KBSF (月見荘)
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風邪と濡れ紙、あと能力

初投稿です、よろしくお願いします。

原作との設定の矛盾があったらすいません。


 季節は春、時刻はおよそ午後5時半。自身が通っている私立中学の終業時刻をとうに過ぎたにも関わらず自分は我が家がある方向とは真逆の道をとぼとぼと歩いていた。

 というのも、6時間目の授業終了後のホームルームに寝てしまうという馬鹿なことをした自分を担任の先生が揺り起こし、今日風邪で休んだ生徒にプリントを届けて欲しいと言ってきたからだ。

 寝ぼけ眼の自分は誰もいなくなった教室を一度見渡し、最後に教師の顔に目を合わせて状況を理解した。あぁ、この先生、ホームルームの時に言い忘れてたな、と。

 そもそもその風邪を引いた件の生徒とは席が隣同士といえどほとんど会話らしい会話をしたことがない。せいぜい朝の挨拶をする程度だ。

 同年代とはいえ全く交流のない人の家のインターフォンを押してプリントを届けに来ましたとかちょっと、いやかなり自分には荷が重い。それに自分のミスとはいえ終業時刻はとうに過ぎているので早く帰りたかった。そう思って自分はやんわりと断った。

 

「先生、自分はその子とはあんまり交流がありませんし、まず家を知りません」

 

 多分ここでキッパリと嫌だと言わなかった自分が悪かったのだろう。先生は大丈夫、と言ってここら周辺の地図を自分の机の上に広げた。

 違う、そうじゃない、家が分かるなら行きますなんて一言も言ってない。そんな自分の胸中を知ってか知らずか先生は自分たちのいる中学と風邪を引いた生徒の家をピンクマーカーを使い丸で囲み、家までの道を丁寧になぞった。

 

「これで分かるかな?」

 

「あ、はい、分かります」

 

「じゃあお願いしていいかな。それとごめんね本当は先生が行くべきなんだけど、どうしても外せない用事があって行けないんだ」

 

「大丈夫ですよ。この距離なら10分とかからないし、帰りもそんなに遅くならないですから」

 

「ありがとう、本当に助かるよ」

 

 もうこうなったらどうにでもなれ。そんなことを思いながら自分は先生からプリントを数枚受け取ってエナメルのカバンの中に収めた。

 そんなことがあり学校を出たのがおよそ10分前。いつもより遅い速度で歩いていたはずだが、過去を振り返っている内にどうやら風邪を引いた生徒の家に到着していたようだ。一応の確認の為に門に備え付けられている表札を確認しても風邪を引いた生徒の苗字と相違無い。

 それにしても、と眼前の家を見遣ると中々の豪邸でいらっしゃる。流石は私立通い。いや、自分も同じ学校に通っているけども。

 

 

「って、こんなことしてても仕方ないよね・・・」

 

 溜息一つと決意少々。いい加減現実逃避から脱した自分は輿水家のインターフォンを押した。

 

「はぁーい!!ちょっと待って・・・ぎゃーーーーー!!!」

 

「・・・・・」

 

 なんだろう・・・インターフォンを押しただけで予想より斜め上の反応が返ってきた。いや、っていうか自分はインターフォンの種類に詳しいわけじゃないけど、この備え付けてるのっていわゆるテレビドアホンってやつじゃないのか?だってどう見たってカメラ付いてるし。なら別に声で返す必要はないんじゃ・・・

 

ガチャ

 

「はい、輿水ですが何か御用でしょうか」

 

 短い電子音の後にお決まりの文句。最初からそうしとけば・・・いや、いいやもう。それ指摘するほどの仲じゃないしね。

 

「あー・・・プリント届けに来ました」

 

「はい?」

 

 違う違う違う違う!今の無し!なにを口走ってるんだ自分は!主語も無ければ誰かも名乗ってない!

 

「あ、いや、隣の席の神直(かみな)です。輿水さんがお休みしてた分の・・今日配られたプリントを持ってきました」

 

「え?あ、ありがとうございます。すぐに出るのでちょっと待っててください」

 

ガシャン

 

 またも短い電子音と自分の長い溜息。はぁーーーー、なんかもうこれだけですごく疲れたし、正直もう帰りたい。が、残念ながらこれからが本番だ。さっさとプリントを渡して帰ろう。

 

「お待たせしました」

 

 ガチャリとドアを開け出てきたのはピンク色の髪のショートヘア、ジト目に妙に低い背丈。まごうことなき輿水幸子さんだった。

 風邪の方はマスクこそしているが顔色も悪くなさそうだし、心配することはとりあえず無さそうだ。

 

「こんにち・・・ん?あ、ばんはです。風邪は悪くなさそうだね」

 

「フフーン、ボクのカワイさにかかれば病原菌もイチコロですからね!

 ところで、どうしてプリントを神直君が?」

 

「あぁ、それは先生がホームルーム中に輿水さんに渡すプリントを忘れててさ。結局思い出した頃には教室に自分しか残ってなくて、それで自分に頼んだみたい」

 

 なんでほぼ初対面の自分にそのテンションなのとか、だったら最初から風邪引いてないよねとかの諸々のツッコミを飲み込んで自分がここに来た経緯を簡単に説明した。

 ちなみに輿水さんの名誉ために言っておくが輿水さんは決して友達が少ない訳じゃない。むしろ多いくらいで、よく自分をカワイイなんて自慢する割りには嫌味なところが無く、クラスのみんなと仲良く・・・というか、可愛がられている所をよく見る。

 

「なるほど、そうだったんですね。代わりに貴重なボクのカワイイパジャマ姿が見れたのでむしろ良かったですね!というか、お釣りがくるレベルですよこれは!」

 

「うん、ヨカッタデス。はいこれプリント」

 

 キレッキレの輿水さんを適当にあしらい先生から渡されたプリントをカバンから取り出し門越しに輿水さんに手渡した。

 輿水さんが「なんか対応が適当じゃないですか?」とでも言いたそう目をしているがきっと気のせいだろう。それにしても一点気になることが。

 

「ところで輿水さん、その手に持ってるものってノート?」

 

「え?あ・・・これはなんでもないですよ!」

 

 そう言って左手に持っていたノートを背中に隠してしまった。ちょっと見た感じノートの数ページがウェーブを描いていたというか、濡れていた気がするけど。

 あ、そういえば・・・

 

「もしかしてさっき自分がインターフォンを押したときちょっとドタバタしてたみたいだけど、その時に何かあった?」

 

「だから何でもないです!ノートの清書中に呼び出しに反応したときに誤ってコップに肘を当てて水をこぼしてしまったとかじゃないですから!」

 

「ないですのか」

 

 あまりにアレすぎて変な口調になってしまったが、なるほど、とりあえず原因は分かった。おそらくやってきた自分に早く応対しなければならないと思って慌てて出てきた結果一緒にノートを持ってきてしまったとか多分そんなだろう。紙がそこまで濡れていないところ見るにタオルか何かで拭いてはいるみたいだけど。

 

「なんというか、ごめん。訪ねたタイミングがちょっと悪かったね」

 

「そんなの気にしなくてもいいですよ!というか、何事もないのに謝る意味が分かりません!」

 

 きっと誰が悪いとかはなくてきっと巡り合わせが悪かっただけなんだろうけど、だからといってそれで納得できるかというとそんなくとはなく、自分の間の悪さにやや罪悪感を感じてしまう。

 ・・・仕方ない、幸いにして自分はこれを解決できる方法を持っている。あまり見せるなとは言われているけど決して見せるなとは言われてないし、将来芸人になりそうな輿水さんのためにここは自分がなんとかしましょう。

 

「とりあえず輿水さん、その後ろに隠したノート貸して」

 

「はい?」

 

 いや、だからー・・・そんなんで貸してくれる訳ないだろうに。自分の伝達力の低さに若干嫌気がさすわ。

 

「いいから、貸してみて。悪いようにはしないから」

 

「は、はぁ・・・どうぞ」

 

「ありがとう」

 

 輿水さんが訝しみながらもノートを渡してくれた。必死で隠していたのにノートをさらっと渡してくれる当たり、きっとこの子ってちょろいんだろうなぁっと失礼なことを考えながらノートの状態を確認してみる。

 ふむふむ、数ページ波打ってるし文字はちょっと滲んじゃっているけどこれなら余裕だろう。自分は左手のひらでノートを持ち、右手でなぞるように軽く、満遍なく撫でた。

 

「あのー、何してるんですか?」

 

「もうちょっと待ってて、確認するから」

 

 ノートをパラパラとページ送りさせ紙の状態を確認し、最後に表紙に近いページの文字を確認する。先ほどの状態とは打って変わって紙が波打ってもいなければ文字の滲みも見当たらない。これで良し、と。

 

「はい、ノート返すね。あ、輿水さんって字キレイだね」

 

「え?・・・え?え?えぇーーーーーーーーーーーー!?」

 

 ノートと自分とを視線が行き来したかと思えば信じられないものでも見たかのように叫ぶ輿水さん。いや、驚くのは分かるし驚いてくれるかな、なんていたずら心があったのは確かだけど期待以上にオーバーリアクションで逆にこっちが驚いてしまった。

 とにかく、今から始まるであろう輿水さんの追及を回避するためにここはさっさと帰ろう。いや、自分でおどかしといてアレなんだけどさ・・・

 

「さて、もう遅いし自分は帰るね!じゃあ輿水さんお大事に!」

 

「ちょ、待ってください!これは一体どういう――――」

 

 脇目も振らずに走り出した自分に静止がかけられたがそれに構うことなく自分は我が家に一直線に帰宅した。

 が、やっぱり自分が悪かったのだろう。この行動が後に輿水幸子というアイドルと恐ろしく長いこと付き合うことになるのだから。

 でも、きっと未来の自分がここに居たのならこう言っただろう。良くやったと。なにせこの出来事は自分にとって何よりも価値のあるものになるのだから。




幸子って基本的に他人にさん付けだけど、きっと同級性の男子になら君付けだろうなぁと思いつつ。




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神社と神直家、あと視線


幸子の出番はまだ増えません。次回こそは・・・





 輿水さんの家から逃走してから少しして自分は住宅地よりやや離れた山に建てられた神社へと向かっていた。というのも、なんでこの遅い時間に神社なんかに向かってるかと言うと我が家は何を隠そうその神社なのだから仕方が無い。

 神社へと続く長い階段を登り切り紅色よりも少しくすんだ鳥居をくぐる。そこで姿勢を正し真正面に見える小さめに本堂に腰を45度曲げきちんと礼をした。

 

「ただいま帰りました」

 

 自分の寝泊まりする所、いわゆる母屋には本堂を迂回しなければならないが自分はいつもここで帰りの挨拶と行きの挨拶を済ませる。

 神様を敬うべきではある。だからと言って神様は遠くに居ないし、いつだって身近に居るから挨拶を怠るな、とは自分を育ててくれた人の言い分である。

 ちなみに、神社の神様って普通本殿に居るものじゃないですか?っと当時覚えたての知識を披露した今よりも幼少のころの自分はその育ててくれた人にぶっ飛ばされた。

 自分は挨拶を済ませると本堂を迂回し母屋へと向かいその玄関の引き戸を開けた。

 

「ただいまー」

 

「お帰り。今日は遅かったな」

 

 ビール缶を口にあてながら出迎えてくれたのは幼少の頃の自分をぶっ飛ばしてくれたことのある自分の育ての母親、通称先代である。

 

「うん、ちょっと風邪を引いた同級生にプリントを届けてたら遅くなった」

 

「え?マジで?お前友達居たっけ?」

 

「居ないけど!その・・・色々あったんだよ!」

 

 母親代わりの人についムキになって反論してしまうが、事実とは言え最高に失礼なことを言われたのでセーフ。先代はどちらかというと母親というより姉のようなものなので、よく自分をからかって遊ぶ。

 

「ま、別にいいけど、これからは遅くなるなら連絡入れな。心配でアタシ死んじゃう所だったぞ」

 

「あ、ごめん、次から気を付ける」

 

 そういえばと自身のスマホを取り出してみれば、そこにはL〇NEの通知が十数件ほど溜まっていた。どれもこれも先代の自分を心配する文章だ。これは悪いことしちゃったな・・・

 

「良し、じゃあさっさと部屋行って着替えて来な。晩ご飯あっためといてやるから」

 

「うん、ありがとう」

 

 先代はそう言って居間に引っ込んだ。自分もささっと着替えてご飯を食べよう。

 

「あ、そういやちょっといいか?」

 

「ん?何?」

 

 私服に着替え先代の作った晩御飯を居間で頂いていたら、テレビを見ていた先代が思い出したようにこちらにやや赤い顔をこっちに向けた。しかし、スローペースだからそこまで多く飲んでないけどそろそろ酒をやめといたほうがいいんじゃないだろうか。いや、先代が酔っ払った所なんて見たことないから大丈夫なんだろうけども。

 

「明日から一週間ほど旅行行くんだけど、留守番頼んでいい?」

 

「いきなりだね・・・もしかして旦那さんと?」

 

「おう」

 

「へぇ、良いじゃん良いじゃん行ってきなよ」

 

 照れくさそうにはにかみながら答える先代。旦那さんとは仲が良いとのことなのできっと楽しみなんだろう。

 いくら先代の神直が当代の神直の世話をしないといけないとはいえ仲のいい人との旅行くらいはいいだろうし、自分も料理以外の家事は一通り出来るし断る理由もないので自分は快く答えた。

 

「あー、それと仕事の方は・・・」

 

「やっとくよ。紙の修繕とか復元なら自分でも出来るし」

 

「いやー、当代の神直は優秀で助かるね!」

 

「ちょ、髪をぐしゃぐしゃにするな!精度が落ちても知らないよ!」

 

 神直の性を拝命された人は少なからず紙に関する力を得る。状態の悪くなった紙を新品の状態に戻したり、破れた紙をくっつけたり、形を変えることもできれば、紙に書かれている字ですら変化させることができる。

 ただ残念・・・と言っていいのかは微妙だけど、紙に与える影響は本人の髪質に比例したりする。ギャグかよと思うかもしれないけど、そんな言葉遊びも以外と馬鹿にならないのが不思議なところだ。

 そのためなのかどうかは謎だけど神直家の人間は例外なく髪の毛がサラッサラのツヤツヤで長い。これが女の人なら歓喜ものだろうけどイケメンじゃない男にとっては迷惑でしかない。

 自分の髪は肩よりも少し長いくらいだけど、その髪を後ろで縛ることでようやくまだマシなレベルで見れるけどそれを解いたときなんてもう失笑を誘うレベルだろう。実際先代にも――――

 

「中の下。見れなくはないし悪いとも言わない。けどまぁ、強く生きろ」

 

 と、非常にありがたい評価を頂いた。そして更に迷惑なことに髪の手入れを怠ると力の精度が落ちるから本当に困りものだ。

 

「じゃ、明日からヨロシク!明日はどこぞの武将が妻に送った恋文の修繕の仕事が入ってるから!」

 

「いきなりクソ面倒なの持ってくるなよ」

 

 もういいや、何でも・・・ご飯食べて風呂入ってさっさと明日に備えて寝よう。

 

 

 

―――――――――――――

―――――――

――――

 

 

 

「おはようございます」

 

 翌日の朝起きて自分の部屋から居間へと行くとそこに先代の姿は無く、テーブルの上にはビリビリに破られた紙があった。回りくどいことするなぁっとちょっとげんなりしつつ、その紙屑を全て手のひらに集め反対の手で覆うように重ねグッと握る。

 次に手を開けた時には破れたことなんて無かったかのように皴一つない紙が現れた。その紙にはただ一言、行ってきます!!とだけ書かれていた。

 

「いや、要る?これ・・・」

 

 朝から無駄な労力を割かれたが気にしないようにして学校に行こう。こんなのに気力を持っていかれたらこの後の学校で身なんか持つわけがない。で、それはなぜかと言うと・・・

 

「おはよう」

 

「・・・おはようございます」

 

 そう、風邪を一日で治して学校に来た輿水さんの存在にある。元々は自分のせいとはいえ風邪を引いたならぶり返さないようにもう一日だけ様子を見ようよ、今日は土曜日で明日は休みなんだから連休みたいで得じゃない?と心のなかで文句を言っておく。

 ちなみに自分の通ってる学校は私立のせいか土曜日でも午前中だけ授業があったりする。

 それにしても輿水さんの視線の刺さること刺さること。昨日のことを疑問に思うのも分かるけどそんな見られると辛い、っていうかせめて自分に気付かれないようにして。

 

「皆さんおはようございます。さっそくですが授業を始めましょう。号令をお願いします」

 

「はい。起立!礼!着席!」

 

 いい加減居心地の悪さに耐えられなくなったころ、一時間目の国語の授業を受け持つ先生が入って来たことによって輿水さんの視線は一旦切れた。

 とはいえこれはきっと一時的なものに過ぎないだろう。どうせ次の休み時間にまた復活する。そうなると次の授業が始まって視線が切れる、休み時間に突入して視線が復活するのループだ。

 時間割りにも限界があるから無限ではないものの遂には放課後に尾行なんかされたら、もうなんていうかストレスでハゲる。

 となるとまさかの神直家最大の危機到来である。いや、それはちょっと極端なんだけど嫌なものは嫌だ。

 きっとこの状況を解決する方法はいくつかあつんだろうけど、もうこの方法しか考えられなかった自分は間髪開けずに手を挙げた。

 

「すいません先生、教科書を忘れてしまったので隣の子のを見せてもらってもいいでしょうか」

 

「あら、そうなんですか。輿水さん、神直君に教科書を見せてあげてもらってもいいかしら?」

 

「はい、ボクは別に構いませんよ」

 

「ありがとう。じゃあ悪いけど、机をくっつけさせてもらうね」

 

 自分の席は場所的に端のほうなので隣の席と言えば輿水さんだけだ。後は輿水さんが許可してくれるかどうかだったけどそれも案外すんなり通った。

 当然ながら教科書を忘れてなんかない。我ながら大胆なことしたなぁと思いながら輿水さんの机に自分の机をくっつけた。

 すると意外にも輿水さんから声をかけてきた。

 

「ボクと同じ教科書を見れるなんて、神直くんはラッキーですね。もしかしてわざと忘れました?」

 

 本当にブレないなこの子は!もういっそ尊敬するよ!

 

「あぁ、いや、うん。ちょっと見て欲しいものがあるんだ」

 

 輿水さんの勢いに押されながらも自分は開きっぱなしの国語の教科書に手を添えた。

 すると国語の教科書に印刷していた文字はすっかり消え失せ、代わりに"今日の放課後に説明するから待っていて下さい"という文章が浮かび上がった。

 

 うん、いっそもうばらしちゃえばいいじゃん。



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自分とアイドル、あと修繕

書きたいことを詰め込んだらいつもより長く、唐突な場面展開が多く・・・ぐぬぬ。
そんな3話です。






 教科書の文字をいじったことによって輿水さんがまた芸人並みのオーバーリアクションをしてくれた以外はいつも通りに時間が進み現在は放課後。

 いつもなら自分は授業が終わればすぐにでも帰るけど今日はそういうわけにもいかない。さっきからこっちを恨めしそうに見ている輿水さんに諸々の説明をしなければならない。

 ちなみに教科書はちゃんと元に戻しました。

 

「あー、輿水さん。自分の都合で残ってもらってごめんね」

 

「かまいません。今日はオフですし、事務所に行く予定も無いですからね」

 

 オフ?事務所?あれ、もしかして輿水さんって本当に芸人なのかな。

 

「そうなんだ、それはちょうど良かった。じゃあこの後何か予定とかはある?」

 

「ありませんけど、どうしてですか?」

 

「いや、意外と教室に人残ってるからさ、ここじゃ説明するどころかばれちゃうから場所を変えようと思って」

 

 授業が終わったにも関わらず教室には生徒がまだ数人残っている。どうやら友人同士でおしゃべりしてるみたいだけど、わざわざ教室に残らなくても一度帰ってお昼食べてからまた集合でいいじゃん。

 

「そういえば輿水さんってお昼どうするの?それによってはご飯食べてから集合にするけど」

 

「特に予定はありませんね。今日は両親が忙しくてお昼が無いので、どこかで食べようかと思っていた所です」

 

 なるほど、そうなると都合はいいけど外食となると制服のままじゃちょっとよろしくないな。となると一旦帰ってから着替えてどこかでまた集合するっていのが一番いいか?

 あ、そうだ、自分の力を説明するなら家に来てもらうのがいいんじゃないか?仕事もあるし。

 

「じゃあ悪いけど自分の家まで来てもらっていいかな。お昼は途中でコンビニで買う、とかになるけど」

 

「別にいいですよ。それにしても意外と大胆ですね神直君は。今をときめくアイドル輿水幸子を家に誘うなんて!」

 

「え゛?輿水さんってアイドルなの?ごめん、芸人と思ってた」

 

「誰が芸人ですか!ボクを良く見てください、こんなにカワイイ子がアイドル以外何をやるっていうんですか?あ、いや、まぁボクにかかれば何でも出来ますけどね!」

 

 フフーンと言わんばかりに左手を立て親指を頬に当てて、右手でロングスカートをつまみちょっとだけたくし上げる輿水さん。非常に様になるポーズだけどめちゃくちゃ目立っているので今はやめて欲しい。

 

「でも、言われてみれば確かに輿水さんならアイドルやっててもおかしくないかもね」

 

「そうでしょう、そうでしょう。というか、ボクがアイドルだっていうことを知らなかったんですか?これでもテレビにだって出たことあるんですよ」

 

「まじで?それはすごいね!でも自分は歌番組とか見ないから輿水さんを見かけたことは無いや」

 

「うぇ!?そ・・・それはそのー・・・」

 

 突然なぜか俯いてしどろもどろになる輿水さん。自分が何か間違ったことでも言ってしまったのだろうか。もしかして歌番組じゃなかったとか?

 なんて考えて間違ったことを謝ろうと思っていると輿水さんが顔を上げた。

 

「しか・・・ないんです・・・」

 

「え?」

 

「ボクはバラエティしか出たことが無いんです!!」

 

「そうなんだ。バラエティもあんまり見ないっていうか、そもそも自分はテレビ自体あんまり見ないからなー」

 

 あはは、と申し訳なく笑うと意外そうにこちらに顔を向けてきた。自分の方が背が高いので輿水さんが上目遣いっぽくなってしまったのが若干かわいく思えたのでちょっと顔が赤くなってしまった。ちくしょう。

 

「えっと、馬鹿にしないんですか?」

 

「馬鹿にって、馬鹿にする要素が無いと思うんだけど」

 

 いくら歌って踊るのがアイドルだって言ってもバラエティくらい出るだろう。テレビをあんまり見ない自分にだってそれくらい分かる。あ、もしかして自分がさっき芸人と思ってたって言ったのが悪かったのか。

 とにかく、先代から女の子を悲しませるなと口すっぱく言われてるしとりあえずフォローしなければ。

 

「輿水さんがバラエティが嫌っていうなら何も言わないけどさ、一般人の自分からしたらテレビに出てるってこと自体がすごいと思えるよ。内容なんて関係無しにさ」

 

「え、あ・・・そうです!ボクはすごいんです!それにバラエティが嫌なんてとんでもないです。何事にも一生懸命に取り組むのがボクなんです。褒めてくれたっていいんですよ?」

 

「あ、うん、すごいよ、輿水さん。何がすごいって言うと、輿水さんがすごいってことがすごいよ」

 

「フフーン!そうです、もっとボクを褒めてください。褒めれば褒めるほどボクは伸びるんです。ちょっと褒め方が雑な気がしますけど!」

 

 そんなこと言われてもまさかちょっとフォローしただけでこんなに天狗になるとはだれも思わないだろう。今後輿水さんを褒める時はもうちょっと気をつけよう。今みたいに話が脱線しかねないし、なにより自分も含めてさっきより目立ってしまっている。

 

「じゃあ輿水さんがすごいって分かったとこで、そろそろ行こっか。お腹も空いてきたし」

 

「露骨に話題を変えてきましたね・・・まぁ、言われてみればもうこんな時間ですか」

 

 お互いに時計をちらりと見て机に掛けてあるカバンを自分は肩にかけ、輿水さんは手に持った。

 

「じゃあ先にコンビニに行こうか」

 

 そうしていつも一人で歩いている通学路を二人で逆戻りする。コンビニはその途中にあるのでお互いにお昼ご飯を購入。自分は適当にミートソースのパスタに梅のお握り一個で、輿水さんはどうやらパンを数個買うみたいだ。

 

「こっちの都合で付き合わせてるし、ここは自分が出すよ」

 

「いやいや、そんな悪いですよ。ボクは別に気にしてませんし」

 

「そう?ならいいけど」

 

「・・・神直君って意外と紳士なんですね」

 

「オヤノキョウイクガネ、ヨカッタンデスヨ」

 

 先代に女の子には余裕があれば奢れなんて言われていたので提案してみたけどどうやら違ったようだ。ここでグイグイいくのもどうかと思うので大人しく引いておく。

 そんなやり取りがあった後にいよいよ自分の家に向かったのはいいけど、我が家に到着した早々に輿水さんに驚かれた。

 

「神直君の実家ってこの神社だったんですか!?」

 

「そうだよ。お賽銭入れてく?」

 

「入れませんよ!同級生にお金を落とさせようとしないでください!」

 

「じゃあおみくじは引いていく?」

 

「引きませんよ!まぁボクならカワイイ以外あり得ませんけどね!」

 

「ごめんね、輿水さん、自分の家のおみくじに"カワイイ"は無いや。ちなみに母屋はこっち」

 

 何というか打てば響くというか、輿水さんは自分の話に何かしらのリアクションを必ず返してくれるので非常に話しやすい。きっと他の人ならこうはいかなかっただろう。妙な所で輿水さん感謝しつつ母屋へと回る。

 あとごめん神様、今日だけは帰りの挨拶を免除してやってください。

 

「ただいまー」

 

「お邪魔します」

 

 玄関で靴を脱ぎ輿水さんを居間へと案内し、居間のテーブルにお互い対面になるように座る。さてお互いに持っていたご飯を広げいざお昼となるわけだけど、とりあえずお昼と平行して力の説明をざっくらばんに説明しておくことにしよう。多少行儀が悪いのは目をつむってもらおう。

 

「輿水さん、食べながらでもいいから聞いてね」

 

「ふえ?ふぁい」

 

 自分はコンビニで買った時についてきたレシートを右手の人差し指と中指に挟んで輿水さんに見えるように自分の顔の前まで持ち上げた。

 パンを食べながらこちらを見る輿水さんが微妙に小動物に見えるのは気のせいだろうか。

 

「もうわかってると思うけど、自分・・・っていうか神直の性を拝命した人には特別な力が与えられる。こんな感じで」

 

 指で挟んだレシートに自分の力をかける。するとくたっと(こうべ)を垂れていたレシートがピンと何かに上からつままれているように姿勢を良くした。

 

「紙に書かれた文字を変化させたり動かしたり、逆に消したり。これは今日学校で見せたね」

 

 レシートに印刷されている文字の色を黒から赤や青に変化させ、くるくるとその場で回転させて見せる。そのまま文字を回転させながらフェードアウトさせると輿水さんの目が見開いた。

 こうやって驚かれるのは素直に嬉しい。

 

「で、これが紙の状態を元に戻すやつ。昨日見せたのがこの(たぐい)だね」

 

 今度はレシートをビリビリに破り右手を下に、左手を上からかぶせて両手で包みぎゅっと握る。その後覆っていた左手をどけると破る以前のレシートが顔を見せた。

 

「後は・・・形を変えるくらいかな。これは気に入ってるんだけど、あんまり役に立たないね」

 

 もう一度レシートを右手のみでぎゅっと握り開くと、キレイに折られた鶴が現れた。

 

「す・・・すごいですね」

 

 どうやら今のが輿水さん的には一番驚いたようで今日一番の目の開き具合だ。ついでに口も開いてる。自分もこれが力のなかで一番の自慢なのでその反応には非常に満足です。

 

「こんな感じかな。触れてなきゃだめって制限があるけど、逆に触れてさえいれば大体のことは出来るよ」

 

 レシートの形と文字を元に戻しお握りの包装と一緒にコンビニの袋に投げ込みお握りにかぶりつく。逆に輿水さんはパンから口を離している。

 

「そういえば今更ですけど、そんな重要そうなことをボクに教えて良かったんですか?」

 

「うん、このことは誰も知らない!って訳じゃないし、これで神直の人間は食ってるからね」

 

「食ってる・・・?お仕事をしてるってことですか?」

 

「そう。ちょっと待っててね」

 

 首を捻る輿水さんの疑問に答えるためにお握りをテーブルに置き席を立ち先代の部屋に向かい、部屋の隅にあるダンボールから今日修繕する予定だった手紙を取り出し居間に戻った自分はその手紙をテーブルの空いているスペースに広げた。

 

「なんだかずいぶん古い紙ですね。何ですか、これ」

 

「これはどこぞの武将が妻に送った手紙らしいよ。で、こことここ。文字が滲んだり破れたりしてるでしょ?それを直すのが神直の仕事」

 

「はぁ、なるほど。確かにそれなら神直君にふさわしい仕事といえますね。でもこれをいつもお一人でやるんですか?」

 

「ううん、いつもは先代・・・あー、自分のお母さんがやるけど今はちょっと居ないからね、自分がやることになってる。ちょっと面倒だけどね」

 

 こういった古い手紙は修繕の際に完全に新品にしちゃだめなのが面倒くさい。修繕箇所とその周りの劣化具合を見てそれに合わせるように修繕しなくちゃならないからだ。

 この後に待っている仕事にちょっと気分が下がりつつ、自分は手紙を丁寧に折りたたんで近場の棚に置いた。

 

「これで大体神直家のことは分かってもらえたと思うけど、実はこの力に関して重要なことが二つほどあるんだよね」

 

「まだあるんですか?」

 

「うん。まず一つは・・・これはお願いって感じかな。このことは誰にも話さないでねってこと。こっちからばらしといて悪いけどね」

 

「フフーン。こう見えてボクは約束事に関しては口が堅いですからね、それくらいなら楽勝ですよ」

 

 こう見えてって言っちゃうあたり自分が多少軽い性格ってことを自覚してるんだろうか。

 

「で、もう一つ。もし何か紙関係で困ったことがあったら力になるってこと」

 

「え?それってどういう・・・?」

 

「実は重要でもなんでもないんだけどね。ただアイドルとコネを持っていた方がいいかと思って」

 

 まぁそれは嘘で、ただ輿水さんと居るのが楽しかっただけだ。人との縁は持っておけ、それが特別に思えたなら猶更だ。とは先代の言である。

 

「それなら神直君はすごくいい人に目を付けましたね!ボクはアイドルの頂点にいずれ立つので、アイドル同士の繋がりなんてきっと縦横無尽に違いありません!なんなら最初にボクからサインをあげてもいいんですよ?」

 

「あ、うん、ありがとう、色紙が今無いからまた今度お願いするね」

 

 別にアイドルのサインが欲しくて縁を持ちたい訳じゃないんだけどね。

 明後日の方向に勘違いしてしまった輿水さんをよそに自分は今後のこの子との関係をちょっとだけワクワクするのだった。



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電話とお出かけ、あと346プロ

アニメの設定を少し拝借しております。
また今回はアイドル一人も出てきません。
許されざる4話




「おはようございます」

 

 輿水さんに事情を説明をした翌日の日曜日。時刻は朝7時と平日と変わりない時間に起きた自分は顔を洗い、普段着に着替えて手早く朝ごはんを済ませ朝の挨拶を本堂へ向けて行った。昨日は帰りの挨拶ができなかった分だけ頭を下げるのはいつもより長めだ。

 

(それにしても、昨日は楽しかったな)

 

 頭を上げ物置へと向かい竹ぼうきを取り出し昨日のことを思い出しながら境内の掃除を始める。あのあと輿水さんの予定が特に無いとのことだったので、じゃあせっかくなので一緒に遊びましょうかとの提案をいただいたのでじゃあゲームでもしようかとS〇itchを引っ張り出し某配管工のレーシングゲームを楽しんだ。

 初めてやるとのことだったのでNPCの強さを最低値にして自分も手加減して挑んだのだけど、思いの他輿水さんはゲームのセンスが無かった。初心者でもそこはコースアウトしないだろって所を平気でコースアウトするし、レースが終わるころには必ず下から数えた方が早い順位になっている。

 で、それで楽しめたのかと聞かれるとゲーム自体は張り合いがなかったからそうでもなかったように思う。じゃあ何が楽しかったかというと輿水さんの反応だったと言わせてもらいたい。

 何せ輿水さん、コースアウトすれば必ずと言っていいほど悲鳴のようなものを上げるし最下位になろうものなら本気で落ちこみはじめる。それでも自分が最下位からアイテムを駆使して輿水さんを1位に押し上げたら。

 

「や、やりましたよ!見てください!これがボクの実力です!」

 

 と調子に乗り始めるんだから笑いを堪えるのに必死だった。

 これ以上やると遅くなるからここまでにしようと言ってそのままゲームの電源を切ったのは昨日一番のファインプレーだったように思う。

 

(また今度忙しくなければ遊びたいな)

 

 友達というものがおおよそ出来たことのない自分だったけど、昨日のことで友達って良いものだって思えた。まぁ輿水さんがちょっと特別だった気がしないでもないし、何より自分の力を知ってもらえているのが大きい。力がばれちゃだめだって人付き合いを避けてる部分も少なからずあったしね。

 あれ、でも待てよ・・・もしかして友達って思ってるのは自分だけじゃ・・・

 

(いやいや!考えるな自分!とにかく今は境内の掃除を終わらせて、残りの今日を全部でゲームで過そう!)

 

 昨日は昨日、今日は今日。日曜日というゲームで潰すために存在する日を楽しもう!

 境内を掃くスピードを上げて早めに境内の掃除を終わらせ竹ぼうきを物置に直す。さて、後は手を洗って早速ゲームをやるかと意気込んでいると我が家の電話が着信を知らせてくれた。

 

「・・・こんな朝っぱらから誰だろう」

 

 朝から電話何て・・・というか家に電話なんてちょっと珍しいなと思いながら自分は受話器を上げた。

 

「もしもし、神直ですけど」

 

『もしもし、美城だが、御堂(みどう)か?いや、当代と呼んだ方が分かりやすいか』

 

「美城・・・あぁ!あの美城さんですか!」

 

 電話の向こうに居たのはどこぞの会社のお偉いさんの美城さんだった。神直の事情を知る人の一人で度々先代に紙の修繕やデザインを頼んでいた覚えがある。

 

「でも珍しいですね、家に直接電話をかけてくるなんて。いつも先代の電話かパソコンにメールしてましたよね?」

 

『あぁ、ちょっとした事情があって今回はそちらに直接かけさせてもらった』

 

「事情ですか?どんな?」

 

『先代から頼まれていてな。当代のことだからきっと家に引きこもっているだろうから引っ張り出してくれとな』

 

「えぇ・・・」

 

 余計なお世話すぎる。今日一日引きこもってゲームをする予定だったのは確かだけど正直放っといて欲しい。と言いたいところだけど、先代が絡んでるならそうは言ってられない。先代の言いつけを破れば後々更に面倒なことになるのを自分は知ってるからだ。

 

「引っ張り出すって・・・まぁそれはいいですけど、自分はどこまで引っ張り出されるんですか?」

 

『そうだな、ちょうどこちらに仕事があるから事務所まで来てくれないか?』

 

「美城さんの仕事場までですか?場所的にはどこになるんでしょうか?」

 

『東京だな』

 

「ぶ・・・!?ごほ、ごほ・・・!!と、東京ですか!?」

 

 まさかの東京に思わず咽てしまった。というかいくらなんでも引きこもりを外に出すとはいえ県外は無いと思う。ここ山梨ですよ?その辺分かって言っているんだろうか?いや、分かってて言ってるんだろうな・・・

 

『詳しい場所は先代のPCに送っておくから確認してくれ。まぁこれも将来お前が就く仕事のためと思って励んでくれ。以上だ』

 

「ちょ・・・美城さん!?美城さーん!!」

 

 必死の呼びかけも虚しく、受話器の向こうから聞こえてきたのはガシャっという電話を切る音だけだった。

 それからしばらくの間ツーツーと鳴る電話を持ちながら呆然としていたけど、徐々に戻ってくる現実感と同時に自分は深い溜息をついた。こうなったらもう仕方ない、非常に面倒なのは確かだけどこうなった以上は気持ちを切り替えて行くほうがいいだろう。ただし先代には旅行から帰ってきたら自分の手料理(ゲテモノ)を食べてもらうけど。

 そんなわけでまずは先代の部屋へ向かいテーブルの上にあるPCを起動する。パスワードロックをかけていない不用心さはこの際目をつむることにしよう。

 メールアプリを起動し未読の項目を確認すると一番上には"詳細場所"と太字で書かれたシンプルなタイトルが目に入ったのでこれをクリックする。するとタイトルのシンプルさとは裏腹に、どの時間のどの電車に乗ればいつ東京に着くのかとか、到着駅からどの出口から出てどこに向かえばいいのかなんて丁寧にマーカーを引いた地図に分かりずらそうな場所は現地の写真を使ってまで迷わないようにしてくれている、正直こっちが罪悪感を覚えてしまうくらいの手の込んだ画像が複数添付されていた。

 こっちとしては目的地さえ分かれば後はスマホの地図アプリか何かでどうにかしようと思ってたんだけどこの様子じゃ必要無さそうだ。

 自分はPCに繋ぎっぱなしのUSBケーブルから手の込んだ画像をスマホに転送してPCの電源を落とした。後は出かけるための準備をするだけなので、自分の部屋に向かい髪を極力隠すための帽子を被り通学用のエナメルのカバンから財布以外の荷物を取り出し、せめてもの抵抗に3〇Sをカバンの中に収める。

 さて、これで準備は出来た。送られて来た画像に従って電車に乗るなら今から出れば十分に間に合うだろう。電車賃は途中でコンビニのATMで引き落とせばいいし、他に忘れ物はないか一度確認してから自分は我が家を出発した。

 

「行ってきます」

 

 本堂にも忘れずに挨拶しておく。面倒9割、残り1割楽しみとネガティブな感情にほぼ支配されながら自分は神社の階段を下り駅へと向かった

 

 

―――――――――――

―――――――

――――

 

 

「えーっと、346プロ・・・さんびゃくよんじゅうろくプロ?変な名前だな。っと、ここかな?」

 

 目の前に広がる広大な敷地に立つし・・・城?みたいなものを見上げる。地図アプリの指し示す場所もここだと告げているので間違いなさそうだ。しかしまぁ美城さんが送ってくれた地図とその他一式のおかげで一度も迷うことなく来れたのでその辺は素直に感謝だ。まさか東京の駅があんなに複雑だとは思わなかった。

 

「えーっと、勝手に入っていいのかな?」

 

 妙に重苦しそうなドアを開けて中に入り辺りを見渡すが受付の人どころか人が一人も居ない。正面にはどこぞのお姫様か王子様が優雅に降りてくるのにちょうど良さそうな階段。左右の壁には何か美人さんのポスターがでかでかと貼り出されているだけだ。

 これはもしかして来る時間が悪かった?いやいや、美城さんが例に出した電車の時間に合わせたんだから来る時間はある程度予想出来るはずだし、これは一体どうすれば・・・?

 

「あの・・・どうかしましたか?」

 

「へ?」

 

 挙動不審気味に辺りをキョロキョロしていると誰かから声をかけられたので間抜けな声と一緒に顔を向けてみるとそこには・・・何だろう、言っては失礼だけど薄目の幸薄そうな男の人が立っていた。

 とにかく、見た感じスーツを着ているのできっとここの社員さんで間違いないだろう。それにもしかしたら美城さんが気を利かせて自分に迎えを送ってくれたのかもしれないし、この人に要件を伝えてみよう。

 

「時間通りに来ました!」

 

「え・・・えっと・・・?」

 

 違った。あと学習能力の"が"の字も無い自分が好きでもないし嫌いだよ?

 

「す、すみません間違えました!えっと、ここに美城さんと言う方はいますか?」

 

「もしかして美城常務に御用・・・ですか?」

 

 なんか要件を伝えたらすごく目を見開かれた。あぁ、そういえば美城さんって確かお偉いさんって話だったね。そんな人にこんな帽子被った中学生が訪ねてきたらそりゃ驚くか。っていうか常務ってなに?美城さんの下の名前?

 

「はい、ちょっとお仕事のことで呼ばれていまして」

 

「・・・分かりました。ちょっと聞いてみるので少々お待ちください」

 

 ちょっとばかりの疑念の目を向けて男の人はポケットからスマホを取り出して(多分)美城さんに連絡を取ってくれた。しばらくするとまたちょっと目を見開いて数度スマホの向こうの(多分)美城さんとやり取りを行ったあと電話を切った。

 

「確認が取れました。では、案内するので着いてきてください」

 

「本当ですか!わざわざありがとうございます」

 

 結局この男の人が案内してくれるみたいなのでこの人の後を着いていくことに。

 ちょっと残念だったけど正面の階段を無視して脇に備え付けてあるエレベータに乗り込み、男の人は最上階のボタンを押した。自分的には会社の偉い人は上の方に居るという印象だったので美城さんはどうやら自分が思っていたよりも相当に偉い人だったみたいだ。

 その後は男の人と他愛無い会話をしてる内に最上階に到着。そのまま美城さんがいる部屋まで案内してもらった。

 

「失礼します」

 

「こんにち・・・えっと、おはようございます」

 

 これまた妙に重苦しそうな木製のドアを開けて中に入るとそこには研いだ刀っていう印象が非常に強い女の人・・・美城さんが立っていた。こういう感じの人って何て言うんだっけ・・・キャリアウーマン?

 

「ご苦労。君はもう下がっていいぞ」

 

「では失礼いたします」

 

 幸薄そうな薄目の男の人が部屋から出ていく。と、そういえばお互いに自己紹介してなかったなと何故かこのタイミングで思い出すけど時既に遅し。まぁいいか、とにかく今は仕事に集中しよう。

 

「改めまして神直御堂です。若輩者ながら当代の神直を務めてさせていただいています。この度は・・・えっと、お仕事って何ですか?」

 

「おい、そこで諦めるな」

 

 自分にできる限りのお仕事モードでやったけどこれが限界なんですよ、謙譲語と尊敬語の違いが分かっていないくらいだし。とりあえずせめて帽子を取って深く頭を下げておく。

 

「で、仕事ってなんですか?」

 

「見た目の割に随分強引に話を進めるな。まぁいい、やってもらいたいのはただのシュレッダーにかけられた紙の修繕だ。ただのと言っていいかどうかは微妙な所だがな」

 

 そりゃあ切れた紙の修繕をその場で出来るのは神直くらいだろうしね、と心の中で苦笑してると透明の袋を美城さんから渡された。いや、袋は別にいい。けど中身が問題だった。

 確かにシュレッダーにかけられた紙の修繕と言ってたけどまさか袋の中にパンパンに詰まった短冊状の紙の束を手渡されるとは思ってなかった。

 

「あの、これをもしかして全部・・・?」

 

「安心しろ、きちんと報酬は出す。何なら今日のお昼は下にあるカフェで取っていくといい。私が出してやる」

 

 マジですか・・・・



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二人とプロデューサー、あとカワイイボク

今回は幸子メイン。
でも幸子の一人称視点は難しすぎると判断したので地の文は三人称視点。
5話、以後精進します。


 この日自称・超新星アイドル輿水幸子は非常に上機嫌であった。というのも、自身を担当するプロデューサーに来週の日曜日に事務所に来てくれと連絡を受けたのが先週のことで、当初彼女はバラエティ番組の打ち合わせかな?程度の認識でしかなかった。

 それが覆ったのは本日の午前の事、いつものように特急電車に乗り込み山梨から東京までおおよそ3時間半かけ事務所へと向かい併設されているプロデューサーの部屋に到着した時だった。いつもであればデスクワークに勤しんでいるプロデューサーが一人居るばかりだが今日は何故かこの場に居ないはずの人物が二人居た。

 

 一人目は姫川友紀。ロングの茶髪で既に成人を迎えた女性ではあるのだがどこか幼い雰囲気を持った女性だ。好きなものは野球観戦で、とりわけキャッツというプロの球団のファンであるためかよくオレンジ色のキャップや服を多用する。今日もその例に漏れずオレンジ色の服にキャッツのマスコットキャラであるねこっぴーの缶バッチが輝いている。

 二人目は小早川紗枝。こちらもロングの髪型で黒く艶のある黒髪に着物姿も相まって大和撫子と呼ぶにふさわしい女性である。こちらは逆に本来の年齢よりやや大人に見られてしまう傾向があるが彼女はれっきとした高校1年生で、おっとりとした雰囲気とは裏腹に気が強い側面を持っていたりする。

 

 そんな二人とは非常に仲が良くプライベートでも度々遊ぶ程であるが、それがこの場に居ることとは特に関係ない。他の共通点と言えば以前にゲスト出演したバラエティ番組で一緒になったくらいなのだが、もしかしてそれ関係だろうかと思い立つ。

 それならば納得するところであるのだがそれにしては友紀も紗枝も妙にニヤニヤニコニコしていて更には後ろ手に何か隠している。とにかく考えていても仕方ない、疑問があるならば聞いてしまえばいいのだ。

 

「紗枝さん、友紀さん、プロデューサーさんもおはようございます。ところで、お二人ともどうしてここに?」

 

「おはよー。いや~それはねー・・・」

 

「おはようさんどす。うふふ」

 

「な、なんですか二人共ニヤニヤして・・・。ちょっとだけボク怖くなってきたんですが、まさかドッキリとかじゃないでしょうね?」

 

 二人して意味深に笑うだけで幸子の疑問には答えないものだから幸子は辺りを見渡してカメラを探し出し始めた。以前に心霊系のドッキリを仕掛けられて以来やや警戒心が増えた幸子であったが、今に関してはドッキリでも無ければカメラも仕込まれていないため、その警戒心は意味をなしていない。

 ちなみに次にドッキリを仕掛けられている頃にはそんな警戒心なんてすっかり無くなっており、いつも通りの反応を示すことになるがそれはまた未来のお話。

 

「おはようございます。幸子さん、ドッキリじゃなくて次の仕事の話ですよ」

 

 いつまでも無意味な行為を続ける幸子にプロデューサーは苦笑いながら席を立ち紙束を手渡した。やや訝しく思いながらも手渡された紙束を見るとどうやらそれは企画書のようだ。タイトルは"輿水幸子CDデビュー&ミニLIVEについて"とある。

 その瞬間幸子の目がこれでもかと見開かれ、次いで視線をプロデューサーの顔と企画書をもの凄い勢いで往復させた。それを見て友紀と紗枝は更に笑みを深くしプロデューサーもにっこりと笑った。

 

「こ・・・これ本当ですか!?まさかやっぱりドッキリじゃないですよね!?」

 

「だからドッキリじゃないですよ、本当のことです。立派なライブの仕事ですよ」

 

 どうやらいきなり降って湧いた幸運に目の前の現実を認識していないが、プロデューサーの言葉でようやく信じたようで再び企画書に視線を落とす。

 "輿水幸子CDデビュー&ミニLIVEについて"・・・なんていい響きだろう、これだけでご飯三杯、いや3日間は断食できる。と、実際に幸子が思っていたかどうかは定かではないがそれ程の歓喜が幸子の胸中に渦巻いたのは確かだ。というか嬉しすぎて胸中から溢れだした。

 

「来ました・・・ついに来ましたよ!ついにこのボクがデビューする日が来たんですね!世間にボクの可愛さを認識してもらう時が!」

 

「はい!今回のCDデビューは幸子さん、友紀さん、紗枝さんの三人同時となります。ミニライブの方も同様です」

 

「え?友紀さんも紗枝さんも一緒にですか?」

 

「そうそう、そうなんだよ。いや~あたしもそれ聞いたときはビックリしてさー、幸子ちゃんと同じでしばらく信じれなかったよ」

 

「せやなー、うちも一緒でしーでぃーでびゅーやみにらいぶー言われてしばらくキョトンとしてもうたわ」

 

 二人は後ろ手に隠していた企画書を自身の前に出し恥ずかしそうに告げた。どうやら二人ともこの場に居るのは同じ理由からなようで企画書を隠していたのは幸子にも驚いてもらおうという魂胆だったのだろう。

 

「では、もう少し詳しく説明いたしますので座りましょうか」

 

 その言葉で三人はプロデューサー部屋から退室し隣の部屋のソファーにプロデューサーと対面となるように腰を落とし、各々の持っている企画書をテーブルの上に展開した。

 

「では、まずCDデビューの方からですが・・・」

 

 

―――――――――――

 

―――――――

 

――――

 

 

「―――――と、こんなところでしょうか」

 

 時間は飛んで現在昼をほんの少し過ぎて午後12時半。一通り説明を終えたところでプロデューサーは多少散乱した企画書を纏め一息着いた。三人も同じように企画書に落としていた視線を上げ時計をちらりと見た。

 

「あ、もうこんな時間か」

 

「もうお昼過ぎとったんやなぁ。集中してて全然気づかんかったわ」

 

「そう言われるとちょっとお腹が空いてきましたね。そろそろお昼にしませんか?」

 

「いいね、そうしよう!どうせなら下のちょっとお高いカフェでお昼にしよっか。プロデューサーの奢りで!」

 

 幸子の提案に思いついたとばかりに友紀がたかるも彼は嫌な顔をせず財布を取り出した。

 

「では、前祝いということで。私は少し仕事があるから行けないので、皆さんで行ってきて下さい」

 

「プロデューサーはん、太っ腹やわぁ」

 

「まぁそのくらいでなければボクのプロデューサーは務まりませんからね」

 

 いくらかのお金を代表して友紀が受け取り、三人は広場にあるカフェへと向かうため事務所を退室しエレベーターに乗り込んだ。未だに興奮冷めやらぬ三人の話題と言えば先ほどの仕事の話となるわけで、和気藹々として語り合った。

 

「いやー、それにしてもまさかこの三人で一緒にデビューなんて夢にも思わなかったよ」

 

「せやなぁ、うちら一緒にばらえてぃのお仕事はさせてもらうことはあっても歌のお仕事なんて無かったさかいなぁ」

 

「ま、ボクはいつか来るとは思ってましたけど。むしろ遅いくらいですね!ようやくボクのカワイさが広がり始めましたか、といった感じですよ」

 

 いつも通り大げさな幸子節が炸裂するが友紀も紗枝もただ笑みを柔らかくして幸子の頭に手を乗せて撫でるだけだ。きっとこの中で一番喜んでいるのはこの子なのだと二人の心遣いが見て取れる。

 実際に以前から一番強くプロデューサーに歌の仕事を熱望していたのは幸子で、友紀や紗枝以外の事務所の面々にもたびたび目撃されている。

 

 当然ながら、今までの仕事に文句も無ければこれからもバラエティでも何でも一生懸命にやる所存ではあるが、やはりアイドルの本分を果たせる歌って踊れる仕事というのはまた格別なのだろう。

 その証拠にエレベーターを降り建物の外に出た幸子の笑みはそれはもう太陽のようであった。むしろこの世はボクが照らしているんですと言わんばかりである。

 

「フフーン、友紀さん、紗枝さん、どうしてこの世が明るいが知ってますか?それはこの世で一番カワイイボクがそのカワイさで照らしているからですよ!」

 

「それは無いと思うなぁ」

 

「それはありまへんなー」

 

 実際に言った。ついでにお二人からツッコミを頂戴してしまった。

 

「そんなこと言って、今から夜になってもボクは知りませんよ!」

 

「この世を照らしてなくても幸子ちゃんはカワイイよ」

 

「幸子はんがカワイイから、うちらの心も晴れ模様・・・あら?」

 

「ちょっと紗枝さん、最後までボクを褒めて下さい!」

 

 幸子が突然言葉を切った紗枝の方へ向くと彼女は自分のほうではなく別の場所を見ていた。具体的に言うと今向かっているカフェのテラス席の隅の方だ。

 はて、そこには何があるのだろうと疑問に思った幸子と友紀がそちらへ視線を遣るとそこには椅子に座っている、というかもはや腰で乗ってるだろレベルでだらんと背もたれに背を預け、更に顔の上に店から出してもらったと思われるおしぼりを乗っけている男の人(推定)が居た。

 

「なんか変な人が居るね」

 

「お仕事でお疲れのさらりーまんの方やろか?」

 

「それにしては何て言うか私服だし、背も小さい気がするけどね。それになんていうか・・・」

 

「髪、綺麗な子やなぁ」

 

 友紀が言いよどむがその理由を紗枝は察する。そう、この不審者風の男の人はなんか髪がめっちゃキレイだった。

 三人の立ち位置でも分かる程の髪のツヤは太陽の光を存分に反射し天使の輪にふさわしい輝きを生み出し、重力によって垂れ下がる髪の毛の一本一本が非常に真っ直ぐで髪同士の絡まりなんて一切無いように見える。もし本当に世界が嫉妬する髪があるとすればきっとあの髪のことを差すのだろう。

 

 一瞬微妙な空気が二人の間に流れるが気にする程のことではないと(正直気になるが)カフェの店内へと歩き出したが、何故か幸子は立ち止ったままだった。

 どうしたんだろう、もしかして本当にあの髪に嫉妬したの?と困惑していると、あろうことか幸子はその男の人の方へ歩いて行った。すわ!ケンカか!?と勘違いした友紀は幸子の方へ駆け出したが、呆然としすぎて反応がかなり遅くなってしまったために幸子の方が一歩早く男の人にたどり着いてしまった。

 ヤバイと思い友紀と紗枝はハラハラしたがそんな二人の思いとは裏腹に幸子はその男の人の肩をポンポンと優しく叩いた。

 

「あの、もしかして神直君ですか?」

 

「へ?」

 

「あら?」

 

 

―――――――――――

 

―――――――

 

――――

 




ちょっと真面目な後書きでも(多少長いので興味が無い方はすっ飛ばしてください)。

地の文が長くなるようなら分割した方が見やすいかなと思い、今回ある程度の文字数で改行しております。今後もこのスタイルで行く予定ですが、これ以前の話の地の文の改行に関しては申し訳ありませんが後回しにいたします。

以後は記載のスタイルは意見が無い限り変えないようにいたします。自分が読みやすいかなと思ったものでも読者にとってはそうでなかったら意味無しなので。

ちなみに「それ前書きに書くもんじゃないの?」と思った方、その通りです。はい。



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偶然とお祝い、あとお願い

 つっっっっっかれた!もう本当に疲れた!

 

 あの後結局全部の紙を元通りに修繕した訳だけど、それがもう本当に大変だった。細かくバラバラにされた紙の修繕をやったことは過去にもあるけどそれが大量にあるとなれば事情が違う。

 一応破れた紙の一部に触ればどの紙がどう繋がっていたかどうかはなんとなく分かるんだけど、繋がっていた紙を見つけ出すのは当然だけど手作業だ。それだけならまぁ百歩譲っていいんだけど何事にも限界というものがあるように、この力は残念ながら無限に使えるわけじゃない。

 

 紙の修繕は一日に十枚しか出来ません。みたいな制限は無いんだけど、紙の修繕の際に破れた紙同士が繋がっているのを頭に思い浮かべながら切断面に触らなければならない。それが結構集中力を使う作業で体力的には問題は無いんだけど精神的に疲れる訳で、要するにデスクワークをしているのと多分なんら変わりない。

 そういう訳で自分の限界が力の限界になるわけだけど、自分がひーこら言いながら紙の修繕をしていると美城さんからかなり不思議そうな顔をされた。

 

 まぁ多分美城さんは先代の修繕作業を見たことがあるっぽいから分からないでもない。あの人は鼻歌歌いながら右手で修繕しつつ左手で絵を描けるレベルの変態具合なので、これくらいで疲れている自分に疑問を持ったんだろう。それを察して、先代ってああ見えて天才なんですよ、と言うと美城さんは眉根を寄せた。

 うん、信じられないのは分かるよ。自分もそうだったから。

 

 そんなこんなで作業を終え美城さんに修繕した紙束を渡し、行きの分と帰りの文の電車賃と今日のお昼代とお小遣いを貰った自分は一階の広場にあるというカフェに直行した。

 お店のおしゃれな雰囲気にちょっと気圧されたけど、疲れていた自分は即座に店員さんから温かいおしぼりをもらい、注文は後で取らせてもらいますと言って店の外の席の端の方にだらんと腰かけ、おしぼりを顔の上に乗せた。

 

 それから数分の間その体勢のまま過ごしていると疲れが引いてきて、それと同時に頭も回るようになってきた。そうなってくると自分の今の体勢がかなり怪しい感じになっているでは?と今更ながらに不安になってきて、顔の上のおしぼりをどけようと思い立ったところでこちらに歩いてくる音が聞こえた。

 

 足音的にかなり近い。これは注意されるなと思ってビクビクしてると、ポンポンと肩を叩かれた。

 

「あの、もしかして神直君ですか?」

 

「え?」

 

 まさか自分の名前が呼ばれるなんて思ってもなくて、驚いた自分は顔のおしぼりを退けて肩を叩いた人を見た。

 

「・・・あれ、まだ疲れてるのかな。輿水さんの幻覚が見える」

 

「幻覚じゃなくて正真正銘本物のボクですよ。ってちょっと、何でまたおしぼり顔に乗せようとするんですか!」

 

 ここには居ない筈の人の幻覚が見えたから再びおしぼりを元の位置に戻そうとすると、幻覚がおしぼりをひったくってきた。

 おかしい、この幻覚、質量があるぞ。と思いつつ強制的に開けた視界に映ったのはやっぱり輿水さんの顔だった。

 

「えっと、おは・・・こんにちは。こんなとこで何してるの?」

 

「ここはボクが所属する事務所ですので、ボクがいるのは当然のことです。それよりも、ボクはどうして神直君が居るのかが疑問なんですが」

 

 あ、ここってアイドルの事務所やってる所だったのね。城みたいな所に入った時に美人さんのでっかいポスターがあったからそうかなぁ程度には思ってたけど、まさか本当にそうだったとは。

 というか輿水さんって東京の事務所に所属してたんだね。それがたまたま今回かち合っちゃったのか、世間って案外狭い。

 

「自分はしご・・・私用で来ただけだよ。親戚がここで働いててさ、見学に来たんだよ」

 

「はぁ、そうだったんですか」

 

 輿水さんの後ろに呆然とした、多分輿水さんの知り合いと思われる人が見えたので仕事と言いかけたのを訂正して嘘を言っておく。仕事って言っちゃうともし追及された時が面倒だしね。

 

「え?なになに、この子、幸子ちゃんの友達だったの?」

 

「はい。ボクの学校のクラスメイトの神直君です」

 

「幸子はんの同級生いうたら山梨の子やんなぁ?それはまたこんなところで、偶然やなぁ」

 

 さっきまで呆然としていた茶髪の人が輿水さんに問いかけたと思ったら更に後ろからすごい和風美人さんが現れた。もしかしてこの人たちもアイドルだったりするんだろうか。それにしてもお宅の事務所レベル高すぎない?

 ちなみに友達というのを輿水さんが認めてくれたのが嬉しかったのはここだけの秘密だ。

 

「初めまして、神直御堂といいます」

 

「初めまして!私は姫川友紀だよ。よろしくね!」

 

「うちは小早川紗枝いいます。よろしゅうに」

 

 とりあえず輿水さんからご紹介に預かったので、席を立ち普段やっているのと同じように腰を曲げて挨拶しておく。その時に視界に垂れ下がった髪の毛が映ったので、ふと現在帽子をしていないことを思い出した。

 自分は腰を元の位置に腰を戻しテーブルの上に放りっぱなしだった帽子を取ってそれを深く被った。すると姫川と名乗ったお姉さんにちょっと残念そうな顔をされた。

 

「せっかくキレイな髪なのに、帽子で隠しちゃうの?」

 

「自分には似合わないものなので、その・・・あんまり見られたくないんです」

 

「そうだったんですか?ボクは普段から見ていますが、そんなことないと思いますけど」

 

「え?」

 

 さすがに姫川さんみたいな人に髪がキレイと言われるのはちょっと照れる。でもそんな髪も顔とセットで見ると残念仕様に早変わりするから困り者だ。

 そういう訳で自分はこれだけは譲らないと意思表示するように帽子のつばを強く握ったんだけど、そうしたら何故か輿水さんからのフォローが入った。いや、自分でも思うけどさすがにそんなことは無いだろう。もしかしたらあれか、自分は普段髪を後ろで纏めているからか。あれならまぁ、見れないこともないし。

 とは言えこれ以上髪のことを追求されるのは面倒だし、話題を変えることにしよう。

 

「ま、まぁ自分のことは気にしないでください。ところでそっちのお三方はどういった集まりなんですか?」

 

「フフーン、よくぞ聞いてくれました!実はですね、ボク達三人は・・・」

 

「あ、居た!おーい!」

 

 輿水さんが得意げな顔をしてさぁ喋り出すぞというタイミングで遠くの方からこちらの誰かを呼ぶ声が聞こえた。多分自慢したいことがあったのだろう、それをキャンセルされたことに微妙に不満顔の幸子さんが振り返り、自分もそちらの方へ視線を遣るとサイドテールの女の人がこちらに小走りで駆けてきているのが見えた。

 

 あれ、なんかあの人は見たことがある気がする。確か先代と料理番組を見ていた時に出てた気がする。名前は・・・なんだっけな。

 

「あれ、響子ちゃん、そんなに慌ててどうしたの?」

 

 そうそう、響子さん・・・五十嵐響子さんだっけ。輿水さん、姫川さん、小早川さんもアイドルっていうのは分かってるんだけど、やっぱりテレビで見たことある人が目の前に現れると何かおぉ~本物だ、と変に感心してしまう。

 しかし何だ、それはそれとして人口密度の9割が女の人とか正直落ち着かない。

 

「はぁ、はぁ、えっとね、実はさっき事務所に用事があって寄ったんだけど、その時にプロデューサーさんから幸子ちゃんと友紀さんと紗枝ちゃんもがCDデビューするって聞いたんだ。それでね、これはお祝いしなきゃって思って!」

 

「・・・CDデビュー?輿水さん歌うたうの?」

 

「そうです!いやー、これは神直君としてはボクを祝わざるをえませんね!」

 

「え、なにそれ凄いじゃん!うん、いつか祝わせてもらうよ」

 

 自分とは関係無い内容だと思って五十嵐さんの話を聞き流していると何やら気になる単語が耳に入ったので小声で輿水さんに問いかけると、ドヤ顔に満面の笑顔を混ぜてこちらへ振り向いた。

 相当に嬉しかったんだろうな。さすがにこうも喜色満面とされると素直に祝福したくなる。

 

「それでね、プロデューサーに事務所でパーティーを開いていいって許可ももらったし、寮の皆も誘って一緒にどうかなって」

 

「ボクをお祝いするなんて、さすが響子さんですね!」

 

「本当に?えへへ、ありがとね、響子ちゃん!」

 

「おおきになぁ。うちそういうのあんまり経験ないからほんま嬉しいわぁ」

 

「せっかくの三人のデビュー記念日だもんね!でも本当のことを言うと、お祝いの飾り付けもしたかったんだけど、今からとなると時間がかかっちゃうから・・・ごめんね」

 

 五十嵐さんが申し訳なさそうにそう言うとデビュー組の三人はいいよいいよ、と笑った。さて、どうやら今からこの人達は身内でパーティー的なことをするみたいだし部外者である自分が居ても仕方ない。

 出来るだけ気づかれないようにこの場からフェードアウトしようとすると何故か袖を輿水さんに引っ張られた。

 

「どうしたの?」

 

「えっと、つかぬことをお聞きしますが、神直君ってパーティー用の飾り付けって出来たりしますか?」

 

「あー・・・」

 

 なるほど、輿水さんからしてみればこの力を使えば紙限定ではあるけど飾り付けは出来ると思ってるんだろう。その予想は正解で、紙の形やら色やらを変えれば簡単に出来る。ただ、今自分はやや疲労が溜まっている状態なのでやりきるにはちょっと無茶しなくちゃならない。

 そんな訳でちょっと答えを濁していると輿水さんがちょっと残念そうに呟いた。

 

「あ、すいません。今のは聞かなかったことにしてください」

 

「・・・えっと、やっぱり飾り付けやりたいの?」

 

「勿論です!ボクは祝われるのは当然ですから!・・・それで、あの、友紀さんと紗枝さんにはお世話になっているので、やっぱりちゃんとしてあげたいなって思うんです」

 

 いつもよりもしおらしく、ちょっと照れくさそう輿水さんは言った。きっとこの子は自分の事ばかりじゃなくて、本当はきちんと他の人のことを考えているんだな、と感心してしまった。

 そんなことを聞かされて力になれないと答えるほど自分自身冷たい人間のつもりはない。まぁ、無茶くらい通してなんぼでしょう。

 

「よし、分かった。飾り付け、やりましょう!」

 

 自分の返答で輿水さんが笑顔になる。それがなんとなく、本当になんとなくこの世で一番うれしい事柄のように思えた。



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装飾と誕生日男、あと無茶

 輿水さんのお願いに了解を返して五十嵐さん達の会話に戻ってもらい、自分は考えに耽る。とにかくお祝いの飾り付けをやることが決まったのはいいんだけど、困ったことに問題点がいくつかある。まず初めに五十嵐さんが時間が無いから飾り付けは時間が無いから出来ないと言ったこと。

 そりゃあ当然さっき聞いたみたいだし逆に完璧に出来てますとか言われても、え?どうやったの?って話になる。まさにそれが最初の問題で、きっと自分がやったとしても同じ話になってしまい最悪自身の力がバレる事態になりかねない。

 疑問を持たれるのはどうやったって回避出来ないからそれはもう諦めるにしても、追及に関してはされないように上手い言い訳を考えなきゃだめだろう。

 

 次に、飾り付けをするのは輿水さんと自分だけが担当しなければいけないということ。二人で作業することにさっきの疑問が更に深まってしまうのはこの際仕方がない。なにせ飾り付けには力を使うんだから見られる訳にはいかない。ちなみに輿水さんには監督を務めてもらうつもりだ。自分にはセンスが無いからね。

 

 あとはまぁ紙の都合だけど、これは多分どうとでもなるだろう。いざとなったら美城さんに都合してもらえばいいし。他にも細かい問題点があるけどもうそれについてはもう基本無視で行くことにしよう。"疑問は持たれても力はバレないように"これさえ守れていれば最悪あとは何でもいいってことで。

 

 そうして自分が無い頭をぐるんぐるん回しているとどうやら向こうの四人の話し合いが纏まったらしく響子さんが意気揚々と声を上げた。

 

「それじゃあ皆でお祝い用の買い出しに行こっか!本当は発案した私だけで行くべきなんだけど・・・」

 

「そんなことあらへんよ。響子はん一人で荷物持たせんのも心苦しいしなぁ」

 

「そうそう!荷物は皆で持つものだよ!」

 

 申し訳なさそうにする五十嵐さんに対して小早川さんと姫川さんは優しくフォローする。輿水さんも何か言いたそうにしてるけど自分が残らなければいけないのを理解してくれているんだろう、結局黙ったままだった。

 とにかく飾り付けを提案をするなら今しかないだろう。自分は輿水さんにアイコンタクトを送った。どうやらそれがきちんと伝わったようで、一度こちらに頷いてから輿水さんは存在をアピールするように手を挙げた。

 

「すいません、ちょっといいでしょうか」

 

「どうかしたの、幸子ちゃん?」

 

「はい。ボクとしてはせっかくのCDデビューなので、盛大にお祝いするべきだと思うんです」

 

「それはええ案やけど、どうするん?」

 

「あ、分かった!ケーキ豪華にするとか?」

 

「それもいいですけど、やっぱり飾り付けをするべきだとボクは思うんです!」

 

 突然の提案に驚いた顔になる三人。そりゃそうだろうさっきの会話から時間が無いって聞いてるはずなのにこの発言だ。

 

「う~ん、でもそんな時間無いよ?」

 

「フフーン、分かっています。ですが、ボクにいい案があります。それは・・・」

 

 驚き顔から次いで困り顔になった五十嵐さんを制し、輿水さんはドヤ顔を見せた後自分の方に視線を移した。正直さっきから頭を捻りまくってるのに良い言い訳が思い浮かんできてないんだけど、しょうがない。自分は覚悟を決めて輿水さんからの紹介を待った。

 

「このミスター・バースデーこと神直君が飾り付けを行うことです!」

 

「え?ミスター・・・バースデー?」

 

 そ・・・れはちょっと予想外だよ輿水さん。ほら、姫川さんも小早川さんも微妙な視線をこっちに向けてるよ。あと五十嵐さんにいたっては誰この子と言わんばかりだよ。まぁお互い自己紹介してないから当たり前なんだけど。

 

「はい。実は神直君は飾り付けがすごく上手いんです!それで友達からの誕生日会などに引っ張りだこで、結果このあだ名が付きました!」

 

「え!?本当に!?」

 

 友達も居なければ誕生日会とか一回も呼ばれたことないけどね。あと姫川さん、そんなキラキラした目で見ないでください。なんか自分が騙してる気分になる。

 

「あの、この子は・・・?」

 

「初めまして、自分は神直御堂って言います。輿水さんのクラスメイトで、ここには親戚の仕事を見に来ました」

 

「あ、これはどうもご丁寧に!私は五十嵐響子です、よろしくね!」

 

 意味不明なあだ名を持ったやつにもきちんと笑顔で挨拶を返してくれるあたりは流石アイドルと言ったところだろうか。もしくはこの人の性格が良いか。

 

「それで、あの飾り付けのことで・・・」

 

「あ、大丈夫です。さっきのことは本当ですから」

 

 こうなった以上は仕方ない。どの道どうやっても似たり寄ったりな状況になるんだし、ここはこの流れに乗るべきだろう。恥ずかしくないかはどうかは置いておいてね!

 

「でも本当に時間が無いよ?」

 

「構いません。実はこんなこともあろうかと持って来てるんですよ、飾り付けを」

 

 自分はカバンのチャックを開けそこへ右手を突っ込み、いつも使っている授業用のノートを探した。ちょっと勿体ないけど授業用のノートか何かを輪っかと輪っかを繋げた形に成形して個別に着色すればいいだろう。

 と思っていたんだけど、カバンの底まで手を突っ込んでみても何の感触も無いことにはたと気づく。そうだ、今朝カバンからノートを全部取り出したんだったと。

 

 やばいやばい!紙が無い!あるのはゲーム機と財布だけじゃん!これじゃあの輪っかが作れ…あ、そういえば美城さんから貰ったお金は、確か封筒ごと貰ったはず!

 

 自分は封筒を引っ掴んで中身をカバンの中にぶちまけすぐさま力を使い、それを取り出した。大した長さのものは出来なかったものの、実物さえ見せれば多分大丈夫!と思う!

 

「ホ、ホントだ!」

 

「おぉー!凄い!」

 

「さすがはみすたー・ばーすでーさんやなぁ」

 

 三人共感心やら驚きやら入り混じった反応を返してくれたので、どうやら納得してくれたみたいだ。でも小早川さん、そう呼ぶのは止めてくれないかな。そんなおっとりした雰囲気からそんな苦笑必至なあだ名を呼ばれるとなんか余計ダメージが・・・

 

「ま、まぁそんな感じなんで、飾り付けは任せて下さい。ただ自分だけだと味気ないものになるし、悪いけど輿水さん、手伝ってもらっていいかな?」

 

「ボクなら構いませんよ。じゃあすぐに準備しましょうか。事務所はこっちです、着いてきて下さい」

 

「あ、ちょっと待って!二人で大丈夫?私も手伝おうか?」

 

 気を取り直しつつ、ついでに輿水さんを連れ出す算段をつけ自分たちはその場から離れようとするが、五十嵐さんから待ったがかかる。まぁそうなりますよね。

 でもこれは予想出来ていたことなので自分は五十嵐さんに向き直り、帽子を深く被りなおした。

 

「すいません、実は自分人見知りで、あまり知らない人と作業するのはちょっと・・・。なので皆さんは買い出しに行ってきてください」

 

「あ!ご、ごめんね、気が利かなくて!」

 

 心底申し訳なさそうにする五十嵐さんに良心をガリガリと削られるけど我慢、我慢だ。自分はごめんなさいの意味も込めて軽く頭を下げて、改めて輿水さんと一緒に事務所へ向かうことにした。 

 

 

―――――――――――

 

―――――――

 

――――

 

 

「はい、ここがボク達の事務所ですよ」

 

「お邪魔します」

 

 輿水さんに案内され事務所にたどり着いた自分は部屋の中へと足を踏み入れた。数人が座れるソファーがいくつかにそれに見合ったテーブルがある以外は特に目立った点が無い普通の事務所って感じだ。いや、普通の事務所がどんなもんか自分自身知らないけど、これが一般的な事務所のスタイルなんだろうな。

 

「そういえば自分がここに入る前に男の人が出てったけど、あの人は?」

 

「プロデューサーさんです。さすがはプロデューサーさんからの信頼厚いボクですね、ボクの一声で出て行ってもらいました!」

 

「へぇ、そうなんだ・・・」

 

 外から聞いていた分には輿水さんがちょっと用事があるので出てってくださいの一点張りでプロデューサーさんが渋々出てった感じがしたけど、それを言うのは野暮なんだろう。部屋から出て来たときの困惑した顔と自分を見たときの驚きの表情に同情を禁じ得なかったよ。

 

「とにかく始めますか。肝心の紙はある?」

 

「コピー用紙がありますが、これでも大丈夫ですか?」

 

「大丈夫大丈夫。それを使わせてもらおっか」

 

「それで、最初は何を作るんですか?」

 

「横断幕かな。輿水さんにも手伝ってもらわなくちゃならないことあるし」

 

 紙の確保が出来たので、スマホで横断幕のデザインの画像を検索し、帽子を外して準備に取りかかる。今回の主役は三人だしちょっと大きめに作るとして、まずはベースとなる横長の長方形の紙を作らないといけない。

 自分は輿水さんからコピー用紙を受け取ってそれを縦に4枚、横に7枚、事務所の床に隙間が無いように並べて紙同士の繋ぎ目に触れ、それらをくっつけた。

 

「破れてなくても紙をくっつけることは出来るんですね」

 

「正直やってることはどっちも同じだからね。それでデザインなんだけど、この中から選んで」

 

「この中からとなると・・・この風船がいっぱい飛んでるのがいいですね」

 

「了解」

 

 次にどんなデザインの横断幕にするかなんだけど今回は時間が無いから、検索結果で出てきた画像の中から輿水さんに選んでもらった。その選ばれた画像を参考にして自分は横断幕の外側に風船を力で書き写し、風船を個別に着色していった。

 それと同時に横断幕の中心より下の方に"CDデビューおめでとう!!"と自分なりに出来るだけポップな感じになるように文字を書いた。

 

「こんな感じでいい?」

 

「はい、結構いい感じになりましたね。さすがはボクのセンスで選んだだけはあります!しかし、本当に一瞬で出来てしまいましたね・・・」

 

「これくらいなら神直なら誰でも出来るよ。それで後はこの文字の上に誰々の名前を書けばいいんだけど、それは輿水さんの手書きでお願い」

 

「ボクの手書きでもいいんですか?」

 

「むしろそうじゃないとダメなもんなんじゃないの?よく分かんないけどさ、こういうやつって気持ちが大事って言うし、輿水さんへはともかく、他二人には特にお祝いの気持ちが籠ってない自分が全部やると味気無くない?」

 

 たまに先代の仕事、取り分け手紙の修繕を手伝う時によく言われている。こういうのはただ紙を直してるわけじゃない、手紙送った人の気持ちを直しているんだって。

 今回の場合はちょっと状況は違うけど、それに通じるものがあるのでそうかと思ったんだけど違ったかな?なんか輿水さんもキョトンとした顔をしてるし。

 

「・・・ま、まぁ神直君がそういうなら仕方ないですね!このボクが二人のために名前を書いてあげましょう!」

 

「そ、そう?じゃあお願い。あ、それと別に黒ペンで書いてもいいよ。色を変えたかったら後で自分が変えるから」

 

 何か輿水さんが急にやる気になった。もしかして違ってなかった?

 

「それで、ボクの名前は神直君が書いてくれるんですよね?」

 

「うん。自分で良ければだけど」

 

「ではボクの名前はお任せます。ボクの名前にはご利益があるので、きっと神直君には幸運が舞い降りますよ!」

 

「あはは・・・」

 

 あぁ、名前に"幸"って付くからね。自分は曖昧な笑顔でそれを返して、コピー用紙を輪っかの飾りを繋げたやつに変える作業に取り掛かった。

 そして何個かの飾りを作り終えた時に、一瞬めまいが起こりふらついてしまった。

 

「・・・とと」

 

「あの、神直君、大丈夫ですか?」

 

「え?あぁうん大丈夫、何でもないよ!」

 

 どうやらふらついた所を輿水さんに見られてしまったようだ。危ない危ない、さっきから倦怠感が重くなって来たし、もうそろそろ限界っぽい。とにかく早く済ませよう。

 自分は疲労を押して輪っかの飾りを急ピッチで作り上げてそれを天井と壁に事務所にあったセロハンテープで貼り付け、横断幕以外の飾り付けを終わらせた。

 

「はぁ・・・。あとは横断幕だけだけど、そっちはどう?書けた?」

 

「書けましたよ。後は色変えとボクの名前をお願いします」

 

「そっか。じゃあペン貸してちょうだい」

 

「あれ?力で書かないんですか?」

 

「気持ちについて偉そうに語っちゃったからね。真心込めて書かせていただきます」

 

 自分は冗談めかしてそう言ってペンを受け取って、微妙に揺れる視界を抑えて出来るだけ丁寧に輿水さんのフルネームを書き上げた。

 その後輿水さんの指示通りに文字の色を変えて、最初に書いた"CDデビューおめでとう!!"の文字を多少手直しして完成した横断幕を壁に貼り付けた。

 

「完成です!うんうん、やっぱり飾り付けがあると無いとでは大違いですね!神直君、本当にありがとうございます!」

 

「どういたしまして。じゃあ自分は皆が戻ってくる前に帰るよ」

 

 輿水さんからお礼の言葉ももらったしもうここに用は無くなったので帽子を被って、カバンの紐を肩にかけて退室しようとすると、ひどく驚いた声が自分にかかった。

 

「え!?ボク達のお祝いに参加しないんですか!?」

 

「うん、あの三人だけじゃなくて他にもいっぱい来るんでしょ?それはちょっと居辛いというか。ごめんね、じゃあ」

 

「あ、ちょっと待・・・!?」

 

 強引に話を切り上げて事務所を退室しドアを閉めて静止の声をシャットアウトする。輿水さんには非常に申し訳ないけど、こっちも本気でやばくなってきたので帰らせてもらうことにしよう。

 

(というか、これはちょっと本当にまずいかも・・・)

 

 作業を終えて気が緩んだのか倦怠感がグッと重くなった気がする。いつだかインフルエンザに罹った時みたいだ。いや、それよりももうちょっと酷いかもしれない。

 

(とにかく、美城さんの所に行こう。帰ることを伝えとかないと)

 

 重い体に鞭を打って、人とすれ違わないように祈りながら壁を支えにしながら美城さんの元へと歩き出した。




※お祝い後、片付けの最中の一幕

響子「でも本当にビックリしたよね。私たちが帰ってくるまでに飾り付け全部終わらせちゃうんだもん」

友紀「だよね!あのあだ名は伊達じゃないってことかー」

みりあ「なになに、何の話?」

友紀「あ、みりあちゃん。実はね・・・」

みりあ「わー!この輪っかの飾り、のりで繋げた跡が無いよ!どうやって作ったの?」

響子「あれ?確かに。これ、一体どうやって・・・」

 神直痛恨のミス&事務所七不思議入り



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送迎とお叱り、あとお粥

Q.神直って神社在住(神道)ですよね?なんで名前が御堂(仏教)なんですか?
A.よく調べずに語感で名前を決めたからです。



「んぁ・・・あれ、いつの間に寝てたっけ?」

 

 目を覚まして直後、自分の体に妙な浮遊感を覚えたのでさっきまで自分は寝ていたことを自覚する。さっきまで眠れなかったのに意識が落ちる時は本当に一瞬だった。

 

(それだけ疲れてたってことかぁ)

 

 横向きに寝ていた体を仰向けに変えて、見慣れた天井を右腕で隠しちょっとの間後悔すると同時に昨日とさっきのことを思い出す。

 飾り付けを終えた後、自分はせめて一言だけでも伝えないと失礼だと思ってふらつく足を抑えつつ何とか美城さんの所へたどり着いたのはいいんだけど、さぁ帰りの挨拶をしようと対面した時のことだった。美城さんの眉間に盛大に皴が寄った。

 

 ただでさえ鋭い目がさらに射殺さんとばかりに鋭くなったときは一瞬逃げ出そうとさえ思ったほどだけど、残念ながら自分にはそんな体力が無かった。これはやばいと思ってビクビクすることしか出来ずにその場から動けないでいると美城さんから声がかかった。

 

「お前、一瞬見ない間に何があった?」

 

「はえ?あ、はい?何が?」

 

「自覚が無いのか、それとも知っていてその態度なのか分からんがまず鏡をみることをお勧めする」

 

「?」

 

 美城さんは自身のカバンから手鏡を取り出して自分に突き付けた。近くまで歩いて行ってそれを覗き込んでみたら、なんとまぁそこには帽子被った青白い顔の自分によく似た誰かさんが映っていた。あれ?もしかしなくてもこれ自分か?

 

「もしかして自分ってさっきからこんなんだったんですか?」

 

「自覚が無かったのか・・・。少なくとも、お前が仕事を終えた後はここまで酷くは無かったぞ」

 

「はぁ・・・」

 

 そう呆れた声で言った後に手鏡をカバンに仕舞い、またこっちに眉間に皴の寄った顔を向けてきた。自分としてはすれ違う人に心配されないように頑張って隠してたつもりだったんだけど顔に出てたらしい。

 あぁ、それでか。なんか途中で何故かキノコの生えた鉢植えを持った子とすれ違った時にものすごい顔をされたのは。

 とにかくこんなに状態が悪いならさっさと帰って寝るべきだ。自分は改めて美城さんに向き直って姿勢を正した。

 

「何にしても仕事は終わりましたし、この辺で帰らせていただきますね。今日はありがとうございました」

 

 出来るだけ死にかけの顔を取り繕い、帽子を取って頭を下げる。切り上げ方が多少強引なのは分かっているけど、自分の顔を確認してからは余計に気分が悪くなった気がするので許して欲しい。

 そんな思いも込めながら下げた頭を元の位置に戻したら、相変わらず美城さんの眉間には皴が寄ったままだった。というか気持ち増えているように感じる。

 

 もしかしてさっきのが気に入らなかったのかと思って首をかしげると、それこそ気に入らないとばかりに溜息をつかれた。

 

「そんな状態で一人で帰れる訳がないだろう。送って行ってやるから少し待て」

 

「え?自分の家知ってるんですか?そもそも、ここからだと大分遠いし・・・」

 

「お前の家は知っている。これ以上口答えするな」

 

「あ、はい」

 

 有無を言わせぬ迫力というのはきっとこういう事を言うんだろうね。目の前の不良よりよっぽど怖い人を見つめて自分はそう思った。

 

「準備が出来た。さあいくぞ」

 

「・・・?この手はなんですか?」

 

「その様子では歩くのも辛いだろう。こちらに寄りかかってもいいから私の腕を支えにしろ」

 

 気遣いってきっとこういう事を言うんだろうね。こちらと目も合わせずに淡々とそう言った自分よりもよっぽどイケメンなこの人の手を取らせてもらって自分はそう訂正した。

 その後は特に何もなく美城さんに自分の家まで送ってもらい、我が家に着くなり自分はなけなしの体力で本堂に向けて挨拶を済ませ、さっさとお風呂に入り泥のように寝た。それが昨日の出来事。

 

 そして今朝7時半、設定していたアラームよりも丁度1時間ほど回った時刻に起きた自分は未だに残る倦怠感を押してスマホで学校へ今日は風邪で休むと伝えた。

 当然親御さんはどうしたんだと言われてしまったけど、今親は忙しくて電話出来ないだの何だのと適当にはぐらかしてスマホの受話器を置いたマークをタップした。

 

 それからしばらく眠れずに布団の上でごろごろと頻繁に寝返りをうっているとスマホがブルブルと震えた。誰かなと思って画面を確認するとどうやら電話がかかって来たらしく、"先代"の二文字が画面に映っていた。

 あれ、何かあったのかな?と思って自分は軽い気持ちで電話に出たけど、それが間違いだったらしい。いつもの調子でもしもしとお決まりの挨拶をすると、電話の向こう側から怒声を浴びせられた。

 

『もしもしじゃねぇ!お前風邪引いたんだってな。ならなんで真っ先にアタシに連絡しなかった!』

 

「・・・す、すいません」

 

 あまりの剣幕に思わず謝罪の言葉が出てしまう。どうやら学校側がはた迷惑なことに自分の状態を保護者である先代に伝えたみたいだ。いや、それはともかく今は先代をなだめることを最優先にした方が良いな。

 

「その・・・連絡しなかったのは謝る、ごめんなさい。それとあともう一つ、実は風邪は引いてない」

 

『はぁ?じゃあ何で学校休んだんだよ。反抗期って訳じゃないだろ』

 

「実は―――」

 

 自分は昨日の事を正直に話すことにした。どうせ今嘘を吐いても後でバレるのが目に見えてるし、何よりこのまま風邪の設定を貫き通してしまうと先代が旅行から帰ると言い出しかねない。

 元凶が何言ってんだと思うかもしれないが、普段お世話になっている分こういうところで彼女の重荷になるわけにはいかない。

 

 さすがに"アイドルのCDデビューの"という部分は伏せておいて、自分は昨日仕事の後に偶然会った友達のお祝いの飾り付けにハッスルしすぎて力を使いすぎて疲労してしまったことを伝えた。

 それを聞いた先代は怒りを半分呆れに変えて電話越しでも分かるぐらいの重苦しい鉛色の溜息を吐いた。

 

『はぁ・・・つまりあれか?友達が出来たのが嬉しかったから張り切ったと?』

 

「うん、大体そんな感じ」

 

『本当にそれだけか?』

 

「別に他に何も無・・・・・・あ」

 

 何故か先代が念を押してきたので昨日の出来事をもう一度思い返しみるけど特に何も思いつかったので、他に理由はないと返答しようとした瞬間、何故か分からないけど輿水さんの嬉しそうな笑顔が一瞬フラッシュバックした。

 

『・・・まぁいいや、とにかく今日は安静にしてろ。力の使い過ぎで倒れたってんなら今日一日休んだら治るだろ』

 

「え?うん、そうするよ」

 

『じゃあ切るぞ。体調がやばくなったら絶対に連絡しろよ』

 

「ありがとう。じゃあね」

 

 プツンと通話が切れたので、自分はスマホの画面を消灯させた。その際暗くなった画面に自分の疲れた顔が映ったので、何となく見続けていたけどしばらくすると何の意味も無いことに気が付いてスマホのカバーで自分の顔を隠した。

 自分の知る限り先代は人の感情に鋭い方だと思う。それだけにさっき自分が最後返答に詰まったのも多分気づいているだろうけど、それをスルーしたのが何か言われると思っていただけに意外だった。

 でもまぁ自分でも分からないことを言及されたところで結局答えることが出来なかったので良しとしよう。そんなことは置いといて今は体を休めるべきだろう。自分は再び寝るために瞼を閉じた。と、ここまでそれがさっきの出来事。

 

(そういえば、今何時だ?)

 

 さっきまでの思い出から帰って来た自分は目を覆っていた右腕をどけてそのまま枕元にあるスマホの元へと持っていく。視線は天井に向いているので見当違いな場所をポンポンと叩いてしまったが、何回かするとスマホの硬い感触が返ってきたのでそれを掴んで自分の顔の正面に持ってきた。

 

 時間の確認を行おうとスマホのカバーを外してまた自分の疲れ顔と対面しようとした瞬間、珍しく母屋に備え付けられているインターフォンが来客を知らせる電子音を鳴らしてきた。

 

(宅配か何かかな。でも何か注文してたっけ?)

 

 昨日よりかマシになった体を持ち上げて自分は玄関へと向かった。

 

「はーい。何か用で・・・」

 

「こんにちは。昨日ぶりですね」

 

「・・・あれ、まだ疲れてるのかな。輿水さんの幻覚が見える」

 

「幻覚じゃなくて正真正銘本物のボクですよ。っていうかそれ昨日もやりましたよね!?」

 

 目を擦ってみてもやっぱり目の前にいるのはどう見ても輿水さんだ。それにこのツッコミは本人以外あり得ない。それにしても輿水さんがここに来たってことは既に学校の放課後以降の時間になってるってことになる。

 いや、ちょっと寝すぎたな。

 

「それで、輿水さんが何でここに?」

 

「この前神直君が来てくれた理由と同じです」

 

 輿水さんは自身のカバンから紙を数枚とノートを取り出してこちらに手渡してきた。なるほど、今日の授業で配られた分のプリントか。そう言えばよく考えたら自分の家を知っているのは輿水さんくらいだったね。

 まぁ自分は輿水さんの家を知らなかったのに行かされたけどさ。

 

「ありがとう、助かるよ」

 

「フフーン、どういたしまして。ところで先生からは風邪と聞いていたんですが、本当に悪そうですね。ちゃんと栄養取ってます?」

 

「えい・・・よう・・・?」

 

「あのー、そんなキョトンとされても困るんですが・・・。もしかして今日のお昼何も食べてないんですか?」

 

「えーっと・・・」

 

 輿水さんにそう言われて気づく。自分っていつから食べてないんだろうと。あ、そうだ。

 

「昨日のお昼から何も食べてな・・・嘘です、いっぱい食べました!」

 

「いや、ちょっと、さすがにそんな雑な誤魔化し方じゃボクを騙せませんよ!っていうか昨日のお昼からですか!?」

 

 本当のことが口をついて出てしまったので心配はかけまいと慌てて訂正しようとしたけどどうやら遅かったらしい。今まで見てきた顔のどれよりも驚いた表情をこちらに向けて来た。

 

「そんなんじゃ治るものも治りませんよ!ちょっと待っててください!」

 

「え?どこに行くの?」

 

「コンビニです!」

 

「なんで!?あ、ちょっと、階段、階段に気を付けて!!」

 

 

―――――――――――――

 

―――――――

 

――――

 

 

「はい、お粥です。レトルトで申し訳ありませんが」

 

「ううん、ありがとう。じゃあいただきます」

 

 あの後コンビニにダッシュで向かっていった輿水さんは自分の為にお粥やその他スポーツドリンク、冷えピタやら何やらの風邪を引いた時の定番アイテムを買い揃えて来てくれたので、輿水さんを家に上げて居間へとご招待した。

 どうしよう、買ってきてくれたのはすごく嬉しいんだけど、実は風邪じゃないって言い辛くなってしまった。

 

「全く・・・ボクが来たからいいものの、悪化したらどうするつもりだったんですか?」

 

「・・・す、すいません」

 

 今朝もこんなような謝罪をしたなと思いつつ自分はお粥に箸をつける。久しぶりのご飯なせいか妙に美味しく感じられて輿水さんの呆れ顔をよそに自分はどんどんお粥をかき込んでいき、あっと言う間に平らげた。

 

「ごちそうさま。はぁ~、美味しかった・・・」

 

「ボクがレンジでチンしましたからね。カワイイの入った料理が美味しくなるのは当然です」

 

「輿水さん、せめてツッコみどころは一ヶ所にしよう」

 

 お粥の入っていた茶碗をテーブルに置いて一息ついて、ふと視線を右にやると冷えピタの箱が見えた。せっかく買って来てもらったものだし、貼り付けとこうかな。

 

「あの、ちょっといいですか?」

 

「ん?何?」

 

 体が熱くない時の冷えピタってなんか微妙に不快だなと思っていると、輿水さんがさっきとは打って変わってなんだか申し訳なさそうな様子で自分の顔を伺ってきた。

 

「もしかして神直君が風邪を引いたのは、昨日ボクが飾り付けを頼んだからですか?」

 

「・・・何でそう思うの?」

 

「飾り付けが終わるちょっと前に神直君がふらついてましたし、すぐに帰ってしまったので、それでと思って・・・」

 

 ・・・これは、何というか嫌だな。昨日見た笑顔が何だか今の悲しそうな顔で塗りつぶされていく気がする。

 当然、無茶して体調を崩すと他人にまで迷惑がかかることくらいの常識は自分の頭にもあった。だけど、こんなことになるのなら無茶なんてするんじゃなかった。

 

 今後この目の前の人の顔を歪めるような無茶はしないでおこう。

 

「いや、そんなことないよ!今回はたまたまだよ!」

 

「・・・そうならいいんですが。あ、いや、勿論風邪を引くこと自体はダメなことですよ?」

 

「うん、今後は体調管理をもっと気を付けるよ」

 

 努めて明るく自分なりの笑顔でそう言うと多少なり信じてくれたのか、顔にほんの少し笑顔が戻る。さて、これ以上家に引き留めるとこの人の親御さんに心配がかかるだろうし、そろそろ帰ってもらった方がいいかな。

 

「今日はありがとね、輿水さん。でももう時間も時間だし、今日は帰った方がいいんじゃないかな」

 

「おや、もうこんな時間でしたか。それではそろそろ失礼させていただきますね。あ、ちゃんと晩御飯も食べてくださいよ」

 

「はい、ありがたくいただいておきます」

 

 自分は席を立ち輿水さんを玄関まで見送り、再び居間に戻った。さすがにお粥一杯じゃ足りなかったらしく、お腹がぐぅと鳴ってしまう。

 晩ご飯にはちょっと早いけど、買って来てもらった残りの食料を食べてしまいますか。



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宝箱とサプライズ、あと連絡先

「おはよう輿水さん」

 

「あれ、神直君?風邪はもう大丈夫なんですか?」

 

「うん、おかげさまで」

 

 次の日、無事に快復した自分はいつも通りに登校して、既に席に着いていた輿水さんへ挨拶をする。こちらを気にかける言葉が返されたけど、風邪で休んでいた訳じゃないから一日安静にしてれば治ったので心配はいらない。

 あれ、でもよく考えたらご飯食べずに寝てばっかりだったら治らなかった可能性がある?だとしたら輿水さんには何かお礼しないと。

 

 でもあれだ、女の人に何を送ればいいかなんて全然分かんないな。CDデビューのお祝いも考えてないし、いっそ何が欲しいか直接聞いた方が早いかな。うん、せっかくだし聞いとこう。

 

「あ、そうだ輿水さんって何か欲しいものある?」

 

「え?どうしたんですか、突然」

 

「あ、いや、ごめん悪い癖が出た。訂正させて」

 

 自分の席に着いてすぐに出た言葉に自己嫌悪する。聞くのはいいけど聞き方ってもんがあるでしょうよ。出会って数日の友達に突然欲しいもの聞かれても困るに決まってるだろうに。

 

「昨日のお礼と一昨日のお祝いをしたいからさ、何か欲しいものとかは無いかなって」

 

「なるほど、そういうことでしたか」

 

 自分がそう説明すると輿水さんは納得したように頷いた。ではと自分が聞く体勢に入ると、なぜか輿水さんはやれやれと今度は呆れたように首を振った。

 

「まったく、乙女心が分かっていませんね神直君。お祝いに何か贈り物をする時はサプライズでするべきですよ」

 

「えーっと?つまり自分で考えてやれと?」

 

「そういうことです。ボクの事をよく知って、ボクの気に入るものをプレゼントしてください」

 

 え、何その無理難題。この世にあるかどうかは別にしてまだ具体的な品を注文してる分かぐや姫の方がまだましなんじゃないかと思えてくる。

 

「あ、ですが昨日のお礼に関しては気にしなくていいですよ。それは飾り付けをやってくれたこちらからのお礼ということなので」

 

「うーん、どーするか・・・」

 

「って、聞いてませんね・・・」

 

 輿水さんが何か言っているみたいだけどサプライズという言葉が自分の中でグルグルと回っていて耳には入るけど頭には入らない。しかしサプライズ、サプライズかぁ・・・あ、そうだ。

 

「輿水さん、ちょっといい?」

 

「何でしょう?」

 

 一旦周りを見渡してまだ登校しているクラスメイトが少ないのを確認してから、ちょいちょいと手招きをして輿水さんに椅子ごと近くまで寄って来てもらう。それから自分はカバンの中から数学のノートの最後とその前のページを破って、それをまとめて両手でくしゃくしゃに丸めて出来るだけ周囲に見られないように自分の机の下に両手を持って行ってそこでギュっと紙を強めに握りこんだ。

 

「その紙をどうするつもりなんですか?」

 

「まぁ見てて」

 

 輿水さんには自分が力を使ったのが分かったみたいだけど本番はここからだ。頭に浮かんだ完成図のイメージを紙に反映させるためにちょっとの間集中する。

 そうしてある程度できた完成品を両手で隠したまま輿水さんの目の前に持っていって、出来上がったそれを着色しつつ形を整えて両手を開いた。

 

「これは・・・宝箱、ですか?」

 

 手の中で作っていたのは手のひらサイズの小さい宝箱。細かい装飾まで覚えていないから赤と金縁だけになってしまったけど、形のモデルはド〇クエに出てくるやつにした。

 

「開けてみて」

 

「む、虫とか入ってないですよね?ねぇ?」

 

「入ってないよ!?そもそも今の一瞬じゃ用意してない限り無理だから」

 

 何でだろう、予想外にすごい怖がられた。過去に宝箱を開けたら虫が飛び出してきた、とか普通に生きてきてしないような経験でもしたことがあるのかな?

 とにかく何であっても開けて貰わないと埒が明かないので自分はずずいと宝箱を更に近づけるように差し出した。

 

「分かりました。じゃあ開けますけど、何か飛び出したら恨みますからね!」

 

「あ、ちょっとま・・・」

 

「うにゃ!!」

 

 やばいと思った時には遅くて、輿水さんは自分の手から宝箱を取って開けてしまった。虫こそ飛び出しはしないけど、宝箱の中からは圧縮されていた紙のバネが飛び出してそれと同時に小さく丸めた紙が発射されて輿水さんの額に直撃した。

 

「ちょっと!やっぱり何か仕掛けてたんじゃないですか!ボクのカワイイ顔が傷物になったらどうするつもりですか!」

 

「いや、でも紙だからそんなに痛く・・・いや、ごめんなさい」

 

 紙が直撃した部分を擦って宣言通り恨めし気な顔をされる。さすがにこれは自分は悪くないと思いつつも謝っておく。だって虫じゃないからセーフだと思ったんだもん。

 

「それで、結局何だったんですか?」

 

「それそれ、地面に落ちてる紙」

 

「これですか?」

 

 輿水さんの額に直撃した後に地面に落ちた丸まった紙を拾い上げてそれを広げてもらう。

 

「・・・何も書いてませんが?」

 

「そのまま端っこの方持っててね」

 

 くしゃくしゃの紙を見て不思議そうにする輿水さんを制して自分は右手を横に倒して紙の上にかざし、輿水さんの左手の方から右手にかけてゆっくりと力を使いながらなぞっていく。

 自分の手が通り過ぎた所から紙のしわが無くなっていき更に色が変わっていく。そして輿水さんの右手までたどり着いたらなぞった部分よりもより時間をかけて、頭に浮かんだそれを少しだけ変えて反映させ、自分は紙から手を離した。

 

「はい出来上がり」

 

 薄いピンク色をベースに紫色の文字で"輿水さんCDデビューおめでとう!!"と書いて、対面に座る自分から見て紙の左上に笑顔を浮かべた輿水さんを自分なりにデフォルメにして絵を描いた。ちなみに顔だけしか書いてないよ。全身とか無理です。

 正直に言って一昨日の横断幕の一人バージョンになっただけだけだし、自分にセンスが無いせいでシンプルなデザインになってしまったから出来で言えばそうでもない方だろう。いや、前と同じで風船でも入れようかなと思ったんだけどね。同じだと芸がないかなと。

 

「デとビが左右逆になってますね」

 

「ん?うわ、ごめん!すぐ直すから!」

 

 自分自身に言い訳していると輿水さんから手痛い指摘を受けた。確かによく見るとデとビがあり得ない方向を向いていた。輿水さんからはちゃんと見えるように自分とは逆向きに書いたわけで、これが難しかった。

 結構注意を払いながら文字を書いたんだけどミスをしたなら仕方ない。出来上がった後からの修正なんてちょっとかっこ悪いけど、直させて貰おうと思って手を伸ばすと、なぜか輿水さんは自分から紙を遠ざけた。

 

「あの、さすがに触れないと自分でも直すの無理なんですけども」

 

「このままでいいです」

 

「え?なんで?」

 

「なんでもです!いやー、人のミスを許すなんて、ボクの懐の深さと言ったら留まる所を知りませんね!」

 

「いや、そのミスを修正したいんだけど」

 

「ダメです」

 

 そう言って手を伸ばすけどやっぱり遠ざけられる。なんでだろう、これが噂の乙女心とでも言うんだろうか。

 

「まぁ本人がいいならそれ以上どうもしないけど。それよりもこのサプライズはどうだった?」

 

「え?あー、そのー・・なんだか悔しいのでダメです」

 

 なんでや。

 

 

―――――――――――――

 

―――――――

 

――――

 

 

(うーん、分っかんないなー・・・)

 

 放課後、今日一日答えの出なかった問題について再び頭を捻って考えてみる。今朝のあれが何がダメだったかそこを解決しないことには先に進まない。

 まず一昨日の横断幕では重要な部分は手書きでやってたし、輿水さんの(多分)トラウマを刺激したし、何よりネタが使い回しっていうのが気に入らなかったんだろうか。

 

 それにあの最後の致命的なミス、あれが一番ダメだったんじゃないだろうか。そう考えると直させて貰えなかった理由もなんとなく分かる。多分・・・

 

「どうせ後で破り捨てるので直す必要はありません!」

 

 ってことに違いない。どうしよう、泣きそう。

 そうして落ち込み具合を隠そうともしないで机に突っ伏していると、隣の席から声がかかった。

 

「何してるんですか?行きますよ」

 

「行くって、どこに?」

 

「どこにって、帰るに決まってるじゃないですか」

 

「あぁ、そういうこと」

 

 自分は席から立ち上がって机の横に付いてあるフックからカバンの紐を取って肩にかけた。確かにここであれこれ考えてても仕方ないし、こういう時は帰ってお風呂に入ってスッキリしたほうが返って思いつくもんだろう。

 そう考えてスタスタと教室から立ち去ろうとすると突然制服の襟を後ろから掴まれた。

 

「っんぐ・・・!」

 

「ちょっと、何勝手に一人で行こうとしてるんですか」

 

「だって帰るんでしょ?」

 

「まったく、鈍いですねぇ。ボクの下校をエスコートさせてあげると言ってるんです。ほら、行きますよ」

 

「あの、輿水さんと自分の帰り道って全然別方向だよね。そもそも出る門が全く別で・・・」

 

 そう自分が抗議するも、輿水さんは聞く耳持たずに自分追い越して今度は袖を掴んで引っ張り始めた。なるほど、強制だねこれ。今日はちょっと帰るのが遅くなるな。

 自分は諦めて歩く速度を速めて輿水さんの隣まで歩いてから歩幅を合わせて速度を緩めた。

 

(いや、これはある意味チャンスなのでは?)

 

 そうだ、この際輿水さんの趣味とか好きな物とかをそれとなく聞き出してそれをお祝いの品にするというのはどうだろうか。と、そこまで考えてこの案に重要な欠点があるのに気づいてしまった。

 それとなく聞き出すのってどうやるの?

 

「それで、決まりましたか?ボクへの貢物は」

 

 またしてもうんうんと悩んでいると輿水さんがそう尋ねてきた。なんかお祝いの表現が変わってる気がするけどここはスルーして普通に答えよう。

 

「決まってないよ。何かもうゼリーかタオルでいい?」

 

「お中元になってるじゃないですか!そんなのダメです、ボクのためにもっと真剣に考えてください!」

 

 普通じゃなくてちょっと冗談を言ったら盛大にツッコまれてしまった。でも一応真剣には考えているんだよ?答えが全然でないけど。

 

「まぁ今すぐに結論を出せとは言いません。ボクのミニライブまでに間に合わせてくれたらそれで構わないですから」

 

「ちょっと待って、ミニライブって何?」

 

 何やら聞きなれない単語が飛び出してきた。いや、意味は知ってるよ。あれでしょ?歌手とかバンドとかアイドルとかが大きい舞台でやるやつでしょ?武道館とかさ。

 それにミニが付いてるってことは比較的小さい所でライブをやるってことになるんだろうか。どこでやるんだろう。

 

「あれ?知らなかったんですか?まぁいいです。ボク達のCDの発売に合わせて宣伝の一環として東京のデパートでライブをすることになったんです」

 

「へぇー、そうなんだ」

 

 それは初耳だったけどまぁいいや、とりあえず場所が分かって良かった。後は日付が分かればその日は東京のデパートに近づかないようにしよう。と思っていると輿水さんが微妙な顔になった。

 

「なんかあんまり興味無さそうですね。もしかしてこのボクの晴れ舞台に来ないつもりですか?」

 

「いや、そういう場所に同級生が居るのって輿水さん的に恥ずかしいんじゃないかなって思ってたんだけど」

 

「そんなことないです。同級生だろうとボクのライブに来てくれた人は必ずファンになりますからね。ボクのカワイさを伝える人は一人でも多い方がいいに決まっています。だから・・・」

 

 と、そこで輿水さんは一旦区切って、隣で歩いていた自分の方を見上げた。

 

「絶対に来てくださいよ。必ずですよ!」

 

「あ、はい。行かせていただきます」

 

 まぁ本人が別に気にしないっていうなら自分も行くのはやぶさかじゃない。何だかんだで輿水さんがどんな曲を歌うのか気になるし。輿水さんの性格を考えたら何かネタ曲になりそうな予感がする。

 

「それでライブの日時ですが、忘れられても困りますし・・・ちょっとスマホ貸してください」

 

「いいけど、何するの?」

 

 突然スマホを要求してきたけど、特に突っぱねる理由もないのでロックを外してから輿水さんに手渡した。それから何やらポチポチといじったかと思うと。

 

「す・・・少ないですね」

 

 と、どうあがいてもマイナス要素しかない言葉を吐かれた。

 

「はい、これでオーケーです」

 

 スマホを返してくれたのでそれを受け取って画面を見てみる。そこにはL〇NEのトーク画面が映っていて、前までは先代としか無かったトーク相手の下に"輿水幸子"が新しく追加されていた。

 あぁ、少ないってそういう・・・

 

「ライブの日時は後でそこに送るので確認してください」

 

「うん、ありがとう」

 

「フフーン、それにしても神直君は運が良いですね。未来のトップアイドルの連絡先を知っているファンはプロデューサーさんを除いてあなた一人だけなんですから!」

 

「うん、ありがとう・・・」

 

 ファンって言われると・・・そうでもない気がする。そもそも輿水さんのアイドル活動をまだ見たことが無い。

 

「では、ボクはこの辺で失礼しますね」

 

「え、あぁ、家の前まで来てたんだ」

 

 何か終始振り回されっぱなしで全然気づかなかったけど、どうやらいつの間にか輿水さんの家まで歩いてきていたようだ。輿水さんは門を開けて手持ちの鍵をドアに差し込みロックを外して玄関を開けて中に消えていった。

 と、思ったらまたドアを開けて体半分だけ外に出して声をかけてきた。

 

「今日の神直君のエスコートは全然ダメダメでした。なので完璧になるまで明日からもボクが特訓してあげますので、そのつもりでいてください。それでは」

 

 一方的にそう言うと今度こそ輿水さんは家の中に消えていった。つまり何だ、明日からも一緒に下校しろってことですか。

 

 本当に乙女心っていうのはよく分かんない。




神直御堂① 絵が上手?

幸子「意外でした。神直君って絵が上手だったんですね」

御堂「・・・輿水さん。頭で思うのと、それを手で描くのとでは全く別物なんだよ」


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柴又と買い出し、あと散歩集団

今更ながら力に使われる紙の枚数は適当に設定しています。そんなんじゃ足りねぇよとか、むしろ多いわと思うことがあると思いますが、そこはスルーしてやってください。



「はぁ~、なかなか決まらないもんだなー」

 

 PCの画面に映し出された"女性 プレゼント"の検索結果を一通りクリックし終えた自分は溜息を吐いた。服にアクセサリー、スイーツとか化粧品やら花束などグー〇ル先生は実に多くの事を教えてくれたけど、どれ一つとしてしっくりくるものは見つからなかった。

 というのも例え自分がこれが良いんじゃないかと思ったものが見つかっても、でも輿水さんの気に入るものじゃなかったら・・・と足踏みしてしまうからだ。

 

 それでも何とかしようと思って一番無難そうな花束を中心に色々と調べてみたけどやっぱり同じ結論になってしまう。だけどそのおかげって訳じゃないけど花言葉の知識だけは無駄に増えた。

 薔薇って贈る本数とか色で花言葉変わるのね。驚きだわ。

 

「輿水さんのライブは三ヶ月後・・・それまでに何とかしないと」

 

 座っていた椅子の背もたれに体重をかけて壁に貼ってあるカレンダーに視線を移す。輿水さんから連絡先を貰った日から既に一週間が過ぎていた。まだ日にちに余裕があるけど、だからって悠長にしていると最後の方に後悔するのが目に見えている。

 自分はちょっとだけ疲れた両目を指でほぐしてからPCに表示されている時間を確認した。

 

(こんな時間か、お風呂入んなきゃ)

 

 自分は席を立って自室を後にして脱衣所へと向かい洗面台の前に立って自分専用の櫛を手に取って髪を梳かした。習慣化したとはいえお風呂に入る前にブラッシングなんてよくもまぁやるもんだなぁ、と今でもそう思いながら鏡に映った自分を見ているとふと手に持っている櫛が目に入った。

 髪を梳く手を止めて櫛を目の前に持ってくる。これ、いいんじゃないか?

 

「先代!せんだーい!」

 

「なに?」

 

 既に旅行から帰ってきている先代に大声で呼びかけると近くに居たのかすぐに脱衣所に入ってきた。

 

「この櫛ってかなり高かったよね」

 

「まぁ、つげ櫛だからそれなりにな。でも何だ突然」

 

「いや、櫛って女の人に贈るものとしてはどうなのかと思って」

 

 自分がそう聞くと先代は一瞬ポカンとした後に口が吊り上がるくらいニヤニヤし始めた。

 

「いいんじゃねぇか?それ買った場所を後で携帯に送ってやるよ。金も置いとくから、今度の日曜にでも買いに行きな」

 

「いや、ちが、別にそういうんじゃ・・・」

 

 見透かされたのが恥ずかしくて否定しようとしたけど先代はさっさと脱衣所を出て行った。本当にあの人は気の利いて腹立つ人だな・・・

 

 

―――――――――――――

 

―――――――

 

――――

 

 と言うわけでやって来ました、東京の柴又帝釈天参道。まさか先週の日曜に続いて今週の日曜と2週続いて東京に来るなんて思いもしなかった。

 まぁ今回は自分の都合で来たので特に文句は無いんだけど、この混み具合だけはいかがなものかと思う。自分はスマホで目的の店の場所を確認してから参道を歩いた。

 

「あった。ここか」

 

 歩き始めて僅か2分で目的地である櫛を専門に扱うお店に辿り着いた。それにしても周りが食べ物関係の店ばっかりなのによくここに建てようと思ったな。匂いとか気にならないんだろうか。

 自分は多少不安に思いながらお店の暖簾をくぐったけど、中は意外にも無臭というかスッキリとした空気が流れていた。なにか芳香剤でも使ってるんだろうか?

 

 自分がクンクンキョロキョロと傍から見たらキモイことをしていると店の奥から気の良さそうなおじいさんが出てきた。

 

「いらっしゃいませ」

 

「あ、どうも」

 

 いくら自分が客だと言っても目上の人には挨拶は返しておくべきだろうと思って、被っていた帽子を取って軽く会釈した。するとおじいさんはおやと呟いた後自分の髪を興味深そうに見てきた。

 

「もしかして神直様ですかな?」

 

「はい、そうです。ご存知なんですね」

 

「それはもう、神直様には代々ご贔屓にさせていただいておりますから。そちらの菖蒲(あやめ)の花は初代様がそのお力で作ったと聞いておりますよ」

 

 おじいさんは店の隅に飾ってあるショーケースを指さしてそう言った。店に入った時から見えてはいたんだけど、まさかあれが紙製の花だとは思わなかった。菖蒲の花は見たことが無いから分からないけど本物となんら遜色ないように思う。

 自分がショーケースに近寄って感心しながらその花を見ているとおじいさんは、はははと笑った。

 

「おや、櫛屋に来て花をご覧になられるとは。私の腕もまだまだと言う事ですな」

 

「あ、すいません!そんなつもりは!」

 

「構いません構いません。ただの冗談ですよ」

 

 そう言ってまたおじいさんは笑った。けどそうだ、自分はここにお祝いの品を買いに来たんだから早いところ選んでしまおう。そう考えて自分は店内を回って櫛を見回っていると突然ジリリリリと黒電話の着信音と思われる音が響いた。

 おじいさんはそれを受けて特に誰も聞いていないのに、今出ますよーと言って店の奥に引っ込んで行った。まぁ自分には関係ないことだと店の奥に遣っていた視線を再び櫛へと移した。

 

(花柄のやつか蝶柄のやつか。木そのままの色か黒色のやつか。長いのか短いのか。何か一杯あるな)

 

 数ある櫛を手に取って見比べていく。櫛の善し悪し自体は正直言って分からないけどどれもきっと良いものなんだろう。値段的にね。

 そうしてどの櫛にしようかと悩んでいると店の奥からおじいさんがこっちに戻ってきた。けど何かどことなくそわそわしている。どうしたんだろう?

 

「申し訳ありません、神直様。ちょっとよろしいでしょうか」

 

「・・・え?はい、なんでしょう」

 

 まさか声をかけられるとは思っていなくて一瞬反応が遅れてしまった。

 

「実は今日ここにテレビの取材が来ることをすっかり失念していまして・・・」

 

「そうなんですか?じゃあ自分は一旦退散した方がいいですか?」

 

「いえ、先方からはお客様が既におられるのであれば、それも合わせて撮らせていただきたいと伺っております。なので店内が少しだけ騒々しくなりますが、神直様が良ければゆっくりご覧になって行ってください」

 

 そう言われて自分は少し考える。テレビに出るのは自分的にはそんなに好ましいことではないとはいえ、どうせ端っこに映るだけだろうし、外の人混みを考えたら店内に居た方が快適だろう。

 自分は別に構わないですとおじいさんに言ってからまた櫛選びに戻ろうとしたけど、何となくテレビのことが気になったのでおじいさんに質問してみた。

 

「何て番組の所が来るか聞いてます?」

 

「ふむ、なんと言いましたかな。何とかという番組の・・・けーびーわいでぃー散歩?という一団が伺いますと聞いておりますな」

 

「KBYD散歩?・・・聞いたことないですね」

 

 頭の中でその単語を検索するもヒット無し。そもそも自分はあんまりテレビを見ないから当然と言えば当然だ。

 

「なんでも新しく出来たコーナーだとか。けーびーわいでぃーの意味はかなり珍妙だったので覚えていますよ」

 

「どんな意味だったんですか?」

 

「それが、カワイイボクと野球どすえだとか。随分変わっておりますでしょう?」

 

「んんんんんんんん!?」

 

 おじいさんはまたしてもあははと笑ったけど、自分はそれどころでは無かった。後半二つは正直意味が分からないけど前半のそれは心当たりがある。というかあり過ぎた。

 いや、そんな・・・たまたま似通っちゃっただけだよね?嘘だよね?

 

 そんなまさかと思うけど思えば思う程不安が心の中に広がって行く。いや、まさか本当に・・・?

 

「・・・ちなみに、テレビの人達が来るのはいつになります?」

 

「先程の電話では近くまで来ていると言っていましたので、もうそろそろ着くと思いますよ」

 

 それを聞いた自分は手に持っていた櫛を元あった所に置いて無言で店の外に顔をだけ出して目を皿のようにして周囲を確認した。右・・・それらしい影は無し。左・・・二軒程先の店の前に妙な三人組を発見。

 その三人組はバスガイドさんみたいな水色の服を着ていて、その頭にはちょこんと小さい帽子(?)みたいな物を乗っけていた。意味あるのかそれ。

 

 いや、この際格好なんてどうでもいい。問題はその三人組そのものだ。

 まずこちらから見て右の人、元気そうなお姉さんですね。次に左の人、着物が似合いそうな方ですね。そしてその二人に挟まれた真ん中の人、どう見ても輿水さんだあれ。

 

 自分は頭を店の中に引っ込めてその場でうずくまった。

 

(いやいやいやいや!嘘でしょ!?そんな偶然があるか!)

 

 確かに先週から輿水さんとよく学校とか帰り道で喋ったりはしていたし、その内容に次の日曜(今日)にテレビでロケをやるとも聞いていた。だからってこれは無いんじゃないか!?

 自分は人生で初めて神様を恨んだ。

 

(とにかく、今からでも店を出るか!?いや、遅すぎる!もう目と鼻の先まで来てたし、いくら帽子を被って分かりにくいとはいえ輿水さんにはバレる可能性もある!だったら・・・)

 

 自分は即座に駅前で無駄に貰った物と先代に持たされたポケットティッシュ計8個をカバンから取り出し一塊ずつ握りこんで店に置いてあった小さめの棚と全く同じデザインになるように着色して、出来上がったそれらを一つに繋げた。

 そうして自分をスッポリと隠して余るほどの大きい紙を作った自分は店の壁に寄りかかってその紙を自分の前に広げた。その間も力を発動し続け紙がヘニャらないように形を維持してあたかもそこにもう一つ棚があるかのように偽装した。

 

「ほぉ、何かよく分かりませんがお見事ですな」

 

 おじいさんから困惑した様子が伺えるも賛辞の言葉を頂戴した。でもよく考えるとこんなもの作らなくても店の奥に避難させてもらえば良かったんじゃ・・・

 と、自分が無駄なことをしたと後悔している内にさっきの一団が店の中に入ってきた。

 

「こんにちはー!」

 

「ここが今から取材させてもらう櫛屋さん?なんやえらい落ち着く雰囲気やな~」

 

「フフーン、このボクが完璧に、かつカワイくリポートしてみせますよ!」

 

 ここから自分史上最悪の30分が幕を開けた。



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紙棚とロケ、あとつげ櫛


アニメとは別次元の話ですので、KBYD散歩を収録していますが、マッスルキャッスル等は降板になってたりはしません。



(あっぶな!ぎりぎり間に合った!)

 

 輿水さん一行が店内に入ってきたのを声で確認して自分は冷や汗を流した。棚を作るのがもう少し遅ければ、自分のことだけじゃなく力のこともバレてしまっていた可能性もある。

 そう考えるとやっぱり店の奥に避難させてもらうのが一番の正解だったように思えるけどさっきの状況では隠れることしか頭になかったので、今は諦めてこの紙製の棚の中で大人しくしてよう。

 

 幸い紙の形の維持を一定に保つ程度ならそう負担にならないし、今日一日この櫛屋を取材しますとかにでもならない限りやり過ごすことは簡単だろう。後は外の様子を伺えるようにしとけばいいだろう。

 そう思って自分は紙棚の右目の辺りに小さめの覗き穴を作った。と、同時に輿水さんと目が合った。

 

「~~~~~~~~~~!!」

 

 自分は即座に左手で悲鳴が出そうになった口を押えて心の中で盛大に叫んだ。声を出さなかったこの時の自分を褒めてあげたい。

 

(落ち着け、きっとたまたまこっちを向いてただけだ!その証拠に輿水さんは一切驚いていない!)

 

 輿水さんの性格上、棚の中の人と目が合ったとなれば芸人顔負けのリアクションを取らないとおかしい。自分は驚きで暴れ狂っている心臓を落ち着かせながらそのまま紙棚から覗き続けた。

 すると輿水さんはちょっと小首をかしげながらも顔を紙棚とは別の方向へと向けた。

 

「どうしたの、幸子ちゃん。何か気になる物でもあった?」

 

「いえ、そういう訳ではありませんが・・・」

 

「あかんえ、幸子はん。今日はお仕事で来てるさかい、しっかりと櫛屋さんの魅力を伝えんと」

 

「分かってますよ。少しぼーっとしていただけです」

 

 小早川さんの注意を受けて輿水さんの注意は完全に紙棚から外れた。後はこの一団が去るまでやり過ごすだけだ。でもよく考えたらこれテレビの撮影だったよね?ってことはもしもバレたらって考えると何か急激に胃が痛くなってきた・・・

 それに焦って隠れたせいでおじいさんに何の説明もしなかったのが非常に痛い。わざわざ自分のことをバラすとは思わないけど、こればっかりは自分が悪いのでどうしようもない。

 

 自業自得とは言え前途多難過ぎる。そう思っていると店の外の方から全く知らない人の声が聞こえてきた。

 

「それでは本番行きます」

 

 テレビのクルーと思われる人の合図によってアイドル三人組は店の外へ出て横一列に並んだ。さっきまでのは下見だったらしい。

 でも撮影が今から始まるというなら確かに自分的にもここからが本番だ。紙に力を継続するように気を緩めないようにしよう。自分はクルーの人の3カウントの掛け声に合わせて紙にかけている手に意識を集めた。

 

「カワイイボクと!」

 

「野球!」

 

「どすえ散歩~」

 

 それにしても何だろう、この各自思いついた言葉をくっつけた感のあるかけ声は。よくそこからKBYDって微妙に語感の良い略称が生まれたな。

 

「本日は帝釈天参道でやってはる櫛屋さんをご紹介しますえ」

 

「ここにはボクのカワイさをより引き立ててくれる櫛がある予感がしますよ!」

 

「それじゃあ早速お邪魔させてもらいましょう!プレイボール!」

 

 あらかじめ決められていたかのようなセリフから流れるように入店する三人+クルーの皆さん。なんだかんだで輿水さんもアイドルとしてちゃんと仕事してるんだなぁと尊敬してしまう。

 ただテレビの前でもその口調なんだね。うん、輿水さんらしくていいと思うよ。

 

「KBYD散歩です。本日はよろしくお願いします!」

 

「よろしくお願いします」

 

「どうぞよろしゅうに」

 

「いらっしゃいませ。こちらこそよろしくお願いします」

 

 三人の挨拶に丁寧に答えるおじいさん。そこからおじいさんの紹介に、いつ創業したのか、櫛へのこだわりや後継者が居ないことへの不安等、おおよそテレビで見たことがあるようなやり取りが行われていった。

 

「それでは実際におじいさんが手作りしたという櫛を見させていただきましょう」

 

 姫川さんのその言葉で三人は各々櫛を見回って行った。

 

「どうやらボクの思ってた以上の出来のようですね。特にこれなんて凄くボクに似合うと思います!いやー、ボクが褒めるなんて中々のものですよ、店主さん!」

 

「それはそれは、ありがとうございます」

 

 輿水さんの気に入ったものが見つかったのかある櫛を指さしてそう言った。今更だけど輿水さんのあの上から目線ながらも嫌味らしさが感じられない口調は何なんだろうね。本人に愛嬌があるからそう感じないだけだろうか。

 

「それにしても中々お目が高いですな、お嬢さん」

 

「フフーン!ボク自身カワイイですからね、審美眼が自然と鍛えられるんですよ!」

 

 自分を鏡で見るたびに目が肥えていったんだろうか。なんて野暮なことを考えているとおじいさん(店主)は輿水さんが気に入った櫛を手に取った。あれ、あの櫛って・・・

 

「これは柘植(つげ)と呼ばれる木を細工して作った櫛でしてな、この種類の柄のものは・・・」

 

 そこで一旦言葉を切ってこっちの方に視線を向けてくるおじいさん。やめろ、やめてくれ、今の自分は視線だけで胃痛を訴えるほどの貧弱具合なんだから。

 

「うちのお得意様に代々気に入っていただいているものです」

 

 一応テレビを意識してか名前を出さないで濁してくれたおじいさん。お得意様っていうのは十中八九神直家のことだろう。

 

「そのお得意様というのは?」

 

「名前は伏せさせていただきますが、生まれつき非常に髪の綺麗な一族の方々、とだけ言っておきます」

 

「はぁ、そうなんですか」

 

 おじいさんから手渡された櫛をしげしげと見つめる輿水さん。この様子じゃあお得意様が誰かは気づかれただろう。別にそれ自体はいいんだけど、買って来てもらったものとは言え自分の使っているものと全く同じデザインのを輿水さんが選んだと思うとなんか猛烈に恥ずかしくなってきた。

 

「えらい立派なつげの櫛やね」

 

「お、幸子ちゃんのお気に入りはそれかー」

 

自分が気持ち悪く悶えていると姫川さんと小早川が輿水さんの近くまで寄って来ていた。

 

「店主はん、この櫛に彫られた花は一体なんですやろか?」

 

「これは瑠璃唐草という花になりますね」

 

「瑠璃唐草?私は見たことが無いけど、綺麗なんですか?」

 

「何言ってるんですか、友紀さん。ボクが気に入るくらいですからキレイに決まっていますよ」

 

 へぇ、あの花ってそんな名前なんだ。気にしたこともないから知らなかった。あ、いや、そういえば見たことはあるな。前に花についてあれこれ検索してた時にそういう名前のがあったはず。

 ちなみに輿水さんの言う通り実際に綺麗でした。ただその時はもっと別の、カタカナの名前で紹介されていたような気がするけど。

 そう自分の頭の中で瑠璃唐草を思い浮かべていると突然紙棚一部が急激にへこんだ。

 

「・・・?」

 

(うおおおおおおおおおい!)

 

 どうやらテレビクルーの誰かが紙棚に足をぶつけたみたいだ。見た目は硬そうな棚でも所詮はポケットティッシュから作られた偽物なので、本来はヘニャヘニャで耐久性なんて皆無だ。自分はすぐに形を整える力を強めてへこんでしまった棚を元の形へと戻し覗き穴から様子を伺った。

 有らん限りの力を使って自身の最高速度で戻したおかげかクルーの人は多少不思議そうな顔をしたもののすぐに担いでいたカメラを構え直した。

 

(もうやだ・・・早く終わって・・・)

 

 これまでに無いほどに強く神様に祈りました。

 

 

―――――――――――――

 

 

 

―――――――

 

 

 

――――

 

 

「本日はありがとうございました!」

 

「えらいおおきに、また個人的に来させてもらいます」

 

「ありがとうございました!フフーン、我ながら完璧なリポートでしたね!」

 

「こちらこそ、今日はありがとうございました」

 

(お、終わった・・・もうしんどい・・・)

 

 ロケが始まってから30分後、紙棚の外から締めの挨拶が聞こえてきたことによって安堵した自分はヘナヘナとその場に座り込んだ。20分超えた辺りからはいっそ見ない方が精神的にまだましかと思って覗き穴を塞いだけど、やっぱり見えないのは見えないで不安でしょうが無かったので、結局どっちもどっちだった。

 

「では、最後に櫛屋の店主から重要なお知らせを一つ。お願いします!」

 

「はい。本日の放送をご覧になられた方は、KBYD散歩を見たと言ってくだされば商品の価格が10%オフになりますので、柴又帝釈天に来た際は是非ご来店下さい」

 

「本日の放送から一ヶ月有効ですから、皆さん是非ご利用してください!それでは、カワイイボクと!」

 

「野球!」

 

「どすえ散歩でした~」

 

 開始の合図と同様の文句も決まってクルーの内の一人から、OKですの声がかかる。それと同時に全員からおじいさんへ感謝の言葉が届けられて、ようやくロケの一団はこの店から撤退していった。

 自分は覗き穴からもう一度店内を見渡しておじいさん以外誰も居なくなったことを確認してから紙棚を自分の前から引っぺがした。

 

「大丈夫ですか?凄くお疲れのようですが・・・」

 

「何も言わないで、聞かないで」

 

 こちらの顔を見ておじいさんは心配をかけてくれたけど自分はスタスタと輿水さんが気に入った、もとい自分の使っている櫛と全く同じデザインのものを手に取っておじいさんの前まで持っていった。

 

「これ下さい」

 

「は、はぁ、8500円になります」

 

 値段は見なかったけど中々のお値段だな。足りないこともないけど・・・あ、そうだ。

 

「KBYD散歩を見ました!」

 

「8500円になります」

 

 今日の収録がオンエアされるまでダメみたいでした。



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日常とサイン、あと何でもない会話

「おや、偶然ですね。おはようございます」

 

「おはよう輿水さん。昇降口で一緒になるなんて珍しいね」

 

 朝登校して下靴から上履きに履き替えようとしていると珍しく輿水さんの方から朝の挨拶をかけられた。いつもなら先に登校している輿水さんに自分が挨拶をするというのが普通なんだけど、どうやら今日は自分の方が早く学校に着いていたみたいだ。

 とは言っても今日は特別早く家を出たわけじゃないから、多分輿水さんの方が遅れて家を出たんだろう。まぁそんな日もあるだろうと自分は何の気無しに思ったことを口にした。

 

「もしかしてちょっとだけ寝過ごしたとか?」

 

「し、失礼ですね!ボクが寝過ごすなんて事あるわけ無いじゃないですか!」

 

「じゃあ今日はたまたまだっ・・・」

 

「これはですね、あのー・・・あ!ボクが登校しているとボクのファンの方に偶然会ってですね、その人にサインを書いてあげていたから遅くなっただけであって、決して寝過ごしてなんかりしてません!いやー、突然のサインにも応じるボクはアイドルの鑑ですね!」

 

「へぇ、そうなんだ。大変だったね・・・」

 

 別に遅刻したわけでもないし、なんなら自分と同じ時間帯に登校したとしてもまだ早い部類に入るはずだから多少寝過ごしたとしても誰も怒らないだろうし気にもしない。ただ自称・完璧な輿水さん的には寝過ごすというワードはダメだったらしい。

 

 だからといって言い訳するにしても、もうちょっと上手いのは出てこなかったんだろうか。自分は上履きに履き替え、言いたいことの全てを飲み込んで、ただ労りの言葉だけを返して輿水さんが靴を履き替えるのを待った。

 

「な、何ですかその目は。もしかしてボクを疑ってるんですか?」

 

「い、いや、そんなことないよ」

 

 同様に靴を履き替え終えて顔を上げた輿水さんと目が合うなりそんなことを言われたので、自分は慌てて否定した。危ない危ない、どうやら顔に出ていたようだ。

 

「それならいいんです。それに神直君ならボクのサインを貰いたくなる気持ちも分かるでしょう?」

 

「何で?」

 

「何でって、それは神直君がボクのファンだからでしょう?」

 

「え?」

 

 おかしい。いつから自分はファンになっていたんだろうか。輿水さんのアイドル活動なんてまともな状況で見たことは無いし、自分がファンになる要素は今のところ一つもない。自分達の教室に向かいながら頭を捻るが答えは出てこない。

 それとも輿水さんの中では友達=ファンってことになってるのかな?ちょっと聞いてみよう。

 

「ちなみに何で自分は輿水さんのファンだと?」

 

「それは勿論、神直君はボクのライブを見に来てくれるんですよね?」

 

「うん、そうだね」

 

「では、ボクのファンということになりますね!」

 

「あぁー・・・」

 

 なるほど、確かにその理論なら自分は輿水さんのファンということになる。ただ、ライブを見に行くこと自体自分から言い出したことじゃないし、輿水さんが来て欲しいからと半ば強制的に約束させたんじゃなかったっけ?

 いや、勿論それが嫌でも何でもなければ喜んで行かせてもらうつもりだけど、まさかライブを見に行く前にファンにさせられてるとは思わなかった。

 

 今後のことは分からないけど少なくとも今は輿水さんのファンでは無いことは確かなので、とりあえずやんわりと否定しておこう。

 

「でもほら、今まで輿水さんのアイドルらしい所を見たことが無いからちょっとファンとは言い難いんじゃないかな?」

 

「確かに言われてみればそうですね」

 

「でしょ?だから自分は別に輿水さんのファンじゃ・・・」

 

「つまりボクのアイドルとしてのカワイイ姿を見たいと言うことですね。フフーン、普段のカワイイボクの姿を見てるのにアイドルとしてのボクもすぐに見たいなんて、神直君は案外欲張りなんですね」

 

 わー、この子何一つ分かってない。しょうがないですねとでも言いたげな顔にデコピンか軽い手刀を落としたくなる衝動をひとまず抑えて輿水さんの次の言葉を待った。

 

「ここだけの話ですけど、昨日東京でロケを行ったんです。その時に収録した内容が今度の日曜日に放送されるんですよ。これを見ればボクのカワイさが分かるはずです!」

 

 それだけはぜっっっっっったいに見ない!何が悲しくて輿水さんと共演(紙棚)してしまった番組を見ないといけないんだ。少なくとも今のところ自分には胃袋に穴を開ける予定は無い。

 番組に関しての感想を約束させられる前に自分は話題を逸らそうと口を開いた。

 

「それでもいいけど、もっとすぐ出来るのがいいと思うな」

 

「例えば何ですか?」

 

「それこそ輿水さんのサインを見せてもらうとかさ」

 

「フフーン、良いですよ。ボクのサインは家宝にしてくださいね」

 

 そう言ってかなりいい笑顔で教室に入っていった輿水さんに対して、自分は残念ながらその期待に添えそうも無いです、と自分は心の中で謝ってから教室の中に入り自身の席に着いた。

 

「それではノートを出して下さい」

 

「はい」

 

 自分は適当なノートを引っ張り出して最後のページを開いて渡した。それを受け取った輿水さんはシャーペンを取り出してスラスラと淀みなく自身のサインを書いていってくれた。きっとサインを書く練習をしたんだろうなぁとちょっと微笑ましく思っていると予想以上に早く出来上がったみたいで、またもやいい笑顔でノートを返却してくれた。

 

「サインを書くのは久々でしたが、さすがはボクですね。いつも以上のが出来ました!」

 

 昇降口で語った設定をもう忘れてらっしゃる。この子は一々突っ込み所を会話に散りばめないといけない病にでも侵されてるんだろうか。それとも自分は今試されているんだろうか、輿水さんの話をちゃんと聞いていた的な意味で。

 まぁそんな深い意味は無いか、なんてったって輿水さんだし。

 

「どうですか?」

 

「どうと言われましても」

 

 自分はサイン輿水さん直筆のサインを見てみた。"輿水幸"までは大体そのままの字で書かれている。説明は難しいが、"輿"と言う字に含まれている車の中心の線から"水"の中心の線、"幸"の中心の線を一本の線で書かれていて、更にそこから"子"と言う漢字を一筆で書いた後にハートマークが描かれていると言った具合だ。

 

 確かにハートマークがあるのでカワイイと言えばカワイイんだけど、なんというか予想とは全く別というか、まぁ端的に言えば普通だ。

 

「輿水さんのサインだからもっと凝ったものを想像してたんだけど、案外シンプルだね」

 

 輿水さんに対して普通と言うときっと怒ると思ったのでなるべく普通をオブラートに包んで感想を述べて、顔色を窺ってみたけど特に不満そうな表情はしていなかった。

 

「ボクの名前が既にカワイイですからね、凝る必要が無いんですよ。ちなみにどんなのを想像してたんですか?」

 

「んー、別に何か例がある訳じゃないんだけど・・・例えばこんなんとか?」

 

 適当にスマホでアイドルのサインを検索してヒットしたそれを輿水さんに見せた。

 

「・・・それはちょっと特殊な部類に入る方じゃないですかね?」

 

「・・・確かにサインというより、絵だとは思ったけどさ。ちなみにこれ誰のサインか分かる?」

 

「神崎蘭子さんですね」

 

「へぇ」

 

 せっかくなので神崎さんを検索してみると、黒いゴスロリを着てこれまた黒いレースの付いた日傘を差した非常にキャラの濃そうな女の人が自分のスマホに映し出された。その人のプロフィールもついでに確認したところ、どうやら同じ学年の一個上ということが分かった。

 すごいな、この人も中学生でアイドルなのか。しかも輿水さんと同じ346プロ所属だし、やっぱりあそこのアイドルってレベル高いんだなー。

 

 そうして視線を画面に集中させているとヒョイとスマホを輿水さんに取り上げられた。何で?と思って輿水さんの方を見てみると少し不機嫌そうな顔をしていた。

 

「全く、酷い人ですね神直君は。蘭子さんもカワイイですが、目の前にもっとカワイイアイドルが居るんですよ?そんなボクから視線を外すなんて考えられません!」

 

 他のアイドルに気が移ったことに対しての嫉妬か何かなのかな?何だか微笑ましくなって自分は少し笑いながらスマホを取り返した。

 

「前から思ってたけど輿水さんって子供っぽいよね」

 

「な!?だったら神直君の誕生日はいつですか!」

 

「12月16日だけど、それがどうかしたの?」

 

 何でここで誕生日?と疑問に思いつつ正直に答えると、輿水さんの不機嫌な顔がみるみる上機嫌な顔に上書きされていった。この子の喜怒哀楽の振れ幅が極端すぎて何だか別な意味で心配になってきた。

 

「ボクの誕生日は11月25日です。つまりこれがどういうことが分かりますか?神直君よりボクの方がお姉さんなんです!よってボクを子供扱いすることは出来ないんですよ!」

 

「え・・・」

 

 この時、そういうのじゃなくて精神的な意味でだよと言い返すことも出来た。出来たんだけど輿水さんが自分よりも生まれた時期が早いことに衝撃を受けてそれどころじゃ無かった。この人が自分より僅かとは言えお姉さん?いや、嘘でしょう?

 

「輿水さんって生まれたての赤ちゃんよりも年下じゃないの?」

 

「それどういう意味ですか!?」

 

「えぇ、でもだって・・・」

 

「そ、そんなに落ち込むことですか?」

 

 そりゃあ落ち込む。一つ考えてみてほしい、仮に輿水さんに妹が居たとしよう、その妹を輿水さんが世話をしている所が思い浮かぶだろうか、いや一切浮かばない。むしろ妹に世話されてそう。そんな(自分勝手な妄想だけど)輿水さんが自分よりもお姉さん!?あり得ない、あり得なさすぎる!

 

「何だか失礼なことを思われてそうですが・・・。そうですね、ならボクがお姉さんな所をお見せしましょうか?」

 

「・・・どうやって?」

 

「んー、色々ありますがこれなんかどうでしょう」

 

 そう言いながら輿水さんは自身のスマホを操作したかと思うと、次の瞬間に自分のスマホが震えた。何だろうと見てみるとどうやらL〇NEに写真をアップしたみたいだ。

 これでどうするつもりなのかとその写真を落として開いてみるとそこには昨日見たバスガイド風の衣装を来た輿水さんがダブルピースをしてカワイさを前面に押し出している姿があった。

 

 いや、それはいい、それはいいんだけど、問題が一つ。なんでよりにもよって紙棚の前でこの写真を撮ってるんだろう・・・

 

「どうですか?その大人っぽい衣装は。これは認めざるを得ませんね!」

 

「うん、そうだね・・・」

 

 図らずもツーショットになってしまった写真を見たことでトラウマを思い出して胃袋が痛みを訴えたが、さすがにここで痛がるのは輿水さん視点では意味不明だし失礼に値するだろうと思って必死に我慢した。

 

 その日一日、この写真を消すか消さないかの悩みで悶々としたのは言うまでもない。




※補足
この作品では幸子の学年は中学2年として扱いますので、今年誕生日を迎えていない幸子の年齢は13歳と言うことになります。


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異変と悩み、あと素直に言えない事

 季節は春が終わり夏になり、桜の木が花びらを散らせ青々とした葉を茂らせ、さぁ約束のライブまで一ヶ月を切ったぞというある日の朝のこと。輿水さんの様子がほんの少しだけおかしくなった。

 

「では、このページの10行目から読んでもらいましょうか。じゃあ輿水さんお願いします」

 

「・・・」

 

 最初にあれ、と思ったのは今朝自分が登校して教室に着いたのこと。いつも通りに自分より早くに席に着いていた輿水さんにおはようと朝の挨拶をしたが全く反応が返ってこなかった。もしかして聞こえて無かったかなと思って最初よりも少し大きい声でおはようと再び挨拶をしてみると、今度は聞こえていたみたいでちょっとだけびっくりしたように肩を震わせてからこちらに向き直っておはようございますと返してくれた。

 いつもの輿水さんなら何で朝からそんなに自信満々な顔してるんだろうってちょっと疑問に思うくらいなテンションで挨拶をくれるんだけど、その時は何だか心なしかローテンションだった。

 

 輿水さんにも気分の乗らない日もあるんだなと若干失礼なことを思いながら自分は着席してから輿水さんの方をチラリと見た。そこには頬杖を突いて憂鬱そうに、というよりかは何か悩み事でもあるかのように溜息を吐く姿があった。

 ライブのお祝いを考えた時の自分もよくその仕草をしていたからよく分かる。

 

「・・・輿水さん?」

 

 だからといってその悩み事を自分にはどうすることも出来ない。自分が輿水さんの悩み事を聞いてあげれば楽になるかもしれないけど、もしも聞かれたくない内容だったらと思うと話しかけ辛いし、そもそも悩み事と思ってること自体が見当外れだったら恥ずかしい所じゃない。

 そんな訳で輿水さんと知り合ってから初めてと言っても過言じゃない、お互いに無言のまま一時間目の国語の授業を迎えた。

 

「輿水さん!聞いてますか!」

 

「へあ?あ、はい、聞いてます!」

 

 で、さっきから国語を担当する先生が輿水さんに呼びかけているんだけど、どうやらそれに全く気付いていないみたいだ。そして遂に業を煮やしたのか、先生は今朝自分がやったのと同じように最初よりも大きな声で呼びかけたところ、やっと輿水さんが気付いたようで慌てて反応した。

 

「ならさっき私が言ったところからページの終わりまでを読んでいってください」

 

「は、はい・・・」

 

 教科書を手にガタリと席を立った輿水さんだったけど、先生の話を聞いていなかったためにどこから読んでいいか分からずに視線を右往左往させていた。やがてこのままじゃ怒られると思ったのか顔を少しだけこっちに向けて露骨に助けてくださいオーラを発してきた。

 だが輿水さんをじっと見ていた先生がそれに気付かない訳も無く、今度は先生から視線で助けるなと釘を刺してきた。さすがにそれに反してまで輿水さんを助ける程の勇気は無かったので、自分は輿水さんとは逆の方を向いて手を膝の上に置いた。

 

 まぁそうなる前に自分の教科書が見えるように少しだけ輿水さんの方に寄せて、10行目の始めの文字からその行の終わりまでの文字色を力で既に赤色に変えていたんですけどね。多分こっちを向いている輿水さんなら分かるだろう。

 すると自分の意図を読み取ってくれたみたいで輿水さんが先生が指定していた場所から音読を始めた。と同時に先生がちょっと驚いたような顔を浮かべた。

 

 確かに聞いていなかったはずなのに、ちゃんと指定した行から読み始めたんだからそりゃあそうなる。ただこうなると輿水さんに教えた人物が居る訳で、一番に疑わしいのは輿水さんに助けを求められていた隣の席の自分、ということになる。

 なので自分は先生の視線が驚きで外れた瞬間に膝に置いていた手を文字色を変えた部分の上に置いて元の色に素早く戻した。

 

 それに少し遅れる形で先生がこちらへと歩いてきた。当然だけど先生の来るところは自分の席だろう。自分は身の潔白を証明するために先生がここにたどり着く前に教科書から手をどけた。

 

「ごめんね、ちょっといいかしら」

 

 自分の席の前までやって先生が自分の教科書を覗き込んでくるけど残念ながらそこにはシャーペンでマークした跡も無ければ消しゴムで消した跡も無い。さっきから自分はそのどちらにも触れていないから当たり前なんだけどね。

 先生は自分の教科書をしばらく見た後、おかしいなと小首を傾げて教壇に戻っていった。先生には悪いとは思ったけど輿水さんも多分何かしらの事情があって聞いてなかったはずなのでノーカンってことで。

 

「―――二人でいつまでも見たのでした」

 

「ありがとうございました。授業中はあまりボーっとしないように気を付けてください」

 

「はい、すみませんでした・・・」

 

 指定の所までの本読みを終えた輿水さんだったけど、さすがに授業態度だけは誤魔化すことは出来なかったのでそこの所の注意を先生から受けショボンとした様子で椅子に座った。

 普段真面目であったことと素直に謝ったからか、特にそれ以上追及もせずに先生は黒板にさっき輿水さんが読んだ所を抜粋して書いていった。

 

 それにしてもいつも真面目に板書もやって授業態度がすこぶる良い輿水さんが先生の話を聞かないなんて、これはまた随分と根が深そうだ。多少心配しつつ自分は机にノートを広げて板書を開始しようとした瞬間、隣の席から二つ折りにした紙が自分の机の上に投げ込まれた。

 差出人は当然だけど輿水さんだろう。さっき注意されたばっかりなのに結構大胆なことするなと呆れ半分感心半分な気持ちでその紙を開いて見てみると・・・

 

『さっきはありがとうございます。ところで今日の放課後は一緒に帰れますか?』

 

 と書いていた。何を今更、とは思ったけどレッスンやらお仕事やらがあるとかで一緒に帰れずに駅まで爆走して行くことがたまにあったから多分そのためだろう。暗に相談したいことがある、とも取れるけどその辺は帰り道で分かるので今は変に予想するのはやめとこう。

 自分はノートの端を手で破ってそこにシャーペンで"もちろん"とだけ書いて紙を二つ折りにしてから、先生の目を盗んで返事を投げ返した。

 

 それにしても授業中に私用目的で力を使って、更にその後に文通(?)なんて自分も悪くなったなぁ。バレたら当然内申に響くし、何より力がバレた日には大事じゃ済まない。

 まぁせめて今からは真面目にしよう。自分は輿水さんがこれ以上注意を受けませんようにと祈りながら黒板の内容を書き写していった。

 

 その後は数学、体育、英語、昼休みを挟んで社会、美術と続いたけど最初に注意されたことが効いたのか、自分の祈りが届いたのか、特にボーっとすることもなく傍目から見る限りいつも通りの態度で授業を受けていた。授業の合間の休憩時間中に関しても他の友達と普通に喋ってたものだから、朝はちょっと寝不足か何かだったんじゃないかと思ったほどだ。

 そして現在放課後になって、あれ、もしかして悩んで見えたのは初めから気のせいなのかな?と自分の見る目の無さに呆れつつカバンの中に今日あった授業の教科書やノートを詰め込んでいった。

 

 詰め込み終わったと同時に輿水さんの方を見ると先に帰る準備が出来ていたようで、左手にカバンを持って立っていた。

 

「では行きましょうか」

 

「うん」

 

 輿水さんの一言で自分はカバンの紐を肩にかけ席を立った。お互いに教室を出たところで横に並び昇降口に向かいつつ会話する。うん、いつも通りだ。

 やっぱり自分の気のせいかと思いながら昇降口で靴を履き替え、輿水さんの家がある方の門から出てしばらく歩くと突然輿水さんが足を止めて真剣な表情になって、ちょっといいでしょうか、と言ってからこちらに向き直った。

それに対して自分も同様に足を止めて、何?とだけ答えてから輿水さんの次の言葉を待った。

 

「ボクはカワイイですか?」

 

「・・・はい?」

 

 なんか思ってたのと違う言葉が飛んで来た。

 

「知っての通りボクのカワイさは自他共に認める程です」

 

「まぁ、そうね」

 

 "自"は分かるけど"他"がそう思ってるかどうかは正直自分の知るところでは無い。ただ少なくとも輿水さんがアイドルではあるので一定数そう思う人は居てもおかしくないだろうと思ったのでここは素直に頷いた。

 

「ですが、いくら皆がボクのことをカワイイと思っていても、実際に言葉にするまでは分かりません」

 

「それはそうだろうね」

 

「それでボクは今朝気付いてしまったんです・・・」

 

「気付いたって、何に?」

 

「神直君は今まで一言もボクの事をカワイイと言った事が無いと!」

 

「えぇー・・・」

 

 そう言いながらビシッっと人差し指を自分に向けてくる輿水さん対して自分はガックリと肩を落とした。確かにそう言われてみれば自分が輿水さんにカワイイと褒めたことは一度も無い。無いんだけど、一体それがどうしたっていうんだろう。

 

「ていうか、朝ボーっとしてたのはそれについて悩んでたから?」

 

「そうですけど?」

 

「あ、それは認めるんだ」

 

 てっきりボーっとしてたこと自体否定されると思ってたのに、この時の輿水さんは意外にも素直に認めたものだから逆にビックリしてしまった。

 いや、そんなことはどうでもよくて、自分がカワイイと褒めないことについて何を悩むことなんてあるんだろう、と考えあぐねていると輿水さんは畳みかけるように言ってきた。

 

「それで、神直君から見てボクはカワイイですか?それともカワイイですか?」

 

「それ一択しかないよね!?」

 

「そんなことはありません。それで、どうなんですか?」

 

 思わずツッコミの言葉が口を衝いて出てしまうが、輿水さんはそれを制して再度問いかけてきたので自分は仕方なく腕を組んで考えることにした。が、特に悩む程の問題ではないことに気づいてしまった。

 まずもって見た目に関しては前々から口にこそは出さなかったけどかなり、というか今まで会った人の中ではぶっちゃけ一、二を争う程だとは思っていたし、性格に関しても完璧主義のくせに空回りするところとか、そのくせ妙に自信満々な所など、長く付き合えば付き合うほど愛嬌のある一面を見せてくれるので内面もかなり良いと言えるだろう。

 

 結論として輿水さんはカワイイと言える。のだけど、これを素直に口に出すというのは、まぁ、あれだ、正直恥ずかしい。自分はそこまで捻くれた性格では無いと思っているし、どちらかというと素直な方だろう。だからといって同級生に対してカワイイかと正面切って言えるかと聞かれれば無理ですと答える。

 というか大概の人はそうだろう。そういうのはイケメンの領分であって中の下と評された自分が言う事ではないんじゃないだろうか。

 

『カワイイよ、輿水さん』

 

 あ、これはダメだ。試しに頭の中で想像してみたけどこれはキツイ。それと真剣に伝えようとしすぎて変に格好付けた自分が出て来たので倍ドンで気持ち悪かった。

 さすがにこれでは素直に言うのは戸惑われる。だからといってカワイくないって答えるのも自分の本意じゃない。じゃあどうするか、自分の考え事は自然とカワイイをどうすれば自分に言いやすいようにオブラートに包めるのかと言う方向にシフトしていった。

 

「どうしたんですか?そんなに悩むことでもないでしょう?」

 

 が、そんな時間も与えてくれる訳もなく輿水さんが答えを催促してきた。あぁ、ダメだ、なんか全然纏まんない。なんかもう最初に思いついた言葉でいいや。

 

「好きなタイプ、だね。うん、自分は好きかな」

 

「え?」

 

 なんか思ったまんま過ぎて意味が伝わりづらい言葉が出てしまった。おかげで何か輿水さんの目が今までに無いくらい見開かれてる。これは補足しとくべきだろう。

 

「あー、輿水さんの見た目は良いよって意味でね?」

 

「・・・そういう話をしていた訳じゃないんですが、まぁいいです」

 

 満足はしてないけど納得はしてくれたんだろう。輿水さんは体を帰り道の方へと向けて再び歩き出したので自分はその横へと並んだ。

 

「輿水さん、顔上げて歩かないと危ないよ?あとちょっと歩くの早くない?」

 

「そんなことはないです」

 

 そう言って俯いてさっさと歩く輿水さんに合わせて自分も歩く速度を変える。元がそんな早いわけでも無いので多少歩く速度を上げられても問題は無いんだけど、輿水さんが転ばないかちょっと心配だ。でもまぁさすがに中学生にもなってただ歩いて転ぶことなんてそうそう無いか。前は自分が見てればいいし。

 

 その後は何か話しかけていい雰囲気でもなかったし、特にお互い会話することもなく黙って輿水さんを家まで送り届けた。さすがに分かれる時に、じゃあまた明日くらいはかけあったんだけど輿水さんの方が変にぎこちなかったのはちょっと気になった。

 はて、まだ悩み事が?とも思ったけど明日もまた学校で会えるわけで、その時に聞けばいいやとそう気にすることもなく自分は帰宅の途に就いた。

 

 ただその日以降、何となく輿水さんに避けられ始め、それを聞くことが叶うことはなかった。



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京女とお土産、あと頼み事

今回は特に京言葉を使ったセリフが多いのですが、その際に言い回し等のミスがあっても

(こいつここ間違えてやがる、プッw)

と温かい目で見守って下されば幸いです。難産の末、14話。



 自分は人付き合いの経験が同い年の人に比べて圧倒的に少ないと断言できる。今まで同級生とは基本的に一言二言程度のやり取りしかしたことが無いし、まともに会話したことのある人と言えば先代を除いたら輿水さんと小、中学校の担任の先生、そして辛うじて美城さんくらいだ。

 改めて自分の交友関係の狭さにビックリだけど、今の所は広げようとは思っていないのでそれは良い。ただ交友関係というのは自身で広げることは無くても広がることはあるらしい。自分は今現在隣を歩きながら朗らかな笑顔で世間話を振ってくれる小早川紗枝さんをチラリと見てそう思った。

 

 どうしてこんなことになったのかと簡単に説明すると、少し前に輿水さんから、先日のお祝いの飾り付けのお礼をしたいので今度の日曜日に紗枝さんが神直家にお邪魔してもいいか?と言う感じの内容がL〇NEで送られて来たのが発端でそれに対して自分は、ここまで来てもらうのも手間だし別にお礼何ていいよと返した。というか飾り付けをした事なんて既に記憶の彼方にあったのでその時は、あったねそんな事、程度にしか思ってなかった。

 それからしばらく間があって、輿水さんから別に手間では無いがそちらの都合が悪ければまた今度にするという風な返答を貰ったので、まぁ別に良いかと、お礼をしてくれると言うならせっかくだし受けとこうかと思った自分は、じゃあ来てくれても大丈夫ですと返事をした。

 

 そうして当日のお昼にやってきた小早川さんは京都名物の八つ橋と、今日来れなかった姫川さんの分のお土産(猫のキャラが焼印されたまんじゅう)を自分へと渡してくれた。

 

「お礼を言うのが遅なって、えらいすんまへんなぁ」

 

「輿水さんからライブに向けてのレッスンとかお仕事やらで忙しいと聞いていましたから、気にしないでください」

 

「そう言うてくれはるとありがたいなぁ」

 

 そう言って申し訳無さそうにする小早川さんだったけど、自分としてはあれは輿水さんにお願いされたからやったことであって、お礼をされる事なんて全く考えていなかったので、むしろわざわざ遠いところまでありがとうございますと逆に感謝したいくらいだった。

 ただ一つ疑問なのがさっき自分も言った通り小早川さんだって今日は忙しいはずなのに、なんでこのタイミングで遠いところまで足を伸ばしてまでお礼をしに来たのかが謎だった。

 

 お礼を渡されて、はいさようならと言うのもなんだか素っ気ない対応だなと思った自分は世間話のついでにとその疑問を口にしてみることにした。

 

「そういえばライブまでもう日も近いですけど、今日は小早川さんはお休みだったんですか?」

 

「そうどす。ちょっと無理言うてお休みをもろうて、ここに来させてもらいました」

 

「?」

 

 小早川さんから返ってきた答えに自分は首を傾げた。わざわざ今無理を言ってまでお礼に来なくても、ライブが終わった後にでも時間は取れなかったんだろうか。

 そんなことを思っていたらそれを察したのか、そもそも元々そう言うつもりだったのか小早川さんが少し真剣な表情になって口を開いた。

 

「神直はん、この後ちょっと時間を取れますやろか?」

 

 小早川さんの言葉に自分は面食らってしまった。その言い方だとまるで初めから自分に用があって来たみたいに聞こえたからだ。そもそも小早川さんと自分は前に346プロで会って軽いやり取りをした程度なので、無理言って休むほどの用事を作る仲でもない。まさか前に輪っかの飾り付けを披露した時に力がバレたとか、何かやらかしてしまったんだろうか?

 疑問は尽きないけどとにかく返答は早めにしないと、と思った自分は今日の予定を頭の中で素早く思い浮かべた。

 

 ゲームしてご飯食べて風呂入って寝る。以上。要するに暇人だった自分は快くゲームをするという予定を切り崩すことにした。

 

「はい、今日は他に予定も無いので大丈夫ですよ」

 

「えらいおおきになぁ。ほなちょっとその辺歩きましょうか」

 

 あ、外で話すのね。でもまぁさすがに自分の家の玄関先で立ち話っていうのも何だし、ましてやあまり知らない男の家に上がってもらうのもちょっとどうかと思うし、それなら歩きながら話した方がまだいいか。そう納得した自分はとりあえず貰ったお土産を一旦居間に置いて、また玄関へと戻って来た。

 

「じゃあ行きましょうか」

 

 そういった経緯があって小早川さんと自分は今現在隣に並んで外を歩いている訳だけど、その後特に何かある訳でもなくただ世間話が続いてるだけだった。輿水さんもかなり話しやすかったけど小早川さんも小早川さんで基本的に笑顔で自分の話に相槌を打ってくれるのでかなり話しやすかった。

 とは言えこのままだと何の進展も無い上に、結局お礼以外の目的が謎のままなので、仕方がないと思い自分から切り出すことにした。

 

「あの、小早川さんは自分に何か用があったんじゃないんですか?」

 

 話の流れをぶった切って自分はそう尋ねてみた。これで自分に用が無かったとなれば恥ずかしさで死ねるところだったけど、何か思うところがあったのか小早川さんはちょっとだけ困ったような表情を浮かべた。

 

「神直はんは、最近の幸子はんに何か変な事聞かれた覚えはないどすやろか?」

 

「変な事?」

 

「ぼくはかわいいやろか~とか、そんな感じのことなんやけど・・・」

 

「あー、ありますね」

 

「・・・やっぱりそうどすか」

 

「それがどうかしたんですか?」

 

 ちょっとニュアンスが違うけど、輿水さんのことを一度もカワイイと言った事が無いことを追求されたことならつい先日あった。特に隠すことでも無いだろうと素直に答えると、小早川さんは苦笑して困ったような表情を更に深くした。

 それにしても話が見えない。確かに輿水さんが自身がカワイイかどうか自分に聞いてきたのは初めてだったとは言え、それ自体そう珍しいことのように思えないんだけども。

 

「幸子はんはかわいいと言ってもらうことはあっても、かわいいかって聞くことは実はあんまりあらへんのよ」

 

「・・・そう言われてみればそうですね」

 

 なるほど、確かに基本的に輿水さんの中で"自分はカワイイ"ということが前提としてあるからそれを疑問に思うようなことは言わないはず。あの時は実質一択な聞き方だったとは言え、いつもの輿水さんならそんな回りくどい言い方じゃなくてもっとストレートに自分のことをカワイイと言うように迫ってきているはずだ。

 そう考えると小早川さんの言う通り"変な事"に当たる。だけど、輿水さんがどういう思いでそう尋ねたのかまでは分からなかった。ただ聞き方がいつもと違うね、くらいの感覚しか自分にはないけど、きっと小早川さんは輿水さんの心情を理解しているんだろう。

 

 小早川さんは表情を元に戻して、今度は思い出すように少しだけ視線を上へと向けて口を開いた。

 

「幸子はんが自分がかわいいか周りに聞き始めたんは、ほんのちょっと前からのことでなぁ。うちも友紀はんも驚いたんよ?あの幸子はんがそんなこと聞かはるなんて~って」

 

「そうなんですか」

 

 相槌を打ちながら自分はちょっとだけ小早川さんを羨ましく思った。改めてそう言われればその違和感に自分も気付くことが出来たけど、言われた当時は何も思うことが出来なかったから。小早川さんも姫川さんも輿水さんとの付き合いが長いっていうか、きっとよく見ているんだろう。

 まぁ輿水さんと自分なんてせいぜい三ヶ月程度の付き合いだから仕方ないと言えば仕方ない事なんだろうけど、何というかほんのちょっと負けた気分になる。

 

「それで友紀はんと幸子はんのことよう見とったら、なんや普段せんような顔でれっすんを受けてたんどす」

 

 自分的には逆にいつもどんな顔でレッスンを受けているのか気になるけど、ここは茶化す所じゃ無いから黙っておこう。

 

「多分やけど、不安やったんやろうなぁ」

 

「不安、ですか?」

 

 自分は思わず小早川さんに聞き返してしまった。不安なんて輿水さんとはまるで縁遠い言葉なんじゃないだろうか。なんて失礼な事を考えていると、小早川さんはくすくすと笑った。

 

「意外やった?」

 

「あ、いや!そんなことないですけど・・・!」

 

「構わへんよ。幸子はんはちょーっと気が強いところがあるさかい、そう思うても無理はあらしまへん」

 

ちょっと所じゃないと思うのは自分の気のせいだろうか。

 

「で、その不安っていうのは・・・」

 

「らいぶ、どすな」

 

「ですよね」

 

 途中から薄々そうなんじゃないかと思っていたけど、やっぱりそうだった。そもそも輿水さんが不安に感じるだろう要素が直近ではライブぐらいしか思いつかないから当たり前と言えば当たり前なんだけど。

 不安に思うってことはそれはつまりライブで失敗するかもしれないと思ってる訳で、あれだけ自身満々だった輿水さんでもやっぱり自分の晴れ舞台となるとやっぱり特別な物なんだろうな。

 

 でも、ちょっと待てよ?じゃあ輿水さんが自分にカワイイかどうかを聞いてきたのは自信が無かったから?その日朝から様子が変だったのもそのことで悩んでいたから?その時から避けられ始めたのはカワイイと言わなかったから?だとしたら自分が馬鹿すぎる。その事に気付けなかったのは百歩譲ってしょうがないにしても、せめて恥ずかしがらずにカワイイくらい言っとけば良かったのに・・・

 

「急に顔色悪なったけど、どないかしたん?」

 

「いえ、何でもないです・・・」

 

 突然の自分の落ち込み様に小早川さんは心配そうに声をかけてくれたけど、自分としてはそれどころじゃない。正直今からでも輿水さんに謝りに行きたい気分だ。あぁ、でもこの場合はカワイイと言いに行った方がいいのかな?いや、それはダメか。家まで押しかけていきなりカワイイって言い出すとかどんな不審者だよ・・・

 

 そうしてうんうんと悩み始めた自分に対して、小早川さんは歩みを少しだけ速めて自分の前に回り込んだ。

 

「悩んでる所悪いけど、ちょっとええやろか?」

 

「うお・・・!」

 

 意識を他に遣っていたせいで突然自分の前に出て止まった小早川さんに対して反応するのがちょっとだけ遅れてしまったけど、ギリギリ気付いて立ち止ったおかげで衝突だけは避けることが出来た。

 それでちょっとだけ責めるような視線を送ると、小早川さんは逆にニコリと笑って自分の視線を受け流してしまった。この人見た目によらず意外と強い。

 

「神直はんに頼みたい事があるんやけど、ええどすやろか?」

 

「頼みこと?」

 

「幸子はんを、応援してあげて欲しいんどす」

 

「え?あぁ、はい、まぁそれくらいなら」

 

 何かある意味今更な頼まれ事をされてしまった。というか、もしかして小早川さんはそれを言うためだけのためにわざわざここまで来たんだろうか?だとしたら凄いな、主に輿水さんが愛されてるな的な意味で。

 ただ気になったのが、輿水さんには自分の他にも友達が居る訳で、当然その中には自分よりも親しい人も居るはずなのに何で自分?飾り付けのお礼ついでなら分かるけど、何となくその線は薄い気がする。

 

「何でそれを頼もうと思ったんですか?」

 

 せっかくだから聞いとこうかと軽い感じで自分がそう尋ねると、小早川さんは良くぞ聞いてくれましたみたいな、ちょっと意地悪そうな表情をさっきから浮かべている笑顔に含ませてきた。

 

「実は幸子はん、事務所でよう神直はんのこと話してくれるんよ」

 

「うぇ!?」

 

「神直はんがらいぶのお祝いについて悩んではる顔がおもろい~とか、何時まで立っても女の子のえすこーとが上手くならへんから、仕方なく帰ってあげてる~とか」

 

「それってもしかして自分貶されてます?」

 

「神直はんもいけずな人やなぁ。ちゃーんと分かってはるくせに」

 

 そう言って左手を口元にあてて小早川さんは本当に楽しそうに笑った。ええ、分かってますとも。輿水さんがただ陰口を叩くような性格の持ち主でないことくらい。でもなんか自分の事を話されていたと知ってむず痒いやら恥ずかしいやらで誤魔化したくなっただけだ。

 

 それにしても応援かー。ただ言葉にするだけでもいいんだろうけど、ここは挽回するって意味でも何か特別なことをやりたいな。そう言えば輿水さんのために考えていたお祝いの第二候補があったな、それを使って・・・

 

「ふふ。その様子なら、なんも心配あらへんなぁ」

 

 また自分が深く考えこもうとしたところで小早川さんの声が聞こえてハッとなった。危ない、また他人の前で意識を別の所に移してしまうところだった。

 

「ほな、神直はんにも頼み事聞いてもろたし、うちはこの辺でお暇させてもらいまひょかー」

 

「何かすいません、気を使わせちゃったみたいで。帰りの道は分かりますか?何なら案内しますけど」

 

「構わへんよ。この道から駅に行けるさかい、気にせんでええよ」

 

「そうですか、分かりました。では、今日はありがとうございました。お土産、美味しくいただきますね」

 

「こちらこそおおきに。幸子はんのこと、お頼み申し上げます」

 

「はい!」

 

 自分の返事に満足してくれたのか、小早川さんはもう一度ニコリと笑って自分に対して軽くお辞儀をしてから、踵を返した。自分は小早川さんの背中が道の角を曲がるまで見送ると、同じ様に自分の家に向けて踵を返した。

 

 さて、これから色々と準備しないと。まず折り紙とパッチンを買って、あとあれの全体像が見える画像も探さないといけないな。



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当日とパッチン、あとミニライブ

削って、削って、それでも長いのは、元々が凄く長いから。当たり前ですね。
ちなみに削った結果いつもの2倍の量の文字数で済みました(白目)
正直15話と16話に分けたらと思ったんですが、ここは一気にやってしまいました。すいません。

秋の夜長に15話をどうぞ(これを見ている人が秋に見るとは限らない)



 朝7時、寝過ごさないようにと設定したいつもより大きめの音量のアラームで目を覚まして、掛けていたタオルケットを退けて自分はムクリと起き上がった。昨日早く寝たおかげで目はパッチリと開くし眠気は一切感じない、非常に目覚めの良い朝だ。自分は頭の後ろで両手を組んで軽く体を伸ばしてから立ち上がり、自室のカーテンを開けた。

 窓から外の様子を伺ってみると空には雲がポツポツとまばらに浮かんではいるものの、それを除けばほとんど快晴といっても差し支えない天気になっていた。ここ最近雨も降らず、昨日の天気予報でも今日は晴れと言っていたのであんまり心配はしていなかったんだけど、今日この日だけはこうして実際に目にするまでは完全に安心は出来なかった。

 

 自分は知らずほっと安堵の溜息を吐いた後窓から離れて、自室の壁に貼ってあるカレンダーを見つめた。そのカレンダーには月の始めから今日に至るまでの各日にちに黒色で×印が付けられている。これは自分が一日の終わり、つまり布団に入る直前に付けていったものであるのだけど、本日第三日曜日だけは別で、ここには既に赤色で〇印が付けられていた。

 これを見ればきっと誰でも今日は特別な日なんだろうなというのは分かってくれるだろう。そう、本日ついに輿水さんの晴れ舞台であるミニライブの日を迎えることとなったのだ。なったのはいいんだけど・・・

 

(なんか変に緊張してきた・・・)

 

 別に自分がライブに出る訳でもないのに体に軽く緊張が走ってしまった。一応ライブを見に行って帰ってくるだけじゃなくて、前から考えていたことを実行に移す日でもあるのでやることが無いことはないんだけど、なんかこう、輿水さんが舞台で歌ったり踊ったりしますってことを考えると祈るような気持ちになるっていうか・・・いや、失敗するとは思ってないんだけどさ。

 とにかくこんな所で無駄に緊張してても仕方ない、自分は変に考え事をしないように頭を振った。冷たい水で顔を洗えばきっと気分もすっきりとするだろう、そう思って自分は自室から出て洗面所に向かったけど、そこには既に先代が居た。デフォルメされたブタの顔が散りばめられた見慣れたはずのパジャマに今更ながら年を考えろよとツッコミながら自分はその背に声をかけた。

 

「おはよう」

 

「んあ、おはよう」

 

 顔を洗い終わったばかりなのか、タオルで顔を拭きながら答えた先代は一歩横によけた。先に使っているなら後にしようかと思ってたけど、どうやら洗面台を譲ってくれたみたいなので使わせてもらおう。自分は洗面台の前に立って顔を洗った。

 朝とは言えそろそろと暑くなってきたこの季節に冷たい水で顔を洗うのは気持ちがいい。自分がいつもよりほんの少しだけ時間をかけて顔を洗い終えると、スッと横からタオルが差し出された。それをありがとうと言って受け取り、顔を拭いて頭を上げると鏡越しに先代が櫛を持って自分の後ろに回り込んでるのが見えた。

 

「髪、()かしてやろうか?」

 

「別にいいです」

 

「にべもねぇな」

 

 先代の提案に素っ気なく返すと、予想通りだと言わんばかりに悪戯っぽく笑って手に持っていた櫛を自分へと差し出してきた。自分はそれを受け取るとそのまま髪を梳いた。

 そうしてしばらくの間せっせと櫛を動かしていると、さっきから自分の髪も梳かずにジッとこっちを見ていた先代がふと不思議そうに首をかしげた。

 

「もしかして今日なんかあるの?」

 

「え?なんで?」

 

「いや、最近髪を妙に綺麗に保ってたし、今日はいつもより念入りに梳かしてるからさ」

 

 先代のその言葉に自分はギクリとしてしまった。確かにここ最近は髪を出来るだけ綺麗にするように意識していたけど、だからといってそれが見た目に反映されているわけじゃないのでパッと見、というか自分でよく見ても今までとなんら変わりが無い。

 一体何を以てして綺麗だと判断出来たのかは謎だけどその辺はさすが保護者と言うべきかよく見ていらっしゃる。自分は梳かしていた手を止め、櫛を元の場所に戻してすまし顔で答えた。

 

「気のせいじゃない?」

 

 もしも先代に今日自分が女友達、というかアイドルのライブを見行くと知ったら多分全力でからかってくるに決まっている。心の中で必死にバレるなと祈りながら表情を一個に固定させること十数秒、気付かなかったのか、それとも気付いていてこれ以上詮索するのは止めたのか、先代はあっそうとだけ言って鏡超しに見ていた自分の顔から視線を切った。

 

「あ、そうそう、今日朝から出かけるから。あとお昼ご飯要らない」

 

「それを言わなきゃ満点だったんだけどな」

 

 苦笑いする先代に言わないなら言わないで怒るくせにと目で一瞬だけ訴えて自分は洗面所を後にして自室へと戻った。それからパジャマから私服へと着替えて、今日持っていくものをカバンに詰め込んでいく。

 財布に何かあった時のための新品のノート1冊、今日の為にと注文したかなり丈夫な紙と地元のデパートで買ったホール付きのパッチン留めと、ぶっちゃけライブに何の関係の無いものばかりだ。いやまぁ、逆にライブに関係のあるものって何だと聞かれても困るけどさ。

 

 そうして出かける準備が出来上がって時計を見ると8時前にまで針は進んでいた。電車に乗る時間にはまだちょっと早いけど、時間に余裕を持つ分には構わないだろう。自分はヘアゴムで後ろの髪を束ね、カバンの紐を肩にかけて立ち上がり家を出た。

 

「行ってきます」

 

 本堂へ向けて一礼。ついでなので今日のライブの成功を祈っておいた。 

 

 

 

―――――――――――

 

―――――――

 

――――

 

 

 

「さすが東京のデパート。でかい」

 

 山梨から各種電車を乗り継ぐことおよそ3時間、今年三度目となる東京、その地に建っている大型デパートの前に自分は立っていた。

 地元のデパートとは比べ物にならない大きさに少し圧倒されながらもデパートへと入って行く。休日の昼前とあって中は人だらけだ。さすがに前に進めないというほどではないけど、油断しているとすぐに人にぶつかってしまいそうだ。自分は注意しながら入口近くにある1階のフロアマップが張り出されている掲示板へと近寄った。

 輿水さん情報によるとライブは1階から最上階に居る人が見れるようにと、吹き抜けのある場所に建てられている簡易的なステージを使ってやるらしいので、マップのそれらしい場所に当たりを付けて、現在の居場所からそこまでの道のりを辿ってみた。

 

 すると何のことはなく、入口からほぼ真っ直ぐ進んでいくと着く場所にあると判明した。ライブの開始時間まではかなり余裕があるけど、もしも間違っていても困るので下見ついでにその場所を確認しておくとしよう。

 そう思って掲示板から離れてその場所へ足を向けること5分、目的の場所へと辿り着いた。そこには今回のライブの関係者と思われる人達が舞台の設営のためにせっせと忙しなく働いていた。どうやらここで間違いないみたいだ。

 

 ふと自分が周りを見てみると、舞台の設営を物珍しく見つめていたのは自分だけみたいで、道行く人達はチラリと目を向けることはあっても足を止めることは無かった。ここで何かしらの催し事が行われるのはここの人達にとっては特別に珍しいことではないみたいだ。

 自分はなんとなく恥ずかしくなって、早々にその場を立ち去ろうと踵を返して一歩踏み出そうとした。と、同時にゴインという音が頭に中に響き、額に痛みが走った。

 

 一体何事!?と思いながら痛む額を抑えて前を見てみると、そこには自分と同じく額を抑えて痛そうにしている人が居た。やばい、気を付けてはいたのにどうやら通行人と衝突してしまったようだ。慌てて自分が謝罪の言葉を口にしようとすると、それよりも早く相手の方が口を開いた。

 

「いや~、ごめんね。声をかけようとしたらぶつかっちゃった」

 

「こちらこそすいません・・・って、姫川さん?」

 

 あははと申し訳無さそうに笑う相手をよく見てみると、本日のライブの主役の一人である姫川さんだった。姫川さんは額を抑えていた手を顔の横に持ってきてヒラヒラと振った。

 

「こんにちは。え~っと、誕生日君!」

 

 強製紙食わしたろか。あとなんか横文字じゃなくなってるし。

 

「ご、ごめんごめん!神直君だよね!ちょっとした冗談だって!あはは・・・」

 

 心の内の不満が顔に出ていたようで、自分を見てギョッとした姫川さんは慌てて修正してきた。自分としても今出している表情は不本意ながら反射的に出たものなので、すぐにそれを引っ込めて元の表情に戻した。

 

「それで、何か御用ですか?」

 

「いや、用って程では無いよ。この辺を歩いてたらたまたま君を見かけたから挨拶でもしようと思って」

 

「そうなんですか。っていうかよく自分だって分かりましたね?」

 

「君って凄く綺麗な髪してるからね。後ろ姿でも分かったんだ」

 

「あぁ、なるほど」

 

 そういえば今日は帽子を被って来ていないから髪を晒しっぱなしになっているのを忘れていた。普段外に出る時は基本的に帽子ありきなので今日もついその感覚でいてしまった。自分はなんとなく手を後ろに回してヘアゴムを軽くなぞり髪がしっかりと束ねられているのを確認した。

 

「今日ここに来たのは、私達の・・・いや、幸子ちゃんのライブを見に来たから?」

 

「あ、はいそうです」

 

 妙にニヤニヤしながら尋ねてくる姫川さんの表情が気になったものの、特に隠すようなことでも無いし、多分分かった上で質問してきているのでここは素直に答えておいた。すると姫川さん何やら感慨深そうに目を閉じ、両手を組んで少しだけ顔を上にあげた。

 

「いやー、青春だね。それで、どうする?幸子ちゃん呼ぼっか?」

 

「今は良いです。ただ・・・」

 

「ただ?」

 

「ライブ開始直前にこっちから輿水さんに会いに行ってもいいですか?」

 

「ライブ直前に?」

 

「あ、やっぱりそういうのは迷惑でしょうか?」

 

 自分がそんな提案をすると姫川さんの表情がちょっと困ったようになった。初めは時間のある時に輿水さんに連絡を飛ばして呼び出して、と考えていたけどたまたまこうして姫川さんと会えたからせっかくなので今回自分が考えていることをライブ直前に実行しようかなと思っていたんだけど、どうやらこの様子だと迷惑をかけてしまいそうだ。

 そう思って半分諦めかけていると、突然姫川さんの顔があっけらかんとした物になった。

 

「ま、君ならいいか」

 

「いいんですか?ありがとうございます」

 

 良かったという思いと何故だと思う気持ちが半分ずつ。過去に姫川さんの信頼を勝ち取るイベントを起こしたつもりは無いはずなんだけど、まぁそう言ってくれるならありがたく行かせていただこう。

 

「それで、いつ頃来る予定?」

 

「開始10分前くらいですかね。あ、後輿水さんには秘密でお願いします」

 

「了解。ライブの前になったら幸子ちゃんはステージ裏で待機してるから、そこに来て」

 

「分かりました」

 

「あ、そうだ、プロデューサーにも伝えとかないと・・・」

 

「すいません、何から何まで」

 

「いいよいいよ。じゃあ私行くから、結果は聞かせてね!」

 

「はい?」

 

 結果とはなんのことだろうと疑問に思いつつも、姫川さんは既に去って行ってしまったので聞くことは叶わなかった。一瞬追うことも考えたけど、人混みを器用に避けつつ速足で歩いて行ってしまったので自分では追いつけないと判断してやめた。まぁ、また今度会った時にでもおかげさまで無事に輿水さんを応援出来ましたと伝えたらいいか。

 後はライブまでの時間を潰さないといけないんだけど、結構時間が余ってるな。さっき見てた掲示板に2階にはフードコートがあるみたいなこと書いてたし、そこで時間を潰そうかな。自分は2階へと続くエスカレーターの場所を思い出しつつ歩き始めた。

 

 

 

―――――――――――

 

―――――――

 

――――

 

 

 

 フードコートで軽くお昼ご飯を取った後スマホでゲームをポチポチとやること大体1時間、そろそろ良い時間になった頃に自分は座っていた席を立ってステージのある場所へと戻った。一度通った道なので特に迷うことは無かったけど、ステージに近付くにつれてほんの少しずつ人が増えていくので若干の進み辛さを感じた。

 で、いざステージに着いてみるとそこにはまぁ大量!って程では無いにしろそれなり以上の数の人達がステージの周りに居た。2階から先の階にも柵に両腕を乗せたり雑談をしたりしてライブの開始を待つ人がチラホラと見受けられた。

 

 こう言っては失礼だけどあの三人にここまでの人気があるとは思わなかった。いや、でもよく考えたらそうか。元々テレビとか出てたから下地はあったわけで、さすがにここに集まっている人達全員がファンでは無いだろうけど決して少なくも無い筈。

 そう考えると案外輿水さんって遠い所の人だよなぁと思っていると舞台に上がった司会の人(?)がもうすぐステージが始まりますとマイクを使って告知し始めた。やばいやばい、急がないと。

 

 自分は姿勢を低くしてコソコソとステージの裏へと回って簡易的に建てられていたアイドルの待機場所に入り込んだ。途中プロデューサーさんらしき人に見られたけど姫川さんがきちんと話を通してくれていたおかげで特に咎められるようなこともなく何も言わずに見送ってくれた。

 

「こんにちは、輿水さん」

 

「え?」

 

 待機場所からステージに上がる階段の前に直立不動で立っていた輿水さんに後ろから声をかけると、露骨に肩をビクリと震わせてからこちらへと振り返った。その瞬間、今度は自分の方の肩がビシリと固まった。

 簡易的に建てただけあって照明のような物も無くて外からの明かりに頼っているらしいこの場所は薄暗かった。そのため後ろ姿だけでは今一把握出来なかったけど、よく見たら輿水さんはいわゆるライブ衣装というやつに身を包んでいた。

 

 馬子に衣装?いやいや、この場合は鬼に金棒か。輿水さんにそう言ったら鬼と金棒はカワイくないと怒られそうだけど。とにかく一アイドルとしてそこに立っていた輿水さんは何というか、こう・・・素直に言うのもこっ恥ずかしいけどこの薄暗い中でも何だか輝いて見えた。率直に言うと凄く可愛かった。

 

「って、神直君じゃないですか!?こんな所で何してるんですか!?プロデューサーさんに怒られますよ?」

 

「・・・」

 

「神直君?」

 

「え?あ、その辺は大丈夫。ちゃんと許可取ってるから」

 

「許可って・・・本当ですか?」

 

 一瞬返答に詰まって視線を逸らした自分に疑いの視線を向けてくる。いや、ちょっと見惚れてボーっとしてました何て言える訳も無く、自分は頭の中で自身にしっかりしろと言い聞かせてから軽く息を吐いてしっかりと輿水さんの方へと視線を向けた。

 

「本当だよ。ここに入る前にプロデューサーさんっぽい人に見つかったけど何も言われなかったし」

 

 自分がそう言うと輿水さんは少しだけ悩んだ表情になったけど、やっぱりここに無断で入るのは不可能と思ったのか、じゃあ信じますと言って一応は納得してくれた。

 

「でも、どうしてここに来たんですか?」

 

 輿水さんからしたら当然の疑問をぶつけてくる。そりゃあ今頃ステージの前で待っているはずの奴がいきなり関係者以外入れない所に来たら何で?とはなるだろう。自分はその疑問に答えるためカバンの中から紙とパッチン留めを取り出して冗談っぽく言った。

 

「輿水さんが緊張してるみたいだから、ちょっと激励に来ました」

 

「き、ききき緊張ってなんのことです!?このボクに限ってそんなのあるわけないじゃないですか!」

 

 予想に反して図星を突いてしまったみたいだ。信じてなかった訳じゃないけど前に小早川さんが輿水さんが不安を感じていると言っていたのは本当だったみたいだ。でもある意味都合がいい。緊張してるならそれはそれで応援のしがいがある。

 

「じゃあ輿水さん、ちょっとこっち来て貰える?」

 

 ちょいちょいと手招きする自分を怪しみながらも輿水さんは素直に近寄って来た。

 

「・・・また紙が発射したりしないですよね?」

 

「今日はそういうのじゃないよ」

 

 以前のことを思い出したのかジト目を向けてくる輿水さんに自分は苦笑しながらさっき取り出したパッチン留めを自分の左手の上に乗せて、紙を右手で握りこんだ。

 

「これを付けてってことですか?」

 

「うん、間違ってはないね。ただここから一工夫するけど」

 

 目を閉じて軽く一吐く。小早川さんと会った日から今日に至るまでに何度も何度もやってきたことを思い出しながら右手に持っていた紙に意識を集中させて力を使う。そこからほんの僅かな時間の後、自分の手の中の紙がある程度望む形になったら、今度は右手で左手を覆うようにして両手でパッチン留めと紙を重ねた。

 紙で形作ったそれの根本を円筒状に伸ばしてパッチン留めに空けてある穴に通す。穴を通り切ったらその円筒を外側に折り返すように広げてパッチン留めに紙を固定する。後はメインの部分をそれだと分かるように外側を空色、内側を白色に着色して本物らしく、でもどこか作り物っぽく形を整えていく。

 

 そうして自分の出来うる限り以上の想像力を使って満足のいく形までに仕上げると、覆っていた右手を左手からどけた。

 

「これは・・・花ですか?」

 

「うん。ネモフィラっていう名前の花だね」

 

 自分の左手の上にあるそれを興味深そうに覗き込んで輿水はそう言った。自分が作ったのは簡単に言ってしまうとただパッチン留めに紙で作った花を取り付けた物だった。ただ自分にとってこれは今まで作って来たものの中で一番と断言してもいいくらいの出来にしたつもりだ。

 惜しむらくはこの場所が暗くてちょっとだけ見えづらいということだろうか。

 

「どうして今これを作ったんですか?」

 

「ネモフィラの花言葉にはどこでも成功とか可憐って意味があるんだよ。まぁ、ネットで知ったにわか知識だけどね」

 

 自分がそう説明するとこちらの言いたかった事を察してくれたみたいで、輿水さんはあっと小さく声を漏らした。ちなみにネモフィラにはもう一つあなたを許すって意味もあるけど今回は関係ないので黙っておいた。

 

「えっと、それで・・・これ付けていいかな?」

 

「ど、どうぞ」

 

「じゃあ失礼して」

 

 ずいと顔を近づけてきた輿水さんに自分は内心かなりテンパりながらも、輿水さんが普段ヘアピンを付けている横髪に自作のネモフィラのパッチン留めを付けてあげた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ど、どういたしまして」

 

 何となく気まずくなってお互いに視線を顔から逸らす。だけどある意味での山場はここからだ。自分は目を閉じで胸中で自身に問答をかけた。

 

 覚悟はいいか?

 

 ぶっちゃけ出来てないです。

 

 関係ない、行け。

 

 はい。

 

 明らかに自分のものではない意思もあったような気がするけど、そこは置いておくことにして自分は目を開けてしっかりと輿水さんと向き合うように視線を前へと向けた。

 

「輿水さん」

 

「は、はい!?」

 

「輿水さんがどんな気持ちで今日のライブに臨むのかは自分には知れないし、今日まで輿水さんがどんな努力をしてきたかは分からない。だけど・・・その~、なんていうか・・・」

 

 正直言ってこの先は恥ずかしすぎて言いたくはない。だけど輿水さんが自分の次の言葉を待っている、だから言わないと。

 

 自分は覚悟を決めた。

 

「間違いなく、今自分の目の前に立っているのは世界一カワイイアイドルだから。そんな世界一カワイイアイドルの初ライブは絶対に成功するに決まってる。だから、その、自信を持って・・・くだ・・・さい?」

 

「ちょっと、今の凄く大事な所でしたよね!?なんで最後失速しちゃったんですか!?それに最後は何故か疑問形ですし!台無しじゃないですか!」

 

「す、すいません・・・」

 

 最後の最後でヘタレてしまった自分に盛大なツッコミのお言葉が輿水さんから降り注いだ。それに対して自分は情けないやら今すぐ死にたいやらでショボンとして平謝りすることしか出来なかった。それを見た輿水さんはフンッと鼻息を一つ鳴らして怒ったように腕を組んだ。これには輿水さんも大激怒みたいだ。いや、そりゃそうか。

 

「全く、神直君がいざという時はヘタレる人だとは思いませんでした!」

 

「その件に関して非常に申し訳なく思っております、はい・・・」

 

「ですが、その・・・」

 

「?」

 

「まぁボクのことを世界一カワイイと言い切ったことに関しては、えっと、そのー、嬉しかったです」

 

 と思ったらなんかツンデレチックになってきた。

 

「か、勘違いしないでくださいね!?別に神直君に言われなくてもボクの初ライブは成功・・・いや、大成功に終わる予定でしたし、そもそもボクは緊張なんか一切していません!」

 

 これがいわゆるテンプレというやつだろうか。最早色んな感情に脳が引っ張り回され過ぎて漠然としか感想が出てこず、自分はただただ唖然としてしまった。

 

「ほ、ほら、何ボーっとしてるんですか!もうすぐのボクのライブが始まるんですから、早くステージの前に戻って下さい」

 

 そう言って輿水さんは自分の体をくるりと回し、背中を押して外へと強制退出させて元の場所へ引っ込んで行った。と思ったら待機場所から体を半分だけ出してこっちを覗いてきた。なんかデジャヴ。

 

「あ、そうそう、ライブが終わったからってすぐに帰らないでくださいね?後でボク直筆のサイン入りのCDを後でプレゼントしますから待っていてください。絶対ですよ!」

 

 そう言って輿水さんは再び待機場所へと引っ込んで行った。そういえば忘れてたけど、今日は輿水さんと姫川さんと小早川さんのCDの発売日でもあったっけ。自分はそんなことを思いながらひとまず他人に見られないように近くにあった柱の影で頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 

(失敗した・・・)

 

 今の心境を一言で言うと死にたい。途中まで理想通りに事を運べたのに、最後の最後でやらかしてしまった。輿水さんの言う通り自分があそこまでのヘタレなんて思いもしなかった。

 自分は自己嫌悪に苛まれつつ、かといって輿水さんのライブを見逃すわけもいかないので、反省と葛藤もそこそこに自分はステージの前へと戻った。

 

 するとちょうど良く司会の人(?)が舞台袖に引っ込んで行くところで、それに代わるように輿水さんが手を振りながら出てきた。

 

「皆さん、今日はボクにために集まってくれてありがとうございます」

 

 さすがに全員が全員そうじゃないと思うよ、と心の中でツッコんでおいた。

 

「それでは、カワイイボクのカワイイ初ライブ、しっかりと目に焼き付けて行ってください。曲名は・・・」

 

 To my darling…そう言って輿水さんの初ライブは始まった。曲の開始直前、自分と目の合った輿水さんがウィンクしたのはきっと気のせいじゃないだろう。



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昼食とスケジュール、あと券

「おはようございます。神直君は今日も朝からなんだか冴えない顔をしてますね」

 

 なんだか・・・

 

「神直君、さっき返って来た小テストどうでした?え・・・96点、ですか?へ、へぇ~。ま、まぁ神直君にしては良く出来た方じゃないですか?え、ボクですか?ボクの点数はどうでもいいじゃないですか!全く、デリカシーの無い人ですね!」

 

 今日は・・・

 

「フフーン、やはり神直君ではボクの足元にも及びませんね!」

 

 輿水さんのテンションが・・・

 

「今日も一人でお昼ご飯ですか?寂しい人ですね。仕方がありませんからこのボクがご一緒してあげましょう!」

 

 異様に高い・・・。自分は机の弁当箱を包んでいた風呂敷を解く手を止めて、机を挟んで自分の正面に立つ輿水さんを見上げてそう思った。

 そうでもなければ、朝一番自分に毒を吐き、テストの点数を自慢しに来ようとしたり(未遂)、体育の授業で行われた卓球で自分をボコボコにしたり、普段一緒に食べないのに何故か得意気な顔で弁当箱を引っ提げて来て自分の机の上に置いたりはしないだろう。

 

 自分は風呂敷にかけていた手を再び動かして、とりあえず一番気になった事を口にした。

 

「それはありがたいんだけど、大木さんの椅子を勝手に借りちゃってもいいの?」

 

 輿水さんと自分の席は隣同士なので机を横にくっつけ合うという手もあるんだけど、二人で食べるのにそれはそれでおかしな話だ。となれば自分の前の席の人の椅子を借りなきゃいけない訳で、つまり大木さんの席を拝借しないといけないんだけど、今は居ないとは言え勝手に借りるのはどうなんだろう。

 自分はそう思っていたんだけど、輿水さんは特に気にするような素振りも無く椅子を自分の机の方へ向けてそのまま腰かけた。

 

「体育の時間中に許可を取っておいたので大丈夫です」

 

 いつの間に・・・。いや、自分的には体育の授業の開始から終了までひたすら輿水さんと卓球の試合をやっては勝利数を重ねて自分にドヤ顔を向けてきたことしか覚えしかないのだけど。あ、でもそういえば自分の敗北数が3を数えた辺りで自分が休憩を申し出た事があったので多分その時にでも頼んだんだろうか?

 

「ならいいんだけど、じゃあその時から自分とお昼ご飯を食べるつもりだったんだ。それはまたなんで?」

 

「ま、まぁ気分というか、そう、ファンサービスですよ!いやー、些細な所でも積み重ねて行くボクはまさにアイドルの鑑ですね!」

 

「えぇ・・・」

 

 何故か輿水さんドヤァ。自分困惑。いや、昨日のライブも無事に成功に終わってある種プレッシャーから解放された気分になるのは分かるけど、それにしたって本当に今日はテンション高いなこの子。

 

「というか、そんなのはどうでもいいんじゃないですか。神直君はただお弁当のおかずと一緒にボクのご相伴に与れる喜びも噛み締めて下さい!」

 

 そう言っていただきますと弁当を食べ始めた輿水さん。自分は微妙に納得がいかないながらも同様に弁当に箸をつけた。ただまぁせっかく二人で食べるのに会話が無いと結局一人で食べているのと変わりは無いと思うし、何か話題提供でもした方がいいのかな。

 そう思って自分は弁当に入っていた卵焼きを箸でつまみながら視線を輿水さんの方へと向けた。

 

「そういえばもうそろそろ夏休みだけど、輿水さんは何か予定があるの?」

 

 特に何か意図があって問いかけたわけじゃなく、ただ強いて言えば輿水さんの予定が無い時にでも遊ぼうかなと思ってそう聞いただけなんだけど、輿水さんの方はそうじゃなかったみたいで、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに左手に持っていた箸を弁当箱の上に置いてまで頬に手を添えて口を開いた。

 

「まぁ、ボクくらいのアイドルになれば夏休みのスケジュールなんてすぐに埋ってしまうでしょうね!」

 

「それはつまり予定が出来る予定はあるってこと?」

 

「その通りです!」

 

「あ~、そうなんだ」

 

 自分としてはCDデビューやミニライブが3ヶ月も前から決まっていたこともあったし、てっきり輿水さんの予定は既に決まっているものだとばかり思っていた。とは言えよく考えてみれば、どれほどとは知らないけど、CDの発売やライブがアイドルとしての知名度を上げるのは確かだし、だとすればこれから歌系の仕事が増えてきたっておかしくは無いか。

 それにそのアイドルが夏休みを迎えてネックとなる学校が無いとなれば尚更だろう。自分は輿水さんの返答にほんの少しガッカリしつつ箸でつまんでいた卵焼きを口の中に放り込んだ。

 

「それで、神直君はどうなんですか?」

 

「ん?」

 

「だから、そちらの夏休みの予定はどうなんですか?」

 

 あぁ、まぁ自分から聞いたんだからそりゃあ当然聞き返されるか。自分は口の中の物を素早く飲み込んでから答えた。

 

「紙関係の仕事をちょっとだけ回してもらったり、遠出することはあるにはあるけど基本的に予定は無いみたいなもんかな」

 

 遠出と言っても2日もしたら帰ってくるし、紙関係の仕事に至っては自分に回される大半が1日とかからないものなので実質無いのと一緒。ちなみにゲームを予定に含んでいいなら自分もいくらでも埋められるんだけどね。

 そんな感じで夏休み中は暇だと言うことを伝えたら何故か輿水さんの口角がみるみる上がっていき、何とも言えない表情になった。

 

「へぇ~、そうなんですか!真っ黒なボクと違って、神直君は真っ白なんですか!へぇ~!」

 

「う、うん、そうだけど」

 

 スケジュールが真っ黒って言いたかったんだろうね。その言い回しだと何だか輿水さんが腹黒みたいだよ、だとか輿水さんの予定はまだ未定じゃんというツッコミをかろうじて飲み込んで自分は頷いた。

 

「ま、まぁ?そんなに暇でしたら、ボクとしては神直君がどうしてもと言うなら予定を空けてあげますけど?」

 

 決まってない予定をどう空けるというんだろうというのは置いといて、これは要するに暇な時間を作ってあげるからお前と遊んでやるよってことでいいんだろうか?だとしたらどう答えたもんだろう。

 自分としては当然遊びたいと思っているけど、これから忙しくなるであろう輿水さんのアイドル活動を考えてみれば予定を空けられた日は休んでもらった方が良いに決まっている。自分本位か他人優先か悩み所ではあるけど返事が遅くなるのも悪いので、自分は一瞬だけ考えて口を開いた。

 

「じゃあ、どうしても輿水さんと遊びたいから予定を空けといて貰ってもいい?」

 

 当然自分が輿水さんと遊びたいと思ってるのもあるけど、以前東京で買った櫛を渡す機会が欲しかったっていうのもあるので結局は自分のしたい通りにすることにした。ただそれが輿水さんの期待した通りの返答だったようでムフンと鼻を一つ鳴らして自慢気に上体をやや後ろに反らせた。

 

「全く、仕方ありませんねぇ!そこまでお願いされたなら、ボクとしてもやぶさかじゃありません!」

 

「うん、ありがとうね」

 

 自分よりも優位に立っているからだろうか?何にせよ輿水さんの機嫌が良さそうで何よりだ。

 

「じゃあ予定が決まったら連絡して。8月の10日から12日じゃなかったら自分は暇してるだろうから」

 

「それには及びません。もう既に予定を空ける日は決まっていますので」

 

 そう言って輿水さんはポケットの中から長方形の紙を2枚取り出してその内の1枚を自分に渡してきた。それを受け取って見てみるとその紙には夏休み初日の日付が記載されていて、その他にもこの紙の値段と思われる数値やデカデカとフリーパスと書かれた文字に、極めつけは絶叫系とお化け屋敷のアトラクションが有名な施設の名前がローマ字で書かれていた。

 誰がどう見たって遊園地のフリーパスです、本当にありがとうございました。

 

「これ買ったの?」

 

「いえ、少し前に友紀さんから友達と行ってきたらと言われて貰いました」

 

「へぇ~、そうなんだ。じゃあまた姫川さんにお礼言っとかないとね」

 

 その一緒に行く友達に自分が選ばれたことに内心嬉しく思いつつ渡された券を改めて眺めていると輿水さんがニヤニヤとこっちを見ていることに気が付いた。

 

「遊園地でそんなに喜ぶなんて、案外神直君にも子供っぽいところもあるんですね」

 

 どうやら嬉しさが顔に出ていたらしく、からかい口調で輿水さんがそう言ってきた。実際には喜んだ場所が違うんだけど、だからと言って素直に言える訳も無いので自分はフリーパスを返しながらお礼を言った。

 

「あぁ、うん、そう。嬉しいよ、凄い嬉しい!ありがとうね、輿水さん!」

 

「フフーン、もっとボクと有紀さんに感謝してください!何ならボクをカワイイと褒めて下さい!」

 

「いや、さすがにそれは・・・」

 

「ちょっと、何でそこで引くんですか!?」

 

 流石に正面切ってカワイイというのは未だに抵抗があるし、何より周りの目もある。というかさっきから会話する音量もそこそこに大きいので微妙に視線を集めてることを輿水さんは気付いて無いんだろうか。でもまぁ輿水さんだったら気が付いても見られているなら見られているで構わないとか言って気にし無さそうだし関係無いか。

 とりあえず自分はアハハと愛想笑いだけ返してジト目を向けてくる輿水さんをスルーしつつ会話を続けることにした。

 

「それは一旦置いといて、じゃあ夏休みの初日に遊園地に行くってことでいいの?」

 

「随分強引に話題を戻しましたね・・・。でもまぁそういうことですね。その日はプロデューサーさんにお仕事を入れないでおいて下さいと昨日言っておいたので、その日はボクも暇になるはずですから」

 

 そう言って未だに不満気な顔をこちらに向けつつ輿水さんは箸を手に持って昼食を再開した。今にして思えば輿水さんが自分とお昼ご飯を一緒に食べようと言い出したのは、もしかして最初から自分の夏休みの予定を聞いて遊園地に誘う口実だったのかな?

 だとしたらかなり嬉しいんだけど、きっとそれを輿水さんに聞いても素直に答えないだろうし、そもそも聞くのも何だか野暮な気がしたのでそれは自分に都合の良い妄想として置いておくことにした。

 

 さて、7月のカレンダーに付く×印と〇印の量がまた増えるなと考えながら自分も輿水さんと同じように昼食を再開した。



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評価と絶叫、あとそれでもカワイイボク

再びの幸子メインの第三者視点です。

やっぱり書きたかった回は長くなりますね。なので今回は二つに分けます。

ちなみに今回遊園地のアトラクションの待ち時間が比較的短く設定されていますが、そこは幸子補正ということでご了承ください。


「ん~~~・・・ふあぁ~」

 

 窓から差し込む麗らかな日光を全身に浴びてこの日、自称・カンペキアイドルである輿水幸子は目を覚ました。そして起床と同時に無意識的に凝った筋肉をほぐすために両腕を上げて伸びを行い、大きくあくびをかいて寝ぼけ眼で自身の部屋を見渡した。

 昨日はやけに寝付きの悪い夜だった。目を閉じていても一向に意識が落ちないし、無駄に寝返りを打っては何か考え事をしていたはずだけど、はて、自分はいつ頃寝入ったのだろうか?と、未だ眠気の残る頭で考え始めた幸子だったがその答えは出ない。

 

 だが、その時ふと部屋に貼ってあったカレンダーが目に入った瞬間、彼女の顔から血の気が引いた。そう、本日は全学生が待ちに待った夏休み、その初日であるのだけれども、それと同時に仲の良いクラスメイトである神直と遊園地へと出かける日でもあったのだ。

 幸子は慌てて枕元にあった自身のスマホのディスプレイを点灯させ、画面に表示された時計を祈るような気持ちで覗き込んだ。スマホに表示された時刻は7時2分、待ち合わせの場所は近くの駅前で時間は8時丁度。今から急いで身支度を終わらせ家を出て真っ直ぐ駅に向かえば8時には間に合う時間だった。

 

 幸子はひとまず安堵の息を吐いてベットから降りると、服を着替えるためにパジャマを脱ぎ私服の入ったタンスを開いた。幸いにも今日着ていく服は昨日の内に決めてあったので服を選ぶ手に迷いは無く、手早く着替えを済ませた幸子は自身の部屋を出て洗面所へと向かい、顔を洗ってから髪の毛をセットしにかかった。

 今日に限ってピョンピョンに跳ねていた髪をなんとか整え終えると、自室へとまた戻って今度は勉強机の引き出しを開けて、その中に大量に仕舞ってあるヘアピンの中から一番気に入っている物を取り出した。

 

 それからそのまま姿見の前まで移動して、そのヘアピンを幸子自身がベストだと思う位置で留めた。そして一頻り自身を姿を眺めると満足したのか鏡の前の自分にドヤ顔を披露した。

 元々の土台の良さに加えて自身の持っているものの中でも一番気に入っている服を引っ張り出してそれを着ているのだ、これでカワイくなかったらこの世にカワイイという言葉は生まれてはいない。

 

 これならきっとあのカワイイというたった四文字さえ言うのを恥ずかしがるような神直でさえも思わずカワイイと口から漏らしてしまうだろう。幸子はそう確信しながら姿見の前から離れ、カバン掛けから昨日の内に諸々の準備を済ませたポシェットを取って肩に掛けた。これで出かける準備は完了である。幸子はスマホを再び点灯させて時計を確認すると、素早く家を出てダッシュで駅へと向かった。

 

 そして走ること数分、駅前の近くまで来ると幸子は一旦足を止めて遠目に待ち合わせ場所の様子を伺った。するとそこには神直が一足早く到着していて、特に何をすることも無く立っていた。

 それを見た幸子は乱れた呼吸を整えて手櫛で髪をセットし、さも余裕を持ってやってきましたよと言わんばかりに神直の方へと歩いて行った。

 

「おはようございます」

 

「あ、おはよう、輿水さん」

 

 幸子が左手を軽く上げて挨拶すると、ボーっとしていたせいか少し遅れて神直の方も右手を上げて挨拶を返した。そうしてお互いに挨拶を終えてそれぞれの利き手を下ろそうとした時、神直の方の手だけは中途半端な位置で一瞬ピタリと止まってしまった。

 原因は幸子が本日付けて来たヘアピン。神直は先日のライブの時に、彼が幸子に送った物であるネモフィラの花が飾られたパッチン留めを付けていることに気付いたらしく、視線を少しの間だけそこへと向けていた。

 

 ただ、普段からアイドルとして視線を集めている幸子がそれに気付かない訳もなく、言葉も出さずに顔だけで、仕方がありませんから付けてきてあげましたと表現すると、神直は中途半端に止まっていた手を上へと持ってきて頬を軽く掻きながら気恥ずかしそうに、それでいて本当に嬉しそうに笑った。

 

(フフーン、期待以上の反応ですね。付けてきた甲斐がありました!)

 

 そんな神直の反応に幸子は喜びがバレないように心の内でにへらと笑って、今度は澄ました顔で神直の目の前まで歩いて行き、何かを期待するかのように両手を後ろで組んで上目遣いで見た。

 

「え、え~っと・・・あ、そうだ。電車の切符はもう買っておいたから」

 

「おや、それはありがとうございます」

 

 神直は若干テンパりながらも、いつもとは違う小さなカバンから財布を取り出してその中に入れてあった切符を2枚抜き出して見せた。それを受けて幸子は素直にお礼を言うが、心の中では全く違う事を考えていた。さぁ、褒めてください、そして言ってくださいあの四文字を、と。

 ただ女友達と出かけるのは今日が初めての神直にそれを期待するのも無理な話で、幸子の意味ありげな視線には気付けどその内容が全く分かっておらず、小首を傾げるだけだった。そうしてお互い微妙に噛み合わないまま見つめ合っていたが、神直の方がまぁいいやとばかりに幸子に向けていた視線を切って駅の方へと向けた。

 

「じゃあ、まだ時間はあるけど、早めにホームに向かっとこうか」

 

「ちょっと待ってください!」

 

 そう言って歩き出した神直だったが、幸子がそれを許す筈もなく神直の来ていた服の襟首を掴んでその歩みを止めた。その際に神直から潰されたカエルみたいな声が出たが、まぁ問題ないだろう。

 

「あのですね、神直君は知らないかもしれませんが、女性がオシャレして待ち合わせ場所に来たら褒めるのが常識なんですよ?」

 

「なにその常識。初耳なんだけど」

 

「と、言う訳でボクを褒めて下さい」

 

「えぇ~・・・」

 

 褒めることを強制する幸子に神直はげんなりと肩を落とすが、かと言ってこのまま何か褒めないと幸子が納得しないのも確かなのでコホンと一つ咳を吐いてから気合いを入れた。

 

「今日はいつもより綺麗だね、輿水さん」

 

 先日の教訓を生かして何とかヘタレずに言い切った神直だったが、幸子にしてみれば予想外と言うか、文字数が減ったというか、何にせよ期待したものとは違っていた。とは言え褒めたことには変わりはないのでここは自分の事を素直に評した神直を労ってやるべきだろう。そう思って幸子は口を開いた。

 

「まぁ神直君にしては良く頑張った方ですね。ボクは寛大ですから、今日はそれで我慢してあげます」

 

「う、うん、ありがとう。所で輿水さん」

 

「なんでしょう?」

 

「なんでそんなニヤついてるの?」

 

「ニ、ニヤついてなんかいませんよ!失礼な人ですね!いいからさっさと駅のホームに行きますよ!」

 

「あ、はい」

 

 理不尽だな、と思いつつも足早に駅へと向かった幸子を神直は追いかけた。

 

 

―――――――――――

 

―――――――

 

――――

 

 

 途中、電車を乗り継ぎながら時間をかけることおよそ2時間程。二人は遊園地の入園ゲートを経て園内へと入っていた。

 

「夏休みなので人が多いんじゃないかと心配していましたが、思ったより人が居ませんね」

 

 幸子はキョロキョロと辺りを見渡してそう言ったが、あくまで夏休みにしてはの話なので決して少ないという訳では無い。とは言え比較的早い時間に来たのもあってか入園ゲートから近場のアトラクションの待ち時間は30分となっていた。

 それを見た幸子はほんの少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべて、どこから調達したのか遊園地の簡単な全体図を広げてポケーっと突っ立ている神直の方へと歩み寄った。

 

「神直君、待ち時間があまりないようなので、最初にあれに乗りませんか?」

 

「あれって・・・ジェットコースターのこと?うん、いいよ」

 

 神直は何故か笑みを浮かべている幸子に多少疑問を覚えながらも広げていた全体図を畳んでカバンの中へと仕舞った。それから二人はそのアトラクションの列の最後尾へと並んだが、待ち時間は短くとも30分間は暇と言う事になる。その間無言というのもあれなので幸子は何とはなしに口を開いた。

 

「そう言えば、神直君はジェットコースターは得意な方ですか?」

 

「まさかそれをここで聞いてくるとは思わなかったよ」

 

 ほぼほぼ絶叫系で固められているこの遊園地において今更な質問をぶつけてくる幸子に神直は苦笑いを浮かべた。仮にここで自分が苦手と答えたらどうするつもりだったんだろう、と思いつつも神直は正直に答えることにした。

 

「まぁ遊園地自体は初めてだから、得意かどうかは分かんないや。面白そうだとは思うけど」

 

 そう言って神直がジェットコースターの方へと目を向けると丁度発射されたところのようで、コースターが山のようなレールをグングンと登っていた。一応テレビ等でジェットコースターについての最低限の知識は持っていたので、あの後は落ちるんだろうなと思いながら神直は向けていた視線を切った。

 

「そう言う輿水さんはどうなの?」

 

「ボクですか?当然、ボクは得意に決まっているじゃないですか」

 

 何が当然なのかは良く分からないが、自信満々にそう答えた幸子だったが、本音を言えばそう得意な方ではなかった。では何故そう答えたかと言うと、見栄というのもあるが、やはり一番は過去に仕事でこの遊園地のジェットコースターを一通り乗せられたというのが大きいだろう。

 最初の時はスタッフの期待通りに大声を上げて絶叫してしまったのだけど、2度目ともなれば耐性は付くはずだ。何なら横で悲鳴を上げる神直のみっともない顔を拝む余裕すらあるだろう。そんな事を思いながら幸子はやはり意地悪く笑って、神直にある提案を持ちかけた。

 

「そうだ、こういうのはどうですか?より大きい悲鳴を上げた方がお昼ご飯を奢るというのは」

 

「誰が判定するの、それ」

 

 仮に両者が悲鳴を上げた場合、どっちが大きい悲鳴を上げたかなんて審査する余裕は普通無いだろう。だが幸子には何か思うところがあるようで神直の疑問に意気揚々と答えた。

 

「フフーン、それはボクに任せて下さい」

 

「大丈夫なの?」

 

「安心してください。ちゃんと公平に判定しますから」

 

「なら、まぁいいけど」

 

 微妙に納得がいかないまでも、神直は幸子の提案を受け入れた。正直ジェットコースター初心者に勝負を仕掛けている時点で公平もへったくれも無いのだけど、神直が負けた時にはお昼の奢りを撤回するつもりではあったので、幸子的にはただ何となく神直に良い所を見せたいと思っていただけだった。まぁジェットコースターで悲鳴を上げないのが良い所なのかと聞かれても、非常に答え辛いのだけども。

 そんな感じでその後も他愛の無い会話を続けている内に30分が経ったらしく、次の順番でコースターに乗車という段になった。

 

「いよいよですね」

 

「うん。なんか緊張してきた」

 

 初めてのジェットコースターでどこかそわそわしている神直とは対照的に幸子は余裕の笑みを浮かべていた。そしてついにその時が来たようでアトラクションの係員が幸子と神直をコースターの座席へと案内した。ちなみに例のパッチン留めは念のため外してポシェットの中に入れて貴重品と一緒に専用のコーナーに置いて行ってある。

 

「では神直君、ボクにあんまりみっともない姿を見られないように頑張ってくださいね」

 

「う、うん。頑張るよ」

 

 で、結局どうなったのかっていうと・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「みぎゃああああああああああああああああああああああ!!!」

 

「おおおおおおお!」

 

 どっちがどっちかは言うまでもないだろう。

 

「いや、何かジェットコースターって凄い楽しいね!びっくりした!」

 

「何でそんなに元気なんですか・・・」

 

 ジェットコースターから降りて妙にテンションの高い神直に対して幸子は青い顔をしながら地面に手を突いて項垂れていた。やはり経験はあっても幸子は幸子だった。

 

「ま、まぁいいです。一本目(・・・)は神直君の勝ちですが、次は負けませんよ!」

 

「待って、何かドサクサに紛れて三本勝負か何かにしようとしてない?」

 

「では、次はフリーフォールで勝負です!」

 

「いや、まぁ別にいいけどさ・・・」

 

 思わず素に戻った神直が突っ込むも幸子はこれを華麗にスルー。そうして次なるアトラクションへと乗り込んだのだが・・・

 

 

 

 

 

 

 

「ふぎゃああああああああああああああああああああああ!!!

 

「おおおおぉぉぉ」

 

 結果は変わらなかった。

 

「いや、その・・・ほら、人には得手不得手っていうのがあるからさ」

 

「なんでもう慣れてるんですか・・・」

 

 先ほどと同様に項垂れる幸子だったが、神直の方は先ほどとは違ってフォローする程度の余裕が出来ていた。もしこのまま続けても同じ結果となるのは明白だが、自分から有利な条件で勝負を吹っ掛けた手前ここで負けを宣言するのも非常にカッコ悪い。そう思った幸子は青くなっている顔を引き締め、覚悟を持って顔をあげた。

 

「ふふふ・・・次がいよいよ最後になります。ちなみに次で負けた方がお昼ご飯を奢ることになるので気を付けてください」

 

「・・・」

 

 クイズ番組のラストにありがちな設定で挽回を図ろうとする幸子に神直は非常に微妙な顔を見せたが、当然の如くそれをスルーして、次なる勝負の内容を発表した。

 

「最後の勝負はそう・・・ズバリお化け屋敷です!」

 

 ビシッと勢いよく人差し指を神直に向けた幸子だったが、当然彼女自身お化けが得意なはずも無く、むしろ苦手とする所ではあるのだが、先にも述べた通りジェットコースター等の絶叫系では確実に神直に軍配が上がるだろう。だからこそ苦手と言えども結果が未知数となる分野での勝負を選択したのだ。

 ぶっちゃけ肉も骨も魂までも切らせて何とか相手の骨を断ってる気がしないでもないが、そんなことを気にする余裕は今の幸子には無い。

 

「あ~、お化け屋敷に入る前に聞いておきたいんですけど、神直君はお化けは苦手ですか?」

 

「前にホラー映画を見たときには普通に怖いと思ったよ?」

 

「なら大丈夫ですね!さぁ、行きましょう!」

 

(あ、しまった。得意って言っとけば良かった)

 

 ともすればお化け屋敷は中止になっていたんだろうか。微妙に神直もお化けは苦手なのでお化け屋敷は正直望むところでは無いのだけど、今更撤回してももう遅いだろう。神直も同じく覚悟を決めて、先に歩き始めた幸子の隣に並んだ。



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恐怖と限界、あと寝ててもカワイイボク

「・・・暗いね」

 

「・・・暗いですね」

 

 幸子の提案で始まった、より大きい悲鳴を上げた方がお昼ご飯を奢るという勝負の最終戦はお化け屋敷へと舞台を変えたのだが、初っ端から二人して後悔していた。試しに神直が探索用にと渡されたペンライトを点けて進行方向を照らしてみると幸子から、うわぁ・・・というドン引きした声が漏れた。

 このお化け屋敷は廃病院の体を為しているのだが、どこからか漂ってくる薬品の匂いやら、本物の病院さながらの内装(荒れてる)や各種医療器具(ボロボロ)が揃えられているので臨場感とか恐怖感が半端じゃないことになっていた。

 

 そのせいか幸子も神直も開始付近から一歩も動けないでいるばかりか、何なら今すぐにでも踵を返して入口を出口にしてしまいそうな勢いである。とは言えいつまでもここに居ては次の順番の人達の邪魔になるだけなので、神直は鉛のような重苦しい溜息を吐いた後一歩幸子の前へと出た。

 

「輿水さん、悪いけどちょっと怖いから自分の背中掴んどいてもらっていい?」

 

「フ、フフーン。し、仕方ありませんねぇ。それでは背中はボクに任せておいてください!」

 

「ありがとう。じゃ、進むよ」

 

 神直は幸子に背中掴ませるとノロノロと前進を始めた。中は非常に暗いのでペンライトで前を照らさないとまともには進めない仕様になっているのだが、二人がとある部屋に足を踏み入れると何故か一室だけ淡い緑色に照らされている空間が現れた。

 チラリと幸子が左へ、神直が右へと視線を向けるとそこには患者が利用するベットでも中にあるのだろう、長方形に区切られた真っ黒なカーテンがその部屋の入口から出口までにびっしりと並べられていた。これでお化けが出なかったら笑うレベルである。幸子は神直の服を引っ張って振り向かせた後、怖さと真剣さが同居したような顔で口を開いた。

 

「さ、先に行っておきますけど、ボクを置いて逃げたら一生恨みますからね!」

 

「それはある意味こっちの台詞なんだけどね・・・」

 

 基本的に引きこもりがちな神直に対して幸子はアイドルとして体を鍛えているため確実に神直より足が速く体力もあるので、彼女がその気になれば前に居る神直を押しのけて走り去ることくらいは出来るだろう。ただ、もし置いて行ったら置いて行ったでこの後一人でこの怖い空間をうろつく羽目になるので、最終的には多少怖い思いをしても一緒に逃げた方が良かったりする。

 二人は同時に頷き合って、無言でお互いを見捨てないことを約束すると、幸子は背中を掴む手に力を込め、神直はペンライトを確りと握り直してゆっくりと前へと歩き始めた。

 

 部屋の5分の1まで歩いたが、お化けは出ない。

 

 部屋の5分の2まで歩いたが、まだお化けは出ない。

 

 そして二人が部屋の真ん中辺りまで来た時のことだった。突然全てのカーテンが激しく揺れ始めたと同時に、各所からガタガタガタガタと、けたたましい音が鳴り始めた。まるでベットに押さえつけられている患者が激しく暴れているかのように。

 

「ひぃ!!」

 

「うおぉ・・・!」

 

 そんな突然発生したビックリギミックにピタリと足を止めてビビリまくる二人だったが、それが大きな間違いだった。二人の居る場所のすぐ後ろからブチッという何かが千切れるような音が鳴ったかと思うと、そこから何かが飛び出して来た。

 二人が慌てて振り返ると、そこには両腕に千切れた拘束具を付けた血塗れの入院患者と思しきお化けがフラフラな状態で、けれども目だけは確りと恨めしそうに幸子を睨んで佇んでいた。

 

「う"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」

 

「・・・・・・・!!!きゅぅ・・・・」

 

「うああああああああああ!・・・ってうおおおおおおおい!」

 

 まるで地獄の底から響いてくるような声をお化けが発した途端、幸子の恐怖心が限界値を超えてしまい声にならない悲鳴を上げた後、彼女は意識を手放してフラリと後ろの方へと倒れ込んだ。

 幸いにも後ろに倒れ掛かったおかげで神直が受け止めて地面に頭を打ち付けることだけは回避できたのだが、彼は彼でお化けに驚いたり突然幸子が気絶したりで精神的に大忙しだった。

 

 ちなみに、もし幸子がここにロケか何か仕事で来ていたのであれば持ち前のプロ根性で気絶することは無かったのだが、残念ながら今はプライベートで来ているためどれだけ情けない姿を晒そうがお茶の間に流れることは無いので耐えられなかったようだ。

 

「ちょ・・・輿水さん!いっそ置いてっていいから、せめて自分の足で立って!!」

 

 抱き留めた幸子に神直が普段出さないような大声で呼びかけるが反応は無かった。このままじゃヤバイと思った神直がお化けの方に視線を向けると、やべぇよやり過ぎたよ、みたいな顔になっていた。そのある意味お化けだって人間なんだと思わせてくれる表情に神直は幾分か冷静さを取り戻すと即座に手に持っていたペンライトを咥えて幸子の体を反転させ、彼女を背負って全速力で逃げ出した。

 ここでもう少し冷静になっておけばお化け役の人に助けを求めてリタイアすることも出来たのだが、流石にそこまで考える程の余裕は戻ってはいなかった。唯一不幸中の幸いだったのは幸子の体重がかなり軽かったため、力の無い神直であっても比較的容易に背負えた事だろうか。それが無ければ多分見捨ててたかもしれない。

 

 そうして少しの間逃げ続けていた神直だったが、体力が尽きたと同時に幸子をその場に降ろして自身も座り込んでしまった。

 

「はぁ・・・はぁ・・・きっつ・・・」

 

 ガクリと頭を下げて、息を荒くする神直。その拍子に咥えていたペンライトが地面に落ちて甲高い音が辺りに響いてしまうが、それを気にする余裕は今の彼にはなかった。

 息を整えるついでに何の気無しに神直が幸子の方へ視線を向けると、恐怖のあまりに気絶した割には妙に安らかな表情で寝ているのが目に入った。何ならスヤァ…っていう擬音語を幸子の真上に書き足してあげてもいいくらいだ。

 

 そんな安らか幸子を神直は引っ張たきたくなるもこれを我慢して、ある程度体力が戻った所で再び幸子を背負って立ち上がった。と、同時にペンライトを落としてしまっていた事に気付いた神直は視線を地面へと向けてペンライトを探し始めた。

 幸いにもペンライトは落とした拍子にスイッチがオフになっていたものの、あまり転がることなく神直のすぐ前に落ちてあったので彼は良かったと思いながらそれを拾おうとした。だが、神直はこれに強い違和感を覚えた。

 

 このお化け屋敷は道中ペンライト等の明かりが無くては前が見えない程に暗いはずだ。なのにどうして今スイッチの切れていたペンライトが見えている?どうしてこの場所だけは淡い緑色で照らされている?

 その疑問に神直が虚ろな目をしてしばしの間思考していると、地面に落ちていた筈のペンライトが彼の方へと差し出されていた。

 

「あの、これ、落としたよ?」

 

「ん?・・・あぁ、すいません、ありが・・・」

 

 突如差し出されたペンライトに神直は意識を戻してそれを受け取ろうとしたが、何かがおかしい気付いた。幸子は気絶しているし、今日は他に同行者は居ない。神直が視線で差し出されている手を辿っていくと、そこには自分より背の低い片目を髪で隠した血塗れの少女が心配そうに彼を見つめていた。

 

「・・・!!!」

 

 神直も幸子と同様に声にならない悲鳴を上げたが、気絶することもなければ幸子を手放して逃走することも無かった。正直な所ギリギリだったが、目の前の少女が本気で心配そうにしていたので何とか耐えることが出来た。多分これが無ければ最悪神直は立ったまま死んでた可能性がある。

 

「大丈夫?すごく、顔が青いよ?」

 

「・・・あ、はい。大丈夫です」

 

 そんな神直のある意味人生の瀬戸際に気付く事無く尚も心配そうな顔する少女の様子に彼はようやく精神を立て直して、差し出されていたペンライトを受け取るとそのままポケットの中へと仕舞った。いかに彼女が軽かろうが両手で支えていないとキツイようだ。

 神直は一瞬片手を離したことで体勢の悪くなった幸子を背負い直して、目の前の少女に一つ疑問を投げかけた。

 

「心配してくれるのは嬉しいんですが、自分達を驚かさなくて良かったんですか?」

 

「うん。前のお化け役の人から、気絶した子を背負った男の子がそっちに行くから保護してあげてって連絡が来てたから」

 

「そうだったんですか」

 

 少女の返答に神直は安堵の息を吐いて、さっきのお化けに心の中で大いに感謝した。

 

「それで、すいませんが出口の方はどちらですか?」

 

「すぐそこにあるよ」

 

 少女が指さした方を見てみると確かに非常口の文字が。ただしその文字も読めない程では無いが掠れているので絶妙にこの場の雰囲気を壊していない。神直は非常口の前まで歩いていき、非常口のドアを開けて振り返った。

 

「助かりました、ありがとうございます」

 

「ううん、これもお仕事だから。それにしても、仲良しなんだね」

 

「・・・?」

 

「えへへ、何でもないよ。じゃあまた来てね」

 

 フワリと笑って長すぎる袖に隠れた手を振って見送ってくれた少女だったが、神直は彼女が言った一言に首を捻った。ただまぁ仲の良い友人同士で遊園地に来るくらいだからそんなことも言われるかと心の中で勝手に納得して非常口から外へと出た。

 

「まぶし・・・」

 

 中の暗さに目が慣れていたせいか外の明るさに目を細めた神直だったが、片手を離して目に影を作ろうにもそろそろと腕に限界が来ていたため今離すと確実に幸子を落としてしまう。仕方無しに神直はとりあえず眩しいのを我慢してベンチ等の幸子を降ろせる場所を探し始めた。

 だが、そのすぐ後幸子の意識が戻ったらしく彼の耳元で唸るような声が聞こえたかと思うと薄っすらと目を開いた。

 

「うぅん・・・。あれ?ここは・・・?」

 

「あ、起きた?」

 

「へ?」

 

 どうやら気絶したことを覚えていないらしく辺りをキョロキョロと見渡す幸子だったが、神直が顔を少しだけ捩って彼女の方へと向けると、とりあえず現状だけは理解できたらしく顔を真っ赤に染めて彼の髪を引っ張り始めた。

 

「な、何で神直君がボクを背負ってるんですか!?セクハラですか!?」

 

「違う違う、違うから!説明するから落ち着いて!あと髪を引っ張るのだけは本当に止めて!」

 

 暴れる幸子を取り合えず落ち着かせて彼女を降ろすと、神直はここまでの経緯を簡潔に語った。お化けに限界を超えてビビッて気絶した幸子をここまで運んできた。後お化け屋敷自体は途中でリタイアしたと。さすがの幸子もこれを聞いて文句を言う程に我儘では無いので、普段とはかけ離れたしおらしい態度を見せて素直に謝った。

 

「その、すみませんでした。ボクをここまで背負って来てくれたのに髪を引っ張ちゃって・・・」

 

「起き掛けだったしね、仕方ないよ。それよりお腹減ったからそろそろお昼にしようか」

 

「じゃあここはご迷惑をかけたお詫びとしてボクが奢ってあげますよ」

 

「え、良いの?じゃあ、ありがたく奢られようかな」

 

「フフーン、何でも頼んでください!」

 

「あんまり何でもとか言わない方が良いと思うけど・・・」

 

「心配ありません、持ち合わせは十分にありますから!」

 

(そう言う事じゃないんだけどなぁ・・・)

 

 微妙に調子に乗り始めた幸子に神直は苦笑いを浮かべながらそう言ったが、幸子は自信満々にポシェットを軽く揺らして答えると、遊園地内の飲食店に向けて足を動かした。神直も何だか幸子の将来に不安を覚えながらもそれに続いた。




※お詫び(興味の無い方は読み飛ばしてください)
前話の前書きで二つに分けるとか言っておきながらそれ以上に分かれるような構成になってしまいました、本当にすいません。

ちなみに言い訳しますとお化け屋敷の描写は本来空白を除いて十行くらいのダイジェストでお送りするつもりでしたが、お化け屋敷と言えばあのアイドルだろ、とちょい出ししたくなった結果一話分の文字数になってしまったのが原因です。


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迷子と観覧車、あとプレゼント

遅くなりました!ごめんなさい!





「初めて食べたけど、美味いなこれ」

 

 お化け屋敷を無事(?)に抜け出した自分達はお昼ご飯を取るためにお化け屋敷から程近い所にあるお店からケバブサンドをテイクアウトして、その辺に設置されていたベンチに腰かけて食べていた。

 ちなみに自分はケバブという物の存在自体知らなかったのでお店に行った際に櫛に刺された何かがクルクルと回っているのを見て新手のハチの巣料理かと一瞬本気で思ってしまったけど、そんな自分の様子に気が付いたのか輿水さんはあれはお肉ですよと得意気に説明をしてくれた。

 

 ただ、その後お店にケバブサンドを注文した時に店員さんが輿水さんの事をハチの巣の嬢ちゃんと笑いながら呼んでいたので、どうやら輿水さんも初見時は自分と同じ間違いをしていたみたいだ。輿水さんはアワアワしながら否定してたけど。それにしても輿水さんって一回ここに来たことにあるんだな。

 そんな短時間で高低差の激しい表情を見せてくれる輿水さんは今現在平常運転といった感じだ。だけど、自分がケバブサンドに美味しいと感想を漏らすとまたもや得意気な顔を見せてきた。

 

「なにせこのボクが奢ってあげたんですからね。美味しく感じるのは当然です!」

 

「あ~、うん、そうかもね」

 

「何ですか、その微妙な返事は。まさかとは思いますが、ボクの言う事を信じて無いんですか?」

 

 要するにあれだろうか、同じお握りでも家で一人で食べるのとクラスの皆で遠足で山に登って食べるのとでは感じ方が違うとか言うあれみたいな気の持ちようみたいな感じか。いや、まぁ自分は友達が居なかったから先生と食べてたけどさ。

 だとしたら自分でも分かるような、分からないような気がしたので曖昧な感じで返事をしておいた。ただ、輿水さん的にはその返事は不満だったみたいで、座った体勢のまま距離を詰めてきた。

 

 と、思ったら自分の持っていたケバブサンドに横からカブリと噛みつかれた。

 

「ちょっ!何やってんの!?」

 

 奢ってもらったものなので無断で奪われるのは別に構わないんだけど、まさか輿水さんがそんな行動に出るとは露程も思っていなかったので面喰ってしまった。そうこうしている内に輿水さんが自分から奪った物を飲み込んだらしく、やけに良い顔をこっちの方へ向けてきた。

 

「やっぱりボクの奢ってあげた方のは格別ですねぇ」

 

「奢った本人が食べても変わらないんじゃないの?」

 

「全く、分かってませんねぇ神直くんは。そんなに疑うなら今度自分で試してみたらどうですか?」

 

 そう言って何かを催促するかのようにこっちをチラチラと見る輿水さん。これは遠回しにまた今度自分に何か奢れって言ってるんだろうか?

 だとしたら自分としてもやぶさかではないし、何より奢ってあげた物を美味しいって言って食べてもらえたら普通に嬉しいだろうなとは思ったので自分は笑って答えた。ちなみに今回輿水さんが奢るハメになったのは自業自得だよねって言うツッコミは飲み込んでおいた。

 

「じゃあ、また今度機会があれば試させてもらうよ」

 

「フフーン。約束ですからね」

 

 未定とは言え次の予定を取り付けられたことに自分は内心嬉しく思いながら食事を再開しようとした。が、ふと目の前の歯型が付いたケバブサンドを見て自分の動きが止まった。よく考えてみたら今自分がこれに口を付けてしまっても良いんだろうか?

 自分が大丈夫かと確認の意味を込めて輿水さんの方に視線を飛ばしてみたけど、特に気にする様子も無ければ自分の視線にも気付いていないみたいだった。

 

 じゃあ大丈夫か。ちょっとした恥ずかしさはあるにはあるけど、向こうが気にしてないならこっちが意識するのも何だか馬鹿らしいしね。

 

「それで、お昼からはどこ回ろうか?」

 

 そういう訳で自分は特に気にせず食事を再開し始めた。あ、いや、すいません、嘘付きました。少し気にしてます。今後の予定を聞いたのも照れ隠しついでだ。

 

「そうですねぇ・・・あ、そう言えばここってジェットコースター・・・とお化け屋敷意外に何かありましたっけ?」

 

「・・・?」

 

 はて、輿水さんはここに一回来たことあるみたいだからここのアトラクションの内容を知ってるのかと思ったんだけどそうじゃなかったみたいだ。でも基本的にここって絶叫系がメインみたいな所もあるし、他のアトラクションは記憶に無くても無理は無いか。

 自分は少し疑問に思いながらも、気を取り直して空いていた方の手を使ってカバンから地図を引っ張り出してそれを輿水さんに渡した。その際にチラリと地図がほんの僅かに破れてしまっている部分が目に入ったのでついでに力を使って直しておいた。

 

 確認はしていないけど自分達の前を横切る人がわざわざこっちに目を向けるとも思えないし、万が一こっちを見ていたとしても今の自分の動作だけで紙をいじくったなんて誰にも分からないだろう。

 と、自分がそう思っていると地図を受け取った輿水さんが今日一番と言っていいほどのドヤ顔をこっちに向けてきた。

 

「フフーン。おそろしく早い修繕、ボクでなきゃ見逃してしまいますね」

 

 ・・・。

 

「じゃあ、うん、自分はちょっと水買ってくるから、輿水さんはここで地図見て待ってて」

 

「ねぇ、ちょっと、そんな露骨にボクを避けようとしなくてもいいんじゃないですか!?」

 

 こんな事ならお店の近くにあった自販機で買っとくべきだったな。いや、失敗失敗。自分は手に持っていたケバブサンドをベンチの上に置いて近くの自販機に向かって行った。

 そうして往復2分かけて(ちょっと遠かった)輿水さんの分を含めて2本のペットボトルの水を買って戻ってきてみると、何故だか泣いている小学校低学年くらいの女の子とそれを必死であやそうとしている輿水さんが自分の目に入った。

 

 何でこの子ちょっと目を離した隙に面倒事に巻き込まれてるんだろう。というか片手に持ったケバブサンドが邪魔ならベンチに置けばいいのに。専用の紙に包まれてるんだから汚れるってことは無いだろうし。自分は鼻から抜けるような溜息を吐いて二人に近づいた。

 

「ただいま。輿水さん、その子どうしたの?」

 

「それが、ついさっきこの子が泣きながらボクの目の前を通り過ぎようとしていたので、つい気になって引き留めたんです」

 

「なるほど。親御さんが見当たらないし、多分迷子だったのかもね」

 

「そうなんです。それで迷子センターに連れて行こうと思ったんですが、こう泣かれてしまっては何だか連れて行き辛くて・・・」

 

 そう言って輿水さんは女の子をチラリと見た。どうやら面倒事に巻き込まれた、というよりかは自ら背負いこんでしまったみたいだ。でもまぁどうあれ輿水さんが困っているなら自分が力になってあげるべきだろう、それがこの子の優しさから出た結果って言うんなら尚更だ。

 

「・・・それじゃ自分が何とかするよ」

 

「え?大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫、任せといて」

 

 少し心配そうな輿水さんに自分はそう言いつつサムズアップで答えた。って言っても子供を泣き止ませた経験何て一度も無いんですけどね!ただ幸いにして自分には子供が喜びそうな力を持っている。これを使えばまぁ何とかなるだろう。ならなかったら知らん。

 自分は両手に持っていたペットボトルをベンチに置いて女の子が背負っていたリュックに目を向けた。全体的に緑色で占められているけど、赤いリボンに喧嘩でも売ってそうな目と猫みたいな髭と口が描かれている所を見るにキャラクター物のリュックみたいだ。しかも自分も知ってるやつ。何回か気の弱そうな人とポッチャリ目な人が町を散策する番組で見かけたことがある。

 

 それじゃあこれをダシにしましょうか。自分は人知れず覚悟を決めて女の子の前に立って目線が合うように膝を曲げた。

 

「おは・・・こんにちは。お父さんとお母さんとはぐれちゃったの?」

 

「ひく・・・えぐ・・・」

 

 自分の質問に女の子は泣くばかりだったけど、受け答えはしようと思ったのか小さく頷いてくれた。話も聞けないくらい大泣きされてたら無理だったかもだけど、これならいけそうだ。

 

「そっか。じゃあ自分と、このお姉ちゃんが一緒にお父さんとお母さんを探してあげる」

 

 実際には迷子センターまで同行してそっから呼び出してもらうだけだけど、泣いてる子に細かいこと説明しても理解されなさそうなのでシンプルにしておきました。それでこれが功を奏したって訳じゃないだろうけど、女の子はほんの少しだけ泣き止んで自分に向けて、本当に?と訴えるような視線を向けた。

 よし、しっかりとこっちに目を向けている今がチャンスだ。自分はカバンの中に手を突っ込んで中に入っていたメモ帳から紙を2枚破り取って女の子の目の前に差し出した。

 

「でもその前に、今まで頑張ってお父さんとお母さんを探してた君にご褒美をあげよう」

 

 自分は差し出した手をもう片方の手で包んで、しばらくしてからカパリと開いた。するとあら不思議自分の手のひらの上にはぴ・・・ぴ・・・ぴーなコラッタが出来上がっていた。

 

「・・・!わ!わ!ぴにゃこら太が出てきた!」

 

 そうそう、確かそんな感じの名前でしたね。しかしまぁ改めて見るとこのキャラってそんなにカワイくないように思えるんだけど、この女の子にとってはそうでは無いらしい。よく考えたら好きでも無いキャラクターのリュックなんか背負わないわな。

 

「これもらってもいいの!?」

 

「そのために作ったからね。でも紙だから優しく触ってあげてね」

 

 表情を大雨から快晴へと音速で切り替えた女の子はキラキラした目をしてしゃぎつつも丁寧にぴにゃこら太を受け取った。

 

「ありがとうお兄ちゃん!でも、今のどうやったの?」

 

「ただの手品だよ。でもタネは教えられないんだ、ごめんね」

 

「お兄ちゃんってマジシャンなの?」

 

「うん」

 

「へー、そうなんだ!」

 

 この子の純粋さを利用しているようで気が引けたけど、だからと言って力の事は教えられないので手品ということにしておいた。一応見た目のインパクトを出すためにわざと目の前でぴにゃこら太を作って見せたけど、この子の喜び具合から察するに別に必要無かったっぽいな。ちょっと無駄なことをしたかもね。

 まぁ、何はともあれこの子の泣き止ませるっていう目的は達成したし、後の相手は輿水さんに任せるとしましょう。

 

「ちなみにこっちのお姉はアイドルだよ」

 

「え!ほんと!?」

 

「フフーン。本当です」

 

「わー!お姉ちゃん凄い!」

 

 自分が輿水さんの方を指差してそう言うと女の子はかなり嬉しそうに駆け寄っていった。輿水さんも輿水さんでアイドルと紹介されたのが満更でも無かったのか、自分の急なフリにも嫌な顔をせず、それどころか得意気な顔で女の子の対応を始めていた。

 しかしまぁこういう小さい女の子はアイドルとかにはやっぱり憧れるもんなんだろうか?自分のイメージでは女の子向けアニメとかにしか関心無いもんだと思ってたわ。

 

 楽しそうにお喋りする輿水さんと女の子を見ながら自分がそう考えていると、何故だか分からないけど二人の会話の流れに不穏な物を感じ取った。

 

「それにしても、本当にぴにゃこら太が好きなんですね」

 

「うん!だって世界一カワイイもん!」

 

 うおぅ・・・。世界一カワイイって、輿水さんにそれ言うとまずいんじゃ・・・。

 

「・・・た、確かにそうですね、ぴにゃこら太は、せ、世界一カワイイデスカラネ!」

 

 輿水さんすごい!大人の対応!よく耐えた!ちょっと体プルプルしてるけど!

 

「じゃあ、お父さんとお母さんを探しに行こうか」

 

「あ!そうだった!探しに行かなきゃ!」

 

「ちょっ・・・そんなに引っ張らなくても。って、お水とお昼!」

 

 輿水さんがちょっと不便だったのと話を本筋に戻すために自分がそう言うと、女の子は自分と輿水さんの手を引っ張って駆け出してしまった。

 ベンチに置いていたお水とお昼はかろうじて回収できました。

 

 

 

―――――――――――

 

 

―――――――

 

 

――――

 

 

 

 その後は女の子に翻弄されつつも迷子センターに送り届けて係りの人に両親を呼び出してもらい無事に引き取ってもらった。聞けばここから少し離れた場所にある子ども向けのエリアではぐれちゃったらしい。確かによく考えたら小学校低学年の子だったらこのエリアのアトラクションだと身長制限に引っかかっちゃうか。

 ちなみに何で両親が来るまで自分達が迷子センターに居たかと言うと、女の子が輿水さんと自分に一緒に居て欲しいと頼まれたからだ。おかげでいい時間になってしまったけど、女の子とその両親からお礼を貰ったから良しとする。ただ気になった点があるとすればそのお礼が観覧車の優待券だったことか。他にも何個か持ってたみたいなんだけどね。

 

 そんな訳で女の子と別れてから、アトラクションの順番待ちしている時間も無いしせっかくだからと現在観覧車に乗ってお互いに向かい合って座っていた。

 

「今日は色々あったけど、楽しかったね」

 

「何を当たり前の事を言ってるんですか。ボクと一緒に居れば何だって楽しくなりますよ!」

 

「うん、楽しくはあったね、楽しくは」

 

「な、何ですか、その含みのある言い方は」

 

「あはは、何でもないよ」

 

 それと同じくらい疲れたってことなんだけどね。主に肉体的な意味で。とは言えそんなことを言う訳にもいかないから自分は微妙な目を向けてくる輿水さんに乾いた笑いを持って返答しておいた。

 それで、えー、何か忘れてるような気がするんだけど、何だっけ?あ、そうか櫛だ。そう言えばまだ渡せてなかったんだ。せっかく今周りの目とかも気にしないでいいんだから今渡してしまおうか。

 

「あ、そうそう輿水さん」

 

「あ、あー、そう言えば神直君」

 

「ん?」

 

「え?」

 

 輿水さんに櫛を渡そうと自分が口を開くと、輿水さんの方も何か言いたいことがあったみたいでお互いにタイミングが被ってしまった。何て言うか自分にはほんの少しだけ間の悪い部分があるな。とりあえずここは輿水さんに先手を・・・

 

「あ~、そちらから先に話してください」

 

 譲ろうと思ってたら譲られた。まぁいいや後でも先でもあんまり変わらないし。

 

「そう?って言っても大したことじゃ・・・大したことだったわ」

 

「一体どっちなんですか?」

 

 ハードルを下げようと思ったけど大したこと無い呼ばわりだと輿水さんに失礼になってしまうから大したことに訂正した。一応これって輿水さんのデビューのお祝いだからね。自分はカバンの中からラッピングしてある櫛を取り出してそれを輿水さんへと手渡した。あ、そう言えばサプライズ演出とか考えて無かったけど、まぁいいや。

 

「はい、どうぞ」

 

「何ですか?これ?」

 

「ちょっと遅くなったけど、前に言ってたCDデビューのお祝い」

 

「え!?それってこのパッチン留めじゃ無かったんですか!?」

 

「それは何ていうか・・・応援の品?」

 

 あ~、何か催促されないなーって思ってたけど、輿水さんは自分がライブの日にあげたパッチン留めがお祝いの品だと勘違いしていたみたいだ。ってことはこれはこれでサプライズにはなってるのか。じゃあ結果オーライ!

 

「そうだったんですか。では、開けてみてもいいですか?」

 

「どうぞ」

 

 自分の許可を貰った輿水さんは包装に使っていたリボンを丁寧に外して中から櫛を取り出して自身の目の前まで持ち上げた。

 

「これって、櫛ですよね?でも、これってどこかで見たことある気が・・・」

 

「あー!実は神直家が贔屓にしてる櫛屋があるんだけどね!それはその店の櫛なんだ!」

 

「は、はぁ、なるほど」

 

 その櫛に関して余計な事を思い出されても非常に困るので、自分は聞かれてもいないことをベラベラと話して輿水さんの思考をカットしにかかった。輿水さんも自分のそんな思いを汲んで、というよりかは何故か必死な自分に気圧されたという感じで一旦櫛を包装紙の中に戻した。

 

「と、とにかくありがとうございます。早速今日から使わせていただきますね」

 

「うん。そうしてあげて」

 

 贈ったのはいいけど引き出しの中に眠らせられるっていうのはこっちとしても悲しいしね。是非とも使って欲しい。

 

「それで、輿水さんはさっきは何を言いかけたの?」

 

「ボクですか?それはですね・・・」

 

 じゃあ次はそっちの番だと自分がそう問いかけると、輿水さんは自身の言葉を切って急に真面目な表情になったかと思うとすくりと立ち上がった。一体急にどうしたんだと首をかしげていると、輿水さんはそのままの表情で前に出ると180度向きを変えて自分のすぐ真横に座った。

 な、何か近くないですか?昼間ベンチに座ってた時よりも近いんですけど。

 

「神直君に説教しようと思いまして」

 

「せ、説教!?」

 

 どうしよう、されるような事をした覚えが全くないぞ!え、何?自分何かしたっけ?って言うか説教するためにわざわざ自分の隣に?

 

「その顔・・・どうやら心当たりが無いみたいですね」

 

「えっと、その・・・あ!櫛を渡すときにサプライズ演出が無かったことか!」

 

「全然違います」

 

「えぇ~・・・じゃあなんだろう・・・」

 

 記憶を必死に辿どると唯一それっぽいのが見つかったのでそれを言ってみたんだけど、どうやら違ったらしい。そうして自分が改めて記憶を辿ろうと腕を組んだら輿水さんはわざとらしく溜息を吐いて、もういいですと言うと手で自分の顔を掴んで輿水さんの方へと強制的に向けさせられた。

 

「いいですか?さっき女の子と会った時に神直君が至らなかった部分が2点あります」

 

「は、はぁ」

 

 自分の顔から手を離した輿水さんは左手の指を2本立てて自分の目の前に差し出した。あれ?女の子と会った時って、自分何かやらかしたっけ?

 

「まず一つ目ですが、どうして女の子にわざわざ力を見せたんです?もしも女の子が両親に話していたらバレていた可能性もあるんですよ!」

 

「あ、はい、すいません」

 

 あ~、それね。言われてみれば確かにちょっと迂闊だったかも知れない。自分的にはあれくらいの年齢の子は力を見せてもマジシャンとか言ってれば納得するだろうって決めつけもあったし、結果的には力を見せなくてもぴにゃこら太だけを作ってあげてれば泣き止んでただろうしね。いや、でも意外にちゃんと自分の事を考えてくれてたんだな、輿水さんって。

 

「・・・ボク以外の人に力を見せないでくださいよ」

 

「そう言われてもせんだ・・・親にはしょっちゅう見せてるし、たまに入る仕事とかでも他人に見せてるしなぁ」

 

「って、な、何でボクの独り言を勝手に聞いてるんですか!?今の無し!今の無しです!」

 

 いや、そりゃあこんだけ近く居るなら仮に聞きたくなくても耳に入ってくるのは当たり前でしょう。自分が少しだけ呆れ気味に輿水さんを見ると、場を仕切り直すようにコホンと咳を吐いた。

 

「次に!女の子を泣き止ませた後、直ぐにボクに突然振りましたよね?」

 

「振ったね」

 

 あれ不満だったのか。輿水さんが受け入れ態勢万全で女の子を迎えてたから、てっきり大丈夫かと思ってた。もしかして女の子に見せないように我慢してたのか?だとしたらちょっと悪いことしたかな・・・。

 

「せっかく神直君の希少な頼りがいがあってカッコイイ場面だったのに、あれでは減点せざるを得ません」

 

 んん?

 

「・・・・輿水さん、もしかして自分の事褒めてくれてる?」

 

 ちょっと言い方的に判断に迷うところもあるけども!

 

「な、何を言ってるんですか。ボクは最初に説教をするって言ったでしょう?」

 

「あぁ、うん、そうだった。そうだったね」

 

「まったく、勘違いしないでもらいたいですね」

 

 本当に説教だとしたら自意識過剰で恥ずか死ぬ所だけど、これがもし輿水さん流に褒めてるんだったら何というか普通に嬉しい。当然自分自身褒められた経験はあるんだけど、友達に褒められると、何かこうこそばゆくて良いもんだね。思わずニヤついてしまいそうになる。実際に顔に出ると困るから我慢したけど。

 

「そういう訳で、次は減点されないように頑張って下さいね」

 

「はい、努力させていただきます」

 

 あくまでツンとした態度でいる輿水さんに自分は努めて真剣な顔でそう返した。そんな傍から見れば男の子が女の子に情けない姿を見せている捉えられかねないやり取りをしている内にどうやら観覧車が一周したらしく、ゴンドラの扉が開いた。

 

「ほら、神直君。早速カッコイイ所を見せる場面ですよ」

 

 さて、それじゃあ時間も時間だし後は帰るだけかと自分が下りようとしたところで輿水さんが試すようにそう言ってきた。でもこの場面でカッコイイ事って言っても何があるっけ?

 あ~、もしかしてあれか。何かかなり前にたまたま先代の持ってた少女漫画見た時にこういう場面あったけど、つまりはそう言う事なのかな?

 

 自分は多分そうだろうと予想して輿水さんよりもゴンドラから先に降りると、くるりと振り返って右手を差し出した。輿水さんは表情で正解、と語ると自分の手を(多分輿水さん的には)優雅に取って自身もゴンドラから降りた。

 いや、これカッコイイか!?ただただ恥ずかしいんだけど!

 

「フフーン。ま、及第点ですね」

 

 輿水さんもこんな事言ってるし!あ、でもこういう言い方の場合はそこそこいい線行ってたってことになるのかな?多分だけど。

 

「まぁ、なんにせよ合格は出来て良かったよ」

 

「この程度で満足されても困りますが、まぁ今日の所は許してあげましょう。ボクも色々とお世話になった部分もありますからね」

 

 あ、自覚はちゃんとあったんだ・・・。まぁいいや。

 

「それじゃあ、帰りろうか」

 

「そうですね。これ以上遅くなると両親が心配してしまいますしね」

 

 そうして自分達は片手だけを上げて伸びをして、家路に就いた。多分明日は筋肉痛だろうな・・・。



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掃除と神直家伝統、あと思春期

 輿水さんと遊園地へと出かけた数日後、夏休みが半ばに入った頃、自分と育ての親である先代は昼間から我が家の縁側の障子をせっせと掃除していた。

 本当だったら自分はこの時間には自室でゲームをしてダラダラと過ごしている所なのだけど、残念ながらそれは先代の脅しによって阻止された。ちなみにその脅しの内容は自分が今進ませているゲームのキー配置を滅茶苦茶にするという最高に地味で面倒なものだ。何なんだ、L1が決定って。

 

 そんな訳で不本意ながら右手にハンディモップを持って十字に交差している木組みの部分の埃を取って、左手で神直家の特権を以て障子紙を綺麗にするという流れ作業に勤しんでいた。

 そうして先代が右端から、自分が左端から綺麗にし始めてからおよそ20分後、表側の掃除がもうすぐ終わろうとした所でお互いの距離が近くなったからか先代が突然話かけてきた。

 

「そう言えばさー、お前が前に買った櫛あるじゃん?あれ結局どうしたの?」

 

「は?櫛?何の事?」

 

 この前買った櫛、と言うのに微妙に心当たりの無かった自分は思わず掃除する手を止めて先代に顔だけ向けて首を傾げた。確かに自分は数か月前に輿水さんにプレゼントするためにつげの櫛を買ったには買ったけど、それに関しては先代に一言も言ってない。

 まさかいくらなんでもその事じゃないだろうな、と思いつつ最近の記憶と少し古い記憶を辿ってみるけどそれらしい出来事は無い。と言うか自分が櫛をわざわざ買いに行くなんてのはよっぽどの事でもない限り有り得ないから、あったら覚えているはず。うん、やっぱり思い当たる事は無い。

 

 無駄に律儀に思い出そうとしたせいか自分の傾いた顔が天井を向きかけた時、今まで手を止めずに掃除を進めていた先代がこっちを見ずに口を開いた。

 

「何って、お前が東京で買った櫛の事だけど?」

 

「え?待って、何で自分が櫛買ったこと知ってんの?」

 

 事も無げにそう言ってのけた先代に対して自分が恐怖を感じて一歩後ずさると、先代は掃除する手止めこっちを向いて呆れたような溜息を吐いた。

 

「あのなぁ、誰が櫛屋の場所教えたんだと思ってるんだよ」

 

「あ」

 

 そうだ、そうだったわ。あの時は確か櫛屋の場所を携帯に送ってもらったんだった。それとついでに電車代も出してもらったんだ。それと他に・・・

 

「櫛って女の人に贈るものとしては・・・」

 

「止めて!それ以上言わないで!」

 

 あの時自分が口にしたことをからかうように言いながら先代はニヤニヤと笑い再び作業に戻ったが、対する自分は恥ずかしいやら何やらで、もはや掃除どころでは無くなっていた。

 つまりは何だ、先代には以前から自分に女の子の友達が出来たことを知られていたという事になるのか。何という不覚。確かにあの頃は輿水さんに送る祝いの品に悩んでいたとは言え、だからって先代に聞くのは違うだろう、過去の自分よ。少なくともこの櫛どこで買ったの?程度に止めておくべきだった。

 

 そんな今更してもしょうがない後悔をしながらハンディモップを放って小さくなり自分で自分の顔を手で覆っていると、先代は畳みかけるように尋ねてきた。

 

「それで、どんな櫛をカワイコちゃんに送ったんだ?」

 

 聞き方がおっさんのそれなのは置いといて、自分は先代が過去最高にウキウキしているのを感じつつ、ハンディモップを拾い上げて立ち上がった。尻を隠し切れていなかった自分が悪いんだ、この際顔を見せても一緒だろう。自分は過去最高に重い溜息を吐きながら作業を再開した。

 

「別に、自分が使ってるのと全く同じ櫛をプレゼントしただけだよ」

 

 素直に白状するからこれ以上聞かないで、と言う気持ちを込めながら自分は答えた。あぁ、次に先代には「お揃いかよ!仲良いな!」的なことを言われるな、と自分が覚悟していると予想外の返答が戻ってきた。

 

ビリィ!

 

 返答って言うか、人の声でもなかった。まさかと思って先代の方を向いてみると、先代が今まさに綺麗にしようとしていた障子紙に穴を開けていた。それも指で、とかじゃなくて腕が貫通するレベルで。

 

「ちょ・・・おま・・・穴空いてますよ?」

 

 突然の事態に動揺が隠せず、思わず敬語になってしまった。と言うか、え?ほんとにこの人どうしたの?なんか変に真顔だし。と、自分がドン引きしていると先代は腕を貫通させたまま首を回して顔だけをこちらに向けてきた。お前はどこぞの人造人間か。

 

「マジで?え、何で同じ櫛をプレゼントしたの?」

 

「何でって・・・まぁ、強いて言えば本人が気に入ったみたいだったからとしか」

 

 内心この状況にツッコミを入れたい衝動にかられながらもそれを飲み込んで正直に答えると、意外にも先代は、そうかとだけ言うと顔を正面に戻して貫通させていた腕を引っこ抜いた。その際に開けた穴を一瞬で元に戻した辺りは流石と言うべきか。

 ただ、自分としてはそんな含みを持たせながら言われるとすごく気になるわけで、よせば良いのにと思いながらも聞いてみた。

 

「同じ櫛だと、不都合でもあった?」

 

「いや、不都合って訳じゃないんだけど・・・」

 

 先代はそこで一旦言葉を切り様子を伺うようにこちらに視線を一瞬だけよこして、まぁいいかとばかりに鼻から息を吐いた。

 

「お前、今使ってる櫛って気に入ってるか?」

 

「・・・?まぁ、気に入ってるね」

 

 えらく話が飛んだな、と思いつつも自分は頷いた。櫛の善し悪しなんて正直な所分からないし、他の櫛を多く知っている訳ではないけど、買ってもらった物とはいえ長年使っていれば愛着も沸いてくるもんだ。

 

「じゃあ、髪を触られるのは嫌か?」

 

「嫌だね」

 

「髪を梳かされるのも?」

 

「嫌」

 

 これは即答。人によるかもしれないけど自分の場合は頭を撫でられるのも嫌で、小学校の高学年になった辺りから、神直の髪は特別だからあんまり他人に触らせるなって先代に教えられていたのも相まって、知らない人は勿論のこと、知ってる人にも髪を触られるのが嫌になった。

 そのおかげっていうのも変な話だけど、最近では確実に手入れの腕前が上な先代にさえ自分の髪に櫛を通させていない。でも、それが一体どうしたって言うんだろう。いまいち話の内容の繋がりがよく分からない。

 

「じゃあ、もしお前が櫛を送った子に、その櫛で髪を梳かれるとしたら?」

 

「え?」

 

「いやな、別にこれは伝統ってほど大げさなものじゃないんだが、神直家の人間は自らの伴侶になる人に自分が使ってるのと同じ櫛をプレゼントして、それで髪を梳いてもらうっていう習わしみたいのがあんのさ。実際私以前の代の人もそうしたみたいだし、私も旦那に櫛を渡してあるしな」

 

「つまり、何?自分がお気に入りの櫛をプレゼントしたって事は・・・」

 

「まぁ、それだけで言ったら、神直式のプロポーズだわな」

 

「はぁ!?いやいやいや、違う、違うから!って言うか誰だよ、そんな動物の夫婦の毛繕いみたいなこと始めたやつは!」

 

「動物の毛繕いってお前・・・」

 

 先代から長々と告げられた事実にロマンもへったくれも無いツッコミで返すと先代はげんなりと肩を落としたが、そんな事を気にする余裕は今の自分には無く、ただただ頭を抱え込んだ。

 意外に思われるかもしれないけど、一応自分にだって歴代の神直に対する尊敬の念はほんのちょっとくらいは持ち合わせている。実際に前に櫛屋で見た紙の花も凄いと思ったし、それを参考にもした。が、今回ばかりは言わせて欲しい。これ始めたやつハゲろと。

 

 いや、まぁ自分が普段通りだったらこれが悪いとは言わなかっただろうし、大人になってもし好きな人が出来たらこの伝統に則って櫛を送っていたかもしれない。かもしれないけど、今は最悪レベルでタイミングが悪い。

 そりゃあ自分だって輿水さんの事が好きか嫌いかの2択で言ったら好きって答えるけど、それはあくまで友達としてだし、あの櫛を贈ったのも輿水さんのCDデビューのお祝いをすることになって、たまたま自分が櫛にしようと思立って、それでたまたま輿水さんが自分が使ってるのと同じデザインのを手に取って見ていたからであって、別にそこに恋愛感情的なのは無かった。

 

 ・・・そう、そうだよ!恋愛感情が無かったんだから、意識する必要は無いんだよ!そもそも、自分が他人に髪の手入れをさせるっていうのがあり得ない話で、付き合いの長い先代にさえ手入れされるのには抵抗感があるのに、三ヶ月そこそこの付き合いの輿水さんなんてもっての外だろう。仮に輿水さんに髪の手入れをしてもらうとなったら、そりゃあもう嫌悪感満載になるはずだ。

 えっと、そうだな・・・輿水さんはどちらかと言うと梳くより梳いてもらう側だと思うから想像はしにくいんだけど、カワイイとか言っておだてたら、仕方が無いですねとか言いつつも案外ノリノリでやってくれるんじゃないかな?それで、ああ見えて頼まれたことはちゃんとしてくれそうだから、時折最近こんな番組に出ただとか、自慢話とかを挟みながら丁寧に梳いてくれると思う。そんな感じかな。うん。

 

 ・・・いやいやいや!そんな感じかな、じゃねぇよ!シミュレーションするつもりではあったけど、誰が気持ち悪い妄想を垂れ流しにしろって言ったよ!?それに別に嫌悪感も沸いて来ないし!これじゃあまるで・・・。

 

「と言うか、何でそういうことをもっと早く言ってくれなかったの!?」

 

 いよいよ頭の中がパニックになってきた自分はこの怒りを先代へとぶつけることにした。いや、別に怒っては無いんだけどね。ただ、この生まれて初めて感じる名状しがたい気持ちをぶつける先が欲しかっただけだ。つまりはただの八つ当たり。

 

「私だってお前がもっと大人になってからか、もしくは恋人が出来たときには言おうと思ってたよ?でもまさか中学生の内からそんな偶然があるなんて思わないだろうに」

 

 そりゃそうだ。ぐぅの音も出ないほど正論に自分はうずくまり、ゴンッと頭を一度廊下に打ち付けた。

 

「・・・今代の神直家当主、神直御堂はここでハゲ死にますので、先代とその旦那さんのお子さんに継がせてあげてください。それではさようなら」

 

「何馬鹿なこと言ってんだ、この思春期は」

 

 もはや自暴自棄になった自分の頭を先代はペチンとはたき、大きな溜息を吐いた。

 

「大体、何が気に入らないんだよ」

 

「何がって・・・」

 

「好きでも無い子に同じ種類の櫛を贈ったことか?それは別にいいじゃねぇか、他意は無かったってことで。それともあれか?やっぱりその子の事が好きだって気付いたからか?それも気にする程の事でもないだろう?好きになる事が悪いわけじゃないんだから」

 

「ぐ・・・」

 

 確かに言ってしまえばその程度の話だ。気持ちを伝えるとなれば話は別だけど、自分が輿水さんの事を思っている分には誰の迷惑にはならないだろうし。

 あぁ、でもちょっと待て、落ち着け自分。確かに輿水さんに髪を梳いてもらうのには嫌悪感を抱かなかったとはいえ、それがイコール好きだっていうのはちょっと結論を急ぎすぎてないか?そう考えた自分はうずくまっていた体を起こして正座の状態になると、ポケットからスマホを取り出してL○NEのトーク画面を開いた。

 

 よし、じゃあ輿水さんに次に会える日を聞こう。それで、その時に何も思わずに普段通りに接する事が出来れば自分は輿水さんの事が好きじゃなかったって事にして、もし何か思うことがあったなら、その時は多分そういうことなんだろうっていう事にしよう。

 自分は自分の気持ちに一旦整理を付けて、いざ尋常に!と気合いを入れながら人差し指を画面へと近づけた。が、その瞬間にトーク画面が電話の受信画面へと瞬時に切り替わり、スマホがブルブルと震えた。それを見た自分は、あっ電話だ。っと頭で考えるよりも早く白色の受話器が描かれた緑のボタンをタップしてそのままスマホを耳に当てていた。

 

『もしもし、神直君ですか?カワイイカワイイボクからの電話ですよ。嬉しいですか?嬉しいですよね!』

 

 何というか今一番聞きたくない声の主が電話をかけてきた。さっき気持ちの整理を付けたとは言ったけど、いきなりご本人登場はハードルが高すぎやしないだろうか。後のっけから輿水さんのテンションが異様に高いし、何より名乗っていない。

 対して自分の方はというと、あまりの急展開に思考が追いついておらず、ただただ頭に思い浮かんだ言葉を口に出していた。

 

「好きです」

 

『え?』

 

「でもゾウさんの方がもっと好き・・・でも無いです」

 

『えぇ・・・』

 

「それで、何か用?」

 

『ちょっと待ってください!今のは何だったんですか!?』

 

 むしろこっちが聞きたいくらいだ。自分は頭を軽く振ってどこかに飛んでいた意識を戻して、気を取り直しつつ誤魔化すために口を開いた。

 

「ごめん、今起きたところで、ちょっと変な夢見てたみたい」

 

『そ、そうだったんですか?なら良いんですが・・・って、やっぱりダメです!ボクからの電話には何時いかなる時もきちんと答えるようにしてください!』

 

「あはは・・・はい、次からは気を付けます」

 

 本当に次からは気をつけよう。せめて反射的に出る言葉をもしもしにする程度には。

 

『あんまり返事に元気がありませんが、もしかしてまだ寝惚けてます?』

 

「あぁ、うんそうかも」

 

 元気が無いのは色んな意味であなたのせいですが、根本的な原因は自分です。とは流石に言えるはずもなかった。と言うかこの時点で自分が輿水さんに対してどう思っているかが決まったようなもんじゃないか、とも考えたけど、今はちょっと混乱補正が入ってるからその考えは却下で。

 

『フフーン、やっぱりそうですか。では、そんな神直君の眠気を吹き飛ばすとっておきの情報があるんですけど、聞きたいですか?』

 

「うん、聞きたい」

 

 聞いて欲しいんだろうな、っと電話の向こうで輿水さんがウズウズしているのを幻視しながら自分は素直に答えた。

 

『全く、仕方が無い人ですねぇ!では、いいですか?』

 

 輿水さんはそこで言葉を切るとコホンと咳を一つ出して、とびっきり声を弾ませた。

 

『明後日、ボクのテレビの撮影現場を見に来ませんか?』

 

「・・・は?」

 

 

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