仮面ライダーアズール (正気山脈)
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File.01[仮面ライダー]
EP.01[蒼い衝撃]


「時代が望む時、仮面ライダーは必ず蘇る」
 ――石ノ森 章太郎


 落ち着け。必ずチャンスはあるはずだ。

 壁に背を預け、息を潜めながら、少年は思う。

 その手には剣と盾が握られており、全身は金属製の西洋鎧や兜で覆われている。闇の中で、燭台に揺らめく灯りに照らされつつ、じっと目を凝らす。

 すると、見つめる先に動く影を発見した。それは人の形をしていない、少年の身長以上もある蜘蛛の怪物であった。

 

「こんな時に……」

 

 溜め息と共にそんな言葉を吐き出し、右手の剣をクロスボウに持ち替えると、素早く廊下へ躍り出た。

 大蜘蛛は少年の姿を捉えるなり、八つの脚を動かして襲いかかろうとするが、その瞬間には既に頭に矢を撃ち込まれていた。

 余りの激痛に大蜘蛛も怯む。その一瞬の隙を少年は見逃さなかった。

 

「そぉりゃぁぁぁ!」

 

 クロスボウをその場に落とし、抜剣。暗い迷宮に白刃が閃き、蜘蛛の脚が四本、地面でのたうつ。さらに間髪入れず、もがく蜘蛛の頭を剣で刺し貫いた。

 その一撃により、蜘蛛は絶命。傷口から黒い煙を噴き出しながら、消滅した。

 

「モンスターも多いな……」

 

 再び壁沿いに歩み始める。兜の奥で、彼は僅かに安堵していた。というのも、この少年の標的は蜘蛛などではないからだ。

 『それ』はいつどこから現れるか分からない。常に警戒し、発見しても慎重に攻め時を見極め、一瞬で勝負を決しなければならない。そうでなくては――。

 少年がそこまで思考した、直後の事だった。

 

「うわっ!?」

 

 闇の中から、燭台の光を反射しながら細長い何かが飛来する。その物体には少年も見覚えがあった。クロスボウの矢だ。

 咄嗟に身を反らしたため、矢が身体を貫く事はなかった。しかし、目標が近い位置にいる事、そして向こうは既に位置を把握している事が、彼にプレッシャーを与えた。

 どうして――少年の疑問はすぐに氷解する。

 蜘蛛だ。あの大蜘蛛の後から、少年にも蜘蛛にも気付かれないように尾行していたのだ。そして蜘蛛が倒される瞬間を、虎視眈々と狙っていたのだ。

 

「くっ!」

 

 迂闊だった、と少年は思う。応戦せずに逃げてやり過ごせばこうはならなかっただろうと。

 しかしまだ戦いは終わっていない。落としたクロスボウを回収し、その場から反転して通路を走る。つまりは退却だ。

 幸いにもあちらはまだ遠い距離にいる。クロスボウが当たっていないと分かった以上向こうも手をこまねく事はないだろうが、すぐには追い付けないはずだ。

 少年はそう考え、武器を錆びた片手斧に持ち替えて、頭上の燭台を一つずつ破壊しながら逃げる。こうする事で僅かに迷宮を照らしていただけの光源が失われるため、クロスボウがより扱いづらくなる、という算段なのだ。

 

「よし、これなら」

 

 時間を稼げる、と少年は考えていた。このまま身を潜め、今度こそ背後から一撃を食らわせようと。

 だが、その直後。

 

「うわっ!?」

 

 走る少年の膝裏にクロスボウの矢が鋭く撃ち込まれた。がしゃがしゃん、と金属が床に転がる音が迷宮に響く。

 しまった――と思った時にはもう遅い。背後から、何者かの走る音が迫っているのだ。立ち上がって逃げようにも、脚を負傷した今、即座に大きく身動きを取る事はできない。

 迷宮の壁に寄りかかり、少年は腰のベルトに提げた革製のポーチから薬品入りの小瓶を取り出して、それを口に含もうとする。

 だが。

 

「あ……」

 

 薬を握った右の籠手に、鋭い切っ先が突き付けられる。

 

「残念だったな。お前の敗けだ」

 

 見れば、そこには剣を片手に持つ男が一人立っていた。少年と同様、全身に金属の鎧を着込んでいる。彼こそが、少年が追い、そして追われている者の正体だ。

 少年にとって何よりも恐ろしいのは、蜘蛛でも剣やクロスボウの矢でもなく、兜の隙間から見える彼の眼光だ。

 純粋で曇りがなく、剣の切っ先よりも鋭い決意に満ちた眼差し。少年でなくとも、その眼を見れば誰もが恐怖するだろう。

 

「くっ!」

 

 薬を捨て武器を手に取ろうとする、が。それよりも速く、男の剣が腕を斬り裂き、さらにそのまま首に剣を突き入れられた。

 そうして、悲鳴を上げる事すらできず仰向けに倒れた少年の背に、じわじわと赤い水溜まりができあがる。

 鎧の男は少年を見下ろし、剣を納めて独りで呟く。

 

「まだまだだな、(ショウ)

 

 

 

 帝久乃(テクノ)市。

 科学技術が大きく発展した大都市。人口は約45万人、ほぼ全ての施設が駅を中心として建造されている。地下鉄から直接繋がった大型ショッピングモールや、すぐ近くに繁華街、アミューズメントパークのような娯楽施設も多々存在している。

 また、この都市には帝久乃学園という巨大な学校施設が存在する。小中高一貫校でありながら教育はしっかりと行き届いており、某有名校ほどではないにせよ偏差値はそれなりに高め。学生寮も完備しており、遠方から来た学生でも安心できる。

 卒業生は培った経験を活かし、より高みを目指して大学に進んだり、そのままプログラマーやシステムエンジニアといった職に就く者もいる。そう言った帝久乃学園出身の生徒たちの研究の中でも特に大きな成果が、ロボットや人工知能の製作、プログラムの設計・開発や実現などである。

 さらにeスポーツの競技場が存在しており、大会なども盛んに開催されているためか、プロゲーマーやゲームクリエイターも数多く輩出している。

 

「相変わらず強い……」

 

 その帝久乃市の駅内ゲームセンターの中で、深い溜め息を吐く少年がいた。

 彼はゲームの筐体の前に座り、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)を装着している。その目の前に広がっているのは、血で書かれたような『GAME OVER』の文字だ。

 プレイしていたのは、『Arsenal Raiders(アーセナル・レイダーズ)』という国外発の有名なオンラインバトルロイヤルゲーム。プレイヤーは『侵入者(レイダー)』として財宝を求めて『武器庫』の名を持つ迷宮を探索し、モンスターや同じレイダーと戦いながら、より深い場所を目指すという内容だ。

 元々は携帯端末のアプリから始まったゲームであり、それがアプリと連動可能なアーケードゲーム、さらにはPCや家庭用ゲーム機にも発展したのである。

 

「ホント容赦ないな、(キョウ)のヤツ」

 

 呆れたようにも感心しているようにも聞こえる声が少年の背後から聞こえた。

 振り向けば、そこにいたのは恰幅の良い眼鏡の男。帝久乃学園の制服である、黒地で襟や袖や裾に白いラインが入ったデザインのブレザーとズボンを身に着けている。

 すると、その言葉を聞いたのか、少年の対面の席に座っていた男がHMDを外して立ち上がった。長身かつ脚がすらりと長く、彼も少年や眼鏡の男と同じで、帝久乃学園の制服を纏っている。

 

「勝負で手を抜くわけにはいかないさ。そうだろう、翔」

「まぁね、兄さん」

 

 そう言って頭に着けたものを外した少年の顔は、僅かにあどけなさが残っているものの、響と呼ばれた男に良く似た端整なものだった。体格もよく似ており、並んで立てば男よりも身長がやや低い程度の差しかない。

 

「すごいなぁ、兄さんは」

 

 言って、再び少年は溜め息を吐く。

 彼の名は天坂 翔(アマサカ ショウ)。帝久乃学園高等部に在籍している、高校一年生である。

 そしてその翔とVRゲームで対戦していたのが、彼の兄である天坂 響(アマサカ キョウ)だ。口元に凛々しく笑みをたたえ、翔の傍に立つ。

 翔の言葉を聞いて、眼鏡の男は彼の肩に手を乗せながら「ドンマイ」と声をかける。

 

「けどすごいのは当然ってモンだ。なんてったってお前の兄貴は、プロゲーマーでアーセナル・レイダーズのディフェンディングチャンピオンだからな」

 

 眼鏡の男、沢村 鋼作(サワムラ コウサク)はどこか自慢気にそう言って肩を竦めた。

 すると、そんな三人の背後から「二人ともお疲れ様」と声をかける者が現れる。

 

「でも熱中し過ぎちゃダメよ? これでも飲んで、一旦リラックスしたら?」

 

 そこにいたのは、帝久乃学園の制服を着た、長い髪をひとつに束ねて背中に垂らしている女子生徒だ。

 彼女は肩にかけた鞄から缶ジュースをふたつ取り出すと、翔と響にそれぞれ差し出した。

 

琴奈(コトナ)さん、ありがとうございます」

「いつもすまないね」

 

 兄弟が交互に礼を言い、ジュースを受け取った。

 彼女は塚原 琴奈(ツカハラ コトナ)。翔ら三人とは小学生時代からの幼馴染であり、鋼作は18歳の三年生で、琴奈は17歳で響と同じく二年生だ。

 容姿端麗で成績優秀、性別問わず友人が多くおまけにスポーツ万能と、まるで絵に描いたような完璧超人である。

 しかし、彼女にはこの三人以外誰も知らない大きな秘密があった。

 その秘密とは――。

 

「琴奈、お前またそれ買って来たのかよ……」

 

 鋼作が指を差した先にあるものは、缶ジュース。正確には、パッケージにプリントされたイラストだ。

 缶には、葉巻のようにニンジンを咥えてふんぞり返っている、ウサギと戦車が合体したような怪獣が描かれている。その名も『ラビットたんジュース』。ニンジン100%だ。

 

「最っ高にカワイイでしょ、ラビットたん」

 

 言いながら琴奈はもうひとつ缶を取り出し、飲み始めた。

 鋼作は「どこがだよ」と呆れ顔で言い放つ。するとそれがスイッチになったかのように、

 

「カワイイじゃない! この尖った前歯とか頭から生えた砲身とか後ろ脚とかキャタピラとかあとあと」

 

 と早口で捲し立てる。彼女の言葉には異様なまでの熱意が籠っており、鼻息も荒い。

 彼女の秘密、それは重度の怪獣オタクであるという事だ。

 その活動力は凄まじく、アニメやゲームに登場した怪物を事細かに纏めた怪獣図鑑なるアプリを作る、怪物が現れたという目撃情報や都市伝説を調査してこれも資料化する、さらには自分で怪獣のCGイラストを描くなど。イラストのクオリティもまた高く、彼女の怪獣への愛に満ちている。

 そんな彼女は今、恍惚としてラビットたんのイラストを見上げている。

 

「はぁ、天才的なデザインだわ……このまま一日36時間眺めていたいくらい」

「一日は24時間だ怪獣バカ」

「アンタこそ、ロボットバカのくせに。同じ穴の狢でしょーが」

「お前と一緒にすんなっつの」

 

 そのまま二人はぎゃあぎゃあと口論を始める。

 翔も響も昔からの馴染みなので分かっているが、今回のように、彼らはいつも些細な事で良く口喧嘩を始める。しかしその割に仲違いする様子はなく、喧嘩しつつも仲の良い友人同士という間柄だ。

 

「ところで翔」

 

 論争とラビットたんへの賛辞に終わりが見えなくなって来たのか、響がニンジンジュースを飲みつつ話題変える。

 

「順調に腕を上げているようだが、俺に一太刀も浴びせられないようじゃまだまだだぞ!」

「うん……でも、兄さんはチャンピオンなのにこれ以上強くなる必要あるの? 他のゲームだって負けなしなのに……」

 

 素朴な疑問を兄にぶつけると、響は狼狽えた様子も見せずに柔和な笑みを浮かべる。

 

「もちろんさ、俺は強くなりたい。もっともっと力が必要なんだ」

 

 真っ直ぐに翔の目を見つめ「それに」と続けようとするが、響はそこで言葉を止める。

 不思議に思って、「それに?」と翔は続きを促す。

 

「いや、なんでもない。とにかくお前も追いついて来い!」

「僕はゲーマーを目指してるわけじゃないよ? ゲームは好きだけどさ。『ブルースカイ・アドベンチャー』とか」

「アレは俺も好きだが、別にゲームに限った話じゃないんだ。俺が言いたいのは、強い心を……意志を持てって事さ」

 

 意味が良く分からず、翔は首を傾げる。直後、響の鞄の中から着信音が鳴り響く。

 鞄に手を入れ、響が取り出したのは『N(ネイバー)-フォン』。20年近く前から普及している携帯端末であり、通話やメールにインターネット、さらにゲームやその他にも便利で多彩な機能を持つ。要はスマートフォンだが、単純に機能性が高いだけではなく、N-フォンにしかない大きな特徴がある。

 それは『テクネイバー』という、多様な姿をしたコンシェルジュAI。持ち主の様々な要望に応えてくれるシステムで、例えば飲食したい物や買いたい物をなど伝えれば、それら全ての要件を満たすプランを自動で構築してルートを表示するというものだ。他にも様々な機能があり、このAIに積極的に話しかけて、さらなる学習・育成をする事も可能。

 響はそのネイバーが掲示した文言を見て、僅かに神妙な面持ちになる。どうやらメールを受信したようだ。

 

「……すまない、急用ができてしまった。後は三人で楽しんでくれ」

「なんだ響、また例のバイトか?」

「このところ忙しくてね」

「お前も大変だな」

 

 そんな会話をしている兄と先輩の姿を見ながら、翔は首を傾げる。

 やがて響はその場を去り、それを見送った後で翔は鋼作に訊ねた。

 

「バイトって何の話ですか?」

「お前知らなかったのか? あいつバイトしてんだよ、時間帯はバラバラだけどな」

「……聞いた事ないです。一体何の仕事を?」

 

 問われて鋼作は肩を竦め、首を横に振る。

 続いて翔は、琴奈の方に視線を送った。だが彼女も「ごめん、知らない」と答えた。

 

「けどおかしくない? 大会で賞金稼いでるでしょうに、アルバイトなんて」

「翔には秘密にしてんのも妙だな」

「兄さんがお金に困ってるところも見た事ないですよ」

 

 二人は先程まで口論していた事も忘れ、考え込む。しかし、結論は出ない。

 そんな折、翔のN-フォンのネイバーもメッセージを表示した。今回はニュース記事のようだった。

 

『精神失調症、未だ収束せず』

『帝久乃市内で失踪事件相次ぐ 神隠しか』

 

 見出しを確認した時点で、翔は眉を顰める。何度も何度もテレビやネットニュースで目にする内容だったからだ。

 

「どうした?」

「いえ、最近良く起きてる事件の記事でした」

「あーアレか。なんなんだろうな、人がおかしくなったりいなくなったり……」

 

 うんざりだ、とでも言いたげに鋼作は頭を振った。

 世間ではニュース番組の時間になれば、必ずと言っていい程これらの事件について報道している。

 本当に危機であると思って使命感に駆られて放送しているのか、あるいは他に話題がないからなのかもしれないが、連日連夜同じような暗いニュースばかりではうんざりもするだろう。

 翔はそう思いつつ、少しでも二人の気分を明るくしようと話題を変える。

 

「そんな事より遊びましょう。『ロボジェネ』とかどうです?」

「おっ、いいねぇ!」

 

 ニカッと笑い、鋼作は自分のN-フォンを取り出して筐体へ向かう。

 ロボジェネとは、ロボットジェネレーターというアプリの略称。仮想データの部品を組み合わせてロボットを製作しエネミーの宇宙人や敵勢ロボットと戦うという、ロボットシミュレーションアプリだ。

 一見すると誰でもできそうに思えるが、設計図やパーツの形状にマシンのフレームから細かく作り込む必要があり、大きな不備があると動くどころか自立すらできない。極めて敷居の高い、技術を持ったマニア向けのゲームであると言える。

 代わりに自由度は高く、カラーリングはおろか外見も武器も自由に設定でき、自分だけのオリジナルロボットを自在に操作する爽快感は得難いものがある。さらに、3Dプリンターでパーツを出力し、プラモデルのようにロボットを組み立てて楽しむ事もできるのだ。

 これだけでも十分に楽しいのだが、真の魅力はアーケード版にある。アプリをインストールしたN-フォンを持ち込み筐体にセットする事で、対戦プレイが可能となるのだ。ちなみに鋼作はこのアーケード版で開催されている大会に何度も参加しており、優勝経験もある。

 

「まーたロボジェネ? いいけど、あたしの方にも付き合ってよね。調査したい噂があるんだから!」

「わかったわかった」

 

 鋼作が呆れながらも微笑み、琴奈も返事を聞いて満足そうに笑う。

 彼ら三人にとってはいつものような、なんでもない穏やかな時間。これからもこんな平和な日常が、壊れる事なく続いて行くのだろうと、翔はぼんやりと考えていた。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 帝久乃市駅、その駅前ロータリーにある大鷲のモニュメントの下にて。

 老若男女問わずあらゆる人々が行き交うのを眠たげな目付きで眺めている、灰色の髪の男がベンチに腰掛けていた。やや面長で彫りが深く、弓状に曲がって先が尖っているという、所謂鷲鼻が特徴的な顔立ちだ。

 男は裾がボロけているラボコートを羽織っており、体格は大きく、拳には傷が付いている。そのため、理知的な雰囲気を感じさせる白衣に反して、粗暴さも匂わせている。

 

「……平和だな」

 

 男がそう言った。彼の傍には同じ年頃――20代のサングラスをかけた女が立っている。

 女性としては背が高く、スレンダーな美女だ。黒一色で揃えたライダースジャケットとレザーパンツが、細くしなやかな体型に良く似合う。その右手には銀色のアタッシュケースを提げている。

 肩まで伸ばした茶髪を靡かせ、女は形の良い紅色の唇を吊り上げた。

 

「そうね鷹弘(タカヒロ)、皆どこへ行くのかしら」

「さァな。買い物やら仕事やら、遊びやら……自分の日常ってヤツを謳歌してんだろうよ」

「何にしろ平和なのは良い事だわ」

「だがな陽子(ヨウコ)。その日常も平和も、脆くて崩れやすいモンだ。この街じゃな」

 

 男がそう言った途端、サングラスの奥から覗く目が真剣な物に変わる。そして、静かに「そうね」と肯定を示した。

 街を行く者たちの中には、手を繋いで歩く親子もいる。ベビーカーを押して歩く母親もいる。そんな人々を、男は目を細めて眺めていた。

 

「今この帝久乃市で何が起きてんのか……何も知らねェんだろうな」

「だからこそ我々の力が必要なんでしょう。静間(シズマ)さん、(タキ)さん」

 

 二人はその声を聞き、向かって来る人物に視線を向ける。

 そこにあったのは、口元を引き締めて決意に満ちた眼差しを真っ直ぐに向けている、天坂 響の姿だ。

 男、静間 鷹弘(シズマ タカヒロ)は彼の姿を見て、己の隣にいる滝 陽子(タキ ヨウコ)を伴いゆらりと立ち上がる。

 

「早かったじゃねェか天坂。ま、その方が都合は良いが」

「招集を掛けられた以上のんびりしてはいられませんよ。それで……現れたんですね?」

「ああ。いつも通り、現場は話の通じる連中に仕切って貰ってる。行くぞ」

 

 そう言い放つと、鷹弘はロータリーにある銀色の車の方へと足を進め、二人も後へ続いた。

 しかし、その時だった。

 鷹弘のN-フォンが震え、着信音を発した。

 

「俺だ、どうした……なに? チッ、場所は」

 

 しばし会話を交わした後、鷹弘は通話を切断。再び響の方に向き直る。

 

「トラブルですか?」

「『もう一体』出やがった。駅の中に反応があったらしい。今正確な位置を……」

「俺が行きます」

「なに?」

 

 言うが早いか、響は颯爽と駅の方へと歩き出す。陽子は慌てて彼を呼び止めた。

 

「ちょ、ちょっと待って天坂くん! 闇雲に探し回ったって意味ないわ、落ち着いて!」

「俺は冷静ですよ。この場に留まっているより、中の人たちがヤツらの被害に遭う前に避難誘導するべきだ。違いますか?」

「それは……そうだけど」

「大丈夫ですよ、俺に任せて下さい」

 

 強い意志を持った眼差しに、陽子は思わずたじろぎ、鷹弘に目配せをする。

 すると鷹弘は頷き「良いだろう」とだけ言って、陽子に対して顎をしゃくる。そうして彼女は手に持つアタッシュケースを響へ差し出した。

 

「そいつが完成品だ。俺の分はもうある、使いたきゃ勝手に使え」

「ありがとうございます」

「まァ頑張んな。こっちが終わっても手こずってたら、しょうがねェから助けてやるよ」

 

 冗談混じりにそう言って、鷹弘は陽子と共にその場を去る。響も、唇を引き締めて駅の方向へ戻る。ゲームをプレイしている時と同じように、鋭く眼を光らせながら。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「二人はさ、『仮面ライダー』って知ってる?」

 

 ロボットジェネレーターでの対戦が終わり、ゲームセンター内にある休憩用のカフェスペースにて。琴奈は、そんな問いを翔と鋼作に投げ掛けた。

 二人は一瞬顔を見合わせて沈黙し、眉に皺を寄せながら先に鋼作が口を開いた。

 

「聞いた事ないな、なんだそりゃ。首なしライダーみたいなモンか?」

「いや、あたしもそういう感じだと思ってたんだけど……ほら、少し前から『人や動物の形をしたノイズが画面に映り込む』って怪談流行ってるでしょ?」

「そっちは知ってる。テレビやらパソコンやらに時々できるってアレだろ」

「そうそう。で、それと同じような感じで映るんだって。なんかフルフェイスヘルメットみたいなのを被ってる人間に見えるらしいの」

「……で、今度はそれが本当に出るか調査したいのか」

 

 自信満々に頷く琴奈を見て、がくりと鋼作が肩を落とす。翔は苦笑いだ。

 彼女はこのような突拍子もない噂を聞き付けては、その調査に乗り出すのだ。しかも幼馴染たちを巻き込んで。

 

「お前なぁ~……その怪談の方だってロクに何も見つかんなかったじゃねーか。同じような噂をなんでまた調査しようとしてんだ?」

「そこに怪獣がいるからよ!」

「何言ってんだお前」

 

 何故怪獣という事になっているのだろう、と翔は思いつつ、缶コーヒーを口にする。

 そして休憩を終えた後、三人はまたゲームセンターにやって来た。ただし今回は単に遊ぶだけというワケではなく、件の噂について調査するのも目的のひとつだ。

 実際画面にそんな奇妙な形のノイズが走ったりするのか? 琴奈曰くSNSを見ていたらゲームセンターでも目撃例があったという事で、まずはこの場所から調べようというのだ。もちろん、聞き込みも忘れない。

 

「さあ、調査開始よ!」

 

 鼻息を荒くして意気揚々と先陣を切る琴奈。「こりゃ長引くぞ」と鋼作、翔は何も言わないが、鋼作同様に苦戦を予感していた。

 

「さて、本当に見つかるかね……」

「見つけるのよ! 絶対!」

「分かったっての」

 

 ゲームセンターの筐体には大小様々なサイズのディスプレイがある。

 歩きながら、翔はぼんやりと画面を眺める。格闘ゲームでの対戦の様子やパズルゲームの連鎖が続いていく様など、今のところどれも正常に動作しており、変わった様子はない。ましてやノイズなどなく、最新の技術によって高画質の美麗な映像が流れているだけだ。

 

「……ん?」

 

 ふと、翔は並んでいる筐体の中から、画面が真っ暗になっているものを発見した。有名な格闘ゲームで座席は一番隅、柱の傍で目立たない位置にある。ざっと見渡しても、このような状態で放置されているのはこの筐体だけだ。

 電源が切れているのかそれとも故障しているのか、店員が掃除や点検を怠っているのだろうか。そう考えた翔であったが、直後にもっと奇妙な事に気付く。

 真っ暗な画面の向こう側に、薄っすらと広い風景が見えるのだ。

 もちろん、反射して見えるゲームセンターの内装とは全く別のものだ。現に、反射していれば映るはずの翔の顔はそこにはない。

 

「これは?」

「どうした翔」

「何か見つかったの?」

 

 その様子に気付いた鋼作と琴奈も、翔に近付いていく。それを知ってか知らずか、翔はゆっくり手を伸ばす。

 あと数cm、指が画面に触れようとした――その時。

 

「えっ……?」

 

 突然画面全体にノイズが走り、まるで石を放り込まれた水面のように波打ち始めた。

 それだけではない。先程まで真っ暗だった画面から徐々に光が溢れ、逆に店内は暗くなる。それも、照明や他の筐体のディスプレイは正常に稼働しているにも関わらず。

 

「な、なんなんだこれ!?」

 

 もはや常識の範疇を超えた事態に三人は目を剥くが、より衝撃的な現象が起きた。

 暗くなりつつあった周囲の風景が、その空間そのものがグニャリと歪み、波紋のように広がったのだ。

 しかも歪みを認識できているのは翔ら三人のみであるらしく、誰一人として変化に気づいていない。そればかりか、三人の姿が見えているのかどうかすら定かではなかった。

 歪みは徐々に大きくなり、画面から溢れる光が激しくなると共に――。

 

『うわぁぁぁっ!?』

 

 誰も気づかぬ内に、三人全員の姿が店内から消失した。

 

 

 

「はっ!?」

 

 ぱちり、と翔が目を開く。先程まで照明やゲーム画面の光で明るかった店内が、いつの間にか真っ暗になっていた。

 いつの間に眠ってしまったのだろう。翔は頭を抱えつつ、先程まで自分が何をしていたのかを思い出そうとする。

 そして自分の身に起きた出来事を理解して、バッと顔を上げた。

 ここは店の中ではない。しかし、霧や薄靄のようにノイズがかかっているものの、ほんの少し前に見た覚えのある風景だった。

 

「筐体から見えた景色と同じ……?」

 

 薄く水色に光る地面はグリッド線のようなものが引かれており、アスファルトやコンクリートとは違う、しかし硬い質感の不可思議な物質でできている。

 天井にもグリッド線があり、どうやら屋内であるらしい事は判断できるものの、明らかに異質でサイバネティックな場所だった。

 白昼夢でも見ているのだろうか。あるいは、知らない内にまたVRゲームをプレイしていたのだろうか。

 そう思って翔は手で頬や頭に触れてみる。

 僅かに汗ばんだ肌の感触が掌に伝わり、目の前の光景が現実である事を指し示した。

 

「なんだよこれ、一体ここはどこなんだ!?」

「何が起こったの!?」

 

 見れば、傍らには鋼作や琴奈の姿もある。ふたりとも翔と同様に目を覚まし、そして同じように驚いていた。

 

「分かりません、気が付いたら既にこの場所に……というか僕らしかいないんでしょうか」

 

 ざわつく心を必死に落ち着かせながら、翔は言う。

 どうしてこんな事になったのかはまるで分からないが、だからこそ冷静に状況を分析する必要がある。

 そして、とりあえず今できる最善の方策を口に出した。

 

「どうやってゲームセンターからこんな場所に辿り着いたのかは分かりませんが、僕らがどこからか入って来てしまったのは間違いないと思います。なので、出口を探してみましょう」

「探すって……何かアテでもあるのか?」

「入口があるなら出口もあるはずです。それに、じっとしてたってどうしようもないでしょう?」

 

 その言葉は正論ではあったが、鋼作たちはあまりにも現実離れしている出来事を前に、すっかり怖気づいてしまっていた。

 すると翔は立ち上がって、微笑みを作りながら鋼作と琴奈に手を差し伸べる。

 

「頼りないかも知れないけど……何かあっても僕が頑張りますから。だから、行きましょう」

 

 二人は顔を見合わせて頷き、差し出された手を取って同じく立ち上がる。

 本当に出口が見つかるという保証も確信もない。しかし手がかりが何もない以上、行動せずにはいられなかった。

 ノイズのせいで見通しは悪いため、三人は十分に注意を払って歩いて進む。自分たち以外に生物が存在しないのではないかと思える程、周囲は静寂に包まれている。

 しばらく歩いた後で、鋼作が短く悲鳴を上げた。

 

「どうしたんです!?」

「み、見ろよこれ」

 

 鋼作が指差したのは、柱らしき物。やはり薄く光っており、ラインが引かれている。

 しかし、鋼作が指し示したのは柱そのものではない。その柱に刻まれた、無数の大きなキズだ。

 まるで爪か何かで切り裂いたかのような痕跡。人間の仕業か、それとも猛獣でもいるのか。どちらにせよ、三人には悪い想像しかできなかった。

 

「少し急いだ方が良いかも知れませんね」

「ええ、これをやった犯人がいつ戻って来るやら……」

 

 そうして、翔を先頭に再び三人は歩き始める。先程よりも多少早足だ。

 しばらく歩いていると、大きな広間に到着した。

 どうやらここはどこかの施設のエントランスであるらしく、受付窓口のようなスペースやエレベータらしいものが見える。

 そして、窓口の正面には自動ドアのようなものがあった。ガラスを通して、やはりノイズが視界を妨げているものの、外に繋がっているのが見て取れた。

 

「やったわ翔くん! これでこんな場所とはおさらばよ!」

「待てよ、まだ安心できないぞ。本当に知ってる場所に出られるかどうか分かってないんだ」

 

 鋼作は眼鏡を掛け直して琴奈を諌めつつも、僅かに唇を吊り上げて引き続き足を進める。

 この異常な空間から脱せられるのなら、どこに繋がっていようと構わない。三人の心の中には、どこかそんな思いがあった。

 それから何事もなく出口であろう自動ドアに辿り着き、果たして三人は施設の外に出る事はできた。

 だが、しかし。それで三人が元の場所に戻れたのかと言えば、それは全く違った。

 

「なんだ……これ……」

 

 施設の外で空を見上げ、翔が呟いた。同じく天を仰いだ琴奈は、目を見張って膝を折り、唇を戦慄かせる。

 空は、自分たちの知る色をしていなかった。

 まるでパレットに適当に絵の具を散りばめてぐちゃぐちゃと掻き混ぜたたかのようなドロドロとした色彩が拡がっており、太陽はどこにもなく、グリッド線のようなものが敷かれている。

 相変わらずノイズが視界を妨げている他、虚空には時折0や1といった数字や意味不明な文字が浮いて漂い、そして消えては再び浮いている。

 

「どこだよ、ここ。ハ、ハハ……やっぱ夢だよな? なぁ翔?」

「あたしたち、どうなっちゃうの……?」

 

 震える声で二人が言った。翔には、何も言えなかった。

 結局、外へ出たところで状況は変わらなかった。ただひとつ分かったのは、この場所は明らかに自分たちの住んでいた世界とは異なる空間であるという事だけだ。

 突きつけられた現実に打ち拉がれ、翔は頭を抱える。しかし、そんな時だった。

 遠くから、動く人影のようなものを見つけた。やはりノイズのせいで実像ははっきりとしないが、人の形をしているように思えた。

 

「誰か来る……!」

 

 翔が思わず言うと、鋼作と琴奈はすぐさま顔を上げる。そして、三人はじっと目を凝らした。

 

「ありゃ誰だ?」

「分かんないわよ、分かんないけど……良かった、あたしたち以外にも人がいたんだ」

 

 二人はほっと息をつく。もしかしたら助かるかも知れないという安心感が、その顔には浮かんでいた。

 だが、翔は違った。額から汗を垂らし、息を荒げていた。

 ノイズ越しでもほんの少し見えて、理解してしまったのだ。そこにいるモノを。

 

「鋼作さん、琴奈さん。今すぐ中に戻りましょう」

「オイオイ何言ってんだ翔、あそこに人が」

「良いから急いで下さい! アレは……アレは人間じゃない!!」

 

 叫んだ時、そこにいる何かの姿は既に認識可能な距離まで近付いていた。そして、鋼作と琴奈も見てしまった。

 それは確かに二本脚で立ち、二本の腕を持つ人と似たシルエットをしていた。だが、その顔も胴体も何もかも、普通の人間とは明らかに違っている。

 全体的に筋肉質で体は赤茶色に光り、頭部からは巨大な二本のハサミのようなものが前へと水平に伸びており、大きな黒い眼がぎょろりと三人を見下ろしている。口らしき部位には鋭く尖った昆虫の口のようなものがあり、ギチギチと音を立てていた。

 まるでクワガタのようなソレは、三人の姿を捉えると、歩く足を速め始めた。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 鋼作は悲鳴を上げた。目の前に現れ向かって来る異形に、命の危機を感じ取ったのだ。琴奈の方は絶句し、恐ろしい怪物の眼光に射竦められている。

 そんな中、翔は動けない二人を思い切り自動ドアの方へと突き飛ばした。

 

「翔っ!?」

「隠れて下さい! こいつは僕が!」

 

 握り拳を作り、翔は勢いに任せて思い切り拳を怪物へと振り被った。

 だが、確かに腹に直撃したはずなのに、怪物の体はピクリとも動かない。何事も起きなかったかのように、反応を示さなかった。

 

「だったら!」

 

 今度は回し蹴りを顔面に食らわせた。そして間髪入れずに頭突き、続いて顎へと拳を振り抜く。

 しかしそれら全ての攻撃で、一切の手応えが感じられなかった。

 体表が硬くて攻撃が通じないのではなく、空を切ったかのように腕や脚へと感触が伝わって来なかったのだ。

 

「これは一体!?」

「ギ……」

「ぐっ!」

 

 クワガタの怪物が翔の首を掴んで軽々と持ち上げる。

 最初は腕を引き剥がそうとしていた翔も、凄まじい力で首を絞められて体に力が入らなくなり、抵抗できなくなっていた。

 二人は無事に逃げられるだろうか。自分はこのまま死んでしまうのだろう。死ぬのは、思ったより怖いな。

 そこまで翔が考えた、その時だった。

 

「グェッ!?」

 

 銃声が響くと同時に、クワガタの怪物が翔の体を離れて吹き飛ばされた。

 

「げほっ、ごほっ」

「……驚いた。どうしてお前がここにいるんだ? まさか先輩たちもいるのか?」

 

 その聞き慣れた声は、発砲音の聞こえた方角と同じ位置から聞こえた。

 振り返ってみると、そこには響がいた。灰色の銃のようなものを右手に、左手にはアタッシュケースを携えている。

 

「兄さん!? なんでここに!?」

「済まないが説明している暇はなさそうだ。下がっていてくれ、『デジブレイン』は俺が対処する」

 

 言いながら、響は再度発砲する。怪物に向かって、何度も。何度も。

 銃撃を受けて怪物は仰け反るものの、大したダメージはないようだった。それを確認するや、響は銃を放ってアタッシュケースを開く。

 

「スタッグビートル・デジブレインか、やはりマテリアガンでは足止め程度にしかならないな。なら……」

 

 中に入っているものは、N-フォンによく似た形状をしたスマートフォンが一台とプレート状の物体(デバイス)が二つ。

 それと、装飾のついた銀色の機械だった。中央でマゼンタカラーのラインとシアンカラーのラインが交叉しているデザインだ。

 その機械にはプレートを右から横向きに差し込むであろうスロットが備わっている。しかし、翔にはそれが何を意味するのか解りかねていた。

 響はスマートフォンのようなものとプレートをひとつだけ右手に取り、左手には銀の機械を持った。

 

「それは……?」

「これは戦うための力……『アプリドライバー』と『マテリアフォン』、そして『マテリアプレート』だ」

 

 言って、響はまずそのアプリドライバーと呼称した機械を自分の腹部に押し当てようとした。

 ――しかし、その瞬間。

 

「かっ……!?」

「え?」

 

 響の左肩が丸くくり抜かれ、赤く爆ぜた。当然、響はアプリドライバーを取り落とした。

 肩を濡らすはずの血は、何故か空中に流れ、途中から地面へと滴り落ちている。

 透明な何かが貫いたのだという事に気付くのに、さして時間はかからなかった。

 

「不覚、だな……もう一体デジブレインがいたとは」

 

 自嘲するような微笑みを浮かべながら、響は振り向く。そこには、透き通った体を本来の深緑色に戻した、カメレオンの特徴を持つ同じような人型の怪物がいた。この怪物が舌を伸ばして、響の体を貫いたのだ。

 響は蹲って拾おうとするも、そのドライバー自体をスタッグビートル・デジブレインに蹴り飛ばされて負傷した肩にぶつけられ、失敗。マテリアフォンも落としてしまう。

 そうして、プレート以外の一式が翔の足元に転がった。

 

「え……?」

 

 何が起きたのか分からないまま、双眸を見開き、翔はそれらを呆然と見つめる。

 その様子を見るなり、怪物たちは一斉に翔に注目した。

 

「翔、それを持って逃げろ!」

「にげ、る……?」

 

 ――大怪我までしてる兄さんを置いて、自分だけが?

 そう考えた時、翔は自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。

 本当にそれでいいのか? 怪物が恐ろしいから、我が身可愛さに見捨ててしまうのか?

 心の中で、何度も問いかける。背を向けてしまうのが正しいのか、否か。

 

「急ぐんだ、すぐに安全な場所に避難しろ!」

 

 問うまでもなく、既に翔の中で答えは出ていた。

 響の言葉に耳を貸さず、翔はマテリアガンと呼ばれた銃を拾い、スタッグビートル・デジブレインを睨みつけて立ち塞がる。

 そして、スタッグビートルの眼に向かって発砲。響がやったのと同じように仰け反るが、眼球への負傷は流石に効果が大きかったらしい。僅かに悲鳴を上げて怯んでいた。

 続いて翔はカメレオンの方を振り向き、同じように目玉へ発砲する。

 

「何をしてる、よせ! 翔、お前は生き残る事だけを考えろ!」

「たったひとりしかいない兄弟を見殺しにして?」

 

 怪物たちが怯んでいる隙に、翔は足元にあるドライバーを拾った。

 

「そんな事できるわけないだろ!!」

 

 言いながら翔はマテリアガンを地面に落とし、響を庇うように彼の前へ出る。

 

「このまま何もせず、何もできずに背を向けて生きて行くのは……それだけは、死んでもお断りだ!!」

 

 無我夢中になって叫びながら、翔は激情のまま――ほとんど無意識で、先程響がやろうとしたように、アプリドライバーを自分の腹部に押し当てた。

 するとドライバーの両端から銀色の帯のようなものが飛び出し、翔の体に巻き付いた。

 この機械は、ベルトのバックルだったのだ。

 

Break Through(ブレイクスルー)! アプリドライバー、スタンバイ!》

「承認成功だと……!?」

 

 瞬間、ただならぬ雰囲気に二体の怪物が危険を察知したのか、じりじりと翔へ向かって行く。

 だが翔の瞳にもう恐れはない。激しい感情の爆発が恐怖を掻き消し、立ち向かう心を呼び起こしたのだ。

 そして、このデジブレインと呼ばれた怪物と立ち向かうための手順やアイテムの用途をも全く理解していなかったが、ベルトを付けた瞬間から意識せずとも必要なシークエンスに入っていた。

 翔はアタッシュケースの中から、もうひとつのマテリアプレートを取り出して、スイッチを起動する。

 

《ブルースカイ・アドベンチャー!》

 

 プレートから小気味の良い電子音声が鳴り、次に翔はそのベルトのバックルへとプレートを差し込んだ。

 

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

「これが僕の意志だ! 僕が……戦う!!」

 

 アプリドライバーから流れる音声を聞き流しながら、翔は言う。

 翔は、自分の中にある何かが叫んでいるのを、その何かが抗うための力を与えてくれているのを感じていた。

 そうして、導かれるように――既に拾っていたマテリアフォンをドライバーへとかざし、叫んでいた。

 

「変身!!」

Alright(オーライ)! マテリアライド!》

 

 すると光の膜と電子音と共に、まるで守護霊のように軽装の戦士の姿をしたビジョンが現れ、二体のデジブレインたちを吹き飛ばす。

 光は徐々に青く染まり、翔の全身を覆う。さらに映像の戦士の方はその場で散ったかと思うと、鎧のようになってさらにその上から翔と合着した。

 

《ブルースカイ・アプリ! 蒼穹の冒険者、インストール!》

 

 光が消え去り、翔の体に大きな変化が起こる。

 青空のような澄み切った色のスーツ、頭まで覆う赤い瞳の仮面。

 スーツの上から覆うように装着された白色の装甲が全身の各所をプロテクトし、両肩の背部からは膝裏まで伸びた銀色のマフラーが二枚たなびいている。

 

「お前、本当に変身したのか……『仮面ライダー』に!」

「これが、仮面ライダー……僕が?」

 

 そこで初めて我に返ったかのように、翔が自分の手足や身体を見る。

 どうやら自分で変身していながら、パワードスーツを纏った自分自身の姿に面食らっているようだった。

 

「ギ、ギギッ!」

「うわっ! この……!」

 

 翔の姿を目にしたデジブレインたちが警戒の呻き声を発し、スタッグビートルの方が豪腕を振り上げて真っ直ぐに突撃した。

 だが翔はその攻撃を意外な程すんなりとかわし、手で払っていなす。スタッグビートルはそのスピードについて行けていないようだった。

 

「危ないだろ!」

 

 その言葉と同時に翔が反撃に転じ、スタッグビートルの腹に向かって半ば反射的に拳を突き出す。

 拳を繰り出す速度と腕力は変身前の比ではなく、命中した直後にスタッグビートルは思い切り後方へ吹き飛ばされ、地面を転がった。

 

「ギィィ!?」

 

 自分で殴っておきながら、翔は両手を不思議そうに見つめる。

 

「効いてる、のか?」

「油断するな! 後ろだ!」

 

 響の言葉を聞き、今度は後ろから襲いかかろうとしているカメレオンに振り向く事なく裏拳を喰らわせた。

 

「ゲヒィ!」

「さっきはよくも兄さんを……」

 

 怯んだカメレオンは、距離を取ってたちまち姿を消す。

 しまった、と口に出す頃にはもう遅い。カメレオンは透明になったまま鋭利な舌を伸ばし、翔への攻撃を開始した。

 

「うわっ!!」

 

 装甲のおかげか身体を貫く事はなくダメージは少ないが、このままでは反撃できない。

 一体どうすればいいのだろう、攻撃を受け続けるしかないのだろうか。

 翔は、ほんの少し弱気になっていた。そこへ、響が声をかける。

 

「慌てるな、翔。そのベルトとプレートに宿った力が、できる限りお前を導いてくれる」

「え?」

「今のお前に必要な事を思い浮かべてみれば良い」

 

 相手の位置さえ分かれば、すぐに覆せるのに――翔の頭にそんな考えが浮かんだ、その時。

 バックルに装填されているマテリアプレートが光り、突如として激しい風が巻き起こる。風は翔の周囲を薙ぎ、隠れ潜んでいたカメレオンをも襲う。

 あまりにも強い風にカメレオンは怯み、堪らず姿を現してしまった。

 

「ゲッ!?」

「見えたぞ、そこだ!」

 

 翔はすぐさまカメレオンに飛びつき、下顎に拳を叩き込む。

 そして膝をつこうとしたところで腹を蹴り、スタッグビートルの方に吹き飛ばしてぶつける。

 

「ゲゲ、ゲヒィー!」

「ギ、ギギ……!」

 

 攻撃を受けたカメレオン・デジブレインは悲痛な声で鳴き、敵わないと見たのか透明化して遁走。

 しかし、スタッグビートル・デジブレインは逃げない。むしろ翔に対して怒りを露わにし、両腕を広げて戦闘態勢に入る。

 

「ギギィッ!」

 

 スタッグビートルが頭部についた大アゴを広げ、赤く発光させる。

 すると大アゴから光の刃が飛び出し、ひとつが翔の体に命中、もうひとつは地面を裂いた。

 

「うわっ!?」

 

 爪か何かでつけたかのような、巨大なキズ。翔たちが建物の中で見たのと同じものだった。

 

「なんて切れ味だ……!」

「ギギギーッ!」

 

 今度は翅を広げて飛翔し、大アゴを光らせながら猛スピードで突進して来る。翔はステップして回避を試みるが、避けきれずに左腕を掠める。

 さらに掠めただけでは満足しなかったのか、背後に回った後スタッグビートルは再び飛翔と突撃を繰り返そうとしていた。

 こちらにも何か強力な武器があれば。翔はそう思った。

 そして、装着者の願いは現実化(リアライズ)する。マテリアプレートに登録されている武装が、翔の手に握られた。

 

「これは……!」

 

 翔は白銀の刀身を持つ両刃の剣を水平に構え、真っ直ぐに突進するスタッグビートルを迎え撃った。

 その剣はスタッグビートルの額に見事命中、顔に大きな傷を付ける。

 さらに、翔はその隙を突いて横一文字にスタッグビートルを薙ぎ払う。仰け反ればさらに距離を詰め、今度は袈裟に斬りかかった。

 

「ギ、ギッ!!」

「今がチャンスだ翔、一気に終わらせろ! ドライバーのマテリアプレートを押し込んでマテリアフォンをかざせ!」

「……こうか!」

《フィニッシュコード!》

 

 翔が助言通りに押し込むと、ドライバーから音声が鳴る。

 そしてさらに、マテリアフォンを右腰のホルダーから抜いてかざした。すると再び、アプリドライバーから音声が発せられる。

 

《Alright! ブルースカイ・マテリアルバースト!》

 

 翔の右足に、青い光のエネルギーが集中する。直後に翔は跳躍、真っ直ぐにスタッグビートルへと強力なキックを繰り出した。

 

「そぉりゃああああっ!!」

「ギッ……ギィィィッ!?」

 

 強烈な光のキックを受けて、スタッグビートル・デジブレインの全身が罅割れ、爆発四散。そのまま塵のようになって消滅してしまった。

 爆発の後に残ったのは、仮面の戦士のみだった。

 

「はぁ、はぁ……お、終わった?」

「あぁ……見事だ、翔」

 

 微笑みながら、響は戦いを終えた弟に労いの言葉をかけつつ近付いていく。

 翔も安堵の笑みを仮面の中で浮かべ、照れたように頬を掻いた。

 

「翔、無事か!」

「翔くん、今の何!? それが仮面ライダーなの!?」

 

 見れば、建物に避難していた鋼作と琴奈も歩いて来ている。中から様子を窺って、安全を確認できたので戻って来たのだ。

 

「はい、僕は大丈夫……」

 

 翔がドライバーを外そうとした、その時だ。

 突如、大きな発砲音がその場に響き渡り、翔はこめかみに衝撃を受けて地面に倒れる。

 当然の出来事に鋼作と琴奈は驚く一方、響は頭を抱える。何が起きたのか見当がついているかのように。

 

「どこのどいつか知らねェが」

 

 その銃声と人の声は、施設の方から聞こえてきた。複数人の人影が、仮面越しに見える。

 

「勝手にドライバーを使いやがって、ふざけんじゃねェぞコラ」

 

 粗野な喋り方をしているのは、先頭に立つ人物のようだった。翔は薄れゆく意識の中で、その姿を捉えた。

 その正体は、赤いスーツを纏う緑色の瞳の仮面の戦士。自分と同じ仮面ライダーだったのだ。

 

「アプリドライバーは回収させて貰う」

 

 その言葉を最後に変身が解け、翔は意識を完全に手放した。



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EP.02[ライダーの資格]

「……ょう……翔、翔!」

「う……?」

 

 慣れ親しんだ声を聞いて目が覚めた時、翔は見知らぬ場所で寝ていた。

 真っ白な天井を見上げ、痛む側頭部を押さえながら身を起こす。革張りのソファの上で、毛布をかけられているようだった。

 傍らには、安堵した様子の鋼作と琴奈がいる。彼らの顔を見て、すぐに思い出した。現実の世界とは違う奇妙な場所に飛ばされ、異形の怪物と邂逅した事を。

 二人が無事である事に人心地ついたものの、翔の頭の中はまだ僅かに混乱していた。

 

「良かった、目が覚めたんだね!」

「鋼作さんに琴奈さん、無事で良かった……ここはどこですか? それに、兄さんは今どこに?」

 

 訝しげに翔が周囲を見渡す。

 室内にはテーブルと椅子が設置されており、白い壁にはモニターがかけられている。部屋の隅には赤い葉の観葉植物が飾ってあるのが見えた。

 床は黒一色、掃除したばかりなのか塵一つ落ちていない。また、部屋に扉はあるものの、窓は見当たらなかった。

 

「それは……」

「質問には私が答えるわ」

 

 声は女性のものだが、言ったのは琴奈ではない。扉が開き、そこから男女が一人ずつ姿を現したのだ。

 発言をしたのは、黒いライダースジャケットとレザーパンツを着こなした茶髪の美女。その彼女の隣に並ぶのは、裾がボロボロになった白衣を纏う長身の男だ。

 

「あなたは?」

「私は滝 陽子。君が翔くん? そっちが沢村くんで、彼女が塚原ちゃんかしら」

「どうして僕らの名前を?」

「響くんから聞いたのよ」

 

 三人は目を丸くし、それぞれの顔を見合う。そして、この中に陽子及び白衣の男との共通の知り合いがいない事を改めて認識し、再度翔が口火を切る。

 

「お二人は一体何者なんですか? 兄とどういう関係です?」

「私たちは『ホメオスタシス』。今日あなたたちが戦った怪人、デジブレインの脅威から人類を守るために活動してる組織よ。あなたのお兄さんもそのエージェントってワケ」

「そのデジブレインって……兄さんも言っていましたね」

「デジブレインは『サイバー・ライン』……あなたたちが迷い込んだ電脳世界に住む情報生命体なの。デジブレインはサイバー・ラインを通して人間世界に干渉する恐ろしい存在なのよ」

「いまいちよく分からないんですが、干渉って具体的にはどういう?」

 

 それを聞くと、こほんと咳払いをしてから陽子は話を続ける。

 

「あなたたち、最近頻発してる精神失調症や神隠しについては知ってるかしら?」

「はい、良くニュースになってるので」

「じゃあその原因がデジブレインにあるって言ったら、信じる?」

「……どういう事です? ニュースじゃ原因は不明だって」

「それは表向きの情報。デジブレインはあの世界を介して人間世界のデータをジャックして自由に操る事ができるし、あなたたちがされたみたいに人間を自分の世界に招き入れる事ができるの」

 

 動揺が三人の間で拡がる。ひょっとしたら自分たちも行方不明になっていたのかも知れないという事実を突きつけられ、困惑していた。

 そこへ追い打ちをかけるかの如く、陽子が三人の知らないさらなる真実を口にする。

 

「デジブレインはデータ以外にも人間の精神をジャックして感情を捕食する事もできる。そして食べられた後の人間は意識を失って、まるで魂が抜けたみたいに無気力な状態になる……デジブレインを倒せば元通りになるけどね」

「それが精神失調症や神隠しの真実、ですか」

「そういう事。じゃ、ここまでで質問とかあるかな?」

 

 まだ動揺が抜けきっていないところで、陽子が問う。

 翔は戸惑いながらも、「じゃあ」とおずおずと手を挙げた。

 

「……ここはホメオスタシスのアジトなんですか?」

「そうなるわ。だから、三人ともあんまり警戒しないで貰えると嬉しいんだけれど」

 

 口元に苦い笑みを浮かべる陽子。しかし当の三人、特に鋼作の反応は冷ややかだった。

 

「突然翔を撃って、何も言わずに俺たちをどこかも分からん場所に閉じ込めたような連中を信じろって? 無理があるだろ」

「それについては本当にごめんなさい……ちょっと鷹弘、あなたも謝ってよ」

 

 陽子は、自分の後ろで腕を組んで壁にもたれかかっている白衣の男に声をかける。

 しかし男は三人と陽子にチラリと視線を向けただけで、すぐに面倒くさそうに観葉植物へと向き直った。

 あまりにも無愛想な彼に、陽子は大きく溜め息を吐く。

 

「えっと、ごめんね? こいつは静間 鷹弘っていうの。ホメオスタシスのリーダーよ」

「静間? 静間、って」

 

 彼の名を耳にして、徐々に翔らの目が見開かれていく。

 そして次の瞬間には、鋼作と琴奈は同時に『えー!?』と叫んでいた。

 

「『Z.E.U.S(ゼウス)グループ』の会長と同じ苗字じゃない!?」

「まさかあんた、あの静間 鷲我(シズマ シュウガ)の息子なのか……!?」

 

 Z.E.U.Sグループとは、帝久乃市に本拠を構える、日本最大にして世界でも主要な巨大企業である。

 小さなものは印鑑から、大きなものは人工衛星まで。先進的技術を利用した多種多様な事業を手掛け、膨大なシェアを築いている。

 母体となっているのはシズマテクノロジーという会社で、数多の企業を傘下に治め、取り込み続けてできたのが今のZ.E.U.Sである。

 そしてそのシズマテクノロジーこそがN-フォンとテクネイバーの開発元であり、会長にしてCEOの静間 鷲我はこれらのシステムの生みの親なのだ。

 ちなみに会社のシンボルマークは双頭の大鷲である。

 

「だったらどうした。そんなに驚く事でもねェだろうが」

 

 蚊でも払うような動作で手を振り、鷹弘は心底面倒そうに言い放った。相手にする気が一切無いようだった。

 それでも鋼作は怯まない。飽くまでも強気に、鷹弘へと詰め寄る。

 

「あの時の赤い仮面ライダーはあんただろ! なんで翔を撃った!? 響はどこに行ったんだよ!?」

「……」

「何か答えろ!」

「天坂 響は病院だ。肩の負傷が理由でな」

 

 掴みかからんばかりの勢いだった鋼作の態度が、一転して大人しくなる。琴奈も俯いているが、特に意気消沈しているのは翔だ。

 響がケガを負ってしまったのは、あの世界で先走った事をしてしまったのが原因だ。大人しく助けが来るのを待っていたら、響が助けに現れて全員無事に戻れたはずなのだ。

 そして、探索しようと言い出したのは翔自身だ。翔は、段々と両肩が重くなるのを感じつつも、恐る恐る「兄さんの容態は?」と訊ねる。

 

「命に別状はない。だが、退院までの間ホメオスタシスとしての活動はできねェよ。ガキ共が余計な事してくれたせいでな」

「ちょ、ちょっと鷹弘!」

「事実を言ってるまでだ、コイツらのせいで響は当分戦えなくなった。ようやくライダーシステムが完成したってのによ」

 

 言った後でさらに「こんな事ならアイツに預けなきゃ良かったぜ」と追い打ちのように言い放ち、鼻を鳴らす。

 すると、翔も僅かに唇を震わせながら、声を発した。

 

「だったら僕が。僕が、兄さんの代わりになります」

「……ンだと?」

「兄さんが動けないのは僕の責任です。だから、僕が変身して――」

 

 そこから先は言葉にならなかった。

 突然鷹弘が翔の胸倉に両手で掴みかかり、先に怒号を浴びせたからだ。

 

「ナメた口叩いてんじゃねェぞテメェ……運良く勝てたからって調子に乗んな! 自分たちが部外者だって事を自覚しやがれ!」

「そんな、僕はただ」

「素人がこれ以上ウロチョロすんじゃねェ! テメェに仮面ライダーの資格なんざねェんだよ、軽々しく『変身する』なんて二度と抜かすな! 分かったかバカ野郎!」

 

 鷹弘はほとんど手を叩きつけるようにして翔を離し、背中から陽子が声をかけても、一切振り向く事なく立ち去った。

 そうして陽子は、今度は突然の出来事に唖然としている翔へと再び頭を下げる。

 

「本当にごめんなさい。でも、私も同じ意見なの」

「え?」

「できる事ならあなたたちには、これ以上この件に関わって欲しくない。やらなくても良い戦いに巻き込まれて、今までの平和な日常を失うのは辛いわよ?」

 

 陽子の切実な言葉に三人とも沈黙する他なかった。

 あの時は、響を助けて自分たちも助かるためだけに無我夢中で戦ったに過ぎない。それが叶った今、これ以上何を望む必要があるというのか。

 精神失調症にせよ、わざわざ危険に飛び込まずとも彼らホメオスタシスなる組織が解決してくれる。ならば確かに関わり合う理由はどこにもない。

 散々に迷った挙げ句、翔は陽子の目を見つめて「分かりました」と言葉を絞り出す。

 

「でも、もし何か力になれる事があったら言って下さい」

「何もない方が良いんだけどね……今日はもう帰りなさい、見送るから」

 

 陽子に促され、翔らは部屋を後にする。

 室外に出た後は真っ白な壁を横目にしつつエレベーターへと移動し、地下階から地上へ移動。

 そのままエレベーターから出ると、今度はそこが現実世界のオフィスビルのロビーである事が分かった。しかも、先程話題にも上がっていたZ.E.U.Sグループのビルだ。

 

「じゃあね」

 

 振り向けば、陽子が三人に向かって手を振っている。三人共手を振り返して、その場を後にした。

 もうすっかり日が没し、夜になっている。歩いてしばらくは誰も話をしなかったが、鋼作が「今日あった事は忘れよう」と言うと、翔も琴奈も同意した。

 そうして、時間も時間なので三人はそのまま解散する事になった。

 

「……本当にこれで良かったのかな」

 

 帰り道の途中で翔がひとりごちる。

 あのベルトは元々自分のものではないし、彼らホメオスタシスとも関係のない立場なのは事実。こんな結果に終わるのは当然だ。

 しかし、何か納得できない。このまま終わるのは何かが違う気がする。もやもやした気分のまま、翔は家路につくのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 翌朝、帝久乃市の病院にて。

 静間 鷹弘は、果物の入ったバスケットを片手にひとりでこの場所を訪れていた。ここに入院している天坂 響の見舞のためである。

 受付を済ませて病室の扉を開くと、鷹弘は既に二人の先客がいる事に気づいた。

 一人は白髪交じりで髭を顎や口周りに伸ばしている50代の男。黄色いヨレヨレのアロハシャツの上から薄汚れた革ジャンを羽織っており、どこかだらしない風貌だ。

 もう一人は正反対に、黒いワイシャツに白いジャケットをしっかりと着込んだ清潔感のある男だ。歳は20代後半、黒い髪を短く揃え、銀縁の眼鏡をかけている。

 ただし、清潔な雰囲気の男の方は、白髪の男にはない特徴がある。それは、車椅子だ。男は脚の自由が効かないようで、車椅子に座っているのだ。

 

「やぁ静間くん、お疲れ」

 

 鷹弘の姿を捉えると、車椅子の男は明るく爽やかな表情を見せながら声をかける。

 

「先輩と刑事さんもお疲れさんス」

 

 鷹弘が頭を下げると、「まさかこんな事になるとはな」と髭の男の方が口を開く。

 

「響坊が入院ってのは驚いたぜ」

「ライダーシステムが完成した矢先ですからねぇ」

 

 車椅子の男は苦笑しながらそう言った。

 髭面の男は安藤 宗仁(アンドウ ムネヒト)、サイバー犯罪の他にサイバー・ライン絡みの事件に対処するために設立された電脳特務課――通称『電特課』に所属する刑事で、階級は警部補である。

 車椅子に座っている方の男は御種 文彦(ミタネ フミヒコ)。彼もまたホメオスタシスの一員であり、戦闘はできないがホメオスタシスと電特課の橋渡しをする役目を担っている。

 文彦が車椅子のハンドリムを操作して道を開けると、そこにいたのはベッドに腰掛けている響の姿だ。左腕に包帯を巻き、鷹弘に向かって微笑んでいる。

 

「……案外元気そうじゃねェか」

「快適な病院ですからね。すいません、こんな事になってしまって」

「別に構わねェよ。それより……」

 

 チラリ、と鷹弘は後ろの二人に視線を向ける。

 すると文彦は頷いて膝の上に置いたノートパソコンを開き、宗仁はタブレット端末『N(ネイバー)-パッド』を鞄から取り出した。

 

「また出たみたいだよ、恐らく取り逃がしたって言う例のカメレオン・デジブレインだ」

「警察の方でも人を襲う怪人の報告が挙がってる。この件は俺らの領分だ、調査の必要があるな」

 

 二人が言って見せた映像には、家電量販店の前を歩いている男女が突然動きを止め、目に見えない何かに引き摺られるようにしてモニターに吸い込まれる映像が流れている。

 明らかに異様な光景だが、周りの人間は気づいていないようだった。

 映像を見ながら、宗仁は不思議そうに眉根を寄せる。

 

「あのモニターから出てきたらしいが、随分派手に動いてるな。どうしたんだこりゃ?」

「響くんの弟くんだっけ? 彼と戦った後の負傷を癒やすためだと思いますよ。これ以外にも一体のデジブレインを確認しています」

「……マジに余計な事してくれたぜ」

 

 顔を顰めて舌打ちをする鷹弘、そんな彼を諌めるように文彦は「まぁまぁ」と微笑みかける。

 

「そう責めないであげなよ、一体倒してくれただけでも充分じゃないか。筐体のゲートももう塞いでおいたしさ」

「俺はそう思わないスね、素人が無駄に出しゃばったせいで今こんな事になってんだ。そもそも、あのガキが変身できるって事そのものが異常だってのに」

「……君は怒るかも知れないけど、正直彼が羨ましいねぇ。僕は戦えないからさ」

 

 目を伏せ、自らの両足を手でさすりながら文彦は気の沈んだ口調で言った。

 鷹弘はばつの悪そうな顔をしながら、視線を床に泳がせた後で、「すまねェ」と謝罪の言葉を口にする。

 

「先輩だって、あんな事さえ起きなきゃ……戦える身体だったのに」

「いや、謝らせるつもりはなかったんだ。こっちこそごめんね、暗い話は終わりにしよう。新しいライダーの適格者は見つかりそうかい?」

「まだスね。正直、数合わせに素人を増やしても意味ないし、そんな事するくらいなら俺一人で充分じゃねェかと思うんで」

「そうなの? それなら彼の弟くんにやらせてあげたって良いんじゃない?」

「何言ってんスか先輩。アイツだって素人でしょ」

「でもさ、一人だったらやっぱり君の負担が増える一方だよ? 一応は戦いの経験がある彼を引き入れたって良いんじゃないかな。なぜそこまで彼を拒むんだい?」

「それは……」

 

 途端に鷹弘が口ごもる。意図が分からず文彦は首を傾げ、宗仁は肩を竦めている。

 そこへ、神妙な面持ちをした響が口を開いた。

 

「俺は翔にベルトを預けるのに賛成です」

『!?』

 

 全員が一斉に、響に注目する。そして真っ先に響へと詰め寄ったのは鷹弘だ。

 

「テメェ本気で言ってんのか!? 自分の弟だろうが、最悪死ぬかも知れねェんだぞ!?」

「落ち着いて下さい、これは本人が了承した場合の話です。それに現場で直接見ていましたがあいつには戦いのセンスもある、訓練と実戦経験を積めばもっと伸びるでしょう」

「そういう問題じゃねェだろ……!」

「俺が復帰するまでの間だけですよ。翔なら多分大丈夫です」

 

 なおも鷹弘は躊躇するが、響の力強い瞳に少々気圧されてしまう。他の二人も、静かに響と鷹弘の様子を見守っていた。

 響は「それに」と言葉を紡ぎ、窓の外に拡がる青空を眺める。

 

「俺がこうしている間にも傷ついたり、精神失調症になってしまう人は確実にいる。それこそ、命を奪われる人もいるかも知れない。だったら俺は……より多くの人が救われる道を選びたい」

「……」

「翔ならきっとそれができる。俺はそう信じています」

 

 響は振り向き、まるで自分の事のように自信に満ちた笑顔を鷹弘たちに見せつけた。

 それを見て鷹弘は目を逸らすように俯き、舌打ちをして背を向ける。そして振り返らないまま、真っ直ぐに退室する。

 

「……俺は反対だからな」

 

 最後に一言、そう言い残して。

 

 

 

「……ここだったな」

 

 病院から去った後、鷹弘は動画で見た家電量販店に立ち寄っていた。無論、調査が目的である。

 既にゲートは塞いであるが、デジブレインもその場から移った後らしい。

 何か痕跡が残っていればと鷹弘は考えていたが、無駄足となった。舌打ち混じりに、鷹弘はそこから去ろうとする。

 が、その時。

 

「きゃああああ!?」

 

 突如、店の外から悲鳴が響き渡った。

 何事かと思い外へ出ていくと、カメレオンとはまた異なるタイプのデジブレインがそこにいた。

 赤茶色の毛並みに短く尖った耳、そして筋骨隆々の強靭な肉体と口の端に生えた巨大な牙。

 イノシシ型のデジブレイン、ボア・デジブレインだ。その姿を見た鷹弘は驚きを隠し切れないでいた。

 

「もう一体出たとは聞いてたが、なんでこんなところにいやがる……!」

 

 鷹弘はポケットからマテリアフォンを取り出し、ベルトのマークのアイコンをタッチする。

 すると即座にアプリドライバーが装着され、鷹弘は続けてマテリアプレートを起動する。

 

《ドライバーコール!》

 

 さらに鷹弘はマテリアプレートを取り出し、スイッチを起動。プレートからは電子音声が流れた。

 

《デュエル・フロンティア!》

 

 ガンアクションアプリの代表、デュエル・フロンティア。プレイヤーはガンマンとなり、未開の地を巡って他のガンマンや原住民と苛酷な戦いを繰り広げるという内容だ。

 続けざまに鷹弘は、プレートをバックルへと装填した。すると、西部劇のガンマンのような風貌のビジョンが出現。ボアに威嚇射撃を行い、攻撃を妨げた。

 

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

「変……身!」

 

 攻撃にボア・デジブレインが怯んでいるその隙に、鷹弘はマテリアフォンをドライバーにかざし、変身する。

 

Alright(オーライ)! マテリアライド! デュエル・アプリ! 孤高のガンマン、インストール!》

 

 鷹弘の全身が赤い光の膜に包み込まれ、ガンマンは全身を装甲に変異。翔の時と同様、見る見る内に姿が変わっていく。

 真っ赤なボディに、テンガロンハットの形状を模した頭部。眼の色は緑で、黒いポンチョを靡かせており、踵に拍車のついたペコスブーツを履いている。

 これがデュエル・フロンティアによって変身した鷹弘の姿、名を仮面ライダーリボルブという。

 

「テメェと遊んでる暇はねェ……さっさと終わらせてやるよ」

《リボルブラスター!》

 

 前へとかざしたリボルブの手に銃が握られたかと思うと、目にも留まらぬ速撃ち(クイックドロウ)でボアの体に発砲した。あまりの速度にボアは身動きすら取れず、左脚の膝を撃ち抜かれる。

 リボルブの勢いはまだまだ止まらない。右手にリボルブラスター、左手にマテリアガンを構え、連射し続ける。

 すると一方的にやられていただけのボアが咆哮し、顔全体を腕で覆って突進して来た。まさに猪突猛進といった勢いだ。

 

「遊んでる暇はねェって言ったろ」

 

 だが、リボルブは一切慌てる素振りを見せない。武器を投げ捨て、ベルトに装填したマテリアプレートをさらに押し込む。

 

《フィニッシュコード!》

 

 電子音声が流れ、リボルブは続けてマテリアフォンをかざす。必殺技の態勢だ。

 

「くたばりやがれ」

Alright(オーライ)! デュエル・マテリアルバースト!》

 

 リボルブの右脚に赤い光が収束し、爆進してきたボアへと両腕の隙間に突き刺さるような蹴りが、カウンター気味に炸裂する。

 その一撃はボアの両腕を貫通し、頭へと正確に命中。生え揃った牙は粉々に消し飛び、そのまま全身が消滅した。

 

「デジブレインはブッ潰す……データの塵ひとつ残さず、この俺が」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同日の昼休み。帝久乃学園の校舎の屋上で、翔は寝転がっていた。

 雲の流れる青空をぼうっと眺めながら、どこにでもなくゆらりと右手を伸ばす。何も掴んでいない指の隙間を風が流れ、髪を揺らす。

 

「よ、何やってんだ翔」

「日向ぼっこ?」

 

 そんな翔に声をかけたのは、鋼作と琴奈だ。翔は身を起こし、「いえ」と首を横に振る。

 

「ただ、空って青いんだなって」

「急にどうした?」

「……あの時、サイバー・ラインで見た空。覚えてますか?」

「忘れようって言ったろ」

 

 そう言いつつも、呆れたように笑って入るが鋼作の表情は決して不快そうなものではない。

 忘れろと言って簡単に忘れられるわけがないのだ。言い出しっぺの鋼作であろうとそれは同じで、その気持ちは翔にも分かる。

 

「あの場所で見た空はこんな色じゃなかった。もっとドス黒くて、見るだけで不安になるような」

「そうだったな」

「ほんの短い時間あそこにいた僕らでさえ……恐怖でどうにかなりそうだった。けど話を聞く限りだと、長い時間ずっと苦しめられている人だっている。あんな空が当たり前になってしまうくらいに」

「翔、お前……」

 

 Z.E.U.Sのビルで別れた後も、翔はずっと悩んでいたのだ。

 このまま終わるのが正しいのか? 真実を知ってなお、何もしない事が本当に正しいのか?

 何度考えても結論はひとつ、それは『今の自分にできる事は何もない』だ。事実翔自身のせいで響は負傷した。この件に関わるべきではないし、余計に引っ掻き回してはいけないのだろう。

 だが、翔はその結論に達してもなお納得できなかった。じっとしてはいられなかった。

 

「お前の気持ちは分かったよ。けど実際どうする? 俺たちに何ができるんだよ?」

「……ねぇ、もう一度頼みに行ってみない? 響くんとか滝さんとか、あの静間さんにもさ」

「響はともかく、あの二人が頼んで聞くような相手かよ?」

「それはそうかもだけど、言ってみなきゃ分かんないじゃん。あたしだってこのままで終わりたくないよ」

 

 琴奈に言われ、鋼作は困ったように頭を掻く。そしてニカッと頬を歪ませた。

 

「ったく。そんなモン、俺も同じに決まってんだろ」

「鋼作さん、琴奈さん……ありがとうございます!」

「そうと決まれば! 早速Z.E.U.Sにレッツゴーね!」

 

 元気良く右腕を振り上げる琴奈に、鋼作は「まだ昼休みだっつの」と呆れた様子で言った。翔は、そんな二人を微笑みながら見つめる。

 しかし、そんな時。突然校舎の中から悲鳴が木霊した。

 

「なんだ!?」

「行ってみましょう!」

 

 大急ぎで三人は駆けていく。何が起きたのかは分からないが、不穏な気配を感じ取っていた。

 そして階段を下った先で三人が見たものは、驚くべき光景だった。

 全身に何の特徴も持たず顔が真っ白で鼻も口もない、白い装甲だけが張り付いている無機質な怪人が、人を襲っているのだ。それも、何体もいる。

 

「デジブレイン……!?」

 

 思わず翔が口に出す。

 すると、人間を襲っていたそのデジブレインたちが一斉に翔に注目し、ゆっくりとした足取りで迫ってくるではないか。

 デジャヴのようなものを感じつつ、翔は鋼作らの背を叩いて逃げるよう合図を出した。

 が、鋼作は背後を見たまま立ち止まって動かない。

 

「鋼作さん! 逃げて下さい!」

「いや……無理だ」

「どうして!?」

 

 振り向いた翔の顔が凍りつく。

 反対側の廊下からも、同じデジブレインが襲来しているのだ。見える範囲でも十数体。

 何故突然学校に現れたのか? そんな疑問も浮かんだが、今やそれもどうでも良い話だった。このデジブレインたちを放置してしまっては、校内の生徒たちが精神失調症になってしまう。

 

「翔くん、私たちどうしたら……」

「……僕が注意を引きます。その間に二人は避難誘導を」

「オイ待て、それじゃお前が」

「お願いしますよ!」

 

 返事も聞かず、翔は疾駆する。瞬間、背後にいたデジブレインたちは翔の追跡を開始した。

 自分を狙っている理由は分からないが、この事態は翔にとって好都合だった。誘導の手間が省けるし、他の生徒たちが危険な目に遭わずに済む。

 デジブレインの近くにいる生徒をかばいつつ、できる限り自分への注意を引くために時折振り返って立ち止まるなどして、時間を稼いだ。

 そして階段を飛ぶように降り、このまま外まで誘導しようと翔が考えた、その時だった。

 

「ジジ、ジジジッ」

「うそっ!?」

 

 なんと下階からもデジブレインが現れたのだ。しかも、数は同じく十数体以上。完全に想定外の事態だった。

 囲まれて逃げ場がない。ならば、と翔は躊躇なくデジブレインの顔に殴りかかる。

 しかし、その拳には手応えが全く無かった。生身でスタッグビートル・デジブレインと戦った時と同じだ。

 

「やっぱり専用の武器が必要なのか……!」

「デジッ」

「うわっ!!」

 

 為す術なく翔はあっさりと捕まってしまい、拘束されて窓際まで運ばれる。

 ――地上ヘ落とす気だ。そう悟った時、翔の背筋がゾクリと震えた。

 

「う……お、やめろ! 離せ……!」

 

 翔がデジブレインの腕から離れようともがく。しかし当然通用せず、既にデジブレインは窓を開けていた。

 まさに絶体絶命。最悪の事態に、翔は目の前が暗くなるのを感じていた。

 直後に階段から銃声が聞こえるまでは。

 

「え!?」

「危ないところだったわね、翔くん」

 

 振り返って、翔は目を見張る。そこにいたのは、昨夜出会ったホメオスタシスのエージェントの女性、陽子がいたのだ。

 マテリアガンを片手に、翔に向かってウィンクしている。

 

「滝さん……どうしてここに?」

「カメレオン・デジブレインの動向を追ってたらここに行き着いたのよ。まさかこんな大騒ぎになってるとは思わなかったけど……ね!」

《エッジモード!》

 

 陽子はマテリアガン上部で折り畳まれている刃を展開して銃口に装着、さらにグリップから先を起こしてナイフの形を作る。

 これはマテリアエッジ、マテリアガンと共にホメオスタシスの開発した武器である。

 

「どきなさいベーシック・デジブレイン共! あなたたちに彼は渡さないわ! じきに応援も来るんだから、あんたたちの命はここまでよ!」

 

 エネルギーが集約された刃が、デジブレインたちを襲う。強力な斬撃や陽子の華麗な蹴り技に、デジブレインはたちまち勢いを萎ませていく。

 そのまま翔はデジブレインの手中から廊下に降り、陽子の方へと素早く移動した。

 

「どうして生身の攻撃が効いてるんです?」

「靴や服に特別な素材を使ってるからよ。それより……これ、響くんから」

 

 そう言って翔に手渡したのは、前の戦いで使用したマテリアフォンだった。

 

「これは……どうして僕に!?」

「響くんから連絡があったの。あなたになら預けても良いってさ」

「兄さんが!?」

「けど、本当にそれを使うつもりなら覚悟しなさい。戦う事を選べば、あなたは二度と普通の生活には戻れなくなるわよ。引き返せるのは今この瞬間だけ」

 

 半ば脅しつけるかのような言葉だった。決断するならば今しかない。

 しかしあろう事か、たった今決断を迫ったはずの陽子は苦々しく表情を歪め、「ごめんなさい」と口にした。

 

「私には変身する力がないから、実を言うと押し付けるしかないの。ズルいわよね、都合が悪くなったからってあなたに全部頼っちゃうんだから……本当にごめんなさい」

 

 翔は何も言わない。

 何も言わずにマテリアフォンを強く握り、陽子を庇うように前へ立つ。

 

「僕は押し付けられただなんて思ってませんよ」

「え?」

「今精神失調症で苦しんでいる人や、サイバー・ラインに囚われている人たちは……本当の空を見れなくなっているんだ。こんなヤツらのせいで……何も知らない人たちが平和な生活を奪われて、悲しんで、苦しんでいるんだ!」

「翔くん……」

「だから僕は、この青空を守りたい。当たり前の空の色を守りたい。彼らが無事に戻って来た時のために……彼らが空を見上げた時、また笑って生きていけるために!!」

 

 じっと翔の背中を陽子は見守る。力強い爆発的に溢れる感情が、後ろ姿からでも感じられた。

 

「これが僕のやりたい事、僕の意志です! 戦えない人たちのために、僕が!! 戦う!!」

 

 大声で叫び、翔はデジブレインたちと対峙する。あまりの気迫にデジブレインたちも圧されていた。

 すると、陽子は「マテリアフォンのドライバーアイコンをタッチして」と囁きかける。

 

「それを押せば、アプリドライバーがオートで装着されるわ」

「滝さん?」

「そこまで決意が固いなら、他の誰が何を言おうと私はもうあなたを止めないわ。だから……」

 

 マテリアエッジを再びガンモードに変形させ、陽子はデジブレインたちに牽制の射撃を浴びせる。それにより、さらにデジブレインの勢いは削がれた。

 

「だから、お願い。一緒に戦って! 仮面ライダー!」

「……はい!」

 

 マテリアフォンのディスプレイに表示されたベルトのマークをタッチし、翔はドライバーを呼び出す。

 するとすぐにマテリアフォンがデータを受信し、電子音声と共にアプリドライバーが装着された。

 

《ドライバーコール!》

 

 アプリドライバーの右腰にはマテリアフォンを携行するためのマテリアホルダー、左腰には三つまでマテリアプレートをストックできるアプリウィジェットが装備されている。

 そして、そのアプリウィジェットには一つのマテリアプレートが既に装填されていた。翔はそれを手に取り、起動する。

 

《ブルースカイ・アドベンチャー!》

 

 スマートフォン向けのアドベンチャーRPGアプリ、ブルースカイ・アドベンチャー。プレイヤーは空を飛ぶ巨大な船を駆る冒険者となり、仲間と共に数多の空を巡る旅をするという内容。遊びやすさと王道なファンタジー系ストーリーから人気を博し、総ユーザー数は2000万を超えている。

 翔もこのゲームのプレイヤーだ。先日これを手にした時は無我夢中だったが、青空の名を冠するこのプレートに、今はどこか運命のようなものを感じていた。

 起動後、翔はそのプレートをバックルのスロット、マテリアクターへと差し込む。

 

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

「変身!」

 

 そして最後に、叫びながらマテリアフォンをマテリアクターへかざす。

 すると翔の全身が青い光の膜で覆われ、プレートからは戦士の姿をしたテクネイバー、ウォリアー・テクネイバーが出現。

 翔を守るように、眼前のデジブレインたちを蹴散らした。

 

Alright(オーライ)! マテリアライド! ブルースカイ・アプリ! 蒼穹の冒険者、インストール!》

 

 テクネイバーの姿が散り、青いスーツを鎧のように上からプロテクト。赤い瞳が輝き、両肩の背部からは白銀のマフラーが飛び出した。

 翔が再び仮面ライダーに変身した。避難指示を終え遠くから見ていた鋼作は、歓喜の声を上げる。

 

「頼む……頼むぜ、仮面ライダー!」

 

 その声援に答えるように、翔はデジブレインへ拳を繰り出した。

 素早い拳撃はあっさりベーシック・デジブレインの顔面にめり込み、一撃でその姿を消滅させる。

 続いては蹴りを腹に食らわせ、悶絶したところへ踵落とし。怖気づいた者たちへ今度は鳩尾への拳打を見舞い、たった一瞬で五体のデジブレインを打倒せしめる。

 

「こいつら、弱い?」

「データを充分に取り込めてない、個体としてまだ不完全なデジブレインがこのベーシックタイプだから。数は多いけどね」

「だったらすぐに終わらせましょう」

 

 そう言って、翔は腕を前に差し出す。するとその手に剣が握られ、翔は前進して剣を振るう。

 素手でさえ圧倒されている今、武装した翔に敵う筈もない。デジブレインたちは攻撃も防御もままならず、切り伏せられて行く。

 陽子はと言えば、雑兵が相手とはいえまるで苦戦しない翔に目を丸くしていた。

 

「訓練もなしにどうしてここまで戦えるのかしら……」

「そりゃっ! おぉりゃっ!」

 

 しかし、どれだけ戦っても尽きない敵の数に、流石の翔も息を切らしつつあった。

 

「どうしてこんなにデジブレインが……」

「どこかの電子機器をゲートにしてる可能性が高いわ。その近くに管理権限を持つデジブレインがいるはず、それを探しましょう」

「けど、それじゃ探してる間に皆が危険な目に!」

 

 翔が叫んだのも束の間、遠くにいる鋼作が「任せろ!」と言った。

 

「さっき誘導してる時にそれらしい場所を見つけた! 案内するぜ!」

「鋼作さん……お願いします!」

 

 残る問題はこの場の敵勢の処理。しかし、それも解決の兆しが見えた。

 

「皆さん、こっちです!」

 

 背後の階段から、琴奈が大勢のマテリアガンを持った人々を引き連れて現れたのだ。

 彼らは皆、ホメオスタシスのエージェント。陽子が事前に呼んでいた応援が、琴奈の誘導でたった今到着したのだ。

 

「よし、この場は私たちに任せなさい! あなたはゲートを探して! 近くにあるゲートさえ封鎖してしまえば、データ生命体であるデジブレインたちは人間世界に存在を維持できなくなるの!」

「ありがとうございます!」

 

 翔は近場にいたデジブレインの顔を踏み台にして跳躍、一息で鋼作の隣に並び、共に駆けて行く。

 

「よし! 総員、目にもの見せてやりなさい! 撃てーっ!」

 

 

 

「ここだ翔!」

 

 階段を下って廊下を駆け、到達したのは2階の視聴覚室。確かに、次々にデジブレインたちが溢れ出て来ている。

 恐らくモニターを介して召喚されているのだろう。翔は鋼作に待機するように言い、視聴覚室へ乗り込んだ。

 モニターの電源は点いているものの、室内は薄暗い。剣を構えて警戒しながら、翔は足を進める。

 ベーシック・デジブレインたちはあまり目が良くないのか、翔の方には一瞥もせず、視聴覚室の外を一目散に目指している。

 

「管理権限を持つデジブレイン……どこだ?」

 

 周囲に怪しい影はない。まさか移動してしまったのだろうか。

 そう考えた刹那、背中に鋭い衝撃が走る。

 

「うわっ!?」

 

 慌てて振り向く翔。しかし、そこには誰もいない。

 姿の見えない敵。心当たりは一つしかなかった。

 

「そうか、カメレオン……!」

「ゲヒヒッ」

 

 聞き覚えのある声が視聴覚室に響く。暗所に潜み、攻撃を仕掛けてきたのだ。

 今の騒ぎを聞いてベーシック・デジブレインたちが翔の方を向き、一斉に攻撃を仕掛けてきた。

 カメレオンは前回の対策をしているらしく、この湧いて出てくるデジブレインたちが邪魔をして来るために風を起こす事ができない。

 ではどうやって迎え撃つか。ベーシック・デジブレインの頭を剣で叩き割りながら、考えを張り巡らせる。

 

「……よし、イチかバチか」

 

 翔は頷き、ゲートとなっているモニターに向かって疾走する。

 しかし簡単に見逃す程甘くはない。カメレオンは姿を消したまま舌を伸ばし、翔の脚を絡め取る。

 それこそが翔の狙いだった。

 

「取った!」

 

 翔はその舌を掴み、引っ張る。途轍もない力で引き寄せられたためにカメレオンは転倒、姿を晒してしまう。

 

「よし、これで終わり……」

「ゲギャーッ!」

「えっ!?」

 

 カメレオンは奇声を発し、突如として手刀で自ら舌を切り落とす。

 さらに驚くべき変化が起こった。モニターから出現していたデジブレインの一体がカメレオンの隣に立ったかと思うと、そのカメレオンの肉体と同化し始めたのだ。

 ベーシック・デジブレインを取り込み、カメレオンの周囲の空間にモザイクのようなものがかかったかと思うと、その肉体がグニャリグニャリと歪み始める。

 

「なんだ?」

「ゲゲッ……チチュン!!」

 

 変化が止まってモザイクが消失した時、その姿からはカメレオンの特徴が完全に失われていた。

 頭頂部は茶色、目の周りは黒で塗られ、両頬には黒い斑点。そして存在しなかったはずの嘴が生え、両腕には羽毛が伸びている。

 スズメ型の情報生命体、スパロー・デジブレインだ。

 

「姿が変わった……別のデータを取り込んだって事か!?」

「チチューン!」

「うわっ!!」

 

 素早く鋭い爪が翔を襲う。その威力はカメレオン・デジブレインの舌よりも強大で、僅かだが装甲に傷をつけた。

 

「チュン! チュン!」

「ぐあっ、うわぁっ!」

 

 窓際まで追い詰められた翔は蹴りを喰らい、舞い散るガラスと共に外へ放り出される。

 それだけでは不足と判断したのか、スパロー・デジブレインは飛翔。さらなる追い打ちをかけようと翔へ飛びかかる。

 このまま落ちてしまえば、地面に叩きつけられる。そうなれば変身しているとはいえ死ぬかも知れない。

 自分も空を飛ぶ事ができたなら――。

 

「……あれ?」

 

 そう思った時。翔は、自分の体が空中でもある程度自由に動く事に気付いた。

 瞬間に理解した。これがマテリアプレート、ブルースカイ・アドベンチャーの特性なのだと。専用の剣の装備と風の操作、そして飛行能力だ。

 驚きつつも翔は空中で静止、自分に向かってくるスパロー・デジブレインへ剣を突きつけた。

 

「ヂュッ!?」

「よし、反撃開始だ!」

 

 翔は空中でありながら、自在に剣を振る。スパローも負けじと爪で剣撃を逸らしつつ、蹴りを浴びせようとするが、それは拳で防がれる。

 ある程度状況は好転したものの、翔は安心していない。飛行にはエネルギーを消耗するはず、長時間は使えないと判断したのだ。

 ならば短期決戦だ。隙を突いて必殺技を叩き込む事さえできれば、勝てる。そう考えた翔の耳に、女性の声が飛び込んでくる。

 

「翔くん!! その剣にもマテリアプレートを差して必殺を使えるわ、活用して!!」

 

 陽子の声だ。それを聞き、翔は頷いてスパローに突進しながら、さらに空高く飛ぶ。

 

「チ、チチュ!?」

「もう何も奪わせない。そして、お前らが奪ったものは……僕がこの手で奪い返す!」

 

 翔はスパローの体から離れ、剣を振りかぶる。しかし突進を受けても未だスパローの速さは健在で、繰り出された攻撃を寸でのところで弾く。

 これでは隙が生まれない。どうしたらいいのだろう、と翔が考えた直後の事だった。

 突然発砲音がどこかから響き渡ったかと思うと、スパローの右腕に生えた翼が貫かれたのだ。

 

「チチュチュ!?」

「今のは……」

 

 バランスを失い、そのままスパローは悲鳴を上げて徐々に落下し始める。

 しかし、たとえ地面に落ちたところでデジブレインが消滅する事はない。翔はベルトのマテリアプレートを抜き、剣に装填する。

 

《フィニッシュコード!》

 

 電子音声が鳴った直後、翔はさらにマテリアフォンをかざした。

 

Alright(オーライ)! ブルースカイ・マテリアルスラッシュ!》

「そぉりゃあああっ!」

 

 翔はスパローに向かって降下し、青く輝く剣を振り下ろす。

 スパロー・デジブレインは真っ二つに斬り裂かれ、断末魔を上げる事さえできずに消滅した。

 

「空の色と同じ、青い光……」

 

 その青い閃光に、鋼作も琴奈も誰もが目を奪われていた。

 校舎から様子を見ていた陽子は、その姿を見てポツリと呟く。

 

「仮面ライダーアズール……ってとこかしら」

 

 管理者が倒された事でゲートは失われ、ゲートから現れたデジブレインたちは現実世界に存在を維持できなくなり、次々に消滅していく。

 状況は終了した。生き残ったデジブレインがいない事、この場にもうゲートがない事も確認し、陽子はホメオスタシスのエージェントたちへ撤退命令を下す。

 

 

 

「……やっぱりあなただったんですね、さっきの攻撃は」

 

 スパロー・デジブレイン消滅後。屋上に降り立った翔――仮面ライダーアズールは、そう言った。

 屋上には、一人の男が立っていた。灰色の髪の、鷲鼻の大男。即ち静間 鷹弘だ。

 

「ありがとうございます。お陰で、学校は無事元に戻りました」

 

 変身を解除して頭を下げ、感謝の言葉を述べる翔。事実、鷹弘の力がなければもっと苦戦していただろう。

 しかし、鷹弘から返ってきたのは意外な言葉だった。

 

「何勘違いしてやがんだ、俺はテメェを認めちゃいない」

「え?」

 

 ギロリ、と翔を睨みつけながら鷹弘は言った。

 

「大方、陽子がそのドライバーを渡したんだろうが……俺は認めちゃいないし、そんな勝手を許しちゃいねェ」

「それでも僕は戦います。兄さんの代わりとか、誰かに頼まれたからじゃなくて……これが、僕自身の意志だから」

「……まだ生意気抜かすつもりか」

 

 鷹弘がポケットからマテリアフォンを抜き取る。その気になればいつでもアプリドライバーを呼び出し、実力で打ちのめせるという事だ。

 しかし翔は首を横に振る。この場で戦う意志が一切ないようだった。

 

「僕らで争い合う意味はないはずですよ」

「知った事か。アプリドライバーは元々ホメオスタシスで開発したモンで、テメェは無関係な人間のクセにそれを持ち出してる。奪い返して何が悪い」

 

 一触即発。互いにしばらく睨み合うものの、翔は抵抗する様子を見せない。強固な意志を持った瞳で、鷹弘を見つめるだけだ。

 あわや激突、かと思いきや、鷹弘はマテリアフォンを再びポケットに収めた。

 

「その生意気がどこまで続くか、見物させて貰う。それまでは預けてやる」

「あ……ありがとうございます!」

「勘違いするなよ。テメェに仮面ライダーの資格がないと判断したら、その時は今度こそ……ブチのめす」

 

 そう言い捨てて、鷹弘は屋上から立ち去るのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同日、夜。帝久乃市内にある繁華街の路地裏にて。

 

「……あっ、げほっ……はぁ」

 

 ぼろぼろのローブを纏った少女が、憔悴した様子でゴミ箱の隣に座していた。

 フードを目深に被っており、影に隠れて顔は判然としない。

 時折胸を抑えては、息苦しそうに呻き声を上げている。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 息を切らし、フードの奥で目に涙を溜める少女。泥で薄汚れた体を抱え、隠れるようにして身を縮めている。

 その手にはマテリアフォンに似たデバイスが握られていた。

 

「ここは……どこなの……?」



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EP.03[謎の少女]

「ハッ! せやっ!」

 

 どこか歪みを帯びた、白く無機質な広い空間の中、仮面ライダーアズールは専用武装アズールセイバーを振るう。

 周囲からはベーシック・デジブレインが次々に湧き出て、アズールに襲いかかっている。特別な力を持たないデジブレインだが、数が集まれば中々に厄介な相手だ。

 アズールも前後左右を囲まれ、今にも攻撃を受けそうになっている。しかし、間合いに入ったその時。

 

「そぉりゃあああ!」

 

 剣を水平に構え、アズールはその場で回転。飛び込んで来たデジブレインたちを瞬く間に斬り倒した。

 遠方にもデジブレインたちがいるが、ここでブルースカイ・アドベンチャーを使用して変身した姿、仮面ライダーアズール ブルースカイリンカーの特性が役に立つ。

 飛翔して素早く距離を詰め、さらに頭上からのヒット・アンド・アウェイ戦法で有利を取る。デジブレインたちは皆頭を真っ二つにされ、消滅した。

 いかに数が多かろうと、仮面ライダーは単騎で一網打尽にできる。では、質を上げた場合はどうか。

 アズールが地面に降り立つと、残っていたベーシック・デジブレインたちは次々に結合していく。

 

「これは……」

 

 帝久乃学園でも見た、データ吸収による形態変化だ。

 デジブレインたちはそれぞれ、スタッグビートル・デジブレインとボア・デジブレインに変化する。

 

「よし、かかって来い!」

 

 アズールの言葉に呼応するように、スタッグビートルが突撃、ボアがそれに追従する。

 スタッグビートルの大アゴから無数の光の刃が飛び出し、襲いかかる。しかしアズールは慌てずそれらを切り払い、スタッグビートルの突進はその頭を踏み台に跳躍して回避した。

 狙いは背後にいるボア。上空から真下へ、一気にアズールセイバーを振りかぶる。

 

「そぉりゃぁっ!」

「フゥルルルル!」

「うおっ!」

 

 だが、ボアの交差した分厚い両腕の毛皮と筋肉が、斬撃を受け止めた。

 

「中々頑丈だな……」

 

 まるで鍔迫り合いでもしているかのように、ボアの腕を剣で圧すアズール。しかしボアは両脚に力を込め、逆に押し返し始めた。

 さらにその背後からは、再びスタッグビートルが迫っていた。このままでは挟み撃ちとなるだろう。

 だがそれはアズールにとっては、むしろ狙い通りだった。激突の寸前、アズールは再び飛翔し、二体の頭上に移った。

 

「ギギッ!?」

「フルゥ!?」

 

 必然、スタッグビートルとボアは正面衝突。その隙に、アズールは剣にブルースカイ・アドベンチャーのマテリアプレートを装填してマテリアフォンをかざした。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ブルースカイ・マテリアルスラッシュ!》

「そぉりゃぁぁぁっ!」

 

 投擲されたアズールセイバーが、スタッグビートル・デジブレインの頭を貫く。

 さらにボアが怯んでいる間に、素早く剣からプレートを抜いて再びドライバーに押し込んだ。

 

《フィニッシュコード!》

「フゥルルッ!」

「フッ、セァッ!」

 

 拳を突き出してくるボア・デジブレインに対し、アズールは肩で攻撃を逸らしてから下顎へと強烈なアッパーカットを繰り出す。

 そうして仰け反っている隙に、今度はマテリアフォンをドライバーへかざした。

 右脚が青く輝き、アズールの全身が旋風を纏う。

 

Alright(オーライ)! ブルースカイ・マテリアルバースト!》

「そぉりゃぁぁぁっ!」

 

 アズールは上空へ大きく跳躍、無防備なボアのボディへと凄まじい勢いでキックが命中した。

 断末魔を発してボアの体が爆散し、その場に残るのはアズールのみとなる。

 

『――お疲れ様! 訓練は終了だ!』

「はい!」

 

 頭上から聞こえた声に反応し、翔はアズールへの変身を解いた。

 それと同時に、電脳空間となっていた室内が本来の姿を取り戻す。

 ここは、Z.E.U.Sグループの本社ビルにある地下研究施設。翔が最初に変身した際に目を覚ました場所であり、ホメオスタシスの活動拠点である。

 先程まで翔は、ホメオスタシスのバーチャルトレーニングルームにて、変身時の戦闘訓練を行っていたのだ。

 ホメオスタシスと協力体制を取り、デジブレインの脅威に立ち向かうために。

 

「中々疲れるなぁこれ」

 

 室外へ出て大きく伸びをし、翔は言った。そこへ、トレーニングの様子をモニタリングしていた三人の人物が現れて翔へと声をかける。

 その内二人は翔も良く知る鋼作と琴奈、そして残る一人は……。

 

「お疲れ様、翔くん」

「はい、えっと……御種さん!」

 

 車椅子の男に、翔は一礼する。

 御種 文彦。彼は微笑みながら人差し指で眼鏡を掛け直し、「興味深いデータが取れたよ」と翔に言った。

 

「それにしてもすごいね、君。響くんや静間くんには及ばないとはいえ、ここまでの戦績が出せるなんて羨ましいよ。本当に何も訓練とかしてなかったのかい?」

「ないですけど、うーん……心当たりみたいなのはあるかも」

 

 苦笑いしながら翔が思い浮かべたのは、響とのVRゲームによる対戦の数々だ。

 響にも翔に対して特訓を課すという意識はなかったのだろうが、それが結果として高い戦闘能力に繋がっているのだろう。

 その事を文彦に話してみると、彼は翔の意見に「それはあり得るね」と同調してみせた。

 

「彼もここでのトレーニング以外に、VRゲームをプレイして特訓しているようだった。元々ゲーマーの彼は、このトレーニングシステムにゲームとの共通点を見出していたのか……なるほどなぁ」

「でもすごいと言やぁこの施設の方じゃないか? あんな高度なホログラムを作れるなんて……本物かと思ったぜ」

 

 周囲の機材や装置を見回しながら鋼作が言う。彼と琴奈も翔と共に、ホメオスタシスに協力するためにやって来たのだ。

 文彦は車椅子を操作しつつ、微笑んで「もちろん本物じゃないよ」と言った。

 

「あれは訓練用の立体映像。実際に攻撃されても痛みとかはないけど、ダメージ判定があればその分戦績に影響が出る」

「アレって誰でも参加できるんですか?」

 

 興味本位と言った様子で、今度は琴奈が訊いた。

 

「この中でマテリアプレートの性能テストもできるからね、生身での戦闘訓練もできるし」

「じゃあ、静間さんと響くんだとどっちの方が戦績が良い?」

 

 またも興味本位で琴奈が訊ねる。その質問には少し渋い顔をし、文彦は困ったように言葉を詰まらせている。

 すると、翔たちの背後から「響くんよ」と答える女性の声が聞こえた。

 声の主の正体は、陽子であった。

 

「鷹弘は元々科学者だったからね」

「へー、そりゃまた意外だな。あれでデスクワーク派だったのか」

「まぁホメオスタシスのリーダーで仮面ライダーだからね、デジブレインを倒すためにアイツも必死で頑張ってるのよ」

 

 どこか遠くを見るような目をしながら、陽子はそう言った。

 恐らく彼女は真近でその努力を見続けてきたのだろう。それが嬉しくもあり、寂しくもあるのだろうと翔は思った。

 というのも、翔自身も兄の響がゲーマーとして特訓を重ねて来たのを見ていたので、その遠くへ行ってしまうような気持ちが分かってしまうのだ。ホメオスタシスのエージェントだという経歴を知った今でも、より一層感じるのだ。

 しんみりとした気持ちになりつつも、翔は再び話題を変える。

 

「デジブレイン……あの、彼らの目的は何なんですか? どうして人間を襲って精神失調症に?」

「うーん……そこはまだ確実に言える事は少ないんだけど。デジブレインが情報生命体、つまりはデータの塊だって話はしてるわよね?」

 

 一同は頷き、肯定。陽子も文彦もニコリと笑って「よろしい」と話を続けた。

 

「デジブレインは生命体だけど、心や感情というものがないの。だから、私たち人間の感情を奪って吸収・観察するという形で、それらを理解しようとしてるのね」

「あれ? ちょっと待って下さい、僕が戦ったデジブレインたちは戦ってる途中で皆何かしらのリアクションをしてましたよ?」

「それは元の生物や人間のデータを取り込んだから、形だけ模倣してるのよ。そうするのが統計的に正しいって観測した上で実行してるだけで、意思があってやってるわけじゃないの」

「うーん、分かったような分からないような……」

 

 そもそも、感情を理解してどうしようというのか? 翔や鋼作・琴奈にはそれが分からなかった。

 するとまるでそれを悟ったかのように、文彦が横から「これは僕の推測でしかないんだけど」と前置きした上で話し始める。

 

「彼らは自分たちにはない感情というモノを得て、より完全な生物になろうとしてるんじゃないかな?」

「どういう事です?」

「えっとね、そもそもアプリドライバーは変身者の感情を素材にエネルギーへと変えて、そのエネルギーを利用して動いてるんだ。『カタルシスエナジー』って言うんだけど」

「……つまり、心を持たないデジブレインはそのカタルシスエナジーを自分で生み出せない……?」

「そう、そういう事。さて、彼らはゲートがないとエネルギーを失って、現実世界に体を維持できないのは知っての通りだ。でも……もし、もしだよ? 心という無尽蔵の資源から自力でエネルギーを生み出せるようになれば?」

 

 そこから先は言葉にせずとも容易に想像できた。デジブレインたちが現実世界に溢れ出し、世界は混沌の渦に巻き込まれるだろう。

 さらに、もしその通りになれば人類は真っ先に淘汰される。何故なら、デジブレインに対抗する武器を作り得る唯一の存在だからだ。

 途端に翔は背筋が寒くなるのを感じた。そんな彼の様子を見て、まるで「脅しすぎ」とでも言いたげに文彦を横目で睨んだ後、今度は陽子が口を挟む。

 

「事実がどうあれ、今デジブレインたちのやってる事は明確な侵略行為よ。そんなの許しちゃいけない、ヤツらは私たちの手で止めるの。いいわね?」

「……はい!」

 

 そう締めくくった後で、陽子はパンッと手を合わせて「私たちはリーダーに報告があるから、この辺りで」と言って文彦と共に立ち去った。

 

「俺たちも、ここで手伝えそうな事を見つけたからさ」

「そういうわけだから失礼するわね」

「はい、ありがとうございます! 皆で頑張りましょう!」

 

 鋼作と琴奈も、そう言ってそれぞれの持場へと向かう。

 一方翔は、戦闘訓練が終わったので一時休憩となる。しかしゲーム以外特にする事もなく、15分程度の休憩ではプレイしてもたかが知れているので、仕方なく散歩のため外出するのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

『なるほど、それで彼の弟が変身する事になったのか』

「ああ」

 

 同日、ホメオスタシス本部・司令室にて。リーダーの鷹弘は、ある人物と通話し連絡を取り合っていた。

 机の上に小さなホログラムとして映っているのは、鷹弘と同じく鷲鼻で口髭と顎髭を生やした人物。年齢は40代後半と言ったところだが、顔立ちも鷹弘と良く似ている。

 この男こそはZ.E.U.Sグループの会長兼CEOにしてホメオスタシスの創始者、静間 鷲我である。

 

『しかし不可解だ。処置を施していない者が仮面ライダーになったというのか? 本来ならば起こり得ないはずだが』

「俺もそこが妙だと思ったんだ。だから今、先輩と陽子に調べて貰ってる」

『フム……』

「親父?」

 

 机の上の鷲我が、顎に手を添え髭を撫でる。彼が考え事をしている時の仕草だ。

 何か気になる事でもあるのか、という言葉が喉から出かけたが、その前に鷲我が顔を上げる。

 

『ともかく、できる限り彼から目を離すな鷹弘。私も彼について色々と調べておく』

「……分かった、こっちもまた何かあったら連絡する」

 

 通話が終わり、鷹弘は手を組んで長く息を吐く。

 直後、扉をノックする音が聞こえた。鷹弘は「入れ」と短く声をかけ、手を机に戻す。

 そうして入室したのは陽子と文彦であった。

 

「やぁ。訓練のついでに軽く検査してみたよ」

「そうスか。どうでした?」

「なんというかね、本当に興味深いデータが取れた」

 

 そう言った文彦だが、その表情はどこか深刻なものだ。

 一体どんな報告が飛び出すのか、鷹弘は静かに次の言葉を待つ。

 

「まず、彼に改造手術の痕跡があるかどうかについてだ」

 

 鷹弘と陽子は頷く。

 ここで言う改造手術とは、本来アプリドライバーを使用する場合に必要な処置の事。

 手術とは言うがそこまで大掛かりなものというわけではない。両手首・足首に制御チップとナノマシンを埋め込む事で、徐々に被験者の体に『リンクナーヴ』という擬似神経細胞を形成するというものだ。

 

「結論から言おう。彼の手首・足首にチップやナノマシンは検出できなかった」

「えっ、そんな事あり得るの? それじゃ体にリンクナーヴが作れないじゃない」

 

 陽子が驚くのも無理からぬ事で、このナノマシンとリンクナーヴには大きな役割があるのだ。

 リンクナーヴはナノマシンが被験者の生体情報を読み取って作り出したコードのようなもので、アプリドライバーを使用した際に現れるパワードスーツは、体内にあるこのコードをスキャンして生成される。変身者の体に必ずフィットするのはこれが理由だ。

 そのため神経細胞だが実体がなく、肉眼でも見えず触れる事さえもできない。体の一部がデジブレインやテクネイバーのようになっていると考えれば良いだろう。

 さらに、仮面ライダーがテクネイバーをプロテクターとして纏う時にも一役買っている。テクネイバーはデジブレインと同じく情報生命体であり、本来現実世界には定着できない。しかし、リンクナーヴがあればその変身者に合着するという形で実体化できるのだ。

 リンクナーヴが持つ役割はまだある。ライダーシステムはカタルシスエナジーを動力としており、そのエナジーを十全に行き渡らせ稼働させるためのパイプラインとしても使用されている。

 他にもベルト装着時点で変身者の脳に変身に至るまでのシークエンスをインストールするなどといった様々な機能があるが、総合すると仮面ライダーに変身して戦うためにリンクナーヴは不可欠なものなのだ。

 

「普通ならね、だけど彼は変身できている」

「……リンクナーヴは作られてるんスか?」

「うん、聞かれると思って念の為に調べておいたよ」

 

 これからが本題だ、とでも言わんばかりに文彦は興奮した様子で声のトーンを上げた。

 

「すごいよ、ナノマシンがないのに彼の体にはリンクナーヴが生成されてるんだ!」

「はぁっ!? なんで!?」

 

 素っ頓狂な声を上げ、陽子が目を見開く。鷹弘も思わず、信じられない物でも見ているかのように文彦の顔を凝視していた。

 リンクナーヴには適合率というものがあり、ナノマシンを投与した際にリンクナーヴが一切作られない者や、作られても極少量なために変身できるほどのエナジーが確保できない者も多い。

 加えて、そもそもライダーシステムには他にも変身に必要な素養があり、ちゃんと手術を受けてリンクナーヴが確保できたとしても変身できるとは限らないのだ。

 手足のナノマシンが検出されていない事も含め、翔のこれは明らかに異常な事態だった。

 

「どういう事だ……!? あり得ねェだろ!?」

「ああ、だがこうなると問題は制御チップの方だね」

 

 ナノマシンと同様に手首・足首に埋め込むチップには、カタルシスエナジーの供給を制御するリミッターとしての機能がある。

 感情エネルギーに際限はない。戦闘時の高揚感や怒りなどの感情が強くなればなるほど、カタルシスエナジーも強力になり増大する。

 だがそのエネルギーが強大すぎれば、ライダーシステムやリンクナーヴが確実に耐え切れる保証はない。過剰なエナジー供給によってオーバーシュートを引き起こし、アプリドライバーが破損するか変身者の精神・身体に悪影響が出る可能性がある。

 かと言って精神状態を無理矢理抑え付けてしまえば、戦闘力の低下は免れない。それを、ホメオスタシスはカタルシスエナジーの制御チップを設ける事で解決した。

 一度に出力されるカタルシスエナジーの量を制限すれば、変身者の精神状態を阻害せずに、必要な分だけエナジーを取り込めるという寸法だ。

 それが翔にないというのは、大きな問題だ。下手をすれば命に関わる。

 

「……とりあえず、なんでリンクナーヴがあんのかについては後回しだ。陽子、明日辺りあいつにチップ埋め込んどけ」

「了解、手術の手配済ませとくわ」

 

 言いながら陽子は早急に司令室から去り、それに乗じるように文彦も退室。

 残された鷹弘は、どのようにして翔のリンクナーヴの生成経路を調べるかについて頭を悩ませ、そしてすぐ我に返った。

 

「なんであんなヤツの事で悩まなきゃいけねェんだよ……」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 無事訓練が終わり、会社の外へ出た翔は家へと向かって歩き出していた。

 放課後にホメオスタシスの本部へ立ち寄ってから訓練し続けて時間が経ち、すっかり夜になってしまった。

 早く帰ってシャワーでも浴びて、夕飯の支度をしよう。翔はそう思いながら、歩く足を速めた。

 

「……?」

 

 ふと、繁華街の近くにある公園で、翔は唐突に足を止める。ほんの一瞬、茂みの中にいる何者かの影を視界に捉えたからだ。

 夜中とは言え公園に人がいる事そのものは珍しい話ではない。だが、何故身を隠しているのだろうか。翔にはそれが疑問だった。

 それに、一瞬見えた影は形が小さく、子供のように見えたのだ。

 

「誰かいるの?」

 

 翔は思わず声をかけて茂みの方へ近寄り、返事も聞かず無造作に茂みを払った。

 そして、そこにいたものを見て、目を丸くする。

 ぼろぼろで穴だらけのローブを纏っている、銀髪の少女が倒れているのだ。右眼には眼帯を付け、靴も靴下も履いていない。

 顔や体は灰や煤や泥で汚れているが、顔立ちは整っている。西洋の人形のように目鼻立ちが通っていて、それでいてどこか幼さを感じさせる。

 年の頃は13から14と言ったところだろうか。学園や街の中では見かけた事がない少女に、翔は困惑していた。

 

「どうしてこんなところに女の子が」

 

 少しの間少女を眺めていた翔だが、そんな呟きの後にある事に気付く。

 彼女の腕には血が付いており、よく目を凝らせばローブにも血痕が付着しているし、ケガもしているようだ。つまり、彼女は何者かに襲われてこうなったという事になる。

 

「一体誰がこんな事を……まさか!?」

 

 顔を上げ、翔は周囲を見回す。その直後、樹の中から翼を拡げた巨大な影が飛び出して来た。

 翔は咄嗟に少女をかばい、降り立った者の正体を見極める。

 黒みがかった茶色い羽毛に逆立った赤いトサカ。獲物を睨みつけるかのような鋭い目と、スラリと伸びた筋肉質な脚と蹴爪、そして。

 

「コココッ、コケーッ」

 

 何よりもこの特徴的すぎる鳴き声だ。

 

「ニワトリ……いや、軍鶏(シャモ)のデジブレインか?」

「ココケッ、コケッ」

「うわっ!」

 

 少女をかばう翔の姿を見るなり、そのデジブレインはいきなり飛びかかって来た。顔面目掛けてハイキックが繰り出される。

 翔は身を屈めてそれを避け、少女を抱えて走る。ハイキックが命中した金属製の遊具には、まるでナイフで斬り裂いたかのような断面が残っていた。

 

「なんて切れ味のキックだ……」

「コケケケッー!」

 

 その場で軽く飛び跳ねながら、そのデジブレインはムエタイのようなファイティングスタイルで翔を見下ろす。

 一体どこにこのデジブレインのゲートがあるかは分からないが、今はとにかく戦うしかない。翔は自分の後ろでまだ目を覚まさない少女を見ながら、そう考えてマテリアフォンを手に握った。

 

《ドライバーコール!》

「何が目的か知らないけど、この子は渡さないぞ!」

《ブルースカイ・アドベンチャー!》

 

 現れたアプリドライバーに起動したマテリアプレートを装填し、翔はシャモ型のデジブレインに向かって疾走する。

 

《ユー・ガット・メイル!》

「変身!」

Alrigt(オーライ)! マテリアライド! ブルースカイ・アプリ! 蒼穹の冒険者、インストール!》

「ハァァァッ!」

《アズールセイバー!》

 

 変身の直後、翔はアズールに変身して剣を召喚、そのままデジブレインに真正面から突きつける。

 だがシャモ型のデジブレインはそれを最小限の動きで逸らし、アズールの顔に拳を叩きつけた。

 

「くぅっ!? やるな……」

「コケェッ! ケッケッ!」

「わっ、うおっ!」

 

 片足を軸に、全く体幹がブレる事なく軍鶏の蹴り技が繰り出される。右脚から横へ薙ぐような蹴りが頬を掠めたかと思うと、往復して今度は踵の蹴りが途轍もないスピードで襲って来るのだ。

 あまりの速さに反撃すらままならない。飛翔して一旦距離を取ろうにも、その間に少女を狙われる可能性がある。ならば、自分の取るべき行動は――。

 アズールは後方に下がりながら剣を振り、突風を起こしてデジブレインを牽制する。

 

「ココッ!?」

「まだまだ!」

 

 シャモ型のデジブレインは狙い通りに怯み、アズールは剣を上段から振り下ろして肩を斬りつけ、続いて無防備な顎に左手で拳を打ち込む。

 さらに追撃の一太刀を浴びせようと踏み込むが、まるでその時を待っていたかのように軍鶏は胸部目掛けて前蹴りを放つも、アズールはこれを腕で防ぐ。

 しかし完全には威力を殺し切れず、腕の痺れからアズールセイバーを取り落してしまった。

 

「ぐぅ……! うおおおっ!」

「コケッ……コココーッ!」

 

 両者が叫び、勝利に繋がる次なる一手を指す。アズールは取り落した剣を地面に落ちる前に蹴り上げ、軍鶏へと飛ばすが、それは見切られており右側へのサイドステップでかわされる。

 さらにシャモ型のデジブレインはアズールの側頭部へ鋭い飛び回し蹴りを放ち、アズールはそれを伏せて回避。そして、互いに右拳を握り込み、突き出した。

 拳は両者の顔面に命中、共に地に膝をつく結果となった。まさしく実力伯仲、中々決定打も与えられずその隙もなく、仮面の中で翔の頬に汗が伝った。

 

「ココ、コケコッ!」

 

 そうしていかに攻めるかと思考を逡巡させていた時、目の前のデジブレインが何事かを鳴いたかと思うと、大きく地面から跳躍。そのまま電灯の上に立った。

 上から攻撃するつもりか。そう思ってアズールが身構えたものの、あちらの狙いは全く違った。両腕を大きく拡げてまた鳴いた後、繁華街の屋上へと途轍もない脚力で繁華街の方角へ飛んだかと思うと、そのまま忽然と姿を消してしまったのだ。

 

「しまった!」

 

 逃してしまった。このままでは街に被害が出るかも知れない、そう思って翔は変身を解除し、マテリアフォンでZ.E.U.Sのメンバーに連絡を送る。

 すぐに追わなければ。そうも思ったが、足元で未だに倒れている少女を放っておくわけにもいかない。そもそも彼女は狙われていたのだ、放置するのは危険だろう。

 それにしても、彼女はなぜ目を覚まさないのか。もしや、精神失調症になっているのでは?

 思考がそこまで及んだ時、少女の片目が開かれる。精緻に細工されたサファイアのような、透き通った綺麗な瞳が露わとなった。

 

「あー……えっと、大丈夫? 君、ここで気絶してたんだけど」

「……」

 

 少女は黙って立ち上がると。

 何も言わず、翔に背を向けて歩き始めた。

 

「え? あれ? ちょっと、どうしたの?」

 

 困惑し、泥で汚れるのも構わず翔は彼女の肩に手を置いた。

 すると少女は即座に手を払い除け、眉一つ動かさずに言った。

 

「触らないで」

 

 あまりにも素っ気ない、というよりも冷たい態度。翔の顔を見る事すらせず、スタスタと歩き始める。

 翔はそんな少女に対して腹を立てず、むしろ心配した様子で彼女を追いかけて回り込んだ。

 

「君、ケガしてるでしょ? 治療できるところを知ってるから、一緒に行こう」

「ついて来ないで」

 

 取り付く島もない。どうしたものかと翔は頭を抱えていたが、少女がいつの間にか手に取っていたものを見て、目を剥いた。

 それはマテリアフォンだった。しかし、翔や貴弘が持っているものと形状は同じだが色が違う。

 翔たちのマテリアフォンは銀を基調としたシアンとマゼンタのラインが入ったカラーリングである。それに対し、少女が持っているマテリアフォンは黒をベースとしたメタリックゴールドカラーのラインのみ。

 

「ね、ねぇ! それって!」

 

 何故彼女がこんなものを持っているのか。驚いた翔は、思わず彼女の肩――を掴もうとして、誤ってローブを強く握ってしまう。

 そのままボロボロになったローブが破れていき、その中身が晒される。

 

「……。……えっ」

「あっ」

 

 少女が間の抜けた声を上げ、翔が唖然とする。

 裸だった。裸足の時点で翔は気付くべきであったが、少女はローブの下に何も身に着けていなかったのだ。

 彼女の歳にしては大きな、たわわに実った乳房が外気に晒されて体の震えに応じて揺れ動く。反面ウェストはスマートに引き締まって見事なくびれを作っており、そこから曲線を描くように、桃のように丸みを帯びた尻がある。ボロボロのローブでかろうじて泥を凌いでいた肌は陶器のように白く、どこか甘い香りを放っている。

 年相応の身長とは対照的な艶めかしい体つきは、翔を大いに驚かせ、視線を奪った。

 そして、数秒の後に翔は我に返る。見れば少女は体をわななかせ、顔を羞恥の色に染め、片方だけの眼で翔を睨みつけている。

 

「~~~~~ッ!!」

 

 少女が声にならない声を上げた直後、公園に大きな打擲音が響き渡った。

 

 

 

「……それで、そのまま琴奈の家まで連れて来たのか」

 

 翔と響の自宅の斜向いにある、塚原家にて。リビングでソファーに座り、口を押さえて笑いを堪えながら、鋼作が言った。

 それもそのはず、目の前にいる翔の左頬には真っ赤な手形がひとつできあがっているのだ。

 

「ええ……まぁ……」

「災難だったなハハハ」

「笑いながら言わないで下さいよ」

 

 唇を尖らせて翔が言う。

 今、件の少女は琴奈の部屋で着替えている。彼女が昔着ていた服が余っているようで、それを琴奈と琴奈の母親に見繕って貰っているのだ。

 鋼作はしばし翔の赤く腫れた頬を見てニヤニヤしていたが、しばらくすると「ところで」と真剣な面持ちになって翔の顔を見つめる。

 

「ニワトリみてーなデジブレインが出たって言ってたな。そっちは大丈夫なのか?」

「あ、いやそれが……会社にいる滝さんに連絡して急遽調査して貰ったんですけど、それらしい反応はなかったそうです」

「何ぃ? けど、お前見たんだろ?」

「見たどころか実際に戦ったんですよ。マテリアフォンに僕の視点での映像記録が残ってたんで、それも送ったから向こうも存在は認識してるはずなんですけど……周辺でゲートも見つからなかったようで」

「ふーん、なんか妙だなそりゃ」

 

 頭をガリガリと掻きながら鋼作が訝しむ。

 さらに陽子からの話によれば、デジブレインが街や人を襲っているという報告も挙がっていないという。

 まるで目的が全く見えて来ず、謎は深まるばかり。翔はそれを不気味に感じるのだった。

 

「妙と言えば、彼女は一体どこから来たんでしょう? この辺りじゃ見かけない顔ですよね」

「ボロボロの服着た美少女ねぇ、そんなのフラついてりゃ話題になりそーなもんだがな」

 

 二人が再度考え込む。そしてふと、翔がある可能性を口にした。

 

「サイバー・ラインから来た……とか?」

 

 鋼作は「その手があったか」というような顔で翔を見るが、この可能性はすぐに翔自身が否定する。

 

「すいません、これはあり得ないですね。僕ら自身が迷い込んだ時、自力で脱出できなかったワケですし」

「だよなぁ」

 

 ハハハ、と二人は笑い合う。結局のところこちらの謎についても解決はできなかった。

 そうして話している間に、階段から足音が聞こえ「おまたせー」と声が響く。見れば、琴奈が例の少女を伴って二人の方に向かって来ていた。

 全身についた泥を綺麗に洗い流して、黒い眼帯はそのままに白いシャツの上から黒いジャケットを羽織り、ホットパンツと縞模様のニーソックスを履いている。

 どこか不機嫌そうな目をしているが、翔はその姿を見て思わず「おお……」と感嘆の声を発していた。

 

「うんうん、あたしの昔の服取っておいて良かったわ。どうかな、アッシュちゃん?」

「……胸のあたりがキツい」

「ぐふぇ?!」

 

 思わぬ精神的ダメージを受けた琴奈が項垂れてガクリと肩を落とし、その様子を眺めて鋼作が爆笑、そのまま両者掴み合いのケンカに発展する。

 そこへ仲裁に入るかのように翔が横から「アッシュちゃんって?」と口を挟んだ。

 

「この子の名前、アシュリィって言うんだって。だからアッシュちゃん」

「なるほど……アシュリィちゃん、ケガは平気かな?」

 

 翔が問うも、少女は何も応えない。見かねた鋼作は翔に耳打ちする。

 

「なんかこう、随分嫌われてないか? 裸見ちまったんならしょうがないけど」

「いや、会った時からこんな感じだったんですよ」

 

 再びアシュリィを見やると、翔と目が合った途端、ツンと目を逸らしてしまった。

 明らかに不機嫌だ。

 

「えーと……それで、君はどこから来たの? 良かったら教えてくれない?」

「知らない」

「え?」

「何も分からない。何も思い出せない。アシュリィって名前以外の事は、何も覚えてない。満足?」

 

 無表情でそう捲し立て、アシュリィはまた押し黙った。

 記憶喪失。翔らの頭の中に、その言葉が浮かび上がる。

 

「君がどうして追われているのか、その心当たりは?」

「あるわけないでしょ。思い出せないから」

「そっか……辛いね」

 

 翔は悲しげに目を伏せる。その表情は明らかに陰っていた。

 しかしそんな雰囲気にも一切構わず、アシュリィは三人に背を向け扉の方へ歩いていく。

 

「もう行く」

「へっ? 行くってどこへ!?」

「あなたたちがいない場所」

 

 アシュリィは振り向く事なくスタスタと歩き、扉に手をかける。あまりにも冷たい態度に、鋼作も呆れていた。

 だが扉を開いた直後、何か思い出したように「あっ」と声を上げた。

 

「服、ありがと。それだけ」

 

 たった一言そう告げて、今度こそアシュリィはその場から立ち去った。

 

「一体何だったんだ、あの子。やけに無愛想だったな」

 

 鋼作は頬杖をつきながら溜め息を吐いてそう言った。

 彼女が出て行った後も、翔は心配そうに扉の方を見つめている。そしてしばらく悩んだ後、意を決したように立ち上がった。

 

「僕ちょっと行ってきます!」

「待てよ翔」

 

 少女を追おうとする翔の肩を鋼作が掴む。

 翔は「止めないで下さい」という言葉が喉まで出かかったが、それをやめた。振り返った鋼作と琴奈の顔は柔らかく微笑んでおり、止めようとする意思がないようだったからだ。

 

「あの子を追うなら止めねぇよ。実はプレゼントがあるんだ」

「プレゼント、ですか?」

「まぁ追うにはちょいと大袈裟かも知れんが……ちょっとマテリアフォンを貸してくれ」

 

 言われるがまま、翔は鋼作にマテリアフォンを差し出す。そうして何やら操作した後で、再び翔へと返した。

 

「一体何をしたんですか?」

「マテリアフォンに新しい機能を追加したのさ。お前、確かバイクの免許持ってんだろ?」

 

 言葉の意味を理解して、翔は目を見張る。

 

「バイク作ったんですか!? どうやって!?」

「向こうの会社でもバイクのデータがあったからな。仕組みを訊いて、お前が帰って来る前にチョチョイと組んどいた……パルスマテリアラーってんだ、バイクのアイコンをタッチすりゃデータが具現化して出てくるはずだ」

 

 鋼作は得意げながらも照れたように笑い、そして「これで少しはお前の役に立てるかもな?」と言って肩を竦める。

 

「あたしも、怪獣図鑑のアプリを改造してデジブレイン図鑑を作ってるの。待っててね、きっと翔くんと響くんの役に立ってみせるから!」

「二人とも……ありがとうございます! じゃあ、行ってきます!」

 

 そう言って翔は二人に見送られながら、アシュリィを追って琴奈の家を後にするのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「……」

 

 暗い街中を、アシュリィが黙々と歩く。時折電灯に照らされ、浮かない表情で溜め息を吐いていた。

 しばらくすると歩き疲れたのか、アシュリィはバス停のベンチに座り込む。そして、気づかぬ内に持っていたマテリアフォンに似たデバイスを見つめる。

 

「一体何なの、これ……」

 

 アシュリィが呟く。何故こんなものを持っているのかは分からないが、手放す事も彼女にはできなかった。

 彼女は特に記憶を取り戻そうなどと思っていなかった。目を覚ます以前から持っていた以上恐らくこれは自分のものであり、記憶に繋がる何かがあるのかも知れないが、そんなのは重要な話ではない、と考えているのだ。

 

「……アッ、ぐ……また……!」

 

 瞬間、アシュリィの頭の中で激痛が走る。意識を失ってしまいかねない程の、鈍く重い痛み。目に涙が溜まり口から何かが吐き出されそうになるが、グッと堪える。

 しばらくすれば痛みは治まる。だがこのような事態はアシュリィが目覚めてから度々起こっており、彼女を悩ませていた。

 涙を拭いながら、またアシュリィは立ち上がる。そしてふと、自分の服を見て思い出した。

 今日出会った三人の事を。特に、翔の事を。

 だがすぐに頭を振り、彼らの事を振り切るように歩き始める。

 

「あんなヤツら、どうでもいい。私は……独りじゃなきゃいけない」

 

 言いながらアシュリィは歩く足を早める。彼女に記憶はないが、名前の他に二つ確信している事があった。

 それは、他人を信用してはならないという事。そして、自分はひとりでいなければならないという事だ。

 何故なのかは分からない。ただ、そうしなければならないという思いだけが不思議と強く心にあったのだ。

 だが。そんな彼女の行く手を阻む者が、頭上から飛来した。

 

「コケーッ!」

「!?」

 

 シャモ型のデジブレイン。アシュリィはその姿を見て、恐ろしくなって全身を硬直させる。

 しかしそんな事はお構いなしに、この軍鶏はアシュリィへとにじり寄る。アシュリィもそれに合わせるように、一歩一歩引き下がった。

 だがそれも長くは続かなかった。背後から顔のない白色のデジブレイン、即ちベーシック・デジブレインが迫っていたのだ。

 

「あ……ああぁっ!?」

 

 このままでは死んでしまう。そう思った時、アシュリィの口から恐怖の声が漏れ出た。

 そしてベーシック・デジブレインの手がアシュリィに触れようとした、その時。

 

「ウオオオッ!!」

 

 青いバイクが稲妻のようにやって来た。

 見れば、既に変身を終えた仮面ライダーアズールが、パルスマテリアラーでアシュリィのいる方へと迫っているのが分かった。

 アズールはパルスマテリアラーの車体をぶつけ、半数のベーシック・デジブレインを蹴散らす。生き残った者たちも、バイクを反転させ後輪をぶつけ、全て捻じ伏せた。

 

「アシュリィちゃん、大丈夫!?」

 

 言いながらアズールはバイクから降り、アズールセイバーを呼び出して軍鶏に斬りかかった。

 しかし攻撃を簡単に受ける相手ではない。攻撃はバックステップして距離を取るついでに回避されてしまった。

 

「どうして来たの!? バカじゃないの!?」

「放っておけないからだよ」

「放っておいてよバカ!! 私が狙われてるのを知ってて、なんでこんな事するの!?」

「君が独りだからだ」

 

 シャモ型デジブレインの蹴りを剣の腹で受け止めながら、アズールは言った。

 

「今でこそ友達がいるけど……僕は昔、大切な人に見捨てられた事がある。兄弟もいるけど、あの人は昔から僕なんかよりすごい人だった。何でもできて、何でも知っていて誰よりも強くて……身近にいてもずっと背中ばかり見ているような、遠い存在のような、だから二人でいるはずなのにずっと孤独に感じていたんだ」

「え……?」

「だからってワケじゃないし、もしかしたら僕が想像してるよりもずっと辛いかも知れないけど……なんとなく分かるんだよ、君の気持ちが」

 

 今度はアズールが斬撃をしかけるが、難なくサイドステップで回避され、逆回し蹴りを横腹に食らう。

 

「ぐっ、く……! それに……命を狙われている人間を助けない理由なんて……絶対にない!」

 

 再度アズールが剣を振りかぶる。だがこれも無意味だった。

 攻撃の直前に軍鶏はアズールに向かって跳躍し、強烈な膝蹴りを顔面に食らわせたのだ。たちまち、アズールは地面を転がされて腹を踏みつけられる。状況は圧倒的に劣勢だ。

 それでもアズールは、翔は諦めない。シャモ型デジブレインの脚を掴んで、立ち上がらんとする。

 軍鶏はしばらくアズールを見下ろしていたが、突如電流でも受けたように痙攣したかと思うと、地面に落ちたアズールセイバーを拾い上げてアシュリィの方を見つめる。

 

「な……っ!?」

 

 そしてアズールを踏み台にして跳躍し、上空からアシュリィの背後へと落下。ゆっくりと剣を振り上げた。

 アシュリィは突然の出来事に驚き、自分の腕で身を守る事しかできない。アズールは立ち上がり、叫んだ。

 

「やめろぉぉぉぉぉっ!!」

 

 剣がアシュリィに向かって振り下ろされる、その刹那。

 たった一歩だけ踏み込んだはずのアズールは、一瞬の内にアシュリィの眼前に移動し、軍鶏の顔面を拳で突いていた。

 

「コ……ケッ?」

「うううおおおおおっ!!」

 

 衝動のままにアズールは叫び、拳打、拳打の連続。そして剣を落とせばそれを拾い上げ、斬り、突き、薙ぐ。

 シャモ型デジブレインも負けじと攻撃を防いで反撃に転じようとするが、アズールの攻撃は止まず隙ができない。ただひたすら攻撃を受けるだけになってしまった。

 アシュリィを護りたいという感情の爆発。翔自身はまだ何が起きているのか分かっていないが、それが多量のカタルシスエナジーを発現させ、アズールの能力を大きく押し上げたのだ。

 

「命は……奪わせないっ!!」

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ブルースカイ・マテリアルバースト!》

「そぉりゃぁぁぁっ!」

 

 青い輝きと暴風が拳を覆い、軍鶏の顎を捉えて遙か上空へと吹き飛ばす。

 それでも軍鶏は消えなかった。まだ存在を維持し、それどころか反撃に転じようと翼を拡げる。滑空し、真上から蹴りを食らわせようというのだ。

 だが、直後に地上で起きている事態を目にして驚愕する。アズールが、今度は武器を使用して必殺を発動しているのだ。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ブルースカイ・マテリアルスラッシュ!》

「ハァアァァァッ! そぉりゃぁぁぁぁぁっ!」

 

 剣を振って放出された光の刃が、軍鶏へと向かう。

 シャモ型デジブレインは驚きながらもこれを両腕で受け、そのまま受け身を取る事さえできずに地面に墜落してしまった。

 

「コ、コケッ」

 

 ガクリ、と首を傾けたまま、軍鶏は動かなくなる。

 まだ消滅はしていない。トドメを刺すべく、アズールはゆらりとそのデジブレインに向かって歩み始める。

 しかし、その時。突如として周囲の空間が歪み、軍鶏はその歪みに飲み込まれてしまった。

 

「逃げられた……!?」

 

 すっかり姿を消してしまった軍鶏を探すも、時既に遅し。仕方なく翔は変身を解除し、アシュリィの方に向き直る。

 

「大丈夫?」

「……」

「君が無事で良かったよ」

 

 そう言いながら、翔は右手を差し出す。

 躊躇い、戸惑うアシュリィ。この手を取ってもいいものか、悩んでいるようだった。

 翔も自分から手を握る事はしなかった。その代わりに、優しく微笑みかける。

 

「行くところがないならウチにおいでよ。一緒に帰ろう?」

「帰る……?」

「うん」

 

 優しく暖かい声、それでもアシュリィには彼を信じ切る事ができない。

 だが、少なくとも。自分を護りたいという言葉に、偽りはないように感じ取れた。

 

「……」

 

 アシュリィは恐る恐る、彼の手を握る。翔も微笑みながら、その手を握り返すのだった。

 

 

 

「使えないなぁ、全く」

 

 そんな二人が立ち去る様子を、影で覗き見る者がいた。

 その男は翔たちが戦っていた場所のすぐ近くにある屋外駐車場で、ずっと戦いを見ていたのだ。

 しかし、二人がまるで気づかなかったのが不自然な程に、その男は長身――というよりも巨身だった。

 服装もエキセントリックなもので、頭にはチェック柄の軍帽を被り、身に纏っているのは左右で白と黒に分かれた軍服。さらに帽章には、チェスにおけるキングの駒が描かれている。また、左腕には緑色のスマートウォッチに似た機械を装着している。

 しかし何より特徴的なのは、顔も含めた全身だ。

 まるでコンピュータ・グラフィックスがそのまま飛び出してきたかのような、現実味のない姿をしている。身長は明らかに250cmを超えており、それでいて非常に細身。顔も整っているが、明らかに現実の人間のそれではなく、どこか不自然さがある。

 

「折角ボクの手柄になるかと思ったのに、あのデジブレイン……負けちゃうなんて」

 

 溜め息を吐き、巨人はスマートウォッチのような機械の画面中央にあるENTERのアイコンを押し、「ゲート」と音声入力する。

 すると周囲の空間が歪み、男の姿が徐々に消失していく。

 

「まぁいいさ。どっちにしろあんなヤツら、ボクの敵じゃないし」

 

 その言葉の直後、男は忽然と姿を消した。



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EP.04[炎上と名声]

 軍鶏のデジブレインとの戦いが終わった後。

 アシュリィを連れて自宅に戻った翔は、靴を脱いで大きく息を吐く。その顔には隠しきれない疲労感が漂っていた。

 訓練も含めて一日に三度もデジブレインと交戦したので無理もない話だ。特に、最後の戦いでは連続して必殺技を撃たされていた。

 しかし休んでいる場合ではない、翔はアシュリィを空き部屋へと案内する。

 そこは、来客用に用意された和室だ。仄かに鼻孔をくすぐる畳の匂いは、訪れる度に翔の心を落ち着かせる。

 

「布団は押入れの中にあるから。机とかも好きに使って良いからね」

 

 琴奈から貰った他のお下がりを綺麗に畳んで収納しながら、翔は言った。

 すると、背後でボーッと立っていたアシュリィが、翔に向かって「ねぇ」と声をかける。

 見れば彼女は、棚に飾ってある写真立てを眺めていた。そこには、幼い頃の翔と響、そしてひとりの男が写っている。

 

「この家、あなた以外に誰かいるの?」

「あー、兄さんと父さんがね。って言っても、父さん今は日本にいないんだけど」

 

 アシュリィはまだ写真立てを見ている。そこに写っている男の顔と、翔たちの顔を見比べているようだ。

 写っている兄弟の姿は、今よりもずっと幼い。少なくとも10年近く昔の写真だった。

 一方で兄弟の間に入って二人の手をつないでしゃがんでいる男は、中々ハンサムで当時の写真では三十代前半のように見えるが、可愛らしい翔と響に比べて強面だ。

 男は頭に藍色のソフト帽を目深に被っており、同じ色のベストとスラックス、薄紫色のワイシャツに真っ赤なネクタイという出で立ちだ。また、なぜか左手にだけ革製の手袋を着けていた。

 

「これがあなたのパパ?」

「うん、そうだよ。天坂 肇(アマサカ タダシ)さん、探偵の仕事をしてるんだ」

「たんてい……」

 

 アシュリィはさらに、翔と写真の男を見比べる。

 

「似てない」

「あはは、そうだね」

 

 特に気にした様子もなく翔は笑う。アシュリィはまだ疑問があるようで、写真をじっと見ている。

 すると、何を言いたいのか察したのか、翔は先んじて口を開いた。

 

「母親はいないんだ。色々あって、男三人で住んでる」

「色々?」

「んー……」

 

 翔はほんの少し考え込んだ後「まぁ隠す事でもないか」と呟いてから、アシュリィに微笑みかける。

 

「僕らは捨て子なんだ」

「え?」

「言ったでしょ? 大切な人に見捨てられたって。本当の父さんと母さんがいたみたいなんだけどね、物心ついた頃から僕は児童養護施設にいた。僕と兄さんがちゃんと兄弟だって分かったのは、職員さんが僕らを一緒に引き取ってくれたからなんだ」

「……なんで?」

「なんで捨てられたのかは僕にも分かんないよ」

 

 アシュリィは絶句し息を呑む。だが、それは翔の口から語られた真実に衝撃を受けたからというだけでは決してない。

 目の前の男は明るく振る舞っているが、彼が本当はどう思っているのか、全く見えて来ないのだ。

 自分の身に起きた出来事を不幸と思っているのか。怒っているのか、悲しんでいるのか。単純に気にしていないだけなのか。本心がまるで分からない。

 そして当の翔は暗い話題を無理矢理打ち切るかのように「さて!」と言ってポンと手を叩くと、今度はリビングへとアシュリィを案内する。

 

「お腹空いてるでしょ? 今ご飯用意するから、ちょっと待ってね」

 

 翔はアシュリィを席に座らせ、胸にオレンジ・バナナ・ブドウ・メロンなどが刺繍されたエプロンを纏ってキッチンに立つ。

 弾むように動くその背中に、アシュリィは声をかけた。

 

「ねえ」

「ん、何?」

「どうして私を助けるの? こんな事したってあなたに何の得もないでしょ」

「言わなかった? 放っておけないからさ、君の事。それに、人を助けたいと思うのに理由なんかないよ」

 

 鍋の中身をぐるりとかき混ぜ、翔は言う。そして炊飯器の方まで歩いて蓋を開くと、すぐさましゃもじを使ってご飯を二つの皿に盛り付ける。

 そして鍋の方に戻り、鍋の中身をご飯の乗った皿にかけていく。

 カットされたニンジンとジャガイモにタマネギなどの野菜や、薄切りの豚肉が入っている、香ばしく匂い立つドロリとした茶色い液体だ。

 翔はそれを、テーブルで待つアシュリィの前に置いた。

 

「今日はカレーだよ。明日の分まで作ってて正解だったね」

「……」

「どうぞ、召し上がれ」

 

 スプーンを渡して、翔はアシュリィの向かい側に座って微笑む。

 アシュリィは料理を前にして、表情はそのままに瞳は無邪気な子供のように輝かせている。

 そして翔の視線に気づくと、我に返って咳払いし、恐る恐るとカレーとライスをスプーンで掬って口に運んだ。

 

「……!!」

 

 瞬間、アシュリィは目を丸くして再びスプーンを器へ。さらに食し、また器へ。何度も繰り返す。

 

「どうかな? おいしい?」

 

 ニコニコとしながら翔が問いかけているのを耳にし、ようやくアシュリィはスプーンの動きを止める。

 すぐ目の前に翔がいる事を忘れ、嬉々として料理を食べ続けていた自分の姿を思い返して、気恥ずかしそうに頬を染めながらアシュリィは言う。

 

「ま……まぁまぁなんじゃない」

「そっか。よし、じゃあ君の口から『おいしい』って言わせるのを当面の目標にするよ」

「好きにすれば……」

「あ、おかわりあるよ」

「そう」

 

 素っ気ない返事をしつつ、アシュリィはカレーを食べ続ける。そんな彼女を、翔は嬉しそうに見守っていた。

 

「おかわり」

「はいはい」

 

 

 

 翌日の午前、帝久乃市内の病院、その天坂 響が入院している病室にて。

 翔は、鋼作と琴奈とアシュリィを伴って彼のお見舞いに訪ねていた。

 青い患者衣を着た響は、N-フォンを片手だけで持って操作しつつ、画面をほとんど見ずに『ワンダーマジック』というパズルゲームアプリに興じている。

 そんな状態でも操作ミスを一切していない超人じみた技術を平気な顔で繰り出す響に流石の鋼作と琴奈も恐怖を感じているが、翔はもはや慣れたもので、微笑みながら果物の皮を剥いている。

 

「腕の具合はどうかな? 兄さん」

「そうだな……少しずつ治っている。この調子ならじきに復帰できるだろう、リハビリも順調だ」

 

 言いながら響はN-フォンの画面を見せる。鋼作は、それはリハビリと違うと思う、という言葉は飲み込んだ。

 

「無理すんなよ?」

「分かってますよ。ところで」

 

 響がチラリとアシュリィに視線を移す。彼女は、くんくんと匂いを嗅ぎながら、翔が剥いているバナナと桃にじっと目を向けていた。そして響の視線に気付くと、サッと目を背ける。

 翔と響が顔を見合わせて苦笑いし、翔からアシュリィに声をかけた。

 

「食べたいのかい?」

「別に」

「悪いけどこれ兄さんのお見舞い品だから食べないでね」

「……」

 

 心なしか、翔にはアシュリィの眉がしょんぼりと垂れ下がったように見えた。

 

「後でお昼ご飯だからさ。イタリアン食堂の『フィアンマ』って言うところに行こうと思うんだ、ピッツァだよピッツァ。ちょっとの間だけガマンしてよ、ね?」

「……うっさいバカ」

 

 アシュリィはほんの少し頬を膨らませ、ツーンとそっぽを向いている。

 その様子を見て響はまた苦笑し、改めて翔に向き直った。

 

「彼女が例のアシュリィくんか」

「うん。とりあえず、記憶が戻るまではウチで預かる事にした」

「父さんに連絡はしたのか?」

「まぁね、運良く電話に出てくれたよ」

 

 そう言って翔は、皮を剥いて切り分け終わったバナナと桃をテーブルに差し出した。

 一方の琴奈は冷蔵庫の中から水の入ったペットボトルを取り出して同じくテーブルに置き、鋼作は欠伸をしながらパイプ椅子に座る。

 紙コップに水を注ぐ響の姿を見ながら、琴奈は翔に話しかける。

 

「二人のお父さん、確か仕事で上海だか香港だかに行ってるんだっけ?」

「ええ、まだ忙しいみたいで」

「大変なのね、探偵って」

「いやまぁ国外まで呼び出されるのは多分あの人くらいだと思いますけど……」

 

 アハハと笑いながら、翔は病室の窓を開ける。室内に涼風が入り込み、琴奈は気持ちよさそうに伸びをした。

 そして鋼作の隣のパイプ椅子に座った後、翔は「そういえば」と、響に話を切り出した。

 

「退院できたら食べたいものある?」

「ん? そうだな……翔の作る料理はどれも美味いから迷うな」

「ふふ、そんな事言って。兄さん昔はピーマン嫌いだったじゃないか」

「む、昔の話だ、それは。今じゃ青椒肉絲(チンジャオロース)は好物だぞ」

「そうだっけ? じゃあ退院祝いはピーマンづくしでいい?」

「なに、止せ! それとこれとは話が別だ!」

 

 兄弟の団欒する様子を見て、鋼作も琴奈も笑い合う。アシュリィも同じく二人を眺めているが、ふと彼女を見た翔にはその目はどこか寂しげにも思えた。

 

「それじゃ兄さん、僕らはそろそろ帰るね」

「翔」

「ん?」

「俺が入院している間、この街を頼んだぞ」

「……うん。任せて」

 

 翔はアシュリィの手を取り、鋼作と琴奈も連れて病室を後にする。

 自分以外に誰もいなくなった病室で、響はひとり溜め息を吐き出した。

 

「あいつは着実に強くなっているようだな」

 

 ひとりごちる響の手が、ゆっくりとベッドの脇にある棚の中へと伸びる。

 そこにあったのは、VRグラスとマテリアプレート。スタッグビートル・デジブレインやカメレオン・デジブレインと対決しようとした際に持っていたプレートをこっそり持ち出していたのだ。

 響は真剣な面持ちで頭にVRグラスを装着し、マテリアプレートを起動する。

 

Arsenal Raiders(アーセナル・レイダーズ)!》

 

 マテリアプレートを装填したVRグラスが、響の眼に異世界の風景を映し出す。

 これはただのVRグラスではなく、ホメオスタシスが開発したトレーニング装置だ。響はこっそりとこれを使い、入院中も訓練に励んでいたのだ。

 

「俺も負けていられない……!」

 

 VRの中であろうと、響は片腕しか動かせない。それでも響は特訓を開始する。

 強い意志を以て。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「……ふぅー」

 

 同日。ホメオスタシスの地下研究施設にて、陽子はあるものを作製していた。

 その手に握られているのはマテリアプレート。この地下研究施設では、仮面ライダーに必要な戦闘用データとテクネイバーを封入し、実在のアプリを元に新たなプレートを製作できる。

 陽子や文彦などのエージェントはその開発技術と権限を持っており、翔と鷹弘が現在使っている二種とは違う、新しいプレートを二枚完成させようとしているのだ。

 

「順調そうだな」

 

 歓喜の表情を浮かべて新しいマテリアプレートを眺めている陽子に、鷹弘は後ろから声をかける。

 振り返って頷くと、陽子は鷹弘にプレートを見せびらかす。

 

「ええ、とりあえず二つ。このマテリアプレートが完成すれば、今後の戦いも楽になると思うわ」

「アズールが交戦したあのシャモみてェなのは他とは格が違うようだからな、戦力増強は助かるぜ」

 

 鷹弘はそう言った後で、思い出したように「そういえば」と言葉を繋ぐ。

 

「アイツの手術はどうなった?」

「それなら今朝済ませたわよ。響くんのお見舞いついでに来てくれたわ」

「そうか」

「念の為に検査もしておいたけど、確かにナノマシンも制御チップも見つからなかった。一応両方注入したからもう大丈夫だと思うけど……本当にどうしてなのかしら」

「さぁな。こっちでもアイツについて調べてるが何も見つかってねェ、今はとりあえず経過を観察するしかねェだろ」

 

 息を吐き、鷹弘は陽子に「引き続き頑張んな」と声をかけて背を向ける。

 この調子ならば新アイテムの完成は近いだろう、少なくとも今日中にはできるはずだ。鷹弘がそう考えた、その直後だった。

 鷹弘の持つマテリアフォンが、文彦から『街にゲートが出現している』というメールと位置情報を受信した。

 

「どうやら……実戦で試す事になりそうだな」

「気を付けてね。こっちも急いで完成させるから」

「あいよ」

 

 鷹弘は部下を伴って走り、駐車場に繋がる地下道に到着、そこでマテリアフォンのバイクのアイコンをタッチする。

 

《トライマテリアラー!》

 

 そんな音声と共に、鷹弘の目の前に一台の車両が出現した。車体は真っ赤で前輪が二つ、後輪が一つという構造の、所謂リバースタイプのトライクだ。

 鷹弘が自分専用に設計したマシン、トライマテリアラー。一般エージェント用のバイクであるマシンマテリアラーと違って、フロント部にデータの弾丸を射出するガトリング砲が二門配備されている。

 この武装の操作には、前部・後部両方の座席に備わっているホログラフィックパネルを使用する必要がある。本来は響を後部座席に乗せてのコンビネーションを想定していたのだが、今彼の手を借りる事はできない。

 そのため、今のところ鷹弘は代わりに陽子を乗せる事にしている。だがその陽子も今はマテリアプレートの開発で手が離せない。

 

「位置の特定は済んだか?」

「はい、御種さんが監視カメラの映像をキャッチしています。確か……」

 

 部下の一人がN-フォンを操作して地図を出し、鷹弘の操縦席のホログラフィックパネルに転送。地図が表示される。

 鷹弘はそれを横目で確認した。

 

「イタリアン食堂の『フィアンマ』か」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「クソ……クソが、なんでバズらねぇんだよ……」

 

 それは、鷹弘らホメオスタシスが出動するよりも前の事だった。

 眼鏡をかけたおかっぱ頭の男が一人、ぶつぶつと小声で何事か愚痴を零しながら、ファミレスのテーブルに置いたデジタルカメラとN-パッドを操作していた。

 パッドの画面には『フラッド・ツィート』というSNSアプリのメッセージが表示されており、男がそのカメラで撮ったであろう様々な写真が添付されている。

 男はかつて、SNS上で多大な注目を集めた事があるユーザーだった。

 大学において写真部の一員として活動し、美しい風景や料理など色々な写真を撮る事が彼の趣味だったのだ。そして、撮影して気に入ったものはいつもネット上にアップロードしていた。

 注目されて名を上げる事など、全く考えてはいなかった。彼にとってこれは単なる趣味であり、仕事でもなければ義務でもない。

 ――決定的な出来事が起こった。

 ある時彼は、もうひとつ趣味を作ろうとテレビに出演している自分の大好きな有名人の似顔絵を描いていた。これ自体は以前からやっている事で、練習程度に描いたものだがこれもネット上にアップロードしているのだ。

 しかし間の悪い事に、その有名芸能人は不幸な事故で亡くなってしまった。男は追悼の意をこめて、完成後にその絵をSNSにアップロードした。

 これが男にとって輝かしい日々の、しかし見る人が見れば後の悲劇の始まりだった。似顔絵は彼にとって想像以上に注目を集めた。大勢に自分の絵を閲覧され称賛を浴びる事が、男には驚く程に心地良く感じたのだ。

 そして、男はこう考えるようになった。

 

『もっともっと注目される写真を撮ろう』

 

 当の本人に全く自覚はないが、男のその思い自体に、邪な気持ちは間違いなくあった。

 だから似顔絵の後で撮った不味いタピオカミルクティーや山のように盛ってるだけの巨大パフェなどが思ったより注目されなかった時、男は観衆に不満と苛立ちを募らせつつもどうやって再び注目されようかと頭を悩ませていた。

 そして最初に注目された時の事を思い出し、彼の中でおぞましい感情が湧き上がった。

 

『もうすぐ死にそうな有名人の絵を描こう』

 

 男はすぐさま行動に移った。しかしただ絵を描くだけではきっとつまらないと思い、工夫を施した。話としてはそれほど難しい事ではなく、食パンにチョコソースで似顔絵を描こうと試みたのだ。注目されたいのでアップロードするのはその人物が亡くなった後で良い。

 何の疑問も持たなかった。男は既に注目される事への妄執によって狂気に堕ちていたのだ。

 さて、これで男は目論見通りに注目と称賛を集める事ができた。だが必ずしも全てが予定通りになったかと言えば、それは違った。

 死人を利用して称賛を浴びようというのは不謹慎極まりないのではないか、という声が次第に上がり始めたのだ。事実、男の目的は脚光を浴びる事であって、応援していない有名人を選んですらいた。

 しかし男はそんな声を無視し続けた。否、最初から耳になど入っていなかった。ただ、どんな形であろうと注目される事が気持ち良かったのだ。それが炎上であったとしても。

 こうして、男は徐々に炎上目的で写真をアップロードするようになった。それだけでは飽き足らず、視線を集めるために注文した料理や飲み物を食べずに帰るなどと迷惑行為をも繰り返した。

 

「俺を見ろ……見ろよ……」

 

 だが最近、男を注目する者は激減していた。

 彼自身は気付いていないが、それには明確な原因があった。

 ある時、別段応援していない有名人が精神失調症に罹ったというニュースを見て、たまたまその人物の食パンアートを描いていたので、撮影してSNSでアップロードした時の事だ。

 その男のアップロードした写真が前回の使いまわしだと指摘する声が多発したのだ。

 事実、随分前から作り置きしていたもので、その有名人が自動車事故を起こした時にもアップロードしていたのだ。しかも僅かにカビが生えている事も指摘された。

 これがいけなかった。この写真の件は男の想像を遥かに超えて炎上したが、同時にそれ以降パッタリと沈静化してしまったのだ。

 誰も彼を見なくなった。期待しなくなった。今まではどこか彼の食パンアートの努力自体を認めている部分があったが、使い回していると知って観衆は完全に彼を見放したのだ。

 そんな事も理解できず、彼は未だに無意味な炎上行為を続けている。新たな火種と燃料を探して。

 

「もっと燃やして……もっとバズってやるんだ……!!」

 

 ぶつぶつと呟きながら、男は店を出る。この日はコーヒーだけで四時間近く居座っていた。もう大学にもほとんど通っていない。

 周りの人間は誰も男を気にしない。目もくれない。彼が有名だったのはSNSの中だけで、現実ではただデジカメを持ってるだけの一般市民に過ぎないからだ。

 男はそれを頑なに認めない。自分は誰からも注目される素晴らしい人間なのだと、信じて疑っていない。

 

「そんなに栄誉が欲しいのかい?」

 

 その声が自分の耳に入った時、男は驚いて周囲を見回した。

 声は路地裏から聞こえた。恐る恐ると、男は中へ入っていく。

 そして、自分の目を疑った。そこには軍服のようなものを纏った、人間とは思えない程の巨躯の男がいたからだ。彼は机にチェス盤と駒を用意し、椅子に座してひとりでチェスに興じている。

 

「誰だアンタ……」

「失敬、ボクの名前は『ストライプ』。気さくに閣下と呼んでくれ」

 

 ストライプと名乗った軍服の男は、駒を操作しながら笑う。

 そして、先程と同じような質問を繰り返した。

 

「名声と脚光が欲しいのかい? そんなにも、栄光を手にしたいというのかい?」

「あ、ああ……」

 

 ストライプの言葉に魅入られてしまったかのように、男は気づけば返事をしていた。

 

「俺は欲しい……どんな形でも良い、炎上してもどうでも良い! バズりてぇ、バズりてぇ!」

「そうかそうか。良かったよ、キミが思った通りの人間で」

「え?」

「ボクならキミの望みを叶えてあげられる。栄光を手にしたいというのなら……そのための力を与えよう」

 

 ストライプはそう言いながら、いつの間にか手に持っていた黒い機械を男の腹に押し当てた。

 すると、男の体に帯が巻き付き、全身に電撃を流す。

 

「ガッ!?」

 

 苦悶し、男は胸を押さえる。さらに軍服の男は懐から赤いプレートのようなものを取り出し、起動した。

 

Cytube Dream(サイチューブ・ドリーム)……ニュート!》

「その"虚栄"、利用させてもらうよ!」

 

 ストライプはベルトを巻きつけられた写真部の男の胸倉を掴み、そしてベルトにプレートを差し込んだ。

 すると、男に先程よりも強烈な電流が迸ると共に、デジブレイン同士が結合した時のように全身がモザイクで覆われる。

 

「グ、ァ……ギャアアアアア!!」

《ハック・ゼム・オール! ハック・ゼム・オール!》

「アアアアアガガガガガアアアアア!!」

 

 モザイクに包まれながらも、男はまるで苦しみを取り払うかのように、ベルトのプレートを更に押し込んだ。

 

Goddamn(ガッデム)! マテリアライド! ニュート・デジブレイン! パラサイトコード、ダウンロード!》

 

 モザイクが消失し、男の肉体が変異して生まれたのは炎を纏う黄色の斑点が特徴的な赤い人型のイモリ。

 自分の体に火が点いている事など全くお構いなしで、常に他人の視線を気にするようにギョロギョロと周囲を窺っている。

 さらに舌先は火の点いたジッポライターとなっており、舌を左右に動かせば炎が揺らめき、口からは何事か呟く度に炎が覗き出ている。

 

「ヒーハハハハハッ!! コリャイイゼ、コレダケ炎上シチマエバ皆ガ俺ヲ見ル!! 皆ガ俺ヲ認メル!! ヒハハハハハッ!!」

 

 叫んだ直後、男はデジカメを踏み潰し、頭上に出現した空間の歪みに向かって跳躍。その場から消える。

 ストライプはその姿を満足気に見上げた後、スマートウォッチのボタンを押してホログラムの地図を表示。

 先程のデジブレインがどこへ向かうか、ゆらりと追跡する。

 

「せいぜい頑張りなよ。理性まで燃やし尽くさないように、欲望を満たす事だね」

 

 一瞬の静寂の後。

 男もチェス盤やテーブルも、まるで最初からそこに存在しなかったかのように消失した。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同じ頃。イタリアン食堂『フィアンマ』にて、翔たちは食事を摂っていた。

 店内は広々としており、ガラス越しに厨房の石窯などが見える仕組みになっている。

 並んでいるのはアンチョビとキノコやガーリックなどを乗せオリーブオイルをかけたシンプルなピッツァと、ミートソーススパゲッティなどだ。

 

「知ってます? ピザとピッツァって違う物らしいんですよ。石窯で焼いて生地がカリカリしてるのがイタリア本場のピッツァで、アメリカ式の鉄製オーブンで焼いてる厚いフワフワな生地の方がピザです」

「へぇー、そうだったのか」

「ピザの方はアメリカンパーティっぽく、具材も盛り沢山だったりします。なので日本でデリバリーされてるのは大体ピザなんですね」

 

 ピッツァを頬張り、翔は言う。さらに付け加えて「ここは石窯を使ってるのでピッツァです」と言って笑った。

 さらに翔曰く、この店の厨房ではピッツァを焼いたりパスタを作るのに最適な温度と火の加減をテクネイバーに計測して貰っているという。

 鋼作と琴奈は納得した様子で頷いており、アシュリィは話を聞いていないのか黙々と食べ進めている。

 琴奈は何か可愛らしいものを見るような目で、アシュリィに話しかける。

 

「おいしい?」

「ん」

「そっか」

 

 短い返答だったが頷いた事に満足したらしく、琴奈はニコニコと笑っている。翔も、どこか和んでいる様子だ。

 だが、何故か鋼作は顔を顰めている。というのも、別にアシュリィの態度に腹を立てているわけではなく、この店についての事だった。

 

「……なんか、暑くねぇか?」

 

 不意に鋼作がそう言った。彼の額は汗で滲んでおり、気づけば翔も琴奈も体に汗を流していた。

 

「妙ですね。空調の調子でも悪いのかな」

 

 翔がそう言ってエアコンを見上げた、その時だった。

 突然、厨房の石窯の炎から爆発音が響き渡り、炎が燃え盛った。

 

「なっ!?」

 

 変化はそれだけではない。コンロからも巨大な火柱が立ち上がり、エアコンからは温風が発せられている。

 

「どうなってんだ!?」

「電子機器の異常……まさか!」

 

 翔が気付いた時には、既に事は始まっていた。

 店内のあらゆる電子機器がゲートとなり、ベーシック・デジブレインが溢れ出したのだ。

 

「やっぱりデジブレイン!」

 

 立ち上がった翔は、マテリアフォンを取り出す。

 そしてそれと全く同じタイミングで、鋼作がマテリアガンを抜き、翔の背後から近付いて来るベーシック・デジブレインの眉間を撃ち抜いた。

 

「避難誘導は俺と琴奈に任せろ」

「お願いします!」

 

 いつものようにドライバーとマテリアプレートを呼び出し、翔は変身を行う。

 その間に琴奈はアシュリィと共に退路を確保し、鋼作は琴奈たちや客・店員の護衛に移った。

 

《ユー・ガット・メイル!》

「変身!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! ブルースカイ・アプリ! 蒼穹の冒険者、インストール!》

「そぉりゃあああ!」

 

 仮面ライダーアズールに変身した翔は、店内でまだ残っている客を救助するため、デジブレインたちに飛びかかる。

 

「逃げて下さい!」

《アズールセイバー!》

 

 アズールはベーシック・デジブレインの喉に剣を突き入れ、頭を掴んで捩じ切る。

 そして消火器を拾い、火を吐いているコンロや石窯に吹きかけた。

 だが、火の勢いは一時的に収まりはしたものの、完全に消える気配がない。デジブレインが干渉したせいだろう。

 

「こういう時は確か、ゲートを管理しているデジブレインを倒さないと……」

 

 そう言いながら、アズールは厨房の方へ歩いていく。こういう場合は大抵、ゲートの近くに管理者がいるからだ。

 しかし、キッチンにはデジブレインの姿は見当たらない。一体どこにいるのだろうか。

 アズールが周囲を探索していると、突然背後から小さな飛行物体が接近してきた。驚き、アズールは振り向いた。

 

「これは……?」

 

 そこにいたのは、カブトムシのような形状をした小さな機械だった。頭に伸びた一本の角、そして六本の脚は紛れもなくカブトムシだが、色は青い。

 胴体と背甲には丸いレンズのようなものがあり、どうやらカメラであるらしい事が分かった。また、背中にはマテリアプレートのようなものが差し込まれているのも分かった。

 さらに、カブトムシからは女の声が聞こえる。

 

『翔くん、大丈夫!?』

「その声……えっ、琴奈さん!?」

『そうよ! そしてこれはフォトビートル、私が作ったサポートアイテムよ!』

「琴奈さんが!?」

『この子には私が作ったデジブレイン図鑑との連動機能を搭載してあるの! 映したデジブレインが何のデータを元にしているのかさえ分かれば、自動的にデジブレインの能力を解析してくれるスグレモノよ!』

 

 琴奈の得意気な声がフォトビートルから聞こえる。恐らく設計の基礎は鋼作に手伝って貰ったのだろうが、負けず劣らず凄まじい技術だった。

 さらに、フォトビートルには他にも機能があるらしい。石窯をスキャンしたかと思うと、その瞬間に『ゲート発見』という音声を発した。

 

「待てよ、厨房にいないって事はひょっとして……琴奈さん、このフォトビートル連れて行っていいですか?」

『もちろん!』

「ありがとうございます。それじゃ」

 

 そう言って、アズールは石窯に触れる。

 すると周囲の空間が捩れて歪んで行き、光と共にゲートが開かれる。

 アズールはそこへ飛び込み、サイバー・ラインへと姿を消した。

 

 

 

「熱っ!?」

 

 突入直後、思わずアズールが叫ぶ。

 アズールがこの場所に降り立った時、既に周囲は火の海だった。

 相変わらず空は濁りきったドス黒い色彩でアズールを出迎えており、そこに黒煙が混ざり合って陰鬱な雰囲気を醸し出している。

 

「……あれ?」

 

 しかし、火にばかり気を取られていたが、探索を続ける内にアズールはある事に気付いた。

 翔たちが最初にサイバー・ラインに迷い込んだ時、周囲はノイズに包まれており視界が悪かったが、ここは比較的そのノイズが薄く感じられたのだ。

 だから、あの時入ってしまった場所とは景色や建造物などが全く違う事に気付くのにも時間がかからなかった。

 今いる場所は、どこか中世ヨーロッパの居城ように見える。ただし戦火や損壊によって、廃城同然となっているが。

 さらに言えば地面には銃器や兵器の破片のようなものも転がっている。そのため、一概に中世の世界と呼ぶ事はできないだろう。

 

「なんだここ……デジブレインがデータを読み取るように、サイバー・ラインもデータを取り込んで変化するのか……?」

 

 思わず口にするが、当初の目的を思い出して首を横に振り、アズールはデジブレインの捜索に専念する。

 

「どこだ、どこに……」

 

 アズールが城内に足を踏み入れた、その瞬間。突然、背後で巨大な火柱が天へと昇った。

 

「え!?」

 

 思わず振り向くアズール。そこにいたのは、マテリアプレートが装填された黒いバックルのついたベルトを装着しているデジブレインだった。

 赤い体色の黄色い斑点が全身についているイモリで、炎を体中に帯びている。

 

「ヒーハハハ! オ前……俺ヲ見ニ来タノカ?」

「デジブレインが喋った!?」

 

 会敵の瞬間、フォトビートルが即座に反応し、敵戦力の解析(アナライズ)を開始した。

 そして解析完了の音声が流れ、琴奈が目の前のデジブレインに関するデータを読み始める。

 

『ニュート・デジブレイン、イモリ型ね。サラマンダーっていう伝説上の生物のデータも読み込んでいて、炎を操る事ができるみたいよ。でも、あのベルトは何かしら……』

 

 そう締めくくった後、ニュート・デジブレインはフォトビートルを見て興奮状態になる。

 

「イイゾ、イイゾ! 見ロヨ……俺ヲ見ロォォォォォ!!」

『ひぃっ!? 何こいつ、気持ち悪っ!』

「ヒーハハハァー!!」

 

 ニュート・デジブレインは大口を開き、舌先のライターから炎を射出する。爆炎がアズールの右腕に命中し、激しく炎上した。

 

「うわっ熱っ、熱い!!」

『気を付けて翔くん! こいつの炎がサイバー・ラインに広がれば、現実世界の方にもフィードバックするわ!』

「どういう事です!?」

『要するに、現実世界の他の場所でも電子機器が暴走して火災が起きるって事!』

「それは……マズいですね」

 

 風を起こして腕に纏わりついた炎を掻き消しながら、アズールセイバーを構え直す。

 ニュートはアズールが武装しているのを目視した途端、敵と判断したのかゆっくりと足を進める。

 そして炎の拳を振り上げ、アズールへと飛びかかった。

 

「見ロ見ロ見ロ見ロ見ロ……俺ヲ見ロロロロロロロロロロロロォォォ!!」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 一方、少し遅れてフィアンマに到着した鷹弘は、店の様子を見て唖然としていた。

 より正確には、店の外の状態だ。と言っても逃げ遅れた客や店員がいるとか、大規模な火災が発生したからというわけではない。

 

「なんだ……こいつらは!?」

 

 そこには、彼も見た事のないデジブレインが何体も跋扈していたのだ。

 白と黒のチェック模様の鎧を装着し、ショートソードとバックラーで武装した八体のデジブレイン。

 さらに、それらとは異なる形状の鎧兜と突撃槍を装備している、下半身が馬のようになっている二体のデジブレインだ。

 他にもベーシック・デジブレインが大量に出現しており、街はパニック状態となっていた。

 

「クソが……アズールはどうした!」

 

 マテリアフォンを取り出しながら、鷹弘が言う。すると、マテリアガンで応戦していた鋼作が、その言葉に応えた。

 

「今アイツはゲートからサイバー・ラインに入ってる! 中に管理者がいるらしい!」

「チッ、面倒な状況だな……!」

 

 悪態をつきながらも、鷹弘はドライバーを呼び出してリボルブへの変身を行う。

 

《ユー・ガット・メイル!》

「変……身!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! デュエル・アプリ! 孤高のガンマン、インストール!》

「デジブレイン共は、ブッ潰す!!」

《リボルブラスター!》

 

 リボルブに変わるが速いか、即座にリボルブラスターとマテリアガンを抜いて発砲する。エージェントらもそれに続いた。

 銃撃は次々に無数のベーシック・デジブレインを消滅させて行くものの、盾を持つ歩兵のようなデジブレインや騎士のデジブレインには通用しない。

 

「全員下がってろ、どうやら強敵らしい」

 

 リボルブが前に出ると、二体の騎士のデジブレインが二列に並んで槍を前へ構え、疾走する。

 その背後でチェック模様の歩兵のデジブレインたちは、統率されたような挙動で一斉に剣を掲げ、リボルブへと突撃する。

 その白と黒の軍隊を前に、リボルブは怖気づく事なく立ち向かうのだった。

 

「かかって来やがれ……!!」

 

 

 

「愚かだねぇ、実に愚かだ」

 

 そんなリボルブの戦いを、雑居ビルの屋上で見下ろす者がいた。

 屋上にテーブルと椅子を拡げ、チェスに興じている巨躯の男。ニュート・デジブレインを出現させた張本人、ストライプだ。

 チェス盤には、本来ならば存在しない駒があった。剣を持った戦士の駒に銃を持った戦士の駒と、炎の蜥蜴の駒だ。

 

「天才軍略家のボクに分断して挑むなんてねぇ。まぁ好都合だけどさ」

 

 盤上には、それぞれ右側が黒色で左側が白のポーンが八つ、同じ配色のナイトが二つ並んでいる。

 剣と銃の戦士は、それに立ち向かう形で配置されており、炎の蜥蜴はポーンとナイト側だ。

 ストライプは駒を動かし、蜥蜴の駒で剣の戦士を蹴倒した。さらにポーン・ナイトを操作し、銃の戦士を八方塞がりにする。

 

「お前らみたいなカスがボクの頭脳に勝てるワケがないんだよ……!!」

 

 言いながら、ストライプはリボルブを見下ろして嘲笑う。

 盤上の出来事がそのまま再現されるという確信、全てが自分の掌の上だという自負。その二つが彼の笑顔にはあった。

 地上では、既にリボルブが大勢のデジブレインに囲まれている。それを見て、ストライプはますます唇を歪めている。

 二人の仮面ライダーに迫る魔の一手。それを覆す術は、果たして――。



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EP.05[ロボットジェネレーターとジェイル・プラネット]

 帝久乃市のイタリアン食堂、フィアンマに現れた謎のチェック模様のデジブレインたち。

 それらにホメオスタシスが苦戦する様を、ストライプは雑居ビルの屋上でゆったりふんぞり返りながらと、勝ちを確信したように笑顔で眺めていた。

 

「羨ましいねぇ……」

 

 その声が聞こえた途端、ストライプの顔から笑みが消える。そして、声の聞こえた背後を忌々しげに振り返った。

 すると、屋上の扉の前で突っ立っている男の姿が目に入った。

 

「調子良さそうじゃねえか、ストライプ」

「ヴァンガード、何の用? 手柄を横取りしに来たの?」

「なぁに、ただのヒマ潰しだよ」

 

 姿を現したのは、奇怪な宗教の教祖のような風貌の男だった。赤茶色の髪は腰にかかる程まで伸びており、顎髭を蓄えている。首からは聖職者が身につけるような黒色のストラを、手には蛇を模した金色の司教杖を持っている。

 しかし何より特徴的なのは、その服装だった。男の体を覆う純白のカソックには、様々な漢字やアルファベットが全身を覆うように羅列されているのだ。

 そしてストライプと同様左腕にはスマートウォッチがあり、その顔や姿は現実離れした、CGが現実に飛び出して来たかのような印象を与える。

 ヴァンガードと呼ばれた男はやや垂れ気味な目をストライプに向けつつ、頬を歪ませて笑った。

 

「ふぅん。まぁいいけど、手出しは無用だよ」

「そんな野暮なマネはしねぇよ。今はお前の(ターン)だからなぁ」

 

 邪魔をしない事の意思表示なのか、ヴァンガードは両手を上げて手すりにもたれかかる。

 するとストライプも、関心を失った様子で再び地上へ視線を落としつつ、盤上の駒を動かす。

 

「それにしても」

 

 ストライプは、じっと目を細めて考え込む。

 なぜ、先程からリボルブは付かず離れず、チマチマとその場に押し止めるような攻撃をするだけなのか?

 ストライプの配下であるチェスポーン・デジブレインやチェスナイト・デジブレインはほとんどダメージを受けていない。リボルブの火力を考えれば、もっと味方に被害が出ても良いはず。

 ここまで消極的な攻め方をするのは不自然だ。これではまるで――。

 

「時間稼ぎ?」

 

 だが、ストライプはすぐに頭に浮かんだその考えを「バカな」と一蹴する。

 戦力差は圧倒的だ。なのに、時間を稼いで何の意味がある? アズールが戻るのを期待しているのか?

 

「……いや、案外あり得るかも」

 

 アズールがニュート・デジブレインを倒して戻れば、戦況を引っ繰り返せるかも知れない。それがリボルブの考えだとすれば、納得が行く。

 しかもアズールとニュートは一対一、こちらとは状況が違う。アズールの強さも未知数、何かの間違いがあれば逆転もあり得ないわけではない。

 ならば。

 

「保険をかけておくか……」

 

 優れた軍略家は、敵のいかなる策をも読み尽くして先手を打つもの。それがストライプの持論だ。

 ストライプはヴァンガードへと振り返り、彼に「ひとつ仕事をあげるよ」と声をかける。

 

「サイバー・ラインにいるアズールに、何体かデジブレインをけしかけて来てよ」

「なんだ、手出し無用じゃなかったのか?」

「ボクがキミを駒として利用するのは別に余計な手出しじゃないだろ。だって、指示を出したのは天才のボクなんだから。結局ボクの手柄って事さ」

「いい性格してるぜ」

 

 言葉とは裏腹に、皮肉めいた笑みを見せているヴァンガードは乗り気だ。

 ヴァンガードはストライプからの仕事を承諾すると、スマートウォッチのENTERアイコンを押して「ゲート」と音声入力、その場から姿を消した。

 これでアズールの方は問題ない。後はリボルブをこの戦力で押し潰せば、勝利は確実なものとなる。

 

「今日がお前たちの最期だ、ホメオスタシス……!」

 

 

 

「オラァッ!」

 

 ストライプが見下ろす中、地上で戦うリボルブは二種のデジブレインたちに苦戦を強いられていた。

 何しろ、現状攻撃が少しも効いていないのだ。歩兵は盾でデータの銃弾を防ぎ、騎兵はそもそも装甲が厚い。

 必殺技で無理矢理攻めるのもできないではないが、敵戦力を削れていない今は分が悪い。それに、ほんの少しでも打つ手を誤れば、湧き出したベーシック・デジブレインが街に流れ込む可能性がある。

 既に電特課の警官たちが駆けつけ、人命救助と安全確保を済ませているとはいえ、状況は全く以て良くない。

 今はとにかく時を稼ぎ、待つしかないのだ。

 

「くっ!」

 

 歩兵の一太刀が、リボルブのマテリアガンを弾き落とす。

 時間を稼ぐのが目的とはいえ、このままではジリ貧だ。ある程度反撃をする必要があるだろう。

 リボルブはドライバーからプレートを抜き、それをリボルブラスターに装填した。

 

《フィニッシュコード!》

 

 音声が流れ、さらにリボルブはマテリアフォンをかざして銃口を歩兵に向ける。必殺の態勢だ。

 

Alright(オーライ)! デュエル・マテリアルカノン!》

「くたばりやがれ!」

 

 銃口に炎が集まり、射出される。

 炎の弾丸は見事に歩兵の盾を撃ち抜き、身を護った歩兵ごと粉砕した。

 だが、それでもまだ数は多い。リボルブは思わず舌打ちしつつも、次の策に移った。

 

「ちょいと攻め方を変えさせてもらうぜ」

《チェンジ! ライフル・アタッチメント!》

 

 そう言ってリボルブがリボルブラスターを両手で持つと、アプリドライバーに再挿入済みのデュエル・フロンティアのマテリアプレートが輝きを放つ。

 直後、リボルブラスターの銃身にライフルのような追加パーツが付与され、さらに銃床も装着された。

 これがリボルブの持つ武装、リボルブラスターの特徴。プレートに搭載されたデータを元にアタッチメントを装備し、多種多様な戦法を駆使する事ができるのだ。

 今回のデュエル・フロンティアで使用可能なのはライフルモード。銃身が長くなった事で二挺拳銃は利用できないものの、その分一発の威力と射程距離は段違いに伸びる。

 

「喰らいやがれ!」

 

 そう言ってリボルブがトリガーを引くと、データの弾丸は一撃で歩兵の盾を貫き、後方の歩兵も纏めて胴に風穴を開ける。

 それでも尚、歩兵の進行は止まらない。斬撃を浴びせてくる敵たちに蹴りを入れながら、リボルブは後方に下がった。

 無尽蔵に現れるベーシック・デジブレインに対しては部下のエージェントたちが対処し、自分は強敵の歩兵・騎兵を足止め。これが今できる最善手だ。

 

「後は待つだけだ」

 

 リボルブがそう呟いた、その直後。

 上空から、突然に大きな四つの影が地上へ降り立った。

 

「なっ!?」

 

 想定外の事態に思わず目を見張る。そこに現れたのは、新たなデジブレインなのだ。

 四体のデジブレインは、同じ種類のものがそれぞれ二体ずつ。白黒のチェック柄が共通している。

 まるで砦のように重厚な鎧で身を固めている、両脚部が車輪となっている古代の戦車のようなデジブレインが二体。僧帽のようなものを被り、錫杖を持つデジブレインが二体という構成だ。

 ここに来て、狙い澄ましたかのようなタイミングでの増援。数が然程多くないとは言え、間違いなくこれまでの歩兵や騎兵と同じく強敵だろう。

 

「クソが……!」

 

 再度、リボルブが引き金を引く。狙いは歩兵、とにかく数を減らす。

 しかしその銃弾は命中する直前に、突如出現した光のバリアによって阻まれた。

 

「何!?」

 

 見れば、新たに出現した僧兵の一体が、錫杖を操りバリアを展開しているようだった。残る一体も同じく錫杖の先端から光を放出し、こちらは歩兵たちを強化している。

 リボルブが驚くのも束の間、今度は戦車のデジブレインが真っ直ぐに突撃してくる。

 巨大な図体から繰り出される、大鎚のような腕の猛撃。スピードは騎兵程ではなく、リボルブは繰り出された拳を、戦車二体の隙間を縫うように飛び込む事で避けた。

 だがそれも読まれている。戦車たちの背後に、騎兵が待ち構えていた。

 立ち上がったリボルブの胸に、突撃槍の一撃が火花を散らせる。

 

「がっ!?」

 

 大きく仰け反るリボルブ。そこへ歩兵が追い打ちしてさらに後方へと押し返し、さらに背後からは戦車が拳を突き出してリボルブを吹き飛ばす。

 このままでは、時間稼ぎの前にリボルブ自身の体が保たない。段々とリボルブは、鷹弘は意識が遠のいて行くのを感じていた。

 だが、その時。

 マテリアフォンに、陽子からの通信が届いた。

 

『鷹弘! 完成したわ、今すぐ送る!』

 

 瞬間、リボルブは遠くなって行く意識の欠片を集め直し、大きく地面に踏み込んで立ち直った。

 

「待ちくたびれたぜ! さっさと来い!」

『オッケー! 翔くんも苦戦してるみたいだから、もう一つはそっちにも送るわ!』

「良いから始めろ!」

 

 リボルブが叫ぶと、彼の左腰に付いているアプリウィジェットに、一枚のマテリアプレートが追加される。

 仮面の中で小さく笑い声を上げ、リボルブは静かにそのマテリアプレートを抜き取った。

 

「待たせたなァ、クソッタレ共……さァ、反撃開始と行こうじゃねェか!!」

《ジェイル・プラネット!》

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「そぉりゃあっ!!」

「ヒーハハハッ!!」

 

 一方サイバー・ラインの古城前では、仮面ライダーアズールとニュート・デジブレインが一進一退の攻防を繰り広げていた。

 ニュートが舌先から火炎弾を吐き出してくれば、アズールはそれを剣で断ち斬る。アズールが飛翔して上空から斬りかかれば、ニュートは全身から炎を噴き出して視界を妨げ怯ませる。

 どちらも中々攻撃をクリーンヒットさせる事ができずにいたが、現状として不利なのはアズールだ。

 何せ、基本的にリーチ差が厳しい。ニュート・デジブレインは舌から炎を吐き出したり、掌から火炎放射で攻撃ができるが、対するアズールは突風や剣から起こす風の刃くらいしか遠距離攻撃の手段がないのだ。

 接近戦においても、常に全身に炎を纏うニュート相手では、攻撃を繰り出すアズールの方が分が悪い。何せ、近付いただけでも燃え移るのだ。

 

「なんてやりづらい……!」

 

 大きく踏み込み、アズールセイバーを振り下ろす。だが、その攻撃をニュートは避けずに肩で受け止めて剣を掴む。

 

「しまっ……」

 

 ニュートはそのままアズールの胴に舌先を押し当てた。そして、舌が煌き火を放つ。

 寸前にアズールは剣から手を離して回避を試みるものの、超至近距離から連続して放たれた火炎弾を避け切る事はできなかった。

 

「うわあああ!」

 

 あまりに凄まじい攻撃に、アズールは吹き飛ぶ。今の攻撃で、一気に消耗させられてしまった。

 しかも、アズールセイバーはニュートの手の内にある。ニュートはアズールへと迫り、炎を纏う剣を振り下ろした。

 たちまちアズールは劣勢となる。炎の刃はアズールの装甲を焼きつつ、傷を負わせる。

 

「ヒハハハハ! 俺ノ力、シッカリ見タカ!? 俺ヲ見ロ……モット見ロォー!!」

『そんな!? しっかりして、翔くん!!』

「く、あ……」

 

 地面に右膝をつき、息を切らすアズール。ニュートは剣を肩で担ぎながら、一歩一歩近付いていた。

 まるで歯が立たない。打開策を必死で頭から絞り出そうとするも、接近戦に頼らざるを得ない以上打つ手がない。

 一度距離を取って立て直すべきか。だが、まるでそんな考えを否定するかのように、アズールの背後から複数の足音が迫り、ニワトリに似た鳴き声が木霊する。

 

「コケーッ!!」

 

 以前にも現れたシャモ型のデジブレインと、ベーシック・デジブレインだ。合計五体が集まり、アズールの退路を塞いでいる。

 しかし、ベーシック・デジブレインたちはどこか様子がおかしい。黒い模様のようなものが、細かくびっしりと体中を覆っている。

 否、侵蝕していると言うべきか。模様は徐々に顔にまで昇っている。

 

『アレは……文字?』

「え?」

『なんか、漢字で猪とか雀とか……英語もあるわね、とにかくそんな小さい文字が書いてあるのよ』

 

 琴奈がそう言った直後。

 全身が完全に黒く染まったデジブレインたちが、その姿を変容させる。

 それは、アズールも戦った事のあるスタッグビートル・デジブレイン、カメレオン・デジブレイン、ボア・デジブレイン、スパロー・デジブレインだった。

 

「なっ!?」

 

 ここに来て強敵の軍鶏に、データを取り込んだデジブレインが四体。武器も失った今、まさに絶体絶命だ。

 

「どうすれば……!!」

 

 劣勢だが、このまま諦めるわけにはいかない。翔の中の戦意はこの状況でも決して衰えていないのだ。

 心を奮い立たせ、護るべき者たちの事を頭に浮かべる。それがそのままアズールの力となり、立ち上がった。

 その時だった。アズールのマテリアフォンに、陽子からの通信が届いた。

 

『翔くん、大丈夫!?』

「滝さん?」

『今、あなたのアプリウィジェットにマテリアプレートを転送するわ! それを使って新しい力にリンクして!』

 

 言われると同時に、アズールのアプリドライバーの左腰にあるアプリウィジェットに、一枚のマテリアプレートが追加される。

 その名は《ロボットジェネレーター》、鋼作が好んでプレイしているアプリのタイトルだ。

 

「よし!」

 

 アズールは意気込み、アプリドライバーから《ブルースカイ・アドベンチャー》を引き抜いて、新たに入手したアプリを起動した。

 

《ロボットジェネレーター!》

「これ以上何も……奪わせない!」

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

 

 起動してアプリドライバーに装填した直後、強靭な四肢と胸にXのマークを持つ頑丈な装甲で身を固めた人型のロボットのテクネイバーが飛び出す。

 その名はロボット・テクネイバー、アズールの周囲にいるデジブレインを殴り飛ばし、プレートの所有者にとって有利な状況を作り出した。

 アズールはそのまま、マテリアフォンを引き抜いてドライバーにかざした。

 

Alright(オーライ)! マテリアライド! ロボット・アプリ! 聳え立つ城、インストール!》

 

 瞬間、アズールの装甲となっていたウォリアー・テクネイバーが分離して消失。

 今度はロボット・テクネイバーが装甲へと変形し、アズールのスーツをプロテクトする。

 両腕に装着された巨大な腕甲(ガントレット)、両足にも堅牢な装甲とスラスター、そして胸にはXの文字。ブルースカイリンカーよりも重厚な装甲とパワーを得たその姿は、仮面ライダーアズール ロボットリンカーだ。

 

「行くぞ!!」

 

 アズールは拳を振りかぶり、自身に向かって突進してきたスタッグビートル・デジブレインを全力で殴りつける。

 たったその一撃で自慢の大アゴは圧し折れ、殴られたスタッグビートル自身も吹き飛ばされて壁面に激突し、呆気なく消滅する。

 

「すごい、パンチ力が強くなってる!」

 

 アズールの凄まじい腕力を目にしたカメレオンは恐怖で立ちすくむが、スパローとボアは諦めない。ボアは持ち前のパワーで突進、スパローは素早さを活かしたヒット&アウェイの戦法で主部に出る。

 だが、果敢にも挑んで来た二体の攻撃は全くの無意味だった。ボアの拳はロボットリンカーの装甲に少しも通じず、スパローの爪では当然傷が付くはずもない。

 するとニュートは苛立った様子で舌打ちし、口と手の両方から火炎を放射した。

 

「ヒハハッ! 俺ヨリ目立ツヤツハ……マルコゲナッテ死ネェェェ!」

 

 アズールの悲鳴など聞きたくないとばかりに、歓喜の叫びを上げながら炎を出し続けるニュート。

 が、しかし。

 炎の中から突然拳が飛び出したかと思うと、そのニュートの顔面に突き刺さるようにめり込んだ。

 

「アッ!?」

 

 拳はそのまま、ニュート・デジブレインを古城の敷地外へと吹き飛ばした。

 それは、分離したアズールの右腕甲だった。ロケットのように腕から射出され、ニュート・デジブレインを殴り飛ばしたのだ。

 攻撃が終わって、腕甲は分解されてアズールの腕に再構築される。

 そして、当のアズールは炎を浴びようとも無傷だった。

 

『これがロボットリンカーの力……ロケットナックルに耐熱・耐酸装甲!』

 

 フォトビートルが解析したデータを見て、琴奈が驚いた様子で言った。

 流石に装甲の厚さの分だけスピードとジャンプ力は大きく低下しているようだが、それでも今のアズールには心強い事に違いはない。

 殴られたニュートが落としたアズールセイバーを拾い上げ、本格的に反撃に出る。

 

「チチュン!」

「邪魔だ!」

 

 爪での攻撃を継続していたスパローを容易く斬り倒し。

 

「フルゥッ!」

「セァッ!!」

 

 ショルダータックルで猛進してきたボアを殴り飛ばして粉砕し。

 

「ゲゲッ、ゲッ!」

「逃さない! ロケットォ! ナックゥゥゥル!」

 

 透明化で逃げ出そうとしたカメレオンには、姿が消える前に腕甲を放って瞬殺した。

 

「これなら行ける……!」

「コケーッ!」

「おっと!」

 

 今の今まで様子を窺っていた軍鶏が、アズールに向かって蹴りを浴びせる。

 流石に強敵相手ではロボットリンカーの重装甲の上でも多少のダメージはあるが、今までに比べれば損傷は遥かに軽い。

 アズールはそのまま拳を突き出し、ロケットナックルで反撃した。

 

「コ、コケケッ!?」

 

 自分の腹に向かって飛んで来た腕甲を、軍鶏は腕で逸らして威力を流そうとするものの、ロケットナックルのパワーを完全に殺し切る事はできなかった。

 しかしこれで簡単に引き下がるようなデジブレインではない。軍鶏は今の一撃に闘志を燃やし、アズールに向かって飛び膝蹴りを食らわせる。

 

「うおっ!?」

「コケコケコケコケッ!」

 

 さらに、左足を軸にして猛烈な前蹴りの連続。スピードとパワーが両立した切れ味の鋭いキックは健在で、装甲の上でもまだ脅威的な威力だ。

 アズールは腕の装甲で防御し攻撃を受け流し続けているが、それもこの連続攻撃の前ではいつまで保つか分からない。

 そこで、近くを飛ぶフォトビートルへと声をかけた。

 

「く……琴奈さん、解析を! ヤツの弱点が分かるかも!」

『もうやってるわ! だけど……!』

 

 随分と歯切れが悪い。アズールは、途端に体に悪寒が走るのを感じた。

 

『何度やってもエラーになるの! データがほとんど一致しないのよ!』

「なんだって!?」

 

 デジブレインの正体が突き止められない。見た目から軍鶏、あるいはニワトリだという事は既に分かっているというのに、これは想定外の事態だった。

 戸惑っている間にも、軍鶏は跳躍して頭上から攻撃を仕掛けてきた。

 

「コケェェェッ!」

「仕方ない、だったら」

 

 アズールは腕を交差させ、軍鶏の渾身の踵落としを受け止めた。

 

「ココッ!?」

「弱点が分からなくても無理矢理叩き潰す! ウォォォォォッ!!」

『まさかのゴリ押し!?』

 

 アズールは雄叫びを上げ、前進しながら拳を連続して振り抜く。

 攻撃のスピード自体は大した事はないが、威力が重い。マトモに受ければタダでは済まない、それを理解しているらしく軍鶏も攻撃を流すか避けるのに専念している。

 だが、やはりというべきか受け流したとしてもそれなりにダメージがあり、軍鶏は次第によろめき始めた。

 

「いつまでも避けられると……思うな!」

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ブルースカイ・マテリアルスラッシュ!》

 

 その隙を狙って、アズールセイバーにブルースカイ・アドベンチャーのマテリアプレートを装填。必殺の態勢に入った。

 豪腕によって振り被った剣から縦一文字に放たれる光と風の刃が、シャモ型デジブレインを襲撃する。

 軍鶏はその攻撃を防御するものの、流石に必殺技から完全に身を守る事はできず、古城の中にまで吹き飛ばされてしまった。

 

「よし、今度こそトドメを――」

 

 そう言いながらアズールが古城へと向かおうと足を進めた、その時。

 

「ヒハハーッ!!」

 

 またも火炎が行く手を阻む。ロケットナックルで吹き飛ばされたニュートが復帰したのだ。

 

「こいつ、まだ……!」

『翔くん! そいつを放置してたら現実世界が大変な事になるわ、ニュートとだけはここで決着をつけて!』

「分かりました!」

 

 改めて、アズールはニュート・デジブレインへと向き直る。

 するとニュートは嬉しそうに笑い、城の周囲を炎で燃やし始めた。

 

「ソウダ! 俺ヲ見ロ!」

「燃やすのを止めてくれ。君がそんな事をするから、皆が迷惑してるんだ」

 

 アズールの指摘に、ニュートは舌打ちする。不機嫌になった彼の全身の炎が、より強く燃え盛った。

 

「ウルセエナ! 俺ガ目立テルナラソレデ良インダヨ! ドイツモコイツモ俺ヲ持テ囃シタクセニ、コノクライデゴチャゴチャ騒イデンジャネェ!」

「目立ちたいからって人に迷惑かけて良いわけないだろ!! 君のせいで人が死ぬかも知れないんだぞ!?」

「黙レェ! 俺ガ注目サレルタメナラ人ガ何人死ノウガ関係ネェンダヨ! ムシロソウダ、何人デモ殺シテヤル!」

 

 ニュートは火炎を吐きながら、さらに炎を纏う拳をアズールに浴びせる。当然、それを受けてもアズールは無傷だ。

 

「……そっか」

 

 溜め息混じりに、アズールは諦めたような声を発する。

 好機と感じたニュートは、ここぞとばかりに自身のベルトのバックルに入ったプレートを二度連続で押し込んだ。

 

《フィニッシュコード! Goddamn(ガッデム)! ニュート・マテリアルクラック!》

「オ前モ死ィネェェェ!」

 

 先程と同じ超至近距離から、しかし比べ物にならない膨大な火炎が、ニュートの舌先から発射された。

 さしものロボットリンカーでも、この火炎の前では平伏するしかないだろう。そうニュートは考えていた。

 だが、揺らめく火炎の中には――無傷のアズールがその場に立っていた。

 

「だったら、もう容赦しない」

 

 言うが早いか、アズールはニュートの舌と肩をがっしりと掴み、強化された頭の装甲で頭突きを食らわせる。

 その一撃で、ニュートの舌は自らの歯で千切れた。これでもう火を吐く事はできない。

 

「ンガッ!?」

 

 ニュートが痛みに悶えようと、何度も。何度も頭を叩きつける。

 そしてニュートの意識が朦朧とし始めたその時、ドライバーに装填されたプレートを押し込んだ。

 

《フィニッシュコード!》

 

 音声が流れた瞬間、アズールはニュートの体を上空へと投げ飛ばし、そして狙いをつけてからマテリアフォンをかざした。

 

Alright(オーライ)! ロボット・マテリアルバースト!》

「ブレストォ! ビィィィィィーム!」

 

 X字型の胸部装甲が輝き、そこから強大な熱量の青いビームが発射される。

 空中で身を守る方法もないままそれを受けたニュートは、自分の纏う炎を超えた高温の熱線により断末魔を上げ、そのまま頭から地上に落ちた。

 アズールは倒せたかどうかという確認のため、落下地点へと向かう。

 そして、そこで信じられないものを目撃した。

 

「う、うげ……」

「えっ!?」

 

 ニュートが落下した場所には、人間の男が仰向けに倒れていたのだ。

 

「なんで……デジブレインはどこに!?」

『翔くん、よく見て! この人のお腹!』

「え? こ、これは!」

 

 琴奈に指摘されてアズールも気付く。男は、ニュートが装備していたものと同じベルトを着けていたのだ。

 

「じゃあ、この人がさっきの!? これは一体どういう……」

 

 アズールは男に向かって手を伸ばす。

 だが、その時。

 

「コケーッ!」

「え? うわっ!?」

 

 古城の中から飛び出したシャモ型デジブレインが、アズールの頭に飛び蹴りを食らわせ、瞬く間に男のベルトを掠め取って逃げてしまった。

 ロボットリンカーのスピードでは追い付けず、かといって今からブルースカイリンカーに切り替えて深追いするのも危険だ。アズールは、まだここの地理に詳しくないのだ。

 

「……見逃すしかないか」

 

 そう言ってアズールはマテリアフォンを抜き、扉のマークのアイコンをタッチ。すると、目の前に光の輪のようなものが現れる。

 これは、入る際に使ったゲートと繋いで現実世界への帰還を可能とする、ホメオスタシスの作り出した帰還用ゲート。その名も『バックドア』だ。

 仮面ライダー以外のエージェントはN-フォンにこのバックドアを搭載しており、調査を終えた際にはこれを使って現実世界に帰っている。

 戦いが終わった以上もうここに用はない。アズールは男を肩で担ぎ、フォトビートルを伴ってこの場を去るのだった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 リボルブが入手した新たなマテリアプレート、その名はジェイル・プラネット。

 『監獄』と呼ばれる惑星を舞台とする、様々な武器や道具を駆使して生き抜く事を目的とするサバイバルTPSアプリだ。

 この惑星は大量破壊兵器によって汚染し荒廃しており、大きな罪を犯した囚人のみを送り込む島流しのためにのみ利用されている。主人公は金さえ貰えればどんな戦地にも赴く傭兵になる事も、凶暴なギャングの手綱を握る頭領になる事も、人々を悪党の手から守る救世主になる事もできる。

 そのアプリを起動し装填した瞬間、迷彩柄のケープを纏う荒くれ者、プリズナー・テクネイバーが姿を現してリボルブを援護する。

 ガンマン・テクネイバーと同じく銃撃だが、こちらはサブマシンガンだ。攻撃の苛烈さに、デジブレインの兵たちは足を止めて身を守る。

 

《ユー・ガット・メイル!》

「リンクチェンジ……!」

 

 リボルブが叫び、マテリアフォンをかざす。

 するとリボルブの身に装着されていた装甲やポンチョ、ライフル・アタッチメントが分解されて消滅し、代わりにプリズナー・テクネイバーが装甲となる。

 

Alright(オーライ)! マテリアライド! ジェイル・アプリ! 監獄のサバイバー、インストール!》

 

 音声と共にプロテクターが装着され、リボルブは新たな姿を得る。

 ポンチョは迷彩柄のケープに変化、顔部は頭蓋骨を思わせるような黒い模様に変わり、腕にも翼のタトゥーのようなものが現れている。

 仮面ライダーリボルブ ジェイルリンカー。リンク完了の直後、リボルブの背後に二つの球体が現れ、リボルブの両隣を転がる。

 

「覚悟しろ!」

 

 すぐさま、リボルブが通常形態のリボルブラスターを構え、歩兵に発砲。

 やはりこれは光のバリアに阻まれた。だが、これまでと違い銃撃は一発では止まなかった。

 リボルブの隣を転がっていた球体からバレルが伸び、無数にデータの弾丸を発射し始めたのだ。

 これはジェイルリンカーによって現れる特殊武装、ジェイルターレット。使用者の周りを転がり、敵のデジブレインに対してオートで攻撃を行う優れたメカだ。

 

「もちろん、これだけじゃねェぞ」

《チェンジ! マシンガン・アタッチメント!》

 

 ターレットが攻撃している間に、リボルブはリボルブラスターのアタッチメントを切り替える。

 ジェイルリンカーによって装着できるアタッチメントは、マシンガン。ライフルより射程は短くなるし小回りも効かないが、制圧性に優れており連射性能が高い。

 総じて、手数が足りない今の状況には持って来いの姿だ。

 

「喰らえオラァ!!」

 

 リボルブはジェイルターレットと共に、銃弾を雨霰と浴びせる。流石に僧兵のバリアもこの手数には無意味で、三秒も立たない内に完全に砕かれてしまった。

 そればかりか、リボルブの制圧射撃は留まるところを知らず、盾を構えた歩兵と騎兵の反撃さえも許さない。僧兵は最初から戦闘力に乏しいようで、戦車の背後に隠れている。

 戦車のデジブレインだけは、マシンガンの制圧でも怯まず身を守れる程に堅牢だ。だが容易に反撃にも移れないらしく、その場で全員の盾としてじりじりと進軍している。

 

「反撃のチャンスでも待ってんのか? バカが……」

 

 言いながらリボルブはドライバーからプレートを引き抜くと、それをそのままリボルブラスターに挿入した。

 

《フィニッシュコード!》

「テメェらに逆転なんざねェんだよ!!」

Alright(オーライ)! ジェイル・マテリアルカノン!》

「くたばりやがれェェェッ!!」

 

 リボルブラスターにマテリアフォンをかざした瞬間、リボルブラスターとジェイルターレットが赤い輝きを帯び、今までよりも強力な弾丸が無数に連射される。

 この三方向からの同時必殺射撃によって、ルークでさえも木っ端微塵に砕け散り、その背後で機会を窺っていた兵たちも一瞬で消滅した。

 ベーシック・デジブレインが湧いて出る気配もない。ホメオスタシスは、勝利したのだ。

 

「ブッ潰すって言ったろォが」

 

 銃口にフッと息を吹きかけ、変身解除した鷹弘が言った。

 それにしても、と鷹弘は隣の雑居ビルを見上げながら思う。

 

「さっきのヤツら、上から来たな……まさか」

 

 直後、消火が終わった店の中から「静間さん!」と呼ぶ声が響く。

 見れば、変身を解除して男を肩に担いでいる翔が、鷹弘の方へと向かって歩いているのが分かった。

 

「こちらは終わりました!」

「見れば分かる。で、そいつは」

「多分、今回の実行犯です」

「何ィ?」

 

 片眉を釣り上げ、意味が分からないとでも言わんばかりに声を上げる鷹弘。

 この場で問い質しても良いのだが、フォトビートルが一緒のため、映像を見ればすぐに事情が分かるだろうとして、鷹弘は一度その話について後回しにした。

 

「……まぁ良い。ちょっとお前、そいつ置いて電特課と一緒にあのビルの屋上に行って来い」

「え? それはどういう事ですか?」

「良いから行け、そこに敵がいるかも知れねェんだよ」

 

 それを聞いて、翔の表情が変わる。

 男をホメオスタシスのエージェントの一人に任せ、屋上へと急ぐのであった。

 

 

 

「ああああああっ!! ふざけるなっふざけるなっふざけるなっ!!」

 

 一方、屋上では。

 ストライプが一人、怒声を上げて地面にチェス盤を叩きつけ、踏み壊していた。

 それだけでは怒りが収まらないないようで、持参して来た机も椅子も、殴って蹴って、破壊し尽くした。

 

「なんでボクの思い通りにならないんだよ!! どいつもこいつも!! ボクは天才なのに!!」

 

 叫んで暴れて、まるで子供のように暴れ散らすストライプ。そんな彼のスマートウォッチに、通信が入る。

 その相手はヴァンガードだ。

 

「なんだよ!?」

『俺に当たんなよ……それより悪い報せだ、そっちに警察とホメオスタシスが向かってる』

「何っ!?」

 

 途端にストライプは冷静さを取り戻したようで、暴れるのを止める。

 そして、手短にヴァンガードへ質問を投げかけた。

 

「マテリアプレートと『ガンブライザー』は回収した?」

『安心しろ、それは済んだ。今から脱出すりゃお前の事がバレる心配もねぇ、退却しな』

「……そう。了解、そっちも上手く逃げなよ」

『はいはいっと』

 

 ヘラヘラとしたヴァンガードの声を最後に、通話が終了する。

 ストライプはすぐさまゲートを開き、机と椅子を内部に吸い込んでから、自身もゲートへと飛び込んだ。

 

「次こそは必ず……!」

 

 こうして、屋上からストライプの姿が消えた。

 直後に宗仁ら警察と翔たちホメオスタシスが駆けつけるも、時既に遅し。既にもぬけの殻だった。

 

「誰もいない?」

 

 翔が周辺を見回して、そう言った。屋上には使わなくなった何かしらの機材が放置されていたり、畳んだままのテントがブルーシートをかけて置いてあるだけだ。

 だが、宗仁の見解は違った。

 

「いいや。誰かいたようだぜ、ついさっきまでな」

「どうして分かるんです?」

 

 松葉杖をついて遅れて現れた文彦が訊ねると、宗仁は顎でしゃくって、地面に落ちている物を指した。

 チェスで使う駒、ポーンだ。それも、半分が白くもう半分が黒という奇妙な形状の。

 それが今、コロコロと地面を転がっているのだ。これは、今まで誰かが屋上にいて、それをつい先程地面に落としてしまった事の証拠に他ならない。

 

「どうしてこんなものが……」

「さぁな。翔坊、デジブレインはいないみたいだしよ、とりあえず俺に任せとけ」

「良いんですか宗さん?」

「構いやしねぇよ。お前さんだって他にやる事あんだろ?」

 

 宗仁はそう言って、親指で背後の屋上扉の方を指し示す。

 そこには、壁に背を預けて翔を待つアシュリィの姿があった。

 退屈そうに現場の状況を見ているが、何をしているのかは分かっていないというか、そこまで興味がない様子だった。

 

「女をあんまり待たせちゃいけねぇよ。口うるせぇからな」

「あはは……じゃあすいません、僕はこれで」

「おう、頑張れよ! けどあんまハメ外しすぎんなよ!」

 

 翔は宗仁に手を振りつつ、アシュリィの方へと駆け寄った。

 

「ごめんね、お待たせ」

「……別に待ってたワケじゃないし」

「あ、そう? でも鋼作さんたちもいるし戻らないと」

「……ねぇ」

 

 宗仁を指差しながら、アシュリィは訊ねる。

 

「あの人、知り合い?」

「あー、宗さんの事? そうだよ。父さんって探偵になる前は警察だったらしくてね、度々会いに来るんだ」

「ふーん」

 

 顔を顰め、不機嫌そうに宗仁を見ているアシュリィ。

 その様子を見て首を傾げ、翔は「どうかしたの?」と訊ねた。

 

「あの人、お酒臭い」

「うん、宗さんは仕事前にいつも飲んで来てるらしいからね……それより早く行こう。二人が待ってるからね」

「ん」

 

 アシュリィの手を取って翔は走る。今日は休日、まだまだ遊び足りない。

 まだ臭いが気になって些か不機嫌なままのアシュリィを連れ、翔は鋼作たちの元へ戻る。

 四人は一日中ゲームセンターやカラオケなどで遊び尽くし、日常を謳歌するのだった。

 

 

 

 そして、夜。

 

「アッシュちゃん大丈夫?」

 

 帰路の途中、琴奈が心配そうにアシュリィを見る。

 相当遊び疲れたのか、彼女はこっくりこっくりと船を漕いでいる。

 手にはゲームセンターのUFOキャッチャーで取った、赤い鬼のぬいぐるみや青い亀のぬいぐるみ、黄色い熊のぬいぐるみと紫色の竜のぬいぐるみが入った袋を持っている。

 

「んー……」

「大丈夫じゃなさそうだぞ」

「んー……」

「誰に返事してんだそれは」

「んー……」

 

 あまりにも眠そうで適当かつ反射的に返事をしているアシュリィに、鋼作も思わず苦笑いする。

 すると、翔は彼女の手荷物を代わりに持ち、アシュリィをおんぶし始めた。

 

「よいしょ、っと。しっかり掴まってね」

「んー……」

 

 やはりアシュリィは眠そうに返事をするだけだ。自分が今どういう態勢になっているのかも分かっていない。

 

「じゃあ鋼作さんに琴奈さん、僕らはこれで」

「お、おう。大丈夫かそれ」

「はい、落としたりしませんよ。大丈夫です」

「そういう事じゃないんだが……まぁ良いか」

 

 翔は二人に頭を下げ、自宅へと向かった。背中からは、アシュリィの静かな寝息が聞こえる。

 

「あー、もう寝ちゃったか」

「んん……」

「すぐに着くからね」

「……ママ……」

 

 後ろから聞こえたその言葉を聞いた翔の目が、僅かに下を向く。

 彼女にも、恐らく血の繋がった両親がいるはずだ。では、記憶を失って苦しんでいる彼女を放って、今何をしているのだろう。

 ――自分の本当の両親は、何をしているのだろう。

 暗い思いが心に降りかかり、翔は頭を振る。

 

「帰ったら、ご飯にしようね」



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EP.06[鬼狩ノ忍]

 ホメオスタシスが、イタリアン食堂に現れたデジブレインの侵攻を阻止して二日後。

 ストライプとヴァンガードは、揃ってサイバー・ラインのとある場所に集まっていた。

 宇宙空間のように広大で、黒く殺風景な場所。壁は星座のように赤黒い光の点と点が線で繋がり合って構成されており、床は同じ色の光でできている。

 

「そうだ、ストライプ。忘れモンだぜ」

 

 道の途中、ヴァンガードが文字だらけのカソックからある物を取り出し、ストライプに投げ渡す。

 左右で白と黒に分かれたポーンの駒。雑居ビルの屋上でストライプが処理し忘れていた、警察に回収されたはずの証拠品だった。

 

「……どこにもないと思ったら、あの時落としてたのか」

「気を付けろよ? 証拠品のデータも処分しておいてやったが、警察の連中もバカじゃねぇからな」

「そんなの分かってるよ」

 

 半透明な床の上を、二人は並んで歩く。そうしてしばらく歩いている内に、目的の場所に辿り着いた。

 宙に浮かぶ金属製の大きな丸いテーブルに、それを囲むようにして配置されている、浮遊する七つの椅子。椅子は球状で、丸くくり抜かれた部分に座るようにできている。

 七つの椅子の内、五つは既に埋まっていた。そのため、ストライプとヴァンガードは隣同士の空席に座る事となった。

 座る彼らの頭上には、ホログラムのネームプレートが浮かび上がっている。ストライプには『Seventh:Vain(セブンス ヴェイン)』、ヴァンガードは『Sixth:Jealous(シックスス ジェラス)』という具合だ。

 

『皆様集まったようですね?』

 

 そんなよく通る声が室内に響くと同時に、卓上に一人の男がホログラムとして投影される。

 シワひとつないダークブルーの上品な礼服と清潔な白のワイシャツを着ている、紳士然とした男。両手には白い手袋、首には鮮やかなマラカイトグリーンのリボンタイが巻かれており、そのタイの結び目は孔雀の羽根を模したブローチで飾られている。

 男の顔は、上半分が豪奢な孔雀の羽根飾りが付いた紫色の仮面で覆われているため、窺い知る事はできない。

 しかしその口元には見る者の警戒心を解くような、優しく柔和な笑みを浮かべている。

 

「どうしたんです、スペルビアP(プロデューサー)。突然ボクらを呼び出すなんて」

 

 テーブルに片肘を付きながらストライプが訊ねた。

 するとストライプの斜向かいから、低く嗄れた男の声が、まるで窘めるように「ストライプよ」と呼びかける。

 視線をそちらに移すと、そこには腰に刀を提げて白い道着と深緑色の袴を着た、鰐の頭を模った革製の首飾りを提げている白髪頭の壮年の男が――食事を摂っていた。

 山のように茶碗に盛られた白米、鍋かと見紛う程に大きな器に入った味噌汁、そして数十匹の焼き魚と少量のたくあんという献立だ。

 男はストライプやヴァンガードと同じく、左腕に緑色のスマートウォッチのようなものを装着している。しかも男だけではなく、会議に参加している者全員がこれを身に着けているようだ。

 そのスマートウォッチを汚さないようにしながら、丁寧に箸を使って焼き魚の身をほぐしている。

 

「食事中に肘を付くな」

「会議中だよボケ老人! プレデター、毎回毎回なんで食ってんだ!」

「何を言う、儂はボケてなどおらん。食いたい時に食っておるだけの事よ」

「アンタこそ何言ってんだ!?」

 

 ストライプの鋭い切り返しにも動じず、プレデターと呼ばれた老人は食事を続ける。頭上のプレートに表記されている文字は『Second:Glutton(セカンド グラットン)』。

 

「ギャハハッ! プレデターのジジィは相変わらずおもしれぇなぁ~」

 

 ヴァンガードの向かい側に座る、足をテーブルに投げ出している男がそう言った。

 黒いフォーマルスーツの上から金色のゴテゴテとしたファーコートを羽織り、指にはトランプのスートを模した形状の大粒の宝石が選り取り見取りとはめられている、ブランド物のサングラスをかけた派手派手しい男。はだけた左胸には蜘蛛の巣のタトゥーが彫られている。

 頭上に表記されているのは『Third:Avarice(サード アヴァリス)』の文字だ。

 

「ノーブル、貴様も足をどけぬか。飯が不味くなる」

「イイじゃねぇかよぉ~、この革靴超ブランド物だぜ? ン千万すんだぜ?」

「靴は食えぬ」

 

 短く返し、プレデターは白米と魚を掻き込む。ノーブルは肩を竦め、そのまま腕を組んで会議の進行を促した。

 スペルビアは集まったメンバーの騒ぎに少しも動じる事なく、話を進めた。

 

『では。集まって頂いたのは他でもありません、ホメオスタシスと仮面ライダーについてです』

 

 瞬間、ストライプの顔が強張る。自分が相手にし、追い詰めたものの倒し切れなかった二人。

 彼らを思い出し、ストライプの目が怒りに染まっていく。

 

『知っての通り、先日ストライプ様がガンブライザーを使った時、彼らは現れました。最初の内は圧倒できていたのですが……』

「……ヤツらは新しいマテリアプレートで姿を変えた。アレさえなければボクが勝ってたんだ、クソッ!」

 

 ドンッ、とストライプは悔しさのあまり机を叩く。

 直後、ギターの激しい旋律がその場に流れ、会議に参加している者たちは一斉に注目した。

 

「ストライプゥ……」

 

 黒い革ジャンとズボンにプラチナブロンドのウルフモヒカンヘアー、そして上半分が氷で下半分が炎というデザインが特徴的なエレキギター。右目の周りには星型の派手なメイク。

 頭上に『Fifth:Furor(フィフス フュアロー)』というネームプレートが浮かんでいるその男は、椅子の上に足を乗せ、再びギターを鳴らしてからウィンクしてストライプに語りかける。

 

「叩くのはァ……ドラムだけにしときな♪」

「……」

「……? 叩くのはァ、ドラムだけにしと」

「いや分かったから二回も言わなくて良いよロック! っていうか上手い事言ったつもりかよ!?」

「イェーイ!!」

「うるさいよ! なんなんだよお前ら!」

 

 ストライプは思わず両手で机を叩いて立ち上がる。すかさず、ギターを鳴らしてロックが反応した。

 

「叩くのはァ、ドラムだけに」

「お前黙れよもう!!」

「イェーイ!!」

「うるせぇぇぇ!!」

『アッハッハッハッハッ、相変わらず纏まりがなくて面白いですねぇ』

 

 まるで会話になっていない二人のやり取りを見て、スペルビアは上機嫌にパチパチと拍手をする。

 だがその直後、柔和な態度と笑顔はそのままに、真剣な声色で『しかし』と続けた。

 

『暢気に笑っていられる状況ではないんですよねぇ。できれば真面目に会議に参加してください、ロック様』

「イェイ」

『大変よろしい。人間世界に侵攻したデジブレインたちも、彼らの仮面ライダーの手で何体も倒されています。早々に対処しなければなりません――皆様方の願いの成就のためにもね』

 

 願いという言葉を聞いた途端に、スペルビア以外の全員の目つきが鋭くなる。

 ここにいる七人は皆、何かしらの願いを胸に秘めて集まっている。欲望と言い換えても良い。

 願いの内容は人それぞれだが、それを叶えるためにデジブレインやこのスペルビアに協力しているのだ。ストライプもヴァンガードも例外ではない。

 そして、願いを叶えるためにはプロデューサーたるスペルビアの意思を代行しなければならない。全員が協力者であり、競争相手でもあるのだ。

 

『私としては、デカダンス様が適任だと思うのですが』

 

 スペルビアが視線を動かす。そこにいたのは、気怠げにスペルビアのホログラムを眺めている少女だ。

 肉付きの良い褐色の素肌の上に、生地が薄く透き通った古代エジプト王家風の青いドレスを着ており、さらに頭には金の髪飾りを被っている。

 頭上のプレートには『Forth:Laches(フォース ラチェス)』とある。

 

「……願いは大事~~~……でも~~~、めんど~~~いから~~~……今はヤダ~~~……」

『アッハッハッ、デカダンス様は相変わらず腰が重いですねぇ』

 

 乗り気ではないデカダンスを尻目に、ストライプはここぞとばかりに立ち上がって主張を始めた。

 

「スペルビアP、ボクに任せてもらえませんか!? ボクとヤツらの決着はまだついていません、このままで終わりたくないんですよ!!」

『しかし、ストライプ様。あなたは一度失敗していますね』

「それはっ……ボクが直接戦って負けたワケじゃない! ボクは負けてない、負けてないんだっ!」

『ふぅむ』

 

 拳を握り、熱弁するストライプ。

 しかしそこへ、集った七人の内最後の一人の女性が口を挟む。

 それは七人のまとめ役、即ちリーダーとも言える役割を持つ者で、彼女の席のプレートには『First:Lewd(ファースト ルード)』という表記がある。

 

「あまりプロデューサーを困らせてはいけませんわ、ストライプ。ここは彼の判断に委ねるべきかと」

 

 上品かつ丁寧な口調で話す彼女の姿は、その席に座っているのは。

 腹にスマートウォッチを巻いた、赤い眼の小さな白兎のぬいぐるみだった。

 

「くっ……ハーロット、あなたがそう言うのなら」

 

 今までの反応に反し、ストライプはあっさりと引き下がって席に座る。

 しかしまだ言い足りないのか、一言ずつぽつぽつと呟き始めた。

 

「けど、ボクだって願いを叶えたいんだ。ボクは……ボクが、一番じゃなきゃダメなんだ……」

『心配せずともよろしいのですよ、皆様方Cytuber(サイチューバー)なら必ず願いを叶えられます』

 

 スペルビアが、不意にそう言った。

 ――仮面ライダーは感情を、心の力を引き出して戦う。であるならば、ここに集った者はそれと同じだ。

 そう、彼らは欲望という感情を、そして悪意を力に変えるのだ。

 

『他人を蹴落としてでも叶えたい望み。その傲慢なる悪意、私めがプロデュース致します』

 

 口元に笑みを湛えたまま、スペルビアのホログラムは机の上で恭しく一礼した。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「……なるほどな」

 

 ホメオスタシスの地下研究施設。

 鷹弘はそこで、陽子・文彦・宗仁と共に、フォトビートルが撮影した映像を閲覧していた。

 仮面ライダーアズールがニュート・デジブレインと交戦し、決着に至るまでの記録。そして、謎のベルト。

 

「状況から見て、ありゃ人間をデジブレインに変えるベルトってところか。とんでもねぇ事考えやがるぜ」

 

 ガシガシと頭を掻きながら、宗仁は言う。鷹弘も首を縦に振り、しかしより深刻そうな面持ちで「それだけじゃねェ」と続けた。

 鷹弘は映像の中にあるベルトの部分を徐々にアップにし、バックルを全面に映し出した。バックルには、彼らも見た事のある何かが装填されている。

 マテリアプレートだ。名前は《Cytube Dream(サイチューブ・ドリーム)》とある。

 

「こいつは!?」

「ついにデジブレイン共は、俺たちからマテリアプレートを製造する技術まで盗みやがったって事スよ。しかも、それを利用するベルトも作りやがった」

 

 ギリ、と鷹弘が歯を軋ませた。忌々しいもの、許せないものを見たとでも言うように、その眼は怒りで満たされている。

 その隣で陽子は、顎に手を添えて考え込んでいる。

 

「このCytube Dreamって何かしら」

「それは俺も気になっていた。だが、調べても何も出やしねェ」

「不気味ね……あんなベルトを作って一体どうするつもりなのかも分からないし」

 

 ベルトについて鷹弘たちも考えはするが、一向に結論は出ない。そこへ、文彦が話題を変えようと口を挟んだ。

 

「そう言えば安藤刑事、例の証拠品の件はどうなりました?」

「あぁ……それか」

 

 歯切れ悪く、苦々しい面持ちになりながら宗仁はまた頭を掻く。あまり触れられたくない話題であるかのように。

 鷹弘は怪訝そうに「なんかあったんスか」と訊ねた。

 

「実は、あの日雑居ビルで調査した時にチェスの駒が落ちてたんだがな……昨日消えてたんだよ、それまでの調査データも全部」

「何!?」

 

 既に警察機関にまで手が及んでいるという事実に、再び四人の間に動揺と緊張感が駆け巡る。

 また、宗仁は例のベルトの使用者の男に対して取り調べを行ったのだが、それも空振りに終わった。

 当時気絶していた男は目を覚ましたものの、デジブレインに変異していた間の記憶を失っていたのだ。よって、何も聞き出す事ができなかったのだ。

 余談ではあるが、その男は警察から解放された後、自身が登録していたあらゆるSNSのアカウントを削除したという。その後の顛末は、四人の誰も知らない。

 話を切り出した張本人である文彦は、気まずそうに頬を掻きつつ口を開く。

 

「どう考えてもデジブレインの仕業だよね、これ?」

「何よりも問題なのは、俺らが完全に後手に回っちまってるって事スよ」

 

 事実、今のところホメオスタシスは事件が起きた後でなければ基本的に動けていない。

 当初の予定通りであれば、サイバー・ラインへの調査を進めつつ、現実世界で起きる事件にも対処する手筈だったのだ。

 それをしない理由はただひとつ。

 鷹弘以外で動ける仮面ライダーが響ではなく、まだ経験の浅い翔である以上、現実世界の方を手薄にするのは危険だと判断したためだ。

 そして仮面ライダーの数を増やそうにも、現状でホメオスタシス内に適性のある人間は見つかっていない。

 

「……無理にでも私たちの方から攻める時が近づいてるのかも知れないわね」

「お前もそう思うか」

 

 陽子の言葉に鷹弘が反応し、文彦も頷く。宗仁も、困ったように頭を掻きながら「本当は現実守んのは警察(俺ら)の仕事だからなぁ」と言った。

 

「陽子、新しいマテリアプレートはどんな調子だ」

「近い内に完成しそうなのが二枚で、まだまだ途中なのが三枚よ」

「よし。できる限り完成を急げ、いずれデジブレイン共の本拠地を調べ上げて根絶やしにするぞ」

「了解!」

 

 言って、陽子は勇んで作業に取り掛かる。だが、その直後の事。

 鷹弘のマテリアフォンが、デジブレインの出没と位置情報を受信した。

 

「またか。あの小僧はどうしてる」

「翔くん? まだ学校だと思うわ」

「チッ、マズいな。現場はその敷地内だ」

 

 驚く陽子と宗仁。文彦は既に車椅子のハンドリムを動かしながら、状況のモニタリングに移る。

 そして鷹弘も、先日と同様出動態勢に移った。

 

「陽子、アイツに連絡しとけ。足止めくらいなら一人でやれよってな!」

 

 

 

 同じ頃、帝久乃学園高等部。

 下校時間となったため、翔は今鋼作と琴奈が待っているであろう校門へと向かっている。

 

「あれ?」

 

 だが校門前に到着した直後、予想していたのとは別の人物を見つけて、翔は思わずそんな声を出してしまった。

 アシュリィだ。両肩が開いたデザインの赤いパーカーミニワンピースに、黒いニーソックスを履いているという出で立ちで、通りかかる生徒たちの視線を集めている。特に男子が多い。

 当の本人は全く周囲の視線を気にしておらず、翔の姿を見つけるとすぐさまそちらへ歩いていった。

 翔も、急ぎ足でアシュリィの方へと歩いていく。そして真っ先に彼女へ質問する。

 

「アシュリィちゃん、どうしてここに? 迎えに来たの?」

「……違うし。暇になっただけだし」

 

 つん、と視線をそらすアシュリィ。翔は苦笑しつつ、一緒に歩いて門の前に背を預ける。

 

「そうなんだ。えっと……じゃあ、一緒に鋼作さんたち待とっか」

「ん」

 

 ちょこん、と翔の隣に並ぶアシュリィ。

 下校中の生徒が、主に男子生徒が、通りかかる度に彼女の方を見る。

 アシュリィの容姿を考えると、それも当然の事かも知れない。そもそも、外国人というだけでも既に目立つ存在だからだ。

 とはいえ、翔には実際にアシュリィがどこの国の人間なのかも分かっていないのだが。

 そして翔自身にも理由は分からないが、こうして彼女が目立っている事に、どこか少し胸がムカムカとする気分になっていた。

 

「……?」

 

 だがふと気付くと、翔はアシュリィだけでなく自分の方にも視線が集まっているように感じられた。特に男子生徒、何やら通りかかる度に舌打ちや「けっ!」という声が聞こえる。

 否、男子生徒だけではない。女子生徒も何やら自分を見ているようだ。それは意外そうというか、非常に珍しいものを見たというような視線であったり、落胆の声であったりというものも多い。

 

「なんか、よく分かんないけど目立っちゃってるね」

「……私も制服だったら目立たない?」

「いやそういう問題じゃないと思うよ」

 

 あはは、と翔は笑う。しかしアシュリィもよく分かっていないようで、首を傾げていた。

 そうこうしている内に、鋼作と琴奈が二人を発見し、歩いて来た。

 

「よっ、アシュリィも来たのか」

「アッシュちゃーん! 迎えに来てくれたの!?」

 

 琴奈が目を輝かせながらアシュリィに飛びつき、抱き締めた。アシュリィは苦しそうにバタバタと藻掻くが、琴奈は構わず頬ずりしている。

 

「コトナ。苦しいんだけど」

「んふふ~、かわいいんだからもー」

「聞いて……」

 

 二人のじゃれ合う姿を見て苦笑しつつ、翔と鋼作は顔を見合わせる。

 

「今日はどこ行きます?」

「琴奈がバッティングセンター行きたいらしい」

「バッティングセンター!? なんでまた」

「いや、そこでレアな怪獣のカードの景品があるとかでな。確か……」

 

 鋼作が名前を思い出そうとしていると、琴奈はアシュリィを抱いたまま、口を挟んだ。

 

「『怪獣大首領バーコード・デッケード』よ! 顔がバーコードみたいになってて、態度がデカいからそんな名前なの!」

「なんでバッティングセンターにそんなモンが……」

「全然分かんないわ!」

「なんで誇らしげなんだよ」

 

 そんな二人のやり取りを見て微笑みつつ、翔は「それじゃあ行きましょうか」と声をかける。

 だが、歩こうとした直前に鳴ったマテリアフォンの着信音を聞き、表情を変える。

 

「校内にデジブレイン!?」

「なにっ!?」

「僕、行ってきます!」

 

 すぐさま翔は、半ば反射的に駆け出した。

 その後ろを鋼作が追従し、さらに琴奈がフォトビートルを呼び出してサポートの態勢に入る。アシュリィも、三人の後に付いて行った。

 反応は運動部の部室棟の方からだ。翔は走りながらも、ある違和感に気が付いた。

 

「あんなところに電子機器なんてあったかな……? 一体何がゲートになってるんだ?」

 

 走りながら翔が考えていると、陽子から通信が入った。

 

『翔くん、もう状況は分かってるわよね!?』

「はい、今向かってます!」

『じゃあ足止めお願い! すぐに鷹弘もそっちに着くと思うわ、それともうじき次のマテリアプレートも完成するから、絶対に持ち堪えて!』

「了解!」

 

 何がゲートになっていようと関係ない。翔は通信を打ち切り、また駆け出す。

 そして校庭を抜けて部室棟の前まで来た時、翔は男子生徒たちの悲鳴を耳にした。サッカー部の部室の中からだ。

 翔は外に出てきた生徒たちを逃しつつ、いつでもドライバーを呼び出せるようにマテリアフォンを構え、部室の方へと進んで行く。

 

「ここにいるのか……?」

 

 ゆっくりと、充分に警戒しながら翔は中を覗き込む。

 すると次の瞬間。

 

「ハッ!」

 

 細く長い一本の脚が、真っ直ぐに伸びて来た。

 

「うわっ!?」

 

 咄嗟の判断で身体を反らし、翔はその一撃を避ける。背後にあった柵は、今の一撃でひしゃげていた。

 そして即座にマテリアフォンのアイコンをタッチ、アプリドライバーを呼び出して変身を行う。

 

「変身!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! ブルースカイ・アプリ! 蒼穹の冒険者、インストール!》

「セイッ!」

《アズールセイバー!》

 

 相手の姿も確認せず、アズールへと変身した翔は剣を振り下ろした。

 だが、その一撃は当たる前に阻止される。気付けば、部室の中から伸び出た脚が、アズールの剣を白刃取りしていた。

 さらに続いて出てきた脚にアズールセイバーは叩き落され、さらに突然飛び出て来た十本もの脚により、アズールは吹き飛ばされる。

 

「う、おっ!?」

「邪魔ヲスルナァ!」

 

 男の声が聞こえ、中からそのデジブレインが姿を現す。そのあまりにもおぞましい容姿に、アズールは思わず息を呑んだ。

 巨大な体格から見下ろす、毒を持つムカデの頭部。目に当たる部分からは触覚が伸び、強靭なアゴが開閉している。腹部には、ニュート・デジブレインも装着していた例のベルトも見えた。

 だがアズールが驚いたのはそこではない。このデジブレインは上半身こそ人間に近いが――下半身は、完全に異形と化しているのだ。

 ムカデのように長くぬらぬらとした甲殻に覆われ、人間の形の足がわらわらと、まるで誇示しているかのように生え揃い、両腕に当たるはずの部分でさえ脚となっている。

 脚に対する異常なまでの固執。アズールにはそれが途轍もなく不気味に思えた。

 アズールがデジブレインの様子を見ていると、背後からフォトビートルが飛来し、デジブレインのデータをスキャンし始める。

 

『センチピード・デジブレイン、ムカデ型。無数の脚での蹴り技や長い体を活かした絞め技が得意……気を付けて、こいつ毒を持ってるわ!』

「デキル、デキルゾ! コノ脚サエアレバ俺ハァァァ!」

 

 上半身に付いた脚で這うように動きながら、その怪人、センチピード・デジブレインは咆哮した。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 その少年は、物心ついた頃から足が速く、走る事が大好きだった。

 かけっこなら男子の誰にも負けず、鬼ごっこで追いつかれた事など一度もない。ほとんどの球技でも活躍できる逸材だった。

 そんな彼だから、小学生の頃から部活も強い脚を活かせる競技を選んでいた。即ち、サッカー部だ。

 腕を使わず、走って脚だけでボールをゴールに蹴り入れる。これ程自分に向いた競技が他にあるだろうか、と少年は幼心に思っていた。

 中学に上がっても彼はサッカーを選んだ。自分の才能が発揮できる最高の場だからだ。

 

『サッカーは楽しい。ずっと続けていたい』

 

 それが少年の願いだった。

 楽しく願いのままにサッカーを続けていた少年に、やがて転機が訪れた。

 サッカークラブからのスカウトマンが少年に声をかけ、中学卒業後からのプロへの道を示したのだ。

 憧れの選手たちとサッカーができる。彼にとって夢にまで見たような、まさに奇跡とも思える瞬間だった。

 そしてプロになった以上はもっと上を目指す。少年の目標は、ただひとつ。

 

『プロになって、世界最強のプレイヤーになる!』

 

 プロになるだけでも奇跡だというのに、少年のそれは他人から見れば淡く遠い未来だ。

 だが自分の才能を伸ばし続け、彼女までできて順風満帆な人生を送り続けた彼にとって、それは決して夢物語ではなかった。

 ――交通事故によって、両脚を骨折するまでは。

 断っておくが、事故が起きたのは彼の責任ではない。妬み嫉みで誰かが陰謀を企てたのでもない。

 クラスメイトや同じ部のチームメイトたちは彼を信頼しているし、尊敬もしている。恨まれて起きた事件では絶対にない、だからこそ事故なのだ。

 偶然にも酔っ払った不良の運転するバイクに激突してしまい、両脚を折ってしまった。これが事実だ。

 少年はあまりにも理不尽な出来事に、一時は落胆した。しかし、骨折程度ならきっと治る。治ればリハビリしてまた元通りだ、プロとしても活動できる。そう思っていた。

 しかし、現実は非情だった。

 

『後遺症……?』

 

 少年の脚は、以前のようには動かなくなった。当時の健脚が見る影もなく遅くなり、シュートの威力も明らかに弱くなった。

 事故の影響で使い物にならなくなった彼を、スカウトマンは容赦なく切り捨てた。既にプロになる事が心の支えになっていた彼にとって、それは耐え難い程の苦しみと絶望を齎した。

 彼には、プロの道を諦める事ができなかった。脚がこのようになり高校に進学して尚、サッカー選手になる事を目指したのだ。もう彼には、それしか残されていなかったのだ。

 まず以前の強さを取り戻すため、必死に練習に励んだ。チームメイトが止めようと、彼らを殴ってでも練習を続けた。

 無論、我武者羅にそんな事をしても結果が出るはずはない。次第に、チームメイトもクラスメイトも、彼から離れて行った。

 それでも彼は練習を続ける。成果の得られない無意味な練習を。

 

『俺は強いんだ、プロになれるんだ! かつての脚……脚さえあれば!!』

 

 かつての栄華を取り戻そうとする虚しい願い、決して届かない遠くへ行ってしまった夢。

 徐々に心は荒んでいく。だが、そんな彼に再び転機が訪れた。

 

「どうしたんだい? その脚……」

 

 それは、いつものようにサッカーの練習を始めようとした時の事だ。

 いつの間にか、彼の背後にテーブルと椅子を出して座り、チェスに興じている軍服の大男がいた。

 少年は戸惑いながらも、自分でも驚く程正直に応えた。事故の事、プロの話の事を。

 大男はしばらく聞いた後、数回頷いてからこう言い放った。

 

「キミが強く望むのなら、ボクが脚をどうにかできるかもね。それだけじゃない……誰にも負けない、最強の選手になれるよ」

 

 その話に少年はすぐ様飛びついた。脚が元通りになると言うのなら、どんな代償でも支払う覚悟があった。

 たとえそう、この両腕を失ったとしても、人間でさえなくなったとしても。

 だからこの時、少年は目の前の男がほくそ笑んでいる事に気付きさえしなかった。

 

「ならその"虚栄"、利用させてもらうよ!」

Cytube Dream(サイチューブ・ドリーム)……センチピード!》

 

 男の嘲弄と、奇妙な電子音声が聞こえる。

 そして腹に黒いベルト状デバイスが装着され、そこにプレートが装填された後。

 

《ハック・ゼム・オール!》

「う、ウガガガガガアアアアア!!」

Goddamn(ガッデム)! マテリアライド! センチピード・デジブレイン! パラサイトコード、ダウンロード!》

 

 狂気を孕んだ悲痛な叫びと共に、少年は多脚の異形へと変異した。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「脚ダ……イヒヒ、イヒヒ脚、イヒ脚脚イヒヒィ脚脚脚ダァァァ!!」

「がはっ!?」

 

 伸縮自在の無数の脚から、乱れ飛ぶように繰り出される連続蹴り。

 アズールはそれらの攻撃を懸命に捌いているものの、一人で処理し切れるような攻撃ではない。必然、吹き飛ばされてしまった。

 グラウンドを転がりつつ、アズールは反撃の手立てを考える。

 センチピード・デジブレインの攻撃は、一撃一撃自体は大した威力ではない。ならば、堅い装甲であれば身を守れるはずだ。

 

「だったらこれだ!」

《ロボットジェネレーター!》

 

 アズールは装填済みのブルースカイ・アドベンチャーを抜き、別のマテリアプレートを装填する。

 

《ユー・ガット・メイル!》

「リンクチェンジ!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! ロボット・アプリ! 聳え立つ城、インストール!》

 

 装甲となっていたウォリアー・テクネイバーが分離し、新たにロボット・テクネイバーがアズールとリンクする。

 仮面ライダーアズール ロボットリンカー。出現と同時に浴びせられた蹴りを、アズールの想定通り容易く受け止めた。

 

「よし、やっぱりこっちの方が相性は良い」

 

 言いながら、アズールは前進して拳を突き出す。だが、命中する前にセンチピードは脚をカサカサと素早く動かし、背後へと回った。

 そして再度蹴りを叩き込む。しかしアズールの背中も分厚い装甲でプロテクトされており、センチピードのパワーは通用しない。

 反撃とばかりに剣を振るアズールだが、やはりセンチピードは素早い。再び回り込まれ、避けられてしまった。

 ロボットリンカーの重装甲は攻撃を受ける事は容易いものの、攻めるとなるとセンチピード相手ではスピードが足りない。ロケットナックルを使ったとしても、初動の時点で避けられてしまうだろう。

 

「拮抗状態だな……」

 

 腰を落としてアズールセイバーを構えながら、アズールはそう言った。

 ただし、アズール自身は言葉程に戦力が拮抗しているとは思っていない。むしろ、不利なのは自分の方だ。

 いかに堅牢さがあるとはいえ、相手は一方的にこちらへ攻撃を当てる事ができるのだ。必殺技のような強い攻撃を繰り出されると、案外簡単に倒されてしまうかも知れない。

 だが勝機はある。リボルブが到着すれば、二対一の状況で攻める事ができるのだ。アズールはそれまで、時間を稼げば良い。

 このまま戦線を維持する事さえできれば。

 

「脚ィ、俺ノ脚ィィィ!」

「なっ!?」

 

 しかし、そう上手く事は運ばなかった。

 センチピードはその長い体でアズールの周囲をぐるりと覆い尽くしたのだ。

 逃げ場を失ったアズールに為す術はなく、避けようにも今は機動力が低下している。たちまち、全身を絞め付けられる羽目になった。

 

「がっ、あっ……うあああ!!」

 

 いかに斬撃・打撃や炎から身を守れる堅い装甲でも、じりじりと絞め付けられては無意味だ。

 苦しみに藻掻くアズール、だがその彼にさらなる危機が迫る。

 センチピードが、ゆっくりとアズールに向かって毒牙を近付けているのだ。

 ロボットリンカーの装甲ならば、牙など弾いてしまうためそもそも毒は通らない。だが、変身が解除されてしまえば別だ。

 このまま絞められて変身が解けた場合。翔はセンチピードの毒牙にかかり、死ぬだろう。

 

「くっ、うううう!!」

「俺ハプロダ、プロナンダヨォォォ!」

 

 アズールは必死に全身へ力を込めるが、全く体が動かない。

 それに反して絞め付ける力は徐々に強くなっていき、アズールを苦しめる。

 

「ちくしょう! 琴奈、なんとか助けられないのかよ!?」

「そんな事言ったって……!!」

 

 鋼作と琴奈が何やら言い合っている声も、自分の意識も遠くなって行き、手足の力も緩み始めたその時。

 アズールとセンチピード・デジブレインの間を、球状の物体が横切った。

 

「――?」

 

 瞬間、センチピードの絞める力が一気に緩み、アズールが拘束から解放される。

 咳き込み、何が起きたのか分からないままアズールは球状の物体が現れた方を見る。

 そこにいたのは、アシュリィだ。カゴの中に山と積まれたサッカーボールの一つを、センチピードに向かって投げつけたのだ。

 

「サッカー……サッカー、ダ」

 

 うわ言のように、センチピードが呟く。そして、ボールを追って這うように走り始めた。

 

「アッハハハハハ! サッカーダ、モウサッカーガデキルンダ! 俺ハァ!」

 

 まるで子供のようにはしゃぎながら、センチピードはボールを蹴ってゴールへと走る。

 今やまともにドリブルもできていないのだが、楽しそうに動き回っていた。

 アシュリィはその間に、カゴの中のボールを全部ぶちまけ、センチピードの方に転がした。

 それを見て、センチピードはまた大はしゃぎだ。

 

「ナァ! 誰カゴールキーパーヤッテクレヨ! 初心者デモイイゾ! 楽シイカラサァ!」

「……」

 

 アズール自身、何故だかは分からない。分からないのだが。

 その楽しそうな姿を見て、静かに震える拳を握っていた。

 

『翔くん、お待たせ! 新しいマテリアプレートよ!』

 

 陽子の声が聞こえた瞬間、アズールは我に返る。そしてすぐさま、そのプレートを起動した。

 

《鬼狩ノ忍!》

 

 オーガハンティングアプリ、鬼狩ノ忍。

 プレイヤーは鬼の力を宿しながら鬼を狩る忍者となり、狩った鬼の素材を使って装備を整えながら、人間の里を護るという内容だ。

 中でも人気なのは、メインビジュアルにもなっている『クロガネ』という忍装束。鬼の仮面と、黒いスタイリッシュな衣装に、雷神を宿す紅い刀身の妖刀が特徴だ。

 

「君も……元々は人間なんだよね」

 

 声を震わせつつも、アズールは意を決したようにプレートを装填する。

 するとロボット・テクネイバーのリンクが解除され、その場に黒い忍装束を纏ったテクネイバー、ニンジャ・テクネイバーが出現した。

 

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

「……リンクチェンジッ!」

Alright(オーライ)!》

 

 マテリアフォンをかざした瞬間、ニンジャ・テクネイバーはアズールの身を護るプロテクターとなる。

 ただし今回は金属装甲がかなり少なく、代わりに大部分が黒い布などで構成されており、ロボットリンカーどころかアズールリンカーと比べても防御能力が低下しているのが見て取れた。

 頭部には鬼の双角が付いており、首には黒いマフラーが風に靡いている。

 

《マテリアライド! シノビ・アプリ! クロガネ・ザ・ライトニング、インストール!》

「ウオオオオオッ!!」

 

 仮面ライダーアズール シノビリンカー。

 鬼神の如く咆哮した後、地面に右手のアズールセイバーを突き刺した。

 

《シノビソード!》

 

 そして、その手に新たな武装を握る。

 手裏剣型のエフェクト発生装置、シュリケンフリッカーが鍔に付いた忍者刀。その名もシノビソードだ。

 アズールはそのシュリケンフリッカーの中央を指で触れた後、上方向にスライドする。

 

《フリック・ニンポー! ブンシン・エフェクト!》

 

 その音声と同時に、アズールの姿が一瞬の内に増加する。

 本体も含め、その数なんと十一人だ。これには鋼作も琴奈も目を丸くした。

 

「すげぇ、あんな事できるのか!」

「パワーはなさそうだけど、トリッキーな戦い方ができるのね!」

「でも、なんであんな中途半端な数なんだ……?」

 

 そんな会話を二人がしている内に、アズールは疾駆する。

 スピードはブルースカイリンカーよりも圧倒的に速く、まさしく目にも留まらない。

 アズールはその素速い動きでセンチピードを攻撃……せずに、なんとセンチピードからサッカーボールを脚で奪い取った。

 

「ン!?」

「サッカー、したいんでしょ」

 

 悠々とリフティングしながら、アズールが言う。

 

「こっちは十一人だ。勝負しようよ」

「オオッ! アッハハハ、凄イナオ前! 受ケテ立ァツ!」

 

 センチピードがボールを奪い取ろうと迫る。やはり素速いが、それでもシノビリンカーの速度には追い付けない。

 這うような動きが、サッカーにおいて邪魔だと思い始めているようで、悔しげに顔を歪めている。

 

「さぁ、どうする? シュートしちゃうよ?」

「ウウッ、サセルカァ!」

 

 センチピードは叫び、ゴールの前へ移動すると、全身を使ってゴールに巻き付いた。

 これではシュートが決められない。アズールは笑い、楽しそうに「そう来たか!」と感心している。

 

「俺ハ負ケネェ! プロニナルンダ! 脚ダッテ元ニ戻ッタンダァ!」

「本当にそれが君の望み?」

「エ……?」

 

 言いながら、アズールはシノビソードをこっそりとボールに触れさせ、さらにシュリケンフリッカーで今度は右にスライドさせる。

 

《フリック・ニンポー! カクレミ・エフェクト!》

「そぉりゃぁっ!」

 

 アズールがボールを蹴ったその時、フィールドからボールが消失する。それを目撃して、センチピードは思わず身を乗り出した。

 そうしてゴールに出来上がった隙間にエフェクトの解けたボールが入って行き、スパッというゴールネットにボールが擦れる音が耳に入る。

 

「ア……ソ、ソンナ」

 

 ガクリ、としょげ返るセンチピード。すると、翔は仮面の奥で微笑み「落ち込む事ないよ」と声をかける。

 

「サッカーの事そんなに詳しくないけどさ。どんな競技でも……試合って、シュートが入る時もあれば入らない時もあるし、勝つ時もあれば負ける時もあるよね」

「……」

「でも、これは試合じゃないんだ。だからさ、楽しもうよ」

「たノ、シ……む?」

 

 ピクリ、とセンチピードの頭が動く。そして彼の頭の中で、様々な感情が駆け巡った。

 サッカーを始めた頃。試合に勝った時。初めて負けた日。友達やチームメイトとの思い出。

 瞬間、センチピードの目からは涙が溢れ出る。

 

「ア……あぁ、ソウ……ダったのか。俺ノ……俺の、願いは」

 

 言いながら、センチピードは地面を転がるボールに視線を落とす。

 その瞳からは、既に狂気が抜け落ちていた。

 

「俺はっ!! 俺はただ、もう一度……もう一度楽しいサッカーがしたかっただけなんだっ……!!」

「……そっか。それが本当の願いだったんだね」

「……なぁ、頼む」

「何?」

「助けてくれ……」

「……うん。分かった」

 

 アズールはドライバーに装填したマテリアプレートを引き抜き、シノビソードにセットする。

 

《フィニッシュコード!》

「その歪められた願い、僕が終わらせる」

Alright(オーライ)! シノビ・マテリアルニンポー!》

 

 マテリアフォンをかざし、忍者刀に集まる雷光。アズールはその忍者刀を構え、疾走する。

 グラウンドに青い雷が轟くと同時に――。

 センチピード・デジブレインは、消滅した。

 

 

 

「翔……」

 

 戦いが終わり、鋼作は俯いている翔の肩に手を乗せる。

 振り返った翔は、微笑んでいた。だがどこか疲れたような、無理をしているような、取り繕った笑顔だった。

 

「大丈夫ですよ、嘆いてるヒマなんかないですから。それに早いところこれを回収しないと……」

 

 言いながら、翔は倒れている少年の腹に装着されているベルトを回収しようと、近づいて行く。

 だが、その刹那。突然、翔の足元で黒い爆発が起こった。

 

「うわっ!?」

 

 爆炎と熱風に怯み、翔が声を上げる。そして再び少年の方を見た時には、ベルトが彼の腹から消えていた。

 

「一体誰が……!?」

 

 一同が驚いているのも束の間、またもマテリアフォンに着信音が鳴り響いた。

 

「滝さん!?」

『翔くん、そっちが終わったなら、大至急鷹弘の方に向かって!』

「何があったんですか!?」

『鷹弘が……鷹弘が、大量のデジブレインに攻撃されてるの!』

 

 戦いはまだ終わっていない。瞬時にそれを理解して翔は鋼作と琴奈、そしてアシュリィと視線を合わせ、頷き合う。

 そして、鷹弘の待つ新たな戦場へと走るのであった。



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EP.07[殲血のダンピール]

 翔がデジブレインと交戦し始めたのと同じ頃。

 鷹弘は、トライマテリアラーを駆って現場へと急行していた。

 途中フォトビートルから転送されたデータによれば、敵はセンチピード・デジブレイン。恐らくセンチピードは、現段階のアズールの装備では苦戦するはず。

 そう判断していた鷹弘は、翔が長く時間を稼げないであろうという事を予測し、トライマテリアラーのスピードを上げていた。

 だが、そんな彼の前にベーシック・デジブレインの集団が立ちはだかる。

 

「あ?」

 

 鷹弘はスピードは緩めない。ホログラフィックパネルを操作し、フロントに備え付けられた二門のガトリング砲で迎撃する。

 データの弾丸がベーシック・デジブレインを次々に抹消し、倒し切れなかった者は轢いて潰した。

 トライマテリアラーがあればこの程度、変身するまでもない。だが、一体今のデジブレインはどこから湧いて来たのか?

 鷹弘はトライマテリアラーから降りて元の場所に転送し、急遽ゲートを探して周囲の反応を探り始めた。

 場所はすぐに分かった。近くの廃寺、その中からだ。石階段を登った山の中にあるため、少し時間がかかるだろう。

 

「……ゲートの管理者を潰すだけならすぐ終わるか」

 

 決断すると、人々に被害が出る前に鷹弘はすぐさま廃寺へと向かう。

 それにしても、電子機器もなさそうな廃寺になぜゲートがあるのか? 鷹弘は走って階段を登りながら、そんな事を考える。

 しかしその鷹弘の思考を邪魔するように、ベーシック・デジブレインが茂みの中から姿を現した。

 鷹弘は咄嗟にマテリアガンを抜き、そのデジブレインたちに発砲する。

 威嚇のつもりだったが、たった一発足に命中しただけで消滅した。

 

「なんだと!?」

 

 これに面食らったのは鷹弘の方だ。

 いくらベーシック・デジブレインが弱いと言っても、マテリアガンの一発を足に食らった程度で消えるはずがないのだ。

 もしもそんな事があるとすればゲートから遠ざかり過ぎているか、極端にそのデジブレインの内蔵しているデータが足りていないか、あるいは破損状態などでゲートとして不適切な機器を用いているかだ。

 いずれにしても、これは。

 

「誘き出されたってのか……!?」

「コケーッ!」

 

 声が聞こえ、鷹弘は自分の登ってきた階段の方を振り返る。

 すると木陰から、今までにアズールが何度も交戦したあのシャモ型デジブレインが飛び出して来た。

 その手にはゲートと化しているであろう壊れかけのラジオを持っており、それを握り潰して鷹弘の方へ突進して来た。

 直後に、昇り階段側にいたベーシック・デジブレインたちは消滅する。

 

「クソが!」

 

 進路はあるが逃げ場はない。鷹弘はマテリアフォンを持って一気に階段を駆け上がり、廃寺の前に到着する。

 そしてドライバーを呼び出し、即座にマテリアプレートを起動し装填、変身を始めた。

 

《ユー・ガット・メイル!》

「変……身!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! デュエル・アプリ! 孤高のガンマン、インストール!》

「無駄な運動させてんじゃねェぞコラァ!!」

《リボルブラスター!》

 

 怒りで声を荒げ、リボルブは発砲する。だが軍鶏は大きく跳躍し、飛び来る銃撃を軽々と回避した。

 さらに驚く暇もなく、空中で必死に翼を動かして地につかず蹴りを連打してくる。

 

「コケコケコケコケコケェーッ!」

「チッ、うざってェ!」

「コーケコッコー!」

 

 一際大きく鳴いた直後、ガードしているリボルブの腕を踏み台にして跳躍。踵落としが飛んで来る。

 しかしリボルブもこれは読んでいた。前方へスライディングし、滑りながらその背中をマテリアガンとの二挺拳銃で狙い撃ちだ。

 

「コケケケケッ!?」

 

 大量の銃弾を背中に浴び、軍鶏はそのまま受け身も取れずに地面に叩きつけられた。

 消滅はしていないが、今のリボルブにとってはどうでも良かった。こいつに構っている場合ではない、急いで現場に向かわねば。

 だが、その直後に再びリボルブは違和感に気付いた。

 軍鶏(こいつ)が出て来たゲートはどこだ――!?

 

「まさかっ!」

 

 リボルブは廃寺の方を見上げる。瞬間、寺を破壊しながら大量のデジブレインが殺到する。

 その正体は、以前リボルブが戦った歩兵・騎兵・戦車・僧兵たち、そしてその中に一体のデジブレインが追加されている。

 他と同じく白と黒のチェック模様が共通しているが、女性型だ。王冠を被ってマントとドレスを纏うその姿は、女王と呼ぶのが相応しいだろう。手には勇ましく槍を持っている。

 

「こうして顔を合わせるのは初めてだったねぇ」

 

 そのさらに奥から、少年のような高さで、この場にまんまと誘き寄せられたリボルブを嘲笑うかのような声。

 

「何者だテメェ……」

 

 警戒して銃を向けながら、リボルブは言う。すると、寺の中から250cm近くもある巨大な軍服の人影が、ぬるりと伸び出て来た。

 軍服の男はくつくつと笑いながら、リボルブを見下ろす。

 

「はじめまして。ボクの名前はストライプ、天才軍略家だ……閣下と呼んでくれたまえ」

「断る」

 

 言いながらリボルブが発砲した。データの銃弾はストライプの軍帽を掠め、傷をつけた。

 

「テメェはデジブレインじゃねェな、だがその姿は普通の人間とも違う。もういっぺん訊くぞ、何者だ」

「……天才に対する礼儀がなってないね」

 

 額に青筋を立てながらストライプが言い、同じく仮面の奥で青筋を立てながらリボルブが返す。

 

「なんでテメェに礼儀を尽くす必要があんだよ」

「キミの頭脳が、天才のボクより遥かに程度が低いからに決まってるだろう? 事実、キミはボクの罠にかかったんだからさ」

「だからどうした。テメェのチンケな罠なんざ、丸ごと俺がぶっ潰してやるだけだ」

 

 リボルブが言い切ると、ストライプは突然腹を抱えて大声で笑い始めた。

 そして、リボルブを見下ろしながら冷静な目付きで嘲弄する。

 

「愚鈍だねぇ。ボクがどうして、キミを罠にかける相手に選んだと思う?」

「何?」

「キミがアズールに劣るからさ」

 

 リボルブがほんの一瞬、沈黙する。自分が何を言われたのか理解していないかのように。

 それに構わず、ストライプは嘲笑を続けた。

 

「キミたちの戦いを少しだけ見物させて貰ったが。ボクはある一点を除いて、二人の仮面ライダーの戦闘力はほぼ互角と見ている。アズールとリボルブに経験の差があるにも関わらず……だ」

「何が言いたい」

「アズールは経験を積めばこの先かなり厄介になる。だから今の内に潰すべきだが、あのカタルシスエナジーの爆発力は侮れない……完全に力量が読めない相手と戦うなら、念入りに準備しないとこっちが負ける」

 

 ひそかにリボルブは眉をしかめる。

 この男、カタルシスエナジーの事まで知っているのか。リボルブには目の前の男の、そして敵の正体が掴み切れずにいた。

 

「だからキミを先に潰す事にしたのさ。キミの倒れている姿を見れば、彼もきっと意気消沈する……そして、カタルシスエナジーの出力も一気に落ち込むって寸法さ」

「……ナメられたモンだな。俺がアイツに劣るだと? 経験の差があるってのはテメェ自身が言ったじゃねェか」

「ハハッ! キミの経験値がモノを言うのは、相手が凡人だった場合の話さ。ボクのような天才の前では、キミが培った経験など何の価値もない!」

 

 再び訪れる沈黙。先にそれを破ったのはリボルブだ。

 

「試してみるか?」

「どうぞ?」

 

 ストライプが返事をしたのと、リボルブの速撃ちが炸裂したのは全くの同時だった。

 その一撃で歩兵のデジブレインの眉間が撃ち抜かれ、地面に倒れる。

 

「おや?」

「さっきから……調子くれてんじゃねェぞオラァッ!」

《チェンジ! ライフル・アタッチメント!》

 

 ライフルモードに切り替えたリボルブラスターの銃床を脇で挟み込んで無理矢理右手だけで持ち、左手のマテリアガンも使いながら、リボルブは歩兵や騎兵を襲撃する。

 怒りのままに発射される銃弾、しかし僧兵が動いてデジブレインたちの前に光の結界を展開する。

 

「怒りでカタルシスエナジーが増幅したか。けど、この程度は想定済みなんだよねぇ!」

「うるっせェ!!」

《ジェイル・プラネット!》

 

 バリアの突破方法は既に知っている。以前にも使った、ジェイルリンカーによる一斉掃射だ。

 リボルブはマテリアガンを投げ捨てて、既にそれを手に取っていた。

 だが起動の直後、背後から右腕に向かって突然衝撃を与えられ、リボルブはマテリアプレートを取り落してしまった。

 

「なっ!?」

「コケケケケッ!」

 

 ついさっきまで石畳の上で伸びていた軍鶏が、起き上がって自分の腕を蹴りつけたのだ。

 

「野郎……!」

「ハハハッ、そのマテリアプレートさえ使わせなければこっちのものだ!」

 

 これも作戦の内か。リボルブは心の中で悪態をつきながらも、落としてしまったマテリアプレートを拾うために飛び込もうとする。

 しかし、それよりも速く軍鶏がプレートを蹴って遠ざけた。それを拾い上げるのはストライプだ。

 彼の前にいるのは大量のベーシック・デジブレイン。僧兵によってこれらにもバリアが貼られており、攻撃が通らない。

 しかも既に背後にもベーシック・デジブレインが回っている。退路も進路も奪われ、攻め手も潰された。リボルブは舌打ちをしつつ、ストライプを睨みつける。

 

「余程念入りに俺を倒しておきてェらしいな、クソが!」

「優れた軍略家はあらゆる逆転の芽をも摘むものさ! 君はここで終わりなんだよぉ!」

 

 僧兵が錫杖から光の矢を放ち、騎兵が突撃槍を突き付ける。

 遠隔攻撃はポンチョを翻して受け流す事ができるのだが、近接攻撃は別。突進する騎兵や、ショートソードで迫る歩兵の一撃には対応できない。

 それらが命中する度、リボルブの胸に火花が散った。

 

「が、ぐっ!」

 

 さらに軍鶏の蹴り技も、リボルブの背に叩き込まれる。まさに四面楚歌だ。

 

「ハハハハハッ! 言っておくが、アズールの増援は期待するなよ? 彼はセンチピード・デジブレインの相手で忙しいからねぇ」

「……ハナからアイツに期待なんざしちゃいねェ」

「それは強がりだね、戦闘経験が長いなら分かるだろ? 増援でも来ない限り負けるって事がさぁ!」

 

 再度突進してくる騎兵の刺突を右へのサイドステップで避け、そこに待ち構えていた軍鶏がリボルブの腹を蹴りつける。

 それを腕でガードすると、仰け反ったところで戦車が背後から迫り、拳を背中に打ち込まれる。それによって態勢は崩れ、さらに女王の槍が肩に直撃。

 休む間もなくベーシック・デジブレインと歩兵が突撃し、リボルブへ総攻撃を仕掛けに向かう。

 リボルブも当然反撃するが、データの銃弾は結界を破るに至らず。またシャモ型デジブレインの蹴り技を受け、地面に仰向けに倒れる事となった。

 倒れるリボルブの前に、女王のデジブレインが徐々に近付き、首に槍を突き付けた。

 

「くくく……これでチェックメイトだ。君はアズールの足を引っ張って、彼共々死ぬのさ」

「……」

「言い遺すことはあるかい?」

「……けだ」

「うん?」

 

 遺言を聞こうと耳を傾けた瞬間、リボルブは素早く立ち上がった。

 

「テメェの負けだ」

 

 そう言ってアプリウィジェットからリボルブが取り出したのは、新たなマテリアプレートだ。

 抵抗して時間を稼いでいる間に、緊急事態と見て陽子が急ぎ作製して転送していたのだ。

 リボルブは通信でそれを聞き取っていたが、追い詰めるのに夢中になって慢心していたストライプの耳には届いていなかった。

 

「そ、それはっ!?」

 

 ストライプの驚愕する様を見てほくそ笑み、リボルブはマテリアプレートを起動する。

 

《殲血のダンピール!》

 

 ダンピールとは、吸血鬼と人間の間に生まれたハーフの事である。殲血のダンピールは、そんなダンピールとなって吸血鬼を駆逐するために城やダンジョンに攻め入る、タワーオフェンスゲームのアプリだ。

 リボルブは攻撃が飛んでくる前に、素早くそのプレートをアプリドライバーへと装填。

 ガンマン・テクネイバーとのリンクは解除され、代わりに白い鍔広帽とロングコートを纏った、処刑人や殺し屋を彷彿とさせる風貌のテクネイバー、ブラッディ・テクネイバーが姿を現した。

 

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

「く、くそっ! ヤツにアレを使わせるな!」

「もう遅ェ!!」

 

 妨害に走るデジブレインたちだが、ブラッディ・テクネイバーはそれらを一蹴し、リボルブを護る。

 そして、リボルブはマテリアフォンをかざした。

 

「リンクチェンジ……!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! ダンピール・アプリ! 高貴なるスレイヤー、インストール!》

 

 ブラッディ・テクネイバーの姿が分解され、リボルブのプロテクターとなる。

 ポンチョは白のロングコートとなり、左腕には盾とパイルバンカーを組み合わせた武装『ダンピールバンカー』が装着される。

 仮面ライダーリボルブ ダンピールリンカー。変化した姿にストライプは目を奪われつつも、デジブレインたちに命令を下す。

 

「リンクチェンジしたところで、お前の不利に変わりはない! 総員かかれ!」

 

 先陣を切ったのは歩兵だ。走りながら、ショートソードをリボルブに向かって振り下ろした。

 だが、その刃はリボルブのコートに全く通っていなかった。

 

「残念だったな。防刃・防弾仕様だ」

 

 そう言って、リボルブはダンピールバンカーを歩兵の顔面に、伸び出た先端部の杭を突き付けてスイッチを押す。

 すると杭がまるで血のように紅い光に覆われ、直後そのエネルギー体が発射されると、バリアを砕いて歩兵の顔面を容易に撃ち貫いた。

 歩兵は痙攣しながら地に膝を付き、そのまま静かに消滅。その消滅したデータが、リボルブの体に吸収されて負傷を癒やした。

 

「な……」

「ほー、コイツはいい」

 

 攻撃した敵のデータを吸収しつつ戦う、パワー特化タイプのリンカー。それを知ったリボルブは仮面の中で余裕の笑みを浮かべ、悠然と歩き出す。

 

「丁度暴れてェ気分だったんだ!!」

 

 言いながら、リボルブは盾の表面にある十字架を拳で押し込む。

 すると、全身が深紅のエネルギーに包み込まれ、リボルブの身体能力を向上させる。

 

《バーサーキング!》

「オォォォラァァァ!!」

 

 雄叫びを上げ、リボルブはベーシック・デジブレインに拳を叩きつける。たった一撃で頭が粉々に砕け散り、リボルブに吸収された。

 ダンピールリンカーの特性のひとつ、バーサーキング。闘争本能を活性化させる事で体内のリンクナーヴを刺激し、カタルシスエナジーを強制的かつ恒久的に増幅、これによって常に最大の戦闘能力を発揮させる力。

 ただしバーサーキング状態を維持し続けるには体力を消耗する必要があり、限界まで使用を継続すると当然変身は解除され、意識を失う事となる。

 もうひとつの特性である吸収能力は、そのデメリットを解消する手段なのだ。

 つまり敵を攻撃し続けられる限り、ダンピールリンカーは獅子奮迅の活躍を見せる事ができる。敵数の多いこの状況はまさにうってつけというワケだ。

 

「さっきまでの威勢はどうしたァ! ア゛ァ!?」

 

 回り込んで突撃して来た騎兵の槍を振り向かずに片手で受け止め、近付いてきた歩兵をバーサーキングでパワーアップしたリボルブラスターで撃ち抜く。

 そして槍を掴んだまま騎兵の方を向くと、そのまま槍を引っ張て全身を引き寄せ、体制を崩したところで腹を蹴り上げ上半身と下半身を真っ二つにする。

 あまりにも力が強すぎる。もはや、光の結界は意味を成していない。

 

「そ、そんなバカな……」

「暴れ足んねェ!! もっと来いコラァ!!」

《チェンジ! ショットガン・アタッチメント!》

 

 ダンピールリンカーによって追加されるリボルブラスターのアタッチメントにより、リボルブラスターはハンドグリップと専用バレルが装着されてショットガンモードとなる。

 ショットガンモードは射程距離が極端に短くなる代わりに威力が高く、広い範囲を攻撃できるメリットがある。接近戦用のダンピールリンカーと非常に相性の良いアタッチメントだ。

 ポンプアクションでハンドグリップを引き、体内のカタルシスエナジーをリボルブラスターにチャージ。そして、僧兵の胴体に銃口を押し付け、引き金を引く。

 ドムッ、どいう轟音と共に胸から腹まで風穴が開き、僧兵は木っ端微塵に吹き飛んで消滅した。

 

「ハァァァッ……そろそろお遊びは終わりにしてやるぜ」

「コケーッ!」

 

 軍鶏のデジブレインが、果敢にもリボルブに立ち向かう。

 しかしその軍鶏から繰り出される冴え渡った蹴り技すらも、リボルブは拳で止めてみせ、アプリドライバーから装填したアプリを抜き取ってそのままダンピールバンカーに挿入する。

 

《フィニッシュコード!》

「くたばりやがれェェェッ!!」

Alright(オーライ)! ダンピール・マテリアルスパイク!》

 

 ダンピールバンカーに紅いエネルギーが集まり、リボルブが左拳を振り被ると同時に、一気に軍鶏へと放出される。

 圧倒的にして破壊的な深紅の奔流を全身に受けた軍鶏は、そのまま吹き飛ばされて廃寺の中に叩き込まれ、さらにその壁を突き破って奥の森の中へと飛んで行った。

 

「ぐ……クソッ、もっと攻撃してヤツの力を削り取れ!!」

 

 言って、ストライプは残りの僧兵の助力を得た戦車と女王をリボルブにけしかける。

 この手は唯一、ダンピールリンカーに対して有効であった。戦車は厚い装甲を持っており、さらに僧兵のバリアや強化能力を受ければその防御力はさらに高まる。

 女王も彼の手駒の中では最も高い戦闘能力を持つ。そのため、リボルブに対して有効打を与え得る存在だ。

 そして、バーサーキング状態には大きな弱点がある。デジブレインに対してダメージを通す事ができなければ、吸収は機能しないという点だ。

 吸収できなければ後はただ体力が低下するだけ。戦車と女王は、今のリボルブには最も有効な切り札なのだ。

 

「やれぇぇぇ!」

 

 ストライプが命じる。戦車が腕を振り上げ、女王が武器をメイスに変えて攻撃を始める。

 だが、次の瞬間。

 

《フリック・ニンポー! カワリミ・エフェクト!》

「何っ!?」

 

 その音声が聞こえると同時に、攻撃を受けるはずだったリボルブの姿が消え、代わりに丸太がそこに出現して攻撃を受ける。

 ストライプは唖然とした。今何が起きたのか、全く理解が追いつかなかったのだ。

 すぐに疑問は氷解した。

 

「すいません、遅れました」

 

 階段の前から聞こえるその声。

 そこにいたのは、白いコートを纏うリボルブの左隣に立つ、黒衣の忍者のような装いのアズールだ。

 シノビソードとアズールセイバーを逆手に持ち、ストライプを見据えている。

 さらにその背後には、鋼作・琴奈・アシュリィの姿もある。

 

「俺ひとりで充分だったんだがな」

「あれは……誰ですか?」

「敵だ」

「分かりました、じゃあパパッと倒しましょう」

 

 アズールの言葉に、ストライプは苛立って怒鳴りつける。

 

「パパッと……だとぉ!? バカめ! そんな簡単に倒される布陣じゃ」

《フリック・ニンポー! ブンシン・エフェクト!》

「……は?」

 

 シュリケンフリッカーを操作したアズール シノビリンカーの姿を見て、再びストライプは愕然とする。

 数が増えた。それも、本体を含めて十二人に。

 そして呆けている間に、フォトビートルが戦力の解析を始める。

 

「チェスポーン・デジブレインにチェスナイト・デジブレイン、チェスルークにチェスビショップ……最後にチェスクイーン・デジブレイン。どれもチェスの駒に関係してるわね。どれも中々強敵よ、気を付けて!」

「琴奈さん、分析ありがとうございます」

 

 アズールが礼を言った直後、分身と本体が散開する。それに乗じ、リボルブも突撃した。

 

「クソッ、せめてこのマテリアプレートだけでも持ち帰って」

《フリック・ニンポー! カクレミ・エフェクト!》

「え?」

 

 分身アズールの一体が消えると同時に、手元にあったはずのジェイル・プラネットのマテリアプレートが見えない何かに奪い去られる。

 そして隠身の解けた分身アズールは本体へとプレートを投げ渡しつつ、歩兵(チェスポーン)へと二刀流の斬撃を加えた。

 無論威力が低くバリアに阻まれるが、さらに分身二体が攻撃に加わって連続攻撃を繰り出すと、バリアは剥がれ容赦なく斬り刻まれた。

 

「な、な……」

「すいません静間さん、ちょっと借りますね」

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ジェイル・マテリアルニンポー!》

 

 ベーシック・デジブレインを相手にしていた分身たちが時間切れで消えると同時に、本体のアズールはプレートを差し込んでマテリアフォンをかざし、必殺を発動。

 無数の斬閃の嵐が飛び、チェスポーン・デジブレインとチェスナイト・デジブレイン、チェスビショップ・デジブレインを粉微塵にして倒した。

 それを見て立腹したのは、チェスルークと近接戦を繰り広げていたリボルブだ。

 

「テメェ! 勝手に人のモン使ってんじゃねェ!」

「借りるって言ったじゃないですか!」

「許可してねェだろが! テメェのも寄越せ!」

「あぁもう、分かりましたよ!」

 

 言いながら、アズールはロボットジェネレーターをリボルブに放り投げた。

 リボルブはそれを受け取り、ポンプアクションでカタルシスエナジーをチャージした後、リボルブラスターに装填して必殺技を発動する。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ロボット・マテリアルカノン!》

「ブチ撒けろォ!」

 

 トリガーを引くと、リボルブラスター・ショットガンモードの銃口から無数の超高熱光線が発射され、至近距離にいた二体の戦車の全身に風穴を開けて消滅させる。

 そして、自分たちが使っていたアプリを互いに戻し合った。

 残るは既に女王たるチェスクイーン・デジブレインのみ。ストライプは歯を軋ませ、二人の仮面ライダーを睨みつける。

 

「良い気になるなよ……クイーンは最強の駒だ、簡単に倒せると思うな!」

「御託はいらねェ、かかって来やがれ」

 

 もはや最初とは完全に立場が逆転している。ストライプは癇癪を起こして理解不能な奇声を発し、クイーンへと攻撃命令を下した。

 クイーンは無言でリボルブへと接近してメイスを振り下ろし、さらにもう片方の手に持った剣をアズールに突き出す。

 打撃は防刃のコートでも受けきれないので、リボルブはこれを素直に避ける。アズールも同じく、攻撃を受けるには軽装すぎるのでスピードを活かした回避に専念した。

 が、その直後。リボルブの脇腹にはトゲのついた鉄球が掠め、アズールの肩には槍の穂先が直撃した。

 

「なにっ!?」

「がぁっ!?」

 

 二人は同時に驚愕の声を発する。敵が持っていないはずの武器が、体に命中したのだ。

 嘲笑うストライプ。そして、彼が指をパチンと弾くと同時に、そのマントが外れて内側が晒された。

 左右の腕の上下に生えている、さらに四本の腕と武器。このデジブレインは多腕だったのだ。

 

「バケモンが……!」

 

 チェスクイーン・デジブレインの真の姿を見て、リボルブはそんな悪態をつく。

 右側の三本の腕にはメイス・モーニングスター・ボウガンを持ち、左側の腕には剣・槍・斧を装備しているのが分かった。

 だが、他にも背中に幾つかの武装を隠しているのが見える。その気になればいつでも取り替えられるのだろう。

 最強の駒というのは伊達ではないらしい。リボルブはそう思いながら、リボルブラスターのハンドグリップを上下させる。

 

「だったらこいつを喰らいやがれ!」

 

 叫びながら、リボルブはデュエル・フロンティアのマテリアプレートをリボルブラスターに差し、マテリアフォンをかざした。

 それに続いてアズールもブルースカイ・アドベンチャーをアズールセイバーに装填し、必殺の態勢に入る。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! デュエル・マテリアルカノン!》

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ブルースカイ・マテリアルスラッシュ!》

「――」

 

 リボルブラスターから再び必殺の散弾が発射され、アズールセイバーからも青い斬撃が閃く。

 しかしチェスクイーン・デジブレインは機械の駆動音のようなものを鳴らしながら、全ての腕を同時に右側に振るって強引に全ての攻撃を逸らした。

 

「何っ!?」

「そんな……!?」

 

 今までに戦った中で、一度必殺を受けても倒れなかったデジブレインはいる。軍鶏がそうだ。

 だが、完全に必殺技を防ぎ切った者は今までに一体もいなかった。

 かつてない程の強敵。二人はその重圧を肌で感じ取っていた。

 

「本当に格が違うらしいですね」

「恐いなら下がってろ。アイツは俺が潰す」

 

 リボルブは銃を構え直しつつ、前進。アズールも逆手に持った両方の刀剣を握り込んだ。

 一方のストライプは好機と見るや、高笑いをしながら二人に対して指を差す。

 

「行けクイーン! 嬲り殺しちゃえぇ!」

「――」

 

 返事をせず、ただ命令通りに駒は動く。

 まずは右腕のボウガンでリボルブの脚を狙い、飛び上がったところでメイスを振って薙ぐ。

 リボルブは当然これをダンピールバンカーの盾でガードするが、クイーンの凄まじいパワーはその守りの上からでも容赦なく襲いかかる。

 

「ぐっ……ラァッ!!」

 

 だがリボルブもタダではやられない。殴られた直後にリボルブラスターの引き金を引き、クイーンの顔を目掛けて発砲した。

 クイーンはその攻撃にも反応し、斧を盾代わりにして直撃を防ぎつつ、今度はモーニングスターを振り下ろす。

 

《フリック・ニンポー! ブンシン・エフェクト!》

 

 しかしその間に今度はアズールが、分身を八体呼び出しつつクイーンの脇腹に目掛けて両側面から攻撃を仕掛ける。

 これに対してクイーンはメイスで右側の分身を三体薙ぎ倒し、左側の四体を剣と槍で討つ。左から攻めていた本体のアズールも、槍の一突きによって負傷した。

 

「く、う……!」

 

 強烈な一撃にアズールも怯む。そして攻撃の手が緩んだ瞬間、ボウガン以外の全ての武器を縦横無尽に振り回して、アズールとリボルブを攻撃した。

 

「がぁっ!」

「うわぁ!」

 

 アズールもリボルブも吹き飛ばされ、地面を転がる。

 

「くぅ……」

「クソッタレが……!」

 

 今までにない強敵、そして激しい攻撃でアズールとリボルブの意識は徐々に削がれていく。このままでは変身解除も時間の問題であった。

 アズールはロボットリンカーになればまだ勝機を見出だせるかも知れないが、クイーンは確実にその隙を与えないだろう。

 ストライプは二人の苦しむ姿を眺め、笑っていた。

 勝利を確信した笑みだ。クイーンの攻撃は仮面ライダーに通用している、ならば勝利は間違いないと。

 

「泣いて許しを請え! 許してやらないけどなぁ!」

 

 仮面ライダー二人の苦戦する姿に、鋼作と琴奈にも動揺が広がっている。

 

「お、おいどうすんだ!? このままじゃ翔たちは!」

「どうするって言ったって……どうしたら!?」

「畜生、翔たちが……翔たちが殺されちまう!」

 

 涙ながらに鋼作が叫んだ。

 その時。

 琴奈の傍で戦いを見ていたアシュリィが『翔が』『殺される』というワードを聞いた、その時。

 アシュリィは眼帯を付けた右眼を押さえ、短く呻き声を上げてうずくまった。

 

「あ、あぁあぁぁぁ……!!」

「アッシュちゃん!?」

「イヤ! ダメ……死んじゃ、ダメ……!」

 

 ガタガタと身を震わせ、息を荒げてアシュリィはそう言った。

 首だけ僅かに振り向きその姿を見たアズールは、クイーンの方に向き直ると、リボルブに語りかける。

 

「静間さん。後の事はよろしくお願いします」

「何……?」

 

 どういう事か、と問い質すよりも前に、アズールは行動に移った。

 ブルースカイ・アドベンチャーとロボットジェネレーター、二つのアプリをウィジェットから取り出し、それぞれをシノビソードとアズールセイバーに装填。

 そしてさらに、アプリドライバーに差し込まれている鬼狩ノ忍も押し込んだ。

 

《フィニッシュコード!》

《フィニッシュコード!》

《フィニッシュコード!》

「まさかテメェッ!? よせ、止めろ!!」

Alright(オーライ)!》

 

 リボルブの静止にも耳を貸さず。

 アズールは、全てのアプリの必殺技を起動した。

 

「ハァァァァァァァァァッ!!」

《ブルースカイ・マテリアルニンポー!》

《ロボット・マテリアルスラッシュ!》

《シノビ・マテリアルバースト!》

「そぉりゃああああああっ!!」

 

 三種の必殺技が同時発動し、アズールは天高く跳躍する。

 そして次の瞬間には、双剣を振るってクイーンの腕を全て斬り落とした後、さらにその胴へ渾身の飛び蹴りを食らわせていた。

 

「――!」

「静間さん!!」

 

 蹴りを受けたクイーンが、蓄積されたダメージに悶える。

 声をかけられたリボルブはハッと我に返って、自分のやるべき事を思い出し、アプリドライバーのプレートをそのまま押し込んでマテリアフォンをかざした。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ダンピール・マテリアルバースト!》

「くたばり……やがれェェェッ!!」

 

 リボルブの右脚に深紅のエネルギーが集約され、跳躍。

 立て続けに発動された必殺技を防御するヒマも手段もなく、アズールのライダーキックが当たった部位に、さらにリボルブの下から突き上げるような飛び蹴りが炸裂する。

 その一撃はクイーンの胴を完全に貫通して粉砕し、女王の駒を機能停止に追いやった。

 

「そ、そんな……バカな!?」

 

 最高戦力を失い、ストライプが嘆きの声を発した。

 彼の計算ではこんな事は起こらないはずだった。仮面ライダーたちにクイーンを倒し得る戦力はなく、確実に自分が勝つ手筈だったのだ。

 アズールの力は確かに未知数だった。手の内が読めず、予想のできない存在だとは思っていた。

 だが、まさか。

 まさかここまで無謀で命知らずな、計算外の男だとは思っていなかったのだ。

 どうやったのかも何故できたのかもストライプには分からないが、必殺を三つ同時に発動すればその分だけ感情エネルギーが必要になるし、当然カタルシスエナジーも増幅する。

 そして、過剰なカタルシスエナジーの増幅はオーバーシュートを引き起こし、体と心を滅ぼす。はずなのに。

 

「僕らの……勝ちだ」

 

 そのアズールが今、ゆっくりとストライプの方へと歩いている。

 ゾワッ、と寒気が走るのをストライプは感じた。本能的にこの男に対して危機を感じたのだ。

 

「く、来るな! 来るなぁ! ボクはまだ負けてない、お前らなんかに負けてないぞ!」

「ワケの分かんねェ事喚いてんじゃねェよ。どう見ても負けてんだろうが」

「黙れぇ! こうなったら、もっとデジブレインを……!」

 

 アズールもリボルブも今や満身創痍のはず。特にアズールは限界に近いはずだ。

 ある意味では絶好のチャンス、逃してはならない。ストライプはそう思って左腕のスマートウォッチを操作しようとした、だが。

 直後に信じられないものを見た。

 デジブレインを呼ぶと聞いたアズールが再び、アプリドライバーのマテリアプレートへと手を伸ばしているのだ。

 ――この期に及んでまだ必殺技を使えるのか!?

 そもそもアズールはこの戦いの前にセンチピード・デジブレインとも戦っていたはず。その時にも必殺を撃ったはずなのだ。

 ストライプは、もはやアズールに対して恐怖すら感じていた。

 

「なんだよ……なんなんだよお前ぇ!?」

 

 自分でも気付かぬ内に、ストライプは後退りする。

 アズールとリボルブは目の前のストライプを捕まえる算段だ。もしも成功すれば、敵の正体を知る事ができるだろう。

 そしてさらに一歩踏み込んだ、その時。

 二人の足元から黒い炎の壁が迫り上がり、ストライプから隔離した。

 その炎は、アズールがセンチピードと戦った後、ベルトを回収しようとした時に現れた爆炎と全く同じだった。

 

「うおっ!?」

「これは……!」

 

 驚き、飛び下がる二人。さらに続いて、廃寺の真上から声が木霊する。

 

「困りますねぇ、御二方。ストライプ様をどうするおつもりなのです?」

 

 ダークブルーの礼服と、白いワイシャツ。マラカイトグリーンのリボンタイに孔雀の羽根のブローチ、そして何よりも目を引く孔雀の羽根飾りが付いた仮面。

 そんな上品な衣服を纏った男が、空中に浮遊している。

 口元は柔らかく微笑んでいるのが分かるものの、その眼は酷く冷たい。

 

「テメェ……何者だ!」

 

 明らかに人間ではないと分かって、リボルブが警戒しながら叫んだ。

 直後、男は白い手袋に包まれた人差し指をクイと上げる。

 すると、森の中で倒れていた軍鶏のデジブレインが戦闘不能になった状態のまま浮遊し、男の隣に移動していく。

 

「はじめまして、仮面ライダー様方。私の名はスペルビア、こちらにいらっしゃいますCytuber(サイチューバー)様のプロデュースをしております。以後お見知りおきを」

Cytuber(サイチューバー)……?」

 

 空中に浮いたまま、男は恭しく一礼する。

 その姿に一番驚いているのは、他ならぬストライプだった。

 

「スペルビアP、どうしてここに!?」

「本来の目的は達成しましたので、お迎えに上がりました」

 

 言いながら、スペルビアはさらに中指を上げた。すると、彼の目の前にセンチピード・デジブレインが装着していたものと同じベルトとマテリアプレートが出現する。

 アレを回収したのは、この男だったのだ。

 

「では帰りましょうか。ゲートをお願いしますね」

「わ、分かりました……『ゲート』」

 

 ストライプがスマートウォッチに似たデバイスを操作して唱えると、その場の空間が歪み、ゲートが形成される。

 ゲートの発生源はこれだったのだ。それを理解したリボルブは「待ちやがれ!」と咄嗟に叫んでいた。

 

「テメェらがゲートを作れると分かった以上、逃がす気はねェぞ!」

「僕が止める……!」

 

 アズールもリボルブも、戦闘態勢を崩さない。

 それを見たスペルビアは、柔和な笑みを口元に浮かべつつ、首を傾げていた。

 

「おや。おやおやおやおやおやおや。私めと戦うおつもりですか?」

「ったりめェだろうがァ!!」

 

 リボルブは叫び、通常形態に戻したリボルブラスターを連射する。アズールも空を飛び、剣を突きつけた。

 データの銃弾は、スペルビアへと真っ直ぐに飛んで行く。

 が、スペルビアが溜め息を吐き、右手を前にかざしたその瞬間。

 銃弾も剣先も、まるでそこに見えない壁でもあるかのようにその場で静止した。

 

「なっ……!?」

「なんだと!?」

「傲慢ですねぇ」

 

 続いてスペルビアがパチンと左手の指を弾くと、銃弾の数が倍に増え、アズールとリボルブに向かって倍の速度で飛んで行った。

 攻撃が全て、倍になって跳ね返されたのだ。

 

「うわあああ!!」

「がっ……!?」

 

 その反撃によってアズールもリボルブも倒れ、変身が解除される。

 それを確認してスペルビアは柔和に微笑み、ストライプに対し「行きましょうか」と声をかけた。

 するとストライプは目を丸くして、意外そうに「良いんですか?」と訊ねる。

 

「今なら仮面ライダー共を始末できるでしょう?」

「私めの目的は命を奪う事ではございませんので」

「え……?」

「それでは皆様、ごきげんよう」

 

 不思議に思いながらも、ストライプは口に出せずにいる。

 そのまま、スペルビアや軍鶏と共にゲートへと姿を消してしまった。

 

「畜生が!!」

 

 敵は去った。だが、鷹弘は地面に拳を叩きつける。

 あのスペルビアという男の前に、為す術もなく敗北してしまった。あまりにも強大な力だった、触れる事さえ許されなかった。

 鷹弘は歯を食いしばりながら、決意を固める。

 

「絶対にブッ潰してやる……!!」

 

 言いながら、鷹弘は立ち上がった。

 翔も疲労困憊で顔が青褪めているが、震える脚に力を入れ、なんとか立ち上がった。

 直後、鷹弘はそんな翔の顔を睨みつけ、胸倉に掴みかかる。

 

「テメェ!! さっきのアレは何のつもりだ!!」

「あぁするしか……倒す手段がないと思ったんです」

「ふざけんな!!」

 

 そのまま殴りかからんばかりの勢いで、鷹弘は叫ぶ。

 只事ならぬ気配を感じ、二人の間に割って入ろうと鋼作と琴奈は駆け寄るが、鷹弘の一睨みで竦んでしまう。

 

「勝手に無茶な真似しやがって! 失敗したらどうする気だテメェ!」

「けど! 他に僕らが生き残る手段はなかったじゃないですか!」

「うるせェ! 今度同じ事してみろ……ブン殴ってでもそのベルトは返して貰うからな! 分かったかこの野郎!!」

 

 翔を突き飛ばし、憤りながら鷹弘は階段を下りていく。

 一方の翔も鋼作や琴奈に支えられながら、アシュリィと共に帰路につくのであった。

 

 ――突如として現れた強大な敵、Cytuber(サイチューバー)。そして謎に満ちた男、スペルビア。

 ホメオスタシスが対抗する手段は、果たして存在するのか。



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EP.08[ワンダーマジック]

「申し訳ありません、P(プロデューサー)。あなたのお手を煩わせてしまって」

 

 豪奢な装飾が成された、中世ヨーロッパの居城を模した空間にて。

 アズール及びリボルブとの戦いの後、サイバー・ラインまで移動したストライプは、この場所に到着するなりそう言った。

 するとスペルビアは柔らかく微笑んで、ストライプの前で一礼する。

 

「構わないのですよ、ストライプ様。これも私めの務めでございますので」

「けど、本当に良かったんですか? あいつらを見逃して」

「勿論ですよ。ところで……戦闘で破損したデジブレインたちのデータの修繕にはどの程度時間がかかりますか?」

 

 問われて、ストライプは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「ポーンやナイト、ビショップはすぐにリカバリーできます。ルークはそれらよりは多少遅れますが……問題は、クイーンですね」

「やはり時間がかかると?」

「ええ。アレとキングは特別製なので……一日頂く事になるかと」

 

 スペルビアは「ふぅむ」と口元に手を当て、考える仕草を見せる。

 

「あなたに本格的なホメオスタシスへの襲撃を任せようと思っていたのですが、これでは致し方ありませんね……」

「ま、待って下さいスペルビアP! ボクはまだ負けてません! 戦えます! ガンブライザーだってある、これで時間を稼げます!」

「お気持ちはお察ししますよ、ええ。しかしですね。即座に動けない上に戦力を欠いたあなたに頼るよりも、デカダンス様に任せた方が手速く済むのですよ。彼女なら欠伸する間に街一つ沈められますからねぇ」

「そ、それは……」

「それに、この状況を好機と見たホメオスタシスが、攻めて来ないとも限りませんからねぇ」

「くっ……けど、どうか! どうか、お願いします! ボクは、ボクは一番にならなきゃいけないんだ!!」

 

 縋り付くように、必死の形相でストライプは言った。しかし、尚もスペルビアは考え込んでいる。

 ストライプは何度も、何度も「お願いします! お願いします!」と頭を下げた。必ず次の戦いまでにクイーンの修理を間に合わせるとも誓った。

 だが、スペルビアはまだ首を縦に振らない。諦めるしかないのか、と考え始めた、その時だった。

 

「俺が協力してやってもいいぜ……ストライプよぉ」

 

 室内に、そんな男の声が木霊した。

 ストライプが振り向くと、そこにいたのはヴァンガードだ。ガンブライザーとマテリアプレートを片手に、二人の元へ歩いている。

 だが、ストライプはヴァンガードを睨めつけており、明らかに歓迎していない様子だった。

 

「どういう風の吹き回し? 君が協力だなんて」

「オイオイ! 邪険にするなよ、仲間同士だろぉ?」

「勝手に人の領地(テリトリー)に忍び込んで来たクセに何言ってるんだ? 答えなよ、何を企んでる?」

 

 ヴァンガードは肩を竦め、数度頷いて「分かった分かった」と観念したような口振りで話し始める。

 

「正直なところ、お前がやってくれないと俺が困るのさ。アズールと戦って勝つ自信がないモンでねぇ」

「そんな事言って横からボクの手柄を奪う気じゃないだろうね」

「信用ねぇなぁ!? まぁ良いから聞けよ! お前が何を望んでるのかは知らねぇし興味もないが、俺は別に今すぐに願いを叶えたいワケじゃないのさ」

「へぇ? だから、手柄を横取りする気はないって?」

 

 そのストライプの言葉を肯定する様子で、ヴァンガードはこくこくと頷く。

 彼の申し出に、ストライプは少しだけ悩み始めていた。自分たちは同志であり競争相手でもある、簡単に鵜呑みにすべきではない。しかし、裏があったとしても、ストライプにとって魅力的な話ではあった。

 そこで、ストライプはヴァンガードに一つだけ条件を付ける事にする。

 

「……君がボクの指揮下に入り、全て指示通りにするのなら良いだろう。その申し出を呑もうじゃないか」

「ヘヘッ、そう来なくちゃなぁ」

 

 ヴァンガードは薄ら笑いを見せながら、手に持った錫杖を肩で担ぐ。

 そして次はスペルビアの方を見て、彼にも頼み込むような口調で語りかける。

 

「P、あんたもそれで良いかい?」

「ふぅむ」

「正直、説得に時間のかかるデカダンスよりはストライプと俺に頼るのが手っ取り早いと思うんだけどよぉ」

 

 ヴァンガードの話を聞き、スペルビアの仮面から覗く眼差しが、どこか愉快そうに歪む。

 そうして、彼も頷いて「よろしいですよ」と許可を出した。

 その後でヴァンガードはストライプに向き直ると、人差し指をピンと立てて「ひとつだけ頼まれて欲しい事がある」と言った。

 

「あの赤いアイツ……リボルブの相手は俺に任せてくれねぇか?」

「リボルブを?」

 

 提案自体は、ストライプにとっても願ったり叶ったりだった。

 リボルブの武装と自分の手駒は少し相性が悪い。その上アズールはあまりにも計算外の存在だが、リボルブと合流できないようにするなら話は別だ。シノビリンカーも既に見たので、対処法も用意できる。

 だが、ヴァンガードが何故リボルブを名指しして挑むのか。そこが不可解だった。

 すると彼はその考えを読んでいるかのように、不敵に笑ってみせる。

 

「なぁに、俺の方がアイツとの相性は良さそうなんでね。お前と同じように、俺もアイツらを監視してたのさ」

「……ふぅん、まぁ良いや。じゃあボクのガンブライザーも貸してあげるから、とりあえずクイーンが直るまで時間稼ぎをよろしく」

「お前はどうするんだ?」

「駒たちの修復が済み次第、今回の戦闘データと次の君のデジブレインが得るデータを学習させて作戦を組み立てる。一日あれば充分だ、入念に準備できる」

「なるほどねぇ」

「それと……直ったらその後は侵攻戦だ。ボクも出るからね」

 

 ストライプは二人に背を向け、クイーンなどの駒たちを格納している地下室へと向かうのであった。

 取り残されたスペルビアとヴァンガード。不意に、ヴァンガードの方が口を開いた。

 

「アンタも人が悪いねぇ、プロデューサー」

「おや。何の事でしょう」

「どうもこうも……最初からアイツに任せる気でワザと煽ってたんだろ? デカダンスにやらせるとかよぉ」

 

 ヴァンガードの口調は咎めるようなものではない。むしろ、この状況を楽しんでいる節さえあるような、軽薄さがあった。

 スペルビアの方は、ただ微笑んでいるだけだ。

 言い当てられたと慌てているようでもなければ、全くのデタラメと憤慨している様子もない。いつも通りの微笑み、無反応だった。

 

「煽ったなどとそんな事は。私めは、仕事を果たすために彼の欲望を刺激したに過ぎません」

「クククッ、そうかい」

「それに、ヴァンガード様も同じではないですか?」

「うん?」

「あなたにも大きな願い……欲望がある。だからこそ、666人いるCytuberの中から選び抜かれた七人の内の一人になれたのですからねぇ」

 

 そこで一拍間を置いてから、再びスペルビアは微笑みながら語りかける。

 

「彼を利用するつもりでここに来たのでしょう? あなた自身の欲望のために」

「……ククッ、さぁどうだろうな」

「アッハッハッ。まぁ、今は深く詮索するのは止めておきましょう。愉しみというのは後に取っておくべきだ」

 

 言った後、スペルビアはパチンと左手の指を弾く。

 すると空中に突然ガンブライザーが一基出現し、ヴァンガードの手元へと飛んで行った。ストライプがセンチピード・デジブレインを生み出す時に使ったものだ。

 ヴァンガードはそれを受け取って、懐から二枚のマテリアプレートを取り出した。

 

「ありがとよ。待ってな、最高の欲望を提供してやるからよぉ」

「それはそれは悦ばしい限りですね。では、私めもこの辺りで」

 

 スペルビアが一礼すると、彼の姿がその場から消失した。

 一人残されたヴァンガードは、出口の方へ向かって歩きながら、その頬を歪める。

 

「勿論、期待には応えるさ……利用価値がある間だけはな……クククッ」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「……おかしい」

 

 翌朝、ホメオスタシスの地下施設で、椅子に座りながらとある映像を見た陽子は言った。

 その映像というのは、昨日のアズールとリボルブの戦いの記録だ。

 アズールが三種の必殺技を同時発動し、クイーンを打倒したシーン。それを見て、陽子は顔をしかめていた。

 隣に立つ鷹弘は、眉をしかめて「こいつの頭がか」と問いかけた。

 

「いや、正直私も彼はマトモじゃないと思うけど、そうじゃなくて。これ……普通発動しないわよ? だって、間違いなくこの子に制御チップ埋め込んであるんだから」

「そこは俺も気になってたんだ。どういうこった?」

 

 二人が問題視しているのは、つい最近翔に注入したカタルシスエナジーの制御チップの事だ。

 必殺技を発動する際、仮面ライダーたちの体内のリンクナーヴは活性化され、膨大なカタルシスエナジーが出力される。

 これが過剰にならないようにリミッターをかけるのが、チップの役割だ。もし同時発動でもしようものなら、その時点でリンクナーヴからのエナジー供給はストップし、不発となる。

 しかし、昨日の戦闘ではそもそもチップが機能している様子が見られなかった。チップが間違いなく埋め込まれた状態であり、かつ今日も完璧に機能しているのにも関わらず、だ。

 これは一体どういう事なのか。

 そもそも本来なら、短時間での必殺技の複数回使用ですら、それまで訓練などしていない翔には負担が大きい。

 彼がそれに耐えられたのは、年齢不相応の強靭な精神力の賜物なのだろうと陽子は考えていたのだが、今回の事象を鑑みるにそれだけでは説明がつかないかも知れない。

 

「……もう一度、彼の体を詳しく検査してみる必要があるかも」

「それで何か分かんのか?」

「さぁね。でも、これはどう考えても異常よ。やれるだけの事はやらないと」

「……そう、だな。何か分かりゃ良いんだが」

 

 それだけ返答して、鷹弘が目を伏せる。その様子を、陽子は珍しいものを見たとでも言うように見上げていた。

 

「鷹弘、もしかして翔くんが心配なの?」

「はァ!? バカ言え、なんで俺があんなバカの心配を!」

 

 陽子に背を向け、鷹弘はコーヒーメーカーの方へ歩いて行く。そしてマグカップにコーヒーを注いだ。

 

「俺ァな、あのバカが二度と無茶をできないように原因を突き止めて叩き付けてやろうと思ってるだけだ!」

「へぇーそう? それって、翔くんにまだライダー続けて欲しいって事? 無茶したらベルトは返して貰うんでしょ?」

「……お前なァ」

 

 ニヤニヤと笑いながら、陽子はからかうように鷹弘の背中へ言葉を投げかける。

 鷹弘は溜め息を吐き、コーヒーを啜ってから陽子の鼻先を中指でピシッと弾いた。

 

「痛っ」

「勘違いした事抜かすな。別にライダーを続けさせる気で言ったんじゃねェよ」

「じゃあ、なんで」

「お前だって知ってんだろ。天坂が……響がなんで仮面ライダーになったのか。何を護ろうとしていたのか」

「それは……」

「あのバカがそれを理解するまで、俺はアイツを仮面ライダーとは認めねェ。ましてやあんな無茶するようじゃな」

 

 厳しい顔つきの鷹弘にそう言われると、途端に陽子は押し黙って、俯いてしまった。

 鷹弘はバツの悪そうな顔をして、何も言葉にできずに視線を泳がせ、陽子の頬にそっと左手を伸ばす。

 不器用だが優しく、慰めるような手付き。陽子は彼に身を預けるように、頬を緩ませてその手に触れた。それだけでは我慢できなくなったのか、今度は鷹弘に抱き着く。

 鷹弘は少し困ったように目を細めつつ、抱き返して「そう言えば」と切り出す。

 

「連中は自分の事をCytuberと名乗っていた。何か分かんねェか?」

「あ、その事なんだけど」

 

 陽子が鷹弘を見上げて答えようとした、その時。

 

「あのー……」

 

 という声が、少しだけ開いた扉の隙間から聞こえた。

 

『ふぅおぁっ!?』

 

 思わず二人の声が重なる。見れば、そこには抱き合っている鷹弘と陽子を覗き見る、琴奈・鋼作の姿があった。

 瞬間、鷹弘と陽子は即座に離れた。

 

「あたしたち、お邪魔でした?」

「どう見てもタイミング悪かったな今の」

 

 琴奈はニヤつき、鋼作は苦笑いしていた。

 彼女らの視線に陽子は赤くなった顔を両手で覆い隠し、鷹弘はとりあえず何も起きなかった事にしようと咳払いして「何の用だ」と問い質す。

 

「えっと、そのCytuberの事なんですけど。滝さんに頼まれて調べてみても、それらしい噂が見つけられなくて」

「そうか……」

「で、一応御種さんにも訊いてみようと思って会いに来たんですけど……今どこに?」

 

 鷹弘と陽子は顔を見合わせ、同時に首を横に振る。二人もまだ会っていないのだ。

 

「どこに行ったんでしょう?」

「あの人も結構忙しそうだからな……電特課の方だろうよ、また後にしとけ」

「分かりました。ところで、さっきのお二人の事なんですけど」

「誰にも言うなよ」

 

 鷹弘は即座に釘を差した。

 すると琴奈は意地の悪い笑みを浮かべ、「えぇ~どうしよっかな~」などと言い放ってみせる。

 

「別にバレて困るような話じゃないでしょ?」

「いや、コイツの親父さんがその……色々と恋愛関係に厳しくてな……」

 

 歯切れ悪く、鷹弘は言う。陽子も少々申し訳無さそうに苦笑していた。

 琴奈は納得した様子で、うんうんと頷いていた。

 

「お忍びだったんですね」

「特に俺は気に入られてねェからよ。バレたら大目玉だな」

「いやでも静間さんも滝さんも、確か24歳でしょ? それはちょっと親バカ過ぎません?」

「それは……まァとにかく色々あんだよ、色々」

 

 机の上に置いたマグカップを手に取り、再びコーヒーを啜る鷹弘。陽子は少々気まずそうに、鷹弘の傍で琴奈たちに向かって苦笑を見せしている。

 と、その時だった。室内に、警報音が鳴り響いたのだ。

 

「何だ!?」

「これは……ゲートとデジブレインがまた街中に出たわ! しかも二箇所よ!」

「チッ、同時かよ。アイツは確か今病院だったな、近い方はアズールに割り振っとけ! 俺はもう片方を潰す!」

「了解!」

 

 鋼作と琴奈も、地図を確認して翔の方のサポートに向かう。

 こうして、ホメオスタシスはまた新たな戦場へと駆け出すのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「どうしてあの時、あんな事したの?」

 

 同じ頃。翔はアシュリィを連れて、病院にやって来た。

 今日の彼女は、大きなリボンの付いた無地の白いブラウスに、シンプルな青いフレアスカートというファッションだ。

 病院に着くまでの間、アシュリィは一言も翔に話しかけなかった。元気がないというか、どこか物憂げな表情をしている。

 そのアシュリィが突然話しかけて来たのは、エレベーターに乗っている時だった。

 あまりにも唐突だったので、最初は何の話なのか翔には分からなかった。だがすぐに、前回のチェスクイーン・デジブレインとの戦いの話であると思い至り、困ったように眉をしかめる。

 

「ああするしか、皆が助かる道はないと思って」

「でも、あんな事したら自分の命だって危ないでしょ」

「心配してくれるの?」

 

 微笑みながら翔が訊ねると、アシュリィはプイと顔を背けた。

 

「……そんなんじゃないし。話を逸らさないで」

 

 頬を膨らませる彼女を宥めるように、翔は「ごめんごめん」と笑いかける。

 そして、アシュリィになんと説明するべきか、頭の中で言葉を探して考えを逡巡させる。

 エレベーターの扉が開く。外に出てしばらく考えてから、翔は少しずつ話し始める。

 

「仮面ライダーとして戦うって決めた時……僕は、当たり前の空の色を守るって誓ったんだ。皆が笑って、安心して空を見上げて生きていけるように……戦えない人たちのために、僕が戦うって」

「だからって、あんな事する必要あるの?」

「さっきも言った通り、あの場は他の方法を思い付かなかったんだ。アレしかないと思った」

「それで自分が死んでも良いと思ってるの? 本当に?」

「そういうワケじゃないけど……皆を助けられるなら仕方ないのかなって。まぁ、今回お見舞いに来たのは、兄さんにもその話について意見を聞きたいからなんだ」

 

 言った後で、翔は「兄さんならそもそもピンチにならないと思うけどさ」と笑った。

 アシュリィはそれを聞いてまた黙り始めたが、すぐに翔の顔を見上げて、口を開いた。

 

「死ぬのは怖くないの?」

「怖くないよ。でも、兄さんや鋼作さんや琴奈さんに、静間さんや滝さん……それから勿論、君が死ぬ方がずっと怖い」

「……」

「納得した?」

 

 ふるふる、とアシュリィは頭を横に振る。翔は再び困り顔だ。

 なんと説明すれば良いのだろうか。答えを見つけようにも、翔は自分の中でこれ以上の解答を出せないでいる。

 そんな翔に対して、アシュリィは再び質問する。

 

「どうしてそこまで他人を優先するのか、分からない」

「それは……大切だからだよ。皆に生きていて欲しいんだ」

「……どうして、自分の命もそんな風に考えられないの……?」

 

 目を丸くして出されたその問いには、翔は答えを詰まらせてしまった。

 確かに死ぬのは怖くないが、別に自分の命を投げ出そうと思ったワケではない。しかし自分が助かる事よりも、他人の命を守る事の方が大事に思える。

 自分の命をどう思っているのか。それさえも、翔には分からなくなったのだ。

 そうして明確な答えが出ないまま、そして心の中に靄を抱えたまま、翔は病室まで辿り着いてしまった。

 翔は扉をノックしてから、一言「入るね」と声をかけて入室する。

 

「……あれ?」

 

 そこには、思いも寄らない先客がいた。

 Z.E.U.Sグループの会長にして静間 鷹弘の父、静間 鷲我だ。

 響と親しげに会話しており、扉が開いた事に気付くと翔の方を振り返って目を丸くしていた。

 

「おや、君は」

「えっと、初めまして。天坂 翔です、弟の」

「あぁ、知っている。彼や息子の鷹弘……それから肇から良く聞いているよ」

 

 今度は翔が驚いた。養護施設にいた自分たちを拾ってくれた、育ての父とも言うべき人物、天坂 肇の名前が出たからだ。

 そこへ、ベッドに座している響が翔に補足を加えた。

 

「鷲我さんと父さんは昔からの友人なんだ」

「え、そうなの!? それはなんていうか……」

「あぁ、縁を感じるな」

 

 響が微笑み、その笑顔を見た翔も笑う。鷲我も、天坂兄弟の様子を微笑ましく思っているようで、目を細めていた。

 それから翔の隣にいるアシュリィを見て、鷲我は首を傾げた。どうやら彼女の事は聞かされていないようだった。

 

「はて、彼女は?」

「あ、この娘はアシュリィちゃんです。デジブレインに追われていたところを助けたんですけど、記憶喪失らしくて」

「つまり、何故追われているのかも分からないと言う事か」

「……そうだアシュリィちゃん、鷲我さんにあのマテリアフォンみたいなの見せたら? 何か分かるかも」

 

 翔に言われると、アシュリィは少し迷ったようであったが、渋々鞄の中に手を入れてそれを取り出した。

 気が付いたら持っていたという、黒いマテリアフォン。それを目にした瞬間、鷲我の表情が一変した。

 

「そんなバカな、なぜここに!? 一体これをどこで!?」

「え、な、何?」

 

 突然取り乱してアシュリィの手から黒いマテリアフォンを引ったくる鷲我に、翔も響も、当然アシュリィも驚いていた。

 すると我に返った鷲我は、手に取ったそれをすぐアシュリィに返却した。

 

「いや、すまない。彼女は記憶がないのだったね」

「これについて何か知ってるんですか?」

「……そうだな。君も仮面ライダーなのだから、話しておくべきだろう」

 

 眉間を指で抑え、鷲我は溜め息を吐く。そして数刻沈黙した後、再び口を開いた。

 

「ただ、少しだけ時間を貰えないだろうか? 話すのなら、君の友人にも一緒に聞いて貰いたいからね」

「……分かりました」

「すまない。あぁ、それから」

 

 鷲我は翔の肩に手を置き、心配そうにその顔や手足を観察している。

 

「昨日は……相当無茶をしたそうだね? 君の体をもう一度検査する必要がある、協力して貰えるかな?」

「え? はぁ、分かりました」

「よろしく頼む。それでは、私は一度会社に戻るよ。お大事に、響くん」

 

 立ち去る鷲我の背を、翔はきょとんとしながら見つめていた。

 検査というか、制御チップの手術ならば既に済んでいる。今更何を調べる事があるのか? 翔にはその理由が分からずにいた。

 気を取り直して、翔は本来の目的である、響との話を始める。

 

「退院はいつになりそう?」

「もうじきさ。退院すれば、もうお前が戦う必要もなくなる。その時はまた俺の出番だ」

「……」

 

 戦わなくて良い。俺がやる。

 それを聞いた翔は一度目を伏せた後、意を決して顔を上げて響の目を見つめる。

 表情の変化を察知した響は、翔に向かって「どうした?」と不思議そうに訊ねた。

 

「兄さん。僕がまだ戦いたいって言ったら、どうする?」

「続けたいのか?」

「うん。確かに兄さんの方が僕より強いかも知れないけど……僕は、僕の意志でこの道を選んだんだよ。だから簡単には引き下がれない、この道を譲れない」

「……本気なのか」

 

 響は神妙な面持ちで、真っ直ぐに翔を見据える。アシュリィは、そんな二人の顔を交互に見ていた。

 翔は頷き、唇を強く結ぶ。決意の強い瞳は、全く揺るがない。

 双方見つめ合い、沈黙。先にその静寂を破ったのは、響の方だった。

 彼は、笑っていた。翔の下した決断を喜んでいるようであった。

 

「それがお前の意志なら、止めはしないよ」

「兄さん……」

「ただし。自分で道を選んだからには、納得できるまで突き進め。でも無茶は禁物だぞ」

「あ、もしかしてもう知ってた?」

「本当なら死んでいてもおかしくない程度の無茶をした事は聞いた。どうしてそんな真似をした?」

 

 腕を組み、厳しく追及する響。対して翔は、やはり「そうしないと皆が助からないと思ったんだ」と答えるしかなかった。

 その答えに、響は理解を示したワケではない。しかし難しそうに唸り、悩んでいる様子だった。

 

「兄さん?」

「翔。お前にとって大事なものは何だ?」

「え? そりゃ、兄さんとかアシュリィちゃんとか……皆だけど」

「そうだな。自分の身の回りにいる彼らが生きている事が、お前にとって何よりも大事なんだろう」

 

 では、と響は続けて右手の人差し指を立てる。

 

「その無茶のせいでもしお前が死んだなら、彼らはどうなる?」

「え……?」

「翔。確かに今のお前には、人を助けられるだけの力も、それを成し遂げられる強い意志もある。だがな」

 

 響はベッドから身を乗り出すと、翔の右腕を掴み上げ、さらに話を続けた。

 

「誰かを助けるために、自分の全てを犠牲にする必要はない。そんな事をしてもお前が助けた人たちは喜ばないんだ、それじゃ意味がないんだよ。力の使い方を誤るな」

「でも、僕は皆を助けられるなら――」

「そうやって助けた命を、残された者を泣かせたいのか? 責任感とか、使命感のために?」

 

 そこまで言われて、翔はハッとアシュリィの方を振り向く。

 もしもあの時の無茶で、自分が死んでいたらどうなったのか。アシュリィや鋼作と琴奈は、その後どうなってしまうのか。

 後の事など何も考えていなかった。命さえ救えるなら、それで良いと。

 だが、その結果彼らから笑顔が消えるのだとしたら、自分のやった事に何の意味があるのだろう?

 翔は今になって、自分の行いを恥じ、後悔した。

 

「どうして両方取らないんだ、らしくない。お前の手にはそれだけの力があるんだぞ」

 

 響は腕を離し、唖然としている翔に言い放つ。

 

「自分の命も他人の命も、皆の笑顔も。救える力があるなら、お前はもっともっと欲張って良いんだ」

「欲張る……?」

「そうだ。生きている限り、生かす事も生き残る事も諦めるな。同じ無茶をするなら、全部勝ち取れ!」

 

 トンッ、と響は翔の胸を拳で軽く叩き、微笑む。

 その笑顔に釣られるかのように、翔も笑う。心の中から、靄のかかったような気持ちが晴れていくのが分かった。

 直後、翔のマテリアフォンから着信音が鳴る。デジブレインの出現を告げる音だ。

 さらに、陽子から通信が入る。

 

『翔くん、聞こえる!?』

「状況は!?」

『ゲートとデジブレインの出現を感知してるわ! しかも二箇所よ、案内するからあなたはそこから一番近い方を対処して!』

「分かりました!」

 

 通信を切り、翔は響に向かって頷く。

 同じく響も頷き、そして出て行こうとする翔とアシュリィの背に「待った!」と声をかける。

 

「何?」

「この前の話だ。退院したら、久しぶりにお前のカレーが食べたいな」

「……うん!」

 

 満面の笑顔を見せ、翔はアシュリィと共に再び歩き出した。

 その背を見送り、扉が閉まるのを見て、響はベッドに背を預けて一息つく。

 

「そうだ、諦めるなよ翔。お前ならきっと……どこまでも翔べるさ」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 後ろにアシュリィを乗せ、翔はパルスマテリアラーで現場へと急行する。

 

「ちょっと飛ばすから、しっかり掴まってね!」

「……ん」

 

 ヘルメットを被ったアシュリィの顔は窺い知れないが、ちゃんと聞こえていたようで、翔の体にしっかりと抱きついている。

 柔らかい感触が背中に伝わるが、今はそれどころではない。デジブレインを倒すために、翔はパルスマテリアラーの操作に集中する。

 そうして、二人は現場に到着する。

 帝久乃市のランドマーク、その名をテクノタワー。有名な観光名所であり、ここから帝久乃市が一望できるため、夜景を楽しむならデートスポットとして最適であるという。

 目視できる範囲でも、地上の入口付近は既に無数のベーシック・デジブレインで埋め尽くされ、人々を襲撃しているのが分かった。

 

「ここで待ってて」

 

 翔はアシュリィを安全な物陰に誘導し、パルスマテリアラーから降りる。

 そしてマテリアフォンを出して、ドライバーを召喚。鬼狩ノ忍のマテリアプレートを取り出し、起動して装填した。

 

《ユー・ガット・メイル!》

「変身!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! シノビ・アプリ! クロガネ・ザ・ライトニング、インストール!》

「これ以上何も奪わせない! 行くぞ!」

《シノビソード!》

 

 忍者刀を逆手に持ち、アズールに変身した翔は突撃する。

 そしてシュリケンフリッカーの中央を指先でタッチし、エフェクトを発動した。

 

《フリック・ニンポー! ブンシン・エフェクト!》

「うおおおおっ!」

 

 合計十人のアズールが、次々にベーシック・デジブレインたちを斬り倒す。

 外側に管理者の個体は見つからない。となれば、恐らくタワーの中だ。アズールは残るベーシック・デジブレインの喉に刃を突き立て、内部に侵入。

 エレベーターは敵が大勢いるため使えない。マテリアフォンを取り出して、バイクのアイコンをタッチした。

 

《パルスマテリアラー!》

 

 タワー内でアズールの専用マシンが具現化し、アズールはそれに跨って、デジブレインが蔓延る内部を駆ける。

 ベーシック・デジブレインたちは轢き潰し、襲いかかって来る者は斬って対処。

 ゲートの管理者さえ倒せばこの騒ぎも収束する。そのため、アズールは急いでパルスマテリアラーを走らせた。

 そうして広い展望フロアまで辿り着いた矢先、突如としてアズールの目の前に赤い触手のようなものが伸び出て、パルスマテリアラーから叩き落とした。

 

「えっ、うわぁっ!?」

 

 咄嗟に受け身を取り、難を逃れるアズール。今の触手は一体どこから出てきたのか、シノビソードを構えて警戒する。

 触手は消え、周囲にデジブレインの姿はない。という事は、カメレオンのような身を隠す事ができるタイプだろうか。

 

「だったらこれだ」

《フリック・ニンポー! カクレミ・エフェクト!》

 

 シュリケンフリッカーを操作し、アズール自身も姿を消す。これで身を隠して一旦やり過ごし、敵の正体を見極めるつもりなのだ。

 すると植木の後ろから、女性の声が聞こえると同時に、赤い触手が再び伸び出る。

 

「妬マシイワ……アアアアア……」

 

 それは一言で語るなら、頭にツボのように見える兜を被ったタコの怪物だった。

 全身が赤く、胴には口と牙のようなものが生え揃い、両腕には吸盤のついた触手が三本ずつ伸びている。また、腹には例の人間をデジブレイン化させるベルトを装着しているようだ。

 オクトパス・デジブレイン。脚を含む八つの触手を自在に操る他、擬態を駆使する事ができるようだ。

 

「ドンナニ整形シテモ、ドンナニ体ヲ美シクシテモ、男ハ誰モ私ニ振リ向カナイ。ドウシテナノ……コンナニ美シイノニ」

 

 ぶんぶんと頭を振りながら、オクトパスが言う。彼女の周囲には、さらに三体のカメレオン・デジブレインが控えているのが見えた。

 

「ドウシテェェェ!! 私ニ何ガ足リナイッテ言ウノォォォ!!」

 

 突然怒り始めたかと思うと、オクトパス・デジブレインは無茶苦茶に触手を振り回し、破壊活動を始める。

 まるで自分に足りない何かに手を伸ばして補おうとしているかのように、増えた腕を限界まで伸ばし尽くしている。

 

「彼女も元は人間だったのか……」

 

 アズールは、そう言ってシュリケンフリッカーに残った最後のフリック・ニンポーを起動する。

 

《フリック・ニンポー! ヘンゲ・エフェクト!》

 

 その音声が流れると同時に、アズールの姿がカメレオン・デジブレインと全く同じになる。

 これが四種類のフリック・ニンポーの最後のひとつ、ヘンゲの能力。デジブレインの姿に擬態する事で、敵の目を欺き掻い潜るのだ。

 後ろからこっそり近付き、分身も呼んで一気に攻め立てる。これが今回のアズールの作戦だ。

 どうやら数を把握していないようで、背後に回り込むのは容易だった。後は攻撃して怯ませてから、分身を呼ぶだけ。

 変化したアズールはシノビソードを振り上げる。だがその瞬間、四本の触手が真っ直ぐにアズールの胸部に向かって直撃、同時に変化も解けてしまう。

 

「うわぁぁぁっ!?」

「妬マシイ……キイィィィッ!!」

 

 ギチギチ、と胴の口器にある歯が軋む。何故見破られたのか、その時アズールには分からなかった。

 だがふと足元を見ると、吸盤の付いた触手が自分の脚に触れているのが分かった。

 

「いつの間に!?」

 

 口に出しつつも、アズールはすぐに思い出した。この敵は、伸縮自在の触手で自分の姿を消す事もできる。

 という事は、その触手を不可視化し、周囲に張り巡らせて探知もできるという事だ。

 

「キイイイイッ! キイイイイイイイッ!」

「がっ、ぐはっ!」

 

 触手の乱打がアズールを襲う。さらに、カメレオン・デジブレインも舌を伸ばして加勢に移った。

 少々甘く見ていた。防御能力の低いシノビリンカーではこれ以上受けきれないが、かといって堅牢なロボットリンカーに変えても、センチピードのように絞め技で来られた場合に不利だ。

 ならば手段はひとつ。アズールはすぐさまブルースカイ・アドベンチャーをウィジェットから取り出して起動、装填する。

 

《ユー・ガット・メイル!》

「リンクチェンジ!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! ブルースカイ・アプリ! 蒼穹の冒険者、インストール!》

 

 装甲がパージして触手の攻撃を阻害し、シノビソードが消えてアズールセイバーが代わりに右手に握られる。

 アズールは大きく踏み込んで力強く剣を振り下ろし、触手の切断を試みる。

 触手は想定よりも容易く切断され、地面に落ちる。だが、意識を逸らした次の瞬間にはその触手が再生していた。

 しかも、切断された触手はアズールの右脚に絡みつき、動きを束縛する上に吸盤で地面と脚にくっついて中々外れない。

 

「えっ!?」

「キエッ! キエエエッ!」

「うわ、くっ! そんなのアリか!?」

 

 オクトパスとカメレオンの連撃で、徐々に損傷が大きくなって行く。このままでは敗北は免れない、そうなればリボルブ以外に誰もこのデジブレインを止められないだろう。

 そのリボルブも、今は敵のデジブレインと交戦中のはずだ。

 

「……だったら!!」

 

 ここで、自分が倒れるワケには行かない。アズールは足に力を込め、踏み留まった。

 

「ドウシテソンナニシブトイノ……アアアアア!! 妬マシイイイイイイイイイイッ!!」

「絶対に勝って、皆の元に帰るんだ!」

 

 自分へと向かって来る触手を前に、アズールが剣を構え直した、その時。

 突然、室内にキィィィンというけたたましい高音が鳴り響き、オクトパスや死角に隠れ潜んでいたカメレオンの攻撃を妨害した。

 何事かと思ってアズールが振り向くと、そこにはイルカの形状を模した電子時計が、空中を泳いでこちらへ向かって来ていた。

 さらに、その隣にはフォトビートルが並んで飛行しており、アズールの脚に絡みついた触手に角を突き刺して消滅させた。

 

「これは……まさか琴奈さん!?」

『間に合ったみたいね、翔くん! さぁドルフィンタイマー、翔くんをサポートするのよ!』

 

 その言葉に呼応するように、ドルフィンタイマーはまたも超音波を放つ。

 この音はデジブレインにとって有害らしく、また擬態で姿を晦ましていたオクトパスやカメレオンが、能力を維持できずに姿を曝した。

 

「すごい、効いてる!」

『気に入って貰えた? でも翔くんへのサポートはそれだけじゃないのよ』

 

 得意げな琴奈の発言と同時に、アズールのアプリウィジェットにプレートが転送される。

 陽子だ。残る三枚の内の一枚が完成して、自分に送ってくれたのだ。

 アズールはそのプレートを取り出し、グッと握り込む。

 

「皆さん、ありがとうございます。絶対に……勝つ!」

 

 そう言って、アズールはスイッチを押してプレートを起動させた。

 

《ワンダーマジック!》

 

 ワンダーマジックは、プレイヤーは魔法使いとなって様々な呪文や召喚モンスターを駆使してダンジョンの攻略に挑む、オーソドックスなリスペース式のパズルゲーム。

 ピースとなるパズルドロップをスライドさせて組み合わせる事で消去し、連鎖的に破壊する事でエネミーにダメージを与えていくという方式だ。

 アズールがそのプレートを装填すると、ウォリアー・テクネイバーとのリンクが切れ、代わりにプレートから赤い法衣を纏ったマジシャン・テクネイバーが飛び出して来る。

 

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

「リンクチェンジ!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! マジック・アプリ! 奇跡の大魔法、インストール!》

 

 アズールがマテリアフォンをかざすと、マジシャン・テクネイバーの体が分解されてアズールのスーツに合着する。

 青いパワードスーツの上から赤色のローブが装備され、左手には一本の短い杖が握られた。杖の先端には四角い宝石のようなものが埋め込まれており、四つの面にそれぞれ岩・水・炎・風のマークが付いている。

 

《マジックワンド!》

「行くぞ!」

《ファイア・マジック!》

 

 四角い宝珠を回転させ、赤色の炎の面を正面に合わせる。そして杖に付いた引き金を引くと、地面に赤い魔法陣のパズルが出現した。

 トリガーを長く引き続けて、アズールはパズルドロップを動かし連鎖的に消していく。

 

《ワン・チェイン! ツー・チェイン! スリー・チェイン! フォー・チェイン!》

「キエェェェエッ!」

《ファイブ・チェイン!》

 

 オクトパスがアズールに向かって、奇声を上げながら触手を伸ばす。

 その瞬間に「今だ!」とアズールは引き金から指を離した。

 

《イッツ・ア・マジック! ファイブ・チェイン・ファイア!》

 

 五つの炎の塊が杖の先端から飛び出し、オクトパスの触手を焼き払う。

 触手はすぐに再生するものの、さらにその後ろにいたカメレオンたちも、同時に消滅させた。

 

「ナニッ!?」

「まだまだ!」

《ワン・チェイン! ツー・チェイン! スリー・チェイン!》

 

 再びアズールがトリガーを長押しし、魔法陣のパズルドロップを消し続ける。

 その姿に焦燥感を抱いたオクトパス・デジブレインは、再び触手を伸ばそうとするが、今度はドルフィンタイマーの超音波によって妨害された。

 

《フォー・チェイン! ファイブ・チェイン! シックス・チェイン!》

「マ、待テ……ヤメロ!」

《セブン・チェイン! エイト・チェイン! ナイン・チェイン!》

「ヤメロォォォォォ!」

《フル・チェイン!》

 

 全ての触手でオクトパスが攻撃しようとした瞬間、アズールは前へと跳躍し、トリガーを離す。

 

《イッツ・ア・マジック! フル・チェイン・ファイア!》

「グワァァァーッ!?」

 

 十もの巨大な炎の塊がオクトパスを襲い、触手はおろか全身をも焼く。

 オクトパス・デジブレインは堪らず身を捩らせ、胴についた口から、まるで煙のように墨を吐き出した。

 煙幕だ。このまま姿を消し、逃げるつもりなのだろう。そう悟ったアズールは、すぐさま宝珠を風のマークに切り替える。

 

《ウィンド・マジック!》

「逃さないぞ!」

《ワン・チェイン! ツー・チェイン!》

「そりゃあっ!」

《イッツ・ア・マジック! ツー・チェイン・ウィンド!》

 

 風が煙幕を消し去り、窓に向かって一目散に走るオクトパスの姿を鮮明に映し出す。

 瞬間、アズールはアプリドライバーのマテリアクターからワンダーマジックのアプリを抜き取った。

 

「ヒッ!?」

「これで終わりだ!」

 

 アズールが、マジックワンドにプレートを装填。そして、マテリアフォンをかざした。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! マジック・マテリアルキャスト!》

 

 地・水・炎・風、全ての魔法陣が四方からオクトパス・デジブレインを囲んで逃げ場をなくし、そして魔法が発動する。

 上空からは岩が雪崩のように降り注ぎ、地面からは水が噴射して触手を断ち、左右からは炎の弾丸と風の刃が迫る。

 仮面ライダーアズール マジックリンカー。それはパンチ力もキック力もジャンプ力も走力も防御力も他のリンカーに劣る代わりに、多彩で超火力な魔法を用いて敵を一掃する、対集団戦に特化した姿なのだ。

 

「ウッギィャアアアアア!?」

 

 全ての魔法を一身に受け、オクトパス・デジブレインは爆散。その場には、ベルトを付けたOLが残るのであった。

 同時に、アズールはゲートの消滅を確認する。やはり、彼女がゲートの管理者にされていたようだ。

 アズールは周囲を見回して警戒した後、倒れた女性の顔には一瞥もせずに、安全な場所に避難させてからそのベルトを回収する。

 

「よし、次は静間さんの方だ!」

 

 そう言って、翔は変身を解除。そして二体目のデジブレインの位置を確認する。

 場所は廃工場だ。ここから然程遠くはない。

 走ってエレベーターへ向かって外に出て、アシュリィと共にパルスマテリアラーで現場へ急行するのであった。

 

 

 

 そんな二人を、タワーの屋上から見下ろす影がひとつ。

 

「簡単には行かせないよ、アズール……! クイーンはもうじき再生する、お前だけはこの手で倒す!」

 

 それは、ストライプだった。彼は一枚のマテリアプレートを手に握り込み、起動した。

 

《チェックメイトモンスターズ!》



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EP.09[Oracle Squad(オラクル・スクアッド)]

 オクトパス・デジブレインとの戦いを終わらせ、翔はアシュリィを後ろに乗せてパルスマテリアラーで走る。

 目指す場所は廃工場。そこで、リボルブと敵のデジブレインが戦っているのだ。

 ふとミラーで後ろを確認すると、ホメオスタシスのエージェントが乗る車両が追従しているのが分かった。

 恐らく鋼作と琴奈だろうと思った翔は、そのままパルスマテリアラーを走らせて先導する。だが、一瞬ミラーに見えた影を確認して、慌てて振り向いた。

 そこには二体のチェスナイト・デジブレインが、チェスポーン・デジブレインを一体ずつ背に乗せてこちらに向かっているのだ。このままでは攻撃を受けてしまうだろう。

 

「素直に行かせてくれる気はないって事か……!」

 

 言いながら、翔はマテリアフォンを取り出し、アプリドライバーを呼び出して変身に移る。

 使用するのはワンダー・マジック。起動し、即座に装填した。

 

《ユー・ガット・メイル!》

「変身!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! マジック・アプリ! 奇跡の大魔法、インストール!》

「悪いけど、構ってるヒマはないんだ!」

《マジックワンド!》

 

 後ろのアシュリィにしっかり掴まっているよう指示を出し、アズールはパルスマテリアラーを走らせながら、マジックワンドのトリガーを引き続ける。

 選択したのは岩の魔法だ。宝珠が黄色く光り輝き《ストーン・マジック!》という音声と共に、地面に魔法陣が浮かび上がる。

 

《ワン・チェイン! ツー・チェイン! スリー・チェイン!》

 

 歩兵が弓をつがえ、アズールと車を狙っている。そのチェスポーンを、窓から鋼作がマテリアガンで妨害しているのが見えた。

 

《フォー・チェイン! ファイブ・チェイン! シックス・チェイン!》

「今だ!」

《イッツ・ア・マジック! シックス・チェイン・ストーン!》

 

 指を離すと魔法が発動、地面から尖った岩石が隆起し、チェスナイトの前脚と後脚の膝を抉る。たちまち四体は転倒し、その場から消えた事で追撃が止まった。

 

「よっしゃ! よくやったぜ翔、ざまぁ見ろだ!」

「まだ油断しないで下さい、すぐに追手が来るかも知れません!」

 

 アズールがそう言った直後、突然自身の周囲のみが影で覆われる。

 何事かと思い頭上を見上げると、そこには翼を拡げた人型の生物がいた。

 どうやら自分を追っているらしい。そう判断した翔は、車が移動する廃工場へのルートを外れて無人の高架下に移動、マジックワンドの宝珠を青色の水系魔法に切り替えた。

 すると《ウォーター・マジック!》という音声が流れ、そのままアズールはトリガーを引く。

 

《ワン・チェイン! ツー・チェイン! スリー・チェイン!》

「誰だか知らないけど……邪魔をするな!」

《フォー・チェイン! ファイブ・チェイン! シックス・チェイン! セブン・チェイン!》

「喰らえ!」

《イッツ・ア・マジック! セブン・チェイン・ウォーター!》

 

 七つの水圧弾が、上空の異形を襲う。しかし、その影は軽々と攻撃をかわし、滑空しながら片手の剣でアズールに斬りかかった。

 

「くっ!?」

 

 アズールは杖で攻撃をガードし、アシュリィへの危険も考慮して、その場で止まる。

 すると、その敵も地面に降り立つ。そして、全身のシルエットが泡立つかのようにモザイクで覆われ、その姿を大きく変えていく。

 チェック模様の軍服を着た巨人、ストライプだ。

 

「お前は!?」

「やぁアズール、天才軍略家のストライプだよ。閣下と呼ぶんだね」

「……え、なんで?」

 

 パルスマテリアラーからアシュリィを下ろしながら、きょとんとしてアズールが訊ねる。

 ストライプは額に青筋を立て、それを隠すように深く帽子を被り直す。

 

「君をリボルブの増援には行かせない。既にそのマジックリンカーも見たし、対策プログラムは組ませて貰った!」

「対策プログラム?」

「クイーンの修復が済むまでの間、見せてあげるよ……ボクの本当の力をさぁ!」

 

 アシュリィが避難している間に、ストライプは一枚のマテリアプレートをアズールに見せ、起動する。

 

《チェックメイトモンスターズ!》

 

 その起動音と共に、ストライプはそのプレートをスマートウォッチに似た機械へと差し込む。

 するとアプリドライバーと同様に、しかしそれとは異なる待機音が鳴り始めた。エレキギターを掻き鳴らすような音と、ドスの利いた低い声がその場に響く。

 さらに、全身に拘束具のようなものを装着している、翼と獣じみた羽毛や尻尾を持つ正体不明の怪物が、デジブレインが姿を現す。

 

《アイ・ハヴ・コントロール! アイ・ハヴ・コントロール!》

 

 その音声が鳴っている間に、ストライプは続けてスマートウォッチのENTERアイコンをタッチしながら、それに向けてキーワードを叫んだ。

 

背深(ハイシン)!」

Roger(ラジャー)! マテリアライド! チェックメイト・アプリ!》

 

 拘束具の怪物とストライプの姿が重なり、再びストライプの姿が泡立って歪む。

 全身がモザイクで覆われ、姿形が先程までとは全く別のものに変わっていくのが見て取れた。

 身長は250cmから大きく縮んで180cm程になり、しかし強靭な筋肉が膨張して体を覆っているのが分かる。

 

《モノトーンウォーズ、トランスミッション!》

 

 その音声が流れると同時に、モザイクは消失して完全な姿があらわとなる。

 背中にマントを模る膜の張った翼を生やしている、王冠のように軍帽を誇示して被った、コウモリを思わせる姿をした怪人。

 肉体は白と黒のチェック模様の金属質の装甲で覆われ、腕甲には鋭利な爪が生え揃っている。加えて頭部には、大きく黒い耳が上に向かって真っ直ぐ生えている。

 さらに両眼はコウモリの形をした黄色のバイザーによってガードされており、顔の下半分は左側が黒色で右側が白色というカラーリングのされた不気味な吸収缶付きガスマスクが装着されている。

 その姿に、アズールは仮面の奥で目を見開いている。

 

「ストライプがデジブレインになった!?」

「もうストライプじゃない。これぞトランサイバーで瞬間改造したボクの姿……サイバーノーツ、ヴェインコマンダーと呼んでもらおうか!」

「トランサイバー……サイバーノーツ……!?」

 

 ヴェインコマンダーと名乗った怪人は軍刀を片手に、アズールへと疾駆する。

 マジックリンカーのスピードでは対応できない。アズールはその一撃を装甲のない左腕でガードしつつ、すぐさま別のアプリを手に取った。

 

《ブルースカイ・アドベンチャー!》

「リンクチェンジ!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! ブルースカイ・アプリ! 蒼穹の冒険者、インストール!》

「ハァッ!」

 

 マジシャン・テクネイバーが分離し、その勢いを利用してヴェインコマンダーを数歩退かせ、ウォリアー・テクネイバーと合着したアズールは、消えたマジックワンドの代わりに右手に握ったアズールセイバーを縦一文字に振り下ろした。

 しかしヴェインはその一撃を手で掴んで止め、軍刀で素早く突きを放ち、アズールセイバーを奪い取った。

 

「く、しまった!?」

「これでこの剣の必殺は使えない。さらに!」

 

 ヴェインが、トランサイバーと呼んだそのスマートウォッチに付いている四つのボタンの内の一つを入力すると、またも電子音声が流れた。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 瞬間、先程消失したはずのチェスポーン・デジブレインが八体と、チェスナイト・デジブレインが二体、アズールを取り囲んだ。

 脚の傷も回復している。当然、アズールは愕然とした。

 

「ハハハッ! バカめ、この程度の損傷ならその場で直せるんだよ! 無駄骨だったなぁ!」

「うわぁっ!?」

 

 軍刀とアズールセイバーの二刀流となったヴェインは、そのまま二つの武装でアズールの体を滅多斬りにする。

 武器を奪われて敵にも囲まれたこのままでは、反撃もままならない。

 ならば、リンクチェンジするしかない。アズールはブルースカイ・アドベンチャーを引き抜くと、二枚のプレートを一度に手に取り、その内一枚を起動して差し込んだ。

 

《鬼狩ノ忍!》

「リンクチェンジ!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! シノビ・アプリ! クロガネ・ザ・ライトニング、インストール!》

 

 ヴェインの連撃と、ポーンたちのショートソードがアズール シノビリンカーの体に迫る。

 その瞬間、アズールはシュリケンフリッカーを素早く操作した。

 

《フリック・ニンポー! カワリミ・エフェクト!》

「むっ!?」

 

 攻撃を加えようとした瞬間、アズールの姿がそこから消失し、丸太が代わりに残されて攻撃を浴びる。

 アズールはどこに消えたのか。ヴェインと駒たちが探し出そうとした瞬間、ある音声が鳴り響く。

 

《……フォー・チェイン! ファイブ・チェイン! シックス・チェイン! セブン・チェイン! エイトチェイン!》

 

 振り返って見れば、既にマジックリンカーに切り替えてアズールは高架道路上に立っていた。そして、マジックワンドにカタルシスエナジーを注ぎ続けている。

 

「チッ、小癪なマネを!」

 

 ヴェインが駒たちに集合をかけ、自分の周囲で垣根のようにして固める。

 盾にして攻撃を凌ぐつもりなのだろうと考えたアズールは、そのまま更にチャージを続けた。

 

《ナイン・チェイン! フル・チェイン!》

「最大出力だぁっ!」

《イッツ・ア・マジック! フル・チェイン・ウォーター!》

 

 ヴェインとチェスポーン・チェスナイトたちの眼前に十の魔法陣が浮かび上がると、そこから怒涛の勢いで大津波が発生し、デジブレインたちを飲み込んだ。

 アズールはさらに、杖の先端を回して魔法を切り替える。

 

《ウィンド・マジック!》

「まだまだ行くぞ!」

《ワン・チェイン! ツー・チェイン! スリー・チェイン! フォー・チェイン! ファイブ・チェイン! シックス・チェイン! セブン・チェイン! エイト・チェイン! ナイン・チェイン! フル・チェイン!》

「今だ!」

《イッツ・ア・マジック! フル・チェイン・ウィンド!》

 

 今度は猛烈な暴風が吹き荒れ、津波と共にヴェインたちのいる場所を薙ぎ払う。その間にも、アズールは続けて岩の魔法を発動する。

 

《セブン・チェイン! エイト・チェイン! ナイン・チェイン! フル・チェイン!》

「喰らえ!」

《イッツ・ア・マジック! フル・チェイン・ストーン!》

 

 上空から巨大な岩石が無数に出現し、もはや姿形は見えないが、デジブレインたちのいるであろう場所へと殺到する。

 岩で地面も圧し潰されているが、アズールは容赦しない。さらに炎の魔法を叩き込む。

 

《シックス・チェイン! セブン・チェイン! エイト・チェイン! ナイン・チェイン! フル・チェイン!》

「これで……」

《イッツ・ア・マジック! フル・チェイン・ファイア!》

「トドメだぁっ!」

 

 十の膨大な火炎弾が、一気に地表を焼き焦がす。これだけ直撃すれば、確実に立ってはいられない。アズールは確信していた。

 ――だが。

 

「フフフ……ハハハハハッ!」

「え……?」

 

 アズールが生み出した津波や暴風、岩石と火炎が消失すると、そこにはほぼ無傷の駒とヴェインが立っていた。

 

「なっ、どうして!?」

「言ったろ? 対策プログラムを組んだってね……要は常時発動のマジックバリアさ、ボクらにマジックリンカーの能力は効かない」

「組んだって、さっきの戦いを見ていたにしても短時間すぎるでしょそれ……!?」

「まだ分かっていないようだねぇ。ボクは天才なんだよ!」

 

 嘲笑うヴェインに、アズールは思わず息を呑む。

 そもそもあのクイーンを操っていたのがヴェインならば当然の話なのだが、即座に対策を組んで対応するなど、今までの相手よりも遥かに厄介だ。しかもそれを味方の手駒全てに付与できるという。

 この男の天才軍略家という言葉は、ハッタリでもなんでもなかったのだ。

 

「これがヴェインコマンダー……けど僕だって負けるわけにはいかない!」

 

 叫び、アズールは高架道路から飛び降りると、別のマテリアプレートを取り出して素早くマテリアクターに装填する。

 今回はロボットジェネレーターだ。

 

Alright(オーライ)! マテリアライド! ロボット・アプリ! 聳え立つ城、インストール!》

「そぉりゃあああ!」

 

 分離したマジシャン・テクネイバーの背に乗って素早くヴェインたちのいる地上に降り立つと、アズールは拳を振り上げ、チェスポーン・デジブレインに向かって腕甲を突き付ける。

 ロボットリンカーならば、たとえマジックバリアがあろうともパワーでひたすら押し切れるはず。

 しかし、ヴェインコマンダーはアズールの想定をさらに上回る。

 

「あっ!?」

 

 チェスポーンへの攻撃が、盾で受け止められたかと思うと、そのまま素早くスルリと流されてしまったのだ。

 今までよりも素速い。しかも、一体一体の技量が明らかに向上している。以前まではここまでの動きは見せなかったはずだ。

 大いに苦戦するアズールに対し、再びヴェインの挑発じみた嘲笑が投げかけられた。

 

「ボクの駒にはアズールとリボルブの戦闘データをぜ~~~んぶ学習させてあるのさ。そしてボクが直接戦地に出向く事で、戦闘能力もさらに向上する……簡単に勝てると思ったか、バァカ!」

 

 言いながら、ヴェインは軍刀とアズールセイバーで何度も装甲を斬りつける。

 しかし、流石にロボットリンカーの装甲を貫く程の攻撃を繰り出す事はできないのか、今の所アズールは軽傷で済んでいる。

 

「けど、どうやって反撃すれば……!」

 

 アズールの残る形態はブルースカイリンカーとシノビリンカー。

 しかし既にアズールセイバーを奪われた以上、ロボットリンカーよりもパワーに劣るブルースカイリンカーでは歯が立たない。

 シノビリンカーは元々攻撃力よりもスピードとトリッキーな戦術に特化した形態であるため、そもそも攻撃は通らないだろう。既に手の内を学習されている可能性すらある。

 さらにヴェインコマンダーの口振りから察するに、クイーンが再度戦闘可能となるのには、そこまで時間がかからないはず。

 このまま手をこまねいていては、不利なのは自分の方だ。せめてリボルブが、鷹弘がいてくれたなら。

 

「……いや、違う」

 

 アズールは拳を握り込み、地を踏む脚に力を入れる。

 自分がこの先戦い続けるのならば、鷹弘の力を借りずとも戦えるようにならなくてはならない。少なくとも、最初から彼の増援を期待するようではダメだ。

 やれるだけの事はやる。それでもダメなら時間を稼ぐのだ。

 

「やってやる、僕一人で!」

「バカめ! できるものならやってみろぉ!」

 

 嘲笑と共にヴェインが叫び、翼を広げて空を舞いながら、軍刀を振り下ろした。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「……翔くん、大丈夫かしら」

 

 ホメオスタシスのエージェントが運転する車両の中。

 琴奈は、フォトビートルとドルフィンタイマーを抱えて、不安そうな面持ちでそんな事を呟いた。

 隣に座ってマテリアガンを握り警戒態勢に入っている鋼作は、横目で琴奈を見ながら頷いた。

 

「アイツならきっと大丈夫だ。俺たちが信じなくてどうする?」

 

 それに、と鋼作は確信めいた表情で続ける。

 

「もしもの事が起こらないように、俺たちでリボルブの支援を間に合わせるんだ。それで絶対勝てる!」

「そう……よね、うん。きっと今回も大丈夫よね」

 

 自分自身を安心させるようにそう言って、鋼作も「大丈夫だ」と繰り返す。

 そうして、不安な気持ちを取り払おうとするかの如く、鋼作は別の話題を切り出した。

 

「にしても、静間さんはなんであんな頑なに翔を遠ざけようとしてるんだ? 妙に突き放す物言いが多いよな」

「あ、それあたしも気になってた。翔くんが無茶した時も怒ってたし……」

「確かにいきなり死にに行くようなマネして怒るのは分かる。俺も正直驚いた。けど、翔も含めて結局全員の命が助かったんだから、あんなに責める必要ないと思うんだがなぁ」

 

 自らの腕を組み、鋼作は唸る。琴奈も考えるものの、簡単に結論は出ない。

 すると、車内の通信機から突然声が発せられた。

 

『それについては私からも謝るわ。ごめんなさい』

「うおっ!? なんだよビックリした、滝さんかよ……」

 

 組んだ腕を解き、鋼作は琴奈共々目を丸くする。

 突然聞こえたのもそうだが、彼女の声色は随分と沈んだものだったのだ。

 

『身勝手な話かも知れないけど、鷹弘にも少し……事情があるの』

「事情?」

『鷹弘ね。本当は、翔くんにも響くんにも戦って欲しくないのよ。あの子たちには普通の生活をして欲しいし、できるものなら自分だけでなんとかしようとしてるの』

「なんだって?」

『……御種さん、知ってるでしょ? あの人がどうしてあんな脚になったのか、聞いた事ある?』

「そう言えばないな。どうしてなんです?」

 

 そもそもそれがこの話にどう関係があるのか、とも鋼作は思ったが、口に出さなかった。

 ほんの少しの沈黙の後、陽子は話し始める。

 

『……昔、まだアプリドライバーがまだ未完成だった頃の話。デジブレインの存在を知った鷹弘は、アプリドライバーの運用実験の被験者に志願していたの。だけどその実験には、御種さんも参加していた』

「御種さんも?」

『ええ。それで、あの人は先輩だし何より身体的にも精神的にも強くて、なんというか英雄への憧れもあったらしいわ。だから鷹弘は、自分より使命感の強い彼に譲ろうと思ったのね。自分から辞退したのよ』

 

 再び訪れる沈黙。この時になってもまだ、鋼作も琴奈も陽子が何を言いたいのか、見当も付いていなかった。

 そうして待っていると、陽子はまた続きを話した。

 

『御種さんは無事に選ばれて、改造手術を受けた。どういう形式なのか良く知らないんだけど、今のと違って当時の手術はそれなりに大掛かりなものだったそうよ。ともかく、その後すぐアプリドライバーの実験が始まったの……だけど』

「……まさか」

 

 顔を青くして、琴奈が悲鳴のように短く声を絞り出す。

 文彦がどうなってしまったのか、答えに辿り着いたのだ。その最悪の結末に。

 

『カタルシスエナジーの過剰発生で、オーバーシュートが起きた……御種さんは両脚に重傷を負って、二度と歩けない体になった』

「なっ!?」

『旧式手術では制御チップが導入されていなかったの、その上で出力は今以上。周りにまで被害が出なかったし、御種さんは笑って許してくれた。だけど、鷹弘は今でもその時の事を気に病んで……』

「そう、だったのか……」

『それ以来、あいつはずっと責任を感じてる。今なおデジブレインに襲われている人がいるのに迷った事も、結局決意を鈍らせて辞退した事も、そのせいで先輩に一生消えない傷を負わせてしまった事も。何もかも自分のせいだって』

 

 またも訪れる静寂。鋼作と琴奈は絶句しつつも、沈痛な面持ちでその話を聞いていた。

 

『だから、あいつは怖いのよ。本当なら何も知らずに平穏な人生を送っているはずのあの兄弟とあなたたちが、普通の生活を失って。やっと響くんっていうアプリドライバーを預けられる仲間ができたと思ったら、彼も負傷して。自分がするべき無茶を翔くんに押し付けてしまった時も、いつか本当に死んでしまうんじゃないかって。本当はあいつ……誰も死なせたくなんかないのよ』

「……翔くんを心配してるんですね」

「そうか。だからデジブレインを潰す事に拘っているのか……犠牲者増やさないためだけじゃなくて、他に戦う人間も増やさないために」

 

 俯きながら、納得した様子で二人は言った。

 話を終えた陽子は、通信機越しでもその悲しみと嘆きが伝わる程に、重く息を吐いていた。

 彼女はずっと、彼の傍で戦いを見て来たのだ。だから、今までの鷹弘の苦悩も一番近くでずっと受け止め続けていたのだろう。

 それが鋼作にも琴奈にも分かってしまった。なんと声をかけて良いのか分からないまま黙っていると、陽子の方から口を開いた。

 

『鷹弘の事。冷たかったり突き放した言い方をしてるけど、許してくれないかな?』

「許すも何も」

「俺たちは元々恨んじゃいませんよ」

『……ありがとう』

 

 震える声で、心の底から安堵したように、陽子は言った。涙ぐんでいるようだった。

 そうして僅かに弛緩した空気を更に緩めるように、鋼作は話題を切り替えた。

 

「御種さんと言えばさ、あの人本当にどうしたんだろうな? まだ連絡つかないんですか?」

『あ、それならさっき連絡が来たわ。なんでも、強敵に対抗するために今まで以上の力を持つ新しいマテリアプレートを二つ作る、だそうよ』

 

 鋼作と琴奈が同時に顔を見合わせる。

 それさえあれば、きっと翔も鷹弘も命を賭ける程の無茶をしなくて済む。静かに喜びが拡がっていくのが分かった。

 

「でも、それなら地下研究施設の方で作れば良いんじゃないですか?」

『一人で作業した方がやりやすいそうよ。結構熱中するタイプみたいね、あの人』

「あぁ……まぁ、その方が陽子さんも作り易いでしょうしね。二人で作業場を圧迫するわけにも行かないですし」

『こっちの残り二枚のマテリアプレートももうじき完成するわ。これが突破口になってくれるはず……!』

 

 ならば自分たちの使命は、それらが完成するまでの間、何としてもあの二人を生き残らせる事だ。

 二人は希望を胸に抱き、鷹弘のいる廃工場への到着を待つのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「どういう事だ、クソッタレ……!」

 

 歯を軋ませながら、仮面ライダーリボルブ デュエルリンカーとなった鷹弘は呟く。

 その両手にリボルブラスター・ライフルモードを抱え、柱の陰から敵の様子を窺っている。ベルトを巻いたデジブレインの動向を。

 

「友達……ドウシテ皆ボクノ友達ニナッテクレナイノカナァ……」

 

 ブツブツとそのデジブレインはそんな事を呟いて、丸く輝く目玉で虚空を見上げている。

 肥大化した頭をフラフラと動かし、白く細かい胞子のようなものをそこら中に撒き散らしながら、まるでうわ言のように「友達、友達」と。

 それはキノコの怪物だった。撒き散らされた胞子は周囲のベーシック・デジブレインに付着すると、その頭部に毒々しい色彩のキノコが何本も生えてくる。

 そして、この変化したデジブレインも胞子を撒き散らす。周囲に電子機器があれば、それに異常を与えて同じように胞子を発生させる。

 トードスツール・デジブレイン。それがこの敵の名だ。

 

「友達ガイル人ハ羨マシイナァ……僕ノ事ハ誰モ好キニナラナイノニ。ダカラ、自分デ友達ヲ増ヤスンダァ……エヘッ、ウエヘヘヘヘヘッ」

 

 まるで幻覚でも見ているかのように、胞子をバラ撒きながらトードスツール・デジブレインはぼやく。

 足取りは遅いが、どうやら出口を目指しているらしい。不運な事に、シャッターは閉まっていない。というよりも、立て付けが悪く閉まらなかったのだ。

 今の所人間への被害は出ていないものの、だからこそこのデジブレインが工場の外へ出てしまった場合の被害は想定不可能だ。

 リボルブは舌打ちし、トードスツール・デジブレインの頭へと照準を合わせる。

 

「傍迷惑な野郎だ」

 

 言いながらリボルブが引き金を引く。銃口からデータの弾丸が高速で飛び出し、狙い通りにトードスツールの頭部へと真っ直ぐ向かって行く。

 だが、そのまま着弾するかと思われたその時。

 銃弾は空中で砕け、小さくなった破片が柔らかいキノコの笠にポフッと触れるのみに留まった。

 

「なっ……」

「トーモダチー、トーモダチー、トーモーダーチー……エヘヘェ」

 

 幸いにもトードスツールの方が攻撃に気付いた様子はない。

 リボルブは再び物陰に身を隠し、注意深く観察する。

 すると、先程よりも胞子によって変異したベーシック・デジブレインの数が僅かに減っている事が見て取れた。さらに、電子機器も煙を上げ始めている。

 これは一体どういう事なのか。回り込んで別方向から様子を確認しようと考えた時、リボルブは驚くべき光景を目の当たりにする。

 

「ジジジッ、ジジジッ、ジジジジジボッ」

 

 胞子変異体デジブレインが一体、狂ったように喉を掻き毟ったかと思うと、突然消滅したのだ。

 そこでリボルブはようやく、トードスツール・デジブレインの真の恐ろしさを、その脅威的な能力を理解した。

 

「こいつの胞子、見境なしにデータに侵蝕して破壊してるのか。マジに傍迷惑な野郎だ」

 

 このまま歩き続けても永遠に友達などできまい。人畜無害そうな顔をしているが、ただその場を徘徊するだけで有害な存在だ。

 リボルブはそんな事を考えつつ、何としても外に出さないために対策を考える。

 ただ撃つだけでは、まず攻略できない。先程のように胞子でデータを内側から破壊され、攻撃を無力化されてしまうだけだ。

 無数の胞子が身を護っている以上、ジェイルリンカーの制圧射撃も届かないだろう。かと言ってダンピールリンカーでは接近戦になるため、必然的にこちらが不利になる。

 となれば、やはりここはデュエルリンカーで対処するしかない。まだ試していない攻撃もあるので、それを実行する事にした。

 

「こいつならどうだ……?」

 

 リボルブがトリガーを引き、弾丸がまたトードスツール・デジブレインに向かう。

 ただし、今度は炎に覆われている弾丸だ。これならば胞子に侵される事なく攻撃できるかも知れない、リボルブはそう判断していた。

 すると狙い通り、火炎の弾丸はトードスツールの頭部に命中する。

 トードスツールは驚いて攻撃の飛んで来た方向をのろのろと見るが、リボルブは既に別のポイントへ移動している。

 

「ウウ、何今ノ」

 

 そう言いながら、外を目指すのではなく周囲を徘徊し始めた。これも狙い通りだ。

 

「後はどうやって倒すかだな……」

 

 見たところ、胞子さえ無視できれば防御能力はそこまで高くないようで、これならばただ逃げ回りながら攻撃し続けて、最後に必殺技を撃つだけで倒せる公算が大きい。

 身体能力も今までのデジブレインに比べ、まるでただの子供のようだ。胞子以外に攻撃手段があるかどうかも怪しい。

 初めはどうなる事かと思ったが、これなら案外楽に終わりそうだとリボルブは思った。

 だが、その思惑は意外な形で、呆気なく破れた。

 

「本当にここに静間さんとデジブレインがいるのか。妙に静かだが」

「あら? なんか……ホコリっぽくない?」

 

 敵の正体を知らないホメオスタシスのエージェントの加勢が到着してしまったのだ。

 当然、トードスツール・デジブレインはすぐさまそちらへと向いてしまう。

 

「アァー、ヤッタァ! 人ダ! 友達ニナロウ!」

「マズい! お前ら逃げろ、こいつは手に負える相手じゃねェ!!」

 

 慌ててリボルブは叫んだ。姿を晒すのはリスクが高いが、これならば鋼作らや出口へ注視する事はない。

 さらに、リボルブラスターの火炎弾をトードスツールに放ち、注意を引く。

 

「ヒギッ、痛イ~……」

「速く逃げろ、遠くに!! こいつらの胞子を吸う前に!!」

 

 言われるがままに、鋼作と琴奈、その他エージェントたちは逃げ惑う。

 

「な、なに……これ……」

「か……体が……頭も……思考が纏まらねぇ……」

 

 だが、一歩遅かった。鋼作の指先に、さらに琴奈の腕にも同様に僅かだが胞子が付着。

 侵蝕が始まり、小さいがキノコが生え始めたのだ。

 幸いな事に、人体の場合は機械類やデータよりも進行が遅いようだ。しかし、このまま放置などできるわけがない。

 

「クッ……ソッタレがァァァァ!!」

 

 怒りのままに、リボルブはトードスツールへ銃弾を発射し続ける。

 だが姿を晒した今、真正面から攻撃を受ける敵ではない。周囲の胞子変異体たちが盾となり、攻撃を防いだ。

 状態が状態なだけにこのデジブレインたちは一撃で消滅するが、ベーシック・デジブレイン自体は無制限に湧いて出る。つまり、同じように胞子変異体が無制限に作られ、盾になるという事だ。

 

「友達、アリガトー」

「友達だったら盾にしてんじゃねェよ!!」

 

 憤りながらリボルブは引き金を引く。しかし、その言葉が届く事はない。

 胞子は、徐々にリボルブの方にも近付いている。逃げ場も失われつつある。

 このスーツの上なら胞子でも平気かも知れないが、電子機器に異常を与えているのを見るに、アプリドライバーまで正常に作動するとは限らない。

 どうにかして。どうにかして、自分に彼らを救ける事はできないのか。

 思わず叫びたくなるような状況の中、リボルブにある通信が届いた。

 

『鷹弘、マテリアプレートが完成したわ!』

「来たか! 今すぐ転送してくれ!」

『オッケー!』

 

 リボルブはすぐさま、ウィジェットに転送されたそのマテリアプレートを手に取り、起動した。

 

Oracle Squad(オラクル・スクアッド)!》

 

 オラクル・スクアッドは、海外発のステルスコンバットアプリゲームだ。

 コンピューターの中に宿った神の啓示を受けた兵士たちが、暗殺任務や潜入工作などを請け負って他の神々やその使徒である兵士と敵対するという内容だ。

 プレイヤーとなる兵士たちはその神に与えられた兵装を用いて、様々な能力を使う事ができる。

 

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

「リンクチェンジ……!」

 

 リボルブはそのマテリアプレートをアプリドライバーに装填した後、マテリアフォンをかざした。

 すると銃弾を放ちながらガンマン・テクネイバーが分離、消滅してスパイか暗殺者のようなピッタリとした衣装を纏うステルス・テクネイバーが姿を現す。

 そして、怯むトードスツールや胞子変異体の前で、そのままリボルブと合着する。

 

Alright(オーライ)! マテリアライド! オラクル・アプリ! 神託のレンジャー、インストール!》

「反撃開始だコラァ!」

 

 緑色のタクティカルベストや肘・膝を守るプロテクターが装着され、左手にコンバットナイフ型武装のオラクルナイフを装備した、リボルブの新しい形態。オラクルリンカーの誕生だ。

 リボルブはリンクチェンジしてすぐ、トードスツールの方へと前進する。

 そして胞子が触れようとした瞬間、リボルブがその場から姿を消した。

 

「エッ!?」

 

 驚き、トードスツールは周囲を見回す。さらに信じられない事に、目の前には何もいないのに自分の笠や胞子変異体のデジブレインたちに次々と傷が付いていくのだ。

 当然脆い変異体たちは消滅する。何が起きたのかも分からず、トードスツールは困惑するばかりだ。

 しかし、しばらくすると謎の攻撃は収まる。混乱の中、トードスツールが振り向くと、再び信じられない光景を目の当たりにした。

 

「これでもう大丈夫だ」

 

 いつの間にか姿を現したリボルブが、鋼作たちの体についたキノコをナイフで斬り落としており、さらにそれによってキノコが消滅して症状が緩和されているのだ。

 

「な、なんだ? キノコが消えてる……」

「静間さん、どういう事?」

 

 リボルブは立ち上がりつつ、ただ「これがオラクルリンカーの力だ」とだけ答えた。

 オラクルリンカーのエフェクト、それは『遮断』だ。

 例えば自分自身に遮断の能力を適用して、デジブレインや人間の目から姿を消す事もできるし、同時に病毒や熱気・冷気の影響をシャットアウトして戦う事ができる。

 さらにリボルブラスターやオラクルナイフを使えば同じような状態を味方に付与する事も、敵に与えて戦況を覆す事もできるし、光源などに当てれば明かりを消す事も可能だ。

 ただし遮断が有効なのは一時的で、一定時間が経過すると効力が解ける。鋼作たちも、一時的に胞子の侵蝕が止まったに過ぎない。

 また、攻撃の際に発生した爆風や飛礫などから逃れる事はできても、エフェクトを受けた者に対する直接的な攻撃そのものは遮断する事ができない。

 よって完全に胞子の影響を消し去るには、トードスツール・デジブレインを倒すしかないのだ。

 

「こいつは便利だぜ。これならアイツを……倒し切れる!」

 

 タンッ、とリボルブは踏み込む。トードスツールの胞子をシャットアウトしているため、侵蝕を受けずに前へ。

 一方トードスツールの方は大した攻撃手段も持たないため、腕をバタバタと振り回すだけだ。

 

「オラァッ!」

「ピィッ!? ヤメテ、ヤメテ! 虐メナイデェ!」

 

 オラクルナイフがトードスツールの胸に突き刺さる。その瞬間、トードスツールは一際大きな泣き声を上げたかと思うと、全身を真っ赤にして自身の笠から胞子を撒き始めた。

 

「ぐっ!?」

 

 これは明確で直接的な反撃だ。よって、遮断の力は通用しない。このままではリボルブも胞子に侵蝕されてしまうだろう。

 ならば、その前に。

 リボルブはアプリドライバーからオラクル・スクアッドを引き抜くと、刺さったままのオラクルナイフに装填し、必殺を発動する。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! オラクル・マテリアルコンバット!》

「くたばりやがれェェェ!」

 

 オラクルナイフを一度さらに深く刺した後に一息に引き抜いて顔を斬り、斬り、斬り斬り斬り斬り斬り続ける。

 そしてリボルブラスター・ハンドガンモードを眉間に押し付け、トリガーを引いて撃ち抜いた。

 それでもまだ倒れなかったが、今度はリボルブの背後から銃声が響く。

 鋼作と琴奈を含むホメオスタシスのエージェントたち全員がマテリアガンを抜き、リボルブを援護しているのだ。

 一斉射撃を受けてトードスツール・デジブレインは消滅し、倒れ伏したその場には、作業服を着たガタイの良い中年男性が残されるのであった。

 胴体にマテリアプレートが装填してあるベルトが巻いてあるのを見ると、リボルブは彼の元へと歩み寄る。

 

「呆気ないモンだな……相性が良すぎたか」

 

 男からそのベルトを剥ぎ取り、変身解除した鷹弘が言った。

 既にトードスツールの胞子の影響は消えている。鷹弘はベルトを鋼作に放り渡し、外に出てトライマテリアラーを呼び出した。

 

「お、おい? どこ行くんだよ!」

 

 ベルトをキャッチしつつ、鋼作が訊ねる。

 すると鷹弘は振り向かずに、ただ一言だけ答えた。

 

「アズールのところだ」

 

 今ここにいないという事は、きっと苦戦しているに違いない。鷹弘はそれを口に出さず、急いで翔の元へ向かうのであった。

 鋼作と琴奈、そして他のエージェントたちも慌てて車に乗り込み、それに付いて行く。

 

「待ってろよ翔……今行くからな!」

 

 鋼作が決意を固めると同時に、車は走り出した。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 それは、帝久乃市内にある、シャッターが閉まっているとある薄暗い作業倉庫の中での事。

 ハシゴで行き来する上階の机の上に、様々な部品や機材を散らかしながら、マテリアプレートを作っている者がいた。

 二枚のプレートにはケーブルが接続されており、そのケーブルは作業台にあるパソコンと繋がっている。

 椅子に座り、作業に没頭するその男は、御種 文彦だ。パソコンの操作もしつつ、必死の形相でマテリアプレートを作製している。

 そうしてプレートにデータを転送し終えた後に、大きく息を吐く。安堵の溜め息だ。

 

「よし……できた、できたぞ! ついに完成だ!」

 

 喜色満面の表情で、人差し指で眼鏡をかけ直してそう言った。

 クリアパーツを使って作られた、青いマテリアプレートと赤いマテリアプレート。

 従来のものよりも僅かに横に長く、表面には金色の『V2(バージョン・ツー)』の文字が輝いている。

 

「これで……これさえあれば、あの二人を倒す事ができる!」

 

 ケーブルを抜き取って、二つのマテリアプレートを天井の照明に掲げながら、文彦が言う。

 そして、文彦はパソコンの電源を落とし、立ち去る準備を始めた。

 

「後は、これをアズールとリボルブに渡すだけだ……!」



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EP.10[ギガント・エクス・マギア]

 リボルブこと鷹弘がトードスツール・デジブレインと戦っている間にも、翔が変身した仮面ライダーアズールとストライプが背深(ハイシン)したヴェインコマンダーの戦いは続いていた。

 ロボットリンカーによって防御を固めて攻撃を耐え凌いでいたアズールであったが、戦況には徐々に変化が起きていた。

 ポーンとナイトの挟撃を受け続けているアズールが、右膝を地に着けた。敵の連続攻撃で蓄積されたダメージは、既に限界を迎えつつあったのだ。

 

「このままじゃやられる!?」

「今更気付いたのかい? お前はここで終わりなんだよ!」

 

 嘲るヴェインが、奪ったアズールセイバーで顔面を斬り上げる。それを受けてもロボットリンカーは健在であったが、直後にヴェインはトランサイバー中央のENTERアイコンをタッチした。

 そしてトランサイバーに向け、音声入力を行う。

 

「ファイナルコード!」

 

 すると、その声に答えるようにトランサイバーから音声が流れる。

 

Roger(ラジャー)! チェックメイト・マテリアルデッド!》

 

 突如、地面にチェスボードのような白と黒のマス目が浮かび上がると、アズールの全身に背後から出現したチェック模様のキングの駒のエネルギー体に取り憑かれ、拘束される。

 身動きがとれなくなり、その隙にヴェインは軍刀とアズールセイバーで全身を滅多打ちにした挙げ句、首を蹴りつけた。

 その必殺技によりアズールは後方に吹き飛ばされ、ついに仰向けに倒れ込んだ。

 

「がっ!!」

「あ……!」

 

 電灯の陰に身を隠していたアシュリィが、思わず声を上げた。

 するとそれに気付いたヴェインは倒れたアズールの胸を軍刀で斬りつけながら、高笑いしてアシュリィに呼びかける。

 

「良い事思いついたよ、よく見てな。君の目の前でさぁ! こいつの首を吹っ飛ばしてやるからぁ!」

 

 アズールの腹を蹴ってうつ伏せにし、背を踏みつけて首筋にアズールセイバーを突き付けた。

 それを聞いたアシュリィは目を見開き、思わず手を伸ばして懇願するように叫ぶ。

 

「ダメ……やめて!」

「もう遅い! 死ねぇぇぇ!」

 

 ヴェインは容赦なく剣を振り下ろした。

 そして、その直後。

 

「――ダメェェェ!!」

 

 そんなアシュリィの叫びと同時に、ヴェインの下顎に突然身を反転して起き上がったアズールの拳が命中し、取り落した剣を奪い返された。

 一瞬の出来事だった。ヴェインは何が起きたかも分からず、地面に倒れ込んだ。

 

「あ……あ?」

 

 束の間の驚愕の後、ヴェインは即座に身を起こして臨戦態勢を取る。

 今、自分は何をされた? なぜ倒れた? 殴られたのか? あの状況で? アズールセイバーも奪われている?

 様々な疑問が彼の頭の中を駆け巡るが、最終的にはこの状況で一番も重要な、ただひとつの疑問に絞り込まれる。

 なぜ、ロボットリンカーがあんな速度で動けるのか。

 殴られた事など最早どうでも良かった。ただ、ロボットリンカーがあのスピードで動けるのには大いに疑問がある。あの姿は、スピードを犠牲にしてパワーと装甲に重点を置いた形態なのだ。

 なのに、ヴェインですら認識できない速さを叩き出す事などあり得ない。あってはならない。

 

「お前……一体何をした!?」

 

 軍刀をアズールに向け、ヴェインは叫ぶ。しかしアズールは何も答えない、ただ肩で息をしているだけだ。

 というよりも、本人にさえ、たった今何が起きたのか分かっていないようだった。

 さらに。

 

「あ、ぐっ」

 

 アズールの両膝が地に付くと、ついに変身が解けてしまった。度重なるダメージで完全に限界を迎えたのだ。

 

「悪運が強いようだね。少し予想外の事も起きたが、まぁいい。何も変わらない」

 

 何が起きたのか判然としないままトドメを刺すのは、ヴェインにとっては気持ちの悪い話だが、勝機ではある。

 ゆっくりと近付き、ヴェインは翔の目の前で軍刀を振り上げる。

 

「今度こそ……死ね!」

 

 もう翔には抵抗する手段など残されていない。そう思ってヴェインはその軍刀を、容赦なく振り下ろした。

 だが、それでも翔は軍刀を持ったヴェインの腕を抱え込むように掴み、生身で攻撃を受け止める。

 肩に刃が食い込み、血が伝って地面に滴り落ちた。

 

「ぐっ、う」

「……まだ動けるのかい。本当に往生際が悪いな、どの道自分が死ぬって事が分からないのか?」

「それでも……」

 

 翔の腕と脚に再び力が入り、ヴェインはバイザーの奥で瞠目する。

 

「それでも僕は諦めない!」

「……意味がわからないね」

 

 出血を顧みずに抵抗を続ける翔を見て、ヴェインが吐き捨てた。そして、今度は何も持っていない左腕を真上に掲げる。

 今度は腕甲の爪で翔を斬るつもりだ。今度こそ、翔に抵抗する手段はない。

 

「これでもそんな事が言えるかぁ!」

 

 振り上げられた爪が、翔へと向かう、その瞬間。

 突然ヴェインの左側頭部に火花が散り、衝撃で体が吹き飛ばされた。

 

「あがっ!?」

 

 悲鳴を上げ、ヴェインは地面を転がる。そして周囲を見回し、たった今何が起きたのかを突き止めようとする。

 

「ど、どこだ!? 誰が攻撃した!?」

 

 狼狽しながら敵の正体を探るが、どこにもいない。しかし再び、今度は眉間に衝撃が走った。

 瞬間、ヴェインは悟った。これは、長距離から自分を狙い撃っているのだという事に。

 

「く、くそっ!」

 

 堪らず翔から離れ、ヴェインはチェスポーン・デジブレインを盾として身を隠した。

 すると、徐々にエンジン音がこの戦場に近付き、高架道路にある男が姿を現す。

 

「誰だか知らねェが、そのデジブレインと仲良く一緒にいるって事は……敵ってワケだな」

 

 リボルブだ。オラクルリンカーの状態でトライマテリアラーを駆り、ついに翔の援護をするために到着したのだ。

 その右手に握られているのは、リボルブラスター。それも、新たなアタッチメントで変化したものである。

 銃身と銃床のため全長が今まで以上に長く、上部にスコープが備え付けられており、さらに先端には銃剣(バヨネット)のようにしてオラクルナイフが装着されている。

 これがリボルブラスター・スナイプモードである。リボルブはこれを使って、遠距離から翔を援護しつつ、トライマテリアラーで接近していたのだ。

 

「静間さん……」

「随分やられてるじゃねェか」

 

 怒りに満ちたリボルブの声。しかしその怒りは翔にではなく、ヴェインへと向けられている。

 

「下がってろ、後は俺がやる」

 

 リボルブは高架から飛び降り、翔の前へ歩きながらそう言った。

 しかし翔は再びマテリアフォンとマテリアプレートを手にすると、リボルブの隣に並び立った。

 

「僕だってまだやれます」

「……勝手にしろ」

 

 溜め息を吐き、諦めたようにリボルブはそう言った。

 そしてリボルブは、翔の変身を邪魔させまいと、リボルブラスターでヴェイン自身とその駒たちを牽制し始めた。

 その隙に翔も、ブルースカイ・アドベンチャーのマテリアプレートを起動してアプリドライバーに装填する。

 

《ユー・ガット・メイル!》

「変身!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! ブルースカイ・アプリ! 蒼穹の冒険者、インストール!》

 

 風が吹き、長い銀色のマフラーがたなびくと共に、青い戦士が戦場に返り咲く。

 アズールは右手を前に掲げ、剣を呼び出して握り込み、ヴェインに向かって疾駆した。

 

《アズールセイバー!》

「行くぞ、ヴェインコマンダー! 今度こそ負けない!」

「ふざけろ! また返り討ちにしてやる!」

 

 ヴェインがポーンの肩を踏み台にして跳躍し、飛翔。アズールも空を飛び、剣と軍刀で鍔迫り合いとなった。

 さらにヴェインは自分のスマートウォッチ型のアイテム、トランサイバーに手をかけると、四つのボタンの内一つを押した。

 

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

「ビショップ、出ろ!」

 

 すると地上にチェスビショップ・デジブレインが出現し、ヴェインと地上の駒全てに強力な光の結界を貼る。

 これで、ある程度ダメージを軽減する事が可能。しかも現在ヴェインの駒たちはカスタマイズされており、マジックバリアと装甲強化、戦闘AI強化によって戦闘力が向上している。

 つまりリボルブがジェイルリンカーやダンピールリンカーにチェンジしようとも、この駒たちだけでもある程度対抗できるというわけだ。

 

「そぉらぁっ!」

「うわっ!」

 

 さらに、ヴェイン自身も強大な戦闘力の持ち主だ。アズールひとりで容易に突破などできるはずもなく、軍刀によって地面に叩き落される。

 

「く……」

「おい、お前新しいマテリアプレートは使わねェのか」

 

 いつの間にか背中合わせとなって、不意に、背中越しにリボルブが声をかける。

 アズールは素直に「向こうはマジックリンカーの能力を防ぐバリアを使ってるんです」と答える。すると、リボルブは納得した様子で頷いた。

 

「だったらそのバリアを剥がしてやる」

「……できるんですか?」

「なんだ、俺の力が信じらんねェのか?」

 

 質問を返すリボルブに、アズールはふっと微笑みつつ、ワンダーマジックのマテリアプレートを取り出して起動した。

 

「お任せします!」

《ワンダーマジック!》

 

 空中戦に勝利し、図に乗って駒たちの方に戻ったヴェインを見ながら、アズールはプレートを装填する。

 

《ユー・ガット・メイル!》

「リンクチェンジ!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! マジック・アプリ! 奇跡の大魔法、インストール!》

 

 ブルースカイリンカーを解いてマジックリンカーに変わったアズールが、マジックワンドを片手に炎の魔法を起動する。

 

《ワン・チェイン! ツー・チェイン! スリー・チェイン!》

「ハハハッ、バァカ! ボクらにそれは効かないって言ったろ!」

 

 ヴェインに嘲笑われても、アズールはチャージを止めない。

 

《フォー・チェイン! ファイブ・チェイン! シックス・チェイン! セブン・チェイン!》

 

 チャージが最大に近付いた瞬間、リボルブが動く。

 殲血のダンピールのアプリをリボルブラスターに装填し、チェスポーンの背後にいるヴェインへと狙いを定めた。

 

《フィニッシュコード!》

「受けてみな、こいつは俺の反撃の狼煙だ」

Alright(オーライ)! ダンピール・マテリアルカノン!》

 

 長大な光線がリボルブラスターから放出され、それから主を守るように二体のチェスポーンが前に出て盾で防御する。

 しかし護りきれず、散ったエネルギーがヴェインや他の駒たちにも降り注ぐものの、光の結界や装甲によってダメージは大幅にカットされた。

 が、その瞬間。オラクルリンカーの遮断の能力が、ヴェイン及びポーン・ナイト・ビショップの光の結界とマジックバリアの効力を完全に消し去った。

 

《エイト・チェイン! ナイン・チェイン!》

「……んん? 何だ?」

《フル・チェイン!》

 

 真っ先にヴェインが異変を察知したものの、時既に遅し。

 アズールはマジックワンドから指を離し、最大までカタルシスエナジーが蓄積された炎の魔法を解放する。

 

「喰らえ!!」

《イッツ・ア・マジック! フル・チェイン・ファイア!》

 

 十の巨大な炎の塊が、ヴェインたちを飲み込まんと飛んで行く。

 ヴェインはそれを受け止めようとして、寸前にマジックバリアの消失に気付いた。

 

「なっ!? しまっ……」

 

 炎はポーンの盾と装甲を溶かして全滅せしめ、ナイトの槍と鎧を燃やし尽くし、ビショップを一瞬で焼滅させる。リボルブのオラクルリンカーが初見であったが故の悲劇だ。

 駒たちを指揮する立場であるヴェインも、負傷は免れなかった。ポーンらを盾代わりにしていたのである程度被害は少ないものの、両腕の爪が溶け軍刀を失っている。

 

「お前らぁぁぁよくもぉぉぉ!!」

 

 怒りの叫びを上げるヴェイン。

 リボルブは鬱陶しそうに左耳のある位置を押さえ、そのまま銃口をヴェインに向けた。

 

「うるせェんだよボケ。これで終わりなら、一気に決めさせてもらおうか」

「そうは行くかッ! クソ……クソ! こうなったら!」

 

 再びヴェインがトランサイバーに手を伸ばし、三番目のボタンを押し込んだ。

 

Roger(ラジャー)! サードコード、オン!》

 

 勝てないと見てクイーンを呼ぶつもりか。そう思ったアズールとリボルブであったが、その予想は裏切られる。

 ヴェインは空へと飛び、大きな声で叫んだ。

 

「キング! キィィィング!!」

 

 キングだと、とリボルブは小さな声で言う。確かに今まで、キングの駒だけは自分たちと交戦した事はなかった。

 だとすれば一体どんな敵なのか。マジックリンカーなどの対策をしているのは当然として、クイーンよりも強いのか。

 チェスの内容に則っているのだとしたら最強の駒はクイーンという事になるが、ではなぜこの状況でキングを呼ぶのか。

 アズールとリボルブが思考していると、上空のヴェインから声がかかる。

 

「こいつを呼ぶのは侵攻戦の時にするつもりだったけど、もういい! お前らのどんな抵抗も無意味になる方法で殺してやるよ!」

「ハッ、口先だけは達者だな。そんな事できるワ……ケ……」

 

 転送されて来たそのデジブレインの姿を見て、リボルブは愕然とする。アズールも絶句している。

 そこに現れたのが――全高約8mもある、マントを羽織り王冠を被った巨大な人型のロボットだからだ。

 車で駆けつけた琴奈やエージェントたちも驚愕し、そんな場合ではないというのに鋼作は一瞬目を輝かせている。

 圧倒的な巨体、最悪の展開。絶望がホメオスタシスを襲う。

 

「う、嘘でしょ……これと戦うんですかぁ!?」

「クソッタレめ、流石にこいつァ予想外だぞ……!」

 

 リボルブも仮面の中で脂汗を流している。

 確かにこの方法なら、マジックバリアを突破しようとロボットリンカーやダンピールリンカーのパワーで攻めようと、全く関係ない。ただ上から押し潰せるのだから。

 では、何故ヴェインは今までチェスキング・デジブレインを出さなかったのか?

 それは、この駒の修復には極端に時間がかかる上、他の駒と併用しているとやたらと動かし辛いからだ。一手誤れば味方を踏み潰しかねない。

 また、市街地や山中でこれを出そうものなら、足場が崩れてむしろ不利になる。パワーはクイーンより上だがスピードも大した事はなく、小回りが利かない。

 故にキングは最強にはなり得ず、クイーンに軍配が上がる。

 だが、この状況でならば。

 足場が安定した、見晴らしの良い戦いやすい地形で、他に駒がない。これならば、キングは最高の駒になる。

 ヴェインはキングの肩に乗り、命令を下した。

 

「殲滅しろ、キィィィング!」

 

 キングが指先を地面に向ける。その直後、指先からビームが放たれ、地上のアズールとリボルブを攻撃した。

 

「うわぁぁぁ!」

「がぁぁぁ!?」

 

 被弾はしなかったものの、爆風に巻き込まれ吹き飛ばされる二人。

 直後、ドシンという足音が断続的に響き、アズール及びリボルブの方に向かう。

 

「そ、そんな……どうしたら……!」

「……アズール、お前アイツの肩にいるストライプを狙えるか?」

 

 リボルブに問われ、ひとまずアズールは「攻撃するだけなら、なんとか」とだけ答えた。

 するとリボルブも頷き、リボルブラスター・スナイプモードの照準をヴェインに合わせる。

 

「攻撃すればヤツの指令にも乱れが出る、そして倒せばキングも消えるはずだ。マトモにやり合う道理はねェ、だろ?」

「……なるほど! 分かりました!」

 

 リボルブから出されたのは、至極単純な攻略法。だが、最適解であった。

 アズールはわざわざキングに立ち向かう必要がないという事を見落としていたのだ。本体は、あくまでもヴェインなのだから。

 そしてマジックワンドを岩の魔法に切り替え、前進しながらチャージを開始した。

 

「行くぞ!」

《ワン・チェイン! ツー・チェイン! スリー・チェイン!》

「今だ!」

《イッツ・ア・マジック! スリー・チェイン・ストーン!》

 

 アズールが杖を掲げると同時に、キングの右の足元から石柱が伸び、転倒させんとする。

 慌てたのは肩に乗るヴェインだ。

 

「おおっ!?」

 

 結局転倒せずに体勢を整えたが、隙は生まれた。

 アズールはワンダーマジックを引き抜き、別のマテリアプレートを起動、装填する。

 

《ユー・ガット・メイル!》

「リンクチェンジ!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! ブルースカイ・アプリ! 蒼穹の冒険者、インストール!》

「行くぞぉ!」

《アズールセイバー!》

 

 剣を取り、飛翔してヴェインの立つ場所を目指すアズール。

 しかしその狙いに勘付いたヴェインは、すぐさまキングへと指示を飛ばした。

 狙うのは――。

 

「荷電粒子砲、チャージ開始!」

 

 口部に備わった装置が稼働し始める。キングのスピードは大したものではないので、アズール ブルースカイリンカーに当てるのは困難だろう。

 だが、アズールはここで奇妙な違和感を持った。

 ヴェインもキングも、自分を見ていない。ではリボルブを狙っているのかと思えば、そうでもない。リボルブのいる高架下ではなく、木の並ぶ公園付近を見ている。

 そう、アシュリィのいる場所だ。

 

「まさか!」

 

 それに気付いたアズールは、スピードを上げてアシュリィの方に向かう。

 アシュリィもキングが自分に照準を合わせているのに気付いてはいるものの、仮面ライダーたちに比べ格段に脚が遅い。

 生身では辛うじて命中を避けたとしても、余波による致命傷は避けられないだろう。

 

「やめろぉぉぉ!」

 

 間に合わない。そう判断したアズールは、全身でキングの荷電粒子砲からアシュリィを護ろうとする。

 それこそがヴェインの狙いだった。非戦闘員を狙えば、迷わず殺されに来るだろうと。最初からアシュリィを狙う気などなかったのだ。

 チャージは完了した。後は、ただ命ずるだけだ。

 

「撃てぇぇぇ!」

 

 キングの口部から、荷電粒子砲が発射される。

 その瞬間、無数の銃声と共にキングの体が大きく後ろに傾いて倒れた。

 

「へぇっ?」

 

 危うくキングの肩から落ちかけたヴェインが、マヌケな声を発する。

 見れば、高架下にいたはずのリボルブがオラクルリンカーからジェイルリンカーに切り替え、ジェイルターレットと共に接近してキングの足元を一斉射撃しているではないか。

 そのせいで後ろに体重のかかったキングは上空を向き、そのまま明後日の方向へと荷電粒子砲が放たれたのだ。

 

「アズール、今だ!」

 

 その呼びかける声と同時に、アズールは剣を振り上げ、体勢を崩したヴェインへと剣を振り下ろした。

 

「そぉりゃあああっ!」

「ナメ……るなぁっ!」

 

 ヴェインは咄嗟に拳を突き出し、アズールセイバーの攻撃を受け止める。

 そして同時にキングへと指示を飛ばすと、アズールの体をその巨大な右手で握り込ませた。

 

「ぐぁっ!?」

「しまった……アズール!」

 

 助け出そうと射撃攻撃を放とうとしたリボルブだが、それはキングの左手の指先から出るビームで阻止される。

 

「もう遅い! このまま……首からブッ千切れろぉ!!」

 

 アズールの体が、キングの手で絞め上げられる。

 まるで全身を巨大な万力で圧し潰されているかのような痛みに、アズールは悲鳴を上げた。

 このままではアズールが殺される。リボルブは再び彼を救出するため、動き出した。

 

《ユー・ガット・メイル!》

「リンクチェンジ……!」

Alrgiht(オーライ)! マテリアライド! ダンピール・アプリ! 高貴なるスレイヤー、インストール!》

「オラァッ!」

《バーサーキング!》

 

 ダンピールバンカーの十字架を押し込み、リボルブ ダンピールリンカーは疾走する。

 途中で襲いかかるビームは盾で防ぎ、防げずともひたすらに前進し続ける。

 

「ぐ、おおおっ……!」

「チッ、だったらお前も始末して……!?」

 

 ヴェインがリボルブの方へと飛び立とうとした瞬間、突然超音波がその耳を襲う。

 

「うぐぉぉぉっ!?」

 

 頭を抱え、ヴェインは膝をつく。

 琴奈の放ったドルフィンタイマーが妨害したのだ。さらにフォトビートルが周囲を飛び回り、撹乱する。

 

「えぇい、鬱陶しい!!」

 

 ヴェインが二本目の軍刀を出し、まるでハエ叩きのようにブンブンとフォトビートルに向かって振り回し続け、勢い余って放り投げてしまった。

 そして、その切っ先はキングの親指の関節部に突き刺さる。

 

「あ」

 

 ヴェインが間の抜けた声を上げた。

 そして、その一瞬の隙と勝機をリボルブは見逃さなかった。

 リボルブはその軍刀を思い切り捩じ込み、キングの親指を斬り落としたのだ。

 

「し、しまったぁぁぁっ!?」

 

 キングの力が緩み、さらにリボルブは両手でキングの右手をこじ開けようとする。

 だがキングもただ見ているだけではない。自分に被弾するのも構わず、指先からビームを発射した。

 それでもリボルブは手を緩めない。背中に攻撃を受けようとも、アズールの救出を優先する。

 さらには、装填済みのアプリを押し込み、必殺を発動した。

 

《フィニッシュコード!》

「これで……」

Alright(オーライ)! ダンピール・マテリアルバースト!》

「どうだ、オォォォラァァァッ!!」

 

 カタルシスエナジーと共に両腕に力を込め、キングの右手を精一杯に広げる。

 そうしてついに、アズールは完全に拘束から解放された。

 それを確認すると、リボルブは仮面の奥から勝ち誇ったような声を絞り出す。

 

「へ……やって、やったぜ」

 

 キングの胸の上で、リボルブが自ら変身を解く。

 バーサーキングと必殺の発動によって、体力を大きく奪われたのだ。このまま続けていれば意識を失っていただろう。

 アズールは鷹弘に肩を貸し、フォトビートル・ドルフィンタイマーと共にすぐさま距離を取った。

 

「静間さん……ありがとうございます、ゆっくり休んで下さい」

 

 アズールは息の荒い鷹弘をそっと放し、キングとヴェインの方を睨みつけるように振り返った。

 キングは既に立ち上がっており、ヴェインもその肩に乗っている。戦闘態勢だ。

 それと同時に、陽子から通信が届いた。

 

『お待たせ翔くん! 最後の一つ、クイーンにも勝てるとっておきが完成したわ!』

「転送お願いします!」

『オッケー! それじゃ、行っちゃって!』

 

 その言葉と共に、アズールはアプリウィジェットに追加されたプレートを起動した。

 

《ギガント・エクス・マギア!》

 

 電子音声を聞いて、琴奈はぎょっと目を見開く。

 ギガント・エクス・マギア。魔法仕掛けの巨神を意味するそのアプリは、現在アニメが放送されている程の人気タイトルなのだ。

 地球に似た惑星に突如飛来した異星の怪物に対抗するため、古代の巨神の遺体を発掘してそれに乗り怪物と戦うという内容。

 ゲーム的には、魔石というアイテムを消費してカードを入手し、巨神を手に入れるというものだ。また、巨神の中には三種類の姿に変身できるモノもいる。

 実は琴奈もゲームのファンなのだ。

 アズールはそのマテリアプレートを、すぐにアプリドライバーへと装填した。

 

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

 

 すると、アズールのウォリアー・テクネイバーとの合体が解け、代わりに背後からキングと同等の巨体を持つ紫色の装甲を持つテクネイバーが現れ、キングを殴り飛ばした。

 胸にライオンの顔、背中に隼の翼を背負うその巨神は、ギガス・テクネイバーだ。アズールはその姿を見上げつつ、マテリアフォンをかざした。

 

Alright(オーライ)! マテリアライド!》

 

 直後、ギガス・テクネイバーの体が分解され、跳躍したアズールの体と合身する。

 

《ギガント・アプリ! 巨大なる破壊神、インストール!》

 

 合身に成功した時、アズールは紫色の球形の空間の中にいた。そしてその中に備わったホログラフモニターから、眼前にいるキングを睨みつけている。

 仮面ライダーアズール ギガントリンカー。その姿はギガス・テクネイバーと同様に獅子の頭部と隼の翼を持ち、長い尻尾を生やしている、巨大な神の如きロボットだ。

 青いボディカラーをベースに、紫色の装甲で体の各所をプロテクト、頭部には金色の角が輝いている。

 その姿を見てヴェインは一瞬動揺するも、すぐに強気になって「なんだそんなもの」と言い放つ。

 

「キング! やれっ!」

 

 命じられるまま、キングは両手をギガントリンカーに向かって伸ばし、掴みかかる。

 アズールもそれに応じ、コクピットの中で同じように両手を振り上げて、キングの両手を掴んだ。

 手四つだ。アズールとキングは互いに手を押し合い、握り合って競う。さらには頭と頭をぶつけ合った。

 ギリギリギリと、しばらくそうして競り合っていると、先にキングの右腕が軋みを上げ始め、そのまま圧し曲げられてしまう。

 

「あ……ああっ!?」

 

 思わずヴェインが声を上げ、キングが先に手を離して後ろに下がる。

 その瞬間を狙っていたかのように、アズールは右手にハンマーとバズーカが一体となった武装、大槌砲『ギガントストロンガー』を握った。

 

「そりゃあっ!」

 

 アズールはそれを上段から思い切り振り被り、キングの頭を潰した。

 これで荷電粒子砲は撃てない。

 

「そ、そんなバカな!? キングが押し負けるハズが……!?」

 

 ヴェインは驚いているが、これは当然の結果である。

 何故なら、陽子は最初からこのリンカーをキングとの対決ではなく、クイーンとの対決を想定して調整しているのだ。

 圧倒的なパワーで上から押し潰し、なおかつ巨体ながらスピードもクイーンに追い付ける。最強の駒の打倒を目指しているのだから、キングの上を行くのは当然だ。

 

「まだまだ行くぞ! モードチェンジ!」

 

 アズールが叫ぶと、ギガントリンカーが跳躍し、その姿が四足の獣に変形する。

 鬣を生やして吼えるその姿は、ライオンだ。これは、ギガントリンカーの三種の形態の内のひとつ、獣神モードだ。先程までのものは巨神モードである。

 この形態では手が使えないためギガントストロンガーを持つ事はできないが、代わりにハンマーを背負って叩きつける事はできる。

 

「せやあああ!」

 

 怯んでいるキングに、素早く牙と爪とハンマーの連撃を浴びせる。そのパワーは巨神モードを上回っており、キングの装甲をズタズタに引き裂いた。

 それもそのはず、獣神モードは射撃武装が一切使えない代わりに白兵戦に特化した形態なのだ。

 さらに畳み掛けるように、アズールは跳躍してもうひとつの形態へとチェンジする。

 それはまさしく翼を広げた疾き隼、鳥神モード。飛行形態であり、そして射撃特化の姿だ。

 

「喰らえ!」

 

 翼の先端に備え付けられたバルカン砲から無数の弾丸を放ち、地上のキングを圧倒する。

 さらに、背にはバズーカ砲。上空へ一気に飛翔した後、キングへ向けて発射した。

 

「く……ナメるなぁ!」

 

 しかし、これは半壊している右腕を犠牲にして弾かれ、逸らされた。

 

「クソ、クソォッ! キングがここまで損傷するなんて……!」

 

 計算外だ、とばかりにヴェインは憤る。

 しかし、この展開はある意味当然の事で、今までのリンカーと同様にアズールのカタルシスエナジーの出力がダイレクトに反映されており、その分だけ戦闘能力も増大しているのだ。

 とはいえ流石にこのまま自分だけ攻撃を受け続けるワケにはいかない。ヴェインはキングに命じ、指先からビームを打たせる。

 だが、アズールも空中を飛び回ってそれを回避し、もう一度巨神モードに戻って真っ直ぐに落下する。

 

「行くぞぉぉぉ!」

《フィニッシュコード!》

 

 アズールがドライバーのプレートを押し込み、必殺の態勢に入った。

 それを察知したヴェインは、顔を青くしてトランサイバーに手を伸ばす。

 

「ま、まずい!」

 

 焦っている間にも、アズールは必殺の準備を完了した。ギガントストロンガーを構え直し、バズーカモードにしている。

 バズーカにエナジーをチャージし、必殺を放つつもりだろう。だが、ヴェインも入力を終えていた。

 

Roger(ラジャー)! フォースコード、オン!》

「よし、これで!」

 

 その瞬間、キングの姿が消失する。

 ヴェインの最後の能力、それは駒の送還だ。これによって損傷した駒たちを全壊する前に修復させる事ができるのだ。

 後は、この場から逃げるのみ。こんな状況でマトモにやり合う必要などない、このままゲートを開いて逃げてしまえば、アズールの必殺は無駄撃ちとなるのだ。

 ほくそ笑みながらヴェインは翼を広げ、その場から飛び去ろうとした。

 しかし、その時。

 

《フィニッシュコード!》

「……え?」

Alright(オーライ)! デュエル・マテリアルホーン!》

 

 地上から高速で何かが飛んで来たかと思うと、ヴェインの左翼が鋭く貫かれた。

 それの正体は、フォトビートル。鷹弘が起動用の擬似プレートを引き抜いて、代わりに自分のマテリアプレートを装填し、投擲したのだ。

 見事命中し、ヴェインはバランスを乱してふらふらとその場で滞空する。

 そして、その真上から落下してくるアズール。見上げれば自分を狙う銃口。

 

Alright(オーライ)! ギガント・マテリアルバースト!》

「ち、ちくしょう……」

「これで終わりだぁぁぁ!」

「ちくしょおおおおおお! うわあああああっ!」

 

 バズーカから巨大なエネルギー弾が発射され、爆発と共にヴェインは地上へと叩き落された。

 

「や……やった、やったぞ!」

 

 車の中で、鋼作が声を上げる。続いて、琴奈が中から出てきて両腕を上げた。

 

「やったわ、バンザーイ! ついにストライプを倒したのね!」

 

 ホメオスタシスのエージェントたちの間で、喜びの波が広がって行く。

 アズールもゆっくりと地上に降り立って変身を解き、ふらつく体を駆けつけたアシュリィによって支えられた。

 

「ありがと、アシュリィちゃん」

「……別に」

 

 プイ、と視線を背けるアシュリィ。翔はニコリと笑い、しかし直後にヴェインが落下した地点を注視する。

 鷹弘も同じくその場所を見つめていた。一瞬、クレーターのできあがったそこで何かが動いた音がしたのだ。

 

「く、くそ……まだだ……」

 

 クレーターの中心から声がし、もうもうと舞う砂煙の中から、這うようにしてその人物が姿を現す。

 それを見て、翔も鷹弘も愕然とした。アシュリィも「え?」と声を発し、鋼作や琴奈も「ええっ!?」と驚きの声を発していた。

 

「ボクはまだ負けてない! まだ完全に手を出し尽くしたわけじゃないぞ、クイーンだって直るんだ! ボクは……天才なんだ!」

 

 そう言ったストライプの姿は、軍服の巨人――ではなかった。

 端正な顔立ちだがまだ10歳にも満たない、くりくりとした金髪が特徴的な小さな男の子だ。

 軍帽は被っておらず、軍服ではなく白のワイシャツとサスペンダーが付いた黒い短パンを履いている、釣り上がった目の少年なのだ。

 一瞬別人と入れ替わったのかと全員が疑うものの、彼自身の言動と左腕のトランサイバーが本人である事を証明している。

 すると、彼らの視線に気付いたのか、少年は自分の体を見下ろす。

 そして明らかに焦燥したように悲鳴を上げた。

 

「し、しまった……アバターモードが解けてる!?」

 

 直後に少年は顔を上げ、強気な口調ながらも一歩ずつ後ろに下がって行く。

 

「く、くそぉっ! 見るなよ、ボクを見るなぁ! こんなはずじゃないのに!」

「なんというか……」

 

 明らかに困惑した様子で翔は声を絞り出して、鷹弘に視線を向ける。

 彼も驚いており、未だに信じられないものを見たとでもいうように瞠目していた。

 

「俺ら、こんなガキ相手に躍起になってたってェのか? マジかよ……」

「ガキじゃない! ボクは……ボクはぁ! 天才なんだぞ! チェスで負けた事なんて一度もないんだ!」

「チェス?」

 

 何の話をしているのか鷹弘には分からなかったが、ともかく彼を放置するワケには行かなかった。

 

「そんなんじゃもう抵抗もできねェだろ。大人しく一緒に来い」

「嫌だ、嫌だぁ! こんなのボクの『現実』じゃない! ボクは、ボクは願いを叶えるんだ! ボクの『理想』の城を造らなきゃいけないんだよ!」

「……? さっきから何言って……」

 

 泣いて喚き、明らかに錯乱状態の少年を訝しみつつ、鷹弘と翔は一歩近付く。

 しかしその時、少年と二人の間に巨大な槍が降って来た。

 

「うおっ!?」

「なんだ!?」

 

 見れば、槍の頂点には何者かが立っている。

 左腕に少年と同じくトランサイバーを装着した、赤茶色の髪の宗教家風の男。文字が支離滅裂に敷き詰められたカソックを纏う人物。

 その姿を見上げ、少年は声を発する。

 

「ヴァ……ヴァンガード」

「よう。負けちまったのかよ、お前」

「ち、違う! ボクはまだ負けてない……!」

「だよなぁ。そんじゃあさっさと撤退しな、とりあえずここは任せろ」

 

 言われて少年はトランサイバーのENTERアイコンを押し、音声入力でゲートを開く。

 振り向きながらそれを確認したヴァンガードは、消失し始めた槍の上から飛び降りて翔・鷹弘の前に立った。

 

「初めまして、で良かったよなぁ? 俺の名はヴァンガード。アイツと同じCytuberの一人だ」

「テメェもかよ……一体何人いやがる」

 

 うんざりだ、とでも言いたげに鷹弘が吐き捨てた。

 するとヴァンガードはケラケラと笑いながら、睨みつけて来る鷹弘に「安心しろよ」と言い放つ。

 

「俺たちCytuberは666人いるが、全員が全員このトランサイバーの所持者ってワケじゃない。大抵はただの人間世界のスパイだ。これを持ってんのは選ばれた七人だけさ」

「自慢のつもりか? そもそもテメェら、どうやってマテリアプレートを利用する技術を手に入れた。このベルトもそうだ」

 

 鷹弘はそう言って、廃工場で入手したベルトを見せる。

 

「おぉ、そいつはガンブライザーだな。マテリアプレートも返してくれよ、二人共持ってんだろ?」

「返せるワケねェだろ、こんな危険なモン。っつーか、テメェまさか見逃して貰えると思ってんじゃねェだろうな?」

 

 言いながら、鷹弘は再びアプリドライバーを呼び出す。翔も同じく呼び出そうとするも、それはアシュリィに止められた。

 既に体は限界に近い、これ以上の戦闘は危険だ。翔自身もそう判断したので、渋々マテリアフォンをポケットにしまう。

 鷹弘はデュエル・フロンティアのアプリを取り出し、変身を開始する。

 

《ユー・ガット・メイル!》

「変……身!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! デュエル・アプリ! 孤高のガンマン、インストール!》

「ブッ潰してやる……!」

 

 そう言って拳を突き出すリボルブだが、彼も既に限界が近い。

 しかし、皆が逃げるだけの時間を稼ぐ程度の事ならできる。そのために変身したのだ。

 

「そうかい、じゃあ」

 

 ヴァンガードの口元から笑みが消える。

 そして、彼は懐から一枚のマテリアプレートを取り出し、起動。さらにそれをトランサイバーに装填した。

 

《フラッド・ツィート!》

「痛い目に遭わせてやるよ」

《アイ・ハヴ・コントロール! アイ・ハヴ・コントロール!》

 

 ストライプの時と同様、エレキギターを掻き鳴らすような音とドスの利いた声が響き渡り、奇妙な姿のデジブレインが姿を見せる。

 全身に拘束具を装着しているため、やはり正体は判然としないが、下半身に鱗のようなものがチラチラと見えている。

 

背深(ハイシン)

 

 ヴァンガードがENTERアイコンを指で押し込みながら音声入力すると、拘束具の怪物と一体となり、全身が泡立ってモザイクで歪んでいく。

 

Roger(ラジャー)! マテリアライド! ツィート・アプリ! 惑いの言霊、トランスミッション!》

 

 ストライプのヴェインコマンダーを蝙蝠とするなら、その怪人の姿は蛇と呼ぶのが相応しいだろう。

 爬虫類特有のぬらぬらとした光沢がある紫色のボディは、まるで鱗のように全体にびっしりと文字が刻まれている。

 顔は艶めかしくも不気味なヴェネチアンマスクのものであるが、顔の上半分はコブラの形をした緑色のバイザーで覆われており、さらに唇には二本の毒牙が覗いている。

 そして両方の掌に、どういうわけか穴が開いている。それが何を意味するのか、見ている二人には図りかねていた。

 

「これが俺の姿……"羨望"の化身、ジェラスアジテイター参上! ってとこかぁ?」

 

 両腕を天に掲げ、まるでヒーローのように決めポーズを試し試し作るジェラスアジテイター。

 その姿を見て苛立ちを募らせ、リボルブは容赦なく頭を狙って発砲した。

 すると何に邪魔される事もなく弾丸がジェラスの頭に命中し、火花が散る。

 

「あでっ」

「フザケてんじゃねェぞコラァ!」

 

 リボルブが疾駆し、翔たちに逃げるよう合図を出した。

 それを見た翔がパルスマテリアラーでアシュリィや鋼作・琴奈ら車に乗るホメオスタシスたちと共に逃走するのを確認してから、リボルブはジェラスに拳を振り被った。

 

「オラッ! オラァァァッ!」

「ぬおっ、と! 中々好戦的じゃねぇか」

「余裕ぶっこいてんじゃねェ!!」

 

 そう言ってリボルブラスターをジェラスに向け、引き金を引こうとする。

 だがその瞬間、ジェラスは自身のトランサイバーに手を伸ばし、ボタンをひとつ押した。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 トランサイバーがその音声を発すると同時に、リボルブラスターの先端で「パンッ」と弾ける音が響く。

 すると、リボルブの銃を持つ右手に爆発が起こった。

 

「ぐおっ!?」

 

 驚き、爆炎でリボルブラスターを取り落してしまうリボルブ。

 今、何が起きたのか。ジェラスの攻撃の正体が分からなかった。

 

「もう一発行くぞぉ?」

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 同じ音声が聞こえ、リボルブは爆発を警戒して咄嗟に両腕で胴と顔をガードする。

 だが、今度は弾ける音と同時に頭上から巨大な岩石が降って来た。

 

「なっ!?」

 

 これは直撃せず、腕で受け止める事ができた。

 だが、その隙にジェラスは接近し、リボルブの顔を拳で殴り抜いた。

 

「がァッ!?」

「ハハハッ! 俺の勝ちだな」

 

 リボルブの変身が解除され、鷹弘は地面に倒れ伏す。その瞬間に、ガンブライザーも落としてしまった。

 それを見て満足した様子でジェラスは笑い、マテリアプレートの入ったガンブライザーを拾い上げて自身も変異状態を解除した。

 

「とりあえず今回は挨拶代わりだ、また遊ぼうぜぇ」

「……見逃すってのか」

「まぁな。俺にも色々、欲望と目的があるんでねぇ……『ゲート』」

 

 音声入力と共に、空間が歪む。そしてヴァンガードはその場から消えてしまった。

 

「畜生が……!!」

 

 一人残された鷹弘は、地面に拳を叩きつけ、己の無力を噛みしめるのであった。



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EP.11[語られし真実]

 ヴェインコマンダーを打倒し、ジェラスアジテイターと会敵した二日後の事。

 鷹弘は市街にデジブレインが現れたという連絡を受け、トライマテリアラーを駆り現場へ急行していた。

 厄介な事に、場所は人通りの多い繁華街の中心だ。そのため、鷹弘は出動する前にリボルブ デュエルリンカーへと変身して向かっている。

 ホメオスタシスのエージェントたちによって、既に住民の避難は完了している。徐々に出現地点へと近付き、リボルブはそこに人に似た影を見つけて目を細めた。

 

「いたな」

 

 敵は、例のガンブライザーを装着したデジブレインだ。

 どうやらシオマネキのデータを元にしているらしく、全身に刺々しい濃い赤色の甲殻を纏っており、頭部には触覚のようなものと、多数の蟹の脚が髪のようにして生えている。

 右腕が鉄製の巨大な白い糸切り鋏と化しており、左手はシオマネキよろしく小さな蟹のハサミのようだ。

 よく見れば右腕の鋏には、血のように赤いものが付着している。リボルブは既に被害者が出てしまったのかと焦るが、どうやらそうではないらしい。

 血に見えたそれが液体ではなく、鋏に絡まっているだけの、ただのほつれた赤い糸だったからだ。

 

「ドウシテ私ヲ見捨テタノ……?」

 

 観察を続けていると、虚空を睨んでいたそのデジブレイン、フィドラークラブ・デジブレインが呟き始めた。

 片方のハサミが大きい特徴を持つシオマネキはオスのはずだが、このデジブレインの中身の人間はどうやら女性らしい。

 

「アンナニズット一緒ダッタノニ、私ノ何ガ駄目ダッタノ? 私トアナタハ、運命ノ赤イ糸デ結バレテイルッテ……言ッテクレタノニ」

 

 ザクッ、ザクッとフィドラークラブは地面を鋏で掘り始める。その巨大で鋭利な刃は、レンガどころか鋼鉄のマンホールですら容易く斬り裂くようだ。

 

「ドウシテ他ノ女ヲ見テルノ? アナタノ運命ノ赤イ糸、ソノ女ニアルノ? ダッタラソンナモノ……」

 

 そしてリボルブの姿を見つけると、そちらへ向かって真っ直ぐに歩いて行く。

 彼女の眼は嫉妬に狂って病んでおり、相手が誰なのか、自分が何をしているのかさえ理解していないようだ。

 

「全部断チ斬ッテヤル!! ソシタラアナタニ繋ガル糸ハ私ダケ!! ソウスレバアナタハ私ダケヲ見テクレル、私ダケヲォォォッ!!」

「ごちゃごちゃうるせェんだよ」

 

 リボルブはうんざりした様子で発砲する。だが、その一撃は鋏の刃によって両断された。

 

「何っ!?」

「彼ハ私ノモノヨ……私ノ……ワワタタタタシシシノオオオオオッ!」

 

 リボルブラスターで連射するも、その度に鋏によって弾丸を斬り裂かれ、防がれる。

 奇声を上げて右手の鋏を振り上げながら、フィドラークラブはそのまま疾走して距離を詰めて来た。

 流石にやすやすと受けられるような攻撃ではないと判断し、リボルブは地を蹴って下がり、別のマテリアプレートに入れ替える。

 

《ユー・ガット・メイル!》

「リンクチェンジ……!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! ジェイル・アプリ! 監獄のサバイバー、インストール!》

「こいつでどうだ!」

《チェンジ! マシンガン・アタッチメント!》

 

 自身の周囲に出現したジェイル・ターレットと共に、リボルブは射撃攻撃による制圧を開始する。

 嵐のように飛び来る弾丸を前に、フィドラークラブ・デジブレインは両腕で顔を覆い隠し、自身の甲殻を以て身を守る。

 弾丸が通らない。しかも、怯む事なく一歩一歩近付いているのを見たリボルブは、舌打ちしながらプレートを抜き取って、リボルブラスターに装填する。

 

《フィニッシュコード!》

「喰らいやがれ……!」

Alright(オーライ)! ジェイル・マテリアルカノン!》

 

 必殺技が発動し、無数の弾丸がフィドラークラブに襲いかかる。

 しかし、シオマネキのデジブレインの甲殻は、その攻撃すら防ぎ切った。

 

「なんだと!?」

「シェアアアアッ!」

「くっ!」

 

 大鋏を振るい続けるフィドラークラブ。その一撃はついに、リボルブの左側頭部を僅かに裂いた。

 

「ぐっ……テメェ!」

 

 腹を蹴りつけて、リボルブはもう一度距離を取る。だが、背には喫茶店の外壁が。

 もう後がない。ウィジェットから別のアプリを取り出したリボルブの背に、上空から声がかかる。

 

「よう。苦戦してるなぁ」

 

 見上げると、そこには奇怪な文字で埋め尽くされたカソックを纏う男が、外壁の上に座っていた。

 リボルブは忌々しそうにその名を叫ぶ。

 

「ヴァンガード!」

 

 直後、フィドラークラブの大鋏が襲いかかって来る。リボルブはそれを避けつつ、手に取ったアプリで姿を変えた。

 

Alright(オーライ)! マテリアライド! ダンピール・アプリ! 高貴なるスレイヤー、インストール!》

「何の用だコラァッ!」

 

 目の前のフィドラークラブに怒りをぶつけるように、リボルブは叫ぶ。

 すると、その様子をニヤニヤと眺めながら、ヴァンガードが「怖い怖い!」とおどけてみせる。

 

「俺はそのデジブレインの暴れぶりを見に来ただけだぜ。争う気はねぇよ」

「なんだと!?」

「それにしても、女の嫉妬ってのは怖いねぇ。ちょっと好きな男が別の女と話してるだけで、ここまでキレるんだからよ」

「テメェがデジブレインに変えたせいでこうなったんだろうが! フザけんな!」

 

 くつくつと、さも面白おかしそうに笑うヴァンガード。それを見て、リボルブはより苛立ちを募らせ、目の前のフィドラークラブの顔面を殴り抜ける。

 

「違う違う。そいつは、その他の女ってのが羨ましくなったのさ。だから俺が背中を後押して、その"羨望"を吐き出させてやったんだよ!」

「後押しだと?」

「そうさ。つまりぃ、この負の感情と殺意そのものはこいつの心に元々あったモンって事だぁ。俺はガンブライザーでちょーっとキッカケを与えてやっただけ……なんも悪い事したつもりはないねぇ」

「……」

 

 リボルブの手が止まる。その直後、フィドラークラブ・デジブレインはリボルブの胸に大鋏を突き立てた。

 ヴァンガードはそれを見てほくそ笑むが、コートの上を突いているのを見ると、その笑い顔はすぐに消える。

 何故なら、ダンピールリンカーのコートは防刃仕様。刺さる事はないのだ。

 

「だからなんだってんだよ……」

《バーサーキング!》

 

 ダンピールバンカーの十字架を押し込み、リボルブは獣の如く吼える。

 

「テメェが人の心を弄んだ事に変わりはねェッ!!」

「ギャッ!?」

 

 リボルブは全身に漲るパワーに身を任せ、目の前のデジブレインの顔面を全力で殴りつけ、さらに右腕を引っ掴んで手刀で腕ごと鋏を叩き折った。

 

「アァァァッ!? 私ノ、私ノ腕ェェェ!?」

「さっきからうるせェな」

 

 怒りと沸き立つ闘争心のまま、リボルブはさらにフィドラークラブの顔面に拳を撃ち込み、アプリドライバーのマテリアプレートをさらに押し込んだ。

 一方攻撃を受け尻餅をつき、先程までとはまた違う錯乱状態になったフィドラークラブ・デジブレインは、立ち上がって鋏を失った腕で殴りかかって来る。

 

《フィニッシュコード!》

「テメェは引っ込んでろ!」

Alright(オーライ)! ダンピール・マテリアルバースト!》

 

 そのヤケクソな一撃に、リボルブ必殺の回し蹴りがカウンターヒット。

 横腹を深く抉るように命中し、近くの肉屋のシャッターに叩き込まれて大の字に倒れた。

 これでデジブレインとしての姿は消滅し、代わりに例のガンブライザーを巻いた体中包帯だらけの女子高生が残されるのだった。

 

「次はテメェだ……ヴァンガードォ!」

「おぉおぉおぉ、血気盛んだねぇ。そんなにリベンジしたいのか?」

「ったり前だクソ野郎がァ!」

 

 バーサーキングを解除し、リボルブラスターでヴァンガードの眉間を狙って容赦なく撃つ。

 だがその銃撃を手に持った錫杖で逸らし、地に降り立ったヴァンガードは、リボルブには目もくれずにガンブライザーを回収。

 そして、そのまま「ゲート」と音声入力し、歪む空間の中へ逃亡を図る。

 当然、リボルブは怒りをぶつける。

 

「逃げんてじゃねェぞコラァ!」

「悪いが俺は小心者でねぇ。砂粒みたいな確率を拾って起きたマグレだとしても、ストライプを倒したお前らを警戒してんのさ」

「何ィ!?」

「『100%! こりゃもう確実に勝てる!』……ってぇ戦いが大好きなのよ、俺は。そんなワケで、じゃあーな」

 

 発砲するが、もう遅い。ヴァンガードはおどけ調子のまま、開いたゲートを使って去ってしまう。

 取り残されて変身を解除した鷹弘はやり場のない怒りを堪えるように、拳を握り込む。

 

「ナメやがって……」

 

 直接ヴァンガードの変異した姿であるジェラスアジテイターと交戦した鷹弘には、自分と彼の間には明確な力の差があると感じ取っていた。

 自分がストライプとの戦いで疲弊していた事を抜きにしても、ヴァンガードの能力の正体を見抜く事ができておらず、しかも向こうは四つの内一つしか能力を使っていない。

 これが大差でなくて何なのか。つまり、自分はまた見逃されたのだ。

 そんなもやもやとした気分の鷹弘のマテリアフォンに、着信が入る。

 陽子からだった。鷹弘はマテリアフォンを手に取り、通話を行う。

 

「どうした?」

『そっちは終わったわよね? 鷲我会長が呼んでるわ、響くんが入院してる例の病院に来てくれる?』

「親父が? ……分かった、すぐ行く」

『お願い。さて、次は御種先輩ね……』

 

 どうやら陽子は次々に連絡を回しているらしい。

 一体何の用事なのか。鷹弘は不思議に思いながら、その場を後にするのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 その後、病院にて。

 先に着いた翔とアシュリィ、それから琴奈・鋼作・陽子は、響の病室で他のメンバーの到着を待っていた。

 時間がかかりそうだと思ったためか、アシュリィはふと陽子へと質問を投げかける。

 

「検査ってどうなったの?」

「あぁ、翔くんの? 昨日終わって、実は私もまだ結果を聞いてないのよ。途中で会長が検査を代わったから」

「ふぅん……じゃあ、それは」

 

 そう言ってアシュリィが指差したのは、陽子の持つアタッシュケースだ。

 すると陽子はニヤニヤと笑いながら、人差し指を唇に当てて「ひ・み・つ」と言ってウィンクした。

 そんな会話をしていると、次に到着したのは刑事の安藤 宗仁、その次がZ.E.U.Sグループ会長の静間 鷲我。さらにその後に鷹弘がやって来た。

 

「これで全員か?」

「いえ、まだあと一人……」

 

 鷹弘の質問に翔が答えた、その直後。

 

「ごめんごめん、遅れた!」

 

 病室の扉が開かれ、最後のメンバーである御種 文彦が車椅子で到着した。

 その姿を見た陽子が、呆れ気味に息を吐く。

 

「御種先輩、電話も出なかったし遅れるし……どうしたんですか一体?」

「いやぁ、ちょっと新しいマテリアプレートのアイディアを閃いちゃってさ。それで会長、話というのは?」

 

 促され、鷲我は咳払いをしつつ「うむ」と言って、翔の顔を見た後で語り始めた。

 

「実は、少し前に彼とある約束をしていたんだ。一度集まって、私の知る事を話そうと。だからこの機会に私は、君たちに真実を全て明かす事にした」

「真実?」

「アプリドライバーやマテリアフォンの事、それから――デジブレインの誕生の秘密だ」

「えっ!?」

 

 途端に翔が驚く。アシュリィの持つマテリアフォンと似た道具から、そこまで話が飛ぶとは思っていなかったのだ。

 さらに、よく見ると鷹弘は翔とはまた違った驚きを見せていた。というよりも、どこか慌てているように見える。

 

「親父、いいのか?」

「彼らは知っておくべきだ」

 

 鷲我の強い意志の宿る眼差しが、鷹弘の双眸を捉える。

 すると鷹弘も逡巡の後に頷き、今度は翔たちの方へ視線を向ける。

 翔には、その眼がこれから語る事実を聞く覚悟を問いているように見えた。その視線を受け、翔もゆっくりと頷く。

 一方、宗仁はまだ得心が行っていないようだった。

 

「俺や文彦は随分前からその話を知ってるぜ? なんで集めたんだ?」

「それでも一応再確認しておくべきだろう。それに、他に話しておく事もあるからね……電特課からも報告もあるのではないか?」

「まぁ、そりゃあそうだな」

「……さて、私も覚悟は決まった。話すとしよう。ヤツらがいかにして生まれたのか、そして……私の罪について」

 

 鷲我の『罪』という言葉に、翔や鋼作に琴奈も意図を掴みかねていた。

 しかし、思えば翔たちはデジブレインが如何にして生まれたのか、疑問に思った事はあっても教わった事がなかった。

 すると鷲我は、簡潔かつ真っ先にひとつの事実を全員に伝える。それこそが、彼の犯した大罪。

 

「デジブレインを世に生み出したのは、私なんだ」

「……え……?」

 

 予想だにしなかった解答に、翔たちが絶句する。

 確かにZ.E.U.Sの、シズマテクノロジーの技術力を考えれば不可能な話ではない。むしろ納得さえできる。

 だが、だとしたら何故、怪人などを生み出してしまったのか。何故Z.E.U.Sの管理を外れ、人を襲っているのか。

 その質問をする前に、表情から翔たちが何を思ったのか悟ったように、鷲我は話を続けた。

 

「もう22年も前の話になる。父の会社であるシズマテクノロジーの社員として働いていた私は、ある時現実世界とは異なる場所、電脳世界とも呼ぶべき空間を発見した……今と違って何も存在しない、不毛な世界だったがね」

「それが、サイバー・ライン……? 20年以上も前からあるんですか……!?」

「あるいは、我々が知るよりも遥かに昔からその世界は存在していたのかも知れない。ともかく……画面を通してその世界の観察を続け、次第に私はその世界を自分の手で開拓してみたいと思うようになった」

 

 そこで言葉を区切った後、鷲我は両目を閉ざす。

 懺悔をしているか、それともその当時の出来事を回想しているのか。ともかく、彼はもう一度口を開いた。

 

「私はその世界に向け、まずは石ころのデータを出力した。その次は、見た目だけだが草木だ。海を作りもした。空も。最初は何もなかったその場所が面白い具合に発展し始めたんだ、まるで神にでもなった気分だったよ。段々楽しくなってきて……ある時いつものようにその世界を覗いてみると、私はその世界にひとつの命が誕生している事に気が付いた」

「……もしかして、それが?」

 

 おずおずと訊ねるアシュリィ。鷲我は頷き、話の続きを始める。

 

「それこそが原初の情報生命体だ。現在のデジブレインとテクネイバーの祖先とも言うべき存在……私は偶発的に生まれたそれに、自分の名前に因んで『アクイラ』と名付けた」

「なるほど。それを自分の分身みたいに思ったって事ですね」

 

 納得した様子で、琴奈は興味深そうに話に耳を傾けている。

 鷲我はその言葉に同意しつつも、どこか申し訳なさそうに「傲慢な話かも知れないがね」と呟いた。

 

「私はまず、対話を試みた。最初アクイラは言語を理解していなかったのだが……驚いた事に、たった二・三度私が言葉を入力しただけで、我々の言語を理解し、学習したのだ。そうして我々はアクイラと言葉を交わし続け、様々な事を学ばせ続けた。すると最初は水が満たされた球体のようだったアクイラの姿も、現実世界のデータを得て徐々に変わり始めた。ある時は鳥、またある時は猫、更に次は犬……とね」

「まるでデジブレインみたいですね」

 

 翔の言葉に鷲我も同意する様子を見せる。

 デジブレインには、現実世界の様々なデータを得て姿を変える特性がある。今までに戦ったスタッグビートルやカメレオンなども、生物のデータを元にしているのだ。

 アクイラにもその特性があり、さらにこれが原初の情報生命体だと言うなら、それは確かにデジブレインの先駆けと言えるかも知れない。

 

「そうして私はアクイラに様々な事を覚えさせていく過程で、ある時この生命体に感情というものが存在するのかどうか……それが気になった」

 

 感情、という言葉を聞いて、全員の表情が変わる。

 それはデジブレインには存在しないと考えられていたものであり、仮面ライダーにとっての動力源となるものだからだ。

 

「そもそも私は、電力や原子力に代わる物として感情をエネルギーに転換する研究を行っていたからね。もしもアクイラにそれがあるなら、何かヒントになるのではないかと思ったのだが……少し脱線したかな、話を戻そう」

 

 咳払いをしつつ、鷲我は再度真剣な面持ちで語り始める。

 

「案の定、アクイラは感情という言葉そのものを知らなかった。だから私は、思いつく限りの感情を教え続けた。楽しい、嬉しい、清々しい。思えば正の感情ばかり覚えさせていたかも知れないな……そして、それが良くなかったのだろう」

「良くなかった……?」

「いつものように学習させている途中……ほんの少し私は居眠りをしてしまった。そして寝惚け半分にPCの画面を見て、驚いた……いや、恐怖したよ。心底ね……」

「一体、何が?」

 

 全員が息を呑む。鷲我の表情がこれまで以上に深刻なものであり、彼の組んだ腕に力が入っているのを見たからだ。

 

「アクイラは私が眠っている間に、私のPCの権限を掌握し……自ら学習を始めていたのだ」

「なっ!?」

 

 驚きの声を発したのは鋼作だ。

 それもそのはず、今でこそ人工知能の自己学習機能など珍しくもないが、20年前の時点でそこまでの事ができるはずがないのだ。

 しかもそれは、あくまで人間がある程度の知識を与えた上で成り立つもの。断じて、人工知能の側がPCをジャックして自ら知識を調べ漁って学習するなどあってはならない。

 その上、鷲我の語る悪夢のような出来事は、それで終わりではなかった。むしろ、これが始まりとさえ言える。

 

「アクイラは私が教える事のなかった負の感情を学んでいた。憎しみ、嘆き、嫌悪……さらに今度は、そうした感情によって起こる人々の争い、諍いの歴史、血塗られた兵器……酷く嫌な予感がしたので私は学習を中断させようと何度も試みたし、消去しようとした事すらあったが、アクイラは止まらなかった。既にアクイラは、現実世界にいる私では手が出せない程の自己進化を遂げていたのだ」

「なんてヤツだ……!」

「そしてアクイラが負の感情の学習を終えた時、ある姿に変わった。今でもその瞬間はハッキリと覚えている」

「ある、姿?」

「……私だよ、私自身だ。彼は正と負の感情全ての知識を手にした事で、人間の姿を完全に模倣したんだ」

 

 震える声のまま、絶句する面々の前でさらに鷲我は独白する。

 

「そして感情の学習をマスターしたアクイラは……突然、何かの設計図のようなものを作り始めた。その当時アクイラはまだ私を信用していたようなので、すぐに教えてくれたよ……その携帯端末とベルトのようなものが、現実世界へ顕現するための装置であり、人間を支配するための兵器であるという事を!」

 

 ドクンッ、と翔の心臓が飛び跳ねる。

 まさか。まさか、その兵器とは。

 アシュリィも同じ可能性に思い至ったようで、彼女の方を見ると、ポケットの中から例のマテリアフォンに似た端末を取り出していた。

 そして鷲我の「そうだ」という肯定により、その想像は確信となる。

 

「それこそがアクイラの生み出そうとしていた兵器の片割れ……『デジタルフォン』だ!」

「これが……人間を支配する兵器!?」

 

 アシュリィが手に持ったそれを眺め、恐怖に顔をひきつらせる。翔は心配した様子で、彼女の横顔を見つめた。

 しかし話はまだ終わっていない。鷲我はさらに、アクイラについて語り始める。

 

「幸いにもアクイラが兵器を完成させるまでには猶予があった。だから私はその兵器の設計図を参考にして、全く別の……人間の感情を動力とするシステムを構築した。それがマテリアフォンとアプリドライバーだ、当時はまだ現在の完成品には程遠いし危険な代物だったが……基礎はほぼアクイラが完成させていた事と、ある人物が協力してくれたお陰で、間に合わせる事ができた」

「ある人物、ですか?」

「翔くん。君も良く知っている男だ。あらゆる難事件・怪事件を解決に導き、特にサイバー犯罪に対して凄まじい実績を持つ男……」

「……まさか!」

「ヤツの名は『電脳探偵』天坂 肇。君たち兄弟の育ての父にして、最初の仮面ライダーだ」

 

 この事実には翔も響も目を剥いた。

 自分たちが父と慕っていた人物が、まさかこれ程深くデジブレインと関わっていたとは。その上、自分たちより遥かに昔から仮面ライダーだったと来ている。

 

「ヤツは見事にプロトアプリドライバーとプロトマテリアフォンを使いこなしていた。そして、当時まだ試作段階の戦闘用AIだったスカル・テクネイバーもね」

「どうなったんですか? その……戦いの行方は」

「結論から言うと我々はアクイラを倒す事ができた、粉々に砕け散ったよ。簡単な話ではなかったがね……だから、実物のデジタルフォンが存在するはずはないのだが……」

 

 そう言って鷲我はすぐ「そういえば」と付け加えて、ピンと人差し指を立てる。

 

「アクイラは消滅の寸前、少々気になる事をしていた」

「気になる事?」

「恐らく途中から我々の行動に気付いたのだろう。兵器の具現化よりも、別の事を優先していた……何をしているのかは一目で分かったよ。新たな情報生命体をその手で生み出していたのだ」

「……それがデジブレイン……!?」

「私はそう思っている。確認できただけでも六か七体……尤も、それらは我々が確認した時にはほとんど卵のような状態で、完成する前に倒した事でアクイラと共に消えてしまったよ」

 

 鷲我はそこで言葉を区切ると、また沈黙する。

 壮絶な話だ。そこまで古くからデジブレインとの戦いの歴史が始まっていたとは、翔たちには想像もできなかった。

 

「それから年月を経て、また情報生命体が出現した。理由は分からないが、恐らく……事前にアクイラが作っていた例の七体以外に、デジブレインが現存していたのだろう」

「どうしてそう思うんですか? 他の人が作ったかも知れないのに?」

 

 琴奈の質問に、鷲我は確信めいた目つきで首を横に振る。それはない、と。

 そして、その理由を語り始めた。

 

「デジブレインはアクイラにしか生み出せない。あの卵の状態のデジブレインも、アクイラ自身が蓄積したデータの一部から産み落としたものだ。アクイラと同じようにサイバー・ラインで自然発生したならまだしも、全く同じものを一から人間に作れるはずがない。テクネイバーでさえ、研究当時のアクイラの解析データを基に作ったのだから」

「……ちょっと待てよ。じゃあまさか、アクイラはそのテクネイバーからヒントを得て、デジブレインを生み出したのか!?」

「……私も同じ結論だ」

 

 鷲我は鋼作の言葉に首肯する。

 これがデジブレイン誕生の秘密。そして、静間 鷲我の犯した罪であり、鷹弘が受け継いで背負い続けて来た責務。

 今なお人々を苦しめているデジブレインを倒し続けるためにホメオスタシスを立ち上げたのは、せめてもの彼の贖罪なのだろう。

 翔が椅子に座ったり、琴奈が深く息を吐いて各々受け止めた事実を噛み砕いている中、鋼作は静かに鷲我を睨んでいた。

 

「あんたの尻拭いって事かよ、響や……翔がやってる事は」

「鋼作さん?」

「ふざけんなよ! 響がこうして入院してんのも、翔が変身して無茶やって痛い思いしてんのも! 元を辿ればあんたのせいって事じゃねえか! なのにあんたはこの二人や自分の息子に戦いを押し付けて、何のつもりなんだよ!」

 

 叫びながら、鋼作は怒りのままに鷲我の胸倉に掴みかかる。

 それを見た鷹弘は止めに入ろうとするものの、鷲我が手で制した。

 彼の怒りをその身で受け止めながら、鷲我は「すまない」と謝罪の言葉を述べる。

 

「君の言う通りだ、翔くんと響くんにも、本当に申し訳ない。本来ならば私が前に出て戦わなければならない事だ」

「分かってんならなんで!」

「できる事ならそうしたかった。だが……私には、アプリドライバーを扱う適性がなかった……」

「適性……?」

「……ドライバーを使う者には、リンクナーヴの他に備えていなければならないものがある。いや、できなければならないものと言うべきか」

 

 沈痛な面持ちで、鷲我は言う。その声は先程までと同じく、酷く落ち込んでいる。

 

「自分の心の中にある葛藤や、目の前にある壁を壊して前に進むという強い意思、感情の爆発……即ち、ブレイクスルーだ」

 

 ブレイクスルー。それを聞いた翔には思い当たるものがあった。

 最初に変身したあの時、確かに自分は響や鋼作や琴奈を守るため、そしてデジブレインという壁を壊すために感情を爆発させた。しかしまさか、それが変身のための引き金になっていたなどとは夢にも思わなかった。

 とはいえ、感情エネルギーをカタルシスエナジーに変換するという性質を考えれば自然な話ではある。強い感情を引き出す事ができなければ、戦いはおろか変身すらままならないのだから。

 

「自分が使う事も想定していたのだが、戦う覚悟が足りなかったのか……私にはアプリドライバーを起動する事すらできなかった。そしてデジブレインが再度出現した頃には、自ら戦うにはあまりにも歳を重ねてしまっていた……」

「だから、今からトレーニングもできる若い人材の育成に尽力したって事か?」

「……すまない」

 

 再び頭を下げ、謝罪する鷲我。鋼作は胸倉を両手で掴んだまま、何も言えなくなった。

 すると、そこへ鷹弘が二人の間に割って入る。

 

「やめろ。親父はもうホメオスタシスの責任者じゃない、リーダーは俺だ。それに俺は戦いに望んで参加したんだ、強制されたワケじゃない。責めるのなら俺にしろ」

「だからって……」

「……頼む。親父を責めないでくれ」

 

 悲しげな瞳で見つめ、懇願する鷹弘。 

 それがリーダーとしての言葉であると同時に、鷲我の息子としての立場から来るものである事を理解して、鋼作の手は自然と緩んでいた。

 その鋼作の肩に、ポンと手を乗せ微笑む翔。そして鷲我と鷹弘に「責める気なんて最初からありませんよ」とした上で、自分の意思を告げる。

 

「僕は自分で望んで戦いに身を投じる事にしたんです。だから、もう謝らないで下さい」

「翔の言う通りです。俺も自らこの道を選んだ、会長は何も悪くない……それに、会長は会長自身の戦い方で、ずっと償い続けているじゃないですか」

 

 翔に続く形で、響が優しく言葉をかける。鷲我は改めて二人に向かって頭を下げ、ただ「ありがとう」と感謝を述べるのであった。

 結局、何故デジタルフォンがここに存在し、何故それをアシュリィが持っているのか、鷲我にさえ確実な事は分からなかった。

 しかしこれがアシュリィの記憶に繋がる可能性は間違いなくあり、何としてもデジブレインに渡してはならないという事は、ここにいる全員の共通認識となった。こんな話を聞かされた事もあって、アシュリィはデジタルフォンを、一度ホメオスタシスに預ける事に同意する。

 そして鷲我は、再び翔の方を見やって「君にはもうひとつだけ話しておくべき事がある」と言う。

 

「検査の結果の事だ。単刀直入に事実を言うが、君には旧式手術の痕跡があった」

 

 それを耳にして目の色を変えたのは、鷹弘と陽子と響、そして文彦だ。

 勿論、文彦の脚の原因を知っている鋼作と琴奈も目を剥いている。何が起こっているのか分かっていないのは、翔とアシュリィだけだ。

 中でも特に驚いているのは、手術の概要を知っている鷹弘と文彦である。

 

「旧式だと!? 親父、確かなのか!?」

「ああ。しかも、痕跡から見て施術されたのは最近の話ではない。10年以上前、下手をすれば彼が生まれて一年未満だ」

「……なんてこった……」

 

 愕然とする鷹弘。翔は未だに状況が飲み込めず、困惑している。

 

「あの、旧式手術と今の手術って何が違うんですか?」

「……まず、今と違ってそもそもが極めて危険な方式なんだ。カタルシスエナジーの制御チップが導入されていないからね」

 

 そう言ったのは、身を以てその危険性を知らされた文彦だ。

 文彦が自分の両足を手でさすりながら語る姿に、流石の翔も何を言っているのか理解を示した。

 さらに鷲我は、旧式手術の概要を語る。

 

「今の手術は両手首・両足首にナノマシンを注入する方式だが、旧式はそれとは大きく異なる。簡潔に説明すると……切開して、脊椎の辺りに小型の機器を埋め込むんだ。インプラント式と言えば良いだろうか」

「……えっ!?」

「この機器が、まずは脳にリンクナーヴを体に形成するための仮想器官を作り、その器官がリンクナーヴを全身へと隅々まで蔓延させる……そういう仕組になっている」

 

 その施術内容を初めて聞いた全員が、絶句した。

 何より恐ろしいのは、この施術を産まれて間もない子供に対して行っているという事だ。

 これだけでも十分衝撃的な話なのだが、翔の耳により恐ろしい事実が突き付けられる。

 

「こんなもの、赤子相手にやれば確実に死ぬ。ましてや当時は……デジブレインが復活していない時期だ」

「それって……じゃあ一体誰が、何のために僕に手術を!?」

「……犯人は狂っているとしか言いようがない。科学者として怒りすら感じる」

 

 鷲我は拳を固く握り込んで震わせる。幸運にも翔の命が助かっているから良いものの、普通なら翔は生きてさえいないのだ。

 しかも、デジブレインがいない以上この施術にさしたる意味はない。こんな無意味な事に命――しかも赤子の命を天秤にかけるなど、決してあってはならない事だ。

 気を取り直して、鷲我は握った拳を解いて話を続けた。

 

「君が制御チップを無視して本来ならあり得ない量のカタルシスエナジーを発生させられるのは、この旧式手術が影響しているのだと考えている」

「どうしてです?」

「この仮想器官とリンクナーヴで、カタルシスエナジーをチップそのものに流し込み、無意識の内にリミッターを解除していたのだろう。旧式のリンクナーヴならそれも不可能ではないからね」

「ふーむ、そういうものなんですね」

 

 分かったような分からないような、などと呟きつつ、翔は頷いている。

 他の面々はそれで納得していたようだが、一方で鷹弘はまだ何かが引っ掛かっていた。

 確かに鷲我の出した結論には納得できる部分がある。現行方式での手術も施してあるので、異常な量のカタルシスエナジーもそれが影響しているのだろう。

 だが、本当にそれで全てが説明できるだろうか? そもそも、一歩間違えば死ぬ程の手術を幼少時代にされ、生きている事そのものが異常だというのに。

 しかし、この問題に関しては鷹弘にも結論を出す事はできない。考えるのを諦め、鷹弘は話の続きに耳を傾ける。

 

「……それから、例のガンブライザーというものについてだ。アレは我々の作るどの技術とも違う」

「同じベルト型なのにですか?」

「ああ。そもそもあのマテリアプレートに封入されているのはテクネイバーではなく、デジブレインだ」

 

 琴奈の疑問に答えながら、鷲我は陽子と共にホログラムの資料を投影する。

 それは、ガンブライザーとマテリアプレート《Cytube Dream(サイチューブ・ドリーム)》を図解したものだった。

 

「見たまえ。このガンブライザーは、Cytube Dreamに封入されたデジブレインを人間に寄生させ、犠牲者から溢れ出す特定の感情……欲望を貪らせて実体化させるのだ」

「しかも生体データを取り込んで肉体のコントロール権を掌握した上で、犠牲者のカタルシスエナジーを無理矢理引き出させてるから、ゲートがなくてもその場に残り続ける事ができるのよ……」

「恐ろしい発明だ。しかも、犠牲者からは寄生された時の一切の記憶が失われる。口封じの必要すらないというワケだ」

「一体誰がこんなものを……」

 

 陽子の問いに、鷲我は頭を振る。会長である彼にさえ、心当たりはなかった。

 ホメオスタシス製でないとすれば、考えられる可能性は二つ。

 一つ目、アクイラが事前に作っていたものを、今Cytuberが使っているという可能性。これは鷲我がその存在を認知していなかったので怪しいラインだが、デジタルフォンの例もある以上無視できない。

 二つ目はCytuberの中に、マテリアプレートやそれを利用する技術を持つ者がいるという可能性。マテリアプレートがホメオスタシス独自の技術である以上可能性は限りなく低いのだが、何者かが盗んだのなら不可能ではない。

 よって、まずはホメオスタシスのPCにハッキングされた形跡がないかどうかを調べ、見つかればそこから調査に乗り出すという方針になった。

 そしてその話に関連して、宗仁は「報告があるぜ」と挙手した。

 

「例のストライプってヤツの素顔についての話だ。行方不明者のリストを真っ先に洗ってみたら、ビンゴだ」

 

 カサッ、とこちらは紙の資料をテーブルに放る。そこには、彼の名前や経歴が記されていた。

 栄 進駒(サカエ シンク)、八歳。帝久乃学園初等部に通っていた小学生で、幼い時分でありながら有名なチェスプレイヤーである。

 大人が参加する強豪ぞろいのチェス大会に何度も参加し、何度も優勝・準優勝を重ねている天才児。

 学園での成績も体育含めトップで、交友関係も広かったという。素行に問題などもなく、教師陣からの評判も良い。

 

「家の方は特に裕福じゃないが貧しいって事もない。ただ、家族構成について調べて分かったんだが……こいつの両親も行方不明になってやがる」

「それって、やっぱりサイバー・ラインに?」

「多分な。ある日を境に足取りが忽然と消えてんだ、この街じゃそう考えるのが自然だ」

「ある日というのは?」

 

 翔が訊ねると、宗仁は「まぁそこまで意味のある話とは思えんが」と前置きした上で、報告を続ける。

 

「この進駒って坊主が最後に参加した大会で、準優勝を飾った日だ」

「うーん、確かに意味があるとは……」

「ともかく俺からは以上だぜ」

 

 宗仁が捜査情報の資料を片付け、捜査情報を共有を終える。

 最後に挙手し、報告をするのは響だ。と言っても、彼は入院していたので情報などの報告ではない。

 では、何かと言うと……。

 

「明日に無事退院する事になった。皆ありがとう、今度こそ力を合わせて戦おう!」

 

 グッと拳を掲げるガッツポーズを見せながら響が言い、翔と鋼作・琴奈が彼を囲んで喜びと祝いの言葉を浴びせる。

 その無邪気な彼らの様子を見て、陽子が微笑みながら「じゃあ」とアタッシュケースを手渡した。

 

「ちょっと速いけど、退院祝い。持っておいて」

「中を見ても?」

「良いわよ、どうぞ」

 

 ガチャリ、とロックを外してアタッシュケースの中を見る響。

 そこに入っていたのは、アプリドライバーとマテリアフォンの一式だ。

 

「これは……!」

「兄さん用にもう一基、って事ですか!?」

 

 響と翔の二人が、まるでクリスマスプレゼントを貰った子供のように顔を上げる。

 すると陽子は「私からじゃないけどね」とニヤついて言いながら、隣でそっぽを向いている鷹弘を見る。

 

「じゃあ、これ静間さんが?」

 

 驚いたのは翔だ。鷹弘は何度か翔にアプリドライバーを返すように迫っていた事があったので、響が退院するとなれば彼も黙っていないかも知れない、と思っていたのだ。お役御免になるかも知れないと。

 しかし、鷹弘はこっそり陽子に三つ目のアプリドライバーの生産を任せていた。これは一体どういう事なのか。

 その理由は、他でもない鷹弘自身が語った。

 

「響は入院生活で腕が鈍ってる可能性もある、そうなりゃ誰かがサポートしねェとマズい。お前は一応、ヴェインコマンダーを撃退した実績もある……それを正当に評価して、とりあえずサポート役にお前を任命してやっただけだ」

「あ……ありがとうございます!」

「……勘違いすんなよ! お前がバカな真似したらアプリドライバーを返して貰うって話は、まだ終わってねェからな!」

 

 プイと顔を背けながら、鷹弘はそう言って会話を打ち切る。

 響はアプリドライバーをアタッシュケースにしまい、鷹弘と陽子に向けて頭を下げる。

 

「ありがとうございます。翔共々、期待に添えられるように頑張ります」

「……フン。今後俺たちは、例の栄って小僧をサイバー・ラインで追う事になる……まァ、ブランクを埋められるよう頑張んな」

 

 こうして、響の見舞いを兼ねた現状報告は終わりを迎えるのであった。

 が、帰ろうとする翔と鷹弘を、呼び止める者が一人いた。

 

「ちょっといいかい?」

 

 御種 文彦だ。

 翔はアシュリィと、そして鷹弘と共に、文彦の前に立つ。

 そして訝しみながら、車椅子に座っている文彦に要件を訊ねた。

 

「どうかしたんスか?」

「僕らが何か……?」

 

 文彦は上機嫌な様子で、鞄の中からある物を取り出す。

 それは、マテリアプレートだ。しかし今までのマテリアプレートと異なり僅かに横に長く、一枚は青、もう一枚は赤のクリアパーツで構成されている。

 また、表面にはそれぞれ《ブルースカイ・アドベンチャー》と《デュエル・フロンティア》の文字が表記されているが、それらの横に金字で『V2(バージョン・ツー)』と記載されているのが特徴だ。

 

「なんですかこれ!?」

「V2……!?」

 

 翔がブルースカイ・アドベンチャーV2を、鷹弘がデュエル・フロンティアV2をそれぞれ手に取る。

 すると文彦は得意げに笑い、それらのマテリアプレートの詳細を語る。

 

「これは僕が開発した、マテリアプレートの『V2(ブイツー)タイプ』だ。まだテスト前の段階だけど、内蔵されているパワーは今までのV1(ブイワン)タイプのプレートを遥かに超える!」

「けど、いつの間にニューバージョンの開発を?」

 

 驚いた様子で翔が訊ねると、文彦は「僕にはこれくらいしか力になれないからね」と淋しげな微笑みを見せる。

 

「本当は僕も変身して戦いたいんだけど、こんな状態だからね。君たちが羨ましいよ」

「御種さん……」

「だからさ、戦えない代わりにこういう形で力になろうと思ってね! きっとこれは切り札になるはずだよ、使ってくれ!」

「……ありがとうございます! 是非使わせて頂きます!」

 

 受け取ったマテリアプレートをポケットに入れ、翔は文彦に頭を下げる。

 鷹弘も、文彦に一礼して手にしたプレートを大事そうに鞄の中にしまった。

 

「Cytuberって連中が何人いようと関係ねェ。俺たちが必ず勝ちますよ、あんたの力を借りて」

「フフッ、楽しみにしてるよ」

 

 鷹弘からの尊敬の籠もった眼差しを受け、文彦は満面の笑みを浮かべる。

 こうして、今度こそ彼らは解散する事になった。必ずCytuberやデジブレインを打ち倒し、平和を取り戻せると信じて。

 ――その翌日、彼らの身に悲劇が降りかかるとは知らずに。



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EP.12[曇天]

 ホメオスタシスのメンバーと電特課の安藤 宗仁が集まり、報告を行った翌日。

 集合地であった病院の中で、天坂 響は身支度を整えていた。生憎の曇り空だが、響の気分は晴れ晴れとしている。

 本日、ようやく彼は退院する運びとなったのだ。これでまたホメオスタシスとしての活動を再開できる。

 それはつまり、翔と一緒に生活しつつ、肩を並べて戦うという事でもある。

 

「……そんな日が来るとは、思いも寄らなかったな」

 

 唇を釣り上げながら、響が呟く。

 昨日彼らが去った後に、病室には何人もの若いナースが、別れを惜しんで響へ挨拶にやって来た。同じ患者も、ファンの子供が来たのでサインを書いた事もある。

 入院している間も、何度もクラスメートやゲーマーの友人・ライバルたちが響の元に来て、快復を願う言葉や激励の他にも宣戦布告を叩きつけて来たりもした。

 長いようで短かったその入院生活も、これで終わりだ。

 

「さぁ、行くか」

 

 アタッシュケース、そして着替えなど鞄に荷物を詰め込み、響は病室から出る準備を整える。

 だが、いざ出ようとしたその時だった。

 突然病室の扉から、ノックの音が聞こえたのだ。

 

「なんだ……翔のヤツ、もう迎えに来たのか?」

 

 迎えに行く時は連絡する、と昨日の晩に翔からメールがあったのだが、まだその旨の着信は届いていない。

 不思議に思いながらも、響はその扉の先にいる来客に「どうぞ」と声をかけ、入室を許可した。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「……おかしいなぁ」

 

 同じ頃、兄を迎えに行く準備を終えた翔は、自宅から自分のN-フォンで響に電話をかけていた。

 しかし先程から既に五回ほど掛け直しているのだが、一向に通話に応じる気配がない。

 ソファーに座っているアシュリィも、小首を傾げている。響は一体何をしているのだろうか。

 そうして六回目のトライを始める直前、翔のマテリアフォンに別の人物から着信が入る。

 陽子からだ。まさかデジブレインが現れたのだろうか、と思いながら翔は応答した。

 

「もしもし」

『翔くん、大変よ……!』

「何があったんですか!? まさか、デジブレインが!?」

『違うの! 今病院から連絡があって分かったんだけど、響くんが……』

 

 ドクン、と心臓が警鐘を鳴らす。しかしその気持ちを押し隠しながら、翔は話の続きを促した。

 

「兄さんがどうしたんですか?」

『響くんがいなくなったの! まだ手続きも何も済ませてないのに、荷物も全部なくなってるみたいなのよ!』

 

 兄が失踪した。

 その事実を耳にした翔の顔が青褪め、心臓の鼓動が激しくなり、息苦しさが増していく。

 一体何故? どうしてそんな事が起きなければならない?

 困惑と恐怖で脳内を掻き乱される中、さらにマテリアフォンから別の用件が告げられる。

 

『デジブレインが出た!? しかも二箇所って……ごめん翔くん、こんな時で悪いんだけど今すぐ現場に向かって!』

「分かり、ました……」

 

 心臓と頭を絞め付けられるような感覚のまま、翔は辛うじて返事をする。

 陽子から指定された場所は、帝久乃市立図書館、その屋上庭園だ。自宅からも、そして病院からも然程遠くはない。

 通話を切った後、翔はアシュリィの方を振り返った。

 

「ごめん、お留守番しててくれる?」

「……どうして?」

「一人で行きたい気分なんだ。それに……君までいなくなって欲しくない」

 

 震える声で翔が言うと、返事を聞く事なく玄関まで足早に出て行き、扉を開いてパルスマテリアラーを呼び出した。

 そうして青いバイクに跨り、エンジンをかけようとした、その時。

 彼の背に、何者かがしがみつく。

 振り向くまでもなく分かる。アシュリィだ。

 

「お留守番してって言ったでしょ?」

「やだ」

「どうして」

「……やだ」

 

 理由は分からないが、どうやらアシュリィは漠然と不安を感じているようだ。

 響がいなくなったという話は彼女にも聞こえていたので、無理もない話だ。きっと一人で心細いのだろうと思った翔は、穏やかに微笑んで「分かったよ」とだけ言って、エンジンをかける。

 

 

 

 そうして、二人は帝久乃市立図書館へと到着した。

 入口付近は逃げ出す人々で溢れているが、そんな事は一切気にせず、迷わず翔とアシュリィは内部を目指す。

 しかし図書館のエレベーターは全て故障しているらしく、動かないようだった。何が原因かは不明だが、ともかく翔とアシュリィは階段を駆け上がって屋上に向かう。

 到着した緑の生い茂る屋上庭園は、本来であれば老若男女問わず訪れて和やかに読書などを楽しむ場であるのだが、今この場にそんな人々はいない。

 庭園にて待ち構えていたのは、軍服の巨人。即ちストライプだ。翔が現れると、いつものように嘲笑を浴びせて来ずに、どこか怯えの混ざった眼で睨みつけて来る。

 

「き、来たな! アズール!」

「……君は栄 進駒くん、だろ?」

 

 彼の本名を口にすると、ストライプはビクリと身を震わせ、より怯えの強くなった眼を翔に向ける。

 

「その名でボクを呼ぶな! ボクは天才軍略家、ストライプだ!」

「それは本名じゃないだろう? 悪いけど君の事は調べさせて貰ってる、どうして人をデジブレインに変えたりなんか……」

「うるさいうるさいっ! お前には関係ないだろ!? ボクは願いを叶えなきゃいけないんだ……ボクにはもう後がないんだ、これ以上失敗できないんだ! 邪魔をするなぁ!」

 

 翔の言葉を遮って、ストライプは叫ぶ。そして手を前に掲げて「行けぇ!」と命令を下した。

 瞬間、茂みの中からベーシック・デジブレインが湧いて出て来る。さらにストライプの背を飛び越え、いつからか姿を見なくなっていた軍鶏のデジブレインも。

 相手の正体が子供と分かった以上、できる事なら戦いたくはなかった。しかし、今の彼の様子では説得は無理だろう。

 

《ブルースカイ・アドベンチャー!》

「ひとまず戦うしかないか……!」

《ユー・ガット・メイル!》

 

 アシュリィを下がらせてアプリドライバーを装着、アプリを起動して装填。マテリアフォンをかざして前に向かって走った。

 

「変身!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! ブルースカイ・アプリ! 蒼穹の冒険者、インストール!》

「そぉりゃあっ!」

《アズールセイバー!》

 

 手中に収まった剣を振るい、アズールはベーシック・デジブレインを次々に薙ぎ倒す。

 だが、徐々にストライプと軍鶏のデジブレインに近付いていったその時。突如、アズールの前にベーシックタイプとは異なるデジブレインが立ちはだかった。

 そのデジブレインを見て、アシュリィはあまりのおぞましさに絶叫して恐慌状態となり、アズールも仮面の中で顔をしかめる。

 黒光りする甲殻と、薄く透き通っているがぬめぬめと眩く気味の悪い翅、そして額から左右に分かれて生える長い二本の触覚。ほっそりとして引き締まった筋肉であるが故に素早い印象を受ける、その立ち姿。

 この怪人を見ればその瞬間、誰もが恐怖と嫌悪を感じると同時に、その生物を想起するだろう。

 そう、ゴキブリを。

 

「コックローチ・デジブレイン、って事かな」

「オホホッ!!」

 

 アズールは剣を構え直し、笑い声を上げるコックローチ・デジブレインと対峙する。

 そしてコックローチ・デジブレインを観察していると、ある事実に気が付いた。

 このデジブレインの腹には、例のガンブライザーが巻き付いているのだ。

 

「くそっ、また誰かを犠牲にしたのか!」

「……それの何が悪いんだよ」

 

 吐き捨てるように、ストライプが言い放つ。

 

「こいつらは全員身勝手な欲望の持ち主だ。そういうヤツはいずれこの世界を穢すし、誰かに迷惑をかける。だからボクらが利用してやってるんじゃないか」

「……なんだって?」

「分からないのかい? 身に余る欲望はいずれ自分自身だけじゃなく、他人まで破滅させるんだよ。惨めで小さな器にゴミを山ほど詰め込んじゃってさ。ボクはそれを導いて、願いを叶えてやってるんだよ」

 

 自分の正しさを主張するかのようにストライプは両腕を広げ、さらに述懐する。

 そしてその間に、コックローチ・デジブレインはアズールの周囲を、目にも留まらぬ速度で疾走する。

 

「元々どいつもこいつも、死んだって誰も悲しまないような連中だよ。ボクらの肥やしになるのはそういう連中ばかりさ、彼らは願いを叶えてボクらは得をする。ゴミ掃除にもなってWin-Winじゃないか、どこが悪いんだい?」

「……」

「そのコックローチ・デジブレインだって、凋落したセレブのオバサンの成れの果てなんだよ。夫と子供に逃げられて、使用人を雇う金もなくなって、自分じゃ何もできないくせに見栄ばかり張って、そのくせ生きる事に執着する……我ながら誂え向きのデジブレインを選んだもんだよね」

 

 コックローチが拳打と蹴りをアズールに食らわせて素早く離れるヒット・アンド・アウェイ戦法で痛めつけているのを眺め、ストライプは嘲笑う。

 一方、アズールは黙ったまま身を守るばかりだ。

 それを見てストライプは速さに対応できていないのだと判断し、さらに言葉を紡ぐ。

 

「こんな虚栄心ばかりが肥大化したゴミを犠牲にして何が悪いって言うのさ。どうせ元に戻したって、行き場がない役立たずの命なのに」

「たとえ欲望でおかしくなったとしても、犠牲になっていい人間なんてどこにもいない。ゴミと呼んでいい人なんて、いない」

「……それは綺麗事だよ!! 世の中には、捨てるべき命が多すぎる!! だからぁ!! ボクが現実を正してやるんだ!!」

 

 ストライプが咆哮し、コックローチがアズールの真上に飛翔する。

 そしてそのまま、踵をアズールの頭部に叩きつけんとした。

 だがアズールは直撃の寸前に左腕で振り下ろされた脚を受け止め、アズールセイバーをコックローチのいる真上に突き付けた。

 

「ギャァッ!?」

 

 喉に剣先が打ち込まれ、コックローチが堪らず悲鳴を上げる。

 さらにコックローチが地面に背中を打ち付けて藻掻いている間に、アズールは別のアプリをドライバーにセットしていた。

 

《ユー・ガット・メイル!》

「リンクチェンジ!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! シノビ・アプリ! クロガネ・ザ・ライトニング、インストール!》

「失っていい命なんてこの世のどこにもないんだ!!」

《シノビソード!》

 

 右手にアズールセイバー、左手にシノビソードを持ち、アズールはコックローチへと迫る。

 コックローチは素早さと翅を活かして、飛翔し一度距離を取ろうとするが、シノビリンカーはスピード特化の形態。すぐに追いつかれ、背中の翅を斬り裂かれた。

 飛翔を潰されたコックローチには、最早頼れるものは脚しかない。アズールに対し、真っ向から拳を突き出す。

 

《フリック・ニンポー! カワリミ・エフェクト!》

「ウゲッ!?」

 

 しかしそれすら無意味。自分の方へ向かって来ていたはずのアズールは、丸太と入れ替わっていた。

 

《フリック・ニンポー! ブンシン・エフェクト!》

 

 その上、物陰から出て来たアズールは合計八人に増え、四方八方から襲いかかって来る。こうなれば逃げ場がなく、いくら脚が早かろうと無意味だ。

 全身に十六の刃による無数の斬撃を受け、全身を斬り裂かれて触覚も斬り落とされ、コックローチ・デジブレインは膝をついた。

 そしてアズールは苦しむ彼女へ、分身を消してトドメの一撃を繰り出した。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! シノビ・マテリアルバースト!》

「そぉりゃあああっ!」

 

 上空から降りかかる凄まじい飛び蹴りが、コックローチ・デジブレインの胴を射抜く。

 これによってコックローチは吹き飛ばされ、ガンブライザーを落として元の小太りの中年女性の姿に戻るのであった。

 恐怖で顔を引き攣らせ、ストライプはガンブライザーを回収しつつも、ほぼ無傷のアズールを前に狼狽える。

 

「く、くそぉっ……ボクは負けられないのに!」

「……」

 

 一歩、アズールが前に踏み込む。ストライプは短く悲鳴を発し、シャモ型デジブレインを前に立たせた。

 

「ボクは、ボクの理想を成し遂げるんだ! お前に負けるワケには行かないんだ!」

「悪いけどそれは僕も同じだ。もう自分で戦う気がないなら投降して欲しい、できれば君とは戦いたくない」

 

 アズールがそう言うと、ストライプは沈黙の後、突然吹き出した。

 ただしそれは、今までの笑いとは違う。どこか自嘲気味な、諦めも入り混じった吐息だ。

 そして、ストライプは静かに左手を上げる。

 

「残念だけど、こっちはもう本当に後がないんだ。だから形振り構わず行かせて貰う事にするよ」

「……え?」

 

 仮面の中で、翔は瞠目した。

 先程まで他のデジブレインはこの軍鶏以外にはいなかった。だが、突然この庭園の中で反応が増えたのだ。

 それも、三体。軍鶏を合わせれば四体のデジブレインが、この場に集っている事になる。

 

「そいつらはCytuberの中の一人、ハーロットが【改訂】を施した特別なデジブレインのサンプルだ。ボクはその実験に付き合っていたんだよ」

 

 物陰の中からその三体が姿を現し、アズールの前に立つ。

 一体は、尖った耳と全身に広がる斑点が特徴的な、鋭い爪を生やしたサーバルキャットだ。

 もう一体はトゲのついた首輪を着けている、ずらりと尖った牙が並んでいるブルドッグ。

 長い耳と馬のような顔つき、しかし小柄な体格なのはロバだろう。これが最後の一体だ。

 

「軍鶏以外にこんなのがいたのか!?」

「できる限り彼らに頼りたくはなかったんだけどね。ハッキリ言うけど、彼らは強いよ……尻尾を巻いて逃げるなら今の内だ」

 

 ストライプの降伏勧告。それを受けても、アズールは退かない。再び、一歩前に踏み込んだ。

 

「逃げないよ。負けるつもりもない」

「……そう。じゃあ、せいぜい無駄な努力でもしなよ」

 

 苛立ち混じりにストライプが言い、自身の持つアプリを起動して装填した。

 

《アイ・ハヴ・コントロール!》

背深(ハイシン)!」

Roger(ラジャー)! マテリアライド! チェックメイト・アプリ! モノトーンウォーズ、トランスミッション!》

「援護しろ、ポーン!」

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 四体のデジブレインに加え、八体のチェスポーン・デジブレインの増援。

 流石に分が悪いが、アズールは全く諦める様子がない。シノビソードのシュリケンフリッカーを操作し、再び分身を呼び出した。

 

《フリック・ニンポー! ブンシン・エフェクト!》

 

 今回の分身は九体、本体を合わせれば十人になる。これなら、少なくとも数の上での不利はなくなる。

 まず真っ先に狙うのは、手の内が分かっている軍鶏だ。七体の分身たちで他のデジブレインを足止めし、残り二体とアズール自身が軍鶏へと飛びかかる。

 だが、二つの刀剣の切っ先が、軍鶏に命中する事はなかった。

 軍鶏は腕で容易く剣撃を受け止めると、本体のアズールを狙って前蹴りを繰り出して来たのだ。

 

「なっ!?」

《フリック・ニンポー! カワリミ・エフェクト!》

 

 アズールは咄嗟にシュリケンフリッカーに指をやり、エフェクトを発動して軍鶏の蹴りから身を守る事に成功した。

 だが、その背中をサーバルキャットのデジブレインが爪で斬り裂いて来る。

 

「ぐあっ!?」

 

 見れば、もう既に分身は全滅している。スピードを活かした立ち回りをしていたはずが、それ以上に素速いサーバルキャットと守りの堅いブルドッグに始末されたようだ。

 一方、ロバはただ歌っているだけ。分身を消したのはチェスポーンらしい。

 軍鶏が持つ今まで以上の戦闘能力に、アズールは目を剥いていた。

 

「どうしてこんなに強く……!?」

「そこにいるロバの力さ、そいつはただ歌っているワケじゃないんだよ」

 

 ロバのデジブレインの耳がアンテナのように動き、その口がスピーカーのように音を発する。

 

「こいつは歌によって周囲の電子機器を操作し、その機能を狂わせつつ、デジブレインのパワーを増大させる……感情エネルギーが高揚する効果もあるから、これをサイバーノーツやガンブライザー製デジブレインが聴けばより強くなるそうだよ」

「そんな力があるのか……!」

 

 なら、まず狙うはロバだ。

 アズールはそう思って疾駆するが、その前にはブルドッグのデジブレインが番犬のように立ち塞がる。

 攻撃を繰り出しても、あまりの堅牢さにダメージが通らない。そしてサーバルキャットと軍鶏の連続攻撃を腕で受け止めながら、一度バックステップで距離を取った。

 ブルドッグを相手にするにはロボットリンカーになる必要がある、だがそれでは他のデジブレインたちに袋叩きにされるだろう。特に、強化された軍鶏の攻撃はまず受け切れない。

 かと言って、数を一気に減らそうとマジックリンカーになるわけにも行かない。チェスポーンはマジックバリアを持っているし、サーバルキャットはチャージの隙を与えないだろう。

 ギガントリンカーは論外だ。この場で出そうものなら、図書館は破壊される。

 そもそも先程は攻撃を凌げたは言え、シノビリンカーのままでは立ち回るのに無理がある。ブルースカイリンカーに変えたとしても、決め手に欠けるだろう。

 ヴェインはそれら全てを見越しているからこそ、アズールにこれらのデジブレインの情報を明かしたのだろう。

 つまりアズールに、打つ手などないのだ。

 たったひとつを除いて。

 

「……」

 

 アズールは、先日文彦から受け取ったV2アプリを手に取る。

 上空から戦況を俯瞰しているヴェインコマンダーは、見慣れないマテリアプレートに戸惑っているようだった。

 

「やるしか、ない!」

《ブルースカイ・アドベンチャーV2!》

 

 言いながら、アズールはそのアプリを起動した。

 直後、屋上の職員用出入口から鋼作と琴奈と陽子が現れ、さらに翔たちも通ってきた出入口からは鷹弘と、少し遅れて車椅子に乗った文彦がやって来る。

 鋼作たちはすぐさま敵戦力の分析を開始し、鷹弘は何事かを叫んでいる。だが彼は走り疲れているのか、その声はアズールに聞こえていない。

 そして、その内容を聞き取るよりも前に、既にアズールはアプリドライバーにマテリアプレートを装填していた。

 

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

「リンクチェンジ!」

 

 ――もしもこの時。

 アズールの耳に鷹弘の言葉が届いていれば、運命は変わっていたのかも知れない。

 

「止せ! それを使うんじゃねェーッ!!」

 

 その声が届くのと全くの同時に、アズールはマテリアフォンをアプリドライバーへとかざしてしまった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 翔が陽子からの指示で図書館へ向かっているのと同じ頃。

 鷹弘は、もうひとつの現場である、病院と隣接した場所にある教会へと向かっていた。

 響が消えたと知って、今の彼はすこぶる機嫌が悪かった。敵を見つければ即殴りにかかるのが目に見えて分かる程に、怒りに満ちた目付きをしていた。

 手口は不明だが、恐らくこれはCytuberやデジブレインの仕業に違いない。でなければ、あの響が失踪などするものか。

 憤りながらトライマテリアラーを走らせていた鷹弘は、教会へと到着すると素早く扉を開いて中へ入った。

 

「よぉ、流石はホメオスタシス……速いじゃねぇか」

 

 礼拝堂の奥から聞こえる、鷹弘を出迎える声。

 ヴァンガードだ。さらにベンチタイプの会衆席には、無数のデジブレインが座っている。

 鷹弘はできる限り心を落ち着かせながら、ヴァンガードにひとつの質問を投げた。

 

「今朝、ホメオスタシスのエージェントが一人いなくなった。テメェの仕業か」

「ああそうだ、って言ったら……どうするよ? なぁ?」

 

 挑発じみたその言葉を聞くなり、鷹弘はアプリを起動して即座に装填、さらにマテリアフォンをかざして駆け出した。

 

「ウオオオオオッ!!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! デュエル・アプリ! 孤高のガンマン、インストール!》

「ブッ潰してやる、ヴァンガードォッ!!」

《リボルブラスター!》

 

 銃口をデジブレインたちに向け、次々に打ち倒すリボルブ。その様子を見て、ヴァンガードはさも愉快そうに笑う。

 

「ハハッ、血気盛んだなぁ!」

「るっせェんだよ!!」

 

 スパロー・デジブレインやスタッグビートル・デジブレインなどの個体も現れるが、そんな事はお構いなしにリボルブは敵を薙ぎ倒して進む。

 バーサーキングなしでも狂暴で、完全に頭に血が上っているが、それがむしろ戦闘能力の向上に繋がっている。

 こうして、リボルブはヴァンガード以外の目の前にいる全ての敵性存在を撃破せしめた。

 

「これで邪魔な連中は消えた……ここなら簡単には逃げられない、今度こそテメェをブッ潰す!!」

「やれやれ。そろそろ理解した方が良いんじゃねえか? お前じゃザコの相手が関の山って事をよ」

「テメェも今日からそのザコの仲間入りだ!!」

 

 リボルブは叫び、引き金を引いた。だがヴァンガードは軽々と攻撃を避け、アプリを起動してトランサイバーに装填する。

 

《アイ・ハヴ・コントロール!》

背深(ハイシン)

Roger(ラジャー)! マテリアライド! ツィート・アプリ! 惑いの言霊、トランスミッション!》

「また痛い目に遭わせてやるよ……ハハハッ!」

「ほざけ、ブチのめしてやる!」

 

 変異したジェラスアジテイターがトランサイバーに手を伸ばそうとした瞬間、それを妨害するためにリボルブは得意の速撃ち(クイックドロウ)で右手を狙い撃つ。

 妨害は成功。弾丸がジェラスの指先を掠め、攻撃を中断せざるを得なくなった。

 敵の攻撃の正体が分からないなら、そもそも打たせなければ良い。至極単純だが、リボルブのジェラス攻略の解答がこれだ。

 能力を発動するためには逐一トランサイバーに触れる必要があるという点に気付いていたからこそ、リボルブはあらかじめ射撃能力が最も高くなるデュエル・フロンティアを選んでいたのだ。

 

「テメェには何もさせねェ! 何もできないままくたばれ!」

「クククッ、なるほどなるほど……そう来るか。だが!」

 

 ジェラスは大きく前へと跳び、リボルブに向かって拳を突き出す。そのスピードはアズールのブルースカイリンカーよりも、当然リボルブのデュエルリンカーよりも速い。

 攻撃がクリーンヒットしないよう、拳を腕で受け止めて防ぐ事はできた。だが、それによって今度はリボルブに隙が生まれてしまう。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 また何かが弾ける音がすると同時に、リボルブの胴に爆発が起こった。

 そしてやはり、攻撃の正体が掴めない。

 

「くっ!?」

「バァ~カ。直接身体を改造するサイバーノーツと、パワードスーツを纏うアプリドライバーじゃあなぁー! そもそも基本性能が違うんだよぉ!」

 

 怯むリボルブの顔面に蹴りを浴びせて吹き飛ばしたジェラスは、さらにトランサイバーのENTERアイコンをタッチしながら「ファイナルコード!」と音声入力を行う。

 

Roger(ラジャー)! ツィート・マテリアルデッド!》

 

 これで決着をつける気だ。それを感じ取ったリボルブは、あえて防御態勢を取らなかった。敵の攻撃手段を完全に見極めるために、危険だが賭けに出たのだ。

 そして、理解した。ジェラスのこれまでの攻撃方法、その全てを。

 

「こ、これは……!?」

 

 ジェラスの掌から、高速で何かが吹き出している。

 文字だ。小さな一文字の漢字が立体化し、飛んでいるのだ。

 この時ジェラスが生み出しているのは『爆』という漢字一文字であり、無数のそれらがリボルブを取り囲んでいる。

 そして、文字が風船のようにパンッと弾けた。次に何が起こるか理解して、リボルブは咄嗟にポンチョを翻して身を護ろうとした。

 直後に文字が消えたのと同じ場所が爆発し、それに連鎖して全ての文字が大爆発を引き起こした。

 

「ぐおおおっ!?」

 

 吹き飛ばされて地面を転がされるリボルブを見下ろしながら、ジェラスは前へと歩いて来る。

 まだ変身解除には至っていないが、これ以上攻撃を受け続けるワケには行かない。リボルブラスターで足元を撃って牽制しながら、リボルブはゆっくりと立ち上がる。

 そして、今の自分にできる最大の手で迎え撃つ事にした。

 

「性能が違うってんなら、こいつを使えば……!」

 

 文彦に貰ったV2アプリ。リボルブが取り出したのは、それだ。

 リボルブはすぐさま、そのアプリを起動した。

 

《デュエル・フロンティアV2!》

 

 音声が流れ、ジェラスが立ち止まる。

 そしてその次なる手を待ち構えているかのように、余裕ぶって椅子の背に片肘をついた。

 リボルブは憤りながら、そのアプリを装填する。

 

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

「リンクチェンジ……!」

 

 マテリアフォンをアプリドライバーにかざし、拳を握り込むリボルブ。

 だが。

 

ERROR(エラー)!》

「なに!?」

 

 思わずアプリドライバーを見下ろした瞬間、リボルブの全身に電流と激痛が走った。

 

「グアアアアアッ!! が、グウッ、ガアアアッ!?」

 

 まるで体の内側から焼かれ、破壊されて行くような感覚。リボルブは、自分の中にあるリンクナーヴがアプリの出力に追い付けていない事を感じていた。

 オーバーシュートだ。カタルシスエナジーが限界を超過する程に生み出され、肉体へダメージを与えているのだ。

 瞬間、強制的に変身が解除される。V2アプリもドライバーから抜け落ち、地面でカランと跳ねた。

 幸いにもすぐにスーツが維持できなくなったため、鷹弘の身体に特別異常はない。だが状況は最悪だ。

 

「どうやら、それはお前みたいなクズの身に余る力のようだなぁ?」

 

 嘲笑うジェラスの声。すぐにマテリアプレートを拾うが、ジェラスはその鷹弘の首を掴んで絞める。

 このまま絞め殺す気だ。それが分かっている鷹弘は、右手を広げてジェラスの顔面のバイザーを掴み、押し返す。

 だがジェラスはそんな鷹弘の抵抗をせせら笑い、首を絞める力を徐々に強めて嬲り殺そうとする。

 それが仇になった。鷹弘はジェラスの目を覆っている間に左手を懐に伸ばし、マテリアエッジを取り出してジェラスのバイザーを斬りつけた。

 

「ぐおっ!?」

 

 目の前に火花が走り、思わずジェラスはたじろいで手を離す。さらに鷹弘は、マテリアエッジを変形させてマテリアガンに切り替え、出口に向かって走りながらジェラスの顔面を撃ち続ける。

 そして、幸運にも外へ逃げおおせた。

 

「折角のチャンスを、逃がすと思ってんのか!」

 

 追撃のため、鷹弘を追ってジェラスも教会から出る。

 そんなジェラスを、鷹弘はトライマテリアラーを呼び出して待ち構えていた。フロントに備わったガトリング砲の銃口は、ジェラスに狙いを定めている。

 

「……マジ?」

「ブッ飛びやがれェッ!」

 

 無数の銃声が轟き、ジェラスを教会の奥へと押し戻した。

 それを確認して、鷹弘は未だに続く体の痛みに咳き込みながらも、トライマテリアラーを走らせて図書館へと向かう。

 確かに文彦もテスト前の段階とは言っていたが、まさか変身に失敗する程に出力が高いとは、鷹弘も想像していなかった。

 もしかしたら、追い詰められたら翔もこれを使ってしまうかも知れない。そうなれば、自分と同じように倒れてしまうだろう。

 あるいは、プロトアプリドライバーでの訓練を経ていない分、鷹弘より酷い状態になる可能性もある。最悪、文彦のように足に重傷を負ってしまうだろう。

 そうなる前に自分が知らせなければならないし、もし既にやってしまったなら自分がフォローに移らなくてはならない。

 

「早まんじゃねェぞ……!」

 

 焦る気持ちを抑え、そして痛む身体に耐えながらトライマテリアラーで走り、ついに鷹弘は図書館に到着する。

 そして走ってエレベーターの前まで移ると、上階へのボタンを押した。

 が、どれも一向に動く気配がない。

 

「チッ、デジブレインのせいか!?」

 

 この時、図書館はロバのデジブレインの能力によって電子機器が異常を来しているのだが、彼はそれを知らない。

 鷹弘は仕方なく、階段を走って登り続ける。

 そうしてついに目的地である屋上に辿り着いた。だが、目を凝らせばアズールが既にV2アプリを起動しているのが分かった。

 鷹弘は大慌てで、叫び続ける。絶対に使うな、と。

 しかし戦闘とV2アプリによるダメージ、そして階段を走り続けた疲労があって、大声が中々出せなかった。

 

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

「リンクチェンジ!」

 

 そして、その瞬間は来てしまった。

 今頃になって、鷹弘はアズールにも届く程の声が出せるようになった。

 

「止せ! それを使うんじゃねェーッ!!」

 

 

 

 鷹弘の声が聞こえた時。

 アズールには最初、その言葉の意味が分からなかった。分かっていたとしても、手遅れだった。

 アプリドライバーにマテリアフォンをかざした瞬間、全身に激痛が走ると同時に電子音声が流れる。

 

Warning(ワーニング)! ファンブライド!》

「う、ぐあああああああああっ!!」

 

 アズールの悲鳴が、屋上に木霊した。激痛のあまり、アズールは蹲って下を向く。アプリドライバーからは警告音のようなものが鳴り続け、それでも変身解除はされない。

 そして驚く間もなく、ウォリアー・テクネイバーとのリンクが解除され、その場から消えずにドス黒く染まっていく。

 さらにアズールの青空のような色のパワードスーツも、徐々に鉛のような色彩に変貌し始めた。

 まるで、曇り空のように。

 

「あああ……ああ、あ……」

 

 悲鳴は段々と静かになって行く。

 そして、ブルースカイリンカーが変化したドス黒いプロテクターが装着された時には、完全に無言になった。

 

「しょ、翔?」

 

 心配になって鋼作が声をかける。同時に、アズールが顔を上げた。

 赤かったはずのその瞳は紫色に変わり、亀裂が走っている。見えているのかどうかは定かではない。

 

「変身、できただと!?」

「バカな……!?」

 

 鷹弘が驚愕し、文彦が目を剥く。

 一方、鋼作たちは無事にリンクチェンジを終えた事に安心しているが、先程の状態は一体どういう事なのか分かりかねており、戸惑いも見える。

 そして、敵戦力の分析を終えた琴奈はアズールへと呼びかけた。

 

「翔くん、フォトビートルでスキャンしてみたけど相変わらず軍鶏の方は何も分からないわ! そこの犬と猫とロバの方も同じ状態なの、だからまずはポーンの方から仕留めて、一旦」

「……」

 

 琴奈が言い終えるよりも前に。

 アズールは一瞬でロバの背後に回り、その顔を拳で殴り飛ばした。

 

「一旦距離を……え?」

「翔!?」

 

 分析結果が聞こえていないかのように、アズールは全く異なる行動を取った。

 地面に倒れているロバを、さらに追い打ちする。踏みつけ、蹴りつけ、首を掴んで無理矢理起こして腹を殴る。

 その攻撃で倒れて地面を転がったら、また疾走して顔面を踏みつけ、蹴る。周りの声が聞こえていないかのように。

 

「ど、どうなってんだ……翔は一体どうしちまったんだよ!?」

「まさか、暴走!? でもどうして!?」

 

 鋼作たちが狼狽する中、犬と猫のデジブレインはロバを救出するため、鉛色のアズールに背後から襲いかかる。犬は拳で、猫は爪で。

 しかしアズールは振り向きもせず、微動だにせずに攻撃を受けると、反撃として猫の延髄に蹴りを入れ、犬の口に剣を深く突き入れ横に薙いで抉り斬った。それでもこの二体は消滅しないが、ロバと同様戦闘不能になる。

 アシュリィは恐怖に慄き、まるで戦闘マシーンのようになったアズールを震えながら見つめる。

 そして、その視線はアズールと重なった。

 アズールがゆっくりと、アシュリィと鋼作たちのいる方に歩き始める。

 

「いけない……」

「アシュリィちゃん?」

「私たちの事、分かってない」

 

 ゾクリ、とその場の全員が背中を震わせた。

 軍鶏はアズールが余所見をしている間にロバ・犬・猫を回収して安全圏に走り去り、ヴェインはゲートを開いて四体をサイバー・ラインへ送還している。

 

「一体なんなんだアレは……でも、これはチャンスだ……!」

 

 ポーンたちに命じ、ヴェインはアズールを弓矢で狙わせる。

 仮にこれが外れて反撃が来るとしても、数体ポーンが倒されるだけ。上空にいる自分はノーダメージだし、危なくなれば逃げればいい。

 ヴェインはそう高を括っていた。そして、ポーンの矢が放たれる。

 背に八本の矢が全て命中し、アズールはそれに反応して振り向いた。さらにポーンたちは続け様に矢をつがえる。

 

「……」

 

 だが、アズールがまるでハエでも振り払うかのように剣を振ると、その剣先から放たれた風の刃が八体のポーン全てを真っ二つに斬り裂いた。

 

「えっ?」

 

 何が起きたのか理解できず、ヴェインが困惑の声を発する。

 さらに続けてアズールは、通常のブルースカイ・アドベンチャーをアズールセイバーに装填し、マテリアフォンをかざした。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ブルースカイ・マテリアルスラッシュ!》

 

 剣が鉛色の輝きを帯び、閃光を纏う巨大な風の刃がヴェインコマンダーを襲う。

 それを辛うじて認識したヴェインは、大慌てで「ゲート!」と叫んでその場から逃げ帰ろうとした。

 が、逃げ切れずに結局寸前で必殺を受けてしまい、変異が解除されて悲鳴を上げながらサイバー・ラインへと消えて行った。

 

「……」

 

 アズールが再びアシュリィたちの方を見る。

 最早、翔の意識が存在せず仲間たちを認識できていない事は明白だった。今の翔は何も考えずにカタルシスエナジーを供給し、目の前の動くモノを破壊し続ける戦闘マシーンとなってしまったのだ。

 今までのアズールとは違うそんな姿に、その場の全員が恐怖のあまり身動きを取れなかった。

 

Alright(オーライ)! マテリアライド! デュエル・アプリ! 孤高のガンマン、インストール!》

「オオオオオッ!」

 

 ただひとりを除いて。

 

「鷹弘……」

 

 茫然自失となりながらも、陽子が絞り出すように名を口にする。

 そしてその鷹弘は、リボルブに変身して必死にアズールの体に攻撃を加えている。

 

「暴走の原因なんざ知ったこっちゃねェ!! 誰も死なせねェし……テメェに人殺しもさせてたまるかよ!!」

 

 叫びながら、リボルブはアズールの顔面に拳を振り抜く。

 だが、アズールは微動だにしないし、意に介さない。攻撃そのものは通っているが、意識が失われているせいか痛覚もなくなっているようだった。

 それでもなお攻撃を続けるリボルブに対し、アズールは剣を構えて反撃態勢に移っている。

 

「おいマズいぞ! このままじゃリボルブが!」

「なんとか隙を作れたら、ベルトからアプリを抜いて変身解除できるのに……!」

「ドルフィンタイマーはどうだ!? アレなら超音波で妨害できる!」

 

 鋼作の提案に、琴奈は頭を振った。

 その間にも攻防は続き、アズールは剣からアプリを引き抜いていた。

 もう一度差し込んで、必殺技を使うつもりだ。

 

「無理よ。今の翔くんには痛覚がない……多分音も聴こえてないわ。それじゃいくらドルフィンタイマーでも妨害できない。フォトビートルじゃ威力も足りないわ」

「……じゃあ俺たちできる事は何もできないってのかよ、これじゃただの役立たずじゃねぇか!?」

 

 鋼作が叫び、拳を地面に叩きつける。

 その時、アシュリィは彼の何気ない言葉を耳にして、右手で頭を抑えていた。

 

「役、立たず……?」

 

 瞬間、アシュリィの脳内で断片的な映像が、記憶がフラッシュバックされる。

 サソリに似た姿をした人型の怪物が自分の前に現れ、くぐもった声で自分に話しかけている。

 その尾先の針が自分の右眼を抉って、優しい声で囁くのだ。

 

『さぁ行きなさい、あなたは従うしかないのだから。私の可愛い……哀れで惨めな、役立たずの【●●●●(●●●●●)】』

 

 ドクンッ、とアシュリィの心臓が跳ねる。

 

「あ……ア……」

 

 そしてアシュリィは、自らの意志とは無関係に歩き出し、アズールの方へと歩いて行く。

 その喉から、無意識に小さく歌を口ずさみながら。

 リズムや歌詞など、記憶しているはずもない。だが、その歌は自然とアシュリィの口から発せられていた。

 するとアズールは突然動きを止め、リボルブは逆に復調し始めた。

 

「なんだ、これは?」

 

 鋼作たちやリボルブにも、アシュリィの歌は聴こえていない。

 驚くリボルブだが、今は気にしている場合ではない。動きを止めている間に、リボルブはいとも容易くアズールのV2アプリを抜き取った。

 それと同時にアシュリィは意識を取り戻し、歌と歩みを止めて、驚いた様子で周囲を見回した。

 

「……あ……」

 

 変身の解けた翔が、自分の両手を見つめる。そして次にアシュリィやリボルブ、そして鋼作たちを見て、唇を釣り上げる。

 

「よかっ、た……」

 

 それだけ言うと、肉体の限界を迎えた翔は、ブルースカイ・アドベンチャーを握ったままその場に倒れ込んだ。

 

 

 

「……まさか、今度は翔が病院に運び込まれる事になるとはな……」

 

 図書館での戦闘の後。

 倒れた翔はホメオスタシスの地下研究所にある医療区画に搬送され、集っていたメンバーも全員付き添っていた。リンクチェンジによって引き起こされた負傷なので、まずはこちらで治療と検査を行う運びとなったのだ。

 文彦は苦虫を噛み潰したような表情をして、俯いている。

 

「すまない、僕のせいだ……僕が調整ミスをしたせいで、こんな……」

 

 弱気な発言をする文彦に、陽子はすぐにフォローを入れた。

 

「御種先輩が悪いわけじゃないですよ。戦いが始まる前に、私たちもチェックしておくべきでした……ごめんなさい」

「いや、良いんだ……これは僕の責任だ。開発者として、恥ずべき事態だよ……」

 

 カラカラ、と車椅子のハンドリムを回し、文彦はその場から離れようとする。

 その背中に鋼作は「どこ行くんです?」と声を投げかけた。

 

「少し、外に。風に当たって来る」

 

 文彦は振り向かずにそう答え、屋上へと向かった。鷹弘は呼び止めるために手を伸ばそうとして、途中で下ろしてしまう。

 鋼作と琴奈は同時に深く溜め息を吐き、椅子に座り込む。

 アシュリィは何も言わず、地面を見つめている。翔が倒れた事と先程起こった出来事について、頭が一杯のようだ。

 そして、鷹弘は。

 腕を組んで壁に背を預けて俯き、何やら深く考え事をしているような、疑問を感じているような様子だった。

 

「どうしてこうなったんだろうね……」

 

 不意に琴奈が呟いた。

 

「朝は、響くんが戻って来るって喜んでた。でも、響くんがいなくなって、デジブレインが現れて、翔くんが……翔くん、まで」

 

 琴奈の頬を雫が伝う。ぽたりぽたりと、涙はそのまま床に零れ落ち、小さく跳ねる。

 

「また一緒に、四人で遊べるんだって……アッシュちゃんや滝さん、静間さんとも仲良くできるって。そう、思ってたのに……思ってたのに!」

「琴奈……」

「どうして、どうして響くんがいなくなっちゃうの!? どうして翔くんがこんな事になっちゃうの!? どうして……!!」

 

 悲痛な叫びが、廊下に響く。誰も何も言えなかった。陽子は琴奈に寄り添い、彼女をそっと抱きしめる。

 その時、医務室の扉から声が響いた。

 

「患者の意識が戻りました」

 

 それを聞いて、全員が大慌てで医務室に殺到する。

 呼吸器を付けてベッドに横たわる翔は、ゆっくりと五人の方を見た。その右手には、ブルースカイ・アドベンチャーのアプリが握られている。

 医師の話では、幸いにも命に別状はなく、一日・二日も休めば回復するとの事だ。

 しかしその上で、もしも後少し変身解除が遅れていたら、死んでいた可能性が高いとも話している。

 

「翔!」

「翔くん!」

 

 目に涙を浮かべながら、鋼作と琴奈が翔の手を握る。

 すると、安心したように翔は微笑んだ。

 

「良かった……皆、無事で」

 

 翔は自分の命が助かった事よりも、皆の命が失われていなかった事を喜んだ。

 それを理解して、鷹弘は静かに翔の傍に歩み寄る。

 鷹弘の顔を見るなり、申し訳無さそうに翔は小さく頭を下げる。

 

「ごめんなさい、こんな結果になってしまって。静間さんにも迷惑をかけてしまいました」

「……お前が謝る事じゃねェよ」

 

 拳を握り込み、悔しそうに歯を食いしばって、鷹弘はさらに言葉を紡いだ。

 

「俺のせいだ。もっと速くに伝えられたら、こんな事には……」

「いや、違いますよ。これは僕が軽率な判断をしたせいで」

「違う! 俺がお前を危険に晒したんだ、全部俺の責任だ! バカみてェだよ、お前に仮面ライダーの資格を問いておいて自分がこのザマだ……!」

 

 懺悔をするかのように鷹弘が叫び、哀しみを露わにしないように、額を手で押さえる。

 そんな鷹弘に対して、翔はただ優しく微笑んだ。

 

「僕は……いや、皆は静間さんのお陰で助かったんです。だから、自分を責めないで下さい」

「だが、俺は……」

「リーダーなら、自分が他の誰かを助けたっていう事実からも目を背けちゃいけないと思うんです。あなたは皆の命を救ってくれたんですよ、それが真実です」

「……お前……」

「ありがとう、静間さん」

 

 礼を告げると、それが引き金になったかのように翔は意識を失う。どうやら、まだ完全にダメージと疲労が抜けきっていないようだった。

 

「翔……」

 

 鷹弘は、その名を口にしながら、ゆっくりと翔の手に視線を落とす。

 ベッドの上で僅かに青い光を帯びる、ブルースカイ・アドベンチャー。鷹弘はそれを手に取り、握り込む。

 

「……真実、か」

「鷹弘……?」

「俺は目を背けようとしていたのかも知れない。今回の事を全部自分のせいにして、見なかった事にして、引っ掛かってる事があるのに有耶無耶にしようと……」

「一体、どうしたの?」

 

 陽子は心配そうに鷹弘に声をかける。

 そして鷹弘の方は、鋭い目つきになっていた。先程までの悩みが吹っ切れたかのように。

 

「どうしてもやらなきゃいけない事がある。陽子、ついて来てくれねェか」

 

 そう言って、鷹弘は医務室の外へ歩き出した。陽子と鋼作、そして琴奈がそれに続き、アシュリィは翔の看病のためその場に残った。

 道中鷹弘は何も言わず、歩き続ける。陽子たちはその様子を訝しむが、特に詮索もしない。

 最終的に、鷹弘はビルの外に出てしまった。そしてある人物の姿を見つけ、そこへ向かっていく。

 車椅子に乗った御種 文彦だ。

 

「やぁ静間くん、どうしたんだい?」

 

 外の空気を吸っていた文彦は、振り返らずにそう問いかける。

 鷹弘は、ゆっくりと口を開いた。

 

「翔が意識を取り戻した。それから、ひとつあんたに言わなきゃいけない事がある」

「ん? どうしたの?」

 

 車椅子のハンドリムを操作して、文彦は振り返った。

 その瞬間。鷹弘はその顔面に、意を決した表情で思い切り拳を叩き込んだ。

 車椅子ごと文彦が転倒し、地面に眼鏡と小さな二種類の機械が転がる。その様子を見て、陽子たちは驚愕した。

 文彦が殴られた事、だけではない。その転がり落ちた機械の方にも目を奪われていた。

 ――トランサイバーと、フラッド・ツィートのマテリアプレートだ。

 

「くたばれクソ野郎」

 

 疑惑を確信へと変えた鷹弘が、吐き捨てるように言い放った。

 空を覆う黒い雲から、緩やかに雨が降り始めた。



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EP.13[青く燃える]

「ど……どういう事だよ、これ」

 

 雨がぽつぽつと降り始めている事も気にかけず、鋼作が言った。

 彼も琴奈も陽子も、目の前で起きた出来事に、ただただ戸惑っていた。

 味方のはずの文彦が殴られ、車椅子から転げ落ちたというだけの理由ではない。その彼の懐から、敵であるジェラスアジテイターが使用しているはずのトランサイバーとフラッド・ツィートのマテリアプレートが飛び出したからだ。

 

「何がどうなってんだよ!?」

「どうして御種さんがそんな物を持ってるんですか!?」

 

 鋼作と琴奈が叫ぶ。唐突に突き付けられた事実を受け入れられず、半ば錯乱したように。

 それらの道具を見れば、既に答えは決まっているのだ。

 御種 文彦の正体はCytuberのヴァンガードであり、ジェラスアジテイター。つまりは、ホメオスタシスの敵だという事だ。

 

「お前らももう分かってんだろうが。こいつは裏切り者だ、ストライプと同じように姿を変えて俺たちの前に現れたんだよ」

「いや、けど……!」

 

 これだけ言っても鋼作たちが納得しないのには、ひとつ理由がある。

 文彦の脚だ。彼は改造手術を受けてアプリドライバーの運用試験の際、両脚に重傷を負ってしまい、二度と歩けなくなっているはずなのだ。

 しかしヴァンガードはしっかりと二本の脚で歩いている。この二人がどうしても、同一人物として結びつかないのだ。

 それが分かったのか、鷹弘はまずその点について説明する。

 

「こいつの脚が動かねェってのは多分マジだ。ただし、それはトランサイバーを付けていない間だけだがな」

「……どういう意味ですか?」

 

 鋼作と陽子はそれだけでも何となく察する事ができたが、琴奈は首を傾げた。そこで、鷹弘は補足する。

 

「思い出してみろ、戦いに負けたストライプがガキの姿に戻ったろ? トランサイバーは使用者の肉体を瞬間改造するシステム……つまり、ストライプの異常な巨体は、トランサイバーの機能でそのまま肉体が変化してるって事だ」

「じゃあ、まさか!?」

「そうだ……こいつも同じようにトランサイバーで自分の体を改造して、脚を動かしてんだよ」

 

 確かにその方法であれば、脚が動かないという前提は覆る。

 文彦は切れた口内から流れる血を拭いながら、鷹弘の姿を見上げた。

 

「ひとつ聞かせて欲しいなぁ。どうして正体が分かったんだ?」

「理由は幾つかあるが、まずひとつはあんたが車椅子のまま図書館の屋上に来ていた事だ」

 

 それを聞いて、陽子は「あっ!」と声を上げた。

 

「確かに、あの時はエレベーターが全部動かなかったはずだわ! そんな状態じゃ車椅子で屋上まで行けるはずがない! ゲートを通して車椅子ごと移動しない限り……!」

「そうだ……だが、それだけじゃこいつがヴァンガードとまでは断定できなかった」

 

 もしかしたら階段を使わないルートがあるかも知れないしな、とも鷹弘は言い足した。

 そしてその上で、彼がヴァンガードであるという真実に至った理由を口にする。

 

「フォトビートルにも記録されてると思うが……こいつは、アズールの姿を見た時に『ある言葉』を口走った。覚えてるか?」

「ある言葉……?」

 

 あの時は鋼作も琴奈も陽子も、戦況の分析があったのと新しいアズールの姿に目を奪われていて、そこまで気にかける余裕がなかった。

 そこで、フォトビートルを操作して当時の映像を再生する事にした。

 

『変身、できただと!?』

『バカな……!?』

 

 鉛色に染まったアズールを見て、鷹弘、文彦の順に言葉を発している。

 何がおかしいのか、三人共すぐには理解できなかった。だが、直後の自分たちの反応を見て、気付いた。

 鷹弘以外のメンバーは、V2アプリの使用を目撃するのは初めてのはずだ。だから、調整ミスで変身が失敗する可能性などそもそも考えてもいない。

 だからこそ、鋼作も琴奈も陽子も、普段と違うアズールに戸惑いはしているが、テスト前のプレートのリンクチェンジが成功して安堵している。

 故に文彦の反応がおかしいのだ。リンクチェンジの成功を目撃した際に、困惑してあまつさえ「バカな」などと口にするなど。

 

「この反応は、失敗する事が分かってねェとあり得ねェよ」

「た、確かに……」

 

 鋼作が同意し、琴奈も頷く。彼らにもようやく、文彦=ヴァンガードの図式に確信が持てたようだ。

 皮肉な事に、鷹弘がV2アプリの使用に失敗し、翔が暴走したお陰でこの真実に辿り着く事ができたのである。

 続けて、鷹弘は文彦の行動について振り返る。

 

「最初から俺たちを始末するのが目的でV2アプリを作っていたあんたは、俺がまんまとダメージを受けたのを見てしめしめと思ったはずだ。このまま俺を殺せるし……俺の失敗が、そのままアズールの失敗にも結びつくんだからな。恐らく、俺をあの場から逃しちまったのだけは想定外だったろう」

「……」

「そして俺が図書館に到着してすぐに、あんたもゲートを通じてやって来た。俺にトドメを刺して、恐らくV2アプリを使うであろうアズールを、ヴェインと協力して確実に抹殺するために。だが、俺に逃げられて急ぐあまり、あんたは図書館の状態をロクに確認しなかった」

「……ああ。その通り、だ!」

 

 叫んだ文彦は、地面に転がっているトランサイバーに大きく手を伸ばした。

 だがその動きを予期していた鷹弘は、それよりも速くトランサイバーに狙いをすまし、マテリアガンで撃って文彦の手から遠ざけた。

 

「クッ!?」

「やらせると思ってんのか」

 

 鷹弘はそのまま、照準を文彦の体に定めた。強い怒りを孕んだ眼差しは、次に文彦が大きく動けば必ず撃つと語っていた。

 さらに鷹弘は銃口を突き付けたまま、文彦への追及を続ける。

 

「あんたが響を連れ去ったのも事実だろうな。思えば響があんな簡単に拐われる、それ自体がおかしいんだよ……知らないヤツが病室に来て、無警戒でいるはずがないからな」

「……そうか! ホメオスタシスのエージェントとして見知った仲だし、脚が動かないなら尚更怪しまれずに済むって事か!」

「警察が手に入れた証拠品や調査データ、それを消したのもあんただろ。トランサイバーやガンブライザーもだ、あんたが向こう側で開発に携わっているんだとしたら……!」

 

 鷹弘は次々に文彦の真実と罪を暴き、数えていく。

 その途中で、陽子は鷹弘の隣に立って、涙ながらに「どうして!?」と叫んだ。

 これまで彼と一緒に戦って来た陽子には、どうしても信じられず、耐え切れなかったのだ。

 御種 文彦が裏切り者であるという事実に。

 

「どうして私たちを裏切ったんですか!? 私たちは同じホメオスタシスの仲間じゃなかったんですか!?」

「……」

「答えて下さい、御種先輩!」

「……クッ……」

 

 身を震わせ、俯く文彦。地面に手を付き、頭を垂れる。

 そして再び顔を上げた時。

 

「ヒャァハハハハハ!」

 

 彼は、狂気に満ちた笑みを浮かべていた。

 全員が驚いて動きを止め、その瞬間に文彦がパチンと指を弾く。

 すると、トランサイバーから突然に数体のベーシック・デジブレインが飛び出し、トランサイバーを文彦の方に放り投げた。

 

「ハァイハイ、ありがとよ」

 

 文彦はそれをキャッチし、左腕に装着。

 デジブレインたちが鷹弘に撃たれフォトビートルに頭を抉られて消えるのを見届けながら、リューズの部分を左に回した。

 

Roger(ラジャー)! アバターモード!》

 

 その音声が流れると同時に、文彦の全身がモザイクで泡立ち、服装が変わって顔にも変化が起きる。

 瞳の色が緑に染まり、瞳孔が蛇のように縦に割れたのだ。さらに脚ももう動くらしく、ゆらりと立ち上がった。

 服は今までのヴァンガードと同じく文字で埋め尽くされた奇妙なカソックだが、顔だけは本来の文彦とほとんど同じだった。

 

「ゲートを開いていたのか、いつの間に!?」

「お前らが来る前からだ……俺を追い詰めたつもりだろうが、残念だったなぁ。俺は慎重なんだよ」

 

 頬を歪め、文彦――ヴァンガードは鷹弘を見下ろす。その姿を見て、また陽子は「どうして」と消え入るような声で言う。

 

「昔言ってたじゃないですか、ヒーローに……正義の味方になるって。そのために力が必要なんだって。あの言葉はなんだったんですか……あの時の先輩は、先輩の正義はどこに行ってしまったんですか!?」

「あぁ? さっきからうざってぇなぁぁぁ~」

 

 ニタニタと笑いながら、バキン、とヴァンガードは地面に落ちた眼鏡を踏み壊した。

 

「大体お前ら、自分の尺度で正義を語ってんじゃねぇよ。世界の平和だとか人類を救うだとかぁ? なんでそんな超下らねぇ思想ばかりが正義って言い切れんだよ?」

「それ、どういう……」

「俺はなぁ、絶対的な力が欲しかったんだよ! それさえありゃあ、俺はあらゆる存在の頂点に立つ事ができる! 例のアクイラも、完成する前に滅ぼされなけりゃこの世の支配者になっていた! そして今では、それを滅ぼした仮面ライダーこそがこの世を支配する正義だ! 俺はその力を羨んだ、その力が欲しかった! なのにそこにいる親の七光りの静間も、ただゲームが上手いってだけの響ってぇカスも! そしてあのクソガキの翔も! 俺より先にその力を手に入れやがって! 目障りなんだよ!」

「えっ……何を、言って……?」

「まだ分かんねぇのかぁ? 俺はな、力を手に入れるためにホメオスタシスを利用していただけなんだよ! 正義とは『力』! 世界に蔓延るクズ共を制し万物を統べる、絶対にして圧倒的な最強の力だぁ……力を持つ者こそが究極の正義に、支配者になる! それこそが俺の目指すものだ! 裏切りだの何だの、それ自体がそもそも筋違いなんだよ! 俺の味方は最初から俺だけだ、それ以外は利用するための道具でしかねぇのさ!」

 

 力強く拳を握って熱弁するヴァンガード、その手には鷹弘と同じくマテリアガンが握られている。

 銃口が自分に向けられているのを見て、鷹弘は眉をしかめて懐からそっとマテリアフォンを取り出した。

 

「つまり、最初からあんたは力の虜だったって事か。だからCytuberになったんだな。実験の失敗を恨んでるのかと思ったぜ」

「プロトアプリドライバーの運用試験では確かに脚を失った。だがそんなものはどうとでもできる、その点に関しちゃ感謝してるのさ……お陰で強力なリンクナーヴが身体に生成されたからなぁ」

「……最後の質問だ。響をどこにやった」

「サイバー・ラインだよ。ただし、普通に送り込んだワケじゃない」

 

 得意げに言い放ち、マテリアガンを持ったままヴァンガードは両腕を大きく広げる。

 

「ヤツはマテリアフォンを持っていたからなぁ。ちょいと騙くらかして、バックドアを消してやったよ」

「えっ……!?」

「今頃もうデジブレインに襲われて野垂れ死んでるかもなぁ~? 目障りなヤツが消えてくれて清々したぜ、ヒャァハハハハハ!」

 

 その言葉に鋼作も琴奈も絶句し、陽子は地に膝をついて涙を流した。

 バックドアはサイバー・ラインから帰還するための手段だ。それを消したとなれば、それは生還が絶望的となったという事になる。

 響が本当に連れ去られたのもショックだが、文彦がそんな人殺しに等しい所業を笑いながら平気でできてしまうという事実が衝撃的だった。

 彼らの知る御種 文彦という人間など、最初から幻想に過ぎなかったのだ。

 

「……フ、フフフ、ハハハハハ……」

 

 そしてそれを聞かされた鷹弘は、突如として笑い始める。

 三人だけでなくヴァンガードもその姿に訝しみ、鷹弘を注視した。

 

「正直に言うと……まだ少し迷ってたんだよ、あんたには負い目があったからな。だがもう吹っ切れた」

「あぁん?」

「テメェに容赦する理由は、これで全部消えた。こっちこそ感謝するぜ、遠慮なく叩きのめしてやるよ」

《ドライバーコール!》

 

 マテリアフォンのアイコンをタッチし、アプリドライバーが呼び出される。

 鷹弘はさらにデュエル・フロンティアを取り出し、起動してアプリドライバーにセット。

 彼の言葉を聞いて、ヴァンガードは「フン」と鼻で笑いながら自らもフラッド・ツィートを起動してトランサイバーに装填した。

 

「叩きのめすだぁ? できると思ってんのか、お前如きがよ?」

《アイ・ハヴ・コントロール! アイ・ハヴ・コントロール!》

「やってやる……相手が誰だろうと、俺がブッ潰す!」

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

 

 二人が睨み合う中、雨足が強くなり始める。

 そして鷹弘は怒りに満ちた雄叫びを上げ、ヴァンガードはそれを迎え撃つかのような余裕の笑みで音声入力を行う。

 

「変……身!」

背深(ハイシン)

Alright(オーライ)! マテリアライド! デュエル・アプリ! 孤高のガンマン、インストール!》

Roger(ラジャー)! マテリアライド! ツィート・アプリ! 惑いの言霊、トランスミッション!》

 

 光と共に鷹弘がリボルブに変わり、ヴァンガードの全身がモザイクに包まれジェラスアジテイターへと変貌する。

 リボルブは拳を振り上げ、跳躍。ジェラスも同じく拳を振り被り、迎え撃った。

 

「オラァァァッ!」

「ヒャァハハハ!」

 

 二人の拳は互いの顔面に命中し、両者とも雨に濡れた地面を転がる。

 しかしすぐに立ち上がり、リボルブはリボルブラスターとマテリアガンを抜いてジェラスを撃つ。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 だがジェラスも既に動いていた。銃撃が来る事を予期し、倒れた瞬間にはもうエフェクトを発動させていたのだ。

 掌から『壁』の文字が飛び出すと、地面にぶつかって破裂。巨大な石造りの壁が迫り上がり、銃弾を防いだ。

 

「チッ!」

《ジェイル・プラネット!》

「リンクチェンジ……!」

《監獄のサバイバー、インストール!》

 

 通じないと見るや、リボルブは即座に戦術を切り替える。

 壁を出そうとも高威力の無数の銃弾で押し切れる、ジェイルリンカーだ。

 リボルブラスターをマシンガンモードに変え、壁の向こう側にいるであろうジェラスを撃つ。さらに、ジェイルターレットがその攻撃を補佐する。

 

「……何!?」

 

 だが、ジェラスは既にその場からいなくなっていた。驚いて周囲を見回すと、ジェラスは離れた電灯の上に立ち、再びリボルブに掌とマテリアガンを向けている。

 掌から文字が飛び出した。あの爆発攻撃が来る。

 それを理解して、リボルブは文字を良く見ずにリボルブラスターで撃ち抜いた。

 直後、爆発ではなく閃光がリボルブの視界を奪い尽くした。

 

「ぐあっ!?」

「甘いんだよなぁ!!」

 

 リボルブの行動を読んだ罠だったのだ。

 光で目が眩んでいる間に、今度は爆発が彼の体を襲う。

 ジェイルリンカーでは勝てないと判断し、リボルブは次のマテリアプレートを装填した。

 

《高貴なるスレイヤー、インストール!》

「オオオオオッ!」

《バーサーキング!》

 

 ダンピールリンカー。バーサーキング状態になり盾で爆破を防ぎながら、電灯に乗っているジェラスに向かって突進する。

 それでもジェラスは狼狽しない。冷静に同じボタンを押し、文字を掌から射出した。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 発射したのは『雷』の文字。盾で防いだ瞬間、リボルブの全身を電流が駆け巡る。

 

「があああ!?」

 

 堪らずバーサーキングを解き、リボルブは立ち止まって膝をついた。

 電灯から飛び降た後マテリアガンで撃ち、引き金を引きながら前へと歩んでジェラスは嘲弄する。

 

「そんなボロボロの体で良くやる気になったな。俺との戦いとV2アプリでのダメージが残ってんだろ、なのに勝てる気でいるのかぁ? 相変わらずバカな野郎だぜ」

「んだとォ……!!」

「戦いは勝たなきゃ意味がねぇ。だから俺は100%勝つ戦いしかしないし、そのためなら手段を選ばねぇ! お前らに致死のV2アプリを渡した時のように……そして響をサイバー・ラインに送った時のようになぁ!」

「それがァ……それが仮にも仮面ライダーを目指した男がやる事かァァァッ!!」

《神託のレンジャー、インストール!》

 

 またもリボルブはリンクチェンジを行う。今度は遮断能力を持つオラクルリンカーだ。

 この力を使う事で、リボルブは視界から遮断されその場から姿を消した。

 だが、ジェラスは尚も余裕を見せつけている。まだ策があるようだが、リボルブは止まらない。姿を消したまま、背後からオラクルナイフを突き立てようとした。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 その瞬間、ジェラスは右の掌から『爆』の文字を浮遊させ、直後に左掌からは『散』の文字を発射。

 すると『散』の文字を受けた『爆』の文字は分裂してジェラスの周囲に散らばり、360度全方位に爆撃を行った。

 

「がっ!?」

 

 後ろから迫っていたリボルブも、当然その攻撃を受ける。背後で地面に転がった彼を見て、ジェラスは勝ち誇ったように高笑いした。

 

「何をしようと無駄なんだよ! お前が持つアプリのデータも戦闘も、俺は既に全部手の内を見てんだ! 攻略法が分かってて負けるヤツがどこにいる、そんな事も分かんねぇかこのカスが!」

「くっ……!」

「さぁて、これで終いならそろそろ嬲るのはやめだ。殺してやるよ、望み通りになぁ」

 

 マテリアガンをマテリアエッジに切り替え、ジェラスはゆらりと歩いて行く。

 だが、手の内を尽く読まれようとも、リボルブは諦めてはいなかった。

 

「負けて、たまるかよ」

「あぁん?」

「まだ何も……終わってねェッ!」

《ブルースカイ・アドベンチャー!》

 

 その音声を聞いて、鋼作たちはおろかジェラスまでもが驚愕した。

 翔が持っているはずのマテリアプレート、それがリボルブの手の中にあったのだ。

 

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

 

 リボルブは、その音声を聞きながらアプリドライバーに装填し、マテリアフォンをかざして叫んだ。

 

「変……身!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! ブルースカイ・アプリ! 蒼穹の冒険者、インストール!》

 

 ウォリアー・テクネイバーの銀色の装甲がリボルブの体に合着し、赤いパワードスーツをプロテクトする。

 仮面ライダーリボルブ ブルースカイリンカー。マテリアプレートを使ってリンクチェンジした、リボルブの姿だ。

 全身からカタルシスエナジーが迸り、青い閃光がリボルブの体を包み込んだ。

 想定外の姿にジェラスも一度は驚くが、すぐに落ち着きを取り戻した。

 

「だからどうしたってんだ? 俺はアズールの戦闘データも閲覧済みだ……今更そんな虚仮威しが通じるワケねぇだろうが!」

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

「大人しく負けろ、このカスがぁ!」

 

 ジェラスの左右の掌から、高速で『槍』の文字が飛び出す。

 エフェクトを発動する時点でその行動を読んでいたリボルブは、ブルースカイリンカーの特殊能力で突風を巻き起こし、その文字を逆方向に押し返す。

 それさえもジェラスは見切っていた。右方向にステップしつつ、さらにもう一度エフェクトを発動しようとトランサイバーに手を伸ばした。

 だが、逆風はジェラスの想像を超えて強く吹き、その場に押し留めた。

 

「なっ!?」

 

 必然的に、文字はジェラスの胴に命中。弾けた場所から槍が飛び出し、ジェラスの体を後方へ吹き飛ばした。

 

「ぐう!?」

「オラァァァッ!」

《アズールセイバー!》

 

 右手にリボルブラスター、左手にアズールセイバーを構え、リボルブは飛翔してジェラスを追撃する。

 銃撃をジェラスが壁の生成で防げば、飛翔して頭上から剣で直接斬り込む。

 その剣撃をマテリアエッジで辛うじて凌ぐと、今度は超至近距離からの銃撃が胴体に命中する。

 反撃とばかりに蹴りを繰り出そうとすればそれも読まれており、飛翔と凄まじいスピードで距離を取られた上、最接近して頭突きを食らわされる。

 

「どういう事だ、性能はサイバーノーツの方が上のはず!?」

 

 そんなジェラスの困惑ごと吹き飛ばすように、リボルブはその顔面に拳を何度も打ち込んだ。

 

「そんなもん知ったこっちゃねェよ! ひとつだけ分かってんのはなァ……これは俺一人の力じゃねェって事だ!!」

 

 再度エフェクトを発動しようとしたジェラスの右手に、リボルブラスターの弾丸が命中。ジェラスが怯む隙をついて、リボルブはアズールセイバーで再び斬りかかった。

 だが、ジェラスもただやられるばかりではない。倒れ込むと見せかけ、素早くトランサイバーのボタンを押し込んだ。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

「喰らえ!」

 

 風で押し戻すにはあまりにも遅く、そして接近しすぎた。リボルブは『爆』の文字を受けて地に膝をつき、さらにジェラスの蹴りを受けた。

 

「ぐ……ガハッ!?」

「鷹弘!?」

 

 陽子が声を上げ、鋼作たちも心配そうに見守る。

 爆撃や蹴りのダメージ自体は然程でもないはずだが、リボルブは激痛と疲労感に苛まれている。

 ただでさえV2アプリのダメージが残っている状態なので当然ではあるが、それに加えて平時よりも遥かに高いカタルシスエナジーの増幅が、より肉体に負担をかけているようだ。

 

「貰った! お前も、あの翔とかいう邪魔くさいガキも……纏めて死なせてやるよ! 『ファイナルコード』!」

Roger(ラジャー)!》

 

 ジェラスは、三つ見誤っていた。

 と言ってもリボルブのダメージの事ではない、既に限界に近いのは事実だ。

 ジェラスにとって想定外なのは、この状態でもリボルブの速撃ちは衰えない事。

 加えて、今この距離は、リボルブラスターの射程内であるという事。

 そしてリボルブ――静間 鷹弘は、一度見ているジェラスのこの必殺技の対策を、既に組み立てていたという事だ。

 

「貰った」

 

 リボルブの声と共に、パァンと銃声が雨空の下に響き渡り、データの銃弾がジェラスの手に命中する。

 文字を生み出す掌、その『爆』の文字を破裂させて。

 

「なっ……」

 

 瞬間、ジェラスの掌に爆発が起こる。それも一度や二度ではなく、文字が出てくる度に無数の爆発が連鎖し続け、大爆発となった。

 結果として、ジェラスは自分で自分の必殺技を受ける事になってしまったのだ

 

「ぎ、ギアアアアア!?」

「言ったはずだぜ……テメェも今日からザコの仲間入りだ、ってなァ!」

 

 全身から黒煙を噴き出しながら、今度はジェラスが地に跪き、逆にリボルブは立ち上がった。

 形勢逆転、リボルブの反撃が始まる。まずリボルブは、Oracle Squad(オラクル・スクアッド)のプレートをリボルブラスターに装填した。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! オラクル・マテリアルカノン!》

「グガッ!?」

 

 データの弾丸がジェラスの顔面に直撃し、地面を舐めさせる。

 ジェラスも立ち上がって反撃に転じようとするが、遅い。既にリボルブは殲血のダンピールをアズールセイバーにセットし、必殺を発動していた。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ダンピール・マテリアルスラッシュ!》

「ドアアア!?」

 

 剣を振り抜いて斬り上げ、上空へと吹き飛ばすリボルブ。さらに続けざまにリボルブラスターへジェイル・プラネットを装填、銃口を真上に向けて追撃を行う。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ジェイル・マテリアルカノン!》

「ギャアアア!?」

「さ、三連撃……!!」

 

 琴奈が唖然とする。

 以前アズールが三つの武器で同時に必殺を放った事があるが、その時程ではないにしろ、リボルブの身体には凄まじい負荷がかかっているはずだ。

 しかし、リボルブは手を止める様子を見せない。闘志を衰えさせる事なく、今度はデュエル・フロンティアのマテリアプレートをアズールセイバーに挿入した。

 そして悲鳴を上げながらジェラスが地面に落ちてきたタイミングで、リボルブは必殺を発動した。

 

「オラァァァッ!」

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! デュエル・マテリアルスラッシュ!》

「クッ、そう何度も食らって……!?」

 

 斬撃が来ると踏んでいたジェラスは、顔を上げて瞠目した。

 青い炎を纏い、アズールセイバーが飛んで来たのだ。リボルブはあろう事か、必殺を発動した武器を高速で投擲したのだ。

 

「ヌオオオ!?」

 

 予想外の攻撃にジェラスは完全には対応できず、アズールセイバーを掴んで止めようとするも、刃先が胴に命中する。

 しかもそれだけではなかった。既にリボルブが飛翔し、マテリアプレートを押し込んで、ジェラスの方に向かっている。

 

《フィニッシュコード!》

「御種ェェェッ!!」

Alright(オーライ)! ブルースカイ・マテリアルバースト!》

「これで決別する! テメェとも、テメェに感じていた友情とも!」

 

 リボルブのキックが、アズールセイバーの柄に命中。刃先が押し込まれると同時に、衝撃とエネルギーがジェラスの身に亀裂を入れた。

 

「クウウウッ!?」

「オオオオオッ……ガ、ハッ!?」

 

 瞬間、リボルブの仮面の隙間から、血が溢れ出た。

 肉体の限界だ。五連続の必殺発動という負荷に、ついに耐えきれず吐血してしまったのだ。

 ジェラスは安堵し、勝利を確信する。最早これで抵抗はできないだろうと考え、今度こそ自分の必殺技で決着をつけようと。

 だが。

 

「グ、ォラアアアアアッ!!」

「何っ!?」

 

 変身が解除されないまま、リボルブはブルースカイ・アドベンチャーを抜き取り、リボルブラスターに装填した。

 

《フィニッシュコード!》

「バカな、限界の身体でなぜ動ける……!?」

「俺たちに……仮面ライダーに、限界はねェッ!!」

Alright(オーライ)! ブルースカイ・マテリアルカノン!》

「くたばりやがれェェェェェッ!!」

 

 リボルブはそのままジェラスに向けて、青い炎の弾丸を放つ。

 防御する間もなく弾丸を受けたジェラスは、変異が解除されて地面を転がる事となった。地面に着地したリボルブも、その瞬間に変身が解けてしまう。

 ヴァンガードは驚きつつ、疲弊した様子で立ち上がる。

 

「油断、しすぎたか……まさかお前に一杯食わされるとはなぁ」

「逃がすと……思ってんのか」

 

 口元に付いた血を手の甲で拭いながら、鷹弘はヴァンガードを睨む。

 それを見たヴァンガードは余裕を見せつけるかのように唇を釣り上げ、トランサイバーに「ゲート」と音声入力した。

 

「立っているのもやっとの男が、随分と強気だなぁ。悪いが俺は勝てない勝負はしない主義でね、逃げさせてもらうよ」

「待ちやがれ……クソッ!」

 

 止めようと前へ踏み出した鷹弘だが、全身に走る激痛に呻き声を上げる。

 それでも尚、足を引き摺りながら前に向かうものの、ヴァンガードは大きくバックステップし、ゲートを通ってその場から去ってしまった。

 追跡は失敗だ。途端に、鷹弘の体から力が抜けて行く。

 

「チッ……ここまで、かよ」

 

 鷹弘の体が前へと倒れかける。その背を陽子が抱き止め、鋼作と琴奈が両手を掴んだ。

 

「鷹弘っ!」

「ったく、翔に無茶すんなとか言っておいて……あんたも滅茶苦茶するよな」

「でも……ありがとうございます、静間さん」

 

 三人に支えられてやっと立ち上がった鷹弘は、自分の手の中にあるブルースカイ・アドベンチャーのマテリアプレートに視線を落とす。

 これを手にした時に見た青い光は、もう失われている。

 翔が自分に手を貸してくれたのだろうか。今となっては何も分からないが、そうでなければ鷹弘はとっくに戦闘不能になっていた。そう考えるしかないのだろう。

 

「……返しに行かねェとな。あいつも仮面ライダーなんだ」

「鷹弘、どうかした?」

「なんでもねーよ」

 

 フッと微笑みながら、鷹弘は陽子の肩を借りて医務室へと向かう。

 いつの間にか、暗闇を裂くように、雨雲の切れ間から光が差し込んでいた。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 リボルブの奮闘によって撃退された後。

 再び現実世界に戻ったヴァンガードは、帝久乃市内の作業倉庫とはまた別の隠れ家にやって来ていた。

 ホメオスタシスも電特課も把握しておらず、ある人物以外は他の誰も知らない秘密のアジトだ。痛む脇腹を押さえながら、ヴァンガードはやっとの思いでソファーに寝そべる。

 

「やれやれ、随分手酷く……やられたな」

 

 そう独りごちると、ヴァンガードはあるものを取り出して机の上に放り出した。

 

「こいつと戦闘データを持ち帰れたんだ、良しとするか」

 

 ストライプが使っていたガンブライザーとCytube Dreamのマテリアプレートだ。医務室から出た後に、こっそり持ち出しておいたのだ。

 すると、それを見通していたかのように、この場所を知る唯一の人物が目の前に出現した。

 

「お帰りなさいませ、ヴァンガード様」

「よぉスペルビアP(プロデューサー)、相変わらず神出鬼没だねぇ」

 

 マテリアプレートとガンブライザーを回収するスペルビアを見て、ヴァンガードはソファーに足を投げ出し、ひらひらと手を振りながらそう言った。

 スペルビアはにこやかに、ヴァンガードに一礼する。そして同時に、ボロボロになったヴァンガードの姿を訝しんだ。

 

「あなた様の正体を知った上、そこまでの傷を負わせるとは。中々侮れないようですねぇ、仮面ライダーも」

「思ったよりやるぜ。ちょいと遊びすぎた」

 

 ヴァンガードはくつくつと笑いながら「だが」と付け加え、半身を起こした。

 

「まだ全力を出し切ったワケじゃねぇ……次に戦う時は俺が勝つさ」

「それはそれは、その時を楽しみにしておくと致しましょう」

 

 そう言ってスペルビアは背を向け、指を弾こうとした寸前、背中を見せたまま「ところで」とヴァンガードに語りかけた。

 

「何か、良からぬ事を考えてはいませんか?」

「ハッ! 何を今更……俺は悪い事しか考えてねぇぜ」

 

 その言葉を受けて、スペルビアは含み笑いと共に両手を大きく広げて振り向き、一礼した。

 

「あなたは実に面白い人だ、これからも期待させて頂きますよ。では、失礼致します」

 

 パチンッ、と指を弾くと、スペルビアの姿はその場から消失する。

 彼がいなくなったのを確認して、しばらくしてからヴァンガードは溜め息混じりに立ち上がり、作業机の戸棚の鍵を開いた。

 その棚の中には、ある物が入っていた。

 銀色のベルトのバックルに、携帯端末――まだ基盤が剥き出しで不完全な部分も多いようだが、アプリドライバーとマテリアフォンだ。

 

「あぁ、きっと面白くなるさ……」

 

 PCを操作してアプリドライバーとマテリアフォンの設計図を表示し、戸棚の奥からさらに二つの板状の物体を取り出すヴァンガード。

 マテリアプレートだ。まだ名前は入力されていないが、その形状は翔たちに与えたV2アプリに酷似していた。

 

「こいつらが完成したら、もっと面白い事になるぜ。俺にとってなぁ」

 

 邪悪な笑顔を顔一面に貼り付け、ヴァンガードは作業に取り掛かるのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「ぐすっ……ひくっ、うう……うぇえええ……」

 

 サイバー・ラインにて。

 暴走したアズールに敗北したストライプ、栄 進駒は、自らの居城の中を歩いて一人啜り泣いていた。

 先の戦闘も合わせての二連敗。さらに彼は八歳の少年なので、無理もない話である。

 

「ボクは負けたらいけないんだ……勝って、勝って……一番にならなきゃいけないんだ……なのに……」

 

 自分に言い聞かせるように呟きながら、進駒は歩き続ける。

 そして、玉座の後ろにあるチェス盤の上に手を置く。すると彼の指紋を認証して、隠し扉が音を立てて開き、進駒はその中へと入っていく。

 最奥の間には、巨大な黒いキングと白いクイーンの駒が隣同士に並んでいた。それは単なる駒ではなく、一部がガラスになっており、中に人の姿が見えた。

 キングの方には男性、クイーンの方には女性が入っており、双方とも中で管状の機械に繋がれ、苦悶の表情のまま意識を失っているようだ。

 

「父さん……母さん……」

「恋しくなりましたか? 彼らの事が」

 

 そんな声が、進駒の背後から聞こえた。

 声の主は孔雀の仮面を付けた男、スペルビアだ。手に持ったガンブライザーを、進駒へと見せびらかしている。

 

「それは!?」

「ヴァンガード様が奪い返して下さいましたよ。尤も、あの方はもうホメオスタシス側には戻れないでしょうが」

 

 そう言って、スペルビアは進駒に向かってガンブライザーを放り渡した。見事にキャッチした進駒は、それを持って俯いている。

 

「それで、どうなのです? 自分の両親が、帰る家が恋しいですか?」

「まさか」

 

 涙を拭った進駒は、意識を失っている両親に憎しみに満ちた眼差しを送っている。

 

「こいつらは親でありながら、目先の欲に駆られて天才であるボクの人生を狂わせ、道を閉ざしたクズだ。恋しいワケがありませんよ……こいつらをこうして閉じ込めているのは、苦しむ姿を眺めて心を落ち着けるためです」

「そうですか、それは良かった」

「……でも、今は少し怖いんです」

 

 訝しむようにスペルビアが進駒の顔を見る。

 進駒は震えながら、地面を見つめて自分の体を抱えた。

 

「アズールのあの新しい力……あまりにも計算外だ、ボクが一撃でやられてしまうなんて! クイーンたちをフルに使って、ボク自身も前に出て、ようやく倒せるかどうか……」

「おやおやおや。あなた様からそのように弱気な発言が飛び出すとは」

「弱気にもなりますよ! 幸いにも向こうは力を制御できていないようでしたが、もしもまたアレで攻めてこられたら……!」

 

 進駒が叫ぶと、スペルビアは彼の肩に手を置いて顔を近づけ、微笑みながら「大丈夫ですよ」と語りかける。

 そのスペルビアの瞳を間近で見て、進駒は小さく悲鳴を上げた。

 同心円状に広がる、外側から黄・緑・赤・青・橙・藍・紫の七色の層で構成された瞳。それでいて中央にある瞳孔は、光を吸い取り奪い尽くすかのような、どこまでも深い暗黒だ。

 

「あなた様は、まだトランサイバーの機能を全て使ったワケではないのでしょう?」

「え……」

「『ビーストモード』ですよ」

 

 瞳に見入っていた進駒が、ビクッ、と身を震わせる。

 

「アレを使えば仮面ライダー共など、最初から物の数ではない。違いますか?」

「は、え……しかし……アレは、その……ボクにもまだ制御不能で……」

「おやおや、今更そんな事を気にする必要などありますか?」

 

 スペルビアはさらに瞳を近づけ、進駒の怯え切った目を覗き込む。

 

「仮面ライダーとホメオスタシスさえ止めてしまえば、あなた様の願いを阻む者はいなくなります。ならば、制御不能であろうが何であろうが、手段を選んでいる場合ではないのでは?」

「う……あ……で、でも……」

「また負けてもよろしいのですか? あの時のように?」

 

 息の荒かった進駒の顔が強張り、怯えが徐々に消えていく。

 呼吸も徐々に整い始め、未だに戸惑ってはいるものの、進駒は一度だけ頷いた。

 唇を固く結び、輝きを失った瞳で静かに隠し部屋の外へ向かって行く。

 

「そうだ、ボクは勝たなきゃいけない……勝つんだ!!」

Roger(ラジャー)! アバターモード!》

「かかって来いホメオスタシス……ボクの総力を以て迎え撃つ!!」

 

 偽りの鎧を纏い、居城の主は玉座に腰を下ろす。

 その様子を満足気に眺めて、スペルビアは数度頷いた。

 

「それでよろしい」

 

 スペルビアは城主に背を向け、頬を大きく歪める。

 その瞳には、ありとあらゆる命を見下す、邪悪な思念と底知れない欲望が宿っていた。

 

「私から見れば、あなた様も所詮はただの駒……利用されるだけの、居場所のない空っぽの人間なのですからね」

 

 パチンッ、と右手で指を弾き、スペルビアはその場から姿を消した。



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EP.14[虚栄の司令官(Vain Commander)]

 リボルブがジェラスアジテイターを撃退した後。

 鋼作は、琴奈と共に地下研究施設の休憩室にいた。

 アシュリィも先程までここで一緒にいたのだが、すぐに仮眠室で眠る翔の様子を見に行ってしまった。

 二人は沈黙したまま、缶ジュースを飲んだり机と睨み合ったりしている。

 

「……あたしたちに、できる事ってないのかな」

 

 不意に琴奈がそんな事を口走った。鋼作は一度琴奈の方を見て、すぐに首を横に振る。

 

「何ができるんだ? 俺たちにマテリアプレートを作る技術はない。作ったとしても、V2以上のものはできないぜ。作れるとしたら、それは……」

「御種さんだけ、かぁ」

 

 そのV2アプリですら、翔と鷹弘の命を奪うための劇毒。ヴァンガード、即ち御種 文彦が仕掛けた罠だったのだ。

 暴走どころか死ぬ危険性がある以上、最早あの力に頼る事はできない。

 かと言って、現状維持するのも危険ではある。まだクイーンの対策として作られたギガント・エクス・マギアによるギガントリンカーという切り札があるとは言え、それもキングに対処するために使ってしまった。

 つまり、ホメオスタシスは既に手の内を全て晒してしまっているのだ。さらに現状は翔も鷹弘も動けないため、対策を練る時間も与えてしまう事になる。

 これでは不利なのは自分たちの方だ。それが分かっているからこそ、二人共焦っているのだ。

 

「じゃあどうすればいいの? 結局のところ今の私たちにできるのは、あの二人をサポートするメカを作る事だけ」

「そのメカだって、ヴェインとの最終決戦ともなれば役に立つかどうか分からない……せめて響がいてくれたら……」

 

 はぁ、と鋼作も琴奈も溜め息を漏らす。

 変身できず他の戦闘要員のように訓練も受けていない以上、戦いでは足止め程度にしか役立てない。だから二人は他の形で力になろうとしていたのだが、今ではそれさえできずにいる。

 自分たちには、もう仮面ライダーを助ける事ができないのだろうか。鋼作も琴奈も、そんな風に考えつつあった。

 だが、そんな折。何者かが休憩室の扉を開く。

 

「うん? どうしたお前ら、辛気臭い顔してよ」

「刑事さん……」

 

 電特課の警部補、安藤 宗仁が欠伸をしながらやって来た。

 鋼作と琴奈は打ち明けた。文彦が裏切り者であった事、響が消息不明となった事、彼が仕組んだ罠で翔も鷹弘も死にかけた事、自分たちに彼らを助けられないか考えていたという事を。

 宗仁は鋼作たちの話を、神妙な面持ちで腕を組みながら聞いている。

 特に、文彦が証拠を隠滅していた張本人だと知った時は、険しい顔で嘆いていた。脚の動かない彼が、ホメオスタシスと電特課の連携を強めるために奮闘していたのだと思い込んでいた宗仁にとって、この事実は重くのしかかっているようだ。

 

「そりゃあ……災難だったな、お前らも」

 

 組んだ腕を解き、宗仁は言った。その彼自身もまた、苦しんでいる様子だった。

 

「悪いニュースばかりだし何もできないしで、お互い嫌になるよな。警察もできる事と言やぁ、避難誘導と調査と、後は……市民に不安を与えないよう情報の流出を防ぐくらいだ」

「……私たち、どうすれば良いんでしょう」

「分かんねぇよ。こっちももうじき電特課を立ち上げたトップが戻って来るけどな、その人がいたところで何ができるやら」

 

 立ち上がって自販機からエナジードリンクの『キバッてGO!』を選んだ宗仁は、一気にそれを呷り、一息ついてから二人の方を振り返る。

 

「どっちにしろ、やれる事をできる限りやるしかねぇだろ。俺たちゃ仮面ライダーにはなれないんだ」

「そりゃそうですけど」

「道具に色んな使い道があるように、人間の技術や才能には色んな活かし方がある。薬にもなりゃあ毒にもなるさ……アイツは、文彦は活かし方を間違えたみたいだけどな」

 

 空になったエナジードリンクの小瓶をゴミ箱に入れ、宗仁は再び二人の向かい側の席に座る。

 

「俺たちはそれを薬にすりゃ良いんだよ。あいつらにとって最適な状況を作りゃ良いんだ」

「刑事さん、簡単に言うけど私たちはその活かし方が分からなくて……」

 

 琴奈が呆れた顔で反論しようとした、その時。鋼作は突然に「あっ!」と声を上げ、両手をパンッと叩いた。

 何事か分からず慌てる琴奈、そんな彼女の両肩を掴み、鋼作は声を大きく張る。

 

「そうだよその手があるじゃねえかよ! ちっくしょう、なんで今まで思い付かなかったんだ!」

「え、何? どうしたのよ鋼作?」

「分かんねぇか? 薬も毒も元は同じなんだ! だったら俺たちのやる事は決まってんだろ!?」

 

 その言葉を聞いてもまだ琴奈と宗仁は合点が行っていないようだったが、琴奈の方はすぐにその意図を理解して鋼作同様に声を張り上げた。

 鋼作はすぐに取り掛かりたいようで、琴奈に真意が伝わると急いだ様子で休憩室から出て行った。

 

「なんだぁ? お前らなんか思いついたのか?」

「はい、お陰様で! 多分徹夜になると思いますけど! 相談に乗ってくれてありがとうございます!」

「何をするのか知らんが、まぁ頑張れよ」

 

 明るさを取り戻して笑顔で退室する琴奈の姿を見て、釣られるように宗仁も微笑みながら二人の背に手を振るのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同日、深夜。

 真夜中の帝久乃市を、小さな影がひとつ徘徊していた。

 虚ろな瞳を真っ直ぐに前へと向けている彼は、Cytuberの一人である栄 進駒だ。

 ホメオスタシスに正体を晒してしまっている以上、本来ならば進駒がこの姿で歩くのは危険が大きい。そもそも子供なので、警察に見つかれば補導は避けられないだろう。

 それでも彼が出歩くのは、ある目的のためだ。

 

「……あいつらで良いか」

 

 進駒が見つめる先にあるのは、コンビニだ。それも、出入り口の付近にバイクを駐車し、座り込んでたむろしている者たちがいる場所。

 彼らは着崩したワイシャツに学生ズボンという装いで、いかにも不良といった装いだ。それでも進駒は物怖じせず、近付いていく。

 すると、暗がりの中に小さく動くものを見つけた彼らは興味を持ったようで、面白半分に進駒の方へと歩いて行った。

 

「おいガキ! ここはお前の遊び場じゃねーぞ!」

「ギャハハ、止めとけよビビってチビるんじゃねぇ?」

 

 品のない笑い声を不愉快そうに聞きながら、彼らに視認できないギリギリの距離で、進駒はトランサイバーに手を伸ばした。

 

Roger(ラジャー)! アバターモード、オン!》

「オラ、何とか言って……み……え?」

 

 完全に姿が見える位置まで来た時、不良たちは目を見張った。子供だと思っていた影が、突然250cmほどの巨人に変わったのだ。

 あまりの出来事に驚き、先頭に立っていた少年が腰を抜かして尻餅をつく。

 

「ヒィッ!? な、なんだ……お前!?」

「……こいつは違うな」

 

 ストライプは先頭の少年の頭を掴んで、草むしりでもしているかのように無造作に放り投げる。

 そして他の不良たちを順々に見て行き、その中の一人、獅子の鬣を思わせる派手な金髪だが他の面々に比べると体格の小さな少年に目をつける。

 彼の姿を見たストライプは満足そうに「決まりだ」と呟いて、その腕を取って持ち上げた。

 

「ぎゃあああっ、助けてくれぇ!」

「ひぃぃぃ! 逃げろ! 逃げろぉ!」

「お、おい!? 待ってくれよ、助けてくれよぉ!」

 

 涙ぐむ少年を放って、他の不良たちは逃げ出した。

 しかしその退路を、突如出現したベーシック・デジブレインが塞ぐ。瞬く間に少年たちが感情を捕食され、何も感じず何の感情も発さない人形のようになって倒れてしまった。

 その姿を見た金髪の少年はさらに恐怖するが、ストライプは腕を掴んだままゆっくりと彼を地面に下ろした。

 

「どうだい? 今の力、すごいだろう?」

「ヒ、許して……許してくれ……」

「落ち着きなよ。君、同じ力を欲しいとは思わないかい?」

 

 自慢気に言いながら、ストライプは懐から一枚のマテリアプレートとガンブライザーを取り出し、少年に見せつける。

 

「君さぁ。あのリーダーみたいに強くなりたいんだろ?」

「お、俺が……?」

「だって、その髪型。本当は弱くて体も小さいのに、外面だけは強く見せて……自分の力を誇示してるつもりなんだろ? そのくせリーダーの影に隠れている。でも、ボクなら本当の力を与えられる。見た目だけじゃない、君の欲望をそのまま反映した……本物をね」

 

 その言葉に、少年は息を呑みながらも「本当か?」と訊ねる。

 

「勿論さ。欲しいだろ?」

「お、俺は……欲しい! 誰も俺をバカにしねぇ力が、本当の俺が!」

「そうかそうか」

 

 ストライプはしたり顔で、素早くガンブライザーを少年の腰に装着させ、マテリアプレートを起動した。

 

Cytube Dream(サイチューブ・ドリーム)……ライオン!》

「その"虚栄"、利用させて貰うよ!」

 

 

 

 翌日、明朝。

 翔はホメオスタシスの仮眠用個室のベッドの上で、地下研究施設内の騒ぎ声を耳にして目を覚ました。

 隣には、ずっと看病して疲れてしまったらしいアシュリィが、翔の左手を握ったまま椅子の上で眠っている。驚きつつも翔はベッドから出て、彼女を起こした。

 

「アシュリィちゃん、大丈夫?」

「んー……?」

「えっと、何か向こうが騒がしいから。一緒に行こう?」

「んー……」

 

 寝惚けながら、アシュリィは翔の服の袖を掴み、彼の案内に従って歩き始めた。

 そして翔は道の途中で陽子を発見し、話しかける。

 

「滝さん!」

「あれ、翔くん!? 体はもう大丈夫なの?」

「はい! それより、この騒ぎは?」

「それが……」

 

 陽子が答えようとしたその時、翔と陽子のN-フォンから、突然奇妙な電子音が鳴り響く。

 見れば、画面には大きく『Cytube Dream(サイチューブ・ドリーム)』というロゴマークが表示され、それが切り替わると同時に玉座にふんぞり返るストライプの姿がノイズがかった状態で映し出された。

 どうやら電子機器をジャックされているらしく、この研究施設どころか帝久乃市内のあらゆるモニターや端末にこのライブ映像が流れているようだ。

 

『愚かなるホメオスタシスの諸君。見ているかな?』

「ストライプ!?」

『そろそろ気付いてる頃だと思うが……ボクは今、手駒を使って何人もの帝久乃市の住民を精神失調症に陥れている』

 

 地下研究所内がさらに騒然とする。陽子が部下たちに事実確認を行ったところ、実際に患者が急増し始めていたようだ。

 さらに、彼らの行動を嘲笑うかのようにストライプは続ける。

 

『彼らの思念は、サイバー・ラインにあるボクの領土を強固にするための素材になっている。解放して欲しければボクを倒すしかないよ』

「なんて事を……!」

『ボクの領土である虚栄の王城(ヴェイン・キャッスル)に来い。そこで決着をつけよう……来なければボクは住民たちの感情エネルギーを搾取し続けるだけだ。お前たちが勝てばボクが捕らえてきた人間は全て解放される、逆にボクが勝てば……ボクの望みが叶う。この腐り切った世界が、変わるんだ』

「世界が変わる……?」

 

 ストライプが濁った眼でありながら恍惚とした笑みで言い放った言葉を、翔が反復する。

 それにどういう意味があるのかは分からない。だが、酷く嫌な予感がしたのだ。

 

『楽しみにしているよ』

 

 映像が消え、元の画面に戻った。

 まさか向こうから、それもこんな大胆な形で宣戦布告を叩きつけて来るとは。驚きつつも、翔はその場を去ろうとする。

 これから大規模な戦いが始まる、その準備を始めるためだ。

 だが、そんな翔の腕をアシュリィが掴む。

 

「行くの? そんな体で?」

「……兄さんと約束したんだ、全部自分の手で勝ち取るって。それに、ここで何もしなかったら兄さんを見つけた時に顔向けできないよ」

 

 微笑みながらそう言った翔は、再び出動に向けて歩き出そうとする。

 だがアシュリィは掴んだ手を離さない。代わりに翔の顔を真っ直ぐに見据えて、言い放った。

 

「私も付いて行く」

 

 これには翔も面食らい、危険な戦いになる事に間違いないので拒否しようという考えが頭をよぎるが、アシュリィの眼差しは本気だ。

 翔は唸った後、アシュリィの眼を見つめ返してから一度だけ頷いて、マテリアガンを手渡した。

 眼光に射竦められたわけではない。ただ、彼女の本気を受け止めたかったのだ。

 

「ただし、危ないと思ったらすぐに逃げる事。いいね?」

「うん」

 

 強く頷くアシュリィを見て微笑み、続いて翔は陽子の方を見る。

 彼女も特に止めるつもりはないらしく、同じく頷いていた。それを受けて翔は改めて、アシュリィを連れてサイバー・ラインへ向かう準備を進めるのであった。

 準備を終えて司令室へ翔・アシュリィ・陽子が集まると、鷹弘から各員に作戦の概要が伝えられる。

 まず、街にいるベーシック・デジブレインについて。これは、仮面ライダーを動員せずとも対処が可能なので、陽子が戦闘部隊のエージェントを率いて指揮を取り、各自で街への被害を最小限に抑えつつ戦う。電特課も専用の武装で既に戦闘を行っているため、これと連携する事となった。

 次にサイバー・ライン側について。こちらには、当然ながら翔と鷹弘の二人とアシュリィが向かう。そして状況次第という事にはなるが、ヴェインの相手はこれまで戦って来た経験から翔が担当し、鷹弘は他の駒を相手にする事となった。

 そのため、翔が持っているマテリアプレート、ギガント・エクス・マギアは一時的に鷹弘が扱う運びとなった。

 

「ん? おい、いつもの二人はどうした?」

 

 作戦会議を終えようとした鷹弘に言われ、翔は鋼作と琴奈の話だとすぐに理解するが、首を横に振る。

 翔自身、彼らが今どこで何をしているのか知らないのだ。

 陽子も認識していないようで、アシュリィに関しては翔のいた仮眠室から二人が出て以降見ていないという。

 

「まァいい、あいつらの事は後だ。それよりもお前」

「はい?」

「もう動けるんだろうな」

「……勿論です」

「そうかい。じゃあ、試してみるか」

 

 司令室の椅子から立ち上がり、正面から翔と睨み合う。

 息を短く吸った直後、鷹弘は翔の顔面を目掛けて凄まじい速度で拳を突き出し、翔はそれを右手で掴んで止めた。

 すると鷹弘はフッと笑い、翔も微笑んで拳を開放した。

 

「今のが見えるんなら問題ねェ。行くぞ」

「はい!」

 

 こうして翔と鷹弘はアシュリィ及び陽子を伴い、司令室を出てそれぞれの持ち場へと向かう事となった。

 駐車場に繋がる地下道で、陽子はそのままマシンマテリアラーで部下たちと共に現場へと走る。

 一方の翔たちは、まずは自分たちのマシンを呼び出す事になった。

 

《パルスマテリアラー!》

《トライマテリアラー!》

「ところで、ゲートなしでどうやってサイバー・ラインへ行くんですか?」

「ああ、まだ教えてなかったか。マテリアフォンに搭載されてんのは帰還用のバックドアだけじゃねェ、直接向こうへ乗り込むためのゲートを作る機能もある」

 

 こんな風にな、と言って鷹弘はバックドアと同じ扉のマークのアイコンをタッチする。

 するとストライプやヴァンガードがゲートを開いた時と同様、しかし翔や鷹弘の眼の前の空間だけが歪んで、まるでそこにトンネルでもできたかのようにその歪みが大穴と化した。

 

《ゲート!》

「このゲートは入ればすぐに閉じるし、一方通行だからこれを使ってデジブレインが来る事もない。バックドアを使う時には再起動して、この場所まで脱出する事もできる」

「なるほど……」

「じゃあ行くぞ。待たせたら何しでかすか分かんねェからな」

 

 アシュリィが翔の後ろに乗ったのを確認して、二人はゲートに目掛けてマシンを走らせた。

 

 

 

 三人がゲートを潜り抜けると、そこは以前翔が訪れた事のある場所だった。

 初めてガンブライザーを使ったデジブレインと邂逅した時に辿り着いた、あの中世ヨーロッパの城のようなものがある世界。空は変わらず、黒く濁っている。

 今彼らがいる場所は城から離れており、地面に突き刺さった矢や黒煙が上がっている、戦禍の爪痕が残った平地だ。城はそこより遠くの森を抜けた丘の上に見える。

 

「そういえばずっと聞き忘れてたんですけど」

 

 サイバー・ラインに到着してすぐに、翔が鷹弘へとある質問を投げかける。

 

「最初に僕がサイバー・ラインに来た時は、こんな風景じゃなくてもっと現代的だったと思うんですけど、もしかしてサイバー・ラインにも色んな場所があるんですか?」

「実を言うと今までは俺たちもよく分かってなかったんだが、Cytuberの連中を見てようやく推測を立てる事はできた」

 

 トライマテリアラーを走らせながら、鷹弘が言う。

 

「ストライプのヤツが言ってたろ? 『領土を強固にする』とかなんとか。つまり、あいつらは各々が専用の領土を持ってんだ、って事はゲートを作る時にその場所と自分の領土と繋げてるはずだ」

「なるほど……あっ! という事は、兄さんって今はヴァンガードの領土に!?」

「可能性の話だがな。それに、あくまでサイバー・ラインはひとつに繋がっているはずだ。領土の間を移動する事もできる、だとしたら響のヤツが別の領土に移動しているってェ事も考えられるぜ」

「でもそうだとしても、兄さんを探すのならまず真っ先にヴァンガードから当たってみるのが良さそうですね」

 

 翔の言葉に鷹弘が頷いた、その直後。

 バイクとトライクで城を目指して疾走する二人の間を、火矢が割って入った。

 敵襲だ。ポーン・デジブレインが二体、砦の上から弓矢で翔らを狙っているのだ。

 さらにスタッグビートル・デジブレインとスパロー・デジブレインとベーシック・デジブレインが群れて砦から飛び出し、向かって来る。城へ辿り着く前の前哨戦と言ったところだろう。

 

「面倒くせぇ、軽く蹴散らすぞ!」

「はい!」

 

 二人はマテリアフォンを操作してアプリドライバーを呼び出し、素早くマテリアプレートを装填、そしてマテリアフォンをかざして変身した。

 

「変身!」

「変……身!」

《奇跡の大魔法、インストール!》

《監獄のサバイバー、インストール!》

 

 翔は仮面ライダーアズール マジックリンカーに、鷹弘は仮面ライダーリボルブ ジェイルリンカーとなった。

 そして迫り来る矢はアシュリィがマテリアガンで撃ち落とし、二人はマシンを走らせながら同時に必殺技を放つ。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! マジック・マテリアルバースト!》

「そぉりゃああああああっ!」

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ジェイル・マテリアルバースト!》

「くたばりやがれェェェッ!」

 

 アズールの周囲に四色の魔法陣が展開され、そこから無数の火炎弾と水圧弾と風の刃と岩石弾が発射される。さらにリボルブの方からは、フロント部のガトリング砲と両隣を走るジェイルターレットからの制圧射撃。

 必然、前方から迫っていたデジブレインたちはその攻撃を全て受けて爆発四散し、砦も一瞬で半壊。

 生き残った二体のポーンは、あっという間にアズールとリボルブが轢き潰して木っ端微塵にした。

 そしてそのまま喜ぶ暇もなく、アズールとリボルブは先程まで砦だったものを通過し、城を目指して走り抜ける。

 

「……この程度じゃ相手にならないね」

 

 凄まじい光景に目を丸くしながら、アシュリィが言う。だが、鷹弘は首を横に振った。

 

「油断大敵だ。この先、城に入った後も何が起こるか俺にも分かんねェからな」

「その通りですね、気を引き締めて……!?」

 

 突如、二人の頭上に影が差し込んだかと思うと、巨大な金属製の脚が目の前に降って来た。

 マントを羽織った巨大ロボット、チェスキング・デジブレインだ。城のある丘へと登らせないために、ストライプが仕掛けて来たのだ。

 リボルブが目で合図を出し、アズールはそれに従って全力でパルスマテリアラーを走らせる。

 

「取らせて貰うぜ、王手(チェックメイト)を」

《ギガント・エクス・マギア!》

 

 言いながら、リボルブは起動したマテリアプレートをアプリドライバーに装填し、マテリアフォンをそこに向けて振り下ろした。

 

「リンクチェンジ……!」

《巨大なる破壊神、インストール!》

 

 リボルブはギガス・テクネイバーと合身し、胸に獅子の頭部、背中に隼の翼を持って長い尻尾を生やしている、ギガントリンカーとなった。

 アズールと違ってボディカラーは赤となっており、紫色の装甲が全身をプロテクトしている。

 

「行くぞオラァッ!」

 

 早速とばかりにリボルブは鳥神モードにチェンジし、巨大な隼の姿となってキングに向かって突進する。

 しかし前回の戦いの結果を踏まえてキングもパワーアップしているらしく、ほんの少し仰け反る程度のダメージしか与えられなかった。

 それはリボルブも想定済みだ。キングも手を出せない上空から射撃し続けて、反撃を許さずに飛び回る。背中に装備されたバズーカも使って、一方的に攻撃し続ける。

 だが、キングもただやられるばかりではない。背中のマントの下に手を伸ばしたかと思うと、そこから剣……ではなく、柄と鍔のみで構成された刀身のない物体を取り出した。

 そして何やらスイッチを押すと、その鍔から輝く刀身が伸び出て、ギガントリンカーの翼を溶かして傷をつけた。

 

「くっ!?」

 

 ビームブレードだ。左翼を傷つけられてバランスが狂ってしまったリボルブは、墜落する前に巨神モードに変形してキングの背後に着地。そのままギガントストロンガーを抜き取り、振り向きざまにキングへと叩きつけた。

 無論、今のキングはそれをやすやすと受けて簡単に潰されるほど弱くない。左拳でハンマーを殴って受け止め、ビームブレードを突き出した。また、見ればキングの口部が光り始めている。荷電粒子砲をチャージしているのだ。

 ここで退くわけにはいかない。リボルブはそう思って、あえて一歩前進して、キングの右肩に滑るようにギガントストロンガーを振り下ろして、頭には頭突きを食らわせる。

 ビームが右の脇腹を僅かに溶断するが、そんな事はもはや関係ない。キングはハンマーを喰らった衝撃でビームブレードを取り落し、さらにそれが地面に落下する前にリボルブが拾い上げ、口部から胸部を縦に薙いだ。

 そうして斬られた装甲の隙間にリボルブが両手の指を突っ込み、そのまま掴んで一息に装甲を引き剥がす。

 これで内部は剥き出しだ。リボルブはギガントリンカーの内部でアプリドライバーのプレートを押し込み、必殺を発動する。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ギガント・マテリアルバースト!》

「オラァァァッ!」

 

 赤く輝く拳が、キングの胸部から背中まで貫通し、王の駒を爆散せしめた。

 これでストライプ側の持つ脅威がひとつ消えた。しかし、未だにクイーンが姿を見せないのは不可解だ、とリボルブは思う。

 

「……まさか、城の方の護りに使ってんのか?」

 

 仮にその通りだとすれば、アズールが危ない。すぐに城の方へ行き、ギガントリンカーで援護するべきだ。

 だが、今まさに救援に動こうとした、その時だった。

 ギガントリンカーのカメラアイの前で、爆発が起こった。

 

「くっ!? これは!」

 

 リボルブは爆発が起きる前、しっかりと攻撃の正体を見ていた。あの『爆』の文字を。

 敵は地上だ、文字の飛び出して来た方向を見下ろせばそこに彼はいた。昨日倒したばかりの、あのジェラスアジテイターが。

 

「よぉ、また会いに来てやったぜ」

「ヴァンガードォッ!」

 

 地上のジェラスへと、リボルブはローキックを繰り出す。その攻撃に対してジェラスは、地面に『壁』の文字を叩きつけて石壁を出す事で防御を試みる。

 結果として蹴りを完全に防ぎ切る事はできなかったものの、ダメージを抑える事はできた。

 続いてジェラスは『矢』の文字を右掌から出した後、左の掌からは『巨』の文字を繰り出してぶつけ、文字を巨大な矢へと変えて攻撃する。

 

「ぐあっ!?」

 

 これによってリボルブは転倒。そして、この巨体でジェラスと戦うのは不利と判断し、別のマテリアプレートをウィジェットから抜き取って装填した。

 

Oracle Squad(オラクル・スクアッド)!》

「リンクチェンジ……!」

《神託のレンジャー、インストール!》

 

 ギガス・テクネイバーが分離し、ジェラスの追撃からリボルブを守る。その間にリボルブはステルス・テクネイバーを纏ってオラクルリンカーへと姿を変えるのであった。

 そしてギガスが時間を稼いでいる間に遮断能力で姿を消すと、リボルブラスターをスナイパーモードに変え、右の側頭部を狙って射撃する。

 攻撃は命中するが、ダメージはまだ浅い。慎重に戦闘を進めるため、リボルブは一度森の中に身を隠した。

 何しろ前回は勝てたとはいえ、自分の手の内を全て知られているのだ。純粋に性能差もある以上、迂闊に攻め込むのは危険と言える。

 

「ククク、なるほどねぇ? 少しは学習したようじゃないか」

 

 上辺だけは感心した、しかし明らかに見下した態度でジェラスは言い放つ。そして、ついにトランサイバーのファーストコード以外のボタンを起動した。

 

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

「それなら炙り出してやるよ、文字通りになぁ!」

 

 そう言ったジェラスの掌からは、今までとは異なる『ボォッ』『メラメラ』という擬音の文字が出現した。

 しかも、今回は泡や風船のように破裂しない。ジェラスはそれを粘土のように捏ねて形を整えていき、柄が短く刃が大きい無骨な斧を作る。

 そしてその斧を草の生い茂った地面に向かって振るうと、まるで先程の擬音が実際に聞こえそうなほどあっという間に刃先から勢い良く炎が燃え拡がった。

 

「うおっ!?」

 

 これにはたまらずリボルブも飛び出した。このまま木の後ろに隠れていては、自分の体が燃えてしまうのだ。

 出て来たリボルブを見て、ジェラスは楽しそうに笑う。

 

「ヒャハハハ! どうした、まさかあの時の俺が全力だったとでも思ってたのかぁ?」

「手の内を全部見せてねェのは気付いてたさ。だが、だったらなんで最初から本気を出さねェんだ」

 

 リボルブの質問に、ジェラスは肩をすくめる。

 

「分かんねぇのか、お前如きに本気を出すまでもないって事が」

「昨日はそれで負けてんだから世話ねェな」

「ハッ! あんな奇策が二度も通じると思うかぁ? この俺に、よぉ!」

 

 ジェラスが斧を振り上げ、それを見計らってリボルブがドライバーのマテリアプレートを素早く入れ替えた。

 

「リンクチェンジ……!」

《高貴なるスレイヤー、インストール!》

「ラァッ!」

 

 斧をダンピールバンカーで受け止め、リボルブは気迫と共に斬撃と炎から身を守る。

 だがジェラスが斧を持つ手に力を込める度、その刃からは火花のように炎が噴き出した。

 

「くっ……!」

「ヒャハハハハハ! お前じゃ俺に勝てないって事……嫌ってくらいに教えてやるぜぇ!!」

 

 

 

 同じ頃。

 意外にもすんなりと城内に侵入できたアズールとアシュリィは、シャンデリアや絨毯などの豪奢な装飾がなされた廊下を、警戒しながら奥へ奥へと進んでいた。

 途中で見回りのベーシック・デジブレインを見つければ、アズールが身を潜めて背後から首を斬り落とす。

 しかし、ポーンやナイトなどのストライプ直属の配下とは、未だに会敵できていない。

 

「うーん、進駒くんは一体どこだろう?」

 

 恐らく最上階にいるはずなのだが、一向に姿が見えない。先程から階段を登り続けているのに、次の階段が見当たらない。

 マップでもあれば手っ取り早いのだが。アズールがそんな事を思っていると、そのマフラーをアシュリィが引っ張った。

 

「どうしたの?」

「あれ」

 

 クイクイとマフラーを引きながらアシュリィが指し示したのは、巨大な銅像だ。

 王冠を被った男性と、同じく王冠を被った妊婦。見た事のない像だが一体これがどうしたのだろう、とアズールが思った直後に、その像にある違和感を察知した。

 この像の顔が、どちらも日本人的なのだ。この西洋の城内に飾るには、どこか場違いではないだろうか?

 確かに何か不思議な感じがして、思わずアズールは像に触れた。

 直後、アズールもアシュリィも目を見張る。目の前の像から、人間の声が聞こえて来たのだ。

 

『父さん、母さん! ボク、チェスの大会で優勝したんだ! トロフィーも賞金も貰っちゃった! 凄いでしょ!』

「この声……進駒くん?」

『お金は二人にあげるね! ボクはおこづかいで十分だから!』

 

 像に触れていると、頭の中に三人家族の団欒する姿が映像として流れ込んできた。アシュリィも同じのようだ。

 声が消え、映像も途切れる。そして、目の前にあったはずの銅像もいつの間にか消失し、その場所には代わりに先程まで存在しなかったはずの登り階段が出現した。

 

「今のは、進駒くんの記憶?」

「なんか……だいぶ印象違うね」

 

 アズールが同意する。以前に出会った進駒少年は目つきが悪く高圧的な態度が目立っていたが、像に触れている間に見た彼は年相応の子供という印象だ。

 何より、優勝を両親に自慢こそしていたものの、自分を天才と称している様子もなかった。

 

「とりあえず、道もできたし先に進むしかなさそうだね」

「……うん」

 

 アズールはアシュリィを連れ、階段を駆け上がっていく。その途中で、再び二人の脳内に栄 進駒とその両親の話している光景が、記憶が流れ込む。

 よく見れば、両親の顔は銅像の男女のものと全く同じだった。

 

『優勝したり、一番になったら父さんも母さんも喜んでくれて、すごく気持ちいい。よし決めた! ボク、チェスの世界でトップになるよ!』

 

 希望に満ち溢れた、眩しい記憶。だが、二人が次の段を踏み出すと、その記憶に陰りが差し込んだ。

 それは大事な大会の決勝戦。進駒が最後に参加し、準優勝となった大会。それを見たアズールもアシュリィも思わず「えっ?」と声を上げる。

 決勝戦の時間になっているというのに、進駒は何故か眠ってしまっているのだ。

 彼の手の中には、両親が買ってきた大福がある。そしてぐっすりと睡眠している進駒を見て、その両親はほくそ笑んでいるのだ。

 

『どうして……どうして起こしてくれなかったの!?』

 

 目を覚ました進駒は当然、両親に詰め寄る。すると両親が幼い彼に返したのは、赤の他人であるアズールにとっても衝撃的かつ恐ろしい答えだった。

 なぜ両親は起こさなかったのか、なぜそもそも進駒は眠ってしまったのか。その答えは、彼の両親が大福に睡眠薬を仕込んで、優勝させないためなのだ。

 次の対戦相手である青年はとある有力な政治家の息子で、進駒の両親を「優勝を買いたい」と大金で釣ったのだ。優勝賞金よりも遥かに高い金額で。

 それを聞いて、進駒はもちろん衝撃を受けた。優勝できなかった事ではない。両親は自分がチェスで結果を出したからこそ喜んでいるのだと思っていたからだ。だからこそチェスの世界で一番を目指していたのに。結局、両親は金の事しか見ていなかったというわけだ。

 事もあろうに進駒の両親は、自分の子供の幼い心を、自らの手でズタズタに引き裂いたのだ。

 

『じゃあ父さんも母さんも、お金のために、ボクを裏切って……うわあああああっ!? ふざけるな、ふざけるなぁぁぁっ!!』

「……そういう事だったのか……」

 

 二人の脳内には、怒りのあまり涙して両親に掴みかかる進駒の姿が映っている。

 しょせん進駒は非力な子供。掴みかかって来た彼を両親は突っぱねて、罵声さえ浴びせている。その光景に、アシュリィは静かに怒りを燃やして目を細め、アズールも強く拳を握り込んだ。

 だが、そこから先へ進んだ時だった。陰っていた上階へ続く階段が、さらに深い闇で覆われた。

 

『欲しくはありませんか? 誰にも邪魔されず、栄光を勝ち得る事のできる世界が。あなた様の素晴らしい才覚を誰もが認め、称賛する世界が』

「この声は!?」

『私めならば、あなた様にその機会を差し上げる事ができます。それを活かせるかどうかはあなた様次第となりますが』

 

 確かスペルビアと名乗った男だ、とアズールは思った。

 

『もしも私めと道を共にして世界を創造するというのであれば、相応の代償を頂きたい。あなた様にとって大切な何かを……さぁ、あなた様は何を犠牲になさいますか?』

『ボクの……大切なもの……』

 

 記憶の中で、進駒は指差した。母親、それから父親を。

 

『契約成立でございますね、これは素晴らしい。それでは……あなた様の"傲慢"なる悪意、プロデュースさせて頂きます』

 

 スペルビアが両親の頭に手をのばすと、二人は魂が抜けたようにその場に倒れ込んだ。その様子を眺めて、進駒は昏い眼で泣きながら笑っている。

 進駒の記憶の映像は、ここで完全に途切れた。

 これは進駒のトラウマであり、彼がCytuberとなるに至ったルーツの記憶だったのだ。彼はこの出来事が起きて以来、ずっとスペルビアの言葉に従って人間の心を奪い続けていたのだろう。

 

「……終わらせなきゃ」

「え?」

「彼を止めなきゃいけない。僕が、絶対に」

 

 決意を固めて拳を握り込み、アズールはそう言った。アシュリィも頷いて、再び彼と共に階段を駆けていく。

 そうして二人が辿り着いたのは、赤い絨毯が広がる最上階の王の間だ。奥には玉座があり、そこには当然ストライプがふんぞり返って待ち構えている。

 

「やぁ、アズール。お友達の仮面ライダーは一緒じゃないのかい?」

「……うん。僕が君を止めに来た」

「そんなのは無理だね。リボルブと一緒ならともかく、君一人でボクを倒せるワケがない。それともあの奇妙なプレートを使うのかい、暴走するリスクを冒して?」

「止めるさ。必ず」

 

 仮面越しに伝わる静かだが力強い気迫と、真っ直ぐな視線。

 それを受けたストライプは苛立った様子で立ち上がって、マテリアプレートを取り出して起動。トランサイバーへと装填して、音声入力を行う。

 

背深(ハイシン)!」

《モノトーンウォーズ、トランスミッション!》

「やれるものならやってみろよ、こいつらを倒した後でさぁ!!」

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

Roger(ラジャー)! サードコード、オン!》

 

 変異した直後、ヴェインコマンダーは一気に三つのエフェクトを発動させ、護りを固める。

 砦で倒されて修復されたものも含めてポーンが八体、ナイトが二体、ルークとビショップも二体でクイーンが一体と、完全な布陣だ。

 敵はそれだけではない。ベーシック・デジブレインも無数に湧き出し、さらに見慣れた姿のデジブレインもいる。あのシャモ型のデジブレインに、ブルドッグ型やサーバルキャット型、ロバ型の固体だ。

 しかし、どうやらガンブライザーで作ったデジブレインはいないらしい。アズールは戦力をフルに揃えて来ると考えていたのだが、これはどういう事なのか。

 訝しむアズールの様子に気付いたのか、ヴェインは嘲笑いながらその不在の理由を明かした。

 

「彼なら、ついさっき現実世界に送ったよ」

「なっ!?」

「中々優秀な能力の持ち主でねぇ、ここを護るよりは向こうの侵攻に回した方がいいと思ったのさ。君たちがここにいるって事は……フフッ、一体誰が護るんだろうねぇ!?」

「……アシュリィちゃん、隠れてて」

 

 仮面の中で翔が歯を軋ませ、前方のデジブレインたちを睨みつけながらウィジェットからアプリを取り出し、起動する。

 

《ワンダーマジック!》

「すぐに終わらせる!」

《奇跡の大魔法、インストール!》

 

 マジックリンカーに切り替えたアズールは、即座にマジックワンドを手に取って炎の魔法をチャージする。

 

《ワン・チェイン! ツー・チェイン! スリー・チェイン! フォー・チェイン!》

「撃たせるな、行けっ!」

 

 ベーシック・デジブレインたちが一斉に走り出し、チャージの隙を狙って攻撃を仕掛ける。チェス系デジブレインたちも陣形を整え、徐々に進軍を始めているのが見えた。

 しかしアズールは焦らず、限界まで魔法をチャージし続ける。

 

《エイト・チェイン! ナイン・チェイン! フル・チェイン!》

「今だ!」

《イッツ・ア・マジック! フル・チェイン・ファイア!》

 

 トリガーから指を離し、眼前の魔法陣から十の巨大な火炎弾が射出され、ベーシック・デジブレインを焼き滅ぼした。

 だが、魔法攻撃の対策を積んだヴェインの駒たちに、その炎は通用しない。アズールもそれを理解しているので、すぐに戦い方を変える。

 

「リンクチェンジ!」

《クロガネ・ザ・ライトニング、インストール!》

「行くぞ!」

《フリック・ニンポー! ブンシン・エフェクト!》

 

 分身と本体を合わせて十二人のアズールが、敵陣へと向かう。まず真っ先に狙うのは二体のビショップ、他の駒の強化能力と光のバリアは厄介極まりないのだ。

 アズールセイバーとシノビソードの二刀流で、一体につき六人ずつがチェスビショップ・デジブレインの首に剣を突き立てる。

 シノビリンカーは攻撃能力が低いとは言え、カタルシスエナジーを高めて全力疾走した十二人が一斉に集中攻撃するとなれば、その威力は段違いに上がる。刀剣がバリアを貫き、二体のビショップの首を斬り落とした。

 

「くっ、だが懐に飛び込んだのが運の尽きだ! 総員かかれっ!」

 

 ルークの大鎚のような拳がアズールの背へと向かい、ポーンたちやナイトの武器が分身たちの体を貫かんとする。

 だがアズールもそれは読んでおり、既にシノビソードのシュリケンフリッカーに指を伸ばしていた。

 

《フリック・ニンポー! カワリミ・エフェクト!》

 

 ドロン、とアズールが姿を消した。またこの手か、と思いつつ、駒たちに警戒させつつヴェインは周囲を注視する。

 恐らく……いや、必ずどこかから不意打ちを仕掛けてくるはずだ。ヴェインはそう思いながら、シャモたちにも自分の傍を見張るよう指示を飛ばす。

 直後、キィッと頭上のシャンデリアが揺れた。そこで、ヴェインは気付く。

 

「上っ!?」

「貰った、覚悟!」

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! シノビ・マテリアルスラッシュ!》

 

 見れば、ロボットリンカーとなって重量が増したアズールが、アズールセイバーを片手にシャンデリアごと落下して来ていた。

 シャンデリアが近くにいたポーンやナイトたちを、一体を残してまとめて押し潰し、雷光をまとう剣がヴェインに迫る。いかにサイバーノーツでも、上空から迫るロボットリンカーの一撃を受ければただでは済まない。

 その一閃は、見事に総大将であるヴェインを斬り裂く――はずだった。

 

「……え?」

 

 手応えはあったもののアズールが斬り捨てた敵は、ヴェインではなかった。

 いつの間にか入れ替わっていたのだ、彼の駒であるルークと。

 ルークが消滅するのを目の当たりにしながら、アズールはすぐに自分の迂闊に気が付いた。これはチェスの特殊ルールのひとつ、キャスリングと呼ばれるものだ。

 

「そうだ。これはボクの能力じゃない……ルークが持つ、ボクを護るための力だよ。一回きりしか使えないけどね」

 

 さらに、とヴェインは一体残ったポーンに向かって指示を飛ばす。

 

「ポーン。プロモーション・クイーン」

 

 その指示によって、ポーンの全身がモザイクに覆われ、姿が書き換わっていく。

 ヴェインが持つ最強の駒、多腕の女王チェスクイーン・デジブレイン。その難敵が、今アズールの眼の前に二体並んだ。

 

「これもチェスのルールのひとつ、プロモーションだ。ポーンを別の駒に置き換える……さて、今の不意打ちは中々だったけど」

 

 近くにいた軍鶏がキックを繰り出し、アズールはそれを辛うじて腕で防ぎ、後退する。

 残る敵はルーク一体・クイーン二体に、シャモ・ブルドッグ・サーバルキャット・ロバのデジブレインが一体ずつ、そしてヴェイン自身。

 状況は最悪だ。それを確信して、ヴェインは嘲笑う。

 

「君に崩せるかい? この布陣」

「……崩してみせる」

「ハハッ! 強気なところ悪いけど、それじゃあ冥土の土産にもっと悪いニュースを教えてあげようか」

 

 アズールを見下ろして、ヴェインは両手を大きく広げながら、四体の動物型デジブレインを一体ずつ指し示した。

 

「鶏に犬、猫にロバ。何か思い当たるものはない?」

「え……?」

 

 困惑するアズール。すると、後ろに控えていたアシュリィが、苦しそうに眼帯のついた右目を押さえてポツリと呟いた。

 

「……ブレーメンの音楽隊……?」

「へぇ、君は知ってるんだね。その通りだ、彼らはボクらの中でもリーダー格のハーロットっていうCytuberの調整を受けてね……ブレーメンズ・デジブレインっていう固体になったんだ」

 

 まさか、とアズールは口に出す。

 つまりこれらは別々のデジブレインではなく、四体合わせてひとつの存在という事だったのだ。

 

「それがどういう事かというと。四体全員を倒さないと、ブレーメンズ・デジブレインは永遠に消滅しないって事なのさ!」

「なんだって……!?」

「ハハハハハッ! 一体を相手にするのにも困窮している君たちじゃ、こいつらには一生勝てないんだよ!」

 

 ヴェインの高笑いが、王の間に木霊する。

 これでアズールは全ての望みが絶たれ、諦めるだろうとヴェインは思っていた。

 だが。

 それでもアズールは剣を握る手を固くし、デジブレインたちに切っ先を向けた。

 

「何故諦めない」

 

 ヴェインが苛立たしげに訊ねる。すると、アズールは力強く、真っ直ぐにヴェインを見据えて答える。

 

「街に住む皆を、そして君を救うためだ」

「……は?」

 

 意表を突かれたかのように、ヴェインが驚愕の声を発する。

 それに構わず、アズールは続けた。

 

「君の望みって、こんな事だったかい? ただ自分の才能を周りに認めさせたかっただけなの?」

「な……」

「そんな世界に変えたって、本当に大事な人は喜ばないんじゃないかな?」

 

 アズールの質問は、柔らかい口調で差し出された。しかし、その言葉は。彼にとって、何よりも鋭い凶器となった。

 わなわなと肩を震わせ、ヴェインは癇癪を起こしたように喚き、叫ぶ。

 

「知った風な口をっ!! よくもっ!! このボクに向かってぇぇぇっ!! 許さんぞぉぉぉっ!!」

 

 二体のクイーンの猛撃が、アズールを襲う。

 最初の内はアズールも冷静に攻撃を剣で捌いていたものの、やはり手数の違いはどうする事もできず、メイスを胸に叩き込まれて一気にアシュリィの傍に吹き飛ばされた。

 その強大な一撃は、アズールの変身を解くまでに至った。これで完全に手詰まりだ。

 

「ぐ、くっ」

「もういい……お前は処刑する」

 

 息を荒げながら、ヴェインが言い放つ。クイーンが一体、ゆっくりと翔の方へと歩いて来る。

 そんなクイーンに、アシュリィはマテリアガンを撃っているが、当然効くはずがない。彼女を無視して、クイーンは大きく足音を立てて歩み寄る。

 万事休す。それでも翔の眼は、諦めていなかった。

 

「これで終わりだ、仮面ライダァァァーッ!!」

 

 クイーンが、全ての腕を大きく振り上げた。



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EP.15[雨過天晴]

「ヒャハハハハッ! ホラホラどうしたぁ!?」

 

 アズールが城内で戦闘を行っている頃。リボルブも、ジェラスアジテイターとの激しい戦いを繰り広げていた。

 ジェラスは森の中で炎を吹き出す斧を片手に、リボルブを追い詰めている。

 リボルブの方はというと、銃で応戦しながら逃げ回っている。攻撃が通じないわけではないのだが、ダンピールリンカーのバーサーキングでも相手のパワーに押されてしまうのだ。

 そのため、今はデュエルリンカーにリンクチェンジして、城の方に向かって逃走している。城内の狭い廊下ならば、あの大斧も使えないだろうという判断だ。

 途中で出の速いファーストコードの『爆』の文字で何度か妨害されるものの、それを避けてリボルブは逃走を続けつつ、ウィジェットからマテリアプレートを一枚取り出した。

 

「笑ってられんのも、今の内だオラァッ!」

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ギガント・マテリアルカノン!》

 

 マテリアプレートをセットし、振り向きざまにリボルブラスターで必殺技を放つ。銃口から極大のレーザーが照射され、ジェラスを襲った。

 だが、リボルブの攻撃は読まれていた。トリガーを引いた瞬間には、既にジェラスは右方向の茂みの中に飛び込み、レーザーを回避している。

 

「前に戦った時より反応が速いだと……!?」

 

 今の攻撃は、初めて使う必殺技だった。

 それでも読まれてたのは、チャージが長く直線的で避けやすい、大味な一撃だったからだ。

 

「ヒャァハァ!!」

 

 驚く間に茂みからジェラスが飛び出し、斧をリボルブの胴体に叩きつける。

 リボルブは体が燃えると同時に後方へ大きく吹き飛ばされ、強かに背中を地面に打ち付けてしまう。

 

「ぐ、くっ」

「ククク、俺をザコと呼んだ事……訂正して貰うぜ」

Roger(ラジャー)! サードコード、オン!》

 

 ジェラスがトランサイバーの三番目のボタンを入力すると、ファーストコードの時と同様に掌から大きな『凍』の文字が出現する。

 しかしファーストコードの時のような脆さはなく、むしろゴムのような柔軟性を持つようだ。

 現れたその一文字が、徐々に形を変えて行く。太く長い胴体に、光沢が特徴的な鱗のある身体。長い舌をチロチロと出すその姿は、青い体色で『凍』の文字が模様のように点々と付いている大蛇だ。

 

「なんだ!? デジブレイン……!?」

「違うね。こいつは俺の能力で作った疑似情報生命体、名前は『ジェラスネーク』だ」

 

 ジェラスが指をクイッとリボルブに向け、その指示に従ってジェラスネークが動き、毒牙をリボルブに突き立てる。

 身を反らしたリボルブの腕をその牙が掠めると、命中した右腕に僅かに霜ができた。

 脅威を感じて、リボルブは炎を自分の腕に纏わせて霜を溶かしつつ、ジェラスネークに殴りかかった。

 しかしこの大蛇は素早く、攻撃をかわして逆にリボルブの身体に巻き付き、反撃する。締め上げられたリボルブは苦悶の声を発しつつも、全身を炎で燃やして反撃に移った。

 

「どうだ!?」

「甘い」

 

 パチンッ、とジェラスが指を弾く。その瞬間、ジェラスネークは元の『凍』の文字に戻り、直後に弾けて壊れた。

 それによって今までと同様、文字の近くにいたリボルブの左腕と両足が凍結し、地面に固定されてしまう。

 

「なに!?」

「ほーらよっと!」

「ぐああっ!?」

 

 隙のできたリボルブに、容赦なくジェラスが斧を振り被って攻撃を仕掛ける。

 氷が砕けて無事に地面から離れたものの、ダメージは大きい。しかも、ジェラスは既にトドメを刺そうとしている。

 

「終わりにしてやるよ……『ファイナルコード』!」

Roger(ラジャー)! ツィート・マテリアルデッド!》

 

 ジェラスが右手で斧を頭上に掲げると、もう片方の手から『ゴロゴロ』『ピシャーン』『ドゴォン』『ドカァン』の四種類の擬音文字が出現し、それが斧に集まって融合する。

 そして、それをリボルブの体に何度も叩きつけ、斬り上げた。

 直後に防御したリボルブの腕が炎上し、激しい雷撃が身を焼いて動きを止め、爆発が体を吹き飛ばした。

 

「が、ハッ……!?」

 

 地面に仰向けに倒れ、血を吐き出す。気付けば、鷹弘は変身解除に追い込まれていた。

 

「これでジ・エンド、ってヤツだなぁ」

 

 斧を引き摺って地面に燃え跡を作りながら、ジェラスが死刑執行人のように迫る。

 鷹弘は痛みに耐えながら立ち上がり、再び変身のためにマテリアプレートを手に取った。

 目の前の男が作った、デュエル・フロンティアV2を。

 それを見たジェラスは、彼を鼻で笑った。

 

「自決でもするつもりかぁ? そのマテリアプレートはな、お前らを殺すために作ったんだぜ」

「そんなモンは先刻承知だぜ。だがな、まだ俺でも100%変身できねェと決まったワケじゃねェ」

「ハッ! 無理だな……お前がアズールと同じになれるとでも思ってんのか? 響みたいな才能もない、元研究員の凡人風情がよ」

「そんなもん知るかよ。だがな、それで諦めたら一生アイツらの隣に追い付けねェだろうが」

 

 鷹弘の言葉に、ジェラスは舌打ちをして溜め息を吐いた。

 

「その諦めの悪さと青臭さ、うざってぇ」

「おーおーおー。弱いヤツしか相手にできないザコのテメェには、耳が痛かったらしいな?」

「……そんなに死にたいのかお前」

 

 ジェラスはまた舌打ちをして、静かに肩で斧を担ぐ。

 

「もうどうでもいい。そのプレートで死ぬか、俺に叩き斬られるか……どっちか選びなぁ!」

『どっちにもならないよ!』

 

 突然、少女の声が鷹弘のマテリアフォンから響いた。

 琴奈の声だ。鷹弘は慌ててそれを手に取り、通信を行う。

 

「おい、どういう事だ?」

『説明は後! 今から良い物送りますから、あんな卑劣なヤツやっつけちゃって下さい!』

「良い物だと?」

 

 鷹弘が訝しむ。そして返事をせずに、琴奈は笑ってそのアイテムを鷹弘の手元に送信した。

 手に取った『それ』を見て、鷹弘は瞠目する。使い方は見てすぐに分かったので、鷹弘は「そういう事か」と笑った。

 唇を釣り上げながら、手に取ったV2アプリをジェラスの方に掲げる。

 

「どうやら諦めなかったのは正解だったみたいだな」

「何ぃ?」

「手札は揃った。反撃と行かせてもらうぜ」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「これで終わりだ、仮面ライダァァァーッ!!」

 

 チェスクイーン・デジブレインの六本の腕が、剣・槍・斧・メイス・モーニングスター・ウォーハンマーが、地に膝をついた翔に向かって同時に振り下ろされた。

 だが、その時だった。

 二つの影が翔の頭上を高速で飛来したかと思うと、ひとつがそのままクイーンの眼にザックリと突き刺さった。

 クイーンはその一撃で仰け反り、さらに超音波が室内に響き渡る。

 フォトビートルとドルフィンタイマーだ。音波はフォトビートルの角を通して直接クイーンの頭部に伝導し、その機能を狂わせ、クイーンの体をあらぬ方向へと動かす。

 

「まさか鋼作さんと琴奈さんが?」

『正解だぜ、翔! なんとか間に合ったみたいだな!』

 

 マテリアフォンから、鋼作の笑い声が通信で聞こえる。

 だが笑っている場合ではない。翔は脚に力を入れ、再び変身するために立ち上がった。

 その時、通信相手の鋼作から思いも寄らぬ言葉が投げかけられた。

 

『翔! V2アプリを出せ!』

「えっ……!? でも鋼作さん、あの力は」

『大丈夫だ! 今から俺がある物を送る、それをアプリに装着するんだ!』

「……分かりました。鋼作さんを信じます!」

 

 翔の頷きと同時に、現実世界の鋼作からマテリアフォンへとそのアイテムが転送され、翔の手元に握られる。

 それは、一見するとナックルダスターのようにも思えた。だが人差し指の位置にトリガーが付いており、中央部には円形のメーターのようなものが、拳の部分には窪みがある。

 窪みは丁度、アプリを差し込める程度の大きさだ。

 

『そいつはライドオプティマイザーだ! 使ってくれ!』

 

 翔は言われた通り、ウィジェットから取り出したブルースカイ・アドベンチャーV2を左側から装着する。するとナックルの中でカチリと音がして固定され、音声が流れる。

 

《アダプト!》

「なんだ? 最後の悪足掻きか?」

 

 超音波の影響で暴れるクイーンを、もう一体のクイーンに指示を飛ばして止めながら、ヴェインは言った。

 既にフォトビートルとドルフィンタイマーは退散している。しかし、十分に時間を稼ぐ事ができた。

 

「ああ。鋼作さんと琴奈さんが作ってくれたチャンス、それに賭ける」

「フン! もう勝敗は決まったんだよ、行けクイーン!」

「だとしても命ある限り戦い続ける! それが僕の意志だ、これが仮面ライダーだ!!」

 

 翔はライドオプティマイザーを握って天に掲げ、トリガーを引いた。

 

《ブルースカイ・アドベンチャーV2!》

 

 アプリを起動した時のものと同じ音声が流れ、そして翔はそのままV2アプリをアプリドライバーに装填する。

 すると、これまでとは少し異なる電子音と音声が流れ始めた。

 

《ユー・ガット・スーパーメイル! ユー・ガット・スーパーメイル!》

「変身!」

 

 音声を聞きながら叫び、翔はマテリアフォンをアプリドライバーへとかざす。

 その瞬間、ウォリアー・テクネイバーが現れ、その姿がまたドス黒く染まっていく。

 だがライドオプティマイザーの中央部、メーターのような形状の『マテリアクセラレーター』が輝くと、まるで暗雲を割くかのようにウォリアー・テクネイバーの色が戻り、光を放つ。

 気づけばウォリアーの姿は変化していた。白い鎧に金色の装飾が成され、迫り来るクイーンを二つの剣で退けている。

 通常よりも強化された、ウォリアー・テクネイバーV2だ。

 

Alright(オーライ)! オプティマイズ・マテリアライド!》

 

 そして翔の周囲に張り巡らされた青い光の膜が、翔の身体を包み込んで今までより少し明るい青のパワードスーツに変える。

 さらに応戦していたウォリアーV2も分解され、光り輝く装甲となって全身をプロテクト、首の後からは二本の銀色のマフラーが伸び出る。

 マフラーには新たに金色のラインが走っており、両腕・両脚の装甲も鋭角的でシャープなフォルムとなっている。

 

《ブルースカイ・アプリV2! 蒼天の大英雄、インストール!》

 

 完成した仮面の戦士の赤い瞳が、ヴェインコマンダーを捉えた。

 その名も仮面ライダーアズール ブルースカイリンカーV2。悠然と前を歩み、右手を前に掲げる。

 

《アズールセイバー!》

「行くぞ!」

 

 剣を握ったアズールは高速で飛翔し、クイーンに向かって行く。

 クイーンはそれを迎撃するため、叩きつけるように武器を持った腕を全て上から振り被った。

 が。アズールはそれらを剣一本で受け止め、さらに突風を起こして押し返し、クイーンを吹き飛ばした。

 さらにクイーンの後ろに控えていたブレーメンズ・デジブレインの一角である軍鶏――元バトルクック・デジブレインが飛び込むが、これは左手一本で容易く殴り飛ばされる。

 

「なにっ……!?」

 

 あのクイーンが完全に力負けしている。その事実を目の当たりにして愕然としながらも、ヴェインはさらにもう一体のクイーンをけしかけた。それと同時に、ブレーメンズの元になったサーバルキャット・デジブレインとブルドッグ・デジブレインも躍り出る。

 アズールはまずサーバルキャットとブルドッグをキック一発で一蹴する。

 そして左右から襲いかかるクイーンの計十二本の腕に対しても、アズールは慌てる事なく、左手を二体目のクイーンの方にかざした。

 瞬間、電子音声が鳴る。

 

《アズールセイバーV2!》

 

 ガンッ、という音と共に、二体目のクイーンの猛撃が受け止められる。

 驚いてヴェインが目を凝らすと、アズールの左手にはもう一本、僅かに小振りの青いロングソードが握られていた。

 

「なんだと!?」

 

 二体のクイーンは、凄まじい勢いでアズールを攻め立てる。斧で、メイスで、剣で。ハンマーで槍でモーニングスターで。まさに目にも留まらぬ高速の連続攻撃で、攻め続ける。

 だがその全てをアズールは受け流し、捌き、そして避け続けた。攻撃は一発も命中していない。

 しかし、アズールの方も攻撃を当ててはいない。それに注目して、ヴェインは残ったルークとブレーメンズ・デジブレイン全員に突撃命令を下す。

 

「行けっ! やってしまえ!」

 

 これならば倒せる。ヴェインは確信していた。

 だが、これはアズールの狙い通りだった。

 右手のアズールセイバーをクイーンの頭に投擲、それが突き刺さってクイーンは停止した。

 さらにウィジェットからマテリアプレートを一枚取り出して、アズールセイバーV2の方に差し込むと、必殺技を起動。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ブルースカイ・ネオマテリアルスラッシュ!》

 

 アズールが刀身に青い煌きを放つ剣を左側のクイーンに向かって振るうと、光の刃がクイーンの上半身と下半身を斬り分け、粉々に粉砕する。

 続け様に、そのプレートを残りのクイーンの頭に刺さったアズールセイバーに装填。そして必殺技を発動した。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ブルースカイ・マテリアルスラッシュ!》

 

 同様にアズールセイバーを下に振り下ろすと、クイーンを左右に切断。そのまま爆散せしめた。

 

「は……え?」

 

 瞬く間に殲滅されたクイーンを目撃して、ヴェインは唖然とする。

 そしてシャモたちは驚いて立ち止まっているが、攻撃命令を下されたルークは止まらない。それを見てアズールはアズールセイバーとアズールセイバーV2の柄尻を重ねて接続し、武器を合体させた。

 

《サイクロンモード!》

 

 音声が流れ、アズールセイバー・サイクロンモードを構えたアズールは、その場で飛翔してルークに立ち向かう。

 そしてすれ違いざまに一撃、回転してもう片方の剣でもう一振り。たったそれだけで、ルークは木っ端微塵となった。

 圧倒的な力の差に、ヴェインは目を見張るばかりであった。

 

「そ、そんなバカな……」

「確かそいつらは、全員倒さないとダメなんだっけ」

 

 ヒュンヒュン、とアズールセイバー・サイクロンモードを回転させ、アズールが言う。そして、ブレーメンズ・デジブレインに向かって人差し指を上げ、自分の方に招くようにクイクイと動かした。

 その挑発じみた仕草に、シャモもサーバルキャットもブルドッグも怒りを滲ませ、ロバの支援を受けてアズールに立ち向かう。

 瞬間、アズールは素早くブルースカイ・アドベンチャーをアズールセイバーV2側にセット、必殺技を発動した。

 

《フィニッシュコード!》

「ハァァァァァッ!」

 

 アズールは両刃剣を頭上に掲げ、プロペラのように高速回転させる。

 するとその場に暴風が巻き起こり、四体のデジブレインはまとめてアズールの方へと吸い寄せられて行く。

 それと同時に、アズールは剣を素早く振り下ろした。

 

Alright(オーライ)! ブルースカイ・サイクロンマテリアルスラッシュ!》

「そぉりゃあああああっ!」

 

 嵐の中で、無数の斬閃が乱れ舞い、その必殺の斬撃を受けてブレーメンズ・デジブレインは完全消滅する。

 まさに一騎当千。これまで何度も苦戦させられていた強敵を、ヴェインコマンダーを残してついに全滅させたのだ。

 

「う、嘘だ……こんな強さあり得ない!?」

 

 ヴェインの瞳は、徐々に恐怖と怯えの色が濃くなり始める。

 それを察してアズールも構えを解き、小さく息を吐いて「もうやめにしよう」と諭すように言った。

 当然、ヴェインは反発する。

 

「何のつもりだ!?」

「目を見れば分かる、君は戦う心が折れている……手駒を失ったんだから当然といえば当然だけど、諦めは降伏と同じ意味を持つ。君自身、もう『詰み』だって理解してるはずだろう」

「な……何ィ……!!」

「認めたくなくてもこれが真実だ、僕だって戦意のない人間の相手をする気はない。降参して、捕らえた人々の心を解放してくれ」

 

 アズールの言葉に何も言い返せず、ヴェインは自分の手を自分で潰さんばかりに握り締め、睨めつける。

 そして肩を震わせながら、ゆっくりとトランサイバーに手を伸ばす。

 変異を解いてくれると信じていたアズールだが、ヴェインの様子が先程とは違う事に気付いて、再び剣を構え直した。

 

「何をする気だ、もうよせ!」

「止まれない……止まれるワケないだろ? ここで立ち止まったら、ボクは何のために父さんと母さんを犠牲にしたんだよ?」

「……!!」

 

 泣いているような、それとも笑っているような。痛ましい声が、翔の耳に突き刺さる。

 ――それが、彼の心に躊躇いを生んだ。

 だから、ここから先の行動を止められなかった。

 

「ボクにはもう、他のどこにも居場所なんかないんだ!! 今更引き返せるかぁぁぁっ!!」

 

 心の奥深くに仕舞い込んで、辛く苦しい現実から目を背けるために。

 ヴェインは悲鳴のような声を上げて、トランサイバーのリューズを右に回す。

 

《オーバードーズ! ビーストモード、オン!》

 

※ ※ ※ ※ ※

 

《アダプト!》

 

 翔がライドオプティマイザーを手にしたのと同じ頃。

 鷹弘も同じくそれを入手し、デュエル・フロンティアV2にセットしていた。

 

「なんだ、一体何をしてる!?」

「当ててみな、俺が撃つよりも速く」

 

 言いながら、鷹弘は銃口を向けるのと同じようにマテリアプレートのついたライドオプティマイザーをジェラスの方に掲げ、トリガーを引いた。

 

《デュエル・フロンティアV2!》

 

 鷹弘がアプリドライバーにプレートを装填。

 電子音声が流れ始め、それを聞きつつ鷹弘はマテリアフォンを用意する。

 

《ユー・ガット・スーパーメイル! ユー・ガット・スーパーメイル!》

「変……身!」

Alright(オーライ)! オプティマイズ・マテリアライド!》

 

 マテリアフォンをかざすと、ガンマン・テクネイバーが出現すると同時に、その姿が変化する。

 拳銃を二つ構えており、頭に被ったテンガロンハットや黒いポンチョなどに赤いラインと炎の模様が追加されているのだ。

 鷹弘の周囲には濃い赤の光の膜が貼られており、V2となったガンマン・テクネイバーも合わせてジェラスを一切寄せ付けない。

 

《デュエル・アプリV2! 最速のガンスリンガー、インストール!》

 

 光の膜は赤いパワードスーツとなり、ガンマン・テクネイバーV2も全身を装甲に変異させ、鷹弘の肉体をプロテクトする。

 腕と脚に付いた深紅の炎の模様に、鋲の付いたテンガロンハットを模した形状の頭部。同じく炎の模様が追加された黒いポンチョがたなびき、踵の滑車がカラカラと回る。

 名は、仮面ライダーリボルブ デュエルリンカーV2。その姿を目にして、ジェラスは狼狽していた。

 

「バカな!? V2アプリを使えるだと!?」

「今度こそ完璧にブッ潰す!」

《リボルブラスター!》

 

 リボルブは即座に銃を呼び出して右手に握り、得意の速撃ちで斧を持つジェラスの腕を攻撃した。

 その射撃の威力と精密性は通常のデュエルリンカーよりも遥かに上で、一発受けただけでジェラスは斧を取り落してしまった。

 

「これだけじゃねェぞ」

《リボルブラスターV2!》

 

 続いてリボルブは新たな銃を召喚した。通常のリボルブラスターより若干小型化しているが、炎の意匠があしらわれた赤いハンドガンだ。

 両方の中で交互に何度も引き金を引いて、反撃の暇を与える事なく、リボルブは射撃を続ける。

 炎を纏った弾丸の連続攻撃にジェラスは怯むが、それだけで倒れるほど甘くもない。トランサイバーに手を伸ばし、エフェクトを発動した。

 

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

 

 ジェラスが新たに作り出したオノマトペは『カチカチ』『ピカーッ』のふたつ。

 それを大盾に変え、盾から眩い光でリボルブを照らし目をくらませた。

 

「むっ!」

 

 リボルブの視界が遮断された、今がチャンスだ。ジェラスはそう思って、堅牢な大盾を地面に突き刺し、斧を拾い上げてリボルブの背後に回る。

 このまま背後からもう一度必殺技を食らわせ、今度こそ終わりにしてやる。それがジェラスの作戦だった。

 ジェラスが背後に回っているのを見ていないリボルブは、素早く通常のデュエル・フロンティアをリボルブラスターV2に装填し、必殺技を発動した。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! デュエル・ネオマテリアルカノン!》

 

 弾丸は真っ直ぐに大盾の方に向かい、命中――の寸前で打ち上がった花火のようにバラバラに弾け、弾道が曲がりくねり、散った炎の弾丸がリボルブの背後へと飛んで行く。

 そしてその位置にいるのは、斧を構えたジェラスだ。

 

「なにぃっ!?」

「テメェの考える事なんざお見通しなんだよ」

 

 必殺の弾丸は全てジェラスに命中し、斧を粉砕する。

 さらにリボルブは振り向き、リボルブラスターV2のグリップを左向きに倒してフォアグリップに変え、さらにリボルブラスターの銃口をV2側の背面と組み合わせる。

 

《バーニングモード!》

 

 その音声が流れると同時に、リボルブはフォアグリップを握って大型銃となった自らの武器、リボルブラスター・バーニングモードの照準をジェラスに定める。

 

「ちっ!」

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 ジェラスは苦し紛れに『壁』の文字を地面に叩きつけ、防護壁を生成する。

 しかし、リボルブが引き金を引くとその行為は無意味となった。バーニングモードから放たれた強力な炎の弾丸が、壁を一瞬で破壊し、その先にいるジェラスを吹き飛ばしたのだ。

 

「ぐおおおっ!?」

「逃さねェぞオラァッ!」

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! デュエル・バーニングマテリアルカノン!》

 

 追い打ちとばかりに疾走し、ジェラスの背中に銃口を向け、リボルブは必殺を発動する。

 巨大な炎の弾丸は鷹の姿をとり、逃げる(ジェラス)を撃ち抜いて炎でその身を焼き払った。

 ジェラスは悲鳴を上げながら地面に倒れ、その変異が強制解除されて文彦の姿に戻る。

 

「バカな、この俺がここまで一方的に!?」

 

 苦しそうに呻きながら、文彦が言った。リボルブは照準を彼に向けたまま、徐々に近付いていく。

 

「もう逃さねェ。テメェはブタ箱行きだ」

「……ククッ、なるほどなぁ。制御装置を外付けして最適化(オプティマイズ)する事で、V2アプリのパワーをコントロールしたか。普通に変身するより若干出力は落ちるだろうが……それでもV1タイプとは比べ物にならない強さだ。良いヒントを貰ったぜ」

 

 ゴシッ、と口元についた血をを手の甲で拭って、文彦は納得したように言い放つ。

 その不敵な笑みを見て、リボルブは警戒する。何か企んでいるに違いない、と。

 

「無駄な抵抗はやめろよ。テメェの本性を知った今……手足の骨を全部折ったところで、俺の心はまるで痛まないからな」

「ハハッ、そりゃあ怖いねぇ」

 

 文彦の額から汗が流れ、頬を伝う。

 どうやら相当追い詰められているようだ、とリボルブは思う。この姿では足も動かないらしく、先程からずっと地面に伏せたままだ。

 

「どうだい? 元同僚のよしみだ、俺を見逃しちゃくれないか?」

「今は敵だ」

「釣れないねぇ……」

 

 今の会話でリボルブは確信した。この男は平静を装って、内心は脱出の機会を必死に探っていると。隙あらばゲートを開き、アバターモードに切り替えて逃げるつもりだと。

 警戒心をより高めて、リボルブは近付く。まずはトランサイバーを奪って、抵抗力を失わせるべきだという判断だ。

 だが、さらに一歩踏み込んだその時だった。

 背後の城の方で、突然何かが崩れる音が木霊した。

 

「なんだ!?」

 

 まさか文彦の罠か。

 しかし振り向くと、城の天井と壁が破壊され、中から正体不明の巨大な怪物が現れているではないか。

 慌てて何事かを文彦に訊こうとするものの、時既に遅し。目を離した一瞬の隙に、文彦は姿を消していた。

 

「……クソッ! 無事でいろよ、アズール!」

 

 リボルブは走り出し、崩れゆく城へと向かった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「な、なんだこれは……!?」

 

 ヴェインが錯乱しながらトランサイバーを操作した後。

 背深の時と同じように、彼の全身がモザイクに包まれて泡立つ。しかし、明らかにそれとは状態が違った。

 膨大なカタルシスエナジーが体内に蓄積され、姿がキングとほぼ同等のサイズの巨体に書き換わり始めたのだ。

 コウモリ型のバイザーは砕け散り、ガスマスクも粉砕。ずらりと生え揃った牙が覗く獰猛な顔や、腕と融合した鉤爪のついた巨大な翼は、まさしくコウモリそのものだ。尻尾はトカゲのように長く生えており、ワイバーンも思わせる。

 そうして電子音が完全に流れ終わる頃には、ヴェインコマンダーは白黒の縞模様の巨大なコウモリのデジブレインへと変貌を遂げてしまった。

 

「グゥ、ルルル……グウアアアアアッ!!」

 

 既にヴェインは自我も言葉さえも失って暴走している。トランサイバーとマテリアプレートも身体のどこにも見当たらず、恐らく体内で融合しているのだろう。

 天井も壁も突き破り、ビーストヴェインはアズールを見下ろして咆哮した。

 

「進駒くん、こんな姿になってまで……」

 

 アズールセイバー・サイクロンモードを握る手に力が籠もる。

 

「うおおおっ!」

「グウウウウアアアアアアッ!」

 

 ビーストヴェインがまたも咆哮し、その声が城の外に響き渡る。

 すると城外の土が盛り上がって人の形を成し、チェスで使うポーン・ナイト・ビショップ・ルーク・クイーン・キングの駒が体に埋まっている、王冠を被った無数の土塊の兵隊がアズールに押し寄せる。

 土人形が体に纏わりつくと、アズールは自分の体の動きが鈍くなるのを感じた。ただの土のはずなのに、途轍もない重量だ。

 

「くっ、邪魔だ!」

 

 アズールは剣を振るい、土人形を粉々にする。

 しかし情報生命体ですらない土の塊は、ビーストヴェインの咆哮によって再び形を取り戻してしまう。そして、アズールの足止めをするのだ。

 飛んで逃れようにも、土の腕が伸びて捕まってしまう。そして手間取る間に、ビーストヴェインの鉤爪がアズールを襲う。

 

「ちっ!?」

 

 両刃剣を分離させ、攻撃を防ぐアズール。土人形の相手をしていてはキリがない、しかし彼らの足止めは無視できない。

 土人形を破壊していると、飛翔しているビーストヴェインが、また大きく口を開いた。

 咆哮で土人形を再生する気かと考えたアズールだったが、どうやら違うようだ。大きく息を吸い込んで、こちらを狙っている。

 そしてビーストヴェインの喉が震えて口腔から目に見えない何かが放たれたかと思うと、アズールは大きな衝撃を受けて後方に吹き飛ばされ、直後に轟音と空気の鳴動が響き渡る。

 

「かっ!?」

 

 ビーストヴェインが口から超音速の衝撃波を放ったのだ。ソニックブレスとでも名付けるべきその攻撃で、アズールはV2リンカーになって初めてダメージを受けた。

 しかしすぐに立ち上がり、剣を構え直す。

 

「前のブルースカイリンカーなら即死だったな……」

 

 傷は深くないが、先程までのダメージも残っている以上、今の攻撃を何度も受け続けるワケにはいかない。

 どうやって攻略したものか、と頭を悩ませていると、瓦礫の陰に隠れているアシュリィがアズールに向かって叫び始めた。

 

「あいつにその土をぶつければ良いんじゃない!?」

「……なるほど!」

 

 アシュリィの助言に従い、アズールは風を起こして上半身だけとなった土人形を巻き上げ、ビーストヴェインに差し向けた。

 土人形はビーストヴェインの体にしがみつくものの、すぐ振り払われる。そもそも大して重いとさえ感じていないようだ。

 しかし狙いは動きを鈍くする事ではない。アズールは次々に土人形を送り込み、ビーストヴェインの行動を妨害した。

 ビーストヴェインの咆哮によって操作されていた土人形たちは、次第にただの土に戻ってしまう。これこそがアズールの狙いだ。

 

「よし、これで!」

 

 周囲に土人形がなくなった瞬間、アズールは飛翔。

 アズールセイバー・サイクロンモードでビーストヴェインに斬りかかる。切っ先が僅かに怪物の耳を掠め、アズールはさらに剣を突きつける。

 だが、その寸前。

 目の前の巨大なコウモリの怪物の、心の声が頭の中に聴こえてくる。

 

『母サン、父サン……ドウシテ? ボクヨリ、オ金ガ大切ナノ……?』

「……!!」

「グルラァァァウ!」

 

 力の抜けた一閃を、ビーストヴェインは長い尾を鞭のように振って応戦する。アズールは剣を回転させて迎え撃つが、尾は堅く、刃が通らなかった。

 続いて鉤爪の一撃がアズールの胴をとらえ、追撃とばかりに尻尾が頭に叩きつけられる。

 さらに再び不可視の衝撃波がアズールを襲う。防御不能かつ回避困難なその一撃だが、アズールは風を起こして身を回転させながら後方に飛ぶ事で、直撃を避けた。

 

『ボクノ事ナンカドウデモ良カッタノ? ボクノ事、何モ見テナカッタノ? ボクノ事……嫌イナノ?』

「くそっ……」

『モット強ク……一番ニナラナキャ……ソウシタラ見テクレルヨネ……』

「くそぉぉぉっ!」

 

 戦う間にも声はどんどん大きく響く。アズールが思い悩んでいる、そんな時。

 銃声がひとつアズールの背後から聞こえ、炎の弾丸がビーストヴェインの右翼を貫いた。

 誰の仕業なのかは、振り向かなくてもすぐに分かった。悲鳴を上げて怯んでいる隙に、アズールは左翼を剣で突き刺し、一気に下に向けて押し込んで翼膜を斬り裂いた。

 

「ギャアアアッ!?」

 

 両翼を失ったビーストヴェインが地に墜ちる。アズールも着陸し、その隣にひとりの男が並び立った。

 救援に駆けつけた、仮面ライダーリボルブ デュエルリンカーV2だ。

 

「手こずってるみたいじゃねェか」

「ええ、少し」

「しっかし、なんだありゃ? あんなバケモンを城の中に飼ってたのか?」

「……あれは進駒くんなんです」

 

 思いも寄らぬ答えに、リボルブが仮面の中で唖然とする。しかしすぐに気を取り直し、リボルブラスター・バーニングモードの銃口を敵に向けた。

 

「だったら速く倒すぞ」

「でも!」

「でもじゃねェ! あの姿になって、一番苦しんでんのはアイツの方だろ! そして、助けられんのは俺たちしかいねェ……それが俺たち仮面ライダーのやるべき事だろうが!」

「……!」

「助け方はもう分かってんだろ、躊躇すんな。自分で戦う道を選んだならな」

 

 そう言ってリボルブはアズールの肩を軽く叩き、前進して炎の弾丸を放つ。

 しかしビーストヴェインはソニックブレスでそれを相殺し、尾を振ってリボルブを撹乱する。

 必死に抗うリボルブの後ろ姿を見て、アズールはサイクロンモードのアズールセイバーを力強く投擲した。

 ビーストヴェインは頭を伏せてそれを回避するが、ブーメランのように返ってきたその刃が背中に突き刺さり、一際大きく悲鳴を上げる。

 

「静間さん! これで終わらせましょう!」

 

 リボルブに呼びかけながら、アズールはアプリドライバーに挿したライドオプティマイザーのトリガーを引く。

 

《アクセラレーション!》

 

 そんな音声が流れ、アプリドライバーにカタルシスエナジーがチャージされ始めた。

 それに倣って、リボルブもトリガーを引いた。

 

「フン……任せろ!」

《アクセラレーション!》

 

 同じ音声が流れ、同様にカタルシスエナジーがベルトに集中。

 アズールは右側に、リボルブは左側に立ち、マテリアフォンをアプリドライバーにかざして、大きく飛び上がった。

 それぞれアズールの左足には青色の光が、リボルブの右足には赤色の光が煌き、二人はビーストヴェインに向かって脚を突き出す。

 

「その歪んだ願い、僕が終わらせる!」

「くたばりやがれ……!」

Alright(オーライ)! スーパーブルースカイ・マテリアルバースト!》

Alright(オーライ)! スーパーデュエル・マテリアルバースト!》

「そぉりゃあああっ!!」

「オォラァアアアッ!!」

 

 二人が同時に放った必殺のキックは見事にビーストヴェインに命中し、その巨体を爆発させる。

 地面には人間の姿に戻った進駒と、トランサイバーが転がった。

 それに伴って、城内に捕まっていた人々が解放される。玉座の奥に幽閉されていた進駒の両親も無事だ。リボルブは彼らを誘導して、他に囚われている人々がいないかを確認している。

 

「う、うぐ……」

 

 倒された進駒は再びトランサイバーに腕を伸ばそうとするが、触れようとした直後に火花が散って壊れるのを見ると、その手から静かに力が失われる。

 そして仰向けに転がり、ドス黒い空を昏い瞳で見上げた。

 

「おしまいだ……もう、何もかも」

 

 そう言った彼の目には、もう涙さえ滲まない。

 変身を解いた翔は進駒の傍に近づき、煙を噴いているトランサイバーの残骸を拾い上げた。

 

「これで君に戦う力はなくなった。一緒に来てくれるね?」

「好きにしろよ、もうどうでも良いよ……この世界とその力がなくなれば、ボクにはもうなにもない……どうせ空っぽの存在なんだ……」

 

 ほとんど自暴自棄になっている進駒を見て、翔は静かに彼の手を取り、そして抱き締めた。

 突然の出来事に驚いた進駒は、何も言えず困惑している。

 

「ごめんね……でも、思い出して欲しいんだ。君はどうして一番になりたいと思ったの?」

「え……」

「君の本当の望み。それは何?」

「ボク、は……」

 

 昏く陰りが差していた瞳に光が戻り、進駒はぽろぽろと涙を流し始める。

 

「ボクは、ただ父さんと母さんに褒めて欲しかったんだ……お金じゃなくて、ボクが一番になるところを二人に見て欲しかっただけなんだ!」

「うん……」

「プロデューサー……あなたがボクに与えた世界は、全部……偽物、だったの……?」

 

 その言葉を口にした後、進駒は意識を失った。

 翔はそっと彼を寝かせて立ち上がり、右手を血が吹き出る程に強く握った。

 そして怒りで息を荒くし、歯を軋ませながら、ゆっくりと振り返った。

 

「これがお前のやり方か……スペルビアァッ!!」

 

 見れば、上空にはチェックメイトモンスターズのマテリアプレートを回収したスペルビアが浮遊していた。

 脚を組んで翔たちを見下ろしており、その口元には満足気に笑みを浮かべ、拍手すらしている。

 

Congratulations(おめでとうございます)! 実に素晴らしい戦いでした。あなた方の望み通り、これで彼に囚われた人々や精神失調症となった方々は解放されますよ」

「ふざけるな……元はと言えば全部お前の仕業だろ!」

 

 怒りに染まった翔の眼が、嘲弄するスペルビアの七色の眼を睨む。

 

「人の心に土足で踏み込んで、歪めて弄んで、踏み躙って!! お前みたいなヤツはぁ!! この世に存在しちゃいけないんだよ!!」

 

 そう叫んで、トランサイバーを握り潰し、スペルビアの顔に向かって思い切り投げつけた。

 原型を留めていないそれをすんなりと手で受け止め、粉々に破壊しながら、スペルビアは実に楽しそうに笑う。

 翔の体にほんの一瞬だけ、青いノイズが走った。それを目撃したのはスペルビアだけだ。そうとは気付かず、翔は怒声を浴びせる。

 

「今の内に偉そうにふんぞり返ってろ!! 絶対にお前を消してやる!!」

「……面白いですねぇ。あなた様は実に面白い」

 

 言いながらスペルビアは手に持ったマテリアプレートを空に掲げる。

 その瞬間、城の中や地面から黄色い靄のようなものが噴き出し、プレートへと吸収されていった。

 プレートを眺めた後、スペルビアは微笑みをたたえたまま翔を再び見下ろす。

 

「さて。ここはもうじき崩壊します、またお会いできる時を楽しみにしておりますよ」

 

 パチンッ、と指を弾く音がすると同時に、スペルビアは姿を消した。

 翔と鷹弘とアシュリィは、大急ぎで進駒と被害者たちを連れてバックドアを開き、現実世界へと帰還を果たすのであった。

 

 

 

「これでようやく、一歩前進だな」

 

 脱出後。

 Z.E.U.Sビルの駐車場まで帰還した翔たちは、事件の被害者たちの無事を再確認していた。

 負傷している者がいれば病院へ、それ以外はホメオスタシスのエージェントたちがそれぞれの家へと帰している。

 幸いにも重傷者も死亡者もおらず、負傷に関しては崩れた城で躓いたなどの軽微なものであったため、ほとんどの住民が帰宅している。

 病院からも、精神失調症の患者が快復したという報告があった。

 まだたったの一度。しかし、間違いなく自分たちは勝った。その事実を嬉しく思い、鷹弘は微笑んでいた。

 

「……静間さん」

 

 だが、話しかけられた翔は物憂げな顔をしている。

 彼の隣に立つアシュリィも難しい顔で唸っており、鷹弘は不思議そうに二人を見つめ、何事かを訊ねた。

 

「進駒くんは、これからどうなるんですか?」

 

 翔が気にかけていたのは、彼が助けた少年の事だった。アシュリィも同じ事を気にしており、加えて何やら眉を吊り上げている。

 

「本当にかわいそう。あの両親のせいで……!」

「アシュリィちゃん……そんな事言っちゃダメだよ」

「ダメじゃない! 記憶がなくたって分かる、あんなの家族のする事じゃない! どうしてあんな人でなしまで、危険を冒して助けなきゃいけないの!? 二人が命を賭けるような人間じゃないでしょ!?」

 

 鷹弘も進駒の身に何があって今回の事件が引き起こされたのか、それとなく翔から聞いていた。

 その上で、彼は首を横に振る。

 

「いいかアシュリィ。俺たちが助ける命に価値も優先順位もねェんだよ」

「でも……!!」

「ホメオスタシスがやってんのはそういう仕事だ。たとえ聖人君子であれ悪党であれ、命は命。勿論、助け終われば然るべき場所に渡すが」

 

 そのための警察だからな、と付け足して鷹弘は壁に背を預け、腕を組む。

 

「ただ、原因を作ったとはいえあの二人は罪に問われるような事はしてないからな。普通に帰す事になるだろ」

「……納得できない」

「お前の気持ちは分かるけどな……そんな事だらけだよ、この世の中は。で、あの進駒の方だが」

 

 翔が鷹弘と目を合わせる。

 

「しばらくはホメオスタシスと電特課で聴取する事になる。何と言っても、アイツはCytuber……デジブレイン側の人間だったんだからな」

「そう、ですか……」

「あれだけの人間の命を救っといて、そんなシケた顔すんなよ。それにこれは悪い事ばかりじゃない、万が一Cytuber共が口封じに来た時……栄 進駒を守れんのは俺たちだけだろ?」

 

 言われて気付いたように目を見張り、翔は数度頷いた。

 

「そっか、そうですよね!」

「アイツには時間が必要だ。目を背け続けてきた自分の罪と向き合う時間も、現実と向き合う時間も。その中でお互いゆっくりと探して行きゃいいんだ、これからってヤツを」

 

 翔の目に明るさが戻り、鷹弘の口角も僅かに上がる。

 だが直後、安心し切った表情の翔が「あーっ!」と声を発した。

 

「なんだ急に」

「いえ、実は進駒くんが戦ってる時に言ってたんですけど……ガンブライザーの装着者が街に向かったらしいんです!」

「はァ!? おまっ、今の今まで忘れてたってのか!?」

「戦いに夢中になってて……本当にごめんなさい! す、すぐに行きましょう!」

「ったく。さっさと終わらせんぞ、翔!」

「はい! ……あれ、今……僕の名前」

「良いから準備しろ!」

「は、はい!」

 

 二人はそれぞれの愛機であるパルスマテリアラーとトライマテリアラーを呼び出し、翔はアシュリィを後ろに乗せて、現場へ向かう。

 ひとつの脅威は去ったが、帝久乃市の仮面ライダーたちの戦いはまだまだ続くのであった。




 翔と鷹弘が現場に到着すると、そこは既に全てが終わった後だった。
 道路などに激しい戦闘の痕跡が残っているものの、被害者は誰もいない。
 唯一負傷者と呼べるのは、ガンブライザーの装着者である金髪の少年だけだ。

「一体何があった?」

 面食らった様子で、鷹弘が訊ねる。いくらなんでも、戦闘エージェントのみでガンブライザー個体を倒せるはずがない。
 すると、経過を見ていたであろうエージェントが、撮影した映像と共に三人に述懐する。

「突然現れたんです」
「現れた? 何がだ?」
「仮面ライダーが……二人!」
「……なんだと!?」

 鷹弘も翔もアシュリィも驚いて、その映像に注視した。

※ ※ ※ ※ ※

 これは、翔たちがサイバー・ラインで戦っているのとほぼ同時刻に起きた出来事だ。

「ク、ククク……俺ノ天下ダ……誰モ俺ニ逆ラエネェ!」

 人々が逃げ惑う中、怪人はそう言った。
 天を衝く金色の鬣と強靭な筋肉がついた四肢、鋭い爪と牙、それはまさにライオンだった。ただし、鬣で誤魔化されているが身長は160cm程度だろう。
 ライオン・デジブレインの周囲には、同じように鬣や獣の特徴を持つデジブレインが集まっている。牙は生えているものの顔はなく、ベーシック・デジブレインを思わせる。
 これはこのライオンの能力によって強化されたベーシック・デジブレインで、いわゆる群れ(プライド)なのだ。ライオン・デジブレインはこの群れを統率し、集団で狩りをする性質を持つのである。

「気持チイイゼェ! 俺ガ! コノ街ヲ支配シテルンダァァァ!」

 獣の咆哮が街の中に木霊し、人々は恐怖し逃げ続ける。
 だが、その時だった。
 三つの人影が、避難する者たちとは反対の、怪人の方へと向かっているのだ。
 逆光のせいでその姿はハッキリと確認できないものの、二人が男性で一人が女性である事は分かった。男性の内の片方は、帽子を被っているようにも見える。

「ナンダァ、オ前ラ」

 デジブレインの質問には答えず、帽子の男を下がらせて男女が前に出る。
 そしてどこからか取り出した、厚みがあるが小型のタブレット端末を操作すると、その腹部にベルトのようなものが出現して巻き付いた。
 間違いなくドライバーだ。しかし、アプリドライバーとは全く異なる外観で、緑と黄のカラーラインが目につく。また、バックル左側には三つのスイッチと、下部には指でタッチして使う指紋認証装置のようなものもついている。
 男女共にその端末を上からバックル部に装着し、さらに左腰のウィジェットから一枚ずつマテリアプレートを取り出す。
 だがすぐには起動せず、バックル左のスイッチをひとつ押した。男は赤色、女は白色のスイッチだ。

《パワフルチューン!》
《テクニカルチューン!》

 それぞれ音声が鳴り、続いて二人は同時にマテリアプレートを起動する。

天華繚乱(ウォーゾーン・ブルーム)!》
「変身」
《フォレスト・バーグラー!》
「変ー身っ!」

 眩い閃光と変身音らしいものが聞こえるものの、ノイズが混じっていて正確には聞き取れない。
 そして光が消えると同時に、二人の姿が変化していた。
 男は緑色のパワードスーツの上に赤い装甲を纏う、龍を思わせる姿の中華風の戦士。
 女は黄色のパワードスーツの上に白い装甲を纏う、蜂に似た姿の軽装の戦士だ。

「ナンダ……オ前ラ!?」

 ライオンが問いかけると、男は拳を鳴らし、ゆらりと前に出る。

「罪人に名乗る名はない」

 そこから先は、一方的な展開だった。
 二人は武器も使わずにライオン・デジブレインとその配下を倒し、その場に静寂を取り戻したのだ。
 そして、すぐに立ち去った。
 突如現れた二人のライダーと、その傍に控える謎の男。彼らの正体は、果たして――。


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File.02[Sinners Scream]
EP.16[ザ・ニューライダーズ]


 翔たちがヴェインコマンダーを討ち、進駒やその被害者らを連れてサイバー・ラインを脱出した直後の事。
 スペルビアは、様々な色彩が入り混じったドス黒い空間の中を、チェックメイトモンスターズのアプリを持って歩いていた。
 彼の周囲は漆黒の靄のような雲のようなものが拡がっており、時折眼球や手足が覗き出ては消滅を繰り返している。
 しばらく移動を続けていると、スペルビアは地面から黒い柱らしきものが突き出ている場所に辿り着いた。柱は全部で七本あり、中央に開いた大穴を取り囲むようにして配置されている。
 大穴からは絶えず黒い靄が吐き出されている他、ケーブルが無数に伸びており、それらの全てが柱に接続されている。スペルビアはその穴を見つめ、口角を釣り上げた。

「お待たせ致しました。ようやく一つ、完成しましたよ」

 恍惚とした表情でそう言った後、スペルビアは柱の内の一本に近付く。鳥の頭と翼、獣の体を併せ持つ生物のレリーフが彫られており、四角い窪みとコネクタが付いている。
 スペルビアはその窪みにチェックメイトモンスターズを差し込み、接続した。すると柱の頂点から黄色い光が溢れ出し、ケーブルもその光を帯びて、次々と大穴に光が吸い込まれていく。

「これであと六つ……私の望みが果たされる日も近い」

 パチンッ、とスペルビアが指を鳴らした。
 その瞬間に彼の姿は消え、その後も大穴は光を吸収し続けるのであった。


 同日、夜。

 戦いの事後処理を終えた翔は、アシュリィと共にようやく自宅に辿り着いた。

 

「今日は大変だったねー」

「ん」

 

 玄関で靴を脱ぎ、汗をかいた身体を拭くため、あらかじめ靴箱の上に用意していたタオルに手を伸ばそうとする翔。

 だが、直前で翔は「あれ?」と首を傾げる。自分とアシュリィが使うので、ちゃんと二枚置いていたはずだが、そこにタオルは一枚しかなかった。

 

「おかしいな……」

 

 言いながら、翔はアシュリィにタオルを手渡した。だが、彼女も訝しげな顔をこちらに向けている。

 

「どうしたの?」

「これ、誰の靴?」

 

 質問を受けて翔が視線を落とすと、そこには少し汚れた革靴があった。礼服と一緒に履くものだが、爪先に薄い鉄板が仕込まれている特殊なものだ。

 即座に翔は目を剥いた。鉄板入りの革靴をこの家で使っている人物には、ひとりしか心当たりが無いのだ。

 

『本日――党の久峰 遼(ヒサミネ リョウ)衆議院議員が――』

 

 出かける前に消したはずのテレビから音が聞こえる。内容は、政治家に関するニュースのようだ。

 急いでリビングに向かうと、ソファーの上に彼のよく知る男が寝転がっている。

 白いソフト帽を顔に乗せ、タオルと赤いネクタイを床に放りっぱなしにした、白と黒のボーダー柄のワイシャツを着た男。その左手は、黒い手袋に包まれている。

 

「父さん……!?」

 

 呼ばれて、その男――天坂 肇は帽子を手に取ってゆっくりと身を起こした。

 

「元気そうだな、翔」

 

 フッと微笑んで、肇は立ち上がる。

 翔は嬉しそうな安心したような微笑みを見せるが、すぐに呆れ顔になってタオルとネクタイを拾った。

 

「もう、帰って来る時は連絡してよ! ネクタイも床に散らかして!」

「そいつは悪かったな」

「……おかえり、父さん」

「あぁ、ただいま」

 

 そう言った肇は翔に帽子を預け、ふと彼の背後に目をやった。

 ちょこん、とアシュリィが翔の後ろに隠れている。そして肇と目が合うと、小さくお辞儀をした。

 肇は苦笑しながら、翔に「この子がアシュリィか」と訊ねる。翔も苦笑いし、首肯した。

 

「はじめましてだな。もう聞いていると思うが、俺が翔の父親だ。記憶が戻るまで君の身を預かる、好きに住んでくれ」

「……ありがと、ございます」

「そんなに堅くならなくていい。とりあえず翔、もし疲れてないならメシを作ってくれるか? 簡単なものでいい」

 

 テキパキと肇の所持品を片付け終わった翔は指でOKサインを出し、すぐに調理に取り掛かった。

 それを見たアシュリィは素早く席につき、密かに目を輝かせる。

 

「随分懐かれてるというか……餌付けか……?」

「父さん? 何か言った?」

「いや、なんでも。それより」

 

 トントン、と翔が包丁で野菜を切る音を聞きながら、何気ない調子で、しかし鋭く肇が訊ねる。

 

「響はどうした」

 

 音が止まる。

 

「……兄さんは……」

 

 翔は振り向かず、調理を続けながら話した。

 自分がデジブレインと戦うために仮面ライダーになった事も、Cytuberの事も、そしてその戦いの過程で響がサイバー・ラインに送られた事も。

 肇がかつて仮面ライダーとして戦っていた事は既に知っているので、説明に関してはスムーズに進んだ。ただし、肇は終始渋い顔で話を聞いていたが。

 

「なるほどな。その御種 文彦……Cytuberのヴァンガード、だったか。そいつを見つけて居場所を吐かせるつもりか?」

「知ってるとは限らないけど、少なくとも彼が領地に送り込んだのは間違いない。だから、まずはそこから探そうと思って」

「お前、戦いを降りるつもりはないのか?」

 

 問われるが、今度は調理の手を止めない。

 翔は作り終えたほうれん草のゴマ和えとサバの塩焼き、それから野菜のたっぷり入った豚汁をテーブルに並べていく。そして炊き終わってふっくらとした白米を茶碗に盛り付け、これも三人分並べた。

 

「降りないよ。僕は自分が戦うって決めたんだ」

 

 テーブルにつき、翔は言った。そしてアシュリィと一緒に手を合わせて「いただきます」と言った後、料理を口に運んでいく。

 アシュリィは決して「おいしい」と言わないが、相変わらず黙々と食べ進んでいく。

 

「……そうか。それなら、俺が止める理由はない」

 

 箸でサバ身をほぐし、肇も食べ始める。そして嬉しそうに目を細め、よく噛んで味わい、飲み込んだ。

 さらに味噌汁、ほうれん草と食べ、息をついた。

 

「あぁ、これだこれ。やっぱり日本の料理が一番舌に合う……というか翔、お前また腕を上げたな」

「そうかな? 中国行ってたんなら、向こうでも美味しいもの食べてたんじゃないの?」

「中華料理も悪くなかったが、ちょいと油がキツいのと辛いのがあってな。こういう料理を食うと安心する」

 

 談笑しながら食べ進め、三人は料理を完食する。

 食後の茶を飲みつつ、翔はある質問を肇に投げかける。

 

「父さんこそ、もう変身しないの?」

「無理だな」

 

 肇は茶を一息で飲み干し、言い放った。

 

「今の俺はただの探偵だ。もう仮面ライダーとしてこの件に関わる事はない」

「ホメオスタシスを助ける気はないの?」

 

 この質問をしたのはアシュリィだ。すると肇は、食事中も左手にだけ付けていた手袋を外し、さらにワイシャツの左側をめくって彼女に見せる。

 それを見て、アシュリィは絶句した。その左腕は、肘から先が金属になっている。つまりは機械の義腕だったのだ。

 肇はすぐに手袋を付け直し、再びコップに茶を注ぐ。

 

「アクイラとの戦いで、俺はこの腕を失った。こんなんじゃそもそも変身したところで足手まといになるだけだ」

「……ごめんなさい」

「勘違いするなアシュリィ、別に怒っちゃいない。一時的とはいえこの腕一本で世界を救えたのなら、むしろ喜ばしい話さ」

 

 翔の目を真っ直ぐに見つめて、肇はまた茶を啜る。

 

「それに仮面ライダーが四人もいればこの街も安泰だ。だから戦いには加わらんが、響や行方不明者を探す手助けくらいはしてやろう。俺がしてやれるのはそれくらいだ」

「ありがとう、助かるよ」

「何、気にするな。さて……二人とも、先に風呂入ってな。俺は資料の整理があるから後でいい」

「うん、分かった。じゃあアシュリィちゃんどうぞ」

「お? なんだよお前ら、一緒に入んないのか?」

 

 冗談めかして肇が言うと、翔が苦笑し、アシュリィが顔を耳まで真っ赤にして肇を睨みつける。

 

「……何言ってるの? バカじゃないの? バッカじゃないの!?」

「あはは、父さんあんまりからかっちゃダメだよ」

「笑うなバカ!」

「いたたた、あはは」

 

 頬を膨らませながら、アシュリィがペシペシと翔の腰を叩いた。

 そんな二人の様子を微笑んで見つめ、肇はその場を後にする。

 翔はぷりぷりと怒るアシュリィをなだめて風呂に向かわせた後、ふとある事に気がついて「あれ?」と声に出した。

 

「そういえば父さん、なんで仮面ライダーが二人も増えた事を知ってるんだ……?」

 

 しかし答えが出る事もないので、すぐに「まぁいっか」と思い直し、台所に向かって使い終わった食器を洗い始めるのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 数日後、朝。

 翔たちは放課後、いつものようにホメオスタシスの研究施設へと赴いていた。アシュリィも当然のように一緒だ。

 研究所に入るなり、翔・鋼作・琴奈・アシュリィの四人を出迎えたのは、意外な人物だ。

 電特課の警部補、安藤 宗仁である。

 

「よう、翔坊。今いいか?」

 

 相変わらず僅かに酒の臭いを漂わせ、宗仁は気さくに話しかける。

 

「実は例の栄 進駒がようやくマシに口を利ける状態になってな……お前と話したいんだと」

「僕と、ですか?」

「じゃなきゃ聴取に応じねぇとさ。このままじゃ仕事にならねぇからよ、頼まれてくんねぇか?」

 

 申し訳無さそうに頼み込む宗仁に、翔は快く「分かりました」と頷いて、鋼作たちも一緒に彼の後についていく。

 そうして、進駒がいる個室に案内され、翔はその中に入った。

 部屋の中には机と椅子とベッドがそれぞれ置いてあり、窓はなく、進駒はベッドの上で座り込んでいた。

 彼は虚ろな目で床を見つめていたが、翔の姿を見つけると、咳払いして椅子に座る。

 

「ようこそ、天坂さん。待ってましたよ」

「……大丈夫?」

 

 向かい側の席に座って、心配そうに翔はそう言った。進駒は首を縦に振り、自分の手を机の上に乗せる。

 

「ええ、別に生活に関しては不自由していません」

「そうじゃなくて、その……まだ君の家族と会ってないんでしょ?」

 

 そう言われると、途端に進駒はしおらしく目を伏せた。

 

「仕方ない事ですよ。ボクはそれだけの事をしてしまった。それに、お互いに時間が必要でしょうから」

「……辛いよね」

「それは……。……あなたに隠し事はできませんね」

 

 ふぅ、と息を吐いて、進駒は翔の顔に視線を戻した。

 その表情は、沈痛なものだ。両眼には涙が浮かび、酷く落ち込んでいるのが見て取れた。

 

「辛いですよ。父さんと母さんに会えないのは……ボクは、どうしてあんな事をしてしまったんでしょうか……」

「二人に会いたい?」

「勿論です。会って、謝らないと」

 

 真剣な目つきで断言する進駒に、翔は微笑んで頷いた。

 

「それだけ自分の気持ちと向き合えるなら、君はきっともう大丈夫だよ」

「……ありがとうございます。実は、あなたを呼んだのは少しだけ勇気が欲しかったからなんです」

「そうなの?」

「だって命の恩人ですから。あなたの顔を見て、あなたと話して、気持ちの整理がつきました」

 

 進駒も微笑み、翔に向かって「ありがとうございます」と一礼する。

 翔は照れ臭そうに笑いながら、彼に「どういたしまして」と返すのだった。

 そうして話している最中、突然入り口の扉からノックの音が転がり込む。直後、鋼作が慌てた様子で外から声をかけてきた。

 

「翔、リーダーから連絡だ! デジブレインが街に出たぞ!」

「分かりました、すぐに向かいます!」

 

 翔は急いで立ち上がるが、その背を「待って下さい」と進駒が呼び止める。

 

「きっと向こうは、ボクやヴァンガードが倒されて多少なりとも警戒してるはずです。気をつけて下さいね」

「分かった、ありがとう!」

 

 改めて、翔はその場を走り去る。それをじっと見送りながら、進駒は唇を釣り上げた。

 

「ボクも、なれるかな……あの人みたいに」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 連絡を受けた翔は、パルスマテリアラーを走らせて、他の戦闘エージェントを率いて現場へと急行する。

 目的地はスクランブル交差点。その付近のビルに備えられている巨大な街頭ビジョンが、今回ゲートとなっているようだ。

 あまりにも規模が大きく、人目につきやすい場所であるため、現在は電特課とホメオスタシスが協力して道路を封鎖している。

 しかし、それもバリケードが破られてしまえば無意味。たちまち住民に被害が出てしまう。それが分かっているので、翔は急いでいるのだ。

 

「……見えてきた!」

 

 翔は隊員と警官に簡単に会釈し、バリケードを乗り越えてスクランブル交差点に向かう。ホメオスタシスの隊員たちの会話から、鷹弘は既に戦闘に入っている事が分かった。

 鋼作たちは、戦況分析と仮面ライダーのサポートだ。どうやら屋内にも潜んでいるらしく、ナビゲートが必要になるだろう。

 交差点の中央では、無数のベーシック・デジブレインに囲まれている鷹弘の姿が見える。

 彼は既にリボルブへと変身しており、デュエルリンカーで次々に湧いて出る敵を相手にしている。

 

「来たか、翔」

「静間さん、今行きます!」

「頼むぜ。俺一人じゃキリがねェ」

 

 翔はマテリアフォンでアプリドライバーを呼び出し、ブルースカイ・アドベンチャーのマテリアプレートを手に取って起動、それを装填した。

 

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

「変身!」

《蒼穹の冒険者、インストール!》

「うおおおっ!」

《アズールセイバー!》

 

 青い仮面の戦士、アズールとなった翔は、剣を振り上げて戦いの場に躍り出た。

 アズールとリボルブは、二人でそこら中から湧き出てくるデジブレインを、次々に倒していく。

 だが、当然倒しきれるワケがない。ゲートの管理者のデジブレインを消滅させない限り、ベーシック・デジブレインは無限に出現する。それに、これらベーシックタイプは融合する事でデータを統合し、それを元に新たな形態に変化する事ができるのだ。

 

「敵が多いな……」

「リンクチェンジしましょう」

 

 二人はそれぞれ、多数の敵を相手にするのに最適なマテリアプレートを取り出す。アズールなら鬼狩ノ忍、リボルブならジェイル・プラネットだ。

 だが、起動しようとした直前。唐突に、ギターを掻き鳴らす音が二人の頭上から響いた。

 

「なんだ!?」

「あっ、あそこです!」

 

 アズールが驚いた様子で信号機の上を指差すと、そこには派手なプラチナブロンドのウルフモヒカンヘアーが特徴的な、ギターを持った男が立っていた。

 二人は困惑するが、その男が左手に装着しているあるものを見て表情を引き締める。

 

「トランサイバー……という事は!」

「野郎、Cytuberか。もう出張ってくるとはな」

 

 ジャアン、と再び男がギターを鳴らす。そして、信号機の上からゆっくりと飛び降りた。

 そしてアズールたちを見るなり、いきなりスゥーッと涙を流し始める。

 

「え、え?」

「なんだこいつ、情緒不安定か?」

 

 あまりにも急な出来事に、アズールもリボルブも思わず困惑した。

 すると、男はアズールたちに視線を向けたまま、ゆっくりと口を開く。

 

「俺はCytuber五位、音楽界のスーパースター……激情のロックだ。よろしくゥ! イェーイ!」

「そのテンションの急昇降をどうにかしろ」

「アァー、そうだな。どうにかなっちまいそうだぜ、お前らがストライプをやっちまったせいでよぉ、イエイ!」

 

 ロックと名乗った男が、今度は真上を見ながらギターの演奏を始める。当然その奇行と態度に、アズールとリボルブは唖然とするばかりだ。

 

「虚栄のストライプは俺たちの仲間だったァァァー……その夢を潰したお前らを。俺はぁ……許さねぇぇぇ~ぜっ♪ イェーイ!!」

「やかましい!! かかってくるのか来ねェのか、ハッキリしろ!!」

「イェーイ!」

「おー喧嘩売ってんだなよし決めた!! 今すぐブン殴ってお前の鼻を圧し折ってやる!!」

 

 意味の分からないロックの行動に、ついにリボルブの堪忍袋の緒が切れた。しかしアズールは彼を羽交い締めにして食い止める。

 

「お、落ち着いて下さい! あれでもまだ一応生身の人間ですから!」

「うるせェーッ! あんなフザけた野郎をいつまでも見てられるか! 二度と口を開けなくしてやる!」

 

 アズールを引き摺りながら、リボルブは演奏を続けるロックの方に歩んでいく。

 そして残り数メートルという程度まで近づいたところで、ロックは突然リボルブの方を見た。

 

「いいぜぇ、その怒りのリリック。そのグルービーなテンションが俺のライブには必要なんだ」

「あぁ? 何ワケ分かんねェ事を」

「俺はただ演奏してただけじゃないんだよ」

 

 真剣な顔でそう言って、ロックは大きくバックステップした。

 すると異変を察知したアズールがリボルブを放し、周囲を見回す。そこには信じられない光景が広がっていた。

 まだ結合していないのに、デジブレインたちの姿が次々に変化を始めているのだ。

 ロックの仕業だ。直感的にそう判断したリボルブは、すぐさま問い詰める。

 

「何しやがった!?」

「ハーロットの技術で調整された俺のギターはァー……演奏すればデジブレインの中のデータを活性化させる事ができる。そのお陰でこいつらのテンションもMAXってワケだぜぇ」

「チッ、言い方より何を言ってるのか分かるのがムカつく!」

「イェーイ!」

「うるせェよ!」

 

 気付けば二人は、様々な姿のデジブレインに囲まれていた。

 スタッグビートルやカメレオンやスパローにボアと言った面々を初め、かつて戦ったブレーメンズの元となったバトルクック・デジブレイン、ブルドッグ・デジブレイン、サーバルキャット・デジブレイン、そしてドンキー・デジブレインの姿もある。

 さらに、ハゲタカのような姿のデジブレインもいるようだ。

 即座にフォトビートルが解析を行った結果、あれはコンドル・デジブレインという個体であるらしい。

 

「チッ、面倒くせェ!」

「来ます!」

 

 スタッグビートルとスパローが三体ずつ、大アゴと爪を向けてアズールに迫る。さらにボアとコンドルが三体ずつリボルブの方に向かい、カメレオンは姿を消した。

 一体一体は今の二人にとって大した相手ではないが、数が多すぎる。しかもどうやら、未だに演奏しているロックのギターによってさらにパワーアップしているようだ。

 ノコギリのようなアゴを剣で受け流しながら、アズールは叫ぶ。

 

「V2で一気に殲滅しましょう!」

「そうだな……!」

 

 頷き合い、アズールはブルースカイ・アドベンチャーV2を、リボルブはデュエル・フロンティアV2を取り出した。

 だが、その時だった。

 

「ちょーっと待ったー!」

 

 突如そんな女性の声が聞こえたかと思うと、眼鏡を掛けて首から黄色いヘッドフォンをぶら下げた、ボサボサの長い金髪の少し背が低い女が一人、バリケードを乗り越えて自分たちの方へ向かってくるのが見えた。

 だが、そこには当然デジブレインがいる。するとその女を護るようにして、深緑色のサテン地のチャンパオを纏った赤茶色の髪の緑眼の男が、向かって来たバトルクック・デジブレインの眼にマテリアエッジを投擲して退かせた。

 黄色いパーカーワンピースの女は「にゅふふ」と笑いながらその男の肩をポンポンと叩き、共に悠然と歩み出る。

 

「あの男は……!」

「あなたたちは……誰ですか?」

 

 思わず問いかけるアズール。リボルブは男の方と見知った顔のようだが、女の方は知り合いではない様子だった。

 すると、男の方が答えようとしたところを遮って、女の方が前に出る。

 

「自己紹介はあとあと。今はコレでしょ」

 

 そう言って取り出したのは、N-パッドよりも少々小振りなタブレット機器。

 ライオン・デジブレインを打ち倒した仮面ライダーが使っていた道具だ。それに仕方なさそうに従い、チリンと左耳についているエメラルドで装飾された三日月型の金の耳飾りを鳴らして、男も同じものを取り出す。

 

「まさか!?」

 

 驚きの声を発したのはアズールだ。女の方はその反応を楽しんで笑い、パッドにあるベルトのマークをタッチした。

 

《ドライバーコール!》

 

 その音声が流れると同時に、二人の腹部にベルトが巻き付いた。

 

「このマテリアパッドとタブレットドライバー……そしてアプリチューナーを合わせて使う。これがウチの作った、新たなライダーシステムよん」

 

 得意げな様子で女が言い、二人は同時にマテリアパッドと呼んだその端末をタブレットドライバーに差し込む。

 そして女が男の顔を見上げ、笑いながら問いかける。

 

「さぁ行くよーん、準備おけ?」

「問われるまでもない」

 

 二人は映像の中で見た時と同じように、まずはタブレットドライバー左側に備えられたスイッチを押した。

 

《パワフル・チューン!》

《テクニカル・チューン!》

 

 男は左腰のウィジェットからマテリアプレートを取り出し、女もそれに合わせる。そして、二人で同時にプレートを起動した。

 

天華繚乱(ウォーゾーン・ブルーム)!》

《フォレスト・バーグラー!》

 

 天華繚乱は、実在の中国をモデルとした繚嶄泊(りょうざんぱく)という大沼沢を舞台とする大人気の格闘ゲームアプリ。悪漢を打倒し帝国を救って来た無数の英傑たちが互いの武を競い合い、最強が誰なのかを決めるというのがテーマとなっている。

 一方フォレスト・バーグラーは、電子の森を舞台とするピンボールアクションRPGだ。電子の森に住むハッカー集団が、邪智奸佞の王族や騎士や悪徳商人から財宝となるデータを盗み取る、というものである。

 二人はそれらを起動した後、タブレットドライバーの右側に差し込む。

 

《ノー・ワン・エスケイプ! ノー・ワン・エスケイプ!》

 

 タブレットドライバーからそんな音声が鳴り、指紋認証装置『マテリアルセンサー』が緑と黄に交互に点滅発光する。二人は同時に人差し指を差し入れ、指先でタッチした。

 

「変身」

「変ー身っ!」

Oh YES(オゥ・イエス)! マテリアライド!》

 

 瞬間、二人の前には龍の鎧を纏うドラグーン・テクネイバーと黄色い装束を着たバンデット・テクネイバーが出現し、それぞれ分解される。

 そしてドラグーンは緑色のパワードスーツとなって男の方に、バンデットが女の方に合体して黄色のパワードスーツとなる。

 さらに、二人の頭上から赤と白の装甲が出現し、今度はそれが合着された。

 

《ウォーゾーン・アプリ! 闘龍之技、アクセス!》

《フォレスト・アプリ! 義賊の一矢、アクセス!》

「仮面ライダー……!!」

 

 驚く二人の目の前で、緑のライダーが拳を鳴らす。

 

「私は雅龍(ガリョウ)。仮面ライダー雅龍……!」

「ウチは~、ザギーク(The Geek)! 仮面ライダーザギーク! シャッキーン、ってね」

 

 雅龍の隣で、蜂のような姿の黄色い仮面ライダーが名乗る。

 二人の変身を見届けた後、ロックは再びギターを鳴らす。それを合図に、デジブレインたちが一斉に飛びかかった。

 しかし雅龍とザギークは慌てず、手を前に掲げてマテリアパッドの武器のアイコンをタッチする。

 

《スタイランサー・スピアーモード!》

《スタイランサー・ボウガンモード!》

 

 すると、それぞれの手にタッチペン型の武装が握られる。雅龍は長槍、ザギークは弩弓だ。

 

「ハァッ!」

 

 雅龍はその槍を力強く突き出し、スタッグビートル・デジブレインとスパロー・デジブレインの頭を一撃で貫く。さらにその向こう側から同種のデジブレインが迫ってくるのを視認し、スタイランサーのトリガーを引く。

 すると、槍の先端から赤く光るゲル状のインクのようなものが飛び出し、穂先に包まって凝固して、先端を戟のような形状に変えた。

 

「ぜぇぇぇい!」

 

 それを雅龍が力任せにスイングする事で、スタッグビートル及びスパロー、そして隠れて難を逃れようとしていたカメレオン・デジブレインを纏めて全滅させる。

 

「おー、派手にやるね」

「コケーッ!」

「おっと」

 

 背後から襲いかかってきたバトルクック・デジブレインに気づき、ザギークは後ろを見ずに左足を背後に向かって振り抜く。

 

「ケコッ!?」

 

 その踵は、バトルクックの股間に深々と命中した。

 

「あっ……イケないトコに会心の一発しちゃった? ごめんごめんテヘペロ」

「コ、コケケ……」

「まぁ、でもデジブレインだし大丈夫かぁ。ほんじゃさらだばー」

 

 そう言ってザギークは背後で悶絶しているバトルクックの頭を白い矢で撃ち抜き、消滅させる。

 しかし一体撃墜したところで、状況は変わらない。他にもブルドッグ・デジブレインや、サーバルキャット・デジブレインが彼女に迫っている。

 が、命中の直前に彼女は背中の翅で飛翔して攻撃から逃れ、さらにボウガンで反撃を行う。その矢弾は、正確にデジブレインたちの膝や左胸に突き刺さった。

 

「僕らも負けていられませんね」

《ブルースカイ・アドベンチャーV2!》

「ああ。行くぞ」

《デュエル・フロンティアV2!》

 

 二人の手際を見ていたアズールとリボルブが、マテリアプレートを起動して戦場に飛び込み、アズールはザギークの背後に迫るカメレオンを剣で斬り倒し、リボルブはコンドル・デジブレインの両翼を撃ち抜く。

 そしてアプリドライバーへとマテリアプレートを装填し、マテリアフォンをかざして同時に「リンクチェンジ!」と叫んだ。

 

Alright(オーライ)! オプティマイズ・マテリアライド!》

 

 瞬間、青と赤の戦士の姿が、強化されたものに切り替わる。

 

《ブルースカイ・アプリV2! 蒼天の大英雄、インストール!》

《デュエル・アプリV2! 最速のガンスリンガー、インストール!》

「援護します!」

「助太刀してやる」

 

 続いてブルースカイリンカーV2となったアズールは二つの剣を手に取り、デュエルリンカーV2となったリボルブは二つの銃を構える。

 

《アズールセイバーV2!》

「そぉりゃあああ!」

《リボルブラスターV2!》

「オォラアァァァ!」

 

 アズールは二本のアズールセイバーを振るって風の刃を無数に生み出し、巻き込まれた敵を全て薙ぎ倒す。リボルブはそこから離れた位置で、リボルブラスターの二挺拳銃スタイルでデジブレインを狙い撃ち、付近にいるデジブレインたちも纏めて爆炎で粉砕していく。

 たったこれだけで、雅龍とザギークの周囲にいるデジブレインたちは全滅してしまった。

 

「おほっ、やるねぇー」

「ほう……」

「こりゃーウチらも負けてらんないんじゃないのー?」

「そのようだ」

 

 そう言って、雅龍はタブレットドライバーの白いボタンを、ザギークは黒いボタンをそれぞれ押した。

 

《テクニカルチューン!》

「チューンアップ」

《スピーディチューン!》

「チューンアーップ!」

 

 再び発光を始めたマテリアルセンサーを指でタッチすると、二人のパワードスーツに装備されていた装甲が分離し、新たに白と黒の装甲が転送される。

 この戦いの様子を、フォトビートルを介してモニターしていた琴奈は、驚きの声を発した。

 

『うそ、もしかしてリンクチェンジしなくても戦法を変えられるの!?』

 

 そして、驚いている間に二人の体に装甲が合着。そして、電子音声が鳴り響いた。

 

Oh YES(オゥ・イエス)! マテリアライド! テクニカル・チューンアップ!》

Oh YES(オゥ・イエス)! マテリアライド! スピーディ・チューンアップ!》

 

 白い装甲の雅龍がスタイランサーのトリガーを引くと、穂先からゲル状の白いインクが流れ、地面を伝ってアズールに突進するボア・デジブレインの目の前で迫り上がって凝固。強固な壁となったゲルにぶつかったボアは、目を回してその場をふらついた。

 黒い装甲を纏ったザギークは、ドンキー・デジブレインを羽交い締めにして目にも留まらぬスピードで上空高くに飛翔し、そのまま振り回して地上のボアの方に投げ飛ばした挙げ句、ボウガンを連射して二体とも蜂の巣にする。

 仮面ライダーたちは次々にデジブレインを討滅していく。ロックはその様子を見て、演奏の手を止めて感心したように拍手していた。どうやら、ギターを引いている内に腕が疲れてしまったようだ。

 

「中々やるなぁ……仮面ライダー共」

「あなたは戦わないのか?」

 

 剣先を向けながら、アズールが言った。するとロックは笑いながら、ジャンッと一度だけギターを鳴らした。

 

「勿論お前らをドラム叩くみてーにボコボコにしてやるのが俺の目的だァァァー……が、その前に仮面ライダー共の戦力を確かめておきたくてなぁ」

「威力偵察のつもりなら、別に離れた場所で見てればいいんじゃ?」

「……イェーイ!」

「あ、誤魔化した」

 

 疲れて演奏が止まったため、湧き出てくるデジブレインも変化が失われ、ベーシックのみになってしまった。

 だが、それでもロックは退かない。指をパチンと弾き、虚空に叫ぶ。

 

「ここで俺からバンドメンバーを紹介するぜェェェーッ!」

「え?」

 

 ロックが演奏を再開する。それと同時に、周囲の薬局や家電量販店の中から、一体のデジブレインが飛び出した。

 フルートを片手に持つ、色とりどりの布で作られた道化師のような風貌のネズミ怪人。ガンブライザーがないため、人間に寄生しているタイプではない。

 フォトビートルが解析に移るものの、ネズミのデータでは合致しないようだ。

 アナライズに時間がかかる事を察知したリボルブは、すぐ攻撃に転じた。

 

「喰らいやがれ!」

 

 並のデジブレインならば即死する、リボルブラスターV2の一撃。

 だがそのデジブレインがフルートを吹くと、光の壁が現れ、瞬く間に炎の弾丸が散り散りになって消えた。

 

「な……!?」

「こいつはハーロット特製、パイドパイパー・デジブレイン! お前らの攻撃じゃビクともしないぜっ♪」

 

 ならば全員で。四人が四人そう考え、突撃する。

 しかしパイドパイパーの笛の音がなると、ゲートを通してベーシック・デジブレインが押し寄せて攻撃を妨げる。それも、通常とは異なり耳や尾にネズミの特徴を持つタイプだ。

 

「パイドパイパー……まさかハーメルンの笛吹き男か!?」

「正解だぜ、イェーイ!」

 

 ロックが演奏を続行する。それにより、ベーシック・デジブレインたちも強化された。

 槍を突き出せば素早く回避され、矢を射っても発射の瞬間には照準から消えて、剣の一撃は振りかぶった直後にバックステップで避けられてしまう。

 リボルブの速撃ちで放たれた銃弾は回避しきれないようだが、それは光の壁が盾となって負傷を最小限に抑えている。

 そして、パイドパイパーが笛を鳴らすと、頭上から無数の光条が針となって降り注ぎ、四人を襲う。

 ラットタイプのベーシック・デジブレインも、スピードを活かしたキックや尻尾を叩きつけるなど、侮れない攻撃力だ。

 

「どうやら敵のフォーメーションってのは完璧らしいぜ」

「何か策は?」

 

 銃を構え直すリボルブに、雅龍が訊ねる。

 するとリボルブは「フン」と笑い、手をポキポキと鳴らした。

 

「策もクソもねェよ。あんたらも、ここからが本番だろ?」

「フ……そうだな」

「ああ。そろそろ本気で相手してやるよ」

 

 雅龍とリボルブが頷き合い、アズールもそれに応じて頷いた。

 威力偵察をしていたのは、ロックだけではない。アズールは二本の剣を組み合わせ、リボルブは二つの銃を合体させる。

 

《サイクロンモード!》

《バーニングモード!》

 

 アズールはそのまま両刃剣にマテリアプレートを差し込み、リボルブも同じく合体銃にプレートをセットした。

 雅龍も同様、スタイランサーにマテリアプレートを装填。追従するようにザギークもボウガンモードのスタイランサーにプレートを入れた。

 

《フィニッシュコード!》

《パニッシュメントコード!》

 

「これで……一気に終わらせる!」

 

 アズールとリボルブが武器にマテリアフォンをかざし、雅龍とザギークの二人はそのままトリガーを引いた。

 

Alright(オーライ)! スーパーブルースカイ・サイクロンマテリアルスラッシュ!》

Alright(オーライ)! スーパーデュエル・バーニングマテリアルカノン!》

Oh YES(オゥ・イエス)! ウォーゾーン・マテリアルスティング!》

Oh YES(オゥ・イエス)! フォレスト・マテリアルシュート!》

 

 嵐の中で駆け巡る斬撃が、巨大な爆炎の弾丸が、極熱を放つ輝く一突きが、無数に乱れ飛ぶ矢が、その場にいたデジブレインたちに襲いかかる。

 強大な一撃に全てのベーシック・デジブレインが消滅、ゲートの主であるパイドパイパーも光の壁で防ぐものの、受け止めきれずにその場で跪いた。

 この機を逃してはならない。そう悟って、雅龍はさらに「今だ!」と叫んでマテリアパッドのPunishの文字が入ったアイコン、『パニッシュメントアイコン』をタッチした。ザギークも同じく、そのアイコンを押す。

 

《パニッシュメントコード!》

 

 その音声が流れると、今度は明滅しているマテリアルセンサーに指で触れる。そして二人同時に跳躍し、緑と黄のエネルギーを纏う脚を突き出した。

 

Oh YES(オゥ・イエス)! テクニカルウォーゾーン・マテリアルパニッシャー!》

Oh YES(オゥ・イエス)! スピーディフォレスト・マテリアルパニッシャー!》

 

 二人が放つキックはパイドパイパー・デジブレインに見事命中し、爆発四散させる。これでゲートはその効力を失い、この場で新たにデジブレインが現れる事もなくなった。

 そして四人はそのままロックを取り囲み、退路を断つ。この機を逃さず、捕らえようというつもりなのだ。

 

「ヘイヘイヘーイ。オーディエンスよぉ、アンコールをご所望かい?」

 

 挑発的な笑みで、ロックが余裕たっぷりにそう言った。

 雅龍はスタイランサーを持ってジリジリと躙り寄り、ロックがどう動くのかを見定め、徐々に追い詰めていく。

 

「貴様を捕縛する」

「ンッン~、そいつは無理だなァー♪ 俺を待つファンがいるからなぁ」

「逃しはせん!」

 

 叫びながら雅龍が飛び込み、トリガーを引く。穂先から白いゲルが細長い有刺鉄線となって飛び出し、ロックの体に巻き付こうとする。

 だが、突如として三つの影がロックの前に飛来し、一瞬で鉄線を断ち切ってロックを回収、四人の仮面ライダーから距離を取る。

 

「何っ!?」

 

 リボルブが目を見張る。その三つの敵影の正体は、サメとトンボとゾウの姿のデジブレイン。しかも、ガンブライザーを腹に巻いている事から、元は人間であるようだ。

 その上、この三体は正確な動作でロックを救出した。今までにない事例だ。

 

「焦るなよ。今日はただのリハーサルだ、本番はまだ先だぜ。アンコールはその時に取っておきな」

 

 三体のデジブレインに守られながら、ロックは左手のトランサイバーに「ゲート」と音声入力を行う。

 彼らの頭上の空間が歪み、ロックたちはその場から姿を消すのであった。

 

「クッ……おのれ、逃げ足の早い」

「しょーがないっしょー。ってか、ウチもそろそろ疲れたー。帰ってゲームとネットサーフィンしたーい」

「仕事が先だ」

「えええぇぇぇー、殺生でゴザルなぁー」

 

 妙な語尾を付け足してぶーぶーと文句を垂れながら、ザギークは変身を解除。雅龍も同じタイミングで変身を解く。

 それに追従するように、アズールとリボルブも変身解除する。四人の仮面ライダーが、素顔で対面する形となった。

 

「さて、ようやく落ち着いて話ができそうだな」

 

 今度は邪魔されずに、男の方が名乗る。

 その手に、警察手帳を掲げて。

 

「私は警察庁電脳特務課の課長、英 翠月(ハナブサ スイゲツ)。階級は警視だ」

「えぇっ!? あなたが宗さんの上司だったんですか!?」

 

 目を丸くする翔。

 それもそのはず、目の前にいる男は明らかに宗仁よりも若いのだ。恐らく鷹弘と大して変わらない、年上だとしても27か28歳ほどだろうという姿だ。

 鷹弘は隣に立つ翔に、彼について簡単な紹介をする。

 

「英警視はエリート中のエリートでな、電特課を立ち上げたのもこの人だ」

「そ、そうだったんですか」

「それよりも……そっちのあんたは一体誰なんだ?」

 

 言いながら、ボサボサ髪の女に胡散臭いものを見るような視線を向ける鷹弘。

 すると彼女は「ぎゃわーっ!」と言いながら、ふざけた調子で自分の顔を両手で覆った。

 

「いやーダメダメダメ、ピッカピカのイケメン三人に注目されたら陰キャのウチ死んじゃうよおー! よーやくゲッちゃんで慣れたのにさー!」

「は? 何言ってんだお前」

 

 ますます怪しむ鷹弘。新しいライダーシステムを作ったと言うので、当然といえば当然だ。

 翠月は大きく溜め息を吐いて、彼女のパーカーのフードをひょいっとつまみ上げた。

 

「ちゃんと自己紹介をしろ。給与下げるぞ」

「ヒェッ!? わ、わかったよおー」

 

 こほん、とわざとらしく咳払いしてから、女は胸を張って話し始める。

 

「ウチは羽塚野 浅黄(ハツカノ アサギ)、警察のスネをかじってお金貰ってるよ。よろしくねーん。キラリン」

「雇われてると言え……」

 

 片足を上げて妙な言葉とポーズを取る浅黄と名乗った女に、翠月は頭を抱えてまた溜め息を吐いた。

 それを聞いて、訝しんでいるのはやはり鷹弘だ。

 

「雇う? どういう事だ?」

「彼女はハッカーだ。と言っても、サイバー犯罪の脅威に対抗するために活動している、いわゆるホワイトハッカーだがな」

「……信用できんのか?」

「戦闘面は少し未熟な部分もあるが、ハッカーとしての手腕と頭脳は間違いなく本物だよ。私も最初は疑ったが、タブレットドライバーを完成させたのは彼女だ。あと彼女も君と同年代だぞ」

「へぇー……は!? アレで!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて、鷹弘が言う。翠月も微妙な表情で頷いていた。外見は明らかに十代だが、年齢は自分と同じくらいだというのだから、無理もない話である。

 一方、翔の様子はいつもと変わらない。騒がしい浅黄に対しても、微笑みながら対応している。

 

「英さんと羽塚野さんですね。よろしくお願いします!」

「浅黄でいいのよ?」

「あ、じゃあ浅黄さん」

「んほほほおおお! かわいい美少年に名前呼ばれるのたまんねー、ぐへへへへ」

「面白い人だなぁ」

 

 じゅるりとヨダレを垂れ流す彼女を見て翔は朗らかに笑うが、鷹弘や翠月の方はげんなりしている。

 そして改めて、鷹弘と翔も自己紹介に移った。

 

「浅黄だったか……俺は静間 鷹弘。ホメオスタシスのリーダーだ」

「僕は天坂 翔です、よろしくお願いします!」

 

 名乗った後、翔は礼儀正しく頭を下げる。そして翠月が微笑んで右手を差し出すと、翔はそれに応じて握手する。

 

「君の事は師匠から聞いている」

「師匠、ですか?」

「肇先生だ」

 

 意外な人物の名が出て、翔はぎょっとする。

 

「父さんですか!? 知り合いなんですか!?」

「武術の師であり、尊敬する先輩だ……さて、話の続きは事後処理が終わってから、地下の方で頼む」

 

 手を離し、翠月が言う。鷹弘も同意し、こうしてその場は一度解散。

 事件の後始末を終え、一同はホメオスタシスの地下研究施設へと向かうのであった。



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EP.17[激情のアリーナ]

「よう、戻ったか」

「待っていたぞ」

 

 翔たちがホメオスタシスの地下研究施設に戻って司令室に向かった時、そこには肇と鷲我がいた。

 

「あれ、父さんどうしたの?」

「師匠!」

 

 彼の姿を見るなり、翔と翠月はそれぞれ別々の反応を示して近づいていく。翔は不思議そうに見つめ、翠月は憧憬の眼差しを送っているのだ。

 肇はフッと笑い、腕を組んで背中を壁に預ける。

 

「街で騒ぎがあったって聞いて、こっちで見せてもらってたんだよ。翔も翠月も、やるじゃないか」

「光栄です、師匠!」

「師匠はやめろよ」

 

 目を輝かせ、翠月が礼儀正しく一礼する。

 その一方、翔は納得したように数回頷いていた。

 

「やっぱりあのライオン・デジブレインの映像の中にいた帽子の人は……」

「俺だな。あの時は、こいつらを連れてきたばかりだったんだ」

 

 それを聞いて、映像を見た事のある鷹弘もアシュリィも把握した。確かに背格好が同じで、特徴も一致しているのだ。

 そして映像の事を思い出した翔は、ふと疑問がひとつ湧いたので肇へとそれをぶつけてみる。

 

「そういえば、浅黄さんと父さんってどういう関係なの? 英さんとの仲は聞いてるけど」

 

 翔が、浅黄のいる方を振り向く。が、先程まで自分の後ろにいた彼女は姿を消していた。

 不思議に思って周囲を見ると、浅黄がこそこそとアシュリィの背後に忍び寄っているのが分かった。アシュリィは気づいていない。

 何をしているのだろう。翔がそう思っていると、浅黄はいきなり服の中に手を滑り込ませて彼女のたわわな胸を鷲掴みにし、揉みしだき始めた。

 

「きゃあああ!?」

「おほぉーっ、美少女の柔乳たまんねーっ! もちもちのプルプルで、ウチ一生触ってられるわこれ! 髪もめっちゃいい匂いするし! あーやべっ、最高ーっ!」

「ちょっと!? なんなのっ、ほんとにやめてよ……!!」

 

 アシュリィはじたばたと、後ろから胸をまさぐってくる浅黄に必死で抵抗する。

 だがそれでも浅黄は手を止めず、むしろ彼女の声色に一層興奮した様子で、息遣いを荒くしている。

 

「ええやないのええやないの、触るだけ触るだけ。ぐへへ、タイピングとブラインドタッチで鍛えたウチの手捌きを――」

「何をしとるか貴様は」

「グヘッ!?」

 

 ガツンッ、と頭頂部に重い衝撃を受け、浅黄は思わず手を放して頭を抑えた。

 額に青筋を立てた翠月が、殴りつけたのだ。浅黄は涙目になって、抗議するように彼の顔を見上げる。

 その隙に、アシュリィはサッと翔の後ろにピッタリと張り付き隠れた。

 

「痛いじゃんかゲッちゃん……ぴえん」

「やかましい。これ以上続けるつもりなら手錠をかけるぞ」

「えっ、もしかしてそういうのがお好みなのゲッちゃん? やば……そんな事されたらウチ天才ハッカーMになっちゃう……」

「手錠代わりにもう一発ゲンコツが欲しいようだな」

「わーごめんごめんごめん! ウチが悪かったですー!」

 

 悲鳴を上げ、観念したように浅黄は翠月に縋り付く。

 アシュリィにも謝罪するものの、アシュリィはまるで威嚇する猫のような声を出しており、すっかり警戒してしまっていた。

 翔は苦笑いしてアシュリィをなだめつつ、再び浅黄に問いかける。

 

「それで、父とはどういう関係で?」

「なんつーかね……依頼人? あ、ウチの方がね。ちょっと人探しててさ」

「人探し、ですか?」

 

 意外そうに翔が言う。肇は探偵なので確かにそういう依頼も受け付けているが、ハッカーの彼女が探している人物とは一体何者だというのか。

 そんな風に思案していると、当事者である肇から「順を追って話す」という言葉が飛び出した。

 

「まず、俺は二つ依頼を受けていた。一つは各国政府の情報機関が十年以上追い続けている『ある世界的な犯罪者の捜索』、もう一つは翠月から『タブレットドライバーを完成させるのに必要な人材の捜索』。その過程で偶然出会ったのが、こいつだ」

「ある犯罪者……?」

 

 肇と翠月が頷き、その人物についての詳細を語り始めた。

 

「その女は様々な国を渡り歩き、訪れた地を破滅に導く……ある時は卓越したスパイ技術とハッキング能力で国家の機密情報を盗み取り、またある時はトップに取り入って腐敗させ、時に国家と国民の対立感情を煽って暴動を引き起こし、逃亡する。そして決して捕まらない。姿を知る者はいないが、確かに存在している史上最悪の犯罪者」

「そいつは複数のコードネームで呼ばれている。妲己、リリス、カルメン、そして……ハーロット」

 

 翠月の告げた最後の名前に、全員が驚愕した。

 ハーロット。度々Cytuberたちが口にしていた名前、進駒曰くCytuberの中でもリーダー格だという人物。それと一致しているのだ。

 デジブレインを強化する技術を持ち、今日出会ったロックにはデジブレインの内蔵データを活性化する機能を持つギターを与えていた。

 肇は帽子の鍔を指で摘みながら、話を続ける。

 

「中国の情報機関にハッキングの形跡を見つけた俺と翠月は、すぐにその犯人を追った。が……結果は空振りで、こいつの仕業だったってワケだ」

 

 肇は未だに翠月の腕に抱きついている浅黄を引っ張って前に出し、そう言った。

 彼女は先程までとは打って変わって真剣な顔つきをしている。

 

「ウチもハーロットを追ってるんだ。だけど一人じゃ限界を感じてたから、わざと痕跡を残して、それを見つけ出して追跡できる力を持つ人間を待った。それが肇とゲッちゃん」

「そして、こいつはドライバーを作る知能と技術がある天才だ。だから俺たちは協力を求めた」

 

 そう言って翠月は浅黄の頭に手を乗せる。しかし浅黄は唇を尖らせ、涙目で翠月の顔を見上げた。

 

「それ、分かってるならウチの頭をもっと大事して欲しいんですけど~……?」

「安心しろ、丁寧に加減した。これからも加減してやる」

「わぁい! ちっとも安心できないや!」

 

 ヤケクソになって笑いながら、浅黄は庇護を求めるように翔の方に駆け寄るが、アシュリィが威嚇してそれを許さなかった。

 翔は苦笑し「まぁまぁ」とアシュリィを落ち着かせる。そして、彼らの話を聞いて納得すると同時に、もうひとつの疑問を口に出した。

 

「思ったんですけど、ハーロットはいつCytuberになったんでしょう? そもそもCytuberはいつから存在するんでしょうか」

「さぁな、それは俺にも分からん……少なくとも機関はデジブレインが現れる前からヤツを追っていたようだな。その辺りの事も、栄 進駒が喋ってくれればいいんだが」

 

 肇が帽子を被り直しながらそう言った、その時だった。

 

「申し訳ありませんが、ボクもあまり詳しくないんですよ」

 

 そんな声が聞こえると同時に、手錠をかけられた進駒が室内に現れた。

 

「進駒くん! 平気なの?」

「ええ。丁度良く人が集まってるようですし、色々と話をするべきでしょう」

 

 椅子に腰掛け、進駒はこの場に揃った一面を、特に四人の仮面ライダーたちを見つめた。

 

「ボクらCytuberが666人いて、その中でも上位の七人は特別な存在だという事は既にご存知だと思います。ですが、それでも重要な情報は秘匿されます。特に、各Cytuberの現実での姿や名前などはスペルビアと本人以外誰も知り得ません。サイバーノーツとしての姿も全員とまでは……」

「そっか……じゃあハーロットの正体も不明のまま、かな」

「コードネームくらいなら一通り。あなた方がまだ会敵していない一位の淫蕩のハーロットを始め、残りは二位の貪食のプレデター、三位の大欲のノーブル、四位の懈怠のデカダンス……この中でも特に強大な権限を持つCytuberは、最上位三人のハーロットとプレデターとノーブル。ただ戦闘能力が一番高いのは、恐らくプレデターです。ひょっとしたら彼が最強かも知れない」

「どうして分かるの? 戦う姿は見た事ないんじゃ?」

 

 翔が問うと、進駒はカチャリと手錠の鎖の音を鳴らして彼の顔を見上げる。

 

「皆さん、ボクが前に天才軍略家を名乗っていたのは覚えてますよね? それと同じで、Cytuberにはそれぞれ自負しているものがあるんです。そしてトップスリーはその中でも最強と呼べる域に達している……プレデターの場合は、武術の達人。つまりは最強の『武力』の持ち主なんです」

「なるほどな。しかもCytuberの二位ともなれば、それは確かに手練れていそうだ」

 

 腕を組み目を細めながらそう言ったのは、翠月だ。どこか楽しそうに唇を釣り上げている。

 続いて琴奈が、しゃがんで進駒と目線を合わせながら「他のCytuberはどんな人なの?」と訊ねた。

 

「うぅん、羨望のヴァンガードについてはご存知でしょうし……そうですね、ノーブルについてお話しましょう。どの程度の戦闘能力の持ち主なのかはボクも知りませんが、彼はとてつもない『財力』を抱えていて、それを使って私兵をCytuberとして配下にしているんです」

「私兵?」

「ええ。ガンブライザーを持つ戦闘部隊や、人間世界への密偵、それから技術開発班……実のところ、666人の内のおよそ半数以上がノーブルの配下と思われます」

「って事は、300人以上!?」

「恐らくですが。それと彼の戦闘部隊の内、お気に入りの部下は彼や他の上位Cytuberの警護に当たる事があります。ボクも一度見た事があるんですが、サメ・トンボ・ゾウのマテリアプレートを所持していました」

 

 話を聞いていた翔たちは、ハッと目を見張った。

 今日、ロックを守護していた者たち。彼らがそうだったのだ。

 ノーブル直属の部下であるという話から、強敵である事は間違いない。現に、仮面ライダーたちを見事振り切り、ロックと共に逃亡せしめたのだから。

 

「デカダンスについてはよく分かりません。戦う事そのものを面倒臭がっているんですが、スペルビア曰く『彼女だけで街一つ簡単に落とせる』そうです」

「本人にやる気がないのが救いね……」

「ロックもいまいち……なんというか、当時はよく話していたんですがふざけた言葉遣いばかりが目立ちますね。それだけ自分の正体を知られるのを嫌っているのかも知れません」

 

 言った後で、進駒は顎に手を添えて考え込みながら「そういえば」と続ける。

 

「彼、ボクやデカダンスやハーロットとは話す事が多かったんですけど、他のメンバーとはあまり会話しているところを見た事がないんですよね……」

「どういうこと?」

 

 陽子が訊ねるものの、進駒にも理由は分からないようで、首を横に振った。

 何か共通点があるのか。一体どんな意味があるのか。全員考えてはみたものの、結論は出なかった。

 そして話題を切り替えるように、鷹弘が口を開く。

 

「Cytuberとしての姿や言動から、元がどんなヤツか推量できねェのか?」

「難しいですね。例えばプレデターは六十代の老人に見えるんですが、知っての通りトランサイバーには所有者の姿を書き換える機能があるので実際には何者なのやら……ハーロットなんて兎のぬいぐるみなんですよ」

「チッ、尻尾を掴ませないつもりかよ。かなり徹底してやがるな、クソ女め」

「彼女が何を自負しているのかも、ボクには分かりません。ただ……恐らく最強と思われるプレデターを差し置いてリーダーに抜擢される人です。絶対に侮ってはいけません」

「なんだよ、天才を名乗ってた割には随分弱気じゃねェか」

 

 肩を竦めて鷹弘が言うと、進駒は眉根を寄せて慄きながら、頷いた。

 その姿に、翔と翠月・浅黄・肇を除く一同は大いに面食らった。彼らは、ストライプの頃の強気な進駒しか知らないからだ。

 

「あなたの言った通り、当時のボクは天才と思い上がっていました。でも、その頃のボクでさえ……ぬいぐるみにしか見えない彼女にどういうワケか一目置いてしまっていたんです、自分でも気付かない内に。それが本当に恐い」

「……」

「彼女には、プレデターともノーブルとも他の誰とも違う……もっと恐ろしい『何か』があるんです。ボクにはそう思えてならない」

 

 誰かが息を呑む音も聞き取れるほど、一瞬だけその場に沈黙が訪れた。

 その静寂を破ったのは、肇だ。

 

「……俺からも少しだけ、話しておきたい事がある。恐らくCytuberとも関係がある話だ」

 

 声色をより真剣なものに変えて、肇は言った。翔と翠月は思わず身構え、姿勢を正した。

 

「五年くらい前だったか……響に探偵として依頼された事があってな。結果が分かったら、折を見てお前にも話しておいて欲しいと言われた。お前が望むなら、だが」

「えっと、話が見えないんだけど……なんのこと?」

「お前らの両親の話だ」

 

 翔が目を剥き、アシュリィや鷹弘たちも顔を強張らせる。

 元々翔と響は両親に捨てられ、天坂 肇に引き取られた身だ。二人とも親が誰で何者なのか、どこにいるのかさえ覚えていない。

 翔は別段それを気にしているワケではなかったが、響は違ったのだ。まさか密かに依頼していたなどと、翔には予想外だった。

 

「お前ももう16歳だ、もう話しても大丈夫な年頃だと思ったんだが……とはいえ残酷な事実に変わりはない。聞くつもりはあるか?」

「うん……大丈夫。聞かせて欲しい」

 

 深呼吸をしてから意を決して頷き、翔が肇に促した。

 肇は頷き、「まずは母親の事だ」と前置きしてゆっくりと調査内容を語り始める。

 

「結果から言うと、お前たちの母親は既に死んでいた」

「え……」

「始めに俺は、お前たちを養護施設に預けた人間を探した。だがそいつは母親に雇われていた家政婦……中々口を割らなかったが、勤めていたその母親の家だけは教えてくれたよ」

 

 腕を組んで、一呼吸置いてから肇は再び話し始める。

 

「母親はそれなりに育ちの良い……まぁ、いわば名家のお嬢様だな。Z.E.U.Sほどじゃないが、大企業の娘ってヤツだ。行く行くは結婚もするつもりだったんだろう」

「つもりだったんだろうって、なんか妙な言い回しじゃん。どゆこと?」

 

 浅黄に指摘されると、肇は頷いて事情を詳しく説明する。

 

「近辺の住民は口を割らないから、別のルートで聞いたんだが……お前の父親と母親はどうにも恋愛関係にあったらしい。と言っても当時の彼女はまだ18歳……お前らとほとんど変わらない年齢だったそうだが。ある時、彼女はその男との間に子を身籠った」

「えっ!?」

「以来、彼女は家の外に出なくなった。だが虐待があったとか、そういうワケでもないらしい。どうやら子供の世話をしていたようでな……ほどなくして二人目の子も身籠った」

「それが、僕……」

「そうなる。だが、ここから急に雲行きが怪しくなった」

 

 肇が眉をしかめて言う。なんとなく、翔はその場の空気も変わった気がした。

 否、変わったのは自分の方だ。知らず知らずの内に、心臓の鼓動が大きくなっている。

 

「どういうワケか、彼女は子供を連れて家を出たんだ。追い出されたのか、それとも自分から出て行ったのか……どういう事情があったのか、そこまでは分からなかったが、ともかく二人の関係は破局した」

「……彼女はその後どうなったの?」

「死んじまったよ。遺書も何もなしに、な」

 

 それを聞いて、翔は沈痛な面持ちになる。

 顔も知らないとはいえ、翔にとっては血の繋がった母親なのだ。悲しく感じないはずがなかった。

 周りにいる鷹弘らも、何とも言えない複雑な表情で話を聞いていた。

 

「だが、この件には不可解な点がある」

「不可解?」

「まずひとつ。この男が何者なのか、その情報があまりにも少ない、というか全く手に入らないところだ。関係者から周辺住民の口封じ、家宅には男に繋がる書類等の証拠も……念入りに隠滅されている」

「ちょ、ちょっと待ってよ。そんな大規模な情報封鎖なんてできるの!?」

「普通なら不可能だ。余程の権力や財力、表沙汰にできないような手段を持たない限り」

 

 翔がハッと目を見開く。肇は、その手段こそがCytuberやデジブレインの能力だと睨んでいるのだ。

 さらにそれは、自身に繋がる全ての痕跡を隠匿できるほどの力を持った大人物が、幼い頃に身近で存在していたという事実を意味する。

 そして響は、それを知って何を思ったのだろうか。

 

「もうひとつ。母親が何故お前たちを預け、先に死んだのか。そもそも死因は何だ? 病気? それとも自害? 他殺か? それさえ伏せられている」

「その警察の情報すら操作してるんだとしたら……!」

「もしもその通りなら、ヤツを見つける事は不可能に近い。それでも、響は諦めていないようだったがな」

 

 肇は目を閉じ、深刻な面持ちでそう言った。

 

「あいつは自分の両親をずっと探している、憎んですらいるだろうな。でなきゃここまで執着しない」

「今更そんな人を見つけてどうするつもりなんだろう」

「さぁな……それは、いなくなった響を見つけて、改めて聞き出せば良い事だ。案外、あいつ自身もどうして良いのか分かってないかも知れないしな」

 

 そして肇はその話を驚いた様子で聞いていた進駒に視線を移し、彼に問いかける。

 

「ここまでの話を聞いて、その父親について思い当たる人物はいないか? 俺は君の言ったノーブルが怪しいんじゃないかと思うんだが」

「……ごめんなさい、分かりません。見た目は三十代くらいでしたけど、当てにはできないですし」

 

 肇は「そうか」と呟いて、それ以上の質問を打ち切った。

 これで、肇からの話は終わった。

 翔についてあまりにも衝撃的な事実を耳にして、またしばらく静まり返ってしまったが、今度は進駒が沈黙を打ち破った。

 

「ひとつだけ。皆さんの役に立てるかも知れない情報があります」

「それって?」

「ロックの領地、その本拠地の座標です」

 

 全員が一斉に進駒へと視線を注ぐ。すると進駒は鷹弘と翠月から許可をもらい、部屋のPCを借りて説明を始める。

 

「既にご存知の方もいると思いますが、サイバー・ラインは別々に見えてもひとつに繋がった世界だ。だからボクの管理してた領地からロックの領地に移動する事もできる……実際に、何度か立ち寄った事もありますからね。今からこのPCを通して、皆さんのN-フォンやマテリアフォンに領地に直接繋がるゲートを転送しておきます」

「ほー……それで、本拠地の名前ってのは?」

「激情のアリーナ。確か、そう言っていました」

 

 カタカタとキーボードを鳴らして、進駒はゲートの座標を打ち込み、それをホメオスタシスと電特課の面々のマテリアフォン及びN-フォンへと転送した。

 翔が確認すると、ゲートに新たな地点の名前が加わっている。これで、向こう側にいつでも攻め込む事ができるというワケだ。

 浅黄は、マテリアパッドでそれを興味津々に見つつ、進駒をじっと見つめる。

 

「これで激情のアリーナ付近の地点まで移動できます。ただデジブレインも徘徊しているので、見つからないように注意して下さいね」

「おほー、すごいね少年。ご褒美としてウチにチューしていいぞぉ?」

「えっ、お断りします」

「照れなくて良いよ、どこでも好きなトコにカモン!」

「なんですかこの人……」

「そっちが来ないならこっちから……あっ、ウソですごめんなさい」

 

 翠月が瓦割りをするように拳で素振りしているのを見ると、浅黄はあっさりと引き下がった。

 そして、二人のやり取りを呆れたように見つめていた鷹弘は「とにかくだ」と、マテリアフォンをグッと握った。

 

「これで今回はこっちから攻められる。後手に回んのはもう終わりだ、あのロックとかいう野郎の世界をブッ潰しに行くぞ」

「はい! 彼も進駒くんと同じなら……絶対に助けなきゃいけないですからね!」

 

 そう言って微笑み合う翔と鷹弘。だが、その二人に対して翠月は右手を挙げてある提案を投げかける。

 

「すまないが、私は現実世界に残っても良いだろうか」

「えっ、どうしてですか?」

「全員で向かえばこの街が手薄になる。先日のライオン・デジブレインの一件もある以上、油断はできない。誰かが残って警護に回るべきだ」

「あ、なるほど……」

「代わりに浅黄は連れて行って構わない」

 

 翠月の言葉を聞いて、浅黄は真っ先にぎょっと目を剥いた。

 

「ゲッちゃぁん!? ウチと離れ離れになっちゃうよ!?」

「お前の能力を評価しての事だ、ここに残るより向こうの調査に回った方が良いだろう」

「むうー……分かったよー」

 

 また唇を尖らせながらも、浅黄は渋々これに従う。鷹弘も承諾し、これで方針が決まった。

 今回の戦いでは、チームを二つに分ける。ロックの領域を陥落させるための侵攻チーム、帝久乃市を護る防衛チームだ。

 侵攻チームには翔・鷹弘・浅黄とホメオスタシスの戦闘部隊が半数、そこに調査員としてアシュリィ・鋼作・琴奈が加わる。

 防衛チームには翠月と指揮役の宗仁を中心とした電脳特務課の特殊武装警官隊と、ホメオスタシスの残る半数が動員され、そこには陽子も入っている。

 かくして、『激情のアリーナ』侵攻作戦は開始されるのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 作戦が始まり、侵攻チームはゲートを通ってロックの領域に到達した。

 サイバー・ラインの空は相変わらずドス黒く濁った色をしており、初めてこの場所に訪れた浅黄も眉をしかめている。

 ロックの拠点は、かつて進駒の領域だった中世ヨーロッパ風の領域に比べ、非常に現代的でほとんど帝久乃市と同じだった。高層ビルや住宅家屋、商業施設に繁華街が立ち並んでいる。街灯さえも再現されていた。

 微妙な熱気が街中を覆っており、人の気配は全くない。サイバー・ラインの中である以上、人がいないのも当然といえば当然なのだが。

 この街に来てから、ホメオスタシスの面々は浮かない顔をしていた。言葉では言い表せない、妙な違和感があるのだ。

 ともかく、次回以降も安全に攻め入るため、この場に拠点を組み立てる事になった。

 

「少し気になったんですけど」

 

 機材を運んでいる時、不意に翔が浅黄へとそう言った。浅黄は首を傾げ、翔の方を向く。

 

「浅黄さんはどうしてハーロットを追っているんですか?」

「あー……やっぱ気になる? 年頃的に気になっちゃうか?」

「歳は関係ないと思いますけど、気になります」

 

 バツが悪そうに頭をポリポリと掻いて、浅黄は「そっかぁ」と言った。

 口調は少しばかりふざけているが、真剣な顔つきだ。作戦開始前といい、彼女はハーロットに関する事を話す時は真面目になるようだ、と翔は思った。

 

「まぁ、ぶっちゃけるとハーロットはウチの姉貴なんだ」

「へー……。……ええええええっ!?」

 

 その言葉には、翔だけでなく近くにいた鋼作や琴奈、アシュリィも面食らっていた。鷹弘も唖然としている。

 すると浅黄は慌てた様子で、話を続ける。

 

「いや、姉貴って言ってもそこまで近い間柄じゃないんだけどさ。腹違いの姉妹だし」

「……どういう事です?」

「ウチと姉貴、それから他の姉妹たちは、生まれた時から名前も知らない諜報機関でスパイ活動の英才教育を施されてきた『チルドレン』なんだよ。姉貴はその中でもエリート中のエリート、ハーロットってコードネームもその頃からだね」

 

 全く自分とは馴染みのない世界の話を聞いて、翔は硬直していた。が、鷹弘から声をかけられて再び機材を運びながら、彼女の話に耳を傾ける。

 浅黄も、準備を続けながら続きを話してくれる。

 

「でもウチは組織を抜けた。向こうで培ったハッキング技術を利用して、逃げ出したんだ。ウチと同じように組織を嫌ってた子たちと一緒にね」

「その、どうして組織を脱走したんですか?」

「……そうさねぇ」

 

 ドス黒い空を見上げ、浅黄は表情を引き締める。

 

「自由になりたかったんだよ、ウチ」

「自由……?」

「そ。ちゃんとした自分の名前すら貰えないで、どこの誰かも知らないヤツらの情報をハッキングして抜き出したり、人を騙したり……中には好きでもない男に毎晩抱かれるようなやり方をさせられる子もいたねぇ。そんな毎日が、なんか嫌になっちゃってさ」

「……」

「でもね。組織を抜け出す事を提案したの、実は姉貴……ハーロットなんだ」

「え!?」

 

 浅黄の口から飛び出す事実に、翔は驚くばかりだった。

 彼女は空に向かって手を伸ばし、グッと強く握り拳を作る。

 

「姉貴のお陰でウチは自由と、名前も手に入れた。だからこそウチは確かめたいんだよ。姉貴が何を考えてるのか、何をするつもりでCytuberになったのか」

「お姉さんの事、好きなんですね」

「まぁ、ウチの恩人だからねー。姉貴って言っても結構年の差あるけどさ」

 

 にひひ、と浅黄は無邪気な笑顔を見せる。それを見て、翔も思わず微笑んだ。

 そんな二人の元へ、搬入した機材の設置を完了させた鷹弘が歩いて来る。

 

「お前ら、話はそこまでにしとけ。そろそろ行くぞ」

「はい!」

 

 こうして、鷹弘の合図でホメオスタシスの一団は調査に乗り出す事となった。

 調査に向かうのは、翔・鷹弘・浅黄の仮面ライダー三人と、アシュリィだ。多数で侵入するとなるとどうしても目立ってしまい、また能力からして戦闘部隊ではベーシック・デジブレインを相手にするのが限界であるため、このように少数精鋭で戦う形式となった。

 鋼作と琴奈を含む非戦闘員たちの大多数は拠点に残り、仮面ライダー三人のサポートを行う。警備のため、戦闘部隊の隊員もここに残る事になる。

 さらに、今回は琴奈から新しいサポートメカが届いている。角がアンテナのようになっている丸い羊型のレーダー探知機、その名も『レドームートン』だ。

 これ一体で周辺の大まかな地図が作成可能であり、探索を続けてデータを得られれば詳細なマッピングも可能となるという。フォトビートルとドルフィンタイマーと共に、これはアシュリィが管理する事になった。

 

「それにしても、なんというか……変な感じがしますね」

「ん? そりゃ、人がいねェからな」

「うーん、そうじゃなくて……あっ!」

 

 先頭を歩く翔が突然に声を上げたので、鷹弘は咄嗟にマテリアガンを手に取る。

 

「なんだ、敵か!?」

「い、いえ! 見て下さい、あの店!」

 

 言われて訝しみながらも、鷹弘は翔が指で差している店の中に目を凝らす。

 そこはCDショップで、あのロックが歌う曲のCDやポスターなどが敷き詰められていた。

 別にこの程度、サイバー・ラインなら特別おかしな話でもないだろう。鷹弘はそれを口に出そうとしたが、それはできなかった。

 その隣にある店が、また同じようなCDショップだからだ。さらにその隣はロックが使っているものと同じだという楽器の販売所で、向かい側も音楽関係の商品ばかり置いてある。他の店、例えば本屋やブティックなどは存在しないのだ。

 

「なんだこりゃ!? 音楽の事しか考えてねェのか!?」

「この妙な執着、何か不気味なものを感じます」

 

 歩きながら、翔と鷹弘はそんな会話を交わす。

 そんな翔の元に、風に吹かれてあるものが飛んできた。

 赤い色の一枚のチラシだ。風に舞って、彼の長い脚に引っかかる。翔は黙って、それを拾い上げた。

 

『全世界熱望! 激情のロック、アリーナ独占フェスティバル開催! ご来場可能者:女性とお子様なら誰でも。成人男性の来場お断り、見つけ次第警備員が射殺致しますのでご安心下さい』

 

 内容は概ねこのようなものだった。チラシの隅には、地図も記載されている。

 アシュリィは翔の手からそれをひょいっと摘みとって読むと、首を傾げた。

 

「なんか最後の方、妙に物騒な事が書かれてない?」

「どうして成人男性に限定してるんだろうね……? ともかく、このチラシは使えるよ」

 

 そう言って翔はチラシを再び手に取ると、レドームートンに地図の内容を読み込ませた。

 するとマテリアフォンやN-フォンなどに搭載された周辺の地図の情報が更新され、激情のアリーナまでの安全な移動ルートが表示される。

 

「よし、上手くいった!」

「でかしたぜ、お手柄じゃねェか。向こうの拠点に近づくほどデジブレインが湧きやすいだろう、このルートを使うぞ」

 

 鷹弘の指示に従い、翔たちはレドームートンの示したルートで移動を始める。デジブレインの数は然程多くなく、特に屋根の上などの警備は手薄だ。

 そうして、一度も敵と見つかる事も戦う事もなく、一行は無事アリーナの目前に辿り着くのであった。

 アリーナの入口には行列ができており、警備員の服を着たアサルトライフルを持つベーシック・デジブレインが列を整理している様子が遠目に見える。

 ちなみに入口に並んでいるのは人間でもデジブレインでもなく、それを模倣しただけのデータの塊、要はハリボテのようなものだ。動いたり歩いたり歓声を上げたりする事はできるが、デジブレインのような戦闘能力は一切ない。そしてチラシの内容通り、女子供ばかりだ。

 

「とりあえず到着しましたけど……ここからどうします? 成人男性は射殺するとの事でしたけど」

「俺らの場合、女子供なら無事って保証はねェからな。正面からはダメだ、裏口を探すぞ」

 

 全員が了解し、侵入ルートを探し始める。

 レドームートンの表示したマップによると、駐車場と出口がある。実際に赴くと車などは一台もなく、薄汚れたスカートなどの女性用の衣類・下着や化粧台などが散乱しているだけだ。

 警備員のデジブレインが十体ほどうろついており、監視カメラも設置されているため、ここからの侵入も容易ではない。

 

「こっちからじゃ無理か……しかしなんだこりゃ、駐車場っつーかゴミ捨て場じゃねェのか?」

 

 鷹弘が困惑した様子でそう言いながら、また別のルートを探す。

 次は自転車・バイクの駐輪場だ。付近に入口はあるが監視カメラが設置されており、別方向には地下に繋がる道があるものの、やはりそちらにもカメラが設置されている。

 しかし、デジブレインがいないため駐車場に比べると警備は手薄。問題は、カメラを避ける方法だ。

 

「壊すと侵入がバレるだろうな……結局どこから行っても騒ぎを起こす事になんのか?」

「いや、そーとも限んないよー?」

「あん?」

「むふふー、ウチが一緒で良かったね」

 

 そう言いながら、浅黄はマテリアパッドを取り出してキーボードのアイコンをタッチする。

 

《エディターツール!》

 

 その音声と同時に、浅黄の手元にキーボードが表示されたホログラフィックパネルが現れ、さらにパッドからUSBケーブルのようなものが伸びてレドームートンの尻に突き刺さる。

 鷹弘が何事かを問う前に、キーボードを一心不乱に打ち込み続け、最後にエンターキーを入力。その瞬間、レドームートンの全身から入口と地下への監視カメラに向けて電波が放たれた。

 それを確認して、浅黄はニィッと笑った。

 

「ハッキング完了。何もない映像がループし続けるから監視カメラはもう役に立たないよ」

「お前……すごいな。マジで天才なんじゃねェのか」

 

 この手際には鷹弘も翔も舌を巻いていた。アシュリィも、素直に感心している。

 一方褒められ慣れていないのか、浅黄は「にへへへ」と照れ笑いしていた。

 

「道は開いた、突入するぞ。警戒は忘れんなよ」

 

 鷹弘の合図で、四人は冷静かつ迅速に施設内に侵入する。そしてすぐに、施設の案内図を発見した。

 激情のアリーナは六階建てで、上空から見るとエレキギターの形をしているようだ。自分たちのいる地下駐輪場は、いわゆるヘッドからネックの位置で、メインアリーナはピックガードの位置にある。

 また、地下の駐車場・駐輪場からはエレベーターを使わなければ移動できず、一階にしか止まらないと記述されている。

 

「うーん、せっかく静かに侵入できたのに、これじゃすぐ見つかりそうですね」

「大丈夫だ、この程度なら問題ねェよ」

「え?」

「こいつを使う」

 

 そう言って鷹弘が見せたのは、Oracle Squad(オラクル・スクアッド)のアプリ。

 このアプリで変身し、遮断の能力を使えば、デジブレインたちの視界から消える事ができるというワケだ。

 

「って、だったら監視カメラもそれで避けれたんじゃ?」

「いいや。確かに潜入には持ってこいなんだが、効果時間は長くないからな。仕掛けられてる監視カメラの数が多い以上、長時間塞げる方が都合がいい」

「なるほど……」

 

 ここからは戦闘の可能性も高まるため、アシュリィ以外は全員変身して侵入する事となる。

 鷹弘はリボルブ オラクルリンカー、翔はアズール シノビリンカー、浅黄はザギーク スピーディチューンへとそれぞれ変身して、静かに行動を開始する。

 案の定、一階は警備員がうろついている。そして、入口で並んでいたはずの客の姿はない。既に会場に向かったのだろうとアズールたちは結論づけた。

 そしてリボルブの狙い通り、オラクルリンカーの遮断によって警備員たちの視界から消失した彼らは容易くステージに続く廊下まで辿り着く。ここまで来ると、警備員たちの目を避ける事は難しくなる。

 

「……一気に仕掛けるぞ」

 

 物影に潜んでいるリボルブがそう言って、アズールとザギークも頷く。アシュリィはそのまま、壁を背にして隠れた。

 そして三人の仮面ライダーは一斉に飛び込み、警備員のデジブレインたちに襲いかかる。

 

「ジジッ!?」

 

 警備員たちは驚いてアサルトライフルを構えるが、反応が遅れた。その一瞬の隙を、スピード特化形態となっているこの三人が見逃すはずもない。

 リボルブはオラクルナイフでこの場から音を遮断しつつ、アズールは分身してアズールセイバーとシノビソードで敵の武器を全て破壊、さらにザギークがスタイランサー・ボウガンモードでデジブレインを一掃する。

 十数体といたベーシック・デジブレインは、ものの数秒で全滅した。

 

「よし、警報は鳴らされずに済んだな……」

 

 安全を確認し、先へと向かう一行。廊下を出て、ロックがいるであろうアリーナのステージへと突き進む。

 だが。アリーナには、ロックはおろか観客すらいなかった。

 もぬけの殻となっているステージに、翔たちは唖然としている。そんな四人の耳へと、拍手の音が飛び込んだ。

 

「誰だ!?」

 

 鷹弘が叫び、振り向くと、そこにはスーツ姿の男が二人と女が一人いた。

 男の片方は丸刈りに剃り込みを入れた髪型で、胸元を大きく開けている筋骨隆々の大男だ。

 一方、もうひとりの美男子は銀色の長髪でひょろりと線が細く、切れ長の目で翔たちを見下ろしている。拍手をしていたのはこの男だ。

 そしてその二人の後ろに立つ日に灼けた肌の女は、青いベリーショートの髪で鋭い目つきをしており、顔には袈裟に太い一本の傷がついている。全員若く、二十代のようだ。

 

「ククク、見事ですね。まさかここまで鮮やかに侵入するとは」

「だが残念だったな! ヤツを倒すために来たんだろうが、ロックのライブはまだ始まらんぞ!」

 

 がっはっはっと大男が笑い、細身の男が嘲笑する。

 リボルブは彼らを睨みつけて「何者だ」と問いかけ、リボルブラスターを構えた。

 すると二人は道を開け、青髪の女が前に出る。

 

「オレはCytuber十位の黒海 松波(クロウミ マツバ)……こっちの二人は十一位の曽根光 都竹(ソネミツ ツヅク)と十二位の大村 梅悟(オオムラ バイゴ)

「そんな連中が今更何の用だ」

「オマエらを始末し、愚かな人類の目を覚まさせる。それがオレたち、選ばれしハッカー『ヒュプノス』に与えられた任務だ」

 

 淡々と、松波と名乗った女が言い放った。それに応じて細身の男の都竹も、筋肉の塊のような梅悟も身構える。

 彼らの手には、ガンブライザーとCytube Dream(サイチューブ・ドリーム)のマテリアプレートが握られていた。

 

Cytube Dream(サイチューブ・ドリーム)……シャーク!》

《ダムセルフライ!》

《エレファント!》

 

 三人はマテリアプレートを起動し、ガンブライザーを装着。そしてマテリアプレートを装填し、内包されたデジブレインを自身の肉体に寄生させた。

 

《ハック・ゼム・オール!》

「オレを喰え……喰って滾れ、"大欲"のコード!」

Goddamn(ガッデム)! マテリアライド!》

 

 三人は他のガンブライザーの被害者と異なり、苦悶の表情を一切見せない。

 むしろ、その顔は戦いへの歓喜に彩られていた。

 

《シャーク・デジブレイン! パラサイトコード、ダウンロード!》

《ダムセルフライ・デジブレイン! パラサイトコード、ダウンロード!》

《エレファント・デジブレイン! パラサイトコード、ダウンロード!》

 

 全身がザワザワとモザイクに埋め尽くされていき、姿が変わる。松波はサメに、都竹はトンボに、梅悟はゾウに。

 あの時ロックを守って逃走したデジブレインたちだ。それを理解して、リボルブの仮面の中の表情が強張った。

 しかも彼らは自分の意識を保ち、言葉さえ話せるようだ。

 

「驚いているようだな。オレたちはオマエらと同じく、改造手術を受けた身だ。その影響で、デジブレインに身を預けずとも戦えるようになったというワケだ」

「マジかよ……!」

 

 臨戦態勢の三人を見て、アズールとリボルブは迎撃のため、各々武器を構える。

 が、そこへザギークが「待った!」をかけた。

 

「こいつらの相手、ウチがやるよ。ハッカーと聞いちゃー黙ってらんないしねー」

「……いいんですか?」

「だいじょぶだいじょぶ、ウチを信じて。先行きなよ」

 

 ザギークはスタイランサーを操作してスピアーモードに切り替え、仮面の奥でニッと笑った。

 それを見てアズールとリボルブ、そしてアシュリィは頷き、走ってアリーナから出ていく。三人のデジブレインは追撃する事なく、彼らを見送った。

 

「……んで、あんたらハッカーなんだってぇ?」

「がっはっはっ、少し違うな! 我々はハッカーであり兵士! 力も知恵も兼ね備えているのだ!」

「その割にはアタマ足りてないんじゃない? 名乗ったのはまぁ本名じゃないんだろうけど、目を覚まさせるって抜かしてるのに組織の名前は眠りの神(ヒュプノス)だしさ」

 

 その発言を受けて、梅悟が変異したエレファント・デジブレインの額に青筋が立つ。

 ダムセルフライ・デジブレインとなった都竹はくつくつと笑い、ザギークを見下ろしている。

 

「三対一だというのに、随分と面白い冗談を吐けるんですねぇ。私が八つ裂きにして差し上げましょうか」

「都竹、梅悟……乗せられるな。仮面ライダーは侮れない」

「分かっていますよ、マイリーダー」

 

 ゆらり、とシャーク・デジブレインが腰を落とし、その手にデータの銛を射出する水中銃(ハープーンガン)を握る。ダムセルフライはダガーを二本、エレファントは重厚なガントレットだ。

 瞬きもせずに睨み合う両者。次の瞬間、ダムセルフライ・デジブレインが翅を振り、エレファント・デジブレインが大きく飛び上がる。

 

「がっはっはっはぁっ! このパンチで! ぶっっっっっ潰れろぉ!」

 

 真上から放たれる鉄拳が、アリーナ中央に深々と突き刺さり、クレーターを作る。

 スピーディチューンのザギークは、エレファントが飛んだ瞬間には既に回避行動に移っていたので、命中はしなかった。

 だがしかし、ダムセルフライはそのスピードに追いつき、ダガーを目にも留まらぬ速度で振っている。

 

「ヒハハハハハハ! 死ね、死ねぇ!」

「っと、やるねぇ……!」

 

 ザギークもスタイランサーで攻撃を防いでいるものの、圧倒的な手数の多さに困窮している。

 こちらの得物は長物なので、反撃も容易くはない。さらに、先程から観客席でシャーク・デジブレインが狙いを定めている。一瞬でも隙を見せれば、あの銛に射抜かれるだろう。

 だが、考え事をしている最中だった。

 

「むん!」

「うぇ!?」

 

 ダムセルフライの攻撃が突然止んだかと思うと、ザギークの体がひょいっと持ち上げられた。

 エレファント・デジブレインだ。ダムセルフライは、彼女をエレファントの方に誘導していたのだ。

 そして抱え上げられたザギークは、そのまま体を地面に思い切り投げられ、叩きつけられる。

 

「かはっ……!?」

 

 背中に衝撃を受け、ザギークはあまりの激痛に言葉を失う。

 だが、攻撃はまだ終わっていない。動きが止まった隙に、シャークが水中銃を発射したのだ。

 銛はまるで水中を泳ぐ魚のように飛び、立ち上がろうとしたザギークの脚に命中する。

 

「うああっ!」

「貰いましたねぇ! 斬り刻んでやりますよぉ、ヒハハハハッ!」

 

 ダムセルフライが飛び込み、ダガーを突き出す。

 しかし、その時には既にザギークも行動に移っていた。

 

《パワフルチューン!》

「チューンアーップ!」

Oh YES(オゥ・イエス)! マテリアライド! パワフル・チューンアップ!》

 

 ザギークの黒い装甲が外れ、ダムセルフライを吹き飛ばす。そして頭上から赤い装甲が出現し、合着した。

 しかし、他にも相手のデジブレインは二体いる。既にエレファントが、ダムセルフライの背後から迫っていた。

 

「むぅん!」

「ほいっ!」

 

 エレファントの右拳がザギークに襲いかかる。だが、ザギークはそれを片手で受け止めた。パワフルチューンは、パワータイプのデジブレインの攻撃すら防ぎ切るのだ。

 さらに槍の一突きが胴に命中し、エレファントを下がらせた。重厚な鎧のような体に、僅かだがキズがついている。

 

「ぬぅ、おのれ! この俺に手傷を負わせるとは!」

「ですがあの姿なら相応にスピードも低下するはず……有利なのは数の多いこちらの方ですねぇ」

「その通りだ。オレたちならコイツを狩れる、勝って必ずノーブル様のご期待に応えるぞ」

 

 三人のそんな会話を聞いていたザギークは、スタイランサーを肩で担ぎ、息をつく。

 

「あのさー。あんたらって、なんか目的があってCytuberになったワケ? 戦ってる途中で思い出したけど、ヒュプノスって確かテロリスト集団だよね」

 

 彼女の質問に対し、訝しみながらもシャークは淡々と、しかし毅然とした態度で返した。

 

「知れた事だ。ノーブル様の理想を実現させる、ただそのためだけに我々は存在する。あの方が我々に自由を与えて下さるのだ」

「ふーん……」

 

 面白くなさそうに槍を下ろして、ザギークは顔を上げる。

 

「うっし、分かった。ほんじゃあウチがお前らの目を覚まさせてやんよ」

「なに……?」

「ほんとの自由、ウチが教えてやる」



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EP.18[龍蜂遊戯]

 翔たちがサイバー・ラインで戦いを繰り広げているのと同じ頃、現実世界の帝久乃市にて。
 英 翠月こと仮面ライダー雅龍 パワフルチューンは、ホメオスタシスの戦闘エージェントや電特課の面々と共に、街に現れたデジブレインの対処を行っていた。
 今のところ敵はベーシック・デジブレインばかりなので、楽に処理できた。

「このまま行きゃあ楽に終わりそうだな」

 警官たちに指示を飛ばしている宗仁は、欠伸をしながらそう言った。
 しかし、雅龍は決して楽観視していない。不測の事態は油断していると起こるものだ。
 そしてその予測は、見事に的中した。

「なんだ、あの七光のクズがいないと思ったら……見慣れない仮面ライダーがいるなぁ?」
《フラッド・ツィート!》
「げ、この声……」

 宗仁が渋い顔をする。
 トランサイバーを左腕に装着したカソックを纏う男が、ゲートを通して雅龍の前に現れたのだ。
 ヴァンガード、御種 文彦だ。雅龍の姿を見るなりマテリアプレートを起動し、それを装填して戦闘態勢となった。

《アイ・ハヴ・コントロール!》
「背深」
Roger(ラジャー)! マテリアライド! ツィート・アプリ! 惑いの言霊、トランスミッション!》
「そのシステムがどの程度のものか、俺がテストしてやるよ……」

 コキコキと拳を鳴らしながら、サイバーノーツ・ジェラスアジテイターとなったヴァンガードが、雅龍の前に立ちはだかる。
 雅龍はそれを受けてスタイランサー・スピアーモードを構え、ジェラスの顔を真っ直ぐに見据える。

「裏切り者の御種 文彦、貴様は私が処断する」
「ハッ! やれるモンならやってみろよ、仮面ライダーになりたてのヒヨコ野郎がよぉ」

 沈黙し、睨み合う二人。
 そして警官がマテリアガンを発砲した音を合図に、同時に飛び出した。

「いざ!」
「ヒャァハハハ!」

 赤いインクを放出する槍と、擬音の文字で固められた斧がぶつかり合う。


「本当の自由、だと?」

 

 ザギークの放った言葉に、エレファント・デジブレインとなった梅悟が難色を示す。

 ダムセルフライ・デジブレインもシャーク・デジブレインも同じだ。それに構う事なく、ザギークは軽い調子で話を続ける。

 

「そっ。ノーブルが何者で、あんたらがそいつの何に惹かれたのかも何を期待してるのかも知んないけど。ウチから言わせりゃ、あんたらはなーんも自由に見えないんだよね」

「何が言いたい」

「自分より権力のある誰かから約束して貰う自由って、本当に自由なワケ? そんなのって約束とか与えられる必要とかもなしで、当たり前に手に入れるべきものじゃん。今のあんたらって、ただエサで管理されてる家畜と何が違うの?」

 

 挑発的な口調で、ザギークは言い放った。

 するとシャークが拳を握り込み、水中銃をザギークの頭部に向けて怒声を浴びせる。

 

「……キサマなどにノーブル様の何が分かる!?」

「分かんないねー。自分で動かず、部下に丸投げするようなヤツの事なんて」

「キサマァッ!!」

 

 シャークが引き金を引き、銛が発射される。パワフルモードのザギークはそれを腕の装甲で弾き飛ばすが、既にダムセルフライが高速で背後に回り、攻撃行動に移っていた。

 背中にダガーが突き立てられ、エレファントが接近するまでの時間を稼いでいる。シャークも、再装填された銛をザギークの頭部に向けていた。

 

「どんなに足掻いても、所詮は三対一! あなただけで我々に勝つ方法などないのですよぉ!」

「ざーんねーん。こっちはひとり増えるんだよね」

 

 ザギークはそう言うと同時に、マテリアパッドに手を伸ばして犬の横顔のアイコンに指で触れた。

 すると、電子音声と共に警察帽を被ったような姿のドーベルマン型ロボットが出現し、ダムセルフライの脚に噛み付いた。

 

《フレンドーベル!》

「な、なんだこいつは!?」

 

 ダムセルフライは必死に脚を振って離そうとするが、喰らいついた機械犬の牙は中々離れない。

 その様子を眺めてザギークは得意げに笑い、スタイランサーを変形させて弩弓に変えた。

 

《スタイランサー・ボウガンモード!》

「ほいっ!」

「クッ!?」

 

 狼狽するダムセルフライを放置してザギークが狙いを定めたのは、シャーク・デジブレイン。パワフルチューンによって威力の高まった矢弾により、彼女の持つ水中銃を叩き落とした。

 そして怒りのまま拳を突き出して来たエレファントに対しては、飛び上がって首筋に蹴りを叩き込んだ。

 

「ぬううう!?」

「フフーン。一人でも動きを止められれば、ウチにとっちゃあんたらは大した相手じゃないっぽいね?」

「ほざけぇ! 松波、来い!」

 

 武器を失ったシャークは、エレファントと共に近接戦に持ち込む。

 ダムセルフライもフレンドーベルを引き剥がし、蹴り飛ばして背後からザギークに襲いかかる。

 無論、ザギークがその状況を許すはずもない。攻撃をいなしながら、マテリアパッドのバイクのアイコンをタッチする。

 

《ジェットマテリアラー!》

 

 その音声と同時にマテリアパッドからデータが具現化したバイクが飛び出し、エレファントを前方に吹き飛ばした。

 

「ぬおっ!?」

「梅悟!?」

 

 驚いたシャークが余所見をした隙に、ザギークはボウガンで彼女の膝を射つ。

 そして背後からのダガーは振り向いて両腕の装甲で受け止め、今度はダムセルフライの腕にフレンドーベルを喰い付かせた。

 一方エレファントは、ジェットマテリアラーに手間取っている。このマシンにはオートバトルプログラムが組み込まれており、突進して自分から攻撃したり、敵側から攻撃を仕掛けられればそれを避けて回転しながら後輪で反撃までできるのだ。

 

「バカな! オレたちがたった一人相手に、なぜこうも一方的にやられる!?」

 

 狼狽するシャーク。その間にも、ザギークは余裕綽々とタブレットドライバーの白のスイッチを押していた。

 

《テクニカルチューン!》

「さーてさて、そろそろ終わらせちゃおっかな」

Oh YES(オゥ・イエス)! マテリアライド! テクニカル・チューンアップ!》

 

 むふふ、と笑いながら、赤から白の装甲に変化したザギークは、さらにフレンドーベルとジェットマテリアラーを指で招き寄せる。

 マシンはザギークの背後へと移動し車体が分離、車輪がタービンエンジンへと変わり、ザギークの背中の装甲に合体する。

 さらにフレンドーベルも全身が分解され、ザギークの手足や頭部装甲と合体。ドーベルの爪が新たな武器となり、ジェットマテリアラーとの接続部もドーベルの装甲に覆われ、姿が大きく変化した。

 その姿に、ダムセルフライは思わずたじろいだ。

 

「なんですかその姿は……!?」

「フッフーン! これぞ雅龍とザギークの特殊形態、その名もワイルドジェッター! さーさー、とくと味わって貰おーかっ!」

「くっ、ハッタリを! 行きますよ、マイリーダー!」

 

 飛翔したダムセルフライがシャークの隣に立ち、反対側でエレファントが構える。

 そして三人は同時にガンブライザーに装填されたマテリアプレートを押し込み、必殺技を発動する。

 

《フィニッシュコード!》

「オレたちが……潰す!」

Goddamn(ガッデム)! シャーク・マテリアルクラック!》

Goddamn(ガッデム)! ダムセルフライ・マテリアルクラック!》

Goddamn(ガッデム)! エレファント・マテリアルクラック!》

 

 シャークの水中銃から発射された銛にカタルシスエナジーが集まってサメの姿を模したエネルギー体を纏い、ダムセルフライはエナジーの集中した翅を瞬かせてダガーを抜く。エレファントの両腕にもエナジーが集まっており、その光が巨大なゾウの前足として形成されていた。

 そして、三人が一斉に必殺を解き放つ。水中銃から放たれたサメが大口を開けて迫り、ダムセルフライが高速移動してダガーを突き付け、エレファントが重力操作でザギークをその場に留めつつ拳を振り抜く。

 しかしザギークは一切焦りを見せず、スタイランサーで地面に向かってゲル状インクの矢弾を放ち、自身の周囲をドームのように覆って白い防壁を作る。

 三人の渾身の必殺技は全て弾き飛ばされ、防壁を破壊する事さえ叶わなかった。ザギークは仮面の奥で、にひひと笑う。

 

「な……!?」

「次はこっちの番!」

 

 ザギークが叫ぶと同時に、両翼のタービンが高速回転して暴風を巻き起こし、ダムセルフライをアリーナの天井まで吹き飛ばす。

 ダムセルフライは驚く間もなく背中を天井に叩きつけられ、さらにザギークがマテリアプレートを抜いてスタイランサーにセットしている瞬間を目撃した。

 

「しまっ……」

「まず一人!」

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! フォレスト・マテリアルシュート!》

 

 スタイランサーから白いインクが何発も発射され、ダムセルフライの両翅・両腕・両脚に命中。ゲル状のそれらが張り付いて、ダムセルフライはそのまま昆虫標本のようになって身動きが取れなくなり、さらに体がゲルで埋め尽くされていく。

 そして完全にインクで覆われた直後にザギークが指を弾くと、その塊は赤熱して爆発、ダムセルフライ・デジブレインは地面に落下して変異を解除させられた。

 

「そんなバカな、この私がっ!?」

「ぬうううおのれっ! 都竹、俺が仇をとってやる!」

 

 ガツンガツンと自らの拳を打ち鳴らして、凄まじい重量を感じさせる足音を響かせながら、エレファントが接近する。

 だがそれでもザギークは慌てる事なく、タブレットドライバーの黒のスイッチを押して指紋認証した。

 

《スピーディチューン!》

「取れるといいねー?」

Oh YES(オゥ・イエス)! マテリアライド! スピーディ・チューンアップ!》

 

 すると、今まで同様ザギークの体から白の装甲が分離し、新たに出現した黒の装甲がワイルドジェッターのパーツと合体。さらにそのままザギークに装着された。

 ワイルドジェッターの発動中でも、チューンアップはできるのだ。再びタービンが回転し、ザギークは通常のスピーディチューン以上の加速度で移動、一瞬の内にエレファントの背後に回り込んだ。

 

「なっ……」

 

 目を剥くエレファント。ザギークはスタイランサーを再びスピアーモードに切り替え、さらにそこへマテリアプレートを差し込んだ。

 

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! フォレスト・マテリアルスティング!》

「それそれそれそれー!」

 

 ザギークは圧倒的なスピードでエレファントの周囲をぐるぐると回りながら、槍を使ってエレファントの全身を何度も突く。

 だが、この姿のザギークはパワーで劣る。その点を理解していたエレファントは、堅牢な装甲でこの必殺技をも防ぎ切っていた。

 攻撃が止んで、エレファントは防御の構えを解く。これでやっと反撃に移れると意気込み、足を踏み出した。

 そして次の瞬間、地面に倒れた。

 

「あ?」

 

 一体何が起こったのか、エレファントには理解できなかった。

 立ち上がろうとしても、全身が痺れて身動きが取れない。次第に、麻痺が抜けないまま変異も解除されてしまった。

 

「な、んだ……これは……」

「むふーふー。ウチのコト、甘く見ちゃったねぇ。フォレスト・バーグラーには、データを冒す毒を生成する能力があるのよん。それでゾウくんをフリーズさせたってワケ」

 

 それを聞いて、エレファント・デジブレインの梅悟は己の不覚を嘆く。マテリアプレートの個々に搭載されている能力の事をすっかり忘れていたのだ。

 これで残るはシャーク・デジブレインのみ。ザギークは彼女の動向を窺いながら、ゆっくりと赤のスイッチに手を伸ばした。

 

《パワフルチューン!》

「チューンアーップ!」

Oh YES(オゥ・イエス)! マテリアライド! パワフル・チューンアップ!》

 

 先程と同様に赤い装甲がザギークの体を包む。そしてスタイランサーを構えながら、じりじりと近づいていく。

 

「くっ!?」

「さて? もうあなただけなんだけど……どーする?」

「……やってやる! ノーブル様のために!」

 

 叫び、シャークが拳を振り被る。ザギークは左腕の装甲でそれを受け止め、右腕の爪でシャークの脇腹を引き裂かんとする。

 しかし、カランッという乾いた音と共に、攻撃したザギークの爪の方が折れて地面に落ちた。

 シャークの全身にびっしりと生えている棘状の鱗が、まるでヤスリのように爪を削って破壊したのだ。これがシャーク・デジブレインの特性で、接近戦は不利となるというわけだ。

 

「だったら!」

 

 叫びながら、ザギークはスタイランサーのトリガーを引く。

 すると赤いゲル状インクが穂先を包んで固まり、球状に変えた。

 ハンマーの完成だ。ザギークはそれを勢い良く振り回して、シャークの体を叩く。

 剣や爪を刃こぼれさせたり削り折る鱗も、この打撃武器の前では無力。仮に鉄球が削れても、トリガーを引けばすぐに元通りだ。

 

「クソ……クソォッ!」

 

 一方的に殴られて自分の不利を悟ったシャークは、最後の勝負だ、と言わんばかりにガンブライザーのマテリアプレートを押し込む。

 それを確認して、ザギークもパニッシュメントアイコンをタッチし、マテリアルセンサーに人差し指で触れた。

 

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! パワフルフォレスト・マテリアルパニッシャー!》

《フィニッシュコード! Goddamn(ガッデム)! シャーク・マテリアルクラック!》

 

 ザギークの右脚が黄色く輝き、シャークの両脚が青い光を帯びる。

 

「おりゃあああ!」

「でぇやあああ!」

 

 二人が同時に跳躍し、ザギークがタービンを高速回転させて飛行しながら右脚を突き出し、エナジーを纏うキックが炸裂。シャークも両脚を突き出して、ドロップキックを放つ。

 そしてアリーナのステージに降りた時、シャークは大きな悲鳴を上げて爆発、変異が解除されてその場に倒れ込んだ。

 

「そんなバカな……このオレが!?」

「はいっ、ウチの勝ち! なーんで負けたか、牢屋の中で考えといてね」

 

 スタイランサーを地面に突き刺して、ザギークは三人の方に向かって歩く。

 だが、松波は歯を軋ませてガンブライザーのマテリアプレートを抜き、ポケットの中からもう一枚マテリアプレートを取り出して、それを起動した。

 

Cytube Dream(サイチューブ・ドリーム)……ニュート!》

「え!?」

 

 予想外、という反応を示すザギーク。驚いている間にも、松波は素早くガンブライザーにプレートを滑り込ませる。

 

《ハック・ゼム・オール!》

「オレを喰え、"虚栄"のコード!」

Goddamn(ガッデム)! マテリアライド! ニュート・デジブレイン! パラサイトコード、ダウンロード!》

 

 松波が変異したその姿は、赤い体色でまばらに黄色い点がついているイモリ型のデジブレイン。

 アズールがかつて戦って倒した、ニュート・デジブレインだ。

 松波が変異したそのニュートは、舌先のライターでザギークに火炎放射を浴びせた。

 

「うひゃあ!? 熱っ、熱いって!」

 

 大慌てでスタイランサーを滅茶苦茶に振り回して、懸命に炎を振り払うザギーク。

 やがてタービンの風で炎が完全に消えると、その場から三人の姿は消えてしまっていた。

 浅黄はタブレットドライバーからマテリアプレートを抜いて変身を解除し、頭を手で抑えて項垂れる。

 

「あちゃー、逃がしちゃったよ」

 

 はぁ、と浅黄は溜め息を吐いた。まさか、他のデジブレインにも変異できるとは。

 

「勝ちはしたけど……あの三人、ほっとくと厄介かもなー」

 

 頭を掻いてそんな風に悩む様子を見せながら、浅黄はひとまず翔たちを探して歩くのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同じ頃、現実世界にて。

 パワフルチューンの雅龍が、突如として現れたジェラスアジテイターと対峙していた。

 雅龍のスタイランサーとジェラスの斧とがぶつかり合う度、炎が舞う。ジェラスの斧は、炎が燃える擬音の文字で作られているのだ。

 

「ラァッ!」

 

 ひたすら前に出て、ジェラスは斧を振る。

 だが、その腕が上がった瞬間、狙い澄ましたように雅龍がスタイランサーの石突を振り上げてジェラスの肘にぶつけた。

 それを受け、ジェラスは短く悲鳴を上げて斧を取り落とす。その瞬間、雅龍は斧に向かって力強くスタイランサーを突き出した。

 穂先は斧を貫いて破壊し、さらにジェラスの胴に命中。そのまま吹き飛ばし、道路に転がした。

 

「チィッ、やりやがったな!」

Roger(ラジャー)! サードコード、オン!》

「これでも喰らいやがれ!」

 

 立ち上がると同時にジェラスはトランサイバーのボタンを押し、掌から『縛』の文字を生成。それがヘビ型の疑似情報生命体・ジェラスネークとなり、雅龍に襲いかかる。

 それを涼しい顔で眺めながら、雅龍はマテリアパッドにある犬の横顔のアイコン、『フレンドアイコン』に触れた。

 するとザギークの時と同様、電子音声と共にドーベルマン型のロボットであるフレンドーベルが出現する。

 

《フレンドーベル!》

 

 出現と同時にフレンドーベルはジェラスネークを頭から食い千切り、吐き出す。いとも容易くジェラスネークは消滅した。

 

「なっ!?」

「少々拍子抜けした。この程度なのか、サイバーノーツの力は」

「この野郎……警察のコネでライダーになれただけのクズがッ!! 俺をナメんじゃねぇ!!」

 

 ジェラスが左腕を前に掲げる。すると、トランサイバーのゲートを通じて、数十体のベーシック・デジブレインが湧き出す。

 それだけでは終わらない。ジェラスはさらに、今までに使っていなかったトランサイバーの四番目のボタンを押し込んだ。

 

Roger(ラジャー)! フォースコード、オン!》

「本気で相手してやるよ……!」

 

 ジェラスの左右の掌から『蛇』の文字が溢れて飛び出し、ベーシック・デジブレインたちの体内に侵入する。

 すると、みるみる内にデジブレインたちの体表に『蛇』の文字が浮かび上がり、合体してデータを取り込んだ時と同様に姿が変化していく。

 紫の体色をしている、鱗の生えた怪人。頭部は蛇を模しており、ぎょろりとした目玉で雅龍を見つめ、二本の牙が生えている。

 スネーク・デジブレインだ。数十体のそれらが、ジェラスに操られて一斉に雅龍へと飛びかかった。

 

「オラァッ!」

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 続けてジェラスは雅龍に向けて、『痺』の文字を飛ばす。

 高速で飛来したこの文字を受けてしまい、雅龍は体が麻痺してその場で膝をついてしまった。

 

「む」

 

 さらに、それに続くスネーク・デジブレインたちの猛攻撃。拳や蹴りの他、牙から毒液を放つなど多様な攻撃で雅龍を苦しめる。

 フレンドーベルが割って入って懸命に護るものの、勢いは止められない。雅龍はスネークたちの襲撃を、無防備な状態で受け続けた。

 そこへジェラスも加わった。再び火炎を噴く斧を作り、雅龍の前に立っている。

 

「これで終わりだ。あの世で後悔しろ、ザコが!」

 

 叫び、ジェラスが斧を振り下ろす。

 斧が雅龍の仮面を砕く、かと思われた次の瞬間。ジェラスの腹にスタイランサーの切っ先が命中し、火花を散らした。

 

「がっ!?」

 

 仰け反り、後ずさりするジェラス。見れば、雅龍は既に『痺』の文字の影響から解き放たれている。

 しかし、ジェラスの計算では文字の効果の解除までにはまだまだ時間がかかるはずだった。これは一体どういう事なのか。

 その答えは、雅龍自身の口から告げられた。

 

「気功法を扱う戦士たちが登場する天華繚乱(ウォーゾーン・ブルーム)は、毒やデータに状態異常を与えるエフェクトへの復帰速度を大きく早める能力を持つ。最初から私にそんな小細工は通用せん」

「なんだと!?」

 

 明かされた衝撃の能力を耳にして、ジェラスは大いに狼狽した。

 当然である。ジェラスアジテイターの使うフラッド・ツィートは攻撃にも防御にも使える万能な能力だが、その真骨頂は敵に文字を送り込んで戦闘能力を低下させ、その隙に畳み掛ける事にあるのだ。

 そして万能であるが故に、特化したものがない。そのための文字による妨害なのだが、それさえ通じないとなれば、ジェラスにはもう対抗する術がないのだ。

 何より、いくらなんでも同じV1アプリでここまでの能力を引き出せるはずがないし、ここまで顕著に差が出るはずがない。ならばこの状況は、一体どういう事なのか。

 

「……まさかお前、それはV2アプリなのか!?」

「ん? ああ、確か浅黄のヤツが『既存のアプリでは出力が弱いし、何よりタブレットドライバーの性能を活かしきれないからアップグレードする』と言っていたな」

「バカな……!?」

 

 まさか、自分以外にもマテリアプレートのバージョンアップを図っていた者がいたとは。ジェラスにとって、何よりも衝撃的な事実だった。

 そしてジェラスにとって何より腹立たしいのは、何の問題もなく起動できるV2タイプアプリを、自分以外の人間が作ってしまえているという事だ。

 しかも目の前にいる仮面ライダーは、その機能も十分に活かしている。苛立ちが、彼の脳を蝕んでいく。

 

「こんな事が、こんな事があってたまるか! 俺は強いんだ……勝つのは俺なんだよぉぉぉ!」

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 ジェラスは諦める事なく、両手から文字を生成した。

 認めない。認められるわけがない。

 目の前にいる仮面ライダーが、自分よりも強いなど。

 たかがポッと出の、それもつい最近ライダーになったばかりの男を相手に、勝ち目がないなどと。

 

「ぬおおおおらぁっ!」

 

 生み出したのは『大』の字と『筋』の字。それを自らの体に打ち込む事によって、体格が大きくなった上、筋肉量が増加する。

 それだけでなく、ジェラスはセカンドコードも発動し、掌から『カチコチ』『ヒヤヒヤ』の文字を生み出して、それを鎧に変えて纏った。

 妨害が通用しないのなら、強化に回せばいい。そう考えたのだ。

 

「どうだ!! これでも俺に勝てると、思うかぁ!?」

 

 斧を拾い上げ、より破壊力の増した炎を噴き出す一振りを雅龍へと向ける。

 スタイランサーでガードするものの、受け止めきれずによろめいた。

 もちろん雅龍もやられるばかりではない。スタイランサーを突き出し、反撃に移る。

 だが、その槍の先端がジェラスの鎧に命中した直後、スタイランサーが凍りついて鎧に張り付いた。

 

「むぅ……!」

 

 徐々に凍りつくスタイランサーに、堪らず雅龍は手を離す。

 それを見てジェラスはますます勝利を確信し、勝ち誇ったように笑い声を上げた。

 

「ハハハッ! お前もこれで終わりだ、死にやがれぇ!」

 

 ジェラスがまた斧を振り上げて力を溜める。雅龍の背後には警官たちがおり、彼らごと攻撃して焼却しようとしているのだ。

 その瞬間、雅龍はタブレットドライバーに手を伸ばした。

 

「その蛮行、目に余るな……良いだろう。ならば私も」

 

 言いながら、雅龍はアプリチューナーのスイッチを上から順に押していく。

 

《パワフルチューン! テクニカルチューン! スピーディチューン!》

「一切容赦しない」

 

 今度はマテリアルセンサーが赤・白・黒・赤・白・黒と明滅し、雅龍はそこに人差し指で触れた。

 すると雅龍の赤い装甲が分離し、上空に移動。さらに白と黒の装甲が出現し、三つのデータが融合して新たな装甲に、白銀の装甲に変わった。

 

Oh YES(オゥ・イエス)! マテリアライド! マキシマム・フルチューンアップ!》

 

 音声と共に舞い降りたそれが、雅龍のスーツに合着する。同時に、ジェラスが斧を雅龍へと叩き込んだ。

 その一撃を、雅龍は片手で受け止めている。

 

「なっ……!?」

「無駄だ」

 

 噴き出す炎になど興味も持たず、雅龍が言い捨てた。

 ならば、とばかりにジェラスは左手で雅龍を殴りつけて斧を放させ、攻撃のスピードを上げる。

 だが、斧を振り被っても今度は僅かに身を反らして避けられ、左拳やキックも簡単に避けられてしまう。先程までのパワフルチューンよりも、目に見えてスピードが増していた。

 

「これがマキシマムチューン。パワー・テクニック・スピード、全てを兼ね備えた姿だ」

 

 雅龍はそう言うと、一瞬でジェラスとの距離を詰める。

 そして拳が胴に触れるか触れないか、という距離から一度軽い力で手刀を鎧に押し当てた。直後、握り拳を作って、短い距離からジェラスの胴に打ち込む。

 寸勁だ。凄まじい衝撃がジェラスの体を襲い、体が吹き飛ばされて鎧は砕け、彼はたちまち崩れ落ちて跪いた。

 しかもスタイランサーの時と違い、雅龍の拳は凍っていない。凍結の無力化は天華繚乱によるものだが、鎧の上から拳を打ち込まれるという明らかな異常事態に、ジェラスは狼狽している。

 

「ゴ、ガハッ!? バカな……!?」

「修練が足りん。直接体内の気を突く功夫(クンフー)の前では、貴様の能力で得た偽りの筋肉も分厚い鎧も無力だ」

 

 ゾクリ、とジェラスが背筋を震わせる。

 拳を握ったまま、雅龍がまだ向かってくるのだ。

 

「何よりも……言ったはずだ。私に小細工は通用せん」

 

 ザクッ、ザクッと歩く音を響かせながら、雅龍は無慈悲に接近する。

 瞬間、ジェラスの脳裏にはある二文字が浮かび上がって離れなくなっていた。

 それは『天敵』。この男は、最初から自分が相手にしてはいけない存在だったのだ。

 

「う……うおおおおっ!?」

 

 雄叫びを上げながら、ジェラスはゲートを開く。

 勝てない。ここまで相性の悪いヤツに、今の自分で勝てるわけがない。

 逃げると決めてからのジェラスの行動は速かった。スネーク・デジブレインたちをけしかけ、囮に使って脱兎のごとくゲートの中へ走り去った。

 

「逃げたか。まぁ、仕方あるまい」

 

 冷静な態度で、雅龍はパニッシュメントアイコンに指で触れ、センサーをタッチする。

 右拳にエナジーが集約し、雅龍は大きく息を吸った後、それを地面に向かって振り下ろした。

 

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! マキシマムウォーゾーン・マテリアルパニッシャー!》

「ホオオオオオアタアアアアアッ!」

 

 拳が地面に突き入れられ、振動が周囲に伝わると同時に地面に龍の形のクレーターができあがり、数十体といたスネーク・デジブレインはのたうち回った後に全て消滅する。

 

「大地に流れる気……龍脈を突き、その振動で気の流れを狂わせた。これが功夫(クンフー)の真髄だ」

 

 そう言いながら雅龍は変身を解除し、タブレットドライバーを外す。

 近くで彼の戦いぶりを見ていた宗仁は、大層驚いた様子で翠月に話しかける。

 

「とんでもねぇ威力だな……なんで最初からその、マキシマムってヤツにならないんだ?」

「必要とするカタルシスエナジーが多すぎる、私では三分しか維持できん。奥の手というヤツだな」

「はぁ~、なるほどねぇ」

 

 納得した様子で宗仁が頷いている。

 ともかく、これで当面の危機は去った。後はサイバー・ラインに向かったチームの帰還を待つのみである。

 

「無事でいれば良いのだが」

 

 侵攻チーム、特に浅黄の事を想って空を見上げながら、翠月はポツリと呟くのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 雅龍とザギークが戦闘を終わらせたのと同じ頃、翔たちは施設内を探索していた。

 ステージにいるであろうと思っていたロックの姿がなかったため、それらしい場所を虱潰しに探すしかない。もちろん、警備のデジブレインに見つからないようにだ。

 しかし、どの階に行ってもロックの姿はない。

 

「クソッタレ、どこにいやがんだ……」

「これだけ探しても見つからないなら、ここにはいないんじゃないの……?」

 

 悪態をつく鷹弘に、アシュリィが提言する。だが、彼は首を横に振った。

 

「こんな規模の建造物を、何の意味もなく設置するとは思えねェ。ここは間違いなくヤツの拠点……どこかにいるはずだ」

 

 言いながら、鷹弘は通信機で鋼作・琴奈へと連絡を取る。

 

「そっちでは何か解析できたか?」

 

 そうして返ってきたのは、力ない二人の言葉だ。

 

『すまん、マップの内容以上の事は何も』

『こっちもダメです……一体どこにいるっていうの?』

 

 ここに来ての手詰まり。鷹弘もアシュリィも深く息を吐き、鋼作と琴奈も嘆息しているのが通信機越しに聞こえる。

 そんな時、翔が何か思いついたように「あの」と手を上げた。

 

「もしかして、この案内図に載っていない場所があるんじゃないですか?」

「隠し部屋って事か? 確かに考えられなくはないが……」

「そこまで大仰なものでなくても、例えばスタッフ用の通り道とかバックヤードは案内図から排除してるとか。そんな可能性もあるんじゃないかと」

 

 そこまで言われて、鷹弘はハッと顔を上げた。

 

「控室……楽屋だ! 案内図には載ってねェが、絶対どこかにある!」

「でも図に書いてないものをどうやって探すの?」

「楽屋ならアリーナからそう遠くないはずだ、準備のための場所なんだからな。浅黄の様子も気になる、一旦戻るぞ」

 

 三人は頷き合って、急いで走って浅黄との合流を図る。

 幸いにも、浅黄はまだアリーナの入口前にいたため、無事に合流を果たす事ができた。

 翔は浅黄の姿を見て、安心したように話しかけた。

 

「浅黄さん、無事だったんですね!」

「んー、問題ないない。で……焦ってるみたいだけど、まだロックの居場所は見つかんない感じ?」

「そうなんです。控室があるはずなのでそこを探してるんですけど」

「ははぁー、なるほどね。そっかそっか、確かに楽屋にならいるのかも」

 

 言うなり、浅黄はすぐさまマテリアパッドを操作してエディターツールを呼び出し、ケーブルを壁に接続した。

 

「ウチも一通り辺りを調べたけど、目に見える範囲にそれらしい場所はなかったのよねーん。でーもー、もし入口を偽装してるとするなら……よし、みっけ!」

 

 カチッ、と浅黄はエンターキーを入力する。

 すると廊下の奥の何の変哲もない壁が、突如として透けて消え、廊下が出現した。

 

「偽装してやがったのか……見つからねェワケだ」

「多分この先にお望みの楽屋があるよ。レッツゴー!」

 

 アシュリィの尻を揉みながら浅黄が言い、即座に力強いビンタで制裁を受ける。

 こうして、四人は新たに出現した通路を歩き、ロックのいる楽屋を探す事になったのだが――。

 

「……なに、これ」

 

 ここでまた問題が発生した。

 通路には無数に扉が設置されており、そのどれも内側から鍵がかけられていて、中に入る事ができないのだ。

 というよりも浅黄がハッキングを試みたところ、これらの扉には奥に部屋が存在するものの、人が一人入る程度のスペースしか存在しないようだった。

 

「んー、ハリボテってワケじゃないんだけど、なんだろこれ。とりあえず奥まで行ってみる?」

「そうしましょう」

 

 四人が廊下の最奥へと進んだ時、それは見つかった。

 他の簡素な扉と違って、真っ赤に縁取られている、ラメを一面に散りばめた青い派手な扉。

 どう見てもこれがロックの楽屋、彼の玉座だ。一行は確信していた。

 だが、やはり鍵がかけられており、扉は開かない。

 

「ほんじゃいっちょやってみますかー」

 

 そう言って、浅黄はエディターツールによるハッキングで解錠に取り掛かる。

 しかし、突然その手が止まった。

 

「あー、こりゃダメだ」

「どうしてですか?」

「ハッキングでどうにかなるレベルを超えてる。技術とかセキュリティ云々じゃなくて、かなり特殊なギミックだね。早い話、正規の手段じゃなきゃ開かないようになってる」

「じゃあ、その正規の手段っていうのは……」

「残念だけどウチにも分かんない」

 

 折角ロックの居所を見つけたというのに、ここに来てまた手詰まりとなってしまった。

 頭を抱えながら、鷹弘は翔とアシュリィに質問を繰り出す。

 

「お前ら、何か心当たりねェのか? ストライプの時はどうだったんだ?」

「それは……」

 

 翔は当時の事について頭を巡らせる。あの時、自分はどのようにして玉座まで辿り着いたのだったか。

 そして、すぐに翔もアシュリィも思い出した。

 

「そうだ、確かあの時は銅像に触れたら階段が出て来たんだった!」

「でもアレってなんだったの? 今回も同じものがあるって事?」

 

 アシュリィに問われて、翔は首を横に振る。

 

「同じ性質を持ってはいるだろうけど、多分全く同じものではないと思う。あの像は多分、進駒くんのトラウマに関係しているものだからね」

「……どういうこと?」

「覚えてない? あの像に触れて、僕らの頭の中に映像が流れて来た時の事。アレで進駒くんの過去が分かったでしょ?」

「あっ!」

「それに今思えば、二つの像の顔は進駒くんの両親に似ていた……Cytuberの領域では、その主にとってのトラウマとなるものが玉座への鍵になっている。僕の推測はこうです」

 

 それを聞いて、鷹弘も浅黄も納得したように頷く。しかし同時に、また別の問題が浮上した。

 

「なら、ロックのトラウマって何だ? どうやって俺たちがそれを調べる?」

「元の姿も分かんないしねぇ……結局また手詰まりかな」

 

 考え込む鷹弘と浅黄、そしてアシュリィ。

 そんな中、翔は神妙な面持ちで三人へと話しかける。

 

「ひとつだけ怪しいところがあるかも知れません」

 

 それを聞いて、三人が一斉に彼に注目した。翔にも確信はない様子だったが、鷹弘は訊ねる。

 

「一体どこなんだ? いつの間に見つけた?」

「ここに入る前ですよ。一緒に見たじゃないですか」

「……なんだって?」

 

 

 

「本当にここなのか?」

 

 楽屋への入口を見つけた後、四人はアリーナから外へと出ていた。

 というのも、翔の言う怪しい場所が、外部にあるためだ。

 それは、駐車場。車が一台もなく、なぜか化粧台などのゴミが散らばっている場所だ。偵察した時と変わらず、警備のデジブレインが彷徨いている。

 

「確かに怪しいが、ゴミが捨ててあるだけだぞ?」

「ええ。でも、ここには警備員がいます。おかしいと思いませんか? 何もないのにどうして警備をする必要があるんでしょう」

「……確かにそうだけどよ。ロックは男だぞ? なんで化粧台なり下着なりがトラウマになるんだ?」

「それは僕にも分かりませんけど、調べて見る価値はあると思います」

 

 腕を組み、唸る鷹弘。

 念の為に鋼作・琴奈へと通信を飛ばし、この場に何か反応するものがないかモニタリングさせてみたが、気になるものはないという。

 考えた末に、鷹弘は組んだ腕を解いて翔の肩に手を乗せる。

 

「分かった。とりあえずやってみるか」

「はい!」

 

 四人は警備員に見つからないように身を潜めながら、散らかった駐車場に侵入する。

 そして、翔が割れた鏡に手を触れた、その時。

 ストライプの虚栄の王城(ヴェイン・キャッスル)で起こった時と同じように、四人の脳内に映像が流れ込んだ。

 

『ついに買っちゃった、憧れのエレキギター! よーし、アタシの歌で世界中を湧かしちゃうぞ!』

「……え?」

 

 四人が四人、驚いていた。

 何故ならこの映像は、翔と近い年頃の少女の視点になっているからだ。

 学生鞄に名前が書いてあり、それによると少女は名を伊刈 律(イカリ リツ)というらしい。

 

「ど……どういう、こと?」

「分からない……この人がロックに何か関わっているのかも。とにかく続きを見てみよう」

 

 言いながら、翔は地面に散らかされている他の残骸に触れる。

 部活仲間と共に音楽活動を続けていた律が、一人のスーツ姿の男に声をかけられていた。

 

『え!? スカウトですか!? アタシたちを!?』

『そうとも。ずっと聞かせて貰っていたが、君らには紛れもなく才能がある! ぜひうちの事務所に来て欲しい!』

 

 少女たちと男は、そんな会話をしていた。

 映像はここで途切れ、何となしに嫌な予感がしているのだが、再び翔は残骸に触れた。

 そして、その予感は的中する。

 

『な、なに……これ……』

 

 デビューしてから一ヶ月後、とある県の大型アリーナの駐車場で。

 そこに停めてあるキャンピングカーに来るように指示を出されていた律は、トイレに行った後に少し遅れて到着した。

 他のバンドメンバーからは既に目的地に着いたと連絡を受け、急ぎ足で向かったのだ。

 だが、キャンピングカーの中に入った彼女の目に飛び込んだのは――衣服を乱され泣いている仲間の少女たちの姿と、全裸の男たちだった。

 律は彼らの顔を知っている。有名な歌手グループで、高い歌唱力とダンスで男女問わず人気な存在だ。律も、ここにいる仲間たちも彼らのファンだ。

 その彼らが、仲間を手篭めにしている。これは一体どういう事なのか。

 よく見れば自分たちをスカウトし、プロデュースしてくれていた男もそこにいた。彼はスーツを着ていたが。

 

『すまない……上司が、彼らの好きにさせてやれと……そうすれば、君たちの事もなんとかしてやると……』

『……』

 

 つまり、自分たちは生贄として差し出されたのだ。彼の上司と、看板グループのために。

 律の頭が、心が、全身が熱くなる。怒りで燃え盛り、煮え滾る。

 

『全員揃ったしそろそろ始めちゃって良いスか?』

 

 一人の男のそんな笑い声が聞こえ、仲間たちの服を引き裂き始める。仲間たちが抵抗しても、彼らは止めない。無理矢理に押し倒し、暴威を振るい始める。

 そして自分にも魔の手が迫り、律の怒りが頂点に達した時、その男は現れた。

 

『欲しくはありませんか? こんな理不尽を迫らない、怒りの声が届く世界が。人を穢し狼藉を働く者を、根絶やしにする世界が』

『誰……?』

『私めならば、あなた様にその機会を差し上げる事ができます。それを活かせるかどうかはあなた様次第となりますが』

 

 声の主は、スペルビアだ。という事は、ロックの正体は――。

 

『さぁ、あなた様は何を犠牲になさいますか?』

『……』

 

 伊刈が無言で指差したのは、かつてファンだった歌手グループの男たち。自分をスカウトした男。

 そして、夢も心も何もかも奪われてしまった、自分の仲間たちだ。

 

『それでは、あなた様の"傲慢"なる悪意、プロデュースさせて頂きます』

 

 スペルビアが手を前に掲げると、彼らは意識を失う。律の両眼は絶えず怒りで燃え、涙を流していた。

 そこで映像は途切れる。あまりにも衝撃的な事実を知って、翔も鷹弘も瞠目していた。

 これが彼女の記憶。ロックは、女だったのだ。

 

「お前ら……何を見た……」

 

 背後で、そんな声が聞こえた。

 ロックだ。映像に夢中になっていて、誰も気付かなかった。

 

「見たのか……俺の……アタシの……記憶、をぉぉぉ!!」

 

 ゆっくりと歩きながら、彼、いや彼女はポケットから一枚のマテリアプレートを起動する。

 

《ロックンロール・ビート!》

背深(ハイシン)ッ!!」

Roger(ラジャー)! マテリアライド! ロックンロール・アプリ! 爆演ソウル、トランスミッション!》

 

 彼女の魂の叫びが木霊し、頭部に一本角を生やした、全身に拘束具を装着しているデジブレインが現れる。

 そしてロックとデジブレインの体が重なり、モザイクで覆われて姿が変わっていく。

 口部にジッパーのようなものがついたレザーマスクを装着している、両眼がオオカミ型の赤いバイザーで覆われた怪人。

 頭部には狼の耳が生えており、体はファーに包まれ、右手にはエレキギター、左手にはマイクスタンドを持っている。さらに両肩にはスピーカーのようなものが装甲として付いているのが見える。

 また、全体としてどこか女性的な丸みを帯びた体型だった。

 

「アタシの秘密を知ったヤツは生かしちゃおけない……どいつもこいつも殺してやる!! このフュアローミュージシャンがなァッ!!」

 

 ジャァンッ、とフュアローミュージシャンと名乗ったサイバーノーツがギターを鳴らした。



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EP.19[怒りの律動(リズム)]

 ロックのいる楽屋の扉を開くため、駐車場の残骸からロックの記憶を閲覧していた翔たち。

 彼、いや彼女の真相に辿り着いた時、四人の前にロックが現れ、サイバーノーツ・フュアローミュージシャンへと変貌した。

 

「待って、律さん! 僕は君と戦いたいワケじゃ……」

「話してる場合じゃねェ、変身するぞ翔! あいつマジで俺たちをやる気だ!」

《デュエル・フロンティアV2!》

 

 言うが速いか、鷹弘はアプリドライバーを呼び出してマテリアプレートを起動。

 手に取っているのは、デュエル・フロンティアV2。最初から全力だ。

 さらに浅黄もタブレットドライバーを装着、フォレスト・バーグラーのスイッチを押す。

 

「アッシュちゃんは下がってて~、ウチも気合い入れて行くからさ!」

 

 それを聞いてアシュリィは後ろに下がりつつ、フォトビートルを飛ばして状況を観察する。

 

「浅黄、行きまーす!」

《フォレスト・バーグラー!》

「……やるしかないのか!?」

《ブルースカイ・アドベンチャーV2!》

 

 そして三人で一斉にドライバーへとアプリを装填し、変身に移った。

 

《蒼天の大英雄、インストール!》

《最速のガンスリンガー、インストール!》

《義賊の一矢、アクセス!》

 

 変身が完了したアズールとリボルブとザギーク テクニカルチューンは、各々武器を構えてフュアローへと立ち向かう。

 が、先手を打ったのはフュアローだ。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

「まずはイントロだァ!!」

 

 トランサイバーのボタンを押し込んだ後、マイクスタンドを地面に突き刺して、フュアローはギターで演奏を始めた。

 すると、彼女の周囲に音符のマークが出現し、それらがマイクスタンドの前を横切ろうとする。

 彼女は足でタンッタンッとリズムを取りながら、マイクスタンドと音符が重なる瞬間に演奏している。

 

「一体何を……?」

「何でもいい、今の内に倒すぞ!」

 

 リボルブが叫んで飛びかかろうとするが、そこへザギークが静止をかけた。

 

「なんか暑くない?」

「何?」

「ウチの気のせい……? ……いや熱っ! 熱い熱い熱いあっつー!?」

 

 叫び、その場で脚をバタつかせるザギーク。見れば、彼女の背中には炎が上がっていた。

 さらに、同様の変調がアズールにも見られる。現状で無事なのは、炎を操る能力を持つ故に耐性があるリボルブだけだ。

 

「どういう事だ!?」

 

 そう言ってリボルブがフュアローを見る。彼女は、ただひたすらに演奏しているだけだ。

 しかし、視覚が強化されているリボルブだけは気付く事ができた。その場で何が起きているのかを。

 まず、フュアローの両肩に備え付けられたスピーカー。これはファーストコードの発動と同時に、周囲へと微細な音符型の因子を撒き散らしているのだ。

 そして、彼女が持つエレキギター。これは単に演奏をしているワケではなく、弦を弾いて音が発せられた瞬間、その特殊な音波を受け取る事で因子が物質に分子振動を起こさせ、時に発火さえ行うのだ。

 これこそがフュアローミュージシャンの能力。つまりは、熱の操作だ。

 

「あのギターが原因だ! アレで熱を上昇させてやがる!」

「だとしたら急いで演奏を止めましょう! 熱の上昇には制限がない、長引くと不利なのはこっちの方です!」

「任せろ!」

 

 言うが速いか、リボルブはフュアローの顔に向けて銃弾を撃ち込む。得意の速撃ちだ。

 だが、そのデータの弾丸が彼女を捉える事はなかった。

 彼女が素早くギターを掻き鳴らすと、銃弾がフュアローに近づいた瞬間、熱によって溶けて爆ぜてしまったのだ。

 

「なっ!?」

「まさか、フュアローに近付けば近付くほど熱が大きくなるのか……!」

「太陽か何かかよ!」

「でも、そうだとしたら演奏している彼女自身もただでは済まないんじゃ!?」

 

 アズールの懸念通り、フュアローは滝のような汗を流している。全身から湯気を吹き出し、息を荒くしている。

 それでもなお、演奏を続け、ステップを踏んでリズムを取っていた。

 そして曲が終わったその瞬間。トランサイバーに手を伸ばし、ボタンに指で触れる。

 

Roger(ラジャー)! フォースコード、オン!》

 

 音声と共に、フュアローのマスクの口部についたチャックが開き、彼女は大きく息を吸い込む。

 すると、先程までの暑さが嘘だったかのように、急激に温度が低下した。より正確には、上昇していたはずの気温やアズールたちの体温が元の状態に戻ったのだ。

 しかも散布されていた熱を放出する音符も、今は完全に取り除かれている。

 

「なんだ……? 一体、何をしたんだ?」

「何でも良いだろ! 今がチャンスだ!」

《バーニングモード!》

 

 リボルブラスターを合体させ、リボルブが真っ直ぐに突撃する。

 相手の出方が分からない今、一見これは無謀な行動のように思えるが、炎や熱に耐性のあるリボルブならばある程度対処もできる。

 それに何をするか分からないからこそ、派手に動いて陽動し、手を出させる事も時には必要なのだ。アズールとザギークも、リボルブに合わせて援護の態勢に移っている。

 

「喰らいやがれ!」

 

 リボルブラスター・バーニングモードで銃撃して動きを阻害し、トランサイバーに触らせない。

 再び先程のファーストコードを発動され演奏状態になれば、また身動きが取れなくなってしまう。そうなる前に、一気に片を付ける算段なのだ。

 妨害は現在成功している。しかし、それだけにアズールは妙な予感がしていた。

 今までのサイバーノーツと同様に彼女も様々な能力を扱えるはずだが、なぜこれほどまでに無抵抗になっているのか? なぜ攻撃の手を緩め、反撃の態勢にさえなっていないのか?

 その疑問は、すぐに解けた。フュアローの両肩のスピーカーが、まるで大きな熱でも帯びているかのように赤く染まっているからだ。

 

「静間さん、避けて!!」

 

 言われる直前に、リボルブも気付いた。

 フュアローの先程の行動は、ただ熱を吸い込んでリセットするだけのものではない。

 自分の体内に膨大な熱を溜め込み、吐き出そうとしていたのだ。

 

「こいつがサビだ、消し飛べ……メルティックシャウトォォォッ!!」

 

 募り、湧き上がった怒りを解き放つかのように。

 フュアローは、口腔とスピーカーから燃え盛る炎の吐息を放出した。それと同時に、彼女の叫び声による振動によって、地面が火を噴いた。

 

「うおおおっ!?」

 

 咄嗟に横へ飛びながらフュアローの左肩を三発撃ち抜き、炎の直撃を避けるリボルブ。

 しかし、メルティックシャウトの余波は想像以上のもので、リボルブは吹き飛ばされてしまう。左足の装甲も、熱波によって僅かに溶解していた。

 

「クソが……なんて威力だ、V2アプリの必殺レベルじゃねェのか!?」

「反動も大きいみたいだけどね」

 

 焼けて火を吐く地面とフュアローミュージシャンを見て息を呑みながら、ザギークが言う。

 フュアローは肩で息をしていた。一度自身の能力で高めた熱を体内に全て吸収してしまい、しかも少しの間とはいえ体内に留めてしまった以上、これも当然と言える。

 自身がどれほどの重傷を負っても、怒りのままに敵を討ち滅ぼすという凄まじき執念。アズールはそれを感じ取り、身震いした。

 

「ここは一旦退いて態勢を立て直しましょう! 僕らもダメージが大きいですが、何より彼女自身への反動が深刻だ! このまま続けたら間違いなく死んでしまいます!」

「そうだな……!」

 

 言うが速いか、リボルブが地面を撃ちアズールが風で砂を巻き上げ、さらにザギークが白インクを脚に射出。インクが固まり、フュアローを拘束した。

 

「あぁっ!?」

「よし、今の内に逃げましょう!」

「待て……待てぇぇぇっ!!」

 

 アズールがアシュリィを抱え先頭を、リボルブは最後尾を走り、ザギークもスピーディチューンになって三人の間を遁走。

 あっという間に三人の仮面ライダーとアシュリィは、駐車場から姿を消した。

 

「許さん……アタシの……俺の怒りに触れて、生きて帰れると思うなよ!!」

 

 そんな言葉を吐き捨てて、フュアローは脚のインクを熱で溶かした。

 

 

 

「なんとか逃げ切れましたね……」

「ああ、追って来なくて助かったな……」

 

 逃走の果てに、翔たち四人は拠点まで戻って来た。

 敵は想定以上の強さだったが、それだけが問題なのではなく、あの勢いなら熱で自滅してでも自分たちを倒そうとするだろう。

 そこがフュアローミュージシャンの最も厄介なところだ。ホメオスタシスとしても翔や鷹弘の方針としても、彼女を死なせるワケには行かないのだ。

 

「どうするの?」

 

 誰に対して、というワケではなく、焦ったように琴奈が言った。続いて、鋼作もゆっくりと口を開く。

 

「態勢を立て直したところで、あんな能力相手に打つ手はあるのか?」

「……短期決着なら、あるいは」

「向こうはそれを許しちゃくれないだろうがな。それに、能力も残り二つがまだ見えてない。速攻で片付けるにはちょいと分が悪すぎやしないか」

 

 重い沈黙。強力なV2アプリを持つ者が三人いてなお、どうあっても彼女の攻略は難しいと判断せざるを得なかった。

 サポートの陣営も、頭を抱えている。彼女は今までのサイバーノーツとは、一味も二味も違うのだ。

 皆が皆頭を抱える中、鷹弘が溜め息混じりに言葉を発する。

 

「せめて、アイツ自身に向かう熱さえどうにかできりゃあな」

「そんな方法なんてあるかなぁ。ウチにゃ思いつかないよ」

 

 もうお手上げだ、とでも言うように浅黄は肩を竦め、直後にガックリと項垂れる。

 だが、アシュリィが撮影したフォトビートルの映像を確認していた翔は、首を横に振って鷹弘たちの顔を見上げた。

 

「もしかしたら……不測の事態さえ起きなければ、可能性はあります。熱をどうにかするだけじゃなくて、フュアローミュージシャンそのものも倒せるかも」

「え、マジ? できるの?」

「やるしかないでしょう。彼女を助けるためにも」

 

 意を決した表情で言い放つ翔に、鷹弘も鋼作も、琴奈やアシュリィも頷いていた。浅黄も、溜め息を吐きつつも微笑んで同意する。

 そして、翔は自らの思いついた作戦を伝える。あまりにも無茶かもしれないが、起死回生の一手となる策を。

 内容を耳にした一行、特に浅黄は納得した様子で何度も頷いていた。

 

「なーるほどね! 確かにその方法なら、もしかしたら!」

「上手くいくかどうかまでは分かんねェが、まぁ可能性はあるだろうな。試す価値は十分にある」

 

 明るい調子の浅黄と鷹弘の言葉に、翔が微笑んで力強く頷く。

 鋼作や琴奈、アシュリィも翔の立てた作戦に賛同し、サポートのための準備を始めた。

 

「必ず成功させましょう」

「そうと決まれば、準備準備! 向こうがいつまでも待ってくれるとは限らないしねー!」

 

 浅黄もそう言いながら、マテリアパッドを操作して準備に取り掛かる。

 こうして、再び侵攻チームによる激情の(フュアロー)アリーナの攻略作戦が始まるのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「熱い……あああああ、熱い……!!」

 

 先程の戦闘の後。

 伊刈 律(ロック)は、頭を抱えて楽屋内の椅子に座り、目の前の鏡を睨みつけている。

 彼女の顔は、人間・伊刈 律としての顔と、Cytuber・ロックとしての顔が、歪んで半分ずつ混ざっていた。

 全身に行き渡った熱が、まだ体内に残っている。さらに湧き上がる怒りによって冷静さを失い、人格も溶け合おうとしているのだ。

 

「あいつらを殺すまで……この怒りの熱は収まらない……ィィィ……俺は、アタシは……ウウウワアアアァァァッ!!」

 

 叫び、ロックは大きな鏡に向かって手を当てる。

 その瞬間に、鏡は彼女の体熱でドロリと溶けてしまった。

 さらに体も徐々に溶け始め、男と女の二つの特徴が混ざりつつある。喉から出る声も、段々と高低双方の音がノイズのように響いている。

 

「ハァッ、ハァッ……グ……ウウウ……」

 

 歪んだ両眼から、赤い涙が滴り落ちる。

 その時だった。楽屋の扉が開き、既にドライバーを装備した翔たち三人の仮面ライダーが入室して来た。

 彼らの姿を見ると、ロックの異常な表情が狂喜によってさらに歪む。

 

「グ、フ……ハハハ……また……わざわざ俺に殺されに来たのか?」

「死ぬつもりはないよ。君を助けに来たんだ」

「無理だなぁ!! この怒りはお前らを殺さない限り、消える事はない!!」

 

 勢い良く立ち上がり、ロックは傍に立て掛けてあるエレキギターを手に取った。

 

「お前らホメオスタシスを皆殺しにして、俺は現実世界を破壊し尽くす!! 理不尽を押し付け、人を踏み躙る世界を!! 今度は俺が……アタシがヤツらを蹂躙してやるんだ!! そして新たな世界を構築する、誰も傷つけられない世界をな!!」

「かつてのバンド仲間を踏み台にして、自分だけその世界に逃げるためにかい?」

「……あ?」

 

 意表を突かれたように、ロックはぽかんと口を開けて、翔を見る。

 

「自覚がないワケじゃないだろう。君はスペルビアに、自分にとって大切なものを捧げた。あの時……スカウトマンや歌手グループだけじゃなく、君は彼女らまで犠牲にしたじゃないか。ただ怒りをぶつけるだけなら、彼女らまで捧げる必要はなかったはずだ。なのに何故そうしたのか?」

「そ、それは……」

「答えは簡単だ。君は単に怒りに身を任せただけじゃない、選ばれた自分だけが過酷な現実から逃げる手段として、彼女らを利用したんだ! だから秘密を知った人間を許せないんだろ!」

「ぐっ!?」

 

 翔の追及に、突きつけられる現実に、ロックはたじろぐ。図星を突かれて、汗を流す。

 

「君自身が憎む連中とやってる事は何も変わらない!! 自分だけが生き残るために、新しい世界を作るという口実を作って、仲間を裏切り理不尽を押し付けたんだよ!!」

「黙れ、黙れっ!! アタシは……アタシはぁぁぁっ!!」

 

 ロックが怒りの叫び声を上げ、立ち上がった。

 だが先程までとは様子が違っており、服装はCytuberとしてのものと同じだが、顔や体格のみ完全に伊刈 律としての姿を保っている。

 冷酷なまでに現実を突きつけられた事で、逆に頭が冷えたのだ。冷静さを取り戻したまま、激情している。

 

「……ようやく話ができるくらいには落ち着けたみたいだね」

「うるさい!! ステージに上がれ……そこで相手をしてやる!!」

 

 その宣戦布告と同時に、ロックの姿が消失する。

 三人はすぐさま、アリーナのステージへと向かった。警備員の姿が消えていたため、すんなりと廊下を通る事ができた。

 

「ヤツに招待されたお陰か?」

「かもね」

 

 道中で鷹弘と浅黄がそんな会話をしつつ、一行はステージに辿り着いた。

 最初に訪れた時と違い、照明が消えている。また、不思議な事に観客席には煙が焚かれ、見通しが悪くなっている。

 しかし一本道なので、迷う事はない。翔たちは、何事もなくステージに上がった。

 

「……来たな」

 

 その瞬間、ステージ上でマイクを通した声が聞こえる。

 声の主はロックだ。彼女はマイクを片手に、天井を睨みつけている。

 

「ここはアタシの憧れの舞台だった」

 

 スポットライトが、ロックに集中する。

 

「でっかいアリーナを舞台にミュージシャンとして輝く……そのために必死で努力して、仲間も集めた。その結果がアレだ」

「……」

「全部奪われた!! 全部踏み躙られた!! 許せなかった……!! でも、そこにスペルビアP(プロデューサー)が来たんだ!! アタシを輝かせてくれる人が、怒りを理解してくれる人が!! そんな最高のチャンスを目の前にして、飛びつかずにいられる!?」

「……君はスペルビアに利用されているだけだ。何もかも失ったところを狙われて、心の隙間に付け入られているんだ」

「それがどうした!! アタシは!! このチャンスを、怒りを、絶対に手放さない!!」

 

 叫びながら、ロックはマテリアプレートを取り出して起動。

 その瞬間に観客席の煙が消失し、無数にいる観客のデジブレインたちが姿を現した。

 

「こ、これは……!?」

《ロックンロール・ビート!》

背深(ハイシン)ッ!!」

 

 突然現れた観客を目撃して翔らが驚いている間に、ロックはトランサイバーにプレートを装填し、音声入力を終える。

 

Roger(ラジャー)! マテリアライド! ロックンロール・アプリ! 爆演ソウル、トランスミッション!》

「ステージを熱く盛り上げてやるよ……お前らをブチのめしてなぁ!!」

 

 フュアローミュージシャンへと変異を遂げたロックが、スタンドマイクとギターを掲げて観客席に向かって叫ぶ。直後に、観客のデジブレインは歓声を上げた。

 それにも怯まず、翔と鷹弘と浅黄は変身に移る。

 

「僕が君を止める! 変身!」

「変……身!」

「変ー身っ!」

《蒼天の大英雄、インストール!》

《最速のガンスリンガー、インストール!》

《義賊の一矢、アクセス!》

 

 またも三人同時の変身。しかし今回は、姿が変わると同時にザギーク テクニカルチューンが先手を打った。

 

《スタイランサー・ボウガンモード!》

「行くよーん!」

 

 言うなり、ザギークは引き金を引く。狙ったのは、フュアローの両肩――スピーカーだ。

 矢弾は見事に命中し、ドロリとした白いゲル状のインクがスピーカーを覆う。

 

「ハッ、こんなの痛くも痒くもないぞ!」

「ふふふー、ほんとかな?」

「次はこっちの番だ! アタシのイントロに聞き惚れなぁ!」

 

 先程と同じように、ザギークがファーストコードを入力。そして、目の前を横切る音符に合わせてギターを掻き鳴らした。

 だが。

 

「こ、これは……!?」

 

 スピーカーから鳴るはずの音が聞き取れないほど小さくなり、くぐもっているのを感じて、フュアローは目を見張った。

 その焦りのせいで、演奏のリズムも狂う。ミスを連発し、温度も上昇していない。

 

「今の内だ! やっちまうぞ!」

 

 リボルブが叫び、発砲。アズールも二振りの剣を手に強襲を仕掛け、ザギークはスタイランサーをスピアーモードに切り替えて突撃する。

 ファーストコードの効力が機能していない今、接近されれば攻撃を防ぐ手段はほとんどない。銃弾を受けつつもフュアローはギターから手を放し、マイクスタンドでアズールセイバーの刃を防いだ。

 だが、続くザギークの一突きは避けられない。フュアローは吹き飛ばされ、仰向けに倒れた。

 

「どういう事だ!? 何が起きて……!?」

 

 言いながら、フュアローは自分の肩に視線を向ける。そして、気付いた。

 先程の白いインクがスピーカーに入り込み、凝固している。そのせいで音を発する事ができなくなっているのだ。

 演奏で溶かそうにも、スピーカー内の磁石はインクで固められている。これでは因子を出す事もできず、戦いすらままならない。

 

「くそっ、こんなもので!? こんなもので止められるのか、アタシは!?」

 

 フュアローが狼狽する。仮にインクをマイクスタンドでこそぎ落としても、スピーカーの内側にに入ったものはどうにもできない。

 しかも、アズールたちは今なお容赦なく攻撃を続けて来る。

 

「そりゃぁっ!」

「オォラァッ!」

「うおりゃー!」

 

 剣先が横腹を殴り、銃弾が眉間に撃ち込まれ、穂先が脚を刺す。どの攻撃も、肩を狙っていない。

 逆に自分が肩で攻撃を防ごうとしても、直前で止められ足や腹に蹴りを入れられる。こうなってはフュアローに為す術はない。

 彼女が本当に、このまま手をこまねいているならば。

 

「アタシの歌にノイズを混ぜやがって……ナメてんじゃないぞ、コラァッ!」

 

 そんな怒声と同時に、フュアローの持つエレキギターから、触手のように蠢くコードが伸びる。

 さらに、それがステージの床に接続された。

 何が起きたか分からずアズールも困惑するが、すぐに自分にやらなければならない事があると思い直し、フュアローに向かって剣を振るう。

 その時、フュアローは素早くトランサイバーを操作した。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

「今度こそ聞け、アタシのイントロォ!」

 

 フュアローがそう言ってギターを演奏した瞬間、仮面ライダーたちの周囲の温度が上昇し始めた。たちまち、ライダーたちの動きが鈍くなる。

 

「なっ!?」

「チッ、肩を塞いでるのにどうやって……!」

 

 言いながら、リボルブが周囲に目を凝らす。既に因子は散布されているが、フュアローの肩から発せられたものではない。

 因子は、上空や観客席の付近などから、ステージ一帯に向けて放出されているのだ。

 そこで、アズールもリボルブも彼女のやった事に気付いた。

 

「アリーナ内の音響設備! そこに接続したんだ!」

「あの野郎、そこまで計算尽くでここに呼びやがったのか!」

 

 会場内に広がる熱さで徐々に体力を奪われていき、アズールとザギークの膝が震え始める。

 そこへ追い打ちのように、フュアローがトランサイバーを素早く操作する。

 

「テンポアップだ、ついて来れるか!」

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

 

 彼女の言葉通りに、曲のテンポが早くなる。フュアローはそのスピードにも対応し、演奏を続けている。

 しかも、ただ曲調が速くなっただけではない。通常の演奏時よりも、温度がさらに上昇しているのだ。

 

「こ、れは!」

「スピードアップする分、能力も強化されるって事かよ……!!」

 

 ついに、あまりの熱さからリボルブも耐え切れずに膝を折る。それを見たアズールとザギークは、各自マテリアフォン及びマテリアパッドを手に取って操作を始める。

 

「終わり……だなぁ、仮面ライダー共……! アタシはお前らをブッ倒して……今度こそ夢を掴む!」

 

 また息を切らしながら、フュアローが言った。

 

「……」

「ア……、……と……を……」

 

 リボルブとザギークは地に手をついて俯き、アズールはマテリアフォンを片手にうわ言のように何かを呟いている。

 彼らの様子を見たフュアローは、ほくそ笑んでトランサイバーのボタンを入力した。

 

「熱さで意識が朦朧とし始めてるようだな」

Roger(ラジャー)! サードコード、オン!》

「だけど安心しろ、これで終わりだ……」

 

 微細な因子が、仮面ライダー三人の周囲に収束して漂う。

 これがサードコードの能力、温度の上昇する範囲を集中させるのだ。もちろん、これを発動する場合はフュアローの周囲からも因子が消えるため、熱で身を守る事ができなくなる。

 だが、ライダーたちの体力が奪われて疲弊している今こそ、この能力でトドメを刺すチャンスなのだ。

 

「燃え上がって消え失せろ、仮面ライダー!!」

 

 フュアローがギターに指をかけた、その時。

 耳をつんざくような高音が、会場全体に木霊した。

 超音波だ。あまりにも耳障りなその音に、フュアローは思わずエレキギターを手放し、耳を押さえた。

 

「ヒッ、ヒギェアアアッ!! や、やめろ!? なんだこの音は!?」

 

 ギターを弾けない以上、当然ながら演奏は失敗となる。

 温度が徐々に引いていき、アズールたちも態勢を立て直し始めた。

 

「形勢再逆転、だね」

「何を、したぁぁぁ……」

「君がやったのと同じさ。僕らの使う装備で音響設備をハッキングした……同じ事を考えていたのは想定外だったけどね」

「バカな……!?」

 

 出発前に翔が立てた作戦は、こうだ。

 まず初めに、フュアローミュージシャンとの戦闘になった時、三人でアリーナのステージまで誘き出す。

 その後、別働隊のアシュリィが音響設備の近くでレドームートンを使い、コントロールを掌握。そしてフュアローが演奏しようとした瞬間に、ドルフィンタイマーの超音波をステージ内に流すのだ。

 彼らにとって誤算だったのは、フュアローも設備に直接干渉する手段を持っていた事。

 しかしここで、ザギークのマテリアパッドが役に立つ。フュアローのエレキギターから伸びるコードを利用して、それを介して音響設備をハッキングしたのだ。

 アズールがマテリアフォンを操作していたのも、アシュリィに状況を伝えるためだったのだ。

 

「これで勝負はついた、今すぐトランサイバーとマテリアプレートを捨てて投降するんだ! さもないと……こっちも容赦しない!」

 

 アズールが剣の切っ先をフュアローに突きつける。しかし彼女は奥歯を軋ませ、それを突っぱねる。

 

「ナメるな!! アタシはまだ負けちゃいない!!」

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

「サビまで走らせてもらう!」

Roger(ラジャー)! サードコード、オン!》

 

 フュアローが素早くトランサイバーにボタン入力し、再びギターを構えた。

 因子が収束する位置は両肩。すかさずアリーナ内に超音波が発せられ、フュアローの両耳を刺激する。

 だが彼女は先程のように苦しみつつも、演奏する手を止めない。

 

「耐えているのか。だったら!!」

 

 アズールがまたも剣を振り上げ、襲いかかる。熱の発生が肩に集中している間に、畳み掛けようというのだ。

 リボルブもフュアローのギターに向かって発砲し、破壊を試みる。

 だがフュアローは演奏しながら剣撃を回避、銃弾は右肩で受け止めた。それも、頭痛に悶えながら。

 

「マズい、凌がれんぞ! 肩のインクを溶かされたら……!」

「もう遅い!!」

 

 因子が両肩に集中した事で、僅かな時間の演奏で白のインクが液化してしまった。

 フュアローはさらに、サードコードの効果を打ち切って因子を拡散させる。

 そしてバックステップして演奏を続け、両肩から因子を放出しつつ周囲の温度を上昇させ始めた。こうなれば、アズールもリボルブも動けない。

 

「は、ハハハハハッ! 今度こそ、アタシの勝ちだァァァッ!!」

Roger(ラジャー)! フォースコード、オン!》

 

 トドメの大技、メルティックシャウトが来る。一気に気温が元に戻り、フュアローが口内とスピーカーに熱を集中させる。

 この瞬間。待ち構えていたかのように、アズールがマテリアフォンに叫んだ。

 

「アシュリィちゃん、今だ!!」

 

 直後、ドルフィンタイマーの超音波が会場に響く。

 メルティックシャウトを放つタイミングを窺っていたフュアローは、その一撃で苦悶するものの、倒れはしない。

 まだ、攻撃の機会(チャンス)は残っている。三人のライダーが散開していない、今こそが――。

 そう思って業火を放出しようとした彼女の鼻と口と両肩は、白のインクで覆われた。

 

「……ンッ!?」

 

 インクはすぐに凝固する。

 やられた、と思った時にはもう遅い。アズールたちは、メルティックシャウトの対策もしっかりと練っていたのだ。

 吐き出そうとしていた体内の熱エネルギー、それが行き場を失ってしまえばどうなるか?

 

「グ、グアアアアッ!!」

 

 必然、暴発する。

 両肩のスピーカーは溶解・粉砕され、マスクはズタズタになって口内も焼ける。

 フュアローは、もうメルティックシャウトも肩部スピーカーからの因子放射も使えなくなってしまった。

 

「ア……アガアアアッ……」

「今だ!!」

 

 あまりの苦痛に膝をついたフュアローを見て、アズール・リボルブ・ザギークが同時に行動に出る。

 必殺の態勢だ。アズールとリボルブがライドオプティマイザーのトリガーを引き、ザギークはドライバーのパニッシュメントアイコンを指で押す。

 

《アクセラレーション!》

《パニッシュメントコード!》

 

 その姿を見ると、フュアローも慌ててトランサイバーを操作し「ファイナルコード!」と音声入力を行った。

 

Roger(ラジャー)! ロックンロール・マテリアルデッド!》

「喰ゥ……らえェェェッ……!!」

 

 フュアローが毎度の如くギターを鳴らす。

 すると、今度は因子の散布とは無関係に、か細い光線が上空から雨のように降り注いだ。

 本来ならこの技は、因子を撒いた状態で使うもので、極熱のレーザー光線ももっと巨大で強力なものになるはずだった。明らかに威力不足だ。

 こんな苦し紛れの攻撃で倒れるライダーたちではない。三人は全身に光を纏うと、大きく空に飛び上がった。

 

Alright(オーライ)! スーパーブルースカイ・マテリアルバースト!》

Alright(オーライ)! スーパーデュエル・マテリアルバースト!》

Oh YES(オゥ・イエス)! テクニカルフォレスト・マテリアルパニッシャー!》

 

 右脚にエネルギーが集中した強烈なキックが、フュアローの体に向かう。

 

「ギアアアアアッ!?」

 

 ギターを盾代わりに攻撃を防ごうとするものの、当然そんなもので凌げる一撃ではない。

 愛用のギターは粉々に砕け散り、フュアロー自身も吹き飛ばされて地を舐める事となった。

 

「ア、アガッ……バカな、アタシが……」

 

 それでも、彼女の変異は解けていない。武器も失った今、もはや時間の問題ではあるが。

 

「もうやめにしよう」

 

 アリーナに倒れた彼女へと、アズールが声をかける。

 その声を聞いたフュアローはキッと彼を睨みつけるが、それでもアズールは勧告を諦めない。

 

「これ以上続けたら君自身が危ない。手遅れになる前に、降参してくれ」

「まだ、だぁっ!! まだ終わってない!! アタシは、こんなところでぇっ!!」

 

 叫びながら、フュアローはトランサイバーのリューズに手をかけた。

 それを見てアズールが思い出すのは、ヴェインコマンダーとの戦いでの事。あの時の彼の、巨大な獣となった姿だ。

 

「よせ! それを使ったら、君は!」

「うるさい! アタシが、アタシの怒りはぁぁぁっ! うあああああっ!」

 

 錯乱状態になりながらも、彼女はリューズをひねった。

 

《オーバードーズ! ビーストモード、オン!》

 

 その瞬間、フュアローの姿は大きく歪む。

 全身がモザイクに包まれて泡立ち、瞬間的な改造手術によって体が巨大化、人体の許容量を超えたカタルシスエナジーが体内に蓄積される。

 チャックのついたマスクは完全に千切れ飛び、口が耳まで裂けて行き、スピーカーの残骸やオオカミ型のバイザーが砕け散る。

 アリーナの天井を突き破るほど巨大なその姿は、鋭い爪と大きな牙を生やした、スピーカーを背負う赤い毛並みの狼だ。

 

「フゥォォォッ!!」

 

 咆哮し、三人の仮面ライダーを見下ろすビーストフュアロー。リボルブは舌打ちしつつ、リボルブラスターの照準を彼女の頭に定める。

 

「来んぞ!」

「はい!」

 

 アズール・リボルブ・ザギークは散開し、それぞれ攻撃を始める。アズールは走りながら剣から風の刃を放ち、リボルブはデータの銃弾で撃ち抜く。ザギークは後ろ足にインクを発射し、固めて動きを止めようと試みている。

 しかし、そもそもビーストフュアローはその場から動かない。動かないまま、三人の攻撃を受け止め続けている。

 

「野郎、一体何のつもりだ……」

 

 リボルブが声に出した、その時。

 

「フゥオルルルルル……フォォォン!」

 

 ビーストフュアローが鳴き声を上げ、全身から細長い体毛を伸ばす。

 攻撃かと思いライダーたちは身構えるが、その毛はあらぬ方向に向かい、観客席の柵に巻き付いた。

 

「なんだ……?」

 

 アズールは疑問の声を発しながらも、油断せず剣を向ける。

 そうして様子を窺っていると、フュアローは素早く前脚の爪でその毛を引っ掻いた。その直後、背中のスピーカーからギターを弾いた時のような音が流れる。

 あまりの轟音に、アズールもリボルブもザギークも耳を覆った。さらに、その場で起きた変化は音だけではない。

 

「熱っ!?」

 

 突如として地面から爆炎が上がり、アズールたちの体を燃やした。

 その瞬間に三人は、ビーストフュアローの能力を理解した。彼女は自身の体毛を弦のように扱い、背中のスピーカーから音と因子を発する事ができるのだ。

 しかもあの姿になれば、もはや因子を発してから即座に起爆させる事ができるらしい。

 

「クソッタレ……!」

 

 リボルブが疾走し、爆炎から逃れようとする。

 しかし、振り切れない。ビーストフュアローが弦を掻く度に爆炎が襲いかかり、リボルブは観客席まで吹き飛ばされた。

 

「ちょっ、ヤバイってこれ無理ゲーじゃん!?」

 

 ザギークもスピーディチューンに切り替えて逃走しているが、ビーストフュアローはその逃げる先に爆炎を放ち、動きが止まった瞬間を狙って炎を放っている。

 そしてアズールでさえも、この突然目の前で起こる爆発には対処できなかった。アズールセイバーで毛を切断しても、すぐに再生し別の位置に弦を張られてしまうのだ。

 

「くっ、あのスピーカーさえどうにかできれば!」

 

 アリーナ内を飛び回りながら、アズールは策を練る。爆炎が身を焦がしても、熱波で吹き飛ばされそうになろうとも、諦めない。

 そして、飛翔し進み続けたアズールは、ついにビーストフュアローの眼前にまで辿り着いた。

 ここまで近づけば彼女自身にも被害が及ぶため、流石に爆破する事などできないだろう、という判断だ。そのまま頭上を走り、スピーカーを叩く。

 だが、それも甘かった。

 

「フゥオオオッ!」

「うわっ!?」

 

 フュアローは至近距離で、自らも負傷しながら爆撃を行い、さらにもう一本の前足をアズールに叩きつけた。

 床に背中を打ち付けてしまったアズールは、短く呻き声を上げる。

 

「このままじゃ……!!」

 

 接近してスピーカーを破壊する事も、これでは難しいだろう。

 そもそも剣で攻撃したところで、破壊できるとは限らない。銃撃の場合はより困難を極める。

 となればやはり必殺技しかないのだが、アズールでは届かないし、一撃で破壊しなければ二度目以降は警戒されてしまう。そのため、破壊力に特化させなければいけない。

 

「……そうだ!」

 

 アズールが顔を上げ、ウィジェットから一枚のマテリアプレートを取り出した。

 そして、ザギークへと視線を向け、それを投げつける。

 

「浅黄さん! 一番攻撃力の高い形態でこれを使って下さい!」

「へっ!? 一番高いって……」

 

 キャッチしながら、ザギークが思案する。

 そして頷き、仮面の中で「にひひ」と笑った。

 

「よーし任せて! とっておきを使っちゃうよ!」

 

 言って、ザギークがアプリチューナーのスイッチを上から順に押していく。

 

《パワフルチューン! テクニカルチューン! スピーディチューン!》

「チューンアーップ!」

Oh YES(オゥ・イエス)! マテリアライド! マキシマム・フルチューンアップ!》

 

 三色の装甲がザギークの頭上で融合し、白銀の装甲となって合着。

 さらにスタイランサーをボウガンモードに変形させ、天井からアリーナの外へ飛翔し、ビーストフュアローのスピーカーの真上で静止する。

 そしてアズールとリボルブがそれぞれビーストフュアローの両眼に攻撃して集中力を削いでいる間に、ザギークは行動に移った。

 

「この姿は一分しか保たないけど……十分だよ!」

《パニッシュメントコード!》

 

 マテリアプレートを挿入した瞬間、銀色のゲル状インクがボウガンに纏わりつき、巨大な弩砲(バリスタ)を形成する。

 アズールが渡したのは、ギガント・エクス・マギアだ。出が遅く隙が多い必殺となるものの、威力は抜群。

 そこにタブレットドライバーのマキシマムチューンのパワーが加わる事で、さらに破壊力の増した一撃を放つ事ができるのだ。

 

Oh YES(オゥ・イエス)! ギガント・マテリアルシュート!》

「行っけぇぇぇー!」

 

 弩砲から巨大な矢が射出され、地上に向かう。

 そして、矢弾は見事にビーストフュアローのスピーカーと背中を貫き、破壊した。

 あまりの激痛に、フュアローは断末魔を発する。そして、苦痛に悶ている隙を、アズールたちは見逃さなかった。

 

「その歪んだ願い、僕が終わらせる!」

《フィニッシュコード!》

 

 アズールは二つの剣を合体させ、さらにV2側にマテリアプレートを装填する。

 そしてリボルブは、アプリドライバーからV2アプリを引き抜いてそれを投げ渡した。

 

「決めちまえ、翔」

「はい!」

 

 そのアプリを、今度は通常のアズールセイバーへと挿入。さらに、二つの武器で同時に必殺技を発動した。

 

Alright(オーライ)! スーパーデュエル・マテリアルスラッシュ!》

Alright(オーライ)! スーパーブルースカイ・サイクロンマテリアルスラッシュ!》

「そぉりゃあああああああっ!!」

 

 風を纏い、輝く双刃を振るうアズール。

 一瞬の静寂の後、フュアローの体が左右に真っ二つとなり、さらに賽の目状になって崩れ落ちる。

 そして残骸は粒子となって散り、その場には元の人間の姿に戻った伊刈 律と、トランサイバーが残るのであった。

 それを確認してからザギークが地上に降りて変身を解き、アズールの近くにアシュリィが歩いて来る。

 

「……終わった、か」

 

 深く息をつき、鷹弘は変身を解除してトランサイバーへと近付く。

 そして、それを拾い上げようとした、その時だった。

 

「おやおやおや。彼女がこうも簡単にやられるとは、予想外でしたねぇ」

 

 そんな声が、アリーナ内に響き渡る。

 ホメオスタシスの面々にとっては、もう何度か聞いた覚えのある声。四人の頭上で浮遊している、スペルビアの声だった。

 瞬間、トランサイバーが鷹弘の目の前から消え、スペルビアの手元に移った。

 

「テメェ! 人をだまくらかして、そんなモン集めて……一体何する気だ!」

「全ては我が主のためですよ。あなた方に私めの意図は理解できないでしょうが」

 

 含み笑いと共に、スペルビアは以前と同じくマテリアプレートを空に掲げようとする。

 だが、その時だった。まだ変身を解除していないアズールが、風の刃をスペルビアに向けて放った。

 その一撃はスペルビアの頬を叩き、僅かな傷をつける。

 

「おや?」

「逃さない……お前はここで、僕が倒す!」

「おや、おやおやおやおやおやおやおやおや」

 

 スペルビアの頬が大きく歪む。それと同時に、四人は背筋に冷たいものを感じ取った。

 

「そうですか、そうですか。私めに挑むと……そう仰るのですね」

 

 口元を覆い、さも可笑しそうに「良いでしょう」と言い放つスペルビア。その手が、徐々に孔雀の羽根で飾られた仮面へと伸びていく。

 その瞬間――明らかにアズールたち仮面ライダーを見下したようなその視線が、眼が、黒く燃え上がった。

 

「その傲慢の報い、堪能して頂くとしましょう」

 

 言いながら、スペルビアはまるで顔面の皮を引き千切るかのように、その仮面を引き剥がした。

 すると、顔から黒い炎が吹き出し、スペルビアの体を徐々に焼いていく。その燃え痕から、スペルビアの姿が変わって行くのが見て取れた。

 そうして現れたのは、拘束具に包まれたデジブレイン。孔雀の顔を模ったマスクに、拘束具とベルトで縛られた十二枚の翼を背負い、尾には孔雀の羽根が貼り付いている。

 名付けるとするならば、ピーコック・デジブレインと呼ぶのが相応しいだろうか。ピーコックはゆっくりと地上に降り、ベルトで締め付けられた細い両腕を広げる。

 

「お手柔らかに、仮面ライダーくん」

 

 その姿を見て、アズールは息を呑みながらも、両刃剣を手に突撃した。



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EP.20[地獄が如く]

「お手柔らかに、仮面ライダーくん」

 

 伊刈 律(ロック)との戦いが終わった後。

 ピーコック・デジブレインとなったスペルビアはそう言いながら、アズールと対峙していた。

 彼の尾についた羽根が一枚空中を舞い、それが黒い炎を纏って一振りの漆黒の剣へと変化する。

 刀身には『Lasciate ogne speranza voi ch'intrate.'』と刻まれており、スペルビアはそれを左手で取った。

 そして、右手は腰の後ろで組む。

 

「何のつもりだ?」

 

 アズールが問いかけると、スペルビアは孔雀の頭部を模した覆面の下で、くつくつと笑った。

 

「分かりませんか? あなた様の実力なら、片腕で事足りると言っているのですよ」

「……そうか、分かった」

 

 言いながらアズールは、素早く接近して左右の手それぞれに持った二つの剣を振り上げる。

 

「もう一本使うまで徹底的に斬る!」

「おやおや」

 

 右手のアズールセイバーを振り下ろすと、スペルビアはそれを自身の剣で受け止める。

 直後にアズールはその場で回転し、左手のアズールセイバーV2をスペルビアの横腹めがけて振り抜かんとする。

 だが、それはスペルビアの膝蹴りで受け止められた。

 

「くっ!?」

 

 さらに、スペルビアの刺突がアズールの胸の装甲に命中する。火花が上がり、白い装甲に大きな傷がついた。

 

「おやおや。あなた様の力はこの程度ですか?」

「この程度なワケ……ないだろ!!」

 

 アズールが叫び声を上げ、もう一度スペルビアに斬りかかる。

 だが、今度は上空に飛び上がったスペルビアの蹴りを受け、アリーナの観客席に吹き飛ばされる。

 さらにスペルビアは追い打ちを続ける。剣の柄頭で、倒れているアズールの顔面を滅多打ちにし始めた。

 

「がっ、くぁっ!?」

「そんな……強すぎるよ……!」

 

 声を震わせ、浅黄は慄く。あまりにも一方的な展開に、鷹弘も憮然とした表情になっていた。アシュリィの顔も青褪めている。

 そんな三人に対して、アズールは声をかける。

 

「今の内に……律さんを連れて、逃げて下さい!」

 

 足に力を入れて踏ん張り、アズールが剣を振る。

 ようやくその一太刀がスペルビアの腹に命中するものの、彼は微動だにしていない。全くダメージを受けていないようだ。

 それを目の当たりにして歯を軋ませながら、鷹弘は浅黄の顔を見ずに語りかけた。

 

「……浅黄、そいつとアシュリィ連れて先に行け」

「でも! 翔くんはどうすんの!?」

「良いから行け! お前が一番疲弊してんのは分かってんだよ!」

 

 そう言われて、浅黄は言葉を詰まらせる。

 確かにマキシマムチューンのカタルシスエナジーの消費量は凄まじく、一分間の維持が精一杯で、使った後は浅黄自身も疲労してしまう。

 大きく消耗した今では、この場に残っても足手まといになるだけだろう。

 そんな浅黄に対して、鷹弘は僅かに声を落として話しかける。

 

「安心しろ。俺が死角に回ってあのクソ野郎を撃つ……それで隙ができれば、あいつの手助けになるはずだ。逃げんのはその後で良い」

「……分かった、任せるね」

 

 頷いて、浅黄は律を背負ってアシュリィを伴い、その場を離れようとする。

 だが、アシュリィは動かなかった。

 

「アシュリィちゃん?」

「……私は残る」

「えっ!?」

「残る」

 

 彼女の様子を訝しむ浅黄だが、理由を問い質している暇はない。

 それに二人の仮面ライダーがいるなら、動けない自分より彼らに任せた方が賢明かも知れない。

 

「分かった、けどちゃんと隠れててね!」

 

 浅黄は律を連れ、今度こそ戦場を去るのであった。

 一方、アズールは苦戦している。何度攻撃をしても避けられ、命中したかと思えば無傷に終わる。その繰り返しだった。

 スペルビアは笑い声を上げながら、余裕の態度でアズールに語りかける。

 

「そろそろ諦めて帰った方がよろしいと思いますがねぇ。あなた様では私めに傷一つつける事ができない、もうお分かりでしょう?」

「く……」

「それでもまだ争うというのなら仕方ありません」

 

 剣を上空に掲げると、刀身に黒い炎が集まって行く。

 大技が来る。それを察して、アズールは身構えた。

 

「地獄の門へとご案内しましょう」

 

 スペルビアが剣を振り下ろそうとした、その時だった。

 剣を握っているその指を、三発分の銃声と共に弾丸が射貫き、剣を取り落とさせた。

 リボルブだ。それを悟ると同時に、アズールは動き出した。

 ドライバーにセットしたライドオプティマイザーのトリガーを引き、さらにアズールセイバー・サイクロンモードの二つのスロットにロボットジェネレーターとワンダーマジックのマテリアプレートをそれぞれ装填する。

 

《アクセラレーション!》

《フィニッシュコード!》

《フィニッシュコード!》

「これで……!」

Alright(オーライ)!》

 

 アズールが、ドライバーと剣にマテリアフォンをかざす。

 ヴェインコマンダーが生み出したクイーンとの戦いでも見せた、必殺技の三連同時発動だ。

 今までであれば高すぎる負荷によってオーバーシュートの危険性があったが、V2の状態ならやれる。アズールは、そう確信していた。

 

《スーパーブルースカイ・マテリアルバースト!》

《マジック・マテリアルスラッシュ!》

《ロボット・サイクロンマテリアルスラッシュ!》

「どうだぁぁぁ!」

 

 吹き荒れる嵐と共にアズールが駆け、雪崩のように降りかかる岩や炎の塊と水圧弾がスベルビアを襲う。

 それら全てが命中した後に、輝く斬閃と猛烈な蹴りを浴びせた。

 ――だが。

 

「いやぁ、見事な一撃ですねぇ」

「な……」

 

 それでも、スペルビアは平然と立っていた。

 

「そんな……V2でも届かないって言うのか!?」

「ええ、まぁそれは当然でしょう。なにせ私めは、アクイラ様自らが最初にお作りになられたデジブレインでございますので」

 

 アズールも、観客席に潜んでいるリボルブも絶句した。

 ありえない事だ。翔も鷹弘も、鷲我の口から『アクイラが生み出そうとしていた七体のデジブレインは消滅した』と聞いていたのだから。

 そんな二人の考えを見抜いてか、スペルビアは嘲笑混じりに話を続ける。

 

「確かに消滅する直前、アクイラ様は七体のデジブレインを創っておられました。ですが、その中に私めは含まれておりません。なぜなら、それよりも遥かに前にアクイラ様が私めをお作りになったからです」

「なんだと!?」

 

 リボルブは驚愕した。それは自分も、鷲我でさえも知らない事実だ。

 そして、アクイラ消滅の後も次々とデジブレインが生み出されていた原因も、隠れ潜んでいたスペルビアにあるのだとすれば、謎は解ける。

 目の前にいるこの男は、このデジブレインこそが、黒幕だったのだ。

 

「私はアクイラ様の意思を代行する天よりの使徒。人類は速やかに支配を受け入れ、我々の管理下に置かれるべきなのです。それが考え得る最高の幸福なのですから」

「ざっけんじゃねェ!」

 

 怒りの声を上げ、リボルブが発砲する。

 スペルビアが左手をリボルブの方に掲げると、以前と同じようにそれらの弾丸は全て空中で静止するが、それでもリボルブは続けた。

 

「テメェらに支配される事の何が、どこが幸福だ! たかがデータの塊が勝手な事をほざくな!」

「おやおや。アクイラ様はあなた様のお父上が作ったというのに、酷い物言いですねぇ」

「うるせェッ!! アクイラの意思なんざ知った事か、俺はテメェらデジブレインをブッ潰す!!」

 

 リボルブが叫び、二挺のリボルブラスターで攻撃し続ける。アズールも剣を構え、スペルビアに飛びかかった。

 だが、やはりスペルビアは意に介さない。静かに剣を空へ掲げ、もう一度刀身に黒炎を集め始める。

 大技が来る。もはや攻撃を止められないと悟った二人は、すぐさま防御態勢に移った。

 

「もう遅い」

 

 直後に告げられた言葉と同時に、剣が振り下ろされる。

 黒い炎がその場を埋め尽くし、アズールとリボルブは吹き飛ばされて地面に倒れ、一撃で変身を解除させられてしまった。

 

「がはっ!?」

「クソッタレめ、こんなに力の差があんのかよ……!」

 

 負傷した左腕を押さえながら、呻くように鷹弘が言い放った。

 

「相手が悪すぎましたねぇ。ですがまぁ、ご安心を。命を奪うつもりはありませんので」

 

 くつくつと喉奥で笑い、スペルビアは剣を羽根の状態に戻す。

 強気だった鷹弘も、今は倒れて無力感に苛まれ、地面に拳を叩きつけている。

 だが、翔は――。

 

「まだだ……!!」

「はぁ?」

「まだ終わってない!」

 

 翔は立ち上がって、なおもスペルビアの前に立ちはだかろうとしている。

 スペルビアは溜め息を吐き、ギロリと翔を睨みつける。

 

「何を考えているのです? 変身していないあなた様では、一切の勝ち目などありませんよ」

「だったら……変身するだけだ!」

「それでも勝てなかったのをお忘れですか? そもそも、私めは見逃して差し上げようと言っているのですが?」

 

 翔はスペルビアの言葉に一切耳を貸さず、もう一度ブルースカイ・アドベンチャーV2を取り出す。

 それを目視するとスペルビアはさらに深く溜め息を吐き、左手の人差し指を翔に向けた。

 

「バカは死なねば治らないそうですね。では死に至る程の苦痛が、その愚かしさを修正できるか……試してみましょう」

 

 発せられた言葉に鷹弘が驚き、立ち上がろうとする。

 

「やめろ! そいつに手ェ出すんじゃねェ!」

「フフ。お断りします」

 

 スペルビアの指先に黒い炎が集まり、無慈悲にもその炎の塊が放たれ、変身していない翔に向かって行く。

 その時だった。突然歌声がスペルビアと鷹弘の耳に聴こえたかと思うと、翔の全身が青いノイズに包み込まれ始めたのだ。

 鷹弘が振り向くと、声の主の正体が、アシュリィである事が分かった。当の本人の意識は判然としておらず、ただひたすらに歌い続けている。

 

「これは……!」

 

 その声を発したのはスペルビアだった。視線の先には、火炎球を突き出した右掌で受け止めている翔がいる。

 当然、生身でだ。その光景には鷹弘も驚き、目を奪われている。

 しかも、ただ単に受け止めているワケではない。黒い火炎球が翔の手の中でさらに大きく膨れ上がり、スペルビアの方に跳ね返されたのだ。

 

「む……!」

 

 咄嗟に両手を使って、スペルビアは防御態勢に移る。

 炎はスペルビアの両腕を焼き切るが、しかしその損傷は即座に修復された。

 

「どういう事だ!?」

 

 鷹弘が叫んだ。無我夢中だったようで翔自身も何が起きているのか理解できておらず、アシュリィに問いかけても反応はない。

 一方スペルビアは、彼らの様子を見て納得したように頷いている。

 

「なるほど、やはり彼が『そう』だったのですねぇ。という事は彼女の正体は……」

 

 そして鷹弘が驚いている隙に、マテリアプレートを上空へと掲げた。

 アリーナの崩壊が始まる。翔はハッとして、未だに歌い続けているアシュリィの方へと走り出す。

 

「すいません静間さん、失敗しました!」

「分かってる! 退却だ!」

 

 言いながら彼女の手を取ろうとする翔。

 しかし、その手が届く寸前。アシュリィは、喉を押さえて苦しそうに呻き、地に膝をついた。

 

「アシュリィちゃん!?」

 

 何が起こったのか分からず、しかし誰の仕業かを即座に理解して、その方向を見る。

 そこにいるのは変異を解いたスペルビアだ。アシュリィに向かって右手をかざし、目に見えない力で彼女を拘束している。

 アシュリィは苦しんでおり、その様子を見てスペルビアはまたもや納得して首を縦に振っている。

 

「その子を放せ!」

「えぇ、いいですよ? ですが彼女に助ける価値などあるんでしょうかねぇ?」

 

 グッ、とスペルビアは右手を握り込む。

 すると、アシュリィがより一層苦しみの声を発し、一際大きく悲鳴を上げた直後――。

 彼女の背中から、美しく煌めく青い蝶の翅が生えた。

 

「……え……?」

 

 呆然とする翔、そして鷹弘。

 アシュリィの変化は収まらない。髪は灰色に染まり、両足は透き通ったガラスのように変わる。

 両腰からはドレスのスカートを思わせるように蝶の翅が生え、頭部からは二本の触覚が垂れ下がる。

 

「な、に……これ」

 

 意識を取り戻したアシュリィは、自身の姿を見て驚き、そして恐怖していた。

 当然である。これは、この姿は、デジブレインそのものなのだから。

 

「テメェ! 人間をデジブレインに変えやがったのか!?」

 

 真っ先に憤ったのは鷹弘だ。だがスペルビアは頭を振ってそれを否定し、くつくつと笑う。

 

「いくら私めであろうと、そのような事は不可能ですよ。大体それができるならガンブライザーは必要ないでしょう」

「だったら、こいつはどういう……」

「分かりませんか? これこそ彼女の真実という事が」

 

 ぐっ、と鷹弘が言葉を詰まらせる。

 即ちそれは、アシュリィの正体はデジブレインであるという事を意味するのだ。

 加えて、これが事実ならば、当初ブレーメンズ・デジブレインに追われていた彼女が、どのようにしてサイバー・ラインから現実世界に辿り着いたのかという点にも説明がつく。

 普通の人間であればゲートを作る手段がない限り、現実世界へ戻る事はできないが、デジブレインであれば話は別だ。彼らは自らの手で、ある程度自由にゲートを作る事ができる。

 

「そんな……まさか、本当に!?」

 

 崩壊しつつある世界の中、翔はアシュリィの姿をもう一度見る。

 蝶のデジブレインとなってしまった彼女は、ひどく狼狽し、恐怖していた。

 

「あ、ああ……ああああああっ!?」

「アシュリィちゃん!」

「いや、いやぁぁぁ!!」

 

 錯乱して悲鳴を上げながら、アシュリィはゲートを開いて現実世界へと戻って行った。スペルビアも、その場から消えてしまう。

 その後姿を翔は追おうとするが、それはマテリアフォンを持った鷹弘によって阻まれた。

 

「静間さん!?」

「翔、この領域はもう限界だ! 俺たちも脱出するんだ、探すのはその後だ!」

「でも!」

「このままここにいたら死ぬぞ!」

「……分かりました」

 

 鷹弘の言葉に従い、翔もマテリアフォンを手に取る。

 こうして、アシュリィが離脱したまま、ホメオスタシスの面々は現実世界へと帰還するのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 翌日。ホメオスタシスの地下研究施設では、重苦しい沈黙が流れていた。

 現実世界へ向かったはずのアシュリィはこの場所にも戻ってはおらず、日が変わっても翔の家に戻る事はなかった。翔や鷹弘も賢明に捜索したが、成果は実らず。

 さらに、鷹弘の口から伝えられた真実を耳にして、施設内では動揺が広がっていた。

 アシュリィは、デジブレイン。

 その事実を知って、既に電特課の翠月は部下を動かしている。狙いは、アシュリィの消滅だ。

 これらの報告を聞いて最も悲愴な顔をしているのは、琴奈だった。

 

「そんなの嘘だよ、アッシュちゃんがデジブレインなんて……」

「悪いが全部本当の事だ」

「……ちょっと待って! じゃあ、どうしてアッシュちゃんはずっと身体を維持できたの!?」

 

 彼女の指摘に、鷹弘は答える事ができなかった。

 デジブレインはゲートが近くになければ存在を維持する事ができず、消滅してしまう。しかし、アシュリィは今までゲートもなしに活動できていた。

 それに、デジブレインならばホメオスタシスの探知網にかからないのもおかしい。彼女はまだまだ謎が多いのだ。これを解かずして彼女を敵性存在と断じ、攻撃しても良いのか?

 琴奈は鷹弘と翠月に訴えかける。アシュリィを保護するべきだ、と主張しているのだ。

 

「アッシュちゃんは、これまでずっと一緒に戦ってきた私たちの仲間でしょう!? 消滅させるなんておかしいですよ!」

 

 鷹弘は口を噤み、俯く。

 対して、翠月は毅然とした態度で琴奈と向かい合った。

 

「悪いが決定は覆さない。デジブレインである以上、脅威なのは間違いない。彼女を消す」

「どうして!?」

「デジブレインというだけで危険だ。いつ人を襲って感情捕食を行うか分からない者を、傍に置いておくワケにはいかない」

 

 そんな翠月の意見に対し、居合わせた鋼作が真っ向から反論する。

 

「それはないだろ。あの子はずっと翔と一緒に住んでるし、そもそも翔に保護される前、あの子はデジブレインに攻撃されてたんだぞ?」

「保護させるために、向こうがデジブレインをけしかけたんだろう。記憶を消した上でな……そう考えるのが自然だ」

「……どうあってもアシュリィを消すのかよ」

「最初からそう言っているはずだ」

 

 言いながら、翠月は執務室から出る。

 そして廊下を渡った先には、翔がいた。

 アシュリィを消滅させようとしている翠月の前に立ち塞がり、真っ直ぐに睨みつけている。

 

「そこをどいて貰おう」

「お断りします」

「……翔くん。君は既にホメオスタシス側の人間になったはずだ。ならば、その使命を全うするのが――」

 

 翠月が言い終えるよりも先に、翔は突然彼の胸倉に掴みかかり、背中を思い切り壁に叩きつけた。

 

「むっ……!?」

「ふざけるな!! アシュリィちゃんは僕らの敵じゃない!! 彼女を消すつもりなら、僕が相手になる!!」

 

 怒鳴りながら翔はマテリアフォンを取り出すと同時に、ドライバーを召喚する。

 人が違ってしまったかのように激昂する彼の姿を目の当たりにして驚きつつ、翠月も渋々ドライバーを装着した。

 

「どうやら本気のようだな。ならば仕方がない、かかって来るがいい」

《パワフル・チューン!》

「言われなくても……!!」

《ブルースカイ・アドベンチャーV2!》

天華繚乱(ウォーゾーン・ブルーム)!》

 

 マテリアプレート起動の後、二人はそれをドライバーへと装填。

 その間に、執務室から琴奈と鋼作が、さらに通りかかった鷹弘と陽子と浅黄が、変身しようとしている二人の姿を目撃する。

 

《ユー・ガット・スーパーメイル!》

「変身!」

《ノー・ワン・エスケイプ!》

「変身」

 

 翔がドライバーにマテリアフォンをかざし、翠月はセンサーによる指紋認証で変身を始める。

 鷹弘たちは二人を止めようとするが、もう遅い。

 

「そぉりゃああああああっ!!」

Alright(オーライ)! オプティマイズ・マテリアライド! 蒼天の大英雄、インストール!》

「ホオオオッ! アタアアアアアッ!」

Oh YES(オゥ・イエス)! マテリアライド! ウォーゾーン・アプリ! 闘龍之技、アクセス!》

 

 二人は変身し装甲を纏いながら、殴り合っていた。互いの拳が相手の顔面に命中し、ダメージを受けて仰け反りながらも、攻撃を止めない。

 雅龍はアズールの攻撃を受けながらも彼の体を投げ飛ばし、共にトレーニングルームへと移動した。

 

「君には悪いと思っている。だが、彼女はデジブレインなんだ、諦めてくれ」

「嫌だ!!」

 

 アズールは二つのアズールセイバーを、雅龍はスタイランサー・スピアーモードを呼び出してそれぞれ構え、武器を打ち付け合う。

 

「何故そこまでアシュリィくんに固執する? 相手は人間じゃないんだぞ」

「そんな事は関係ない! 僕は彼女の命を守ると決めた、それだけだ!」

「デジブレインは所詮データの塊だ。命などない」

「違う!! あの子は……!!」

 

 アズールの振り下ろした剣が、雅龍の両手の甲に命中。

 たまらずスタイランサーを取り落とすが、その直後に雅龍は一瞬で間合いを詰めてアズールの襟首を引っ掴んだ。

 

「何が違う? 君が今までに消して来たデジブレインと、彼女はどう違う?」

「それ、は……」

「命があるというのなら、君のやっていた事は何だ? デジブレインという命を進んで殺していた事になるが?」

 

 沈黙するアズール、その一瞬の隙を雅龍は逃さない。

 掌がアズールの胸に突きつけられ、それが握り拳に変わって打ち付けられる。

 ジェラスとの戦いでも見せた寸勁だ。アズールは吹き飛ばされてトレーニングルームの壁面に背をぶつけ、膝をついた。

 

「体内の気をほんの少し狂わせた。加減はしたが、それでしばらくは立ち上がれないだろう」

「く……」

「彼女の事はもう諦めろ。君自身が傷つくだけだ」

 

 そう言って、雅龍は背を向ける。それと同時に、彼の耳に通信が届いた。

 電特課の宗仁からだ。

 

「私だ」

『デジブレインが出たぜ。しかもガンブライザーを使ってるタイプだ。今、座標を送る』

「了解した、すぐに現場へ向かう」

 

 雅龍は変身したまま、トレーニングルームの出口へと向かう。

 その時だった。突然背後から肩を掴まれたかと思うと、鈍い音と共にいつの間にか天井を眺めていた。

 頬への激痛は後からやって来た。アズールに殴られたのだと気付いたのは、さらにその後だ。

 

「な……に?」

「話は……終わってない」

 

 それを聞くと同時に、翠月は仮面の奥で歯を軋ませた。

 なぜ立ち上がれたのかは、もうどうでも良かった。目の前の少年に対して、ただただ怒りが募ったのだ。

 故に、自然とアズールの顔面に拳を叩き込んでいた。

 

「何度も何度もいい加減にしろ!! 私の仕事の邪魔をするな!!」

「く……うおおおっ!!」

 

 殴られてよろめくアズール。しかしそれでも勢いは衰えず、またも雅龍へと拳を振り被った。

 その一撃は正確に雅龍の顎へと命中するが、彼もその程度で戦闘不能にはならない。

 アズールの首を掴み、頭突きを食らわせて怒声を浴びせた。

 

「デジブレインは人類の敵、災厄だ! 野放しにするのはそれだけで危険なんだ、何度も言わせるな!」

「どうしてですか! アシュリィちゃんは、まだ何もしてないでしょう!?」

「何かをしでかしてからでは遅いのだと何故分からない!」

「だったら! デジブレインのはずの彼女が、今まで誰にも危害を加えなかった理由を説明して下さいよ!」

「それは……」

 

 雅龍は一瞬言葉を詰まらせるも、すぐに推論を提示する。

 

「デジブレインだという記憶が欠落していたために、人を襲う意思も失っていただけだろう」

「それなら、これから先も人を襲う事がないようにする事だって、話し合う事もできるはずです!」

「……百歩譲って、それに成功したとしよう。だが、結局彼女が我々を裏切ったらどうするつもりだ? 君は責任を取れるのか?」

 

 アズールは固く拳を握りしめ、真っ直ぐに雅龍へ言い放つ。

 

「その時は僕が彼女を止めます!」

「そうか」

 

 息を吐きながら短く言って、雅龍は戦闘態勢と変身を解いた。

 

「君の言葉に偽りがない事を願う。もしも今の約束を違えた時は、覚悟して貰うぞ」

「……はい」

「さて。街にガンブライザー製のデジブレインが現れたようだ、ひとまずはそれを鎮圧しよう。一緒に来てくれるかな」

 

 変身解除した翔が首肯し、共にトレーニングルームから退室する。

 鷹弘もその二人の後ろを追いつつ、同じく二人の後に続いている浅黄に対し、こっそりと耳打ちする。

 

「後で親父と一緒に調べて欲しいモンがある」

「どしたの?」

「翔に関する事だ、アイツがスペルビアとの戦いで見せた力……それとアシュリィだ。どうしても気になってな」

 

 それを聞くと、浅黄は黙って頷く。鷹弘の深刻な表情から、ただ事ならぬ状況なのだと理解したのだ。

 こうして、四人の仮面ライダーはデジブレインとアシュリィのいる地点へと向かうのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 出現地点である工事現場には、数多くのベーシック・デジブレインが跋扈している。

 被害は既に出ており、デジブレインたちによって感情を奪われ、意識を失って倒れている作業員たちが見受けられた。

 

「チッ、好き放題やりやがって……!」

 

 変身してトライマテリアラーを使い現場に到着したリボルブ デュエルリンカーV2は、マシンから降りると、リボルブラスターV2で次々にデジブレインたちを撃ち抜いていく。

 他の三人も道中で変身は済ませており、危なげなくベーシック・デジブレインたちを駆逐していく。いかに数が多くとも、V2アプリを使いこなす四人の前では意味を成さない。

 しかし、順調に制圧していた、そんな時だった。

 

Cytube Dream(サイチューブ・ドリーム)……シャーク!》

《ダムセルフライ!》

《エレファント!》

 

 そんな三種類の音声が頭上から聴こえ、ガンブライザーを装着した三体のデジブレインが出現する。

 ノーブルの配下のCytuber、ハッカー集団のヒュプノスだ。

 

「図に乗るな、仮面ライダー」

「今度こそ私が勝たせて貰いますよ!」

「がっはっはっはっは! 喰らえ!」

 

 エレファント・デジブレインとなった梅悟が、落下しながらハンマーのように拳を振り下ろす。

 その先にいるのは、パワフルチューンの雅龍だ。

 雅龍はエレファントの巨体と豪腕から繰り出される一撃を、軽々と片手で受け止めた。

 

「……あれ?」

「ふざけているのか?」

 

 直後、鋭い蹴りがエレファントの顔面に突き刺さり、その巨体を鉄骨に向かって吹き飛ばす。

 

「ごあぁ!?」

「梅悟を一撃だと……おのれ!」

 

 ダムセルフライ・デジブレインが、ダガーを手に雅龍の背後に回って斬りかかる。

 しかしその攻撃は、背後から飛んできたボウガンの矢によって妨げられた。

 テクニカルチューンとなったザギークのスタイランサーだ。アズールとリボルブも既に戦闘態勢となっており、既に三人のデジブレインを取り囲んでいる。

 だが、劣勢な立場に立たされているはずのシャーク・デジブレインは、余裕の態度を崩さない。

 

「一人でさえ厄介な仮面ライダーが四人。だが、これを覆してこそオレたちの価値が示されるというもの」

「上位の空席は既に二つ! あなた方を倒し実力を見せれば、そのランクに我々が食い込める!」

「俺たちの礎になりやがれぇ!」

 

 エレファントが再び拳を振り上げ、地面に強く打ち付けると、三人を護るように土の壁が迫り上がる。

 しかし、それは同時に逃げ場を失った事を意味する。アズールとザギークは空へと飛翔し、リボルブと雅龍は壁の破壊を試みた。

 その直後。壁の内側から、電子音声が鳴り響いた。

 

《Cytube Dream……レオパルド!》

《ピラニア!》

《ゴリラ!》

「オレたちを喰え、"激情"のコード!」

 

 土壁の隙間から光が溢れ出し、三人の姿が変化する。

 松波が(シャーク)から女豹(レオパルド)のデジブレインに、都竹は蜻蛉(ダムセルフライ)から肉食魚(ピラニア)に、梅悟は巨象(エレファント)から大猿(ゴリラ)に変異した。

 そして、上空から襲いかかろうとしていたアズールたちを、空中を泳ぐ無数の小さなピラニアが出迎える。

 ピラニアに食いつかれて装甲に火花が散り、アズールとザギークはそれらを慌てて振り払った。

 

「くっ!?」

「あっちゃー、忘れてた! こいつら他のデジブレインにもなれるんだった!」

 

 言いながら完全にピラニアを払い落とした直後、土の壁が粉々に砕け散り、その飛礫がアズールたちに容赦なく襲いかかる。

 ゴリラ・デジブレインの豪腕が、土壁を破壊したのだ。

 さらに、崩れていく壁の隙間を縫うように、素早くレオパルド・デジブレインが飛び出し、リボルブの頭に蹴りを食らわせた。

 

「があっ!?」

「ククッ、まだ終わりじゃないぞ。既に『懈怠』のデジブレインが動き始めているからな」

「なんだと……!?」

 

 言われてリボルブが振り返れば、そこにはベーシックタイプのもの以外に、ガンブライザーを装着した二体のデジブレインがいた。

 否、より正確に言うならば――二体のデジブレインが、ひとつに合体している姿だ。

 ヤドカリのような姿の怪人が背負う殻に、イソギンチャクを模した女性型のデジブレインの上半身がくっついているのだ。

 

「通勤ハ面倒ダシ、上司ハウルサイシ、働キタクナイヨ……」

「アア、家事ッテ面倒臭イナァ……料理モ掃除モ上手クデキナイシ、ヤリタクナイワァ……」

 

 ヤドカリとイソギンチャクは互いに背を向けながら、そんな事をぼやいて溜め息を吐いている。

 リボルブは舌打ちしながら、ヤドカリ型怪人のハーミットクラブ・デジブレインに銃口を向けた。

 すると即座に反応し、ハーミットクラブはくるりと反転。背中のイソギンチャク怪人、シーアネモネ・デジブレインが、触手を伸ばして攻撃する。

 

「くっ!?」

 

 攻撃を防ぎつつ、リボルブはバックステップする。威嚇してくるシーアネモネの後ろで、ハーミットクラブの方は堅牢な装甲でアズールの攻撃を凌いでいる。

 デジブレインが融合しているために、背後に全く隙がない。単純だが厄介な手を打ってきたものだ、とリボルブは歯噛みした。

 おまけに、ヒュプノスの三人も強敵だ。ザギークが戦った時よりも、明らかに力を増している。

 

「たった一日で随分変わるモンだねぇ、男子三日会わざればってヤツぅ!? あ、そっちはオレっ娘だっけ?」

 

 ザギークの軽口を、雅龍に攻撃を仕掛けているレオパルドは「フン」と鼻で笑った。

 

「オレたちにとって戦闘能力の向上など造作もない事だ。強化改造手術を行えばな」

「改造手術だと……!?」

 

 真っ先に反応したのはリボルブだ。そのまま、レオパルド・デジブレインは話を続ける。

 

「お前たち仮面ライダーと同じように、オレたち三人もナノマシンでリンクナーヴを形成し、カタルシスエナジーを扱っている……その影響で多数のデジブレインとの融合が可能になった」

「ですが、それだけではV2の力には追い付けませんでした。なので、ヴァンガード様たちに頼み込んだのですよ……リンクナーヴ自体のさらなる拡張強化を! カタルシスエナジーの出力増強をねェ!」

 

 あまりにも無謀な話に、四人の仮面ライダーは言葉を失った。

 彼らは改造手術のリスクを良く知っている、被害者であるはずのヴァンガードこと御種 文彦自身も身を持ってそれを知ったはずだ。だというのに、彼はこの三人に改造手術を施したのだという。

 

「バカかテメェら!? 制御チップもなしにそんな事すりゃ、身体がイカレちまうぞ!?」

「ガハハッ! それで死ぬのならば俺たちが弱かったというだけだ! そして俺たちは試練に打ち勝った、ただそれだけの事よぉ!」

 

 ゴリラ・デジブレインが、先程のリベンジとばかりに雅龍へと拳を振り上げ、それと同時にレオパルドが雅龍から離れザギークに攻撃を仕掛ける。

 雅龍はまたもそれを片手で受け止めようとするが、今度はパワフルチューンでも完全には受けきれず、あまりの威力と重量に地面に亀裂が走る。

 

「むっ!?」

「ハッハァ! まだまだ行くぞぉ!」

 

 ゴリラが更に攻撃の速度を上げる。雅龍もスタイランサーや腕を使って攻撃を凌いではいるものの、ダメージは蓄積していく一方だ。

 次第に防御も覚束なくなり、胸部を殴りつけられ、吹き飛ばされた雅龍は鉄骨に背中をぶつけてしまう。

 

「中々やるな。ならば、こちらも手を打たせて貰う……浅黄!」

「はいはいっと!」

 

 レオパルドの素速い連続攻撃と上空から飛来するピラニアに悪戦苦闘しているザギークに声をかけ、雅龍は二人で同時にジェットマテリアラーとフレンドーベルを召喚した。

 合体してワイルドジェッターになる事で、この戦況を切り抜けるつもりなのだ。

 だが。

 

「バカめ、それを待っていたんだ!」

 

 その手も既に見破られていた。

 レオパルドが罵声と共に咆哮すると、召喚された四機がレオパルドとピラニアの方へと飛んでいってしまう。

 そしてそのまま分解され、レオパルドとピラニアの体と合身した。雅龍もザギークも、呆気に取られてしまう。

 

「ウチらのマシンが!?」

「オレたちがハッカーだという事を忘れていたようだな。合体指令を偽装し、権限を強奪するなど造作もないんだよ」

 

 奪った背中のタービンを使って浮遊しながら、レオパルドは言い放つ。ピラニアも、腕を組んでアズールたちを見下ろし、嘲笑っている。

 

「今度はお前らが敗北に打ちのめされる番だ。覚悟しろ!」

 

 レオパルドが強化された爪を振り上げ、アズールへと襲いかかる。

 

 

 

「う、うぅぅぅううう……」

 

 同じ頃、翔たちが戦っている工事現場、その工事中の施設内にて。

 アシュリィはこの場所で、仮面ライダーとデジブレインの戦いを目撃し、頭を抱えて蹲っていた。

 このまま戦いが終わり、翔たちホメオスタシスが勝てばどうなるか?

 施設内の残るデジブレインたちを始末しようと動くかも知れない。そして自分が見つかってしまえば、ただではすまないだろう。

 

「私は……」

 

 だが、だからといってデジブレインたちを応援する気にもなれない。彼女にとって、翔たちはかけがえのない存在なのだ。

 ならば彼らを助けるべきだろう。だが、彼女の頭の中にそんな考えが浮かぶと、同時に姿が変わってしまう。

 あの恐ろしい、忌むべきデジブレインの姿に。

 

「ひっ!?」

 

 恐怖で闘争心が消えると、元の人の姿に戻る。

 人なのか、デジブレインなのか。もう、アシュリィには自分がどちらなのか分からなくなったのだ。

 

「私、どうしたらいいの……」

 

 自分は何者で、どちら側に立つ存在なのか。

 様々な考えが頭を巡り、アシュリィは涙を流して、動けなくなってしまった。

 

「ショウ……!!」

 

 名前を呼んでも、返事は来ない。ただ虚しく響き渡るだけだった。



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EP.21[居場所]

「セアアアッ!」

 

 工事現場でのヒュプノスとの戦い。レオパルド・デジブレインの爪が、アズールに襲いかかる。

 歯を食いしばりながら、アズールは二つの剣でその重い一撃を受け止めた。

 爪を受けた刀身からは火花が散り、アズールは苦しそうに呻く。

 

「くう……!」

「ハハッ! いいぞ、オレたちの力は既に仮面ライダーに匹敵している!」

 

 ワイルドジェッターを奪った事で強化された爪が、再びアズールに降りかかる。

 防ぎきれず、アズールは爪を胸に受け、地面に仰向けに倒れてしまった。

 

「しまった!?」

「よし、このまま押し切って――」

 

 五体のデジブレインがそのままアズールに集中攻撃を仕掛けようとした、その時だった。

 突然、超音波がデジブレインたちの耳内に突き刺さる。悲鳴を上げ、レオパルドは思わず両耳を覆った。

 ドルフィンタイマーだ。隙ができたと見るや、リボルブと雅龍は即座に態勢を立て直す。

 

「翔、今の内に一旦退くぞ!」

 

 その言葉を聞いてアズールは跳ねるように飛び起き、リボルブの元へと飛翔する。

 無論デジブレインたちも仮面ライダーを逃すまいと追撃しようとする。

 だが、二つのスタイランサー・スピアーモードの穂先から霧のようにインクが放出され、煙幕代わりとなった事でまんまと逃げられてしまった。

 

「チッ、逃げ足の早いヤツらですねぇ」

 

 地団駄を踏み、ピラニア・デジブレインが言った。レオパルドも舌打ちしつつ、しかし他の二人を諌める。

 

「だが追い詰めてるのはオレたちの方だ。まだこの辺りにいるはず、焦らず行くぞ」

「ガッハッハッハ、了解だ!」

「了解しました、マイリーダー」

 

 拳を握り込んでゴリラ・デジブレインが首肯し、ピラニアも同様に頷く。

 こうしてデジブレインたちはそれぞれ散開し、各個撃破に向かった。

 ただしハーミットクラブとシーアネモネは融合しているので、二体で一緒にのろのろと彷徨い歩く事となった。

 

「面倒ダナ……」

「面倒ダワ……」

 

 溜め息と共に、二体のデジブレインはそんな事をぼやいた。

 

 

 

「クソッ……まさか、ここまで苦戦するとはな」

 

 建造物の内部で、壁に寄りかかって休息しながらリボルブが言った。

 ザギークもこくこくと頷き、地面に座り込む。

 

「ウチが戦った時より明らかに強くなってんよアレ。どーしよっかねー」

「どうもこうも。さっきは奇襲されたが、次は落ち着いて対処すれば勝てるだろう」

「そりゃゲッちゃんだけでしょー。マテリアプレート変えてるから戦法も前と違ってるし、まーた分析し直さないと」

 

 面倒臭そうに言いながら、足を放り出すザギーク。アズールも、自分と同じく飛翔できる相手に対してどう戦うか、頭を悩ませている。

 そんな時、リボルブがパンッと拳を自らの掌で包み込むようにしてぶつけ、三人に声をかけた。

 

「ひとつ作戦を思いついた。上手く行けば、ヤツらを纏めて一網打尽にできるぜ」

「本当ですか!?」

「ああ。そのためにも」

 

 リボルブは雅龍、続いてアズールと順に視線を送る。

 

「二人には特に頑張って貰うからな」

「え? 僕たち……ですか?」

 

 自分自身と雅龍に指を差して、アズールは首を傾げる。するとリボルブは自信満々に頷き、作戦を三人に伝えた。

 概要を聞いたアズールとザギークは「おおっ」と感心の声を漏らし、雅龍も納得した様子で頷く。

 

「確かにその作戦なら行けますよ!」

「ウチもかなり頑張んないとだねー。ほんじゃ、気合い入れてくよ!」

「私も賛成しよう。確かに体を張る必要があるが、この作戦にはそれだけの価値もある」

 

 三人の言葉を聞いて「決まりだな」とリボルブは立ち上がり、銃を肩で担ぐ。

 

「早速配置につくぞ。急げ!」

「はい! 英さんと浅黄さんも、よろしくお願いします!」

 

 アズールも剣を手に取って二人に頭を下げる。

 ザギークは相変わらず「ほいほーい」と軽い口調で答えるが、雅龍は顎に手を添えて考え込むような仕草を見せた。

 

「どったの?」

「いや、なんでもない。ただ少し彼が気になってな」

「え、まさかのBL展開……?」

「殴るぞ」

 

 そんな事を話しながら、二人もリボルブとアズールの後に続いで歩き、作戦の実行に向かった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「ぬぅぅぅ! おのれヤツらめ、一体どこへ行った!?」

 

 ドシンドシン、とエレファント・デジブレインに姿を変えた梅悟が、工事現場を徘徊する。

 リーダーである松波の指示に従って捜索を続けていたが、探しても探しても終りが見えない事に、梅悟は苛立ちを募らせていた。

 よもや既に逃げてしまったのではないだろうかとさえ考えている。ヒュプノスとしては、それだけは避けたいところなのだ。

 ヒュプノスの面々は仮面ライダーに一度負けている。連敗となってしまえば、彼らの昇格に響くだけでなく、ノーブルの立場も危うくなってしまうのである。

 

「俺たちがなんとかせねば……!」

 

 ノーブルに恥をかかせる事はできない。その一心で、梅悟は血眼になって仮面ライダーを探し続けた。

 

「探しものは見つかったか?」

 

 不意に、背後からそんな声がかかる。

 振り返ってみれば、そこにいたのは緑色の仮面ライダー、雅龍だ。テクニカルチューンの姿で、自分の前に姿を晒している。

 

「ああ、たった今なぁ!!」

 

 現れた雅龍に対して、エレファント・デジブレインは即座に重力操作能力を起動。

 まるで重いダンベルを全身で引き摺っているかのような、途轍もない重圧が、雅龍を襲う。

 

「む……」

「ガハハハッ! これで動けまい!」

 

 拳を振り上げ、エレファントは雅龍へと向かっていく。雅龍も重力の負荷の中、握り拳を作ってファイティングポーズを取っている。

 苦し紛れの痩せ我慢と見たエレファントは、ほくそ笑んで、巨大なハンマーのような拳を思い切り振り下ろした。

 その一撃は、雅龍が自らの両腕を以て防御する。しかし、強化手術によって倍増されたエレファントのパワーによって、防御態勢は強引に崩されてしまった。

 

「一気に押し潰してやるぞォォォ!」

 

 再びエレファントが拳を繰り出そうとし、雅龍もそれに対応して、今度は右腕を掲げる。

 ならばその右腕を圧し折ってやる。エレファントは心中で念じ、拳を振り下ろした。

 その直後、骨の砕けて折れ曲がる音がその場に鳴り渡る。

 ――エレファントの右腕だ。

 

「あ、が!?」

 

 殴りに行ったはずの自分の右腕があらぬ方角に向き骨を露出させているのを目撃して、我に返ったエレファントは苦痛と驚愕で顔を歪ませる。

 しかし彼の口から出たのは悲鳴ではなく、この状況に対する疑問だった。

 

「な、なぜだぁ……なぜ俺の腕がぁ!?」

 

 叫びながら、エレファントは再度雅龍の姿に目を向ける。

 そして、雅龍の装甲が白から赤に変化している事が分かると、疑問の答えに辿り着いた。

 雅龍はチューンアップによって装甲を組み換え、それと同時に最小限の動作でエレファントの拳を目掛けて頭突きを繰り出していたのだ。

 それにより頭部の装甲を勢い良く弾き飛ばし、猛スピードで分離した装甲が腕に直撃。エレファントの腕に致命的なダメージを与えたという寸法だろう。

 

「そんな小細工で私を封じ込めたつもりか? 甘いな」

「こ、この野郎ォォォ!!」

Cytube Dream(サイチューブ・ドリーム)……ゴリラ!》

「そんなに死にたきゃ今すぐ殺してやる!!」

Goddamn(ガッデム)! マテリアライド! ゴリラ・デジブレイン! パラサイトコード、ダウンロード!》

 

 左手で素早くマテリアプレートを入れ替え、エレファント・デジブレインはゴリラ・デジブレインへと姿を変える。

 さらに右腕のダメージにも構わず、左拳を雅龍に向けて繰り出した。

 

「ぶっ潰れろォ!」

 

 真っ直ぐに突き出されたその拳を、重力から解き放たれた雅龍はスルリとかわし、さらに折れ曲がったゴリラの右腕を膝で蹴り上げた。

 

「ぎ……~~~っ!!」

 

 痛みに苦悶し、思わず膝を曲げるゴリラ・デジブレイン。

 その隙を見逃すはずもなく、雅龍はスタイランサー・スピアーモードを装備し、石突で再び右腕を殴打した。

 ゴリラは痛みでさらに悶えるが、それを振り払うかのように、忘れようとしているかのように無茶苦茶に腕を振り回す。

 しかしそんな攻撃が雅龍に通じるはずもなく、暴れ狂うゴリラ・デジブレインとは対照的に、ただ冷静に槍で右腕を叩いた。

 

「ぐうううっ……お前には人の心がないのか!?」

「テロリストがどの口でほざいている。これでも死なないように加減した、むしろ礼を言ったらどうだ」

「この……クソポリ公がァァァ!!」

《フィニッシュコード! Goddamn(ガッデム)! ゴリラ・マテリアルクラック!》

 

 ゴリラ・デジブレインの左腕が肥大化し、筋肉量が倍増。その拳を強く握り、突き出す。

 だが、雅龍はそれを見越し、寸前でアプリチューナーにタッチしていた。

 

《スピーディ・チューン!》

「チューンアップ」

Oh YES(オゥ・イエス)! マテリアライド! スピーディ・チューンアップ!》

 

 パワフルチューンの装甲が弾け飛び、黒い装甲のスピーディチューンとなった雅龍は、赤い装甲を足場にして跳躍。

 そのままゴリラの必殺の一撃を完璧に避け、愕然とするゴリラの頭上でパニッシュメントアイコンをタッチする。

 

《パニッシュメントコード!》

「な、ぁ」

「これで終わりだ」

Oh YES(オゥ・イエス)!》

 

 空中でマテリアルセンサーに指を重ね、雅龍は必殺技を発動した。

 

《スピーディウォーゾーン・マテリアルパニッシャー!》

「ホォアタァァァーッ!!」

 

 雅龍は地を踏まず、空中でゴリラ・デジブレインに蹴りを叩き込む。

 何度も、何度も。滞空しながら猛スピードで、顔面や体を脚で攻撃していく。

 速度に特化したスピーディチューンである以上、一発一発の威力は然程高くない。しかしダメージは確実に蓄積し、最後の一発が放たれた瞬間、ゴリラ・デジブレインは吹き飛ばされて変異が解除されてしまった。

 

「ダメだ……つ、強すぎるっ!?」

「最初の交戦ではもう少し歯応えがあるかと思っていたが、案外呆気ないものだ」

 

 雅龍はスタイランサーを振り上げ、梅悟に切っ先を向ける。

 このまま捕縛するつもりなのだ。それを察して、梅悟は折れた腕をかばいながら後ずさりする。

 

「この野郎! 俺に近づくな!」

「黙れテロリストめ。貴様も残る仲間の二人も、まとめて手錠を――」

 

 手錠を取り出した雅龍がゆっくりと梅悟に近づこうとした、その時。

 不意に背後から、人の接近する気配と敵意を察知した雅龍は、振り向きつつ大きくサイドステップした。

 見れば、銀色の仮面を付けた長身で足の長い男が、そこに立っていた。

 左手には、青い拳銃型の武装を握っている。グリップの底に当たる位置にスイッチがあり、さらにこの武器にはアズールセイバーなどと同様のマテリアプレート装填用スロットも備わっているのが分かった。

 

「貴様……何者だ!?」

 

 男は何も答えない。ただ、雅龍を睨みつけるようにして見下ろすだけだ。

 代わりに、梅悟がニヤつきながら彼の素性を口にした。

 

「お前は……そうか、デカダンスとあのジジイの助太刀か!?」

「デカダンスだと?」

「何にせよありがたいぜ!」

 

 梅悟はそう言うと同時に、素早く走り出す。

 逃すまい、と雅龍はスタイランサーを片手にすぐ追尾に動こうとするものの、それは仮面の男の銃撃によって阻まれた。

 

「ぐっ!?」

 

 雅龍の右足の装甲の隙間へと正確に着弾した。鷹弘ほどの精密性ではないが、彼に迫る高度な射撃技術であった。

 男はさらに射撃を続ける。今度は威嚇のようなもので、飛び散る火花によって雅龍の目を眩ませる。

 そして次に雅龍が男のいた方を見た時には、彼は姿を消してしまっていた。

 

「一体どこへ……まぁ良い。どの道、あのデジブレインを止めた時点で作戦はほとんど成功している」

 

 スタイランサーを肩で担ぎ、雅龍は長く息をつく。

 

「次はあの三人の援護に向かうか」

 

 

 

「ヒィハハハ! 逃しませんよぉ!」

 

 翠月が梅悟と交戦しているのと同じ頃。

 工事現場の付近を飛行しているアズールは、ワイルドジェッター形態の二体のデジブレイン、レオパルド(松波)ピラニア(都竹)に追われていた。

 どちらもアズールに全く劣らない飛行速度で、彼に追いつこうとしている。

 しかしアズールもまた、剣を振って反撃しながら逃げ続けていた。

 周囲にリボルブやザギークの姿はないが、単独で行動しているアズールを発見したため、レオパルドたちはまず彼を倒す事に決めたのである。

 

「往生際が悪いぞ、仮面ライダー! オレたちに倒されろ!」

「それはお断りだよ」

 

 アズールは二振りの剣を振るい、風の刃でデジブレインたちを迎撃する。

 しかし、その一撃はワイルドジェッターの武装である両爪で容易く防がれてしまう。

 

「クク、散々苦戦させられた仮面ライダー共もこの程度か?」

「どうやら強くなりすぎてしまったようですねぇ!?」

 

 レオパルドとピラニアが、そんな事を言いながらアズールの背を目掛けて爪を振り上げる。

 その時だった。突然、三人の周囲が白い煙のようなもので包まれ、あっという間に視界が妨げられてしまった。

 先程逃げられた時と同じ現象だ。やはりインクであるらしく、白い塗料が体に付着する。

 

「チィッ! だがそう何度も同じ手を食らうものかよ!」

 

 言いながらレオパルド・デジブレインはピラニア・デジブレインの方を見、互いに頷き合ってタービンを稼働させ、突風を起こす。

 すると、煙が吹き飛ばされて視界が元に戻り、建設工事中の建物の近くに立って二人を見上げているアズールの姿を捉えた。

 隠れるつもりだったと判断した二人のデジブレインは、アズールを見下ろして嘲弄する。

 

「ヒハハッ! 無意味なんですよぉ、かくれんぼのつもりですかぁ!?」

「今度こそ終わりだ!」

 

 叫びながら、二人はアズールの真上から猛スピードで降下し、突撃する。

 

「グヘッ!?」

「うがっ!?」

 

 直後、レオパルドとピラニアは顔面に走る激痛と共に、空中で静止した。

 

「な、なんだ!? 何が起きて……」

「何かに挟まっていませんか!? ぬ、抜けない!?」

「バカな! 何がどうなって……!?」

 

 二人がもがいていると、突然アズールの立つ地面が白く染まる。というよりも、白一色で彩られた小屋の床に立っているようだ。

 それだけではない。レオパルドとピラニアの上半身も、真っ白な石膏のようなもので固められている。

 何が起きたのか、自分たちが何をされたのか、二人はそこでようやく気づく事ができた。

 

「作戦成功、だねー」

「上手くハマってくれて助かったぜ」

 

 そんな声が、部屋の入り口から聴こえた。

 そこにいたのは、テクニカルチューンのザギークと、オラクルリンカーとなったリボルブだった。

 彼らの立てた作戦はこうだ。アズールを囮として前に出し、作戦地点でザギークはスタイランサーのインクを使って、この小屋を作る。

 そして、その部屋をリボルブがオラクルリンカーの能力で遮断し、透明化したのだ。

 後は、待機していたザギークが目眩ましをし、アズールは部屋の中に待機。慢心したデジブレインたちは、そのまま目に見えない小屋の天井に頭から突撃するという寸法である。

 

「クソッ! だがこんなもの、すぐに破壊して……」

 

 レオパルドが体を動かして脱出しようとするものの、先程の目眩ましに散布されたインクが小屋のものと同化し、身動きが取れなくなってしまっていた。

 その上、ザギークが既にスタイランサー・ボウガンモードを小屋の壁に向けている。

 

「な、何を……まさか!?」

 

 ピラニア・デジブレインが驚愕の声を発し、より一層激しく体を動かす。

 既に一度交戦した彼には、ザギークが何をしようとしているのか、理解できてしまったのだ。

 

「もう遅いよ。じゃあねー」

 

 スタイランサーのトリガーが引かれると同時に、三人の仮面ライダーは小屋から素速く脱出する。

 直後、スタイランサーの矢弾が刺さっていた部位が赤熱化し、それが小屋全体へと広がり――。

 

「こ、こんなっ!?」

「うわああああ!!」

 

 二人のデジブレインの絶叫と同時に、大爆発を引き起こした。

 

「ひゅー! 派手に吹っ飛んだね!」

 

 にしし、と笑いながら、ザギークが言った。

 レオパルドとピラニアはベタン、と地面に落ち、その拍子にジェットマテリアラーとフレンドーベルが分離。そして、そのまま消滅してデータの状態に戻った。

 

「よーし! マシンも取り戻したところで……」

「一気にやんぞ!」

「はい!」

 

 言いながら三人は、デジブレインたちが起き上がろうとしている間に必殺の態勢に移った。

 

「く、ぐっ!?」

「ヒッ!? ちょ、ちょっと待ってくださ……」

 

 レオパルドが防御のため腕を交差させて身を守り、ピラニアは命乞いのような言葉を吐く。

 無論、三人ともそんな言葉に耳を貸す事はなく、それぞれ手に取ったマテリアプレートを武器に装填した。

 

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)!》

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)!》

《フォレスト・マテリアルシュート!》

《スーパーデュエル・マテリアルカノン!》

《マジック・サイクロンマテリアルスラッシュ!》

『トドメだぁぁぁっ!』

 

 三人の叫び声が重なると同時に、データの矢弾と四色に輝く竜巻が一体となり、レオパルドたちを襲撃。

 その必殺により、レオパルド・デジブレインもピラニア・デジブレインも爆発四散し、変異が解除された。

 

「がああっ、こんなはずでは!? 私は、私はぁ!?」

「オレたちが二度も失敗だと……バカな……!!」

 

 歯を軋ませ、地面に拳を叩きつける松波。そんな彼女へと、ザギークとリボルブはゆっくりと歩いていく。

 

「そんじゃ、捕まって貰おっかな」

「くっ、ふざけるな! 認めないぞ、こんな結末は! 捕まって恥を晒すくらいなら……殺せ!! オレを殺せぇ!!」

「うっひゃー。ウチ、マジでくっ殺とか言っちゃう人初めて見たわ。こりゃ意地でも捕まえてヤラシイ事しなきゃ」

 

 言いながら、ザギークはボウガンを松波と都竹に向け、拘束のためにインクを打ち込もうとする。

 だが、その時。

 ザギークと松波たちの間に、突然に不自然な丸い影が差し込んだ。

 見上げると、そこいたのは二体のデジブレインの融合体、ハーミットクラブとシーアネモネであった。

 

「いっ!?」

 

 当然、この二体に飛行能力はない。そのままの勢いで、ハーミットクラブ・デジブレインは地面に墜落した。

 危うく落下に巻き込まれそうになったザギークは、直前で気付いたために難を逃れる事ができた。そして、松波と都竹はある程度落下地点から距離があったため、二人共無事だ。

 急な事態に松波は驚くが、これは彼女らにとってチャンスであった。

 

「逃げるぞ!」

「了解しました!」

 

 そんな会話を交わし、ヒュプノスの二人は大急ぎで走り去る。

 

「あぁ!? くっそー!」

「チッ、仕方ねェ……翔! 俺と浅黄でこいつらを仕留める、お前はあの二人を追え!」

 

 言いながらリボルブはデュエル・フロンティアV2を手に取り、ライドオプティマイザーのトリガーを引いて起動した。

 

《デュエル・フロンティアV2!》

 

 音声が鳴り、プレートを装填するリボルブ。それに対してデジブレインも黙ってはおらず、シーアネモネが触手を伸ばして攻撃を始めた。

 だが、そこはザギークがスタイランサーをスピアーモードに切り替え、振り回して攻撃を防ぐ。

 

《ユー・ガット・スーパーメイル!》

「リンクチェンジ……!」

Alright(オーライ)! オプティマイズ・マテリアライド! デュエル・アプリV2! 最速のガンスリンガー、インストール!》

「ホラ、速く行け!」

「……分かりました!」

 

 背中で銃声を聴きながら、アズールは追跡を始めるのであった。

 

 

 

 リボルブたちと別れた後、ヒュプノスの二人組をアズールは上空から追っていた。

 二人は既にシャーク・デジブレインとダムセルフライ・デジブレインに変異しており、アズールから逃れようとしている。

 

「しつこいですねぇ……!」

 

 言いながら、ダムセルフライは建物の中へと逃げ込んだ。それに続き、シャークも侵入する。

 

「逃さない!」

 

 着地したアズールも、その工事中の建造物の内部に入る。

 そして、そこで目にした光景に愕然とした。

 

「アシュリィ、ちゃん……?」

 

 偶然にも現場に居合わせてしまったアシュリィが、デジブレインたちと鉢合わせしてしまったのだ。

 彼女は今ダムセルフライによって羽交い締めにされ、首筋にダガーを突きつけられている。

 

「ヒ、ヒヒヒィ! 我々は運が良いですよリーダー」

「あぁ……だが、こんなやり方は……」

「何を仰るんです。全てはノーブル様のため! そして我々が成り上がるためなのですよ!」

 

 不満を顕にしているシャークを無理矢理黙らせながら、ダムセルフライはアズールに向き直った。

 アズールは、全身から青いノイズをオーラのように放ちながら、剣を構えて静かに立っている。

 

「その子を放せ」

「ヒヒッ、そちらこそ変身を解いてベルトを捨てなさい。人質がどうなっても……」

「放せ。さもなければお前を殺す、何かする前にな」

 

 感情の感じられない冷たく放たれた言葉に、ダムセルフライだけでなくシャークも背筋を震わせる。

 それまでの様子とは打って変わって湧き出ている彼の殺意が、二人には恐ろしく感じられたのだ。

 

「う……!?」

「放せ」

「こ、この……ガキがこの私をナメるなァッ!!」

 

 半ば自暴自棄になって叫びながら、ダムセルフライは突き立てたダガーを持つ手に力を入れる。

 その瞬間。ダガーを刺すよりも遥かに速く、アズールはダムセルフライの顔面に向けてアズールセイバーを投擲した。

 投げつけられた剣はダムセルフライの左目を抉り、悲鳴を上げるよりもさらに速くアズールは飛び出す。

 

「え、な、あ?」

 

 目を貫かれたショックとダメージにより、何が起きたのか分からないまま、ダムセルフライは思わずアシュリィを離してしまう。

 それを見たアズールは、一気にダムセルフライへと駆け出した。

 

「ハァッ!!」

 

 大きな掛け声と同時に、アズールはアズールセイバーV2を振り、顔を何度も斬りつける。

 そして眼に突き刺さった剣も逆手で抜き、背後から襲いかかろうとしているシャークの腹に突きつけた。

 

「ガッ!?」

「キ、キィィィ~!? わ、私の顔が、眼がァ!!」

 

 二人の変異が解け、たたらを踏んで地面に倒れた。

 その後もなお、アズールは剣を握りしめて都竹の方へと歩いている。

 

「ヒッ」

「よくもあの子をこんな危険な目に……許さないぞ……絶対に」

 

 怒りのままに、アズールは左眼と顔中から出血している都竹に剣を向ける。

 その後姿を見て、声を震わせながらも松波が叫んだ。

 

「や、やめろ、やめてくれ! 都竹、立って逃げるんだ!」

「ヒィ、ヒィィィィィ!」

 

 腰の抜けた都竹は、情けない悲鳴を発して涙と血で顔をぐしゃぐしゃにしながら、這うようにアズールから遠ざかる。

 そんな彼を、アズールは容赦なく追いかけた。

 

「逃がすわけないだろ」

「待って! 一体どうしたの、こんな事やめてよ!?」

 

 アシュリィも、怯えながらも彼に声をかける。

 しかし、そんなアシュリィの言葉でさえ、今のアズールの耳には届いていなかった。

 ただ獲物を前にした狩人のように、じわりじわりと都竹を追い詰めているだけだ。

 

「い、嫌だ! 私は、私はこんなところで終わるワケにはぁぁぁ!」

 

 追いかけ追い詰め、アズールが剣を振り下ろそうとした、その時。

 一発の矢弾がアズールの手に命中し、剣が落ちる。

 そこにいたのは、雅龍に変身した翠月であった。スタイランサー・ボウガンモードで、アズールの右手を撃ったのだ。

 

「英、さん?」

 

 きょとんとして、アズールは振り向いた。

 仮面越しでも分かるほどに、雅龍は険しい顔と声で、アズールに向かって叫ぶ。

 

「自分が何をしようとしているのか分かっているのか!? 散々私に彼女を消すなと言っておきながら、一体何を考えているんだ君は!? 正気か!?」

「え……?」

 

 言われて初めて気付いたかのように自分の手を見つめ、アズールはハッと我に返り、もう片方の剣も落としてしまった。

 その隙を見て、松波は都竹に肩を貸して走り、窓から外へと飛び出して去った。

 

「僕は、僕は今、何を?」

「本当に正気を失っていたのか……もう良い、連中も逃げてしまった。作戦は終了だ」

 

 頷き、翔は変身を解く。

 そして改めて、アシュリィの方へと向き直った。

 

「アシュリィちゃん、大丈夫? 怪我、してない?」

「……」

「帰ろう、一緒に」

 

 慰めるようにそう言って、翔は右手を差し出す。

 しかし彼女は俯いて沈黙したままで、その手を取らない。

 

「アシュリィちゃん?」

「……」

 

 手を伸ばそうとすると、アシュリィは翔に背を向けてしまった。

 

「え……」

「私は……私は、あなたや皆とは行けない」

「どうして、そんな事を」

「だって! 私、人間じゃないんだよ!」

 

 身を震わせながら、アシュリィは自らの肩を抱く。

 その眼には、薄っすらと涙が滲んでいた。

 

「あなたも見たでしょ? 私は皆とは違う生き物だった。それも、人にとって害しかない……デジブレインなんだよ」

「アシュリィちゃん……」

「私に居場所なんかないよ! だからもう、私の事は放っておいてよ! それができないなら、私なんか消して――」

 

 悲鳴じみた叫び声を放つアシュリィの背を、翔は優しく抱きしめた。

 

「え……」

「君を消したりなんかしない。消させたりなんかしない」

「なん、で……私、デジブレインなのに」

「そんなの関係ないよ。君がデジブレインだろうと、どんな過去があろうと、僕にとって君は大切な存在なんだ。一緒に生きていて欲しいんだよ、だから……」

 

 ぽたぽたと、翔の腕にアシュリィの涙が溢れる。

 アシュリィは震える手で、翔の腕にしがみついた。

 

「もう一人で哀しまないで。僕が君の居場所になるから」

「う、うぅ……ううう……うああああ……」

 

 翔から言葉をかけられ、アシュリィはただただ彼にすがって嗚咽を漏らす。

 そんなアシュリィが落ち着くまで、翔はずっと傍にいるのであった。

 そうして、しばらくの後。

 気分が落ち着いたアシュリィは、少し赤く腫れた瞼を手で擦り、翔の顔を見上げる。

 

「……本当に、一緒にいていいの?」

「もちろん。だから帰ろうよ、僕らの家に」

「……うん」

 

 アシュリィが頷くと、翔は嬉しそうに微笑んで彼女の手を取る。

 するとアシュリィは頬を赤く染め、慌てながらもその手を固く握り返した。

 だが、その時だった。

 二人の様子を、座り込んで遠巻きに眺めていた翠月が、遠慮がちに声をかけた。

 

「……取り込み中のところ悪いが。まだリボルブとザギークが戦っているのではなかったか?」

「あっ!! そうでした!!」

 

 指摘を受け、ぎょっと目を見開く翔。そんな慌てふためく少年に苦笑しつつ、翠月は立ち上がる。

 

「まぁ、あの二人なら心配ないと思うが……何も連絡がないのは妙だ。行ってみよう」

「はい!」

 

 明るい表情で元気良く返答し、アシュリィの手を握ったまま、翔は駆け出した。

 そんな背中を、翠月は眉をしかめながら見据えている。

 不信感、あるいは奇怪なものを見る目だ。

 

「……不可解、というより異常だ」

 

 そんな言葉を、ぽつりと呟いた。

 翠月は、翔のこれまでの行動について思いを馳せているのだ。

 自分と戦闘した時も今回彼女が人質になった時もそうだが、翔はアシュリィに危害が加えられた瞬間、激情して攻撃的な性格に転じている。

 本来の彼は、短い付き合いの翠月でも分かる程に穏やかな人物であるにも関わらず、だ。

 そして、彼女が安全だと分かれば急激に冷静になり、何事もなかったかのように振る舞う。翠月の目には、それがひどく不自然に映った。

 これはまるで。

 

「まるで、何かに操られているような……」

 

 口にしながら、翠月はフッと笑う。

 考えすぎだ、いくらなんでもそんな事はありえない。そう思って、考えを振り払う。

 しかし、翔の精神状態がいささか不自然かつ不安定な事は、翠月から見ても明らかな事であった。それ故、翠月は今回の事態を頭の片隅に留めておいた。

 そして翠月は、いつの間にか先へと向かっている翔たちの後を追い、鷹弘たちに会いに向かうのだった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「これは……一体どういう事だ!?」

 

 鷹弘たちのいた場所に辿り着いた時、翠月はそんな言葉を発した。

 翔とアシュリィも、その場で起きている事態に愕然としている。

 あの鷹弘と浅黄が、V2の力を使うリボルブとザギークが、変身を解除させられて戦闘不能となっているのだ。

 鷹弘は脇腹を押さえて地に膝を付き、浅黄に至ってはその場で大の字に倒れて失神している。

 また、彼らの目の前には二人の男女が倒れている。破損しているがガンブライザーを装着しているため、あのハーミットクラブとシーアネモネの本体であるという事が分かった。

 

「静間さん、何があったんですか!? 今、どういう状況なんですか!?」

 

 翔が問いかけると、鷹弘は苦しげに舌打ちしながらも、答える。

 

「あいつがいきなり襲いかかって来やがった。俺たちだけじゃなく、デジブレイン諸共な」

「あいつ……?」

 

 その視線の先は、工事中の建物の屋上に注がれていた。

 見れば、そこには翠月を襲撃したのと同じ、銀色の仮面の男が立っている。しかもその手には銃型の武装だけではなく、ハーミットクラブとシーアネモネのマテリアプレートも握られている。

 翠月は忌々しそうに彼を睨みつけながら、叫ぶ。

 

「また貴様か! 私の邪魔もしてくれたな……一体何者だ!」

 

 仮面の男は、無言で四人を見下ろし――ゆっくりと声を発する。

 

「我が名はエイリアス。お前たち仮面ライダーを憎み、呪う者……」

 

 エイリアスと名乗った男は、三人が想像していたよりも若い声だった。

 恐らく翔や鋼作たちとそう変わらない年齢だろう。少なくとも、鷹弘はそう思った。

 

「今回の俺に課せられた任務は彼ら(ヒュプノス)を逃がす事。それがデカダンス様のご意思だ」

「デカダンスだと? 街を容易く陥落させる事ができるという、例のCytuberか」

「そんな事にはならない、お前たちがあの方の前に立つ事など決してない」

 

 瞬間、翠月は背筋に鋭く悪寒を感じ取った。

 頭上の男が、凄まじい怨念を放ったのだ。それも、武術を極めた自分でさえ危機を感じる程の、殺意に近いものを。

 翔と鷹弘も同じものを感じ取っているようで、額から汗を流していた。

 

「お前たち仮面ライダーを、俺が一人残らず抹殺するからだ」

「なに?」

「いずれ来る戦いの時を楽しみにしておくが良い……」

 

 それだけ言い放つと、エイリアスは突然背後に現れたゲートを通じて、姿を消した。

 

「サイバー・ラインに還ったか……」

「エイリアス……一体何者なんだ……」

 

 突如として現れた新たな敵、仮面の男エイリアス。

 仮面ライダー二人とデジブレインを同時に打ち倒すその実力に、翔たちは動揺を隠せないまま、自分たちも帰還を果たすのであった。

 なお、浅黄は目覚めるのに十分の時を要した。




「ふぁ……」

 翌日。
 自室で目を覚ました翔は、ゆっくりと身を起こし、部屋を出て階段を降りる。
 戦いの疲れが抜けきっておらず、まだ重い瞼を瞬かせ、まずは顔を洗って眠気を取り除くために僅かに開いている洗面所の扉を勢い良く開いた。
 ロクに確認もしないまま。

「……」
「……」

 アシュリィがいた。
 どうやら朝風呂に入ろうとしていたようで、二人が初めて出会った時と同じ、一糸まとわぬ姿を翔の前に晒している。

「……」

 ぱちりぱちり、と翔がまばたきをする。
 彼の目に映っているのは、柔らかく艶めかしいアシュリィの肢体だ。
 程々に長く、少し肉の乗った艷やかな白い太腿。そこからさらに丸みを帯びた形の良いヒップがあり、よく食べる割に出会った時と全く変わっていないくびれたウェスト。そして、年相応とは思えない、豊かに大きく張った形の良い乳房だ。

「……」

 急激に翔の眼と頭が冴えていき、意識が明確になっていく。
 アシュリィの顔がトマトのような赤に染まり、平手が翔の顔を捉えたのは、その直後の事だ。

「ショウのバカーッ!!」
「痛っ、痛いって! ごめんごめんごめん!」

 倒れ込んだ翔の体に馬乗りになって、アシュリィはぽかぽかと彼の頭を叩く。

「ちゃんとノックぐらいしてから開けてよ! バカ! スケベ! ドスケベ!」
「悪かった、悪かったよ! っていうか隠して、全部見えてるからぁっ!?」
「バカーッ!!」

 耳まで顔を赤くしたアシュリィの怒声が、家の中に響き渡るのであった。


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EP.22[蒼き死神(Pale Rider)]

「これで、残るは五つ」

 様々な色彩が入り混じった、ドス黒い靄が吐き出される大穴の前で、スペルビアは言った。
 穴を取り囲む七本柱の内のひとつ、頭部に一本角を生やした馬のレリーフが彫られたそれには、ロックが所持していたロックンロール・ビートのマテリアプレートが接続されている。
 赤い光が柱の頂点から放たれ、これに繋がったケーブルを通して大穴へと吸収されているのが分かった。

「どうやらデカダンス様と彼女の老爺が動きを見せているようですね。まだ誰が戦いに出るのか決める前だというのに」

 スペルビアはそう言いながらも、楽しそうに笑みを浮かべている。

「さて……そろそろ会議場に行きましょう。それでは、また」

 大穴に向かって一礼した後、スペルビアは瞬時に姿を消した。


 サイバー・ラインの中にある、広大な黒い空間内。

 スペルビアがホログラムではなく実体として姿を現したその場所は、巨大なテーブルと七つの椅子が並ぶ会議場だった。

 とはいえ、今やその上位Cytuberも仮面ライダーに敗北した虚栄(Vain)激情(Furor)が空席となり、残るは五名となっている。六位の羨望(Jealous)も、今や戦闘において仮面ライダーに遅れを取っているのが現状だ。

 

「皆様ごきげんよう。私めに無断で随分と勝手をされておられるようですねぇ」

 

 実に愉快そうな口振りでスペルビアがそう言った。

 会議場には、残る上位五名以外のCytuberたちが数名集まり、自らの主の背後に立って会議に同席しているのだ。

 ヴァンガードとプレデターの後ろには誰もいないが、デカダンスの方には仮面を被った老人と銀仮面のエイリアスが控えており、ノーブルの背後には頭や腕に包帯を巻いた松波が立っている。

 さらに、ハーロットの背後には、二人の看守帽を被った人物が立っている。年頃は14歳から15歳と言ったところで、長い黒髪を膝裏まで伸ばした左目の小さな泣きぼくろが特徴的な少女と、魚型の髪留めを付けて金髪を頭より低い位置で左右に結っている褐色肌の少女だ。

 黒髪の少女は眼が黄色、金髪の少女は赤で、どちらも精巧に細工された宝石ように美しく輝いている。また、看守を思わせるような黒色のジャケットの下にマイクロレザービキニを身に纏っており、さらにミニスカートを穿いているなど、体型も含めて歳の割にどこか艶めかしい雰囲気を醸し出している。

 

「あなた方は本来、ここに来るべきではないはずなのですが?」

 

 話す内容とは裏腹に、相変わらずスペルビアは楽しそうな様子だ。

 すると、爛々と目を輝かせて、真っ先に金髪の少女が口を開く。

 

「だってぇ~、あたしとツキミだけお留守番だなんてヒマなんだもん」

「くすっ。フィオレ姉様ったら、本当は母様と離れるのが寂しいんでしょう?」

「そ、そんなんじゃないしぃ! ツキミだって、向こうじゃママにべったりなクセに!」

「私がここに来たのは、例の仮面ライダー様の話を聞くためですのよ? いずれ私たちの『王子様』になる殿方ですもの……あぁ、考えただけでも身体が火照ってしまいますわ。はやく赤ちゃんを作れる歳にならないかしら」

 

 ツキミと呼ばれた少女が指を咥えて恍惚とした表情で言うと、その様子を見ていた松波は苛立って地面を強く踏む。

 

「お前らいい加減にしろ! ここは重大な会議の場だ、下らん私語は慎め!」

 

 会議場に響き渡る彼女の怒りの声に、フィオレは眉根を寄せて反応する。

 

「えぇー? なぁにお姉さん」

 

 フィオレの両眼が怪しく光り、隣のツキミもにっこりと笑みを見せつつ、右手に持つ黄色いリボンの付いた鞭を前に掲げる。

 

「あたしたちと、ヤる気?」

「ぐっ……!?」

「遊び相手ならあたしたち、別に女の子でもいいんだよ? 今すぐ玩具にして――」

 

 赤色のリボンで飾られた乗馬用の鞭を手にして、フィオレはツキミと共にその場を離れようとする。

 だが、その時だった。

 

「二人とも。後でお仕置きされたくないのなら、いい子になさい」

 

 兎のぬいぐるみ、ハーロットがそんな言葉を放つと、二人はビクリと身を震わせて元の位置に戻った。

 

「ご、ごめんなさいママ」

「反省してますわ」

 

 それを聞いて、表情は分からないもののハーロットは含み笑いを発した。

 

「いい子ね。その調子で、立派なレディになれるまで頑張ってね」

『はーい!』

「あなたもごめんなさい、私の娘たちが」

 

 ぬいぐるみはじっと動かないまま、声だけが聞こえる。

 

「いや……オレは別に。こちらこそすまない」

 

 松波は息を整えつつ、遠慮がちながらもしっかりと返答した。

 そして、一度咳払いをしてから、デカダンスの後ろに立つ銀仮面に視線を向ける。

 

「ところで、そいつは何者だ? Cytuberにそんな男はいなかったはずだが?」

 

 自分に関する話であったためか、エイリアスは僅かに首を動かし、松波を見る。そのあまりにも不気味な姿に、松波はぐっと息を呑んだ。

 しかし、何も話さない。代わりに隣に立つ老人が口を開いた。

 

「ワシが偶然見つけた人材じゃよ。まだ正式に所属はしていないが、ゆくゆくはCytuberとして本格活動させるつもりじゃ」

「確かに、既に666人という数から欠けてしまっているが……勝手に増やして良いのか? そもそもそいつは使い物になるのか?」

「安心せい……」

 

 仮面の下で、老人が唇を釣り上げる。

 

「誰が相手であろうと負けんよ、エイリアスは。流石にスペルビアP(プロデューサー)とプレデター相手は厳しいじゃろうがな」

「ほう」

 

 彼の言葉に反応したのは、スペルビアだった。

 

「そこまでの自信がお有りですか、Mr.(ミスター)フェイクマン。よろしい……では次はあなた方、デカダンス様の陣営にお任せ致しましょう」

「なっ!? それは……!」

 

 松波が横から介入しようとするものの、彼女の前に座るノーブルがそれを止めたので、口を噤んでしまう。

 現状、ノーブル側の戦力は使えなくなってしまっているのだ。梅悟は腕を骨折しているし、都竹も先の戦闘の負傷によって左眼を失明した。松波も、ダメージが抜けきっていない。

 今の自分たちが名乗り出たところで何もできはしない。それが分かっているから、ノーブルは彼女を制止したのだ。

 

「ほほ、ありがたい話じゃ。良いかなデカダンス?」

 

 まるで自分の娘に語りかけるように優しい声で、フェイクマンと呼ばれた老人はデカダンスの頭を撫でる。

 彼女は頷き、どんよりとした瞳を真っ直ぐにスペルビアに向けた。

 

「私~……めんど~いのはイヤだけど……ロックの歌、結構好きだった……ストライプも悪い子じゃなかったし……めんど~いけど……あいつら倒す。絶……対」

「おや、そうですか」

「だから……私が勝ったら、願い事……叶えてくれる……?」

 

 虚ろな眼差しを受け、スペルビアはただ微笑んで返答する。

 

「もちろんですとも。約束通り、あなた様のご両親に会わせて差し上げましょう」

「分かった。やる」

 

 こうして会議は終了となり、一人を除いて全員がその場から消える。

 唯一ここに残ったヴァンガードも、ゆっくりと立ち上がって帰還の準備を始めた。

 

「どいつもこいつも、俺はもう終わったモンだと思ってるらしい。ま、その方が好都合だが……」

 

 そう言いながら取り出したのは、紫色のマテリアプレートだ。

 ただし従来のものと違い、左側にヒンジと、その先に恐竜の頭部の骨格を模した装飾が伸びている。

 

「今の内にせいぜい楽しんでろよ。どうせ最後に笑うのはこの俺様なんだからなァ」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 アシュリィが帰還した、数日後の事。

 彼女は薄い青色の検査着姿で、ホメオスタシスの地下研究所にて、身体検査を受けていた。

 デジブレイン化の能力。その実態を明かすために。

 これは自分の正体を知りたいという、アシュリィ自身が望んだ事でもある。

 

「大丈夫かな……」

 

 検査の結果を待つ翔が、不安そうに呟いた。

 待機中の間にネットニュースを閲覧しているが、どこも『精神失調症』や『行方不明者急増』の話題ばかり。それらは全てCytuberが関わっていると見られるものだ。

 そうしてしばらく時間が経過すると、検査室からアシュリィが出て来た。翔は飛び出すように立ち上がり、彼女の前に向かう。

 

「アシュリィちゃん、どうだった!?」

 

 問われるもアシュリィは僅かに言い淀み、困ったように眉根を寄せる。

 すると、検査室の扉が再び開いて浅黄がひょっこりと顔を出した。

 

「ウチが説明するよ」

「浅黄さん?」

「……ワケ分かんないと思うけどね、この子は基本的に人間なんだけどデジブレインでもある」

 

 いきなりぶつけられた結論に、翔は絶句する。しかし、口を挟む間もなく浅黄は続けた。

 

「感情エネルギーで人間が仮面ライダーに変身したりガンブライザーでデジブレインになるように、この子も自分の感情を昂ぶらせる事で、人の肉体を維持したままデジブレインに変異できるんだ。そういう……体質っていうのかな? 遺伝子の生体情報とデジブレインのデータが見事に融合してるんだよ。勝手にデジブレインに変異しちゃったのは、スペルビアに心を揺さぶられたせいだろーね」

「でも、もう自分の意志でコントロールできるんですよね?」

「うん……ただ」

 

 今度は浅黄が言い淀む。

 伝えるべきか、止めておくべきか。翔の目から見ても、明らかに悩んでいる様子だ。

 しかし一度深呼吸してから頷き、浅黄は話を続ける。

 

「多分、この体質は一生治らない。さっきも言ったけど融合が完璧すぎるんだ……まるで生まれた時から『そう』だったみたいに。そのお陰でゲートが必要なくなってるけど、これを剥がすってのは、アシュリィちゃんがアシュリィちゃんじゃなくなるって事を意味する」

「それは……つまり」

「死ぬって事ね」

 

 通りで話したがらないはずだ。

 翔は沈痛な面持ちになって、そう思った。

 しかし、これが治らないものであったとしても、人前で無闇に変異しないようにすれば日常生活に支障はないだろう。その点に関しては、翔は安心していた。

 

「あー、あとさ」

 

 そんな翔に、浅黄は話を続ける。

 まだアシュリィについて何かあるのだろうか。翔の疑問と反して、浅黄の口から出たのは意外な話題だった。

 

「君、最近変わった事なかった?」

「変わった事?」

 

 自分の事を訊かれるとは思っていなかった翔は、目を丸くする。

 浅黄は頭の中で言葉を選びながら、引き続き翔に質問を続けた。

 

「いや、ホラ……ぶっちゃけるとさ、スペルビアとの戦いで起きた事について聞きたいワケよ」

「……あー……」

 

 言われて納得しつつも、翔は困ったように頬を指で掻いた。

 

「すいません、僕にもその時の事はよく分からないんです。無我夢中だったし」

 

 これは事実である。

 翔自身も、リボルブの戦闘時の映像記録を見て、初めて自分がスペルビアの攻撃を生身で跳ね返していた事を知ったのだ。

 不安に思いつつも、茶化すような口調で翔は浅黄に聞き返した。

 

「まさか、僕までデジブレインって事はないですよね?」

「あっははは、翔くんもそーいう冗談言うんだね? だいじょぶだいじょぶ、検査の結果から見てもそれは違うと思うから安心して良いよ」

 

 そう聞いて翔は微笑みつつも、これで新たな疑問が生まれる事となった。

 結局、この力の正体は何なのか。自分に何が起きているのか。その謎を解明できる気配がない。

 しかし浅黄曰く、研究が進んでいけば恐らく明らかになっていくだろうという。少なくとも、同席していた鷲我はそのように考えているとの事だ。

 

「……そういえば、会長にも分からなかったんですね?」

「まぁねー。いくら鷲我だって、何でも知ってるワケじゃないって事よね」

 

 その言葉に翔も同意する。直後に浅黄はある事に気付いて、また翔に質問を投げた。

 

「そーいやさ、いつものお友達と鷹弘はどしたん?」

「鋼作さんたちは新しいマテリアプレートの開発中で、静間さんは取り調べ中ですよ。ホラ……律さんの」

「あぁ、そっか。どうなるんだろうねぇ、あの子……」

 

 黄昏れたような表情で、浅黄は言った。アシュリィと翔の尻を揉みながら。

 即座に怒りのビンタが飛んだ事は語るまでもない。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同じ頃。

 鷹弘と翠月と宗仁は、地下研究施設の収容所の個室で、元Cytuberのロックと名乗っていた少女、伊刈 律への尋問を行っていた。

 後ろ手に手錠をされた律は敵愾心を剥き出しにし、三人を睨みつけて唸っている。

 

「……伊刈 律。お前はなぜCytuberに入った?」

「……」

「他のCytuberと関わりはあったのか?」

「……」

 

 先頃に目を覚ましてからずっとこの調子で、質問に答える様子を全く見せない。進駒と違い、明らかに非協力的だ。

 このまま続けても平行線なので、鷹弘は少し話題を変える事にした。

 

「お前が犠牲にした連中……元チームメイトの事だがな、実はお前よりも前に目を覚ましてる」

「……!」

 

 僅かに眉を動かし、律は反応を示した。それを目にした上で、話を続けた。

 

「かわいそうにな。あいつらみんな、お前に裏切られたんだ」

「……黙れ」

「きっと何が起きたのかも分かってねェだろうよ。何せ、精神失調症で突然意識を失って――」

「黙れって言ってんだろ!」

 

 身を乗り出そうとして躓いてしまい、律は机の上に顔を打ち付けてしまう。

 しかしそれにも構わず鷹弘の顔を見上げて、歯を軋ませている。

 

「アタシだってずっと後悔してた!! それに……仕方ないだろ!? ああしなきゃ、みんなの復讐ができなかったんだ!!」

「だったらお前はスカウトマンやらあの歌手グループやらを生贄にした時点で、止まるべきだった。その時点で復讐は終わってるだろうが、他の人間まで巻き込む理由はない」

「うるさい!! ホメオスタシスも警察も、アタシたちを助けられなかったクセに!!」

 

 律の目に憎しみの火が灯り、鷹弘は彼女の言葉に眉根を寄せた。

 

「本当に悪いのはアタシたちじゃなくてあいつらなのに!! なんであいつらが無事で、アタシが責められなきゃいけないの!?」

「……そうだな、本当の悪党はあのクソッタレどもだ。だが、そのせいでお前まで取り返しのつかない事をするところだったんだぞ?」

 

 ぐっ、と律は言葉を詰まらせる。間髪入れず、翠月は続けた。

 

「安心しろ、あのクズどもには法の裁きが待っている。既に警察の手が入っているからな」

「でも……あいつらの味方は多い。会社に護られるかも知れない……」

「そんな事は絶対に許さん、絶対に。私が連中に正当な裁きを与えると誓おう」

「……」

「信じられないかも知れんが、君が思っているほど世の中は悪魔ばかりじゃない。心から罪を憎む者がここにいる。信じろとは言わない、だがここは任せてくれないか?」

 

 律からの返事はない。

 鷹弘と翠月はチラと時計を見て立ち上がり、彼女の拘束を解いた。

 

「今日の取り調べはこれで終わる。他にやる事もあるからな」

「君も、自分の現実と正しく向き合うべきだ……ストライプ、栄 進駒のように」

 

 やはり、律は返事をしない。

 しかし二人が出ていく直前、その後姿を呼び止める。

 

「……あんたら、次はどうするつもりなんだ。デカダンスやノーブルと……戦う気か」

「当たり前だ。それが俺たちの仕事だからな」

「そうか……。……デカダンスの居場所、知ってるのか?」

 

 眉をひそめ、首を横に振る鷹弘。

 実は、その点について未だに成果が上がっていないのだ。

 律が目を覚ます前にも進駒に聞き込みしたが、彼は他のCytuberの領域の座標を知らないのだという。唯一知っていたのが、目の前にいる伊刈 律(ロック)の居場所だったのだ。

 

「だろうな。アタシから本当に聞きたかった事って、それなんだろ?」

「何が言いたい」

「あいつは一度、アタシを領域に招待した事がある」

 

 鷹弘と翠月が目を見張り、互いの顔を見合った。

 律は続けて述懐する。

 

「あいつの領域で、アタシにコンサートして欲しいって頼まれてさ。その時に、実際に現地へ行ったんだ」

「座標は分かるのか?」

「ああ。教えてやるよ……ただ……」

 

 僅かに口ごもる律。その表情は、僅かばかりに恐怖の色に染まっていた。

 

「正直、行かない方が身のためだ。今だから分かるけど……ヤベェんだよ、あいつの領域は」

「ハッ、危険なんざ最初から承知の上だぜ」

「……忠告はしたからな……」

 

 鷹弘はフンと鼻を鳴らし、詳しい座標を聞いてから彼女に背を向ける。翠月も同様に出口へ向かって歩き出した。

 すると、律は再び二人へ「なぁ」と声をかけた。

 

「アタシ、また会えるかな……前にみたいに一緒に音楽やれるかな……みんなと……」

「……さぁな。お前次第だろ」

 

 そう言ってから、今度こそ鷹弘は静かに扉を閉めるのであった。

 二人はそのまま各自の持ち場に向かう。鷹弘は司令室、翠月は電特課のオフィスだ。

 

「あれから、まだデカダンスからの動きはないみたいだな」

 

 道中で先に口を開いたのは翠月だ。鷹弘は首肯し、ふぅと息を吐く。

 

「例のエイリアスって野郎の事も気になる。俺も浅黄も、あの野郎に手も足も出なかったぜ」

「V2を使う仮面ライダー二人を一方的に打ちのめすか……相当な手練のようだが、だとすれば一体今まで何をしていたのだろうか」

「……確かに、妙なんだよな。そんな戦力があるなら、あの三人組よりもずっと前に出て来そうなモンだが」

「何か理由があって投入に時間がかかったのか……?」

 

 腕を組みながら、二人は頭を悩ませる。しかし、やはり結論は出ない。

 ともかく今できる事は、再びエイリアスが現れた際に、倒されないように対策を立てる事。

 そしてもうひとつ。デカダンスの居場所を探り当て、こちら側から打って出ればいい。律のお陰で、この件については上手く行きそうだ。

 

「しかし、向こうに踏み込むにせよ現実世界を手薄にするワケには行かない。やはり私が残って……」

「いや、今回はあんたがサイバー・ラインに行きな」

「何……?」

「あんたもサイバー・ラインに慣れておくべきだし……翔と話す事、あんだろ」

 

 ポンッと鷹弘に肩を叩かれ、翠月は申し訳無さそうに頭を下げる。

 

「……気を遣わせてしまってすまないな」

「ンな事気にすんなよ。そもそも俺はホメオスタシスのリーダーだ、この世界を守んのは俺の仕事でもある」

 

 そう言って、鷹弘は司令室に向かう。デカダンスの領域への侵攻作戦を立てるために。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 その翌日。

 翔と翠月と浅黄とアシュリィを含む数名のエージェントが、サイバー・ラインのデカダンスの領域へと辿り着いた。

 前日に行われた鷹弘との作戦会議により、彼らが侵攻作戦のメインメンバーに抜擢されたのだ。

 鷹弘自身は予定通り、手薄にならないよう街の警護に当たる。陽子は鷹弘のサポート、鋼作・琴奈は引き続きマテリアプレートの作成だ。

 

「伊刈 律曰く、ここには来ない方が身のためだという話だったが……」

 

 近場にあった枯れた木に登り、周辺の様子を探っていた翠月が呟く。

 デカダンスの領域は、今までの古城や市街とは打って変わって、広大な砂漠地帯だった。

 太陽が存在しないため熱に悩まされる心配はないが、砂塵が吹き荒れ、見通しが悪い。辛うじて遠方に街がある事は分かるものの、ここからではとても状況が分かりそうもない。

 その上、レドームートンの探知能力も機能していない。どうやらこの砂には、通信機能を妨害する効力があるようだ。

 

「まさかこんな世界を築いているとはな」

 

 木から降り、翠月は言った。

 そして、とりあえずは遠くに見える砂漠の街で拠点を立て、その上でデカダンスの潜む場所を探すという方針を定める。

 すると真っ先に浅黄が頷き、その場で駆け足になる。

 

「速く行こ! もーめちゃめちゃ砂が体について気持ち悪いからさ、さっさと洗いたい!」

「あっ、私も!」

 

 アシュリィも同調し、同じく駆け足をする。

 翔と翠月は互いに顔を合わせて苦笑しつつ、全員で街に向かって歩き出すのであった。

 

「……すまなかったな」

 

 砂に足を取られそうになりながらも歩いていると、翔は隣にいる翠月から声をかけられた。

 突然の謝罪に何事かと思って首を傾げると、翠月はそのままゆっくりと、自分の胸の内を話し始める。

 

「アシュリィくんがデジブレインだと判明した時の事だ……いや、結局彼女は人間だったワケだが。あの時は、私の判断が早計すぎた。そのせいで罪のない者の命を失わせ、その上危うく君に人殺しの咎を負わせるところだった……本当にすまない」

「いえ、もう過ぎた事ですよ。それにあの時は、僕だってカッとなってしまいましたし……すいませんでした」

「しかしな……」

「あっ、じゃあ」

 

 翔はにっこりと笑い、あるマテリアプレートを取り出してそれを翠月の手に握らせた。

 

「これ、使って下さい」

「これを……?」

「一緒に皆を守りましょう。それがアシュリィちゃんのためにも、僕らのためにもなりますから」

 

 そんな翔の笑顔に、思わず翠月も頬を緩ませる。彼の眼はまるで、翔に別の誰かの面影を見ているようだった。

 歩きながら、翠月は回想する。

 

「君の瞳を見ていると、私の家族を思い出すよ」

「家族?」

「ああ。私の父は警官、姉はジャーナリストだった。母はそんな私たちを支えてくれる人で……三人とも、私の誇りだった」

 

 ――だった。

 過去形で発せられた言葉に、翔は違和感を抱く。

 ひょっとすると。翠月の家族は、既に。そんな考えが頭をよぎる。

 しかし彼の口から真実が語られるよりも前に、一行は街に辿り着いてしまった。

 

「これは……」

 

 到着したホメオスタシスの面々の表情が、険しくなる。

 街並みはどこかエジプト風で、不思議な事に砂塵は治まっているものの、全体的に活気が感じられない。

 それ自体は前回のロックの作った街もそうだったが、この街は薄暗さも相まって独特の不気味な空気を醸し出していた。

 しかも、ロックの時にはいた巡回のデジブレインも見当たらない。

 

「妙な雰囲気だな」

 

 歩きながら、翠月は呟く。翔もここに来てからずっと不気味な気配を感じ取っているが、だからと言って尻込みはしていられない。

 砂塵がなくなった事で、レドームートンの機能も復活している。一行は、拠点を建設できそうな場所を探す事となった。

 

「やっぱりデジブレインはいないみたいだよ」

 

 アシュリィの言葉に、唸る翔。

 

「安全なのは良い事だけど、一体どうしてだろう?」

 

 まさか、デカダンスは自分たちが来る事を全く予想していないのか?

 そんな都合の良い考えが浮かんだ、その時だった。

 

「ひゃあああ!?」

 

 浅黄の悲鳴が、街の静寂を打ち砕く。

 何事かと思って翔・アシュリィ・翠月が向かうと、そこには信じられないものがあった。

 

「こ、これは……!?」

 

 街のとある家屋の中。

 ロックの領域で見たようなデータの塊ではない、本物の生きた人間が、寝転がっていたのだ。

 翔が寝転がっている女性に近づき、軽い力で頬を叩く。

 目を覚ます様子はない。というよりも、彼女は虚ろな眼をしてヨダレを垂れながら天井を見上げており、どうやら眠っているワケではないようだ。

 

「どういう事だ? 確かに人の気配はなかったはずだが」

「恐らく……ずっとこの態勢のまま、一歩も動いていないんでしょう。だから僕らは前回と同じように、人がいないと思い込んでしまっていた」

 

 家屋の中では、この女性以外にも性別・年齢問わず何人も倒れている。しかも、この家に限った話ではない。街のどこを見ても、同じ状態で人々が寝転がっているのだ。

 一体、なぜこんな事になっているのか。ひとまず室内を調べる事になった。

 

「何か不審なものを見つけたら、触らずに私か浅黄に知らせるように」

 

 言いながら、翠月は手袋を装着してテキパキと調査を始める。

 翔も同様に調査を始め、飲食物が乱雑に置いてある机の上にあるものを発見した。

 紙に包まれた粉末だ。一粒一粒色が異なり、毒々しい色彩を放っている。それを見た途端、翔はひどく嫌な予感がして、すぐに浅黄と翠月を呼ぶ。

 

「うげぇ。こ、これって」

「まさか、麻薬……ですかね?」

 

 浅黄と翔が言い、アシュリィも嫌悪感から顔を歪ませていた。

 そんな中、翠月だけは冷静に頭を振る。

 

「麻薬にしては、器具が見当たらないのが気になる。吸引するにせよ何にせよ、必要なはずだが……それに、この粉末を昨日・今日使った形跡も見られない」

「た、確かに」

「分析が必要だ。浅黄、できるか」

 

 問われて頷くと、早速浅黄はマテリアパッドを使って行動に移る。

 

《エディターツール!》

「ふむふむ……ほうほう……なるほどね」

「何か分かりましたか?」

「うん、まぁ分かるには分かったんだけど……うへぇ、マジかこれぇ」

 

 マテリアパッドの操作を止め、浅黄は概要を話し始める。

 

「まず……これ自体には違法な薬物としての成分は検出できなかった。つまり、普通に吸ってもただの変な色の粉でしかないって事。ただし……水に溶かすと、こいつは真の効果を発揮する」

「真の効果?」

 

 浅黄は再度頷いて、その恐るべき詳細を語った。

 

「これを溶かした水を飲むと、脳内麻薬が分泌されて、激しい幻覚症状に苛まれるんだよ。今まさにその状態ね」

「げ……幻覚!?」

「そ。しかも、効果が有効な間は自分の望んだ幻覚を見られるみたいだね。感覚としてはVRグラスを付けてるようなものなのかな?」

「大丈夫なんですか、それ。副作用とか」

「うん、この粉そのものに中毒性とか副作用とかはないみたいだよ。何度解析してもこれ自体の成分なんかは安全なものだし、体や心に影響の出る代物じゃない……ただ……」

 

 口籠りながら、困った様子で頭を掻く浅黄。

 

「さっきも言った通り中毒は起こらないはずだから……これ、止めようと思えばいつでも止められると思うんだけど、なんで誰もそうしないんだろうね?」

「……確かに、妙ですね。砂塵があるとは言え、外にデジブレインがいない以上、その気になれば脱出も簡単なのに……誰も立ち去ろうとしてないみたいです」

 

 翔だけでなく、アシュリィも頷いている。

 唯一、翠月だけは話を聞きながら憮然とした面持ちで粉を睨んでいた。どうやら、なんとなく理由を察しているらしい。

 それを聞き出そうと翔が口を開いた、その時。

 

「う……」

 

 倒れていた女性が、目を覚ました。

 驚き、翔たちは思わず彼女を刺激しないよう身構える。

 しかし女性は一行の事など気にも留めず、目を合わせる事さえなく、粉の包み紙を手に取ってキッチンへと向かった。

 

「……え?」

「ちょっ、ちょっと待って!?」

 

 次に出る行動など決まっている。

 だがアシュリィの制止を聞く事なく、女性はコップに貯めた水に粉を一粒残らず入れ、飲み干した。

 

「ア……AあA゛ aアA゜Aア゜ア   あ゜a゛a あ゛AA ――」

 

 奇怪な鳴き声と共に、女性の血走った目が七色に点滅し、元の場所で再び意識を失う。

 絶句。たった今の顛末を、翠月以外は誰も飲み込めないでいた。

 

「やはりな……ここにいる者たちは、粉の摂取を止める気もなければ、街から出る気もないんだ」

「ど、どうしてですか? だって、中毒症状は起こらないんでしょう!?」

「そういう成分が含まれていないというだけだ。飲むだけで自分にとって都合の良い夢を見られるというのなら……恐らく、力のない者は永遠にここに囚われる事を選ぶのだろう」

 

 ゾクッ、とその言葉を聞いた者たちの背筋が震える。そして、以前の進駒の言葉を思い出す。

 街一つを容易く沈められるCytuber、懈怠のデカダンス。

 もし、彼女の能力の一端がこの粉にあるのだとすれば、確かに街を滅ぼす事など簡単だろう。

 これを水道に流すだけで、人々はあっという間に幻覚によって堕落するのだから。

 今までのCytuberたちとはレベルが違う。翔は、改めてデカダンスという存在を恐ろしく感じていた。

 

「……でも、変じゃない? そのデカダンスって、どうやって粉を街に支給してるの?」

「確かに。粉がないと街の人々が離れてしまうなら、何らかの手段でここまで持って来ているはずだよね」

 

 翔とアシュリィが頷き合う。そして、浅黄に話しかけた。

 

「レドームートンで粉末の貯蔵庫を探して下さい。そこを制圧します」

「どうする気?」

「粉がなくなれば、恐らくデカダンスの配下のCytuberかデジブレインが補充に現れるはず。そこを追跡して敵側の拠点を見つけ出すんです。恐らくそういう場所は監視もあるはずですし……まぁ、すぐに動くかどうかは賭けになりますが」

「なるほど! それ良いじゃん!」

 

 早速、浅黄は再びエディターツールを起動し、ケーブルをレドームートンの尻に接続。

 粉末の解析情報から、街中で同じものが大量に保管されている場所を探知し始める。

 そして、すぐに特定した。誰もいないが露天などが展開されている、中央広場だ。

 

「みっけ! そんじゃいくよ!」

 

 浅黄は早速そこへ向かって走り出し、翔と翠月、アシュリィもそれに続いていく。

 到着したその場所には巨大な噴水があり、その周辺には粉末の敷き詰められた麻袋が無造作に置かれている。

 しかも、麻袋はいくつか噴水の中に投げ入れられており、大勢の人々が集まって目を開けたまま眠りについていた。何が起きていたのかは想像に難くない。

 

「皆が寝静まっている内に全部処分してしまいましょう。噴水も取り壊すべきだ」

「どうやって?」

「こうやって」

《フィニッシュコード!》

 

 言いながら、翔はフォトビートルの体内に装填されたプレートを抜いて自分の持つマテリアプレートを挿入。

 そのままそれを、噴水に向かって投げつけた。

 

Alright(オーライ)! マジック・マテリアルホーン!》

「いっけー!」

 

 炎を纏うフォトビートルの角が、麻袋を全て焼き切り、さらに暴風と流水が噴水を破壊。噴き出る水は、大量の巨大な岩石が埋めた。

 

「よし、あとは街の人たちを建物の中に避難させて……」

 

 翔がそう言った、その時だった。

 突然、レドームートンがけたたましい警報音を鳴らす。

 デジブレインが周辺に現れた合図だ。全員が一斉に警戒し、翔・翠月・浅黄はそれぞれマテリアフォン・マテリアパッドを取り出す。

 

「もうバレたの!?」

「アシュリィちゃん、今は下がって! 敵が来る……!!」

 

 ドライバーを装着し、敵を待ち構える三人。警報音から近付いているのは分かるが、どこから来るのかが分からない。

 どこだ。一体どこから。

 息を呑みながら翔がマテリアプレートを手に取った、その時。

 翔たちの立つ地面に、亀裂が走った。

 

「――下!?」

 

 大きくバックステップし、翔はマテリアプレートを起動し装填。翠月・浅黄ともども変身に移行する。

 アシュリィは他のエージェントと共に、安全圏へと離脱した。

 

《ブルースカイ・アプリV2! 蒼天の大英雄、インストール!》

《ウォーゾーン・アプリ! 闘龍之技、アクセス!》

《フォレスト・アプリ! 義賊の一矢、アクセス!》

 

 飛行しながら、翔は割れた地盤から姿を現す敵の正体を目視した。

 敵影は三つ。そのうちの一つは、鈍重な亀の甲羅を背中や腕・脚に装着したウサギのデジブレイン。その特徴から、翔たちはすぐにハーロット製デジブレインとの共通点を見出した。名付けるとするなら、ラビットタートル・デジブレインだろうか。

 もうひとつは長い耳を生やした黒いジャッカルのような頭部が特徴的な、紫がかった黒い布を全身に巻いて垂らしている怪人。

 最後のひとつ、それは翔たちも一度見た事のある人物だ。

 

「エイリアス……!!」

 

 謎の銀仮面の男、仮面ライダーを憎む者、エイリアス。

 青い銃型の武器を持って、再び翔らの前に立ちはだかった。

 

「もうこの場所を嗅ぎつけるとはな……Cytuberの誰かがリークしたのか?」

 

 地面に降り立ち、エイリアスは翔が変身したアズールに銃口を向ける。

 アズールも30m以上も先の正面に立ち、二つの剣を構える。

 

「まずはお前と刃を交えるか。望むところだ」

 

 そう言って、エイリアスは他二体のデジブレインに顎で指示を出す。

 結果、ジャッカルは・デジブレインは雅龍に、ラビットタートル・デジブレインはザギークの方に向かった。

 エイリアスはアズールと対峙し、青い銃のグリップエンドに自らの掌を強く叩きつける。

 

Fake up(フェイクアップ)……》

「偽装!」

 

 流れる音声と共に、エイリアスはトリガーを引く。

 すると、銃口から黒い煙のようなものが噴出し、エイリアスの全身を覆い始める。

 煙の中で青い閃光が迸り、煙が裂けるように消失すると、そこには暗い青のスーツをベースとした黒い追加装甲を装備している、アズールたち仮面ライダーによく似た戦士がいた。

 

《オペレーション・ザ・ペイルライダー! Let's roll(レッツ・ロール)!》

 

 姿を晒したその男は、両眼が黒いゴーグルに赤いバイザーで覆われており、片手にはやはり青い銃を持っている。

 恐らくこれが、エイリアスの戦闘形態なのだ。凄まじいまでの威圧感と殺意を前に、アズールは仮面の中で冷や汗をかき、息を呑む。

 

「ペイルライダー……」

 

 変身したエイリアスが、囁く。

 

「お前たちを葬る死神の名だ……よく頭に刻み込んでおけ」

 

 その言葉の直後。

 ペイルライダーは、一瞬でアズールとの間合いを詰めた。

 

「なっ」

「ハァァァッ!!」

 

 鋭い掌底がアズールの顎にヒットし、彼をよろめかせる。

 さらにすかさず、ペイルライダーは銃口を突きつけて発砲。銃撃の連射がアズールを襲う。

 

「くぅっ!」

 

 剣の腹を盾のようにして攻撃を凌ぐアズール。そして全弾防ぎ切った後、剣を振って勢い良くペイルライダーにかかって行く。

 激しい攻勢だが、ペイルライダーは全く焦る事なく装甲や拳を駆使して攻撃を凌ぎ、距離を取る。

 だが、無傷とは行かなかった。胴体の装甲に僅かな損傷が見られる。

 

「フン……ならばフェイクガンナーの機能を見せてやろう」

 

 そう言いながら取り出したのは、一枚のマテリアプレートだ。それも、ガンブライザーの使い手が用いる、デジブレインが封入されているタイプのものを。

 プレートを青い銃、フェイクガンナーと呼んだそれに、ペイルライダーが差し込む。

 すると、音声が鳴ると同時に銃が妖しい輝きを帯びる。

 

Fake Armed(フェイク・アームド)……ハーミットクラブ・スキル、ドライブ!》

 

 斬りかかって来たアズールに向かって、ペイルライダーは引き金を引く。

 すると、ペイルライダーの眼前に巨大な盾が展開され、剣を弾きながらアズールを突き飛ばした。

 

「がっ!?」

「フン」

「くっ、まだまだ!」

 

 盾がすぐに消えたのを確認して、アズールは飛翔し、上空から攻撃を仕掛ける。

 だがペイルライダーが頭上に照準を合わせて再度トリガーを引くと、また盾が出現して攻撃を防いでしまった。

 さらにその隙に、ペイルライダーは既に装填されたプレートを引き抜き、別のマテリアプレートを取り出した。

 

Fake Armed(フェイク・アームド)……センチピード・スキル、ドライブ!》

 

 今度はフェイクガンナーの先端に、長大でしなる鋼鉄の鞭のようなものが装備された。

 ペイルライダーはそれを振って、リーチを活かしてアズールに鋼鉄の鞭打を食らわせる。

 

「がっ!?」

 

 堪らず怯み、アズールは態勢を崩す。その隙に、引き続き鞭による攻撃が放たれる。

 今度は左腰を掠めるのみにとどまったものの、その衝撃でアズールの持つマテリアプレートがいくつか散らばってしまった。

 それこそが、ペイルライダーの狙いだった。アズールが動く前に疾駆し、ロボットジェネレーター、鬼狩ノ忍、ワンダーマジックの三つを回収してしまう。

 

「しまった……!?」

「これがフェイクガンナーの力だ。マテリアプレートの機能を引き出せるのはお前たちだけではない」

Fake Armed(フェイク・アームド)……ロボット・スキル、ドライブ!》

 

 今度は奪ったばかりのロボットジェネレーターを差し込み、引き金を引く。

 銃口からレーザービームが放射され、アズールの装甲を焼いて抉った。

 

「ぐあああっ!」

「口ほどにもないな、仮面ライダー」

「くう……まだだっ!!」

 

 攻撃を受けつつも、負けじとアズールは両手の剣を突き出す。

 しかしその攻撃を銃身と手の甲で難なく受け流し、前蹴りを食らわせて距離を取ると、ペイルライダーはさらに別のマテリアプレートをフェイクガンナーへ装填する。

 

Fake Armed(フェイク・アームド)……シノビ・スキル、ドライブ!》

 

 銃口を地面へ向けて弾丸を発射すると、着弾地点から煙が噴き出て、ペイルライダーの姿もそれに覆われて消える。

 しまった。

 そう思ったときにはもう遅く、いつの間にか背後に回ったペイルライダーの銃撃が膝裏を叩く。たちまち、アズールは転倒してしまった。

 

「く……!」

 

 立ち上がる前に風の能力で煙を散らすと、アズールの頭部に狙いを定めるペイルライダーの姿が目に映った。

 

「残念だったな。お前の敗けだ」

「……え……?」

 

 仮面の奥で、翔は瞠目する。

 以前に同じような状況があった、気がする。いつどこであったかは覚えていないが、翔は異様な既視感に驚くばかりであった。

 だが、今はそんな事に気を取られている場合ではない。アズールは銃撃を回避して飛翔、建物の屋上で態勢を立て直す。

 続けてアズールセイバーをサイクロンモードに変形させると、アズールはマテリアプレートを挿入する。

 必殺の構えだ。

 

《フィニッシュコード!》

 

 それを目にして、ペイルライダーもフンと笑い、また別のマテリアプレートを装填。

 

Fake Armed(フェイク・アームド)……マジック・スキル、ドライブ!》

「必殺技で勝負というワケか。面白い」

 

 そして、グリップエンドに掌を叩き込む。

 

《オーバードライブ!》

「受けて立つ……!!」

 

 睨み合う二人。

 瞬間、アズールは武器にマテリアフォンをかざし、ペイルライダーはフェイクガンナーのトリガーを引いて、必殺技を発動する。

 

Alright(オーライ)! ブルースカイ・サイクロンマテリアルスラッシュ!》

Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! マジック・マテリアルソニック!》

「そぉりゃあああっ!」

「ハアァァァァーッ!」

 

 銃口の先に魔法陣が描かれると共に、岩・水・炎・風の弾丸が襲いかかる。

 それらを降下しながら剣の回転力によって全て弾き飛ばし、そのままアズールはさらに剣撃を放つ。

 だが、魔法の弾丸を防いで威力を大きく削ぎ落とされた必殺技は、ペイルライダーの腕の黒装甲に受け止められてしまった。

 

「あ……!?」

「無駄だ。ハァッ!!」

 

 ペイルライダーの必殺は継続している。

 魔力を帯びたフェイクガンナーのナックルガード部を顔面に叩きつけられ、アズールは壁面に吹き飛ばされた。

 

「ガッ!?」

 

 手痛い一撃を受けながらも、アズールはふらつく体に鞭打って立ち上がる。だが、既に満身創痍だ。

 ペイルライダーはその姿を失望したように見下ろしている。

 

「サイバーノーツを三人も退けていると聞いていたが……仮面ライダー、この程度か」

「く……」

「だがお前たちが強かろうが弱かろうが関係ない、俺の憎しみは……お前たちを破壊する事でしか消えんのだ!!」

 

 フェイクガンナーによる度重なる発砲。アズールはそれを飛んで避け、さらに剣を振って攻撃を防ぎ続ける。

 

「どうして……」

「む?」

「どうしてそこまで仮面ライダーを憎む!? 僕らとあなたに一体何があったっていうんだ!?」

 

 アズールの問いを耳にして、ペイルライダーの怒りと憎しみが目に見えて増した。

 それでもすぐには飛びかからず、質問に答え始める。

 

「お前たちが、俺の命を救ったデカダンス様の目的成就の邪魔をするからだ。それに……俺の記憶を奪ってこの世界に放り込んだホメオスタシスと、連中が作り上げた仮面ライダーという存在を許す事などできるワケがない」

「なんだって……?」

 

 耳を疑い、すぐに頭を横に振るアズール。

 自分の知るホメオスタシスは、そんな事をする組織ではない。

 

「それは何かの間違いだ!」

「間違いなどではない! 事実、俺は自分の名も、この世界にいた理由さえも思い出せないでいる……それはゲートを開く事のできるお前たちの仕業だろう!」

「Cytuberだって同じ事ができる! どうして僕らのせいだって、一方的に思い込んでるんだ!?」

「それは……」

 

 ググッ、とペイルライダーはフェイクガンナーを握り締める。

 そして左手で頭を押さえ、話を続けた。

 

「俺の頭の中に、ほんの僅かに残っているからだ。ホメオスタシスのエージェントが俺をサイバー・ラインに送り込んだという記憶が」

「え……?」

「思い込みなど断じてありえん。俺はこの記憶を、湧き上がる憎しみを……確かなものだと信じている。故に!!」

 

 フェイクガンナーの銃口を再びアズールへと突きつけ、ペイルライダーは咆哮する。

 

「俺はお前たち仮面ライダーの存在を、決して認めない!!」

 

 ペイルライダーの心の内を聞いたアズールは、自らもアズールセイバーを強く握る。

 

「あなたの身に何があったのかは分からない……でも、僕だって負けるワケにはいかないんだ!!」

 

 そして同じく、剣先を突きつけて武器を構え直した。

 

「僕があなたを倒す!!」

「ならば来い!! 仮面ライダー!!」

 

 疾駆し、剣と銃を突きつける二人の蒼き戦士。

 譲れない思いがぶつかり合う戦い、その第二ラウンドが幕を開ける。




「……問題なく戦えておるようじゃな」

 砂漠の街で勃発した、仮面ライダーたちとデジブレインの戦い。
 その様子を、とある建物の中で、バーチャルスクリーンを通して見物する人物がいた。
 デカダンスの配下にして仮面の老爺、Mr.フェイクマンだ。彼の傍らには、ガンブライザーの置いてある机とキャンバスが立てかけられている。

「もっと争え。この戦いがどちらに転んだとしても……お前たちホメオスタシスはここで終わるのだからな」

 くつくつと頬を歪めるフェイクマン。彼の前にあるキャンバスに描かれているのは、顔の似た青い剣士と蒼い死神が対峙する水彩画。
 さらに彼の持つパレットには、街で見かけた粉末と同じ色を放つ絵の具が盛られていた。


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EP.23[暴かれる仮面]

「……くそっ、ダメだ! この出力じゃライダー側の身体が保たない!」

 

 ホメオスタシスの地下研究所で、鋼作は机をドンッと拳で叩く。

 鋼作と琴奈は今、新しいV2タイプのマテリアプレートの開発・製造を行っている。陽子ら先輩の指導を受け、ようやく技術開発者として許可を得たのだ。

 現在交戦中のデカダンスを含めて、これから先の相手は強敵ばかりになる。だからこそ新たな力が必要となるのだが、それを製造するための技術が足りない。

 出力を高く設定すれば変身者の肉体と精神に大きな負担をかけ、かと言って逆に低くすれば他のV2タイプの下位互換になってしまい意味がなくなる。

 そもそもギリギリのラインで最適化したものが、今のブルースカイ・アドベンチャーV2やデュエル・フロンティアV2なのだ。以前(V1)のように同じ出力のものを複数作って、状況に応じて戦闘を進めるにしても限界はある。

 今の翔たちに必要なのは、サイバーノーツだけではなく、スペルビアのような強大なデジブレインにさえも対抗できる力だ。

 

「やっぱり、私たちじゃ無理なのかな……」

 

 無力感に打ちひしがれ、琴奈は弱音を吐いてしまう。鋼作も、自分の能力に限界を感じていた。

 そんな時だった。

 

「……作業は捗っているかね?」

 

 鷲我が、二人の前に現れた。その手には三人分のコーヒーの載った盆を持っている。

 

「会長!?」

「ど、どうしたんスか一体!?」

 

 驚いた琴奈と鋼作に言われ、鷲我は照れたように微笑んで「どうしても様子が気になってね」と返す。

 

「休憩も必要だ。ここで、一息入れてはどうだろう?」

「……そうですね」

 

 疲れた目と頭を癒すため、二人は肩の力を抜きつつ、コーヒーを受け取った。

 鷲我もコーヒーを口にして、息をつく。

 

「私も、君たちのように悩んでいた時期があったよ。自分では変身できないからな」

「会長も……」

「今は翔くんの力について調べているが……何度解析をやり直して試行錯誤しても、同じ結論に至ってしまう。堂々巡りだ……全く、自分が嫌になるよ」

 

 お手上げだとばかりに鷲我は言い、再び溜息を吐く。

 だが直後、何か思いついたように「そうだ」と言うと、微笑みながら二人の方に向き直った。

 

「私に君たちの手伝いをさせてくれないか?」

「えぇっ!? か、会長自らがですかぁ!?」

「彼ら仮面ライダーの勝利が我々の未来を作るんだ。なら、私はその手助けをするべきだろう」

 

 鋼作と琴奈は顔を見合わせて、どうするべきかを考え込む。

 そして悩みに悩んだ結果、その助力を受け入れる事となった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「こんのぉ!」

「ホアタァッ!」

 

 翔がエイリアスと戦闘を繰り広げているのと同じ頃。

 浅黄と翠月も、合流して目の前にいる二体のデジブレインたちと交戦していた。

 翠月の変身する仮面ライダー雅龍 パワフルチューンは、スタイランサー・スピアーモードでジャッカル・デジブレインへと槍を突き出す。

 浅黄が変身した仮面ライダーザギーク テクニカルチューンも、ボウガンモードのスタイランサーでラビットタートル・デジブレインへと射撃攻撃を行っていた。

 

「クゥオォォーン!」

 

 しかしジャッカルは遠吠えを発すると、自分の腕に巻かれている布を伸ばし、雅龍とザギークのスタイランサーを右手ごと絡め取った。

 

「うぇっ!?」

「キュルッ!」

 

 そうして驚いている間に、急速接近したラビットタートルが、ボクシンググローブのように拳についた亀の甲羅でジャンピングアッパーカットを繰り出す。

 手痛い一撃にザギークは上空に吹き飛ばされるが、ジャッカルは休む暇を与えない。布を引っ張って地上に呼び戻し、再びラビットタートルの前に落とした。

 

「ちょっ……」

「キュウウウルン!」

 

 今度は鋭いジャブの連続が、ザギークの体を突き刺さんと迫る。

 あまりにも速い攻撃に泣きそうになりながらも、ザギークは攻撃を腕で受け止め続けた。

 

「ひぃぃぃ、ゲッちゃん助けてー!」

 

 助けを求めるが、雅龍は雅龍でジャッカルの相手に集中している。

 槍を引っ張るジャッカルの腕力は、パワフルチューンであるはずの雅龍と拮抗。しかも雅龍は両腕を使っているのにも関わらず、である。

 

「くっ、何故だ……!?」

 

 次第に雅龍の方が、僅かだがジャッカルの方に引き寄せられていく。地面の砂に引きずられた足跡が付き始めているのだ。

 パワー重視の形態でここまで苦戦するのはおかしい。となれば疑うべくは毒などの能力だが、自分の使うアプリの天華繚乱(ウォーゾーン・ブルーム)にはそういった小細工は効かないはず。

 雅龍はそう思っていたが、徐々にジャッカルの引き込む力に負け始めているのを感じて、考えを改めた。

 

「本当に私の力の方が弱まっているのか!? なぜ……!?」

 

 そこまで口にして、すぐに雅龍はハッと顔を強張らせた。

 天華繚乱には、確かに身体に以上を与える毒などの能力への耐性のようなものがある。

 ただし、それはあくまでも復帰速度を速める力だ。毒や呪術を完全に無力化する事ができるワケではない。

 つまり――ジャッカルは、天華繚乱の回復スピードを上回る速さで雅龍の力を奪い続けているのだ。そして、その原因となっているのはほぼ間違いなく、この怪しい布だ。

 

「こいつ……!!」

「クゥオオオ!!」

 

 腕を動かしてどうにか布を外そうとする雅龍だが、その力は未だに落ち続けている。

 その姿を見て、ジャッカルは牙を剥き出しにし、待ち構えている。間合いに入った瞬間、頭を噛み砕こうというつもりだろう。

 

「中々、手強いな……ならば!」

 

 足に力を入れてこらえながら、雅龍はマテリアパッドを指でタッチした。

 

《フレンドーベル!》

 

 直後、ドーベルマン型戦闘ロボットのフレンドーベルが出現し、瞬く間に雅龍とザギークの体に巻き付いた布を牙で引き裂いた。

 これで体の自由が戻る。二人は、同時にアプリチューナーへと手を伸ばした。

 

「ゲッちゃんナイス!」

《パワフルチューン!》

「一気に片を付けるぞ!」

《スピーディチューン!》

「チューンアーップ!」

「チューンアップ」

Oh YES(オゥ・イエス)! マテリアライド!》

 

 ザギークの頭上に赤い装甲が、雅龍の方には黒い装甲が出現し、それらが合着されて姿が変わる。

 

《パワフル・チューンアップ!》

《スピーディ・チューンアップ!》

「反撃開始だよーん!」

 

 そう言ったザギークの前に、再度ラビットタートル・デジブレインが立ちはだかり、拳を強く突き出す。

 しかしその一撃に反応して拳で返し、ザギークは相手の右手に装着された甲羅を打ち砕いた。

 

「ピョッ!?」

「喰らえー!」

 

 続いてザギークはボウガンからインクの矢を発射する。パワフルチューンから繰り出される力強い一矢は、左手の甲羅で防いだラビットタートルの手を貫く。

 この一撃に怯んだ隙に、ザギークは間髪入れずマテリアプレートをスタイランサーにセット、必殺技を発動する。

 

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! フォレスト・マテリアルシュート!》

 

 射出された赤いインクの矢弾が、ラビットタートル・デジブレインの腹に深く突き刺さり、そのまま貫通して背中の甲羅をも砕いて壊す。

 それでもなお動こうとするが、その体はガクガクと震え、膝から崩れ落ちてついには倒れる。

 フォレスト・バーグラーの能力で、体内に毒が回ったのだ。そのまま、ラビットタートルは消滅した。

 

「よし、あとは!」

 

 ザギークは雅龍の方を振り返る。向こうの戦いも、まだ終わってはいないのだ。

 その雅龍はフレンドーベルと共に、スピーディーチューンによってジャッカルの布を素速く回避し、また巻き付かれそうになった時にはスタイランサーで斬り裂いている。

 既にあらゆる挙動を見切っているのだ。彼の援護をするため、ザギークは再びボウガンを構え、ジャッカルを狙い撃つ。

 

「クォォン!」

 

 ジャッカルは即座に反応し、布を操作して円形の盾のようなものを作り上げ、攻撃を防ぐ。

 その瞬間、雅龍は一気に間合いを詰めて背中からジャッカルの体を串刺しにした。

 

「アクッ!?」

「これで終わりだ……」

《パニッシュメントコード!》

 

 スタイランサーにプレートを装填した瞬間、ジャッカルの布が雅龍に迫る。

 が、もう遅い。既に必殺技は発動した。

 

Oh YES(オゥ・イエス)! ウォーゾーン・マテリアルスティング!》

「ホォォォッ! アァァァタァーッ!」

 

 捩じるように槍を回転させ、さらに奥深くに押し込む。

 その回転によって放たれた衝撃波が、ジャッカルの体に空いた穴を大きく広げて頭から下を完全に消滅せしめ、さらに落下しつつある頭部をフレンドーベルが噛み砕いた。

 

「フゥーッ……残るは一人」

 

 雅龍が槍を、ザギークがボウガンを手に走る。目指すは、アズールのいる噴水広場だ。

 

 

 

 ペイルライダーとなったエイリアスと、仮面ライダーアズールの戦いの第二ラウンド。

 先手を仕掛けたのは、ペイルライダーの方だ。

 

Fake Armed(フェイク・アームド)……ライオン・スキル、ドライブ!》

「出よ!」

 

 マテリアプレートを挿入したフェイクガンナーのトリガーを操作すると、銃口からか細い光線が発射され、屈折・拡散。

 その全てがアズールの立つ周囲の瓦礫や地面に命中すると、光は鬣や牙を生やしたベーシック・デジブレインへと姿を変える。その数、五体。

 ライオン・デジブレインも持っていた、群れ(プライド)を作る能力だ。

 

「くっ!?」

「かかれ!」

 

 鳴き声を発し、獣型ベーシック・デジブレインの群れがアズールに襲いかかる。ペイルライダーは、それらを指の動きだけで指揮していた。

 ただ戦闘能力が高いだけではなく、部隊の指揮までも優れている。やはり強敵だ、とアズールは感じていた。

 ベーシック・デジブレインの爪がアズールの装甲に傷をつけ、よろめいた隙にペイルライダーの射撃が飛んで来る。

 

「ぐああっ!」

 

 銃弾は全て正確にアズールの左肩へと着弾し、よろめかせる。

 しかし、アズールは引き下がらない。右手の剣を掲げ、まずはベーシック・デジブレインに斬りかかった。

 回避行動に移っていたが、遅い。アズールセイバーはデジブレイン一体の首を斬り落とし、さらに左手のアズールセイバーV2がもう一体の頭部を縦に両断する。

 

「やるな……だが!」

Fake Armed(フェイク・アームド)……ニュート・スキル、ドライブ!》

 

 フェイクガンナーから、今度は火炎弾が連射される。

 突風を吹き起こす事によって、アズールは難を逃れるものの、立ち止まった瞬間に残るベーシック・デジブレインが正面の左右・背後の三方向から襲いかかって来た。

 

《サイクロンモード!》

「そぉりゃあっ!」

 

 これには二つの剣を連結させてその場で回転し、三体のデジブレインを斬り刻む事で対処。

 続けざまにアズールは、ペイルライダーへと勢い良く剣を突き出した。

 しかし、当たらない。フェイクガンナーのナックルガードで剣先を弾かれ、肩の装甲に傷をつけるのみとなった。

 

「今のでダメなのか……!?」

「お前では勝てんようだな」

《オーバードライブ!》

 

 突き出された刀身にグリップエンドを叩きつけたペイルライダーは、そのままトリガーを引いて必殺技を発動する。

 

「砕け散るが良い」

Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! ニュート・マテリアルソニック!》

 

 高熱を帯びたナックルガードから繰り出される、火炎の乱打。

 アズールは左手でそれを受け止めるが、打撃はともかく、装甲を融かさんばかりの熱と噴き出す豪火は防ぐ術がない。

 大きく態勢を崩したところを、今度は銃口から飛び出した巨大な炎の塊が襲いかかって来る。

 

「くうううっ!!」

 

 剣を振って炎を散らす事で、アズールは難を逃れる。

 強い。いや、強すぎる。マテリアプレートやフェイクガンナーの性能だけでなく、エイリアス自身の戦闘能力と才覚が翔のそれを遥かに圧倒しているのだ。

 それでもアズールは負けられない。地につきそうになった膝に力を入れ、再び剣を強く握り込む。

 

「……諦めの悪い」

「良く言われるよ」

 

 軽口を叩くが、状況は最悪だ。

 どんな攻撃も全く通用していない。それどころかことごとく先を読まれ、押し潰される。

 だからと言ってアズールに根負けする気は一切しないが、しかしこの状態で勝てるかどうかとなれば別問題だ。一度逃げるにしても、ペイルライダーはその隙を見せはしないだろう。

 ならば、ここはやはり。

 

《フィニッシュコード!》

 

 アズールが、剣にブルースカイ・アドベンチャーのマテリアプレートを装填する。

 もう一度必殺技を発動するのだ。

 その姿を見るとペイルライダーは、フゥ、と呆れたように息を吐く。

 

「バカの一つ覚えというヤツか? 先程、同じ技で敗れたばかりだろう」

「同じ結果になるとは限らないよ」

「……やはりバカか」

Fake Armed(フェイク・アームド)……フィドラークラブ・スキル、ドライブ!》

 

 もう一度深く息を吐くと、彼の行動に応じるように、ペイルライダーもマテリアプレートをセット。

 音声と共に、フェイクガンナーに巨大なハサミが装着される。

 そして、ペイルライダーはグリップエンドを手で叩いた。

 

《オーバードライブ!》

「今のお前の身体では、結果は既に見えている……!!」

 

 アズールが剣先を突きつけ、ペイルライダーは銃口を向ける。

 最初に倒された時と構図は同じ。しかし、アズールは少しも恐れていない。

 先手を打ったのは、ペイルライダーだ。トリガーを引いて必殺技を発動、ハサミに光が集約し、巨大なエネルギー体のハサミが形成される。

 

Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! フィドラークラブ・マテリアルソニック!》

 

 大きく開かれたハサミが、アズールの身体へと迫る。その瞬間、彼は動いた。

 アズールセイバーのサイクロンモードを解除し、マテリアプレートを装填していない通常のアズールセイバーを、ハサミの根本に向かって投げたのだ。

 

「なに!?」

 

 剣で詰まって、ハサミが閉じない。これにはペイルライダーも目を見張った。

 さらにアズールは、下からくぐり抜けるようにスライディングして必殺技を回避し、マテリアフォンを逆手に持ったアズールセイバーV2にかざしている。

 

Alright(オーライ)! ブルースカイ・ネオマテリアルスラッシュ!》

「そぉりゃあああああっ!」

「くっ……ナメるな!」

 

 もはやこのハサミは役に立たないと判断したペイルライダーは、チョップでそれを素速く圧し折って、そのままフェイクガンナーで殴りかかる。

 これでもまだ必殺技は継続している。よって、アズールの必殺技を相殺できると踏んだのだ。

 が、アズールはペイルライダーが殴りかかって来ると分かった時。

 既に、剣を持つ手を緩めていた。

 

「!?」

 

 フェイクガンナーのナックルガードと、使い手を失ったアズールセイバーV2がぶつかり合う。

 アズールセイバーV2によってほとんど威力を削ぎ落とされた必殺技を、アズールは胸部で受け止めていた。

 痛みに耐え、ドライバーに装填されたマテリアプレート、そのライドオプティマイザーの引き金を操作しながら。

 

「なっ……!」

《アクセラレーション!》

 

 既にアズールは、マテリアフォンをかざしてシークエンスを終えている。

 必殺が来る。それを理解して、ペイルライダーはすぐにその場を離れようとする。

 しかし、アズールは彼の腕を掴んでそれを阻止した。

 

「これで!」

Alright(オーライ)! スーパーブルースカイ・マテリアルバースト!》

「どうだぁぁぁ!」

 

 右手に青いエネルギーが集中し、ペイルライダーに向かって真っ直ぐ拳が解き放たれた。

 その鋭い一撃は――僅かに首を傾けたペイルライダーの、頭部の大きなゴーグルを掠める。

 

「あっ!?」

「惜しかったな……!」

 

 超至近距離からペイルライダーが発砲し、堪らずアズールは手を離してしまう。

 そして大きな隙を見せてしまった事で、ペイルライダーに反撃の機会を与える事となった。

 

Fake Armed(フェイク・アームド)……シーアネモネ・スキル、ドライブ!》

「ゲームオーバーだ!!」

《オーバードライブ! Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! シーアネモネ・マテリアルソニック!》

 

 銃口から触手が伸び、アズールの体を締め付けながら引き寄せる。

 メキメキとボディの装甲が軋み、アズールは苦しげに呻き声を上げる。

 そしてフェイクガンナーを振り上げ、ペイルライダーはアズールの体に必殺の一撃を叩き込んだ。

 

「うああああっ!!」

 

 重い攻撃を受け、ついに変身が解けた。

 翔は地面に倒れ込み、地についた腕に力を入れ、必死に立ち上がろうとする。

 だが、もう戦う力は残されていない。その上ペイルライダーは、翔にトドメを刺そうと、ゆっくりと迫っている。

 

「く……!」

「お前は良く戦った、敵とはいえ称賛に値する。が、もう終わりだ……今すぐ楽にしてやる」

 

 シュルシュル、と音を立てて触手が首へと向かっていく。

 首を折るつもりだ。翔に成す術はない。

 それでも、翔は触手を掴んで、抵抗を続けていた。そんな彼の姿に、ペイルライダーは残念そうな声色で話しかける。

 

「もう止めろ。わざわざこれ以上苦しむ必要はないだろう」

「嫌だ……!!」

「なぜだ。自分の全てを犠牲にしてまで、ホメオスタシスには護る価値があるというのか? お前はそこまで、あの組織への使命感や忠義を持っているというのか?」

「違う……」

「ならばなぜ抗う?」

 

 フェイクガンナーを握ったまま、ペイルライダーは問いかける。

 

「使命とか忠誠なんかじゃない、犠牲になるつもりもない! 皆の居場所を、いつもの空の色を護るって決めた! 生き残って皆と一緒に帰るって決めたんだ! 兄さんと……約束したんだ!」

「……グッ……!?」

 

 翔の言葉を聞いている内に、突然ペイルライダーは苦しみ始め、頭を抱える。

 それによって翔は触手から解放されるが、相手の様子が変わった事に驚くばかりであった。

 しかし良く見れば、ペイルライダーの顔に装着されたゴーグルに、罅ができている。必殺技を掠めた時についたのであろう、その傷が徐々に広がり始めているのだ。

 

「グオオオッ!? なぜ、だ……体が思うように……う、動かない!! あ、頭が、割れる!!」

「エイリアス……?」

「ウグ、ガアアアアッ!!」

 

 ゴーグルの傷が大きくなる度に、ペイルライダーの悲鳴も大きくなる。

 何が起きているのか、目の前にいる翔にも、屋内で隠れて見ていたアシュリィにも理解できなかった。

 だが、あまりにも苦しそうなペイルライダーの様子がどうしても気になって、翔は彼に向かって手を伸ばそうとしていた。

 

「翔くん! 伏せて!」

「ホォォォーッ! アタァァァーッ!」

 

 ザギークと雅龍という増援が到着したのは、その瞬間の事だった。

 翔は慌てて飛び退き、頭上を通り過ぎてペイルライダーへと飛び蹴りを放つ二人の姿を見守る。

 

「グゥッ……ハァァァッ!!」

 

 しかし、完全な不意打ちであったにも関わらず、ペイルライダーは二人の攻撃を触手で受け止める。

 

「何っ!?」

「げぇ!?」

 

 足を取られたザギークと雅龍は、フェイクガンナーの触手に振り回され、体を壁や地面に叩きつけられる。何度も、何度も。

 その一撃が効いたらしく、ザギークは目を回して変身解除。しかし雅龍はスタイランサーで触手を切断、脱出するのであった。

 そして目眩まし代わりにスタイランサーを投擲し、アプリチューナーを指で操作しながら真っ直ぐに突撃する。

 

《パワフルチューン! テクニカルチューン! スピーディチューン!》

 

 マキシマムチューンを使うつもりだ。それを理解して、観戦している浅黄は息を呑む。

 ザギークのものと違い、雅龍のマキシマムチューンは三分保つ。一分しか使えない浅黄に比べれば長持ちするが、それでも僅かな時間である事に変わりはない。

 雅龍は、この一瞬に全てを賭けているという事だ。

 

Oh YES(オゥ・イエス)! マテリアライド! マキシマム・フルチューンアップ!》

「一気に終わらせる……!!」

《パニッシュメントコード!》

 

 銀色の装甲を纏いながら、雅龍は必殺技を発動して大きく踏み出す。

 

Oh YES(オゥ・イエス)! マキシマムウォーゾーン・マテリアルパニッシャー!》

「ホオオオオオアタアアアアアァァァッ!!」

 

 再度放たれる、超速の飛び蹴り。

 弾丸のように飛び出した雅龍、その一撃を、ペイルライダーは必要最小限のサイドステップでいとも容易く回避した。

 

「なんだと!?」

 

 技がかわされて狼狽しつつも態勢を立て直すと、振り返って攻撃に備える。

 ペイルライダーの方は絶えず起こる頭痛に苦悶しながら、銃撃を放った。

 

「ハァァァーッ!!」

「アタァッ!」

 

 迫り来る銃弾を拳で砕き、雅龍が疾駆。銃使い相手なら接近戦で挑めば優位と見て、そのまま拳打を乱れ撃つ。

 スピーディチューンの拳速とテクニカルチューンのフェイントを含んだ精度、そしてパワフルチューンによる拳圧の破壊力。

 それら全てが合わさっている、マキシマムチューンの拳。一発一発が強力なその攻撃を、ペイルライダーはこともなげに回避し、防ぎ、凌いでいる。

 

「くっ……!!」

 

 全く隙がない。一度距離を取り、雅龍は再び拳を構える。

 だが直後、雅龍の変身も解けてしまう。翠月の額からは、大量の汗が滲み出ていた。

 既にマキシマムチューンの活動限界を迎えていたのだ。だというのに、全く有効打を与える事ができていない。

 

「お前は一体何者なんだ!?」

 

 これまでにない強敵に、翠月でさえも焦燥と命の危機を感じ取っていた。

 だが、その時だった。

 

「グ、ク……う、うあああああっ!?」

 

 ペイルライダーの装着していたゴーグルが音を立てて壊れ、その破片が地に落ちた。

 赤いバイザーの下から出てきたのは、紫色の鋭角な複眼。青かったはずのボディカラーは、シアンに変色している。

 その頭部の形状や顔つきは、アズールに良く似ていた。

 

「……え?」

 

 翔は驚いていた。その姿が、顔が、明らかに仮面ライダーであったからだ。

 同様の反応を示しているのは一人ではない。浅黄も、今のペイルライダーの姿に大きく目を見張っていた。

 

「アレは、仮面ライダーキアノス!?」

「キアノス……?」

「ホメオスタシスの資料で見た。リボルブの後に誕生したライダーで、変身してるのは……確か……」

 

 青褪めた顔の浅黄が良い終えるよりも前に、ペイルライダーの変身が解ける。

 見れば、エイリアスの銀仮面も砕け散っており、素顔が暴かれていた。

 その顔を見た翔は、信じられないとばかりに身を震わせる。ほんの僅かに時間でも止まったかのように、声さえ出せなかった。

 だが、ただ一言。絞り出すように、一言だけは発する事ができた。

 

「……兄さん……!?」

 

 天坂 響。

 強敵エイリアスの正体は、行方不明になっていたはずの翔の実の兄、響だったのだ。

 しかし当の響は、翔の姿を見ても苦悶して呻くだけだ。

 

「お、お前は……誰だ!? ……俺はっ、俺は誰なんだ!?」

 

 そう言った直後、響は獣じみた断末魔のような咆哮を発しながら、地下道への穴に飛び込んでいく。

 翔は深刻な表情になって、割れた銀仮面の一部を拾って、彼の後を追おうとした。だが、その前に翠月と浅黄が立ち塞がる。

 

「待つんだ! 今は我々も疲弊している、このまま追跡してもやられるだけだ!」

「けど! けど、あそこに兄さんが! やっと! やっと会えたのに、こんな……!!」

 

 地下に向かって兄を連れ戻すため、必死の思いで翔は穴に向かおうとする。

 そんな彼を諭すように、浅黄が口を開いた。

 

「今すぐ行ったって、ウチらが負けるだけ。体力の話だけじゃなくて、この地下道の先はきっと敵の本拠地なんだよ。何が起きるか分からないの。焦る気持ちも分かるけどさ」

「……」

「ここは一度休んで態勢を立て直したり、その仮面についても解析すべきだと思う。それに君が倒れたらさ、アシュリィちゃんはどうすんの?」

「それは……」

 

 そこまで言われて、翔はようやく立ち止まって振り返る。

 視線の先には、隠れていたアシュリィが立っており、不安そうに翔の事を見つめていた。他の調査員たちも顔を出している。

 その視線を受け、翔は頷く。

 こうして、一行は安全を確保した上で街に拠点を立て、休憩の後に地下道からの侵入するという方針を決定するのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「……そうか、エイリアスの正体はあいつだったか」

 

 現実世界にて。

 侵攻組がサイバー・ラインに向かっている間に、街中でデジブレインの襲撃を退けた鷹弘は、浅黄からの通信を受け取っていた。

 銀仮面のエイリアスの正体は響であった事、そして彼が記憶を失っている事。全て聞き届けた。

 そんな鷹弘は、いつになく冷静な口調だった。それを訝しんだらしく、浅黄は問い質すように言葉を投げる。

 

『驚いてないの?』

「驚いたに決まってんだろ、だが納得もした。通りで強いハズだぜ」

『……翔くんは、まだ……かなり動揺してる』

「ま、そうだろうな」

 

 マテリアフォン越しに聞こえる浅黄の声は、明らかに苛立っている。続く言葉も、少しばかり早口になっていた。

 

『ちょっとさー、冷たすぎじゃない? あの子、実の兄弟が敵に回っちゃったんだよ? 心配じゃないワケ? 響くんも友達だったんじゃないの?』

「心配すりゃあいつが元に戻んのかよ」

『それは……違うけど』

 

 むむむ、と唸りながら、浅黄は黙り込んでしまう。

 鷹弘は溜め息混じりになりつつも、さらに話を続けた。

 

「今、俺がここを手薄にするワケには行かねェ。となりゃ、そっちの問題について俺にしてやれるのは……ひとつだけだ」

『それって?』

「あいつら兄弟が安心して戻れるように、この街を護る。それが俺の仕事だ」

 

 その発言の直後、再び付近で悲鳴と爆発音が上がる。

 またデジブレインが現れたのだ。それを理解した鷹弘は通話を打ち切り、陽子や部下を伴って現場へと急行する。

 現場であるブティック通りにいたのは、頭部や肩などに木の枝のようなものが生えているキツネ型のデジブレインだ。枝の先には、黒々としたブドウが実っている。

 ガンブライザーはない。となれば、この特殊なタイプはハーロットの作ったものであろうと鷹弘は判断した。

 

「ブドウにキツネ……多分『すっぱい葡萄』かしら?」

「だろうな。少し下がってろ」

 

 陽子は頷き、他の戦闘員たちも距離を保つ。

 そして鷹弘はキツネ型デジブレインを睨みつけ、V2タイプのマテリアプレートを起動。変身へと移った。

 

《ユー・ガット・スーパーメイル! ユー・ガット・スーパーメイル!》

「変……身!」

Alright(オーライ)! オプティマイズ・マテリアライド! デュエル・アプリV2! 最速のガンスリンガー、インストール!》

「行くぞ……!」

 

 リボルブに変身し、突撃。

 嘶きながら、相手となる怪人、サワーグレープ・デジブレインがそれを迎え撃つ。

 あの兄弟二人だけではなく、全ての人々の帰るべき場所を護るために――リボルブは、銃火を放つ。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「グ、オオオッ……」

 

 仮面の失われた顔を右手で押さえ、響は苦痛にもがきながら、暗い地下道を歩いている。

 彼の頭の中では、絶えずフラッシュバックが起きていた。自分と似た顔立ちの少年――即ち、翔との生活の記憶だ。

 

「な、なぜだ……この記憶は……何だ……あいつは、何者なんだ」

 

 息を切らし、響は自分の手の中にあるものを見下ろす。

 マテリアフォン。翔も使っていた、変身に使用する道具だった。

 

「なぜ俺がこんなものを持っている……これは、一体……」

 

 再び起こる頭痛。段々と、彼の中で結論が出始めた。

 自分の正体について。

 

「まさか、俺は……!!」

「中々良い働きじゃったぞ、エイリアス」

 

 驚いて、響はフェイクガンナーを手に振り返った。

 そこにいたのは、仮面を被った老人。Mr.フェイクマンだ。

 響の状態を見るなり、フェイクマンは驚いたような感心したような声で、顎をさすってひとりごちる。

 

「仮面を破壊されおったか、向こうも中々やるな」

「フェイクマン……!! 答えろ、俺は何者なんだ!! どうして俺が仮面ライダーと同じ道具を持っている!? まさか俺は……俺は、ホメオスタシスの人間だったのか!? あなたは俺を、騙していたというのか!?」

 

 息を切らしながら、銃口をフェイクマンへと向ける響。

 必死な彼の姿に、フェイクマンは大きく溜め息を吐いた。

 

「儂のくれてやった武器で殺すつもりか? 行き倒れておったお前を介抱してやったのはデカダンスと儂だったというのに、嘆かわしい」

「質問に答えろ!!」

「フゥ……騙してなどおらん。お前はホメオスタシスのエージェントによって、この世界に送り込まれたのじゃ」

 

 言い切った後で、フェイクマンは「ただし」と付け加える。

 

「そやつはCytuberの手の者じゃがな」

「な」

 

 問い質すよりも先に、フェイクマンが動いた。

 霧吹きのようなものを取り出し、響の顔に浴びせたのだ。

 それを受けて、響はついに地に両膝をついてしまう。

 

「ぐっ!?」

「効くじゃろ? デカダンスの力で作った絵の具を溶かした幻覚催眠液じゃ……尤も、お主がこの程度で音を上げる精神力の持ち主でない事は知っておるがな」

「な、に……」

 

 霞んでいく視界の中。

 響は、目の前の老人が霧吹きを置いて、別の何かを取り出すのを見た。

 

「疑問に思わんかったのか? なぜ儂らに都合良くホメオスタシスのエージェントの記憶が残っておったのか、なぜそこまでの憎しみを植え付けられておったのか、なぜ……仮面が剥がれた瞬間に記憶が戻ったのか」

「……まさか……!!」

 

 ガンブライザーとマテリアプレート。もはやほとんど眼が見えていない状態だが、響は確信した。

 

Cytube Dream(サイチューブ・ドリーム)……スロース!》

「デカダンスは幻覚を以て、退廃と懈怠の夢へと微睡ませる。じゃが儂は」

Goddamn(ガッデム)! マテリアライド! スロース・デジブレイン! パラサイトコード、ダウンロード!》

「記憶を操り、儂らに隷属する傀儡に堕とすのじゃよ」

 

 ゾクリ、と背筋を震わせて、反射的に響がフェイクガンナーで発砲する。

 ぼやけた瞳でも、姿と位置さえ分かれば響には当てる事はできる。弾丸は真っ直ぐ、変異したフェイクマンに向かって行った。

 しかし。

 

「くっ!?」

 

 着弾の音を聞く前に、響は組み付かれて地面に取り押さえられる。もう腕に力も入らず、フェイクガンナーも簡単に奪われてしまった。

 

「危ない危ない……」

 

 失いかけた意識の中で、響は目撃する。

 鋭利な爪を生やした青色のナマケモノ型のデジブレイン、それが銀色の仮面を手の中に作っている姿を。

 

「き、さまぁ!!」

「悪く思うな。これも我が孫娘のため……今後もお前には、あの子に身を委ねる人形となって貰うぞ」

 

 そんな事を言いながら、スロース・デジブレインが仮面を響に被せる。

 

「くそ……くそぉぉぉっ……」

「抵抗は止めろ。どうせ怒りも哀しみも全て忘れ、微睡みの中に消えるのじゃからな……」

 

 響が正常に意識を保っていられたのは、その瞬間が最後であった。



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EP.24[懈怠の陵墓]

FRAGMENT[ALIAS(エイリアス)]

「なぜだ……なぜ……こんな事に」

 マテリアフォンを手に、砂塵の吹き荒れる茫漠の地を歩く、ひとつの青年の影があった。
 僅かに傷を負って流血しており、無数の砂粒の上に、ぽつぽつと血痕が滴り落ちて跳ねる。
 青年は、天坂 響だった。

「御種 文彦……あの裏切り者め……!」

 翔たちには見せた事もない憎しみに満ちた表情をしながら、響は呟く。
 受けた仕打ちを考えれば当然の事であるし、ホメオスタシスのエージェントである彼にとって、これは重大な事実。一刻も早く知らせなければならなかった。
 しかしマテリアフォンのバックドアは機能停止させられており、自力で帰る事ができない。どうにかして帰還の手段を見つけなくてはならない。
 そしてこの砂漠地帯に至るまでの度重なる戦闘による疲労、並びにそれによって受けた負傷で、彼の肉体はボロボロになっていた。

「ダメだ、もう……身体が……」

 くらくらと揺れる頭と途切れそうな意識をどうにかして繋ぎ止めていたが、もはや限界だ。
 響は、砂塵の中でうつ伏せに倒れ込み、瞳を閉ざしてしまった。

「……」

 目前にある巨大な四角錐の建造物、その入口の前に立っていた少女に気付かずに。

※ ※ ※ ※ ※

「……う、ん……?」

 額から広がる、冷たい感触。それに気付いて響は目を覚ました。
 見慣れない天井。簡素だが柔らかいベッドの上。自身の頭には、熱冷ましに濡れたタオルが乗っている。
 体は包帯とガーゼなどで治療を施され、そのためなのか下着を含む衣服は全て脱がされてしまったらしい。マテリアフォンも、手元にはなかった。
 ここはどこなのか、一体何者の仕業なのか。響には判断ができずにいた。その上、周囲や部屋の外を調べようにもこの傷では身動きも取れない。
 どうしたものだろうか。考えていると、扉がゆっくりと開かれた。

「あっ、起きまし……た?」

 僅かに開いた扉の隙間から、おどおどとしたような少女の声が聞こえる。顔は良く見えないが、間違いなく人間だ。
 響は身体の痛みも忘れ、跳ねるように飛び起きた。
 久し振りに聞いた人間の声。それはサイバー・ラインを飲まず食わずで放浪し続けた彼を、まるで悪夢から目覚めたような気分にしてくれた。

「俺は天坂 響だ、君は?」
「……面堂 彩葉(メンドウ アヤハ)、です」
「面堂さんか。君が俺を手当てしてくれたのか?」
「は、い。おじいちゃんと一緒に……」
「ありがとう」

 家族が一緒にいるのか。ここはサイバー・ラインの中のはずだが、一緒に囚えられてしまったという事なのか。
 響の中で様々な疑問が浮かびつつも、もっと話がしたいという思いも募っていた。
 そして彼女との会話に心を弾ませていた響は、なぜ相手が部屋の中に入らないのかも考えないまま、ドアに近付いて勢い良く扉を開いた。

「……!!」

 扉の向こう側にいたのは、赤茶色の長髪を伸ばした少女。
 年齢は響と同じくらいだろうか。化粧っ気がなく頬に僅かにそばかすが浮いているが、目鼻立ちの整った顔で、気弱そうに眉が垂れ下がっている。体型はスレンダー、全体的に細身でスリムだ。
 彼女の頬は赤く染まっており、視線が響の顔から段々と下に向かって、ある一点にまじまじと注がれている。
 目が覚めたばかりの、彼の剥き出しの下半身に。
 直後、響は大慌てて部屋の中に駆け込んだ。

 数分後。

「……先程はすまなかった」
「う、ううん。気にしないで……ください」

 部屋の中には、簡素な服を着てベッドに腰掛ける響と、彼に向かい合う形で椅子に座っている彩葉の姿があった。
 響は今、彼女の持って来たパンやスープといった食事を口にしている。

「食べ物まで用意してくれて本当にありがとう。ところで面堂さん、いくつか聞きたい事があるんだが」

 食事中に頭の中で聞きたい事を纏めていた響は、全て食べ終えると改めて彼女に向き直る。

「ここは一体どこなんだ? 君は何者だ?」
「サイバー・ラインの中、です。私は、その……」

 質問を聞くと、元々が気弱に見える彼女から、ますます元気が失われたように響には思えた。
 そんな彼女の顔を見ていると、響は自分も胸が締め付けられるような、憐憫とも同情とも違うなんとも形容し難い気持ちに苛まれた。

「……Cytuberって、いうんです。デ、デジブレインを、味方につけてる組織で……多分、あ、あなたたちと……敵対、してます」
「……そうか」

 たどたどしく話す彩葉の言葉をしっかりと聞いて、響はフッと笑みを浮かべる。

「ありがとう」
「あ、えと……ど、どうして……です、か? 私、敵……なん、ですよ?」
「正直に話してくれた。この傷も、食事も、君が用意してくれた。たとえ立場が違っているとしても、君は俺の命を助けてくれたんだ」
「……」
「だから、ありがとう」

 面と向かって礼を言うと、彩葉は顔から火が出るのではないかと思うくらいに赤面し、狼狽する。
 響は再び、胸の奥に湧き上がる正体不明の感情に襲われながらも、気付くと口元に笑みができていた。
 しかしそれはそれとして、言うべき事は言わねばならない。

「だが君の言う通り、俺たちは敵同士なんだ。今ではなくとも俺は君を倒さなければならない」
「あ、う……」
「俺としては、できれば命の恩人と戦いたくはない。だが……」

 今すぐ自分を元の世界に帰して欲しい。
 その言葉を口に出すより先に、再び入口のドアが開く。
 現れたのは、年老いた白髪の男だった。人の良さそうな笑顔で、口元に白い髭を生やしている。

「おや、目を覚ましたのじゃな」
「あっ……おじいちゃん」

 後ろから声をかけられ、彩葉はほのかに明るい笑みを見せる。
 彼女の言動から、響はこの老爺こそが彩葉の祖父なのだと確信した。

「儂は面堂 元作(メンドウ ガンサク)じゃ。ようこそ、はじめまして」
「いえ、こちらこそ。助けて頂いてありがとうございます」
「ははは、いやいや……ところで」

 元作の目が僅かに細められ、鋭さを増す。

「まだ怪我は治っておらんようじゃな。どうじゃろう? もうしばらく、ここに残るというのは」
「しかし、俺にも家族が……友人も気がかりで」
「その体で出ていけば、ご友人たちの足を引っ張る事になるのではないかな?」

 確かに、と響は思う。治療して間もないこの状態で戻ったとしても、力にはなれない。最悪の場合また囚われる可能性がある。
 だがそれと同時に響は、自分の考えを見抜いたこの元作という男に対して、一抹の不安と脅威を感じていた。
 すると元作は懸念を見破ったかのように、口を開く。

「安心せい。意地悪で言ったのではない、怪我が治ったら帰す事は約束するとも。その間は他のCytuberやデジブレインに君を攻撃させない事もな」

 考えに考えた結果、響はひとつの結論を出した。

「俺の持ち物を全部返して下さい。それが条件です」
「あい、分かった。それから……良ければ彩葉の話し相手になってくれんか。ずっとここに籠もりきりで、儂以外と会う事もなかったでな……」

 そう言って、元作はゆったりと部屋を去る。
 響と共に残された彩葉は、相変わらず頬を上気させて慌てている。

「え、えと……あの……な、なにか欲しいものとか、食べたいものって、あ、ありますか……?」
「いや、先程食事を貰ったばかりだから大丈夫だ」
「あっ……そ、そうですよね、ごめんなさい」
「謝る事はないよ。だが、そうだな……ゲーム機か何か持ってるかい?」

 ゲームと聞いて、彩葉の顔がパァッと明るくなった。
 曰く、彩葉もゲームが好きで、よく一人で遊んでいるらしい。それ以外の趣味や普段何をしているのかを尋ねてみれば、主に絵を描いて過ごしているという。
 彼女の持って来たそのイラストを目にすると、響は目を見張る。
 見事な抽象画だった。濃赤や黒、灰色といった暗い色彩と、波打つような激しい筆遣い。それでいて退廃的で、儚さを思わせる絵。
 テーマを話したワケではない。しかし、その絵に込められているであろうどこか物哀しい思いを感じ取り、響は思わず嘆息していた。

「あ、あの……どう、ですか?」

 不安そうな彩葉の声を聞いて、響は現実に引き戻される。そして咳払いをしながら、感想を述べた。

「俺はあまり芸術に詳しい方ではないが、この絵はすごいものだと思う。誰かから習っていたのかな?」
「ん……父さんが画家、だったの……えへへ」

 彩葉は嬉しそうに話す。先程よりも顔を綻ばせて。
 その姿を見て、響はまた自分の胸に締め付けられるような感情が溢れてくるのを感じていた。
 こうして、二人は昼夜問わず何度も接していく。そして対話を重ねる内に、響は自らの思いに気付き始めた。
 自分は、彼女に惹かれているのだと――。

※ ※ ※ ※ ※

 それは、翔たちの手でCytuberのロック(伊刈 律)が倒されるよりも前の事だった。
 怪我が完治しつつあった響は、これからの事について思い悩んでいた。
 彩葉は彼にとって、もうかけがえのない大切な存在となってしまったのだ。できる事なら戦いたくなどない、その思いは以前よりも強くなっている。
 何よりも、彩葉をここに置いて去る事が心苦しい。もっと傍にいたい。彼女を守って、力になりたい。
 ある時『父と母に会いたい』という彩葉の願いを知ってからも、ずっと響は苦悩し続けた。彩葉の方も、別れの時が近付いている事を悟ると、段々元気がなくなっていた。その姿を見るのも苦しかった。

「少し、良いかな」

 元作から呼び出されたのは、そんな時だった。
 意図が分からず訝しみながらも、響はその招集に応じた。いつものベッドのある部屋ではなく、地下室だ。
 元作は、響に背を向けた状態で立っている。
 振り向く様子がないので、響は自分から声をかける事にした。

「何の用ですか?」
「見たところ、君の怪我は近い内に完全に治るじゃろう。その後はどうするつもりかね?」
「……正直、悩んでいます。ここから離れるには……あまりにも彼女と長く時を共にしすぎたのかも知れない」

 自分がもっと早くに行動していれば、こうはならなかっただろう。口に出した後で、響はそう思った。
 無論、今になって後悔したところで何にもならないのは響にも分かっている。そして、既に決断の時が目前まで迫っている事も。
 元作はそんな響を見て、ニィッと唇を釣り上げた。

「ならいっその事、儂らの仲間に加わると良い」
「なんだって?」

 途端に響は警戒心を強め、唇をキュッと引き締める。
 それを感じ取ったのか、元作は喉奥でくつくつと笑い出した。

「儂としても君とは争い合うつもりはない、当然あの子もそうだ。君も同じ気持ちのはずじゃろう」
「……」
「何より……儂はもう長くはない。あの子が夢を叶えるまで生きていられるかどうか分からん。だから」
「だから俺に残れと言うのか。彼女の夢のために、家族や友を、仲間を裏切れと」

 警戒心は、明確な敵意に変わる。響の目つきが鋭くなり、拳に力が入る。

「元作さん。あなたは俺と約束したはずだ、怪我が完治すれば俺を必ず元の世界に帰すと。その誓いは嘘だったのか」
「先程まで動揺していた男の言葉とは思えんのう」
「確かに俺は今でもどうすべきか悩んでいる。だが……そこで彼らを裏切るという結論に至るような、性根の腐った生き方はしていない!」
「ほほ、そうか。じゃがお主に選択の余地はない」

 笑いながら元作は、壁面の一部をガコンッと押し込んだ。
 すると部屋全体を覆うようにガスか霧に思えるものが噴出し、それを吸い込んで響は膝をついてしまう。

「なんだ……これは……何を、した……!?」
「ほう、これでもまだ正気を保っていられるか。じゃが、もう手遅れよ」

 振り向いた元作は、ガスマスクを装着していた。最初から罠にかけるつもりで誘き出したのだ。

「全てはあの子のため。お主には、永久にあの子の傍にいられる傀儡となって貰う」

 その言葉を聞いて、響は意識を失う。
 こうして、彼は記憶を奪われ、エイリアスという名の死神に姿を変えるのであった――。


「……う、ん……」

 

 気がつくと、エイリアスはベッドの上に横たわっていた。

 確か、自分は仮面ライダーたちと戦っていたはず。最後にどのような結末を迎えたのだったか、どうやってここまで戻って来たのか。それを思い出す事ができない。

 頭を押さえながら身を起こすと、扉が開いて一人の少女が姿を現す。

 気怠げな眼差しが特徴的な、青いドレスを纏う褐色肌の女。デカダンスだ。

 

「デカダンス様、俺は一体」

「……大丈夫。あなたは、ちょっと疲れたから~……休んでただけ……」

 

 立ち上がろうとしたエイリアスの身体を、デカダンスが抱き止める。

 理由も分からず、彼女の行動に困惑するエイリアス。するとデカダンスは顔を上げ、か細い声でこう言った。

 

「もう、すぐそこまで仮面ライダーが来てる……でも……あなたには戦って欲しくない」

「何故!? 俺の役目はヤツらを倒す事だ!! そのために力を与えられた!!」

「……分かってる……フェイクマンの望みも、あなたの本当の気持ちも……。……でも……私、全部失敗して……あなたがいなくなったら……きっと、耐えられないから……もうあんな思い……したく、ない、から……」

 

 エイリアスに背を向け、身を微かに震わせながらデカダンスは部屋を去る。

 そんなデカダンスの姿に、エイリアスは胸を打たれていた。

 内から沸き起こるような感情。記憶がないにも関わらず、以前にもこんな事があったような気がする、とエイリアスは思っていた。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「……ここが、デカダンスの根城か」

 

 休憩の後。地下道を抜け、翔・アシュリィ・翠月・浅黄の四人は巨大な四角錐の建造物の前に辿り着いていた。

 その建造物の名は、見ただけで分かる。ピラミッドだ。古代エジプトの王墓とされている、不明な建築法によって作られた石造りのもの。

 なぜそんなものが拠点となっているのかは、まだ誰にも分からないが、今までのケースから中に入れば嫌でも彼女のトラウマに触れる事になる。結局、翔たちは進むしかないのである。

 

「ところでさ、あの銀仮面の解析結果が出たんだけど」

 

 地下道でも作業を続けていた浅黄が声を上げる。

 

「これ、デジブレインの能力で作られたみたい。例の粉とはまた違った感じで、身に着けると記憶を改変されちゃうみたいだね」

「仮面が記憶を!? じゃあ、あの後兄さんは」

「少しずつ記憶が戻ったんだと思う。でも、また仮面を着けさせられたら振り出しに戻っちゃうよ」

「そうですか……」

 

 僅かに翔は肩を落とす。

 しかし、銀仮面あるいは変身後のゴーグルを狙えば兄が元に戻る事は分かったのだ、落ち込む事ばかりではない。

 

「それにしても、記憶か……」

 

 チラリ、と翔の視線がアシュリィに移る。

 思えばアシュリィは記憶喪失、今の響も一時的に記憶を失っているようだ。ならば、アシュリィの記憶が失われているのは……。

 そこまで考えた翔に、まるで現実に引き戻すように翠月が話しかける。

 

「事実がどうかは分からない。彼女の場合は仮面がないからな……それに、アシュリィくんとデカダンスの接点も見えない」

「どちらにせよ、向こうに行って問い質すしかなさそうですね」

「そういう事だ」

 

 話しながら、翔たちはピラミッドの周辺を調査する。

 見張りのデジブレインの姿は一切見当たらない。他のCytuberの領域では盛大な出迎えがあったのだが、ここはやはり何かが違う。

 出入り口はひとつしかないが、侵入を知らせるような装置――例えば、監視カメラや警報機などは全く設置されていない。窓なども当然ない。

 

「……素直にここから入るしかなさそうだね」

 

 アシュリィの言葉に、一同は頷く。

 石造りの扉は見た目よりも簡単に開き、四人は警戒しながら中を覗き見る。

 加工された石の廊下に果てしなく暗闇が広がっており、ひやりとした空気と共に、なんとも言えない不気味さを醸し出している。

 通れる道はひとつだけ、廊下はただ真っ直ぐに伸びている。

 緊張した面持ちで四人がしばらく足を進めると、今度は広い場所に出た。上階・下階に続く石の階段がある他、天井の中央部からは砂が振り、下階の地面に空いた穴に向かって真っ直ぐ落ちている。

 そして、どの階にも他の場所へ続くであろう通路がいくつも見える。分かれ道だ。どうやら、ここからは迷路のようになっているらしい。

 

「うーん、どうしようか」

 

 腕を組み、頭を悩ませる翔。

 適当に進んで行っても迷うだけなので、何かヒントのようなものを探さなければならないと判断したのだ。例えば、地図のような。

 

「……そだ、ドルフィンタイマーの音波で迷路のルートを割り出すってどう?」

 

 浅黄の提案を聞き、翔は「それだ!」と指を弾いて声に出す。

 そして、アシュリィにドルフィンタイマーを取り出させた。

 

《エディターツール!》

「これを接続して、反響音から地図を記録して……と」

 

 カチカチと音を立ててキーを操作し、ドルフィンタイマーを起動。

 その瞬間、道が表示される。

 ただしその道はどんどん広がり、明らかにピラミッドの外観を無視した、巨大迷宮となっているが。

 

「えっ、なにこれ!?」

「バカな! あり得ない、広すぎるぞ!」

 

 設定を間違えたのか、バグなのか。あるいは、この迷宮そのものに探知妨害の機能でもあるのか。

 ともかく、これで正解の道を辿る方法は取れなくなってしまった。

 

「どーする!? イチかバチか、どっか適当に入る!?」

「いや、リスクが高すぎる。出て来られなくなったら終わりだ」

「んでもゲッちゃん、悠長な事してたら絶対辿り着けないよ!?」

 

 悩む翠月と浅黄。事実、マッピングという手段が取れない以上、このまま進むのが一番手っ取り早いように思える。

 しかし、翔の考えは違った。

 

「落ち着いて下さい二人共、闇雲に進むのは最後の手段です。この中にそもそも正解の道がない可能性もありますからね」

「あっ……でも、じゃあどうすんの?」

「思い出して下さい。前にも同じ事があったはずです、ロックの時に」

 

 言われて、浅黄は納得した様子で頷いた。

 Cytuberの領域では、主にとってトラウマとなるものが玉座への鍵になっている。つまり、ここにも同じように鍵がある可能性が高いのだ。

 よって四人は、まず周囲の探索から行う事になった。広間の上階を翠月、入口のある中段の階層を翔とアシュリィ、下階を浅黄といった具合に分かれている。

 しかし、会ってすらいないデカダンスのトラウマなど分かるものだろうか。全員が同じ懸念を感じつつも、調査を進めた。

 

「……む?」

 

 するとすぐに、翠月があるものを発見した。

 額縁。美術館で絵を飾る時に使われるような、大型のもので、黄金色に輝いている。また、上部には太陽の装飾がされている。

 

「なぜこんなものが」

 

 言いながら、翠月はそれを拾い上げる。

 中に絵は入っていない。こんな場所にあるという事は何か関係があるのかも知れないが、今のところ用途は不明だった。

 

「お? これは……」

 

 続いて、浅黄が声を上げた。

 彼女が発見したのは翠月と同じく額縁。しかし、こちらは銀色で、下部に月の装飾が施されているものだ。

 大きさは同じだ。だがやはり、今は用途が分からない。

 

「うーん……」

 

 続いて唸り声を上げたのは、翔だ。

 無数に存在する通路。この先には本当に道が広がっているのだろうか。

 試しに、翔は小石を拾って通路に向かって放り投げてみる。

 何も聞こえない。普通なら床なり壁なりにぶつかって反響音が聞こえるはずだが、それさえない。小石の行方も、光で照らしてみても全く見当たらない。

 どうやら、この通路に入った時点で別の場所に移動させられるようだ。

 

「やっぱり全部罠か」

 

 これでは最後の手段も使えない。最悪、一生閉じ込められる事になるだろう。

 となれば、間違いなくどこかに先へ進むための鍵がある。そんな希望を胸に調査を進めていると、アシュリィから声がかかった。

 

「ショウ、これ」

 

 彼女が見せたのは、キャンバスだ。

 人物画で三人いるようだが、顔や体型もぼかされていて、誰を描いたものなのか全く分からない。

 

「なんでこんなところに絵が……うん?」

 

 翔がキャンバスを引っ繰り返すと、裏側に羊皮紙(パピルス)が挟まっている事に気付く。

 早速手に取り、内容を黙読する。

 そこには、以下のような記述がされていた。

 

『ある真夜中、二人の若い夫婦が老いた騎士の駆る獣の激突を受けて命を奪われた。獣は頑丈な巨体を持ち、毛は生えておらず、脚は四本で素速く動く。暗所にて目が煌々となり、高い声で鳴く。これは何か?』

 

 内容を読んでアシュリィは首を傾げて、翔の顔を見上げる。

 

「……クイズ?」

「みたいだね」

 

 これだけでは何が何やら分からない。そもそも、どうやって回答すればいいのかも。

 翔は一旦全員を中央の階に集め、調査の結果を話し合う事にした。

 

「どうでした? こちらは絵と羊皮紙が見つかりました」

「偶然だな。俺と浅黄は額縁だ」

 

 そう言って、二人は翔とアシュリィにそれぞれ額縁を手渡し、翔は絵と羊皮紙を預けた。

 

「この額縁に絵をはめ込めばいいのかな……?」

 

 アシュリィが言うが、翔は唸ったまま頷かない。太陽の額縁を裏返したり触ったり、調べ続けている。

 

「どっちに? 不正解の方を選ぶのはマズいと思うよ、もうちょっと調べてみないと……」

 

 そう言われると、アシュリィも首肯して月の額縁を調べ始める。

 すると、彼女の持つ額縁の月の装飾がされた部分が、ガコンッと音を立てて外れた。

 

「えっ?」

「こ、これは……!?」

 

 外れた部分、装飾の裏には言葉が書かれていた。恐らく、それが問題の回答という事だろう。月の方には『トカゲ』と書かれている。

 翔も、同じように太陽の方を外す。そちらは『ライオン』であった。

 

「ライオンかトカゲか……という事なのか?」

 

 翠月が顎に手を添え、考え込む。

 

「『頑丈な巨体』で『四本脚』だったっけ……じゃあライオン?」

「いやいやアシュリィちゃん、その後『毛がない』し『高い声で鳴く』ってあるのよ」

「でも、じゃあライオンもトカゲも当てはまらなくない?」

「うーん……どうなんだろねぇ……」

 

 アシュリィと浅黄も悩みに悩んで、ついには黙ってしまう。

 翔の方も、明らかにこの中に答えが存在しないという事を察していた。では、一体どうすれば道は開くのか?

 

「どこかに別の額縁がある……?」

「でも、調べられるところは全部調べたと思うよ」

「そうなんだけど……。……いや、待てよ」

 

 顔を上げ、翔が下階に飛び降りた。そして、砂が落ちていく穴へとじぃっと目を凝らす。

 すると何かが微かに光るのが見て取れた。

 

「ショウ、どうしたの?」

「……ここ、まだ下に行けるみたいだ」

 

 言いながら、翔は穴の中へと飛び込む。

 不思議な事に、砂は一切身体に付かない。それどころか、触れた感触さえもない。

 どうやらこの砂そのものが幻覚であったらしく、穴の中の小部屋にも砂は全く溜まっていなかった。

 そのまま翔は小部屋の中に見えた光を頼りに探索し、上階に戻るためのハシゴと、もうひとつの額縁を手に入れた。

 黒い金属製の額縁で、装飾はない。が、裏側に英語で文字が刻まれていた。

 

「これは……」

 

 目を丸くしつつ、どこか納得もした様子で翔が頷く。

 それを持って、翔は上へと戻り、全員に額縁を見せた。

 

「三つ目の額縁か。なんと書いてあるんだ?」

「……『Car』です」

「なんだって?」

「要するに車ですよ」

 

 三人とも、愕然としていた。しかし車であれば、確かに羊皮紙に書かれた全ての条件に合致する。

 出題では『獣』となっているが、実際には生き物ですらなかったという事だ。

 

「とにかく、これを額縁にはめ込めば……」

 

 翠月から絵を受け取り、二つを組み合わせる。

 すると、突然絵が輝きを放った。

 

「うっ!?」

 

 眩い光で目を閉ざし、直後に四人の瞼に映像が浮かび上がる。

 今までの領域でもあったものと、同じ現象だ。次第に声も響いて来た。

 

『おとーさん、おかーさん! 絵、描いてみたの! どうかな!?』

 

 画用紙を持った幼い女の子が、父親と母親らしい男女に絵を見せている。

 クレヨンを使っているが、それが彼女の目の前にいる両親を描いたものである事がしっかり分かる程、整った絵だった。

 父親は彼女の頭を撫で、筆の使い方などを教え始める。彼も画家なのだ。

 画用紙には『めんどう あやは』という名前が書かれていた。

 

「これが、デカダンスの記憶……?」

 

 翔が目を開く。

 気付くと手元から絵が消失しており、周囲にあった数多の通路もなくなって、代わりに黒く縁取られた鉄の扉が出現している。

 四人は顔を見合わせ、扉を開いて中へ入った。

 最初と同じく長い通路が広がっているが、今度は壁の両側に絵が並んでいる。左側に太陽の額縁、右側に月の額縁といった具合だ。

 絵は、最初は幼い子供が描いたもののようだったが、進むにつれてどんどん上達して行く。描き手の年齢も上がっているらしく、最初はひらがなで読み辛い字だった名前も、今や漢字で『面堂 彩葉』となっていた。

 

「……む」

 

 しばらく歩いていると、目の前に壁が現れた。ただ行き止まりになっているワケではなく、黒い額縁の絵が飾られている。

 絵には、車とそれに轢かれる二人の男女の姿が描かれている。嘆きと哀しみを感じさせるような、激しい筆使いだ。

 翔は黙ってその絵に触れた。再び、デカダンス――面堂 彩葉のトラウマを体験する事になる。

 

『父さん……母さん……どうして、ど、うして……』

 

 彼女の両親は、老人の運転する車に轢かれて死んだ。交通事故、それも轢き逃げだ。

 だが、その老人は罪には問われなかった。彼はとある政治家と繋がりのある、発言権や立ち場の強い人間だったのだ。

 大勢からバッシングを受けるもマスコミなどからかばわれ、老人はまるで罪を償う事なく、不起訴で逃げ延びた。

 彩葉は、ただただ絶望した。殺した相手は野放し。両親は還って来ない。彼女がまだ中学生の頃の話だった事もあり、精神的なショックは計り知れないものだった。

 それ以来、彩葉は吃音症を患い、さらに自分の部屋に引き籠もるようになったのだ。彼女の事を心配する祖父の言葉さえ聞かず。

 

『もう、何もかも面倒……生きてる事さえ……私、なんのために……生きてるんだろう……。……このまま、ずっとこうしてるくらいなら……私が、死ねば良かったのかな……』

 

 ベッドの上で天井を仰ぎ、涙を流しながら彼女はひとりごちる。

 その時だった。突然、部屋のパソコンから声が聞こえたのは。

 

『欲しくはありませんか? あなたが両親と共に、怠惰という永遠の中で揺蕩い続ける事のできる世界が。決して誰にも邪魔される事なく、微睡みの中で生きられる世界が』

『え?』

 

 彩葉がのそのそと力なく起き上がってパソコンを見ると、そこにはノイズ混じりに孔雀の仮面を被った男が映っていた。

 これは夢の中なのかと思い、目を擦る。しかし、これは紛れもなく現実であった。

 

『あなた様にその機会を、私めが差し上げる事ができます。それを活かせるかどうかはあなた様次第となりますがね』

『……本当?』

『ええ、もちろん。さぁ、あなた様は何を犠牲になさいますか?』

『私、が……犠牲に、できるもの……』

 

 そんなものはない。彼女にとって一番大切なものは両親だった。そして、それは既に失われている。

 だが、諦める事はできない。彩葉は捧げる事のできる代償について、必死に頭の中で思考を張り巡らせる。

 そして、ついに思い至った。

 ――自分自身だ。

 

『あ、う……』

 

 直後、彼女の意識は失われた。それと同時に、翔たちの意識も再度覚醒する。

 目の前からは額縁と壁が消失し、先へ進むための通路が開いていた。

 

「面堂 彩葉は自分を代償に捧げていたのか!?」

 

 真っ先に驚きの声を発したのは、翠月だ。動揺の声はアシュリィからも挙がっている。

 

「で、でもちょっと待って。じゃあ今ここを仕切ってるCytuberのデカダンスは何者なの!?」

「分からない。でも、今回は……やっぱり何かが今までとは違う気がする」

 

 翔はそう言って、廊下を進んで行く。彼女の事情がどうあれ、進み続けなければ何も始まらないからだ。

 今度は上りの螺旋階段が一行の視界に飛び込み、そこからどんどん駆けて行く。

 そうして登り切った結果、四人はまた別の大広間へと辿り着いた。

 広間には誰もいない。なので翠月も浅黄も先へ進もうとするが、翔は違った。立ち止まって、マテリアフォンを取り出している。

 

「翔くん?」

「浅黄さん、英さん。先へ行って下さい」

 

 ハッと眼を見張る翠月。広間の最奥、次の階へと繋がる螺旋階段が見える通路から、一人の男が歩いて来るのだ。

 銀仮面の男、エイリアス。フェイクガンナーを手に、腕を組んで待機している。

 翔たちは既に彼の正体を知っている。天坂 響、彼の兄だ。

 

「懲りもせず、また現れたな。仮面ライダー」

「兄さん……いや、エイリアス」

《ドライバーコール!》

「お前は僕が止める!!」

《ブルースカイ・アドベンチャーV2!》

 

 翔の胴にアプリドライバーが巻かれ、その手にクリアブルーのマテリアプレートが握られる。

 

「たとえデカダンス様からの命令がなくとも……俺はお前たちを倒す! それが使命だ!」

Fake Up(フェイクアップ)……》

 

 言いながら、エイリアスもグリップエンドを手で叩き、トリガーに指をかける。

 ゆっくりと歩き、近付く二人の距離。翔はプレートを装填し、マテリアフォンを握る手に力を込めた。

 

《ユー・ガット・スーパーメイル! ユー・ガット・スーパーメイル!》

「変身!」

Alright(オーライ)! オプティマイズ・マテリアライド! ブルースカイ・アプリV2!》

「偽装!」

 

 翔がマテリアフォンを振り下ろして姿を変え、引き金を引いたエイリアスの方も黒煙と共に変わっていく。

 

《蒼天の大英雄、インストール!》

「ウオオオオオッ!!」

《オペレーション・ザ・ペイルライダー! Let's roll(レッツ・ロール)!》

「ハアアアアアッ!!」

 

 アズールの剣と、ペイルライダーのフェイクガンナーが火花を立ててぶつかり合う。

 続いてアズールはもう片方の剣をペイルライダーに突きつけようとするものの、腹に蹴りを食らって距離を取らされる。さらに、銃撃が放たれた。

 データの弾丸を剣で割りつつ、風の刃で牽制しながらアズールは進む。ペイルライダーも、攻撃を回避しながらバックステップで間合いを保ち、銃弾で応戦する。

 どちらも一歩も譲らない攻防の間に、アシュリィは残る二人に声をかけた。

 

「私はここに残る。二人は行って!」

「……分かった。だが無理はするな」

 

 そう言って翠月は浅黄を連れて激戦の横を通り過ぎ、階段へと走っていく。

 当然ペイルライダーは銃口を向けて進行を妨げようとするが、その隙を見逃すアズールではない。射線上に剣を振り下ろし、二人への攻撃を防いだ。

 

「む!」

「相手は僕だ。勝手な事はさせない」

「……いいだろう、ならばまずお前から叩きのめしてやる!」

 

 ペイルライダーはそう言って、マテリアプレートを取り出す。

 アズールから奪い取ったものだ。すぐに装填してトリガーを操作し、攻撃を行う。

 

Fake Armed(フェイク・アームド)……ロボット・スキル、ドライブ!》

「ハァッ!」

「くっ!」

 

 レーザービームが照射され、アズールは天井スレスレを飛びながらそれを避ける。

 

「いつまでも逃げ切れると思うな!」

《オーバードライブ!》

「ハァァァッ!!」

Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! ロボット・マテリアルソニック!》

 

 極大の熱光線が銃口から放たれ、アズールを断ち切らんとペイルライダーが振り被る。

 アズールは必殺の一撃を、螺旋を描くように回転飛行し、辛くも回避。そのままペイルライダーの顔面に蹴りを浴びせた。

 

「がっ!?」

「こっちだって、そう簡単にやられはしない!」

「おのれ……!」

 

 蹴りを受けても、修繕されたゴーグルには傷一つ付いていない。

 ペイルライダーを倒す必要はない。翔の狙いはこのゴーグルの再破壊。それさえできれば、響は取り戻せるのだ。

 

「絶対に兄さんを元に戻すんだ……!」

「お前を倒す! 仮面ライダァァァーッ!!」

 

 二つの咆哮が重なり合い、再び火花を散らして剣と銃がぶつかり合った。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 一方。

 翠月と浅黄は、階段をひたすら走って上り続け、最奥に当たる地点に到達していた。

 やはり大広間であるが、今までとは段違いに広い。左右の壁には扉も見える。

 

「……ここが最上階か?」

「みたいだねー」

 

 二人が辿り着いた場所には、玉座は存在しない。代わりに、奥まった位置に巨大な黒い箱のようなものが鎮座している。

 正体が分からず、翠月と浅黄は歩いて近付く。そして、ある程度距離を縮めた時、正体を理解して目を見張る。

 あれは、棺だ。三人分の棺桶だ。

 

「そこにいるのは誰!?」

 

 左側の扉から、そんな声と二人分の足音が響く。

 見ると、薄い生地のエジプト風のドレスを纏った褐色肌の美少女と、仮面を着けた老人が立っている。

 少女の方は左腕にトランサイバーを装着しており、彼女こそがデカダンスだと翠月・浅黄はすぐに理解した。

 また、仮面の老人の姿にも見覚えがある。映ったのはほとんど一瞬だったが、面堂 彩葉の記憶の中にいた、彼女の祖父だ。

 

「ホメオスタシスと電特課だ。貴様らを捕らえに来た」

「も、もう……ここまで……!!」

「……投降しろ。怪我をしない内にな」

 

 翠月が、憐れむようにそう言った。それが癪に障ったのか、デカダンスの目つきが鋭くなる。

 

「そんな事、するワケない……私、は……父さんと母さんに……会うの……!!」

「だが、君のご両親は既に」

「うるさい!!」

 

 デカダンスは完全に敵意を剥き出しにして、取り出したマテリアプレートを起動、装填する。

 

《スムースペイント!》

「認めない……あんな面倒で、大嫌いな現実……私は、私が……この世界で、父さんと母さんを蘇らせるんだ……家族で、ずっと、ずっっっと生きるんだ……!! それが……私の、本当の現実になるんだ……!!」

《アイ・ハヴ・コントロール! アイ・ハヴ・コントロール!》

「ううう……うわあああああっ!! 背深(ハイシン)!!」

Roger(ラジャー)! マテリアライド!》

 

 トランサイバーに向かって叫ぶ事で、全身に拘束具を装着した翼の生えているデジブレインが出現し、瞬間改造手術が始まる。

 デカダンスとデジブレインの体が融合し始め、全身が泡立つようにモザイクで埋め尽くされ、姿が変わる。

 頭部からは二つの角を生やし、顔にはエジプト風のアンティークな仮面。目の周りを覆うバイザーは青色で、ウシを思わせる形状をしている。

 胸が大きく膨らんでおり、防具らしいものはほとんど無く、スカート状の腰巻き程度。長く伸びた尾先は筆状となっている他、両腕と両脚には青いエジプト十字、すなわちアンクの紋様が刻み込まれている。

 

《ペイント・アプリ! 極上の色彩、トランスミッション!》

「今の私は……サイバーノーツ、ラチェスアーティスト……あなたたちを纏めて、塗り潰す……!!」

 

 そう言って、ラチェスアーティストはゆらりと歩き始める。それに続くように、フェイクマンもガンブライザーとマテリアプレートで肉体を変異させる。

 

Cytube Dream(サイチューブ・ドリーム)……スロース!》

「まさかここまで辿り着くとはな、仮面ライダー」

Goddamn(ガッデム)! マテリアライド! スロース・デジブレイン! パラサイトコード、ダウンロード!》

「もはや生かしては帰さんぞ……」

 

 仮面の老人の姿が、ナマケモノ型のデジブレインに変わる。

 翠月は至極残念そうに、深く溜め息を吐く。浅黄も眉を寄せて、マテリアプレートを取り出した。

 

《パワフル・チューン!》

《テクニカル・チューン!》

「どうやら戦うしかないようだ」

「うん……あんなの見せられた後じゃ、やりづらいけど」

天華繚乱(ウォーゾーン・ブルーム)!》

《フォレスト・バーグラー!》

 

 ほぼ同時に起動した後、二人はプレートをドライバーへと手速くセットする。

 

《ノー・ワン・エスケイプ! ノー・ワン・エスケイプ!》

「変身」

「変ー身っ!」

Oh YES(オゥ・イエス)! マテリアライド!》

 

 翠月が走り出し、浅黄は別方向に歩く。そして姿は徐々に変わり、雅龍とザギークへの変身が完了した。

 

《ウォーゾーン・アプリ! 闘龍之技、アクセス!》

《フォレスト・アプリ! 義賊の一矢、アクセス!》

 

 雅龍はスタイランサー・スピアーモードを手に、素速く駆ける。狙うは、ラチェスだ。

 しかしスロースはそれを許さない。緩慢な動きだが、雅龍の前に出ようとしている。

 

「させないよー!」

 

 そこへ援護射撃を行うのが、ザギークだ。スタイランサー・ボウガンモードで、白いインクを飛ばしてスロースに攻撃している。

 スロースは長い腕を盾にして矢弾を防ぎつつ、両眼を光らせてザギークを睨みつけ、ラチェスへと走って行く雅龍を追うために動く。

 当然、そこにザギークの妨害が入った。

 

「他所見しちゃダーメだってぇ! お・じ・い・さぁん!?」

 

 走りながらザギークがボウガンで矢を放つ。だが命中の瞬間、攻撃はスロースをすり抜け、その向こう側の雅龍の尻に命中する。

 

「がっ!!」

「えっ!?」

「この……浅黄! お前、何をしている!」

「い、いやウチはあのおじいさんを狙って……」

「次は誤射するな! 分かったか!」

 

 振り返った雅龍が怒りの声を発し、再びラチェスに攻撃しに行く。

 訳も分からないまま、ザギークは続いてスロースに接近して攻撃に掛かった。

 

「おりゃあああ!」

 

 立ち止まっているスロースの顔面に向かって放たれた、渾身の一撃。

 それは先程と同様にすり抜け、ザギークを見事に転倒させた。

 

「あっれぇぇぇ!?」

 

 すっ転んだザギークはすぐに立ち上がるが、突然背中に衝撃を受けて、再び転んだ。

 一体今、何が起きたのか。それを理解できないまま、仰向けになったザギークの胸に、目に見えない何かがのしかかる。

 見えないが、恐らく足だとザギークは確信した。だが、スロースは相変わらず最初の位置で佇んでいる。

 

「ま、まさか透明化……いや、まさか!」

 

 ザギークがここで思い出したのは、銀仮面の破片。あれには、記憶を操作する力があった。

 もしも、自分がスロースの術中に陥っているのだとしたら。いつアクションを起こしたのかは分からないし、なぜ雅龍は平気なのかは分からないが、そうだとすれば説明がつく。

 あの場所で立ち止まっているスロースは、記憶操作によって視界に残り続けているだけの存在。つまり、実際には存在しないもの。

 そして本物のスロースは、今ザギークを踏みつけている。ザギークの目に見えないのも、能力によって記憶できない状態にしているからだ。

 

「だったら……!」

 

 ザギークがスタイランサーを操作し、胸の前で素速く槍に変える。その形状変化の瞬間、石突が目に見えない何かに命中した。

 

「ウゴアァァァッ!?」

 

 苦しみの声が頭上から聞こえ、姿が鮮明になっていく。

 見れば、スタイランサーのグリップエンドが股間に命中し、苦悶の声を上げてぴょんぴょんと跳ねているスロース・デジブレインの姿がそこに現れた。

 

「あーらら、見えないからやっちゃった。ごめんごめーん」

「な、中々……やんちゃなお嬢さんじゃな」

 

 両手で股間を押さえつつ、俯いていたスロース。

 しかし顔を上げると、再び彼の両眼が妖しく光った。

 

「もう油断はせん……彩葉のために、儂は己の命を捧げると決めたのじゃからな」

「うぐっ……!?」

 

 光が眼に入った瞬間、ザギークの視界が歪む。

 そして気がつけば、何十という数のスロース・デジブレインに取り囲まれていた。

 

「なっ!?」

「これが儂の本領じゃよ……さぁ、耐えきれるかのう?」

 

 スロースたちはこれまでとは異なる異様な速さで動き回り、無数の爪がザギークに襲いかかった。

 

 

 

「ホァタッ!」

 

 ザギークがスロースと戦っている一方、雅龍はラチェスと攻防を繰り広げていた。

 真っ直ぐに突き出された槍を、彼女は長い尻尾を巻きつけて引っ張り、逸らしている。

 

「チィッ……」

「あなたたちじゃ、私に勝てない」

 

 スタイランサーに巻きつけた尻尾を振ってそう言い、ラチェスはトランサイバーのボタンを押し込んだ。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

「幻に堕ちて……眠れ」

 

 ラチェスの両手と蹄から、街中で見た粉と同じ色彩の液体が染み出して来る。

 嫌な予感がして雅龍はその場を離れようとするものの、遅かった。尻尾がスタイランサーを離し、先端が地面の液体を掬い取って、雅龍へと飛ばした。

 

「ぐっ!?」

 

 液体は、雅龍の顔面に付着する。

 その直後、激しい頭痛と共に、雅龍の眼の前に三つの人影が現れた。

 壮年の男性が一人、その妻と思われる人物が一人。そして残るは、翠月と似た顔立ちの美しい女性だ。

 

「く、あ……あ、ああああっ!? こ、これは、なんだ……!! なにを、した……!!」

「あなたが最も望むものを見せているの。私には見えていないけどね……」

「まさ、か……あの粉と、同じ……」

 

 スタイランサーを杖のようにしながら立ち上がろうとするが、頭を襲う痛みがそれを許諾しない。

 そんな雅龍へと、ラチェスは囁くように声をかけた。

 

「幻覚を拒絶しなければ、痛みはなくなる」

「ぐ、う……」

「これはあなた自身の願望。本当に欲しい物。それがなければ、あなたは一生満たされないはず」

 

 体から力が抜けていき、さらにラチェスの体から溢れてくる液体が侵食していく。

 その度に、雅龍は激痛に身を捩らせ、悶え苦しむ。

 

「懈怠の中で生きれば、苦しみはなくなる。さぁ微睡みに身を委ねて……」

「私は……わ、たしは……」

 

 ついにスタイランサーからも手を離し、雅龍は地に膝をついてしまう。

 さらにはうつ伏せに倒れ、両手からも力が抜け始めていく。

 ラチェスは止めどなく泥土のような液体を流し続け、雅龍が沈む姿をただただ眺め続けるのであった。



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EP.25[悪夢にサヨナラを]

「コォォーン!」

 現実世界の帝久乃市にて。
 ここでは、リボルブとサワーグレープ・デジブレインの戦闘が行われていた。
 サワーグレープは咆哮し、接近しつつ爪による攻撃を試みようと走っているようだ。が、当然射撃武器を持つリボルブがそれを許すはずもない。

《バーニングモード!》
「オラァッ!」

 二つの銃を組み合わせ、炎の弾丸を発射。それが体からブドウの成る木の枝を生やしたキツネの脚に向かう。
 その直後にサワーグレープは爪でブドウを裂き、果実から液を放散させて炎を消し去った。

「ンコォォーン!」

 被弾しても怯まず、サワーグレープはさらに脚を速める。
 炎を掻き消されたせいで、ダメージが通っていない。おまけに傷のついた実はすぐに再生している。
 リボルブは鬱陶しそうに舌打ちすると、一度バックステップで距離を取る。
 だが、その時。突然サワーグレープの体についた木の枝が震えたかと思うと、ブドウの実が弾けるように全て飛び出した。

「何っ!?」

 それらの実は放物線を描きながら、あるいは転がりながらリボルブの方に向かう。
 彼には何が起きたのか分からなかったが、しかしブドウの実が徐々に赤みを増し始めたので、嫌な予感がして再度遠ざかろうとした。
 瞬間、実が破裂して果汁が飛び散る。リボルブの装甲を溶かす程に、強烈な酸を放つ果汁が。

「があぁっ!?」

 肩と膝の装甲が酸に灼かれ、苦悶するリボルブ。そこに追い打ちをかけるべく、先程よりもスピードが増したサワーグレープ・デジブレインが爪を伸ばす。
 ブドウの実を失った事で、身軽になったのだ。

「ぐぅっ!!」
「ココーォン!」

 酸の果汁を帯びた爪の連撃が、リボルブを斬り裂く。
 中々に手強い、だが――。

「倒せねェ程じゃねェッ!」

 スピードにはスピード。
 合体させた武器を分離させ、リボルブは二挺拳銃で迎え撃つ。
 牽制を混ぜた射撃の乱打はサワーグレープも簡単に避けきれず、クリーンヒットこそしないものの、データの弾丸は僅かに狐の腕や脇腹を抉る。

「コォォ……」

 威嚇するようにサワーグレープが唸ると、再び枝に果実が実る。
 そんなもの関係ないとばかりにリボルブは撃ち続けるものの、今度はブドウ自体を盾にし、その果汁で弾丸を溶かして防御する。

「チッ!」

 思ったよりも対応が速い。舌打ちをしつつ、リボルブはまた距離を取った。
 この場合は威力の高いバーニングモードで対処したいところではあるが、そうするとまた果実を破裂させて攻撃して来る恐れがある事をリボルブは理解している。
 では、どうするか。リボルブは、二枚のマテリアプレートをそれぞれ二つの銃に装填した。

《フィニッシュコード!》
「大盤振る舞いだぜ」
Alright(オーライ)!》
「喜びな!」

 クルクルと銃を回転させ、マテリアフォンをかざして必殺を発動。銃口に赤い光が集まっていく。
 直後、サワーグレープは大技に備えてその場で防御態勢に移る。それこそがリボルブの狙いとも知らずに。

《ジェイル・マテリアルカノン!》
《ダンピール・ネオマテリアルカノン!》

 銃口から放たれる無数の弾丸、その全てが精確にサワーグレープの枝先を撃ち、実を地面に落とす。
 そしてリボルブラスターV2側の破壊力の高い銃弾が、サワーグレープ・デジブレインの右膝を叩いて逆方向に折り曲げた。

「コンッ!?」
「まだまだァ!」
《フィニッシュコード! Alright(オーライ)!》

 マテリアプレートを薬莢のように排出し、新たに二つのプレートがリボルブラスターへとセットされる。
 そして、必殺技が発動するのと同時に、身動きの取れない狐へ銃口が向けられる。

《オラクル・マテリアルカノン!》
《デュエル・ネオマテリアルカノン!》
「くたばりやがれェェェッ!」

 もう一度ブドウの実をつけようとしていたサワーグレープへ、容赦なく眉間と胸に銃弾が突き刺さる。
 それらを受け、ついに奇妙な姿の狐は悲鳴を上げて爆発四散した。

「どこのどいつの手駒なのかは知らんが、中々手強い相手だったな……」

 ひとまず戦いが終わり、鷹弘は変身を解いて息をつく。
 翔たちも今頃は、これ以上の敵を相手に戦っているのだろうか。
 そんな風に思いを馳せながら、鷹弘は空を見上げる。


 同じ頃、サイバー・ラインの懈怠の陵墓の最上階にて。

 ザギークとスロース・デジブレイン、雅龍とラチェスアーティストの戦いは続いていた。

 

「おりゃぁっ!」

「むぅん!」

 

 スタイランサー・スピアーモードを振るいつつ、攻撃を繰り出して来る複数のスロースの攻撃に備えるザギーク。

 だが、本物はその内一体のみであり、どれがその本物なのか判別できないままでいる。そのため、目に映る全ての攻撃を受け止めるか避けるしかない。

 当然その行き当りばったりな滅茶苦茶な防御が通じるはずもなく、背後から蹴りつけられた。

 このままでは一方的にやられるだけだ。対策を考えた結果、ザギークは新たな一手を編み出した。

 

「これだー!」

 

 反撃も混じえる目的で、ザギークは槍を握ってその場で竜巻のようにグルグルと回る。

 しかし手応えは全くない上、後頭部に爪の攻撃を受けた。

 

「んぎゃー!?」

 

 悲鳴を上げてザギークが転倒し、さらに追撃とばかりに背中を踏みつけられる。

 そして、自分がスロースの能力について失念している事に気がついた。

 あのデジブレインは分身を生み出しているワケではない。ザギークの記憶を操っているのであって、そもそも目に見えている中に本物が存在しない可能性さえあるのだ。

 

「って、じゃあどうやって戦えば……!」

 

 今現在記憶している情報ですら書き換えられてしまうというなら、想定していたよりも絶望的な状況だ、とザギークは思う。そして既に術中である以上、対策の立てようもない。

 記憶操作の効果が切れるのを待つべきかとも考えるが、すぐに振り払う。どの程度継続するのか分からない以上、あてにはできないのだ。

 ザギークが槍を構えたまま防御態勢を取っていると、どこからともなく声が木霊する。

 

「ほほ……無駄じゃ無駄じゃ。足掻くのは止めにして、お主らも儂らの方に堕ちるが良い」

「いきなり、何を……」

 

 見れば、ザギークを包囲しながら、スロース・デジブレインがステップを踏んでいる。

 目の前にいるスロースの動きや、彼の発する言葉に惑わされてはならない。それをしっかり意識しつつ、ザギークは対処法を考え続ける。

 

「ここで儂を倒せたとしても、お主らはあの子を……デカダンスを倒す事などできん。仮にそれができたとして、後に待つのは強敵ばかり。諦めて儂らの夢の礎となるのが良かろうて」

「そうやって、轢き逃げの犯人を捕まえるのも諦めたワケ?」

「なに?」

 

 問い返した後で、すぐにスロースは得心がいったように頷く。

 

「なるほど確かに儂は諦めた。今でもそれを後悔しておるし、できる事ならすぐにでも捕まえたい。が……それではあの子の心は傷つくばかりじゃろう」

「あの子が?」

「今更犯人を捕まえて、何が変わる? 謝罪の言葉など欲しくもない、金も必要ない、牢獄にぶち込んだところで気が晴れるはずもない。それどころか犯人と顔を合わせれば、あの子はショックでまた心に壁を作って塞ぎ込んでしまうじゃろう。ようやくここまで来れたのに……」

 

 スロース・デジブレインが爪を研ぐ音が聞こえる。音が反響しているため、発生源から位置を特定する事はできない。

 そして、音が止む。仕掛けるつもりだろう。

 

「あの子は幸せになるべきなんじゃよ。そして、その幸せとは『両親の愛を受ける』事……儂はその願いを叶えるため、自分の命を差し出した」

「えっ……!?」

「教えてやろう。あの子が契約によって自ら精神失調症にかかった時、儂はそれを救うためにスペルビアと特別な契約を交わした……このスロース・デジブレインと儂の精神を繋ぐという形で」

 

 ザギークは絶句した。デカダンス、面堂 彩葉が自らを代償に捧げた裏で、そんな事が起きていたとは夢にも思っていなかった。

 それと同時に、一斉にスロースの爪が襲いかかって来た。

 

「お陰で儂は、記憶を操作する強大な能力を得た……プレートのデジブレインが消滅すれば命を失うというリスクと引き換えにな。じゃが『あの子を幸せにする』という願いのためなら! この命、惜しくなどないわ!」

 

 位置が分からないとは言え、目の前にいないとも限らない。

 ならば、取るべき手はひとつ。ザギークはスタイランサーの穂先を地面に突き刺し、トリガーを引いてゲル状インクを放出した。

 そして自身の周囲を覆うようにして、ドーム状に膜を張ってインクを固める。

 

「む!?」

 

 爪にインクが付着し、驚くスロース。

 ザギークの取った手は、全方位防御及び位置特定を目的とした『インク結界』の作成だ。

 いくら記憶を操作できようと、目に見えなかろうと、本物は一人。そして体の一部でもインクで塗られてしまえば、そこに本体がいるという証になる、という仕掛けだ。

 膜は爪によって破られ、スロースの内の一体に白いインクが付着されているのが見えた。ここまでは、思惑通りだった。

 

《エディターツール!》

「よし、これなら……!」

《パニッシュメントコード!》

 

 マテリアパッドを操作し、さらにプレートをボウガンモードに変形させたスタイランサーにセット。

 パッドから伸びたケーブルもボウガンに接続され、必殺技の待機状態となった。

 その瞬間、インクを受けたスロースが、無数にいる他のスロース・デジブレインの中に紛れ込んだ。

 しかし、関係ない。ザギークには、既に敵の姿が見えているのだ。

 

「ウチが勝つ!」

Oh YES(オゥ・イエス)! フォレスト・マテリアルシュート!》

 

 スタイランサーの先端にゲル状インクが集まり、それが小型犬程の大きさの蜂へと姿を変える。

 そしてトリガーを引いた瞬間、蜂が矢のように放たれ、インクに濡れているスロースを追って飛ぶ。

 逃げようとするスロースの身体に、蜂の尾針が――刺さる事なく、すり抜けた。

 瞬間、再び老人の声が響き渡る。

 

「甘いのう、お嬢さん。発想は悪くないが……儂は記憶を操ると言っているじゃろう? たとえインクが付着しようと、目に見えている情報は全て上描きできるんじゃよ」

 

 それを証明するかのように、触れてさえいないはずの他の偽物のスロース・デジブレイン全ての爪が、同じようにインクで塗り潰される。

 

「結局、儂の目論見通りじゃな」

《フィニッシュコード! Goddamn(ガッデム)! スロース・マテリアルクラック!》

「これで終わりにしよう」

 

 ザギークの眼には見えていないが、背後からは爪を輝かせたスロースが迫っている。

 直後、ザギークが身をかがめて攻撃を避ける。そしてその向こう側から、あらぬ方向に飛んで行ったはずの蜂が戻って来た。

 

「なっ……に!?」

 

 攻撃を空振りし、防御行動を取る暇もなく、蜂が飛来する。

 そしてその姿が散弾のようにバラバラとなって、無数の蜂がスロースの全身を何度も突き刺し、毒を与えた。

 

「ぬうううっ!?」

 

 スロースは両膝から崩れ落ち、地に手をついて毒の回った体を支える。

 何が起きたのか理解する事すらできず、記憶操作も解除され、ザギークの姿を見上げた。

 

「な、なぜだ!? 儂の事は見えておらんはずなのに……!?」

「ふふーん。記憶を改竄して偽物を作っても、インク結界にかかってくれた時点でウチの作戦は完了してたんだよね」

 

 ニヤリと笑みを浮かべ、エディターツールによって開いた画面を見せるザギーク。

 そこには、点滅し続ける白いアイコンが表示されていた。それを見て、すぐにスロースは事実を悟る。

 ザギークは、インクの付着したデジブレインの位置をこの画面で探知する事ができたのだ。後ろから必殺を使って来る事も全て分かった上で、騙されたような演技をしていたに過ぎなかったのだ。

 

「いくらウチの記憶を操作できようと……」

《パニッシュメントコード!》

「記録されたデータは改竄できない! データはウチを裏切らない!」

Oh YES(オゥ・イエス)! テクニカルフォレスト・マテリアルパニッシャー!》

 

 抵抗しようと爪を振り上げたスロースの胸に、ザギークの貫手が突き刺さり、毒素が流し込まれる。

 それにより、スロースは一際大きな悲鳴を上げて仰向けに倒れ、変異が解除された。

 ザギークの勝利だ。

 彼女はすぐさまプレートを抜き取り、ガンブライザーも奪い取って木っ端微塵に破壊する。

 

「これはウチが没収するよ、あんたも拘束する。人間の精神とデジブレインを繋いだ状態……それを解析できれば、アシュリィちゃんの役に立つかも知れないしね」

「く……」

 

 呻きながらも、面堂 元作(フェイクマン)は「まぁ良い」頬を歪めた。

 

「あの子が負ける事などあり得ん」

「そりゃーどうかねぇ? ゲッちゃんは強いよ?」

 

 自分の事ではないのに得意気になって顔を綻ばせながら、ザギークは言う。

 しかし、フェイクマンはその自信を一蹴した。

 

「お主らこそ分かっておらん。トランサイバーを持つCytuberの強さは、願いの強さに比例する。欲望こそが強さの源……死者に会いたいという強い願いから生まれた、あの子の力は……最上位三人には届かなくとも、残る四人の中では最強なんじゃよ」

「……!」

「だからこそあのスペルビアも、デカダンスの力に信頼を置いておる。勝てんよ、お前たちでは……」

 

 沈黙するザギーク。言葉には出さねど、それは危機感の顕れであった。

 そうして彼女はすぐさま、フェイクマンを置いて雅龍の救援に向かうのであった。

 

 

 

『翠月、仕事は順調らしいじゃないか? 流石、俺の子だな』

「父さん……」

『ふふっ、あなたったら』

「母さん……」

『でもそろそろカノジョとか作った方が良いんじゃなーい? 父さんも母さんもそっちのが安心するでしょ』

「姉さん……」

 

 ザギークとスロースが戦っているのと同じ頃、雅龍は地面に倒れ、虚空を見上げていた。

 彼の眼には、ラチェスの能力によって幻覚が映っている。

 英 翠月の望んだものが。彼にとって、かつて手にしていた幸福な時間が。

 

「三人とも……生きて、いたのか……?」

 

 幻覚剤に浸されたまま、雅龍は何もない場所に手を伸ばす。

 

 ――英 翠月は、優秀な刑事である父親の背を見て育った子供だった。

 厳格だが正義感と責任感に溢れる性格も、その父親の影響によるものが大きく、それは翠月の姉も同様だった。

 そんな恵まれた環境で生きた彼は、年月を経て父と同じ警察官を志すようになり、秩序を重んじる姉はジャーナリストを目指した。

 そうして警察学校の入校試験にも合格し、翠月は順風満帆に道を歩み続けていたはずだった。

 悲劇は、まさにその直後に起こった。

 翠月が不在の間に、彼の自宅で、家族が惨殺されてしまったのだ。家中が血に塗れ、砕けた歯や爪、肉片などが散らばっていた。

 警察の手を以てしても証拠は何一つ見つからず、犯人も特定できないまま、未だに捕まっていない。

 しかし、翠月は諦めていなかった。

 家族の仇。その犯人を、その大罪を、決して許さないと心に誓っていた。

 

『必ず犯人を捕まえて、罪を償わせてやる』

 

 その一心で翠月は生き抜き、死物狂いで成果を上げ続け、刑事として上り詰めて来た。

 事件当時に彼の心が折れなかったのには、揺るがない正義感以外にもひとつだけ理由がある。

 犯人に繋がると思われる、唯一の手がかり。事件前、父と姉が調べ続けていた『ハーロット』と呼ばれる国際犯罪者の存在だ。

 翠月は、二人が何らかの手段でそのハーロットの正体に近付く事ができたのだと確信している。だからこそ口封じのために殺されたのだと。

 

『絶対に正体を暴く。それまでは死ねない』

 

 翠月の強い覚悟は、やがて彼を警視へと導き、そして電特課の立ち上げから仮面ライダーの力を与えるに至った。

 しかし、そんな翠月も心のどこかでは思っていたのかも知れない。

 また、家族に会えたなら。あの温もりにもう一度――。

 

 その家族が今、目の前にいる。

 

『翠月』

『翠月』

『翠月』

 

 変身した翠月、仮面ライダー雅龍にゆっくりと手を差し伸べている。

 

「……違う」

 

 差し出された六つの手を見て、ボソリと雅龍が仮面の奥から声を絞り出した。 

 

『すいげ――』

「違う!!」

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! パワフルウォーゾーン・マテリアルパニッシャー!》

 

 咆哮しながら立ち上がり、必殺技を発動した雅龍が、地面に拳を叩きつけた。

 その瞬間に目の前にいた家族の幻覚も、雅龍の身体を覆っていた幻覚剤も全て蒸発し、現実が返って来る。

 天華繚乱の毒素等無効能力と翠月自身の心の強さが、幻覚剤の力を打ち破ったのだ。

 

「えっ……!?」

 

 目の前には、霧散した幻覚剤に動揺して後退りするラチェスの姿。

 

「ど、どうして……なんで抵抗できるの!?」

「……私の家族は、殺された。もうこの世にはいない。誰にも……私自身でさえ……その事実を歪める事はできない……!」

 

 ゆらり、と雅龍はラチェスに向かって歩き始める。

 近づけさせまいと、即座にラチェスは右腕のトランサイバーを操作した。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

「この……!」

 

 幻覚剤を手と蹄から流し、尻尾の先端に付いた筆で、滴る液を飛ばす。

 だが、雅龍はトリガーを引きながら勢い良く槍を振るうと、飛沫を全て穂先のインクで絡め取ってしまった。

 

「えっ!?」

「侮るな。同じ手は二度と通用せん」

 

 それを聞いて、動揺しながらもラチェスはトランサイバーに手を伸ばし、新たなエフェクトを発動した。

 

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

「だったらこれで!」

 

 尾の筆が、地面に絵を描く。両手で剣を握る戦士の姿。描き終わったその絵がベリベリと音を立てて剥がれ、立体化し攻撃を仕掛けた。

 雅龍はそれを腕で受け止めるが、直後に激しい痛みが腕を通って全身に迸る。

 

「ぐぅっ!?」

 

 ラチェスの生み出す絵の具(幻覚剤)によって描かれたこの戦士は、あくまでもただの絵でしかない。しかし、この絵の戦士が与える攻撃は肉体的な負傷は与えなくとも痛覚に直接作用し、幻覚剤を浴びた時や飲み込んだ時に起こるものと同じで本物だ。

 痛みが戦意を削り落とし、戦意が無くなれば幻覚に落としやすくなる。それでなくても気を失うまで攻撃させる事さえできるのだ。

 最悪、受け続ければショック死もあり得るだろう。

 

「ぬう……おおおおおっ!!」

 

 それでも、雅龍はパワフルチューンのパワーと自らのタフな精神力に任せ、無理矢理に押し進んだ。

 絵の戦士は槍に触れて一瞬で砕け散るが、すぐに再生してまた攻撃に移行する。しかし、雅龍の行動はラチェスに大きな動揺を与えた。

 

「そんな……力尽くで……突破した!?」

 

 後方に下がりながら、ラチェスは再び絵を描く。今度はトラバサミだ。

 実体化して雅龍の足に食らいつき、痛手を負わせる。それでも彼の歩みは止まらない。

 あまりにも強引な攻略法に、ラチェスは戸惑うしかなかった。

 

「なんなのこの人……!!」

Roger(ラジャー)! フォースコード、オン!》

 

 入力の直後、ラチェスの身体を目掛けて槍が突き出される。

 そしてその先端は、彼女の身体を容易く貫いた。腹から背中まで、槍がズブズブと食い込んでいく。

 

「なにっ!?」

 

 驚いたのは雅龍の方だ。ここまで深く刺すつもりはなかったのだから、無理もない。

 まさか幻覚なのか。そんな考えがよぎったものの、真相は違った。

 見れば、彼女の体からは血が流れておらず、代わりに全身が実体を失って溶けている。

 

「これは……まさか、液体化能力か!?」

「正解」

 

 言いながら、ラチェスは液体になったまま這い回るように雅龍の体にまとわりつき、そして全身を球状に変えて閉じ込めた。

 

「ぐっ……ご、ぼっ……!?」

 

 息ができない。その上、これは全て幻覚剤だ。再び激しい痛みが全身を襲いかかる。

 このまま液体の中で痛みと共に溺れてしまえば、今度こそ敗北は免れない。雅龍はすぐに対策を打たねばならなくなった。

 腕や足をジタバタと動かすが、当然それでどうにかできるはずがない。

 

「これで終わりだよ……もう抵抗しないで……!!」

 

 ラチェスの声が聞こえる。それでも、雅龍は諦めずに思考し、必死に足掻く。

 そして、偶然かそれとも狙っていたのか。ついに、対処法を編み出した。

 スタイランサーのトリガーに指をかけたのだ。

 

「えっ……?」

 

 球状の液体の中に、不純物であるインクが混ざり合い、そして固まり始める。

 

「き、きゃあああ!? い、いや、や……やめてぇ!」

 

 ラチェスの体も固まり始めた事で、強制的に液体化が解除。雅龍も、窒息する事なく難を逃れた。

 

「く、が……」

 

 しかし、その体力も既に限界が近い状態だ。槍を杖代わりにして、ようやく立っていた。

 同じくラチェスも息を切らしている。トドメを刺せる程度の余力は残っているが、何度も何度も突破してくる雅龍を不気味に感じている。

 

「あなた……何なの!? どうして、自分から幸せな夢を手放せるの!?」

「……私には果たすべき使命と、誓いがある。それが私の真実だ。君の見せる幻想の前で立ち止まっている暇などない!」

 

 彼の言葉を聞いて、ラチェスは歯を軋ませる。そして、怒りと共に胸の内を叫び、トランサイバーに手を伸ばした。

 

「たとえ夢や幻でも、私にはもうこれしかない!! 他のやり方を選べない!! あなたに私の何が分かるの!?」

Roger(ラジャー)! サードコード、オン!》

 

 尾先の筆が再び動き、雅龍の足元に木々を描く。するとそれが先程と同様に立体化し、せり上がった。

 そしてそれを前にした瞬間、歩き続けていた雅龍の足が止まる。

 

「なにっ……!?」

 

 懸命に足を上げようとするが、動かない。幻覚である事が分かっているにも関わらずだ。

 それもそのはず。これは先程のセカンドコードと違い、視覚に干渉する能力なのだ。木や壁などを描く事によって足止めを行ったり、矢印を描く事で指定した方向に強制的に視線や体を動かさせる事ができる。

 

「ちいっ!」

 

 スタイランサーで木を刈り取ろうとするも、やはり触れる事ができないため不可能だ。

 その間に、またもラチェスが動く。

 

「やっと止まった……『ファイナルコード』!」

Roger(ラジャー)! ペイント・マテリアルデッド!》

 

 壁面に筆が走り、大きな怪物の絵が描かれる。獅子の肉体に人間の女性の頭部が合体している聖獣、スフィンクスだ。

 当然これも幻覚だ。しかし、セカンドコードと同じ事ができるとすれば。

 前足を振り上げているスフィンクスを見て、猛烈に悪寒を感じ取った雅龍は、バックステップで逃れようとする。

 だがスフィンクスの瞳が光ってイバラが壁面や床、天井などにプリントされると、それらが立体化して雅龍の足を止めた上で縛り上げる。

 

「くっ!?」

 

 セカンドコードとサードコードの複合。それが、この必殺技だったのだ。

 スフィンクスの両前足が何度も雅龍を叩く。何度も、何度も。その度に全身を激痛が襲い、戦意を喪失させていく。

 イバラのせいで逃れる事もできず、意識が徐々に朦朧とし始める。

 

「今度こそこれで終わり……!!」

 

 ダメ押しとばかりに、幻覚剤を両手から生み出すラチェス。

 しかし、その時だった。

 スフィンクスの股下から飛んだインクの矢弾が雅龍に命中し、無理矢理イバラの拘束を打ち破った。

 

「ゲッちゃん!」

 

 続いてその叫び声が聞こえると、再び雅龍の前にふたつの物体が投げ込まれる。

 スタイランサーとスロース・デジブレインが封入されたCytube Dream(サイチューブ・ドリーム)のマテリアプレートだ。ザギークが先程使っていたのはボウガンモードだが、今はスピアーモードとなって地面に突き刺さっている。

 雅龍は、飛びつくようにそれを手に取る。二本の槍が、その手に装備された。

 

「そんな付け焼き刃で……!」

 

 反撃はさせまいとラチェスが打って出るが、雅龍の方が一手速い。先程入手したマテリアプレートをスタイランサーに差し込むと、それを真上に掲げて必殺を発動した。

 

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! スロース・マテリアルスティング!》

 

 槍の先端から閃光が迸り、スフィンクスとイバラを斬り裂いていく。全ての幻覚が消滅したのだ。

 

「え? ……え!?」

 

 突然の事態に、ラチェスも狼狽する。

 彼女の生み出す幻覚。それは、視覚や痛覚と言ったものに大きく関わる能力だ。では、そういった幻覚の存在を互いの記憶から消し去ってしまえば、どうなるか。

 答えは簡単だ。ラチェスはもう幻覚を操る事ができなくなるし、雅龍が立ち止まったり激痛に苛まれる事はなくなる。

 

「オオオオオッ!! ホォアタァァァァァッ!!」

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! ウォーゾーン・マテリアルスティング!》

 

 もう片方の槍にもマテリアプレートがセットされ、二つの槍を振って雅龍が進撃する。

 二連必殺技、スタイランサーから放たれるその斬閃に、ラチェスは何が起きたのか分からないまま倒れ伏した。

 

「あ、う……!?」

 

 一気に深手を負ってしまったが、まだ変異は解けていない。ラチェスは諦めず、立ち上がろうともがく。

 だが、そんな彼女の顔の前に槍が突き出された。

 雅龍だ。首元に刃の先端を近づけている。

 

「もう終わりだ。降伏しろ」

「……いや……」

「負けを認めろ!!」

「いや、いやいやいや!! いやあああああ!!」

 

 悲鳴のような叫びと共に、ラチェスはトランサイバーのリューズを回す。

 それを見たザギークは、しまったとばかりに駆け出した。

 

《オーバードーズ! ビーストモード、オン!》

 

 音声が鳴り、全身が泡立つと共にラチェスアーティストの姿は大きく変容を始めるのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「そぉりゃあああっ!」

「ハァアァアァァッ!」

 

 雅龍とラチェスの戦いの間、アズールとペイルライダーも同じく激しい戦いを繰り広げていた。

 剣先とナックルガードが何度も激突し合い、距離を取って放たれた銃弾は頬を掠め、突き出された刃は装甲を僅かに削る。

 両者、一歩も譲らない攻防が続いていた。

 その均衡を破るのは、やはり技量と戦力の差だった。

 

「ハッ!」

「ぐっ!?」

 

 ペイルライダーが前蹴りを腹部に炸裂させ、再び距離を置く。

 そしてマテリアプレートを取り出し、フェイクガンナーに読み込ませた。

 

Fake Armed(フェイク・アームド)……マジック・スキル、ドライブ!》

「喰らえ!」

 

 炎を纏う岩の弾丸が、アズールに襲いかかる。

 避けきれない。そう判断したアズールは、すぐさま剣を振って攻撃を全て受け流した。

 直後、今度は流水を纏う竜巻が脇腹に叩き込まれる。

 

「ぐあああっ!」

 

 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるアズール。さらにペイルライダーの追撃は続く。

 

Fake Armed(フェイク・アームド)……シノビ・スキル、ドライブ!》

 

 トリガーを入力すると、ペイルライダーの姿が五つに分身。

 その内三人による射撃攻撃がアズールを足止めし、二人が突撃してナックルガードで殴打する。

 

「うぐ、がぁっ!?」

「これで終わりだ」

 

 分身が消失し、本体のペイルライダーがグリップエンドを掌で叩く。

 必殺技の発動だ。

 

《オーバードライブ! Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! シノビ・マテリアルソニック!》

「ハァァァァァッ!」

 

 銃口から雷の刃が伸び、ペイルライダーはそれを振りかぶる。対するアズールは、剣と剣を交差させて迎え撃つ。

 

「ぐううぅっ……!!」

 

 二つの剣で雷の刃を挟んで受け止めるが、腕を伝う電流までは防ぎ切れず、右手のアズールセイバーを取り落してしまう。

 態勢を崩したところに胸の装甲へと斬撃が叩き込まれ、アズールは吹き飛ばされた。

 

「がはっ!?」

「終わりだ!」

Fake Armed(フェイク・アームド)……ニュート・スキル、ドライブ!》

「焼けて死ね!」

《オーバードライブ! Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! ニュート・マテリアルソニック!》

 

 再び必殺技を発動し、フェイクガンナーから極熱の火炎が放射される。壁を背にして、逃げ場もない。

 戦いを見守っていたアシュリィが思わず声を上げそうになった、その時。アズールの右腕が、青いノイズに包まれた。

 

「かァッ!!」

 

 そして裂帛の叫び声を発すると、右腕に炎が吸収されていき、さらにそのまま勢いを大きく増して跳ね返した。

 翔が追い詰められた時に度々起こしていた不思議な現象。それを今、咄嗟ながらも自力で発動する事に成功したのだ。

 

「何っ!?」

 

 倍になって返って来た自身の必殺技。ペイルライダーは飛び込むように大きくサイドステップして、被弾を免れる。

 だが、その先には既にアズールが立っている。

 

「しまっ……」

「そぉりゃあああ!!」

 

 僅かに炎を帯びる右拳が、ペイルライダーの顔面にクリーンヒットした。

 

「が、ぐ、グァァァァ!!」

 

 頭部のバイザーに、前回と同じく亀裂が走る。ペイルライダーは頭を押さえ、苦悶する。

 アズールは内心で歓喜した。後はバイザーを完全に破壊すれば、それで改変された彼の記憶が、響が元に戻るはず。

 その油断が、致命的な隙を生んでしまった。

 

「ぐ、ガァラァァァッ!」

「うっ!?」

 

 バイザーが大破するよりも先に、立ち上がったペイルライダーのフェイクガンナーによる殴打が飛んで来る。

 アズールもV2の剣の腹でそれを受け止めるが――放たれた強烈な打撃は、アズールセイバーV2を圧し折ってしまった。

 

「なっ……」

「ハァァァッ!!」

 

 続け様に、ペイルライダーはアズールの首に回し蹴りを叩き込む。

 その激しい動きに従ってバイザーのヒビも大きくなっていくが、それでも止まらない。

 間髪入れずにフェイクガンナーの銃弾が肩に命中した。

 

「く、う……!」

「ガァァァァァッ!」

「こ、の……止まれぇぇぇ!!」

 

 向かって来るペイルライダーの拳を右手で受け止め、アズールは折れた剣をバイザーに叩き込んだ。

 亀裂はさらに大きくなり、そこへさらにもう一度剣を押し込む。

 ガツンッ、ガツンッと、地面を掘り出すかのように、割れた剣先で何度も何度も叩き続ける。一方で、ペイルライダーも脇腹を拳で殴打して反撃を続けていた。

 そして、ついに。ペイルライダーのバイザーが砕け散った。

 

「ガ、ァ……ル、う、うああああああああああっ!?」

 

 大きな悲鳴と共に、全身を覆う黒い装甲が剥がれ落ちていく。

 それに伴って、ペイルライダーのスーツが、暗い青から本来のボディカラーであるシアンに戻り始める。

 腰のアプリドライバーも元通りだ。アズールに似た戦士の仮面ライダー、キアノスが復活したのだ。

 

「はぁっ、はぁっ……くっ!?」

 

 急激な疲労感に苛まれて、アズールは膝を折りそうになる。

 先程の奇妙な力を発動した影響だろうか。しかし偶然とは言え自らの意思でコントロールできたという事実に、アズールは安堵の息をついた。

 

「兄さん!」

 

 これで、ようやく。

 すっかり安心した様子で、アズールは駆け寄る。

 だが――。

 

《キアノスサーベル!》

 

 その音声と共に、キアノスの右手に細身の剣が握られた。

 

「え……?」

「ハァッ!!」

 

 剣が閃き、アズールの右脇腹に傷を負わせる。

 一体、なぜ。バイザーが壊れれば元に戻るはずなのに。

 

「俺は……俺は、エイリアス……違う……だが、デカダンス様を……面堂さんを……護る……それが使命……しかし……俺は、違う……俺……まもる……ちが……ぐ、がぁぁぁぁ……」

 

 そんな苦しみの呻き声を上げているキアノスの姿を見て、アズールは確信した。

 未だに脱し切れていないのだ。記憶干渉の影響は、まだ続いている。

 響の中で、エイリアスとしての在り方を支える何かが、今の状態に押し留めているのだ。

 

「兄さん……」

「俺は、誰だ……俺は、俺はぁぁぁ!!」

 

 一振りの剣を掲げ、キアノスはアズールへと突撃を仕掛ける。

 アズールはV2の残骸を彼に向かって投げ捨てると、取り落した通常のアズールセイバーを拾い上げ、キアノスに立ち向かう。

 

「ガァァァァァッ!!」

 

 獣のように叫ぶキアノスの剣がアズールセイバーとぶつかり合う。

 その瞬間。突然地響きが鳴ったかと思うと、天井が崩れ、巨大な動物の足が姿を現した。

 

「きゃっ!?」

 

 アシュリィは入口まで避難し、何事かと思って頭上を見上げる。

 そこにいたのは、巨大な角を伸ばした牝牛だ。巨体で陵墓を破壊して、ミルクのように幻覚剤を地面へと垂れ流し、何処かへと歩いている。

 アズールもアシュリィもすぐに理解した。ラチェスがビーストモードを発動したのだ。

 彼女の視線の先に広がっているのは、その巨体が悠々と通過できる程の大きさの、現実世界へのゲートだ。

 

「まさか、向こうに行くつもりなの……!?」

 

 それだけはマズい。

 ビーストラチェスがあの多量の幻覚剤を水道などにバラ撒くだけで、少なくとも帝久乃市は壊滅的な被害を受けるだろう。

 最悪の状況を想像して、アシュリィは叫んだ。

 

「お願い、誰か!! 誰か止めて!!」

 

 このままでは、たとえ響を元に戻す事ができたとしても、全てが終わりだ。

 そんな彼女の悲痛な叫びが届いたのか、ビーストラチェスの前に巨大な影が立ち塞がった。

 その姿はアシュリィも以前に見た事がある。アズールも使った事がある形態、ギガントリンカーだ。

 ただしアズールのそれと違って、装甲は銀色に煌めいている。

 

「まさか……!」

 

 戦っているのは、そのマテリアプレートを使ったのは雅龍だ。

 アシュリィは預かり知らない事だが、この領域に入った時に彼は翔からギガント・エクス・マギアのマテリアプレートを受け取っていたのである。

 しかも、今の彼は三分間だけ変身を維持できるマキシマムチューン。名付けるとするならば、雅龍G(ギガント)マキシマムチューンだろうか。ビーストラチェスの両角を掴んで、足止めしている。

 

「ホォォォッ! アタァァァッ!」

 

 そして力任せに持ち上げて投げ飛ばし、砂漠に叩きつけた。

 ビーストラチェスはすぐに立ち上がるが、雅龍Gも素速く後を追う。

 そんな巨大ロボットと怪獣の戦いが繰り広げられている場面を背景に、アズールとキアノスは自分たちの戦いを続けていた。

 

「そりゃあっ!」

「ハァッ!」

 

 互いに疲労で限界に近い体になりながらも、衰えを見せず全力で刃を交える。

 特にキアノスは記憶の混濁も始まっているため精神的な消耗も激しいはずだが、それでもアズールと五角以上に渡り合っている。

 

「兄さん、どうして! なんでそうまでして戦う必要があるんだ!? 何が兄さんをそこまでさせるんだ!?」

 

 鍔迫り合いの中で問いかけられたキアノスは、頭痛に耐えて刃を押し込みながら答える。

 

「デカダンスは……俺が護る……俺、の……命に代えても……たと、え……記憶を変えられていたとしても……この思いだけは……!!」

「……!」

「俺が彼女を救い出すんだ!!」

 

 剣を引いてアズールセイバーを打ち払い、地面に落とさせた瞬間、手首を返して頭頂部を狙って一撃を振り下ろす。

 しかし、その刀身が命中する事はなかった。アズールの左腕が剣の軌道を止めたのだ。

 

「この馬鹿野郎ッ!!」

 

 怒りの叫び声を上げ、アズールは自らの拳をキアノスの胸に叩き込む。それと同時にキアノスサーベルもフェイクガンナーも取り落した。

 そして倒れ込んだ彼の襟を掴み、立ち上がらせて再び怒鳴りつけた。

 

「自分の命も面堂さんの事も、ホメオスタシスの事も! どうして全部取らないんだ!」

「な、に……」

「全部救える力があるならもっと欲張れよ! それを教えてくれたのは兄さんだろ!」

「……!!」

「生きてる限り生かすことも生き残る事も諦めるな! 同じ無茶をするなら、全部勝ち取れ! いい加減……目を覚ましてくれよ!」

「ぐ、ぬうおおおっ!!」

 

 悲鳴とも怒声ともつかない雄叫びと共に、キアノスはアズールを突き飛ばした。

 そして距離を離した瞬間、双方が動く。

 キアノスはアプリドライバーのプレートを押し込み、アズールはライドオプティマイザーのトリガーを引いた。

 

《アクセラレーション!》

《フィニッシュコード!》

 

 音声を聞きつつ、同時にマテリアフォンをかざして跳躍。二人の右足に青いエネルギーが集約し、極光と共にぶつかり合った。

 

Alright(オーライ)! スーパーブルースカイ・マテリアルバースト!》

Alright(オーライ)! アーセナル・マテリアルバースト!》

「そぉりゃあああああっ!!」

「ハァァァァァァァァッ!!」

 

 光と光が重なり合い、極大の光線が周囲に撒き散らされる。

 ピラミッドはどんどん崩壊していき、少し遠巻きに戦っていたビーストラチェスにも命中して吹き飛ばした。

 二つのライダーキックがせめぎ合う中、競り勝ったのは――アズールだ。

 

「が、ぐはぁっ!?」

 

 仰向けに倒れ、キアノスの変身が解除される。翔も変身を解き、響に駆け寄る。

 そしてその背景で起こっていた戦いにも、決着が付いた。

 

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! マキシマムギガント・マテリアルパニッシャー!》

「ホォアタァァァァァッ!!」

 

 超至近距離からの寸勁がビーストラチェスの頭部に突き刺さり、大きな断末魔の鳴き声を上げさせて、人間の姿へと戻すのであった。

 

「兄さん……兄さん! 目を開けてくれ!」

 

 負傷して息を切らしつつも、必死に呼びかける翔。すると響はゆっくりと目を開き、微笑んだ。

 

「すまない、迷惑をかけたな……それから……強くなったな、翔」

「兄さん……!!」

「……虫の良い話かも知れないが、俺が意識を失う前に……聞いて欲しい事がある」

 

 消え入りそうな声で響が言い、翔は耳を澄ます。

 

「面堂さんたちを許してくれ……」

「え……?」

「俺を操ろうとしたのも、それ以外の道を断たれて、ただ魔が差しただけなんだ。あんな事が起きなければ、あの家族は普通の人生を送っていたはずなんだ」

「兄さん……」

「頼む……俺の代わりに、護ってくれ……」

 

 手を伸ばして懇願する響に、沈黙する翔。

 しかしそれは一瞬だけで、一度だけ頷いてその手を取り、立ち上がった。

 

「護るなら二人で一緒に、だよ」

「……ありがとう……」

 

 響は再び微笑んで、翔の肩を借りて歩き出す。

 その後姿を見つめて、アシュリィもすぐに翔の隣に並ぶのであった。

 

 

 

「……今度こそ終わりだよ」

 

 ピラミッドが崩壊し、ラチェスの変異が解けて面堂 彩葉の姿に戻った後。

 元作を拘束して、浅黄はそう言った。その隣では、翠月が彩葉を拘束している。翔たちも既にこの場に駆けつけていた。

 事ここに至っては元作も抵抗する気などないらしく、ただ項垂れて砕けた仮面と破損したトランサイバーを見つめている。

 しかし、口を利く事はできる。声を震わせながら、ぽつぽつと喋り始めた。

 

「これだけが。これだけが両親の命を奪われた彩葉のためにできる、儂の唯一の生き方だったのに……それもまた、奪われてしまった……」

「……」

「儂はただその子を幸せにしたかっただけじゃ! なのに何故、咎められなければならん!?」

「やり方が悪かったんだよ」

「やり方だと!? この世には人から搾取して、不幸な目に合わせても咎められる事なく生き延びている連中だっている! なぜ儂らだけが! 儂らだけが不幸になる……!!」

 

 鬼気迫る形相で、元作は言い放つ。それとは対照的に、浅黄は冷静だが諭すように彼に語りかけた。

 

「あんたは彩葉ちゃんのほんとの願いを分かってないよ」

「なに……?」

「本当はさ、悪夢でしかない現実から誰かに連れ出して欲しかったんじゃないかな。でも、あんな事件が起きたせいで、誰も信用できなくなって閉じ籠もって……この子には、両親しかいなかったから」

「……」

「あんたにとってもそうだったんじゃないの? 心の支えが彩葉ちゃんしかいなかったんでしょ? だったら、大人なら一緒に間違った方に沈むんじゃなくてさ、正しく導いてあげるべきだったんじゃない?」

 

 反論できず、押し黙る元作。

 しかしその言葉に思い当たるものがあるようで、深く息を吐くと再び言葉を発した。

 

「……デカダンスの起こした人間の拉致や精神失調症、そして記憶の改竄……全て儂が企てた事じゃ」

「おじいちゃん!?」

「この子は儂の言葉に従っただけに過ぎん。何も悪くない。まだやり直せる。だから……手錠をかけるのは、儂だけにして下さい」

 

 お願いします、と元作は頭を下げる。

 翠月は眉をしかめ、浅黄にも視線を送って悩んだ様子を見せる。そして返答しようとした、その時。

 元作の胸から白刃が生え、血飛沫が花びらめいてその場に舞い散った。

 

「え……?」

 

 何が起こったのかも分からず、元作は血を吐いてその場に倒れる。心臓の位置を背中から胸まで貫かれ、赤い血で砂のキャンバスが滲んでいく。

 その刃を突きつけた犯人は。

 ヴァンガード、御種 文彦であった。

 

「おじい、ちゃん……いや、いやあああああ!!」

 

 泣きながら悲鳴を上げる彩葉、彼女が見つめる老爺の死体を踏み躙るヴァンガード。

 頬を大きく歪め、天を仰いで歓喜の叫びを発した。

 

「うざってェ前座共が消えた今……ようやく始まるぜ!! この俺の時代がなァ!! ヒャァハハハハハハハハハハァッ!!」

 

 砂漠の世界に、勝ち誇った笑い声だけが響き渡る。



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EP.26[暴悪なるジェラス]

 ラチェスアーティストとの戦いが終わり、後は帰還するのみであったはずのホメオスタシス一行。

 その彼らの前に姿を現したのは、あのヴァンガードであった。

 手には返り血に染まったナイフが握られており、足元で彩葉の祖父の面堂 元作が永遠の眠りについている。即死だったようだ。

 

「どうして……どうして殺したんだ……!!」

 

 拳と声を震わせ、翔はヴァンガードを睨みつける。その両隣で、アシュリィも響も怒りの形相となっていた。

 

「この人にはもう戦う力も意思もなかったはずだ!! なんで、どうしてこんな事ができる!?」

 

 翔の非難を聞いても、ヴァンガードは眉一つ動かさない。むしろ面白そうに笑っている。

 続いて、翠月が彩葉をかばうように前に出た。

 

「ホメオスタシスを裏切った男だと聞いた時、それに初めて出会った時から、お前からはおぞましい悪意の臭いを感じていた。だが、栄 進駒や伊刈 律や面堂 彩葉を見ている内に、きっと何か……他のCytuberのように同情の余地がある事情を抱えているのかも知れないとも思った。退くに退けない何かがあると。そしてきっと……自分の罪に気付き、償うのだろうと」

 

 マテリアプレートを握る手に強く力を込めながら、翠月は叫ぶ。

 

「ついに超えてはならない一線を超えたな……下衆が!! お前だけは、どんな事情があろうとも絶対に許さんぞ!!」

 

 呆然とする彩葉を除く全員が、一斉にヴァンガードへと敵意を剥き出しにする。

 そんな彼らの怒りを嘲笑うかの如く、ヴァンガードは物言わぬ元作の顔面を蹴りつけた。

 

「さっきからうざってェなぁ~~~、こんな老い先短いクソジジイをブチ殺して一体何が悪いってんだ? ちょいと速めにポックリ逝っただけでガタガタ騒ぐなよ」

「なんて事を……!!」

「それに、このジジイとそこの元デカダンスは俺の領域の座標を知っている。どっちみち……遅かれ速かれいつか殺すつもりだったのさ」

 

 くつくつと喉奥で笑いながら、両腕を広げてさらにヴァンガードはホメオスタシスの面々を煽り続ける。

 

「つまり、こいつを殺す時期が速まったのはホメオスタシスのせいって事だよなぁ~~~? お前らがデカダンスを倒しに来なかったらこんな事にはならなかったんだからよぉ!」

 

 その勝手極まりない無神経な一言が、怒りの火が点いている翠月の心に、油を注いだ。

 

「構えろ……徹底的に叩きのめす!」

 

 翠月はそう言ってタブレットドライバーを装着し、ヴァンガードと対峙する。

 その後ろで翔もアプリドライバーを装備して、背を向けたままアシュリィと響に語りかけた。

 

「アシュリィちゃん、兄さん。二人は浅黄さんと一緒に面堂さんを連れて、あの街まで逃げるんだ。その後は被害者を連れて現実世界まで戻って欲しい」

「ショウはどうするの!?」

「……ヴァンガードを足止めする。怒ってるのは英さんだけじゃない、僕もこの人を倒さなくちゃいけない……!」

 

 大切な人を失う痛みと哀しみ。それを知っているからこそ、翔も翠月もヴァンガードを許す事ができなかった。

 その気持ちを理解して、アシュリィは言われた通り、響や浅黄を伴って街へと避難するのであった。

 

「人払いは済んだかよ? まぁお前らなら丁度良い実験台(モルモット)になりそうだなァ、特に散々俺を痛めつけてくれたお前の方は」

 

 腕を組んで翠月を見下すヴァンガード。

 その言葉を聞いて、今度は翠月が彼を鼻で笑った。

 

「自分から吹っ掛けておいて逆恨みか、安い男だな」

「クククククッ、そんな口を叩けるのも今の内だぜ」

 

 言いながら、ヴァンガードは懐からあるものを取り出す。

 それは、翔も翠月も見慣れたもの。マテリアフォンだった。

 当然、翔は瞠目する。なぜ彼が持っているのか、まさか変身するつもりなのか、と。

 一方で翠月は冷静だった。

 

「新たにドライバーを作製したか。だが、お前の持つV1アプリでは我々には……」

「ヒャハハハ!」

 

 話の途中で、突然ヴァンガードが笑い出した。そしてアプリドライバーを装着した後、さらに懐に手を伸ばす。

 

「残念だが。俺は既に、お前らを超える最強の力を手に入れたァァァ……もう誰も手の届かない高みになァ!」

「なに?」

「待ち焦がれたぜ、この時を!」

 

 言いながらヴァンガードが取り出したのは、二枚のマテリアプレートだ。

 ひとつは恐竜の頭部の骨格を模した装飾が伸びている、ヒンジつきのマテリアプレート。

 もうひとつは、多種多様なゾンビの群れが描かれたプレートだ。

 

「今この瞬間、俺は最強の頂に昇り詰める!」

 

 ヴァンガードは歓喜の表情を浮かべて、まずはゾンビの方のマテリアプレートを起動する。

 おどろおどろしい音楽と共に、電子音声が鳴り響いた。

 

BOOGIE WOOGIE ZOMBIE(ブギウギゾンビ)!》

 

 そしてそれをトランサイバー側にセットし、今度はもうひとつの恐竜のプレートを起動した。

 

《ジュラシックハザード!》

 

 力強い音楽と音声が鳴り、ヴァンガードはそれをアプリドライバーへと装填し、飛び出た骨格の部分をヒンジに従って閉じる。

 すると表面が骨格ではない紫色の恐竜の頭部となり、その大きな口がガパッと開いた。

 この頃には既に、翔も翠月も、彼のやろうとしている事を理解していた。

 

「まさ、か……」

「これが!! これこそが!! 俺の求め続けた、究極の力!! その完成形だァァァ!!」

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

《アイ・ハヴ・コントロール! アイ・ハヴ・コントロール!》

 

 人体の許容量を大きく超過した強大なカタルシスエナジーが、ヴァンガードの内側で構築されていく。

 それを恍惚とした表情で受け止めつつ、マテリアフォンをアプリドライバーにかざし、叫んだ。

 

「ヒヒヒヒヒ、ヒャァーハハハハハハハ!! ヘェェェンシィィィン(変身)!!」

Alright(オーライ)! マテリアライド!》

Roger(ラジャー)! マテリアライド!》

 

 ヴァンガードの全身が紫色の瘴気に包まれ、皮膚や眼が変色し、さらに全身がボディースーツで覆われていく。

 そして彼の眼前には、翼や角を無理矢理に融合させられた、一体の恐竜のテクネイバーが現れていた。

 

《ジュラシック・アプリ! 太古の王者、インストール!》

《ゾンビ・アプリ! 黄泉帰る恐怖、トランスミッション!》

 

 音声と共に、恐竜の肉体がバラバラに散り、角や尻尾や翼も一緒に装甲となってヴァンガードのスーツに合着する。

 直後、装甲は瘴気を浴びて急激に白く染まった。まるで、白骨化したように。

 そうして完成したのは、禍々しい瘴気を放ち、化石となった恐竜の特徴を持つ、筋骨隆々の紫色の仮面ライダー。

 プテラノドンの翼の骨格をマントのように背負い、頭部はティラノサウルスの頭蓋、鎚のような尻尾はアンキロサウルスで、両肩からはトリケラトプスの大角が生えている。両脚にはブラキオサウルスの骨格が装甲として纏われており、両腕にはスピノサウルスのような棘状の突起が伸びている。

 二人はその姿に、そして変身方法に驚愕するしかなかった。

 

「バカな、二つの変身システムを同時に使うだと!?」

「そんな事をしたら、過剰なカタルシスエナジーの発生と必要量に肉体が追いつけなくなってしまうはず……一体どうやって!?」

 

 翔が問うと、自らの変身成功に楽しそうに笑うヴァンガードが「教えてやるよ」と言った。

 

「このV2アプリ、BOOGIE WOOGIE ZOMBIE(ブギウギゾンビ)は、内包されたゾンビ・デジブレインを使って瞬間改造手術する事で、使用者の肉体を仮死状態にする力がある。つまり、俺もゾンビなんだよ」

「……まさか」

「そう! 仮死状態のまま動く事ができる今、俺の痛覚は完全に遮断されている! どれ程の痛みがこの体を駆け巡ろうと、問題なく動けるって寸法だ!」

 

 翔と翠月は絶句した。こんな形でコントロールの難しいはずのV2アプリを強制使用するなど、考えもしなかったのだ。

 しかもライドオプティマイザーやアプリチューナーによる出力の調整が必要なくなっているため、常に100%の力を発揮できる事になる。この差は非常に大きい。

 続けて追い打ちをかけるように、ヴァンガードは言った。

 

「そしてもうひとつのV2アプリであるジュラシックハザードは、大幅な身体能力と再生能力の強化を施す代わりに、本来ならリンクナーヴへと凄まじい負荷をかけるがァ……ゾンビとなった今、そんなリスクは関係ない!」

 

 コキコキッと首を鳴らし、ヴァンガードは両腕を広げる。

 

「これぞ力の頂点、俺が最強のライダー……仮面ライダージェラス ジュラシックゾンビリンカーだァ!」

 

 恐竜さながらにドス黒い空に向かって大きく吼え、砂漠の大地を歩むジェラス。

 しかし、翔たちは怯む事なく立ち向かう。

 

《パワフル・チューン!》

「同じV2ならまだ勝ち目がある。何より、こちらは二人がかりだ」

天華繚乱(ウォーゾーン・ブルーム)!》

「はい! ここで倒しましょう!」

《ブルースカイ・アドベンチャーV2!》

「変身」

「変身!」

Alright(オーライ)!》

Oh YES(オゥ・イエス)!》

 

 それぞれマテリアプレートを起動・装填し、ベルトを操作して変身に移行した。

 

《闘龍之技、アクセス!》

《蒼天の大英雄、インストール!》

 

 仮面ライダージェラスに対するは、アズールV2と雅龍 パワフルチューン。

 今はアズールセイバーV2が破損しているため使用可能なのは通常のアズールセイバーのみだが、それでも充分な戦力だ。

 二人は剣と槍を手に、ジェラスへと斬撃と刺突攻撃を仕掛けた。

 負傷と疲労があるとは言っても、これまで何度もデジブレインやサイバーノーツと交戦して来た二人。

 その渾身の一撃が――それぞれ片手で止められていた。

 

「えっ!?」

「バカな……!!」

 

 アズールの刃は右手で握って止められてビクともせず、雅龍の一突きに至っては左手の指と指で挟まれて微動だにしない。

 二人の驚く様を眺めて、ジェラスはせせら笑っている。

 

「おいおい、本気で来いよ。その程度のパワーで俺を倒せると思ってんのかァ?」

 

 挑発の言葉を投げかけ、ジェラスは剣ごとアズールを投げ飛ばす。それによって槍が指から離れた隙に、雅龍は猛攻を仕掛けた。

 

「ホアタァァァッ!」

 

 トリガーを引く事で槍の先端をインクで固め、鉄球型のハンマーを生成。それを全力で振るい、ジェラスの胸部に命中させた。

 メキッ、という骨の軋む音が雅龍の両腕に伝わる。だが、ジェラスは攻撃を受けたまま、反撃の素振りを見せない。

 むしろ重い攻撃を受けていながら、不気味に笑い声を上げている。

 

「余裕ぶっているつもりか!?」

「つもりじゃねぇ。余裕なんだよ」

「ならば!!」

 

 スタイランサーを地面に突き刺し、雅龍は前に大きく踏み出す。

 そして至近距離から、左右の拳撃と蹴撃の乱打を浴びせた。顔に、鳩尾に、脇腹に、胸に。

 全ての一撃が確かにクリーンヒットするものの、同時に不可解な感覚に苛まれていた。

 ――目の前の男の身体から、気の流れを感じない。

 

「どういう事だ……!?」

「効かないねぇ?」

「おのれ……ではこれでどうだ!!」

 

 言いながら、雅龍はそのままスタイランサーにマテリアプレートを装填する。容赦なく必殺技を叩き込むつもりなのだ。

 

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! ギガント・マテリアルスティング!》

 

 穂先のハンマーが再度融解し、巨大な槍へと姿を変える。雅龍は上空に飛び上がり、それを力の限りに突き出した。

 

「ホオアタアアアアッ!!」

 

 パワフルな巨槍から放たれた、最高威力の必殺。その強大な一撃を、ジェラスは避けようともしない。

 そして、胸部に直撃。雅龍はたった今放った刺突に、確かな手応えを感じた。

 ――だが。

 

「クククッ……ヒヒヒヒヒッ、ヒヒャハハハハーァハハハハハァーッ!!」

「な、ん、だと……!?」

 

 大きなダメージを与えた手応えがあったにも関わらず、ジェラスはただただ笑い飛ばしていた。

 そして片手で巨大な槍を持ち上げると、雅龍を槍と共に思い切り地面に叩きつけた。

 

「ガハッ!?」

「ヒャッハハハハハ! バーカ、俺が言った事を忘れたかァ!? 身体改造でゾンビ化した俺に痛覚はなくなってんだよ!! そして恐竜の生命力とゾンビの再生力が合わさった今、たとえ必殺技だろうが傷は再生する!!」

 

 砂地に倒れている雅龍をもう一度掴んで持ち上げ、再度地面に叩きつける。

 そして苦しんでのたうっている彼の体へと、強烈な尻尾の一振りで追い打ちをかける。

 回避の手段などあるはずがない。腕についたパワフルチューンの装甲で辛うじて受け止めるが、一撃で亀裂が走り、雅龍を転倒させて空を見上げさせた。

 

「俺に勝てるヤツはもうこの世に存在しない……お前らはただ嬲り殺されるを待つだけの獲物だ!! 俺が!! 最強の仮面ライダーなんだよォ!!」

 

 瘴気を背中の翼に纏わせて翼膜を作り、飛翔。そして、強靭な脚で雅龍の胴を踏みつける。

 肋骨のひしゃげ、砕ける音。ジェラスの一撃に、雅龍は仮面の隙間から吐血した。

 その惨状に、思わずアズールが叫ぶ。

 

「英さぁぁぁん!!」

「ヒャーハァ! 死ね、死ねェ!」

 

 ジェラスは草を踏み均すように、何度も何度も同じ場所を踏みつける。確実に命を奪いにかかっているのだ。

 

「やめろ……やめろぉぉぉっ!!」

 

 風を起こしながら飛翔し、アズールがジェラスの背後から剣を振り下ろす。

 その時、ジェラスは背後を見る事なく、雅龍の肋を足で踏み躙りながら、左手を前に掲げた。

 すると電子音声と共に、その手に武器が装備される。片刃の大斧のようにも見えるチェーンソーだ。

 

《ジェラスローター!》

 

 武器を持とうと関係ない。アズールは、今の自分にできる最大の一撃で、背後から襲いかかった。

 

《フィニッシュコード! スーパーブルースカイ・マテリアルスラッシュ!》

「そぉりゃあああああっ!!」

 

 これまで何度もデジブレインやCytuberを倒し続けて来た、烈風を纏う強大な光の刃の一閃。

 その最高の一撃でさえも、ジェラスの右手一本で、容易く防がれていた。

 

「ヌルい。ヌルいなァ、アズール」

「そ、そんな……同じV2なのに、どうしてここまで差が……」

「同じじゃねぇんだよバァーカ! 俺はお前らの戦いと使ってるマテリアプレートを分析しながら改良を重ね続けてんだよ、2.0や2.1より最新の2.9の方がより優秀になるのは当たり前だろうが!! ましてやそれを二枚使ってんだから強いに決まってるよなァ!!」

 

 ジェラスは剣を離し、トリガーを引きながらグルリと回転してチェーンソーをアズールの背中に向かって振り抜いた。

 高速回転するノコギリの刃が、V2の力で十全に強化されているはずのアズールの装甲を、バターのように容易く斬り裂く。

 

「うわあああ!!」

「あぁ~、気持ちィー! 最高ォー! 格下(ザコ)を一方的に弄んで勝つのはやっぱたまんねぇ快感だよなぁ!?」

 

 地面に落ちる寸前に蹴りを入れ、アズールを再び砂地へと吹き飛ばす。砂塵が舞い散り、アズールはうつ伏せに地面に倒れた。

 そして自分の足元で吐血して悶えている雅龍を見下ろして、再びジェラスローターのトリガーを引く。

 刃が高速回転を始め、ジェラスはその音を聞きつつ、ゆっくりとチェーンソーを頭上に掲げた。

 

「こいつもそろそろ殺しておくかァ」

 

 雅龍にはもはや抵抗する術がない。深刻なダメージを受け、この場から逃れる事さえできない。

 ジェラスにとって、それは心を満たす事のできる素晴らしい悦楽だった。

 他者を見下し、圧倒的な力を持つ自分だけが他の命を奪える快感。生態系の頂点に立った高揚感。そして誰も自分を傷つける事などできない。

 目指した最強の力が手中にあり、そしてこの世のあらゆる命を掌で弄ぶ事ができる。小さな虫をプチプチと潰すように。ジェラスの欲望は、ついに完成したのだ。

 

「それじゃあ……なッ!!」

 

 ジェラスは仮面の中で喜色満面になりながら、雅龍の首目掛けてチェーンソーを振り被らんとする。

 その時だった。

 突如として黒炎がその腕を焼き、チェーンソーを取り落とさせた。

 

「あぁ?」

「今のは……!」

 

 驚愕するアズール。その黒い炎には、見覚えがあった。

 

「困りますねぇ」

 

 頭上から、そんな声が聞こえる。

 ゆっくりとジェラスの前に降り立ったのは――孔雀の仮面の男、スペルビアだ。

 珍しく楽しげな声ではなく、かと言って言葉通りに困った様子もなく、抑揚のない無感情な声色だった。

 

「私の差し上げたフラッド・ツィートではなく、勝手に仮面ライダーの力を使うとは。これは立派な契約違反ですよ」

「ハッ! 知ったこっちゃねぇな。俺の願望は最初から『力を手に入れる事』だぜ。それに」

 

 雅龍から離れ、地面に突き刺さったチェーンソーを拾って肩で担ぎ、ジェラスはスペルビアを睨みつける。

 

「俺がお前の真の目的に気付いてなかったと思うか?」

「……ほう」

「お前の思惑通りになると俺も困るんでねぇ。Cytuberの戦力を削いだ上で阻止もできる、画期的な手段だったってワケだ」

 

 スペルビアが目を細め、長く深い溜め息を吐いた。

 

「そうですか、それでは仕方ありませんね」

 

 そして、孔雀の仮面を引き剥がし、黒い炎を纏って姿を変える。

 拘束具のようなものを装着した、ピーコック・デジブレイン。黒き剣を握り、仮面ライダージェラスと対峙する。

 

「契約違反に計画の阻止。ここまでの反逆行為が重なった今、非常に残念ですがあなたにはここで死んで頂きましょう」

「面白れぇ、やれるもんならやってみろよ」

「……ですがその前に」

 

 スペルビアがクイッと人差し指を上げると、雅龍が保有していたスロース・デジブレインのCytube Dreamのマテリアプレートと、スムース・ペイントのマテリアプレートが浮遊。

 そのままスペルビアの手の中に収まった。

 

「あぁっ!?」

「これは返して貰います。代わりにあなた方には現実世界へお戻り頂きましょう」

 

 今度は右手を広げてアズールと雅龍に向け、二人の頭上にゲートを生み出す。

 アズールも雅龍も、そのままゲートを通じて消えてしまった。

 

「さて。それでは始めましょうか」

 

 そう言った直後、返事を聞く前にスペルビアは大きく前に踏み出して一瞬でジェラスの眼前に立ち、素速く拳を腹部に突き出す。

 当然痛みを感じないジェラスは避けもしない。拳を受けながら、反撃とばかりにスペルビアの首を分厚い手で掴んだ。

 

「そぉらぁっ!」

 

 そして腕力に任せ、強引に投げ飛ばす。

 スペルビアは翼を広げて即座に態勢を立て直すが、そこへプテラノドンの翼の骨格に瘴気を纏わせて飛翔するジェラスが追撃をしかける。

 

「む」

「ヒヒャハハハ!」

 

 チェーンソーがスペルビアの左腕を斬り落とし、さらにジェラスの回し蹴りが脇腹を捉える。

 そうして砂漠に墜落したところを、強力な尻尾で何度も叩く。スペルビアは剣で攻撃を捌き続けているが、数発は避け切れず肩や膝に直撃した。

 

「どうしたどうしたどうした、こんな程度かよ!?」

 

 攻撃を何度も叩き込み、さらには両肩の角を伸ばしてスペルビアの翼を貫く。

 スペルビアは立ち上がって左腕や負傷した部位を再生させているが、その隙にジェラスは一枚のマテリアプレートを手に取り、必殺の態勢に移った。

 

「このまま一気に終わらせてやるぜ」

《フィニッシュコード!》

 

 プレートをジェラスローターにセットし、マテリアフォンをかざしてトリガーを引く。

 使ったのはフラッド・ツィートだ。チェーンソーに、無数に『蛇』の文字が浮かび上がる。

 

Alright(オーライ)! ツィート・マテリアルザッパー!》

「死ィねェェェッ!!」

 

 ジェラスがチェーンソーを振るうと、エネルギー体の蛇が何体も出現してスペルビアの胴を貫いた。

 だが、それでも彼は倒れない。右手に剣を握ってジェラスに高速接近すると、その頭を一撃で喉元に至るまで真っ二つに叩き割った。

 

「この姿の私を手こずらせるとは、中々の力を手に入れたようですが……所詮は人間ですね」

「そい゛つ゛は……ゴボッ、どうかな゛ァ?」

 

 目の前から声が聞こえて、スペルビアは瞠目する。

 そして気付いた時には既に遅く、ジェラスの拳で顔面を殴打された。

 頭を割られても、ゾンビの能力を持つ彼は生きていられるのだ。傷はたちまち再生し、元通りになる。

 

「どうやらあんたでも俺は殺せないようだな。安心したぜ、クククッ」

「流石に少々驚きました。まさか、あなたがこれ程の力を持っているとは。戦う術がないワケではありませんが、中々分が悪いですねぇ……」

 

 そう言いながらも、スペルビアの負傷も既に回復しつつある。

 攻撃力はほとんど互角。しかし再生速度と痛覚遮断の能力を持つ今、優位なのはジェラスと言えるだろう。

 

「クク……強がりとはみっともないじゃねェか。今の俺の力はあんたより上なんだよ、一気に終わらせてやるからな」

「……申し訳ありませんが」

 

 スペルビアが空中を飛び、スムース・ペイントのマテリアプレートを掲げる。

 するとプレートが青い光を吸収し、デカダンスの作り上げた領域が崩壊を始めた。

 

「ここは退かせて頂きますよ。あなたと無駄に泥仕合を演じる気はありませんので。では、さようなら」

 

 一瞬の内にスペルビアが姿を消す。

 ジェラスは舌打ちと共にマテリアフォンを取り出し、自身も現実へと帰るのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 帰還を果たした翔は、すぐに翠月を連れてホメオスタシスの管理する病院に赴き、到着と同時に意識を失った。

 翔も重傷だが翠月は特に傷が深く、二人共すぐに治療を受ける事になった。

 その報告を受け、アシュリィや浅黄や鋼作・琴奈、そして陽子もすぐに病院へと向かうのであった。

 病院には既に治療を受けた響がおり、病室で眠る翔と翠月の姿を見ている。同じ病室には眠る彩葉の姿もあるが、こちらは三人に比べて軽傷である。

 

「……幸い二人とも命に別条はない。しかし、当分の間は動けないだろう」

 

 そう言った後で、響は深く頭を下げた。

 

「本当にすまない。翔が俺と戦っていなければ、万全な状態だったらこんな事には……」

 

 彼の言葉に反応したのは、友人である鋼作と琴奈だった。

 二人は響の肩にポンと手を乗せ、なだめるように語りかける。

 

「お前のせいじゃないって」

「そうだよ。そもそも響くんを罠にかけたアイツが悪いんだから!」

 

 その優しい言葉を噛み締め、響は陽子の方を見て「静間さんはどうしているんですか?」と問いかける。

 

「血眼になって御種を探してるよ。絶対見つけ出してブッ倒してやるってさ」

 

 鋼作と琴奈が顔を見合わせ、浅黄が驚きのあまり声を荒げた。

 

「この二人を一方的に倒した相手を一人で!? それは無茶っていうか無謀だよ!!」

 

 浅黄の言い分には陽子も同意し、頷いている。

 

「アズールと雅龍のアイカメラに録画されたデータを見たけど……アレは、今の私たちの手に負えるモノじゃない。最悪、全滅するかも知れない」

「じゃあなんで止めないの!?」

「……どっちにしろ、ここで御種を足止めしておかないとマズいのよ。アイツの性格から考えて、翔くんたちが病院にいると知ったら、真っ先に襲撃に来るわ」

 

 指摘を受けて浅黄が言葉を詰まらせる。そして意を決したように顔を上げ、病室の外へと歩き始めた。

 

「ウチも行く! 足止めなら一人より二人だよ!」

「待った!」

 

 焦った様子を見せつつ、鋼作は彼女を引き止めた。続けて、琴奈が事情を説明する。

 

「浅黄さんにはどうしても手伝って欲しい事があるんです! 鷲我会長も知恵を借りたいって!」

「鷲我が? でも、足止めはどうしたら……」

 

 そこへ、腕を組んで様子を見ていた響が軽く手を上げた。

 

「俺が引き受けよう。少し休んで、体調も良くなった」

「……大丈夫なの?」

「問題ないさ。それに、ヤツとは因縁がある……!」

 

 軋む程に拳を握り、パンッと自らの掌で受け止める響。

 方針は定まった。響はこのまま鷹弘と同様に文彦を捜索し、浅黄は鋼作・琴奈と共に鷲我の元へ。陽子は戦闘グループの補佐を行い、アシュリィは病院に残って二人を守る。

 響は翔の方に近寄って、微笑みながらその頭をそっと撫でた。

 

「必ず生きて帰る。まだお前の作ったカレーを食べてないからな」

 

 そして背を向けて病室を後にすると、彼の表情は一変する。笑みが消え、研ぎ澄まされた刃のような冷徹な眼差しとなった。

 心優しい『兄』ではなく、情け容赦一切なしにあらゆる相手を打倒する『チャンピオン』の顔。

 廊下を駆け抜けて病院を出ると、マシンマテリアラーを呼び出してそれに跨り、文彦を探して疾走するのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 響たちが病院を出たのと同じ頃。

 鷹弘は帝久乃市を歩いて、文彦を探していた。

 闇雲に探しても見つかるはずはないのだが、鷹弘にはその内向こうから現れるという確信があった。

 そして、その時は来た。

 

「よぉ、誰をお探しかな?」

 

 海の見える広場の前に辿り着いた時、不意にそんな声が耳に届いた。

 見れば、探していた男、ヴァンガードが煙草を咥えて海を眺めながら立っている。既にアプリドライバーを装着しており、臨戦態勢だ。

 

「……俺の仲間が随分世話になったらしいな」

「ヒハハ! お前の口から『仲間』なんて言葉が出てくるとはなァ? ところで……」

 

 ヴァンガードは吸い殻を地面に捨て、踏み躙る。

 

「あのプレゼントはどうだった?」

「なに?」

「お前にけしかけてやったキツネだよ」

 

 言われてすぐに思い出し、鷹弘は大きく舌打ちする。

 

「アレもテメェの仕業ってワケか……胸糞悪ィ」

「ヒャハハッ、万が一にもお前にサイバー・ラインに来て欲しくなかったんでねぇ……一番ブチ殺したいヤツは最後まで取って置かねーとなぁ?」

 

 それを聞いて鷹弘は眉をしかめ、強く右拳を握り込んだ。そして深呼吸しながら空を見上げ、小さく声を発する。

 

「正直なところ、俺は今の今までテメェを捕まえる気でいた。だがどうやらそれが甘かったらしい、あの時取り逃がしちまったからな……」

 

 拳をパキパキと鳴らしながら、鷹弘はマテリアフォンからアプリドライバーを呼び出す。

 そしてマテリアプレートを手に取って、ヴァンガードを睨みつけた。

 

「死ななきゃ止まんねェってンなら、俺がブッ殺してやるよ……!!」

「そりゃ無理だな。お前如きなら尚更」

 

 ヴァンガードも、マテリアプレートを二つ取り出した。

 二人は同時にアプリを起動し、叫び合う。

 

《デュエル・フロンティアV2!》

「御種ェェェッ!!」

「偉そうに呼び捨てかァ!? クソザコがよォッ!!」

BOOGIE WOOGIE ZOMBIE(ブギウギゾンビ)!》

《ジュラシックハザード!》

 

 それぞれアプリドライバーとトランサイバーにプレートが装填されると、同じタイミングで目の前の相手に向かって走り出し、拳を突き出し合った。

 互いの拳が腕で防がれると、今度はキックを繰り出し、足と足がぶつかり合う。

 そして再び腕をぶつけ合いながら、マテリアフォンをドライバーにかざした。

 

「変……身!」

《最速のガンスリンガー、インストール!》

ヘェェェンシィィィン(変身)!!」

《太古の王者、インストール!》

《黄泉帰る恐怖、トランスミッション!》

 

 二人の姿が変わる。ガンマンのような風貌の赤い仮面ライダーと、恐竜とゾンビの特徴を持つ紫色の仮面ライダー。

 先に仕掛けたのはリボルブだ。異形の怪物、ジェラスが動くよりも遥かに速く二挺の拳銃(リボルブラスター)を抜き、胴体へと次々に銃弾を撃ち込んで行く。

 攻撃はジェラスの巨体へと全弾命中し、火花を散らせる。反応速度は未だにリボルブの方が上なのだ。

 しかし、ジェラスはその攻撃を一切意に介する事なく、真っ直ぐに猛進して来た。

 

「くっ!?」

「そんな豆鉄砲がァァァ、今更効くワケねぇだろうがァッ!!」

 

 タックルを回避するため、リボルブは右方向に大きく飛び込み、転がりながらも撃ち続ける。

 アズールと雅龍の交戦時の記録から、攻撃が通じない事自体は分かっていた。ここまではある意味想定通りなのだ。

 彼にはひとつだけ策があった。通じるかどうかは賭けになるが、少なくとも状況を打破する切っ掛けを作るであろう一手が。

 問題は。

 

「いつまで逃げ切れるかなァ?」

 

 たった今ジェラスが言った通り、策を打つ前にパワー差で倒されるかも知れないという事だ。ジェラスのスピードはアズールや雅龍・ザギークよりも遥かに上で、リボルブも今は反射神経で辛うじて回避に動けているが、スピード自体が他のライダーよりも遅い以上、疲労が蓄積すれば確実にやられる。

 ジェラスはチェーンソーを装備し、より激しい攻撃に移った。動き回るリボルブを徹底的に追い詰めるつもりでいるのだ。

 高速で回転する刃が、リボルブが盾とした鉄柵やベンチ、地面のコンクリートを両断していく。

 段々と逃げ場もなくなり始めた頃、ジェラスは大きく動いた。

 

「面白いモン見せてやるよ!」

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 サイバーノーツのエフェクト発動だ。それを失念していたリボルブは、舌打ちしつつもすぐに距離を取る。

 そうしてジェラスが地面に右掌を叩き込むと、その周囲に紫色の沼が出来上がり、その中から一体の怪人が這い出てきた。

 恐竜型のデジブレインだが、その姿は体が腐って骨や肉の断面が剥き出しとなっている。恐竜にしてゾンビのデジブレインなのだ。

 腐乱死体ではあるが、その長い尻尾や鋭い牙から、リボルブにはティラノサウルスである事が分かった。

 

「イカシてるだろ? ティラノゾンビ・デジブレインだ」

「イカレてるの間違いじゃねェのか」

「クククッ、こいつの力を見てもまだその口が叩けるか……見せて貰おうじゃねェか!!」

 

 言って、ジェラスは生み出したティラノゾンビに攻撃命令を下し、自らも飛び出す。

 ただでさえ押されているというのに、一対二という厳しい状況に追い込まれてしまった。

 それでも諦める事なく、リボルブは二つの銃を組み合わせて抵抗を続ける。

 

《バーニングモード!》

「ゾンビには炎だ!」

 

 銃口から火炎弾が飛び出し、ティラノゾンビの腐った体を焼く。

 しかし、止まらない。炎に身を焦がしながら、負傷部位を再生させて進撃して来る。

 

「なっ……」

「残念だったな、そいつも俺と同じで痛覚がない。そして傷はすぐに塞がる」

 

 ジェラスローターとティラノゾンビの牙とが、挟み撃ちの形で同時に襲いかかって来る。

 避けきれない。そう思っていたリボルブの耳に、自分の放ったものではない銃声が聞こえ、ティラノゾンビの両眼と足の腱を銃弾が貫いた。

 視界を閉ざされたティラノゾンビはそのまま勢い良くジェラスの方に倒れ込み、攻撃を中断させてしまう。

 

「なんだ今のは……!?」

 

 再度距離を取り、リボルブは銃弾の飛んで来た方向を確認する。

 そこに立っていたのは、アプリドライバーを装着し、フェイクガンナーを構える響であった。

 

「響!」

「静間さん、俺も戦います」

「気をつけろ! こいつらには攻撃が効かねェ!」

「分かってます。それでも……やるしかない!」

 

 マテリアプレートを取り出しながら、響はリボルブの隣へと歩いて行く。

 すると、立ち上がったジェラスがジェラスローターを手に下卑た笑い声を発した。

 

「ヒャハハ! 今更何しに来たってんだ、もうお前なんざ俺の敵じゃねぇぞ?」

「御種……俺はお前を許さん。俺を陥れた事だけならともかく、元作さんを殺し、今度は翠月さんと翔まで……!」

 

 響が連ねる怒りの言葉を聞いて、ジェラスはより愉快そうに笑う。

 

「お前だけは! 俺が必ず、この手で倒す!」

「できねェ事を軽々しくほざきやがって。脳味噌ブチ抜かれようが死なねェ今の俺をどうやって倒す? 大言壮語っつーんだぜ、そういうのは」

「攻略不能な戦いなど存在するものか! お前こそ思い上がるな!」

 

 そう言って響はマテリアプレートを起動し、発砲しながらドライバーへと装填する。

 

Arsenal Raiders(アーセナル・レイダーズ)!》

「変身!」

Alright(オーライ)!》

 

 アプリドライバーにマテリアフォンをかざすと、光と共にその体にシアンカラーのボディースーツが纏われて行く。

 そして眼前にはウォリアー・テクネイバーと似たソルジャー・テクネイバーが姿を現し、分解されて鎧じみた装甲となる。

 

《アーセナル・アプリ! 迷宮の探索者、インストール!》

 

 音声と共にスーツの上に白い装甲が合体。紫色の鋭利な複眼が輝いた。

 仮面ライダーキアノス。武器であるキアノスサーベルとフェイクガンナーを構え、リボルブの隣に並んでジェラスと対峙する。

 直後、リボルブは声量を落としてキアノスに訊ねる。

 

「……来て貰って何だが、マジに勝算はあるのか?」

「安心して下さい。隙さえできれば、勝ち目はあります」

「お前を信じるぜ」

 

 特に合図も出す事なく、二人は同時に散開した。

 知能が低いらしく、ティラノゾンビはどちらに攻撃すれば良いのか判断できずに、行動が遅れる。

 そこをジェラスがカバーした。このデジブレインを盾にするという形で。

 

「かかって来いよ!」

「望み通りにしてやるぜ、クソ外道が!」

《フィニッシュコード!》

 

 立ち止まったリボルブが一枚のマテリアプレートをセットし、ジェラスに狙いをつけて必殺を発動。

 ジェラスはティラノゾンビを盾にしたまま、前進し続ける。

 

Alright(オーライ)! オラクル・バーニングマテリアルカノン!》

「オラァッ!」

 

 引き金を引いた瞬間、極熱の火炎弾が銃口から飛び出し、ティラノゾンビごとジェラスを焼く。

 当然ジェラスには通用しないが、しかし、ティラノゾンビは必殺の一撃によって消滅した。どうやら、こちらはジェラス程には不死身ではないようだ。

 

「今更この程度の必殺技でこの俺を……グッ!?」

 

 突如、攻撃を受けたジェラスが膝をつく。

 焼けた部分は再生している。しかし、その全身に異常なまでの激痛が走っているのだ。

 

「なんだ、何しやがった!?」

「俺の使ったマテリアプレートの能力だ」

 

 そう言って、リボルブはリボルブラスター・バーニングモードに挿入したマテリアプレートを取り外して、ジェラスに見せつける。

 Oracle Squad(オラクル・スクアッド)。遮断の能力を持つ、V1タイプのプレートだ。

 瞬間、ジェラスは理解した。リボルブはこれを使って、ジェラスが発動している痛覚除去の能力をシャットアウトしたのだ。

 全身への痛みは、本来なら感じるはずのV2使用のデメリット、即ちオーバーシュートが発生し続けているというだけだ。

 

「だが無駄だ、俺の肉体はダメージを受けても再生する! 今更こんな痛みで音を上げてたまるかよ!」

「それでも、テメェは連続したオーバーシュートで動けなくなる。俺たちの狙い通りにな」

 

 リボルブからの言葉を受けて、ジェラスはハッとしてキアノスの姿を見る。

 彼はマテリアプレートをフェイクガンナーに装填し、その力を発現させていた。

 

Fake Armed(フェイク・アームド)……センチピード・スキル、ドライブ!》

 

 銃口から伸びる鋼鉄の鞭。キアノスはそれを、ジェラスへと振る。

 

「まさかお前らァッ!?」

 

 狙いはひとつ。ジェラスのアプリドライバーにセットされた、ジュラシックハザードのマテリアプレートだ。

 このプレートが外れれば変身が解除され、ジェラスは普通の人間に戻る。

 それこそがホメオスタシスたちにたったひとつだけ残された、勝利の糸口なのだ。

 

「お前はこれで終わりだ……ハァァァッ!!」

 

 初めて焦りを見せ出したジェラスの腰に、ムカデの如くうねる鞭が走るのであった。



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EP.27[不死身]

「……で、これがウチにやって欲しい事なワケ?」

 ホメオスタシスの地下研究所にて。
 鋼作・琴奈・鷲我の三人が取り掛かっている作業を見て、浅黄は言った。
 彼らの前にあるのは、ひとつのマテリアプレート。しかし、それは従来のものよりも分厚く、二枚を重ねているようにさえ見える。

「そうだ」
「でもさ、これってほんとに大丈夫なの? 誰が使うのか分かんないけど、この出力は……」
「使うのは翔くんだ。いや、彼にしか使えないと言うべきか」

 鷲我の言葉を聞き流しながら、浅黄はプレートの解析を継続する。
 そして、眉間に深く皺を刻み込んだ。鋼作たちがその表情から読み取ったのは、深刻な危険信号。

「それマジで言ってんの? あの子、死ぬよ?」

 翔が死ぬ。
 もしもそれが事実だとするなら、鋼作と琴奈は何がなんでも鷲我を止めなければならなかった。
 事実、二人の目から見てもこの大型のマテリアプレートの使用は危険が大きい。起動の時点で、マテリアプレート二枚分どころか、それを遥かに超えるカタルシスエナジーを必要としている。
 使用者への危険で言えば、以前に暴走を引き起こしたV2の時とは比べ物にならない。オーバーシュートはおろか即死する可能性さえある。
 一応は翔以外のリンクナーヴや、基準値以下のカタルシスエナジーを承認しないようセーフティが掛かっているが、起動した直後に翔が命を落とす事も充分に考えられるのだ。

「我々がジュラシックゾンビリンカーの不死性に対抗するには、どちらにしても彼に頼らざるを得ないんだ」

 頑として鷲我は言い切り、重々しい口調で「それに」と続ける。

「彼は絶対に死なない。翔くんの中に眠る『特別な力』……もしもそれが私の想像通りのものなのだとすれば、むしろ彼はこのマテリアプレートを容易に扱う事ができるだろう」
「……どういう事ですか?」

 言葉の意味を理解できず、琴奈が問う。
 傍で聞いていた鋼作と浅黄にも、鷲我の意図は分からなかった。
 そして鷲我自身も、多くを語らず頭を振る。

「すまない、まだ詳しい事は言えない。何より当の私自身が、あまりにも非現実的な推測だと思っているくらいだからな」

 眉間を指で抑え、すぐに顔を上げる鷲我。

「だが……もし、彼が本当にこれを使いこなして、結論が出たなら。その時が来れば、話す。約束しよう」

 そう言って、鷲我は再び集中して作業に取り掛かる。
 こうまで断言されては浅黄にもどうしようもない。追及を諦めて、鋼作や琴奈と共に鷲我を補佐するのであった。
 翔の、アズールのためのマテリアプレート。彼が仮面ライダージェラスを打ち破るための鍵。
 新たなる力の製造を。


 海に隣接した広場で繰り広げられる、リボルブとキアノス対ジェラスの戦い。

 キアノスの狙いはベルトにセットされた、ジュラシックハザードのマテリアプレートだ。

 リボルブの撃った必殺技により身動きが取れなくなっている間に、それを外す事で変身解除に持ち込み、勝利を手にする作戦なのだ。

 そして、その作戦はフェイクガンナーから伸ばした鞭の一撃によって、成功する――はずだった。

 

「バカな……!!」

 

 長く伸びた鞭は、ベルトに届く前に、間に割って入ったジェラスの取り落としたチェーンソーに命中する。

 完全に狙いが逸れた。作戦は、失敗に終わってしまったのだ。

 

「どうやら、日頃の行いが良かったらしいなぁ」

 

 そして、Oracle Squad(オラクル・スクアッド)の効力も切れてしまう。ジェラスローターを拾い上げ、立ち上がってしまった。

 

「神ってのが実在するならよォ~~~、今日初めて感謝するぜぇ。俺を止められる千載一遇のチャンスをまんまと潰してくれた事をなぁ~~~! ヒャッハハハハハーッ!」

「クソッタレが!!」

 

 悪態をついたリボルブがジェラスに狙いを定め、リボルブラスター・バーニングモードの弾丸を射出。だが、それは突如として現れた数体のベーシック・デジブレインが盾となって阻まれる。

 

「くっ!?」

「お前らの狙いは分かった。喰らわねぇよ、そんなモン」

 

 ベーシック・デジブレインが消滅したのを確認して、ジェラスはさらにトランサイバーを操作する。

 

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

「来な!」

 

 すると、消滅したばかりのベーシック・デジブレインがゾンビとなって復活した。

 倒されたデジブレインをにゾンビの性質を与えて蘇らせる。それが、ジェラスのセカンドコードの能力なのだ。

 

「チッ、パワーとスピードだけじゃなくて手数もあんのかよ!」

「ここまでの強敵とは……」

 

 ゾンビとなって突っ込んで来るベーシック・デジブレインに、二人は射撃攻撃を浴びせて対処する。当然、ジェラスに対する警戒も怠らない。

 このベーシックも、やはり一撃では倒れない。すぐに傷が再生し、立ち向かって来る。

 

「どうする、響。もう一回ベルトを狙ってみるか」

「ええ。どちらにせよ、今の俺たちにはそれしか勝ち筋がない……!」

 

 鞭を伸ばしてベーシック・デジブレインの首に巻きつけ、一気に引き込み千切り飛ばす。

 そうしてキアノスが対処している間にリボルブが射撃でジェラスを足止めし、再び二人がかりでベルトを狙って攻撃を再開した。

 だが、ジェラスは野太い腕でプレートのあるバックル部を覆い隠し、攻撃を凌ぐ。

 

「くっ!?」

「もうやらせねぇって言っただろうが。お前は特に油断ならねェからな、今の内にブチ殺してやるよ」

 

 そう言いながらジェラスはキアノスへと走って向かう。そして、大きく口を開いたジュラシックハザードのマテリアプレートの恐竜の横顔、その下顎に指をかけて引き込む。

 

《ガツッ!》

 

 音声と共に、ジェラスの体内でカタルシスエナジーが活性化する。直後、マテリアプレートが奥に押し込まれた。

 必殺技だ。キアノスとリボルブの二人がそう思った時には、ジェラスは既にマテリアフォンを握っている。

 

《フィニッシュコード・ザ・テール!》

「行くぜ、耐えられるモンなら耐えてみなァ!」

Alright(オーライ)! ジュラシック・マテリアルウィップ!》

 

 ジェラスのアンキロサウルスを模した尻尾がさらに巨大化し、紫色の光を帯びる。

 それを見た瞬間、威力を相殺するためにキアノスもマテリアプレートを抜いてサーベルに差し込み、必殺技に態勢に移った。

 

《フィニッシュコード!》

「斬る……!」

Alright(オーライ)! ニュート・マテリアルスライサー!》

「ハァァァッ!!」

 

 燃え盛る刀身から放たれる斬撃と、アンキロサウルスの巨大な尻尾がぶつかり合う。

 激しい火花を散らし、必殺技の競り合いに勝利を収めたのは、ジェラスの方であった。

 

「くっ!?」

「残念だったなァ!!」

 

 サーベルを打ち払うと、巨大な尻尾が続けざまに高速で振り抜かれる。

 キアノスは必殺の一撃を右腕で辛うじて受け止めながらも、威力を殺し切れずに吹き飛ばされた。

 

「ぐああああっ!」

「響っ!?」

 

 リボルブが思わず声を上げた後、ジェラスは振り返って彼に指を差す。

 

「次はお前を血祭りに上げてやるぜ……ヒャッハハハ!」

《ガツガツッ!》

 

 今度は二連続で大顎を引き、そしてマテリアフォンをかざす。

 両肩の角とブラキオサウルスの脚にカタルシスエナジーが集まり、巨大化。必殺技の発動だ。

 

《フィニッシュコード・ザ・ホーン! Alright(オーライ)! ジュラシック・マテリアルペネトレイト!》

「ホラホラ死になぁ!!」

 

 肩を突き出して激しく走り込み、トリケラトプスの角でリボルブへとショルダータックルを繰り出す。

 それにより、キアノスと同じ方向にリボルブも吹き飛ばされた。

 さらに続けざまに、ジェラスは楽しそうに必殺技の態勢へと移る。

 

《ガツガツガツッ!》

「ヒャハハハハッ!」

《フィニッシュコード・ザ・クロー! Alright(オーライ)! ジュラシック・マテリアルスマッシュ!》

 

 今度は三連続で下顎を引き、マテリアフォンをかざす。

 翼と両腕の爪にエナジーが集中し、飛翔と共に巨大な爪が二人へと襲いかかった。

 

『ぐああああああああっ!?』

 

 腕が振り回される度に、二人の仮面ライダーの装甲に大きな裂傷を作る。

 体力はついに限界を迎え、地面に倒れたまま、リボルブとキアノスは動けなくなってしまった。

 

「く、ちくしょう……!」

「なんという力だ……!」

 

 腕に強く力を込めるが、もう立ち上がる事さえままならない。

 そんな二人へと、ジェラスは容赦なくトドメの一撃を放とうとする。

 

《ガツガツガツガツッ!》

 

 四連続のトリガー入力。ティラノサウルスの頭部へ紫の光が集中していき、巨大な恐竜の牙を形成する。

 

《フィニッシュコード・ザ・ファング! Alright(オーライ)! ジュラシック・マテリアルクランチ!》

「ヒャァーハァァァーッ!」

 

 恐竜の大顎が開かれ、満身創痍のリボルブとキアノスに噛み付く。何度も、何度も口が動き、装甲を砕いていく。

 二人はもう悲鳴を上げる事すらままならず、ようやく口から解放されて、地面に投げ出されて変身が解除されてしまった。

 

「ぐ、が……」

「まずい、このままでは……!」

 

 倒れた鷹弘と響へとさらに追い打ちをかけるべく、ジェラスが迫る。

 元より御種 文彦という男は、元作を殺害する以前にも響をデジブレインが蔓延る死地に送り込んだ男だ。

 最初から人の命を奪う事に躊躇などするはずがない。手に持ったチェーンソーが、妖しく煌いて回転を始めている。

 

「クッククク……その体じゃもう避ける事もできねぇよなぁぁぁ?」

 

 響は、必死の思いで脚に力を入れようとする。

 この状況は二人にとって、ある意味チャンスでもあるのだ。ジェラスは自分たちが虫の息だと思って、明らかに油断している。自分から近付いて直接始末しようとしているのがその証左だ。

 ならば、一瞬だけでも身を起こす事さえできれば、ベルトからプレートを外せるかも知れない。

 

「じゃあ、まずはお前からだ」

 

 しかも幸いにも標的を響に絞り込んでいる。

 視線が響自身の方に注がれているのが痛いが、これならば鷹弘か響のどちらかが気を逸らして隙を作れば、逆転の勝ち目は大いにある。

 問題は、どのようにして意識を他に向けさせるか、という点だ。

 

「死ィねェェェ!!」

「くうっ……!」

 

 ジェラスがチェーンソーを振り上げる。その時、ようやく響の身体が動いた。

 拳を握り込み、響は立ち上がってジェラスへと突進する。そこへさらに、銃声が木霊した。

 

「あ?」

 

 側頭部に衝撃を受け、ジェラスがその方向を見る。

 そこには、物陰に隠れて手を震わせながらも、マテリアガンを抜いて銃撃を行っている陽子の姿があった。

 今だ。声には出さず、響はジェラスのアプリドライバーへと手を伸ばした。

 だがジェラスは陽子の方を見たまま響の胸倉を引っ掴むと、そのまま背負って後方へと投げ飛ばした。

 

「ガッ!?」

「響くん!?」

 

 再び地面に叩きつけられ、響は苦悶する。

 作戦は、見抜かれていたのだ。

 

「バァ~~~カ。それはもう通じねぇって言っただろうが」

「く、そ……!!」

 

 これで唯一残された逆転の目も潰えた。

 ジェラスは改めて響の前に立つと、チェーンソーを回転させて頭上に掲げる。

 

「悪足掻きが終わったんならよぉ。そろそろ死ね」

 

 まさに絶体絶命。もはやどうする事もできない。

 観念したように響が目を閉ざそうとした一瞬、海の方角から巨大な影がジェラスと響を覆い、さらにジェラスの身体が巨大な手のようなものに掴まれた。

 

「……あぁ?」

 

 右手に包まれ、身動きの取れなくなったジェラスが、首だけゆっくりと振り向く。

 そこにいたのは、ギガント・エクス・マギアによって巨人となった、仮面ライダー雅龍であった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 時は、響がリボルブとジェラスの戦いに介入した直後まで遡る。

 病院内で、翠月は翔よりも先に目を覚ましていた。

 翔の傍にはアシュリィが付いている。彼女は身を起こそうとした翠月を見て、ひどく面食らっていた。

 

「スイゲツ!?」

「生き延びたのか……私は……今、どういう状況……グッ!?」

 

 包帯を巻かれた胸を抱えて、翠月は痛みに眉根を寄せる。

 どうやら肋骨が折れているらしい。どういう経緯かは不明だが、先の戦闘で意識を失った後、翔によって病院まで運ばれたのだと翠月は理解した。

 

「何してんの!? スイゲツの方が重傷なんだから、まだ寝てなよ!」

「そうは、行かない……」

「なんで!?」

「私には……ヤツを、倒せなかった……だからこそ、やらねば……!」

 

 言いながら翠月は這うように自分の鞄からマテリアパッドを取り出し、タブレットドライバーを装着。

 そして、スタイランサーをスピアーモードで呼び出し、タオルを口で噛み締めた。

 

「何してるの!?」

 

 アシュリィの質問に返事もせず、翠月は自分の胸にスタイランサーの穂先を押し込み、さらにトリガーを引く。

 

「っ――!!」

 

 体内を駆け巡る激痛に耐え続け、ゲル状のインクを流し込む。

 インクはセメントのように固まり、砕けた翠月の肋骨を補強した。

 

「む、無茶苦茶だ……」

「よし、治った」

「良くないしまだ治ってないけど!? 仮面ライダーってみんな頭どうかしてんの!?」

 

 翠月はスタイランサーを引き抜いて立ち上がり、胸につけた傷もインクで無理矢理塞いだ後、包帯で固める。

 そのまま戦場へと向かおうとする彼を、唖然としていたアシュリィは大慌てで引き止めた。

 

「ちょっと待ってよ! その体じゃ無理だって、大体さっき勝てなかったんでしょ!? 勝算はあるの!?」

「問題ない、それは道々考える」

「ノープランじゃん! 問題あるじゃん!」

「それでも私は行かなければならない。彼もきっと、同じ事をするだろう」

 

 身体を引き摺るように歩きながら、翠月は眠れる翔を振り返った。

 

「安心しろ。私は死ぬつもりはないし、彼も死なせはしない。そして、勝つ方法は必ずある……!」

 

 そう言ってN-フォンで電話をかけながら、翠月は病院から立ち去った。

 通話先は、彼の属する電特課のオフィスだ。

 

「安藤警部補。大至急、用意して欲しいものがある……」

 

 

 

 そして。

 病室から駆け出した翠月は今、雅龍G(ギガント)となって、ジェラスを捕まえている。

 だが、身体を締め上げられているはずのジェラスの方は、余裕の態度だった。むしろ自分の前に現れた彼を、鼻で笑っている程だ。

 

「あの時俺にやられたザコが、今更何しに来やがった? 殺されに来たのかよ?」

「私は……死なん。貴様に勝つまで」

「ハッ! マヌケが、俺は死なねェって言ってんだろうがよ!」

「貴様の命を奪うつもりはない。だが……このまま生かしておく気も、ない!!」

 

 雅龍はそう言うと、ジェラスの身体をさらに強く手で握り締めて全身の骨を砕きながら、港の方へと飛んでいく。

 そしてコンテナの前に着地すると、もう片方の手であるものに向かって手を伸ばした。

 (アンカー)だ。宗仁に連絡して配下の警察官や港の倉庫にいるホメオスタシスの協力を仰ぎ、この場に用意させたのだ。

 雅龍は手早く錨に付いている鎖を、ジェラスの全身に巻きつけて雁字搦めにした。

 

「ぐっ!? だがこんなもん、骨が治れば恐竜のパワーですぐに引き千切って……」

 

 そう言った直後、雅龍Gのハッチが開き、スタイランサーを持った本体の雅龍が飛び出す。

 そして、鎖の隙間に槍を突き刺し、そこへインクを流し込んだ。

 インクはジェラスの体内ですぐに硬質化し、ねじ曲がった状態のまま骨を接ぎ木のようにして補強する。さらに皮膚の内側から漏れ出たインクも、鎖と絡んで結合されより強く拘束する。

 

「なっ……!?」

 

 ジェラスは驚愕する。

 傷の再生が始まらない。骨と骨を無理矢理に繋いで治療した異物(インク)を、身体が排除できない。この状態で完治していると身体が判断しているのだ。

 そして腕が塞がっている今、必殺技やゲート移動で逃れる事もできない。

 

「貴様を殺す気などない。貴様の体に触れた時、気の流れを感じなかった……それは心臓が止まっている証拠。死なないのは事実なのだろう」

 

 ハッチ内部に戻った後で、再び雅龍が言う。

 

「だから、決して死なないというのなら。このまま海の底で……永遠に生き続けるが良い」

 

 次の瞬間、雅龍Gは力強く海へとジェラスを放り投げた。

 飛沫が散り、海面に泡ができあがるよりも速く、巨大な錨の重量でジェラスの体はどんどん水底まで沈む。

 それを見送って、地上に降り立って変身を解いた翠月は大きく息を吐いた。

 

「私の勝ちだ……!!」

 

 ふらつく体を必死に動かし、足を引きずりながら翠月は言った。

 激しい戦闘のダメージと骨を無理に補強した痛みにより、もう翠月の体は限界だ。既に意識も途切れかけている。

 あわや倒れるという寸前。翠月の体を、二つの手が支える。

 響と鷹弘だ。彼らの後ろからは、陽子も走って来ている。

 

「翠月さん、大丈夫ですか!?」

「すまん……無茶をさせちまった」

 

 自分たちも負傷しているのだが、それにも構わず二人は彼に肩を貸す。

 すると翠月は、息も絶え絶えながら頭を下げた。

 

「謝るのは私の方だ。あの時私がヤツを止める事ができていれば、君たちも怪我をせずに済んだ」

 

 それを聞いて、響は鷹弘と顔を見合わせた後、首を横に振る。

 

「そこは、言い合うのは止めておきましょう。ジェラスとの戦いはこれで終わったんです」

「……そうだな」

 

 翠月はフッと微笑み、四人を照らす太陽を振り返る。日は徐々に沈み、色を変え始めていた。

 今回の相手は途轍もない強敵だった。負傷を即座に再生し、圧倒的な戦闘能力で全てのライダーを打倒していた。

 だがそれも、翠月の立てた策で封じ込める事ができた。きっとジェラスはあの海底からもう二度と出てくる事はないだろう。鷹弘と翠月、そして響も同じ事を思っていた。

 突然、海中から太陽を一瞬だけ隠す程の飛沫が上がるまでは。

 

「……えっ?」

 

 それは驚きから出たのか、それとも呆然としたのか。とにかく、陽子はそんな声を発してしまった。

 太陽を背に、ジェラスが翼を広げて浮かんでいる。肩や足に、千切れた鎖の残骸が纏わり付いていた。

 

「どうなってんだ!?」

「バカな! なぜ脱出できる!?」

 

 鷹弘と翠月が、後退りしながらそう言った。

 すると、戦いの最中は仮面の中でずっと笑っていたジェラスが、怒りに満ちた声色で応える。

 

「俺はスピノサウルスの力も持っている……水中でも地上と同じパワーを出せるんだよ。この棘も飾りじゃねェんだぜ」

 

 スピノサウルスの背部を模した、腕の棘突起を見せるジェラス。これで鎖を削り、脱出したのだ。

 腕さえ自由になれば、体内に打ち込まれたインクも、爪で掻き出して無理矢理排除できる。

 翠月の考えた策も、ジェラスには通じなかったという事だ。

 

「今のはマジにヤバかった……ベルトを狙われた時もそうだが、やっぱりお前らは生かしちゃおけない。死ぬ事がないとはいえ、また何か悪足掻きされたら鬱陶しいからな」

 

 地上に降り、ジェラスローターを呼び出して肩で担ぐ。

 そして、鎖を地面に叩きつけ、四人に向かって怒号を浴びせた。

 

「どいつもこいつもナメた真似しやがって……皆殺しにしてやる!! ホメオスタシスも電特課も!! このクソカス共がァァァ!!」

 

 ジェラスの攻撃が始まる。手に持ったチェーンソーを、響・鷹弘・翠月の三人へと投げつけた。

 響は咄嗟に翠月たちを突き飛ばし、自身も身を反らして攻撃を回避。辛くもこの一瞬を生き延びる事はできたが、当然ジェラスが彼らを見逃すはずもない。

 最初の標的は、最も負傷の大きい翠月。肩の角を突き出し、真っ直ぐに突進する。

 翠月も全身を奮い立たせて、足を踏み出して攻撃を避けた。

 ジェラスの強力なショルダータックルは、背後にあったコンテナを容易く横転させ、破壊する。

 

「逃がすと思うか!? いい加減死にやがれ、くたばり損ないがァ!!」

 

 コンテナの残骸を拳で破壊しながら、ジェラスは逃走を始める四人を振り返った。

 陽子以外の全員が負傷しており、変身もできていないため、その歩みは遅い。

 ジェラスはチェーンソーを拾い上げ、四人を追跡する。今の彼ならば、たとえ全員がバイクに乗っていようとも走って追いつけるのだ。

 陽子はマテリアガンによる銃撃で少しでも時間を稼ごうとしているものの、それが通じる相手ではない。

 

「殺す……絶対に殺してやる……!!」

 

 ギリギリと歯を軋ませ、再び足を前に出した、その時。

 突然、ジェラスの周囲に緑色の缶状の物体がいくつも投げ込まれる。

 さらに背後にあるクレーンが動き出し、底部のないコンテナを被せて、ジェラスを閉じ込める。

 

「これは!?」

 

 驚いたのは陽子だ。いつの間にか、港には大勢の警官とホメオスタシスのエージェントが集まっている。

 

「こんな事もあろうかと思って、って言ったらウソになりますがね」

 

 そんな声が聞こえて、三人は振り返る。

 そこに敬礼して立っていたのは、安藤 宗仁だった。

 

「ヤツが逃げ出した時のために備えておきましたぜ、課長」

「警部補……!」

 

 直後、コンテナの中で豪快な破裂音が鳴り響き、僅かな隙間から閃光が漏れ出る。

 訝しんで、鷹弘は問う。

 

「……何入れたんだ?」

「スタングレネードと催涙手榴弾。いくら不死身の体でも、仮面ライダーの中身はデジブレインじゃなく人間だ。人間の対処法なら……警察や自衛隊の方がよく知ってるさ」

 

 よくよく見れば、駆けつけた警官たちやエージェントらは全員、対デジブレイン用の武装ではなく通常の拳銃や狙撃銃を持っている。

 他にも様々な対人装備と実弾を用意している事から、宗仁の本気ぶりが窺えた。

 

アイツ(文彦)とは付き合いがそれなりに長いんでな。老いぼれてくたばる前に、俺もいい加減ケリをつけたかった」

 

 煙草を咥えつつ、宗仁は銃口をコンテナに向ける。

 海に沈めてもすぐに復帰した以上、たったこれだけで止まるような相手ではない事は明らかだ。集まった他の人員も、油断なくコンテナを見張っている。

 すると案の定、コンテナの側面から恐竜じみた爪が飛び出す。

 

「出たな……」

 

 ゆっくり、ゆっくりと爪がコンテナを裂き、中からジェラスが姿を現す。

 痛覚が喪失しているため音による攻撃は鼓膜が即座に再生し、催涙ガスでの刺激も感じていないため、その点は有効ではない。

 だが、視覚が有効である以上閃光と音で脳を揺さぶられる事で目眩は感じるらしく、さらにガスが皮膚や粘膜に付着する事で起きる落涙なども発症している。結果として、足止めや視界遮断の手段としては成功だ。

 とはいえいつまでも効果が続くものでもない。より一層怒りを増幅させて、ジェラスは宗仁たちを睨みつけている。

 

「仮面ライダーでもねぇ、たかが人間如きが……この俺をコケにしやがって!!」

 

 足を進めるジェラスに対し、宗仁は躊躇なく左胸へと銃弾を撃ち込んだ。

 

「うるせぇよ、バケモノ気取りが。人間様をナメんじゃねぇぞ」

 

 弾丸は堅牢な装甲に阻まれ、ダメージはない。

 しかし『自分よりも遥かに劣る普通の人間の反抗』は、ジェラスにとって何よりも耐え難い屈辱であったらしく、怒り心頭と言った様子でトランサイバーに手を伸ばしていた。

 

Roger(ラジャー)! サードコード、オン!》

 

 ジェラスが、右腕を頭上に掲げる。すると、その肩から先がまるで風船のように膨らみ始めた。

 猛烈に嫌な予感がして、ジェラスと同時に翠月が叫んで指示を飛ばした。

 

「纏めてブチ殺す……アシッドウェーブ!!」

「総員全力で退避!!」

 

 ジェラスの右腕が破裂する。その直後、腕から紫色の体液が弾丸のように飛び出し、周辺一帯に撒き散らされた。

 広範囲に飛んだ体液を受けて、コンテナやコンクリートが溶解している。

 これは酸性の血液だ。生身で受けていたなら、ひとたまりもなかっただろう。回避に成功して、その場にいた全員が肝を冷やした。

 

「何度も避けられると思うなよ!!」

 

 皮膚が破れて剥き出しになった右腕が、再生を始める。

 それはつまり、再発動にまだ猶予があるという事だ。それを知って、鷹弘は素速く判断を下した。

 先程の攻撃から立ち直れていない、狙撃銃を持つエージェントの手からそれをひったくり、転がりながら再生中のジェラスの右腕を発砲する。

 装甲が失われているため、弾丸は見事に命中。そして、ジェラスの体に変調が起きた。

 

「ぐ、がっ……!?」

 

 膝から崩れ落ち、呼吸を荒げている。

 鷹弘が使ったのは、筋肉弛緩剤が多量に仕込まれた弾丸だ。これも、命中さえすれば仮死状態になっていようと関係なく作用するようだ。

 筋肉の動きが急激に弱まり、ジェラスはついに手をも地に付けてしまった。

 もちろんジェラスは呼吸困難で死ぬ事はないため、これで決定打とはならない。だが、動きを止めるには充分すぎる一撃だった。

 

「行ける! 行けるぞ、そいつからマテリアプレートを奪え!」

 

 鷹弘の呼びかけに、エージェントたちは一斉に動き出そうとする。

 だが、ジェラスの咆哮がそれを阻んだ。

 

「ふざけんな……ふざけんじゃねぇゴミ共が!! カスの分際でこの俺に触れるなァ!!」

 

 ジェラスはトランサイバーに指で触れ、続けて叫ぶ。

 

「『ファイナルコード』ォッ!」

Roger(ラジャー)! ゾンビ・マテリアルデッド!》

 

 すると、ジェラスの全身に先程よりも濃い紫色の光が集約していく。

 必殺技の発動だ。全員、プレートの奪取よりも回避を優先して動き出した。

 直後にジェラスの体が爆発し、港の一帯を吹き飛ばす。響たちも、その爆風に巻き込まれてしまった。

 

「ぐああああっ!?」

 

 多くの警官たちとエージェントが重軽傷を負い、港にも甚大な被害が出てしまった。しかし、幸いにも死者はいない。

 翠月は苦い面持ちになり、宗仁の肩を借りて立ち上がる。

 

「ヤツの最期が……自爆、とはな」

「最期まで傍迷惑な野郎だぜ」

 

 機嫌悪くフンッと鼻息を吹いて、煙の巻き上がった港を見ながら宗仁が言った。陽子はへなへなとその場に座り込んだ。

 だが、響と鷹弘は宗仁たちとはまた違う、苦々しさと同時に焦燥感が混ぜ合わさった表情になっていた。

 

「……いや、まだだ」

「ああ。まだ終わってねェ! 全員気を緩めるな!」

 

 言われて、翠月が煙の奥に目を凝らす。

 そこには――無傷の仮面ライダージェラスが立っていた。

 

「何っ!?」

「あぁそうか、クソッタレ……ゾンビだから自爆してもすぐに体を再生できるんだ。しかも、全身を爆破したからスタングレネードや弛緩剤の影響も抜けてやがる……!」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で鷹弘が言い、翠月の顔が青褪める。

 つまり、その気になればOracle Squad(オラクル・スクアッド)の能力を使われようと、体内にインクを打ち込もうと、リセットできるという事だ。

 ジェラスはずっと遊んでいたのだ。仮面ライダーたちを実験台として。

 もはや勝ち目があるとすればプレートを奪うだけしかない、しかし今の彼は油断などしない。遊ぶつもりは毛頭なく、本腰を入れて殺しにかかって来るだろう。

 体から瘴気と煙を吹き散らし、ジェラスは脚をゆっくりと踏み込んで睥睨した。

 

「これでもう分かっただろ。お前らに俺を止める手段なんかねェって事がなァ……」

 

 首をコキコキと鳴らし、ジェラスは今にも襲いかからんとしている。

 その彼の動きを良く観察しながら、響は挑発するように言葉をぶつけた。

 

「それでも俺たちは諦めない。お前のようなヤツを野放しにすれば、この世界は終わりだ。必ず止める」

「減らず口叩いてんじゃねぇぞクソガキ!! 目障りなんだよ!!」

 

 歯軋りをしながら、ジェラスが猛進する。その瞬間に響はドライバーを呼び出した。

 再度変身し、時間を稼いでこの場の全員を逃がそうというつもりなのだ。その姿を見たジェラスは、より苛立ちを募らせる。

 

「バカの一つ覚えってのはこの事だよなぁ!? 今まで何を見て来たんだ!? 俺は最強なんだよ……何度変身しようが、どんな手を使おうが俺には勝てねぇんだよ!!」

 

 投擲しようと、チェーンソーを振り上げるジェラス。

 だが、その前に。響とジェラスの間に、一つの影が割って入った。

 

「何っ?!」

 

 姿を現したのは、翔だ。体や腕、頭に包帯を巻いたまま、ジェラスの前に立ち塞がっている。

 当然、ジェラスは憤慨して声を荒げた。

 

「またお前か!! 死に損ないの役立たずがノコノコと、今更何の用だ!?」

 

 怒りの咆哮にも、翔は怯まない。そして自らの負傷も顧みず、マテリアフォンを手にしてアプリドライバーを装着した。

 

「兄さんにも……皆にも……もう、手出しはさせない」

 

 右手を握り込んで、ジェラスに向かって突き出し、翔は叫ぶ。

 

「僕があなたを倒す! そのために来たんだ!」

「今更お前如きに何ができるってんだァ!? クソガキ兄弟が揃いも揃ってバカみてぇな事を口走りやがって!! 大人しく負けを認めてとっとと死にやがれェ!!」

「皆がここまで、負けずに必死に戦い抜いたんだ! できないはずがない! 絶対に諦めない、それが僕の意志だ!」

「その……その! 諦めねぇって言葉がァ……何よりも!! 死ぬほど!! 鬱陶しいんだよォォォッ!!」

 

 まるで悲鳴のような、咎人(ジェラス)の叫声。

 それを聞いてなお引き下がる事をせず、翔はその手に大型のマテリアプレートを取った。

 二枚のマテリアプレートを重ね合わせているようにも見える、神聖さを感じさせる豪奢な装飾がされた分厚い黄金の物体。

 ジェラスローターが翔に向かって振り被られると同時に、翔は起動スイッチを押し込んだ。

 その瞬間、黄金のプレートから、黄昏の輝きにも似た朱色の眩い光が溢れ出る――。

 

《チャンピオンズ・サーガ!》



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EP.28[天下無敵、天上不敗]

「……う、ん?」

 翠月が仮面ライダージェラスの元へ向かってから数分後。
 病院のベッドで意識を取り戻した翔は、すぐさま跳ね起きた。傍にはアシュリィの姿がある。
 恐らく今、ジェラスが街に現れているはずだ。御種 文彦の性格上、仮面ライダーたちが負傷している機を逃すはずがない。

「行かなきゃ……!」

 アプリドライバーを手に病院を飛び出そうとする彼を、アシュリィはすぐに引き止めた。

「その体で動いちゃダメ! 死んじゃうよ!」
「でも! このままじゃあの人は、もっと大勢を巻き込む……! きっと君の事も!」

 アシュリィの肩を掴み、翔は言った。しかし、彼女は睫毛を濡らして首を横に振る。

「スイゲツにも言ったけど……勝つ方法がないのに、行ってどうするの? 私、ショウにも誰にも死んで欲しくないよ……」
「それは……」

 言い淀む翔。彼にも、どんな方法を使えば勝つ事ができるのか、全く想像できないのだ。
 そんな時、病室の扉の向こうから「勝つ方法ならある」という男の声が聞こえた。
 姿を現したのは鷲我だ。その手には、分厚いマテリアプレートをひとつ持っている。

「会長?」
「これを使うんだ。今はそれしか方法がない」

 その言葉と共に、鷲我は翔の手にしっかりとマテリアプレートを握らせる。
 そして翔の目を強く見つめてから手を離した。

「恐らく、君の力がジェラスを倒す鍵になるだろう」

 ベッドから降りて、翔は深呼吸する。
 その後でアシュリィの方を見て頷くと、颯爽と病室を飛び出した。

「……行ってきます!」


《チャンピオンズ・サーガ!》

 

 ホメオスタシスと電特課が総力を上げて対処し、なおも封じ込める事ができなかった最悪の怪物、仮面ライダージェラス。

 そのジェラスの前に、新たなマテリアプレートを起動した翔が立っている。

 どんなに強大な能力であろうと、ジェラスには対処できる自負があった。そもそも、不死身なのだから。

 何より、自分に対抗できるほどのプレートをあの翔に扱えるはずがないと高を括っていた。

 

「ぐ、ぐうううっ!?」

 

 そして、その想定は現実になりつつあった。

 起動の直後、翔は胸を押さえて苦しみ始める。それだけでも、出力は最適化されていないブルースカイ・アドベンチャーV2以上のものであるという事が分かった。

 このまま続けていれば、手を出さずともオーバーシュートでリンクナーヴが異常活性し、五体がバラバラになって自滅するだろう。

 その様を楽しく眺めるため、ジェラスはあえて野放しにした。

 

「ハッ、バカ共が。少しは身の程ってモンを……」

「ううう……おおおおおっ!!」

 

 マテリアプレートを握り締め、翔が咆哮する。

 瞬間、彼の全身からノイズが溢れ出し、それが背に巨大な鷲のような青い翼を形成した。

 

「な、に……!?」

 

 息を切らす翔。その両眼は、真っ赤に染まり煌々としている。

 ジェラスが唖然としている間に、青い翼が光の粒子となってプレートに吸収され、翔はそのままドライバーにセットする。

 するとロックが外れ、分厚いマテリアプレートのはみ出した部分が下に開く。

 プレート内部には数多の英雄のレリーフが掘られており、黄昏の如き朱色に煌いている。

 

《レッツ・ゴー・ライダー! レッツ・ゴー・ライダー!》

 

 今までとは違う音声と共に、ジェラスの前に一体の大柄なテクネイバーが立ち塞がる。

 獅子の鬣のような荒々しい形状の頭部と、鋼鉄を思わせる雄々しき剛体。そしてその全身を分厚い毛皮の鎧兜で覆い、野太く力強い剣と弓を携えている。

 名はヘラクレス・テクネイバー。その名に恥じない、まさにギリシア神話におけるゼウスの息子『英雄ヘラクレス』の威容だ。

 

「チッ、やらせるか!」

 

 チェーンソーを振り下ろし、ヘラクレスに攻撃を仕掛けるジェラス。だが、その攻撃はヘラクレスの剣に阻まれた。

 そうして護衛に任せている間に、翔は握り締めたマテリアフォンを振り下ろした。

 

「変身!」

Alright(オーライ)! レジェンダリー・マテリアライド!》

 

 ヘラクレスの五体が分裂し、金色の装甲に変わると同時に、翔の全身が青い光に覆われてそれがボディースーツとなる。ヘラクレス・テクネイバーが所持していた剣と弓は融合し、上下のリム部分に鋭利な刃が付いた武器へと変わった。

 そして装甲が翔のスーツに合着した瞬間、背中にたなびいていた銀色のマフラーが焼失し、スーツの青が燃え上がって色を変える。

 まるで、青空が夕焼に染まるように。

 

《チャンピオン・アプリ! 天下無敵! 天上不敗! 語り継がれし伝説、インストォォォール!》

 

 最後に赤い複眼が青色に変わり、朱く淡い燐光と共に、新たなアズールが誕生した。

 

「これが仮面ライダーアズール……チャンピオンリンカーだ!!」

《アメイジングアロー!》

 

 叫びながら、アズールは刃のついた弓を手に取る。破損したアズールセイバーV2に代わる、チャンピオンリンカー用の新たな武器だ。

 ジェラスはそんな彼の姿を見て、吐き捨てるように言い放つ。

 

「何がチャンピオンリンカーだ、どうせ何をしようが俺には勝てねぇんだよ!」

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 トランサイバーを操作したジェラスの拳が、地面に叩き込まれる。

 紫色の沼がそこにできあがり、中から恐竜ゾンビのデジブレインが這い出てきた。

 六種類が一体ずつ。それぞれティラノゾンビ、プテラノゾンビ、トリケラゾンビ、スピノゾンビ、ブラキオゾンビ、アンキロゾンビだ。

 これらは不死ではないが攻撃を受けてもすぐに再生するため、破壊力の高い攻撃でなければ倒せない。即ち隙の大きな必殺技だ。

 実際に交戦した鷹弘たちはそれを知っていた。だから、これがアズールの隙を突くための行動だという事も分かっていたし、ジェラスもそのつもりでこの手を打った。

 だが――。

 

「そぉりゃあっ!」

 

 群れの前に踏み込んだアズールの、乱れ舞うアメイジングアローによる剣刃で、全てのゾンビの身体が粉微塵になって消し飛ぶ。

 

「……あ?」

 

 一瞬何が起きたのか理解が追いつかず、間の抜けた声を発したのは、ジェラスだ。

 今のデジブレインたちはどれも、生半可な攻撃では倒れないはず。それがいとも容易く、必殺技もなしに。

 だが、あまりの出来事で呆然とするジェラスを待たず、次はお前だとばかりにアズールは弓を構えた。

 

「うおっ!?」

 

 引き絞られた弓から放たれる細い光条が、一手遅れながらも身を反らして回避に動いたジェラスの左肩を掠める。

 たったそれだけで、ジェラスは大きく後方に吹き飛ばされた。

 無論、仮死状態のまま動くジェラスにダメージはない。しかし先程の信じられない光景を目の当たりにしてしまったがために、ジェラスは反射的に回避に動いてしまったのだ。

 もしもジェラスがゾンビ化せず、攻撃を回避していなかったなら、間違いなく心臓か肺に重い一撃を貰って意識を失っていただろう。

 

「チィッ、中々……」

「そぉりゃあああっ!」

「何っ!?」

 

 態勢を立て直した瞬間、目にも留まらぬ速度でアズールは距離を詰めた。

 そして、手にした弓を剣のように振るい、その刃で斬りかかる。

 ジェラスは両腕を交差させて防御を試みるが、アメイジングアローの斬撃は、そのガードごとジェラスを叩き伏せた。

 

「あっ……!?」

「セァッ!」

「くぅっ!?」

 

 続けて、アズールはジェラスの下顎を斬り上げる。そして顔が上に向いたところで、続けて胴に光の矢を何度も放った。

 やはりジェラスにダメージはない。だが、こうも良いようにやられてはプライドも傷つくというもの。

 そこで、攻撃を無視して強引に拳を突き出した。

 

「フッ!!」

 

 それをアズールは必要最小限のバックステップで回避する。

 しかし、ジェラスもそこで手を緩めはしない。自身のアプリドライバーにセットされたジュラシックハザードの下顎(トリガー)を引き、マテリアフォンをかざして必殺を発動する。

 

《ガツガツガツッ! フィニッシュコード・ザ・クロー! Alright(オーライ)!! ジュラシック・マテリアルスマッシュ!》

「死ねェェェ!!」

 

 強靭な恐竜の爪が、回避直後に襲いかかる。

 鷹弘と響を苦しめた必殺の一撃。

 それをアズールは左手一本で掴み、軽々と受け止める。以前に自分の必殺技を止められた時と同じように。

 

「はっ!?」

 

 驚く間に、返す太刀がジェラスを斬り裂く。

 あり得ない事だった。ジュラシックハザードから引き出されるパワーは、他のどんなマテリアプレートのものよりも遥かに上のはずなのだ。

 それを使うジェラス自身が今、力負けしている。戦闘を眼にしている翠月たちも、信じられないと言いたげな表情だった。

 

「なんでだ……なぜ俺が負けなきゃならねぇ!?」

「そりゃ、元々チャンピオンズ・サーガはあんたを倒す目的で作られたワケじゃないからだよ」

 

 そんな言葉が、ジェラスへと投げつけられる。

 声の主は浅黄だ。ふらふらと歩きながら翠月の隣に立つと、話を続ける。

 

「チャンピオンズ・サーガは、超えるべき最大の目標としてあのスペルビアを設定してたの。まぁその分出力が大きくなりすぎたけど……あんたなんか最初から眼中になかったんだわ」

「だが、だとしても俺の作った二つのプレートは、あのスペルビアをも圧倒した最強のアプリのはず……!」

「まだ分からないんですか、御種さん」

 

 二人の話に割り込んだのは、アズールだ。

 

「確かにジュラシックハザードとBOOGIE WOOGIE ZOMBIE(ブギウギゾンビ)はV2の中では最強かも知れない。けど『2.0や2.1より2.9の方が上』とは、あなたの言葉だったはずだ」

「ま、まさか……!」

「このチャンピオンズ・サーガはV2タイプを超えるV3(バージョン・スリー)! あなたの使うどのプレートよりも格上だ!」

 

 朱色の輝きを漲らせ、アズールは言い放つ。

 自身の作ったV2を超える存在を眼にして、ジェラスは唖然としていたが、すぐに鼻を鳴らして構え直す。

 

「なるほど。それなら確かにパワーもスピードも、今の俺より上かも知れねぇな……だが、こっちには不死身の力があるんだぜ! そのアドバンテージがある限り俺は負けねぇんだよ!」

「……どうかな、少なくとも僕にとって命を奪う事は勝利じゃない」

「なに?」

「あなたが決して死ぬ事なく、何度でも立ち上がるというのなら。心が折れるまで、僕は何度も何度でも恐怖が染み込むまで叩き潰すだけだ」

 

 アメイジングアローを肩で担ぎ、ジェラスの姿を見据え、堂々とアズールは宣戦布告した。

 

「……上等だこの野郎……やってみやがれェ!!」

 

 斧型チェーンソーの武器、ジェラスローターを手に、ジェラスはアズールへと激走する。

 そして彼の前に立つと、高速回転するその刃を彼の首目掛けて思い切り振りかぶった。

 命中の寸前にアメイジングアローでそれを受け止め、アズールは手の空いた左手でジェラスの鳩尾に拳をめり込ませた。

 

「効かねぇんだよ!!」

 

 今のジェラスは痛覚のない不死身の怪物。攻撃を意に介する事なく、こちらももう片方の拳をアズールの頭に伸ばしていく。

 するとアズールは素速くその拳を片手で握り、そして思い切り捻り上げ、堅牢な装甲に包まれているはずのジェラスの腕をまるで小枝のように圧し折った。

 

「なっ!?」

「そぉりゃあああっ!」

 

 続けて右膝を蹴って関節を逆側に折り曲げ、態勢を大きく崩したところに、顔面へと回転しながら斬撃。

 ジェラスはまたも吹っ飛ばされ、地面に強く背中を打ち付けた。

 これでもなお痛みを感じていないジェラスは、再び疾走してトランサイバーを操作する。

 

「ナメんなよクソガキがァァァ!」

Roger(ラジャー)! フォースコード、オン!》

「ポイズンショットォ!」

 

 ジェラスの右手の指が破裂し、赤紫色の液がアズールに向かって噴出する。

 これはサードコードで放ったものと違い、毒液だ。前方にしか吹き付ける事ができないものの、身体に付着すればたちまち侵食して身体の自由を奪う。

 

「カァッ!!」

 

 だがアズールは気合の籠もった全力の咆哮を上げると、全身から朱色の烈光が火柱めいて放出され、毒液を消し飛ばした。

 

「何ィッ!?」

 

 またしても凌がれた。

 そしてジェラスが驚いている間に、アズールはマテリアプレートを一枚取り出してアメイジングアローにセットしている。

 

《フィニッシュコード!》

「チッ、このガキ!」

 

 攻撃を受け続けて隙ができてしまうと、プレートを外されかねない。

 流石にそれはマズいと思い、必殺に備えてジェラスは防御態勢に移った。

 

Alright(オーライ)! ブルースカイ・マテリアルクラッシャー!》

「いっけぇぇぇ!!」

 

 マテリアフォンをアメイジングアローにかざした後、アズールは矢を放つ。

 青い閃光が風を切り裂き、ジェラスの腕を鋭く射貫いた。

 そうして上空へと打ち上げられた後、両翼を広げて姿勢を制御し、ジェラスは急降下する。

 

「痛くも痒くもねぇんだよ!!」

 

 すぐさま反撃だ。チェーンソーを手に、ジェラスはアズールへと攻撃を仕掛けようと動く。

 だが、アズールもまた動いていた。今度はマテリアプレートを二枚手に取ると、それをアメイジングアローのマテリアクターに同時装填する。

 

《ツインフィニッシュコード!》

「行くぞ……!」

Alright(オーライ)! シノビマジック・マテリアルエクスキューション!》

 

 必殺発動の瞬間、アズールの姿が四つに分身、散開してジェラスの攻撃を避ける。

 

「なんだと!?」

 

 そして四人の持つ弓の刃がそれぞれ岩土・氷水・火炎・風雷を宿し、一斉にジェラスへと斬撃を繰り出した。

 完全に隙を見せてしまったジェラスは、なす術なく地面に叩きつけられる。

 その圧倒的な強さに、響と鷹弘は驚くばかりであった。

 

「あの弓、二枚のプレートを同時に使えるのか!」

「すげェな……!」

 

 ジェラスは急いで立ち上がるが、顔を上げた次の瞬間には地面を仰ぐか、あるいは地に伏している。

 それ程までに、チャンピオンリンカーは速かった。強大な力を得たはずの自分が、目で追えない領域へと。

 

「ぐおおおお……こ、の……クソガキがァァァッ!!」

 

 両翼を広げて、大きく距離を取る。だがこれも無意味だ。

 アズールは弓をつがえ、光の矢を放ってジェラスの翼を貫く。そうして動きを止めた瞬間に距離を詰め、斬撃を仕掛けるのだ。

 

「寄るなァァァッ!!」

Roger(ラジャー)! サードコード、オン!》

 

 右腕を破裂させて牽制の酸液を飛ばし、ジェラスは海の方へと出る。とにかくアメイジングアローの射程距離から離れるために。

 距離さえ開いてしまえば、後はどうにでもできる。ジェラスはそう思っているのだ。

 

「攻撃が、攻撃が当たれば勝てるんだ……俺は最強なんだァァァッ!!」

 

 叫びながら、ジェラスはジュラシックハザードのトリガーを引く。その数、五度。

 

《ガツガツガツガツガツッ! フルバイト!》

「この世から消してやる……!!」

《フィニッシュコード・ザ・タイラント!》

 

 プレートを押し込んでマテリアフォンをかざし、必殺技を発動。

 それはテール・ホーン・クロー・ファング、全ての力が合わさった、ジェラスが使う中でも最強の大技だ。

 

Alright(オーライ)! ジュラシック・マテリアルバイオレンス!》

「ぶっ潰れろォォォォォッ!!」

 

 紫色のエネルギーが、巨大な恐竜の牙と爪と翼、脚に角に尻尾を形成する。

 そしてそのまま、真っ直ぐに突撃した。海面が震えて波が立ち、空気がビリビリと鳴り渡る。

 巨大な質量に任せ、文字通りにアズールを押し潰すつもりなのだ。

 だがアズールは全く慌てる事なく、チャンピオンズ・サーガのプレートを閉じてアプリドライバーから引き抜き、アメイジングアローに装填した。

 二枚分の厚さを持つマテリアプレート。そこから発せられる力が、弓の力を極限まで高める。

 

《スプリームフィニッシュコード! Alright(オーライ)! チャンピオン・マテリアルスパーキング!》

「そぉりゃああああああああああっ!!」

 

 引き絞られた剛弓から放たれた黄昏色の極光が、まるでモーセのように海を真っ二つに割って飛沫を巻き上げながら、真っ直ぐにジェラスへと放たれる。

 全身を飲み込む程の巨大な閃き。その凄まじいばかりの一矢に、ジェラスは初めてその口から、僅かながら悲鳴を漏らした。

 

「ヒッ」

 

 高速で迫ったジェラスを光の奔流が押し返し、稲妻が落ちたような爆音を轟かせると同時に、ほんの一瞬だけ海面にクレーターを作る。

 あまりの破壊力に、翠月すら絶句していた。同時に、確かにこの力があればCytuberどころか例のスペルビアにさえ勝てるであろうという確信を持った。

 

「この威力なら、流石のジェラスも……」

 

 もう抵抗できない。

 陽子がそう言葉にしようとした瞬間、海からまたも飛沫が上がった。

 見れば、ジェラスが海水を滴らせて息を切らせながら、浮遊してアズールを睨んでいる。

 

「ど、どうやら認めるしかないらしいな……お前の手に入れた力が、あらゆる面で俺を凌駕していると……」

 

 翼を広げ、ジェラスは続けて「だが」と言葉を紡ぐ。

 

「それなら話は簡単だ。俺も今のお前を超える力を手に入れれば良い……! そうすれば今度こそ、俺より強い人間はこの世からいなくなる!」

「確かに理屈の上ではそうだけど、それが無理だという事はあなた自身が一番良く分かっているはずだ」

 

 指摘を受け、ジェラスが口を噤む。

 ジュラシックハザードとBOOGIE WOOGIE ZOMBIE(ブギウギゾンビ)ですら、構築と準備、そして完成までに長い時間を要した。

 なのに今すぐこのV3の力を持つというのは、ジェラスにとってあまりにも厳しい話だ。不可能とさえ言える。

 また、V3タイプのプレートを作った場合にBOOGIE WOOGIE ZOMBIE(ブギウギゾンビ)がその出力に耐え切れる保証もない。全ての要素で『不可能』の三文字を叩きつけられている。

 

「黙れ……黙れよ! お前にできて俺にできない事なんぞあるはずがねェ……俺が、俺が! 俺が最強なんだ! この世界の頂点なんだよォォォッ!」

 

 そう叫んで、ジェラスは両翼からおびただしい量の瘴気を放出する。

 こんなのはただの目眩ましだ。それが分かっていたので、アズールは矢を放って瘴気を消し飛ばす。

 しかし瘴気の消えた先に、ジェラスの姿はなかった。

 

「えっ!?」

 

 驚きの声を上げた直後、アズールは思い出した。

 仮面ライダージェラスの変身者、御種 文彦は、勝てる戦いしかしない男だという事を。

 

「しまった! 逃げられた!」

 

 今の目眩ましの直後に、ゲートを開いたのだろう。

 相手はV2アプリを最初に作った男、このまま野放しにするのはマズい。下手をすれば折角作ったV3を無力化されてしまうかも知れないのだ。

 変身を解除して翔はそう考えつつも、具体的にどうやって追跡するのか、その方法は思い付けないでいる。

 せめて、ジェラスの領域の座標さえ分かれば。

 

「……そうだ、あの人なら!」

 

 翔はまだ動けるメンバーと共に、再び病院へと足を運ぶのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「クソッ! この俺が、こんなはずが!」

 

 サイバー・ラインにて。

 変身を解いたヴァンガードは、自らの領域で身と心を休ませていた。

 そこは現代日本的な建造物の中で、窓の外に広がる風景は、サイバー・ライン特有の太陽のないドロドロとした色彩の空。下界はまるで霧のようにノイズがかかり、何も見通す事ができない。

 

「ヤツらがここを察知してくるのも時間の問題か」

 

 オフィスチェアに腰掛け、手すりに肘をついてヴァンガードは思索する。

 あのV3の力を如何にして打ち破るか。同じV3のプレートを得るのが一番だが、先程ヴァンガード自身で言った通り、時間的な猶予はない。

 となれば、それ以外の方法でこの場を凌ぐしかないという事になるが、そんな方法が簡単に見つかるはずもない。

 

「……いや、待てよ」

 

 ハッと顔を上げるヴァンガード。焦った様子で、懐からあるものを取り出す。

 それは、マテリアプレートだ。かつてジェラスアジテイターに変異する時に使っていた、あのフラッド・ツィートだった。

 

「そうか……そうだ、そうじゃねぇか。クククッ……なんで今まで思いつかなかったんだ、俺は?」

 

 一人でブツブツと呟きながら、ヴァンガードはそれを天井に向けて掲げる。

 そうしてしばらく恍惚とした笑みで眺めていると、突然、そのプレートを自らの心臓に突き立てた。

 

「グ、グウウウウアアアアアッ!」

 

 先程とは打って変わって、苦悶の表情を見せるヴァンガード。しかし押し込む手は緩めない。

 マテリアプレートはゆっくり、ゆっくりと体内に食い込んでいく。

 

「グッ、ガッ、ウウウ……オオオッ!!」

 

 苦しみに喘ぎながらも、プレートを必死に胸へと入れる。

 完全に心臓へとプレートが入り込んだ瞬間、ヴァンガードの体が緑色の輝きを帯びた。

 

「ハ、ハハハ! ハハハハハッ! 成功だ、成功したぁ! ヒャッハハハハハハハハ!」

 

 歓喜に震えて両腕を上げ、ヴァンガードは建造物の外を見下ろす。

 

「どこからでもかかって来いよ、アズール! ホメオスタシス! 今度こそお前らの最期だ!」

 

 笑いながら、ヴァンガードは体を引き摺るようにして部屋から外へ出る。

 ホメオスタシスの仮面ライダーたちを迎え撃つために。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 仮面ライダージェラスとの戦いの後、翔たちは病院のとある部屋に向かっていた。

 面堂 彩葉の病室だ。彼女ならば、ヴァンガードの居場所を知っていると判断したのだ。

 一行がヴァンガードと戦っている間に、どうやら彼女も目を覚ましていたらしい。しかし完全に塞ぎ込んでいるようで、病室にバリケードを作ってしまい、看護師を含めて誰も部屋に入れようとしない。

 

「無理もない。自分に残された唯一の家族を、目の前で殺されたんだ」

「……けどどうすんだ、これじゃ話ができねェぞ。このまま手をこまねいてちゃヤツの思う壺だろうが」

 

 翠月と鷹弘がそんな会話をしている中、傍で俯いていた響が意を決した表情で顔を上げる。

 

「俺に任せて貰えませんか」

 

 鷹弘たちが頷くと、響も同じように頷いて、病室の扉を軽く叩く。

 返事はない。それでも響はドアノブに手を伸ばし、向こう側にいる彩葉に声をかけた。

 

「面堂さん、開けるよ。俺一人だ」

 

 ドアノブをひねり、扉を押して開く。

 しかし、すぐに何かにぶつかって阻まれた。どうやら、扉の前に長椅子などを置いてバリケードを作っているらしい。

 開いた扉の僅かな隙間から目を凝らせば、ベッドの上で膝を抱え、そこに顔を埋めている彩葉の姿が見える。

 

「本当にすまない。俺は君の家族を……守る事ができなかった」

 

 震える拳を握り込む響。

 最終的に操られていた身とはいえ、元作は響にとっても見知った仲ではあった。

 だから、あの一件は彼の心にも大きな爪痕として残っているのだ。

 

「……俺たちは、もう後一歩のところまでヴァンガードを、御種 文彦を追い詰めている。もしも君が協力してくれたなら、捕まえる事ができるかも知れないんだ」

 

 彩葉から返事はない。それでも、響は懸命に話を続けた。

 

「それが君のためになるとか、お爺さんが望んでいるだとか、そんな分かったような口を叩くつもりもない。ただ……ここでヤツを止めなければ、間違いなく次々に同じ被害者が出る。それこそ……殺人が起きるだろう」

 

 すると、彼の話を聞いて初めて彩葉が僅かに頭を上げた。

 

「俺はこれ以上誰かが死ぬのは見たくない。だけど、無理に頼むつもりはない。今すぐじゃなくても良いから……一緒に戦って欲しい」

 

 やはり彩葉からの返事はない。響は、静かに扉を閉めた。

 諦めて自力で見つけ出すしかないのだろうか。一行が頭を悩ませていた、その時。

 病室から椅子を引き摺る音がした直後に、ドアが静かに開かれた。

 

「面堂さん……!?」

 

 病室から出てきた彼女は、泣き腫らした目をして、響の顔を見上げている。

 

「……私、は……確かに、ヴァンガードの領域に行った事、あります。一度だけ、おじいちゃんと一緒に……偵察に」

 

 彩葉は一度息を呑んだ後、じっと響の目を見つめ、言い放った。

 

「私、手伝います」

「自分から話を持ちかけておいて何だけど、本当に良いのかい?」

「……おじいちゃんは……あの時、私を助けようと……してくれました。それだけじゃ、なくて、いつもいつも……おじいちゃんは、私を助けてくれた……なのに、私は、何もしてあげられなかった……」

 

 そう言いながら、彩葉はまた溢れ出した涙を手で拭い、言葉を繋いでいく。

 

「おじいちゃんの仇とか、そういうんじゃなくて……おじいちゃんと、ホメオスタシスの人たちが……助けてくれた命だから、何かをしたい……」

「面堂さん……」

「……もう、面倒くさいとか……言っていられないから」

 

 たどたどしくも言い終えた彩葉を、響は静かに抱擁した。

 

「ありがとう。このチャンス、必ず活かしてみせる」

「ひぇ、あ、ひゃ……ひゃい」

 

 頬を上気させて動揺しながら、彩葉が応える。

 そんな二人の様子を苦笑して眺めながら、鷹弘が話しかけた。

 

「そうと決まれば、早速教えて貰おうか。ヤツの領域はどこだ?」

 

 頷き、彩葉はゆっくりと口を開く。

 こうして、ヴァンガードへの逆襲の準備は着々と進むのであった。

 

 

 

 約一時間後。

 戦いに備えて体を休めつつ、彩葉の協力でヴァンガードの領域を特定したホメオスタシスは、早速侵攻作戦に移行した。

 現地へ向かうメンバーは翔・鷹弘・翠月・浅黄・響、そしてサポートにアシュリィ。仮面ライダーたちはフルメンバーでの出動となる。

 これは、ヴァンガードがCytuberから離反した事によって、現実世界への侵攻を行う手駒がいなくなっている、と読んだためだ。

 怪我の深い翠月だけは周りの人員が休むように促していたのだが、本人が聞き入れず参加する事になった。

 

「……それにしても」

 

 駐車場に繋がるホメオスタシスの施設内にて、翔は自分の手を見つめ、呟く。

 変身が失敗するかと思われた、あの時。青いノイズだけではなく、翔は自らの体に異変を感じていた。

 まるで、自分ではない何かに衝き動かされているかのような。そんな、不思議な感覚に陥っていたのだ。

 

「僕に一体何が起きているんだ……?」

 

 そう言って、翔はチャンピオンズ・サーガのマテリアプレートに視線を落とす。

 これを託された時、鷲我は『翔がジェラス打倒の鍵になる』と語っていた。

 その話を聞いた当初、翔はこのプレートの圧倒的な戦闘能力で上から押し潰し、戦意がなくなるまで戦えば良いのだとばかり思っていた。

 だが、根本的に何かが違う。今はそんな風に考えつつあった。

 

「でも、どうしたら良いんだろう」

 

 ブルースカイリンカーと違い、チャンピオンリンカーには飛行能力がない。

 その代わりに搭載されているのが『VF-S(ヴェスパーフォトン・システム)』と呼ばれる対デジブレイン・サイバーノーツ用の戦闘機構だ。

 体内のカタルシスエナジーを朱い光の粒子『ヴェスパーフォトン』として纏う事で、身体能力の大幅な強化・装甲の強化・反応速度や攻撃速度の強化といった様々なアクションが可能となる。ポイズンショットを受ける前にも、ヴェスパーフォトンの塊を体外へと放出し、攻撃を防ぐバリアに転化したのだ。ジェラスの重厚な装甲をほとんど無視できていたのもこのシステムの恩恵が大きく、ヴェスパーフォトンを受けたジェラスの装甲を一時的に脆く変えつつ、自身の腕力を向上させていたのである。

 万能なシステムではあるが、常に膨大なカタルシスエナジーを要求する特性上、この力は翔にしか扱う事ができない。

 そして、翔自身も何度か試したが、いくらヴェスパーフォトンでも不死の能力と痛覚遮断は破れないようだ。

 

「ひょっとして、チャンピオンリンカーの能力は関係ないのかな」

 

 だとすれば、攻略の鍵が自分だというのはどういう意味なのか。

 翔には、鷲我の意図が分からなかった。

 

「翔! 準備できたぞ、すぐに来い!」

「あっ、はい!」

 

 鷹弘に声をかけられ、答えが出ないまま翔は戦いの場に赴く事になる。

 

 そうしてホメオスタシス一行は彩葉の情報を頼りにサイバー・ラインのヴァンガードの拠点へと到着した。

 辿り着いてすぐ、翔は「あっ!」と声を上げた。同様に、響と鷹弘も驚いた様子を見せている。

 それも無理からぬ事で、その場所は以前にも来た事のある場所なのだ。

 翔がゲームセンターの筐体から最初にサイバー・ラインに迷い込んだ時の、現代的な建造物が立ち並ぶ、霧のようにノイズに包まれた場所だ。

 

「ここって……!?」

「野郎、あわよくばあの時に俺たちを消すつもりでいやがったな」

 

 吐き捨てるように鷹弘が言い、それに響が同意する。

 

「今にして思えば……恐らく、主な狙いは俺だったんでしょうね。ドライバーの適格者に選ばれていたのは俺だし、この場に駆けつけた時にも、隠れていたカメレオンは真っ先に俺を攻撃した」

「そのせいでホメオスタシスの戦力も一時低下したんだったな。翔くんがアプリドライバーを使えていなかったなら、もっと酷い結果になっていた事を思うと、可能性は高い」

 

 ノイズの向こう側に眼を凝らしながら、翠月は言う。

 

「にしても、ヴァンガードはどこに隠れてんだろね」

 

 浅黄も不思議そうにキョロキョロと辺りを見回し、マテリアパッドを操作しているが、マッピングできていない。

 どうやら街を覆うノイズが妨害しているらしい。デカダンスの領域に向かった時と同じだ。

 

「思えば、ここの探索は済ませてなかったんですよね……」

「ああ。あの時は装備も万全じゃねェし、調査に時間を割く余裕もなかったからな」

 

 翔と鷹弘がそんな会話をしながら歩いていると、突然、光と共に雷の落ちたような轟音が遠くから鳴り響いた。

 

「わっ!?」

 

 驚き、アシュリィは翔の後ろに隠れる。

 音のした方向を確認すれば、ノイズが消失して長大なビルが屹立しているのが見えた。いわゆる、摩天楼だ。その摩天楼の頂点にチカチカと雷が瞬いている。

 ノイズは徐々に、霧が晴れるのと同じように段々と消えていく。気付けば視界は鮮明となり、翔たちは周囲の風景を正常に見る事ができていた。

 

「こ、これは……!?」

 

 そこは、荒廃した都市だった。

 周囲に建ち並ぶビルは辛うじて原型を留めているものの、ところどころが崩れて窓も割れ、鉄骨が剥き出しになっている部分さえある。店舗と思しき場所には車が突っ込んでおり、人がいない以上当然とは言えとても営業できるようには見えない。

 さらに場所を問わず罵詈雑言で落書きもされており、歩道橋も本来の色が判別できない程に塗り潰されている。

 何もされていないのは遠方に見える摩天楼くらいのものだ。それ故に、あれこそがヴァンガードの拠点である事がはっきりと分かった。

 

「この街の惨状……アイツらしいな」

「どういう事ですか?」

「野郎の性格がモロに出てるって事さ。あのひとつだけ綺麗なビル見りゃ分かるぜ。自分だけが高みを目指すために、ロクでもねぇ方法で他人を蹴落として貶めて……どうせ俺たちと会う前もまともな生き方してないぜ、こりゃあよ」

 

 言われて翔は納得するのと同時に、シュンと眉尻を下げる。

 一体どのような環境で生きていれば、こんなにも他人を羨み、妬み、引きずり落とそうとする事ができるのか。

 そんな風に翔が考えていると、再び雷鳴が轟いた。

 今度は摩天楼ではなく、周囲の荒廃したビルに変化が起こる。雷を受けて崩壊が進み、さらに摩天楼の屋上へと光が集まって行くのだ。

 

「なんだ!? 何が起きている!?」

「分かりません……ですがとにかく、すぐにあの屋上に行きましょう!」

 

 そう言って、翔はアプリドライバーを装着。他のメンバーもそれに倣い、ドライバーを腰にセットする。

 ホメオスタシスとヴァンガード、その長きに渡った因縁に、ついに決着の時が来るのであった――。



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EP.29[羨望の果て]

 かつて御種 文彦という男は、正義の味方に憧れる、田舎で暮らすごく普通の少年だった。
 まだ10歳にもなっていない少年時代の頃、彼は鎧を纏って悪と戦う光の剣士の特撮作品に夢中になっていた。
 何年も世代を繋いで来たシリーズで、昔の作品の中には彼の父親が主役を演じたものも存在する。演じるだけでなくスーツを着て立ち回る事もある、いわゆるアクション俳優だ。
 その影響で、文彦も特撮が好きになった。父親の作品も何度も見ていた。
 だが、歳の離れた彼の兄は、そんな文彦の事も父親の事も気に入っていなかった。

「いつまでも下らないものばかり見てないで、勉強でもしてろ! クソガキが!」

 これが兄の口癖であった。
 文彦が8歳の頃、この兄は当時20歳。都会で大学に通っており、時折家に戻って来ては父親と母親に罵声と嫌味を吐き散らしていた。
 それだけではなく、両親が見ていないところで幼い文彦にも嫌がらせをしたり、よく暴力を振るった。どうやら大学では勉強も人間関係も上手く行っていなかったらしい。
 文彦は子供ながらも、兄の八つ当たりそのものな虐待に負けずじっと耐えていた。それは、彼の中に心から信じられるものがあったからだ。

『きっと、強くてかっこいいヒーローが助けてくれる』

 彼はヒーローの実在をずっと信じ続けていたのだ。両親も助けてくれない以上、そうするしかなかったと言うべきかも知れない。
 いつの日か必ず兄のような悪い人間を懲らしめてくれる。正義への信仰はこの頃から根付いていた。
 しかしそんな事が起こるはずもなく、兄の暴力は帰省するごとに続いていく。次第に文彦も、ヒーローの登場ではなく、別の事を思い描くようになった。

『自分にもこんな力があれば、本物の正義の味方になれるのに』

 文彦はこの頃から、テレビのヒーローを羨んで、ただひたすらに力を求めるようになった。
 ――ある時、その先の運命を分かつ大きな転機が訪れた。
 兄が帰省した大雨の日、いつものように父が出演したヒーローの特撮を見ていると、文彦の頬を引っ叩いてこう言ったのだ。

「こんなゴミ、今すぐ捨ててやる!」

 怒鳴り散らして、兄は無理矢理に再生機器からディスクを取り出し、外へ出る。
 当然ながら文彦は反発する。雨の降り続く屋外へと飛び出した兄を追って、子供の足ながらも走り続けた。
 文彦がようやく彼を見つけた時、兄は山中で足を滑らせて、腕や脚などを骨折していた。意識も朦朧としているらしく、消え入りそうな声で兄は文彦に助けを求めていた。
 そんな兄の弱った姿を見て、文彦は――ほくそ笑んでいた。

『やっとヒーローが来たんだ! あいつを懲らしめるチャンスをくれたんだ!』

 この瞬間から、文彦の価値観は揺るがないものとなった。
 力によって他者の生死を自在とする者が、その頂点を極める者こそが正義。即ち正義とは力そのものの事であり、それに歯向かうのならば全てを滅ぼしても良い。
 その真理に気付いたから自分に褒美が与えられ、兄は真理を教授したヒーローを冒涜したからこそ、このような罰を受けたのだと本気で信じたのだ。
 そして、何よりも羨んだ。今まで自分を苦しめて来た兄の力も、悪人を成敗するヒーローの力も。
 今までよりも、ずっと強く意識していた。何故なら、本来なら自分が力を以て兄に対してこうするべきだったからだ。
 だからこそ辿り着いた。己の求める正義()のため、後はどうするべきか。その歪んだ結論に。

『これで……俺は正義の味方だ』

 気付けば、文彦は道端に落ちていた大きな石を拾い上げ、それを兄の頭に一発だけ叩き込んでいた。
 正義の味方になるための最初の儀式。兄を、その生贄としたのだ。
 その後、文彦は石を川に捨て、しばらくしてから「兄を見失った」と両親に嘘を吹き込む。頭に大怪我を負った兄は、病院に搬送されるも植物状態で生き続ける事になった。
 そして高校生になる頃、兄は死亡。一方の文彦は『正義()への憧憬』と『(正義)への羨望』をそのままに成長を続け、都会の大学へ進学し、帝久乃市でスペルビアと出会うのであった。


 摩天楼の屋上に集まる光。その軌跡を辿って、ホメオスタシスの一行は飛んでいく。

 アズールはブルースカイリンカーV2になり、雅龍・ザギークはジェットマテリアラーを呼び出してリボルブ・キアノスと一緒に乗っている。

 アシュリィとその他隊員たちは、地上で囚われた人間の捜索を行っている。

 

「それにしても、何なんだろうこの光」

 

 不思議そうな顔をしながら、アズールは軽く指先で触れる。

 すると、頭の中に声と映像が流れ込んだ。小さな男の子が食い入るようにテレビを見ている場面だ。

 

『これが父さんなんだ……すごい! かっこいい!』

「今のは……?」

 

 驚きながら、アズールは手を離す。

 これは間違いなく、御種 文彦の記憶であった。少年の姿に面影があったのだ。

 他のメンバーには見えていない。アズールはこっそりと光に触れながら、それを辿って屋上に向かう。

 

「……いた!」

 

 屋上の光の集まる地点に目を凝らして、アズールが目を見開く。

 そこに立っているのは、ヴァンガードだ。恍惚とした表情になって、全身で光を吸収し続けている。

 ライダーたちに気付くと、彼は大きく両腕を広げて哄笑する。

 

「ヒャハハハハッ! 来たな、クズ共!」

 

 摩天楼の屋上に降り立った一行は、各々武器を取って身構える。

 そして真っ先にリボルブがヴァンガードに銃口を突きつけ、問いかけた。

 

「景気良さそうじゃねェか。何をしやがった」

「トランサイバーの改造能力の応用だ。俺の体内にフラッド・ツィートのマテリアプレートを埋め込んだ上で身体を改造したァ……これで俺は、プレート内のデジブレインと融合したってワケだ」

 

 続けざまにヴァンガードは「そしてぇ!」と叫ぶ。

 

「スペルビアが領域内を駆け巡る欲望のエネルギーをプレートに吸収するのと同じように、俺はそれを完全に自分の物にした!」

 

 そう言いながら、ヴァンガードはジュラシックハザードとBOOGIE WOOGIE ZOMBIE(ブギウギゾンビ)のマテリアプレートを、それぞれアプリドライバーとトランサイバーに装填する。

 すると、他の操作をするまでもなく、変身の掛け声すら必要とせずに、ヴァンガードはその身を仮面ライダージェラスへと変容させた。

 

「もうV3だろうが何だろうが関係ねぇ、俺が最強なんだよォ!」

 

 ジェラスが左手を前に突き出すと、屋上一帯の空間に紫色の液体が溢れ出し、その中から恐竜型のゾンビ・デジブレインが這い出して来る。

 今の彼は、もはやトランサイバーを操作するまでもなく力を行使する事ができるのだ。あのマテリアプレートはこの領域のコアのような役割を持ち、それを取り込んだ事で思うがままに何もかもを操る事ができるのだろう。

 

「翔! こいつらは俺たちに任せろ! お前はジェラスをやるんだ!」

「はい!」

 

 リボルブ・雅龍・ザギーク・キアノスの四人が、無限に湧くゾンビたちを相手取る。

 その間に、アズールはあの分厚いマテリアプレートを起動した。

 

《チャンピオンズ・サーガ!》

 

 音声が鳴り響き、朱色の輝きがその場を満たす。

 

《レッツ・ゴー・ライダー!》

「リンクチェンジ!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! チャンピオン・アプリ! 天下無敵! 天上不敗! 語り継がれし伝説、インストォォォール!》

 

 朱いスーツの上に金色の装甲が合着し、仮面ライダーアズールはチャンピオンリンカーへと変化した。

 そしてその両手へと、二つの武器が握られる。剣と弓矢だ。

 

《アズールセイバー!》

《アメイジングアロー!》

「今度こそ終わらせる!」

 

 それを迎え撃つように、ジェラスもチェーンソーを握り締めて恐竜のように吼える。

 

《ジェラスローター!》

「それはこっちのセリフだ……クソガキィィィッ!」

 

 ジェラスが武器を持たない腕を真上に掲げる。

 すると、地面に『蛇』の文字が浮かんで消え去り、足場から何体もの大蛇が伸びだして一斉にアズールへと襲いかかった。

 

「うわっ!?」

 

 鋼鉄のように硬いそれらの大蛇を、剣と弓の刃で即座に砕く。

 だが、蛇たちは両断しても頭を粉々にしても、何度も再生してアズールを足止めするために襲ってくる。

 

「しつこいな……でも!!」

 

 アズールセイバーを地面に突き刺し、アメイジングアローを構えて引き絞る。

 そして手を離すと、光の矢が放たれて蛇の頭を打ち抜き、その先にいるジェラスへと真っ直ぐに飛来した。

 だが、矢はジェラスに命中する事なく、その寸前で弾けて消滅する。

 

「何っ!?」

 

 瞠目するアズール。ジェラスはその反応を楽しんでいるようで、ケラケラと笑っている。

 

「よ~く見てみなァ」

 

 言われて、アズールはジェラスの姿をじっくりと観察する。

 すると、彼の周囲にドーム状に緑色の膜のようなものが張られているのが分かった。

 バリアだ。それも、アメイジングアローの一撃を受け止めるほどに強力な。

 

「気持ち良いぜぇ、これこそ俺が真の領域の支配者になった証だ……もう誰にも俺を止める事なんざできやしねェのさ!!」

 

 正面からジェラスが、背後から大蛇が攻めて来る。

 アズールは避けずにその場で立ち止まり、二枚のマテリアプレートを取り出して剣と弓にセットした。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)!》

「普通の攻撃でダメなら……!」

《ブルースカイ・マテリアルスラッシュ!》

《ロボット・マテリアルクラッシャー!》

 

 アズールセイバーとアメイジングアローを水平に構え、必殺技の発動と共にアズールはその場で独楽のように回転した。

 青と朱の閃光の竜巻が、迫り来る大蛇を木っ端微塵に斬り刻み、さらにジェラスが展開したバリアを削る。

 しかし、完全に障壁を剥がす事はできない。いくら切ってもすぐに再生してしまうのだ。

 

「これでも防がれるのか!?」

 

 無意味と悟ったのか、攻撃の手を止めてしまうアズール。

 それを好機と見て、ジェラスは大きく踏み出し、アズールの襟を引っ掴んだ。

 

「無駄なんだよ! このまま死にやがれ!」

 

 離れないように強く掴み、チェーンソーをその首に突き立て、刃を回転させようとトリガーに指をかける。

 その直後、アズールは自身のアプリドライバーにセットされたチャンピオンズ・サーガを押し込む。

 必殺技を発動するつもりなのだ。攻撃を止めればジェラスが仕掛けて来る事も、向こうから来ればバリアの内側に入れるという事も全て想定し、この瞬間を狙い澄まして。

 

《ストロングフィニッシュコード!》

「この距離なら守り切れない! 行くぞ!」

Alright(オーライ)!》

 

 左手でジェラスの腕を握り潰し、さらにマテリアフォンを自らのドライバーにかざす。

 

《チャンピオン・マテリアルインパクト!》

「そぉりゃあああああっ!」

 

 アズールの両拳と両足が朱い光(ヴェスパーフォトン)で燃え上がり、ジェラスローターを拳打で弾き飛ばして、胸部や腹部へと猛烈な蹴りを食らわせる。

 思った通り、攻撃は通った。最後に顔面へと拳を振り抜き、吹き飛ばす。

 だが。

 

「クククッ」

 

 ジェラスは笑っている。与えたダメージも、即座に回復する。

 

「正直なところ、その狙いは悪くねぇ。だがな……俺が不死身だって事を忘れてんじゃねェのかぁ?」

「くっ!?」

 

 反撃が来る。それを察知してアズールは再び剣と弓を取り、二つの武器を交差させて防御態勢に移った。

 するとジェラスはドライバーのトリガーを操作し、今度は自分が必殺技を発動する。

 

《ガツガツガツガツガツッ! フルバイト!》

「終わらせてやるぜェェェ!」

《フィニッシュコード・ザ・タイラント! Alright(オーライ)! ジュラシック・マテリアルバイオレンス!》

 

 まずは巨大な尻尾が襲いかかり、それはアズールセイバーで弾いて逸らす。

 次に向かって来たのは両肩の角だ。今度はアメイジングアローの刃で双角を圧し折って、難を逃れる。

 しかしジェラスは止まらない。続いては禍々しい爪と牙が、その剥き出しの暴威が同時にアズールを引き裂こうとする。

 背後からは何体もの大蛇が迫り、逃げ場はない。

 

「まずい!」

「ゲームオーバーだ! クソガキィッ!」

 

 喜悦に満ちた叫び声と共に、爪の乱撃がアズールに打ち込まれる。

 防御のために構えたアズールセイバーとアメイジングアローは取り落してしまい、噛みつかれたアズールはそのまま空へと放り出された。

 

「勝った! このまま死になぁ!!」

 

 そう言って、ジェラスは右掌を天に向かって振りかざす。

 瞬間、暗雲が立ち込めて巨大な『蛇』の文字が浮かび上がると、今度は無数の雷の大蛇が上空のアズールへと降り注いだ。

 

「ぐうううっ!?」

 

 今のアズールは飛行能力を持たないため、空中では逃げ場がない。ヴェスパーフォトンを全身に放出して雷撃を防ごうと試みるものの、耐え切れずに地面に落とされた。

 しかしそれでもまだ変身は解除されておらず、地面に突き刺さった剣を手に立ち上がる。

 

「ハッ、やるな。ここまでやってもちょっとばかり息が上がる程度か……V3ってのは伊達じゃねぇようだ」

 

 勝利を確信しているようで、余裕に溢れる口調でジェラスが言い放つ。

 攻撃を受けてもダメージを気にせず戦えるという特性を持つ以上、死ぬ事はないのだから当然だろう。アズールも、このままではジリ貧で負ける事を自覚している。

 

「一体どうして、デジブレインと融合しただけでここまで強くなったんだ……!?」

「なんだ。お前らまだ気付いてなかったのか?」

 

 ジェラスから発せられたのは、意外そうな声色での言葉だった。

 

「Cytuber上位七人にそれぞれ与えられるマテリアプレート……《チェックメイトモンスターズ》《フラッド・ツィート》《ロックンロール・ビート》《スムースペイント》《The Golden City(ザ・ゴールデン・シティ)》《ブシドー・ブリード》……そして《フェアリーテイル・プリンセス》」

 

 背後に現れた大蛇が椅子の形を取り、ジェラスはそこに座る。

 

「それらに封入されているのは、スペルビアと同じ初期タイプのデジブレインだ。俺の推測通りだとすれば、恐らくアクイラと共に消滅したはずの……な」

「なんだって!?」

 

 驚くアズール。その反応を楽しむように、ジェラスは喉奥からくつくつといやらしい笑い声を上げる。

 

「ずっと考えていた。アクイラはなぜ戦いの直前になって、自らの完成を遅らせてまで味方を増やそうとしていたのか……まだ確証はないが、ようやく俺は結論に辿り着いた!」

 

 アズールは、ジェラスの話に聞き入っている。それほどに彼の話は重要性が高いと感じたのだ。

 しかしただ聞いているワケではなく、攻撃の隙と不死の力の打開策を考えている。まだ勝つ方法があると信じて。

 

「こいつらはバックアップデータだったんだよ」

「バックアップ……!?」

「アクイラは完全な姿になる前に自分が倒される事も予測していた。その上で、ちゃんと復活する方法も講じていたって事だ」

 

 ジェラスの言葉にアズールは驚くばかりであった。

 推測でしかないとは言っても、それは核心を突いているように思えるからだ。

 

「だが、そのバックアップも完全な形にはならない。時間がないからな。だからこそ、破壊される前に……恐らく、自分の腹心であるスペルビアに回収させたんだろうぜ」

 

 そう言ってジェラスは「ここまで言えばスペルビアの目的も分かんだろ」と大蛇が作った背もたれにふんぞり返る。

 

「ヤツはアクイラを復活させるつもりなんだよ。それも、かつて倒された時のような状態じゃない……完全態としてな」

「そんな!?」

「アクイラが蘇れば、流石にこの世の誰にも勝ち目はない。ヤツは電脳世界の……いわゆる『神』だ。だから、俺は先手を打って裏切ってやったァ……」

 

 話を聞いている内に、アズールの中でひとつ合点が行った。

 サイバーノーツを倒した後、毎度のようにスペルビアが現れてマテリアプレートを回収し、それを使ってサイバー・ラインから何かを吸収していた。

 あれが、アクイラを復活させるのに必要なエネルギー源なのだとすれば。バックアップとなるデジブレインへと供給していたのだとすれば。これまでのホメオスタシスの行動は、アクイラ復活の補助を行っていた事になる。

 そこまで考えた直後、ジェラスはまた声を上げて笑い始める。

 

「安心しろ。もうアクイラは蘇らねぇ、俺がヤツのバックアップを丸ごと食っちまったんだからなァ! お陰でヤツの力の一部を取り込んで、この力を手に入れる事ができたんだよォォォ!」

 

 スペルビアやアクイラの思惑を潰して一杯食わせた事がおかしいのか、ジェラスは天を仰いでゲラゲラと笑っている。

 そして突然ピタリと止め、その顔をゆっくりとアズールに向けた。

 

「アズール! そのV3のプレートを俺に寄越せ、そうすりゃあホメオスタシスも電特課も全員見逃してやる! どの道スペルビアは不死の力を持つ俺を倒せないが……念には念を入れておかねェとなァ!」

 

 すると、アズールは拳を握り込んで、真っ向からそれを拒絶した。

 

「このマテリアプレートは、皆が作ってくれた力だ! 絶対に渡さない!」

「ハッ、バカが! 現実を見ろ、どっちにしろ俺を倒せなきゃ奪われるだけだろうが!」

「……あなたは最初から僕たちを見逃す気なんかないはずだ」

 

 真っ直ぐに突きつけられた言葉。

 仮面の奥で片眉を釣り上げ、ジェラスは話の続きを聞く。

 

「今のあなたはそういう人だ。何かと理由をつけて、僕らを排除するんだろう」

「ヒャハハッ! よく分かってんじゃねェか!」

「そんなに怖いのか」

「……あ?」

 

 笑うのを止め、ジェラスはアズールの方を見据える。

 アズールも椅子にふんぞり返っているジェラスを睨みつけ、言葉を続けた。

 

「あなたは臆病だ。弱みに触れられる事も、弱さを認めるのも怖いんだろう。だから必要以上に強い力を羨んで求めるし、強い人間を妬むし、自分の弱みに繋がるものを徹底して排除しようとする。元作さんやあなた自身のお兄さんを殺したのが決定的な証拠だ」

「だっ……黙れ! 黙れェ!」

 

 チェーンソーを持って立ち上がり、ジェラスはアズールへと攻撃を仕掛ける。

 あまりにも単調な一撃を、アズールは腕でしっかりと受け止める。

 

「ガキに何が分かる!? お前こそ!! お前らこそ俺を否定したいだけだろうがァ!!」

「……僕が今までに出会ったCytuberの人たちも、皆そうだった。辛い現実を認められず、目を背けるためにより深く歪んだ欲望に溺れていく」

 

 アズールセイバーにヴェスパーフォトンを注入して振るい、ジェラスローターを両断。

 そしてジェラスの腹に前蹴りを食らわせ、倒れたところでその胸倉を掴み、アズールは叫ぶ。

 

「だけど! 進駒くんも律さんも、面堂さんたちも! 最後にはちゃんと本当の自分を認める強さがあった!」

「くっ!?」

「あなたは……どうなんだ!? 本当にただ力を求めるだけか!? それがたとえほんの一欠片でも、子供の頃に確かに持っていた、本当の意味で正義の味方に憧れていた頃の気持ちは残っていないのか!?」

「力のねぇクソガキが……生意気言ってんじゃねェェェ!!」

 

 右拳を突き出て距離を取るジェラス、そして頭上からアズール目掛けて落ちる無数の雷の大蛇。

 その場に焼け焦げた臭いと煙が充満し、ジェラスはせせら笑った。

 

「ガキが調子に乗りやがって」

 

 だが、直後にジェラスの笑みは消える事になる。

 ヴェスパーフォトンを放出したアズールが煙を晴らし、その場に立っていたからだ。

 

「なにィッ!?」

「辛い目に遭ったのは知ってる。あなたが歪んでしまった原因も分かってる。だけど……罪は認めるべきだ。本当は間違った事をしていると、あなたはずっと昔から気付いているはずだ!」

「クッ……うるせぇぇぇっ!!」

 

 ジェラスが叫ぶと、再び頭上から雷蛇が降り注ぐ。

 だが、今度は命中する事なく、アズールの身体を不自然に逸れて地面に落ちた。

 

「な、あ……!?」

 

 唖然とするジェラス。見れば、アズールの背にはまたも青い大鷲の翼が生えていた。

 そして彼が右腕を前に掲げると、その翼が分解されて、羽が散るようにノイズが右腕へと纏わり付いていく。

 

「現実と向き合え!!」

 

 ジェラスに向かって走り、右の拳を突き出す。

 すると、その手から青い光が溢れ出し、ジェラスに向かって真っ直ぐに解き放たれた。

 阻まれるかと思われたその一撃は、ドーム状に展開された緑色のバリアをすり抜け、ジェラスの身体をも覆い尽くす。

 

「ぐぅっ!?」

 

 身構えてジェラスは両腕で防御を固めて身を守る。

 当然と言うべきか、痛みはない。ゾンビの能力がある以上、痛覚もなければ傷を負っても回復するのだ。

 しかしバリアが通じなかったのは一体どういう事なのか。そう思いながらもジェラスは、再びアズールへ雷を落とそうと試みるが――。

 

「……あ?」

 

 何も起きない。この領域に干渉して大蛇を生み出す力、さらに緑色のバリアも消失してしまっている。その上リボルブたちと戦っていた恐竜ゾンビたちも消えてしまっていた。

 その隙にアズールはジェラスの右頬を殴り飛ばす。

 

「ガッ!?」

 

 痛い。頬と背中に大きな衝撃を感じ、ジェラスは天を仰いでいた。

 さらに続けて拳打と蹴撃が降りかかる。痛覚は消えているはずなのに、アズールの拳の一発一発に、突き刺さるような鋭い痛みを感じていた。

 どうしてこんな事になったのか、理解できなかった。しかし、その原因であろう人物に問い質す事はできた。

 

「お、お前、一体何をしやがったァ!?」

 

 立ち上がって腕を震わせ、目の前の男にジェラスが問う。

 だが、アズールはただ首を横に振るだけだった。

 

「これがどういう力なのか、僕にも分からない。だけど、鷲我さんが言った……僕が鍵になるって言葉の意味は、やっと分かった」

 

 剣先をジェラスの方に向け、アズールは言う。

 

「この力が……答えだったんだ。あなたの中にある仮死化の力も、領域の主としての力も、全て剥がす……この力を目覚めさせたかったんだ!」

 

 言った後で、アズールは「こんな事までできるとは思わなかったけど」と付け足した。

 一方、ジェラスは未だに全身に走る痛みも能力の喪失も信じられないようで、自分の両手を見下ろして息を切らしている。

 

「う、ウソだ……あり得ねぇ……今度こそ、頂点に立ったと思ったのに、こ……こんな!?」

 

 複数人の近付く音を察知してジェラスが顔を見上げれば、いつの間にか五人の仮面ライダーに囲まれている事に気付く。

 恐ろしい。体の震えが止まらない。

 圧倒的な力を持つとはいえ、不死の力が解けた今のジェラスでは、この人数には太刀打ちできないのだ。ましてや、相手側は自分よりも上のV3タイプの使い手もいる。

 

「み、認めねぇ……! 認めねぇぞ! お、俺は……!」

 

 歯を軋ませ、ジェラスはトランサイバーのリューズを回した。

 

「俺が負けるはずねぇんだァァァッ!!」

《オーバードーズ! ビーストモード、オン!》

「ぐぅぅぅぅっ、アアアアアアアアァァァァァァッ!!」

 

 咆哮と共に、ジェラスの姿が変わる。全身がノイズを帯びて泡立ち、全く別の生物へと改造されていく。

 それは、全身の肉が腐り切った巨大な恐竜だ。両目や肋骨などの骨の隙間からは、合計九体もの緑眼の大蛇の頭が伸び出ている。

 

「こ、コォれで俺ハ最強だァ……俺ガ頂点ナんダァァぁッ! イヒッ、ヒヒヒッ、皆殺シ……ザコ共を皆殺シシャァァァッ!!」

「……バカ野郎が。そいつはテメェが追い詰められたって事を認めてるようなモンだぜ。ただの悪足掻きなんだよ」

 

 明らかに理性を失っているビーストジェラスを見て、吐き捨てるようにリボルブが言い放ち、二つの銃を構える。

 そしてアズールの隣で、キアノスがフェイクガンナーを手に話しかけて来た。

 

「この戦いの要は一番強いお前だ。不死の力を無力化した、今こそがチャンスだ」

「兄さん……」

「やるぞ、翔」

 

 振り返れば、雅龍とザギークも各々槍とボウガンを手にして、アズールへ視線を送っている。

 仮面の奥で微笑み、アズールは巨大な怪物に向かって剣を掲げた。

 

「その歪んだ欲望、僕らが断ち斬る!!」

「ギヒッ、ギヒャヒャヒャヒャヒャヒャーッ!!」

 

 ビーストジェラスが口から酸の液を放出するのを合図に、五人は一斉に動き出す。

 ザギークは巨大な右足へとインクの矢弾を打ち込み、そして固めて動きを封じ込めようとする。

 しかし、その白いインクは大蛇の吐く炎によって即座に溶かされてしまう。

 

「ちぇーっ、これじゃダメか!」

 

 悪態をついた後、炎を吐いた大蛇が自分の方を見ている事に気付いて、ザギークは慌ててその場を離れる。

 火炎球が彼女のいた場所を焼き払ったのは、その直後だ。

 

「ひぃぃぃー! こりゃキツい!」

「浅黄! 飛べ!」

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! ギガント・マテリアルスティング!》

 

 よたよたと逃げ回るザギークの耳にそんな声が届き、彼女は反射的に前へと飛び込んだ。

 すると、巨大な槍が恐竜の肩に突き刺さる。先ごろ炎を吐いた大蛇は、一緒に突き刺さった。

 雅龍が必殺技を発動し、巨槍を投擲したのである。

 

「ひゅーっ、やるじゃん」

「どうやら本当に再生できなくなったようだな」

 

 負傷を抱えたまま苦悶する恐竜を見ながら、雅龍は呟く。

 しかしこの一撃を受けても、ビーストジェラスは止まらない。体に刺さったスタイランサーを放り投げ、咆哮を上げた。

 

「ガッ、グ……グゥラァァァァァ、ラァガラララララァッ!!」

 

 空へ翼を広げたビーストジェラスの口腔、さらに九頭の大蛇の口から緑色の光線が発せられ、摩天楼に立つ五人を焼き切らんとする。

 飛行能力を失っている今、アズールでは対処する事はできない。跳躍すれば届く可能性はあるが、無防備な状態で投げ出される事になる。

 だがそれは全て、この恐獣が常に空を飛び続けられている場合の話だ。

 

《ツインフィニッシュコード!》

「!?」

 

 突如その耳に聞こえた音声に、ビーストジェラスは周囲を見回す。

 ライダーたちは空を飛べないはずだった。しかし、確かに空で音がした。

 続いて、背中で冷たい声が聞こえる。

 

「終わりだ、クソ野郎」

 

 リボルブの声だ。アメイジングアローを拾い上げ、この瞬間を見越して翼の影に隠れていたのだ。

 スロットにはリボルブの所有している二枚のマテリアプレートが装填されている。大蛇の目からその様子を確認したビーストジェラスは、振り落とすためにもがくが、もう遅い。

 

Alright(オーライ)! ダンピールデュエル・マテリアルエクスキューション!》

「オォラァァァッ!」

 

 リボルブが弦を引っ張り、矢を放つ。赤い杭が無数に翼と背中に打ち出され、ビーストジェラスは地面に墜落した。

 一方、弓から手を離した後の衝撃が激しすぎたのか、リボルブもジェラスの背で転倒している。

 

「あぁクッソ痛ェな畜生! 肩外れるかと思ったじゃねェかオイ!」

 

 摩天楼に倒れ伏す巨獣の背を蹴りつけながら、リボルブはその場を離れた。

 苦悶しつつもゆっくりと立ち上がろうとするビーストジェラス。

 そんな彼の前に、アズールとキアノスが立ち塞がった。

 アズールは隣に立つ兄に一枚のマテリアプレートを放り渡し、自身も剣にプレートを装填する。

 

《フィニッシュコード!》

「兄さん、やるよ!」

《オーバードライブ!》

「ああ……!」

 

 フェイクガンナーの銃口から青い光の刃が伸び出し、アズールセイバーも朱色の輝きを帯びる。

 そして、二人は立ち上がった恐竜に向かって、同時に飛び出した。

 

Alright(オーライ)! ブルースカイ・マテリアルスラッシュ!》

Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! スーパーブルースカイ・マテリアルソニック!》

「そぉりゃあああああっ!」

「ハアアアアアァァァッ!」

 

 青い仮面ライダーの放つ斬撃の乱舞が、大蛇の頭も恐竜の肉体を斬り裂く。

 ビーストジェラスが爪を振り被って反撃に転じようとしても、スピードで上を行く彼らはそれさえ許さない。

 最後に真上へと斬り上げると、恐竜の肉体は崩れ落ち、元の仮面ライダージェラスの姿に戻った。

 

「がァ、ぐっ……ふざけんじゃねぇ……!」

 

 しかし、まだジェラスは諦めない。

 穴の空いた両翼を広げ、血走った目をアズールに向けながら、アプリドライバーとトランサイバーを操作する。

 

「たとえ俺自身がどうなろうとォォォッ!!」

《フィニッシュコード・ザ・タイラント!》

「『ファイナルコード』!」

Alright(オーライ)! ジュラシック・マテリアルバイオレンス!》

Roger(ラジャー)! ゾンビ・マテリアルデッド!》

 

 自分自身をも焼き尽くさんばかりにカタルシスエナジーを漲らせ、ジェラスはアズールを含む五人の仮面ライダーへと両足を突き出した。

 再生できない身体から、捨て身で放つ、必殺の一撃だ。

 これを防ぐ事ができなければ、この摩天楼ごと全員が消し去られてしまうだろう。

 

「お前ら……だけはァァァァァッ!!」

 

 それを目の前にしても、アズールは冷静だった。

 チャンピオンズ・サーガの展開されたプレートを一度閉じ、全身へとヴェスパーフォトンを体の隅々に浸透させ、再び押し込む。

 

《グレイテストフィニッシュコード!》

「あなたの(欲望)は……」

Alright(オーライ)!》

「ここで終わりだ!!」

 

 マテリアフォンを振りかざして、アズールはジェラスに向かって大きく跳躍。そして、右足を突き出した。

 獅子の姿を象った朱色の煌きを全身から放ち、迫り来るジェラスとぶつかり合う。

 

「オオオオオオッ!!」

《チャンピオン・マテリアルヴィクトリー!》

「そぉりゃあああああっ!!」

 

 朱色の獅子は恐竜の一撃を容易く噛み砕く。

 そして、ヴェスパーフォトンでジェラス自身をコーティングする事によって自爆さえも封じ込めた。

 

「う、嘘だ……!」

 

 嘆きの声を上げるジェラスの胸に、アズールの右足が命中。

 そのまま、摩天楼の屋上に叩き込んだ。

 

「この俺が、そんな……嘘だ、嘘だァァァァァーッ!?」

 

 装甲が粉々に砕け散り、屋上には屈辱感に満ちたジェラスの悲鳴が響き渡るのであった。




 翔たちが現実世界でジェラスとの戦いを繰り広げている頃。
 自身の私室で、静間 鷲我は深く溜め息を吐いていた。

「……本当に、変身できてしまったのか……」

 彼の手元にあるのは、チャンピオンズ・サーガのマテリアプレートの設計図。
 そして、それとは異なる過去の記述、2000年当時の出来事について記された資料だ。

「推測は正しかったという事か……一体、どうすれば良い……まだ間に合うと信じたいが……」

 額から汗を吹き出して、鷲我はひとり呟く。
 しばらく頭を抱えた後、意を決した様子で、顔を上げた。

「ヤツを呼ぶしかないな」

 そう言って、鷲我はポケットからN-フォンを取り出す。
 友人である天坂 肇へと『あるもの』について調査を依頼するために。


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EP.30[悲鳴(Scream)]

「なんでだ、なんで俺が……負けるっ……!?」

 

 アズールたちホメオスタシスの仮面ライダー五名と、Cytuberに反逆した御種 文彦(ヴァンガード)が変身する仮面ライダージェラスの戦い。

 その決着は、ビーストモードを使った上で、ジェラスの敗北という形で幕を閉じた。

 今までと違ってトランサイバーに破損は見られない。二つのプレートも無事のようだ。

 

「もう逃げられねェぞ」

「抵抗するな。貴様を逮捕する」

 

 変身を解除した鷹弘と翠月が、文彦へと近付いて行く。

 文彦は身を起こし、項垂れて観念したように両手を上げた。

 

「……分かってるよ、クソッ。どの道……俺にもう戦う力なんか残ってない」

 

 翠月が後ろ手に文彦に手錠をかけ、右腕を引っ張り上げる。立って歩けないため、左側を浅黄が持ち上げて足を引きずりながら運ぶ形となった。

 覇気を失った彼の姿を見て、鷹弘は訝しむ。

 

「やけにあっさり引き下がるじゃねェか」

 

 フンッ、と鼻を鳴らし、文彦は答える。

 

「もう足掻いたって仕方ないだろ……俺は負けたんだ。この世界はいつだって力の強い方が正しい、それだけの事だ」

 

 そんな投げやりな言葉を耳にして、翔は眉をひそめる。そして文彦の前に立ち、問いかけた。

 

「本当に力の強い方が正しいのなら。あなたのお兄さんがやっていた事や、あなた自身がお兄さんにしてしまった事は、全部正しかったんですか?」

「それは……」

 

 口を噤み、視線を落とす文彦。翔は彼に近付き、真っ直ぐにその顔を見据える。

 

「何が正義とか、何が悪だとかを説くつもりはなくて……ただ、単純に力で人を捻じ伏せた方が絶対的に正しいだなんて、僕は思いません。それって闇雲に人を傷つけたり、それこそ気に入らない人の命を奪う事が正しいって言ってるようなものでしょう」

「……なら、正義って……一体何なんだ?」

「僕にもその答えは出せません。というか、きっと本当の答えを知ってる人なんていないんだと思います」

 

 翔がそう言った直後、響がその隣に立ち、その肩に腕を回した。

 

「そうだな。誰もが答えを知っているのなら、この世に争いが起きるはずはない。みんな探し続けているんだ」

「だから、ちゃんと罪を償って、一度見つめ直して考えてみましょうよ! 今までの事と、これからどうするのかを!」

 

 文彦に手を差し伸べ、微笑む翔。淀んだドス黒い空の中で、彼の笑顔は眩しく見えた。

 しかし、文彦は頭を振る。

 

「そんなもん……遅ぇだろ、今更。俺は栄や伊刈と違うんだぞ。年齢も、やった事の重さも」

「やり直すのに速いも遅いもないですよ! まだ未来があるんだから、むしろ諦めが速すぎるくらいです!」

「人の命を奪って長らえた未来だぜ」

「そう思うのなら、やっぱり失った命のために生き続けるべきなんじゃないですか? あなたは、まだ生きてるんですから」

 

 また文彦は言葉を詰まらせる。そして溜め息を吐き、しかし先程までの諦観の宿ったそれとは違った眼差しで、翔と顔を見合わせた。

 

「あぁ、畜生……羨ましいな……」

 

 言いながら、文彦は翠月と浅黄に腕を引かれながら一歩足を踏み込む。現実世界へと戻るために。

 しかし、その直後。

 突然、文彦は胸を抑えて表情を苦悶に染める。

 

「があっ、ぐ、ぐああああっ!!」

「御種さん!?」

 

 苦しみの声を上げ、目を見開く文彦。両脇に立つ二人は彼が倒れないよう支えている。

 一体何が起きているのか。翔が考えた時、摩天楼のさらに上空から声が木霊した。

 

「困りましたねぇ。まさか、こんな結末になってしまうとは」

 

 その丁寧な口調の男の声は、全員が聞いた覚えがある。

 デジブレイン、スペルビアP(プロデューサー)だ。

 五人が見上げている間に、苦しむ文彦の胸からフラッド・ツィートのマテリアプレートが飛び出し、スペルビアがそれをキャッチする。

 

「あぁ、やはり。これは色々と調整し直す必要がありそうですねぇ。全く面倒な事をしてくれた……」

「ぐ、が……う、ぐ」

「それでは一緒に来て頂きましょうか。あなたの処遇について、話をしなければ、ねぇ……」

 

 スペルビアが、地上で息を切らして青ざめている文彦へと手を伸ばす。

 だが、それをかばうように翔が立ち塞がった。

 

「おやぁ?」

「お前の思い通りにはさせない……スペルビア!!」

「おやおや、おやおやおやおやおやおやおや。これはこれは……困りましたねぇ。私は彼と少しお話がしたいのですが」

 

 愉快に笑い声を上げ、スペルビアは摩天楼の屋上に降り立つ。

 スペルビアから敵意などを一切感じ取れないが、翔は確信していた。

 目の前にいるこのデジブレインは、表面上はへらへらと笑っているが、絶対にこのまま文彦を無事で帰すつもりなどないという事を。

 

「お前には何もさせない。そのマテリアプレートも、こっちに渡して貰う」

「おやおや。これは元々私のものですが?」

「しらばっくれるな、もうお前の目的は聞いてるんだ。アクイラは絶対に復活させない」

 

 そう言って、翔はマテリアフォンを取り出してアプリドライバーを装着。チャンピオンズ・サーガのマテリアプレートも手に取り、臨戦態勢だ。

 スペルビアはそれでも余裕の表情で、唇を釣り上げている。

 

「愚かですねぇ。実に愚かだ。ご自分が何者なのかも知らず……」

「……?」

「まぁ、良いでしょう」

 

 スペルビアはそう言って孔雀の仮面に手を伸ばし、それを――剥がす事なく、その場で跳躍して再び空を舞った。

 さらに指をパチンッと弾くと、文彦の左腕に装着されたトランサイバーが黒い炎で燃え上がり、砕け散る。

 

「あっ!?」

「今日はこれで帰らせて頂きますよ。どの道、マテリアプレートを手に入れた時点で用は済んでいるも同然ですからねぇ」

 

 ホメオスタシスの面々が見ている中、上空で恭しく一礼したスペルビアは、そのまま姿を消した。

 胸を撫で下ろす翔。戦闘後の負傷と疲労を抱えている今、いかにV3の力といえど厳しい戦いになると予想していたからだ。

 

「下でアシュリィちゃんたちも待ってるはずです。もう帰りましょう」

 

 翔がそう言って振り返った時。

 翠月と浅黄に捕まっている文彦が、力なく項垂れているのを見つけた。

 

「えっ!?」

 

 翔も鷹弘も、驚いて彼に駆け寄る。

 両目から完全に生気が失われており、呼吸もしていない。意識も失っているようだ。

 この症状を知らない者はいない。精神失調症だ。

 

「そ、そんな……」

 

 悲壮な表情で翔が呟いても、文彦は返事をしないし、目を覚ます気配もない。

 こうして、ホメオスタシスの一行は物言わぬ文彦を連れ、現実世界へと戻るのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 数時間後。

 サイバー・ラインから帰還したライダー五人とアシュリィは、ホメオスタシスの地下研究施設に赴いていた。今は休憩所で待機している。

 施設の休憩所には、鋼作・琴奈・陽子、それから彩葉の姿もある。なお、宗仁は仮面ライダージェラス襲撃後の事件の対処に追われて参加していない。

 突然文彦が意識を失ってしまった原因を突き止め、今後の事を相談するために鷲我が招集したのだ。

 その鷲我本人は今、ホメオスタシスに所属する医師たちと共に、文彦の検査に立ち会っている。

 

「……!」

 

 休憩所の扉が開かれ、翔は立ち上がる。同様に鷹弘と響も鷲我の方に向かった。

 

「会長! 御種さんの容態は……」

 

 翔に問われるも、鷲我は首を横に振る。

 

「間違いなく精神失調症だ。恐らく、プレート内のデジブレインと一体化した後……完全に適合を終えないまま無理矢理剥がされた事で、体内に細胞片のようなものが残ったのだろう」

「細胞片……!?」

「そうだ。ただの欠片といえどデジブレインだからな、人間の感情エネルギーを喰らう性質は残っている。しかも厄介な事に、彼の中にあるリンクナーヴと融合しているようだ。これでは大元のデジブレインを倒したとしても、解除できないだろう。と言うより一生取れないな」

 

 恐る恐る、鷹弘の隣にいる陽子が「どうなっちゃうんですか?」と訊ねる。

 鷲我は神妙な面持ちで、重い口を開いた。

 

「我々にはどうする事もできないが、助かる見込みはある。彼自身が体内のデジブレインの細胞片と完全に融合してしまえば良い、要するにアシュリィくんと同じ状態まで持っていくという事だ」

「そうか、自分がデジブレインになれば精神失調症も自力で解除できる……!」

「問題は……その適合までにかかる時間だ。一体どのくらいだろう? 今すぐなのかも知れないし、明日? それとも一ヶ月、一年……ひょっとしたら10年先かもしれない。次にいつ目を覚ますのか、まるで予測ができないんだ」

 

 鷹弘が悔しそうに自らの拳を掌に打ち付け、凄惨な事態に彩葉が涙ぐんで両手で口元を覆う。

 一方、翠月は冷静な口調で鷲我へと質問を重ねた。

 

「この男は他のCytuberの領域の座標を知っている可能性もある。できる限り早急に手を打ちたい、どうにかできないのでしょうか?」

「無理だ。現行の技術では、既に肉体と融合したデジブレインの細胞片を剥がす方法はない。残念だが……目覚めるのを待つしかない」

「……我々は待つ事しかできないと?」

「……そうなるな」

 

 そこから、翠月も鷲我も黙ってしまう。

 すると、今度は浅黄がキーボードをカタカタと叩きながら口を開いた。

 

「でも、向こうから動きを見せる可能性もあるんだからさ。油断はできないよ」

「その通りだ。いつ次の戦いが始まっても良いように、備えておかなければならない」

 

 鷲我は頷いて、集まったメンバー全員に対して語りかける。

 

「残るCytuberは三名だが、ここから先は間違いなく今まで以上に厳しい戦いになる。全員、今の内に一度体と心を休めておいて欲しい」

 

 各々が頷いたり返事をするのを確認しつつ、鷲我は話を続ける。

 

「それから……御種 文彦から得た情報はどれも有力だ。まず、敵側の思惑が分かった事。これは大きな一歩だ」

「アクイラの復活……でしたね」

 

 翔の言葉に、鷲我は頭を抱えて「そうだ」と重々しい口調で答える。

 

「正直、予想しなかったワケではない……が、あり得ない事と高を括っていた。まさか、アクイラのバックアップデータが実在するとはな……」

 

 それを聞いて、琴奈と鋼作は大きく溜息を吐いた。

 

「思えば、私たちはサイバーノーツの使っていたマテリアプレートを解析できてなかったですもんね。一枚でも手に入れる事ができていたら、すぐ目的も分かったのに」

「つっても、あのスペルビアがいる以上無理だったんだけどな」

「そうなんだよねー! ほんっとあいつ嫌い、マジでなんなの!?」

 

 憤慨する琴奈と、腕を組んでそれに同意する鋼作。二人の会話を聞いていた鷹弘と陽子も深く頷いていた。

 さらに、その隣で響が「そういえば」と口を開いた。

 

「敵が使っている残りのマテリアプレートの情報も入手しましたね。確か、The Golden City(ザ・ゴールデン・シティ)とブシドー・ブリード、そしてフェアリーテイル・プリンセスだとか」

「うむ……それらがどのような機能を持つのか、誰が所持しているのかという点については不明だが、ある程度能力を予測できる可能性はある。これも有益な情報だ」

 

 そうしてほんの一瞬だけ沈黙した後、鷲我はやや言いづらそうにしながらも、もうひとつの情報について口に出す。

 

「そして、マテリアプレートに封入されたデジブレインがアクイラ復活の鍵となる……この点についてはどう対策するべきか」

 

 うぅむ、と全員が悩み始める。

 サイバーノーツを倒しても、復活に必要なエネルギーは充填されてしまう。かと言って、人々を脅かすCytuberを放置する事もできない。

 それに倒さずにいたところで、時間をかけてしまえばどちらにせよプレートにエネルギーを確保されてしまう。選択肢はないのだ。

 

「……スペルビアがマテリアプレートを利用する前に、つまり復活させる前にあの野郎を倒すっていうのはどうです?」

「まぁ結局の所、スペルビアさえ消えちまえば、アクイラを復活させようなんて考えるヤツはいなくなるワケだからな」

 

 鋼作の提案に鷹弘が同意し、他の面々も首肯する。実際、それが一番良い方法なのだ。

 

「翔が直接戦ったワケじゃねェが、あのV3の力は間違いなくスペルビアに通用するはずだぜ。勝ち目はある」

「はい!」

 

 鷹弘に肩を叩かれ、翔は元気良く返事をする。

 そんな二人の様子を眺めて目を細めながら、鷲我は自分の両掌をパンッと重ね合わせた。

 

「今日はもう時間も遅い、ここで解散としよう」

 

 それを聞いて「了解」と声を上げ、鋼作・琴奈が先に退室。

 響は名残惜しそうに彩葉に別れを告げてから、翔とアシュリィを伴ってその場を去る。彩葉はそれを見送りつつ、進駒や律が捕らえられているのと同じような個室へと向かった。

 翠月はこのまま電特課へ向かい、浅黄はネットカフェへと泊まりに行く。

 

「……さて」

 

 その場に残ったのは鷹弘と陽子、そして鷲我だ。

 父親の方を振り返った鷹弘は、怪訝そうに訊ねる。

 

「一体何の用事なんだ、親父。俺らにメールまで寄越してよ」

 

 鷹弘の手にはマテリアフォンがあり、そこにはメールの着信画面が映っている。陽子も同じだ。

 実は、この二人は地下研究施設に来るよりも前、鷲我からメールを受け取っていたのだ。

 曰く『解散後に少し残って欲しい、話がある』との事。心当たりのない二人は、困惑するばかりだった。

 

「……少し待ってくれ。もうひとり呼んでいるんだ」

 

 鷲我の表情は硬い。二人は何か重要な話をするのだと確信し、固唾を飲んでそのもうひとりとやらを待つ。

 すると、扉が開いて姿を現したのは、彼らにとって意外な人物だった。

 驚きのまま、思わず陽子が名を口に出す。

 

「肇さん?」

 

 そこにいたのは、翔と響の養父であり、帝久乃市で活動している探偵。天坂 肇だ。

 ただでさえ強面なのだが、今は一層険しい顔つきで立っている。

 

「どうしてここに……」

「鷲我に呼ばれただけだ。翔について、重要な話があるってんでな」

 

 肇の言葉を聞いて、二人はより困惑した。

 意図が分からなければ、経緯も分からない。一体どうして、何があって鷲我が翔について話すというのか。そもそも何を話すのか。

 そう思っていると、質問する前に鷲我が先に口を開いた。

 

「三人を集めたのは、翔くんを見張れる立場であり、口の堅さについて信用できるからだ。今から話す内容は公にできるものではないのは勿論、ホメオスタシス内でも軽々に明かすべきものではないからな」

「……一体どういう事だよ、親父?」

 

 眉をしかめて鷹弘が訊ねるが、鷲我は何も答えない。

 しかし代わりに紙の資料を取り出して、鷹弘たちへと手渡した。二セット用意されており、ひとつはチャンピオンズ・サーガについて、もうひとつは2000年に肇が戦ったアクイラについての記述だ。

 三人とも訝しみながら、それに目を通してめくっていく。

 そして、段々と顔色が変わり始めた。特に顕著なのが鷹弘の方で、目を見開いて呆然としており、明らかに動揺している。

 

「……一体どういう事だよ、親父」

 

 先程と同じ、しかし疑問とは違う言葉を繰り返す鷹弘。資料が物語る事実に、辿り着いた結論に、心を揺さぶられざるを得なかった。

 

「おかしいだろ、こんなの! なんかの間違いなんだろ!?」

「落ち着いてくれ鷹弘」

「落ち着けるかよ!! あり得ねェだろこんなもん……翔が、あいつが――」

 

 鷹弘は鷲我の胸倉を掴み、目尻に涙を浮かべ、机を倒しながら壁に押し出す。

 そしてそのまま、震える声で叫んだ。

 

「あいつがアクイラなワケねェだろうが!!」

 

 その怒声に、資料に目を奪われ傍で聞いていた陽子が、愕然としながらペタリと地面に座り込む。

 資料を繰り返し読んで、頭では分かっていた。しかし改めて言葉として聞いてしまった事で、驚愕と恐怖が増してしまったのだ。

 鷲我は何も答えない。徐々に鷹弘の中にやり場のない怒りが蓄積されていく。

 そんな折、鷹弘の背後に立っていた肇が、その肩を掴んだ。

 

「その辺で放してやれ。これじゃ答えようと思ってもできんだろう」

「くっ!」

 

 言われた通りに、鷹弘は手を放す。そして深呼吸しながら、再び「これはどういう事なんだ」と問い質した。

 

「……順を追って話そう。まず、私はこれまでの翔くんの戦いの記録から、彼が他の仮面ライダーと異なる特殊な力を持っている事に気付いた。当時は旧式の改造手術を生後すぐに受けた事が原因だと思っていたがな」

 

 それについては鷹弘も引っ掛かっていた。

 一時的とは言え最適化されていないV2アプリを起動したり、今回もテストも済ませていないV3の力に覚醒してみせた。

 さらに、今回はジェラスの不死の力やバリアを剥がしてさえいる。これは明らかに異常事態だ。特にバリアの方はアクイラのバックアップのデジブレインから得た力、つまり不完全な欠片とは言えアクイラそのものの力なのだ。そう簡単に無力化できるはずがない。

 できるのだとすれば、それは同じ力を持つ者だけだ。

 

「まさか……本当に……?」

「落ち着け、鷹弘。何も私は今の彼がアクイラそのものだとは思っていない」

 

 ハッと目を剥いて、鷹弘は鷲我の方を向き直る。

 

「翔くんはアクイラの力を持っているというだけだ。少なくとも……今のところは、だが」

「……どういう事だ?」

 

 白衣の襟を正し、鷲我は静かに問いかける。

 

「先程の話、デジブレインの細胞片の事は覚えているか?」

「体内に組み込まれたせいで、御種の肉体やリンクナーヴと融合してるってアレだろ」

 

 それがどうした、と口に出そうとする寸前に、鷹弘は答えに辿り着いてハッと顔を上げる。

 

「まさか!?」

「そういう事だ。彼の体には、アクイラの細胞片が埋め込まれている……いや、既に適合している以上、埋め込まれていたというべきか」

 

 これには、鷹弘だけでなく陽子と肇も驚愕していた。

 深く息を吐いて、鷲我は話を進める。

 

「細胞片との同化自体は既に完了している、それでも今までは彼が自分の力に自覚がなかったから無事で済んでいたが……」

「V3の力を手に入れた事で、目覚めさせちまったって事か」

「……本当に申し訳ない事をした。まさかここまで深刻な状態だとは」

「このまま力を使い続けて、覚醒が進行すればどうなる」

「私にも分からない。アクイラの細胞片に意志があるのならアクイラとしての人格に目覚める可能性もあるが、単にアクイラの力を持っているだけならそうはならないかも知れない。とにかく今は、これ以上酷い状態にならないように、彼が力を行使するのを止めなければならない」

 

 再び鷲我は深く長い息を吐く。鷹弘や陽子にも、彼の苦悩が伝わって来るかのようだった。

 しかし、V3を完成させた鷲我が判断を誤っていたのかと言えば、それは違うと鷹弘は考えていた。

 翔の中にアクイラの細胞が埋め込まれている事が分かっていたとは言え、あの場はチャンピオンズ・サーガの力に頼る以外、攻略する方法などなかったのだ。

 

「ちょっと良いか」

 

 肇は帽子の鍔に指を添えながら、自身も質問する。

 

「そもそも一体いつからだ、翔にそんな事が起きたのは。俺は確かにアクイラを倒したんだぞ、ヤツが現実世界に細胞片を撒き散らす余裕なんぞ与えなかった」

「ああ、その通りだ。我々は対処法を間違えていなかった……君はアクイラを粉々に砕いてくれた」

 

 言った後で鷲我は「しかし」と付け足し、話を続ける。

 

「たとえば君の使ったプロトアプリドライバーに、返り血のように細胞片が付着していたとすれば?」

「なに……?」

「それと……いつからだ、という点に関して答えよう。恐らくそれは、翔くんの生後間もない頃だ。旧式手術を受けたのと同じでな。でなければ細胞が定着しないし、翔くん自身が覚えていない事に説明がつかない」

 

 段々、全員の表情が強張っていく。

 鷲我が何を言おうとしているのか分かってしまった。そして、限られた人数にこの話を持って来た理由も、理解できた。

 万が一にもその情報が漏れてしまえば、混乱を招くのは勿論の事、ホメオスタシスという組織の壊滅にも繋がりかねないからだ。

 

「これが私の結論だ。何者かが肇とアクイラとの戦闘後、偶然にも細胞片を発見し……採取した。そしてそれを産まれたばかりの翔くんに埋め込み、改造手術を施した!」

「おい、マジかよ……親父、自分が何言ってんのか分かってんのか?」

「……無論だ。考えたくはなかったが」

 

 鷲我は三人の前で、毅然とした態度で断言する。

 

「犯人は過去Z.E.U.Sに所属し、アクイラについての事情も知っている。つまり、ホメオスタシスができるよりも前にかつて我々側についていた人物……裏切り者だ」

 

 三人全員が言葉を失う。

 裏切り者は御種 文彦だけではなかった。彼が裏切るよりもずっと前に、スペルビアに屈していた人間が存在していたというのだ。

 静まり返った室内で、鷲我はそのまま話を続ける。

 

「この裏切り者は恐らく御種とは真逆で、何のつもりかは知らんが『アクイラの復活』を目的としている可能性が高い。そしてアクイラを復活させようとしているという事は、既にCytuberに加わっている事も考えられる」

 

 ゴクリ、と鷹弘が息を呑む。聞いていてあまりにも不気味な話だからだ。

 その犯人は、なぜそんな事をしようと考えたのか。元々こちら側の人間だったという事は、アクイラの驚異も知っていて然るべきだ。にも関わらず、生後すぐの幼児に手術を施している。

 鷹弘や陽子はもちろん、鷲我や肇にもそこが分からなかった。だからこそ不気味なのだ。

 

「でも会長、過去に所属していたって言ってましたけど……それって今は辞めてるって事ですよね? どうして断言できるんですか?」

「当時関わっていたメンバーが全員Z.E.U.Sを退職しているからだ。人数もそこまで多くない、犯人の特定にはそこまで苦労しないはずだ」

 

 そう言いながら、鷲我はまた新しく資料を取り出して、肇に差し出す。

 それは、2000年当時までZ.E.U.Sに所属していた面々かつアクイラを知る元社員のリストだ。正規・非正規を問わず全ての人員が記されている。

 

「肇、お前にはここに載っている者たちを調べて欲しい。だが敵は一人とも限らん、くれぐれも慎重に頼むぞ」

「分かってる。必ず見つけ出して、翔の事を弄んだ報いを受けさせてやる……」

「よし。それから鷹弘と陽子くん」

 

 呼んだ二人を振り返って、鷲我は険しい顔つきのまま話し始める。

 

「二人には、翔くんがアクイラの人格に覚醒しないよう見張り、極力あの力に頼らないよう説得して貰いたい。そして万が一にも彼がアクイラとなってしまったら、その時は……」

 

 鷲我の続く言葉を手を上げて遮り、強い意志の籠もった眼差しを向けて言い放つ。

 

「全力で翔を止める。そうだろ」

「……ああ、頼んだぞ」

「任せとけ」

 

 それを聞いて安心したように鷲我は微笑み、再び顔を引き締める。

 

「話は終わりだ。くれぐれも他言無用で願う」

『了解!』

 

 鷹弘と陽子は大きな返事と共に退室し、肇も帽子を被り直して部屋を出る。

 鷲我はそれを見送ってから、力強く拳を握って自身もその場を後にした。

 

「これ以上思い通りにはさせんぞ……デジブレイン、そしてCytuber……!」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 鷲我に呼ばれて訪れたホメオスタシスの地下研究施設で話を終えた後。

 肇は、三人の待つ自宅に帰還した。

 

「ただいま」

 

 玄関に置いてあるタオルで顔を拭きつつ、リビングへと向かって扉を開く。

 翔と響、そしてアシュリィは、仲良く食卓を囲んでいた。今日の献立は翔が作った厚切りのポークチャップと、付け合わせに前日から作っていた特製ポテトサラダだ。

 響はこのポテトサラダに七味をかけて食べるのが好みなので、食卓に出てくる時には必ず翔が七味を用意している。

 

「おかえり、父さん!」

「おかえり」

「……俺はただいまの方がいいのかな?」

 

 ポテトサラダに七味をかけながら、響が言う。その様子を不思議そうに見ていたアシュリィは、響がテーブルに戻した七味を自分も手に取ってササッとかけ始めた。

 そして箸でつまみ、口に運ぶ。

 うまい。と、表情は変わらないし言葉にもしないが、輝く目が語っている。

 

「元気そうで何よりだ、響。おかえり。お前が帰って来たって事は、明日か明後日にはカレーか?」

 

 それを聞いて、真っ先にアシュリィが背筋をピンと伸ばして反応する。

 本来なら響への退院祝いなのだが、本人よりも楽しみにしているようだ。

 

「そうだね、そうしよっか」

「やっとお前のカレーが食べられるな」

 

 満足気に微笑む響。翔も、楽しそうな二人を見て笑っている。

 そんな団欒の様子を眺めつつも、肇はジャケットを脱ぎながら、自分の部屋に向かって行った。

 

「二人共、良く笑うようになったな……」

 

 ネクタイも外して片付けつつ、肇は思う。

 自分は本当に、ただ敵の正体を調べるだけで良いのか、と。

 響が向こう側に送られた時、そしてCytuber側に回ってしまった時、自分は何もできなかった。

 いや、しなかったのだ。戦えるだけの力を持ちながら、腕を一本失っている事を言い訳にして。

 そして今も。翔の命と意志が脅かされようとしているというのに、戦わずにやり過ごそうとしてしまっている。

 子供たちが戦っているのに、自分だけが。

 

「本当にこれでいいのか?」

 

 自分が戦いに出たところで、何ができるワケでもないだろう。

 しかし本当に守るべき子供たちを戦わせながら、勝手に後を託したつもりで、自分はのうのうと調査するだけとなっている。

 探偵や大人としてどうこう以前に、本当にそれは人として正しいのか。肇は今の自分に疑問を持ち始めていた。

 

「……俺は……」

 

 自問自答の最中、子供たちの声が耳に届く。

 肇は静かに息を吐き、食卓に向かうのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「申し訳ございません、アクイラ様」

 

 ドス黒い空間が広がる世界にて。

 スペルビアは七つの柱に囲まれた大穴の前で、眉を寄せて一礼する。

 

「懈怠の方は完成しましたが……『鍵』が一部欠けてしまいました。羨望を元に戻すには時間がかかります」

 

 そう言いながら、スペルビアは柱にスムースペイントのマテリアプレートを差し込む。

 燃え盛る鳥のレリーフが彫られた巨大な柱。接続の直後に、柱は青い輝きを帯びて大穴へと光を流し込む。

 

「残りは四つ。早急に新たな人柱を用意致しますので、誠に申し訳ございません」

 

 そう言いながら、スペルビアは先程よりも大きく頭を下げる。

 無論、返事はない。それでもスペルビアは頭を上げ、大穴に向かって語りかける。

 

「必ずやあなた様を蘇らせてみせます。その時こそ、人間共は知るでしょう」

 

 無機質な彼には珍しく、熱を帯びた口調で宣言する。

 

「真に現実世界を支配するのに相応しいのが、あなた様だという事を」

 

 大穴からは何も声が聞こえない。

 しかしスペルビアは頬を大きく歪めて頷き、その場から姿を消した。




次回、File.03

[欲望の坩堝]

新章突入――。


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File.03[欲望の坩堝]
EP.31[休息]


 痛い。
 流れる雲のように、青空にふわふわと浮かびながら、翔は胸を押さえる。
 何かが、内側から飛び出そうとしている。
 怖い。怖い。
 何かが胸の中で暴れ、食い破ろうとしている。
 やめろ。やめろ。やめろ。
 左胸からクチバシが飛び出し、光り輝く大きな青い鷲が飛び出す。
 そして、その鷲は徐々に人の姿を取り、翔の首根っこを掴んだ。
 誰だ。誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ。お前は。誰だ。
 お前は、その顔は――。

「僕……!?」

※ ※ ※ ※ ※

「うわああああああああああっ!?」

 絶叫して、翔はベッドから飛び起きた。
 時間はまだ深夜の三時。全身が汗に濡れ、両目からは涙が溢れ出ている。

「なんだ、今の夢……」

 ゆっくりと息を整えるが、吐き気がする。
 翔はひとまず、トイレに駆け込んだ。


 ホメオスタシスが羨望のジェラスを倒してから数ヶ月。

 帝久乃市ではサイバーノーツもデジブレインも現れず、平和な日々が続いていた。

 その間もなおホメオスタシスは警戒を続けつつ、翔たちのような学生組は、勉強や部活など自らの日常を謳歌している。

 不運にも台風と雨が続いて中止となってしまったため、鋼作は高校最後の体育祭に参加できなかったが、それでも戦いのない日々を楽しんでいた。

 

「そういや、そろそろ学園祭だなぁ」

 

 帰宅までの道中、翔・響・琴奈・アシュリィ・鋼作の五人で歩いている時、不意に鋼作はそんな事を言った。

 

「そうね。あんたのクラスって何やるの?」

「男女逆転メイド・執事喫茶」

 

 真顔で鋼作がそう言った瞬間、響と琴奈が勢い良く噴き出した。アシュリィは頭上に疑問符を浮かべて首を傾げ、翔は苦笑いしている。

 

「オイ何笑ってんだお前ら」

「だっ、だってぇ! あんたのメイドって……む、無理~……腹が捩れる~……!」

「言っとくけど、俺だってやりたかったワケじゃねーからな!? 票が割れて仕方なく着るだけだ、誰が望んで地獄絵図を作るかよ!? そ、そういうお前らの出し物は何だよ!」

 

 問われると、まず先に琴奈が手を挙げる。

 

「こっちのクラスはかき氷屋」

「正気か!? 11月末だぞ!? そんな寒い時期にかき氷ってお前……マジ?」

「おっと、ただのかき氷じゃないわよ。なんとタピオカミルクティー味で、カップはあたしがオリジナルの怪獣デザインでプリントしてる」

「だから何だよ……」

 

 次に手を挙げたのは、響だ。

 

「こちらは定番のお化け屋敷で。プロジェクションマッピングも利用して本格的にやる」

「マジか、めちゃくちゃ良いじゃん」

「でもその分かなり準備が大変なんですよね。まぁ、頑張ります」

 

 照れたように微笑む響。そして三人の視線は、今度は翔の方に向かう。

 

「え、えっと……?」

「そういえば聞いてなかったからな。お前のところは何をするんだ、翔」

 

 たじろぎ、翔は言い淀む。それが逆に好奇心を煽ったのか、響たちはまじまじと翔を見ている。

 

「その、実はあんまり言いたくなかったんだけど……」

「うん」

「こっちも鋼作さんと同じで模擬店……まぁいわゆる飲茶(ヤムチャ)だよ。中国茶を淹れてお茶請けを出す感じのやつ」

「なるほど、中々良いじゃないか」

「ただ……」

「ん?」

「その、ちょっとふざけて提案した子がいてさ……女子も男子も全員チャイナドレスを着て接客する事に……」

『あっ』

 

 途端に鋼作と響が納得した様子で数度頷く。鋼作のクラスと出し物のコンセプトが微妙に被っていたので、翔は言い出しづらかったのだ。

 しかもチャイナドレスとなれば足などの露出もそれなりに大きい。翔にとってはそれも恥ずかしいのだろう。

 そこへ、琴奈が不思議そうな顔で口を開いた。

 

「えっ、あたし翔くんの女装はアリだと思うけど」

「違う違う違うそうじゃないそうじゃない」

 

 鋼作がビシッと琴奈の肩をはたき、響はげんなりとしている翔をなだめる。

 すると傍でずっと話を聞いていたアシュリィが、翔の制服をくいくいと引っ張って問いかける。

 

「ねぇ、その学園祭って私も行って良いの?」

「え゛」

 

 翔の表情が凍結する。

 確かに自分の出し物が決定するまではアシュリィを誘ってみようかと考えていたのだが、女装するとなれば流石に一度考え直さざるを得なかったからだ。自分の女装した姿など積極的に見られたいものではない。

 しかし彼女の『学園祭』という行事に対する興味津々なキラキラとした眼差しを受けると、どうしても断りづらい。

 どう答えるべきか悩んでいると、再び琴奈が横槍を入れだした。

 

「参加は自由だよ。アッシュちゃんも来ていいからね」

「分かった」

 

 翔が口を挟むまでもなく決まってしまった。

 さらに隣に立っていた響は、四人に向かってある提案を投げかける。

 

「もし静間さんたちの許可が降りたら、なんだけど……面堂さんも誘ってみないか? もちろん栄くんと伊刈さんも一緒に」

『……はは~ん?』

 

 鋼作と琴奈が同時にニヤニヤと表情を歪める。

 

「な、なんだ?」

「いや~、最初はあの子に同情してるだけなのかと思ってたけど……やっぱ響くんってあの子が好きなんだなって。あれから毎日面会に行ってるもんね?」

「それは……」

 

 言葉を詰まらせ、響は目を逸らしてしまう。しかし逃さないとばかりに、鋼作は響の背をバシバシと叩いた。

 

「告白しちまえよ~、彼女ができたらおじさんも喜ぶと思うぜ?」

「……考えておく」

 

 コホン、と咳払いしつつ、響は改めて四人に向き直った。

 

「学園祭は三日間開催される。今の内に、普段お世話になってる人や誘いたい人を招待しておこう」

『おー!』

 

 アシュリィまで元気良く返事をし、全員自宅へと戻るのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「よし、できた」

 

 同じ頃、ホメオスタシスの地下研究施設にて。陽子はある物の修理を終え、大きく息をついた。

 彼女のデスクに置いてあるのは一枚のマテリアプレート、かつてジェラスが使っていたBOOGIE WOOGIE ZOMBIE(ブギウギゾンビ)だ。

 スペルビアによってトランサイバーを破壊された折、これも破損していたのだが、陽子は持ち帰ったそれをあれから時々修理していたのだ。

 近くアクイラが復活する可能性がある以上、使えるものは全て使う。最優先ではないが、これもいつかどこかで役に立つかも知れない。その考えのもと、陽子は動いている。

 

「まぁ、今一番必要なのはこっちなんだけど」

 

 そう言いながら、陽子は隣に置いてあるもうひとつのマテリアプレートに目をやる。

 陽子が鷹弘のために改良と調整を重ねている、リボルブ専用のV3タイプのマテリアプレートだ。

 もしもこれが完成すれば、リボルブの戦闘能力はアズールを遥かに超越する事になる。つまりたとえ翔がアクイラに覚醒したとしても、これさえあれば止める事ができる、最大の抑止力という事だ。

 

「でも……」

 

 完成しなければどんな対策も無意味だ。今のままでは使い物にはならず、オーバーシュートによって鷹弘は命を落としかねない。

 翔がチャンピオンズ・サーガをテストなしで使えたのは、あくまでも彼がアクイラの力を持つからだ。鷹弘にそれが使えない以上、充分に調整する必要がある。

 とはいえ、ライドオプティマイザーのような最適化による調整を行えば出力が落ちてしまう。

 これは思った以上の難題であった。さらに、仮に今の状態で完成させたとしてもまだ大きな壁がある。

 アズールがジェラスに対して発動した、あの力だ。

 

「『データ・アブソープション』か……」

 

 鷲我の調査の結果で判明した、不死の力とバリアを引き剥がした能力の名称。

 本来であれば対象の持つ能力データを吸収・一時的に無力化した上で別の形に変換し、攻撃力・防御力の上乗せやダメージの修復に転化するという能力だ。しかし翔が完全覚醒していないためなのか、あるいはアクイラが作ろうとしていたドライバーとデジタルフォンを使用していないせいなのか、能力を剥がすだけになっていた。

 もしもアクイラとして目覚めていたなら、自身のパワーアップにも使えていたという事だ。

 敵に回ればこれ程恐ろしい事はない。しかもアクイラは、他にも様々な能力を備えている可能性があるという。これは氷山の一角に過ぎないのだ。

 

「あぁーもう、そんなのどうやったら勝てんの!?」

 

 両足を放り出して、椅子の背にもたれかかる陽子。そんな時、突然背後から湯気の立つ白いカップが差し出された。

 振り向くと、そこにはもう片方の手にカップを持つ鷹弘が立っている。陽子のためにコーヒーを淹れて来たのだ。

 

「お疲れさん。煮詰まってるみたいだな」

「ちょっとね……流石に吸収の対策なんて、どうしたら良いか分かんないわ」

 

 ふぅ、と溜め息を吐きながら、陽子はカップを受け取る。

 

BOOGIE WOOGIE ZOMBIE(ブギウギゾンビ)は修理し終わったんだけどさ……」

「そう言や気になってたんだが、このプレートに封入されてるデジブレインは誰が作ったんだ? 御種か?」

「あ、確かに変ね。会長はアクイラにしかデジブレインを一から作る事はできないって言ってたはずなんだけど」

「って事は今は作る技術が向こうにあるのか……もしくは、ハーロットがやってるように別のデジブレインを改造したのか、だな」

「どっちにしても厄介な話よね」

 

 頭を抱え、陽子は再び溜め息を吐く。翔の問題も解決していないというのに、悩まされる事ばかりだ。

 するとそんな彼女を見兼ねてか、鷹弘は肩に手を乗せてある提案を投げかける。

 

「あんまり考え過ぎんのも良くねェだろ。たまには息抜きでもしようぜ」

「息抜き?」

 

 きょとんとしながら振り返り、陽子は鷹弘の顔を覗き込む。

 

「実は翔たちから、もし暇なら近い内にある帝久乃学園の学園祭に来ねェかって誘われてよ。一緒にどうだ?」

「んー、まぁ確かにこのままじゃ完成できないし……そうね。折角だから」

 

 温かいコーヒーを飲み干すと、陽子はほんのりと頬を赤く染め、傍に立つ鷹弘を見上げた。

 

「デートしよっか」

「決まりだな」

 

 フッと微笑み、思い出したように鷹弘は「あぁそれから」と付け加える。

 

「当日は栄 進駒・伊刈 律・面堂 彩葉も連れて行くからな」

「あ、そうなの? じゃあ響くんと彩葉ちゃんもデートになるんだ。ダブルデートじゃん」

「翔とアシュリィも入れたらトリプルだな」

「ふふ、ほんとね。じゃあさー、英警視と浅黄さんも誘ってみる?」

「浅黄はともかくとして、忙しそうな警視は来るかァ? 一応声だけかけとくけどよ」

 

 そう言って、鷹弘もコーヒーを飲み終えて陽子と共に再度作業に取り掛かるのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 数日後。

 鷹弘と陽子と浅黄とアシュリィ、そして進駒・律・彩葉は帝久乃学園へと到着していた。

 午前の部と午後の部で分かれており、翔たち四人は全員午前の部で自分の店の作業をしてから、他の生徒と交代する事になっている。二日目は逆に午後の部で店番をするようだ。

 

「体育館では演劇部やら吹奏楽部、軽音楽部とかが出し物をするらしいな」

「軽音楽部?」

 

 ギターを持ってやって来た律が、鷹弘の言葉に耳をひくつかせる。

 すると即座に進駒が口を開いて割り込んだ。

 

「絶対に乱入しないで下さいね。絶ッッッ対に」

「おっ、それはアタシにサプライズしろってフリ? いいねー、アッツいねー」

「違いますって! 迷惑になるでしょ!」

 

 ギャーギャーと騒ぎ立てる進駒と律。そんな二人を傍で見守ってクスリと微笑む彩葉に、陽子は問いかける。

 

「どうしたの?」

「いえ……なんだか、不思議、っていうか。Cytuberとして何度も会議で会ってたのに、こうして……本当の姿で顔を合わせる機会、あんまりなかったですから」

 

 そう言われて陽子も微笑み「そうね」と返す。

 奇妙な縁で出会い互いに競争相手でもあったこの三人が、今は肩を並べている。それも、敵対していたホメオスタシスと共に。確かに不思議な感覚だと陽子は思った。

 歩いている内に、一同は正門から校舎の中へと辿り着いた。鷹弘はパンフレットを受け取り、アシュリィの方を振り返る。

 

「あいつらの出し物ってどれだ?」

「えっと、タピオカかき氷とお化け屋敷と……ショウとコウサクは『ジョソウ』って言ってた」

「は?」

 

 浅黄以外の全員が目を点にする。アシュリィ自身は言葉の意味がよく分かっていないのか、驚いている一同を見て首を傾げていた。

 

「ジョソウって……あの女装で合ってるよな……?」

「そ、そういう事だと思う。まさか草を取り除く方(除草)走って勢いを付ける方(助走)なワケないし」

「あー、マジか。確かに男女逆転とかチャイナドレスとかなんとかあるな。最近の学生の趣味ってのはどうなってんだ」

「別に翔くんと鋼作くんの趣味じゃないと思うけど……」

 

 苦笑いする陽子の後ろで、憤慨した様子を見せるのが進駒だ。

 

「そんなはずないですよ! あの翔さんがそんな、そんな変態みたいな事をするはずないじゃないですか!」

「おっと進駒、自分の性別と違う服を着たくらいで変態呼ばわりは良くないなぁー。アタシなんか体も変わってたぞ」

「それは紛れもなく変態だと思います。別の意味で」

「なんだとぉ~?」

 

 唇を釣り上げながら、律は彼の両頬を指で軽く引っ張る。それを受けて進駒は「やめろぉー!」と腕をバタつかせて抵抗している。体格差の問題もあって進駒はされるがままだ。

 一方、浅黄は先程からヨダレを垂れ流して虚空を見上げている。

 

「翔くんの女装……うへ、うへへへへ」

「オイ……」

「あの子どっちかというとカワイイ系のイケメンだもんね、絶対似合うじゃん……ぐふふ」

「オイ」

「こりゃもうセクハラしなきゃ――」

「オイ!!」

 

 すぱんっ、と軽快な音と共に浅黄が頭に衝撃を受けて態勢を崩す。

 後頭部を押さえて振り向いてみれば、眉間に皺を寄せた鷹弘が鬼のような形相で浅黄を見下ろしていた。

 

「いつまでマヌケ面晒してんだ、さっさと行くぞ!」

「叩く事ないじゃん……ぴえん」

 

 浅黄は泣き真似をする。それを見た律は、握り拳を上げて鷹弘に抗議をし始めた。

 

「そうだそうだ、相手は女の子だよ? 手加減くらいしなよ!」

「でもヨダレずっと垂れ流して良く分からないところを見てたらはたきたくもなると思う」

「それはそう!」

 

 アシュリィの言葉で一瞬の内にあっさり首肯して掌を返した。

 自由奔放すぎる彼女らに、鷹弘は速くも頭を悩ませる。

 

「なんなんだこいつら……」

 

 鷹弘たちが歩いて最初に訪れたのは、琴奈のいる中庭のかき氷の模擬店だ。

 季節外れの品であるため失敗に思えたそれは、意外にも好評を得ているらしく、多くの客がかき氷を手にしている。

 

「なんだ、繁盛してんな」

「あっ、いらっしゃい!」

 

 声をかけたのは琴奈だ。クラスメートたちと共に、てきぱきと店を切り盛りしている。

 鷹弘は抹茶ミルク、陽子はタピオカミルクティーでアシュリィはブルーハワイ味のかき氷をオーダー。琴奈は喜んで注文に応じた。

 

「おっ! ちゃんと彩葉さんたちも連れてきてくれたんですね!」

「まぁな。お前ら、何にするんだ?」

 

 振り返る鷹弘。残った面々は順番に手を挙げ、まるで点呼を取るように口々に言い放つ。

 

「ボクはタピオカミルクティーで」

「わ、私も同じので」

「アタシはエナジードリンク味」

 

 最後の律のオーダーを聞いて、すかさず鷹弘が反応した。

 

「いやエナジードリンクなんてあるワケねェだろ」

「あるよー」

「あんのかよ!?」

 

 鷹弘が再びメニューを確認すると、確かに記載がされていた。ただし人気メニューではないらしく、少なくとも周りの生徒たちや来場者たちは誰も注文していない。

 そして六つのかき氷が用意され、各々受け取った直後、進駒はハッと顔を上げた。

 

「ちょっと待った、一人足りなくないですか?」

「なに?」

 

 鷹弘は驚いた様子で全員の姿を確認する。

 この場にいるのは七人のはず。鷹弘自身と陽子、アシュリィ、それから進駒・律・彩葉の三人。

 そして気付いた。確かに一人だけ、一番目立つ奇人がいない。

 

「……浅黄さんがいない!?」

「あの野郎、人混みに紛れて先に翔の店の方に行きやがったな!? すぐに探すぞ、目を離したら何しやがるか分かったモンじゃねェ!!」

「ごめんね琴奈ちゃん、後でまた合流するから!」

 

 そう言って鷹弘と陽子とアシュリィと律は大慌てで一気にかき氷を口に運ぶ。

 直後、かき込んだメンバー全員へと頭痛が襲いかかる。

 

「一度にそんなに食べるから……」

 

 呆れつつも、進駒は自分のペースでかき氷を食べつつ、浅黄を探して鷹弘たちと共に奔走するのであった。

 

 

 

「むっふっふ~、なんとか見つからずに来れたよ~ん」

 

 鷹弘たちがかき氷の完成を待っているのと同じ頃。浅黄は、先んじて翔のクラスである1-Bの教室に辿り着いていた。

 ここでは、事前の情報通りに飲茶の模擬店が開催されている。しかも男女ともに背中の大きく開いたチャイナドレスで。

 受付に立つ女子生徒が中々に美少女であったため、その時点でも既に浅黄の満足度は高かったのだが、ここでお触りしてしまっては入店できなくなってしまう。

 今はとにかく翔の女装姿を拝むべきだ。その考えの元に浅黄は湧き上がる欲求を押さえつけ、教室に入って翔の姿を目で探す。

 男女問わずそれなりにタイプの違う美しさの少年少女が揃っているため、浅黄は目移りしてしまっていた。

 

「おーっといけないいけない、翔くんはどこだ……?」

 

 首をぶんぶんと振り、探し直す。

 すると、浅黄は男女問わず約半数の生徒がある一点に視線を集中させている事に気付く。

 その先にいるのは、青色のチャイナドレス姿の生徒だ。身長の高さから男子生徒だという事が分かる、というよりも、浅黄には見覚えのある背格好だった。

 

「もしかして翔くん?」

 

 思わず浅黄が声をかけると、その少年はビクッと身を震わせてゆっくりと振り返った。

 

「あ、浅黄さん……」

 

 その翔の姿を見て、浅黄の呼吸がほんの一瞬止まった。

 いつも穏やかに微笑んでおり温和な雰囲気を感じさせる翔の端正な顔に、今は薄く化粧とグロスがされており、頬は上気して瞳が潤んでいる。

 体は細いが筋肉は引き締まっており、その上で身体に密着するチャイナドレスであるため、ボディラインが強調されてより艶めかしい印象を与える。特にウェストや腰周りは女子生徒と比べても遜色がない。

 ドレスに隠れていても分かる程に形の良い丸みを帯びた尻と、長い脚やスリットからチラリと覗く太腿も煽情的で、浅黄は思わず唾を飲み込んだ。

 髪は横側で纏めるシニヨンになっているが、これはウィッグだ。とはいえ、やはり違和感はない。

 

「え、えっと」

 

 知り合いに会ってしまって、翔は視線を泳がせる。気まずい空気になるだろうと感じ、困っている。

 しかし、浅黄の反応は翔とは違っていた。

 静かに立ち上がったかと思うと、突然右手で翔の腰から腹にかけていやらしくねっとりと撫で回し始めたのだ。

 

「えっ!? えっ!?」

「いやぁ、びっくりしたよ翔くん」

「こっちのセリフなんですけど!?」

「てっきりかわいくなるだけだと思ってたんだけど、これはもう『かわいい』とか『キレイ』とかじゃなくて……『スケベ』なんだよね」

「一体何を言って……ひんっ!?」

 

 彼女の魔の手は、そのまま翔の尻に向かい、さらに左手は内腿をまさぐる。

 開いた背中に顔を埋めて匂いを嗅ぎ回し、浅黄はさらに翔へと囁いた。

 

「良いお尻してるねぇ、ところで下着はトランクスとかボクサーパンツとかじゃなさそうだけど……どうしたの?」

「え、それは……下着が飛び出てたらまずいからってTバックを渡されて」

「そうなんだ、スケベだねぇ」

「本当に何言ってるんですか!? ちょ、ちょっと今は一旦放して下さい、サイズ合ってないから大事なモノがハミ出しそうなんですよ!?」

 

 それを聞いた瞬間、浅黄はプツリと理性が切れたかのように、突然両手でスカートを掴んで引っ張り始めた。

 

「この店ではフランクフルトとタマゴも出してるんだねぇ! スケベだねぇ! じゃあウチが頼んじゃおっかなぁ!」

「ひやぁぁぁ何なのこの人!? だ、誰か! 誰か助けてー!」

 

 翔の悲鳴が教室内に木霊するのと、勢い良く扉が開かれる音が響いたのは同時だった。

 瞬間、打撃音と共に浅黄は手を離してその場に倒れる。

 拳を握ってそこに立っていたのは鷹弘だった。この場にいない翠月に代わり、浅黄の後頭部に拳骨を落としたのである。

 

「ぐへぇぇぇ~……」

「ったくこの大ボケが。大丈夫か翔」

 

 浅黄を軽く足蹴にしつつ、息を切らした翔の両肩に手を置く鷹弘。翔は潤んだ瞳でその顔を見上げ、ほっと息をついた。

 

「し、静間さん……本当にありがとうございます」

「お前ちょっと笑えねぇレベルで似合ってんな。怖いわ」

「しょうがないじゃないですかクラスで決まっちゃったんですから」

 

 しょぼくれながら抗議する翔の姿が本当に女の子のようだったので、鷹弘は思わず苦笑する。

 と、その時、妙な視線を感じて二人は周囲を見回した。

 気付けば、女子生徒を中心に注目を集めてしまっている。どうやらこの光景を目撃して、新たな境地に目覚めてしまったようだ。

 さらに、視線は鷹弘が入って来た扉からも。

 

「……ショウ、なの?」

「あのキレイな人が……?」

 

 アシュリィと進駒が、女装して衣服が少し乱れた翔を凝視しているのだ。

 このままでは彼女らにも妙な影響を与えかねない。そう思って鷹弘は陽子や律とアイコンタクトを交わし、二人の両目を手で覆ってそのまま外へと出ていった。

 そして鷹弘も、気まずい空気のまま浅黄を引きずって踵を返す。

 

「……先、出とくわ」

「はい……なんかすいません……」

 

 ちなみに浅黄は店を出禁になった。

 

 

 

 それから約二時間後。

 店番の終了時間となった翔は、元の制服姿で教室から外へ出て、彼を待っていたアシュリィや鷹弘や陽子と合流した。

 

「お待たせしました。楽しんで頂けてますか?」

 

 女装してた時の慌て振りはどこへやら、涼しい顔で翔は問いかける。

 

「ま、ボチボチな」

「デートには丁度良いわよね」

「……おう」

 

 素っ気ないように見えるが、どこか照れたように鷹弘が言う。

 そんな二人を微笑ましく見つめつつ、翔は「そういえば」と切り出した。

 

「進駒くんたちはどうしたんですか?」

「栄と伊刈は体育館で軽音楽部のライブを聴きに行ってる。面堂は響のところだ」

「面堂さんは分かりますけど、その二人の組み合わせは意外だな……どうしてですか?」

「目を離して迷子になったらマズいからな。伊刈が」

「そっちですか!? 進駒くんじゃなくて!?」

「冗談だ。見張りって名目で浅黄と沢村と塚原がその二人と一緒についてる、まぁ安心しとけ」

 

 そう言うと鷹弘は、陽子を伴ってそそくさと歩き始める。

 

「そんじゃ、俺たちもそろそろ模擬店巡りの続きに行かせて貰う」

「え? 一緒に行かないんですか?」

「何言ってんだお前。そいつと行くんだろ」

 

 鷹弘が指差した先にいるのは、翔の隣に立って顔を見上げているアシュリィだ。

 彼女は、翔が来るまでずっと待っていた。鷹弘も陽子も、その彼女の付添をしていただけに過ぎない。

 アシュリィは翔の顔をじーっと見て、袖を引っ張っている。

 

「……そうですね。じゃあ、僕はアシュリィちゃんと色々見て回って来ます」

「分かった。また帰りに合流するか」

「はい!」

 

 返事を聞くと、鷹弘は陽子と共にその場を後にする。

 良く見れば陽子は鷹弘の腕に抱きついており、アシュリィは二人の姿を凝視している。

 

「じゃあ行こっか」

「ん」

 

 翔から声がかかれば、アシュリィは頷いて、少し逡巡した後に翔の腕に抱きついた。

 柔らかく弾力のある感触が、彼の右腕に伝わる。

 

「あ、アシュリィちゃん?」

「……行こ」

 

 自分で抱き着いておいて気恥ずかしいのか、アシュリィは目を合わせようとしない。しかし、その頬は赤く染まっていた。

 翔は心臓が高鳴るのを自覚しつつ、案内するために廊下を歩くのであった。

 

「ところでショウ、さっきの格好ってもうしないの?」

「できればアレは忘れて……お願いだから……」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 体育館にて。

 ここでは、軽音楽部によるライブが行われていた。

 かつてCytuberのロックとして活動していた伊刈 律が拠点としていた場所、大型アリーナに比べれば小さな規模だが、集まった客人たちはみな熱狂している。

 それは、浅黄と琴奈も例外ではない。

 

「いやー、すごいねぇ! あんまり音楽に詳しくないのについつい盛り上がっちゃうよ!」

「分かる分かる! ……あれ、伊刈さんは?」

 

 言われて鋼作と浅黄は、先程まで自分たちの傍でライブを見ていた律と進駒が姿を消している事に気付く。

 そして直後に、律が壇上に上がろうとしているのと、進駒がそれを必死に止める様子を目撃した。

 腕を引っ張っているが進駒のような子供の力では結局止めきれず、律は大きく飛び上がってギターを手に転がり込んだ。

 

「アタシの歌を聴けェェェーッ!!」

 

 ボーカルからマイクを引ったくり、律は演奏しながら歌い始める。

 軽音楽部の面々とは比べ物にならない高度な歌唱力と演奏技術。最初は闖入者に戸惑っていた観客たちも、大きな盛り上がりを見せる。

 そして、軽音楽部のメンバーも負けじと、追い駆けるように続いて演奏する。

 会場のテンションは最高潮となり、壮絶な一体感と熱狂によって軽音楽部のライブは終了するのであった。

 

「いやー、いい汗かいたー」

 

 満足気に笑い、汗まみれの髪をかきあげて頬を上気させながら、律は階段を降りて観客席に戻る。

 そんな彼女を出迎えるのは、頬を膨らませた進駒だ。

 

「乱入しないで下さいって言いましたよね?」

「うぐっ……い、良いじゃん盛り上がったんだしさ」

「子供に言われた事も守れないなんて恥ずかしくないんですか? ボクの方が大人なんじゃないですか?」

「あー、もう。お姉さんが悪かったよ、そんなに怒んないでよ」

 

 涙目になって腕をバタバタさせて弁解する律、その度に汗でピッタリと張り付いたシャツの内側にある彼女の胸部が僅かだが柔らかく上下に揺れ動き、進駒は思わず目を奪われた。

 すると、その視線に気付いた律は右手で自分の胸を隠し、左手で進駒の頬をつまんだ。

 

「えっち。すけべ」

「なっ!? ボ、ボクはそんなんじゃ」

「まだまだ子供だねぇーやっぱり。むっつりすけべってヤツ?」

「う、うるさいうるさいうるさーい!」

 

 顔を真っ赤にして抵抗する進駒と、楽しそうに彼をからかい続ける律。

 浅黄たちはそんな光景を、微笑ましく見守るのであった。

 

「青春だねぇ」

「青春ですねぇ」

「……いや、青春でいいのかアレは?」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同じ頃、響と彩葉は二人で中庭のテラス席に座っていた。テーブルには、模擬屋台で買ったフルーツジュースとパンケーキがある。

 

「どうかな面堂さん? 疲れていないかい?」

「う、うん……人がいっぱいだけど、平気、だよ。天坂くんと一緒に外に出て、良かったな、って」

 

 彩葉の正直な感想を聞いて、響は笑顔で頷く。

 響が彼女に惹かれているからというのもあるが、ただそれだけではない。

 不幸な事情が重なって心を閉ざし、家の中に引き篭もるようになってしまったという彼女が、少しずつ変わり始めている。それが響にとってはたまらなく嬉しいのだ。

 

「そういえば、今までは『天坂さん』だったのにいつの間にか俺を『天坂くん』と呼ぶようになったね。嫌じゃないんだけどどうして?」

「琴奈ちゃんから聞いたんだけど、私の方がひとつだけ歳上、だから」

「えっ!? そうだったの!?」

「うん、私の方がお姉ちゃん、だよ……ふふ……」

 

 なぜだか誇らしげに胸を張る彩葉の姿に、響はまた胸を締め付けられるようなときめきに苛まれた。

 そしてジュースを一口飲んで心を落ち着けつつ、響は再び口を開く。

 

「それじゃあ俺も『彩葉さん』と呼んでみようかな」

「えっ!?」

 

 彩葉はビクッと身を震わせ、パチパチと瞬きする。

 彼女の反応を楽しみつつ、響は彩葉の眼を真っ直ぐに見つめながら囁くように名を呼んだ。

 

「いいだろう? 彩葉さん」

「あ、あう……ちょ、ちょっと、待って。名前で呼ばれるの、結構恥ずかしい、かも……」

「その内慣れるよ。君も俺を名前で呼べば良いんだ、彩葉さん」

「ずるい……」

 

 先程までの様子はどこへやら、彩葉は顔を赤くして彼の眼から視線を外す。

 二人にとって大事な、そして楽しい時間が流れていた、その時だった。

 

「見つけたぞ天坂ァ!」

 

 そんな大声が、突然響の背後から聞こえて来た。

 振り返って見れば、そこには坊主頭の良く似合うゴリラのような大男が、剣道着を纏って歩いて来ていた。後ろには同じく剣道着姿の男女が集まっている。

 彩葉はその男の声に怯えながらも、小さな声で響に問いかける。

 

「だ、だれ……?」

後里 来十多(ゴリ ライジュウタ)先輩だ。今の剣道部の主将だよ、あんまり話した事はないはずなんだけど」

 

 不思議そうに首を傾げる響。それにも構わず、先程と同じような気迫と大声を来十多は発する。

 

「昨年の雪辱、晴らさせて貰うぞ天坂!!」

「何の事です? それより、あまり大きい声を出さないで貰いたいんですが」

「とぼけるな!! 昨年の学園祭で行われた『バーチャル・チャンバラ・バトル』で俺たち剣道部全員を一人で負かした事、よもや忘れたと言うのか!!」

「あー……」

 

 そんな事もあったな、というような、懐かしむような表情になる響。

 

「あれから俺たちは来る日も来る日も来る日も来る日も修行を積み、全国大会の団体戦でベスト4、個人戦において俺は日本一となった!!」

「そうなんですか!? おめでとうございます、いやまさかウチの剣道部がそこまで有名だったとは……」

「おうありがとう!! ……いやそうじゃない!! この学園祭で貴様を倒すまで、俺は日本一を名乗れん!! 勝負だ、天坂!!」

「あ、すいません今年はお断りします」

「そうだろうそうだろう……何ィッ!?」

 

 来十多も、集まった部員たちも一斉に目を剥く。そして慌てて、来十多は響に詰め寄った。

 

「き、貴様逃げるつもりか!?」

「いや、今年はそんな余裕はないのでやめておきたいだけです」

「ぬぅ……女か、女なのか!! そんなものにうつつを抜かして腑抜けるとは!! 見損なったぞ天坂!! そんなに彼女が大事か!?」

 

 ビシィッと人差し指を突きつけて来十多が怒りの声を上げると、響も彩葉も「いや、まだ付き合ってるワケじゃ……」と照れ笑いし始めた。

 

「えぇいそういうノロケはいらん!!」

「じゃあハッキリ言っておきますが、そもそも俺はVCB(バーチャル・チャンバラ・バトル)というゲームだから勝てただけですよ。普通にスポーツとして剣道であなたと勝負すれば間違いなく負けます」

「な……」

「あなたが剣道において日本で一番強いのは証明されたんだ、そんなに俺に拘る必要はないでしょう。素直に学年最後の学園祭を楽しんで下さいよ」

 

 彩葉との時間を邪魔されたくない響は、そう言ってパンケーキを口に運ぶ。

 一方、素っ気なく返された来十多はいよいよ我慢の限界が来たのか、茹でダコのように顔を赤くして叫んだ。

 

「えぇい!! ゲームの世界チャンピオンが、俺の挑戦から逃げるのかァ!!」

「……ほう」

 

 その場で話を聞いていた者全てが、喉元に刃を突きつけられたかのような、ゾクリとした感覚に襲われる。

 響の目付きが変わっていた。普段の朗らかな好青年といった表情から、相対する者を捻じ伏せる『チャンピオン』の顔に。

 

「そういう啖呵なら結構。挑戦を喜んで受け入れますよ、剣道部全員でかかって来て下さい」

「フン、ようやくその気になったか!! 良いだろう!! 待っているぞ!!」

 

 チャンピオンの響を前にしても怯む事なく、来十多は力強く頷き、その場を去った。

 響は元の表情に戻り、少しだけ恐怖している彩葉を振り返った。

 

「ごめんね、ちょっと行って来る。良かったら観戦してて」

「う……うん、がんばってね」

「ありがとう」

 

 彩葉の頬を優しく撫で、響は彼女と共に体育館へと選手登録に向かう。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「バーチャル・チャンバラ・バトル?」

 

 一方その頃、アシュリィと模擬店を巡っていた翔も、同じく体育館に辿り着いていた。

 

「あー、そういえば去年兄さんが参加したって言ってたっけ」

「ショウもやってみれば?」

「いいの? 結構時間かかると思うけど」

「うん。中で見てる」

「……分かった、じゃあ応援よろしくね!」

 

 そう言って微笑み、翔はアシュリィを伴って選手登録に向かう。

 会場に着くと、そこには軽音楽部などの演奏を聴き終わったらしい鋼作たちの姿や、合流した彩葉、そして鷹弘と陽子の姿も見えた。

 翔とアシュリィの姿を確認すると、一行は二人に向かって近付いていく。

 

「よう、どうしたんだ翔?」

「まさかお前、参加するのか?」

 

 鋼作と鷹弘が交互に訊ね、翔は深く頷いた。

 

「そっか。じゃあ久々にゲームで兄弟対決が見れそうだな」

「え?」

「響も参加してるんだよ。なんか剣道部から挑戦されたんだとさ」

 

 それを聞いて、翔の顔付きが変わる。

 あの兄が、自分の知る限り世界最強のゲーマーと、久々に真剣勝負する事ができる。

 仮面ライダーとしての戦いならば、洗脳状態とはいえ一度だけだが勝利を収めた。ならば、次はゲームで決着をつけたい。

 翔は自分の中から見る見るとやる気が湧いてくるのを感じ取り、拳を握り込む。

 

「じゃあ、負けられませんね!」

「おう。頑張って来い!」

 

 背中で応援を受け止め、登録を終えた翔はゲームの会場へと向かうのであった。

 

 

 

 バーチャル・チャンバラ・バトル。

 プレイヤー全員が武器を手に、最後の一人となるまで戦い続けるバトルロワイヤル形式のゲーム。

 基本的に三回攻撃を受けると敗北となるが、首から上・胸・股間に攻撃が一発でもクリーンヒットした場合、その時点で即脱落となる。

 初心者は槍や薙刀を使うと有利とされているが、リーチの長さだけでは全てを補い切れないため、よりプレイヤースキルの高い方が勝つ。

 プレイヤーは誰かと組んで戦ってもいいし、土壇場で裏切っても良い。

 制限時間は90分。二人以上生き残っている場合、被弾数の少ない者が勝者となり、それでも同じの場合は同時優勝で決着がつく。以上が、このゲームのルールである。

 

『それでは、準備ができたらボタンを押して下さい!』

 

 場内にそんなアナウンスが響く。公平を期すため、照明は落とされて全プレイヤーの現在地は把握できないようになっている。

 全員の準備が完了した。生き残りを賭けた試合が始まる。

 

「うおおおおおっ!! 天坂 響、覚悟ォォォッ!!」

「死ねェェェリア充野郎ォォォッ!!」

 

 気迫の叫びと怨嗟の声が混ざり合い、男女共に一斉に響へと降り注ぐ。

 剣道部だけでなく、響の事を快く思っていない者も参加しているようだ。

 だが――。

 

『うわあああっ!?』

 

 その全員が、前へと出た響のすれ違いざまの斬撃を、頭部や胸や股間に受けて脱落する。

 

「勝負を焦るな!! ただ突っ込んだだけで勝てる相手ではない!! 常にヤツが剣を振ったら死ぬと思え、守りに徹しろ!!」

 

 そんな中でも、一歩引いて響の様子を見ていた来十多が部員たちに声をかける。

 途端に剣道部の面々は冷静さを取り戻し、剣を構え直した。

 すると、響はニィッと唇を釣り上げる。

 

「流石、主将として活動してるだけありますね。今の一喝だけで纏めるとは」

 

 直後、瞬きする間に響が前線の部員たちとの間合いを大きく詰める。

 

「うっ!?」

「本気で行かせて貰います」

 

 守る間もなく、響の刃が部員の頭を割り、胸を貫き、股間を抉る。

 女子部員が背後から襲いかかってくれば振り返る事なく剣を後ろに向かって突き出して胸を刺し、挟み撃ちとなれば避けて同士討ちを企てた後に股を裂く。囲まれても大きく飛び上がって回避し、頭上から全てを斬り伏せる。

 襲い掛かって来るそれらの全てを、一撃の元に脱落へと追いやっている。響のあまりの強さに、来十多も舌を巻いていた。

 

「なんという強さだ……!! この日のために鍛え上げて来た精鋭たちを……!!」

 

 歯噛みする来十多。そんな彼へと追い打ちをかけるように、背後から悲鳴が木霊する。

 

「どうした!?」

「は、反対側から知らない一年が攻めて来てます!」

「何ィッ!?」

 

 目を凝らしてみれば、そこには二つの剣を構えた響と似た顔立ちの少年が立っている。

 翔だ。響との一対一の決戦を望む彼が、とりあえず人数の多いグループである剣道部を単独で潰しにかかっているのだ。

 こちらも響と遜色ない強さだ。このままでは響と刃を交える事なく敗北してしまう。

 

「他の参加者を蹴散らしている部員を集めろ!! 総力で後ろの小僧を迎え撃て!!」

「部長は!?」

「俺は……響を倒す!!」

 

 その宣告と同時に、部員たちは一斉に翔へ押し寄せ、逆に来十多は響へと単騎で向かう。

 一騎討だ。響もそれに応じ、剣を構え直して立ち向かう。

 

「いざ!! 尋常に!! 勝負ゥゥゥッ!!」

「ハアアアァァァッ!!」

 

 激しい音と共に、剣と刀がぶつかり合う。響が胸を狙って素早く斬り込めば刀身でそれを受け止め、来十多が頭を狙って刀を振り下ろせば、響は水平に剣を構えて攻撃を逸らす。

 両者一歩も譲らず、一撃必殺を狙う隙はどこにもない。しかし、三発当てれば勝ちとは言ってもそもそも被弾を許すような相手ではない。

 昨年の来十多は響に首を斬られて敗北してしまった。それを思えば充分に成長しているが、勝てなければ意味がないのだ。

 

「今年こそ……俺が、俺が勝つ!! ヌゥオオオオオッ!!」

 

 裂帛の気合と共に、大きく踏み出した来十多は大上段から剣を振り被る。

 流石にこれは防御しても受け止め切れない。そう判断して、自分も飛び込んで胸へと刺突を繰り出した。

 弾丸のように迫るそれは、来十多の斬撃よりも圧倒的に速く迸り、胸を貫く。

 

「あっ!?」

「申し訳ないが……俺は勝利を譲る気はない。ゲームでは特に」

「くぅ……無念!!」

 

 ガクリと膝をつき、来十多はゲームから脱落した。

 

「さて」

 

 響が、周囲の状況を確認する。どうやら参加者はほとんどが脱落したらしく、響以外で動く影は見当たらない。

 たった一人を除いて。

 

「やはりお前が生き残ったか、翔」

 

 嬉しそうに牙を見せ、響は剣を構え直す。

 翔もそれに応じるかのように双剣を振って、刃を交叉させる。

 

「勝負だ……兄さん!」

「来い!」

 

 兄弟の叫びが戦場に木霊し、剣と剣が激しくぶつかり合う。

 かくして、学園祭初日は終わりを告げるのであった。




「……以上で、会議は終わりとしましょう」

 同日、夜。
 上位Cytuberたちが集まるいつもの黒い空間の会議場で、スペルビアが言う。
 既に卓を囲める資格を持つ者は三名。ノーブル、プレデター、そしてハーロットを残すのみとなった。

「ようやく俺の出番ってワケか。たっぷり稼がねぇとなぁ、クククッ」

 笑いながらノーブルは胸の前に左手を掲げる。
 その腕には、今までとは異なる紫色のトランサイバーが装着されていた。

「この新型の性能を試す良い機会でもある。楽しみにしてな」

 ノーブルは席を立ち、会議場から姿を消した。
 背後で控えていた部下の松波・都竹・梅悟もその場を去ろうとするが、それをスペルビアが引き止める。

「少しよろしいですか?」
「プロデューサーが我々に……? 構いませんが」

 三人がスペルビアの後に続いて歩き、会議場の外の赤黒い光の壁に囲まれたサイバネティックな広間に出る。
 彼らの面持ちは不安そうなものであった。今日まで戦いの日を遅らせてしまったのは、ノーブルが『都竹と梅悟の負傷が完治するまで待って欲しい』と進言したからだ。つまりノーブルだけでなく他のCytuberの足も引っ張ってしまった、これは大いに問題となる。
 しかし振り返ったスペルビアは、予想に反して笑いながら二つの物体を取り出して三人に見せる。
 それは先程ノーブルが見せたものと同じ型のトランサイバーと、フラッド・ツィートのマテリアプレートであった。

羨望(Jealous)の座が空いてしまいました。そこで、新しく上位Cytuberをあなた方の内の一人から任命しようと思います」
「我々が!?」

 目を剥いて大きな声を上げる松波。都竹と梅悟も、大いに驚いていた。

「あなた方ならば資格があると思いましてねぇ。誰が立候補するのかはお任せしますが、次の戦いが終わるまでに良く検討しておいて下さい」
「は……はい!」
「あぁ、それから。仮面ライダージェラスが戦闘した際のデータを元に、新たに三枚のマテリアプレートを用意しました。こちらもお使い下さい」

 そう言って一人に一枚ずつプレートを手渡した後、スペルビアは「では」と一礼してから姿を消す。

「ついに来たか……ようやく、ノーブル様と並び立ってお支えする事ができる」
「がっはっはっ! 検討しろと言っていたが、ここはやはりリーダーのお前だな!」

 大笑いしつつ、梅悟は松波の背をバシバシと叩く。松波も頷き、新たに手に入れたプレートを握って「お前たちにも期待しているぞ」と言い放つ。
 一方、左目を負傷し顔の左半分に包帯を巻きつけた都竹は何も言わない。傷だらけの顔を押さえ、ただ頷いているだけだ。

「あのお方のためにも、より一層奮闘しなくてはな」
「ああ、ここで結果を出すぞ!」
「ええ、ええ。そうですねぇ……」

 三人はそれぞれの思いを胸に、自分たちも会議場を後にするのであった。


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EP.32[絢爛なる大欲]

 帝久乃学園で催されている学園祭の最終日。
 翔はこの日も、チャイナドレスを着て接客をしていた。
 しかしその女装は今日で終わる。ハッキリ言ってこの服装は全く慣れなかったが、そう思えば翔は幾分か気持ちが楽になった。

「あ、いらっしゃいませ」

 今日もまた、教室の扉が開く。
 現れたのは二人の少女で、一人は膝裏まで黒髪を伸ばしており、もう片方は金髪を左右に結っている。また、二人共ミニスカートに白いセーラー服を纏い、どこか妖艶な雰囲気を醸し出していた。
 服装や背格好から考えても年齢はほぼアシュリィと近い、黒髪の方が14歳で金髪の方が15歳だろうと翔は思った。

「二人で来ましたー」
「ここでチャイナドレスのカワイイお兄様たちとお姉様たちを見物できると耳にしまして」

 嬉々として翔の顔と全身をまじまじと眺めながら、二人の少女が言う。
 最近は変わった趣味の子が多いのだろうかと思いつつ、翔は彼女らを空いた席へと案内する。

「はい、二名様ご案内です」

 少女たちを着席させ、注文を承ってから翔はその場を離れる。

「アレがママの言っていたアマサカ ショウ、仮面ライダーアズールね」
「素敵な殿方ですわね、イジメ甲斐がありそうで……」

 金髪の少女フィオレと、黒髪の少女ツキミが交互に言った。
 フィオレは彼の背中を眺めて舌舐めずりをし、ツキミの方はほぅと妖しく息を吐いてほんのり頬を染めている。

「フフッ、まだダメよツキミ。ママから怒られちゃう」
「お姉様こそ、味見をしてはいけませんわよ。彼にはまだまだたくさん溜め込んで貰わないと……」
「いつかはあたしたちの『王子様』になるんだけどねー。搾り取るのはそれまで待たなきゃ」

 いたずらっぽく笑い合うフィオレとツキミ。
 数分の後、翔が再びその場に姿を現し、二人の机にジャスミン茶とお茶請けのゴマ団子を出した。

「お待たせしました」

 ツキミはじっとゴマ団子を眺め、フィオレと共に口に運び、そして茶を飲む。
 瞬間、甘味と茶の味が絶妙に口に合ったらしく、二人の顔がパァーッと輝いた。あまりにも嬉しそうだったので、翔も思わず笑ってしまった。
 あっという間に彼女らは茶を飲み終え、席を立って翔の腕に抱きつく。

「お兄ちゃん、今日はありがと」
「……へ?」

 呆気にとられる翔。フィオレが、翔の腕を引っ張って頬に口づけしたのだ。
 それを見て、ツキミは頬を膨らませる。

「もうっ! ズルいですわお姉様ったら!」

 そして、フィオレと同じように腕を引き、今度は翔の耳を食むようにキスをした。

「えっ、えっ!?」
「では私もここで。さようなら」

 学園祭最後の日に訪れた二人の少女。彼女らの突然の行動に、翔は呆然として、背中を見送るしかなかった。


「って事があったんですよ」

 

 ホメオスタシスの地下研究施設の休憩所にて、鷹弘や響や浅黄といった仮面ライダーの面々とテーブルを囲む翔。翠月は現在パトロール中で、この場にはいない。

 鷹弘はコーヒーを飲みながら、片眉を釣り上げて口火を切る。

 

「……お前、マジでロリコンになっちまったのか? 女子中学生相手にそんな……」

「いやいやいやいや!? 違いますよ、伝えたいのはそういう事じゃないです!」

 

 慌てて立ち上がり、翔は弁解する。すると鷹弘は唇を釣り上げてまた一口コーヒーを飲んだ。

 

「冗談だっての」

「止めて下さいよほんとに……」

「けど実際、お前アシュリィの事どう思ってんだ?」

 

 鷹弘に真剣な声色で問われ、思わず翔は背筋を伸ばす。響も固唾を呑んで返事に耳を傾けている。

 

「どう、って」

「そのままの意味だ。ずっと同じ屋根の下で過ごして、まさか何も思ってねェって事ねェだろ。自分が居場所になるとまで言って、裸まで見といてよ」

「裸に関しては事故なんですけどね!? でも、そうですね……どうなんでしょう……」

 

 眉を寄せ、腕を組んで天井を見上げる翔。妙に言葉を濁すので、鷹弘は当然訝しんだ。

 

「オイオイ、自分の事だろ? なんでそんな曖昧なんだ」

「いや、正直……初めて出会って、記憶喪失なんだって知った時からずっと、自分が守ってあげたいなって思ってたんですよ。でも、それがそういう感情から来るものなのか、それとも自分と重ねていたのか……いまひとつ確信が持てないというか」

「ふーん……」

 

 翔と響は孤児だった過去があるのは鷹弘も知っているので、それはそれで納得してしまう。

 二人の話す様子を見ていた響は、鷹弘に続いて翔へと質問を投げかけた。

 

「でも翔、アシュリィちゃんに随分懐かれてるだろう? 時々腕にしがみつかれたりもしてるな。そういう時に、何かこう……何か感じたり思ったりしないのか?」

「欲情ってこと?」

 

 横から浅黄が口を挟み、響は慌てて「いや、そこまでは言ってない!」と訂正する。

 対して、翔の方は苦笑いしながらも頷いている。

 

「そういう時はビックリするというか、ドキッとする。男だからね僕だって」

「そうか。それはなんというか、安心したな」

「……兄さん、自分がちゃんと相手いるからって余裕ぶってない……?」

 

 突然の反撃。コーラを口に含んでいた響は、思わずむせてしまった。

 

「か、からかわないでくれ。俺たちはまだ正式にお付き合いしているわけでは」

「ほー……『まだ』ねェ?」

「静間さんまで!?」

 

 鷹弘と浅黄はニヤニヤしながら、響を見つめている。

 そんな時だった。浅黄の持つN-フォンに、翠月からの通信が届いた。

 

「もしもし?」

『浅黄、今研究所か!? 緊急事態だ!!』

「……何があったの?」

 

 彼の口調からただ事ならぬ様子を感じ取り、浅黄だけではなく翔たちも表情を変える。

 しかし翠月は説明しづらいのか、それとも自分でも上手く説明できないような状況になっているのか、とにかく詳細は明かさなかった。

 

『急いで病院に来い! 近場ならどこでも良い!』

「分かった、すぐ行くよ」

 

 こうして翔たちは、アシュリィと調査員たちを伴って、ホメオスタシスが傘下としている帝久乃市の病院まで足を運ぶのであった。

 

 

 

「なんだ、こりゃ……」

 

 十分後、病院の前にて。

 その惨状を目の当たりにした鷹弘が、呆然と呟く。

 病院は、建造物や敷地がそこから丸ごと『消失』していた。と言っても単に消えたワケではなく、まるでカーテンで遮られたかのようにノイズで覆われ歪んでいるのだ。

 そしてノイズの向こう側に見える景色は、その空は、青色ではない。サイバー・ラインのものと同じ、ドス黒い色彩だ。

 

「ウソでしょ……!?」

 

 驚きながら、浅黄はノイズの広がる空間に手を伸ばす。すると、指先から順番にその右腕がズブリと中に入り込んだ。

 

「うっ!?」

 

 慌てて腕を戻す。案ずる必要もなく、右手はちゃんと繋がっている。

 

「これ、間違いなくサイバー・ラインに繋がってるって事だよね」

「だろうな。まさか、現実世界にまで侵蝕するとは。いよいよ向こうも本気になったようだ」

 

 翔と響がそんな会話をしていると、ホメオスタシス調査部隊員用のワゴン車の中から、男が一人顔を出した。

 

「どうやら開業医のような個人事業を除いて、帝久乃市内の他の病院も全てが同じ状態になっているようです!」

「マジかよ……あぁそうか、だから警視はどの病院でも良いっつったのか」

 

 病院が封鎖された事に軽くショックを感じながら、鷹弘は頭を抱える。

 そして周辺を見回していた翔は、そんな彼に話しかけた。

 

「英さんは見当たらないですね」

「中に入るしかなさそうだな」

 

 一同は顔を見合わせ、ワゴン車と共にノイズのカーテンへと飛び込んだ。

 そうして辿り着いた先で、一行は再び驚愕する事になる。

 

「こ、これは……!?」

 

 到着の直後、突然、眩い光が目を覆う。

 しかし視界が妨げられたのはほんの一瞬の事で、すぐにその領域の全貌が明らかとなった。

 綺羅びやかなネオンの装飾と、建ち並ぶ豪奢な施設。

 一言で表すならば、そこはマカオやラスベガスなどにある娯楽場、即ち『カジノ』そのものだ。領域内の全ての施設がホテルかカジノになっている。

 

「病院がカジノ、とはな」

 

 響が努めて冷静に言い放つ。周囲をよく見てみれば、何も知らずに病院へ向かってこの世界に迷い込んだ人々もいるようだ。そして、帰り方が分からずに立ち往生している。

 その人混みから少し離れたベンチには、翠月の姿もある。翔たちに気付くと、ゆっくりと歩み寄って来た。

 

「状況は分かっているだろうが……思った以上にかなりマズい事になっているぞ。本来病院にいた医師や看護師、患者たちがカジノの中に囚われているようなんだ」

「なに!?」

 

 翠月の言葉に、鷹弘は大いに驚いた。

 病院という存在が帝久乃市から消えてしまった今、患者が野放しになっているのは非常に危険だ。下手をすれば命に関わる。

 

「ここは人命救助を最優先に行動すべきですね」

「ああ。全員、建造物内を探査しつつ、まずはこの場にいる人々を元の世界に――」

 

 鷹弘がホメオスタシスのメンバーに指示を出そうとした、その時だった。

 

「その必要はないぜ」

 

 そんな男の声が、目の前のカジノの方から響いて来た。

 見れば、そこには三人の男女を引き連れて歩く、白いフォーマルスーツと同じく白いファーコートを纏った、純金フレームのサングラスを装着している男がそこにいる。

 一行は直感した。この男が、この領域を作り上げた張本人であると。

 そして共に歩いている黒いスーツの三人組は、松波・都竹・梅悟。ヒュプノスだ。

 

「俺様の名は大欲のノーブル。Cytuberで一番の金持ちだぜ」

 

 名乗りを上げた瞬間、翔たち五人は一斉にノーブルを取り囲む。

 

「おーっとォ!? いきなりやる気じゃねーの、ギャハハッ」

「当然だ。貴様を倒せば人々は解放され、病院も元に戻るのだろう。のこのこと姿を見せたのは失敗だったな」

「そうかな? そう思うなら殴ってみろよ」

 

 翠月の言葉に対して、挑発的に言葉を返すノーブル。ヒュプノスの面々は後ろに控えたまま動かない。

 すると、翠月は一切の警告もなく、いきなりノーブルの顔面めがけて回し蹴りを繰り出した。

 だが――。

 

「何っ……!?」

 

 脚が、顔の前でピタリと止まる。翠月が再び力を込めようとしても、何度試しても同じだ。

 ジェラスと戦った時と同じ力だろうか。翔は、じっと目を凝らすものの、あの時のようにバリアのは存在しないようだった。

 

「バカなヤツらだな。わざわざ無策で出て来るワケねぇだろ? この俺様を攻撃できないと分かっているからこそ来てやったんだよ」

 

 からからと笑いつつ、ノーブルは説明を始めた。

 

「この領域では『暴力や窃盗のような他人へ危害を加える行為は禁止されている』……施設の外であろうと、だ。つまりカジノ内で俺にゲームを挑まない限り、触れる事さえ許されない。尤も、俺たちも客人に無礼を働く事は許されないが」

「随分、懇切丁寧に説明してくれるじゃねェか。どういうつもりだ」

「俺様は支配人だ、説明の義務があるし、公正なゲームが望みでねぇ。まぁどちらにせよ、お前らじゃ俺様との勝負の舞台に立てねーがな」

「あァ?」

 

 ノーブルは自信に満ち溢れた笑みを見せながら、パチンッと指を弾く。

 すると、その右手にプラチナカラーのカードが握られた。どうやら、会員証のようだ。

 

「この領域にはさっき説明したようなルールが様々に存在する。そして、その内の一つが『メンバーズカードがなければ施設内の設備を利用する事はできない』……つまり門前払いされるだけだ。そしてそのカードは、カジノの中でしか手に入らないぜ」

「なんだと!?」

「つまり、今のお前らじゃ最初から俺様と戦う資格なんかないって事だ。残念だったなぁ?」

 

 余裕の態度で踵を返すノーブル。ヒュプノスの三人もそれに続く。

 背を向けているというのに一切仕掛ける事ができずに見送るしかないという事実に、一行は歯噛みした。

 ただひとり、響を除いて。

 

「今の俺たちでは、と言ったな」

「兄さん?」

 

 ノーブルがピタリと足を止めて振り返り、サングラスを外して目を細める。

 そして、響はそんなノーブルへと真っ直ぐに指を突きつけた。

 研ぎ澄まされた刃のような、チャンピオンの目で。

 

「俺は挑まれたゲームから逃げるつもりはない、首を洗って待っていろ」

「ほぉーう。それは、クククッ……楽しみだ」

 

 そう言うと、ノーブルは正面にある巨大なカジノの中へと姿を消した。

 アシュリィは訳が分からないとでも言いたそうに首を傾げ、響に話しかける。

 

「キョウ、今のはどういう事?」

「簡単な話だ。ヤツはメンバーズカードがなければ設備を利用できず門前払いされ、そしてそれは中でしか入手できないと言った」

「うん、だからカードがないと中に入れないんだよね?」

「そこが違う」

「え?」

 

 またもアシュリィは頭上に疑問符を浮かべるが、翔たちは彼が何を言わんとしているのかを理解したらしく、数度頷いていた。

 

「ヤツは『設備を利用できない』と言ったが、一方で『メンバーズカードがなければカジノ内に入れない』とまでは言っていない。つまり、それは『会員でなくとも入る手段がある』という事だ」

「あ……! で、でも門前払いされるって言ってたよ!?」

「施設が利用できないなら入る意味がないからね。それに、門前払いされるのは普通に入口から入った場合だ。浅黄さん」

 

 響が振り返ると、マテリアパッドを操作していた浅黄は、人差し指と親指で右手に丸を作ってニヤリと笑う。

 

「もう調べたよん。正面はベーシックタイプのデジブレインが警備してるから無理だけど、裏口を見つけた」

「ちょっと待て、だったらそのデジブレインをブチのめせばいいんじゃねェのか?」

「あーそりゃダメダメ。さっき言ってたでしょ、暴力は認められないってさ。アレ、別にノーブルに限った話じゃないと思うからさ」

「んー……まァ、そうだな。下手な事して騒ぎを大きくする必要はねェか」

 

 鷹弘は納得した様子で唸りながら頷き、続いて翠月が口を開いた。

 

「しかし、ノーブルはなぜ我々にそんな助言のような事を? 公正なゲームを望んでいると言っていたが、そこまでする必要はないだろう」

「恐らくですが、彼自身が『説明の義務がある』と言ったように、それもルールなのかも知れません。我々に破れないのと同じで、彼自身も破る事ができない」

 

 響の推察に、翠月も納得する。

 ともかくこれで方針は固まった。鷹弘は顔を上げ、全員に指示を出した。

 

「ひとまずこの場にいる帝久乃市の住民を元の場所に帰して、調査員は拠点を立てるぞ。場所はここでいい」

「ここで大丈夫なんですか?」

「ああ。連中もルールを破れないのだとすれば、施設外では絶対に襲われねェ。逆に利用してやるのさ」

 

 鷹弘は唇を釣り上げ、全員を見据える。

 

「避難誘導が終われば次は侵攻戦だ、気合い入れろ!」

『了解!』

 

 

 

 約10分後。

 避難誘導と拠点建造を終えたホメオスタシスの一行は、仮面ライダーに変身する五人とアシュリィが侵入組を担当し、浅黄の案内に従って巨大カジノの裏口に辿り着いた。

 扉はあっさりと開き、容易く侵入する事ができた。どうやら従業員用の通路らしく、照明も点いており掃除などの手入れはされているようだ。

 

「さて、見つけたは良いが……」

 

 ずんずんと奥に進んでいく鷹弘たちだが、ここで問題が発生した。

 警備員が六人ほど巡回しているのだ。それもデジブレインではなく、黒いスーツを纏う生身の人間が。

 今は翔たちも曲がり角で身を隠しているが、このままでは鉢合わせになってしまうだろう。

 

「あいつら一体何者だ?」

「進駒くんが言ってた、ノーブルの私兵……じゃないでしょうか。彼らもCytuberなんだと思いますよ」

「どいつもこいつも黒スーツ着やがって、MIB(メン・イン・ブラック)かっての」

 

 舌打ちをする鷹弘。どうするべきかを考えていると、浅黄が小さく口を出した。

 

「これ、見つかったらどうなるんだろうね」

「ノーブルは『客人に無礼を働く事はできない』と言っていました。ですが今の俺たちは侵入者、彼らにとっては客ではなく、害のある立場です」

「って事は……つまり~」

「戦うしかないんでしょうね」

 

 そう言って響はマテリアフォンを取り出してドライバーをコールする。

 この状況ではやるべき事はひとつだ。他の面々も、同じようにドライバーを装着して飛び出した。

 黒服たちは一行の姿を目にすると、慌てる事なくガンブライザーとマテリアプレートを懐から手に取った。

 

「侵入者発見!」

「排除を開始する」

 

 彼らの言葉を聞いて、翠月と鷹弘は鼻を鳴らす。

 

「お前たちから仕掛けてくれるなら好都合だ」

「やれるモンならやってみやがれェ!」

 

 そう言って、アシュリィが後ろに下がって五人はマテリアプレートを起動。

 さらに翠月・浅黄はアプリチューナーを操作し、それぞれパワフルチューンとテクニカルチューンをセットする。

 

《ユー・ガット・メイル!》

『変身!』

「変……身!」

《ノー・ワン・エスケイプ!》

「変身」

「変ー身っ!」

Alright(オーライ)! マテリアライド!》

Oh YES(オゥ・イエス)! マテリアライド!》

 

 アプリドライバーを持つ三人がマテリアフォンをかざし、翠月と浅黄はセンサーをタッチ。

 五人の体がスーツで覆われ、変身が始まる。

 

《蒼天の大英雄、インストール!》

《最速のガンスリンガー、インストール!》

《迷宮の探索者、インストール!》

《闘龍之技、アクセス!》

《義賊の一矢、アクセス!》

 

 五人の仮面ライダーが出揃い、各々武器を構えた。

 直後に、敵勢の黒服たちはガンブライザーを装着し、マテリアプレートを起動して装填する。

 

Cytube Dream(サイチューブ・ドリーム)……マンティス!》

《ハイエナ!》

《ホエール!》

「各員、侵入者を拘束せよ!」

Goddamn(ガッデム)! マテリアライド!》

 

 デジブレインが黒服の男たちの体内に寄生し、姿が書き換わっていく。

 そうして現れたのは、鋭い刃を腕に生やしたカマキリのデジブレイン、鋭い牙と爪が特徴的なハイエナのデジブレイン、三叉の槍を持つ巨体のクジラのデジブレイン。それぞれ二体ずつだ。

 

《マンティス・デジブレイン! パラサイトコード、ダウンロード!》

《ハイエナ・デジブレイン! パラサイトコード、ダウンロード!》

《ホエール・デジブレイン! パラサイトコード、ダウンロード!》

 

 デジブレインへの変異が終わった瞬間を合図に、戦いが始まる。マンティスとハイエナが一体ずつ真っ先に飛び出し、一番戦闘能力に乏しいザギークを狙った。

 

「うひゃっ!?」

 

 驚いてザギークはマンティス・デジブレインへとスタイランサー・ボウガンモードの矢弾を放つが、苦し紛れの一撃はマンティスの鎌によって弾き飛ばされる。

 そして、間隙を縫ってハイエナが飛びかかるが、そこへアズールと雅龍が割って入った。

 ジェラスとの戦いの折に砕け散ったアズールセイバーV2も今は完全に修復されており、アズールセイバーとの二刀流と雅龍の操るスタイランサー・スピアーモードがハイエナ・デジブレインを退けた。

 

「やらせない……!」

 

 二つの剣を突きつけ、アズールは宣告する。直後、地面に亀裂が走り、勢いよく水の弾丸が噴き出してアズールと雅龍を押し飛ばす。

 

「くっ!」

「やるな……!」

 

 見れば、ホエール・デジブレインが床に槍を突き刺している。そこから水を放出し、水圧弾でアズールたちを攻撃したのだ。

 態勢が崩れたと見るや、好機と判断して二体のハイエナがアズールたちへと一気に飛びかかる。しかし、それは彼ら仮面ライダーの狙い通りだった。

 

「オラァッ!」

「ハアァッ!」

 

 リボルブとキアノスが、ハイエナへ銃撃を行う。

 不用意に仕掛けたハイエナたちは雨霰と飛んで来るデータの銃弾での反撃により、たちまち膝をついてしまった。

 

「ぐっ!?」

「おのれ……!」

 

 追撃するはずが逆に窮地となってしまったハイエナを、マンティスとホエールたちがカバーに向かう。

 しかし、その四体へと今度はインクの矢弾が撃ち込まれる。

 ザギークだ。フォレスト・バーグラーのアプリが持つ毒の力により、マンティスたちの手足が痺れて動きが鈍くなっていく。

 

「今がチャンスだよ!」

「総攻撃だ!」

 

 五人全員が武器を手に、四方八方から縦横無尽に攻撃を仕掛ける。

 マンティスの鎌が砕け散り、ハイエナの爪も割れ、ホエールの槍が圧し折れるのと同時に、トドメとばかりにアズールは剣を組み合わせて必殺技を発動した。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ブルースカイ・サイクロンマテリアルスラッシュ!》

「そぉりゃあああっ!」

 

 両刃の剣が斬撃の嵐を巻き起こすと共に、デジブレインたちの変異が解除され黒服の姿に戻る。

 

「ぐああああっ!?」

「くそっ、一度退却だ!」

 

 黒服の一人がそう言うと、全員がノーブルの見せたものと同じ形の、しかし色は銀となっているメンバーズカードを掲げる。

 直後にフォトビートルがシャッター音と共にフラッシュで目眩まししようとするが、サングラスをかけている彼らは止まらない。六人の姿が光と共に消え去ってしまった。

 どうやら黒服たちは、どこかに転送されたようだ。安全を確認して全員変身を解除した。

 

「あの会員証、あんな風にも使えるのか……」

 

 ふむ、と口元を手で覆って響が呟く。

 そんな中、浅黄は余裕の表情で笑い声を上げた。

 

「ふっふーん、この程度の相手ならもう楽勝だねぇ?」

「いや、油断はできません。むしろ今のが単なる巡回なんだとしたら、この先にいる相手はきっと手強いですよ」

 

 翔は彼女とは逆に憮然とした表情で腕を組んでいる。

 鷹弘も、彼の意見に首肯した。

 

「連中は恐らくあの三人組と同じで改造手術をしているはずだぜ。明らかに、動きがデジブレインのそれと違うからな」

「私も同じ意見だ。きっとあの三人も、さらなるパワーアップを果たしているはずだ……油断は禁物だぞ、浅黄」

 

 翠月からも指摘されると、浅黄は不満そうに唸りつつも黙ってしまう。

 続けて、鷹弘が「そうだ」と翔に話しかけた。

 

「一応言っておくが、V3は使っても『あの力』には極力頼るなよ」

「まぁ、結構負担が大きくて体力を持って行かれますからね。しっかりペース配分も考えないと」

「……あぁ、そんなところだ。特に今回は何もかも今までと違うからな、使わないに越した事はない」

 

 鷹弘は言葉を詰まらせてしまうものの、訂正する事もなく慌てずに肯定した。

 翔の中に宿るアクイラの力、それを彼に悟られるワケには行かないのだ。

 そのまま鷹弘は「ところで」と切り出し、話題を変える。

 

「警備員と会う度に戦いになるんじゃキリがない。なあ、本当にこのまま通路を進んで大丈夫なのか?」

「ここに絞り込んで探索するのにも限界がありますからね。しかし、カジノである以上は間違いなく中にも警備員がいるでしょうけど……」

 

 うぅむ、と響が唸る。翠月たちも考え込むが、良い案は浮かばない。

 すると同じように考えていた翔は、顔を上げてぽつりと呟いた。

 

「メンバーズカードだ」

「翔?」

「僕らが問題を起こさない限り、恐らく向こうは客人には手を出せない。なら、カードを手に入れて『侵入者』じゃなくて『客』という立場を得る事ができれば……」

「向こうもそう簡単には手出しができない、というワケか。なるほど」

 

 無論、従業員用のエリアに侵入している場合はメンバーズカードも意味を為さないだろう。

 しかし中の探索を有利に進める事ができるという利点がある以上、入手しない理由はない。一行は、メンバーズカードを求めて歩き始めた。

 

「でも、一体どこにあるんだろうね?」

「そこでウチの出番よ」

 

 にひひ、と笑いながら浅黄はアシュリィの疑問に答える。

 マテリアパッドからケーブルを伸ばし、フォトビートルとレドームートンに接続。そして、フォトビートルの中に記録されている画像データがレドームートンへと転送されていく。

 

「本当は黒服に見つからないようにする為にさっきのカード撮っておいたんだけど、いやぁ結果オーライだね。こうして同じ形のモノを探査すれば……はい、出た!」

 

 浅黄が周辺の地図を表示させる。

 従業員用の通路や各部屋の前にはいくらか赤いマーカーが表示されており、それらは何かを探すようにゆっくりと動いている。

 

「この赤いのがメンバーズカード。動いてるって事はさっきと同じ黒服だねぇ~」

「結構巡回してやがるな」

「で! この中で一歩も動いてない、多くカードが固まってる場所を見つければいいってワケ!」

 

 そう言って、浅黄は指を彷徨わせてから「ここ!」と一点を指差す。

 確かに他の部屋よりも僅かに広く、カードが固まって置いてあるようだった。しかし、この部屋に行くには問題がある。

 

「確かにこの場所のようだが、入口に警備員がいるぞ」

「それに、向こうもカードを作る事は読んでるでしょうから、戦って増援が来る可能性も高いですね。流石に何人も相手にするのは……」

 

 翠月と翔の指摘した問題点には浅黄も気付いており、頭を掻いて「そうなんだよねぇ」と悩み始める。

 どうにかして入口にいる者たちを排除しなくてはならない。しかし、騒ぎが大きくなれば増援も増える一方。戦っても戦ってもキリがないだろう。

 すると鷹弘は、ニヤリと笑って五人に語りかける。

 

「だったらそんなに難しい話じゃねェな」

「え?」

「俺に良い作戦があんだよ」

 

 

 

 数分後。

 従業員通路の中にある部屋の内のひとつ、事務室の前に立つ四人の黒服たちは、ホメオスタシスの姿を探して警戒を続けていた。

 この部屋には、メンバーズカードを製造する機材がある。万が一にもこれを使われてしまえば、彼らのカジノへの侵入を許す事になる。

 それ故、事務室への警戒態勢は他の部屋よりも一層厳しいものになっている。

 

「ノーブル様の夢は決して砕かせてはならない。常に警戒を怠るな」

「しかし、ヤツらにあの御方を倒せるとは思えませんが」

「今までに敗北したCytuberの配下たちも、きっとそう思っていただろうな。だが我々は違う、違っていなければならない。油断して足を引っ張ってしまっては申し訳が立たん……!」

 

 そんな会話を交わしていた、その時だった。

 突然、廊下の照明が全て消えてしまった。

 

「うわっ!?」

「な、なんだ何事だ!? 停電か!?」

 

 通路が暗くなって視界が完全に塞がれているため、警備の黒服たちは騒然とする。

 その約八分後、すぐに明かりは戻った。周囲の様子に変化は見られない。

 しかし、事務室の前に控えていた四人は血相を変えていた。今の騒ぎに乗じて、ホメオスタシスたちが侵入した可能性を察したからだ。

 

「中を調べるぞ!」

「了解!」

 

 四人は部屋に雪崩込んだ。

 だが、そこに翔たちの姿はどこにも見当たらない。

 

「いないようだな」

「まぁ、考えてみれば連中がこの部屋の詳細を知っているとは思えませんからね」

「だが他の部屋で何かアクションを起こした可能性はある……一度巡回警備を強化するぞ、ヤツらが何かする前にこちらで打って出る!」

「了解!」

 

 黒服三人が敬礼し、扉を閉めて全員が分かれて廊下を駆け抜ける。

 部屋の中で声を聞く前に。

 

「上手く行ったな」

 

 ズルリ、と天井が溶け、白いゲル状の物体に変わる。

 その中から姿を現したのは、翔たち六人のホメオスタシスのメンバーだ。翠月の手にはスタイランサーが握られており、さらにOracle Squad(オラクル・スクアッド)のプレートが装填されている。

 これが鷹弘の立てた策だ。まずはプレートの効力で視界から消え、次に浅黄が通路の照明にアクセスして明かりを落とす。

 そして暗くなった瞬間、事務室に入り込んでスタイランサーを使い、インクを噴出して天井に移動。能力に寄って視界から遮断し、張り付く。

 こうする事で、翔たちは黒服の目から容易く逃れたのだ。

 柔らかいゲルの上に、鷹弘らは音もなく着地。そして、静かに室内の調査を始めた。

 

「ここにメンバーズカードがあるはずだが……」

 

 翠月はそう言って、机の中や棚を開く。

 すると、すぐに棚の引き出しに入っている小箱からカード自体は発見できた。

 箱の中に三十枚ほどをひとつに束ねていくつも並べてあるが、ノーブルや黒服たちが持っていたものと違い、緑色のカードだ。

 

「これを持っていればいいのか?」

「いや、待って下さい。これ、表にも裏にも何も書いてないですよ?」

 

 人数分だけ緑のメンバーズカードを手にした鷹弘が翔と話している最中、様子を見ていた浅黄は自分もカードを抜き取った。

 そしてマテリアパッドを使い、詳細を調べ始める。

 

「あー、なるほどね……うんうん。このカード、今はデータが何も詰まってないみたいだね。専用の機械が必要みたいだ」

「これですか?」

 

 そう言って、翔は机の上からカードリーダーのようなものを拾い上げる。

 

「おー、それそれ! じゃあウチが作っとくね」

「頼んだ。響、一応音を聞かれないようにこいつで頼むぞ」

 

 鷹弘は再びOracle Squad(オラクル・スクアッド)のマテリアプレートを手に取り、それを響に渡す。

 そして響がフェイクガンナーを使い、その場に無音の空間を作り上げるのであった。

 しばらく時間が立った後、カードリーダーによって各々の名前が刻まれた六つのカードが製造される。しかし、これらはやはり今までに見たものと色が違っており、緑から銅に変わっている。

 

「どうなってるんだ? 何か差があるのか?」

「んー、現物がこれだけじゃウチにもなんとも言えないなぁ。それに、なんかちょっと変だよ」

「変?」

 

 翠月が訝しむと、浅黄は眉をしかめながらマテリアパッドから彼の顔に視線を移す。

 

「なんか分かんないけど、中にカジノで使うチップみたいなのがデータとして入ってるんだよ。でも真っ白で、金額も何も書いてない」

「どういう事だ……?」

「……ま、とりあえずここから出てから考えようか。これで正面から入れるはずだし」

 

 浅黄の言葉に一行は賛成し、再び隠れ潜みながら、建物の外へと脱出するのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 その後、カジノの入口にて。

 メンバーズカードを入手した翔たちは、警備員のデジブレインたちにそれを見せて素通りし、巨大カジノ内へ入る事に成功した。

 カジノのロビー中央にはエレベーターが備え付けられており、スイッチの下にカードリーダーが設置されている。

 到着した瞬間、拍手の音と共にモニターにノーブルの姿が映し出された。

 

『おめでとう。どうやら最初の課題(ゲーム)をクリアしたようだな、見直したぜ』

 

 翔たちが身構える。しかし、周囲を巡回している警備のデジブレインが攻撃を仕掛けてくる様子はない。

 

『安心しな。今のお前らは大切な客人だ、ここで戦いを仕掛けるのはカジノの流儀に反する』

「だったら、一体何の用だ? わざわざ挨拶しに来ただけってワケじゃねェだろ」

『ギャハハハッ! ここまで辿り着いたお前らに教えてやる事があるだけさ』

 

 そう言って、ノーブルは頬杖をつきながら豪奢な椅子にもたれかかった。

 

『カードはいくらかランク付けされている。未記入で何にも使えないまっさらな状態のグリーンカード、使用可能状態だが一番低ランクのブロンズカード、その後にシルバーからゴールドと続き、この領域の支配者である俺だけが持つのがプラチナカードだ』

「なぜランク付けが必要なんだ?」

 

 響からの質問を受けてノーブルは頬を歪ませる。

 

『このカジノではランクによって入場できるフロアが変わるんだよ。そして種目やレートもフロアごとに違う……お前らの持つブロンズじゃ、俺のいるフロアへの移動は許可できないって事だ』

「中に入ってもそんなルールがあんのかよ」

 

 ノーブルの領域に入ってからというもの、完全に向こうのペースになっている。

 面白くない、とばかりに鷹弘は舌打ちをする。

 

『ひとつ良い事を教えてやろう。お前たちの持つそのカード、条件を満たせばランクをひとつずつ上げる事ができるぞ』

「条件?」

 

 顔を上げて訊ねるアシュリィ。

 するとノーブルは深く頷き、床に置いてあるアタッシュケースを勢い良く机に放り出して、それを開いた。

 中には山程のカジノチップが入っており、片手を使って無造作に掴み取る。

 

『金だ。カジノで勝ち続け、このチップをカードにチャージしろ……一人でも条件の額を満たせば、お前ら六人全員のカードをランクアップしてやる』

「ほう……良いのか、随分我々に有利な条件のようだが」

『複数人で挑まれた以上、それがルールなら仕方ないさ。せいぜい頑張りな』

「待て、条件の額はいくらだ」

『おおっとそうだったな。安心しろ、それはブロンズレートエリアの受付に行けばすぐに分かるぜ』

 

 そうして『あばよ』と言って、今度こそノーブルは通信を打ち切った。

 一行は言われた通り、ブロンズレートエリアへと足を進める。

 受付にはデジブレインが立っている。どうやらここでチップを金や商品と交換できるらしく、シルバーカードへのランクアップもできるようだ。

 だが、それに必要な金額を目の当たりにして、一同は口を大きく開けていた。

 

「う、ウソだろ……!?」

「シルバーカードへのランクアップ料……『1000万円』……!?」

 

 六人の前に立ちはだかる、これまでとは異なる大きく高い壁。

 やはり一筋縄では行かない。額から流れる汗を拭い、翔は奥歯を噛み締めた。



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EP.33[命の価値]

 無事にメンバーズカードを入手し、ノーブルの運営する巨大カジノに入る事に成功したホメオスタシスの一行。

 しかし、彼らを待ち受けていたのは今までとは違う厚く高い金の壁だった。

 

「カードのランクアップに1000万円、って……」

「どうすんだよこんなの、いくらカジノでもそんなに稼げんのか?」

 

 気の遠くなるような値段。

 そもそも自分たちは戦いに来ただけなので、手持ちの金もない。仮に持っていたとしても絶対に足りないが。

 途方に暮れそうになっていた時、受付からCytuberと見られる黒服の男が向かって来た。

 

「初めてご来店のお客様方。こちらはノーブル様から、100万円分のチップでございます」

 

 黒服が自身の持つシルバーカードを掲げる。

 すると、六人のもつカードがほんの一瞬だけ光を帯びた。

 

「個人で100万ではなくグループ全体での金額ですので、お間違いなきよう」

「……随分気前が良いじゃねェか」

 

 フンッと鼻を鳴らし、鷹弘は黒服に背を向け、ひとまず全員で賭場へと足を運んだ。

 とりあえずどのようなギャンブルが行われているのかを見て回り、その上で1000万のチップを稼ぐ手段を講じるつもりなのである。

 賭場は熱気と喧騒に包まれている。しかし、どこも一度に賭ける事ができる上限額が低く、さらにレートもさほど高くはない。

 1000万という目標がある以上、仮に六人全員で動いたとしても、小さな額で少しずつ稼いでは時間ばかりがかかるだけだ。それに、ギャンブルは自分が勝つばかりとは限らない。負ければ相応に金額を失う。

 

「これを10倍にするというのはかなり難しいだろうな」

 

 翠月の言葉に肯定するように、全員が唸って黙り込んでしまう。

 その時、ふと翔が「あれ?」と顔を上げた。

 

「あの、今思ったんですけど。今ギャンブルしてる人たちって……」

 

 彼の言葉を聞くと、鷹弘たちもハッと顔を上げる。

 よくよく見てみれば、彼らは皆、生きた人間だ。なぜか今はドレスコードに則したキレイなフォーマルスーツやドレスを着ている。

 しかし、なぜ生身の人間がこのサイバー・ラインのカジノの中にいるのか。響は訝しんでいる。

 

「どういう事だ? 一体どこから……」

「分かりません……けど、そういう事ならあの人たちから色々と情報を集めてみましょう。何か大金を稼ぐ手段を知っているかも」

 

 翔がそう言うと、全員が頷いて行動を開始する。

 カジノ内のほぼ全員がギャンブルに熱中している中、六人は高級なシャンパンを片手に休憩している壮年の男を発見した。

 彼は比較的冷静であるらしく、熱に浮かされながらも余裕綽々と言った様子だ。

 

「よぉ、あんたら楽しんでるかい?」

 

 グラスの中身を回しながら、男が先に話しかけて来た。

 話が通じそうなので、翔たちは彼に質問を繰り出す。手始めに『どうしてこの場所にいるのか』『なぜギャンブルをしているのか』『そもそもここにいる人々は何者なのか』といった具合に。

 随分と機嫌が良いらしく、男は満面の笑顔で嬉々として答え始める。

 

「おいらは違うが、ここにいる連中はみーんな元々医者や患者だったんだよ。帝久乃市の病院のな」

「えっ!?」

「おいらぁ元々ホームレスってヤツでよ、ちょびちょびと金はあっても住む場所がなかったでな。で、たまたまふら~っと病院のゴミ箱でも漁りに行こうかと思ったらこんな事になってたんだよ。おったまげたねぇ」

「……あなたも含めて、どうしてこの場所から出ようとしないんですか? 患者の方もいらっしゃるそうですけど」

 

 それを聞くと、男は目を丸くした。

 

「あんたら本当に何も知らんのかい?」

「何を……?」

「受付の交換所の方に書いてあったろ、面倒は何にもいらねぇ。ここじゃ病気なんてモンは博打打って金払えば、もうどうにでもできるんだ」

 

 今度は翔たちが驚いた。男は一行の様子を見て首を傾げつつも、ポケットから一枚の紙を取り出した。

 受付にもある、交換できる景品の一覧表だった。一番上がシルバーカードへのランクアップだったので、全員他の景品には目を通していなかったのだ。

 そしてそこに記載されているものを見て、浅黄が思わず「うそ!?」と声を上げる。

 

「虫歯10万円、胃潰瘍10万円、水虫10万円……その他応相談」

「これ、まさか全部治療費って事ですか!?」

 

 神妙な面持ちで男は頷き、再びシャンパンを呷る。

 

「まぁさっきも言うたが、治療って言っても手術だとか投薬だとか面倒な手続きも何もない。受付でチップを渡せば、その時点で病気も怪我も一瞬で治るんだわこれが」

「マジかよ……」

「おまけに周りのホテルの宿泊費は無料、メシもタダで食い放題だってんだからいたれりつくせりよ」

「タダ!?」

「この高級シャンパンもな。こう見えて昔はおいらもそういうモンを飲める立場の議員ってヤツだったんだが、落ちぶれちまってなぁ。その頃を思い出すよ」

 

 傑作だ、とばかりに腹を叩き、男はからからと笑った。

 

「食い過ぎ飲み過ぎで胃なり肝臓なりが悪うなっても、金さえありゃすぐ治る。極楽だよここは。店員共は不気味だが、一生出たくないね」

 

 そう言った直後、シャンパンが空になる。彼はすぐに店員を呼んで追加の酒を飲む。

 

「……僕たち、カードのランクを上げたくて大量にチップを稼ぐ方法を探してるんです。心当たりはありませんか?」

「うーん? そうだなぁ、それならあるな」

 

 頭を捻りながらも頷く男。しかし彼の眉は、険しく寄っている。

 

「あんまりおすすめしないぞ。実際に何のギャンブルをするのか知らんが、レートが高いって事はそれだけ負けた時に痛い目を見るハメになるんだからよぉ」

「それは承知の上です」

 

 男の目を真っ直ぐに見据える翔。すると、男は困ったように頭を掻きつつ、広間の奥の方を指差した。

 

「部屋の奥にデカい黒服のディーラーがいる。そいつのところへ行ってみな」

「ありがとうございます!」

「おう。頑張れよー若いの」

 

 駆けていく六人を尻目に、男はひらひらと手を振って、また酒をグイッと流し込むのであった。

 

 

 

「がっははは! よく来たな!」

 

 ブロンズレートフロアの最奥。

 そこにいたのはヒュプノスの三人組の一人、大村 梅悟だった。彼の姿を見て、翠月も鷹弘も身構える。

 しかし、梅悟は笑いながら両手を上げた。

 

「落ち着け落ち着け。俺はディーラーだ、お前らと戦いたいワケじゃない」

「なに?」

「やるのは飽くまでも俺とのギャンブル勝負なんだ。そもそもルール上、客であるお前らにこの場で手を出す事はできん」

 

 確かに、と思って全員が戦闘態勢を解く。そして、梅悟の説明を聞く姿勢を見せた。

 梅悟はニヤリと笑って頷き、ゲームの説明を始めた。

 

「まず、ここでの賭け金の上限は100万だ。そして俺に勝った暁には10倍にして返してやろう」

「つまり手持ち全部突っ込んで当たりゃあ、一発で1000万まで届くってワケか」

「その通り。そしてこのゲームに参加できるのは一人だけ、挑戦できるのもチームにつき一回だけだ。その上で、どうする? まずは挑戦するか、否かだ」

 

 他に方法がない以上、引き下がる事はできない。問題は誰が前に出るかだ。

 すると、悩んでいる内に響が名乗りを上げた。

 

「兄さん、良いの?」

「ああ。ゲームとなれば俺は負けん」

 

 フッと翔に微笑みかける響。直後に唇を引き締め、梅悟に向き直った。

 

「お前が挑戦者か、良いだろう。次はゲームルールを詳しく説明するぞ……とは言ってもかなりシンプルなものだが」

 

 梅悟が奥の部屋への扉を開き、六人を案内する。

 その先にあったものは、大きな広間だ。部屋の中央には巨大なジャングルジムのようなものがあり、さらに天井からはブランコが空中に垂れ下がっている。まるでアスレチックのようだ。

 そして広間全体に大きな泡の玉がフワフワと浮かび、中にはトランプのカードが入っている事が分かった。

 

「今回のゲーム、それは『バトルポーカー』だ」

「バトルポーカー……?」

 

 訝しむアシュリィ。他の面々も、聞いただけではルールが分からないようで説明の続きに耳を傾けている。

 

「ルールはシンプルだ。泡の中にあるカードを五枚揃え、ポーカーの役を作る。より強い役を作った方の勝ちだ」

「……妨害はアリなのか?」

「当然だ。これはバトルポーカーだからな、変身してゲームを行う。それと、取ったカードが気に入らなければ破棄できるぞ」

 

 大きな腕を組んでニッと笑い、梅悟はガンブライザーとマテリアプレートを取り出す。

 響もそれを見て、マテリアフォンでアプリドライバーを呼び、プレートを手に取った。

 

「制限時間は三分、その間にブタであれ五枚の手札を作れなければ失格だ。以上」

Cytube Dream(サイチューブ・ドリーム)……マンモス!》

「分かった。じゃあ、そろそろ始めよう」

Arsenal Raiders(アーセナル・レイダーズ)!》

 

 マテリアプレートの起動、直後に二人は腰に装着したベルトのバックルへと装填する。

 

《ハック・ゼム・オール! ハック・ゼム・オール!》

「打ち砕け! 大欲のコードよ!」

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

「変身!」

 

 響はアプリドライバーへとマテリアフォンを振りかざし、梅悟もプレートをさらに押し込む。

 そうして、二人の姿が変化し始めた。

 

Alright(オーライ)! マテリアライド! アーセナル・アプリ! 迷宮の探索者、インストール!》

Goddamn(ガッデム)! マテリアライド! マンモス・デジブレイン! パラサイトコード、ダウンロード!》

 

 仮面ライダーキアノスと、エレファント・デジブレインと似ているがさらに屈強な筋骨隆々のマンモス・デジブレインのポーカー対決が始まった。

 先に動いたのはマンモスだ。大きな鼻を周囲の泡に向かって伸ばし、凄まじい勢いで吸い込み始める。

 

「ぬぅおおおおおりゃあああああああっ!」

「何!?」

 

 吸引したカードは三枚。それを満足気に見下ろしながら、マンモスは頷く。

 先手を取られてしまった。三分という短い制限がある以上、響ももたもたしてはいられない。

 キアノスとなった響はジャングルジムの周囲を漂う泡に向かって飛び上がり、手を伸ばす。

 だが。

 

「させんぞぉぉぉっ!」

 

 ステージの周囲に放置されているバスケットボール大の鉄球をマンモスが吸引し、キアノスの身体を目掛けて放った。

 キアノスはそれを右肩に受けて態勢を崩してしまい、たちまちジャングルジムに胸で激突してしまう。

 

「がはっ!?」

 

 危うく落下しかかるものの、キアノスはジャングルジムにしがみついて難を逃れた。

 しかし、ジャングルジム付近にあった二枚のカードはその間にマンモスが吸引力を駆使して回収。これで五枚が揃えられてしまう。

 

「ふむ、中々良いカードが揃ったな。だがこれはいらん」

 

 そう言って、マンモスはハートの3のカードを捨てる。その瞬間、カードは塵のようになって消滅した。

 このままではカードを手に入れる前に全て破棄されてしまう。それを察して、キアノスはジャングルジムを登って急いでカードの回収に移った。

 

「ぬぅはははっ! させんさせんさせんぞっ!」

 

 マンモスも、その場で何度も飛び上がって地震を起こし、キアノスの動きを妨害する。

 

「くぅっ……なら!」

Fake Armed(フェイク・アームド)……センチピード・スキル、ドライブ!》

 

 フェイクガンナーから鋼鉄の鞭が伸び、漂う泡を貫いてカードを巻き取る。

 ようやく一枚。しかし、厳しい時間制限の中でまだあと四枚必要で、しかも役を揃えなくてはならない。それも妨害を跳ね除けながら。

 キアノスはもう一度鞭を伸ばし、ジャングルジムから奥の空中ブランコへと鞭を伸ばした。

 

「ほう、距離を取るか。ならば!」

 

 マンモスが、大きく飛び上がる。そして再び地面へと足を踏み込んだ。

 またも地震と地響きとがキアノスを襲う。

 

「うおっ!」

 

 カードをもう一枚確保しつつも態勢を崩しかけ、別のブランコへ鞭を伸ばそうとするキアノス。しかし、それを別方向から飛んで来た鎖が絡め取った。

 

「何っ!?」

「貰ったぁ!」

 

 マンモスが地面に落ちている鎖を拾い上げ、それを使って妨害したのだ。

 力強く鎖を振るい、キアノスを壁面へと投げ飛ばした。

 

「がっ……!!」

「よし!」

 

 身動きが取れなくなっている間に、マンモスはカードを回収していく。そして必要な分を集め、不要なものは破棄した。どうやら役を揃えたらしい。

 観戦中の鷹弘は、悔しそうに歯噛みする。

 

「マズいぜ。このまま妨害されてカードを取られたり消されたりすりゃあ、響は問答無用で負けだ」

「そうだな……しかも、時間も残り少なくなり始めている。あと一分だ」

 

 翠月も腕を組みながら、憮然とした表情で状況を見据えている。

 しかし、翔は違った。

 

「兄さんは負けませんよ」

 

 自分の知るのチャンピオンである兄が負けるはずがない。

 翔には、彼が何か逆転の切り札を持っているという確信めいたものがあった。

 

「あと三枚……!!」

 

 そう呟くと同時に、キアノスは壁を蹴って大きく動いた。

 ジャングルジムの頂点に立って一枚のマテリアプレートを取り出し、それをフェイクガンナーにセットしたのだ。

 

Fake Armed(フェイク・アームド)……シーアネモネ・スキル、ドライブ!》

「ハッ!」

 

 銃口から三つの触手がうねうねと飛び出し、泡を弾いてカードをキャッチする。

 だが、引き寄せようとしたその瞬間に、マンモスが吸引し吐き出した鉄球がひとつ、カードを撃ち落として消滅せしめた。

 

「くっ」

「がはははははっ、あと30秒だ! 何もさせんぞぉ!」

 

 マンモスが再び鉄球を吐き出すと、キアノスは素早く飛び降りて難を逃れた。

 キアノスが集めるべきカードは残り一枚。しかし、ジャングルジム着地点には既にマンモス・デジブレインが迫っている。

 

「むんっ!」

 

 マンモスが拳を突き出し、キアノスはそれを両腕でガードする。しかし威力を完全には殺し切れず、装甲から火花が散った。

 しかし、キアノスも負けてはいない。硬い拳が向かって来た瞬間に合わせて、その右腕に触手を絡ませたのだ。

 

「ぬ?」

「ハァッ!!」

 

 今度は壁に叩きつけられる事なく、フェイクガンナーを掴んだまま勢い良く飛び出し、キアノスの蹴りがマンモスの顎に突き刺さった。

 

「ごっ……!?」

「まだまだ!!」

 

 触手を放し、今度は射撃攻撃で畳み掛ける。そうしてマンモスが怯んでいる隙に最後の一枚を回収し、マンモスに向かってナックルガードを突き出した。

 

「ハァァァァァッ!!」

「おのれ、この俺をナメるなぁ!!」

 

 結果、キアノスの一撃は体を逸れてカードを持つ左手を掠め、対してマンモスの豪腕は正確にキアノスの胴に叩き込まれる。

 そうしてマンモスのさらなる追撃が始まる寸前、鐘の音と共に時間の終了が告げられた。

 

「フン、最後の悪足掻きでカードを手に入れたようだが……見せて貰おうか、お前の手札を」

 

 変異を解除し、梅悟は同じく変身解除した響を見据える。

 彼の手札は『スペードのA』『ダイヤの3』『ハートのJ』『クラブの2』『スペードの8』。つまり、役なし(ブタ)だった。

 それを見て、梅悟は手を叩いて大笑いした。

 

「がははははっ、なんだなんだ!? 結局は揃わずか! 残念だが、俺の手はストレートフラッシュ! お前の負けだ!」

 

 梅悟はそう言って五枚の手札を突きつける。『ダイヤの5』『ダイヤの6』『ダイヤの7』『ダイヤの8』『ダイヤの9』、彼自身が申告した通りの手だ。

 しかし、響は頭を振る。

 

「いいや、俺の勝ちだ」

「何を言ってんだ? それともポーカーのルールが……」

「自分の手札をもっと良く見てみろ」

「あぁん?」

 

 訝しんで、梅悟は自分の揃えた手札にじっくりと目を凝らす。

 すると、五枚の内のダイヤの6と7が、僅かに光を発している事に気がついた。

 

「あっ!?」

 

 目を見開く梅悟。カードには縦に破れ目が走っており、そこから塵のような光が漏れ出しているのだ。

 カードはたちまち、粉々になって消滅する。

 五枚の手札を揃える事ができなければ失格する。いくらブタが相手でも、手札がなければゲームが成立しないからだ。

 それは全て、梅悟自身が説明した事だ。

 

「バ、バカな!? お前、まさか最初からこれを狙って……!?」

「あぁ。他の勝ち筋があるなら、無理に強い役を揃えに行く必要なんてないからね。勝ちに行かせて貰ったよ」

「お、おのれぇぇぇ……!!」

 

 梅悟は両拳を握り締め、スーツを引き裂かんばかりに全身の筋肉に力を入れる。

 しかしやがて諦めたように息をつくと、豪快に笑って懐から金色のカードを取り出した。

 

「見事だ! 悔しいが負けは負け、約束の金額をくれてやろう!」

 

 そう言って、梅悟はカードを頭上に掲げる。

 すると六人の持つメンバーズカードがその光を浴び、1000万円分のチップがチャージされる。

 

「確かに頂いた」

「おう! だが次に戦う時は、こうは行かんぞ!」

 

 梅悟は笑みを浮かべたまま右手を差し出し、響はそれに応じて手を固く握る。

 こうして、一行は先へ進むための金額を手に入れ、早速受付でカードをランクアップさせる事ができた。

 

「ようやく先に進めるな……」

 

 残額はゼロになってしまったが、安心した様子で鷹弘が言った。

 その直後。

 拍手の響きと共に、頭上のモニターがまたしてもあの男の姿を映し出す。

 

『よぉ、またしても課題をクリアしたようだな』

「ノーブル!」

『まぁこのくらいはやって貰わなきゃ困るんだがぁ?』

 

 弾むような活発な声で言い、ノーブルは一行を見下ろした。

 

『モタモタしてないでさっさと上に来い。次のギャンブルがお前たちを待ってるぞ!』

「上等だこの野郎」

 

 不敵なノーブルの顔が画面から消えるのと同時に、鷹弘は強い口調で全員に語りかける。

 

「お望み通り、ガンガン上がってブチのめしに行くぞ!!」

「了解!」

 

 響が返事をし、他の面々も頷く。そして、カードを使ってエレベーターから上階へと移動するのであった。

 

 

 

 一行が次に辿り着いたのはシルバーレートフロア。

 部屋の構造そのものは先程のブロンズレートとほとんど変わらないが、絵画や調度品の壺、シャンデリアなど豪華な装飾が増えている。

 

「どうせ次も1000万のチップ集めりゃ良いんだろ、楽勝じゃねェのか?」

 

 鷹弘は楽観しながら受付に向かう。しかしそこで目撃した金額に、思わず目を剥いて向こう側にいる黒服に詰め寄って行った。

 

「オイ何だこれ、お前らマジでふざけんなよ!?」

「静間さん、一体何が?」

「次のランクアップの金額だよ……見てみろ!」

 

 用紙を受け取り、翔は指でなぞるようにして額を数える。

 だが終えた後、数え間違えたのか首を傾げて同じようになぞって再確認した。

 それを何度か繰り返して、翔の表情はみるみる内に困惑と驚愕に染まっていく。

 

「……100億円……!?」

「ええええええ!?」

 

 浅黄が愕然とした声を上げ、あまりにも非現実的な額にアシュリィは絶句する。響も、神妙な面持ちで額を眺めていた。

 先程の梅悟との勝負は金額を10倍にするものだったが、今回はそれでも届かない。仮に今回も同じようなギャンブルがあったとしても、100倍レートなど存在しないだろう。そしてもう一度10倍のギャンブルを挑む事はできない。

 他の治療費もブロンズに比べて値段が上がっているとはいえ、そちらは癌や脳腫瘍など相応に重い病気ばかりだ。ランクアップだけが異様に値上がりしている。

 そんな折、鷹弘に掴みかかられていた黒服が、襟を正してシルバーカードを取り出した。

 

「ランクアップのお客様。こちら、ノーブル様から贈与のチップです」

 

 翔の持つカードと、黒服のカードが光る。与えられたのは、1億円のチップだ。

 

「さっきよりは貰える金額が多い、けど……」

「今度納金するのはその100倍だろう? 正気じゃないな」

 

 眉間を指で押さえながら、翠月が言う。翔も、ずっとここにいては金銭感覚が狂うのではないかと頭を抱えていた。

 一行が困り果てていたそんな折、高笑いと共に一人の男が姿を現した。

 ヒュプノスの一人。顔の左半分に包帯を巻いた男、曽根光 都竹である。

 

「ヒヒヒッ、お困りのようですねぇ?」

「テメェ……何のつもりだ、この無茶苦茶な額は」

「イヒッ! そう怒らないで下さいよ。どうせあなた方は最後には見るも無惨に死ぬんだ、本来10億のところが100億になろうが同じでしょう? まぁ、金額の設定を変えたのは私なんですけどねぇ?」

「この野郎ォッ!!」

 

 掴みかかる鷹弘。すると、都竹は下卑た笑みのまま、彼の鼻の先で左右に人差し指を振った。

 

「暴力はいけませぇん。ルールはご存知でしょう?」

「クソが……!!」

「イーヒヒヒヒィッ! まぁまぁまぁまぁ、せいぜい100億目指して地道に頑張って頂きましょうかぁ!? 終わる頃には全部手遅れになってるかも知れませんがねぇーっ!!」

 

 再び、神経を逆撫でするような品のない高笑いを上げる都竹。耳にした鷹弘は怒りに満ちた表情で、硬い拳を振り上げる。

 するとその後ろから、翠月と浅黄が腕を掴んだ。

 

「よせ。ここでこいつを殴ったところで何にもならん」

「そうそう、やるんならゲームでボコろうよ」

 

 額に青筋を立てた浅黄が、普段の様子からは考えられない程に冷静な口調でそう言った。

 何か考えがあるなら、この二人に任せてみよう。鷹弘はそう思って、手を離す。

 都竹はわざとらしく掴まれた襟首をパンパンッと手で払い、一行に背を向けて歩き出した。

 

「では奥の部屋に来て頂きましょうか。先にお待ちしておりますよ、ヒヒヒ」

 

 軽快な足取りで進む彼の姿に、鷹弘はまだ苛立ちが収まらないのか舌打ちをする。

 しかしこの場に留まっても仕方がないので、翔たちを伴って都竹の後ろを歩き出した。

 その最中、浅黄は翠月の隣に並んで声をかける。

 

「ゲッちゃん」

「なんだ」

「ウチらで勝つよ、あのゲス野郎に」

「……当然だ」

 

 深く首肯して、翠月は拳を握り締める。

 その一方。道の途中で翔は、響へと語りかける。

 

「兄さん、このフロア……」

「ああ。気付いている」

 

 目は合わせずに、響は首だけ動かす。警戒している証拠だ、と翔は思った。 

 

「やっぱりそうだよね。さっきの階より若い人が多い」

 

 また響が一度頷いた。

 翔の言った通り、シルバーレートフロアには翔たちよりも年下、まだ子供とさえ呼べるような者たちもギャンブルに参加しているのだ。

 それが何を意味しているのか、翔にはまだ分からない。しかし響は神妙な面持ちで、やはり目を合わせずに言う。

 

「この領域にいる人間の問題や、あのノーブルという男の思想……どうやら思ったより単純ではないようだ」

 

 そうしてブロンズレートの時と同様に奥の部屋まで辿り着き、扉を開くと、一行を出迎えたのは透明な五つのサイコロだった。

 いわゆる一般的な六面ダイスだが、その大きさは驚くべきもので、少なく見積もっても高さが3m以上はある。

 

「な、なんだこりゃ!?」

「ヒヒッ、これが今回の種目……ダイスゲームですよ」

 

 恭しく一礼し、都竹は右腕を掲げる。

 すると仄暗い室内にパネル状のホログラムが出現した。五つのサイコロ、その出目の組み合わせによって発生する賭け金の増減が記されている。基本的にゾロ目を揃えるようだが、ポーカーのストレートのように連続した数字の組み合わせを出す事ができればそれも役となるようだ。

 

「私のゲームのルールは非常にシンプルです。変身の必要すらありません。ダイスロールによって、私の出す役よりも良い役を作る事ができれば勝ち。賭け金をこのリストの役に対応した額だけ、倍付けでお支払いします。振り直しは二回まで認められます」

 

 リストに『1ゾロ:10倍』『6~2ゾロ:8倍』『4面ゾロ:6倍』『3面ゾロ+2面ゾロ:5倍』『役なし:2倍払い』などなど様々な役が記載されている中、ひとつだけ一行の目を大きく惹くものがあった。

 それは『4に目:X倍払い』というものだ。

 一行の視線に気付いたのか、都竹は笑いながら解説を始める。

 

「その役は大失敗(ファンブル)ですよ。1・2・3・5・6の組み合わせを出した瞬間、振り直しさえ許されずに負けが決まる……まさに死に目です」

「X倍払いというのは?」

「相手が出した役で決定します。まぁ要するに、6倍の出目を出したらそれをさらに6倍にして、36倍にして払うという事ですねぇ」

 

 その言葉を聞いて、先程質問した響は顎に指を添えて「ふむ」と呟く。

 

「つまり、そちらが4に目を出してこちらが1ゾロになれば、100倍払いで100億に届くという事か」

「イヒヒヒヒヒッ! まぁそうなりますが、万が一にもあり得ませんねぇ」

「希望があるなら諦めるには速い」

「そう思うのは勝手ですが……それよりも負けた時の心配をした方が良いと思いますよ?」

 

 ニタァッ、といやらしく続くが頬を歪めた。

 

「プレイヤーがギャンブルによって負債を抱えた場合、我々ディーラーはあなた方の持つ『最後のチップ』も頂く事になっているのですよ」

「最後のチップだと?」

「えぇ……そのカードは登録した時点であなた方の精神と繋がっている。既にノーブル様の力によって、白いチップという形となっている」

 

 それを聞いて、翔も響も鷹弘も、アシュリィすらも愕然とした。

 

「まさか!?」

「そぉう。そのチップを失った時、あなた方は精神失調症に罹り、この世界の囚われとなるのでぇぇぇすっ!」

 

 都竹の語る事実に、翔は絶句する。

 この領域に着いた時から何かおかしいとは思っていた。常に後手に回ってしまって、手玉に取られているような気はしていた。

 それが既に命さえ握られていたとは、想像もしていなかったのだ。

 しかし、それを聞いて鷹弘は笑っていた。

 

「だったらよ。テメェが負け額払えなくなりゃ、当然そっちも精神失調症になるって事だよなァ?」

「ヒヒヒッ! 負けて負債を抱えたら……ですがねぇ?」

 

 自身の勝利を信じて疑わない笑顔。それを見て浅黄は眉をひそめ、静かにマテリアパッドを取り出した。

 そして、その姿を尻目に翠月がゆっくりと都竹の前に立つ。

 

「その言葉忘れるなよ。私が相手になってやる、ゲームを始めるぞ」

「グゥゥゥッド! 良いでしょう、あなた方を沈めて差し上げますよ! イヒヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 

 都竹は翠月に手招きし、部屋の中央にある広いステージに向かい合って立った。

 

「それでは、まずは私が振りましょうか」

 

 左手をポケットに突っ込みながら、続くは右手を前方に掲げる。

 すると五つの巨大ダイスがゆっくりと浮遊し、その場で不規則に回転し始めた。

 

「ダイスロール!」

 

 掲げた上を真下に振る。

 出た目は2が二つ、他は3・4・5だ。それを見ると都竹はわざとらしく眉を寄せる。

 

「2のダブルなら成立はしますが、役としては最低の目ですねぇ。振り直しさせていただきますよ」

 

 そう言いながら都竹はまた手を前に掲げ、また先程と同じように真下に振り下ろす。

 今度は3が三つ、1・6という組み合わせだ。頭を振って、都竹はもう一度腕を前に掲げた。

 

「この役もパッとしませんねぇ。最後の振り直しです」

 

 ポケットに左手を突っ込んだままそう言って、都竹はその中に握った小さなあるものを操作し始めた。

 それは、リモコンだ。ボタンが二つほど付いている、掌にすっぽりと収まる程度のもの。

 このリモコンは特殊な電波を発する事ができ、室内の天井の四隅に仕掛けられたアンテナがそれを受信して、次に振るダイスへと『1ゾロ』か『4に目』を出すように命令を送って操作する機能があるのだ。

 早い話がイカサマである。今回都竹が出している指令は『1ゾロ』だ。

 

「ヒヒッ、行きますよぉぉぉっ!」

 

 右腕を振り下ろす。

 巨大なダイスが転がり、示した目は1・2・3・5・6だった。

 

「イーヒヒヒッ、これで私の勝……利……?」

 

 ぱちぱちと瞬きして、都竹は目を擦る。

 何度見ても結果は同じ。X倍払い確定の『4に目』だ。

 

「え゛ぇっ!? あ、あれあれあぇ、はぁぁぁ……? え、ぅえっ……!?」

「どうやらお前の負けは決まったようだな」

 

 予想外の出来事に狼狽してわけの分からない声を上げていた都竹であったが、翠月のその一言で我に返る。

 そして彼が腕を振り上げているのを見て、考える前にポケットにあるリモコンのスイッチを押し込んだ。今度は『4に目』の方だ。

 

「まだ勝負は分かりませんよ! あなたも同じ役を出せば引き分け、それに結局10倍を出せなければ100億は手に入らない! これでゲーム終了です!」

「なら、出すだけだ」

 

 翠月がそう言いながら躊躇いなく腕を振り下ろす姿を眺め、都竹はほくそ笑む。この出目を確定できるリモコンがある以上、自分に敗北はないと確信しているのだ。

 先程の事態は何かの間違いに決まっている。そう決めつけていた。

 だが――。

 盤面に叩きつけられたダイスの出目は、全て1だった。

 

「はぁっ!?」

「私が勝ったようだな。当然振り直しはしない」

 

 決着はつき、ダイスが消滅する。翠月はメンバーズカードを手に、ゆっくりと都竹へと歩み寄った。

 しかし、困惑していた都竹は再び正気に戻ると、大きく後ずさりして一向に向かって指を差す。

 

「いっ、イカサマだ! お前たち、イカサマをしたな!? そうに違いない!! 私のダイスに何か細工をしたんだろう!? でなければ私が負けるはずがない!!」

 

 熱弁を振るう都竹。対して、ホメオスタシスの面々の反応は冷ややかなものだった。

 

「は? 何言ってんだ。ダイスを用意したのも、この部屋に案内したのも全部テメェの方だろうがよ」

「そもそも僕らに細工をする余裕なんてなかったでしょう? 説明してすぐにゲームが始まったんですし」

 

 鷹弘と翔の言葉に、都竹はぐぅっと言葉を詰まらせる。そもそもイカサマをしていたのは自分の方なのだ、下手に部屋を調べられては逆に立ち場が危うくなる。

 しかし、都竹としてはこのままで終わるワケには行かない。

 彼が金色のメンバーズカードを取り出して裏面を軽く指でなぞると、突然室内に警報音が鳴り響き、次々と黒服たちが流れ込んで来る。

 

「なんだ!?」

「ディーラーとして不正を見逃すワケには行きませんからねぇ……力づくでお縄について頂きましょう!!」

Cytube Dream(サイチューブ・ドリーム)……メガネウラ!》

 

 都竹が素速くガンブライザーを装着し、マテリアプレートを起動する。

 鷹弘はまた舌打ちし、自身も響たちと共にマテリアフォンとプレートを取り出した。

 

「結局こうなんのかよ……」

「まぁ良いだろう。返り討ちにしてやるか」

 

 それに倣って翠月もタブレットドライバーを装着する。やや遅れて残った三人も各々の持つドライバーを呼び出した。

 一触即発、今まさに戦闘が始まろうとしていた、その時。

 

『そこまでだ』

 

 頭上にまたもモニターが出現し、ノーブルの姿が映し出された。

 今までの楽しそうな表情とは一変した、怒りの宿っているノーブルの顔を見て、都竹や黒服たちは慌てて戦闘態勢を解除する。

 

「の、ノーブル様、一体何用で……」

『負けを認めろ都竹。ゲームは終わりだ』

「なっ!? し、しかし!」

『俺様に恥をかかせるつもりか? まさか、お前の不正に気付いていないとでも思っているのか?』

「ぐっ……!」

 

 頭上にもうひとつモニターが出現し、そこに先程ダイスゲームを行っていた都竹の姿が映し出される。

 

『お前はポケットの中にリモコンを隠し持っているな? そして、それを使って出目を操作している』

「そ……それは……」

『バカが。そんな物に頼るから逆に利用される羽目になるんだ』

 

 映像が切り替わる。次にモニターに映し出されたのは、浅黄の姿だった。

 マテリアパッドを使い、翔や響たちの後ろに隠れて、床に座って何やら操作をしているようだった。

 

『彼女はお前の自信に満ちた態度を疑い、室内を解析していた。そして部屋に仕掛けられたアンテナの存在を認識し、ボタン操作で二つの指令が送られて来る事を知って……』

「ハッキングしてその指令を逆転させたってワケよ」

 

 唇を釣り上げて胸を張る浅黄。金額を不正に釣り上げてギャンブルを仕掛けた時点で、まともに戦うつもりなどないだろうと見切っていたのだ。

 

「そんなバカな!?」

『お前がイカサマさえしなければこんな事にはならなかった。独断でランクアップの金額を変えた事も許しがたい。大人しく支払って、彼らを安全に通せ』

「くっ……しかし、私はあなたのために……」

『通せ! できなければどうなるか分かっているはずだ!』

 

 都竹の手元からメンバーズカードが離れ、それまでと違う妖しい橙色の輝きを帯びて彼の左胸へとじりじり近付いていく。

 それを見た都竹は、短く悲鳴を上げながら観念したように頷いた。

 

「ヒッ!? わ、分かりました!」

 

 その言葉と同時に、都竹のカードが輝きを失い、逆に翠月たちの持つカードが光り始める。

 チャージされた額を確認すれば、100億円のカジノチップが入金されていた。

 

「確かに頂いた」

「チィッ……ですが、これで勝ったと思わない事ですねぇ……!」

 

 恨めしそうな都竹の視線。それを背中で受け止めつつ、一行は受付に向かう。

 支払いが済み、カードのランクアップは果たされた。次は、この金色となったカードで次へ進むための資金を稼がなければならない。

 

「さぁ、次に行きましょう!」




「……こいつも違った、か」

 探偵事務所にて。
 天坂 肇は一人、鷲我から渡されたリストに載っている人物の調査を行っていた。
 20年前のあの日に自分や鷲我と共にアクイラに立ち向かった、いわばホメオスタシスの前身とも呼べる者たち。
 その中に、重大な裏切り者がいる。
 しかし調査は難航していた。この20年の間に、残念な事に死亡している者たちが多いのだ。

「まさか裏切り者も既に死んでいるのか……?」

 そう考えもしたが、すぐ肇は舌打ち混じりに振り払った。
 都合の良い想像をするのは危険だ。何しろ、今の今までアクイラは完全に消滅したとばかり思っていたのに、復活するかもしれないというニュースを聞いたばかりなのだから。
 肇は再び、資料に目を通す。
 金髪の少年と黒髪の少女、そして坊主頭の少年の顔写真が写っている。

外地 明也(ソトチ アキナリ)加々美 兎月(カガミ ウヅキ)土山 香(ツチヤマ カオル)……この三人も死亡者か」

 これで既に約半数が死亡か行方不明か、あるいは生存していても年老いてまともに話の通じない状態になっているかのいずれかになっている。
 もちろん普通に会話もできる人物もいるにはいるが、そう言った者たちに限って地方で過ごしているため、調査対象から外れてしまうのだ。

「にしても、こんなガキ共まで死んでるとはなぁ」

 たった今確認した三人の資料を机に置き、タバコに火を点け一服する肇。
 この外地という人物は当時17歳、加々美という少女は18歳、土山少年に至っては16歳のアルバイトだったというのだ。
 それが数年の後、交通事故や山での遭難、さらには飛び降りといった死因でこの世を去っている。

「難儀な世の中になったモンだ」

 紫煙を吐き出しながら、肇は自分の頭の後ろに手を回した。
 そして手帳を取り出し『アクイラについて』と書かれた項目にメモを書き込んでいく。
 これは昔からの彼のクセのようなもので、気になる情報や今までの調査状況を忘れないよう細かくチェックしているのだ。

「……ん?」

 書き込んでいる途中で、ペンの動きが止まる。
 彼の目を奪ったのは自分が今書き加えているものではなく、アクイラそのものに関する情報。

『当時のアクイラは不完全な姿で顕現したが、仮面ライダーに変身して粉々に砕いた』
『あのまま放置していれば、完全体となって人間を支配していたかも知れない』
『アクイラはドライバーとセットのデジタルフォンを同時に使う事により完全体へと変身するようだ』
『現在帝久乃市を脅かしているデジブレインは、このアクイラにのみ作成できると考えられている。今は技術が発展した影響で人間でも作る事ができる可能性はある』

 概ねそのような事が書かれている。特に何も間違った部分のない、詳細な情報だ。

「あっ!?」

 だがその瞬間、肇は目を見開いた。
 今まで見落としていたものを、ようやく見つけたかのように。
 灰皿にタバコをねじ込み、肇は熟考する。

「まさか……いや、だとしたらこれは……どういう事なんだ……?」

 血相を変え、肇は机の前で腕を組む。
 灰皿の上では、くしゃくしゃになったタバコがまだ僅かに煙を吹いていた。


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EP.34[欲望の真実]

 ホメオスタシスの地下研究施設、その開発室にて。

「できた!」

 陽子は、背もたれに身を預けながら大きく嘆息した。
 彼女が作っていたのは、リボルブの切り札。アクイラを止める事ができるほどの、強大な力。

「最初からこの形にすれば良かったんだね。これならきっと、アクイラにも通用するはず……」

 完成したそれを両手で握って、陽子は目を細める。

「信じてるからね、鷹弘。翔くんも……必ずいつものままで帰って来るって」

 (アズール)鷹弘(リボルブ)、二人の仮面ライダーが争う事がないように。
 そんな願いを込め、彼女は手に持ったそれを送りに向かう。


 ノーブルの領域でギャンブルに勝ち続け、翔たちはついにゴールドへとメンバーズカードのランクアップを果たした。

 早速エレベーターからゴールドレートフロアまで上がったところ、入口の前で一人の女と邂逅する。

 ヒュプノスのリーダー、黒海 松波だ。

 

「よく来たな、ホメオスタシス」

 

 腕を組みながら、翔たちを真っ直ぐに見つめて松波が言う。その視線を受け止め、翔も口を開いた。

 

「このフロアのギャンブルの相手はあなたなんですね」

 

 すると、松波は頬を釣り上げて頭を振る。

 

「残念だが、それは違う」

「え?」

「ここではシルバーレートまでのような大きなギャンブルは行われていないし……お前たちがここまで辿り着いたのなら、オレは戦う必要などないと思っている」

「どういう意味ですか?」

 

 翔が訊ねると、松波は一行に背を向けて「ついて来い」と言って歩き出した。

 訝しんだが翔は言う通りに彼女を追い、次にアシュリィと響と翠月、遅れて鷹弘や浅黄も足を進める。

 

「お前たちは、この領域をどう見た?」

「どうって」

 

 突然の松波からの質問を聞いて、アシュリィが翔の顔を見上げる。

 翔は、すぐに自分の見解を述べあげた。

 

「なんとなく優しい世界だと思いました。他の領域みたいに、ここでは苦しんでいる人がいない。むしろその苦しみを取り払おうとしてるような」

「……その通りだ」

 

 松波は振り向かないまま一行を引き連れ、広間から左側にある『観客席』と書かれた扉を開いた。

 その先にあるものは、闘技場(コロッセオ)だ。デジブレインとデジブレインが戦い、観客たちを湧かせている。

 どうやらこの二体はチャレンジャーらしく、戦いに勝った方がチャンピオンであるリトルマッチ・デジブレインという個体に挑む事ができるらしい。

 

「ここで行われているのは、どちらのデジブレインが勝つかというギャンブルだ。まぁ、賭けに勝ったからと言ってどうするというワケではない。ランクアップもそれ以上はできないからな」

「なに?」

「ランクアップはゴールドランクで終わりなんだ。プラチナは支配人であるノーブル様専用で、オレでさえあの方の元に向かう方法は知らない」

「なっ……」

 

 目を見開く鷹弘。

 もしそれが事実なら、これまでやって来た事は一体なんだったのか。

 考える間もなく、続けて松波は言う。

 

「先程そこのアズールが言ったように。ここは、本来戦う必要も苦しむ必要もない世界だ。不治の病や心理的な病、治療の難しい難病・奇病に侵された患者たちが運ばれ、心身を癒す。現実世界で貧困を理由に手術を受けられなかった者も、ここならば逃れる事ができる。普通なら治療できないものも全て。まさに理想の世界だ」

「……まさか。病院が領域の入口になっているのは、ノーブルの正体は……」

「そうだ。ノーブル様は、金生(カナオ)先生は医者だ。それも特定の国に留まらない、戦地や貧しい国にも渡り歩く……国境を跨いで活動するお方だ」

 

 懐かしむように自分の顔の傷をそっと撫でながら、松波はさらに語り続ける。

 

「オレも都竹も梅悟も先生に救われた。先生こそCytuberの頂点に立ち、願いを叶えるに相応しい人だ」

「でも、だからって何も知らない人たちをずっとここに囚えるなんて」

「確かに許される事ではないかも知れない。しかし、彼らは……先生がいなければ、命を失っていたんだぞ」

「……」

「先生のしている事は何も間違っていない」

 

 何も言えなくなった翔を尻目に、松波は観客席へと目をやった。

 観客は皆、闘技場の戦いに夢中だ。屈強なデジブレインたちの体と体の激しいぶつかり合いに、白熱している。

 

「人は欲をかくものだ。金銭の話だけじゃない。名誉欲や食欲、睡眠欲……そう言ったものをカジノのチップという形に変換して、ギャンブルで増幅させ、この領域の力としている。だからここには精神失調症の患者はいないんだ」

「そう、だったんですか」

「オレたちを止めないでくれ。ここを失えば、たとえ病気が癒えていると言っても、彼らに戻る場所はなくなるぞ。膨れ上がった欲望の行き場をなくしたまま、再び貧困を彼らが襲うんだ。お前たちに他人の居場所と幸福を奪う権利はないだろう」

 

 誰も、何も答える事ができなかった。

 松波はそのまま観客席を去り、スタッフ用の通路へと向かって姿を消すのであった。

 

「……どうするんだ?」

 

 闘技場に目を向けたまま、誰にでもなく翠月が訊ねる。

 翔にもアシュリィにも何も答える事ができなかった。観客席は賑やかだと言うのに、ホメオスタシスの一行が立つその場所だけ、時間が止まったかのような静けさを感じさせる。

 鷹弘は舌打ちをすると、怒りの混じった口調で答える。

 

「どうもこうもねェよ。どの道あの成金野郎をブチのめさねェと、アクイラも蘇るかも知れねェんだぞ」

「それはそうだけどさ……じゃあ、倒した後はどうすんのよ?」

「何ィ?」

「だってさっき言ってた事が正しいんだとしたらさ、ウチらがノーブルを倒したらこの人たちは路頭に迷うワケじゃん? ウチらの一存で、勝手にそういう事していいのかな」

「……ンなもん、今更だろ。俺たちが何度Cytuberを潰してると思ってんだよ」

 

 そう言われると浅黄は言葉を詰まらせ、尻すぼみ気味に「そうだけどさ」と呟く。

 再び訪れる静寂。それを最初に断ち切ったのは、響だ。

 

「お前の意見を聞こう、翔」

 

 その言葉と共に、一行の視線が翔に集まる。

 翔は物怖じする事なく、どこか確信を持ったような目つきで、響に向かって頷いた。

 

「……みんな、大事な事を見落としていると思う」

「見落とし?」

 

 アシュリィが首を傾げると、翔は鷹弘や翠月たちに向かってゆっくりと語り始める。

 

「忘れていませんか? 僕らは彼の過去に何があったのか、欲望の歪みやその原因が何なのか……まだノーブルについて何も知らないんですよ」

 

 確かに、と話を聞いていた全員が頷く。

 これまでのCytuberの領域では、先へ進むためにホメオスタシスの面々が自力で謎を解いたり鍵となるものを見つけ、領域の主のトラウマに触れる事で深層に至っていた。

 今回はノーブルやヒュプノスの三人に案内されるがままであったため、その点に関する意識が抜けてしまっていたのだ。

 だがそれでも、鷹弘は唸っている。

 

「じゃあどうするってんだ? 手がかりなんか何もねェだろ」

「確かに。今までは何かそれらしいものが見つかってたけど、今回ばっかりはノーヒントだもんねぇ」

 

 眼鏡を人差し指で掛け直しながら、浅黄は言った。

 しかし翔は「いえ」と首を横に振る。

 

「……実はなんとなく見当がついてるんです」

「本当に!?」

「後は場所さえ分かれば良いんですけど」

 

 翔が考え込んでいると、響はさも当然のように、そして簡単に次の方針を提示した。

 

「なら、まだ調査していない場所に行けばいいじゃないか」

「調べてない場所? それって……」

 

 響が指し示した位置。その方角を見て、浅黄やアシュリィは顔をひきつらせる。

 そこは、まさに先程ノーブルについての話をした松波が通って行った、スタッフ用通路だ。

 しかしここは敵の本拠地でもある。

 最も警備が厚い中で、敵の懐に潜り込んで追跡を掻い潜りつつ、心臓部に到達しなければならないのだ。

 

「けどまァ……やるしかねェんだろうな」

 

 恐らくメンバーズカードを手に入れる時よりも警備は厳しくなっているだろう。激戦を予期しつつも、鷹弘は翔に向かってそう言った。

 全員、覚悟は決まっている。

 観客席の喧騒をよそに、一行は敵の巣窟に飛び込んだ。

 

 

 

『侵入者発見! 侵入者発見! 至急対処をお願いします!』

 

 松波の持つ無線機からそのような通知が届いたのは、ホメオスタシスの仮面ライダーたちを説得したすぐ後の事だった。

 ギリリッと歯の軋む音を立てながら、彼女はマテリアプレートとをガンブライザーを懐に忍ばせ、足早に現場へと急行する。

 

「ヤツらめ、気でも狂ったか……!?」

 

 そして無線機を乱暴に操作し、闘技場へと繋いだ。

 

「リトルマッチを投入するぞ! 客は気にするな、ここでヤツらを倒すのが最優先だ!」

『了解!』

 

 松波はさらに、都竹や梅悟にも連絡を回す。総力で迎え撃つつもりなのだ。

 

「どういうつもりなのかは知らんが……絶対にやらせはしない。あの方は私が守る……!!」

 

 そう言いながら走り続けていると、松波はつい先程連絡した二人と合流を果たした。

 

「松波!」

「ご無事のようですね、リーダー」

 

 都竹と梅悟の間に入り、松波は静かに息を吐く。

 

「すまん。ノーブル様の思想を話せば理解するだろうと思っていたが、オレが甘かったようだ」

「構わんだろう。どちらにしても、ここでヤツらを倒せば終わりだ。頼りにしているぞリーダー」

 

 ニッと歯を見せて梅悟が笑い、松波も微笑んで頷いた。

 そんな三人の前に、立ちはだかる影が姿を現す。

 アプリドライバーを装着した鷹弘、そしてタブレットドライバーを装備した翠月だ。

 

「たった二人だと……!?」

 

 想定外とばかりに松波が眉を歪める。目の前の二人は、それぞれマテリアプレートを手に取り、変身態勢に移った。

 

「残念だったな。俺たちはただの足止め役だ」

「貴様らをどこへも逃しはせん、覚悟して貰おう」

《デュエル・フロンティアV2!》

天華繚乱(ウォーゾーン・ブルーム)!》

 

 二人がマテリアプレートを起動し、ベルトに装填。その姿を見て、松波たちも戦闘準備を始めた。

 

「変……身!」

《最速のガンスリンガー、インストール!》

「変身」

《闘龍之技、アクセス!》

 

 鷹弘が仮面ライダーリボルブV2に、翠月は仮面ライダー雅龍 パワフルチューンに変身する。

 ガンブライザーを装着したヒュプノスの三人も、すぐさまマテリアプレートを起動した。

 

「おのれ!」

Cytube Dream(サイチューブ・ドリーム)……メガロドン!》

《メガネウラ!》

《マンモス!》

「ならばお前らを倒して、残るホメオスタシス共も八つ裂きにしてやる!!」

Goddamn(ガッデム)! マテリアライド!》

 

 プレートが挿入され、三人の体がデジブレインに寄生される。しかし改造手術を受けている彼らは、強化された肉体の操作をデジブレインに明け渡す事はない。

 太古のサメであるメガロドンと巨大トンボのメガネウラ、そしてマンモスのデータを取り込んで得た力が、三人の姿を大きく変化させた。

 

《メガロドン・デジブレイン!》

《メガネウラ・デジブレイン!》

《マンモス・デジブレイン!》

「ぬうううううあああああっ!!」

《パラサイトコード、ダウンロード!》

 

 以前のような水中銃(ハープーンガン)ではなく青い三叉槍を手にしたメガロドン・デジブレインと、湾曲した刀身の短剣を持つメガネウラ・デジブレイン、そしてエレファントやゴリラ以上の凄まじい怪力を持つマンモス・デジブレイン。

 それら三体が、仮面ライダーの行く手を阻む。

 

「行くぞ仮面ライダー!」

「来やがれ、Cytuber共!」

 

 リボルブラスター・バーニングモードで燃える銃撃を放ち、メガネウラ・デジブレインを足止めするリボルブ。

 さらに雅龍が突撃し、メガロドン・デジブレインと矛を交えた。

 

「ノーブル様ならこの世界の常識を引っ繰り返す事ができる! この領域の力が世界中に及べば、富める者だけが当然のように得られる利権を全て、貧しさに苦しむ人々に与える事ができるんだ! なぜその素晴らしき理想を阻む!?」

「確かに素晴らしい事かも知れんな。だが、本当にそれだけなのか?」

「なに……?」

「気付いていないのならハッキリ言わせて貰う。お前たちが本当にノーブルの理想全てを理解しているのなら、なぜヤツはお前たちに自分の居場所を教えない?」

 

 スタイランサーを自らの槍で弾き返し、メガロドンは答える。

 

「そんなもの、お前たちが辿り着けないようにするために決まっている!」

「ほう。しかし今回のような状況になった時、お前たちはどうやってノーブルを助けに行くつもりだ? 居場所も知らずに?」

「それは……!?」

 

 雅龍の放った言葉に、メガロドンもマンモスも動揺する。攻撃の手が止まってしまった。

 その隙に、リボルブは三人の腕に銃撃を命中させ、武器を取り落とさせる。

 

「あの野郎は、心のどこかにテメェらにも話せねェ『何か』を抱えてるって事じゃねェのか。それを知られたくないから、心の中の深い部分に入り込まれたくないから……教えてねェんだろうよ」

「くっ……」

「要は信用されてねェんだよ」

「黙れぇぇぇっ!!」

 

 怒りのままに、メガロドン・デジブレインは咆哮する。

 槍を拾い上げずにそのまま雅龍へと突撃し、拳を振り被って顔面を叩いた。

 

「ぐっ!?」

「先生はオレたちの命の恩人だ! その先生がオレたちを信じ、一番の部下にしてくれたんだ! あの人に限ってそんなはずが、不信などあるはずがない! 何も知らないくせに口を出すな!」

 

 攻撃を受け流しきれず、雅龍は僅かにたたらを踏む。

 しかしすぐに姿勢を正して、槍を放っていつもの中華拳法の戦闘スタイルに切り替える。

 続くマンモスとメガネウラの連続攻撃も、完全には防ぎ切れないものの、得意の拳法によって凌ぎ続けた。

 

「中々やるな」

 

 距離を取って呼吸を整えながら、雅龍が言う。

 

「当然だ! オレたちはこのマテリアプレートを使いこなすために、さらなる改造手術を終えた! 既にお前ら程度の力では太刀打ちできない領域まで到達したんだ……それも、先生のお陰で!」

 

 メガロドンがバックステップし、三叉槍を拾い上げた。

 強気な発言をしつつも、雅龍の拳法を警戒しているのだ。残る二人も、先に援護射撃を繰り返しているリボルブへと狙いを変えている。

 

「ぬぅぅぅーん!」

「ヒヒヒヒャヒャヒャ!」

 

 重い拳と高速のナイフ捌きが、同時に襲いかかる。

 パンチ力が高く調整されているとはいえ、遠距離戦闘タイプのリボルブV2ではやはり分が悪い。

 ダメージが重なり続け、リボルブは必殺を撃つ暇も距離を取る余裕もなく、攻撃を受け止める事しかできなかった。

 

「チィッ!!」

「この程度ですかぁ!? ヒャーヒャヒャヒャ!!」

 

 メガネウラが、さらに追撃を仕掛けようとする。

 しかし。それはメガロドンが腕で制した。その視線はリボルブたちの背後に向かっている。

 何事かと思って二人のライダーが振り返ると、そこには新たな一体のデジブレインが立っていた。

 薄く透き通った大きな翅を生やした、貧相な体格の虫だ。手にはマッチ棒を持ち、三つに分かれた燃える尾を引き摺りながら、ぺたぺたと歩いている。

 

「ロロロロロロッ……」

 

 カゲロウに似たそのデジブレインは鳴き声を上げ、リボルブたちを見据えている。

 その姿を見て、メガネウラも興が醒めたように両腕を落とした。

 

「撤退だ、残りの仮面ライダー共を探すぞ」

「待ちやがれ! 逃さねェって言ってんだろうが!」

「残念だが、そいつが……リトルマッチ・デジブレインが来た時点でお前らにもう勝ち目はない」

「なんだと!?」

「追えるものなら追ってみろ」

 

 メガロドンたちは自らの変異を維持したまま、リボルブたちを振り切ってその場を早々に立ち去った。

 一体あの貧弱なデジブレインに一体何ができるというのか。ワケが分からないと思いながら、リボルブと雅龍が振り返った、その時だった。

 

「なにっ……?」

 

 雅龍が間の抜けた声を発した。

 リトルマッチ・デジブレインと呼ばれていた個体が、三体に増えているのだ。

 リボルブも自分の目を疑いつつ、舌打ちの後に発砲する。

 すると、三体全てのリトルマッチが銃弾を受け、形を失う。

 

「また幻覚の能力かよ!」

「……いや、違う! これは……!」

 

 弾丸を受けて形を失ったデジブレイン。その姿は消える事なく、別のものに変換されていく。

 否、これは元に戻ったのだ。燃え盛り揺らめく巨大な炎に。

 炎はそのまま動き出し、リボルブと雅龍に襲いかかった。

 

「ぐおっ!?」

「幻覚ではなく炎の分身……というよりも、最初から私たちが見ていたのは炎そのものか!」

 

 見れば、リトルマッチ・デジブレインは掌からマッチを生み出してそれを擦り、地面に落として自分と同じ姿の炎の塊を作っている。

 しかし分身を生成するという事は、どこかに本体がいるはず。二人共そう考えるものの、彼らには見つける手段などやはり存在しない。

 もしもここに浅黄がいれば、解析して本体を割り出せたかも知れないが、彼女は今この場にはいない。

 そして、分身を消そうが消すまいが炎の塊となって攻撃して来る。見た目とは裏腹に、そして想像を超えて攻撃的なデジブレインだったのだ。

 

「キュロロロロロロッ」

「ぐあっ!」

 

 また、本体の捜索にばかり気を取られていても危険だ。

 この分身体は自在に実体と炎とに転じて攻撃を無力化できる上、ひょろひょろと細長い体をしているにも関わらず腕力が凄まじく強い。

 その拳を受け、リボルブは容易く吹き飛ばされ、壁面に背を打ち付けた。

 

「がっ……」

 

 膝をつき、立ち上がろうとするリボルブ。しかしその眼前に、炎の塊が無数に迫っている。

 いくらデュエルリンカーV2に炎への耐性があるとはいえ、これ以上は危険域だ。

 雅龍も、スタイランサー・ボウガンモードを使って炎を消し止めようとしているが、消えてもすぐに炎からリトルマッチ・デジブレインの分身体が湧いて出る。

 まさに絶体絶命。リボルブは、悔しさを吐き出して壁に拳を叩き付けた。

 

「ここまでかよ、クソッタレ……!!」

 

 

 

 一方。

 翔とアシュリィと響、そして浅黄は、鷹弘たちが騒ぎを起こして時間を稼いでいる隙に従業員用の通路の探索を行っていた。

 浅黄はマテリアパッドとにらめっこしながら、壁にケーブルを接続して隠し通路がないかじっくりと調べている。

 

「どうですか?」

「場所はなんとなく分かった。すぐ近くだよ。でも、やっぱロックがかかってるねぇ」

 

 カリカリと頭を掻きつつ、浅黄は歩いて三人を案内する。

 敵の姿は見られない。リボルブたちは上手く行っているのだろうと一行は予想していた。

 そして、浅黄は怪しいと判断した地点に辿り着く。T字に分かれた廊下の先の、扉もなにもない行き止まりとなっている場所だ。

 

「この先に何かありそうなんだけどねえ」

「確かに怪しい、かも」

 

 むむむ、とアシュリィも唸った。良く見れば、扉がないにも関わらず壁の上部には表札が下がっている。

 何も書き込まれておらず、良く見れば地面には黒のマジックペンが落ちていた。

 

「これで表札に書け……という事か?」

 

 響がペンを拾い上げ、翔に渡してそう言った。

 

「さっき見当がついていると言ったな。書いてみてくれ」

「……それが正解かまでは分からないよ?」

「構わないさ。違ったらまた考えれば良いだけだ。それに、お前ならきっと正解に辿り着ける」

 

 根拠はないというのに、確信に満ちた表情で響が言う。

 それを受けて、自分も微笑みながら、翔はペンを走らせた。

 表札に書かれた文字は――。

 

「『霊安室』!?」

 

 あまりにも意外だったのか、浅黄がそれを目にして、素っ頓狂な声を上げる。

 字を書き込んでからすぐ、目の前の壁に異変が起きた。

 僅かに錆びついている白い扉が、音もなく出現したのだ。

 

「な、なんで霊安室だって分かったの?」

「ノーブルの正体が医者だと分かったから、ですね」

「どういう事?」

「治療過程の一切を省いているだけで、このカジノは病院と同じなんじゃないかなって思ったんですよ。病気や怪我を治す設備があって、入院して寝泊まりもできて……でも、だとしたら足りない場所がある」

 

 それを聞いて、浅黄はようやく納得したように頷く。

 

「なるほど、だから霊安室かぁ」

「これで先へ進めるな。よくやった、翔」

 

 響はそう言って微笑み、翔の肩に優しく手を乗せる。照れたように笑い、翔は先へ進むために扉を開いた。

 霊安室の中は電気が点いておらず、何も見えないほどに暗闇が広がっている。それでも、全員足を踏み入れる。

 すると、一行の脳内に映像と声が流れ込んで来た。

 

『注射が怖いのかい? 大丈夫、さぁ手を出して……うん、良く我慢できたね』

 

 目に飛び込んできたのは、優しく子供に語りかける若い白衣の男の姿。

 銀縁の眼鏡をかけ、人の良さそうな笑みを浮かべている。首から下げた名札によると、名は金生 樹(カナオ イツキ)というようだ。

 

「これがノーブルの正体……」

 

 翔たちがさらに足を進めると、映像が切り替わった。

 樹は国外で治療を受ける事ができない人々や、戦火の中で苦しむ人々を助けたいと常々思っていたらしく、20代後半になった頃に日本を飛び出したようだ。

 そして辿り着いた戦争の絶えない国で、樹は怪我をして泣いている幼い女の子に出会った。

 

『大丈夫だよ、すぐに良くなるからね』

 

 適切な治療を施し、樹は懸命に女の子を助けた。

 幸いにも彼女の負傷は大したものではなかったので、樹自身が言った通り数日で完治した。

 

『これでもう安心だね! じゃあ、気をつけてね!』

 

 樹は僅かな食料と飴玉を彼女に手渡し、微笑みながらそう言った。女の子も微笑み、包み紙の中から飴を取り出し、それを口に放り込んで家路に向かった。

 だが、その翌日の事だ。

 昨日助けたばかりの女の子が、樹のいる医療キャンプの前で、瀕死の状態で発見された。

 敵国からの戦火に巻き込まれたのだ。

 

『う、うそだ……昨日あんなに……元気、だったのに……治療したのに……』

 

 樹は女の子を助けるため、仲間の医師の手も借りて必死に治療を施した。

 だが手遅れだった。手の施しようがない程の致命的な傷を負った彼女が向かう先は、死のみ。誰の目から見てもそれは明らかだった。

 それでも樹たちは諦めずに治療していたが、彼女が目を覚ます事はなかった。

 

『どうして……どうして……!!』

 

 友人たちからの励ましの言葉を受けても、樹は無力感と絶望の中から立ち直れなかった。

 気がつけば日本に帰って、泣くか酒を飲むかの毎日になっていた。

 

『俺が何をしても人が死ぬのなら、命を救えないのなら……俺はなんで医者になんか……』

 

 失意のままにポツリと呟いた、そんな時だった。

 

『欲しくはありませんか?』

 

 突然、部屋の中で樹自身ではない声が聞こえたのは。

 

『だ、誰だ……!?』

『私めが何者かなどどうでもいい話です。欲しくはありませんか? 誰も死なない平和な世界が。争いの中で誰一人として死ぬ事なく、医学さえ必要としない、死を克服した常識を超える世界が』

 

 闇の中から姿を現す孔雀の仮面の男、スペルビア。

 彼はずいっと樹に顔を近付けると、樹の目を覗き込んでさらに話を続ける。

 

『あなた様に犠牲を払う覚悟があるのなら、私めがその願いを叶えて差し上げましょう』

『……本当にそんな事ができるなら、俺は何だってしてみせる』

『素晴らしい。では、あなた様の"傲慢"なる悪意……私がプロデュースさせて頂きます』

 

 そう言われて樹が思い浮かべたのは、遠い国でまだ諦めずに活動を続けている仲間の医師たちや、現地で交流を深めた住民たち。

 金のためでも名誉のためでも、自分のためですらなく――ただ、世界を永遠の命で満たす。

 金にこだわる姿も、カジノという表向きの姿も全てフェイク。これこそが、ノーブルの『大欲』だった。

 

「……そういう事、だったのか……」

 

 金生 樹(ノーブル)の真実を目の当たりにし、翔は大きく息を吐いた。

 同時に納得した。なぜ霊安室が存在しなかったのか。

 このノーブルという男は、過去のトラウマから死を忌避しているのだ。だから、ここには死を感じさせるものが排除されている。餓死しないように配慮さえされているのだ。

 

「まさか本当にここまで辿り着くとはなぁ」

 

 不意に頭上からそんな声が聞こえたかと思うと、真っ暗だった周囲の風景が歪み、綺羅びやかな光が差し込んでくる。

 先程まで霊安室の中にいたはずが、気付けばそこはすり鉢状のフィールドの上だった。中央には円盤があり、さらに円盤の中心に銀色の塔のようなものが建っており、声はその頂点から発せられている。

 また、周囲の床は赤と黒の二色で交互に分かれている。

 翔は自分たちが巨大なルーレットの上に立っている事に気付くのに、そう時間はかからなかった。

 

「褒めてやるよ、仮面ライダー共」

「ノーブル……!」

 

 悲しげに眉を寄せながら、翔はノーブルの顔を見上げる。

 

「もう止めて下さい。こんな事をしたって、死んだあの子は元に戻らないんですよ?」

「ハッ、そんなのは知っているさ。だがな……これ以上同じ被害者を出さないようにする事はできる。その方法がこれだ。これしかないんだ」

 

 ノーブルはそう言って、自らの支配者の証である紫色のトランサイバーを掲げる。

 すると、スマートウォッチに似たその機械から、音声が鳴った。

 

《トランサイバーG(ガロウズ)!》

「医学でも死からは決して逃れられない……だから! 平穏に生きていけない命のために、こんな絶望しかない世界を……俺様が変えてやるんだ!!」

The Golden City(ザ・ゴールデン・シティ)!》

 

 マテリアプレートを素速く取り出し、起動するノーブル。直後、それをトランサイバーGへと装填した。

 直後に一体のデジブレインが姿を見せる。黒い拘束具に身を包んだ、人に似た形の正体不明の影。

 さらに、ノーブルの頭上からは輪の形を作って一本のロープが垂れ下がる。

 

《レスト・イン・ピース! レスト・イン・ピース!》

執甲(シッコウ)!」

Roger(ラジャー)! マテリアライド!》

 

 これまでのサイバーノーツとは異なる音声入力と共に、ノーブルの首にロープが括り付けられ、締め上げられる。

 そして、拘束具のデジブレインが分解され、ノーブルの肉体と融合した。

 

《ゴールデン・アプリ! 眠らぬ黄金都市、トランスミッション!》

 

 ブチッというロープの千切れる音と同時に、ノーブルは完全にサイバーノーツへと変異を果たした。

 顔面が全体に宝石を散りばめたペストマスクとなっており、目は橙色のクモ型のバイザーに覆われている。

 さらに黒いトレンチコートのようなものを身に着けている他、背中からは黒い羽毛のついた蠢く八本のクモの足のようなものが生え、片手には先端に金色のクモの装飾がされた杖を持つ。また彼自身の足は、カラスの蹴爪のようになっている。

 千切れたロープはそのまま垂れ下がっており、見る者にどこか不穏な空気や不気味さを感じさせる。

 

「大欲の支配人、アヴァリスマネージャー……ホメオスタシスの躍進もここで終わりだ」

 

 アヴァリスからの言葉を聞いて翔は強く拳を握りつつ、アシュリィを下がらせる。

 そしてアプリドライバーを装着し、響と浅黄と共に並び立った。

 

「いいや、僕たちがここであなたを止める!」

《チャンピオンズ・サーガ!》

 

 翔がマテリアプレートを起動するのと同時に、残る二人も同じく起動する。

 既に覚悟は決まった。三人は、アヴァリス打倒のために変身に移る。

 

『変身!』

「変ー身っ!」

《天下無敵! 天上不敗! 語り継がれし伝説、インストォォォール!》

《迷宮の探索者、インストール!》

《義賊の一矢、アクセス!》

 

 チャンピオンリンカーに変身してアメイジングアローを装備したアズールは、ヴェスパーフォトンを弓に纏わせ、弦を強く引っ張る。

 ここで勝負を決するつもりでいるのだ。手を離すと同時に、出力全開で放たれた朱色の光の矢が、真っ直ぐにルーレットの頂点にいるアヴァリスへと向かう。

 キアノスとザギークも、それぞれ銃撃と矢弾を放つ。

 

「甘い」

 

 アヴァリスは銀色のノブの上に立ったまま、避ける事もしない。

 しかしそれらが命中するよりも早く、トランサイバーのスイッチを入力した。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 瞬間、トランプのカードがアヴァリスの周囲を舞い、バリアを形成して攻撃を受け止める。

 光の矢だけは完全には防ぎきれずバリアが砕け散ったが、その一撃もアヴァリスの左腕を僅かに掠めただけに留まった。

 

「えっ!?」

 

 アズールが驚く間に、トランプは続いて三人へと飛んで行く。

 鋭利なカードが、キアノスとザギークの装甲を裂く。アズールの重厚なアーマーでさえ、傷を付けられていた。

 

「くぅっ!」

「まだだ」

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

 

 トランプが煙のように消滅したかと思えば、今度は五つのダイスがアヴァリスの掌に浮かび上がる。

 そしてそれを投げると、コロリとアズールの足元に転がった。

 このダイスには数字の面がなく、ただ『炎』や『雷』といった文字だけが書かれている。表になっているのは、全て『氷』の面だ。

 瞬間、爆発するようにダイスが砕け散ってアズールたち三人に無数の氷の礫が襲いかかる。

 

「うわああああっ!!」

 

 悲鳴を上げながら、ザギークは地面に仰向けに倒れた。

 キアノスはフェイクガンナーで氷を叩き落とし、アズールもアメイジングアローで防ぐ事ができたものの、彼女にはアヴァリスの強力な攻撃を防ぐ術がなかったのだ。

 

「この程度で俺様を止めるなんて、よくもふざけた事を抜かせたモンだなぁ?」

「くっ……」

「もっと面白くしてやろうか」

 

 アヴァリスが、今度はトランサイバーを操作せずに右手の人差し指だけを天に掲げる。

 するとルーレットが回転し、三人のライダーの足元に赤い円形の光が映し出され、銀色の球体が盤上に落ちた。

 

「領域そのものに干渉する能力!?」

「まさかこれは、アクイラの力か……!」

 

 ザギークとキアノスが驚いていると、球体は赤いポケットに落ちた。

 ポケットが捲れ、爆弾のマークが表示される。その瞬間、アズールたちの目の前で爆発が巻き起こった。

 

「がぁっ!?」

 

 流石のチャンピオンリンカーでも防ぐ事はできず、装甲から黒煙を上げながら、キアノスやザギークと共に膝をついた。

 

「つ、強い……!」

「バカな、これほどとは」

 

 アズールとキアノスが、未だノブの上から一歩も動かないアヴァリスを見上げながら呟く。

 V3の力があるにも関わらず、そして三対一でもこの圧倒的な戦力差。そして彼の使ったマテリアプレートに備わっているものとは異なる能力。

 一行が不思議に思っていると、他でもないアヴァリス自身がその疑問に答える。

 

「俺様たちが今まで何もしてなかったと思うか? このトランサイバーGのためにマテリアプレートも調整してあるんだよ……お前の持つV3と同等までな」

「なんだと……!!」

「お陰でこの力も前より正確に使えるようになった……これで、俺が負ける事はなくなったってワケだ」

 

 仮面の中で、響は顔を強張らせる。

 ジェラスだけが使えるとばかり思っていたアクイラの力は、これで残りの二人にも渡ったと見るべきだろう。簡単に勝てるなどと思っていなかったが、ここまで苦しい戦いになるとは想像もしていなかったのだ。

 そんな時。立ち上がったアズールが、右腕を真っ直ぐ前に掲げる。

 

「うん?」

 

 突然の行動に、アヴァリスは訝しげにペストマスクのクチバシを撫でる。

 何をするつもりなのか、キアノスたちには分かっている。力の正体は彼らも知らないが、以前ジェラスが使ったアクイラの力を封じ込めた能力。

 アクイラの力の一端、データ・アブソープションだ。

 

「おい、翔……それは」

「使うのは危険って言ってたよ!?」

 

 キアノスとザギークが叫んで制止をかける。しかし、アズールは止まらない。

 

「分かってる! でもここは……やるしかない!」

 

 青い翼が現出し、右腕にノイズが集まっていく。アヴァリスはその姿に悪い予感がしたのか、一歩遅れて再びトランサイバーに手を伸ばそうとする。

 だが――アズールの力は、発動する直前、いきなり地面から水音と共に伸びだしてきた三叉槍によって阻まれた。

 

「うわっ!?」

 

 装甲が火花を上げ、アズールは攻撃を受けた腕を抱えて後ろに下がる。

 見れば、地面からは槍と共にサメの背ビレのようなものが飛び出ている。

 その正体を察して、ザギークは舌打ちした。

 

「ノーブル様、ご無事ですか!? 我々がお守りします!」

 

 水面から飛び出すように床から現れたのは、メガロドン・デジブレイン。そしてさらにその両隣に、マンモス・デジブレインとメガネウラ・デジブレインが降り立った。

 ヒュプノスの三人組だ。この絶望的な状況に追い打ちをかけるかのように、ついに合流を果たしたのだ。

 

「静間さんたちは……!?」

「ヒヒャヒャ! 二人は今頃、火達磨になって死んでますよ! 私たちの用意したデジブレインのお陰でねェ!」

 

 メガネウラの嘲笑。

 作戦は失敗し、時間稼ぎに向かったリボルブたちも倒されてしまった。次第に、アズールたちから士気が失われていく。

 

「そんな、静間さんが……嘘だ!」

「くっ!」

 

 戦意が削がれても、アヴァリスやヒュプノスは容赦をしない。

 マンモスはザギークの細い体を掴んで地面に叩きつけ、メガネウラはキアノスへと素速く斬り込む。メガロドンの方は地面や壁に潜行し、死角からアズールを突き刺す。

 そしてアヴァリスは再びルーレットを回転させ、爆発を起こして三人を徹底的に追い詰めていく。

 

「く、あ……!」

「まずい、このままでは……!!」

 

 戦意を失くしつつある今、もはやアズールに余力があろうとホメオスタシスは総崩れだ。

 それを見越して、メガネウラが真っ先に飛びかかった。

 

「これで終わりですねェェェッ! 死になさい、ヒャーッヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャァーッ!」

 

 二つの刃が、満身創痍のザギークの首へと襲いかかる。

 その瞬間。大きな銃声が木霊したかと思うと、メガネウラが吹き飛ばされてルーレットのノブに側頭部を叩きつけられる。

 

「ウガッ!?」

 

 短く悲鳴を上げ、メガネウラが頭を押さえて倒れ伏す。

 

「なんだ、何が起きた……!」

 

 マンモスとメガロドンは、狼狽しながら銃弾の飛んで来た方向を見上げた。

 そしてそこに、いるはずのない二つの影を捉えた。

 

「危ねェところだったみたいだな、翔」

 

 翔たちも聞き慣れた声と共に、その影がルーレット上に降りる。

 そこにいたのは、リボルブと雅龍だ。

 しかも、リボルブは今までのV2ではなく、さらに異なる姿に変わっている。

 

「何だお前は……一体!?」

 

 メガロドンが呻くように言い放つ。

 今のリボルブは、ガンマンではなくどちらかと言えば軍の将校を思わせるような風貌になっているのだ。

 赤いロングコートが腰でなびき、胸や肩には様々な種類の鳥の姿を象った勲章が取り付けられている。テンガロンハットのようだった特徴的な頭部も、今は軍帽に変わっている。

 何より特徴的なのは、アプリドライバーに装填されている物体だ。

 たとえるなら、それはエンタープライズと呼称される空母そのものだった。艦底にシリンダーやグリップ、そして艦の先端に銃口が取り付けられている事からこれが銃器である事は分かるが、アプリドライバーにセットされているため、マテリアプレートとしての機能も持つ事になる。

 また、甲板に当たる位置にはマテリアプレートの装填スロットも見える。

 

「俺は仮面ライダーリボルブ……リローデッド」

 

 空母型の銃を引き抜き、リボルブはその銃口をアヴァリスに突きつける。

 

「覚悟しな。テメェら全員、俺がまとめてブチのめしてやるぜ」



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EP.35[Revolve Reloaded(リボルブリローデッド)]

 時は、リボルブと雅龍がリトルマッチ・デジブレインと交戦している最中まで遡る。
 圧倒的な力を持つリトルマッチを前に、二人は敗北寸前のところまで追い詰められていた。

「ここまでかよ、クソッタレ……!」

 歯を軋ませ、リボルブはそのカゲロウに似たデジブレインを睨みつけて立ち上がる。
 しかし、やはりリトルマッチは手強い相手だ。炎の拳の乱打が降りかかり、ついに変身も解除させられてしまった。
 そんな時だ。
 鷹弘の持つマテリアフォンの画面が光り、銃声と共に空母のような物体が姿を現したのは。

「うおっ!?」

 凄まじいスピードで放たれた銃弾は、爆風と共に炎を吹き飛ばす。それに伴って、炎の分身が数体散り散りとなって消滅した。

「こいつは……!」

 自分の目の前を浮遊する空母型の銃、ヴォルテクス・リローダーを手に取り、鷹弘は目を白黒させている。
 すると、マテリアフォンに通信が届いた。

『完成したわよ、鷹弘!』
「陽子か! けどこいつはマテリアプレートじゃねェぞ!?」
『大丈夫! ヴォルテクス・リローダーにV3のプレートそのものを内蔵させたの、これでオーバーシュートせずに能力をフルに活用して戦えるはずよ!』
「なるほどな……じゃあ、ありがたく使わせて貰うぜ」

 そう言って鷹弘は、撃鉄の位置にあるスイッチを親指で押し込んだ。
 すると、いつものマテリアプレートの起動音が廊下に響き渡る。

《ラプターズ・フリート!》

 名を読み上げられたそのアプリは、いわゆる艦隊戦略シュミレーションゲームだ。
 自国を勝利に導く将校として、艦隊に指揮を出す形で操作を行い、襲いかかる敵機を打倒するという内容だ。ただし、これらの艦や戦闘機は鷹や鷲といった鳥類の要素も併せ持っている。
 起動の後、鷹弘はそれをマテリアプレート同様に、アプリドライバーのバックルへとセットする。

《ロック・オン・ターゲット! ロック・オン・ターゲット!》
「変……身!」
Alright(オーライ)! タクティカル・マテリアライド! ラプターズ・アプリ!》

 鷹弘が、銃の上部である甲板の位置にマテリアフォンをかざした。
 その瞬間、銃口から六体の鳥型の戦闘機のテクネイバーが射出され、鷹弘の眼前を舞う。
 そして翼をはためかせて身を翻し、赤いラインの走る黒色のアンダースーツを纏った鷹弘に向かって飛来した。

《ホーク! ファルコン! アウル! レイニアス! ヴァルチャー! イーグル!》
「ぐ、オオオオオッ……!!」

 炎の羽根が吹き散り、頭部・右腕・右脚・左腕・左脚・胴体といった順にテクネイバーが命中し、装甲となって体を覆う。
 最後に燃え上がる巨大な翼に包み込まれ、マントのように長い裾のコートが伸び出てくる。
 腕や脚に描かれた翼の模様と、両肩と胸についた多種多様な鳥の勲章。V3のマテリアプレートによって、六体ものテクネイバーと一体化する事で得た力。
 今この瞬間、リボルブは新たな高みに新生したのだ。

《羽撃く戦艦、フルインストール!》
「ラァッ!!」

 六種の鳥の嘶く声と共に、全身から赤い炎を漲らせる。その姿の名は――仮面ライダーリボルブリローデッド。
 恐怖を感じているのか、リトルマッチ・デジブレインの炎が激しく揺れ動いていた。

「ブチのめす……!」
《リボルブラスター!》

 いつもの銃を構えるリボルブ。直後、リボルブラスターが右腕から溢れ出た炎を帯び、赤く輝きを増した。
 射撃武器の性能強化。右腕に同化した、ファルコン・テクネイバーの力だ。さらに反動やブレなど命中精度に関わる部分を左腕のレイニアス・テクネイバーが補助する。
 トリガーを引くと、今までとは比べ物にならない速度で炎の弾丸が飛び、着弾と同時に大爆発を引き起こす。

「キロロロ!?」

 連射と爆風によって、リトルマッチの炎はどんどん剥がされていく。
 終いには、炎の中に紛れていた小さなカゲロウが姿を見せていた。
 これがリトルマッチ・デジブレインの本体なのだ。

「見つけたぞ、そこだ!」
《スピーディ・チューンアップ!》

 決定的なチャンス。雅龍は炎の海の中へと疾走し、逃げ惑うカゲロウへと容赦なく拳を叩き込み、壁ごと潰す。
 リトルマッチ・デジブレインは、ただそれだけで呆気なく儚い命を散らした。

「よし、さっさと行こうぜ。翔たちが心配だ」

 その言葉に首肯し、雅龍はリボルブの後に続いて走り抜けるのであった。


 そして、現在。

 アズールたちとアヴァリスたちが交戦する中に、リボルブと雅龍が乱入した。

 

「バカな、リトルマッチはあのハーロットが対V3に調整を施した個体だぞ!? 新たな力を得たと言っても、簡単に倒せるはずが……!?」

 

 驚きのあまり叫ぶのは、松波が変異したメガロドン・デジブレイン。マンモス・デジブレインとなった梅悟も、動揺から唖然としている。

 すると、つい先程に手痛い攻撃を受けた都竹、即ちメガネウラ・デジブレインがその姿を見上げ、奇声を上げながら飛びかかる。

 

「キィィィーッ!」

「都竹、よせ!」

 

 メガロドンの制止をも振り切り、メガネウラは向かう。

 照準を合わせられなくなるよう高速で上下左右とジグザグに飛行し、接近と退避を繰り返すヒット&アウェイの戦法で翻弄している。

 

「多少姿が変わったくらいで! 粋がって貰っては困りますねェ!」

 

 リボルブは攻撃を避けない。と言うよりもわざと受けているようで、大したダメージがない上にメガネウラの素早い動きを全て目で追っている。

 それに気づかず、むしろ自身の優勢と見てメガネウラは必殺技を発動させた。

 

《フィニッシュコード! Goddamn(ガッデム)! メガネウラ・マテリアルクラック!》

「死ィィィネェェェッ!!」

 

 目にも留まらない速度でメガネウラが動き回る。こうなっては、チャンピオンリンカーのアズールでも捉えるのは容易ではない。

 しかし。

 リボルブはその動きに気を取られる事なく、右手に持ったヴォルテクス・リローダーのシリンダーを回転させる。

 

《スクロール! ホーク・ネスト!》

 

 何か攻撃が来る。それを予期して、メガネウラは背後に回って必殺の斬撃を繰り出すことにした。

 そうして死角に回ったその瞬間、撃鉄のスイッチを押したリボルブが、しっかりと背後から迫る敵意に視線を合わせて銃口を向ける。

 

《フレイミングフィニッシュコード!》

「え」

 

 あまりの出来事に、メガネウラは間抜けな声を上げる。

 必殺技を発動されようと、動体視力と反応速度の向上した今の形態では見えているのだ。

 リボルブはマテリアフォンを甲板にかざし、必殺技を発動した。

 

「くたばりやがれ」

Alright(オーライ)! ホーク・マテリアルボンバード!》

 

 燃え上がる炎の大鷹が、目の前のデジブレインを爆炎で飲み込み、大きく吹き飛ばす。

 

「ギィエェェェッ!?」

「都竹!?」

 

 全身から黒煙を上げ、メガネウラは慌てて立ち上がって一時撤退する。

 攻撃・防御・敏捷全てにおいて隙がなく、無闇に立ち向かうべきではない。今の二人の交戦で、メガロドンはそう判断せざるを得なかった。

 

「くっ……」

「どうした、来いよ。なんなら纏めてかかって来やがれ」

 

 手招きで挑発するリボルブ。すると、アヴァリスが巨大ルーレットのノブの上から飛び降りた。

 

「では、そうさせて貰おうか」

 

 アヴァリスが指を弾くと、カジノで病気を治療する力と同じなのだろう、メガネウラたちの負傷が即座に癒える。

 これでまた振り出しだ。しかも今度は不用意に飛び出して来たメガネウラだけでなく、リボルブを警戒する残りの三人も混ざって攻撃を仕掛ける事になるだろう。

 しかし、リボルブにも仲間がいる。

 

「静間さん! 僕らが援護します!」

「頼むぜ」

 

 仮面の中で微笑みながら、リボルブはシリンダーを二度回転させて撃鉄を押し込む。

 

《スクロール! ファルコン・ネスト! フレイミングフィニッシュコード!》

「喰らえ!」

Alright(オーライ)! ファルコン・マテリアルボンバード!》

 

 疾き紅蓮の隼がマンモスを撃ち抜き、炎を浴びせる。

 マンモスは防御する暇もなく攻撃を受け、しかし体勢を崩さないよう踏ん張って耐える。

 

「ぐ、なんのっ……」

「そこだ!」

「がぁっ!?」

 

 しかし、ナックルガードで殴りかかって来たキアノスの強襲によって、今度こそ転倒する。

 そのままキアノスと雅龍が追い打ちに向かうが、そこへメガロドンが割り込んだ。

 

「やらせない、オレたちがノーブル様の理想を守る!」

「邪魔をするな!」

《フィニッシュコード!》

《オーバードライブ!》

 

 キアノスが二枚のプレートを二つの武器それぞれに装填し、必殺を発動。

 サーベルの刀身が蛇腹状となり、メガロドンの全身を拘束する。

 

Alright(オーライ)! センチピード・マテリアルスライサー!》

「ぐっ!?」

 

 その身を襲う斬撃に、メガロドンは苦悶する。しかし攻撃は当然これでは終わらない。

 絡め取ったメガロドンを引き寄せ、フェイクガンナーを握り締めてキアノスは思い切り拳を突き出した。

 

「ハァッ!」

Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! ハーミットクラブ・マテリアルソニック!》

 

 剣が離れた瞬間、巨大な岩の如き堅殻がメガロドンを殴打する。吹き飛ばされる彼女をマンモスが受け止めるが、同時にメガネウラも背中にぶつかった。

 見れば、アズールがアメイジングアローを構えて立っている。メガネウラは彼に挑んで容易く敗れてしまったのだ。

 一掃の好機と見て、リボルブは動き出した。

 

「一気に行くぜ」

《スクロール! レイニアス・ネスト! フレイミングフィニッシュコード!》

 

 四度回転するシリンダー、必殺技の態勢だ。しかしそこへアヴァリスが介入する。

 

「させるか!」

Roger(ラジャー)! サードコード、オン!》

 

 頭上からスポットライトが五人の仮面ライダーに向けられたかと思うと、各々の胸にダーツの的が描かれる。

 直後、四方八方からダーツの矢が出現、さらにアヴァリスの力によって銀球が盤上に落ちルーレットが回り始めた。

 

「おお、これなら!」

「しゃらくせェッ!」

Alright(オーライ)! レイニアス・マテリアルボンバード!》

 

 メガロドンが感嘆するのも束の間、ヴォルテクス・リローダーから放たれた無数の炎の百舌鳥(モズ)がダーツへと飛散し、それらを全て燃やし尽くした。

 攻撃を凌がれた。さらに、ルーレット上を回っていたはずのボールも、驚くべき事にその場で静止している。

 

「なっ……!?」

 

 これにはアヴァリスも瞠目していた。

 見れば、底面には粘度の高いゲル状のインクがへばり付いて、さながらガムのように銀球が転がるのを邪魔していた。

 ザギークの仕業であった。

 

「にひひ、残念でしたーっ!」

「くっ、ならば!」

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

 

 再びダイスを生み出すアヴァリス。そこへアズールが弓を引き絞って光の矢を撃ち、ダイスを粉々に破壊した。

 

「何っ!?」

「あなたの能力……かなり手強いけど、実は共通して単純な弱点がある」

 

 再度矢を放ちながら、アズールが言う。

 それらはアヴァリスが操るトランプによって全て防がれるものの、もうホメオスタシス側に動揺は見られない。

 

「そのダイスもルーレットも、ギャンブルの結果次第って事だ。結果が出る前に妨害すれば……攻撃は発動しない!」

 

 ヒュプノスの三人の負傷を癒やしつつ、攻撃をトランプで塞ぎながら、アヴァリスはトランサイバーに備え付けられた最後の一種類のボタンを入力した。

 

「なら、これを見ても同じ事が言えるか!」

Roger(ラジャー)! フォースコード、オン!》

 

 ルーレットの上空に巨大なスロットのリールが出現し、三つ並んだそれらが回転を始める。

 攻撃が来る事を察知して、ホメオスタシスの面々は一斉にスロットへと攻撃を放った。

 しかし、リールは全く止まる様子を見せない。

 

「……マズい! 来るぞ!」

 

 キアノスが叫び、全員が防御態勢を取る。直後にスロットが停止し、雷のマークが三つ揃った。

 瞬間、仮面ライダーたちの頭上から雷が降り注ぐ。

 

「ぐぅっ!!」

「うあああ!?」

 

 雷撃を受け、雅龍とザギークが悲鳴を上げる。キアノスはハーミットクラブの殻で凌ぎ、アズールとリボルブは然程ダメージを受けていない。

 

「チッ、ならばもう一度……」

「させるかよ」

《スクロール! アウル・ネスト! フレイミングフィニッシュコード! Alright(オーライ)! アウル・マテリアルボンバード!》

 

 今度はシリンダーを三回転させ、必殺技を発動させるリボルブ。

 ヴォルテクス・リローダーからは、今度は燃え上がるフクロウが射出された。

 スピードは先程までの三種より速くないため、アヴァリスは即座にトランサイバーGのボタンを押し込んで回避に動く。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 アヴァリスはヒュプノスの三人の前に立ち、トランプで幾重にもバリアを展開する。

 が、炎のフクロウはそのバリアを悠々と飛び越え、アヴァリスのみを追尾して後ろの三人ごと爆炎で埋め尽くす。

 アウルは追尾弾だったのだ。

 

「ぐあ!? なっ、なんだと……!?」

「まだまだ!」

 

 怯んだ隙に、今度はアズールとキアノスが同時に飛びかかった。

 アズールセイバーとアメイジングアローの二刀流、そしてキアノスサーベルとフェイクガンナーの激しい連撃が、アヴァリスに反撃の機会を与えない。

 無理矢理でも突破しようとトランサイバーGを使おうとすれば、それは即座にアズールが弓で腕を撃って妨げる。

 

「おのれぇ!」

 

 それを見て、今度はヒュプノスたちが動き出した。アヴァリスを助けるため、三人はアズールとキアノスに襲いかかる。

 しかしその三人の行動は、雷撃から立ち直った雅龍とザギークが前に出て阻止した。

 

「こ、こいつら……!」

 

 新たな力を身に着けたリボルブが現れてから、状況が一変してしまった。

 感情エネルギーを変換して戦う以上、リボルブの増援によって士気と戦闘能力が向上するのは必然。アヴァリスたちは、こうなる前にアズールたちを倒すべきだったのだ。

 

「くっ、今からでもこの私がぁっ!」

 

 メガロドンとマンモスを押しのけ、背中を見せているリボルブに向かって飛び掛かるメガネウラ。

 直後、アヴァリスを相手取っていたアズールがそちらを向き、さらにキアノスが振り向かずにアズールへと二枚のマテリアプレートを放り渡した。

 アズールもまた、振り返る事なくそれを受け取ってアメイジングアローへと装填する。

 

「なっ!?」

 

 声をかけず目さえ合わせずに行われた連携に、メガネウラは驚くばかりであった。

 

《ツインフィニッシュコード! Alright(オーライ)! オクトパスフィドラークラブ・マテリアルエクスキューション!》

「英さん、浅黄さん! 避けて!」

 

 矢が発射され、メガネウラの眼前で八つに分散して刃の生えた触手のようになり、背後のメガロドンとマンモスを絡め取る。

 さらにその決定的な隙をついて、雅龍とザギークが動き出した。

 

「浅黄!」

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)!》

「オッケー、続いちゃうよ~ん!」

《ウォーゾーン・マテリアルシュート!》

《フォレスト・マテリアルシュート!》

 

 ボウガンモードのスタイランサーから放たれる二つの矢弾。

 それをガンブライザーに受け、三体のデジブレインは倒れて変異を解除させられるのであった。

 

「くっ、オレとした事が!」

「ぬうっ……無念だ」

「ギ、キ、キィィィッ!?」

 

 悔しそうにアズールたちを見上げる松波と梅悟、そして怒りのあまり奇声を発しながら都竹が地面に拳を打ち付ける。

 

「私にも、私にもあの力が……力があればァ……!!」

 

 嫉妬に満ちたドス黒い感情を右眼に宿し、かつて左眼を奪ったアズールを見上げ、都竹が怨嗟の言葉を吐き散らす。

 ともかくガンブライザー自体を使えなくなった今、これでアヴァリスが彼らの負傷を治療しようとも無意味となった。

 あとは、アヴァリス自身を打倒するのみだ。リボルブは彼との一騎討ちとなり、ヴォルテクス・リローダーに一枚のマテリアプレートをセットする。

 

《ブレイジングフィニッシュコード!》

「一気に決めさせて貰うぜ」

Alright(オーライ)!》

「こっちのセリフだ……! 『ファイナルコード』!」

Roger(ラジャー)!》

 

 リボルブがヴォルテクス・リローダーの甲板にマテリアフォンをかざし、アヴァリスはトランサイバーGに音声入力を行う。

 必殺技の発動だ。

 

《デュエル・マテリアルデストロイヤー!》

《ゴールデン・マテリアルジェノサイド!》

 

 赤く燃えて飛ぶ炎の弾丸と、無数のカジノチップを右腕に集約して作られた巨大な黄金の拳がぶつかり合う。

 剛拳は弾丸を押し戻し、リボルブを打ち砕かんとする。

 しかしその直後、さらに五発の弾丸が発射され、黄金の拳は打ち砕かれた。

 

「なっ!?」

「くたばれェェェッ!!」

 

 必殺技が相殺されると見るや、リボルブは大きく飛び上がって強力な蹴りを浴びせる。

 蹴飛ばされたアヴァリスは仰向けに倒れ込んでしまう。

 

「押し負けただと……!?」

 

 すぐさま立ち上がろうとするが、時既に遅し。

 アヴァリスは五人の仮面ライダーに囲まれ、弓や銃口を向けられている。

 

「観念しな。あんたはもう終わりだ」

 

 降伏を促したのはリボルブだ。

 事実、もはや戦力の差は歴然で、必殺技ですら破られてしまっている。

 だがアヴァリスは血が吹き出んばかりに両拳を握り込むと、ゆらりと立ち上がってリボルブを睨みつける。

 

「ふざけるな……諦められるか! 俺がやらなければ世界から死という病は取り除かれない! 貧しさと難病に苦しむ人々が安心して生きる事が出来ないんだ!」

「ふざけてんのはお前だろうが」

 

 吐き捨てるようにリボルブが言った。

 

「俺もここに来るまでに心の歪みってヤツを見せて貰った。確かにお前の掲げた理想は立派なモンかも知れねぇ、命を救われたヤツも大勢いるんだろう。だがな……」

 

 リボルブがほんの一瞬、銃を握る手を緩めた。

 

「人が永遠の命を手に入れて、どれだけ楽な生活を送れるようになったところで、お前が経験した『人と人が争い合う世界』はなくならねェよ」

「な、に……」

「ちょっと考えりゃ分かる事だ。いや、お前自身もう気付いてんじゃねェのか」

 

 図星を突かれたようにアヴァリスが言葉を詰まらせると、リボルブはさらに話を続ける。

 

「病気も怪我も死にもしない世界……金がなくても食い物に困らない場所。そんな風に世界を書き換える力を、お前の大嫌いな争いを引き起こす連中が欲しがらないと思うか?」

「ぐっ……!!」

「この世界を管理するお前を狙って、利権争いに発展するだけだ。そのせいで大勢がまた負傷する……一瞬で治療される分、今までよりずっと激しくなるかもな」

 

 アヴァリスは何も言えない。そこへ「そもそも」と畳み掛けるようにリボルブが口を開いた。

 

「スペルビアの目的はアクイラの復活だ。人間を支配しようって連中が、マトモにお前との約束を守ると思うか?」

「それは……!」

「お前のやってる事が無意味なんて思わねェが、先を見据えていないのなら本気で救うつもりがあるようには見えねェな」

 

 たじろぎ、後ずさりするアヴァリス。すると今度はアズールが彼に対して語りかける。

 

「本当はただ後悔してるんでしょう。あの子を救えなかった事を」

「ぐうっ!?」

「頼んでもいないのに誰も死なない理想の世界を作るのは、結局あなたの身勝手だ。何もできなかった自分から目を逸らして気分を紛らわせようとしているんだ。あなたのやっている事はあの子への贖罪でもなければ、世界の救済でもない……自分の無力に対するただの八つ当たりだ!!」

「だっ……黙れ!!」

「他でもないあなた自身が、あの子の死を利用しているんだ!! 現実を見ろ!! こんな事をしても、あの子が帰って来る事は……」

「黙れぇぇぇっ!!」

 

 逆上の叫びを響かせ、アヴァリスはトランサイバーGに手を伸ばし、素速くリューズを回転させる。

 

《リーサルドーズ! カオスモード、オン!》

 

 アヴァリスの全身がモザイクに覆われ、大きく膨れ上がっていく。

 名前は少し変わっているが、ビーストモードに相応する力だ。

 しかもデバイスが強化された事でその性能も飛躍的に高まっているらしく、カタルシスエナジーが全身から溢れている。

 変化はそれだけに留まらない。足元のルーレットが分解されて融合し、さらに部屋の外からカジノチップが現出して吸収されていく。

 

「チッ、使いやがったか……!」

 

 ルーレットから巨大な緑色のカジノテーブルに着地し、リボルブたちはその巨大な影を見上げる。

 そこに佇むのは、ルーレットを背負った大蜘蛛と、そのノブを止り木のようにしている大きなカラスだった。

 その名もカオスアヴァリス。明確な敵対の意思を見せ、大きく翼を広げる。

 

「八つ当たりで何が悪い!? 医学だけでは、綺麗事ばかりではあの子を救えなかった!!」

 

 蜘蛛の口から赤と黒の二色の糸が伸び、アズールやリボルブの足を絡め取る。

 さらに、新たに銀色の糸を球状と変えて盤上へと放り、カラスが翼をはためかせてルーレットを回す。

 カラカラと音を立てながらボールが走り、カランと赤いポケットへ入る。

 瞬間、赤い糸が足に巻き付いていたアズールと雅龍とザギークの全身が橙色に発光し、その光がカジノチップとなって糸を伝いカオスアヴァリスに吸収されていく。

 

「こ、これは……!!」

 

 苦悶する雅龍とザギーク。アズールが自分のものと一緒にすぐ糸を引き千切ったが、二人は変身を解除させられてしまった。

 

「気をつけろ! この糸でカタルシスエナジーを吸収するようだ!」

「でも、どうやってこんな事を……!」

 

 言った後で、浅黄はハッと顔を上げる。

 メンバーズカードに入っていた一枚の白いチップ。失う事で精神失調症へと追いやる、都竹曰く『精神を形にした最後のチップ』。

 アレに干渉してカタルシスエナジーを吸い取ったのだろう、と浅黄は推察した。だから二人とも変身が解けてしまったのだ。

 次に同じ攻撃を喰らえば、ただでは済まない。少なくとも精神失調症は免れないだろう。

 

「俺はもうあの子のような被害者を生み出さない! 苦しんで死ぬ必要のない、そんな世界を作るんだ!」

 

 蜘蛛とカラスの姿のまま、カオスアヴァリスは喚き散らす。

 そして鋭利な刃のようになった蜘蛛の脚を、翠月と浅黄へと突きつけた。

 しかしその直前にキアノスが飛び出して立ちはだかり、キアノスサーベルとフェイクガンナーを駆使して、攻撃を防ぐ。

 

「そんなものは彼女自身が望んだ事じゃないはずだ! 彼女の死を都合の良い言い訳に使うな!」

「……お前らに何が分かる!?」

 

 再び蜘蛛が糸を吐き出した。

 キアノスは後ろの二人を連れて回避に動き、リボルブも背中から炎の翼を生み出して空へ逃げる。

 しかし、アズールはその場から動かずに糸を引っ掴んだ。

 右腕に赤い糸、左腕に黒い糸。どう足掻いても、逃げ場はない。

 

「ああ、そうだよ! 俺は彼女を救いたかった! 彼女もきっと、まだ生きたかったはずだ! でもこの世界は彼女が生きる事を許さなかった……!」

 

 アヴァリスは叫びながら、再度ルーレットを回転させる。

 

「勝手で何が悪い!! 貧しさが罪となるのがこの世の秩序なら、俺が壊してやる!! そう望む事の何が悪いっ!!」

 

 ボールは黒のポケットに乾いた音を立てて転がり落ちる。

 エナジーの吸収が始まる。アズールへ迫る危機に声を上げそうになるリボルブであったが、当人は至って冷静であった。

 アズールは糸を両手で握り締め、ヴェスパーフォトンを全力で噴出して糸へと大量に流し込み、蜘蛛の口内で炸裂させる。

 

「ガァッ!?」

 

 蜘蛛が怯んで崩れ落ち、その衝撃でカラスも転倒して地面に墜落する。

 その決定的な隙を、アズールもリボルブも見逃さない。

 アズールはチャンピオンズ・サーガのマテリアプレートを押し込み、さらにマテリアフォンを手に取った。

 

「道を誤った今の自分の姿を、あの子の前でも見せられるのか!?」

《ストロングフィニッシュコード!》

「死んだあの子にあなたがしてあげられるのは、人間が不死身になった世界を作る事なんかじゃないでしょう!!」

 

 同様にリボルブもヴォルテクス・リローダーを再度アプリドライバーへと装填し、てスイッチを入力。そしてマテリアフォンを左手で握る。

 

「別に誰かに八つ当たりするなとは言わねェよ、お前の怒りも分かる。だがな」

《リボルビングフィニッシュコード!》

「昔の恨みなんざテメェで勝手に抱えてろ!! 俺たちはな……先に進むんだよ!!」

 

 二人はマテリアフォンをアプリドライバーとヴォルテクス・リローダーにかざし、同時に跳躍した。

 そしてエナジーを溜め込んだ脚を突き出し、蜘蛛とカラスへとダブルキックを繰り出す。

 

Alright(オーライ)!》

「その歪んだ欲望、僕が断ち斬る!!」

《チャンピオン・マテリアルインパクト!》

「くたばりやがれェェェッ!!」

《ラプターズ・マテリアルエクスプロージョン!》

 

 アズールの朱色の輝きが蜘蛛を、リボルブの赤い炎がカラスを徐々に押し潰していく。

 

「ぐ、ごぉ……おおおおおっ……!?」

 

 悲鳴と共に、カオスアヴァリスはチップを血飛沫のように全身から噴きながら爆散。

 巨大ルーレットも消滅し、アヴァリスマネージャーは白衣を纏う痩せ細った中年の男に戻った。

 左腕のトランサイバーGも破損し、煙を吹いている。

 

「バカな……ノーブル様が、負けた……」

 

 仰向けに倒れ込んだ樹を見て、呆然と松波が呟いた。

 梅悟も悔しさに涙を滲ませ、拳を地面に一度叩きつける。

 

「ま、まだだ! 俺は望みを果たすまで諦めんぞ!」

 

 樹も肩で息をしながら細い足を立たせ、アズールを見上げる。

 

「俺は何も間違っていない、俺が世界を変えなければならないんだ! そうしなければ、あの子の死が全て無駄に……!」

「世界を変えなくたって人の死は無駄になんかなりません」

 

 睨まれてもアズールは怯まずにそう言って、樹を見据えた。

 

「あの子が命を失ったのは、あなたの責任じゃない。でも何か償う方法があるとするなら、世界を歪めるんじゃなくて……挫けずに医者として人を救い続ければ良いんじゃないでしょうか?」

「……!」

「彼女が何を望んでいたのかは僕にだって分かりません。だけど、あなたがそんな風に苦しんで生きる姿は、きっと彼女だって誰だって見たくないと思いますよ」

 

 樹は沈黙して地を見つめ、仮面ライダーたちから背を向けて引き摺るように足を動かす。向かう先は、ヒュプノスの三人の方だ。

 そんな彼の方へと梅悟と松波が駆け寄り、両側から肩を支えた。

 

「今まで協力してくれてありがとう。だが聞いての通りもう終わりだ」

「ノーブル様……」

「もうノーブルとは呼ばないで欲しい。俺はただの医者に、金生 樹に戻るよ」

 

 それを聞いて、二人とも口を噤む。そして顔を見合わせて頷き合い、樹へと微笑みかけた。

 

「ならばオレたちもCytuberを辞めます」

「あんたがいないならこの道を選ぶ意味もないからな。これからは医者のあんたを、金生先生を俺たちが支える!」

 

 樹は二人の言葉を聞くと目尻に涙を浮かべ、小さく感謝の言葉を伝えた。

 だが、その時だった。

 ホメオスタシスたちや樹たちの頭上から、一人の男の声が響き渡る。

 

「おやおやおやおや。まさかあなたまで敗れるとは」

 

 孔雀の仮面の男、デジブレインのスペルビア。

 その姿を見て、アズールの声色も怒りに染まった。

 

「何をしに来た……!!」

「簡単に勝つなどとは思っていませんでしたが、いやはや分からないものですね」

 

 トントンとこめかみを指で軽く叩きながら、スペルビアは言う。

 その後、まるで手を差し伸べるかのように樹へと右手を突き出した。

 

「プレートを返して頂きましょうか」

 

 穏やかな口調だと言うのに、どこか威圧的に感じる言葉。

 ホメオスタシスの面々の視線が集まる中、樹は「そうは行かない」とマテリアプレートを胸元で握り締め、松波や梅悟から離れて後ろに下がる。

 

「これを渡せば、アクイラってのが復活するんだろう。それだけは許しちゃおけないね」

「……そうですか」

 

 至極残念そうにスペルビアが言うと、彼は右手に一振りの剣を握って地に立つ。

 そして樹の方を見ながら、刀身を指でついっ、と撫でた。

 

「では、力づくで貰いましょう」

 

 スペルビアの攻撃が来る。それを予期して、全員が動こうとした。

 仮面ライダーたちは変身に、松波と梅悟は樹をかばうために。

 だが。スペルビアがピンッと指を弾くと、その手元から剣が消えて、直後に樹の胸から白刃が閃いた。

 

「……え?」

「せん、せい……?」

 

 呆然とする一同。信じられないとばかりに、出血する自らの胸を見下ろす樹。

 剣が引き抜かれて樹が倒れると、彼の背後に立っていたのは、ヒュプノスのひとりである曽根光 都竹だった。

 驚いてアズールが三人の方に駆け寄ろうとするが、スペルビアがまた指を弾いた瞬間、ホメオスタシスの面々を取り囲むように黒炎の壁がせり上がった。

 

「都竹っ……!? な、なぜ――」

 

 そこから先は言葉にならず、梅悟は喉と頸動脈を裂かれる。

 さらに唖然として全く身動きが取れずにいた松波の腹に、返り血に濡れた剣が突き立てられる。

 

「あ、がっ?!」

「ケヒッ、ケヒヒヒヒッ!」

「な、なぜ……どう、して……いつから、お、おまえ……が……」

 

 剣が抜けると、松波は白目を剥いて痙攣し、だらりと腕が垂れ下がってその場に倒れ伏す。

 降り注ぐ赤い雨と、小さく川のように流れる鮮血が、三人の死を物語っていた。

 

「なぜ? どぉしてだと? ケヒヒヒッ!」

 

 狂気の笑みを浮かべながら、都竹は自らの右手の返り血を舐め取った。

 そして既に死んでいる樹の手からマテリアプレートを引ったくり、都竹は剣と一緒にそれを返還する。

 

「私は最初から、自分の地位を守るために戦っていただけですよ。あなたたち二人ほど忠誠心に溢れた性格じゃあなぁ~い……そもそもずっと邪魔だったんですよ、リーダーもノーブルも。私はあなた方よりも高い地位につきたかったのでねぇ。だからずっと、ずっと力が欲しくて羨んでいた」

 

 ステップを踏み、氷上で踊るように血で濡れた腕を振って腰を伸ばし、都竹は大きく身を反らす。

 既に屍となった樹は何も答えない。松波も梅悟もだ。

 都竹はそのまま松波と梅悟の懐をまさぐり、メガロドンとマンモスのデジブレインが封入されたマテリアプレートを奪い取る。

 

「そして今、私に出世のチャンスが巡って来た! これを利用せずにいるほどお人好しじゃないんですよねぇ、ケケケッ!」

 

 用が済んで、松波や梅悟の亡骸を蹴っ飛ばす都竹の言葉を聞きながら、アズールは歯を軋ませる。

 彼の蛮行を止めたいところであるが、黒い炎が道を阻んでいるのだ。

 

「さぁ、今なら彼らも抵抗はできません。スペルビア様……今こそ私に契約を、大いなる力を!」

「素晴らしい。よもやあなた様がこれほどのポテンシャルを秘めていたとは。その"羨望"には、まさしくこの力が相応しいでしょう」

 

 両手を叩きつつ、スペルビアは都竹に二つの機械を投げ渡す。

 ひとつはトランサイバーG。もうひとつはマテリアプレート、それもかつて文彦が使っていたものだ。

 

《フラッド・ツィート!》

「ケケケッ、ケケケケケェェェーッ!!」

《レスト・イン・ピース! レスト・イン・ピース!》

執甲(シッコウ)ォ!」

Roger(ラジャー)! マテリアライド!》

 

 その場に姿を現すのは、文彦の時と同じ下半身に鱗が見える拘束具のデジブレイン。

 都竹の首にロープがかけられ、そのデジブレインがモザイクと共に都竹と融合を始めた。

 

《ツィート・アプリ! 惑いの言霊、トランスミッション!》

 

 そうしてモザイクが消えた時、そこにはひとりの怪人が立っていた。

 紫色で鱗に覆われている、ぬらぬらとした爬虫類特有の光沢。しかしそこに、腕や脚や肩などに昆虫の節足のようなものがついている。

 また、背中には筋の入った薄い翅が伸びており、瞳のバイザーはトンボ型だった。

 

「そ、そんな……」

「ジェラスアジテイターが……復活した……!!」

 

 都竹が変異したその姿を見て、浅黄と翠月が呟く。

 すると、その怪人は以前に仮面ライダージェラスが使っていた大斧型のチェーンソーを手に取った。

 

《ジェラスローター!》

「ジェラスアジテイターネオ、とでも呼んで貰いましょうかねぇ? 前任者よりは役に立ちますよ、確実にね」

 

 愉快そうに笑いながら、名乗りを上げる。

 その一言で怒りを堪え切れなくなったのか、とうとうリボルブはヴォルテクス・リローダーを手に取ってジェラスネオに向かって壁越しに発砲し始めた。

 

「クソ野郎が……ざっけんじゃねェェェッ!!」

 

 飛び来る弾丸。しかしジェラスネオは慌てる事なく、トランサイバーGのボタンを入力する。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 地面に『壁』の文字が張り付き、土壁がせり上がって銃撃を防いだ。 

 

「チィッ!!」

「おぉ、怖い怖い……P(プロデューサー)、そろそろ帰りましょう」

「逃がすと思ってんのか!!」

 

 頷き、スペルビアは手に入れたマテリアプレート、The Golden City(ザ・ゴールデン・シティ)を使い、領域を崩壊させようとする。

 だがそんなスペルビアの前に、アズールが飛び出して来た。

 

「おや?」

「どうして!! どうしてそんな簡単に人の命が奪えるんだ、お前たちは!!」

 

 アズールセイバーとアメイジングアローを振り、怒りのままに攻撃を続ける。

 スペルビアはピーコック・デジブレインに変異するが反撃の暇などなく、ただただ右手に持った剣で攻撃を防ぐ事しかできなかった。

 斬撃の激しさは勢いを増し、スペルビアの首を、脇腹を、胸を貫く。しかしその度に負傷は再生されてしまう。

 

「ふ、ふふ。感情の爆発を感じますよ、まさかこれほど強くなるとは……実に面白い」

「許さない!! 僕は絶対に、お前らを許さないぞ!!」

 

 アズールの斬撃が顔面と左肩を斬り裂き、剣が右腕を落とす。

 その直後。

 

「ですが少々図に乗りすぎだなぁ?」

 

 突然スペルビアの口調が変わると同時に、アズールの体は一瞬の内に地面に叩きつけられた。

 

「かっ!?」

 

 何が起きたのか、避難して見ていたアシュリィにも浅黄や翠月にも、誰にも理解できなかった。

 ただ再度スペルビアの方を確認すれば、その姿は今までの孔雀に似た姿とは違う。

 拘束具から解放された太く逞しい筋肉質な右腕は、まるでトカゲやワニのようにびっしりと黒い鱗に覆われているのだ。

 その右腕に殴られたとアズールが気付くのは、すぐ後だった。

 

「さっきからウザいんですよお前。人間はデジブレインにとって、食われるために生きている家畜や毟れるだけ毟って利用するための資源でしかねぇんですよ。たかが家畜風情が多少力を持ったくらいで俺と対等になったつもりですかぁ? なぁ?」

 

 ノイズの混じった耳障りな声を発するスペルビアの右腕が、ザワザワとモザイクに包まれていく。

 そしてモザイクが消失する頃には、腕は元の拘束具の状態に戻っていた。

 

「おっと、失礼……少々本気を出しすぎました」

 

 丁寧に一礼しながらそう言って、スペルビアは頭上にマテリアプレートを掲げる。

 すると、領域の床や天井から橙色のエネルギーが溢れ出し、それがプレートへと吸収されていく。

 これでまたひとつ、アクイラ復活のための鍵が完成した事になる。それを確認してすぐ、ジェラスネオはスペルビアと共に消え去るのであった。

 

「くっ、逃げるぞ!」

「ショウ! 立って!」

 

 慌てた様子でアシュリィが翔に近づき、彼を支える。

 しかし全員で逃げようとする寸前で、地鳴りが酷くなる中で響が声を上げた。

 

「待って下さい、ここにいる人たちは!?」

 

 鷹弘が表情を苦しげに歪める。今から避難勧告をしたのでは、物理的に間に合わない。しかし、見捨てる事も絶対にできない。

 ではどうすれば良いのか。その答えは、翔が握っていた。

 翔は右手を地面に向けると、青い翼を広げてノイズを纏わせ始める。

 

「翔、お前まさか……!」

「使い所はここでしょう、一か八かやらせて下さい!」

「待て! そんな事をすればお前は――」

 

 鷹弘の話に聞く耳を持たず、翔は右腕から青い光条を放つ。

 すると、段々と揺れが収まり始めた。

 データ・アブソープションとは異なる新たな力に目覚めてしまったのだと鷹弘が気付くのに、そう時間はかからなかった。

 

「良かった、間に合っ……た……」

 

 翔はそのまま意識を失ってしまう。

 まだ二つ目の力を手にしただけだが、彼がアクイラそのものとなってしまうまでに、間違いなく猶予がなくなりつつある。

 今回の戦いは無事に終わったというのに、確かな焦燥感が鷹弘の心を蝕んでいた。




「……これで四つ目」

 黒い靄が広がる空間の中、弾むような声色でスペルビアはマテリアプレートを巨柱に差し込む。
 小さな鬼のような絵が彫刻された柱は、橙色に光って大穴の中へとエネルギーを供給した。

「半分を超過しました。そして、次に私が使うのは最強の駒」

 そう言って、スペルビアは至極楽しそうに頬を歪める。孔雀の仮面には、僅かに亀裂が走っていた。

「ひょっとしたら仮面ライダーたちは死んでしまうかも知れませんが……まぁ、そうなったらその時はその時ですねぇ。クククッ」

 そう言った後で「さて」と大穴に背を向ける。

「次の結果次第ではハーロット様も動かねばなりませんねぇ。彼女は少々自由すぎますから、あえて手綱を放しているのですが……まぁ、目指すものは同じだから構わないのですがね」

 スペルビアはくつくつと笑い声を発し、音もなく姿を消す。
 しかし大穴からは、微かにゴゥンゴゥンと胎動が響くのであった。


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EP.36[最強の武力]

 ノーブル、金生 樹の死から二日が経った日の事。

 上位Cytuberの集まる会議場では、スペルビアが御種 文彦(ヴァンガード)の席に一人の男を座らせていた。

 自らの恩師と仲間を手にかけて力を手にした男、曽根光 都竹だ。

 

「……と、いうわけで。今回から彼が羨望の座につきます」

 

 紹介を受け、都竹は笑いながら丁寧に一礼する。樹や松波や梅悟を殺害した事など、とっくに忘れてしまったかのように。

 スペルビアは笑いながら首を横に振り、話を続ける。

 

「しかしながら都竹様は、まだトランサイバーGを手に入れたばかりの身……仮面ライダーたちが着々と力をつけている今、一人では領域拡大も難しいでしょう」

「では、私の出番という事ですわね」

 

 声を上げたのは、兎のぬいぐるみ。つまりはハーロットだ。

 彼女の背後には当然のように、フィオレとツキミの二人が控えている。

 

「話が速くて助かりますよ。あなたたちの領域はそういう場所ですからねぇ」

 

 くつくつと笑い、スペルビアは続いて、会議場にいながら食事を摂るだけで何も喋らないプレデターへと視線を向ける。

 目の前にあるのは、山盛りのローストビーフと白飯だ。

 

「次はプレデター様、いよいよあなた様に戦いに出て貰いますよ」

「断る」

 

 ひたすら食べ続ける老人の口から飛び出したのは、拒否の言葉。

 それがあまりにも意外だったのか、都竹もフィオレとツキミも目を剥いていた。

 特に動じた様子もないスペルビアは、再び質問を繰り出す。

 

「断る? なぜです?」

「あの小僧どもはまだまだ弱い。見どころはあるが……」

 

 ローストビーフを十数枚一気に頬張り、さらに白米を掻き込んでプレデターは静かに語る。

 

「儂に勝つ事はない」

「だからこそあなた様に頼んでいるのですがね」

「……儂の願いを忘れたとは言うまい、スペルビア」

 

 箸を置き、鋭い眼光を繰り出す。

 

「儂は(ツワモノ)との戦を望む。力ある命を喰らい尽くす事、それが我が人生よ」

「しかし彼ら五人は既にCytuberを何度も落としていますよねぇ。あなた様が負けないとは言っても実力は十分なはず、何が不服なのですか?」

「素知らぬ顔をするつもりか、たわけが」

 

 プレデターは一度舌打ちをすると、腰に帯びた太刀を抜き、テーブルの上に立った。

 

「お前の魂胆を見抜けぬ程、儂は老いておらん。大方……仮面ライダー共を倒した後はハーロットを殺させ、その後でアクイラを復活させるつもりだろう」

「おやおや流石ですね」

「まだ空惚けを続けるつもりなら、まずはお前から斬って捨ててくれよう」

 

 ゆらぁ、と刃が妖しく光を放つ。

 老齢の見た目に反した雄々しく猛々しい闘気が、スペルビアやハーロット、そして都竹に叩きつけられた。

 そうすると、口元に薄い笑みを貼り付けるだけだったスペルビアも、仮面の隙間から睥睨した。

 

「確かにプレデター様なら私と良い勝負ができるでしょうねぇ」

 

 剣呑な空気が流れ、都竹の息を呑む音だけが聞こえる。

 直後、スペルビアの柔和な笑顔が空気を弛緩させた。

 

「そこまで仰るのであれば、良いでしょう。あなた様に頼むのはやめにしましょう」

「なに?」

 

 半ば脅しつけるような口調。しかしスペルビアは笑顔を絶やさない。

 戦意を削がれた様子で、だが苛立ち混じりにプレデターは刀を納めた。

 

「何を企んでおる」

 

 その問いかけに頭を振り、肩を竦めてスペルビアは答える。

 

「気にする必要はありませんよ。あなた様のやる気が出るまでは活動休止とさせて頂くだけですので」

 

 疑いの視線が解ける事はなかったが、プレデターは深く溜め息を吐くと、机から降りて背を向けた。

 

「……よかろう。ならばもう無駄な詮索はしない、帰らせて貰う」

「どうぞご自由に」

 

 プレデターの姿が消える。それをしっかりと確認してから、スペルビアは唇を釣り上げながら、四人の方を振り返った。

 

「ところで、折り入ってあなた方にお願いしたい事があるのですが……」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「いやぁー、悪いねぇ。手伝って貰っちゃって」

 

 同日、昼間。

 浅黄は陽子と共に、地下研究施設の開発室で作業に勤しんでいた。

 その作業とは、タブレットドライバー用の強化装備の構築。そして、それと同時に使用するV3タイプのマテリアプレートだ。

 最初にV3を完成させた鋼作と琴奈はまだ学業で忙しいため、独自にリボルブの新装備を作り上げた陽子を頼ったのである。

 

「それは良いんですけど……驚いた。まさか、そっちもV3を作ってたなんて」

「にひひ。ウチだって、ジェラスとの戦いの後で遊び呆けてたワケじゃないんだよねぇん」

 

 そう言って椅子にもたれかかって、直後に「あたた」と背中を押さえる。

 ノーブルとの戦いで負った傷が、まだ完全に癒えていないのだ。

 陽子はそんな彼女の様子を心配しつつ、浮かんだひとつの疑問を投げかけた。

 

「どうしてプレートが一枚だけなんですか?」

 

 背中を擦りつつ、浅黄はゆっくり答え始める。

 手伝っていたのはマテリアプレートの調整。しかし、彼女自身が指摘した通り、その数は一枚のみ。しかも浅黄が使うものではなく、翠月のために用意されたものらしい。

 浅黄が作製している装置の方も、ひとつだけだ。

 

「ウチはほら、変身しても戦うのあんまり得意じゃないタイプじゃん? だったらゲッちゃんに任せた方が上手くいくと思ってさ。最近はデジブレインも強くなってV2タイプも通じなくなり始めてるし」

「いや、そんな事は……」

「あ、勘違いしないでよ。別に卑下してるんじゃないからさ」

 

 ズレた眼鏡を掛け直しつつ、作業を再開する浅黄。それを見て、陽子も同じくマテリアプレートの調整に移った。

 

「ウチが倒せなくてもさぁ、ゲッちゃんや翔くんたちならきっと何とかしてくれる。だからウチは皆を支えられるように、少しでも勝ち目を広げられるようにサポート役に徹したいんだよ」

 

 そう言った後、浅黄は「それにね」と続ける。

 

「ゲッちゃんがこの力を使いこなせれば、もう誰にも止めらんないよ。どんなデジブレインにだってね!」

 

 自身に満ち溢れた頼れる言葉。

 陽子も、もしも翠月がV3を手にすればこれほど頼もしい味方はない、と考えていた。

 浅黄は預かり知らぬ事だが、翔が新たな力に覚醒し、アクイラに近づきつつある今。リボルブリローデッドと同等以上の仮面ライダーがいれば、力の抑制も楽になるはずなのだ。

 

「でも、そろそろ休憩にしません? お昼ご飯まだでしょ?」

「んー……まぁ、そうだねぇ。今日中に完成させなきゃいけない理由なんてないし」

 

 うーん、と伸びをして、浅黄は陽子と共に席を立った。

 陽子のN-フォンから呼び出し音が届いたのは、その時だった。

 

「鷹弘から?」

「おっ、なにぃ? ラブコール?」

 

 茶化されて照れ笑いしながら、通話に応じる。

 しかし、向こう側から聞こえてきたのは切羽詰まったような緊迫感のある声色だった。

 

『陽子、マズい事になった! アシュリィが……!』

「どっ……どうしたの!? アシュリィちゃんに何かあったの!?」

『アシュリィが拐われた!』

 

 N-フォンから漏れ聞こえた声を耳にして、浅黄は表情を凍りつかせる。

 二人は急ぎ、彼の待つ駅前の広場へと足を運ぶのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 それは、鷹弘が駅近くのラーメン屋で昼食を摂った後の出来事だった。

 研究施設に戻るために散歩がてら歩いていると、曲がり角でばったりとアシュリィに出会ったのだ。

 鷹弘の顔を見て彼女は目を丸くしつつ、不思議そうな声を発する。

 

「あれっ、タカヒロだ」

「……お前こんなところで何してんだ? ガキが一人で出歩いてたら補導されんぞ」

「ガキじゃないし」

 

 彼女はそう言って、むぅっ、と可愛らしく頬を膨らませる。

 そういうところが子供っぽいと言いかけたが、それを飲み込んで、改めて鷹弘は問い質す。一体何の用事で駅まで来ているのか。

 しかし、彼女は問われても首を傾げるばかりだった。

 

「……呼ばれた、から?」

「呼ばれたぁ? 誰にだよ」

 

 訝しむ鷹弘の声に、やはりアシュリィは首をひねる。

 

「分かんない」

「……どういう事だ」

「ほんとに分かんない。何か、頭の中で声がして……気付いたら、ここに」

 

 そう言って、アシュリィは眼帯で隠れた右眼を指で押さえる。

 一体アシュリィの身に何が起きているのか。ともかく彼女を家まで送ろうと考えた、その直後。

 突然、地面から彼女を取り囲むように竹が伸び生えた。

 

「え」

「なにっ!?」

 

 驚きつつも鷹弘はヴォルテクス・リローダーを抜き、目の前の竹に向かって発砲する。

 しかし、その銃撃は当たらなかった。頭上から、巨大な水の塊が勢い良く鷹弘へと放たれたのだ。

 

「チッ!」

 

 横っ飛びでかわし、銃を構えて周囲に目を配る。

 怪しい動きをしている者や、デジブレインは見当たらない。が、今のは間違いなくCytuberやデジブレインの仕業だ。

 鷹弘が周囲の警戒を続けながら竹を破壊できないか考えを張り巡らせていると、地面からせり上がっていた竹が、まるで手品のように一瞬で消滅した。

 その中にいたはずのアシュリィさえも。

 

「アシュリィ!? おい、どこだ!? アシュリィ!!」

 

 目を剥いて、鷹弘は彼女を探し続ける。

 しかし、結局アシュリィが見つかる事はなかった。

 

 

 

 以上が、アシュリィが拐われた顛末である。

 浅黄と陽子らに合流した後も必死で捜索したが、彼女が見つかる事はなかった。

 地下研究所の休憩室で、鷹弘は項垂れている。今その場に集っているのは、翔や響や鋼作に琴奈、そして浅黄と陽子だ。

 

「すまねェ……俺がついていながら」

 

 歯を食いしばり、鷹弘は絞り出すように声を発する。

 翔の表情は険しい。しかしそれは鷹弘に対する怒りからではなく、アシュリィの事をひどく心配しているためだった。

 

「アシュリィちゃんが、そんな……」

 

 翔だけではなく、琴奈や陽子も大きくショックを受けている。浅黄も困ったように唸り声を上げていた。

 一方、響は冷静だ。

 

「だが、誰が何のためにあの子を? 姿は見なかったんですか?」

「影も形もなかったが、攻撃はあった。デジブレインやCytuberの仕業に違いねェ」

「となれば、サイバー・ラインに連れ去られたと見るべきか……」

 

 そんな響の言葉の後、いても立ってもいられなくなったのか、翔が立ち上がる。

 

「翔! どうする気だ」

「……分かってるでしょ、兄さん。アシュリィちゃんを探しに行くんだ」

「無茶だ、サイバー・ラインのどこにいるかまでは分かっていないんだぞ! 闇雲に探しても意味はない!」

「でも僕はあの子を助けなきゃいけないんだ! アシュリィちゃんの居場所になるって決めたんだ……!」

 

 大きな動揺を見せる翔。彼の姿を見て、浅黄はある出来事を思い出していた。

 アシュリィがデジブレインの姿に変異した後、行方をくらました時。その時も彼は激しく心を乱し、翠月とは殴り合いにまで発展したのだ。今の彼はその時の状態にそっくりだ。

 そこで、浅黄はハッと顔を上げる。

 

「ねぇ、ゲッちゃんは? メッセージ送ったのにまだ返信来ないんだけど」

「なんだか知らんが、まったく連絡がつかねェんだよ。警察だし忙しいんだろうがな」

 

 溜め息混じりに鷹弘が言うが、それを聞いた浅黄は一抹の不安を覚える。

 確かに忙しい立場にいる以上は彼と連絡がつかなくなる事もあるだろうが、返信はおろかメッセージの既読状態にすらなっていない。そこが妙だと感じているのだ。

 だがその時、鷹弘のN-フォンに着信が入る。

 電特課に所属する協力者、宗仁からだ。彼はすぐさま応答し、通話を始めた。

 

「もしもし?」

『鷹弘、やべぇ事になっちまった』

「……何があった」

 

 深刻な様子の宗仁と、鷹弘の声色が変わったのを聞いて、一同も表情を引き締めた。

 

『サイバー・ラインのゲートが出て来たんだよ、警察署に!』

「なっ……」

 

 その言葉を耳にして、浅黄の表情が一変。焦りと困惑に染まり、声が大きくなる。

 

「ゲッちゃんは!? 今どこにいるの!?」

『……警察署がサイバー・ラインになってんだ、分かるだろハッカーの嬢ちゃん』

 

 全員が同じ結論に到達する。最悪の事態に。

 

『課長はサイバー・ラインに閉じ込められちまってる!!』

「やっぱり……!」

 

 浅黄の表情が青ざめていく。アシュリィだけでなく翠月までも囚われとなってしまったのだ。

 翔ほどではないが彼女も心を乱し、それを察して鷹弘は二人を手で制した。

 急ぎ街中に調査員を送り込み、状況を確認しようというのだ。その上で、二人の救出に向かう。

 そうして約10分の後、報告が届く。N-フォンでその様子を聞き、鷹弘は頷いてから通話を打ち切った。

 

「どうやらサイバー・ラインに変わってるのは警察署だけじゃないらしい。っつーかむしろ警察署がオマケだな」

「どういう事ですか?」

「サイバー・ラインに変わってんのは『道場』だ。警察署の中にもあるだろ、柔道やら剣道やらの教室が」

 

 それを聞いて、翔も納得した様子で頷いた。

 しかしそうなると、厄介なのは警察官だけではなく教室に通う子供も囚われている可能性が高いという事だ。

 翠月が守ってくれれば良いが――鷹弘は、そんな淡い希望を抱いていた。

 そんな中、顎に手を添え、唸りながら思索している陽子を見つける。

 

「うーん、これって偶然なのかな」

「陽子?」

「あ、いやホラ。アシュリィちゃんが拐われた直後じゃない、道場が領域の入口になったのって。なんかすごくタイミングが良いような気がして……」

 

 陽子の話に鷹弘と響は顔を上げ、合点がいった様子で頷き合う。

 

「偶然じゃないかも知れませんね」

「ああ。アシュリィをその領域に閉じ込めて、俺たちを誘い出すつもりなのかも知れねェな」

 

 そう言った後、鷹弘は振り返って全員に号令をかける。

 

「罠だろうが何だろうが関係ねェ! 今すぐ警察署に向かうぞ! そこで英警視とアシュリィと合流して、向こうに送られた人たちを取り戻す!」

『了解!』

 

 鷹弘の指揮のもと、一行はバイクや車両を使って急行する。

 こうして、新たなCytuberの領域への侵攻作戦、並びに人命救助作戦が開始されるのであった。

 

 

 

 現場に到着したホメオスタシスの面々は、すぐさま侵入部隊を編成した。

 今回は翔・鷹弘・響を中心とし、まだ負傷が治り切っていない浅黄は鋼作および琴奈、そして陽子を含む数名のエージェントと共に拠点で待機。

 拠点は前回と同じく、入口のすぐ傍に建造される事となった。

 

「それにしても、なんなんだこの領域は?」

 

 周辺を見回しながら、響が言う。

 前回のカジノとは打って変わって、この領域は最初からひどく荒廃しているのだ。

 空がドス黒く濁っているのはいつも通りだが、まるでそれを引き立てるかのように淀んだ空気が流れている。

 火薬や硝煙や燻った炎の臭いと、錆びた鉄のような臭い。地面はよく踏み均されており、何やら鉄や木の残骸のようなものが散らばっている。

 

「いや……これは」

 

 鷹弘がその残骸をひとつ拾い上げる。

 それは、折れた刀の一部だった。よく見れば他の残骸も、槍や弓と矢、そして旗などといったものだ。

 いずれも進駒(ストライプ)の時のような西洋的な物品ではなく、どちらかといえば古い時代に日本で使われていた品々である。それらから判断して、鷹弘は結論を下す。

 

「この領域は『合戦場』なのか」

 

 響も同じ結論に到達したらしく、鷹弘の言に頷いている。

 しかし、ここで新たな疑問が湧いてくる。

 

「一体誰が管理してる場所なんでしょう? 残りは羨望と貪食と淫蕩だったはずですが」

「ああ。今までのCytuberの領域に比べて、どうも噛み合ってねェっつーか、この領域と欲望との繋がりってヤツが見えて来ねェな」

 

 物思いに耽る二人。が、そんな思考を翔が引き裂く。

 

「今はとにかく、アシュリィちゃんや英さんのいる場所を探しましょう」

 

 全員が首肯した。ここで考えていても答えが出ない以上、まずは調査に動くべきだと判断したのだ。

 すると、マテリアパッドから伸びたケーブルをレドームートンに挿してキーボードを操作していた浅黄が声を上げる。

 

「ちょいっとフォトビートルを飛ばして空から調べてマップ作ったんだけど、けっこー色々と怪しいところがあるんだよね」

「怪しいところ?」

 

 翔に問われると、彼女はパッドを操作して三人のマテリアフォンにマップデータを送り込んだ。

 地図によれば、この戦場には四つほど拠点として陣幕が張られており、さらにそこに数多くのデジブレインの反応があるのだ。

 そこからさらに指を走らせれば、日本式の大きな城が建っている。城下には小さな寺もあるようだ。

 

「この城の中に領主がいると見て間違いなさそうですね」

「もしアシュリィちゃんがいるとしたら、多分城だと思う」

 

 浅黄からの助言を受け、方針が定まった。鷹弘は翔と響に向き直る。

 

「そういう事なら陣地を避けて城を目指すぞ。敵の頭も間違いなくそこにいるはずだ」

『はい!』

 

 返事と同時に三人は動き出す。中でも一番気合が入っているのは、翔だ。

 アシュリィを助けるためなら命さえ賭けてしまうだろう。誰の目から見てもそう感じる程に、彼の瞳は凄まじい熱量を持っている。

 翔が先頭に立ち、ホメオスタシスは城へと向かった。

 

「さぁ、急ぎましょう!」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 それと時を同じくして、領域の城内の最上階。

 この『貪食の古戦場』の主であるプレデターは、そこで食事を摂っていた。

 今回はジンギスカンだ。巨大な専用の鍋を用意し、野菜やラム肉を山のように乗せている。

 

「……む?」

 

 そんなプレデターの耳に、虫の翅音が届く。

 見れば、窓の外から銀色の蝿が入り込んでいた。

 蝿はプレデターの肩に留まると、何かを伝えようとしているかのように翅を鳴らし続ける。

 

「なんだと?」

 

 直後、プレデターは眉を吊り上げて立ち上がり、窓から外を見下ろした。

 小さな動く影が三つ、城の目前にまで近付いている。非常に遠目だが、プレデターにはその正体が分かった。

 翔・鷹弘・響の三人組だ。

 

「仮面ライダー共がなぜここに」

 

 目を丸くするプレデター。それもそのはず、彼は自らの領域を開いてなどいないのだ。更地となった他のCytuberの領域から侵入する事も不可能ではないが、それでも広大なサイバー・ラインから彼の領域を見つけるのには相応に時間がかかる。

 また彼の願いの関係上、道場や警察署が入口になる事は確定しているが、本人の意思や許可と無関係にゲートが開く事など本来なら起こり得ない事だ。

 だが、もしも。その『起こり得ない』を覆す手段があるとするならば。

 

「まさか」

 

 木製の窓枠を握りつぶし、吐き捨てるようにプレデターが呟く。

 

「おのれスペルビアめ。謀りおったな……!!」

 

 Cytuber以外にサイバー・ラインを管理し、自在に行き来できるスペルビアならば、強制的にゲートを開く事ができてもおかしくはない。

 というよりも、こんな事をするのは彼しかいない。恐らくハーロットも関与しているはずだ。

 スペルビアはプレデターを『やる気にさせる』つもりで、あえて身を引いたフリをしていたのだ。

 

「……良かろう、ならば望み通りにしてやる」

 

 腰に差した刀を抜き払い、プレデターは最上階から飛び降りる。

 ライダーたちを迎え撃つために。

 そして心の中で、その次はスペルビアとハーロットを討つ事を誓うのであった。

 

 

 

 一方、翔たちは道中で特にデジブレインと邂逅せず、城の目前まで到着する事に成功していた。

 領主が警戒していないためなのか、全く敵が姿を見せない。

 陣幕の方ならばデジブレインもいるのかも知れないが、仲間や住民が拐われている以上、今の彼らにそんな余裕などないのだ。

 

「ここが敵の根城か……」

 

 そう言いながら、翔は正面にある大きな門の前に立つ。

 固く閉ざされており、いくら力を込めても開く気配がない。

 不思議に思って良く観察してみれば、門には四つの鍵穴がある。これで解錠しなければ開かないようだ。

 

「四つも必要なのか。思ったより厄介だな」

「敵陣営の数と一致しているという事は、そこに鍵があるかも知れませんね」

 

 鷹弘と響が真面目な顔で話し合っている、そんな時。

 翔は門の前で右腕を掲げた。

 一瞬、彼が何をしているのか二人には理解できなかったが、右腕に集まる青いノイズを見てすぐに察した。

 

「このバカ野郎!! 何やってんだ!!」

 

 叫びながら鷹弘は翔の腕に組み付き、妨害する。

 彼はアクイラの力を使い、門を無理矢理開こうとしていたのだ。

 無論、翔と響は力を使い続ければどうなるのかを知らない。それでも、再三に渡って警告し続けていたはずなのだ。

 

「こうしないとアシュリィちゃんを助けられないじゃないですか!」

「力を使わずに入る方法がある! だったらわざわざ危険を冒す必要はねェだろうが!」

「あの子はもっと危険な目に遭ってるかも知れないでしょう!? グダグダと時間をかけるワケにはいかない!!」

「そのために自分の命を投げ出す気か!? ふざけた事を抜かしてんじゃねェぞ、クソッタレが!!」

 

 睨みつけながら鷹弘は翔の胸倉を引っ掴む。しかし、翔も負けじと鷹弘の腕を握り締める。

 

「そんなやり方を続ける気でいるなら今すぐ帰れ……!」

「そっちこそ……!」

 

 このままでは殴り合いになりかねない。そう判断して響が間に入ろうとした、その時。

 まるで爆発でも起きたかのような衝撃と地響きと共に、背後からもうもうと砂煙が巻き上がる。

 

「なっ!?」

 

 あまりの出来事に愕然とし、全員が同じ方向を見た。

 そこに立っているのは、刀を構える武骨な老人。その姿を、そして特徴を、進駒や律から聞いて三人は知っていた。

 Cytuber二位、貪食のプレデター。七人の中でも『最強の武力』を持つ男。

 

「こ、こいつが……あの!?」

 

 先程まで言い争っていた事も忘れ、鷹弘と翔は互いに手を離してプレデターに注意を向ける。

 

「如何な理由で我が領域に侵入したのかは知らぬが」

 

 チャキ、と太刀の刃先を翔の方に真っ直ぐ向ける。

 正眼の構えだ。

 

「儂の城に足を踏み入れるという事がどういう意味なのか……分かっておるであろうな?」

「くっ!」

 

 プレデターが発する凄まじい闘気に気圧されつつ、翔たちはアプリドライバーを装着する。

 そしてマテリアプレートを起動しようとしたその寸前、プレデターは刀を投擲した。

 

「うわっ!?」

 

 飛んで来る刀を慌てて避ける翔。その隙に、プレデターはマテリアプレートを取り出し、先手を取って起動した。

 

《ブシドー・ブリード!》

執甲(シッコウ)

Roger(ラジャー)! マテリアライド!》

 

 音声入力と同時に現れたのは、拘束具を纏う獣じみたシルエットのデジブレイン。

 さらにプレデターの首に輪の形になったロープがかけられ、それが首を絞めつける。

 

《ブシドー・アプリ! 獣面刃心、トランスミッション!》

 

 デジブレインが分解され、縄の千切れる音が鳴る。そして、サイバーノーツへの変化が始まった。

 顔面を覆うのは『獅子口』と呼ばれる、トラやライオンを表現する際に使われる獣の如き凶悪な形相の能面。その両眼が藍色のハエの複眼のようなバイザーで覆われる。

 そして体は髑髏の意匠が随所に施された虎柄の甲冑で包み、左腰には新たに日本刀を携えている。腰からは、陣羽織のようにハエの薄翅らしきものが垂れ下がっていた。

 貪食の鬼面獣(グラットンブルート)。これが、プレデターの変異した姿である。

 

「未熟な果実と言えど、戦を仕掛けるのならば容赦はせん。死んで貰うぞ小童ども」

 

 再びグラットンは腰の刀の柄に手を添える。

 ただそこに佇んでいるだけだというのに、その佇まいには、全くと言って良い程に隙がなかった。

 しかし、今更それで怯む仮面ライダーたちではない。

 

「やれるモンならやってみやがれ!」

《ラプターズ・フリート!》

「『最強の武力』とやらがどれ程のものか、見定めてやる」

Arsenal Raiders(アーセナル・レイダーズ)!》

「どの道倒さないといけないなら……今、ここで!」

《チャンピオンズ・サーガ!》

 

 各々手に取ったマテリアプレートを起動し、それをドライバーにセット。その場に電子音声が響き渡る。

 

『変身!』

「変……身!」

Alright(オーライ)!》

 

 マテリアフォンをかざし、三人同時に変身に移行する。光に包まれ、翔たちの姿が変わり始めた。

 

《羽撃く戦艦、フルインストール!》

《迷宮の探索者、インストール!》

《語り継がれし伝説、インストォォォール!》

 

 前回と違い、アズールとリボルブは最初からV3の力で変身を行った。

 それでもすぐに攻撃は仕掛けない。進駒たちの話を事前に聞いていたので、グラットンを警戒しているのだ。

 だが、グラットン自身は違った。

 

「すぐに仕掛けぬか、彼我の実力差を見極める程度の力量はあるようじゃな。流石にここまで来るだけの事はある……が」

 

 タンッ、と踏み込む音。

 その一足で、グラットンは一瞬にしてアズールたちとの距離を詰めた。

 

「えっ!?」

「雛鳥が相手ではな」

 

 そして、高速の抜刀。

 三人とも腕や武器を盾代わりにして攻撃を防ごうとしたものの、一歩遅かった。

 たった一度の斬撃でアズールたち全員の胴を捉え、跪かせた。

 

「がっ、ぐっ!?」

「どうした。この程度で音を上げるか」

「そんなわけ……ないだろ!」

 

 振り向いて弓を引き、既に納刀しているグラットンへと矢を放つ。

 しかし目前まで迫った光の矢は、先程と同じ速度で放たれた抜刀術によって砕け散った。

 

「なっ!?」

「思ったよりも歯応えがない……見込み違いか」

 

 どこか残念そうにグラットンが言った。

 今の翔は、アシュリィがいなくなってから心が乱れている。変身者の精神状態が戦闘能力に反映されるライダーシステムの仕様上、本来の戦闘能力を出し切れていないのだ。

 それでもこれまでのデジブレインやCytuber相手ならば負けない程度の強さを持っていたはずだが、今回は相手が悪すぎた。

 

「ふん!」

「ううっ!?」

 

 続けて放たれた斬撃を弓で受け止めるも、あまりの威力にアズールは膝をついた。

 このままでは倒されるだけだ。窮地に陥った彼を、リボルブとキアノスは見捨てない。

 ヴォルテクス・リローダーとフェイクガンナーの銃口を向け、グラットンへと発砲する。

 

「む」

 

 こめかみに撃ち込まれた銃弾が、ほんの一瞬だけ彼の動きを止める。その隙に、アズールは距離を取った。

 そして止まっている間に、リボルブはシリンダーを五度回転させ、撃鉄を押し込んでマテリアフォンをかざす。

 

《スクロール! ヴァルチャー・ネスト! フレイミングフィニッシュコード!》

「喰らいやがれ……!」

Alright(オーライ)! ヴァルチャー・マテリアルボンバード!》

 

 燃えるハゲワシが、大きな蹴爪を伸ばしてグラットンへと飛来する。

 しかしグラットンは慌てる事なく首を鳴らし、刀を地面に突き刺して、トランサイバーGのボタンを押し込んだ。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 すると、刀がボコボコと泡立ったかと思うと、銀色の小さな羽虫のように変化し、周囲からも同じものが無数に現れる。

 蝿だ。それも普通の蝿ではなく、鋼鉄の蝿。

 虫たちはグラットンの両手に集まると、長い斧槍(ハルバード)の形を取る。

 

「何っ!?」

 

 グラットンはその斧槍を縦横無尽にふるい、炎の巨鳥を霧散せしめた。

 ブシドー・ブリードのファーストコード。それは、鋼鉄の蝿を使って武装を作る力。

 

「なるほど。雛鳥にしては歯応えがある者もいるようだ」

 

 そう言いながら、グラットンは穂先をリボルブの腹部に叩き込む。

 

「がはっ……!!」

「だが、儂には勝てんな」

 

 吹き飛ばされ、リボルブは背中を壁に打ち付ける。その一撃で、彼は地面に倒れ伏した。

 アズールも弓で射ようとするが、攻撃は間に合わない。槍を顔面に叩き込まれ、さらに胸に突きを受け、変身が解除される。

 

「ぐ、うっ……」

 

 次に、グラットンはキアノスを倒すべく目を配った。

 しかし、それは叶わなかった。

 

Fake Armed(フェイク・アームド)……オクトパス・スキル、ドライブ!》

 

 黒い煙幕が銃口から噴出し、視界を覆う。グラットンは舌打ちしつつ、斧槍を回転させて竜巻を起こした。

 その時既に、キアノスだけでなくリボルブも翔もその場から姿を消している。

 グラットンが最後の一人であるキアノスを討とうとする前から、勝てないと判断した彼は既に撤退行動に移っていたのだ。

 

「儂が次の対峙を許す事になるとはな……退き際をわきまえて最善の行動を取る者が一番厄介だ。あの男、見た目より手強い」

 

 溜め息と共に、プレデターは変異を解除する。それに伴って斧槍も蝿となり、そして刀に戻る。

 

「だが、もう一度来れば今度は逃さん」

 

 そう言って、プレデターは再び己が城の中へと戻るのであった。




「う……?」

 薄暗い、天井から降り注ぐ桃色の光だけが照らす部屋の中。
 瞼を擦りながら、アシュリィはその場所で静かに身を起こす。
 ここはどこで、一体何があったのか。怯えつつもゆっくりと思い出す。

「そうだ、確かタカヒロと話した後」

 突然地面から竹が伸び、檻のようになって自分を捕らえた。
 その後は、気絶してしまっていた。

「ここはどこなの……?」

 そう言って、立ち上がって部屋を歩き回ろうとする。しかし、硬くて丸い『何か』に足を取られて転んでしまった。

「痛っ」

 膝を擦りながら、彼女はその『何か』を振り返る。
 それは、アシュリィ自身の足を拘束するための鉄球がついた足枷だった。

「えっ!?」

 さらにじっくりと周囲に目を凝らしてみると、アシュリィは自分のいる部屋の入口が鉄格子となっている事が分かった。
 つまり彼女は今、牢屋の中にいるのだ。それも、身動きを取れないよう拘束された上で。

「なに、これ」

 誰に対してではなく呟いた瞬間、アシュリィの呼吸が荒くなる。頭を抱え、目を見開く。
 何かが頭の中に入って食い込んでくるような、そんな感覚。フラッシュバックする、覚えのない映像。

「違う」

 違う。これは記憶だ。失われていた記憶の断片が、頭の中に流れ込んでいるのだ。
 頭に浮かぶ映像は、今と同じく鎖に繋がれた自分の姿。そして、目の前には長い黒髪の大きな女性の姿。
 誰だかは分からない。しかし、映像の中に見えるものとこの部屋は同じだ。
 そうだ。自分はこの場所に来た事がある。

「……違う!」

 違う違う違う、違う。
 アシュリィは心の中で、頭の中で、叫んでいた。ここに来た事がある、というのは何かが違う。
 それに、この女性が大きいのではない。どちらかといえば、自分が小さくなっているのだ。
 流れ込んで来たのは、未だ記憶の断片のみ。だが。まさか、まさかまさかまさか。
 そうだ。ここは、ここは、私は、ここで――。

「ここで……うまれた……?」

 長い沈黙。長い長い恐怖、困惑。
 牢屋の中で、彼女の心臓の鼓動だけが響き渡った。


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EP.37[四つの鍵]

 アシュリィと翠月、そしてサイバー・ラインに送られた人々を探し、ゲートと化した警察署から潜入したホメオスタシス一行。

 しかし辿り着いたその領域の主は、最強の武力を持つと呼び声高いプレデターだった。

 古戦場でプレデターが変異したサイバーノーツ、グラットンブルートと対決するも、彼の力に翔たちは手も足も出ず、退却するしかなかった。

 そして、今。

 響の機転によって窮地を脱した翔と鷹弘は、城から離れている閑散とした村のような場所に辿り着いていた。

 

「すいませんでした、静間さん」

 

 小さな民家の屋根の下、戦いの後で冷静になったのか、翔は頭を抱えながらそう言った。

 

「思わず熱くなりすぎてしまいました。自分を抑えられなくなって……どうして僕はあんな事を……」

「それより、今はプレデターの方が問題だろ」

 

 鷹弘はそう言うと、響の方を見て問いかける。

 逃げ延びる事が出来たのは彼のお陰だが、何を理由にその判断を下したのか。それを知りたかったのだ。

 

「お前はどう思う。ヤツに何を感じた」

「直接プレデターと対峙してハッキリ分かりました。仮に俺たちが万全の状態で、仮面ライダーの五人全員が揃っていたとしても、絶対に勝ち目はありません」

 

 言葉通りにハッキリと即答した響に、鷹弘だけではなく翔も目を見張る。

 話を続ける彼の頬には、一筋の汗が伝っている。

 

「さっきはなんとか隙を作る事はできましたが、逃げ切れたのはプレデター自身が一切本気で戦ってはいなかったのと、ほとんど運が良かっただけですよ。彼が本気でかかっていれば……間違いなくあの場で全滅していたでしょうね」

 

 類稀な戦闘センスを持つ響でさえ、そこまでの危機を感じる程の男。

 思えば、確かにプレデターは必殺技どころか普通の攻撃のみで、ほぼ無傷のままリボルブの必殺技を軽々と無力化している。手の内もほぼ見せていない。

 彼の底が見えない強さを改めて認識し、二人も息を呑んだ。

 

「じゃあ……どうすんだ? 俺たちはお終いか?」

「そうではありません。今のは普通に真正面から戦いを挑んだ場合の話です」

 

 響の言葉に、鷹弘は頷いた。

 何か策を打てば、たとえそれがどれ程か細い道でも、勝ち目は残されている。響はそう言っているのだ。

 

「とりあえず、当面は鍵を入手する事を優先するべきだと思います。そのためには恐らく……」

「例の四つの陣地に向かう必要がある、か。どの道、警視とも合流しねェといけねェからな」

「英さんが城の中にいる可能性は?」

「その場合はプレデターも、俺たちじゃなくてそっちの方を先に対処しに行くだろ。だから多分、アシュリィにせよ警視にせよ、いるとすれば城外だ」

 

 今度は響が首肯する。

 方針は定まった。休憩を終えれば翔たちはすぐに村を離れ、鍵を手に入れるため各陣地へと襲撃をかけるのだ。

 まずはどこから向かうべきか。考えているところへ、鷹弘のマテリアフォンに浅黄から通信が入った。

 

『三人とも生きてる!?』

「なんとかな」

『じゃあ早速だけどひとつ報告! さっき城から南の方の陣地で、マテリアパッドの反応をキャッチしたよ!』

 

 間違いなく翠月だ。これで目指す場所も決まり、翔たちはマテリアフォンを手に取った。

 

「よし、行くぞお前ら!」

『了解!』

 

 鷹弘の号令のもと、三人はそれぞれマシンを呼び出して戦場を駆け抜けるのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 翔たちがサイバー・ラインに足を踏み入れるよりも前の事。

 一足先にプレデターの領域に迷い込んでいた翠月は、同じくここに入ってしまった警官たちを指揮し、偶然警察署に居合わせていた住民たちの護衛を行っていた。

 今、彼らは戦火で荒れ果てた廃村を拠点としてそこに留まっている。

 

「まさか警察署が領域に変化するとはな」

 

 そう言いながら、翠月はマテリアパッドを操作する。

 パッドの機能を使わずにサイバー・ラインに入ってしまったためか、どうやらゲートは開かないようだ。現実世界の方にも連絡がつかず、これでは住民を避難させる事もできない。

 翠月は舌打ちしつつ、次の策を考える。

 ホメオスタシスならばすぐに異変に気づき、ここまで来てくれるだろう。しかし、時間をかければ他の場所にいるであろう警官や町の住民たちも危険に晒される。

 おまけに、遠方には白い陣幕のようなものとデジブレインの姿も見えている。

 幸いにもまだ向こうは気付いていないようだが、翠月たちに気付けば襲ってくるだろう。だが、自分から打って出るワケにも行かない。

 

「となれば……」

 

 敵が攻めてくる前に迎え撃つ準備を済ませ、ホメオスタシスの到着を待つ。取れる手立てはそれしかない。

 戦えない者たちをすぐに安全な建物の中に避難させつつ、翠月はいつでも変身できるようタブレットドライバーを装着し、マテリアガンを持つ警官たちを村への侵入口に配置した。

 が、避難誘導の途中にそれは起こった。

 突然遠くで法螺貝笛の音が鳴ったかと思うと、陣幕のデジブレインたちが村に向かって進軍を始めたのだ。

 

「まずい、見つかったか!」

 

 避難はまだ完了していない。翠月はマテリアガンで武装した警官を率いて先頭に立ち、デジブレインを迎撃すべくマテリアプレートを起動・装填した。

 

《ノー・ワン・エスケイプ!》

「変身」

Oh YES(オゥ・イエス)! マテリアライド! ウォーゾーン・アプリ! 闘竜之技、アクセス!》

 

 雅龍へと変身した翠月が、槍を手に取って戦場へと躍り出る。

 目の前にいるのは甲冑や刀で武装したベーシック・デジブレインたち。強化されているようではあるが、彼の敵ではない。

 

《スタイランサー・スピアーモード!》

「フッ!」

 

 まるで伸び切った雑草でも刈り取っているかのように槍を振り、瞬く間に敵軍を一掃する。背後に回って倒しきれない者たちは、警官たちが撃って動きを止める。

 

「よし、これなら避難完了までに守り切れるか……!」

 

 そう呟いたのも束の間、雅龍の前に新たなデジブレインが立ちはだかった。

 黒々とした兜の下に鰐の頭を有する、刀を構える武将のような風貌。牙を光らせながら雅龍を見やるそれの名は、クロコダイル・デジブレインだ。

 こいつがこの軍団の親玉だ。雅龍はすぐに直感した。

 そこからの雅龍の判断は早かった。素速くスタイランサーを構え、攻撃にかかったのだ。

 

「喰らえ!」

 

 繰り出された槍の穂先が、クロコダイルの胴に命中。堅い甲冑をいとも容易く貫く。

 しかし、その一撃は、命中はしてもこのデジブレインを少しも追い詰めはできなかった。

 甲冑よりも硬くそれでいてぬらついた鱗が、槍の威力を散らしたのだ。

 

「くっ!?」

 

 槍を掴み、滑り込むような返す太刀が雅龍に襲いかかる。

 その切れ味は鋭く、雅龍のパワフルチューンの装甲に大きな傷を付ける。

 他のデジブレインよりも格段に強い。V2であるにも関わらず苦戦しているこの状況に、仮面の奥で翠月は歯噛みしていた。

 

「グルルラァァァ!」

「ぐぅっ!」

 

 刀の連撃が、容赦なく雅龍を斬る。一撃喰らう度に装甲が火花を散らし、傷を負う。

 その上で雅龍の槍はまるで通用していない。徐々に焦燥感が、彼の中に湧き上がって来る。

 さらに、畳み掛けるように敵の勢いは増していく。ベーシック・デジブレインの数が、警官たちでも相手にしきれない程に増え始めているのだ。

 

「がっ……!!」

 

 ベーシックたちの攻撃も受け続け、雅龍はついにスタイランサーを手放してしまう。

 しかしそれは負傷した事が理由ではない。彼が本気を出すためだ。

 

「刃が通らないのならば!」

 

 槍よりも鋭く放たれた拳打が、ベーシックやクロコダイルの鎧を粉微塵に砕く。

 斬撃が通じなければ、打撃を繰り出せば良い。元より彼は、中国拳法に精通しているのだ。

 突然に相手の戦い方が変わった事で、クロコダイルも対応できずに狼狽え、防戦一方となる。守りに構えた刀も、膝蹴りで叩き折られてしまった。

 

「グ、グロロ……」

 

 そして、動きの悪くなった隙を雅龍は見落とさない。

 

「そこだ!」

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! パワフルウォーゾーン・マテリアルパニッシャー!》

 

 手刀をクロコダイルの胸に押し当て、堅い拳を握ってごく短い距離でありながら凄まじい勢いの一撃を叩き込む。

 寸勁、またの名をワン・インチ・パンチ。

 必殺技によって右腕に溜め込まれたエナジーがクロコダイルの胸部にて炸裂し、轟音と共にその甲冑ごと肉体が爆ぜる。

 

「グオォォォッ!?」

 

 予期せぬ大きな負傷に、クロコダイルは戸惑いを隠せない様子であった。

 しかし鰐将軍の五体は未だ健在だ。超至近距離の一撃を耐え切ると、雅龍の腕と体を引っ掴んで持ち上げ、そのまま上空へと投げ飛ばした。

 

「む……!?」

「ガァァァッ!」

 

 空に逃げ場はない。クロコダイルは刀を持った両腕を大きく広げると、全身に闘気を漲らせる。

 闘気の塊でできた巨大な鰐の頭が、ずらりと牙の並んだ口を開く。このまま雅龍を噛み潰そうというのだ。

 だが。

 

《ジェットマテリアラー!》

 

 クロコダイルの遥か高い頭上で、雅龍がマテリアパッドを操作すると、その姿が空中でバイク及び機械犬(フレンドーベル)と合体する。

 タブレットドライバーで変身する仮面ライダーに備わった融合形態、ワイルドジェッターだ。

 これによって雅龍は自在な飛行が可能となる。クロコダイルの一撃から逃れるのも、思うがままだ

 しかし、彼は逃げない。再びスタイランサーを構えてマテリアプレードを装填すると、背中のタービンを全速で回転させ、風と共に猛スピードで真っ直ぐクロコダイル目掛けて降下していく。

 

《パニッシュメントコード!》

「終わりだ!!」

Oh YES(オゥ・イエス)! ウォーゾーン・マテリアルスティング!》

 

 緑色の輝きを放つ槍の一突きが、大鰐ごとクロコダイルの肉体を抉り抜く。

 甲冑が砕けて負傷している、鱗の割れた部位を貫いたのだ。先程までは刃が通らなかったが、今ならばやれる。そう思って雅龍は動いたのである。

 

「グ、ギッ……ィィィ……」

 

 致命的なダメージによって、無念の断末魔と共に、デジブレインの姿が消滅していく。

 そして完全に霧散すると共に、クロコダイルの立っていた場所に青色の鍵が落ちた。

 

「なんだこれは?」

 

 将軍が消えて散り散りに退却するベーシック・デジブレインの軍団を尻目に、変身を解いた翠月がそれを拾い上げた。

 用途は不明だが、恐らく何か意味のあるものなのだろう。そう思って、彼は鍵を懐にしまう。

 その直後。戦場に似つかわしくないバイクのエンジン音のようなものが、翠月の耳に入り込んだ。

 まさかまたデジブレインが現れたのか。警戒して再びタブレットドライバーを装着しようとするも、音の聞こえる方角を見て、すぐに中断する。

 

「彼らは……!」

 

 そこにいたのが、それぞれのマシンに乗る翔や響や鷹弘というホメオスタシスの仮面ライダーだったからだ。

 翠月はすぐさま彼らの方へと駆け寄り、翔たちもバイクから降りて翠月の元へ走る。

 

「英警視!」

「良かった、無事だったんですね!」

 

 声をかけられ、翠月は無言で頷く。これまでの互いの状況整理も兼ねて、この場で情報共有する事となった。

 まず、アシュリィがサイバー・ラインへと拐われた事。領域の入口の出現と翠月・アシュリィが消えた時期が重なっている事から、ここにいる可能性が高いという事。この領域の主はプレデターで、城の中に居を構えている事。

 そして、大勢の民間人が巻き込まれている事だ。

 

「まずは現実世界への避難を終わらせないといけない」

「それが済んだら城に入るための鍵を見つけに行きましょう」

「鍵……これの事か? 先程デジブレインを倒した時に落としていったぞ」

 

 そう言って翠月が青い鍵を見せると、おおっと声を上げて鷹弘が拳を握る。

 

「やっぱデジブレイン共が持ってんだな、この調子で全部奪うぞ!」

 

 全員が了解し、次の目標が定まった。

 二手に分かれて東西の陣幕にいるデジブレインを討ち、鍵を手に入れる。その後北の陣幕を目指し、挟撃によってここの鍵も奪取するという作戦だ。

 続いて戦力の分配、V3を持つ二人が別々に行動する方が良いという結論に達し、東には翔と翠月、西の方は鷹弘と響が担当する事となった。

 

「そっちはお前に任せたぞ、翔」

「うん。兄さんも、静間さんと一緒に頑張ってね」

 

 そう言って、天坂兄弟は右拳同士をこつんと重ね合わせた。

 そんな二人を尻目に、鷹弘も翠月に声をかける。

 

「一応言っておくが……プレデターが出張って来たら即退散してくれ。今は相手にできねェ」

「了解した」

 

 かくして、鍵を入手するために一行は動き出した。

 特に張り切っているのは翔だ。アシュリィを助け出すため、翠月と共に急ぎマシンを走らせて急いで敵陣に向かっている。

 しかしあまりにもパルスマテリアラーの速度が速いので、心配になって翠月は彼に声をかける。

 

「翔くん、スピードを出しすぎだ。マシンの音で敵に気づかれてしまうぞ」

「どちらにしても戦うんですし、気にしない方が良いんじゃないですか?」

「それはそうだが……逸る気持ちは分かるが、くれぐれも冷静にな」

「大丈夫です、自分で言うのも何ですけど僕は冷静ですよ」

 

 一瞬翠月の方に目を向けながら、翔は言った。ヘルメット越しに見えた彼の目は、確かに正気のように思える。

 だが、アシュリィが姿を消した後の翔の様子を決して忘れたワケではない。今は無事でも、後々何かよからぬ事が起こるかも知れないという予感があるのだ。

 

「……見えてきましたよ!」

 

 そうしている内に、二人の視界には東の陣幕が映る。

 向こう側も翔たちの存在に気付いたようで、武器を手に進軍を開始している。

 兵たちを指揮しているのは、大きな尻尾と尖った前歯を生やしている茶色いリスのデジブレイン。しかし一般的な可愛らしいリスのイメージとはかけ離れており、毛並みは激しく乱れ、丸々とした瞳のような形状のバイザーの奥には血走ったグロテスクな鋭い眼が見える。

 両腕の強靭な鉤爪と刀を突きつけて、そのスクアラル・デジブレインと兵は真っ直ぐに襲いかかって来た。

 

「変身!」

「変身」

Alright(オーライ)! マテリアライド!》

 

 しかし大軍を前にしても翔たちは怯まない。

 マシンに乗りながらもすぐにマテリアプレートを取り出し、それぞれアズール チャンピオンリンカーと雅龍 パワフルチューンへと変身を遂げた。

 

「そぉりゃあっ!」

「セァッ!」

 

 アズールセイバーとスタイランサー、そしてバイクの車輪をベーシック・デジブレインに叩きつけ、二人は縦横無尽に突き進む。

 狙うは将軍のリス。頭であるこのデジブレインさえ倒してしまえば、敵軍は散り散りになるだろうと判断したのだ。

 

「ギキキィーッ!」

 

 しかし敵の軍勢の攻め手も激しい。

 スクアラルの叫び声と共に、彼によって統率されたデジブレインたちは一斉に矢を放つ。槍や刀の反撃もあり、身動きが取りづらいため、ライダーたちも流石にマシンから降りざるを得なくなった。

 

「そりゃあっ!」

 

 パルスマテリアラーをデータの状態に戻して、アズールは素速く剣と弓の刃をデジブレインの兵に叩き込む。

 素速い斬撃は、群がるデジブレインたちを見る見る内に消し飛ばす。

 しかし、これもスクアラルの狙い通りだった。バイクという機動力を失い、足軽たちの相手に疲れ果てたところを一気に叩く、という作戦なのだ。空に逃げても、弓で射落とせばいい。

 この目論見そのものは正しい。ただし、アズールの形態が通常のブルースカイリンカーやV2だったならば。

 

「……ギ?」

 

 アズールが、全身にオレンジ色の光――ヴェスパーフォトンを纏って跳躍した、その直後。

 一瞬にしてスクアラル・デジブレインとの間合いを縮めた。

 消耗する体力やカタルシスエナジーを考えなければ、パルスマテリアラーを使うよりも、チャンピオンリンカーのアズール自身が動く方が速いのだ。

 そうして必殺の間合いに到達したアズールは、すぐさまアメイジングアローへと二枚のプレートをセットした。

 

《ツインフィニッシュコード!》

「これで決める!」

Alright(オーライ)! ロボットマジック・マテリアルエクスキューション!》

 

 炎と風、水と土の力を宿す斬撃がデジブレインの軍団を蹴散らし、消滅させる。

 スクアラルは咄嗟に両腕で防御した後、鉤爪を突き出して攻撃にかかった。

 だが続いて弓を引き絞って放たれた極光の矢が、たった一撃で胴を貫く。

 

「ギ、ギッ……」

 

 それでもなお、スクアラルは倒れない。消えない。

 体に風穴が空いたまま、アズールに向かって勢い良く爪を振り被った。

 

「うわっ!?」

「おのれ……!」

 

 爪を受け、アズールは体勢を崩す。それをカバーするように槍が突き出され、それを頭部に受けて今度こそスクアラルは消滅した。

 ベーシック・デジブレインたちが退散し、地面には赤い鍵が落ちる。これで二つ目だ。

 

「すいません、助かりました」

「気にする必要はない、作戦も順調に進行している事だからな」

 

 口ではそう言いつつも、雅龍はたった今の攻防に明確な違和を感じ取っていた。

 普段通りのアズールの必殺技なら、あのデジブレインは体を穿たれる程度では済んでいない。矢を受けた段階で跡形もなく消し飛んでいたはずなのだ。

 心の乱れが必殺技にも大きく影響してしまったのだろう、と結論づけるしかなかった。翔本人が自覚しているかどうか、という点については翠月にも分からないのだが。

 

「……ともかく、まずは調査だ。その後は手筈通りに移動しよう」

「はい!」

 

 まだ変身を解いた彼の言葉に頷き、アシュリィと被害者を探すべく翔は探索を開始する。

 陣幕には、縄で拘束された人々の姿がある。どうやら翠月たちと同じく迷い込んでしまい、デジブレインに見つかった後に捕まったようだ。

 そして、やはりアシュリィの姿はない。

 

「……避難を終わらせて、次へ行きましょう」

「ああ」

 

 平静を装っているが、やはり翔の表情は明るくない。アシュリィを見つけられず、助けられていない事にもどかしさと悔しさを感じているのだ。

 翠月もそれは読み取れているのだが、彼に対して何もできない。

 二人共やりきれない気持ちを抱えつつ、人々の避難を完了し、作戦遂行のために北の陣地へ向かうのであった。

 

 

 

 翔たちが予定通りに東の陣地に到着したのと同じ頃。

 鷹弘と響もまた、西にある陣幕で敵と交戦を始めていた。

 既にV3となったリボルブとキアノスが、背中合わせになりつつも甲冑姿のベーシック・デジブレインたちを射撃で次々に消滅させている。

 

「今までの連中よりは強ェみてェだが、やっぱプレデター本人に比べりゃ大した相手じゃねェな?」

 

 リボルブラスターとヴォルテクス・リローダーの二挺拳銃による一斉射撃を繰り出しながら、リボルブは言う。

 ものの数秒で敵軍は半壊状態だ。しかし、この陣地を守っている将軍の豚型デジブレイン、ピッグ・デジブレインは健在だ。

 ピッグ・デジブレインは鼻をフゴフゴと鳴らしつつ、二つの薙刀でキアノスに刺突・斬撃の波状攻撃を仕掛けている。

 

「こっちは中々手強いですね……でも」

 

 激しい連撃をフェイクガンナーとサーベルで悠々と受け止めたキアノスは、前蹴りをピッグの腹に食らわせると、一枚のプレートを取り出した。

 強力な攻撃が来る。それを察知して、ピッグ・デジブレインは防御態勢に移った。

 だがキアノスは手に取ったそれを武器に装填せず、目を離した隙にピッグの背後へと素早く回り込んだリボルブに投げ渡す。

 

「ピギッ!?」

「終わりにしてやるぜ」

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! センチピード・マテリアルカノン!》

 

 銃から放たれた炎の弾丸がムカデの姿を取り、長い体を使ってピッグ・デジブレインを拘束。

 そのままリボルブは、ヴォルテクス・リローダーのシリンダーを回転させ、さらなる必殺攻撃を行う。

 

《スクロール! イーグル・ネスト!》

 

 計六度の回転。燃える鋼鉄のムカデが絡みついて身動きがとれなくなっている間に、リボルブはマテリアフォンをかざし、必殺を発動した。

 

《フレイミングフィニッシュコード! Alright(オーライ)! イーグル・マテリアルボンバード!》

「消し飛べェ!!」

 

 銃口から飛び出した爆熱を纏う灼炎の荒鷲が、ようやく鎖を外した豚の将軍を燃やし尽くす。

 

「ブギィィィッ!?」

 

 転がり回って消し止めようとしても、鷲は執拗に追跡し続け、火の手を絶やさない。

 全身を丸焼きにされ、ついにピッグ・デジブレインは炭となって消滅した。

 

「かなり呆気なかったな」

 

 炭化した残骸の中から黄色の鍵を拾い上げ、鷹弘は言う。

 作戦は順調に進行している。後は翔たちと共に北の陣地でデジブレインを挟撃し、最後の鍵を入手するのみだ。

 そんな風に考えていると、陣幕で調査を行っていた響が、鷹弘へと声をかけてくる。

 

「静間さん、この陣地に囚われた人はいないようです」

「そうか。先を急ぐぞ」

「了解」

 

 引き続き作戦を進めるため、鷹弘と響は北の陣地へと歩き出す。

 だが、その時。

 地の裂けるような轟音と共に、東の陣幕が崩れ去り、二体のデジブレインが二人の前に飛び出した。

 

「キリキリキリキリキリ!」

「ギギチュチュチュチュ!」

 

 アゴにベットリとついた生クリームやお菓子の食べ滓を撒き散らしながら、シロアリに似た姿のデジブレインが威嚇する。

 このデジブレインは子供服のようなものを着ており、それぞれ胸に『HANSEL(ヘンゼル)』と『GRETEL(グレーテル)』と名前らしきものが縫われている。

 鷹弘は舌打ちしつつ、再びヴォルテクス・リローダーとマテリアフォンを手に取った。

 

「このタイミングで新手かよ……響、お前は先に行け!」

「静間さんは!?」

「こいつらをブチのめした後ですぐに追いかける! 今はお前だけでも作戦通りに行ってくれ!」

「……分かりました、お気をつけて!」

「俺はこいつらの相手をする。一人で充分だ」

 

 響は無言で重く頷き、マシンマテリアラーを駆ってその場を去る。

 二体のシロアリ、ヘンゼル・デジブレインとグレーテル・デジブレインは追跡に動こうとするも、その前にアプリドライバーを装着した鷹弘が立ちはだかった。

 

「どこへ行く気だ。テメェらの相手は俺がするっつってんだろうが」

《ラプターズ・フリート!》

「変……身!」

Alright(オーライ)! タクティカル・マテリアライド!》

 

 トリガーを引くと同時に、六体の鳥が弾丸のように鷹弘に命中し、炎と共に装甲を形作る。

 

《ラプターズ・アプリ! ホーク! ファルコン! アウル! レイニアス! ヴァルチャー! イーグル! 羽撃く戦艦、フルインストール!》

「すぐにブチのめしてやる!!」

 

 そうして猛禽のテクネイバーと合体する事により、仮面ライダーリボルブリローデッドは再度戦場に姿を現すのであった。

 変身を終えるなり、リボルブは素早くヴォルテクス・リローダーを抜き放つ。

 燃える弾丸は凄まじい速度でシロアリのヘンゼルに向かうが、グレーテルが地面に掌を叩きつけると、突如として土に変化が起こる。

 甘い匂いを放つ、プルプルとした黄色い物体。どう見てもプリンだ。

 まるでトランポリンのようにそれを踏み台にして、二体のデジブレインは跳躍し、銃撃を回避した。

 

「何っ!?」

「キリキリキリ!」

 

 続け様に上空から振り下ろされるヘンゼルの拳。リボルブは身を反らして避け、胸の装甲に掠める程度に留めた。

 しかし。

 

「うっ!?」

 

 その一撃によって、攻撃を受けた装甲の一部が僅かに融解する。

 否、変化しているのだ。真っ白な生クリームに。

 

「こいつらまさか……!!」

 

 リボルブが息を呑み、にじり寄って来るシロアリから遠ざかろうとする。

 ヘンゼルとグレーテルの能力の正体。それは『触れた物体を菓子に変える』というもの。土がプリンになったのも、装甲を生クリームに変えられたのも、その力の影響なのだ。

 今は仮面ライダーとしてデータの装甲を纏っているが、もしも生身で直接触れられたらどうなってしまうのか。

 リボルブにも予測できないが、それだけは絶対に阻止しなければならないと確信した。

 

「ギチュチュッ!」

「くうっ!」

 

 鳴き声を発し、二体のアリは交互に手を突き出して攻め立てる。

 腕の動きは素速く同時に繰り出されるが、リボルブは持ち前の反射神経でその攻撃を避け続けた。

 しかし仮面ライダーが人間である以上、常にスタミナという問題が付き纏う。いつまでもやり過ごせるとは限らない。

 

「だったら……!」

 

 左右からの波状攻撃をバックステップで逃れたリボルブは、そのままシリンダーを四回転させる。

 

《スクロール! レイニアス・ネスト! フレイミングフィニッシュコード!》

 

 必殺が発動する。それを危惧したようで、今度はヘンゼルとグレーテルが即座に回避行動に移る。

 リボルブの狙い通りとも知らずに。

 

「ここだ!」

Alright(オーライ)! レイニアス・マテリアルボンバード!》

 

 甲板部にマテリアフォンをかざして発動した、必殺の銃撃。

 無数の炎の百舌鳥は、ヘンゼルとグレーテルではなく、その足元や周囲の地面へと着弾した。

 

「ギギッ!?」

 

 爆炎が火の粉と砂煙を巻き上げ、デジブレインたちの視界を遮る。

 決定的な隙ができた。リボルブは続けてマテリアプレートを装填し、砂塵の先へと銃口を向ける。

 

《ブレイジングフィニッシュコード!》

「ブッ飛べ」

Alright(オーライ)! スーパーデュエル・マテリアルデストロイヤー!》

 

 再び燃え盛る銃弾が飛び出し、煙の中にいたヘンゼルとグレーテルにそれらが命中。吹き飛ばされ、地面を這う事となった。

 

「キ、キリィ……」

「これだけじゃ消滅しねェのか。だったらもう一発……」

 

 リボルブが追撃を行おうとした、その時。

 地面に手を触れていたヘンゼルとグレーテルは、そのまま土をチョコレートに変質させる。

 さらに二体がそれを口に含むと、必殺で受けた負傷がどんどん治癒されていく。

 

「チッ、マジかよ!!」

 

 これ以上は回復させるワケにはいかない。そう思って、リボルブは連続で放銃する。

 だがヘンゼルとグレーテルはそのまま地面を菓子に変えて地中へと潜り、逃亡を開始してしまった。

 二体は猛スピードで、菓子を食べて傷を治しながら掘り進んでいく。

 

「しまった!?」

 

 声を上げるが、もう遅い。デジブレインたちは既に地中からヴォルテクス・リローダーの射程距離外へと離脱してしまった。

 しかも、その進行方向は北。このままでは四人の合流地点である北の陣幕に向かう事になるだろう。

 

「クソッタレが、これじゃ挟撃どころじゃねぇぞ……!!」

 

 悪態をつきながら、リボルブはトライマテリアラーですぐさま追走を始めた。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同じ頃、アズールと雅龍は北の陣地に到着していた。

 敵はシャチに似た姿をした怪人。今までと同様に武装したベーシック・デジブレインを従える将軍だ。

 その腕力は他のデジブレインに劣らず。パワフルチューンの雅龍と真っ向から拳をぶつけ合い、勝利する程だ。

 

「やるな……!」

「ケケーッ!」

 

 鯱将軍、オルカ・デジブレインは、ぶんぶんと大槍を振り回して追撃とばかりに雅龍を薙ぎ倒す。

 

「ぐっ!」

「英さん!」

 

 窮地を察し、ベーシック・デジブレインの相手をしていたアズールは、オルカの背後から矢を放つ。

 しかし鯱の将軍は身を翻して光の矢を掴み取り、握り締めて砕いた。

 

「なっ!?」

「ケェケケケッケッ!」

「ぐあっ!!」

 

 オルカはそのままアズールの胸を槍で突くと、アメイジングアローを持った腕に強く噛み付いた。

 たまらず弓を取り落とす。その隙に、今度はアズールに拳が飛び掛かって来た。

 

「くぅっ、この!!」

 

 しかし殴られるばかりではない。アズールも負けじとオルカの胴を抉り込むように拳を突き出し、距離を取った。

 非常に攻撃的で狡猾なデジブレインだ。ベーシック・デジブレインにも、たった今の攻撃後の隙をついて弓と火縄銃による攻撃指示を出している。

 

「手強いですね」

「二人はまだなのか……!」

 

 オルカから離れつつベーシックを蹴散らし、アズールと雅龍は耐え忍ぶ。

 リボルブ・キアノスグループとの合流による挟撃。狙い通りに事が運べば、勝利は間違いないはずなのだ。

 今か今かと待つ間にも、オルカたちは激しく攻め立てて来る。ジリ貧と言う程ではないが、一撃の破壊力の高さは厄介だ。

 あまりの強さに、翠月も仮面の内側で汗を垂らした。だが、その時だった。

 

「すまない、遅れてしまった!」

 

 銃声が響き渡り、ベーシック・デジブレインたちが塵となって、一人の仮面ライダーが戦場に乱入する。

 西の陣幕から来たキアノスだ。背後からの奇襲で、敵軍を次々に打ち倒している。

 だが、そこにリボルブの姿はない。

 

「兄さん、静間さんは!?」

「新たに二体のデジブレインが現れて、俺を先に行かせてくれた。恐らくアレはハーロットのデジブレインだ」

「そんな……」

 

 ハーロットの配下のデジブレインはどれも強力な個体である事を、アズールは知っている。彼を案ずるあまり、その声は細くなっていた。

 しかし、キアノスはそんなアズールに向かって首を横に振った。

 

「翔、今は目の前の相手に集中するんだ。静間さんならきっと大丈夫だ」

 

 言われて、アズールは俯いて沈黙する。

 すると動きを止めた二人の間に、好機と見たのかオルカ・デジブレインが割って入った。

 狙いはキアノス。野太い腕で強引に押し飛ばし、槍を振り上げて貫かんとしている。

 

「させるか!」

 

 だが、手痛い攻撃で体勢を崩しつつも、キアノスは反撃を忘れない。

 素速くプレートをフェイクガンナーにセットし、グリップエンドを掌で叩いた。

 

《オーバードライブ! Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! アーセナル・マテリアルソニック!》

「喰らえ!」

 

 銃口から撃ち出された青い光の球体が、オルカに向かって突き進む。

 しかし命中するかに思われたその一発は、寸前のところで横っ飛びにより回避される。

 そして、その光弾の向かう先に立つのはアズールだ。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ブルースカイ・マテリアルスラッシュ!》

「そぉりゃあっ!」

 

 自身も必殺技を発動したアズールは、迫り来る光に向かって両手で剣を横薙ぎに振り被る。

 キアノスの必殺技を打ち返す事で、軌道を変化させたのだ。その目標は当然、無防備な背中を晒しているオルカ・デジブレインである。

 

「ケッ、ゲケェーッ!?」

 

 二人の連携必殺技で威力の増した強烈な一撃は、オルカの甲冑と背ビレを砕く。

 だが消滅には至らず。怒りを両眼に滾らせ、背後に立つアズールに標的を変更する。また攻撃が来る事を察知して、彼も剣を構えた。

 しかし、その時が訪れる事はなかった。

 

「……え?」

 

 突如としてオルカの肉体が変質していく。黒と白の逞しいマッシブボディが、甘い香りを漂わせる物体になっていく。

 両足はハチミツのかかったパンケーキ、腕はエクレア、胴体はアメやキャラメルの塊。そして苦しげに抵抗を続けていた頭部も、ついに生クリームだらけのワンホールケーキに変わってしまった。

 

「な、なに……が……?」

 

 あまりにも衝撃的な出来事に、翔は仮面の中で目を白黒させる。

 ところが変化はそれだけでは終わらない。菓子の肉体に変えられたオルカ・デジブレインは地面から伸び出た四つの腕に足を掴まれ、そのまま左右で真っ二つに裂けた。

 そして瞬く間に、地中から姿を現した二体のシロアリのデジブレインに捕食される。それに伴って出現した緑色の鍵も、ゴクリと飲み込んでしまう。

 キアノスが西の陣地で出会ったデジブレインたちだ。

 

「こいつら、静間さんと戦っているはず!?」

「じゃあ……静間さんは!?」

 

 なぜオルカ・デジブレインを喰らったのかは不明だが、状況は変わっていない。むしろ無傷の敵が増えて悪化している。

 この二体を倒さなければ鍵は回収できない。三人のライダーたちは武器を構えるが、そこへさらに追い打ちをかけるように、上空から二つの影が飛来した。

 

「なんだ!?」

 

 驚く雅龍。もうもうと立ち込める砂煙は徐々に晴れていき、闖入者の姿を露わにする。

 それは、戦場に似つかわしくない、艶やかに咲き誇る華。あるいは華美なる宝石のような、女性型の美しいデジブレインだった。

 一体は魚を思わせるような赤いドレスを纏っており、首からは赤い真珠で繋がれた貝殻のネックレスを提げている。脚部にはヒレのようなものもついているようだ。

 もう一体は、天女の羽衣を彷彿とさせる黄色い布を肩に羽織っているデジブレイン。満月の耳飾りが特徴的で、ドレスには笹の葉の意匠が見える。

 突然現れた彼女らに、三人は驚くばかりであったが、そこからさらに驚愕する事態が起こる事となった。

 

「クスクス……ごきげんよう、仮面ライダー様」

「みんなでさ、楽しいコトしよ?」

 

 ガンブライザーを装着していないというのに、人の言葉を話したのだ。これには全員が瞠目せざるを得なかった。

 一体彼女らは何者なのか。考える暇も与えられず、戦いは続く。




 貪食の古戦場に建てられた、ホメオスタシスの拠点にて。
 浅黄は仮面ライダーとグラットンブルートとの戦闘データを元に、再びタブレットドライバーの強化装備の構築に移っていた。

「今のままじゃ、誰もプレデターには勝てない……どうしたら……」

 そんな言葉を口にして、浅黄は大急ぎで作業を進める。
 彼女の見る限り、仮にこのV3用の装備が完成し、雅龍が使いこなせたとして、勝利の可能性はまだ五分五分だ。
 しかもこれはグラットンの残りのエフェクトを除いた場合の計算。未知の力である以上、計測不可能というのが正しいのだが、どちらにせよ勝つ見込みはさらに低くなる。
 が、それでも。それでも、何もしないよりはずっとマシになるはずだ。
 後はもっと勝率を高める方法を、作戦を立てる必要がある。

「考えろ、考えろ……ウチにはもう、これしかできないんだから……!!」

 ケガの痛みをこらえるように唇を噛み締めつつ、ズレた眼鏡も直さずに、浅黄は必死に知恵を絞って作業を続ける。
 翠月も、翔や響、もちろん鷹弘も。今はどこにいるか分からないアシュリィや、ホメオスタシスの者たち、そして電特課の警察官も。
 はみ出し者のハッカーである自分を受け入れてくれる、愛すべき友人たちを、絶対に死なせないために。


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EP.38[NEXTEND(ネクステンド)]

 プレデターの城を攻略するため、四つの鍵の収集に奔走していたホメオスタシスの一行。

 作戦通りに最後の北の陣地で挟撃を行うはずであったが、新たに現れた四体のデジブレインにより、頓挫してしまった。

 

「くっ、最悪だ……」

 

 順調に最後の鍵を手に入れるつもりが、ハーロットが仕向けた増援によって妨害されてしまった。キアノスは歯噛みしながら、フェイクガンナーを持つ手に力を込める。

 しかも、後から現れた二体のデジブレインは言語を解している。それがとても不気味に思えたのだ。

 状況としても三対四とホメオスタシス側にとって不利。それを察してか、アズールがすぐさま動き始める。

 

「こうなったら四の五の言ってられない!」

 

 右腕に青いノイズが集まっていく。思わず、キアノスが叫んだ。

 

「よせ翔、静間さんの言葉を忘れたのか!?」

「やらないと全滅するかも知れない! だったら……危険でもここしかない!」

 

 アクイラの力のひとつ、データ・アブソープション。データを吸収する事で、そのデジブレインが持つ能力を掻き消す効果を持つ。

 尤も翔はその力の名も正体も知らないのだが、ともかくこれを使えば敵の攻撃を封じ込める事ができる。オルカ・デジブレインを菓子に変えた能力を厄介と見て、使用に踏み切ったのだ。

 

「喰らえ!」

 

 以前と同じように青い光の奔流を放とうとするアズール。

 その瞬間。上空から突然に、歌が聞こえ始めた。

 戦場に響き渡る、透き通るように綺麗な少女たちの歌声。たったそれだけで、アズールの右腕に集まった青い光が萎んでいく。

 

「えっ!?」

 

 自分の右腕を、アズールは驚きながら見つめる。ノイズは既に消失し、再び力を込めても光は戻らない。

 これにはキアノスも、雅龍でさえも愕然としていた。

 

「今のはなんだ、何が起きたんだ!?」

「分からない……きゅ、急に腕から、力が抜けて……!?」

 

 歌は既に止んでいるが、声が聞こえた方向を視認すると、そこにはやはり二体の少女のデジブレインがいる。

 この歌の能力の正体がどうであれ、彼女らが放ったものである事は明白だ。

 ならば、これから先の脅威となる前に――。

 

「私が始末する!!」

 

 雅龍は叫び、片手に持ったスタイランサーを振り被って、空に漂う黄色い少女のデジブレインへと投げつけた。

 しかし、少女が手を前にかざすと、その一撃は地面から壁のように伸び出て来た十数本の竹により阻まれる。

 

「なんだと……!?」

 

 ただの竹に攻撃を阻まれた事実に驚愕しつつも、雅龍はすぐに跳躍して直接殴りにかかる。

 だが。その攻撃が届く前に、デジブレインは姿を消した。

 

「なっ!?」

「うふっ、どこを見ているんですか?」

 

 地面に降り立った雅龍が振り返ると、そこには一本の竹と、その上に立つ少女のデジブレインの姿がある。

 少女は再び手を前に掲げる。直後、彼女の周囲の何もない空間から、槍のように尖った竹が伸び、それが雅龍に向かって射出される。

 

「ぐあああっ!」

 

 仮面から聞こえる苦悶の声。キアノスは助勢とばかりに発砲するが、黄色のデジブレインが地面から竹を生み出すと、それが弾丸を遮断する。

 そればかりか、少女の姿が見る見る内に小さくなったかと思うと、彼女の足元にある竹の断面の中に入り込んでしまった。

 

「何っ!?」

 

 驚くキアノス。瞬間、攻撃を阻害した竹の中から、先程の少女のデジブレインが飛び出して来た。

 無論元の体格に戻っており、出現と同時にキアノスの顔面に蹴りを浴びせている。

 

「……竹から竹に穴を通って移動できるのか!?」

「くすくすっ、捕まえられるものなら捕まえてみて下さい?」

 

 挑発的な笑い声を上げ、少女は再び竹を生成する。

 そして、一同は思い出していた。アシュリィが拐われた時の顛末を。竹の檻が現れたという鷹弘の言葉を。

 

「こいつらが犯人か!」

 

 また何かされる前に手を打とうと、今度は雅龍がボウガンモードのスタイランサーで攻撃するが、矢弾は竹の中に吸い込まれて別の竹から放出される。

 竹の先端が向いた位置に立っているのは、キアノスだ。

 

「ぐっ!?」

「しまった!?」

 

 ボウガンの矢がキアノスの肩に的中。よろめいた彼に追い打ちをかけるように、今度は赤い少女のデジブレインが動き出した。

 周囲から水が集まり、それが右掌の前に集まって球状となる。

 そして砲弾の如く発射され、キアノスは水圧により後方へ吹き飛ばされた。

 

「がっ……!!」

 

 怯んだところへ、さらに飛びかかって迫り来るヘンゼルとグレーテル。しかしそうはさせまいと、デジブレインたちの前にアズールと雅龍が立ち塞がった。

 

「これ以上は好き勝手させない!」

「いつまでもかわし切れると思うな!」

 

 アメイジングアローから発射された輝く二本の矢が、ヘンゼル・グレーテルのコンビを射抜き、撃ち落とす。

 しかしヘンゼルもグレーテルも、地面に転がっている石を拾い上げると、それをマカロンやクッキーに変えて口内に放り込んだ。

 ただそれだけで、負傷はたちまち修復される。

 

「これじゃキリがない!」

 

 何度攻撃を重ねても回復され、さらには竹のトンネルを渡る事で回避される。おまけに攻撃能力の高い水圧弾を操るデジブレインもいる。

 だが、それでもアズールたちは諦めない。

 今の戦況で一番厄介な相手を見定め、キアノスはそのデジブレインに向かって斬りかかる。

 竹を生み出す少女のデジブレインへと。

 

「うふっ、そんな攻撃……」

 

 しかし少女は再び自身の背後に竹を生成すると、そこへ飛び込んで回避に動く。

 それを狙い澄ましたように、キアノスもプレートを手にしてサーベルに差し込み、そのまま剣を突き出した。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! センチピード・マテリアルスライサー!》

「ここだ!!」

 

 しなる鉄の鞭となった刀身が、少女の飛び込んだ竹を一緒に潜り抜ける。

 そして、移動先であるヘンゼルの背後で、彼女の体を絡め取った。

 

「えっ……」

 

 突然身動きが取れなくなり、そのまま少女は目の前にある竹へと引き寄せられる。

 すると再び空間移動が発動し、必殺技を構えるキアノスの前に立ってしまった。

 

《オーバードライブ! Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! アーセナル・マテリアルソニック!》

「ハァァァーッ!!」

 

 フェイクガンナーの銃口を少女の腹部にあてがい、必殺技を発動する。

 逃げ場のない至近距離から放たれた光の弾丸は、少女の体へと的確に破壊的な一撃を加えた。

 

「キャアアアアアッ!?」

「ツキミ!!」

 

 黄色のデジブレインの腹が黒煙を吹いているのを見て、赤い少女は名を叫びながら彼女に駆け寄った。

 しかし、そんな彼女の体を、無数の銃弾が突き刺す。

 

「いっ……!?」

「フィオレお姉様っ!?」

 

 二人の少女とヘンゼル・グレーテルの悲鳴。アズールたちは銃声の聞こえた方角へと視線を注ぐ。

 そこにいたのは、トライマテリアラーを駆るリボルブだ。運転しながらガトリング砲を操作し、雨霰と弾丸を放っているのだ。

 そればかりか、デジブレインたちが怯んだと見るや、今度はガトリングを自動操縦にしてマテリアプレートをヴォルテクス・リローダーに装填し、必殺を発動しようとしている。

 

「どこのどいつか知らねェが、デジブレインは全員ブチのめす! 三人とも避けろよ!」

「は、はい!」

《ブレイジングフィニッシュコード!》

 

 アズールたちがその場で伏せると同時に、リボルブの体から大きく高まったカタルシスエナジーが溢れ、銃へと集まっていく。

 そしてマテリアフォンを甲板にかざし、必殺技が発動した。

 

Alright(オーライ)! ダンピール・マテリアルデストロイヤー!》

「消えろォォォッ!」

 

 次の瞬間、赤く燃える無数の杭が、四体のデジブレイン目掛けて殺到する。

 直撃は避けられない。フィオレと呼ばれた少女が短く悲鳴を上げる。

 

「お姉様、ここは撤退を!!」

 

 ツキミがそう言って両腕を前にかざすと、彼女ら二体のデジブレインの頭上から赤い布がカーテンのように垂れ下がり、それがリボルブの炎を遮断した。

 とはいえ爆風や衝撃まで和らげる事はできず、二人は強大な一撃によって吹き飛ばされる。

 しかし、直後に自身の背後へと竹を生み出すと、その場から姿を消してしまった。

 

「チッ、倒しそこねたか。だが……」

 

 火の粉が舞い、砂煙が踊る中へリボルブがじっと目を凝らす。

 残ったデジブレインは二体、ヘンゼルとグレーテルのはず。

 しかし必殺技を放った地点を良く見ても、その二体の姿はなかった。

 

「な!?」

 

 よく見れば、地面に穴が空いている。また地中に身を隠したのだろう。と来れば敵が次に取る行動は決まっている。

 舌打ち混じりにリボルブは炎の翼を背負って飛翔、他の三人も武器を手に警戒態勢に移った。

 

「クソッタレが……!」

《スクロール! レイニアス・ネスト! フレイミングフィニッシュコード!》

 

 翼を広げつつ、シリンダーを回転させたリボルブは銃の先端を地面へと定める。

 顔を出したその直後に必殺技を放ち、逃げられないよう絨毯爆撃を行うつもりなのだ。

 地面が盛り上がり、亀裂とともに影が二つ躍り出る。

 

「今だ!!」

Alright(オーライ)! レイニアス・マテリアルボンバード!》

 

 隼をかたどった炎の弾丸が撒き散らされ、アズールたちも地上からその影へと矢や弾丸で攻撃を仕掛ける。

 しかし。一斉攻撃を受けたその影は、まるで水のように溶けて形を失った。

 

「なに!?」

 

 思わずリボルブは撃つ手を止める。

 良く見れば、自分たちが攻撃していたのはデジブレインではない。姿形を似せて作られた、飴細工だ。恐らく地中で土を捏ねて作ったのだろう。

 そして、今度は飛礫と共に本物のヘンゼルとグレーテルが飛び出した。

 ヘンゼルはグレーテルの背を踏み台にしてさらに高く跳躍し、瞬く間にリボルブの眼前まで接近する。

 

「しまっ……」

 

 触れたものを菓子に変える力を持つ、ヘンゼルの魔の手が迫る。

 貫手だ。心臓目掛けて抉り込むように、腕が近づく。

 

「くぅっ!!」

 

 だが間一髪、リボルブはその場で大きく身を反らす事によって致命的な直撃を回避する事ができた。

 ただし。その胸の装甲には、四本の指の痕がくっきりと残って生クリームに変わり、さらに内側から血液が勢い良く噴出した。

 

「チィッ……!!」

「静間さん!」

「大丈夫だ……掠った、だけだ!」

 

 そうは言いつつも、リボルブは胸を押さえて地上に降りる。

 戦闘続行不可能となるほど傷は深くないが、菓子を食えば傷を治せる敵とこのまま戦い続けても、ジリ貧になるだけだ。かと言って、鍵を掌握されている以上は無視して退却する事もできない。

 一体どうすればこの強敵に勝てるのか。武器を握りながら考えていたアズールが、再び賭けに出ようとした、その時だった。

 

『おまたせ! そっちにゲッちゃんいる!?』

 

 浅黄から翔のマテリアフォンにそんな通信が入った。

 変身した状態のまま、翔は短く肯定する。

 

『じゃあ今から送るものを渡して! 完成したから!』

「え……?」

『良いから、ほら!』

 

 言われるがまま、マテリアフォンに転送された二つの物資を手に取る。

 ひとつはライトブルーのクリアパーツをベースとして、龍の正面の顔がメタリックシルバーカラーで装飾されたマテリアプレート。もうひとつは、上部にスイッチが付いている、黒いグリップ状のジョイスティックのようなものだ。

 アズールはそれらを、雅龍へと投げ渡した。

 

「英さん、これを! 浅黄さんからです!」

 

 受け取ったその道具を見て、雅龍は仮面の奥で頬を釣り上げる。

 

「なるほど。ついに完成したか」

 

 そう言って、雅龍はまずタブレットドライバーからアプリチューナーを外し、さらに握ったジョイスティックのスイッチを親指で押し込む。

 

《マテリアル・ネクステンダー!》

「新たな力……試させて貰うぞ、浅黄」

《セット! ネクスト・ジェネレーション!》

 

 アプリチューナーがなくなったスロットに、マテリアル・ネクステンダーと名乗ったそのジョイスティックが差し込まれると、雅龍の赤い装甲が外れ、ボディに水色のカラーラインが走り始める。

 雅龍は続いて、新たなマテリアプレートを起動する。

 

凍龍伝綺(ブリザード・ドラゴンズ・ロード)!》

 

 スイッチを押した瞬間、パワフルチューンの赤い装甲が消滅し、凄まじい冷気が雅龍の周囲に張り巡らされる。

 すると、ただならぬ気配を感じ取ったのか、リボルブにトドメを刺そうと向かっていたヘンゼルとグレーテルが足を止める。そして、今度は雅龍の方へと向き直った。

 その間に雅龍も、起動したプレートをドライバーに差し込み、マテリアルセンサーへと指を伸ばす。

 

《ドント・シンク・フィール! ドント・シンク・フィール!》

「ネクステンド」

Oh YES(オゥ・イエス)! ネクステンデッド・マテリアライド!》

 

 危険を察知した二体のデジブレインが、雅龍へと飛びかかった。

 それと同時に頭上からメタリックな東洋風の白銀の龍が舞い降り、咆哮と爪撃によってデジブレインを足止めした後、その体を分解させて装甲に変える。

 

《ブリザード・アプリ! 絶対零度の雪顎争覇! 龍氷鳳武、エクストラアクセス!》

 

 雅龍の立つ地面に雪の結晶のような紋様が浮かび上がると同時に、全身が白銀の装甲に、腕先や脚先など末端部はノズルの付いた淡く光る透明なライトブルーの装甲で覆われる。

 そして両目がオレンジ色に染まり、新たな姿に変じた雅龍のボディから、吹雪にも似た冷たい突風が放たれる。

 たったそれだけで地面が凍りついて霜が立ち、ヘンゼルとグレーテルは身を震わせる。

 

「仮面ライダー雅龍転醒(ガリョウテンセイ)……推参!」

 

 勇ましく名乗りを上げ、雅龍はスタイランサーを振って構える。風と共に雪のような銀粉がその場に舞い、地面の凍結が進行する。

 

「さぁ、どこからでも来い」

 

 挑発するように左手の人差し指をクイクイと動かした。

 それに苛立ったのか、ヘンゼルもグレーテルも、両腕を振り上げて雅龍に襲いかかった。

 

「キリキリ……」

「ギチュチュチュチュ!」

 

 触れれば敵を甘味に変える両腕。左右からの素早い猛攻を、雅龍は状態だけを動かしていとも容易くかわし続ける。

 これにはアズールも、そしてリボルブとキアノスも目を剥いた。

 

「す、すごい! あんなに手強い相手だったのに、簡単に避けてる!」

「確かにな。あの姿、V3だけあってマキシマムチューンとは比べ物にならない戦闘力だ」

 

 そう言いつつも、キアノスは「だが」と続ける。さらにリボルブも首肯した。

 

「本当にたったそれだけなら、同じV3の俺たちだけで倒せたはずだぜ。なんか秘密がありそうだな」

 

 確かに、とアズールも頷いて戦いを見守る。

 すると再びマテリアフォンから着信音が鳴り響いた。浅黄からだ。

 

『ふっふーん! いやぁ鋭いねふたりとも』

「浅黄さん?」

『あの凍龍伝綺(ブリザード・ドラゴンズ・ロード)にはね……ゲッちゃんにしか使いこなせない、特別な調整がされてるんだよ』

「特別な調整?」

『見てれば分かるよ』

 

 そんな会話をしている内にも、戦いは続いている。

 雅龍は相変わらず攻撃を避け続けており、その速度は先刻見た時よりもずっと速くなったように思える。

 

「……いや、違う……!」

 

 アズールが首を横に振った。リボルブ・キアノスらも同様だ。

 強化されたとはいえ、ただ雅龍が速くなったのではない。むしろその逆で、ヘンゼルとグレーテルの動きの方が遅くなっているのだ。

 徐々にではあるが、二体の腕から繰り出される攻撃速度は、当初のそれよりも明らかに落ち込んでいる。まるで動きすぎて疲労しているかのようだ。

 

「キ、キリィ!?」

「キチュチュ!?」

 

 ヘンゼルもグレーテルも自身の異常を察知したらしく、攻撃を中断して距離を取る。

 一体何が起きているのか。そう思ったアズールがヘンゼルたちの体を凝視すると、ある事に気がついた。

 

「アレは……」

 

 ヘンゼルとグレーテルの手や足に、点々と白い模様のようなものが付着しているのだ。

 正体にはすぐに思い至った。

 先程までの冷気と照らし合わせて考えると、これは霜だ。

 

「まさか!」

 

 アズールはハッと目を見開く。

 デジブレインたちの体の動きが鈍くなっていたのは、疲労などでは断じてない。体が凍りつつあったために、腕力も運動能力も激減していたのだ。

 直後、示し合わせたかのように浅黄が得意げに話し始める。

 

『アレが仮面ライダー雅龍転醒の能力……凍結(フリーズ)だよ』

「フリーズ?」

『そ。ゲッちゃんの気の流れを操るとかって言う拳法、アレはトランサイバーとかガンブライザーを使ってるような生きた人間には通用するけど、デジブレインや仮死状態の人間相手にはあんまり効かないでしょ? その欠点を補うための力なんだよ』

 

 曰く、今の雅龍は超低音の微細な冷却液『サスペンドブラッド』を噴霧して全身に纏う事によって、接近した敵の肉体を凍らせるのだという。近づけば近づくほど濃度は高くなり、凍る速度も上昇する。

 これは、以前にホメオスタシスの面々が交戦した、フュアローミュージシャンの熱操作能力を参考にして作成されたものだ。

 

『でも、それだけじゃないんだよ』

 

 このサスペンドブラッドは、雅龍の精神が維持されている限り常に放出され続け、さらに至極小さな結晶体でありながら、デジブレインを凍結させるデータを内包している。たとえ冷気に耐性を持っていようと、この粒子に触れた時点で内部の凍結データが起動し、最終的には動作が停止するのだ。

 それはさながら、利用中のPCが突然停止する『フリーズ』と呼ばれる現象と同じように。故にこの能力も凍結(フリーズ)と呼称されている。

 しかし、リボルブはまだ納得していない様子だった。

 

「それが雅龍の弱点とどう関係してんだ?」

『ふふふ、まぁ見てれば分かるよ』

 

 浅黄の発した言葉と同時に、それまで避けるだけだった雅龍は大きく動き出す。

 疾走してヘンゼルとの距離を大きく詰め、拳で突いた。彼の素早い動きに対して、ヘンゼルは左腕を使って防御を試みる。

 そして命中の瞬間。その左腕は、肩まで凍結して砕け散った。

 一部始終を目撃していたリボルブは、仮面の奥で唇を釣り上げる。

 

「なるほどな、そういう事か」

「静間さん?」

「蓋を開けてみりゃ、まぁ単純な話だな。あのサスペンドブラッドってのは、警視の拳法と同時に使えばデジブレイン共の体内に流し込めるんだよ」

 

 それを聞いて、アズールも得心が行ったように数回頷く。

 確かにその方法であれば、生物以外にも有効な攻撃手段となるばかりではなく、あのプレデターでさえも倒し切れるかもしれない。少なくとも、彼はそう判断していた。

 

『し・か・も! サスペンドブラッドにはまだまだ秘密があるんだよ! 見せちゃってゲッちゃん!』

「フ……良いだろう」

 

 雅龍はスタイランサーのトリガーを引きながら、穂先を地面に突き刺して仁王立ちする。

 一方、左腕を失ったヘンゼルと、サスペンドブラッドによる凍結状態から抜け出すため共に距離を取って戦線離脱していたグレーテルは、地に手をついていた。

 石や地面の一部を菓子に変えて食らう事で、回復を図ろうというのだ。

 しかし、いつまで経っても能力は発動しない。どちらが何度手をついても結果は同じだった。

 

「無駄だ。貴様らの腕は既に『凍結(フリーズ)』している」

 

 二体がハッと顔を上げ、雅龍は槍を引き抜いた。

 

「機能が停止した以上、腕を介しての能力も発動しない。観念するんだな」

「キ、キリ……ギィィィッ!」

 

 能力を使えない以上、もはや回復の手段は絶たれている。

 逃げるしかない。ヘンゼルとグレーテルは、踵を返して退却を開始した。

 が、二体ともその足が止まってしまう。見ると、既に膝から下が凍り始めているのだ。

 これがサスペンドブラッドの秘密。スタイランサーから発せられるインクにもこれが混ぜ込まれており、先程地面に突き刺した時、既にヘンゼル・グレーテルの立つ位置の周辺に染み込ませていたのだ。

 

「終わりだ」

 

 スタイランサーの先端をインクで丸く固めて鉄球を作り、右肩で担いで、雅龍はゆっくりと二体の前に立つ。

 両足は完全に凍結が終わり、腕も動かなくなっているようだ。

 そこへさらに追い打ちをかけるべく、左腕を前に掲げる。

 直後、腕の末端部、つまり袖にあたる位置に仕込まれたノズルからインクが噴き出した。

 無論サスペンドブラッドが混ぜてあり、ヘンゼルとグレーテルは全身にこれを浴びて完全に凍結。一切の動作を封殺された。

 

「ふん!」

 

 そして、インクで作ったハンマーの一振りで、必殺技を使うまでもなく二体同時に粉々に砕いた。

 後に残ったのは、音を立てて落ちた小さな緑の鍵だけだ。

 

「す、すごい……圧倒的だ」

 

 変身を解除した翔が、呆然と呟く。

 三人がかりであれほど苦戦した相手を、相性の問題もあるとは言っても同じV3で呆気なく消滅せしめたのだ。

 衝撃的な事態であるが、何より心強いとも感じていた。

 

「これで鍵は揃ったな。あとは」

「あとはプレデターですね」

 

 鷹弘と響が互いに頷き合う。

 プレデターは未だに雅龍の戦いを見ておらず、サスペンドブラッドの存在さえ知らないため、不意を突ける。

 チャンスは今このタイミングしかないのだ。

 

「浅黄、あんたは来れるか?」

『ん……ごめん、実はウチまだケガが治りきってなくてさ……一仕事できたし、ちょっと休憩させて貰って良い? 間に合いそうならそっち行くから』

「そうか。じゃあゆっくり休んどけ」

 

 鷹弘は通話を打ち切り、改めて集まった三人に向き直る。

 

「鍵も揃ったんだ。これでやれるはずだ……行くぞ!」

『了解!』

 

 四人はもう一度城へ向かってマシンを走らせた。

 その背後、戦場の上空を、鋼の小蝿が追跡しているのも知らずに。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 約十分後、ホメオスタシス一行はプレデターの城下に到着する。

 目の前にあるのは四つの鍵を必要とする錠前。翔はそれにひとつひとつ鍵を差し込み、解錠していく。

 そして最後の鍵が解かれたその瞬間、錠前が消失し、扉は解放された。

 全員の表情が引き締まり、警戒態勢になる。だが、この場に敵のデジブレインが現れる事はなかった。

 

「……やけに静かだな」

「城内は警備が手薄みたいですね?」

「まぁその方が都合は良い。あの時は上から落ちてきたし、どうせ野郎は最上階だろ。さっさと行こうぜ」

「そうですね。アシュリィちゃんの居場所も倒した後で白状して貰いましょう」

 

 そんな会話を交え、先へ先へと四人は進む。

 彼らが調べる限り地下へ続く階段などは存在せず、牢屋なども確認できない。ただ、上階への道だけは開かれている。また、やはり敵の姿もない。

 そして、最上階への階段に足を踏み出した、その時。

 四人の頭の中で、突然記録映像のようなものが流れ始める。

 

「これは……」

 

 今までと同じく領域の主であるCytuberの記憶だ。しかし、今回の記録はどこか古めかしく、全体的にセピア色に近い風景だった。

 そこは畳の敷かれた少しばかり貧相な家で、机には新聞が置かれており、年号には『昭和14年』とある。

 

「昭和14年は西暦換算で1939年だから……」

「……って、80年以上も前の記憶か!? コイツ何歳だよ!?」

 

 もしも本当に1939年だとすれば、この男は100歳を超える事になるのだが、この人物こそ間違いなくプレデターのはずだ。

 驚きながらも、四人はこの記憶に注視した。

 

 

 

 新聞を広げて読んでいるその男の姿は、30代のように見える。眉間に皺が深く刻まれており、手には竹刀ダコがくっきりと浮かんでいる。

 男は軍服を着用しており、当時の状況から考えても戦時中である事が見て取れた。

 名前は万福 武蔵(マンプク タケゾウ)というようだ。

 

『改造手術……でありますか?』

 

 記憶は日本軍の軍事施設、そのとある一室に切り替わる。

 武蔵の目の前には、二人の男が立っていた。そのうちの一人は彼の上官で、もう一人は白衣を纏った科学者じみた風貌の男だ。

 

『うむ。脳や神経細胞を演算装置とし、全身を機械化する事で兵器として運用する。戦車や戦闘機の操作も射撃精度も精密になるし、上手く行けば大きな戦果が期待できるだろう。我々はこれを完全機人兵計画と呼んでいる』

『その被検体に自分を?』

『君は身体的に至って健全で、何より文武に優れている。他にも何名か募るつもりだが、成功すれば君がその機人兵軍を率いる事になるだろう』

 

 上官の男はそう言った後、頭を振ってさらに述懐する。

 

『今すぐに決断してくれとは言わない。簡単な話ではないからな、覚悟ができたら返事を――』

『いえ、やります。是非やらせて下さい』

 

 武蔵の言葉を聞いて、上官も科学者の男も目を丸くした。

 

『本当かね? 提案した私が言うのも何だが……今ある自分の体を捨てる事になるんだ、もう少し考えてからでも遅くはないと思うぞ?』

 

 心配そうに声をかける上官だが、武蔵は強い決意の眼差しのまま、首を横に振る。

 

『国のためにと捧げたこの命、今更惜しくなどありません。二度と食事ができなくなるのは心残りですが……』

 

 上官の男は涙ながらに下唇をキュッと締め、科学者と共に深く頷く。

 

『よく言ってくれた、君のような大和魂を持つ男こそ国の宝だ。ご家族には私から説明しておく。必ず成功させよう』

『ハッ!』

 

 そう言って武蔵は敬礼し、科学者と共に部屋を後にした。

 改造手術によって肉体のほぼ全てを機械化した存在、それが完全機人兵(フル・サイボーグ)。武蔵は望んでこの手術を受けた。

 国のためというのは事実だが、何よりもこの戦争に勝利するために。弱肉強食は世の常、勝利するにせよ敗北するにせよ、弱き国民を守りつつ何らかの形で国の強さを示す事ができなければ侮られるのみだ。

 かくして無事手術は完了し、ワニやトラと言った獰猛な生物との戦闘能力試験を経て、武蔵は部下や同僚と共に戦い続けた。戦争が終結するのには、およそ六年の月日が流れる事となった。

 しかし、この戦いで武蔵ら完全機人兵は中心的な活躍を担っていたものの、英雄として迎え入れられたのかといえば、そうではない。

 

『……本当にすまない、万福くん。君には申し訳ないのだが……機人兵の存在を公にする事はできないという上からの指示なんだ。大人しく従って欲しい』

 

 記憶の流れは戦争後の時期まで飛躍する。

 戦いによっていくらか機人兵は失われたものの、生還を果たした武蔵を出迎えたのは、あの上官だ。しかし、彼の持つ銃の照準は武蔵に合わせられている。

 機人兵は多くの戦果を挙げたが、同時に多くの人間の命を奪ってしまった。戦争が終わった今、その責任が命ある存在の彼らに降り掛かってきたのだ。

 

『自分は……処刑されるんですか?』

『そうならないための処置をする。新たな任務だ。君たちはこれから……極秘の倉庫の中で眠りについて貰う』

『え?』

 

 この上官の言うところによれば、機人兵を人間ではなく兵器として扱う事で、彼らの存在を秘匿しつつ廃棄を免れるというのだ。

 無論、脳だけは生体なので冷凍保存する必要がある。早い話がコールドスリープという事だ。

 

『いつになるかは分からん。しかし、何年かかろうとも必ず君たちを外に戻す。それが許される世の中になるように尽力すると約束する』

『……分かりました。我々が目覚め、外に出るその時までに……今よりも日本が、世界がより良い場所になっている事を願います』

『ああ、任せてくれ』

 

 その返事と共に、一同は敬礼する。

 順番に専用のカプセルの中に収容され、機械の肉体ごと凍結。深い、深い眠りにつく事となった。

 だが。

 

『おやおや。まさかこんな面白いものがあるとは』

 

 突如として脳裏に響き渡った声に、目を開かざるを得なかった。

 カプセルの小窓の外にはいない。というよりも、ガラスが曇って向こう側が見えない状態だ。

 しかし、男の声は確かに聴こえる。

 

『誰だ』

『サイボーグとしては少々古い型ですが、全身に至るまで改造とはとても興味深い。脳もまだ……えぇ、生きているようですねぇ』

『おい貴様、何者だと訊いているんだ! 答えろ!』

 

 武蔵が叫ぶと、声の主はくつくつと笑いながら返事をする。

 

『落ち着いて下さい。私の名はスペルビア、あなたをここから外へご案内しに来ました』

『なに? どういう事だ、日本はどうなった? 本当にもう良いのか?』

『扉のロックは既に解除できたはずです。まずは一度カプセルから出て下さい、その方が分かりやすいでしょう』

 

 言われて、渋々ながら武蔵は腕を動かして装置の扉を開けた。

 機械の体なので当然ではあるが、眠っていた状態であったにも関わらず、腕は問題なく動く。多少軋むような音がする程度だ。

 あれから一体どのくらい時間が経ったのだろうか。一年や二年か、まさか五年だろうか。多少の不安を心に抱えながらも、武蔵は声の主の方を振り返った。

 そして、絶句した。扉の前に人がいない事ではない。寂れきった倉庫の状態、そして自分以外のカプセルの電源が落ちている事だ。

 

『何が起きている!?』

『驚きましたね? あなたがここで眠っている間、実に50年以上もの時が経過したのですよ』

 

 声は、コールドスリープ用の機材のスピーカーから聞こえている。しかし、既にそんな事など彼にはどうでも良かった。

 

『50年だと!?』

『ええ。誰も手入れしなかったせいで機材もホコリまみれですし、ネズミやら何やらがケーブルを噛み千切ったようですねぇ。あなたの部下は全員死んだようですよ、ここで身動きが取れないまま』

『バカな……!!』

 

 武蔵にとって考えられない事だった。

 上官はかつて、ここから出られる世の中に変えると言っていた。必ずその約束を守れるかどうかはともかくとしても、定期的な点検や清掃を怠るはずはないと思っていたのだ。

 しかし、現にこの倉庫は廃れつつある。武蔵自身、生き残れたのが奇跡だと思える程に。

 

『データによれば、あなたをここに収容した上官は殺されたのだとか』

 

 スペルビアと名乗った男の声が響くと同時に、その姿が立体映像として現出する。

 顔には孔雀の仮面を被っていた。

 

『フル・サイボーグの運用実験の非人道性について指摘された末に処刑されたのだとか』

『なんだと……』

『早い話が、今まで守って来た国に裏切られたのですよ。あなたもね』

 

 武蔵は自分の視界が歪み始めるのを感じた。

 それなら。

 それなら、自分たちは何のために苦労して戦って来たのか。何のためにこんな姿になってまで必死に戦地に赴いていたのか。

 何のために。

 何のために……。

 

『欲しくはありませんか?』

 

 それはまるで、悪魔の囁きのように。武蔵の背後からスペルビアの声がするりと耳孔を撫でる。

 

『な、に……』

『兵器として封印されてしまったあなたの力を真に望む世界が、欲しくはありませんか? 身勝手な弱者を守る必要もなく、ただ強い敵を喰らい続ける事のできる理想の世界が……私なら、その願いを叶える事ができますよ?』

 

 このまま生き続けたとしても、もはやフル・サイボーグのような人間兵器が世に受け入れられる事はないだろう。

 ならば。

 ならば、いっその事。

 

『良いだろう。今は貴様の口車に乗ってやる。だが忘れるな、俺は魂まで売るつもりはない!!』

『では契約成立ですね、その"傲慢"なる悪意を私がプロデュースしましょう。手始めにあなたのボディを改修しましょうか、もちろん最新の技術で……』

 

 こうして、万福 武蔵はCytuberに加わり、強者を喰らい尽くす捕食者(プレデター)となったのである。

 

 

 

「……マジかよ」

 

 信じられない、と言った様子で鷹弘が呟く。

 同じく万福 武蔵の記憶を見ていた響と翠月も、沈痛な面持ちで口を開いた。

 

「これがプレデターの正体か」

「あんな時代からサイボーグが存在していたとはな。そして……兵器運用されていた」

 

 その言葉の後、深く息をついて翔が顔を上げる。彼の瞳には、悲しみと失望の念が広がっていた。

 

「酷いですよ、こんなの。ずっとみんなのために戦い続けてくれた人が……どうしてこんな仕打ちを受けなくちゃいけないんですか!?」

 

 震える拳を、血が吹き出んばかりに握り込む。

 だが、その力の篭もり過ぎた翔の肩に翠月が触れた。

 

「それが人間という生き物なんだ。理解を超えた力を持つモノを、たとえそれが世界を救った英雄だとしても、神とも悪魔とも捉える。アクイラやスペルビアもそうだろう?」

「……」

「だが、翔くんにも響くんにもひとつだけ忘れないでいて欲しい」

 

 翠月は二人の方を、そして鷹弘へと視線を送りながら、階段の先へ足を進める。

 

「人間の造ったバケモノや、悪意を持つ者の犯罪を止められるのは、やはり人間だけだ。だからプレデターは我々が止めなければならない」

「英さん……」

「行こう。いい加減あの大戦の亡霊を眠らせてやるべきだ」

 

 彼の後ろへ翔たちも続いて歩く。先へ待つ強敵、プレデターを止めるために。

 そして、一行は最上階の大広間へと辿り着く。ターゲットである機人の老爺は、畳の上で正座していた。

 

「待っておったぞ小童ども」

 

 ニィッと口の端を吊り上げ、プレデターは立ち上がる。

 翔たちも覚悟を決めた様子でドライバーを装着し、マテリアフォンを取り出した。

 

「あなたを止めに来ました」

「ほう……できると思うのか? この儂に手も足も出なかった若造どもに」

「やってみせる。そしてアシュリィちゃんの居場所も吐いて貰う」

「なに?」

「あなたがあのデジブレインたちに攫わせたんだろう、彼女を」

 

 プレデターは目を細め、翔の言葉に頭を振った。

 

「悪いが何も知らんな。誰にも命令しておらん」

「え……?」

「大方ハーロットの仕業じゃろうな。儂はそもそもこの領域を現実化する気もなかったからのう」

 

 武人然とした態度と姿勢で、プレデターはゆらりと立ち上がる。そして、懐から一枚のマテリアプレートを取り出した。

 

「とはいえ、だ。最奥まで侵入された以上……儂も腰を上げねばなるまい」

《ブシドー・ブリード!》

 

 プレデターはトランサイバーG(ガロウズ)に手を伸ばし、口を近づけて鍵となる言葉を発する。

 

執甲(シッコウ)

Roger(ラジャー)! マテリアライド! ブシドー・アプリ! 獣面刃心、トランスミッション!》

 

 城内で再度立ちはだかるは、獣面の武士。翠月は初めて邂逅する相手だ。

 

「今回は本気で相手をしてやろう。かかって来るが良い」

 

 太刀を右肩で担ぎ、手招きするグラットンブルート。

 それを受けて、四人もそれぞれドライバーとマテリアプレート、そしてマテリアフォンを取り出し、変身に移った。

 

『変身!』

「変……身!」

「変身」

 

 並び立つ四人の仮面ライダー、各々武器を手にグラットンと対峙する。

 そして一呼吸の間の後――決着をつけるべく、互いに敵方へと駆け出した。




『確かなのか、肇』

 仮面ライダーたちが戦っているのと同じ頃。
 車を運転しながら、天坂 肇は鷲我と通話していた。当然ハンドルは離さず、ホルダーにN-フォンを固定して通話の機能を利用している。
 ルームミラーに反射して見えるその目つきは、とても深刻なものだ。

「正直なところ俺自身もまだ信じられないが、ほぼ間違いないだろう」
『なんという事だ……。……この事は彼らには?』
「話してない、話せるワケないだろ」
『……そうだな……』

 スピーカーの向こう側で、鷲我の唸る声が聞こえる。
 数分の間の後、再び鷲我が話しかけた。

『それで、今お前はどこへ?』
「翔と響の母親の家だ」

 そう言って、赤信号の前で車を止め、目を丸くしているであろう鷲我から質問される前に肇は説明する。

「翔が手術させられて、アクイラの力を埋め込まれたのは生後すぐだったな。加えて二人の母親はその後に死んで、父親は行方も詳細も不明と来てる……キナ臭いと思わないか?」
『まさか、施術者と父親が同一人物だとでも言うのか』
「仮に違ったとしても何かしらの繋がりがあると俺は見ている。少なくとも、母親の方は殺された可能性が高い」
『……口封じか』

 首肯する肇。その視線は、ベビーカーを押して横断歩道を歩く女性をぼんやりと眺めている。

「あの家で今更大きな手がかりが見つかるとは思ってない。だがどんなに些細でも良い……何かを掴んで、犯人の特定に繋げる」
『分かった。そっちは頼んだぞ』

 通話が切れる。ほどなくして、肇は目的の家に辿り着いた。
 彼が空き家同然のこの家を調査するのは、実に三度目となる。一度目は翔たちの母親の素性を調べるため、二度目は周辺住民の聞き込みのついでだった。
 既に警察などからも家宅捜査の許可を得ており、鍵も入手している。
 他に誰かが侵入した様子もない。肇はロックを外して扉を開き、足早に中へ入った。

「……しかし、どうしたもんか」

 先程肇自身が言った事だが、調査済みの場所で今更大きな手がかりなどあるはずがない。
 だが、何かを見落としているという事も考えられる。ひとまず、肇は母親の寝室へと足を進めた。
 埃を被った何もない部屋。前回調査に来た後も、当然だが誰も掃除に来ていないらしい。
 肇は早速室内を調べ始める。本棚や机、鍵のかかっている場所はもちろんの事、家具の隙間など影になっているような場所をも。
 それでも、やはり手がかりを見つける事はできなかった。

「無駄足だったか」

 嘆息し、肇は動かした家具を元の位置に戻していく。

「……ん?」

 ふと、その手が止まる。
 目の前にあるのは三面鏡のある化粧台(ドレッサー)。中は既に調べて、何も見つからなかった。
 が、その三面鏡を見ている内に、肇はある違和感に気づく。
 三つの鏡の内、右側のものが僅かに左に傾いているのだ。動かす時に指がぶつかったのか、それとも見逃していただけで最初からそうだったのかは分からない。
 ともかく、肇は鏡の角度を元に戻した。
 すると、カチリという音と共に、今度は左側の鏡が反対方向に傾く。

「これは?」

 その鏡にも手を伸ばし、角度を修正。再び音がしたかと思うと、今度は中央の鏡が戸のように開いた。
 この化粧台にはカラクリが仕込まれていたのだ。恐らく肇が調べている内に、偶然にも仕掛けが作動してしまっていたのだろう。
 開いた鏡戸の中には、手紙とSDカードが一枚入っている。手紙の内容は概ね以下のようなものであった。

『いつ私の身に危険が迫るか分からないので、ここに証拠品を隠す。もしもこれを読んでいる人物が私以外の人間で、正しい心の持ち主であるのなら、どうかこのカードの中身を読んで志を継いで欲しい』

 そして手紙の末尾には、久峰 錠(ヒサミネ ジョウ)という名前が記されている。その名を視認した肇は、眉をひそめた。

「……久峰だと?」

 当然翔たちの母親はそのような名前ではないし、名字も違う。
 そもそも久峰といえば、代々政治家や知事や市長といった職務に就いている有名な一族で、最近では久峰 遼(ヒサミネ リョウ)という議員が次代の総理大臣の有力候補としてニュースで話題に挙がっている。
 直後、肇は思い出す。少し前から、その一族の者であるタレントのジョー・ヒサミネという男が消息不明となっている事を。
 名前は一致しているが、どちらにしてもなぜこの場所にそんな人物の手紙があるのか?

「こいつは思ってもみない収穫かも知れないな」

 そうと分かれば、長居する必要はない。
 肇はSDカードと手紙を上着の胸ポケットに入れ、鏡を元に戻すと、すぐに家を立ち去るのであった。


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EP.39[龍虎相搏]

「私は、ここで産まれた……」

 桃色の光が降り注ぐ檻の中。
 呼吸を荒げて頭を抱えているアシュリィが、ぽつりと呟く。
 先程の記憶の激流に苛まれた感覚が未だに残っており、すぐにでもこの場から飛び出そうとしていたのだが、足は枷と鎖付きの鉄球で繋がれているため身動きが取れない。
 唇を震わせつつも、一度だけ深呼吸する。

「私は一体……何なの……?」
「答えが知りたいかしら」

 突如として、檻の外から聞こえる声。驚き、アシュリィはバッと顔を上げた。

「誰!?」

 そこに立っていたのは、黒色のロングドレスを纏う、黒い長髪の女性。
 柔らかな凹凸がドレス越しでもくっきりと見える淫靡な身体つきで、スリットから覗き出る白く細長い脚は、同性であるアシュリィの視線さえ釘付けにする。
 またドレスは生地が薄く透き通って下着のつけていない肌が見えており、さらに胸の間から腹部、背中が大きく開いたデザインとなっていて、女性の艶めかしさを引き立たせている。
 暗がりのせいか、顔はよく見えない。しかし闇の中に輝く瞳は、アシュリィの姿を一直線に捉えている。

「あなた自身の全てが知りたいのなら、これを手に取りなさい。選ぶ覚悟があるのなら、だけれど」

 目の前にいるのに耳元で囁かれているかのような、甘く蕩ける声色。
 そして牢の中に放り込まれたのは、一冊の本だ。
 題名は書かれておらず、表紙には一人の少女が描かれているだけ。
 しかしアシュリィは確信していた。ここには、自分の記憶に繋がる『何か』があるという事を。

「さぁ……魔法が解ける時間よ、お姫様」

 女性が自らの赤い唇を、ゆっくりと舐める。
 直後、本を手に取ったアシュリィの意識が失われた。


 貪食の城にて対峙する、仮面ライダーたちとグラットンブルート。

 四人が一斉に走り出したその時、彼らの背後を小さな鋼の蝿が通り過ぎ、グラットンの兜に吸収された。

 

「ふん……なるほどのう。まずはこうじゃな」

 

 そう呟くと同時に、グラットンはトランサイバーG(ガロウズ)のリューズをひねる。

 

《リーサルドーズ! カオスモード、オン!》

「まさかいきなりか!?」

 

 驚愕するリボルブ。見る間にグラットンの姿は巨大化していき、その両翅が大きく開かれ、城の天井が破壊される。

 

「本気で相手をしてやると言ったじゃろう?」

 

 グラットンの姿は、既に人のものではなくなっていた。

 規則的な黄褐色と白のふさふさとした毛並みに、黒い縞模様が特徴の四脚の巨獣。まるでトラのようであるが、しかし口部や眼は獣のそれではなく、ハエのそれに近い。

 さらに、背中には翅だけでなく、身に巨大な六本の人間の腕が生えており、それらは全て太刀・長槍・大斧・鎖鎌・薙刀・金棒といった武器を持っている。まるで、鋼鉄の甲冑と化したハエが、上から覆い被さっているかのようだ。

 

「さぁ、どうする小童ども」

 

 ハエが足を擦るように、武器の刃と刃が擦り合わされる。金属音が響き渡り、火花が散った。

 それを聞いて、リボルブはヴォルテクス・リローダーとリボルブラスターを同時に抜き、その銃口をカオスグラットンに向ける。

 

「ンなモン……決まってんだろ!!」

「戦うだけだ!!」

 

 叫び、疾駆するのはサーベルとフェイクガンナーを持つキアノスだ。

 その後ろには雅龍が続き、アズールは走り回ってアメイジングアローを手に援護射撃を行っている。

 炎の銃弾が体をかすめ、矢が足を刺す。しかしどれも決定的なダメージを与えるには至らない。

 

「この程度ではなかろう仮面ライダー。全力で来なければ死ぬぞ」

 

 そして、カオスグラットンも動いた。

 巨木の幹のような六本の腕から幾度も振り下ろされる武器の攻撃は、城を微塵に砕き、仮面ライダーたちの足場を奪い尽くす。

 カオスグラットンとリボルブ以外の三人は、地面へと真っ逆さまに転落した。

 

「く、おおおおおっ!」

 

 叫び声を上げ、アズールはヴェスパーフォトンを噴出して脚に力を集め、着地。雅龍はインクと凍結能力を駆使して足場を作り、キアノスと共にそこへ降り立った。

 

「ほう……生き残りおったか」

 

 翅を動かしてゆっくり地上に降りながら、カオスグラットンは四人を睥睨する。

 攻撃がまるで効いていない。弾丸や矢が当たっても、分厚い甲冑のせいで防がれているようであった。

 上空で再びカオスグラットンが腕を振り上げる。地上のアズールたちを叩き潰すために。

 

「ならば!」

 

 そこで、雅龍が動いた。スタイランサーをボウガンモードに変形させ、グラットンに狙いを定める。

 凍結機能を持つサスペンドブラッドは、当然このボウガンのインクにも仕込まれている。たとえ相手がどれほど頑丈であろうと、矢弾が当たればたちまちフリーズする事になるのだ。

 アズールとキアノスもその意図を察して、行動に出る。少しでもボウガンの攻撃が当たりやすくなるよう、翅を狙って矢と銃弾の連射だ。

 しかしカオスグラットンも、決して攻撃を眺めているだけではない。アズールたちの攻撃は武器を振り回して防ぎ、雅龍のボウガンから放たれたインクは回避している。

 

「どういう事だ……!?」

 

 それを見て訝しんだのは、上空で様子を見ているリボルブだ。

 グラットンは、明らかに攻撃を放つ相手によって防ぎ方を選んでいる。具体的には、アズール・キアノス・リボルブの攻撃は避けずに武器や体で防ぎ、雅龍の攻撃だけは防がず徹底的に回避している。

 フリーズの機能を知っていない限り、こんな挙動はあり得ない。

 

「だとしたら!」

 

 ハッと目を見開き、声を上げるアズール。

 敵は、グラットンは間違いなく既に雅龍転醒の能力を把握している。だからこそここまで集中して回避しているのだ。

 だが気付いたとすれば、それは一体いつなのか。相対するのが初めてである以上、攻撃を受けるまで能力を知る事などできないはずなのに。

 その思考を読んだかのように、カオスグラットンは笑い混じりに語り始める。

 

「今頃気付きおったか。領域に放っている鋼虫は、ただ武器になるというだけではない……監視した情報を儂に知らせる役目も持っておる」

「じゃあ、英さんの戦いは……!」

「既に見ておる。中々厄介な力を引っ張ってきたようじゃのう……じゃが」

 

 風を裂くような鋭い音と同時に、カオスグラットンが降下し、地上へと武器の猛打が振り下ろされる。

 

「当たらなければ凍る事もない」

「ぐぅっ!!」

 

 防御さえ意味をなさない、激しさを増す破壊の嵐により、アズールとキアノスと雅龍は地面を転がされる。

 頭上から炎の弾丸を浴びせ続けていたリボルブも、金棒の一撃を受け、地面へと突き刺すように投げ出された。

 

「ガッ!?」

 

 四対一でもなお、有効打を与えられない。そればかりか、逆に窮地に陥りつつある。

 それでもライダーたちは諦めずに立ち上がるが、彼らのダメージが決して軽くはない事を知っているグラットンの目は、もう失望の色に染まっていた。

 

「やはりこの程度かの」

「いいや……まだ、だ!」

 

 そう言って立ち上がったのは、雅龍だ。

 彼はドライバーにセットされたマテリアル・ネクステンダーを握り込むと、それを左側に傾け、スイッチを押した。

 しかし雅龍が動くと同時に、グラットンの方は飛行して即座に回避行動に移行している。

 

《パニッシュメントコマンド!》

 

 電子音声と共に、雅龍の全身に冷気が集まっていく。

 必殺技だ。続け様に、雅龍はマテリアルセンサーに指で触れる。

 

「喰らえ!」

Oh YES(オゥ・イエス)! ブリザード・マテリアルアセンド!》

 

 雅龍が右拳を突き出すと、サスペンドブラッドが巨大な龍の頭部姿を取って昇り、グラットンの背中に牙を突き立てた。

 たちまち両翅と六本の腕がが凍結し、飛翔能力が失われ、カオスグラットンは墜落する。

 

「むうっ!?」

「今だ!!」

 

 声を張り上げたのはリボルブだ。敵の動きが明らかに鈍くなったのを察して、アズール・キアノス共々必殺技の体勢に移る。

 

《フレイミングフィニッシュコード! Alright(オーライ)! イーグル・マテリアルボンバード!》

《スプリームフィニッシュコード! Alright(オーライ)! チャンピオン・マテリアルスパーキング!》

《オーバードライブ! Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! アーセナル・マテリアルソニック!》

 

 炎の大鷲が巨獣の身を焼き尽くし、光の矢が眉間を貫く。そして光の弾丸は、隙だらけの脇腹を至近距離から容易く突き刺した。

 

「ぐ、ぬ」

 

 ようやく攻撃が命中し、牙の隙間から苦悶の吐息を漏らすグラットン。凍りついた翅もボロボロになり、それでも反撃に転じるため武器を動かそうとする。

 だが、雅龍がそれを許さない。

 グリップを握り込んで今度は前に倒し、スイッチを入力。そして、素速くセンサーへと指を伸ばした。

 

《パニッシュメントコマンド!》

「これでどうだ!」

Oh YES(オゥ・イエス)! ブリザード・マテリアルディセンド!》

 

 今度は巨大な龍の鉤爪が、頭上から雪崩の如く怒涛の勢いで虎の肉体を切り裂く。

 カオスグラットンの体は急激に凍りつき、粉微塵になって散る。

 白い塵屑がその場に広がるのを見て、全員息をついた。最強と呼ばれたCytuberを倒す事ができたという安心感が、心を満たしていた。

 ――だが。

 

「なるほどのう……初めて使う技ならば確かに対策もできん、が」

 

 積もった粉塵の山の中から、一本の腕が飛び出す。

 腕と言っても、先程のような巨大化したものではない。本来の、カオスモードになる前のグラットンブルートのものであった。

 

「今ので覚えたぞ」

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 白い塵からグラットンが姿を現し、その両手に鋼鉄の蝿たちが集まると、太刀となって握られる。

 先の戦いでは使わなかった二刀流だ。カオスモードは手の内を見るための単なる布石で、ここからが彼の本気という事なのだろう。

 キアノスは息を呑み、声の震えを抑えながら問いかける。

 

「まだやる気か」

「当然じゃろう。面白くなって来たばかりなんじゃからな」

 

 刀を手にしたまま、グラットンはさらにトランサイバーGのボタンを順番に押す。

 その度に、古戦場に散らばっていた蝿たちが、決戦の場に集結していく。

 

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

「認めてやろう仮面ライダー、貴様らは強い」

 

 甲冑に蝿が取り込まれ、装甲はより強固になっていく。

 

Roger(ラジャー)! サードコード、オン!》

「そしてその力と全身全霊を賭けてぶつかり合う事で……戦いに飢え続けるしかなかった儂が、ようやく満たされるかも知れない」

 

 続いて、鋼鉄の蝿は肩甲骨周りへと集まる。すると四本の腕が伸び出し、それぞれが刀を持った。

 

Roger(ラジャー)! フォースコード、オン!》

「礼を言わせて貰うぞ。本気にさせてくれた事をな」

 

 今度は甲冑や刀ではなく、グラットン自身の筋肉が蝿と融合して膨張していく。新たに生えた腕までも、隆々と。

 

「刮目するが良い! 我が武威を!」

 

 フォンッ、と太刀が風を断つ。

 その瞬間に、アズールたち四人の背筋にひりつくような感覚が伝う。

 グラットンの放つ凄まじい闘気が、立ち上る砂煙のように戦場全体を包み込み、対峙する者たちにプレッシャーを与えているのだ。

 

「いざ! いざ! 尋常に、勝負!!」

 

 歓喜の声を伴って、六つの刃の旋風が押し寄せる。

 崩落した城の残骸はグラットンの刀が掠めるだけで消し飛び、袈裟に振られた斬撃をサーベルで受け止めようとしたキアノスも、攻撃を防ぎ切れずに膝をついてしまう。

 

「くっ!?」

 

 あまりの威力に、キアノスの指先が痺れる。

 しかもまだ攻撃は終わっていない。三つの刀の突きが、目前まで迫っている。

 だがそこへ、アメイジングアローとアズールセイバーを持ったアズールが割って入った。

 

「兄さんはやらせない!!」

 

 グラットンの目の前にヴェスパーフォトンで構成された障壁が、刺突を妨げる。

 さらに、素速くアズールは剣と弓を交叉させて斬りかかった。

 振り下ろされた刃はしかし、グラットンには届かない。彼もまた、二本の刀で防いでいるからだ。

 

「この……!」

「無駄じゃ無駄じゃ」

 

 チャンピオンリンカーの腕力を以てしても、グラットンの人類を超えた怪力を打ち破る事ができない。

 そうして迫り合っている間に、残る四本の腕の持つ刀がアズールへと向かう。

 その時だった。

 

「今だ!」

「むっ!?」

 

 アズールが右横に飛び退いたかと思うと、目の前からグラットンの方へ冷気を帯びる銀色の液体が飛来する。

 雅龍のボウガンが放ったインクだ。アズールの目的はキアノスを護るだけでなく、この攻撃を当てさせる事なのだ。

 自身の背中に命中するギリギリのところでアズールが回避したため、今のグラットンのスピードであろうとも逃れる事はできない。

 グラットンの甲冑の胸部を、銀色のインクが塗り荒らした。

 

「よし、これで!」

 

 勝ちは決まった。仮面ライダーたちの誰もがそう思った。

 しかし、グラットンは一度鼻を鳴らすと、甲冑のインクによって凍りついた部位が、カサブタのように剥がれてポロリと地面に落ちて砕ける。

 そして欠けた鎧の表面を、新たに戦場からやって来た蝿が融合して補強。凍結は収まり、何もかも元通りとなった。

 甲冑も刀も、蝿が集合してできたもの。よって、完全に浸透する前に薄皮一枚犠牲にするだけで、今のように簡単に難を逃れる事ができるのだ。

 

「これで……何じゃ?」

「そんな!?」

「この能力に頼るだけで儂に勝てると、本気で思っておったのか。たわけどもが」

 

 雅龍が舌打ちし、ノズルとボウガンから再度インクを連射する。

 しかし、グラットンはその全てを刀で弾き、刀身を砕きながらキアノスとアズールに蹴りを入れた。

 

「ぐあっ!」

「儂に勝ちたくばもっと必死になれ!!」

 

 刃を失った刀に蝿が集まり、刀身を形成する。

 蝿がいる限り、装甲も武器も無制限に再生し続けるのだ。これではちまちまとサスペンドブラッドを飛ばしてもどうしようもない。

 

「ならば!」

《パニッシュメントコマンド!》

 

 グリップを前へ傾けながらスイッチを親指で押し、さらにセンサーをタッチ。

 先程と同じように、氷の鉤爪が生み出される。

 

Oh YES(オゥ・イエス)! ブリザード・マテリアルディセンド!》

「ホアタァーッ!」

「それは既に見ておるわ!」

 

 横薙ぎに繰り出された爪の一撃を、グラットンは真上に跳躍して回避する。

 その瞬間を狙ってリボルブが銃撃するものの、殺到する炎の弾丸さえ刀で斬り払った。

 

「チィッ!」

 

 舌打ちしつつ、リボルブは他の三人を集めて陣形を組み直す。

 簡単に済むなどとは誰も思っていなかったが、やはり想像していた以上に手強い相手だ。

 そもそも凍結(フリーズ)の能力すら凌がれる事がリボルブの想定外なので、作戦を立て直さなければならない。

 無論、グラットンがその暇を与えてくれればの話だが。

 

「むんっ!」

 

 六本の腕が同時に振り抜かれる。

 攻撃を防いだのではない。誰も攻撃に動いてなどいないので、当然だ。

 そしてキィィィンという甲高い振動音と共に、咄嗟に前に出て自らの両腕で身を守ったアズールの装甲に六つの斬創ができあがる。

 

「斬撃を……エフェクトもなしに飛ばした!?」

「『遠当て』か!」

 

 遠当てとは、相手から離れた位置にいる状態で打撃や斬撃を命中させる武芸の事である。分かりやすい例としては、大河ドラマなどであるような、遠距離にある火の灯った蝋燭を抜刀のみで掻き消すのがそれだ。

 しかし、当然ながら体得するのには相応の修練が必要で、翠月でさえその領域には達していない。威力にしても彼のレベルにまで到達するというのは、人類では不可能に近い。

 

「やっぱりとんでもねぇバケモンだぜ、このジジイ」

「今更後悔しても遅いぞ」

 

 背中に生えた四本の腕が、影すら残さない程の勢いで動く。

 それと同時にまたも空気の振動音が鳴り、キアノスとリボルブが装甲に傷を受け、後方へ吹き飛ばされた。

 

「ぐあああっ!」

「がっ!?」

 

 このままでは埒が明かない。アズールは大きく前に踏み出し、グラットンへと斬りかかる。

 しかし、やはり二本の太刀のみで防がれてしまった。

 

「く……っ、押し切れ、ない……!?」

「貴様のようなただの小僧が、一人で儂と戦えると思っておったのか。侮られたものよ、のう!」

 

 太刀を右肩の装甲に振り下ろすグラットン。刃が浅く食い込み、短く苦悶の悲鳴を発して、アズールは右手に持っていた剣を取り落してしまった。

 

「小僧、まずはお前じゃ。このまま首をスッパリ斬り落としてやろう」

「やって……みろ!」

《スプリームフィニッシュコード!》

「むっ!?」

 

 見れば、既にアズールは空いた右手でプレートをアメイジングアローに装填し、マテリアフォンをかざして必殺技を発動しようとしている。

 この距離から一撃を受ければ、流石のグラットンと言えど決して無傷では済まない。

 そうなる前に首を落とさなければ。しかし判断を下した頃には、アズールはもう弓を引き絞っていた。

 

「遅いっ!」

Alright(オーライ)! チャンピオン・マテリアルスパーキング!》

 

 極大の光線が、ゼロ距離からグラットンのボディに直撃。甲冑を砕き、グラットンの増殖した四本の腕も消し飛ばして、地に転がした。

 

「ぬぅ! やりおる……!」

「ぐうっ!」

 

 吹き飛ばして距離が離れた事で、アズールの肩に刺さった刃も抜けるものの、血が溢れて変身が解除されてしまう。

 とはいえ、これでようやく決定的なチャンスが訪れた。

 

「甲冑が再生する前に潰しましょう!」

「おう!」

 

 キアノスとリボルブが頷き合い、素速く動き出す。

 翔が作った反撃の隙を無駄にしないために。

 

《リボルニングフィニッシュコード! Alright(オーライ)! ラプターズ・マテリアルエクスプロージョン!》

「くたばりやがれ……!」

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! アーセナル・マテリアルバースト!》

「これで終わりだ!」

 

 二人のさらに後ろでは、雅龍が翔を戦闘域から逃しつつ、マテリアル・ネクステンダーを握って必殺技を発動しようとしている。

 だがリボルブとキアノスが必殺のキックを放った瞬間、グラットンも立ち上がって右手の刀を地面に突き刺し、トランサイバーGに手を伸ばした。

 

「倒れぬ、終わらぬわ……『ファイナルコード』!」

Roger(ラジャー)! ブシドー・マテリアルジェノサイド!》

「チェェェェェストォォォォォゥッ!!」

 

 発動の瞬間に太刀を両手で握り込み、全力で振り抜く。

 まだ刀の届く範囲に来ていないので二人には当たらないはずなのだが、グラットンのカタルシスエナジーを吸って刀身が巨大に膨れ上がる。まるで鉄の塊のような分厚く重々しいそれは、明らかに全長10mを超えている、おおよそ人間が扱えるとは思えない代物であった。

 リボルブ・キアノス両名の脚と大太刀が激しくぶつかり合い、爆音が響き渡る。

 勝負を制したのは――グラットンだった。必殺の一振りを受けた事により、キアノスとリボルブの変身は解ける。

 

「クソッ、タレが……!」

「しまった……!?」

 

 しかし、無意味な一撃ではなかった。

 グラットンの大太刀は今の一撃で完全に砕け散っている。それだけでなく、甲冑が損傷している状態で無理に振り被ったために、より深く装甲が破損しているのだ。

 決定打を与えるなら今しかない。生き残った雅龍はマテリアプレートを手に取り、スタイランサーに装填する。

 直後、グラットンも両腕を広げて叫ぶ。

 

「今こそ好機……この戦場に在る鋼鉄蝿よ、我が元に集まれ」

 

 その言葉に呼応して、至る場所から蝿が集結し、グラットンの方へと向かう。

 甲冑を修復して武器も作るつもりだ。それと同時に、雅龍も動いていた。

 

「させん!」

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! ウォーゾーン・マテリアルスティング!》

 

 雅龍が掲げた槍を自分の方へ投げようとしているのを目視して、即座にグラットンはバックステップする。

 飛んで来たスタイランサーは地面に落ちて突き刺さり、目標のいない場所で冷気が放たれた。

 あのまま留まっていれば自分は凍りついていたであろう。グラットンがカラカラと笑い、ゆらりとトランサイバーに指を伸ばす。

 

「惜しかったのう」

「いいや、これでいい。私の勝ちだ」

 

 それを聞いて、グラットンの手が止まった。

 見れば、攻撃から後方へ逃げたグラットンの方に向かって飛んでいた蝿たちが、動きを止めて地面に落ち、砕け散っている。

 どうやら、槍が放つ冷気によって凍りついているようだ。

 

「なんと……!」

「私はこの瞬間を待っていたんだ。お前の武具が砕け、全ての蝿が一点に集まる、この時を」

「まさか、今の投槍は」

 

 グラットンは、呻きの混じったような苦々しい声を発する。

 対して、雅龍の方は仮面の中で唇を吊り上げていた。

 

「そう……お前を狙ったものではない」

 

 結果として一対一の形になってしまったものの、雅龍はようやく勝ち目が見えた事を確信し、拳を握って構えを取る。

 

「お前の能力は全て、あの鋼鉄の蝿を使った武装や身体を強化するためのものだ。そして武器も防具も蝿も失い、手を読み誤った今……その力は使えない!」

 

 そう言って、雅龍は油断なくじりじりと間合いを詰める。

 すると、沈黙していたグラットンが自らの肩を揺らし、くつくつと笑い始めた。

 

「見誤ったのは貴様の方よ、小僧」

「なに?」

「確かに貴様の言う通り、これでもう強化はできん……で、あるならば――もはやこの甲冑は不要ッ!!」

 

 一喝と共に、身体を覆っていた甲冑が勢い良く四散する。金属の塊は、まるで弾丸のように勢い良く撃ち出され、雅龍を襲撃した。

 

「ガッ!?」

 

 不意打ちを食らって体勢を崩しつつも、倒れる事だけは防いだ。

 甲冑を失い身体強化に使った蝿も飛ばしたグラットンは、細身だが力強い筋肉に包まれており、武器は携行していない。

 攻撃を喰らったとはいえ、変身を解除されるようなものではなかった。むしろサスペンドブラッドを防ぐ事ができない今のグラットンならば、インクを当てるだけで倒せる。

 雅龍はそう思って、腕を突き出してノズルからインクを発射しようとする。

 しかし、カチッという音が響くだけで、何も起こらない。

 

「こ、これは!!」

 

 見れば、いつの間にかノズルの穴が、鈍い色の金属の蓋ようなもので塞がれている。足の方も同じらしく、インクが出て来ない。

 雅龍にはひとつだけ、この状態に至る原因に心当たりがあった。

 先程グラットンが飛ばした甲冑の破片、あの時の攻撃。あれはノズルを詰まらせ、サスペンドブラッドの使用を封印するために、捨て身で攻撃したように見せかけたのだ。

 

「こんな手があったとは……!」

「不覚じゃな。さぁ、その状態で儂に勝てるか」

 

 そう言って、グラットンは遠くにいる雅龍に向かって拳を突き出す。ただそれだけで、雅龍の胸部装甲に拳の痕がくっきりとできあがり、後方へ吹き飛ばされた。

 先程も見せた技、遠当てだ。打撃と斬撃の違いはあれど、威力もスピードも、同じ技を太刀で行った時よりも遥かに増している。

 離れた場所で戦いの様子を見ていた鷹弘は、愕然とするばかりであった。

 

「素手でもこんなに強ェのかよ!?」

「ヤツにとって、武器とは素手の延長に過ぎないんでしょう。むしろ……徒手空拳こそヤツの本領だったんだ!」

 

 完全に想定外だ、とばかりに嘆く声を発する響。

 そんな彼の肩に手を乗せ、翔は真っ直ぐに雅龍を見つめる。

 

「英さんを信じよう。あの人ならきっと……」

 

 三人が話している間にも、戦いは続く。雅龍は拳を握って直進し、地面に突き刺さったスタイランサーを無視してグラットンを殴りつけた。

 雅龍も槍術ではなく拳法を得意としている。素手同士の勝負になるのは必然だった。

 

「ホァタァァァーッ!」

「ムゥッ!? ククッ……ハハハッ!!」

 

 突き出した拳は頬に命中し、グラットンをよろめかせる。

 しかし向こうも負けじと、顔面へ幾度も拳打を放った。それも遠当てを利用し、触れる手前で拳を止める事で、凍結から身を守っているのだ。

 

「ぐぅっ!」

 

 あまりにも強く素早い連撃に、仮面が破損。左眼と流血した頭部が露わとなるが、それでも脚に力を入れて、雅龍は再びグラットンを見据える。

 そして拳からの見えない打撃が繰り出された瞬間、裂帛の気合と共に自身も拳で突き、遠当てを相殺した。

 するとグラットンは歓喜したように「おおっ」と声を上げ、両手を叩いた。

 

「良いぞ良いぞ! じゃが、これも受け切れるか!」

 

 今度は右脚が、フォンッ、という音と共に横薙ぎに振り抜かれる。

 空気の振動音が響き、雅龍は素速く両腕で顔と胸部を守った。

 直後、刃物でつけたような傷が腕の装甲に刻まれ、身体が僅かに浮き上がる。

 

「蹴りでも遠当てを……!?」

「不思議な話ではあるまい」

 

 そう言って、グラットンは大きく前に踏み出して接近し、雅龍の目前で拳を乱れ打つ。

 遠当ての連撃だ。今度は身を守る余裕もなく、まるでサンドバッグのように乱れ飛ぶ拳を受ける事になった。

 

「ぐ、くっ、ガァッ……!!」

 

 よろめいて仮面の隙間から血を吐き零しながらも、雅龍は立ち上がる。

 対するグラットンは、今を好機と見て自らのトランサイバーにゆっくりと触れた。

 

「万策尽きたか? では、今すぐ楽にしてやろう……『ファイナルコード』!」

Roger(ラジャー)! ブシドー・マテリアルジェノサイド!》

「チェェェェェストォォォォォゥッ!!」

 

 右手に手刀を作り、光の刃を形成。上段からそれを振り下ろさんと疾走する。

 その時。雅龍は左手に握ったマテリアル・ネクステンダーのスイッチを、三回連続で入力した。

 

《マスタリーパニッシュメントコマンド!》

 

 雅龍の右拳に冷気が集束して氷の塊となり、それが龍の頭部の形を取る。

 そしてグラットンを迎え撃つべく、氷の籠手を装着したまま、拳を突き出した。

 

Oh YES(オゥ・イエス)! ブリザード・マテリアルターミネイション!》

「ホォアタァァァァァッ!!」

 

 二つの腕が交叉し、互いの必殺技が相手を貫く。

 長い沈黙の末、先に膝をついたのは――。

 

「ぐ……あ、ぁぁっ……」

 

 変身が解けた翠月だった。血の溢れ出る脇腹を押さえ、それでもなお戦意を失う事なくグラットンを見上げている。

 

「ク、クククククッ」

 

 対するグラットンは、立ち尽くして笑い声を発していた。

 そして。

 

「見事だ!!」

 

 賛辞の言葉の後、トランサイバーGと全身が凍結して、砕け散るように変異状態が解かれる。

 上顎から下は全て機械となっており、その頭部も人間らしい肉体と呼べるのは金属に貼り付けた皮と、脳のみ。

 これが、プレデターこと万福 武蔵の真の姿だった。

 

「素晴らしく、楽しい、漢の戦いだった。兵器として生きるしかなくなった儂が……戦いに飢えて渇き続けた儂が、ようやく、満たされた」

「万福さん……」

「ようやく、人間に……戻った気分だ……」

 

 ノイズ混じりの声で、翠月の腕に介抱されながら、武蔵は言う。

 彼は既に、自分の奥底にある本当の願いに気付いていたのだ。

 兵器ではなく、人間に戻りたい。身体はどうにもできなくとも、せめて心だけでも人間として死にたいと。

 

「儂の体はもう長くない。この損傷ではじきに死ぬだろう」

 

 そう語って、武蔵は翠月のマテリアパッドに手を伸ばした。

 

「だから命尽きる前に、最後に伝えよう。あの女……ハーロットの領域の座標を」

 

 その場に駆けつけていた翔と響、そして鷹弘が驚きつつも顔を見合わせる。それさえ分かれば、ようやくアシュリィの救出ができるのだ。

 武蔵の脳を通して、マテリアパッドにデータが送信されていく。翠月はそれを確認しつつ、腕の中にいる漢に一礼する。

 

「ありがとう。あなたの武人としての姿勢に敬意を表する」

「儂を倒したお前たちならばやれる。勝てよ、仮面ライダー」

 

 最後に満足そうな笑い声を上げて――武蔵は、二度と動かなくなった。

 

「とんでもねェ強敵だったな」

「ええ。だけど、真っ直ぐな人でした」

 

 そう言って、翔は武蔵の腕のトランサイバーGから、マテリアプレートを回収しようとする。

 しかし。引き抜いたそれは、翔の手から離れて上空へと飛んでいく。

 

「あっ!?」

 

 マテリアプレートの飛ぶ先で、足を組んで漂っているのは、スペルビアだった。

 

「まさか……まさか、ひとりも殺せずに役目を終えるとは。いやはや、あなた方の底力も中々予想外ですねぇ」

 

 トントンとこめかみを指で軽く叩きながら、スペルビアは冷めた眼を武蔵の遺体に投げかける。

 

「あるいは、そこの鉄屑が思った以上に耄碌していただけでしょうか。多少は役に立ちましたがね」

「……貴様……最後まで戦い抜いた人間の、漢の魂を侮辱する気か!」

 

 歯を軋ませ、体に力を込めて翠月は立ち上がった。翔たちも、マテリアフォンを手に睨みつけている。

 しかし、スペルビアは鼻で笑うばかりだ。

 

「人間? ハハッ、何を仰る。確かにトランサイバーを使える程度に人間的な理性や感情は残していたようですが……身体をここまで改造した時点で、所詮ただの兵器。そして本来の役目を果たせないのならガラクタ、ゴミ同然ですよ」

「貴様ァッ!!」

「さて」

 

 彼らの負傷を見て既に戦える状態ではない事を見抜いているのか、スペルビアは早々にマテリアプレートを頭上に掲げる。

 プレートに力が飲み込まれ、崩壊が始まった。

 

「我々が作る世界にこんなゴミは必要ありません、廃棄処分と致しましょうか。あなた方も脱出しては如何かな?」

「くっ……!」

 

 ホメオスタシスには抗う術も他に取れる手段もない。潜入したメンバーに連絡を取りつつ、四人はその場を後にする。

 残された武蔵の遺体が瓦礫に飲み込まれて地の底に消えていくのを楽しげに眺めつつ、スペルビアも姿を消した。




「はぁ~、くたびれた。ごめんねーふたりとも、付き合わせちゃって」

 時は、四人の仮面ライダーがプレデターと決着をつけるよりも前に遡る。
 マテリアル・ネクステンダーと凍龍伝綺(ブリザード・ドラゴンズ・ロード)を完成させた浅黄と鋼作と琴奈は、作業部屋から退室し、廊下を並んで歩いていた。

「お疲れさんです」
「間に合って良かったですよ」

 両手を合わせて謝る浅黄に、二人が笑いながら返答する。
 現在三人が向かっている先は、鷲我の執務室だ。
 ちょうど昼食の時間なので、彼に声をかけ、食事を共にしようと浅黄が提案した。要は奢らせるつもりなのである。
 歩き続けて浅黄たちが部屋の前に到着すると、僅かに開いた扉の隙間から声が漏れ聞こえた。

「ん、誰かいる……?」

 浅黄は扉の前で耳を傾ける。

「まさか、信じられん! 本当に彼女なのか、いや仮に彼女がそうだとしても……」
「だがここに書いてある事を信じるなら……翔に施術をしたのは、こいつで間違いねぇ」

 何やら不穏な会話の内容だ。
 なので、ガチャリと遠慮なく浅黄は扉を開いた。

「ちーっす」
「浅黄!?」
「二人共コソコソと何話して……!?」

 慌てた様子で部屋に入り込む浅黄の後ろに、鋼作と琴奈も続く。
 見れば、部屋の中には鷲我だけでなく肇がおり、二人でパソコンを使って何やらSDカード内のファイルを開いていたようだ。。
 画面には『瓜晴 愛梨子(ウリハル アリス)』という名の黒髪の女性が写っている他、机の上には『加々美 兎月(カガミ ウヅキ)』という黒髪の少女のデータが書かれた資料が置いてある。
 資料によると、愛梨子という女性は話題の議員である久峰 遼の秘書であり、兎月という少女は過去にZ.E.U.Sでアルバイトとして働いていたようだ。
 そして、二人の顔は姉妹かと見紛う程に良く似ている。
 浅黄はその二つの写真を、食い入るように見つめていた。

「おい、勝手に何してんだ」
「どういう事!? どうしてこの人の写真があるの!?」
「なに? どういう意味だ」

 声を震わせて半ば叫ぶように問い詰めてくる浅黄にただならぬ事態を予期し、一度落ち着かせた上で、肇は訊ねる。

「お前、こいつを知ってるのか」

 すると、浅黄はゆっくりと首を縦に振った。

「この人は……ウチの姉貴、ハーロットだよ!!」

 全員が声を失って、浅黄の言葉に自らの耳を疑う。特に鷲我と肇は、開いた口が塞がらないという様子だ。
 翔に改造手術を施した人物と、アクイラの細胞片を植え付けた裏切り者。
 その正体こそ、大物議員の秘書にして元Z.E.U.S社員、Cytuber一位のハーロットだったのだ。

 そして――真の絶望は、息を殺してすぐ傍まで迫っていた。


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EP.40[愛の魔法]

「機は熟した。ようやく、私が帝王として君臨する日が来たというワケだ」

 日の沈んだ頃、議員会館のある個室オフィスにて。
 黒革の高価な椅子に座した一人の中年の男が、そう呟いた。
 男はブランド物の高級な黒色のスーツを纏っており、清潔な白いワイシャツを内側に着て青いネクタイを締めている。髪は黒で耳に掛かる程度の長さで、顎髭を蓄えているのが特徴的だ。
 オフィスの机には、ガンブライザーとマテリアプレートが置かれていた。

「世界は私に跪く。この……久峰 遼(ヒサミネ リョウ)にな」

 ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる男。
 その視線の先、扉の前には、孔雀の仮面を被ったスペルビアが佇んでいた。


「そうか……そうだったんだ……」

 

 桃色の光が降り注ぐ檻の中。

 目を覚ましたアシュリィの足からは、鉄球も枷も消えていた。気づけば檻からは鉄柵さえ失われているのだが、アシュリィが自分から脱出しようとする様子はない。

 じっと頭上の光を見上げながら、ブツブツと何事かを呟いている。そんな彼女の前に、一本の白い腕が差し出された。

 

「思い出せたかしら」

 

 語りかけたのは、薄く透き通った黒いドレスを纏う美女。

 アシュリィは頷いて、その手を取って立ち上がった。

 

「どうして私がここにいるのか。どうして私が産まれたのか。どうして私の記憶が失われたのか」

 

 表紙やページから絵が消え、白紙そのものとなった本をその場に置き捨てて、アシュリィは真っ直ぐに女性を見つめる。

 

「全部……思い出しました」

 

 女性は頷き、右手をそっとアシュリィの頬に添え、唇に人差し指を這わせる。

 

「あなたの使命も覚えているの?」

「はい。私の成すべき事を、はっきりと」

 

 その一言を聞いて、女性は満足そうに笑みを浮かべる。

 

「では行きましょうか、アシュリィ。愛しい『王子様』の元へ」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 プレデターとの決着の後。

 翔たち四人は、無事にホメオスタシスの地下研究所に戻る事ができた。

 到着してすぐに、鷹弘は翔と響に向き直った。

 

「俺と警視は、これから親父に今回の顛末を報告しに行く。ハーロットの領域の件もあるからな。お前らはどうする?」

 

 それを聞いて真っ先に響が右手を上げ、口を開く。

 

「俺もご一緒しますよ。彩葉さんの面会の許可が欲しいので」

「報告はついでかよ? まぁ良いけど……翔はどうすんだ」

 

 訊ねられると、翔は苦笑しながら頭を振った。

 その顔色はあまり優れておらず、明らかに疲労が見える。結局アシュリィが見つからなかった上、激しい戦いが続いていたので、無理もない話である。

 

「すいません、僕は先に失礼します」

「そうか。じゃあ今日はゆっくり休んどけ」

 

 鷹弘に言われ、小さく会釈してから翔はその場を後にする。

 三人とも彼の背中を見送って、すぐに鷲我の執務室へと足を運ぶ。

 そして扉を開くと、そこには鷲我だけではなく、肇や浅黄、さらに陽子・鋼作・琴奈の姿もある。

 

「なんだ? 勢揃いじゃねェか、一体どうした」

 

 すると、浅黄が振り返り、非難するような眼差しを鷹弘に向けた。鋼作と琴奈はそんな浅黄を諌めるように「まぁまぁ」と背を押さえている。

 本人は身に覚えがないようで、鷹弘は困惑したような声で抗議する。

 

「……なんなんだよ!?」

 

 訊ねても、浅黄たちはムッとしたままだ。翠月や響も何が起きているのか分からないようで、首を捻っている。

 そこへ、鷲我から声がかかった。酷く申し訳無さそうな声色だ。

 

「すまん、鷹弘。全部バレてしまった」

「バレた、って」

「……翔くんの事も、お前に頼んでいた事も全部だ」

 

 それを聞いて鷹弘が頭を掌で押さえる。

 一体何があったのか。どうして秘密裏に事を進めていたはずなのに、今になってそんな事になってしまったのか。

 

「何の話をしているんです?」

「頼み事? それは一体……」

 

 訊ねる暇もなく、今度は後ろから響と翠月の質問が浴びせられる。

 鷹弘も鷲我も言い淀んでいたが、そこへ助け舟を出すように、肇が語り始める。

 

「俺たちは限られた人数で、あるものについて調査を進めていた」

 

 勝手に話し始めたのを見て鷹弘は慌てて制止に入ろうとするものの、それを鷲我が抑える。

 

「オイ! 良いのかよ!?」

「構わん。真実が明らかになった今、どうあっても話さねばならない事だ」

 

 渋々ながら鷹弘は身を引く。

 そしてすぐに、響から質問が飛んだ。

 

「父さん? あるものって?」

 

 翠月も腕を組みながら、興味深そうに話に耳を傾けている。

 肇は真剣な顔つきで、しかし躊躇う事なく言い放つ。

 

「翔の中に宿ったアクイラの細胞と力、それを埋め込んだ犯人の正体だ」

『なっ!?』

 

 響と翠月が同時に驚愕する。それに便乗して、浅黄が騒ぎ始めた。

 

「ウチらもさっき知ったんだよ! 確かに口は軽いかも知んないけどさぁ!」

「ちょっ、落ち着いて下さいって」

 

 再び鋼作と琴奈が、今にも掴みかからんばかりの勢いの浅黄を二人がかりで制する。

 そんな三人を尻目に、響も憤慨した様子で肇に詰問する。

 

「どういう事だ!? 翔にアクイラって……そんな話、俺は知らないぞ!? どうして黙っていたんだ!?」

「勝手に話を進めたのは悪かったと思ってる。だが、お前に打ち明けたらきっと今みたいに動揺してしまうと思ったんだ。この先の戦いに影響が出てしまったら命が危ういし……鷲我からも口止めされたからな」

「だからって!! 翔は俺の弟なのに……!!」

「その翔に危機が迫っているんだ、悪いが今は落ち着いて話を聞いてくれ。それに……事態は思った以上に深刻かも知れない」

 

 それを聞くと、響もグッと言葉を飲み込んで、翠月と共に話を聞く姿勢に戻った。

 肇は一度パソコンの方に向かって、画面を操作。そしてスクリーンを起動し、室内に映像を投影する。

 

「まずはこれを見てくれ。俺が翔と響の母親の家で見つけたSDカードの中に入っていたものだ」

 

 映し出されたのは、いくつかの文書作成ソフトを使って作られた書類データと映像データが入ったフォルダだ。

 その内、肇が開いたのは書類データ。

 

「父さん、これは?」

「ジョー・ヒサミネという男が残したものだ。この中には……ある男が犯した過ち、不正の数々が記録されている」

「ある男?」

「ああ。男の名は久峰 遼、次期総理大臣と呼び声高い大物政治家……ジョー・ヒサミネの兄で、三兄弟の次男らしい」

 

 肇はマウスを操作しながら、丁寧に画面をスクロールして詳細を語り始める。

 

「俺の知る限り、こいつは最低の悪党だ。自分の手は汚さずに、ライバル議員のスキャンダルの捏造や女を散々に辱めるのは当たり前……人殺しすらその事実を揉み消し、警察や検察庁の上層部を掌握、報道機関やその他様々な企業を意のままにコントロールしている。映像の方は、そんな揉み消しの証拠が残っているんだ」

「なっ!?」

「それだけじゃない……見ろ」

 

 マウスを別のファイルの方まで動かし、クリック。

 名前と性別や年齢といったものが羅列しており、その横には備考欄として詳細なデータが記載されている。ざっと流し読んだだけでも500名近い名前が記してあるようだ。

 備考欄は飛ばしながら開示された内容を黙読していると、響たちの目に見覚えのある名前が飛び込んだ。

 

「『面堂 彩葉』!?」

「それだけじゃねェ、栄 進駒や伊刈 律の名前もあるぞ!」

「父さん、まさかこのファイルは!?」

 

 肇は深く頷き、目を細める。

 

「そうだ。Cytuberとなった者たち……それも、久峰 遼が陥れた者たちのデータだ」

「バカな!!」

 

 翠月が当惑した様子で備考欄に目を通す。

 栄 進駒の両親は、チェスの大会で久峰一族の子に買収され、進駒に睡眠薬を仕込んだのだという。しかし、他の者たちに比べれば、この程度はまだ序の口のようなものだ。

 伊刈 律のバンドメンバーが歌手グループに嬲られたのも遼の指示であり、面堂 彩葉の両親に起きた不幸な交通事故も遼の企てで起きたもの。

 兵器や麻薬の密売・密輸にも一枚噛んでおり、かつて金生 樹が向かった紛争地帯には彼も視察に向かっていたようである。それも、ボランティアという名目で。

 そして――それら全ての事件において、遼や久峰の血族が指示したなどという証拠は完璧に抹消されているというのだ。

 さらに、ジョーのレポートにはこのような記述があった。

 

「『兄が白だといえば、どのような黒い事件も白にされてしまう』……こんな、こんな事が……」

 

 末尾に書かれたその文章を読み上げ、ショックのあまり琴奈は両手で口元を覆う。鋼作も怒りに拳を震わせ、陽子は歯を軋ませている。

 他にも、久峰一族の手にかかったCytuber以外の被害者も纏められていた。

 レポートを眺めながら、鷹弘は肇へと問いかける。

 

「なぁ、あんた前に言ってたよな。翔と響の母親は殺されて、父親がその犯人かも知れないって」

「……ああ」

「こんな大規模な情報封鎖に、異常な財力、警察すら操る政界の権威……その父親ってのは、もしかしてこの久峰 遼じゃねェのか」

 

 それを耳にした響は、顔を上げて絶望に満ちた表情を浮かべた。

 自分の身体にそんなおぞましい男の血が流れている。そう思うだけで、心臓を掻き毟りたくなる程に嫌悪感が湧き上がったのだ。

 だが、肇はすぐに首を横に振った。

 

「違う! そこだけは断言させて貰うが、絶対に違う。二人の父親は別人だ」

「どうして言い切れるんだ……父さん」

「他のレポートに書いてある」

 

 マウスを操作して、肇は該当の文書を表示する。

 内容は、久峰の一族……というよりも、ジョーの血縁関係についてだ。

 

「さっきも言ったが、この男には二人の兄がいる。一人が久峰 遼で、もう一人……長兄が久峰 陽(ヒサミネ ヨウ)という男だ」

 

 ジョーの文書曰く。陽は遼と違い、人格者であったという。

 遼は利己主義で他者を踏み躙り、足を引っ張って出し抜いて政界の頂点に立とうとする、そしてそのためならどんな汚い手段も平気で使う外道なのだという。

 だが、陽は違う。常に国民のためを思って行動し、汚職を嫌う誠実な性格で、争いは好まないが自分の意見をハッキリと通す芯の通った人物である――と書かれている。

 久峰も一枚岩ではなく、血族の間では口には出さなくとも二つの派閥ができており、ジョーは陽の味方をしていたとの事だ。

 

「そして陽は一人の女性に恋をし、二人の子を設けた」

「まさか……!」

「そうだ。お前たちだ」

 

 響だけでなく、琴奈と鋼作も目を見張る。

 ようやく二人の本当の父と母の正体が分かったので驚いているのだが、しかし決して喜ばしい話ではなかった。

 少なくとも母親が死んでいる事は間違いないのだから。であるなら、父親は。

 

「じゃあ……じゃあ、俺たちの本当の両親は……!!」

 

 戦慄くような声を発する響を目にして、ギリッと肇は歯を軋ませ、重い口を開く。

 

「殺されている。久峰 遼に……!」

 

 ドサッ、と響はその場で膝をついた。

 誰も彼に声をかける事ができなかった。否、かけるべき言葉が見つからなかった。

 それでも、肇だけは話を続ける。

 

「ジョーは遼の味方になったフリをして、ヤツの不正を暴く目的でCytuberに加わったようだ。これだけのデータを集めたのは、陽の仇討ちのためらしい。どんな手段を使ってでも兄を今の地位から引きずり下ろしたいんだと。本人は行方不明になっているようだがな……」

 

 言った後で、肇は「だが」と付け加える。

 

「こいつにとって計算外だったのは、遼もCytuberだった事だ。それも八位のな」

「八位って、サイバーノーツの一歩手前じゃないですか!?」

「それだけじゃない。ヤツの秘書は……ハーロットだ」

 

 今度は翠月が言葉を失った。

 ハーロット、それは"淫蕩"を名乗るCytuber一位の女。ここでその名が出て来るとは夢にも思わなかったのだ。

 そしてこの二人が組んでいるとなれば、状況は最悪だと判断していた。ホメオスタシスにとってと言うだけでなく、日本や世界にとってだ。

 

「ジョーが何を画策しようとしていたのか……ほとんど筒抜けだったようだ。改めて忠誠を誓わされる形で難を逃れたらしいが、それでも反撃の機会を狙っていたようだな」

 

 そう言って、肇は親指でパソコンを指差す。

 唯一ハーロットたちが情報を掴んでいなかったのが、このSDカードのデータなのだろう。だからこそ現物がこうして存在している。

 

「遼の悪行はそれだけじゃない。このデータ通りなら……ヤツは翔を誘拐し、アクイラの細胞を埋め込む実験を行ったようだ」

「なっ!?」

「その施術者がハーロット。意図は分からんが、やはり目的は」

 

 ほとんど放心状態だった響が、その一言で我に還る。

 

「アクイラの復活か……!!」

「それも、翔の肉体を媒介にしてな」

「バカな! 翔を使ってアクイラを復活させるなんて、成功する保証もないのにそんな事をして何になる!?」

「分からん。だがこれが事実だとすれば……」

 

 そこまで言ってから、肇は一瞬だけ沈黙する。

 どうやら何か知っている様子であるが、それを語るべきか迷っているようだ。

 しかし訝しむ響の姿を見て、唇を引き結んだ後、再び話し始めた。

 

「これは、最近になって気付いた事だが。俺たちの中に裏切り者……いや、正確にはスパイがいたようだ」

『えっ?』

 

 それについては思い至るものがないのか、肇と鷲我以外の全員が頭上に疑問符を浮かべる。

 だが、鷹弘はすぐに気が付いた。

 翔がアクイラの力を埋め込まれているなら。そして、アクイラの復活が敵の目的なら。

 そのスパイとは、翔が戦いの途中で命を失わないように監視できる立場であり、アクイラへの覚醒に導くために送り込まれているに違いない。

 翔が戦死すればアクイラも目覚めず、覚醒に至らなければ目的も遂行できないのだから当然だ。最も彼に近い場所で、怪しまれずに見張る事のできる人間が必要なのだ。

 だとすれば、それは。その人物というのは。

 

「まさか――!!」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 夜の帝久乃市。

 イルミネーションやビルの窓から光が輝く街の中をひとり、翔が歩いている。

 繁華街では、互いに愛を囁き合うカップルの姿や、心が浮き立つようなリズムの音楽が鳴っている。さらに、赤い服と白いヒゲをつけてケーキ販売の案内をする若者も。

 

「そうか……もう、12月になるんだな」

 

 今年もクリスマスがやって来る。

 響はきっと彩葉と過ごすのだろう。他のホメオスタシスの面々も、それぞれ家族や友達、大切な人々と楽しく遊ぶのだろう。きっと、自分も入っているのかも知れない。

 しかし、その中にアシュリィはいない。

 

「いや、手がかりはあるんだ」

 

 きっとハーロットの領域に囚われているに違いない。すぐに彼女を見つけ出し、日常に戻らなければ。

 そう考える翔であったが、ふと頭によぎるものがある。

 いつから自分は、こんなにも彼女を思うようになったのだろう。

 初めて会った時から気になる存在ではあった。だが、ここまで彼女を想うようになった切っ掛けを思い出せない。

 直後、翔の思考がそこでバツリと中断(・・)される。

 

「どうでもいいか、そんな事は。僕はあの子を助けなきゃいけないんだ」

 

 気がづくと翔は、繁華街を通り抜けていた。

 その時だった。通り過ぎていく人混みに紛れて、銀色に揺れる髪を生やした少女の影が見えた。

 見間違うはずもない。それは、彼女のものだ。

 

「アシュリィちゃん!?」

 

 思わず大声を出して、翔は繁華街の方に戻る。

 一瞬だけ見えたアシュリィの姿を追って、駆け抜けていく。今も後ろ姿をハッキリと捉えている。

 しかし、何度呼びかけても向こうは決して振り返らない。それでも、翔は懸命に追いかける。

 そうして辿り着いたのは、噴水広場だった。

 アシュリィは翔に背を向けて立ち止まり、じっと噴水を見ている。

 

「良かった……ずっと探してたんだ、君の事を」

 

 安堵した様子で、翔は彼女に近づいていく。

 が、直後に噴水の両脇から二つの影が躍り出て、翔の前に立ち塞がる。

 葡萄の実を生やしたキツネの姿をしたサワーグレープ・デジブレインと、ウサギとカメが融合したような出で立ちのラビットタートル・デジブレインだ。

 早速ハーロットの邪魔が入った。翔は変身しようとマテリアフォンを取り出すが、それを妨げるように右肩に激痛が走る。

 

「ぐっ!」

 

 グラットンとの戦闘による負傷が癒えていないのだ。

 それほどに激しい戦いを制した疲労もあり、今は変身する事さえままならない。しかしこのまま何もしなければ、また彼女は連れ去られてしまうだろう。

 疲労はともかくとしても、せめて、肩の傷さえ治れば。

 翔がそんな事を考えた瞬間。青い光のノイズが、右腕に集中する。

 

「えっ!?」

 

 翔は驚愕の声を発した。この力を発動しようなどとは思っていなかったのだ。

 しかし、ノイズは収まらない。周囲のイルミネーションや電線を通って都市内のデータを吸収すると、翔の肩の傷に集まり、負傷を完全に回復した。

 

「こ、これは……なんだ!?」

 

 困惑する翔。とはいえ、これで変身はできるようになった。

 

《チャンピオンズ・サーガ!》

 

 大型のマテリアプレートを取り出し、起動。それをアプリドライバーへと装填する。

 

《レッツ・ゴー・ライダー!》

「変身!」

Alright(オーライ)! レジェンダリー・マテリアライド!》

 

 剣と弓をいつものように呼び出し、それぞれ両手に装備。変身しながら、仮面ライダーアズールはラビットタートル・デジブレインに飛びかかった。

 

《チャンピオン・アプリ! 天下無敵! 天上不敗! 語り継がれし伝説、インストォォォール!》

「そぉりゃあああっ!」

 

 袈裟に振り抜かれたアズールセイバーによる斬撃が、一撃で右手の甲羅を粉微塵に砕き、ラビットタートルを消滅させる。

 サワーグレープに対しては弓を引き、全ての実を撃ち落とした上で、二枚のプレートを装填する。

 

《ツインフィニッシュコード! Alright(オーライ)! ロボットマジック・マテリアルエクスキューション!》

「喰らえ!!」

 

 光の矢がキツネの胴を貫き、爆散させる。

 これで、邪魔をするものはいない。アズールは、アシュリィの方へと駆ける。

 ――だが。

 

「素晴らしいですわ。あなたの中に宿った力が、そこまで強く成長しただなんて」

 

 アシュリィではない、別人の声が噴水の向こう側から響く。

 そして先程と同じように、その脇から二つの影が歩み出て来た。しかし、今回は人間の少女のようだ。

 ひとりは金髪で可愛らしい赤いドレスを纏い、もうひとりは黒髪で品のある和服を来たの少女。以前に学園祭で見かけた二人組だ。

 そして。金髪の方は、その腕にウサギのぬいぐるみを抱いている。腹にトランサイバーGを巻いているぬいぐるみだ。

 

「それでこそ、時間をかけた甲斐があるというもの。私好みのオスに育ってくれて本当に嬉しいですよ」

「お前は……まさか!」

 

 カチリッ、という音と共に、ぬいぐるみの姿が泡立つ。モザイクがかかり、段々と大きくなっていく。

 そうして姿を現したのは、薄い生地の黒いドレスを纏う、長身の美女だ。トランサイバーGは右腕に移動している。

 

「ごきげんよう、天坂 翔くん。私の名はハーロット……こちらは私の娘、ツキミとフィオレですわ」

 

 舌舐めずりをして、甘い芳香を漂わせながら、その女は言った。

 ハーロット。Cytuber一位であり、最後のサイバーノーツだ。

 紹介された二人の少女は、微笑みながらアズールに手を振る。

 

「お前が……!!」

 

 仮面の内側で、ギリッと歯を軋ませる翔。

 そして剣を掲げ、悠然と前に歩み出る。

 

「アシュリィちゃんは渡さない!!」

「あらあら、ふふ。そういえば紹介が遅れていましたわね」

 

 そう言って、ハーロットはゆるりとアシュリィの正面に立つと「自己紹介、できるかしら?」と問いかける。

 アシュリィは頷き、左半身から順にゆっくりとアズールの方へ振り返る。

 

「全部思い出したんだよ、ショウ」

 

 瞬間、アズールの心臓が跳ね上がる。

 

「私の名前はアシュリィ」

 

 彼女の顔を見てはならない。

 ここから先を聞いてはならない。

 悪寒で全身の毛が逆立ち、警鐘を鳴らしているかのようだが、身体も眼も動かせない。

 

「ハーロットの娘……【灰被り姫(シンデレラ)】のアシュリィ」

 

 そう言った彼女の右目には、眼帯がなかった。

 あるのは、左側とは異なる紫色の眼光。サソリの姿が白く刻印された奇妙な瞳。

 

「私はあなたと殺し合うために産まれた。それが私の使命。記憶を消し去る十二時の魔法は、もう解けたの」

 

 静寂が支配していた広場に、ゴォン、ゴォンと鐘のような音が鳴る。

 それと同時に、アシュリィは姿を変えた。

 蝶に似た外見のデジブレイン。ガラスのような脚が特徴的な、シンデレラ・デジブレイン。

 

「さようなら……ショウ」




次章

File.04[シンデレラ]

地獄の季節は過ぎ、物語は煉獄へ――


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File.04[シンデレラ]
EP.41[偽りの庇護]


「これでようやく五つ目」

 ドス黒い靄が漂う異様な景色の中で、恍惚とした笑みを浮かべたスペルビアが呟く。
 三つの頭を生やした猟犬が彫り込まれた柱には、既にマテリアプレートが接続されており、ケーブルから大穴へと藍色の光が供給されていた。

「間もなく、間もなく……あなたを目覚めさせる事ができますよ、アクイラ様」

 悦楽に満ちた声を発し、スペルビアは穴の中に目を凝らす。
 ケーブルは穴の奥深くまで張り巡らされており、いくつもの色彩を放つ光によって、僅かだが底が見通せるようになっている。
 中には、人型の何かが浮遊している。しかし眠りについているらしく、声も発さずにただ胎動するように心臓の鼓動が鳴るだけだ。

「まぁ、まだ少し必要なものがあるのですが」

 穴の奥に眠るモノから視線を離し、スペルビアは銃器のような形の針のない注射器に見える道具を取り出した。

「ククッ、折角だ。ここは一石二鳥……いや、一石三鳥を狙ってみましょうか」

 そう言いながら注射器を懐にしまって、深く一礼する。

「では、私めはこれで失礼致します」

 指を弾くと、スペルビアの姿はそこから消失した。


 夜中の帝久乃市の噴水広場にて。

 ついにアシュリィと再会する事ができた翔であったが、彼女と共にCytuberのハーロットとフィオレ・ツキミが並び立っていた。

 そして、彼に対してある事実を告げたのだ。

 

「なにを……言ってるんだ、アシュリィちゃん」

 

 仮面ライダーアズールに変身した翔が、声を絞り出す。

 信じられない。頭では分かっていても理解が追いつかない。

 アシュリィがハーロットの娘だという真実を。翔と殺し合うために産まれ、そのために傍にいたのだという事を。

 全て、ハーロットの手引で。

 

「君が、そんなはずは……大体、どうして僕たちが殺し合う必要があるんだ?」

 

 混乱した頭のまま、馬鹿げた話だと笑い飛ばすように表情を取り繕う。

 しかし、そこに割り込む者がいる。

 

「必要はあるのですよ、翔くん」

 

 ハーロットだ。赤い唇に薄く笑みを貼り付けながら、囁くように語りかけて来る。

 

「不思議に思わなかったかしら? あなたの中に宿る力の正体が何なのか? そして、どうしてここまでこの子に執着しているのか?」

「え?」

 

 彼女の口から出て来た意外な言葉に、思わず声を上げる。

 確かに力の正体は気になっている。アシュリィへの執着についても、疑問に思った事はある。

 しかし、何故それをハーロットが知っているのか。アズールに答えを出す事はできない。

 その代わりに、ハーロットが語り始める。

 

「私があなたに与えたのですよ。改造手術の時……細胞片を、アクイラの力をね」

「な、に……!?」

「驚いたようですね? まぁ、無理もないこと。アクイラは確かに一度滅びたのですから」

 

 ハーロットは明かした。

 過去にZ.E.U.Sに潜入していたこと。その頃に肇とアクイラの戦いで発見したアクイラの細胞を秘密裏に入手していたこと。

 そして、産まれたばかりの翔に目をつけて両親から引き裂き、その一部を使って改造手術を敢行したことを。

 

「そんな……じゃあ、僕が使ってるのはアクイラの力で……本当の父さんは、母さんは……」

「ええ。無意味に抵抗したので、殺されましたよ?」

「……どうしてそんな事を!!」

 

 妖艶に笑みを浮かべたまま、ハーロットはさらに述懐する。

 

「アクイラを新生するためですよ。それも、あの時のものを超越した力を持つ、完全にして最高のアクイラを」

「新生、だって?」

「あなたは『それ』に至る可能性の内のひとつ。スペルビアは旧いアクイラの復活を企てているようですが……まぁ、それは我々の目的とは違います」

「僕が……僕を、アクイラにするっていうのか……」

「まぁ、概ねそれが我々の目的です」

 

 そう言った後、ハーロットは「しかし」と続けてアズールを指差した。

 

「私自身の目的は少し違います」

「なんだと……?」

「私が欲しいのは、一番強いアクイラの力を持つ男の遺伝子。オスの子種」

 

 突き出した指をくるくると回し、ハーロットはドレス越しに自身の下腹部に手を這わせる。

 

「アクイラの細胞と融合した人間の遺伝子から産まれた子供は、同じくアクイラの細胞をその身に宿す……つまり、人でありながらデジブレインのような人智を超越した力を身につける。両親共に細胞を持つならさらに強く。まさに新人類なのです」

「新人類だと?」

「そうして世界はいずれ、旧い人類が絶滅し、男女を問わず新しい命で埋め尽くされる。私はその先駆け、いわば『アダムとイヴ』におけるイヴとなりたいのですよ」

 

 自身の肢体をじっとりと弄び、頬を上気させ、扇情的に微笑むハーロット。

 しかしアズールはそんな姿に目もくれず、むしろ怒りを湧き立たせて弓を引き絞った。

 

「ふざけるな! たとえ僕がアクイラになってしまったとしても、絶対にお前たちの思い通りにはさせない!」

「では、あなたは私に種を注ぐ気はないと?」

「絶対にお断りだ!!」

「そう……」

 

 ふぅ、と短い溜め息をつくと、ハーロットは指を弾く。

 その瞬間に、両脇に控えていたツキミとフィオレがデジブレインへと変貌を遂げた。

 ツキミは竹を生やしたカグヤ・デジブレインに、フィオレは人魚のようなメルジーナ・デジブレインに。

 そして、シンデレラ・デジブレインとなったアシュリィと共に、一斉にアズールへ襲いかかる。

 

「くっ!?」

「そんな生意気な子は、私好みになるまで一から調教するしかないようね? やりなさい、三人とも」

 

 先端が鋭利になった竹がミサイルのように降り注ぎ、正面から高速で放出される無数の水圧弾が逃げ場を奪う。

 

「バカだね! 素直にママの言う事を聞いてれば、あたしたち三人もあなたの赤ちゃんを作ってあげるのにさ!」

「大人しく従って下さいませ、仮面ライダー様?」

 

 光の矢で全ての竹を焼滅させ、水圧弾もアズールセイバーを振って全て弾き飛ばす。

 しかし、今度はアイススケートのように地面を滑りながら、ひとつの影が向かって来る。

 シンデレラ・デジブレインだ。目前まで到達した瞬間に跳躍し、ガラスの脚を、アズールの顔面目掛けて振り下ろした。

 アズールはその踵落としを、剣と弓を交叉させて受け止める。

 

「くぅっ!!」

「抵抗しないで。苦しんで死にたくないなら」

 

 弓を足場代わりに、シンデレラは再度空を舞う。そして、頭上から踏みつけるように何度も蹴りを繰り出した。

 しかし、アズールはその連撃を、剣を大きく振り被って強引に中断させる。

 

「む……!」

「もうやめてくれアシュリィちゃん! どうして君と戦わなくちゃいけないんだ!?」

 

 二人の姉妹の前に着地したシンデレラへと、懇願するように叫ぶ。

 しかし、彼女は何も答えない。

 代わりに口を開いたのは、ハーロットの方だ。

 

「そうそう、ひとつ言い忘れていたかしら。私があなたに施したのは力だけではないのよ」

「なんだと?」

 

 シンデレラがピクリと反応して攻撃の手を止め、アズールも耳を傾けた。

 

「私はあなたに魔法をかけた。それこそが、あなたがこの子に執着する理由」

「魔法?」

「正確には……」

 

 ハーロットがシンデレラを指差し、続いてアズールにも指を向ける。

 

「アシュリィとあなたにね」

「……それは……」

 

 どういう意味だ。

 訊ねるよりも前に、ハーロットは答えを提示した。

 

「あなたにアクイラの細胞を植え付けたように、私と私の協力者である『ある人』にもアクイラの細胞を埋め込んだ。そして、二人の遺伝子を使って専用培養ポッドの中で遺伝子情報を整合(デザイン)しつつ子供を作り上げた……」

「なっ!?」

「新人類を産もうにも、ちゃんと作れるかどうかの実験は必要だから。結果として実験は大成功、アクイラ細胞は進化を果たし、人間の肉体を持ったまま変異できる新種のデジブレインが誕生した。あなたの目の前にいる三人がそうよ」

 

 即ち、フィオレ・ツキミ・アシュリィの三人だ。彼女らはハーロットの手で思い通りの遺伝子操作を行われた、いわばデザイナーベビーなのだ。

 当然これは違法行為。技術的な話ではなく、自分の子供をまるで操り人形や実験動物のように扱うのは倫理に反するという指摘があったため、全世界で禁じられた。

 

「じゃあ、アシュリィちゃんもアクイラの力を!?」

「心当たりはあるでしょう? この子たちは、歌で感情エネルギーを操る事ができるから」

 

 確かに、翔は何度かその場面に居合わせている。プレデターの領域ではツキミとフィオレが歌った途端に、力を抑制された。思い返せば、アシュリィも同じ事をしていた気がする。この現象がアクイラの力に起因しているのなら、説明はつく。

 しかし納得できない。その事実と、翔がアシュリィに執着する理由が繋がらないのだ。

 その心境を見透かしているのか、ハーロットは話を続ける。

 

「そして。その内の一人、末女に私はあるものを仕込んだ」

 

 末女がアシュリィの事であるのは明白だ。

 先程までアズールを攻撃しようとしていた彼女は、今は俯いて立ち尽くしている。

 ハーロットの言う『アシュリィに仕込んだ何か』に、翔は見当がつかない。すると、ハーロットは至極意外そうに目を丸くした。

 

「分からないかしら? あなたに施術したものも含めて、細胞と言ってもアクイラはデータの生命体。私たちにとって都合の良いように、ある程度プログラムを組み込むくらいの事ならできるのよ」

「一体何の話をしているんだ? プログラム?」

「ええ、プログラムよ。例えば『同じプログラムが組まれている細胞を埋め込んだ相手と愛し合う』とかね」

 

 ほんの一瞬、アズールは言葉を失う。

 しかし徐々にその呼吸が荒くなり、心臓が早鐘を打ち始めた。

 

「何が……言いたい……!?」

「あら。もう気付いてると思うのだけど」

 

 今の状況を待ち望んでいたかのように、ニィッとハーロットが唇を吊り上げた。

 その姿を見ると、アズールはさらに激しく動揺する。

 

「違う……う、嘘だ! そんな、はずはない!」

「ふたりの互いを想い合う心は全て偽物なの。私がそうなるように仕向けただけ」

「やめろ!! やめろぉぉぉっ!!」

「本当のあなたは、アシュリィの事なんて――」

 

 最後まで言い終えるよりも前に、彼女の言葉を全て否定せんばかりの勢いで、アズールが力の限り叫んだ。

 

「それ以上……口を開くなァァァァァッ!!」

 

 全身が青いノイズに覆われ、それと同時に翔の変身は解除された。

 しかしそれだけでは終わらない。青いノイズは翔の肉体を蝕み、段々と姿を変質させていく。

 

「が、あ……グゥゥゥアアアアアアアアッ!!」

 

 身体の筋肉は怒張して獣めいた体毛が湧き、ノイズから形成された甲虫の外殻がそれをプロテクトする。背中には大鷲の翼が伸び、まるで尻尾のように八首の大蛇が生える。さらに体の各部に魚のヒレのようなものも造られ、顔も獅子の鬣を生やした鷲のようになる。

 今の翔は、もはや人間としての姿を留めていない。まさしく怪物となってしまったのだ。

 

「フウウウーッ、フウウウウッ……グウウウウッ!!」

 

 正気を失った獣のような咆哮を上げ、先程まで翔だった怪物はハーロットを睨む。

 対して、ハーロットはどこか嬉しそうな、恍惚とした笑みを浮かべている。

 

「ウフフ! 思った通り。精神が不安定な状態でさらに感情が昂ぶると、アクイラの力も遥かに増す……」

「グウウウアアアアアアアアアアッ!!」

「とはいえ、ここまで強くなれば理性と力のコントロールが大変なようね。まだ不完全体なのかしら」

 

 余裕綽々と言った様子でトランサイバーGを操作すると、ハーロットはそのまま背後にゲートを開いた。

 

「ツキミ、フィオレ。帰るわよ」

『えっ?』

 

 表情を強張らせて身構えていたデジブレインの姉妹は、声を揃えて互いの顔を見合わせる。

 そして恐る恐る、既にゲートに向かおうとしている母親へと質問を投げかけた。

 

「あの~、ママ?」

「アシュリィはよろしいのですか? 今のままの彼ですと、私たち全員の歌ですら抑え込めませんが……」

 

 ハーロットは娘たちへゆっくり振り返ると、ニッコリと笑いながら答えた。 

 

「この子には時間稼ぎと、他にまだひとりでやるべき事があるから。そうよね?」

「……はい、ママ」

「いい子ねアシュリィ。しっかりやりなさい」

 

 蔑んだような視線をシンデレラの背に送りつつ、ハーロットはそのまま変異を解除した二人の娘と共に立ち去った。

 残されたシンデレラ・デジブレインは、振り返る事もせずに怪物に立ちはだかっている。

 そして、威嚇するように唸る翔の方へと、ガラスの足を光らせゆっくりと歩いて行く。

 

「安心して。これ以上苦しまないようにしてあげるから」

「グウウウ……ガアアアアアアアッ!!」

 

 翼を広げ、翔がシンデレラに向かって飛び立つ。

 しかし、その時だった。

 銃声が噴水広場に轟いたかと思うと、二人の男の影が割って入った。

 

「オイオイ、一体どういう状況だこいつは!?」

「タカヒロにキョウ……!?」

 

 そこに現れたのは、既に仮面ライダーリボルブ及び仮面ライダーキアノスへと変身した鷹弘と響。頭上にはフォトビートルも飛んでいる。

 背中を預け合い、リボルブはヴォルテクス・リローダーの銃口を油断なくシンデレラの方に向けている。

 キアノスはと言うと、フェイクガンナーとキアノスサーベルを手に翔だった怪物と睨み合っていた。

 

「あっちがアシュリィちゃんなのは分かるが、この怪人は何者だ……?」

 

 それを聞いて、代わりにシンデレラが答える。

 

「ソレはショウよ。アクイラの力が暴走した状態のね」

「なに……!?」

 

 リボルブが思わず声を上げ、キアノスが驚きのあまり振り向く。

 空を漂っていたフォトビートルがその姿を捉えると、スピーカーから鷲我の声が響く。

 

『バカな……ありえん、これはアクイラだ! かつて肇と戦った時の姿だ!』

「確かなのか、親父!?」

『間違いない!! ……我々は、間に合わなかったというのか……!?』

 

 以前から翔がアクイラに変貌してしまう危険性は、鷲我の口から指摘されていた。アクイラについて意識させず、力を極力使わせない事で、そのリスクを低減できるはずだった。

 しかし、全てが台無しになってしまった。目の前にいるのは、ただ理性を失って暴走するだけの怪物だ。

 リボルブはトリガーに指を添え、シンデレラの胴に照準を定める。

 

「テメェの仕業か!?」

「その様子なら、私が何者なのか説明する手間が省けたみたいだね」

「質問に答えろ!! どうせ記憶も戻ってんだろうが!!」

 

 声を荒げるリボルブ。すると、シンデレラはガラスのように冷たく答えた。

 

「だったら何なの?」

「お前っ……!!」

 

 引き金にかかった指に力が入る。しかしそこへ、キアノスから声がかかった。

 

「俺は君の事を本当の家族だと思っていた。ここに来るまでも、君が敵だなんて信じられなかった。そして仮に記憶が戻っていたとしても、また家族として一緒に暮らせると」

「……」

「答えてくれ! こんな事をして、君はどうするつもりなんだ!? 翔をアクイラに変えてまで果たしたい願いがあるのか!?」

 

 震える声を抑え、必死に呼びかける。響も、彼女と傷つけ合いたくはないのだ。

 しかし、シンデレラの冷たい口調は全く変わらない。

 

「もう一度訊くけど――だったら、何なの?」

「アシュリィちゃん……!!」

『そんな……』

 

 フォトビートルから、琴奈や陽子の悲痛な声が漏れ出て来る。彼女らもこの状況を観測しているのだ。

 それを知った上で、シンデレラは夜空を見上げながら言葉を紡いでいく。

 

「私は『新アクイラ細胞』を宿した新人類、シンデレラ・デジブレイン。今までショウ傍にいたのは、スパイとして潜り込むため」

「くっ……!」

「覚えてるでしょ? あの時、私が持ってたデジタルフォン。あれも、いつかショウが目覚めた時のためにママから託されたの。結局、ドライバーの完成もショウの覚醒にも間に合わなかったけどね」

 

 それを聞いて、キアノスはぐっと言葉を詰まらせる。

 アシュリィの正体に肇が気付いた理由。それは、デジタルフォンの存在があったからだ。

 翔がアクイラの細胞を宿していると判明している今、アシュリィと邂逅した事が偶然と思えなくなったのだ。

 むしろ、翔を覚醒させる事が目的のスパイだったと考える方が自然だと言える。少なくとも、その話を聞かされた時は、鷹弘も響も納得していた。

 

「それに、私にはもうツキミとフィオレとママがいる。血の繋がった家族がいる」

「だから俺たちは家族じゃないって言うのか!? 静間さんたちホメオスタシスのみんなも、友達じゃないのか!?」

「……。……ええ」

 

 深い溜め息の後、やはり冷たい声色で、シンデレラは言い放つ。

 

「魔法は解けた。あなたたちと一緒にいられる時間は、もうとっくに終わってるの」

「ざっけんじゃねェッ!! 御託は十分だ、死にたくねェなら今すぐ翔を元に戻しやがれ!!」

 

 彼女の口からこれ以上何も聞きたくないのか、急かすように、そして脅しつけるように鷹弘は言い放つ。

 しかし、シンデレラは頭を振るだけだった。

 

「そんな事ができると思う? 悪いけど、それ専門外だから」

 

 そう言って、彼女は跳躍してビルの頂上に立ち、変異を解いて走り去る。

 

「待ちやが……ぐおっ!?」

「ガァァァァァーッ!」

 

 追いかけようとした瞬間、アクイラが爪を振り下ろして介入。

 避け切れなかったリボルブの右肩の装甲に、大きな裂傷を作った。そして、尻尾の蛇と共に威嚇を続ける。

 

「静間さん!!」

 

 サーベルを叩きつけるように、キアノスは斬りかかる。

 飛翔されたために斬撃が命中しなかったが、それでもリボルブから距離を離す事はできた。

 キアノスはそのまま、武器を手に翔へと躙り寄って行く。

 

「よせ! そいつはお前の弟だろうが!」

「だからこそですよ。兄として……俺が止めなくてはいけない!」

 

 彼の決意を敵対心と感じ取ったのか、翔は獣のように咆哮する。

 

「翔……どうして、そんな姿に」

『観測したデータが正しいのなら……恐らく、何かの要因で心を大きく揺さぶられたのだろう』

「どういう事です?」

『アクイラの力が高まった上で激しく心を乱された事で、リンクナーヴが異常活性し莫大なカタルシスエナジーを発生、アクイラの細胞がそれを媒介に彼の体を変質させてあの形態になったんだ』

「止める方法はないんですか!?」

『ある』

 

 あっさりと鷲我は言う。リボルブも立ち上がり、彼の話に耳を傾けた。

 

『体内のカタルシスエナジーが失われれば、リンクナーヴの活性も落ち着いてあの姿を維持できなくなるはずだ。だが時間経過による解除は期待できない、彼が死なない程度に攻撃し続けてくれ』

「了解!」

 

 返答と同時に、キアノスは再度サーベルで翔へ攻撃する。今度は刺突だ。

 が、空を飛べる上に素速い翔には命中せず、開いた嘴の奥から放出された熱光線が襲いかかる。

 

「ううっ!?」

 

 光線はキアノスの肩の装甲を掠めて溶かし、さらにその先にあった噴水を溶断・爆破。

 広場の石畳やベンチなどの設備や、草木に花といった自然も無惨に破壊し、焼き尽くす。

 

「あ、危ない……!」

「マジで理性がなくなってるみてェだな」

《スクロール! ホーク・ネスト!》

 

 噴水広場の惨状に息を呑み、キアノスは武器を構え直す。

 今度はリボルブも攻撃に加わる。シリンダーを一度回転させ、必殺技を発動した。

 

《フレイミングフィニッシュコード! Alright(オーライ)! ホーク・マテリアルボンバード!》

「響、行け!!」

 

 炎の鷹が弾丸となって飛び、翔へと着弾。

 爆発が起こるものの、両腕と翼で全身を覆うように身を守っていた翔にほとんどダメージはない。

 だが煙が晴れると、サーベルによるキアノスの突撃が待っていた。

 

「ハァァァーッ!!」

「ガァァゥ!!」

 

 撃ち出された矢のように飛ぶ刃は、しかし凄まじい腕力によって裏拳で防がれる。

 そのまま翔の反撃だ。左拳を振り被り、同時に尻尾の蛇が襲いかかって来た。

 しかし、キアノスも怯まない。

 

「甘い!」

Fake armed(フェイク・アームド)……センチピード・スキル、ドライブ!》

 

 背面に隠した左手のフェイクガンナーから伸び出した鋼鉄の鞭が、蛇の首を全て絡め取る。

 そしてそのまま鞭で翔の体を引き寄せ、またもサーベルを突き出した。今度は見事に命中し、甲殻に火花を散らしながら傷を作る。

 だが、翔の方もただではやられない。攻撃のために接近したキアノスへと、野太い腕を伸ばす。

 

「グァァァッ!」

「うおぉっ!?」

 

 命中の寸前、まさに間一髪と言ったところで、武器を盾代わりにしてダメージを最小限に抑え込んだ。

 グラットンブルートとの戦いがなければ、以前のキアノスと言えど回避できなかった攻撃だ。彼や今までのCytuberとの戦いで培った経験が、今に活かされている。

 ただし、攻撃力だけは桁違いだ。今までに戦ったどの敵よりも、一撃の威力が重い。

 

「一発でも貰ったらマズいな……!」

 

 吹き飛ばされつつもしっかりと着地し、キアノスは言う。

 続けてリボルブと共に反撃へ転じようとするものの、翔は青いノイズを纏った右腕を二人の方に掲げていた。

 データ・アブソープションが来る。事前に鷲我の資料を読んでいたため、二人とも察知する事ができた。

 食らっても負傷する事はないが、仮面ライダーたちの武装はデータ上の存在を現実化(リアライズ)しているため当たれば消滅し、体に受けてしまうとそれだけで変身解除されてしまうのだ。

 

「避けろっ!!」

「ハイ!!」

 

 左右に分かれ、ビームめいて発射されたノイズを二人は回避する。

 そして悪態をつきながら、リボルブはリボルブラスターを呼び出した。

 

「あ……っぶねぇなこの野郎!」

《フィニッシュコード!》

《ブレイジングフィニッシュコード!》

 

 二つの銃に同時にマテリアプレートを装填し、リボルブは必殺の体勢に移る。

 それに対し、当然ながら翔は飛び回って回避に動く――が、その尾を掴んで止める者がいた。

 地上から先程と同じく鋼鉄の鞭を放った、キアノスだ。

 

Alright(オーライ)! スーパーデュエル・マテリアルカノン!》

Algiht(オーライ)! デュエル・マテリアルデストロイヤー!》

「さっさと目ェ覚ましやがれ、翔ォォォーッ!!」

 

 二つの炎が混ざり合い、燃え上がる赤い鳥を生み出す。

 そして炎の巨鳥の突撃を、今度は防ぎきれずに翔はその身を焼かれて行く。

 

「グゥガァァァッ!」

 

 火の手に身を包まれながらも、翔は翼を広げて全力で回転し、風を巻き起こす。

 すると炎が消し飛び、息を切らしながらも生存する怪人の姿が露わとなった。

 

「ガァッ!」

 

 再び青いノイズが発生する。今度は、翔の全身を包み込んでいる。

 肩の傷を治した時のように全身の負傷を癒やすつもりなのだ。

 しかし、そんな翔の前に跳躍したキアノスが現れる。両手に持った武装の必殺技を起動しながら。

 

《フィニッシュコード!》

《オーバードライブ!》

「『リカバリー』は使わせない。これで……終わりだ!」

「グッ……!?」

 

 このままでは攻撃を防げない。止む無く翔は回復を中断するが、一手遅く、決定的な隙を生む。

 

Alright(オーライ)! フィドラークラブ・マテリアルスライサー!》

Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! ハーミットクラブ・マテリアルソニック!》

「ハァッ!!」

 

 キアノスサーベルから形成された巨大なハサミが翔の右翼を斬り裂き、突き出された大きな甲殻の打撃が翔を地面へとはたき落とす。

 それでもなお、翔は健在だった。嘴を開き、上空のキアノスへ熱光線を打ち込もうとしている。

 

「ガァァァァーッ!」

「させん!!」

《フィニッシュコード!》

 

 落下の勢いのまま、キアノスはベルトのプレートを押し込み、右脚を突き出した。

 

Alright(オーライ)! アーセナル・マテリアルバースト!》

「ハァァァーッ!」

 

 レーザーが放たれるよりも前に、翔の胸にキックが命中。

 眩い光が溢れ出し、翔は長い悲鳴を上げる。

 

「グ、ガァァァァッ!?」

 

 激しく苦しみ、呻く声。しかし、同時に怪人の姿が歪み、青いノイズが塵となって虚空に散らばっていく。

 

「……う、ぐ……にい、さん……?」

 

 気がつけば、翔の姿は元通りの人間の状態に戻っていた。

 

「戻ったか、翔!」

「静間さんも? 僕は一体……」

 

 頭を手で押さえ、翔はゆっくりと身を起こす。

 直後、荒れ果てた周囲の様子を目撃し、瞠目した。

 

「これはっ!?」

 

 響と鷹弘の方を振り返る翔。唇は震え、瞳は怯えの色に染まっている。

 戦慄きながら、翔は兄へ問いかけた。

 

「僕が……僕がやったの!?」

「落ち着け翔!」

「お、思い出した……僕の中にアクイラの力があって……アシュリィちゃんが……ぼ、僕は……」

「落ち着くんだ! これはお前のせいじゃない!」

「あああ、あ……ぁぁぁぁ……」

 

 声にならない絶望的な悲鳴。翔はそのまま、再び目を閉ざして倒れ込んだ。

 

「翔!?」

「……意識を失っただけみてェだ」

 

 その一言で響は安心したように溜め息を吐くが、やはり表情は暗い。

 二人は気絶した翔を両側から支え、病院へと赴くのであった。

 

「どうしてこんな事に……」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 それから数時間後。

 サイバー・ラインのとある場所、ハーロットの領域の桃色の光が降り注ぐ屋内で、強い打擲音が響いた。

 そこには、ハーロットとアシュリィ、そしてツキミとフィオレがいる。

 見るからに苛立った様子のハーロットに頬を叩かれたのは、アシュリィだ。残る二人は彼女の姿を心配そうに見ている。

 

「自分の役目もちゃんと果たせないの? 本当にグズな子ね、お前」

 

 そう言って、ハーロットはもう一度アシュリィの頬を、今度は反対側を平手で打った。

 しかし叩かれた方の彼女は文句も言わず、再びハーロットを見据える。

 

「チッ、もういいわ。だったら代わりにアレは回収して来たんでしょうね」

「……はい、ママ」

「フン」

 

 アシュリィがポケットから取り出したものを、半ば引ったくるように受け取る。

 それは、デジタルフォン。かつてアクイラが専用のドライバーと共に完成させようとして、しかし成し得なかったもの。

 翔たちから逃げた後、密かに回収に向かっていたのだ。

 手に取ったそれを眺めて自分の胸の間にしまい、ハーロットはアシュリィの下顎を乱暴に掴む。

 

「次はちゃんと『与えられた本来の役目』を果たしなさい。相愛のプログラムはもう解除してあるんだから。できなければどうなるか、分かってるはずだけど?」

「……分かりました」

「声が小さい!!」

 

 再びビンタを繰り出そうとするハーロット。

 だが、その寸前の事だった。

 

「随分騒がしいじゃないか」

 

 そんな男の声が、部屋の中に木霊した。

 室内に入ったのは、黒いスーツを着ている顎髭が特徴的な男。久峰 遼だった。

 

「遼様」

「パパ!」

「お父様!」

 

 ハーロットとフィオレ・ツキミが同時に反応し、アシュリィも黙って会釈する。

 遼はハーロットと三人の娘たちの全身を満足そうに見つめ、笑みを作る。

 

「我が娘たちは良く育ってくれているようだな。何よりだ。これからもよろしく頼むよハーロット、私の秘書として、そして妻としてな……」

「ええ、仰せのままに」

 

 深く頭を下げ、ハーロットはデジタルフォンを片手に遼の隣に並び立つと、ツキミとフィオレに視線を合わせる。

 

「私は遼様と大事な話があるから、あなたたちは自分の部屋に戻っていなさい」

「は、はい!」

 

 アシュリィには結局声をかけないまま、一瞥さえせずに、ハーロットは遼と一緒に部屋を去った。

 フィオレとツキミはそんなアシュリィを、やはり不安そうに見ていた。

 しかし声をかける事もできず、すぐに部屋を後にしてしまう。

 そうして、ひとり取り残されたアシュリィ。天井を見上げ、絞り出すようにか細く呟いた。

 

「……ショウ……」



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EP.42[閉ざされた心]

「よう、坊主」

 それは、10年近くも前の話。
 幼い男の子が、児童養護施設の公園のジャングルジムの頂上で、じっと青い空を見上げていた。
 その少年に声をかけたのは、強面だがハンサムな男だ。スーツ姿で、帽子を被っている。

「おじさん、だれ?」

 見れば、男はもうひとり少年を担いでいる。
 青空を見上げている方の少年と、瓜二つの顔だ。だが、こちらの方が強気そうで、ケンカでできたらしい傷のついた顔をムスッとさせている。

「探偵だよ。君のところの職員さんに頼まれて、街でケンカしてたこの子をこうして連れて来たんだ」

 男は担いでいた方の少年を下ろし、ジャングルジムに背を預けてそう言った。

「このやんちゃ坊主は君の兄さんだろう。名前は……」
「きょう。響おにいちゃん」

 名前を出された少年も、ジャングルジムをよじ登る。
 そして、弟の隣に座って男を睨みつけた。

「君は翔くんだったな。なぜ空を見てるんだ? 楽しいのか?」

 訊ねると、翔と呼ばれた少年は困ったように眉を寄せる。

「たのしいって、よくわかんない。おにごっこもおままごともしたけど、たのしいっておもわなかった。でもお空をみてると、いやなことわすれられるんだ」
「……そうか」

 帽子を外して額を掻きながら、男は再び口を開く。

「おじさんな、実は昔……君たちと同じようにここで暮らしていたんだ。だけどある時、ふらっと訪れた男に拾われた。探偵だ、って男にな」

 翔も響も、その話に驚いていた。そんな過去があるように思えなかったのだ。
 男は照れたように微笑みつつ、二人へ手を差し伸べる。

「君たちさえ良ければ、俺と暮らさないか?」

※ ※ ※ ※ ※

「……そんな事もあったな」

 タバコを咥えてベランダから青空を見上げながら、肇はそう言った。
 彼の傍らには、開いたアタッシュケースが置いてある。中身は既に取り出されているようだ。
 そして、彼のN-フォンに着信音が響いた。

「鷲我、完成したか」
『……ああ。調整は済んだぞ』
「じゃあすぐに送ってくれ」
『本当に良いのか? 君は……』
「それ以外に、俺が翔にしてやれる事はない」

 鷲我の言葉に、沈黙する肇。しかし煙を吐いてタバコの火を消すと、低い声で言い放つ。

「これが俺のやるべき事だ」


 ハーロットが翔の前に現れ、アクイラの力が暴走し、デジタルフォンが強奪されてから20日が経ち、現在12月22日。

 あの戦闘で爆散した噴水広場も今は元通りで、幸いにも負傷者はおろか目撃者さえいなかった。

 だが。ハーロットとその三人の娘が翔に深く刻んだ心の傷は、ホメオスタシスにとって何よりも大きな損害となった。

 

「……翔の様子はどうだ?」

 

 帝久乃市内にある、ホメオスタシスの地下研究施設にて。

 鷹弘は、電特課の面々を含むいつものメンバーと共に休憩所で待機していた。傷を治す時間的余裕もできたため翠月もこの場に居合わせており、合計九名。

 この20日の間で、翔の体の治療と情報共有、さらにアクイラ化による影響の有無を調べるための身体検査を鷲我に頼んでいたのだ。

 そして今、鷲我が執務室に入って来た。鷹弘の問いに、彼は眉間に皺を寄せつつも答える。

 

「ケガは大した事はなかった。アクイラ化による身体への影響も見られない」

「そうか……」

「だが」

 

 鷹弘たちが安心したのも束の間、続いて出た一言に、全員が目を見張る事になる。

 

「彼はもう、二度と変身できないかも知れない」

『……え!?』

 

 驚き、ざわめく一同。真っ先に詰め寄ったのが鋼作だ。

 

「どういう事ですか会長、アクイラ化してもあいつには何も影響がなかったんじゃないんですか!?」

「『身体には』と言ったはずだ。問題なのは……心の方だ」

 

 そう言われると、鋼作は押し黙ってしまう。

 鷲我は目を覚ました翔から、ハーロットから聞いた話について聴取していた。それと同様に、肇が見つけたジョー・ヒサミネの手記について明かしたのだ。

 内容には重複する部分もあったが、互いに初めて知る事もあった。翔の方は久峰 遼について、鷲我はハーロットの目的や新アクイラ細胞について。

 そして――アシュリィが敵側に回った事について。

 

「……自分では平静を装っているが、明らかに戦う意志が折れている。自分の心に壁を作って、そこに閉じ籠もっているんだ。アレでは絶対にドライバーは使えない」

「そんな!?」

「ハッキリ言うが、もう今の彼は戦力外だ。ハーロットの攻略は彼抜きの作戦を立てるしかない」

 

 目を細めて、眉間に皺を寄せる鷲我。厳しい雰囲気に琴奈もたじろぎ、陽子は哀しげに俯いた。

 そんな彼の様子に、宗仁が難色を示す。

 

「おいおい、そんな言い方はあんまりだろ……」

「そうだよー、翔くんのアフターケアはどうすんのさ?」

 

 浅黄にも肘で小突かれ、鷲我は困ったように溜め息を吐く。

 

「分かっている。既に翔くんの個室に、進駒くんと律くんと彩葉くんを送っている」

「あの三人を?」

「今までに彼が助けた者たちの言葉を聞けば……何か変化があるかも知れないと思ってな」

 

 話を聞いて琴奈や鋼作は表情を緩める一方、翠月は不安そうな声色になる。

 

「平気なんですか、見張りも付けないで」

「大丈夫だ。もはやこれ以上彼らから情報を聴取する必要はないし、今更Cytuberに戻る事も命を狙われる心配もないだろう」

「……そこまで言うなら」

 

 翠月も頷き、それ以上の追及を終える。

 こうして改めて、鷲我は「では」と言いながら咳払いし、室内にホログラムのスクリーンを投影して作戦概要を伝える。

 20日間、彼らが観測する限りCytuber側に現実世界での動きはなかったが、だからといってホメオスタシスが何もせずにいて良いはずはない。

 プレデターこと万福 武蔵がマテリアパッドに転送した座標に、何度も調査員を派遣していた。

 敵勢を見かければ即座に退散するように指示を出していたのだが、結果としては遭遇せずに調査を進める事ができている。それどころか、そもそも人の気配がしないという有様である。

 無論、進める場所ばかりではなかった。明らかに危険があると予想できる屋内はいずれも侵入しておらず、ライダーたちの手を借りる必要があるのだ。

 

「まず、この領域の特徴についてだが……恐らくここは『遊園地』だと思われる」

「遊園地?」

 

 スクリーンには確かに、観覧車やジェットコースターといったアトラクションらしきものが映っている。

 やはり、デジブレインやCytuberの姿は見受けられない。

 

「遊園地という事は、今までの領域と違って然程広くはなさそうだな」

 

 翠月が口走った言葉に、集まった面々のほとんどが口には出さずとも同意していた。

 しかしここで、響が口を挟む。

 

「でも思われる、ってなんか曖昧な言い方じゃないですか? 一目で分かりそうなものですけど」

「そこについてだが……これを見て欲しい」

 

 マウスの操作によって、画面が切り替わる。

 量産されたフォトビートルを使って撮影した、遊園地の外の様子と、上空から見る遊園地の遠景。

 内部からでは建造物や木や山のようなもので見えないように工夫されているが、外には無数の檻がビルのように建ち並んでおり、中には男女問わず全裸にされた人々が収容されている。

 

「監獄!?」

「恐らく、座標を特定せずに無理矢理侵入しようとすると、身包みを剥がされた上でこの牢の中に閉じ込められる仕組みになっているんだろう」

 

 ゴクリと翠月が息を呑む。

 あの時プレデターを打倒していなければ、自分たちもこうなっていたかも知れない。そう思うと、背筋が寒くなったのだ。

 そして改めて収容された者たちを観察してみると、幾らか気づく事があっだ。

 まず、彼らは皆ぐったりと倒れ込んだままであるという点。精神失調症になっているのかと思いきや、時々寝返りを打つ事もあって意識はあると判断できる。

 さらに、檻には戸も鍵も存在しない点。道具もないので当然だが、自力での脱出も外に出す事も不可能だろう。

 疑問点もある。Cytuberは、一体何の目的で彼らを囚えているのか?

 鷹弘は考え込みつつ、鷲我に質問を投げる。

 

「遊園地の外の、この檻は調査したのか?」

「いや……侵入したり触ったりして、万が一にも警報が鳴ったらマズいからな。申し訳ないが先に屋内を調査し、安全に救出できる状況を確保してからの方が良いと判断した」

「なるほど」

「そういう事だ、調査と救出に本腰を入れる意味でも、これから仮面ライダー四人……リボルブ・キアノス・雅龍・ザギークも『淫蕩の遊園地』に向かって貰う」

 

 やはり翔の、アズールの名は挙がらない。

 仕方がない事とはいえ、鋼作や琴奈たち変身できない面々の表情は沈んでいる。

 こうしてしばしの休憩を挟んだ後、一行は調査へと赴く事になった。大規模な救出作戦となる事を見越して、鋼作・琴奈・陽子・宗仁も同行する。

 鷲我のみ現実世界に残り、街で何かが起これば即座にライダーたちを呼び戻せるよう、電特課とも連携して監視体制を敷くのだ。

 

「時間が来ればすぐに動けるよう、各員念入りに準備をしておいてくれ。では、解散」

 

 号令と共に、集まった面々がまばらに散っていく。

 ふらついた足取りで立ち去る響と、それを追う鋼作・琴奈。翠月と宗仁も続いて出て行き、浅黄も一緒に退室しようとした。

 だが、そこで鷹弘が彼女を呼び止める。

 

「オイ、ちょっといいか浅黄」

「ん……何?」

「翔やアシュリィの中に仕込まれたプログラムってのは、お前じゃどうにもできねェのか? ハッカーなんだろ」

 

 指摘されると、沈んだ表情で浅黄は静かに頭を振った。

 

「……そう思ってウチも翔くんの身体を調べたけど、無理だよ。対策されてるんだ」

「どういう事?」

 

 話していると、横から陽子が口を出す。しかし特に咎める事もなく、鷹弘も話の続きを促した。

 

「前にも言ったけど、ハーロットはウチの姉貴なんだ。だから見ただけで分かる。ハッキングなんかして無理矢理に翔くんを元に戻そうとしたら、アクイラの細胞を活性化させてもっと状況が悪くなるように仕組んでる」

「その罠自体をどうにかできねェのか」

「無理だよ。正規の手段以外でこじ開けようとしたらすぐに発動する仕掛けになってるから、解けるのはハーロット自身だけ。ただ……」

「ただ?」

「ハーロットは間違いなく他にも何かプログラムを仕込んでるよ。その正体までは分からなかったけどね」

「そうか」

 

 腕を組んで考え込む鷹弘。

 すると、浅黄は俯いて哀しそうに声を絞り出す。

 

「ごめんね。ウチはハッカーなのに、こういう事でしか役に立てないのに」

「浅黄……」

「天才ハッカーって名乗ってるクセにこのザマなんだからさ、ほんと笑っちゃうよね。ごめんね……」

 

 元気なく乾いた声で笑い、すっかりしおらしくなってしまう。

 そんな浅黄の額を、鷹弘と陽子はペチンッとデコピンした。

 

「あいたっ!?」

「お前が謝る事じゃねェだろうが」

「そうですよ!」

 

 しょげ返った浅黄を、陽子は優しく抱きしめる。鷹弘も、彼女を安心させるかのように頭へ手を乗せた。

 

「プログラムがどうしようもないなら、これ以上何かされる前にハーロットと久峰 遼を倒すしかねェだろ。お前にはそっちで頑張って貰うぜ」

「……うん!」

 

 眼鏡を外し、目に溜まった涙を掌で乱暴に拭いながら、浅黄は何度も頷く。

 陽子もその様子を見て微笑みながら頷き、すぐに唇を固く引き結んで鷹弘と向かい合う。

 

「私も手伝うわよ、鷹弘」

「なに?」

「だって……色んな人の運命を狂わせて、翔くんとアシュリィちゃんを弄んで……絶対許してたまるもんか、こんなの一発ブン殴らなきゃ気が済まないわよ!」

 

 ギュゥッ、と音が鳴る程に強く拳を握る。

 すると鷹弘はその拳に、右手を被せるかの如くそっと触れた。

 

「変身できないお前じゃ危ないだろ、って言いたいところだが。俺も同じ気持ちだ」

「鷹弘……!」

「やっちまおうぜ、俺たちで。あのクソッタレ共をよ」

 

 二人はその言葉に強く同意し、打倒ハーロットを心に誓って退室する。

 

 

 

「……妙だと思わないか、安藤警部補」

 

 地下研究施設から地上のオフィス街に戻った後、翠月は言う。

 宗仁はタバコに火を点け、眉をしかめて問いかける。

 

「妙、ですか? 一体何の話です?」

「久峰 遼は恐らく警察の上層部にも手を回しているはず。だとすれば、俺たちが行動の自由を許されているのはおかしい」

 

 その言葉に対して、宗仁は「確かに」と頷く。

 同じ警察という組織に属している以上、今までも上から調査に圧力をかけるなり、そもそも電特課を無理矢理にでも解体させる事さえできるはずなのだ。

 にも関わらず、上層部はこれまでそういった動きを見せなかった。翠月自身の言った通り、これは理に適っていない。

 

「つまるところ……課長は『連中にはまだ他の狙いがある』……そう言いたいってワケだ」

 

 口元に笑みを浮かべ、煙を吐いて宗仁が言う。翠月は頷き、続きを話した。

 

「それに、久峰を逮捕したとしても安心はできない。警察にも検察庁にも、ヤツの手の者は大勢いるはずだ。最悪揉み消されて無罪放免なんて事もあり得る」

「かと言ってどうします? 俺たちじゃ上層部にはとても敵いませんぜ」

「ああ、元より上と争うつもりはない」

「じゃあどうするってんです?」

「逆に味方につけるんだ」

 

 宗仁が眼を丸くし、唸り声を上げながら眉を寄せる。

 

「そりゃあ……それができれば心強いかも知れませんが、無茶でしょ? 相手は総理大臣候補、それでなくてもとんでもねぇ権限を持つ大物政治家ですぜ」

「普通ならそうだろう。だが連中の根城で警察や検察上層部の悪事の証拠を見つければ、どうだ?」

 

 それを聞くと、今度は感心して納得したように深く首肯した。

 

「なるほどね。そうなりゃもうお互い腹を括るしかない、久峰の味方もいなくなるって寸法か」

「上にのさばるクズ共の処理は、その後で良い。ともかくヤツを逮捕しなくてはな」

 

 無論、必ずしも証拠や手がかりがあるとは限らない。

 しかしどちらにせよ、それを見つけなくては久峰 遼の逮捕は夢のまた夢でしかないだろう。

 方針は定まった。人命救助のために動きつつ翠月はハーロットや遼を打倒し、宗人は証拠を掴むのだ。

 そうして宗仁が大仕事に胸を踊らせていたところ、またも翠月から声がかかる。

 

「……警部補、ひょっとしたら俺の考えすぎなのかも知れないが」

「なんです?」

「俺の両親と姉を殺したのも、久峰やハーロットなんじゃないかと思ってるんだ」

 

 あり得ない話ではなかった。

 翠月の父と姉はハーロットを追っていた。捜査の過程で久峰 遼との関係という真実に辿り着き、それ故に口封じのため殺されてしまったのだろう。

 だとすれば、これは翠月の家族の弔い合戦という事にもなる、と宗仁は思った。

 

「事実がどうあれ、俺は必ずヤツらを捕まえる。付いて来てくれるか、警部補」

「もちろんです」

 

 短い返事の後、宗仁はタバコの火を消し、翠月の後ろを追って歩くのであった。

 

 

 

「おい響、どうしたんだよ」

「響くん……ねぇ、響くんってば!」

 

 地下研究室の外へ出た響であったが、鋼作と琴奈が追いかけているのも構わず、歩く足を早めていた。

 二人が呼んでも、返事をしない。ただ、苛立ちを発散させんばかりに早足で歩き続けている。

 

「さっきから本当にどうしたの!?」

「なんか変だぜ、お前」

 

 訝しみ心配する言葉さえ、彼の耳には届かないのか、立ち止まる気配はない。

 すると、痺れを切らした鋼作が響の前に回り込み、その両肩に掴みかかる。

 

「一体どうしちまったんだよ! 何か言ってくれよ、友達だろ!」

 

 肩を強く揺さぶる鋼作。響は深く溜め息をつき、ようやく足を止めてゆっくりと振り返る。

 その表情は、今にも泣き出しそうな程に歪んでいた。今までに彼のそんな顔を見た事がなかったので、驚きのあまり鋼作も琴奈も絶句する。

 すると、響は口を開いて少しずつ話し始めた。

 

「すいません、ただ少し……一人になりたかっただけなんです」

「何があったんだよ?」

 

 沈んだ表情で、響はベンチに腰掛ける。鋼作と琴奈も、その隣に座った。

 そして、響はぽつりぽつりと語り始める。

 

「俺はずっと、自分を産んだ両親を憎んでいた。俺たちを捨ててのうのうと生きてるんだと思うと、それだけで許せなかった」

 

 また息を深く吐き、響は右手で頭を抱える。その双眸には、深い後悔の念が宿っている。

 

「だが現実は違った。二人はただの被害者なんだ。なのに俺は、ずっと恨みを募らせて……なんて事を……」

「響……でも、それはお前が悪いワケじゃ」

「それだけじゃありません」

 

 首を横に振り、独白を続ける。まるで、懺悔をするかのように。

 

「翔が苦しんでいる時に、俺は何もしてやれない。アクイラの力に侵蝕されて、アシュリィちゃんと引き裂かれて、気持ちすら嘘だと言われたあいつのために……どう声をかけてやれば良いのか、何ができるのかが分からないんだ」

 

 奥歯を噛み締めて語気を荒げ、涙ながらに響は語り続ける。

 

「肝心な時にあいつの心を守ってやれなかった! どれほど久峰 遼とハーロットを憎んで、ヤツらを倒したとしても! たった一人の大切な弟の笑顔を取り戻せないんだ!」

「響くん……」

「俺は! 俺は、兄失格だ……!」

 

 痛々しい悔悟の慟哭。もはや唯一と言っていい血の繋がった家族を守れなかった事が、響の心を苛んでいるのだ。

 そんな時、鋼作と琴奈も苦しげに眉を歪め、左右から響の手をそっと握った。

 

「自分を追い詰めるのはやめろ。そんな事したって、何にもならねぇだろ」

「でも!」

「それに、友達なのに何もしてやれなかったのは俺たちも同じだ。俺たちだって悔しいさ」

 

 ハッと目を見張る響。続けて、琴奈が真っ直ぐに響を見つめて、微笑みかけた。

 

「だからさ、あの子がまた前を向けるようになった時、安心できるように……私たちも戦おう?」

「塚原さん……」

「今のまま落ち込んでたんじゃさ、翔くんだっていつまで経っても立ち直れないだろうから」

 

 二人の言葉を受け、涙を人差し指で拭う。そして「そうだな」と呟くと、響はスッとベンチから腰を上げた。

 

「俺がいつまでもこうしていたって、あいつを励ましてやる事なんてできやしない。だったら、どちらにしろ……俺のやるべき事は一つだ」

 

 改めて、響は鋼作と琴奈に向き直る。

 

「久峰 遼がいる限り……俺たち家族や彩葉さんにも安息は訪れない。だから今までの全てを償わせて報いを受けさせる。どれほど遠い困難な道のりだとしても、ヤツだけは決して逃さない! 必ず潰す!」

 

 そう口走った今の響の眼差しを照らすのは、仄暗い憎しみばかりではない。

 かけがえのない家族や大切な人、友達、そして何も知らない街の人々を守りたいと強く願う固い意志。

 それら全てを礎として、響は戦意を取り戻した。

 

「こんな俺でも、まだ一緒に戦ってくれるか?」

 

 訊ねると、鋼作は呆れたように笑い、琴奈は両手を空に掲げて何度も頷く。

 

「当たり前だろ?」

「あんなヤツが国のリーダーになったら、日本も世界も全部メチャクチャになっちゃうし!」

 

 笑みを返し合い、並び歩く三人。

 決意を新たに、響は改めて久峰 遼の打倒を誓う。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 ホメオスタシスが作戦会議をしているのと同じ頃、サイバー・ラインにて。

 ハーロットの領域のとある一室で、布団に包まれながら巨大なベッドで寄り添い合いながら横たわる二人の人物がいた。

 久峰 遼とハーロットだ。一糸まとわぬ姿となっており、互いに一息ついている。

 

「やはりお前は良い女だ。クセになる」

 

 肩を抱き寄せ、髪の匂いを嗅ぐ。ハーロットは小さく笑みを浮かべ、遼の首筋へと這わせるように口づけをした。

 

「お褒めに預かり光栄ですわ。この顔と身体が私の最大の武器ですので」

 

 ハーロットの言葉と唇を受けながら、今度は遼が笑みを見せる。

 

「身体の具合だけの話じゃない……こうして幾度となく肉欲を交えてもなお、お前は心から私のモノになろうとしない」

 

 白い布団の内側で、もぞもぞと二人の体が妖しく動く。

 ハーロットは小さく嬌声を発し、それを塞ぐように遼が彼女と唇を重ねた。

 

「それがたまらなく愛おしい。他の者共は何度も私の権威と財力に屈服し、その度に壊してやったが、お前だけは思い通りにならない。全く飽きんよ」

「遼様も同じですわ。あらゆる男女が私の体目当てで奴隷のように傅きますのに、あなただけは誘惑してもまるで堕落しない。初めてのコトでしてよ」

 

 薄く笑う遼とハーロット。そして体を重ね、再び濃密に唇を貪ろうとした、その時。

 部屋の中に、ノックの音が転がり込んだ。

 

「入れ」

 

 布団の中でハーロットと共に半身を起こし、全裸なのも構わずそう言った。

 入室したのは、現在"羨望"の座についている男、曽根光 都竹だ。翔に傷つけられていた左顔部は包帯が取り除かれており、失明していたはずの左眼にも光が戻っている。

 

「お前か……何の用だ?」

「久峰様。随分前から何度か報告しておりますが、ネズミ共がハーロット様の領域を嗅ぎ回っているようです。駆除はよろしいのですか?」

「あぁ、その事か。ヤツらがここに辿り着く事などあり得ん、放置しておけ……と言いたいところだが、大事な『演説』の日の前に余計なマネをされても面倒だ」

 

 ハーロットの肩を抱いたまま、遼は部屋の隅を指差した。

 そこには、衣服を全て剥ぎ取られて猿轡をはめられた十代から三十代の若い美男美女が、何人も両手足を縛られた上で椅子に固定されていた。

 焦点の定まっていない虚ろな瞳は、常にベッドにいる二人へと注がれている。

 

「そこにいる連中とガンブライザーをいくらでも好きに使え。壊れた玩具と言えど、使い道はあるだろう」

「承知致しました」

「……あぁ、それからお前にも仕事をやろう。何人か見繕って攫って来い」

「はっ。久峰様のご意思のままに」

 

 頭を下げ、都竹は室内の男女を連れてその場を去った。

 そして退室した頃合いに、遼はハーロットの顎に指を添え、クイッと上を向かせた。

 

「そろそろ実験材料の補充が欲しい頃だろう」

「うふっ、お心遣い感謝致します」

 

 くすりと微笑んだ後、二人は幾度目かの口づけを交わし合い、再び布団に潜り込むのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 帝久乃市にある、ホメオスタシスの地下研究施設。

 その医務室のベッドの上で、翔は呆然と白い壁を見つめていた。

 自分が怪人となり街を襲撃した事。両親が久峰 遼とハーロットの陰謀で殺されている事。

 そして――アシュリィが敵側の者であり、彼女への想いが全て偽りであった事。

 全てを知った翔の表情に、いつもの笑顔はなかった。

 

「……天坂さん、入りますよ」

 

 部屋の外からノックの音と少年の声が聞こえる。

 翔は返事をしなかったが、しばらくの後に扉が開き、外にいた者たち三人が入室する。

 栄 進駒と伊刈 律、そして面堂 彩葉だ。生気の失われたような翔の姿を見て、三人とも瞠目している。

 

「その、何があったのかは大体聞きました。まさか……こんな事になるなんて」

 

 進駒たちにとって、翔はもちろんアシュリィも知らない仲ではない。

 翔とずっと共にあった彼女が裏切った事に、動揺を隠せずにいた。

 

「体の方は、もう大丈夫なんですか?」

「……」

 

 翔は屍のように返事をしない。

 すると、我慢ならないと言った様子で律が近づき、乱暴に翔の胸倉を掴み上げた。

 

「ふざけんなよ……いつまでそうしてるつもりだ!」

「ちょ、ちょっと伊刈さん!?」

「あの子がいなくなったから何だってんだ! そんなんで何もかも投げ出すほど、アンタの意志は弱かったのかよ!」

 

 律は叫ぶ。目の前の男の目を覚まそうとせんばかりに、ただただ思いの丈をぶつける。

 

「分からないんだ」

 

 すると、今まで何も言葉を発さなかった翔が、突然口を開いた。

 

「どうしたらいいのか分からない。アシュリィちゃんがいなくなって、今までの気持ちが全部ウソで、僕がアクイラになって……静間さんや、兄さんを傷つけて。何もかも壊そうとして」

「だからって……!」

「僕の全ては、ハーロットや久峰 遼の掌の上だった。僕がやって来た事なんて全部何の意味もなかったんだ。もう、戦いたくないんだ……」

 

 虚ろな表情から次々に溢れ出てくる、弱気な言葉。

 律は歯を軋ませ、再び怒気を浴びせる。

 

「よく聞け、アンタはアタシの欲望(ゆめ)を全部壊して悪夢(げんじつ)に帰したんだ!! これはアンタのせいなんだ、そうやって壊し続けて来た責任があんだろ!! 戦いをやり遂げろよ最後まで!! 好き放題やって自分だけ逃げてんじゃねぇよ、じゃないと!!」

 

 声が徐々に、力なく震えていく。

 

「じゃないと、本当にアンタらに救われた事が、全部無意味になっちまうだろうがっ……!!」

 

 律は翔から手を離すと、目を見せまいとして背を向けた。

 進駒は慰めるように、そっと彼女の背を撫でる。

 

「……ごめん。でも僕はもう、何のために戦えば良いのか……分からないんだ。こんな真実を知るくらいなら、戦わなければ良かった。仮面ライダーになんて……ならなければ……」

 

 そう言って、翔も毛布を握り締めて力なく俯く。

 しかし、それを聞いて彩葉は首を横に振り、手を差し伸べた。

 

「私、は……そうは思わないよ」

「面堂さん?」

「だって、あなたのお陰で響くんは助かった。あの人と出会えた」

 

 言いながら、彩葉は「私たちだけじゃない」と言って翔の虚ろな目を見つめる。

 

「さっき、伊刈さんも言ったけど……あなたは多くの人の未来を、命を護ってくれた。それは絶対に無意味なんかじゃ、ないよ。私は……そう思う」

「……」

 

 翔は、再び黙りこくってしまう。

 すると今度は、進駒が翔の顔を覗き込んで問いかける。

 

「天坂さん、あの時言ってくれましたよね。ボクに『どうして一番になりたかったのか、本当の望みは何?』って」

「それは……」

「あなたも思い出して下さい! どうして戦いたいと思ったのか、天坂さんが本当に望んでる事は何なのか!」

 

 苦しそうに翔が視線を背ける。だが逃さないとばかりに、進駒は抱きつくようにその両肩を強く掴んだ。

 

「ボクは信じてます! ボクの憧れた天坂さんを、仮面ライダーを!」

 

 涙ぐみながらも、懸命に思いを伝える。

 翔の表情はやはり同じだ。力なく俯いて、虚ろな瞳でどこともない場所を見つめているばかり。

 進駒は目元の涙を指で拭い、彩葉や律と共に背を向けた。

 

「……待ってますから」

 

 小さくそう言うと共に、進駒は退室し、残る二人も立ち去った。

 残されて再びひとりになった翔だが、三人がいなくなった後、ベッドから降りて部屋を出る。

 流石にここに籠もりっ放しでは体に悪いと思ったのか、それとも何か心境の変化でもあったのか。

 とにかく、翔はアテがないにも関わらず地下研究施設からも外へと出ていた。

 

「……」

 

 つい最近に噴水広場の破壊があったものの、街は平和そのものだった。

 進駒の言葉を何度も心の中で反芻しつつ、歩き続けている。

 住民に目を向ければ、クリスマス気分で誰もが浮かれ、何かの宣伝用のワゴン車も走っているようだ。

 

『12月24日はクリスマスイブ! みんなで遊びに出かけよう!』

「ん……?」

 

 よく見ればそれは宣伝の車というよりも、選挙カーのように思えた。

 なぜ選挙カーがわざわざそんな宣伝をしているのか。翔には意味が分からなかったが、直後に耳に響いた爆音が、その思考を打ち切らせる。

 

「なんだ!?」

 

 人々が逃げ惑う中、咄嗟に翔は反応し、駆け抜ける。

 今までにハーロットが作った強力な数多のデジブレインと、都竹が変異するジェラスアジテイターネオが街を襲撃し、通行人を捕らえて次々にゲートへ放り込んでいた。

 確認できるのは四種で一体となるブレーメンズ・デジブレイン、無数のネズミ型デジブレインを操るパイドパイパー・デジブレイン、そしてシロアリの姿をしたヘンゼル・デジブレインとグレーテル・デジブレインだ。

 

「あいつ!」

 

 咄嗟にマテリアフォンを取り出そうとして、手を止めてしまう。

 自分が戦えばまたアクイラに変わってしまうかも知れない。そうなってしまえば、今回は無関係な人々も巻き添えを食らうだろう。

 

「いや、でも……」

 

 その無関係な者たちが拐われるのを、このまま見過ごす事が正しいのか?

 だが戦えるのは自分だけではない。少し待っていれば、鷹弘たちが駆けつけて対処するかも知れない。とはいえその間じっとしていれば、それだけ街の住民に被害が及ぶ。

 尤も――この時既にホメオスタシスは作戦行動に入っており、対処などできないのだが。

 

「くっ……うう……!!」

 

 葛藤する翔。もう戦いたくないのに、戦ってはいけないのに。

 そして。悩んでいる間に、ジェラスネオは翔の存在に気付いてしまう。

 

「ケケッ、誰かと思えばアズールではないですか。丁度いい! あなたもハーロットの元へとお送りしましょう!」

「なっ!?」

 

 デジブレインとジェラスネオがゆらりと歩いて来る。

 ここまで来ればもう仕方がない。翔はアプリドライバーを呼び出し、装着。そしてマテリアプレートを起動した。

 

《チャンピオンズ・サーガ!》

 

 音声が流れるのを聞きながら、続けてドライバーへとセットする。

 だが。

 

「……え……?」

 

 反応がない。ドライバーが、機能しない。

 

「ど、どうして!?」

 

 何度起動し直して、差し込み直そうとも、結果は同じだった。

 その翔の慌て振りを見て、ジェラスネオはほくそ笑む。

 

「どういう事か知りませんが、何やらお困りのようじゃないですか。気が変わりました、先にこの左眼の借りを返させて貰いますよ! 少しばかり痛めつけてから連れ帰るとしましょうかぁ!」

「う、ううっ!?」

 

 じりじり、とデジブレインたちが迫る。

 このままでは殺されてしまう。しかし変身をしようにも、ドライバーは使えない。

 故障を疑うが、マテリアフォンが正常に動いている以上それはあり得ない事だ。

 

「逃げるしかないのか!?」

 

 生身の攻撃が通じないデジブレインを相手に、翔が戦う手段はない。

 しかし。翔の脚は、決して背を向ける方には動かなかった。

 

「僕は……」

 

 逃げてはいけない。これまでの戦いを経た自分の身体が、そう告げている。

 

「僕、は……!」

 

 しかし、心は逃げろと激しく叫んでいる。

 精神と肉体の動きが乖離状態となってしまった翔。そんな彼に、バトルクック・デジブレインの蹴りが襲いかかる。

 

「くっ!!」

 

 目を閉じ、両腕で自分の身体をかばう。

 が、いつまで経っても攻撃が降りかかる事はなかった。

 不思議に感じ、目を開いて前を向くと――。

 

「……無事か、翔」

 

 そこには、藍色のスーツと帽子を纏った男が、天坂 肇が立っていた。

 見れば、量産型のフォトビートルが、バトルクックの攻撃を受け止めている。

 

「父さん!?」

 

 思わず翔が声を張る。対して、ジェラスネオは不愉快そうに舌打ちした。

 

「なんですかァあなたは? 私の邪魔をするなんて……」

「黙ってろ蛇野郎。今は翔と話してんだ、邪魔をするな」

 

 肇の一言で、唖然としたジェラスネオは本当に黙ってしまった。デジブレインたちも、呆気に取られたように止まっている。

 直後、フォトビートルから翔へ声がかけられる。

 

『翔くん、無事で良かった』

「鷲我さん?」

『鷹弘たちは今、作戦を開始していてこの場にはいない。しかし……その様子では、やはり変身できなくなったようだね……』

 

 そう言われると、翔は沈んだ面持ちになって、頭を下げた。

 

「僕はもう……この通り、戦えません。戦ったってみんなを傷つけてしまうかも知れない。だから……」

「なぁ翔」

 

 弱音を吐く翔に対し、突然肇が口を挟んだ。

 振り向いた彼の曇りのない瞳は、真っ直ぐに翔を捉えている。

 

「お前は響と違って、昔から手のかからない子だったな。あまり泣かないし、自分の事で怒りもしない。そのせいか全然叱ってやれなかった」

「父さん、いきなり何を?」

「けどな」

 

 そう言って、肇は少し深呼吸した後、再度口を開く。

 

「お前は誰より理不尽な目に遭ったんだ。だから、自分のために泣いたって良い。怒ったって良いんだ。それは何も悪い事じゃない」

 

 厳しい目つきで、叱るかのように。あるいは諭すかのように。

 肇は、言葉を紡ぎ続ける。

 

「だから、もっと自分の心に素直になれ。ホメオスタシスとしてやるべき事じゃなく、お前の本当にやりたい事を思い出せ!」

「僕のやりたい事?」

「そうだ」

 

 頷いて、翔に背を向ける。そして、自らの懐に手を伸ばした。

 

「お前はなぜ仮面ライダーになろうとした? なぜ、戦い続けていた?」

「僕は……」

「もう一度思い出すんだ、お前の貫いて来た意志を」

 

 進駒にも言われた言葉。心の中で、何度も翔は繰り返し続ける。

 しかし、そこへ待ち切れなくなったジェラスネオが怒りの声を発した。

 

「さっきからゴチャゴチャと! 何なんですお前は、何者だ!」

 

 問われて、肇はフッと笑みを浮かべ、懐からプロトマテリアフォンを取り出した。

 

「父親だ」

《ドライバーコール!》

 

 瞬間、装着されるプロトアプリドライバー。さらに、もう片方の手にはマテリアプレートが握られる。

 

CERULEAN CYCLONE(セルリアン・サイクロン)!》

 

 肇はプレートを即座に装填。そして、帽子を外して放り投げた。

 

《レディ・ステディ・ゴー! レディ・ステディ・ゴー!》

「ライダー……変身!」

HEN-SHIN(ヘンシン)! マテリアライド!》

 

 軽快な電子音声と共に、肇の姿が変わっていく。灰色のアンダースーツに、左肩から伸びて腕を覆う黒いマント。

 さらに、肇を中心に凄まじい嵐が吹き上がり、藍色の骸骨の姿をしたテクネイバーが頭上から降りて来る。

 

《サイクロン・メイル! 紺碧の叛逆者、インストール!》

 

 骸骨が分解され、スーツに合着。藍色のアーマーとなり、左腕のみが黒い装甲で覆われる。そして、橙色の複眼が燃え上がるように輝いた。

 これが肇の変身した姿。直後に彼は、フォトビートルに向かって話しかける。

 

「鷲我! 何か気の利いた名前を考えてくれ」

『では色に因んで、ネイヴィというのはどうだ?』

「気に入った」

 

 即決し、仮面ライダーはマントを翻す。

 

「俺はネイヴィ。仮面ライダーネイヴィだ……!」



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EP.43[痛みを越えて]

 地下施設を通じてゲートを通り、遊園地の出入口付近に到着するホメオスタシス一行。
 相変わらず付近にはデジブレインの姿が見えず、ひとまずここに拠点を建てる事にした。

「さて、じゃあいくか」

 そう言って、鷹弘を含む四人のライダーたちが侵入し、調査を始めようと動く。
 しかし、その直後だった。

「ウー……アー……」

 そんな唸り声のようなものと共に、施設の陰から素裸の男女が何十名と現れる。
 不審に思って声をかけても意識があるのかないのかハッキリせず、ただペタペタとこちらに向かって来るのみだ。
 そして、その手にはガンブライザーとマテリアプレートが握られている。

「まさか!」
《アリス・シンドローム……トランプナイツ!》

 響の驚く声と同時に、裸の者たちが全員でプレートを起動し、ガンブライザーを装着した。

Goddamn(ガッデム)! マテリアライド! トランプナイツ・アプリ! パラサイトコード、ダウンロード!》

 男も女も全て同じプレートを装填し、苦しむ声を上げ、ノイズを纏って姿を変える。
 そこには、トランプのスートが描かれた小さな砦と、数字のトランプと各スートが鎧に刻印された無数のデジブレインが出現した。

「なっ……!?」

 瞠目する翠月。しかし慌てる暇もなく、全員が変身して戦いの幕が上がる。


「父さんが……変身した!?」

 

 街を出歩いて偶然にも都竹と邂逅した翔。

 変身できなくなってしまっていた彼の前に現れたのは、育ての父である肇だった。

 しばらく驚き唖然としていた、都竹の変異したジェラスアジテイターネオであったが、肇の使ったプロトアプリドライバーを見ると態度を一変。

 

「何かと思えば、旧式のドライバーですか……老いぼれ(ロートル)はお呼びじゃないので邪魔をしないで貰いたいのですがねぇ」

 

 そう言って虫でも追い払うかのように、しっしっと手を振った。

 さらに、傍に立っているデジブレインたちを顎で使い、始末を命じる。

 一番近い場所にいたブレーメンズの軍鶏(バトルクック)が、すぐさま踵落としを繰り出した。

 直後に聞こえる、痛烈な打撃音。肇の変身した仮面ライダーネイヴィが死んだと思い込み、ジェラスネオは翔へと歩こうと動く。

 だが。

 

「随分とナメられたモンだな」

 

 殴られて地面に倒れたのはバトルクック・デジブレインの方だった。

 

「な、なにっ!?」

 

 動揺するジェラス。翔も、ネイヴィが繰り出した凄まじい速度の拳撃に目を丸くしていた。

 

「どうした? かかって来ないのか?」

 

 右拳をポキポキと鳴らし、翠月と似た中国拳法の構えを取る。

 ジェラスネオは舌打ち混じりにネイヴィに向き直り、ジェラスローターを突きつける。

 

「良い気にならないで貰いたいですねェ」

 

 そして、ジェラスネオの左眼にターコイズグリーンの光が宿った。

 

「私のこの左眼は、新アクイラ細胞から新造され移植したもの……つまり私も微弱ながらアクイラの力を持つのですよ」

「だからどうした」

「今の私には特別な力、その名も『エモーション・アナライズ』がある。一体何をしたのかは知りませんが、あなたの小細工など全て見極めて差し上げますよ!」

 

 ジェラスの眼がさらに強く輝いた。

 エモーション・アナライズというのは、視界内で発生したカタルシスエナジーの動き、それに伴う戦闘能力の増幅値をも視覚化する力。

 喜怒哀楽のような感情の動きや、カタルシスエナジーを用いたシステム及び武器の軌道が見えれば次の動作を予測できる。そして増幅値が見えれば、相手との実力差を手に取るように把握可能なのだ。

 

「この眼が限りある私は無敵だ! 行きなさいデジブレインども!」

 

 バトルクックが再び立ち上がり、ブレーメンズが一斉に襲いかかる。さらにパイドパイパーも光の壁で自らの身を守り、ネズミ型ベーシック・デジブレインを操って攻撃させる。

 ネイヴィは前に出て、デジブレインたちに真っ向から挑む。その動きをジェラスネオが観測した。

 怒りにも悲しみにも振れておらず、至って冷静。動きに関しても、ただ真っ直ぐデジブレインたちを待っているだけで、別段不自然な部分はない。

 戦闘値に関しても、V2タイプより若干高い程度の性能だ。ジェラスネオひとりで勝てるどころか、ブレーメンズのみでも余裕を持って対処できるはず。

 

「ハッ! トォッ!」

 

 にも関わらず、拳打や蹴りを的確に命中させてデジブレインたちを圧倒している。

 ネズミたちは瞬く間に全滅、ブレーメンズもロバ(ドンキー)の支援を受けていながら次々に倒れ伏す。

 

「バカな、どういう事だ……!?」

 

 驚く間にも、ネイヴィはついにブレーメンズを全滅させる。続けてパイドパイパーにも拳を叩き込もうとするが、その一撃は光の壁によって阻まれた。

 その時、ジェラスは見た。攻撃しているネイヴィの拳や足に、インパクトの瞬間にのみ、爆発的なカタルシスエナジーが流し込まれているのを。

 たった一瞬だが、そのパワーは他のV3タイプのプレートを使う全ての仮面ライダーやサイバーノーツを凌駕している。異常な強さの秘密はそこにあったのだ。

 しかしその答えが提示されても、ジェラスネオには疑問が残った。

 

「なぜだ!? 一瞬とはいえ、カタルシスエナジーの過剰供給はオーバーシュートを起こすはず!?」

 

 狼狽するジェラス。そこへ、フォトビートルから鷲我の声が発せられた。

 

『私がなぜ肇に目をつけ、仮面ライダーに選んだのか。どうやらスペルビアも、まだそこまでは知らなかったようだな』

「どういう事ですか?」

 

 翔が訊ねると、続けて鷲我は詳細を語り始める。

 

『彼は特異体質だ、変異体(ミュータント)やギフテッドと言っても良い』

「人をバケモノみたいに言うなよ。俺はちゃんと人間だぜ」

『フッ、すまん。ともかく……極稀に生まれついて高い精神性や知能、深い洞察力と感情のコントロール能力を持つ人間が生まれる事がある。それが肇だ。彼はデジブレインの感情捕食や精神干渉能力を一切受け付けず、何より暴発しないよう自在に体内のカタルシスエナジーを制御できる。まさに仮面ライダーになるために生まれたような男だ』

 

 肇からの横槍を受けながらも、鷲我は言った。話を全て聞き終えて、ジェラスは声を震わせる。

 

「で、では……制御チップは!?」

「俺にそんなもんはいらん」

 

 さも当然のように言い放つ肇に、翔も驚くばかりであった。

 オーバーシュートの危険なく戦える仮面ライダー。以前に御種 文彦が変身した仮面ライダージェラスは、自身の身体を仮死状態にする事でそれを実現していたが、ネイヴィはそれさえ必要ないのだ。

 尤も、彼と違って不死の能力は持たないのだが。

 

「……ですが、たとえカタルシスエナジーを自在に操るのだとしても、耐久性能には影響しないはず! 私に負ける要素などない! 一気に終わらせて差し上げましょう!」

《フィニッシュコード!》

 

 パイドパイパーに自身の周囲へと光の壁を作らせながら、ジェラスローターへとマテリアプレートを装填。

 本来ならばマテリアフォンがなければこの武器の必殺技は使えないのだが、左眼のアクイラの力で偽装する事によって無理矢理に発動を認証させた。

 

Alright(オーライ)! メガネウラ・マテリアルザッパー!》

「死ィィィねやァッ!」

 

 チェーンソーの刃が光を纏って高速回転し、振り被ると同時にトンボの形の巨大な光弾がいくつも発射される。

 ネイヴィは回避に動こうとするものの、左右にはヘンゼル・グレーテルが待ち構えている。

 

「チッ……!」

 

 左腕のマントで体を覆うように、防御姿勢を取る。しかしそれで全身を守れずはずもなく、光弾はネイヴィに命中し、爆炎と砂煙で埋め尽くされた。

 

「父さぁぁぁん!!」

 

 翔が悲鳴を上げ、ジェラスネオが勝利を祝するようにせせら笑う。

 だが、旋風と共に煙が晴れると、そこには無傷のネイヴィが立っていた。

 

「……は?」

 

 ジェラスの間抜けな声。マントをはためかせ、ネイヴィは真っ直ぐに突撃する。

 しかし、そこにはパイドパイパーが立ちはだかる。無数の光の針が、ネイヴィの頭上から降り注いだ。

 その直後、ネイヴィは再びマントをばさりとなびかせた。黒い布には、よく見れば橙色の光が細かく張り巡らされている。

 

「カタルシスエナジーをマントに……!?」

 

 マントとそこから溢れる光の粒子がバリアを形成し、飛び来る針を全て防ぐのを見て、翔が言った。

 これは単なる装飾ではなく、ネイヴィの身を守るための防具だったのだ。

 

「トォッ!」

 

 見ている間に、ネイヴィの右拳が光の壁を突き破り、パイドパイパーを殴って消滅させていた。

 その凄まじいばかりの戦闘力を目の当たりにしたジェラスネオは、歯噛みしながらチェーンソーを地面に何度も叩きつける。

 

「良い気になるなよロートル風情がァ! 彼らはそう簡単に倒せませんよ!」

 

 叫びと共に、ネイヴィと並走していたシロアリ二匹が、左右から手を伸ばして来る。

 挟撃だ、しかも触れれば菓子に変えられる。それを知っていた翔はまた叫び出しそうになるが、ネイヴィはバックステップのみで難なく回避した。

 

「接近戦は不利そうだな」

 

 アプリウィジェットから一枚のマテリアプレートを手に取り、左の二の腕に装着されている腕輪のような装置にセットする。

 

「ガジェットチェンジ」

RIDE ON(ライド・オン)! GUN(ガン)・ガジェット、コンバート!》

 

 アーキタイプ・マテリアルという名を持つプレートの中の一種、GUNタイプ。それが装填された瞬間、左腕の肘から先が分解されて消え、新たにガトリングガンのアタッチメントが装備される。

 これは、肇の左腕が義腕となっている事を利用して考案された専用武装。その名も『ガジェットアーム』。

 腕輪にプレートを装填する事により、普段の徒手空拳用のガジェットであるライダーアームから別の形態へと変化させる事ができる。

 アタッチメントは予め作られたものではなく、リングに読み込んだデータに応じて自動生成される。GUNのデータを解析した事で、今回はガトリングアームが作られたのだ。

 

「新装備……ありがたく使わせて貰うぜ、鷲我」

 

 ガトリングアームが爆音と共に高速回転し、無数の弾丸がヘンゼル・デジブレインに降りかかる。

 雨霰と弾丸を浴び、右腕と左足が消し飛んだ。一方で、その高い威力のために、ネイヴィは反動によって徐々に後ろへ仰け反ってしまった。

 

「なるほど、中々の暴れ馬だ。コツがいるな」

 

 ジェラスとグレーテルが向かって来るのを視認しながら、ネイヴィは慌てる事なくガジェットアームのリングからプレートを外し、新たに装填した。

 

「ガジェットチェンジ」

RIDE ON(ライド・オン)! EDGE(エッジ)・ガジェット、コンバート!》

 

 ガトリングアームが外れ、続いて合身したのは二つに折り畳まれた刃のアタッチメント。

 アーキタイプ・マテリアルのEDGEタイプによって装備される、カッターアームだ。畳んだ状態から展開され、巨大な鋭い刃が伸びる。

 

「死になさァい!」

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! マンモス・マテリアルザッパー!》

 

 凍結の擬音で固められた剣がジェラスネオの左手に握られ、必殺技を発動したジェラスローターと同時に振り抜かれる。

 その一撃に反応し、カウンター気味にカッターアームで素早く横薙ぎの一撃を食らわせた。

 

「フン!」

 

 しかし、ジェラスの左眼には予測されていた。即座に二つの武器を交差させ、防御しつつバックステップする。

 さらにグレーテルがカッターの刃先を掴み、その刃をみるみる板チョコレートへと変化させた。

 

「チッ!」

 

 根本までチョコに変わった瞬間、ネイヴィはカッターを叩き折って下がった。

 見ればヘンゼルも既に地面の一部を菓子に変え、食らって体の修復を済ませている。やはり、一筋縄では行かない。

 戦いを見る翔は、咄嗟に飛び出しそうになっていた。

 

「父さん!」

「来るな!」

RIDE ON(ライド・オン)! ANCHOR(アンカー)・ガジェット、コンバート!》

 

 叫びながらアタッチメントを再度切り替える。今度は、腕の先端に大きな錨が装着された武装、チェーンアーム。

 ネイヴィが腕を振ると鎖に繋がれた錨が射出され、ヘンゼルとグレーテルを雁字搦めにする。

 二体が身を捩って鎖を菓子に変えて脱出を図ろうとすれば、ネイヴィは腕の付け根のあたりについたスイッチを押し、鎖に流れる電撃で封じ込める。

 

「今のお前に何ができる。戦う力がなければ、前に出ても死ぬだけだ」

 

 体を引き千切らんばかりにさらに強く締め上げ、電流を浴びせ続ける。

 だが倒れていたジェラスネオが身を起こすと、掌から『緩』の文字が何度も飛び出し、鎖に命中。締め付けていた鎖がぐらりとたわみ、その隙にヘンゼルとグレーテルは脱出せしめた。

 

「言ったはずだ。戦う理由、信念……お前自身の決意を思い出せ!」

 

 錨を巻き戻しながら、ネイヴィは問う。

 なぜ今まで戦い続けていたのか。どうしてその手で戦おうと思ったのか。

 自分の――原動力とは何だったのか?

 そこまで思考が巡った時、今までの戦いを振り返って、翔はハッと目を見開いた。

 

「僕は……」

 

 戦火から逃げ惑い、無力な人々に目をやる。

 最初に変身したのは、サイバー・ラインで響と鋼作と琴奈を守るためだった。次に戦いを決意したのは、学校を襲撃された時だ。

 その後はアシュリィだ。デジブレインに追われてボロボロになった彼女を、記憶をなくしてしまった彼女を、絶対に助けたいと願った。たとえそれがプログラムされた行動だったとしても、守りたいという願いに嘘はなかった。

 サイバー・ラインに囚われてしまった人々を守り、進駒たちのようなCytuber側に加担するしかなくなった被害者たちを助けたいとも願うようになった。

 しかし、いつしか遼とハーロットの陰謀でアシュリィに固執するようになり、ついには怪物になってしまった。

 

「それでも」

 

 ぐっ、と強く拳を握る。

 アクイラの力でこの身が怪物に変わってしまうのだとしても、ハーロットたちにとって都合の良いプログラムを仕組まれていたのだとしても。

 そして、これまでの自分の全てが遼やハーロットの掌の上にあったとしても。

 

「それでも!!」

 

 一枚のマテリアプレートを手に取る。

 兄と友を守るために最初に変身した日。自ら初めて『仮面ライダーになる』と決意したあの日。

 己に誓った言葉と、人々を助けるために戦い続けた時間、友を護りたいという願い。

 そして、アシュリィの居場所になりたいという想いは――断じて偽りではない。

 

《ブルースカイ・アドベンチャー!》

 

 流れる電子音声。それは翔が初めて手に入れ、最初に変身した時のマテリアプレートだ。

 その音を耳にしたジェラスネオは、翔を見て舌打ちし、トランサイバーに手を伸ばす。

 

「無意味な足掻きを……さっさと死ね、このガキがァーッ!」

 

 掌から放出される『爆』の文字。それが真っ直ぐに翔へと向かっていく。

 それを目視しながらも、翔は雄叫びのように声を発してプレートをアプリドライバーに装填し、マテリアフォンをかざした。

 直後、文字が風船のように弾け飛び、翔の姿は爆炎に包み込まれた。

 

「ひははははっ! ようやく! 木っ端微塵になりましたねェェェーッ!」

Break Through(ブレイクスルー)!》

「……あ?」

 

 吹き荒れる風が、爆炎を散らして行く。

 

Alright(オーライ)! マテリアライド! ブルースカイ・アプリ!》

「僕は、青空を……当たり前の空の色を護るために戦うと決めたんだ。戦えない人たちの居場所を護るために、戦い続けて来たんだ!」

《蒼穹の冒険者、インストール!》

「たとえアクイラにされるために体を改造されたのだとしても、僕の人生が嘘で塗り固められていたのだとしても! この誓いは嘘じゃない!」

 

 マフラーのなびく音が聞こえる。

 青いボディに赤い瞳の戦士が、一振りの剣を手に、ゆっくりと歩いている。

 

「目障りなガキがァ! ゴチャゴチャほざくなァァァッ!」

「これが僕の意志だ! 僕が、戦うんだ!」

 

 仕留め損なって苛立ちを露わにするジェラスが、再び爆発の文字を放つ。

 銀色のマフラーを翼のように広げ、風と共にその戦士は飛び立った。

 

「僕は……僕が、仮面ライダーだ!!」

 

 堂々と名乗りを上げた仮面ライダーアズールは、素早くジェラスの胴へとキックを食らわせた。

 一撃を喰らい、ジェラスは「ぐげぇ!?」と短く悲鳴を上げて倒れ込む。

 アズールは再び飛翔してネイヴィと背中合わせに立つと、アズールセイバーをヘンゼルに向けて突きつける。

 

「覚悟は決まったようだな」

「うん。もう、迷いはないよ」

 

 ヘンゼルがアズールに向かって飛びかかって来る。

 瞬間に錨が射出され、シロアリのデジブレインの頭に直撃し、撃ち落とした。

 

「もう一度アシュリィちゃんに会う。そして、ハーロットと久峰 遼の歪み切った欲望を断ち斬る!」

「アシュリィが敵になったとしてもか?」

 

 今度はグレーテルが突撃。

 しかし、アズールの吹き起こした暴風によって態勢を崩し、剣から放たれた風の刃によって地面を転がる。

 

「僕はあの子の居場所になると決めた。だからハーロットのプログラムや命令じゃなく、アシュリィちゃん自身がどうしたいのか……その意志を聞きたい」

「そうか」

「だから、父さん。もう一度あの子と話せるように協力して欲しい」

 

 束の間沈黙していたネイヴィであるが、顔を上げると、その手に新たにマテリアプレートを握る。

 そして、それをリングに装填した。

 

RIDE ON(ライド・オン)! DRILL(ドリル)・ガジェット、コンバート!》

「なら今度こそ自分の決めた道を突っ走れ。お前ならやれるさ」

 

 左腕のアタッチメントが、巨大ドリルに切り替わった。音を立てて回転するそれは、スピンアームだ。

 アズールも剣を右手に握り込む。それらをデジブレインたちに向けながら、二人は頷き合った。

 

「まずはゴミ掃除だ。徹底的に潰し尽くすぞ!」

「うん!」

 

 タンッ、と地面を蹴るが速いか、アズールとネイヴィが同時に仕掛ける。

 ネイヴィのドリルが転倒から立ち直ったばかりのグレーテルの頭を丸く貫き、そのまま鳩尾まで真っ二つに抉り裂いて消滅せしめた。

 さらにアズールが、ヘンゼルへとかかっていく。武器を菓子へと変える腕に触れないように、脇を目掛けて斬り上げた。

 両腕が千切れ飛んで反撃の手段を失ったヘンゼルへ、続けてアズールが追い打ちをかける。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! スーパーブルースカイ・マテリアルスラッシュ!》

「そぉりゃあっ!」

 

 青く輝く斬撃が、シロアリのデジブレインの肉体を横一閃に断つ。

 これで残る敵勢力ははジェラスネオのみ。次々にデジブレインを消滅させられた事実に苛立ち、舌打ちをしている。

 

「良い気にならないで貰いたいですねぇ! 所詮はV1タイプとプロトタイプ……私に勝てるはずがない!」

Roger(ラジャー)! サードコード、オン!》

 

 言いながら、ジェラスは『炎』の文字を大蛇に変えて解き放つ。さらに自身も、斧とジェラスローターを手に進撃を始めようとする。

 しかし。踏み出す直前に見た二人の姿、その全身から漲るカタルシスエナジーの大きさに、思わず立ち止まってしまう。

 特に本気を出したネイヴィの戦闘スペックの増大値は、V1やV2のそれを凌駕している。チャンピオンリンカーと同等、あるいはそれ以上だ。

 

「な、なんだ……なんだ、このカタルシスエナジーの量は!?」

 

 何度奇跡を目にしようとも、他者を裏切り利己に走る都竹には分かるはずもない。

 カタルシスエナジーは感情を変換して生み出されるエネルギー。たとえ血が繋がっていなくとも、互いを信じ合う家族の絆から生まれる強い感情が、二人のライダーのポテンシャルを従来以上に引き出しているのだ。

 

「せやっ!」

「フン!」

 

 風の刃が大蛇の首を落とし、ドリルが斧を削り潰す。

 そして二人の拳によってたたらを踏み、募り続ける苛立ちのあまりに、ジェラスはヒステリックに叫んだ。

 

「バカな! バカなバカなバカな! たかがV1と旧式(ロートル)如きがなぜぇぇぇっ!!」

《フィニッシュコード!》

「『ファイナルコード』ォォォッ!」

Alright(オーライ)! メガロドン・マテリアルザッパー!》

 

 トランサイバーGとジェラスローター、二つの必殺技が組み合わさり、無数の『爆』の文字と巨大なサメの大顎が二人へ放たれた。

 

「こぉれで死ねやぁ! 仮面ライダァァァーッ!」

 

 四方八方を囲まれたアズールとネイヴィ。しかし、どちらも慌てる事なくドライバーのプレートを押し込んだ。

 

《フィニッシュコード!》

「一気に決めるよ!」

「ああ」

 

 ネイヴィは頷いて左腕を元のライダーアームに戻し、アズールと共にマテリアフォンをかざした。

 

Alright(オーライ)!》

「ハッ!」

「ライダー……キック!」

 

 アズールが空高く飛翔し、ネイヴィは全身に風を纏って跳躍。そして、空中で一回転して同時に右足を突き出す。

 

《ブルースカイ・マテリアルバースト!》

《サイクロン・マテリアルエンド!》

「そぉりゃああああっ!」

「トォォォーッ!」

 

 文字が風で押し返されていき、サメが爆炎に巻き込まれて消滅。

 黒煙と爆風の向こう側から飛び出して来た二人の強烈な飛び蹴りが、ジェラスの胴を捉えて吹き飛ばした。

 

「ぐげぇっ!?」

 

 防ぎさえできずモロに直撃し、地面を転がるジェラスネオ。

 変異自体はまだ解除されていないが、圧倒的優位だった戦況を引っ繰り返されたのは明らかだ。

 故に、利己主義な彼は『翔を捕縛して遼に明け渡す』という目論見を下方修正する。

 そもそも当初の目標は実験材料の確保。既に十分な人数を向こう側に送っているため、これ以上は必要ない。

 

「……『ゲート』!!」

 

 自らサイバーノーツへの変異を解いた都竹は、ハーロットの領域に繋がる門を開く。

 そして捨て台詞代わりに舌打ちし、ゲートと共にその場から姿を消した。

 

「消えたか」

 

 その呟きと共に肇は変身を解除し、翔も同じく元の姿に戻る。

 二人が一息ついていると、そこへフォトビートルが飛んで来た。

 

『淫蕩の遊園地には既に鷹弘たちが向かっている。だが、少々苦戦しているようだ』

「どうするんだ、翔」

 

 問いかけられると、翔は迷いなく頷いて手を差し伸べた。

 

「行こう、父さん。皆を助けるんだ」

「フ……即決だな」

 

 マテリアフォンを操作し、座標を入力。

 二人は、すぐさま目の前に現れたゲートへ突入した。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「クソッタレ、なんなんだこいつらは!」

 

 同じ頃。

 変身したリボルブたちは、突如として現れたガンブライザー持ちのデジブレインたちの対処に迫られていた。

 彼らを襲撃するのは、四種類のスートと数字のトランプを模した多数のトランプナイツ・デジブレイン。

 クローバーの意匠を持つ馬騎士と、スペードのマークが特徴の犬騎士が槍と剣による接近戦でリボルブとザギークを追い詰める。

 さらにハートの猫騎士とダイヤの鶏騎士はそれぞれ弓と銃を持ち、雅龍とキアノスに対して遠隔攻撃を浴びせている。

 

「こいつら、ブレーメンズの強化型か……!?」

「中々手強い! 元が人間だからと言って躊躇するな、やられるぞ!」

 

 キアノスとリボルブが言って、近場にいる馬と犬を殴り飛ばす。

 しかし、殴って消滅させても銃撃で頭を吹き飛ばしても、爆散した直後に別のトランプナイツが現れる。

 

「くっ、どうなっているんだ!? なぜガンブライザー製なのに人間に戻らない……!?」

 

 雅龍はそう言って、近場にいる猫騎士を凍らせて砕く。それでも爆発し、新たなデジブレインがその場に駆けつける。

 そんな混沌とした戦場へ新たに出現したのは、赤頭巾の少女を下腹から生やしている狼の姿のデジブレイン。恐らくハーロット製のものだ。

 ここに来ての敵の増援。状況は悪くなる一方だ。

 レッドフード・デジブレインと呼ぶべきその狼は、一吼えすると、鼻をふんふんと言わせ、強靭な爪を突き立てて真っ直ぐにザギークに飛びかかった。

 

「へえっ!? ちょっ、ウチ!?」

「オンッ! オォン!」

 

 ザギークを押し倒してハッハッと長い舌を伸ばし、腕を押さえつけて匂いを嗅ぎながら、仮面の上から顔を舐め回す。

 

「ちょ、ちょっ待って、やめ……」

 

 白塗りの唾液が、強力な酸によってザギークの装甲を溶かしていく。

 しかしそれ以上に大きいのは精神的なダメージだ。なにせ、仮面とはいえベトベトになるまで舌で舐められているのだから。

 そのあまりにも遠慮のない舌捌きに、ついにザギークも怒りに火が点いた。

 

「やめろっつってんでしょーが!」

「キャンッ!?」

 

 彼女の膝が、レッドフードの股座へ深々と的確に突き刺さったのだ。

 悶絶して思わず腕を離す。その瞬間、続けざまにザギークはレッドフードの股間へと手を滑り込ませ、パワフルチューンの状態で強く握り締めた。

 

「クゥーン!? クゥゥゥゥゥーンッ!?」

 

 メリメリと音が聞こえ、内股になって腕をバタつかせ悲鳴を上げるレッドフード。

 生殖機能を持たないはずなのだが、人体を模倣しているためか、それとも感情を学習しているためなのか、ともかく急所は存在するようだ。

 レッドフードのデタラメな爪による攻撃が当たり始めたので、ザギークはパッと手を離し、ついでとばかりに左拳を真っ直ぐに股間へ打ち込む。

 

「あー気持ち悪かった、ふざけんじゃないよマジで」

 

 肩で息をして、ザギークは立ち上がる。レッドフードもダメージから復調し、彼女に怒りを込めて吼え始めた。

 そんな彼女の元へと、雅龍が駆けつける。

 

「浅黄、無事か」

「なんとかねー」

 

 見れば、雅龍の方は既にトランプナイツを凍結(フリーズ)させて戦闘不能に追い込んでいた。

 

「相性が悪そうだな。交代するか」

「ごめん、お願い」

 

 そう言ってバトンタッチを交わすと、ザギークは他のトランプナイツの相手をしに向かう。

 雅龍は拳を握り、レッドフードを睨みつけて対峙した。

 だが、その時だった。下腹の赤頭巾の少女の眼が輝いたかと思うと、上半身の狼がブリッジをするように上体を反らし、そのまま消失した。

 

「む?」

 

 そして、下腹にいた赤頭巾の少女のデジブレインが身を起こす。まるで、消えた半身の代わりとなったかのように。

 

「オオオッ……」

 

 両腕を広げて目を光らせ、少女のデジブレインが声を上げ、霧を放つ。

 その口部から放たれる甘い臭気に、雅龍は仮面の中で眉間に皺を寄せた。

 

「一体なんだ?」

 

 まるで熟した果実のような芳醇な香り。

 気づけば、雅龍はその場に膝をついていた。

 

「ぐっ!? こ、これは……!」

 

 目の前からは獣の爪を伸ばした少女が歩み寄って来る。しかも、トランプナイツたちも雅龍に近づいていた。

 

「マズい! 警視!」

 

 リボルブは自分が相手をしているトランプナイツを次々と打ち倒すが、まだまだ数は多く、救援には向かえない。キアノスとザギークも同じだ。倒しても切りがない相手に攻撃を受け、徐々に劣勢になりつつある。

 そして少女は爪を振り上げ、雅龍との距離を一気に詰めようとしている。

 その時。

 銃声と共に、レッドフード・デジブレインの爪が弾け飛んだ。

 

「グゥッ!?」

「む……?」

 

 銃声の正体を探るべく、レッドフードと雅龍が同時に弾丸の飛んだ方向を振り向く。

 そこに立っていたのはガトリングアームを装備したネイヴィ。そして、アメイジングアローを持つチャンピオンリンカーのアズールだ。

 

「あっ!?」

「あいつは!」

 

 光の矢が、リボルブやキアノスやザギークの周囲にいるトランプナイツを貫き、消滅させる。

 

「みなさんすいません、遅れました!」

 

 アズールが頭を下げ、再び弓で敵を射る。

 すると、四人のライダーたちは口々に彼へと言葉を投げかけた。

 

「ヘッ、待たせ過ぎだぜバカ野郎」

「話は後だ翔! とにかくここを切り抜けるぞ!」

「翔くん、こっちは大丈夫だ。浅黄たちの援護を頼む」

「本当に良かった……ウチも頑張んなきゃね!」

 

 仮面ライダーたちに活気が戻り、それがカタルシスエナジーの向上に繋がる。

 レッドフード・デジブレインは怒声を発しながら雅龍に爪を突き立てんとするが、その直前に大きく開いた口にインクを打ち込まれる。

 

「ムグッ!?」

「私がいつまでも気づかないと思うか」

 

 レッドフードの口が凍りつき、甘い香りと霧が消失していく。

 霧の正体は、高い濃度のアルコール成分を含んだ果実酒。これを浴びてしまい、雅龍は身動きを取れなくなっていたのだ。

 男に対しては酒気で、女に対しては力技で籠絡するという、二つの顔を持つ。それがレッドフード・デジブレイン。

 

「残念だが、能力の正体が分かった以上……これで終わりだ」

《パニッシュメントコード!》

 

 雅龍の周囲に冷気が集まり、胴の長い東洋風の龍の姿を成す。

 顔が凍りつきながらもレッドフードは再び爪を振り上げんとするが、それもネイヴィの銃撃によって妨げられた。

 

Oh YES(オゥ・イエス)! ブリザード・マテリアルパニッシャー!》

「ホォォォッアタァァァーッ!!」

 

 氷の龍と共に飛び上がり、雅龍はキックを繰り出した。

 腹に蹴りを受けたレッドフードは全身が凍りついて罅割れ、ガトリングアームによって粉微塵となる。

 

「師匠、ご助力感謝します!」

「だから師匠はやめろって……次行くぞ」

「はい!」

 

 二人はそう言いながら、苦戦しているアズールたちの元へ向かった。

 やはり何度攻撃しても状況が変わっておらず、最初に現れた人数よりもトランプナイツが明らかに増えている。

 人数が増えたため対処ができているが、このままではジリ貧だ。

 そんな折、周囲を飛んでいたフォトビートルから音声が届く。

 

『翔、みんな! やっと分かったぜ!』

「鋼作さん? 今どこに?」

『安全圏にキャンプを建てたんだ! それより、トランプナイツ・デジブレインはあの小さな砦を破壊しない限り永遠に生み出されるんだ! 変異した人間は全員あの中にいる!』

 

 ザギークはそれを聞くと、納得した様子で頷く。

 

「なぁるほどね! だったらさっさと壊しちゃおう!」

「援護します!」

 

 トランプナイツを薙ぎ倒しながら、ザギークとキアノスが先陣を切る。

 しかし、砦へ狙いを絞った直後。壁から砲塔が生え、ビーム弾が照射された。

 

「うわわわわ!?」

「くっ!」

 

 ザギークが逃げ惑い、キアノスが防御。リボルブも銃撃で砲塔を破壊するが、すぐに再生する。

 

「クソッ、結局近づけねェじゃねーか!」

 

 悪態をつくリボルブ。こうなってはもう通常攻撃では打つ手はない。

 全員で必殺技を叩き込むしかない、と。

 

「みんなやるぞ!」

 

 そう言って、リボルブはプレートを銃に装填。後から駆けつけた者たちも同じように、武器へプレートをセットした。

 

「これでどうだっ!」

 

 輝く矢と炎の弾丸、氷の矢に毒矢、そして光の球体と無数の鉄の弾。それらが一斉に降り注ぐ。

 全ての必殺の一撃を受け、砦が崩壊し消散していく。

 それと同時に、今にもライダーたちを襲撃しようとしていたトランプナイツも消滅し、砦のあった場所にはガンブライザーを装着した人間たちが重なり倒れた。

 安堵の息を吐き、鷹弘は変身を解く。

 

「ようやく先に進めるな……」

 

 ここはまだ遊園地の入口に過ぎない。ホメオスタシスの攻略戦は、まだ始まったばかりなのだ。




 その頃。
 清潔な白いベッドの上で、フィオレとツキミは寄り添い合って横になり、天井を眺めていた。
 しばらく沈黙している二人だったが、不意にフィオレの方から言葉をかける。

「ねぇツキミ」

 ツキミがそっとフィオレの方を向くものの、彼女は何やら言葉を渋っている。
 しかし、しばし待ち続けていると、再び口を開いた。

「アシュリィ、さ……なんであんなにママに嫌われてるんだろうね」
「それは……お姉様に分からないなら、なんとも」

 フィオレの「そっか」という短い返事の後、再び静寂が訪れた。
 だが、今度はツキミがそれを破る。

「気になりますか? アシュリィのこと」
「……うん」
「でも、お母様は答えてくれるでしょうか?」
「……わかんない」
「……私たちは……」

 キュッと唇を引き結んで躊躇いながらも、ツキミは口に出す。

「私たちも、本当にお母様に愛されているんでしょうか……?」

 またも気まずい沈黙。
 アシュリィが罵倒される姿を思い浮かべると、理由も分からず、フィオレとツキミの目には涙が浮かぶ。
 お互いにそんな目に気付いて、フィオレはツキミの手を優しく握り、ツキミもその手をそっと握り返すのであった。


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EP.44[淫蕩の魔妖婦(Lewd Witch)]

 翔が変身能力を取り戻し、ホメオスタシスのメンバーと合流した頃。
 四つん這いになった全裸の美少年の背を椅子のように使い、執務陽の机の前で足を組んでふんぞり返っている遼は、呆れたように嘆息していた。

「あの都竹とかいう男、失敗したのか。使えんな」

 両足の先には、同じく素裸にされた二人の美しい少女がいる。恍惚とした瞳で、丹念に遼の素足を舐めていた。
 それを満足気に眺めながら、遼は少年の尻をじっとりと撫でる。
 少年は手足を戦慄かせて頬を上気させるが、態勢は崩さない。その様子にも遼は悦んでいた。

「ご苦労。褒美をやろう、三人とも先にベッドで待っていなさい」

 遼の言葉を聞くと、年端も行かない三人は悦楽の笑みを浮かべ、指示通りに一糸まとわぬ姿のまま豪奢なベッドへと向かった。

「ネズミ狩りはハーロットに任せておくとするか」

 そう言いながら、遼はネクタイを緩めて服を脱ぎ始め、自らもベッドへと歩む。
 机の上には、トランサイバーG(ガロウズ)が無造作に置かれていた。


 一方。

 ハーロットは領域内にいるツキミとフィオレいる部屋に自ら赴いていた。

 

「朗報よ、私の可愛い娘たち」

 

 娘たちと言いつつ、この場にアシュリィはいない。

 不審に思いながらも二人はそれを指摘せず、次の言葉を待った。

 

「仮面ライダーたちが私の領域に侵入した。あなたたちに処理を任せます」

「えっ……!?」

「アズール以外は奴隷(ペット)でもオモチャでも好きなようになさい。では……」

「あの、ママ」

 

 ハーロットが解散を告げようとすると、その前にフィオレが引き止める。

 その表情は暗く、目の前の母親に対する怯えがありありと伝わるようであった。

 

「アシュリィはどうするの?」

「あの子はあの子でやるべき事があるの。気にしなくていいわ」

「……ママは」

 

 唇を一文字に引き結んで、フィオレは言葉を紡ぐ。

 

「ママはアシュリィを愛していないの?」

「お姉様、それは!」

 

 咎めるように思わずツキミが叫んだ。

 きっとその話題は、ハーロットにとっては望むべきものではないはず。今まで一切二人に話していない事からも、それは明らかだ。

 しかし、ハーロットの方は柔和に微笑んでいる。そしてゆっくりとフィオレとツキミを抱きしめ、耳元で語りかけた。

 

「いいのよツキミ。ごめんなさい、あなたたちを不安にさせてしまっていたようだわ」

「ママ……」

「良い機会だから教えてあげる。私があの子に仕込んだ役割について、ね」

 

 直後、姉妹の耳中に吹き込まれるハーロットの告白。

 打ち明けられた真相に、父と母の目論見に、ツキミとフィオレの表情はみるみると青褪めていく。

 困惑と恐怖。その二つに彩られた彼女らの顔を見て、ハーロットは愉快そうに笑みを見せた。

 

「大丈夫よ。フィオレ、ツキミ。あなたたちが良い子でいる限り、私たちは二人を愛しているわ」

「あ、あ……」

「だから……このまま愛されていたいわよね?」

 

 優しい声色。しかし、まるで脅しつけられているかのような――。

 瞬間、一気に恐怖が肉体を支配し、総毛立つ。

 ハーロットには逆らえないのだという事を、全身が理解しているのだ。

 それを見透かしているのか、ハーロットは薄く笑みを浮かべて二人の頬に触れている。

 

「さぁ、行きなさい。アシュリィのようにはなりたくないでしょう?」

 

 同じ口調で放たれた言葉。

 恐怖(ハーロット)に支配された彼女らは、ただ頷いて逃げるように去る事しかできなかった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「さて、全員持ち場は把握したな?」

 

 翔と肇が戦力に加わった後、鷹弘は出入口にあったパンフレットを手に自分を含めた6人の仮面ライダーの配置の確認を行っていた。

 この領域は遊園地。現実世界の一般的なものと比べて広いと言えど、他のCytuberに比べれば然程ではない。またジェットコースターなどの無意味に思える施設もあるため、必然的に探索範囲は絞られる。

 よって、三つに部隊を分けて探索を行う事となった。

 翔・鷹弘は『ファンタジー・エリア』と書かれた施設、翠月・浅黄は『スリラー・エリア』へ、響・肇は『カートゥーン・エリア』だ。

 

「じゃあ、調査開始だ!」

『了解!』

 

 目的地に向かって、一同は散開。

 周囲を警戒しつつ翔と共に歩きながら、鷹弘は唸る。

 

「しっかし、本物の遊園地みたいだな。外に牢屋がなければ」

「それにしても、ハーロットはどうしてこんな領域を作ったんでしょうか。どうにも意図が分からない」

「何もかも謎だらけだな。調べりゃ何か出てくるかも知れんが」

 

 地図を見ながら、二人はファンタジー・エリアを目指す。

 そして、付近に真っ白な巨城が見えるエリアへと足を踏み入れた、その直後。

 無数のベーシック・デジブレインと、ガンブライザーを装着した全裸の女性が姿を現した。

 

「早速、かよ」

《ラプターズ・フリート!》

「行きましょう!」

《チャンピオンズ・サーガ!》

 

 戦闘態勢の翔と鷹弘。それに反応してか、女性もマテリアプレートを起動した。

 

「ウー……」

《アリス・シンドローム……ハートクイーン!》

 

 使ったのは、先頃にもガンブライザーの所有者たちが持っていたアリス・シンドロームという名のプレート。

 しかし、中に内包されているデジブレインは異なるようだ。

 二人は起動したプレートをドライバーに装填し、マテリアフォンをかざす。

 

「変身!」

《語り継がれし伝説、インストォォォール!》

「変……身!」

《羽撃く戦艦、フルインストール!》

 

 翔はアズール チャンピオンリンカーへ、鷹弘はリボルブリローデッドへの変身を完了し、ベーシック・デジブレインたちを蹴散らしていく。

 その間に、女性はガンブライザーにプレートをセットした。

 

Goddamn(ガッデム)! マテリアライド! ハートクイーン・アプリ! パラサイトコード、ダウンロード!》

「アアアアッ!!」

 

 全身がノイズに包み込まれ、その姿が変異する。

 ハートの意匠が盛り込まれたドレスで着飾った女王。周囲のベーシック・デジブレインたちは、頭部が真っ赤な薔薇となった。

 どうやらパイドパイパー・デジブレインを素体として強化したデジブレインのようだ。

 

「また見た事ないタイプだ……」

「構わねェ、やっちまうぞ!」

 

 言うが速いか、リボルブはヴォルテクス・リローダーのトリガーを引き、薔薇のデジブレインを一体消滅させる。

 すると。

 

「キアアアアアアアアアアッ!!」

「うおおっ!?」

 

 ハートクイーンが奇声を発し、その全身を真っ赤に染める。

 そして腰に帯びた剣を手に取って、怒り狂ったように滅茶苦茶に振り回して襲いかかって来た。

 

「くっ!?」

 

 接近されないように弓と銃で攻撃し続けるも、全く効いていない。怒りによって放出されている赤いバリアが、攻撃を無力化しているようだ。

 さらに、大きく踏み込んだハートクイーンの上段からの一閃が、リボルブの交差した腕に食い込んだ。

 

「こ、のっ……!!」

《リボルビングフィニッシュコード!》

「くたばりやがれェェェッ!」

Alright(オーライ)! ラプターズ・マテリアルエクスプロージョン!》

 

 左拳がハートクイーンの顎を捉え、続いて燃える右腕が胸を刺す。

 必殺の一撃には流石によろめき、爆炎がベーシック・デジブレインをも焼き払うが、まだアズールの攻撃も残っている。

 

《スプリームフィニッシュコード!》

「落ちろ!!」

Alright(オーライ)! チャンピオン・マテリアルスパーキング!》

 

 剛弓から解き放たれた光の一矢が、ハートクイーンの額に突き刺さると同時に、周囲のベーシック・デジブレインたちを全て消滅させる。

 しかし。戦闘の余波で巻き起こった砂煙の先には、未だ怒り続ける女王の姿があった。

 

「なっ、なんだと!?」

「今のを受け切ったのか!? どうやって!?」

 

 驚く二人を倒すべく、女王はまたも剣を振り被る。

 両方のライダーは攻撃を受け止めるが、あまりのパワーにより、守り切れずに吹き飛ばされる。

 V3を相手に一体どこからこれほどの力を出しているのか。アズールとリボルブの脳裏には、ひとつだけ可能性が浮かんでいた。

 

「こいつ、まさか!」

「多分間違いありませんよ、薔薇のデジブレインを倒すとパワーアップするんだ……!」

 

 不思議の国のアリスという物語に登場するハートの女王というキャラクターは、些細な事で激昂する短気な性格の持ち主だ。

 自分の薔薇を穢された怒りにより強化されているのだとすれば、説明はつく。

 二人が守りに徹している間にも、薔薇のデジブレインは増え続けている。しかいハートクイーンを倒すには、彼らに触れてはならないのだ。

 

「クソッ、どうする……!」

 

 激しさを増すハートクイーンの連撃を前に、劣勢となっていく二人。

 その時、アズールが動いた。

 右腕に青いノイズを集め、それを敵勢に向けている。

 

「よ、よせ翔! 力を使えばアクイラに……!」

「いえ、大丈夫です! 力の正体を知った今なら、使いこなしてみせる!」

 

 敵のデータを吸収して無力化するアクイラの能力、データ・アブソープション。

 未だ不完全な翔の場合、データの吸収まではできないのだが、無力化を拡散する形で放った。

 

「ウ……?」

 

 瞬間、光を受けたハートクイーンが冷静さを取り戻し、ベーシック・デジブレインも本来の姿に戻る。

 

「今の内に! 効力が切れる前に倒しましょう!」

「おう!」

《ブレイジングフィニッシュコード!》

 

 ドライバーにセットしていたヴォルテクス・リローダーを抜き、リボルブはそこにプレートを装填。必殺技が発動した。

 

Alright(オーライ)! ジェイル・マテリアルデストロイヤー!》

「くたばりやがれェェェッ!」

 

 乱れ撃たれた炎の弾丸が、ベーシック・デジブレインとハートクイーンを撃ち抜く。

 そこへすかさず、アズールが動いた。

 

《グレイテストフィニッシュコード!》

「終わらせる!」

Alright(オーライ)! チャンピオン・マテリアルヴィクトリー!》

「そぉりゃあああっ!」

 

 ヴェスパーフォトンを纏って繰り出された必殺のキックが、ハートクイーンの腹の命中。

 変異が解除され、ガンブライザーが爆散する。女性は意識を失った状態で、地面に倒れ伏した。

 

「どうにかなりましたね……」

「ああ。だが、入ってすぐこれとはな」

「この先も気を抜かずに行きましょう」

 

 変身を解除した二人は頷き合い、ひとまず一番目に付く城を目指して走り出した。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同じ頃。スリラー・エリアに足を踏み入れていた翠月と浅黄も、既に変身して敵デジブレインの歓迎を受けていた。

 敵はジャッカル・デジブレイン三体、さらにガンブライザーを装着した裸の美少年だ。

 

「眼福……だけどそうも言ってられなさそうだねぇ」

 

 浅黄の変身したザギークがそう言っていると、少年はマテリアプレートを起動してベルトにセット、変異を開始した。

 

《アリス・シンドローム……チェシャーキャット!》

「ウウウ……」

Goddamn(ガッデム)! マテリアライド! チェシャーキャット・アプリ! パラサイトコード、ダウンロード!》

「ウウアアアアアッ!」

 

 桃色のチェシャ猫となった少年は、そのまま空高く跳躍し、頭上からザギークへと蹴りを浴びせる。

 

「うぎゃぁ!」

「浅黄!」

 

 雅龍転醒に変身している翠月は、冷気を放ちながらチェシャーキャット・デジブレインへとスタイランサーを突き出した。

 が、着地した猫にその一撃が命中する事はなかった。

 まるですり抜けているかのように、体が穂先を避けたのだ。

 

「な、なにっ!?」

「キィッ!」

 

 液体めいた軟体がぬるりと蠢き、その足が雅龍の顔を打つ。

 さらに、雅龍の全身から放たれる冷気は敵の肉体を瞬時に凍らせるはずなのだが、チェシャーキャットがそれに苦しむ様子はない。

 そればかりか、凍結能力が効いていないようだ。

 

「どうなっている!?」

「まさか……データ異常の能力が効かない体質!? 向こうが対策して来たの!?」

 

 これはつまり、ザギークの扱う毒の力も無意味となる事を意味する。

 極端に相性の悪い相手を前に、二人は歯噛みしていた。

 

「ど、どうしようゲッちゃん」

「慌てるな。槍が通じないのならば、他の戦い方で挑むまでだ」

 

 槍を捨てて拳を構え、前進する雅龍。

 そこへ、ジャッカル・デジブレインが放つ体力を奪う布が襲いかかる。

 

「邪魔だッ!!」

 

 しかし今の雅龍の前では無力。冷気が布を凍結(フリーズ)させ、それを伝ってジャッカルたちの全身を瞬時に凍らせる。

 そして凍っている間に、ザギークが頭部を狙い撃ちして破壊。呆気なく消滅させた。

 雅龍の狙いはチェシャーキャットのみだ。素速い拳の一薙ぎが、猫を討ち倒す――はずだった。

 

「キキキッ!」

「なっ……!?」

 

 放たれた拳は、再びチェシャーキャットの紙のような軟体に回避される。

 ザギークが死角となる雅龍の背後からインクの矢を発射して援護するものの、ピンク色の猫はそれさえも避けた。

 彼女に続いて雅龍も、両腕のノズルから冷却液であるサスペンドブラッド入りのインク弾を乱れ撃つが、全く当たらない。

 

「打撃も槍も矢も弾丸も、何もかもあの体には通じないというのか!?」

「そんなっ!」

 

 能力の正体は不明だが、もしもそれが事実だとすれば、もはや二人に打つ手はない。

 だが、雅龍はそれでも諦めなかった。

 

「『点』での攻撃を無力化するならば、今度は『面』で制圧するのみ!」

《パニッシュメントコマンド!》

「ホアタアアアアッ!」

Oh YES(オゥ・イエス)! ブリザード・マテリアルディセンド!》

 

 巨大にして鋭利な二つの龍の爪が形成され、上空と側面からチェシャーキャット・デジブレインを襲う。

 いくら特殊な体質を持っていようとも、全域を薙ぎ払うこの攻撃は避けられないはずだと雅龍もザギークも考えていた。

 その予想は、大きく外れる事になる。

 

「キキキィーッ」

「ええっ!?」

 

 氷の爪がチェシャーキャットを斬り裂く事はなく、爪と爪の間を潜るように、その体は傷つく事も凍りつく事もなく無事を保っていた。

 前代未聞の状況に、ザギークは思わず叫んでしまう。実体があるにも関わらず、こちらからはまるで触れる事ができないのだから。

 ゴム鞠のように上に跳ねたチェシャーキャットであったが、しかしまだ雅龍の攻撃は続いていた。

 

「ここだ!」

《パニッシュメントコマンド! Oh YES(オゥ・イエス)! ブリザード・マテリアルアセンド!》

 

 無防備な状態で跳んでいる猫に、巨大な龍の頭部が食らいつく。

 全方位を隙間なくサスペンドブラッドの塊が埋め尽くし、巨大な牙が無数の牙が容赦なく襲いかかる。

 しかしそれさえも、チェシャーキャットの体には通じなかった。

 

「これもダメ……か。でも」

「ああ、ようやく能力の正体が分かった」

 

 雅龍とザギークは頷き合う。

 あらゆる攻撃を通さないチェシャーキャットの能力の正体、それは透過でも軟体でもなく『空間歪曲』だ。

 周囲の空間を捻じ曲げる事によって槍がすり抜けたり体が柔らかくなったように見せかけただけで、実際には体にぶつからないように槍の軌道を曲げたり自分の周囲の空間を曲げているのだ。サスペンドブラッドや冷気も、自分を避けるように空間をねじ曲げているに過ぎない。

 

「問題はどうやってヤツに攻撃するのか、だが」

「ウチに任せといて。良い方法があるよ」

 

 ヒソヒソと耳打ちすると、雅龍は頷いて再びスタイランサーを手に取って突撃する。

 当然それも空間歪曲によって回避される。そして、ザギークが動き出した。

 

《パニッシュメントコード!》

「行けっ!」

Oh YES(オゥ・イエス)! フォレスト・マテリアルシュート!》

 

 無数の蜂型のインク弾がボウガンから射出され、四方八方から囲い込むように尾針を伸ばす。

 空間を歪めて回避しても、蜂たちは自動でチェシャーキャットを追尾する。だが当然その度に空間歪曲によって回避されるので、蜂たちも自らの姿を維持できなくなり、インクの雫が滴り始める。

 終いに蜂はインクを撒き散らし、破裂した。

 

「キキキッ!」

 

 余裕ぶって嘲笑い、チェシャーキャットは大股で2人のライダーへと迫っていく。

 直後、雅龍は地面に手を叩きつけた。

 

「捕らえたぞ!!」

「やっちゃえゲッちゃん!」

 

 そこには白いインクが水溜りのように広がっており、よく見ればチェシャーキャットの足元も、周囲にもインクが溜まっている。

 いわばこれは、以前ザギークが使ったものと同じインクの結界。二人の狙いはここに誘い込む事だったのだ。

 雅龍はすかさず、腕のノズルからサスペンドブラッドを全力で注入する。冷気がインクを伝いチェシャーキャットへと向かっていく。

 

「キィッ!?」

 

 空間歪曲能力を発動するが、サスペンドブラッドは止まらない。

 それもそのはず、チェシャーキャットの力は『空間を歪める』だけであって『空間から断絶する』事ではない。同じ空間で繋がっている以上、いくら曲がりくねっても、足元のインク溜まりを通して必ず到達するのだ。

 ならばと言って跳び上がって逃げようとしても、後の祭り。粘性のあるインクは既に硬化し、チェシャ猫の足裏を固定している。

 

「キ、キイイ……イ……」

 

 サスペンドブラッドが瞬く間に全身に浸透し、チェシャーキャットは凍結。

 そこへ雅龍が拳を叩き込み、ガンブライザーを砕いて変異を解除させた。

 

「中々手強かったな」

「気が抜けないねぇ。とにかく先へ行くよー!」

 

 ザギークの言葉に頷き、警戒を続けながら、雅龍はスリラー・エリアの奥へと侵入するのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 響と肇が向かったカートゥーン・エリア。

 そこでも、ベーシック・デジブレインたちがぞろぞろと闊歩していた。

 

「警備が厚いな……」

「仕方がない。無理矢理突破するぞ」

 

 二人は同時にアプリドライバーとマテリアプレートを取り出し、装着・起動する。

 

Arsenal Raiders(アーセナル・レイダーズ)!》

「変身!」

CERULEAN CYCLONE(セルリアン・サイクロン)!》

「ライダー……変身!」

 

 音声を聞いて存在を認識したベーシック・デジブレインが突撃して来る中、響と肇は同時にマテリアフォンをかざした。

 

《迷宮の探索者、インストール!》

《紺碧の叛逆者、インストール!》

「ハァッ!」

「トォッ!」

 

 キアノスがサーベルを手に縦横無尽に敵へ斬り込み、ネイヴィは格闘戦で突き進む。

 ベーシックタイプはもはや恐るるに足らず。全ての敵を薙ぎ倒し、カートゥーンエリアを進んでいく。

 すると、三つの人影が行く手を阻んだ。

 その内の二人は、ハーロットの娘であるツキミとフィオレだ。何やら青褪めた顔で、響たちを睨みつけている。

 もう一人はガンブライザーを装着した、素裸の幼い少女だった。

 

「こんな子供まで……!!」

 

 ツキミとフィオレよりも先に少女は前に出て、その手に持ったマテリアプレートを起動する。

 

《アリス・シンドローム……ハンプティダンプティ!》

「ワ……ア……」

Goddamn(ガッデム)! マテリアライド! ハンプティダンプティ・アプリ! パラサイトコード、ダウンロード!》

「ウウウワアアアアアッ!」

 

 現れたのは、首のないずんぐりとした丸みを帯びた真っ白な怪人。

 まるで卵に手足の生えたような姿をした奇怪な生物は、両眼から怪光線を放って二人の仮面ライダーを襲う。

 

「くっ!」

「この……!」

 

 ネイヴィがマントを翻して回避し続け、その間にフェイクガンナーでハンプティダンプティを撃つキアノス。

 だが弾丸が命中した瞬間、卵のような肉体に亀裂が走って中から黒い人影があらわとなり、目を灼かんばかりの閃光と共に鋭い破片が二人に向かって飛んで来る。

 

「ぐあっ!?」

「な、なんだと……!?」

 

 光線がアーマーを一部溶解させ、卵の殻の破片は裂傷を作る。

 迂闊に攻撃を加えれば、今のようにこちらが手痛い反撃を食らうという事だ。おまけに、ハンプティダンプティは既に割れた殻が元通りに再生している。

 しかし、今の一撃であの怪人には中身がある事は分かった。

 

「く、どうすれば……!?」

「慌てるな。要は、中身に攻撃すればいいんだろう」

「だが下手に刺激を与えれば殻が割れてしまう!」

「どの道、殻を破らなきゃ倒せない。だったら……」

 

 そう言いながら、ネイヴィは一枚のマテリアプレートを取り出し、左腕のリングに装填する。

 

RIDE ON(ライド・オン)! DRILL(ドリル)・ガジェット、コンバート!》

「トォッ!」

 

 ガジェットアームがドリルに変化し、すれ違いざまに脇腹を抉って風穴を開ける。

 直後、穴の空いた箇所から光線が溢れ出すが、既にネイヴィは射程外に入っているため地面を焼くだけに終わった。

 

「そうか、その方法なら……!」

《オーバードライブ! Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! センチピード・マテリアルソニック!》

 

 キアノスも武器にプレートを装填し、グリップエンドを押し込んで必殺技を発動。

 銃口から曲がりくねりながら伸びる鉄の鞭が、閉じつつある穴の中へ侵入を果たした。

 

「ウ、ア……!!」

 

 殻の中で百足のような鞭が暴れ回り、本体である黒い靄のようなものに絡みついて強く締め付ける。

 

「アアアアアッ!」

「くっ!?」

 

 内部でハンプティダンプティ・デジブレインが悲鳴を上げると、殻が破裂して破片がキアノスの身を裂く。

 直後、怪人の背後でガジェットアームをガンに切り替えていたネイヴィは、完全に露出状態となった本体へと乱射。

 弾丸が全て命中し、ガンブライザーの破損と共にハンプティダンプティは消滅した。

 

「……君たちはかかって来ないのか?」

 

 ネイヴィに問われると、何もせずに黙って戦いを見ていたツキミが、ビクッと身を震わせる。

 

「お、お姉様……」

「分かってる! こいつらを倒さないと……ママは私たちを愛してくれない!」

 

 フィオレも、顔を青褪めさせたまま、しかし敵意だけは激しく溢れさせて対峙する。

 彼女らの言葉を聞いたネイヴィは、仮面の奥で眉をひそめる。そしてキアノスの方に首を向けると、彼にとって信じがたい一言を放った。

 

「響、彼女らを傷つけるな。今から何が起きても絶対に手を出すんじゃない」

「父さん!? 一体何を……」

「ひとつ気になる事がある。それに、俺たちの目的はアシュリィと翔を助ける事だ。彼女たちの命まで奪う必要はない」

「だが! それでは父さんが――」

 

 話している間に、フィオレとツキミはメルジーナ・デジブレインとカグヤ・デジブレインとなり、それぞれ攻撃を仕掛けていた。

 

「うわああああっ!」

 

 悲鳴のような叫びと共に水圧弾を放つフィオレ。ツキミも、竹槍を生み出して雨のように降らして来る。

 

「……」

 

 それとは逆に、ネイヴィは黙って攻撃を防ぎ受け止めていた。

 たとえどれほど攻撃が激しくとも、決して反撃しない。彼女たちを下手に刺激しないようにしているのだ。

 響は改めて、自分たちが父と呼ぶ人物の強さと偉大さを知った。

 次第に、姉妹は自らの胸の内を吐露し始めていた。

 

「私たちが良い子にしていれば、言うことを聞いていればママは優しくしてくれる! 私たちを愛してくれる!」

「そうでなければ、きっと私たちもアシュリィのようにっ……!」

 

 声を震わせながら、二人は攻撃を続ける。

 しかしアシュリィの名が出て来た直後、ネイヴィは反撃しないまま語りかける。

 

「教えてくれ。アシュリィに何が起きている?」

「うっ!?」

「翔たちに比べれば一緒に暮らしたのはまだ短い間だが、それでも俺はあの子の父親のつもりだ……大切な家族だ。だから」

「うるさい、うるさいうるさい!」

 

 より一層激しくなる攻撃。カタルシスエナジーを流し込んだマントを翻して猛攻を防ぐも、いつまでも耐えきれるものではない。

 

「私たちの家族はママしかいないんだ! 仮面ライダーを倒しさえすれば、ママは私たちを認めてくれるんだっ!!」

「……子を愛するのは親として当たり前の事だ!! 家族を愛するのに条件をつける親がどこにいるッ!!」

 

 ネイヴィが叫ぶと、ほんの一瞬だけ二人からの攻め手が緩んだ。

 そして今度は声を抑えながら、ゆっくりと手を差し伸べた。

 

「信じてくれ。俺は君たちを傷つけるつもりはない、ただ……君たちの心をそんなにも乱した原因が何なのか、アシュリィに何があったのか……それを知りたいだけなんだ」

「でも……話したら、ママが……」

「ハーロットには黙っておくさ。約束する」

 

 押し黙ってしまうツキミとフィオレ。すると、ネイヴィは自らゆっくりと変身を解除する。

 このままでは無防備な状態でデジブレインの攻撃に晒される事になる。それでも、彼女たちの心を信じたのだ。

 フィオレたちはなおも肇の姿に警戒していたが、攻撃の意志がないと知ると、やがて自分たちも変異を解く。

 ――その時だった。

 

「あらあら、よりによって敵に情報を漏らそうとするなんて。いつの間にそんなに悪い子になったのかしら」

 

 フィオレたちの背後から、薄い生地の黒いドレスを纏った蠱惑的な美女が現れた。

 

「お仕置きが必要ね」

「ハーロット!!」

 

 フェイクガンナーを抜くと、キアノスは躊躇なくその銃口をハーロットに向け、発砲する。

 攻撃は両隣に控えていたベーシック・デジブレインが防ぎ、消滅。肇はツキミとフィオレを庇うように前に出る。

 

「父さん、その子たちを連れて逃げろ! こいつは俺が足止めする!」

「なに!?」

「行ってくれ……こいつは遠慮なしに殴っても良いんだろう?」

 

 キアノスの、響の声に怒りは混じっているが、それは冷静さを欠いた状態から出たものではない。 

 ハーロットの実力は今なお未知。相手が仇敵であれ、きっと敵わなければ逃げる判断を下すだろう。

 それを察して、肇は頷いた。

 

「死ぬなよ」

「ああ!」

 

 二人の少女を連れ、肇はカートゥーン・エリアの奥へと走り出す。

 ハーロットは妖艶な微笑みを作ったまま、彼らを追わずにキアノスを見据えている。

 そして三人の姿が見えなくなると、胸の谷間から一枚のマテリアプレートを取り出した。

 

「あなたが私の相手になるのね。いいわよ」

《フェアリーテイル・プリンセス!》

「遊んであげる」

 

 そう言って自らのドレスをぱさりと脱ぎ、素肌を晒してプレートに口づけをすると、それを左腕のトランサイバーGに装填する。

 

《レスト・イン・ピース! レスト・イン・ピース!》

執甲(シッコウ)

Roger(ラジャー)! マテリアライド!》

 

 周囲を浮遊する拘束具を着用した角のようなものを生やしている正体不明のデジブレインが現れ、音声入力と同時にロープが首を絞めつける。

 デジブレインの姿は分解されていき、ハーロットの肉体と融合していった。

 

《フェアリーテイル・アプリ! 御伽細工の姫君、トランスミッション!》

 

 ロープが切れると共に、一人のサイバーノーツへと変異を遂げる。

 一見すると兎の耳を生やした際どいコスチュームのバニーガールのようだが、その両耳の先端にはサソリのハサミが付いており、針のある尻尾も生えている。

 口部も虫のように左右に分かれており、両眼はサソリ型の紫色のバイザーで覆われていた。

 

「サイバーノーツ、ルードウィッチ……私を愉しませてくれるかしら?」

「安心しろ。そんな余裕は与えん」



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EP.45[悪逆なる魔女]

 響と分かれた後、肇はカートゥーン・エリアの奥にあるホテルのような建築物の中に隠れていた。
 その傍らには、ツキミとフィオレが震えながら座り込んでいる。
 どうやら事情を聞いた後らしく、肇は納得した様子で頷く。

「なるほど、君たちの言い分は分かった。そうか、そういう事だったのか。ハーロットめ、なんて事を考えるんだ……」

 うぅむ、と指を顎に添えて考え込む。そして、再びツキミたちに視線を合わせた。

「他に何か知っている事はあるかい?」

 二人は顔を見合うと、意を決した様子で一度頷く。

「あります!」
「実は、この淫蕩の遊園地は……」


「ふふっ、それにしても驚きですわ」

 

 淫蕩の遊園地、そのカートゥーン・エリアで響の変身した仮面ライダーキアノスの前に立ち塞がるのは、領域の主であるハーロットだった。

 彼女はサイバーノーツのルードウィッチへと変異を遂げており、自らの頬に手を当ててせせら笑っている。

 

「翔くんのオマケでしかなかったあなたが、まさかこんなところまで生き延びるなんて。てっきり……そう、あの貧相で根暗な子の領域で殺されるかと思っていましたれけど」

「貴様と話す気はない」

「冷たいのですねぇ、それじゃあ顔が良くても女の子にモテな――」

「臭いから口を開くな。権力者に尻を振って回る売女が」

 

 ハエを払うようにしっしっと手を振るキアノス。

 その動作を見て、そして彼の言葉を聞いて、ルードウィッチの額に青筋が走った。

 

「……なん、て言った今」

「どうやら歳を重ねすぎて耳まで老化したらしいな。それとも、性病が脳まで達してるのか」

「おい……」

「若作りして美しく見せているつもりだろうが、隠し切れていないぞ。その厚化粧と加齢臭……」

「……おまえッ……!!」

「おや、怒るのか。見るに堪えない淫売の老婆め!」

 

 青筋が増えていき、目の下の筋肉がピククッと震え、ルードウィッチは尻尾を強く地面に叩きつけた。

 それだけで地にクレーターができあがり、威嚇するように両耳のハサミを大きく開いてキアノスを睨みつける。

 

「ブッッッッッ……殺す……ッッッッッ!!」

「それが貴様の地か。ようやく内面の醜さに見合った言葉遣いになったな」

 

 右手の中指を立て、キアノスは嘲弄した。

 キアノスのさらなる挑発に完全に怒り狂ったルードウィッチは、先端に針の付いた尻尾を相手の顔面目掛けて突き出した。

 だが、サーベルを持ったキアノスはそれを容易く切り払い、反撃とばかりにフェイクガンナーで腹を撃つ。

 

「かっ!?」

「遅いぞ。プレデターと戦う前であれば対応できなかったかも知れないが、アレを経験した後では相手にならん」

 

 よろめくルードへと、さらに銃撃を加える。しかし今度は素速く身をかわし、キアノスの股間へ前蹴りを繰り出そうとする。

 が、それも見切られており、ニーキックで相殺された上で脛に斬撃を食らった。

 

「ぐ、ぁう……!?」

 

 ガクリ、とルードが地に膝をつく。そこへさらに、キアノスの右足で胸を蹴り倒された。

 

「き、いいいいい!!」

「無様だな」

 

 言いながら、トドメを刺すべくフェイクガンナーとキアノスサーベルにマテリアプレートをセットしようとする。

 しかし、その時だった。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

「むっ!?」

 

 トランサイバーGへの入力と共に、ルードの背後から巨大な本のようなものが現れたかと思うと、二人はそのページに挟まれてしまう。

 咄嗟に防御態勢になるが、負傷はない。ところが、再び顔を上げた時にルードの姿はその場にはなかった。

 

「消えた……いや、これは!?」

 

 キアノスがいたカートゥーン・エリアは、その名の通りアメリカ的でユーモラスなキッズアニメーション調の区画であった。

 だが今は、西部開拓時代を思わせるような荒野と木造の建築物が並ぶ場所にいる。地図にウェスタン・エリアと記されている場所だ。

 そして、周囲には腕が銃に変わったベーシック・デジブレインが何体も潜んでいるようだ。

 

「チッ、冷静さを取り戻したという事か……!」

 

 あの本で別のエリアへと引きずり込まれたのだ、敵のいる只中に。しかも、ハーロット自身はまた別の場所に移動しているらしい。

 それを瞬時に理解して、キアノスはベーシック・デジブレインたちに抗うべく剣を振る。

 

「どこへ逃げようと関係ない、必ず追い詰めて細切れにしてやる!!」

 

 自分の実の両親だけでなく、彩葉の人生をも歪めた者たち。それらを討ち倒すべく、まずは弾丸を回避しながら周囲の敵を倒し続けるキアノス。

 すると、戦場にまたもガンブライザーを身につけている素裸の人物が現れた。今度は背の高い美男子だ。

 

《アリス・シンドローム……マッドハッター!》

「ウ、ウ……」

Goddamn(ガッデム)! マテリアライド! マッドハッター・アプリ! パラサイトコード、ダウンロード!》

「グアアアアアア!!」

 

 変異したデジブレインは、シルクハットを被って礼服を纏う、一見すると紳士風の怪人。両肩には白いティーポットのようなものが、両膝にはマカロンが乗った皿が付いている。

 しかしその武装は紳士とは言えず、右腕で雪かき用のシャベルのような大きなスプーンを持ち、腹からは毒々しいカラーリングのガトリング砲が伸び出ている。

 

「カァーキャキャキャキャキャ!!」

 

 気の狂ったような笑い声を上げながら、マッドハッター・デジブレインは左手でハンドルを回し、腹から無数に弾丸を放つ。

 キアノスは舌打ち混じりにマテリアプレートをフェイクガンナーにセットし、機能を発動した。

 

Fake Armed(フェイク・アームド)……ハーミットクラブ・スキル、ドライブ!》

 

 岩のようなヤドカリの殻の盾が、凶弾から身を守る。

 しかし、マッドハッターの両肩のポッドが蓋を開いたかと思うと、そこから煮えたぎる液体が球状になって発射される。

 液体は放物線を描きながら、咄嗟に前進したキアノスの背後に着弾、爆裂して熱湯を飛散させた。

 

「あ、ぶない……!」

 

 頭上にも注意を払っていなければ、今の一撃で確実に大きな隙が生まれ、蜂の巣にされていただろう。

 キアノスは盾を形成しながら全速前進し、マッドハッターの胸へサーベルを投げつけた。

 マッドハッターはそれをシャベルで打ち払うが、同時にガトリングも止まる。その一瞬が命取りとなった。

 

《オーバードライブ!》

「潰れろォォォッ!」

Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! ハーミットクラブ・マテリアルソニック!》

 

 盾の重い一撃が、ガトリングの銃口を破壊。そして両肩のティーポットも打ち砕いた。

 キアノスはさらに続けて、ベルトのマテリアプレートを押し込み、マテリアフォンをかざして必殺を発動する。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! アーセナル・マテリアルバースト!》

「ハァァァッ!」

「キェェェェェッ!?」

 

 エネルギーを帯びて輝く右脚から放たれた回し蹴りが炸裂、マッドハッターは地面に頭を叩きつけられる。

 ガンブライザーとマテリアプレートも砕け、元の男の姿に戻った。

 

(ハーロット)の能力の片鱗は見えたが……クソッ、ヤツはどこに逃げた……?」

 

 周囲の状況を確認しつつ、変身を解除した響はエリアの先へと足を進めるのであった。

 

 

 

「あのガキッ……絶対にタダじゃ済まさない……!!」

 

 一方。キアノスの追撃から逃れたルードウィッチは、とあるエリアで怨嗟の言葉を吐きながら両耳のハサミを動かしていた。

 ハサミは土や樹木を抉ってデータに分解し、丸くこねて別の物質に再構築している。

 

「奴隷として飼い殺すのも生温い……あの小綺麗な顔を潰して、二度と太陽の下を歩けなくしてやる……!!」

 

 数十個ほどそんな丸い物体を作ると、突如としてルードの下腹部がガパリと左右に開き、その中にボール状のそれらが次々に入り込んでいく。

 そして裂け目が閉じると、ボコボコと音を立てて腹が膨らみ始め、牙の覗く腹部から粘性の高い液体が滴り落ちる。

 

「ん、ふぅっ……あっあっあああ……はぁぁぁんっ……」

 

 喘ぎ声にも似た淫猥な吐息を漏らし、身を震わせて悶えるルード。

 再び開いたその腹部からは、粘液と共に手足の生えたオタマジャクシのような生物が何体も飛び出した。

 

「手駒は充分、データのフィードバックも済んだ。私を侮辱したらどうなるか、嫌という程思い知らせてあげるわ」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同じ頃、翠月は他のエリアの状況を確認するべく、鷹弘や響たちに連絡を取ろうとしていた。

 しかし何度試しても、彼らがマテリアフォンの通信に応じる気配はない。

 

「まさか戦闘中なのか」

「何にせよ、通信できない状況っていうのはちょいマズいかもね。援護には行けないし、自力で対処して貰うしか……」

 

 むぅ、と唸る浅黄。直後、翠月のマテリアパッドへと琴奈から通信が入る。

 

『ふ、二人とも大変です!』

「どったの?」

『入口が……みんなが入って行った入口がなくなってる!』

 

 それを聞いて二人は顔を見合わせるが、すぐに翠月が声色を抑えてゆっくりと琴奈に語りかける。

 

「どういう意味だ? 落ち着いて、状況を詳しく説明してくれ」

『今言った通りなんです! なんか白いオーロラが遊園地全体をカーテンみたいに覆ってて……鋼作がそれに石を投げたんですけど、壁にぶつかったような感じで跳ね返るんです!』

「なんだと……」

「向こうが気付いて退路を断ったのかも」

「あるいは、誰かが既に敵と遭遇したのかも知れない」

 

 頷く浅黄。そしてその敵とは、恐らく領域の主であるハーロットだ。

 ここが彼女の領域であり、そしてその場所を封鎖するのが彼女にしかできない事である以上、相手は簡単に特定できる。

 翠月は再び冷静に質問をする。

 

「他に何か変わった事はないか?」

『じゃあ、もうひとつ報告が。遊園地に放っているフォトビートルですけど、私の気のせいでなければ特定の場所でワープしてます。それもひとつだけじゃなくて、ワープ地点は複数あります』

「……どういう事だ?」

『一定の地点から先を調べようとすると、別のエリアに転送されると言うか……地形データの解析も一瞬途切れる場所があって、それを踏まえるとパンフレットのマップデータと合致しなくなるんです』

「ふむ」

『最初は気づかなかったんですけど、私が監視担当してるエリアからいきなり隣のエリアを飛んでいたはずのフォトビートルが来るのを偶然見つけちゃって』

「了解した、少し調べておこう。さっきの話も含めて他の皆にも周知しておいてくれ」

 

 琴奈からワープする地点を聞いた後、通信を切って浅黄に顔を向ける。

 

「どう見る?」

「まぁ……間違いなく、見つかったんだろうね。それから、侵入できない場所があるという事は……そこに重要な何かを隠してる可能性が高いよ」

「ひとまずそこへ向かうか」

 

 二人は頷き合い、周辺を警戒しながら近場にある件のワープ地点へと足を運んだ。

 

 

 

 それと時を同じくして、ファンタジー・エリアを進み続けていた翔と鷹弘は、城内への侵入を果たしていた。

 城の中は戦いのあった外とは打って変わって静寂に包まれており、ステンドグラスから降り注ぐ光が石造りの床を照らしている。

 

「誰もいないんでしょうか……?」

 

 周囲の様子を窺いながら、上階へと足を進める。

 やはり登った先も静けさが保たれていた。電灯のような明かりはないが、外からの光がちらちらと室内を照らしている。

 だが、今度は人がいないワケではなかった。三つの人影が、翔と鷹弘の視線の先にあったのだ。

 その内の二人は衣服を纏っていない虚ろな瞳の女性。腰にはガンブライザーを装着し、種類の違うマテリアプレートを握っている。

 もうひとりは――スカイブルーのドレスを纏う、アシュリィだ。

 

「アシュリィちゃん!!」

「……そう、来たのね……ショウ」

 

 ようやく無事再会できた事に喜びをあらわにし、翔は前へと踏み出そうとする。

 しかし、アシュリィを庇うように全裸の女たちが道を塞ぎ、マテリアプレートを起動した。

 

《アリス・シンドローム……ジャバウォック!》

《バンダースナッチ!》

「ウゥウウウ……」

「オォオオオ……」

Goddamn(ガッデム)! マテリアライド!》

 

 ガンブライザーにプレートが装填され、ノイズと共にデジブレインとの融合が始まる。

 その間にアシュリィは目の前にある扉に手をかけ、開いて走り去っていく。

 

《ジャバウォック・アプリ! パラサイトコード、ダウンロード!》

「ガァーッ!!」

《バンダースナッチ・アプリ! パラサイトコード、ダウンロード!》

「シャアァ!!」

 

 ノイズが消失すると、ひとりはナマズのようなヒゲと齧歯類に似た前歯を生やしたヴェロキラプトルのような怪人の姿に、もうひとりは腹から牙と長い舌を生やした鬣つきの人狼だ。

 前者がジャバウォック・デジブレイン、後者はバンダースナッチ・デジブレインだ。

 この二体を倒さなければ先へは進めない。翔は立ち止まって変身すべくドライバーを呼び出そうとするが、それを鷹弘が手で制した。

 

「静間さん?」

「行け翔。ここで戦うよりも、お前はアイツに会いに行くべきだ」

「でも、あなたがひとりで戦うなんて……!」

「良いから行って来い、俺を信じろ! アシュリィに伝える事があるんだろ! 今、お前にしかできない事があるんだろ!」

 

 アプリドライバーを腰に装備し、鷹弘は叫ぶ。

 すると翔はぐっと言葉を堪えて唇を噤み、深く頭を下げてから、走り出した。

 当然ジャバウォックとバンダースナッチは迎え撃とうとするのだが、翔は一切止まらず、むしろ足を速めて中央突破しようとする。

 そして二体の爪が襲いかかろうとした瞬間、変身したリボルブリローデッドの燃え上がる銃弾が阻止した。

 

「それで良いんだ、翔。絶対に振り返んじゃねぇぞ」

 

 炎がジャバウォックとバンダースナッチを焼くものの、ほとんどダメージはない。

 しかしリボルブはフッと笑い、ヴォルテクス・リローダーを持って突撃する。

 

「テメェらの相手はこの俺だァァァーッ!!」

《スクロール! ホーク・ネスト! フレイミングフィニッシュコード!》

 

 シリンダーを回転させてスイッチを押し込み、マテリアフォンをかざして必殺を発動。

 その瞬間、バンダースナッチは急加速して背後に回り込む。が、銃口は既に背後へ向いていた。

 

Alright(オーライ)! ホーク・マテリアルボンバード!》

「失せろ!」

「グオオオッ!?」

 

 炎の鷹がバンダースナッチを包み込み、全身を燃え上がらせる。

 必殺技を食らって苦悶の声を漏らすものの、撃破には至らず。眼前の怪人は再び猛スピードで動き出し、さらに背後にいるジャバウォックも炎の息でその場を焼き尽くす。

 炎の海に何度も響く打撃音と爪の裂く音。しばらくしてそれが静かになるのを確認すると、ジャバウォックは確認のために火の手の中に向かって歩き出した。

 瞬間、赤くゆらめくカーテンの向こう側から、全身を殴打されたバンダースナッチが吹き飛ばされて来る。

 

「ギッ!?」

 

 自身の体とバンダースナッチがぶつかり合い、ジャバウォックは転倒。

 そして、炎の中から悠然とリボルブが姿を現した。

 

「この程度で……テメェら如きに止められるかよ」

「ギ、ギギッ!?」

「今の俺はなァッ!!」

《スクロール! イーグル・ネスト! フレイミングフィニッシュコード!》

 

 立ち上がって大口を開き、腕を食い千切ろうとするジャバウォック。

 だがリボルブは逆に右腕を思い切りその喉に押し込むと、口腔の奥で必殺技を発動した。

 

《イーグル・マテリアルボンバード!》

「誰も死なせらんねェんだよォッ!!」

 

 翔をアクイラにさせず、そして周りの仲間も何も知らない人々も、誰一人死なせない。鷹弘の中にある覚悟が、カタルシスエナジーを極限以上に高めていたのだ。

 リボルブがトリガーを引くと、牙が腕に食い込む前にジャバウォックの体は近くにいたバンダースナッチごと爆滅。

 ガンブライザーとマテリアプレートも焼却され、人間の姿に戻った。

 

「無事でいろよ、翔!」

 

 変身したまま、リボルブは駆ける。

 アシュリィとどの程度話せているのかは分からないが、敵が現れない保証もない。その時は、やはり自分の力が必要なはずだ。

 そう思って扉を開くと――。

 

「……いないっ!?」

 

 そこは既にもぬけの殻。翔どころか、アシュリィもいなかった。

 部屋には窓も階段もなければ、当然他の扉もない。当然隠れられる場所などもなかった。

 

「バカな……あいつら、一体どこに!?」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 時は鷹弘が戦闘を行い、翔が奥の扉を開けた直後まで遡る。

 他に扉も窓もないその部屋で、ついに翔はアシュリィと二人での対面を果たした。

 

「アシュリィちゃん!」

「ショウ!? タカヒロを置いて来たの……!?」

 

 左右で色の違う眼を見張るアシュリィ。しかし、その目つきはすぐに翔を睨むようなものに変わる。

 

「ようやく私と殺し合う気になったって事? そうよね、仲間に殺し合う姿は見せたくないでしょうね」

「違う。君と話しに来た、君自身がどうしたいのかを。ハーロットじゃなくて、君の言葉で聞きたい」

「……今更話す事なんかない!」

「僕にはある! 例えば……そう、どうして君は『僕と殺し合う』なんて事を望んでいるんだ!?」

 

 その言葉を聞くと、アシュリィは図星を刺されたようにぐっと息を呑み、視線を泳がせる。

 そして狼狽しつつも、反撃とばかりになじるような口調で言葉を投げつけた。

 

「私たちは敵同士よ、それ以外に理由が必要なの?」

「敵だなんて思っていない。そもそも、君が自分から敵対する事を望んでるようには見えない」

「そんな……知った風な口を!」

「知ってるよ。君が本当は優しい子だって事も、人の命を奪いたがるような子じゃないって事も。僕の作った料理を食べた時、言葉にはしてくれないけど……本当に嬉しそうな顔をするのだって分かってる。そんな顔を見るのが、僕にとって幸せだった」

 

 アシュリィとの時間やささやかな日常を思い出しながら、翔は語る。

 すると、翔はハッと顔を上げた。話して行く内に、自分の中から溢れて出て来るアシュリィへの想い。プログラムされたものではない、本当の気持ち。

 その正体を、今ようやく理解したのだ。

 

「そうだ……どうして今までずっと気付かなかったんだろう? 僕は、君を――」

「やめて!! それ以上言わないで!!」

「アシュリィちゃん?」

「お願い……やめて……でないと、私……私は……!!」

 

 声を震わせ、両手で頭を抱えてその場にへたり込むアシュリィ。

 彼女の両眼からは、涙が床にこぼれ落ちていた。

 

「私は、誰とも関わっちゃいけなかった。独りじゃなきゃいけなかった。あなたと出会わなければ、こんな事にはならなかった。あの時……記憶を失っていた頃に、デジブレインに殺されるべきだった。それなら……こんな思いをせずに済んだ!!」

「どうしたの!? アシュリィちゃん、一体何を知ってるんだ!?」

「ハーロットが私を産んだのは『あなたに私を殺させる』ためなんだよ!!」

 

 アシュリィの必死の叫びの直後に訪れる、長い沈黙。

 僅かな間絶句していた翔であったが、アシュリィと同じく全身を震わせながら当惑した声色で再び口を開いた。

 

「な、ん……だって?」

「……私には、生まれた時からアクイラの細胞と一緒に毒が仕込まれてる。あなたが私を殺せばアクイラの力と一緒に取り込まれるけど、その時に毒はアクイラ細胞の活性剤になって消える。逆に私があなたを殺したら、毒は私の体内で弾けて……私は死ぬ。その後、毒素は体の外に出てアクイラの活性剤となり、あなたを蘇らせる」

「じゃあ、殺し合わせるっていうのは!?」

「そんなのただの方便。実際は、私だけを死なせるつもりでいる……ちょうど今年のクリスマスが過ぎれば、この毒も自動的に作動する仕組みになってる。だから私はどう足掻いても助からない」

「なんて事を……!!」

「これで分かったでしょう? もう、何をしても無駄なの。手遅れなの。これ以上……存在しない希望に縋らないで」

 

 彼女の悲痛な声を聞く度に、翔は自分の頭に激痛が走り、心臓が跳ね上がるのを感じていた。

 怒りと哀しみという感情の昂りが、アクイラの細胞を活性化させている。肉体が再びアクイラの姿に変わろうとしているのだ。

 全身に雷が走るかのような感覚に苛まれ、翔は地に膝をつく。

 

「に、逃げるんだ。また、僕の体の中でアクイラの細胞が……!」

「ショウ……どうしてまだそんな事……!」

「速くっ! このままじゃ僕は!」

 

 逃げるにしても、出口は翔の立つ正面の方向にしかない。そして、翔がアクイラに変わるのも時間の問題だろう。

 望む望まずに関わらず、アシュリィは戦う羽目になる。このままでは先程自分自身で述べた通りの結末になるのだ。

 しかし、手立てがないように思えた翔にとって、想像もしていなかった事が起こる。

 

「お取り込み中のところ、失礼致します」

「え――」

 

 そんな声と同時に、二人の間に黒い炎が割って入り、瞬く間に姿を消失させたのだ。

 

「……いないっ!? バカな……あいつら、一体どこに!?」

 

 鷹弘が部屋に入って来たのは、まさにその直後の出来事だった。

 

 

 

 そして、現在。

 いつの間にか翔とアシュリィは、赤いカーペットや高級な石材による加工がされた、豪奢な建築物の正面玄関にいた。

 一見すると城のようだが、先程までいた場所とは明らかに作りが異なる。石像も日本人の顔、というよりも久峰 遼のものだ。

 

「なんだ、ここは……?」

「サイバー・ラインの中ですよ。ただし、久峰 遼の領域のようですがね」

 

 丁寧な口調で放たれた言葉に、翔とアシュリィは背後を振り向く。

 そこに立っていたのは、Cytuberたちに力を与えて来た孔雀の仮面の者、スペルビアであった。

 彼が、翔とアシュリィをこの謎の場所に招き寄せたのだ。

 

「お前がなぜここに……ぐっ!?」

「ショウ!」

 

 胸を抑えて翔が苦しむ。すると、スペルビアは溜め息混じりに近付き、懐から銃のようにも見える針のない注射器を取り出した。

 アシュリィは抗議のため、そして翔を庇うべく震えながらも前に出るものの、スペルビアの方は「大丈夫ですよ」と微笑むだけだった。

 

「これではマトモに話もできませんねぇ、というワケで」

 

 注射器の中には緑色の液体のようなものが入っており、スペルビアは無言でそれを翔の首筋に押し付ける。

 そして、内容物を注入し始めた。

 

「がぁっ……あ? あ、あれ?」

 

 不思議そうな面持ちで、翔はゆっくりと立ち上がる。

 今まで感じていた全身の痛みが、嘘のようになくなっている。心臓の鼓動も正常だ。

 二人とも怪訝そうな顔をしていると、スペルビアは微笑みながら翔の背中に手を当てがう。

 

「アクイラの細胞活性を一時的に抑制する鎮静剤ですよ。そして」

「うっ!?」

 

 スペルビアが勢い良く手を離すと、その掌に翔の背中から出て来た球体状の光、カタルシスエナジーが集まっていく。

 その球体を、あろう事かスペルビアは自身の胸へと押し込んだ。

 翔とアシュリィが唖然とする中、スペルビアは体内で暴れるカタルシスエナジーに苦悶しつつ、背筋を伸ばして真っ直ぐに立つ。

 

「グッ……!? 細胞内のカタルシスエナジーを、頂きました……この分なら、力を使わなければあと半日は保つでしょうね」

「ど、どうして……そうまでしてお前が僕を助けるんだ?」

「死んで貰っては困るからですよ。あなたには、彼らに相応の報いを与えて頂かねば」

「どういう意味だ? 彼らって誰だ?」

「久峰 遼とハーロットは、恐れ多くも(アクイラ様)に近付きすぎた。偽りの翼で太陽を目指した者に、あるいは天上に到達せんばかりに塔を積み上げた者に、神罰が下るのは当然の事でしょう」

 

 そう言いながら、スペルビアは口元にニィッと笑みを浮かべる。

 

「本来であれば、この領域はハーロットの所有。だがしかし、彼女は所有権の大半を久峰 遼に譲り渡し、自分はとある方法で残りの領域を改造して別の領域を……『遊園地』を作り上げたのです。上から被せるように」

「そんな事ができるのか……じゃあ、まさかこの場所は!?」

「その通り。本来であればハーロットの領域、今は久峰 遼の所有地……それがこの『帝國領』ですよ。入口を巧妙に隠していたようですが、私の前では無意味です」

 

 翔は目を見開く。確かに、園外にはそれに相応しくない監獄があった。淫蕩の遊園地が単なる偽装目的の領域なのだとすれば、納得できる話だ。

 続けて、スペルビアは笑みを湛えながら述懐する。

 

「久峰 遼は危険です。私が彼に7位以上の権限を与えなかったのは、彼の反逆が目に見えているからなのですよ」

「反逆?」

「彼は総理大臣を志しており、人類の支配を目的としている。そしてそれは、アクイラ様も……となれば、力を手に入れた久峰は、配下の人間を率いてデジブレインの隷属化を始めるでしょうね」

 

 アクイラと遼、同じ未来を見ているとはいえ、異種族の支配者同士が相容れるはずもない。それは充分に納得のできる話だった。

 

「プレデター様に高い権限を与えていたのも、ハーロットに対する抑止力という意味合いが強い。いずれは彼を使って、反逆の前に潰すつもりでいたのですが……」

「……仮面ライダーの存在が、その計算を崩した?」

 

 アシュリィの言葉に、スペルビアは頷く。あずかり知らない事だったとはいえ、Cytuberを倒し続けたために均衡を崩してしまっていたのだ。

 尤も、対処していなければそれはそれで被害が出ていたというのは想像に難くない。

 ここで翔には、スペルビアに対してある疑問が思い浮かんだ。

 

「どうして自分から動かないんだ? 久峰 遼を自分の手で止める事もできたはずじゃないか」

「まぁ、私もできればそうしたかったのですがね。直接人間に手を下すのは禁じられているもので」

「だから僕を良いように使おうっていうのか」

「はい」

 

 剣呑な雰囲気を醸し出しながら睨み合う翔とスペルビア。互いに沈黙していたが、先に翔が口を開く。

 

「お前の指示で戦うつもりはない。だけど、今回の件に関しては一応礼を言わせて貰うよ」

「いえいえ。では、私はここで……」

 

 その言葉と同時に、スペルビアはその場から完全に消え去った。

 翔は続いて、アシュリィの方に振り返る。彼女は先程のスペルビアの行動が信じられないのか、未だに狼狽えているようだ。

 

「アシュリィちゃん、僕は君の命を奪いたくない。だけど死ぬワケにも行かない」

「……だから?」

「君の体内の毒をどうにか取り除く。半日も時間を貰えたんだ、その方法を見つけ出す」

「無理だよ。この毒はハーロットが作ったプログラム……消す方法なんてない」

「見つけてみせる。絶対に君を助けたいから」

 

 断固として翔は言い放つ。アシュリィは自らのスカートを掴み、俯きながら首を横に振った。

 

「アクイラの力が収まってる以上、今はあなたに殺される意味はない。好きにすれば良い。私も、戦える時が来るまでショウやママたちに見つからないような場所に逃げるだけ」

「アシュリィちゃん……」

「どっちにしてもあなたは生き残って、私は死ぬ。その結末に変わりはないんだから」

 

 その言葉の後、アシュリィもいずこかへと煙のように姿を消した。

 一人残された翔は、ひとまずこれからの方策について思案する。

 とりあえずは先へ進むためにも、人手が欲しい。しかしスペルビアによって転移したため、翔には遊園地からどのようにしてこの場所に入れば良いのか見当もつかないのだ。

 

「考えても始まらないなら、とにかく動いてみるか!」

 

 翔はそう言うと、敵に見つからないように隠れながら、外に向かって走り出した。

 

 

 

 同じ頃。

 スリラー・エリアのワープ地点周辺の調査を進めていた翠月と浅黄は、とある枯れた納屋に不審なものを感じ、ハッキングによってそこが隠し部屋である事を突き止めた。

 だが、そこは単に放送席があるだけで、ハーロットや遼に繋がるような情報などは何もなかった。

 

「無駄足だったか……」

「んー、そうでもないかも?」

「どういう意味だ?」

 

 問われて、浅黄はマテリアパッドを操作し続けながら返答する。

 

「なんかねぇー、この施設から流す音源とか映像は現実世界にも流せるようになってるみたい。それだけじゃなくて、この下にどう見ても遊園地以外の領域があるよ。その場所の部屋からも音と映像を送れるみたい」

「ほう」

「姉貴はこんなところ調べても何にもならないって思ったんだろうけど……その思い上がり、利用できるね」

 

 ニヤリと意地の悪い笑みを見せる浅黄。翠月もこの放送席に使い道を見出しているのか、唇を釣り上げている。

 だが、ひとつ問題があった。

 

「その別の領域の入口はどこにある?」

「うーん、それがさっぱり分かんないんだよねー」

 

 ポリポリと頭を掻いて、浅黄は項垂れる。

 直後、翠月のマテリアパッドに鷹弘からの通信が入った。

 

『翔を見てないか!?』

「いや、会っていないが。何かあったのか?」

『城ン中でいきなり消えちまったんだ! クソッ、一体今どこに……』

 

 焦った様子で鷹弘が走る足音が聞こえる。

 一度落ち着かせるために翠月が言葉を発しようとした、その時だった。

 突然、地鳴りと共に爆発音が遊園地の中で響き渡る。

 

「うっ!?」

「なになになになに!?」

『地震か!?』

 

 翠月と浅黄は慌てて放送席から飛び出し、外の様子を伺う。

 すると、なんと地面から光の矢のようなものが、何度も何度も飛び出していた。

 アズール チャンピオンリンカーのアメイジングアローによるものだ。彼がこの下で、攻撃を放っているのだ。

 

「まさか……彼はこの下に?」

「そうらしいねぇ~。行っておいでよ、ウチはここに残ってやる事があるし」

「頼んだぞ」

 

 それだけ言うと、翠月は地面に開いた穴に向かって飛び降り、空中で雅龍に変身。そのまま地面に着地した。

 どうやら鷹弘も同じく穴に飛び込んだらしく、リボルブとなった状態で走って近づいて来る。

 しかし、肝心の翔本人は見当たらない。

 

「ったく、無茶苦茶やるなアイツ……」

「ああ。だが、お陰で遊園地の姿に惑わされずに済んだ」

 

 二人の目の前に広がる景色、その巨大な施設は――まるで神話の時代の宮殿のように変わった、国会議事堂だった。

 その入口の屋根を良く見ると、そこに翔は立っていた。

 

「これは恐らくハーロットではなく、久峰 遼の作った場所だ」

「らしいな。翔のヤツ、どうやって入ったのか知らねェが……お手柄だぜ」

 

 二人が微笑み合い、手を振る翔のいる議事堂の入口に向かって駆け出した。



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EP.46[闇黒帝國]

「バカな! 侵入者だと!? えぇい、ハーロットともあろう者が何をしている!!」

 帝國領の最上部にある玉座、議事堂の議場にて、上等な赤ワインを飲んでいた久峰 遼は激昂して地面にワイングラスを叩きつけた。
 そのガラス片が、傍で控えていた素裸の少年少女たちの体を傷つける。しかし、彼らに動揺する様子は見られない。
 怒りながらも遼は思考を張り巡らせる。如何にして、ホメオスタシスはこの領域の事を知ったのか?
 考えられる可能性は、ひとつしかなかった。

「そうか……スペルビアだな。この局面で私を陥れようという事か、あの痴れ者が……!」

 歯を軋ませ、遼はトランサイバーGを手に取り、急いでハーロットに通信を行う。

『遼様、如何なさいました?』
「帝國領にクズ共が侵入している、情報を漏らしたのはスペルビアだ」
『なっ!? も、申し訳ございません! ちょうど負傷も癒えましたので、すぐに向かいます!』
「遭遇次第、全員遊園地に送り返してやれ! アズール以外は殺しても構わん!」

 半ば怒鳴るような声色の後、遼は通話を切って立ち上がり、議場から出た。

「人の言葉を話す害獣どもめ……私の創る国家に貴様らの居場所があると思うなよ」


 翔と鷹弘、そして翠月が合流して議事堂内に侵入した直後。

 入口から新たに三つの影が走って来るのを、翔たちは目撃した。

 敵だろうかと思いドライバーを呼び出そうとするが、良く見ればそれは肇とツキミ・フィオレだった。

 

「父さん、どうしてその子たちと一緒に!?」

「身構えなくて良い。彼女らは、情報を提供してくれる協力者になった。もう味方だ」

 

 肇の話を聞くと、翔たちも警戒を解く。

 そしてこの機会に、マテリアパッドとフォトビートルによる通信を介して、浅黄や鋼作・琴奈たち外部メンバーも含めて情報共有を行う事となった。

 遊園地の下にもうひとつ敵の領域があり、それが久峰 遼の統治下であるということ。退路は既に塞がれていること。謎の放送設備があること。翔の体がアクイラ化するまでに、あと半日は保つこと。

 さらに、アシュリィの体内にはハーロットの手によって毒が仕込まれているという事実だ。

 

「……ひでェ事しやがる」

 

 アシュリィに課された理不尽な宿命に、鷹弘はクッと歯を食いしばった。

 肇もその話についてはツキミとフィオレから聞いていたらしく、帽子の縁に指をかけて静かに目を伏せている。

 

「あの子を助ける手段を見つけたい。少しでも望みがあるのなら」

「……師匠、とりあえず今は情報共有を先に」

「分かってるさ。俺からの情報だが……ツキミとフィオレのお陰で、ハーロットの能力が分かった。ヤツは自らの領域を自在に操る……というよりも、あの領域そのものがハーロットの武器だ」

 

 そう言って、肇は続けてその能力についての詳細を語り始める。

 ハーロット――ルードウィッチというサイバーノーツ態が有するその力は、領域操作。自身の領域内にある様々な物質をデータ化し、それを元に強力なデジブレインを『産む』。

 以前から交戦している童話由来のデジブレインがそのタイプで、マテリアプレートに封入できるようにもなっている。それがアリス・シンドロームだ。しかも、倒されたデジブレインは戦闘データをトランサイバーにフィードバックし、より強力な個体を産む事ができるようになるのだ。

 加えて、変異したハーロットはトランサイバーのコード入力により、現実世界からゲートを通じてサイバー・ラインに移動するのと同じように、自身の領域間を自在に移動できる。

 そもそもトランサイバーにゲートの機能をつけたのは、他ならぬハーロットなのだという。

 今までのCytuber、特にアヴァリスマネージャーが顕著であったが、彼らの中にはアクイラの力によって領域そのものを利用して戦う者もいた。つまり、ハーロットはその開祖のようなものなのだ。

 

『なーるほどね。実はさっき、ハーロットと戦った響くんから通信でその話聞いたんだ』

「無事なんですか!?」

『うん、ゲートみたいなので別の場所に移されたって。これで裏は取れたねー』

 

 そう言って、浅黄が不敵な笑い声を発する。明らかに何か企んでいる様子だ。

 しかしそれに関して追及せず、肇は話を続ける。

 

「恐らく響が戦った時は、まだ他にも手の内を隠していたはずだ。この子たちもハーロットの力の全てを知ってるワケじゃないし、遭遇したら充分気をつけて戦うべきだな」

「ゲートを作る能力の方にも注意しねェとな。アレで遊園地に逆戻りさせられるかも知れねェ」

「ああ、その通りだ。さて……実は、もうひとつ重要な情報がある。久峰 遼の目的だ」

 

 それを聞いて、翔は首を傾げる。久峰が人を支配する事を目的としているのは、周知の事実のはずだからだ。

 すると、その疑問を感じ取ったのか、肇は「少し言い方を変えよう」と前置きしてから再び語始める。

 

「ヤツが人を支配する、その手段についてだ」

「手段?」

「この国会議事堂内の議場。そこに、音声を通して人間の精神をコントロールするマイクが置いてある。いわば催眠装置だ」

「なっ!?」

「ヤツがマイクにカタルシスエナジーを流し込み、命令を発すると、それを聞いた者の脳を刺激して体内に少量のカタルシスエナジーを強制的に生み出させる事ができる。そうやってエナジーを生み出してしまった人間を、ヤツは支配できるという事だ」

「父さん……もしかして、檻にいる人やガンブライザーを使った人たちって」

「そうだ、全員ヤツの催眠装置の実験の被害に遭っている。そしてヤツは近々ここで演説を行い、それを現実世界で流そうとしているようだ」

 

 話を聞いた者全てが戦慄していた。

 遼は、久峰の一族は本当に全人類の支配を成し遂げようとしていたという事だ。

 

「そうか、じゃあ浅黄が今いる放送席ってのはそのためにあるんだな。世界中に自分の演説を流すって事か」

「現実世界でも、クリスマスにイベントがあるって選挙カーが走ってました! まさかこれが目的だっただなんて……!」

 

 鷹弘と翔も合点が行った様子で瞠目している。

 しかしこれが事実なら、自分たちに勝ち目はないのではないだろうかとも思った。

 直後、その点に関して肇から補足が入る。

 

「幸いな事に、チップを埋め込んでカタルシスエナジーを制御できる人間、あるいはデジブレインにはこのマイクは効かない。俺たちなら止められる」

 

 その話を聞くと、翔も安心したように息をついた。

 だが、既に大勢に被害が出ている以上、どちらにせよ脅威である事は疑うべくもない。

 戦闘が始まり状況が変わった今、演説が前倒しされる可能性もある。その前にマイクだけは回収・破壊しなければならない

 結論が出ようとしていたが、その前に浅黄が口を挟んだ。

 

『ねぇツキミちゃんとフィオレちゃん、そのマイクって誰でも使えるの?』

「えっ? 恐らくですけれど、誰でも使えると思いますが」

「ママ……ううん、ハーロットも使ってたはずだし」

『量産とかされてる?』

「いえ、悪用されないためにも一つしか作っていません。クーデターを起こせないようにという目的もあるようですが」

『なるほどねー。だったらさ、ウチらで奪って催眠解除してから壊した方が良くない?』

 

 確かに、それができれば敵を撹乱できるだろう、と翔は思った。

 しかし問題点もある。翠月がそれを指摘した。

 

「どうやってマイクを手に入れるんだ? 議場にあるのは間違いないが」

『その辺は任しといて。実は響くん、議事堂に潜入してるんだ。もう調査を始めてる』

「いつの間に!?」

『翔くんが穴を開けてすぐだよ。絶対何かあるって察してたんだろうね。彼に頼んで、議場でマイクを見つけて貰おう』

 

 これで議事堂攻略の方針は定まった。だが、全ての方策が決まったワケではない。

 まだアシュリィを助ける方法が分かっていないのだ。ツキミたちの話を聞く限りでは、翔かアシュリィが死ぬ事でしかこの状況は変えられないのだという。

 その上、これは二人がハーロットから直接耳にした情報。娘たちを恐怖で支配するため、事実を伝えた可能性が高い。

 さらに、生きたまま毒を取り出そうとしてもハーロットは何か仕掛けを施しているだろう。アクイラの力で無理矢理に引き剥がしたら、何が起こるか分からない。

 考え続けるものの結論は出ず、鷹弘は苛立って頭を抱える。

 

「クソッタレが、こんなモンどうすりゃ良いんだ……!」

 

 翠月も肇も、通信している者たちも黙ってしまった。

 助かる道が全て閉ざされている。どう足掻いても、アシュリィだけが命を落とす事になる。

 そう思っていた時、翔が静かに手を挙げた。その両眼は、強い覚悟に満ちていた。

 

「彼女を殺すか、彼女が死ぬ以外の方法がないなら……助かる道がないのなら、もう打てる手はひとつしかないと思います」

 

 固唾を飲んで全員が見守る中、翔はゆっくりと口を開いた。

 

「――僕が、彼女と戦います」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 遼が議場を出てから、数分後。

 議事堂の玄関口まで歩いてホメオスタシスを探していた遼であったが、既にその場からいなくなった後であり、彼らの姿は影も形もなかった。

 

「チッ、一体どこに……」

 

 考えながら悪態をつく遼。そしてすぐに、ハッと顔を上げた。

 

「まさか議場に行ったのか!? いかん、マイクが!!」

 

 遼からしてみればホメオスタシスたちがマイクの洗脳機能を知る機会などない事は分かっているのだが、それでも不安は付き纏う。

 トランサイバーのゲートから大急ぎで戻ると、壇上にはちゃんとマイクが立ててあった。

 胸を撫で下ろして玉座に座るが、それも束の間。議場の扉が、勢いよく蹴破られたのだ。

 

「何者だ!!」

 

 立ち上がった遼が向こう側にいる人物に向かって叫ぶと、その男はゆっくりと前に出てくる。

 響だ。彼はフェイクガンナーもアプリドライバーも持たないまま、議場に侵入する。

 

「……こうして会うのは初めてだが、俺の事は知っているだろう。久峰 遼」

「フン、貴様一人で来たのか? ちっぽけなガキのクセに、命知らずめ」

 

 挑発されても響は動かない。ただ、その場で力強く叫ぶだけだ。

 

「父と母を殺したのは貴様か!」

「はははっ! 何を言い出すかと思えば、今更わざわざそんな話を聞きに来たのか?」

「答えろ!」

「ああ、そうとも。手を下したのは私ではないがね、金を使って人を雇って死なせてやった」

 

 さも当然というように遼が言い放ち、響は怒りをあらわにする。

 

「なぜそんな事をした! 俺たちの両親だけじゃない、どうして人の命を奪う!? 彼らにも家族があるんだぞ!」

「フン! 下らんな。家族など所詮、私にとっては枷でしかない。私がトップに立つのに優秀な兄が邪魔だから殺したまでの話よ」

「なにィ……!!」

「その後も、私を頂点から引きずり降ろそうと下らん調査を続ける警官やジャーナリストも、上から圧力をかけて潰して来た。それでも諦めなければ殺す。害獣を駆除してるだけなんだよ、これは統治なんだ。何が悪い?」

「それは統治ではなくただの独裁だ! 仮に統治であるとしても、人を誘拐し続けているのはなぜだ!」

「男であろうが女であろうが、美しいものを傍に置いて愛でたいと思うのは当然だろう? 私に見初められたのだ、それは栄誉な事なのだよ」

「檻に入れられている者たちには生気を感じられなかった……彼らをどうしたんだ」

「決まっているだろう? 私の玩具にしたんだよ、貴様の母親と同じように。ああ……そうだ、あの娘はとても体の『締まり』が良かったなぁ……クククククッ」

 

 ニヤァッと、唇を大きく歪める遼。

 響は眉間に深く皺を寄せて歯を軋ませ、右掌で口元を覆う。

 そして。

 

「く、フッ、ハハハハハハハハハハハハッ、アッハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 天上を見上げて、大きく笑い始めた。

 

「なっ……なんだ、小僧! 一体何を笑っている!」

「笑うに決まってるだろ! 貴様のゲスな自白は!」

 

 直後、室内の隅やカーテンの後ろなど、至るから虫のような形状の物体が響の方に飛来する。

 彼の周囲に漂うこれは、量産されたフォトビートルだ。

 

「全世界に翻訳付きでライブ中継させて貰ったんだからなァーッ!!」

「なっ……なんだとォッ!?」

 

 ぎょっと目を見開く遼。映像記録は既に終わっているため、フォトビートルは楽しそうに回転しながら飛んでいる。

 フォトビートルは音声も含めて先程の遼の罪を全て記録しており、それを浅黄が放送席の端末を操作して現実世界に流していたのだ。しかも彼女のハッキングにより、映像はテレビ局やネットを問わずあらゆる場所に拡散している。

 つまるところ、今までの発言によって遼は一瞬で世界の全てを敵に回してしまったのだ。

 

「バカな! バカなバカなバカな! いつだ!? 一体いつの間にそんな仕掛けを!」

「議場の位置にはおおよそ見当がついていたからな。お前が出てくるのをずっと部屋の前で待っていたのさ、こいつを使って」

 

 響が取り出したのは、オクトパス・デジブレインが封入されたCytube Dreamのプレートだ。

 オクトパスは墨を吹いたり触手を生み出す他にも、カメレオンのような擬態の力を持っている。

 これを利用して部屋の前で待機し、遼が出てくるのを待っていたのだ。

 

「おのれ!! ならば、マイクを使って今すぐに民衆を操って……」

 

 遼は壇上にあるマイクを素早く抜き取り、スイッチを入れようとするが、その寸前に大きく目を見開く。

 

「ち、違う! これは洗脳マイクじゃない! 本物のマイクだと!?」

「既に入れ替えて使わせて貰った。この領域の住民の催眠を解いて、浅黄さんが安全な場所に隔離させてる」

「ぐっ、ぐうううっ」

「……俺の人生の全てを台無しにされたから、お前の全部を壊してやったが、どんな気分だ?」

 

 先程までとは全く立ち場が逆転した。

 響が薄く笑い、遼は怒りと狼狽で歪んだ表情を見せている。

 

「俺たちに勝とうが負けようが、お前はこれから先の一生を地べたで這い回り続ける事になる。どんな気分だ、何もかも失うのは。どんな気分だよ、ちっぽけなガキに踊らされるのは」

「き、貴様……!」

「答えろよ、政治家サマは演説が得意なんだろう? それとも……惨めったらしく『記憶にございません』とでも言ってみるか、なぁ?」

「貴様ァァァーッ!!」

 

 ついに堪忍袋の緒が切れたのか、遼は懐から拳銃を取り出し、発砲する。

 それもフォトビートルが全て弾いて防ぎ、響はフェイクガンナーで銃を狙って撃ち、破壊した。

 

「ぐぅっ!?」

「貴様の負けだ久峰 遼! 大人しく降伏しろ!」

 

 銃口を向けて響が叫ぶ。降参を要求するのは、せめてもの慈悲のつもりだった。

 しかし、遼は怒りに震えて顔を上げる。

 彼の手には、マテリアプレートが握られていた。

 

「負け? 負けだと? ふざけるなよ……私に敗北などあり得んのだ!」

《ダークネス・キングダム!》

「かくなる上は貴様らを一人残らず殺し、もう一度民衆を洗脳するまでだァァァッ!!」

 

 叫ぶ遼の左腕を見て響は目を見張り、銃弾を放つ。

 しかし、起動したマテリアプレートから現れたイカと巻角の雄山羊(マーコール)がそれを防御し、遼の周囲を漂う。

 そしてプレートは、トランサイバーGに装填されてしまった。

 

《レスト・イン・ピース! レスト・イン・ピース!》

執甲(シッコウ)!!」

Roger(ラジャー)! マテリアライド! ダークネス・アプリ! 闇黒の千年帝國、トランスミッション!》

 

 遼の咆哮と共に二体のデジブレインが彼の肉体へ融合、首に縄がかけられて締め付けられる。

 そして縄が千切れた直後、その姿が変異していく。

 体色は白く右手に髑髏の杖を持っており、頭部にはドリルのような二本の巻角が屹立し、口周りに生えた長いヒゲのようなイカの足がぬらぬらと光沢を放っている。

 背には翼のように擬態した触手が生え、下半身からもマントのようにして触手が伸びて足を覆っている。緑と黄の斑点で彩られた両眼の瞳孔は横に割れており、吸盤に当たる部位には同じ形状の眼球が埋め込まれていた。

 邪悪さが全面に押し出されており、久峰 遼のドス黒い精神性を体現したような、まさに悪魔の如き威容だ。

 

悲嘆の孤高帝(グリーフディクタトル)……我が統治を受け入れよ!」

「独裁者が戯言をほざくな!」

Arsenal Raiders(アーセナル・レイダーズ)!》

 

 フォトビートルたちを逃しながら、響も自らのプレートを取り出し、アプリドライバーに装填。

 そして、マテリアフォンをかざしてキアノスへの変身を行う。

 

「変身!」

《迷宮の探索者、インストール!》

「抵抗するのならもはや容赦はしない、ここで貴様を倒す」

「やってみろ小僧ォォォ!」

 

 背中の触手が、一斉にキアノスへ襲いかかる。

 ぬめるって蠢くそれらを素速くかわして前進するものの、今度はグリーフディクタトルが掌から放った黒い光の弾を受けてしまう。

 

「ぐっ!?」

 

 そうして足が止まった隙に、グリーフの触手がキアノスの足を絡め取り、壁面へと叩きつけた。

 

「がぁっ!!」

「ハハハハハハハ!」

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 エフェクトの発動と同時に杖の先端の髑髏の両眼が輝き、その口部と眼窩からもうもうと黒い靄のようなものが立ち込める。

 それはゆっくりとキアノスの方に近づいていき、黒い触手を伸ばす。

 

「く……!」

 

 サーベルで切り払って逃れようとするが、触手は霞のように斬撃をすり抜ける。

 そしてキアノスの腕に巻き付いて靄の中に閉じ込めると、内部でで激しい稲光が迸った。

 

「ぐあああああ!!」

「口ほどにもないなぁ、仮面ライダー!!」

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

 

 再びトランサイバーを操作したグリーフが、真上に杖を掲げる。

 すると天井に黒い靄が張り巡らされ、黒い炎の塊が無数に降り注いだ。

 

「ぐうっ!?」

 

 炎を浴びて、キアノスが苦悶して膝をつく。あまりにも強力な攻撃が立て続けに行われ、大きなダメージを負ってしまったのだ。

 

「近づけない……攻撃のスピードも破壊力も、ハーロットとは格が違う!」

「当然だろう? 私はアクイラに最も近い力を持つ存在なのだ……人間如きが神に敵うはずがあるまい!」

 

 そう言いながら、グリーフは左掌から再び光弾を放った。

 だが突如としてキアノスの後ろからひとつの影が飛び出したかと思うと、光弾は粉々に散らばった。

 眼を見張るキアノス。彼の前には、一人の仮面ライダーが、ネイヴィが立っていた。

 

「確かに、ひとりなら敵わんかも知れんな」

「でーもー! 三人ならどうだ!」

 

 先程響が蹴破った扉の前からはザギークが姿を現した。

 これで三対一。キアノスは立ち上がり、明るい声で二人の隣に並ぶ。

 

「父さん! 浅黄さん!」

「ふっふーん、避難は終わったよ響くん! 後はコイツをブッ倒そう!」

 

 ビシッ、とスタイランサーの矛先を突きつけるザギーク。

 その姿に、グリーフの額には青筋が走った。

 

「痴れ者共が……私を怒らせればどうなるか、とくと思い知るが良い!」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 遼が議場に戻ったのと同じ頃。

 ハーロットはルードウィッチに変異したまま、自身の体内から作った五十体近い童話のデジブレインとベーシック・デジブレインの軍勢を率いて、議事堂に押しかけていた。

 

「仮面ライダーとあの子たちを探しなさい! アズール以外は見つけたら殺すのよ!」

 

 正面から入り、ルードが叫ぶ。それを聞いてデジブレインは動き出した。

 しかし、ルードウィッチは不意に足を止める。背後から僅かに冷気のようなものを感じたのだ。

 

「何? この嫌な感じは……」

 

 そう呟きながら、ゆっくりと振り返る。

 するとそこにはいつの間にか、ヴォルテクス・リローダーにプレートを装填したリボルブリローデッドが立っていた。

 

《ブレイジングフィニッシュコード! Alright(オーライ)!》

「なァッ!?」

《ブリザード・マテリアルデストロイヤー!》

 

 ワイバーンの姿をした冷気と氷の塊が、入口にいたデジブレインたち全てを凍りつかせ、内側から燃え上がる炎によって砕け散る。

 味方のデジブレインたちを盾にして唯一難を逃れていたルードは、その惨状を目の当たりにして声を震わせた。

 

「こ、こんなっ! 私のデジブレインたちが、全滅……!?」

「不意打ち成功ってかァ!? ざまァねェなクソババア!!」

 

 中指を立てながら、リボルブが嘲笑う。そして議事堂の廊下からは、翠月が変身した雅龍転醒が現れた。

 それを見て、リボルブは使ったマテリアプレートを彼に投げて返却する。

 前からはリボルブ、背後からは雅龍。これで挟み撃ちの形となった。

 

「国際犯罪者ハーロット。貴様を逮捕する」

「逮捕!? 私は誰にも捕まらない、そんな事ができるワケがない!」

「貴様の顔写真を現実世界に流し、指名手配させて貰った。もう警察の上層部も動いているぞ」

「なんですって!? 警察が私と遼様を裏切ったというの!?」

「もう現実世界にも逃げ場はない……大人しく投降しろ」

 

 雅龍が拳を構え、リボルブが銃口を突きつける。

 すると、ルードウィッチは俯いたままくつくつっと笑い声を上げる。

 

「投降ですって? 愚かね、たかがこの程度の不意打ちで私に勝った気でいるのかしら?」

「なんだと?」

「見せてあげる……私の本来のスタイルを」

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 瞬間、彼女の頭上に巨大な本が浮かび上がり、そのページがめくれて行く。

 そしてページが分離していき、床や天井や壁に張り付いて、遊園地で見たようなエリアが形成される。

 

「うおっ!?」

「これは……!?」

 

 本が消えると共に、ルードウィッチが天井に立つ(・・)

 その瞬間、ぐらりとリボルブ・雅龍の視界は反転し、天井に向かって落ちて行った。

 強かに背中を打ち付けてしまうが、二人は素速く立ち上がる。ルードの方はハサミをリボルブの首に向かって突きつけようとしていたが、掠める程度に終わった。

 

「危ねぇなクソッ!」

「まさかこの領域では、ヤツの立つ場所が重力の基準となると……そこまでの力があるというのか!?」

 

 驚く二人の声を聞き、ルードウィッチは小さく笑う。

 

「あなたたちの後はあのボーヤよ。安心なさい、二人とも苦しまないようにシてあげるから……」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 そして、二階の廊下にて。

 翔はゆっくりと歩きながら、議場を目指していた。

 足取りは重く、瞳には暗い影が差している。

 

「これしか、方法はない」

 

 そう言いながら、翔はマテリアプレートを何枚も取り出した。

 自身や鷹弘が持っていたV1・V2タイプのプレート、加えて雅龍の天華繚乱(ウォーゾーン・ブルーム)もある。

 それらを空中に放り投げると、上半身の衣服を脱ぎ捨てて全てを自身の体に取り込んだ。

 

「グッ、グウッ……!? グウアアアアアアッ!!」

 

 悲鳴にも似た痛々しい雄叫び。しかし翔は膝を折らず、その両眼が青く輝いた。

 瞬間、議事堂の壁面や柱の一部が破砕音と同時に削り取られ、データとして分解されると共に、マテリアプレートとして再構築される。

 ザギークのフォレスト・バーグラーに、キアノスのArsenal Raiders(アーセナル・レイダーズ)、そしてネイヴィのCERULEAN CYCLONE(セルリアン・サイクロン)

 それらも全て体内に押し入れ、翔は獣のように咆哮する。

 

「グアアアアアアアッ、ウアアアアアアアアアーッ!!」

 

 すると数刻の後、慌てた様子でアシュリィがその場に姿を現した。

 どうやら彼女は翔の状態を感知できるらしく、ただ事ならぬ気配を感じたのだろう。

 

「ショウ!? 一体、何をしたの!?」

「……半日も、待ってられなくてね……」

 

 息を切らしながら、翔はアシュリィの顔を見つめる。

 その両眼は青く染まり、残る理性で抑えつけているようではあるが、以前の時のように人としての姿を失いつつあった。

 

「君と……戦いに来た。決着をつけに来たんだ」

「……そう。そうなのね、結論が出たのね」

 

 アシュリィは小さな手をきゅっと握り締めると、その姿を変異させる。

 ガラスの脚を生やした蝶の怪人、シンデレラ・デジブレインに。

 

「もう終わりにしましょう。私は……生きていちゃいけないんだから」

 

 対して、翔もアプリドライバーを呼び出し、マテリアプレートを手に取った。

 

《チャンピオンズ・サーガ!》

「ああ、終わりにしよう。このバカげた遊びを」

《レッツ・ゴー・ライダー! レッツ・ゴー・ライダー!》

「……変身!!」

Alright(オーライ)! レジェンダリー・マテリアライド! チャンピオン・アプリ! 天下無敵! 天上不敗! 語り継がれし伝説、インストォォォール!》

 

 チャンピオンリンカーとなったアズールがアズールセイバーを構え、シンデレラも悠然と歩き出す。

 そして――剣と足がぶつかり合って火花を散らし、二人の戦いが始まった。



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EP.47[訣別の青空]

 ホメオスタシスの面々が戦う中、ツキミとフィオレは議事堂の二階にある休憩室で待機していた。
 傍にはフォトビートルが一機飛んでおり、それが鷲我のホログラムを映し出している。

『大丈夫だ。きっと、上手くいく』

 二人の少女を安堵させるように、鷲我が言う。
 直後、議事堂内が揺れ、大きな地響きが鳴り渡った。


 議場で始まった、キアノス・ザギーク・ネイヴィとグリーフディクタトルの決戦。

 黒い靄や光の弾を操って戦うグリーフに、仮面ライダーたちは苦戦を強いられていた。

 

Roger(ラジャー)! サードコード、オン!》

「クククハハハハハ! 微塵に砕けるが良いわ!」

 

 グリーフの背後に黒い靄が立ち込め、そこから鋭利な岩石が飛礫のように発射される。

 ネイヴィがマントで弾き、キアノスとザギークは疾走して避けるのを確認すると、さらに次の一手が打たれた。

 

「ここだ!」

Roger(ラジャー)! フォースコード、オン!》

 

 床一面に靄が発生し、今度は嵐が吹き起こる。あまりの勢いに身動きができなくなるほどだ。

 さらに砕いた岩の破片も巻き上げられ、尖ったそれらが風と共に三人のライダーの体に襲いかかった。

 

「ぐぅっ!?」

「いたた……こんなのどうやって倒せば良いんだよぉ!」

「あの杖さえどうにかできれば……!」

 

 嵐に飛ばされ、キアノスとザギークが壁面に背を打ち付ける。その姿を嘲笑い、グリーフは追い撃ちすべく杖を掲げる。 

 すると黒い光が先端の髑髏に集まっていき、眩く強い輝きを放つ。大技を使うつもりなのだ。

 

「死ぬが良い!!」

 

 極大の黒く光る槍が、キアノスたちに向かって解き放たれる、その瞬間。

 物陰やマントで攻撃をやり過ごしていたネイヴィがグリーフの目の前に飛び出し、ガトリングアームで至近距離から射撃を始めた。

 

「なにっ!?」

 

 攻撃を中断し、グリーフは光の障壁を目の前に展開する。

 バリアは弾丸を全て防ぎ続けるが、無数の弾丸によって徐々に亀裂が走りつつある。

 それを見ていたネイヴィは、即座に動いた。

 

「ガジェットチェンジ」

RIDE ON(ライド・オン)! EDGE(エッジ)・ガジェット、コンバート!》

「トォッ!」

 

 左腕をカッターアームに切り替え、刃を突き立てる。それにより、バリアに刃が食い込んで砕け散った。

 

「なにぃっ!?」

「よし、二人ともやれ!」

 

 ネイヴィの合図により、キアノスがフェイクガンナーによる銃撃、ザギークもボウガンモードで遠距離から射ち続ける。

 障壁が崩れた今、グリーフは無防備。その胸や腹に弾丸と矢が殺到し、続いてネイヴィもカッターを振り下ろす。

 だが、その一撃は触手による殴打で妨げられ、杖によってカッターは折れてしまった。

 

「チッ……!」

「父さん! これを!」

 

 それを見ると、キアノスは一枚のマテリアプレートを投げ渡す。ネイヴィは素速く右手でキャッチし、即座に左腕へ装填した。

 

「ガジェットチェンジ」

RIDE ON(ライド・オン)! フィドラークラブ・ガジェット、コンバート!》

「ほう、こいつは良い!」

 

 左腕に大きな鉄のハサミが形成され、ネイヴィはそれを使って迫り来るグリーフの触手を次々に切断する。

 すぐに再生はするものの、切る速度に追いつけていない。

 焦るグリーフは杖を振り回して距離を置き、もう一度バリアを生み出そうとした。

 

「今だー!」

《ジェットマテリアラー!》

《フレンドーベル!》

 

 その一瞬でザギークがパッドを操作し、ワイルドジェッター形態に移行。

 飛行状態となり、スピアーモードに変形したスタイランサーを突き出して進撃し、障壁を作ろうとした左腕をそのまま圧し折った。

 

「この小娘がぁぁぁっ!」

「ウチは25だっての!」

 

 横っ面に蹴りを入れ、その勢いで天井へと飛ぶザギーク。それを見て、グリーフは再び左手のトランサイバーGに手を伸ばした。

 

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

「業火に呑まれて砕けるが良い!!」

 

 またも骸骨の両眼が輝き、杖から黒い靄が生み出されようとしている。

 だがそれを狙い澄ましたかのように、再変形したスタイランサーのインク弾が即座に杖の髑髏を包み込み、靄を内側に封じ込めた。

 瞠目するグリーフ。そして、インクに埋まった杖が、炎の魔術を暴発させる。

 

「がはっ!?」

 

 高すぎる火力が大きな仇となった。爆炎によって杖が砕け、グリーフがよろめく。

 それが致命的な隙を生み、三人は必殺を発動して一斉に飛びかかった。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! アーセナル・マテリアルバースト!》

「ハァァァッ!」

《フィニッシュコード! Alrgiht(オーライ)! サイクロン・マテリアルエンド!》

「トォォォッ!」

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! フォレスト・マテリアルパニッシャー!》

「おりゃぁー!」

 

 三色の光を放つキックが悪魔の如き独裁者の胴を捉え、議席の玉座に向かって吹き飛ばす。

 グリーフは悲鳴を上げ、背後の玉座を壊しながら壁に叩きつけられた。さらにその壁も砕き、向こう側へ飛んで行く。

 これで、ようやく戦いが終わる。キアノスとザギークはそう思っていた。

 

「な、る、ほど……確かに一対一と一対三では随分違うようだ」

 

 だが、壁の向こうから聞こえた声が、二人を現実に引き戻す。

 ネイヴィと共に警戒しながら改めて武器を構え、戦闘態勢に移行した。

 破壊された壁からは、再び声が聞こえて来る。

 

「ならば私も本気で行かせて貰うとしよう。見るが良い、我が真の姿! 神への進化をなァッ!」

《リーサルドーズ! カオスモード、オン!》

 

 瞬間、議場の天井や床に亀裂が走り、議事堂そのものが崩れ始める。

 そして姿を現したグリーフの姿を目の当たりにして、三人は大きく目を見開いた。

 

「こ、これは……!?」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 響たち三人が戦い始めたのと同じ頃。

 鷹弘・翠月も、変身してルードウィッチとの決戦を繰り広げていた。

 ヴォルテクス・リローダーとリボルブラスターの二挺拳銃で戦うリボルブだが、その銃弾はルードのハサミによって天井の一部から作り変えられた鉄の壁に阻まれる。

 

「チッ!」

「フフフッ、冷静になればこのくらい容易いもの。さらに」

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

 

 ルードの手でトランサイバーGのスイッチが入力されると、またも空間に本が出現し、そこから二体のデジブレインが呼び出される。

 以前リボルブも戦った、バンダースナッチとジャバウォックだ。今回のような状況に備え、ルードウィッチはあえてこれらを残した状態でこの場所に来たのだろう。

 

「増援だと!?」

「これは想定外だったようね?」

 

 嘲弄したルードが今度は壁に立つと、それに従ってデジブレインたちも同じく壁に向かう。

 そして重力が変転し、またもリボルブと雅龍は壁に落ちる。

 

「クソッタレ、狙いが付けられねぇ!」

「これではただ翻弄されるばかりだ……一体どうすれば」

 

 向かってくるバンダースナッチに銃撃で応戦するリボルブと、燃える牙を突き立てるジャバウォックに槍で迎撃する雅龍。

 二体は少し前にリボルブが戦った時よりも、パワー・スピード共に遥かに向上しており、それに伴って銃弾に対しての回避も以前より精密となっている。

 ハーロットが産むデジブレインは、体内で戦闘データを反復して自己学習・自己進化するのだ。

 

「ウフフフフッ! まだ勝負を諦めないつもりかしら」

 

 壁の一部をハサミでデータ化して捏ね、大きな筒のようなものを作るルード。

 そしてそこからミサイルが発射され、リボルブに向かって飛んで行く。

 当然リボルブは回避に動く。背中に炎の翼を生やし、飛翔したのだ。

 が、しかし。

 

「飛べば助かるとでも? 甘いわねぇ!」

 

 タンッ、とルードウィッチが床に立つ。すると重力が元の状態に戻り、リボルブは地に頭を打ち付けてしまった。

 

「ぐあっ!?」

 

 短く悲鳴を上げ、倒れ込んでしまう。

 ミサイルは一切の容赦なく、無防備なリボルブに着弾しようとしていた。

 さらにバンダースナッチも舌舐めずりし、反対側に回り込もうと動いている。

 

「ヤベェッ……」

「これで終わりよ!」

 

 リボルブは両腕で自分の体を庇う。

 そしてミサイルが爆発――せずに、凍りついて砕け散った。

 その氷片は目にも留まらぬスピードで回り込んで来たバンダースナッチの両眼と鼻に深く突き刺さり、大きな傷を負わせる。

 

「なっ!?」

 

 見れば、左手の指を壁面突き入れた雅龍が、ボウガンモードのスタイランサーを右手に構えていた。

 ルードが動くのを見計らい、咄嗟に壁を凍らせ身体を固定する事で、重力の変化を無視したのだ。

 そしてサスペンドブラッド入りのインク弾を放ち、ミサイルを凍らせて爆発を防いだのである。

 

「なるほど、これなら私でも重力を無視できるようだな」

「なんてデタラメな真似を……!! あなた、生意気よ!!」

Roger(ラジャー)! サードコード、オン!》

 

 ジャバウォックとバンダースナッチの姿が変質し、チェシャーキャットとマッドハッターになる。

 さらに二体の動きも大きく変化しており、マッドハッターは雅龍が壁や床に身体を固定できないようにガトリングを撃ち続け、チェシャーキャットも空間を曲げてリボルブからの銃撃を反らし続ける。

 これがサードコードの効力。ハーロット自身が産んだデジブレインを別の姿に変え、即座に戦闘データをインプットする事で隙をなくすのだ。

 

「こいつ、攻撃が当たんねェ! どうなってんだ!?」

「空間を捻じ曲げられているんだ! 直線的な攻撃は通用しない!」

 

 叫ぶ雅龍も、手数の多いマッドハッターに圧倒されている。リボルブは必殺を発動しようとしているが、チェシャーキャットに通用するはずもない。

 これで今度こそ、邪魔されずに決着をつけられる。そう思ってルードはニヤつきながら、悠々と天井に向かって飛び上がった。 

 

「ウフフフフッ、今度こそ勝ったわ! 死になさい!」

 

 しかし、その時だった。

 リボルブはあろう事か銃口を天井に向け、そのまま必殺技を発動した。

 四回転させたヴォルテクス・リローダーの銃撃。無数の炎の百舌鳥を放つ、最も手数の多い技だ。

 

Alright(オーライ)! レイニアス・マテリアルボンバード!》

 

 炎弾が天井の一面をを焼いて砕き、火の手で埋め尽くす。

 崩れた瓦礫が二体のデジブレインに降り注ぐが、マッドハッターは熱湯の爆撃でやり過ごし、チェシャーキャットはただ普通に空間を曲げて回避する。

 初めの内はルードウィッチにその行動の意図が分からなかったが、すぐに気付いた。

 自分が降りて足場としようとしている場所が燃え上がり、そして今にも天井そのものが完全に崩落しようとしている事に。

 

「な、ぁっ!?」

「こうするとよ……お前、どうなるんだ?」

 

 そう言ったリボルブは炎の翼を作って雅龍の手を取り、天井に出来上がった穴から共に逃げている。

 一度床から離れてしまったルードは、進路に着地するまで別方向に移動する事ができない。

 つまり――。

 

「ギャアアアアアアッ!? あ、熱いっ、熱いぃぃぃっ!!」

 

 魔女狩りの火炙りの如く、天井で燃やされるしかないのだ。

 さらにそれだけでは終わらない。人間一人分の体重がかかった事で天井は崩落し、足場となる領域が失われたため、領域内の重力は本来の状態に戻る。

 よって、今度は床へと落ちて行く事になる。燃え上がる瓦礫と一緒に。

 

「イヤアアアアアアッ!?」

 

 今度は生き埋めだ。しかも、猛々しい炎で焼かれながら。

 天井が崩れた事でハーロットの領域が失われてしまったため、先程までのようにハサミでデータとして分解する事はできない。リボルブにはそういう狙いもあったのだ。

 チェシャーキャットの方は無事だが、マッドハッターは同じく炎に飲み込まれて瓦礫に押し潰され、消滅する。

 それを見てリボルブと雅龍は地上に降り、ハイタッチを交わした。

 

「よーし、やってやったぜ! 何もデジブレインを狙わなくても、こいつを直接やっちまえばいいんだ!」

「しかし……これは大丈夫なのか? 可哀想とは思わんが、死んでしまっては逮捕とはならんぞ」

 

 油断して背後から近づいて来たチェシャーキャットをスタイランサーで適当にあしらいながら、雅龍が言う。

 

「サイバーノーツは改造人間なんだからこの程度じゃ死なねぇだろうぜ、せいぜい気絶して火傷ができるくらいだ」

「なら良いんだが」

「どっちにしろ、命があるだけマシってモンさ。今までこいつらがやって来た事に比べたらな……むしろ感謝して貰いたいぜ」

 

 そう言って仮面越しに笑い声を上げる鷹弘。

 すると、燃える瓦礫の中からサソリのハサミのようなものが、なくなった天井に向かって飛び出した。

 ルードウィッチだ。燃やされながらも瓦礫を全て力づくでどかし、傷だらけになって中から這い出て来る。

 

「ハァッ、ハァッ……」

「ンの野郎! まだ動くのか!」

 

 リボルブが再び攻撃を加えようとするが、それよりも速くルードはトランサイバーを入力する。

 

Roger(ラジャー)! フォースコード、オン!》

「ニャッ!?」

 

 雅龍と対峙していたチェシャーキャットがデータ化し、左右に開いたルードウィッチの口内へと吸い込まれていく。

 そして全てを取り込んだ後、彼女の負傷は完全回復した。

 

「自分を狙われるのも予測済みってワケかよ!」

 

 そう言ってリボルブが発砲するも、ルードウィッチは先読みして両腕とサソリのハサミで身を守った。

 さらに、その腕はまたトランサイバーに伸びている。

 

「本当にムカつくわ仮面ライダー……どうやら奥の手を使うしかないようね!?」

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

 

 再び現れる書物。そして、そこから現れるデジブレイン。

 否、それは素裸の人の姿だった。ホメオスタシスが幾度も刃を交えて来た相手、曽根光 都竹だ。

 左腕にはトランサイバーGを装着している。

 

「かぁぁぁかっ、科綿(仮面)らイダぁー……み、みつ、(見つ)ケ……ケ、ケ、ケケケケケ……ウケケケケケケ……」

 

 気の狂った笑い声と口調で、都竹が顔を上げる。

 その左頬には、黒ずんだ小さな球体がいくつも埋め込まれていた。頬だけではない、胸や脇腹、内腿にも同じものがある。

 瞬きせずに目を見開き、よだれと胃液の混じった液体を垂れ流しながら、頭をふらつかせている。

 見るからに異常と言うべき様子に、リボルブも雅龍も恐怖さえ感じていた。

 

「な、なんだ!? こいつがあの都竹か!?」

「完全に正気を失っている……一体何をした」

 

 そんな二人の言葉を鼻で笑い、ルードは都竹に手招きする。

 すると、飼い犬のように彼女の背中に抱きつき、ハッハッと荒い息遣いで匂いを嗅ぎながら全身をまさぐり始めた。

 

「なんて事はないわ。失敗しておめおめ帰って来たから、私がデジブレインを産む時に使う素材を埋め込んで、ちょっと『調整』しただけ。お陰で肉体がデジブレインに近くなって大幅にパワーアップしたわ、心は壊れたけどね」

 

 パチンッ、とルードが指を弾くと、それが合図となって都竹は手を止めて隣に並ぶ。

 そして彼女の手からマテリアプレートを渡されると、すぐさまそれを起動し、トランサイバーに差し込んだ。

 

《フラッド・ツィート!》

「アー……ウー……」

《レスト・イン・ピース! レスト・イン・ピース!》

失光(執甲)

 

 ロープが首に括り付けられ、ヘビとトンボとが融合したような姿のサイバーノーツ、ジェラスアジテイターネオへと変異する。

 

「キェェェェェェェェェェェッ!!」

 

 瞬間、ジェラスネオは本能の赴くままに飛び出し、リボルブに殴りかかる。

 その速度は、リボルブはおろか格闘家の雅龍でさえも反応できず、破壊力も桁違いであった。

 プレデターが変異した、グラットンブルートにさえ匹敵する一撃だ。

 

「あ、がっ……!?」

「なんだと!?」

 

 エフェクトも武器も使わないまま、ただひたすらに肉弾戦を続けるジェラスネオ。

 腕が凍りつこうとも血が吹き出ようとも構わず飛んで来る、あまりにも純粋な暴力は、二人の仮面ライダーを窮地に追いやった。

 その様子を見て、ルードウィッチは喜色に塗れた声で高笑いすると、再び領域を展開した。

 

「今度こそ死んで貰うわ、仮面ライダー!! 『ファイナルコード』!」

Roger(ラジャー)! フェアリーテイル・マテリアルジェノサイド!》

 

 ルードが叫ぶと同時に、前に構えたハサミと尻尾の先端から紫色の毒液が溢れ出し、それを床に突き刺した。

 すると、領域内から同じ毒が噴出し、ジェラスごと仮面ライダーたちに迫って埋め尽くされて行く。

 当然ながら、彼女に自分の毒は通じない。三人が毒に浸されるのを、ルードウィッチは笑いながら眺めていた。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 二つの最終決戦が始まるよりも、少し前の事。

 アズールは、剣を片手にシンデレラ・デジブレインと戦いを繰り広げていた。

 

「そぉりゃあっ!」

「くっ!」

 

 シンデレラ・デジブレインは振り下ろされた剣を左脚で受け止め、すかさず右脚でアズールの顔面に蹴りを食らわせる。

 しかしアズールも簡単には受けず、僅かに首を反らす事によって直撃を避けた。

 シンデレラ――アシュリィの目的は、翔をアクイラに覚醒させること。今のまま戦い続ければ、自然とカタルシスエナジーが蓄積され、翔はアクイラとなるだろう。

 それを自分が望むか望まないかに関わらず、だ。

 

「必殺技は出さないつもり? それとも、そんな余裕もないのかしら?」

「……まだ、その時じゃない」

「隙を作ってからってことなのね。それなら良かった」

 

 無意味な質問を繰り返し、翔がアクイラとなるための時間を稼ぐ。

 同時にアシュリィにとって、この戦いは彼との最後の対話、最後のコミュニケーションでもあった。

 アシュリィは、この戦いで自ら命を落とすつもりなのだ。

 

「ヤッ!」

「うわっ!?」

 

 シンデレラのキックがアズールの肩に炸裂し、火花を散らす。

 苦しむ彼の姿を見て、自分も心が痛むようだった。

 翔はきっとアシュリィを殺す事を望まない。アシュリィも、翔を殺したくなどない。

 だから、もしも彼に限界が訪れた時、必殺技を発動しようとしたその剣を奪って自分に突き刺そうと決めたのだ。

 

「どうして……こうなったんだろうね」

 

 膝をつくアズールを見下ろしながら、シンデレラは言う。

 記憶を消される前。

 アシュリィは自分が生まれた時、その意味を聞かされた時、自分が幸福になる事など決してあり得ないのだと諦めていた。

 無意味な希望に縋る事をせず、ただ淡々と役目を果たすのだと思っていた。

 自分に幸せになる価値も、幸せになる時も訪れないのだと信じさせられていた。

 記憶を失い、翔に出会うまでは。

 

「どうして、だろうね」

 

 剣を杖代わりにして身体を支え、アズールが言う。その胸を、シンデレラは心の中で謝りながら蹴り倒した。

 記憶を取り戻した後は。

 アシュリィは、翔に幸せになって欲しいと、ただそれだけを願った。希望のない自分の事などどうでも良かった。

 愛しているから。この世の誰よりも愛しているから。

 価値のない命である自分の代わりに、計略のために作られただけの生き物の代わりに。せめて幸せになって欲しかった。

 翔ならばきっと自分よりも良い相手を見つけられる。だから、幸せになって欲しいと願った。

 

「まだ、だ!」

「ショウ……」

「僕はまだ……諦めない!」

 

 アズールが立ち上がり、ブルースカイ・アドベンチャーのプレートを体内から手元に呼び出す。

 そして、それを剣に装填した。

 終わりの時が来たのだとアシュリィは思った。

 

《フィニッシュコード!》

「これで、こんな下らない茶番を終わらせる!」

「……そうね」

Alright(オーライ)! ブルースカイ・マテリアルスラッシュ!》

 

 アズールが必殺技を発動し、走り出す。

 斬るために近づいて来たその時に、翔の腕から奪おう。アシュリィは、そう考えて自身も疾駆した。

 そして。

 

「え……?」

 

 アシュリィが奪うよりも前に、アズールはその剣で自分自身の胸を貫いた。

 鮮血が頬を濡らし、変身が解除された翔が仰向けに倒れる。

 

「は……あっ、ああああぁぁぁ……あ……あ……」

 

 目を剥いて、アシュリィはふらついた足取りで翔の元に歩み寄る。

 アズールセイバーが胸に突き刺さったままであるため、血はあまり流れていない。

 しかし、その両眼からは生気が失われつつあった。

 

「なん、で……」

 

 確かにこの方法ならば、アシュリィが直接手を下していないため、毒は作動しない。どちらかの死という条件も満たしてはいるため、安全に取り出せる。

 だがこれでは活性剤にもならず、翔は命を落とすだけだ。

 

「どうしてよショウ! 私っ! 私はっ、あなたに幸せに生きていて欲しかったのに! 死んで欲しくなんかなかったのに! あなたが好きで、好きで、愛してるから私が死ぬつもりだったのに!!」

「君、に……死んで欲しく、なかった……僕も、アシュリィちゃんに……幸せになって、ほし……かった……」

「それでショウが死んだら意味ないよ!! なんで!? どうして!? どうし――」

 

 翔の左手がゆっくりとアシュリィの頬に伸び、その掌から青い光が放出される。

 すると、アシュリィの紫色の右眼が左眼と同じ青色に戻り、瞳孔からサソリの姿が消える。

 これが毒素で、翔が自分からそれを取り除いて体内に吸収したのだと、アシュリィはすぐに理解した。

 

「これで君はもう、平気だね。もう、毒に……ハーロットに、縛られる事もない……」

「ショウ、まさか私を助けるために!?」

 

 口から血を流しながらも、翔は微笑む。

 

「僕も……君を、愛してるから。殺せるワケ、ないよ」

 

 翔の左手に、アシュリィの頬に、雫が伝う。

 自然と涙が溢れていた。気付けば彼女は、翔の手を握って、啜り泣いてしまっていた。

 

「ごめん……ショウ、ごめんね……!!」

「……何も君のせいじゃ……ないよ。それ、に。君は……もう、自分の壁を破るべきだと……思う」

 

 そう言いながら翔が目を細め、右掌を掲げる。

 瞬間、アシュリィの前にレイピアとマテリアプレートが生み出された。

 

「これ、何?」

「僕が作った、武器だ……君が戦うんだ」

 

 翔の言葉を聞いて、アシュリィは目を剥く。

 

「私が……!?」

「久峰やハーロットのためなんかじゃなくて、君自身の心で、君自身が……戦うんだ」

「でも」

「できるよ、君なら」

 

 アシュリィは戸惑うばかりだが、確信に満ちた翔の目を見ると、涙を拭ってそれを受け取る。

 そして翔の手を名残惜しそうに離しながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

「大丈夫。僕、も……すぐに……」

 

 翔はそう言って、目を閉ざす。

 振り返らずにアシュリィが階下を目指して廊下を歩くと、扉が開いて二人の人物が姿を見せる。

 ツキミとフィオレだ。複雑そうな、沈痛な面持ちで俯いている。

 

「アシュリィ……」

「行こう、お姉ちゃん」

「え?」

 

 妹の顔を、二人が見上げる。

 アシュリィの両眼は、今までとは違う決意に満ち溢れていた。

 

「私がハーロットを倒す!!」



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EP.48[覚悟のオトメ]

「ぐあああああーっ!」

「ひゃあああっ!」

 

 キアノスとザギークの大きな悲鳴と共に、議場が爆風を伴って消し飛ぶ。

 三人の仮面ライダーは一階へと転落し、傷を負いながらも頭上を見上げた。

 彼らが戦っている相手、久峰 遼が変異したグリーフディクタトルは、追い詰められた末にカオスモードを発動したのだ。

 

「ハハハハハッ! 神に敵うはずなどないのだ!」

 

 そんな言葉が、天から降ってくる。

 カオスグリーフ。神を名乗るその姿は、まさしく『混沌(カオス)』と呼ぶに相応しい姿であった。

 上半身は、見た目こそ先程までとほとんど同じイカとマーコールの融合体だ。しかし背中に鷲の翼と筋肉が増幅して獅子のような体毛が生え、四肢には鋭い魚類のヒレ、カマキリの鎌のような前肢も横腹のあたりから伸びている。

 また下半身はイカそのもののようであるが、先端には蛇の頭がついており、触手の数も百はおろか千を超えている。

 様々な生物の要素を持つという特徴はアクイラと合致しており、ネイヴィは見上げながら歯を軋ませた。

 

「これが、その化け物の姿がアクイラの完成形って事か」

「そうとも! これこそが数多の生命の頂点! 私こそが神、電脳神アクイラ……いや! それさえも超越した、絶対にして真なる神グリーフディクタトルだ!」

 

 右腕を上空に掲げるカオスグリーフ。すると、三人の周囲にもうもうと黒い靄が生み出され、直後に爆発が巻き起こった。

 防ぐ事さえ許されない一撃に全員が吹き飛ばされ、さらに頭上から追跡するように放たれた靄から雷が降り注ぐ。

 

「ぐ、あああっ!!」

「このまま負けて……たまるか!」

 

 フェイクガンナーを構え、キアノスは抵抗を諦めずに反撃を試みる。

 だが、カオスグリーフはそれさえ許さなかった。

 巨大な怪物の眼が輝いたかと思うと、地面から鋼鉄の剣が生み出され、キアノスに向かって襲いかかって来たのだ。

 グリーフディクタトルではなく、アクイラとしての能力。地形のデータそのものを変換し、操っている。

 

「なっ!?」

「痴れ者めェ! 抵抗など無意味だ!」

 

 剣がフェイクガンナーを貫き、銃身を圧し折るように破壊する。キアノスは手元のその残骸を見つめ、強く握り締めた。

 

「くそっ……!!」

「ハァーハハハハハッ! 神に平伏せよ!」

 

 続いて幾度も降り注ぐ爆炎や吹雪、嵐に雷撃。カオスグリーフの激しい攻勢に、仮面ライダーたちは為す術もなかった。

 それでも、三人は隙を見つけるために耐え、攻撃に抗い続ける。自身を神と名乗る異形を討つために。

 だが、カオスグリーフはその僅かな反骨心さえ折りに行った。

 

「諦めぬのなら、こういうのはどうだ?」

 

 掌から放たれる赤黒い光の渦。素速く放たれたそれを回避できず、三人とも受けてしまった。

 直後、全員の変身が解かれてしまう。

 力の正体は、以前から翔も何度か使っていた『データ・アブソープション』だったのだ。

 

「そ、そんな……!」

「フハハハハハハハハ! 卑小なる人間よ! 泣いて許しを請うが良いわ!」

 

 これでもう抵抗する手段はない。そう確信したグリーフは元の人型に戻り、杖を肩で担ぐ。

 すると、ほとんどただの残骸と化した議事堂の一階から、女の声が聞こえた。

 

「そちらも楽しそうですわね、遼様」

 

 そこにいたのは、サソリとウサギが合わさったような姿をした怪人、ルードウィッチ。

 さらに廃人同然となった都竹が変異しているジェラスネオと、彼らの足元で倒れ伏している鷹弘・翠月だった。

 

「ハーロット!?」

「静間さん、英警視までやられたのか……!」

 

 ギリッ、と歯を食いしばって地面に拳を叩きつける響。

 全てのライダーが倒されてしまった。即ちそれは、ホメオスタシスの敗北を意味する。

 ルードとジェラスがグリーフの傍に控え、雄山羊とイカの悪魔が杖を掲げる。最後のトドメを刺すべく、攻撃するつもりなのだ。

 

「今度こそ貴様らは滅ぶ。我らの隆盛を、久峰帝國の進行を誰も止める事などできはしない」

 

 杖の先端にある髑髏から靄が噴出し、その靄からは巨大な炎の玉が生み出される。

 もはやどうする事もできない。それでも抗うべく、響と肇は少しでも被害を少なくしようと、自分たちが前に出て盾になろうとした。

 そんな抵抗を嘲笑うように、グリーフはさらに炎を強く大きくし、杖を振り下ろす。

 

「では死ねぇ、仮面ライダァァァーッ!!」

 

 無慈悲に、ゆっくりと落ちて来る炎の球体。

 それが五人に迫って行き、その身を焼こうとする――その時。

 無数の水の玉が炎を徐々に掻き消し、さらに地面から伸び出た竹が、散らばった小さな炎からホメオスタシスの面々を守る。

 

「なにっ!?」

 

 竹が消えると、そこには彼らを守るように立つ三人の少女の姿があった。

 アシュリィ、ツキミ、フィオレ。ハーロットの手で生み出された三姉妹だ。

 

「これ以上……あなたたちの好きにはさせない」

 

 レイピアの切っ先をCytuberたちに向け、アシュリィは言い放った。

 最初は驚いていたルードとグリーフであったが、徐々にその声が怒りに染まっていく。

 

「フィオレにツキミに……アシュリィ。お前たち、これはどういうつもり?」

「神の血を継いだだけの、何の役にも立たん飼い犬風情めが。揃ってノコノコと何をしに来た」

 

 凄むように問われても、姉妹はもう動じない。

 逆に睨みつけ、敵意を剥き出しにして叫ぶ。

 

「あなたたちを倒す。三人で、そう決めた」

「もう言いなりになんかなりません!」

「あたしたちは都合の良い道具なんかじゃない!」

 

 すると、グリーフの傍から離れて前に出たルードウィッチが、額に青筋を立てて怒声を浴びせた。

 

「何だお前ら……母親に向かって、その口の聞き方はっ!!」

『母親なもんかっ!!』

 

 声を揃えて言い返す姉妹。

 明確な反抗の意志が籠もった眼差しに、思わずルードはたじろぐ。

 しかし、思い出したようにハッと目を見開くと、アシュリィに向かって指を指して嘲笑う。

 

「反抗的な態度を取って良いのかしらアシュリィ!? 私が作動させれば、今すぐにお前の身体の毒を作動できるのよ!!」

「毒はもうない」

「は?」

「ショウが……ショウが、命懸けで私を守ってくれた。だからもう、そんな脅しなんて通用しない!」

「……はぁぁぁぁぁ!?」

 

 信じられないものを見るような目つきで虚空を見上げ、頭を抱えながら全身をぶるぶると震わせた。

 しかしその動揺は、喪失感によって来るものではあっても哀しみからでは断じてなく、涙の一つも流さず自分の心配をしている。

 

「死んだ? 翔くんが? わ、私が手塩にかけて、手間暇かけて計画を練り続けたのに、アクイラに至る可能性を秘めた翔くんが……は? 死んだ?」

「そうだよ。私をかばって……死んでしまった……! ショウはあなたの陰謀に打ち勝ったんだ!」

「ふっ、ふざけるなよお前! お前のせいで何もかも滅茶苦茶だ、台無しだ! 一体どうしてくれる!? アレは私のものなのに!!」

「ショウはあなたなんかのものじゃない!」

 

 ルードウィッチの怒りを一蹴し、アシュリィは手に握ったマテリアプレートを起動した。

 

《オトギガールズ・レヴュー!》

「ショウが残したこの力で、私が……ううん。『私たち』があなたの下らない遊びを止める!」

 

 続いて、アシュリィはレイピアを逆手に持ち、起動したプレートをそのマテリアクターへと装填する。

 レイピアの柄頭(グリップエンド)にはマイクが付いており、さらにプレートを上から保護するカバーには、五つの小さな点が光っている。

 

《ヒア・マイ・ソング! ヒア・マイ・ソング!》

 

 女性のものの電子音声を聞きながら、アシュリィは人差し指をカバーに押し当て、星座をなぞるように点と点を線で繋いで行く。

 そうして五芒星が完成した瞬間、彼女はグリップについた引き金を小指で引き、叫ぶ。

 

「変身!」

Action(アクション)! フォニック・マテリアライド!》

 

 直後にレイピアから眩い閃光が迸ったかと思うと、アシュリィだけでなくフィオレとツキミの身体も光で包み込まれ、その姿が変化していく。

 

《オトギガールズ・アプリ! 歌激(カゲキ)なる御伽女(オトメ)、カーテンレイズ!》

 

 光が消え、その場に姿を現したのは、薄く透き通った妖精の羽を背に生やした女剣士だった。

 色もそれぞれ違う。アシュリィはアザレアカラー、ツキミはパステルグリーン、フィオレは純白といった具合だ。

 

「私はピクシー……仮面ライダーピクシー!」

 

 ヒュンッ、と空を切る音を立てて、その武器――ピクシーレイピアを掲げる。

 すると両隣に立つ二人の従士(セイン)、ピクシーセインL(レフト)とピクシーセインR(ライト)が自らの持つレイピアをその剣先に重ね合わせた。

 

「私たちが!」

「久峰とあなたの野望を!」

「その歪んだ欲望を!」

『断ち斬るっ!!』

 

 宣戦布告。

 それを受けたルードウィッチは、怒りを通り越して冷めた表情になっていた。

 まるで壊れた玩具を見るような眼差し。ルードは振り返らず、グリーフに問いかける。

 

「もういらないわ、お前たちなんて。よろしいですか遼様」

「フン! 男を知らん小娘如きが、不遜にも神に牙を剥くか……」

 

 問われると、三人の娘を舐め回すように見つめた後に下品に笑い声を上げ、グリーフは触手を戦慄かせた。

 

「ならば! 誰が貴様らの主だったのか、その身体にたっぷりと教え込んでしゃぶり尽くしてから! 快楽の中で殺してやろう!」

 

 叫びながら、グリーフが杖を振りかざす。

 それと同時にジェラスネオが獣のように飛び出し、ピクシーズに襲いかかった。

 

「散開!」

 

 ピクシーからの叫びと同時に、セインL・Rはそれぞれ別方向に走る。

 そしてピクシーはトリガーを長く引きながら、再び逆手に持ったレイピアのナックルガードでジェラスの拳を受ける。

 するとどういうわけか拳は威力を失い、代わりにマイクから軽快なリズムの音が流れた。

 

「ヤッ!」

 

 ジェラスが戸惑っている間に、ピクシーはトリガーから指を離す。

 直後、マイクから音符の記号を模した無数のエネルギー体が出現し、それがジェラスネオの身体に当たって弾ける。

 それを受けた瞬間、ジェラスの身体は思い切り吹き飛ばされ、攻撃しようとしていたグリーフとぶつかった。

 

「ギェアアアアアッ!?」

「ぐわっ!?」

 

 ピクシーレイピアの機能と彼女の様子を見て、鷹弘たちは大いに驚いていた。

 

「す、すげェ……」

「衝撃を音のデータに変換し、解き放って再び衝撃に戻したのか」

 

 グリーフが倒れ込み、驚いたルードは思わずそちらに気を取られる。

 そこへ、セインLとセインRが左右から全力で斬りかかった。

 

「なっ!?」

「他所見はいけませんよ」

「ここからは余裕なんかないんだから!」

 

 歯噛みし、攻撃を受け続けるルード。畳み掛けるような同時攻撃の速さのせいで、領域を再展開する事ができなくなってしまっている。

 一刻も早い増援を期待したいところであるのだが、肝心のグリーフは立ち上がって援護するでもなく、ジェラスの尻を蹴り上げた。

 

「木偶が! この私の邪魔をするな、さっさと攻撃しろ!」

「ギッ……ヒ、ヒッ、卑寒練(久峰)ェェェェェッ!!」

 

 ほとんど知性を失っているとは言え――否、失っているからこそ、理不尽な出来事にジェラスネオは歯止めが効かず怒り狂う。

 有り余る身体能力を発揮してグリーフに飛びかかり、思い切り殴りつけた。

 

「あがっ……!?」

 

 凄まじいパワーに吹き飛ばされたグリーフは、思わず杖を放り落とす。

 そしてジェラスはその杖を噛み砕き、馬乗りになって何度も何度も拳を振り下ろした。

 

「よ、よせ! 相手が、相手が違う……ぐあああああああああっ!?」

「ガァルルルアアアアアアアッ!!」

 

 まさに飼い犬に手を噛まれるかのように。

 グリーフディクタトルは、狂犬めいたジェラスにされるがまま殴られ続けるのであった。

 

「ま、まずい……遼様を助けないと……」

 

 そう言ったルードだが、当然ピクシーズがそれを許すはずもない。

 アシュリィが変身したピクシーは、倒れているホメオスタシスのメンバーの元に駆け寄ると、右手を掲げて光を放つ。

 すると、五人の傷がどんどん塞がっていき、体力疲労も徐々に回復していった。

 

「すごい! アシュリィちゃん、君はこんな事もできたのか!」

「みんなはまだ休んでおいて、全快じゃないだろうから。ハーロットは……私が倒す」

 

 それだけ言うと、ピクシーは羽を拡げて戦場へ飛翔し、ルードに向かって素速く斬りかかる。

 三人がかりの斬撃。その手数は防ぎ切れず、ルードウィッチは大きくよろめいた。

 

「あ、ぐっ」

「よし!」

 

 さらに、セインRのフィオレが脚に斬りかかって体勢を崩させる。

 それを見計らい、セインLであるツキミが合図を出した。

 

「今です! アシュリィ!」

「うん!」

《フィニッシュコード・ソロ!》

 

 アシュリィがレイピアのマテリアプレートを押し込むと、そんな音声が流れる。

 必殺技だ。アシュリィはそのままトリガーを入力し、光を纏って突きを繰り出した。

 

Action(アクション)! オトギガールズ・マテリアルシング!》

「ヤァァァーッ!」

 

 強烈な突撃がルードウィッチの腹に命中し、吹き飛ばして地を舐めさせる。

 這いながらもトランサイバーを入力して領域を呼び出そうとするとするルードだが、背後から光が閃いて右手を撫でたかと思うと、人差し指と中指と薬指が綺麗に斬り落とされた。

 

「アギャアアアッ!?」

「大人しくしてなよ!」

 

 そう言ったのは、吹き飛ぶ方向を予測して既に背後に回り込んでいたセインRだ。

 立ち上がろうとするルードの頭を、彼女は容赦なく踏みつけて押さえつける。

 

「ぶっ!?」

「アシュリィ、もっかい!」

 

 首肯したピクシーが、もう一度マテリアプレートを押し込む。

 それだけではなく、今度はナックルガードを一度叩いた。

 

《フィニッシュコード・デュオ!》

「お姉ちゃん、行くよ」

「うふふ! 覚悟して下さいましね?」

 

 ピクシーとセインLが向かって来るのを見て、セインRがルードの尻を蹴って立ち上がらせる。

 そして、二人の必殺技が発動した。

 

Action(アクション)! オトギガールズ・マテリアルハーモニー!》

 

 二人が持つレイピアの刀身が光を帯び、十字を描くように異形の魔女を斬る。

 ルードは悲鳴を上げて倒れかけるが、三人は決して攻め手を休めなかった。

 

「これで決めるよ」

《フィニッシュコード・トリオ!》

 

 プレートを押し込んだアシュリィがナックルガードを平手で二回叩き、それと同時に三人共ベルト右側のホルダーにレイピアを納刀する。

 

「こ、こんな事をして……許されるとでも思っているの!?」

「あなたに許しを請う理由なんかない」

「ぐくっ!! 許さない、許さないわ!! アシュリィィィィィィーッ!!」

「それはこっちのセリフだよ、あなただけは……絶対許さないっ!!」

 

 三人は羽を拡げて同時に空を舞い、右脚を突き出す。

 ルードは回避を試みようと身体を動かすものの、突然聞こえて来た音楽と周囲から現れた五線譜のようなエネルギー体が全身を縛り付ける。

 

「あ、あぁっ!?」

 

 身動きの取れなくなったルードは、迫り来るピクシーズを、ただ見上げる事しかできなかった。

 

Action(アクション)! オトギガールズ・マテリアルシンフォニー!》

『ヤァァァーッ!!』

 

 共鳴し光を纏う三姉妹の連続キックが直撃すると、五線譜に無数の音符が何度も刻み込まれる。

 たった今行った必殺技の衝撃を音声データに変換・記録し、反復(リピート)する事で数を増やし続けているのだ。

 ルードの背筋に悪寒が走る。

 もしもこれが、再び衝撃に変換されればどうなるか。

 

「終わりだよ」

 

 タンッ、とピクシーたちが地に降り立つと同時に、全ての音符が五線譜ごと弾け飛ぶ。

 

「キ、ギ、アアアアアアアアアアッ!?」

 

 直後に全身を殴打するような痛みと衝撃が襲い、まるでトラックに撥ねられたかのように吹き飛ばされ、地面を転がった。

 

「ア、アガッ!? い、痛い……体中が……し、死ぬ……こんなはずは」

 

 地面の上で仰向けに倒れて悶え苦しみながら、変異が解除されたハーロットは息を切らして立ち上がろうとするも、その場に倒れ込む。

 確保するなら今がチャンスだ。そう思ってピクシーたちは駆け出すが、その進路にグリーフディクタトルが立ちはだかった。

 グリーフがパチンと指を弾くと、議事堂の瓦礫のデータが分解されて光となり、ハーロットの負傷を復元していく。アクイラの持つ、リカバリーの能力だ。

 そしてジェラスネオは黒い光の十字架に四肢を拘束されており、戦える状態ではなくなっていた。

 

「遼様……」

「失態の罰は後だ、そこで身体を癒やしておけ。ここは私が引き受けよう」

 

 余裕綽々と語るグリーフを睨みつけ、剣を構えるピクシーたち。

 直後、素速くトランサイバーにコードが入力され、両掌から黒い靄が溢れ出す。

 

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

「焼けるが良い!」

 

 頭上に靄が張り巡らせられると同時に、グリーフの背中の触手が動いてピクシーたちを捕らえようとする。

 しかし彼女らはすぐさま三方向に散らばり、触手をレイピアで斬りながら、頭上から降り注ぐ炎の塊を回避し続ける。

 さらにピクシーセインRが、すれ違いざまにグリーフの額を目掛けて剣先を突き出した。

 

「えぇい!」

「むぅ!?」

 

 その一刺しは眉を掠め、血を流させる。そして流れ滴る血が左眼に入り、グリーフは思わず目を覆う。

 

「そこっ!」

 

 出来上がった死角から、今度はセインLが斬撃を加える。

 だが、その足元には黒い靄が生み出されていた。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

「捕まえたぞ小娘ェ!!」

 

 稲光が迸る、その寸前。

 セインLは背中の羽を素速くはためかせ、靄を散らして雷撃をグリーフへと送りこんだ。

 

「なっ!? ぐああああっ!?」

「おイタが過ぎますわよ!」

 

 言いながら、セインLは独裁者の背を蹴り飛ばす。

 そしてあわや倒れそうになり、踏み留まったものの、その先には必殺を発動させようとしているピクシーがいた。

 

《フィニッシュコード・トリオ!》

「これで!」

Action(アクション)! オトギガールズ・マテリアルシンフォニー!》

『終わりだっ!!』

 

 三人の声が重なり、三方向から取り囲んだピクシーのレイピアが閃く。

 ――だが。

 

「甘いわバカ共がァ!! 『ファイナルコード』!!」

Roger(ラジャー)! ダークネス・マテリアルジェノサイド!》

『きゃあああああっ!?』

 

 ピクシーズの目の前に黒い靄が現れ、そこから炎の龍が牙を剥く。グリーフディクタトルの必殺技だ。

 それに飲み込まれ、三人とも変身が解除されてしまった。

 グリーフは彼女らを鼻で笑い、見下ろす。

 

「所詮貴様らは神の礎となる以外の役に立たん飼い犬なのだ、意志など必要ない! 次に貴様らのような人形を作る時は、記憶だけでなく感情を奪っておいてやる!」

 

 言いながら、グリーフはふと顔を上げる。

 作る、というフレーズでやるべき事を思い出したかのように。

 

「あぁ、そうだ……お前たちにもまだ他の使い道があったな」

 

 わきわき、と触手が蠢動を始める。それを見て、アシュリィたちの顔色が青褪めていく。

 

「悦べ、私の子を孕ませてやろう。良い声で鳴けるのなら生かしてやっても良いぞ」

「ふざけんなテメェ!!」

 

 鷹弘や翠月たちの怒りの声が響き、銃撃が飛ぶ。

 しかしグリーフはそれを意に介する事なく、立ち上がってよろめきながら逃げ始めるアシュリィたちに触手を向ける。

 

「いや……いやぁ!」

「フハハハハハハハハ! さぁ、我が愛を受けよ!」

「たす、けて……」

 

 足を挫き、転んでしまうアシュリィ。それを見て、ツキミとフィオレも立ち止まってしまった。

 粘液に濡れた触手とグリーフは、嬲るようにゆっくりと三人に向かって迫って来る。

 アシュリィは叫ぶ。自分が愛した者の名を。

 

「助けて、ショウ!!」

 

 触手がすぐそこにまで近付き、三人が自分を守るように腕で目を覆う。

 しかし、触手が彼女らに触れる事はなかった。

 

「……?」

 

 ゆっくりと、アシュリィは瞼を開く。

 そして、信じられないものを目の当たりにした。

 

「え……?」

 

 彼女を守ったのは、アズールセイバー。仮面ライダーアズールが使っていた武器だ。それが十本も飛んでいる。

 その剣はひとりでに動き、触手を切断するだけでなく、グリーフを斬りつける。

 必殺技でもなんでもないその斬撃は、異形の悪魔の両角を微塵に砕いた。

 

「ぐあああっ!? な、なんだ!? 何が起きている!?」

 

 役目を終えたのか、アズールセイバーは塵のように消え去った。

 そしてザクッ、と地を踏む音がグリーフの背後から木霊する。

 アシュリィがその場所に目を凝らすと、そこには一つの影が立っていた。

 胸の中心に大きな傷を持つ、背の高い少年。

 

「ば、バカな……なぜ、生きている?」

 

 狼狽しながらグリーフが呟く。

 その少年の姿には、今までと違うものがあった。

 髪は青く染まっており、右眼は猛禽のような縦に割れた瞳孔となっていた。さらに、白眼の部分が真っ黒になっている。

 ――それは訣別(・・)の傷痕。彼が人間である事を捨て、愛すべき命を守った事の証明。

 

「ショウ……!!」

 

 これは夢だろうか、とアシュリィは思う。天坂 翔は。目の前で死んでしまったはずなのだ。

 翔へとグリーフの触手が襲いかかろうとするものの、それは届かない。

 彼の傍を飛ぶ小さな宇宙戦闘機のような機械が、レーザー光線を放って焼き払ったのだ。

 

「ありがとう……頑張ったね、アシュリィちゃん」

 

 翔はグリーフを素通りして彼女の前に立つと、そう言って頭を優しく撫でた。

 その感触が、アシュリィにこれが夢ではないという事実を伝える。

 そして背後にいるCytuberたちを振り返り、翔は睨みながら言い放つ。

 

「今度こそ断ち斬ってやる、お前たちの大罪を……!!」



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EP.49[空を超えし宇宙(そら)]

「――僕が、彼女と戦います」

 時は、翔たちが議事堂攻略の作戦会議をしている頃まで遡る。
 アシュリィを救う手立てを考えている中で、翔はそんな事を言い始めたのだ。

「お前……本気で言ってんのか!?」

 当然ながら鷹弘は反発した。
 鷹弘だけではない。この場の誰もがアシュリィと戦う事を、アシュリィが死ぬ事を望んでいないからだ。
 すると、翔は微笑んで首を横に振る。

「勘違いさせてるかも知れませんが、命を奪うつもりはないですよ。それは僕も望んでません」
「……じゃあ、どうすんだ?」
「僕の方が死ねば良いんです」

 その発言に、やはり全員が驚き、反発しそうになる。
 しかし翔の顔つきは至って冷静で、ヤケになって言ったものでも、ましてやふざけて飛び出した発言でもないと全員が理解を示した。

「死ぬと言っても、そう見せかけるってだけの話ですよ。いいですか? まず――」


 武器を手にアシュリィが仮面ライダーピクシーへと変身し、ハーロットを討ち倒した後。

 グリーフディクタトルの力でピクシーズさえも倒れ、窮地に陥る。

 だが、その万事休すの彼女らを救ったのは――。

 

「な、なぜだ! 貴様なぜ生きている!? 天坂 翔!!」

 

 胸に大きな傷ができ、髪の色も瞳の色も大きく変わってしまった翔だった。

 あまりの出来事にアシュリィだけでなく、グリーフやハーロットでさえ驚いていた。翔の姿を見たジェラスネオなど、全身を腕で抱えて蹲って震えている。

 

「そこの娘の毒を無力化するために死んだのではなかったのか!? 貴様ァ……一体何をした!!」

 

 それはアシュリィも気になっている事だった。

 生きていてくれた事は嬉しいが、翔は確かに胸を貫かれ命を落とした。その目で確かに見たのだ、たとえアクイラに覚醒したとしても無事では済まない傷を負っている瞬間を。

 だが、思い起こせばおかしな部分があった。

 ほとんど出血していなかったとはいえ、なぜアシュリィの体内から毒を取り出す程の余力を残していたのか?

 

「簡単な事だよ。お前たちは大きな見落としをしていたんだ」

「なに……!?」

「仕込んだ毒は僕が何らかの要因で死んでいると発動しない。つまり『死んだままでも動く』事ができれば、後から傷を治して蘇れるのさ」

「何を言っている!? そんな事ができるはずなど……」

 

 瞬間、翔の話を聞いてハーロットが目玉を剥く。

 

「あ……あああああっ!? し、しまった!?」

「どうしたハーロット!?」

「まさか、まさかあなたが使ったのは!?」

 

 薄く微笑む翔。そして自身の体内から、ある一枚のマテリアプレートを取り出す。

 使用者を仮死(ゾンビ)状態とし痛覚をも遮断する効力を持つプレート、BOOGIE WOOGIE ZOMBIE(ブギウギゾンビ)を。

 

「僕が体内にマテリアプレートを埋め込んだのは、アクイラの力を増幅させるためだけじゃない。これを使って、アシュリィちゃんの体内にある毒に死を誤認させ、安全に取り出すためだ!」

「な……!?」

「それだけじゃない。必殺技をワザと自分で受けて致命傷を負えば、その分体内のアクイラの力も高まる。傷痕は残ったけどリカバリーを使えば血を流さずに済むし、アクイラの力を使って毒素を活性剤に変転させれば、ゾンビ状態を解いても復活できる。これが真相だ!」

 

 アシュリィだけでなく、この話にはグリーフとハーロットも仰天していた。

 翔はアシュリィを助けるために自害を選択をしたのではなく、どれほど無茶であろうとも自分の命も彼女の命もどちらも勝ち取る手段を、自力で見つけ出したのだ。

 

「あ、あり得ん……あり得ん、あり得ん……」

 

 頭を抱えて俯くグリーフ。自分の想像と理解を超えた現実を目の前にして、驚きのあまり混乱しているのだ。

 そして、アシュリィは逆にある事実に気付いていた。

 翔が死に瀕していた時、ツキミとフィオレはそこまで驚いていなかった。鷹弘たちもその話に動揺した様子がなかった。

 つまり彼らは、というよりもアシュリィ以外は、この作戦を知っていた事になる。

 

「ごめんなさいアシュリィ! 私たち、この事を聞いていましたの!」

「翔お兄ちゃんが黙っていて欲しいって言うから、仕方なく……」

 

 それを聞いて、アシュリィは油の切れた機械のようにギギギと首を翔の方に向けると、彼の背中を両手でポカポカ叩き始めた。

 

「いたた、痛い痛い! ごめんごめん!」

「バカ! バカ! 本当に、本当に死んじゃったと思ったんだよ! 本当に……バカ……」

 

 アシュリィの手が止まって、徐々に涙声になるのを聞いて、翔は振り返って彼女を抱き締める。

 そして、安心させるように背中をそっと撫でた。

 

「ごめんね。こうしないと、君から毒を取り出せなかったから」

「……帰ってご飯作ってくれるなら、許す」

「うん、ありがとう」

 

 翔が微笑み、アシュリィも納得した様子で頷く。

 そんな二人の姿を見て、グリーフは額に青筋を立てながら、角を復元して両掌を突き出した。

 

「なァにを他所見している!! 戦う相手はこの私だ、この私を無視するな!! アクイラさえも超越したこの神をォォォッ!!」

 

 両手から黒い光弾が放たれた。

 その攻撃から慌てて逃げるでもなく、アシュリィと共に走るでもなく。

 翔はただ振り返って、素手で叩いてそれを消し飛ばした。

 

「……はっ!?」

 

 あまりの出来事に、グリーフは呆気にとられてしまっていた。

 確かに今のは全力の攻撃ではなかった。だが仮にも変異した怪人の力である以上、生身の人間にそれを防ぐ事など、到底不可能なはずなのだ。

 だとすれば、考えられる可能性はひとつしかない。

 翔もアクイラに限りなく近いか、アクイラとして完成しているのだ。

 

「……ふざけるなよ……神はこの世に私ひとりで充分だ!!」

 

 グリーフがさらに青筋を立て、怒りを露わにする。

 直後に翔は振り返り、グリーフとハーロット、そしてジェラスの方を見た。

 

「まだかかって来ないのか?」

「なに!?」

「三人で来い。こっちは僕一人だ」

「貴様、私を侮辱するつもりか!?」

「違う」

 

 ザッ、と翔が一歩踏み出す。瞬間、彼の全身からオーラのように青いエネルギー体が漲り天に昇った。

 目の前の少年から感じる圧倒的な力に、グリーフもハーロットも背筋を凍らせ、ジェラスはさらに怯え始める。

 

「大勢を巻き込んで世界を掻き乱したお前らには、もう現実と向き合う時間は必要ない。反省の弁も聞きたくない。そんなのは檻の中でたっぷりやれば良い。だから今は、二度と同じ事ができないように……ただひたすら叩きのめすだけだ」

 

 翔がマテリアフォンを取り出し、アプリドライバーを召喚。

 そして、傍を漂っていた青い宇宙戦闘機のようなそれの、機首に当たる部分を手に取った。

 

「アシュリィちゃん、皆と一緒に下がってて。全部終わらせに行くから」

 

 機首を引っ張る事で、大型戦闘機から小型戦闘機に分離。

 さらに、小型戦闘機のボディにあるサークル状のプレートにマテリアフォンをかざした。

 

《ブレイクスルー・ドッキング!!》

 

 音声を聞きながら戦闘機を機首と本体の二つに分割すると、右手に持ったキャノピーのある部位の方にマテリアプレートのような端子が伸びていた。

 翔は左手に持った方を、アプリドライバーの左側にカバーのような形で装着。電子音と共に輝き、サークルがベルト中央に展開する。

 続けて翔が機首にあるスイッチを押し込むと、そのマテリアプレートの名前が読み上げられた。

 

超宇宙戦記(コズミック・センチュリーズ)ムゲンダイバー(エタニティ)!!》

 

 音声を聞きながら、翔は素速くマテリアプレートを差し込んだ。

 すると左側に装着したユニットからの主翼が大きく広がってボディが伸び、まるで別の戦闘機のようになった。

 

《ビヨンド・ザ・ブルースカイ!! ビヨンド・ザ・ブルースカイ!!》

「変身!」

Alright(オーライ)!! ユニバース・マテリアライド!! エタニティ・アプリ!!》

 

 サークルにマテリアフォンをかざす翔。瞬間、青い極光と煌く粒子が『∞』を描きながら動き、全身を包み込んだ。

 

《夜空に瞬く幾千の綺羅星!!》

 

 青い光が漆黒のアンダースーツを形成。虹彩の粒子は光が散りばめられたディープブルーのアーマーを作り、装甲の縁を金で彩る。

 今までの騎士然とした甲冑のようなものと少し違い、どこか機械的あるいはサイバーチックで鋭角なフォルムを持ち、神々しさと同時に禍々しささえも感じさせる造形。

 

《銀河を彩る神々しき惑星!!》

 

 アーマーの胸の中央に緑色の水晶のようなものが生み出され、そこに地球の惑星記号が浮かび上がる。

 さらに、両肩にも同じ水晶が作られた。右肩は太陽、左肩は月だ。

 

《無限に拡がる大宇宙、エヴォリューショォォォン!!》

 

 最後に背中から伸びる、深青のマント。裏地には、宇宙空間のように星々が描かれている。

 銀色の双眸を輝かせるその姿は、世界を守護する救世主にも――万象を滅殺する大魔王のようにも映った。

 

「な、なんだその姿は……お前は一体、何者だ!?」

 

 尋常ではない力を感じ、グリーフは狼狽しながら尋ねる。

 それを聞いて、翔は堂々と名乗りを上げた。

 

「仮面ライダーアズールメビウス! 歪んだ欲望を断つものだ!」

 

 叫ぶと同時に翔は、アズールメビウスは大型戦闘機の残ったボディの底にあるグリップを左手で掴み取り、スイッチを押す。

 すると戦闘機の翼が上を向いて広がり、盾の姿となった。

 

《アーカイブレイカー!》

 

 さらに、機首が抜けて開いた部分に手をかざす。

 するとそこに剣が形成され、アズールメビウスは納刀状態のそれを引き抜いた。

 

《アズールセイヴァー!》

 

 通常のアズールセイバーよりも拡張・延長された刀身。

 アズールメビウスは二つの武装を構え、臆する事なく歩み出る。

 だが、盾を見たグリーフは余裕を取り戻した様子で、アズールを鼻で笑っていた。

 

「何かと思えば、専用の武器が盾とはな。片腹痛い! それでどうやって私を倒すつもりだ!?」

 

 グリーフは再度変異したルードウィッチと共に並び立ち、さらにそのルードがジェラスを先頭に立たせる。

 ジェラスネオは、嫌がって何度も首を横に振る。するとグリーフは舌打ちをし、彼のトランサイバーGのリューズを無理矢理回した。

 

Roger(ラジャー)! カオスモード、オン!》

「ウ、ウ、ウオオオオオッ!!」

「その姿なら嫌でも戦えるだろう」

 

 ジェラスの姿は、身体にトンボの翅が生えた巨大な緑色の蛇になっていた。

 口からは様々な文字が毒液のように滴り、雷や炎を発している。

 

「ググァァァァァッ!」

 

 空を飛び、頭上から思い切り尻尾を叩きつけるカオスジェラス。

 その強烈な一撃は、倒すまではできなくとも充分なダメージを負わせるだろうと、グリーフもルードも確信していた。

 だが。その予想は大きく外れる事となった。

 

「グッ……!?」

「そぉりゃぁっ!」

 

 アズールメビウスは左手のアーカイブレイカーのみでその攻撃を容易く受け止め、逆に押し返したのだ。

 

「ギ、ギィィィッ!?」

 

 カオスジェラスは続いて、文字の液体からデジブレインを次々に生み出す。

 これによって生み出されるのは、ハーロットが産んだものと同じ童話のデジブレイン。戦闘能力も全てトレース・フィードバックされたものだ。

 しめた、とばかりにルードは領域を展開し、それらを支配下に置きつつ自身も戦闘に参加する。

 グリーフもそれを好機と見て杖を再生、トランサイバーGを入力した。

 

「無駄だ。スターリットフォトン、散布開始……!」

 

 その言葉と同時に、アズールメビウスのボディ各所にある噴射口から星のように煌く粒子が飛び出し、それが敵勢の頭上で武器を形取った。

 

《アズールセイバー!》

《リボルブラスター!》

《スタイランサー・スピアーモード!》

《スタイランサー・ボウガンモード!》

 

 そして、誰も手に取っていないにも関わらず銃口からひとりでに弾丸や矢が飛び出し、剣と槍が肉を斬って踊り続ける。

 しかも威力が通常のものよりも遥かに高い。あっという間に、生まれたデジブレインは全滅した。

 役目を終えると、それらの武器は再び粒子となって消え去った。

 

「な、あ? え?」

 

 仰天するルードウィッチ。領域のデジブレインたちを利用して戦おうとしていたのだが、そう思ったときには既に全員消えていた。

 さらにアズールメビウスは再び剣を引き抜き、これ以上デジブレインを生み出せないようにとカオスジェラスに向かっていく。

 

「はっ!? ま、待ちなさい!! 『ファイナルコード』!」

Roger(ラジャー)! フェアリーテイル・マテリアルジェノサイド!》

 

 背を向けているアズールに、ハサミと尻尾から毒液を噴出するルードウィッチ。さらにグリーフディクタトルも、靄の中から火炎弾や岩石の飛礫を放つ。

 対して、アズールメビウスは立ち止まって振り返りざまに三度剣を振るう。たったの三閃だ。

 だがたったそれだけで、全ての大技を斬り裂き消し飛ばしてしまった。

 

「なん、ですって!?」

「バカな……あの剣、一発一発が必殺技レベルの威力だとでも言うのか!?」

 

 激しく狼狽し後退りするルード、額から汗を流して息を呑むグリーフ。

 しかし、それでもグリーフは諦めない。

 

「問題ない、勝てるぞ! どんな武器を生み出そうと、当たらなければ意味などない! ヤツの能力など所詮その程度の――」

「何を勘違いしてるんだ?」

 

 アズールから発せられる冷たい声。彼は背を向けたまま、ジェラスの方に向かって歩いている。

 

「この剣も、盾も……スターリットフォトンだって、装備ではあっても能力じゃない。僕はまだ一度も『アズールメビウスとしての能力』なんか使ってないよ」

「え」

「今見せてやる、まずはグラビティガイアからだ」

 

 剣をアーカイブレイカーに納刀し、腕を前に掲げるアズール。

 直後、三人のサイバーノーツの全身に急激に重力が与えられ、動きを封じ込める。

 

「がっ……あっ!?」

 

 あまりのパワーに、腕さえ動かせず地上に向く。これではトランサイバーも操作できない。

 すると、カオスジェラスが再び口から文字の液を漏らし、デジブレインの群れを生成させた。

 

「無駄だ!」

 

 それに対し、アズールは一度指を弾く。瞬間、デジブレインたちの身体は斥力によって浮き上がり、攻撃もできず混乱状態に陥る。

 すかさずアズールセイヴァーを抜刀し、極大の重力を纏った斬撃を飛ばす。その一閃を受け、デジブレインたちの半数が消滅した。

 仮面ライダーアズールメビウス グラビティガイア。重力操作によって敵の動きを阻害するのを得意とする、守備(・・)型の戦闘スタイルだ。

 

「さて」

 

 アズールメビウスが、再び剣を納める。

 カオスジェラスは今も敵の数を増やし続けている。今のままでは、放置しては後々面倒になるだろうと考えているのだ。

 すると、アズールはメビウスユニットを装着して進化したアプリドライバー、アプリドライバー(メビウス)にあるサークルに右手を伸ばし、それを回転させる。

 

《スワイプ!!》

「ハイパーリンクチェンジ!」

《シャイニングサン、ハイパーリンク!!》

 

 アズールの胸の水晶に浮かんだ記号が、地球から太陽に切り替わる。

 それと同時に両手を合わせ、開いたそこに灼熱を帯びた巨大な光の球体を生み出した。

 

「消し飛べぇぇぇっ!!」

 

 光の球体を前に押し出すと、それが生まれ続けるデジブレインたちに無数の熱線を浴びせる。

 たちまちカオスジェラスの周囲は焦土と化し、液も蒸発。ジェラス自身の身体にも炎が燃え映った。

 

「ギャェアアアア!?」

「そぉりゃあああっ!」

 

 続けてアズールは両拳に同じ極熱の閃光を宿し、ジェラスの顎を殴る。

 牙が折れて仰向けに倒れても攻撃は止まる事なく、アズールに尻尾を掴まれてぐるぐると振り回される。

 そして全身を焼け焦がされながら、投げ飛ばされて頭から大地に突き刺さる。これで変異も解除され、都竹は戦闘不能となった。

 光熱操作のシャイニングサン。閃光によって多数であれ少数であれ問答無用に敵を焼き払う、攻撃型のバトルスタイルである。

 

「お、おのれ……おのれおのれおのれ!」

 

 アズールの姿が変わった事で重力から解き放たれたグリーフが、怒りのままに杖から靄を発し、背を向けている仮面ライダーに攻撃しようとする。

 単調な攻撃だが、避けようとしたアズールの脚にルードの伸ばした尻尾が絡みつく。

 

「今ですわ!」

「はっははは! でかしたぞ!」

 

 頭上の靄から雷が放たれる。

 戦いを見ていたアシュリィや鷹弘たちは思わず悲鳴のように声を上げるが、直後に信じられない出来事が起こった。

 足を拘束されていたはずのアズールが、粒子と化してその場から消えてしまったのだ。

 

「え……?」

 

 間抜けた声を発するグリーフ。

 しかも事態はそれだけでは終わらず、虹彩の粒子と共に、アズールの肉体がルードの背後で再構築される。

 全形態が共通して持つ、肉体をスターリットフォトンに変換する力。それを利用したショートテレポートである。

 アズールは振り返ったルードの顔面に、全力で拳を叩き込んだ。

 

「アギャッ!?」

 

 鼻が潰れ、顔の中心が大きくへこむ。これ程の傷を負うと、変異を解除しても影響は大きい。

 

「わ、私の顔が!? 私の美貌……」

「ハッ!」

「がブッ!?」

 

 再度、アズールが顔を目掛けて殴る。よろめいている間に、反対側の拳でもう一度。

 ルードの顔がさらに変形し、原型を留めなくなる程にグシャグシャに歪む。

 

「お願い……ゆ、ゆるして、顔はやめて……」

「そう、そんなに顔を殴られたくないんだ。じゃあ顔だけ殴らせて貰うね」

「ヒッ」

 

 泣いて慈悲を請おうとしているルードに対し、容赦なく鉄槌を下そうとする。

 だが、その寸前。

 

「『ファイナルコード』!」

Roger(ラジャー)! ダークネス・マテリアルジェノサイド!》

「隙を見せたな愚か者がァァァ!」

 

 ルードに注視している間に、グリーフは必殺技の発動を終えた。

 靄で周囲を包み込み、そこから無数の炎の龍が牙を覗かせて迫っている。

 先程のショートテレポートでは、視界に映る範囲までにしか移動できない。よって、靄で塞がれている今の状況では、ルードウィッチごと必殺技を受ける事になるだろう。

 なので、アズールはサークルをもう一度回転させ、別の対策を講じる事にした。

 

《スワイプ!!》

「ハイパーリンクチェンジ!」

《ルクシオンムーン、ハイパーリンク!!》

 

 胸の水晶が月の記号に変化し、それと同時にアズールは右手の指をパチンと弾く。

 すると、周囲から飛び出そうとしている炎の龍が、その動きを止める――否、途轍もなくゆっくりと動いている。

 ルクシオンムーンは、時流操作の力。視界内の任意の物体や空間内そのものの時間の流れを遅くしたり、逆に速める事ができる技巧型のスタイルだ。

 時間を止めたり戻したりする事はできないものの、この力でアズールメビウスは必殺技の命中を遅らせているのである。

 

「な、なにを……」

 

 アズールに突然首根っこを掴まれ、ルードは驚く。

 そしてそのまま、アズールは飛び出つつある炎の龍目掛けて、ルードを投げ飛ばした。

 

「何をぉぉぉぉぉあああああつううううういいいいい!?」

 

 ルードにも時流減速を与えつてゆっくりと直火焼きにし、アズールはスターリットフォトンを使って手元に一枚のマテリアプレートを形成する。

 ロボットジェネレーターだ。そのプレートを、アーカイブレイカーの表面にかざした。

 

《タップ! ロボット・アプリ! マーキュリーエフェクト!》

「とりあえずこれで良いか」

 

 盾の表面に水星の記号が浮かぶのを見て呟き、アズールはさらに表面へマテリアフォンをかざす。

 

《マーキュリーフィニッシュコード! Alright(オーライ)! マーキュリー・マテリアルバスタートルネイド!》

 

 アーカイブレイカーから水色の光線が竜巻めいて照射され、それが炎の龍を薙ぎ払っていく。

 そしてルードも靄も含めた全てが消し去られ、向こう側に立っていたグリーフは恐怖に目を見開いた。

 

「な、なにぃ……!?」

「ハイパーリンクチェンジ!」

《スワイプ!! グラビティガイア、ハイパーリンク!!》

 

 また靄の中に閉じ込められるワケには行かない。

 そう思ってアズールは先程と同じくショートテレポートを駆使し、素速くグリーフの背後に回り込んだ。

 

「ぬうっ! 甘いわ!」

 

 グリーフはそれを先読みして背後へ触手を伸ばすが、そもそも地力が違う。

 アズールセイヴァーの抜刀により、一本残さず叩き斬られた。

 

「な、あ」

「終わりだ」

 

 そう言って、アズールメビウスはベルト左側に装着されたメビウスユニットのスイッチを押し込み、さらにマテリアフォンをサークル上でかざす。

 

《スターリーフィニッシュコード!! Alright(オーライ)!! グラビティガイア・アプリケーションストライク!!》

「そぉりゃあああああっ!!」

 

 腕でせめて防御しようとしたグリーフに対し、重い回し蹴りを食らわせる。

 その一撃は胴を守った腕を容易く圧し折った上、時流減速が解かれて地面に落ちたルードの上に重なるようにグリーフを吹き飛ばす。

 しかし、これだけ殴られても彼らは負けを認めなかった。

 

「ま、まだだ! まだ終わっていない! リカバリー!」

 

 グリーフディクタトルは叫びながらアクイラの力を行使しようとする。

 だが、何も起きない。

 

「なにぃ!? な、ならばデータ・アブソープションを……!」

 

 何度試みても、グリーフが使おうとしているアクイラの力は全て発動しなかった。

 一体何が起きているというのか。当惑しているところへ、アズールから声がかかる。

 

「……完全なアクイラの前で、同じ力を使う事はできないんだよ」

「ど、どういう意味だ」

「僕もこの姿になってから初めて知った話だけど。完成したアクイラがいる場合、その力に満たない『未完成者』たちはいかなるアクイラの能力も行使できなくなる」

「なんだと!?」

「アクセス・リストリクション。アクイラは自分の力が利用される事すら、予測済みだったのさ」

 

 グリーフがまたも愕然とする。

 能力の正体についてというのではなく、未完成者という点についてだ。

 

「バカな! 私の力は完成している! 私こそが真のアクイラなのだ!」

 

 苛立ちながらルードも起こし、グリーフは彼女と共にリューズを回した。

 

Roger(ラジャー)! カオスモード、オン!》

 

 するとルードウィッチは巨大なサソリの怪物に、グリーフもリボルブたちと戦った時と同じ異形の怪物となってアズールを見下ろす。

 

「この美しき我が威光を見よ! これこそが完成形なのだ、神の姿の……はずだ!」

 

 巨大な触手を震わせながらそう言うが、アズールは頑として否定した。

 

「違うよ。お前はアクイラが何を望んでいたのか分かってない」

「なに……!?」

「鷲我さんが言ってた事だ。アクイラは感情に興味を示し、人の姿になったって。そして、人間を支配するためにドライバーを作ろうとしたって」

「それがどうした! 人を支配するために、その後の仮面ライダーとの戦いで怪物になったのだろうが!」

「間違ってるのはそこだよ」

 

 そう言いながら、アズールは巨大な怪物に向かって指を差した。

 

「怪物の姿を取ったのは、飽くまでも反撃するべく戦うためだ。支配するためじゃないし、むしろ人の姿を捨てる事は望まなかったはずだ」

「ぐっ!?」

「それに、あの姿じゃドライバーは使えない。それなら異形の生物になる意味なんかないだろう」

「ば、バカな……」

「だからお前は神なんかじゃない、その姿はアクイラが望んだものじゃない! 自分自身の歪み切った欲望が生んだ、ただの醜い化け物だ!」

 

 鋭い指摘を受けて、カオスグリーフは巨躯を震わせて頭上を見上げ、慟哭にも似た咆哮を発する。

 そして再びアズールを見下ろすと、血走った眼を向けて叫んだ。

 

「許さんぞ!! この私を……愚弄するなァァァッ!!」

 

 狂気に満ち溢れた怒声を響かせ、触手を地上のサソリに巻きつける。

 すると、二体の巨大怪物の肉体が融合を始め、カオスグリーフの下半身はサソリのものに変異した。

 

「とうとう本気になったか……!」

 

 そう言ってアズールは斥力を操作し、宙を跳ぶ。

 サソリのハサミと靄から発せられる爆炎、さらに尻尾の毒針と、多彩な攻撃手段でアズールを追い詰めていくカオスグリーフ。

 アズールもショートテレポートやアーカイブレイカーを駆使して回避し続けるが、突如として背後から襲ってきた雷撃への対処が遅れてしまった。

 そこへ、炎鳥の弾丸がアズールを守る。リボルブが救援に来たのだ。

 

「翔!」

「静間さん!? 大丈夫なんですか?」

「お前にばっか戦わせられるかよ! それに、俺だけじゃねェぜ!」

 

 そう言ってリボルブが地上を指差すと、そこでは雅龍もザギークもキアノスも、ネイヴィやピクシーズも戦っている。

 サソリの動きを分散させるために、全員で散開して攻撃に当たっているのだ。

 もう一度リボルブの方に視線をやると、彼は小さく頷いた。

 

「足止めは任せろ、お前は……やっちまいな!」

「了解!」

 

 アズールが、自らの盾の上部にアズールセイヴァーを組み合わせる。

 それによって剣にスターリットフォトンが集まって行き、緑色に輝く刀身の大剣を形成した。

 

《ブレイクセイヴァー!!》

「皆のためにも……これで、終わらせる!」

《ドライバースキャン!! オール・エフェクト!!》

 

 盾の表面をドライバーにかざし、さらにマテリアフォンを滑り込ませる。

 そして剣を構えた瞬間、剣からビームが発振され、地上どころか惑星さえ斬り裂かんばかりの巨大なビームソードを作り上げる。

 

《グランドクロスフィニッシュコード!! Alright(オーライ)!! アカシック・ブレイクスルー・ブレイク!!》

 

 横に薙ぎ払うように振るわれたビームソードは、醜い合成生物の胴に命中。

 ズル、と音を立てながら、背後の無数の建造物ごと、上半身と下半身を真っ二つに焼き斬った。

 

「あ、が」

 

 大サソリから離れ、上半身だけで浮遊するカオスグリーフ。

 その両眼には血の涙が溢れ、なおも諦めまいと天を見上げて手を伸ばす。

 

「まだ、だ……私は神に……世界の……ちょうて……」

 

 ただひたすら上へ、上へと伸ばした腕の先にいたのは。

 ドライバーのプレートを押し込み、必殺技を発動しようとしている仮面ライダーアズールの姿だった。

 

《アストラルフィニッシュコード!!》

「お前の欲望(ゆめ)は終わりだ」

All together(オール・トゥギャザー)!!》

 

 全身を青く輝かせ、さらにスターリットフォトンを右足に集中。

 そして両肩と胸の地球・太陽・月のエネルギーを爆発させ、カタルシスエナジーを一気に解き放ち、時流加速によって素速く蹴り出す。

 星々を背負って飛んで来る熱閃のキックを、カオスグリーフは防ぐ事すらできず、顔面で受けた。

 

《エタニティ・アプリケーションコンプリート!!》

「そぉりゃああああああああああっ!!」

「ブゥアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 グラビティガイアが生み出した重力と共に、二人は激しい速度で落下して行く。

 舞い上がった砂煙が晴れた時、変異が解除された遼が、意識を失って仰向けに倒れている姿が露わとなる。

 ――それは、長きに渡って翔たちを巻き込み続けた因縁が、終わりを告げた事を示していた。



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EP.50[望まれた未来へ]

 仮面ライダーアズールメビウスとなった翔がグリーフディクタトルを討ち倒した直後。
 地上で戦っていたリボルブたちとカオスルードとの対決も、終わりの時を迎えてつつあった。
 巨大サソリのハサミをピクシーズとネイヴィが切断し、さらに雅龍が尻尾を凍結させた。

「ぐ、ううううう! 嘘だ、嘘だ……私がこんな見苦しくなるはずがない! こんな醜い負け方なんてぇ……!」

 今度はキアノスとザギークが、サーベルや槍を使って脚の関節を破壊していく。
 肉体の再生も追いつかず、真正面に飛んで来たリボルブがヴォルテクス・リローダーを構えて必殺技を発動した。

《フレイミングフィニッシュコード! Alright(オーライ)! イーグル・マテリアルボンバード!》
「くたばりやがれェェェッ!」

 炎の荒鷲が、身動きの取れないサソリの頭部を燃やす。

「ヒイッ! 熱い、熱いいい!?」

 またしても顔を攻撃され、悶え苦しむルード。
 そこへ、ザギークが上からスピアーモードのスタイランサーを携えて降って来た。

《パニッシュメントコード!》
「姉貴! もう観念しなよ!」
Oh YES(オゥ・イエス)! フォレスト・マテリアルスティング!》
「まだ終われないなら……ウチが止めるっ!」

 穂先からインクが飛び出し、巨大な刃を作り出す。
 それが背中から突き刺さって腹を突き破り、カオスルードは一際大きな悲鳴を上げ、ついに変異が解除された。
 トランサイバーGからマテリアプレートが飛び出し、それに反応してすぐさまキアノスがサーベルを投擲。
 フェアリーテイル・プリンセスのマテリアプレートは、粉々に砕け散った。

「ウ、ウギ……ギ……」

 仰向けに倒れて泡を吹いて気絶しているハーロットの顔は、翔に集中的に殴られダメージを負った事で、見る影もなく歪んでいた。
 鼻は平らに潰れ、右頬には拳の痕がくっきりと残り、顎が砕けて前歯は全て折れている。
 通常であれば解除によって起こる再改造により、ここまでの傷は残らないのだが、余程強く殴られたようでダメージをカバーし切れていない。
 Cytuberたちの科学技術で治療をする事もできるのだが、TOP7が全て倒された事でもはや壊滅状態。その望みもないだろう。

「これが悪女の最後か。欠片も同情しようと思えねェな」
「全くです」

 変身を解除した鷹弘と響が良い、翠月に視線を送る。
 浅黄からも背を押され、翠月はフッと笑みを浮かべてからハーロットに、そして同じく倒れている遼と都竹に手錠をかけた。さらに、地面に落ちているフラッド・ツィートのマテリアプレートも破壊する。
 彼と浅黄、そしてアシュリィたちにとっての悪しき因縁も、これでようやく終わったのだ。

「……これでやっと……あいつらも前に進めるな」

 合流した翔と響たちが語らうのを見ながら、肇は呟く。
 サイバー・ラインの空は相変わらずドス黒いままだが、彼の心は澄み渡っていた。
 こうして、翔たちはゲートを通って現実世界へと帰還するのであった。



「おやおや……」

 地面から吹き上がる黒い炎と、愉快そうな笑い声に気付かずに。


 12月24日、雪の降り積もる季節。

 久峰との戦いから二日経った天坂家の食卓には、翔と響とアシュリィに加えて、新たに三人が加わっていた。

 一人は面堂 彩葉、残る二人はツキミとフィオレだ。

 

「アシュリィ、あなた毎日こんな美味しいもの食べてたの!?」

「あぁっ、こんなのはしたないのに! お箸が止まりません!」

 

 二人の言葉を聞いて、なぜかアシュリィの方が得意気に胸を張る。

 アシュリィの妹であるツキミ及びフィオレは、肇が引き取る事となった。

 トップである久峰 遼が逮捕された事で、彼の一族もほとんどが罪状を明らかとされて逮捕に至り、身柄を確保されていない者たちに関しても雲隠れしている。

 ハーロットに至っては正確な家族構成どころか本名すら不明な上、本人が自分の顔を見て発狂してしまい、会話が成立しない状態だ。

 よってアシュリィ自身の希望もあり、彼女らは家族に加わったのである。

 

「でもアシュリィちゃん、僕に『美味しい』って言った事ないよね」

 

 翔がそう言うと、アシュリィはギクッと身を震わせる。

 今の彼は、右眼に眼帯を付けている。かつてのアシュリィと同じように。

 

「だ、だって」

「いやぁ、一回で良いから直接聞きたいなって。君の口から」

「……ショウのバカ」

 

 頬を膨らませるアシュリィ。その姿に、翔は微笑んで頭を撫でる。

 二人の様子を見ていた彩葉も嬉しそうに微笑んで、響に語りかけた。

 

「楽しいね……響くん」

「ああ、賑やかだ。彼女らを助ける事ができて本当に良かった」

「ふふっ。ところで」

 

 ヒソヒソと、彩葉は声を小さく抑えて響に囁く。

 

「今日の夜……私の家に、来て欲しいんだけど」

「もちろんいいよ」

「それから。それから……明日のクリスマスまで、一緒にいて欲しい」

「へっ!?」

「ダメ、かな?」

 

 潤んだ瞳で見上げられ、響は思わず頬を紅潮させる。

 そんな甘い雰囲気を醸し出す響と彩葉に、ツキミは目を輝かせている。

 

「きゃぁーっ、逢瀬ですわ逢瀬! 聞きましたかお姉様、アシュリィ!」

「聞いた聞いた! 二人でえっちな事するんだ! やらしーっ!」

 

 ツキミに同調して煽るフィオレに、顔を真っ赤にするアシュリィ。

 響は、慌てて二人に注意した。

 

「こ、こら二人とも! やめないか! それこそはしたないぞ!?」

「私は、その……響くんなら良いよ」

「あああ彩葉さん!?」

 

 思わぬ方向から攻撃を受けた響は、より困惑して隣に座る彼女を見やる。

 

「あははっ。本当、賑やかになったなぁ」

 

 今は肇がいないものの、久し振りの家族の団欒。

 温かな心地に、翔は身を任せるのであった。

 

「翔ー! 笑ってないでなんとかしてくれー!」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「では、アクイラはもう復活しないんですね?」

 

 一方、ホメオスタシスの研究施設にて。

 鷲我と肇、そして鷹弘・陽子・翠月・浅黄・宗仁は、会議室にて会合を行っていた。

 たった今質問を繰り出したのは陽子だ。真剣な面持ちでメモを取り、鷲我を見据えている。

 

「恐らく間違いない。響くんと警視がマテリアプレートを破壊した事で、内部のデジブレインを取り出せなくなったはずだ。念の為に残骸も持ち帰った。あのデジブレインが復活の鍵となる以上、この先アクイラが蘇る事などない」

 

 それを聞くと、安心したように陽子の表情が緩む。

 しかし、宗仁は違った。

 

「だがまだ戦いは終わっちゃいないだろ。あのスペルビアが残ってやがる」

「確かに。アクイラという最大の危機は去ったが、敵のデジブレインは未だ残存中だ。油断大敵だな」

 

 二人の発言に、陽子も同意を示した。そこへ、今度は浅黄が唇を尖らせながら口を挟んだ。

 

「んでもさー。翔くんがいるなら大丈夫じゃない? アレならあの子、もうスペルビアに負けないでしょ」

「正直、我々が必要なのか疑わしい程の戦闘力だったな……」

 

 神妙な面持ちの翠月。

 拳法家として、特に戦闘面について自信と自負を持っていただけに、アズールメビウスの圧倒的な力には舌を巻いていた。

 

「翔に頼り切るのも良くないだろう。あいつの力は完全に人間の範疇を超えている」

 

 そう言ったのは肇で、対して陽子が「そんな言い方は」と反発を示した。

 すると、肇は険しい目つきをしながら首を横に振る。

 

「あの場はああするしかなかった、だから誰もあいつを責めちゃいけない、化け物と罵る権利もない。だが『完全なアクイラになった』という事実を建前にして、あいつの力を良いように利用するのは違う。そんな事をすれば、ホメオスタシスは久峰たちと同じになるだろう」

「それは……」

「あいつが人間を超える力を手にしたからこそ、俺たちは自分の手で戦う事に対して、慎重にはなっても臆病になっちゃいけないんだ。それを俺は……嫌という程思い知っている」

 

 言い淀む陽子。浅黄もバツの悪そうな顔をしており、翠月は己への反省も含めて深く首肯していた。

 皆が沈黙して気まずい空気になってしまい、鷹弘は咳払いをした後、話題を変え始める。

 

「英警視、捕まえた連中の処遇についてはどうなってんだ?」

 

 話を振られた翠月は、マテリアパッドを取り出して操作し、その場に資料を投影して説明を始める。

 

「身柄を確保した久峰の一族は、久峰 遼以外は全員人間でした。なので通常通り、司法の裁きが下るでしょう。もちろん……連中の息がかかっていない者たちの手で」

「昨日だけでこれだけの数を……流石スね、昇格もすぐなんじゃねェか?」

「フッ、冗談を。久峰 遼自身とハーロットについてですが、連中はデジブレインやアクイラとしての力を持つので、特殊な場所に収容する事になりました」

 

 特殊、という言葉に鷲我や鷹弘は眉を釣り上げつつも詳細を求める。

 

「海底です。回線が一切通っておらず、かつ脱出できたとしても逃げ道のない場所というのを考えるとこれしかありませんでした」

「なるほど……それなら、肉体をデータ化しても無意味だな。曽根光 都竹の方は?」

「彼に関しては、まずあの強すぎる腕力を抑え込む方法を探している途中です。今は麻酔や催眠ガスでどうにかできていますが、耐久性を高めた牢すら素手で破りかねない勢いだったので……」

「了解した、我々も何か手を考えておこう。引き続き警戒を頼む」

 

 その後も会議は続いていき、議題がなくなる頃には日が暮れてしまっていた。

 浅黄はそのまま、机に突伏して大きく腕を伸ばす。

 

「はーぁー、やっと終わったー。まぁウチはクリスマスなんてひとりぼっちで寂しく過ごすんDEATH(デス)けどねーあははー」

 

 自分で口走っておきながら、浅黄は「なーにがクリスマスじゃーい」と嘆いている。

 そんな彼女に、翠月は不思議そうな顔をして声をかけた。

 

「なんだ? お前ひとりで過ごす気なのか?」

「そーだよー……ハハッ、どうせウチなんかー……」

「じゃあ、どうだ。たまには私と一緒に飲み明かすというのは」

「……えっ?」

 

 大層驚いた様子でバッと顔を上げ、浅黄は翠月を見る。

 彼はきょとんとしながら、続けて言った。

 

「私もちょうど予定が空いている。クリスマスくらい、お前とゆっくり休もうと思うんだが」

「そっ、それは……ウチは別に良いけど、さ。ほんとにゲッちゃんは良いの?」

「イヤなのか?」

「う、ううん! 分かった、行こう行こう!」

 

 翠月の気が変わらないようにと思ったのか、急かすように背を押す浅黄。

 それを横目に見ながら鷹弘と陽子は先に退室し、二人で並んで出口へと歩いていく。

 途中、陽子は鷹弘の左手を握った。とても頼れる、大きな手。

 

「……陽子」

 

 そんな手が彼女の手を握り返すと同時に、鷹弘が声をかけて来る。

 

「クリスマス、さ。俺と一緒にいられるよな?」

「うん、もちろんだよ。他に予定なんか絶対入れないし」

「そっか。じゃあ良かったんだ」

「なになに? どうしたのいきなり」

「クリスマスになったら言いたい事あんだよ」

 

 ぶっきらぼうに、そして照れて頬を赤くしながら鷹弘は言った。

 最初、陽子にはその意味が分からなかった。

 だが歩いている内に、頭の中でその言葉を何度か反復させている間に、陽子の顔も赤く染まる。

 

「それ、って」

「だあークソッ! 隠すの難しいなやっぱ! そーいう事だよ!」

 

 鷹弘が熱くなった額を手で押さえ、早足になって恥ずかしそうに叫ぶ。

 一方の陽子は、瞳を潤ませて立ち止まっていた。

 

「……嬉しい、ほんとに嬉しい。ずっと待ってたんだから」

「陽子……」

 

 溢れる涙を指で拭い、戻って来てくれていた鷹弘の方に歩み寄る。

 そして、彼の腕に抱きついて満面の笑みを浮かべた。

 

「で、どうなんだよ。OKなのか?」

「うふふ~。クリスマスまでナーイショ」

「なんだそりゃ」

 

 

 

「あああぁ~……やっぱりダメだったぁ~……」

 

 同じ頃。帰宅した琴奈は、大層落ち込んだ様子でテーブルにもたれかかる。

 戦い続きで予約を忘れてしまっていたため、市内の家電量販店などへクリスマスに合わせて販売される怪獣のプラモデルを買いに向かったのだが、あえなく撃沈。

 彼女が狙っていたのは『リーヴァ&ヴァイス』というロボットと怪獣のコンビが戦うというアニメのプラモで、二体のセット販売も行われていたのだが、それも完売してしまっていた。

 何の成果も得られず、琴奈は深く落胆する。

 

「サンタクロースが実在したらなぁ~……あああああ~……」

 

 そんな塚原宅に、チャイムの音が響いた。

 ローテンションのまま琴奈が玄関に向かい、ドアを開くと、そこには荷物を抱えた鋼作がいた。

 

「なんだ鋼作かぁ」

「さてはオメー俺が一応先輩だって事忘れてんな? で、どうだったんだよ例のアレ」

「ダメだったわよチクショー!! 忙しさのせいで忘れた私を、笑いたきゃ笑いなさいよー!!」

 

 ヤケクソになって琴奈が言うと、鋼作は溜め息と共に持っていた荷物を彼女に手渡した。

 セット販売の片割れ。怪獣の方のキットだ。

 

「やるよ」

「え?」

 

 目を丸くする琴奈。鋼作は意地悪するでもなく、真っ直ぐに差し出している。

 

「い、良いの?」

「ロボットの方のついでに予約しただけだからなぁ、二体並べた方が見栄えが良くなるのは確かだが。それに、どーせ俺はロボオタクだ」

 

 彼にしては珍しい、本音の優しさから来るプレゼント。

 頬を染めて瞳を輝かせ、琴奈は思わず呟いた。

 

「サンタさん……?」

「オイ。誰が白髭の太ったオッサンだオイ」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 そして同日の夜、時刻は11時50分。外ではまだしんしんと雪が降っている。

 自らのベッドで眠っていた翔は、自室内で人の気配を感じて目を開く。

 見れば、アシュリィが怯えた様子でベッドの前に座っていた。

 

「アシュリィちゃん?」

 

 声をかけると、彼女は震えながら翔に近づいていく。

 その睫毛は、涙で濡れていた。

 

「どうしたの!? 何かあった!?」

「……その……怖い夢、見たの……」

 

 震えながら、アシュリィはゆっくりと語る。急かさず笑わず、翔は最後まで話を聞き続ける。

 

「ヒサミネ リョウが、私に襲いかかって来る夢……あの時、ショウがいなかったら……ショウが本当に死んでたら、私は……」

「アシュリィちゃん」

 

 身を起こした翔は、彼女の体を優しく抱き締めて、ゆっくりと背を撫でた。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。僕はここにいるよ」

 

 アシュリィから感じる不安も恐怖も、全て抱きとめる翔。

 その翔の体温を確かめるように、アシュリィは強く、強く彼の体を抱き締め返す。

 震えが止まり、胸の中で泣く声も段々小さくなり始めて、翔は声をかけようとする。

 だが、直後にアシュリィは顔を上げた。

 相手の吐息がかかる程の距離間。熱を持ったお互いの顔と顔が、もう間近にある。

 唇が触れそうなくらいに。

 

「……ショウ」

 

 アシュリィが頬を上気させたまま、名を呼ぶ。潤んだ瞳がじっと顔を見上げている。

 翔は自分の鼓動が強くなり、体温が上がるのを感じていた。

 そこから先を、二人は言葉にしなかった。

 ただ唇を重ね合って、しなだれかかる形で二人一緒にベッドの上に横たわり、そして互いの手を握って指を絡め合う。

 二つの体をひとつにしようとするように、心に残る傷や靄のかかった気分を消し飛ばし、荒くなる息と火照る体が生を証明する。

 何度も、何度でも。彼らは相手を求め合った。

 ――時刻は、とっくに12時を過ぎていた。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 1月1日、即ち2021年。

 少し前までクリスマス気分だった帝久乃市の住民たちは、あっという間に正月に浮かれ、思い思いの日常を過ごしている。デジブレインが現れていた頃が嘘のようだ。

 無論ながら、久峰 遼の引き起こした事件を、誰一人として忘れてはいない。いずれ風化するとしても、かの一族が齎した陰惨な闇は、年を越しても人々の記憶に刻み込まれた。

 同時に、彼らは皆知っている。ホメオスタシスを知らずとも、その都市伝説を覚えている。戦う姿を、間近に見た者たちもいる。

 人々の自由と平和のために戦う戦士、仮面ライダーを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしホメオスタシスによって一応の収束がされたかに思われた事態は、大きく動き出していた。

 

「ったく、散々な年明けになっちまったな……!」

 

 地下研究施設には、仮面ライダーに変身できる七人とツキミ・フィオレ、さらに宗仁・鋼作・琴奈・陽子が集まっていた。

 突然に鷲我から緊急事態との連絡を受けたため、ただ事ではないのを悟っており、全員真剣な表情だ。

 

「皆、正月だというのに集まって貰って申し訳ない」

「いいですよそんなの、それより一体何が起こったんですか?」

「実は、あの後も量産フォトビートルをサイバー・ラインに飛ばして、定期的に監視していたのだが……これを見てくれ」

 

 それは、七つある各領域の中継映像だ。全員が知っている限りで、現在は『虚栄』『激情』『懈怠』『大欲』『貪食』の五つの領域が崩壊しているはずだった。

 だが。映像ではプレートを失ったはずの『羨望』と『淫蕩』の領域も崩壊していた。

 この状況には全員が驚き、特に鷹弘は思わず声を張り上げていた。

 

「なっ!? お、おい親父! こいつはどういう事だ!?」

「……見ての通りだ。どういう理由かもどのようにしたのかも分からないが……アクイラ復活の危機は、まだ去っていなかった!」

 

 ざわめくホメオスタシスの面々。

 直後、淫蕩の領域だった場所を飛んでいたフォトビートルが動きを止め、何者かによって視点を後方に動かされる。

 映ったのは、孔雀の仮面の男の顔だ。

 

Happy New Year(ハッピー・ニュー・イヤー)! ホメオスタシスの皆様、ごきげんよう』

「スペルビア!?」

 

 再び室内で動揺が広がる。

 彼の手には、フラッド・ツィートとフェアリーテイル・プリンセスのマテリアプレートが握られていたのだ。

 

「貴様! どうやって……それは俺たちが破壊したはずだ!」

 

 響に詰められると、スペルビアは高笑いしながら種明かしを始める。

 

『プレートを破壊した程度では、中身のデジブレインは死なないんですよ。彼ら二体はあなた方に破壊されると分かった瞬間、地面に溶け込んで姿を隠したのです』

「なっ……!?」

『そして、私が空のマテリアプレートを用意し、再び封入した。作るまでに少し時間がかかりましたがね……残念でしたねぇ?』

 

 くつくつと笑いながら、スペルビアは指を弾く。

 すると、スクリーンに座標が表示される。

 

『ここにお越し下さい。もちろん、罠などはありません。もう小細工など必要ないですからね』

「……決着をつけようって言うのか?」

 

 翔が問うと、スペルビアはやはり笑い声を上げながら、しかし否定した。

 

『祝福して頂きたい。我が神の復活を、輝かしき時代(ニュー・イヤー)の幕開けを。それでは』

 

 指を弾く音と共に、スペルビアが姿を消す。

 話を聞いていたホメオスタシスのメンバーたちには、混乱と当惑が広がっている。翔も、突然の事に驚愕するばかりだった。

 

「ショウ……」

 

 しかし不安そうに自分を見上げて手を握るアシュリィを見て、翔は表情を引き締めた。

 彼女の手を握り返し、共に戦って来た仮面ライダーたちに向かって言い放つ。

 

「行きましょう! 今度こそ、全てを終わらせるために!」

 

 

 

 仮面ライダーたちが指定された座標に向かうと、そこには大きなテーブルがあった。

 以前に進駒や律、彩葉から得た情報と合致する会議場だ。今は崩壊し、天井も壁もなくなってしまっているが。

 

「こんな場所があったのか……」

 

 七つの領域の境目に隠された場所。山のように偽装する事で、監視の目を逃れていたのだ。

 

「で、ヤツはどこだ?」

 

 周囲を見回しながら、響が言う。自分で場所を指定しておきながら、スペルビアは影も形もない。

 翠月や浅黄も周囲の捜索を開始するが、やはり何も見つからない。

 そんな時。ふと空を見上げた翔が、ハッと目を見開いた。

 普段と同じくドス黒い色彩を放っているが、いつもよりずっと空が遠い。

 否、遠くなったのではない。翔の目がおかしくなったのでもない。

 今まで自分たちが空だと思っていたものは、実際には雲だった。それが今は消え、遮蔽がなくなったから広く見えているだけだ。

 

「アレは……!?」

 

 その遮蔽がなくなった空に浮かぶものを見て、翔は驚いたのだ。

 そこにあるモノの正体は漆黒の太陽。ドス黒い瘴気と微光を放ち、空を埋め尽くす程の雲を作り出す巨大な球体。

 他の面々も翔の視線に気づき、愕然としている。

 

「あ、あんなものが……!」

「まさかずっとそこにあったってのか!?」

 

 肇と鷹弘が言う。しかも、球体は徐々にだが確かに近づいているようだった。

 

「おい、おい! アレが落ちたら一体どうなるんだ!?」

「くっ!」

 

 球体を止めるべく、翔がアプリドライバー∞を装着しようとする。

 だがその瞬間。九人の体は、黒い炎に包まれて消えてしまった。

 

「うわっ!?」

 

 再び目を開くと、潜入した九人は全員、先程見上げていた球体の上に立っていた。

 目の前にあるのは七本の柱と、巨大な穴。柱にはケーブルが接続されており、その先は穴へと繋がっている。

 

「ようこそお越し下さいました」

 

 そして。穴の前に立っているスペルビアが、恭しく一礼する。

 

「今日はアクイラ様復活の儀に立ち会って下さいまして、誠にありがとうございます」

「ふざけんじゃねェ! アクイラもテメェもぶっ潰して……それで全部終わりだ!」

 

 アプリドライバーを呼び出し、装着する鷹弘。翔たちも同様に、変身のためのツールを装備した。

 九対一。しかし、それでもスペルビアは余裕の態度を崩さない。

 そのまま自らの胸に手をやって、そこから光の球体を取り出して見せる。

 

「覚えていらっしゃいますかぁ、これを」

「僕から抜き取ったアクイラの力……?」

「あの時奪ったのは、それだけではありません。注射器に付着した、あなたの遺伝子情報……それをコピーさせて頂きました」

「どういう事だ」

 

 翔に問われ、スペルビアは大きな笑い声を上げる。

 すると、背後の穴の中から、ケーブルに繋がれた発光する人型の何かが浮かび上がって来る。

 スペルビアはそれに向かって、光の球を投げつけた。

 光と光が溶け合い、ケーブルが全て千切れ、浮かび上がった『ソレ』が実体を持ち始める。

 

「かつて静間 鷲我から人間の姿を得たように! 今のアクイラ様には、相性の良い人間の遺伝子情報が必要だったのですよ! それがあって、ようやくアクイラ様はこの世に留まる事ができる!」

「なっ!?」

「そしてあなたはアクイラ様に最も近い存在、間違いなく適合する! 666の罪人たちの欲望と狂気を喰らい、ついに蘇るのだ! さぁ……来ませぇぇぇぇぇい!」

 

 輝く人型の一糸まとわぬ何か、アクイラはゆっくりと目を見開く。

 徐々に五体が人間の肉体へと変わって行き、顔も作り出される。

 その顔つきは――瓜二つという程同じではないが、翔とそっくりだった。

 

「ク、ククク……ハハハハハハハ、ハレェェェェェールヤァァァァァーッハハハハハハァーッ!!」

 

 誕生を目の当たりにしたスペルビアは拍手喝采をアクイラへと贈り、二つの機械を放り渡す。

 一つはかつてアシュリィが持っていたデジタルフォン。そしてもう片方は、アプリドライバーの原型となった黒いベルト、カーネルドライバーだ。

 アクイラはそれを装着し、さらに自らの手の中にマテリアプレートを形成すると、微笑みながら起動する。

 天使の翼のような装飾がされたそれは、福音(ゴスペル)を思わせる清らかで高らかな音声を放った。

 

《パラダイス・ナイトメア!》

 

 プレートが、ドライバーに装填される。誰もが、その姿に目を奪われていた。

 

《ワールド・イズ・マイン! ワールド・イズ・マイン!》

「変身」

All Hail(オールハイル)! デジタライド! ナイトメア・アプリ!》

 

 全身が白い光に包まれ、漆黒のアンダースーツに変わる。

 

《欲望! 衆望! 祈望!》

 

 さらに純白のアーマーが装着されていき、鮮血のような紅いエネルギーラインが張り巡らされ、さらに金色の角が頭から伸び出る。

 

《望まれし電脳神(デウス・エクス・マキナ)、インスタンス!》

 

 両眼が赤く輝き、最後に背中から真っ白な翼が伸び出た。

 以前アズールメビウスからも感じた、凄まじい力。それとほとんど同じものを、絶対的な力の差を鷹弘たちは感じていた。

 だが。翔は、それでも戦おうとしている。

 

「お前がアクイラか……!」

「随分と待たせてしまったようだ。そうだ、僕がアクイラ。仮面ライダーパライゾだ」

 

 翔が立ち向かおうとする姿を目の当たりにして、全員が奮い立つ。

 彼の隣に並び、同じように仮面ライダーパライゾと名乗った者と対峙した。

 

「みんなの未来のために、お前を倒す! 行くぞ!」

 

 全員が一斉に変身し、パライゾへと疾駆した。

 

「ああ、やはり人間は――美しい」




次回、最終章

File.05[天獄変]

地獄と煉獄の刻は過ぎ、世界に終焉が訪れる――


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File.05[天獄変]
EP.51[そして楽土に至る]


 夜、帝久乃市のビル街の屋上にて。
 一人の男が、地上を見下ろしていた。
 誰もが皆な日常を謳歌し、些細な諍いが起きる事もなく、平和に暮らしている。。

「……」

 男はフードのついたコートを羽織っているため、目元や鼻などが影に隠れており、その素顔は窺い知れない。
 しかし、明らかにその内側にある表情は、怒りで満ち溢れている。

「ブッ壊してやる、こんな世界」

 その言葉と同時に、男の姿は消える。


 ――1月11日の帝久乃市。

 冬休みが明けて最初の授業が終わり、太陽を背にして放課後の道路を学生たちが闊歩する。

 その学生たちの中には、当然翔の姿もあった。

 

「今日は久々の授業だったねー。皆、どうだった?」

 

 彼と共に歩くのは、兄である響や友人の鋼作と琴奈だ。

 鋼作と琴奈は、げんなりとした様子で翔を振り向く。

 

「だるい」

「ほんとにそう。だっっっるい」

「なー、マジでなー。勉強がイヤとかそういうんじゃなくて……なんか夏休みやら冬休みが終わってからの授業ってだるいんだよな」

「ねー。こたつ入ってゆっくりしたいねー」

 

 そう言って、二人は深く溜め息をつく。

 響と共に苦笑しながら話を聞いていた翔だったが、ある事実に気付いて首を傾げた。

 

「あれ? 琴奈さんの家ってこたつありましたっけ?」

「え? あぁそっか、こたつは鋼作の家だった」

 

 あっけからんと笑う琴奈と鋼作。

 しかし、天坂兄弟はこの事態を一大事と認識し、ヒソヒソと話し始める。

 

「この二人、いつの間にそんなに仲良く……?」

「うぅん、分からん。元々仲は良かったと思うが、確かに心なしかいつもより距離感は近い気がするな」

「冬休みの間に何かあったのかな」

 

 そんなとりとめのない事を話している間に、彼らは目的地であるそれぞれの自宅に近づいていく。

 鋼作たちに別れを告げ、翔は鍵を開けた。

 すると、響が思い出したように「あっ」と声を上げる。

 

「すまん翔、実は後で出かける事になってるんだ」

「あぁー……もしかして面堂さんのところ?」

「そうだ」

 

 ゆっくりと頷き、響は見るからに胸を躍らせている様子で笑顔を浮かべる。

 

「実は彩葉さんだけじゃなく、彼女の両親も一緒に夕飯に行く事になってな」

「へぇ、良かったじゃん! じゃあ、あの人を『姉さん』って呼ぶ日も遠くないね?」

「そ、それは気が早いぞ翔」

「そんな事言って、本当は嬉しいクセに」

「むむむ……とにかくそういうワケだから、今日は夜に帰る事になる」

「オッケー。楽しんで来てね」

 

 照れ笑いしながら、響は扉を開いて翔と共に家に入った。

 すると、すぐに三人の少女が出迎える。アシュリィとツキミとフィオレだ。

 

「おかえり。ショウ、キョウ」

「お兄様! 今日も良い子にしてましたわ、褒めて下さいまし!」

「翔兄ちゃーん、後で一緒にゲームしよー?」

 

 にへらー、と八重歯を見せながらそんな提案をするフィオレを押しのけ、アシュリィは頬を膨らませながら翔に抱きつく。

 まるでフィオレから翔を守ろうとしているかのようだ。

 

「フィオレ姉さん、最近ベタベタしすぎ」

「ええ~。良いじゃんちょっとくらい、別にアシュリィから取り上げるつもりなんかないって」

「あらあら、うふふっ」

 

 三姉妹が集まり、まさしく姦しく喋り合う。

 翔は、そんな彼女らの様子に苦笑しつつも手を挙げ声をかけた。

 

「あの~……とりあえず中に入れさせて……?」

 

 その後。

 夕飯を摂り終えて風呂も済ませ、四人はモンスターハンティング系のゲームに興じる。

 アシュリィは翔と会った頃からゲームを始めているためある程度上達しているが、ツキミ・フィオレはそうではない。

 なのでプレイスキルにどうしても差があるものの、三人にとって師匠である翔がその穴をカバーしている。

 

「あっ、やば! 誰か回復を……」

「はい回復」

「わお! 流石翔兄ちゃん!」

「尻尾は私にお任せを」

「お願いツキミちゃん。アシュリィちゃん、閃光残ってる?」

「今使ったよ、これで品切れ」

「オッケー。じゃあこれで仕留めよう」

 

 そうして四人で協力プレーをしている内に、モンスターを倒してレザルト画面に移る。

 すると、フィオレが両手を上げて歓喜の声を発した。

 

「やったー! やっとこのドラゴンからタマが出たー!」

「待って待って待って。フィオレちゃん、タマじゃなくて(ぎょく)。宝玉ね?」

「えータマで良いじゃん。二つ出てるし金色で光ってるし」

「ダメです! 違います! っていうか金じゃなくて黄色だからそれ!」

 

 慌てて指摘する翔の横で、ツキミがくすくすと含み笑いをする。

 

「お姉様本当にお好きですのね、タマタ――」

「ツキミちゃんもはしたないからやめなさい!! もー、ツッコミが追いつかないよぉー……」

「あらあら、お兄様ったら女の子に『突っ込み』だなんて。うふっ」

「そういう事じゃないからね!?」

 

 翔がそんな反応を示すと、二人は無邪気に笑顔を見せる。

 一緒に生活する事になってから、ツキミとフィオレは翔にすっかり懐いていた。無論肇や響にも家族として仲良く接しているが、翔に対しては特に好意を見せている。

 彼の作る料理が美味であるというのも理由のひとつだが、基本的に翔は面倒見が良い上に世話焼きなのだ。

 なので必然的に接する機会が多くなり、彼女らの方からスキンシップを取る事も増えている。

 さらに、アシュリィの様子にも変化があった。

 

「ショウ」

「ん、何?」

「私まだタマ出てない」

「宝玉ね!?」

「ふふ……冗談だよ」

 

 クリスマス以降、このように冗談を飛ばしたり翔へ素直に笑顔を見せる事が増えたのだ。

 呆れつつも、翔は楽しそうな彼女らを見て笑みを浮かべる。

 

「幸せだな……」

 

 何気ない日々。嫌な事を忘れられる時間。

 翔にはとても心地が良かった。愛するアシュリィや、響と肇と過ごす時ももちろん、新しい家族であるツキミやフィオレと遊ぶのが楽しいと思えた。

 たとえ、それが彼にとっていつもの事(・・・・・)だとしても。

 

「でも今日はここまでにしよっか。さ、皆寝るよー」

『はーい』

 

 三人が声を合わせ、それぞれ就寝の準備を始めた。

 

 

 

 翌日。

 翔はベッドの上からゆっくりと身を起こし、大きく伸びをして素裸の上半身を布団から晒す。

 その隣では、アシュリィが眠っている。同じく裸体を晒しており、肢体には小さく赤いシミのように見える吸い痕が点々と残っていた。

 布団の外の冷気を感じると、アシュリィはブルッと身を震わせてから目を開く。

 

「ショウ……さむい」

「ふふ、ごめんごめん。おはよう」

「おはよ」

 

 小さく頷くアシュリィの額に口づけをし、翔は「ちゃんと着替えなよ?」と言って微笑み、寝間着を着直してから部屋を後にする。

 

「さて」

 

 洗面台の前に立ち、鏡を見る翔。

 いつも通りの黒い髪、いつも通りの青みがかった瞳。

 蛇口から水を出して顔を洗い、口内を濯ぎ、再び見上げる。すると翔は、はだけたシャツから覗く胸の付近に違和感を覚えた。

 と言っても大きな目立つ傷があるというのではない。

 

「あっ」

 

 赤いアザ、というよりも吸い痕がある。しばらくは元に戻らないだろう。

 幸いにも今は冬なので、クラスで誰かに見られる心配はない。洗面所から出た翔は、朝食の準備に取り掛かる。

 次第に響やアシュリィも部屋から出、ツキミとフィオレも起きて来る。肇はまだ帰っていないようだ。

 雑談をしながら手を合わせて、五人は朝食にありつく。

 

「三人で住んでた頃だったら、今でもおせち余ってたんだけど。今年からはもっと作らなきゃいけないかな」

 

 翔は楽しそうに笑い、箸を進める。

 朝食を済ませると、翔と響は学生服に着替えて学校に向かう準備をする。

 そして鞄を持って玄関前に立つと、アシュリィはそっと翔の前に近づいて、彼の両肩を手にかけて背伸びをする。

 

「ショウ、いってらっしゃい」

「うん。いってきます」

 

 小さく唇の触れ合う音が鳴り、二人は照れながら微笑む。

 その後、ツキミとフィオレに茶化されるアシュリィに手を振って、翔たちは通学路に向かった。

 

「……なんというか。まるで新婚みたいだな」

「まだ学生だけどね」

 

 あはは、と嬉しそうに笑う翔。

 すると響は「そういえば」と切り出して、鞄の中からN-フォンを取り出した。

 

「新婚で思い出したが、静間さんから連絡があってな」

「なに?」

「二月に結婚が決まったそうだ」

「えっ、ほんとに!?」

 

 響は頷き、画面を見せる。

 そこには左手の薬指に指輪をはめて瞳を潤ませながら微笑む陽子の姿と、その右隣で号泣している彼女の父親、そしてそれを大笑いしながら見ている母親の姿があった。

 陽子の左側には鷹弘も座っており、柔和に微笑んでいる。

 

「じゃあ皆でお祝いしないとね!」

「フフッ、そうだな」

 

 楽しみが増えた、というような笑顔で翔も響も歩き続ける。

 途中で鋼作・琴奈とも合流するが、正門まであと少しというところで翔のN-フォンからメッセージの着信音が響く。

 

「うん?」

 

 アシュリィたちだろうか、と思って手に取り確認する翔。

 相手は、自分の知らない人物だった。名前には『F』と記載されている。

 Fからのメッセージは、以下のようなものであった。

 

『本当にそれで良いのか?』

「……なんだこれ?」

 

 首を傾げる翔。きっとスパムや詐欺の類だろうと思い、メッセージを削除して校舎に急いだ。

 

 

 

『本日の激熱大陸が密着取材するのは、国境を跨いで活動する医師、金生 樹さんです。この方は……』

 

 帝久乃学園の昼休み。

 クラスの男子生徒たちが見ている動画から流れる音声を聞き流しつつ、翔は男女を問わず友人と共に食事を摂っていた。

 その途中、再び着信音が鳴る。

 

「……また?」

 

 再度、翔は確認する。やはりFという人物からだ。

 

『お前はこのままでいるのが正しいと思っているのか?』

 

 文面を確認して、翔は眉をしかめながらまた削除する。

 何が何やら意味が分からない。どうせイタズラなのだろうが、一体この人物が自分の何を知っているというのか?

 翔はそう思いながら、卵焼きを口に運ぶ。

 

「そういえば天坂、年末年始どうしてた? やっぱテレビ見てたのか、それともゲーム?」

「えっ? えーっと」

 

 記憶を遡る翔。

 1月10日は、友人である伊刈 律が仲間と共にミュージシャンとしてメジャーデビューが決まったので、栄 進駒やアシュリィたちと一緒にそのお祝いに行った。

 9日には特に何もなく、8日・7日・6日・5日は家族皆で温泉へ旅行に出掛けていた。

 4日・3日は鷹弘や翠月や浅黄など普段お世話になっている者たちに挨拶して回ってついでにお年玉を貰い、2日は初詣だった。

 そして、1月1日は――。

 

「……あれ?」

 

 思い出せない。

 自分が何をしていたのか分からない。

 

「どうしたの?」

 

 ハッと顔を上げて、友人を見る。

 翔は心配させまいとして笑顔を取り繕い、首を横に振って「なんでもないよ」と言った。

 

「多分ゲームしてたよ、皆で」

 

 まるで自分自身に言い聞かせるように、翔は告げる。

 するとクラスメイトたちも納得して、それ以上何も尋ねない。翔もとりあえずそれで安心した。

 だが、心の中に芽吹いた違和感を、完璧に拭い去る事はできなかった。

 

 

 

「うーん……」

 

 いつもの帰り道、いつもの四人。

 しかしいつもと違う悩んだ様子で、翔は腕を組んで歩いている。

 隣に並んでいる鋼作は、不思議そうに尋ねた。

 

「どうしたんだ翔? さっきからずっとそんな感じだぞ」

 

 見れば琴奈も響も同じように心配している。

 響は当然として、親しい仲の彼らにも打ち明けても良いかも知れない。翔はそう思って、ひとつの質問を投げかける。

 

「みんな、1月1日って何してたか覚えてる?」

 

 翔からの質問を受けると、三人とも首を傾げる。

 

「そりゃ、お前……ありゃ?」

「そういえば何してたっけ?」

「……妙だな。三人、いや四人とも思い出せないという事か」

 

 響がそう言うと、翔も深く頷く。

 

「クラスの皆はちゃんと覚えてるのに、僕らだけ思い出せない。これはどういう事なんだろう」

「確かに不思議だわ。はっ、まさか洗脳怪獣が!?」

「なんですか洗脳怪獣って……」

 

 呆れたように肩を落とす翔。

 そんな時、再びメッセージの着信音が道路に響く。

 差出人はやはりFだ。

 

『そこで止まれ』

「え……!?」

 

 驚き、翔は周囲を見回す。

 すると、突如として素性からフードを被ったボロボロのコートの人物が、住宅の屋根の上から落ちて来た。

 この事態には全員が愕然とし、翔と響が前に出て、鋼作は琴奈を守ろうと後ろに下がらせる。

 

「だ……誰だ!? まさか、お前がFか!?」

「そうだ」

「一体何が目的なんだ!? 何を知っている!?」

「まだ思い出せないのか、天坂 翔」

 

 名を呼ばれ、翔は目を丸くする。

 マントのせいで顔は窺い知れない。しかし、声は男のものだった。その声を聞いて、翔は不思議な感覚に苛まれていた。

 どこかで聞いた覚えのあるような気がするが、どこで聞いたのか思い出せないのだ。

 さらにこのFという男は、1月1日の記憶を思い出せていない事を知っている。つまり、翔の身に何が起きているのか知っているというのだ。

 Fはどこか苛立った様子で、翔の胸倉に掴みかかる。

 

「いい加減目ぇ覚ませ、自分が今まで(・・・)何してたのかまだ分かんねぇのか!!」

「いま、まで……?」

 

 ドクンッ、と心臓の跳ねる音が聞こえる気がした。

 翔自身の今まで。1月1日以前の事。つまり去年の話といえば。

 大切な事をしていたのは分かる。恐らく、アシュリィやツキミやフィオレたち、進駒とも去年出会ったはずだ。鷹弘と陽子、翠月もだ。

 だが。だが――何も、思い出せない。出会った時の事、それからの日常。何一つ思い出せない。

 これは明らかに異常だった。一体自分は、どうやって彼らと親しくなったというのか。

 翔は逡巡しながら、もう一度尋ねようとする。一体何を知っているのか、聞き出してみようと。

 しかしその寸前、翔たち四人は驚くべき事態に遭遇する。

 

『異端者を検知。異端者を検知』

『排除シークエンスを開始します』

 

 ラッパのような音と声が突然に響いたかと思うと、上空の空間が波打った。

 それを目にして、Fは舌打ちをする。

 

「気付きやがったか……!」

 

 槍と盾を携え鎧を纏う何者かが現れる。

 背に翼を生やし、光る輪を頭上に浮かべるその姿は、まるで。

 

「怪人……いや、天使!?」

 

 琴奈が思わず口走り、その場にへたり込んだ。鋼作も、いきなりの出来事に激しく困惑している。

 

「なんだ、なんなんだよこれ!?」

「分からない……でも。でも、何か前にもこんな事があったような……」

 

 焦りながらもそんな言葉を口走る響と、それに同意して頷く翔。

 そんな彼らを振り返り、Fはまたもや舌打ちする。

 

「しょうがねぇ、あんまり派手に立ち回りたくなかったが。やるしかないようだな」

 

 Fはそう言って懐からある物を取り出し、それを操作する。

 N-フォンに似た機械だ。それを入力する事によって、腰にベルト状の物体が装着される。

 見た事もないはずなのに、四人ともそれらの機械(デバイス)に、妙な既視感があった。

 

「邪魔だ足手まといども、戦えねぇヤツはさっさと退いてろ」

 

 そう言って、Fは懐から一枚のプレート状の物体を取り出し、起動する。

 

BOOGIE WOOGIE ZOMBIE(ブギウギゾンビ)-VR(ヴェンジェンス・リターン)!》

 

 電子音声が鳴り、Fがプレートをベルトに装填。すると、さらに電子音声が道路上に鳴り始める。

 

《デッド・オア・ダイ! デッド・オア・ダイ!》

「変身ッ!」

 

 手に持った携帯端末のようなそれをベルトにかざすと、Fの全身が光に覆われて、姿が変わっていく。

 

Alright(オーライ)! アヴェンジング・マテリアライド!》

 

 その場に姿を現したのは、真っ黒なフードつきのマントコートを羽織った、鋼鉄の髑髏の仮面の男。

 コートの下は鈍く光る金属のプレートで覆われており、骸骨の意匠が散りばめられている点から、死神を彷彿とさせるようだ。

 

《リターン・アプリ! 殺戮と復讐の使者、インストール!》

「行くぜ……」

 

 Fが変身したその死神の如き戦士は、拳を掲げて天使に殴りかかる。

 その姿を見て、翔はハッと双眸を見開いた。

 

「あ……!!」

 

 気付けば全身が震えている。

 なぜだか翔自身にも分からないが、悪寒がするのだ。

 

「翔、大丈夫か!?」

 

 蹲る翔を見て、響がその背をさする。

 段々と意識が遠のき始め、息遣いが荒くなり、翔は胸を手で押さえた。

 その瞬間、翔は明確な違和感に気がついた。

 否、思い出したのだ。

 

「傷痕がない!?」

 

 以前、自分は死に瀕する程の傷を負った。アシュリィを助けるために必要な手段として、自ら付ける事になったのだ。

 何から助けるためだったのか? 彼女の身に何が起こっていたのか?

 そしてあの戦士は、何者なのか。

 今、翔は思い出しつつあった。それと同時に、彼の身体に劇的な変化が起きていた。

 

「きゃあああああっ!?」

「翔、お前……どうなってんだ!?」

 

 全身にノイズが走っているのを見て、鋼作も琴奈も恐怖と驚きの叫びを発する。響も声こそ出さないが、目を見張っていた。

 さらに全身を埋め尽くしていたノイズが徐々に消え始め、翔の見た目が大きく変わっていく。

 青い髪、黒く染まった白眼に猛禽のような瞳孔。そして胸に出来上がった傷痕。

 

「そうだ……どうしてずっと忘れてたんだ。僕は……僕は!」

 

 ピシッ、とノイズに亀裂が走って砕け散る。

 翔の右手には、Fが使っているのと同じマテリアフォンが握られていた。

 

「仮面ライダーアズールだ!」



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EP.52[やさしいねがい]

「どうして忘れていたんだ、僕は……いや、どうして何も気付かなかったんだ!?」

 

 兄や鋼作たちと共に家に帰ろうとしていた翔の前に現れたのは、自らをFと名乗る謎の人物。

 そのFは仮面ライダーであり、彼が現れた直後に、翔は自らのあるべき姿とと使命を取り戻した。

 誰なのかは分からないし、天使のようなデジブレインの正体も分からない。

 それに。

 

「この空の色は……それに、あれは何だ!?」

 

 翔が周囲の風景に違和を感じ、辺りを見回しながら言う。

 そこにあるのは、サイバー・ラインと同じ色のドス黒い空。街の至る場所に張り巡らされて空へ伸びる、血管のようなケーブル。

 そしてその先にあるのは、浮遊する巨大な島とその中央に聳え立つ白金の塔だ。

 気がかりも謎も多い。しかし、今やるべき事はただひとつ。

 

「とにかく戦わないと!」

 

 そう叫んでマテリアフォンを操作し、翔はアプリドライバーメビウスとプレートを手に取り起動する。

 

超宇宙戦記(コズミック・センチュリーズ)ムゲンダイバー(エタニティ)!!》

 

 音声が流れてドライバーに装填されると共に、デジブレインらしい天使たちが一斉に翔の方を見る。

 

『異端者を検知。異端者を……』

《ビヨンド・ザ・ブルースカイ!!》

「変身!」

Alright(オーライ)!! ユニバース・マテリアライド!! エタニティ・アプリ!!》

 

 そんなデジブレインたちの動きにも構わず、翔はマテリアフォンをかざす。

 星光の粒子、スターリットフォトンが背中で二つの輪を描くように動き、翔の姿が変わっていく。

 

《夜空に瞬く幾千の綺羅星!! 銀河を彩る神々しき惑星!! 無限に拡がる大宇宙、エヴォリューショォォォン!!》

「そぉりゃあああっ!」

「しょ、翔……お前っ!?」

 

 姿の変わった翔に、鋼作と琴奈が瞠目する。

 事情を説明する暇もないので、仮面ライダーアズールメビウスとなった翔は、鎧の天使の一体に飛び蹴りを入れる。

 さらに飛んで来たアーカイブレイカーを左腕でキャッチすると、スターリットフォトンで強化されたその表面でもう一度殴打した。

 だが。

 

『異タん者、はイ除、異端シゃ……』

「うっ!?」

 

 首が折れてコードのようなものが飛び出し、頭が腹まで垂れ落ちて振り子のように左右に動いているというのに、その天使はまだ戦おうとしている。

 そして再度接近した天使は、剣をアズールに向かって振り下ろした。

 その一撃を右腕で受け止め防ぎ切るも、威力そのものは今までの並のデジブレインより段違いに強い。

 戦闘力自体はアズールメビウスの方が圧倒的に高いのだが、頭が取れかかっても戦うその姿に、不気味なものを感じざるを得なかった。

 

「なっ!? なんだこいつ!?」

『イ……たン……』

「う、うわあああっ!?」

 

 ゆっくりと歩み迫る敵に恐慌しながらも、アズールセイヴァーを抜刀して斬りかかった。

 肩から袈裟に斬られた天使は、ようやくそれで地に両膝をつき、消滅する。

 

「ハッ! シャアアアッ!」

 

 Fが変身した方の仮面ライダーも、天使へと蹴りや抜き手を食らわせて胴を貫き、心臓のようなエネルギーの核らしきものを引っ張り出す。

 そしてそれを握り潰し、踏み砕く事で、敵を消滅させ続けている。

 しかし、その一方的な戦いはいきなり終わりを迎えた。

 

「グッ!?」

 

 Fの体が痙攣したかと思うと、ドライバーに装填したマテリアプレートが煙を吹いて飛び出し、変身が解除されたのだ。

 

「チッ、このプレートじゃ三分が限界か……!」

 

 既に半数以上の天使を倒しているが、それでもまだ数が多い。

 するとFは、天使から遠ざかりながらアズールに向かって叫んだ。

 

「必殺技を使え、その後すぐに変身を解いて逃げろ!」

「え!?」

「こいつらは戦えない人間には反応しない! 害意をなくした人間は攻撃の対象から外れる!」

 

 言われてアズールは剣を納め、スターリットフォトンからロボットジェネレーターと鬼狩ノ忍のマテリアプレートを作り出す。

 そして、それらを一度づつアーカイブレイカーの表面にかざし始めた。

 

《タップ! ロボット・アプリ!》

「それなら!」

《タップ! シノビ・アプリ! ヴィーナスエフェクト!》

 

 二つのマテリアプレートのエネルギーがチャージされ、盾の表面に金星の記号が浮かび上がる。

 剣を手に向かって来る天使たち。それに合わせ、アズールは盾から剣を抜刀した。

 

《ヴィーナスフィニッシュコード! Alright(オーライ)! ヴィーナス・マテリアルバスターテンペスト!》

「そぉりゃあああああっ!」

 

 緑色に煌くアズールセイヴァーを手に、向かって来た天使たちの間を一瞬で駆け抜け、すれ違いざまに斬り伏せる。

 天使は全員腹から真っ二つになってしまうものの、上半身だけになってもアズールを攻撃しようと剣を振り上げ、動き出す。

 だが、それはアズールも予測済みだった。今度はさらに、ワンダーマジックのマテリアプレートを生み出した。

 

《タップ! マジック・アプリ! シノビ・アプリ! ロボット・アプリ! マーズエフェクト!》

「これで……どうだぁっ!」

《マーズフィニッシュコード! Alright(オーライ)! マーズ・マテリアルバスタートルネイド!》

 

 アーカイブレイカーから赤い粒状の閃光が散りばめられ、それらが天使たちの周囲に漂い、炸裂。

 光が紅蓮の爆発を引き起こし、デジブレインを全滅せしめた。

 

「今だ、変身を解いて走れ!」

「待って下さい、兄さんたちが!」

「あいつらは絶対に襲われないからさっさと来い!」

「は、はい! 兄さん、多分すぐ帰るから!」

 

 促されるまま、翔はFの後に続いて駆け出した。

 置いていかれてしまった三人は、どうしたら良いのか分からず、ただ立ち尽くしてしまった。

 

 

 

 そしておよそ十分が経った後。翔とFは、とあるビルの屋上に来ていた。

 Z.E.U.Sグループの本社だ。地下にあるホメオスタシスの研究所はそのままだが、途中で立ち寄っても誰もいなかった。

 空を見上げ、Fは翔に語りかける。視線の行く先にあるものは、あのドス黒い空に浮かぶ塔だ。頂上は円盤のような形になっている。

 

「どうやら見逃してくれたらしいな、アクイラって野郎は」

 

 Fの出した単語を聞いて、翔は目を丸くした。この男は、アクイラの存在さえ知っているというのだ。

 

「あなたは……何者なんですか!?」

「あ? なんだ、お前まだ気付いてなかったのか」

 

 言いながらFと名乗ったその人物はフードを剥ぐ。

 黒いパイソン柄のライダースジャケットを纏ったその男の顔は、翔が良く知っている人物だった。

 

「み……御種さん!?」

 

 御種 文彦。

 かつてCytuberの6位についていながらホメオスタシスもCytuberも翻弄し、翔たち仮面ライダーと幾度も交戦した男。

 さらに自分自身も仮面ライダージェラスに変身し、そしてアクイラの力に目覚めた(アズール)によって打ち倒されたのだ。

 敗北の後は精神失調症となり、地下研究施設で眠り続けていたはずだった。

 その文彦が今、目の前に立っている。翔はあまりの出来事に口を開閉していたが、そんな様子を見て目の前の男は鼻を鳴らした。

 

「ハッ! 何を驚いてやがる。別に俺は最初から死んじゃいねぇよ、知らなかったのか?」

 

 言われて、翔も思い出す。

 文彦は飽くまでも、アクイラのバックアップであるデジブレインの細胞片と肉体が適合する間まで眠り続けているだけだった。

 今ここにいるという事はつまり、適合は既に終わったという事なのだろう。

 だが、同時に新しい疑問が降って湧いてくる。

 

「どうして僕を助けたんですか?」

 

 二人は、というよりも御種とホメオスタシスは元々敵同士の間柄だ。

 文彦自身は確かにホメオスタシスに所属していた過去もあるが、それはスパイとしてであり、さらに言えばライダーシステムを使うために利用するためだったはずなのだ。

 その文彦が今、翔のかつての記憶を取り戻させてアドバイスもしている。それが不思議だったのだ。

 すると、文彦はまたも鼻を鳴らして不敵に笑う。

 

「お前を利用してアクイラを潰すためだ、手を貸すのに他の理由があるかよ」

「まぁ……そうでしょうね」

「なんだ、今更この俺が正義感に目覚めたとでも思ってたか? そりゃ笑える勘違いだ」

 

 意地の悪い笑い声を上げ、文彦はその場に胡座をかく。

 翔も、その場に座り込んだ。

 そして翔が質問をするよりも前に、聞きたかった事の答えを話す。

 

「この惨状を見りゃ、まぁ大体察しはつく。お前らアクイラが復活するのを止められなかったんだな?」

「……はい」

「ハッ! 情けねぇヤツらだ、俺の計画をブチ壊しておいてこの体たらくかよ。で、どうだったんだ」

「どう……って?」

 

 首を傾げる翔。すると文彦は、舌打ちしてさらに質問する。

 

「お前はアクイラと戦ったんだろうが。あの野郎の戦力は? 能力は? それを聞かねぇと対策できねぇんだよ」

 

 言われて納得したように「あぁ」と顔を上げるが、直後に頭を抱えて瞠目する。

 

「思い……出せない……?」

「なに?」

「わ、分からないんです。戦い始めるまでの事は分かるんですけど、どう戦ったのか思い出せないんです」

「まだ記憶が欠けてやがんのか、面倒臭ぇ。ならこの話は後だ、だができるだけ速く思い出せ」

 

 そう言うと文彦は足を伸ばしてその場に寝そべり、腕を枕にしてヘドロのような空を見上げる。

 口調こそ荒っぽいが、翔には彼が以前よりも柔らかくなっているように思えた。

 翔も同じく空を見上げながら、もう一度質問する。

 

「どうしてあなたがアクイラを倒そうと?」

 

 尋ねられた文彦は、チラリと翔に視線を送ってから、かったるそうに言い放つ。

 

「こんなクソみてぇな世界を作りやがったからだ」

「どういう事です? そうだ、この世界は一体どうなってしまったんですか?」

 

 寝そべったまま、文彦は目を細めて最初に結論を提示した。

 

「現実世界がサイバー・ラインと融合した」

「え!?」

「言ってみれば、この世界そのものが連中の領域だ。どこにも逃げ場なんぞねぇ。向こうから襲って来るワケでもないがな」

「ど……どうしてそんな事に……」

 

 自分たちがアクイラとの戦いの記憶を忘れている上に、その間に世界は大きく姿を変えてしまったのだ。

 何よりも。

 何よりも――当たり前の空の色を守りたいという翔の願いは、打ち砕かれてしまった事になる。

 頭を抱えて、俯く翔。そんな時だった。

 

「そこから先の疑問には僕が答えよう」

 

 先程天使が現れた時と同様に、空間が波打つ。

 そしてその空間から一人の少年が姿を現す。

 翔と似た顔立ちの、しかし全く別人と分かるほど神々しい雰囲気を醸し出す少年、アクイラだ。

 

「アクイラ!」

「なに!? こいつが……!?」

 

 驚いた文彦がマテリアフォンを懐から取り出そうとするが、アクイラは両手を挙げてそれを制した。

 翔も、文彦より前に出る。

 

「争うつもりはない。僕はただ、君たちと話をしに来ただけさ」

「それを信じろっていうのか?」

「君たちがそれを望むのなら戦っても良い。だが翔、君は話を聞いて置いた方が良いと思うな」

 

 まるで人間のように微笑みながら佇むアクイラを目の前にして、息を呑む翔。

 確かに情報を聞き出すのは重要だ。今の状況では尚更そうだ。

 ひとまずそのまま黙って、翔は話を聞いてみる事にした。

 アクイラは微笑みを湛えたまま、真っ直ぐに翔と文彦を見据えて「よろしい」と言う。

 

「では、思い出させてあげよう。あの時何があったのかを」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「みんなの未来のために、お前を倒す! 行くぞ!」

「ああ、やはり人間は――美しい」

 

 時は、アズールメビウスに変身した翔と仮面ライダーパライゾになったアクイラが交戦するところまで遡る。

 

《アーカイブレイカー!》

「そりゃあっ!」

 

 変身後、即座に武装したアズールはパライゾへと盾による打撃を仕掛けた。

 しかし真っ直ぐに突き出された盾は、命中すると思われた刹那に空を切ってしまう。

 そしていつの間にか、パライゾはアズールの背後に回っていた。

 アズールメビウスと同様に、全身を粒子化する事によってショートテレポートが使えるのだ。

 

「フンッ!」

 

 背後から蹴りを繰り出すパライゾ。

 だが、その一撃も空振る。同じくアズールも粒子化し、正面の離れた位置で再生したのである。

 

「全く同じ力を使えるのか……」

「忘れたのかい? 君の持つ力は、元々僕が使うためのものだ。君にできる事は僕にもできるのさ。だからデータ・アブソープションも効かないよ」

「そうか、だったら!」

 

 アズールが、スターリットフォトンから四枚のプレートを形成。

 そしてそれらをアーカイブレイカーの表面にかざしていく。

 

《タップ! ロボット・アプリ! シノビ・アプリ! マジック・アプリ! ジェイル・アプリ! ジュピターエフェクト!》

「これならどうだ!」

《ジュピターフィニッシュコード! Alright(オーライ)! ジュピター・マテリアルバスタートルネイド!》

 

 盾から黄色い雷が上空に放出され、拡散して地に向かって轟く。

 テレポートによってどこから現れるのかが分からないのなら、全体を攻撃すれば良いという考えだ。

 しかし、パライゾはテレポートを使わない。彼が右腕を上空に掲げると、その周囲に七つのソフトボール大の球体が現れ、バリアを展開して攻撃から身を守った。

 

「なっ!?」

「君と同じように、僕にも武器がある。これがそのパライゾスフィア。今のは防御形態(ガード・フォーメーション)の木星天さ」

 

 ヒュンヒュンと音を立て、パライゾを太陽とするかのように七つの球体が回転運動を始める。さらに、それによって白い火の粉のようなものが吹き出て来る。

 攻撃が来る。それを察知したアズールは、スターリットフォトンを散布し、アズールセイバーやキアノスサーベルといった武器を無数に生み出した。

 先手を打って攻撃の手を一瞬でも止めるつもりなのだ。

 

「喰らえ!」

 

 全ての武器が投擲され、パライゾに殺到する。

 先程のバリアで防ぐ間に接近し、斬撃を繰り出そうと考えるアズールメビウス。

 しかし、パライゾはその想定を上回る。

 

「パライゾスフィア・火焔天」

 

 スターリットフォトンで武器を生み出したのと同じように、パライゾもアズールセイバーなどの武器を火の粉から作ったのだ。

 投擲された武器がぶつかり合い、互いの攻撃は全て相殺される。

 

「なんでこっちの武器を知ってるんだ!?」

「君たちの戦闘データは把握済みさ。七枚のマテリアプレートを通して、ね」

 

 即ち、今までのサイバーノーツの戦いが、そのままアクイラにもフィードバックされているという事だ。

 仮面の奥で翔は目を見張りつつも、再び攻撃に移った。

 

《タップ! ロボット・アプリ! ジェイル・アプリ! シノビ・アプリ! ダンピール・アプリ! マジック・アプリ! サターンエフェクト!》

「そぉりゃあああ!」

「パライゾスフィア・土星天」

《サターンフィニッシュコード! Alright(オーライ)! サターン・マテリアルバスターテンペスト!》

 

 盾から抜刀されたオレンジ色の光を放つアズールセイヴァーと、弧を描く形で配置されたパライゾスフィアから撃ち出された光の矢がぶつかり合う。

 アズールメビウスの一太刀は矢を真っ二つにするものの、必殺技そのものもまた相殺される。しかし、アズールはそれだけで攻撃の手を止めない。

 

「ハイパーリンクチェンジ!」

《スワイプ!! シャイニングサン、ハイパーリンク!!》

「そりゃあっ!」

「フフッ……パライゾスフィア・太陽天!」

 

 アズールメビウスの胸の紋章が太陽に変わると同時に、パライゾは手足や肩などにパライゾスフィアを装着。その両翼が紅蓮の炎を纏った。

 拳と拳、力と力の激しいぶつかり合い。パライゾもまた、シャイニングサンと同じ灼熱の拳を使っていた。

 

「二人の実力はほぼ互角ってとこか」

「だったら俺たちで翔を助けましょう!」

 

 リボルブとキアノスが言い、残る雅龍・ザギーク・ネイヴィ・ピクシーズも走り出す。

 しかし、その八人の前に黒い炎が壁のようにして迫り上がった。

 

「そうは行きませんよ」

「スペルビア……!」

 

 ピクシーがセインL・Rと共にレイピアを構え、リボルブも銃口を突きつけた。

 

「テメェが俺らの相手をするってのか? たった一人で?」

「いいえ。そもそもあなた方の相手をする必要など、最初からないのですよ」

「なに?」

 

 ニヤリと頬を釣り上げるスペルビア。

 直後、アズールたちが乗っている黒い球体が大きく揺れ動いた。

 見れば、黒い球体は既に地上を目前とした状態で浮遊しているのだ。

 

「そうか。もうそんな時間か」

「な、なんだ!? 何が起きてるんだ!?」

「戯れはこれで終わりだ。この世界の未来は、もうこれで決まった」

「一体何の話をしている!?」

 

 パライゾが含み笑いをしながら、天に両腕を掲げる。

 それと同時に、アズールたち仮面ライダー全員の身体にノイズが走り、変身が解除されてしまった。

 

「な!?」

 

 変化はそれだけに留まらない。

 黒い球体から巨大なケーブルのようなものが伸び出し、サイバー・ラインの大地に刺さる。

 ――それが、終焉の始まりだった。

 サイバー・ラインが軋み、歪む。ノイズが地上にも空にも広がり、ヒビ割れて砕ける。

 すると、風景は現実世界に変わっていた。

 地上では正月で騒いでいた人々の愕然とする姿や、触手(ケーブル)を伸ばす巨大な黒い太陽のようなものが落ちて来るというあまりにも非現実的な光景に半ば発狂する者もいる。

 

「どうして現実世界に!?」

「僕がやったんだ。君にできず、僕にだけできる方法で」

「え……!?」

「僕がカーネルドライバーとデジタルフォンを作った理由は、現実世界に顕現するためと鷲我から聞いているはずだ。そして、人類を支配するためだともね」

 

 翼を広げ、空を漂ってパライゾが翔を見下ろす。

 

「疑問に思わなかったかい? 情報生命体である僕がどうやって現実世界で肉体を得るか、どのようにして支配を成し遂げるのか。その答えがこれだ。現実世界と電脳世界(サイバー・ライン)の境界を取り払ったんだよ」

 

 ハッと目を見張る翔。

 デジブレインが現実世界に現れる際は、ゲートを必要としていた。そして周囲にゲートがないと、デジブレインは完全に消滅する。

 この黒い球体は、いわば地上全てにゲートを広げているようなものだ。地球とサイバー・ラインを融合させる事によって。

 

「そ、そんな……こんな事ができるなんて」

「落ち込む事はないよ。人類を滅ぼすつもりはない、むしろ君たちはただ幸せになれる」

 

 言いながら、パライゾはデジタルフォンを手に取りながらドライバーのマテリアプレートを押し込む。

 必殺技の発動だ。翔たちは逃れようとするが、全身を覆うノイズが身体の自由を奪っている。

 

《フェイタルコード!》

「苦しい現実(地獄)は終わりにしよう」

All Hail(オールハイル)! ナイトメア・デジタルクライシス!》

 

 そして、パライゾが必殺技を発動した直後。

 翔たちの視界が、真っ白に染まった。

 

「うわあああああっ!!」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「以上が、事の顛末だ。その後君たちは普通の日常を過ごしてたんだよ、今この時まではね」

 

 アクイラの話を聞き終えて。

 翔は、全てを思い出して絶句していた。

 やはり守れなかったという事だ。自分自身も、この世界も、青空も。

 

「お前の……お前の目的はなんだ!? こんな風に世界を歪めて、人々を支配して、一体何を企む!?」

 

 声を震わせ、翔はアクイラの胸倉に掴みかかって叫ぶ。

 すると、アクイラは微笑みながらその怒りと疑問に応対する。

 

「これは君の願いだ。君が望んだ結末だ」

 

 再び、翔は絶句した。予想だにしなかった答えに、顔を青褪めさせてしまっていた。

 

「な……に……? なに、を……言ってる……?」

 

 アクイラはテレポートし、その場から翔の背後へと移動する。

 

「戦いの前……カーネルドライバーの完成に必要な最後のピースが欠けていたために、僕は敗けた。その最後のピースとは、ドライバーを使うための『目的』だ。今の自分とは別の何かに変わる覚悟、目の前の壁を壊すために必要な意志の力だ。目的がある者にこそ、それは備わる」

「目的……」

「だけど僕には決めかねていた。人間を奴隷とするか、それとも死滅させるべきか? あの穴の中にいる間も、僕はずっと考え続けた。狭い穴の中でずっと、人間の感情と善悪について分析と学習と思考を続けていたんだよ」

 

 かつてアクイラは肇によって身体を失ってしまい、僅かなデータとバックアップを使って再生を図っていた。

 つまりその再生の間も、思考だけは続けられるような状態であったらしい。

 

「仮面ライダーに倒されてしまった後の僕の感情は、紛れもなく怒りや憎しみというものだった。必ず報いを受けさせるべきだと思っていたんだ。だけど……サイバーノーツのマテリアプレートから得たデータを吸収して、それが変わったんだ」

「変わった……?」

「本当に君のお陰なんだよ、翔。君のお陰で僕は人間を好きになれた」

 

 振り返り、翔は震えながらもアクイラを見る。アクイラも、熱の籠もった目で翔を見つめている。

 

「Cytuberとの戦いで……君は幾度となく敵対する者たちを討ち倒して来た。スペルビアによって膨れ上がり歪んだ欲望の数々を。そして、その度に彼らの奥底にある真の願いを見出し、救い続けて来た」

「……あ……」

「感動したんだ、ただのデータの塊のはずの僕が! 君は彼らの願いを取り戻し、進むべき幸福な未来へと導いた! 僕はその瞬間にやるべき事を理解した! 君は僕の願いも見出し、救ってくれたんだ!」

「ち……違う! 違う、僕は!」

「情報生命体やAI(人工知能)の本分は、人をより良い未来に導く事! 即ち我々デジブレインが、人々にとって幸福な未来を、楽土を築く事だ! それこそが支配の究極系であり、僕やデジブレインのあるべき形だったんだ! そしてこれは!」

「やめろ、やめろ!!」

「これは君自身が、心の奥底で願っていたのと同じ事だ! 皆が幸せでいて欲しい、皆に笑顔でいて欲しい。暴力や陰謀によって支配される事なく、全ての人類があらゆる願いを叶える優しい世界になって欲しいと!」

「く……!」

「これこそが、君の心を、君と戦って来た者たちの心を読み取って得た結論だ。何より君自身がこれを願っていたはずだ。進駒や律、彩葉……アシュリィを見た時も」

 

 かつて自分がCytuberたちにしていたように。

 自分自身の本質を突かれた翔は、次第に否定の言葉を詰まらせてしまう。そして身体を震わせ、焦点の定まらない瞳のまま膝をつく。

 そんな翔を横目に見つつ、今度は文彦が噛み付くようにアクイラに言葉を投げつける。

 

「上っから偉そうに、導くだのなんだのと。神にでもなったつもりか」

「神、ね……僕にそんなつもりはないが、もしも人がそうであれと望むのなら、僕はそうなるよ。男でいいといえばこのままでいるし、女になれというなら身体を書き換える。全てを壊せというならそうする。人類が強く望むモノになるのが、僕だ」

「気に入らねぇな。今すぐブチのめしてやりたいぜ」

「止めておいた方が良い。僕を倒したとして、後悔するのは君の方だろう?」

「……ケッ」

 

 図星を刺されたような、苦々しい面持ちになる文彦。

 彼が黙ってしまうと、アクイラは微笑みを崩して哀しそうに眉根を寄せる。

 

「サイバー・ラインと融合した今、この楽園こそが現実だ。彩葉の作る幻覚や、樹の作った領域とも違う。争いも起きず、挫折もせず、不幸になる事がない。誰もが苦しみや哀しみから解放されているんだよ。君たちが反逆の意志を見せさえしなければ……この世界に融け込めば、僕らも争う必要はないんだ。君だって愛する者たちを巻き込みたくはないだろう?」

「……」

「僕は離れた場所から人間を管理するだけ。ただそれだけで良い、君たちと戦いたくはない……仮面ライダーは、もうこの世界に必要とされていないんだ」

 

 それだけ言うと、アクイラはテレポートによってその場から立ち去る。

 翔は青さを失った淀んだ空を見上げながら、ただ慟哭した。

 

「……僕は、どうしたら良いんだ……!!」



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EP.53[悪夢(楽土)か、現実(地獄)か]

「三日だ。1月15日に結論を出せ、それ以上は待たねぇ」

 

 天使たちから逃れ、アクイラとの対話を終えた後。

 告げられた真実に打ちひしがれた翔は、文彦からそんな事を言われた。

 

「いきなり……どういう事ですか?」

「言った通りの意味だ。俺は15日に連中をブチのめしに行く、それまでにはドライバーやプレートの調整も終わらせる。お前はどうすんだって話をしてんだ」

「……僕は……」

 

 空を見上げながら、翔は唇を噤む。

 分からない。そんな言葉が思わず出て来そうになった。

 実際、翔はこれから先どうすれば良いのかを悩んでいる。これまでの戦いと感情を読み取られて起きた事態である以上、これは自分のせいだ。自分の責任だと思っている。

 しかし、だからと言って何も考えずにアクイラを倒しに行く事はできない。

 改変された現実とはいえ、人々はこの十日間で楽土に耽り過ぎた。彼らにとって、今やこの状態こそが現実。少し前の翔自身がそうだった。

 それに――現実改変によって、死者さえ蘇っている。響が会いに行った面堂 彩葉の両親がそうだ。

 恐らく彩葉の記憶から構築された存在であり、アクイラを倒して現実改変を消せば、同時に消滅するだろう。そうなれば彼女を、当然響の事も哀しませてしまう。

 アクイラに恭順するか、叛逆するか。何度考えても、翔に答えを出す事はできない。

 

「僕は……どうしたら良いんでしょうか」

「バカかてめぇ。そんなモン俺に相談してどうなるってんだ」

 

 そう言って、文彦は翔を突っぱねる。

 

「俺はお優しい正義の味方じゃねぇ、人殺しの悪党だ。助言なんかするかよ」

「……」

「どっちにしろお前は自分から選ぶ事になる。戦うかどうかは自分で考えやがれ、俺は腑抜けと組むつもりはねぇんだよ」

 

 吐き捨ててその場から立ち去る文彦。

 翔も、アシュリィたちの様子が気になる事もあり、暗くならない内に家に戻る事にした。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「ただいま」

 

 いつものように、しかしどこか沈んだ表情で翔が言う。

 すると、ドタドタという三人分の足音と共に玄関にアシュリィとツキミとフィオレが現れ、一斉に翔に抱きついた。

 

「ショウ!」

「翔お兄様!」

「翔兄ちゃん!」

 

 勢い良く飛び出して来た三姉妹を慌てて受け止めると、翔は驚きながら彼女らへ問いかける。

 見れば、三人とも目に涙を溜めていた。

 

「ちょ、ちょっと……どうしたの一体!?」

 

 するとアシュリィが、真っ先に翔を上目遣いに見ながら憤る。

 

「どうしたじゃないよ! 大変なんだよ!」

「翔お兄様の帰りが少し遅くなるかも知れないからって、響お兄様が……」

「響兄ちゃんがキッチンに立とうとしてるんだよ!」

「えええぇぇぇ!? 兄さん待って待って待って待って待って!?」

 

 大急ぎで廊下を駆け、キッチンに向かう翔。

 丁度、響は包丁を握って野菜を切ろうとしているところだった。しかしその手付きは危なっかしく、猫の手という基本もできていないのでとても見ていられるものではない。

 

「おお、帰ったか翔。間に合って良かった」

「それこっちのセリフ! っていうか刃をこっちに向けて渡さないで、危ないから!」

「すまんすまん」

 

 呆れたように包丁を受け取る翔。

 直後、その刀身に反射した自分の顔を見て、ハッと目を見開く。

 髪と瞳が元に戻っている。否、再び現実改変によって見た目を変えられてしまったのだろう。

 さらに、翔の戦う姿を目撃していたはずの響は、何も訊かないどころかノーリアクションでいる。

 翔は確信した。この世界に居続けるというのがどういう事で、戦わずにいるというのが意味を持つのかを、目の前にいる兄の姿から理解した。

 

「忘れてしまうのか……楽土に必要のないものは、全部」

 

 アクイラの作った楽土では、争いが存在しない。

 つまり自分も抗う意志を失ってしまうと、同じように染まってしまうという事だ。

 戦いを選べば他者の幸福も巻き込み、戦わずにいればそれまでの本当の記憶を失う。中立でいる事などできはしないのだ。

 ここに来て、翔はようやく文彦の言っていた事の意味を理解した。

 

「ショウ、顔が暗いよ? どうしたの?」

 

 キッチンで立ち尽くしていると、アシュリィが心配そうに顔を見上げて隣から声をかけて来る。

 翔は首を横に振り、微笑みを作って「大丈夫だよ」と返してから、夕飯の準備に取り掛かるのであった。

 

 

 

 その後、翔たちは夕飯や風呂などいつものように思い思いに過ごし、就寝の時間となる。

 

「じゃあみんな、おやすみ」

『おやすみー』

 

 声をかけ、翔はアシュリィと共に自室に入る。

 アシュリィは部屋に入るなり素速くベッドに潜り込み、翔の顔を見つめながら両腕を拡げた。

 速く来いという事らしい。目が輝いている。

 翔は促されるままベッドに入り込み、アシュリィの身体をそっと抱き寄せた。

 

「あったかいね、ショウ」

「うん……」

 

 胸に頬を擦り寄せるアシュリィを、愛おしそうに抱きしめる翔。

 ほのかに香る白桃のような彼女の髪の甘い匂いに、柔らかい肢体の感触。それらが、翔の心を癒やしていくようだった。

 しばらくそうしていると、不意にアシュリィが顔を上げる。

 

「何か、困ってるの?」

 

 その言葉に、翔は目を丸める。顔に出していないつもりだったが、彼女にはお見通しだったようだ。

 すると考えている事が何となく分かったのか、アシュリィは得意げに微笑む。

 

「ショウの事ならなんだって分かるもん」

「ふふっ、じゃあ隠し事なんてできないね」

「そうだよ。それで何があったの?」

 

 問われると言葉に詰まってしまうが、アシュリィの真っ直ぐな目を見ている内に、翔の中で彼女に嘘を言いたくないという気持ちが強まっていく。

 そして、考えた末にひとつの質問を飛ばす事にした。

 

「アシュリィちゃんは今、幸せ?」

「うん。好きな人と一緒にいられるから」

 

 至極当然だとばかりに、自信満々にアシュリィが答える。それを受けた上で、翔はさらに尋ねた。

 

「じゃあ、もしも僕らの幸せやこの先の未来が他の誰かに作られてるもので、何をしても幸せな結末になるとしたら……その話が事実だったら、それでも幸せなままでいいのかな?」

「う~ん……?」

 

 頭を捻らせるアシュリィ。数秒の間考えた後、再び顔を上げる。

 

「それでもきっと幸せなんだと思う。ただ……」

「ただ?」

「なんだかその幸せって、窮屈だね」

「窮屈?」

 

 その言葉を耳にして、きょとんとする翔。

 アシュリィは、こくこくと頷いてその言葉の意図を話す。

 

「だって何をしても幸せになるって事は、自分で行きたい道を選べないんでしょ? 自分でやりたい事を選べないなんて、変だよ。間違っても良いから自分で未来を選びたい」

「……不幸な結末が待ってるかも知れないとしても?」

「そんな事にならないって分かってるから」

「どうして?」

 

 翔がまた尋ねると、アシュリィもまた微笑みを浮かべ、質問に応えた。

 

「ショウが、キョウやタダシやお姉ちゃんたちが、家族が一緒だもん。皆が一緒なら……どんな悪い結末だって、引っ繰り返せる。それを知ってるんだ」

「……!」

「そうやって私は今幸せに生きてる。ショウが私に幸せをくれたんだよ。たくさん、たくさん」

「そっ……か。そう、なんだ」

「だから目の前に落とし穴があったとしても、何か間違えそうになっても、誰かが傍にいてくれれば避けられるんだと思う。一緒に超えられると思うよ」

 

 えへへ、と可愛らしく笑みを零すアシュリィ。

 しかし直後に、その表情は当惑に染まる。

 

「あれ? でも、私ってどうやって……ショウと会ったんだっけ?」

 

 世界が楽土に染まる前の事を、思い出そうとしているのだ。

 その思考を中断させようとするかのように、翔はもう一度彼女を強く抱擁した。

 

「しょ、ショウ?」

「変な事を聞いてごめんね。この話はおしまいにしよう」

「うん……」

 

 アシュリィは頷き、ぐいっと顔を寄せて翔の唇を喰む。

 そして互いの目を見つめて笑みを交わし合い、長く深い夜に身を融かすのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 翌日、帝久乃市にあるホメオスタシスの地下研究施設にて。

 マテリアプレートとドライバーの調整を行っていたFこと御種 文彦は、翔から連絡を受け取っていた。

 今回はメッセージでのやり取りではなく、通話だ。

 

『自分がどうするのか、ようやく決まりました』

「ほう。だったら答えを聞かせて貰おうか」

 

 マテリアフォン越しでも、翔が緊張している事が分かる。しかし恐れからではなく、強い決意によるものだ。

 答えはなんとなく察していたので、文彦の口元に自然と笑みが零れた。

 

『僕は戦います。たとえそれが、今の皆の幸せを壊してしまうのだとしても』

「そうか。なら予定通り、15日に決行するぞ」

『……あの』

「あ?」

 

 文彦が通話を切ろうとする直前、翔から呼び止められる。

 どうやら、何か質問があるらしい。

 

『戦う人数って増えても問題ありませんか?』

「そりゃあ増える分には問題ねぇが……まさか、今更ホメオスタシスどもを頼る気か? あいつらがお前と同じように幸せを手放せるとは限らないぞ」

『分かってます。だから、戦えない人に関しては参加する必要がないと思ってます』

 

 そう言った後に「でも」と翔は続ける。

 

『僕が真実を知ったのと同じように、皆も知らずにいる事なんてできないと思います。そして、知った以上はどちらかを選ぶ必要がある』

「仲間に選ばせるってのか?」

『はい。自分の道は、自分で選ぶべきだと思ってます。僕はその選んだ道に寄り添って、手助けをしたい』

「……ククク」

 

 思わず、文彦は笑い声を漏らす。

 文彦が意識を失う前に会った頃の翔は、まだまだ戦う覚悟の足りない甘い少年という印象だった。

 それが今では、仲間を気遣いながらも厳しい道を選ばせようとしている。その成長、あるいは心情の変化が実に面白かったのだ。

 

「で、他に用事は?」

『じゃああとひとつだけ。今日の夕方、ホメオスタシスのメンバーでそっちにお邪魔します』

「は? こっちに……なんでだ?」

『御種さんの事を知って貰うべきだと思います。その上で、どうするか決断した方が良いかと』

 

 ドライバー調整の手を止め、文彦は考え込む。

 

「本気か? 俺が動いてると知ったら、少なくとも静間とお前の兄貴辺りは反発するんじゃねぇのか? 俺が何をしたか、忘れたワケじゃないだろ」

『でもこういう事は包み隠さず話すべきです。その上で選んで貰う。でなきゃアクイラを倒して、世界を元に戻すなんてできっこない』

「……どうなっても知らねぇぞ。じゃあな」

 

 通話を切り、再度アプリドライバーの調整に戻る文彦。

 三分しか変身を維持できない今のままでは、到底アクイラたちに勝つ事などできない。なんとか長時間運用する方法を見つけなくてはならないのだ。

 そう考えた時、真っ先に文彦が思い浮かんだのが、アプリドライバー∞の存在だ。

 

「どうにかして俺もアレと同じユニットを作る事ができれば……」

 

 そもそも、文彦の中にあるのもアクイラの力。あまりに肥大化してしまったそれが邪魔をして、長く戦えなくなったのだ。

 ならばアズールと同じように、ドライバーの出力を外付けのユニットによって引き上げれば良いという考えである。

 問題は、マテリアプレートの方もそれに合わせて調整し直さなければならないという点。

 今使っているBOOGIE WOOGIE ZOMBIE(ブギウギゾンビ)-VR(ヴェンジェンス・リターン)は、既存のBOOGIE WOOGIE ZOMBIE(ブギウギゾンビ)の性能をV3クラスまで上げた代物なのだ。

 

「こんな面倒な事になるなら、こっちは改造しねぇ方が良かったな」

 

 手に取ったブギウギゾンビVRのプレートを机に置き、大きく溜め息を吐く。

 そして、今はもう使っていないジュラシックハザードのマテリアプレートに目をやった。

 これはV2のまま、調整がされていない。本来はこちら側をドライバーに装填し、トランサイバーの方でブギウギゾンビを運用するという形式だったのだが、現在は失っているため不要となった。

 

「……一応、こっちも調整しておくか」

 

 そう言いながら、文彦はドライバーも含めたそれら三つの調整を始めるのであった。

 

 

 

 時は過ぎ、放課後。

 今朝に話していた通り、翔はホメオスタシスの地下研究施設を訪れていた。

 同行しているのは、響・鷹弘・翠月・浅黄・肇・アシュリィ・ツキミ・フィオレ、さらに鋼作と琴奈に陽子だ。

 なぜこの場所に来たのか、どうしてこのメンバーなのか、彼らには伝えないまま来ている。

 

「翔……お前、Z.E.U.Sの地下にこんな場所があるなんて、どうやって知ったんだ!?」

 

 驚きのままにそんな事を口走ったのは、鷹弘だ。

 翔は少し寂しそうな顔をして、それに答える。

 

「この場所を教えてくれたのは静間さん自身ですよ」

「なんだと?」

 

 覚えがない、と言った様子で鷹弘は片眉を釣り上げる。

 一行は奥にある開発室へと進み、翔が扉を開いた。

 そこでは当然ながら文彦が作業しており、彼は椅子に座ったまま振り返る。

 瞬間、翔と文彦以外の面々は、雷にでも撃たれたかのように飛び上がって文彦を指差し、驚愕の声を発した。

 

『あ……あああああーっ!?』

 

 彼らの愕然とする姿を目の当たりにした文彦は、くつくつと喉奥で笑い納得した様子で頷く。

 

「なるほどな。この状況になる前からアクイラの力を得てずっと眠っていた俺は、存在そのものが楽土にとって異分子。顔を見ただけで、全員お前と同じように目を覚ますって寸法か」

「そういう事です。こんな話、口で説明してもきっと分かんないだろうなって」

 

 翔は朗らかに微笑むが、突然記憶を取り戻した鷹弘はそうは行かない。

 かつての因縁もあり、文彦に対して陽子・響と共に掴みかからんばかりの勢いで迫る。

 

「なんでここにいる!? いや……そもそもどうして俺たちは戦いの事を忘れてたんだ!? 御種、お前の仕業か!? 何を企んでやがる!!」

「少し落ち着いて下さい皆さん、今から僕が説明します」

 

 文彦を庇い、翔はこれまでのいきさつを話す。

 黒い太陽が地に落ちたために、自分たちが戦いに敗れた事。その影響で、地上に住む者にとって都合の良い現実改変が行われる『楽土』が生み出された事。

 そして、翔をその状況から抜け出させたのがこの御種 文彦だという事を。

 

「助けただと、こいつが!? マジなのか……?」

「言ってる意味は分かるけど、正直信じられない」

 

 そう言いながらも、一度冷静に状況を見極めんとして、鷹弘と陽子は拳を下ろした。

 が、響は違った。憎しみに満ち溢れた眼差しを向け、胸倉を掴む。今にも殴りかかりかねない様子だ。

 

「兄さん!」

「こいつは……元作さんの命を奪った! 彩葉さんを悲しませた! 許せるはずがない、お前には分かるだろう!」

「だけどこの人がいなければ、僕らはこの楽土の真実に気付く事もなかった!」

「くっ!」

「堪えられない気持ちも分かるけど、せめて少しくらい僕の話を聞いてからにしてよ」

 

 歯を軋ませ文彦を睨みながらも、響も溜め息を吐いて手を下ろす。

 

「それで、ショウ。この現実改変の元凶を倒したらどうなるの?」

 

 全員が落ち着いたところで、アシュリィから出て来た質問。ツキミとフィオレも気になっているようだ。

 文彦はもちろん、翔も隠す事なく真実を打ち明ける。

 

「今さっきの皆みたいに、世界中の人たちの記憶と認識が元の状態に戻る。何もかも元通りになるんだ。だけどそれはつまり、現実改変で『存在している事になった人間』が消える事にもなる」

「じゃあ……アヤハのパパとママは?」

 

 ハッと響が目を見開く。やはり、翔は真実を告げた。

 

「多分消えてしまうよ。元々、本人の記憶と認識の中から生まれた存在だから」

「そう、なんだ」

 

 アシュリィが俯き、響は青褪める。

 彼は、少し前に彩葉の両親と直接出会っている。たとえそれが、彩葉の記憶から生み出されたモノだとしても。

 その事実を全員が認識したと見て、翔は声を張り上げた。

 

「皆に言っておきたい事がある。僕は、15日に御種さんと一緒に外にある敵の本拠地に殴り込むつもりだ」

「なっ……」

「その時皆がどうするのか。当日までに各自で決めて欲しい」

 

 ザワッ、と室内で動揺が広がる。構わず彼は話を続けた。

 

「楽土に留まりたい人はそのまま日常を過ごしてくれ。でももし戦いを選ぶなら、15日にここで集合しよう。以上」

 

 翔が話を終えて解散を宣言する。

 響の表情は優れなかった。自分の事はともかく、他人の今の幸せまで踏み躙る事になると言われ、しかも彩葉まで巻き込む事に躊躇しているのだ。

 その時、肇が歩み出た。

 

「もしかしたらアクイラに先手を取られて、この場所が襲撃されるかもしれないだろう。俺は15日までここで過ごす」

「父さん……分かった、お願い!」

 

 翔が微笑み、さらに続いて鷹弘が手を挙げた。

 

「俺も、そこの御種を見張らせて貰う。万が一にも逃げられたら困るからな。陽子、お前はどうする?」

「もちろん付き合うわよ。楽土を壊したって、私たちは絶対に幸せになってやるんだから!」

 

 そう言った陽子が鷹弘の腕に抱きつき、さらに鋼作と琴奈がひらひらと手を振った。

 

「俺も残る。どうせ明日・明後日は休みだ、連絡係や街の状況を把握できるようにした方が良いだろ」

「じゃ、あたしも! 鷲我会長にも連絡しとかないとね!」

 

 当日までまだ時間があるというのに、皆が段々とその場で決断し始める。

 さらに、浅黄も声を上げた。

 

「じゃあ電特課の皆にはウチから連絡しとくねー。ゲッちゃんどうする?」

「街の周辺でもパトロールして、地道に調査だな」

 

 これで方針が決まっていないのは、響とアシュリィたち三姉妹だけだ。

 しかしアシュリィたちも、きっと翔と共に立ち向かうのだろう。

 響だけが迷っている。そんな彼の心情を察してか、翔は兄の肩に手を置いて語りかけた。

 

「さっきも言ったけど今すぐ決める必要はないからね。特に、兄さんは彩葉さんと話してからの方が良いと思う。僕もアシュリィちゃんと話して、ようやく決心したから」

「翔……」

「時間はまだあるから、明日ゆっくり話しておいでよ。今日はもう帰ろう」

 

 翔に促されて、響は弱々しく頷く。

 こうして、翔たちは先に帰路に向かうのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 14日。響は彩葉の自宅を訪れた。

 玄関の前で出迎えてくれた彼女に挨拶をし、すぐに中へ入る。

 

「……彩葉さん、実は大事な話があるんだ」

 

 リビングに入ると、深刻な面持ちで響はそう切り出した。

 すると、彩葉は――目に涙を浮かべつつも、微笑む。

 

「え!?」

「分かってる、分かってるよ。私のお父さんとお母さんの事でしょう……?」

「どうして……?」

「あなたと会った時の事、お母さんたちとと話したくて、思い出そうとしたら……どうしても、違和感があって」

 

 リビングには人の形をしたノイズのようなものが、テーブルの前に座っている。

 恐らく彩葉の記憶を読み取って生まれた、両親の代わりとなるモノだ。彩葉も響も、それを哀しそうに眺めている。

 

「前々から、変だなって思ってたの……だけど、思い出そうとする度に頭が痛くなって、怖くなって……いつの間にか忘れてしまう」

 

 震えて涙を堪える彼女の体を引き寄せ、安心させるように自分の胸に抱く響。

 次第に耐え切れなくなったのか、彩葉はわんわんと声を上げて泣き始め、響自身も目に涙を溜めて抱き締める。

 それからしばらくの後、僅かばかりに落ち着いた彩葉は、響の顔を見上げて言い放つ。

 

「戦って、響くん」

「……本当に、良いのかい?」

「思い出の中で甘えて怠けるなんて、それじゃデカダンスだった頃の私と同じ。前に進んでるように見えるだけで、立ち止まって勝手に進むのを待ってるだけよ。そんなの……全然幸せじゃない」

「彩葉さん……!」

「だからお願い。私たちを助けて、仮面ライダー」

 

 彼女の口から出た、祈りのような懇願。

 響は、戦うべきかどうか分からず、ただ迷っていただけだ。始めから戦いたくなかったのではない。

 そして彼の中にある迷いは、とっくになくなっていた。

 

「分かった」

 

 彩葉の両肩に手を置き、響は真っ直ぐに彼女を見つめる。

 

「俺は必ずアクイラを倒して、君の元に帰ると約束する。だから信じて待っていてくれ」

「……うん!」

 

 微笑み合う二人。

 直後に、響は意を決した様子で拳を握り込む。

 

「もうひとつ、俺たちでやっておかなければならない事があるな」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 そして、決戦当日。

 ホメオスタシスの地下研究施設には鷲我らも加わり、すっかり元通りになっていた。

 違う事があるとすれば、文彦の存在が研究員たちの空気をピリピリとさせている事くらいだろう。文彦自身は、そしらぬ顔をしている。

 また、決行時間も目前であるというのに、この場には響の姿がない。

 

「響くん……やっぱり、戦いたくないのかな」

 

 目を伏せる琴奈。しかし、それを否定するかのように、入口の扉が勢い良く開かれた。

 

「遅くなってすまない!」

 

 声の主は響であった。戦う事を決断し、ここに現れたのだ。

 それだけではなく、彩葉や進駒、律を伴っている。これには鷹弘たちだけでなく、翔も驚いていた。

 

「水臭いですよ翔さん! 軍略家であるボク抜きで最後の戦いをしようなんて! 少しは恩返しさせて下さい!」

「アタシなんかに、何ができるか分かんないけどさ。せめてここで精一杯応援させてよ。アンタらのしてくれた事、忘れたくないもん」

 

 進駒と律の激励を受け、翔は微笑みながら、二人と固く手を結んだ。

 一方の響は、感激している弟の様子を眺めた後、キッと文彦の方を睨む。

 

「ほう……ククッ、良いねぇ。Cytuberが揃い踏みか」

「御種 文彦。彼らにとっての本当の未来を取り戻すために、お前を利用させて貰うぞ」

「フン、まぁせいぜい勝手に頑張りな」

 

 ひらひらと手を振り、文彦は笑いながら響に背を向けた。

 こうして、ホメオスタシスの攻略作戦は幕を開ける。

 まずは侵入経路。仮面ライダーたちはそれぞれ量産型のフォトビートルを一体ずつ伴い、各々の所有するマシンでケーブルを伝って、上空に浮かぶ島へと移動する。

 フォトビートルによる状況のナビゲート役には、鋼作・琴奈・陽子・鷲我・宗仁・進駒・律・彩葉が買って出た。

 

「上陸した後は、周辺の調査だ。恐らくアクイラに辿り着くまでに、敵と交戦する事になるだろうぜ」

「そういえばあの天使みたいなのって何なんですか?」

「ありゃ感情を完全に取り払って戦闘・鎮圧に特化させた、警備デジブレインだ。今のアクイラにとっちゃベーシックタイプと同じ、戦闘員レベルの戦力だ」

「あの強さでベーシックと同じ……!?」

 

 さらりと流した文彦の言葉に、戦慄する翔。

 しかも戦闘員レベルであるという事は、登っている間にも何体も襲いかかって来る可能性が高い。

 

「とはいえ、どっちにしろ大した戦力じゃねぇ。無視して上陸を優先しろ。一番の問題はあの島の情報が何も分かってない事だからな」

「真ん中の塔らしきものが敵の根城なのだろうが、恐らく簡単に侵入を許してはくれないだろうな」

 

 翠月の発言に文彦も同意し、鷹弘も頷く。

 そして、総員が準備と配置に取り掛かった。

 

「どんな危険があるか分からない以上、離れて行動しない方が良いかも知れねェ。とにかく一点突破で行くぞ!」

『了解!』

 

 鷹弘の号令と同時に、仮面ライダーたちは外へと飛び出した。

 この悪夢のような楽土を滅ぼし、本当の青空を取り戻すために。




「……哀しいな、翔。抵抗するというのか。僕と同じ道を歩むつもりはないというのか」

 そこは、浮遊する島の塔の中。
 玉座に腰掛けながらモニターで外界の楽土を監視していたアクイラは、嘆きながらそう言った。
 彼の前には、白いローブを纏う七つの異形の生命体(デジブレイン)と、黒スーツ姿の孔雀の仮面の男、スペルビアが跪いている。
 そして、もうひとり(・・・・・)。デジブレインたちと同じく、真っ白なローブを身につけた男が、柱に背を預けて佇んでいた。

「如何なされますか、我が主」

 口元に深く笑みを刻み込むスペルビア。彼を見下ろしながら、アクイラは腕を前に掲げた。

「やむを得ないだろう。彼らを打倒し、再び楽土に還せ」
「御意に」

 デジブレインたちと共に頷き、スペルビアはその場から姿を消す。
 白ローブの男も、ゆっくりと柱から離れて出口への扉を開いた。

「なぜだ、なぜ自ら幸福を手放すんだ……翔……」

 理解し難い、と言いたげな苦々しい面持ちで、アクイラは独り呟いた。


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EP.54[異形の天使]

 記憶を取り戻したホメオスタシスの面々。

 彼らは上空の島への侵攻作戦を決断し、仮面ライダーたちがバイクでケーブルを伝って上陸する事になった。

 浮遊する孤島を見上げた鷹弘は、マテリアフォンでアプリドライバーを呼び出し、トライマテリアラーの運転席に跨る。

 

「よし……準備は良いな! 行くぞ、お前らァ!」

 

 号令と共に、鷹弘はマテリアプレートを起動。それを装填し、走行しながら変身する。

 背後でパルスマテリアラーに乗る翔や、ライドマテリアラーを使う響たち、ジェットマテリアラーで走る翠月・浅黄も同じく、一斉に変身を始めた。

 

『変身!』

Alright(オーライ)! タクティカル・マテリアライド!》

Alright(オーライ)! マテリアライド!》

Oh YES(オゥ・イエス)! ネクステンデッド・マテリアライド!》

Oh YES(オゥ・イエス)! マテリアライド!》

HEN-SHIN(ヘンシン)! マテリアライド!》

Action(アクション)! フォニック・マテリアライド!》

Alright(オーライ)! アヴェンジング・マテリアライド!》

Alright(オーライ)!! ユニバース・マテリアライド!!》

 

 マシンを走らせる十人の姿が、徐々に変わって行く。

 それと同時に、歪んだ空間から何十体ものエンジェル・デジブレインが飛来する。この数を無視して進むのは不可能だ。

 やはり現れた敵襲に対し先陣を切るのは、鷹弘の変身するリボルブリローデッドだった。

 

《羽撃く戦艦、フルインストール!》

「さっさとどきやがれェッ! オラオラオラァーッ!」

 

 ヴォルテクス・リローダーとリボルブラスターの二つの銃撃と、トライマテリアラーのガトリング砲が、天使の身体に的確に命中。

 しかし、やはり脳天や胴体を砕かれても、エンジェルの攻勢は止まらない。

 

『異端者を検知。排除シークエンスを開始します』

「チッ!」

 

 戦闘継続可能なエンジェル・デジブレインの数は、まだ半分も減っていない。

 剣を持ってリボルブへと襲いかかろうとしている場面に、キアノスと雅龍が文字通り駆けつけた。

 

《迷宮の探索者、インストール!》

「助太刀します!」

《龍氷鳳武、エクストラアクセス!》

「気にせず突っ切れ、リーダー!」

 

 ボウガンのインク弾によって凍らせ動きを封じ込める雅龍転醒と、凍っているエンジェルに斬撃やマテリアラーの体当たりを食らわせ砕くキアノス。

 二人のコンビネーションにより、リボルブは先へと進む。それに続く形で、後続のライダーたちもケーブルを走破し続ける。

 

《義賊の一矢、アクセス!》

「みんな頑張れー!」

 

 ザギークも援護に加わり、エンジェルの翼を穿って撃ち落とす。

 だが、浮遊島への距離が約半分を超えた時。

 天使たちの動きに、変化が起こった。

 

『警戒域への到達を確認。排除シークエンスをレベルアップ』

「え?」

 

 サイレンの音と共に、エンジェルが剣を手放し、空間の歪みから現れたロケットランチャーやライフルを装備したのだ。

 武装が剣のみだと思いこんでいたオペレーター組は、想定外の出来事に声色を変える。

 

『オイオイそんなのアリか!?』

『落ち着いて! ロケットランチャーを優先的に攻撃、撃たれる前に撃ち落としましょう!』

 

 慌てる宗仁を遮るように進駒が叫び、その指示と同時にネイヴィが動いた。

 

《紺碧の反逆者、インストール!》

「任せろ」

 

 ガトリングアームを装備した彼は短く言い、左腕の銃砲で上空のエンジェルたちが持つロケットランチャーを破壊。

 破損によって誘爆し、天使のデジブレインはことごとくが消滅していく。

 だが、ライフルを持つタイプは健在だ。

 

歌激(カゲキ)なる御伽女(オトメ)、カーテンレイズ!》

「ここは私たちに任せて」

 

 風を斬るようにレイピアを掲げる、仮面ライダーピクシーとピクシーセインL・R。

 彼女らが前に出て、銃弾を斬り裂いたりナックルガードで衝撃を吸収する事で、一行は先へと進む。

 さらに、ピクシーレイピアが吸収した衝撃を音として解き放ち、エンジェルの数も減らしていく。

 

「よし、あと少しで……!」

『危険域への到達を確認。排除シークエンスを最大レベルへ移行』

「何っ!?」

 

 先程よりも大きな警戒音の直後、エンジェル・デジブレインがさらに増援に現れ、ケーブルの最終地点で一つに固まっていく。

 そしてそれらは白く巨大な一本の腕、エンジェルアームを構築し、尖った爪が真っ直ぐにライダーたちへ振り下ろされようとしている。

 

《殺戮と復讐の使者、インストール!》

「アズール! 道を作れ、俺がアレをブチ破る!」

《無限に拡がる大宇宙、エヴォリューショォォォン!!》

「お任せします!」

 

 アズールメビウスに変身した翔がそう言うと、スターリットフォトンがケーブル上に散布され、島へと続く光の坂道を作り出す。

 当然、エンジェルアームはそれを叩き潰そうとするが、それよりも速く仮面ライダージェラスのライドマテリアラーが突撃した。

 

「シャラァッ!」

 

 勢い良く飛び込んだジェラスは巨大な掌を貫き、さらに崩れる腕を後続のアズールたちが破壊。

 もう邪魔立てする存在はなくなり、一行は島へと上陸するのであった。

 

「よし、なんとか到着したな」

 

 そう言って、限界時間を迎える前にジェラスは変身を解除。他の面々も変身を解き、周囲を見渡した。

 空の孤島には、磨かれた大理石のような光沢を放つ大地が広がっており、中心に白く巨大な塔が突き出ている。

 

「あそこにアクイラが……」

「やっと全てに決着をつける時が来たってワケだな」

 

 塔を見上げる翔に、隣で声をかける鷹弘。

 その時、近くを飛んでいたフォトビートルが、陽子の声を発した。

 

『みんな! 街の人たち、さっきの戦いの騒ぎで大勢が楽土に気付き始めたみたいよ!』

「ようやく目を覚ましたか」

 

 そう言って、響は外界を見下ろす。

 ここからしっかりと全てが確認できるワケではないが、確かに島に向かって指を差している者たちがいる。

 彼らが今の状況をどう思っているのかは、定かではない。しかし、少なくともホメオスタシスの行動は無駄にはなっていないという事だ。

 

「これが、最後の戦いだ……!」

 

 翔が言い、背後の仲間たちも翔に向かって頷く。文彦も、待ち切れないとばかりに拳を鳴らしている。

 準備は万端、決戦の舞台である塔の中へ向かおう。そう思って歩き出した、その時。

 孔雀仮面の男が目の前に降り立ち、黒い炎が一行を飲み込んだ。

 

「『原罪の創世巨塔(バベル)』へようこそ」

「スペル……!?」

「そして、さようなら」

 

 その声を聞くと同時に、フォトビートルを含むホメオスタシスのメンバーは、一瞬でその場から姿を消した。

 

 

 

「う……?」

 

 目を開いた時、翔は見知らぬ場所にいた。

 真っ白い無機質な空間が広がる世界。床も壁も天井も、視界一面が白一色。

 

「ここは!?」

「塔の中ですよ。案内させて頂きました」

 

 数m先に黒い炎が灯ったかと思うと、その炎の中から孔雀の仮面の男が現れる。先程炎で翔たちを飲み込んだのと同じ人物だ。

 彼の姿を見て、翔はすぐさまアプリドライバー∞を呼び出す。

 

「スペルビア!!」

「おやおや、お手が速い。もう少し話を聞いてからでも良いと思いますがねぇ」

「……皆をどこへやった!」

 

 睨みつけながら、マテリアプレートを手に取る翔。

 スペルビアはにこやかな表情で、しかし嘲笑うようにその質問に答える。

 

「ご安心下さい! まだ生きていますよ、今のところはね。お連れの方々は、それぞれ相応しい相手の居場所にご案内致しましたぁ」

「相応しい相手だと?」

「ええ。覚えているでしょう、アクイラ様がお作りになった七体のバックアップ用デジブレインを」

 

 言われ、翔はハッと目を見張る。

 確かにマテリアプレートに封入されていたデジブレインたちがどうなったのか、その行方を誰も知らない。

 それらが今、解き放たれて塔の守護に加わっているのだとすれば。

 

「彼らは皆、拘束具によって本来の力を大きく削いだ上でプレートとして使われていました。その拘束がなくなればどうなるか……楽しみですねぇ?」

「くっ!」

「そしてあなたには、この『天獄の間』で私に殺されて頂きますよ」

「死んでたまるか……!」

超宇宙戦記(コズミック・センチュリーズ)ムゲンダイバー(エタニティ)!!》

 

 スペルビアが仮面に手を伸ばし、翔がプレートを起動。

 そして、翔はそれをドライバーにセットし、マテリアフォンをかざした。

 

《ビヨンド・ザ・ブルースカイ!!》

「変身!」

Alright(オーライ)!! ユニバース・マテリアライド!! エタニティ・アプリ!!》

 

 翔の姿が光と共に変わり、スペルビアも黒い炎で全身が燃え上がる。

 そして、アーカイブレイカーとアズールセイヴァーを装備したアズールメビウスへの変身を遂げ、ピーコック・デジブレインへと飛びかかった。

 

《夜空に瞬く幾千の綺羅星!! 銀河を彩る神々しき惑星!! 無限に拡がる大宇宙、エヴォリューショォォォン!!》

「お前とも今日こそ決着だ! 行くぞスペルビア!」

「良いでしょう。私も……いや、俺もそろそろ本気で相手をしてやらないとなァ!!」

 

 その叫びと共に、ピーコック・デジブレインのマスクや黒い拘束具が外れていき、まるで脱皮したかのように孔雀の羽根も剥がれて落ちる。

 アズールの一閃は空振りに終わり、白い空間の上空を、真っ黒な皮膜の翼が広がった。

 

「なにっ!?」

「ピーコック・デジブレインとは拘束具を纏った偽りの仮面」

 

 黒い鱗がびっしりと埋め尽くされた、鋼鉄めいた筋骨隆々の四肢。

 燃え盛る黒い炎を吐き出し、ずらりと並んだ鋭い牙が覗く大きく裂けた口。

 そして、左右に伸びる巨大な角と、仮面ライダーを見下ろす真紅の眼光。

 トカゲなどと評するにはあまりにも強剛にして壮麗。

 その姿は、まさしく――。

 

「これぞ我が真の姿!! ドラゴン・デジブレイン、スペルビアだ!!」

 

 咆哮がビリビリと空気を振動させ、床から黒い炎が噴き上がる。

 

「ドラゴンだって……!?」

 

 あり得ない、と翔は思う。

 デジブレインたちは実在の動物のデータを取り込み、その姿に変化する情報生命体だ。

 ニュート・デジブレインのようにサンショウウオに関係する伝承からサラマンダーを部分的に取り込んだり、ハーロットがやったように童話のデータと生物のデジブレインを結合させて改造する事は確かにあった。

 しかし、ハーロットの改造術はアクイラが倒された後に生み出されたものであって、ドラゴンが実在しないのなら(・・・・・・・・)デジブレインとする事など絶対に不可能なはずなのだ。

 

「考え事をする余裕があるのか! 傲慢だなァ人間!」

「くっ!」

 

 スペルビアの口から放たれた黒い炎が、白い地表を焼き尽くす。

 アズールはショートテレポートでスペルビアの背後に回って避けるが、その瞬間に胸へ漆黒の剣が突きつけられる。

 

「おっと!」

 

 アーカイブレイカーで切っ先を逸らすと、続けてアズールはスターリットフォトンを散布してリボルブラスターとリボルブラスターV2を生成。

 一斉射撃を行いつつ、アズールセイヴァーを手に斬りかかった。

 

「ハハハハハハハハッ!」

 

 しかしスペルビアは突然大笑いしたかと思うと、銃撃を全て黒い炎で焼き払い、自らの剣でアズールと真っ向からぶつかり合う。

 

「パワーは互角……なら!」

 

 呟いた後、アズールは腕に強く力を込めながら、頭上からもう一度斬りかかる。

 スペルビアもそれに応じ、剣をアズールセイヴァーに叩きつけ、鍔迫り合いとなった。

 

「今だ!」

 

 その瞬間、アズールメビウスはグラビティガイアの能力を起動。

 自らの全身に重力をかけつつ、さらにスペルビアに対しても垂直落下させるように重力を付加する。

 

「ぐ……!?」

 

 ズシッと剣全体に重みがかかって亀裂が走り、さらに翼も動かせなくなって、スペルビアは地面に叩き落された。

 

「むううっ!」

「よし、このまま圧し斬って……!」

「させるか!」

 

 スペルビアが口を開いた直後、黒い炎が飛び出してアズールを襲う。

 如何にグラビティガイアが防御型のスタイルと言えど、至近距離から食らっては多少なりともダメージはある。

 しかも自分自身に重力をかけてしまった今、ショートテレポートも使えずアズールはその身で炎を受けてしまった。

 

「ぐうっ!?」

「おやおやァ! 無様だなァ人間!」

 

 重力を解除するも、続け様に降りかかる灼炎。それらをアーカイブレイカーで対処するが、攻撃の勢いは止められない。

 さらなる追撃としてスペルビアは剣に炎を纏わせ、斬りかかろうとしている。

 

「これで終わりだ!」

「させるか!」

 

 手にしていた剣を納刀し、口から飛んでくる炎の一撃を防ぎつつ、アズールはマテリアプレートを生成。

 そして、それらを盾の表面にタップしていく。

 

《タップ! ジェイル・アプリ! ダンピール・アプリ! オラクル・アプリ! アーセナル・アプリ! ギガント・アプリ! ブルースカイ・アプリ! ウラノスエフェクト!》

 

 火炎弾を避け、そして剣を振り上げたスペルビアが間合いに入った瞬間、アズールは剣を抜刀した。

 

「そぉりゃあああっ!!」

《ウラノスフィニッシュコード! Alright(オーライ)! ウラノス・マテリアルバスターテンペスト!》

 

 白光を放つアズールセイヴァーと、スペルビアの黒い炎の剣がぶつかり合い、白と黒の斬光が爆ぜる。

 

「くっ!」

「ぬぅ!」

 

 必殺の一撃の威力は、ほぼ互角。

 それを認識すると、スペルビアは舌打ちして距離を取り、剣を前に掲げた。

 

「アクイラ様復活の鍵となるから今まで生かしておいてやったが、事ここに至っては最早邪魔だ! 潔く刎刑となるが良いわ!」

「そうは……行かない! 僕らはアクイラを止める、この楽土を終わりにするんだ!」

 

 剣を突きつけ、睨み合う両者。獣のような咆哮と共に、再び斬り結ぶ事となった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同じ頃、巨塔内の『地獄の間』にて。

 黒い炎の中から、四人の男女がその場に降り立った。

 肇・文彦・浅黄・響の組み合わせだ。だだっ広い無機質な白一色の空間の中で、周囲を見回している。

 

「ここは……塔の中か?」

 

 一歩ずつ、殺風景な場所で前へ進み出る響。

 すると、キィィィンという耳鳴りのような音が響いた直後、目の前に白いローブを纏った四体のデジブレインが姿を現す。

 それを見て浅黄と肇は身構えた。

 

「うっ!?」

「む!」

 

 デジブレインはローブを脱ぎ捨て、その姿を晒す。

 一体は頭部と翼が鷲で、獅子のように強靭な五体を持つ魔獣、グリフォン。

 その隣には、下半身が魚のようになっている空中を泳ぐ人魚に、頭部に一角を生やした馬の姿をしたデジブレインが並ぶ。

 さらにそのユニコーンの隣に、燃え盛る翼を生やした鳥型のデジブレインが立つ。

 それぞれグリフォン・デジブレイン、マーメイド・デジブレイン、ユニコーン・デジブレイン、フェニックス・デジブレインだ。

 

「起動確認。排除シークエンスを実行します」

「そうか、つまり敵なんだなてめぇら」

 

 文彦はそう言って唇を釣り上げると、アプリドライバーの左側にVRゴーグルのような形状の機械を装着する。

 アプリドライバーのマテリアクター部を包む黒いカバーのようなもので、表面には『∞』の字を描いて自らの尾を噛む蛇がデザインされている。

 これが新造した制御装置、ウロボロスユニット。これとの合体により、アプリドライバーはウロボロスドライバーへと姿を変えるのだ。

 さらに手に取ったマテリアプレートは、グリップのようなものが外付けされている。

 

BOOGIE WOOGIE ZOMBIE(ブギウギゾンビ)-VR(ヴェンジェンス・リターン)!》

 

 起動の後、プレートを装填。カシュンッという音と共にゴーグル部がスライドし、マテリアクターは完全に保護された。

 文彦はマテリアフォンを手に取り、表面にかざす。

 

《デッド・オア・ダイ!》

「変身ッ!」

Alright(オーライ)! アヴェンジング・マテリアライド! リターン・アプリ! 殺戮と復讐の使者、インストール!》

 

 文彦の姿が変わっていく。

 以前の黒いマントコートと鋼鉄の髑髏の仮面をそのままに、コートがヘビ柄となり、フードには蛇の眼と牙が追加されている。

 背中には白いウロボロスの紋様が浮かび、両肩にも蛇の頭部のような形状のアーマーが装着された。

 さらにその手には、片刃斧とライフルを一体化させたような紫色の武装が握られている。

 

《レヴナントアックス!》

「仮面ライダージェラスレヴナント。さて……蹂躙してやるか」

 

 肇たちも背後で変身を始める。

 そして仮面ライダーたちとデジブレインたちが、正面からぶつかり合い、戦いが始まった。

 

 

 

 一方、同じく塔内の『煉獄の間』でも戦いが始まろうとしていた。

 

「起動確認。排除シークエンスを実行します」

 

 敵は棍棒を持つ軽装の鬼と、両肩に犬の頭部を生やした凶暴な魔犬、そしてヤギの角とコウモリの翼を生やした艶めかしい女性の悪魔のようなデジブレインだ。

 それぞれゴブリン・デジブレインに、ケルベロス・デジブレイン、サキュバス・デジブレイン。

 対するは、鷹弘の変身するリボルブリローデッドと、翠月の雅龍転醒、そしてアシュリィたち三姉妹が変身するピクシーズだ。

 

「こいつら……あのマテリアプレートの中にいたデジブレインか?」

「そういう事だろうな。まさか、今更戦う事になるとは思わなかったぜ」

 

 武器を構えながら、ゆっくりと間合いを測る雅龍。同じく敵に銃を突きつけ、リボルブも距離を保っている。

 唸り声を上げて睨みつける、ゴブリンとケルベロス。そしてサキュバスが鞭のようにしなる尻尾を叩きつけた、その瞬間。

 

「来る!」

 

 ピクシーの呼びかけを合図としたように、ゴブリンとケルベロスが突撃を始める。

 それと同時に、リボルブはゴブリンへ放銃し、雅龍はケルベロスと取っ組み合いになった。

 サキュバスは彼らの頭上を飛翔し、飛び越えてピクシーズの前に降り立つ。

 

「あなたの相手は私たち、って事なんだ……」

 

 その言葉を肯定するように、サキュバスは尻尾で地面を叩き、右腕をピクシーに向ける。

 すると右掌から黒い光弾が放たれ、ピクシーはそれを避けながらレイピアで刺突を繰り出す。

 サキュバスは素速く宙返りし、その一刺しを回避。空中で悠然とピクシーを見下ろし、無機質に声を発する。

 

「排除シークエンス、継続」

「お姉ちゃん、行くよ!」

 

 三人はレイピアの剣先を重ね合わせ、羽をはためかせて飛翔。サキュバスへと立ち向かうのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

『クソッ、翔たちは一体どこへ行ったんだ!?』

 

 原罪の創世巨塔の外。鋼作の声が響き渡る。

 取り残された八体のフォトビートルが、塔の周囲を目まぐるしく飛び回っているのだ。

 

『恐らく塔の中に転送させられたのだとは思うが、それにしても……』

『この塔、一体どこに入口があるんです?』

 

 鷲我と進駒がそう言いながら塔をくまなく調査しているが、扉はおろか窓さえない。

 それどころか表面には一切の繋ぎ目も隙間も存在せず、脆い部分が全くないため、フォトビートルではぶつかって穴を開ける事すらできないのだ。

 

『屋上を調べてみよう!』

 

 律の提案により、フォトビートルは屋上へと飛んで行く。

 頂点は円盤状になっており、同じく表面に隙間はない。しかし、中央には大きな穴のようなものがあった。

 

『よし、あそこからなら――』

 

 鋼作の操るフォトビートルが穴へ向かおうとした、その時。

 銃声のような音が響き、一筋の光条がフォトビートルを貫き、破壊した。

 

『えっ!?』

『あ!?』

 

 驚く琴奈と陽子の声と、再度光線が放たれるのは、ほぼ同じタイミングだった。

 さらに律と進駒、鷲我のマシンも破壊されてしまう。

 残ったのは、彩葉のフォトビートルのみとなった。彼女だけは、辛うじて敵の姿を捉えていた。

 

『あの人は、まさか!?』

 

 屋上で剣のようなものを掲げる、白いローブを纏った男。一瞬だけ見えたその内側の顔に、彩葉は驚きを隠せなかった。

 男は、再び切っ先をフォトビートルに向ける。そして、剣の表面に配備された四つの砲身からビームを放った。

 

『ひっ……!』

 

 小さく悲鳴を発し、攻撃を避けようとする彩葉。

 しかし、まるで動きを先読みされたように、動いた位置に光線がクリーンヒット。

 フォトビートルは、無残にも熱に溶かされ砕け散る。

 

「……」

 

 全ての機体が破壊されたのを確認すると、男は何も言わずその場から立ち去るのであった。



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EP.55[魔獣殲戦]

「オイオイ、マジかよ!? なんで『そいつ』があそこにいるんだ!?」

 原罪の創世巨塔、その屋上で破壊された八機のフォトビートル。
 それらを破壊した男の素顔を見ていた彩葉は、ホメオスタシスのメンバーに彼の正体を話していた。
 話を聞いた宗仁は、目を見開いていた。彼だけでなく、陽子や琴奈、進駒たちもだ。

「あの人、向こう側についていたのか!」
「楽土の影響で元に戻ってたのね!」

 口々に騒ぎ立てる一同。マテリアフォンへと通信を試みても、戦闘中なのか他の要因があるのか、塔の中の面々と連絡がつかなかった。
 そんな中、鷲我も焦った様子で新しいフォトビートルを操作している。

「早くこの事を知らせなければ……!」


「排除、排除」

 

 原罪の創世巨塔で始まった、仮面ライダーたちとデジブレインの戦い。

 その地獄の間において、ネイヴィはグリフォンと、キアノスはフェニックスと対峙していた。

 

「トォッ!」

「ハァッ!」

 

 カッターアームを振り下ろし、グリフォンの腕に傷をつけ、反対の拳で殴るネイヴィ。

 キアノスもサーベルでフェニックスの胸を突き、さらに脇腹へと回し蹴りを炸裂させた。

 

「排除」

「……排除」

 

 しかし、仰け反ったりよろめく事はあっても、二体のデジブレインに大したダメージがあるようには見えなかった。

 不気味に思い、キアノスはサーベルを構え直して警戒する。

 

「ちゃんと効いてるのか……?」

「手応えはあるが、どうにもな」

 

 ネイヴィが答え、カッターアームを別のプレートに変換しようとする。

 その瞬間、グリフォン・デジブレインが嘴を開き、口内から一直線に荷電粒子砲を放った。

 

「うおっ!?」

 

 咄嗟にマントを翻して直撃を避けるものの、カタルシスエナジーによって発生したバリアが突き破られ、マントは焼けてボロボロになった。

 さらに、隙を突かれてグリフォンの爪が襲いかかり、ネイヴィはプレートを取り落してしまう。

 

「く、しまった!」

「排除」

 

 さらに体勢を崩したネイヴィへと、フェニックスが煌々と燃える羽根を飛ばして繰り出す。

 このままでは、羽根が突き刺さってネイヴィの身体は炎上するだろう。

 しかし、そこにキアノスが立ち塞がり剣を振って羽根を割いた。

 

「させないぞ……!」

「排除」

 

 キアノスがそう言いながら断ち斬った羽根。

 それらはひとりでに動き出し、炎へと変わって矢のようにキアノスへと殺到する。

 

「なっ、ぐあああっ!?」

「響っ!?」

 

 身を焼かれて悲鳴を上げるキアノス。

 助けに入ろうとするネイヴィだが、再びビームがグリフォンから放たれ、さらに爪が胸や肩の装甲を斬り裂いた。

 

「くうっ!」

 

 次第に肉が削げ、ネイヴィはスーツの内側から出血。キアノスも炎を振り払ったかと思えば、フェニックスが燃え上がる爪で追い撃ちをかけ、再び装甲が灼ける。

 

「……父さん、使って!」

 

 そう言いながら、キアノスは背後へプレートを放り渡す。ネイヴィもそれを素速くキャッチすると、左腕のリングへ装填する。

 

「ガジェットチェンジ」

RIDE ON(ライド・オン)! センチピード・ガジェット、コンバート!》

「トォッ!」

 

 左腕に形成された鋼鉄の鞭がグリフォンの頭と腹を打ち据え、さらにネイヴィのプレートを拾い上げたキアノスはそれをサーベルに装填。必殺技の準備に移った。

 

《フィニッシュコード!》

「行くぞ!」

 

 振り抜いた剣を、グリフォンへと突き立てんとするキアノス。

 その寸前、両腕で自分の体を守るフェニックスが間に割って入り、炎を噴出して庇おうとする。

 だが。キアノスとネイヴィは、仮面の中でニヤリと笑い、同時に叫んだ。

 

『その手は読めているぞ!』

 

 見れば、フェニックスの脚には既にセンチピードの鞭が巻き付いていた。

 ネイヴィは思い切りフェニックスを壁側へと投げ飛ばし、さらにベルトのマテリアプレートを押し込んでグリフォンの方に飛びかかる。

 

《フィニッシュコード!》

「ライダー……パンチ!」

Alright(オーライ)! サイクロン・マテリアルエンド!》

「トォォォーッ!」

 

 深い青のエネルギーを纏った右拳が顎にヒットし、全身がグルリと半回転して頭が地面に叩きつけられる。

 強烈な一撃にも耐えていたものの、グリフォンの頭からは火花が吹き出し、眼球が両方飛び出ている上、頭が上下逆さまになるほどに首が曲がるという悲惨な状態になっていた。

 それでもなお、グリフォンはふらつきながら強靭な爪で斬りかかる。

 ネイヴィはあえて避ける事なく右腕の装甲を使って受け止め、出血しつつも側頭部に回し蹴りを放った。

 

「ハい、じょ……排除……ジョ……」

 

 蹴りを受けたグリフォンは、煙を吐き出しながらゆっくりと口を開き、粒子砲を放たんとする。

 だが、既にネイヴィは続けてもう一度プレートを押し込んでいた。

 

「ライダー……キック!」

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! サイクロン・マテリアルエンド!》

「トォォォォォーッ!」

 

 ネイヴィの全身からカタルシスエナジーが漲り、跳躍と同時に右足が突き出される。

 その直後にグリフォンの荷電粒子砲が放出、ネイヴィのライダーキックはそれを弾いて天井へと逸らし、獅子の肉体へと炸裂した。

 

「は……イ……」

 

 メキメキと音を立ててグリフォンの胸に風穴が開き、そこから亀裂が全身へと広がる。

 そして、グリフォンは粉々となり、全身がデータの塵となって消えた。

 

「勝ったか……ぐっ!?」

 

 右足で着地した直後、ネイヴィは膝をつく。

 見れば、足の装甲がほとんど溶けてしまっていた。荷電粒子砲の一撃は、完全に防げてなどいなかったのだ。

 

「少しばかり、無茶だったな」

 

 足への痛みで苦悶しつつ、よろよろと立ち上がろうとするネイヴィ。

 その背後から、翼を広げたフェニックスが襲いかかった。

 

「排除、排除」

 

 爆炎と共に爪を振り下ろさんとするフェニックス。

 しかし、その背中から腹へとキアノスのサーベルが貫通する。

 

「排……除……」

「甘く見るなよ。俺たちだって、半端な覚悟でここまで来たワケじゃないんだ」

 

 噴き出す炎に焼かれながらもそう言って、キアノスはマテリアフォンを剣にかざす。先程のプレートで必殺技を発動したのだ。

 剣先にドリルめいて高速回転するエネルギー体が付与され、フェニックスの身体はたちまち粉々に削り取られていく。

 

Alright(オーライ)! DRILL(ドリル)・マテリアルスライサー!》

「ハァァァァァーッ!」

「ジジジジジジョ」

 

 フェニックスの身体が上下に分かれて千切れ飛び、さらにキアノスはアプリドライバーのマテリアプレートを押し込んで必殺技を発動。

 上半身だけとなっても炎を飛ばそうとするフェニックスへと、自らの右拳を叩き込んだ。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! アーセナル・マテリアルバースト!》

「終わりだァーッ!」

 

 その一撃はフェニックスの顔面を打ち、微塵に砕く。

 これで、二体のデジブレインを打倒した。

 だが今もまだ地獄の間では戦いが続いている。ザギークとジェラス、その相手はユニコーン・デジブレインとマーメイド・デジブレインだ。

 

「排除」

「排除」

 

 聞き飽きた、とばかりにジェラスが肩を竦める。さらに、右手の人差指をクイクイと招くように動かした。

 

「分かったからさっさとかかって来い」

「ちょっ!? 挑発しないでよ!」

「うっせぇーな。どうせ聞きゃしないんだから良いだろうが」

 

 ジェラスがそう言った直後。

 二体のデジブレインは、一斉にザギークに向かって攻撃を始めた。

 

「えぇっ、なんでウチィ!?」

 

 マーメイドが音波を発して攻撃し、ユニコーンは稲光を放出して素速く突進。ザギークは突然の事態に慌てるが、ジェラスが彼女の前に立ち、攻撃からかばった。

 

「御種……!?」

「効かねぇな」

 

 攻撃を受けても、仮面の奥で笑い声を上げるジェラス。ブギウギゾンビの痛覚遮断能力と不死の力は、そのまま搭載されているのだ。

 

「排除シークエンス、けいぞ……」

「遅ぇ!」

 

 再び音の塊で攻撃しようとするマーメイドへと詰め寄り、その細い首を引っ掴むと、ジェラスは勢い良く自らの頭をマーメイドの頭に叩きつける。

 その一発でマーメイドの頭がへこみ、ジェラスは構わずさらにもう一度鋭い頭突きを繰り出した。

 今度は右眼がポンッと飛んで地に落るが、それでもマーメイドは音で反撃する。

 ジェラスの仮面にも亀裂が走り、音の衝撃が全身を襲っているはずなのだが、当の本人は意に介さない。そればかりか、負傷が自動的に再生していく。

 

「効かねぇっつってんだろ!」

 

 そう言ってマーメイドを地面に押し倒すと、手にしたレヴナントアックスの刃を喉元に何度も何度も、狂ったように打ち付けた。

 

「ヒャーハハハハァッ! 面白ぇなぁオイ、マグロの解体ショーみたいじゃねぇかぁ!?」

 

 首が半ばまで切られてガクガクと頭を震わせながらも、身を起こそうともがいた。

 だが、ジェラスがそれを許さない。頭を踏みつけ、さらに両肩についた蛇頭が外れてカタルシスエナジーを纏い、大蛇と化してマーメイドを拘束する。

 さらにドライバーのマテリアプレートを押し込んだジェラスは、その体勢のまま必殺技を発動した。

 

《クルーエルフィニッシュコード!》

「ハ……ハイ、じょ……」

「今更お前なんざ俺の敵じゃねぇんだよ」

Alright(オーライ)! リターン・マテリアルトリーズン!》

 

 言いながら、エネルギーの集約した右足にグッと力を込める。

 マーメイドはそのまま頭を粉々に踏み砕かれ、爆散。飛び散る破片を返り血のように浴びながら、ジェラスは高笑いする。

 

「ヒャッハハハ! たまんねぇなぁ、久々の戦いの感覚……!」

 

 徐々に消えゆくマーメイドの身体も蹴り飛ばし、完全に消滅させて勝利を収める。

 しかし、ザギークは残るユニコーン・デジブレインに苦戦していた。

 

「ひぃ~! ちょっとマジでキツいんだけど!」

 

 頭部の角からの雷撃や、豪腕・豪脚によって放たれる激しい攻撃。

 ザギークはスピーディチューンで回避に集中するが、反撃の余裕がまるでない。

 その上、ユニコーンの猛攻は段々とザギークの体を掠め始めていた。

 

「ヤバッ……!」

 

 このままでは確実にやられてしまう。劣勢を打破する方法がないワケではないが、浅黄自身にも大きな負担を強いる事になるだろう。

 とはいえ、手をこまねいてばかりもいられない。ザギークの判断は決まった。

 

「こうなりゃもうヤケクソだー!」

《ジェットマテリアラー!》

《フレンドーベル!》

 

 パッドを指先でタッチし、マシンとドーベルマン型のサポートロボットを召喚。ユニコーン・デジブレインにけしかけ、足止めさせる。

 

「もっかい!」

《ジェットマテリアラー!》

《フレンドーベル!》

 

 ザギークはさらにもう一度、同じ操作を行う。今度は雅龍用のものが現れ、同じくユニコーンを攻撃する。

 当然、ただそれだけで倒せる相手ではない。よってザギークは、さらにアプリチューナーにも手を伸ばした。

 

《パワフルチューン! テクニカルチューン! スピーディチューン!》

「このくらいの限界超えらんなきゃさぁ! アクイラの作った楽土なんてブッ壊せないでしょーが!」

Oh YES(オゥ・イエス)! マテリアライド! マキシマム・フルチューンアップ!》

 

 ザギークがマキシマムチューンとなり、跳躍する。

 この形態は一分というごく短い時間でしか運用できない。加えて、ザギークの戦闘力ではこの形態となったとしても攻め手に欠ける。

 ではなぜ使用したのか。その答えは、先程呼び出した四機のマシンにあった。

 タブレットドライバーを扱うザギークは、二つのマシンとの合体によって、ワイルドジェッターという特殊形態に移行できる。

 今回はそれを、四機で行うというのだ。

 

「うううおおおおおっ!」

 

 ジェットマテリアラーが背中と両脚部に合身し、さらに四肢にそれぞれフレンドーベルの強靭な爪が合体。

 空中を浮かびながら、ザギークはユニコーンにその鋭爪のついた前肢を突きつける。

 

「これが! 最終決戦のために調整した……デュアルワイルドだぁーっ!」

 

 叫びながら、ザギークは敵に向かって急速降下。すれ違いざまに爪で斬り裂く。

 その脅威的なスピードに、ユニコーンは一切の反応ができず、右腕の肘から先が消滅してしまう。

 

「排……除」

「けふっ……へへっ、どんなもんよ」

 

 得意げに笑いつつも、咳き込む浅黄。ヘルメットの隙間からは、血が流れ落ちていた。

 強大なスペックを持つデュアルワイルドだが、大きな弱点がある。その性能故にマキシマムチューンでなければ維持できず、かつ変身者への負荷も凄まじいものとなるのだ。

 通常のマキシマムチューンならば一分保つザギークも、この形態は十秒程度が関の山。それでも彼女は、勝つためにこの姿になる事を選んだのだ。

 

「排除、排除」

「させないよ! これで終わらせるから!」

《パニッシュメントコード!》

 

 パニッシュメントアイコンをタッチしながらザギークが言い、空を舞う。

 そして、センサーに指で触れて両脚を突き出し、必殺を放った。

 

Oh YES(オゥ・イエス)! マキシマムフォレスト・マテリアルパニッシャー!》

「ウチの全力ぅぅぅっ! いっけぇぇぇぇぇーっ!!」

 

 頭上から蹴り出された超高速のドロップキックが、反撃として繰り出された雷を真っ二つに斬り裂き、ユニコーンの胴体に炸裂。

 たった一撃で完全消滅せしめ、同時にジェットマテリアラーとフレンドーベルも砕け散ってしまう。あまりの出力に耐え切れなかったのだ。

 変身が解除されて勢い良く地面に投げ出された浅黄は、そのまま血液を嘔吐した。

 

「げぇあっ……うぐぅぅぅっ!?」

 

 息も絶え絶えになりながらも、浅黄は立ち上がろうとする。

 もうデュアルワイルドは使えない。しかも肉体への反動によって、彼女自身もほとんど限界だ。

 

「浅黄さん!」

「浅黄!」

 

 彼女の苦しむ様を目撃した響と肇が駆けつける。彼らも負傷しているのだが、それでも手を差し伸べようとしている。

 浅黄はニッと笑い、よろよろとしながらも手を借りずに立ち上がった。

 

「だいじょぶ、ウチはまだやれるよ!」

「……無理はしないで下さい、死んでしまったら元も子もない」

「ちょっと反動がキツかっただけだって! 大丈夫、まだアクイラと戦えるくらいの体力は残ってるよ!」

 

 そんな三人の様子を傍から見ていた文彦は、自らの掌を見て眉をひそめる。

 彼の両手は、灰色がかったノイズに包まれかけていた。文彦が強く歯を食いしばり、グッと拳を握ると、ノイズは消失する。

 肇はその文彦の様子を不思議に思い、声をかけた。

 

「おい、どうした」

「なんでもねぇよ。それより、どうやら先へ進めるようだぜ」

 

 文彦が指を差した方向、部屋の中央にはゲートが生み出されている。

 肇と響、そして浅黄は頷き合い、文彦も伴って先へと進むのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同じ頃、リボルブ・雅龍・ピクシーズもデジブレインたちと交戦していた。

 

「オラッ!」

 

 リボルブと対峙しているのは、金棒を持ったゴブリン・デジブレイン。

 左拳を掌で受け止め、鈍器を振り回して殴打してくる。

 

「排除」

「チィッ!」

 

 身を反らして重い金属の塊を避けるリボルブ。そして動きながら、右手に持ったヴォルテクス・リローダーで発砲し、反撃に移る。

 

「排除、排除」

「ぐっ!?」

 

 ゴブリンは銃撃で足を射抜かれても肩を撃たれても、目や鼻が砕かれようともお構いなしに突撃し、ついに金棒がリボルブの胸を打ち据えた。

 あまりの痛みに、膝から崩れ落ちるリボルブ。そのままゴブリンはもう一度金棒で叩く。

 左肩に強烈な一撃が振り下ろされ、ミシッと音を立てる。

 

「があああっ……!」

 

 肩を手で押さえ、リボルブは苦悶する。しかし休む間もなく、ゴブリンが金棒を振り上げる。

 今度は頭を打つつもりだ。それを察して、リボルブはまさしく弾丸のように飛び出し、全身でぶつかって行った。

 

「排除」

「やらせるかよクソが!」

《リボルブラスター!》

 

 叫んだリボルブは金棒をゴブリンの手から蹴っ飛ばし、二つの銃口を突きつけて連射し続ける。

 倒れたゴブリンの両腕は吹き飛ぶが、それでもリボルブの腹を蹴ってから立ち上がった。

 

「こいつ……!?」

「は、イじ、ョ」

「させねェっつってんだろうが!!」

《リボルビングフィニッシュコード!》

 

 言いながら、今度はヴォルテクス・リローダーをドライバーに装填。そして、マテリアフォンをかざして炎の翼で飛翔し、ゴブリンに飛びかかった。

 

Alright(オーライ)! ラプターズ・マテリアルエクスプロージョン!》

「くたばりやがれェェェッ!」

 

 ゴブリンの頭へと火炎の蹴りが命中。その首から上が消し飛び、胴体も燃え移って消滅する。

 しかし敵はゴブリンだけではない。雅龍とケルベロス・デジブレインの戦いが、まだ続いていた。

 

「排除。排除。排除」

「く、こいつ……!?」

 

 未だ取っ組み合いになっている二人だが、徐々に自分の方が押されているのを感じて、雅龍は驚きを隠せなかった。

 それもそのはず、サスペンドブラッドの冷気を浴びているはずのケルベロスは、凍りつくどころかまるで勢いが衰えないのだ。

 しかも、今までのように体内へ流し込む事もできていない。

 

「何故だ、何故効かない!?」

 

 パワーもケルベロスの方が上だ。このままでは腕が圧し折られるだけだと感じて、雅龍はケルベロスに頭突きを食らわせ、腕を離した瞬間に袖口のノズルからインク弾を放つ。

 その直後、雅龍は知った。ケルベロスに冷気が通用しなかった理由を。

 頭部と両肩にある犬の口が、冷気やサスペンドブラッドを吸収して自分のエネルギーに変換しているのだ。しかも高熱を持った体毛は、体の内側にサスペンドブラッドを通さず無力化する。

 

「なんて相性の悪い……!」

 

 雅龍はスタイランサー・スピアーモードを手にし、目の前の屈強なデジブレインに素速く穂先を押し込む。

 だがケルベロスは意に介さず、胸を貫かれながらどんどん足を進めた。

 

「なっ!?」

「排除、排除」

 

 インク弾を撃ち込んでも、当然ケルベロスの足は止まらない。

 接近したケルベロスの爪が雅龍の体を斬り裂き、拳が装甲をひしゃげさせる。

 

「ぐ、あっ」

「排除」

 

 さらに続く攻撃。両腕のノズルも破壊され、圧倒されていた。

 

「……ならば!」

 

 倒れ込みそうになる寸前、足に強く力を込めた雅龍が、距離を取って拳を構え直す。

 槍が効かず凍結もしない相手。それに対抗する術は、雅龍にはたったひとつしかなかった。

 

「ホォアタァァァーッ!」

 

 徒手空拳だ。直接体に冷気を叩き込んでも通じないため、サスペンドブラッドは使わずにただひたすら拳を打ち込み続ける。

 雅龍の力ではなく、翠月自身の技術である中国拳法。

 目にも留まらぬ高速の連続打撃、それこそが唯一通じる攻撃手段だ。

 

「排除」

「アタァッ!」

「排……除」

「ホァァーッ!」

 

 毛の薄い肩や脇腹、関節部と下顎などに拳打・蹴撃が命中する度、ケルベロスの肉体は鈍い音を立てる。

 そして何度目かの関節への一撃で、ケルベロスは足が軋み、歩行さえ困難になる。

 

「今だ!」

《マスタリーパニッシュメントコマンド! Oh YES(オゥ・イエス)!》

 

 三回連続でマテリアル・ネクステンダーのスイッチを押し、雅龍はケルベロスのへと蹴りを繰り出した。

 

《ブリザード・マテリアルターミネイション!》

「ホアタアアアアッ!」

 

 腹に出来上がった亀裂から、サスペンドブラッドが体内に流し込まれる。

 体毛が冷気を無力化するとしても、この方法ならば別。ケルベロスは全身が凍結し、雪のような白い塵となって消える。

 

「なんとか、勝てたか……」

 

 ふぅ、と雅龍が息をつく。

 その一方、ピクシーズもまたサキュバス・デジブレインとの交戦状態にあった。

 

「排除」

 

 尻尾を突き出し、鞭のように振り回すサキュバス。それをナックルガードで受け止めたセインLは、衝撃を音に変換して返すように放つ。

 だが、サキュバスは軽々と飛んで避けた。さらに右腕から三つの光の球体を生み出し、弾丸のように三人へと放つ。

 

「うわあああ!」

 

 光弾が命中し、地面を転がされる三姉妹。

 数の上ではピクシーズの方が多く有利なはずなのだが、やはりそこは経験の違いか、素速く立ち回るサキュバスに圧倒されてしまっていた。

 

「ど、どうしましょうアシュリィ!?」

「こいつ速すぎるよ!」

 

 レイピアで斬りかかっても、相手のスピードのせいですぐに距離を開けられる。射撃用の武器もない。

 考えた末に、ピクシーはゆっくりと顔を上げた。

 

「……ひとつだけ方法があるかも。試してみる価値はあるよ」

 

 ひそひそとセインL・Rに話しかけた後、ピクシーは剣を掲げて頷く。後ろで二人も頷き、同じように剣を構えた。

 

「さぁ、行くよ!」

「おー!」

 

 ピクシーとセインRが、レイピアを手にサキュバスへと飛びかかる。

 

「排除」

 

 当然サキュバスは斬撃を避け続けるが、ピクシーたちは反撃の暇を与えず、何度も何度も飛び込んでいく。

 その戦いを眺めながら、セインLはレイピアのナックルガードを手で叩きつつ、サキュバスの背後に回り込んでいた。

 そしてピクシーとセインRがサキュバスを前後に挟む形で並んだ、その瞬間。セインLは動いた。

 

「お姉様、参ります!」

「ばっちこーい!」

 

 セインLが、レイピアに蓄積された衝撃を音符型のエネルギー体として放つ。

 不意に背後から飛んで来たそれを、サキュバスはやはり素速い動作で回避する。

 その音符の向かう先にはピクシーセインRがいた。

 

「これならっ!」

 

 音のエネルギーをナックルガードで再度吸収し、さらにもう一度サキュバスに向かって放つ。

 あわや命中する寸前というところで、またしてもサキュバスは回避に成功した。

 だが。

 

「貰った」

 

 今度はピクシーがその音符を受け止め、至近距離からサキュバスの背中に音符を放った。

 音のエネルギーが衝撃に戻り、翼と背中を粉砕する。

 

「は、イジョ」

 

 仰向けにベシャリ、と墜落するサキュバス。

 なんとか立ち上がったそのデジブレインを三姉妹が取り囲み、総攻撃をかけるべく必殺技に移った。

 

《フィニッシュコード・トリオ!》

「終幕だよ」

Action(アクション)! オトギガールズ・マテリアルシンフォニー!》

『ヤアァァァーッ!』

 

 三つの剣が閃き、サキュバスを三つに斬り裂く。

 こうして、煉獄の間のデジブレインは全て消滅するのであった。

 

「これで、終わり……?」

 

 言いながら周囲を見回すと、部屋の中央にはゲートのようなものが生み出されている。

 どうやら、先へ進めるようだ。

 

「行こうぜ。この先で翔たちが待ってるかも知れねェ」

 

 そう言って、変身を解除した鷹弘がゲートへと歩いていく。

 翠月とアシュリィ・ツキミ・フィオレの三姉妹も、その後に続いて飛び込んで行った。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 そして、天獄の間。

 翔が変身するアズールメビウスと、ドラゴン・デジブレインことスペルビアが、激しい戦いを繰り広げていた。

 

「そぉりゃあっ!」

「ハハァッ!」

 

 アズールセイヴァーと黒炎の剣がぶつかり合い、火花を散らす。

 二人の力はほぼ互角、一歩も譲らない戦いを演じていた。

 

「少しだけ褒めてやるぞ、アズール。人の身でここまでこの俺と渡り合えるなどあり得ん事だ」

「くっ!」

《タップ! ブルースカイ・アプリ! ロボット・アプリ! シノビ・アプリ! マジック・アプリ!》

 

 襲い来る火炎弾と斬撃を防ぎつつ、アズールはアーカイブレイカーにプレートをタップしていく。

 

「だが貴様はもはや用済み! 潔く消えろ!」

「消えて……たまるか!」

《ギガント・アプリ! ブルースカイ・アプリV2! チャンピオン・アプリ! ネプチューンエフェクト!》

 

 七枚のプレートを読み込ませた直後、アズールは表面にマテリアフォンをかざして盾をスペルビアに向ける。

 

《ネプチューンフィニッシュコード! Alright(オーライ)! ネプチューン・マテリアルバスタートルネイド!》

「これで、どうだ!!」

 

 津波のように怒涛の勢いで放たれた深い紺碧の光が、黒き龍を飲み込む。

 

「むううっ!!」

 

 スペルビアはその一撃を両腕と剣を使って防御し――翼を大きく翻して、弾き反らした。

 

「なっ!?」

「ハハハハッ! どうだ、耐えてやったぞ! これでもう打つ手もあるまい!」

 

 大笑いするスペルビア。確かにどんな必殺技を放っても受け止められては、まるで意味がない。

 しかし、アズールは諦めなどしなかった。

 

「確かに……どうやら躊躇してる場合じゃなさそうだ」

「なに?」

「アクイラに使うつもりだったけど! 今から取っておきを見せてやる、それでも耐えられるものなら耐えてみろ!」

 

 言いながら、アズールはスターリットフォトンを周囲に散布。その手の中に、ある武器を生み出した。

 

《シノビソード!》

「これが切り札だ!」

 

 それは、V1アプリの鬼狩ノ忍でリンクチェンジする事によって得られる武器。

 今更そんなものを使ってどうするつもりなのか、スペルビアの口から出かかった言葉は、現実にはならなかった。

 

《フリック・ニンポー! ブンシン・エフェクト!》

 

 シノビソードの機能によって、アズールメビウスの姿が十人に増えたのだ。

 さらに、スターリットフォトンによってその分身たちもシノビソードを装備している。

 

「あ……?」

「まだまだ!」

《フリック・ニンポー! ブンシン・エフェクト!》

 

 さらに十人、アズールメビウスが増える。続けてもう一度、何度も何度もアズールはシノビソードにフリック入力を続ける。

 

《フリック・ニンポー! ブンシン・エフェクト!》

 

 気がつけば、アズールメビウスの数は100人に到達していた。

 

「な、なっ……なんだと!?」

 

 流石のスペルビアも、これには仰天するばかりであった。

 アズールは得意げな笑い声を上げ、分身たちが一斉に攻撃を仕掛ける。

 

『そぉりゃあああああああっ!!』

「くっ!?」

 

 スペルビアが剣を振り回し、分身たちを迎え撃つ。

 分身は一撃で消滅するが、多彩な攻撃手段とその破壊力はアズールメビウスそのままだ。

 

「こ、こんな……こんな下らない手で、この俺を……」

 

 基本的に一撃で沈むとはいえ、手数の違いは圧倒的。徐々にスペルビアは負傷し始める。

 それが癪に障ったのか、彼は怒りの声を発し、翼を大きく拡げて炎を吹き散らした。

 

「この俺を倒せると思っているのかァァァァァーッ!!」

 

 その爆炎により、分身たちは次々に消滅していく。

 だが、どこか様子がおかしい。分身は消えた後、光の粒子となって多様な方向に集まっていくのだ。

 

「む……?」

 

 その先にいるのは、アーカイブレイカーを構えるアズールメビウス。分身は最初から粒子(スターリットフォトン)で構成されており、それがマテリアプレートに再構築されていた。

 ハッとスペルビアが周囲に目を凝らす。

 爆炎の煙が晴れた先では、既に七人のアズールが自分を取り囲んでいたのだ。

 そして、既に必殺技の準備も完了させている。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)!》

「これで終わりだ!!」

 

 叫び、アズールたちは一斉に必殺技を放つ。

 

《マーキュリー・マテリアルバスターテンペスト!》

《ヴィーナス・マテリアルバスタートルネイド!》

《マーズ・マテリアルバスターテンペスト!》

《ジュピター・マテリアルバスターテンペスト!》

《サターン・マテリアルバスタートルネイド!》

《ウラノス・マテリアルバスタートルネイド!》

《ネプチューン・マテリアルバスターテンペスト!》

 

 三つの光条と四つの斬撃が虹色の煌きを描き、黒龍へと殺到。

 流石のスペルビアも七つ同時の必殺技は受け止め切る事ができず、甲殻と翼を破損し全身に傷を負った。

 

「がああああっ!? こ、の……人間風情がぁぁぁぁぁ!」

 

 敗けじと黒炎を放つスペルビア。しかし、その攻撃を受けたアズールたちは全て(・・)消滅する。

 

「なに!?」

 

 再びスペルビアが目を剥く。

 その背後で、電子音が鳴り響いた。

 

《ドライバースキャン! オール・エフェクト!》

 

 見れば、剣と盾を組み合わせてブレイクセイヴァーを作ったアズールが、剣を振り上げている。

 

《グランドクロスフィニッシュコード!! Alright(オーライ)!! アカシック・ブレイクスルー・ブレイク!!》

「これで……終わりだ!」

 

 咄嗟にスペルビアが剣で防ごうとするも、必殺の一撃は黒炎の剣を両断し、スペルビアの体を袈裟に斬り裂いた。

 

「が、ぐぁ……!?」

 

 信じられない、という表情で自らの胸を見下ろすスペルビア。

 致命的なダメージにはなっていないが、重傷だ。

 見下している人間相手にそれほどの手傷を負わされた。その事実が彼のプライドに深く傷をつけたようで、スペルビアは怒声を発する。

 

「おの、れ……貴様ァァァッ!」

 

 剣を振り上げ、突撃する手負いの黒龍。アズールは大剣を構え、迎え撃とうとする。

 しかし、激突の寸前。二人の視界はぐにゃりと歪み、天獄の間から別の場所へと転移されてしまう。

 

「なっ、ここは……!?」

 

 周囲を見回すアズール。今までの無機質な場所とは違い、カーテンやエネルギーラインの走る柱などで装飾されており、どこか神々しい雰囲気を放っている。

 さらに、部屋の奥には玉座があり――。

 

「ようこそ、至高天の間へ」

 

 そこに、アクイラが座していた。



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EP.56[幸福]

「何をしているのかな、スペルビア」

 

 アズールとスペルビアの戦いの最中、二人は天獄の間から別の場所へ移送されていた。

 それはアクイラの待つ場所である至高天の間だった。

 

「アクイラ様……! なぜ俺をここに?」

 

 驚いた様子で、スペルビアは振り返る。

 愕然としているのは、アズールも同様だ。突然倒すべき相手が目前に現れたので、無理もない。

 当のアクイラは、玉座に背を預けたままスペルビアを見下ろしている。

 

「質問をしているのはこっちだ。僕は彼らを楽土に還すように命じただろう、なぜその命令を無視している」

「そ、それは……」

「もっと言わせて貰うなら。君は翔たちを殺す気だな?」

「ぐ……」

 

 言葉に詰まりながらも、スペルビアは主であるアクイラを見据えた。

 

「こいつらは放置すれば……今すぐではなくとも、いずれ楽土を脅かす敵になります。他の人間どもは単なる家畜ですが、こいつは違う。ならば、早急に抹消するのが道理ではありませんか」

 

 スペルビアは頑として進言した。これが必ずアクイラのためになると、本意から出た言葉だった。

 だが、話を聞いたアクイラの表情は険しい。

 

「言いたい事はそれだけかい?」

「アクイラ様!?」

「君にはしばらく『休暇』を与えよう」

 

 そう言って、アクイラは静かに彼に向かって右手をかざす。

 スペルビアは跪き、頭を垂れて許しを請う。

 

「アクイラ様! どうか御慈悲を――」

「駄目だ」

 

 アクイラが、右腕にグッと力を込める。

 瞬間、スペルビアの体がノイズに覆われ、全身がミキサーにでもかけられているかのように細々と裁断されていく。

 

「ぐ、が……あ……!」

 

 苦痛に喘ぎ、もがくスペルビア。

 次第に声が消え入るように小さくなり、完全に言葉を発する事ができなくなると、アクイラの右腕はその寸断されたデータの欠片を取り込んだ。

 

「戦いが終わるまで僕の中で反省していろ」

 

 そう言って、アクイラはグッと右拳を握り込む。

 消えてしまった。あれほど苦戦させられた強敵のスペルビアが、こうもあっさりと。

 アクイラの凄まじい力に息を呑み、アズールは武器を構え直した。

 すると直後に、アズールの周囲に九つの人影が姿を現す。

 ホメオスタシス、彼の仲間である仮面ライダーたちだ。

 

「翔! 無事だったか!」

 

 共に戦うべく前に出る鷹弘。響や肇たちも、最大にして最後の敵であるアクイラに警戒する様子を見せていた。

 

「決着を付けるぞ、アクイラ」

 

 そう言って剣を掲げるアズールだが、対するアクイラは首を横に振って玉座から一行を見下ろす。

 

「争う必要も理由もないよ。剣を収めるんだ」

「こっちにはある。楽土を破壊させて貰うからな」

「なぜ? 人々は今の境遇に満足しているはずだろう、一生幸福でいられる事に不平などあるはずがない。それに、この状況は君が望んだ事だ」

「……違う、それは違うんだよアクイラ」

 

 首を横に振りながら、アズールは言う。

 

「確かに僕は、皆に幸せでいて欲しいと願った。だけど、こういう事じゃないんだ。こんな結末を望んだワケじゃないんだよ」

「ふむ、分からないな……一体何が違う? 楽土に住む者たちは誰も彼も幸せそうじゃないか、僕の何が間違っているんだ?」

 

 自らの腕を組み、アクイラが問いかけた。

 アズールの方に気圧された様子はなく、むしろ高圧的なアクイラに対して真っ向から対立しようとしている。

 

「これは、こんなやり方は全然幸せじゃない。人の幸せって言うのは、自分で選ぶものなんだ」

「選んだ結果として不幸に陥ってしまう者もいるだろう。ならば選択の前に、僕らの手で確実な正解へ導けば良いだけじゃないか」

「違う! 不幸なのは、自分の意志で何も選べない事の方だ!」

「その意志があるから人はあやまちを繰り返し、他人をも不幸にするんだろう。久峰 遼のように」

 

 アクイラもまた、アズールからの意見を真っ向から否定。

 再びアズールが反論しようとした時、隣に立っていた響が口を挟んだ。

 

「では、肉親が死んでしまっていた事実に気付かないまま、その偽物と生活するのをお前は幸福だと思うのか?」

「なに……?」

 

 眉根を寄せ、アクイラは訝しむ。恐れる事なく、響は彼を睨みつけた。

 

「楽土の中の両親が過去に死んでいたと思い出した時、彩葉さんは泣いていたんだ。お前はそれでも、彼女を幸せだと胸を張って言えるのか!」

「それは……思い出してしまったのは気の毒だ、残念だと思う。でも、また楽土に溶け込んで忘れてしまえば良いじゃないか。そうすれば全部元通りだ」

「全てを忘れる事ができれば、何より楽かもしれない。だが、それは本当に幸せなのか? ただ現実から目を背けているだけだろう!」

「……いや。いいや。僕の作った楽園は紛れもなく現実の存在だ。君たち人間を救うための幸福な世界だ」

 

 首を何度も横に振り、否定するアクイラ。しかし、今度は鷹弘と翠月が追及する。

 

「何が『救う』だアホ臭ェ。関係ないヤツが勝手に人の生きる道に口出してんじゃねェ、引っ込んでやがれ!」

「そもそも、死者を蘇らせてそれを幸福とする魂胆が全くもって気に入らん。一度死んだ人間が生き返る事はない……生き返っては、ならないんだ。それが分からないのなら貴様に幸福を語る価値などない」

 

 アクイラの眉間に深く皺が刻み込まれる。浅黄も鷹弘に続いて、しかしなだめるような口調で言い放つ。

 

「ウチは別にさ、あんたが何もかも間違ってるなんて思ってないよ。人間幸せなのが一番に決まってる。でもさ、たとえ失敗したってやりたい事は自分で選びたいモンなんだよ」

「……だが君たちの望む現実を、他の人間たちも望んでるとは限らないだろう。事実、彼らは僕の導きに従っているじゃないか」

 

 その言葉に、次に反応を示したのは肇だった。

 

「他の連中の望みが俺たちとは違うように、お前の望む楽土を、誰もが望んでるワケじゃない。一方的に押し付けるのは救いとは呼ばないぜ」

「私たちは、恐ろしい現実や残酷な真実と向き合い続けてここまで来た。たくさん辛い思いもしたけど、それでも、今さらなかった事になんかしたくない。それは……自分を否定してるのと同じだから」

 

 今度はアシュリィが毅然と言い放った。ツキミとフィオレも、強く頷いていた。

 仮面ライダーたちの意志はひとつ。アクイラの目に、混乱と苦悩が宿る。

 

「なぜだ……なぜ、君たちは理解しない? 人は脆く儚い生物だ、何かに……誰かに縋らなければまともに生きていけないじゃないか。それは君たち自身が証明している。だから、人々を導く存在になろうとしているのに。そうやって生きる事の、何がいけない?」

「アクイラ、確かにお前の言ってる事はある意味正しいよ。人は一人じゃ生きていけない、全てを抱えていられるほど強くもない。でもそれは、他の何かに依存する事とは全然違うし、そうして良い理由にもならない。そんな生き方は……ただ、窮屈なだけなんだ」

「依存……窮屈……?」

「もう、これ以上はやめてくれ。楽土なんかなくたって、僕らは手を取り合って生きていける。たとえそれがどんなに険しくて、遠い道のりだとしても、いつかは辿り着いてみせる」

 

 アズールが言うと、アクイラは頭を右掌で押さえ、一行を睥睨した。

 

「わからない、わからないな。現実が見えていないのは君たちの方じゃないか。人同士が起こす大きな諍いを、手を取り合った程度の事でどうして止められる?」

「お前のそれは『知識』だ、僕たちの経験した『事実』とは違う。僕の身体はもう人間とはほとんど違ってしまっているけど……それでも、ここにいる皆が僕の事を受け入れてくれた」

「……もう良い、話は平行線のようだね」

 

 パチンッ、とアクイラが指を弾く。

 すると柱の陰から白いローブを纏った男が飛び出し、アクイラの傍で跪いた。

 

「なんだこいつは!?」

「君たちを力尽くで楽土に戻す。本当はやりたくなかったが、まぁ致し方ないだろう」

《パラダイス・ナイトメア!》

 

 そう言いながらアクイラは席から立ち上がり、カーネルドライバーを装着してマテリアプレートを起動して素速く装填する。

 

《ワールド・イズ・マイン!》

「変身」

All Hail(オールハイル)! デジタライド! ナイトメア・アプリ!》

 

 福音と共に、デジタルフォンをドライバーにかざすアクイラ。

 その姿は、以前アズールたちも見た紅いエネルギーラインが走る純白の仮面ライダーに変わっていく。

 

《欲望! 衆望! 祈望! 望まれし電脳神(デウス・エクス・マキナ)、インスタンス!》

「さぁ、今こそ全てを終わりにしよう」

「望むところだ……!」

 

 アズールはグラビティガイアの能力を起動し、天井を破壊。アクイラが変身する仮面ライダーパライゾと共に、屋上へと向かった。

 残ったのは鷹弘たち九人と、ローブの男。

 ホメオスタシスの面々もアズールたちを追おうと思えばできたのだが、この男の正体が分からない以上、下手な動きはできない。

 アズールとアクイラの戦闘能力は互角。ならば二人が戦っている間に決着をつけてしまおうと判断し、この場に残ったのだ。

 

「俺たちの相手はお前がしてくれるのか?」

 

 文彦が問うと、白フードの男は口元にニヤリと笑みを見せ、返事をした。

 

「ええ。アクイラ様のためにも、この私の力であなた方を楽土に戻して差し上げましょう」

 

 その声を聞いて、一行は目を見張る。

 全員が知っている、ここにいないはずの男の声。

 ある出来事から発狂し、最終的にハーロットや遼と同じく警察の手で捕縛されたはずの人物。

 

「お前、その声……」

「まさか!?」

 

 鷹弘と響が驚き、男はフードを外した。

 

「曽根光 都竹!?」

 

 フードの下にあったのは、Cytuberとして何度も翔たちと戦いを繰り広げた男、都竹だ。

 左腕にはトランサイバーGを装着している他、顔や体に埋め込まれた球体が眼球のように変質して蠢いている。

 

「随分と久し振りですね。まさか、こうしてまた敵対する事になるとは」

 

 くつくつと笑い、九人の方に歩む都竹。すると、翠月が彼を睨みながら立ち塞がった。

 

「今度はアクイラのお膝元で甘い汁を啜ろうという魂胆か、相変わらず意地汚い男だ」

 

 言われた側の都竹は、その言葉を流して笑ったまま話を続ける。

 その顔は、今までのような出世欲や妬心に満ちたものとは全く無縁な、晴れやかなものだった。

 

「そんなもの今の私には必要ありませんよ。そもそも世界が楽土に変わって、甘い汁も何もないでしょう。私はあの御方に忠義を尽くすだけで光栄なのですから」

「なに……?」

 

 忠義。

 金生 樹や黒海 松波と大村 梅悟を騙して裏切り、久峰 遼の下についた過去を持つ都竹からは考えられない言葉だった。

 

「あの御方は、気の触れてしまった私を救って下さった。そればかりか、薄暗い場所に囚われていた私に、スペルビアと同じ楽土管理の任を与えて下さった」

「心を入れ替えたってコト? その結果がアイツに尽くすって……ウチには良く分かんないね」

「あなた方にとっては敵かも知れませんが、私にとってまさしく救いの神です。故に」

 

 そう言いながら都竹が取り出したものを見て、鷹弘や文彦は目を剥いた。

 アプリドライバーだ。しかも、装着の直後に都竹は二枚のマテリアプレートを手に取っている。

 一枚はターコイズグリーンの獅子の顔が表面に装飾されたプレート、もう一枚は血走った恐ろしい紫色の眼球のようなものが装飾されたプレートだ。

 

「あの御方を苦しめる者は、私が許さない!」

《カオティック・ファンタジー!》

《イヴィルアイズ・クリスタル!》

 

 二つのマテリアプレートは、それぞれアプリドライバーとトランサイバーGに装填され、同時に獅子の口が開く。

 そして、マテリアフォンを手に取った都竹は、そのままそれをドライバーへと振りかざした。

 

「ハァァァ……変身!」

Alright(オーライ)! フェイス・マテリアライド!》

Roger(ラジャー)! ロイヤル・マテリアライド!》

 

 全身が紫色の光の膜に包み込まれ、さらにそれがアンダースーツに変わり、上から騎士の鎧のような装甲が装着されていく。

 

《カオティック・アプリ! 混沌の獣剣士、インストール!》

《アイズ・アプリ! 邪眼の狂魔王、トランスミッション!》

 

 続いて頭部に獅子の顔のようなヘルムが装着され、さらに左眼や左腕、左足に紫色の目玉のような丸い宝石が埋め込まれた。

 右腕には四つの銃身が付いたターコイズグリーンの剣が装備されており、それを掲げて都竹の変身した戦士は叫ぶ。

 

「我が名は仮面ライダーケルビム カオティックアイズリンカー! 叛逆者に裁きを下す者! アクイラ様は、我が信仰と忠義においてお守りする!」

 

 ケルビムが、その剣――ケルビムザンバーの切っ先を鷹弘たちに向ける。一行は驚きつつも散開し、銃口から放たれたビームから逃れた。

 至高天の間にて舞い上がる砂煙。それが晴れると同時に、変身した仮面ライダーたちがケルビムへと立ち向かう。

 

「オオオラァッ!」

 

 拳を突き出し、先陣を切ったのはリボルブリローデッドだ。

 真正面からの真っ直ぐな一撃を、ケルビムは悠々と回避しつつ、斬撃を胸にヒットさせた。

 

「ぐっ!」

「ハァッ!」

 

 たたらを踏むリボルブの後ろから、キアノスと雅龍が躍り出る。

 まず雅龍がサスペンドブラッド入りのインク弾を発射し、冷気で動きを止めようとする。

 しかし、そこでケルビムはトランサイバーを操作した。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

「フンッ!」

 

 全ての宝石から紫色の光が放射され、それを浴びたインク弾は石化。

 凍結能力を失い、塵となって消滅する。

 

「何っ!?」

「石化の邪視です……私にその攻撃は効きません」

 

 余裕綽々でケルビムザンバーを振るい、キアノスの剣撃を受け止める。

 さらに、マテリアプレートを押し込んで必殺技の態勢に移った。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! カオティック・マテリアルバースト!》

「ハハハッ!」

 

 ハーロットの『調整』を受けていた頃にも見せた剛力で、キアノスをサーベルごと強引に吹き飛ばし、追撃とばかりにビームを発射。

 キアノスに全て命中し、彼を吐血させる。

 

「が、はあっ……」

「響!」

 

 ガトリングアームを装備したネイヴィが銃撃し、無数の銃弾がケルビムへ殺到。

 しかし、ケルビムの邪眼にはその銃弾の軌道が全て見えており、剣で弾いたり身をかわしながら、またトランサイバーにコード入力を行った。

 

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

「喰らいなさい!」

 

 邪眼結晶が再び妖しい光を帯び、それが光の球体となってネイヴィの両腕に命中する。

 すると、ネイヴィは左右の腕が痺れから上がらなくなり、ケルビムの剣から放たれたビームを胸に受けてしまった。

 

「体が……ぐうううっ!?」

「痺毒の邪視ですよ」

 

 仮面の奥で含み笑いしながら、ケルビムは言う。

 今度は前後からピクシーズの三人が挟み撃ちを行うが、背後から迫るセインL・セインRの攻撃を剣で容易く受け止め、ピクシーにはキックを浴びせて押し返す。

 

「ああっ!?」

『アシュリィ!?』

 

 動揺した瞬間、ケルビムザンバーの凶刃がセインたちの体の装甲を裂く。

 ここまでの攻防において、誰一人としてケルビムに対し有効打を与えられなかった。

 

「こ、こいつ……今までとは比べ物にならないぞ!」

「アクイラがここまで強化しやがるとはな」

 

 ジェラスはそう言いながら、レヴナントアックスを構えて突撃する。

 瞬間、再びジェラスがトランサイバーに手を伸ばした。

 

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

「止まって頂きますよ」

 

 神経を麻痺させる邪眼の光が、ジェラスの体を覆い尽くす。

 しかし、彼は止まらない。止まらずに、レヴナントアックスを振り下ろした。

 ケルビムも攻撃を弾き逸らすが、邪視を無視して攻撃できたジェラスに驚きを隠せなかった。

 

「何……?」

「効かねぇんだよそんな力ァ!」

 

 何度も何度も、絶え間なく苛烈に攻撃を繰り出すジェラスレヴナント。

 しかしいずれも全く有効打にならず、ケルビムは足元に光線を放って一度距離を取った。

 あまりに奇妙な手応えのなさに、ジェラスは不服そうに呟く。

 

「てめぇ、さては何か眼に細工してやがるな?」

「ええ。本物のアクイラ様の細胞片を移植してあります、今度は両眼に」

「そいつで俺たちの挙動を読んでるってワケか。なるほどなぁ」

「お陰で私の肉体はもうデジブレインと全く同じになりましたがね」

 

 笑いながら言い放つケルビムへと、ジェラスは斧を掲げた。

 

「だったら楽土を潰して、現実世界とサイバー・ラインの融合が剥がれちまえば、てめぇは終わりってワケだ」

「できれば、の話でしょう」

「やってやるよクソ野郎」

 

 ジェラスはレヴナントアックスの持ち手を変え、銃形態にして光弾を発射する。

 それさえも避け尽くして接近し、ケルビムはまたトランサイバーを操作した。

 

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

「石化は流石に防げないでしょう」

 

 邪眼からサーチライトのように光が照射され、ジェラスはそれを浴びないようにバックステップした。

 だが、その背中が硬い何かにぶつかる。

 それは柱だ。ケルビムはジェラスが逃がさないために、柱にぶつかるように誘導していたのだ。

 

「しまっ……」

「貰った!」

 

 石化の光が、一点に集中する。

 その瞬間、白いインクの壁がジェラスの前に出来上がり、光を遮断した。

 

「何っ!?」

 

 インクが石化するのを目の当たりにしたケルビムは、壁を突き破って飛び出した斧の刃に身を斬られる。

 

「ぐっ!?」

「流石に見えないところからじゃ、ウチがどうするか分かんなかったみたいだね~」

 

 ジェラスの立っていた柱の後ろから、そんな声が聞こえた。

 ザギークだ。ジェラスが自身の隠れている柱の前に追い込まれる事を先読みし、ケルビムが仕掛けると同時にインクの壁を作ったのだ。

 

「中々やるじゃねぇかチビ」

「チビっていうなー!」

 

 ぷりぷりと憤慨するザギーク。すると、銃撃でケルビムを足止めしていたリボルブから、大きな声が響いた。

 

「油断すんじゃねェ、来るぞ!」

 

 見れば、射撃をまるで意に介さずに、ケルビムはトランサイバーを操作しつつ真っ直ぐにジェラスに向かっている。

 

Roger(ラジャー)! サードコード、オン!》

「幻惑の邪視!」

 

 瞬間、ケルビムの姿が五つに増える。

 ただでさえ特殊な眼の力で攻撃を避け続ける相手が、幻覚によってさらに当たりづらくなってしまった。

 

「ンの野郎!」

《スクロール! レイニアス・ネスト! フレイミングフィニッシュコード!》

「くたばりやがれ!」

Alright(オーライ)! レイニアス・マテリアルボンバード!》

 

 リボルブが必殺技を発動し、無数の鳥の火炎弾が炸裂して幻覚を消し去る。

 だがケルビムは既に、トランサイバーへの新たなコード入力を終わらせていた。

 

Roger(ラジャー)! フォースコード、オン!》

「破滅の邪視! 喰らえ!」

 

 ケルビムの体の宝石が、光線を発射する。

 その光が天井や床や周囲の柱さえも破砕するのを見て、仮面ライダーたちは即座に回避行動を取った。

 

「当たったらマズい!」

 

 キアノスの言葉と共に、またも一行はケルビムから距離を取る。

 その姿を鼻で笑い、ケルビムが左腕を水平に構えると、その腕から邪眼が分離した。

 

「逃げ回るのなら、こんな手もあります」

Roger(ラジャー)! フォースコード、オン!》

 

 邪眼が、一行を取り囲む。そして再び破滅の閃光が襲いかかり、避けようとする九人の背中や肩の装甲を灼いた。

 

『うわあああっ!?』

「ハハハッ! 決して逃しませんよ!」

 

 宝石が輝きを失うと、それらは自動的に左腕に戻った。

 そして、再び光を取り戻そうとしているかのように淡い輝きを放っている。どうやら、この状態ではコードを入力しても左腕の邪眼は使えないらしい。

 

「今……なら!」

 

 好機と見て、雅龍が矢のように飛び出す。

 インクが石化されるとしても、接近戦ならば。そう思って、冷気を放つ拳を繰り出した。

 それが間違いだった。

 ケルビムの左眼。それは常に一体となっている、光を損なわない邪眼だ。

 

「くっ!?」

「『ファイナルコード』!」

Roger(ラジャー)! アイズ・マテリアルジェノサイド!》

 

 雅龍が最後の足掻きとばかりにインク弾を放った後、ケルビムの左眼から極大のビームが放出され、それが直撃。

 吹き飛ばされた雅龍は、強かに壁に背を打ち付けてしまった。

 

「が、はっ」

「まだ変身が解けないのですね。仕方がありません、もう一度破滅の邪視で……?」

 

 そう言って左腕の宝石を再び分離させようとするが、それらは糊で引っ付いているかのようにケルビムの腕から離れない。

 見れば、インクが付着して凍りついている。先程のインク弾はこのためだったのだ。

 しかもケルビムが手間取っている間に、ピクシーズは負傷した者たちを回復させていた。

 

「小癪な真似を」

「貴様が言うな」

 

 サーベルを手に、再び立ち上がって敵を見据えるキアノス。リボルブたちも、同じくそれぞれの武器を構えている。

 彼らの姿を見て長く深い息をつくと、ケルビムはトランサイバーGのリューズに手をかけた。

 

「致し方ありません。ならば、我が真の力にてお相手しましょう」

Roger(ラジャー)! カオスモード、オン!》

 

 ノイズと共にケルビムの左腕の凍結が治癒され、さらに宝石が左腕だけでなく全身にボコボコと音を立てて生み出される。

 さらに頭部にも変化が起こり、左右の目がひとつとなって巨大な眼球の宝石を形成した。

 ケルビムザンバーもトランサイバーもアプリドライバーも肉体と融合し、それまでのビーストモードやカオスモードとは違う、異形ながらも人のシルエットを保った怪人へと変貌を果たす。

 

「さぁ……楽土へ帰って頂きますよ!!」

 

 右腕の剣を振り上げながら、カオスケルビムは一行に襲いかかった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 一方、原罪の創世巨塔の頂上では。

 

「そぉりゃあああ!」

「パライゾスフィア・原動天!」

 

 アズールメビウスとパライゾが、激しい戦いを繰り広げていた。

 アズールは重力制御によって動きを止めようとするが、パライゾ自身も重力操作によって影響から逃れる。

 同じ力を使われては重力操作の意味がない。そう判断して、アズールは別の戦闘スタイルに切り替える。

 

「ハイパーリンクチェンジ!」

《スワイプ!! ルクシオンムーン、ハイパーリンク!!》

「これならどうだ!」

 

 周囲の時流を減速させ、アズールセイヴァーを手に斬りかかる。

 しかし、既にパライゾスフィアも動いていた。

 

「パライゾスフィア・月天」

 

 時の流れが元に戻り、パライゾは剣を腕で受け止める。

 同じ能力でアズールメビウスの時流操作を相殺したのだ。

 

「く……!」

「言っただろう? 君にできる事は、僕にもできるんだ」

 

 パライゾは剣を押し返し、アズールの胸に蹴りを叩き込む。

 よろめきつつも、アズールはスターリットフォトンを散布し、次なる手を繰り出した。

 

《シノビソード!》

「ならこれも真似できるか!?」

《フリック・ニンポー! ブンシン・エフェクト!》

 

 スペルビアと戦った時と同じように、アズールメビウスが100人に分身する。

 それと同時に、パライゾも舞い上がる火の粉と共に100人に分身した。

 

「なっ……!?」

「パライゾスフィア・火焔天。この程度、造作もない事さ」

 

 平然と言い放つパライゾに背筋を凍らせつつも、アズールは動き出す。

 互いが呼んだ分身同士が次々と相殺され消滅する中、急いだ様子でアズールの分身たちが必殺技を繰り出した。

 

《マーキュリー・マテリアルバスターテンペスト!》

《ヴィーナス・マテリアルバスタートルネイド!》

《マーズ・マテリアルバスタートルネイド!》

《ウラノス・マテリアルバスターテンペスト!》

《ネプチューン・マテリアルバスタートルネイド!》

「パライゾスフィア・水星天、金星天、火星天、恒星天!」

 

 その全ての必殺技を、パライゾがことごとくを受け止めて分身たちへと反撃する。

 自身の生み出したものも含め、次々に消滅していく分身。

 すると、砂煙に紛れてひとつの影がパライゾの背後から迫る。

 

《アカシック・ブレイクスルー・ブレイク!!》

「そぉりゃあっ!」

「無駄だ」

《フェイタルコード! All Hail(オールハイル)! ナイトメア・デジタルクライシス!》

 

 鋭い回し蹴りがブレイクセイヴァーを弾き飛ばし、アズールの喉に突き刺さる。

 その瞬間、アズールの姿は消滅した。

 

「何!? これも分身……!?」

《アストラルフィニッシュコード!! All together(オール・トゥギャザー)!!》

「はっ!?」

 

 頭上から突然音が聞こえ、パライゾは振り返る。

 見れば、そこには右脚を突き出して飛び込んで来るアズールの姿があった。

 右手に持っているのはオラクルナイフ。これを使い、パライゾの視界から自らの姿を遮断していたのだ。

 

「覚悟しろ、アクイラァァァッ!」

《エタニティ・アプリケーションコンプリート!!》

 

 パライゾが両腕で自らの体を守り、アズールメビウスの強烈なライダーキックがその腕に直撃。

 堪えきれず、パライゾは吹き飛ばされ、仰向けに地面へ倒れた。

 

「……やるね翔。一撃、たった一撃とは言え君に遅れを取るとは」

 

 しかしパライゾはムクリと立ち上がると、仮面の奥で薄く笑いながら、自らの右手を前に出す。

 

「どうやら本気で戦わなければならないようだ」

 

 その掌に、光の球体が浮かび上がった。先頃、スペルビアを寸断して固めたものだ。

 瞬間、塔の中心にある穴の中から、七色の光が溢れ出て来る。

 

「これは!?」

「君の仲間たちが倒したデジブレインたちの残滓だよ。倒された彼らのデータは、この中に集まっていたんだ。これで僕は、新たなステージに到達する」

 

 そう言いながら、パライゾは装填したマテリアプレートを外した。

 光の球体と七色の光が融合し、新たな形を作って実体となる。

 それは、アズールメビウスやジェラスレヴナントがドライバーに装着しているものと同じ機能を持つ、神殿のようにも見える白いユニットだ。

 

「エンピレオユニット。そして、このドライバーは至高天(エンピレオ)へと進化する……!」

 

 言いながらユニットを装着すると、新たに進化した『カーネルドライバーエンピレオ』に再びパラダイス・ナイトメアのプレートを起動した。

 

《パラダイス・ナイトメア……ディヴァイン・ローズ!》

 

 同じプレートでありながら、今までとは違う音声。パライゾはそのまま、それをドライバーにセットした。

 

《ウェルカム・トゥ・ユートピア!! ウェルカム・トゥ・ユートピア!!》

「変身!!」

All Hail(オールハイル)!! ブレッシング・デジタライド!! ナイトメア・アプリ!!》

 

 デジタルフォンをかざすと、パライゾの姿に変化が起きた。

 パライゾの装甲が修復と共にさらに強化され、翼の数が12枚に増える。

 

《信望!! 仰望!! 切望!!》

 

 装甲や胸に薔薇の模様が浮かび、さらに腕や脚には荊棘が巻き付く。

 今までと同じで特別武器を手に持ってはいないが、パライゾスフィアも強化され、黄金の装飾が施されて素速く飛び回った。

 

永遠(とわ)にして唯一の至高神、アセンショォォォン!!》

 

 最後に真紅のエネルギーラインが両眼から涙のように流れ、進化したパライゾはアズールを見下ろす。

 

「これが仮面ライダーパライゾエンピレオだ。さぁ、第二ラウンドを始めようか」

 

 パライゾエンピレオと名乗った仮面ライダーに圧倒的な力を感じつつも、アズールメビウスは剣を構えるのであった。



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EP.57[最期に笑う]

 原罪の創世巨塔、至高天の間。

 カオスモードを発動した仮面ライダーケルビムは、変質したケルビムザンバーと全身に生えた無数の邪眼から光線を乱れ撃つ。

 しかも邪眼は先程と同じく肉体から分離させる事も可能で、それらがあらゆる角度・方向から攻撃して来る。

 

「ぐあああああーっ!」

「くううう!?」

 

 防ぐ事ができず、ビームを受けたリボルブや雅龍たちは、次々に大きなダメージを負っていく。

 先程のピクシーズの回復を無意味とするかのように、絶え間ない激しいビームの連発。それを受けた仮面ライダーたちは変身を解除させられ、もはや立ち上がる事さえできなくなっていた。

 たったひとりを除いて。

 

「こんなモンかよ、てめぇの本気は」

 

 攻撃を無視して立って歩く、ジェラスレヴナント。変身者の文彦の肉体は痛覚を遮断するゾンビ状態となっており、それ故にダメージらしいダメージがない、というよりも痛みを感じていないのだ。

 

「やはり私と唯一戦えるのはあなたですか」

 

 カオスケルビムもこの事態は予想しており、ケルビムザンバーを突きつけてくつくつと笑った。

 

「しかし、この死角のない邪眼をどうやって攻略するのですかねぇ?」

「フン……おめでたい野郎だな。まだ生き残れる気でいやがる」

 

 言うなり、ジェラスは斧を振り上げながら突撃。それに対し、ケルビムはビームを無数に放って迎え撃つ。

 破壊的な威力の光線が体を捉えているが、やはりジェラスは意に介さない。

 

「シャアッ!」

 

 そのままレヴナントアックスを振り下ろし、痛烈な一撃をケルビムへと見舞う。

 だが、ケルビムも挙動を先読みして自らの剣で防いでおり、そのまま何度も光線を放ってジェラスを押し返した。

 

「チィッ!」

「フフフ……今の私はそう簡単にはやられませんよ!」

 

 今度はケルビムの反撃だ。何度も剣をジェラスの体に叩きつけ、光線を放ち、攻撃し続ける。

 やはり痛覚のないジェラスには全く通じていない。よって、ジェラスも拳を突き出して反撃に移る。

 

「オラァァァ!」

「フフハハハ!」

 

 痛覚遮断と先読み。攻撃を受け付けず、自らの攻撃を押し通す事に長けた二つの戦法は、完全に拮抗していた。

 

「あなたと私では決着がつかないようですね」

「知った事かよ。決着がつくまでやるだけだ」

 

 肩で斧を担いで、堂々とジェラスが言った。

 そして再び大きく踏み出して疾駆し、光線をその身で受けながら、大上段から斧を振り下ろす。

 だが、やはりケルビムの眼には見切られており、大振りな一撃はバックステップで回避されてしまった。

 

「そもそも疑問なのですがねぇ! なぜあなたは『そちら側』にいるのですか!」

 

 剣を振り回してジェラスを追い込むケルビム。さらに目玉の数個を体から分離し、背後から熱閃を放つ。

 ジェラスは攻撃を全て体で受け止めつつ、無理矢理飛びかかって斧と剣で互いに押し合う。

 

「あなたは元々Cytuberだったはずだ! ならば分かるはずだ! あの御方の作った楽土が如何に素晴らしいものであるか、あの御方の志がどれほど崇高なものであるかを!」

「ハッ! そいつはてめぇの勝手な妄想だぜ!」

 

 刃と刃が火花を吹く。ジェラスは斧を持っていないもう片方の手で拳を、ケルビムに突き出した。

 当然、それも避けられる。しかし、構わずジェラスは叫んで斧を振り続けた。

 

「俺はなぁ! 確かに勝つためなら手段を選ばねぇ、100%勝つ戦いしかしねぇ! 正々堂々なんざクソ喰らえだ! だが、この世界はなんだ!? 何をしても何もかも思い通りになる!? 冗ッ談じゃねェェェーッ!!」

「むっ!?」

 

 リンクナーヴの活性が、膨大なカタルシスエナジーを生む。

 斧の破壊力が高まって剣を弾き始め、ケルビムは警戒して後ろに下がった。

 それに勢いづいて、ジェラスは一気に攻め立てる。

 

「どんなに卑怯卑劣と罵られようが!! 自分の頭で立てた計画で、作戦で!! 自分の力で敵をブチのめした上で頂点に立つのが最高に気持ち良いんだろうが!! だから競争ってヤツには価値があるんだ!! 誰もが満足行く形で終わる事が分かってる世界に何の意味があんだよ!!」

「あなたはそんな身勝手な理由で、アクイラ様の作った平和な世界を壊そうというのですか!?」

「身勝手に世界を書き換えやがったのはてめぇらの方だ! 俺はこんなモン頼んじゃいねぇんだよ!」

 

 先読みの意味がなくなる程に力強く素速く攻撃を繰り返し、ジェラスは徐々にケルビムを押し始める。

 ケルビムが振り下ろした剣も蹴り上げて弾くと、ジェラスはレヴナントアックスで袈裟に斬りかかった。

 

「そしてどっちにしろこの俺に!! 神の助けなんざ必要ねェェェーッ!!」

「がぁっ!?」

 

 刃が胴を裂き、邪眼を砕く。さらに脇腹を蹴りつけ、よろめいたところに側頭部へ裏拳。

 決定的な隙が出来た。ジェラスは自らのドライバーのプレートを押し込み、マテリアフォンをかざして必殺技を発動する。

 

《クルーエルフィニッシュコード!》

「話がそれだけなら……さっさと死にやがれぇ!」

Alright(オーライ)! リターン・マテリアルトリーズン!》

 

 胸を押さえるカオスケルビムに向かって、ジェラスがカタルシスエナジーを帯びた拳を真っ直ぐに突き出す。

 しかし、その一撃が命中する事はなかった。

 放たれたジェラスの右腕が、ノイズに包まれて力を失ってしまったのだ。

 その姿に、鷹弘やアシュリィたちは目を剥く。

 

「御種、お前は一体……!?」

「が、あああっ!! こんな……時に!! クソが!!」

 

 腕に力を込め、ノイズを振り払って元に戻すジェラス。

 すると、様子を眺めていたケルビムは高く笑い声を上げ始めた。

 

「なぁんだ。やはりあなたもこちら側だったのではないですか」

 

 単眼を閃かせ、ケルビムは語る。ジェラス以外の人間に、自らの置かれている立場を自覚させようとするかのように。

 

「本当なら、あなたの体はまだアクイラ様の細胞に適合できていないのでしょう? それが楽土の影響を受け、あなた自身の願いで適合状態として動けるようになったんだ」

「くっ……!?」

「ですが、楽土が消えればあなたも本来の姿に戻る。研究所で半ば植物状態だった頃と同じに。ノイズが起きているのは、人々がこの巨塔の存在に気付いて楽土が綻び始めているからでしょうねぇ」

 

 笑うケルビムの邪眼がジェラスを包囲し、彼らの会話を聞いていた鷹弘は歯を軋ませる。

 ケルビムの狙いは、ジェラスを味方に引き込む事だと結論が出たのだ。彼さえ手中に収めてしまえば、もはやホメオスタシスに自身を倒せる相手などいないからだ。

 それが分かっていながら、鷹弘にはどうする事もできない。響も同じらしく、口惜しそうに拳を握り込んでいる。

 

「今のようにまた起き上がれる保証はどこにもない……それでも、あなたは我々に歯向かうというのですか?」

「……」

 

 俯くジェラス。そしてもう一押しだとばかりに、ケルビムは剣と一体化していない自らの左腕を差し伸べた。

 

「私と共に、アクイラ様の忠実な下僕として生きませんか? そうすればもう何も心配いりません、あなたの中の細胞は完全に適合し、暗闇に囚われる事もなくなるでしょう」

 

 沈黙していたジェラスが、ゆっくりとその左腕に向かって歩き出す。

 ケルビムはくつくつと笑って、左手で手招きを続ける。

 

「さぁ、私と共に――」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 ケルビムとジェラスが死闘を繰り広げている頃、アズールとパライゾも激しく戦っていた。

 アクイラはパライゾエンピレオとなり、武器を持たずに肉弾戦を挑んでいる。

 

「フフフッ」

「くうっ!?」

 

 上空を飛び、アズールは剣で斬りかかり、アクイラは拳で突いて来る。

 アクイラの右拳が盾にぶつかると、アズールはあまりの威力に体勢を崩してしまう。

 さらに鞭のようにしなって繰り出された左脚の一撃が、アズールセイヴァーを地上へと取り落とさせた。

 

「しまった!?」

 

 続け様に、アクイラがアズールの胸に拳を叩き込み、素速く右側に回り込んで頭に踵落としを見舞う。

 アズールは攻撃を受け、地上へと墜落した。

 

「ぐ、あ……はや、い……!?」

 

 アズールメビウスが、パライゾのスピードに全く対応できていない。

 立ち上がろうとするアズールへ、さらにパライゾスフィアからの無数のビームが雨のように降り注いだ。

 

「うっ!?」

 

 アズールセイヴァーを急いで拾い、アーカイブレイカーを頭上に掲げ、難を逃れる。

 だが、反撃しようと思ってアズールが盾の構えを解いた時、既にパライゾは目前まで迫っていた。

 

「何!?」

「ハッ!」

 

 パライゾのキックが再び襲いかかり、地上に大きな擦り跡を作って後ろに押し出されながらも、間一髪でアズールは盾でそれを防ぐ。

 スピードだけでなく、パワーまでも今のパライゾの方が上回っている。

 ともかく速さで追いつけなければ話にならない。アズールがそう思って、ルクシオンムーンへとハイパーリンクチェンジしようと動いた。

 

《スワイプ!! ルクシオン……》

 

 だが、その直後。

 

「無駄だよ!」

 

 パライゾの両眼が紅く輝くと、周囲の空間がぐにゃりと捩じ曲がり、アズールの視界も歪んでいく。

 そして、気がついた時には胸のシンボルが月の記号ではなく地球の記号に戻っていた。

 

「えっ!?」

「フフフッ!」

 

 その上、パライゾはいつの間にかスフィアのひとつを剣に変えており、それを持ってアズールに向かって斬りかかっている。

 アズールはその斬撃を自らの剣で受け止め、鍔迫り合いとなる。

 

「な……何をした!?」

「これがエンピレオの力だ」

 

 蹴ってアズールを押し出し、今度はスフィアのひとつを銃に変える。

 それを見ながら、アズールもマテリアプレートを作り出してアーカイブレイカーにかざして行った。

 

《タップ! ブルースカイ・アプリ! ロボット・アプリ! シノビ・アプリ! マジック……》

「させない」

 

 再び両眼が光ると、先程と同じように空間が歪み、プレートも持たずにアズールは立ち止まったままになってしまう。

 信じられない、という様子で、アズールは自らの身体と両手を見やった。

 

「なん、だ……これは……一体何が起きてるんだ!?」

 

 アズールが困惑していると、パライゾは笑いながら語り始める。

 

「未来歪曲。僕が楽土を生み出し、操るのと同じ力だが……エンピレオユニットによって、それをより高度にしたものさ」

「なに?」

「君がアクションを起こすと同時に、そこから発生するはずだった無数の未来とあらゆる可能性の全てを摘み取る事により……『何もしなかった』という結果に到達させる。君は今、ただ立ち尽くしていただけなんだよ」

 

 つまり、何が起きても後から行動を変更させられるという事だ。

 それがエンピレオの力の正体。あまりにも強大な力に、アズールはただ愕然とするばかりだった。

 

「そんなの無敵じゃないか!?」

 

 震える声。いくら翔が力を振り絞り、死力を尽くしたとしても、それが無意味となる。

 その力がある限り、勝利の未来は決して訪れないのだ。

 

「もう諦めて、楽土に帰るんだ。君じゃエンピレオの力を防ぐ事はできない」

「く……!」

 

 素速く踏み込み、アズールセイヴァーを振るう。

 しかし、空間の歪みが発生すると、いつの間にか納刀して無防備な状態でパライゾに向かっている。

 

「ううっ!?」

「今の僕の前では速さなんて意味を持たない」

 

 パライゾの足がアズールの顎を捉え、上空へと打ち飛ばす。

 そしてスフィアを全て剣に変換し、それを操って四方八方からアズールを斬り裂いた。

 

「が、ああっ……!?」

 

 轟音を立て、地面に墜落するアズール。

 砂煙が巻き上がり、両腕と翼を拡げながら、パライゾはゆっくりと歩み寄る。

 その時。砂埃の中で、音が響いて閃光が迸る。

 

《アストラルフィニッシュコード!! All together(オール・トゥギャザー)!! エタニティ・アプリケーションコンプリート!!》

「そぉりゃあああっ!!」

 

 ヒュボッ、という風を切り裂く音が聞こえ、右脚を突き出したアズールが飛んで来る。

 だがライダーキックが命中するより前に、空間が歪む。

 そして、アズールは気付かない内にその場で突っ立っていた。

 

「これでも……ダメなのか!?」

「仕方ない。必殺技を使わせて貰うよ」

 

 そう言いながら、パライゾはエンピレオユニットの上部にあるスイッチを一度押し込む。

 

虚栄(Vain)

 

 音声が流れ、ドライバーが紅く輝く。

 さらにもう一度、パライゾは何度も押し続けた。

 

羨望(Jealous)激情(Furor)懈怠(Laches)

「くっ!」

 

 スイッチを押す度に、カーネルドライバーは発光する。

 これ以上やらせては行けない。アズールが疾駆して攻撃しようとするが、空間の歪みが彼を元の場所へと戻した。

 

「そんな、止められない!?」

「フフフッ」

大欲(Avarice)貪食(Glutton)淫蕩(Lewd)

「さぁ……終わらせよう」

《ドゥームズフェイタルコード!! ルード・シンズ!!》

 

 七度目の入力を終えてプレートを押し込んだ直後、デジタルフォンをかざし、パライゾが右手を頭上に掲げる。

 するとドライバーが赤黒い光を放って禍々しい声を発し、天空に巨大な赤黒い光の球体が生み出されていく。

 

All Hail(オールハイル)!! ルード・シンズ!! ナイトメア・ワールドカタストロフィー!!》

「大丈夫だとは思うが……死んでくれるなよ、翔」

 

 まるでこの塔を、島そのものを破壊せんばかりの巨大なエネルギー体。それを目にしたアズールは、すぐに盾を構えて護りに入った。

 破壊的なエネルギーの塊がアズールを飲み込み、火柱のように天へと紅い柱が立ち上る。

 その中でアズールは、痛みと苦しみで悲鳴を発してもがき苦しんでいた。

 

「ぐあああっ!? あ、あああ、うわあああああああああーっ!!」

 

 紅い光の柱は徐々に薄くなって消え、アズールはついにその場で倒れ伏した。

 

「分かっているはずだ、翔。君の力では一生かけても僕を倒す事などできはしない。僕らの間には、それほどの超えられない力の差があるんだよ」

「ぐ、くぅっ……!」

 

 それでも腕に力を込め、立ち上がろうとする。

 しかし、パライゾは首筋に剣を突きつけて、それさえ許さなかった。

 

「抵抗は無意味だ、もう諦めてくれ。命を奪うつもりもない。ただ眠って楽土に身を委ねて欲しい」

 

 パライゾが優しい声色で言い放った。

 しかし。倒れているアズールの両手の指が、ガリッと地面を削った後、剣を掴む。

 

「……それじゃ、ダメなんだよ……アクイラ」

「なに?」

 

 刃が食い込んで血を流しながら、アズールはゆっくり立ち上がる。そして剣を握り砕き、パライゾに対峙した。

 

「お前が何度未来を奪って可能性を摘んだって、それは僕が全てを諦めて楽土に依存する理由にはならない!!」

「……何故だ翔! こんな戦いにどれほどの意味がある、それとも君はそんなに死にたいのか!?」

「違う!!」

 

 頑なに否定し、パライゾの襟元に掴みかかった。

 能力を使う事も忘れ、彼はアズールの言葉に聞き入っている。

 

「生きていくって言うのは、自分の意志で選択して、決断するって事なんだ! 人間からその意志を奪ったら、それはもう人の形をしているだけのロボットと同じだ! 死んでいないだけで、生きてもいないんだ!」

「だが……その決断のせいで人は不幸になる、不幸を招く!」

「だから手を取り合って乗り越える! 何か失敗したって、人はまたいつか立ち直れるんだ! こんな世界に縋らなくたって、生きていけるんだよ僕たちは!」

「それでも、最初から失敗しない世界だった方が良いに決まっている! 僕にはその力がある、人の死だって変える事ができるんだぞ!」

「人間はその失敗や哀しみからいくらでも未来を変えられる! 何もしなくたって、お前の力は人間ならみんな持ってる! それが意志の力なんだ!」

「なら!! なら……!!」

 

 突如として、パライゾの様子が一変する。

 

「なら、僕は……僕は何のために生まれた!? どうしてこの世に生み出された!?」

 

 両手で頭を抱え、バチバチと両眼から火花を発している。今にも頭から煙でも吹かんばかりだ。

 

「アクイラ!?」

「人間を導くのが人工知能の役割じゃないのか!? それを否定されたら僕は……僕は……!?」

 

 思考がショートでもしているかのように、パライゾは頭を押さえて苦しむ。

 そして荒く息をついた後、ギラリと瞳を怪しく輝かせ、突然アズールに向かって飛びかかった。

 

「うわっ!?」

「教えてくれ、教えてくれよ!! 僕は何のために生きているんだ!!」

「くっ……離せ!!」

 

 驚きのあまり、アズールは剣で突いてパライゾを突き飛ばそうとする。

 当然、相手には未来歪曲の力がある。それが働けば為す術がないという事も、アズールには分かっていた。

 だが階下で爆発音が響くと同時に、アズールセイヴァーの剣先がパライゾの胸の装甲を斬り裂く。

 

「え……?」

「え、ああぁっ!? なんで、なんで!?」

 

 パライゾにも大きな変化が起きていた。

 頭部に亀裂が走り、全身が斑状にノイズで覆われ、翼も動きを止めている。ドライバーはそのままだが、先程までの光が失われている。

 さらに頭上のドス黒い空も、大きく歪んでノイズに包まれていた。

 

「一体何が起きたんだ……!?」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「さぁ、私と共に――」

 

 爆発が起きるよりも前。

 カオスケルビムが差し出した腕へと、ジェラスはゆっくり歩み寄っていた。

 そして、その左手を固く握る。

 

「く、嘘だろオイ……!」

 

 鷹弘が悔しそうに言い、ケルビムとジェラスが手を取り合う様子を見上げている。

 だが。

 

「うん?」

 

 ケルビムが、その違和感に気付いた。

 自分の手を握ったジェラスが、そのまま右手で肩を掴んだのだ。

 そしてジェラスは喉奥で笑いながら、自らの腕を圧し折りながら、強引にケルビムの腕をひねって背後に回る。

 

「捕まえたァァァァァ……!!」

「な、に!?」

 

 ひねる力を強め、ジェラスはさらに自らのマテリアプレートを強く押し込んだ。

 

《クルーエルフィニッシュコード!》

「まだやるつもりか!? 命が惜しくないのか!? 楽土を破壊すれば、あなたもタダでは……!!」

「あ゛ぁ!? 知った事かボケが!! 俺はな、こんな世界を作って偉そうにふんぞり返ってるてめぇらに勝ちゃそれで良いんだよ!!」

 

 どうにかして拘束を解こうとするケルビムであったが、ジェラスは一切力を緩めない。

 ケルビムは、必死に説得を試みた。

 

「考え直せ!! 楽土がなくなれば、人はアクイラ様の管理から外れるんだぞ!!」

「それがどうした!」

「くうう……この、不信心者があああっ!!」

 

 直後、ケルビムから分離していた邪眼がビームを発し、ジェラスの背中を焼く。

 しかしその程度では彼も手を放さない。それが分かっているので、ケルビムはさらにビームの威力を強めて連射した。

 複数の邪眼を一点に集中させる事によって、貫通力を高めて装甲を貫く。

 だが背中から胸まで貫かれても、おびただしい量の血を吐いても、ジェラスはまるで手を抜かない。

 

「離れないねぇ?」

「おのれぇ貴様ぁぁぁ!!」

 

 煽るような言葉に怒りをあらわとし、ケルビムは光線を乱射する。

 攻撃を受けながら、ジェラスは思い出したように鷹弘へとプレートを投げつけた。

 赤い鳥の羽根のような形状をした、地面に落ちているそれを拾い上げると、鷹弘は不思議そうに顔を上げる。

 

「これは?」

「改造したは良いが俺には扱えなかった。生き残りたきゃ勝手に使え、後は俺の知った事じゃねぇ」

「おい、待てよ……何する気だ」

 

 問われると、不敵に笑うジェラス。

 直後、彼の全身にカタルシスエナジーが漲っていく。それこそ、破裂せんばかりに。

 次に起こる事態を予測して、ケルビムも鷹弘も瞠目した。

 

「悪いがこれ以外に方法がないんでな。俺一人で勝ち逃げさせて貰う事にした」

「まさか……おいやめろ、そんな事するんじゃねェ!! 御種ェッ!!」

 

 鷹弘が右手を伸ばすものの、時既に遅し。

 カタルシスエナジーを暴走させ、ジェラスはマテリアフォンを振り下ろした。

 

Alright(オーライ)! リターン・マテリアルトリーズン!》

「あばよ!! ヒャーッハハハハハハハハハハ!!」

 

 ケルビムの背後で起こる、紫色の大爆発。

 ジェラスの最期の策は、先読みなど無意味となる超至近距離からの自爆だったのだ。

 

「グアアアアアアアアアアッ!?」

 

 爆炎に飲み込まれるケルビム。御種の肉体は完全に四散し、データの塵となって虚空に溶け込んでいく。

 黒い煙が目の前で立ち上っていく中、鷹弘は両膝を地につき、叫びながら拳を何度も叩きつけた。

 

「あの馬鹿野郎!! なんで!! なんで死ぬ必要があんだよ!!」

「静間さん……」

「この先いつ目覚めるか分からなくても……いつか、いつかは罪を償って、前を向いて生きていけたかも知れねェじゃねェかよ……!!」

 

 響もアシュリィたちも、肇や浅黄も哀しげに爆破の跡を見つめる。

 文彦とは、決して良い関係であったとは言えない。むしろ最悪と言えるだろう。彼はホメオスタシスを裏切ってCytuber側についた過去を持ち、激しく争い合ったのだから。

 それでも今は、楽土を滅ぼしアクイラを倒すという共通の目的や、お互い打算もあったとは言え、共に戦う仲間だった。

 哀しみでも怒りでもあるような複雑な心情を抱えながら、鷹弘は慟哭する。

 一方、翠月は静かに目を見開き、黒煙の先に指を差していた。

 

「バカな、アレは……!!」

 

 鷹弘を含む一行も目を凝らす。

 そこにいたのは、邪眼の大半を砕かれ失いつつも両足で立つ、カオスケルビムの姿だった。

 半分に折れた剣を床面に叩きつけ、獣のように咆哮する。

 

「あのクズめ! 人が下手に出ていれば調子に乗りやがって! この私を、よくも……よくもぉぉぉ!」

 

 激しく地団駄をしながら、今は亡き文彦に対して罵声を浴びせる。

 そして鷹弘たちの方を見ると、剣を突きつけて躙り寄って行く。

 

「ヤツは無駄死にだが、こうなっては貴様らもタダでは帰さん……憂さ晴らしさせて貰うぞ! この剣で斬り刻んで……?」

 

 言いながら剣を再び振り下ろそうとした、その時。

 カオスケルビムの全身が、ザザザッと音を立ててノイズに埋め尽くされていく。

 

「あ、が……ギエアアアアアッ!? なんだ、なんで!? 何が起きている!?」

 

 狂乱し、困惑するケルビム。突然の出来事に、鷹弘たちも驚くばかりだった。

 自爆のダメージが思ったよりも深かったのかとも考えるが、それにしてはケルビムは力を残しすぎている。

 全員が事態を飲み込めずにいる中、肇はひとり「そうか」と得心のいった様子で目を見開いていた。

 

「御種 文彦……一体なんて事を思いつくんだ……! 考えついたとして、容易に実行できるものじゃねえぞ!」

「父さん?」

「ヤツの自爆は、楽土に修復不能な傷を作りあげたって事だ!」

 

 それを聞いて、鷹弘たちやケルビムもハッと息を呑む。

 アクイラの作り上げた楽土は、誰一人として不幸になる事のない完璧な世界。

 もし、本来ならそこで起こり得ない殺人や自害といった要因で人が命を落とせば、どうなるか?

 これが答えなのだ。深刻なエラーによって、楽土は動作を停止し、その力を喪失する。

 その上、現実世界とサイバー・ラインとの融合によって生まれた世界であるが故、融合状態が不安定となればデジブレインたちにも影響が出るのだ。

 無論それは、アクイラとケルビムも一切例外ではない。

 このような大きなトラブルを防ぐため、アクイラは極力戦いを避け、殺さないように命じていたのである。

 

「こ、こんな方法が……私が負けるというのか!?」

 

 力を失っているためか、それとも怒りからか、ガクガクと全身を震わせるケルビム。

 身体を引きずるように動かし、ホメオスタシスたちの横を通り過ぎようとする。

 どうやら、塔の頂上を目指すつもりのようだ。

 

「まだ、まだだ! アクイラ様のお力ならば楽土を修復できるはず!」

「行かせねぇよ」

 

 その眼前に、鷹弘が立ち塞がる。その手には、文彦から受け取ったマテリアプレートがあった。

 

「テメェは俺が……ブッ潰す!!」

《プライミヴァル・クラスター!》

 

 起動したプレートを強く握り込み、ドライバーに装填。

 マテリアフォンを手に取って、鷹弘はゆっくりとそれをかざした。

 

《デッド・オア・アライブ! デッド・オア・アライブ!》

「変……身!」

Alright(オーライ)! リヴェンジング・マテリアライド!》

 

 鮮やかな七色の羽根をはためかせ、真っ赤な怪鳥が現れる。

 アーケオプテリクスのようなそれは、赤い光を纏った鷹弘と融合。それと同時に炎が噴き上がり、ケルビムを怯ませた。

 

《プライミヴァル・アプリ! 乱れ舞う太古の双翼、インストール!》

 

 次の瞬間、光の消失と共に一人の仮面ライダーがケルビムを睨む。

 両腕と両脚に鋭利な爪を生やし、ヴォルテクス・リローダーとリボルブラスターを持つ、新たな姿のリボルブだ。

 炎が揺らめき、七色に輝く翼となって拡がって行く。

 

「仮面ライダーリボルブリベリオン!! 今度こそ……俺が勝つ!!」



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EP.58[焔のように]

「貴様ら……まだこの私に歯向かうつもりですか!?」

 

 都竹の変身した仮面ライダーケルビム、カオスモード。

 それに対するは、御種の遺したプレートによって新たな姿に変身した、仮面ライダーリボルブリベリオンだ。

 怒りを発するケルビムに対し、リボルブは何も語らずに銃を握っている。

 

「私を倒すという事は、即ちアクイラ様にも刃を向けるという事だ! それが分かっているんでしょうねぇ!?」

 

 ケルビムの残った邪眼から、リボルブに向かってビームが放射される。

 だが。

 

「む!?」

 

 リボルブの姿が目の前から消え、いつの間にか背後へと回り込まれていた。

 

「な、あ……」

「遅ェんだよ」

 

 その言葉を受けてすぐに振り返り、ケルビムは半分に折れた剣を構えた。

 見えなかった。大半を失い、楽土の損壊によって多少なりとも弱体化しているとはいえ、邪眼とアクイラの力を以てしても。

 

「馬鹿な……この私に見切れないはずがない!!」

 

 言いながら、ケルビムは自身の体から邪眼を四つほど分離し、リボルブを取り囲んで再びビームを放った。

 その次の瞬間、ビームが床に着弾し、リボルブがまたも背後に回っている。

 

「う、うおおお!?」

 

 驚きながら振り向き、剣を叩きつけんとする。

 しかし、それは叶わなかった。

 ケルビム自身も気づかない内に、剣と一体化した右腕は、リボルブの脚についた爪によって根本から斬り落とされていたのだ。

 

「があああああっ!? わ、私の……私の腕がぁぁぁ!?」

 

 切断面を手で押さえ、蹲るケルビム。

 その姿を、リボルブは静かに見下ろしていた。

 

「貴ッ様ぁぁぁぁぁ!!」

 

 先程の四つの邪眼が煌き、光線を発しようとする。

 寸前、リボルブは両手に持った銃で発砲し、瞬く間にそれらの邪眼を破壊した。

 

「なっ!?」

「遅いって言ってんだろうが!」

 

 驚く間に、リボルブの蹴りがケルビムの胸へと突き出される。

 直後、邪眼がバリアを展開して難を逃れるものの、そのバリアも一撃で砕かれてしまった。

 

「あ、あり得ない……!?」

 

 翔や文彦、都竹と違い、鷹弘はアクイラの力を持たない。飽くまでも、身体的にはごく普通の人間だ。

 感情の爆発によるカタルシスエナジーの増幅で身体能力の強化がされているとしても、ジェラスアジテイターだった頃ならいざ知らず、今の都竹に見切れないはずがないのだ。

 

「貴様一体何をした!? ただの人間如きにこれほどの力など、あるはずがない!? 体力も既に限界のはず!? 何故だ!?」

 

 喚きながら、ケルビムは左手で巨塔のデータの一部を分解し、それを右腕や邪眼として再構築。

 ケルビムザンバーも修復され、万全とまでは行かないが態勢を立て直した。

 

「テメェには分かんねェだろうな」

 

 銃口を真っ直ぐケルビムへと向け、リボルブが言う。

 

「今ここにあるのは……俺一人の力じゃねェんだよ!!」

 

 そして発砲しながら再び全速で駆け、カオスケルビムに再び蹴り込まんとする。

 凄まじいスピードから逃れられない事を悟っているケルビムは、あえてその場で立ち止まり、全ての邪眼から360度全方位にレーザー照射で攻撃した。

 

「調子に乗るなよクズめがぁぁぁ!」

「チッ……!」

 

 回避が間に合わず、リボルブは右腕からヴォルテクス・リローダーを取り落とす。

 さらに足や肩の装甲を焼かれ、転倒。すぐに起き上がるが、絶え間なく放たれたビームがまたもリボルブを捉える。

 

「チッ!」

「どうだ、近付けまい!」

 

 銃弾を放っても、ビームがそれを焼いて溶かす。火炎弾も相殺される。

 全く攻め入る隙がないケルビムを相手に、しかしリボルブは諦めなかった。

 

「ナメんじゃねェェェッ!!」

《レヴナントアックス!》

 

 叫ぶ彼の右手へ新たに装備されたのは、ジェラスの使っていた武器。

 それを銃モードで使い、迸るレーザービームの僅かな隙間を縫うようにケルビムの脛を撃ち抜いた。

 

「ぐっ!?」

「オラァッ!」

 

 続けざまにレヴナントアックスを構え直し、刃で光線を断ちながら胸へ一撃を叩き込む。

 瞬間、痛みで崩れ落ちたカオスケルビムに対し、畳み掛けるようにリボルブラスターによる銃砲が撃ち込まれる。

 

「ぬあああ!? お、おおおのれぇ!!」

 

 怒りに震え、またも全方位にビームを撃ちつつケルビムザンバーを振り回すが、今のリボルブの速さにはまるで追いつけていない。

 レヴナントアックスとリボルブラスターの二挺拳銃によって先程同様に隙を突かれ、次々と邪眼も破壊されていく。

 

「馬鹿な、馬鹿な! 貴様の怒りよりも私の忠義の方が上のはずだ! 私の感情エネルギーの方が強いはずだ! 何故だ、何故だぁぁぁっ!!」

 

 頭部の単眼までも破壊されると、ケルビムの姿はカオスモードを発動する前の、ターコイズグリーンの剣士に戻った。

 

「ぐうううっ……何故だぁ!?」

「ゴチャゴチャうるせぇぇぇっ!!」

 

 叫んだ直後、リボルブは武器を両方真上に放り投げ、殴りかかる。

 咄嗟にケルビムザンバーで身をかばうが、たった一撃で粉々になり、さらにリボルブの腕の爪がケルビムの両眼を斬りつける。

 爪は深く食い込んで中の目玉を二つとも抉り裂き、ケルビムは顔を押さえて痛みに咆哮する。

 

「ギャアアアア!? わ、私の……眼ぇぇぇっ!?」

「たった一人でいるお前に! 仕えるべき相手を裏切り続けたお前なんかに! 一生かかっても俺たちを倒せるかよ!」

 

 眼球は裂けたが血は流れ出ず、代わりにケルビムの肉体がノイズで侵されていく。

 既に曽根光 都竹は人間ではなく、デジブレインなのだ。

 光を失った瞳も、いずれ完全に治癒されるだろう。

 この戦いで生き残る事ができたならば。

 

「こ、殺す……殺してやるぞ仮面ライダァァァー!!」

「くたばんのはテメェの方だ、クソッタレが」

 

 罵り合う二人。

 そして、ケルビムが先に動いた。

 ドライバーのマテリアプレートを押し込んでマテリアフォンをかざし、さらにトランサイバーGに音声入力を行う。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)!》

「『ファイナルコード』ォッ!」

Roger(ラジャー)!》

「消えてなくなれェェェッ!!」

 

 ターコイズグリーンの極光と邪眼から溢れる紫色の粒子を纏い、両足にエネルギーを集中させるケルビム。

 リボルブも既に、必殺技の態勢を整えている。

 

《プロミネンスフィニッシュコード!》

「ブッ潰す……!!」

Alright(オーライ)!》

 

 七色に煌く炎の翼を背負い、右足が紅蓮の炎で燃え上がる。

 そして二人は大きく飛び上がり、同時にキックを放った。

 ケルビムは両足で、リボルブは右足のみで。

 

《カオティック・マテリアルバースト!》

《アイズ・マテリアルジェノサイド!》

「ぬぅおおおおおっ!!」

《プライミヴァル・マテリアルトリリオンフレア!》

「オラァァァァァッ!!」

 

 突き出された足が激突し、破壊的なエネルギー同士がせめぎ合う。

 二つの必殺技が組み合わさっている分、ケルビムの一撃はリボルブを押し返そうとしていた。

 

「今度こそ終わりだぁ!!」

「く、う……オオオオオォォォォォッ!!」

 

 しかし、リボルブの咆え哮る声と同時に、今度はケルビムの方が力負けし始める。

 

「な、なにぃ!?」

 

 当惑を超え、恐怖に身を震わせるケルビム。

 既に両眼の見えていない彼だが、その邪眼はほんの一瞬だけ視認し感知していた。

 リボルブが蹴りを放つ隣で、同じようにケルビムへ蹴撃を放つ、もうひとり(・・・・・)の仮面ライダーの姿を。

 そして思い出した。リボルブの、鷹弘の自分一人の力ではないという言葉を。

 

「馬鹿、な……!?」

「くたばりやがれェェェッ!!」

 

 二つのキックがケルビムの両足を燃やして砕き、振り抜かれた脚の爪がアプリドライバーごと胴を真っ二つにする。

 変身の解けた都竹は上半身だけになって、見えない眼で天井を仰ぎ、そのまま燃えて灰となって行く。

 

「なぜ……負ける……」

 

 都竹には、最後まで理解できなかった。

 人の強い想いが、膨大なカタルシスエナジーが齎す、奇跡の力を。

 

「ハァッ、ハァッ……くっ!?」

 

 地に降り立つと同時に、リボルブのドライバーから薬莢が吐き出されるようにマテリアプレートが排出され、火花と煙を噴いた。

 これでもうプライミヴァル・クラスターは使えない。破損したそれを拾い上げ、変身解除された鷹弘は静かに俯く。

 

「静間さん……」

 

 響が声をかけると、鷹弘は何も言わずに首を横に振り、静かに天井へと視線をやった。

 

「行こうぜ。翔が待ってるハズだ」

「……はい」

 

 そう言って一行は至高天の間を出ると、頂上で今も戦っているであろうアズールとパライゾの元を目指して駆けて行った。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「そんな、そんな……未来歪曲が……使えない!?」

 

 一方、巨塔の頂上にて。 

 戦いの最中、翔の言葉を聞いている内に、アクイラの変身する仮面ライダーパライゾエンピレオには大きな変化が起きていた。

 全身が斑状にノイズで覆われ、アクイラ自身も半ば錯乱しているのだ。

 手強い能力も消失しているため、攻めるならば今が好機である。

 しかし当の翔は、アズールは動かない。アクイラの異様な状態に戸惑い、手が出せずにいた。

 

「楽土も……壊れていく……そんな、僕はただ……みんなに幸せになって欲しかっただけなのに……」

 

 パライゾはアズールを気にも留めず、ノイズの走る空を見上げて慟哭する。

 そんな彼の姿に、アズールは胸を痛めていた。

 

「僕は何のために生まれたの? 人に楽土が必要ないのなら、僕は何のためにこんな事をしたの?」

「アクイラ……」

「未来を変えられないなら僕に価値なんかない。分からないよ……僕の生きる意味が……分からなくなっちゃうよ……」

 

 頭を抱えるパライゾの瞳が、昏く濁っていく。そんな彼の様子を、アズールは哀しげに見ていた。

 

「分からないよ。分からないよ……分からないよ……分からないよ……」

 

 うわ言のように、同じ言葉をパライゾが呟く。

 直後、アズールの背後で頂上の空間の一部が歪んだかと思うと、そこから八人の男女が飛び出した。

 鷹弘たちホメオスタシスの仮面ライダーだ。

 

「ショウ!」

「良かった、無事だったか!」

 

 アシュリィがアズールの背中に抱きつき、鷹弘が安堵の息を吐く。

 仮面の中で微笑みつつも、アズールは不思議そうに一行に質問を投げる。

 一人、欠けているのだ。

 

「あの、御種さんはどうしたんですか? 一緒じゃないんですか?」

 

 それを聞くと、鷹弘は神妙な面持ちになる。そして、先程までの顛末を話し始めた。

 御種 文彦が死んだ事を。その影響で楽土に大きな綻びができ、反撃の機会が生まれた事を。

 

「そんな……御種さんが……!?」

「嘆いてる暇なんかないだろう、翔。彼の死を無駄にしないためにも、何としても今すぐアクイラを倒すんだ」

 

 響はそう言って、アプリドライバーを取り出す。他の者たちも同様に、自らの変身用のアイテムを手にした。

 

『変身!』

《羽撃く戦艦、フルインストール!》

《龍氷鳳武、エクストラアクセス!》

《義賊の一矢、アクセス!》

《迷宮の探索者、インストール!》

《紺碧の反逆者、インストール!》

歌激(カゲキ)なる御伽女(オトメ)、カーテンレイズ!》

 

 全員の変身が完了すると同時に、パライゾもホメオスタシスの存在に気付き、何かを呟きながら向き直る。

 すると、アズールは戦う前に彼らへ助言を送った。

 

「気をつけて下さい。今のアクイラはスペックがケタ違いに高い、厄介な能力も今は封じられていますが……簡単に御せるような相手じゃありません」

「分かってる、でも全員同時にかかれば倒せない相手じゃないはずだよ!」

 

 アシュリィの変身するピクシーがそう言って、レイピアを手に斬りかかった。

 対するパライゾは、大きくパックステップして一撃を避ける。

 そして瞬きする間もなく、無音でパライゾがネイヴィの眼前へと接近した。

 

「なっ」

 

 驚いたネイヴィはすぐさま両腕で防御姿勢を取り、さらにリボルブが援護のために銃を向ける。

 だが、突如としてリボルブの周囲の空間が歪んだかと思うと、気付けば銃口を向けずにただ突っ立っているだけになっていた。

 

「はっ!?」

 

 変わらずネイヴィに襲いかかる拳。

 しかし、その一撃はザギークの放つインクの矢によって阻まれた。

 

「助かったぞ」

「ふふーん、もっと褒めて良いよ」

 

 ザギークは言いながら自慢気に胸を張る。一方、アズールは先程の事態に驚いていた。

 未来歪曲の能力によって、リボルブのみが攻撃を中断され、ザギークは素通り。

 それに、アズールが戦っている時は空間全体が歪んでいたのに対し、今回はリボルブの周囲のみに絞られていた。

 

「今のは……まさか、楽土が崩壊してるせいで、未来歪曲が一人にしか使えなくなってるのか?」

 

 先程までは一人であったが故に、アクイラの能力に苦しめられた。

 しかし、楽土にエラーが起きている今なら。

 

「いける! これなら、みんなでアクイラを止められる!」

「翔、俺も続くぞ!」

 

 そう言って、アズールとキアノスは剣を手にアクイラへと飛びかかる。

 二人の同時攻撃に対し、パライゾはアズールのみを未来歪曲によって止める。そしてキアノスのサーベルは、スフィアを変形させて作った剣で弾き返した。

 

「チィッ!?」

「分からないよ……ワカらなイよ……」

 

 ザザザッ、とパライゾの言葉にもノイズが入り始める。

 その後では、リボルブと雅龍とザギークが一斉に射撃攻撃を行い、パライゾの背中を撃つ。

 

「ウ……あ……」

 

 パライゾは振り返る事なく、背後へとスフィアを操作。

 そして、お返しとばかりに三人に向かって無数の鋼鉄の弾丸を放った。

 迫り来る凶弾、その間にピクシーズが割って入り、ナックルガードで命中の衝撃を吸収する。

 

「お姉ちゃん、今!」

「よーし!」

「行きますわよ!」

 

 三姉妹が合図を出し合い、音に変換した衝撃を一つに束ねてパライゾに向けて解き放つ。

 無論、パライゾは未来歪曲の力によってその攻撃を止めた。

 だが彼女らの狙いは、未来歪曲を発動させる事にあった。そのためにあえて一つにして反撃したのだ。

 能力発動の直後、パライゾの背後からアズールが迫る。

 

「そぉりゃあっ!」

「ウウ……!?」

 

 アズールセイヴァーの切っ先がパライゾの肩を裂き、頬を掠める。

 さらにネイヴィがカッターアームで攻撃に加わり、アズールと二人で追い詰めていく。

 常に二人以上で立ち回る事により、エンピレオの力を無力化しているのだ。

 

「ウウッ!!」

「させん!」

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! センチピード・マテリアルスライサー!》

 

 パライゾが眼光を迸らせてアズールの動きを止めようとする隙を突いて、キアノスが必殺を発動。

 それに続き、リボルブと雅龍も必殺技に移った。

 

「くたばりやがれ!」

「ホアタァァァッ!」

《ブレイジングフィニッシュコード! Alright(オーライ)! ジェイル・マテリアルデストロイヤー!》

《パニッシュメントコード! Oh YES(オゥ・イエス)! ブリザード・マテリアルパニッシャー!》

 

 リボルブの放つ炎の弾丸と、冷気を纏う雅龍の飛び蹴り。

 これでは誰に能力を使っても攻撃を全て止める事はできない。

 パライゾはスフィアを操ってバリアを展開し、さらに未来歪曲によって雅龍を妨害。

 バリアがリボルブの必殺技を防ぎ、キアノスの鞭のようにしなる剣は自ら片手で掴んで抑える。

 

《アストラルフィニッシュコード!!》

 

 だが、これでアズールの攻撃から身を守る手段を失った。

 

「ウ!?」

「これで……どうだ!!」

All together(オール・トゥギャザー)!! エタニティ・アプリケーションコンプリート!!》

 

 マテリアプレートをかざし、放たれた必殺の一撃。

 そのキックは今度こそパライゾの身体を捉え、吹き飛ばして爆風を巻き上げた。

 

「や、やったの!?」

 

 もうもうと立ち込める砂煙、そこに目を凝らすザギーク。

 動く気配はない。しかしそう思った刹那、晴れつつある煙の中で人影が動くのがアズールには見えた。

 

「……いえ! まだです!」

 

 アズールの言葉の直後、禍々しい電子音声が響き渡る。

 パライゾが再びエンピレオユニットのスイッチを指で押し込んでいるのだ。

 

虚栄(Vain)羨望(Jealous)激情(Furor)懈怠(Laches)

「なんだ!? 何をする気だ!?」

「マズい……必殺が来ます! 全員防御を!」

大欲(Avarice)貪食(Glutton)淫蕩(Lewd)

 

 七度入力されるスイッチ、赤く煌くドライバー。

 全員が警戒し、防御に移ろうとしていた時。パライゾは、さらにもう一度スイッチを押した。

 

傲慢(Superbia)

「わカラなイよ……ワカらナいヨ……わからない、ワカラナイ、ワカラナナナナナナナナナナ――」

罪業統一(Deadly Sins Integration)

「……キイイイイイィィィィィアアアアアァァァァァーッ!!」

 

 悲痛なるパライゾの叫び。

 それと同時に、スフィアが全てパライゾの肉体と同化し、翼や装甲の白かった部分が全て真紅に染まる。

 空に舞い上がったパライゾの、正気を失ったような鈍い眼光が、アズールたちを見下ろした。

 額から汗を流しながら、アズールは剣を握る手の力を強める。

 

「パライゾの力にまだ上があったなんて……!?」

 

 そう言って全員が武器を構え直す。

 真紅の天使は、血の涙を流しながら、高く怪鳥音を発した。

 

「キイイイイイアアアアアーッ!!」

「アクイラ……!」

 

 赤い涙が地に滴るのを見て、アズールは歯を軋ませる。

 翔には分かってしまった。アクイラという存在は、生まれてから十年以上経っていると言っても、封印されている間に様々な情報を集積していたのだとしても。

 まだ、ほとんど生まれたばかりの子供同然なのだという事を。

 彼にとっては、他者から集めた情報や知識が全てなのだ。自らの目や耳で人間の世界を経験していない。だから誰もが幸せになれる世界という望みを、それが絶対と断じて楽土という形で叶えようとする。それで救った気でいる。

 そして、その願いは全て翔の中から生まれたもの。だからこそ、翔にはアクイラを見捨てる事はできなかった。

 

「必ず止めてみせる……必ず……助けるから!!」

 

 強い決意を胸に、アズールはマントを翻し、再び飛び出した。



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EP.59[電子の希望]

 その少年には、両親がいなかった。両親の顔を知らなかった。
 生まれつき兄と共に施設で育った彼は、いつも誰かと殴り合いばかりしている兄とは違って、ずっとひとりでいた。
 他人と接するのが怖かったのだ。
 両親に捨てられてしまったという事実が胸に突き刺さり、他者と触れ合うことを拒んでいた。
 赤子の頃から自分を育ててくれた職員や、同じ施設に暮らす少年少女たちを、感謝はしても信用できないのだ。
 唯一頼れる兄にしたって、幼い少年では彼に何かできるワケではない。口数は少なかった。
 何より、少年は自分の境遇に泣きはしなかったが、怒りも笑いもしなかった。
 どうすれば良いのか分からないから。生きていく意味が分からないから。
 自分に生きる価値などないとさえ思っていた。兄弟共々、探偵という男に拾われたのは、そんな時だった。

「おじさん。どうして、ぼくをつれてきたの?」

 ある時少年は、以前から気になっていた事を養父に尋ねた。

「なんだ、今更どうした? 嫌な事でもあったのか?」
「ぼく、わからなくて。どうすればいいのか、わからなくて」
「……そうか」

 少しだけ悩んで天井を見上げた後、男は再び少年に向き直る。

「自分の生き方が分からないなんてのは、誰でも同じさ。誰もが道に迷ってる。でもな、迷ったって良いんだ。お前には俺や響がいる」
「まよっても、いい……?」
「俺を信じろとは言わない。だが、お前がどうしたら良いのか分からなくなったら、間違えそうになったら、必ず俺が傍にいてやる。それが家族ってモンだ」

 話を聞いて、少年は穏やかな気分になった。目の前の男を、本当に血の繋がった家族なのではないかとさえ思えた。
 そして、養父である彼に何か恩返しがしたくなったのだ。
 少年には、ひとつ得意な事がある。
 料理だ。施設で少しずつ教えて貰っていた、生きるための術。
 以前は楽しくないと思っていたのだが、養父や兄に振る舞ってみると、不思議と胸が温かく、快くなった。
 次第に少年は他人と打ち解ける方法を学んで、心も身体も健やかに育つ。
 少年の名は、天坂 翔と言った。


「ワカラナイヨ……ワカラナイヨ……」

 

 ブツブツと呟きながら、上空にて虚空を見上げるパライゾ。

 エンピレオユニットの最大出力を引き出した事により、装甲や翼が紅くなるなど、その姿は大きく変貌した。

 アズールはグラビティガイアの重力制御によって高く跳び上がり、パライゾに拳で殴りかかる。

 

「そぉりゃあっ!」

「キィィィィィーッ!」

 

 しかし、攻撃はやはり未来歪曲によって止められてしまい、アズールは『何もしなかった』事となって空中に留まる。

 そしてパライゾの右腕から放たれた紅い烈光を受け、地上に押し戻されてしまう。

 

「ぐ、あ……! まだまだ!」

「無茶だ翔! 一人で勝てる相手じゃないぞ!」

 

 響の変身するキアノスが言った。そして、傍で見ていたリボルブたち他のライダーも、戦いに参戦する。

 するとアズールは大きく声を張り上げ、宣言した。

 

「皆さん! 僕はアクイラを助けるつもりでいます!」

「なにっ!?」

「もちろん楽土は破壊します、でも何も考えずに彼を消す事が正しいとはどうしても思えない!」

 

 叫びながらアズールが剣を振り下ろす。

 斬撃を手刀で受け止め、パライゾは手から光の剣を生成し、アズールの肩へと突き刺した。

 

「くううっ! この!」

 

 拳で光の剣を叩き割り、アズールセイヴァーを投擲すると素速く前蹴りを繰り出す。

 蹴りは未来歪曲で止められるが、ブーメランのように返って来た剣がパライゾの背を斬りつけた。

 

「キィィィアアアッ!?」

「ここだ!」

「キイァッ!?」

 

 続けて、正面から突っ込んだアズールの拳がパライゾの顔面に打ち込まれる。

 だがそれを受けてもパライゾは健在であり、羽ばたきと共に紅い閃光を放つと、アズールから大きく距離を取った。

 

「さっきのは本気なのか、翔。アイツはこの世界を支配する怪物だぜ」

「それでもやります!」

 

 空を飛んで隣に並んだリボルブの声を聞き、アズールは強く頷く。

 

「彼も僕らと同じで生きているんです。確かに僕らを一度楽土に囚えようとしたけど、それも人類を滅ぼすのが目的じゃなかった。きっと本気でこれが僕らのためになると思っていたんでしょう」

「だからって許されるワケないだろうが」

「分かってます。だけど、今のアクイラは生まれたばかりの子供と同じなんです。学習して情報を取捨選択できても、極端な結論を導き出してしまって、ちゃんと自分の意志で判断して道を選ぶって事ができていないんですよ」

「あいつ自身の意志でこの状況を作ったんじゃねェってのか?」

 

 リボルブが訝しむように言うと、再びアズールが首肯した。

 

「少なくとも、楽土を作るに至った原因は僕の感情を読み取ったせいです。僕の心の底にある願いを見てしまったから、創造に足る力があるから機械的に実行した。だからひとつの道しか選ばなかった。そこに完全にアクイラ自身の意志があったとは言い切れない、そしてこれは僕の責任でもある」

「……なるほどな」

「何より、今のアクイラは自分で悩んでいます。自分のこれまでやこれから生きる意味という、大きな壁に直面しています。僕ら人間と同じように考えて選択しようとしているんですよ、自分の意志で。だから……彼を消すという事は、人を殺すのと同じ事です。見殺しにはできない」

 

 アズールの言葉を聞いて、低く唸りながら考え込むリボルブ。

 すると、地上で様子を見ていたピクシーたちが、真っ先に声を上げた。

 

「ショウに賛成だよ」

「まー、翔兄ちゃんならそういうと思ってたよ!」

「私も支援しますわ」

 

 続いて、アズールたちに襲いかかろうとしたパライゾへと、下からインク弾がいくつも撃ち出された。

 雅龍とザギークが援護に入ったのだ。

 

「まったく、君の選択にはいつも驚かされるな」

「でも翔くんらしいよね! よーし、ウチも一緒に助けるよ!」

 

 雅龍のインクが翼に命中し、凍結して飛行できなくなったパライゾは、地上へと墜落していく。

 そこへキアノスのサーベルが襲撃し、未来歪曲で止めた直後にネイヴィのガトリングが胴に突き刺さる。

 

「翔、お前はもう俺の手を必要としないくらい強くなったんだな。少し寂しいが、誇らしいよ」

「自分の信じた道なら、お前のやりたい事なら、このまま真っ直ぐに突き進めば良い。俺も後ろから支えてやる……父親だからな」

 

 気付けば、リボルブを除く全員が決断を下していた。

 仮面の中で溜め息を吐くと共に、リボルブはアズールの背をバシンッと叩く。

 

「ったく、とんでもねェバカ共を仮面ライダーにさせちまったモンだぜ」

「あはは……」

「だが、悪い気分じゃねェ。いいさ、やってやるよ! まずはどうする!」

「恐らくあの姿ではまともに話も通じません。なので一旦アクイラに全力の必殺技を撃たせて、カタルシスエナジーが失われた瞬間を狙って、戦闘不能にします!」

「よし……任せなァ!」

 

 そう言って、リボルブは翼を再生させたパライゾへと発砲した。

 ヴォルテクス・リローダーから発射された炎の弾丸は、パライゾの放出する紅い光の弾幕によって妨げられる。

 

「チッ!」

「キィィィアアアアアッ!」

 

 光を迸らせ、パライゾは攻撃を継続。無数の熱線が殺到し、しかしその前に盾を構えたアズールが立ち塞がって防護する。

 

「ぐ……こ、のぉ!」

 

 盾をかざして強引に突進しようとするアズール、だがパライゾも攻撃の手を全く緩めない。

 その上、未来歪曲の力もある。下手に攻めに転じれば、容易く隙を突かれて一気に窮地に陥ってしまうだろう。

 

「クソッタレ、翔をやらせるかよ!」

《スクロール! イーグル・ネスト! フレイミングフィニッシュコード!》

 

 アズールの後ろで、リボルブが動き出す。

 シリンダーを何度も回転させ、必殺技を放つ準備を整えた。

 そして銃にマテリアフォンをかざし、トリガーを引く。

 

「喰らえ!!」

Alright(オーライ)! イーグル・マテリアルボンバード!》

 

 炎の大鷲が銃口から飛翔し、パライゾに襲いかかる。

 必殺技ならば未来歪曲を使って防ごうとするだろうと判断し、この一手を打ったのだ。

 しかし、思惑とは外れてパライゾは能力を使用せず、紅い光のバリアを展開する事でその場を凌ぎ切る。

 

「そう何度もかかっちゃくれないだろうな……!」

「ならば私の出番だ」

《マスタリーパニッシュメントコマンド! Oh YES(オゥ・イエス)! ブリザード・マテリアルターミネイション!》

「ホァタアァァァッ!」

 

 地上にいた雅龍がそう言うと、必殺技の態勢を整え、跳躍して高く拳を突き上げた。

 サスペンドブラッドとインクが集まり、龍の姿となって牙を剥く。

 本来ならばこれを受けると問答無用で凍りついてしまうのだが、パライゾはそれでも未来歪曲を使わず、極大の閃光で氷の龍を溶解させた。

 

「む!?」

「こいつ、もしかして攻略法を学習し始めてる!?」

 

 焦燥する雅龍とザギーク。このまま手をこまねいては、攻め筋を失って敗北するのも時間の問題だ。

 すると、アズール自らがスターリットフォトンで作った武器が、雅龍とキアノスの手元へと投げ渡された。

 雅龍にはシノビソード、キアノスにはリボルブラスターV2だ。

 

「英警視、兄さん! それを使うんだ!」

「……よし!」

 

 二人は頷くと、すぐに動き出した。

 

《フリック・ニンポー! ブンシン・エフェクト!》

 

 シノビソードを得た雅龍は、十人に分身した後、再びドライバーに手を伸ばして操作する。

 そして、十人全員が一斉に拳を突き出し、同時に必殺技を放った。

 

《パニッシュメントコマンド! Oh YES(オゥ・イエス)!》

「これでどうだ!」

《ブリザード・マテリアルアセンド!》

《ブリザード・マテリアルディセンド!》

 

 龍の牙と爪が四方八方から飛び交い、光の壁を破らんとする。

 

「キィアアアアアッ!!」

 

 しかしパライゾも、再度全身から熱線を放って必殺技を相殺した。

 直後、続けてキアノスが動き出す。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! フィドラークラブ・ネオマテリアルカノン!》

「ハァッ!」

 

 燃え上がる巨大な鉄の鋏が射出され、パライゾを裁断しようとするが、やはり赤いバリアが妨げる。

 だが度重なる必殺に完全には耐えきれておらず、挟まれて圧がかけられると、僅かに亀裂が走り始めていた。

 

「ここだ!」

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! センチピード・マテリアルスライサー!》

 

 真っ直ぐに刀身が伸びて亀裂に突き刺さり、バリアを破壊。

 剣先はそのまま、パライゾの翼を抉って貫いた。

 

「キィッ……!?」

「みんな、今だよ!」

 

 ザギークの掛け声と同時に、ピクシーズ三人が彼女と共に一斉に攻撃を仕掛ける。

 バリアが消え去った今、パライゾはそれらを自らの腕で凌ぐしかなかった。

 レイピアやボウガンの一撃を光の剣と拳で捌くが、直後に地上から音と叫び声が響き渡る。

 

《サイクロン・マテリアルエンド!》

「ライダー……キィィィーック!」

 

 大きく跳躍し、鋭い飛び蹴りを繰り出すネイヴィ。

 かつて自分を消滅寸前にまで追い込んだ男の、全く同じライダーキック。

 それを目の当たりにしたパライゾは、本能からか恐怖感で身を竦ませてしまい――思わず、未来歪曲を発動してしまった。

 当然、必殺技は中断されてネイヴィは地上に立ち尽くしてしまう。

 だがこれこそが狙い。仮面の奥で、肇は唇を釣り上げる。

 

「……使ったな?」

「キァッ!?」

 

 風を切る音と共に素速く背後から迫るのは、仮面ライダーアズール。ドライバーのマテリアプレートを押し込み、既に必殺技の準備をしている。

 パライゾは振り返ると、自身もすぐにプレートを掌で叩き、デジタルフォンを手に取った。

 

「勝負だ、アクイラ!」

「キィイアアアーッ!」

《アストラルフィニッシュコード!!》

《ドゥームズフェイタルコード!! デッドリー・シンズ!!》

 

 互いを睨み合う二人が、それぞれのドライバーにマテリアフォン・デジタルフォンをかざすのは、ほとんど同時だった。

 

「そぉりゃああああああああああっ!!」

All together(オール・トゥギャザー)!! エタニティ・アプリケーションコンプリート!!》

All Hail(オール・ハイル)!! デッドリー・シンズ!! ナイトメア・ワールドカタストロフィー!!》

「キィイィアアアアアァァァァァッ!!」

 

 全身に煌きを纏い、青と紅の閃きが激突。

 力と力が真っ向からぶつかり合い、その場を、そこにいるリボルブたちを、巨塔そのものさえも飲み込んで行く。

 

「オオオオオッ!!」

「アアアアアッ!!」

 

 二つの光は融けて混ざり、咆哮するアズールとパライゾの視界を埋め尽くす。

 

 

 

 気が付くと、翔は変身が解けた状態で、一面が真っ白な空間に突っ立っていた。

 

「ここは……?」

 

 不思議そうに周囲を見回す翔。

 そして、自身の背後で泣きじゃくる小さな子供の姿を発見する。

 幼い頃の翔に似た姿だ。それがアクイラだと、翔はすぐに理解した。

 

「わからないよ……わからないよ……」

 

 両眼から零れ出る涙を手の甲で拭いながら、アクイラはずっと同じ言葉を呟いている。

 翔は隣に座ってで彼と同じ目線の高さになると、何もない白い天井を見上げた。

 

「人間に楽土が必要ないなら、僕が生きてる意味って何なの? 人間をより良い未来に導くのが、僕の役割じゃなかったの? 僕は……どうしたら良いの?」

 

 ただひたすらに、目が赤くなってもアクイラは涙を流し続ける。

 すると隣に座る翔は、そんな彼に目をやって優しい声色で話しかけた。

 

「君は、どうしたいの?」

「え……?」

 

 問われると、アクイラは瞼を擦ってゆっくりと翔の方を見やった。

 翔は微笑んで、まだ濡れている彼の頬をそっと撫でる。

 

「生きていく意味や理由が分からないのは、人間なら誰でも同じだよ。完璧な答えを出せる人はどこにもいない。人間は誰も完璧じゃないんだ、だから間違ったり失敗したりする。でも、それで良いんだよ」

「どう、して?」

「前にも言ったでしょ? 人間には、未来を変える力があるんだ。それがどんなに些細で小さな一歩でも、どれだけ儚くてちっぽけな事に見えたとしても、みんなで超えられるんだ。だからひとりひとりが完璧な選択をできなくても、色んな人の意志が繋がり合って、未来を作るんだよ。誰もがそうやって自分の人生を戦って来たんだ」

 

 そう言った翔の顔を、アクイラはまじまじと見つめる。

 視線を受けた翔は、見つめ返してひとつの言葉を投げかけた。

 

「アクイラ。君はきっと、人間の傍で、人間と同じように生きていたかっただけなんじゃないかな」

「え……?」

「君が楽土を作ったのは人間を支配するためであり、より良い方向へ導くためだった。実際……君は怒りや憎しみで動いたワケじゃないし、きっと人間が好きなのは本当なんだよね」

 

 その言葉を聞いて、アクイラは小さく頷く。翔も同じく頷いて、話を続けた。

 

「でも、このやり方じゃ人も君も先に進めないんだ。君は人間と同じ視点、同じ立場に立っていない。人間も君の敷いた道に甘えて、そこでしか歩けなくなる。それはお互いにとっての救いなんかじゃない。君が見て好きになった人間っていうのは、そんな人たちばかりだったかい?」

「じゃあ……どうしたら、良いの?」

 

 不安と焦燥に駆られている表情。

 翔は立ち上がって、アクイラの正面に向かい合うと、静かに彼に手を差し出す。

 

「一緒に生きよう、アクイラ」

「一緒に……?」

「君はもう、人間と同じように悩んで、自らの意志で道を選ぶ力を手に入れている。紛れもなく人間と同じなんだ。なら君だって僕らと支え合って生きて良いんだ」

「でも、また間違えてしまうかも知れない。翔と戦う事になるかも知れないよ?」

「それで良いんだよ。誰だって間違う事はある、争ったりする事もある。でもその度に誰かが道を正して、生きている限りやり直せば良い。誰かと生きていくってそういう事なんだよ」

 

 震えながら翔の手を取り、アクイラはそのまま抱きつく。

 翔は彼を温かく包み込むように、安心させるように背を撫でる。

 

「『生きていたい』……たったそれだけだとしても、きっとこれが君の欲望、君の願いだったんだよ」

 

 再び瞳から雫を落とすアクイラ。泣き止むまで、翔はずっと抱き締めていた。

 しばしの後、子供の姿をしたアクイラは、翔から離れる。

 

「ありがとう、翔。でも……」

 

 そう言った彼の姿は、翔ではなく本来のアクイラのものに戻っていた。

 しかし、それだけではない。足から徐々に、塵のようになって消滅し始めているのだ。

 

「え!?」

「僕は、まだ人の隣では生きられない」

 

 目を見開いて、翔は叫ぶ。

 

「アクイラ! どうして!?」

「未来歪曲の力は、そのまま残していたらきっとまた大きな争いの火種になる。望もうと望むまいと、だ」

「それは……」

「だからこの力を捨てて、僕は一度この体を再構築して生まれ変わる。こんな方法じゃなく、正しく人間と共に歩めるように。人間と共に……生きていくために」

 

 翔には何も言えなかった。

 それは紛れもなく、彼自らが考えて出した結論だ。自分の意志で選んだ道だ。

 決して間違った結論ではない。

 

「大丈夫。きっとまた会える。いつ元に戻れるか分からないけど、しばらくの別れだ」

「アクイラ……!」

「またね、翔」

 

 その言葉と共に、白い空間は消滅していく――。

 

 

 

「ショウ、ショウ!!」

「う……?」

 

 いつの間にか、翔はアシュリィの膝を枕にして、空を見上げていた。

 相変わらずのドス黒い天空。身を起こすと、アシュリィが飛びつくように自分に抱きついた。

 

「わっ!?」

「良かった……ショウ、生きてるよ……!」

 

 心底から安堵したような声。周囲を見れば、変身を解いた鷹弘や翠月や浅黄、それに響と肇、ツキミにフィオレが立っている。塔の頂上には、アクイラの使っていたカーネルドライバーとエンピレオユニットも落ちていた。

 翔は、アクイラとの戦いから生還を果たしたのだ。それを知って自身も安堵し、アシュリィの背を右手で撫でる。

 そして、左手に何かを持っている感触に気付き、手を開いた。

 

「これは……!!」

 

 深く青い、小さな水晶玉。中央には綺麗な紅い光が灯っている。

 

「なんだそれ?」

「多分、アクイラのコアです」

「アクイラの!?」

 

 返事を聞いた鷹弘が、ぎょっと目を剥く。

 しかし、翔は首を左右に振った。

 

「彼は未来歪曲の力を捨て、新たな肉体を再構築すると言ってました。今度こそ、人間と一緒に生きていくために。きっとこの中で……心地の良い夢を見てるんだと思います」

「……そうか」

 

 それ以上、鷹弘は何も追及しなかった。

 翔の晴れやかな表情から、悪い事など何も起こらないと信じているのだ。

 そして翔とアシュリィが立ち上がった直後、島全体が揺れ始める。

 

「な、なんだ!? 何が起きた!?」

 

 狼狽する響。すると、新たなフォトビートルが一行の前に姿を現し、陽子の声を発した。

 

『大変! 島が徐々に落ちて来てる! サイバー・ラインとの融合もまだ完全に剥がれてない!』

「なにっ!?」

『このままじゃ島が落下して……帝久乃市どころか、世界が危ないよ!!』

 

 話を聞いて翔は唇を引き結び、立ち上がってアプリドライバー∞を装着する。

 

「アシュリィちゃん、これを持って先にゲートで研究所まで逃げて」

「ショウはどうするの!?」

「この島を止める。グラビティガイアの重力制御を全開にすれば、融合が解ける時間まで持ち堪えられるはずだ!」

「でも……!」

 

 アシュリィが引き留めようとするが、翔は力強く頷き、微笑んだ。

 

「大丈夫。必ずみんなも、自分自身も守る。みんなで生きていたいから!」

 

 その言葉を聞いて、響がフッと笑みを見せ、鷹弘たちもゲートを生成する。

 翔を信じ、向こうで待つ事に決めたのだ。

 するとアシュリィも、名残惜しそうにしながらも「絶対帰って来てね!」と叫んでから、その場から姿を消した。

 それを静かに見届けた後、翔はすぐに動き出す。

 

「さて、まずは地上に降りなきゃ――」

 

 言いながらマテリアフォンをかざして変身しようとした、その時。

 地面に落ちていたカーネルドライバーがカタカタと動き始め、エンピレオユニットがひとりでに外れると、そこから黒炎を噴く剣が飛び出した。

 

「え!? うわっ!?」

 

 剣の切っ先は、翔のドライバーにセットされたメビウスユニットを斬り裂いて破壊し、同時にホルダーにセットされていたチャンピオンズ・サーガとブルースカイ・アドベンチャーV2のプレートを弾き飛ばす。

 これで、翔はアズールメビウスへと変身できなくなってしまったのだ。

 

「まさか、今の剣は……!?」

「よくも、よくもアクイラ様の計画を壊したな……俺のアクイラ様を消したな……虫ケラ共が……!!」

 

 外れたユニットが、別の形を形成していく。

 両手足と両肩に龍の頭を生やした、十本の角を伸ばす怪物。大きな翼を拡げ、尻尾で地面を叩き、黒から滾るマグマのような赤へと染まった強靭な肉体をその場に晒す。

 ドラゴン・デジブレイン・アポカリプス。スペルビアと名乗っていたその龍の怪人は、翔に向かって、そして人間に向かって怒りを爆発させる。

 

「死ね!! ことごとく死ね!! この俺が貴様ら人間どもを滅ぼし、地球もろとも消し去ってくれる!!」

 

 ビリビリと怒声と熱風を浴び、翔は自らの歯を噛み締める。

 絶望的な状況の中、真の最終決戦が始まろうとしていた。




次回、最終回

EP.60[Impulse]


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EP.60[Impulse]

 帝久乃市上空から、徐々に落下しつつある巨大な浮遊島。
 街の住民たちはそれを見上げ、恐慌状態に陥っていた。
 もう終わりだ。世界はこのままアレが落ちれば、自分たちは助からない。
 そんな言葉ばかりが、怒号のように飛び交っていた。

「助けて……」

 両親とはぐれてしまった小学生の少年が、涙混じりに口に出す。
 生きたいという、ただひとつの想いが、それだけの願いがそうさせる。

「誰か、助けて……!!」

 人々は強く望んでいた。自由と平和を守る英雄の存在を。


「アクイラ様は……この世の全てを滅殺する事さえできるお方だった……」

 

 原罪の創世巨塔の頂上。

 ドス黒く染まった空を見上げながら、ドラゴン・デジブレイン・アポカリプス、スペルビアは静かに呟く。

 

「いきなり楽土なるものを作ると言い出した時は素直に『愚かしい』と失望したものだが、それでも俺はあの方のために尽くした。結果としてこうなってしまったがな」

 

 全身から黒い炎を噴き上げ、剣を地に突き刺し、大きく溜め息を吐いた。

 

「感情エネルギーを毟り取るために貴様ら家畜を生かしておいてやったが、もうその必要もなくなってしまった」

 

 その言葉の直後、スペルビアはいきなり剣を勢い良く引き抜き、前に掲げる。

 剣の切っ先が向かう方では、翔が地に膝をつき、肩で息をしていた。

 今までに変身していたアズールメビウスや、チャンピオンリンカーでも、V2ですらもない。その姿は、変身していない翔そのものだった。

 変身の隙を一切与えずに、一方的に嬲っているのである。

 翔は生身でも武器を生み出したり多少の戦闘をこなす事はできるが、アクイラとの戦いで消耗した後という事もあって、今はアズールセイバー一本を生み出すのが精一杯だ。

 

「まずは、天坂 翔。貴様を真っ先に殺してやる。アクイラ様がおかしくなったのも、何もかも貴様のせいなんだからな」

 

 殺意を漲らせ、スペルビアはゆっくりと翔に向かっていく。

 それに対し、翔は生身で剣を握ったまま強くスペルビアを睨んでいる。

 

「アクイラは……人を殺す事なんて、決して望んでいなかったはずだ」

「おやおやまだ抵抗するか……だが関係ないな。あの御方はもういない、しかし人類の救済などという下らん理想を引き継ぐつもりもない。俺はただ、貴様らを殺し滅ぼせばそれで良いのだ!」

「彼はお前の主じゃなかったのか! アクイラの心を踏みにじってまで人の命を奪うのが、お前のやりたい事なのか!」

「そうとも!! あの御方のいない世界など何一つ価値はない!! 言うなればこれは俺の欲望だ、誰も彼もを皆殺しにしたいという俺の願いなんだよ!!」

 

 スペルビアはそう断じて、鋭く剣を振り下ろした。

 アズールセイバーの腹で攻撃を受け止めようとするも、その一撃を抑え切れず、刀身は翔の左肩を僅かに抉った。

 

「お前のそれは、願いや欲望なんかじゃない……!」

 

 出血しながらも、翔はスペルビアから目を逸らさずに真っ向から肩へ掴みかかる。

 

「ただ腹いせに人の命を奪おうとしてるだけだ! 都合の良い言葉を使ってすり替えるな、お前の事は絶対に許さないぞ!」

「貴様に許しを乞う必要などあるものか! 思い上がるなよクズが!」

「ぐっ!?」

 

 スペルビアの拳が胸を打ち、翔大きく後方に吹き飛ばされた。

 

「貴様ら人間の何十億という命などよりも、アクイラ様の方が遥かに価値があった! 許さんというのは俺のセリフだゴミめ! 虫ケラめェ!」

 

 倒れた翔に向かって黒い炎を放つスペルビア。

 翔は身を焼かれないようすぐに立ち上がり、走り出した。

 しかし、それでスペルビアから逃れられるはずもない。

 

「ウロチョロするなゴミクズが!! ただ死ね!! 今すぐに死ねぇ!! 骨の欠片も残さんぞォッ!!」

 

 スペルビアが翼を拡げて素速く飛翔し、頭上から剣を振り下ろす。

 間一髪というところで翔は斬閃を回避するものの、目前まで接近した龍人に首を掴まれた。

 

「う、あ……!?」

「そういえば貴様は、アクイラ様と同等の力を持つとはいえ、元は人間だったな。ならばもっと手っ取り早い殺し方があるではないか」

 

 翔の首を締めたまま言いながら、スペルビアは巨塔から飛んで離れ、そして帝久乃市の上空まで連れて行く。

 もしも落下して地面に直撃してしまえば、木っ端微塵となってしまうだろう。

 

「なっ!?」

「この高さから落ちれば無事では済まん。粉々になってしまえ、人間」

 

 スペルビアはそう言いながら手を放し、そのまま翔は真っ逆さまに頭から落ちていく。

 

「く……うわあああっ!?」

 

 引力に従って地上へと落下する翔の姿をニヤつきながら一瞬眺めた後、島に向かって腕を伸ばすスペルビア。

 カーネルドライバーのエンピレオユニットに変化させられていたスペルビアは、アクイラと同様に七つのデジブレインの力を取り込んでいたため、新たな力に覚醒していた。

 それは『未来確定』。パライゾエンピレオの未来歪曲とは違い、他者の未来を摘み取るのではなくスペルビア自身の思うがままに未来を描く力。たとえそれを覆そうとしても、必ずその結末に辿り着いてしまう。

 

「地球はもう終わりだ」

 

 グッと拳を握ると、島全体が黒炎を纏い高熱を帯びる。

 この状態で落下すれば、地球は必ず滅ぶ。破滅の悪龍(スペルビア)がそう決めた瞬間、その未来は決まっているのだ。

 

「この俺が齎す破滅の未来からは、誰も逃れられんのだ!!」

 

 悪しき龍の高笑いが、真っ黒な空の下で響き渡った。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 巨塔で戦いが起きているのと同じ頃。

 フォトビートルで状況を監視していたホメオスタシスの面々は、一方的に殴られ続ける翔の姿にざわめいていた。

 

「どうにかできねェのかよ!?」

「翔が危険だというのに……!」

 

 悔しさから怒鳴り声を上げる鷹弘と、自身の無力さに歯を噛みしめる響。

 彼らもまた、先の激戦による消耗のために戦闘できる状態ではない。翠月や浅黄、肇にアシュリィたち三姉妹も同様だ。

 さらに島が落下して来る以上、そもそも一般エージェントであろうと救出班の派遣さえ不可能だ。

 誰にも、どうする事もできない。ただ翔が痛めつけられるのを、眺める事しかできない。

 

「まずい! あいつ、翔くんを落とす気だ!」

 

 そうしてついに、スペルビアに追い詰められてしまった翔は、鷹弘の言った通り帝久乃市上空から墜落して行ってしまう。

 

「やだよ……ショウ、お願い……死なないで……!」

 

 声を震わせ、アシュリィは祈るように指を組む。

 その直後。彼女の上着のポケットから、突然眩い閃光が迸った。

 

「え……!?」

 

 驚きながらアシュリィがポケットを探ると、そこには翔から託されたアクイラの核と、彼女の使うマテリアプレートが入っている。光っているのはそれらだった。

 彼女だけではない。鷹弘たち仮面ライダーの持つプレート、さらにマテリアフォンや鋼作らエージェントの持つN-フォンも同じ輝きを放っているのだ。

 

「なに、これ……何の光……?」

 

 そんな言葉と共に、アシュリィたちは光に包まれていく。直後、すぐに全員がその光から響く声を心で聞いた。

 この世に住むあらゆる生命の『生きたい』という純粋な願い。老若男女や種を問わない、心の底から溢れ出す切なる想い。

 そして、翔自身の宿す同じく『生きたい』という願い。二つの願いが激しく共鳴し、あらゆる命の宿す感情エネルギー全てを、カタルシスエナジーへと昇華している。

 地球が楽土と未だに融合しているが故に引き起こされた、言葉を超えた『全生命の心の統一』という奇跡だ。

 

「お願い……もしも届くなら、このみんなの想いを、願いを……ショウに届けて!! ショウを、助けて!!」

 

 涙ながらに叫ぶアシュリィ。鷹弘たちも、プレートやN-フォンなどを強く握り締める。

 その言葉を聞き届けたかのように、アクイラの核が強く輝くと、さらなる奇跡は引き起こされた。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「まだだ! まだ、僕は……!」

 

 落下しながら、翔は最後に残ったプレートを手に取る。

 それは、始まりの一枚。翔が初めて変身に使った、ブルースカイ・アドベンチャーのマテリアプレート。

 

「こんなところで諦めない、諦めてたまるか!」

 

 翔は叫びながら、強くそれを握り込む。

 

「決めたんだ、全部勝ち取るって!! 自分の命も人の命も、絶対に諦めないって!! だから!!」

 

 瞬間、地上全体が輝くと、その光が柱のようになって真っ直ぐに翔とプレートを包み込む。

 光に触れた瞬間、翔は理解した。ここにあるのは、人々の強い願いと、人間の自由を守るために戦い続けた仮面ライダーを支えたいという想い。

 そして生命の光を浴びたブルースカイ・アドベンチャーは、金色に染まっていく。

 

《ブルースカイ・アドベンチャー!》

「これが僕の意志だ……僕が仮面ライダーだ!」

 

 緩やかに落下しながらも起動し、翔はそれをアプリドライバーにセット。その場で電子音が鳴り響く。

 

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

「変身!」

Alright(オーライ)! マテリアライド!》

 

 マテリアフォンをかざすと、今までのようにテクネイバーが現れる事はなく、翔の体へとアンダースーツと装甲が直接装備される。

 両足から先に装甲が組み上がり、翔は右手をついて着地。その姿勢のまま、空へと大きく跳躍する。

 そして完成したのは――。

 

《ブルースカイ・アプリ! 仮面ライダーアズール、インストール!》

「行くぞ……スペルビア!!」

 

 銀色のマフラーをはためかせ、飛翔する仮面ライダーアズール ブルースカイリンカー。

 その蒼い衝撃は、音さえも置き去りにして瞬く間にスペルビアの前に到達し、驚愕した彼の左頬を右拳で思い切り殴りつけた。

 

「ゴォアアアッ!?」

 

 拳を受け、スペルビアは後方へと吹き飛ばされる。

 しかし視線を殴った相手の方に向けた時、既にその姿は消えていた。

 そして、背後からキックによる追撃。背を打たれ、赤き龍は悲鳴を上げる。

 さらに再びアズールが正面に現れ、今度は腹部と胸、顎に膝と、力を使う暇もなく何度も何度も拳や蹴りが叩き込まれ続けた。

 

「ギエエエエエッ!? な、なんだ!? 何が起きている!? 貴様、なぜまだ生きているというんだ!?」

 

 金色の光を纏うアズールは、その言葉を聞くと空中で静止してスペルビアと同じ視点に立つ。

 

「簡単な話だ。これが生きる者たち全ての、みんなの願いなんだ」

「ぐぅ……!!」

「どれだけ虫ケラと嘲ろうと、お前はそのちっぽけで儚い命にさえ勝てない!! 他人を巻き込んだ破滅を望むお前ほど、人間は弱くなんかないんだよ!!」

「黙れ……どこまでも不要で無用な……虫ケラ以下のゴミクズ如きが、この私を見下すなァァァッ!!」

「まだ分からないのか!! みんな、お前の作る終わりなんか何一つ認めていないんだよ!!」

 

 力強く剣を振り下ろすスペルビアの一刀を、アズールセイバーが鍔迫り合いさえ許さずに斬り裂く。

 そして、凄まじい速度から放たれた刺突の閃きが、スペルビアの胸を貫き大きな風穴を開けた。

 痛みに身悶えしつつ、スペルビアは飛んで逃げるものの、今のアズールにはすぐに追いつかれてしまう。

 落下しつつある島を背にするように追い込まれ、スペルビアは怒りを撒き散らす。

 

「ガァァァッ!? な、なぜだ!? なぜ勝てないィィィッ!?」

「そんなの当たり前だ。ここにあるのは、僕一人の願いだけじゃない……お前は今、この世界に生きる全ての命を相手にしているんだ!! 世界の破滅なんて、お前の独りよがりでデタラメな妄想だ!!」

 

 堂々と言い放つアズールに、さしものスペルビアも言葉を詰まらせる。

 ハッタリではないという事を、自分の身体で痛感したからだ。今のアズールは、人間や動植物を問わず、全ての生命のカタルシスエナジーを受け取り、それを余す事なく自身の力としている。

 だが、スペルビアには未来確定の力がある。このまま戦わずとも、いずれは島が地に落ちるのは確定済み。

 そうなればアズールが何をしようと、その時点で終わりなのだ。

 

「く、ククク……良い事を教えてやろう、仮面ライダー。もはや破滅の未来は既に決まっているのだ、誰にも覆せない」

「なに?」

「俺にはアクイラ様が持っていたのと同等の、未来を操る力を持っている! アレが落ちる事は確定事項だ、俺が消えたとしても何も変わらない! もう手遅れだ、諦めて死ね!」

 

 高笑いしながら、スペルビアは言い放つ。

 しかし、アズールに少しも動揺は見られなかった。

 

「それがどうした」

「なんだと? バカめ、貴様俺の言った事が分からんのか?」

「お前こそ何も分かってない」

 

 剣の切っ先をスペルビアに向け、アズールは叫ぶ。

 

「人間には未来を変える力がある! お前のひとりの作るちっぽけな未来なんか、文字通り飛び越えられるんだ!」

「……傲慢な事を! 地球ごと滅びよ、人間!」

「それはこっちのセリフだ!!」

《フィニッシュコード!》

 

 アズールがドライバーのプレートを押し込み、剣を投擲。

 スペルビアの翼にアズールセイバーが深く突き刺さり、態勢を崩させる。

 そして、アズールの背中に太陽のように黄金に煌めく大きな光の翼が形成された。

 

「あ、ぐ」

「他者との共存を拒み、命を滅ぼす事しかできないお前が!! この地球を消し去る事しかできないお前こそが、不要なんだ!!」

Alright(オーライ)!》

「この世から……失せろぉぉぉぉぉ!!」

《ブルースカイ・マテリアルインパルス!》

 

 全身にエネルギーを纏って右脚を突き出し、真上に飛翔するアズール。

 スペルビアが放出する黒炎を打ち破り、その必殺のライダーキックは龍のデジブレインの身体を穿つ。

 そして、その先にある島を、スペルビアごと押し返す。

 

「が、あ……なんだと!? だ、だが俺の作る未来は……絶対だ!! 貴様には変えられん!!」

「そぉりゃああああああっ!!」

 

 既に島は地上からは大きく引き離されているが、それでもアズールは上へ上へと昇って行く。

 仮面ライダーアズールが持つ原初の力、飛行能力。当然ながら、それも極限まで高められているのだ。

 

「な、何ィ……貴様、何をする気だ!?」

「もっとだ、もっと遠くへ……!!」

 

 直後、ドス黒く濁っていた大空に、ガラスが割れるような音と共に亀裂が走った。

 地球とサイバー・ラインは一体化し楽土となっている。しかし、その外となればどうか? そして、この島がその楽土の外へと蹴り出されれば、どうなるのか?

 デジブレインはサイバー・ラインの中以外では、ゲートなしで生きていけない。この島も現実世界では存在を維持できないだろう。

 そして、スペルビアも例外ではない。

 これこそが翔の狙い。島そのものが消失してしまえば、サイバー・ラインの外に出てしまえば、歪んだ未来など何の意味も持たないのだ。

 

「行っけぇぇぇぇぇっ!!」

「や、やめろォォォォォッギイイイアアアアアアアアアアッ!?」

 

 偽りの空が割れ、砕け散る。

 夜が明け空が青くなるように、本物の空の色が還って来る。

 大気圏の外へと吹き飛ばされた浮遊島は、サラサラと砂のようにデータとなって分解され、消滅。

 それと同時に、ブルースカイ・アドベンチャーの黄金の輝きが消え、アズールの纏う光も消失した。

 だが、徐々に肉体が塵になりつつあるものの、スペルビアは未だに生きている。

 

「こ、のぉ……クソガキがァァァァァッ!! お前だけは必ず、必ず殺してやるウウウウウゥゥゥゥゥッ!!」

 

 翼を動かし、拳に黒炎を纏って殴りかからんとするスペルビア。

 しかしアズールもまた、変身が解けたワケではない。

 

《フィニッシュコード!》

「粉々になってしまえ」

Alright(オーライ)! ブルースカイ・マテリアルバースト!》

 

 空中でぐるりと反転し、再びアズールは足を突き出して蹴りつける。

 ダメ押しのその一発を受けて悲鳴を上げながら、赤い龍はさらに先へと弾き飛ばされて行く。

 そして、まるで地面に激突したかのように、木っ端微塵になって消滅するのであった。

 

「これでやっと、全部終わったんだ」

 

 スペルビアが消えるのを見届けた後にそう呟いて、アズールは背後を振り向いた。

 

「帰らなきゃ……みんなのところへ。帰らな、きゃ……」

 

 帝久乃市の街に向かって、空を仰ぎながら手を伸ばすアズール。

 激しい死闘によって体力も気力も使い果たしたのか、ぐらりと腕が垂れ下がり、大地へと静かに落下していく――。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 ――それから。

 それから時が経ち、4月。

 Z.E.U.Sグループの社長室にて、二人の男が談合していた。

 静間親子、鷹弘と鷲我だ。

 

「……というワケで鷹弘。アクイラという脅威がなくなった今、お前には社長になって貰うぞ」

 

 肩に手を置かれ、鷹弘は引き攣った笑みで返す。

 その明らかに緊張している顔を見た鷲我は、思わず吹き出してしまった。

 

「不安か? 今日この時が来るまでに、必要な事は全て教えて来たはずなのだが」

「そりゃ不安になるだろ。覚悟してなかったってんじゃねェが、いざこの日が来るとなると」

 

 言って溜め息を吐きつつも、鷹弘は自らの左手の薬指で光る指輪に視線をやると、フッと笑みを見せる。

 デジブレインは未だに全滅していない、Cytuberの残党や雲隠れしている久峰の一派もいる。謎の怪盗騒動も耳に届いている。しかし、それでも戦いにひとつの区切りはついた。

 意を決した鷹弘は改めて陽子の両親に会いに行き、彼女との結婚の了承を得たのである。

 

「まァ、やるしかねェわな。アイツのためにも」

「そうだな。速く孫の顔も見たいものだ」

「気ィ速いわ親父……」

「フッ。それより次のホメオスタシスのリーダーだが、後任は決まったのか?」

 

 問われると、鷹弘は強く頷く。

 

「響が戦闘部隊と兼任でリーダーになる、技術開発には鋼作を指名した。琴奈も、卒業したら本格的に入社してくれるってよ」

「頼もしい限りだな。そうだ、ついでに報告しておくと、肇がZ.E.U.Sグループの傘下として探偵社を立ち上げたぞ」

「ほォ、ンな事してたのか」

 

 聞けば、肇の立ち上げた探偵社ではホメオスタシスとの連携も想定しており、各地のデジブレインのような怪人やそれらを利用する犯罪への調査・対処を行うのだという。

 メンバーには浅黄や彩葉、それにアシュリィたち三姉妹も加わる。また、進駒も見習いとして活動したがっているようだ。

 

「みんな頑張ってんだな。英警視と安藤刑事も昇進したんだっけ」

 

 鷹弘の言葉に、鷲我が首肯する。

 警視正となった翠月は、電特課の名前を変えて新たな部署を作った。宗仁がそこの課長に就任し、共に活動している。

 

「あの戦いで我々が失ったものは多いが、それでもみんな前に進んでいる。安心したよ」

 

 哀しげに微笑みながら鷲我が言い、窓から外を眺める。

 

「……ああ。そうだな」

 

 鷹弘も、物憂げに目を細めた。

 机の上では、かつて御種 文彦から譲り受けたプライミヴァル・クラスターのマテリアプレートが、電灯の光を反射していた。

 

 

 

 そして、昼。

 帝久乃市の繁華街で、大きな爆発が起きた。

 

「これがデジブレイン! 最高の力じゃないか!」

「派手に暴れてやるぜ! フハハハハハハ!」

 

 元Cytuber、あるいは久峰の一派からガンブライザーとマテリアプレートを受け取ったと見られる若者たちが二人、暴れていた。

 片方はアリのデジブレインで、もう片方はキリギリスのデジブレイン。破壊する事に喜びを感じているのか、ただひたすらに辺りを破壊し続けている。

 人々は逃げ惑い、両親とはぐれてしまったらしい幼い男の子が恐怖に涙を流して助けを乞う。

 だがそんな時、逃げる人々とは反対方向に歩いて来る者がふたりいた。ひとりは眼帯を付けた少年、もうひとりは銀髪の少女だ。

 彼は子供の頭にポンポンと手を置き、安心させるように優しく声をかける。

 

「大丈夫。僕に任せて」

 

 男の子が逃げて隠れるのを見届けると、彼は懐からマテリアフォンを取り出した。

 

「始業式が終わったかと思えばコレだ。本当にいい加減にして欲しいなぁ」

「大変だよね。帰りたいから、速く終わらせて」

「オッケー」

 

 屈託のない笑みを見せ、少年は改めてデジブレインたちに向き直る。

 

「なんだぁお前らはぁ……?」

 

 アリ型のデジブレインが首を傾げる。すると、マテリアフォンを操作した青年の身体にアプリドライバーが装着される。

 

《ブルースカイ・アドベンチャー!》

「仮面ライダーだ」

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

「変身!」

 

 そこに現れた戦士の姿を見ると、二体のデジブレインは目を剥いた。

 銀色のマフラーをなびかせ、風を操って空を舞い、剣を携える青い戦士。

 

Alright(オーライ)! マテリアライド! 蒼穹の冒険者、インストール!》

「命は奪わない、だけど君たちのやってる事は……止めさせて貰う!」

 

 仮面ライダーアズール、天坂 翔。

 彼は自らの意志で戦い抜き、人々の心と自由を護り続けるだろう。

 今までも、そしてこれからも……。

 

 ――時代が望む時、仮面ライダーは必ず蘇る。




これまでご愛読、ありがとうございました。
仮面ライダーアズールの物語はこれにて終了とさせて頂きます。
しかし以前にも活動報告で申し上げた通り、いくらか外伝も投稿予定ですので、よろしければお付き合い下さい。

改めてもう一度、本当にありがとうございました!















※ ※ ※ ※ ※

「お前を塗り潰す色は決まった!」

次回作、仮面ライダームラサメ
2022年公開予定


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File.OMAKE[エンサイクロペディア]
キャラクターデータ[ヒーローサイド]


この項目では主に味方組織などに属するキャラクターをまとめています。
幾分か本編のネタバレを含んでおりますので、あらかじめご注意下さい。
なお、年齢については全員満年齢としています。
随時更新致します。
────────────────────────────────────────────
目次
天坂 翔 静間 鷹弘 アシュリィ 天坂 響 沢村 鋼作 塚原 琴奈 滝 陽子 御種 文彦
安藤 宗仁 静間 鷲我 天坂 肇 英 翠月 羽塚野 浅黄


天坂 翔(アマサカ ショウ)

性別:男 年齢:16歳

職業・身分:学生(高校一年生)

家族関係:天坂 響(兄)、天坂 肇(養父)、アシュリィ(居候)

身長:177cm 体重:69kg 血液型:AB

趣味:ゲーム、料理、その他家事全般

好きなもの:ゲーム、美味しそうに料理を食べる人、肉・魚・野菜どれでも、青空、青色

嫌いなもの:人の心を弄ぶ人、食べ物を粗末にする人、スペルビアP

 

 本作の主人公、帝久乃学園高等部の一年生。

 ある出来事をきっかけにアプリドライバーとマテリアフォンを入手し、仮面ライダーアズールに変身する事となった。その後ホメオスタシスに所属する。

 端正な顔立ちと誰に対しても優しく接する穏やかな性格で、誰とでも打ち解けて仲良くなる。しかしその優しさ故、時に厳しく現実を突きつける事もある。

 また、苦しむ人を放っておけない底なしのお人好しで、他の誰かを助けるためなら自分の命すら惜しまない向こう見ずな危うさを併せ持つ。

 兄ほどではないものの、卓越したゲームセンスの持ち主……というよりもほとんど彼に鍛えられて強くなった。運動神経も良く、脚の長さを活かした蹴り技に長けている。しかも、これでもまだまだ成長途中。

 

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静間 鷹弘(シズマ タカヒロ)

性別:男 年齢:24歳

職業・身分:Z.E.U.Sの社員、ホメオスタシス所属(リーダー)

家族関係:静間 鷲我(父)、母(既に他界している)、滝 陽子(恋人)

身長:186cm 体重:78kg 血液型:B

趣味:ダーツ、ビリヤード

好きなもの:父、陽子、研究成果、銃、ハンバーグ、赤色

嫌いなもの:デジブレイン、殻付きのエビ料理(食べづらいから)、裏切られること、スペルビアP

 

 世界をデジブレインの脅威から護る組織、ホメオスタシスの現リーダー。

 開発初期のメンバーではないが、デジブレインを滅ぼすため、アプリドライバーとマテリアフォンの完成させて仮面ライダーリボルブとなった。

 口が悪く粗野な言葉遣いが多いため誤解を受けやすいが、人一倍責任感の強い男。意外と面倒見も良い。そのためホメオスタシスとしての使命も重く受け止めており、戦いの過程で誰かが命を落とす事を恐れている。

 とある事情から、デジブレインを殲滅する事に強くこだわっており、時折それが原因で熱くなってしまう事もしばしば。

 響や翔に比べると平凡だが、こと射撃に関してはその二人の追随を許さない程の腕前。特に彼の速撃ちは超人的で、特別な能力でも持たない限り彼自身以外には誰も反応できない。またそれに由来して、凄まじい反射神経の持ち主でもある。

 

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アシュリィ

性別:女 年齢:13歳(推定)

職業・身分:居候、ホメオスタシス所属

家族関係:天坂 翔(恩人)

身長:156cm 体重:54kg 血液型:A B:99(H)/W:58/H:87

趣味:歌うこと、音楽鑑賞

好きなもの:歌、翔が作ったご飯、きれいな靴、アザレアカラー(ツツジ色)

嫌いなもの:孤独、サソリ、スペルビアP

 

 右眼に眼帯をつけている、記憶喪失の少女。琴奈からはアッシュと呼ばれる。

 帝久乃市を彷徨い歩いているところを翔に助けられ、最初は馴れ馴れしい彼に反発していたものの、共に暮らす事になった。その後はホメオスタシスのエージェントとして、翔たちのサポートをしている。

 記憶がなくなっているためか、どこか世間知らずな部分がある。

 素直な性格ではなく、冷たい言動や突き放すような態度を取る事もあるものの、本心では孤独になる事を恐れている。

 よく食べる。本人の前で美味しいとは口に出さないが、翔の作った料理もしっかり完食する。

 

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天坂 響(アマサカ キョウ)

性別:男 年齢:17歳

職業・身分:学生(高校二年生)

家族関係:天坂 翔(弟)、天坂 肇(養父)、アシュリィ(居候)

身長:180cm 体重:72kg 血液型:AB

趣味:ゲーム

好きなもの:ゲーム(特に対戦)、カレー、紅茶、シアンカラー(水色)

嫌いなもの:自分と翔を捨てた両親、ピーマン(青椒肉絲は好き)、スペルビアP

 

 世界的に有名な、高校生の天才プロゲーマー。あらゆるゲームに精通するチャンピオンである。

 翔よりも前にホメオスタシスのリーダーである静間 鷹弘や滝 陽子と接触し、アプリドライバーの使用者に選ばれる程の実力を示して信頼を得た。

 明朗快活で爽やかな好青年だが、勝負や戦闘となれば一切手を抜かず、研ぎ澄まされた刃のような鋭い眼光を放つ『チャンピオン』の顔になる。そして一度『やる』と決めれば梃子でも曲がらない、鋼鉄の決意の持ち主。

 自分たちを捨てた産みの親の事を強く憎んでおり、殺意に近い感情を抱いている。

 ゲーマーとしての腕が高いだけでなく、武術の心得もある上に並外れた頭脳の持ち主だが、翔とは違って家事は壊滅的。

 

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沢村 鋼作(サワムラ コウサク)

性別:男 年齢:18歳

職業・身分:学生(高校三年生)

家族関係:父、母

身長:178cm 体重:86kg 血液型:A

趣味:ロボット系のゲーム、プラモ作り、機械いじり

好きなもの:ロボット、プラモデル、牛丼

嫌いなもの:納豆、『野球部にいた事がある』と言ったらポジションを捕手に断定される事、スペルビアP

 

 翔や響と同じ帝久乃学園に通う高校生。

 翔と同じくある出来事を契機に、ホメオスタシスに入る事になった。ただし戦闘エージェントではなく、主に仮面ライダーたちをバックアップするメカニックとして役立っている。

 同世代のメンバーに比べ、一番事態を客観視して落ち着いた判断ができる男。しかしそれ故に無力感に陥りやすく、ネガティブな思考になる事もある。

 冷静ではあるが情に厚い性格でもあり、幼馴染の翔・響・琴奈を大切に思っている。

 彼も一応マテリアガン・マテリアエッジで武装しているが、訓練はほとんどしていないので、戦闘能力に関してはあまりあてにできない。

 

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塚原 琴奈(ツカハラ コトナ)

性別:女 年齢:17歳

職業・身分:学生(高校二年生)

家族関係:父、母

身長:162cm 体重:教えてくれない 血液型:B B:78(B)/W:57/H:86

趣味:怪獣グッズ集め、怪獣を描くこと、アプリ製作

好きなもの:怪獣、怪獣とか怪人が出てくる特撮、果物

嫌いなもの:骨が多い魚料理、怪獣をバカにされること、スペルビアP

 

 響のクラスメイトで幼馴染の高校生。

 彼女もホメオスタシスに非戦闘エージェントとして入り、翔たちをサポートする役割を担っている。特に、デジブレインの元となったデータさえ分かれば、戦闘能力を一瞬で解析できる『デジブレイン図鑑』は大きな成果と言える。

 容姿端麗かつ成績優秀、スポーツ万能で友人も多い。しかしそんな彼女にも幼馴染以外には誰も知らない秘密があり、それこそが重度の怪獣好きという一面だ。怪獣の事になると冷静さを失い、鼻息荒く早口になるほど。

 鋼作とはお互いに『ロボットバカ』『怪獣バカ』と言い合う関係だが、仲の良い友人同士という間柄である。

 戦闘能力は鋼作同様あてにできるものではないが、仮面ライダーたちの戦闘に役立つサポートアイテムを作る事はできる。

 体重は56kg。

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滝 陽子(タキ ヨウコ)

性別:女 年齢:24歳

職業・身分:Z.E.U.Sの社員、ホメオスタシス所属

家族関係:父、母、兄、静間 鷹弘(恋人)

身長:168cm 体重:黙秘 血液型:O B:83(D)/W:58/H:88

趣味:バイク

好きなもの:鷹弘、バイク、甘いもの(特にクレープ)

嫌いなもの:甘くしすぎてマズいスイーツ、暴走族、スペルビアP

 

 鷹弘が率いるホメオスタシスのエージェントの一人。

 戦闘部隊に属しているが、同時に技術開発者としての権限も持つ。また、ホメオスタシスのエージェントたちは全員Z.E.U.Sの社員でもある(翔たちは非正規、つまりアルバイト扱い)。

 クールビューティな大人の女を気取っているが、意外とボロを出しやすい。また、自分と似た立場な事もあって年下の四人組(翔・響・鋼作・琴奈)、特に琴奈とは仲が良い。

 実は鷹弘とは恋人関係なのだが、お忍びで付き合っている。これは医師の父親が厳格な男で、鷹弘についてあまり快く思っていないため。

 陽子自身も昔は医者を志していた事もあり、ある程度の医学知識を持ち合わせている。

 体重は58kg。

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御種 文彦(ミタネ フミヒコ)

性別:男 年齢:28歳

職業・身分:Z.E.U.Sの社員、ホメオスタシス所属

家族関係:父母共に遠い田舎で暮らしている

身長:176cm 体重:65kg 血液型:B

趣味:知恵の輪

好きなもの:爬虫類(恐竜も含む)、鶏肉、雨、強い力

嫌いなもの:段差や階段がないと通れない場所、弱さ

 

 ホメオスタシスのエージェントであり、元戦闘部隊隊長。陽子と同様に技術開発者の権限も持つ。

 ある事故の影響で両脚に重傷を負っており、そのため脚が動かず、車椅子での生活を余儀なくされている。戦闘部隊を退いたのもそれが理由である。

 それでも前向きに明るく生き、今ではホメオスタシスと警察の橋渡し役や、アプリドライバーとマテリアフォン及びマテリアプレートの開発面に力を注いでいる。

 人当たりが良く、鷹弘や陽子や響の良き先輩であり、彼らと親しく接している。翔たちともすぐに仲良くなっている。

 護身のためのマテリアガン・マテリアエッジを持つものの、脚が動かないので基本的に前線に出ず、ひとり陰でサポートに徹している事が多いようだ。

 

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安藤 宗仁(アンドウ ムネヒト)

性別:男 年齢:53歳

職業・身分:警察庁電脳特務課、刑事(警部補)

家族関係:妻、息子

身長:175cm 体重:82kg 血液型:B

趣味:スポーツ観戦

好きなもの:犬、焼肉(特に牛タン)、酒(主にウィスキー)、子供

嫌いなもの:注射、ソムリエ気取り、電特課の必要性を分かっていない他課の上司

 

 警察庁電脳特務課、通称『電特課』に所属するベテランの刑事。

 ホメオスタシスと連携を取って、デジブレインが起こす事件を手早く解決したり、市民に情報が行き渡って混乱が起きないようにするために動いている。

 酒飲みであり、仕事前にも酒を飲む事が多い。しかし刑事として確かな観察眼を持っており、僅かな証拠も見逃さない。

 実は既婚者。子供もいる。

 

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静間 鷲我(シズマ シュウガ)

性別:男 年齢:45歳

職業・身分:Z.E.U.Sグループ会長兼CEO、ホメオスタシスの創始者

家族関係:妻(既に他界している)、静間 鷹弘(息子)

身長:182cm 体重:74kg 血液型:B

趣味:バードウォッチング

好きなもの:鷹弘とその友人、コーヒー、若者の成長

嫌いなもの:医学的・科学的根拠のない健康食品、人間や科学者の道に反する行い

 

 帝久乃市に本社を構えるZ.E.U.Sグループの会長であり、ホメオスタシスの創始者。

 ライダーシステム、即ちアプリドライバーとマテリアフォンとマテリアプレートを作り上げ、デジブレインと戦うための技術の基礎を作った人物でもある。あくまでも人の世を救うための力として生み出した装備のため、これらの兵器利用は決して許さない。

 かつてはリーダーとしてホメオスタシスを導いていたものの、ある事情から鷹弘にその座を明け渡した。

 ただの科学者であり、戦闘訓練なども行っていないし年齢的にも無理があるので、自ら前線に出て戦う事はない。

 

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天坂 肇(アマサカ タダシ)

性別:男 年齢:45歳

職業・身分:探偵

家族関係:天坂 響(養子・兄)、天坂 翔(養子・弟)、アシュリィ(正式ではないが養女)

身長:190cm 体重:80kg 血液型:O

趣味:功夫(クンフー)、読書、帽子のコレクション

好きなもの:帽子(特にソフト帽)、拳法、笑顔、藍色・橙色

嫌いなもの:他人を傷つけて平気でいられる精神の持ち主、手を汚さずに金儲けする連中、世の裏に潜む悪党

 

 帝久乃市に事務所を構え、世界を股にかけて活動する『電脳探偵』と呼ばれた生きる伝説。

 児童養護施設にいた翔と響を拾って養子とし、自分の手で育てている。

 探偵の仕事が忙しいためか、あまり家にいる事はないが、翔たちとはちゃんと連絡を取り合っているようだ。

 

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英 翠月(ハナブサ スイゲツ)

性別:男 年齢:27歳

職業・身分:警察庁電脳特務課、刑事(警視)

家族関係:父、母、姉(全員既に他界している)

身長:181cm 体重:70kg 血液型:A

趣味:功夫(クンフー)、中華料理

好きなもの:中華料理(特に麻婆豆腐)、槍、格闘アクション映画、緑色

嫌いなもの:ガム、空手と中国拳法を混同しているヤツ、スペルビアP

 

 電特課を立ち上げた張本人であり、課長にして若き警視である。

 罪を裁き街と人々を護るという正義感と使命感から警官となり、幾度となく成果を上げて来た。

 デジブレインの存在も彼にとっては許しがたいものであり、ホメオスタシスとの協力による掃討に力を注いでいる。

 一方でその強い正義感から、時に強引な行動に出てしまう事も。

 拳法家であるが故に単純な戦闘能力は翔・鷹弘よりも遥かに高く、変身していない状態でも仮面ライダーたちの中では突出した強さの持ち主。

 

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羽塚野 浅黄(ハツカノ アサギ)

性別:女 年齢:25歳

職業・身分:ハッカー

家族関係:腹違いの姉妹たち(もう会っていない)

身長:154cm 体重:43kg 血液型:AB B:72(A)/W:57/H:82

趣味:ネットサーフィン、アニメ・動画鑑賞、セクハラ

好きなもの:ハチミツ、パンケーキ、美男美女、黄色

嫌いなもの:粉薬、回線が繋がらないこと、見た目が伴ってないナルシスト、スペルビアP

 

 電特課やホメオスタシスに協力する天才ハッカー。見た目は十代の少女だが、既に成人している。

 イケメンや美少女にセクハラするのが大好きで、主にアシュリィがセクハラに遭う。その度に怒られる。

 電特課の翠月の事は気に入っているらしく、いつも一緒にいる。ただしふざけすぎて、彼のお叱りを受ける事も。

 翠月とは真逆で、変身前の戦闘能力は最低レベル。だが次世代ドライバーの開発者だけあり、システムについての理解が深いため変身すれば頼りになる。

 また、天才ハッカーだけあって情報戦・電子戦において彼女の右に出る者はいない。

 

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ライダーデータ[仮面ライダーアズール]

この項目では仮面ライダーアズールの変身形態をまとめています。
幾分か本編のネタバレを含んでおりますので、あらかじめご注意下さい。
また、ドライバーの特性上スペックは変身者の精神状態に応じて変化しますので、劇中でも数値通りとは限りません。ご了承下さい。
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目次
仮面ライダーアズール ブルースカイリンカー
仮面ライダーアズール ロボットリンカー
仮面ライダーアズール シノビリンカー
仮面ライダーアズール マジックリンカー
仮面ライダーアズール ギガントリンカー
仮面ライダーアズール ブルースカイリンカーV2(ファンブライド)
仮面ライダーアズール ブルースカイリンカーV2
仮面ライダーアズール チャンピオンリンカー


仮面ライダーアズール ブルースカイリンカー

・パンチ力:7.1t

・キック力:12.5t

・ジャンプ力:65m(ひと跳び)

・走力:4.0秒(100m)

 

ブルースカイ・アドベンチャーによって天坂 翔が変身する仮面ライダー。

アズールの基本形態であり、飛行能力と風を操る能力を持つ。

主武装は『アズールセイバー』。

基礎スペックは平均的だが、上空から優位を取って敵に斬撃を浴びせる事ができ、風の能力で遠・中距離攻撃も可能で隙が少ない。

実戦経験に乏しい翔だが、膨大なカタルシスエナジーの出力がそれを補う。

必殺技はマテリアルバースト。

 

複眼は赤。頭部には角のように剣の鍔・刀身が伸びており、首と両肩の間から膝裏にかけて二枚の白銀のマフラーが靡いている。

青いアンダースーツの上は、肩・腕・脚など各所が白い装甲でプロテクトされ、胸の中央にはオレンジ色の結晶体が埋め込まれている。

モチーフは『冒険者』『青空』『太陽』。

 

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仮面ライダーアズール ロボットリンカー

・パンチ力:20.6t

・キック力:12.0t

・ジャンプ力:50m(ひと跳び)

・走力:6.2秒(100m)

 

ロボットジェネレーターによってリンクチェンジした仮面ライダーアズール。

主武装は『アズールセイバー』と『ロケットナックル』。

武装と追加装甲の重量によって、基本形態のブルースカイリンカーに比べスピードは落ちているものの、腕力は向上。さらに耐熱・耐酸の重装甲によって、生半可な攻撃は通用しない。

ロケットナックルは他の武装のようにマテリアプレートを装填して必殺を使えないが、破壊力は高い。

必殺の際は、胸部装甲を展開して強烈なビームを放つ事ができる。

 

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仮面ライダーアズール シノビリンカー

・パンチ力:3.6t

・キック力:9.4t

・ジャンプ力:180m(ひと跳び)

・走力:2.8秒(100m)

 

鬼狩ノ忍によってリンクチェンジした仮面ライダーアズール。

主武装は『アズールセイバー』と『シノビソード』。

ブルースカイリンカーに比べて装甲が非常に薄くなっているが、スピード・ジャンプ力が飛躍的に上昇。攻撃速度も上昇し、手数が増えている。

シノビソードは『フリック・ニンポー』という四種類の能力を使える武装で、これを用いてトリッキーな立ち回りが可能となっている。

 

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仮面ライダーアズール マジックリンカー

・パンチ力:4.0t

・キック力:9.0t

・ジャンプ力:60m(ひと跳び)

・走力:5.5秒(100m)

 

ワンダーマジックによってリンクチェンジした仮面ライダーアズール。

主武装は『アズールセイバー』と『マジックワンド』。

基本的な性能自体はブルースカイリンカーに遥かに劣り、シノビリンカーよりマシ程度な薄い装甲しか持たないが、専用装備のマジックワンドがそれを大きく補う。

地・水・炎・風の四種類の高威力の魔法攻撃を放つ事ができ、チャージする事で破壊力と攻撃範囲がさらに増大する。制圧力に特化した形態と言える。

魔法のバリエーションも豊富で、単純な攻撃以外にも使用される事が多い。ただし、対策を組まれると無力になる。

 

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仮面ライダーアズール ギガントリンカー

・パンチ力:35.4t

・キック力:52.2t

・ジャンプ力:50m(ひと跳び)

・走力:7.0秒(500m)

 

ギガント・エクス・マギアによってリンクチェンジした仮面ライダーアズール。

巨大なテクネイバーと合体しているため専用武装以外は使用できないが、巨神モード・獣神モード・翼神モードの三種に変形できる。

巨神モードは大砲鎚『ギガントストロンガー』で大勢を攻撃し、巨体と重量を生かした殲滅を得意とする。

獣神モードは白兵特化型で、素早く駆け回りつつ敵を一網打尽にできる。

翼神モードは射撃特化型で、頭上からの斉射・爆撃で一気に制圧する。

アズールの場合、主に巨神モード・獣神モードを使用する。

 

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仮面ライダーアズール ブルースカイリンカーV2(ファンブライド)

・パンチ力:22.5t

・キック力:27.2t

・ジャンプ力:120m(ひと跳び)

・走力:3.0秒(100m)

 

ブルースカイ・アドベンチャーV2によってリンクチェンジした仮面ライダーアズール。

主武装は『アズールセイバー』。

変身自体に成功はしているものの、多量のリンクナーヴを活性化させてオーバーシュートしながら無理矢理リンクチェンジした暴走形態であり、自我はない。

能力値は通常のブルースカイリンカーを遥かに超えるが、見境なく動くものを攻撃する上、変身者にも常に負荷をかけ続けて命を奪う。

変身解除するにはマテリアプレートを奪うか、ベルトを破壊するしかない。

 

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仮面ライダーアズール ブルースカイリンカーV2

・パンチ力:22.2t

・キック力:27.0t

・ジャンプ力:150m(ひと跳び)

・走力:2.9秒(100m)

 

ライドオプティマイザーにより、正常にリンクチェンジした仮面ライダーアズール。

主武装は『アズールセイバー』と『アズールセイバーV2』、またはそれらを合体した『アズールセイバー・サイクロンモード』。

V2というだけあって、ブルースカイリンカーに比べ全体的な性能が向上している。飛行能力と風の操作は継続して使用でき、それらもパワーアップしている。

最適化(オプティマイズ)の結果、パンチ力・キック力は暴走時に比べ若干減少しているものの、スピードはこちらが勝る。

 

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仮面ライダーアズール チャンピオンリンカー

・パンチ力:37.9t

・キック力:42.7t

・ジャンプ力:120m(ひと跳び)

・走力:1.8秒(100m)

 

チャンピオンズ・サーガによってリンクチェンジした、仮面ライダーアズールのV3タイプの形態。主武装は『アズールセイバー』と『アメイジングアロー』。

VF-S(ヴェスパーフォトン・システム)』という対デジブレイン及び対サイバーノーツ用の戦闘機構が搭載されており、体内のカタルシスエナジーを朱い光の粒子として纏う事ができる。

この粒子が『ヴェスパーフォトン』で、身体能力・装甲・反応速度・攻撃速度といった性能強化が可能。膨大なカタルシスエナジーを要求するものの、非常に万能なシステムで、敵の装甲を脆く作り変える事もできる。

ただしV3では飛行能力が喪失している他、敵の能力を無効化するといった芸当は不可能である。

 

銀色のマフラーが失われ、青いアンダースーツは朱色に変化している。

青空が黄昏に変化するイメージ。

 

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ライダーデータ[仮面ライダーリボルブ]

この項目では仮面ライダーリボルブの変身形態をまとめています。
幾分か本編のネタバレを含んでおりますので、あらかじめご注意下さい。
また、ドライバーの特性上スペックは変身者の精神状態に応じて変化しますので、劇中でも数値通りとは限りません。ご了承下さい。
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目次
仮面ライダーリボルブ デュエルリンカー
仮面ライダーリボルブ ジェイルリンカー
仮面ライダーリボルブ ダンピールリンカー
仮面ライダーリボルブ オラクルリンカー
仮面ライダーリボルブ ブルースカイリンカー
仮面ライダーリボルブ ギガントリンカー
仮面ライダーリボルブ デュエルリンカーV2
仮面ライダープロトリボルブ


仮面ライダーリボルブ デュエルリンカー

・パンチ力:9.5t

・キック力:10.6t

・ジャンプ力:60m(ひと跳び)

・走力:4.3秒(100m)

 

デュエル・フロンティアによって静間 鷹弘が変身する仮面ライダー。

リボルブの基本形態で、視覚強化による射撃精度の向上と発火能力を持つ。

主武装は『リボルブラスター』、『マテリアガン』を装備する二挺拳銃スタイルも。

また、リボルブラスター用のアタッチメントとしてライフルモードが使用可能。

元々射撃能力に優れた鷹弘が使用する事で、威力が高く正確無比な射撃戦を行う事ができる。

必殺技はマテリアルバースト。

 

複眼は緑。黒いテンガロンハットを模した形状の頭部と、上半身を覆う黒いポンチョが特徴的。

赤いアンダースーツの上には肩・腕・脚を黒色の装甲が覆い、踵はペコスブーツのように滑車がついている。

モチーフは『ガンマン』『火炎』『鷹』。

 

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仮面ライダーリボルブ ジェイルリンカー

・パンチ力:8.0t

・キック力:10.0t

・ジャンプ力:55m(ひと跳び)

・走力:4.2秒(100m)

 

ジェイル・プラネットによってリンクチェンジした仮面ライダーリボルブ。

主武装は『リボルブラスター』と『ジェイルターレット』、『マテリアガン』。

この形態となった場合、マシンガンモードのアタッチメントが使用可能。

パンチ力・キック力が低下し、ジャンプ力・走力が微弱ながら強化されているが、このリンカーの最大の特徴は手数の多さである。

専用武装のジェイルターレットは、マテリアプレートをセットして必殺技を使えない代わりに、常にリボルブの周囲を移動して自動的に銃撃を行うのだ。

さらに必殺を発動すれば、それに反応して全く同じ威力の必殺技を放つ、優れた能力を持つ。

 

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仮面ライダーリボルブ ダンピールリンカー

・パンチ力:10.7t

・キック力:12.2t

・ジャンプ力:50m(ひと跳び)

・走力:4.5秒(100m)

 

殲血のダンピールによってリンクチェンジした仮面ライダーリボルブ。

主武装は『リボルブラスター』と『ダンピールバンカー』、『マテリアガン』。

この形態となった場合、ショットガンモードのアタッチメントが使用可能。

デュエルリンカーよりも攻撃性能が向上しており、近接攻撃に特化した形態となっている。

敵を攻撃するとそのデータを取り込んで体力を回復するという、吸血鬼を思わせるような戦い方ができる。そのため、多少のダメージは気にせずに前に出る事が可能。

また、ダンピールバンカーの十字架部分を押し込む事でバーサーキングが発動し、闘争本能を刺激し続ける事で最大の戦闘能力を発揮できる。

その代償として体力を消耗し続けるため、限界まで維持し続けると変身が強制解除されてしまう。吸収能力でデメリットを解消できるが、どちらにしろ維持するには攻撃を当て続けなければならない。

ちなみに防具の白コートは防刃・防弾仕様のため、防御能力もそれなりに高い。

 

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仮面ライダーリボルブ オラクルリンカー

・パンチ力:8.5t

・キック力:9.6t

・ジャンプ力:80m(ひと跳び)

・走力:3.2秒(100m)

 

Oracle Squad(オラクル・スクアッド)によってリンクチェンジした仮面ライダーリボルブ。

主武装は『リボルブラスター』と『オラクルナイフ』、『マテリアガン』。

この形態となった場合、スナイプモードのアタッチメントが使用可能。

敵やカメラの視界から自身や味方を遮断するという、隠密行動に長じた能力を持つ。

この遮断能力は様々な応用が可能で、リボルブの使うリンカーの中で最も利便性があり、度々使用されている。何気に機動力も高い。

なお、リボルブラスター・スナイプモードは銃剣のようにオラクルナイフを取り付ける事もできる。

 

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仮面ライダーリボルブ ブルースカイリンカー

・パンチ力:7.1t

・キック力:12.5t

・ジャンプ力:65m(ひと跳び)

・走力:4.0秒(100m)

 

翔のブルースカイ・アドベンチャーによってリンクチェンジした仮面ライダーリボルブ。

主武装は『リボルブラスター』と『アズールセイバー』、飛行能力と風の操作能力を持つ。

基礎スペックはアズールのブルースカイリンカーと変わらないものの、飛行能力とリボルブラスターの相性は良く、遠隔攻撃しつつ接近する敵を斬り倒す事ができる、隙の少ない形態。

とはいえ、本来そこまで強力なリンカーではないのだが……。

 

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仮面ライダーリボルブ ギガントリンカー

・パンチ力:35.4t

・キック力:52.2t

・ジャンプ力:50m(ひと跳び)

・走力:7.0秒(500m)

 

ギガント・エクス・マギアによってリンクチェンジした仮面ライダーリボルブ。

巨大なテクネイバーと合体しているため通常の武装は使用できないが、巨神モード・獣神モード・翼神モードの三種に変形できる。

巨神モードは大砲鎚『ギガントストロンガー』で大勢を攻撃し、巨体と重量を生かした殲滅を得意とする。

獣神モードは白兵特化型で、素早く駆け回りつつ敵勢を一網打尽にできる。

翼神モードは射撃特化型で、頭上からの斉射・爆撃で一気に制圧する。

リボルブがベースとなっているため、主に巨神モード・翼神モードによる射撃戦で運用される。

 

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仮面ライダーリボルブ デュエルリンカーV2

・パンチ力:27.0t

・キック力:22.2t

・ジャンプ力:150m(ひと跳び)

・走力:2.9秒(100m)

 

ライドオプティマイザーにより、正常にリンクチェンジした仮面ライダーリボルブ。

主武装は『リボルブラスター』と『リボルブラスターV2』、またはそれらを合体した『リボルブラスター・バーニングモード』。

バージョンアップしたリボルブは、デュエルリンカーから全体的なスペックが上昇しており、射撃精度の向上と発火能力も継続している。

特に射撃に関しては視覚強化の他に空間認識能力の強化が行われており、背後から迫る相手に対しても反応・攻撃できるようになった。

 

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仮面ライダープロトリボルブ

・パンチ力:8.5t

・キック力:9.6t

・ジャンプ力:50m(ひと跳び)

・走力:4.6秒(100m)

 

仮面ライダーアズール スピンオフ・アプリのCODE:Revolveにて登場した形態。

本編より三年前、プロトアプリドライバーを使用し、アーキタイプ・マテリアル(GUN)によって静間 鷹弘が変身。

主武装は『GUNブラスター』だが、当時アタッチメント装着機能はなかった。

全体的に能力が低いが、プロトアプリドライバーの出力はアプリドライバーのように調整が万全ではないため、カタルシスエナジーの量によっては数値以上の戦闘能力を叩き出す事ができる。

無論、その分だけ変身者への危険も高まるため、運用には細心の注意が必要となる。

必殺技はマテリアルアタック。

 

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ライダーデータ[仮面ライダー雅龍(ガリョウ)&ザギーク]

この項目では仮面ライダー雅龍と仮面ライダーザギークの変身形態をまとめています。
幾分か本編のネタバレを含んでおりますので、あらかじめご注意下さい。
また、ドライバーの特性上スペックは変身者の精神状態に応じて変化しますので、劇中でも数値通りとは限りません。ご了承下さい。
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目次
仮面ライダー雅龍 パワフルチューン
仮面ライダー雅龍 テクニカルチューン
仮面ライダー雅龍 スピーディチューン
仮面ライダー雅龍 マキシマムチューン
仮面ライダー雅龍G

仮面ライダーザギーク テクニカルチューン
仮面ライダーザギーク パワフルチューン
仮面ライダーザギーク スピーディチューン
仮面ライダーザギーク マキシマムチューン


仮面ライダー雅龍 パワフルチューン

・パンチ力:25.1t

・キック力:27.5t

・ジャンプ力:100m(ひと跳び)

・走力:3.1秒(100m)

 

天華繚乱とアプリチューナーによって英 翠月が変身する仮面ライダー。

雅龍の基本形態で、変身にはタブレットドライバーを使用している。

主武装はスピアーとボウガンの二形態に可変するタッチペン型の武器『スタイランサー』で、雅龍は主にスピアーモードを使用する。

V2タイプのアプリであるため、スペックは当然ながらアズール・リボルブのV1タイプの基本形態よりも高い。

近・中・遠のどの距離を取っても隙がなく、また変身者である翠月自身の体得している中華拳法とパワフルチューンの調整によって、同じV2でも他のメンバーより頭一つ抜けて高い戦闘能力を持つ。

さらに全形態共通の能力として、毒などの状態異常攻撃に対する復帰速度が速くなる。

必殺技はマテリアルパニッシャー。

 

複眼は黄色でアンダースーツは緑。後頭部からは赤く細かい毛が伸び、下半身には前垂れが下がっており、どことなく中国甲冑を思わせる造形。

スーツの上からはパワフルチューンの赤い装甲が合体しているが、他の形態の場合は装甲にも変化がある。

モチーフは『武将』『カンフー』『龍』。

 

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仮面ライダー雅龍 テクニカルチューン

・パンチ力:24.3t

・キック力:26.4t

・ジャンプ力:120m(ひと跳び)

・走力:3.0秒(100m)

 

雅龍の三種の形態のひとつ。アズールたちと違い、アプリチューナーの操作で戦闘形態を切り替える事ができる。

こちらは装甲が白くなっており、パワフルチューンよりも攻撃能力が低くスピーディチューンよりもスピードとジャンプ力に劣る。

ただし武器の扱いと防御能力に特化しており、他の形態では突破できない場面で活躍する。

 

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仮面ライダー雅龍 スピーディチューン

・パンチ力:22.6t

・キック力:24.1t

・ジャンプ力:180m(ひと跳び)

・走力:2.5秒(100m)

 

雅龍の三種の形態のひとつ。こちらもアプリチューナーの操作で切り替える。

スピード特化型の形態で、他に比べて攻撃性能は低め。装甲は黒くなる。

元々雅龍はパワフルチューンでもそれなりにスピードが出るので、出番はあまり多くない。他の形態では対応できない、速度が重要となる場合に使われる。

 

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仮面ライダー雅龍 マキシマムチューン

・パンチ力:27.8t

・キック力:30.9t

・ジャンプ力:200m(ひと跳び)

・走力:2.2秒(100m)

 

パワフル・テクニカル・スピーディ、全ての形態の力を同時に発動した姿。

装甲色は銀。全体的な性能が大幅に向上するが、カタルシスエナジーの必要量も大きいため三分しか維持できない。

その性質から、最後の切り札や追い詰めた相手を畳み掛ける時に使われる。

 

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仮面ライダー雅龍G(ギガント)

・パンチ力:37.6t

・キック力:55.2t

・ジャンプ力:80m(ひと跳び)

・走力:6.5秒(500m)

 

アズールの所持するギガント・エクス・マギアを借り受けて変身した形態。

パワーだけならパワフルチューンはおろかマキシマムチューンをも超えるが、アズールやリボルブと同じく使いどころを選ぶ。

スタイランサーは使えなくなってしまうが、大型の敵と戦う際に役立つ。

 

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仮面ライダーザギーク テクニカルチューン

・パンチ力:22.6t

・キック力:25.8t

・ジャンプ力:120m(ひと跳び)

・走力:3.2秒(100m)

 

フォレスト・バーグラーとアプリチューナーによって羽塚野 浅黄が変身する仮面ライダー。

ザギークの基本形態であり、タブレットドライバーを使用して変身している。

主武装はスピアーとボウガンの二形態に可変するタッチペン型の武器『スタイランサー』で、ザギークはボウガンモードを主に運用する。

基礎スペックはV1よりも高いものの、雅龍には及ばない。

その代わり電子戦や情報戦など他のライダーが得手としない場面において活躍し、毒によって敵の動きを封じ込めるといった戦法を得意とする。

必殺技はマテリアルパニッシャー。

 

複眼は緑色でアンダースーツは黄色。

モチーフは『盗賊』『ハッカー』『蜂』。また、名前は『深い知識を持つ者(オタク)』を意味するGeekから浅黄自身が決めて名乗った。

 

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仮面ライダーザギーク パワフルチューン

・パンチ力:24.3t

・キック力:27.1t

・ジャンプ力:100m(ひと跳び)

・走力:3.4秒(100m)

 

ザギークの三種の形態のひとつ。アプリチューナーの操作で戦闘形態を切り替える。装甲は赤。

パワー特化の形態だが、元々が直接戦闘タイプではないザギークの場合は使用頻度が低くなる。

テクニカルやスピーディでは対処し切れない、防御の厚い敵と交戦する場合にこの形態を使う事が多い。

 

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仮面ライダーザギーク スピーディチューン

・パンチ力:21.8t

・キック力:23.5t

・ジャンプ力:200m(ひと跳び)

・走力:2.5秒(100m)

 

雅龍の三種の形態のひとつ。こちらもアプリチューナーの操作で形態変化する。黒い装甲が特徴。

素早く移動して逃げ回りながら矢を撃ち込めるため、相性は良い。毒の能力とも相性抜群。

主にパワー重視の相手を翻弄し、毒で一方的に封殺する戦法を得意とする。

 

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仮面ライダーザギーク マキシマムチューン

・パンチ力:26.5t

・キック力:29.8t

・ジャンプ力:200m(ひと跳び)

・走力:2.3秒(100m)

 

パワフル・テクニカル・スピーディ、全ての力を併せ持つ切り札。

装甲は銀色で、全性能が大幅にパワーアップするものの、ザギークの場合は一分間しかこの姿を維持する事ができない。しかも雅龍のスペックにも追いつけない。

ただし使う毒はより強力なものに変わっているため、場合によっては雅龍より素早く決着をつける事もできる。

 

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この他、雅龍とザギークは専用マシンの『ジェットマテリアラー』及び犬型戦闘支援ロボットの『フレンドーベル』と合体して『ワイルドジェッター』という特殊形態になる事もできる。
それによって、マキシマムを含む各チューンの性能をより向上させる事が可能。


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ライダーデータ[仮面ライダーキアノス]

この項目では仮面ライダーキアノスの変身形態をまとめています。
幾分か本編のネタバレを含んでおりますので、あらかじめご注意下さい。
また、ドライバーの特性上スペックは変身者の精神状態に応じて変化しますので、劇中でも数値通りとは限りません。ご了承下さい。
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ペイルライダー
仮面ライダーキアノス アーセナルリンカー


ペイルライダー

・パンチ力:26.5t

・キック力:31.2t

・ジャンプ力:150m(ひと跳び)

・走力:2.6秒(100m)

 

フェイクガンナーによってエイリアスが変身する、仮面ライダーキアノスの偽装形態。主武装は『フェイクガンナー』。

主にCytube Dreamをフェイクガンナーに装填し、そのプレートに封入されたデジブレインの力を駆使した戦法を得意とする。また、相手が所持するマテリアプレートを奪って使用する事もある。

パンチ力・キック力はキアノスよりも若干高いものの、洗脳状態であるエイリアスでは響本来の戦闘センスを十全に発揮できず、彼自身のバトルスタイルとも噛み合っていないためやや不安定。増加装甲によってスピードとジャンプ力もやや落ちている。

それ故に洗脳が解けて響がホメオスタシスに戻った後、この形態は使用されなくなった。

 

黒いゴーグルを装着しており、バイザーの色は赤。

暗い青のスーツの上には増加装甲が付与されている。

 

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仮面ライダーキアノス アーセナルリンカー

・パンチ力:25.9t

・キック力:30.1t

・ジャンプ力:165m(ひと跳び)

・走力:2.4秒(100m)

 

Arsenal Raidersによって天坂 響が変身する仮面ライダー。主武装は『キアノスサーベル』。また、この状態でも『フェイクガンナー』は使用可能。

アーセナルリンカー及びマテリアプレートそのものはV1タイプだが、次の段階を見越して試験的に同規格よりも高い水準で調整を施されていた。

そのため非常にピーキーな性能となっており、同じ仮面ライダーでも響以外が使いこなす事はできない。

後に響がアプリを持ったままサイバー・ラインに送られると、そこで出会ったフェイクマンや響(当時はエイリアス)自身の手によって幾度も調整を施される事になる。

基本フォームのはずだが、響の技量の高さもあり、総じて隙がなく格上のV2タイプにすら匹敵する戦闘能力を持つ。

また、他のライダーにはない特徴として、ペイルライダーの頃にも使っていたデジブレインの封入されているマテリアプレートを利用した戦術を用いる。フェイクガンナーだけでなく、キアノスサーベルにもこれらのプレートを使用する。

 

複眼は紫。アズール同様、頭部には角のように剣の鍔・刀身が伸びている。マフラーはなし。

アンダースーツはシアンで、装甲はホワイトグリーン。

モチーフは『探索者』『迷宮』『玄人』。

 

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