美遊兄が行く仮想世界 (花火先輩)
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第0話 プロローグ

ウイイイイイイイッッッッス。どうも~花火先輩でーす。
ただでさえもうひとつの小説の投稿頻度が遅いって言うのに……困りましたねぇ。(ONDISK)
因みに、話の中で出てきた両儀識という少年は、作者が書いているもうひとつの小説の主人公だゾ。


 

 

 6騎のサーヴァントを倒した衛宮士郎は、その足で、かつて龍が住まうとされていた円蔵山の大空洞へとたどり着いた。

 その大空洞の中央にある、光を湛えた台座のような岩。あそこに、恐らく、いや絶対に、美遊がいる。

 士郎は止まることなく歩みを進め、台座を登る。

 その頂点には、静かに眠る美遊と、美遊を中心に展開された魔法陣があった。意を決して、1歩を踏み出す。

 やっと、美遊と再会出来た。そう思うと自然と笑みが浮ぶ。

 

「お兄……ちゃん……」

 士郎が来たことに気づいた美遊が、消え入りそうな声で呼び掛ける。

 だがその言葉には、歓喜の感情は篭っていなかった。

「随分と、待たせちまって……ごめんな」

 

「どうして、来たの?」

 その顔に喜びはなかった。あるのは、悲しみか、絶望か。或いは、両方か。

「あの時、お兄ちゃん言ったじゃない。お兄ちゃんと切嗣さんが私を拾ったのは、私の力を使う為だって……私は、ただの道具……なんでしょ?」

 美遊の瞳から涙が零れる。

 確かに、俺は真実を言った。嘘偽りなく、全部話した。

「なのに……今更……」

 美遊の瞳から、さらに涙が溢れてくる。

 衛宮家で家族のように過ごした日々。それが全て嘘偽りだったのかと、美遊はそう思っているのだろうか。だけど、それは違う。

「続きを──まだお前に1番言いたかったことを伝えられていなかったからさ」

 朔月家にて、真実を話した後、ジュリアンの介入によって言いそびれた話の続き。伝えるのは、今しかない。

「──単純な事だよ」

 懐から7枚のクラスカードを取り出し、宙に浮かべながら、士郎は口を開く。美遊の目には、7枚のクラスカードが、それぞれ7色の光を湛えているように見えた。

「俺はお兄ちゃんだからな。妹を守るのは当たり前だろ」

 彼は、真実を告げた上で、本当の家族になろうと、本当を始めようと、そう言いたかった。そして、それを今、ここで告げる。

「──うん」

 目に涙を溜めながら、美遊は小さく頷く。

「間違い続けてきた俺だから、この選択も、もしかしたら間違ってるかもしれない」

 そう言いながら、士郎は横たわる美遊に近づき、その場にしゃがむ。

「だけど……この願いだけは本当だから」

 美遊の手をそっと手に取り、両の手でしっかりと握る士郎。

 そして、願いを告げようとする。だが、ここで士郎は迷ってしまう。

 本当に、これでいいのかと。美遊は俺がいないとどう思うのだろうと、そう思った。きっと、悲しむだろう。美遊の幸せは、俺と過ごした日々だと言うのなら、俺は──

「──我、聖杯に願う」

「どの世界でも良い。俺と美遊を、転生させて欲しい。本当を、始める為に。そして、美遊が、その世界で幸せを掴めますように」

 だから、俺は聖杯への願いを、少しだけ変えた。

「お兄ちゃん……!」

 俺はの願いを聞いて、美遊は嬉しそうな顔を浮かべる。

 美遊自身も、士郎と一緒にいたいと思っていた。だから、士郎の願いは、美遊にとっての願いでもあったのだ。

 

 士郎が願いを告げた途端、魔法陣が光り、四方から光の柱が樹木のように広がっていった。そして、空中にさらに大きな魔法陣が展開された。

 美遊の身体が魔法陣ごと宙に浮かび、士郎は握っていた美遊の手をそっと離す。

 

 ──来たか。

 そう感じた士郎は、岩の台座を降りていく。

「美遊。もう少しだけ、待っていてくれ」

 降りた先にいたのは、黄金の鎧に身を包んだ、一人の女性だった。

「悪いな。妹がさ、今頑張ってるんだ。もう少しだけ、待ってやってくれないか」

 

 

 

 その後、英雄王と死闘を繰り広げた士郎だったが、やはり最強のサーヴァントには負けてしまった。だが、これでいい。何せ、時間を稼げばそれで良かったのだ。

 天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)を受けた直後、美遊と士郎の姿が瞬時に消えた。

 

(転生したら、今度こそ、海に連れて行ってあげないとな)

 消え入りそうな意識の中で、士郎は心の中で、そう呟いた。

 

 

 

「はっ!?」

 目が覚めると、そこは一面を白に覆われた空間だった。空から降っているのは、雪か、花びらか。いや、その両方だ。

 

「──お兄ちゃん?」

 士郎の横から、妹の声が聞こえた。

「美遊!?」

「うん!」

 士郎の声を聞いた美遊が、強く頷く。

 

 

 

「んん?珍しいな。こんなところに人がくるなんて」

 

「っ!?誰だ!」

 空間に響く誰かの声に反応した士郎は、美遊を庇い、身構える。

「そうピリピリするな。オレはこの空間に時々来てしまう来訪者のようなヤツだ」

 そう言って、姿を表したのは、眼鏡をかけ、黒いロングコートに身を包んだ少年だった。

「来訪者?」

 美遊が疑問を口にする。

「ああ。ここは現実と「」の境界みたいな所らしい。ここに来るのは死者とかの類のヤツだけ何だが……って言うか、アンタ士郎さんに似てるな」

 死者?ああ、今俺たちは、聖杯によって転生する前だから、死人扱いになっているのか……って!

「なっ!?どうして、俺の名前を!?」

 少年の口から、自分の名前が出てきたことに驚く。こちらはまだ名前を名乗っていないというのに。

「やっぱりか。オレは冬木でアンタと同じ見た目と名前の男に出会ったことがあってね。……そのなりだと、もしや平行世界ってヤツの士郎さんか?」

「平行世界?何だか分からないけど、多分そうだと思う」

「ははぁ、平行世界って、本当にあったんだな。オレも驚きだ。橙子さんが言ってた通りだ」

 どうやら、驚いていたのは俺たちだけじゃないようだ。

「ってか、どうしてここに来たんだ?」

「──それは……」

「待て、美遊。それは俺が話す。まぁ、長くなるけど、かくかくしかじか……」

 

「なるほどねぇ。オレの世界の士郎さんとは大違いだな。世界が異なると、同一人物でもこうも違いが出るものなのか……。覚えておこう」

 少年は、士郎たちのこれまでの話に納得したようだ。

「話はわかった。それで、転生までにはまだ時間がかかるんだろ?」

「あ、ああ。恐らく、まだかかると思う」

「そうか。じゃあ──」

 彼は、腰の刀に手を添える。

「オレと戦え」

 

「……は?」

「……え?」

 俺と美遊は、思わず同時に変な声を出してしまう。

「なんで、そうなるんだ?」

「そうです。今ここで戦う必要なんてないはずです」

 そうだ。今ここで戦う必要などないのだ。なのに、何故彼は俺に戦いを挑んで来たのか。

「単純なことだ。オレの世界の士郎さんと比べたいからだよ」

「君の世界の俺と?」

「ああ。まあ、どうせ暇だろ?オレも夢が覚めるまで暇だからな」

「まあ、確かに暇だけど……」

「だったら、ボーッとしてるより、剣を交えてモヤモヤを少しでも晴らした方がいいんじゃないか?」

 ──一理ある、と思った。確かに、ボーッとするより幾ばくか有意義だろう。だが、彼は人間だ。いきなり戦って、傷を負わせたりでもしたら……

「大丈夫だ。オレはそう簡単には傷つかないさ」

「……アンタエスパー?」

 どうやら、俺の心は完全に読まれていたようだ。

「──はぁ、分かったよ。そこまで言うなら戦うさ」

「よっしゃ!そうと決まれば──」

 少年が、勢いよく刀を抜刀する。その後に、眼鏡に手を掛け、眼鏡を外してコートの胸ポケットに入れる。

 開かれた少年の目は、さっきの死んだ目ではなく、青く光る目をしていた。

「なにっ!?」

「魔眼だ。魔術世界ではよく知られている」

「なるほどな……投影開始(トレース・オン)

 投影するのは、英霊エミヤが愛用していた、一対の夫婦剣、『干将・莫耶』だ。

「お兄ちゃん、頑張って!」

 後ろから美遊が声援を送る。美遊の応援があれば百人力だ。

「へえ、主武装(そこ)も一緒なんだな」

 少年が驚きの声をあげる。違いがあっても、同じところはあるらしい。

「じゃあ、行くぞ!──ええと……」

 ……そういや、名前を聞いていなかったな。

「……両儀識だ。ほんの少しの間だが、よろしく頼む」

「知ってるだろうけど、衛宮士郎だ。こちらこそ、よろしく頼むよ」

 人が名乗ったら、こちらも名乗るのが礼儀というヤツだ。向こうが名前を知っていたと言って名乗らないのは、礼儀に反する。

「そんじゃあ、今度こそ、行くぞ!」

 その言葉とともに、士郎は足を強く蹴り、識に向かって突進する。

 微動だにしない識に、右手の莫耶を振り下ろす。

「ハァッ!」

「フンッ!」

 しかし、振り下ろした莫耶は、識が無造作に振るった刀によって粉々に砕かれた。

「なっ!?」

「隙あり!」

 識が左に振るった刀を右に振るう。

 それを紙一重で避け、左手の干将を叩きつける。

 しかし、それもただの一振りで砕かれる。

 

 あれは明らかに全力で振るってはいない。加えて投影した夫婦剣の強度はかなりのものだ。なのに、何故──

 もしや、あの魔眼とやらが何か関係しているのだろうか。だが、それがわかった所でどうこう出来るというわけでもない。

「今度は、こちらから行かせて貰う」

 識が目にも留まらぬ速さで刀を振るう。速すぎて残像が見える程だ。

投影開始(トレース・オン)!ぐっ!」

 咄嗟に夫婦剣を投影し、クロスしてガードする。今度は一撃では壊れなかった。それでも、強い衝撃が腕を伝わってくる。何とか耐えたが、気を抜いていたら腕が麻痺していただろう。

「ハァッ!」

 裂帛の気合いと共に、ガードしていた識の刀を弾き返す。

「ッ!」

 識の体勢が崩れ、隙が生じる。そこを逃さず、莫耶を叩きつけ──

(ッ!?──何か、くる!)

 俺の直感が警鐘を鳴らす。今すぐ避けろ、とそう言っている。

 俺は攻撃を中断し、後ろへ飛び退く。

 その途端、俺のいた位置に雷が落ちた。

「今のを避けるとはな」

「生憎、戦い慣れているんでね……!」

 あとコンマ数秒遅れていたら、上手に焼かれていただろう。

「なら──ッ!!!」

 

 無音の気合い。それと同時に識から放たれる、想像を絶する程の殺気。それは波動となって、この空間全体に広がる。

「──あ」

 思わず、武器を取り落としてしまう。俺が感じたのは、恐怖などと言うそんな生温いものでは無い。アレは、まさに死そのものだ。俺は一瞬、自分がもう一度死んだのかと思ってしまった。美遊に至っては、あまりの恐怖にへたり込み、震えてしまっている。

(今、のは……)

 開いた口が塞がらない。声すら出すことも、身体を少しも動かすことも出来ない。あの殺気は、生きている内は感じない、明確な死というものを感じさせた。

「フッ!」

 ──いつの間にか、俺の眼前には脚を振り上げる少年の姿があった。

(あっ、避けられない)

 そう思った瞬間、鳩尾に激しい衝撃を受け、思わず怯んでしまう。

「ぐっ……」

「お兄ちゃん!」

 美遊の叫びも、今では囁きにしか聞こえない。

 隙を晒した俺の顔を識が掴み、そのまま俺の身体ごと地面に叩きつける。

「う……ぐっ……!」

 何とか起き上がろうとするが、識がいつの間にか懐から取り出したであろう4本の黒鍵を投げつけ、俺の四肢に正確にヒットさせる。だが、不思議と血は出なかった。

「くっ……!」

 そして、地面に縫い付けられた俺は、識の突きを為す術もなく受けてしまった。その時は、あまり痛みを感じなかった。

「オレの勝ちだな」

「ああ、そして、俺の負けだ」

 単純に強かった。実力では三騎士に並ぶだろう。

 識が刀と黒鍵を抜く。痛みはない。何故か分からないが。

 足に力を入れ、何とか立つことが出来た。まだ不快感は残るが。

「……なんで、最後の突きは痛みを感じなかったんだ?」

「オレがわざとそうしたからさ」

「わざと?」

「まぁ、百聞は一見に如かず、だ。腕、見てみ」

「腕……?あっ!」

 左腕を見ると、置換の影響で褐色に染まっていた部分が消えていた。

「ほんとだ!髪も元に戻ってるよ、お兄ちゃん!」

「一体、何をしたんだ?」

「えーっと、なんだ。まぁ要するに、いいとこだけを残して、悪いところを殺したってとこだ。置換による記憶の侵食とか、肉体の変化とかのデメリットだけを殺したのさ。今アンタに残ってるのは、先取りしたその英霊の起源、魔術回路、技能だけだ」

「そんなデタラメなことが……って、今、殺したって言ったか?」

 俺は彼の『殺した』という単語に疑問を抱いていた。殺した、では無く、消した、と言えばいいのに、と。

「ああ、まだ言ってなかったか。オレの魔眼は直死の魔眼って言って、生物、無機物問わずモノの死を線と点で見ることが出来る。そして、その死の線と点を断たれたり突かれたりしたモノは、なんであろうと死ぬ。それがたとえ、概念的なモノであってもだ」

「チートじゃないか……」

 線と点を切ったり、突いたりするだけでモノを殺せるとか、絶対に半端ないヤツじゃないか。

「よく言われるよ。だが、モノの死そのものを見ている訳だから、全うな精神じゃまず耐えられない。オレのように達観してないと、見るだけでショック死しかねないかもな」

 確かにそうかもしれない。モノの、特に生物の死なんて、見るに堪えないだろう。

「……ん?そろそろ時間のようだぞ」

「あっ、お兄ちゃん、身体が……透けて……」

「ほんとだ……って、そういう美遊も」

 美遊を見ると、その身体は徐々に消えつつあった。

「新たな生を受けるときだな」

「そうみたいだ。まあ、その……ありがとな」

「えっと……ありがとうございます」

 美遊がぺこりと頭を下げる。

「いいってことよ。オレも目が覚めるまで暇だったわけだし。──んじゃ、またな。幸運を祈るよ」

「ああ、じゃあな、識」

 その言葉を最後に、オレと美遊の意識は途切れていった。

 その直前に目に映ったのは、ふっと微笑む識の姿だった。

 

 

 

 

 

 




設定について

転生先はSAOとFateが混ざった世界。プリヤの世界に近いものとなっている。

プリヤ世界との違いについて
士郎と美遊が養子なのは変わらないが、元の家は魔術師の家系。他に、衛宮家がstay nigntの武家屋敷になっている、家があるのは冬木市ではなく、キリトが住んでいる所である埼玉県川越市などの違いがある。



至らない点が多々あると思いますが、よろしくお願いさしすせそ。


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アインクラッド編
第1話 First encounter


展開急スギィ!って自分でも思いましたが、今の自分の文章力ではこれが限界だゾ……。
それはそうと、FGOにてzeroイベ復刻しましたね。自分はイスカンダルより剣ディルが欲しいっス。


 

 

 頭の中に、膨大な情報が流れ込んでくる。金髪の剣士を召喚した自分。英霊エミヤと無数の剣が突き刺さった荒野で戦っている自分。桜を助けるために命を賭けて戦う自分。皆で食卓を囲んで食事をする自分。その他にも、様々な情報が入ってくる。

(──これは……俺の記憶、なのか?)

 だけど、俺にはそんな記憶なんてない。可能性があるとすれば……

(もしや、識が言ってた平行世界ってヤツか)

 そうであるならば、俺は平行世界の自分の記憶を見ていることになる。

(正義の味方、か。なりたくはあったけど、結局、それとは真逆の存在になってしまったな)

 一では無く、全を救う。平行世界の俺は、そんな正義の味方に本気でなろうとしていた。

(もし、美遊と世界、両方を救う方法があったのなら……俺は──)

 だが、俺の思考は、落ち行く意識によって遮られた。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 転生して、実に14年の時が過ぎた。

 元は、さして有名でも無い魔術師の家系に美遊共々生まれたのだが、俺の住んでいる地域が大火災によって甚大な被害を受け、実の両親を含む多数の人々が亡くなった。両親が逃がしてくれなかったら、俺たちも死んでいただろう。そして、力尽きそうな俺たちを助けて、養子に迎え入れたのが、切嗣とアイリさんだった。

 今、俺は埼玉県川越市にある衛宮家に住んでいる。そんな俺の1日は──

 

 

 

 

「これで終礼を終わります。皆さん、さようなら」

 終礼が終わり、放課になる。本来は、部活やら何やらがあるのだが、俺は諸事情によって中学2年から部活を辞めている。両親とメイド2人が海外出張でいないので、妹たちの世話をしなければならないという理由だ。だが、最近は──

「士郎」

「どうした、和人」

 俺に話しかけてきたのは、家のお隣さんの桐ヶ谷家の桐ヶ谷和人だ。

 和人は俺の幼馴染であり、良き親友でもある。

「今日、家の用事があるから、イン出来ないんだ」

「そうか……じゃあ、今日は俺一人でやるよ。何か進展があったら伝えるからさ」

 何の話をしているかと言うと、世界初のVRMMORPGであるソードアート・オンライン、通称《SAO》のβテストの話である。運良くテスターに選ばれた俺と和人は、家に帰るなりすぐにSAOのβテストをやっているのだ。1日も休むことなく。因みに、今の最前線は10階層である。

「ああ、わかった。じゃあな」

「またな」

 軽く別れの挨拶を済ませて、和人は教室を出る。

 あっ、そういや、明日は英語の小テストだったな。寝る前に軽く勉強しておくか。

「衛宮ー!勉強教えてくれー!このままじゃ小テスト合格点未満になっちまう!」

「衛宮、俺も頼む!」

 俺の元に、2人の男子生徒が泣きついてくる。まあ、よくあることだ。俺は学年の中でも成績上位者なので、成績の良くない者たちは必然的に俺に寄ってくる。

「悪い、今日は無理かな……」

「まーたSAOベータか。いいなぁー、俺もやりたかったぜ」

「全くだ。衛宮が羨ましいよ……」

 実はこの2人もSAOベータに応募したのだが、選ばれることはなかった。

「ま、まあ、そういうわけで、勉強については無理だ!すまん、じゃあな!」

「「あっ、こら待て!衛宮ー!」」

 俺は2人から逃げるように、全速力で家まで帰った。

 

「ただいまー」

「「おかえりなさーい!」」

 家に入ると、可愛い俺の妹2人が出迎える。切嗣とアイリの娘のイリヤと、最早説明不要の俺の妹、美遊だ。

「お兄ちゃん、今日もあのゲームするの?」

「あ、ああ。まあな」

「偶には、私たちと遊んでくれたっていいのに」

 イリヤと美遊が俺の体に抱きついてくる。こんなに可愛い妹たちに挟まれて萌死しないヤツなんているだろうか?いや、いない。

「じゃあ、土曜日にどこかに遊びに行くか?」

「うん、行く行く!私、久しぶりに桐ヶ谷さん家で遊びたいな!」

 イリヤの提案を聞いて、ここ最近、妹たちを連れて桐ヶ谷家に行くことがあまりなかったことを思い出した。

「そうだな。後で和人に聞いてみるかな。まぁ、とりあえず、夕飯の時間までにはログアウトするよ」

「「はーい」」

 そう言って、2人は部屋へと戻っていった。

「さて、と。早くインしないとな」

 玄関を上がって、足早に自分の部屋へと向かう。

 部屋に着くなり、バッグをその辺に放って、布団に寝転がり、傍にあるナーヴギアを装着する。そして、仮想世界に行くための単語を発する。

 

「リンク・スタート!」

 瞬間、意識が現実から遠ざかり、程なくして、SAOの中にて覚醒する。

 今俺がインした場所は、最前線であるアインクラッド第十層の主街区だ。迷宮区の攻略は既に9割まで進んでおり、ボスまであと少しといったところだ。

「さて、今日も頑張りますかね」

 そう言って、俺は主街区を出て、迷宮区へと向かっていった。

 ──俺に向けられた、誰かの視線に気づくことなく。

 

 

 

 現在時刻は4時半。迷宮区に潜ってから実に45分経った。俺は迷宮区の中でもボス部屋に近いところにいる。

 それは置いといて、今俺は、侍に酷似したモンスターと戦っている。

 

「────!」

 無音の叫びと共に、侍が飛び上がる。《カタナ》ソードスキルの重範囲攻撃、《旋車》のモーションだ。

 それを確認した俺は、攻撃を中止して後退する。

 直後、侍が空中で身体を捻り、着地と同時に身体ごと刀を一回転。しかし、それは空振りに終わる。

 食らっていたら、中々のダメージを受けていただろう。だが、その分技の後の硬直時間も長めである。

 それを逃さず、硬直している侍に、《片手剣》ソードスキル四連撃の《バーチカル・スクエア》を放つ。

 青白い光を伴って放たれたソレは、侍の身体を斬り裂いていく。

 残り3割だった侍のHPがごっそりと削られていき、そのままゼロに──

 ならなかった。侍のHPは、僅か数ミリ残っていた。このままでは、硬直の解けた侍の反撃を受けてしまう。だが、反撃の余地など与えない。

 左腕を構え、意識を集中する。システムが規定のモーションを検知し、左腕が赤く光る。反撃しようとする侍に向けて、左腕を突き出す──!

 最近になって自力で習得方法を発見した、《体術》スキル基本技の《閃打》が侍の胴を叩き、HPを完全に削る。

 侍がポリゴン片となったのを確認し、ふぅ、と息を吐く。

 腰のポーチから回復ポーションを取り出し、一気に中身を飲み干す。因みに、味の方はレモンジュースに緑茶を混ぜたような、何とも言えないモノだ。要するに、不味い。第一層のものはもっと不味かったが。まぁこれに関しては製品版で味が少しでも良くなることを期待しよう。

「──行くか」

 空になったポーションの瓶を投げ捨て、ボス部屋目指して歩みを進めようとした──その時。

 

「っ、誰だ!」

 何者かの気配を感じ、後ろを振り向く。

 突然、曲がり角の辺りの空間が歪み、黒を基調とした装備に身を包んだ赤髪の少女が姿を表す。

 

「あはは、バレないと思ってたのに、バレちゃった」

「……何時からそこに?」

「ずっとだけど?」

「全く気づかなかった……」

 なんということだ。彼女は今まで俺の後を()けてたってのか。俺の《索敵》スキルはキリトよりも高い筈なのだが、それを以てしても気づけなかったということは、彼女の《隠蔽(ハイディング)》スキルが相当高い、ということになる。只者じゃないな、彼女は。

 

「というか、なんで俺のことを跟けてたんだ?」

「えーっとね、ほら、君ってテスターの中でも飛び抜けて強いって言われてるじゃない?だから、その強さの秘訣を知れたらなーって」

「そんな大層なモノでも無いんだけどなぁ……って、俺が有名だって?」

 その話は初耳だ。確かに俺はボス攻略にも積極的に参加しているが、目立った動きって言っても、前衛で戦う以外にしてないし、LA(ラストアタック)ボーナスだって、殆どキリトが取っている。寧ろ有名なのはキリトの方ではないのだろうか。

 ──あっ、でも、偶に他のプレイヤーの手助けをすることもあるから、多分原因はそれだと思う。

「うん、一部では"英雄みたい"、とか"アインクラッドのブラウニー"って言われてるみたいだよ」

「ここでもか……」

 生前でも、今でも、学校では他の生徒の手伝いなどをしていたので、しばしば"ブラウニー"と呼ばれていた。まさか、ここでもその呼び名が出てくるとは、思いもしなかった。

「まぁそれはそうとして、理由はわかったけど、ただ俺を跟けてたって訳じゃないんだろ?」

「うん、迷宮区の攻略もするつもりだったから」

「ふむ……なぁ、良かったら、俺とパーティ組まないか?」

「えっ!?パ、パーティを?(始めから誘う気でいたけど、まさか、そっちから誘ってくれるなんて……!)」

「ああ。さすがに、最前線を一人で攻略するのは危ないだろうし。それに、こうして出会ったのも何かの縁ってヤツだ。まぁ、嫌じゃなければ、だけど」

「い、嫌って訳じゃないよ!ただ、突然のことでびっくりしただけって言うか……」

 何故か、少女が必死になっている。別に俺が何かしたって訳じゃないと思うのだが……。

「──その、ええっと……よ、よろしくお願いします……」

「ああ、よろしく。じゃあ、俺から申請するよ」

 右手を振ってウィンドウを出し、目の前の彼女へパーティ申請を送る。それはすぐに承認され、俺のHPバーの下に新たな名前とHPバーが表示される。

《rain》。それが、彼女の名前だった。

「レイン、か。改めて、これから、よろしく」

「うん。こちらこそ、よろしくね、エミヤくん!」

 こうして、俺とレインは、運命的な出会いを果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 そして、その出会いが俺の人生を大きく変えることになるのだが、今の俺にはまだ知る由もなかった。

 

 

 

 




聖杯くん ~キリト編~

「うわーん、聖杯くーん!」
「なんだい、キリトくん」
「サチの最後の言葉を知りたいから、もう一度サチに会わせて欲しいんだよー!」
「しょうがないなぁ、キリトくんはー」
っ出刃包丁「天国への階段〜!」
「へ?」
「あの世に行けばずっと一緒だよ(ゲス顔)」





次回「サムライ・ソウル」


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第2話 サムライ・ソウル

お ま た せ
今回は1部設定を変えてお送りします。あと、この小説独自のソードスキルも含まれております。
因みに、剣ディル当たらなかったゾ……。悲しいなぁ……(諸行無常)フィンなんて要らねぇんだよォ!(声だけ迫真)
あっ、そうだ(唐突)UA1000突破しました。ありがとナス!


 

 

 赤髪の少女ことレインとパーティを組んだ俺は、ボス部屋目指して迷宮区を攻略していった。

 パーティを組んでて思ったのだが、やはりソロよりも複数の人数で攻略した方がやりやすくなる。わざわざ一人であれこれしなくても、仲間とスイッチするだけで戦闘を有利に進めることが出来る。仲間が居れば百人力だ、とはよく言ったものだ。

 

 迷宮区を進んでいると、俺たちの行く手を阻むように侍のモンスターが湧いてくる。

 侍は俺たちを発見するや否や刀の柄を握り、腰を低くする。《カタナ》ソードスキル《辻風》だ。居合系の技なので、本来は見てからでは対処が間に合わないのだが、生前培った戦闘経験は伊達じゃない。

《辻風》の初動を一瞬で見極め、俺は身体を倒れる寸前まで落とし、

《片手剣》ソードスキル基本突進技《レイジスパイク》を発動させる。左から突き上げた双方の得物がぶつかり合うと同時に、激しい火花が散らされる。俺も侍も、技を相殺されてノックバックする。ここで両者共に隙を晒すのだが。

「スイッチ!」

「うん、任せて!」

 俺の掛け声と共に、ノックバックした俺に代わってレインが前に出る。

「やあっ!」

 気合いと共に放たれた《片手剣》ソードスキル3連撃《シャープネイル》が侍の身体にヒットし、爪痕のような傷を残す。

「スイッチ!」

「ああ!」

 レインの声と共に、俺は再び前に出る。

 まだ隙を晒している侍に、先ず右から青白い光を纏った剣を振り、侍の胴を斬り裂く。続いて左から右に掛けて鎧ごと侍の胸元を斬る。そこから勢いを殺さず、寧ろ増していき(ソードスキルは自動なので勢いが殺されることはないのだが)、ぐるりと一回転した後に再度左から敵の身体を抉る。最後に剣を右に振り切り、鎧の隙間を捉えると同時に、俺の周りを正方形の軌跡が拡散する。《片手剣》ソードスキル4連撃《ホリゾンタル・スクエア》が侍のHPを残さず削り取り、その身体は無数のポリゴン片となって消えた。

 

「さっきから何回も見てるけど、エミヤ君って本当に強いね」

 ひと息つこうとした俺の下に、レインが駆け寄ってくる。

「そんなことないさ。俺以外にも強いヤツなんて沢山いるよ。それに、レインだってかなりの実力者じゃないか」

 レインの動きを見る限り、彼女も相当の実力を持っていると見た。流石、最前線をソロ攻略しているだけはある。

 大技で一気にケリをつけるタイプの俺と(勿論搦手なども使うが)、隙と硬直時間の少ない技で敵を翻弄するタイプのレイン。やり方は違えど、相性の方は悪くないように思えた。

「そ、そうかな……。そうやって純粋に褒められると、ちょっと恥ずかしいなぁ」

 と、そんなやり取りも程々に、俺たちは再びボス部屋に向かって歩を進めていった。

 

 ボス部屋まで後少しだろうというところで、再び侍と相対する。だが今度の侍は少し違う。何処が違うかと言うと、持っている得物が刀ではなく、十文字槍なのだ。このタイプの侍とは戦った回数が少ない。恐らく、湧く頻度の少ないレアなタイプのモンスターなのだろう。

 

「■■■■ーー!」

 侍が奇妙な叫び声をあげながら、中段突きからの突進をしてくる。

《両手槍》ソードスキル突進技《ソニック・チャージ》だ。このソードスキルは前にいると最初の突きで動きを止められ、続く第2撃をモロに食らってしまうのだが、離れていれば回避は比較的容易である。

 事前に離れていた俺たちは、それぞれ左と右に回避する。

 技を終えたことを確認した俺は、侍へと距離を詰める。

「はぁっ!」

 左から右へ水平斬り、そして上から下への垂直斬り。

《片手剣》ソードスキル2連撃《ホーリー・クロス》が侍に確実にダメージを与え、十字の軌跡を残す。威力が高めな分、隙が大きい技なのだが、相手が硬直しているときに使えば問題はない。

「スイッチ行くぞ、レイン!」

「うん!」

 侍の放つ突きを、《スラント》で叩き落とす。ここで、侍に隙が生じる。距離を取る俺と入れ替わる形でレインが前に出る。

 助走をつけてから、《片手剣》ソードスキル突進技《ソニックリープ》が侍の腰を捉える。

 ザシュッ!、と先程とは明らかに違う斬撃音とライトエフェクト。レインの攻撃がクリティカルヒットした証だ。硬直の解けた侍が槍を2回に渡ってぶんまわしてくる。確か、《ヘリカル・トワイス》と言う名のソードスキルだった筈だ。しかしレインはこれを難なく回避する。そして、ここで勝負を決めるとばかりに《ホリゾンタル・スクエア》を全てヒットさせる。最後の一撃で侍の身体が真っ二つになると同時に、無数の光の欠片となって霧散する。

「やったな!」

「うん!」

 剣を収めたレインとハイタッチを交わす。

 

 更に先に進むと、広い回廊にたどり着く。柱や壁の装飾がより派手になっているなど、オブジェクトが重くなってきているし、マップの空白部分も残り僅かだ。この先にボス部屋があるのは明確だろう。回廊の突き当たりには、周りの柱よりも豪奢な装飾が施された大きな扉があった。

「エミヤ君、此処って……」

「ああ、間違いない。ボス部屋の扉だ」

「……どうするの?取り敢えず戦う?」

 その言葉には先程の勢いがない。多少は怖がっているのだろう。

「そうしよう。いち早く情報を集めたいし、別にやられても黒鉄宮に戻るだけだ」

「う、うん、そうだね……」

 レインが俺の赤コートの袖を掴み、身体を少し寄せてくる。俺との距離は僅か数センチだが、それを感じる余裕はない。

「それじゃあ、開けるぞ」

 両手で大きな扉を押し開ける。ゆっくりと開かれる扉の先には、薄暗い空間が広がっていた。

 俺たちが部屋へと足の踏み入れると同時に、沢山の燭台から炎が灯る。それに合わせるように、部屋全体が徐々に明るくなる。

 緊張と少しの恐怖を押し殺して、先に進む。

 真ん中まで行くと、漸く部屋全体を見渡せるようになった。無論、ボスの姿も。階層主が俺たちを紅き双眸で捉え、のしのしと歩み寄ってくる。

 通常の侍よりも遥かに大きな巨体を甲冑で覆い、頭には立派な兜を被っている。さらにmobの侍の身の丈程もある刀を携え、左腕には白いナニカが巻き付いている。正に王道を往く侍といった姿であった。

 その姿を直視するだけで、ヤツから放たれる剣気がひしひしと伝わってくる。

 

「シャアアアアッ!」

 両腕を広げ、まるで蛇の様な叫びを上げる。それと同時に、6段のHPバーと、頭上にボスの固有名が表示される。

《Kagachi the Samurai Lord》。theの定冠詞が付くのはボスの証だ。直訳すれば侍の主カガチ、といったところか。

 緊張の糸がぴんと張り詰める。俺たちに明確な敵意を露にしたのを感じ、咄嗟に腰の剣を抜く。

 俺たちが剣を抜いたのを敵対行為と捉えた侍主(面倒臭いのでこう呼ばせてもらう)が、先程の雑魚侍たちとは比べ物にならない程の速さでこちらへと走って来る。どすん、どすん、と侍主が大きな足で地面を踏み鳴らす度に振動が俺たちに伝わってくる。ただのポリゴンの塊だというのに、それから滲み出る殺意は本物と比べても遜色ない程である。俺が生前感じたドールズたちの敵意、殺意に負けないくらいだ。

 本当は後者の方がより緊張を煽ったのだが、やはり獲物が大きいのと自身と同程度のものだと言葉では表せない違いというものがある。

「どうするの?」

「取り敢えず、mobと同じ手順で行こう」

「うん、わかった。行こう!」

「ああ!」

 短いやり取りの直後に、俺は地を蹴って侍主へと肉薄する。

 向こうは走りながら刀を上段に構え、ソードスキルの体勢に入る。《カタナ》ソードスキルには居合突進技の《辻風》の他に、上段突進技があるとアルゴから聞いたことがある。確か、その名は《無空》だったような気がする。現時点で確認されているであろう《カタナ》の突進技はこの2つしかないので、《無空》で間違いないだろう。

 対して俺は同じく上段突進技の《ソニックリープ》を選ぶ。技同士が激突する軌道だ。ボスなのだから敵の膂力は相当のものだろうが、刀は片手剣よりも細身なので相殺するくらいならいけるだろう。

 紫色の輝きを纏う侍主の刀と、黄緑色の光を伴う俺の片手剣が激しい音と火花を撒き散らしながらぶつかり合う。

 侍主の力は予想以上に強く、少しでも集中を切らせばその時点で俺の片手剣は弾かれ、身体はバターの様に切り裂かれるだろう。しかし、俺はそんなヘマはしない。

「せあっ!」

 気合いと共に、侍主の攻撃を強引に相殺させる。再びギャイイイン!と耳をつんざく音が鳴り響き、侍主の刀が地面に叩き付けられる。

「スイッチ!」

 そう叫びながら俺は後ろへと大きく飛び退き、ふっ、と息を吐く。

 強い。それがヤツに対する感想だった。単純な力もあるが、それ以上に技量が卓越しているのだ。やはり、今までに戦ってきた侍たちとは一線を画している。思い出せば、5層のボスもこんな風に今までのボスよりも強かった。多分、5の倍数の層のボスは他と比べて段違いの強さを持っているのだろう。確証は持てないが。当然だが、2人では到底勝てそうにない。

 

 一気にボスへと距離を詰めたレインが《片手剣》ソードスキル2連撃《スネークバイト》を放つ。左から即座に右に切り返した剣がボスのHPを少し削る。分かってはいたが、体力面でも相当タフだ。

 地面から刀を引っこ抜いた侍主が刀を真上に上げる。あのモーションは《幻月》の筈……なのだが、あのソードスキルは上から来るのか下から来るのかが完全ランダムなので、技を見切りにくい。果たして、どう来るか──。

 真上へと振り上げた刀が、真っ直ぐに振り降ろされる。それにほんの少しだけ遅れる形でレインも剣を振り降ろす。火花が散ると共に、侍主の攻撃が弾かれる。だが、レインの攻撃はこれで終わりではない。彼女はそのまま手首を返し、第2撃を見舞う。続いて垂直斬り、そして最後に切り上げ。4連撃《バーチカル・スクエア》が次々とヒットしていく。ここで漸く、ボスのHPが目に見えて減少した。ボスにいい感じにダメージを与えれたことに心の中でガッツポーズを取りながら、レインと交代する。

 硬直の解けた侍主が刀を両手で持ち、腰まで下げる。あれは《浮舟》の構えだ。あれを食らうと次のコンボに繋がってしまい、大ダメージを受けてしまうので、きっちりと無力化する必要がある。対して俺は、左斜め下からの《スラント》で迎え撃つ。2つの刃が激突し、両者共にノックバック。しかし俺は足に力を込めて踏みとどまり、吹っ飛ばされるのを軽減する。直ぐに体勢を立て直し、剣を3回に渡って振り切る。3連撃《シャープネイル》が大きな爪痕を残す。

 こんなものか、と見切りをつけた俺は次の攻撃を弾いてブレイクポイントを作るべく、少し離れて剣を構える。

 ──さぁ、次はどう攻めてくる。

 俺の思考を遮るように、侍主が刀を左脇に構える。あのようなモーションは見た事がない。一体、何を──

 瞬間、侍主が振った刀から、横長の斬撃が飛んできた。

「何っ!?」

 幸い、離れていたお陰で何とか反応することが出来た。咄嗟にジャンプし、斬撃を回避する。

「跳べ、レイン!」

「う、うん!」

 俺の声に応じたレインが向かってくる斬撃をジャンプして躱す。しかし、侍主はまだ動く。右に振り抜いた刀を、今度は垂直に振り下ろす。またしても刀から今度は縦長の斬撃が飛んでくる。俺たちはこれを紙一重で避ける。もしコンマ数秒でも反応に遅れていたら、身体が真っ二つにされていただろう。考えただけでも背筋が凍る。あの斬撃飛ばしはソードスキルではないのか、侍主は硬直時間を課せられることなく動きを再開しようとする。そうはさせまいと俺は牽制のために懐から投擲用のピックを3本同時に投げるが、ヤツが前に出した腕の篭手に防がれる。

 侍主はレインに狙いを定め、《辻風》を繰り出してくる。だがあちらも冷静に攻撃を見極め、《レイジスパイク》で迎え撃つ。

「スイッチ!」

「せやあああっ!」

 彼女の声に応じ、横から侍主へと迫っていく。無防備なその身体にソードスキルを叩き込もうとした、のだが。

「ッ!?」

 侍主の左腕が突き出された。その瞬間、ヤツの腕に巻き付いていたナニカが俺に向かって襲いかかる。

 蛇だった。ヤツの腕にくっ付いていたのは。白い蛇は大きな口を開けて俺に接近してくる。

(──これは、拙い!)

 そう思った俺は、即座にソードスキルを中断し、蛇を迎撃する。大口を開けて俺に噛み付こうとする蛇を、ソードスキルを発動せずに叩き落とす。だが、敵は勢いを止めずに再度俺に攻めてくる。

「くっ……!」

 弾いても、弾いてもなお蛇はしぶとく俺を喰らおうとする。そして、十数回かに渡る攻め合いを制したのは──

「シャアアアッ!」

 俺ではなく、あちら側だった。蛇は俺の攻撃を学習したのか、横に振った剣を巧みに避け、俺の左腕に噛み付いた。

「しまった!」

 咄嗟に振りほどこうとするが、噛む力が強く、簡単には振りほどけない。そうこうしている内に、侍主が腕を戻し、俺を引き寄せる。

「うわぁっ!」

 俺を拘束した侍主が、その腕を宙に掲げてぶんぶんと振り回す。周りの景色が分からなくなり、目が回る。次第に自分が何をされているのか理解出来なくなる。そして何故か宇宙が見えてきた。

(ほ、星!星が見えたスター!SAOではこんなこと起こる筈がないってかそうじゃなk──)

 突然、俺の思考が遮られる。侍主がいきなり俺を投げ飛ばしたのだ。俺はそのまま壁に激突し、HPが一気に半分以上削られる。

「エミヤ君っ!」

 レインが俺の方を向いて叫ぶ。だがその間に敵の硬直が解ける。

「レイン!前、前!」

「えっ──」

 侍主が振り上げた刀をレインに叩き付ける。バシュッ!と異質なサウンドが響き渡る。拙い。あれはクリティカルヒットの音だ。大ダメージは免れないだろう。さらに敵は手首を返して切り上げ、締めに一拍溜めてからの強烈な突きを放つ。《カタナ》3連撃《緋扇》が彼女の身体を紙の様に吹き飛ばす。それに運の悪いことにその全てがクリティカルヒットしてしまい、レインのHPが一気に残り3割まで減らされる。

「くっ……、レイン!」

 数メートルも後ろに飛ばされたレインの元に急いで駆け寄る。この状況は非常によろしくない。俺たちのHPは残り3割程度だ。もし次に強攻撃が来たら間違いなくHPがゼロになってしまう。

「うう、エミヤ君……」

「早く回復を──」

 だが、そんなことを許す程敵は甘くなかった。先程と同じように、刀から上に振りかぶる。あれは、今さっきの《緋扇》ではなく、《幻月》の初動だ。

「チッ!」

 舌打ちしつつも、すぐさま《バーチカル》の体勢に入る。本当は相殺した後でも連続してダメージを与えられる《バーチカル・アーク》や《バーチカル・スクエア》の方が良いのだが、今の俺にそんな余裕はない。

 しかし、予想を裏切り、ヤツの刀が半円を描き、下へと回った。

「やばっ……!」

 咄嗟にソードスキルをキャンセルしようとするが、今更止められるものでもなく、《幻月》を受けた俺は後方に吹き飛ばされ、レインに重なる形で倒れ込んでしまった。

「きゃっ!」

「くぁっ……」

 正面を向くと、そこには侍主の姿はなかった。

(一体、何処に────まさか!)

 ただならぬ気配を感じ、上を向くと、そこにはくるりと一回転をして黄色に染まった刀を振り下ろそうとしている侍主がいた。あのソードスキルは、確か《天輪》という単発重攻撃だ。恐らく、《カタナ》スキルの中でも上位に入るものだろう。今の俺たちに当たれば間違いなくやられる。かといって、今更避けることも出来ない。

 

 振り下ろされた刃が、俺とレインの身体をぶった斬る。途方もない衝撃と、不快なショックが襲いかかり、俺と、その下に表示されたレインのHPバーがゼロになった。

 眼前に《You are dead》の文字が表示されると同時に、俺たちのアバターは、モンスターと同様に、無数のポリゴン片となって消えていった。それに合わせて、俺の視界は徐々にぼやけていって、最後には暗転した。

 

 

 

 俺たちが再び目を覚ましたのは、黒鉄宮の中だった。プレイヤーはHPがゼロになって死ぬと、この中に強制転移される。特にペナルティはないのだが、やはりゲームの中であろうと死ぬというのはいい気分にはならない。

「あはは、負けちゃったねー」

「ああ、さすがに2人だけじゃなぁ……でも、大体の動きは掴めたし、ベータの内じゃもう無理だろうけど、製品版になったらいけるさ」

 ボスのHPは結局1段目の半分程度しか削れなかった。が、その動きは大体理解出来た。次はしっかりと作戦を練って大人数で挑めばきっと勝てるだろう。

「そうだね。もう、終了まで後数日だもんね。あっ、そうだ。エミヤ君、今、何時?」

「今か?ちょっと待って」

 右の人差し指と中指を胸の前で揃えて、下に振り、メインメニュー・ウインドウを呼び出す。ウインドウの上側に表示された現在時刻は、午後5時45分だ。そろそろ夕飯の支度をしなければならない時間だ。

「5時45分だな」

「ええっ!?もうそんな時間?そろそろログアウトしないと!」

 レインの叫びが黒鉄宮内に響き渡る。

「と言う訳で、わたし、もう落ちるね!」

「ああ、お疲れ様」

 レインも指を揃えて、ウインドウを呼び出し、項目の下側にあるログアウトボタンを押そうとして。

「あっ、その前に……」

「ん?どうした?」

 少し間を開けて、レインが口を開く。

「ええっと、コンビを組んでもらっても、いいかな……?」

「うん、別に構わないよ」

 それを聞いた彼女の顔がぱあっと明るくなる。

「──ありがとう!じゃあ、これから、よろしくね!」

「ああ、こちらこそ」

 そう言って、差し出されたレインの手を固く握った。

「今の内にフレンド登録しとこう」

「うん、そうだね」

 俺はウインドウを開き、素早く操作してフレンド申請を送る。レインの前に紫色のウインドウが表示され、これを受諾する。

 また1つ、俺のフレンドリストに新しい名前が追加された。

「じゃあ、もう落ちるね。また明日ね!」

「ああ、じゃあな」

 レインがウインドウ下部のログアウトボタンを押すと、その姿は光の粒子となって消えていった。

「さて、今回得た情報をアイツに伝えないとな」

 俺は黒鉄宮から出て、はじまりの街の商業区に行く。

「さて、アルゴのヤツは何処に──」

「オレっちなら此処にいるゾ、エミやん」

 急に後ろから件の人物の声がした。これが噂をすれば影、というやつか。

「うわぁっ!?急に脅かすなよ、アルゴ」

「ニシシ、オレっちは神出鬼没だからナ」

 アルゴは悪びれる様子もなく意地悪く笑う。

「それで、ボスはどんな感じだったんダ?」

「まあ待て。まずは何処か座れる場所に行こう。立ち話もなんだしな」

「りょーかい。いい店紹介してくれヨ」

「はいはい」

 その後、はじまりの街の中にあるモダンなカフェーで持ってきた情報を全て提供した。アルゴは対価を払うと言ったが、最初は断った。しかし、根負けして結局対価を受け取ることになった。

「なるほど、カガチ・ザ・サムライロード、カ。使用するスキルはカタナ、時折縦横に斬撃飛ばし、刀を2本携えていることからHPが減れば恐らく、2本目を抜いてくる……大体はわかったヨ」

 俺の提供した情報を、一語一句余さずに羊皮紙アイテムに書き込んでいく。

「ごっそさん。情報は得たし、オレっちはもう行くヨ」

 書き終えたアルゴが椅子から立ち上がる。

「ああ、じゃあな」

 立ち去るアルゴに、軽く手を振る。

「さて、俺もログアウトしないと」

 指を振り、ウインドウを呼び出す。メニューの下側にあるログアウトボタンを押すと、たちまち俺の意識は仮想世界から離れていった。

 

 

 現実世界に戻ったあとは、妹たちと飯を食い、風呂に入った後に、和人に今日の成果をLI〇Eで送ってからベッドに着いた。

 

 

 

 それから、次の日、また次の日と、キリトとの狩りの後に、レインと一緒にクエストの消化をしていった。

 そして、ソードアート・オンライン《クローズドベータテスト》最終日。いつもと変わらず、キリトとのレベリングの後に、レインのクエスト消化を手伝っていた時のこと。

 

 場所は第2層。ある特定の素材を持ってきて欲しい、という内容のクエストを受けていた。そのクエストはコルがそこそこ貰えるので、金欠の初心者プレイヤーにはかなり重宝するクエストだ。その素材をゲットする為に、俺たちは主街区近くのダンジョンを探索していた。

 

 必要な素材を集め、依頼主の元に戻ろうとした時。

「エミヤ君、あれ」

「ん?あれは──」

 レインが指差した方向には、ソロで牛型モンスターと戦っている少女がいた。

「どうする?助太刀する?」

「そうだな。見たところ、かなり押されているようだし」

「じゃあ、行くよ」

「ああ」

 俺たちは少女の元へ駆け寄ると、あっという間にモンスターを倒していった。

 

 全てのモンスターを倒したことを確認して、ふぅ、と息をつく。

 助けた少女は《コハル》、と言う名だった。その後、俺たちはコハルと一緒に依頼主の所へ行き、クエストを達成させた。

 

 主街区に戻り、コハルとフレンド登録をした後、アイテムの整理をしようとしたその時。

 

『《ソードアート・オンライン》ベータテストにご参加いただき、ありがとうございました。本日、午後5時をもちまして、ベータテストを終了致します。ベータテスト終了に伴い、全てのプレイヤーデータはリセットされます。正式版のご参加を心よりお待ち申し上げております』

「あー……もう終わりかぁ」

 レインが残念そうに呟く。

「そうみたいだね。ありがとう。最後に2人に会えて本当に良かった。エミヤ君、レインちゃん、またね!」

「ああ、またな」

「うん、またね!」

 別れの挨拶をして、コハルはログアウトした。

「じゃあ、わたしも落ちるね。正式版でまた会おうね!」

「ああ、楽しみにしてるよ」

 そして、レインも落ちていった。

「さて、落ちるか」

 俺もウインドウを開き、ログアウトボタンを押して、2ヶ月間遊びまくった仮想世界を後にした。

 

 さて、正式版ではどのようなことが待ち受けているのだろうか。考えただけでワクワクしてきた。

「ああ、楽しみだなぁ」

 その呟きは、茜色の空にそっと消えていった。

 

 

 

 

 

 




聖杯くん~アスナ編~

「聖杯くーん!」
「どうしたんだい?アスナ君」
「最近、キリト君が私を差し置いて他の女の子と一緒にいるのよ~!」
「もう、しょうがないなぁ、アスナ君は~」
っ出刃包丁「ランベントライト~!」
「えっ?」
「抜刀妻の恐ろしさを思い知らせてやれよ(ゲス顔)」



次回 「デスゲームの幕開け」


漸くほんへに入れるゾ。
感想、お待ちしてナス!


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第3話 デスゲームの幕開け

待たせたな!
約1ヶ月ぶりですね。遅れて申し訳ナイス!
さて、士郎について補足ですが、たま~に豹変するときがあるかもです。
はい。言いたいのはそれだけです。それでは、どうぞ。


 

 ベータテスト終了から1ヶ月位経った、11月6日。この日は、遂に待ちに待ったSAOの正式サービス開始日だ。SAO自体は少し前に初回生産分の1万本が発売され、当然ではあるが、即日完売(即日どころか数時間程度で完売したが)された。だが、俺たちβテスターは正式版の優先購入権が与えられるので、他の人よりもいち早く買うことが出来るのだ。正にベータテスト様々だな。

 現在時刻は午前12時。昨日は興奮してあまり寝れなかったので、今さっき起きたところだ。イン出来るのは1時からなので、後1時間ある。その間に昼食を済ませておくとするか。

 昨日の残りのカレーを温め直してご飯と一緒に盛り付け、付け合せにサラダを作る。その後に、まだ寝ているイリヤと美遊を起こす。

「お兄ちゃん、なんだかそわそわしてない?」

「え?俺、そんなにそわそわしてたか?」

 イリヤに言われるまで、自分がそんなにそわそわしていることに気が付かなかった。まあ、ずっと待ってたからな。無理もない。

「うん。すごく楽しみにしてたみたいだし」

「まあ、ベータから随分と待たされたからなぁ」

「お兄ちゃん、ベータテストが終わったらすんごく落ち込んでたもんね」

 確かに、あの時の喪失感は今でも思い出す。折角手塩にかけて育てた自分のデータを全消去された時は10分位ぽけーっとしていた。せめてフレンドリストくらいは残って欲しいが……。

「ああ、あれはもう心にグサッときたよ……」

「うわぁ、なんかすっごい説得力ある……」

 イリヤの憐れみの混じった言葉も妙に心に刺さる。お兄ちゃんは悲しいよ……。

 

 それから、妹たちと他愛ない会話を交わしつつカレーを口に運ぶ。

 主にイリヤたちが通う小学校の話や、SAOの話などだ。学校では友達と楽しく過ごしているようで、2人ともとても楽しそうに学校での話題や出来事を話していた。それを聞いて、俺は兄として嬉しく思った。

 その後にSAOの話でレインのことを話したら、美遊が「お兄ちゃん、またフラグ立ててる……」と言っていた。別にそんなつもりは無いんだけどなぁ。それを言ったら、今度はイリヤにまで呆れたような顔をされた。何故だろう。

 

 そうして話し込んでいると、時刻は既に12時半を過ぎていた。

「やべっ!後ちょっとで時間じゃないか」

 思いの外時間が経っていたことに気付いた俺は、残りのカレーを一気に食べる。

「ご馳走様!夕飯までには戻ってくる!」

 空になった皿をシンクに乱雑に置き、急いで自室へ向かう。和人とは1時半きっかりにインすると約束しているため、遅れる訳にはいかない。和人は別に気にしないだろうが、俺自身が許さない。

「「い、行ってらっしゃーい」」

 兄の突然の気迫に気圧されながらも、妹2人はちゃんと声を掛ける。

「行っちゃった……」

「……」

 イリヤは半ばぼーっとしているが、美遊は何か考え事をしているようだ。

「美遊、どうしたの?」

 イリヤが美遊の顔を覗き込む。

「ううん、何故か、ちょっと嫌な予感がしただけ。それ以外は特に何でもないよ」

「それ、美遊が言うと割とシャレにならないんだけど……」

 

 

 

 急いで自室に戻り、ちらっと時計を見る。

 12時55分。まだ時間までは少し余裕がある。その間に用を足し、再び部屋に戻る。

「直ぐにイン出来るように、予め装着しておくか」

 布団の上に横になり、傍に置いてあるナーヴギアを乗着……じゃない、装着する。何故乗着って言葉が浮かんだのだろうか、自分でも分からない。ヒロインXX?知らない人ですね。まあそれはともかく、ナーヴギアには時刻を表示する機能があるので、着けてからもいちいち時計を見なくてもいい。

「おっと、もう時間か」

 またあの世界に戻って来られると思うと、かつてない程興奮してくる。ゲームというものは生前では手を付けたことすらなかったが、こうしてやってみると凄く楽しいものだ。特にVRゲームは自分の身体を動かしているのと同じようなものなので、良い意味で聖杯戦争の時の緊張感を思い起こしてくれる。こんなに楽しめるものを教えてくれた和人には感謝している。

 湧き上がる高揚感を抑え、深呼吸をして──。

 

「リンク・スタート!」

 その言葉と同時に、意識が現実から切り離される。

 ベータテストのデータを使用するかという問いに、迷わずYesを選択。程なくして、SAOの中、浮遊城アインクラッドにて俺の意識が覚醒する。

「ああ、やっと、戻ってきた……」

 インした場所は、第1層主街区のはじまりの街の広場だ。手を動かしたり、周りを見渡したりして、漸くここ(SAO)に来れたのだと実感する。SAOよ、私は帰ってきた!

 まぁそれは置いといて、まずは俺と同タイミングでインしたであろうキリトを探すとしようか──

「エミヤー!」

 と考えている内に、先にあちらが俺を発見した。何百どころか何千人もこの広場にいるというのに、よく探し当てれたものだ。こちらに向かって手を振るキリトに応じて、彼の元へと走る。

「待たせたな。にしても、よくこの人混みの中から俺を見つけれたな」

「まあ、インした場所がお前のすぐ近くだったし、それにアバターの容姿が目立ってるからなぁ」

 目立ってる、か。確かに、俺のアバターは白髪に褐色肌という少し異色な組み合わせではあるが、そんなに目立っていたとは。この見た目にした理由は特にないが、こうも注目を浴びていると思うと、なんだかむず痒くなる。

「マジでか」

「マジマジ」

 即答。でも、キリトの言う通り、さっきからチラチラと他者の視線を感じる。因みにキリトの方は、王道を征く如何にもThe・勇者のような精悍な顔つきをしている。この見た目にするのにかなり苦心したらしい。

と、その時。

「ん?」

広場のある1点に目がいった。見れば、紫色の髪の大男が女の子に組み付いている。

「どうした?」

「いや、なんか騒がしいなって」

「ああ、本名がどうとか言ってたな。多分、MMO初心者絡みのことだろ」

なるほど、と思った。確かに、何も知らない人が犯しそうな、初歩的なミスだ。かく言う俺もキリトに対して同じ行為をしたことがあった。

「っていうか声がフリー……」

「そういうお前は諏○部ボイスじゃないか」

……言われてしまった。意図してそうしたものだから何も言えない。

「ま、まあとりあえず、剣買おうぜ。この近くの路地裏に安く売られてる武器屋があったはずだから、そこで『スモールソード』を5本くらい買っておこう」

「ああ、『森の秘薬』クエのためか」

 この先にある村のあるクエストでは、報酬として強力な片手剣が貰える。今買う武器は、その剣を手に入れるまでの繋ぎのようなものだ。ちょっと多いと言われそうだが、これに関しては後で分かる。

「その通り。じゃ、行くか」

「ああ!」

 そう言って、俺たちははじまりの街の地面を勢いよく蹴る。この感覚も、随分と久しぶりに味わった。

 

 

 side???

 

 今オレは、武器の陳列棚とにらめっこしている。目的は当然、この手のゲームをする上で最も大事なものである武器を買うためだ。

 まずは1番無難な片手剣にしようか、いやでも形状が刀に似ている曲刀にしようか……ああ、どっちにしようか迷っちまう!

 そうやって悩んでいると、耳に2つの足音が聞こえてくる。その方向にちらっと目を向けると、如何にも慣れたような足取りで路地裏に向かう少年2人がいた。

 ──あの迷いのない走りっぷり……間違いねぇ、今の2人、確実にベータテスターだ!

 よし、ここは1つ、あいつらにこのゲームについて教授して貰おう。

 そう心に決め、オレは2人の後を追った。

 

 side out

 

「なぁ、そこの兄ちゃんたち!」

「「ん?」」

 俺たちに向けられたであろう声が後ろから聞こえたので、走るのを止めてそちらに振り向く。そこにいたのは、悪趣味なバンダナに整った顔立ちをした青年だった。顔に関しては俺たち同様作り物の可能性が大だろうが、もしそうでなければ現実世界でもイケメンの部類に入るかもしれない。自分が言うのもなんだけどな。

「その迷いのない走りっぷり、あんたたち、ベータテスターだろ?」

 その要素だけで俺たちをテスターと断定したのか。なんかすごいのかどうか分からないな。

「あ、ああ。そうだけど」

 男の問いにキリトがそう答える。

「やっぱそうだったか!オレの目に狂いはなかったな。んでさ、オレ、このゲーム今日初めてなんだ。だからよ、ちょいとレクチャーしてくんねぇか?」

「俺は別に構わないけど、お前は?」

「まあ、俺もそれでいいけど」

 こういう風に、あちらからあれこれ教えてくれと堂々と頼んでくるケースはあまり見ないが、だからといって断る理由にはならない。というわけで、俺たちは彼の頼みを承諾することにした。

「おおっ、マジか!ありがとな。オレはクライン、よろしくな」

「俺は、キリトだ(キリッ」

「俺はエミヤだ。こちらこそ、よろしく」

 そうして俺たちは、クラインと名乗った男と堅い握手を交わした。

 

 

場所は変わり、はじまりの街から出た所にある平原へと移る。見たり聞いたりするよりも実際にやってみようということで、クラインにはレベル1のモンスター、《フレンジーボア》と戦ってもらっている。

「ぬおっ、おりゃあ!」

 掛け声は中々様になっているが、めちゃめちゃに振ったカットラスはいずれも空を切るばかり。まあ大半の初心者プレイヤーはみんなこうなのだが。傍で見守っているキリトも、ベータ版を始めたばかりの頃はちょうどあんな感じだったし、俺も実戦経験があるとはいえ、多少は手間取っていた。

 対峙する青イノシシは、クラインの攻撃の悉くを躱し、ブル〇〇ンゴ

 の如き突進攻撃を繰り出す。

「あぁん、ひどぅい!」

 まともに突進を食らったクラインは変な声をあげて吹っ飛ばされる。

「ははは、クライン、肝心なのは初動の動きだ。そうやってぶんぶん振り回してもソードスキルは発動しないぞ」

 その光景を見ているキリトは笑いながらも適切なアドバイスをおくる。

「んなこと言ったって……アイツ動きやがるしよ……」

 起き上がったものの、多少ふらついているクラインからタゲをこちらに向けるべく、キリトがその辺の小石を拾って、《投擲》スキル基本技の《シングルシュート》でイノシシに少量のダメージを与える。これがヤツへのファーストアタックとなったので、イノシシが標的をキリトに向ける。

「そりゃあ、モンスターだからな、仕方ない。でもモーションさえ出来れば後は何もしなくてもシステムが自動で攻撃を当ててくれるよ」

 イノシシの攻撃をガードするキリトに代わって、俺がアドバイスをおくる。

「なんて言うか……いちにのさんでやるんじゃなくて、溜めを入れてからズバーンと繰り出す感じだな」

「ズバーンってか……」

 困惑したような顔をしつつも、クラインはカットラスを肩に担ぎ、腰を低くする。今度こそシステムがモーションを検知し、刃がオレンジ色に染まる。

「そらっ!」

 それを見たキリトは、イノシシの攻撃をキャンセルさせ、その顔を蹴っ飛ばしてターゲットをクラインに変えさせる。

「おりゃあっ!!」

 裂帛の気合いと共に、突進してくるイノシシに、《曲刀》ソードスキルの《リーバー》を見事命中させる。先程のキリトの攻撃で多少減っていたHPを余さず削り取り、一瞬の硬直のあとにイノシシの体は無数のポリゴン片となって消えていった。

「いよっしゃぁぁぁ!!」

 敵を倒したことを確認したクラインは、大声と共にガッツポーズを決める。

「初討伐、おめでとう」

「まぁあれはドラ〇エで言うところのスライム相当の弱さだけどな」

「ええ!?まじかよ……おりゃてっきり中ボスかなんかだと思ってたぜ」

「んなわけあるか」

 あのイノシシがどこにでもいるザコ敵だと知った途端、がくりと落胆するクライン。もし中ボスクラスのヤツらがフィールド上にぽこじゃか湧いてたらゲームバランス崩壊どころの話じゃない。

 それからクラインは様々な動きから他のソードスキルを発動しようと試みていたが、今の彼のレベルは当然1だし、《曲刀》スキルもさっきの戦闘でほんのちょびっとしか上がってないので、現時点で使えるソードスキルは基本技の《リーバー》だけである。

 やがて気が済んだのか、曲刀を鞘に納めてこちらに近づいてくる。

「クライン、まだ狩りを続けるか?」

 こっちに来たクラインに、キリトが問う。もう時間も経ってるだろうし、やめ時ではあるだろう。

「あったりめぇよ!……と言いてぇとこだけど」

 そう言って、クラインはちらっと視界の端っこに表示されている現在時刻を確認する。俺も時刻を見ると、既に5時を過ぎていた。そろそろ落ちて、夕飯の準備をしなければならない時間だ。

「一旦落ちて、メシ食わねぇとな。ピザの配達、5時半に頼んであるからよ」

「用意周到だな」

「おうよ!ってなわけで、おりゃもう落ちるわ。2人とも、ホントありがとな。この礼はいつか必ず、精神的にすっからよ。これからも、よろしく頼むぜ」

 差し出されたクラインの右手を、路地裏で出会った時のように、キリトと俺は交互に握り返す。

「ああ、宜しくな」

「聞きたいことがあったら時間がある時に教えるよ」

 手を離し、クラインはログアウトするべく、ウインドウを開き、下にスクロールし──何を思ったのか、その指がぴたっと止まった。

「あれ?ログアウトボタンがねぇよ」

 有り得ない発言が、クラインの口から発せられた。

「い、いやいやいや。何かの冗談だろ」

 動揺しながらも、俺は場の空気を和ませようと茶化してみる。

「いや、ホントにねぇんだよ。お前らも見てみろって」

 俺たちもクラインに倣ってウインドウを開き、ログアウトボタンのある所までスクロールする。

 

 無かった。クラインの言う通り、本当にログアウトボタンが綺麗さっぱり消え失せていた。

「……ねぇだろ?」

「ああ、ない」

 さすがのキリトも、これには動揺している。だって、ログアウトが出来ないというのは、たとえバグだとしても大問題なのだ。最悪、

 VRMMOというジャンル自体が規制されかねない。

「えっと……他にログアウトする方法は……」

「無駄だよ。ログアウトボタンを押す以外に方法はない」

 キリトは冷淡と諦観を混ぜたような声でそう告げる。

「いやいや、ぜってぇなんかある筈だって!」

 そう言ったあとに、突然虚空に向かって戻れ、ログアウト、脱出!などと大声を張り上げる。当然、SAOにはログアウトのためのボイスコマンドは設定されていない。

「なんてこった……自分の意志で現実世界に戻れねぇなんてよ……」

 悲しみの混じった声で、クラインはそう呟く。だが、これが現実と言うものだ。

「あっ、そうだ!ギアを頭からひっぺがせばいいんだよ!」

 突然態度を変え、頭に両手を掛けるクライン。しかし──。

「今俺たちの意識はこの世界に在るんだ。現実の身体は1ミリ足りとも動かせない」

「そんなぁ……じゃあバグが直るか誰かが引っこ抜くしかねぇのか……」

 俺の告げた事実に呆然とした口調でクラインがボヤく。

「でもオレ、1人暮しだしよぉ……お前らは?」

 ここでリアルに関することを話しても良いのかと迷ったが、仕方なく話すとする。

「母親と妹と3人だ。飯どきになっても降りてこなかったら、強制的に落とされるだろうけど」

「俺は両親と、妹が2人。でも今は両親は海外に出張しているし、現時点で家にいるのは妹2人だけだ」

 なんかややこしくなるだろうと思って、セラとリズのことは言わないでおいた。キリトは知っているが、それを知らないクラインがどんな反応を示すかは大体分かる。

「おおっ!?お前らの妹さんって幾つ!?」

 妹、という単語を聞いた途端、クラインの目がキラキラと輝く。

「今はそんなことどうでもいいだろっ……!」

 俺たちに向かってずいっと顔を近づけるクラインを押し退け、強引に話題を変える。

「というか、ピザどうするんだよ。このままじゃ、確実に冷めるぞ」

「おわぁっ、そうだった!……くう、冷めたピッツァなんて粘らない納豆以下だぜ……」

 ──なんか表現が独特だな。まあこちらから振っておいてなんだが、そんな話も今はどうでもいい。そうこうしている内に、時刻が午後5時半になる。クラインのピザがちょうど届く時間だ。

 

 その時。いきなり、リンゴーン、リンゴーン、と重い鐘の音が草原全体に響き渡る。

「これは……!?」

「何だ……?」

「なぁっ!?」

 ほぼ同時に叫んだ俺たちの身体が、青い光に包まれ、景色がぼやける。間違いない、これは転移、テレポートだ。しかし、俺たちは転移門にいなければ結晶アイテムもう使っていない。となると、これは運営側による強制転移──!

 そして、一際強い光が俺の視界を真っ白に染め、眩しさで思わず目を閉じる。しばらくして目を開けると、そこは今までにいた平原ではなく、はじまりの街の広場だった。

 辺りを見回すと、同じ現象に巻き込まれたであろう数千人のプレイヤーがざわめいていた。

「──エミヤ君?」

 人々の叫びに混じって、聞き覚えのある声がした。その方向を見ると、そこにはかつてベータテストでコンビを組み、フレンド登録までした少女、レインがいた。

「レイン!やっぱり君もここに転移させられたんだな」

「うん、もう何がなんだか……」

 やはり、レインも他のプレイヤー同様、この状況に理解が追いついていないようだ。それは俺もキリトも、そしてクラインも同じ事。

 

「おい、あれ見ろ!!」

 誰かの叫びに、皆が一斉に上を見上げる。するとそこには、赤色の市松模様に染まった空、もとい第2層の底。

 システムアナウンス、と英語で書かれているのを見て、やっと運営が動いたのかと安堵する。

 さらに、突如として、顔のないローブだけの巨大な人型のナニカが出現し、場をざわつかせた。

 

『プレイヤー諸君、私の世界へようこそ』

 ローブから、やや低めの男の声が発せられる。突然のことなので、意味が掴めなかったが、やがてその意味を理解し出した。私の世界、と言う限り、恐らく声の主はGMだろうと検討をつけた。それに、この声には聞き覚えがある。

 茅場晶彦。SAOを開発した、《アーガス》の天才ゲームデザイナー。キリトが尊敬して止まない、VRMMOという一大ジャンルを築き上げた人物だ。

 

 その後、彼が告げた言葉を纏めると。

『SAOをコントロールできるのは彼だけ。ログアウトボタンの消滅は仕様である。百層全てクリアする以外にログアウトする方法がない。外部の手によるナーヴギアの停止、解除がされた場合、高出力のマイクロウェーブによって脳が焼かれる。現実での報道を無視して2百人もの犠牲者が出ている。俺たちのリアルの身体は病院へと搬送される。この世界でのHPの全損がそのまま現実での死に直結する。』

 といったものだった。

 馬鹿げているにも程がある。もしこれが真実だとしたら、事件どころの話じゃない。

 そもそも、2ヶ月間のベータテストで攻略出来た層は全体の10分の1なのだ。全てクリアするとしたら、長く見積もって3、4年かかると見てもいいだろう。

 当然、広場が再びプレイヤーの叫び、怨嗟、悲鳴によってざわめく。

 しかし、俺は逆に言葉も出なかった。もう現実世界に戻れないと考えると、声を発する気力すら失せてくる。

 

 これで終わったかのように思えた茅場晶彦のアナウンスはまだ続いていた。

『最後に、諸君らにこの世界が現実である証拠を見せよう。アイテムストレージに、私からのプレゼントを用意した。確認したまえ』

 聞くと同時に、ササッとアイテムストレージを開き、《フレンジーボアの牙》やら《フレンジーボアの皮》といったドロップアイテムを無視し、1つのアイテムを見つける。

《手鏡》とだけ表示されたそれをオブジェクト化し、手に取る。

 なんの変哲もない、ただの手鏡だ。おかしなところなど何もない。しかし。

 その数秒後、俺やキリトたちの身体が白い光に包まれて、少しして消えたあとに見たのは。

「あれ?君は?」

「そっちこそ、誰?」

 俺の前にいたのは、今までのレインではなかった。

 装備こそ変わらないものの、真紅に染まった髪は銀髪になり、顔も多少変化していた。だが、性別は変わらない。こんな状況でも、目の前の少女がネカマでなかったことにホッとしている自分が恐ろしい。

 傍らでは、同じようにキリトとクラインが「お前誰?」と言い合っている。ちらっとクラインの顔を見ると、先程のイケメン面はどこへやら。

 無精髭を蓄えた2~30代くらいの男性と化していた。一方のキリトは、リアルで見慣れた女っぽさを残した線の細い顔をした、《桐ヶ谷和人》そのものがいた。

 斯く言う俺も、手鏡に映ったのは赤銅色の髪、中学生にしては整った顔つきと、紛れもなく現実世界での俺だった。今までの白髪に褐色肌の青年などではない。

 この事態を認識した俺は、恐る恐る口を開き──

「君は、レインか!?」

「まさか、エミヤ君!?」

 互いに指を差し、同時に叫んだ。

 なぜ現実の体格が──と思ったが、それも直ぐに分かった。

 ナーヴギアを装着した当初、身体のあちこちをぺたぺたと触る《キャリブレーション》というものをやらされた。恐らく、それだろう。

「でも、何故こんなことを……?」

 しかし、誰にも聞こえることの無い疑問は、直ぐに解消されることになる。

 

 曰く──。

『これはテロでもなく誘拐でもない。今のこの状況こそが自分の目的である。自分はただこの世界を創造して鑑賞するだけ』

 だそうだ。なんの意味もなく、1万人ものプレイヤーをこの世界に閉じ込めたのかと思うと、怒りがこみ上げてくる。たとえ自分で最低の悪だと言おうとも、完全に正義感が失われていることはない。

『これで、《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。諸君らの健闘を祈る』

 その言葉を最後に、ローブの大男の姿は消え、空の市松模様もなくなっていた。

 そして三度、広場がプレイヤーたちの罵声、慟哭、怒号やらでさっきとは比べ物にならない程に震動する。しかし、そんな中でも冷静な人物が1人。

「クライン、エミヤ、ちょっと来い。……えぇっと……そこの君も」

 キリトが俺とクラインとレインに呼びかけ、広場を出るよう催促する。キリトについて行った先は、ちょうど数時間前にクラインと出会った路地裏だった。

 

「3人とも、よく聞いてほしい。これから俺は、この街を出て次の村、《ホルンカ》に向かう。みんなも一緒に来るんだ。ゲームをクリアするためには、強くなるしかない。強くなるには、それしか方法はない」

 真理だ。キリトの言っていることは正しい。はじまりの街周辺のフィールドは直ぐに数多のプレイヤーで埋めつくされる。そうなれば、レベル上げなんて出来やしない。なので、今言ったように、恐らく人の少ないであろう次の村で狩りをした方が効率もいい。加えて、ここにはベータテスターが3人もいる。大体のことは熟知しているだろう。

「分かった。レインは?」

「私は、エミヤ君についてくよ。だってコンビだし」

「そっか」

「でもよぉ、オレ、前も言ったけど、他のゲームで知り合ったダチと待ち合わせしてるんだよ。アイツらを、置いて行けねぇ」

 クラインの言い分も分からないでもない。大切な存在を手放すことの罪悪感は、痛いくらいに分かる。だが、人数が増えればその分リスクも増える。残念だが、これ以上他の人を連れていくことは出来ない。

「悪い、クライン……それは……」

 最後まで言おうとして、口ごもる。

「そうか……いや、いつまでもお前らに頼ってちゃだめだ。オレはお前らに教わったテクで何とかやってく。これでも他のゲームではギルドのリーダーやってたからよ。オレのことは気にしねぇで、先に行ってくれ」

 しばらくの沈黙の後、キリトが口を開く。

「……分かった。何かあったら、メッセージ飛ばしてくれ。……じゃあな、クライン」

 キリトがクラインに背を向け、街の外に向かって歩き出す。俺たちも、後ろ髪を引かれる思いでキリトについて行く。

「キリト!エミヤ!」

 直後、クラインの呼び止め声が響く。

「お前ら、ホントは案外カワイイ見た目してんだな!オレ、結構好みだぜ!」

 聞く人によればどこかイケナイ言葉に聞こえる発言。ホモかな?

「「お前もその野武士面の方が10倍似合ってるよ!」」

 あっ、ハモった。

「あと、そこの嬢ちゃんも!機会があったら今度お茶でも──」

「無明三段突き!」

 コンビであるレインにナンパしようとする愚か者に手刀で高速の突きをぶっこむ。

「おっふん!?」

 圏内コードが発動する1歩手前の力で放たれた突きを腹に食らったクラインは間抜けな声と共に身体をくの字に曲げる。

「んじゃ、行くか」

「お、おう」

「あ、あはは……」

 何事もなかったように振る舞う俺に多少引き気味になるキリトと、引き攣った笑みを浮かべるレイン。俺たちは今度こそ、次の村に向かうために歩みを進める。

「ま、待ってくれ!せめてフレンド登録だけでも~……」

 まだ懲りないクラインを放っておいて。

 

 

 

 




聖杯くん~シリカ編~
「うわーん、聖杯く~ん!」
「おや、どうしたんだい、シリカ君」
「私のことを嗤ったロザリアさんを見返したいんですー!」
「しょうがないなぁ、シリカ君は」
っ出刃包丁「始末剣~!」
「へ?」
「誰にもわしを笑わせんぞ~!ってやつだよ(ゲス顔)」




次回 「森の秘薬」


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第4話 森の秘薬

長スギィ!まあ、仕方ないね♂。どうにか短い期間で上げれました。というのも、あぁん?最近だらしねぇな?だったので。
なんか今回の話を書いてると、だんだん何やってんだ自分、ってなりました。改めて見直すと、少し恥ずかしいですね。
補足:この話ではデミヤが出てきましたが、ノーマルエミヤもちゃんといます。でも同じ士郎の心の中にいても、デミヤもエミヤも互いを認知していませんので(多分)、そこは留意しておいてください。
FGOの新秋イベ……楽しみスギィ!もう待ちきれないよ。
あっ、そうだ(唐突)UA3000突破しました。ありがとナス!こんな拙作を読んでくれてる方に感謝を。グラッチェ!
それでは、どうぞ。


 

 草原を駆け抜け、モンスターに注意を払いつつ森を抜けた先に辿り着いたのは、小規模の村《ホルンカ》だ。小規模と言っても、武器防具屋や宿屋など、プレイヤーに必要な施設は一通り揃っている。この村に着くまでに、殆ど休まず、モンスターとも極力戦闘を行わずにずっと走っていた。幸い、草原に湧くモンスターは、自分からこちらに襲ってくることがないので余計な足止めを食らうこともなかった。村に到着しても、居るのはNPCだけなので、俺たちが1番乗りということになる。取り敢えず、今までに手に入れた素材アイテムを全部売り払い、キリトと俺は革製のコートを、レインは簡素な胸当て(これも革製。というか序盤の防具は金属製のものは少ない。)を購入する。コートを装備する際に、キリトが姿見を見て「俺、だな……」と呟いていた。確かに、自分の姿そのものがこの世界にいることへの実感が湧かないのも分からんでもない。

 その後は、ポーション類などを金が尽きるまで買い込み、今回、この村に来た目的の1つである《森の秘薬》という名のクエストをやろうとしたのだが……。

「……そういや、このクエって本来1人用じゃなかったっけ?」

「「あっ」」

 キリトの言葉で思い出した。そう、このクエストは1回につき1人しか受注出来ないのだ。つまり、俺たち3人とも片手剣使いなので、合計3回もこのクエストをやらなければならないことになる。

「……どうする?」

「順番決めてやるしかないな。胚珠は1回で3つ集めればいいし、再受注可能になったらアイテムだけ渡せばいい」

「じゃあ、先ずはジャンケンだね」

 レインの提案を皮切りに、バッ!と音がしそうな勢いで俺たちは一斉に身構える。

「言っておくが、これはただのジャンケンじゃない。これは──強武器を誰よりも先に手に入れるための闘いだ!行くぞ!」

 ゲームにおいて、武器の強さは最も大事なソースの1つと言っても過言じゃない。いくらステータスが高くても、武器の性能が低ければ強力なモンスターを相手取ることなど出来ないだろう。それほど、性能の高い武器というのは大事なものなのだ。

 

 2人とも、声を発することなく首肯する。一瞬の静寂が訪れそして──。

「「「最初はグー!ジャンケンポン!」」」

 掛け声と共に、己の手を突き出す!

 それぞれの出した手を見ると。

 俺:グー、キリト:グー、レイン:グー。

 見事にあいことなった。勝負はまだそう簡単には終わらない、ということか。

「「「あいこで、しょ!」」」

 再び各々の手を出す。

 今度は全員パー。またあいこだ。

「「「あいこで、しょ!」」」

 全員チョキ。またしてもあいこ。3人ジャンケンで3回連続であいこが──しかも全員同じ手が続くのはそれなりに珍しい。アニメとか漫画ではよく起こるものなのだが。

 その後も4回目、5回目とジャンケンが続くが、いずれもあいこばかり。そろそろ決着をつけたいところだが──。

 そして、6回目。今度こそ終わりにしたいと願い、それぞれ魂を込めて手を出す。結果は──。

 俺はパー、キリト、レインがグー。つまり、俺の勝利だ。

「よしっ、勝ったぁ!」

 思わず、ガッツポーズをとる。誰よりも早くクエストを受けれるということは素直に嬉しい。

「くっそー、負けたかー……」

「あはは、負けちゃった」

 レインは仕方ないね♂といった感じだが、キリトは明らかに悔しさを顕にしている。やはり彼は根っからのゲーマーであった。因みに、俺のリアルラックは高い方で、スマホゲームのガチャでも高レアのキャラをぽんぽん出したりしたし、ジャンケンだって負けたことが殆どない。

「んじゃ、クエスト受けてくる」

 そう言って、俺は武器防具屋に程近い一軒家に向かって走り出した。

 

 

 そのクエストの内容は、病にかかった娘を治すために、森に生息する植物型モンスターから採れる薬の材料である胚珠を取ってきて欲しい、というものである。見事クリアすれば、今後の攻略に大いに役立つ片手剣が貰える。剣使いにとっては必ずといってもいい程にやっておいた方が良いクエストだ。もちろん、やるやらないかは個人の自由だが。

 中々に長ったらしい話を全て聞いたところで、クエストのログが更新される。それを確認した俺は、依頼主の家を後にする。

「思ってたよりも遅かったね」

「ああ、おかみさんの話が長くって」

「じゃ、さっさと終わらせようぜ。もう夜だしな」

 俺たちが村を出ようとすると、ちょうど午後7時を告げる鐘の音が村全体に響き渡る。もうそんなに経ったのかと思いつつ、森の奥に向かってダッシュする。途中で、誰かとすれ違った気もしたが、まぁ気のせいだろう。

 

 

 森で狩りをして約15分くらい経った。が、未だに目的のアイテムはドロップしない。

 今戦っているのは、《リトルネペント》と呼ばれる植物型モンスターだ。リトルと言う割には、1メートル半を越える大きさを持つ何とも言えん形状のエネミーである。ヤツは太い顔(?)アンド胴体の上部分と、移動のための足みたいな細い根っこの下部分があり、この上と下の境目が弱点となる。そのため、垂直斬りの《バーチカル》よりも、水平や斜めの軌道の《ホリゾンタル》や《スラント》が効果的である。

 ネペントが人で言う手の役割を果たすツタを振り回してくる。あのツタは先っちょがナイフのように鋭く尖っているので、当たるとそれなりにダメージを受ける。だが、俺はこれを難なく避け、隙だらけの弱点目掛けて《ホリゾンタル》を放つ。ソードスキルというのは、モーションに合わせて身体を捻ったりして意図的に威力を上げることが出来る。が、この技術はかなり集中力を使うので、少しでも切らすと最悪ソードスキル自体が不発に終わってしまうというリスクも孕んでいる。まあ熟達すればその危険性も少なくなるのだが、俺もキリトも、精々連続10回程度が限度だ。

 ザシュッ!といい音を出すと共に、敵のHPが一気に5割強も減る。本来なら3~4割なのだが、威力を意図的に上げているので、通常よりも多くのダメージを稼げる。弱点に攻撃を受けた植物モンスターは動くことなくその場でスタンしてしまう。当然、この好機を逃さず、2発目の《ホリゾンタル》で敵のHPを残らず消し飛ばす。その後、割れたガラスのようにその体躯が爆散する。

「出ねえなぁ……」

 今戦ったのは、普通のネペントだ。目的のアイテムを落とすネペントは、頭部の頂点に大輪の花を咲かせている通称《花つき》と呼ばれるヤツなのだが、そいつが湧く確率は、僅か1%程度かそれ以下である。その他にも、花の代わりに大きな実を付けている《実つき》がいるのだが、この実を割ると、仲間を呼び出す効果のある煙を撒き散らしてしまうので、間違っても破壊しないようにしたい。

「まぁ、確率ブーストしても、出にくいものは出にくいし、仕方ないよね」

 向こうで2体のモンスターを相手にしていたレインが、こちらに近づいて俺の呟きに応える。

 確率ブーストと言っても、ただネペントを狩り続けるだけなのだが。

「そうだな……ん?」

 カサカサ、と音のする方を見ると、そこにはなんと。

「「見つけた……!」」

 草むらから出てきたのは、俺たちが探し求めていた、《花つき》だった。やはりベータと変わらず、てっぺんに花を咲かせている。ノーマルと違う点は、見た目だけでなく、ステータスも通常よりも多少上がっているようだ。その証拠に、カーソルの色が普通のヤツが少し濃いピンクだったのに対して、こちらはより赤に近い色になっている。因みに、モンスターの強さはカーソルの色の赤の濃さで変わる。自分よりも強ければ真紅または薄めの赤、弱ければ白となる。手に負えない相手となれば、真っ赤を通り越して血の色になるらしいが。

「私が錯乱させるから、その隙に倒しちゃって!」

「ああ、分かった」

 ネペントが体を反らし、口を膨らませる。腐食液発射のモーションだ。浴びれば防御力が下がる上に武器でガードしても耐久力が減ってしまう、厄介な攻撃だ。しかし、避けてしまえばどうということはない。

 俺とレインがそれぞれ左右に跳び、その後に敵の口から腐食液が吐き出される。着弾点を見ると、地面が少し溶けていた。だが、俺たちはちゃんと回避したので、影響はない。

 続けてレインに対してツタを振るうが、彼女はこれを距離を詰めながら舞うような動きで避けていき、そのまま弱点に向かって攻撃する。ヤツのHPバーが2割減り、追撃を見舞おうとするが、敵の反撃にいち早く勘づいたレインは腕を咄嗟に引き戻し、側面に回避。一瞬、動きが止まったのを見逃さず、弱点を一閃する。刹那、動きを再開したネペントのツタが横薙ぎに振るわれる。レインはそれをジャンプし、紙一重で避ける。

「今だよ!」

「ああ、任せろ!」

 まだレインにタゲを向けている敵の茎に《ホリゾンタル》の一撃がヒットし、一瞬の手応えと共に、胴と根っこを両断した。切断された胴体が地に落ちるよりも早く、ポリゴン片になって霧散する。

 ネペントが完全に消えたのを確認して、腰の鞘に剣を収め、足元に落ちた球体を拾い上げる。これが《リトルネペントの胚珠》だ。

「やったぁ!1つ目ゲットだね!」

「ああ、幸先がいいな、今回は」

 同じく剣をしまったレインとハイタッチを交わす。

 ベータテストの時にもキリトと同じクエストをやったのだが、その時は2人で乱獲したにも関わらず、1時間経っても《花つき》が出て来なかったのだ。こんな短時間でお目当てのものが手に入ったのは、僥倖以外の何物でもない。

「こんなに早く手に入るとは思わなかったよ~。エミヤ君の運がよかったのかな?」

「んー……確かに、リアルラックは高い方だとは思うけど」

 こういうところで運が働くのは素直に嬉しいことだ。まぁ、その運が尽きるかどうかは別の話だが。

「おーい、2人ともー!」

 声のした方を振り返ると、こちらに向かってくるキリトと、見知らぬ男性がいた。年齢は俺たちと同じくらいだろう。その男は革鎧にバックラー、そしてスモールソードを装備している。一目見て分かった。彼は、元ベータテスターだ。それに、恐らく彼も──

「キリト、その人は?」

「ああ、紹介するよ。彼はコペル。俺たちと同じ、《森の秘薬》をやってるんだ。さっき向こうで出会ってな。今はパーティは組んでいないけど、一緒にネペントを狩ってたところなんだ」

 予想的中。初期武器よりも強いが、ネペントの腐食液に弱い《ブロンズソード》を装備していない点で既に察していたが、本当に当たるとは。

「へぇ、そうなのか。俺はエミヤ、よろしく」

「私はレインだよ」

「うん、こちらこそ、よろしく。……って、エミヤって名前、何処かで聞いたような……」

「えっ?き、気のせいじゃないかな」

 彼も俺のことを知っているのか。ベータテスターだから有り得なくもないことだが、自分の名が知れ渡っていると思うと、なんだか気恥ずかしくなる。

 とまあ、新たな仲間を招き入れ、残り2つの胚珠をとるために、さらに奥へと進んでいく俺たちなのであった。

 

 いや、残り3つだったか。

 

『……嫌な予感しかしないのだがな』

 

「……?」

「エミヤ君、どうしたの?」

 レインが俺の顔を覗き込んでくる。

「……はっ!?あ、ああ、いや、なんでもない」

「んー……ならいいんだけど……」

(──今の、声は……一体……)

 

 

 あれから、30分くらい経過したが、未だに2匹目の《花つき》は見つからない。ノーマルを狩り続けているうちに、レベルが3に上がった。

 聞き慣れたファンファーレと共に、俺の身体が淡い光に包まれる。

 3ポイント加算されたスキルポイントを、筋力に1、敏捷に2振る。

「レベルアップだね、おめでとう!」

「うん、ありがとう」

「随分と早いんだね。一体、どれだけ狩ったんだい?」

 今までに1時間経過したが、どうだろうか。数えるヒマなんてないし、そもそも数えようとも思わなかった。

「ざっと、100は越えてるだろうな」

 コペルの問いに、キリトが答える。大まかに数えていたのか。いや、恐らく勘だと思う。

「へぇ、そこまで狩っていたなんて……」

 その途端、コペルの言葉を遮るように、向こうでモンスターが湧いてくる。大雑把に積み上げられたポリゴンの塊は、やがて形を成していって──

「「「「あっ!」」」」

 その頂点には、先程見たのと同じく、真っ赤な花が咲いていた。

「しめた、2匹目だ!」

「まて、エミヤ!」

《花つき》に突っかかろうとした俺を、キリトが首根っこを掴んで静止する。

「えっ?」

「奥をよく見ろ。《実つき》だ」

 キリトに言われてよく見ると、確かにそこには赤い実をつけたネペントがいた。あれこそが《実つき》だ。噂によれば、《花つき》を放っておくと、《実つき》に変化するらしいが、真相は分からない。

 さらに、後ろからは数匹のノーマルタイプが。

「どうする?」

「……行こう。僕が《実つき》を抑えておくから、キリトが速攻で《花つき》を、2人は後ろのネペントを頼む」

「……分かった」

 提案者のコペルが、キリトの返事よりも早く、《実つき》に向かって走り出す。

「さて、キリトの援護に行きたいのは山々なんだが……先ずは──」

「うん、先ずは──」

 後ろを向き、同時に剣を鞘から抜く。

 

「この雑魚を倒さなくっちゃな」

「この雑魚を倒さないとね」

 そう言って、俺たちも地面を思いっきり踏み出した。

 

 僅か1分程度で全ての敵を仕留めた俺たちは、《実つき》を抑えているコペルの元へと向かう。

「悪い、待たせた!」

《花つき》をきっちり仕留めたキリトが叫び、コペルの元に走る。

 だが、その足が突然、ぴたっと止まった。

 何事かとキリトの視線の先のコペルを見ると、こちらに顔を向けて、口を開き。

「ごめん、3人とも」

 そう言って、相対するネペントに向き直って、剣を大きく振りかぶり、《バーチカル》を発動させたのだ。

 振り下ろされた剣は、実を割り、ネペントの体を断ち切った。鼻腔を刺激する臭いが撒かれると共に、モンスターは無数の欠片となって爆裂する。

「ごめん」

 もう一度謝り、コペルは近くの茂みに隠れる。

「え、な、なんで……?どうして、コペル君は実を──」

 コペルの意図を掴めないレインが震え声で疑問を投げかける。

「──《MPK(モンスター・プレイヤーキル)》。多数のモンスターを相手にけしかけてそいつらに殺させるっていう行為だ。俺も1度だけそれをされたことがあった」

 その方法は、何もSAOに限った話じゃない。他のオンラインゲームでも、そういうことは偶に起きる。現に俺は、その被害者となったのだから。

「じゃあ、なんでこんなこと……」

「生きるため、だと思う。アイツは俺たちを蹴落としてまで、自分の生存を優先させたんだ」

 コペルの中では、実を割ってネペントたちを集め、タゲを俺たちに集中させて殺させ、しかる後に胚珠を回収、何事もなかったかのようにクエストクリア、という寸法だったのだろう。だが、これには1つ、穴があった。

「でも、ヤツには《隠蔽(ハイディング)》は効かない。何せ視覚がないからな。つまり、コペルもネペントの集団からは抜け出せない」

 キリトの簡略な説明の後に、コペルの計画の穴についてこれまた簡単に話す。そう、ネペントに限らず、植物型モンスターには、視覚がないヤツが多い。どんなカタチを持っていても、所詮は植物だからだ。ではどうやって標的を認識しているか?答えは明瞭だ。視覚以外の感覚器官を用いているからだ。実際の植物にも、感覚毛という人間でいう触覚に相当するであろう器官が存在する。ハエトリグサがいい例だ。だが、ゲームの植物型モンスターには、触覚のみならず、聴覚や嗅覚の存在するものもいる。構造や原理はまるで分からないが。ゲームだから深く気にしてはいけないって?ごもっともデス。

「さて、どうする?このまま道を開くか、それとも──」

 キリトの言葉が一瞬、途切れる。が、再び口を開き。

「コペルを助けるか」

「私たちを殺そうとしたのに?」

 キリトの言葉に対し、抗議するレイン。確かに、誰もがそう言うだろう。しかし──

「俺たちが助けなければ、コペルも死ぬ」

「あっ、そっかぁ……」

 さすがに、そんなヤツに生きる価値なんてねぇ、なんて言うことはなかったか。

「それに、俺は見捨てられないんだよ。たとえ俺たちを殺そうとしたとしてもだ。目の前で誰かを失うのは、もう嫌なんだ……!」

 生前、俺は色んなモノを失った。切嗣を。桜を。そして、美遊を。だから、たとえ名も知らぬ赤の他人であろうと、俺の救える範囲であれば、極力救いたい。

「エミヤ君……」

「……そう言うと思ったよ。分かった、助けよう。俺は前をやる。2人は、コペルの救出に回ってくれ」

「「了解!」」

 急げ、と心の中で呟きながら、俺はネペント共の群れに突っ込んだ。

 

 sideコペル

 

 有り得ない。計画は完璧だったはずだ。なのに、何故、ヤツらは僕に向かってくるんだ……!?

 ハイドはちゃんと出来ている。距離も十分にとっている。でも、1部の標的は僕に向けられている。

 と、そこではっとなった。《隠蔽(ハイディング)》スキルはあくまでモンスターの()から逃れるためのものなのだと。こちらに寄ってくるネペントを細かく見ると、その顔には目がなかった。というか、初めから気づけたはずなんだ。そもそも植物には目がない。それはゲームとて同じことだと。

 デスゲームという状況下で、思考が甘かったのだろうか。僕は早々に理解していたはずなのに。結局、他の人と同じように、根底では恐怖が残っていたのか。

 こんな状況なのに、自分を嗤ってしまいそうになる。僕は、生きるどころか自決するのと同じような道を選んでいたのだ。

 ついに、ネペントが僕の前まで接近してくる。

「ひいッ!?」

 死への恐怖のあまり、その場にへたりこんでしまう。そんな無防備な僕に、敵の鋭いツタが振るわれ──

「おおおッ!」

 その一撃が、僕に届くことはなかった。

 

 side out

 

 

 どうにか間に合ったようだ。振るわれたツタは、すんでのところで俺の剣に切断される。

「エミヤ……どうして……」

「話は後だ。先ずはヤツらを仕留める」

 と言っても、その数は実に40を越える。俺たちにタゲを向けてきた、今まさにキリトが相手をしているネペントは僅か5匹。多分、コペルの隠れた場所が悪かったのだろう。

 そんなことは置いといて、先ずは目の前の相手に集中するとしよう。

 

 はっきり言おう。劣勢だ。何せ2人で20匹を相手しているのだから。それに、自然に湧いてくるヤツらも含めると、減るどころか増えてる気がする。

「エミヤ君、これじゃ埒が明かないよ!」

「くそっ、何か……何か方法は……」

 

 

『駄目だな。全くもってなってない。それではいつまで経っても劣勢のままだ。最悪そのガキ共々死ぬぞ』

 不意に、さっきも聞いた声が頭の中で響く。

『全く、これだから未熟者は。仕方ない。久しぶりに表に出てやるとするか。他者を巻き込んでも文句を言うなよ』

(──まさか、また()()が出るのか……?っ、やめろ!お前が出れば、何するか分かったもんじゃない!)

『今はすっこんでろ。どの道お前じゃあ役者不足だ。いいからさっさとその身体を寄越せ』

 その言葉の後に、エミヤの視界の前に2丁の拳銃を持った"黒いアーチャー"を幻視する。こういうことは何度かあったのだ。この、自らの中に潜む異物に身体を掌握される感覚を味わったことが。

「うっ、……おっ、おお……!」

 突然、激しい頭痛が襲う。痛みに耐えかねて反射的に頭を抱えてしまう。これも昔と同じ、現象の前触れだ。徐々に意識が薄れていき、身体が支配されていき、自分が自分でなくなっていく。

「エミヤ君!?」

 レインの叫びも、もう聞こえなくなっていた。

「や、や……めろ……!」

 必死に抵抗するが、時すでに遅し。

「お……あぁ……、ああああアアアアッ!!!!」

 彼の全ては、完全に支配された。

 再び項垂れ、然して顔を上げて、目を開く。その瞳は、黄金色に光っていた。

「エミヤ……君?」

 レインは何が起こったのか、理解が追いつかないようだ。それもそうだ。いきなり目の前のパートナーが頭抱えて発狂するなど考えられない。

「フッ……。無能共が、雁首揃えて」

 今までよりも、明らかに低い声。そんな声を洩らす口元は、まるで何かを嗤うように、醜悪な笑みを浮かべていた。

 

 

「シッ!」

 いつの間にかネペントに肉薄していたエミヤは、威力を最大限までブーストさせた《ホリゾンタル》で敵の弱点をぶった斬る。

 一撃必殺。目の前のモンスターが爆散する。

「これがソードスキル、か。全く、敵を殺すのに技を使わなければ決定打を与えられないとは、不便な世界だ」

 今の彼は、いつものお人好しな衛宮士郎ではなく、冷徹に、効率よく、感情を捨てた名もなき守護者(ロストマン)になっていた。

「おい、コペルとやら」

「えっ、な、何?」

 エミヤの圧に押されてか、コペルの声がやや上ずっている。

「死にたくなければお前も戦え。元はと言えば、お前の撒いた種だ。自分のケツは自分で拭え」

「う、うん、分かった」

 そう言って、コペルは立ち上がり、剣とバックラーを構える。

「お前らのような雑草は刈られるのが道理だ。大人しく消えていろ」

 剣を敵の群れに突きつけて、エミヤは挑発するかのように声を発した。

 

 sideキリト

 一転攻勢、とは正にこのことか。

 突如豹変したエミヤは、40ものネペントの群れを次々と狩ってゆく。

 その動作には、一切の無駄がなかった。ただ効率よく殺し、そのために卑劣な手を何度も使う。コペルを盾にしているところもあった。あまりに効率が良すぎて、俺が介入する余地がないくらいだ。

「何するんだ、エミヤ!」

 見ると、今まさにモンスターの前にコペルを引っ張って盾にしているエミヤがいた。

壁役(タンク)は大人しくガードでもしていろ、その盾は飾りか?」

「エミヤ、やっぱり変だよ……一体何が……」

「ごちゃごちゃ言ってないで、目の前の敵に集中しろ」

 さらっとコペルの言葉を受け流すエミヤ。こういうところも普段のアイツとガラッと変わっている。

 エミヤが突然豹変するのは、これが初めてではない。過去にも何度かあったことだ。その現場を、俺は何度も見てきたというのに、未だにあの変化には慣れない。

「エミヤ君、一体どうしちゃったの……?」

 レインも、アイツの豹変ぶりに唖然としていた。無理もない。今まで優しく接していたパートナーが、いきなり冷徹になったのだ。そして、何故そうなったのかも分からないときた。レインがああなるのも当然か。

「口よりも手を動かせ。伝令ならまだしも、無駄話などするんじゃない」

「…………」

 それからは、また無言で敵を屠り続けるエミヤ。的確に弱点を狙い、使えるものは何でも使う。

 あれだけ多かったネペントたちは、みるみるうちに数を減らしていき、とうとう最後の1匹となった。

「シャアアアアア!」

 最後の足掻きのつもりか、一瞬の隙を見せたレインにツタを振るう。

「しまっ──」

 しかし、その攻撃は、エミヤの刃に阻まれる。

「跪けッ!」

 そう言って、ネペントの茎を切断し、地に落ちた胴体を踏みつけて口に剣を突き立てる。直後、足共々ポリゴンとなって爆砕される。

「おい、怪我はないか」

 剣を収め、ぶっきらぼうに尋ねる。

「うん、ありがと……」

「そうか、ならいい」

 ぷいと顔を背け、また素っ気ない口調で呟く。だが、その顔が少しだけ笑っていたのを俺は見逃さなかった。

「さて、こんなものか。では、オレは戻るとしよう」

 エミヤが目を閉じると、さっきまでの凄まじい殺気は嘘のように消えていた。

 

 side out

 

 

「はっ!?」

 意識が一気に覚醒する。さっきの記憶はないが、アイツがまた俺の身体を使ったということは分かる。

「やっと戻ったか」

 声のした方を振り向くと、キリトがこちらに近づいて来た。

「?戻った?」

「一体、どういう……?」

 誰もが抱えるであろう、当然の疑問。だが、馬鹿正直に俺の心の中には未来の俺が2人いる、などと言えるわけもなく。

「……まあ、その、なんだ、ほら、アレだ。所謂二重人格ってヤツだよ。うん」

 こうやって誤魔化すしかないのだ。本当のことを話せば、きっとドン引きされるだろうからな。

「へ、へぇー……。──なぁ、みんな」

「「「ん?」」」

「どうして、僕を助けたんだ?僕は、君らを殺そうとしたのに……何で……」

 コペルがおずおずとそう尋ねる。俺たちを騙し、間接的に手をかけようとしたコペルは、他の人にとっては許されないことだろう。だが、彼は自分が生きるためにそうしたのであって、決して悪の道に走るためではなかった。故に、俺は助けた。

「お前が死ぬのが、嫌だったんだ。それに、お前は決して、進んで悪になろうとしたわけじゃないんだろう?だからだ」

「君たちは、僕を許してくれるってのかい?」

「そうだな。コペルの行動は悪意あってのものではないし、寧ろこの状況下だと、仕方の無いことだ。そうだろ?2人とも」

 デスゲームを生きるとなれば、彼以外にもそういう行為をする者もいるだろう。最悪、MPKではなく、直接自分の手でプレイヤーを殺す者も現れるだろう。そう考えると、コペルのやったことなどかわいいものだ。

「うん、そうだね。最初は許せなかったけど、本当の目的を知ったら、何だか共感しちゃった」

 キリトの問いに、俺は無言で首肯する。確かに、生きるために小を切り捨てるやり方は、どこか理解出来るものだ。

「……ありがとう、3人とも……うっ、うぅっ……」

 自分の犯したことが許されたと感じたコペルは、堪えきれぬ嗚咽を漏らす。涙は出ない。もしかして、現実の身体が涙を流しているのだろうか。

「もう気にしなくてもいいんだ。さあ、帰ろう、コペル。クエストを達成させるんだ。ちょうど胚珠も4つになったし」

「……うん……」

 そして俺たちは、最短ルートでホルンカの村に帰還した。

 その道中には、不思議とモンスターは1体も出なかった。

 

 

 

 

 




聖杯くん~リズベット編~

「このコーナーまだ続くのか……作者もネタが尽きかけてるらしいんだけどなぁ……」
「聖杯くーん!」
「む、リズ君、どうしたんだい?」
「私も最前線で活躍したいのよ~!」
「しょうがないなぁ、リズ君は」
っ出刃(ry「ダークリパルサー!」
「???」
「それ使えば最前線なんて余裕だよ」


因みに、聖杯くんの推しキャラはリズです。
自分はレインですね。最初はアスナかなーやっぱwwwだったのですが、メモデフやってたらなんだこの娘!?おぉー、ええやん、気に入ったわ、ってなりました。ゲーム版もやりたいっす……(切実)
感想&評価、お待ちしてナス!

次回 「第1層ボス攻略会議」
ぜってぇ見てくれよな!(悟空)


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第5話 第1層ボス攻略会議

ごめーん、待ったー?(唐突)
いや本当にお待たせしました。すいません。許してください何で(ry
そして謝罪の後は恒例?の補足。現実での士郎が投影出来るモノは、彼の中にいるエミヤとエミヤオルタ(デミヤはカルデア産\_(・ω・`)ココ重要!)の情報、そして士郎自身が見たモノです。
あっ、そうだ(唐突)UA5000突破しました。ありがとナス!てっきり3000くらいかと思ってたらいつの間に増えてました。
そして今回は、あの子が出ますよ。


 

 

 あの後、俺たちはコペルと別れ、拠点をトールバーナの町に移して第1層迷宮区攻略に勤しんだ。彼はどうやらボス攻略には参加しないようで、それ故ホルンカの村で別れたのだ。

 現時点で、ゲーム開始から1ヶ月経ち、2000人もの犠牲者を出した。しかし、未だにボスへは辿り着いていない。

 

 そして今、俺たちは迷宮区にてベータテストで何度も相手をした《ルインコボルド・トルーパー》と戦っている。

「──!」

 跳躍し、頭上から体重の乗った攻撃を仕掛けるコボルド。しかし、これはかなり避け易いので、サイドステップで難なく回避する。

「ハッ!」

 攻撃後の硬直で動きが止まったヤツ目掛けて、《ホリゾンタル》を繰り出す。水色の光を湛えた剣が、阻まれることなく敵の首をすっ飛ばし、残った身体ごとポリゴンとなって消える。

「この剣のカンは大分取り戻せてきたな……」

 今俺が使っている武器は、前に手に入れたアニールブレードを6回強化した、《アニールブレード+6》だ。内訳は《3S3D》、つまり鋭さに3、丈夫さに3ずつ振っている。このゲームでの強化値の種類は全部で5つある。さっきの2つに加え、重さ、速さ、正確さだ。これを英語表記にしてその頭文字を取ったものがさっきの《3S3D》といった風になる。キリト曰く、「いちいち鋭さが3で、丈夫さが3……なんて言うのがめんどいだろう」とのことで、ああいう呼び方になっている。因みに、パートナーであるレインのものは《3S3A》─鋭さ3、正確さ3─となっている。

「そろそろ、戻った方がいいんじゃない?」

 後ろから、聞き慣れた声がした。振り返ると、そこには少し離れた場所で狩りをしていたレインがいた。

「そうだな。そろそろ、会議が始まるだろうし」

 会議というのは、第1層の攻略会議のことだ。今日の昼過ぎに行われるとのことで、もちろん俺たちも参加するつもりだ。ここにはいないが、キリトも参加すると言っていた。ともあれ、参加する以上は遅れるわけにはいかないので、いつもより早めに狩りを終わらせ、俺たちは帰路についた。

 

 帰り道は、モンスターとは殆ど遭遇しなかったため、レインと他愛ない会話をしながら歩いていたが。

「ねぇ、あそこにいるのって、コハルちゃんじゃない?」

「ん……?ああ、確かに、コハルに見えなくもないな。それと……あと1人、誰かが一緒に戦ってるみたいだ」

 レインが指さした方向に目を凝らすと、そこにはベータテストで出会ったコハルと思しきプレイヤーと、紫がかった髪の女性プレイヤーがコボルドと戦っていた。あちらは2人だが、相手の数はなんと5匹。

「助太刀した方がいいかな?」

「いや、その必要はないかな。多分、すぐに終わるさ」

 俺の予想通り、5匹いたコボルドの群れは思ったよりも早く倒された。

 ベータテストの時よりも腕前の上がったコハルだが、それよりも圧倒的な存在感を見せつけたのは彼女と一緒に戦っていた女性プレイヤーだ。見た感じ俺たちと年齢はそう変わらなさそうなんだが、その力は相当なものだった。

「あっ、ほんとにすぐに終わっちゃった。またエミヤ君の予想が当たったね」

「まあ、そういうのは得意だから」

 さっきのように相手の力量が分かってしまうのは、やはり戦い慣れしてるからなのだろうか。もしくは別のなにかか。それは俺にも分からない。

「ともあれ、向こうは一段落ついたみたいだし、声でも掛けてみるか?」

「そうだね。おーい、コハルちゃーん!」

「……?あっ、レインちゃん!」

 あちらに向かって手を振るレインに気づいたのか、コハルが女性プレイヤーと共にこちらに駆け寄ってくる。

「久しぶり!元気にしてた?」

「うん。そっちも元気そうで何よりだよ」

「それで、その人は?……まさか、エミヤ君とか?」

 コハルが俺の方を向き、疑問を投げかける。

「ああ。俺がエミヤだ」

「へぇー……って、変わりすぎでしょ!?」

 気持ちは分かる。確かに、知り合いが劇的ビフォーアフターばりに変化したらそりゃあ驚く。

「えっと、その女の子は?」

 レインがコハルの隣にいる女性について質問する。俺はそのプレイヤーは恐らくベータテスターではないと推測した。なぜなら彼女は、顔すら見たことのない完全初対面の人だからだ。と言っても、それだけでテスターか否かを判断してもいいのかとも思うが。

「あっ、まだ言ってなかったね。ボクはユウキ!よろしくね!」

「ああ、よろしく頼むよ」

「こちらこそ、よろしくね!」

 口調を聞く限り、どうやら活発な性格の女の子のようだ。というか、ボクっ娘とはかなり珍しいな。アニメやゲームにしかいないと思っていたが、本当にいたとは。

「ユウキとは、成り行きでパーティー組んでたの。そしたら、すっかり意気投合しちゃって」

 詳細を聞くと、コハルがソロで迷宮区に潜っていたところ、同じくソロ狩りしていたユウキと出会い、どうせなら一緒にやらないかと話を持ちかけられ、迷宮区の出口までの即席パーティーを組んだのだが、同性ということもあってすぐに友達になり、ダンジョンを抜けた後でもこうしてパーティーを解散せずにしているのだという。どうやら、既にフレンド登録もしているらしい。

「なるほどな……あっ、そうだ。2人とも昼過ぎに行われるボス攻略会議に参加しないか?」

「「ボス攻略会議?」」

「ああ。人数は多い方がいいからな」

 俺の見立てでは、会議に参加する人数はフルレイドの48人には満たない、となっている。と言うのも、プレイヤーの大半がはじまりの街に篭っているので、俺たちのように迷宮区を攻略している者たちはごく少数の筈なのだ。なので、猫の手も借りたい、とまではいかないが、人数は多いに越したことはない。

「うん、行く行く!コハルも一緒に行こうよ!」

「ユウキが行くなら私も行くけど……大丈夫かな?レベルとか心配だし」

「問題ないと思うよ。2人とも最前線をソロで行ける位なんだし」

 レインも言った通り、迷宮区でソロ狩り出来るほどなのだから、レベルは恐らく10以上はあるだろう。このレベルなら普通にボス攻略の適正範囲だ。

「それもそうだね。じゃあ、行ってみようかな」

「決まりだな。というわけで、先にパーティーを組んでおこう。バラけるよりも4人で行ったほうがいい」

「だね。それじゃ、そっちから申請よろしくっ!」

 ということで、4人パーティーを組み、それからフレンド登録もして、俺たちはトールバーナの町に帰還した。

 

 トールバーナは、はじまりの街を除けば、第1層の各地に点在している町や村の中でも最大の規模を誇る。と言っても、やはりはじまりの街とは比べ物にならないほど面積が少ないが。この町に最初のプレイヤーが到達したのは、サービス開始から3週間後だそうだ。

 町村の中、通称《圏内》に入ったことを確認すると、溜まった疲れが一気に押し寄せてきた。肉体的なモノではなく、精神的な疲労だ。このSAOでは基本的に身体が疲れることやスタミナ切れを起こすことはない。なので、わざわざ息を整えたりしなくてもよいのだが、普段行っている行動というのは、不要だと分かっていても無意識にしてしまうものだ。

 そういえば、帰り道にもキリトを見掛けなかったので、もうこの町に戻ってるのかもしれない。

「っはぁ~、戻って来たぁ~!」

 町の入り口に入ると同時に、ユウキが思いっきり体を伸ばす。

「外じゃ集中力を切らさないようにしてるから、町に戻ると安心するね」

「そうだな。安全圏にいると、やっぱホッとするな」

 圏内では、モンスターは決して入って来れないし、PK(プレイヤー・キル)される心配もないので、緊迫した精神も落ち着く。デスゲームという状況下では尚更だ。

「会議まではまだ時間あるし、それまで自由行動だね」

 レインの言葉の後に時刻を見ると、午後3時を回っていた。これなら、多少ぶらぶらしてても遅れることはないだろう。

「ああ、一旦、ここで別れようか」

「じゃあ、4時に円形劇場に集合!……だよね?」

「うん、そうだよ。ってことで、また落ち合おうね」

 そうして、俺たちは一旦コハルたちと別れることとなった。パーティーも解散し、元の俺とレイン、コハルとユウキのメンバーになった。

「元気で活発な女の子だったね、ユウキちゃん」

「ああ、ああいう性格の人は頼りになる。今の状況で元気でいられるのはすごいことだ」

 そうやって、今日出会った少女、ユウキについて話していると、後ろから聞き慣れた声がした。

「あの女の子について気になるカ?」

「うわぁっ!あ、アルゴか……。急に脅かすなよ……」

「あっ、アルゴさん、こんにちは」

「こんにちは、レーちゃん。エミやんも元気そうだナ」

「まあな。……で、さっきの女の子ってのはユウキのことか?」

 今話しかけてきたのは、俺が確認している中でアインクラッド唯一の情報屋、アルゴだ。トレードマークは頬に描かれた3本のおヒゲ。ヒゲの理由は分かっているのだが、言わぬが花と言うやつだろう。もしその情報を聞き出そうものなら、10万コルは支払わなければならないことを覚悟しておくべきだ。

「そうダ。テスターでもないのに、とんでもなく強いって、どういうことなのかネ」

「何か知ってるんですか?」

 レインの言葉を聞くと、アルゴはにっ、と口元を吊り上げて。

「安くしとくヨ。500コル」

 案の定、金を要求してきた。まあ、情報というのは基本等価交換なので、金を払うのも当たり前なのだが。

「いや、やめとこう。女の子の情報なんて買うモンじゃない」

「ニシシ、いい心がけだナ」

 意地の悪い台詞と共に、これまた意地の悪い笑みを浮かべる。その顔を見ると、ある噂を思い起こしてしまう。

 曰く、「《鼠》と5分話していると、100コル分のネタを抜かれる」というものらしい。確かに、あの怪しげな笑いを見ればそう言われるのも必然だろうと思う。因みに、《鼠》というのは彼女の通り名のようなものだ。これには的を射てるとしか言い様がない。

「少し、アルゴと話してくるよ」

「うん、また後でね」

 そう言って、小さく手を振るレインに見送られながら、俺たちは近くの路地裏に移動した。

 

「そういや、キリトには会ったか?」

「キー坊カ?それなら、さっきここで少し話したヨ」

「話……ああ、アイツの剣についてか」

「その通り。ニーキュッパまで上げたそうダ」

「ははあ、大きく出たな。でも、キリトは売る気はないんだろう?」

 キリトがアルゴとした話、というのは彼の剣を売って欲しいという誰かさんの交渉の話だ。俺もその旨をキリト本人に聞いている。

「そうだナ。キー坊はあの剣に愛着でもあるのかネ」

「まあ、3層まで世話になるし、1度の失敗もなく+6に出来たから、アイツとしては手放したくないんだろうな」

 +値を上げるには、武器鍛冶スキルを持ったプレイヤーか、鍛冶屋のNPCに金と素材を積むしかない。だが、1層に鍛冶職のプレイヤーなどいるはずもないので、NPCに頼むしかない。しかし、NPCがやると成功率が割と低めなので、正直運任せになる。さらに、武具には《強化試行上限数》というシステムがあり、その詳細は成功失敗に関わらず武器ごとに指定された上限数までしか強化出来ない、というものだ。アニールブレードの上限数は、確か8回なので、ノーミスで6回成功出来たのはかなりすごいことだ。そんな剣を、キリトがおいそれと手放すとは考えられない。俺だってどんなに金を積まれても売ることなんてしない。

「そっカ。まああそこまでもってくるのには相当な根気がいるだろうし、キー坊の気持ちも分からんでもないナ」

「キリトは、根っからのゲーマーだからな。というか、アイツが譲る気ないんなら、その交渉は無理筋なんじゃないか?」

「オレっちも何度も依頼主にそう言ってるんだけどナ。どうやら奴さんにとっては多額のコルを払ってでも欲しいシロモノなんだろうナ」

 ここまで来ると、向こうの目的も知りたくなるが、別にその事についてコルを払う気にはならないので、やめておくことにする。

「そうか……。ともかく、変化なしってとこだな。んじゃ、俺はそろそろ行くよ。時間が押してるからな」

「ああ、それじゃあナ」

 これ以上、アルゴと話すと今度は100どころか300コル分のネタを抜かれそうなので、話を切り上げてそそくさと退散した。

 

 時間を見ると、既に4時前になっていた。もう円形劇場に行かなければならない頃合いだ。

「悪い、待たせた」

「あっ、やっと来た。もう時間ギリギリだから、早く行こう」

 俺は首を縦に振り、レインと共に劇場に向かった。

 

 俺の予想通り、集まった人数はフルレイドにギリギリ満たない46人だった。その中には、見たことのある顔もいれば、ほぼ初対面の者もいる。劇場をぐるりと見渡すと、隅っこ辺りに俺の親友、キリトとフードを被ったプレイヤーがいた。腰に下げてるのはレイピアか。

「キリト!」

「エミヤ、やっと来たか。もうすぐ始まるから、座った方がいいぞ」

「そうだな。よっこらせっ、と」

 キリトの隣に腰掛け、レインもそれに倣う。そして、1つの疑問を問うてみる。

「その人は、一体?」

「ああ、迷宮区で倒れてたところを助けたんだ」

「へぇ、キリトが人助けとは……まあ、よろしく頼むよ、細剣使い(フェンサー)さん」

「……よろしく」

「こちらこそ、よろしくね」

 フードから見える口から、愛想のない声が辛うじて聞こえた。声からして、多分女性だ。

「ナンパとは大胆だな、キリト」

 隣の女子2人に聞こえないように、耳元でボソッと呟く。

「バッ、そんなんじゃないって!俺はただ、彼女の持つ迷宮区のマップデータが目的であって、決してそんな邪なことを考えてるなんてことはない」

「どうだか」

「……」

 俺が茶化すと、キリトの顔が赤くなる。こんな顔もするから、女の子と勘違いされることもあるんだよなあ。

「何を話してるのかなぁ?」

「さぁ、分からないわ」

 どうやら、俺たちの会話には気づいてないようだ。

 その後、4時になったがまだ始まらないので、少し談話していると。

「ごめん、ちょっと遅れちゃった」

「もう、4時集合だって言ってたのに」

「ごめんごめん、次からは気をつけるよ」

 ユウキとコハルが小走りでこちらに向かってきた。これで、人数はレイド上限ぴったりの48人となった。

「大丈夫だ、まだ始まってないよ」

「ふう、よかった〜。危うく途中参加になるところだったよ」

 こちらに来たユウキたちがレインの隣に座ると同時に。

 

 パンッ、パンッ、パンッ、っと手を叩く音が響き渡った。

 視線をやると、下のステージに鎧を纏った青髪の男性がいた。

「はーい、それじゃ、5分遅れだけど、そろそろ始めさせてもらいます!」

 朗々と響き渡る声に皆が一斉に男性の方を向く。よく見ると、彼の顔はベータテストで何度か見たことがあった。というか、彼とは即席のパーティーを組んだこともあったし、会話も交わした。その時も、今とそう変わらない見た目をしていた。

「今日は、オレの呼びかけに応じてくれてありがとう!オレはディアベル、職業は気持ち的にナイトやってます!」

 その言葉に、あちこちから笑い声やら拍手やらが飛んだ。それに混じって、「SAOにジョブシステムなんてないだろー!」「ホントは勇者って言いてーんだろー」などというのも聞こえてくる。

 会場が静まると、ディアベルがまた口を開く。

「今日、オレたちのパーティーが、あの塔の最上階で、ボス部屋に続く扉を発見した」

 彼の発言は、会場をざわつかせるに足るものだった。何せ、俺たちでも辿り着けなかった最上階まで到達し、その上ボス部屋の扉まで見つけたと言うのだ。

「ここまで、1ヶ月かかったけど……それでも、オレたちは、ボスを倒し、第2層に到達して、このデスゲームそのものもいつかきっとクリア出来るんだってことを、はじまりの街にいる皆に伝えなきゃならない。それが、今ここにいるオレたちプレイヤーの義務なんだ。そうだろ、皆!」

 会場が再び沸く。今度は拍手に加えて口笛を吹いている者もいた。ディアベルの最もな発言に、異を唱える者は誰もいない。

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 しかし、1人の闖入者が拍手喝采を静寂に変える。ぴょんぴょんと階段を降り、ディアベルと同じステージに立つその男は、俺も見たことのない人物だ。というか、頭が、その、ドリアンみたいで吹き出しそうになる。現にレインの隣のユウキはクスッと笑っている。というか、転生前に見た並行世界の衛宮士郎の記憶の中に、全く同じ声の金ピカがいたような気がするのだが。

「わいはキバオウってもんや。こん中に、死んでいった2000人に、ワビぃ入れなあかん奴らがおるはずや」

 そう言って、劇場の群衆に向かって指を突きつける。

「キバオウさん、君の言う奴らとはつまり、元ベータテスターの人たちのこと……かな?」

「決まってるやないか」

 その後に続いた言葉を纏めると、《ベータ上がり共はゲーム初日にビギナーを見捨てて消えて、効率のいい狩場やクエを独り占めして自分たちだけ強くなっても初心者のことは知らんぷり。この中にもいるはずだ、ベータ上がりだということを隠している小狡い奴らが。そいつらに土下座させて、金銭とアイテムを全て貰わなければ、命は預けられないし、預かれない》といったものだ。

「あの言葉はさすがにないんじゃない!?」

 キバオウの主張に文句でもあるのか、ユウキが小声で呟く。

「……いや、ある程度は合ってると思う。確かに、俺たちテスターの行為は傍から見ればそう感じるだろう」

「でも、死んじゃった人たちの中にはそのベータテスターもいるんでしょ?」

 俺が鎮めようとするが、ユウキは止まらない。

「ああ、そうさ。俺だってそれを言いたい。けど、今ここで言っても意味はない。君の気持ちは分かるが、今は事を荒らげないでほしい」

「むぅ、分かったよ」

 頬を膨らませて不服そうにしながらも、ユウキは口を閉じてくれた。

 ユウキの言葉の通り、死んだ者の中には元ベータテスターもいた。その数はアルゴの推測だが、ざっと300人。デスゲーム開始直後にいたテスターは恐らく700〜800人位だと思うので、結構な数の人たちが命を落としている。

 

「発言、いいか」

 その時、大きく張りのある声が響いた。見ると、そこにはキバオウの下へと歩み寄る巨漢の男性が。

(でけぇ~っ、190以上はあるぞ〜!)

 と思わず心の中で叫んでしまう。あそこまでデカいと多分ハーフだと思う。日本語上手いし。でもアフリカン・アメリカンという線もある。

 というかデカい。とにかくデカい。背中の両手斧が小さく見えるくらいだ。

「オレの名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、元ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーが沢山死んだ、その責任をとって謝罪、賠償しろ……ということだな?」

「そ、そうや」

 巨漢であるが故の迫力に気圧されそうになるキバオウだが、すぐにさっきの調子に戻る。

「あいつらが見捨てへんかったら、死なずに済んだ2000人や。アホテスター共がちゃんと情報やら金やらアイテムを分け合うとったら、今頃は2層3層まで突破出来とったはずなんや!」

 その2000人の内300人はアイツの言うアホテスターなのだが、それは言わない方が無難だろう。

「あんたはそう言うが、情報はあったぞ。このガイドブック、あんただって貰っただろう。あちこちの町や村の道具屋で無料配布してるんだからな」

 そう言って、腰のポーチからメモっぽいアイテムを取り出す。表紙には鼠のマークが。アルゴが販売しているガイドブックだ。俺もレインも貰っている。その本には、クエや狩場、エリアごとのモンスターの情報やらが網羅されている。俺たちもそうだが、ビギナーなら尚更重宝するシロモノだ。

「む、無料配布だと?」

 俺の隣でキリトがそう言う。確か、キリトが先に買った時は500コルしていたが、後から無料になったのだ。

「……わたしも貰った」

 今まで滅多に口を開かなかった細剣使いが囁く。キリトが「タダで?」と尋ねると、こくりと頷く。

「値段が0コルだったから皆貰ってたぞ」

「ど……どうなっているんだ……」

 まあ、キリトが驚くのも無理はない。アルゴは情報屋の鑑のような人物なので、情報を無料配布なんてありえないのだが、まあ彼女なりの理由があるのだろう。

「貰たで。それが何や」

 再び、キバオウの口から彼の頭のような刺々しい声が漏れる。

「これを配布していたのは、元ベータテスターたちだ。あんたも思っただろう?情報が早すぎると」

 周りが一斉にざわめく。これにはキバオウも黙るしかないようだ。

「いいか。情報はあったんだ。なのに2000人ものプレイヤーが死んでいったのは、彼らが他のMMOゲームと同じものさしで計っていたからだ。だが今は、その責任を追求してる場合じゃないだろ。オレたちがそうなるかどうかは、この会議で左右されると思っているんだがな」

 エギルの発言はどれも正しく、キバオウも付け入る隙がないくらいだった。それに彼は終始堂々としており、キバオウの態度にも動じなかった。それを見ると彼の性格の良さが伝わってくる。

 

「……みんなに、言いたいことがある」

 その時、意を決したかのように、ディアベルが口を開く。

 プレイヤーたちも彼の一変した態度にざわついている。

「言わないでおこうかと思っていたけれど、ここで言おう。──オレは……元ベータテスターなんだ」

 その途端、ざわめきが一気に大きくなった。「嘘だろ!?」「マジで?」

 という声がちらほらと上がってくる。

「……それは本当なんか、ディアベルはん」

 面食らった顔をしたキバオウが驚愕の声を漏らす。

「ああ、本当だ。オレも、君の言った通り、ゲーム初日にはじまりの街を出て、自分の生存を優先していた。俺のやっていたことは、他のテスターと何ら変わりないんだ……」

「だが、あんたも元ベータテスターなら、このガイドに1枚噛んでいたんじゃないのか?」

「……!」

 エギルの言葉に、ディアベルは開いた口が塞がらかった。

「言っただろう?情報はあったと。あんたらテスターが情報提供しなかったら、犠牲者は更に増えていただろう。何も、元ベータテスターだけが悪いわけじゃない」

「確かに、そうかもしれんな……」

 この事実には、キバオウも認めざるを得なかったようだ。そんなエギルの言葉に突き動かされて、無意識のうちに俺は声を張り上げていた。

「ああ、エギルさんの言う通りだ」

 俺の声に反応して、全員が俺の方に向く。キリトたちも「えっ!?」という風な顔をしている。もうこうなったら言いたいこと全部言ってやる。もうどうにでもなれ、という心境でステージに出る。

「何や、ジブンは」

 キバオウがキッ、とこちらに鋭い視線を向ける。

「俺の名はエミヤだ。キバオウさんが言うように、俺たちテスターは街を飛び出した。傍から見れば初心者を見捨てたように見えただろう。けど、それは違う。テスターだって、このゲームを一刻も早くクリアしたいという思いでやってたんだ。余計な犠牲者を出さないように。それに、彼らの中にはビギナーに手を差し伸べている人もいた」

「「「「「……」」」」」

 エギルもディアベルも、キバオウも、そしてここにいる皆も、何も言えないようだった。

「過程や手段はどうあれ、目的は皆同じなんだ。あなただって、このゲームをクリアしたい、ここで死にたくない、と思っているだろう。キバオウさん」

「そ、そうや。わいだって、こんなクソゲームの中で死にとうない」

 初心者にもテスターにも共通の意志がある。生きたい、という強い意志が。だからテスターだって頑張っているのだ。

「こんな状況でテスターがどうとか言ってる場合じゃない。例えテスター全員の助けがあっても、犠牲が増えるのは変わりない。このゲームでは、生きるか死ぬかだ。そしてなるべく犠牲者を出さないためには、皆の結束が大事なんだ。こうやっていがみ合ってたら、クリアなんて夢のまた夢だ。それに、2000人の犠牲者の中には、キバオウさん。あなたの言うアホテスターもいるんだ」

「そ、そうなんか……?」

 どうやら、キバオウは初めてその事実を知ったようだ。彼はテスター全員が生き残っているとでも思っていたのだろうか。

「そうです。テスターだって、全員が強いわけじゃない。中には、ビギナー同然の人もいる。情報、アイテム、技量、武具。確かにこれらはこのゲームで生きる上で重要な要素だ。けど!本当に大切なのは精神面での問題だ。決意のないまま街を出たって、死んでしまうだけだ。テスターだって、状況を未だに飲み込めず、はじまりの街から出てない者もいる。だけど、ここにいるのは決意を固めた者たちだ。テスターだろうが初心者だろうが関係ない。そんな人たちが手を取り合ってボスを倒し、皆に希望を与える。それが俺たちのするべきことだろう!」

 一通り喋り終わると、次々に歓声が飛んできた。どうやら、彼らは俺の言葉に賛同してくれたみたいだ。羞恥心を押し殺して熱弁したかいがあったというものだ。

「どうかな、キバオウさん。まだ文句があるかな?」

「……いいや、もう何も言えへん。ジブンの言う通りや。確かに、こんなとこで争っとる場合やなかった。悪かったな、ジブンらテスターを罵ってもうて」

 彼も分かってくれたようだ。ともあれ、事が終息して良かった。

「いいんですよ。分かってくれてなりよりです」

 そして、融和の証ということで、キバオウと固い握手を交わした。

「じゃ、ディアベルさん。会議の続きをしてもらえますか」

「ああ。皆、聞いてくれ!エミヤさんの言う通り、今は皆がテスターとそうでない者の垣根を越えて一致団結すべきなんだ。オレだって、経験者として皆を率いたいという気持ちがあったから、この会議を開いたんだ。皆も同じ気持ちだろう!」

 何度かの歓声。あちこちから「その通りだ!」「俺だってこのゲームをクリアしたいからここに来たんだ!」と、彼の言葉に賛同する声が響いた。

「色々あったけど、一旦この会議は終了したいと思う。この後、有志を募ってボス部屋の調査をする。我こそはという者はオレに着いてきて欲しい。エミヤさん、あなたも来てくれないか?」

 言葉の矛先を俺に向けられて、少したじろぐが。

「あ、ああ。俺で良ければ」

 快諾してしまう辺り、やはりお人好しなのは変わらないのかと思ってしまう。根底では誰かのためになりたい、という正義の味方としての心があるのだろうか。

「ありがとう、エミヤさん。では、これにて1回目の会議を終了する。では、解散!」

 その声の後に、40数人の人たちが会場を後にする。

 

 

 翌日の夕方、再び会議が行われた。今度はディアベルの要望で、俺も前に出ることになった。少し恥ずかしいが、仕方ない。

「では、実際に見て分かった情報と、ガイドブックの情報を報告しよう」

 その言葉と共に、ディアベルが1歩前に出る。

「ボスの名は、《イルファング・ザ・コボルドロード》。取り巻きに、《ルインコボルド・センチネル》が計12匹湧いてくる。ここからは、エミヤさんに言ってほしい」

 俺は大きく頷き、ディアベル同様1歩前に出る。

「昨日ボスを見てきたけど、武器は斧とバックラー。ここまではベータと変わらない。そして、最後のHPバーが赤になるとガイドブックではタルワールを使用すると書いてあったが、ボスの背中を詳しく観察すると、武器はタルワールではなく、野太刀に変わっていた。こうなれば、ボスが使うスキルは《曲刀》ではなく、《カタナ》になる。だから今から、知ってる人は少ないだろうから、ボスの使う《カタナ》スキルについて説明する。キリト、レイン。お前らも前に出てくれ」

 キリトたちの方に手招きすると、キリトが「お、俺!?」と驚きの声を上げた。レインも少々驚いているようだ。やっぱり俺1人じゃ恥ずかしいので、キリトたちにも来てもらおう。《カタナ》のことを知ってる奴がいるのは大きいからな。

 その後は、もうめちゃくちゃに《カタナ》スキルについて説明し合い、情報を広め、2回も意見を交換した。

 

 パーティーを組む時、キリトがえっ、てなってたが、最終的には俺、キリト、レイン、コハル、ユウキ、そしてアスナという名のレイピア使いのメンバーになった。

 

 ディアベルは実務面でもも中々のものだった。まず、ディアベル、キバオウのパーティーを主軸にし、重装備のタンク部隊と長モノを持つサポート部隊を2つ。さらにアタッカーを1つ。そして俺たちのパーティーは経験者が3人もいる、ということで、状況に応じてボスと取り巻きの両方を相手取る役目を担った。何気に大変かつ重要な役割だ。

 一通り終わったのを見計らって、ディアベルが締めの言葉を言う。

「攻略会議は以上だ。最後に、アイテム分配についてだが、金は全員で自動均等割り、経験値は、モンスターを倒したパーティーのもの、アイテムやLAボーナスは、ゲットした人のものとする。例え、元テスターたちが取っても、文句を言わないように。異存はないかな?」

 多少ざわざわしているが、意見の述べる者は誰もいない。

「明日は、朝10時に出発する。では、解散!」

 ディアベルの一声と共に会議が終了し、集団は町の宿やレストランに向かって散っていった。まあ、テスターを良く思わない人たち(1部だけだが)と和解出来て本当に良かった。さて、明日はボス戦。この戦いが人々の希望になることを信じて、精一杯頑張らなければな。

「明日、頑張ろうね、エミヤ君」

「ああ。必ず勝とう」

 言葉を交わす俺とレインを、煌めく夕日が照らしていった。

 

 

 

 

 




はい、ということで、出ましたね、ユウキ。病気?今作では最初から生存ルートですが何か?いやあ、個人的にはユウキには生きていてほしいので、つい。さらに今回はベータテスター反対派との和解ルートになっております。やっぱり、何事も丸く収めたいですね。
お次は恒例のアレです。


聖杯くん~PoH編~

「よう、聖杯くん(bro)
「おや、PoH君じゃないか。どうしたんだい?」
「このゲームは退屈でな、何か楽しめるモノはないか?」
「そういうことなら任せて」
っ出刃包丁「殺し屋育成キット~!」
「これは……」
「殺しって、楽しいよ?」
「ふっ、それもそうか」


次回「confronting」
意味は対峙する、だそうです。


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第6話 confronting

遅スギィ!さすがにまずいですよ!ちょっとこれは更新頻度をあげなきゃいけませんねぇ……。それはそうと、FGOのクリスマスイベ、皆さんはBOXどれだけ開けましたか?自分は……5箱です(震え声)
とりあえず、最新話をどうぞ。


 

 

 SAOの中で夢を見るなんて、ありえないと思っているだろう。しかし、私は夢を見た。幼い頃に生き別れた、妹の夢。でも、突然空間が真っ暗になり、気づけば、私は全く別の場所にいた。

 特に変わった所のない、普通の町だ。いや、1つだけ、変わったモノがあった。

「何、あれ……」

 視界に入ったのは、町を飲み込むドーム状の黒いナニカ。それは規模を徐々に拡大していき、あらゆるモノを破壊していた。

 周りを見ると、黒い闇から必死に逃げる人々がいた。そのうちの1人に、とりあえず話を聞こうと引き止めてみたのだが。

「あ、あのっ──」

 伸ばした手は、スッと空を切る。そうだ。ここはまだ夢の中なのだ。町の人々が私の存在を感知するなんてことはない。

 というか、このままではあの闇によって町が完全に飲み込まれてしまう。かといって、あれを止める術なんてある訳ない。そう思っていたのだが。

「えっ!?」

 突如、眩い光が闇を覆い、激しい閃光と共に消し去ったのだ。

 突然の出来事が連続で起こりすぎて、もう頭が混乱しそうなのだが、逆にこれ以上考えることをやめて、光の発生源に向かうことにした。

 

 

 道路は当然、渋滞を起こしていた。警備員が必死に車を誘導している。出来れば手伝いたいが、今の状態では出来っこない。これじゃあ車は当分動けないだろう。が、人間ならその限りではない。

 先に進もうとしたその矢先。私の傍の車から話し声が聞こえた。

「くそっ……、これ以上は車では無理か……」

「キリツグ、俺先に行く!」

 ドアを開け、1人の子どもが勢いよく飛び出す。

(──!?あの子……!)

 その子どもは、私のパートナーと同じ見た目をしていた。顔は彼よりも幼いが、赤銅色の髪はそのままだ。

「もしかして、エミヤ君……なのかな」

 だとしたら、今私は幼い頃のエミヤ君の夢を見ている、ということになる。他人の夢を見るなんて2次元のことだけだと思っていたが、現実でも有り得るみたいだ。

「待てシロウ、シロウ!」

 キリツグと呼ばれた男が止めるも、エミヤ君は止まらずに走っていった。

 人に気づかれることはないのを利用して、私も『KEEP OUT』と書かれたテープを跨いで彼の後を追いかけた。

 

 

 ──後で気づいたが、今の私は物や人をすり抜けるので、別にテープを跨ぐ必要はなかったかもしれない。

 

 

 竹林の道をエミヤ君と共に走る。最も、目の前の彼にとっては1人で走っているふうにしか感じていないだろうが。

 道に沿って走ると、長い竹林をようやく抜ける事が出来た。

「うわ、何これ」

 まず目に飛び込んできたのは、直径数百メートル位の巨大なクレーター。やっと広いところに出たってのに、また色々とすごいものを見せられた。

 

 

 チリン、チリン。

 

 

 何処からか鈴のような音が聞こえたので、横を向いて見ると、クレーターの傍の家屋に少女がちょこんと座っていた。その子は私たち、いや、エミヤ君の存在に気づいたのか、顔をこちらに向ける。

「……君は?」

 瞬間、エミヤ君の声を遮るように、家を支えていた柱が折れ、支えを失った屋根が倒壊した。

(駄目、まだ倒れないで!)

 私の祈りが通じたのか、家屋の倒壊がまるで時を止めたかのように静止し、そのおかげでエミヤ君は少女を救出することに成功した。

「今のは、一体……」

 今起こった現象はなんだったのだろうか。私じゃ到底理解出来ない。倒壊が不自然に止まるなんて、まるで魔術みたいだ。いや、魔術そのものかもしれない。まさか、あの子がやったのか……?しかし、これは魔術と呼べるものかは分からない。一応、私は魔術師の端くれだけど(才能は妹の方が優れていたが)、こんな奇蹟は初めて見た。誰かの願いに呼応する──そう、まるで聖杯のような……。

「……苦しい」

 エミヤ君に抱かれた少女が口を開く。

「母様以外に抱っこされたのはじめて」

 母様以外、とはどういうことなのだろうか。まさか、彼女は家の人以外の人物に触れられたことはないのか。でも、どうして……?

 しかし、考える暇を与えずに、夢は覚めてしまった。

 

 

「はっ!?」

 目を覚ましたのは、前から利用している宿屋。どうやら、1連の出来事は本当に夢だったようだ。

 時刻は9時半。私は急いで用意をし、集合場所に向かった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 12月4日、午前10時。今日この日、1ヶ月かけて攻略された迷宮区の最上階に鎮座する《イルファング・ザ・コボルドロード》討伐作戦がいよいよ決行される。ここに至るまでの道のりは決して短くはなかったが、ようやくゲームクリアへの第1歩を踏み出せる。

 集合場所は噴水広場。そこには俺たちを含む48人のプレイヤーが集まっていた。

「はぁ……」

「……昨日のことか?」

「あぁ……」

 昨日のこと、というのは、俺とキリトが使っている宿(と言っても、ドラ〇エのように《INN》の看板の付いた宿屋ではなく、農家の2階を丸ごと借りているだけだが)の風呂を借りていたアスナが着替えようとしたアルゴと遭遇し、驚いたアスナが風呂から出て──おっと、これ以上はいけない。因みに、俺はいち早く危機を察知して外に退散していたので被害はない。

「まあ、考え事にかまけて注意力がお留守になってたお前もお前だよ」

「そりゃあそうだけどさぁ……思い出したら腐った牛乳ひと樽ってのはちょっと」

「女性ってのは恐ろしいモンなんだ。割り切ってくれ」

「妙に、説得力があるな」

 キリトの言葉に、誤魔化すようにあはは、と笑う。平行世界の俺は、女性の恐ろしさを何度も味わったそうだから、説得力があるのも頷ける。

 その後、取引について聞いてみると、どうやら向こうがキャンセルしたらしい。どういう風の吹き回しだとは思ったが、この際深く考えないようにしよう。

 

 

 時間が10時ぴったりになったところで、ディアベルが噴水の縁に立ち、みんなの注目を浴びていた。

「みんな、いきなりだけど──ありがとう!たった今、全パーティー48人が、1人も欠けずに集まった!」

 直後に、沢山の歓声と拍手が広場に響く。俺も、周りに合わせて手を叩く。

「今だから言うけど、オレ、実は1人でも欠けたら今日は作戦を中止しようと思ってた。でも……そんな心配、みんなへの侮辱だったな!オレ、すげー嬉しいよ……こんな、最高のレイドが組めて!」

 ディアベルの叫びに応じるように、拍手喝采がさらに強まる。少しは緊張感を持った方がよいのではと思ったが、まあ大丈夫だろう。

「みんな、もうオレから言うことはたった1つだ!」

 そう言い、腰の剣を抜き放つ。

「──勝とうぜ!」

 それと同時に、広場全体を鬨の声が揺らす。かくして、ディアベルの励声を以て、ボス攻略作戦が始まったのだった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 迷宮区への道中はとても賑やかだった。思えば、ベータテストのときもあんな感じだった気がする。これからボス戦だというのに、この雰囲気はさながらピクニックや遠足のようだ。時折モンスターが現れたりするが、腕のいいプレイヤーたちが瞬殺してくれる。後ろからも敵が湧いてきたが、すかさず殿を務めている俺たちが率先して倒す。

 

 

「すっごい賑やかだね。まるで遠足みたい!」

 集団の雰囲気に影響されたのか、ユウキも子どものようにはしゃいでいた。いや、彼女もまだ子どもか。

「はは、遠足か。確かに、そうとも言えるかな」

「ベータテスト?のときもこんな感じだったの?」

「んー……、そういうときもあったし、ないときもあった。まあみんなの気分次第だな。もしくは、単に恐怖を誤魔化そうとしているだけなのかもしれない」

 質問を投げかけるユウキに、簡潔に答える。

「そっかぁー。でも、何事もこういうふうに楽しくやる方がいいかな」

「……それも、そうか」

 思えば、今は色んなことを精一杯楽しんでいるが、生前は美遊のことで頭がいっぱいで何かを楽しむ余裕などこれっぽっちもなかった。ゲームだって、キリトに勧められるまで手をつけたことすらなかったのだ。

 SAOは完全なる非日常なのに、それすらも楽しいと思っている自分がいる。まあ、俺は聖杯戦争を経験した身なので、この状況もあたかも日常であるかのように捉えることが出来るのだろう。

「……俺も、ずいぶんと変わったな……」

「?何か言った?」

「いや、ただの独り言さ」

 その後も他のみんなと話していると、いつの間にか迷宮区の入口に着いていた。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 午前11時に迷宮区に着いて、その1時間半後の12時半に最上階に到達した。死者は今のところない。フルレイドでの戦いは殆どの人が初めてだろうに、1つのミスもないのは、やはりディアベルの采配によるものだろう。その的確さは彼は現実でも何かのリーダーをやっていたのかと思うほどだ。

 とまあ、そんなこんなでディアベル率いるレイドパーティーは巨大な扉の前にたどり着いた。

「……作戦を再確認しよう。まず俺たちは2人1組を3つに分けて行動する。状況に応じてボスに回すか雑魚に回すかを分ける。それでいいな?」

 俺の言葉にキリト、アスナ、レイン、コハル、ユウキが頷く。なぜ無言で首肯したのかというと、ここで声を出してしまうと亜人型モンスターに気づかれてしまうからだ。

 確認を取った後に、ディアベルがこちらに近づいてきた。

「エミヤさん、君たちのパーティーはどんな状況にも対応出来るように、真ん中に配置してほしい」

「ああ、わかった」

 ディアベルの指示通りに、隊の真ん中につく。

 やがて、全てのパーティーを並び終えたディアベルが前に出て、剣を掲げる。みんなもそれに応え、一斉に各々の武器を抜く。

「──行くぞ!」

 それを見て、青髪の騎士は扉に当てた手を押した。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 当然、ボス部屋の中は前に見た時と変わりはない。前に進む毎に、壁に設置された松明に火が灯り、部屋が徐々に明るくなる。この空間自体はめちゃくちゃ広いというわけでもなく、精々が奥行き100m、左右の幅がその半分程度といったところだ。そしてその奥の玉座に座するここのボス。

 こちらがある程度進行したところで、偉そうに座っていたデカブツが巨体に似合わぬジャンプ力を見せつけ、空中で1回転してから着地する。あれだけ軽やかな動きをするクセに図体はデカいので、着地すれば地響きが起こり、衝撃がこちらにまで伝わってくる。

 ボスの咆哮と共に、4段のHPバーと英語で書かれた固有名が頭上に表示される。《Illfang the kobold Lord》。コボルドの王イルファング、と訳すべきか。

 さらに、奥の壁の穴から《ルインコボルド・センチネル》が飛び出してくる。

 ボスがこちらに突進するのを皮切りに、討伐戦が始まった。

 

 

「せぇい!」

 掛け声と共にセンチネルの攻撃を弾く。コイツは軌道が読みやすいので、容易にパリィ出来る。

「スイッチ!」

 すかさず、後ろのパートナーに合図し、後退する。

「やぁぁっ!」

 レインの放った《ホリゾンタル》が、センチネルの首をスパッと切断する。ウィークポイントの首を断ち切られ、青い光を伴って爆裂四散する。

「……よし」

 それにしても、彼女の剣筋はかなりの精度だ。鉄兜と鎧の間の首を1発で斬るのは中々難しい。レイン自身の腕と、鋭さと正確さに3つずつ振った剣が合わさって出来る芸当と言えよう。

「H隊、こちらに数人回してくれ!」

 雑魚を倒し終えた直後に、ディアベルの声が飛ぶ。H隊、とは俺たちのパーティーのことだ。ここは、彼らに1番近い俺とレインが向かう。

 見ると、HPバーは3本目の半分に達していた。ボス戦にしては早い方だ。

 後ろでポーションを呷り、HPが回復するまで待つA隊に代わって、俺たちがボスに挑む。

「グルアァァッ!」

 雄叫びと同時に振り下ろされた骨斧を、B隊リーダーのエギルが豪快に弾く。その横を通り抜けて、それぞれ《バーチカル・アーク》と《スラント》を叩き込む。

 硬直が解け、正面の攻撃に備えてか、イルファングがバックラーを前に構える。しかし、それを読んだ俺はレインとアイコンタクトを取り、左右に位置取る。そして、ほぼ同時に《ホリゾンタル》を食らわせ、HPを削る。

「一旦下がろう!」

「うん!」

 A隊の復帰を確認し、入れ替わる形で後退する。敵に背を向けるのは危険だが、今は壁役(タンク)がいるので安心だ。それでも過信してはいけないが。

 

 

 少し経って、ボスのHPが4段目にまで減った。それを見て、再び取り巻き共の相手をする。

「そらっ!」

 敵の首目掛けて《スラント》で攻撃するが、切断までには至らない。センチネルが技の衝撃でノックバックするが、直ぐに体勢を立て直し、手に持った鈍器で殴りかかる。これをサイドステップで回避し、今度は《ホリゾンタル》できっちりと仕留める。俺の左では、レインがユウキたちと協力して雑魚を倒していた。

 その時。ボスに張り付いていた隊が歓声を上げる。ちらっと頭上を見ると、HPが4段目の1/4になっていた。

「油断するな!武器が野太刀に切り替わるぞ!」

 ディアベルの指示がプレイヤーたちに伝わり、C隊がボスを囲む。

 イルファングが斧とバックラーを投げ捨て、背中から鈍い光を放つ野太刀を抜刀する。そして、空高く飛び上がる。

「馬鹿っ、取り囲むな!()()が来るぞ!」

 C隊に向けて叫ぶが、彼らが気づいた頃には、ボスの《旋車》が6人全員を吹き飛ばした。オマケにスタンまで付いている。

「追撃がくるよ!」

「その前に止める……!」

 硬直時間の解けたイルファングが狙うのは、正面にいるディアベル。

 野太刀を両手で持ち、左腰に下げるモーションは《浮舟》だ。ダメージはさほどではないが、あれを食らうと次のコンボに繋がるため非常に危険だ。《緋扇》でも食らったら間違いなく死ぬ。

 ディアベルを浮かせようとする野太刀を《レイジスパイク》で逸らす。そのおかげで、彼へのダメージはゼロだ。

「大丈夫か?」

「ああ、ありがとう、エミヤさん」

「1度後退させろ。ここは他の隊が受け持つ」

 頷き、C隊を下がらせる。そこに、H、B、E隊が集う。

「んで、どうするんや、エミヤはん」

「昨日も言ったが、《カタナ》はタルワールに比べて非常に早い。B隊で攻撃をガードし、囲まないよう注意しながら反撃する。だよな、キリト」

「ああ、とりあえずはヒットアンドアウェイを心掛けよう」

「来るで!」

 キバオウの叫びの直後に、イルファングが居合の構えを取る。居合系の《辻風》だ。その左右から、センチネルたちも接近してくる。

「雑魚コボはわいらに任せとき!」

「頼む!」

 

 

「オラァッ!」

 エギルの《ワールウインド》が技を相殺させる。そこにキリトが《スラント》を、アスナが《リニアー》を放つ。

 続いて、イルファングが野太刀を上段に構え、振り下ろす。レインが《バーチカル》で弾こうとするが、ヤツの腕が下に向き、下段に回る。上下ランダムに放たれる《幻月》というソードスキルだ。

「きゃあっ!」

 彼女の細身の身体が切り裂かれ、HPが3分の1削られる。《幻月》は硬直時間が短い。よって、起き上がる間に追撃を食らってしまう。ボスがのしのしと肉薄し、《緋扇》を放とうとする。あれを受ければ、レインは──いや。

「させるものかぁぁぁ!」

 そんなことは、俺が絶対にさせない──!

(頼む、間に合え!)

 筋力と敏捷力にものを言わせ、全速力でボスに向かって駆ける。全力ダッシュと共に上段突進技の《ソニックリープ》で迎え撃つ。

 何とか間に合い、初撃を叩き落とすことでその後の連撃をストップさせることに成功する。

「スイッチ!」

 俺の掛け声に応じて、ユウキとコハルが出て、《レイジスパイク》と両手槍基本単発ソードスキル《スティンガー》で攻撃し、ダメージを稼ぐ。

「キリト!」

「ああ!」

 隣のキリトに合図し、一緒にイルファングへと立ち向かう。

「勝負しようぜ」

「望むところだ」

 激しい雄叫びを乗せて振り下ろされるカタナをパリィし、向こうに接近し。

「「おおおぉぉぉっ!!」」

 2人同時に放った《ソニックリープ》がボスのHPをゼロにし、その巨体は青白いポリゴン片となって四散五裂した。

 

 

 少しの静寂の後、プレイヤーたちの歓喜の叫びが部屋全体に響き渡った。ハイタッチをする者、肩を組み合う者、熱い抱擁を交わす者もいる。俺はそれに構わず、ウインドウを確認するが。

「あぁあああ!LA(ラストアタック)ボーナス取られたあぁぁ!」

「はっはっはー!今回は俺の勝ちのようだな!」

「まあでも、黒のコートなんて俺の趣味じゃないし、上層に行けばそれよりもスペック高い防具なんていくらでもあるし」

「あはは、負け惜しみは良くないぞ」

「う、五月蝿い!」

 どうやら、軍配はキリトに上がったようだ。イルファングのLAボーナスは《コート・オブ・ミッドナイト》と呼ばれるロングコートで、もちろん性能は下層では高い方だ。

「見事な指示と剣技だった。コングラチュレーション。この勝利は、あんたたちのものだ」

 途中の英単語をすごいネイティブに言ってのけるエギルに面食らいつつも、自然を装って応じる。やっぱり彼はハーフか外国人なのではないのだろうか。

「ありがとう、エミヤさん、キリトさん。君たちH隊がいなければ、この作戦は失敗していたかもしれない。本当に、感謝している」

「その、なんや。まあ、色々と、助かったで。またよろしゅうな」

 今度は、ディアベルとキバオウが感謝の言葉を述べる。こうやって正面から言われると、むず痒くなる。

「俺たちは、当たり前のことをしたまでです。それが、攻略組の……ベータテスターの義務ですから」

「義務……か。あんたらベータテスターには悪いことしてもうたな。ずっと疑ってたけんど、テスターにもジブンらのような善人がおるんねんな」

「ええ。ですから、俺たちテスターにあまり悪い偏見を持たないでくれると助かります」

「せやな。これからは、そうさせてもらうで」

 そして再び、俺とキバオウは握手を交わした。

 

 

「では、俺たちは2層の転移門をアクティベートしに行きますね」

「ああ、頼む」

 俺が率いるH隊は、次の第2層の主街区に向かうために、玉座のさらに奥にある階段を登る。

「あなた、戦闘中にわたしの名前呼んだでしょ。教えてもないのに」

 と、アスナがキリトに問うている。

「ぷぷぷっ……」

 その質問に、ユウキが笑った。他のみんなも何とも言えない表情をしている。どうやら、知らなかったのは彼女だけらしい。

「な、何よ、みんなして」

「だって、左上にHPバーと一緒に書いてあるじゃん」

 ユウキの指さした方向にアスナが顔ごと向こうとするが、「そうじゃなくて」と顔を固定される。

「あっ……。なぁんだ、こんなところにずっと書いてあったのね」

 今まで身近にあったのに気づかなかったことが可笑しかったのか、ふふっと笑う。

 やがて、2層へと続く扉へとたどり着く。ここから、また新たな1歩が踏み出されるのだと思うと、何だかやる気が湧いてくる。

「みんな、行こう!」

「「「「「ああ!(うん!)」」」」」

 全員が俺に応えた後に、俺は勢い良く扉を開け、第2層の大地に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 




特に言うことはないです。

聖杯くん~MOREDEBANコンビ~

「出番が!」
「欲しいです!」
「リズくん1人じゃないのか……(小声)。まあまあ落ち着きなよ。これあげるからさ」っ出刃
「「……は?」」
「持っておいて損は無いよ?(ゲス顔)」

次回は幕間です。



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幕間 2層でのヘンな出来事

何気に新年初投稿。もう1ヶ月1投稿が普通になってきてますね。ずっとFGOのイベントやらスマブラやらをやってました。忙しい。幕間なので文字数は少なめで。あっ、そうだ(唐突)。お気に入り100件&UA8000越えです。ありがとナス!こんな更新頻度の遅い作品を読んでくれてウレシイ…ウレシイ…。




 

 

 あ……ありのまま起こったことを話すぜ!『ヤツ』は俺を担いでそのままあいつらから逃げたんだ……!そして、『ヤツ』は俺をぶん投げて……!な……何を言ってるのか分からねーと思うが、俺も何をされたのかよく分からなかった。頭がどうにかなりそうだった。ハンマー投げとか、人間砲台だとか、そんなチャチなモンじゃあ断じてねぇ……。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。

 まあ、これから詳しく話してやるよ。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ここは第2層。草原と岩が目立つ所謂サバンナフィールドで、多くの牛型モンスターが闊歩している。もちろん、それ以外のmobも出現するが。

 俺たちは、第2層の転移門をアクティベートした後、忍者2人組に追われていたアルゴを助け、エクストラスキルの1つ《体術》の情報を教えて貰い、俺は1日と少しで課題をクリアし、ベータの終盤で世話になったそのスキルを会得してそそくさと帰った。ついでに、アルゴのヒゲの正体も教わった。まあ、俺は知っていたが。

 その数日後、《マロメ》の村である作戦の会議に参加し、今は主街区《ウルバス》近くのフィールドで狩りをしている。

 ここら辺に出現するモンスターは、この層のメインと言っても過言ではない《トレンブリング・オックス》とその雌《カウ》、あとはワスプ系とワーム系が多い。俺たちが狩っているのは、オックスとカウの方だ。本命はカウなのだが、数が少ないのでさっきからずっと雄の方しか見かけてない。

「で、何でカウを狩ろうとしているの?」

 と、数十体ものオックスを狩ったところで、レインが雌牛狙いの目的を尋ねてくる。

「ああ、今日の飯にしようと思ってさ」

「めし?」

「実は、1層の時から料理スキルを上げててな。ステーキにでもして、キリトと食おうと思ってるんだ」

「へぇー、それで……」

 当のキリトは、確かアスナと一緒に《ウインドフルーレ》の強化素材を集めるために《ウインドワスプ》狩りに行ってるんだっけか。行く前にアスナがケーキがどうこう言ってたから、多分《トレンブル・ショートケーキ》を食っていくと思う。いや、あのキリトのことだ。絶対に俺の料理も食うだろう。アイツ、俺の作った料理好きだからな。

 などと考えていると、前方に新たなモンスターが湧いた。雄の2倍位の体躯。角はなく、和牛というよりも乳牛に似た見た目をしている、ちょっとした小ボス的なモンスター。そいつの名は。

「《トレンブリング・カウ》だ!」

「──って、こっち来るよ!?」

 ソイツは湧出(ポップ)するや否や、俺たちに向かって猛然と突進して来た。あんな体高2メートル強のヤツの体当たりを食らったらひとたまりもないので、しっかりと回避する。

 敵に避けられた牛は勢い余ってそのまま岩に激突。フィールドの岩などは基本破壊不能(イモータル)オブジェクトなので壊れることはないが、あの勢いなら壊れてもおかしくはないだろう。

 

 

 当然、その隙を逃すことはしない。

 まず《バーチカル・アーク》でしっかりとHPを削る。次にレインが《ホリゾンタル・アーク》を叩き込む。カウはまだ動かないので、硬直が解けると同時にその場を飛び退く。

 とここで牛が動きを再開し、2度目の突進をしてくる。それに合わせ、俺も上段突進技の《ソニックリープ》を放つ。タイミングはほぼ同時だが、やはり剣の方が射程が長いので、敵の攻撃よりも先にその頭を縦に両断する。

 消滅エフェクトには目もくれず、ウインドウを覗く。コルとEXPの下に表示されるドロップアイテムの中には、お目当ての《トレンブリング・カウの肉》も入っていた。

「やったぜ。」

 1発ゲットとは、今日は運がいいな。さて、お目当ての食材が手に入ったし、そろそろ帰るとしよう。

 

 

 その夜。宿の異なるレインと一旦別れ、こちらも予めとった宿に向かう。その途中で、1人の職人プレイヤーが店じまいしているのを見かける。言うまでもなく、(多分)アインクラッド初の鍛冶職人のネズハだ。昼間に一悶着あったのを見かけたので、名前は知っていた。そして店から少し離れた木の下に隠れている男もいた。間違いない、転生して初めて得た親友、キリトだ。

「……何してるんだ?」

 俺の声に、キリトは驚いたような顔をし、何故か大袈裟に静かにするように促す。

《ベンダーズ・カーペット》に鍛冶道具を置き、ウインドウを操作するネズハ。すると、カーペットは道具を巻き込み、あっという間に筒状に変化する。このアイテムは上に乗せた物を収納できるという効果がある。だが、使い所はかなり限られてくる。それを担ぎ、少々重い足取りで南ゲート側へ向かう。

 ある程度距離が離れたところで、キリトも動き始める。気になるので、俺もついて行く。

「もしかして着けてる?」

「ああ。なんと言うか、違和感を感じて」

「なんだそりゃ」

 変わった理由と彼の何処ぞのスパイを真似た様になってないアクションにちょっと辟易しつつ、俺もキリトに倣う。

「まるで怪盗団みたいだぁ……」

 と、俺のスタイリッシュな動きに感嘆しているキリト。意識している訳ではないのだが。ましてや叛逆の意志なんて持ってないし。

 

 

 到着したのは、南東エリアにあるバーだ。アニメや映画でありがちなスイングドアがそれっぽい雰囲気を醸し出している。

 ドアの前で止まっていたネズハが店内に入る。それと同時に、ドアで遮られている中の音が響く。

「ネズオ、おかー!」

「「…………え?」」

 どうやら、仲間がいたようだ。彼は1人だと思っていたが、これは予想外だ。

 詳細を知るべく、俺たちはドアまで近づく。が、やはり先程の音は一切聞こえて来ない。《聞き耳》スキルがあればその限りではないのだが、生憎取得していない。というか、俺たち攻略組にとってはほとんど必要のないスキルなので、取ることはまずない。仕方ないので、バレないようにドアを徐々に押す。ある程度傾けたところで、ようやくさっきの声が聞こえた。

 やけに甲高い声だ。多分酔っているのだろうか。このゲームの酒はアルコールの類いは入ってないのだが、雰囲気で酔う、なんてこともある。所謂《場酔い》だ。

 最初こそは彼らの会話に耳を傾けていたが、そのうち、俺の視線は1人の男に注がれていた。低層ではかなり珍しいカソック風の服を身に纏った人物だ。背を向けているので顔は見えないが、その後ろ姿からは独特の雰囲気を感じる。

「店主、お代わりだ」

 ここで、カソックの男が口(こちらからは見えないが)を開く。彼の声に聞き覚えがあるのは気のせいか。

 NPCのマスターが男の前に透明な液体と氷の入ったグラスを滑らせる。中身は恐らく、ジンだ。

(あの男、何処かで……)

 そこまで思考した途端、キリトがいきなり俺の襟を掴み、木に貼りつく。俺たちが《隠蔽(ハイディング)》スキルを発動させると同時に、ドアからリーダーっぽい男が出てくる。なりからして戦闘職なのは明白だ。しばらくきょろきょろしていたが、やがて視線を外し、店の中に戻る。

 壁に寄りかかり、「ふぅ……」と息をつくキリトだったが、何を思ったのか、突然北に向かって猛ダッシュし、直ぐにその姿を消した。

「……本当に、どうしたんだ、アイツ?」

 その疑問は、案外早い内に解決することになることは、まだ知る由もない。

 

 

「──もぐもぐ……これ、美味いな。やっぱエミヤの料理は最高だな」

 戻ったキリトに今までの出来事を洗いざらい吐かせた後、俺は《トレンブリング・カウ》のステーキを振る舞っていた。ってか、女子の部屋に入るのって、相当な勇気がいるってのに、コイツときたら……ある意味尊敬に値する。まあ状況が状況ってこともあるかもだが。

「そうか。それは良かった」

 まだスキルの熟練度は高くないのだが、どうやら美味しく出来たようだ。

「……にしても、強化詐欺、ねぇ」

「ああ。手段は分からないけど、ネズハがそうしたのは間違いない」

「手口が分からないんじゃ、どうしようもないな」

 SAO以前のMMORPGにも、強化詐欺は存在するし、1度渡したらその武器を所有者が見ることは出来ない。なので、詐欺かどうかなんて分からない。しかし、ここはVRだ。渡すときも打つときもプレイヤーの目がある。よって、すり替えておいたのさ!なんてことは難しすぎて出来やしない。問題は、どうやってすり替えたか、だと思う。

「……そうだな……。今出来ることと言えば、情報を集めることぐらいだ」

「ま、この話は一旦置いとこう。明日はフィールドボス戦だからな。寝坊するなよ、キリト」

「って、まるで俺も参加するみたいな言い方だな」

「みたいな、じゃなくて本当に参加するんだよ」

「……へ?」

 俺の言葉を聞いたキリトがぽかんとした表情になる。

「既にディアベルやキバオウにも話しておいた。今更行かない、なんて言えないぞ。大方、ボス倒した後のパーティーがメンテしてるときに迷宮区の宝箱を根こそぎ取ろうって思ってるんだろ?」

「あはは、なんのことだろう?」

 コイツの考えなんて大体分かる。ベータ版でも同じようなことをしていたからな。あの時は汚い手を使ってボスのラストアタックを取りまくっていた。まあ、俺もだけど。

「とぼけても無駄だ。ほら、早く寝るぞ」

「……ちぇー」

 ふくれるキリトをよそに、俺は電気を消し就寝した。

 

 

 翌朝。キリトには先に行かせた。理由は特にないが。キリトが出た10分後に、俺も宿のチェックアウトを済ませて集合場所に向かう。

 その道中、急ぐ必要もないので歩いていると。

「うわっ!」

「おっと」

 路地裏から現れたプレイヤーとぶつかってしまった。マンガとかでよくある展開である。

「す、すいません」

「いや、気にすんな。ボーッとしてたこっちの落ち度だ」

 そのプレイヤーは、黒ポンチョを装備した男だった。彼の声には、何処か惹き付けられるものがあり、1種のカリスマ性ってのを感じた。しかし、彼には統率よりも扇動の方が向いてそうだ。あくまで直感に基づいた感想だが。

「まあ何にせよ、周りには気をつけた方がいいな。オレも、アンタも。じゃあな、機会があったらまた会おうぜ、ブラウニーさんよ」

「……っ!?」

 後ろを振り向いたときには、彼の姿はもうなかった。

『──胸騒ぎがするな』

 突如、心の中で声が発せられた。赤い方だ。

(どういうことだ)

『なるべく、さっきのヤツに接触しない方がいい。アレは、いつか何かをしでかすもしれん』

(……心には留めておく)

 やがて、声はしなくなった。アイツの勘は当たる方なので、嫌でも気になってしまう。

「いや、今は関係ない」

 頭の中の考えを振り切るように首を横に振り、広場へと足を進めた。

 

 

 第2層のフィールドボス、《ブルバス・バウ》が配置されている盆地にたどり着いた俺たちは、直ぐに陣形を整える。

 人数は15人。フィールドボスの攻略としては多い方だ。俺やキリトたちはディアベル側に着き、ユウキとコハルはキバオウ側に着いてもらった。ディアベルパーティーの残る1人は、彼の仲間のリンドという名の人物だ。控えには、オルランド、クフーリン、ベオウルフの3人。どれもすごく聞き覚えのある英雄の名だ。クフーリン、ベオウルフに関しては特に。オルランドは、ローランとも呼ばれ、絶世の名剣(デュランダル)を持つシャルルマーニュ十二勇士の1人である聖騎士だ。もちろん、本家には及ばないが、投影可能だ。

 

 

 戦闘開始と同時に、キバオウ隊の重戦士(タンク)が威嚇のスキルを使ってタゲを取る。ボスはそれに釣られて、盾を構えた戦士に向かって猛然と突進する。その勢いは、昨日のカウの比じゃない。

 激突の凄まじい音が響き、盾から仮想の火花が散る。本来なら吹き飛ばされるが、重戦士2人は何とか踏み留まる。

「今ッ!」

 俺の叫びに応えたディアベル隊のキリトたちがボスの側面に回り、各々のソードスキルを放つ。

 こちらに頭を向ける牛だが、再びタンクの威嚇がタゲをあちらに逸らす。

 再度の衝突。これもしっかりと受けきる。そしてソードスキルによる総攻撃。これを繰り返していれば必ず勝てる。ベータでもそれは変わらなかった。

 結果、多少のミスはあったものの、見後フィールドボスの討伐に成功した。その後は、計画通りに1度村に戻り、アイテムの補給と武器のメンテを済ませたところで、迷宮区に突入した。

 

 

 迷宮区、5階。ディアベルたちは先の階に行き、俺とレインはレベリングを兼ねてあるモンスターとの戦いの勘を取り戻すべくその場に留まった。

 今対峙しているのは、《レッサートーラス・ストライカー》だ。見た目はRPGなどで見るミノタウロスのソレである。重そうなハンマーを持ち、服の類いは腰巻きのみというなんとも衝撃的な装いだが、まあこれが最もポピュラーなミノタウロスだろう。と言っても、あちらはただのヒトガタの牛だ。

 コイツらは《ナミング・インパクト》と呼ばれる固有の技を使用する。これを食らうと一定の確率でスタンしてしまう。さらに受けると最悪麻痺のデバフがついてしまうので、あまり食らいたくない技だ。

 

 

 早速《ナミング・インパクト》を放ってくるトーラス。だが、バックジャンプで難なく避ける。隙だらけの牛人に《スラント》からの《バーチカル・アーク》がいいダメージを与える。硬直の解けた牛がのしのしと歩み寄ってくるが、すかさずレインが止めの《レイジスパイク》できっちりと仕留める。

「GJ!」

「そっちこそ、いい動きだったよ」

 サムズアップする俺に、輝くような笑顔で応えるレイン。その姿に、少しドキリとしてしまう。

「ま、大体の勘は取り戻せたかな」

「そうだね。時間もかなり経ったし、今日はここまでにしよう」

「ああ、そうだな」

 と、来た道を引き返したまでは良かったのだが……ここで、思わぬハプニング(?)に巻き込まれることになるのだった。

 

 

 俺たちレジェンド・ブレイブスは攻略組と一旦別れ、早めに帰還する途中だった。しかし、それを遮るように、《レッサートーラス・ストライカー》が行く手を阻む。

「ちっ、またか」

 と、ベオウルフが毒づく。ここ、3階でのエンカウントは既に10回に達しているので、そうなるのも無理はない。

「いいじゃないか。経験値も結構旨いしな」

 悪態をつくベオウルフを、我らがリーダー、オルランドが窘める。数は3体。気は抜けない。

 ギルガメシュとエンキドゥが先行し、1体目のトーラスを倒す。

 続いて、俺ことクフーリンとベオウルフで2体目を屠る。

 そして、3体目をオルランドが仕留めようとしたのだが──。

「ブモォォォォォ!」

 雄叫びをあげて、俺の方にダッシュして来たのだ。

「はぁ!?」

 そして、ジャンプしつつのナミング・インパクト。避ける間もなく、ナミングを食らった俺たちは、みんなスタンしてしまう。

 追撃が──!そう、思ったのだが。

 ガシッ。

 っと。トーラスが俺の頭を掴み。そのまま何処かへと走っていったのだ。

「「「「ク、クフーリン!」」」」

 徐々に小さくなっていく4人の声。しかし、俺はそんなことを気にする余地などなかった。

 

 

 

 

「……一思いに殺してくれ……」

 

 

 

 

「──でさ、そのステーキが好評だったってわけだ」

「良かったね、喜んでもらえて。あっ、そうだ。今度、エミヤ君の料理を食べさせてよ」

「ああ。食材があれば、いつでも作ってあげるよ」

「本当!?やったぁ!」

 今話しているのは、料理の話題だ。彼女は現実では料理が出来るらしく、特にロシア料理が得意なのだと言う。SAOでリアルの話をするのは1種のタブーになっているのだが、まあこのくらいなら大丈夫だろう。

 と、共通の得意分野の会話に花咲かせていたところに。

 ドドドドドド、とものすごい勢いで突っ込んでくる《レッサートーラス・ストライカー》が乱入して来た。その右手にはハンマーはなく、なんとレジェンドブレイブスのメンバーが1人、クフーリンを持っていたのだ。

「何だあれ!?」

「シュール過ぎて……何も言えない……!」

 その姿に俺たちはただ困惑するだけだ。そもそも、トーラスがプレイヤーを持って走り回るなんて聞いたこともない。これも製品版で追加された挙動なのか。

 と、間合いに入った牛人がクフーリンさんを振り回す。ブオン、と空気を断つ音を立てながら放たれる攻撃を避け、武器になっている槍使いに声を掛ける。

「クフーリンさん!?何してるんですか!?」

「知らねぇよ!」

 どうやら、当の本人にとっても予想外の出来事だったようだ。

 さて、攻撃の後の隙を突いて一気にケリをつけようとするが。

 目の前のトーラスはその隙すら与えずに、クフーリンさんを回転を付けつつぶん投げた。あまりにも奇抜な技に、対処出来る筈もなく。

「待て待て待て待て!何だそりゃあぁぁぁー!」

「な、何だ、その未知のソードスキrぐわああああっ!!!」

 まさに、回転して突撃する蒼い槍兵(ブーメランサー)と呼ぶに相応しい技だ。……我ながらいいネーミングだ、とすこーし思ってしまった。

 まともに食らった俺のHPは一気に3割程削られ、クフーリンさんに至っては全損……なんてことは流石にない。

「クフーリンさんが死んだ!」

「この人でなし!」

「いや俺まだ死んでねぇし!」

 とまあ、こんなちょっとした騒動があったのだった。

 

 

 

 

「あれ?ワイらの出番は?」

 ないです。

「なんでや!」

 

 

 

 

 

 

 




カソックの男……一体何峰綺礼なんだ……?
今回はカニファンネタを少し採用。バーサーカーに似た体格のトーラス族、槍使いのクフーリンと来ればこれしかないだろう!ってことで書きました。


クフーリン「俺って不遇じゃないか!?」
聖杯くん「仕方ないね(レ)」


次回「キリト、ギルドに入るってよ」





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第7話 キリト、ギルドに入るってよ

最近だらしねぇな!?

ずっと言い忘れていましたが、受験勉強のため、更新が亀並に遅くなります。ご了承ください。そしてホントに申し訳ございません。




 

 

 そのニュースが報道された時、しばらくわたしは状況を理解出来なかった。それは、ミユも同じだった。SAOがデスゲームと化したなんて、小学生の頭で直ぐに理解出来るハズもなかった。

 やがて思考が追い付き、全てを認識したわたしとミユは思いっきり泣いた。

 お兄ちゃんが、もう2度と目を覚まさないって考えると、悲しみのあまり沈んでしまいそうになるくらいに。一応、ミユに確認を取ってみたのだが、ナーヴギアには、ヒトの脳を焼く位のスペックはあると彼女は言った。それを聞いて、わたしはさらに絶望した。もしお兄ちゃんが死んでしまったらって、考えたくもなかったけど、こういうときに限って容易に想像出来てしまった。

 その後、泣き疲れてちょっとウトウトしてたら、お医者さんが来て病院にお兄ちゃんを搬送したそうだ。

 どうやら、ちゃんとした設備の下でお兄ちゃんのような、SAOに囚われた人たちを看護するってことらしい。

 

 

 そして、あれから2ヶ月位が経った、ある日。

「お兄ちゃん、大丈夫かなぁ……」

「心配しなくても、お兄ちゃんは絶対にゲームをクリアして、目を覚ましてくれるから」

「……うん、そうだよね。いつかきっと、現実世界に戻ってくれるよね」

「ん。だから、私たちは、お兄ちゃんを信じて待とう?」

 ミユの言葉に、小さく頷く。

 少し呼吸の荒いお兄ちゃんを見ていると、今も必死に戦っているのかな、と思うときがある。ゲームの外からはお手伝い出来ないけれど、こうして心の中で無事を祈ることくらいは出来る。

 今、この病室にいるのは、わたしとミユだけだ。お父さんたちはお仕事が忙しいから、ここにはいないけれど、誰よりもお兄ちゃんを心配している。だって、お知らせを受けてから直ぐに日本に帰ってくる程だからね。その後、また海外に戻ったけど。

「あっ、いけない。そろそろ帰らないと」

 時計を見ると、針は5時半を指していた。

「もうこんな時間……。またね、お兄ちゃん。また来るからね」

 本当はもうちょっと居たかったけれど、直葉お姉ちゃんが帰ってくる頃だから、わたしたちも帰宅しなきゃいけない。

 因みに、わたしたちは今、小学生2人だけじゃ何かと心配だからってことで、お隣さんの桐ヶ谷さんちに居候させてもらっている。桐ヶ谷家とは小さい頃からの付き合いだから直ぐに馴染めたけど、やっぱりお兄ちゃんが居ないと寂しいと思ってしまう。

 でも、その想いは、お兄ちゃんが戻ってくるまで我慢しなきゃ。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「……?」

 また、変な夢を見ているらしい。眼前に広がるのは真っ白な雪原と雲で覆われた夜空。そして、雪原に突き刺さる無数の剣。形も種類も様々で、当然だが私が殆ど見たことのないものばかりだ。

 それ以外は、なにもない。月明かりはなく、星の瞬きもない。他に特筆すべきものは皆無だが、それでも、この光景は異質の一言に尽きる。それに、見れば見るほど、何だか哀しくなってくる。そう思えてくるほど、この空間は"空っぽ"だった。

「何なんだろ、ここ」

 しかし、その問いに応える者は誰一人おらず、私の疑問は闇夜に消えていった。

 

 

 とりあえず、前に進んでみると、光のないはずの雪原に、一条の輝きを放つ何かが見えた。

 目を凝らすと、ソレは剣の形をしていた。いや、アレは正真正銘、本物の剣だ。

「綺麗……」

 思わず、そんな声が漏れてしまった。それほどまでに、あの剣が放つ黄金の輝きは神々しくて、美しかった。

 暫く見蕩れていると、後ろから何者かが近付いてくる気配を感じた。一体誰なんだろうと思い、後ろを振り向くと。

「……エミヤ君?」

 その人は、私のパートナーにそっくりだった。でも、何処か違う。顔つきはより大人びていて、目は死んでいる。それに、体格も異なっていた。あれでは高校生並だ。だが、エミヤ君は見た感じ私と同世代だと予想していた。もしかして未来の姿なのでは、と思ったが、やはり分からない。

 

 

 私が色々と思索に耽っていると、エミヤ君が光の剣の前に立ち、徐に口を開いた。

 

 

 I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている。)

 

 

 Steel is my body, and fire is my blood.(血潮は鉄で、心は硝子。)

 

 

 I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗。)

 

 

 Unaware of beginning.(たった1度の敗走もなく、)

 

 

 Nor aware of the end.(たった1度の勝利もなし。)

 

 

 Stood pain with inconsistent weapons.(遺子はまた独り)

 

 

 My hands will never hold anything.(剣の丘で細氷を砕く)

 

 

 yet,(けれど、)

 

 

 my flame never ends.(この生涯はいまだ果てず)

 

 

 My whole body was(偽りの体は、)

 

 

 still(それでも)

 

 

 "unlimited blade works(剣で出来ていた)"

 

 

 そう言い、彼は剣を抜き放つ。それと同時に、眩いばかりの光が、この空間の全てを飲み込んだ。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「んぅ……」

 重い瞼を開けて、ベッドから起き上がる。まだ眠いが、もう起きなくてはいけない。

 ──あれは、何だったのだろう。何かの魔術の詠唱か、それともただの独白か。或いは、その両方か。

 考えれば考えるほど理解が追いつかなくなってくるので、もうその事について考えるのはやめにした。

 ベッドから出ようとすると、コンコン、とドアがノックされる。

 覚束無い足取りで扉まで歩き、そのまま開ける。

「……あっ、おはよー、エミヤくん」

 ドアの前に立っていたのはエミヤ君だが、私を見るなり顔を赤くし、目を逸らしていた。

「……?」

「えぇっと、まずは着替えてくれないかな?目のやり場に困るというか……」

「ふぇ……?」

 そう言われて、自分の格好を確認してみると、上は黒を基調とした背中が殆どまる見えの部屋着で、下は白と黒のホットパンツという、露出度の高い服装だった。それ故、色んな部位が見えてしまうのである。例えば、胸とか、腋とか、太腿とか。

「────!」

 自分の状態を認識した途端、かぁっと顔が真っ赤になる。怒りではなく、羞恥によって。多分。今ではパートナーとしてより仲が深まってはいるが、それでも男性に自分のこのような姿を見られるというのはとても恥ずかしい(でもエミヤ君になら見られてもいいかなと少しは思っちゃう自分がいる)。なので、パニくるのも当然であって。

「きゃああああっ!!!」

「なんでさーーっ!?」

 バチン、と乾いた音が室内に響いた。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ご、ごめんね、エミヤ君。いきなりひっぱたいたりして」

「い、いや、ちゃんと確認とか取らなかった俺にも非があるし……」

 その後もあーだこーだ言っていたが。

「じゃあ、どっちもどっちってことで!」

 というわけで、さっきの出来事に関しては丸く収まったのだが、俺の脳裏にはあの時のシチュエーションがしっかりと残っている。アレは健全な中坊(精神的には高校生だが)にはかなり応えるというものだ。生前は美遊の着替えを手伝っていたりしていたが、レインと美遊では格差が激しいというか。なんの格差かって?それは……さすがに言えない。

 

 

 現在、漸くアインクラッドの攻略が全体の4分の1を越え、今の最前線は27層だ。ここの層の迷宮区はトラップが他のダンジョンよりも多く、25層の時程ではないが、いつもより進行がやや遅れている。罠に引っかかった例が幾つもあったが(俺たちもその中に含まれる)、着実に進んでいるようだ。

 

 

 話は変わるが、ここに至るまでに、色々なことがあった。2層クリア後、ディアベルが前線から退き、彼に次いでリンドがリーダーとなった。が、リンドとキバオウは仲が悪かったため、些細な事でよくいがみ合い、とうとう攻略組はDKB(ドラゴンナイツ・ブリゲイド)ALS(アインクラッド解放隊)に分裂してしまった。加えて彼は俺たち元ベータテスターのことを心底嫌っていたようで、俺やキバオウたちが何とか保っていたテスターの評判が落ちていったのだ。その結果、ベータとチーターを合わせた《ビーター》などという呼称がアインクラッド中に広まっていった。

 そして、ALSとDKB間の不和がピークに達した頃、ある出来事が起こった。そう、25層でのALS壊滅だ。あの層はクォーター・ポイントなだけあって、今までとは一線を画す攻略難度を誇っていた。それはボスも例外ではなかった。戦力を大幅に削がれたキバオウは2度と前線に参加することはなかった。だが、そこに颯爽と現れたのが、当時は小規模であった新興のギルド、《血盟騎士団》だった。団長のヒースクリフを始め、かつてのキリトのパートナーであり副団長を務めているアスナ、ヒースクリフの勧誘によって前線復帰したディアベルなど、人数は多くなかったが、どれもかなりの実力を持った者達で構成された少数精鋭のギルドだ。それに続いてDKBを吸収した《聖竜連合》が加わり、攻略組はこの2強が仕切ることとなった。で、今に至る、というわけである。

 

 

「悪だのなんだの言われるのは慣れていたつもりだったんだけどなぁ……。やっぱり多少は心が痛むもんだよ」

「でも、1部ではエミヤ君のことを『正義の味方』だって言う人もいるよ?」

「正義の味方、か。いや、俺にはそれを名乗る資格なんてないんだ」

 そうだ。俺は正義とは程遠い存在だ。なぜなら、生前に自分自身で悪でいい、と宣言したから。だから、今更その通り名で呼ばれるのには抵抗がある。かといって嫌というわけでもなく、少しは悪くないとも思っている。

 しかし、心の奥底では、まだ正義だの英雄だの、そういうものに憧れている自分がいるのかもしれない。

「……?それって、どういう──」

「まあ、無駄話はこれくらいにして、さっさと迷宮区に行こうぜ」

「あーっ、今明らかにはぐらかしたでしょ!今の話、ちゃんと聞かせてよ~!」

「んー、それは──」

 顎に手を添え、わざとらしく溜めを作ってから。

「まだ語るべきじゃないな!」

 と、某名探偵の真似をしてみるのだった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 この迷宮区には、岩で出来た人型モンスターや、ピッケルを持ったドワーフなどが出てくる。どちらも攻撃が単調なので、全部避ければ問題ない。

 

 

「フッ!」

《granite elemental》が自分の腕を持って振り回してくるが、それを防いで、《バーチカル・スクエア》を叩き込む。手応えは悪いが、残り少なかったヤツのHPを消し飛ばす。

「んー……」

「やっぱり、硬いよね、あの岩のモンスターって」

「ああ、メイスとかが有効かもな。持ってないのが残念だけど。いや、鍛冶ハンマーならワンチャン……?」

 さすがに無理があった。

 

 

 その後も、順調に進んでいき、ボス部屋の前までたどり着いた。レインが少し覗いてみようかと言ったが、さすがに止めとこうという結果になった。

 帰りは行きよりモンスターが多く、苦戦を強いられたが、そのおかげかレベルが1つ上がった。レベルアップで得たポイントを筋力と敏捷にそれぞれ振り分ける。この世界には重要なステータスの中に、筋力と敏捷が含まれる。レベルが高いと、必然的にこの2つの値も大きくなる。筋力は武器毎に設定された要求値を満たすためとかに必要になるし、敏捷の方はそのまま走る速さなどに直結するので、どちらも大事となる。中にはどちらかのステに極振りする者達(例としてエギルやアルゴがいる)もいるが、満遍なく振る方が個人的には良いと思う。

 

 

 午後6時を過ぎた頃に主街区に戻ると、いつの間にかキリトからメッセが来ていたことに気付いた。

 そういや、アイツは下の層に行くと言っていたが、やけに帰りが遅いので、何かあったのかと思っていたところだ。

「えっと、なになに。『今11層にいる。帰りは明日になりそうだ』か。何かあったのか……?」

「うーん、時間が経ったのに気づかなかった、とか?」

「その可能性も無くはない、かなぁ」

 他にも理由があるのだろうが、ひとまずそれは置いておくことにした。

 と思ったその矢先。

 次のメッセージの内容に、俺は大いに驚くことになる。

『俺、ギルドに加入した』

「……は?」

 幻視でも見えたかと感じ、目を擦って再び送られた文を見るが、やはり結果は変わらなかった。

「え……」

「エミヤ君?」

「ええええええええええええ!?!?!?」

 だから俺は、盛大に仰天した。

「ひゃあっ!?い、いきなりどうしたの!?」

「見ろよ、これ!」

 そう言い、ウインドウを可視モードにし、レインにも見えるようにする。

「えっと、キリト君、ギルドに入ったの?」

「そうなんだよ!ギルドと無縁のアイツなのに、どういう風の吹き回しなんだ!?明日にでも全員強制ログアウトされるんじゃないか!?」

「そ、そんなに驚くことなの?」

「当たり前だ!パーティー組むのもいつも俺とだけだったんだぞ!キリトには悪いけど、俺がいなかったら万年ボッチだったかもしれないアイツが他人と一緒にやるなんて絶対に有り得ない!」

 事実、キリトはリアルでもゲームでも俺以外の友達はいなかったし、それにより、遊び相手も俺だけだった。彼が他者とつるむ姿なんて見たことがない。だからこそ、あのギルド加入の旨は正にびっくり仰天ものであったのだ。

「なんか、そこまで言われるキリト君が可哀想に思えてきたよ……」

 彼女の呟きは、エミヤの叫声にかき消されてしまったのであった。

 

 

 

 

 その夜。

「……ん」

 何故か、目が覚めてしまったので、ベッドから出て時間を確認する。

「まだ2時か」

 殆ど眠気が消えたため、特にやる事もないので、とりあえず下の階にあるカフェに行くことにした。

 

 

 下に降りて、目に付いたオープンテラスのテーブル席に座ろうとしたのだが。

「あれ、レイン?」

「えっ、エミヤ君?」

 どうやら、先客がいたようだ。

「君も、目が冴えてしまったのか?」

「うん、まぁそんなところかな。エミヤ君も?」

「ああ。こういうことは、あまりなかったんだけどな。……ここ、いいか?」

 うん、と頷くレインを見て、向かい合うように席に座る。

 月明かりが彼女を照らし、それによって、その姿がより一層綺麗に見えた。人やモノは、見方やシチュエーションによってこうも印象が変わるものなのか。また、俺が知ることのなかった知識が1つ増えた気がする。

 内心、少しドキッとしたのは内緒だ。

「ご注文をどうぞ」

 と、ここでNPCのウェイトレスが注文を取りに来たので、レインはカプチーノを、俺はブラックコーヒーを頼んだ。

 

 

「それにしても、アインクラッドの攻略も、もう4分の1まで進んだんだよね」

 少しして、レインが徐に口を開く。

「ああ。ここに来るまで、色々あったな」

 思い返すのは、この階層に至るまでの記憶。

 1層をクリアし、2層でちょっとしたハプニングに巻き込まれ、3層から9層を股にかけて大型キャンペーン・クエストを進め、10層でベータ版では勝てなかったボスとの再戦をしたり……そして、攻略組が分裂してしまったこともあった。

「──なぁ、レイン」

「なぁに?そんな顔しちゃって」

「あの時……第1層で俺がしたことは、間違っていたんじゃないかって思うんだ」

「え?」

「間違い続けてきた俺だから、あの行いも、きっと間違っていたのかもしれない。時々、そう考えてしまうんだよ」

 思えば、あのときのことは自分でも何故そうしたのか、よく分からない。体が勝手に動いたのか、良かれと思ってやったのか、それとも、

 攻略組内の不和を無くしたいという身勝手な理想を彼等に押し付けるためなのか。なんにせよ、関係を保てたのは一時的なものだった。結局、ああまでしても、彼等の仲を取り持つことは出来なかったのだ。

 正義の味方になれなかった、いや、それを手放した俺がヒーロー紛いのことをしても、上手くいく筈がないのに。だから俺は、自分の行いを悔いていた。

「……違う」

「?」

 ぽつり、と彼女の口から呟きが漏れる。

「君のしたことは決して間違ってなんかないよ。だって、エミヤ君のあの行動がなかったら、もっと早い段階で攻略組が決裂してたかもしれない。わたしは、君のしたことは正しいと思うな」

 言われてみれば、確かにそうかもしれない。どうせ攻略組は遅かれ早かれ分裂することになるのだから、それを一時的に食い止めたのならそれで十分だった。

 参ったな。どうも俺は物事をポジティブに考えることが出来ないようだ。

「そう、か。……ははっ、確かに、そうとも言えるか」

 いつの間にかテーブルに運ばれたコーヒーを呷る。現実のものとはまた違った、深みのある味わいが広がる。いい豆を使っているのだろう。そもそもSAOにコーヒー豆があるかは疑わしいところなのだが。

「ありがとう、レイン。君のお陰で気が楽になった」

「ふふっ、どういたしまして。……ふわぁ……」

「……そろそろ、寝るか」

「うん、そうだね」

 そして、カフェを後にし、階段を昇ってそれぞれの部屋に入ろうとしたのだが。

「ち、ちょっと待って!」

「ん?」

「ええっと、その……」

 

 

(どうしてこうなった……?)

 今、ベッドに横になりながらそう思考する俺の隣にはレインがいる。

 彼女曰く、「1人だとまた怖い夢を見てしまうかもしれないから」と言うことらしい。まぁ別に断る理由もないのでとりあえず了承したはいいが。

 うん、改めて考えてみると、ものすごく恥ずかしい。というか、年頃の男女が一緒のベッドで添い寝など、まるでマンガやラノベみたいなシチュエーションだ。まさかこんなことが実際に起こるとは、思いもしなかった。

「まだ眠れないの?」

「ああ。なんか、色々と考えてしまって」

「そっかぁ……。実は、わたしも寝られないことはよくあるよ。あはは……小心者だから、気になることがあると、よくそうなっちゃうの」

 意外だ。彼女からはそんな雰囲気は出ていなかったのだが、そういうときもあるというわけか。俺もそうだが、人は心の内に様々な事情を秘めているものだ。それを他人が知ることは難しいだろう。

「でも、そういうときには、よく歌を歌うんだ。子守歌ってやつかな。小さい頃、お母さんによく歌ってもらったんだ」

 また、彼女の知られざる一面を知った。だが、レインは《吟唱》スキルを習得していないはずであるが、あくまで趣味の範疇なのだろうか。

 ……どんな歌なのか、個人的に興味が湧いてきた。

「へぇ、どういうものなのか聴いてみたいな」

「えっ?聴きたい?」

 その言葉に一瞬、驚く様子を見せた。

「あはは……ここで歌うのはちょっと恥ずかしいかな」

「あー、無理強いはしないぞ?」

「ううん、そこまで言われたら、歌わないわけにはいかないよね。じゃあ歌うね。……笑わないで聴いてね」

 しかし、彼女は頼みを引き受け、俺のためにわざわざ歌を披露してくれることになった。

「あ、ああ。頼む」

 

 

「~~~♪」

 子守歌を聴くのは何時ぶりだろうか。小学生中学年辺りを越えた頃以降から聴くことはなかった気がする。

 中学生(精神年齢(中身)は高校生だが)の俺が言うのもアレではあるが、この歌を聴いていると、まるで子供になった気分になる。これが童心に帰る、というヤツか。

 にしても、いい歌だ。先程、趣味の1つだろうとは言ったが、それは撤回しよう。彼女の歌唱力は普通の人よりも優れていると思う。多分、現実でも歌を歌っていたのかもしれない。

 それにこの言語は……確かロシア語だった記憶がある。何故ロシア語?とは思ったが、彼女は純粋なロシア人なのか、それともハーフかクォーターなのか。……いや、あんな流暢な日本語を話しているので、日本人の血が混じってるだろう。あくまで憶測だが。

「くぁ……」

 今更ではあるが、子守歌は、子供を寝かしつけるためのものだ。故に、自ずと眠くなるのは当然のことであって。

(いけないな……。全部聴きたかった、けど、だんだん、眠く……)

 思考と視界が暗転する。意識が沈み、そのまま俺は、眠りについた。

 

 

 

 

 朝。目が覚め、首を動かすと、隣にはすやすやと眠るレインがいた。

 思わずぎょっとしそうになったが、昨日のことを思い出して冷静を保った。

「んぁ……」

 しばらく彼女の寝顔を眺めていると、目を半分開けてレインが起き上がった。

「おはよう、昨日はありがとな。いい歌だった」

「えっと、どういたしまして──」

 俺を見るや否や、周りをきょろきょろしだしたかと思いきや。

「~~~~~~~~~~っ!!!」

 ベッドから文字通り飛び起きて、その勢いで部屋を出ていってしまった。

「お、おい…………参ったな、これじゃあ合わせる顔がないな」

 

 

 

 結局、その日は顔もまともに直視出来ずにいたので、別行動をとることにした。

 と言っても、何もすることがないので、転移門をなんとなしに見つめていると、見慣れた黒ずくめのプレイヤーを発見した。

「キリト!」

「ん?おお、エミヤか」

「お前、一体どこで何をしていたんだ!?」

「落ち着けって。今から話すから」

 そう言われて、荒い呼吸を整える。

 場所は変わり、とあるNPCレストランで事の顛末を話すことにした。

「で、昨日はどうしてたんだ?」

「ええっと、俺がギルドに入ったのは知ってるよな?それの歓迎会をやってたんだ」

「ああ、そういうことか。ってか、そのギルドってなんだ?血盟騎士団?聖竜連合?」

 キリトほどの実力者が入るギルドなんて、このくらいしかないだろうと思い、この2つに絞ってみたが、予想外の答えが返ってくる。

「……いや、下層プレイヤーたちが興したやつさ」

「ええ?何だってそんなとこに」

「素材集めの帰りに助太刀してやったら、そのままギルドに誘われてさ。それで、入団したんだ」

「そうか……。って待て。お前、自分のこと、どう説明したんだ?──まさか、虚偽の情報を言ったんじゃ」

「……フー、フー」

 ヤツの態度が一気に崩れた。更に鳴らない口笛まで吹いてやがる。カマをかけたつもりだったのだが、ホントにそうなのか。

「おい」

「……ハイ。嘘付いてしまいました」

「はぁ、お前ってヤツはなんでこんなこと……」

 最早怒る気力すら失せてしまった。

「いや、だって──」

「だってもヘチマもあるか。どうせ自分がビーターだと罵られるのが怖かったんだろ」

「うっ……」

 キリトが何故分かった、と言うような顔をする。こちとら物心ついた頃から親友やっているのだから、彼の考えなんて手に取るように分かる。

「その選択にあーだこーだ言うことはしない。けど、これだけは言っておく」

「……」

()()()()()()()()()()()には発展させるなよ」

「……」

「んじゃ、俺はそろそろ行くよ」

「……ああ」

 そうして、俺は精算を済ませてレストランを後にした。

 

 

 

 

 ──自分の心の内に、言いようのない胸騒ぎを残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ※長いです。

大河「おーっす!みんな元気ー!?タイガー道場出張版、始まるぞー!」
「っていうか、FateとSAOのクロスって割とあるあるじゃない?まぁ私が主人公なら文句無しなんだけど~」
「ああ、きっとキリト君を超える活躍をして、ヒロイン達のハートをぶち抜いてハーレム作っちゃうんだろーなー。いやだわ、私ったら罪なオ・ン・ナ♡」
主「いいえ、本編での活躍は一切ありません」
虎「……は?」
主「ですから、出番はないと──「嘘だーーー!!!」」
虎「Fateの顔たるこの私が出ないなんてどーゆー了見だってのー!有り得ないでしょーがー!くぁwせdrftgyふじこlp」
主「あー、一応言っておきますが、失踪はしません。次回もお楽しみに。それでは、また」



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第8話 嘘と真実

評価バーのオレンジ色がキラッキラと光って見えますぜ。読んでくれる方たち、本当にありがとナス!
こちら、次の話になっております。
自分でも遅いと思うけど、仕方ないね♂
何だかボリューミーなのに内容がガバガバかつ飛躍してしまった……。毎回こんな感じですみませんm(_ _)m
それでは、ご覧下さい。



 

 

 2023年、5月15日、夜10時30分。

 24層主街区の片隅に建つ非戦闘職のプレイヤーが営むこぢんまりとしたバーに1人の男がカウンター席に座っていた。店の客は疎ら。しかし、それ故彼の放つ異彩さがよく目立っていた。格好もこれまた珍しく、首には十字架。纏うはカソック。その様はまるで神父のよう。

「葡萄酒を頼む」

 淡々と告げられた男の注文に応え、店主はワイングラスとワインをストレージから取り出し、注ぎ、男の前に差し出す。慣れているのか、1連の動作に滞りはない。

「いいのかい?神父が酒飲んだりしても」

「何を言う。寧ろ、飲酒に対しては肯定的だとも。聖書にも書いてある。だが、酒に溺れてはいけない。『酒は飲んでも飲まれるな』、と言うやつだ」

 男──言峰綺礼の言った通り、クリスチャンが飲酒をしてはいけないことはない。イエスは水をワインに変えたとか、最後の晩餐ではパンを自分の肉、葡萄酒は血だと言ったとか、そういう逸話があるくらいだ。アル中にならない程度のものならオッケー、ということなのかもしれない。

「へぇー、そいつは初耳だ」

「……それはそうと、この、新聞に載っている赤毛の少年は?」

「ああ、最前線の攻略組のトッププレイヤーさ。ギルドにも所属してないのにすげぇモンだよ。ま、ビーターだから有り得なくもないけど。名前は、確か──」

 後に続く言葉を聞いて、然しもの彼も驚いたようだ。

「どうした、鳩が豆鉄砲食らったようなカオして」

「……いや、なんでもない。此方の事情だ、気にするな」

「ふぅむ、それなら余計な詮索はしないけれども」

 再び、言峰は黙り込む。考え事のためだ。先の店主の発言に、聞き捨てならない事柄があったからだ。

(まさか、あの少年が、ここに?だとしたら、ヤツは聖杯への願いによって並行世界へ転移したというのか……?ならば──)

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 5月17日、昼。今日も今日とてキリトは黒猫団の皆と一緒にいるようだ。いや別に悪いわけではないのだが、最近多すぎやしないかと思っていたところだ。まぁでも、どうやら夜に宿をこっそり抜け出しては攻略組らしくレベル上げに勤しんでいるようだ。

「でも、こっちとの時間も空けて欲しいモンだよ……」

 と、うわ言のように言葉が漏れる。今日は特にやることもないので、だいぶ前に取った武器鍛冶スキルを上げたり、今のようにベンチに座って新聞(といってもただの身近な情報を寄せ集めて紙に載せたものだが)を読んだりしているだけだ。現時点での進み具合は、29層をクリアし、30層攻略の真っ最中である。俺たち攻略組は日々迷宮区に篭っているが、さすがに毎日やるのは御免だし、こうしてオフの日を設けている。しかし、その日に限って他にやることが無くなるってのもいいことではない。何せ、暇で暇で仕方ないのだ。かと言ってキリトを強引に呼び出すのも気が引ける。とりあえず、新聞を全部読んでから宿に戻って寝ようかと思った矢先、紙面の1部に目がいった。

「30層で超高難易度クエ発生……?」

 書かれた記事によると、この層の端っこにある小さな村で「近くの洞窟に幽霊がいる」という情報を得ることが出来、それを頼りにその洞窟に行くと、中にいる例の幽霊がクエストを依頼する。内容は、近隣の森に生息する巨大な猪の討伐。見事倒せば、お次は依頼主たる幽霊自身と戦う、といったもの。勝った暁にはソイツが持つ一対の双剣を報酬として貰える、とのことだ。だが、どうやら難易度がアホみたいに高いらしく、まず受注条件が2人だけのパーティーでないと受けれず、ボス自体の強さも明らかにペアで太刀打ち出来るものではなく、このクエが発見されてから何人ものプレイヤーが全て返り討ちにあったのだという。猪の強さはそうでも無いらしいが。だが幸い、猪も幽霊も挑戦者を殺さないように設定されているため、致死となる攻撃を食らってもHPが1だけ残って強制的にクエスト失敗、という良心設計になっているそうな。

「……今度行ってみるかな」

 勿論、レインも誘って、だ。

 ともあれ、新聞を丸め、寄り道せずに宿へと戻り、そのまま部屋で眠りについた。

 

 

 

 その夜。

 俺は指定した時刻に《強制起床アラーム》──所謂時計のタイマー機能のようなものだ──によって目を覚まし、準備を整え、部屋を出る。そして、それと同時に隣の部屋から出てきたレインと共にある場所へと向かう。

「よし、行くか」

「うん」

 軽く言葉を交わし、宿を出て転移門へ行き、28層に転移する。主街区から歩いてしばらくした所に、俺たちの目的地があった。

 狼ヶ原。最前線である30層から2つ下の階層にある、現時点で最も効率の良い狩場で、キリトのヤツもここに足繁く通っているとのウワサだ。

 この狼ヶ原は、その名の通り狼系のモンスターしか現れないエリアで、岩と平原によって構成されている。主にここを縄張りとしている狼型モンスター、《ブラッドウルフ・リーダー》とその手下《ブラッドウルフ》はすばしっこく、中々の強さを誇るが、他の奴らと比べても経験値が豊富で、それ故、コイツらの住処たるこの場所が、今まさにホットな経験値稼ぎスポットなのだ。

 だから昼間に行くと人が多く、効率が下がるため、こうして人の少ない夜に行く方が吉、というわけである。さて、今日もいつも通りに狩りを始めようとしたのだが──

「……あれ?」

 どうやら、先客がいたようだ。人数は5、6人。装備の意匠がほぼ同じであることから、何らかのギルドだと予測する。よく目を凝らすと、プレイヤー、モンスター、NPCなどを視界に入れたときに現れるカーソルが表示された。色は勿論緑。当然と言っちゃ当然だが。

 プレイヤーには、カーソルの色が2種類ある。1つ目は緑。これは最初からこうなっている、デフォルトカラーだ。普通にやっていればこの色から変化することはまずない。2つ目はオレンジ。これは、ハラスメント行為や直接PKを行った者たちに付けられるカラーだ。オレンジカーソルのままだと、主に街や村に入れない、というデメリットがある。その他にも、オレンジの状態で他のプレイヤーとすれ違おうものなら、犯罪行為をしたと思われ蔑視される、などということも有り得る。何にせよ、犯罪を犯して得することは何もないのはこの世界でも同じ、ということだ。色を緑に戻すには、《カルマ回復クエスト》をクリアしなければならない。どういった内容なのかは知らないが。更に、そのオレンジプレイヤーの中には、好んで殺人をする連中である《レッドプレイヤー》と呼称される奴らの存在がまことしやかに囁かれているらしいが、全貌は未だ分かっていない。

 

 

 話を戻そう。俺の視線の先にいる集団をじっと見つめていると、リーダーと思しき男と目が合う。一瞬、ビクッとするが、額に巻いた悪趣味なバンダナと顎に蓄えた無精髭を視認すると、心の内の僅かな警戒心がスッと消える。

「クライン!クラインじゃないか!」

「ん……?おお、エミヤじゃねぇか!おい、雑魚は任せたぞ!」

 クラインが他の仲間に指示を飛ばし、こちらの元へ小走りで向かってくる。

「久っしぶりだなぁ!昨日はキリトで今日はおめぇと来たか!」

「キリト?アイツ、来てたのか」

「ああ、夜にな。今の時間帯によく来るみてぇだぞ」

「あー……」

 きっと、ギルドのメンバーに内緒で来ているのだろう。全く、本当に困ったヤツだ。

「って、おお!レインさんもいるじゃねぇか。どうも、ご無沙汰しております」

「お、お久しぶりです~……」

 急に態度を変えたクラインに、若干引き気味になりながらも挨拶だけはしっかりとするレイン。やれやれ、そうやって女性に対して積極的過ぎるからモテないんじゃないか。彼は少し消極的になった方がいいと思う。ヒゲ剃って、バンダナ取ればいい感じになりそうなのに。

「おっ、そうだ。オレたちも今始めたところなんだよ。良かったら、一緒にやんねぇか?」

「でも、お前のパーティーに俺たちが加わったら、明らかに人数オーバーだぞ」

「ん……?おわっ、そうだった!そういや6人までだったっけか」

 うっかりしてた、と言わんばかりにバツの悪そうな顔を浮かべるクライン。

「ま、俺たち以外に誰もいないっぽいし、別々でも邪魔にならない程度にやれば問題ないだろ」

「そうか。おめぇがそれでいいなら構わねぇけどよ。あっ、なぁエミヤよ」

「なんだ?」

「ちょいとオレたち2人で話でもしねぇか?」

 と、いきなり提案してくる。一体、なんの意図があるのか。

「なんだよ、急に。でもまあ、別にいいけど」

「へへっ、おめぇならそう言うと思ったぜ。じゃ、あっちに行こうぜ」

 クラインがここから少し離れた場所を指す。

「お、おう。ってことなんだ。先にやっててくれ」

「う、うん。分かったよ」

 俺がそう言うと、クラインに腕を掴まれ、ずるずると引きずられていった。

 

 

「……で、話ってなんだ」

「まー、アレだ。キリトのことなんだがよ」

 彼にしては妙に真剣な表情をしている。1人の友人としては放っておけないのだろうか。

「ギルドに入ったこと、知ってたのか」

「まあな。HPバーの上にマークが表示されてたからな。一目で分かったぜ。しっかし、ほとんど1人だったアイツがなぁ」

 感慨深げに顎を撫で、何とも言えない感情を吐き出すように声を漏らすクライン。

 その気持ちは分からないでもない。いや、幼少期からずっとキリト、もとい桐ヶ谷和人という人間を見てきた俺には彼の言葉はよく理解出来る。あいつは、俺以外に友人と呼べる者たちはほとんどいなかった。だから、他人と接することなんてほぼなかった。故に、心配なのだ。慣れない環境で、一体どう過ごしていくかが。いずれ、本当のことを告白するのか、それとも、ずっと嘘をつき続けるのか。出来れば、ヤツには昔の俺のように身近な人たちを失って欲しくはない。同じ絶望を、味わわせたくない。そのためには、例え嫌われても真実を言った方がいいのだ。

「弱きを助け、強きを挫く」

「おん?」

 俺の呟きに、刀使いは目を丸くし、キョトンとする。

「そんな行為に、キリトは快感ってヤツを感じたんだろうな。助けた側に頼られて、自分は彼らを守ったんだと思って。……でも同時に、あいつは恐れていたんだ。そいつらの感謝の裏の嘲りを。それで、レベルを偽るような真似をしてしまった。俺はそれが、取り返しのつかないことに発展するんじゃないかと」

「ンなことがあったのかよ……。なんだって、そんな嘘なんかつくんだよ……」

「そこに何かを隠したい、偽りたいという明確な意志がそこにあるから……だと思う」

 そう言えば、ジュリアンも同じことを言っていた。嘘には寛容で、形だけ真似た偽物は嫌悪するとも。つまり、俺のような人間を。

 ──いけない。あのときの出来事からは見切りをつけた筈なのに、まだソレを捨てきれない俺がいる。

「意志、意志か……」

 んー、と少しの間首を傾げながら唸るクラインだが。

「あー、もうやめやめ!ンなしんみりとした話なんてやっぱオレにゃ向いてねぇ!」

 自分から話題を振っておいて、急に話を打ち切ってしまう。思わずずっこけてしまうところだった。

「確かに、アイツのことは心配だけどよ、でも、案ずるだけじゃ事は進まねぇ。ああいうのは、直接本人にガツンと言ってやるのが1番なんだよ」

「……」

 珍しく正論を言うクラインに俺は面食らってしまう。

「どうしたんだ?ラグってんのか?」

「……いや、お前にしてはいいこと言うなって思ってた」

「んだよ、オレをなんだと思ってやがんだ」

「軟派なヤツ」

 正直言って、最初の印象もそんな感じだった。初対面なのに妙に馴れ馴れしいのに、女性のレインに対しては態度をガラリと変えるので、そういう輩なんだな、と半ば呆れていたような気がする。

「コイツめ」

 そう吐き捨てるようにに言い、ダメージが入らない程度に俺の脇腹を小突く。

 それに対し、ニヤリと笑ってやる。

「それよりよ、もう1つ聞きてぇことがあってだな」

「まだあるのか」

「おうよ。……で、正直なところ、どうなんだ」

「何がだよ」

 言ってる事の意味が分からず、疑問に疑問で返してしまう。

 疑問形には疑問形で返してはいけない(戒め)

「カーッ!察しの悪ぃヤツだなぁ!決まってんだろ。レインさんのことだよ」

「な、ななっ……!?」

 そんなに鈍感ではないので、そこまで言われたら、さすがの俺でもヤツの言ったことは分かる。

 つまり、レインのことを、1人の女性として好いているかどうかだ。

「お、おま、何言って──!」

「いいから、好きなのかどうか言ってみろよ!」

 バシッ、と俺の肩に腕を乗せ、顔を寄せて追求してくる。

「いや、そんなこと言われても……」

 そもそも、誰かを好きになったことなんてないのに、そんな話題に理解を示せるわけがない。

「ふぅむ、んじゃ言い方を変えるか。彼女のこと、どう思ってるんだ?」

 今度は、質問の趣旨を変えてきた。が、どう、と言われても色々と困る。しかし、ここまで来たら言わなければならないっぽくなってしまった。というか、言うまで逃がしてくれないパターンだ。

「……そうだな。恋愛感情とか、そんなのは分からないけど、レインと一緒にいると楽しいって言うか、心が満たされると言うか……。それに最近、何でか彼女のことを意識してしまうことが時々……って、何言わせてんだ!お前のせいで余計なことまで言ってしまったじゃないか!もういい!この話は終いだ!さっさと狼たちを狩りに行くぞ!」

 無意識に口にした自分の言葉に羞恥を覚え、思わず話を逸らしてしまう。多分、俺の顔は耳まで真っ赤になっているだろう。その場に居るのに耐えきれず、ずかずかとブーツの底を鳴らして狩場へと戻っていった。

「はっは~ん、こりゃ恐らく脈アリだな。アイツにも恋心ってのがあったか」

 

 

 

 戻るまでに深呼吸して息を整え、ようやく平常心を保つことが出来た。まだ完全にとはいかないが。

「あっ、おかえり~。随分遅かったけど、何かあったの?」

 レインが声を掛けてくるが、先程の会話を思い出すと、上手く言葉が出ない。だが何とか誤魔化してみる。

「……いや、なんでもない。なんでもなかった。うん」

「なーんか意味ありげな顔してたけど……ホントに何もなかった?」

 言って、レインが俺の顔を覗き込んでくる。距離的にもそれなりに近いため、ドギマギしてしまう。

「あ、ああ、何も。本当にだ」

「んー……まぁ、いっか」

 どうやら見逃してくれたようだ。それに対し、内心ではホッとした。いかん。やはりさっきから彼女をより意識し始めているのが分かる。

 この、心の内がモヤモヤするような感覚は、一体何なのだろうか。今の俺は、その感情の名を知る由もなかった。

 

 

 

 

 それから1ヶ月程度の時が経った、6月12日。

 現在の最前線は33層。中々の速さで着実に踏破が進んでいる。やはり、強力なギルドが2つもいるとかなり頼りになるし、安定感も増す。中でも血盟騎士団団長のヒースクリフの存在感は他と比べても群を抜いている。

 そういうわけで、いつも通りに迷宮区の攻略にでも行くつもりなのだが。

「さて、今日はキリトも誘ってみるか」

「予定、空いてるかな?」

「さあ、な。とりあえず、メッセ飛ばすかな」

 慣れた手つきでパパッとフレンドメッセージを送る。すると、割と直ぐに返信が来たので、即座に確認する。

『すまん、今はギルドの皆と27層にいるから、無理そうだ』

「……は?」

 おい、待て。今、27層って言ったか?

 何やらものすごく嫌な予感がする。なので、1つ気になることを問うてみる。

『その層はまだ未踏破の部分が残ってるはずだ。それに罠のランクが1段階上がるんだぞ。ちゃんとその情報をギルメンに伝えたのか?』

 少しして、返事が返ってくる。

『いや、それはまだ──』

 そこだけ読んだ時点で、俺はウインドウを消し、キーボードを操作していた右手の拳を強く握り締めていた。

「あの馬鹿……!」

 普通に考えると、トラップのことを言っていなければ、メンバーたちはその危険度も知らないし、どこにどんな種類の罠があるかも分からない、ということになるのだ。つまり、キリトがあのまま何も伝えていないと、恐らく、トラップに引っかかってしまう。

「レイン、予定変更だ。今から全速力で27層の迷宮区に向かう!」

「え、ええ?ここよりも下の層なのに、何で?」

「決まってるだろ。──アイツを、キリトの阿呆を説教しに行くんだよ」

 絶対に、犠牲だけは無くす。その決意を胸に灯して、俺たちは全力ダッシュでダンジョンに向かった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「言ったろー、オレたちなら楽勝だって」

 迷宮区に篭って、約1時間経った。彼らには危険だと思っていたが、予想以上に順調に目標金額までコルを稼いでいった。しかし、長居する訳にもいかないので、今は迷宮区から出るところだ。

(あいつ、返信してないけど、どうしたんだろう?)

 確かにマップに表示されてなかった場所もちらほらあったが、罠に関しては1度もかかってないので、あの心配は杞憂というものだろう。

「もう少しで最前線に行けるかもな」

「あったぼーよ。──おっ」

 その声に視線を向けると、ダッカーが隠し扉を開いていた。

(隠し扉……、こんなところに?)

 いやこの層ならあって可笑しくはないのだが、既に発見されているものが多かったので、寧ろある方が不思議な位なのだ。

「トレジャーボックスだぁ!ひゃっほーい!」

「ま、待て!」

 慌てて止めようところするが、間に合わず、宝箱が開いてしまった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「「はっ、はっ、はっ……!」」

 転移してから鍛え上げた敏捷力にものを言わせてキリトのいる場所に向かっているが、一向に見つかる気配がない。もう迷宮区の中にいるが、一体何処にいるのか。

 と思った矢先、近くから誰かの声が耳に届いた。

「ん……?」

 声のした方へ行くと、キリトを含めた数人が扉の中に入っていくのが見えた。

「キリト……!」

 更にステータスの限界を越えんばかりに速度を上げ、彼らに肉薄するが。

 突如として、アラームの音がけたたましく響いた。

「なっ……!?」

「もしかして、アラームトラップ!?」

 アラームトラップ。普通は宝箱か何かの形をとっていて、箱を開けるなど特定のアクションをすると警報が鳴り響き、モンスターが際限なく湧いてくるというトラップの中でも最悪に近いものだ。湧きを止めるには、罠自体を破壊しなければならない。

「くっ、間に……合えぇッ!」

 決死の叫びと共に、もっと速く走る。直ぐにドアが閉まらなかったのが幸いし、何とか部屋の中に入ることに成功する。

 飛び込むようにして侵入し、転がって受け身を取る。

「はぁ、はぁ、よかった、間にあった……!」

 だが、油断してはいられない。同時に、モンスターたちが四方から出現してくる。

「え、エミヤ!?」

 いきなりの俺の乱入に驚いたのか、キリトが素っ頓狂な声をあげる。

「話は後だ!早くクリスタルを!」

「それが、ここは結晶(クリスタル)無効化空間なんだ!」

 なんと。今までは罠は転移結晶で回避、という方法があったのだが、まさかそれが通用しないとは。やはり、ここからはトラップがより厄介になっていた、ということか。

「なんだって……?じゃあ、彼らを守れ!いいか、絶対に死なせるなよ!それと、お前たちはメイス使いを中心にトレジャーボックスの破壊に専念するんだ」

「り、了解!」

 戸惑いながらも俺の指示を受けて箱を壊しにかかるメンバーを尻目にかけた後に視線と意識をモンスターたちに戻す。

「行くぞ、出し惜しみはするなよ!」

「うん!」

「お、おう!」

 そして、俺たちは敵へと突貫する。全ては、彼らを守り通すために。

 

 

 

「お、終わった……」

 宝箱が破壊されてからは、モンスターの湧きも止まったので一気に押し通すことが出来た。何とか犠牲は出さずに済んだ。

 全部終わったことを確認すると、俺はスッ、と立ち上がり、キリトの前に立つ。

「エミヤ、何でお前がここに──」

「馬鹿野郎ッ!!!」

 言葉を遮り、怒声と共に胸ぐらを掴む。ああ、そうだ。俺は今、すごく怒っていると思う。

 ビクっと体を震わせるキリトに構わず、怒りをぶつける。

「あれほど言っただろ!取り返しのつかないことには発展させるなと!なのに何でお前は忠告を無視して嘘をつき続けた!」

「そ、それは……」

「言い訳無用だ!いいか、お前は我が身可愛さで仲間を……ギルドメンバーを死なせるところだったんだぞ!考えてみろ!自身の立場と、親しい者たちの命。どっちを優先すべきか分かるだろ!」

「……!」

 キリトが何かに気づいたようにはっ、と表情を変える。

「お前には、誰かを失って欲しくはなかった。俺と同じ絶望を味わって欲しくなかった。……キリト。自分よりも劣っている者を守ることの快感はわからんでもない。けど、それが嘘をついていい理由にはならない。上辺だけ繕った『偽物』は決してヒーローにはなれないんだよ……!」

「エミヤ……」

 彼の胸ぐらから手を外し、はっきりと伝える。

「なぁ、もう真実から目を背けるのはやめろ。ちゃんと本当のことを話すんだ。糾弾されたっていい。そこに救われた命があるなら、それで十分のはずだ」

 人との交流に慣れず、そういう行動をとってしまうのは予想していた。だが、SAOに於いてはその選択が他者の命取りになる。だから俺はちゃんと忠告したのだ。でも、あいつはそうまでしても何も言わなかった。そのことに、俺は憤りを感じていた。

「な、なぁ。嘘とか、真実とか、一体どういうことなんだ?話が全然見えないんだけど……」

「そ、そうだよ。それに、この人は一体誰なんだ?」

 黄色い外套を纏った、シーフっぽいプレイヤーとメイス使いがおずおずといった感じで尋ねてくる。

「ああ、自己紹介がまだだったな。俺はエミヤ。キリトの親友だ。それと、詳しい話は黒猫団のホームタウンに戻ってからにしよう。そこで、全部話す。どの層に飛べばいい?」

「えっと……11層、だけど」

 俺の問いに、槍使いが答える。

「タフトか、分かった。じゃあ、先ずは部屋から出て結晶を使おうか」

 全員が首を縦に振る。それを確認し、いつの間にか開いていた扉を出て結晶で転移した。

 

 

 

 眩暈にも似た感覚と青白い光が消え、目の前にタフトの街並みが広がる。訪れるのはこれで2度目だ。今の最前線の主街区程の豪勢さはなくとも、中層プレイヤーたちの拠点になりがちな街だ。ともあれ、リーダーの待つというホームに向かうとする。

「ここか?」

「ああ、そうだよ」

 言いながら、メイサーのテツオがドアを開ける。皆が中に入っていくので、俺たちもそれに倣う。

「たっだいま~」

「お邪魔します」

 入ると、鍵を持った1人の男がいた。彼がリーダーだろうか。

「おかえり。あれっ、その人たちは?」

「はじめまして。俺の名はエミヤ。キリトの友人だ。こっちはパートナーのレインだ」

「はじめまして」

 初対面の相手に礼儀を示すのは当たり前なので、2人一緒に頭を下げる。

「ケイタです。月夜の黒猫団のリーダーをやってます」

「いきなりで悪いが、こいつについて話したいことがある」

 そう言い、背後のキリトを指さす。

「キリトのこと、ですか?」

 俺の言葉に、怪訝そうに首を傾げるケイタ。急に言われても分からないのは当然のことか。

「ああ。とりあえず、キリト。お前は出ていってくれ。彼らと、話がしたい」

「あ、ああ。分かった……」

 いつも以上に元気のない声で応え、そのままキリトが外へ出て行く。

「さて、単刀直入に言おう。キリトは、嘘をついていた」

「えっ、嘘って、どういう……?」

 やはり、1番驚いたのはリーダーのケイタだ。その他のメンバーも驚愕の声をあげる。

「具体的には、経歴とレベルを、だな」

「何で……じゃあ、キリトのレベルが僕たちとほぼ同じってのも……」

「ああ、嘘だ。実際のヤツのレベルは48。加えて最前線で活躍するビーターだ」

 その発言により一層驚く黒猫団の団員たち。ただ1人、紅一点の槍使いを除けば。

「ビーター……?あいつが……」

「でも、勘違いしないで欲しい。キリトも、決して悪気があってやったわけじゃないんだ。そこは留意してもらいたい。あと、サチって言ったか。君は、本当のことを知っているな?」

 サチの体がピクリと動く。反応がある、ということは知っていることになる。

「ど、どうして……」

「さっきの俺の言葉に、君はさほど驚かなかった。だから何か知ってるのかと、な」

「そうなのか?サチ」

 もう1人の槍使いのササマルが疑問を投げかける。

「……うん。実はね、前にキリトのウインドウを、見ちゃったことがあって、それで、知ったの。簡単なステータスとか、レベルとか」

 やはり、彼女だけが薄々気づいていたようだ。だが、もうそれはどうでもいい。あいつの行いを、許してもらえるようにしなければならない。

 

 

「そうだったのか。……じゃあ、キリトは何で僕たちに近づいたんですか?」

 ケイタが疑いの表情と共に質問してくる。

「純粋に、あんたたちを助けたかったからさ。あの時、ヤツは武器の素材集めで低層にいた。ただ、それだけのことだ。けど、あいつは恐れた。礼を言うあんたたちの目に、ビーターと嘲る色が浮かぶのが。 ……助けただけではいさようなら、っていう選択肢もなくはなかった。でも、あいつは……あんたたちのギルドのアットホームな雰囲気に惹かれたのかもしれない。利己的なソロプレイヤーの自分には他人の温もりを求める資格なんてない、と思っていたんだろう。けれども、根底ではそういうものをこそ欲していたんだ」

 それを聞いたメンバーたちの顔が綻ぶ。キリトに対する懐疑の念が失せたことに、心の内でホッとする。

「じゃあ、キリトは……ただ、僕らの手助けをしたかったから、誘いを受け入れたってこと……ですか?」

「端的に言えば、そうなるな。キリトは、他者の助けになったことなんてなかったから、自身の行いを止めることが出来なかったんだ。あいつには、俺以外に友達と呼べる奴らがいなかった。だから、人に頼られることも、誰かの支えになることもない。顔の知れた仲間に頼られたのは、俺を除けばあんたたちが初めてだった」

 キリトは、俺ほど社交的ではなかった。いつも集団から距離を置き、他のクラスメイトたちとはグループ活動などで少し話す程度だった。

 つまるところ、彼は所謂陰キャ、と呼ばれる者に近かったのだ。

 それ故、人と接することがなかったし、ましてや自分から誰かに接触するなんてことはしない。特にSAOの中ではそれが顕著に現れていた。

 俺のように他者の助けになったこともなかった。大抵の場合、見て見ぬふりをするだけであった。あの行為に悦を感じたのは、それがあまり味わったことのない感覚だったからだろう。

「他意なんてなかったんだ。あいつは不器用なだけなんだ。だから……無理にとは言わないけど、キリトを、許してやって欲しい!」

 言って、彼らに向かって頭を下げる。それでも、許されるかは分からない。言ってしまえば、悪いのはキリトなのだから。嘘をつき、情報を提供しないまま、メンバーたちに無茶をさせ続けてしまった。傍から見てもその行いは宜しくないと見て取れる。

 どうなるかは、全てケイタたち次第だ。

「ちょ、頭を上げて下さい!」

 俺の謝罪にケイタが慌てふためく。他の団員も驚いたような声を漏らす。どんな顔をしているのかは知らないが。

「確かに、キリトのしたことはいけないことだけど、彼にも複雑な事情があってのことだって分かったし……キリトを蔑むような真似はしません」

「そ、そうか……。ありがとう、そして本当にすまなかった。あいつに代わって、もう一度謝らせてもらう」

 まだ心残りはありそうだが、ひとまず許してもらえたことで、一気に肩の力が抜ける。仲間を失い、拒絶されることは人によっては一生残る心の傷となる。それを回避出来たことはよかったと言えるだろう。

「も、もういいですから……!じゃあ、謝罪の代わりにキリトと話しをさせてくれませんか?」

「ああ。俺もそうさせようとしてたところだ。それじゃあ、縁があればまた会おう」

「は、はいっ」

「あと、敬語は要らないからな。こうして知り合ったわけだし」

 そう言い、彼らに目を向けた後、レインと共に建物の外へと出て行った。

 

 

 

 外に出ると、近くで待っていたキリトが顔をこちらに向ける。

「終わった、のか?」

「ああ。俺はな。次はお前だ」

 それを聞いて、キリトがピクンと体を震わせる。やがて、小さく頷き、ギルドホームの扉の前に立つ。

「……自分のしたことから目を背けるな。ちゃんと彼らの目を見て謝るんだぞ。帰ったら、お前が食いたいモンをなんでも作ってやるから」

「……分かった」

 そう言って、中へと入っていった。

 これ以上の余計な手出しは無粋というものだ。さっさと帰って、食材の確認をしなくては。足りなければNPCショップで買い足そうか。

「エミヤ君って、何だかお母さんみたいだねー」

「お母さん言うな!」

「あはは、ごめんごめん」

 でも実際そう見えるよ、と付け足すレインから顔を逸らす。リアルでもブラウニーの他にオカン衛宮、と呼ばれることも多いので、非常に複雑な気分になる。

「キリト君、大丈夫かなぁ」

 と、心配そうに尋ねてきた。彼女も、あいつのことを気にかけているのだろう。

「心配ないさ。あいつなら、上手くやれる。さて、そろそろ戻るか」

「そうだね。もう日も暮れちゃってるし」

 とは言っても、多少は気がかりではある。でも、今はキリトを信じて待つしかない。

 そうして俺たちは、最前線の主街区に戻っていくのだった。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 中に入ると、ケイタを始めとした黒猫団のメンバーが出迎えた。

 その顔に、非難の色はなかった。

「……キリト」

「ケイタ……。謝って済むことじゃないのは分かってる。でも、謝らせて欲しい!ごめん、本当にごめん!」

「もういいよ、キリト!」

「……ケイタ」

 顔を上げると、みんなが悲しげな表情を浮かべていた。その後に放たれる言葉が何であれ、俺は受け入れなければならない。それが団員たちを騙したビーターの責務だ。

「事情は全部聞いたよ。君は……エミヤさん以外に縋ることの出来る人がいなかったんだね。それは、辛いことだろうに……。僕たちは、それに気づいてやれなかった。気づかないまま、キリトを拒絶してしまうところだった。けど、分かったんだ。君は、本当に僕らの助けになりたくて、そして仲間というものを求めていたんだってことを。だから、僕が……ううん、月夜の黒猫団が、君のもう1つの居場所になる。そうだろ、みんな!」

「「「「ああ!(うん!)」」」」

 予想とは真逆の言葉に、思わず唖然としてしまう。みんなは、俺を許してくれると言うのか。こんな、他者を顧みず、自己を優先するようなビーターを。

「みんな……ありがとう……」

 自分の目から、涙が流れるのが分かる。許された、という事実に思いっきり安堵した証拠だ。そのまま、嗚咽を漏らし、蹲ってしまう。涙が止まらない。拭いても拭いても、とめどなく溢れてくる。

「おいおい、泣くなよー」

 シーフ役のダッカーが揶揄うように言う。それに続いて、他のメンバーもあはは、と笑う。

「泣かなくていいんだよ、キリト。君は、もう私たちの仲間なんだから」

「サチ……」

 サチがしゃがみ込んで俺の顔を覗きながら言う。その微笑みに、自分という存在が救われたのだと感じた。

「……やっぱり、俺は黒猫団(ここ)には居られない。こういうのは、しっかりとケジメをつけなくちゃならないんだ。だから、俺は……ギルドを脱退する」

「キリト……辞めちゃうの?」

「……ごめん」

 やはり、俺はここにいてはいけない。それだけは許せないのだ。彼らに甘んじてはいけないと、他ならぬ俺自身がそう思っていた。そんな資格など、とうに無くなっていた。

 立ち上がり、ドアノブに手を掛ける。

「……そっか。でも、キリトは僕らの友達だ。会いたくなったら、いつでも来てくれないか」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 名残惜しいが、ウインドウを開いてギルドのページを表示。そして脱退のボタンを押し、少し躊躇うがYesを選択する。同時に、リーダーであるケイタの前に、メンバーの脱退を示すウインドウが出現する。

「……じゃあな」

「うん、また会おう!」

 手を振るみんなに軽く反応を返して、ホームを出る。

 この出来事は、これから先、ずっと俺の戒めとなるだろう。それが道理だ。

 もう同じことは繰り返さない。取り返しのつかないことは起こさない。これは課題や目標といった生温いものではない。これは、愚かで無様な自分に向けた、

 

 

 

 

 

 

 ──精一杯の誓いだ。

 

 

 

 

 

 




タイガー「あ、またDEBANだヤッター!さっすが士郎、いいことするわね~。お姉ちゃんは嬉しいっ。かくしてキリト君は無事救われたのであったー!イエーイパチパチパチー!おや、アソコに絶世の超絶イケメンが……って、尺がない?なら手短に済ませるとしましょうか!次回『双剣、来たる』。それじゃあみんなバイバーイ!Don't miss it!」

士郎が介入することによって、原作との違いが出てきます。それと、ゲームオリジナルキャラのレインが出ますが、この小説では1部例外がありますが、一応原作沿いで行きたいと思います。今更ですが、伝えておきます。

まだまだ先の話ですが、オーディナル・スケール編では生き生きとした士郎の姿を書きたいですね。





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第9話 双剣、来たる

祝、水着沖田さん実装!(*゚▽゚ノノ゙☆パチパチ←今更
しかしながら120連で宝具レベル3とか確率壊れちゃ^~う
巫山戯るな!巫山戯るな!馬鹿野郎!


っ最新話
……どうぞ。

そう言えば、今日でこの小説書いて丁度1年経ちますね。1年で11話だけとか完結するんですかね……?



 

 

 よく、現実世界のことを気にかけてしまう。お母さんは、どうしているだろうか。SAOに囚われたわたしを、どう思っているんだろう。

 わたしは、お母さんのことが心配だ。今も1人で生活しているんだなと考える度に、胸が苦しくなる。だから、一刻も早く、このゲームをクリアしなければならない。それに、何処かにいるであろう妹のことも気になる。彼女は今、どうしているのかな。毎日毎日、これらのことが気になって気になって仕方がない。

 

 

 ──彼も、そうなのかもしれない。両親がいて、妹たちがいて。きっと、わたしと同じ、ううん、それ以上に気にかけているのかも。時々、彼はすごく悲しげな表情をするときがある。それを見る度に、彼が抱えている想いの重さが分かる気がする。

 エミヤ君。わたしが、ベータテストで出会い、成り行きでパーティーを組み、そのままパートナーになった人。普段は人を避ける性格なのに、彼とは何故か親しくなれた。惰性などではない。きっとわたしは、彼に惹かれたのかもしれない。強くて、優しくて、それに……かっこいい……。でもその裏には自分じゃ計り知れない程のナニカを孕んでいる。時折、その片鱗が出るときがあり、普段とのギャップに驚かされる。一体、どんな人生を送れば、そんなモノを抱えてしまうのだろうか。すっごく気になるけど、SAOではリアルの詮索はタブーであるという暗黙の了解がある。

 最近、エミヤ君を意識してしまうことがある。時々彼のことを考えていることもあったりする。こういうのを、恋っていうのかな。それはまだ分からない。好きかどうかって言われても、答えることが出来ないかもしれない。今はそれでもいい。いずれ、分かるときが来るかもしれないから。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 6月20日、午前8時。

 いつものようにアラームによって叩き起された俺は、のろのろとベッドから起き上がる。

「くぁぁ……」

 デカい欠伸をしつつ、おぼつかない操作でウインドウの装備欄を弄り、寝間着から戦闘用の装備に着替える。ふと思ったのだが、ここ最近、いや、このゲームが始まってからずっと宿で寝泊まりしていた。アインクラッドも着実に攻略されていっているし、そろそろ自分の家、つまりプレイヤーホームを持ってもよいのではないかと考える。

 しかしながら、家と言うのはほとんどがべらぼうに高いものばかりだ。普通のやつでもウン十万とかザラである。なので、おいそれと買える代物ではないのだが、やっぱり宿だけでは不便な部分も多々ある。先ず、キッチンがないのが大問題だ。料理スキルはもう600位まで上がっているので、調理スペースが欲しいところだ。キッチンのある宿なんてないかなと新しい層に来て直ぐに虱潰しに調べているが、アパートとかマンションとかじゃあるまいし、そんなものは存在しなかった。無念。かといって一軒家を見繕ったりもしているけどイマイチピンと来ない。まぁ、今必要ってわけでもないし、別にいいか、と判断しよう。

「さて、何をするかな……」

 今日はこれと言った予定があるわけでもない。なので、適当に街を散策しようかと考えていた。

 まあなんと言うか、暇だ。やることがない。リアルの休日にはゲーム、勉強、美遊やイリヤと遊ぶ、の3択が基本だったのだが、この世界ではいずれの選択肢もなかった。携帯ゲームでもあれば、という思考が頭を過ぎる。

 ──まさか、ゲームの中でゲームをしたくなるときが来るなんて思わなかった。我ながら度し難いな、と思いつつ、街をぶらぶらと歩く。

「ん?」

 目を向けると、1人のプレイヤーが新聞を売っていた。娯楽の少ないここでは、新聞は貴重な情報源となる。定期的に買うやつも少なくないし、俺もそのうちの1人だ。

 全く、朝からご苦労なこった。あの新聞に朝刊も夕刊もないってのに。

 とりあえず購入する。500コルとちょっとぼったくってないかと思っても可笑しくない値段だったが、それに見合った、価値のある情報を期待しよう。しかし書かれていたのはいつもとさほど変わらぬもの。攻略状況、狩場、プレイヤーホームなどのことばかりだ。やはり価格と情報量が釣り合ってなかった。それでも目を引くものもあったりするわけで。

「あのクエスト、まだクリアされていないのか」

 それは、前に紙面の大部分を占めるまでに話題を呼んでいた30層の高難易度クエだ。未だにクリアされてないとは、一体どれだけ鬼畜なのか。

「そうだ、それをやろう」

 そうと決まれば、直ぐに準備に取り掛かろう。ウインドウをいじるだけの簡単なお仕事なので、歩きながらでも出来る。そうやって簡略化されているのもSAOの利点の1つだ。

 

 

「というわけで、30層に行こう」

「いいけど、達成出来るかなぁ」

「ま、何とかなるさ」

 急な申し出にも彼女は了承してくれた。俺と同じく暇してたのだろうか。もしかしてレインもボッ──

「今、失礼なこと考えてなかった?」

「え、いや、そんなことないです」

「本当かなぁ?」

 俺の曖昧な返事にぷぅ、と頬を膨らませる。その仕草が、妙に可愛く感じてしまう。やっぱり、変に彼女を意識している節がある。なまめかしい格好でもされたらまともに直視出来ないと思う。

 頭の中からその思考を排除せんと、必死にスイッチを切り替える。今だけはそれは忘れておかなくてはならない。戦闘に支障をきたすからだ。

 30層に着いた頃には、心構えは既に変わっていた。基本、戦いには私情は挟まないようにしているためだ(例外あり)。ともあれ、これから対峙する強敵に対する興奮を覚えながら、村への道のりを歩いていく。

 

 

 

 

 その村は、外周部に近いこともあってか、到着するのにそれなりの時間を要した。現在の時刻が10時で、出発したのが9時。実に1時間かかっている。

「何気にここに来るの初めてだな」

「攻略の時も寄らなかったからねぇ」

 この村に足を踏み入れるのはこれが初だ。さして行く必要もなかったところだから放っていたのだ。

「えっと……マップだと、村長さんの家ってあっちだよね」

「あー、多分そうだと思う」

 初めて故に、構造を全く把握出来ていない。しかも無駄に広いし、余計分からなくなる。とまあ、マップデータを見つつ村長の屋敷と思しき建物を発見し、クエスト受注のキーとなる話を聞くことにした。

 

 

「「お邪魔しまーす」」

 入ると、奥に初老の男性が鎮座していた。彼がこの村の長だろう。

「おお、旅の剣士よ、このような辺境の村に何か御用ですかな?」

「……その、近くの洞窟にいる幽霊のことを知りたいのですが」

 男の穏やかな声に、しっかりと識別出来るようにはっきりと応える。

 早口言葉や曖昧な会話だとNPCが認識してくれないからだ。

「ふむ、そなたたちもあの噂を聞きつけてきたか。では1つ、お話ししますかな」

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「長かった……」

「ホントだね……」

 屋敷を出たのは、約2時間半後だった。長ったらしいにも程がある。始めの村が出来た経緯とか聞く必要性もないことを聞かされた後に本題に入るのだから随分と時間が経ってしまった。

「まあこれでフラグが立ったわけだ。さっさと終わらせよう」

「そうだね。……直ぐに終わる気がしないけど……」

「そこは……何とかなる、かも」

 釈然としない俺の言葉に、レインがふふっ、と笑う。何が可笑しいのか、と言おうとしたが、微笑む姿が可愛らしくて、つい口を噤んでしまう。そんな俺は、代わりに目を逸らすことしか出来なかった。

 

 

 その洞窟は、かなり近くにあった。歩いて5分位の場所だったので、寄り道でもしない限り直ぐに着ける距離だ。

 中は至って普通で、何か特徴があるわけでもない。出現するモンスターは虫系が多めと、これまた普遍的な洞穴だ。虫が苦手な人もいるだろうが、俺にとってはデカけりゃ獣と相違ない。

 分かれ道はなく、ただ真っ直ぐに道が続くだけ。なので、進む分にはそれほど苦にはならなかった。

 しばらく歩くと、だだっ広いホールのようなところに出た。

 そこには、悠然と屹立するやや半透明な人間が。

「いた……!」

「あれが……」

 言いながら、思わずたじろぐ。少々離れた位置からでも、ヤツの放つ圧が認識出来る。だが、ここで立ち止まるのはいけない。そう思い、意を決して話し掛ける。

「……あんたが、噂のゴーストか」

 それに応じてか、頭上の!マークが?マークに変化し、クエストが進行したことを示す。

「いかにも。俺は、俺を打ち倒す者を求めるためにここにいる」

 近づいてみると、男の容姿がはっきりと見える。青を基調とした胸当て、思わず見蕩れてしまいそうになる顔つき、そして特に目を引く一対の双剣。

 片方は長く、真紅に染まった剣。もうひと振りはやや短く、黄色い剣。その両方は、1部が紫色の布に巻かれている。一目見ても業物だと

 分かる。しかしこの双剣、何処かで──?

『……ん?ソイツは、セイバークラスのディルムッド・オディナか』

(──知っているのか)

 オルタにしては珍しく、驚いたような口調で話す。

『ああ、アレとはカル──、いや、同じ戦場で共闘したことがあってな。……にしても、かなり似すぎているように見えるな』

(へぇ……そうだったのか)

 ディルムッド・オディナ。フィオナ騎士団における最強格の騎士。二振りの魔槍、魔剣を持つ、妖精王と海神に育てられた男。異性を魅了する黒子を持ち、その顔は《魔貌》とも称されたという程にイケメンだったそうな。しかしその顔は主君たるフィン・マックールの婚約者、グラニアを惚れされてしまい、尚且つゲッシュによって駆け落ちを強制されてしまう。彼は姫の愛を受け入れて出奔し、結果、フィンは激昴するが、紆余曲折を経て騎士団への復帰を許された。

 ある日ディルムッドは妻の忠告を聞き入れずに激情の細波(ベガ・ルタ)必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)を携えて狩りへと赴き(因みに普段は破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)憤怒の波濤(モラ・ルタ)を装備している)、そこで異父弟の化身である魔猪に襲われ致命傷を負う。彼は癒しの力を持つフィンに助けを求めるが、フィンは彼を見殺しにする。それが、ディルムッド・オディナの最期であったという。

 そんな英雄と面識があったのは意外だった。英霊の座には時間の概念がないとか聞いた覚えがあるが、それと関係があるのだろうか。

「それで、どういうことだよ、自分を倒すやつを探しているって」

「……俺はもうじき消える存在。なので最後に強き者と戦い、己が未練を晴らしたいのだ。私に勝利した暁には、我が魔剣を譲渡しよう」

 この質問に答えてくれるかは正直賭けだったが、それは杞憂に終わった。というか、NPCにしてはやけに感情的だ。AIと比べてもさほど変わらないと思う程に。

「しかし、その前に貴殿らの力量を測りたい。この近くの森に猪がいる。それを打倒して欲しいのだ。達成したならば、俺と1戦交えることを約束しよう」

 新聞に書いてあった通りの流れだ。ここまでは、の話だが。

「……自分で倒せばいいのに」

 レインがやや小さい声で呟く。確かに、俺たちがやるより早く済みそうではある。

「いや、猪は、その……苦手でな」

 と、生前の逸話を意識した発言が飛ぶ。囁きに近い声だったのに、よく聴こえるもんだ。まあ、自分を殺した相手に挑む人なんてそうそういない。

「な、なるほど。わかった、行ってくる」

「ああ、武運を祈る」

 承諾すると同時に、?マークが点滅。これでクエストが1段階進んだことになる。

 

 

 ダンジョンを出て少し移動し、指定された森の中を歩いていた俺たちだが。

「……あれか」

「……あれ、だよね……」

 思っていたよりも早く、標的を捉えることが出来たは良い。しかし、なんと言うか、まあ。

「■■■……」

 これは予想外だった。

「何だこのINOSHISHI!?」

「何で猪だけローマ字なの……?」

 見上げた先には、小山くらいの大きさを誇る巨大猪がそびえ立っていた。いやそれなりには大きいんだろうなー、とは予測していたが、実物を見た瞬間に度肝を抜かれてしまった。

 体毛の殆どが血の色に染まり、本来の赤や青の毛は申し訳程度にしか残っていない。口にある立派で大きな牙は金色に輝き、根元にルーン文字が刻まれている。

「な、なあ。コイツって、そこまで強くないんだよな」

「う、うん。攻撃も単調だって書いてあったし、大丈夫……かな」

 やや頼りない声が耳に届く。自分も人のことを言えないが、こんな巨大魔猪(もの)を見せられたらたとえ仮想でも驚く。

「さて、と。んじゃあ──」

 行くか、と発しようとするが、言い終わる前に目の前の敵がこちらに突進してきた。

「ええ!?」

「そりゃないぞ……」

 コイツに兵法やら何やらはないのか、と内心毒づきながら俺たちはあちらに向かって突貫するのだった。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 場面は変わり、再び先程の洞窟へ。

「何か、呆気なかったね……」

「ああ、とんだ肩透かしを食らっちまったな」

 あの猪は、図体はでかいが動きが単純で、対処出来るのにそう時間は掛からなかった。まあ前哨戦みたいなものなのだから強さとしてはこれが適切なのだろう。

「言われた通り、倒して来たぞ」

 程なくして、奥の大広間に到着するや否や討伐報告をする。

 それを受けて、向こうに佇む剣士の頭上にある?マークが再度点滅。クエストの進行度がシフトしたことの証だ。

「うむ。貴殿らの顔を見れば分かるとも。では約束通り、俺との決闘を認めよう。準備が出来たなら、声を掛けて欲しい」

 さすがに、今すぐとはならないようだ。時間まで与えてくれるとは、かなり良心的なクエストではなかろうか。しかし、行く前に準備の全てを整えてあるので、猶予は不要だ。というか、さっさと戦いたいと思うまである。忠実に再現した偽物であろうと、相手はあのディルムッド・オディナ。そんな強者と戦えるのは願ってもないことだ。

「いや、こっちは準備万端だ。今始めよう」

 一応レインに目線で確認を取り、了承したことを確かめてから言葉を発する。

「む、そうか。では──」

 その言葉が紡がれると同時に、NPCを示すイエローのカーソルが、瞬時にブラッドカラーへと変化した。更に、1本のHPバーと名前が表示される。《ディルムッド・ザ・ゴーストナイト》、それが彼の固有名。

「「……ッ!?」」

 それだけで、ここら一帯の空気がピン、と張り詰めた。いや、そんなんじゃ生温い。ここに居るだけでこの身が切り裂かれそうになる。それ程までの剣呑な空気が、この空間を支配していた。

『気を付けろ。ヤツの跳躍力には注意を払っておけ』

 頭の中に響く声にも接する余裕もない。しかし、折角の忠告だ。有難く受け取っておくとしよう。

 目の前の男が双剣を抜く。それを視認し、此方も咄嗟に腰に差した自らの得物を抜刀する。

 

 

「──行くぞ」

 瞬間、彼のいた地面が轟音と共に爆ぜた。

「なっ……!?」

 視界から一瞬で消えた敵を探すが、何処にも見当たらない。

 加えて、突然のことで頭が混乱してしまっている。アイツは注意しろ、とは言ったが、まさかここまでとは思わなかった。

 だが、そんな思考を遮る靄を晴らすかのように。

「上だよ!」

 相棒(パートナー)の声が俺を我に返らせた。

 正確には斜め寄り。角度からしてざっと60から70度の位置。足を曲げ、壁に張り付く双剣士。何を、と思う間もなく、2度目の爆音が耳朶を叩く。

 そして、矢の如く飛来して来る偉丈夫。いや、矢などではない。あんなの、さながら人間ミサイルだ。

 何としても食らうまいと、横に跳んで回避する。

 そのコンマ数秒後、ドリルのように両の剣が地盤を抉る。それにより、土煙が辺りを覆う。

「くっ、だ、大丈夫か!?」

「うん、わたしなら平気。そっちは?」

「ああ、俺も問題ない」

 とりあえず、互いの生存を確認する。生きているようで何よりだ。

「ほう、虚をついたつもりなのだがな。よく躱したものだ」

 煙が晴れ、ディルムッド・オディナが姿を現す。賞賛しているつもりなのだろうが、こっちは応える暇もない。

「フッ!」

 俺の方を向いた騎士が距離を詰めて来る。およそ50メートルくらいまで退避していたのだが、ヤツはそれを一瞬で踏破した。

 ぞくり、と全身に悪寒が走る。本能に従い、素早く剣の腹を自身の前に向ける。

「くぁっ……!」

 直後、剣を介して響く衝撃によって体が吹き飛ばされる。

 蹴りだ。瞬間的な加速によって威力がブーストされたソレは、俺を紙のようにぶっ飛ばしたのだ。

 地面に激突すると同時にHPバーが2割程削がれる。蹴り一発でここまで削るとは、有り得ないパワーだ。

「くっ……」

 起き上がろうとするが、間髪入れずに追撃が飛んでくる。

「うわぁっ!?」

 それを仰向けのまま転がり、紙一重のところで避ける。

 ──なんてヤツだ。動きの一つ一つが速すぎる。今までのように、完全に目で追うことは出来ない。さっきの回避も、半ば直感によるものだ。心眼を以てすればまだ余裕が出来るだろうが、多大な集中力を要するのであまり使える場面がない。

 それでも──勝つためならば、如何なる手段を用いてでもやるしかない。

 

 

 剣士が狙いをレインに変える。一撃すら入れてないので、ヘイトがどちらかに向けられていない状況だ。標的を変更したのはそのためだろうと推測する。

「ハァッ!」

 敵の紅い剣が煌々と輝く。ソードスキル発動のサインなのだが──

「いや、アイツ二刀持ちだろ!?」

 通常、ソードスキルと言うのは、1つのみ武器を把持している場合に使用出来る設定となっている。二刀流を再現しても、剣技は構えを取ってもシステムアシストが発生しない。故に基本は装備する武器は1つだけが当たり前なのだ。しかし、視線の先の男はシステムの縛りを無視している。彼にのみ許された特権なのか、はたまた別の何かであるのか。

 

 

 赤剣を肩に担ぐような予備動作(プレモーション)と共に、敵がレインに肉薄する。というか、その構えにも驚かされた。何せ、あのモーションはどのソードスキルにも当てはまらないものだからだ。

 直後、嵐の如き剣閃が彼女を襲った。

「きゃあっ!?」

 煌めく刃が縦横無尽に攻め立て、怒涛の連続攻撃が押し寄せる。その数、何と7連撃。

 時折ガードしきれずにヒットしてしまい、視界の左上に表示されているレインのHPバーが減少する。

 そんな連撃数の剣技など、今まで見たことも聞いたこともない。片手剣のスキルであることは間違いないとは思うが、少なくとも俺は習得していない。であれば、未だに会得されていないソードスキルなのか──

「片手剣7連撃、《デッドリー・シンズ》」

 その疑問を見透かすように、ディルムッドがご丁寧に教えてくれた。それも、わざわざ追撃を止めてまで、だ。

「より上位のスキルってことか」

「ああ、剣の技量をより高めた者しか習得出来ぬ技だ」

 言葉から察するに、スキルの熟練度をもっと上げないといけないのだろう。低く見積もったとしても700は必要になるかもしれない。

「さて、続きと行こう」

 そして、またもや地面を強く蹴って突撃して来る。倒れ込むギリギリの状態で剣を左腰に添えるモーションは《レイジスパイク》だ。やはり驚異的な速さを誇るエネミーなので、基本技であろうと油断は出来ない。

 だが、このままやられっぱなしという訳にもいかない。

「……ッ!」

 無音の気合いと共に、《ホリゾンタル・スクエア》を発動する。1撃目で突進を相殺し、そのままの勢いで正方形の軌跡を描く。それにより、ヤツのHPが目に見えて削られた。体勢が崩れたままの男に、先程の勢いを殺さずにもう一度同様の剣技を使用する。

 敵は後退せずに、技後硬直(ポストモーション)が終わるや否や、《スネークバイト》を繰り出してくる。それを見て、此方も同じ技で迎え撃つ。

 刃と刃がぶつかる度に火花が散り、耳をつんざく金属音が響き渡る。

 技を終え、短めの硬直から解放され、1度下がろうとするが。

 

 

「いいや、まだ逃がさん」

 全く振るわれていなかった左の黄剣が、光を発した。

 3連撃、《シャープネイル》が魔獣のツメを思わせる鋭さで俺の体を引き裂いた。

「ぐぁっ……!」

 有り得ない現象に惚けていたせいでまともに食らってしまい、一気にHPが半分以下に減る。

「ソードスキルの……連鎖!?」

 これにはレインも驚いたようで、驚愕の声をあげている。

 まあ無理もない。あんな芸当なんて出来る筈がないのだから。いやしかし、二刀流でソードスキルが使えるのならば理論上は可能なのかもだが、それでも肉入りのプレイヤーがやるのなら、それこそ並の集中力では実現出来ないだろう。

「……スイッチ!」

 まだ不快感が残る体を無理矢理動かして、全力で後退すると同時に敵の後ろにいるパートナーに合図を送り、やや値段の張る上等なポーションを飲む。

 それに反応したレインが棒立ちの姿勢から転じて即座に攻撃を仕掛ける。

 技後の硬直が終わらず、無防備な姿を晒した剣士に《バーチカル・スクエア》を放つ。幸運なことにその全てがクリティカルヒットし、敵のHPが半分を切った。どうやら体力は異常に高い、という訳ではなさそうだ。

 後ろを振り向いた剣士が両腕をクロスする。それに応じてか、左右の剣が赤と黄色の光を湛える。ってか、何故か射程が光によって伸びている。

 交差した腕を振り抜き、強烈な剣撃を放つ。

「うわぁっ!」

 何とか防御に成功したレインだが、衝撃により大きく後方に飛ばされてしまう。

 HPが粗方回復したのを確認して、合図なしのスイッチを仕掛ける。それを察知した剣士が即座に襲い掛かってくる。

 激しい剣戟の応酬の中、相手の強さをつくづくと感じていた。俺の攻撃を先読みしてのカウンターやフェイントなど、常人では真似出来ぬ技術だ。正直に言って賞賛に値する。

「まだだ、断ち斬るッ!」

 やがて、剣戟の調べを途切れさせ、2つの剣を大上段に構え、そして振り下ろした。その刃に閃光を奔らせて。

「う、おおぉぉっ!」

 叫びと共に、敵の技を迎え撃つべく《バーチカル・スクエア》を繰り出す。斬り下ろされる剣を2連撃でその威力を減衰させ、3回目で鍔迫り合いに持ち込む。ここからは力勝負だ。鍛え上げた筋力パラメーターにものを言わせ、何とか拮抗する。だがこのままでは弾かれてしまう。なので──

「レインッ!」

「任せて!」

 回復を終えたレインに背後から強襲してもらうことにした。明らかに騎士道に反する行為だが、戦闘において事の善悪などなく、ただ勝つのみである。

 結果、彼女の《ソニックリープ》は面白いようにヒットし、体力を大きく削る。

「ぐうっ……!」

 剣士が苦悶の声をあげ、姿勢がぐらりと崩れる。その隙を逃さず、一気に力を込めて辛くも競り勝つことに成功する。

 そして最後の4連撃目の垂直斬りが敵の体を捉えた。

 それに少し遅れて、剣士が後ろへと退く。

「……よもやここまでとは……ならばオレも、本気を出さねばならないな」

「な……」

 なんてこった。まだ全力じゃなかったってのか。それでこの強さなんて、ホントに鬼畜ゲーだ。

 

 

 目の前の敵がゆったりと動く。左半身を前に、右腕は体に寄せて剣を肩に添えている。

(今度は何をする気だ?)

 と、俺の思考と重なるように、紅の刃が更に濃いレッドに染まる。今のは予備動作だったのか。それに、《デッドリー・シンズ》とやらと同様、まだ見たことのないモーションだ。

「ぬんっ!」

 直後、掛け声と共にカタチを持った暴威が俺を襲った。

 それを見て防御の体勢を取る。それのコンマ数秒後、突き出された剣が激突し、絶大な衝撃が全身を叩き、吹き飛ばしによる本日何度目かの浮遊感を味わう。

「ぐ、あぁぁぁぁっ!」

 またしても俺の知らないソードスキルが放たれた。今までのどの技よりも重く、そして鋭い一撃だった。咄嗟のガードが間に合ったのは僥倖だった。お陰でHPは半分削れるくらいで済む。いや、満タン近くからここまで減らすなど、最早チート級の威力だ。これほどのパワーを持つ剣技だ。突進技、或いは単発重攻撃系のスキルだろうか。

「エミヤ君!」

 仰向けになって倒れ込んだ俺の下にレインが駆け寄ってくる。

「参ったな……まさかあんなソードスキルがあったなんて……」

 まだ残る鈍い痛みに顔を顰めつつ、上体を起こす。

「あっ、待って!」

 そう言うと、彼女は腰のポーチからあるものを取り出す。それはピンク色の、手のひらサイズの結晶だった。それを左手に持ち、右手を俺の胸に当てて「ヒール!」と叫ぶ。すると、俺のHPが端まで一気に回復する。

「お、おい、貴重な回復結晶だろ?こんなところで使っても──」

「いいの!また補充すればいいんだから」

 俺の言葉を遮り、有無を言わさぬ勢いで捲し立てる。こういう時に限って「女性って凄いな」などと場違いなことを思ってしまうのは何故だろう。

「そりゃあ、そうだけどさ」

 しかし回復結晶が貴重なのは本当だ。何せちびちびと回復していくポーションとは違って即時治癒が可能だからである。それと、結晶アイテムは軒並み高額なのが殆どだ。中でも回廊結晶(コリドークリスタル)は1番値の張る代物で、現時点では10万は下らない。

「ふむ、相棒のためならば希少な道具でさえ使うことを惜しまないか。なるほど、貴殿らは相当仲が良いのだな」

「えっと……そう、ですね」

 剣士の言葉にレインが何故か顔を赤くして答える。妙にあたふたしているが、照れているのか。

「……回復もしたし、そろそろ行くぞ」

 余計なことを考えるのを止めて、ゆっくりと立ち上がる。既に敵は瀕死。だが、手負いの者程手強いと言うので、ここで決着をつけたいところだ。

「ああ、来るがいい」

 短い会話を済ませ、互いに体を動かす。そして再び始まる斬撃のぶつけ合い。下手にソードスキルを撃てば隙を晒してしまい反撃される可能性が高い。故に、今はシステムに頼らず、己の闘争本能に身を任せて自分の持つ技量の全てを以て立ち向かう。

 何も考えずに、無心で剣を振り続ける。そうでなければまともに太刀打ち出来ない。敵も本気だ。なら俺も相応の力を示すのが当たり前だ。届かぬかもしれないが、それでも俺は自身の勝ちをイメージした。現実で至らないのであれば想像の中で勝てばいい。勝利できるモノを幻想する。そのために今まで培ってきた技と数多の英霊たちの術理を駆使し、ようやく互角の勝負に持ち込んだ。だがこれで終わらせない。勝ちたい、ではなく勝つのだ。

 数分にも及ぶ剣舞の果てに、双方の剣が弾かれ、両者に隙が生じる。俺も、剣士も後ろに跳び、間髪入れずに次のモーションに入る。

 

 

 あちらは先程の単発技の動き。対して此方はカウンター気味に構える。恐らくこれが最後の攻防。それを意識し、感覚を極限まで研ぎ澄ませる。やがて周囲の風景から色彩が消え、眼前の剣士のみを視認するに至る。

「フッ!」

 声と共に、敵の姿が掻き消える……ように見えた。実際は物凄い速さで突進しているだけだ。僅かに遅れて、俺もソードスキルを発動させる。

 ヤツの腕が伸び、刃の切っ先が向けられる。本来ならばガードするしかない脅威の技。されど今となっては向こうの動きがコマ撮りのようにはっきりと見て取れる。動作に限らず、知覚の加速によって時間そのものが緩やかに感じる。1秒、一瞬でさえ分単位に思えてくる程に。

 

 

 間合いが数メートルになったところで、左腕を前に差し出す。同時に、首を右に傾ける。その間もなく剣が腕を貫き、半ばから斬り落とされる。視界端のHPバーの下に部位欠損アイコンが表示されるが、気にする必要はない。

「───!」

 レインが何か叫んでいるが、それが俺の耳に届くことはない。ただ、目の前の敵に集中するのみだ。

「くっ……」

 腕を落としただけでは勢いは止まらず、続けて心臓部の少し上辺りに突き刺さる。更にバーがぐいっと減少し、赤の危険域にまで達する。

「ぐ……おおぉぉぉぉおッ!!」

 裂帛の気合いと共に、右の剣を横に薙ぐ。腹のど真ん中で止められた刃を90度回転させ、埋まりかけた刀身を深く押し込む。続いてくるりと体を前後反転。刺さった剣を担ぎ、持ち上げ──

「はああああぁぁぁ!!」

 雄叫びを乗せて放たれた縦斬りが、剣士の腰から上を斬り裂く。

 3連撃、《サベージ・フルクラム》が敵のHPを余さず刈り取った。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 辺りを静寂が包む。さっきまでの雰囲気が嘘のようだ。互いの地面を踏み鳴らす音も、金属音も何もない。まるで嵐が過ぎ去ったあとみたいだ。

 やがて、剣士が背中越しに言葉を発した。

「……見事。まさか、本当にオレを倒すとは……。貴殿らの絆の力、しかと我が身に刻まれた」

「「……」」

 何も言うことはない。勝利の余韻がまだ抜けないでいた。

「では約束通り、この双剣を託そう。どうか受け取って欲しい。これを持つのは、貴殿らこそ相応しい」

 その言葉と同時に、彼の手から剣が消え、ストレージに新たな装備が追加される。

「《封印の赤剣》と……」

「《封印の黄剣》……」

 どうやら双剣はそれぞれの片割れを2人が持つ、という仕様のようだった。俺が赤、レインが黄色の剣を手に入れた。しかし、封印、とは一体どういうことなのだろうか。

「その名の通り、その武器には封印が施されている。これを解くには、45層、61層、85層にて解封の試練を達成しなければならない」

 それは恐らく、剣に巻かれた紫の布のことだろう。試しに布を解こうとするが、どんなに力を入れてもびくともしない。やはり、正規の方法でないと無理だということか。

「だが試練はどれもかなりの難度を誇る。それに、そこに至るまでの道のりは長く険しいだろう。中でも《天柱の塔》は特に過酷だと聞くからな」

 布を引っ張ったりして四苦八苦していると、剣士が徐ろに口を開いた。それに、彼の台詞の中に懐かしいワードが入っていた。

《天柱の塔》。3~9層のエルフたちが口にしていた、彼ら特有の迷宮区の呼び名。ディルムッドは妖精王の子なので、その単語を知ってていても可笑しくはないのかもしれない。

「しかし、オレを打ち倒した貴殿らならばこの先の道も乗り越えられるだろう。その双剣も、必ず力になってくれる」

 喋り終えると、剣士の体がポリゴンを散らして半透明になる。既に彼の体力はゼロ。そろそろ消える頃合いであろう。

「あっ……幽霊さん、体が……」

「当然の結果さ。今は意志力で現界を保っているに過ぎない。貴女の嘆きは分かるが、これも運命(さだめ)なのだ」

「それで、いいのか?」

「ああ。最期に、強き者たちと戦えた。それだけで、オレはもう満足した。……未練はない。これからは、天から貴殿らの旅路を見届けるとしよう」

 俺の言葉に、笑みを浮かべて返す。戦士だからか、その辺りはやけにさっぱりとしていた。仮想世界と現実の彼はただの赤の他人だ。掲げる想いも、信念も違う。なのに俺は、ケルト神話のディルムッドもあれ位にさばさばしているのだろうと思っていた。

「……そうか、悔いは……ないのか」

 そう言う俺はどうか。前世での悔恨は捨ててきたと言ったが、実際はどうだろう。残らないと言えば嘘になる。あの選択は本当に正しいのか。もしかして間違っていたんじゃないのか。そう思った時もあった。だが、新たな生を受けたこの世で、美遊の幸せそうな顔を見ていると、きっとこの願いは、選択は、決して間違いなんかじゃない。そう確信した。今はそう信じている。

「うむ。……さて、もう別れの時間だ。長いようで、とても短かったな……。本当に、心の踊るひと時だった」

「お前……」

「では、さらばだ。貴殿らの道行きに、どうか幸多からんことを……」

 そう言い残して、朧気な光と共に、その体は無数のポリゴンとなって爆散していった。

 残った光の粒が消える完全に消えるまで、俺たちは天井を見上げていた。

「……行っちゃったね」

「……そうだな」

 残滓が霧散し、元の静けさと薄暗い雰囲気に戻る。勝ったという実感はあるのに、己の精神がそれを反映出来なかった。クエスト達成を示すウインドウを消し、レインの方へと向き直る。

「……帰るか」

「うん」

 あまりにも短い対話を済ませ、出口を目指して歩き始める。

「──そうだ、今日はレストランじゃなくて、何か作ろうか」

「本当!?ふふっ、今日はどんな料理を作るのか、楽しみですなぁ」

「ああ、期待しておいてくれ」

 外へ出て、空を見上げる。

 沈みゆく太陽に照らされた夕焼け空を見ると、()の剣士が彼方から俺たちを見守っているような気がした。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 34層のとある場所で、1人の少年が岩に座って橙色の空を眺めていた。

 灰色の髪に、同色のフードと装備品。そして背には仰々しい大鎌を背負っている。

「……んむ」

 ボソボソの黒パンを咀嚼し、飲み込む。あいも変わらず味気のない小麦粉の風味にやや顔を顰めつつ立ち上がる。

「帰ろっか」

 3分の1程に減った黒パンをひと息に食し、先にある獣道へと進む。

「何時になったら会えるのかなぁ」

 ぼそっと口にした言葉は、誰にも聞こえることなく──

 

 

 

 

 

「……和人先輩と士郎先輩に」

 ただ、森の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 




ひとつの事柄のもっと先のことを考えてしまう現象なんなのよ。何故かアリシゼーション編とかどうしようって度々思ってしまうのです。なんでさ。
存続はできるだけ約束しますので今後ともよろしくお願いします。
さて現時点での士郎とレインの絆レベルは6の手前といったところでしょうか。8でゲーム内結婚、10でリアルに発展、と言う設定にしています。
9月になったらギル祭ですね(多分)。林檎の貯蔵は十分か。
ではまた。


次タイトルは『灰の死神(グレイマン)』です。

感想、評価オナシャス!センセンシャル!







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第10話 灰の死神(グレイマン)

アイスボーン楽しい(唐突)
今回は初めての三人称視点です。
ガバガバなところが多々あるとは思いますが、そこは優しく指摘してくれると有難いです。
後今回は短め。


 

 

 先輩たちに触発されてSAOを購入したはいいが、まさかこんなことになるとは思わなかった。デスゲーム。生き地獄とは正にこのことを指すのだろう。GMからの宣告を受けて、この世界はその有り様をがらりと変えた。閉じこもる人がいれば、錯乱して自殺する人もいた。けれども僕はそんな状況でも冷静を保っていられた。現実だろうが仮想だろうが関係ない。命のやり取りなんて既に慣れていたから。それに、こんな所で死ぬ訳にもいかない。死んではいけない。そうなってしまったら、今まで先祖たちが積み重ねてきたモノが全て崩れ去ってしまうからだ。

 

 

 1500年。それが僕の家系の歴史。受け継いできた魔術の全てが僕の体に刻まれている。

 魔術刻印。呪いであり、家宝でもある神秘。それを若くして継いだ僕は、少なくともこのゲームがクリアされるまで生きなければならない。曾祖父の代から根源への到達は諦められたものの、一族が遺した歴史をおいそれと捨てることは許されない。だから僕は生きる。それが義務というものだ。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 7月30日。リアルでは夏休み真っ盛りなこの時期だが、ここでは例外というもの。そんなものは存在しない。その気になればずっと休むことも出来るが。しかしながら、ログアウト不可のこの現状では、殆どの人が何かしらのアクションを起こしている。街に篭ったままだと宿と飯で金は減るし、尽きればそれこそ死活問題だ。否、別に死ぬことはないが、やはり仮想世界だろうと人間は人間。3大欲求には勝てっこない。SAOに於いても、食欲と睡眠欲は働く。腹が減ったり、眠くなったりするものだ。性欲……はどうだろうか。そもそもこのゲームでは基本、"そういうこと"は出来ないようになっている(但し、現在では、の話だが)。それは《ハラスメント防止コード》と言うものがあるからだ。これがある限り、異性に対して卑猥な行為をすると相手の選択によっては黒鉄宮の牢に強制的にぶち込まれることになる。

「ぅん……」

 と、ここにも己が欲求に突き動かされて眠りについていた者が1人。

 まずは寝袋から出る。人によってはサナギから成虫になる蝶のようにも見えなくはない……かもしれない。そして一通りの準備を済ませて何時ものレベリングと洒落込む。

 彼のプレイヤーネームはヒイラギ。リアルネームは天城柊。アインクラッドで初めてエクストラスキルの《大鎌》を獲得したプレイヤーだ。灰の死神(グレイマン)などと呼ばれてるが、実際はそんな大層なものでもないらしい。むしろ僕のようなヤツに如何にも厨二臭い異名なんて似合わない、とは彼の弁。

 彼は見かけに依らず、両手用の重い武器を得意とする。外見は華奢だが着痩せするタイプのようで、エミヤやキリト曰く、脱げば中々のものらしい。

 

 

 やがて獲物を見つけ、やや白く濁った眼球をモンスターに向ける。

 ヒイラギの1.5倍はある体高の猿人だ。《ドランクエイプ》の名を持つこの猿人は、《迷いの森》で出現する中では最強クラスのモンスターだ。一撃が重い代わりに機動力は低く、攻撃パターンさえ読めれば楽に倒せる相手なのだが、その欠点を埋める要素が《スイッチ》である。スイッチは何もプレイヤーだけの技術ではなく、人型やそれに近いカタチを持ったモンスターなら複数体いれば使用してくる。

 棍棒を振りかぶって雄叫びを上げる猿人を見て、彼も目深に被ったフードを浅く被り直す。

 振り下ろされる棍棒を後方へのステップで回避し、一気に前進。助走を十分につけて大鎌スキルの突進技《デスアサルト》をヒットさせる。

 横薙ぎを避け、続いて連続攻撃を仕掛ると、あっという間に敵のHPをレッドゾーンにまで減少させた。

 とここで、追撃を阻止するようにもう1匹のドランクエイプがスイッチしてくる。後ろに注目すると、1匹目が壺の中の回復薬を飲んでいる。

 こうなってしまえば、傷ついた端から前衛を交代して後衛が回復、という無限ループになってしまうので、何としても止めなければならない。

 辺りを見回し、岩の上に倒れた樹木を発見すると、ヒイラギはそこに向かって猛然とダッシュした。木を利用してジャンプし、更に猿人の肩に乗ってもう一度跳ぶ。壺の液体をぐびぐびと呷っているエイプの首目掛けて、単発技《ネックハント》を放ち頭を切断する。この技は首狩りの名の通り、頸部に当てると確定でクリティカルになる変わったソードスキルだ。狙いにくいが、命中すれば大ダメージを狙える。

 急所の首を断たれ、ポリゴンの粒となって霧散した猿人に目もくれずに次の標的へと怒涛の連撃を仕掛ける。ものの数十秒で体力を半分まで削るが、今度は3匹目が前に出てきた。せめて後ろに下がることだけは避けたいと考えたのか、ヒイラギは先程の猿人の両足を《ツイン・スウィープ》2連撃で断ち切る。迫り来る棍棒を難なくいなし、ソードスキルで確実に仕留める。そのまま、1人だけになって慌てふためく敵に《テリブルクロウ》5連撃で切り倒した。

 

 

 その後も狩りを続け、何度目かの戦闘を終えると、ヒイラギの周囲をエフェクトが舞い、ファンファーレが鳴り響く。どうやら、レベルアップしたようだ。それを確認したヒイラギは3つ得たポイントを筋力に2ポイント、敏捷に1ポイント割り振る。

「さて、と。3日ぶりに街の宿屋にでも泊まろうかな」

 数日間、ずっとこの森の安全エリアで寝泊まりしていたヒイラギは、さすがに寝袋の感触に飽き飽きして来た頃だった。快適な寝心地を求めるべく、主街区に帰還しようとしたとき、ヒイラギはあるものを発見した。

「……あれ、こんなところにワープゾーンなんてあったっけ」

 いつの間にか、エリアの端に到達していたようだった。迷いの森はその名に偽りのない構造になっている。具体的には、無数のエリアが碁盤目状に並んでおり、ひとつのエリアに一定時間居ると、四方の隣接エリアとの繋がりがランダム変化していまうという厄介極まりない設定だ。故に、森の攻略には主街区の道具屋に売っている地図アイテムが必須となる。それがなければ、運に頼るしかない。

 強制転移を回避すべく、全力ダッシュで転送ゾーンに飛び込むと、木々が鬱蒼と生い茂るどこにでもあるエリアとは異なり、かなり開けた場所に出た。更に視線を上げると、眼前には超巨大なモミの木が立っていた。

「デカいな……」

 何らかのイベント関連かと連想し、巨木の目の前に立つヒイラギだが、何かが起こる様子はなかった。試しに鎌で切り付けてみても紫色の小さな窓に《Immortal Object》と表示されるだけだ。つまり、この木は絶対に倒れないことになる。

「いいや、帰ろう」

 特に変わった様子はない、と断定したヒイラギは、今度こそ帰路に着く。時折地図と睨めっこしつつ、出口に向かって走る。途中、何度か戦闘になったが、難なく突破し、漸く迷いの森を出ることが出来た。

 ここまでにかかった時間は1時間強。手慣れたプレイヤーでも脱出にこれほどの時間を要するのがあのダンジョンの恐ろしいところだ。

「夕方、か」

 そう言って、ヒイラギは眉を動かした。森では木々が邪魔をして上手く空が見えなかったが、実はかなりの時間が経っていた、ということに驚いていたのだ。

 ここから主街区まではそれなりの距離がある。徒歩でざっと45分くらいかかる程に遠く、離れているのだ。街で借りられる馬を用いれば時間を短縮出来るが、その手の動物を操るには《騎乗》スキルが必要であり、習得してないと思うように操作することが出来ない。というかそのスキル自体取得しているプレイヤーの数は圧倒的に少ない。

 馬もないので、仕方なく何時ものように歩きで街に向かっていたヒイラギは、視線の端にあるものを捉えた。1人の女性プレイヤーと、黄金の一角を持った牛型モンスターが複数。あのモンスターは《ゴールデンホーン》の名前を持ち、その名の通りの特徴的な金角は商人に売ればそれなりの額になる代物だ。

「ん?あの人は……」

 ヒイラギが目先の人物に焦点を当てると、その姿が《ディテール・フォーカス・システム》によって細部まで写し出される。このシステムはプレイヤーが注目した風景やオブジェクトをより細かく見せると言うものである。これに関しては、全ての景色をリアルに再現するとリソースを使い果たしてしまうため、このシステムが採用されている。

 写された人物は、銀髪青眼の、赤のコートにその身を包んだ少女だ。手には喑赤色の剣が握られている。表情からして劣勢なのは明らかだ。

 数では不利だと判断した彼は、助太刀に向かうことを決めた。

 木にぶら下がった(あつら)え向きのツタを見つけると、一目散に駆け出す。ジャンプし、ツタを掴んで体を前後に揺らすと一気に飛び上がってモンスターの頭に着地した。

「!?」

「ブモォッ!?」

 ヒイラギという闖入者に、双方が驚愕する。それに構うことなく、《デビルズクロウ・スクエア》を頭部に叩き込む。計4回の斬撃によって、牛の硬い皮膚諸共その首を切断した。牛の消滅に目もくれず、地面に立つと同時に少女の方へと向き直る。

「あ、あなたは……」

「話は後にしよう。今は、アレを倒すことに専念すべきだよ」

 少女の言葉を遮り、ヒイラギが口を開く。

「……確かに、そうですわね。では、あなたはあちらの3頭をお願いしますわ」

「OK。的確に行こう」

 そう言って、ヒイラギは流れるような連撃で敵を圧倒していく。たちまち1匹目を撃破し、次の獲物に目を向ける。突進を回避し、角振り回しを弾く最中にちらりと少女の方を見やる。最前線に近い層にソロで戦っているからか、彼女の実力は相当なものだ。加えて、敵のHPを吸収するあの剣のお陰で体力面も問題ない。今もモンスターの攻撃によって減ったHPが敵を倒すとみるみる内に回復していく。

 便利だなぁ、と心の中でぼやきつつ、続く2匹目も難なく倒す。

「……ん」

 それに合わせてか、最後の敵が猛烈な勢いで突進してくる。スキルの硬直が解除されると、ヒイラギは避けの姿勢ではなくただ正面で棒立ちしている。

「これが止まるんじゃねぇぞってやつかな?」

опасно(危ない)!回避なさい!」

「No。心配ないよ」

 モンスターの方に顔を向けると、下げていた鎌を再び構える。猶予は3秒程だ。

My blood is Furious,(我が血気は沸き立ち、)unrivaled threat is appear here(無比なる脅威は此処に現る)──」

 突然の詠唱。ヒイラギの口から英語の羅列が紡がれる。このゲーム内では魔術の使用は不可能だが、彼は己を奮い立たせるためにこれを行う。そして、彼は先の詠唱をコンマ数秒で読み終える。熟達した魔術師ならばこれくらいは朝飯前である。

 ──1秒。

 牛が徐々に距離を詰めてくる。

 ──2秒。

 それを見て、ヒイラギは腕に込める力を強める。

 ──そして、3秒。

 突撃が当たる前に、彼は鎌を振り下ろし、溜めた力を一気に解放した。

 パワーの乗った一撃を食らった牛は、頭上にちかちかと点滅する光を取り巻きながら転倒する。今のヒイラギの攻撃によってスタンしたのだ。

「なっ!?有り得ませんわ!斬撃武器でスタンを取るなんて……!」

「まぁ、それはこの鎌の効果かな」

 彼の装備している鎌の固有名は《プライド・シン》。傲慢の罪を意味する名だ。この武器には頭部に攻撃を加えると、低確率でスタンの状態異常を与えるという特殊効果がある。

「さて、Finishだ」

 倒れた敵に近づき、ヒイラギは止めの一撃を食らわせる。一瞬の硬直の後に、モンスターはその姿を霧散させた。

「ふぅ、何とか倒せたね。怪我はなかったかな?」

「当然ですわ。それと、別に助けを求めたわけでもないのですけど」

「そう言ってる割には、結構苦戦してたみたいだけど?」

「うっ……そ、それは……」

 ヒイラギの鋭い指摘に、少女が言葉を濁す。

「……ですが、私にはこの《フィンスタニス》がありますのよ。あの数ならば十分に対処出来ましたわ」

 だが、少女の方も負けじと反撃する。

「《ゴールデンホーン》は瀕死になると仲間を呼ぶ。一斉に召喚されたら囲まれて詰み(Checkmate)だ。まぁ君なら死にはしないだろうけども、結構危ないところまで持っていかれるだろうね。それに、この層じゃその剣は火力不足だ」

「……ッ、余計なお世話ですわ!今や《フィンスタニス》は私の半身。手放す訳には行きませんの」

 最後のヒイラギの言葉に、少女が即座に反応する。彼女は、あの剣に相当な愛着を持っているのだろう。

「更に上の層に行くのなら、そうも言ってられなくなるよ。ましてや、頼れるフレンドや命を預けるに値する仲間がいないソロなら尚更だ」

「命を預けれる仲間?必要のないものですわ。戦場で頼れるのは己の力のみ。確かに、信頼出来る仲間がいれば心強いでしょう。ですが、頼ってはなりません」

 その発言に、ヒイラギは肩を落とす。

「命とは己が責任を持つもの……。間違いじゃないけど、誰かに頼ることも大事だよ。──1つ言っておくよ、サーニャさん。そんな考えを持ったままだと、死ぬよ」

 サーニャと呼ばれた少女は、ヒイラギの冷酷な声に一瞬肩を震わせる。

「ッ、本当にそうなるかなど、分からないのではなくて?」

「いや、分かるさ。僕には、それが視えている。信じるか信じないかは君次第さ。別に、ただのお節介だと流してもいい。……じゃ、僕はこれで。人探しをしているからね。この新聞の絵を頼りに」

 言って、ヒイラギはサーニャに向けて新聞を放り投げ、主街区へと向かっていった。

「……そんなこと、私自身が1番分かっておりますわ」

 彼が去った後、地面に落ちた大きめの紙を拾い、なんとなしに眺めていると、あるひとつの画像に目が留まる。

「こ、これは……!?」

 そこには、攻略組トッププレイヤー特集に載ったあるプレイヤーの記事が書かれていた。

「……虹架。あなた、ここにいたのですね」

 ぽつりと漏れた声は、誰にも届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 




サーニャ参上。個人的に出したかった人物の1人。後、前回でヒイラギがグレイちゃんと勘違いされてましたね。これに関しては自分のややこしい文のせいですね。申し訳ありません。ではまた次回。
評価、感想、お待ちしてナス!


ここから簡易的キャラ紹介。

プレイヤーネーム:ヒイラギ
本名:天城柊
1500年続く魔術師一族の後継者。既に刻印を受け継いでいる。一族の最も得意とする魔術は血液魔術。血を触媒とし、操作、増血、血を用いた強化など用途は多岐に渡る。戦闘向け出ないこの魔術だが、彼の手にかかれば実戦でも十分に使えるものとなる。士郎や和人を先輩と呼び慕う。桐ヶ谷直葉とは同級生かつ友達同士。灰系統の服を何時も着ているが、特に理由はないし、好きな色というわけでもない。
因みに好きな色はブラッドカラー。鮮紅色だと尚良い。
人の営みとありのままの自然が好き。後動物に好かれる。






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幕間 ハロウィン・ナイト

Q:ハロウィンに投稿出来ましたか……?
A:出来ませんでした……(小声)
まだ秋だからセーフでしょ(適当)



 

 

 10月31日はなんの日か?そう、ハロウィンだ。現実では沢山の人々がこの行事を楽しんでいることだろう。それは、このSAOでも同じことだ。この日はどこも賑わっており、攻略の時の厳粛な雰囲気は全く感じない。街のあちこちにはカボチャをくり抜いたジャック・オー・ランタンが飾られていて、さらに期間限定で配布されるプレイヤー達の仮装も相まって、よりハロウィンらしくなっている。

 俺もそうだが、今日ばかりは攻略組も羽を伸ばしている。余程の暇人でない限りは迷宮区の攻略などしないだろう。

「せんぱーい!」

 後ろからかけられた声を聞いて振り返ると、いつもの灰色ではなく、黒1色のフード付きローブを纏ったヒイラギがいた。

「ヒイラギ。それ、もしかして配布された装備か?」

「ええ。死神の仮装で、髑髏のお面も付いているんですよ」

 アピールするように、ヒイラギは面を被り、その場でくるりと一回転してみせた。

「……それ、この前のオレンジプレイヤーの格好に似てるな」

「あ、先輩もそう思います?えっと、たしかザザって名前の人でしたっけ?」

「そう、それだ。……あの時は大変だったな」

「ええ。まさか、彼女が──」

「エミヤ君!」

 言い終わる前に、また後ろから聞き慣れた声がかかる。

「今度はレインか……って、うぉわぁ!?」

 振り向くと、そこには普段とは全く異なった衣装に身を包んだレインが駆け寄って来ていた。

 その格好というのが、なんというか、とても艶めかしいものだった。頭にはいつものメイドカチューシャとは似ても似つかない角付きのヘアバンドを、服は恐らく悪魔をイメージしているであろう意匠が施されていた。だが何よりも目を引くのは露出度の高さだ。足とへその辺りなんて丸見えである。これは健全な男児にはかなり堪えるというものだ。そして臀部には尻尾、背中には羽まで付いている。

「え、えっと……その格好は……」

「あ、あんまり見つめないでくれるかな……。その、恥ずかしいから……」

 そう言って、露出している部分を隠してはいるが、そういう動作によって余計に色っぽさを増している気がするのは気のせいか。

「ああ、わ、悪い!」

 慌てて目を逸らすが、どうしてもチラチラと見てしまう。男の(さが)である。

「先輩、鼻の下伸ばしてます?」

「し、してない、してない!」

 必死に取り繕う俺を見て、ヒイラギがけたけたと笑う。全く、思春期男子のデリケートな部分を突きおって……。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 35層主街区にて開催されたハロウィンイベントでは、入口付近に居るイベントNPCから限定の装備をどれか1つ、ランダムで貰える。沢山の種類があるらしく、同じ様な出で立ちのプレイヤーを見かけるのは少ない。

「まぁ、早速貰ったワケだけど……」

 自分の格好を見回してみる。配布された仮装は、恐らくドラキュラを模しているであろうものだった。一般的なドラキュラとは違い、マントや牙がなく、服装も黒の貴族服であるため、吸血鬼の伝承の元となったヴラド三世のようにも見える。

「Oh、中々似合ってるんじゃないですか。レインさんはどう思います?」

「えぇっ!?わ、わたし?」

 急に話題をレインに振ったかと思えば、こちらを見て軽くウインクしてくるヒイラギ。一体、何の意図があるのやら。

「えぇっと、その……に、似合ってると思うよ……?」

「そ、そうか。ありがとな」

 彼女にそう言われると、何だか照れてしまう。例え他の誰かに褒められても、別にそんな感情が湧いたことはなかったのだが。

「初いなー」

「初いって、何がだよ」

「さあ、何でしょうかね」

 はぐらかすことのわけも分からないので、思考を切り替えて他のことについて話すことにしよう。

「そういえば、サーニャは何処にいるんだ?」

「えっ?うーん……多分、はじまりの街に居るんじゃないかな」

「そうか。じゃあ、今から彼女を呼びに行くけど、一緒に行くか?」

「ええ、そうさせて貰います」

「うん、わたしも行こうかな」

 よし、そうと決まれば早速行くとしよう。

 とここで転移門に向かっていると、西洋騎士風の甲冑を着込んだキリトが此方に来ていた。これも仮装の1つだろう。

「よう。皆して何処に行くんだ?」

「サーニャを呼びに行くために、はじまりの街に向かう所なんだが、お前も来るか?」

「ああ、別にいいぞ」

 人数は多いに越したことはないが……まあ、いいだろう。

 会話しながら歩いていると、いつの間にか転移門広場に来ていた。他の街へ転移をするときは、『転移』の後にその街の名を言う必要がある。SAOに於ける数少ないボイスコマンドのひとつだ。

「「「「転移、はじまりの街」」」」

 名を発すると、青白い光に周囲の景色が呑まれ、それが消えるとだだっ広いはじまりの街の広場に転移が完了されていた。さすがはチュートリアルの時に全プレイヤー1万人を収容しただけあって、どの街と比べても圧倒的に此方の方が広い。主街区の中でも現状最大規模なので、それも当たり前のことなのだろうが。

 

 

 さて、俺たちは何処に向かっているかと言うと、東7区にある教会だ。あそこには、ある人物が子供たちと共に住んでいるので、サーニャもそこにいるだろうと検討をつけていた。

 にしても、人が少ない。もっと多いと思っていたのだが、一体何処でどうしているのやら。

 しばらく歩くと、目的の教会へと辿り着いた。

 コンコン、と大きめの木製のドアをノックすると、幾つかのはしゃぎ声と声の主たちを窘める声の後に扉が開かれる。

「こんばんは、サーシャさん」

「ああ、エミヤさんでしたか。サーニャなら、奥の部屋に居ますよ」

 出てきたのは、この教会で子供たちの世話をしているサーシャさんだ。

 彼女はこのはじまりの街にいる子たちを保護し、共に暮らしている。

 このゲームには、大人もそうだが未成年のプレイヤーも大勢いる。その中には年端もいかない子供たちも当然含まれる。ナーヴギアのレーティングが13歳以上であってもそれを無視すること自体は可能であることが理由の1つと言えよう。

 そんな低年齢のプレイヤーは、大抵はこの街に篭っている者が殆どだ。SAOの実態が知らされた時、大半の子供たちは何かしらのパニック状態に陥り、中には精神に支障を来たしたケースもあるという。

 むべなるかな。彼らは精神的にまだ未熟な所がある故、そうなってしまうのも仕方の無いことだ。

 そこへ子供たちに手を差し伸べたのが、目の前にいるサーシャさんなのだ。

 彼女も、俺たちのようにモンスターを狩っていた時期もあった。だがある日、1人の子供を見かけたサーシャさんは、放って置けずにその子を宿に連れて一緒に暮らし始めた。そこから街の子たちを見かけては声を掛けを繰り返していく内に今に至った、というわけである。傍から見れば前線からドロップアウトしたかに見えるが、俺はそうは思わない。彼女は立派に戦っていると断言出来る。

「そうですか、わかりました」

 用件をあっさりと看破したサーシャさんに軽く会釈しながら、俺たちは奥の方に進んでいく。

 ドアを開けると、そこには複数人の子供とそれらに囲まれる、魔女の仮装をした銀髪の女性プレイヤー、サーニャの姿があった。

「……あら?こんなにぞろぞろと引き連れて、一体なんの用ですの?」

 キィィ、と蝶番が鳴る音に反応したサーニャが此方に振り向く。

「折角のハロウィンだし、皆で一緒に過ごそうってことになったんだが、お前もどう──」

「あーっ!エミヤ兄ちゃんだ!」

 とそこへ、俺の言葉を遮り、凄い勢いで3人の子供たちが駆け寄って来た。

「ギン、ケイン、ミナ!元気にしてたか?」

 名前を呼んだ3人の内、真ん中の男の子が口を開く。

「大丈夫、みんな元気だよ!って、それよりも──」

「ん?なんだ?」

 突然話題を変えるので、なんのことか聞いてみることにする。と言っても、子供、ハロウィンと来れば、何を指すかは察することが出来るが。

「エミヤ兄ちゃん、トリックオアトリート!」

「お菓子くれなきゃイタズラするぞー!」

「ねぇ、お菓子持ってきてるんでしょ!」

 予想していた通り、彼らはお菓子をせがんで来た。ハロウィンと言えばコレが真っ先に思い浮かばれる人が多いだろう。最早1種の風物詩だ。

「ああ、勿論あるぞ。ほら」

 言って、ストレージから菓子入りの小袋が沢山入った大きめの袋をオブジェクト化して差し出す。

「耐久値がなくなる前に皆で食べてくれ」

 ギンが小袋の1つを取り出す。中には、様々な形をしたクッキーが入っていた。

「うおぉ、すげぇ!ありがとう、エミヤ兄ちゃん!」

「おう、ハッピーハロウィン!」

 お菓子を受け取った彼らは、興奮気味に向こうへ走っていった。あの嬉しそうな顔を見ると、作った甲斐があったというものだ。

「へぇ、お菓子を作っていたんですか」

 驚いたような口調でヒイラギが問いかける。

「まあな。その方が皆も喜ぶと思ってな。──で、話の続きだけど、今日はハロウィンだし、皆で過ごすつもりなんだ。お前もどうだ?」

「……ええ、ではご一緒させていただきますわ」

「やった!サーニャちゃんの了承も得たことだし、皆の所に戻ろう」

 レインの言葉に小さく頷く。こうしてサーニャが承諾したところで、俺たちははじまりの街を後にした。

 

 

 35層に戻ると、広場には俺が呼びかけた他のメンバーが待っていた。

「よう、遅かったじゃねぇか」

 そう言うのは、ミイラ男の仮装をしたクラインだ。その他にも、それぞれ異なった衣装を纏ったエギル、アスナ、ユウキ、コハルがいた。

「ははっ、クライン、なんだよその格好」

 普段の侍っぽい見た目の装備とはかけ離れた外見がツボだったのか、キリトが思わず大笑いする。

「う、うるせー!ランダムなんだから仕方ないだろ!」

 あーだこーだと掛け合う2人を尻目に皆と広場の中央へ歩いていく。

「そう言えば、この時間帯にNPCがイベントクエストを出すらしいな」

 如何にも人造人間のような見た目をしたエギルがイベント情報を眺めながら太い声で確認をとる。ここまでその仮装が様になっている奴はそういないだろう。

「ああ、そうだ。確か、この辺に……おっ、いたいた」

 俺が視線を凝らした先には、通常であればいないNPCが立っていた。頭上には?マークがあり、何らかのクエストを持っているのは明白だ。

「何かお困りですか?」

 クエスト開始のキーとなる言葉のパターンは色々あるが、普通はこれが一般的である。

 その後の説明によると。

『自分の住む街が悪しき悪魔の手によって占拠され、あまつさえ自らが作り出した怪物やゾンビを街に解き放ってしまったが故に、人々は逃げることを余儀なくされたので、どうか街を救って欲しい』

 という内容だった。

 そういうことであれば、勿論断る理由もなく。

「ええ、引き受けさせて貰います」

 それに対し、女性NPCは太陽のような笑顔と共に、「ありがとうございます!」と礼を述べた。

 しかしその直後。

「では早速、私たちの街へ案内させていただきます」

『へ?』

 と、いきなり突きつけられた言葉を理解する暇もなく、俺たちはたちまち何処へと転移させられたのだった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 光が消えると、目の前には先程と同じ街の入口があった。だが雰囲気が明らかに違うことが感じられたので、恐らくはインスタンスダンジョンなのだろう。

「急だったね……」

「確かに、いきなりだったからびっくりしちゃったよ」

 呆気に取られていたアスナが呟き、ユウキがそれに相づちを打つ。

「とりあえず、準備してから行こう」

 俺の指示に全員が頷く。

 そして各々入念に支度を済ませて突入した……その瞬間。

『オ"オ"オ"オ"オ"……!』

「な、なんだ!?」

「おい、いきなり囲まれたぞ!」

 十数体の怪物が俺たちを取り囲む。のっけからこれとは、随分なおもてなしだ。

「速攻で倒して、奥に進みましょう!」

 アスナの指示が飛ぶ。さすがは血盟騎士団の副団長だけあって、それだけでパーティーの統率が成される。

 モンスターの一体に肉薄する。繰り出される攻撃を最小限の動きで回避し、《バーチカル・スクエア》を見舞う。目の前の敵が倒れるが、それと同時に背中にガツンと衝撃を受けた。後ろにもう一体の敵がいたのだ。

(しまった、油断した……!)

 振り向きざまにソードスキルを繰り出し、息の根を止める。その直後、俺はある違和感に気づく。

(HPが、回復している……?)

 有り得ない、と思った。ドレイン系の効果が付いた武器を装備しているわけでもないというのに、HPが回復するのはおかしいことだ。

 だが今は、この状況を打破することが最優先だ──!

 

 

 ひとまず、入口での戦闘は終えた。しかし、あの違和感の正体は分からない。

「なぁ、何か、変じゃなかったか?」

「確かに、ステータスに何らかの補正みたいなのがかかっていたな。俺の場合は防御力が何時もより上がっていたな」

「オレは何か狙われにくくなってたぜ」

「オレは与えるダメージが上がっていたな」

 俺の疑問に、順にキリト、クライン、エギルが腑に落ちない様子でぼやく。女性陣も同じく合点が行かないようだった。

 改めてイベント情報を覗く。するとそこには。

「本クエストでは仮装によって様々な特殊効果が発動されます、か」

 ウインドウを見た皆が驚きの声を漏らす。

 さらに詳細を確認すると、俺が今着ているドラキュラのコスプレはHPドレインと刺突攻撃の強化が付与されるらしい。

 他にも、アスナやサーニャの魔女コスは範囲内の味方にバフを巻くとか、ユウキの猫コスは敏捷の上昇と壁走り(ウォールラン)が可能、などの情報が判明した。

「なるほど、仮装を着てないと参加出来ないってのはこういうことだったのか……」

 このクエストの特殊条件には、イベント限定の衣装を装備すること、と書かれていた。わざわざ防御力が前線の防具よりも低い仮装を何故、と思っていたのだが、こういう隠し要素があったとは。

「まぁいい。先を急ごう」

 皆が首を縦に振る。それを確認し、俺たちは更に奥へと進んで行った。

 

 

 奥に行くに連れて、敵の数も多くなってゆく。35層の主街区は変に入り組んでいるわけでもないので戦い易いが、数ではあちらが勝っているため結局行き詰まっている。

「クソッ、キリがない……!」

 軽く毒づきながら剣を振るう。眼前のゾンビが倒れるが、その後ろから別のエネミーが襲い掛かってくる。そしてそれも倒す。今に至るまでこれがずっと続いていた。そろそろ敵の攻撃パターンも見切れてきた頃なので最初と比べて随分と楽になったが、あまりの敵の多さにうんざりしてしまう。

 因みに俺たちが向かっているのは街の1番奥にある集会所だ。NPCの話によると、(くだん)の悪魔はそこにいるらしい。

「おい、あとどんくらいで着くんだ!?」

「あと少しの筈、だ!」

 投げかけられたクラインの問いに、怪物を真っ二つにしながら投げやり気味に応える。

「ここを乗り切れば目的地に着くらしいから、もう少しだけ頑張ろう!」

 俺の声を聞いたキリトが全員に聞こえるように声を張り上げ、それに対し、皆が首肯する。

 2パーティーの意志が固まった所で、再び奥に向かって走り出す。並み居る敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返し……その末に、漸く集会所が視界に入った。

「……!あれだ!」

 それを視認した俺たちは、扉の前を守護している怪物共を一掃してから一旦立ち止まる。

 まずは態勢を立て直す。減ったHPを治癒ポーションで回復させ、一応耐毒ポーションも飲んでおく。

 ここまで来て分かったが、道中の敵はそこまで強くない。厄介と思えるのは数が多いことくらいだろうか。この先には何らかのボスモンスターがいると思われるので、前座でしかないあの怪物たちの強さが控えめなのは当然といったところか。だがこういう感じのクエストのボスはかなり強いのがセオリーなので、油断だけはしないようにしよう。

「皆、準備はいいか?」

 各々の準備が整ったタイミングで全員に声を掛ける。

「おう、何時でもいいぜ!」

「うん、準備万端だよ!」

 と、全員がOKしたので、扉に手を添える。

「行くぞ!」

 触れた扉を一気に押し開け、俺たちは中に入っていった。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 中に入ると、そこは外観こそ普通の広いホールだが、ここら辺に立ち込める雰囲気は明らかにおどろおどろしいものだった。

 目を凝らすと、奥に何者かの人影がぼんやりと映し出される。

 歩を進めた瞬間、俺たちの存在に気づいたのか、人影が体をこちらに向ける。

「む、何やら小賢しい虫共の気配がするが、一体何用かな?」

 相手の姿が顕になる。総じて禍々しい見た目をした悪魔だ。レインが着ている小悪魔コスとはリアルさが違う。

「何って、お前を倒しに来たに決まってんだろ」

「ほう、私を倒しに、か。大方、この街の人間に依頼されたのだろうよ」

 マントをたなびかせながら、悪魔が口を開く。街を占拠し、人々を恐怖させたのがコイツだと言うのなら、1分1秒とて生き長らえさせておくのも胸糞悪い。

「なんで、こんなことしたんだ」

「……まあいい、虫けらは潰すまでよ。何度でもなぁ!」

 どうやら、動機に対する返答は設定されていなかったらしく、俺の言葉を無視して展開が進められる。細かいことは気にするなってわけか。

 

 

「私の下僕共を残らず討った貴様らは念入りに痛めつけなければなるまいて!」

 それに次いで、悪魔がうめき声を上げる。それと同時に、その姿が徐々に変わってゆく。体が大きくなり、筋肉は膨張し、巨大な翼と角が生え、口からは暗黒に染まった炎が漏れ出ている。

 3段のHPバーの上に表示された名は《Baal the demon Lord》。何故バアルなのか、と思ったが、この際深く考えないようにしよう。

「でっ……か!」

 喘ぐようにキリトが驚愕の声を発する。今までに遭遇したモンスターは数あれど、このような正統派っぽい悪魔の見た目の敵はいなかった記憶がある。

「よし、行くぞ!」

『応ッ!』

 前へと走る。今更止まれない。相手がなんであれ、アレは倒すべきものだ。

 迫る腕を抜刀の勢いで弾く。次いで反対の腕が空気を裂いて肉薄するが、それはエギルの斧に遮られる。

 隙を晒したところで、全員のソードスキルが無防備な敵に叩き込まれる。

『ぐうっ、小癪な……!』

 口が開けられ、ズラリと並ぶ凶悪な牙が姿を現す。だが攻撃の挙動は噛み付きではない。程なくして、喉奥から瘴気のような黒い炎が迫り上がり、轟、という音と共に、黒炎が吐き出される。

「下がって!」

 声が張り上げられる。かなりの勢いで前方の空間を満たす炎の前に、両手槍を携えたコハルが躍り出る。

 突き出されたロングスピアが、緑色の燐光を纏って猛烈に回転する。その速度は徐々に上がっていき、円盾(ラウンドシールド)に変化したかのように見える程になる。武器防御スキルの《スピニングシールド》だ。

 漆黒の奔流が、1つの盾と化した槍に激突する。それでも回転の勢いは尚も留まることを知らないように衰えることはない。しかし、それは向こうも同じこと。濁流の如きブレスは散っていくどころか更に強まっていく。

「くっ、ううっ……!」

 コハルが苦しげな声を漏らす。天井知らずに増すブレスの勢いに気圧されてか、相殺しきれなくなった暗黒がじわじわと彼女のHPを削っていく。

 バーが半分を切ると同時に、漸くブレスが治まった。その全てを受け切ったコハルは、荒い呼吸を繰り返しながら地面にへたり込む。

「大丈夫か!?」

 言って、ポーションを手渡す。

「あ、ありがとう……」

「コハル、一旦下がれ」

 小さく頷くと、コハルが後ろに下がる。

 代わりにエギルが前に出て、タゲをとってくれた。その隙に、俺も減ったHPを回復する。

 ポーションを飲み干すと、口の中に残る奇妙な味の余韻に顔を顰めつつ正面に向かって走り出す。

 対して、あちらも地面に手をついて突進してくる。

 

 

「──ッ!」

 それを見て、咄嗟に急停止する。俺の装備は壁役(タンク)向けとは程遠いものなので、アレを食らえばひとたまりもないのは明白だ。

 全力で横へ跳ぶ。そのコンマ数秒後、先程俺がいた位置で悪魔が止まって2つの肥大化した剛角を振り上げた。

(危なかった……)

 正にギリギリだった。もしアレに当たったら……と考えると、思わず背筋が凍ってしまう。

 渾身の攻撃を外した悪魔は、ぐるるる、と不機嫌そうに唸り、俺に狙いを定めて拳を突き出した。

 それを剣の腹で受け止める。幸い、武器防御のスキルは高めなので盾程ではないがダメージはそれなりに減衰された。とは言っても、太い腕から繰り出される拳打は脅威以外の何物でもない。やがて抑えきれずにじりじりと押されていく。

 このままでは破られる──そう直感した俺は、全力を腕に込めて強引にパンチを弾いた。

 けたたましい音が鳴り響く。体勢を崩され、両者共に長い硬直が課せられるが、こちらにとっては些事でしかない。

「今だ、全力攻撃──!」

 絞り出すように叫ぶ。それとほぼ同時に尻もちをついてしまい、衝撃が肺を叩き、本能的に嘔吐く。

 敵は転倒状態だ。人型モンスター特有のバッドステータス。その間は隙だらけだ。

 それを利用して全員が敵を囲み、それぞれ今習得している最大のソードスキルを叩き込んでいる。

 硬直から解放された瞬間に俺も駆け出し、光を帯びた赤い剣を振る。真紅から蒼に染まった刃によって刻まれた5つの斬撃が星を描き、最後に中心に向けて全霊の突きを放つ。片手剣6連撃、《スター・Q・プロミネンス》。

『ガアアアアアッ!』

 体力が残り僅かになり、苦悶の声を上げる悪魔。転倒から立ち直り、剣技による硬直で動けない俺たちを尻尾で薙ぎ払う。

「か──あっ──!」

 途方もない衝撃が横腹を叩く。HPが一気に4割程減少する。魔女コスのバフによるダメージ減少が入った上でこの威力。本来なら半分くらい食らってもおかしくはないだろう。

 背中を地面に打ち付けられ、急いで起き上がるも、後退を許さないように追い討ちの黒炎ブレスが一瞬にして全身を焦がした。

「くぅっ……!?」

 全員のHPバーが危険域を示す赤に変わる。これではあと数回攻撃を受ければ死んでしまう。

「回復を……!」

 レインが悲鳴混じりの叫びを上げる。が、いつの間にか飛び立った悪魔が、双翼で巻き起こした突風によって動きが阻害される。

 無理矢理立ち上がると、敵は飛んだまま前かがみの体勢中に移っていた。あのまま突撃するつもりだ。その行動を許してしまえば、皆の命は尽きてしまう。

 それだけは──それだけは、絶対に避けなければならない。こんな所で死ぬなんて真っ平御免だ──!

「はっ、ぁ──!」

 言うことを聞かない身体を強制的に動かす。

 足に力を込めて飛び出す。剣を右肩に担ぎ、左足で床を蹴る。矢の如く飛翔し、目前の敵に迫る。

 今まさに滑空の構えを見せていた悪魔の顔が驚愕に染まる。だが、もう遅い。懐に入った時点でお前は既に負けている。

「う、おぉぉぉ──!」

 咆哮と共に、黄緑色の切っ先を走らせる。片手剣突進技、《ソニックリープ》が悪魔の胴を深く斬り裂いた。

 轟音を響かせ、巨大な体躯が地に堕ちる。

『ぐ、うう……』

 乾いた声が悪魔の口から漏れ出る。

 着地に成功した俺は相手の方を見やる。

『フフ、私を倒したところで何も変わらぬ。この城の頂点……100層に住まう魔王には、貴様らとてかなわぬだろう……』

「……おい、それってどういう──!」

『──ぐふっ!』

 それに応えることなく、断末魔と共にその体は無数のポリゴン片となって爆散した。

「終わった、のかな?」

「……みてぇだな」

 ユウキの懐疑が込められた声に、クラインがこれまた訝しげに反応する。

 と、その直後、俺たちの体が青白い光に包まれる。

(はぁ、また強制転移か……)

 内心で呆れながら、甘んじて強まる光に身を任せる。やがて、視界が青1色に染まり、転移特有の不思議な感覚を味わった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 クエストのクリアを報告し、テンプレのようなお礼と報酬を戴いた後、俺たちはまだハロウィンに染まった街をぶらぶらしていた。

「思った以上に大変だったな」

「えぇ、死ぬかと思いましたわ」

「もうちょっと難易度が低くてもよかったんですけどね」

 何処へ向かうでもなく、だべりながら適当に歩き続ける。

 そこにクラインが何か思いついたように提案する。

「なぁ、今から皆でどっかメシ食いに行かね?」

 打ち上げも兼ねてのことだろう。断る理由もないので、その案に乗ることにした。

「ああ、いいな、それ」

 他の者も異論はないようで、各々が肯定の意を示した。

「よっしゃあ!そうと決まりゃ早速行くぜ!」

「おい、待てよ!」

 急に走るクラインをキリトが追いかける。

 今日1日、全てが勢いで進められた気がするが、まぁ、こういうのも悪くはない。

「あっ、エミヤ君、笑ってる」

「……そうか?」

 レインの言葉に、思わず口元に手を当てる。どうやら、無意識に頬が緩んでいたようだった。

「うん。そう言えば、キリト君が言ってたよ。『あいつ、最近よく笑うようになった』って」

「全く、キリトのやつ……」

 否定は出来なかった。事実、俺は今の生を楽しいと思えている。それは、レインが、キリトが、美遊たち家族が、そして──仲間がいてくれたからだと思う。

 

 

 ハロウィンはまだ終わらない。この日を楽しむ時間はまだ沢山ある。

 さて、今宵は大いに盛り上がろうじゃないか──!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この話は時系列が前より飛躍していますが、前回と今回の話の間の物語は次に投稿します。
今回の敵の設定が変になったのはお兄さん許して。最初は科学者って設定にしていたのですが、アインクラッドの世界観的に合わないと思い、急遽変更しました。

次の話のタイトルは「ウィッチ・アンド・フェイカー」です。
エミヤ、レインがサーニャと出会う話です。



感想、評価頼むよ~(唐突な懇願)


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第11話 ウイッチ・アンド・フェイカー I


最近忙しいねぇ(FGO、モンハン、執筆)
今年も今月で終わりとか早スギィ!あっという間すぎて草も生えない。




 

 

 宿命、運命。ソレは固く、同時に脆くもある。

 既に絶たれた運命は、いつかは巡り会う。

 例えば、別れ。ソレはひと時のモノである。

 終わることのない宿命は、いつかは訣別を迎える。

 例えば、因縁。ソレは永劫のモノではない。

 良くも悪くも、運命(Fate)からは逃れられないのだ。

 

 

 

 

 

 

 断絶した筈の縁は、突然に結ばれ合う。

 ある人によっては吉。またある人によっては凶となりうるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、暑い……」

 思わず、声が漏れる。今は8月中旬。正に夏真っ盛りである。照りつける太陽がジリジリと肌を焼き、謎の虫の鳴き声が更に暑さを引き立てる。生憎、この世界にはエアコンなどという文明の利器は存在しない。

 故に、やや大袈裟だが、洞窟や氷雪系フィールドに行くのが1番の解決策となっている。しかし、涼むためだけにわざわざモンスターが跋扈する圏外に赴くなど酔狂も甚だしい。

 こうも暑いと攻略なんてとてもじゃないがやる気にならない。

 でもまだ迷宮区どころかフィールドボスさえ倒されてない状況だ。何やらキーとなるクエストに行き詰まっているとか何とかだそうだ。全く、夏は暑いし、攻略は滞るし、最近オレンジプレイヤーの噂が流れてるし、いいことなどひとつもないではないか。

 ベンチに座る俺の前を通る血盟騎士団のメンバーも、何時もの士気など微塵も感じない足取りでふらふらと彷徨っている。確か、ゴドフリーとかいう名前だったか。こんな日に重装備とはご苦労なこった。耳をすませると「暑い……」と呟いていた。そりゃそうだ。

「だよなぁ……」

 と、彼に同情しながら立ち上がる。だが今後の予定は暑さのせいで溶け落ちた。もうやることはないと自分の中で決めつけて、比較的涼しい宿屋に戻ることにした。

 

 

 宿に戻って、頭からベッドに突っ伏す。のそのそとウインドウを開き、ひとつのアイテムを具現化させる。

《石版の破片A》、と名付けられたそのアイテムは、先程挙げたキークエストの重要なファクターとなる。この破片を集め、フィールドの各地に点在する台座に嵌めることによって次のエリアへの道が開けるというのがクエストを進める手段だ。全てのエリアを解放すれば、依頼主からフロアボスの情報を獲得することができる。

 肝心の破片の入手方法だが、ダンジョンのボスが持っているとか、宝箱の中に入っているとか、果ては街の何処かにあることもあった。実際、俺が持っている石版の破片Aは今居る主街区の町長の家のタンスの中にしまってあったものだ。蛇足だが、某RPGのような石版センサーなどありはしない。

 それはそうと、こんなに自堕落気味になるのは久しぶりな気がする。今の季節は気温が高く動くのが億劫になるし、冬は寒くて家から出たくない。因みに衛宮家ではコタツがあれば皆呑まれるので出すことは少ない。

 いや、そんなことはどうでもいい。今リアルのことを想起しても詮無いことだ。

 やはり何かしておかないと気が済まないので、閉じたウインドウを再び開く。

 確認するのは今まで集め、食した食べれる素材アイテムの味覚パラメーターを纏めたリストだ。何故そんなおかしなことをしているのかと言うと、SAOには現実ではあって当たり前の調味料が存在しないのだ。例えば、醤油、マヨネーズ、各種ソース等が挙げられる。限りなく真に迫ったものなら作ることは出来るかもしれないが、今のところそんな情報は皆無だ。

 SAOには《味覚再生エンジン》が採用されている。これは予め食材や調理法によって決められた味、匂い等の情報を脳に送り込んで実際に物を食っているかのように錯覚させるシステムだ。無論それで現実の体に影響が及ぶわけでもない。

 その味覚再生エンジンが定めた味を混合させることによって別の味を生み出すことも出来る。調味料の方もそれを利用して日々研究している。現に何度かハマる味や近しい味を発見したこともある。

 現在、57種類の調味素材の味覚パラメーターの詳細をリストにぶち込んである。アスナ、レインと協力しての成果だが、それが実ることはまだない。

「んー、醤油の方はウーラフィッシュの骨とアビルパ豆がいいか……けど何か決め手に欠けるな……」

 このようにあと1つ、何かが足りないものがある。もっと上の層に行ければ新素材が手に入るだろうが、こればかりは攻略を地道に進めるしかない。

 と、窓を操作していたら眠くなってきた。

 さすがにもう立ち上がる気力すらないので、大人しく睡魔に呑まれることにした。

 

 

 

 

 太陽の日差しに照らされて、眠りから覚める。時刻を確認すると、午前9時だった。こんなに眠るなんて弛んでいる証拠だ、と己に言い聞かせつつ、ベッドから起きる。備え付けの鏡の前に立つと、寝癖だらけの不格好な自分が映し出される。

「我ながら格好悪いですわね……」

 言いながら、櫛で乱れた髪を梳いていく。

 そうして整った髪をゴムで結んで、いつもの髪型(ツインテール)にする。後は一通りの準備を終えて、宿を出るだけだが──小さなテーブルに置かれた新聞に目線が向く。

 先日、フードの少年、ヒイラギが恐らくだが(わたくし)にくれたものだ。それに書かれたある記事は、私を大いに驚かせた。攻略組トッププレイヤーの特集。《黒の剣士》キリト、《閃光》のアスナ、《聖騎士》ヒースクリフなど様々な人物がピックアップされていたが、1番目についたのは《紅の戦乙女》と大層な異名を付けられたレイン、というプレイヤーだった。彼女はリアルで疎遠であった幼馴染、《枳殻虹架》

 と完全に同じ風貌だったのだ。これにより、彼女に関する決定的な手がかりが見つかった。虹架に会いたい一心で日本に来たし、彼女を驚かせるために日本語を頑張って習得した。

 それらの努力が、漸く実を結んだ。この世界の何処にいるのかはまだ分からないけど、直ぐに見つかると確信している。

 例え離ればなれになったとしても、結んだ絆は、途切れることなどないのだから。

 

 

 主街区からそれなりに離れた場所にある、最近発見された洞窟。そこが今の私が通っているレベル上げスポットだ。最前線なので敵はどれも強いものの、得られる経験値はかなり高い。

 入った途端、目の前に敵が現れる。何時ものことだ。今更、恐れることなどなかった。ずっと、そうしてきたから。

 ──狩りを始めてから1時間が経った。今のところは割と順調だ。しかし、敵のタフさは前にいた層とは比べ物にならない。強いのもあるが、それ以前に、武器のランクが低いのだ。私の愛剣《フィンスタニス》はとある層にて《シュルーマン》を倒した際に手に入れたものだ。モンスターからドロップした剣──つまり、敵に盗まれたもの。元の持ち主が現れたら返すつもりでいた。それ故に、《魔女》と揶揄されようが放置していた。だが、その人物は、ついに現れることはなかった。つまり、──死。

 それからは、主を失った剣を振るい続けた。そのうちに、いつしかこの剣には自分の半身と呼べるまでに愛着を持っていた。

 1度も手放すことなく、出来うる限りの強化を施し、今に至るまでに使い続けた。しかし──

 

 

『それに、この層じゃその剣は火力不足だ』

 

 

 ヒイラギの言葉が頭を()ぎる。

 分かっていた。この武器が通用する適正層を超えていたことなど。それでも、これを手放して新しい装備に変えることはしなかった。

 ここまで戦いを共にしたこの剣を、おいそれと捨てられるものか。何か他に方法はないかと考えていると、更にモンスターが湧いて来る。《テラーゴースト》、アストラル系のモンスターだ。数は5体と多いが、安全マージンは十分に取っているつもりだ。それでも、危険なのは事実だ。

 

 

 瞬き1つ。一瞬の隙。その僅かな間に、敵は姿をかき消していた。

「っ!?」

 背中から悪寒を感じ、反射的に振り返ると、そこには鋭い爪を構えたゴーストが。

 バックステップで避ける。しかし気を抜いてはいけない。背後から別のモンスターが襲い掛かってくる。それを躱し、ソードスキルを叩き込む。だが、敵は怯む様子を見せない。

「くっ……」

 それを見て歯噛みする。やはり、ここでは私の武器の性能が《弱い》のだ。

 そんなことは先刻承知。今はその思考を振り切り、迫る敵に集中する。

 確実に剣技を急所に当てる。そうでもしなければ、決定打にならないからだ。

 1体目が倒れる。死亡エフェクトを払い、次に意識を向ける。振るわれる爪。フィンスタニスの刃がいなす。それでもまた、肉薄する凶器。

「うっ……!」

 一撃を貰ってしまった。されど、その傷は直ぐに回復できる。お返しに、《ホリゾンタル・スクエア》を放つ。2体目に密着していた3体目ごと、半透明な体を、正方形を描くように斬り裂く。

 しゅうしゅう、と苦悶の声が上げられる。

 ここで集中を切らしてはいけない。重く感じる体に鞭打って、追撃を加える。2体同時撃破。しかしまだ残っている。向こうは余裕の表情を見せている。気味の悪い笑みさえ浮かべて、こちらを挑発している。

 ここで動けば敵の思う壺だ。じっと待機していると、しびれを切らしたゴーストが光弾らしきものを放ってきた。

「あう……」

 対応しきれず、まともに食らってしまう。加えてノックバックまで発生して、こちらの動きが阻害される。当然、あちらはそれを逃すことなく、ここぞとばかりに猛攻を仕掛ける。

「あ、ぐ──」

 HPが3割まで減る。HPは文字通りの生命線。無くなれば、死ぬ。だが、ここで死ぬことは許されない。自分には、その理由があるのだから──!

 

 

 再び、体を動かす。一旦距離をとり、突進技《ソニックリープ》でゴーストのウィークポイント、つまり首元を捉える。

「まだ、ですわ!」

 硬直が解けるや否や、再度のソードスキルで敵を討つ。最後の1体に目を向けるが、敵は恐れをなしたのか、そそくさと逃げて行った。

「…………はぁ」

 集中が途切れ、糸の切れた人形のようにその場に崩れる。

「やはり、1人では厳しいですわね……」

 ソロプレイも、そろそろ限界を感じていた頃だった。けれども、どうしても"仲間"というものの価値を見いだせない。今まで、不要と断じてきたもの。今更、それを求めるなんて──

「──帰りましょうか」

 脳内の思考を遮断し、ポーチから転移結晶を取り出す。

 今日は何時も以上に疲れた。最早戦う気力などなかった。値の張る結晶アイテムだが、それを私は躊躇うことなく使うことにした。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 最近になって、よく見る風景が映る。36層主街区は夏の熱気で陽炎の如くその景色が揺らいでいた。コートなどという厚手の装備を着ている私にとっては暑いことこの上ない。なので、紅のコートだけを装備解除することにした。

 少しマシになったところで、ずっと贔屓にしている宿屋に向かう。

 普段と変わらない光景。攻略組がいれば、物見遊山に来たプレイヤーもいた。自分は……前者に分類されるのだろうか。ただ虹架──いや、レインを探しに来たのならそうではないのかも。

 歩き続けていると、何処かから微かに声が聞こえた。

 とても、とても、聞き覚えのある声色だ。決まったリズムに乗ったそれは……歌だ。

 知っている。私は、その歌を知っている。幼い頃、虹架がよく歌っていたもの。

 頭をからっぽにして、歌が聞こえる方へ駆け出す。

「はぁっ、はぁっ……!」

 無我夢中で走る。周りなど無視して、足を必死に動かす。

 早く。早く、早く、早く早く早く早く早く早く早く早く!

 それだけを自分に言い聞かせる。ただ、1分でも、1秒でも早く。"彼女"がいるであろう場所まで疾走する。

 そして──がむしゃらに走り続けたその先に、それは居た。

 肩まで伸びた長い髪。垂れ目と柔らかな表情。間違いない。記憶と同じで寸分違わぬ彼女──それは(まさ)しく。

「虹架……!」

 ピクリと、彼女の体が動く。此方へ向けたその目は、しっかりと見開かれていて、驚愕に染まっていた。

「え……サーニャちゃん、なの……?」

「ええ、ええ!私よ!」

 目に涙を溜め、心の底から喜んでいるような顔。それがあまりにも嬉しそうだったから、まるで救われたのは、私のではなく、レインの方だと思うほどだ。

 無意識的に、彼女の方へと駆け出す。レインも私に向かって走り寄る。

 そうして、腕をいっぱいに広げて、私たちはひし、と抱き合った。それでようやく、彼女に再会出来たのだと認識した。もう永遠に来ないと思われていたこの時を、どんなに求めたことか。

「ああ、レイン!やっと、会えましたわ……!」

「本当に……本当に、サーニャちゃんなのね!よかった……本当に、会えてよかった!うっ、うう……」

「私、ずっとあなたを探していたの……。けど、何をやっても見つからなくて……それで、このゲームの中であなたのことを新聞で見て、やっと、こうして会うことが出来た……!」

「サーニャちゃん……わたしの為に、そこまで……!本当に嬉しい……!」

 お互いに万感の思いを込めて、さらに抱擁を交わす。

 人目なんて気にしない。今までの努力が報われたことがとても嬉しかった。そして分かった。離別は永劫のモノでなく、"会いたい"と願い続ければ、必ず巡り会うことはあるのだと。

 

 

 

 

 

 

「あれ、あの女の子、誰だ?」

 歌声に導かれて広場に行くと、そこにはレインと抱き合う少女の姿があった。

「先輩、何だか感動の再会っぽいシチュみたいですし、暫く待ってあげましょう」

 そう言って袖を掴むのは、先日ばったりと会ったリアルでの後輩、天城柊ことヒイラギだ。彼とは中学で知り合い、キリト共々それなりの付き合いのある人物だ。実は、彼は魔術師の家系で、その歴史はなんと1500年という超が付く程の名家である。そんなヒイラギが、まさかSAOにいたとは思いもしなかったが。

「うーん、確かにそう見えるな。……適当に時間でも潰すか」

「ですね。外野は引っ込んでおきましょう」

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 時間を置いてさっきの場所に行こうかと思ったが、結局メッセージでこっちに来てもらうと送ることにした。

 その20分後、俺たちがいるカフェにレインと先程の少女が合流した。

 ちらっと横を見ると、数秒前まで居たはずのヒイラギの姿が消えていた。

「えーッ」

 とここで、ヒイラギからメッセージが送られてくる。

 

 

『後はごゆっくりどうぞ』

 

 

 託したのか、逃げたのか。そんな曖昧な文面を見つめて、肩を落とす。

「アイツ……」

 小さく溜め息をついてから、こちらを視認した彼女らに向かって手招きする。

「お待たせ、エミヤ君。急に集合場所変えるなんて、どうかしたの?」

「……いや、あそこで割り込むのは無粋だと思って」

「えっ、もしかして、見てた?」

「見てた、か。まあ、そうだな。具体的なことは分からなかったけど、邪魔だけはしない方がいいと思ったから直ぐに別の所に行ったぞ」

「そっかぁ。ごめんね、余計なことさせちゃって」

「別に気にしてないぞ。……それよりも、彼女は一体誰なんだ?」

 言いながら、銀髪の少女に顔を向ける。そう、これが1番気になっていたことだ。あの少女はレインの何なのだろうか。知り合い……にしては距離が近すぎるし、となれば……友人辺りか。

「あっ、紹介がまだだったね。ええっと……言ってもいいのかな……?」

「その位なら構いませんわ。……私の名はサーニャ。レインの幼馴染ですの。以後、お見知り置きくださいませ」

 流暢な日本語に内心驚きつつも、こちらも名乗る。

「俺はエミヤ。レインのパートナーだ。……にしても、幼馴染か」

 リアルのことをおいそれと話しても良いものかと感じたが……この程度ならいいのだろう。

「ええ。小さい頃からの付き合いですのよ」

「なるほど」

 ならばあの感動も納得がいく。再会と言うのは、そんなものだ。幼馴染。義妹。立ち位置は違えど、それが大切な人であることに変わりはない。

「暫く疎遠だったんだけど、今日漸く会えたんだよ」

「それは……いや、これ以上はタブーだ」

 これより先はリアルに深く関わる事情だ。この世界では現実の話を過剰に持ち込むのはプレイヤー間の暗黙の了解となっている。恐らく、プレイヤーたちが現実を認識するのを避けるためだろう。決して、リアルから乖離しろ、という訳ではない。現実への強い想いによる精神の混乱を防ぐため……なのかは推測でしかないので分からない。が、なんであれ、それが不文律なら守らなければならないだけだ。

「あら、その辺は弁えているのですね」

「聞いていいことといけないことの境目位はちゃんと分かっているからな」

 さすがに無闇矢鱈と人の深い事情にずかずかと踏み込むほどデリカシーのない男ではない。分別はつけるし、理解もする脳は持ち合わせている。

 やがて、まるで値踏みするような視線でサーニャがこちらを見つめてくる。なんだろう。見定めているのか。他人に対してはこう、疑り深く接する性格なのか、そのまま俺をじっと見つめている。

 

 

 ──もしや、人見知りではなかろうか。

 

 

「……レインが信を置くのも頷けますわ。良いパートナーを持ったのですね」

「うん。エミヤ君がパートナーで本当によかったよ」

「……」

 頬を赤らめて、レインがそう口にした。

 そのようなことを言われるとは思わなかったので、なんだか気恥ずかしくなってきた。

「あー……挨拶は済ませたし、そろそろ本題に入ってもいいか?」

 照れを誤魔化すように、本来の目的についての話を振る。

「あっ、そうだね。……で、進捗はどうなってるの?」

 レインが言うのは、現在絶賛進行中のキークエストについてのこと。エリアの解放に必要な石版の欠片の位置が完全ランダムなので、攻略組たちも手を焼いている。というか、広大なフィールドの中からちっこい欠片を見つけること自体、苦行以外の何物でもないのだが。

「ヒースクリフのヤツに聞いた話だと、今は2エリア目まで進んでいて、欠片の方はまだ揃っていないらしい。俺は1つ持ってるけど、2人はどうなんだ?」

「わたしは持ってないかな」

「私は1つ持っていますわ」

「……え、そうなのか?」

「ええ。洞窟を散策していたところ、隠し部屋を見つけまして。そこで手に入れたのです」

 サーニャが言った洞窟は、エリア2と1を繋ぐ門のすぐ近くにあるところだった。まさかそんな近場にあったとは、誰も想像出来なかっただろう。

「それは気づかなかったな……」

「欠片の位置は分からないからね……」

 石版の欠片がある場所は、恐らく定まっていないものと思われる。圏内、圏外問わず、あちこちに置かれているので、本当に見つけにくい。

 1例だが、その辺の草むらに落ちていた、なんてこともあったらしい。

「まあ、持っているなら後は1つだけだな。既に4つがプレイヤー側の手元にあるわけだし、残りの欠片がある場所の目星もついている」

 エリア3への道を開くための欠片は俺、レイン、血盟騎士団(の誰か)、キリトの合計4人が持っている。その中で、自分のものを含めた2つが台座に嵌め込んである、とキリトが伝えてくれていた。因みに、エリアを解放するのに必要なアイテムの数は5つだ。まだ2エリアしか開かれていないので確証は持てないが。

「その場所と言うのは?」

「ここなんだけどな」

 言って、可視化させたマップの1点を指す。

「……また洞窟ですわね」

 めんどくさがるように、サーニャが呟く。

「それに、割と遠いね……」

「ああ。後、ここはまだ誰も入っていない未開のダンジョンだ。慎重に進んで、あわよくば欠片ゲット、くらいの気持ちで行こう」

 先駆者の役割は少しでもダンジョンのマッピングをすること。そうすれば後続のプレイヤーも提供されたマップデータのお陰で安心して攻略することができる。別に初見で踏破しても構わないが、そういった事例は多くはない。

「うん」

「了解ですわ」

 2人の賛同を得たところで、椅子から立ち上がる。

「よし、そうと決まれば早速出発しよう。時間かかるだろうし、さっさと向かった方がいい」

 両者が頷く。店を出て準備を済ませた俺たちは、新たな仲間と共に目的地へと向かうべく、主街区を後にした。

 

 

 

 

 

 

 街を出て、街道を歩く3人を、遠くから3つの人影が見据えていた。

「おほっ、見つけたぜぇ、ヘッド!」

「あれが、銀の、魔女か」

「そうだ。まあ、《錬鉄の英雄》と《紅の戦乙女》もご一緒のようだが、あくまで俺たちの目的は《銀の魔女》だ」

「それなら纏めて殺しちまえばいいじゃん!」

 甲高い声をあげて、頭陀袋のような頭防具を被ったプレイヤーが捲し立てる。

「それもそうか。錬鉄の英雄には、また会いたいと思ってたところだしな」

 黒ポンチョの男に同意するかのように、しゅうしゅうと骸骨マスクの中から息を漏らす3人目のプレイヤー。

「んじゃあ、殺るとするか。イッツ・ショウ・タイム」

 見えざる脅威が、エミヤたちに肉薄しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

「錬鉄の英雄。オマエと黒の剣士は、徹底的に殺してやるからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





サーニャって、割と純粋キャラだと思うんですよ。多分。下ネタとか言っても?ってなってそう。そして作ったのがコレ。
※あくまでギャグなので本来の性格とは違っています。

後書き小話(オチなし)~日本語と……~

レイン「そう言えば、サーニャちゃん日本語話せるようになったんだね」
サーニャ「ええ。貴女を驚かせるために、一生懸命努力したのです」
「すごいよ、ここまで流暢に話せるなんて!……それで、日本語の他に何か学んだことはあるの?」
サーニャ「ええっと、確か……」


サーニャ「ナイスち○ち○!」スパパーン
↑(意味分かってない)
レイン「ひゃああっ!?そんなの何処で覚えたの!?」
サーニャ「えっと確か、引っ越し先で親切にして下さった尼さんが……」
レイン「その人、絶対ロクな人じゃないよ~!」

~Fin~

この後めちゃくちゃ間違いを正した。


次回、『ウイッチ・アンド・フェイカー II』

「それともなんだ、遠慮なしに偽善者(フェイカー)とでも呼んでやろうか?」



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幕間 クリスマスの日に

ギリギリ間に合った(^o^)
危ない危ない。
遅いですが、クリスマス版です、どうぞ。
あっ、そうだ(唐突)季節系の幕間は時系列が飛んでいるのでそこはご注意を。この時期にこういう話があったんだよ、的な感じで書いているのでご了承ください。


 

 

 ある病院の、病室の1つ。そこにはSAOに囚われ、意識の戻らぬ灰色の髪の少年と、それを見つめる少女がいた。少女はどこか憂いを感じさせる視線を少年に向けていた。彼女の名は桐ヶ谷直葉。すぐ隣に眠る少年、天城柊の数少ない友人だ。彼女らは小学生の時のある出来事がきっかけで友達と呼べる関係になっていた。だが、直葉の方はそれ以上の感情を抱いていた。

「柊君……」

 ぎゅっ、と柊の手を握る。冷たい手のひらに、確かな熱が伝わってくる。が、彼の温かさを感じられても、その心は満たされなかった。

 このまま、好きになった人と接することが出来なくなるなんて、絶対に嫌だ。

 心の中で、そう呟く。想いを捨てることは出来ず、さりとて吐露することも出来ない。

 暫く悶々としていると、病室の扉が開き、誰かが入ってきた。

「直葉さん、そろそろ……」

 声の主は美遊。彼女もイリヤスフィールと一緒にこの病院に来ていた。

「あっ、もうそんな時間かぁ。……また来るね、柊君」

 最後に名残惜しそうに柊を見つめ、美遊を連れて直葉は病室を後にした。

 胸の内で渦巻く感情は、未だに消えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 12月25日。言わずと知れたクリスマスの日。49層主街区広場の中央には煌びやかな装飾が施されたクリスマスツリーが置かれ、また街全体にもキラキラと光るオーナメントが飾り付けられている。

 イベントボス《背教者ニコラス》との戦闘を終えたエミヤたちは、今日という日をのんびりと過ごしていた。

「くそー!あっちを見てもこっちを見てもリア充ばっか!こんにゃろう、爆発しやがれぇ!」

 実年齢=彼女いない歴であるクラインが怨嗟にも似た叫声を上げる。無理もない。そういった経験皆無なのだから仕方ないといえばそうだろう。求めど求めど出会いすらない人生への悲嘆を込めて、彼は再度吠えた。

「羨ましい、羨まし過ぎるぜ……!」

「全く、そんなだからモテないんじゃないのか」

「うるせー!こちとらお前みたいに余裕なんて持てねーんだよ、このモテ男め!」

 個人的な感情たっぷりの叫びと共に、クラインはエミヤにヘッドロックを仕掛ける。

「ちょ、おま、離せって……!」

 エミヤの言葉も聞かず、ギリギリと絞める力を強めるクライン。

「へへっ、非リアの怨みを知りやがれ!」

「んなこと言ったってな──」

 とその時、力を強め過ぎたのか、紫色のエフェクトと共に、エミヤとクラインの体が弾かれるようにノックバックした。

「うわっ!」

「おわっ!?」

 体勢を崩した2人は、そのままベンチから転げ落ちる。

「はぁ、お前、圏内(アンチクリミナル)コードのこと考慮してなかったな?」

「くぅ……そういや、そんなのあったな……」

 当たりどころが悪かったのか、クラインが尻を摩りながら立ち上がる。

「やれやれ……って、今何時だ?」

 いきなりの暴挙に呆れつつ、エミヤが視界の端に表示された時刻を確認する。

「げ、時間経ってたな……そろそろ行かないと」

「行くって、何処にだよ?」

 訝しげに尋ねるクラインに、余裕のなさげな口調で話す。

「ちょっと、はじまりの街にな」

 はじまりの街。文字通り、そこでSAOの全てが始まった。広場に集められた1万人のプレイヤー、茅場のチュートリアルと同時に突きつけられた死の切っ先。今も、このことを忘れることはない。

 そんな最下層にある街には、とある用事があった。

「珍しいな、おめぇがそんなとこに行くなんてよ」

「ま、用事があるんだよ」

 座る体勢を直したばかりだったが、立ち上がったエミヤは「じゃあな」

 と言い、その場を去った。

「……虚しいなぁ」

 真っ白な雪のように、クラインの嘆きは降り積もるばかりであった。

 

 

 

 

 

 降りしきる雪を眺めながら、2人の女性が会話をしていた。

「クリスマス、ねぇ。一緒に過ごす人が友達だけのあたしたちには無縁の行事よね」

「……それは、友達じゃ不満ってこと?」

「じょーだんよ、冗談。……でも、やっぱりカップルとかって憧れるわよねー」

 膨れる赤髪のプレイヤー、レインを茶化すように、ピンク髪のプレイヤー、リズベットが笑いながら誤魔化すが、後半から沈むような発言になってしまう。

「あはは……そうだね」

 リズベットの言葉に、レインが照れたような笑みを浮かべた。

「もう、そーゆーあんたは既にお相手がいる癖に」

「ふぇっ!?な、なんのことかなぁ?」

 詰め寄ったリズベットに、レインが慌てふためく。ここのところ、レインはある人物のことを引き出すと、可笑しいくらいにわたわたするのだ。彼女はその人物のことを明確に意識し始めた頃なので、むべなるかな、と思われる。

「惚けても無駄よ。《錬鉄の英雄》と《紅の戦乙女》のコンビ、名付けて《比翼連理》!もう中層でもウワサになってるわよぉ?」

「も、もー!リズっちーーー!」

 皮肉たっぷりに発せられた言葉に対し、レインがポカポカとリズベットの肩を叩く。

「そ、それに、わたしとエミヤ君はまだそこまでの関係じゃありませんー!」

「へええー。"まだ"ってことは、いずれはそれ以上の関係になりたいってことねー」

「っっっっっ!?!?!?!?」

 リズベットがそう言った途端にレインが顔を真っ赤にして、何を想像しているのかあわあわと口をぱくぱくさせている。さすがに大袈裟であるが、心なしか湯気まで立っているように見える。

「きゅぅ~~~……」

 そして、ぱたりとその場にへたり込んでしまった。

「あー……ちょっとやり過ぎたかな……」

 その元凶たるレインの親友は頭を掻き、バツの悪そうな笑みを浮かべていた。

 

 

 暫くして漸く立ち直ったレインを見て、リズベットは彼女に聞きたい疑問をぶつけることにした。

「ねぇ、あんた、この前クリスマスプレゼントがどうとかって言ってなかったっけ?」

「……うん。はじまりの街にいる子供たちにプレゼントを送ろうと思っているんだけど、何を送ればいいか分からなくて」

「んー……大抵はゲームとかおもちゃとかだけど……生憎、どっちもSAOには存在しないしねぇ……」

 互いに悩む2人だが、唐突に何かを思い付いたのか、リズベットがパチンと指を鳴らす。

「そうだ、ぬいぐるみとかいいんじゃない?」

 その案に、レインもハッとなって顔を上げる。

「あっ、それいいかも」

「後は日用品とか服とか……新しい武具もいいわね」

 言って、可視化させたウインドウをレインに見せる。ストレージには、様々な武器がズラリと並んでいた。が、しかし。

「リズっちの作るものじゃプロパティが高すぎるよ~……」

「あらら、確かにそうね」

 うっかりしてたわ、と舌を出しながら軽く笑っている。

 武器や防具を扱うには、ある程度のステータスが必要となる。特に、より強いモノならば尚更だ。ステータスの中でも最も関わってくるのは筋力パラメーターである。低ければ満足に武器を振るえないし、逆に高ければ使える幅が広がる。かといって、敏捷の方を蔑ろにしてはいけないのだが。

 

 

「それで、結局何をプレゼントすればいいかな?」

「そうね……子供たちが喜びそうなものが無難ね。例えば……これとかこれとか」

 そう言って、リズベットがアイテム欄を操作する。鍛冶屋をやっている彼女だが、鍛治系のアイテム以外にも色々なものが詰まっている。

「後、イベントボスからドロップしたアイテムとかも贈ろうかな」

 背教者ニコラスの討伐報酬の中には、沢山の装備や結晶アイテム、果ては食材まで入っていた。1種のクリスマスプレゼントと言えよう。

 レインのストレージはそういった武具や道具でごちゃごちゃになっていた。

「あっ、それ良さげじゃない?」

 リズベットが指さしたのは、可視化されたウインドウの1点。そこにあるアイテム名をタップし、実体化させた。

 出てきたのは、クリーム色のセーター。これもドロップ品の1つだ。

「うん、この時期寒いからピッタリかも」

 因みに、今日の気温は有志の調べによると最低でマイナス2度らしい。

「あっ、いいもの見つけたわ」

 レインが覗き込むと、リズベットのアイテム欄の1番奥の方に、見慣れない剣がしまってあった。

「下積み時代の時に打ったものなんだけど、これならレベル10~20位のプレイヤーでも難なく扱えると思うわ」

「要求する筋力値もそんなに高くないし……うん、いいと思うよ」

 武器のスペックは、素材に使われるインゴット、各種鍛治スキルの値、後はランダム要素によって左右される。つまり、今リズベットが手に取っている剣は初期の頃に作成したものと思われる。

「それと、こういうのも悪くないんじゃない?」

 更に取り出したのは、今となっては季節外れもいいとこのアロハシャツ。一体何処で手に入れたのか。

「誰にあげればいいのかな……」

 リズベットの微妙なチョイスに困惑するレインだが、それが良いのか悪いのかが分かっていない模様。今までに誰かに何かをプレゼントする機会がなかったので、仕方ないと言えるものだ。

「これはどうかな?」

「こっちも中々──」

 そうして、キャッキャウフフしながらクリスマスプレゼントを選別していた、その時だった。

 

 

「お前たちは間違っている!」

 

 

「へっ!?」

「だ、誰!?」

 いきなり響いた何者かの声に、咄嗟に身構え、周りを見渡す2人。しかし、視界を巡らせても声の主の姿が見えることはなかった。

 

 

「無闇矢鱈と自己主張し、自分好みのものを押し付ける……そんなものは、サンタではない!」

 

 

 声は尚も響き渡る。やや低めのその声は、明らかに彼女らに向けられたものだろう。

 

 

「サンタとは世を忍び影から影に渡り歩く、姿無きウォッチメン!見るがいい、これが正しいサンタの姿だ!とう!」

 

 

 何かを蹴る音。上を見れば、そこに居たのは空中に舞う何者かの人影。

 華麗に着地したその容姿は、純白のダンサー風衣装に、目元を覆う黒い謎マスクといった可笑しいと言っても過言ではない珍妙な格好だった。

 そして何よりも──

 

 

「俺が、俺たちがサンタムだ!」

 

 

「グハッ!?」

「何やってるのエミヤ君ーーーー!?」

 その正体が、彼女らのよく知る人物であったことが、1番の驚きだった。

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「……悪い、どうかしてたみたいだ。まだ記憶がハッキリしてないと言うか……」

 先程の気勢は何処へ行ったのか、エミヤの言葉は全くもって覇気のないものであった。

 あまり身に覚えがないらしく、頭を抱えながら弁明している。

「その、サンタの服装で街を歩いてた時、たまたますれ違ったエギルに"そんな装備で大丈夫か?"と言われて。つい、"1番いいヤツを頼む"と……」

 訂正。しっかりと覚えていたようだ。あの彼からは想像も出来ないボケっぷりである。良い方向に人が変わった、と言うべきか。

 キリト曰く、だんだんと性格が変わっている、だそうな。

「どっかで聞いたことのある台詞ね……」

「えっと、間違いは誰にでもあることだから……」

 2人に対して間違っていると言ったエミヤだが、彼の行いが最も間違いであることは明白だった。

「それで?あんたはどうしてそんな変な格好でここにいるわけ?」

「へ、変……。いや、俺はみんなにそれぞれの好みを聞いて、それを基にプレゼントを集めてたんだけど」

「「あっ」」

 エミヤの言葉を聞いて、何かに気づいたレインとリズベット。

 彼女らは、贈り物をする人たちの趣味嗜好を聞いていなかったのだ。確かにそれは、痛恨のミスと呼べるものだった。自分が選んだものが、必ずしも相手に喜ばれるとは限らない。故に、事前の聞き込みはとても重要なのだ。

「その手があったか~……」

「すっかり忘れてたよ~……」

「……やれやれ」

 呆れつつ、黒のマスクを外す。因みにそれ以外の装備は元に戻していた。

「リクエストされたヤツはほとんど手に入れたんだ。けど、後1つが厄介でさ」

「なんでよ?」

 リズベットの疑問に、エミヤがウインドウを弄りながら応える。

「これを見てくれ」

 アイテム欄から取り出したのは、小さな小箱だった。開くと水晶球が内包されており、表示されたメニューを手早く操作すると水晶が何かを映し出す。

 1つの層を丸ごと映すそのアイテムの名は《ミラージュ・スフィア》。その精巧さはいつものマップとは比較にならない。それもそのはず、これは街や山、森の木々1つ1つに至るまでを描写するという割ととんでもない代物だからだ。

「この辺に稀に出てくるレアモンスターからドロップするアイテムをリクエストされてな。これが大変なんだ」

「そのアイテムって?」

「パーティー全員の獲得経験値とコルが増加するお守りらしい。けど制約があって、その効果が適用されるのはレベル30までなんだ」

 ははぁ、とレインが感嘆する。そのような装備があるとは思わなかったのだろうか。

「けど、かなりやばいわね……」

「まあな。でも肝心のレアモンスが出ないから、ちょっと手伝ってくれないか?」

 エミヤの頼みに、女子2人はこれを快諾した。

「じゃ、早速行こう。場所は42層だな」

 エミヤがリズベットにパーティー申請を送り、彼女が目の前に現れたメニューのOKボタンをタッチする。それと同時に、エミヤとレインの視界の端に新しい仲間のHPバーが表示された。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 42層は、フィールドのあちこちに遺跡やその残留物が散乱されている。主街区はというと、全体的に石造りで、防衛区画が存在する、他にない構造だ。

 さて、エミヤたち一行が目指しているのは、層の北西部に位置する石のオブジェクトが特に多く設置されている場所だ。そこに例のモンスターが生息している。と言ってもほとんど出ないが。

 目的地に到着した瞬間、石像のオブジェが突然動き出し、同時にカーソルが表された。エミヤ、レインには白に見えるが、彼らよりレベルが低いリズベットにはやや薄い赤色に見えている。

「うわわっ、何よコイツ!?」

「《ストーンウォーリアー》って言うモンスターだ。ここら辺じゃそれなりに強いから注意しろよ」

「了解……って、あれ何?」

「あれ?……あれ!?」

 リズベットが指さした方向に居たのは、金色に輝く招き猫のようなmobだった。驚きを隠せない様子のエミヤは盛んに目をごしごししているが、眼前の光景が変わることはない。

「い、いきなり遭遇したの?」

「ああ、確率はとんでもなく低いはずなんだけど……」

 彼らの視線に気づいたのか、招き猫は巧みに石像の頭に乗っかってしまった。

「……逃げられる前に倒そう」

「うん!」

「ええ!」

 各々の武器を構える。それに次いで、敵がソードスキルを繰り出した。

 突進と共に上段に振り上げた大振りの剣が一気に振り下ろされる。両手剣の上位ソードスキル《アバランシュ》だ。威力が高く、生半可なガードでは衝撃を殺しきれずに隙が生じるし、相手側は突進によって距離が開くため実質隙があまりないスキルだ。

 タゲられたエミヤは、落ち着いてその攻撃を回避した。モンスター相手だとその手の読みは比較的しやすい傾向にある。というのも、敵のAIはプレイヤーとの距離や一挙手一投足によって決められる。意図的に誘導さえすれば自らの望んだ行動をさせることも可能だ。

「硬い敵ならあたしの出番ね!」

 リズベットが意気揚々と躍り出る。その勢いでメイス系の《シャッター・ゴング》を叩き込む。敵のHPが2割程削られ、それと共にノックバック効果も発生する。

「スイッチ!」

 合図を受けてエミヤが前に出る。剣では硬い石の体躯に対して不利だが、それを解消するのはやはりパワーだ。

 肩に担いだ赤い剣が更に紅色に染まる。ロケットのように突貫し、力を込めた腕を前に突き出した。瞬間、轟音が辺りに響く。《ヴォーパル・ストライク》の一撃がHPを半分まで持っていった。

「やば……」

 その威力に驚くリズベットだが、自分にターゲットが向けられたことを認識すると、咄嗟に盾を構えた。

 直後、盾越しに重い衝撃が2回に渡って届く。両手剣2連撃《カタラクト》を受けきったリズベットは、お返しと言わんばかりにメイスで太い腕をぶっ叩いた。

 右腕を押さえて痛そうな呻きをあげる石像に、レインがトドメを刺しにかかる。右水平斬りで胴を斬り、刃を90度回転させて深く突き入れる。体を反転させて、食い込んだ剣を一息に振り下ろす。3連撃ソードスキル《サベージ・フルクラム》。

 敵の体が爆散すると同時に、頭に乗っかっていた招き猫が情けなく落下する。

 そこで初めてカーソルと名前が表示される。名は《ラッキー・キャット》。そのまんまである。

「あいつ、逃げる気か!」

 動かない足という短所をジャンプすることで解消した猫は、見た目にそぐわぬ素早さで戦線から離脱していく。

 だが、簡単に逃がす程彼らは甘くない。何せ、子供たちの笑顔がかかっているのだから!

「ハッ──!」

 腰のポーチからピックを取り出し、投剣スキルの《シングルシュート》を発動させる。エミヤ自身の人並み外れた脅威の命中率をもってすれば、あの程度の敵など造作もないこと。見事、後頭部にヒットした。当然である。

 それにより派手に転倒した猫をリズベットがかち割って、この戦いは終了した。

「あっ、なんかドロップしたわ!……ええと、《幸運のお守り》?」

「それが目的のアイテムだな」

「トレードすればいいのね?」

「ああ、頼む」

 リズベットの提示したトレードウインドウには、先程のお守りがあった。エミヤは別に何もあげなくてもいいのだが、少なくともこの世界の彼は等価交換(ギブアンドテイク)をある程度遵守する。曲がりなりにも魔術師であるからだ。いや、魔術使い、と言った方が適切か。

 故に彼は、今戦った石像が落とした石頭を送ることにした。

「別に必要ないんだけど……まあいいわ」

 双方、OKボタンを押して交換を承諾する。システム的には、これでトレードは成立することになる。

「終わった?……じゃあ帰ろっか」

「そうね。あまり長居したくないし」

 レベル的にもちょっと危ういしね、と付け加え、からからと笑うリズベット。

 戻ろうとする2人だが、エミヤはまだ立ち止まったままだった。

「どうしたの、エミヤ君?」

「ああいや、2人は先に帰っていてくれないか。俺はまだやることがあるから」

「そう?なら、先に行ってるね」

 帰路につく2人を見送って、エミヤはふぅ、と息をつく。

「さて、依頼したヤツは……っと」

 いつの間にかきていた誰かからのメッセージを確認し、とある場所に向かって歩いていった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 クリスマスの夜は、例外なく賑わうものだ。あちこちで飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎである。

 その中で、エミヤたちはクラインがリーダーを務める《風林火山》のギルドホームにてパーティーを開いていた。

「よし、出来たぞー!」

「「おおっ、待ってました!」」

 料理スキルを持つエミヤ、アスナ、レインが作った料理がテーブルに並べられる。その匂いに釣られて、キリトとクラインがすぐさま飛びついてきた。

「元気なヤツらだな」

 エミヤはそう言って、並べられた沢山の料理を取っていく。

「ん、我ながらいい出来だな」

「おーい!こっちの料理なくなったぞー!」

「おう……って早いな!?」

 キリトの呼び掛けに、驚愕しつつも応じたエミヤは、そそくさと厨房に引っ込んでいった。

 

 

「アスナ、悪いけど追加でまた作ってくれないか」

「もうなくなったの?」

「ああ、キリトとクラインがよく食うからな……」

「あはは……」

 苦笑いし、メニューから食材をオブジェクト化して調理を始めるアスナを見て、エミヤも再びエプロンを装着、そして壁に掛けられたフライパンを手に持った。

 

 

「えいや」

 恐ろしく早い動作で、クラインの皿にある肉をヒイラギが瞬時に横取りしていた。

「だーっ!?ヒイラギおめぇ!オレの肉取りやがったなぁ!」

「はて、なんのことやらもぐもぐ」

「誤魔化し切れてねーじゃねーか!」

「ほらほら、喧嘩はやめろって」

 それを見たエミヤが2人を制止して出来たての料理をテーブルに置く。

「おお、そうだ。エミヤおめぇ、ちょっと来るのが遅かったみてぇだけど、なんかあったのかよ」

「いや、寄る所があって」

「へぇ。おめぇが寄り道なんて珍しいな」

 エミヤはパーティーが始まる前にある人物の元に顔を出していた。依頼した品が出来上がったので、取りに行っていたのだ。

 それを説明すると、クラインとヒイラギの顔が悪戯っぽい笑みで歪んだ。

「おうおう、なんだ、誰かにプレゼントか?」

「ふむ……あの子たちへのものでないとすると……一体誰なんでしょうかね」

「む、別にいいだろ。それに、2人には関係ない」

 何とか言い逃れしようとするエミヤだが、そうは2人が卸さなかった。

「ったく、冷てぇな。教えてくれよ~、エミヤよ」

「確かに、興味がありますね」

「今のお前らの言葉で絶対に言わないと誓ったぞ」

 

 

 後ろで騒いでいる男たちとは別に、女性陣の方は比較的静かだった。

「今年もそろそろ終わりですわね」

「うん。長いようで、短く感じたね」

 一段落ついたレインと、彼女の幼馴染であるサーニャが隅っこで言葉を交わしていた。

 ある出来事を経て、サーニャの態度は以前と比べて柔らかくなっていた。彼女はツンツンであったが、今は所謂ツンデレ状態である。

 それもこれも、エミヤとレインの存在あってこそのことだろう。

「色々ありましたわ。貴女と再開し、エミヤさんと出会い──その他にも、大勢の人と関わりを持った。こんなこと、生まれて初めてですわ」

「そうだね。わたしも、サーニャちゃんとまた会えて嬉しかったよ」

 ふふっ、と2人が微笑む。

 と、急に何かを思い出したかのように、サーニャがピクン、と体を震わせる。

「あっ、そろそろ時間ですわ」

 時刻は既に午後11時を示していた。パーティーが始まったのが9時くらいなので、ざっと2時間経過したことになる。

「そっかぁ、早いなあ」

「途中で抜け出すのはアレですが、仕方ありません」

 じゃあ行こっか、と言ったレインは、向こうにいるエミヤを呼びに行った。

 

 

 ギルドホームを出て、エミヤ、レイン、サーニャの3人が転移門に向かって歩いていた。

 全員サンタの服に身を包んでいるが、1人だけ例外がいた。

「そのマスク、まだ付けてるの?」

「悪いか。俺はこれが気に入ったんだ」

「サンタ服に合いませんわね」

 あの時の黒いマスクをエミヤは未だに着用していた。エギルから言い値で買ったそれに余程愛着が湧いたらしい。

 因みに、昼頃の彼の錯乱の理由は不明であった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 第1層の東7区にあ位置する教会に着いて、何事もなくクリスマスプレゼントを配り終えた頃には、みんなはそれぞれの宿やホームに戻りつつあった。

 エミヤとレインの2人は、最前線の49層の宿屋に向かっていた。

 広場にある巨大なクリスマスツリーも、明日にはなくなっているだろう。それと同時に、クリスマスから年末の雰囲気へと変わっていくかもしれない。

 不意に、エミヤがツリーの前で立ち止まる。

「ああ、ええと、ちょっと渡したいものがな」

「?わたしに?」

「まあ、こういうのはシチュエーションが大事だと思って……はい、これ」

 そう言ってエミヤが取り出したのは、装飾が施された箱だった。

 その中を開けると──

「……マフラー?」

 中には、赤系色のマフラーが入っていた。彼女にはぴったりの色合いだろう。そのために彼は、わざわざ時間を割いてまで素材集めから依頼までこなしていた。

「アシュレイさん謹製のヤツなんだ、これ」

「ええっ!?あのアシュレイさん!?」

 アシュレイとは、このアインクラッドで初めて《裁縫》スキルをコンプリートした知る人ぞ知るカリスマのお針子だ。最高級の素材持ち寄りでないと作成してくれないので、その人物が作った服飾はどれも素晴らしい出来である。

「これを、本当に……?」

「ああ、……受け取ってくれるか?」

 その言葉に、レインはいっぱいの笑顔を浮かべて、感謝の意を示した。

「うん、大切に使うね!」

 装飾の光が、2人を照らす。その顔は、どちらも喜びに満ちていた。

 

 

 

 

 そして大晦日。年越し蕎麦を食べ終えたエミヤとレインは、第10層にある神社にいた。

 彼らは、何を願ったのだろうか。ゲームクリアか、将来の夢か、はたまた別の何かか。

 

 

 ──さて、年越し蕎麦には、こういう意味も付けられている。

 

 

『末永く、"そば"に居られますように』

 

 

 それを踏まえて、彼は言った。来年もよろしく、と。

 そして、彼女は言った。こちらこそ、よろしくお願いします、と。

 

 

 2人は手を繋いで歩く。

 彼らの歩む道は、きっと過酷に満ちているだろう。

 けれど、この2人ならば───

 

 

 

 

 

 




この小説を読んで下さる皆様、ありがとうございます。では良いお年を。
そして、来年もこの小説をよろしくお願いします。


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第12話 ウィッチ・アンド・フェイカー II

新年初投稿です(激遅)
今更なんですが、サーニャを出してもいいのかと疑問に思ったんですよね。彼女って、キャラコンテストで採用されたキャラなので、色々と不味いんじゃないかと。
まあ、それはそうとこのような最高のキャラを作ってくれたさんち氏とルル氏には感謝しております。どう見ても最高です。本当にありがとうございました。
そしてすいません本当に!


では、どうぞです。
あっ、今回長いです。



 

 

 学校から帰宅すると、リビングから楽しげに談笑する複数の声が聞こえた。普段は桐ヶ谷家に居候させてもらっているが、お父さんとママ、セラとリズお姉ちゃんが帰ってくる日は自分たちの家で過ごしている。今日がその日なのだが、明らかに4人とは異なる声も混じっていることに気づいた。それに──

「は、ハイヒール……?まさか女の人……!?」

「ううん、多分違うと思うわ。だってこれ──男性用のサイズだもの」

「……へ?」

 否定と共に発せられた言葉に、一瞬思考が空っぽになった。

「えっと、じゃあ……どゆこと?」

「それは、実際に見て確かめなくちゃ」

「ですよねー!」

 正直恐怖感すら抱いているが、百聞は一見にしかずという言葉があるくらいだ。この目で確かめない限りは詳細を掴むことは出来ない。

「た、ただいまー……あぁぁ!?」

 恐る恐る襖を開けると、そこにはお父さん、ママ、セラ、リズお姉ちゃん……と、見知らぬ人物が1人。

「ああ、帰ってたんだね、イリヤ、美遊」

「あら、もしかしてこの子たちが切嗣ちゃんのコ?」

 まず、その見た目に驚かされた。ミユも絶句している程の驚愕を与えたソレは、ピンク色のルージュ、肌にぴっちりと密着した上着というありえないものだった。そして極めつけは今さっきのヘンな口調。そこから導き出されるこの人の正体は──

「「オネエ!?」」

「アッハハハハハハハ!!まあとーぜんの反応よねー!!!」

 突然の大笑いに思わずビクッ、としてしまう。というか、顔、顔!変顔っぽいどころかそのものなんですけど!?

「切嗣ちゃんたちとはちょっとした知り合いなの。で、たまたま近くを寄ったからお邪魔したのよ。──ま、それは置いといて、と。自己紹介が遅れたわね。私の名は──」

 

 

 

 

 

 36層第2エリアは湿地帯だ。あちこちに湿原や湖沼が存在し、豊富な種類の環境生物も生息している(と言っても背景の1部分となっているmobだが)。多種多様なのはモンスターも同じで、水棲生物から鳥などの有翼の生物まで色々なモンスターが跋扈しているため、エリア1よりもエンカウント率が高くなっていく。そのため、今まで以上に周囲に気を配らなければならない。

「何時も以上に暑いな……」

「蒸し暑いですわ……」

「季節が季節だからね……」

 そう、今は夏の真っ最中。加えてここは湿地帯なので暑さ増し増しなのである。湿度が高ければ暑く感じる。それは高い湿度によって汗が蒸発されず、体温が下がらないかららしい。逆に汗が乾けば体温が下がって多少は涼しく感じる。

 汗をかいてからしばらく経つと服に付いた汗が冷たく感じるのはそのためだ。

 今でも汗で多少蒸れているし、熱がこもってより暑くなっている。

 SAOで再現される体液は汗と涙くらいだろう。もちろん、確認してないだけで他にもあるのかもしれないが。

「けど、あと少しで洞窟だからもうちょっと──ん?」

 蜃気楼によってゆらゆらと揺れる景色の中に、不規則に動く何かがあった。

 目を凝らすと、蔓を生やした植物型モンスターがいた。

「《ブルーム・フェイク》か」

 それは、普段は頭のてっぺんにある花だけを地表に出して擬態するモンスターだった。下層に出現するネペント系モンスターの亜種らしいそいつらのその数は6体。オマケに一際デカいのが1体いる。

「多いな……気をつけろ、ヤツが飛ばす蜜には麻痺効果がある」

「気をつけるのは貴方の方でしてよ?(わたくし)の持つ魔剣の力、見せて差し上げますわ!」

「魔剣……?」

「って、何だろう?」

 サーニャが意気揚々と剣を掲げる。暗い赤に染まった片刃の剣だ。

「存分に喰らいなさい、《フィンスタニス》!」

 はて、と頭の中で疑問が湧く。少なくとも俺たちが知っている銘ではない。あれが《魔剣》か。

「っと、俺たちも……!」

 意識を切り替え、剣を構える。フィンスタニスとは対照的な明るい赤色の刃が鞘から現れる。

 モンスターが地面に触手を突き立てる。地中からの奇襲攻撃。だが分かっていれば対処は簡単だ。

 横に逸れてこれを回避。隙を逃さずソードスキルを叩き込む。今度は真っ直ぐに飛び出した蔓を剣の腹でガードする。

「スイッチ!」

 合図を送り、後ろへ退く。入れ替わるようにレインが前に出て、1体目を撃破。続く2体目の攻撃をいなしてカウンターを仕掛ける。

 チラリ、とサーニャの方を向く。彼女も巧みに猛攻を躱してしっかりと隙を突いている。だが、俺が注目したのはそこではない。

(HPが回復して、更に攻撃力が上がっている──!?)

 血を啜り強くなるという魔剣の噂は、どうやら本当だったようだ。それを裏付けるのが、彼女が身に纏う暗赤色のオーラだ。これが魔剣の真髄なのだろう。が、しかし──

「……火力が足りてないな……」

 適正層から外れているのか、たとえ攻撃力がアップしていても決定打にはなっていないようだった。

 敵の触手を受け流し、惹き付けていた3体目を倒して次に移ろうとするが、後ろから別の個体がサーニャに襲いかかろうとしているところを視界の端で認識した。

「危ない……!」

 一気に駆け寄り、呆気にとられているサーニャを庇うようにして攻撃を防ぐ。

「なっ……!?」

「は──!」

 間髪入れずに《サベージ・フルクラム》を放つ。上部分が2つに分かれると同時に、敵の身体が砕け散る。

 次だ。まだ1体、大物が残っている。吐き出される蜜を回避して、素早く側面に回り込む。

 デカければそれだけ視野は広くなる。それでも、死角から攻めれば動きの遅さも相まって対応は出来ない。

 太い触手が迫る。これは予想通りだったし、それに──

「遅い!」

 逆にこれを切断してやると、触手を切断されたモンスターが苦悶の鳴き声を上げる。即座に反撃して来るが、身体を右にずらして難なく躱す。

 地面に突き刺さった蔓を足場に、敵へと肉薄する。

 向こうは尚も猛攻を続けるが、振るわれる蔓の鞭を《ホリゾンタル》で纏めて切断。再び前へ進む。

 突然の振動。見ると、土にめり込んでいた腕が引っこ抜かれていた。暴れられる前に、触手を断ち切る。絶たれた部分が落下するが、ジャンプで根本に乗り移る。それから、軽い助走をつけての再度の跳躍。

 

 

 ──終いだ。

 

 

 剣を大上段に構える。青いライトエフェクトが刀身を包み込み、敵に迫る。全力の《バーチカル》がずぶり、と本体に叩き込まれる。確かな手応えと、小気味よい音が脳に焼き付く。そのままの勢いで、頭から脚に掛けてその躰をぶった斬った。

 眼前に降り掛かる無数のポリゴン片を剣で振り払い、鞘へと納める。

「ふぅ……」

 ひと息ついていると、後ろから2人が駆け寄る気配がした。

「マラジェッツ!素晴らしい戦いぶりでしたわ!」

「エミヤ君もサーニャちゃんもお疲れ様!」

「ああ、お疲れ」

 2人の労いに軽く応じる。その間にも、俺はサーニャの剣について思考を巡らせていた。

「……にしてもその剣、相手のHPを吸収して使い手を回復させていたんだな」

「そ、そうなの?」

「ああ。そして、一定時間内に攻撃を当て続けていれば攻撃力が増幅していく……って訳だ。そうだろう?」

 先程の赤いオーラ。それと攻撃した端から回復していくHP。それを見れば推測は容易だった。

「……ええ。その通り、《フィンスタニス》は敵の命を力に変える剣ですわ」

 予想的中。物騒な効果だが、単純明快かつ使い手次第では恐るべき力を発揮出来る。

 こういったような『何らかの特殊効果を持つ』、『純粋なスペックがプレイヤーメイドを遥かに凌駕する』武器は総じて《魔剣》と呼ばれる。あくまでプレイヤー間での呼称だが、言い得て妙だと俺は思う。

「戦いつつ回復も出来る装備……《バトルヒーリング》を持ってない奴でも使えるから、長期戦にはとても有利だ。攻略組にとっても大きなアドバンテージになり得るな」

 と。言の葉の最後を口にした瞬間、サーニャの顔がキッ、と引き締まった。

 ──地雷でも踏んでしまったか、と思うより早く、彼女の口が開かれた。

「──まさか、あなたもこの剣の譲渡を要求するんですの?」

 さっきとはガラリと変わった、キツい口調だった。それだけで、彼女のあの剣に対する熱意が汲み取れた。しかしそれ以前に、俺はその武器を欲することはなかった。使い込まれた装備を安易に「譲ってくれ」と言えるものじゃないことは1番分かっていたからだ。

「まさか。それはお前の剣だろ。だから、そんなことしない」

「その剣はただの武器じゃない、サーニャちゃんの大事な相棒なんだよね。サーニャちゃんがすごく大事にしてるのが伝わってくるから、譲ってなんて言えないよ」

 レインも同意見だった。

 一目見れば分かる。

 創造理念、基本骨子、構成材質、制作技術。これらについては言わずもがな。加えて上記4つの要素を収斂し、そうして組み上げられたモノに宿る成長経験と蓄積年月。そしてこの2つの内に込められた"想い"が、彼女の愛着を何よりも示していた。

「ええ。フィンスタニスは今や私の半身ですわ。それに、誰よりも使いこなしている自身がありますの。少しでも攻撃が途切れてしまったら攻撃力は基礎値にまで戻ってしまいますから、硬直時間の長いスキルの使い所が難しいんですのよ。それを分かっていない凡百の愚か者たちには渡せませんわね」

 サーニャの自負が、言葉の端々から伝達される。それは、彼女と共に死戦を越えてきたあの剣の情報からも感じ取れたことだった。

「凡百の愚か者たち……それは今まで、お前から剣を奪おうとした奴らか」

「鋭いですわね」

「こと武器に関しては詳しいからな。それが剣なら尚更だ」

 それは俺……いや、()()()()の力、無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)の特性に依るものだ。元々、解析は得意だが武具については特別とも言える。一瞬でも視認した武具を使い手の経験、記憶ごと記録、複製し貯蔵する……それこそ、この力の真髄である。例え現実ではない仮想世界のモノでも例外ではない。やろうと思えば現実世界に限るが投影だって出来るのだ。あの雪原には《あらゆる剣を形成する要素》が満たされているために、登録すれば結界から引き出すことが理論上は可能なのである。

 形ある物質とか、形なきデータとか、そのような事柄は関係ないこと。それが武具というモノであれば──といった感じだ。ただ剣を投影(つく)るのではなく、ココロをカタチにすることこそ、衛宮士郎の魔術であるが故に。

 

 

「そうですの……。──ええ。売ってほしい、と言う人たちは大勢おりましたわ。中にはどうしても断るなら……とこの私に剣を向けた方もいました」

「……!」

「PKを仕掛けられたの!?」

 PK、即ちプレイヤーキル。それが意味することは誰もが知っている筈だというのに、それをしようとした奴らが居たとは。

 俺たちも、同じ目に遭うことはあった。《封印の赤剣》と《封印の黄剣》を狙って軽い頓着が起こったことなど、何度もあるくらいに。

 だが俺たちには万夫不当の攻略組、とそんな肩書きが付いていたためか、やがて剣を求める連中は消えていった。

「軽い脅しのつもりだったのでしょうね。それなりの期間、パーティーを組んでいた方で信頼していたのですけれど……私だけが大型ギルドにスカウトされたのを見て腹を立てたのでしょう」

「なんだよそれ……!」

 腹が立つのはこちらの方だ。そんな下らない理由で女の子を殺そうとするなど、横暴にも程があるってもんだ。

「ど、どうやって切り抜けたの……?」

 おずおずと尋ねるレインに、サーニャは間を置いてキッパリと発した。

「笑って、剣を突きつけてやりましたわ。『代償に命を貰いますけどよろしくて?あなたから殺意を向けてきたのですもの、正当防衛ですわね?』と……」

「……それ、本気じゃないよな?」

 それに対し、僅かな危惧を感じた。口調からしてそれは本心からの発言であることは明白。誰かの死を背負うということは、想像する以上に辛く、苦しいものなのだから。

「この世界で他人に剣を向けるということが何を意味するか……理解しておりますもの。覚悟の上ですわ」

 彼女は真っ直ぐに、そしてはっきりとそう告げた。

「冗談で……その場を切り抜けるためだけにそんなことをした、と思われるのでしたら、それこそ私への侮辱でしてよ」

 付け加えられた言葉に、サーニャの決意が鮮明に伝わる。大切なモノのためならば人殺しも辞さない、確固たる覚悟。それは偶然にも、俺が抱いた誓いに通ずることだった。

 あいつには、やると言ったらやる『スゴ味』がある。

「冷静なんだな」

「そうでしょう?私は『他人の命を何とも思わない冷血女』で、『血に飢えた魔女』らしいですわ。下らない嫉妬を持った方たちがそんな評判を勝手に広めてくださいましたから、近付く人が減って少し楽になりましたの」

 自分自身を皮肉るように、彼女はそう口走った。そんな評判なんて、真っ赤な嘘だ。知り合ったばかりだが、サーニャはそんなヤツだとは到底思わなかった。寧ろ、その真逆まである。彼女は、根底では非道に落ちたいとは思っていない。根はごく普通の女の子なのだから。

「サーニャちゃんは何も悪くないのに……」

(いず)れ、より強力な剣が出現すればそちらに群がる人たちです。気にすることなどなくってよ」

 レインを安堵させるためか、サーニャは微笑みを湛えてふんわりとした口調でそう言った。

 友達想いだな、と思った。やはり、彼女は冷徹とは程遠い性格だったのだ。

 そのやり取りを見て、内心で俺は安心していた。普遍的な人物が外れ者になるのは、とてもじゃないが良いものではないから。俺はその外れ者だし、()()()()だってそうだ。きっと、サーニャが堕ちることは良しとしない筈。そんな、謎の信頼があった。

 

 

「──それより……エミヤさん。あなた、どういうつもりですの?」

 ここで、急に態度を変えたサーニャが何故か俺に詰問してきた。……何かしてしまったか。

「なんだよ、藪から棒に」

 思わずぞんざいな言い方になってしまったが、それも彼女の次の言葉に気圧される形になる。

「先程の戦いで、私を庇うように動いていたでしょう。私を弱いプレイヤーだと思っていらっしゃるの?」

 棘どころか針千本。しかも全弾クリーンヒット。これはたじろいでも文句の言いようもないだろう。どんな朴念仁もびっくりの豹変っぷりだからな。

「仕方ないだろう。あのとき、お前明らかにピンチだったじゃないか」

 負けじと反撃する。そも、あの場面は助けがなかったらかなり危うかったのだ。だから責められる理由も義理もないし、酷い言い草が癪に障る。

「例えあのモンスターの攻撃を受けたとしても、直ぐに立て直せましたわ。あなたの援護など必要なかったんですのよ」

 あまりに淡々とした言いようだったためか。

「な──バカ言ってんな、誰かを助けるのに理由なんているもんか……!それと、助けるのなんて、俺の勝手だろう。助けたいから助けるんだ、俺は」

 つい、柄にもなく条件反射的に捲し立ててしまった。

 いきなり怒鳴ったことに驚く様子を見せたサーニャだが、数秒で表情を元に戻した。

「私にはフィンスタニスがありますわ。無用な気遣いは、かえって邪魔でしてよ」

 無用、の部分を強調して、サーニャが冷酷に告げる。正しく絶対零度。凍てつく氷柱の如き言葉が俺を突き刺す。だが、この程度でへこたれるようじゃ男性失格だ。だから、こちらも抗戦を敷くことにした。

「だからって、目の前で傷つく奴を放って置けるか!魔剣を持っていてもいなくても、それを変えるつもりはないからな!」

「しつこいですわね……!要らないと言ったら要らないんですのよ!」

 彼女がついに口調を荒らげる。こうなりゃもう後には引けない。どっちかが折れるまで続けるまでだ。

 そう、思っていたが。

「そんなの、ただの空元気だろ!第一、お前の武器はもう適正層から外れているだろうが!」

 

 

 ──それを口にした瞬間、辺りの空気が一変したような気がした。

 

 

「……聞き捨てなりませんわね。あなたまで、そのようなことをおっしゃると言うので?」

 取り消そうにももう遅い。サーニャの言葉が、鋼鉄の槍を思わせる鋭さで俺を穿った。

 正に、後の祭りだった。僅かに後ずさり、何かを言おうと言葉を探るが、そうしても何も変わらないと本能が告げていた。

 それでも、何でか素直になれない自分がここで折れるなと奮起していた。

「その剣には悪いけど、それが事実だろう。武器がダメなら、せめて仲間に頼ってもいいんじゃないのか」

「それこそ不必要です。戦場で頼れるのは己の力のみ。仲間に頼りきりになるなど、言語道断ですわ!」

 いい加減、ムカついてきた。自分の力だけで何とかする?それはいけない。そんなことしてたらいつか死んでしまう。ひとりきりで何もかもを背負って戦うなど、俺のような奴でもない1人の女の子がやっちゃダメだ。ずっと孤独だった俺には分かる。そのやり方じゃあ、その先に待つのは明確な破滅のみ。身をもって知ったから、今後の結末が容易に想像出来た。

「っ、お前な、仲間を一体なんだと思って──!」

 心の堤防が欠落しかける。止めようにも、もうあと少しで決壊しそうになっていた。

「「~~~~~~ッ!」」

 掛ける言葉がなくなり、両者共に膠着状態になる。

 絶対に負けるもんか。根比べなら俺に分があるからな。

 そうして、どれだけの時間が経ったか分からなくなったとき。

「もー!2人共、喧嘩は止めて!!!」

 互いに睨み合っていた俺たちを、レインが強引に引き剥がした。

「さっきから黙って聞いてれば、あんなことで言い争って!まだ知り合ったばかりの人に強く当たっちゃダメでしょ、サーニャちゃん!」

「そ、それは……」

 子供を叱る母親にも似た言い方であった。サーニャが急にしおらしくなる。まるで借りてきた猫のようだ。そんな光景に呆気に取られていると。

「エミヤ君、君もよ!女の子と言い争うなんて1番やっちゃいけないことだよ!!」

「は、はいっ!」

 鬼のような気迫に、咄嗟に発した声が裏返ってしまった。突き付けられた指が、あの乖離剣もかくやという程の覇気を纏っている。

 いかん、想像すると実際にそう見えそうで怖い。改めて女性の恐ろしさを実感する今日この頃であった。

 レインのお叱りが終わると、即座に立ち直ったサーニャが、鋭利な眼光を走らせてこちらを見据えた。

「この場は収めておきましょう。これ以上、あなたのような人と話すのは時間の無駄ですしね」

「お、おい──」

 言葉を掛けようとするが、サーニャはつい、と顔を逸らして先に進んでいた。

 伸ばしかけた腕を下ろす。

 話す機会を失った俺は、ただ呆然と立ち尽くすのみであった。

「……全く、なんだってこんなことに……」

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 しばらくして、目的の洞窟に辿り着いた俺たち。

 ここから先は未知の領域。誰も足を踏み入れてない手付かずのエリアだ。

 今回は様子見がメインなので、安全第一で動くことにしている。余計なことはせず、予め決めたポジションを変えることなく1歩1歩、着実に前へ進んで行く。

 ぼんやりと光を放つ植物に照らされた洞窟の内部を歩む。発光エフェクトのお陰でより一層不気味に感じられるが、その程度で臆することはまずないと断言出来る。途中、何度か戦闘になったが、多少手こずったもののこれを突破した。マージンは十分に取っているので苦にはならなかったが、俺にとってはモンスターよりも、この重苦しい空気が厄介だった。

 確かに、売り言葉に買い言葉の俺にも落ち度はあったが、何でか反論せずにはいられなかったのだ。理由なんて分からない。半ばムキになっていたから細かいことは不明のままだ。

 終始無言の状態で前進していると、いきなりY字路に差し掛かった。

「道が……」

「どっちかが正規ルートってことか……」

 枝分かれする通路を交互に見つめる。その都度、ディテール・フォーカス・システムが適用されて風景が微細に映し出されるが、それはただの暗闇だけであった。申し訳程度に光源が道を照らしてはいるが、あまり意味のないものだった。

 こういうのは、回りくどいがどちらか一方の道を進むのが正解だ。効率に欠けるが、その方が安全かつ確実にマッピング出来る。

 が、しかし。

「では、私は右の方に行きます。あなた方は左に行ってくださる?」

 そんな、有り得ない発言が放たれた。

「え──?」

「は、はぁ──!?正気か、お前!」

「ええ。その方が効率的でしょう?」

 眉間に皺が寄るも、態度を崩さずに淡々と言葉を続けるサーニャ。

「馬鹿、そんなの危ないだろ!未踏破のダンジョンなんだぞ、何があるのか分かったもんじゃない!さすがに俺だってそんなことしないぞ!」

 正直言って、そのようなことは自殺行為に等しい。初潜入の洞窟、それも最前線のものだ。一人で行くなど正気の沙汰ではない。

「私は問題ありません。それに、あなたの言葉を聞く耳なんて持ち合わせていませんの。では」

「ちょ、おい!」

 俺の制止を振り切って、サーニャは片方の道を進んでいった。

「アイツ、いつもああなのか」

 何かが疑問に思って、レインに問いかけてみる。

「そんなわけないよ!今まで、1度もあんな態度をとったことなんてない。ない、のに……どうしてこんな──」

 言って、意気消沈してしまった。そうでないならば、何故こうも俺を突っぱねるような真似をするのか、これが分からない。

 追いかけても、きっとまた拒絶するだろう。最悪、剣を向けられる可能性だってあるかもしれない。

「どうしよう……」

 

 

 右を行くか、

 それとも左か。

 俺は──

 

 

「……左だ」

「放っておくの?」

「別にそんなんじゃない。ただ、ここは言う通りにした方がいいって直感が働いただけっていうか──俺だって心配なんだ。けど、追いかけるのはやめといた方が得策かも……」

「……うん。──でも!」

 突然、レインが声を張り上げる。何事かと思い、彼女の方を向く。

「サーニャちゃんに何かありそうになったら、絶対に助けに行くからね!」

 呆気に取られる。……が、

「ああ、そんなの、当たり前だろ」

 それは、俺も決めていたことだった。

 

 

 

 

 

 

 

「これで……いいんですのよ」

 1人、呟く。

 足取りは重い。全身に超重量の錘を付けているかのようだ。俯いた視線には薄暗い地面しか見えていない。それが、そのぼんやりとした景色が、私の脳内を示しているかのように思えた。

 

 

 やってしまった。そう思った。彼は、レインの相棒だと言うのに。彼女の居る前で、喧嘩などしてはいけないのに。こんなことにはなりたくなかった、と思っていた。しかしそれは過去のこと。沸き立つ感情に身を任せてしまっては、もう後の祭りだった。だから、私は彼から遠ざかった。これまでと、同じように。

 彼も、私を見限るだろう。あのような態度を取られても尚こちらの相手をする者など1人もいなかった。大抵の人たちは私の振る舞いに腹を立てて構わなくなるのだ。そうさせるために、私は彼を突き放したのだから。

 決して悪い人物ではなかった。他人に機敏な私がそう言うのだから間違いはない。それに、エミヤさんと話しているときのレインの顔。あんなに楽しそうにしている彼女を見たのは初めてだ。明らかに、彼に対して全幅の信頼を寄せていることが分かった。心の底から、彼という存在を認めていた。それは滅多にないことと言える。どこか心の内に、自分に関することの深部を隠し、偽るきらいがある彼女が、あそこまで誰かに気を許すとは驚きだった。なので、全てをさらけ出す相手など、私と七色くらいで。赤の他人にそうまですることなんてなかったのに。

 そんな人を、私は──

 

 

「あいたっ!?」

 そこまで思考を巡らせたところで。

 ゴンッ、と。

 何かに額をぶつけた。

「あいたたた……なんですの、全く……」

 顔を上げると、目の前には灰色の壁があった。見渡すと、それは円形に広がって、真後ろにぽっかりと空いた空間が見えた。言うまでもなく、今まで歩いていた通路そのもの。つまり、ここで行き止まり。

「外れ、ですわね」

 そう言って、来た道を戻るべく、私は体を翻した。

 これで、終わり。翌日には何もかもが白紙になる。彼との関係も、あの悶着も、総て、全て、凡て。

 大丈夫。明日になったら全部忘れるだろうから。今までだって、そうだったのだから。

 ──彼もそうする。必ずそうする。そう決めつけて、私は1歩を踏み出し──

 

 

 

 

 

 

 体が、地面に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

「な──」

 驚愕で声が出ない。頭の中がぐちゃぐちゃになる。訳が分からない。一体何が──

 そして、気づいた。左上に表示されるHPバー。僅かに減少しているソレの上に、"麻痺"のデバフアイコンが表されていることを。

 

 

「ワーン、ダウーン」

 突然、底抜けに明るい声が、何もない空間に響いた。

「ッ!?」

 辛うじて動く顔を声のした方へ向ける。そこには、3つの人影……否、プレイヤーがいた。カーソルは、何と全員オレンジ。

「以外に、簡単、だったな。少し、残念、だ」

 そう言うのは、頭陀袋のようなマスクをすっぽりと被った者の横に静かに佇むプレイヤーだった。黒ずくめのボロ切れを纏い、髑髏を模したマスクを付け、目からは赤い光が漏れている。その右手には、1目で業物と見て取れるエストックが握られていた。

 その容姿には見覚えがある。主街区で売られていた新聞の隅にひっそりと、しかし確かな存在感を孕んだスケッチが載っていたことを、つい最近見たばかり。それは、巷で噂になっていた、《レッドプレイヤー》と呼ばれる者たちに相違なかった。

「あなた、たちは……」

 言いかけて、降りかかる圧に再び言葉を失う。まだ、居た。プレイヤーたちに知らされていた要注意人物、その筆頭。

 瞳孔が狭まる。

 動悸が激しくなる。

 気力が霧散していく。

 "ソレ"を視認した途端、かつてないほどの重圧が全身を支配した。

 上半身を包む、黒いポンチョ。伏せられたフードから僅かに覗く歪な眼光。清々しいまでの笑みを浮かべる、劇物の如き声を発する口。このアインクラッドで徐々にその名を広めている、その男の名は。

「《PoH》……」

その通り(Exactly)。そうだ、俺がPoHだ」

 ぶん、と大型のソードブレイカーを振るい、男がそう答える。保たれていた静謐をぶった斬るかのような声色が、私の意識を覚醒させた。

「一体、どういうおつもりですの!?何の目的で、こんなことを!」

 なけなしの意志をかき集め、精一杯の怒声を放つ。だが、彼らはアクションすら起こさず、ただ平然と受け止めるだけだった。

「剣だよ、剣。お前の持っているソレだ。……まあ、それだけじゃ足りねぇからついでに殺すがな」

 背筋が凍る。スナック感覚で告げられた言葉に、何も言い返せなくなった。

 そうだ。彼らは、そんな連中だ。殺しを良しとし、殺戮を平気でやってのける、悪魔の集団。それが、レッドプレイヤーというものではないか。

「そんな、簡単に……」

「そういうモンだからな、俺は」

 言って、私の手からフィンスタニスを引き抜く。

 必死にその意図を掴もうとして、脳を動かした、その時。

 

 

 ゾスッ!!!

 

 

 鈍い音が耳朶を叩くと共に、背中を神経を逆撫でする不快感が襲いかかった。

「あっ、ぐ……!?」

 HPが目に見えて削られる。ごりごり、という音が届く度に、じわじわと自分の命が減ってゆく。

「──────」

 あまりに突発的なことに、声帯が上手く機能出来ない。掠れ声すら出せず、その光景を見つめるしかなかった。

「なんだァー、もっとキャーキャー喚くかと思ったんだけどなー。なんか拍子抜けだなぁ」

 頭陀袋の男が、甲高い声で呆れたように言い捨てる。

 その言い回しが頭にきて、息を吸って声を張る。

「お生憎様、私はその程度で取り乱す程安い女ではありませんの」

「おお、そうかそうか。なら、たっぷりと俺たちを楽しませてくれよ、嬢ちゃん?」

 再度、嫌な音と痺れが襲う。見ると、そこには黒ポンチョの男が手に持っていた短剣が刺さっていた。更に、HPが減少する。

 これで終わりではなかった。見上げたその先には、脚を振り上げ、甘美に歪む口を貼り付けた男の姿があった。

 そして。

 重い音が、衝撃と共に全身を伝った。

「ぐっ……!」

 ついに、HPバーがイエローゾーンを突破する。それを見てしまって、ゾワゾワとした悪寒が髄を這い回る。心が、染まる。言い様のない感情に、どっぷりと浸かってゆく。

「いい顔になってきたじゃないか。直ぐに殺さなくて良かったぜ」

 快声が、追い討ちをかけるように感情を煽る。自分という存在が、ますます侵されていっている。謎の情動に駆られ、気持ちが不安定になっていくのが認識出来た。

「……まだ足りねぇか。んじゃあ引き出してやるよ、お前の恐怖心ってヤツをさァ!」

 引っこ抜かれたソードブレイカーが、オレンジの光を湛える。何かしらの単発技が、私の背を一文字に斬り裂いた。

「ああっ!?」

 瞬間的に駆け巡る硬質な刃の感触が、より一層情を掻き立てていく。

 ダメージが無慈悲に加算され、HPが赤の危険域に突入する。それが、自分の恐怖を増幅させていった。

 

 

 恐怖。そう、恐怖。これだ。謎めいた感情の正体とは。ずっと、忘れていた。1人で戦っていく内に、魂の奥底に置き去りにされたモノ。

 呼び起こされたという感覚を、鮮明に理解した。いや、してしまった。

「あ、あ──」

 間髪入れずに、男は刺さったままのフィンスタニスに全体重をかけてきた。最早風前の灯となったバーが、ゆっくりと減少していく。

 死ぬ。死んでしまう。ここで、こんなところで。何も出来ずに、確かな未練を残したままで。こんな連中に、腐りきった外道に、殺されてしまう。

 それでも、それでも。こんな状況だと言うのに、私の口からは、掠れ声すら出ることはなかった。

 心身共に追い詰められた極限状態。抗う手段はなく、助けてくれる人もいない。ただ、絶望に流されるままに目の前の死を無抵抗の状態で甘受することしか他はなかった。

 誰かが助けに来てくれると今まで思っていた自分が馬鹿だった。私はずっと一人。孤独のままで、この世界を生き抜いてきた。真に仲間と呼べる者など、居るはずがない。

 救いの手も、一筋の希望も。もう、何も私に味方するものはなかった。

 故にこれは、必然の運命(さだめ)

 それは、嫌でも直視させられる、変えようのない事実。

 もう、受け入れるしか道はない。選択の余地などとうに失われていた。

 私が思った"終わり"とは。今、このときのことを指し示していたのかもしれない。

「最後に最高の顔が見れてよかったぜ。ロシア人に恨みはないんだが、これでもうお終いだ。じゃあな、《銀の魔女》」

 魔剣が引き抜かれる。

 走る血塗れの剣。

 私の身体に吸い込まれるように進む切っ先。

 その後には脳がナーヴギアによって破壊されるだろう。

 今日で初めて且つ、何度も味わった冷たい刃の感触。

 引導を渡す、最後の一撃。

 それで、死ねと?

 理解出来ない。何故そのような目に遭わなくてはいけないのか。

 まだ残された未練があるし、久遠の果ての再会があった。

 解決されてない出来事。再び会えた喜び。

 それを思うと、目尻が熱くなる。きっと、涙を流している。

 やっぱり、終わりを受け入れたくはない。死ぬのは怖い。死にたくない。殺されるわけにはいかない。

 こんなところで意味もなく。平気で人を殺す、彼らのような連中に。

 だから、もし、許されるのなら。

 1度くらい、誰かを頼っても、いいのではと思った。

「……助、けて、誰か──」

 口から漏れる、か細い声。

 しかしそれは、何処にも届くことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ダン。

 

 

 そのとき、音が、聞こえた。

 次第に大きくなっていく。通路の一点を凝視する。耳が、全霊でそれを拾う。一定のリズムを保ち、連続して地を踏み鳴らす重音が、こちらに近づいていって。

 

 

 

 

「そいつから離れろ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞く筈のない声が、あらゆる事象を覆した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




他のキャラクターにも言えたことなんですが、多少キャラが変わってるところあるかもしれません。申し訳ありません。




次回、「ウィッチ・アンド・フェイカー III」
それでも彼は、誰かのためになりたいのだ──


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第13話 ウィッチ・アンド・フェイカー III

連投ォ!
初連投です。


今回も長いです。


 

 

 ????、にて──

 

 佇む、何者か。

 上等な和服に、漆黒のロングコート。それは、正しく、和洋折衷であった。普遍に見えることがあれば、かけ離れた異常とも見て取れる。

 

 

「救い。救うこと。助けること。救助、救済」

 白い空間にて、紡がれる。

「犠牲。ある目的を達成するために大切なものを引き換えにすること」

 朗々と、語り部のように。

「それらは、表裏一体だ。救いのない犠牲などありはしない。逆もまた然り。さながら陰と陽。救いという陽と、犠牲という陰があってこそ、"世"という"両儀"が成り立つ」

 口が、動く。

「『誰かの味方をするということは、誰かの味方を、しないことなんだ』。正に、その通り。僕は万人の救済を否定しよう。誰も彼もを失うことのない救いなんて、夢物語にも劣るものだ。世の理には逆らえない。少数の損失が大数の利得となる。大数の損失が少数の利得となる。……丈なんてどうでもいい。そこに"犠牲"と"救い"があることが重要なんだ」

 これは、ただの独白──

「100の数がある。この世界はその数字がどちらか一方のみに傾くことを認めない。真の意味での100対0など、存在しないのさ。"有"があって、"無"がない。無を否定する要素が在ることが何よりの証明だ。そう、(ゼロ)なんてあるはずがないんだ」

 ──果たして、そうであるだろうか。

「ちょっと脱線したかな。……続けよう。『死は明日への希望なり』って言葉がある。誰のかは、分からないけどね。(ぎせい)によって、明日(すくい)への希望が生まれる。しつこいようだけれど、犠牲のない救いなんて、あってはならないのさ。そんな理想、掲げるだけ無駄だ」

 者は、ただ発する。

「この物語に於いて、少女の我儘が成ることはない。これは、犠牲の上に立つ救済を突き詰めた世界であるが故に。──2つの意志は、やがてもう一度対立するよ。そしてその果てに、片方の願いが踏み躙られる。だから僕は、それを見届けようと思う」

 くるり、と。流麗な動作で、その者は振り返り。

「得と損は両立しなければならないものだ。──()()()は、どう思うのかな?」

 問にならぬ問を、投げかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 再びゼリー状になった腕が振るわれる。これを躱し、ソードスキルを叩き込む。敵が苦悶の声を漏らし、大きく仰け反る。効いている証拠だ。すぐさま退避し、次に繋げる。

 目配せする。それだけで、俺とレインは意思疎通を交わした。

「やああっ!」

 4つの斬撃が、鮮やかな正方形を描く。全てクリティカルになった《ホリゾンタル・スクエア》が、ダメージを更に加速させる。痛手を受け、後退する敵だが、それと同時に何度目か分からない形態変化を行う。今の姿は岩のような見た目の硬質形態。こうなると斬、突属性の攻撃が効き辛くなる。

 目の前のモンスターの名は《ソフト・アンド・リジット》。その意味は、柔と剛。名前の通り、ヤツは2つのモードに変態する。光沢のある、ジェルっぽい固形体となる分散形態。この状態だと、刃が通り易くなるが、逆に打撃はその衝撃が大幅に緩和されてしまう。もう1つは現在なっている硬質形態。これは打属性に弱く、斬撃武器に強力な耐性が付与される形態だ。故に、今俺たちが装備している片手剣とは相性最悪である。

 

 

 ──というか、どういう原理で変形しているのだろうか。

 

 

 いや、今は考えている暇はない。心を無にして、目の前の敵に意識を集中しなければ。

 攻撃を避けつつ、対処法を模索する。あの硬い体躯は生半可な攻撃を弾き返す。一撃の重いソードスキルならば多少のダメージを与えることは可能だが、それでも不利は覆せない。それと、腕と脚の関節部分を狙うという手があるが、肝心の的が小さいのと、判定が非常にシビアなため、とてもじゃないが無理があるものだ。こうなってしまっては、地道に削っていくしか方法はない。

 腹を括り、自分から突進する。どうあれ、倒さなければならないのは明白。手段など選ばない。ただ、あるものを全て使って──

 

 

 ──ここで、俺は、視界の上に映る"何か"を見た。

 妙なでっぱりだ。いや、突起物か。……どれも違う。罅が入り、ギラリと黒光りするソレは、明らかに普通のオブジェクトとは異なるものだと認識出来た。

 岩だ。それも、かなりの大きさを誇るもの。迫る拳を防ぎながら、天井の一点をじっと見つめる。

 対策はあった。あれを崩せば、落石が発生し良いダメージソースになる。深く入った罅は、少しの衝撃でも崩落を促してくれる可能性が大いにある。問題は、頭上の岩塊が破壊可能なものであるかどうか、だ。

 SAOに於ける殆どの静的オブジェクト(建物、樹木、一部石材など)は基本的に《破壊不能オブジェクト》に指定されている。この破壊不能オブジェクトに攻撃をしても、『Immortal object』と紫色のウインドウ上に表示されるだけで、それ自体には何の損傷もない。だが、極めて少ないが壊すことが出来るオブジェクトが存在する、とは聞いたことがある。

 敵のパンチを弾き、後ろへ下がる。しかし、敵は猛攻の姿勢を止めない。

「チッ……」

 勢いの止まらない敵に対して苛立ちを覚えるも、それを振り切って剣を構える。光を帯びた真紅の刃で向こうの拳を迎え撃つ。2連撃の《スネーク・バイト》を、防ぐというより逸らす要領でモンスターの動きに合わせて繰り出す。体勢を崩され、敵のアクションが強制的にキャンセルされる。それを見て、後方へバックジャンプ。

「レイン、あれを見ろ」

「?あれって……岩?」

「ああ。今からそれを破壊するから、ヤツをあの位置に留めておいてくれ」

「うん、分かったよ」

 言って、彼女は前方に飛び出した。こちらも行動を起こす。ベルトから投擲用のピックを抜き、上方に向けて構える。左手で距離と高さを測り、引き絞った右腕を微調整する。目線は1つの点のみを見ている。無駄な要素を全て排斥し、ただ標的だけを見据え、更に集中力を高めていく。

 ピックが矢だとするならば、この身はそれを射るために不可欠な弓そのもの。

 見る。番える。射つ。俺がずっと繰り返してきた、機械的動作に極めて酷似している。

 

 

『──まるで、先輩自身が弓のよう』

 

 

 ふと、過去の記憶が蘇る。何時かの部活のときに、後輩の桜が言った、何気ない言葉。

 だが。

「──今は、忘れろ」

 このときに限って、それは雑念でしかない。振り払って、再び精神を研ぎ澄ます。

 今の状態は、射形で言うところの『会』だ。構えを完成させ、心身を1つにし、射のタイミングをじっと待つ。

 眼前では、動き回る敵と、それを止めようとするレインがいる。モンスターの動きが静止した時点で、俺は投げ針を飛ばす。

 程なくして、レインが放った体術技が敵のモーションを停止させる。この機を逃さず、俺は息を吸って叫んだ。

「下がれ!」

 俺の言葉を聞き入れた彼女がその場から退避する。それと同時に、一切のブレなく3本の指で持ったピックを流れるような動作で放つ。

 風切り音を立てて一直線に飛ぶ針は、寸分の狂いもなく罅の起点に深々と突き刺さった。

 

 

 ビキッ、と。衝撃によってそんな音が連鎖的に響く。罅はやがて全体へと広がっていき、轟音を伴って崩れた岩塊がゴロゴロと地面に転がる。

 当然、真下にいたモンスターは直撃を免れず、岩雪崩をまともに受けて大ダメージと共に転倒状態になる。その直後に、ダメージの累積により最後のモードチェンジが行われる。

「──今だ!」

 振り抜いたままの姿勢──残心を解いた俺は、合図をかけて前に出る。

 落ちた岩は無数のポリゴンの欠片となって消えた。もう、俺たちを邪魔するものは何もない。

 地を蹴り、《ソニックリープ》を放つ。ウィークポイントにヒットしたスキルが、敵のHPを大きく削る。続いて、レインの《バーチカル・スクエア》。そして、硬直から解放された俺が《サベージ・フルクラム》を叩き込み、これを以て止めとなった。

 最後の一撃を受けたボスモンスターが、その体を爆散させる。

 舞い散る青い粒子を払うように、剣を左右に振ってから鞘に収める。

 ウインドウに表示されたラストアタック・ボーナスは、予想通り《石版の欠片》だった。

「やったね、エミヤ君!」

「ああ!」

 互いに右手を上げ、ハイタッチを交わす。パン、と子気味いい音が残響エフェクトを伴って辺りに響く。恒例になったそれを済ませ、来た道を見つめる。

「ねぇ、エミヤ君」

「ん?」

「……見捨てたり、しないよね……?」

 主語の抜かれた言葉が投げかけられる。だが、俺は彼女のその意図をすぐに掴めた。

「当たり前じゃないか。そもそも、あんな態度を取られたことがあいつを見捨てる理由なんかにならない。だから、俺も行く」

 もう決めたことだ。第一、あれで放逐するなんて男としてどうかと思う。それ以上の罵倒を、俺は何度も受けてきたから、今更そんなことで見限るような真似をすることはない。

「……ありがとう。やっぱりエミヤ君は優しいね」

「別に、当然のことだからな」

 面と向かって感謝されて、妙に気恥ずかしくなり、俺はサーニャの元に向かうためそそくさと足を動かした。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 走る、走る、走る。

 とにかく全力で、なりふり構わず洞窟内を駆ける。一刻も早く、サーニャも元へ行かなければいけない。どうにも、胸騒ぎがするのだ。ただの勘だが、なんでかこういうときに限って俺の予測はよく当たる。出来れば杞憂であって欲しいが、どうもこの心のざわめきは止まることを知らないようだ。

 空気が変わってきている。変異を察知した第6感が俺に警鐘を鳴らし始める。早くしろと、なるべく急げと、やかましいくらいに急かしてくる。

 謎の気配がピリピリと肌を刺す。近いのかもしれない。それを感じた俺とレインは、更に速度を上げる。

 敏捷パラメーターが現実では有り得ない速さを生む。自転車を軽く越すスピードで暗い道を駆け巡る。とうにY字路は抜けた。後は、通路を真っ直ぐに進むだけ……!

 

 

 

『──助──て、──れか──』

 突如。そんな声が、俺の耳に届いていった。

「これ、は……」

 間違いなく、サーニャの声だ。それを認識した俺は、ギアを最大までに高め、一気に道を踏破していく。

 背からレインの声が響く。だがそれは、俺の耳には届かない。

 そして、見えた。地に伏せるサーニャ。彼女を取り囲む3人のプレイヤー。その内の1人が、彼女の魔剣を大上段に構えている。視認したサーニャのHPバーは、僅か数ドット。

「──!」

 殺される、という事実が突きつけられる。そんなのは俺が許さない。俺の目の前で、仲間を死なせるなんて、絶対にさせはしないのだから──!

 

 

 剣を抜き放つ。腰溜めに構え、重心を限界まで落とす。そうして、ソードスキルの予備動作を完成させて。

 

 

 

「そいつから離れろ!!!」

 

 

 

 声高らかに、そう吠えた。

 

 

 

 

 

 

 激しい音を立てて、魔剣フィンスタニスがPoHの手から離れる。武装を失ったPoHはソードブレイカーを握り、後ろへとジャンプした。

「PoH……!」

「よぉ、《錬鉄の英雄》。元気にしてたか?」

 そう呼ばれたエミヤは、顔を顰めると共に放つ殺気をより一層強めた。エミヤは、この男のことが心底嫌いであった。殺人……PKを繰り返していることもそうだが、エミヤが嫌う理由には、PoHがその殺戮を『何のために』やっているかが関わっていた。目的がある?違う。快楽のため?それも、どこか違う。なら、何故殺すのか。その意図が分からないから、彼はPoHという男を忌避していた。

「……おっと、その名で呼ばれるのは嫌だったか?それともなんだ、遠慮なしに偽善者(フェイカー)とでも呼んでやろうか?」

「…………」

 エミヤはPoHの方を一瞥すると、向きを変えて倒れ込むサーニャの介抱に向かった。

 うつ伏せになる少女と、それを見つめる少年。

 奇しくもそれは、衛宮士郎ではない別の衛宮士郎が経た、運命の夜と似た構図となっていた。

 エミヤがサーニャの前で屈む。ベルトポーチからピンク色の結晶が取り出される。それを右手で持ち、左手を彼女の手に添える。

「ヒール」

 短く唱えられたコマンドにより、クリスタルが砕け、同時にサーニャのHPが一気にフル回復する。そしてもう1つ。今度はあらゆるバッドステータスを瞬時に解除する《浄化結晶》も使用した。

 麻痺が消えたサーニャだが、先程味わった恐怖心により、動くこともままならないでいた。

 動けないサーニャを、エミヤがフロアの隅までお姫様抱っこで運ぶ。その体を静かに降ろすと、掠れた声でサーニャがエミヤに話しかけた。

「あなた、どうして……」

「……言っただろう。俺は助けたいから助けるんだ。仲間を見捨てて、勝手に帰れるか」

「なか、ま……」

 単純なことだ。仲間だから、助けるのは当然。いやそれ以前に、彼は助けを求める者を放っておけない性格なのだ。衛宮士郎という人間がどれだけ歪になろうとも、その在り方だけは、決して変わることはなかった。

「──だから、ここは俺に任せてくれ」

「……ええ、お願いします」

 それは、心から彼を頼ることを示す言葉だった。

 

 

「おいおい、人の話はちゃんと聞けって、ママに教わらなかったか?」

「『無論だとも。だが貴様には、意味のない殺戮をしてはいけない、と教える者もいなかったわけだ。いや、()()()()()()()()()()()()、か?まあ、ただの憶測だがね』」

「……suck」

 彼の発言が琴線に触れたのか、微かな罵り声を上げ、これまで以上に殺意の篭った目でエミヤを見据えるPoH。双方の殺気が、びりびりと辺りの空気を張り詰めらせていた。

「『おや、気に障ってしまったかな?これは失敬』」

 構うことなく、尚もエミヤは皮肉げにPoHを挑発してみせた。赤い弓兵のニヒルな物言いに、PoHの平常心は容易く崩れていた。

 すると、今度はジョニー・ブラックが前に出て、上ずった声で捲し立てる。

「ンの野郎……!余裕かましてんじゃねーぞ!状況解ってんのか!」

 だが、PoHがそれを静止する。代わりに、手に持った短剣を突きつけて何時もの冷静な口調で諭すように言った。

「そうだぜ、エミヤよ。幾ら貴様でも、1対3はさすがに無理があるだろう?」

 そう、数で言えばエミヤが圧倒的に不利なのだ。普通に考えて、3人を同時に相手するのは至難の業。本来は2人の筈だが、かなりの速度でここまで到達したため、未だにレインが到着していないのである。なので、彼女がここに来るまで待っている方が得策なのだが──

「さあな、やってみないと分からないだろ」

 高額な耐毒ポーションを飲み干し、エミヤはそう応えた。だが、内心ではそれが不可能に近いことは分かっていた。それでも、彼にはそこまでするだけの理由はある。

 

 

「へぇ、果たしてその大口がどこまで通用するかねぇ……!」

 言うと、突如としてPoHの姿がブレる。瞬時に距離を詰めた彼は心臓部を狙って単発技《ケイナイン》を繰り出す。下段から突き上げられた刃先が微妙に角度を変えてエミヤの左胸に迫って来る。一瞬、反応の遅れたエミヤは咄嗟に回避するが、刃が左腕に突き刺さる。僅かな痺れに似た感覚に表情が動くが、直ぐにエミヤは短剣を抜いて飛び退く。

 それを見て、PoHがニヤリと笑みを浮かべる。エミヤの背後には、レベル5の麻痺毒が塗られたナイフを構えたジョニーが立っていた。好機と言わんばかりに、ジョニーが前に飛び出す。

 が、それはエミヤの予測の範囲内だった。寧ろ、そうさせるように彼は動いていた。

 動きが分かっていたエミヤがナイフを剣で容易く弾く。臆することなく何度も短剣を振るうジョニーだが、その全てがエミヤの剣によって防がれる。

 人体の急所を正確に攻めるジョニーと、その攻撃を的確にいなすエミヤ。恐らく誰よりも戦闘慣れしているエミヤは、心眼を使うまでもなく優位を保っていた。

 が、ここで水を差す者が1人。側面からザザが《カドラプル・ペイン》を放ってくる。本来は細剣用のソードスキルだが、同じような性質を持つエストックでも使用することが出来る。これは他の細剣用スキルでも言えることだ。

 4連続の刺突がエミヤを襲うが、いち早くザザの存在に気付いた彼は《バーチカル・スクエア》でこれを迎え撃つ。何とか防ぐが、ザザたちにはまだ次の一手が残っていた。隙をついてジョニーが突きを見舞う。脇下に向かってナイフが肉薄するが、それに対してエミヤは空いている左拳を握り、モーションの待機状態に入る。ほぼ同時に、拳を淡い光が包み、押し出された左手が柄の部分を打撃する。体術スキル《閃打》によって奇襲を無力化されたジョニーは悪態を吐きながら、次の行動に移るべく短剣を構えた。それを見たザザも、ソードスキルの発動体勢に移行する。

 それぞれの得物にライトエフェクトが生まれる。ジョニーが単発斬り《カーヴ》を、ザザが下段突き《オブリーク》を撃ち出した。前と後ろからの同時攻撃。取った、と彼らは確信していた。前後より攻められては避ける術など殆どないだろう。背中に目が付いている訳でもあるまいし、前方のナイフを躱せても後方の刺剣を何とかする余裕はないに等しい。故に、ジョニーたちにはエミヤが地に伏すという数秒後のビジョンが見えていた。

 しかし、彼らはエミヤの力を見誤っていた。英霊となった未来の可能性たる自分自身から引き継いだ戦闘技術と生前に於ける戦いで得た経験に加え、凡人であるが故の愚直な鍛錬によって培われた戦術理論が衛宮士郎の強みである。だから、こうなることも予測済みであった。

 腱を狙って転倒させるつもりだったためか、どれも下からの攻撃になっている。そしてそれらは無造作な跳躍によって回避されてしまった。

 呆気に取られている2人を見下げて、エミヤは剣を逆手に持つ。

 鮮やかな色に染まった刃が地面に刺さり、鋸刃に似たエフェクトが放射状に広がる。片手剣では貴重な範囲技《セレーション・ウェーブ》がジョニーとザザの動きを阻害する。

「オオオッ!」

 着地するや否や、エミヤはジョニーの首目掛けて強烈なハイキックを打ち込んだ。上段蹴り《朔月(サクゲツ)》がクリーンヒットし、その体が地面に打ち付けられる。

「ごばぁっ!?」

 苦しみの声を上げて、鞠のようにバウンドしながら吹き飛ばされるジョニー。それに目もくれず、エミヤはザザの放った《リニアー》を避けて、エストックを握っている右手に打撃を加える。堪らず怯み、たたらを踏むザザに力を込めたアッパーカットを繰り出す。顎に的確に命中した拳とその衝撃がザザの意識を一瞬だけ刈り取る。それだけだったが、エミヤにとっては十分過ぎる隙であった。

 そのままの勢いで剣を掲げ、斜め斬り《スラント》を発動する。真紅の刃は吸い込まれるように迫り、無防備な胴体に深々と刻み込まれた。

「ぐっ……」

 呻き声と共にザザが後ろに下がる。頭上に表示されたHPバーは、既にイエローゾーンに達していた。

 

 

 ここまでで圧倒的にエミヤが優位となったが、彼は戦闘の天才というわけではない。勘違いされがちだが、彼の強さは弛まぬ鍛錬が生んだ努力の賜物なのであり、天賦の才ではないのだ。凡庸であるが故に、強くなるためには己を徹底的に鍛えるしか方法はない。それを誰よりも痛感していたエミヤは、この世界に新たな生を受けてからは殆ど欠かすことなく剣術、体術、魔術問わずに鍛錬に打ち込んでいた。それが今の彼の強さの根幹を成している。継承した技術と相まって、SAOの中では正にトップクラスと呼べる程の力を持っていた。

 

 

「くそっ、ハッタリじゃなかったのかよ……!」

 ジョニーが吐き捨てるように毒づく。彼らの機嫌は良い状態とは言えない。何せ、自分たちの攻撃の悉くを予測され、且つそれらを全て迎え撃たれたのだ。苛立つのも当然と言える。

「全く、随分と腕を上げたみてぇだな、エミヤよ」

「別に、それが俺の戦い方ってだけだ」

 事実、エミヤは何も変えずいつも通りに戦っているだけだった。

 彼は、モンスターのAIを誘導する要領で、3人に自分が予測した行動

 をさせるためにわざと隙を作ったりして彼らを誘っていたのだ。それが、エミヤが用いる1対多数での戦いのやり方である。

「だが、貴様もそろそろヘタってきたんじゃねぇのか?」

「ああ、そうだな」

「ハッ、やはり貴様1人で俺たちを相手取るのは無理があったな」

 そう言ったPoHが酷薄な笑みを浮かべる。

「みたいだな。……ああ、確かに単独じゃ無理だ。単独じゃ、な」

 しかし、エミヤもまた、その口元を歪ませていた。

「何?」

「忘れたか?俺には頼れる大切なパートナーが居るってことをな」

「……まさか」

「ああ、そのまさかさ!」

 遠くから足音が響く。通路から走って来るプレイヤーが朧気に映り、像がハッキリとしていく。

 たなびく紅い髪。メイド服をモチーフにした装備。そして腰に下げられた黄色の剣。

 エミヤがキリトと並んで信頼する相棒、レインだ。

「やああっ!」

 振り上げられた剣がザザを捉える。咄嗟にエストックでガードするが、勢いに飲まれて後退してしまう。

「紅の、戦乙女……!」

 突然の奇襲を受けたためか、髑髏のマスクより覗く口から、唸るような声が絞り出される。レインの登場により、PoHとジョニーも本格的に臨戦態勢に移ったようだ。

「もう、エミヤ君速すぎるよ~」

「悪い、急いでたんだ。……状況が状況だったからな」

 現在に至るまでの出来事を掻い摘んで説明したエミヤは、再び彼らの方を威圧を伴った眼光で見据える。素早く今の状態を把握したレインも、同じように前に視線を向けた。

「ほう、やっとお出ましか。だが、数の不利は変わらないぜ?」

 確かに正論だった。PoHたちは3人、対してエミヤたちは2人。数的優位がPoHの方にあることには変わりない。それは、双方が最も理解していたことであった。だが、それが何になる。優劣など関係ない。2人にとっては、サーニャを助けることが出来ればそれでいいのだから。

 レインが剣を鞘から抜刀し、中段に構える。それを見て、ジョニーもソードスキルの予備動作(プレモーション)に入った。

「まあさっきは手こずらされたが、数で勝る此方が──」

 しかし、その言葉が最後まで続くことはなかった。

 何故なら。

 

 

「僕を忘れないで欲しいな!」

 

 

 このダンジョンに居る筈のないプレイヤーが、突如として割り込んできたからだった。

 

 

Take that you fiend(これでもくらえ)!」

 凄烈な音を立てて、ジョニーの剣技がパリィされる。その後に続く連撃が、ダメージエフェクトを次々と発生させていく。颯爽と登場した人物は、髪を掻き上げてフードを浅く被った。

「ヒイラギ!?お前、何でここに」

「いやあ、先輩たちが気になって、付けてきちゃいました」

「お、お前なぁ……」

 謎のプレイヤーことエミヤのリアルでの後輩、ヒイラギは舌をちろっと出していひひ、と笑う。その光景に今度こそPoHたちは唖然としていた。

「どうだい?これで3対3だよ」

「Wow、コイツは予想外だな……」

 余裕の表情のヒイラギと、焦りだすPoH。予測不能な闖入者によって、状況は一気に覆った。

「しかも、俺たちは攻略組だ。お前らの方こそ、トッププレイヤー3人を相手に出来るとでも思っているのか?」

 いつかの言葉をそのまま返されたPoHは、激しく舌打ちをして短剣を腰のホルスターに収める。続いて、ポーチから球状の何かを取り出した。

「……仕方ねぇ、今回は退いてやる。だがな、これで終わりだとは思わねぇことだ」

 PoHが右手に握ったアイテムを地面に叩きつけると、着弾点から猛烈な勢いで煙が放たれる。やがてそれは瞬く間にエリア一面に広がり、エミヤたちの視界を確実に潰した。

「いつかまた殺し合おうぜ、錬鉄の英雄」

「──!」

 そんな囁きが、足音と共にエミヤの耳に届いた。

 煙幕が晴れると、そこに今までに居たレッドプレイヤーたちの姿があることはなかった。

「逃げられてしまったね」

「うん、でも……」

「ああ」

 エミヤの方に顔を向けたレインに応じて、彼が頷く。3人はサーニャがいるエリアの端に向かった。

「立てるか、サーニャ?」

「……あ、足が、動きません」

 そう言ったサーニャに、そっと手を差し伸べるエミヤ。一瞬躊躇った後に彼女はその手を掴み、よろよろと立ち上がった。

「どうして、来たのですか」

「お前を助けるために、だ」

 サーニャの問いに、当然だと言わんばかりにあっさりと応えられる。その瞳が、そんなこと言うまでもないと語りかけているようだった。

「何故……あんな態度を取って、あなたを突き放した(わたくし)に構う義理も意味もないと言うのに……!」

 サーニャが、震える声で食ってかかる。1度は拒絶した人物だ。だが、彼はそれを受け入れることもなく彼女の下に駆けつけ、尚且つ命を賭して殺人鬼たちを相手に大立ち回りをしてみせた。その行動が死に繋がるかもしれないと分かっていただろうに。彼は、何故そうまでして自分を助けたのか。それが、サーニャにとっては疑問でしかなかった。

「──そんなの、考えるまでもない」

 サーニャの両肩に手を置き、エミヤは言葉を発する。

「俺たちはパーティーメンバーだからな。仲間を守るのは当たり前だろ?」

 柔らかな声色で、彼はそう告げる。放っておくという選択肢も当然あった。あれだけキツく言われれば、彼女を見限った者たちの気持ちもエミヤには理解出来ていた。

 ──だとしても、彼は、仲間を捨てる選択をすることはない。

 それが、衛宮士郎であるからだ。

「私は、仲間、なのですか……?」

「ああ」

「でも、私は《冷徹な血に飢えた魔女》ですのよ」

「それがどうした。お前はそんな奴じゃないってこと、俺は知ってるんだからな」

「え──?」

 サーニャのか細い抗議が一蹴される。レッテルなど知ったことか。そんなのは関係ない。そう言うように、エミヤはサーニャの瞳をじっと見つめる。

「話は、レインに少しだけ聞かせて貰った」

「っ……」

「──()()()、ずっと独りで戦ってきたんだな」

「……!」

 彼女の身体が抱き寄せられる。拒絶はされない。

 笑みと共に紡がれる言葉と人肌の温もりが、サーニャを優しく包み込んでいった。

 その辛さを知っている。サーニャがレインを探していたように、彼もまた、美遊を救わんと躍起になっていたのだから。

「けど、お前はもう孤独じゃない。なんでかって?それは──」

 呟かれる、温かな声。

 

 

「俺たちが、いるからだ」

 

 

「────!」

 サーニャの小さな口から息が漏れる。

 それは、終ぞ聞くことのなかった、彼女という存在を肯定する台詞。何度かパーティーを組むことはあったが、最終的に放たれるのは彼女を拒む怒声。始めは何とも思っていなかったサーニャだが、そう言った声を浴びせられる度に、彼女の心は段々と疲弊していった。表では気丈に振る舞っていても、内面では押し寄せる撥ね付けの言葉の濁流に流されていた。

 故に、彼女は独りぼっちだった。ただ1つの信念を掲げるも、それを共有する者はおらず、それでも悲壮な決意を抱いて生き続けた。

「──私がいれば、あなたを傷付けてしまいます。そうさせないために、私から跳ね除けたというのに……」

「そんなの関係あるか。何があっても、俺たちはお前を拒絶しないからな」

 即答。最早彼女の言い分も、エミヤは聞き入れていなかった。

 そう言う彼も、今は独りではない。それが分かったことの何と嬉しいことか。その感情を、エミヤは彼女に知って欲しかった。

「あ、う──」

「他の奴らが拒んでも、俺たちはお前を受け入れる。それが、仲間ってものだから」

 それに対し、サーニャはある記憶を思い起こした。

 幼い頃。引っ込み思案だった彼女に何時も手を差し伸べた少女がいた。明るくて、強くて、優しくて……とても、大好きな人。

 ある出来事の最中で窮地に陥ったときも、真っ先に自分を助けてくれた。

 思い出が、現在と重ねられる。

 その光景が、今の状況と余りにも酷似していて。

「あ……ああ──、うっ、く……!」

 堪えていた涙が、サーニャの目から零れ落ちた。

 親友を探し、その道中に何があろうとも臆することのなかった彼女が、初めて知り合い以外の前で流した涙。

「なんだ、ちゃんと泣けるじゃないか、お前」

 漏れる嗚咽を受け止めて、エミヤは彼女の頭を撫でていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 街に戻って、彼らはある場所へ向かっていた。

「イズヴィニーチェ……あのときは、あのようなことを言ってしまい……」

「別に、俺はもう気にしてないぞ。それに、俺にだって落ち度はあるから……その、悪かったよ」

 互いにいつかの喧嘩の件に対して謝罪を述べる。

「よかったぁ~。サーニャちゃんとエミヤ君が仲直り出来て……。わたし、2人には仲良くなって欲しかったから」

 感慨深そうに、レインはうんうんと頷く。大きくひと息ついているところを見るに、相当緊張していたようだった。

「あなたという人は、よくよく考えてみればレインと同じお人好しなのですね。少し度が過ぎるようですけれど」

「はは、それが俺だからな。こればかりはさすがに変えれない」

 苦笑して、サーニャに応えるエミヤ。そう。彼はそういうものだ。全を捨て1を救っても、根底にある『誰かのためになりたい』という想いだけは、変化することはなかったのだから。

「困った方ですわね、本当に」

 ははは、と笑う3人。そこにはかつての軋轢はなく、ただ円満だけが空間を満たしていた。

 

 

 いつしか、話題は他のことに移っていた。

「──ということは湿原での戦闘では、本気を出していなかったということですのね」

「そうだな。まあアイツらとの戦いは俺の方も余裕なかったから全力だったんだ」

「それでも、3人を1人で相手取るのは素晴らしいことです」

 それは、サーニャが出来る最上級の褒め言葉だった。エミヤの本気を垣間見た彼女は、その実力に心底驚くと共に、畏怖に近い感情を抱いていた。

 洗練された動き。卓越した戦術理論。それらを振るう、鍛えられた技術。その全てに、サーニャは見入っていた。そして理解していた。あれは、簡単には会得出来ないものだと。

「……ああ、ありがとう」

 照れくさそうに、エミヤはそう応える。

 

 

「……ところで、話は変わるけど」

 不意に、彼は口を開いた。

「どうかしたの?」

 レインが尋ねる。サーニャも、エミヤの神妙な顔つきを見て同じ疑問を持った。

「……その剣のことなんだけどな」

「……!」

「エミヤ君……」

 話を切り出すと、彼女らの態度が一気に変わった。しかし、前までのピリピリした雰囲気はない。

「……ええ、分かっていますわ」

「でも、手放したくはないんだろう?」

 こくり、とサーニャは首を縦に振る。今の最前線では、サーニャの魔剣《フィンスタニス》のスペックは物足りないものだった。効果は強力でも、物理性能が悪ければ活躍は期待出来ないのは明白である。

 だが、それを分かって、エミヤはこの話を持ってきたのだ。

「その剣を手放さず、強い武器に切り替える方法がある、と言ったら?」

「──!そんな方法が、ありますの!?」

「うん。1つだけ、あるの。サーニャちゃんの剣をインゴットに戻して、それを鍛え直すの。そうすれば、その剣の魂は引き継がれる……だよね、エミヤ君」

「そうだ。そうやって、使えなくなった武器を材料に新しいヤツを作る、を繰り返せば、そいつの魂が途切れることはない」

 レインが説明し、エミヤがそれを受けて発展からの解釈をする。これは広く知られたやり方だ。彼らの知り合いの中では、第3層でアスナが既にその方法を実践している。

 武器を作成するには、《基材》と《添加材》に加えて《心材》……つまり、インゴットが必要になる。強化と違って面倒だが、それは仕方のないことだ。

「……で、どうするんだ?」

 沈黙が訪れる。サーニャは顔を俯いて悩んでいるようだ。無理もない。継がれると言っても、フィンスタニス自体がなくなることに変わりはないのだから。エミヤもレインも、それは分かっていたし、サーニャもそれで思い詰めていた。

 やがて、長い葛藤の末、彼女は答えを切り出した。

「……ええ、お願いします。この剣を、新しい姿に生まれ変わらせてください」

 その言葉に一瞬だけ呆気に取られるエミヤだが、

「ああ、任せろ」

 大きく首肯し、サーニャの依頼を快諾した。

 

 

 

 エミヤとレインが泊まる宿屋は少々特殊で、なんと公共スペースの一角に鍛治工房が存在しているのである。それも、かなり本格的且つしっかりとした設備を整えて、だ。

 工房に入ると、噎せ返るような熱気が押し寄せてくる。

「ウージャス!なんて暑さですの!?」

「言っとくけど、これが普通だからな」

「慣れない内はかなりキツいからね……」

 入って数秒で暑さに参るサーニャに対し、2人は苦にもせずに悠々と歩いていく。まるで我が家にいるように振る舞うエミヤは、炉の前に立つとウインドウを操作し出した。

 装備欄を開いた彼は、急に上半身の防具を全て装備解除した。

 しゃらん、という音と共に、先程まで着ていたものが光の粒となり、ストレージに格納される。

「なっ──!?いきなり何をしているんですか、あなたは!?」

「ん?……ああ、悪い!鍛治用の服に変えるから、後ろ向いててくれ」

 慌てて促す彼に「全く……」と声を漏らし、サーニャはくるりと背を向けた。上半身裸になったエミヤは、先ず腕装備を選択して装備フィギュアの空白部分に設定。そしてオブジェクト化。更に下半身の装いも新たにした。

「……もういいぞ」

「……なんですか、その格好は」

 サーニャがジト目でエミヤを見つめる。彼の姿は、左腕に紋様のついた射篭手に、先程のズボンとは形は似ているが見た目の異なる袴を着用していた。

「仕方ないだろ、暑いんだから」

 実際、ここの温度は40度を軽く越える。夏特有の高い気温も相まって、何時も以上に居心地の悪い空間になっていた。が、エミヤ本人はこの熱気が嫌いではなかった。寧ろ、好んでいるくらいだ。

 操作を完了したエミヤは、無造作に手を伸ばす。それが意味することを分かっていたサーニャは、腰から剣を抜いて彼の手にそれを置いた。にやりと笑ったエミヤは、壁に備え付けられたレバーを引く。すると、ふいごが炉に空気を送り、徐々に中がオレンジに染まってゆく。

 火花を散らすその内部に、静かに剣が置かれる。燃え盛る炎は刀身を赤熱させ、眩い光が辺りを照らす。エミヤの後ろにいるサーニャが、祈るようにレインの手をぎゅっと握り締める。

 やがて、剣は激しい閃光を放ち、一気に長さ20センチ程の直方体へと変貌した。

 取り出したそれをタップし、浮かんだメニューから《鑑定》を選択。表示されたアイテム名は、《ブラッディ・インゴット》なるものだった。

「はい、エミヤ君」

 そう言ってレインが差し出したのは、作成に使う《基材》と《添加材》だ。どれも今手に入る中での最高級品のそれらを惜しみなく使用する。

 この素材は共有タブに入っていた、所謂共用のもの。エミヤもレインも鍛治系スキルを持っているため、材料はこのタブにしまってある。因みに、エミヤの方がスキルの値で上回っているので、今回は彼がサーニャの剣を作ることになった。

 

 

 2つの素材を炉に放り、続けてインゴットも投下。パチパチ、と焼ける音が反響して、それに比例するように心材も赤く焼けていく。

 目を逸らさずに炉の一点を見据えていたエミヤは、十分にインゴットが熱せられると、やっとこを用いて高熱の直方体を中から取り出す。

 ウインドウを弄り、作成する武器から《片手直剣》を選んで窓を閉じる。

 最後にちらりとサーニャの方を向いたエミヤに、彼女は小さく頷いてこれに応えた。

 

 

 目を閉じ、深く深呼吸する。

 

 

 イメージが剣に染まる。研ぎ澄ませた精神が、エミヤ自身の《属性》に浸かってゆく。少しして目を見開き、彼は取り出した愛用の鍛治ハンマーを振り上げて、魂を込めて打ち下ろした。

 鍛治をするに当たって、そこまで大掛かりなことをやる必要はない。リファレンスヘルプの鍛治スキルの項目にも、【作成する武器の種類と、金属のランクに応じた回数インゴットを叩くことによって】としか書かれていないのだから。つまりはそこにプレイヤーの技量云々があるわけではなかった。要は規定回数叩けばそれでいいことになるが、ただ打つことをする彼ではない。

 叩くリズムと気合が結果を左右すると、彼はそう思っていた。

 カン、カン、と心地よい槌の音が響く。無心のまま、エミヤはインゴットを打ち続ける。地金を叩く彼と、後ろで見守るレインとサーニャの想いが、打つ度にインゴットへと流れ込んでゆくのをエミヤは感じていた。心の篭った武器には、それ相応の力が宿る。彼は、そんな噂を信じる者の1人であった。

 

 

 打ち始めてから数分が経った。100回程の槌音と共に、金属が大きな光を放った。

 輝く塊は姿を変え、前後に薄く伸びていく。次いで鍔と思しき突起が生え、片刃の刀身が顕になる。オブジェクトのジェネレートが完了し、剣がついにその姿を表した。

 陽光を受けて鈍く光る刀身は仄かに明るい赤に染まり、華美な装飾が施された根元と鍔部分がいいアクセントになっている。そっと金床から持ち上げると、剣をタップして鑑定する。

「名前は《ウーズィシーラ》だ。多分、情報屋の名鑑にも乗ってない、文字通りの世界で一本だけの剣だろうな。……サーニャ」

「……ええ」

 渡された剣を、サーニャが受け取る。日露ハーフのレインと、生粋のロシア人である彼女たちには、その武器の意味が容易に理解出来た。それは──

「「絆の力……」」

 ウーズィが絆、シーラが力を意味するロシア語の単語だ。離れようとも途切れることのない、3人の想いが詰まった絆の結晶。それを鞘に収め、サーニャは愛おしそうに剣を抱いた。

「──スパシーバ。2人とも、本当にありがとうございます」

 満面の笑みと共に述べられた感謝の言葉に、エミヤとレインは同時に笑顔を浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨生龍之介は近年、ホラーゲームに手を染めた。彼が軽蔑するスプラッター映画との違いを確かめるためがきっかけの殆どだが、心のどこかではゲームに対する僅かな期待もあった。それは、同じ"娯楽"であっても、"観る"ことと"動かす"ことの差というものがあったからだ。ゲームはプレイヤーが自分の分身を操って画面に映された物事をプレイ出来る。それがアクションであろうとRPGであろうとも変わりはない。ドラマや映画とは違って自らが当事者になることが出来るから、彼はゲームに興味が湧いた。

 龍之介は先ずホラーゲームに手を付けた。殺し、殺されることへの緊迫感が、現実とはどのくらい異なるのか、そこに現実では味わえないゲーム特有の"何か"があるのかを知りたかったためだし、後は1番注目していたジャンルだったから、というのもある。有名なタイトルからマイナーなものまで一通り網羅した彼だが、それでもゲームはその心を満足させることが出来なかった。異形のモノに追われ、殺られるというかつてないシチュエーションは確かに龍之介を一時は興奮させた。しかしそれが何度も何度も続けば、さすがに彼の精神は冷めていった。彼は"死"の真贋に聡いこともあってか、やはり虚構の死では心が満たされることはなかった。本当の"死"を求める彼にとっては、ディスプレイに映った虚構は単なる遊びに留まるもの。そこに本質などありはしなかったのだ。

 そもそも殺人鬼である龍之介はゾンビや霊といった、人の感性を持たざる狂ったモノたちを殺してもその実感を得ることはないだろう。人間を殺すことに意義を見出す彼の目にはゲームの内容などただの作業にしか見えていない。やがて龍之介はホラーゲームから足を洗った。そしてまた、リアルな殺人を繰り返す日常に戻っていった。

 だが、雨生龍之介という人間は繰り返す行為に"モチベーションの低下"を見い出していた。まあいくらなんでも、数えることをやめるくらいに人を殺せばそうなることは必然であった。

 知りうる限りの"殺り方"を実践した彼は、初めての頃の感動と興奮を味わえないでいた。

 そんなときだ。大手企業のアーガスから《ソードアート・オンライン》なるタイトルが発表されたのは。

 

 

『これは、現実であっても遊びではない』

 

 

 そんな文面に無性に惹かれた彼は、殺し次いでに盗んだ金でナーヴギアを始めとした各種設備を整えた。

 態々長蛇の列に並んでまで買ったそれは、忘れていた"期待"の感情を再び起こしていた。

 VRという、プレイヤー自身が動くジャンルは、龍之介に謎の安心感をもたらした。このゲームでは、"何か"が起こる。そう直感していた彼は、取り敢えず夕方までダイブし続けた。

 

 

 が、突如として龍之介こと"リュウ"は最初に降り立った《はじまりの街》の広場に転移させられた。そして、約1万人のプレイヤーに告げられる、ログアウト不能の事実とこの世界でのHPの全損が現実での"死"に繋がるということ。

 広場を揺るがした怨嗟、慟哭、絶叫は、リュウの心に深く刻まれた出来事となった。

 そんな彼は、恐怖に怯えるでもなく、狂ったような笑いを撒き散らしていた。実現不可能であったゲームの中での殺し。それが今ここで可能になったことに対しての心の昂り。

 

 

 ──ああ、なんてCOOLなゲームなんだ。

 

 

 雨生龍之介は、その喜びに完全に溺れていた。

 

 

 

 

 そして現在。彼は今まさに、1人の少年を殺そうとしているところだった。

 場所は第1層、街の近くにある洞窟だ。街中は圏内コードが働いているため、一切のダメージを与えることは出来ない。それでも彼は、屋外で殺すことになんの嫌悪感も持っていなかった。

 ここでの殺人は、リュウに確実な恍惚を与えた。苦痛による叫声こそないが、死への恐怖と、自分は本当に死ぬのか、という背叛した感情が混じった叫びは、いつもとはまた違ったベクトルの興奮を掻き立てた。

 死の絶望と、もしかしたら、という希望が織り成す未知のハーモニー。それを初めて浴びたときの彼の表情は、かつてない程に狂喜に満ちたものだった。

 ソードスキルの概念と血の代わりに傷から漏れ出る鮮赤のエフェクトも、リュウの厨二心を大いに(くすぐ)った。

 

 

 緊縛した少年が猿轡で閉じられた口から声にならない叫びを上げる。

 そろそろ一思いに殺してやろうかと思い、大袈裟な動きからソードスキルの動作に入った──そのときだった。

 

 

 ザッ、ザッ、と、耳に届く複数の足跡。この洞窟はモンスターが出ない。よってこれは、十中八九プレイヤーのものとなる。

 バレてしまったか。派手にやり過ぎたかもしれない、と反省しながら、リュウは通路の一点を凝視した。

 ……それは、今までにない気配を孕んでいた。その来訪者たちが、自分と"同族"であることを、彼はすぐに看破した。

「お前か。ここいらで殺人を繰り返してるってヤツは」

 リーダー格と思しき者の声は、リュウの心に謎のざわめきを生じさせた。

「えと、雨生……じゃなかった、リュウっす。職業フリーター。趣味は人殺し全般。子供とか若い女とか好きです。最近は基本に戻って剃刀とかに凝ってます」

 妙に畏まった自己紹介に対して、黒ポンチョの男はヒュウ、と見事な口笛を吹いた。

「そうか。なら話は早い。お前さん、ギルドに興味はねぇか?」

「ギルド……?」

 何のことやらすぐには解らず、リュウは首を傾げた。そう言えばそんなシステムもあった気がしなくはないが、それが無縁のものであったために眼中にもなかった事柄だった。

「うーん、ギルド、ねぇ。……そんなことよりも、折角来たんデスし、アレ、殺らない?」

 まるでお茶請けを出すように差し出した少年を、男──PoHはじっと見つめた。

 透き通るような目と、揺れる瞳孔が交わる。PoHは男の子にゆっくりと近づき、それを視認した少年は身を捩りながら必死の様相で地面を這って逃げようとしている。

 リュウにはそんな少年を見る男の目が、どこか慈悲を含んでいるように見えていた。更に、フードから覗く口は清々しいまでに爽やかな笑みを浮かべているではないか。予測不可能な黒ポンチョの男の行動に、リュウはただただ困惑することしか出来なかった。

「怖がらなくていいんだぜ、坊主」

 PoHは、醸し出すオーラとは真逆の、優しさに満ちた声で男の子に語りかけた。その影響か、少年は抵抗を止め、助けを乞うような目線を向けた。

 それに応じて、男は少年を縛っていた太いロープと猿轡を慣れた手つきで外した。

「立てるかい?」

 呆気に取られている男の子の手を取って助け起こしたPoHは、その頭に掌を置いて優しく撫で回した。

 その行動に、リュウも驚いていた。同類だと思っていたが、まさか勘違いだったか?

「そこの通路を通って、右に曲がれば外に出れる。──1人で、行けるな?」

「──うん」

 リュウと彼らが来た道を指さして、PoHが男の子の背中を押す。少年は言われた通りに暗い道を行き、突き当たりに出たところで左右に伸びる通路の右方に進もうとする。そうすれば、出口までは後少しだ。

「なあ、ちょっと──」

 見かねたリュウは、男を制止しようとするが、それは横に突き出された左手に阻まれた。

 そんな男はというと、空いた右手で指を鳴らしていた。

 それと同時に、ガササ、と何かが動く気配がした。

 右を向いた少年の目に、僅かな光源が映る。それを出口だと認識した男の子は、嬉々とした表情で走りだそうとした。

 それが、希望から絶望への転換とも知らずに。

 

 

 

 リュウは見た。PoHが素早い動作で少年目掛けて腕を伸ばすのを。そして、その手が首元を掴んだ瞬間に体を翻して少年を放り投げていた。

 後方の闇に染まった空間から、仮想の肉体を断つ音と、甲高い悲鳴が響き渡る。

 そこで何が起こっているかが解らないために、リュウの想像力が一気に刺激された。

 男の方を見ると、彼は先程の慈愛の表情とは打って変わって乾いた笑顔を貼り付けていた。

 何度かの生々しい音の後に、カシャアァァァン!という一際大きな、異質な効果音が鳴り響く。この世界でもう何回も聞いた、プレイヤーが死亡する音。

 直後、PoHが侍らせていた2人のプレイヤーがリーダーの下に戻ってくる。

「これが本当の"殺し"だ。恐怖ばかりじゃあ感情は死ぬ。真の恐怖とは、希望から絶望への切り替わりの瞬間を指すのさ。どうだ、お気に召したか?」

 言葉が出ない。そんなものなど知らなかった。リュウでは思いつかない、芸術とも呼べる鮮やかな邪悪さ。

 心が歓喜で満ちる。この男には、最大限の賛美を以て褒め称える他はない。

「COOL!超COOLだよ、アンタ!」

 悦びと興奮に身を震わせながら、リュウはPoHの手を取ってぶんぶんと上下に振り回した。今のリュウは、心の底からPoHという存在に心酔していた。

「オーケイだ!ギルドだか何だか知らないが、オレはアンタについて行く!何なりと手伝うぜ。さぁ、もっと殺そう。プレイヤーはまだまだ沢山居るんだ。もっともっとCOOLな殺しっぷりでオレを魅せてくれ!」

「ああ、約束してやる。俺はお前を飽きさせないとな」

 PoHの方も、激しい握手に応じて手を強く握り返した。

 後に《ラフィン・コフィン》と呼ばれる殺人ギルド結成への道のりが、また1つ近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




龍之介参戦!
他にもfate側のキャラは出てきます。冒頭のキャラについては……まあ、秘密です。
さて、次はどんな話を書こうか……。


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第14話 幕間、或いは合いの手

1ヶ月も投稿サボりやがって(自戒)
現在コロナが流行っているので、むやみに外に出ずに家でハーメルンの小説、見よう!(提案)
なんならこの作品を見てもええんやで。
そして感想、評価もぶち込んでくれると幸いです。


そういえば、読み上げ機能なるものが追加されたみたいですね。
普通に驚きました。


 

 魔術師は科学を忌避する。そうなった時期は定かではないが、魔術で出来ることを態々科学で代用する真似を彼らはしない。

 しかし、中には現実の最新技術を取り入れ、これを有効活用する魔術師も存在する。"魔術師殺し"はその1人であるし、彼の冠位人形師もまた、そういった者たちの中に属する。

「……ふむ」

 優雅に紅茶を啜るキリシュタリア・ヴォーダイムも、ある程度の科学技術を良しとする者である。

 あまり見ることのない新聞を読み、その中に興味を引く内容を見つけた彼は、より細かくその記事を見ることにした。

 

 

『日本のVRMMO、ソードアート・オンラインにて1万人のプレイヤーがログアウト不可に』

 

 

 ゲームとは全く無縁のヴォーダイムだが、それが何を意味しているかは理解出来た。

 仮想といえども、1つの世界を確立させた茅場なる人物を彼は個人的に知っていた。時計塔所属の魔術師に、同名の者がいたからだ。魔術師は、普通は自分の研究を明かさない。茅場もその例に漏れないのか、彼が何をしていたかは全く知らない。少なくとも、《考古学科(アステア)》所属で、他の学部にも出入りしていたことが分かっているくらいだ。

 

 

 ソードアート・オンラインといえば、知り合いが嬉々とした声色でこちらに連絡してきたことをヴォーダイムは思い出していた。

 その知り合いが捲し立てていたゲームこそがSAOであったのだ。

 彼は数少ない友人の安否を調べていた。少なくとも無事であることは確認出来ていたが、それでも心配であることは変わりなかった。

 普遍的な魔術師にはない感情だが、ヴォーダイムにとっては大切で尊いモノなのだった。

「……柊。我が友よ。君は今、一体どうしているのだろうね」

 誰にも届かぬ小さな音。遥か極東の地に向けて呟かれた声は、確かな重みを含んでいた。

 

 

 

 

 

 

 10月下旬。現在、アインクラッドの攻略は42層に達したばかりだ。先に主街区の転移門をアクティベートしに行った血盟騎士団に続く形で俺たちも新たな層を進んでいた。

 見た感じは、崩落した石造りの建物やオブジェが散乱したフィールドだ。これと似たようなテーマの層は幾つかあったが、ここは何処とも異なる、ある種の退廃的な雰囲気を醸し出していた。

「何だか、初めて見る感じのフィールドだね」

「そうだな。なんて言うか、世紀末っぽい見た目だよな」

「あはは。……でも、言い得て妙かもね」

 火山灰らしきものが僅かに積もった荒野を歩きながら、俺とレインは他愛もない会話を交わしていた。

 この層のテーマは、簡単に言えば《荒廃した遺跡群》と言ったところか。バイオームで表すならばステップ気候に近いし、散りばめられた灰と残骸がいかにもな風景を演出していた。かといって極度に荒れているわけでもなく、人によっては廃れているかそうでないかがハッキリと分かれるような、曖昧な様相であった。つまり、どう捉えればいいのか解らない、というのが俺の見解だった。こういうどっちつかずなものも、茅場が設計したデータなのだろうか。プレイヤーたちにこういった意味不明なわだかまりを抱かせるのも、ヤツの思惑の1つなのではないか。そう考えると、何だか弄ばれている感覚に陥って胸がざわざわする。

「どうかした?」

 上目遣いの彼女がこちらを見上げている。視界がそれ1色で染められて、無駄に思考を巡らせていたアタマが一気に覚醒する。

「ああいや、別に何事もなかった」

 我ながらバカっぽい発言をしたなと思いながらも、顔は無意識にそっぽを向いていた。ただでさえ特上の部類に入るレインの顔をあんな至近距離で見せられたらそりゃ顔を背けたくもなる。

「……ふぅん、ヘンなエミヤ君」

 そんな俺の心情を知る由もないレインは煮え切らないような表情を浮かべて前を向いた。

 話しているうちにかなりの距離を歩いたのか、目的の主街区は既に目の前に迫っていた。

 

 

 石造りの門が俺たちを出迎える。聳え立つソレは、なかなかどうして立派なものだった。街の中も石の建造物が目立ち、無機質な印象を与えている。華美に走らず質実剛健で、ファンタジーで言うところの所謂《城塞》を思わせる街であった。名前も《シタデル》と、全面的にそれを意識していた。

 直ぐそこにある広場は《街開き》ということもあってか、大勢のプレイヤーでごった返していた。1つ下の41層でスタンバっていた者、物見遊山に来た者など、それぞれの目的は異なれど、彼らは新たな層の開拓という瞬間を待ちわびていたことには変わりなかった。

「やっぱり、いつ見ても街開きは賑やかですなぁ」

「そりゃそうだろな。着実に攻略が進んでる証でもあるんだから」

「もう、エミヤ君ってばそんな風な言い方ばっかり」

 突然、レインがそう言って頬を膨らませた。

「いや、でも実際そうだろう」

「そうだけど……もっとこう、ロマンチックな言い回しとかないの?」

 ロマンチック、と来たか。生憎と、俺にその言葉は似合わないし、やたらキラキラした言い方なんて出来るはずもなかった。

「……例えば?」

「ええ!?……例えば……ええっと~……」

 頭を抱えて思索し始めるレイン。うーんうーん、と唸っていたが、何も思いつかなかったのか、程なくして考えることをやめたようだ。

「……分かんない」

「結局分からないのか……」

 変に肩透かしを食らった気分になって、急に脱力感が全身を支配した。

「──でも、どう言おうが、皆が喜んでいるのは変わりないんじゃないのか?」

 そう、言い方など始めからどうでもいいのだ。俺たち攻略組がアインクラッドを攻略し、新たな層が解放されて、ゲームクリアに1歩近づくことにプレイヤーたちが歓喜することは変わらないのだから。

「……うん。そうだね、そうかもしれないね」

「……」

 妙に感傷的な雰囲気になって、そのまま俺たちは黙り込んでしまう。いつもなら与太話の1つや2つくらい交わすのだが、今はどうもそんな気にはならなかった。

「……とりあえず、近くの宿でも取っとくか……?」

 この状況をどうにかしようと、無理矢理話題を変えようと試みたものの、言った後でおかしな発言をしてしまったかもしれないと実感した。

 が、そんな俺の考えとは裏腹に、彼女はくすくすと笑ってその提案を受け入れた。

 それで、少々陰鬱気味だった空気は途端に消えてくれた。

 さっきの陰気は何処へやら。俺たちは足取りも軽やかに、マップに示された宿へと歩いていった。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ふと、半ば無意識に瞼が開かれた。

 ──そこは、1周まわって清々しく思える程の"黒"に染まった空間だった。

 周囲には何もない。

 ただ、1面の闇が、この場所を覆い尽くしていた。

 なんでか、ここに立っているだけで胸が張り裂けそうな感覚に陥ってしまう。

 それがもどかしくて、どうにか自分を誤魔化して1歩進もうとした、そのとき。

 足首から下の感覚がないことに、気が付いた。

「っっっっ!?」

 慌てて下を向く。

 そこには、ナニカに浸かった自分の足があった。

 深い漆黒に染まったソレは際限なく広がって、更に俺を呑もうとしていた。

 どろどろぐちゃぐちゃとした感触が気持ち悪い。

 何かしようにも、足はカカシになったかのように全く動かない。

 動かせるのは上半身だけ。だが、それだけで現状を打破することは到底敵わなかった。

 

 

「──どうした、ものか」

 呟いて、思索を巡らせる。

 巡らせ、巡らせて、巡らせようと、した。

 した、のだ。──それを。

 

 

 

 

 

 激しい頭痛が、文字通りに横槍を入れた。

 

 

 

 

「っ、ああ──!?」

 

 

 

 ざくん、と長槍で抉るように打ち込まれた鋭痛は俺の思考回路を一瞬で粉々にした。

 

 

 

 

──痛い。

 

 

 

 

 蝕む痛みが、片隅に仕舞っていた記憶を強制的に想起させる。

 

 

 

 

──苦しい。

 

 

 

 

 押し寄せる記憶は濁流の如く。

 過去の出来事を否応なしに直視させられる。

 

 

 

 

──辛い。

 

 

 

 

 

 始めに幼少期。

 何の変哲もない、普遍的当たり障りない日常が突然粉微塵に崩壊して炎に包まれた街と共にここで衛宮士郎という存在は1度死んでそして衛宮切嗣に命を救われそこからは彼の助手として世界各地を巡り巡ってここで一旦ばっさりと区切られていく。

 

 

 

──今になって何故。

 

 

 

 月日は流れて、訪れた街の名は冬木市といってそこで漆黒の闇が街を包んで全てが平等に崩れ去って何もかもが壊れると思われたが、何処からか発せられた神々しい光が闇を消し去って急いで光の発生源へと向かって──

 

 

 

──こんなものを見せられて。

 

 

 

 

 そして、俺は邂逅した。

 最後の神稚児、朔月美遊に。

 

 

 

 

 

──そんなの解っている。

 

 

 

 

 

 

 ──時が経ち、切嗣が死んで彼の理想を受け継いで数年が経過した。

 特筆すべき出来事はなく、ただ普通の生活を友人のジュリアンと後輩の桜と……そして美遊と過ごしていた。

 少なくとも、それは俺にとっては幸せなものだった。

 口の悪い親友。

 慕ってくれる後輩。

 守るべき妹。

 それらの存在が、俺の心を繋ぎ止めていた。

 

 

 

 

 

──ああ、本当に。

 

 

 

 

 

 そんな日々がずっと続いていれば良かったのに。

 

 

 

 

 

 平穏は何の前触れもなく終わりを迎えた。

 朔月家に現れるジュリアンと金髪の少女そして他の誰か。

 そのときに受けた無数の剣の感触は未だに忘れることはなく同時に味わった喪失感もまた同じく。

 全てががらんどうになったまま俺は悲壮な決意を抱き、しかし美遊を救う手立ては皆無に等しくそのまま1ヶ月が過ぎて。

 

 

 

 

 

──忘れられる、はずがない。

 

 

 

 

 

 

 また、失った。

 桜。日常の象徴。俺がただの衛宮士郎でいられた場所。

 余りに唐突で、余りに無惨だった。

 このとき漸く果てを知った。

 (奇跡)はなく、(希望)もなく、(理想)は闇に消えた。

 だと言うのに俺自身がまだ残っていて遥か彼方に向かってがむしゃらに

 呼びかけて。

 そうして俺は──

 

 

 

 

 

ここに、誓いを立てたんだ。

 

 

 

 

 

 1秒一瞬が無限に思える中で間隙なく戦いを繰り広げた。

 下した暗殺者(アサシン)の後に魔術師(キャスター)騎兵(ライダー)狂戦士(バーサーカー)槍兵(ランサー)そして剣士(セイバー)

 その全てと戦い、全てを討ち倒した。

 

 

 

 最後の敵は、正しく最強の英霊だった。

 英雄王ギルガメッシュ。無限の財を持つ王の中の王。

 敵うわけがなかったが、俺にとってはそれで良かった。

 時間さえ稼げれば勝ち負けなどどうでも良かったのだ。

 そうして俺たちは、

 

 

 

 

 

──世界を、越えたんだ。

 

 

 

 

 

 

 頭痛が漸く治まってきた。引き出された記憶は余り思い出しくないものだった。

 悪趣味にも程がある。こんなもの、夢ならさっさと覚めて欲しい。

 

 

 そう思った矢先に、足を何かが握るような感覚に囚われた。

 

 

「な────」

 それを見た。

 原型を留めていない顔が、僅かに残った眼光が、俺の視界に飛び込んで来る。

 

 

 

『死ニタクナイ……死ニタクナイ……』

 

 

 桜の兄。

 そいつが、俺の足を掴んでいる。

 

 

「っ、はな──」

 離せ。そう言おうとしたが。

 

 

 ガッ、と。今度は逆の足に触覚が反応する。

 

 

 

『アア……私ハ誰……?イイエ私ハ……私ハメディア……魔女メディア……』

 今度はキャスター。

 正確にはアトラム・ガリアスタ。

 怨嗟の声をあげて、瞳のない目線で俺を見据えている。

 冷や汗が頬を伝うのを感じる。

 言いようのない感情が全身を支配する。

 

 

 

 

 

 右手首が握られる。

 居たのは、ライダーのカードを操る間桐雁夜。

『桜チャン……俺ハ……』

 慟哭にも似た、悲痛な声が耳に届く。

 ……やめろ。そんな声を、俺に聞かせるな。

 

 

 

 

 次に、腰に手が回される。

 加えて、抵抗出来ないまま、間髪入れずに左腕を掴まれる。

 

 

 

『ソラウ……ソラウ……』

『ジュリ、アン……』

 

 

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。

 ザカリー・エインズワース。

 どちらも、俺がこの手で葬った者たち。

 

 

 

 

「、っ」

 そこで、俺が泥の中に引き摺られていることを今更認識した。

 気づいたときには下半身の感覚が消え失せていて、見ると腰から下が泥沼に浸かっている。

 それは、正に地獄と言ってもいい。

 今までに殺した者たちが恨み節をあげながら俺に同じ苦しみを味わせようとしているのだから。

 左腕を振りほどき、天に向かって手を伸ばす。

 だがそれは、虚しく空を切るだけで。

 体は徐々に、泥の中に消えていく。

 

 

 

「……やめろ」

 無性に、有り得ない程の恐怖に駆られる。

 悪寒が髄を這い回り、汗が残った上半身を伝う。

 この体が完全に呑まれたらどうなるのか。

 そう思うと、とてもじゃないが正気でいられることは出来なかった。

 

 

 

「……やめろ」

 掠れる声をあげるも、尚も侵食は止まらない。

 一体どうなる。何が起こる。

 解らない。俺はこれから何をされてどうなってしまうんだ。

 届かない。伸ばした手も、なけなしの声も。

 

 

 

 

 

 

「……やめろ────!!!」

 

 

 

 

 

 そこで漸く、俺の意識はブツンと途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「っ、あ──は、あ──」

 ガバッ、と勢いよく起き上がる。

 額に手を当て、あの出来事を思い起こす。

 ……どうやら、夢だったようだ。

 ただの夢だと言うのに、なんとも惨いものを見せられた。

 恐怖心が未だに抜けない。

 今も肩で息をしているし、寝巻きは冷や汗で濡れている。

 

 

 

「……エミヤ君?」

 突然、そんな甘い音がおぼつかない聴覚を刺激した。

 その声にハッとなって、顔を上げ周りを見渡す。

 俺以外に誰もいないはずの部屋に、誰かが入っていた。

 次第にぼやけていた瞳の焦点が定まり、目の前の像がはっきりと映しだされる。

 ああ。よく見知った顔だ。キリトと並ぶ、俺の1番の相棒。燃えるような赤髪はサービス開始初日に見た茶髪に戻っているが、声の主が誰かは

 すぐに分かった。

「──あ……レ、イン……?」

 開ききった瞳孔が彼女を見据える。

 憂いに満ちた眼差しが、揺れる俺の視線と交じり合う。やがて俺の状態を認識したのか、レインが駆け足でこちらに寄ってきた。

「大丈夫!?何かあったの?」

 彼女の眼に俺の顔が映る。我ながら無惨な表情だ。今の感情を全面に押し出したかのような姿が、なんとも醜く感じる。

 しかし。そんなことは、あの悪夢で味わった恐怖に呆気なく潰された。

 思い返すだけで体中が寒気と虚脱感に囚われていく。

「汗もすごいし、一体──」

「っ……!」

 瞬間。俺は無意識にレインの体を抱いていた。

「──きゃあっ!?ちょ、ちょっと──」

 体が震える。悪寒が抜けない。恐怖が止まらない。人肌の温もりを少しでも感じたくて、衝動も何もないままに彼女の腰に両腕を回した。

 上から驚愕と困惑を孕んだ声が響くが、今はそれを聞く余裕すらない。

 ただ、自らの魂を犯す恐怖心を沈めるために、この手だけは離したくなかった。

「……夢……。酷い、夢を見たんだ……」

 熱いモノが頬を流れる。悪夢から覚めたことへの安堵か、はたまた怖気付いて感情に押し潰されたためか。

 ──両方だった。

 現でなくて本当によかった。

 それと、単純に、怖かったのだ。自分が彼らに与えた痛みと苦しみと死への情動が、こんなにも惨く恐ろしいものだったなんて。そんなの、知る由もなかった。だが今になって、嫌という程身を以て思い知らされた。

 ちょっとやそっとじゃ怖がることなどないと自負していたものの、その心は驚く間もなく簡単に崩れ去っていた。

「……そう。なら、無理しないでお姉さんの胸でお泣き?しばらく貸してあげるから……」

「、っ……」

 柔らかな声が降りかかる。

 添えられた手で頭を撫でられたが、悪感情など湧くはずもなく、今はこれをただただ甘受するだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




人間、誰だって恐怖することはあるんです。士郎も例に漏れないと自分は思っています。だって人間だもの。




次回、「集いし英雄」




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