でしか無い欠片。

 それでも、それでも私は彼らの代弁者として戦争と正義の姫を倒そうと思った。

 

 

「力が欲しいなら、お貸ししますよ」

 

 

 

 

 

 

 

  △

 △ △

 

 

 

 

 その女は、消えていく影が集まった地中から溶け落ちる様に現れた。

 その女の名はメドューサ。

 戦争の女神アテナの不興を買い、悪として打ち倒された反英霊である。

 

「また、会えましたわね」

 

 優雅に壮麗に、存在するだけで誰もが正義の側だと確信するような姫は、自身を呪い世界を呪った女に微笑む。

 

 

 もう一人、サーヴァントが増えたとしても、太陽王の前には何一つ敗因はない。

 唯一の弱点であろう姫は、周囲を戯れる翡翠の蝶を纏う様に羽ばたかせている。

 

「会いたいわけではありませんが」

 

 世界に祝福されて神に愛されるお姫様に会えば、自分が醜さを切り離さなければ競い合えないただの女性であることを突き付けられる。

 そんな残酷さを、当たり前と受け入れられるのならば、この世界には化粧も衣装も存在しなかったはずだ。

 美しく強い女であるために、弱く醜い己を必死に隠して生きている女性の代表として、メルタトゥムの存在自体を認めてはならなかった。

 

「それは悲しいですね。

ではさようなら」

 

 悲しそうに、ついそれが形だけのものであっても魅入られてしまうような美しさ。

 自然としてある純粋な美しさは、憎しみを持ったままでも見惚れてしまう。

 そして、その美しさを持つものは、見惚れてしまう相手の弱さを一々考慮する必要はない。

 利用するだけだ。

 

 姫は琥珀の蜂を更に自身の警護として増やす。

 戦いに加わる様子はなく、父親だけで十分で過剰だと信仰しているようだった。

 

 

 それは残酷すぎる真実だった。

 戦闘、いや戦争が始まるが、幾多の剣を使い捨てて尚、太陽王の優勢は崩れない。

 無駄に長引かせる必要もなく、弄ばずに勇士として殺す。

 色々と思うところはあるが、娘に頼まれた以上はそうしようと、太陽王は弓兵を蹂躙する威力ある輝きを差し向けた。

 

 弓兵の主は、死の恐怖を必死に隠すように誰が見ても誤魔化し切れていない虚勢を張っている。

 

 

 

 衰えていく美しさに怯えていた女、メドューサは、己の弱さの象徴である鏡を宝具として出した。

 偽のサーヴァントとして存在する己が、本来のサーヴァントとしては持ち得ない宝具。

 それは――――――――『アテナの鏡』。

 

 光は岩では食い止めることしか出来ない。

 食い止めた岩は熱を持ち、影に住まう弱き悪を護ることも出来ない。

 しかし、鏡であればそうでは無い。

 光を跳ね返すことが出来る。

 光である以上、その性質は無視出来ない。

 

 悪へと向けられた輝かんばかりの王の光。

 反射されたその先は、この世で最も美しい白雪姫を写し出していた。

 

 

 

 メルタトゥムへと向かう旭光。

 しかし、王女は気にも留めない。

 

 

 

 光が収まった後、陽光に焼き溶かされた蝶の残骸の中心に、王女はいた。

 まるで、正しき者は厳しすぎる正しさの中においても生きていけることを証明するかのように。

 

 

 

 父の愛(陽光)を受けることさえも出来ぬのなら、太陽王の娘は名乗れませんから。

 傷一つその真珠のような肌に負ってもいないメルタトゥムは、内心でそう言うが口には出さない。

 その理由は、主に現役の思春期みたいな照れからくるものである。



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特攻は投稿に勝る

 太陽王の親子に対する最大の攻撃手段であり防御手段は鏡である事を理解出来た事は、間桐達にとっては有益だった。

 しかし、攻撃手段が光だけだとは誰も言っていない。

 勇壮なスフィンクスと、小型の愛らしいスフィンクスの軍団。

 敵対者一点に向けられた戦車の砲身。

 再び造られた宝石蟲。

 

「敵ながら見事だった」

 

 王が告げた賛美の言葉は既に過去形。

 それは、敵の死を宣告していた。

 

 絶対的な死を宣告しながらも、ただ二人の、否、人間でしか無い間桐慎二を含めて三人のみで今まで生き延びただけで充分。

 片腕をだらりと力無く垂らしながらももう片方の腕に握られた銃と視線だけは外さない間桐慎二。

 無理に宿敵の宝具を再現し、消耗したメドゥーサ。

 全身を己の血で紅く染め上げたアーチャー。

 

 最早勝機は無い。

 救いは無い。

 祝福は無い。

 

 しかし、無ければ作れば良い。

 勝機を、救いを、祝福を。

 例えそれが歪んだものであっても、穢れたものであっても、偽物であっても良い。

 弱者に、せめてもの誇りが欲しい。

 

 メドゥーサは慎二に小声で何かを呟いた後、悠然と前へ進み出た。

 

 

「もしかして投降かしら」

 

 心の底から慈悲深く投げかけられるその言葉は、やはりメドゥーサを下に見た優しさだった。

 

 

投降(サレンダー)

いいえ、死なば諸共(エンダー)よ」

 

 メドゥーサの選択肢は自爆。

 しかも相手を倒すという殺気まで込めたそれはブラフで、見かけ倒しに全力を注いだもの。

 

 

 

 

 

 物理現象さえ引き込んだ、吹き荒ぶ魔力の奔流が消えたときには、弓兵の主従はいなかった。

 

「ふっ、逃げられたか」

 

「逃がした、の間違いでは無いですか?

いえ、既にメインディッシュが決まっているのに、前菜の手直しをさせる必要はありませんでしたね」

 

 王女は相手を扱き下しているわけでは無い。

 ただ王女にとっても、王にとっても間桐の主従は立派な勇士であれど、最大のイベントでは無かったと言うだけだ。

 太陽王オジマンディアスにとってはギルガメッシュ。

 原初の姫メルタトゥムにとっては遠坂凛。

 それら最大のイベントに比べれば、霞んでしまうだけに過ぎない。

 

 

「父上。熱が籠もりすぎたようです。

アイスでも食べませんか?」

 

「良いな」

 

 戦の熱に浮かすには充分であった、先程を思い出しながら、姫は周囲の従者に命じた。

 

「誰か持ってきなさい。勿論ファジーアイスよ。

…棒チョコを挿すのを忘れないでね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§§

 

 

「はぁっ、はぁっ」

 

 息を切らして走る間桐慎二。

 その脳裏に、先程、紫の美女が告げた言葉が思い返される。

 

 

「いきなさい。

あなた、私を殺した男よりは素敵でしたよ」

 

 救いの無い闇の陣営に救いを与えてくれた美女。

 別の世界線では偽りの主従を結んだ二人は、契約を持たないこの世界では別の世界よりも少しだけ信頼が繋がっていた。

 とはいえ、その片割れは既に自死したが。

 

 世界は眩い。

 悔しいくらいに、影を排除して汚れを嫌う。

 

 慎二は結果として生き延びられた。

 ならば何も問題は無いじゃないかと自身に言い聞かせる。

 己は他者に犠牲を強いる間桐だと。

 その内心は、やはり臓硯に似ていた。

 

 

 

 アーチャー。英霊エミヤは先程の戦いで死ぬのはゴメンだと思っていた。

 未だ桜を救ってはいない。

 未だ凛との約束は守れていない。

 そんな状況で消えるなんてのはゴメンだった。

 世界でも無く桜を護る為に存在するのに、桜に犠牲を強いる臓硯の為に死ぬなんてのはあり得なかった。

 だからどこかで隙を見て逃げだそう。

 そう、考えていた。

 

 そう考えていたはずなのだが、「一緒に死んでくれ」と笑う慎二に引っ張られてズブズブと、気が付けば死ぬ寸前まで戦っていた。

 笑うに笑えない。しかし、笑う以外に無いのだ。

 もはや喜劇と言って良い。

 友情や義理の為に、本命を見失いそうになるなんて実に愚かだ。

 その愚かさが無様で憎らしくて惨めで悪辣で、でも少しだけ心地良かった。

 

「何がおかしいんだよ」

 

「いや、幸運だと思ってな」

 

 不謹慎にもこのピンチから逃れたばかりのボロボロの状態で苦笑するサーヴァントに、そのマスターは苦言を呈した。

 

「悪の巣窟の間桐家に召喚されて幸運だとか、やっぱり衛宮は馬鹿だな」

 

 そう告げた慎二少年の口元も、やはり笑っていた。

 その表情のまま、慎二は親友を連れて、新築の家に帰った。

 

「帰ってきたぜ、爺さん」

 

「そうかそうか。では、お帰りとでも言ってやろう」

 

 馬鹿な孫が帰ってきた祖父の口元も、ほんの僅かに笑みの形を作っていたが、それに気が付いたものは本人を含めてさえ誰もいなかった。



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決戦前の一時

 聖杯は既に間桐の手中にある。

 後はズェピア・エルトナム・オベローンの虚と汚染された聖杯の虚が完全に一体と化すのを待つのみ。

 差し出した側である間桐家が、約束の時間を違えて奇襲したというイレギュラーこそあったが、予定通り各陣営は文字通りの最終決戦へと向かっていた。

 

 悪い魔女に魔法をかけられたルーキープリンセス。

 星の剣を携えた騎士とともに歩む挑戦者。

 完全にして万全たる豪華絢爛な世界最古の英雄。

 そして寛容にして残酷な太陽。

 

 待ち構えるは正義を捨てた少女の守護者とその友。

 そして、挑む度に残酷なハッピーエンドに裏切られ続けてきた仇役(かたきやく)

 

 

 

 

 

 

―――

 

「ねえ、マスター」

 

「何でしょうか」

 

 

 悪い魔女に魔法を掛けられた新人お姫様は、少し笑みを浮かべた魔女とは対照的に真面目に答えた。

 

「何を書いているのかしら」

 

 命を落としかねない、否、生きている可能性の方が遙かに低い決戦の前に、手紙を書いている己の戦友に魔女は問いかけた。

 …やはり、その目はどこか生温かく笑っている。

 

「その表情、見ましたね」

 

「ええ」

 

 手紙の内容を盗み見られた事を咎めるが、メディアは悪びれた様子も無い。

 何故なら彼女は悪い魔女だから。

 

「ええ、そうですよ。

これが終わったら三咲町に行くんですよ。

ええ、例の眼鏡の彼です。

…盗み見た貴女にはお見通しでしょうけど」

 

 拗ねた様子で皮肉る主人に、魔女は優しく笑う。

 

「シオン・エルトナム・アトラシア」

 

「…何でしょうか」

 

 笑いを止めて、真面目な顔で魔女は少女に告げた。

 

 

「それって、世間一般では『死亡フラグ』というらしいわ」

 

 そして、その理由はとてもどうでも良いものだった。

 紫の髪の少女は、小刻みに震えながら下を向いていたが、再び己に魔法を掛けた魔女に視線を向けた。

 

「死亡フラグ?

上等です。やってやれば良いじゃ無いですか。

相手は物語の王道のお姫様。

定められた物語をぶっ壊そうとしている私達が、死亡フラグの一つや二つぶっ壊せなくてどうするのですかっ!!」

 

 ぶっちゃけ、やけっぱちである。

 煽り耐性がそれほど無かっただけなのかも知れないし、先程の手紙を見られた恥ずかしさで色々ギリギリだったのかも知れない。

 だが、その心意気は真っ直ぐに伝わった。

 

「大体貴女だって、あの眼鏡教師に何かアプローチを取ってるのですか!?

策士ぶってる割りには、全然そちらの準備は出来ていなさそうなのですが」

 

「えっ、私?

私は良いのよ。だって、先ずはこの聖杯戦争で――――」

 

 

 まさかのぶっ放し大技がカウンターで入った。

 順当にコンボを決めていれば完封出来た相手を逃がした上での、必殺技での返しは戦いを再び混沌へと引き戻した。

 命をかけた戦いの前だというのに、悪い魔女と新しい姫の陣営は、恋の戦いについて論戦を続けていた。

 おかしな事では無い。

 ――恋する乙女にとって、恋愛は命がけの戦いよりも大切な戦いなのだから。

 

 

 

 

 

 

―――†―――

 

 

 

 

 

 星の剣を携えた騎士とともに歩む挑戦者は、親友との決着に薄い胸を昂ぶらせる。

 尤も、彼女の剣にして盾であるアルトリアの胸も薄いので、特にそれが目立つわけでは無い。

 他の陣営の女性達は、極めて蠱惑的な肉体の持ち主ばかりである故に、最終決戦(舞踏会)では胸囲の格差に憤慨することになるだろうが。

 

 アーサー王は、凛に己の過去の話をした。

 英雄譚で語られる悲劇として完成した物語を否定する為に、この戦いに挑むのだと騎士王は語った。

 

「…そう。

それで終わり?」

 

 真剣に語った内容とは裏腹に、マスターの反応は芳しくなかった。

 以前の戦いで、マスターとの意思疎通が上手くいかず、元よりそういった期待は無理に行うものではない。

 アルトリアもそう思っていた。

 

「少し癪だけれど、親友(アイツ)ならこう言うわ。

悲劇であろうが、それは貴女が主役の物語。

その主役の座をむざむざ放り捨てるのかしら――――ってね。

…わかってる。英霊にまでなった貴女の覚悟が、私の言葉一つで変わるなんて己惚れてはいないわ。

だけどね、一つ覚えていて。

――――――女の子には誰にだってお姫様(幸せ)になる権利があるんだから」

 

 呆けていたアルトリアは、無防備になった自分を自覚すると再び己を引き締めて――――引き締めようとして、それを止めて笑った。

 

「何かおかしい事を言ったかしら」

 

「意外でした。

リン。貴女がそんな夢見る乙女のようなことを言うだなんて」

 

 自分がからかわれたと理解した凛は、少し顔を赤くして頬を膨らませた。

 少しは自分でも恥ずかしいことを行った自覚はあったようだ。

 こんな恥ずかしいことを言ってしまうのは、恥ずかしい言葉を恥ずかしげも無く垂れ流す親友のせいに違いない。

 

「悪い?」

 

「いえ、悪くはありません。

ええ、寧ろとても良いものです」

 

 大人の余裕みたいなからかい方をする敬虔なる神の信徒たる騎士王に、赤い悪魔は一矢報いる事にした。

 

「別にハッピーエンドを目指すのは私だけじゃ無いわ。

セイバー。貴女もお姫様になるのよ。

バッドエンドで終わらせたままで良いわけなんか無いじゃ無い。続編でハッピーエンドに繋げた方が絶対に楽しいわ」

 

「…ええ、確かに」

 

 今度の騎士王の笑みは、からかうものでは無く、どこか希望を感じさせるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――‡――

 

 

 

 

 

 

 世界には、三種類の人種が居る。

 選ばれた者。選ばれなかった者。そして――――――選ぶ者。

 

 運命の女神とて、女性である。

 寧ろ、女性的な女性である。

 己に優しい低収入の醜男よりも、己に優しくない高収入の美男子を好きになってしまう事なんて、何もおかしな話では無い。

 己を愛してくれる相手よりも、己が愛する相手を選ぶ。

 至極当たり前のことである。

 …少なくとも、選ばれる側では無く、選ぶ側にとっては。

 

 己が選ばれる側であれば、己が愛されるかどうかが基準になるだろう。

 しかし、己が選ぶ側ならば、己が愛するかどうかが基準であろう。

 

 これは、男女問わず、神人問わず言い得る事だ。

 

 人類最古の英雄。

 即ち、英雄王ギルガメッシュの伝説においてもそうであった。

 女神イシュタルは、己を愛する有象無象よりも、己が愛する英雄を求めた。

 …ただ、ギルガメッシュにとっては、自らが選ぶ側である故に、その愛を拒絶する権利があっただけに過ぎない。

 ギルガメッシュにとっては、女神イシュタルでさえも、『選ばれる側』であったのだ。

 

 

 そんな英雄王ギルガメッシュにとって、この感情は初めてのことだったのかも知れない。

 初めて、自分が選んだ相手に、自分も選んで欲しいと感じたのは。

 愛した相手に愛されたい。

 言葉にすれば、ただそれだけのことである。

 虫にとっての太陽のような、手の届かないと思われる相手に対しては、自分もまた選ぶ側であるとの発想は出てこない。

 完全な超越者相手にも自分が選ぶ側であるとなんて思わないし、思えたとしたら思い違いの自惚れとされるだろう。

 ただこれは、己も超越者でさえあれば、対等へと変わる。

 全ての勇者の原典であるギルガメッシュ。

 全てのお姫様の原典であるメルタトゥム。

 お互いが自身こそ選ぶ側であると認識している存在である。

 その構図は、かつて愛と戦争の女神イシュタルに英雄王が見初められたときと何ら変わりも無い。

 

 では、何故ギルガメッシュがメルタトゥムを好きになったのか?

 その正当な理由は、正常な理屈は――――――結局の所、存在もしない。

 誰かを好きになる事に、理由や理屈なんて必要も無い。

 ただ誰かを好きになった。

 ただそれだけで良い。

 

 神も王も人も虫も関係なく、誰もが持っている権利。

 否、権利でさえも無く、好きになる事に権利を持ち出す方がナンセンスと言えよう。

 

 

「魔王を倒した英雄が、姫と結ばれる。

これ以上に完全な英雄譚は無い。

お前もそう思うだろう?」

 

「…さてな。

からかってやろうと思っていたが、流石に宝物庫から指輪を探していた姿を見ては、その気も失せてしまった。

…これでも神父であるからして、言祝ぎの文句と宴の流れ程度は覚えているつもりだ。子細任せるが良い」

 

 姫を手にする為に剣を取る勇者。

 ありきたりにして、王道。

 その道の最初を行った者が、シンデレラを迎えに行く。

 精々その披露宴には、激辛麻婆でも出してやろう。

 勇者と姫の反応は如何なるものか今から楽しみであると、神父は昏く笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 絶世の美女は血の様な鮮烈な赤、いや明らかに血そのものである液体をワイングラスの中で回した後、その波が収まると、血の表面に一人の少女の姿が映り込んだ。

 それは、強い意思を瞳に秘めた黒髪の少女。

 

「貴女は私の特別よ。だから――――」

 

 永遠の姫はその続きを口にすること無く、その液体を飲み干した。



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ステイナイト

 聖杯が収められた洞窟で、間桐の面々が揃う。

 身の程知らずの悪でしか無い彼らは、ハッピーエンドの物語では踏み台として倒される側の存在だ。

 

 そんな悪の軍団へと裏切った元正義の味方は、己の利用価値があと僅かである事を理解した上で、悪の総帥へと直訴した。

 

「この戦いが終わったら、桜を解放して欲しい」

 

 スペアでしか無い孫の所有する使い捨てサーヴァントの意見を、マキリの君主は受け入れた。

 

「…よかろう」

 

 どのみち、聖杯が完成した時点で、完成する過程で間桐桜個人の存在は無くなる。

 どのみち、約束をした相手であるアーチャーはいなくなる。

 どのみち無効となる約束を結ぶことで、駒が従順になるのならそれで良い。

 悪い魔術師は、そう考えた。

 

「まあ桜がいなくても、間桐家には僕がいるからね」

 

 魔術師としての己の価値を、桜と比較して理解した上で慎二はそう同調した。

 己が当主となれば、スペアである桜は要らなくなると、敢えて実状を理解しないような偽悪的な笑いを浮かべた。

 

「そもそも、聖杯と虚数で繋がったアサシンがいれば、聖杯を使ってまで願いを叶える必要は無いんじゃ無いか?」

 

「「違う」」

 慎二のその意見を、人の血肉を喰らう吸血鬼へと堕ちた老人達は即座に否定した。

 

「じゃあ、その願いは何なんだ?

英霊の軍団が完成しても出来ない程の事なんだろうか?」

 

 儂の願いは――――――

 私の願いは――――――

 

 

 擦りきれるほどに苦悩した二人の老人は、その言葉の続きを言えなかった。

 だが、一つ言えることがある。

 

「あの姫を倒したとき、話してやろう」

 

 その時には、きっと全てを思い出せるような気がする。

 蟲の老人の言葉を、若々しい虚構の老人は誰よりも納得していた。

 

 

「故に、死ぬ気で倒すが良い」

 

 アーチャーは頷いた。

 正義を捨てた守護者が、正義に愛される勇者のトロフィーに立ち向かうとは皮肉だと己を嘲笑いながら。

 

 

 

 眠らされてこの場にいる間桐桜は、本来なら何処までも被害者であり、救済されるべきヒロインである。

 しかし、美しいものだけを望む世界は、汚された少女に冷たい。

 羽化(美しさ)を奪われ、永遠の芋虫に変えられた(穢された)少女にヒロインの権利は無い。

 救いなどは無く、弱い己、不運な己の自己責任だと冷たく切り離す。

 誰もが他者の為に、危険で汚い道へ踏み込んで助けに行く勇者になんてなれない。

 眠り続ける茨姫を助けに行く勇者様になんて、誰もがなれるわけでは無い。

 

 けれど、決して願うことすら無意味では無い。

 しかし、願い裏切られる辛さを知る少女には、願うことすら残酷に映る。

 絶望で濁った瞳には、鮮烈で無いものは映らない。

 いや、瞳を開けることすら恐れている。

 彼女は目を開けた世界を恐れて、起きているのに瞼を閉ざし続ける茨姫。

 

 けれど、彼女には薄汚れた騎士がいる。

 王子様すら見向きもしない穢れた姫を閉ざした茨の城に、それでも彼女を救う為に傷だらけになりながら、泥まみれになりながら、姫の眠る部屋を探す騎士がいる。

 

 

 正義と幸福に愛されたお姫様の眠る岩の城(ピラミッド)は、踏み入れた不届きな悪を天誅した。

 悪と絶望に取り憑かれたお姫様の眠る泥の城は、正義に属して踏み入れる者を人誅する。

 

 そこに違いは無いのに、正義か悪か、煌びやかか灰塗れに汚れたか。

 ただそれだけが、全てを逆にする。

 

 しかし、灰に塗れた娘だけが得られる至高の称号があるのだ。

 その名前は――――――『シンデレラ』。

 

 

 

 

 

 

 

 

   △

――△△△――

 

 

 

 

 

 寛容とは何か――――

 寛容とは、『超越』である。

 寛容とは、『無関心』である。

 

 寛容は、自分達の側に都合が良いから許可することとは違う。

 寛容は、自分達の視界にすら入れる必要の無いものへと行われる。

 

 寛容に不寛容なことも、不寛容に寛容なことも、真に寛容なことでは無い。

 許さないことを許さない。許すことを許さない。許さないことだけを許す。

 それは、真の寛容とはほど遠い。

 

 例えば、バスの中で赤子が泣きわめくことに腹を立てて、母親に怒鳴りつけた中高年の男を逆にバスの運転手が摘まみ出したとしよう。

 例えば、肌が黒い人と同じ席に座りたくないと腹を立てた白人女性が、客室乗務員に叱責されたとしよう。

 これは、この話に賛同する側にとっては美談であるだろう。

 他者に不寛容な人間を否定したことになるだろう。

 しかしこれは、不寛容な人々に不寛容な人々(・・・・・・・・・・・・・)が居たというだけとも言える。

 結局は、己の信じる正義にそぐわない者を拒絶したに過ぎない。

 

 完全に寛容な人々は、お抱えの運転手に送迎して貰い、ファーストクラスやプライベートジェットにしか乗らないので、そもそもの大衆や彼らの生活に伴い起こりうる喧噪と縁の無い人々である。

 関心を持てば、どちらかの側に肩入れしてしまうことも多い。

 しかし、接点も無く、関心さえ無ければ、寛容な人々にも不寛容な人々にも寛容でいられる。

 不寛容が生まれる問題自体と接点が無ければ、少なくとも不寛容では無くなる。

 

 空に佇む星には、地上に住まう虫たちの争いなど影響も無く、関心すら無い。

 どの虫とさえ、無視出来るだけの誤差で隔絶した距離を持つ。

 故に誰もに平等に、明るく光を放つ。

 ――――美しい寛容の輝きを。

 

 太陽は誰もを平等に照らし出し、近付くことを許さない。

 それは、誰かだけを照らさないという残酷さの側面をも併せ持つ。

 

 ならば、太陽(オジマンディアス)に特別に愛された王妃(ネフェルタリ)は、太陽(メルタトゥム)に特別に愛された(遠坂凛)は一体何なのであろうか?

 その答えは太陽にしか分からない。

 

 その特別の為に、どれだけの有象無象の価値を太陽が認めるのだろうか?

 今日も太陽は無関心に全てを照らし、無関心に沈む。

 慈悲深く残酷な光源は、光に集まる虫達を焼き尽くしながら、寛容を示す。

 

 

 

 シンデレラにとって継母が最後の敵ならば、継母にとってシンデレラこそが最後の敵であるとも言える。

 澄んだガラスの透明度は光を何処までも透き通らせる。

 それは相手の光を受け止めはしないということ。

 とてもとても残酷な真実。

 

 

「悪しき闇を祓い、母上をこの世界へ」

 

佇む夜(stay night)を祓い、妻をこの世界へ」

 

 何処までも正義でしか無い光達は、王妃ネフェルタリをこの世界に救い出す為に、闇を這う虫達の城を祓いに行く。

 そこには救いしか無く、祝福しか無く、正義しか無い。

 

 何処までも美しく正しいラストボスが、道を踏み外した勇者を倒しに行く。

 これはそんな残酷なお伽噺。



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来場せし姫への反逆者(トリーズナー)

 招待者を待ち構えるは、虚構の脚本で構築されたサーヴァント達。

 古今東西の英雄や反英雄達が一堂に並ぶ様は圧巻だった。

 立場が違えば、魔神を打ち倒して人理を救う為に集まった様にさえ見えるのかも知れない。

 

 しかし彼らは悪であり、それを打ち倒す英雄達は正義である。

 だとしても、だとしても――

 

「今宵我らは正義を屠る。

いざ開かれん。ここは悪逆の舞踏会ッ!!」

 

 ズェピアの宣言と共に、宴は始まった。

 

 騎士王は見知った騎士達と剣をぶつけ合い

 魔女は同じ船に乗った仲間達と魔術で戦い

 黄金の王は王女に話しかけながら迫り来る敵を穿ち

 別の黄金の王は苦言を呈しながら敵を焼き尽くしていた

 

 一見正義の側が優勢のように取れるが、そうでは無い。

 打ち倒される度に、より強くなって同じサーヴァントが再生する。

 一度負けても、何度でも立ち上がる。

 敗北の怨念が、敗北の経験が、立ち上がる度に不屈へと完成度を上げていく。

 彼らが正義の側でさえあれば喝采と声援が与えられるであろう。

 立て!! 輝け!! 蘇れ!! と。

 

 しかし、悪である彼らには声援など存在しない。

 何処までも否定されながら、それでも戦うのだ。

 

 次第に、正義の側が推され始める。

 正義の味方達を、悪の凶刃が傷つける。

 

 それでも、正義の側は負けることは無い。

 信念を燃やす少女(遠坂凛)が、恋する少女(シオン・エルトナム・アトラシア)が、勝利を約束された少女(メルタトゥム)はその勝利を疑わない。

 一言で言えば、正義は勝つ。

 そう信じているから。

 

 正義のヒロインが諦めないのならば、彼女らを護る勇者達もまた諦めなどしない。

 夢見る姫の願いは叶い、希望を胸に燃やす勇者は勝利を掴む。

 日が強く照り出せば影との対比が明確になるように、悪が際立てば正義もまた際立つ。

 今、この冬木は世界で最も善と悪が明確に分離して衝突をしている。

 

 悪の側に立てば悪として、正義の側に立てば正義の側として、明確に存在出来うる。

 世界がそれを肯定する。

 世界(プランナー)が愛する(プリンセス)が、それを実現する。

 世界が選んだ聖杯(メルタトゥム)が、人が作った聖杯を悪として、存在するだけで排斥する。

 

 故に、穢れた茨姫は悲劇のヒロインのままでは終われない。

 囚われの姫では無く、明確な悪の統治者として加害者の側に回る。

 そのまま救いを求めて事切れていれば被害者でいられたのに、其れが嫌だと害する側に回る。

 これは嫉妬であり、逆恨みであり、気狂いによる無意味な破壊活動である。

 しかし、これも茨姫の弱さであり、穢れることを知らぬ純白の姫よりは遙かに人間らしく女らしい衝動であった。

 絶望に目覚めた少女は、憎悪を言祝ぐ。

 

「やっちゃえ、ライダー」

 

「仰せのままに」

 

 

 今度こそ、敵を討つ為に最後の顕現を行ったのは、悪蛇と呼ばれた紫の美女。

 今度こそ、彼女は征く。

 美女でも醜女でもない。――――等身大の女性として。

 醜さも、美しさも受け入れたまま、怪物であり、女神であり、何よりも人間である者として、同じ絶望に狂う少女に、明確に間違った優しさを与える為に。

 明確に世界が悪とする行為に、ただ愛を以て与する。

 そしてまた、悪の代行者に仕立て上げられた少女もまた、メドゥーサに力を託す。

 他のサーヴァント達とは位階さえ異なる別格として、己を守護する者として、悪の実行者としての責務を完遂する力を。

 

 

 

 

 

「やって下さい、父上」

 

「任せろ」

 

 世界に愛されるが故に、人に汚されることの無い永遠の姫は、ただただ親愛なる父上に託す。

 オジマンディアスもまた、マスターとしての命令では無く娘としての願いを遂行する為に力を振るう。

 闇が深いなら、それ以上の光を照らせば良い。

 ただただ世界に正義を敷く為に、悪を祓う。

 極光を以て虚構の闇を切り拓く。

 

 

 

「つまらん。我に活躍の場を与えさせる者はこの場にいないのかっ!!」

 

 もう一つこの場に輝く黄金が、幾数のサーヴァントを同時に物量を以て押しつぶす。

 当初と比べると、明らかに敵の密度と強度が上昇してきており、彼の王の額に僅かに汗が滲んできているが、他ならぬ原初の王自身がそれを認めない。

 故に、汗はかいていない。

 汗をかくまでも無い。

 常人なら予断を許さぬ状況下で、未だ油断が許される。

 そう、彼の名は古代バビロニアの英雄の雛形にして、王の中の王――――

 

「偉大なる英雄王を満足させる相手など、我が父以外にはいないでしょう。

ですが、仕合の前の準備運動を不十分にして我が父を倒せるというのは、流石に慢心が過ぎるというものですわよ。

ギルガメッシュ王」

 

 英雄王が脳内で勝手に決定している未来の花嫁の口から、言葉が紡がれる。

 上手く焚き付け様とする言葉は、何処までも本心から放たれる言葉。

 美しい容姿と美しい声から、何処までも高貴さが溢れんばかりに流される。

 意図的にやっているなら小賢しい行為だが、自然体でそうある故に咎めるべくもない。

 そして何より――――

 

 

「惚れた女にそう言われては、流石の我も振るわざるを得まい。

刮目せよ原初の姫。原初の英雄たる我に、今一度惚れ直すが良い」

 

 

 古代エジプトの黄金が輝くのに続いて、バビロニアの黄金もまた輝きを昇らせた。

 まるで太陽が二つあるかのような目映さ。

 濃くなる闇でさえも、今のままでは追い付かない。

 このままではいずれ、メドゥーサもサーヴァントの軍団も祓われる。

 

 間桐桜の傷を優しく舐めるメドゥーサを、間桐臓硯の絶望を共有するズェピアの劇団員が断罪される。

 そのままでは、このままでは、どうしようも無く正しいハッピーエンドが明確にやってくる。

 世界は祝福する。正義を祝福する。ハッピーエンドはやってくる。

 そのままでは、このままでは――――――――

 

 

「「いいや、まだだっ!!」」

 

 臓硯とズェピアは吼える。

 其は世界への憎悪。

 其は世界への闘志。

 其は世界への反逆(トリーズナー)

 

 彼らはあるべき怒りを胸に、正義を断つ剣を執る。

 

 

 闇が再び深くなる。

 過去今現在の世界から悪意という悪意を、今この瞬間、この場所で解放する。

 もはや、媒介となる間桐桜、ズェピア。そして魔術的に繋がる臓硯には勝利したとしても明日は無い。

 媒介となった者が明日さえも許されぬ密度で、悪意が力となって溢れてくる。

 

 巨大化したズェピアの呼び出したダークサーヴァント達。

 その一体一体が、ご都合主義を作り出す機械仕掛けの神の如き、否、強制的な正解を導き出す機械仕掛けの神を殺す稀代の悪として存する。

 無論、神というのは大袈裟な表現かも知れないが、先程までの彼らとは明らかにその能力は隔絶したものとなっていた。

 

 しかし、黄金達にとっては、そこで漸く土台となったに過ぎない。

 神である黄金と、神と決別した黄金にとって、少し大きくなって強くなっただけのサーヴァントなど、所詮は有象無象。

 

 ましてや――――――

 

「キャスター、そろそろ行けますか?」

 

「頼むわよ、セイバー」

 

 

 大魔術の準備を終えたキャスターと、星の聖剣を構えたセイバー。

 彼女たちの周囲を尋常ならざる魔力の風が渦巻いている。

 

「灰すらも、残さない。マキア…ヘカティックグライアー!!」

 

「エクス――――カリバーーーーー!!!!」

 

 二者から放たれた美しき光が悪を切り刻む。

 

 まさに英雄譚。

 剣士が剣を振るい、魔術師がそれを支え、騎士が突き抜けて、弓兵が広くそれを補佐する。

 正義の戦士が悪魔達を祓う。

 まさに現代に再現される英雄の物語。

 未来過去現代の悪意を敵とするならば、これは未来過去現代に比類無き正義の使徒の物語。

 

 

 英雄達の中で、未来の英雄…否、今この瞬間を以て英雄に連なる者達も奮戦する。

 

「エーテライト・グランド…バレル・レプリカ――フルトランス!!」

 

「躱さないでね、高いんだから。――カッティング・セブンカラーズ!!」

 

 更に二人から放たれた光が闇の中を突き抜ける。

 

 そして、原初の姫もまた。

 姫の中の姫、ヒロインの中のヒロインとしての封印を解く。

 封印解除の制限は深夜0時の鐘が鳴るまで。

 何処までも純粋な物語のお姫様としての、彼女だけに許されたとっておきの最終形態。

 少女の夢見る希望の結晶。少年の恋する理想の結晶。

 彼女は、太陽王の娘、世界の意思(ハッピーエンドメイカー)世界で一番お姫様(ピュア・プリンセス)原初の姫(セイギトアイニクルウオウジョ)――――――そして、幸せを望む願い(シンデレラ)

 世界に最も愛された、唯一無二絶対正義のメインヒロイン。

 

 主役に相応しく世界(会場)が創り替えられる。

 豪華絢爛なダンスホール。

 表れた楽器達がひとりでにオーケストラを演奏し始め、お姫様を音と光で歓迎する。 

 

 黄金に輝くティアラ。純白のドレス。硝子の靴。

 そのどれもを当然のように着こなせる運命に愛される約束された王女――メルタトゥム。

 誰よりも美しくそれを着熟す事は当然であり自然であり必然である。

 

 召喚された眩いばかりの宝石で造られたカボチャの馬車を当然のように乗りこなすのは父親譲りで、その高貴さと愛らしさは母親譲りのもの。

 完成された美、完成される勝利、完成させるべき幸せ。

 その全てを手にする者。

 

 彼女に与えられる事を定められたティアラ(正義)ドレス(幸せ)硝子の靴(運命)は、誰よりもメルタトゥムに似合っていた。

 彼女にしか着ることを赦されないオーダーメイドの様にさえ感じさせる。

 それは――――、彼女の決意だった。

 

 運命が閉じる時間――――今日が明日に変わるまで(12時の鐘が鳴るまで)、残り三時間。



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幸せになる恐怖

 幸せとは、何であろう?

 幸せとは、お金持ちになる事であろうか?

 幸せとは、世界を支配することであろうか?

 幸せとは、愛する者と結ばれることであろうか?

 どれも正解に近いようで、正解のその手前で止まっている。

 

 では、『正解』とは?

 幸せとは、幸せだと感じる主観である。

 お金持ちとなって幸せだと感じるなら幸せであるし、世界を支配出来て幸せなら幸せであるし、愛する者と結ばれて幸せなら幸せと言える。

 極端な話、痛めつけられて幸せでも、支配されて幸せでも、殺されて幸せでも、麻薬や洗脳によって幸せと思い込まされて幸せでも、当人が幸せであれば幸せなのだ。

 神を信じる者にとっては、神の言葉が聞けることが幸せだろう。

 尊敬する者がいるならば、そのものに尽くせることが幸せだろう。

 

 究極のお姫様であるメルタトゥムには、全ての民を幸せにする力がある。

 物語のハッピーエンドは、いつもこうやって終わる。

 

~~勇者はお姫様と結ばれ、民達はそれを心から祝福しました~~

 

 究極の姫が選んだ究極の英雄。

 それらを祝福する権利と義務を、祝福して幸せになる権利と義務を全ての民は与えられる。

 民にはそれだけの役目だけが与えられる。

 優れた最上位(アルファ)のペアに奉仕する事を己の祝福と感じる。

 彼女たちの言葉は神の言葉に等しく、それに答えて奉仕する事は幸せとなる。

 幸せは権利であり義務となる。

 幸せと誰もが感じる故に、全ての民は幸せになれる。

 常に心から絶対の幸せを感じざるを得ない精神構造に改変されれば、世界の誰もが幸せになれる。

 

 

 メルタトゥムの究極形態はその最初の鍵となる。

 世界の幸せを詰め込んだ原初の型無き宝物庫の鍵。

 

 幸せだから幸せになる。

 限りなく正解であるその答えは、何処までも不幸を受け入れて生きる者を否定する存在であった。

 もはや満身創痍。戦力差は自明瞭然にして何処までも昭然。それでもただ己の意思一つで立ち上がる間桐の面々に対して、その意思そのものを塗りつぶす最悪の敵。

 

 

 

「「「「ユルセルモノカ…ユルセ――――」」」」

 

 虚構の悪に生きる者達は、そう怨嗟の声を上げようとするのに、何処までも美しく可愛らしい究極の美を、ハッピーエンドの擬人化存在をその瞳に写すだけで、その声を聞くだけで、その香りを嗅ぐだけで、次々と幸福にされて、浄化されて消えていく。

 

 姫に頭を垂れて、解けるように光の粉になっていくズェピアの呼び出したサーヴァント達。

 強制的にハッピーエンドに、誰もが幸せを押し付けられて終わらされる(・・・・・・)

 

 誰もが幸せになれる。

 この対義語となるものは――――幸せになれない者は、この世界には存在してはいけない。

 

 これ程までに、残酷な幸せがあるのだろうか?

 心を書き換えられて幸せを与えられて自死させられる。

 心を書き換えられることを拒んで崩壊させられる。

 その二択を選ばされる。

 

 究極のハッピーなエンド。

 それが、永遠の姫が世界に与えられた、人々の願いに与えられた力。

 不幸を認識する意思を放棄して、不幸な現実から神話の世界へと回帰を願う力。

 

 かつて人々は英雄に神から切り離された。

 人は人に支配されるようになった。

 しかし、それは完全な黄金の世代からの劣化を意味し、白銀、青銅を通って、鉄の時代へと時代と共に劣化した。

 人は神に支配される特権を失った。

 その結果、己で己を支配せざるを得なくなった。

 しかし、多くの人々にはその力が無かった。

 神に管理されない人は弱すぎた。

 

 故に――――願いが始まった。

 幸せになりたい。

 それは己の支配者を神に還すことを意味した。

 主権の大政奉還(ルネッサンス)

 自分の意志では無く、与えられたドレスで、与えられた馬車で、与えられた靴で綺麗になりたいと。

 自分が幸せになれないのは管理者が悪いからで、優れた管理者がいれば、幸せになれるはずだと。

 

 己に対して己が主権を持つから、幸せ以外の様々なことを考えてしまう。

 神に支配される時代、人間はただ一人の英雄応を除いて幸せ以外を甘受しなかった。

 人が今の人になった瞬間、苦難の時代は始まった。

 

 しかし、それでも――――――

 

 

「認めない。そんな貴女(幸せ)なんて認めない」

 

 そう叫んだのは、間桐桜だったか、メドゥーサだったか、それとも臓硯だったかズェピアだったか。

 それは分からない。

 しかし、彼女たちは未だ明確に拒絶をしていた。

 歯を食いしばって眼から血を流して『絶対の幸せ』を拒絶していた。

 

 

 

「ええ、それでこそ私の敵」

 

 幸せの化身であるメルタトゥムは優しく微笑んだ。

 ドレスはただの布きれに、硝子の靴は光を失った石に、馬車は小さなカボチャへと変わって彼女の手に乗る。

 しかし、それを纏う彼女の輝きは変わらない。

 それは、ドレスを与えられたから、馬車を与えられたから、ガラスの靴を与えられたからシンデレラになれたわけでは無く、彼女だからこそそれら全てを手に出来たことを証明していた。

 例え質素な衣服しか持たなくとも、誰もが彼女をお姫様だと思う。

 彼女の横に並べばどれだけ豪奢なドレスを着ても意味を成さない。

 最初から誰がシンデレラになれるかは生まれながらに決まっており、それ以外の者はどうやってもシンデレラには勝利し得ないと証明するかのようだった。

 

 つまり、幸せという結果を予め定められるという真理があった。

 それは、女の子の誰もがシンデレラになれることを否定する。

 シンデレラになれる女の子だけが、どうやってもシンデレラになれることを意味していた。

 最初から意地悪な姉たちには、その権利なんて何処にも無かったことも同時に意味していた。

 シンデレラになれないものは、分不相応な望みなど抱かずに、シンデレラを祝福することを幸せに感じて幸せになれ。

 それは、何処までも傲慢なシンデレラの物語。

 弱き悪を絶望させる、強き正義による希望のお伽噺。

 

 灰を被って尚、王子が一目惚れするほどに美しい姫が手元のカボチャの馬車を放り投げると、再びカボチャは巨大な宝石の馬車になり、布きれは豪奢なドレスになり、石の靴は透き通りながらも輝くガラスへと変わる。

 

 

 気が付けば、悪側(マキリ)の戦力はメドゥーサを含む数十体のサーヴァントだけ。

 幸せに終わらされたサーヴァント達は、もはや強化再生して蘇ることも無い。

 その上、メドゥーサ以外に残ったサーヴァントは、メルタトゥムを直視しなかったり、眼を失っていたり、意識が無かったり、王女自ら敵として残した者しかいない。

 

 勝てない。

 どう足掻いても絶望でしか無い。

 だが、それでも、それでも――――。

 天に愛される才が無くとも、何度壁にぶつかっても、穴に落ちても、痛みを無視すること無く受け止めた上で、それでも前へと進む。

 その為に足を進める。その為に手を伸ばす。

 それが――――――神と決別した普通の人間に出来る数少ない抵抗だから。

 

 

「雑種だと何だと嗤うがいいっ!!

功績の材質でしか無い悪役だと見下すがいい。

私達は、私達は人間だっっ!!」

 

 血を吐く様に飲血鬼(ズェピア)が叫ぶ。

 

「まだだっ、まだ死ねぬ。

忘れた願いを掴むまで、我らの正義を終えるまで、与えられるものでは無い幸せを掴むまでっ!!

我らは、我らの()を離してなるものかっ!!

我らはまだ戦えるっっ!!」

 

 命をすり潰すように穢れた蟲(ゾォルケン)が叫ぶ。

 

 

 

 力が欲しいか――――――

 地に堕ちた聖杯はそう問いかける。人の子を愛し天より堕ちた天使のように、真摯に問いかける。

 

 ――――――力が欲しい。

 意思だけで場違いな舞踏会に辿り着いた醜き者達は迷い無くそう叫ぶ。

 

 ならば――――――――――その願いは漸く叶う。

 

 

 堕ちた聖杯。世界全ての悪は、己を授けるに相応しい、役に立たない脆弱な悪に、己の力の全てを信託する。

 運命が閉じる時間――――今日が明日に変わるまで(12時の鐘が鳴るまで)、残り二時間半。



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慢心出来る愚かさ、慢心出来ぬ虚しさ

 それぞれの意思を尊ぶメルタトゥムにとって、意思のない奴隷など面白みの無い存在だ。

 それが今の今まで究極のお姫様の最終形態を取らなかった理由の一つである。

 それぞれが己の意思を武器に、舞踏会で美しさを競い合い、シンデレラを目指すことを愛でている。

 己の真の能力とは裏腹に、いや、寧ろ己の役割とは相反するからこそ、その願いを夢見ている。

 そのお眼鏡に適ったのが、遠坂凛であり、シオン・エルトナム・アトラシアである。

 

「貴方の意思を祝福しましょう」

 

 しかしその上で、己の意思が、能力が、存在が、何よりも勝ると信じて疑わない。

 両親という例外を除けば、己こそが世界で最も優れており、勝利は必然。

 それでも己に挑むその意思を、与えられた祝福を拒絶する意思こそを、メルタトゥムは上から目線で祝福する。

 

 それは、――――――マキリ達の逆鱗に触れた。

 

 

「「舐めるなァッッ!!

それが傲慢だと何故分からんっ!!」」

 

 新たに血塗れ道化の脚本家に生み出されたサーヴァント達は、此度の聖杯戦争のアサシン。

 即ち――――ズェピア・エルトナム・オベローン自身達。

 キャストがキャストを呼び、しかしてエキストラの如く増えながらも、それぞれが主役のように力を湛えた意思をそこに持っていた。

 前へと進めと一つの意思を与えられるのではなく、己の意思一つで進みたい前へと進む老人達は、眩き天を眼を細めること無く睨んだ。

 

 

「「「慢心?

――――それが王の生き方というものよ」」」

 

 輝く太陽の親子と輝く黄金は、それを真正面から跳ね飛ばす。

 

 慢心せずして何が王か。

 その本意そのものは三者共に同じである。

 メルタトゥムがその上で男達と違うのは、何処までも全ての努力が報われる事が確定した努力家である事だ。

 己の努力が何処までも報われることに慢心しているからこそ努力する。警戒する。策を張る。しかして問題の芽そのものが輝く道そのものは潰さない。

 

 今の時代、フェミニストが経済を語り、反戦主義者が理想の国防を語る。

 専門の知識や地位があるわけでも無いにも関わらず、国家の為でもなく、己の意思を実現するツールとして利用する為だけに立場を弁えず主張する。

 法律に定められているからこうあるべきだと主張する者の多くは、法律を守ることを第一義にしているわけで無く、偶々現状の法律が自分の主張にそぐうから法律を擁護しているだけで、法律が己の主張と真逆なら改法を要求する。

 民が個人の自由を得た結果、国家の頂点を始点とした直進性は弱まった。

 分を弁えない有象無象が好き勝手にスカラーを発意すれば、全体はベクトルを失う。

 メルタトゥムは己の意思一つでそれを纏めることが出来る。

 吹けば飛ぶ様な脆弱な意思の方向性を集合させることなど容易く、他者の意思を踏みにじることなど容易に出来る。

 しかし、それは彼女の好むところでは無い。

 

 美しくも無い女がシンデレラを夢見ることも、才覚の無い男が英雄を夢見ることも、メルタトゥムはその分不相応な夢を否定しない。

 美しくなければ応じに選ばれない。才覚が無ければ偉業は成し遂げられない。

 そんな誰もが心の中では知っていた冷めた事実は、敢えて口に出すのは風情が無い。

 第一、どれだけ自分と競って踊る女性が増えたところで、己がその中で一番になれないなんて事はあり得ない。

 ならば、精々己の引き立て役が増えることを喜ぶべきだと王女は認識している。

 結局それは、敵を百人葬った英雄より、敵を百万人葬った英雄の方が箔が付く――――その程度の理由でしか無いのだが。

 

 何処までも努力が報われる努力家と、生まれ持っての完璧に最終的な差違は無い。

 結局は、彼女もまた黄金(完全)

 簡単に黄金になれる鉄など、白銀や青銅には理解出来ない。

 白銀や青銅から見れば、何時でも黄金であれる金属は、結局は黄金でしか無い。

 そもそも、鉄のような努力をしているように見えて、結局彼女は黄金(太陽)の娘。

 素の時点で、努力をした白銀や青銅程度が追いつけるものでは無い。

 だからこそ、努力をした白銀や青銅程度が追いつけないほどの、更なる努力をした白銀や青銅を待ち望んでいる。

 それが、遠坂凛であり、シオン・エルトナム・アトラシアだ。

 しかし、非常に残酷なことに、ただの鉄ではその選択肢には入れない。

 故に、鉄であるマキリが舞踏会のステージに上がる為には、努力をした白銀や青銅程度が追いつけないほどの、更なる努力をした白銀や青銅以上の更なる努力と工夫が求められる。

 そして、何よりもそれを為す為の意思が、求められるのだ。

 

 しかし、鉄に生まれた多くの者が挫折するのだ。

 黄金はただあるだけでよく、白銀は努力すれば良いし、青銅は更に努力を、鉄は更にその上の努力をすれば良い。

 だが、白銀が少しの努力で易々と結果を出していくのを目にしながら、如何して鉄ばかりが倍の倍の倍の努力をしなくては同じ結果に辿り着けないのか?

 鉄がその様な苦労をしている間に、努力を経て成長した白銀は上のステージに上がっている。

 RPGで言えば、最初の村で最弱のモンスターを必死で倒しているのが鉄で、白銀はさっさとレベルを上げて、更に多い経験値を得られるモンスターが跋扈する場所へ進み効率よく進んでいる。更にはおまけで手には入ったお金やアイテムで自己を強化出来る。

 現代社会で言えば、低収入の者は生活に必死だが、高収入の者はその資産を投資して更に資産を増やすようなものだ。

 しかし低収入なら睡眠時間や余暇を削って更に別の仕事を掛け持ちすれば良い。

 その中で更に隙間の時間を使って、副業の収入を使って資格を取得すれば良い。

 自身を追い込めるならば、底辺からでも上は目指せる。

 そうは言っても誰もがその苦痛を当然のように耐えられるわけでも無い。

 イージーモードで生きていられる人間を目にしながら、ハードモードの人間が敢えてベリーハードモードを選べるはずも無い。

 いても、それは例外だ。

 それはメルタトゥムだって理解はしている。

 故に、恵まれない者にも無関心(寛容)な優しさを施す。

 それでも、それでも分不相応な町娘が、己の意思だけで揃えた衣服で舞踏会に飛び込んでくる様な事をメルタトゥムは待っている。

 例外の少数派こそを、全体の頂点であるメルタトゥムは求めてしまう。

 これは彼女の数少ない悪癖だった。

 

 メルタトゥムの愛は平等ではない。

 基本においては、何処までも公平なものである。

 彼女の愛は、弱者には向けられない。

 しかして、弱者が想像する程度の強者にも与えられない。

 一般の社会における強者など、彼女の中では弱者に過ぎない。

 彼女にとっての強者は、神に連なる者や、それに匹敵する規模の強者のみ。

 それ以外には公平に、彼女の寛容な愛は与えられる。

 彼女の確かな善政を布く善性は、

 そんな倫理観の中で、彼女の特別に成り果てた遠坂凛は特級の別枠なだけでしかない。

 

 

 黄金達にとって、敵としては認めても、特別にはなり得ない。

 メルタトゥムには遠坂凛がいて、黄金にはもう一人の黄金が最後の敵として明確にある。

 故に――――――

 

 

「「貴様の祝福など要らぬっ!!

そんなものなど要らぬっ!!

ただ我らを見ろ。

我らは――――此処にいるッ!!」」

 

 黄金は勘違いをしている。

 鉄は黄金の施しなど無くても、黄金と対等であれることを望んだのだ。

 能力が無くても、運命に愛されなくても、上位者の祝福が無くても、生きているだけで対等だと、此処に存在しているだけで良いと、そんな世界を望むと。

 

 かつて神に対して人の対等を望み、権能が無くても、創世が出来なくとも、神の愛が無くとも人は生きていけると英雄は定めた。

 しかし、世界はその後人の中で、王と民に別たれた。

 それを間違いだと、革命が起き、民だけの世界になって尚、民の中に上下は生まれた。

 その上、神であり王である姫が、実は現代にもただ一人現存していましたなんて。

 

 そこに弱者への救いはあるのか?

 確かに今存在する強者を遙かに超える絶対の強者が支配を敷けば、好きかってする強者を抑え、弱者を救う社会も定められるだろう。

 しかしその本質は絶対の強者による全ての支配。

 それはある意味、絶対の正義と幸福を成し遂げようとしたゾォルケンやズェピアを否定するもの。

 絶対の正義と幸福がもたらされれば、それより小さな力は全て屈服させられる。

 結局の所、王女のもたらす祝福と変わりなど無い。

 それでも、それでも手を伸ばすのは何故か? 前を向くのは何故か? 足を進めるのは何故か?

 決まっている。

 彼らは姿形を変質したとしても、何処までも人間であるから故に。

 

 

 最早、正常な判断など怨嗟に狂った老人達には出来ない。

 やってしまえば、今まで生きてきた全てを否定することになる。

 これまでの歴史を、踏みにじってきた全てを、全て否定することになる。

 手に入れた全てをつぎ込んで『此処』まで来たのに、引き返せない、やり直せないリスクを負って、漸くここまで来たのに、今更リスタートなんて認められない。

 そんな余裕は鉄には無い。

 

 怒りに染まった老人達は際限なく増え続ける戦力を持って、黄金達へと激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、セイバーを携えた遠坂凛には、アーチャーと共にある慎二が相対していた。

 

「一応聞いてあげるけど、如何してあの化け物の側にいるのかしら?」

 

 誰もが明確に悪と認識するマキリの陣営に、然りと立っている慎二に凛は問いかけたが、問いかけられた青年は目を閉じて嗤った。

 

「家族の情? それとも恐怖に縛られて逆らえないだけ?」

 

 見下すような凛の言に、耐えきれなくなった慎二は遂に大声で笑いを吐き出した。

 

「はははははっっ。家族思い。臆病者。

うん、いいね。それもそれで面白い。

何より、やっぱり(・・・・)遠坂にそう思われてたってのが最高に不愉快で痛快だ。」

 

「違うようね。…何かしら?」

 

 慎二は、そんなことも分からないのかと、哀れみを一瞬浮かべたが、それを直ぐに取りやめると、未だ笑みを少し残したまま続きを語った。

 

 

「女に男のロマンを語っても理解は出来ないだろうね。

僕は何処までやれるかやってみたいのさ。

やれるだけ自分を貫き通して、己を世界に傷跡として残したい。

お爺さまのことは、最終的に決着を着けるつもりだけど、現状その手段は無い」

 

 では何故、ワクチンも持たずに病原菌をばらまくような自滅めいた行為を行うのか。

 凛には到底理解出来ないものだった。

 そして、理解する必要も無いと思えた。

 

「まあいいわ。そんなことは」

 

「遠坂はそういう奴だと思ってたよ」

 

 慎二を取り敢えず潰す対象と定めた遠坂に、激昂すること無くその蔑みを受け入れた慎二は更に言葉を紡ぐ。

 

「だから証明したいのさ。

遠坂を倒すことで、僕は本当の意味で僕を生きられる」

 

 なんて小物。

 凛は、自己愛に生きる小さな怪物を哀れんだ。

 醜悪な大怪物と、無様な小怪物に今までどれだけ桜は傷つけられたのだろうか。

 可哀想な桜のことが心配で、その為に、慎二は早々に排除して助けに行かないと。

 遠坂凛にとっては、実の妹である間桐桜――――旧姓遠坂桜の方が、他人である慎二よりも重要視されるのは仕方の無いことだった。

 

「折角マスターとなれた。

一騎当千のサーヴァントを従えることは、即ち王になること。

男なら一国一城の主を目指すロマンを生きずして、何が男か。

…女に語っても理解は出来ないだろうね」

 

 間桐慎二は、何処までも純粋に自分が何処まで上に行けるかを試したい。

 そうやって、自分を見下す女、遠坂凛に認められたい。

 その願望は、恋に似ていた。

 

 

 認められたいだけの為に、悪の側に立つ慎二を凛は軽蔑するが、その間桐と同盟を組んでいたのは他でもない彼女自身だ。

 元より魔術師など外道の生き物。

 外道の手段を行きながら正義を語るなど烏滸がましいにも程がある。

 間桐桜が酷い目に遭ったのも、親の因果が子に報い、外道の魔術に手を出した側面があった事も否めない。

 しかし、それでも遠坂凛は、正義の陣営として間桐桜を助ける為に、悪の側に立つ間桐慎二を倒すことを決意しているのだ。

 例え薄っぺらくても構うものか。

 薄い鉄板が、厚い餅より弱いと誰が言ったか?

 胸が薄い二人組、遠坂凛とセイバーは、薄っぺらい正義に鉄壁の意思を持って戦いに挑んだ。

 

 運命が閉じる時間――――今日が明日に変わるまで(12時の鐘が鳴るまで)、残り二時間。



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悪い魔女の決断

「で、アンタはそれで良いの?

桜を救うと私に見栄を切っておいて、結局そっちに付くの?

まさか用が済んだら奴らが桜を無事に解放――なんて信じてるんじゃ無いでしょうね」

 

「はっ、そこまで楽観的でも無いさ。

だが、少しだけ友人に付き合うのも悪くない。そう思っただけだ。

それに――――いや、それを言うのは無粋か。

…悪いが、慎二が満足するまで付き合って貰うぞ」

 

 慎二では話にならないと、凛が話を振った弓兵も、結局話にならなかった。

 これが男のロマンだというのなら、男なんて馬鹿ばっかだと凛はため息をついた。

 

 言えなかった続き。

 それは、遠坂凛に召喚されたセイバーに、今の自分が何処まで届くか、アルトリアにこそ見て欲しい。

 アルトリア・ペンドラゴンに、そして遠坂凛に見て欲しい。

 そして認められたい。

 そんな馬鹿馬鹿しい男のロマンを、敢えて口にすることこそ無粋と英霊エミヤには思えた。

 

 エミヤも頃合いが来るか、慎二が満足すれば、マキリに反旗を翻すつもりであり、その承諾は慎二にも取ってある。

 故に、剣士と弓兵が戦う理由など、何処にも存在しないのだが、何処にも存在しないからこそ、戦う理由が際立つのであろう。

 

「では、行くぞセイバー」

 

「ええ、始めましょう」

 

 互いに寸分違わぬ剣を構えてぶつかり合う二人の英霊。

 セイバーの見えぬ剣を、まるで正確に測ったかのようにカリバーンで受け止めるエミヤ。

 しかし、剣の英霊の名は伊達では無く、受け止められた上から力の向きを鋭く変えて、崩れたところを別角度から斬り掛かる。

 アーチャーは剣を捨てる形でそれを辛うじて躱した。

 

「――やりますね」

 

「こんなものじゃないさ」

 

 君に教えられて、その後も鍛えた剣はまだ見てほしいものが多くある。

 心の中で赤き弓兵はそう答えるが、決して口には出さない。

 それが、彼の中の男のロマンなのだから。

 

 

 セイバーが再び仕掛け、鋭い突きからの三連続の斬撃を見舞うが、アーチャーは、二振りのカリバーンを起用に使い捨てて、三振り目のカリバーンで逆に攻めかかる。

 セイバーが咄嗟に距離を取ったところで、先程アーチャーが捨て置いたカリバーンが爆発。

 思わず、身を備えるが、目は決して閉じない。

 同じ剣を持った男が煙を突き破って、剣を振り下ろしてくるのを視認するやいなや、合わせるが如くその剣の根元へと切り返した。

 

「流石だ。追いつける気がしない」

 

「弓兵に剣で負けては英霊の名折れです」

 

 憧れの存在としてセイバーへと言葉を投げるアーチャー。

 英霊としての技量のことと受け止めるセイバー。

 

 そこには見えない溝があるのを、弓兵は自覚するが、それを正そうとも思わない辺りが、彼も中々面倒な男と言えた。

 

 

「残念だが、そのようだ。

…では、弓兵として頑張らせて貰うとしよう」

 

 英霊エミヤは弓を携えると、捻れた剣を矢として引き放った。

 セイバーはその射線から直ぐさま外れ、距離を一気に詰める。

 馬鹿正直に弓に持ち変えた弓兵は、今近接戦に対応出来るとは思えない。

 それは、間違いでも無かったが、正解でもなかった。

 

 矢が引き放たれた瞬間の爆発。

 半ば自爆に近いこの行動は、セイバーに躊躇を与え、アーチャーには爆風による距離を与えた。

 セイバーは仕切り直して戦闘を続行しようと考えた直後、風切り音を感じて背後に剣を振り払った。

 

 甲高い音を立てて弾かれるは、中華風の曲刀。

 

 弓を構えて、接近戦をセイバーに誘い、爆風で視界を塞ぎ注意を前方に向けたところで、側面を通って背後に回り込んだ刀による攻撃が本命。

 流石のセイバーも感心したが、しかして対処出来ない攻撃でもない。

 その証拠に未だ、セイバーの息は上がってさえいない。

 

 対して、捨て身の策を講じたアーチャーは、セイバーにまだ傷を負わせてもいないというのにダメージを負う様だ。

 だが、それで良いと弓兵は笑う。

 それでこそ、衛宮士郎が憧れた女性()だと。

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

「選択肢は二つ。

馬鹿正直に悪を倒すか、混乱に乗じて優勝候補を潰すか」

 

 コルキスの魔女は意地悪げに己の主にそう問いかける。

 

「はあ…。言って良い冗談と悪い冗談がありますよ。何より――――」

 

 その主は、考えるまでもないとそれを否定する。

 

「――――――『タタリ』は今夜で終わらせます」

 

 

 その瞳は、強い意思を湛えていた。

 

「でもその『タタリ』はエジプトのお姫様に夢中みたいよ。此方なんて視界にも入っていないわ」

 

「だったら、無理矢理にでも振り向かせてやれば良いだけです」

 

 現代のヒロインは随分積極的だこと。と魔女はわざと意地悪く笑う。

 そんな彼女たちに、明確に視線と敵意を向ける者がいた。

 

「つれない人が相手をしてくれないなら、私が相手をしましょうか?」

 

 その視線に石化の呪いを持つ魔性の女、メドゥーサ。

 その石化を妨害する魔術を己と主に重ねながら、メディアは上品に嘲る。

 

「ギリシャ体系に呑み込まれた時に、勇者(ペルセウス)の生け贄にされた女が悪役を務めてくれるとは適任と言うほか無いわね」

 

 本質的に相性が悪いのか、メドゥーサもまたメディアを煽り返す。

 

「ギリシャ体系に呑み込まれた時に、勇者(イアソン)の生け贄にされた女が言うと説得力があるわ」

 

 互いに瞳に冷ややかな光を携えたまま笑い合う。

 互いに似た境遇でありながら、互いに折り合いが付かないのは、同族嫌悪というのが近いのかも知れない。

 

 

「早く目障りな魔女を倒して太陽を呑み込まないといけないので、消えてくれると嬉しいわ」

 

「意見が合うわね。私も陰湿な蛇女に消えて欲しいと思っているわ。

…それと、知っていたかしら?

――――コルキスの王女メディアもまた、太陽神の系譜に連なるものだって」

 

 貴方には眩しすぎる戦い方、教えてあげる。

 メディアは薄く微笑んだ。

 

 復讐の魔女のベールの下には、ギリシャの太陽を輸血された土着の信仰神が眠っている。

 イアソンの妻の側面もまた、確かにメディアを位置づける側面でこそあるが、側面でしか無いとも言える。

 かつて小国の信仰を受けた女神であり、大国の侵攻によって滅ぼされることなく上級神の系譜を授けられた者。

 奇しくもメルタトゥムと同じ時代に生きた者。

 それが魔女メディア。いや、女神メディアである。

 

 サーヴァントの形式である以上、神霊本来の力を行使出来るはずもない。

 聖杯のオーバーヒートにならぬように、自制の為のリミッターが組み込まれている。

 ならば、その枠組みを少し弄ってしまえば良い。

 魔術とは、所詮は魔力による術の式に過ぎない。

 結局の所魔力記号の羅列に過ぎない。

 それは、現代ではプログラムのコードと言えるだろう。

 端末に過ぎないユーザーが、クライアントサーバーに侵入して自己の権限を書き換えるチートプログラム。

 それを紡ぐは歴史上でも指折りのハッカー。

 ――――これは、とっておき中のとっておき(マキア・ラストリゾート)

 

 実在の神霊には遠く届かなくても、並のサーヴァントでは発威出来ない神性が吹き荒れる。

 これは、冬木の町を疑似的にコルキスという神殿(・・・・・・・・・)に命名し、その主への聖杯からの顕現許可値を操作する反則技。

 繋がったタタリを通じて堕ちた聖杯から魔力供給を受ける、メドゥーサに対してのカウンター。

 この世全ての悪という悪性ウィルスに冒された聖杯の中へと、感染することなくアクセスする。

 寧ろウィルス感染で開いたセキュリティホールを割り出して、そこから侵入する。

 他者の仕組んだマルウェアを掌握して馬乗りする超絶秘技。

 この場に聖杯があるからこそに出来る、魔術によるコンソール型ハッキング。

 

「ファーストダンスは同い年のお姫様とって思っていたけど、向こうには本命がいるから貴女で我慢してあげるわ」

 

 それは、余りにも傲慢な物言い。

 太陽の系譜は悉く、他者を勝手に寄ってきて燃え尽きる程度のものとしか虫を見ていない。

 故に、公平に見下す。

 決して対等とは思わず、その上に正義は自分にあると信じて疑わない。

 

「貴女にとってはこれがラストダンスになるのよ。可哀想に。

それに、あのお姫様は貴女のことさえどうでも良いに決まってる。

あの何処までも残酷で冷酷な太陽(正義)は」

 

 メドゥーサの侮蔑に、メディアは一呼吸おいた後、それを笑った。

 

「何も知らない人が見れば優しい名君。

少し知っている者が見れば残酷な姫。

けれど、私は知っているわ。

私の親友は、とても女の子らしい女の子よ。

ワルツよりもタンゴが好きだし、カクテルよりもアイスクリームが好き。おべっか使いよりも好敵手を、冷静さよりも愚直を、淑やかさよりも情熱を尊ぶわ。

誰もが彼女に理想を求め、彼女もまたそれを否定しないけれどね。

ねえ、貴女が一体彼女の何を理解しているというのかしら。

…当たり前のことだけど、彼女は人を――愛せるの」

 

 

 それは同じ太陽(お姫様)だからこそ辿り着けた真実(答え)

 同じ姫だからこそ、お姫様というフィルターを抜けて見ることが出来た姿。

 

 何処までも何時までも公平な太陽。

 しかし、特別な誰かの為にその身を焦がすのは血筋か。

 メルタトゥムは遠坂凛にであってしまった。

 母以外の特別にであってしまった。

 そして恋を知った。

 そうなれば、それまでと同じではいられない。

 

 

「そんなわけはないっ!! 正義は何処までも残酷になれる。

正義の終焉を祝福する姫もまたそれに等しい。

そうで無ければ、そうで無くれば」

 祝福からこぼれた私達は――――

 

 メドゥーサのその言葉は、メディアに完全に否定された。

 

「それは同じよ。

悪役には正当性があっては困る。

英雄が気持ちよく潰して、民衆が気持ちよくそれを喜ぶ為には、怪物に優しさや愛があってはならない。

故に、それを見ないものとする。

貴女には見えたかしら?

醜い己(グライアイ)を切り捨てて、鏡を突き付けた者(ペルセウス)に斬り捨てられた貴女には」

 

 それは何処までも正論。

 何時だって、正論は弱者に厳しい。

 弱者()はズルをしなければ強者と勝負出来ないのに、正論はその武器を奪ってしまう。

 

「…知っているかしら?

昔、妻を捨てて他の女にはしった男がいた。

けれど、誰もがその男を褒め称えた。

男は英雄であるからして、前妻を捨てても誰もが正義を疑わず、寧ろ前妻に異常があったと同情した。

ええ、よくある昔話よ。

女神信仰から男神信仰へ――。世界が傾いた頃には良くあったお伽噺の一つ」

 

 シオンはメディアが何のことを言っているか分かったが、それを口にしなかった。

 同じ時代に生きたメドゥーサも当然理解していたが、だからこそ理解出来ない。

 太陽という絶対正義の系譜を与えられながら、英雄に使い捨てられた女。

 時にアヴァロンと同一視されるエリュシオンの管理者、即ち湖の乙女やモルガンとも関連付けられるとはいえ、彼女は確かに英雄の犠牲になったのだ。

 

 英雄(正義)を恨むなら悪。

 正義に敵対するなら即ち悪。

 この様に晴れやかにあれるはずなど無いのだ。

 本来の復讐の魔女メディアは――――――

 

「だったら――」

 

「聞きなさい。

けれど、その前妻はバッドエンドで終わりはしなかった。

別れがあったとしても、もしかしたらその後にもっと素敵な出逢いがあるのなら、それはきっとハッピーエンドに繋がるのだから。

…私の友達が言っていたわ。

他者の言葉など意に介すな。

鏡の声に耳など貸すな。

停滞は後退。行先を知らなくても、己の意思を道標に進め。

正面から見つめた鏡に映る自分を、世界で一番美しいと自分自身が告げられるのならば、己こそが物語の主役になれる。

王子様の目の前で毒リンゴを食べたフリでもして、あざとく自分から王子様(幸せ)を掴みにいけってね」

 

 それは、まさしく物語のお姫様(主役)の様な、恋する乙女の笑顔。

 己の勝利を微塵も疑わない、最大のハッピーエンドフラグ。

 

 メドゥーサの周囲に、幾つもの鏡が展開される。

 その鏡全てから、同時に破壊の光線が放たれる。そうなればメドゥーサですらもタダでは済まない。

 蛇の呪いを受けて不幸に落ちた女は、起こりうる攻撃に耐えるべく防御を固めた。

 

 しかし、その鏡から攻撃が放たれることはない。

 その鏡にはメドゥーサが、女神でもない化け物でもない等身大の女性が写されているだけだった。

 

 次いでメドゥーサは鏡ではなく己の身体を視認した。

 そこには悪意の聖杯の力を得た化け物の姿はなく、鏡に映る姿しか存在していなかった。

 戦う力など、あるようには思えない。

 しかし、不思議と悪い気持ちではなかった。

 これでもはや、勇者と魔王の英雄譚の舞台には立てそうにもない。

 かつて女神と扱われ、そして化け物と呼ばれた女は、少しだけ安堵のような何かを感じた。

 

「…十分よ、殺しなさい」

 

 メドゥーサは敗北を認めた。

 メディアはそれを見ると意地悪く笑った。

 

「断るわ。私は相手の嫌がることが好きなの。

だって、私は悪い――――――そう、悪い魔女だから」

 

 運命が閉じる時間――――今日が明日に変わるまで(12時の鐘が鳴るまで)、残り一時間半。



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幸せになる権利

 能力がある人間ほど余裕が出来て、余裕がある人間ほど、楽しみを得る。

仕事であれ、スポーツであれ、勉学であれ、やはりデキる(・・・)人間ほど熱意を持ちやすい傾向はある。

周囲の人が出来る事を何とかこなすのが必死な人間には、更にその上の努力を重ねる熱意にまで意識を持ち上げられない。

現状でさえ面倒だと苦痛を感じてしまう。

 

 何時までも叶わない願いを、願いのままで持ち続けるのは難しい。

 諦めるか、願いが呪いに変わるか。

 多くの場合において結末なんてその様なものだ。

 

 絶対に夢は叶う。

 ――――それは夢を叶えられる熱意を持った者だけ。

 絶対に熱意を持ち続ける。

 ――――それは結果を約束された者だけ。

 

 恵まれない者にとっては、願いを捨てることこそが救いであり、願いを保つことは迫る呪いに追い付かれる愚行に映る。

 余裕があるから優雅になれるのではなく、優雅な者にこそ余裕が作り出せるのだ。

 全てのルールを正しく守る為には、それを熟す事が出来るだけの余裕が求められる。

 余裕が無い者には正しさを貫く事も出来ない。

 足り無い者がルールを守れば、また別のルールを守れなくなる。

 規則を厳密に守りながら、ノルマを達成する。

 簡単に言えることを難しいと思う者が、世の中にどれだけいることか。

 姑息に卑怯に生きなければ、相手がハンデをくれない限り、弱者は勝者と勝負も出来ない。

 そしてルールを定める者は、往々にしてルールを守って余裕がある者か、ルールの対象外になっている。

 

 

 

 

 

 

 格差そのものは悪ではない

 富裕層の資産が増えたところで貧困層が飢えて死ぬことが無ければ問題にはならない。

 格差がある事ではなく、格差の下側が苦しむことが無ければそこに悪はない。

 正当な取引の結果、ある男の収入が百万円増える代わりに別の男の収入が百万円減るとしよう。

 格差を許さない者からすれば後者は前者に対して二百万円の損をしている様に見える。

 しかしこれは絶対的な視点から見れば誤りである事は明らかだ。

 本来の収入より百万円損をしている。

 ただそれだけであり、得をした男との格差を考える事は、収入の中で生活を送ることにおいては全く意味のないことだ。

 必要なのは百万円収入が減った男でも生活が営ませる事であって、百万円収入が増えた男の様に贅沢をさせる事ではない。

 故に格差は悪ではなく、格差を悪とするのはただの僻み妬み嫉みに過ぎない。

 

 

「今の時代の先に、偶には目を向けなさい。

世界の資産の多くは一握りの者に委ねられ、一人の優秀なハッカーが多くの人々が築いた情報の防壁を潜り抜け、わずか一人の押したスイッチで町を消滅させるミサイルが放たれる。

多数の生きているだけの無力な人達が集まって立ち向かう日常譚は終焉に向かい、世界は再び英雄の時代へ還ろうとしているわ。

私は――――それに寛容という形で肯定した」

 

 

 微笑む彼女の姿。

 それは例えるなら、桜の花弁を乗せた白無垢。

 それは例えずともそこにある、暴力的なまでの美。

 美しさによって根源を目指すなら、それに最も近い場所にいる至高。

 彼女は正義の立場で、格差を肯定した。

 

 

 

 

 嫌悪感を持つのは理解が足りないからと取り敢えず扱われる

 では理解をした上で嫌悪感を持つことは許されるのか?

 …そんなことはない。

 理解をしているならその結論には至らない事が前提であり、その結論に達する時点で理解しているとは認められない。

 理解をしろと主張する者にとって、理解をするということは嫌悪感を消せということなのだ。

 つまり最初から用意された結論以外は、どうあろうと認めてもらえない。

 理解を要求するものはそれを正義だと認識しており、己の意見に逆らうものは悪だからだ。

 多数派の人間にとってマキリの正義の在り方は悪と否定される。

 

 外道を王道とする魔術師の世界においてすら、マキリの正義は真逆の正義に否定される。

 マキリが許せなかったはずの傲慢な無関心こそが、唯一彼を許されざる悪として否定をしなかった。

 その枠組みにさえ入れないことが、ある意味では赦しであった。

 そんな赦しを、マキリは決して赦せない。

 

 

 

「魔術師が過去以外を求めろとは、残酷なことを言う。

神は誰もが幸せにいきられる楽園の時代を奪い去った。

例え、人に落ち度があったとしても、人を不完全に造っておき、不完全な人が過ちを犯す要因を排除しなかった神が悪い。

有害な蛇の侵入を赦すなど、管理責任にも程がある。

そうは、思わないかね?」

 

 

 

 憎悪に燃える老人。

 それは例えるなら、腐り落ちた黒き百合の毒。。

 それは例えずともそこにある、悲劇的なまでの醜悪。

 美しさによって根源を目指すなら、それに最も遠い場所にいる悪役。

 彼らは悪の立場で、格差を否定した。

 

 

「そうね。だから(私達)が見捨てずにいてあげるというのよ」

 

「人を救うのは、(儂達)であると言えば?」

 

 

 そうなれば、最早結論は一つしかあるまい。

 昔からそうあってきた。

 ウルクの英雄が神と決別したように。

 ケルトの英雄が精霊を倒したかのように。

 ブリテンの英雄が竜を討ち果たしたように。

 そう、最早結論など、最初から決まっていたのだ。

 

 

「「「「だからこそ―――――――――戦争」」」」

 

 

 正義の光が更に美しく輝く。

 邪悪の漆黒が、更に濃くなる。

 

 光と影は表裏一体。

 光が輝くほど影は濃くなり、影が濃くなるほど光は輝く。

 更なる数、更なる質へと、階層を一段階上げた互いの意思が、先程まで繰り返してきたように衝突する。

 

 

 原初の姫の力を完全に解放したメルタトゥムの前に、全ての戦士は戦う意義を奪われる。

 ならば邪悪の軍勢の打つ一手は、これの他にあるまい。

 絶対の姫に対して、唯一引き出せる切り札。

 その切り札に全ての悪を託す。

 それは――――――絶対に幸せになれない少女。

 

 美しい者へは情が湧く。

 それは当たり前の事。

 同じ悲劇の中にあっても、男の子が救いたがるのは美しいお姫様だけ。

 美しくない女が悲劇の中にあっても、命がけでまで救おうとは思ってもらえない。

 最も穢らわしい悪の泥に染まった女には、王子様だって見捨てるに違いない。

 だからこそ、幸せに見捨てられた少女は、幸せに愛されたお姫様を許さない。

 

 

「無理矢理操って、とは考えたがそれは必要無かったようじゃの」

「ええ、アレは間桐桜()自身の意思で、倒すべき敵です」

 

 明確な敵意を持って少女は前へ進む。

 少女を守り抜くと誓った弓兵と、少女を護りたかった姉の視線の先を、少女は進む。

 あたかもバージンロードを進むかのように。

 

 

「いらっしゃい。踊りましょう」

 

 白無垢のドレスを身に纏った穢れ無き姫は、透き通るような笑みを浮かべながら右手を差し出した。

 

「お断りしますね。私には舞踏会で舞う為の何も持っていないんです。

ドレスも靴も、アクセサリーも何もかも。

それに、貴女のこと――――大嫌いなんです」

 

 何処までも明るい笑みを浮かべた桜の表情は、その表層とは裏腹に何処までも影の深さを感じさせた。

 同時に、泥濘染みたの悪性情報が蛇のように王女に襲い掛かる。

 

「そう、それは残念だわ」

 

 取り出した扇子でその泥を事もなく弾きながら、愁いを帯びた表情で姫は語る。

 しかし、その美しさに陰りなど存在しない。

 

「残念と思うなら負けてほしいかなって」

 

「そうね。でも譲らないわ。私が勝つ事は民が、世界が、何より私自身がそう願っているから。

それに、その方がきっと都合良く物語が進むわ」

 

 先程の憂いとは一変して、華やかにお姫様は笑う。

 そこに裏表があるようにはとても見えない。

 

 

「議論をするなら普通はせめて、自分に都合の良い例と相手に都合の悪い例を2つ上げるものでしょう?」

 

「必要ないわ。

ここに私の意思がある。

それ以上の都合の良さなんてこの世界にはないもの」

 

 己の豊満な胸を差し示して、王女は堂々と告げた。

 

 

「笑っちゃうくらい現実味の無い事を言うのね。」

 

「相手が間違った事を言っていると見下す為に失笑する人に限って、案外他者からは誰も笑ってないところで一人で笑い出す気味の悪い人だと思われている事に気がつけないものよ。

それに、物語のお姫様が現実味のあることを言ったら夢がないわ。

歴史的事実、背景、権利、権力、慣例、風習、整合性、世論、あるべき姿、善悪、合法非合法――――、それが何なのかしら」

 

 何よりもそれらに愛された王女は少女の目を見据えて告げる

 

「それらは所詮、自分の行動や発言を周囲に肯定させる為の道具(手段)に過ぎないの。

それらは必要なものだけど《大切》・・な事ではないわ。

大切なことは私が、貴女が、何をしたいか。

たった、それだけでしかないのよ」

 

「たったっ!?

そんな単純に言わないでっっ!! 誰もが貴女の様に欲しいと思えば与えられる訳じゃない」

 

 

 

 間桐桜の背後に、鎌首をもたげる八股の蛇を象った虚数が造られて、それが太陽の娘に襲い掛かる。

 

 

「そうね

でも私はそんなに難しく考える必要こそ感じていないわ。

手に入れられるかどうかはさておき、手に入れたいという気持ちに正直に生きたいだけ。

貴女にも夢も願いもあるでしょう?

叶えたいと思うでしょう?

だったら叶えに行けばいいじゃない」

 

 父親の差し向けた輝きに消される蛇に視線すら向けず、太陽の娘は、清々しいほど傲慢に告げる。

 

 

「それは、あなたが全て持っているからいえるんです」

 

 不幸な少女は、わかりきったように言い放つ。

 どこか、そこには幼い虚勢が滲み始めていた。

 

「ええ、そうよ。

私は全てを持っている。

それは否定しないわ。

私は全てを手にしていると、私自身がそれを是とするから」

 

「だったら全ては詭弁じゃないですか。お馬鹿さんなんですね」

 

 

 侮蔑されてもメルタトゥムに気にした様子はない。 

 

「夢を見て夢を見せる事が馬鹿になるというのなら、世界最高の頭脳を捨ててもいいわ。

全てを持っていると信じるなら、全てを持っていることになるのよ。

貴女がそう信じるなら、夢は叶うわ。

 

シンデレラの物語に疑問に思うことはない?

どうして、シンデレラは舞踏会で王子様と踊れたのかって」

 

 

 桜にはその意味までは理解出来なかった。

 

「他者の羨望や嫉妬や憎悪を今まで浴びたこともない人間がそれらの感情を一身に浴びて、物語の中で誰かに学んで深く練習したことも無いダンスを王子様が満足するレベルで勤め上げた。

シンデレラに容姿しか無ければ踊る必要は無かった。

いえ、踊れなかったでしょうね。

ねえ、何故初めての舞踏会でシンデレラが踊れたか理解出来るかしら?」

 

「…理解出来ないわ」

 

 その答えは間桐桜には導き出せない。

 絶対に、間桐桜にだけは導き出せない。

 故に、思考を放棄した。

 

「――そうね、それが正解よ。

理解する必要なんて最初から無かったの。

シンデレラは己が主役(ヒロイン)だと信じていた。

借り物の服や靴のおかげで彼女は主役になれたわけじゃないの。

彼女が誰よりも己を主役だと信じる心があったから。

だからそれだけで主役になれた。

ヒロインになる条件なんて、ただそれだけで良いんだから」

 

 

「そんな簡単な話じゃない。

そんな簡単に、夢も希望も掴めるのなら、誰も――――私も不幸になんてなっていないっ!!

そんなの神秘の世界の御伽噺。

絵本を閉じたら消えてしまう夢物語よ」

 

 

 それは慟哭だった。

 魂の慟哭だった。

 もはやダムのように溜まった悪意が、濁流として決壊して駆け抜けた。

 

「同じよ。

神秘なんて所詮思い出と同じ。

セピア色の思い出の方が美しいでしょう?

魔術も人の思いも何も変わる事では無いわ」

 

 その濁流の全てから、黄金の王である二人の英雄に当然の如く護られながら、神秘の体現者はそう語る。

 それは神秘を目指す全ての魔術師に対する愚弄であり、祝福であった。

 

 

 回る周る廻る――――。善意と悪意が、光と闇が、正義と正義が、人と神が、ワルツのようにクルクルとクルクルと、まわり続ける。

 回る周る廻る――――。世界中に愛された幻想と、誰にも愛されなかった現実が、ただのワルツを踊る。

 

 殺し合いながら、語り合いながら、少女達は踊り続ける。

 言葉を、魔力を、拳を、剣を、光を、闇をぶつけ合いながら、永久のような少女の輪舞は続く。

 

 

 

「私は貴方が嫌いです」

「私は貴方のことが嫌いでも無いわ」

 

「でも、好きでも無いんでしょう。

貴方に好かれようなんて思いませんけど」

「あら、つれないのね。悲しいわ」

 

「貴方さえいなければ、私は自分の悲劇を受け入れられた。

貴方さえ、いなければ」

「どんなにめでたしめでたしで終わるお話にも、途中に苦難はあるものよ」

 

「貴方にはありましたか?」

「さあ。あったとしても思い出せないわ」

 

「やはり貴方という人を認めることは出来ません」

「そう。それもまた貴方の選択ね。許すわ」

 

実在するお姫様(貴方)がいるだけで、私はお姫様になどなれないと突き付けられる。

逆恨みなのは承知の上で、貴方の存在が許せない。

その硝子の靴を真っ黒に染めてあげる」

「シンデレラが王子様と結ばれたのは、ドレスを貰ったからでもカボチャの馬車を貰ったからでも硝子の靴を履いたからでも無いわ。

シンデレラが王子様と踊る為に舞踏会へ出向く意思を持っていたからに過ぎないの。

硝子の靴が欲しい? なら――――――貴方にあげるわ。履いてご覧なさい。

でもね、硝子の靴が無くても、私はお姫様()よ」

 

 

 そう言ってお姫様は硝子の靴を脱いだ。

 例え、素足であれども、彼女の足には確かに硝子の靴があるように、この場の誰もがそう思えた。

 けれど、幻想に挑む現実は、それでも虚構の意地を、想いを、焦がすように吼える。

 

「ドレスも招待状も無い汚れた娘が、会場に足を踏み入れられると本気で思っているのなら笑えませんね」

 

 彼女の言う事も一理ある。

 例え悪に落ちた者でも、強く美しければ、正義のヒーローに倒された後に、実は悲しい過去ややむを得ぬ事情があって敵対していたということになり、スポットライトを当てられて、ステージに上がる権利もある。

 しかし、弱く醜い有象無象では、主人公に倒された後にスポットライトが当てられることも無く、ただの引き立て役として栄光の踏み台となる。

 生まれ持っての強者であり、強者しか周囲にいなかったメルタトゥムには弱者の立場や気持ちの本質など理解出来ないし、理解しない。

 美しさ(ドレス)賢さ(招待状)強さ(馬車)を持たぬ者は、会場に入ることすら出来ないのは、おかしな事でも何でも無い。

 間桐桜の言葉こそ正論。弱者を知らぬ王女の言葉こそ綺麗事。

 しかし、故に王女は告げる。

 

「私は本気でそう思っているわ。

シンデレラの物語はシンデレラの為の物語。

主役がハッピーエンドになる為に、物語の過程は存在するの。

では、間桐桜の物語の主役は誰かしら?」

 

 何処までも優しい輝ける立場からの誘い。

 しかし、その夢は、今まで間桐桜が何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も憧れて、そして裏切られてきた夢だ。

 

「私なんかが主役になれるなんて、自惚れやさんになるつもりはありませんよ」

 

「貴方では硝子の靴は履けない。貴方自身がそれを認めるのかしら?」

 

 母に、姉に、そして自分に希望を抱いて、そしてそれが残酷を引き立てる絶望の王の正体と知るには、彼女は悲劇に塗れすぎた。

 夢を見ない灰被りの娘は、母と姉の呪縛を超えて舞踏会に舞い降りる事も出来ない。

 

 

 

「穢れた悪役に、硝子の靴が履けるわけが無いじゃ無いですか」

 それは悲鳴だった。それは慟哭だった。それは絶望だった。

 希望を求めて厄災の詰まったパンドラの箱を開くこと、希望が厄災の親玉であり、絶望の仮の姿である事を確かめたくない現実主義者(リアリスト)である間桐桜は、都合の良い幻想(硝子の靴)を否定した。

 

 

「誰もがありのままでお姫様になれる。

そんなきれい事は言わないわ。

(くるぶし)が余るなら切り落とせば良い。爪先が余るなら潰せば良い。

身を削って、血を流して、本質を改竄して――――それでも笑顔を崩さずに硝子の靴を履いて踊れるなら、誰もをお姫様として認められましょう。

他でも無いこの姫の源流()が、貴方の物語の中で貴方をヒロインだと認めましょう。

信じなさい。夢は叶うわ。

 

――――女の子には誰にだってお姫様(幸せ)になる権利があるんだから」

 

 

 

 

 それは、間桐桜の思い出の中にある言葉と重なった。

 

「嘘ばっかり」

「嘘を本当にするのは魔法使いのお仕事。シンデレラのお仕事は舞踏会に行きたいと夢見ることだけ。

それだけで、世界は主役を祝福する」

 

「そんなの嘘…」

 

 拒絶に先程までの力が無い。

 王女の戯れ言を信じてみたい。信じたい。

 そう思う間桐桜がいた。

 しかし――――――

 

「いえ、やはり貴方はお姫様には向いていないかも知れないわ」

 

 持ち上げた王女自身がそれを否定した。

 崖に掴まった少女が、希望という救いの手に己の手を伸ばしたところで、その手は絶望へと変わって救いを求める手を振り払った。

 しかし、それは決して嗜虐心からくる悪戯では無い。

 

「だって、貴方が求めているのは王子様じゃ無くて、世界の狗(馬車の御者)でしょう?

舞踏会に行く必要すら無い。

なら、貴方が言う言葉は『舞踏会に連れて行って』なんかじゃない。

さあ、紡ぎなさい。貴方が言いたい言葉は――――――」

 

 

 間桐桜は、一人の少女として、少女を救おうとして救えなかった、かつての衛宮士郎(英霊エミヤ)に向き直って、少しだけ俯いた後、顎を上げて相手の瞳をしっかりと見つめた。

 

「先輩、こんな私にも、幸せ(ハッピーエンド)をくれますか――――」

 

 運命が閉じる時間――――今日が明日に変わるまで(12時の鐘が鳴るまで)、残り一時間。



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“K”night on the blood liar

 メルタトゥムは、穢れた少女の想いに応えて抱き締める、擦り切れた青年を視線に収める。

 メルタトゥムにとって、自由自在に宝具を作り出せるアーチャーはジョーカー足り得ない。

 精々、トランプで言えば10の数字札であろう。

 自由自在に武器が使えるから何だというのだ。

 王女からしてみれば、全ての女の子は、自分がなりたい物語のヒロインに自由に変われる。

 

 己の夢を自由に見られる。己の未来を自由に変えられる。

 それに比べれば、自在に武器を作り出せる事なんて、大したことでも無いのだから。

 

 

 王女にとってキングは己の父。

 クイーンはシオンとメディア。

 ジャックはギルガメッシュ。

 10はアーチャーと慎二。

 あとはエースが揃えば、完全無欠のロイヤルストレートフラッシュだ。

 

 残りのエースは遠坂凛――――――ではない。

 遠坂凛は対戦相手のプレイヤーであり、カードとは一線を画す相手だ。

 

 ならばエースとは?

 エースとは、とっておきの切り札(間桐桜)を取り上げられた老人達。

 

 

「ここでめでたしめでたし、と終わるわけにはいかないのでしょう?」

 

「如何にも。

山あり谷ありの末に行き着いた特異ながらも、どこまでも平凡なラブストーリー。

そんなものを映画館では無く闘技場で見せられては、観客が冷めて帰ってしまう。

あまりにも場違い。あまりにもナンセンス」

 

 脚本家気取りの悪の親玉の片割れは、そう斬り捨てた。

 

「然り然り」

 

 もう片方の親玉もそれに同意する。

 

 

「ですが、どうなさるの?

行き場を無くした膨大な悪はまもなく臨界を迎えるわ。

可哀想な嫌われ者に同情して、一緒に退場する?」

 

 残酷に告げる王女の両端には、彼女の父と、彼女の夫を自称する勇者がいる。

 王女の意向一つで最強と最強が同時に牙を突き立てるのは明白であった。

 

「退場するのは、お主らの方よ」

 

「然り然り。分を弁えず夜に姿を現す太陽など、脚本乱しにも程がある。

退場願うのが筋というもの」

 

 先程の逆に、臓硯の言葉にズェピアが追随する。

 

 

「正直に言って、ここまで悪に染まった聖杯をそのまま手に入れたところでどうにもならないわ。

貴方達の願いが何かは分からないけど、世界を破壊する類いの願い出なければ、貴方達にはどうしようもできない。

ねえ、メディア姫」

 

 メルタトゥムはどうにかできる相手に向かって、意味深に微笑みを携える。

 今後以降どうなるかは別として、この場限りであればメディアの技術であれば負に染まった聖杯でさえ上手く扱える。

 

「ええ、そうね」

 

 敵に気が付かれれば矛先を押し付けられるこの状況。

 コルキスの姫は、それでもその時はその時だと不敵に笑みを返す。

 

「で、世界を破壊して何をしたいの?

それともそれ自体がお望み?」

 

 

 それは臓硯とズェピアの始まりに対する侮蔑であった。

 しかし、憤慨する権利は無い。

 何故なら、彼らの始まりを最も侮蔑しているのは、現在の彼らなのだから。

 正義と幸福を求めた賢者の未来は、悪と絶望を求めた愚者であったが故に。

 

 

 

 臓硯とズェピアは、敵に意識を向けながら、己の過去を内面に探す。

 しかし、あと一歩のところでそこに辿り着けない。

 過去の自分が今を赦さない。

 今の自分が過去を赦さない。

 今と過去が互いに拒絶する故に、最後のところで辿り着けない。

 

 一瞬即発の前の静けさ。

 それを壊したのは、臓硯達でも正義の陣営でも無い。

 大聖杯の暴走であった。

 

 間桐桜を介さずともあふれ出る悪の奔流。

 その暴走が、臓硯達のあと一歩を後押しした。

 

 

「そうか儂は――――――」「そうか私は――――――」

「「――――世界を救いたかったんだ」」

 

 

 

 それは彼らの始まりの願い。

 荒廃する今を、破滅する未来を救いたい。

 その始まりから歩を始めた二人の青年は、何時しか摩耗して手段と目的が入れ替わり、その内に目的を忘れてしまった。

 

「「だが、遅すぎる」」

 

 そう、二人は汚れすぎた。

 汚されすぎた間桐桜とは違う。

 他者を殺めて己を汚しすぎた。

 

「いえ、遅すぎるなんて事はないわ。

救いはここに」

 

 それでも王女は寛容する。

 世界を破滅させようとする男達を、彼女は正義の陣営にありながら正義でも悪でも無い視点で、彼らの始点を肯定する。

 その場しのぎでは無く、今後の憂いの無い完全なハッピーエンドを手土産にして。

 

 

「どうするつもりだ?

流石に我が后といえど、どうにもなるまい」

 

「じゃじゃ馬娘に育ったものだ」

 

 黄金の王達は、やんわりと不可能だと伝える。

 しかしその眼差しに否定的な色は無い。

 

 その期待を当然の様に応えてみせると、王女は語る。

 

「聖杯と繋がった間桐桜の虚数(i)。ズェピア・エルトナム・オベローンの虚数(i)。シオン・エルトナム・アトラシアの虚数(i)

あと一つアイ(i)があれば、正のベクトルへ回帰するわ。簡単な数学よ」

 

 理論としては全くその通りだ。

 しかし、それは所詮理論に過ぎない。

 そこには実現の為に、決定的に欠けている物がある。

 

 

「残りの虚数(i)とやらは何処に?」

 

 ズェピアは問う。

 この証明出来ない証明問題の解を。

 

 

「貴方も、本当は分かっているのでは無くて?

――――――――――i()はここにあるわ」

 

 メルタトゥムは己の胸に掌を向ける。

  運命が閉じる時間――――今日が明日に変わるまで(12時の鐘が鳴るまで)、残り三十分。

 

 

 

 なんたる暴論。

 なんたる無謀。

 なんたる不条理。

 なんたる荒唐無稽。

 けれど、誰もがそれでどうにでもなると信じられた。

 信じれば、願いは叶う。

 これはきっとそんな素敵な物語なのだから。

 

 

 限定された第六法の担い手たる王女を核として、虚数を使う三名が術式に身を委ねる。

 

「我が友ゾウケン。この様な喜劇があるものか?

私達がしてきたことは全て無意味だった。

ご都合主義のヒーローがいとも簡単にその不可能を成し遂げてしまう。

かつて我等が力無い正論だと跳ね除けられたにも関わらず、この様な綺麗事がまかり通ろうとしているっ。

だというのに、だというのにだっっ!!」

 

「言わずとも良い。

短い時であったが、言わんとせんことは伝わっておる」

 

 少し気を抜けば全てを持って行かれてしまう、複雑怪奇にして膨大な量の魔力に集中しながら、その心はつまらない術式から遠く離れたところにある。

 その証拠に、二人の男の目からは涙が流れていた。

 

 

「タタリ――いえ、ズェピア・エルトナム・オベローン。

過去の願いを再出発するというのであれば、私個人のことに関しては赦すとしましょう」

 

 焼き切れそうな程の情報を並列的に操る事で、術式を維持する。

 その計算の要となるズェピアとシオンには膨大な負荷がかかっていた。

 ズェピアに話しかけるシオンの口元と鼻から血が出ているのが、何よりの証拠だった。

 

 

「私は、私の物語を始めたい。だから――――」

「ああ、始めよう」

 

 間桐桜は虚数を複雑に処理出来る技能も、王女のような万能の才能も無い。

 しかし、それでも彼女を抱きしめてくれる人がいる。護ってくれる人がいる。愛してくれる人がいる。

 だから、彼女は彼女の物語のメインヒロインになれる。

 

 

 

 

 叶わない願いなんて存在しない。

 もしそんな願いがあるのなら、無理矢理にでも叶えてみせる。

 世界に一身に愛されたからこそ、それは許される。

 しかし――――――その無茶には代償を伴うのだ。

 

 

「ちょっと、メルトッ!?」

 

 最初に気が付いたのは凛だった。

 明らかに己の親友は異常な状態にある。

 

 世界は己がウェディングプランナーである事に耐えられなくなるのだ。

 プロデューサーがプロデュースするアイドルに恋をする。

 宝石商が商品とする宝石に執着する。

 世界が、彼女を己だけの花嫁へとせんと、その存在そのものを奪いに来た。

 

「おのれ世界め、我の花嫁をどうするつもりだっ!!」

「娘が魅力的とは言え、これは頂けんな」

 

 

 だが、王女は薄れかかる身体も、溶けていく衣装も、何も気にすることは無い。

 

「モテる女というのも罪なものね」

 

 

 世界からの求婚を前にして、それの返事さえすること無く彼女は己の責務を全うする。

 ハッピーエンドの体現者。

 シンデレラにして魔法使い。

 世界に住まう全ての少女の希望の護り手。

 世界に住まう全ての少年の初恋。

 だから、世界への返答など一つしか無いのだ。

 

 

「まずは、―――――お友達から始めましょう」

 

 世界からの干渉が最後の最後で止まった。

 

 

 その時間を使い切るように、聖杯を完膚なきまでに正の願いに使い切る術式がここに完成する。

 願われた祈りは、素敵な夢が叶いますように。

 何の具体性も無い願いが、世界の人々に向けて届けられる。

 

 これで世界から犯罪が完全に消え去ることも、世界の破滅が永遠に来ないと言うことも無いではあろう。

 けれど、それが少しだけ近くなるだろう。

 以前より少しだけ平和に、少しだけ幸せな世界になるだろう。

 ほんの少しだけ、世界が優しくなるだろう。

 これだけの為に、聖杯はその役割を永遠に終えるだろう。

 

 

 

 

 それでも、それでもあと少し。

 完成の完成まではあと少しだけは足りない。

 

 

 

 

 

 

 

 運命が閉じる時間――――今日が明日に変わるまで(12時の鐘が鳴るまで)、残り0時間。

 魔法が解ける。お姫様のドレスが、硝子の靴が、ティアラが砂へと変わる。

 ダンスホールは輝きを失い、音楽を奏でていた楽器達は倒れて曲を止める。

 

「まだよ――――まだ、終わりじゃ無いわ」

 

 何もかも失っても、それでも自身をお姫様だと言い張るお姫様は、無理矢理に無理矢理を重ねて立ち上がる。

 

 

 しかし、自分が補っていた一片の負担が急に消えた。

 メルタトゥムはそこで倒れた。

 ほんの僅かな、ほんの少し膨大なあと少しを残して。

 

 

「ここまでやったんじゃ。慎二、あとは任せた」

「及第点といたしましょう。シオン、任せました」

 

 あと少し、その膨大なあと少しに、かつて世界に挑んで破れた二人が再び挑んだ。

 その代償は、先程王女が迎えようとした世界からの消滅。

 それでも、それでも彼らに救いはあった。

 それは間違いなく彼ら自身が知っていた。

 エースが示すは、一しか持たぬものでは無い。嘘みたいな夢を護る騎士なのだから。

 

 世界の存続を願い、巨悪が正義に殉じ、この世を文字通りに去った。

 これは勝利であった。

 見下す太陽よりも、人が(たか)く飛翔した瞬間だった。

 イカロス達に、後悔なんてあるはずもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、目を覚ましなさいよ。

ほら、終わったわ。

ハッピーエンドよ。もう完璧なハッピーエンド。

私達の決着は付いてないわよ。起きなさいよ馬鹿メルト。

ねえ、起きなさいよ」

 

 

 僅かに身じろぎしながら、消えかかる手前で倒れたお姫様。

 その瞼が開くことは無い。

 彼女の父親の宝具であっても、世界に存在を奪われることは癒やせないのだから。

 けれど――――――

 

「――――助ける方法はある」

 

 そう告げたのは彼女の父親だった。

 

「娘は吸血種だ。特別な血液があればあるいは――――」

 

 その視線は、遠坂凛を真っ直ぐ向いていた。

 

 

 

「…そう、それで良いのね。

わかったわ。初めてなんだからありがたく受け取りなさい」

 

 遠坂凛は、己の口の中を噛み切り、血を含んだその口を、メルタトゥムのそれに重ねた。

 口を通じて、血が流れ込む。

 その血の色は―――――――――真っ赤なリンゴに似ていた。

 

 

 

 凛は突如抱きしめられるのを感じた。

 思わず目を開くと、目の前の少女も目を開いていた。

 

 

「キスで目を覚ますなんて、とても素敵。

リンもそう思わない?」



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MELTY BLOOD

本編最終回
本日00:00エピローグ予定


「遠坂凛、決着を着けましょう(ラストダンスを踊りましょう)

 

 それは、メルタトゥムの揺るがない意思だった。

 王女でも、お姫様でも無い。彼女自身として戦う為に。

 血液が赤いドレスの様に彼女の裸身を纏う。

 鼓動が激しいタンゴを奏でる。

 

 

 ダンスフロアにはメルタトゥムと遠坂凛。

 それ以外の全ては観衆となった。

 

 凛はフッと微笑むと同時に、鋭い蹴りを親友に向けて放った。

 メルタトゥムは後ろに跳び下がると、己の血を沸騰させた。

 

 BLOOD HEAT

 

 魔力回路を強制解放する奥の手。

 メルタトゥムが地面に足を着ける前に、浮き上がった地面がその足裏に着いた。

 その瞬間暴力的な加速度と美しさで、凛へと跳躍した。

 そして、お返しのような突き蹴り。

 

 凛はその足を躱し、その足が曲がり挟もうとした追撃さえ回避した。

 類い希なる戦闘センスは先祖譲りだった。

 そして、交互に突き出された腕を躱した後に掴み、地面に置かれた足を踏みつける。

 

 回避は封じた。

 掴んでいない方の腕には、宝石が握りしめられている。

 

「零距離取ったぁぁぁっっ!!!!」

 

 しっかりと大地を踏みつけた足に、更に力を込め、震脚の要領で宝石を掴んだ腕に連動するように、身体に捻りを入れる。

 

 

 

 

「足を踏むなんてダンスはまだまだね」

 

 メルタトゥムは凛に踏まれた足を砂に分解し、直ぐ隣にずらしていた。

 故に、遠坂凛は大地をしっかりと踏みしめられたのだ。

 それは、攻撃への回避が間に合うことを意味していた。

 

 捕まれた腕を支点にして、身体を跳ね上げると、その両足は凛の首と肩を締め上げていた。

 そしてそのまま身体を下に向けると、勢いを付けて凛を大地に向かって脚で投げ付けた。

 

 凛は地面に顔面がキスする寸前で、先程使うはずだった宝石の魔力を解放する。

 爆風でメルタトゥムをふき飛ばしつつ、己もその爆風に巻き込んで跳ね飛ばして回避する。

 

 ボロボロになった凛と、傷一つ無いメルタトゥムは対称的だった。

 踊るように回し蹴りを仕掛けるメルタトゥムに対し、凛はダメージを覚悟で身を進めた。

 痛みは覚悟の上で、その上で拳を突き出すことに全力を向けた。

 手の中に宝石は無い。

 ただの愚直な殴打だった。

 

 そしてその打撃は届いた。

 

 

「リン。貴女の勝ちよ。おめでとう。

聖杯はもう機能しないけれど、栄誉は貴女にあげる」

 

 倒れたままメルタトゥムは笑顔でそう告げた。

 

 

「手を取るが良い」

 

 起き上がろうとするメルタトゥムに、ギルガメッシュは手を差し出した。

 

「ありがとう」

 

 メルタトゥムはその手を取り微笑み返した。

 

 

「では、お別れね。

暫く休ませて貰うわ。丁度ここは良い霊脈よ。

起きたらまた逢いましょう」

 

 僅かに干からびた肌を見せながらメルタトゥムは告げた。

 彼女の差し出す右腕の先は、少しだけ崩れかけていた。

 

 虚勢で戦っていたのは凛だけでは無かったのだ。

 

 

「…メディアとサクラは上手くやったようね。

抜け目が無いわ」

 

 王女が抜け目が無いと評した二人は、僅かに苦笑した。

 彼女たちが苦笑した理由は、正の願いを叶えようとする聖杯の力の一部を使って、メディアとエミヤは肉体を得た。

 といっても、永遠を生きられるものでは無く、数十年の耐久期間しかないが、それでも想いは残せるだろう。

 

 

「改めて、さようなら。

また何時か何処かで、きっと逢いましょう。リン」

 

 

 そう彼女が告げると同時に、洞窟の崩壊が始まった。

 彼女と共に残る黄金の二人を残して、それ以外の人々は脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父上はともかく、受肉している貴方はどうしてここに残るのかしら」

 

 メルタトゥムは疑問を告げたが、それはギルガメッシュにとっては疑問にもならなかった。

 

「夫婦が同じ寝室で寝る事に何が問題がある。

愛する女と共に過ごしたいと願うは、男の願う夢よ」

 

「あら、素敵ね。…ええ、とっても」

 

 

 コホン

 オジマンディアスが小さく咳をすると、微妙な空気は霧散した。

 

「ありがとう。楽しかったわ、父上」

 

「当然のことだ」

 

 魔力が切れかかっているメルタトゥムの負担にならないように、既にオジマンディアスも消滅の寸前まで魔力を自発的に絞っていた。

 

 

「私がそちらに行くまで、母上とお幸せに」

 

「これは長生きして貰わないとな。では、さよならだ」

 

 

 

 その言葉を最後に、大空洞は完全に崩落した。



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喜べ少女、君の願いは必ず叶う

1分ズレてました。
すみません。


 聖杯戦争が終わり、世界は小さな変化をしながらも、その歩みを進めていた。

 冬木市は、最近様々な資本が入り、かつての事故が嘘のように活気に溢れていた。

 

 シオン・エルトナム・アトラシアは、メルタトゥムの所持していた資産グループの経営者となり、今ではその並列思考を使って、計算され尽くした資産管理で企業を成長させている。

 

 間桐慎二は、魔術の使い手で無く、魔術師達の管理者としての道を選んだ。

 意外にも傘下のものには面倒見が良く、管理能力に長けた彼を慕うものは多いと評判である。

 

 間桐桜は戸籍とか色々怪しい男と事実婚をしたが、彼女はいたって幸せなので外野が何か言うことは無い。

 美しく権力者の妹である彼女を手に入れる為に、不確かな身元という理由で恋敵を排除しようとした者達は、過保護な地元名士である、彼女の兄を敵に回すことになる。

 

 葛木メディアは、その名字が示す通り、とある社会教師の妻となっている。

 最近では娘の衣服を作る動画をアップロードして、ママさんYOUTUBERとして有名なインフルエンサーとなっているようだ。

 

 衛宮士郎は、己に魔術の全てを託して幸せに寿命を終えたイリヤスフィールの後を継いだ。

 そしてその後、聖杯戦争の優勝者として扱われることとなった遠坂凛と結婚。

 現在二児の父親となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――▽――――――――

 

 表だけで無く、裏の世界も大きく変わった。

 これは、ヴァチカンでの、聖杯戦争直後の出来事である。

 

 ここはある宗教的権威の裏側にある集団を束ねる組織の司令室。

 

「ナルバレック様、報告があります」

 

 豪奢でありながら陰気くさい部屋で、空のような蒼い髪のフランス人少女が己の上司に報告した。

 その上司は、当然のように見下した態度で応えた。

 

「言え」

 

「吸血鬼の姫が滅びました」

 

 それは、神の敵である闇に住まう者を狩る、この狂信者の組織にとっての特大の一報。

 自然に、上司である室長ナルバレックにも緊張が奔った。

 

「どいつだ」

 

 

「――メルタトゥム」

 

 想定された候補の中では、俗世に影響力を持つ意味では最も面倒な姫だった。

 

 

「奴が?

太陽に愛される吸血姫。

お伽噺の姫。

少女の夢の源流。

祝福の擬人化存在。

幸運の管理者。

生ける死者。

現存する崇拝対象。

リアル魔法少女。

頂点を授ける者。

世界の花嫁。

――――――太陽王の娘、メルタトゥムかっ!?」

 

「はい」

 

「まさか、あり得ない。

その気になれば欧州の経済に真正面から喧嘩を売りながら、我々と表だって宗教戦争出来ると試算された奴が滅びた?

何の冗談だ」

 

 

「契約の姫、あーぱ…真祖の姫と違って、堂々と表の顔を持つ彼女の事ですから、ニュースにもなるでしょう。

果たして、一体誰が後継者になるかは分かりませんが、会長交代の知らせくらいは直ぐにでも出回るはずです」

 

「ほう、それは期待せねば申し訳が無いというもの。

エジプトの主教と経済を取り込むことを、異教徒(他所)に負けてはなるまい。

エジプトの裏も荒れるな。

エジプトと言えば以前討伐指令を出した、アトラスの……いや、今日は非常に機嫌が良い。

この私が不問とするなど奇跡と言って良いかもしれぬな。

フハハハハハハハハハ」

 

 

 

 

 

 その数時間後、急遽引退を発表して雲隠れしたメルタトゥム前会長の後を継いで、新会長に就任したということで表舞台に出てきたシオン・エルトナム・アトラシアによる発表によって、蒼い髪をした女性シエルは、上司から折檻という名の拷問を受けることとなる。

 

 

――――――――△――――――――

あの戦争からX年後

 

 

 Prrrrrr

 現代の魔術師が束になっても叶わない、大魔術師葛木メディアは、今の魔術師を鼻で笑うかの如く、VPNで秘匿されたIP電話が着信したので手に取った。

 

「シオン、どうしたのかしら。

遠野グループの小姑と上手くいってないとか?」

 

 シオン・エルトナム・アトラシアは一年前に遂に結婚していた。

 相手は日本の大企業の御曹司である。

 因みに眼鏡男子だそうだ。

 

 事情を知っているメディアが言うにしては、上手くいっていないという言い方は語弊がある。

 寧ろ、関係が上手くいきすぎて、ビジネスで強く出るのに良心の呵責がある。

 そんな事を以前電話で話していたのだ。

 

「いえ、秋葉とは上手くいっています。

ある件ではもめましたが」

 

「ほら、やっぱりもめたんじゃ無い。だから私は胸が無い女性は心も狭いって――――」

 

 笑いながら本気では思っていない冗談をメディアは言った。

 

 

「いえ、秋葉としては、遠野グループ総帥としてはやりにくくなることでして…」

 

「一体何があったの?」

 

 妙に歯切れが悪い。メディアもこれは大事だと理解した。

 それも総合商社ネフェルタリグループに関係することなのは間違いないだろう。

 何せ、遠野秋葉とでは無く、遠野グループ総帥ともめているのだ。

 並列処理プログラムを応用した通信・情報事業分野で、一気に業績を高めたネフェルタリグループに何かが起こるのだ。

 いや、何かが起こされるのだろう。

 

 

「秋葉個人としては、お疲れ様と言ってくれたのですが…。

その、結論を言うと、会長は引退します」

 

「嘘でしょう? 後継者は決まっているの?

―――まさか」

 

 

 その質問が言い切られる前に、シオンは「ご想像の通りです」とだけ答えた。

 

 

 

 

――――――――△――――――――

 

 

「桜、最近の冬木の経済状況、理解しているか?」

 

「ええ兄さん。統合レジャー系施設があっという間に誘致されてから、どこもてんやわんやだそうですね」

 

 間桐の兄妹は、不動産を中心とした表の職について、経営者とその補佐として頭を悩ませていた。

 

「中東の文化を前面に押し出したレジャー施設になるらしいな。

挙げ句にコンセプトは『金閣寺に勝つ』だってさ」

 

「もしかして、そういった時期ですか?

だったら姉さんにも伝えないと――――」

 

 何かを理解した妹の焦りを、兄は平然と宥めた。

 

「そうだとしたら直接理解させられてるだろうさ。

折角のサプライズを壊すのは無粋だって、僕でも分かる」

 

「義姉さんにもよく無粋無粋って言われますもんね」

 

 敢えて義姉と呼び、クスクスと笑う妹に、居心地が悪くなった兄は視線を逸らして反論した。

 

「メドゥーサは関係ないだろう。

…それよりもだ、例の『メソポタミアランド』の建設予定の土地は、間桐不動産の土地だがどうしようか」

 

「…ふっかけちゃいます?

多分、あの人それでも買いますよ」

 

 

 

「だけどあの新興会社の会長は、間違いなく言うぞ。直ぐに言い出すぞ。

勝手にネフェルタリグループ会長と結婚して合併するとか、相手の確認も取らずに言い出すぞ。

その混乱で稼ぐ為にも、値を吊り上げて周囲の土地持ちを刺激しない方が良いかもな」

 

「…言いそうですね。

あの人のこと嫌いですけど、少しだけ同情します」

 

 兄妹は揃って息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――△――――――――

 

 ある女性のもとに、ブランネストという宛名から手紙が届いた。

 その女性は、そのブランネストという名前が偽名である事を見抜き、こちらが対応するには礼を失した相手だと思いはした。

 それでも、ある男の名誉の為にも、寛容をもって返信した。

 

「貴女が契約した探求者は、破滅から世界を救った」と。

 

――――――――△――――――――

「ぱぱー。てれびつけてー」

 

 遠坂家の長女は、大好きなお父さんの膝の上に乗っておねだりする。

 お母さんはリモコンの録画予約も失敗するので、期待されていないのだ。

 番組名は、彼女の母親が子供の頃から続いている、戦う魔法少女アニメ。

 日本で人気があったアニメで、英国でも放映されている。

 

 お約束の変身ポーズをテレビの中のキャラクターと一緒に真似るのが好きな少女は、変身と共にノリノリの口上を述べる。

 

「たいようにかわっておしおきよ!!」

 

 

 その魔法少女のモデル本人を知っている両親からすれば、とても複雑な三十分である。

 

 

 少女アニメにテレビを独占されている事を理解している彼女の兄は、一人で外出をする事にした。

 このまま家にいると、魔法少女ごっこに付き合わされるからだ。

 少年の歳にもなれば、少々恥ずかしいのでその役目は両親に任せる事にした。

 これは逃亡では無く、自由への挑戦である。

 

 

 今日は2月2日。

 空は晴れているのに、雪が降っていた。

 英国の冬は冷える。

 というか、雪が降る冬は何処の国でも寒い。

 

 

 

 それにしても不思議だった。

 普段は人がそれなりに通る場所なのに、先程から誰一人すれ違うことも無い。

 何より音が無い。

 何処の街頭でも何の宣伝もしていないようだった。

 何か奇妙な感覚だった。

 

「こんにちは」

 

 そんな時、少年の上から声がした。

 上を向いても誰もいなかった。それはそうだろう。人は空から降ってはこない。

 振り向くと、少年が一度も会ったことの無いほど、麗しい美女がいた。

 最初に視界に入れた瞬間は、キャビンアテンダントの服を着ていた気がしたが、気が付けば普段着とは思えないドレスを着ていた。

 少年は、妹の大好きなアニメの主人公に似ていると思った。

 

「こ、こ…こんにちは」

 

 咄嗟に照れで上手く発音出来なかった少年に、女性は微笑んだ。

 女性の微笑みは、どこか太陽に似ていた。

 これは、少年の初恋の瞬間だった。

 

 

 少年は自分の顔が太陽になったかのように熱くなるのを感じた。

 きっと真っ赤になった顔を隠すように、表情を取り繕った。

 しかし、女性はそれを理解しているが如く、優しく微笑んだ。

 

 

 足音が聞こえる。

 誰かの足音を少年は聞いたが、その音と心臓の鼓動の大きさの違いは比べられなかった。

 

 

 そして、何かが割れる音がして、世界は元に戻った。

 周囲には多くの人々。

 少年が普段見かける人が多くいた。

 ビルの液晶画面には金髪の美丈夫が、全世界に公開してプロポーズを発表すると言い出していたが、少年には理解が追い付かない。

 

 振り返れば、息を切らした母の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

「…帰ってきたのね」

 

「ええ、今日も太陽が綺麗ね」

 

 日本の文豪が使った「I love you」の和訳を用いて、女は女へと告白した。

 

 

「おかえり、メルト」

 

「ええ、ただいま。リン」




完結しました。
今までお付き合い下さりありがとうございました。


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