やはり俺の転生生活は間違っていない。~転生先は蒼き人魚の世界~ (ステルス兄貴)
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各校の所属学生艦

ハイスクール・フリートの設定資料集にて、アニメの舞台となった横須賀女子海洋学校以外にもあの世界の日本に存在する呉女子海洋学校、舞鶴女子海洋学校、佐世保女子海洋学校に所属する学生艦の設定があったので、ドイツのヴィルヘルムスハーフェン校、主人公が通うキール校を始めとする様々な学校に所属する学生艦の設定を考えてみました。
なお、この設定の中では史実では未完成となった艦。
艦数の関係から他国の艦を購入した設定や作者独自の設定などがあります。
また、巡洋戦艦に関しても各学校によっては大型直接教育艦、大型巡洋直接教育艦とクラスがまちまちです。
史実では爆沈した戦艦陸奥が舞鶴海洋女子高校で学生艦として使用されている様に史実では戦没ではなく、事故により沈没した艦船もこの世界では事故で失われていない設定となっております。

学校の所在地は日本では鎮守府が置かれていた所だったので、各学校も軍港または大きな港町のある所となっています。


ヴィルヘルムスハーフェン海洋学校 (ドイツ・女子校)

 

大型直接教育艦

 

ビスマルク (ビスマルク級戦艦一番艦)

 

ティルピッツ (ビスマルク級戦艦二番艦)

 

バイエルン (バイエルン級戦艦一番艦)

 

バーデン (バイエルン級戦艦二番艦)

 

ザクセン (バイエルン級戦艦三番艦)

 

ヴュルテンベルク (バイエルン級戦艦四番艦)

 

大型巡洋直接教育艦

 

ドイッチュラント (ドイッチュラント級装甲艦一番艦)

 

アドミラル・シェーア (ドイッチュラント級装甲艦二番艦)

 

アドミラル・グラーフ・シュペー (ドイッチュラント級装甲艦三番艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

ケルン (ケルン級軽巡洋艦一番艦)

 

ドレスデン (ケルン級軽巡洋艦二番艦)

 

ヴィースバーデン (ケルン級軽巡洋艦三番艦)

 

マクデブルク (ケルン級軽巡洋艦四番艦)

 

ライプツィヒ (ケルン級軽巡洋艦五番艦)

 

ロストック (ケルン級軽巡洋艦六番艦)

 

フラウエンロープ (ケルン級軽巡洋艦七番艦)

 

エムデン (三代目 エムデン級軽巡洋艦)

 

航洋直接教育艦

 

Z1 レーベレヒト・マース (Z1型駆逐艦 1934型駆逐艦一番艦)

 

Z2 ゲオルク・ティーレ (Z1型駆逐艦 1934型駆逐艦二番艦)

 

Z3 マックス・シュルツ (Z1型駆逐艦 1934型駆逐艦三番艦)

 

Z4 リヒャルト・バイツェン (Z1型駆逐艦 1934型駆逐艦四番艦)

 

Z5 パウル・ヤコビ (Z5型駆逐艦 1934A型駆逐艦一番艦)

 

Z6 テオドール・リーデル (Z5型駆逐艦 1934A型駆逐艦二番艦)

 

Z7 ヘルマン・シェーマン (Z5型駆逐艦 1934A型駆逐艦三番艦)

 

Z8 ブルーノ・ハイネマン (Z5型駆逐艦 1934A型駆逐艦四艦)

 

Z9 ヴォルフガング・シェンカー (Z5型駆逐艦 1934A型駆逐艦五番艦)

 

Z10 ハンス・ロディ (Z5型駆逐艦 1934A型駆逐艦六番艦)

 

Z11 ベルント・フォン・アルニム (Z5型駆逐艦 1934A型駆逐艦七番艦)

 

Z12 エーリッヒ・ギーゼ (Z5型駆逐艦 1934A型駆逐艦八番艦)

 

Z13 エーリッヒ・ケルナー (Z5型駆逐艦 1934A型駆逐艦九番艦)

 

Z14 フリードリヒ・イーン (Z5型駆逐艦 1934A型駆逐艦十番艦)

 

Z15 エーリッヒ・シュタインブリンク (Z5型駆逐艦 1934A型駆逐艦十一番艦)

 

Z16 フリードリヒ・エッコルト (Z5型駆逐艦 1934A型駆逐艦十二番艦)

 

Z17 ディーター・フォン・レーダー (Z17型駆逐艦 1936型駆逐艦一番艦)

 

Z18 ハンス・リューデマン (Z17型駆逐艦 1936型駆逐艦二番艦)

 

Z19 ヘルマン・キュンネ (Z17型駆逐艦 1936型駆逐艦三番艦)

 

Z20 カール・ガルスタ― (Z17型駆逐艦 1936型駆逐艦四番艦)

 

Z21 ヴィルヘルム・ハイドカンプ (Z17型駆逐艦 1936型駆逐艦五番艦)

 

Z22 アントン・シュミット (Z17型駆逐艦 1936型駆逐艦六番艦)

 

飛行船支援教育艦

 

ペーター・シュトラッサ― (グラーフ・ツェッペリン級空母二番艦)

 

グラーフ・ローテンブルク (グラーフ・ツェッペリン級空母四番艦)

 

※史実ではグラーフ・ツェッペリン級空母は四隻の建造計画がありましたが、実際に起工したのは二隻でそのどちらも完成することはありませんでしたが、この世界では四隻が建造された設定です。その内、三番艦、四番艦は名前さえ決まっていなかったので四番艦は作者がプロイセン軍人、フリードリヒ・ルドルフ・フォン・ローテンブルク伯爵の名前からとりました。

 

給量支援教育艦

 

アルトマルク

 

工作支援教育艦

 

ワスカラン (史実では 元貨客船、1940年より工作艦)

 

中等部合同教育艦

 

グローサー・クルフュルスト (ケーニヒ級戦艦 ニ番艦)

 

高等部教官艦

 

サラミス (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

ロートリンゲン (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

 

 

 

キール海洋学校 (ドイツ・女子校)

 

大型直接教育艦

 

ヒンデンブルク (H39級戦艦一番艦)

 

グロース・ドイッチュラント (H39級戦艦二番艦)

 

フリードリヒ・デア・グロッセ (O級巡洋戦艦一番艦)

 

フリードリヒ・ヴィルヘルム (O級巡洋戦艦二番艦)

 

シャルンホルスト (シャルンホルスト級巡洋戦艦一番艦)

 

グナイゼナウ (シャルンホルスト級巡洋戦艦二番艦)

 

大型巡洋直接教育艦

 

アドミラル・ヒッパー (アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦一番艦)

 

ブリュッヒャー (アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦二番艦)

 

プリンツ・オイゲン (アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦三番艦)

 

ザイドリッツ (アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦四番艦)

 

リュッツオウ (アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦五番艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

ケーニヒスベルク (ケーニヒスベルク級軽巡洋艦一番艦)

 

カールスルーエ (ケーニヒスベルク級軽巡洋艦二番艦)

 

ライプツィヒ (ライプツィヒ級軽巡洋艦一番艦)

 

ニュルンベルク (ライプツィヒ級軽巡洋艦二番艦)

 

航洋直接教育艦

 

Z23 Z24 Z25  Z26 Z27 Z28 Z29 Z30 (Z23型駆逐艦1936A型駆逐艦)

 

Z31 Z32 Z33 Z34 Z37 Z38 Z39 (Z31型駆逐艦 1936A(Mob)型駆逐艦)

 

Z35 Z36 Z43 Z44 Z45 (Z35型駆逐艦 1936B型駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

グラーフ・ツェッペリン (グラーフ・ツェッペリン級空母一番艦)

 

ヴィクトリア・ルイーゼ (グラーフ・ツェッペリン級空母三番艦)

 

※史実ではグラーフ・ツェッペリン級空母は四隻の建造計画がありましたが、実際に起工したのは二隻でそのどちらも完成することはありませんでしたが、この世界では四隻が建造された設定です。その内、三番艦、四番艦は名前さえ決まっていなかったので三番艦は作者がツドイツ皇帝の子女の名前からとりました。

 

給量支援教育艦

 

コルモラン (史実では仮装巡洋艦)

 

工作支援教育艦

 

ノイマルク (史実では 元貨物船。1939年より仮装巡洋艦。その後、工作艦)

 

潜水直接教育艦

 

U-511(IXC型)

 

U-1224 (IXC/40型)

 

U-195 (IXD/1型)

 

U-181 (IXD/2型)

 

U-182 (IXD/2型)

 

U-862 (IXD/2型)

 

中等部合同教育艦

 

マルクグラーフ (ケーニヒ級戦艦三番艦)

 

高等部教官艦

 

アウグスブルク (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

レーゲンスブルク (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

 

 

 

エッカーンフェルデ海洋学校 (ドイツ・男子校)

 

航洋直接教育艦

 

メーヴェ、グライフ、ゼーアドラー、アルバトロス、コンドル、ファルケ (1923型水雷艇)

 

潜水直接教育艦

 

U-2501、U-2502、U-2503、U-2504、U-2505、U-2506、U-2507、U-2508、U-2509、U-2510、U-2511、U-2512、U-2513、U-2514、U-2515、U-2516、U-2517、U-2518、U-2519、U-2520、U-2521、U-2522、U-2523、U-2524、U-2525、U-2526 (XVIIB型Uボート)

 

給量支援教育艦

 

アトランティス ミヒェル (史実では仮装巡洋艦)

 

工作支援教育艦

 

カメルーン (史実では 元貨客船、1940年より工作艦)

 

教官艦

 

ブランデンブルク級フリゲートを複数所有

※現世では4隻のみの就役だが、この世界では複数存在している。

 

 

 

 

ヴァーネミュンデ海洋学校 (ドイツ・男子校)

 

航洋直接教育艦

 

イルティス、ヴォルフ、ティーガー、ルクス、レオパルト、ヤグアル (1924型水雷艇)

 

潜水直接教育艦

 

U-2527、U-2528、U-2529、U-2530、U-2531、U-2532、U-2533、U-2534、U-2535、U-2536、U-2537、U-2538、U-2539、U-2540、U-2541、U-2542、U-2543、U-2544、U-2545、U-2546、U-2547、U-2548、U-2549、U-2550、U-2551 (XVIIB型Uボート)

 

給量支援教育艦

 

オリオン コメート (史実では仮装巡洋艦)

 

工作支援教育艦

 

トール (史実では仮装巡洋艦)

 

教官艦

 

ブランデンブルク級フリゲートを複数所有

※現世では4隻のみの就役だが、この世界では複数存在している。

 

 

 

 

 

横須賀女子海洋高校 (日本)

 

大型直接教育艦

 

駿河 (尾張級戦艦二番艦)

※史実における八八艦隊構想では駿河は紀伊型戦艦の三番艦でしたが、この世界では、紀伊が大和型四番艦として存在しているので、紀伊型ではなく、尾張型戦艦と言う事で、一つ番号が繰り上げされています。

 

比叡 (金剛級戦艦二番艦)

 

山城 (扶桑級戦艦二番艦)

 

赤城 (天城級巡洋戦艦二番艦)

 

加賀 (加賀級戦艦一番艦)

 

大型巡洋直接教育艦

 

鳥海 摩耶 伊吹 生駒 (鳥海級重巡洋艦)

 

※ハイスクール・フリートの世界では、高雄、愛宕が天城級巡洋戦艦として存在しているので、この世界では史実における高雄級重巡洋艦は鳥海級重巡洋艦として扱われていると思われ、外見は伊吹が史実の重巡 高雄 生駒が重巡 愛宕 の外見ではないかと思われる。

 

小型巡洋直接教育艦

 

長良 五十鈴 名取 (長良級軽巡洋艦)

 

航洋直接教育艦

 

陽炎 不知火 黒潮 親潮 早潮 夏潮 初風 雪風 天津風 時津風 浦風 磯風 浜風 谷風 野分 嵐 萩風 舞風 秋雲 晴風 秋風 沖風 (陽炎型駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

龍驤 (龍驤級空母)

 

飛龍 (飛龍級空母)

 

給量支援教育艦

 

間宮

 

工作支援教育艦

 

明石 (明石級工作艦一番艦)

 

教官艦

 

さるしま (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

てんじん (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

 

 

 

 

呉女子海洋高校 (日本)

 

大型直接教育艦

 

尾張 (尾張級戦艦一番艦)

 

金剛 (金剛級戦艦一番艦)

 

扶桑 (扶桑級戦艦一番艦)

 

長門 (長門級戦艦一番艦)

 

天城 (天城級巡洋戦艦一番艦)

 

大型巡洋直接教育艦

 

古鷹 (古鷹級重巡洋艦一番艦)

 

加古 (古鷹級重巡洋艦二番艦)

 

青葉 (青葉級重巡洋艦一番艦)

 

衣笠 (青葉級重巡洋艦二番艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

球磨 多摩 北上 大井 木曾 (球磨型軽巡洋艦)

 

航洋直接教育艦

 

吹雪 白雪 初雪 深雪 叢雲 東雲 薄雲 白雲 磯波 浦波 綾波 敷波 朝霧 夕霧 天霧 狭霧 朧 曙 漣 潮 暁 響 雷 電 (吹雪級駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

鳳翔 (鳳翔級空母)

 

蒼龍 (蒼龍級空母)

 

給量支援教育艦

 

伊良湖 (伊良湖級運送艦一番艦)

 

工作支援教育艦

 

朝日 (元敷島級戦艦二番艦)

 

教官艦

 

インディペンデンス級沿海域戦闘艦を複数所有

 

 

 

 

佐世保女子海洋高校 (日本)

 

三河 (尾張級戦艦四番艦)

※史実でも存在しません。作者のオリジナル設定です。

 

霧島 (金剛級戦艦三番艦)

 

日向 (伊勢級戦艦二番艦)

 

土佐 (加賀級戦艦二番艦)

 

愛宕 (天城級巡洋戦艦四番艦)

 

大型巡洋直接教育艦

 

最上 三隈 鈴谷 熊野 (最上級重巡洋艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

川内 神通 那珂 (川内級軽巡洋艦)

 

航洋直接教育艦

 

夕雲 巻雲 風雲 長波 巻波 高波 大波 清波 玉波 涼波 藤波 早波 浜波 沖波 岸波 朝霜 早霜 秋霜 清霜 妙風 清風 村風 里風 (夕雲級駆逐艦)

※妙風 清風 村風 里風は史実では未完成

 

飛行船支援教育艦

 

神威 (水上機母艦)

 

千代田 (水上機母艦)

 

給量支援教育艦

 

針尾

 

工作支援教育艦

 

桃取 (明石級工作艦三番艦)

※史実では未完成

 

教官艦

 

インディペンデンス級沿海域戦闘艦を複数所有

 

 

 

 

 

舞鶴女子海洋高校 (日本)

 

大型直接教育艦

 

近江 (尾張級戦艦三番艦)

 

榛名 (金剛級戦艦四番艦)

 

伊勢 (伊勢級戦艦一番艦)

 

陸奥 (長門級戦艦二番艦)

 

高雄 (天城級巡洋戦艦三番艦)

 

大型巡洋直接教育艦

 

妙高 那智 足柄 羽黒 (妙高級重巡洋艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

由良 鬼怒 阿武隈 (長良級軽巡洋艦)

 

航洋直接教育艦

 

初春 子ノ日 若葉 初霜 有明 夕暮 白露 時雨 村雨 夕立 春雨 五月雨 海風 山風 江風 涼風 朝潮 大潮 満潮 荒潮 朝雲 山雲 峯雲 霞 霰 (初春級駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

能登呂 (水上機母艦)

 

千歳 (水上機母艦)

 

給量支援教育艦

 

久須見 (伊良湖級運送艦二番艦)

 

工作支援教育艦

 

三原 (明石級工作艦二番艦)

※史実では未完成

 

教官艦

 

インディペンデンス級沿海域戦闘艦を複数所有

 

 

大和級は日本のブルーマーメイド各支部の旗艦として使用されている。

 

呉支部 大和

 

横須賀支部 武蔵

 

佐世保支部 紀伊

 

舞鶴支部 信濃

 

 

 

 

 

東舞鶴海洋学校 (日本・男子校)

 

潜水直接教育艦

 

伊201  伊202   伊203   伊204  伊205  伊206  伊207  伊208 (伊201型潜水艦)

 

給量支援教育艦

 

迅鯨  長鯨 (迅鯨級潜水母艦)

 

工作支援教育艦

 

千早 (アメリカ 潜水艦救難艦 サンバード)

※史実ではアメリカの潜水救難艦。アメリカから購入

 

松栄丸 (史実では松岡汽船松安丸級貨物船 特設工作艦)

 

教官艦

 

あおつき 以下複数所有 (あきづき型護衛艦)

※現世では4隻のみの就役だが、この世界では複数存在している。

 

 

 

 

 

江田島海洋学校 (日本・男子校)

 

潜水直接教育艦

 

伊168 伊169 伊70 伊171 伊172 伊73 (伊168型潜水艦)

 

伊174 伊175 (伊174型潜水艦)

 

給量支援教育艦

 

剣埼 高崎 (剣崎級潜水母艦)

 

工作支援教育艦

 

伏見 (アメリカ 潜水救難艦 トリンガ)

※史実ではアメリカの潜水救難艦。アメリカより購入

 

八海丸 (史実では 板谷商船妙高丸級貨物船 特設工作艦)

 

教官艦

 

あきづき型護衛艦を複数所有

※現世では4隻のみの就役だが、この世界では複数存在している。

 

 

 

 

 

大湊海洋学校 (日本・男子校)

 

潜水直接教育艦

 

伊176   伊177   伊178   伊179   伊180   伊181   伊182   伊183   伊184   伊185 (伊176型潜水艦)

 

給量支援教育艦

 

平安丸  日枝丸 (氷川丸級貨客船 特設潜水母艦)

 

工作支援教育艦

 

歴山 (アメリカ 潜水救難艦 キティウェイク)

※史実ではアメリカの潜水救難艦。アメリカより購入

 

浦上丸 (史実では福洋汽船浦上丸級貨物船 特設工作艦)

 

教官艦

 

あきづき型護衛艦を複数所有

※現世では4隻のみの就役だが、この世界では複数存在している。

 

 

 

室蘭海洋学校(日本・男子校)

 

潜水直接教育艦

 

伊16   伊18   伊20   伊22   伊24   伊46   伊47   伊48 (伊16型潜水艦)

 

給量支援教育艦

 

さんとす丸 (さんとす丸級貨客船一番船)

 

りおでじゃねろ丸 (ぶゑのすあいれす丸級貨客船二番船)

 

工作支援教育艦

 

椅子山 (アメリカ 潜水救難艦 スカイラーク)

※史実ではアメリカの潜水救難艦、1973年にブラジルへ売却された。アメリカより購入

 

高栄丸 (史実では 特設敷設艦)

 

教官艦

 

あきづき型護衛艦を複数所有

※現世では4隻のみの就役だが、この世界では複数存在している。

 

 

 

 

総武高校 海洋学科 (日本・共学)

 

大型直接教育艦

 

総武 (コロラド級戦艦三番艦)

 

和泉 (アラスカ級巡洋戦艦六番艦 サモア)

 

上総 (レキシントン級巡洋戦艦二番艦 コンステレーション)

 

下総 (レキシントン級巡洋戦艦四番艦 レンジャー)

 

※いずれもアメリカから購入。

 

大型巡洋直接教育艦

 

清澄 (ポートランド級一番艦 ポートランド)

 

妙見 (ポートランド級二番艦 インディアナポリス)

 

高宕 (ノーザンプトン級重巡洋艦一番艦 ノーザンプトン)

 

高鶴 (ノーザンプトン級重巡洋艦二番艦 チェスター)

 

※いずれもアメリカより購入。

 

小型巡洋直接教育艦

 

香取 (香取級軽巡洋艦一番艦)

 

鹿島 (香取級軽巡洋艦二番艦)

 

香椎 (香取級軽巡洋艦三番艦)

 

航洋直接教育艦

榧 楢 櫻 柳 椿 檜 楓 欅 柿 樺 橘 萩 菫 楠 初櫻 楡 梨 椎 榎 雄竹 

初梅 (松型駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

日進 (水上機母艦)

 

秋津洲 (水上機母艦)

 

給量支援教育艦

 

白埼 (杵埼型補給船)

 

工作支援教育艦

 

山霜丸 (史実では 山下汽船山霜丸級貨物船 特設工作艦)

 

合同練習教育艦

 

河内 (河内級戦艦一番艦)

 

教官艦

 

船橋 (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

蘇我 (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

 

 

 

海浜総合高校 海洋学科 (日本・共学)

 

大型直接教育艦

 

幕張 (レキシントン級巡洋戦艦五番艦 コンスティチューション)

 

嵯峨 (レキシントン級巡洋戦艦六番艦 ユナイテッド・ステーツ)

 

常陸 (アラスカ級巡洋戦艦四番艦 フィリピンズ)

 

磐城 (アラスカ級巡洋戦艦五番艦 プエルトリコ)

 

※いずれもアメリカより購入。

 

大型巡洋直接教育艦

 

利根 (最上級重巡洋艦五番艦)

 

筑摩 (最上級重巡洋艦六番艦)

 

※飛行機が無く、元々最上級五番艦、六番艦として建造予定だった利根、筑摩は利根型重巡洋艦ではなく、最上型としてこの世界では建造されたと思われる。

 

鬼泪 (ペンサコーラ級重巡洋艦一番艦 ペンサコーラ)

 

高塚 (ペンサコーラ級重巡洋艦二番艦 ソルトレクシティ)

 

※アメリカより購入。

 

小型巡洋直接教育艦

 

天龍 (天龍級軽巡洋艦一番艦)

 

龍田 (天龍級軽巡洋艦二番艦)

 

夕張 (夕張級軽巡洋艦)

 

航洋直接教育艦

 

山霧 海霧 谷霧 川霧 山雨 秋雨 夏雨 早雨 高潮 秋潮 春潮 若潮 冬潮 霧雨 (夕雲型駆逐艦)

 

松 竹 梅 桃 桑 桐 杉 槙 樅 樫 (松型駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

瑞穂 (水上機母艦)

 

海鷹 (海鷹級空母)

 

給量支援教育艦

 

早埼 (杵埼型補給船)

 

工作支援教育艦

 

山彦丸 (史実では 山下汽船山彦丸級貨物船 特設工作艦)

 

合同練習教育艦

 

摂津 (河内級戦艦二番艦)

 

教官艦

 

稲毛 (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

君津 (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

 

 

 

パールハーバー海洋学校 (アメリカ)

 

 

大型直接教育艦

 

ネヴァダ (ネヴァダ級戦艦一番艦)

 

オクラホマ (ネヴァダ級戦艦二番艦)

 

ペンシルバニア (ペンシルバニア級戦艦一番艦)

 

アリゾナ      (ペンシルバニア級戦艦二番艦)

 

テネシー      (テネシー級戦艦一番艦)

 

カリフォルニア   (テネシー級戦艦二番艦)

 

メリーランド     (コロラド級戦艦二番艦)

 

ウェストバージニア (コロラド級戦艦四番艦)

 

大型巡洋直接教育艦

 

レキシントン (レキシントン級巡洋戦艦一番艦)

 

ニューオーリンズ (ニューオーリンズ級重巡洋艦一番艦)

 

サンフランシスコ (ニューオーリンズ級重巡洋艦二番艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

デトロイト (オハマ級軽巡洋艦)

 

ホノルル (ブルックリン級軽巡洋艦)

 

セントルイス (セントルイス級軽巡洋艦一番艦)

 

ヘレナ     (セントルイス級軽巡洋艦二番艦)

 

ローリー (オハマ級軽巡洋艦)

 

フェニックス (ブルックリン級軽巡洋艦五番艦)

 

航洋直接教育艦

 

マハン カミングス ドレイトン ラムソン フラッサ― リード ケース カニンガム ショー カッシン タッカー ダウンズ カッシング パーキンス スミス プレストン (マハン級駆逐艦)

 

シムス ヒューズ アンダーソン ハムマン マスティン ラッセル オブライエン ウォーク モリス ロウ ウェインラント バック (シムス級駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

カーチス(水上機母艦)

 

エンタープライズ (ヨークタウン級空母二番艦)

 

給量支援教育艦

 

ドビン (駆逐艦母艦)

 

工作支援教育艦

 

ベスタル(工作艦)

 

潜水直接教育艦

 

スヌーク  スティールヘッド  サンフィッシュ  タニー  ティノサ  タリビー  ゴレット  ガヴィナ  ギターロ  ハンマーヘッド (ガトー級潜水艦)

 

教官艦

 

インディペンデンス級沿海域戦闘艦を複数所有

 

 

 

 

キトサップ海洋学校 (アメリカ)

 

大型直接教育艦

 

アイオワ (アイオワ級戦艦一番艦)

 

ミズーリ (アイオワ級戦艦二番艦)

 

ワシントン (ノースカロライナ級戦艦二番艦)

 

マサチューセッツ (サウスダコタ級戦艦三番艦)

 

コロラド (コロラド級戦艦一番艦)

 

ニューヨーク (ニューヨーク級戦艦一番艦)

 

サラトガ (レキシントン級巡洋戦艦三番艦)

 

大型巡洋直接教育艦

 

デ・モイン セーラム ニューポート・ニューズ ダラス (デ・モイン級重巡洋艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

ウースター ロアノーク ヴァレーオ ゲーリー (ウースター級軽巡洋艦)

 

航洋直接教育艦

 

タウシッグ サミュエル・N・ムーア ハリー・E・ハバード アルフレッド・A・カニンガム ジョン・R・ピアース フランク・E・エヴァンズ ジョン・A・ボール ビーティ パトナム ストロング ロフバーグ ジョン・W・トーマソン バック ヘンリー ロウリー ヒュー・W・ハドレイ ウィラード・ケイス ジェームズ・C・オーエンス ゼラーズ マッシイ ダグラス・H・フォックス ストームズ ロバート・K・ハンティントン ブリストル (アレン・M・サムナー級駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

ホーネット (ヨークタウン級空母三番艦)

 

ウォルヴェリン (練習空母)

 

給量支援教育艦

 

コルホーン (ウィックス級駆逐艦改造型高速輸送艦)

 

工作支援教育艦

 

ヴァルカン (工作艦)

 

教官艦

 

インディペンデンス級沿海域戦闘艦を複数所有

 

 

 

 

サンディエゴ海洋学校 (アメリカ)

 

ニュージャージー (アイオワ級戦艦二番艦)

 

イリノイ (アイオワ級戦艦五番艦)

 

インディアナ (サウスダコタ級戦艦二番艦)

 

アラバマ (サウスダコタ級戦艦四番艦)

 

ノースカロライナ (ノースカロライナ級戦艦一番艦)

 

テキサス      (ニューヨーク級戦艦二番艦)

 

アラスカ       (アラスカ級巡洋戦艦一番艦)

 

大型巡洋直接教育艦

 

オレゴン・シティ アルバニー ロチェスター ケンブリッジ ブリッジポート (オレゴン・シティ級重巡洋艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

ブルックリン フィラデルフィア サヴァンナ ナッシュヴィル ボイシ (ブルックリン級軽巡洋艦)

 

航洋直接教育艦

 

ストライブリング ブラウンソン アーノルド・J・イズベル フェクテラー ダメイト フォレスト・ロイアル ホーキンス ダンカン ヘンリー・W・タッカー ロジャース パーキンス ヴェゾール リアリー ダイス ボーデロン ファース ニューマン・K・ペリー フロイド・B・パークス ジョン・R・クレイグ オーレック ブリンクレイ・バス ステイッケル オヘーア メレディス (ギアリング級駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

ヨークタウン (ヨークタウン級空母一番艦)

 

セーブル (練習空母)

 

給量支援教育艦

 

グレゴリー (ウィックス級駆逐艦改造型高速輸送艦)

 

工作支援教育艦

 

エイジャックス (工作艦)

 

教官艦

 

インディペンデンス級沿海域戦闘艦を複数所有

 

 

 

 

ノーフォーク海洋学校 (アメリカ)

 

大型直接教育艦

 

ウィスコンシン (アイオワ級戦艦四番艦)

 

ケンタッキー  (アイオワ級戦艦六番艦)

 

サウスダコタ  (サウスダコタ級戦艦一番艦)

 

ニューメキシコ (ニューメキシコ級戦艦一番艦)

 

ミシシッピ    (ニューメキシコ級戦艦二番艦)

 

アイダホ     (ニューメキシコ級戦艦三番艦)

 

グアム       (アラスカ級巡洋戦艦二番艦)

 

大型巡洋直接教育艦

 

ノーフォーク カンザス・シティ タルサ (オレゴン・シティ級重巡洋艦)

 

ウィチタ (ウィチタ級重巡洋艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

アトランタ ジュノー サン・ディエゴ オークランド サン・ファン(アトランタ級軽巡洋艦)

 

航洋直接教育艦

 

ホープウェル ポーターフィールド ストックハム ウエッダーバーン ピッキング ハルゼイ・パウエル ウールマン ルメイ ワドレイ ノーマン・スコット マーツ カラハン カッシン・ヤング アーウィン プレストン ベンハム カッシング モンセン ジャーヴィス ポーター コルホーン グレゴリー リトル ルクス (フレッチャー級駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

ワスプ (ワスプ級空母)

 

ロング・アイランド (護衛空母)

 

給量支援教育艦

 

リトル (ウィックス級駆逐艦改造型高速輸送艦)

 

工作支援教育艦

 

ヘクター 

 

教官艦

 

インディペンデンス級沿海域戦闘艦を複数所有

 

 

※モンタナ級の モンタナ オハイオ メイン ニューハンプシャー ルイジアナ はアメリカにあるブルーマーメイドの各支部の旗艦として使用されている。

 

 

 

 

ニューロンドン潜水学校 (アメリカ・男子校)

 

大型直接教育艦

 

ハワイ (アラスカ級巡洋戦艦三番艦)

 

大型巡洋直接教育艦

 

アストリア クインシー ヴィンセンス (ニューオーリンズ級重巡洋艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

チェスター バーミングハム セーラム (チェスター級軽巡洋艦)

 

航洋直接教育艦

 

カーペンター ロバート・A・オーエンス (カーペンター級駆逐艦)

 

グリーブス ニブラック (グリーブス級駆逐艦)

 

グリッドレイ クレイブン (グリッドレイ級駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

アヴェンジャー (アヴェンジャー級護衛空母)

 

バイター      (アヴェンジャー級護衛空母)

 

※史実では両艦ともイギリスへ貸与

 

潜水直接教育艦

 

テンチ ソーンバック ティグロン ティランテ トルッタ トロ トースク  クィルバック  ヴェンダース ウォルラス ホワイトフィッシュ ホィッティング ウルフフィッシュ コルセア ウォルラス アルゴノート ランナー コンガー ディアブロ  メドレガル レクゥイ アイレックス シーレパード オダックス シラーゴ ポモドン レモラ  サーダ スピナックス ヴォラドール ポンパーノ グレイリング ニードルフィッシュ スカルピン ワフー アンバージャック グランパス ピカーレル グレナディアー ドラド コンバー  シーパンサー  ティブロン (テンチ級潜水艦)

 

給量支援教育艦

 

ストリンガム タルボット ウォーターズ デント (ウィックス級駆逐艦改造型高速輸送艦)

 

工作支援教育艦

 

チャンティクリアー コウカル フロリカン グリーンレット マカウー ペンギン (潜水艦救難艦)

 

教官艦

 

キッド級ミサイル駆逐艦を複数所有 (ただし装填されているのはミサイルではなく噴進魚雷)

 

 

 

 

パナマ潜水学校 (アメリカ・男子校)

 

航洋直接教育艦

 

ポーター セルフリッジ マクダガル ウィンスロー フェルプス クラーク モフエット バルチ (ポーター級駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

ダッシャー (アヴェンジャー級護衛空母)

 

チャージャー (アヴェンジャー級護衛空母)

 

※史実ではダッシャーはイギリスへ貸与

 

潜水直接教育艦

 

バラオ ビルフィッシュ バウフィン カブリラ カペリン シスコー クレヴァレ デヴィルフィッシュ ドラゴニット エスカラー ハックルバック ランセットフィッシュ リング ライオンフィッシュ マンタ モーレイ ロンカドア サバロ セイブルフィッシュ シーホース   スケート タング タイルフィッシュ アポーゴン アスプロ バットフィッシュ アーチャーフィッシュ バーフィッシュ パーチ シャーク シーライオン バーベル バーベロ バイヤ ベキュナ バーゴール ベスゴ ブラックフィン カイマン ブレニイ ブロウアー ブルーバック ボーアフィッシュ チャー チャブ ブリル バガラ ブルヘッド バンパ カベゾーン デンテューダ カピテーン カーボネロ カープ キャットフィッシュ エンテメダー チャイヴォ チャッパー クラマゴア カブラー コチノ コーポラル キュベラ (バラオ級潜水艦)

 

給量支援教育艦

 

シュレイ キルティ ウォード (ウィックス級駆逐艦改造型高速輸送艦)

 

工作支援教育艦

 

ウィジョン ファルコン チウィンク マーラード オルトラン ピジョン (潜水艦救難艦)

 

教官艦

 

キッド級ミサイル駆逐艦を複数所有 (ただし装填されているのはミサイルではなく噴進魚雷)

 

 

 

ダートマス校(イギリス・女子校)

 

大型直接教育艦

 

プリンス・オブ・ウェールズ (キング・ジョージ・五世級戦艦二番艦)

 

ロドニー (ネルソン級戦艦二番艦)

 

超大型巡洋直接教育艦

 

フッド (フッド級巡洋戦艦)

 

大型巡洋直接教育艦

 

レパルス (レウナン級巡洋戦艦二番艦)

 

ホーキンス (ホーキンス級重巡洋艦一番艦)

 

フロッピシャー (ホーキンス級重巡洋艦三番艦)

 

ローリー (ホーキンス級重巡洋艦四番艦)

 

エッフィンガム (ホーキンス級重巡洋艦五番艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

マイノーター (マイノーター級軽巡洋艦一番艦)

 

スウィフトシュア (マイノーター級軽巡洋艦二番艦)

 

シュパーブ (マイノーター級軽巡洋艦三番艦)

 

航洋直接教育艦

 

カンパーダウン フィニステル ガバード ホーグ レイゴス セント・キッツ バーフルーア トラファルガー カディズ グラヴェリンズ スルイス ヴィゴー アルマダ セント・ジェイムズ ソールベイ アイシン バロッサ ダンカーク マタパン エジンコート アラメイン コラナ ジャトランド (バトル級駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

ハーミーズ (ハーミーズ級航空母艦)

 

アーク・ロイヤル (アーク・ロイヤル級航空母艦)

 

給量支援教育艦

 

エンパイア・マッカラン (MACシップ 穀物運搬船型)

 

工作支援教育艦

 

アルバトロス (史実では水上機母艦)

 

教官艦

 

アルトリウス (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

ランスロット (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

ケイ      (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

ボールス   (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

 

ポーツマス校 (イギリス・女子校)

 

大型直接教育艦

 

デューク・オブ・ヨーク (キング・ジョージ・五世級三番艦)

 

ネルソン (ネルソン級戦艦一番艦)

 

ヴァンガード (ヴァンガード級戦艦)

 

大型巡洋直接教育艦

 

レナウン (レナウン級巡洋戦艦一番艦)

 

ケント (ケント級重巡洋艦一番艦)

 

ベリック (ケント級重巡洋艦二番艦)

 

コーンウォール (ケント級重巡洋艦三番艦)

 

カンバーランド  (ケント級重巡洋艦四番艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

ケニア モーリシャス ナイジェリア トリニダード (フィジー級軽巡洋艦)

 

航洋直接教育艦

 

カヴェンディッシュ カンブリアン カプリス カロン カリスフォート カッサンドラ カヴァリア シーザー チャプリット チャリティー チェヴィアト シェブラン チャイルダース シバラス チェッカーズ チーフテン カッケード コミット コーマス コンコード コンソート コンテスト コンスタンス コサック (C級駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

イーグル (イーグル級航空母艦)

 

アーガス (アーガス級航空母艦)

 

給量支援教育艦

 

エンパイア・マックラー  (MACシップ 穀物運搬船型)

 

工作支援教育艦

 

ペガサス (史実では水上機母艦)

 

教官艦

 

ガヴェイン (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

パーシヴァル (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

ラモラック (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

ユーウェイン (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

 

 

 

クライド校 (イギリス・女子校)

 

大型直接教育艦

 

アンソン (キング・ジョージ・五世級戦艦四番艦)

 

リヴェンジ (リヴェンジ級戦艦)

 

ロイヤルオーク (リヴェンジ級戦艦)

 

大型巡洋直接教育艦

 

ヨーク (ヨーク級重巡洋艦一番艦)

 

エセクター (ヨーク級重巡洋艦二番艦)

 

サフォーク (ケント級重巡洋艦五番艦)

 

キャンベラ (ケント級重巡洋艦七番艦)

 

ノーフォーク (ノーフォーク級重巡洋艦一番艦)

 

ドーセットシャー (ノーフォーク級重巡洋艦二番艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

セイロン (セイロン級軽巡洋艦)

 

ニューファンドランド (セイロン級軽巡洋艦)

 

ウガンダ (セイロン級軽巡洋艦)

 

航洋直接教育艦

 

クロスボウ スコーピオン バトルアクス ブロードソード カットラス ダガー カルヴァリン ハウィツアー ロングボウ ソード マスケット ランス カロネード クレイモア ダーク グレネード ハルバード パニア―ド ライフル スピアー (ウェポン級駆逐艦)

 

デインティ デアリング デコイ ディフェンダー デライト ダイアモンド ダイアナ ダッチェス (デアリング級駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

グローリアス (グローリアス級空母一番艦)

 

ユニコーン (ユニコーン級空母)

 

給量支援教育艦

 

エンパイア・マックダーモット (MACシップ 穀物運搬船型)

 

工作支援教育艦

 

ナイラナ (史実では水上機母艦)

 

教官艦

 

トリスタン (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

ガラハッド (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

パロミデス (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

アグラヴェイン (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

 

 

 

デヴォンボート校 (イギリス・女子校)

 

大型直接教育艦

 

ハウ (キング・ジョージ・五世級五番艦)

 

ラミリーズ (リヴェンジ級戦艦)

 

レゾリューション (リヴェンジ級戦艦)

 

大型巡洋直接教育艦

 

タイガー (タイガー級巡洋戦艦)

 

ロンドン (ロンドン級重巡洋艦一番艦)

 

デヴォンシャー (ロンドン級重巡洋艦二番艦)

 

サセックス (ロンドン級重巡洋艦三番艦)

 

シュロップシャー (ロンドン級重巡洋艦四番艦)

 

オーストラリア (ケント級重巡洋艦六番艦)

 

小型巡洋直接教育艦

バミューダ フィジー ガンビア ジャマイカ ((フィジー級軽巡洋艦)

 

航洋直接教育艦

 

クリオール クリスピン クロムウェル クラウン クロージャース クリスタル クレセント クルーセイダー (C級駆逐艦)

 

ザンビジ ゼラス ゼブラ ジニス ゼファー ゼスト ゾディアック ミングス (Z級駆逐艦)

 

ウェイガー ウェイクフル ウェセックス ホエルプ ホワールウインド ウィザード ラングラー ケンペンフェルト (W級駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

カレイジャス (グローリアス級空母二番艦)

 

ヴィンディクティヴ (ヴィンディクティヴ級空母)

 

給量支援教育艦

 

エンパイア・マッカンドリュー (MACシップ 穀物運搬船型)

 

工作支援教育艦

 

ヴィンデックス (史実では水上機母艦)

 

教官艦

 

ベディヴィア (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

ガレス     (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

ペリノア    (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

モルドレッド  (インディペンデンス級沿海域戦闘艦)

 

 

※キング・ジョージ・五世はイギリスのブルーマーメイド本部にて、総旗艦として使用されている。

ライオン級の戦艦、ライオン テメレーア、コンカラー サンダラーは各支部の旗艦として使用。

 

 

 

サンクトペテルブルク海洋学校 (ロシア)

 

大型直接教育艦

 

ソユーズ (ソビエッキー・ソユーズ級戦艦一番艦)

 

ウクライナ (ソビエッキー・ソユーズ級戦艦一番艦)

 

アルハンゲリスク (英 ロイヤル・サブリン級戦艦一番艦 ロイヤル・サブリン)

            ロシアがイギリスから購入。史実ではイギリスからレンタル。

 

大型巡洋直接教育艦

 

セバスト―ポリ (マラート級戦艦四番艦)

 

ガングード    (マラート級戦艦三番艦)

 

ヴォロシーロフ (キーロフ級重巡洋艦二番艦)

 

マクシム・ゴーリキー (マクシム・ゴーリキー級重巡洋艦一番艦)

 

モロトフ        (マクシム・ゴーリキー級重巡洋艦二番艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

クラスヌイクリム アドミラール・ブタコーフ アドミラール・ナヒーモフ クラスヌイカフカ―ス アドミラール・イストーミン タラース・シェウチェーンコ (スヴェトラーナ級軽巡洋艦)

 

航洋直接教育艦

 

オピトヌイ (45型駆逐艦)

 

レニングラード、ハリコフ、モスクワ、ミンスク、ティビリシ、バクー (38型駆逐艦)

 

オグネヴォイ、オトヴェルズヘドヨニィ、オスモトリテルニィ、オティチニィ、オベラズツォヴィ オトヴァズヒニィ、オダリョニィ、スタリン、ヴヌスヒテリニィ、ヴラステニィ、ヴユノスリヴィ (30型駆逐艦)

 

タシュケント、キエフ、エレバン、ペレコプ、オチャコフ (20型駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

ヴァリャーグ (外見は日本海軍の小型空母 大鷹)

 

コレーツ    (外見は日本海軍の小型空母 雲鷹)

 

※ロシアが日本の貨客船を購入し、そのまま日本に飛行船支援教育艦への改装を依頼した。

 

給量支援教育艦

 

デカブリスト (元は日本の知床型給油艦 襟裳 ロシアが日本から購入)

 

工作支援教育艦

 

ピョートル・ヴェリーキー (史実では戦艦から潜水母艦に使用された)

 

教官艦

 

ネウストラシムイ級フリゲートを複数所有

 

 

 

 

ウラジオストック海洋学校 (ロシア)

 

大型直接教育艦

 

ベラルシア (ソビエッキー・ソユーズ級戦艦三番艦)

 

ロシア    (ソビエッキー・ソユーズ級戦艦四番艦)

 

ノヴォロシースク (イタリア コンテ・ディ・カブール級戦艦二番艦カイオ・ジュリオ・チェザーレ) ロシアがイタリアから購入 史実ではイタリアからの賠償艦

 

大型巡洋直接教育艦

 

マラート  (マラート級戦艦一番艦)

 

フルンゼ  (マラート級戦艦二番艦)

 

キーロフ (キーロフ級重巡洋艦一番艦)

 

カリーニン (マクシム・ゴーリキー級重巡洋艦三番艦)

 

カガーノヴィチ (マクシム・ゴーリキー級重巡洋艦四番艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

チャパエフ コムソモレッツ レーニン ジェルジンスキー オルジョニキーゼ ジェレズニャコフ (チャパエフ級巡洋艦)

 

航洋直接教育艦

 

ネウストラシムイ(41型駆逐艦)

 

ストロジェヴォイ セルジートィイ ストーイキイ シーリヌイ スムィシュリョーヌイ スラーヴヌイ スメールイ スローヴイ ソオブラジーテリヌイ ストラーシュヌイ スポソーブヌイ スヴィレープイ スタートヌイ スコールイ ソヴェルシェーンヌイ スヴォボードヌイ ストローギイ ストローイヌイ (7U型駆逐艦)

 

ブールヌイ ボエヴォーイ ローフキイ リョーフキイ プロンジーテリヌイ ポラジャーユシチイ (7型駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

リューリク (外見は日本海軍の小型空母 沖鷹)

※ロシアが日本の貨客船を購入し、そのまま日本に飛行船支援教育艦への改装を依頼した。

 

グロモボーイ (外見は日本海軍の小型空母 神鷹)

※ロシアがドイツの貨客船シャルンホルスト号を購入し、日本に飛行船支援教育艦への改装を依頼した。

 

給量支援教育艦

 

ヴェールヌイ (元は日本の知床型給油艦 知床 ロシアが日本から購入)

 

工作支援教育艦

 

インペラートル・アレクサンドル3世 (インペラトリッツァ・マリーヤ級戦艦三番艦)

※史実では戦艦だった本艦を工作艦に改装

 

教官艦

 

ネウストラシムイ級フリゲートを複数所有

 

 

ナホトカ海洋学校 (ロシア・男子校)

 

航洋直接教育艦

 

エレヴァン キエフ アルマ=マタ アシュハバート ペトロサヴォーツク (48型駆逐艦)

 

潜水直接教育艦

 

S-14、S-15、S-16、S-17、S-18、S-19、S-20、S-21 (S型潜水艦 IX-bis-2型)

 

S-4、S-5、S-6、S-7、S-8、S-9、S-10、S-11、S-12、S-13、S-27、S-28、S-29、S-30、S-31 S-32  (S型潜水艦 IX-bis型)

 

給量支援教育艦

 

ソロヴェツスク (元は日本の知床型給油艦 尻矢)

※ロシアが日本から購入

 

工作支援教育艦

 

アストラバート (元は英国船 ランプラ)

※ロシアがイギリスより購入

 

教官艦

 

ステレグシュチイ級フリゲートを複数所有

 

 

 

 

ムルマンスク海洋学校 (ロシア・男子校)

 

航洋直接教育艦

 

スタリナバート アルハンゲリスク ムルマンスク オチャーコフ ペレコープ (48型駆逐艦)

 

潜水直接教育艦

 

S-22、S-23、S-24、S-25、S-26、S-39、S-103、S-104  (S型潜水艦 IX-bis-2型)

 

S-33、S-34、S-35、S-36、S-37、S-38、S-45、S-46、S-51、S-52、S-53、S-54、S-55、S-56、S-101、S-102 (S型潜水艦 IX-bis型)

 

給量支援教育艦

 

バラクラーヴァ (元は日本の知床型給油艦 石廊)

※ロシアが日本から購入

 

工作支援教育艦

 

ドヴィナー (元は英国船 オーソニア)

※ロシアがイギリスより購入

 

 

教官艦

 

ステレグシュチイ級フリゲートを複数所有

 

 

 

ブレスト海洋学校 (フランス)

 

大型直接教育艦

 

クールベ (クールベ級戦艦一番艦)

 

ジャン・バール (クールベ級戦艦三番艦)

 

ロレーヌ (ブルターニュ級戦艦三番艦)

 

ダンケルク    (ダンケルク級戦艦一番艦)

 

ジャン・バール  (リシュリュー級戦艦一番艦)

 

クレマンソー    (リシュリュー級戦艦三番艦)

 

大型巡洋直接教育艦

 

デュケーヌ (デュケーヌ級重巡洋艦一番艦)

 

シュフラン (シュフラン級重巡洋艦一番艦)

 

フォッシュ (シュフラン級重巡洋艦三番艦)

 

アルジェリー (アルジェリー級重巡洋艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

ラ・ガリソニエール ジャン・ド・ヴィエンヌ グロワール (ラ・ガリソニエール級 軽巡洋艦)

 

プリモゲ (デュゲイ・トルーアン級軽巡洋艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

ブークリエ  ブトゥフー カスク シメテル ダージュ  ファリュー フルシュ カピテーニュ・メル コマンダンテ・ボリュー コマンダンテ・リヴィエール ドホルテ  フランシス・ガルニエ (ブークリエ級駆逐艦)

 

ブーラスク  テイフォン シムーン  オラージュ トラモンターヌ  ウーラガン シクローヌ テメレール ミストラル トネード  トロンベ (ブーラスク級駆逐艦)

 

アンセーニュ・ルー  メシャシェン・プリンシバル・レスティン アンセーニュ・ガボルド (アンセーニュ・ルー級駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

ベアルン 

 

ジョッフル (ジョッフル級空母一番艦)

※史実では未完成

 

給量支援教育艦

 

ラ・ソーヌ (ラ・セーヌ級給油艦)

 

工作支援教育艦

 

プリュトン (史実では敷設巡洋艦)

 

教官艦

 

インディペンデンス級沿海域戦闘艦を複数所有

 

 

 

 

バイヨンヌ海洋学校 (フランス)

 

大型直接教育艦

 

フランス (クールベ級戦艦二番艦)

 

パリ    (クールベ級戦艦四番艦)

 

ブルターニュ (ブルターニュ級戦艦一番艦)

 

プロヴァンス (ブルターニュ級戦艦二番艦)

 

リシュリュー (リシュリュー級戦艦一番艦)

 

ストラスブール (ダンケルク級戦艦二番艦)

 

大型巡洋直接教育艦

 

トゥールヴィル (デュケーヌ級重巡洋艦二番艦)

 

コルベール (シュフラン級重巡洋艦二番艦)

 

デュプレクス (シュフラン級重巡洋艦四番艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

ド・グラース (ド・グラース級軽巡洋艦)

 

デュゲイ・トルーアン ラモット・ピケ (デュゲイ・トルーアン級軽巡洋艦)

 

マルセイエーズ モンカルム ジョルジュ・レイグ (ラ・ガリソニエール級軽巡洋艦)

 

航洋直接教育艦

 

ラドロア  ラルション ラ・パルム ル・マルス ラ・ライユゥズ ル・フォルトゥネ ブレストーズ ル・ボルドレ ブーロネーズ フォルバン フグー ル・フードロワイヤン バスク フロンデル (ラドロア級駆逐艦)

 

アルジェリアン アンナン アラブ バンバラ オーヴァ カビル マロケン サカラバ セネガル ソマリトンキノワ トゥアレグ (アラブ級駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

パンルヴェ (ジョッフル級空母二番艦)

※史実では未完成

 

コマンダン・テスト (水上機母艦)

 

給量支援教育艦

 

ラ・セーヌ (ラ・セーヌ級給油艦)

 

工作支援教育艦

 

ジュール・ヴェルヌ 

 

教官艦

 

インディペンデンス級沿海域戦闘艦を複数所有

 

 

 

タラント海洋学校 (イタリア)

 

大型直接教育艦

 

コンテ・ディ・カブール (コンテ・ディ・カブール級戦艦一番艦)

 

アンドレア・ドリア    (カイオ・ドゥイリオ級戦艦二番艦)

 

ヴィットリオ・ヴェネト   (ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦一番艦)

 

ローマ          (ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦三番艦)

 

大型巡洋直接教育艦

 

トリエステ (トレント級重巡洋艦二番艦)

 

ザラ     (ザラ級重巡洋艦一番艦)

 

ゴリツィア  (ザラ級重巡洋艦三番艦)

 

ボルツァーノ (ザラ級重巡洋艦五番艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

アルベルト・ディ・ジュッサーノ バルトロメオ・コレオーニ (アルベルト・ディ・ジュッサーノ級軽巡洋艦)

 

ルイージ・カドルナ (ルイージ・カドルナ級軽巡洋艦)

 

ライモンド・モンテクッコリ (ライモンド・モンテクッコリ級軽巡洋艦)

 

エマヌエレ・フィリベルト・デュカ・ダオスタ (エマヌエレ・フィリベルト・デュカ・ダオスタ級軽巡洋艦)

 

ルイージ・ディ・サヴォイア・デュカ・デリ・アブルッツィ (ルイージ・ディ・サヴォイア・デュカ・デリ・アブルッツィ級軽巡洋艦)

 

航洋直接教育艦

 

アレッサンドロ・ポエリオ チェーザレ・ロッサロール グリエルモ・ペペ (アレッサンドロ・ポエリオ級駆逐艦)

 

アクイラ スパルヴィエロ ニッビオ ファルコ (アクイラ級駆逐艦)

 

レオーネ パンテーラ ティグレ レオパルド リンチェ (レオーネ級駆逐艦)

 

クインティノ・セラ フランチェスコ・クリスピ ジョヴァンニ・ニコテラ ベッティーノ・リカーソリ (セラ級駆逐艦)

 

チェザーレ・バティスティ ダニエーレ・マニン フランチェスコ・ヌッロ ナザリオ・サウロ (ナザリオ・サウロ級駆逐艦)

 

マエストラーレ グレカーレ リベッチオ シロッコ  (マエストラーレ級駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

アキラ (アキラ級空母)

※史実では未完成

 

給量支援教育艦

 

ラム三世 (史実では仮装巡洋艦)

 

工作支援教育艦

 

エリトリア (元は通報艦)

※史実では通報艦だった本艦は砲を下ろし、代わりにクレーンを装備し、工作艦へ改装。

 

教官艦

 

インディペンデンス級沿海域戦闘艦を複数所有

 

 

 

 

ラ・スペツィア海洋学校 (イタリア)

 

大型直接教育艦

 

レオナルド・ダ・ヴィンチ (コンテ・ディ・カブール級戦艦三番艦)

 

カイオ・ドゥイリオ  (カイオ・ドゥイリオ級戦艦一番艦)

 

リットリオ       (ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦二番艦)

 

インペロ        (ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦四番艦)

 

大型巡洋直接教育艦

 

トレント (トレント級重巡洋艦一番艦)

 

フィウメ ポーラ (ザラ級重巡洋艦)

 

小型巡洋直接教育艦

 

アルベリコ・ダ・バルビアーノ ジョヴァンニ・デレ・バンデ・ネーレ ( アルベルト・ディ・ジュッサーノ級軽巡洋艦)

 

アルマンド・ディアス (ルイージ・カドルナ級軽巡洋艦)

 

ムツィオ・アッテンドーロ (ライモンド・モンテクッコリ級軽巡洋艦)

 

エウジェニオ・ディ・サヴォイア (エマヌエレ・フィリベルト・デュカ・ダオスタ 級軽巡洋艦)

 

ジュゼッペ・ガリバルディ (ルイージ・ディ・サヴォイア・デュカ・デリ・アブルッツィ級軽巡洋艦)

 

航洋直接教育艦

 

ルカ・タリゴ アントニオット・ウソディマーレ レオーネ・パンカルド アントニオ・ダ・ノリランツェロット・マロチェロ ウゴリーノ・ヴィヴァルディ エマヌエレ・ペッサノ ニコロソ・ダ・レッコ ニコロ・ツェーノ ジョヴァンニ・ダ・ヴェラザーノ アルヴィセ・ダ・モスト アントニオ・ピガフェッタ (ナヴィガトリ級駆逐艦)

 

トゥルビネ アクィローネ ボレア エスペロ エウロ ネンボ オストロ ゼフィーロ (トゥルビネ級駆逐艦)

 

アルフレーレド・オリアーニ ヴィットーリオ・アルフィエーリ ジョズエ・カルドゥッチ ヴィンチェンツォ・ジョベルティ (アルフーレド・オリアーニ級駆逐艦)

 

飛行船支援教育艦

 

スパルヴィエロ (軽空母)

 

給量支援教育艦

 

ラム四世 (史実では仮装巡洋艦)

 

工作支援教育艦

 

ディアナ (史実では通報艦)

※史実では通報艦であったが、この世界では武装を下ろし、クレーンを装備した工作艦に改装された。

 

教官艦

 

インディペンデンス級沿海域戦闘艦を複数所有

 



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1話

 

~比企谷八幡side~

 

 

あなたのやり方、嫌いだわ。

 

 

人の気持ち、もっと考えてよ。

 

 

修学旅行の帰りの新幹線の車内で、俺の頭の中では絶えずその言葉が繰り返し再生していた。

 

一体何をまちがったんだろうか?

 

確かに褒められる手じゃなかった。

 

でも時間がない中で、あれ以外に方法はあったのか?

 

雪ノ下‥‥お前は俺に任せるって言ったよな?

 

任せといてやったらやったで気に食わないってなんだよ?それ?

 

そもそも、お前はこれまで一つでも依頼を受けて解決した事があったか?

 

由比ヶ浜‥‥誰のせいでこんなことになったと思っているんだ?

 

大体あの時、今回の依頼を受けようって言ったのは他ならぬお前じゃないか!!

 

あの時、俺と雪ノ下は反対したんだ。

 

それなのに意気揚々と受けたくせして実際は何もしない。

 

その上、『人の気持ちを考えろ』だと?

 

じゃあ、お前は海老名さんの気持ち考えて依頼を受けたのかよ?

 

俺がなんであんなことをしたのかちょっとはその足りない頭で考えたのかよ!?

 

お前こそ、人の気持ちを考えているのかよ!?

 

重い足取りで家に帰ると、

 

「お兄ちゃん!!雪ノ下さんと由比ヶ浜さんに早く謝りなよ!!」

 

玄関先で妹の小町がいきなり怒鳴り散らしてきた。

どうやら、由比ヶ浜の奴が小町に今回の修学旅行の事を知らせたらしい。

俺は迷った末、今回の件の一部始終を打ち明けようとしたら、

 

「どうせ全部、お兄ちゃんが悪いんでしょう!?だから、お兄ちゃんはいつまでもごみぃちゃんなんだよ!!」

 

と、兄である俺よりも他人である由比ヶ浜を信じ、一切俺の言葉を聞いてもくれない。

週明けになり、学校へ行くと、何処からか俺のした嘘告白が噂になっていた。

大方、葉山グループの誰かが広めたのだろう。

一学期の職場体験の前にあったチェーンメール騒動‥あれも十中八九、葉山グループのメンバーの仕業だったからな。

教室中に広がる悪意の視線と共に、

 

「告白の邪魔をしたやつ」

 

「最低」

 

「死ねばいいのに」

 

など、さんざん陰口が飛び交っていた。

文化祭の件もあり、俺への印象はまさに最悪だろう。

それを聞いていた今回の依頼の黒幕でもあり、元凶とも言える葉山の奴は止める事もなく静観していた。

普段は「みんな仲良く」を言っているくせに、俺への陰口を止めようとする気配さえない。

以前、雪ノ下が言っていた小学校時代の事やテニスコートでの件を見てもコイツは「長い物には巻かれろ」 「小を殺して大を生かす」 みたいに 「みんな仲良く」と言いつつ正確には「弱者(俺)を除くみんな」を主張している奴だ。

文化祭もコイツが相模を推薦しなければ、相模が文実になる事も実行委員長になる事もなかったし、俺の悪評も立つことがなかった。

挙句の果て、今回の修学旅行での一件だ。

コイツやコイツ等のグループが関わった依頼はいつも厄介ごとでしかない。

しかもアイツは俺が嘘告白をした後で、『俺にだけは頼りたくなかった』とまで言う始末だ。

頼りたくないなら、最初から頼るなよ!!

自分のグループの厄介事を他人に丸投げした癖に偉そうなことを言うな!!

俺自身、なんで厄介事を持ちこんで来るアイツらの為にあんなことをしてしまったのか未だに分からない。

こんな目に遭うくらいなら正直、クラスでアイツが修学旅行でやったことを暴露してやりたかったが、アイツの余裕な態度を見る限りボッチであり、此処までのアンチ・ヘイトを集中的に浴びている俺が修学旅行の真実を言ったところで誰も信じないと踏んでいるのだろう。

現状維持を望んだ海老名さんも修学旅行の真実を語る訳もなく、申し訳なさそうな目で俺をチラッと見るだけ‥‥

 

放課後、こんな状態で部活なんて行く気分じゃないから俺は奉仕部の部室には寄らずにさっさと家に帰った。

家に帰っても小町と会話をする事もなく、互いに互いを居ない者のように扱う重い雰囲気があった。

そんな状態の日々が続き、

 

「ヒキタニ~?お前、人の告白を邪魔した上に振られたって?」

 

「お前みたいな根暗野郎が調子乗ってんじゃねぇよ!」

 

「お前さぁ~文化祭でも相模さんに暴言吐いたって?マジサイテーだな」

 

昼休みの体育館裏で俺はほぼ毎日、同級生数人からリンチを受けていた。

そして、放課後‥‥

今日も今日とて、奉仕部に顔を出さずに帰ろうとしたら、

 

「待て、比企谷」

 

独神こと、奉仕部顧問の平塚先生に見つかった。

 

「貴様、ここしばらく部室に顔を出していないそうではないか」

 

「俺はもう部活を辞めるつもりなのであそこには行きませんよ」

 

ちっ、厄介な人に見つかった。

 

「そんな事は認めん、さっさと部活に行くんだ。第一、君の更正はまだ終わっていない。行かないと言うのであれば力づくでも連れて行くぞ」

 

これ以上此処で口答えをしても殴られるのは目に見えているので、渋々俺は奉仕部の部室へと向かった。

その際、俺はもしかしたらと言う思いがあった。

あの時は雪ノ下も由比ヶ浜もきっと冷静では無かった。

修学旅行から時間が経った今になって冷静に考えて、俺がなんであんな行動にでたのか分かってくれていると思った。

でも、俺の幻想はいとも簡単に壊された。

 

「ヒッキーもう来ないのかな?ゆきのん?」

 

部室の前で由比ヶ浜の声が聞こえた。

やっぱり心配してくれていた。

俺はそう思って扉に手をかけた時、

 

「えぇ、そうかもしれないわね。それにもう、来ないでほしいわ」

 

「っ!?」

 

雪ノ下のこの言葉に俺は固まる。

 

「そっか。うん、そうだよね。もう来てほしくないもんね」

 

由比ヶ浜も続けざまに雪ノ下の言葉に賛同する。

気づいた時、俺は部室の前から走り去っていた。

 

信じていた‥‥アイツ等ならきっと分かってくれると‥‥もしかしたら俺にとって『本物』になってくれるものだと信じていた。

 

でも、結局変わらない。

 

信じても、最後は裏切られる。

 

これまでの経験で分かっていた。

 

分かっていた筈だった。

 

それなのに、どうして‥‥

 

どうしてこんなにも悲しいのだろう?

 

どうしてこんなにも苦しいのだろう?

 

俺が自身を犠牲にして解消させた依頼で批判されるのはいつも俺。

 

雪ノ下と由比ヶ浜には批判どころか皆からの賞賛や同情の言葉。

 

それはまさに光と闇。

 

それが俺と雪ノ下、由比ヶ浜の関係。

 

これが、本当に俺が望んだ結果なのか?

 

これが、本当に俺が望んだ本物の関係だと言うのだろうか?

 

この先ずっと、俺はこんな人生を歩まなければならないのだろうか?

 

俺はその日、部室には顔を出さず、家に戻り、すぐさまベッドの中に潜り込むと、密かにある決意を固めた。

 

 

翌日、俺の足は学校へは向かず、財布を片手に電車に乗った。

そしてある場所へとやって来た。

 

ザパーン!!

 

波しぶきが崖に打ち付け、大きな水音がする。

関東平野の最東端、千葉県銚子市にある犬吠埼‥‥

其処に俺は立っていた。

下は波が打ち付ける断崖絶壁。

まるで雪ノ下の胸の様だ‥‥

此処から飛べば何もかもが終わる。

遺書は敢えて残さない。

どうせ残した所で、誰も信じないし、真相は握り潰されるだけだ。

入学式の日、由比ヶ浜の犬を助け、雪ノ下の家の車に轢かれた時と同じ様に‥‥

材木座の書いた小説のように、もし来世があったら、今度はもう少しまともな人生を送りたいな‥‥

願わくば、俺の遺体が見つからない事を祈る。

見つかった所でどうせあの両親の事だ、遺体引き取りを拒否して葬式もされず、無縁仏として葬られるくらいなら、このまま海の藻屑になった方がまだ幾分マシだ。

だからこそ、俺は自分の人生の終焉の地を此処に選んだ。

駅のホームや踏切から電車に飛び込めば、一瞬で何もかも終わるだろうが、それだと大勢の人に迷惑がかかるから止めた。

そして、俺は崖から飛んだ‥‥

 

 

 

 

~総武高校side~

 

比企谷八幡が自らの命を絶ったその日の放課後。

彼の死は未だに誰も知るところのない中、奉仕部の部室では彼が居ない事を除いて普段の光景が広がっていた。

雪ノ下は紅茶を飲みながら読書をし、由比ヶ浜は携帯を弄っている。

すると、部室の扉が開かれる。

雪ノ下はここ最近、部活をサボっていた彼が来たのではないかと思い、顔をあげ、皮肉を込めた言葉と共に修学旅行での出来事を謝罪させようとするが、部室に入って来たのは彼ではなかった。

 

「邪魔するぞ」

 

入って来たのは顧問の平塚先生だった。

 

「む?比企谷はどうした?」

 

「ヒッキー、今日は学校に来ていません」

 

同じクラス由比ヶ浜は今日、彼は学校にも来ていないことを告げる。

 

「ちっ、アイツ、次に学校に来た時には、覚えていろ‥‥」

 

平塚先生は舌打ちをして苦虫を嚙み潰したような顔で八幡が次に学校に来た時、問答無用で鉄拳制裁を加えてやると意気込んだ。

 

「それで、今日は何の用ですか?先生が来たと言う事は何か依頼でしょうか?」

 

雪ノ下が平塚先生に今日部室に来た訳を訊ねる。

此処に来たと言う事は何か奉仕部に依頼で来たのだろう。

 

「ああ、次の生徒会選挙絡みでな。一色、城廻、入ってきていいぞ」

 

平塚先生が声をかけると部室に入って来たのは現生徒会、会長の城廻めぐりと下級生らしい一人の女子生徒だった。

その後、下級生の女子生徒が雪ノ下と由比ヶ浜に自己紹介をして、今回の依頼の内容を話す。

 

「それでね、一色さん、会長選挙に立候補しているんだけど、問題があって、その……なんとか当選できないようにしたいの」

 

めぐりの説明では、下級生の女子生徒の名前は一色いろは。

彼女はクラスで、女子連中が結託して会長選挙の立候補者に無理矢理、しかも本人のあずかり知らぬところで推薦されてしまったらしい。

担任の教師に取り下げを頼んだら、生徒会長の立候補者は一色一人なので立候補は今の所、取り下げられないとの事だ。

しかも担任もなんかやる気になっていて取り下げは不可能な状態だと言う。

 

「つまり信任投票で落ちるしか無いと言う訳ね」

 

「でも、なんていうか、信任投票で落選とか超カッコ悪いじゃないですかー。ショボいし恥ずかしいですし‥‥」

 

「つまり、誰かと争って負けたいと」

 

「そう‥なりますかね‥‥」

 

「わかりました。その依頼受けます」

 

と、雪ノ下は一色の依頼を受けることにした。

 

「でも、いいの?ゆきのん。ヒッキーに相談しないで‥‥」

 

「今回の依頼は、あの男にはどうすることも出来ないわ。それに居たところで邪魔なだけよ」

 

「そうだね。ヒッキーが居なくても、私達でできるよね」

 

二人は八幡抜きで今回の生徒会選挙の依頼を受けることにした。

 

「では、私から提案があります」

 

「なにかな?」

 

「私が生徒会長に立候補します」

 

雪ノ下は一色の対抗馬として自らが生徒会選挙に出馬すると名乗りをあげた。

 

「えっ?ゆきのん生徒会長やるの?」

 

雪ノ下の提案に思わず驚く由比ヶ浜。

 

「ええ、私はやっても構わないし、私なら一色さんにも勝てるでしょう?」

 

雪ノ下は得意げと言うか自慢気に言う。

だが、その態度は別の視点から見たら、一色を見下しているとも言える。

 

「まぁ、確かに‥‥」

 

めぐりも文化祭の実績と彼女の姉であり、数々の偉業を残したOG、雪ノ下陽乃‥その彼女の妹なら大丈夫だろうと言う事から雪ノ下の正解選挙の出馬に納得した様子。

 

「じゃあ、私も生徒会に入ろうかな」

 

と、由比ヶ浜も生徒会選挙に参加を表明した。

 

「それじゃあ、生徒の悩み相談を生徒会が受ける事にして、生徒会で奉仕部をやりましょう」

 

「うん、いいね、それ!!」

 

「まて、比企谷はどうするんだ?」

 

平塚先生がこの場に居ない八幡について訊ねる。

 

「あんなクズは要りません。私達二人だけで十分です。むしろ居るだけで邪魔なだけです」

 

「だよねぇ~ヒッキーなんて要らないよねぇ~」

 

「そ、そうか」

 

と、雪ノ下はかつて平塚先生から依頼された比企谷八幡の更生と言う依頼を自らが無意識の内に、一方的に破棄した。

そして、平塚先生自身も八幡の更生を諦めた。

 

「一色さんもそれで良いわよね?」

 

「は、はい」

 

「それじゃあ、早速、私と由比ヶ浜さんで生徒会選挙の手続きをしましょう。今日はこれで解散と言う事で‥‥」

 

「ゆきのん、選挙頑張って、一緒に生徒会に入ろうね」

 

「ええ」

 

こうして一色いろはの依頼は雪ノ下雪乃の生徒会長の立候補と言う形で終わった。

 

 

 

 

 

奉仕部のメンバーが奉仕部から新たに生徒会へと所属組織を変えようとしていたその頃‥‥

 

 

 

 

 

~???side~

 

 

「ようこそ死後の世界へ。あなたはつい先ほど、自らの命を絶ち、亡くなりました。短い人生でしたが、あなたの人生は終わってしまったのです」

 

どこから兎も角、女の人の声が聞こえてきた。

ああ、やっぱり俺は死んだのか‥‥

じゃあ、今ここにこうしている自分はなんなのか?

それに俺が死んだと告げる女の人はいったい何者なのだろうか‥‥?

俺は自分の死を告げてきた相手、つまり、今目の前にいる相手に視線をやる。

この不思議な場所は、床がチェスの盤のように白と黒のチェック柄の床で、空はどこまでの続く真っ暗闇‥‥

それなのにこの場はほんのりと明るい。

そんな摩訶不思議な空間にソイツはポツンとその場にある椅子に座っていた。

ソイツは一言で言うなら、美少女と形容できるだろう。

落ち着いた雰囲気でどこかのお嬢様って感じだ。

 

「あの‥‥?」

 

「はい?」

 

「此処はどこなんでしゅか?」

 

此処が何処なのかを訊ねたら思わず噛んでしまった。

は、恥ずかしぃ~

 

「此処は生と死の狭間‥‥選択の間です」

 

「選択の間?」

 

「はい。死者は死後、此処でこの先の行方を選択してもらいます」

 

「この先の選択?」

 

「はい。その前に、改めまして、私の名は女神エリス‥幸運の女神エリスです」

 

「はぁ‥比企谷八幡です‥‥で、その選択って、どんなものがあるんですか?」

 

「はい、一つ目は、もう1度、現世に人間の赤ん坊になって人生をやり直すか。二つ目は、天国に行って何事もなくただ永遠という日々を過ごす。ですが‥「じゃあ、天国で」‥‥」

 

「えっ!?て、天国ですか?」

 

何を驚いているのだろうか?

天国行きを聞いてなんか意外そうなリアクションを取るエリス。

最初、人生をやり直すと言われてそれもいいかな?と思ったが、天国に行けるならそれが一番だ。

 

「はい、天国でお願いします」

 

「ど、どうしてですか?」

 

ん?天国じゃダメなのか?

いいじゃないか、天国。

 

「だって、天国に行けるならそこ一択じゃないですか?」

 

「えっと、何もしなくても良いとは言っても、天国には本当に何もないんですよ。テレビやマンガ、ゲームなどの娯楽の類も何もないんですよ!それでも天国を選びますか?」

 

「はい」

 

そんなにダメなのか?天国。

 

「‥その‥貴方が天国への行き先を希望されているのですが、説明は最後まで聞いてください」

 

「はぁ‥‥」

 

「こほん、貴方は天国行きを希望されていますが、今の貴方では天国へはいけません」

 

「何故です?」

 

「貴方は自殺をしました。本来残りある寿命を使いきる前に自らの命を絶った。それは生きる者として重大な問題であり、違反です。その償いとして天国に行く前、貴方は賽の河原である一定の年月‥残りの寿命の六倍の年月の間、賽の河原で石を積んでもらいます。天国へ行けるのはそれが終わってからです」

 

「‥‥えっと‥‥ちなみに俺の残りの寿命って残り何年だったんですか?」

 

「えっとですね‥‥」

 

エリスは一冊の本を調べ、俺の本来残っていた寿命を調べる。

 

「あっ、ありました。貴方は本来、115歳まで生きる事になっていました」

 

「115歳!?」

 

おいおい、長生きし過ぎだろう俺!!

 

「其処から残りの寿命、98年を六倍にしますと‥‥588年の間、賽の河原で石を積まなければなりません。勿論、不眠不休でやってもらいます」

 

可愛い顔をして、なんて鬼畜な事を言うのかしら?この子‥‥

くっ、ならばもう一度、人としてやり直さなければならないのか?

あの世界で‥‥

 

「まぁ、決断は三つ目を聞いてからでもいいんじゃないですか?」

 

「わかりました」

 

「では、三つ目の説明をさせていただきますね。三つ目も一つ目同様、生まれ変わってもらいます。ただし、生まれ変わる世界は八幡さんが居た世界とは異なる世界です」

 

「異なる世界?」

 

「はい。所謂異世界ってやつですね。私の前任者の先輩女神も死者をよく異世界へ転生させていました」

 

前任者?

神でも人間の仕事みたいに前任、後任があるのか‥‥

社畜は人間だけじゃないんだな‥‥

 

「しかも異世界転生の場合、通常の転生と異なり、特典が一つ付きます!!」

 

「あの‥質問良いですか?」

 

「はい、どうぞ」

 

「その‥大変個人的な質問なんですけど、さっき、貴女が言った前任者は今何処に?休暇ですか?」

 

「‥‥」

 

俺の質問に何故か気まずそうな顔をするエリス。

 

「その‥‥これは、大変恥ずかしい事なのですが‥‥」

 

「‥‥」

 

「その‥私の前任者の先輩女神がいつものように死者を異世界へ転生させようとして特典を訊ねたところ‥‥」

 

「‥‥」

 

エリスはゴクっと生唾を飲み、意を決したように語る。

 

「特典として異世界へ持っていかれてしまいました!!」

 

「はぁ!?」

 

訳を聞き俺は思わず声が裏返る。

エリスが言うには彼女の前任者の女神は何時ものように死者を異世界へ送り込もうとしたら、その死者は特典として前任者の女神を異世界へと持って行ったらしい。

特典に関しては神でも逆らう事が出来ず、絶叫し、嫌がりながら前任者の女神は異世界へと連れて行かれた。

女神を道連れに異世界へ行くとか、そいつスゲェな‥‥

 

「それで、八幡さん。どの選択にしますか?」

 

エリスは俺にどの道を選択するかを聞いてきた。

 

「俺は‥‥」

 

三つの選択肢を聞き、俺が下した決断は‥‥

 




俺ガイル×はいふりのクロスオーバーです。
奉仕部・葉山アンチとなっております。
序盤はまだはいふりの世界ではなく、俺ガイルの世界での話となっております。


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2話

 

 

比企谷八幡が自殺した後、総武高校で行われた生徒会選挙の結果は、当然と言うべき結果で生徒会長には雪ノ下雪乃が当選し、副会長には葉山隼人、書記には由比ヶ浜結衣が当選した。

ついでに言うと、会計には牧野と言う二年の男子生徒、庶務には藤枝と言う一年の女子が当選した。

そして、平塚先生が新たな生徒会顧問となった。

奉仕部メンバーが生徒会入りをしたことで奉仕部は自然消滅した。

選挙が無事に終わり、雪ノ下雪乃生徒会長率いる新生徒会が発足し、順調な感じで進んでいく中で、雪ノ下と葉山は交際した。

もともと雪ノ下の実家の雪ノ下家と葉山の実家の葉山家は両親の仕事の都合上、昔からの付き合いもあり、二人が幼少の頃には一時、二人の婚約の話もあった。

しかし、それは小学校の頃、雪ノ下のいじめとアメリカへの留学で頓挫したが、高校になり比企谷八幡と言う一人の高校生を踏み台として二人は和解して、婚約が正式に成立し、高校卒業後、二人は結婚する約束までこぎつけたのであった。

葉山が生徒会入りし、さらに雪ノ下と事実上の婚約という形を受けて葉山グループは解散となった。

八幡が嘘告白をして、学校中のアンチ・ヘイトを集めてまで守った葉山グループは現状維持を望んだ筈の葉山本人の手によって解散するとことなり、八幡の行為は全くの無駄に終わってしまった。

雪ノ下と葉山が青春を謳歌している中、世間では既にクリスマスの時期が近づいていた。

そんな中、

 

「海浜総合高校からクリスマスイベントの合同企画を持ちかけられてな、それで他校や地域との交流も兼ねて引き受けておいた」

 

と、近くの別の高校から合同のクリスマスイベントの企画を持ちかけられ、平塚先生は生徒会メンバーに事前の説明も同意もなく平塚先生個人の一存でそれを引き受けた。

 

「平塚先生、そう言う事は引き受ける前に、私達に同意を求めてくれませんか?」

 

平塚先生の勝手な行動に雪ノ下は呆れるように言う。

 

「まぁ、良いじゃないか」

 

平塚先生は簡単そうに言う。

 

「はぁ~まぁ、受けてしまったものは仕方ありません。それでどうすれば?」

 

「うむ、今日の放課後にさっそく会議をしたいそうだから、会場である市内のコミュニティセンターの会議室へ行ってくれ」

 

「わかりました」

 

そして、放課後。

雪ノ下達総武高校生徒会メンバーは会場である市内のコミュニティセンターの会議室へと向かった。

其処には相手校である海浜総合高校の生徒会メンバーが待っていた。

 

「やあ、総武高校の皆、僕は玉縄。海浜総合高校の生徒会長なんだ、よろしく」

 

「総武高校生徒会長の雪ノ下雪乃です」

 

「同じく総武高校副会長の葉山隼人です。よろしく」

 

「書記の由比ヶ浜結衣です。よろしくね」

 

まずは互いの自己紹介をした後、今回のクリスマスイベントの会議が始まる。

 

「いやー良かったよ。フレッシュでルーキーな生徒会同士協力できて、お互いリスペクトできるパートナーシップを築いてシナジー効果を生んでいこう」

 

「え、えっと、あれ?」

 

玉縄のビジネス英語交じりの喋り方に戸惑う由比ヶ浜。

 

「ええ、よろしくお願いするわ、それじゃあ、由比ヶ浜さんはノートに議事録を記録して頂戴」

 

「えっ?あっ、うん」

 

書記である由比ヶ浜は早速、持って来たノートを開き、ペンを手にする。

 

「えぇー、それじゃあ早速ブレインストーミングからやって行こうか、議題はイベントのコンセプトと内容面のアイディア出しから始めようか?」

 

「俺達高校生の需要を考えると、やっぱり若いマインド的な部分でのイノベーションを起こして行くべきだと思う」

 

「そうなると当然俺達とコミュニティ側のウィンウィンな関係を前提条件として考えないといけないよね」

 

「戦略的思考でコストパフォーマンスを考える必要があるんじゃないかな?」

 

「みんなもっと大切な事があるんじゃ無いかな。ロジカルシンキングで論理的に考えるべきだよ。お客様目線でカスタマーサイドに立つと言うかさぁ」

 

「なら、アウトソーシングを視野に入れて‥‥」

 

「今のメソッドだとスキーム的に厳しいけどどうする?」

 

「一旦リスケする可能性もあるよね。もっとバッファをとってもいいんじゃ無いかな?」

 

会議が始まると海浜総合高校の生徒会メンバーはビジネス用語を使って会社で行われるような会議ごっこを始めた。

本人達はカッコイイと思っているのだろうが、玉縄に関しては用語と日本語で同じ事を二回繰り返して言っている。

彼らはバッファを取ると言っているが、正直こんな会議をやっていて本当にバッファなんて取れる訳がない。

雪ノ下はこの光景が文化祭での委員会と状況が似ているようにも見えた。

そして、

 

「ねぇ、貴方達は本当に会議を‥今回のイベントを成功させる気があるのかしら?」

 

雪ノ下は海浜総合高校の生徒会メンバーの行為に呆れ、彼らを見下すような目と冷たい声で訊ねる。

 

「どういう事かな?」

 

「ビジネス用語をただ並べ立てて中身の無い事を言うだけ‥そんな事でまともなイベントができるとは到底思え無いのだけれど?それに時間は限られているのよ、もっと効率よくできないのかしら?」

 

「なら、君は何をすれば良いと思うのかな?」

 

「ちゃんと代案はあるんだろうね?」

 

「そうね、やる事を決めて、後は私を中心にやるのが、一番効率がいいでしょうね」

 

「それでやる事の案は?」

 

「それをしっかりと話し合うのが今回の会議なのでしょう?そんな事も分からないのかしら?」

 

「ならまずは、君からその案を出してくれないかな?」

 

「それを今考えているところよ」

 

雪ノ下の案が無くただ一方的に相手を否定する態度に海浜の生徒会メンバー全員が総武高生徒会メンバーを睨む。

雪ノ下はこの場の支配権を一気に獲得しようと思ったのだが、いきなりその思惑は失敗した。

 

「まあまあ、まずはお互いに納得できる事を考えて、みんな仲良くやろうよ」

 

此処で発言したのが、みんな仲良くの葉山隼人。

この重い空気を払拭させようと何時ものように口癖である「みんな仲良く」を口にするが、

 

「そちらから喧嘩を売って来ていると思うのだけどね?」

 

「事実を言ったまでよ」

 

かえって場の空気を悪くさせた。

彼の主張は大抵いつも場を乱すだけで終わる。

みんな仲良く?そんな主義主張が通れば戦争は起きないし、犯罪だって起こらない。

彼の主義主張は所詮絵にかいたような理想論でしたかなかった。

 

「えっと、ね、ほら、楽しくやれたらいいなーって思うな」

 

場の空気の悪さを感じたのか、由比ヶ浜は恐る恐る発言する。

 

「それで楽しくやれるための企画は?」

 

「えーっと‥‥あははは‥‥」

 

由比ヶ浜も雪ノ下同様、何か代案がある訳では無かった。

かつて由比ヶ浜は「自分は空気読むのだけが取り柄」だと言っていたが、実際は全然空気なんて読めておらず、葉山同様ただ場をかき乱すだけであった。

修学旅行のあの一件が良い事例である。

結局、その日の会議では何一つ案が浮かぶ事もなく、ただ総武と海浜の両校に溝を作っただけで終わった。

 

翌日の会議でも不毛なビズネス用語と水掛け論が飛び交うだけで何も決まらず、更にその翌日も同じ、次の日も同じ、そのまた次の日も同じ‥‥

これを繰り返し、会議は何も決まらずただ無駄に日にちと時間だけが過ぎていった。

 

「いい加減にして頂戴。これ以上吠えるなら‥‥」

 

「何を言うんだい。そもそも僕らのアピィニャァンをイグノォーしたのは君らの方じゃないか」

 

「折角互いにコンパレイトしながらアクティヴしていくつもりだったのに‥‥」

 

「ってか、そっちだって全然意見出してないじゃん。全然ウケねーし」

 

なかなか進まない会議に雪ノ下は苛立ち焦っていた。

カタカナ語で喋りながら愚にもつかない意見を出し、それをブレインストーミングと呼んでさも頑張っているかのように錯覚している海浜の生徒会メンバー。

恐らく彼らはりあえず会議らしいことをやって、自分たちの意見を述べ合って、何かを成し遂げるのではなく、何かをやっているだけで満足してしまっているのだろう。

簡単に言えば、彼らは生徒会役員となった自分達の姿に酔っているだけなのだ。

そんな愚かな連中を論破し、捻じ伏せれば、あとは自分が優れた企画を立案しイベントを捌いていけばいい‥雪ノ下はそう思っていた。

そう、文化祭の時と同じように‥‥

だが、それは誤りだった。

確かに海浜の生徒会は無能で、阿呆だった。

しかしそれでも、腐っても生徒会メンバー‥‥一校の生徒の代表者達。

彼らには彼らなりのプライドがある。

雪ノ下の上から目線で罵倒され、否定され、意見を退けられたにも関わらず、その雪ノ下本人からは代案さえ出さない。

海浜生徒会メンバーは雪ノ下雪乃に徹底的に歯向かった。

会議は半ばサボタージュと言っていい程の様相となる。

それはまさにあの文化祭の実行委員会の時と同じ惨状であった。

そして雪ノ下がやっと思いついた代案をビジネス用語で否定したり、余計なアレンジを加えてたり、退けようとしても、正論を振り下ろしても、彼らは喚き騒ぎたてるだけで、全く耳を貸さない。

葉山はこんな状況でも『みんな仲良く』主義を変えずに、雪ノ下の意見も海浜の意見も含めて仲良くしようと間を取り持とうとする。

由比ヶ浜は話しの内容もよく分かっていないようで、ずっとアワアワと慌てたり混乱したりしていた。

 

「おい、一体どうなっているんだ?これは‥‥?」

 

此処にいたり、生徒会顧問である平塚先生はイベントの企画が全く進んでいない事に気づき、会議の場へとやって来た。

雪ノ下や葉山ならば大丈夫だろうと、高を括って全てを放任していたツケが此処でまわってきた。

雪ノ下達から準備が進んでいないから何とかしてくれと言われても、現場を把握していない以上無理だった。

しかし、現状を見ると事態は最悪だった。

雪ノ下としては教師を頼る事は極力避けたかったが、もうどうしようもない所まできてしまっていた。

クリスマスイベントまでもう一週間をきっているのに、企画が何一つ決まっていない。

企画が決まっていないと言う事は準備も出来ていない。

時間がない中で当初、平塚先生は八幡にこのクリスマスイベントの手伝いをさせようとしていた。

雪ノ下や由比ヶ浜、葉山にとっては正直に言って彼に頼るのは御免であったが、このままでは企画自体が破綻するかもしれない。

そうなれば、当然責任の問題も生じる。

ならば、生徒会ではない部外者である八幡が参加し、彼がこの場を乱し、企画が破綻したと言うストーリーを作れば、悪意は全て八幡一人へと向き、自分達は失敗という責任から逃れると思い、渋々彼のクリスマスイベントの参加を了承した。

しかし、その八幡は既にこの世にはいない。

それを未だに知らない雪ノ下達は彼と連絡が取れない事にさらに焦りといら立ちを覚える。

 

「くそっ、アイツ学校もサボり、携帯にも出ん!!どこで何をしているんだ!?」

 

「とことん使えないクズね」

 

「それなら、小町ちゃんに手伝ってもらうのはどうかな?小町ちゃんならきっとヒッキーなんかより役に立つよ」

 

と、由比ヶ浜が当初の予定とは異なるが、彼の妹である比企谷小町に応援を頼んだ。

彼の妹であるが、彼とは出来が違う。

ならば、きっとこの難局を乗り越える手段も思いつくかもしれない。

それが雪ノ下達の思いであった。

しかし、

 

「すいません。小町にはどうしようも‥‥」

 

小町の参加でも事態の好転にはならなかった。

そもそも小町は無関係な中学生であり、またイベントのことなど今日に至るまで何も知らなかった。

 

「小町君、比企谷と連絡は取れないのか?!」

 

「あっ、はい。家にも携帯にも電話したんですけど‥‥あのごみいちゃんは‥‥」

 

「ヒッキー、最近学校にも来ていないの。どこで何をしているのか知らない?」

 

「すみません、修学旅行以降、兄とは口もきいていないので‥‥」

 

家族である小町ですら兄である八幡の自殺を知らなかった。

学校側は、八幡はずる休みをして家に引きこもっていると思っており、反対に小町達比企谷家側は学校に行っている、または学校をさぼってどこかほっつき歩いていると思っていた。

 

「そんなっ!?」

 

「大体何でこん状況になるまで黙っていたんだ!?急に泣きつかれたところでこれではどうしようも‥‥!」

 

等々教師である平塚先生までもが事態を投げる状況となる。

しかし、元々はこの企画は平塚先生が生徒会の説明も同意もなく個人で勝手に受け入れてきた企画であり、彼女に文句を言う資格はなかった。

そして等々クリスマスイベントは何も決まらず、準備も出来ず最悪の形で中止となった。

更に海浜総合高校の生徒会メンバーは今回のイベントの失敗は全て総武側にあると主張した。

これについては当然総武側も黙っている筈もなかったが、書記である由比ヶ浜が今回の会議の議事録を初日のほんの最初の部分しか書いていなかった事が災いした。

反対に海浜総合高校側はちゃんと議事録をとってはいたのだが、その内容は海浜総合高校側に有利になるような内容に改ざんされていた。

しかし、総武側がいくら「これは改ざんされたものだ」と喚いても総武側は議事録も会議の内容を録音もしていなかった事で、海浜総合高校側の議事録が唯一の証拠となった。

かつて、自分達が比企谷八幡と言う高校生に責任を押し付けてきた様に今回のイベント失敗の責任を海浜総合高校側から押し付けられてしまう事になった総武高校生徒会だった。

 

 

クリスマスイベントの失敗は忽ち校内に広まった。

当初はあの雪ノ下さんが!?葉山君が!?と信じられなかったが、海浜総合高校の生徒会メンバーがネットの掲示板に今回の件を書いた事で信憑性が広まり、更に学校の王子様である葉山を奪った泥棒猫として、雪ノ下は総武に存在する葉山ファンの女子生徒達から面白おかしくある事ない事を噂される始末となった。

そんなある日、雪ノ下、葉山、由比ヶ浜の三人が放課後、生徒会の仕事を終えて帰路についていた。

あのイベントの失敗から期待の生徒会メンバーから一転して総武高校の恥とまで言われる三人。

下校する三人の間に会話もなく、空気は重い。

 

 

~雪ノ下side~

 

 

修学旅行ではあのクズのやり方が勝手な事をして最悪な形で終わった。

もうあんなクズは奉仕部の邪魔でしかない。

しかもあのクズは部室に顔を出さなければ未だに謝りもしない。

そんな中で舞い込んできた生徒会選挙の依頼。

嘗て姉さんもこの学校の生徒会長を務めていた。

私だってそれぐらいは出来る。

文化祭の実行委員だって事実上私が仕切っていようなものだ。

そう思い私は一色さんに代わって生徒会選挙に立候補した。

そして、当然の結果で私は生徒会長となった。

葉山君も由比ヶ浜さんも無事に生徒会入りを果たし、奉仕部であのクズと過ごしたイライラな日々を払拭できると思っていた。

そんな中、平塚先生が勝手に引き受けてきたクリスマスイベント。

海浜の無能達が会議でひたすらブレインストーミングとか言いながら会議ごっこをやりたがり話しが進まない。

葉山君は私の意見も海浜の意見も含めて仲良くしようと間を取り持とうとする。

由比ヶ浜さんは話しの内容もよく分かっていないようで、ずっとアワアワと慌てたり混乱したりしていた。

挙句の果て議事録を一切記録していなかった。

途中から平塚先生が来ていたが、何故か強く言ったりする事はしなかった。

助っ人にあのクズを頼ろうと言うが、正直いってそんなの御免だ。

あんなクズの手を借りなくても出来ると思っていた。

でも、現状は最悪‥‥企画が何一つ決まらず、準備も出来ず、ただ時間が無駄に過ぎていくだけ‥‥

こうなればクズはクズなりにクズの役割を果たしてもらおう。

今回のイベントの失敗を全てあのクズに押し付けようとしたのに、あのクズは学校にも来ず、電話にも出ない。

そしてあのクズの代わりに小町さんが助っ人に来たのだけれど、彼女も意見は一つも出さないでいた。

所詮はあのクズの妹‥妹も役に立たないクズだった。

そしてクリスマスイベントは失敗も失敗、大失敗。

最低の形である中止となってしまった。

結局やる事が一つもまとまらなかった為である。

しかもあの無能集団はイベントの失敗の責任を私達に押し付けてきた。

冗談じゃない!あのイベントの失敗の原因はどうみても私達ではない、あの無能集団の方だ。

しかし、由比ヶ浜さんが議事録をとっていなかった事と彼方が都合のいい内容に議事録を改ざんされていたことで証拠がなく、一方的に此方に責任があると判断されてしまった。

そして、イベントの失敗の噂は忽ち校内に知れ渡り、私達‥いや、私の生徒会の評判は過去最悪となった。

あのクズの嘘告白から私の人生は悪いことだらけだ。

今日も今日とて、クラスに行けばひそひそと私を中傷する陰口ばかり‥‥

葉山君を私に取られたと思い込んでいる哀れな負け犬どもが徒党を組んでいる。

これでは、小学校時代と同じだ。

私はこの学校の生徒会長なのに‥‥なんで私があんな負け犬共にバカにされないといけないの!?

放課後、生徒会の仕事をしてもやはり空気が重い。

こんな空気の中では仕事もはかどらない。

早々に仕事を終えて帰ることにした。

 

「ゆ、ゆきのん、あんまり気にする事ないよ」

 

「そうだよ。あのイベントの失敗はそもそも勝手に引き受けてきた平塚先生の責任だよ。雪乃ちゃんが気にする事は無いよ」

 

「‥‥」

 

由比ヶ浜さんと葉山君が慰めの言葉を言うが、今の私にはその言葉さえも自分自身が惨めに感じてくるので有難迷惑だ。

こうなったのも全部あのクズのせいだ。

絶対に私の前に跪かせて詫びを入れさせてやる。

ううん、それだけじゃ、気が収まらない。

姉さんに頼んで、実家の‥雪ノ下家の権力を使って徹底的に潰してやる。

私があのクズをどうしてやろうかと思っていると、私達の背後から轟音をたててトラックが突っ込んできた。

 



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3話

 

 

~由比ヶ浜side~

 

 

修学旅行が終わってから奉仕部がギクシャクしてしまった。

これも全部ヒッキーが修学旅行であんな事をした所為だ。

好きな人に告白しようとする真剣な戸部っチの行為を無駄にするサイテーの行為だ。

だからヒッキーに謝るように言ったのにヒッキーは謝る気配が全くない。

最低な行為をしたのに謝る事もできないなんてホント最低だよね、なんであんな人を好きだなんて思っていたんだろう。

もう、ヒッキーなんて奉仕部には必要ないし、正直に言って顔も見たくもない。

最近は学校にも姿を見せずにサボっているし‥‥これからは私とゆきのんで学校の困っている人を助けていこう。

それからすぐに一年生の一色いろはちゃんが生徒会長に立候補させられたらしくそれを解決する為にゆきのんが生徒会長になり、私も書記に立候補した。

隼人君も私達を支えたいと副会長に立候補してくれた。

隼人君ならヒッキーなんかよりもずっと頼りがいがあるもんね。

ゆきのんと隼人君、私の三人が生徒会に入ってから直ぐにゆきのんと隼人君が正式に交際する事になった。

私から見てもお似合いのカップルだった。

ただ、優美子が隼人君を寂しそうな目で見ていた。

きっと私も隼人君も最近、生徒会の仕事が忙しくて一緒に居る時間が減ったからだよね。

休みの日がきたら、今度ゆきのんと隼人君、優美子に姫菜をつれてららぽにでも一緒に出掛けよう。

そんな中、平塚先生が海浜総合高校と一緒にクリスマスイベントをやる様に言ってきた。

私達に何の相談もなく決めるなんてちょっと勝手だな。

そう思ったけど、ゆきのんも隼人君もやる気だったので、私もそのクリスマスイベントについての会議についていった。

ゆきのんと隼人君なら、ヒッキーと違って何とか出来そうだもんね。

でも‥‥

 

「いやー良かったよ。フレッシュでルーキーな生徒会同士協力できて、お互いリスペクトできるパートナーシップを築いてシナジー効果を生んでいこう」

 

「え、えっと、あれ?」

 

相手の高校の生徒会の人の最初の挨拶が物凄くインパクトがあった。

その後の会議は‥‥

 

「えー、それじゃあブレインストーミングからやって行こうか、議題はイベントのコンセプトと内容面のアイディア出しから」

 

「俺達高校生の需要を考えると、やっぱり若いマインド的な部分でのイノベーションを起こして行くべきだと思う」

 

「そうなると当然俺達とコミュニティ側のウィンウィンな関係を前提条件として考えないといけないよね」

 

「戦略的思考でコストパフォーマンスを考える必要があるんじゃないかな?」

 

「皆もっと大切な事があるんじゃ無いかな?ロジカルシンキングで論理的に考えるべきだよ。お客様目線でカスタマーサイドに立つと言うかさぁ」

 

「なら、アウトソーシングを視野に入れて‥‥」

 

「今のメソッドだとスキーム的に厳しいけどどうする?」

 

「一旦リスケする可能性もあるよね。もっとバッファをとってもいいんじゃ無いかな?」

 

私が馬鹿だからなのか海浜の人達が言っている事が全然分からない。

えっと‥‥あの人達、私達と同じ日本人だよね?

ゆきのんと隼人君も困っているみたいだった。

よかった、私だけじゃなかった。

でも、相手が何を言っているのか分からないし、早口なので、メモを取るのを私はすっかり忘れてしまった。

それから会議はなかなか進まなくて、何をやるのかも決まらずにクリスマスの日だけがどんどん近づいてくる。

平塚先生が助けに来たけど、大して役に立たなかった。

そこで、平塚先生はヒッキーに来てもらおうと言ってきた。

正直、ヒッキーの力なんて頼りたくは無かったけど、上手くいけばイベントは成功するし、もし失敗してもヒッキーなら何とかしてくれるしいいか‥‥と思っていたのに、その肝心のヒッキーと連絡がつかない。

修学旅行が終わってから少しして学校をサボっていたけど、未だに学校をサボりっぱなしで、私やゆきのんが大変な時に何処にいるの!?

まったく使えないんだから!!

そして、ヒッキーの代わりに小町ちゃんが助けに来てくれた。

小町ちゃんなら、ヒッキーよりも頼りになりそうだし、大丈夫だよね?

と、思っていたのに、その小町ちゃんでもダメだった。

時間がなく、何もアイディアが出てこなくて、やる事が決まらずに結局イベントは中止になった。

すると、今回のイベントが失敗したのは私達のせいだと海浜の人達は言う。

何で!?

イベントが失敗したのはそっちが訳の分からない言葉を喋っていたせいじゃない!!

ゆきのがアイディアを出しても訳の分からない事をベラベラ言って否定していたのに‥‥

ゆきのんも私も隼人君も当然、納得がいかなかった。

でも、向こうの学校の書記さんはちゃんと会議の内容をノートに書いていた。

見せてもらうと、まったくの出鱈目だった。

イベントが台無しになったのは私達が向こうの学校の生徒会の人達の足を引っ張った事にされていた。

冗談じゃない!!

足を引っ張っていやのはそっちの方じゃない!!

ゆきのんも私も悔しかったけど、私が記録を残していなかったせいで私達が悪い事になってしまった。

これも全部、ヒッキーが助けに来てくれなかったせいだ!!

もう絶対許さないんだから!!

修学旅行の事を含めて、絶対に私達に謝ってもらうんだから!!

 

イベントの失敗の後、学校の皆がゆきのんの悪口を言っていた。

どうして、ゆきのんが悪口を言われなきゃならないんだろう?

悪いのはみんな、ヒッキーと向こうの学校の人なのに‥‥

放課後、生徒会の仕事をしていてもゆきのんは元気がない。

 

「今日はここまでにしましょう」

 

ゆきのんが元気のない声でポツンと言った。

 

「ゆ、ゆきのん、あんまり気にする事ないよ」

 

「そうだよ。あのイベントの失敗はそもそも勝手に引き受けてきた平塚先生の責任だよ。雪乃ちゃんが気にする事は無いよ」

 

「‥‥」

 

帰り道、私と隼人君がゆきのんを励ましてもゆきのんは黙っている。

なんとかゆきのんには元気になってもらいたいな‥‥

その為にはまずは何とかしてヒッキーを見つけて、ヒッキーに修学旅行の事と今回のクリスマスの事、両方を謝ってもらわないと!!

私がそう思っていると、後ろから大きな音が聞こえてきた。

振り返ってみると、私達に向かってトラックが走って来るのが見えた‥‥

 

 

~葉山side~

 

 

修学旅行で戸部が海老名に告白したいと言ってきた。

ただ、その前に海老名の奴が修学旅行で戸部が自分に告白しようとしているから、なんとかしてくれと俺に泣きついてきた。

面倒くさい事を頼んできたが、まだこのグループを壊すわけにはいかなかったので、まずは戸部には諦めて貰う為、何気なく諦めるように言うが、戸部の決心は堅かった。

普段は騒ぐだけしか能のない奴なのにこんな時だけ真面目ぶるなよな。

仕方なく俺は戸部を連れて雪乃ちゃんの部活である奉仕部へと向かった。

そこで、雪乃ちゃんが依頼を蹴れば、戸部もきっと諦めてくれるだろう。

そう思っていたら、結衣の奴が依頼を受けやがった。

グループ内の会話で、空気を読むのは得意とか言っていたが、全然読めていない。

仕方ないので此処は文化祭の時と同じくヒキタニを利用させてもらおう。

文化祭での一件では自己犠牲をして解決する様な奴だ。

今回の件も上手く立ち回ればきっと同じ方法をとるに違いない。

まったく、コイツはとんだお人好しで結衣よりも大馬鹿な奴だ。

まぁ、そんなバカだからこそ俺にとって利用価値があるのだからな。

それに上手くいけばヒキタニを雪乃ちゃんから遠ざける事が出来るかもしれない。

文化祭の一件で奴の評判は最底辺だからな、今更コイツに悪評がついても大した影響はないし、雪乃ちゃんが悪く言われることもないだろう。

コイツはスケープゴートにはもってこいの駒だ。

そして、修学旅行で俺の読み通り、奴は戸部が告白する前に海老名に嘘告白をして、俺のグループの崩壊を防いでくれた。

更に雪乃ちゃんと結衣からは辛辣な言葉を吐かれていた。

いいぞ、全ては俺の望んだ展開となった。

後はコイツが今回の件を喋らないように徹底的に周囲から痛めつけてもらうだけだ。

俺は早速、ネットの掲示板やSNSを使ってヒキタニが戸部の告白の邪魔をした事を書いた。勿論著色をつけてだ。

すると、周囲の連中はヒキタニを目の敵にするようになった。

ヒキタニもバカだが、周囲もまったくバカな連中ばかりだ。

噂を真実だと思い込み、本当の真実を知ろうともせずにただ周囲に流れされる。

まぁ、そんなバカな連中だからこそ、俺にとっては利用しやすいし、都合が良かった。

それから暫くしてヒキタニは学校に来なくなった。

登校拒否をし始めた様だが、もう奴にはなんの利用価値もないから関係ないな。

大体、お前の様な腐り目のボッチが雪乃ちゃんに近づくから悪いんだ、精々家の布団の中で後悔でもしていろ。

お前の様な奴がこの学校の王である俺の役に立てたんだ。

むしろ感謝してもらいたいぐらいだな。

雪乃ちゃんもヒキタニには愛想を尽かした様子だったし、これをきっかけに何とか昔の様な関係に修復できないかと考えていた中、サッカー部のマネージャーで後輩のいろはが無理矢理生徒会長に推薦されたらしい。

いろはがその相談を奉仕部にしたら、雪乃ちゃんが生徒会長に立候補すると言う。

これはチャンスだと思い、俺も雪乃ちゃんを支える為、副会長に立候補した。

そして、雪乃ちゃんは生徒会長に、俺は副会長になり、雪乃ちゃんと仲直りする事ができた。

更には雪乃ちゃんとの婚約までこぎつける事が出来た。

高校を卒業したら入籍する予定だ。

これで俺の人生も、葉山家も安泰だ。

本当に欲しいモノを手に入れた俺は、もはや不用品となったグループを解散した。

優美子の奴が最後まで抵抗していたが、俺と雪乃ちゃんの婚約を知ると諦めてくれた。

大体、俺はお前の様な化粧が厚くて香水の匂いをまき散らすような我儘女には興味は無い。

ただ気が強いから他の女避けに使えそうだから俺の手元に置いていただけだ。

それなのに何を勘違いしていたのか女王様気分で我儘三昧。

正直に言ってウザかった。

コイツの我儘な振舞で俺の印象が悪くなるんじゃないかとヒヤヒヤさせられたことが何度もある。

テニスコートの一件はまさにその最たるものだった。

もし、部活の顧問の耳に入ったら、俺がレギュラーの座どころか、今度の主将候補からも外されるところだった。

結衣はバカな奴だが、俺に対しては恋愛感情を抱いてはいなかった。

少々癪にさわるが、俺が欲しいのはあくまでも雪乃ちゃんただ一人だったからまぁ、マスコット役として置いていたが、結衣が雪乃ちゃんと仲良くなって近づきやすくなったのは事実だ。

そう言った点では優美子よりは役に立ったかもしれない。

そして、修学旅行で面倒事を持ちかけてきた海老名。

コイツは優美子が連れてきた女だったが、元々コイツは異性や恋愛に関しては超がつくほど興味がない奴だったので、無害だと思い俺のグループに置いといてやった。

ただ、想像の中とは言え、俺と戸部をゲイの関係で見てくるのは腹立たしかった。

そして、戸部、大岡、大和。

コイツ等の中の誰かがチェーンメール騒動を起こした時には全く面倒な事をしてくれた。

内容から察するに十中八九、大和の奴だろう。

それに今回の修学旅行でもだ。

騒ぐか相槌を打つ事しかできない無能な連中であったが、こいつらは俺を引き立てる為のエキストラ役としては十分に目立ってくれた。

いや、コイツ等だけじゃない、優美子も海老名も結衣も‥そしてこのクラス全員がこの俺をみんなの葉山隼人、総武高校の王としての引き立てる為のエキストラであり、駒なのだ。

そして俺は生徒会に入り、遂に目的である雪ノ下雪乃を手に入れた!!

ヒキタニも登校拒否で学校には来ていないし、雪乃ちゃんから愛想を尽かされた。

これで俺の邪魔をする者は誰も居ない。

この俺こそが生まれながらの王なのだ!!

俺は残りの高校時代を‥青春を謳歌しようとしたら、平塚が他校とのクリスマスイベントを勝手に承諾してきた。

いくら顧問でも主役は俺達生徒会なのにそれを相談もなく勝手に話を進めるなんて、社会人としての常識が欠けているんじゃないか?

そんなんだからアラサーになっても結婚出来ないんだよ。

ちょっとはその足りない脳筋で考えろ。

でもまぁ、雪乃ちゃんと俺の力があればそんなイベントぐらい簡単に乗り切れると思っていた。

だが、海浜総合のメンバーがあまりにも無能な所為で雪乃ちゃんが困っている。

俺も合間を取り持つがそれでも上手く行かなかった。

このままではイベント自体が失敗するかもしれない。

だからヒキタニを連れてきてイベント失敗の全責任を奴に押し付けようと思った。

そうすれば俺も雪乃ちゃんも評価を落とさないで済むからだ。

だが、肝心のそのヒキタニと連絡が取れない。

まったく何処までも使えない奴だ。

平塚もヒキタニの妹も助っ人に来たが、どちらも使えなかった。

結果的にイベントは大失敗となった。

しかもあの無能共は此方に責任があるとほざく始末だ。

冗談じゃない!!

どうみても今回のイベント失敗の責任はお前達だろう!?

そう思っていたのだが、結衣の奴が議事録を全く書いておらず、結果的に今回のイベントの失敗は俺達にあるとされてしまった。

これで 俺達の評価は下がるだろう。

結衣の奴、前々からバカな奴だと思っていたが此処までバカだったとは‥‥。

今回の件が鎮静化したら、何かしらの理由をつけて書記の座から降りてもらおう。

俺と雪乃ちゃんの生徒会にこんなバカな奴は不要だ。

雪乃ちゃんに再び近づくためとコイツを好きにさせていたが、今回の件で分かった。

コイツをこのまま俺達の生徒会に在籍させているとその内、今回の件以上の失敗をするかもしれない。

そうなれば、俺や雪乃ちゃんの評価にもますます影響する。

落ち着いたら雪乃ちゃんと相談しよう。

きっと雪乃ちゃん自身も初めて出来た同性の友達だから結衣を特別扱いしているだけだ。

でも、今後俺達の評価に‥内申に悪影響を及ぼすかもしれないと思ったらきっと雪乃ちゃんもソレを分かってくれるだろう。

そもそも雪乃ちゃんを手に入れた現段階で、もはや結衣も不用品なのだからな。

大体生徒会室でも「ゆきの~ん」って言って俺の雪乃ちゃんにベタベタくっつくわ、「ゆきのん、ここどうやるの?」と簡単な書類仕事でさえ、出来ない無能な奴だ。

コイツが生徒会選挙で当選できたのはコイツの顔と胸、俺と雪乃ちゃんのおかげだろう。

それが無かったらこんな頭がお花畑のバカな奴が生徒会役員なんてなれる訳がない。

それにしても今回のクリスマスイベントの件については腹が立つ!!

そもそもなんであんな無能な奴等に嵌められなければならない!?

それもこれもこんなくだらないイベントを勝手に承諾してきた平塚と肝心な時に使えなかったヒキタニの所為だ。

イベント失敗後、雪乃ちゃんは学校で陰口を叩かれるようになった。

海浜の奴が今回の事をネットの掲示板に書き込んだせいだ。

イベントの失敗、そして周囲からの陰口で雪乃ちゃんは日に日に元気をなくしている。

これは不味い‥‥

小学生時代の再来といえる。

此処で雪乃ちゃんの対応を間違えると折角こぎつけた雪乃ちゃんとの婚約も破棄されるかもしれない。

一度失敗している俺としてはもう二度の失敗は許されない。

でも、公に俺が雪乃ちゃんを庇えば、俺にも皆からの陰口が飛び火するかもしれない。

くそっ、無能者は無能らしく、俺達選ばれた人間に黙って従っていればいいのに‥‥

ヒキタニのせいにしたくても奴はここ最近、学校にも来ていないから奴のせいにも出来ない。

くそっ、なんとかこの事態を乗り切らねば!!

 

 

「ゆ、ゆきのん、あんまり気にする事ないよ」

 

「そうだよ。あのイベントの失敗はそもそも勝手に引き受けてきた平塚先生の責任だよ。雪乃ちゃんが気にする事は無いよ」

 

「‥‥」

 

そんなある日の放課後、生徒会の仕事が終わり、俺、雪乃ちゃん、結衣の三人で下校して、結衣が雪乃ちゃんを励ましているので、俺も雪乃ちゃんを励ます。

しかし、雪乃ちゃんは意気消沈したままだ。

くそっ、こうなったのも全てヒキタニの所為なのだから今回の責任を取って貰う為、アイツには全校生徒の間で土下座でもさせてやろう。

大体こういった汚れ役はアイツの担当じゃないか。

あんな腐り目で根暗なボッチにはお似合いの役じゃないか。

それさえも拒否するのであれば、陽乃さんにヒキタニを完膚なきまで潰してもらおう。

あんな力も何も無い奴、陽乃さんに掛かれば楽勝だし、陽乃さんが雪乃ちゃんの言う事を聞かないわけが無い。

待っていろ、ヒキタニ。

必ず今回の件の責任を取ってもらうぞ!!

ヒキタニを必ず全校生徒の前に引きずり出して土下座させて謝罪させてやろうと意気込んでいた中、後ろから大きな音が聞こえてきた。

何だろうと思って振り返ってみるとトラックが俺達目掛けて突っ込んで来るのが見えた‥‥

 

 

 

 

三学期になり、始業式の最後に校長のある報告は総武高校に衝撃を走らせた。

生徒会長の雪ノ下雪乃、副会長の葉山隼人、書記の由比ヶ浜結衣の三人が冬休みの少し前に事故死していた事が判明したのだ。

総武の王とも言える葉山隼人の死は多くの生徒の涙を誘った。

だが数日後、事態は一変する。

元葉山グループの海老名が修学旅行の真実を暴露したのだ。

海老名は親友の優美子が葉山の事を好きだったことを知っていた。

修学旅行では、八幡が自らを犠牲にしてまでも守ったグループだったのに、生徒会選挙に出馬して副会長に当選した後、直ぐに葉山は雪ノ下との交際と婚約を発表し、一方的にグループを解散させた。

海老名にとって彼の行動は許しがたい裏切り行為であった。

葉山が正式に雪ノ下と交際すると知って優美子は意気消沈し、更にはこれまで葉山のおかげでクラスの女王様となっていたのだが、その葉山隼人と言うブランドが自分達から雪ノ下雪乃と言う一人の女子生徒のみに集中したせいで、葉山の庇護を失った優美子はクラスや同学年の女子生徒から嫌がらせを受けるようになった。

元を正せば今までさんざん葉山の庇護の下、威張り散らしていた優美子の自業自得なのかもしれないが、それでも親友がこんな目にあったのは自分達を裏切った葉山のせいだと思った海老名は行動に出たのだ。

海老名の暴露はまさに死人に口なし状態だ。

そして、戸部もまた修学旅行での一件を話した。

当初の噂では八幡が戸部の依頼を引き受けたにもかかわらず、戸部の告白の邪魔をした事になっていたが、戸部が依頼を受けたのは由比ヶ浜であり、雪ノ下と八幡はあまり自分の依頼を受けるようには見えなかったが、最終的に由比ヶ浜に押し切られる形で依頼を受けたと証言したのだ。

始めの内は誰も信じなかったが、元葉山グループのメンバーの暴露と言う事でこの証言には信憑性が増し、総武の王であった葉山隼人の印象は下がる事となった。

 



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4話

今回は小町の視点となります。
小町ファンの皆さん。申し訳ございません。


~比企谷小町side~

 

 

『総武高校:E判定 合格率20%未満』

 

『志望校の変更の必要性あり』

 

「うぅ~……」

 

塾からの帰り道で小町は模試の結果を何度も見つめ返してはため息をつく。

これは何かの間違いじゃないの?

あのごみぃちゃんでさえ入れたのだから、自分だって‥‥そう思っていたのにこれは何なの?

次に見た時には結果の内容が変わっていないかと思って、何度も模試の結果内容を見るが、勿論、そんなことはなく、厳しい現実がただそこに書かれている。

違う!!自分はこんな筈じゃない!!

自分は‥‥小町はあのごみぃちゃんなんかと違って、小町は比企谷家自慢の娘なのに‥‥!!

それなのに妹と言う事で受験に関してはどうしても小町はあのごみぃちゃんと比べられてしまう。

なんであんなごみぃちゃんなんかと比べられないといけないの!?

塾の先生からは、

 

「君のお兄さんはちゃんとやるべき事はやっていた」

 

「比企谷、君はもう少し現実を見た方が良い」

 

なんて言われる始末だ。

違う!!小町は劣等生なんかじゃない!

劣等生はあのごみぃちゃんの方だ!!

それなのにどうして‥‥?

どうして自分はこんなことになってしまったんだろう?

きっかけはごみぃちゃんが修学旅行でやらかした一件からだ。

あの日、ごみぃちゃんが修学旅行から帰って来る日、小町の携帯に由比ヶ浜さんから電話が来た。

出てみると、あのごみぃちゃんが修学旅行中に奉仕部で依頼されたクラスメイトへの告白を邪魔したと言う。

確かにごみぃちゃんは普段から彼女が居る人の事を『リア充なんていなくなればいいのに』とか言っているけど、まさか人の告白の邪魔をなんてサイテーな行為をするなんて許せない。

ましてや奉仕部で受けた依頼人の告白を邪魔して依頼を無茶苦茶にした。

依頼人の人だけではなく雪ノ下さんにも由比ヶ浜さんにも迷惑をかけた。

雪ノ下さんや由比ヶ浜さんに謝るまで小町も絶対に許すわけにはいかなかった。

ごみぃちゃんが帰って来て今回の修学旅行の事で小町が怒ったら、何かを言いそうだったけど、どうせ体裁を取り繕う為の言い訳だろう。

全く見苦しい。

こんなんだから何時まで経ってもごみぃちゃんなんだよ。

それ以来、小町はごみぃちゃんとは一切会話もせず、親代わりにしてやっていた身の回りの世話も一切放棄した。

初めはこうすることで、あのごみぃちゃんの事だからすぐに泣きついて自分の犯した過ちを認めて雪ノ下さんと由比ヶ浜さんに謝るかと思っていた。

でも、ある日を境に家の中でごみぃちゃんとぱったり合わなくなった。

朝は小町よりも学校へと行き、帰って来ても部屋に引きこもっている。

ごはんも多分自分で作っているんだろう。

お風呂は湯船にお湯を張っていないからきっとシャワーでも浴びているんだろう。

あのごみぃちゃんが小町の知らない間に家事を一人でやっている。

一人で自立した生活をしている。

夜、部屋に行って文句の一つでも行ってやろうと思ってもきっと言い訳しかしないと思うと腹立たしくて近づけない。

もう、ごみぃちゃんの姿を見たくもなければ、声も聞きたくない。

そこまで思っていた。

でも、あの後の事が気になったから、ごみぃちゃん本人じゃなくて、由比ヶ浜さんにごみぃちゃんが謝ったのかを聞くと、最近ごみぃちゃんは学校にも行ってないらしい。

謝りもせず、学校にも行っておらずどこかでブラブラと時間をつぶしている。

『働いたら負け』とか『俺は将来専業主夫になる』とかだらしない事を言っていたけど、ここまで堕落したなんてホント信じられない。

もう、あんな奴、家族でも兄でもなんでもない。

そんな冬のある日のこと、もうすぐクリスマスが近づこうとしている頃、由比ヶ浜さんから海浜高校と合同で企画するクリスマスイベントの手伝いをしてほしいと言われた。

小町はこれをチャンスだと思った。

イベントを手伝って見事成功させれば、由比ヶ浜さんや雪ノ下さんからも感謝される。

ましてや今の雪ノ下さんは生徒会長らしいから、雪ノ下さんの口から総武高校の先生に小町のことを伝えてもらえれば総武高校にも入りやすくなるかもしれない。

そう思って手伝ったんだけど、

総武と海浜の連携は上手くいかず、計画はデタラメで、何日経っても何一つ決まらないし、準備も進まない。

それに海浜校の人達は訳の分からない事をベラベラ言っているだけで、本当にイベントを成功させたいのかと思ってしまう程だ。

そして、結局、

 

「うわー、準備間に合わなくて中止とかマジウケるー」

 

「これは君たちのレスポンシビリティだよ。後で総武高の先生方には クレームを入れさせてもらうからね」

 

と、結局クリスマスには間に合わずにイベントは中止され、向こうの学校は全ての責任をこっちに丸投げしてきた。

書記である由比ヶ浜さんが記録を一切残していなかったことが致命的になったみたいだ。

そして、茫然自失したように立ち尽くす雪ノ下さんや由比ヶ浜さん達を見ていられなくなった小町もまた、いたたまれずにその場を後にしたのだった。

コミュニティセンターを出るときに、向こうの学校の人達が逃げる小町を小馬鹿にするような目、蔑むような目で小町のことを見ていたのが頭から離れない。

 

どうして……どうして、小町があんな風に見下されなきゃならないのさ!?

あのごみぃちゃんなら分かる。

あの腐れ目で、ボッチで、捻くれていて、自堕落で、根暗なごみぃちゃんならあんな風に見られて当然なのに‥‥

でも、自分はあんなごみぃちゃんなんかとは違う!!

あんなだらしなくて屁理屈ばっかりで妹の小町以外に頼れる人も居ないあんな人間としては最底辺のゴミクズとは違う!!

帰り道、ひたすらごみぃちゃんに怒りを抱き、帰ったら必ず一戦交えるつもりでいた。

今まで嫌悪して部屋に入らなかったが、もう我慢できない!!

修学旅行で人の告白の邪魔をして、雪ノ下さんにも由比ヶ浜さんにも未だに謝らない。

学校をさぼっている。

それにこのクリスマスイベントにしても由比ヶ浜さんや平塚先生があれほど困っていたのに、SOSを求める連絡を悉く無視したのだ、糾弾されて然るべきだろう。

何としても小町に、いや、雪ノ下さんと由比ヶ浜さん達にも頭を下げさせて、思い知らせてやる!!

小町がこんな惨めな目にあったのも全部、あのごみぃちゃんのせいなんだから!!

そう思っていた矢先、塾の先生から電話が来た。

つい、先日に受けた模擬試験の結果について話があると言われ、横やりを入れられたが、無視するわけにもいかないので、家に帰る前に小町は塾へと立ち寄った。

そこで、言われたのが、

 

「今の君の成績だと総武どころか隣の海浜総合さえも合格は危ういんだよ」

 

志望校である総武高校への合格どころか総武よりも下の海浜さえも厳しいと言う指摘とごみぃちゃんと小町との比較の言葉だった。

先生の指摘を受けてごみぃちゃんに対する怒りはどこかに消し飛んでしまった。

最近のごみぃちゃんに対する怒りとクリスマスイベントの手伝いで一時的に忘れていたが、今の自分は高校受験を控えている受験生なのだと言う現実を思い出した。

 

「で、でも、お兄ちゃんは総武に行ったんですよ!?」

 

流石に人前でごみぃちゃんとは言えなかったので、嫌な気分ではあるがお兄ちゃんと言う。

 

「君のお兄さん?‥‥ああ、八幡君ね。まぁ、彼は人付き合いが得意そうではなかったが、学業に関しては、君のお兄さんの成績は良かったぞ。数学だけはギリギリだったが、文系は常にトップの成績だったしな」

 

「で、でも‥‥」

 

「比企谷、君は中学では生徒会にも入ってないし、部活もやってないだろう?」

 

「は、はい‥‥」

 

「それだと推薦を貰うのさえ、難しい‥‥この辺の公立は諦めて別の学区の公立か私立を目指したらどうだ?私立なら多少お金はかかるが、今の比企谷の学力でも行ける所はあるぞ」

 

「そ、そんな‥‥」

 

受験の本番まで時間も残りわずか‥‥

奇跡が起きない限り総武高はおろか、さっき小町の事を蔑んだ目で見ていた海浜校にさえ行ける可能性はないと言われた。

高校へ行きたいのであれば、塾の先生のアドバイスに従うべきなのだと思う。

しかし、

でも、

だけど‥‥

もし、両親がこのことを知ったら‥‥小町をひたすら溺愛し、優秀で自慢の娘だと思い込んでいる二人がこの事実を知ったら、掌を返してあのごみぃちゃんと同じ扱いを受けるかもしれない。

どこかへ旅行へ行く時も、外食する時も置いてきぼりにされる。

お小遣いだってきっと減らされる。

家に着く前、小町は今回の模試の結果が書かれた紙をビリビリに破いた。

見たくない見たくない見たくない!

こんなひどい現実が記された紙なんて見たくない!!

これは全部夢だ!!幻だ!!たちの悪い悪戯なんだ!!

家に帰ると普段は夜遅くまで仕事で帰らない両親がこの日は珍しく早く家に帰っていた。

 

「おぉ!お帰り、小町!」

 

「お帰りなさい」

 

「た、ただいま」

 

「どうしたの?随分と遅かったわね」

 

「うん‥‥ちょっと塾に行って‥‥」

 

「そう‥あっ、そう言えば、小町。貴女、この前の模擬試験の結果、そろそろ出るんじゃない?」

 

「っ!?」

 

お母さんが小町にとっては忘れたい現実を突きつけてきた。

 

「どうだったの?」

 

「う、うん!いい感じだったよ。総武高に入るのも全く問題無いってさ!」

 

「そうか、そうか、流石小町だ。あの根暗なボンクラとは出来が違うな」

 

お父さんは物凄く喜んでいた。

 

「そ、そんな事よりさ!お腹すいちゃった、ご飯なに?」

 

小町はなんとか模試の結果を誤魔化す為必死に話題を逸らした。

それから小町は必死に受験勉強へと取り掛かったが、親からの過度なプレッシャー、ごみぃちゃんとの比較、合格率‥‥勉強の内容よりもそっちの方ばかりが気になって、勉強の内容が全く頭の中に入ってこなかった。

冬休みに塾の冬期講習へ行ってもまったく内容についてはいけなかった。

雪ノ下さんに助けを求めようとしたら、何とあのクリスマスイベントの少し後、雪ノ下さん、由比ヶ浜さん、葉山さんの三人は交通事故で亡くなってしまった。

大志君のお姉さんはちょっと怖いし‥‥

頼れる先輩もなく、小町は自分自身の手で何とかするしかなかった。

そして年が明けて二月‥いよいよ受験本番の月となる。

総武どころか海浜さえも未だに合格圏内に入っていない小町は受験する高校を変えようかとお父さんとお母さんに相談しようと思ったら、お父さんが勝手に総武高校へ出願書類を出してしまっていた。

この状況下ではますます言えない。

しかも滑り止めの高校なんて受ける必要もないとまで言う始末だ。

小町は総武高校のみの一発勝負となった。

 

 

なお、余談であるが、八幡自身も高校受験の際、総武高校以外の高校を受験しなかった。

いや、正確に言うと総武以外の受験をする事が出来なかったと言った方が正しい。

彼が総武を受けたのは中学時代の同級生がほとんどない事、家から近かった事が一番の理由であるが、私立を受けなかったのは両親が公立よりも学費がかかる私立に入れるつもりがなく、もし受験に失敗していたら、八幡はその時点で家から放り出されていた。

当時は家から放り出されたらもう生きていけないと思った八幡は死に物狂いで勉強していたのだ。

勿論、小町はそんな八幡の事情など知る筈もなく、彼が年始年末に必死で受験勉強をしている間、小町は両親と共に旅行へ出かけていた。

 

 

受験まで一週間を切ったある日、この日もお父さんとお母さんは仕事から早く帰って来た。

 

「小町、今日はお祝いだ!!」

 

「お祝い?」

 

なんだろう?

今日はお父さんの誕生日でもお母さんの誕生日でもない。

小町の誕生日は3月だし、ごみぃちゃんの誕生日なんて論外だ。

そもそも小町が知る限りお父さんとお母さんがごみぃちゃんの誕生日を祝ったところなんて見たこともない。

クリスマスだって小町はプレゼントを貰ったけど、ごみぃちゃんはプレゼントを貰ったところを見た事が無い。

だから一体何のお祝い事なのか首を傾げると、

 

「高校入学の前祝いだよ、総武高のな!!」

 

「っ!?」

 

お父さんが笑いながら何のお祝いをするのかを言う。

 

「小町ならあの程度の学校なんざぁ、余裕で入れるさ!そうだろう?小町」

 

「う、うん‥勿論だよ」

 

今更無理なんて言えない。

 

「ほらほら、暗い顔しないで元気出して。幸せが逃げてくわよ?」

 

「よーし、小町。今日はお前の好きなもんを沢山食べさせてやるぞ~!」

 

「あっ、えっと‥‥でも、勉強を‥‥」

 

「いいから、いいから、今日は甘えておきなさい。たまには息抜きしないと……」

 

お父さんとお母さんは小町の手を引いてレストランへと向かった。

 

「そう言えば、最近あのボンクラの姿を見ていないが、アイツ、今何しているんだ?」

 

お父さんは思い出したかのようにごみぃちゃんの事を呟く。

 

「そうね‥‥でも、大丈夫でしょう。昔から旅行の時も外食の時も、一人でお留守番させていたから何とかできるんじゃない?」

 

「それもそうだな」

 

お父さんとお母さんはごみぃちゃんの事をさっさと忘れる。

そう言えば、私自身も此処最近は受験の事で手いっぱいだったけど、ごみぃちゃんの姿見ていないな‥‥まっ、いいかあんなの‥‥それよりも今は自分の受験に集中しないと‥‥

 

八幡に対する異常なまでの関心の無さから、彼が既にこの世に存在して居ない事を知らない比企谷一家だった。

 

 

そして、やってきた総武高校の受験当日‥‥

 

「では、試験を始めて下さい」

 

試験官の先生の合図で一斉に試験が始める。

周りの受験生達はカリカリカリ‥‥とシャーペンで解答用紙に答えを書いていく。

でも、小町は問題を見た途端に頭の中が真っ白になる。

 

えっと‥‥これは‥‥

 

えっと‥‥こっちは‥‥えっと‥‥どうやるんだっけ?

 

解答用紙に何を書いたかなんてもう覚えていない。

気が付いたら試験は終わっていた。

 

 

 

 

それから月日が流れ、四月。

桜の花が咲き、ポカポカと陽気な日差しの季節となり、新年度、新学期、新生活、人も空気も何もかもがあたらしくなる時期。

総武高校を受験した比企谷小町に奇跡が起き、桜が咲いて晴れて総武高校生になれたのかと言うと‥‥

 

 

「貴方があの子の成績も知らずにお祝いしようなんて言うからこうなったんでしょう!?」

 

「アイツの成績を知らなかったのはお前も同じだろう!?大体、お前が小町を普段から甘やかすからこうなったんだろうがぁ!?」

 

「私のせいだって言うの!?そう言う貴方だってそうじゃない!小町が家出した時も探しもせずに!休日はいつも寝てばかりで、小町の勉強なんて全然見ていなかったじゃない!?」

 

「なんだと!?俺はお前達の為に普段から夜遅くまで仕事をしているんだぞ!?」

 

「私だってそうよ!!だいたい、貴方はいつもそうやって何でもかんでも私に押し付けて自分は言い訳ばっかりして!!」

 

「押し付けだぁ?お前だってそんなことを言える身分か?!家のことなんざぁろくにしてないだろうがぁ!?」

 

比企谷家からは大声で激しく言い争う男女の声が聞こえてきた。

先日行われた総武高校の入学試験の結果発表の日、小町は密かに奇跡と言うモノを信じていた。

何も覚えていなくてもきっと脳がこれまで自分が勉強をして来たことを覚えているに違いない。

体が覚えていて正解を書いているに違いないと‥‥

しかし、現実は無情で、合格者の中に小町の受験番号は入っていなかった。

勿論、補欠合格者の中にもだ‥‥

小町本人は当然として、両親もショックを隠し切れなかった。

合格発表のその日から小町は部屋に引きこもっている。

中学校の卒業式にも参加していない。

総武高校以外の高校を受けていなかったのも致命的で小町は高校受験に大失敗をして高校浪人となった。

周囲の同級生達は高校生デビューを果たしたのに小町だけは高校に行っていない。

それからと言うもの、比企谷家からは男女の言い争う声が絶えなくなった。

それはご近所にも聞こえる程の声の大きさでその内容から小町が高校受験に失敗した事、

ショックで引きこもりになっている事がご近所に筒抜けだった。

その声を聞いてご近所の噂好きの奥様方は比企谷家の家族の噂話をしている。

 

「また、今日も言い合っているわよ。比企谷さん家‥‥」

 

「確か、お嬢さんが高校受験に失敗したのよね?」

 

「息子さんは進学校の総武高校に受かったのにねぇ~」

 

「でも、あそこのお嬢さん、あんまり頭がよさそうには見えなかったじゃない?」

 

「そうね。なんか、頭が緩い~感じだったわね」

 

「そう言えば、知っている?」

 

「なにかしら?」

 

「比企谷さん家の息子さん、失踪したんですって‥‥」

 

「まぁ、どうして?」

 

「なんでもご両親から今まで虐待を受けていたらしいわよ」

 

「ホントに!?」

 

「でも、息子が失踪したのに心配せず、探そうともせず、ああやって毎日言い争いをしていると案外本当なのかもね‥‥」

 

「それに昔からご家族が旅行や食事に行っている間、一人で留守番しているのをよく見たものねぇ~」

 

「それ、私も見たわ。酷いわよねぇ~自分達は旅行や食事に行って、息子さん一人を置いて行くんだから」

 

と、比企谷家は近所から既に村八分状態となっており、噂には次第に尾ひれがついていき、

比企谷さんの家の息子さんは両親に殺された。

小町は夜な夜な街に出て男と援助交際をしているビッチである。

高校受験を失敗したのは受験当日に男と寝ていて寝坊したから。

などとある事ない事を噂され、その噂は等々比企谷夫妻の会社にまでも広がり、会社における比企谷夫妻の評判は最悪のモノとなった。

八幡の失踪については、警察は証拠がない為、両親の逮捕までには至らなかったが、世間体を気にした会社は夫妻を閑職とも言える部署へと追いやり、夫妻の今後の昇進の道は閉ざされる事となった。

 

小町は高校受験に失敗して以降、部屋に引きこもりとなり、10代からニートに成り果てた。

中学時代の友人達は、小町が高校受験に失敗した当初は彼女を心配してメールや電話を入れてきたが、その時の小町には友人達の行為が同情や嘲笑のように思えて返信は一切しなかった。

そうしている間にも月日が過ぎ、友人達は高校デビューを果たし、新たな友人を作り、過去の友人であった小町の事など記憶の彼方へとおいやり、誰も引きこもりとなった小町にメールも電話も、ましてや家に直接見舞いに来る事などなかった。

当然、比企谷家の獄潰しに成り果てた彼女の待遇はかつての八幡並み‥いや、それ以下となり、お小遣いなんてものはなくなり、外食や旅行と言った家族間のイベントさえもなくなった。

小町は兄同様‥いや兄よりも酷い引きこもりのボッチとなるが、兄とは異なり自殺する事もなく、残りの生涯を寂しく、最低な人生を送る事となった。

 



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5話

平塚先生の視点、そして八幡がいよいよ決断を下します。


 

 

~平塚静side~

 

修学旅行の後、比企谷がどうも奉仕部の活動をサボっているようだ。

ある日の放課後、まだ部活のある時間帯にもかかわらず、下校している姿を見たからだ。

その時は、何か用があるのかと思い、声をかけなかったが、翌日も、そのまた翌日もまだ部活のある時間帯に下校している姿を見かけた。

そこで、私は放課後、下駄箱の前で奴を待ち伏せし、

 

「待て、比企谷」

 

「なんですか?」

 

比企谷を引き留めた。

 

「貴様、ここしばらく部室に顔を出していないそうではないか」

 

「俺はもう部活を辞めるつもりなのであそこには行きませんよ」

 

何を勝手な事を言っているんだ?コイツは?

元々コイツの捻くれた孤独体質を改善してやるために奉仕部へと入れてやったと言うのに、まだその改善が出来ていないのに辞めるだと?

そんな勝手な事が認められるわけがないだろう。

 

「そんな事は認めん、さっさと部活に行くんだ。第一、君の更正はまだ終わっていない。行かないと言うのであれば力づくでも連れて行くぞ」

 

これ以上、グダグダ言うのであれば、私の拳が火を吹くことなる。

この前の合コンで失敗したからな、手加減は出来ないぞ。

比企谷も観念したのか、部室へと向かっていた。

それから暫くして、私の下に現生徒会長である城廻めぐりが一人の下級生の女子生徒を連れてきた。

それによると、下級生の女子生徒、一色いろは は、今度の生徒会選挙に無理矢理、生徒会長に推薦されてしまったらしい。

一色の担任に相談した所、その担任の教師は「みんなの力でクラスから生徒会長を!」などと勝手に盛り上がっており、一色の事などまるで眼中にない様子だった。

どうもあの担任教師の中ではすでに感動の物語が出来上がっているようで、『自分に自信のない生徒が教師やクラスの皆に支えられて生徒会長になる』、みたいな青臭いサクセスストーリーを勝手に作り上げているみたいだ。

やれやれ、自分勝手な教師だ。

あんなのが同じ教育者であると思うと全く恥ずかしい。

ああいう、輩こそ虐めを見て見ぬふりをするクズな教師の典型だな。

恐らく生徒指導の私が言ったところで、「一色は私のクラスの生徒だ。余計な事をするな」とでも言うだろう。

ならばこそ、此処は奉仕部の出番であろう。

それにこれは奉仕部の絆を深めるチャンスでもある。

奉仕部が一丸となって一色を説得、

一色は心機一転、会長職に意欲を見せるようになる。

そして奉仕部の三人の絆は更に深まる。

いいぞ、これこそ青春のいい思い出になるだろう。

そこで、私は城廻と一色を連れて奉仕部の部室へと向かう。

 

「邪魔するぞ」

 

すると、其処には雪ノ下と由比ヶ浜は居たが比企谷の姿は無かった。

 

「む?比企谷はどうした?」

 

「ヒッキー、今日は学校に来ていません」

 

「ちっ、アイツ、次に学校に来た時、覚えていろ‥‥」

 

まったく、あれほど言ったにも関わらず、またサボるとはどうしようもない奴だ。

しかも部活だけではなく、学校自体をサボるとは‥‥

学生の本分をなんだと思っているんだ?

今度会った時には問答無用で私の衝撃ブリットをぶち込んで強制的に部室へと連れて行こう。

これは決して体罰ではなく、私からの愛のムチだ。

 

「それで、今日は何の用ですか?先生が来たと言う事は何か依頼でしょうか?」

 

「ああ、次の生徒会選挙絡みでな。一色、城廻、入ってきていいぞ」

 

今は比企谷の事より、一色の依頼の解決が先だ。

城廻と一色が雪ノ下と由比ヶ浜の二人に今回の依頼内容を伝えると、解決策としてなんと雪ノ下が代わりに生徒会選挙に生徒会長として立候補すると言う。

そして、由比ヶ浜も同じ生徒会の書記に立候補すると言う。

奉仕部の部員三人の内、二人が生徒会の役員となると、部員は比企谷一人になってしまう。

生徒会の仕事の中にもこれまでと同じ、奉仕部の仕事も組み込むようだが、それだと比企谷の孤独体質の改善いよる更生が止まってしまうのではないだろうか?

 

「まて、比企谷はどうするんだ?」

 

そこで私は雪ノ下と由比ヶ浜に比企谷について訊ねると、

 

「あんなクズは要りません。私達二人だけで十分です。むしろ居るだけで邪魔なだけです」

 

「だよねぇ~ヒッキーなんて要らないよねぇ~」

 

「そ、そうか」

 

この二人と比企谷の間で一体何があったんだ?

あそこまで拒絶するとは‥‥

だがこれで一色の依頼は無事に解決できた。

だが、比企谷の方は‥‥

この状況では比企谷の更生の依頼はもはや無理だろう。

雪ノ下も由比ヶ浜も比企谷に対してかなりの嫌悪感を抱いている様だ。

本当にあのバカは二人に一体何をしたんだ?

しかし、こうなったのも恐らくは比企谷の捻くれた性格が招いた自業自得だろう。

あいつのことは残念だった‥‥比企谷の更生は失敗に終わったが、雪ノ下の孤独体質は何とか改善する事が出来た様だ。

雪ノ下はこうして立派に成長したと言うのに、まったく比企谷は本当にどうしようもない奴だ。

この後の人生もきっとアイツは苦労するだろうが、もうそこまでの面倒は見てられない。

自分で蒔いた種は自分で刈り取ってもらおう。

 

 

こうして一色の依頼は解決し、新たな生徒会長として雪ノ下、副会長に葉山、書記に由比ヶ浜が当選し、私は新たに生徒会の顧問となった。

新たな生徒会が発足してから少しして、雪ノ下と葉山が婚約したらしい。

くそっ、高校生のくせに!!

リア充め、砕け散れ!!

はぁ~早く結婚したい~

どこかに良い男がいないかなぁ~

イケメンで金持ちの若い男~

そんな中、近くの海浜総合高校から互いの生徒会と地域の交流を含めたクリスマスイベントの企画が持ち込まれた。

あちらの高校もつい最近、生徒会選挙があり、生徒会のメンバーが新しくなったらしい。

雪ノ下と葉山は恐らくクリスマスにきっと男女二人でしっぽりするかもしれない。

未成年の不純異性交遊は許さんし、それ以前に他校との交流は大事なことだ。

うん、これは決して雪ノ下と葉山の事が羨ましい訳ではない。

他校との交流を経験させる為の絶好の機会となるからだ。

そう思った私は海浜総合との合同クリスマスイベントの件を引き受ける事を向こうの高校に伝え、早速雪ノ下達に伝えに行った。

 

「海浜総合高校からクリスマスイベントの合同企画を持ちかけられてな、それで他校や地域との交流も兼ねて引き受けておいた」

 

「平塚先生、そう言う事は引き受ける前に、私達に同意を求めてくれませんか?」

 

「まぁ、良いじゃないか」

 

「はぁ~まぁ、受けてしまった物は仕方ありません。それでどうすれば?」

 

「うむ、今日の放課後にさっそく会議をしたいそうだから、会場である市内のコミュニティセンターの会議室へ行ってくれ」

 

「わかりました」

 

こうして雪ノ下達は海浜とのクリスマスイベントの為、放課後に市内のコミュニティセンターへと向かった。

雪ノ下は文化祭での実績もあるし、葉山も居るから大丈夫だろう。

あの二人がやるのだから、きっと素晴らしいクリスマスイベントとなるだろう。

そう思っていたのだが‥‥

クリスマスが近づいている中、突然雪ノ下達から準備が進んでいないから何とかしてくれと言われ、現場に来てみると、もうクリスマスまで時間が無いと言うのに準備は全く進んでおらず、それどころかイベントで何をやるのかさえも何一つ決まっていない。

コイツ等はこれまで一体何をしてきたんだ!?

この時間の無い中、アイツなら‥‥比企谷ならどんな手を使うだろうか?

こういう時こそ、アイツの捻くれた性格や思考がこの事態を打開する奇想天外な発想を生むかもしれない。

例え、それが出来なくても比企谷ならばこの状況下で自分を犠牲にして解決するかもしれない。

あの文化祭のスローガンを決めた時の様に‥‥

本来ならば、比企谷一人が傷つくのを見るのは辛いが、今の雪ノ下達は私が顧問を務めている総武高校を代表する生徒会役員‥雪ノ下達の失敗は総武高校の品位にも進学校と言うブランドにも傷がつく。

勿論、生徒会顧問である私の評価にもだ。

反対に比企谷は普通の学生‥‥どちらを守るか結果は火を見るよりも明らかだ。

それに比企谷と雪ノ下、由比ヶ浜は元がつくとは言え、奉仕部の繋がりがあったのだから、手伝うのは当然の事だ。

奉仕部はなくなっても三人の絆がなくなった訳じゃないのだからな。

私は比企谷の力を借りようと提案したが雪ノ下と由比ヶ浜は険しい顔をした。

 

「あんなクズの力なんて借りなくても‥‥」

 

「そうですよ。私達の力でなんとか‥‥」

 

「僕達だけで何とか出来ます」

 

「何とかできる状況なのかね?」

 

「「「‥‥」」」

 

雪ノ下も由比ヶ浜も葉山も口では比企谷の力なんて借りなくても大丈夫とは言っているが、内心では分かっている筈だ。

もうどうしようもない事を‥‥

 

「わ、分かりました。非常に不愉快で、誠に遺憾ではありますが、此処は比企谷君にも参加させる権利をあげましょう」

 

「本当にいいの?ゆきのん」

 

「由比ヶ浜さん、こうなっては仕方がないわ」

 

「うん、此処は仕方がないよ」

 

「う、うん‥‥」

 

と、比企谷の力を借りることにした。

しかし、その肝心の比企谷はここ最近、学校をサボっており、携帯にも家の電話にも出なかった。

 

「くそっ、アイツ学校もサボり、携帯にも出ん!!どこで何をしているんだ!?」

 

「とことん使えないクズね」

 

「それなら、小町ちゃんに手伝ってもらうのはどうかな?小町ちゃんならきっとヒッキーなんかより役に立つよ」

 

由比ヶ浜の提案で比企谷の妹の力を借りる事になったが、彼女でもこの事態を打開する事は出来ずに結局イベントは何も決まらないまま中止となった。

しかも海浜の連中は今回のイベントの失敗の責任を全て此方側へ丸投げしてきた。

ちょっと待て!!

そもそもこの企画の発端と合同の提案はお前達海浜の方じゃないか!?

それをイベントが失敗した責任だけを全て此方に押し付けるなんて卑怯で恥ずかしいとは思わないのか!?

全く其方に責任がないのであれば、こんな事態には陥っていない筈だ!!

しかし、由比ヶ浜が議事録を全くとっていなかった事が不味かった。

しかも海浜が書いた議事録の内容は雪ノ下達が言うには海浜に有利になる様に捏造された内容だと言う。

コイツ等はどこまで性根が腐った連中なんだ。

こんな奴等が生徒を代表する生徒会役員だと!?

コイツ等が他校の生徒と言う事でその腐った性根を叩きのめす事が出来ないのが非情に残念だ。

腸が煮えくり返る思いを表に出さず、今回の一件に関して全て総武側にあるわけではないと弁護をしたが、結局、議事録が有るか無いかの差でイベント失敗の責任は私達、総武側が追う事になった。

クリスマスイベントの失敗は海浜から総武へと伝わり、私は監督不行きで校長と教頭から大目玉を喰らう事になった。

給料とボーナスの大幅なカットに年始年末も報告書と始末書の提出で休みが全部パァだ‥‥

くっ、これでは酒代と婚活費用が賄えぬではないか!!

休みも潰れ、婚活する時間も潰された。

くそっ、こうなったのも全部比企谷が雪ノ下達を助けなかったせいだ。

三学期の始業式の時には覚えていろよ!!

私は年始年末、誰も居ない職員室で一人、比企谷に対する怒りを抱きながら書類仕事をする羽目になった。

そして、三学期の始業式で校長から衝撃的な話があった。

冬休みの直前、雪ノ下、由比ヶ浜、葉山の三人が事故死していた。

ま、まさか、あの三人が死ぬなんて‥‥

私自身もショックが隠せなかった。

 

 

 

 

三学期の始めに、クリスマスイベントの失敗も関連し、生徒会長を含む、三人が事故死した事で、学校内では調査が行われた。

その結果、平塚先生のこれまでの行いの問題点が浮き彫りとなった。

奉仕部と言う非公認の部活を勝手に設立し、空き教室を放課後、勝手に使用した事、

更にその非公認の部活動の部費を当時の生徒会から捻出する様に脅してその部費を密かに横領していた事、

八幡を始めとし、生徒へ対する暴力行為

同じく八幡を奉仕部へと強制入部させた事、

今回のクリスマスイベント同様、文化祭の実行委員会での監督不行き‥‥

更に確認された八幡に対するいじめ

雪ノ下に対する陰湿ないやがらせ

それらの事実も確認された。

そして、それらのいじめ問題に対して生徒指導にも関わらずその対応を全くしていなかった事、

また、比企谷八幡が修学旅行後に失踪している事も判明した。

生徒が失踪しているのに何の対処もしていなかった事も問題視され、数々の総武高校の不祥事がマスコミに嗅ぎつかれ、学校には連日マスコミがおしかけ、職員室では保護者からの電話が鳴り響く事態となった。

学校側はこれらの不祥事の責任を全て平塚先生へと押し付けた。

その結果、平塚先生には懲戒免職処分が言い渡され、彼女は教職と言う仕事を失った。

 

 

 

 

八幡が自殺をし、彼の周囲の人間にもそれぞれ影響が出る事になる中、時系列は比企谷八幡が自殺した日へと戻る。

 

 

~???side~

 

 

「それで、八幡さん。どの選択にしますか?」

 

エリスは俺にどの道を選択するかを聞いてきた。

 

「俺は‥‥」

 

三つの選択肢を聞き、俺が下した決断は‥‥

 

「三つ目の異世界への転生でお願いします」

 

あの黒歴史がある前の世界にまた戻るのは嫌だ。

戸塚に会えなくなるのは悲しいが、それ以前にもう二度と会いたくない奴等の方が多いし、588年も不眠不休で仕事をするのも嫌だ。

そうなれば、一番マシなのが三つ目の異世界への転生だった。

 

「それで、転生する異世界ってどんな世界なんですか?」

 

「いろんな世界があります。もっとも、私の前任者の女神の先輩は一つの世界にしか説明せずに、その異世界へ死者を転生させていましたけど‥‥」

 

おいおい、前任者さんよ、それって職務怠慢なんじゃないか?

俺の前の死者がその前任者を異世界へ連れて行ってくれてホント良かったぜ。

下手したら俺もその世界一択するしかなかったじゃないか‥‥

 

「では、説明しますね。まずはその前任者の女神が多くの転生者を送り込んでいた世界は、八幡さんの世界で言うファンタジーな世界ですね。魔法や魔物が存在する世界で、文化レベルは中世のヨーロッパ並みです。そして、その世界には魔王軍がいて沢山の人が魔王軍の手によって亡くなり、その世界の人口が減り、前任者の女神はその世界の人口減少の歯止めと魔王の討伐の為、転生者を送り込んでいた様です」

 

こぇー!!

その世界、こぇー!!

いや、マジで俺の前の死者がその前任者を異世界へ連れて行ってくれて助かったぜ‥‥

何処かの誰か知らないが、ありがとう!!

 

「次は魔法少女の世界です。世界観は八幡さんのいた世界とほぼ同じですね」

 

魔法少女か‥‥

プリティーでキュアキュアな世界やリリカルでマジカルな世界なのか?

いや、万が一、一見可愛いマスコットで人語を喋る動物みたいなキャラが「僕と契約して魔法少女になってよ」な世界だとバットエンドしか思い浮かばない。

 

「次は宇宙進出した人類が居る世界なのですが、宇宙に進出した人類と地球人類とで戦争が起きて、巨大なロボットで戦う世界です」

 

宇宙戦争なんて一発でも攻撃を喰らったら、その時点で終わりじゃねぇか!!

 

「次に同じロボット系の世界でセカンドインパクトと呼ばれる大災害が起きた後、『使徒』と呼ばれる天使と戦う世界です‥‥あんなもの、天使でもなんでもないですけどね‥‥」

 

いや、その世界もなんか死亡フラグがビンビンに感じる世界なんですけど‥‥

 

「次にある一人の天災が生み出した宇宙開発用のマルチフォームスーツが登場する世界です。ただ、その世界の人間達は使い方を間違えているみたいで、しかもそのマルチフォームスーツを動かせるのは女性限定となっています」

 

なんだ?その欠陥品は!?

しかも天才の部分の言葉がなんか違う言葉に聞こえたぞ。

 

「次は、世界は一度、核の炎に包まれ、文明は荒廃し、暴力が世界を支配する世界で‥‥」

 

却下

 

「七人の魔術師がサーヴァントと呼ばれる過去の英雄を呼び出して互いに戦い合う世界で‥‥」

 

これも却下

生き残れる気もしねぇし、勝てる気がしねぇ‥‥

 

「モンスターを捕獲できるボールでモンスターを捕獲し、そのモンスターを育成し、共に旅をしながらモンスターとの絆を深め、大会に出る為のバッジ、そしてモンスターを集める世界」

 

うーん、なかなか良さそうだけど、最後まで聞いておくか‥‥

 

その後エリスからいろんな世界の説明を受けた。

 

第二次世界大戦中の払い下げ戦車を使用しての国際的な競技がある世界。

 

プロデューサーになってアイドルと絆を深め、そのアイドルをプロデュースして一流のアイドルにする世界。

 

スクールアイドルと呼ばれる学校のアイドルとなり、大会のトップを目指す世界。

 

住んでいる人の八割が学生の都市が存在し、その都市で超能力を開発する世界。

 

普段の平和な日常が一転、パンデミックが起こり、辺りはゾンビだらけ、学校に住みながら生き残りをかけたサバイバル生活の世界。

 

三国志に似た世界だけど、有名な武将が女の子な世界。

 

ブリタニアと言われる強国に日本は滅ぼされ、反逆の為に戦う世界。

 

願い事が叶う七つの球が存在する世界。

 

自分の行く先や周りでは常に殺人事件が起こり、その事件を解決する世界。

 

 

「最後にこれもまた八幡さんの居た世界と似た世界なのですが、二度目の大きな世界大戦‥第二次世界大戦がなく、また飛行機が存在しない世界で、海運業が盛んな世界です。どの世界も状況が様々ですが、共通するのはその世界の主な出来事には必ず関係すると言う事です」

 

どの世界を選択しても巻き込まれるのか‥‥

転生候補の異世界の説明を受け、後は転生する異世界と特典を一つ選ぶだけである。

説明を聞いて絶対に行かないと決めた世界もあれば、興味も沸いた世界もあった。

その中で俺が選んだのは‥‥

 

「じゃあ、最後の世界にして下さい」

 

「最後の世界‥‥海運業が盛んな世界ですね?」

 

「はい」

 

確かに興味のある世界はいくつかあったが、俺が選んだ世界は戦争がなかった世界‥‥

平和が一番だ。

 

「では、次に特典を一つ選んでください」

 

「その特典ってどんなモノなんですか?」

 

「過去の英雄が使用した道具は勿論、自分自身に特殊な能力をつける事も出来ますよ」

 

「‥‥」

 

特典と聞いて俺は考える。

 

「あの、転生した時、性別や容姿とかって今のままなんですか?」

 

「基本的にはそうですね」

 

「‥‥」

 

転生してもこの容姿‥‥

それを聞いて俺は再び考える。

俺が前の世界であんな目にあったのは一体何が原因だ?

確かに俺自身の性格や態度にも問題はあった。

だが、その根本となった原因はなんだ?

両親が小町至上主義になったのも、雪ノ下や由比ヶ浜が俺に普段当たり前のように罵倒をしてくるのも‥‥

葉山が俺を利用したのも‥‥

平塚先生が俺を殴るのも‥‥

小中校時代いじめられたのも‥‥

それが切っ掛けで人を信じられず、捻くれたのもこの腐り目になったのも、全ては俺が男として生まれたのが原因なんじゃないか?

転生してもこの容姿だとまた同じことの繰り返しかもしれない。

それならば‥‥

 

「決まりました。特典」

 

「なんですか?」

 

「転生する世界では、俺の性別と容姿を変えて転生させてください!!」

 

「えっ?性別に容姿を‥ですか?」

 

「はい」

 

「特典は可能な限り、何でも叶えられるのに‥‥本当にそれでいいんですか?」

 

「はい、お願いします」

 

「‥‥わかりました‥‥では、その特典でいきますね‥‥どうか、次の世界では自殺なんて馬鹿な真似はしないでくださいね‥‥神のご加護と祝福が貴方にあらんことを‥‥」

 

足元に突如浮かび上がった魔法陣が美しく輝きだす。

目が眩むほどの光の中でエリスは慈愛に満ちた顔で俺を見送った。

 




次回からやっと、はいふりの世界へと行きます。


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6話

今回は異世界へ転生した八幡の視点です。


~???side~

 

 

ジリリリリ‥‥

 

カーテンの隙間から朝日の光が差し込み、目覚まし時計のアラーム音が部屋中に鳴り響く。

 

「うっ、う~ん‥‥」

 

ベッドから目覚まし時計を止めようと、毛布の間から白く小さな手が伸びる。

やがて、その手は目覚まし時計に触れると、鳴り響くアラームを止める。

 

「ふぁぁぁぁ~」

 

ベッドから起き上がったのは一人の少女。

彼女は寝ぼけ眼を擦りながらベッドから出て、洗面所へと行き、そこで顔を洗う。

顔を洗い終えた栗毛色の髪にショートヘアーの髪型、青い瞳の釣り目の少女は洗面所の鏡に映る自分の姿をジッと見る。

 

(久しぶりに懐かしい夢を見たな‥‥)

 

彼女は昨夜見た夢を思い出す。

 

(あの女神さまには本当に感謝だな)

 

そして思わずフッと小さく口元を緩めた。

鏡には前世とは全く異なる容姿の自分の姿が映し出されていた。

 

「シュテル、もう起きたの?」

 

下から彼女を呼ぶ声がする。

 

「うん」

 

「じゃあ、はやくいらっしゃい。朝ご飯出来ているわよ」

 

「はーい」

 

彼女は‥シュテル・H(八幡)・ラングレー・碇は洗面所から朝食が用意されている台所へと向かった。

 

 

~比企谷八幡 改め シュテル・H(八幡)・ラングレー・碇side~

 

 

前世で何もかも絶望し、自殺した俺は、エリスと言う女神の力でこの異世界へと転生した。

なお、異世界へ転生する際、特典を一つ選べると言う事で俺は性別と容姿を変えてこの世界へと転生した。

その影響なのか、俺は日本ではなくドイツで生まれた。

一応、前世の俺の故郷だから、この世界の日本について気になって調べてみると、

エリスの説明通り、この世界ではあの有名な坂本龍馬は暗殺されず、日本は日露戦争後の講和条約によって中国大陸への足掛かりを失い、さらに石油やメタンハイドレートの採掘に端を発する急激な地盤沈下で平野部のほとんどが海に沈んだらしい。

国土が縮小したことで陸軍の規模は必然的に縮小し、反対に海軍が増強されると同時に海上都市の整備が急激に進みアメリカとイギリスが極東開発の拠点として日本との同盟を重視したことによってこの流れはさらに加速、坂本龍馬の貿易会社、坂本商会を通じて資金や先端技術が導入され、日本は海洋大国として劇的な発展を遂げた。

そして、この世界では一時、日本とアメリカの関係が悪化はしたが、ロシアの仲介により、第二次世界大戦は起きておらず、日本は多くの優秀な人材と艦船、船舶を失わずに済んだ。

一方で、今の俺の故郷であるドイツの方はと言うと、

此方では第一次世界大戦に相当する欧州動乱が勃発。

日英同盟を理由に日本は動乱へ参戦した前世と異なり、この後世では日本が動乱に参戦する事はなかったが、アメリカを含むヨーロッパの国々がことごとく戦火に巻き込まれて動乱は長期化した。

さらに休戦後も講和会議が戦後処理を巡って紛糾し、講和に多大な労力と時間を費やしたためにヨーロッパ大陸諸国は軒並み疲弊する。

ただ、前世と違いドイツ、オーストリア=ハンガリー帝国、トルコのオスマン帝国、ブルガリアの同盟軍はアメリカ、イギリス、フランス、ロシアを中心とする連合軍に負けておらず、引き分けの形である休戦へと持ち込んだ事。

後の歴史で世界を狂気と破壊、殺戮の世界へと変貌させたドイツの独裁者、アドルフ・ヒトラーはこの世界では、前世の歴史ではなれなかった画家となっており、戦禍で疲弊したドイツにはカリスマ的な指導者は現れなかった。

動乱で疲弊したドイツは医療と技術大国の力を見せつけ、医学、産業機器、そして飛行船の建造と旅客事業で、長い時間をかけながら立て直した。

ヒトラーが独裁者になっていない事、

日本とアメリカ・イギリスの友好関係がおおむね良好に保たれた事、

欧州動乱においてヨーロッパ大陸諸国が疲弊したことで再び争う余力がなかった事、

これらの要素がこの世界における第二次世界大戦が起きなかった要因だった。

そして、欧州動乱では空飛ぶ乗り物として飛行船と気球が戦力として導入されたが、この世界ではライト兄弟は存在していないのか、それとも飛行機の製作には取り掛からなかったのかは不明だが飛行機、ヘリコプターと言う代物も概念も未だに存在していない。

もし、俺に飛行機に関する知識があれば、前の世界のライト兄弟のように、この世界の歴史に名を残せたかもしれないが、文系な俺の頭脳では残念ながら、飛行機やヘリコプターの原理は分からない。

俺が転生した世界の歴史は大体こんな感じだ。

 

そして、次に今の俺の周りを取り巻く環境‥‥俺の家族についてだ。

転生特典の影響の為か、俺は日本ではなくドイツに生まれたので、当然、俺の両親は前世の両親とは異なる人物だった。

親父の名前は碇・ラングレー・シンジ。

純粋な日本人であり、世界的に有名なチェリスト。

父方の祖父母は共に京都大学の研究者をやっている。

 

お袋の名前は、式波・アスカ・ラングレー・碇。 (旧姓 式波・アスカ・ラングレー)

ドイツ3/4、日本1/4の血を持つクォーターでミュンヘン大学の教授をしている。

母子家庭で生まれ育ち、母方の祖母は、父方の祖父母と同じ職場で働いているらしい。

そもそものなれそめは、母方の祖母がお袋を連れて日本へ仕事へと行き、親父が通っていた中学にお袋が転校してから、二人の交流が始まり、半ば腐れ縁のような感じでゴールインしたらしい。

 

前世と違い、性別も容姿も両親も、そして生まれた国も何もかもが違う事から、俺のこれまでの人生も前世の幼少時代の環境とは全然違う。

前世の俺の両親は旅行へ出かける時も外食へ行く時も俺は常に留守番で、連れて行くのは必ず妹の小町だけ‥‥

幼少の頃から、誕生日を祝ってもらったこともクリスマスにプレゼントをもらった記憶さえない。

小町の誕生日の時でさえ、俺は家族と一緒に小町の祝いの席に着くこともなければケーキを食べた事もない。

最初の内は寂しい思いや、どうして小町だけは連れて行って俺は連れて行ってもらえないのか、

どうして小町だけを祝って俺は誕生日を祝ってくれないのか、

どうして俺だけクリスマスプレゼントをくれないのか、

と言う思いはあったが、いつしかそれが当たり前の事なのだと諦め、それを受け入れていた。

でも、この後世の世界では違った。

親父は世界中で公演依頼がある程の有名チェリストであったが、休暇をとったら家族で旅行へ連れて行ってくれた。

お袋も大学の仕事で帰りが遅くなった時、

 

「今日は夕食作るの、面倒だから外に食べに行きましょう」

 

とズボラと言うか面倒くさがりな一面があるが、ちゃんと俺を食事へと連れて行ってくれる。

勿論、誕生日には家族全員で俺の事を祝ってくれたし、クリスマスにはプレゼントも貰った。

こういう点において、この世界の両親は前世の両親とは大違いだ。

 

 

「じゃあ、行ってきます」

 

「ええ、いってらっしゃい。気を付けてね」

 

「うん」

 

「あんまりスピードを出しちゃダメよ。それと左右確認はちゃんとして、安全運転をしなさい」

 

「分かっているよ」

 

俺は朝飯を食べ終え、小学校の制服へと着替え、学校へと向かう。

この世界に来た当初は女物の服に袖を通し、同じく女物の下着を身に着け、スカートを穿く事に違和感を覚えたが、流石に今ではもう慣れた。

庭にあるガレージで、俺は前世の通学手段であった自転車とは異なるこの世界での通学手段の乗り物に乗り、キーを差し込み、ギアを入れ、アクセルを踏み込み、スロットルを回す。

 

ドルン、ドルン、ドルン

 

ブロロロロ‥‥

 

後世における自転車に代わる俺の新たな愛車、ケッテンクラート。

この後世では前世と世界観は似ているが、免許制度においては全く異なる制度となっている。

だからこそ、まだ10歳になったばかりの俺でもこのケッテンクラートの免許が取れたのだ。

 

トトトトト‥‥

 

ガレージから庭へと出て庭先から公道へと移動し、学校へと行こうとした時、

 

「待って!!待って!!シュテルン、待って!!」

 

隣の家から癖毛の金色で長髪、青緑の瞳を持ち、目は半目開きのタレ目の子が片手を上げて走って来る。

そして、ソイツは俺のケッテンクラートの荷台に飛び乗る。

 

「もう、シュテルンったら、私が乗っていないのに先に行くなんて酷いよぉ~」

 

荷台に乗ったソイツは俺に愚痴る。

コイツの名前は、ユーリ・エーベルバッハ。

俺の隣に住んでいる同級生だ。

お隣さんで、しかも同級生と言う事で俺がこの世界に転生してからの付き合いだ。

非常にマイペースで何事にも楽観的な性格な奴で時にはそうした奔放さが予期せぬトラブルを招くこともあったが、由比ヶ浜とは違い無責任な事はしないし、他人に責任を丸投げもしないし、何かあるごとに「キモい!」と罵倒なんてしない。

だからこそ、憎めない奴なのだ。

前世での反省を含め、少しは自分の性格を見直してみようと思った俺の性格を変えてくれたのは雪ノ下でも由比ヶ浜でもなく、ユーリなのは確かだ。

しかし、そのきっかけを作ったのはあの二人かもしれないが、それでもユーリと比べると天と地の差がある。

アイツ等は常に罵倒するし、責任を丸投げしてくるし‥‥

 

 

「ユーリがいつも寝坊してギリギリだからじゃない。こっちまで遅刻の烙印を押されるのは御免だよ」

 

「でも、なんだかんだ言ってもこうして待っていてくれるシュテルンは優しいねぇ~」

 

「‥‥」

 

ユーリは荷台から手を伸ばし、俺の頭を撫でる。

 

「あれ?シュテルン、もしかして照れているの?」

 

「照れていない」

 

「まったくシュテルンはツンデレなんだから」

 

「だから‥‥あぁ~もう、いいや‥‥」

 

ケッテンクラートを運転しながら俺は決して自分はツンデレでは無いと言うが、ユーリ相手には水掛け論となり、泥沼化するからさっさと諦めた。

それからユーリと昨日のテレビとかの話題で会話をしながら学校を目指し、ケッテンクラートを転がしていると、

 

「おっ!?アレはクリスじゃない?」

 

「ん?」

 

俺とユーリの目の前には俺達と同じ学校の制服に身を包んだ銀髪ショートカットの後姿が見えた。

 

「確かに、アレはクリスだな」

 

「おーい、クリス!!」

 

ユーリは荷台から手を振って声をかける。

 

「ん?あっ、シュテルにユーリ、おーい!!」

 

俺とユーリに気づいたクリスは立ち止まり手を振る。

そして俺はクリスの前でケッテンクラートを止める。

クリス・フォン・エブナー。

コイツもユーリ同様、この後世における俺の友達だ。

明るくサバサバした性格の持ち主で時にはリーダーシップを発揮するしっかり者で俺やユーリを引っ張ってくれる。

ユーリに次いで、俺の性格の改変となった人物だ。

転生当初、俺の一人称は口で『俺』と言っていた。

それを無理矢理矯正したのは両親ではなく他ならぬクリスだった。

 

「女の子なんだから、『俺』なんて言葉使っちゃダメだよ」

 

と‥‥

クリスは家名にフォンがつく。

それはドイツでは貴族を指す事を意味しており、貴族の家系なので、クリスは一応、言葉遣いや礼儀作法には厳しい。

だからだろうか?怒らせると怖いメッチャ怖い!

それは前世における魔王こと、雪ノ下陽乃とタメが張れそうな位だ。

本来ならば身分が違うにも関わらず、貴族だからと言って雪ノ下のように上から目線な態度をとらないし、ユーリ同様、罵倒もしない。

まさに自由奔放なお嬢様‥そう言う所も雪ノ下さんに似ているが、クリスは人を駒やおもちゃのように扱わないし、持ち前の性格からか仮面なんて被らず常に素の自分をさらけ出している。

本人曰く、『貴族と言っても弱小貴族だから』と言ってあまり気にはしていない様だ‥‥

そんな彼女と俺、ユーリの三人は幼少時代からよくつるんで遊んでいた。

まさか、この俺が幼少の時代から友達と呼べる奴とつるんで遊んでいるなんて前世では考えられない。

こうした経験から、前世の奉仕部と違って俺はこの二人となら前世では得られなかった『本物』を手に入れられるかもしれないと思っていた。

でも、クリスの奴と初めて出会った時、俺はクリスと初対面の気がしなかった。

クリスとは何処かで会った気がしたのだが、それが思い出せない。

しかし、クリスと何処かで会ったにしても俺はこの二人を信じている。

この二人との出会いがもう一度、俺に人を信じてみようと言う気を持たせてくれた。

 

「よっ、と‥‥」

 

クリスはユーリ同様、ケッテンクラートの荷台の上に乗る。

クリスが荷台に乗った事を確認した後、俺はケッテンクラートを再び動かす。

このスタイルが俺達の通学風景だ。

 

「ねぇ、二人はこの後の進路、どうするの?」

 

「「ん?」」

 

「進学先よ」

 

「「あぁー」」

 

クリスは俺とユーリに進学先を聞いてきた。

ここドイツにおいては10歳より始まる中等教育の中では大きく二つに分かれる。

一つは普通の中学への進学ともう一つの進学先として海洋学校への進学がある。

普通の中学へはエレベーター式で何もせずに進学できる。

日本同様、私立中学と言う進学もあるが‥‥

反対に海洋学校は誰でも入れるわけではなく、成績上位者のみしか入れない。

その海洋学校はドイツには名門校が二つある。

ヴィルヘルムスハーフェン校とキール校の二つだ。

 

「そう言えば、お母さんが言ってたなぁ~」

 

ユーリが思い出す様に呟く。

進学先なんだから忘れるなよ。

ひょっとすると一生を左右するかもしれない選択なんだからさ。

一応、俺もクリスもユーリも海洋学校への受験条件はクリアしている。

故に何処を選ぶのかは本人の自由だ。

ユーリが由比ヶ浜と違うのは人間性と共に学力も違うのだ。

 

「私はキールへ行こうと思う」

 

エリスが転生前、必ずこの世界のある出来事に関係すると言っていた。

この世界は海運業が盛んな世界‥‥

となると、俺はこの後世では海運に関係する学校、仕事に関わる事になるのだろう。

その為か、俺は知らず知らずのうちに海に魅了されていた。

前世での俺の終焉の地も海だったしな‥‥

一般企業である海運業の他に国防を担う海軍、そして海上交通の発達によりその航路の安全を守る女性の花型職業であるブルーマーメイド。

いずれにしても海軍、ブルーマーメイドになるにしてもその為の登龍門が海洋学校を出なければならない。

でも、俺の両親は海の仕事とは無関係な仕事をしている。

親父は音楽家、お袋は学者‥‥ついでに言えば祖父母も学者肌な家系だ。

故に当然俺も将来は音楽家か学者になるべきなのだろうか?

進路調査の時、俺はお袋に相談をした。

そしたら、

 

「あんたバカァ?あんたの人生はあんただけのモノなんだから、あんたが信じて、やりたい事をやりなさい。私達、親はそんなあんたの夢を叶える為に精一杯、援助はするから‥でも、人様の迷惑になることや犯罪行為だけはだめよ」

 

「う、うん」

 

お袋はそう言って俺の頭を優しく撫でてくれた。

 

「でも、一つ、覚えておきなさい。他人と違う生き方はそれなりにしんどいわよ。何が起きても他人のせいには出来ないんだからね」

 

「うん。分かっているよ」

 

お袋とそんなやりとりをして俺はドイツの海洋学校にあるヴィルヘルムスハーフェン校とキール校の内、キール校の方を選んだ。

ヴィルヘルムスハーフェン校が決してレベルが低いとかレベルが高すぎて行けないと言う訳ではない。

まして前世のように自宅から近いとかでもない。

そもそも、海洋学校は寮生活だ。

次に小等部の嫌な奴が行くわけでもない。

キールは、ヴィルヘルムスハーフェンより北部にあり、夏は快適であるが、冬季の時期が長く非常に寒く風が強く吹き、天気はほぼ曇り空が続く。

ヴィルヘルムスハーフェンはキールよりわずかに南部にある為、環境的にはヴィルヘルムスハーフェン校の方がいいかもしれない。

それでも俺は敢えてキールの方を選んだ。

海の天候は常に穏やかではない。

荒れた海の中でいかにその難局を無事に乗り切るか。

そう言った環境を体験するにはキールの方が良いと思った。

軍にしろ、ブルーマーメイドにしろ、海では一分一秒でも迅速な行動が求められる。

それは例え荒天の状況下でもだ。

むしろ、荒天状況下ならば尚更である。

それにキールよりもやや南部にあるヴィルヘルムスハーフェンにはキールよりも貴族の子弟が多く通う。

全ての貴族がそうではないが、クリスの話では貴族の中では選民思想が未だに抜けない輩もいる。

そう言う輩はどうも苦手だ。

やはり、前世の事を俺は引きづっているのだな‥‥

そして、もう一つ、俺が海運業に関わりたい理由は、海運に携わればいずれ日本に行く機会があるかもしれない。

そして日本にはこの世界の戸塚がいるかもしれない。

前世では俺と戸塚は同性だったが、この後世では俺は女‥‥つまり、戸塚と堂々と交際する事が出来る。

そう思うと日本へ行くのが楽しみだ。

親父やお袋に頼んで連れて行ってもらっても良いんだが、この世界では飛行機がないから、ドイツから日本までの道のりは遠く、両親の仕事上、長期間の旅行は出来ない。

こういう所は前世と違い不便を感じる。

あっ、でも戸塚が居るとしたら、もしかしてもう一人の俺‥‥この世界の俺がいるかもしれない。

この世界でも俺は小、中学校時代、虐められ、幼少の頃から両親に虐げられ、高校に入ったら平塚先生に無理矢理奉仕部へ放り込まれ、雪ノ下と由比ヶ浜に罵倒され続け、葉山に利用され、小町からは信じてもらえずに拒絶され、最終的に自殺するのだろうか?

でも、この世界の俺は俺じゃない‥‥この世界の俺がどんな生き方をするのかはこの世界の俺でないと分からない。

俺が日本に居るかもしれない戸塚とこの世界の俺の事を想っていると、

 

「じゃあ、私もキールに行こうかな?」

 

「私も!!」

 

クリスとユーリも俺と一緒にキールへと着いて来てくれると言う。

 

「えっ!?あっ、いや、でも‥‥本当にいいの?クリスやユーリだって自分の人生を選ぶ権利はあるよ。私が行くから、自分もって‥‥」

 

「何、水臭い事を言っているの!?」

 

「ちょっ、クリス、運転中!!私、今、運転中!!」

 

クリスが運転中の俺の背後から抱き付く。

 

「ふぅ~‥‥危うく事故る所だった‥‥」

 

「それにブルマーになるにしても海洋学校は絶対に行かないとダメじゃん、それなら知り合いが居る学校の方がいいじゃん」

 

「おぉ、ユーリ、いい事言うね」

 

「だって、そうじゃないと勉強とか教えてくれる人がいないし‥‥」

 

「それが本音か‥‥」

 

「まぁ、ユーリらしいと言えば、ユーリらしいけどね」

 

クリスはユーリがキールへと着いて来てくれる理由を聞いて苦笑する。

俺自身も口元が緩くなっている。

 

「あれ?シュテル、今笑った?」

 

「‥‥ええ、二人が来てくれるならやっぱり心強いからね」

 

「「‥‥」」

 

俺がそう言うと二人はピタッと固まる。

一体どうしたんだ?

 

「シュテルンが‥‥」

 

「素直に人を褒めるなんて‥‥明日は嵐かな?」

 

「ちょっ、それは酷くない!?」

 

まったく、人が珍しく素直に褒めたのに‥‥

 

それから俺達はキール海洋学校に入る為、三人で受験勉強をした。

互いの家に泊まり込み、教え合ったり、一緒に夜食を食べ、お泊りをしたりと受験勉強ながらも楽しかった。

前世で総武高校を受験する時は常に一人で精々、塾の先生に質問する程度で孤独な受験だったが、今の俺にはクリスとユーリが居る。

二人が居るなら、俺はこの世界で『本物』を見つける事が出来るかもしれないと言う思いが強まった。




転生した世界での八幡の両親はエヴァンゲリオンのあの二人。
そして友人二人は、このすばと少女終末旅行の登場キャラです。


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7話

今回は事故死した奉仕部+葉山の視点です。


 

 

此処で時系列は八幡が自殺し、異世界へと転生してから少し後に遡る。

八幡が居た前世の世界にて、クリスマスイベントの大失敗は総武高校の忽ち皆が知る事となり、生徒会‥特に生徒会長である雪ノ下には非難が集中し、それが元で雪ノ下は二学期の期末試験においてはこれまでの高校生活の中で最悪の成績を叩き出し、これまでキープしてきた主席の座を始めて他人に奪われた。

クリスマスイベントの大失敗、周囲からの心無い誹謗・中傷、そして成績不振、これらの出来事で雪ノ下は完全に精神的に参っていた。

補佐すべき葉山も親友である由比ヶ浜もどうやって彼女を元気づけられるか右往左往するだけで、彼女を立ち直らせる方法がまったく思いつかない。

そんなある日の放課後、生徒会の仕事を早々に済ませ、帰路についている中、三人の後ろから轟音が聞こえてきた。

振り返ると三人の目には自分達に向かって突っ込んで来るトラックの姿が目に映ったかと思うと、三人の視界は暗転した。

 

 

~奉仕部+葉山隼人side~

 

 

「うっ‥うーん‥‥」

 

「あっ、あれ?此処は何処‥‥?」

 

「確かついさっきまで僕達は通学路に居た筈じゃあ‥‥?」

 

三人が目を覚ますと其処はさっきまで自分達が居た通学路ではなく、妙な場所だった。

床は白と黒のチェック柄の床がどこまでも広がっている空間で、空は夜の様に真っ暗な場所だった。

空は真っ暗であるが、床の方はほのかに発光しており、薄暗いが決して不気味な明るさではなかった。

三人が辺りを見回していると、

 

「ようこそ、死後の世界へ‥雪ノ下雪乃さん、由比ヶ浜結衣さん、葉山隼人さん。残念ながらあなた方はつい、先程お亡くなりになりました」

突然、その場に響いた女性の声に驚きながらも三人は声がした方を見る。

そこには銀髪で修道女の様な恰好をした一人の美少女が椅子に腰かけていた。

三人が唖然としていると、

 

「どうやらまだ混乱されているようですね。まぁ、無理もありません。日本でのあなた方の人生は若くして幕を閉じてしまったのですから」

 

慈悲深い声で三人に状況説明をするが、

 

「死後の世界?私達が死んだ?貴女は何を言っているのかしら?妙な宗教勧誘の為に私達を攫ったのかしら?誘拐は犯罪よ」

 

「そ、そうだよ!!ゆきのんの言う通りだし!!大体、私達は死んでなんかいないもん!!」

 

「そうだ!!この通り、僕達はピンピンしているじゃないか!?」

 

とリアリストの雪ノ下は自分達が死んだと言う少女の言葉を否定し、由比ヶ浜と葉山もそれに同調した。

 

「さあ、さっさと私達を解放しなさい。さもないと警察に通報するわよ」

 

そう言って雪ノ下はポケットの中にある携帯を取り出そうとしたが、ポケットの中には何もなかった。

由比ヶ浜や葉山も同じようで二人ともポケットに入れていた筈の携帯が無くなっていた。

今、思えば下校の時に自分らが手に持っていたり、肩にかけていた通学鞄もいつの間にか無くなっていた。

 

「私達の荷物まで奪ったの!?」

 

「さっさと返せし!!」

 

「そうだ、今ならまだ軽い罪で済むぞ!」

 

雪ノ下と由比ヶ浜は荷物を返せと声を揃えて言い、葉山は今ならまだ軽い罪で済むぞと警告する。

そんな三人の様子を見て少女は呆れた様子。

 

「ですから、あなた方は死亡したと言っているでしょう!?大体誘拐したのに手足を縛らずにそのままの状態で放置するなんておかしいじゃありませんか!!それでも納得できないと言うのであれば、あなた方が死んだと言う証拠をお見せしましょう!!」

 

少女がパチンと指を鳴らすと、空中に映画のスクリーンの様なモノが現れる。

そしてそのスクリーンには総武高校の生徒会室で仕事をしている雪ノ下、由比ヶ浜、葉山の三人の姿が映し出される。

 

「あら?誘拐魔以前にストーカーだったみたいね」

 

雪ノ下はスクリーンに映っている自分達の姿を見て少女に対して見下すような目で見る。

そんな雪ノ下の態度に少女もムッとした様子で、言い返す。

 

「これは可笑しなことを言いますね。では、あなた方は生徒会室に居た時、カメラを回していた人物を無視して仕事をしていたのですか?このアングルはどう見ても隠し撮りは不可能な位置じゃないですか」

 

「‥‥」

 

少女の切り返しに雪ノ下はただ睨むだけだった。

確かに少女の言う通り、この映像のアングルはどう見ても隠し撮りの位置とは異なり、自分達の周りにビデオカメラを回している人物がうろちょろしていたら嫌でも気づく様なアングルで撮影されていた。

その間にも映像は続き、三人は生徒会室を後にして、下校していく。

通学路を三人で歩いて下校していると、後ろからトラックが突っ込んできた。

三人は突然の事態に身動きする事が出来ず、ただ立ち尽くすだけ‥‥

そして、ガシャーンと大きな音と共にグシャと言う肉をすり潰す様な鈍い音もした。

やがて、トラックが完全に止まると運転席から運転手が降りてくる。

その足元は千鳥足であり、人を轢いてしまって動揺している様子には見えない。

 

「うぃ~やべぇ~歩道にツッコんじまったぁ~しかもなんか轢いちまったみたいだけど、なんだぁ?野良犬でも轢いちまったかぁ~?」

 

その運転手の言動から、運転手は酒に酔っている様にも見える。

実際にその運転手の顔は妙に赤い。

そして、自分が轢いてしまった雪ノ下達の姿を見て、

 

「っ!?や、やべぇ!!ひ、人を轢いちまった!!」

 

此処に来て運転手は人を三人も轢いてしまった事に気づいた。

そして、運転手は急いで運転席に戻るとトラックをバックさせ、歩道からトラックを車道へと移動させると警察や救急車を呼ぶこともなくその場から急いで逃げ去って行った。

通学路には原型を辛うじてとどめている状態の雪ノ下、由比ヶ浜、葉山の三人の死体だけが残されていた。

三人の姿は、手足は変な方向に曲がり、腸からは臓器と骨が飛び出ており、道端には三人の血で血だまりが出来ていた。

 

「「「うっ‥‥」」」

 

三人は自分達の死体を見て、顔を青くし、思わず手で口元を抑える。

 

「な、なによ‥アレ?」

 

「僕達が‥死んだ‥‥?」

 

「そ、そんな‥‥」

 

やがて、事故現場には警察や消防の救急車、野次馬が来て、辺りは騒然となる。

そして、三人の死体は警察の手によって死体袋に入れられてその場から警察署へと運ばていった。

 

「これで分かってもらえましたか?あなた方は飲酒運転のトラックに撥ねられてお亡くなりになったのです。この続きもありますが、ご覧になりますか?」

 

「いえ、結構よ」

 

「‥‥」

 

スクリーンに映し出されていた映像はとても作られた映像の様には見えず、三人は自分達が死んだと言う現実を受け入れた。

そして、雪ノ下はこれ以上自分の死んだ姿を見たくはないのかこれ以上の映像は見たくないと言う。

ただ、葉山だけは何か言いたげな顔をしていたが、人の顔色を常に窺う彼はこの時は何も言わなかった。

 

「それにしても何なのアレ!?あの親父、マジ信じられない!!人を轢いて殺したのにその場から逃げるなんて!!」

 

一方、由比ヶ浜は自分達を轢き逃げしたトラックの運転手に対して憤慨していた。

雪ノ下も同じ様な感じでスクリーンを睨んでいた。

 

「まぁ、その後あの運転手は警察に逮捕されました。後の裁判では飲酒運転と死亡ひき逃げで危険運転致死傷罪が適用され、懲役十七年の刑を受けましたから少しは皆さんの不満も解消できたのではないでしょうか?」

 

(でも、由比ヶ浜さん‥貴女も一年前、八幡さんが貴女の愛犬を助けたのに、貴女は救急車を呼ぶこともなく、彼の手から愛犬を取り、その場から逃げ去って行きましたよね?しかもそのお礼を一年も経ってから伝えましたし、その間、彼の事を『キモイ』と罵倒していましたよね?貴女にそんな事を言う資格があるんですか?)

 

少女は自分達を轢いたあのトラックの運転手がどうなったのかを説明した。

それと同時に心の中で由比ヶ浜に対して毒づいていた。

そして、

 

「ですが本来の歴史ですと、あなた方の寿命はまだまだあったのですが、今回はイレギュラーな事が起こり、こうして不運な事故であなた方は命を落としてしまった訳ですが‥‥」

 

少女の言葉からは本来ならば自分達は今日、通学路で死ぬはずではなかった事を示唆する。

 

「ちょっと、それってどういう事なの!?」

 

「私達、本当は死ななかったって事!?」

 

「それじゃあ僕達は、本当は一体何歳まで生きる予定だったんです?」

 

三人は本当ならまだ生きていた筈なのに突然のイレギュラー‥歴史の改変によって死んでしまったのだが、本当は一体何歳まで生きる予定だったのかを少女に訊ねる。

 

「えっと‥ですね‥‥」

 

少女の手にはいつの間にか分厚い一冊の本が握られていた。

 

「雪ノ下雪乃さん‥貴女は本来ですと83歳まで生きる予定でした」

 

「83歳‥‥」

 

「由比ヶ浜結衣さん」

 

「はい」

 

名前を呼ばれ反射的に返答する由比ヶ浜。

 

「貴女は本来、94歳まで生きる予定でした。葉山隼人さん‥貴方は本来ですと78歳まで生きる予定でした」

 

少女は三人が本来死ぬ筈だった年齢を読み上げる。

どうやらあの本には人間の寿命が書かれている様だ。

 

「それなら、なんで僕達は今日、死んでしまったんだ!?イレギュラーって一体何なんですか!?」

 

葉山は突然命を奪われなければならなかったイレギュラーの原因を訊ねる。

 

「比企谷八幡」

 

「「「っ!?」」」

 

少女が口にした人物の名前を聞いて三人は固まる。

 

「あら?あのクズが何だって言うのかしら?」

 

「彼の存在が今回のイレギュラーに大きく関係しています‥‥本来の歴史ならば、総武高校の生徒会長は雪ノ下さん、貴女ではなく、一色いろはさんがなっていましたし、クリスマスのイベントも彼の協力により失敗してはいませんでした」

 

「あら?あんなクズがあの無能な連中を御せるとは思えないけど?」

 

「そ、そうだし!!ゆきのんが出来なかった事をヒッキーが出来る訳ないじゃん!!」

 

「あなた方が何を言っても今更手遅れですけどね‥‥あなた方の死亡原因はイレギュラーの修正力が働き今回の件が起こりました。そう、まるであの世界の全てをリセットするかのように‥‥」

 

(由比ヶ浜さん、貴女はこれまで奉仕部で何を見てきたんですか?奉仕部の依頼を解決してきたのは雪ノ下さんではなく、八幡さんが殆どだったと思いますが?)

 

少女はイレギュラーの原因を継げると共に由比ヶ浜の言った雪ノ下が出来ない事を八幡が出来るわけがないと言う言葉に対して心の中で噛みついた。

 

「じゃあ、私達はヒッキーのせいで死んだって言うの!?」

 

「ヒキタニのヤロウ‥‥」

 

「あのクズが‥‥」

 

三人は八幡のせいで自分達は死んだのだと思いこの場に居ない八幡に対して憤慨する。

 

(元はと言えばあなた達の自業自得じゃないですか‥‥あなた方が八幡さんを否定し、拒絶しなければ彼は自殺をしなかったし、歴史が改変する事もなかったんですけどね‥‥)

 

そんな三人の様子を冷ややかな目で見る少女。

 

「では、本題に入ります。不幸にも事故死してしまったあなた方には三つの選択の中から一つを選んでもらいます」

 

少女は本を閉じ、三人に三つの選択肢を説明し始める。

 

「三つの選択?それはどんなモノなんですか?」

 

葉山が少女にどんな選択肢なのかを問う。

 

「一つ目はもう一度、前の世界で人生をやり直す。二つ目は天国へと行き、何もない所で何も変化のない日常を永遠に過ごす。三つ目は特典を一つ持って異世界へと転生し、その世界で新たに人生をやり直す‥‥この三つの選択です。あっ、申し遅れましたが、私の名前はエリス‥‥女神エリスです」

 

「あの‥それで、エリエリ、一つ目と三つ目の違いは何なんですか?」

 

由比ヶ浜は同じ転生でも一つ目と三つ目の違いがよく分からない様でエリスに質問をする。

 

「一つ目の転生はあなた方が住んでいた前の世界へもう一度転生します」

 

(エリエリって、一応私は神なんですけど‥‥)

 

エリスは由比ヶ浜のセンスのない仇名と神なのに敬わず、親しい友達にでも話しかける態度に心の中でイラッとする。

 

「それなら、またママやパパに会えるんですか!?」

 

「いえ、転生と言っても前の家の人間に転生はしません。何処か他所の家の子供として転生します。場合によっては国籍も異なるかもしれませんし、人ではないかもしれません。それに前世の記憶は消させていただきます」

 

「そんなっ!?」

 

「じゃあ、一つ目の選択肢は却下ね」

 

「そうだね」

 

前世の記憶を消し、更にはどこか別の家、別の国の人間になると言う選択は無いと言い切る雪ノ下と葉山。

 

「それに例え記憶がなくともあのクズや私達を殺した犯人、それに私をバカにした無能な人間がいる世界なんて今更未練なんてないし、同じ空気を吸うのさえ、吐き気がするわ」

 

「そうですか‥‥」

 

雪ノ下の一つ目の選択肢を却下する理由をエリスは相変わらず冷ややかな目で見て聞いていた。

 

「じゃあ、二つ目の天国なんてどうかな?ゆきのん、隼人君」

 

「そうね‥まずは天国がどんな所なのか教えてもらえるかしら?」

 

「天国と言っても、あなた方が思っている様な所ではありません。テレビ、漫画、ゲームと言った娯楽は何もなく、何もないただ真っ白な世界で、過去の英雄や偉人達の自慢話につき合わされるような所ですね。あっ、でも魂だけの存在なので食べる事も排泄する事もありませんし、体臭や口臭などもしないので、お風呂に入る必要も歯を磨く必要もありません」

 

「なにそれ?本当にそこ、天国なの?」

 

エリスの説明を聞いて由比ヶ浜は自分のイメージしていた天国と大分かけ離れている事にちょっと引いている。

なお、雪ノ下達の場合、イレギュラーとは言え、八幡の時とは異なり自殺ではないので、天国を選択した場合、賽の河原行きは免除となり天国へ行ける事となっていた。

しかし、

 

「なら、二つ目の選択肢も却下ね」

 

雪ノ下達は天国の実態を聞いて、天国行きも却下した。

 

「残るは最後の選択肢か‥‥」

 

「異世界への転生‥だったかしら?」

 

「それで、異世界への転生って一体何なんですか?」

 

「文字通り、異世界‥あなた方が居た世界と異なる世界へ転生し、その新しい世界で新たな人生を送ると言う事です。その場合、一つ目の転生と異なり、特典を一つ持って転生する事が出来ます。なお、転生したい世界も選べますし、基本的に、前世の記憶も性別も容姿も引き継げます」

 

「それなら一緒の異世界に行こうよ、ゆきのん」

 

「そ、そうね‥三つの選択肢の中でそれが一番マシみたいだし」

 

「じゃあ、僕も異世界転生にしようかな?」

 

三人は三つ目の選択、異世界への転生を選んだ。

 

「では、まず最初に転生する異世界を選んでください」

 

エリスは三人に転生候補の異世界を説明する。

前任の女神がよく死者を転生させていた魔王軍がその世界の住人の生活を脅かしている魔法が存在するファンタジーの世界、

世界観は前世と同じであるが、魔法が存在する魔法少女の世界、

巨大ロボットが存在する世界、

天災が作ったマルチフォームスーツがある世界、

ポケットに入るモンスターが存在する世界、

第二次世界大戦中の払い下げ戦車が国際的な競技になっている世界、

スクールアイドルと呼ばれる学校のアイドルとなり、大会のトップを目指す世界、

学生が八割の都市が存在し、その都市で超能力を開発する世界、

パンデミックにより平和な日常が一転し、周りがゾンビだらけとなった世界、

三国志に似た世界だけど、有名な武将が女の子な世界、

願い事が叶う七つの球が存在する世界、

 

エリスは三人に転生候補の異世界の説明をする。

そして最後に本来の歴史とはちょっと異なる海洋国家の世界、

 

エリスから転生予定の異世界候補を聞いて、三国志に似た世界だけど、有名な武将が女の子な世界‥上手く立ち回ればハーレムと聞いて葉山は食指がちょっと動いた。

 

「どの世界を選んでもいいんですか?」

 

「はい。どの世界でもご自由に選んでください」

 

「う~ん、どれにしようかな~」

 

「なるべく前の世界に似た世界が良いわね‥‥」

 

雪ノ下と由比ヶ浜はまるでショッピングをするようなノリでこれから自分達が転生する異世界を選び始める。

しかし、リアリストな雪ノ下は魔法や超能力、モンスターとかが存在する世界に対しては苦手意識の様なモノがあった。

その為、彼女が選ぶのは比較的に前世と似た世界ばかり‥‥

葉山は雪ノ下が行く世界ならば一緒に行くつもりなので、特に意見は出していない。

 

「この‥最後の異世界‥歴史がちょっと異なった世界なんてどう?ほんのちょっとの歴史なら、前の世界とほとんど変わらないかもしれないし‥‥」

 

「うん、そうだね」

 

「じゃあ、その世界にしようか」

 

三人は転生する異世界を決めた。

それは奇しくも八幡が転生した世界と同じ世界だった。

 

「では、次に皆さん、異世界へ転生するにあたって特典を一つ決めてください」

 

「質問」

 

特典を決めるにあたって由比ヶ浜が質問をする。

 

「その特典ってどんなモノでもいいんですか?」

 

「はい。過去の英雄が持っていた武器や道具を持って行く事も出来ますし、自分に何らかの特殊な能力を持たせることもできます」

 

「それじゃあ私、前の世界じゃ、バカだったから今度の世界じゃもう少し頭を良くして」

 

由比ヶ浜の願いは次の世界ではもう少し頭を良くしてくれと言う。

 

「分かりました。では、雪ノ下さんと葉山さんの特典はなんですか?」

 

エリスは残る二人に特典を訊ねる。

 

「転生する世界では、私達は前の世界と同じ家に生まれるのかしら?」

 

「ええ、この世界はあなた方の世界と似た世界なので、基本はそうですね」

 

「じゃあ、次の世界にもヒキタニも居る可能性があるって事か!?」

 

「えっ!?ヒッキーが!?」

 

「‥‥」

 

「どうしようぉ~次の世界にもヒッキーが居るなんて‥‥」

 

由比ヶ浜は転生する世界にも八幡が居るかもしれないと言う事実に顔を顰める。

 

「こんな事なら、お願いでヒッキーが居ない事にして貰ったらよかった‥ねぇ、エリエリ、さっきの願い取り消して‥‥」

 

「一度決まった特典を無しにする事は出来ません」

 

「そんなぁ~」

 

由比ヶ浜の願いを速攻で却下するエリス。

 

「大丈夫よ、由比ヶ浜さん。例え次の世界にあのクズが居ても早々に私が何とかするから、高校であのクズと出会う事はないわ」

 

雪ノ下は次に転生する世界が前の世界と似た世界ならば、次の世界も自分の実家はきっと金持ちの家であると判断し、その実家の権力を使って八幡を排除するつもりだった。

 

「ありがとう!!ゆきのん!!」

 

由比ヶ浜は雪ノ下に抱き付く。

 

「じゃあ、私の特典は、転生する世界に前の世界の私の姉‥雪ノ下陽乃が存在しないようにして」

 

「えっ!?」

 

自分の姉の存在を消した雪ノ下に驚く葉山。

 

「どうしたの?葉山君?」

 

「えっ!?あっ、いや、君は本当にそれでいいのかい?」

 

「構わないわ。貴方だって、姉さんには随分と酷い目に遭って来たじゃない?」

 

「ま、まぁ‥そうだけど‥‥」

 

「なら、いいじゃない。邪魔な存在を合法的に消す事が出来るんだから」

 

「‥‥」

 

葉山は雪ノ下の願いに微妙な顔していた。

 

「それで、貴女の言う特典とやらで人一人の存在を消す事って出来るのかしら?」

 

「ええ、出来ますよ」

 

「じゃあ、改めて私の特典は次の世界で雪ノ下陽乃の存在を消してください」

 

「分かりました。では、最後に貴方ですよ、葉山隼人さん」

 

「‥雪乃ちゃん、結衣、先に行ってくれ、僕は後から行くから」

 

「えっ?どうして?」

 

葉山は雪ノ下と由比ヶ浜の二人に、先に行ってくれと言う。

そんな葉山の態度に由比ヶ浜は首を傾げる。

 

「じ、実はまだ特典を何にするか決まらなくて‥‥時間がかかるかもしれないからさ」

 

「決断が遅いと優柔不断と思われるわよ」

 

「でもこういうのは一生に一度しかないし、じっくりと時間をかけて決めたくて‥‥」

 

「分かった。先に行っているね、隼人君。ゆきのん、行こう」

 

「ええ、それじゃあ、葉山君。私達は先に行っているから」

 

「あ、ああ‥‥」

 

雪ノ下と由比ヶ浜の足元が光り出して魔方陣が出現すると、二人の姿は光と共に消えた。

無事に異世界へ転生した様だ。

 

「特典を選ぶのにもう少し時間がかかるようでしたら、そちらの隅で考えてもえらますか?」

 

エリスは残された葉山に特典を選ぶのに時間がかかるようならば、邪魔なので、隅っこで考えろと言う。

 

「いや、その前に聞きたい事がある」

 

と、葉山はエリスにある事を訊ねた。

 




あの世界に転生したのは八幡だけではありませんでした‥‥


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8話

今回はエリスの視点、葉山視点では彼の特典が判明し、最後は転生した雪ノ下の視点です。


~エリスside~

 

私の名前はエリス‥‥幸運を司る女神で、とある異世界では最も信仰されている宗教「エリス教」のご神体とされているし、その世界の通貨にもなっている。

ある日、先輩女神のアクア様が転生者の特典として異世界へと連れて行かれてしまい、アクア様の仕事を受け継いで、死者に対して選択を与えて、死者を導いていた。

そんなある日、何時ものように一人の死者が私の下にやってきた。

その死者は当然死んでいるのだが、目がすでにゾンビの様な目をしていた。

彼の名前は比企谷八幡と言う日本の高校生だった。

死因は自殺‥‥

彼の事を調べてみると、八幡さんは本来、今日死ぬ予定ではなかった。

そこで自殺の原因を見てみると、神の私でも思わず同情してしまうほどの人生を送っていた。

そして私はいつも通り、彼に三つの選択肢を問う。

すると彼はあれだけの事があったので、一つ目の選択肢である前の世界には転生したくないと言う。

その気持ちは私でも分かる。

そして、彼は二つ目の選択肢である天国へ行きたいと希望したが、彼の死因は自殺‥事故であれば天国へと送くれるのだが、自殺であればどうしても天国へ行く前に賽の河原でのお勤めをしてもらわなければならない。

それを説明すると仕方ないので、彼は三つ目の選択肢である異世界転生を選択した。

でも、彼の生い立ちや自殺の原因を知ったからこそ、できれば彼にはもう一度、新たな人生を送り、幸せになってもらいたいと思った。

私は転生可能な異世界の候補を彼に伝える。

これがアクア様なら、他の異世界の説明や選択肢を与えず、私やアクア様がご神体と崇められているあの異世界へと案内していただろう。

まったくアクア様ったら、ちゃんとお仕事をして下さいよ。

死者の方にだって選択権はあるんですから‥‥

そして彼は前の世界の歴史とちょっと異なった海洋国家の世界を選択した。

後は特典を一つ選んでもらう事になったのだが、彼は過去の英雄の武器や自身に強力な能力を身に着ける訳でもなく、転生する世界では性別と容姿を変えてくれと言う願いだった。

彼はきっと怖かったのだろう。

次に転生する世界でも前の世界と同じ家庭環境に転生するのが‥‥

私自身、ついさっき彼の人生を記録として読んだが『酷い』の一言だ。

両親は半ば育児・教育を放棄し、妹のみに愛情を注ぐ。

その妹は兄を兄とは思わず、都合の良い道具か奴隷の様な扱いをしていた。

彼が捻くれてしまった根本的な原因は彼の家庭環境にあったのではないだろうか?

両親の愛情が注がれない事に対して彼はソレをいつの間にかコレが当然のモノなのだと受け入れてしまったのだが、こうして新たな人生を送れると言う機会に接した事で彼の中にある孤独による寂しさ、両親への愛情の飢えが表に出てきたのだろう。

私は彼の願いを叶えた。

彼を新たな世界では女の子にして容姿も前の世界とは全く異なる容姿に変えた。

すると、私にも予想外のイレギュラーが起きた。

てっきり、八幡さんはあの世界の比企谷夫妻の家に生まれるのかと思ったのだが、一つ目の転生同様、生まれ変わった八幡さんが生を受けたのは日本ではなくドイツのとある日系家庭の子として生を受ける事になった。

でも結果的にこのイレギュラーは八幡さんの為になったと思う。

八幡さん、今度は自殺なんてしないでくださいね。

私はこの後、ラングレー・碇夫妻の下に生まれてくるであろう八幡さんの祝福を祈るばかりだった。

でも、後に何故、八幡さんがあの世界の比企谷夫妻ではなく、ラングレー・碇夫妻の下に生まれたイレギュラーの原因が分かった。

 

 

~葉山隼人side~

 

あのクリスマスイベントの失敗からずっと雪乃ちゃんは元気がない。

学校の彼方此方では雪乃ちゃんの陰口を叩く連中が日に日に増えている。

なんとかこの事態を打開しなければならないのだが、いい案が浮かばない。

例によって全部ヒキタニのせいにしたかったが、肝心のヒキタニの奴がここ最近、学校に来ないせいで、アイツのせいにもできない。

そんなある日、雪乃ちゃん、結衣、俺の三人で放課後に生徒会の仕事を終えて通学路を歩いて下校していると俺達目掛けて後ろからトラックが突っ込んできた。

そして、目の前が暗転したと思ったら、俺達三人は妙な空間に居た。

その空間にはエリスと名乗る自称女神が居り、いきなり俺達三人は死んだと言ってきた。

俺達は当然信じられるわけがなかったのだが、その女神が証拠として見せた事故の映像を見せられて俺達が死んだのだと認めざるを得なかった。

しかもエリスの話では本来、俺達は今日あそこで死ぬ予定では無かったのだが、ヒキタニの奴のせいで死んでしまった事も判明した。

ヒキタニの奴はどこまで人に迷惑をかければ気が済むんだ!?

あんな奴のせいで俺達の高校生活は滅茶苦茶にされただけではなく、文字通り人生までもが終わってしまったのだから‥‥

そしてエリスは死んだ俺達に三つの選択肢を選ぶように言ってきた。

一つ目の選択肢は前と同じ世界にもう一度生まれ変わる事、ただし記憶は失われ、どの家、どの国に生まれるのかは分からないどころか人間に生まれ変わるのかも分からないと言う。

その選択肢を雪乃ちゃんも結衣も却下した。

当然、俺も御免だ。

折角、イケメンで父親が弁護士、母親が医者のエリート家系に生まれてきたのに、今度はどの家に生まれるのか分からないなんて例え記憶がなくてもそんなのは嫌だ。

あのヒキタニの奴みたいに目が腐った根暗顔になって生まれるかもしれないんだからな。

しかも転生によっては人間で生まれてこない可能性だってあるのだからな。

 

二つ目の選択肢は天国へ行く事。

普通に聞くだけならばこの選択肢は中々だと思った。

ただし、エリスの説明では天国と言う所は俺達が思い描いている天国とはかけ離れた場所みたいだ。

折角の天国行きではあるが、つまらなそうなので却下。

当然雪乃ちゃんも結衣も却下した。

 

そして最後の選択肢、異世界への転生。

エリスは様々な転生候補の異世界を説明する。

色んな異世界があるその中で有名な三国志の武将が女子の世界‥‥これにはちょっと興味が沸いたがどうせ記憶を受け継いで転生するのであれば、雪乃ちゃんと同じ世界に転生したい。

雪乃ちゃんは昔からのリアリストだから魔法が存在する様なファンタジー系の異世界は候補から除外した。

そして決まった異世界はちょっと歴史が異なった海洋国家な世界。

その世界には雪ノ下家も葉山家もあり、俺達は前の世界同様、その世界のそれぞれの家に記憶を受け継いで転生できる様だった。

当然容姿も同じだ。

それならば、その世界一択だ。

転生してもイケメンでエリート家系、しかも記憶を受け継いで転生できるのだから文句はない。

そして異世界への転生に関しては一つ目の選択肢である前の世界の転生と異なり特典を一つ持って行けるらしい。

結衣は次の世界ではもう少し頭を良くしてもらいたいと言っていた。

あのバカには丁度いい願いだ。

ただ、その後で次に転生する世界が前の世界とほぼ同じ世界ならば、次の世界にもあのヒキタニの奴が存在するのではないかという指摘が浮かび上がった。

たしかに、雪ノ下家、葉山家、そして結衣の家があるのであれば、ヒキタニの家も存在し、当然そこにはヒキタニの奴も存在する可能性が高い。

次の世界でもヒキタニの奴が存在していたら、また俺や雪乃ちゃんの邪魔な存在になり得る。

雪乃ちゃんは大丈夫だと言っているが、危険な芽は刈れる内に刈っておかなければならない。

なんとかできないだろうか?

そう考えている中、雪乃ちゃんの特典はなんと次の世界では陽乃さんの存在を無かった事にする事‥‥

つまり、次の世界では雪乃ちゃんが雪ノ下家の長女になると言う事だ。

雪乃ちゃんは昔から陽乃さんに対抗心と同時に苦手意識を持っていた。

俺自身も陽乃さんには苦手意識があった。

でも、それと同時に憧れもあった。

陽乃さんの仮面をつけた立ち回りはまさに完璧で、大学の皆も、社交界の連中もみんなが陽乃さんの仮面には気づかずに彼女を褒めたたえていた。

陽乃さんのそんな太刀振る舞いはまさに俺が目指す理想の姿だった。

しかし、雪乃ちゃんはヒキタニの奴よりも陽乃さんの排除を優先した様だ。

そしてエリスは雪乃ちゃんの特典を叶えた。

これで次に転生する異世界には雪ノ下陽乃と言う存在は誰にも知られることなく永遠に消え去った。

人一人の存在を無かった事にできるのであれば、俺も‥‥

俺は雪乃ちゃんと結衣の二人に先に異世界へと行っているように伝えると、二人は先に異世界へと転生して行った。

 

「特典を選ぶのにもう少し時間がかかるようでしたら、そちらの隅で考えてもえらますか?」

 

エリスは俺の事を邪魔者扱いする。

まったく、それでも女神か?

 

「いや、その前に聞きたい事があるんですが‥‥」

 

俺はエリスにどうしても聞いてきたい事があった。

 

「なんでしょう?」

 

「僕達が死んだ後の出来事を見てみたい。その‥‥高校の皆の様子とかを‥‥」

 

雪乃ちゃんは見たがらなかったが、俺自身はどうしても気になった。

俺達が死んだ後の総武高校の様子を‥‥

きっと皆は悲しんでいるに違いない。

 

「分かりました」

 

エリスが再び指をパチンと鳴らすと、再び空には映画館にあるスクリーンの様なモノが映し出される。

其処には三学期の始業式の様子が映し出されていた。

そして最後に校長が俺達の死を伝えると、皆は驚きと悲しみに包まれていた。

そう、これだよ、コレ。

総武の王たる俺と生徒会長の雪乃ちゃんの死を皆が悲しんでくれている。

死んでも俺はこの光景を見る事が出来て満足だ。

これで皆の記憶に俺と雪乃ちゃんの事は永遠に刻まれることだろう。

王は死んでもその歴史に名を残すものだ。

そう思っていたら、数日後にはその悲しみが一変した。

海老名の奴が修学旅行の真実を全部暴露しやがった。

さらに戸部の奴も馬鹿正直に奉仕部へ依頼をした経緯をベラベラと全部話しやがった。

海老名は兎も角、戸部は考えなしに話した。

結衣と言い、戸部と言いコレだからバカは始末に負えない。

それに海老名の奴、何故こんな事をした!?

そう思っていたら、原因は、俺がグループを解散させた事、

優美子がグループを解散させた後に相模さん達に虐められている事が許せなかった事らしい。

ふざけるな!!

たかがそんな事の為に総武の王であり、死者でもある俺の名誉を傷つけたのか!?

祟れるものならこの馬鹿どもを祟ってやりたいが、今更どうしようもない事だった。

俺は総武の王から総武の卑怯者となり、逆にあの無理難題な依頼を自己犠牲で解決させたヒキタニの奴に同情の声が上がり始めていた。

なんで俺が卑怯者で、ヒキタニの様な奴があんなに同情されるんだ!?

可笑しいだろう!?

そして俺の悪評が紆余曲折している内に、噂には尾ひれがついて、俺が生徒会に居たせいであのクリスマスイベントが失敗した事になっていた。

前の世界で、俺の名は別の意味で総武高校に残す羽目になった。

 

「もういいです‥‥」

 

これ以上は見てられないし、俺は前の世界とはもう関係ない。

エリスにスクリーンを消す様に頼むとエリスはスクリーンを消した。

この時、一瞬ではあるが、エリスは俺の事を何だかバカにしたような目つきで見ていた。

なんだ!?その目つきは!?

お前は神だろう!?

神とは絶対中立な存在じゃないのか!?

神だからって人を見下しやがって‥‥

 

「なにか?」

 

俺はエリスに何か言いたい事でもあるのかと問うと、

 

「いえ、なんでもありません。それで、特典は何か決まりましたか?それともまだ時間がかかりそうですか?」

 

エリスは何か言う事もなく、特典について聞いてきた。

俺の願いはもう決まっている。

 

「俺の特典‥というか願いは次に転生する世界にヒキタニ‥いえ、比企谷八幡が存在しないようにしてくれ!!」

 

そうだ、危険な芽は今の内に摘んでおいた方が良い。

次の世界でもヒキタニの奴に滅茶苦茶にされるのは御免だ。

アイツが居なければ俺と雪乃ちゃんの転生生活もまさにバラ色だ。

結衣のヤツも居るが、あんなバカはヒキタニと比べたらどうにでもなる。

利用できる駒が確実に一つ消える事になるが、アイツは一度利用すれば、次も利用できると思い込んでしまう麻薬と同じ様なヤツであまりにも危険だ。

そもそも、次の世界では雪乃ちゃんも俺も前の世界の記憶を受け継いで転生するのだから、ヒキタニの奴は不要なんだ。

そうさ、あんな奴の力を借りなくても俺が雪乃ちゃんを守ってみせる。

それに俺がヒキタニの奴を次の世界に存在しないようにしたと知れば雪乃ちゃんもきっと俺に感謝してくれる筈だ。

 

「‥‥それが貴方の特典ですか?」

 

「はい、そうです」

 

「‥‥分かりました。では、その様に取り計らいます」

 

「お願いします」

 

前の世界同様、エリートな家系とイケメンな容姿‥あとはあの邪魔なヒキタニが居なければそれ以上望む物はない。

あのヒキタニの奴がいなければ次の世界でも簡単に雪乃ちゃんを手に入れる事は出来る。

特典を言った後、エリスが確認をすると、俺の足元に魔方陣が浮かび上がると目の前が眩い光に包まれた‥‥

 

 

~雪ノ下雪乃side~

 

私がこの世界に転生してから早、五年が経とうとしていた。

あの女神に頼んだ為、この世界に雪ノ下陽乃と言う人物は存在していない。

前の世界では、あのクズ同様何かと私の邪魔をして来る姉さん‥‥その姉がこの世界では存在しない。

改めて実感すると私は思わず声をあげて踊り出したくなる気分だった。

姉さん‥いえ、あの女が居たせいで私は周囲から雪ノ下陽乃の妹と言うカテゴリーから外されずに見られ、何かとあの女と比べられて、良い成績を出したら「流石、雪ノ下さんの妹さんだ」 ちょっとでも評価が悪いと、「雪ノ下さんの妹さんなのに‥‥」 と成功したらあの女の手柄になり、失敗した時だけ雪ノ下雪乃と言う個人に当てはめられてきた。

でも、この世界ではあの女は存在しない。

あの女が存在しないと言う事は私があの女と比べられる事もないし、あの女が私の障害になる事もない。

でも、あの女以外に私の障害になりうるあのクズがこの世界にも居るかもしれないが、それについてはちゃんと手を打ってある。

この世界では前の世界と異なり、日本本土のほとんどが海へと沈み、日本は海上国家として成り立っている。

海上フロートの建造には雪ノ下建設も行っており、雪ノ下家は前の世界よりも財力と権力があった。

ただ惜しむらくは雪ノ下家が華族じゃなかったことね。

第二次世界大戦が起きず、GHQの占領政策がなかったから、この世界の日本には形だけとは言え未だに華族制度が存在する。

何故雪ノ下家が華族ではないのかと私は心の中で華族になれなかった自分の家の先祖、華族に任命しなかったこの国の政府の無能さ対して呆れた。

雪ノ下家こそ、華族になるべく家柄だと言うのに‥‥

そしてこの世界に存在しているかもしれないあのクズへの対策‥‥まずはあのクズの所在の確認を私は都築を使って調べさせた。

前の世界よりも財力があるこっちの家なら、あのクズの家なんて簡単につぶせる。

小町さんやあのクズのご両親には悪いけど、あんなクズを家族に持った事が運の尽きよね。

さっさと家から追い出しておけば良かったモノを‥‥

それに小町さんもあのクリスマスイベントでは全然使えない事が判明している。

クズの妹も所詮はクズだった。

今の内にあのクズの家を潰しておけば、あのクズが高校に入れる筈が無いし、あのクズの行いによって傷つく人も居ない。

私の作る新しい世界にあのクズは不要なのよ。

そう思っていたのに、都築からの報告では、

 

「千葉に比企谷八幡と言う男子はおらず、比企谷家という家も存在しない」

 

と言うモノだった。

私は都築にちゃんと探したのかを問うと、役所を含め信頼できるありとあらゆる伝手を使って調べたが、結果は変わらず、千葉に比企谷家は存在していなかった。

もしかして、幼少の頃、あのクズは千葉に居なかったのかもしれない。

こんな事なら前の世界でもう少しあのクズの出生を詳しく聞いておくべきだった。

そこで私は更に千葉以外の近県にも捜索の幅を広げようとしたが、流石に県外となると都築も不審に思ったのか私に何故、比企谷八幡と言う人物を探すのかを訊ねてきた。

まだ面識のない男を必死に探す私の行為は確かに不審だ。

都築に無理を言えば何とかなるかもしれないが、両親の耳に入ったら厄介だ。

私は一時、あのクズの捜索を断念しなければならなかった。

そして、前の世界と同じく私の実家の会社の顧問弁護士は葉山君の実家である葉山家だった。

両親は前の世界同様、私と葉山君の家との繋がりを強くするために将来、私と葉山君との結婚を見据えていた。

当然、葉山君は前の世界の記憶を受け継いでいた。

ある日、家で行われたパーティーで私は葉山君と再会した。

 

「やあ、雪乃ちゃん」

 

葉山君は前の世界同様、人当たりの良い笑みを浮かべて私に声をかける。

 

「あら?葉山君。貴方も無事にこの世界に転生したみたいね」

 

「ああ。こうしてまた雪乃ちゃんと出会えて嬉しいよ」

 

「それで、貴方は一体何をあの女神に願ったのかしら?」

 

「僕達の将来に関係する事だよ」

 

「?」

 

彼は一体何を願ったのかしら?

 

「それでヒキタニの事だけど‥‥」

 

「あのクズの名前を出すのは止めてちょうだい。吐き気がするわ」

 

「ごめん。でも、もうアイツの事で悩む心配はないよ」

 

「どういう事?」

 

「僕の願った特典‥それはヒキタニの奴がこの世界に存在しない事だよ」

 

「えっ?」

 

「もう、僕達の事を邪魔する存在はこの世界には居ないって事さ」

 

「そう、一応、礼は言っておくわね‥‥ありがとう」

 

なんと葉山君の願いは私と同じ様な願いで、あのクズはこの世界に存在しない様にする事だった。

なるほど、だからあれほど探してもあのクズの家が存在しなかった訳ね。

でも、葉山君のおかげであのクズの事を気にする必要は無くなった。

それは大きな収穫だった。

 

そして小学校に進学する直前、私は両親にアメリカへの留学を希望した。

前の世界では、葉山君のファンの女子からの陰湿な嫌がらせ、そして葉山君の裏切りがあった‥‥

例えこの世界がちょっと前の世界と異なり、葉山君が前世の記憶を引き継いでいると言ってもこの世界でもそれが絶対に起きないとは言い切れない。

私同様、葉山君も前の世界の記憶を受け継いでいるから、私が小学校時代にいじめを受けている原因を知っている。

その為、彼が虐めを防いでくれるとは思うが、どうも彼は人の目を気にする八方美人な所があるから、記憶を引き継いでいるとは言えそれでも不安材料であることに変わりはない。

由比ヶ浜さんがいれば心強いのだけど、生憎と由比ヶ浜さんは小学校、中学校は別の学区の学校なので、一緒に居る事は出来ない。

そこで、私は小学生時代の虐めと葉山君の裏切りを未然に防ぐため、私は両親に「将来の為、アメリカへ行き、今の内に見聞や知識を広めたい」と言ったら、両親は素直に私のアメリカへの留学を簡単に許してくれた。

葉山君は寂しそうだったけど、葉山君への不安がどうしても払拭できない。

それにどうせ高校になれば由比ヶ浜さんともまた会えるのだから、何も寂しくはない。

そして私は前の世界とは違う高校生活を夢に描きながらアメリカへと旅立った。

 




葉山の特典により、八幡は比企谷家ではなく、ラングレー・碇家に転生していました。


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9話

エリスから見た奉仕部+葉山の印象とシュテル達の休日を描いてみました。


 

 

~エリスside~

 

八幡さんを異世界へ転生させた後、私はアクア様の後任として此処へやって来た死者の方々に選択をさせ、現世に転生させたり、天国へと案内したり、特典を一つ持たせて異世界へと誘った。

そんなある日の事‥‥

 

「ふぅ~今日の分の仕事はこれで終わり‥っと‥‥」

 

今日予定された死者の案件を全部片付けたと思ったら、また新たに三人の死者がやって来た。

 

「あれ?今日はもう終わりだと思ったのに‥‥?」

 

私は予定帳を開くとそこには『イレギュラーにより、三人追加』と書かれていた。

 

「うそっ!?」

 

今日のお仕事が終わったから、後はお風呂に入って食事でもしてゆっくりしようと思っていたのにまさかのイレギュラーで死者が三人追加された。

私はこのイレギュラーの原因を調べてみると、イレギュラーの原因は先日異世界へと転生させた八幡さんが原因と書かれていた。

八幡さんが自殺してしまった事により、本来のその世界の歴史が狂い、その反動による修正力としてリセットされるような形で今回の三人は死亡したみたいだ。

さらに調べてみると、この三人は八幡さんの自殺の原因の一因でもある人達だった。

女神の私が言うのもなんであるが、天罰でも下ったんじゃないかと思った。

そして、私は女神の仕事として三人と対面した。

三人は当初、自分達が死んだ事を理解せずに、私が誘拐してきたのだと思っていた。

誰が貴方達の様な人間を誘拐するか。

女神としてちょっと心外な気分だった。

私はその三人のプロフィールを確認する。

まず、最初の死者、雪ノ下雪乃さん。

小学校時代の虐めと姉の雪ノ下陽乃と言う存在から、この人も八幡さんとは別の意味で性格が捻くれて、友達が居ない。

その癖、実家が金持ちである事、女性として容姿が整っている事(ただし胸が無い)、そしてそれなりに学力が優秀なせいで、プライドだけが高く、選民意識が強い。

彼女のこれまでの経歴を見ると、自分の才能を示すのに実績ではなく弁舌をもってし、しかも他者をおとしめて自分を偉く見せようとする。

でも、自分で思っているほど才能などないし、ついでに体力もない。

彼女が学問以外で、無能であると理解出来るのは、文化祭、修学旅行やクリスマスイベントを始めとした、奉仕部のこれまでの依頼を見れば火を見るよりも明らかだった。

そんな人が世界を変える?

人を助ける?

馬鹿馬鹿しい妄想だ。

外見は高校生になっても精神は小学生で止まっているのではないだろうか?

それに逃げる事が悪い様に言っているが、貴女自身、小学校時代に虐めを苦にアメリカへと逃げている。

嘘や欺瞞を嫌っているくせに、貴女は最初、八幡さんの事を知らないと言う嘘を彼の前で平然とついている。

それも自身が関係した事故を隠す為にだ。

その行為だって貴女の嫌う『逃げ』ではないだろうか?

 

次に由比ヶ浜結衣さん。

こちらも雪ノ下さんと同じ八幡さんが被害者となった事故の関係者‥‥

愛犬を助けてもらったのにお礼や謝罪を一年間も言わず、彼の言動に対して一々『キモい』などと罵倒する。

そして部活動での行動‥依頼への向き合い方に関しても彼女はあまりにも雑で常に他人まかせになっている。

自分自身の依頼に関しても、一度でも自分で作ろうとせずいきなり作り方を教えて下さいってちょっと図々しいし、雪ノ下さんも彼女の依頼は本来の奉仕部の方針ではない事に気づいていない。

しかも家庭科室を借りてクッキーを作った後、その後片付けをしないで帰っている。

文化祭、そして修学旅行を見ても、

 

『あたしは依頼を引き受けるけど、解決するのは無理だから何もしない。だから、あたしは何もしないでヒッキー(八幡さん)に全部任せる。ただし、失敗したらヒッキー(八幡さん)の責任、成功したら依頼を引き受けたあたしの手柄』 

 

を体現した様なモノだ。

それなのに、「もっと人の気持ちを考えてよ」‥‥ふざけているのか?

じゃあ、貴女は毎回罵倒されている八幡さんの気持ちを考えたんですか?

告白される海老名さんの気持ちを考えたんですか?

貴女こそ、もっと人の気持ちを考えるべきなんじゃないんですか?

八幡さんに好意を抱いているみたいだけど、それは違う。

貴女は愛犬を助けてもらった八幡さんに好意を抱いた自分自身に好意を抱き、それに酔っていたにすぎない。

でなければ常日頃から彼を罵倒なんてしない。

仮に世間で言うツンデレだと言うのであれば、修学旅行の時、何故彼の事を信じてやれずに拒絶した?

彼を拒絶し、周囲から悪意に晒されている彼を助けなかった時点で、貴女は最初から八幡さんに対して好意なんて抱いていなかったのは明白だ。

 

そして最後、葉山隼人さん。

雪乃さんが捻くれる原因となった切っ掛けの一人であり、八幡さんの自殺の元凶とも言える人物。

普段は『みんな仲良く』と口では言っているが、実際の彼の行動は『長い物には巻かれろ』 『小の虫を殺して大の虫を助ける』であり、口で言っている事と行動が正反対だ。

雪ノ下さん同様、他者を利用し、自分を偉く見せようとするが彼自身は人としての魅力は全て張りぼてで、自分で思っているほど才能なんてほとんどない。

それは、八幡さんはもとより雪ノ下さん以下だ。

だからこそ、自分のグループ内の揉め事を解決できずに、奉仕部を‥いえ、八幡さんを利用することにして責任も何もかも全てを丸投げした。

それなのに彼を助けるどころか彼を貶める側に回った。

こんな人が弁護士になったところで成功しただろうか?

ましてや人の名前を毎回わざと間違えて呼んでいる様な失礼な人だ。

彼のこれまでの奉仕部への依頼や学校生活を見ても、弁護士となった彼自身、依頼を受けてもその依頼が、解決困難、もしくは解決不能と悟った途端、依頼を一方的に放棄するか他所の弁護士に何もかも丸投げして依頼から逃げそうだ。

弁護士は信頼が一番な職業なのに‥‥

彼がこうして弁護士にならずにイレギュラーで死んだのはある意味、あの世界にとって良かったのかもしれない。

 

女神ゆえに、個人的感情で人を裁くことは許されない。

私は怒りをグッと抑え、三人に普段通り三つの選択肢を選ばせた。

一つ目の選択肢‥記憶を失い、もう一度前の世界と同じ世界に転生する。

この選択肢については、前の家、日本人で転生できる保証がないことから三人は却下した。

二つ目の選択肢‥天国へ行く。

八幡さんと違い、自殺ではなくイレギュラーな出来事で命を落とした三人には賽の河原でのお勤めは無しで、希望すれば天国へと行ける。

しかし、天国の実態を知ると三人は二つ目の選択肢も却下した。

残る選択肢‥特典を一つ持って異世界へと転生する。

三つの選択肢を聞いて一番マシなのがコレだと言う事で三人は三つの選択肢を選んだ。

まずは転生する異世界を選んでもらう。

アクア様なら、あの異世界へ問答無用で転生させていただろう。

雪ノ下さんはリアリストで魔法が存在する世界に対しては苦手意識を抱いていた。

葉山さんと由比ヶ浜さんは雪ノ下さんが行く世界ならと言って同じ世界を選択するつもりだった。

全く、自分の意志と言うモノは無いのだろうか?

雪ノ下さんはなるべく前の世界に近い世界を選択肢に入れていた。

そして、何の因果か因縁か雪ノ下さんが選んだ異世界は先日、八幡さんが転生した世界であった。

公平中立の為、三人が選んだ世界を拒否する事も八幡さんの事も教える事が出来ない。

私にはその世界へ三人を転生者として送る事しか出来ない。

そして、転生特典について、まず由比ヶ浜さんは次に転生する世界では前の世界よりも頭を良くしてくれと言う。

確かに由比ヶ浜さんの知能の数値を見ると、同年代の高校生と比べると平均以下の数値だ。

これでよく進学校である総武高校に入れたのか不思議であるが、実際彼女はギリギリで補欠合格枠で合格し、運よく入学辞退者が居た事で総武高校に入れた。

一年の時も留年ギリギリの成績であったが、補習によって何とか進学する事が出来た。

そんな経験をしているのであれば、次の世界では前の世界よりも頭を良くしてくれと言うのも頷ける。

しかし頭を良くしてくれとは言ってもそれはあまりにも漠然とした内容だ。

せめてどのくらいのレベルなのかぐらいは教えてもらいたい。

なので、私は次の世界では由比ヶ浜さんの知能を平均値まで引き上げておいた。

今後、どうなるのかは由比ヶ浜さんの努力次第だ。

何もしなければまた前世の様に知能は下がるし、努力すれば上がる。

 

次に雪ノ下さんの特典は、特典と言うよりも願いだった。

それは次に転生する世界で姉である雪ノ下陽乃さんの存在を無かった事にしてくれという。

前の世界では雪ノ下さんは姉である陽乃さんに対してかなりの対抗心やコンプレックスを抱いていた。

雪ノ下さんにとって陽乃さんの存在が無ければ恐らく自分にとって都合が良いと思ったのでしょう。

今回のこの機会は彼女にとって合法的に邪魔な存在である陽乃さんを消す事の出来る絶好の機会ですからね。

でも、陽乃さんの存在を消しただけで、はたして次の世界は貴女の都合のいい世界になるとは言い切れませんよ。

私は雪ノ下さんの願いを叶え、次の世界では雪ノ下陽乃と言う人物は存在せず、雪ノ下さんは次の世界では雪ノ下家の長女として生を受けるように設定を変更した。

 

雪ノ下さん、由比ヶ浜さんがそれぞれ特典を述べ、ソレを叶えると、後は葉山さんだけとなった。

しかし、葉山さんは先に雪ノ下さんと由比ヶ浜さんに転生する様に伝える。

そして二人が転生したのを確認すると私に自分達が死んだ後の事を教えてくれと言ってきた。

雪ノ下さんは知りたくもないと言っていたが彼はどうも気になる様だ。

そして私は彼のお望み通り、彼らが死んだ後の世界の光景を見せてあげた。

彼にとって自分の死も美化されている事を期待でもしたのだろうが、結果は180度異なっていた。

三人の死が知らされてから数日後、葉山さんの元グループメンバーの告発からあの修学旅行の真相が広まり、葉山さんの評判は地に落ちた。

その映像を彼は苦虫を嚙み潰したように顔を歪めて見ている。

でもこれは全て貴方の身から出た錆ではないだろうか?

八幡さんを利用せずに自分の力で何とかすれば、死ぬこともなかったのだから‥‥

そして、彼は特典として八幡さんの存在の消失を希望してきた。

彼のその願いは、結果的に八幡さんへ負けを認めた現れだろう。

もっとも本人は絶対にそれを認めないだろうけど‥‥

でも、あの世界には八幡さんは比企谷八幡として存在はしていない。

よってあの世界には比企谷八幡なる人物は、存在していない。

しかし、比企谷夫妻は存在している事になっている。

あの夫妻が存在していては今後、あの世界にはあの世界の八幡さんが存在する可能性もある。

映像越しであるが、あの夫妻や妹はこれまで八幡さんをないがしろにして来た。

転生した八幡さんが何らかのきっかけで日本へと行き、比企谷夫妻やあの世界に生まれた八幡さん自身、妹の小町さんと出会ったら前世の辛い出来事を思い出してしまうかもしれない。

彼の願いを叶えるのは正直に言って癪にさわるが、八幡さんの事を思うのであれば、やはり彼の願いを実行した方が良いのかもしれない。

私は彼の願いを叶えて、あの世界における比企谷夫妻の存在を消した。

比企谷夫妻が消えればあの世界では比企谷八幡と言う人物は存在せず、また妹の比企谷小町と言う人物も存在しない。

彼の願いを叶えた後、私は彼をあの世界へと送った。

なるほど、八幡さんがあの世界の比企谷夫妻ではなく、ドイツのラングレー・碇夫妻の間に生まれたのはコレが原因だったわけか‥‥

でも、八幡さんは日本ではなくドイツに生まれたのだが、私の不安は拭いきれなかった。

あの世界は海運の世界。

そして転生者は必ずその世界の主流に関係する事になっている。

つまり、あの世界に転生した八幡さんも先程の三人も海運に関わる運命‥‥

そうなれば、八幡さんはあの三人に出会い、また傷つくかもしれない。

例え性別、容姿が変わっても八幡さんの心に刻まれたあの三人から受けた仕打ちはきっと忘れなれないだろう。

それなら‥‥

私は八幡さんを影ながらサポートすることにした。

アクア様が連れて行かれたあの世界における持ち主がいなくなってしまった神器の回収という役割があるが、それはそれで何とかなるだろう。

そして、私は八幡さんが転生した世界へと赴き、彼‥いや、彼女の友となり、八幡さんを支えることにした‥‥

 

 

 

 

 

 

中等教育における海洋学校の受験を無事に終えたシュテル、ユーリ、クリスは合否の結果が出るまでの短い休みの期間、三人でキャンプへと出かけた。

足は当然、シュテルのケッテンクラートだ。

ケッテンクラートの最高速度は70km/hに設計されていたが、騒音が酷いこともあり実用上の速度域は50km/hとなっていた。

ドイツの公道をそのケッテンクラートで実用上の最大速度域である50km/hで走らせているシュテル。

しかし、皆でキャンプへ行くと言うのにシュテルの顔はやや不機嫌そうだった。

その訳は‥‥

 

「あぁーどっかのバカがねぇ。先に飯を食おうなんてことを言うからだよぉ。そうだろぉ?」

 

「あぁ~うん」

 

「そうだねぇ~」

 

荷台の上のユーリとクリスは苦笑しながら答える。

 

「どっかのバカひとりとは言わないよ。バカふたりがメシだ、メシだ、メシだ、と騒ぎ立ててもう夕方だよ」

 

「いやー、これはどうだろうなぁ、運転手のシュテルンの落ち度じゃないのかなぁ~?」

 

クリスがからかうように言う。

 

「なんだとぉ!?」

 

ハンドルを握りながら思わず声を荒げるシュテル。

 

「いくらキャンプと言ってもそこら辺の道端でテントを張る野宿だけは勘弁だよ、シュテルン」

 

ユーリがいくらキャンプでも流石に道端での野宿は勘弁だと言う。

 

「何言ってんだよ、こっちはキャンプ場に着いてから昼飯を食べようと言ったのに『先に飯を食わせろ』っつったのはどこのバカだよぉ」

 

「それはどこかの貴族様でしょう」

 

「私は別に道端でもいいよぉ~」

 

「シュテルン、私はねぇ、この休みが少しでも盛り上がればと思って、『先に食事をしよう』と‥‥」

 

「ソレ、どういう盛り上がり方だよ!?」

 

「でも、結果的に盛り上がっているでしょう?」

 

「だからお前らがこういう結果を招くようなことを仕出かしているだろうがぁ!?クリスも普段はしっかりしているのになんでこういう時に限ってポンコツになるんだよ!?」

 

「なにぃ?」

 

「あやまれ」

 

「なんだとぉ?」

 

「あぁ~、もう日が沈むまでにキャンプ場に着くかな?これならゲッティンゲンなんていうねぇ、デカイ町に行ったほうがねぇ良かったかもしれない」

 

シュテルはアクセルを踏み、スロットルを全開近くまで回して速度を上げる。

この際、騒音なんて問題視してられない。

そして、行き先にゲッティンゲンのキャンプ場の方が良かったかもしれないと零す。

 

「ゲッティンゲン?なんでゲッティンゲン行かなかったのさ」

 

ユーリは何故ゲッティンゲンに行かなかったのかとシュテルに問うと、

 

「クリスが『行かない』って言ったんだよ」

 

ゲッティンゲンに行かなかった理由を話す。

 

「クリスぅ~」

 

ユーリは呆れる様な視線でクリスを見る。

 

「なによ、今度はこっちに矛先?」

 

「私もねぇ、シュテルンの言う通り、ゲッティンゲンだと思ったんだよぉ」

 

「ハハハハハ‥‥」

 

そんなやりとりをしつつも一行は何とか日が出ている間に目的のキャンプ場へと到着した。

そして事務所で受付をしてキャンプの開始である。

 

「では、こちらにご利用者様の指名を書いてください。それと、ど、動物には気を付けてください」

 

「「「えっ?」」」

 

受付の人からこの辺で動物が出没するので気を付けるように言われる。

 

「最近、水辺に出没するので‥‥猟銃を持った方、二人で捜索を‥‥」

 

「出まくるんじゃねぇかよ!?」

 

受付の人の説明に思わずツッコミを入れるシュテル。

 

「ですが、そちらのセキュリティ面は我々の方でビシッと」

 

「我々がビシッとじゃないよ、お前になにが出来るっつってんだよぉ?」

 

「シュテルン、ちょっと変だよ」

 

「ストレスでどうかしちゃったのかな?」

 

珍しく毒を吐くシュテルの態度にちょっと引き気味のユーリとクリスだった。

 

 

受付を終えて、キャンプスペースへと行き、適当な所でケッテンクラートを止める。

 

「よし、到着」

 

「いやぁ~やっと着いたねぇ~」

 

ケッテンクラートの荷台から降り、身体のコリをほぐすかのように背伸びをするユーリとクリス。

 

「それじゃあ‥‥ここをキャンプ地とする!!」

 

シュテルもケッテンクラートの運転席から降りて、この場をキャンプ地である事を宣言する。

そして三人はケッテンクラートの荷台からテントなどの荷物を降ろしてキャンプの設営をする。

ムーンライト型のテントと荷物集積用のドーム型テントの二つを設営し、夕食の準備となる。

クーラーボックスから食材を取り出し、ガスコンロの上に鍋やコッヘルを置く。

今日の夕飯のメニューは、スープパスタとボイルソーセージ、ザワークラウトとパン。

ボイルソーセージは鍋のお湯に持って来たソーセージを投入するだけ‥‥

スープパスタは、予め刻んでおいた食材‥‥ベーコン、アスパラ、シメジ、玉ねぎ、ジャガイモをコッヘルに入れ、すりおろしたニンニクとオリーブオイルで炒める。

食材がしんなりしてきたら、水を入れ、固形状のコンソメを入れて溶かし、溶かし終えたら半分に折ったパスタを入れる。

 

「それ、イタリア人が見たら怒りそうだよね」

 

パスタを真っ二つに折り、コッヘルに入れたシュテルの行動にユーリは思った事を口にする。

 

「このコッヘルじゃ、パスタは折らないと茹で上がらないんだよ。それとも硬い芯のあるパスタが食べたいの?」

 

「まぁ、私達はイタリア人じゃなくてドイツ人だから関係ないし‥‥」

 

硬くマズイパスタを食べるより、邪道でも美味いパスタの方がマシだと思い、ユーリは、自分達はイタリア人ではなくドイツ人なのだから関係ないと掌を返す。

パスタが水を吸い、しんなりとし、コッヘルの中の水がなくなってきたら牛乳とチーズを入れもう少し煮込む。

最後に黒コショウとパセリを入れて完成。

テーブルの上に揃った夕食を前にして、

 

「「「いただきます」」」

 

手を合わせた後、夕食を食べる三人。

 

(キャンプと言えば普通はカレーなんだけど、此処は日本じゃなくてドイツだからな‥‥それに俺、前世じゃキャンプなんてルミルミと知り合ったあの千葉村のキャンプぐらいしか、思い出がねぇや‥‥)

 

スープパスタを啜りながらシュテルは前世でのキャンプの思い出を振り返る。

小町しか旅行に連れていかなった前の世界の両親は当然キャンプなんて連れて行ってくれなかったが、こちらの世界ではこの世界の両親、ユーリやクリス達とよくキャンプや旅行へと行くので、アウトドア知識はそれなりについてきた。

食後は焚火を前にマシュマロを焼いてココアの中に入れ、それを飲みながら話に花を咲かせ、シュテルがハーモニカを吹いてユーリとクリスが歌をうたう。

そんなやり取りをして夜のひと時を楽しんだ三人は午後十時には就寝したが、

 

「テント狭っ!!」

 

ムーンライト型のテントで三人は寝袋を敷いて川の字で寝たのだが、思いの他テントは狭かった。

 

「ねぇ、シュテルン、クリス、どっちかもっと下がれない?」

 

「なにが?」

 

「ちっちゃいんだからさぁ」

 

「はぁ!? もうギリギリだって!」

 

「クリス、もうちょっと向こう‥‥」

 

「こっちだってもう一杯一杯なんだよ」

 

「これ寝返り打てねぇよ」

 

「寝返りなんて打ったらキミ大変だよ。寝返り打つ時はシュテルンから順番だよ」

 

「ははははは‥‥難易度高いな‥‥」

 

「まだ端の方がいいよ、これ」

 

「何言ってんの?シュテルンの隣はテントだからいいよ、私の隣なんかデブだよ」

「はっはっはっはっはっは‥‥」

 

クリスの発言で思わず爆笑するシュテル。

 

「隣はデブで金髪だよ」

 

「ちょっと、クリス、自分の胸がないからってデブ呼ばわりは酷いよぉ~それに金髪なのは仕方ないじゃん!!これは地毛なんだし!!」

 

デブ呼ばわりされたユーリはジト目でクリスを睨みながら言う。

 

「胸なんてただの脂肪の塊じゃない」

 

シュテル、クリス、ユーリの三人の内、胸の大きさはユーリ>シュテル>クリスの順となっている。

故にクリスがユーリの胸に嫉妬するのも分かる。

 

「巨乳をデブ呼ばわりする貧乳の嫉妬だな」

 

クリスとユーリのやり取り見たシュテルがボソッと零す。

 

「シュテルン、何か言った?」

 

すると、シュテルの声が聞こえていたのか良い笑みを浮かべ、額に蟀谷の部分に青筋をたてたクリスがシュテルの方へと振り向く。

 

「いや、何も‥‥(怖っ‥‥)」

 

「こうなったら仕方がない、此処は公平に‥‥」

 

「「「じゃんけん‥‥」」」

 

三人では狭いので、一人は隣の荷物集積用のテントで眠る事になった。

そしてじゃんけんの結果‥‥

 

「くすん‥‥こんな時でも私はボッチかよ‥‥」

 

シュテルが負けて一人で荷物集積用のテントで寝る事になった。

 

「あっ、そうだ‥‥折角キャンプに来たんだから‥‥」

 

シュテルは寝袋から這い出てカメラとカンテラを持って山頂をめざす。

そして山頂に着くとそこから見下ろす夜景を写真に収めた。

日本とは違う光景‥‥新たな故郷の姿‥‥

 

「ルミルミじゃないが、いい記念写真が撮れたな」

 

シュテルはデジカメに撮られた夜景の画像を見ながらポツリと呟いた。

 



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10話

シュテル達がキール海洋学校の中等部に入学しました。


 

シュテル、ユーリ、クリスの三人がキャンプから戻ってから数日後、先日受験したキール海洋学校の合否結果が通達された。

勿論、三人共無事にキール校海洋学校に合格した。

 

近年の海上交通の発達により多くの人々が船に乗り海を往来する様になった。

それは旅客飛行船以上の旅客人数である。

だが、人の往来が増えたと言う事は海での気象・海象が原因の自然による遭難事故、海賊やテロリストによる襲撃事件も近年増加傾向にある。

そんな海の交通網の安全を守る乙女たち、それがブルーマーメイド。

海洋国家、日本から生まれた世界中の少女達の憧れの職業は日本から離れた遥かヨーロッパの地である此処ドイツでも芽吹いていた。

日本にブルーマーメイドを始めとする海洋従事者を育成する海洋学校が多数存在する様にドイツでも海洋学校は存在していた。

ドイツの海洋学校は大きく分けて二つ。

北海に面したヴィルヘルムスハーフェン校とバルト海に面したキール校の二校だ。

ドイツでは日本と少し教育方針が異なり、中等教育は10歳から始まり、ヴィルヘルムスハーフェン校、キール校は共に成績上位者しか入れないドイツ国内最大の海洋学校である。

入学者は此処で五年の間、海に関する知識を叩き込み、ある者は海洋従事者として働く者、またあるものはブルーマーメイド、海軍軍人、上級海洋従事者として高等部へと進学する者。

そして高等部へ進学後し卒業した後に、ブルーマーメイド、海軍軍人、海運会社へ就職する者もいれば、大学へと進学し、更なる知識の幅を増強する者も当然いる。

そんな海洋職業のまず第一歩である海洋学校の中等部への入学を果たしたシュテル達であったが、ただ、シュテルにとって大きな誤算‥‥

それは‥‥

 

「くそっ、なんで私が入学式のスピーチなんてしなければならないんだ?」

 

「いや、それはシュテルンが主席で入学するからでしょう?」

 

キールへ向かう汽車のコンパートメントでシュテルは原稿用紙とにらめっこをしていた。

そんなシュテルをユーリが駅の売店で買ったお菓子を食べながら『なに当たり前の事を言っているんだ?』とでも言いたげな顔で、シュテルがスピーチをする理由を語る。

シュテルが何故、入学式のスピーチの内容を考えているのか?

それは入学式でシュテルがスピーチをするからなのであるが、その理由はユーリが言う通りシュテルがキール海洋学校の入試において主席合格をしたからである。

 

(確かに入試の時、解答用紙は全部埋めた‥でも、それがほとんど合っているなんてあまりにも予想外だ。こんなこと、前世では絶対にありえない事だったし‥雪ノ下や葉山あたりが聞いたら、カンニングだと騒いでいたな‥‥)

 

学者肌の祖父母に同じく学者である母親の子供であるシュテルは転生特典とは異なり、自然とその優秀な頭脳は受け継いでいた。

それに元々、前世でも数学以外の成績がよかったのも作用していたのだろう。

 

「私はてっきり、クリスが主席だと思っていたんだけどね‥‥」

 

シュテルは視線を原稿用紙から同じコンパートメントに居るクリスをチラッと見る。

 

「そんな事ないって、全てはシュテルンの実力だよ」

 

「‥‥まさかと思うが、クリス、入試の時、手を抜いたりしてないよね?」

 

シュテルはもしかしたら、クリスが手を抜いたせいで自分が主席になり、入学式でスピーチなんて面倒くさい事をしなければならなくなったのではないかと勘繰る。

 

「嫌だな、大事な入試に手を抜くわけがないじゃない。キール海洋学校の主席合格なんだから、それは十分に誇っていいと思うよ、シュテルン」

 

しかし、クリスは主席合格したのはあくまでもシュテルの実力であり、それは十分に誇っていいとカラカラと笑いながら言うが、シュテルとしては入学式でスピーチをしなければならない事と目立つことに面倒くささがあったのだ。

 

(スピーチね‥‥)

 

シュテルは視線をクリスから再び原稿用紙へと戻すと、スピーチの内容を書き始めた。

 

 

諸君 私は戦争が好きだ。

諸君 私は戦争が好きだ。

諸君 私は戦争が大好きだ!!

艦隊戦が好きだ

砲撃戦が好きだ。

雷撃戦が好きだ。

殲滅戦が好きだ。

打撃戦が好きだ。

防衛戦が好きだ。

包囲戦が好きだ。

突破戦が好きだ。

退却戦が好きだ。

掃討戦が好きだ。

撤退戦が好きだ。

夜戦が好きだ。

 

河川で、海上で、

海中で、海峡で、

バルト海で、北海で、

大西洋で、インド洋で、

太平洋で、カリブ海で、

この海上で行われるありとあらゆる戦争行動が大好きだ。

 

戦列をならべた戦艦の一斉発射が轟音と共に敵の港湾施設を吹き飛ばすのが好きだ。

 

海上へ放り投げられた敵兵が効力射でばらばらになった時など心がおどる。

 

砲術兵の操る戦艦の主砲が敵艦を撃破するのが好きだ。

 

悲鳴を上げて燃えさかる艦から海へ飛びこんできた敵兵を20mm機銃でなぎ倒した時など胸がすくような気持ちだった。

 

魚雷発射管を揃えた駆逐戦隊が魚雷で敵の戦列を蹂躙するのが好きだ。

 

知らぬ間に魚雷に接近され慌てふためき恐慌状態の敵兵が叫んでいる姿は感動さえ覚える。

 

敗北主義の水兵達をマスト上に吊るし上げていく様などはもうたまらない。

 

甲板上で泣き叫ぶ慮兵達が私の振り下ろした手の平とともに金切り声を上げるシュマイザーにばたばたと薙ぎ倒されるのも最高だ。

 

哀れなテロリスト達が雑多な小火器で健気にも立ち上がってきたのをビスマルクの38cm砲弾が艦ごと木端微塵に粉砕した時など絶頂すら覚える。

 

‥‥海賊やテロリストに滅茶苦茶にされるのが好きだ。

 

必死に守るはずだった商船隊が蹂躙され女子供が犯され殺されていく様はとてもとても悲しいものだ。

 

抗えない気象・海象に押し潰されて遭難するのが好きだ。

 

鮫共に襲われイワシの様に追いかけまわされ、その身を食いちぎられるのは屈辱の極みだ。

 

諸君 私は戦争を‥‥地獄の様な戦争を望んでいる。

 

諸君 私に付き従うキール海洋学校生徒諸君。

 

君達は一体何を望んでいる?

 

更なる戦争を望むか?

 

情け容赦のない糞の様な戦争を望むか?

 

鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を殺す‥嵐の様な闘争を望むか?

 

我々は渾身の力をこめて今まさに振り降ろさんとする握り拳だ

 

だがこの暗い闇の底で半世紀もの間堪え続けてきた我々にただの戦争ではもはや足りない!!

 

大戦争を!!

 

一心不乱の大戦争を!!

 

我らはわずかに一学年、千人に満たぬ学生に過ぎない

 

だが諸君は一騎当千の古強者だと私は信仰している。

 

ならば我らは諸君と私で総兵力100万と1人の軍集団となる。

 

我々を忘却の彼方へと追いやり眠りこけている連中を叩き起こそう。

 

髪の毛をつかんで引きずり降ろし眼を開けさせ思い出させよう。

 

連中に恐怖の味を思い出させてやる。

 

連中に我々の軍靴の音を思い出させてやる。

 

天と地のはざまには奴らの哲学では思いもよらない事があることを思い出させてやる。

 

一千人の学生たちの戦闘団(カンプグルッペ)で 世界を燃やし尽くしてやる。

 

さぁ 諸君‥‥

 

地 獄 を 創 る ぞ‥‥

 

 

 

 

(よしっ、こんなもんで良いかな?)

 

「‥‥ん?」

 

シュテルがスピーチを書き終え、原稿用紙から視線をクリスとユーリに向けると、二人は何故かドン引きしていた。

 

「シュテルン‥‥」

 

「なに?その中二病みたいなスピーチ‥‥」

 

「えっ?もしかして、私、今のスピーチの内容、口に出していた?」

 

「「うん」」

 

「‥‥」

 

(こ、こんな中二病内容のスピーチを二人に聞かれた‥‥は、恥ずかしい~)

 

シュテルは恥ずかしさのあまり、顔を赤くして俯く。

 

「流石に今のスピーチは止めておきなよ」

 

「シュテルンが危ない人だと思われちゃうよ」

 

「そ、そうだね‥‥」

 

シュテルは今書いたスピーチの原稿を破棄して、新たに入学式用のスピーチの原稿内容を考えた。

 

 

その頃、三人の目的地であるキール海洋学校の教官室では、

 

「今度入って来る中等部の主席は純血なアーリア人ではなく極東人との混血らしいですね」

 

「それにあのクロイツェル家の令嬢はやはりヴィルヘルムスハーフェン校に入るらしい」

 

「やはり、此処は立地条件が悪いですからな。貴族の子弟はほとんどヴィルヘルムスハーフェンの方に入ってしまう」

 

キール海洋学校の教官達がこれから入って来る新入生達について話をしていた。

だが、主席合格したのが純血なドイツ人でない事やドイツでは有名な海軍大将、ブルーマーメイド隊員であるクロイツェル家の娘を始めとして多くの貴族の子弟がヴィルヘルムスハーフェンに入る事にやや不満な様子。

例え形だけの貴族でもブランド名として学校の名前を売るには利用価値があり、その貴族の子弟が将来、ブルーマーメイドになり功績を立てれば、卒業校である学校の名前もさらに売れ、それは入学希望者の向上にもつながる。

今年はそれがあまり見込めないと思った教官達が不満と愚痴を零す中、

 

「そうでしょうか?」

 

一人の教官は異を唱える。

 

「ん?ヴィルケ教官?」

 

「担当教官として、私はむしろ期待をしています。例え平民や下級貴族出身でも、血統が混血でもそれが新しい風を送り込むきっかけになるんじゃないでしょうか‥‥?」

 

その教官は口元を優しく緩め、笑みをこぼした。

 

 

キール海洋学校の敷地内は今日、入学する新入生達でごった返していた。

皆、これから始まる学校生活に期待をしているのかソワソワと落ち着かない様子だ。

また、近場に家がある者は家族も一緒に来ており、娘の晴れ姿をカメラで記録を残す家族もいる。

シュテルも父親のシンジは海外公演で見送りには来れなかったが、母親のアスカ、ユーリの両親は駅までわざわざ見送りに来てくれた。

しかし、クリスの両親は来なかった。

 

(そう言えば、クリスの両親って会った事が無いな‥‥)

 

シュテルはこれまで何度かクリスの家に行ったことはあるが、彼女の両親と出会ったことがない。

それに下級とは言え、貴族の家なのにクリスの家には執事もメイドも居ない。

もしかして、クリスは前世の自分のように両親から育児放棄を受けているのではないかとシュテルは家族連れで来て居る新入生達を見ながらそう思った。

 

「えっと‥‥入学式の会場ってどこだっけ?」

 

「港湾地区だってさ」

 

「迷って遅れるのは恥ずかしいから先に行って待っていよう」

 

「そうだね」

 

シュテル、ユーリ、クリスの三人はまだ開場前であるが、先に入学式の会場へと向かう。

入学式の会場である港湾地区はその名の通り、キール海洋学校の港であり、そこにはキール海洋学校が所有している教育艦が多数停泊している。

 

「あそこに泊まっているのが‥‥」

 

「ああ、五年後、私らが乗るかもしれない艦だ」

 

「すごいね、シャルンホルストにプリンツ・オイゲン‥グラーフ・ツェッペリンにUボートまでいる」

 

「通常潜水艦は男の世界だけど、此処は世界でも少ない、女子の潜水艦乗りの育成もしているからね」

 

「まぁ、中等部の間は、あっちの教育艦で頑張ろう」

 

港湾地区に停泊する艦船の中で前時代的な姿の戦艦が泊っている。

それは中等部での教育で使用する中等部合同教育艦であった。

中等教育中はこの艦でそれぞれの適性を見極め、高等部ではその成績と適性で乗艦する学生艦が決まる。

やがて、入学式の時間となると港湾地区には新入生と教官達が集まり、入学式が始まる。

式は学長の話を始めとし、地元の名手の祝辞、生徒会長の言葉と式の流れはどの学校でもお決まりの流れだった。

 

「学長、ありがとうございました。では、続きまして新入生代表の挨拶です」

 

そして等々シュテルがスピーチをする番となった。

壇上に上がったシュテルは緊張でコチコチになっている。

 

(こんな時、雪ノ下さんや雪ノ下みたいな鋼鉄の精神が羨ましい‥‥文化祭の時の相模もこんな気持ちだったのかな?)

 

普段から人の上に立つことに慣れている陽乃や人の上に立ちたがっている雪ノ下はこういう時は平然と挨拶を出来たかもしれないが、今のシュテルは前世において文化祭の開会式で緊張のあまり下手な挨拶をした相模の事を思い出していた。

あの時の相模もきっとこんな気分だったのだろうと‥‥

シュテルは一度深呼吸をした後、

 

(よし、いくぞ!!)

 

気持ちを落ち着けた後、壇上へと上がる。

新入生、教官らの視線が壇上の上に立つシュテルに集中する。

 

「クリス、シュテルン大丈夫かな?」

 

「流石にあの中二病内容なスピーチはしないと思うけど‥‥」

 

ユーリとクリスは行きの汽車の中でシュテルが口走った中二病全開のスピーチにはドン引きしたので、流石に大勢の人が見ている入学式では、あんな内容を言う訳が無いと思っていた。

そして、シュテルがマイクの前に立ち、口を開く。

 

「新入生代表のシュテル・H・ラングレー・碇だ。入学にあたり、いまさら改めて何も言うことはない。中等教育の中で各員がそれぞれの適性を見極め、それを将来の為に役立ててもらいたい。以上」

 

シュテルは一礼し、壇上から降りた。

 

「ふぅ~」

 

壇上から降りたシュテルはもう一度、深呼吸をして息を整えた。

 

(あぁ~緊張した~長々と言葉を述べるよりもさっさと終わらせたが、あれで大丈夫かな?)

 

そして、先程のスピーチが大丈夫かと今更心配した。

入学式が終わり、それぞれの教室に入ると、ユーリとクリスもシュテルと同じクラスだった。

やがて、教室に一人の女性教官が入って来た。

 

「皆さん、改めて入学おめでとう」

 

教官は優しい笑みと優しそうな声で新入生の入学を祝う。

 

(なんだろう?この人、一見優しそうだけど、怒らせたらジャンクにされそうな気がする‥‥)

 

シュテルは教官の声を聞いてちょっと身震いする。

 

「皆さんは今朝、家を出る時、当然玄関から出てきたと思います。ですが、今朝皆さんがくぐってきた学校の校門は正門ではありません。通用門です」

 

教官の言葉にあの校門以外に別の入り口があったのかと思う新入生達。

 

「では、正門はどこにあるのか?答えは窓の外よ」

 

教官から言われ、皆は窓の外を見る。

 

「此処からは皆さんが先程までいた港湾地区‥そこから桟橋が見えるわね?あそこが正門よ。海洋学校の正門は常に世界の海へと向けて開かれているわ。もちろん、門が常に開かれているからと言っても生半可なことでくぐらせる訳にはいかないの。中等部、そして高等部卒業までに一人前の若い人魚になってもらうからそのつもりで‥‥あっ、自己紹介が遅れたわね。私は貴女達の担当教官になったミーナ・ディートリンデ・ヴィルケよ。キール海洋学校へようこそ、私達教官一同、貴女達を歓迎するわ。でも、あまりおいたがすぎると‥‥ジャンクにするわよ」

 

やはりミーナ教官の笑みは優しそうな反面、物凄く怖かった。

教室に居る皆は絶対にミーナ教官を怒らせまいと心の中で誓った。

 

入学式当日は式のみで授業は明日から本格的に始まる。

シュテルとクリスは陸にある学生寮へと向かう為、学校の敷地内を歩いていた。

ユーリは購買部を除きに行き、どんな食べ物が売っているのかを見に行った。

 

(やっぱりあの教官、ただ者じゃなかった‥‥雪ノ下さんや怒らせたクリス並みの危険人物だった‥‥)

 

シュテルは自分達の担当教官‥ミーナについて思っていた。

あの人は怒らせたクリス、前世の魔王こと、雪ノ下陽乃と同じ部類の人間だ。

教師でも感情を表に露わにして拳を振って来る独神こと、平塚先生よりもおっかない人だ。

 

「シュテルン、なにか失礼な事を考えていなかった?」

 

すると、クリスが笑みを浮かべながら訊ねてきた。

 

「い、いや、何も‥‥」

 

学生寮は主席と次席が同じ部屋であり、シュテルとクリスは同室となった。

ユーリとは別々になってしまったが、クラスは同じだし、部屋に行ってはいけないと言う校則はないので、いつでも会う事は出来る。

部屋にある寝具はシングルベッドが二つではなく、二段ベッドであり、話し合いの結果、上がクリス、下がシュテルとなった。

シュテルがベッドの下を選んだのは、梯子を登る手間が省けるからだと言う理由からだった。

 

「ねぇ、シュテルン」

 

「ん?」

 

「此処から先は決して楽しいことばかりじゃないかもしれないけど、私はシュテルンの味方だからね‥‥それはきっとユーリも同じだと思うよ」

 

「えっ?あっ、うん‥ありがとう」

 

学生寮の窓から差し込む夕日に照らされたクリスの笑顔は、今は同性となっているシュテルでも思わず見初める程輝いて見えた。

 




今回のゲストはストライクウィッチーズのミーナ中佐であり、彼女はこの世界では、キール海洋学校の教官となっています。


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11話

今回は主席としてシュテルが苦悩します。


 

 

ドイツのキール海洋学校へ無事に入学を果たしたシュテル、ユーリ、クリスの三人。

入学式当日は、授業はなく本格的な授業は入学式の翌日から始まった。

そして、まずは小等部までの復習の為、午前中の一般学科の各授業の後には小試験が行われ、午前中の最後の授業にてその授業以外の小試験用紙が生徒達に返却された。

 

「それじゃあ、午前中にやった小試験の答案を返すわね」

 

ミーナ教官がクラスメイト一人一人の名前を呼んで答案を返却していく。

 

「次、シュテル・H・ラングレー・碇」

 

「はい」

 

「次、クリス・フォン・エブナー」

 

「はい」

 

「次、ユーリ・エーベルバッハ」

 

「はい」

 

次々とクラスメイトの答案が返却されて行く中、

 

「クリス、どうだった?」

 

「シュテルンこそ‥‥」

 

「「せーの‥‥」」

 

シュテルとクリスは互いに答案を見せ合う。

すると、僅差でシュテルの勝ちだった。

 

「くっ‥‥れ、連敗‥‥」

 

クリスは項垂れ、orzのポーズをとる。

 

「素直に全敗と言いなよ」

 

シュテルはドヤ顔でクリスに負けを認めろと言う。

 

「ユーリはどう?」

 

「私じゃ、シュテルンとクリスにはついていけないよ」

 

シュテルとクリスはそれぞれ主席、次席であるが、ユーリは平凡な成績の為、二人にはついていけないと言う。

 

「貴女達、静かに。続きは休み時間にしなさい」

 

ミーナ教官が笑みを浮かべながらシュテル達を注意する。

 

「「「す、すみません」」」

 

勿論三人にミーナ教官に逆らうなんて選択肢はなく、素直に謝罪する。

 

「それぞれ競い合うのはいいけど、一般学科の点数だけではその辺の普通の中学生と一緒で、海洋学校の主席、次席とは言えないのよ。もっと自覚をもちなさい。例えば授業態度とかね」

 

「「は、はい」」

 

(う~ん‥そう言われても主席の自覚って一体‥‥こういう場合、雪ノ下さんなら上手く立ち回れたんだろうな‥‥あの仮面と強化外骨格で‥‥雪ノ下は‥‥微妙だな、アイツは、確かに成績は良かったが、人間性として常に他人を見下す傾向があったからな‥‥)

 

シュテルはミーナ教官の言った「主席の自覚」と言う言葉に悩む事になった。

大体、シュテル自身、望んで主席入学した訳ではなかったからだ。

 

そして、昼食時‥‥

昼食は前世の小中学校時代の様に、教室で給食を食べるスタイルとなっていた。

長テーブルにはパンやスープ、おかずが入った容器が置かれ、それをお玉やトングで皿に盛り、プレートに乗せて席で食べる。

ライ麦パン、ソーセージ、チーズ、野菜スープ、ジャガイモのミルクかけ‥これが今日の昼食のメニューだった。

 

「碇さん。ほら、ぼさっとしないで」

 

クラスメイトの一人がシュテルにさっさと仕事をしろと促す。

 

「あっ、うん。それじゃあ、私はスープを‥‥」

 

「それは私の担当よ」

 

シュテルがスープを掬うお玉を取ると本来のスープ担当のクラスメイトがシュテルからお玉をとり、自分が担当であると言う。

 

「えっ?そうなの?じゃあ、パンを‥‥」

 

「そっちは私の担当」

 

スープには別のクラスメイトが居たので、自分はパンをやろうとしたら、パンにも担当のクラスメイトが居た。

その他のおかずにもそれぞれ担当のクラスメイトが居た。

 

「じゃ、じゃあ‥私は何を‥‥?」

 

パンもスープもおかずも担当のクラスメイトが配膳をするので、自分は一体何をすればいいのか分からず、オロオロしているシュテル。

 

「シュテルン、貴女は主席なんだから、全体をまとめる役だよ」

 

そんなシュテルにクリスが助け舟をだす。

しかし、

 

「えっ?全体?まとめる?」

 

全体をまとめろと言われてもそれが一体何を指しているのかシュテルには分からない。

 

「‥‥」

 

すると、クリスが、

 

「このおかずの一人分は、これぐらいの量で盛り付けて。それはその隣に並べて、そっちは先に配膳して」

 

と、全体をまとめるとはこういうことだと言わんばかりに体言する。

 

「‥‥」

 

シュテルはそんなクリスの後姿を見ている事しか出来なかった。

やがて配膳が終わり、それぞれが席に着き、昼食が始める。

 

「海洋学校ってなんでもかんでも席次順に分担や割り当てが決まっているんだ‥‥向き不向きに合わせて役割を変えたりしないの?」

 

パンを千切りながら今後はそれぞれ個人の適性を見極めるのだから、こうした給食の配膳や日常生活に関しても適性を見極めないのかと問う。

 

「あまり勝手に決める事はないみたいだね。それに、配膳や掃除の役割分担ぐらいで向き不向きを気にするほどの内容の仕事でもないでしょう。艦の幹部‥特に艦長や副長ならどの分担でも当然って事なんじゃないの?」

 

「な、成程‥‥」

 

同じ席のクラスメイトがシュテルに補足説明をする。

 

「でも、主席の分担が『全体の統括』って言うのがなぁ‥‥抽象的でよく分からないんだよね」

 

シュテルは千切ったパンをプレートの上に置いてフォークでソーセージを突っつきながら主席の役割がどうもイメージできない様子。

いくら前世と異なる家庭環境、友人関係とは言え、前後の人生の中で人の上に立つなんて事はこれまでなかった。

それがいきなり、海洋学校に入学してからいきなり人の上に立つポジションとなったシュテル。

しかもシュテルの家は貴族ではなく平民‥‥これで『戸惑うな』と言うのが無理な話である。

下に着くのであれば、上からの命令をただ淡々とこなしていればそれでいいのだから‥‥前世の文実がそのいい例だ。

 

(こんなポジションを常に狙っていた雪ノ下や文化祭の実行委員長に立候補した相模の気持ちがよくわからん。目立つことの何処が良いんだか?)

 

シュテルが前世の経験に思いふけっていると、

 

「でも、シュテルン。全体の統括‥それは一番重要な役割なんだよ。組織や艦においてはそれが味方の士気に強く影響するんだから」

 

「う、うん‥‥」

 

「まぁ、そこまで考え込まなくても大丈夫だよ。まだ入学したばかりなんだし、その内に嫌でも慣れるよ。それに次席の私がちゃんと私の役割を果たすから」

 

「次席の役割?」

 

「主席の補佐‥だよ」

 

「‥‥」

 

シュテルはこの先の学校生活に一抹の不安を覚えながらも午後の授業の為、今は目の前の食事に手をつけることにした。

そして、給食と昼休憩が終わり午後の授業となる。

 

「さて、午前中は一般学科だったけど、午後は専門の学科をやるわ。今日は兵学科よ。兵術概要の教科書を持って地図台の上に集合」

 

ミーナ教官が指示を出し、クラスメイトは教科書を持って地図台の周りに集まる。

 

「今日は専門学科の初日だから、小試験はしないけど、今日の内容は明日の小試験に出すからそのつもりでいるように」

 

『え――――!?』

 

「ふふ、そんなに嬉しい?ただ、今日は個人個人ではなく、全員で一つの課題をやってもらうわ」

 

そう言ってミーナ教官はチョークで黒板に兵学科の種類を書く。

 

「学科表を見ても分かる様に兵学科は大きく分けて、運用航海科、水雷砲術科、統括科の三つに分けられ‥‥」

 

ミーナ教官は運用航海科、水雷砲術科、統括科の下にさらに細かく分担される科を書いていく。

 

「更にその中でもこのように分類される。中等部では皆さんがどの科に適しているのかを成績で審査し、高等部にてそれぞれ専門の科に進んでもらいます。ただ統括科に関しては全ての科目が密接に関わっているわ。どれも幹部士官には必須だけど、一人で全ての専門家になる必要はありません。艦では一人一人が最善をつくす必要があるの。分かるわね?」

 

『はい!』

 

「では、全員でこの問題の解答欄を埋めるのが今日の課題よ。分からなければ教科書を見ても良いわ。ただ、明日もコレと同じ問題を出すけど、その時は教科書を見ちゃダメよ。では、始め!」

 

ミーナ教官が配った問題用紙を前にクラスメイトが頭を捻りながら問題にとりかかる。

 

「あれ?此処はこれで合っている?」

 

「ちょっと教科書を調べてみて」

 

「えっと‥‥」

 

「ここどうする?この問題?」

 

「あっ、その問題の答えってこれじゃない?」

 

「それは違うんじゃない?」

 

「えっ?どこ?」

 

「ほら、ここの『戦艦の定義』ってところ、造船学の授業じゃないんだから」

 

「砲数や排水量の分類じゃなくて定義を聞いているんだから」

 

「じゃあ、この『海上における移動砲台』ってことかな?」

 

「えっと‥‥多分‥‥」

 

「‥‥」

 

クラスメイト達はまだ知り合って二日目なのに互いに調べ合い、語り合っている。

ただそんなクラスメイトの様子をシュテルは一歩引いた所から見ている。

前世ではボッチだったシュテルはこの後世では完全なボッチではなく、クリスやユーリと言う親友が二人居るが、それ以上の同世代の人間とあまり関わらなかったので、こうした大勢の人間とのロールプレイングに対して苦手意識と言うか、戸惑いが隠せなかった。

 

(こんな時、葉山や由比ヶ浜ならばあっさりと適応できるんだろうな‥‥)

 

前世において表面上だけだが、あっさりと大衆の中にすんなりと入り込める葉山ならば、こんな風に戸惑う事はないだろうと思い、そんな所だけはちょっと羨むシュテルだった。

 

「ねぇ、碇さんはどう思う?」

 

そんな中、一人のクラスメイトがシュテルに意見を求める。

 

(ちょっ、俺に振るなよ)

 

「えっ!?ど、どうして私に聞くのかな?」

 

「『どうして』って‥貴女は主席じゃない。どっちかに決めないと‥‥」

 

「そ、そうだね、決めないとね」

 

シュテルは慌てて教科書を開いて正しい答えを導こうとするが、どうも決め手に欠ける。

一般学科ならば此処まで悩む事はないのだろうが、これは専門学科であり、今回はクラスメイト全員参加のロールプレイング。

もし、間違った答えをしたら、それはクラスメイト全員に間違った知識を植え付けてしまう。

そんなプレッシャーがシュテルを襲う。

 

「えっと‥‥えっと‥‥」

 

シュテルが答えに戸惑っていると、

 

「この場合は、『移動砲台』の方じゃないかな?」

 

またもやクリスが助け舟を出す。

 

「設問から言ってこっちの答えが正解だと思うよ」

 

「そうね」

 

「それじゃあ、こっちはどうかな?」

 

「それはね‥‥」

 

「‥‥」

 

クラスメイトはシュテルよりもクリスの方が頼りになると思い、クリスに質問をする。

その様子をシュテルはまた黙って見ているだけしか出来なかった。

そんなシュテルの肩にミーナ教官がポンと手をおく。

 

「きょ、教官」

 

「どうしたの?ボォーっとして、主席が取り残されちゃ、形無しよ」

 

「‥‥主席と言ってもそれはあくまでも数値の結果であり、それだけで人間性を図るモノじゃありません。私よりもクリスの方が頼られているし‥‥」

 

「エブナーさんは確かに明るく社交性が高いからああなるのも分かるけど、貴女自身にも何か出来る事はあるんじゃないかしら?」

 

「‥‥」

 

「今の自分に自信がないのであれば、変わればいいんじゃないかしら?」

 

「変わる?」

 

(この人も雪ノ下と同じ事を言うのか?)

 

シュテルは前世における自分が平塚先生の手によって無理矢理、奉仕部へとぶち込まれた時にした雪ノ下とのやり取りを思い出した。

結局あそこでは、何も変わる事はなかった。

一時は変われると思った自分も居たが、結局それは幻想で終わった。

むしろ悪化した為、前世では自らの命を絶ったのだ。

 

「変わると言っても全部変わる必要はないわ」

 

「えっ?」

 

「自分が良いと思う部分は残して、其処に新しいカテゴリーを足すだけで、人は変われる‥‥変われるから人なのよ」

 

「‥‥」

 

ミーナ教官の言葉はシュテルの中に響く。

平塚先生も雪ノ下も前世の自分にアドバイスなんてものはくれなかった。

あったのは罵倒と鉄拳制裁ぐらいだった。

それで、雪ノ下や平塚先生は更生、性格を変える、世界を変える、人を助ける、なんて御大層な事を掲げていたのだ。

しかも平塚先生なんて、殆ど奉仕部の活動に関しては放置して、自分に厄介事が降りかかった時だけ、その厄介事を奉仕部に‥自分に押し付けてくる。

だからこそ、こうしてアドバイスをくれたミーナ教官の言葉がシュテルの中に強く響いたのだ。

 

「シュテルン、シュテルンも来てよ」

 

ユーリがシュテルを呼ぶ。

 

「ほら、呼ばれているわよ」

 

「は、はい」

 

ユーリに呼ばれ、ミーナ教官に促されシュテルはロールプレイングをしているクラスメイト達の中へと入って行くが、主導権はクリスが常に握っていた。

 

 

放課後、何とかロールプレイングが終わり、寮に戻ったシュテルであるが、その顔色は優れず談話室で冷めた紅茶をマドラーでぐるぐるとかき混ぜている。

ユーリはそんなシュテルを心配そうに見ている。

 

「ね、ねぇ、クリス」

 

「ん?なに?」

 

「明日の兵術概要の課題だけど‥皆の取りまとめ役は主席って事になっているけど、その‥‥クリスがやった方が良いんじゃないかな?」

 

「‥‥なんで?」

 

クリスはシュテルの提案にちょっと不機嫌そうな声を出す。

 

「その‥クリスの方が、社交性があるし、今日の授業を見ると、皆は、私よりもクリスの方に信頼を寄せていたみたいだったし‥‥私が出来るだけクリスの補佐を‥‥」

 

「嫌よ!!」

 

「「っ!?」」

 

クリスは大声でシュテルの提案を断り、彼女の出した声で思わず体を震わせるシュテルとユーリ。

 

「私が今日、助け舟を出したのは私が次席で、次席の役割は主席の補佐だから。私は自分の責務を果たしただけよ。シュテルン、貴女もちゃんと自分の責務を果たしなさいよ!!」

 

「で、でも‥私は今日、何も出来なかったし‥‥」

 

「じゃあ、他の皆はちゃんと出来ていたの!?出来ていたら、皆は私に質問する事はなかったんじゃないの!?」

 

「‥‥」

 

「シュテルン。貴女は主席になったのは予想外でも、望んで此処に来たんでしょう?」

 

「う、うん」

 

「いい?高等部に上がって海に出たら、クラスメイト達は皆仲間になるのよ。今の内に協調性や社交性を欠いたままで海へ行けると思っているの?」

 

「うぅ~‥‥」

 

「シュテルン、貴女はやるべき事を間違えているわよ。私が主席の役目を果たすのは私が主席になった時よ。次席は主席の便利屋じゃないの!!」

 

クリスはそう言い残し、談話室を出て行く。

 

「‥‥」

 

「‥あんな姿のクリス初めて見たよ」

 

ユーリが先程のクリスの姿を見て意外そうに呟く。

 

「でも、クリスが言う事も当たっていると思うよ。一度の失敗ぐらいでそこまで凹むなんてシュテルンらしくないよ」

 

「いや、違うんだ」

 

「ん?」

 

「怖いんだよ‥‥」

 

「怖い?」

 

「ああ‥私の判断で皆に間違った知識を植え付けたり、間違った道に導いてしまうんじゃないかって‥‥それが原因でもし、取り返しのつかない事が起きたらと思うとそれが怖くて‥‥」

 

「でも、シュテルンがクリスにやろうとした事は責任転嫁だよ」

 

「‥責任‥転嫁‥‥?」

 

「うん」

 

(‥‥俺は責任から逃げていたのか‥‥?そして、その責任をクリスに押し付けようとしていたのか‥‥?それじゃあ、前世で葉山が俺にした事と同じじゃないか‥‥)

 

「それに皆だってバカじゃないよ。それぞれが自分の考えを持っているだろうし、シュテルン一人に何もかも全部を押し付ける事はしないと思うけど?」

 

「‥‥」

 

「シュテルンはまだ人と人との間に壁を作る癖があるけど、此処ではもう少し他の人も信用してみようよ」

 

「う、うん」

 

「それじゃあね、クリスにもちゃんと謝っておきなよ」

 

ユーリはそう言って自分の部屋に戻って行く。

 

(まさか、ユーリに諭されるとはな‥‥俺自身、この世界に生まれ変わって、自分自身変わったと思っていたけど、無意識の内に変わる事に対して怖がっていたか、まだ変わる必要が無いと思っていたのかもしれないな‥‥)

 

前世の普通科の学校と異なり此処は海洋学校‥‥クラスのチームワークが何よりも求められる。

シュテルはその点を完全に失念していた。

 

「よし!!」

 

シュテルは自分の部屋へと戻るとクリスはすでに不貞寝していた。

流石に起こすのは忍びないと思いシュテルはクリスに謝るのは明日にしようと思い、今、自分が出来る事をやり始めた。

 

 

「うっ‥う~ん‥‥」

 

深夜、クリスが目を覚ますと部屋の机の上にシュテルの姿があった。

シュテルは一心不乱で教科書を読み、ノートに何かを書き込んでいた。

 

「‥‥」

 

クリスはそんなシュテルの姿を見て、クスっと笑みを浮かべ、再び横になった。

そして朝、クリスが起きると、シュテルは机の上に教科書とノートを広げたまま、突っ伏した体制で眠っていた。

 

「シュテルン、シュテルン、朝だよ。起きなよ」

 

「うぅ~ん‥‥」

 

クリスがシュテルの身体を揺すって起こす。

余程遅くまで眠っていたのか、彼女の目の下には隈が出来ていた。

 

「クリス?」

 

「うん、おはよう」

 

「おはよう‥‥その‥クリス、昨日はゴメン。貴女に責任を押し付けるような真似をして‥でも、もう大丈夫だから‥‥クリスの負担を減らしてみせるから」

 

「うん、期待しているよ、シュテルン」

 

 

この日は、午前中から昨日行った兵学概要の授業からとなった。

ただ、授業が始まる前‥‥

 

「に“ゃっ!?」

 

シュテルの額にチョークが命中する。

昨日深夜遅くまで起きていた為、ほんの僅かな休み時間に眠っていたのだが、それが授業の開始になっても眠っていたので、ミーナ教官がシュテルの額にチョークをぶつけて起こしたのだ。

 

「おはよう、授業を始めるわよ。いいかな?碇さん?」

 

「は、はい」

 

ミーナはあのおっかない笑みを浮かべ、シュテルは額を手でさすりながら返事をする。

 

「では、昨日の予告通り、課題をやってもらう。よくできたら、午後は中等部で使用する練習艦の見学をさせてあげるわよ。では始め!!」

 

ミーナ教官の合図と共に今日は教科書なしで昨日の課題に取り掛かる。

 

「ここはどうだったっけ?」

 

「こうじゃない?」

 

「いや、こうじゃなかったっけ?」

 

「えっと、『戦略地点』?『戦略要点』?どっちだっけ?」

 

「う~ん‥エブナーさん」

 

クラスメイトがクリスに訊ねようとした時、

 

「そこは、むしろ『決勝点』と呼ぶべきじゃないかな?」

 

シュテルが意見する。

 

「えっ?」

 

「それで、こっちは‥‥」

 

「じゃあ、こっちは?」

 

「そこはね‥‥」

 

そして、シュテルはクラスメイトが分からなかった箇所に的確なアドバイスをしていく。

 

「ねぇ、シュテルン」

 

「ん?」

 

そんな中、クリスはシュテルに耳打ちをする。

 

「貴女まさか、一晩であの量を覚えたの?」

 

「さあ、何の事かな?」

 

「ねぇ、碇さん。此処はどう思う?」

 

「あっ、うん。ちょっと見せて」

 

シュテルはクリスの問いをはぐらかし、そのままクラスメイトの質問に答えていき、クリスも次席の責務として主席の補佐をして課題に取り組み、課題は無事に終わり、午後は中等部の練習艦の見学となった。

 

 

キール海洋学校の中等部はケーニヒ級戦艦を練習艦として使用していた。

前時代的な戦艦であるが、運用航海科、水雷砲術科、統括科に必要な適性を見極める為の装備は整っている。

特に戦艦ながら、50cm水中魚雷発射管単装を5基装備しているので、水雷を学ぶこともできる。

中等部合同教育艦、ケーニヒ級三番艦マルクグラーフの甲板には今年度の新入生たちが物珍しそうに周囲を見ていた。

 

「では、一四三〇まで自由行動とする。解散」

 

新入生達はマルクグラーフの砲や魚雷発射管を実際に触ってみてその感触を確かめるように触ったりしていた。

流石にマストの上には登れないが、前部艦橋の司令塔には登る事が出来た。

 

「此処が前部艦橋?」

 

シュテルが前部艦橋の司令塔に登って来ると其処には先客が居た。

 

「あっ、シュテルンも来なよ。良い眺めだよ」

 

其処にはユーリとクリスが居た。

 

「そうなの?マストの方が高くて見晴らしが良いと思うけど?」

 

「違うよ、視界じゃなくて此処からの眺めは指揮官‥艦長の眺めって事だよ」

 

「あぁ~成程」

 

「まだ練習艦で小さいけど、高等部の学生艦か軍、ブルーマーメイドのもっと大きくて最新鋭艦の艦に乗ったと思ったら、艦隊司令官みたいな気分だよ」

 

「うん。そうだね」

 

「でも、私は自分が艦長になるよりもシュテルンが艦長を務める艦に乗りたいかな?」

 

「えっ?」

 

「あぁ、私も」

 

「で、でもそれは‥‥」

 

「勿論、確実なビジョンじゃないけど‥‥」

 

「それを目標にするんだよ、シュテルン」

 

「‥‥そうか‥それじゃあ、私の目標は二人が乗る艦の艦長になる事にしようかな?」

 

「うん」

 

「約束だよ、シュテルン」

 

「ああ、約束だ」

 

「碇さん、集合時間よ。全員を前甲板に集めて!!」

 

「あっ、はい」

 

ミーナ教官が集合時間であることを知らせると、シュテルはクラスメイトを集める為に前部艦橋から降り、クラスメイト達を集めに走る。

 

「あっ、シュテルン」

 

「待って」

 

「ん?」

 

「私達も手伝うよ」

 

「シュテルン、の補佐が次席の務めだからね」

 

「私は友達としてだけどね」

 

「うん、ありがとう」

 

「あっ、クリス。ついでにもう一つ頼みたい事があるんだけど‥‥」

 

「なに?」

 

「私が一夜漬けした事、黙っていて」

 

「やっぱり、一夜漬けだったんだ‥‥」

 

「‥‥」

 

クリスはニマっとした笑みを浮かべるとシュテルは頬を赤く染めて視線を逸らす。

 

「全く、意地っ張りなんだから。でも、いいよ。貸しにしておいてあげる」

 

苦笑しながらクリスはそう言ってシュテルとユーリと共にクラスメイト達を集める為に前部艦橋を降りて艦内を奔走した。

 




少しだけ、殻を破ったシュテル。
前世の奉仕部では変えられなかった性格を前向きな性格に変えるきっかけとなりました。


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12話

一気に時系列が飛びます。


 

シュテル、ユーリ、クリスの三人がキール海洋学校の中等部へと入学してから早、四年と十ヶ月の月日が過ぎ、今ではシュテル達も中等部の最上級学年となり、今年の三月には中等部を卒業する。

三人は、中等部卒業後は勿論高等部へ進学するつもりだ。

成績に関しては、シュテルはこの中等部の間、常に主席をキープして、クリスは次席、ユーリは多少の変動はあったが、十位内を常にキープしていた。

約五年にわたる中等部での生活においてシュテルは大きく変わった。

入学したばかりの頃は、主席と言う壁にぶつかって、主席の役割について上手く理解出来ず、海洋学校生活に不安を感じていた。

しかし、前世と異なり、今のシュテルの傍にはクリスとユーリと言う無二の親友がおり、二人がシュテルを支えてくれていた。

更にこの後世では女性となり、女子校に通っている事から罰ゲームで異性に告白するような事もなく、それが切っ掛けで虐めにあう事も人間不信に陥る事も、捻くれる事もなかった。

周りの環境、友人関係‥これらの要素が前世と大きく違い、シュテルの性格の変化にも影響していた。

そんなシュテル達が入学した海洋学校の教科では一般学科の他に専門の座学、演習としてクラスを半分に分けて、クラス対抗にて駒を使っての兵棋演習、シミュレーターを使用してのシミュレーション航海、そして実際に練習艦へ乗艦しての海洋実習があった。

シミュレーション航海は様々な場面を想定しての授業であったが、その中で目的地を決めたタイムアタックにてシュテルは一分一秒でも目的地であるゴールへ行くために、ショートカットの為ならば、岩礁を砲撃や魚雷で吹き飛ばして活路を開くと言う無茶苦茶なやり方でゴールを目指したこともあった。

理由としてはそのゴールには救助を求める者が居り、軍にしろ、ブルーマーメイドにしろ、主任務はそうした被災者の人命救助の為、現場には一分一秒でも早くその現場に到着する事を念頭に置いた行動だった。

そして、練習艦を使用しての海洋実習は学年が上がるごとにその航海日数は増えていく。

中等部では高等部へ進学する前、練習艦を使用しての遠洋航海に出る。

シュテル達は今、その中等部卒業前の遠洋航海に出ている。

航路はキールの海洋学校の桟橋を出発して大陸沿いに南下し、最終目的地はイタリア南部にある最大の港湾都市、ナポリである。

キールからナポリまでの航海の中、ただ何もしない訳がなく、

 

「航海術演習を始める。全員、測距儀の周りへ集合!!」

 

メガホンでミーナ教官が集合の指示を出すと、実習生達は筆記用具と教材を手に駆け足で集合場所へと集まり、講義を受ける。

練習艦上では航海術の他に砲術、水雷術、通信技術、機関学・機関実習などの様々な艦の運用術を実際の装備を使って知識を深めていく。

勿論、練習艦内にある講義室での中等部教育における一般学の講義もちゃんとある。

 

「あぁ~今日も疲れたぁ~」

 

「寝ぼけて落っこちないように気を付けてね」

 

「ハンモックの寝心地にもだいぶ慣れてきたよねぇ~」

 

「そうそう、最初の頃は、寝にくかったよねぇ~」

 

「私なんか、落っこちたし‥‥」

 

一日、みっちりと訓練をして、講義を受けて、夕食と入浴が終わって就寝時間前のほんの僅かな休憩時間が実習生達にとって心が休まる時間となる。

実習生達はまず自分らの寝床となるハンモックの準備をする。

中等部合同教育艦マルクグラーフはケーニヒ級戦艦の三番艦であり、全長175.4m 全幅29.5mと前時代的な戦艦の為か大きさも高等部で使用している小型巡洋直接教育艦並みの大きさである。

しかし、乗艦する人間の数が高等部で学生艦を用いる海洋実習と異なる。

高等部での学生艦は一クラスの生徒の人数であるが、中等部合同教育艦はその名の通り、中等部の生徒全員と複数の教官が乗艦する。

その為、士官室・兵員室は教官らが使用し、実習生達の寝床はハンモックとなり、その空間だけが、学生達の個人所有スペースとなる。

 

「あれ?シュテルンは?」

 

自分のハンモックの用意が終わったユーリはシュテルの居所をクラスメイトに訊ねる。

 

「碇さんならもう休んでいるよ」

 

「そっか、今日の講義で分からない所があったから聞こうと思ったのになぁ‥‥」

 

ユーリはそう言いながらシュテルのハンモックへと行く。

 

「シュテルン、起きている?」

 

ユーリがシュテルのハンモックへと行き、シュテルに声をかけると、クラスメイトの言う通り、シュテルは既にハンモックの中で眠っていた。

ただ、眠る直前まで参考書を読んでいたのか、その手には参考書が握られていた。

 

「あぁ~やっぱり寝ちゃっている‥‥今日の講義で分からない所があったから聞こうと思ったのに‥‥とりあえず、参考書はしまってあげよう。このままだと落っことしちゃいそうだし‥‥」

 

ユーリはシュテルが手に持っていた参考書を手に取り、何気なく中身を見てみると目を見開く。

 

「っ!?‥‥私と同じ参考書‥じゃない‥‥いや、参考書自体は私の参考書と同じだ‥‥でも、中身は全然違う‥‥書き込みで余白じゃ足りないから付箋を糊付けして補強しているんだ‥‥」

 

「んっ?‥ゆ、ユーリ?」

 

「あっ、シュテルン、ごめん。起こしちゃった?」

 

「いや、気にしなくていい。それでどうしたの?」

 

寝ぼけ眼を擦りながらユーリに何か用があったんじゃないかと訊ねる。

 

「今日の講義で分からない所あったから、シュテルンに聞こうと思って‥‥」

 

「ん?そうなの?いいよ。何処?」

 

「えっとね‥‥」

 

シュテルはハンモックから降りて、ユーリが分からない所を教える。

 

「それにしてもシュテルンの参考書は凄いね」

 

「ん?」

 

「余白をびっちり、文字と付箋で埋めているんだもん」

 

「教科書だけでなく、講義中に教官が話した実体験や裏知識みたいなのも役立つからね」

 

「へぇ~」

 

「気になる所があるなら貸してあげるよ」

 

「えっ!?本当!?」

 

「うん。ただ、汚したり破ったりしないでよね」

 

「分かった。ありがとう、シュテルン」

 

ユーリはシュテルの参考書を借りてその場を後にし、シュテルは再びハンモックによじ登り、目を閉じた。

こうした訓練と講義を繰り返していき、キール海洋学校中等部の練習艦、マルクグラーフは目的地であるイタリアのナポリへと到着した。

到着地のナポリでは、入国審査の手続きが終われば上陸が出来、上陸後は指定された時間まで自由時間となる。

皆は早く陸に上がりたいのか、ソワソワとしてやや落ち着きがない。

そう言う点においては、やはり年頃の女の子達であり、上陸後はどこへ行く?

何を食べようか?

何を買おうか?

など、上陸後のショッピングや観光の話をしており、それはまるで修学旅行中の学生であった。

 

「入国審査は無事に終わったわ。これからパスポートを返却するから、名前を呼ばれた生徒は取りに来て」

 

ミーナ教官が一人一人、生徒の名前を呼んで入国審査に必要だったパスポートを返却していく。

 

「上陸後は今日、一八〇○まで自由行動を許可します。門限には送れないようにね、それとあまり羽目を外し過ぎないように、では解散!!」

 

ミーナ教官が解散を宣言すると、生徒達は次々とマルクグラーフを降りてナポリの町へと観光に出る。

 

「ねぇねぇ、シュテルン、クリス、何処に行く?」

 

「そうだね、ここナポリは『世界三大美港』の一つでもあるからね、その景色を見てみたいな」

 

「カポディモンテ美術館も見てみたいな」

 

「もう、シュテルンもクリスも、折角ナポリに来たんだから、本場のピッツァとパスタを食べないと」

 

「それもそうね」

 

「まぁ、あまり食べ過ぎないようにね」

 

ユーリとクリスは折角、ピッツァとパスタの本場であるナポリに来たのだから、その本場のピッツァとパスタは食べたいと言う。

三人はナポリのグルメマップを手にマルクグラーフを降りた。

マルクグラーフが停泊しているナポリの旅客船ターミナルの傍には掲示板があり、様々なチラシが貼ってあったのだが、その中で人目を引くのが探し人の張り紙が張り巡らされていた。

 

(探し人の貼り紙‥?‥‥しかもあんなに沢山の‥‥この街はそんなに物騒なのか?)

 

シュテルは掲示板に貼られた探し人のチラシとは裏腹に眼前の観光客が溢れている華やかな港町とのギャップを感じていた。

三人は早速、とあるイタリアレストランへと入り、早速本場イタリアのピッツァを注文する。

 

「お待たせしました!オニオンベーコンピザです!」

 

それからしばらくして、ウェイトレスが注文したピッツァをテーブルに運んでくる。

ピッツァは焼き立てでじゅうじゅうと美味しそうな音を立ててチーズの脂とベーコンの脂が焼けて混ざり合ういい匂いと白い湯気を出している。

それをピザカッターでユーリが六つに切り分ける。

こんがりと焼けているピザ生地の上には鮮やかな赤いトマトに細かく刻んだオニオンが飾られ、その上からさらにチーズと燻製肉、細切りにした緑のピーマンが乗せられている。

 

「それじゃあ、食べようか。ピッツァは熱い内が美味しいし」

 

「うん」

 

「そうだね」

 

「「「いただきます」」」

 

三人はピッツァを手に取り、口へと運ぶ。

ピッツァは見た目通り焼き立てで、手に持つとその熱が伝わって来る。

口へ運ぶと口の中で溶けたチーズの少し酸味がある乳の味と、しっかりと焼かれて程よく脂が抜けた燻製肉の味、それを引き立てる生のまま焼かれたのであろうオニオンの僅かな辛みと上に乗せられたピーマン独特の苦味、チーズの酸味とは異なるトマト独特の酸味。

それらの具材の土台に使われている薄いピザ生地の表面は良く焼かれて硬くなっているが中身はふんわりと柔らかく、上質な小麦と塩と水だけで捏ね上げられたシンプルで淡白な生地の味が、それぞれ個性が強い味を持つ具の味を支えている。

 

「美味しい~」

 

「うん、流石本場のピッツァ、デリバリーサービスや冷凍のピザとは一味違うよ」

 

「ホント、美味しい」

 

クリスとユーリは一枚の目のピッツァをペロリと平らげてしまうと追加のピッツァを頼む。

 

(ユーリは兎も角、クリスはここまで沢山食べる奴だったか?)

 

三人の中でも大食いなユーリは兎も角、クリスまで一心不乱にピッツァを食べている。

 

(やっぱり、本場のピッツァは違うなぁ~後は美味しいイタリアンワインかあの世界のシュワシュワがあれば文句はないんだけど、今は学生の身分だから仕方ないか‥‥)

 

クリスは本場のピッツァをワインや酒と一緒に食べたいと思っていたが今の自分は中等部の学生故、アルコールを飲むのはマズいので、此処は炭酸水で我慢した。

ユーリとクリスはピッツァだけではなく、ついでにバスタも注文した。

テーブルの上の大皿にはトマトベースのパスタにミートボールが乗っているパスタが置かれた。

パスタは大皿から小皿に分けて食べるスタイルだった。

 

「おぉ~美味そう~」

 

(なんか、何処かで見た事のあるようなパスタだな‥‥えっと‥‥たしか、有名な泥棒の孫が主役の何とかの城って言うタイトルのアニメ映画だったと思うんだけど‥‥)

 

シュテルはこのパスタを何処かで見たことが有るような気がしてならなかった。

大皿に盛られたパスタを小皿で取り分けるのだが、シュテルは平均的な量なのだが、ユーリとクリスは争うようにパスタを取り合っている。

 

「ぬっくぬぅ‥‥」

 

「このぉ~‥‥」

 

「あっ‥‥」

 

ユーリにしては珍しく、パスタの争奪戦でクリスに負けた。

とは言え、ユーリの皿にはパスタの山が既に出来上がっていた。

 

(どんだけ、食うんだよ?コイツら‥‥)

 

流石にシュテルは大量のピッツァとパスタを前に二人よりも先にギブアップする。

 

「うっぷ‥‥」

 

「どうしたの?シュテルン」

 

「流石にこれ以上は食べられない」

 

「えぇ~まだデザートを頼んでないよ」

 

「まだ食べるの!?」

 

「折角、本場に来たんだから、目一杯食べないと損じゃない」

 

「いくら何でも限度があるでしょう‥‥流石にこれ以上は付き合いきれないよ。私はこの辺りを観光するから、艦で会おう」

 

シュテルは此処までの料理の代金をテーブルに置いて店を出た。

 

「さて、始めて来たイタリアを堪能するか‥‥」

 

シュテルは久しぶりに一人でナポリの街を観光の為、歩き始めた。

ただこの時、シュテルは港の掲示板に貼ってあった沢山の探し人のチラシの存在をすっかり忘れていた。

 

シュテルは一人でナポリの観光名所を巡り歩いた。

ナポリにあるサン・カルロ劇場はシュテルの父親である碇・ラングレー・シンジが所属するオーケストラ楽団がかつて演奏会を行った劇場でもある。

以前、父から送られた手紙と共に写真が添えられていたので覚えていた。

サン・カルロ劇場の他にサンタキアラ教会、王宮博物館、国立カポディモンテ美術館、ドゥオーモ (サン・ジェンナーロ)は入館料がかかるので、外見から建物を見て写真を撮るだけであったが、サン・フランチェスコ・ディ・パオラ聖堂は入館が無料だったので、中に入ってみると、市民の憩いの場であるプレビシート広場にはパフォーマーがいたりして、沢山の観光客で賑わっていた。

シュテルは故郷の両親やクリス、ユーリに見せる為にデジカメで彼方此方の観光スポットの風景を写真に残した。

次にシュテルがやって来たのは、卵城(カステル デローヴォ)。

なぜ、この城は卵城と言うのか?

それはお城を建てるときに基礎に卵を埋めこんで、その卵が割れる時にお城もナポリも滅びるという呪文をかけられたという伝説から名付けられたと言う説があるからだ。

この城は入場料が無料なので、タダで入る事が出来、卵城の屋上からは、ナポリの街並み、サンタルチア港、遠くにヴェスヴィオ火山までが見渡せた。

 

「おぉ、良い眺め‥‥おっ、アレが有名なヴェスヴィオス火山か‥‥」

 

シュテルは城の屋上から周りの景色を見渡すと対岸には大きな連山が見える。

あの連山こそがイタリアでは有名なヴェスヴィオス火山である。

 

「確か大昔、あの山の麓の町が火山の噴火で滅んだんだよな‥‥」

 

ヴェスヴィオス火山を見ながらシュテルはポツリと呟く。

 

ヴェスヴィオス火山はイタリア・カンパニア州にある火山で、ナポリから東へ約9kmのナポリ湾岸にある。

紀元79年8月24日の大噴火が有名であり、この時の火砕流がポンペイ市の町に襲い掛かり、ポンペイの町は土石流と火山灰で埋没した。

この災害により、2万人程度いたポンペイ市民の内、何らかの理由で町に留まった者、逃げ遅れた者の約2千人が犠牲になった。

そして、このポンペイの災害は当時の人々の生活や文化をそのままの状態で保存した。

ポンペイの悲劇が皮肉にも古代ローマ帝国の栄華を現在に伝えることになった。

なお、このヴェスヴィオス火山は千葉県浦安市舞浜にあるテーマパークの中央部に聳えるシンボル的存在であるプロメテウス火山のモデルとなっている。

 

次にシュテルは買い物の為、ガレリアウンベルト1世へとやって来た。

ガレリアウンベルト1世は、さまざまなショップやカフェなどが立ち並ぶショッピングモールで中央の天井部分の鉄とガラスで造られたドームが芸術品のように美しい建物であり、ショッピングモールさながら、其処はまるでテーマパークの様だった。

 

(舞浜のエクス○アリみたいだな‥‥)

 

そこは華やかな雰囲気があり、他の観光客達も此処でお土産を購入したり、カフェで休憩したり、お茶を楽しんでいる。

前世の千葉県浦安市舞浜にあるディスティニーランドに隣接していたショッピングモールを彷彿させる所だが、歴史的、規模的にも此方の方が大きい。

シュテルがガレリアウンベルト1世の中のお店を見ながら歩いていると、

 

「あれ?碇さん?」

 

シュテルは後ろから呼び止められた。

後ろを振り返ると、其処にはキール海洋学校中等部の指定ジャージを身に纏ったシュテルのクラスメイトが居た。

 

「あぁ‥エレミアさんか‥‥」

 

シュテルに声をかけたのは同じクラスメイトのジークリンデ・エレミアだった。

エレミアは制服着用義務がある時以外は基本、ジャージ姿でいる事が多い。

 

(ジャージか‥‥戸塚を思い出すぜ‥‥戸塚‥‥ああ、早く会いたいな‥‥)

 

ジャージ姿のクラスメイトはシュテルにとって前世のクラスメイトであり、友達以上の存在であった戸塚彩加の事を思い出させる。

戸塚は小柄で腕も腰も脚も細く、肌も抜けるように白く、可愛らしい顔にソプラノ調の声と、外見と立ち居振る舞いから儚げな可愛い美少女に見えるが、戸塚はれっきとした男だった。

前世では、戸塚はシュテル‥いや、八幡が高校一年生の時、同じクラスだったが、初めて会話をしたのは二年になってからだった。

テニス部に所属する戸塚は八幡ら奉仕部にテニス部の強化を依頼し、そこから八幡と戸塚の交流が始まったのだった。

日本へ行けばこの世界の戸塚に会えるかもしれない。

前世では同性同士だったが、今の自分は女‥故に戸塚と堂々と交際することが出来る。

シュテルが日本に居るかもしれない戸塚の事を思っていると、

 

「碇さん、碇さん?どないしたん?突然ボォッ~として、気分でも悪いんか?」

 

戸塚の事を思っているシュテルの顔の前でヒラヒラと手を振りながらエレミアが心配そうに声をかけてくる。

 

「えっ!?だ、大丈夫だよ。ちょっと、周りの景色に見とれていただけだよ」

 

と、誤魔化す。

 

「そうなんか?まぁ、どこも悪くなければそれでええけど‥‥」

 

(あれ?俺って今、エレミアさんとドイツ語で喋っている筈なのに、なんでエレミアさんの言葉が関西弁に編集されているように聞こえるんだろう?)

 

シュテルはエレミアの言葉に違和感を覚えたが、気にしたら負けなので、深く考えるのを止めた。

 

「エレミアさんは一人‥‥って、またスナック菓子を食べているの?」

 

シュテルはエレミアの手の中にあるスナック菓子を見て呆れるように言う。

 

「仕方ないやん、こればっかりは止められないんよ」

 

エレミアはジャージの着用以外にスナック菓子中毒とも言える程、スナック菓子やジャンクフードが大好きだ。

実際、今回の海上実習でも彼女は沢山のスナック菓子を持参しており、休憩時間中や就寝前に良く食べている姿を見る。

ユーリもそうであるが、あんなに沢山のスナック菓子を食べてよく、身体を壊したり、太ったりしないと思う。

 

「碇さんは今、一人なんか?いつも一緒に居るエブナーさんやエーベルバッハさんはどないしたん?」

 

「二人はレストランで食い倒れている。流石に私はあんなに沢山のイタリア料理は食べられないし、折角ナポリに来たんだから、観光名所を巡りたいと思ってね、彼方此方を回っていたの。エレミアさんは?」

 

「ウチも一人で、その辺を適当にブラブラしてたんや」

 

「そう‥あっ、それなら一緒に回らない?」

 

「碇さんと?」

 

「うん。あっ、でも、もしエレミアさんがこの後、何か予定があるならいいけど‥‥」

 

「まぁ、えぇよ。ウチも特に予定とかもあらへんし、誰かと一緒に回っとったわけでもないからな」

 

こうしてシュテルはクラスメイトのエレミアと共にナポリの街を観光する事になった。

シュテルの方からこうしてクラスメイトと一緒に観光地を回ろうと誘う辺り、シュテルも成長し、人として変わった事を意味していた。

皮肉にもシュテルは一度死んだことにより、人として変わる事が出来た。

そう言う意味では前世の奉仕部メンバーや葉山が八幡を自殺へと追い込んだ事が八幡を‥シュテルを変える切っ掛けになったのかもしれない。

シュテルとエレミアは観光マップを片手にナポリの街へと歩き回った。

しかし、シュテルもエレミアもこの時は、まさかあの様な事件に巻き込まれるとは夢にも思わなかった。

 




今回のゲストはなのはvividからジークリンデ・エレミアです。

ユーリとクリスがパスタを取り合うシーンのイメージは、あの有名な泥棒の孫が相棒のガンマンと共に城下町のレストランでパスタを取り合う感じです。


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13話

 

キール海洋学校中等部の卒業前の遠洋航海実習でイタリアのナポリへとやって来たシュテル達。

ユーリとクリスは本場イタリアのピッツァとパスタを心ゆくまで堪能する事にしてレストランで食い倒れており、シュテルは二人の食欲にはついていけず、一人でナポリの街を観光しながら、イタリア南部最大の港町、ナポリの街並みを写真に収めていた。

その最中、シュテルはクラスメイトの一人、ジークリンデ・エレミアと偶然鉢合わせをする。

エレミアは特に誰かと一緒にナポリの街を観光するわけでもなく、一人でスナック菓子片手にブラブラと歩いていたので、シュテルと共にナポリの街を観光する事になった。

折角、外国の街へと来たのだから、家族へのお土産でも買おうと、二人でショッピングする姿は年頃の女子の姿であった。

ただ、街中にある掲示板には港にあったのと同じ探し人のチラシが沢山貼ってあったが、シュテルもエレミアもその掲示板には気づかなかった。

 

ショッピングをして少し疲れた二人はあるカフェへと立ち寄る。

そこで二人はジェラートを食べた。

ジェラートはアイスクリームと比べると密度が濃く、味にコクがあり美味しかった。

ジェラートを食べている中、シュテルはエレミアにどうしても気になる事があったので、聞いてみた。

 

「ねぇ、エレミアさん」

 

「ん?なんや?」

 

「エレミアさんの言葉ってちょっと独特の訛りがあるよね?」

 

「あっ、気づいた?」

 

「うん」

 

「なんか、変やろうか?ウチの言葉遣い」

 

「いや、そこまで変じゃないよ。ただちょっと気になっただけ」

 

口ではちょっとと言うが、シュテルにしてみれば、実はかなり気になっていた。

 

「実はウチ、小学校に上がる前までは、日本の大阪っちゅう所で生まれて、そこで育ったんよ」

 

「へぇ~‥‥エレミアさんは大阪の生まれなんだ‥‥」

 

(なるほど、だから独特の訛りみたいなのがあったのか‥‥ん?でも、なんでドイツ語なのに関西弁でアフレコされているみたいに聞こえるんだろう?)

 

エレミアが生まれも育ちも日本の大阪生まれで、その影響でドイツ語に独特の訛りみたいなのがあるのは分かったが、それがどうして関西弁でアフレコされているように聞こえるのかシュテルにはそれがどうしても分からなかった。

 

「ん?碇さんは大阪を知っとるの?」

 

「実際に行ったことはまだないけど、おじいさんとおばあさんが京都って所で働いているんだ」

 

「へぇ~京都に‥‥」

 

以外にも自分の故郷の一つでもある日本の大阪の傍に縁がある人と知ってエレミアは少し嬉しそうだった。

 

 

カフェで休憩した後、シュテルとエレミアの二人は再びガイドマップを手に持ち次に何処へ行くかを決めかねていた。

そんな二人を背後から見ている男達がいた。

 

「おい、アレなんかどうだ?」

 

「うむ、年格好も丁度いい‥ん?‥あの制服‥ドイツのキール海洋学校の制服だ」

 

「外国人か‥‥」

 

「そのようだ‥それに、あの様子‥いかにもこの街に慣れていない観光客ってところだな」

 

男達はシュテルとエレミアが纏っているキール海洋学校の制服と手にしているガイドマップからシュテルとエレミアが観光客で、このナポリの街の地理に不慣れだと判断した。

 

「おあつらえ向きだ。やるぞ‥‥」

 

「ああ、手早くな‥‥」

 

そう言うと男達は足早にシュテル達に近づく。

そんな男達の存在に気づかずにシュテルとエレミアの視線はガイドマップに集中していた。

 

「う~ん‥次は何処に行こう‥‥エレミアさんは何処か行ってみたい所とかってある?」

 

「ウチは別に何処でもええよ」

 

「もう、投げやりだな‥‥」

 

シュテルとエレミアが次の行き先を決めかねている時、二人の背後から怪しげな男達が近づき、そして‥‥

 

「うっ‥‥」

 

「むっ‥‥」

 

二人の視線がガイドマップに集中していると、突然シュテルとエレミアの鼻と口が布で塞がれ、武骨な男の手がガシッと体を押さえつける。

口と鼻を塞ぐその布には予め特殊な薬品が染み込ませてあったようで、その匂いを嗅いでいると段々と意識が遠のいていった。

おまけに口を塞がれているので声をあげることもできない。

やがて二人の身体はガクッと糸が切れた操り人形のように意識を失った。

 

「よし、うまくいったぞ」

 

「早いとこ運び出すぞ」

 

男達は意識を失ったシュテル達を担ぎ上げその場から急いで走り去っていった。

男達のあまりの手際の良さと、シュテルとエレミアが声を出さなかった事で周囲の人らは気づくことは無かった。

 

 

それから時間が過ぎ、門限となる一八〇○時に迫ろうとしていた。

マルクグラーフのタラップには教官がおり、帰還した生徒達の名前を確認し、誰が帰って来たかを名簿でチェックする。

 

「うっぷ‥‥流石に食べ過ぎたね‥‥」

 

「うん‥ちょっと無理し過ぎた‥‥うぇ~‥‥なんか気持ち悪い~‥‥」

 

「当分、ピッツァとパスタは食べたくもないし、見たくもないかな‥‥」

 

そこへ、本場のイタリアン料理を堪能したクリスとユーリが戻って来た。

ただ食べ過ぎたみたいで二人とも顔色が少し悪い。

一体どれくらいの量のピッツァとパスタを食べた事やら?

 

「あら?エブナーさんにエーベルバッハさん。珍しいわね、二人なんて」

 

教官の間でもユーリとクリスはシュテルと三人で居ると言う認識があった。

そんな三人組の中でシュテルが不在で、ユーリとクリスの二人で行動していた事が意外だった。

 

「私達は本場のイタリア料理を堪能していたんですが、碇さんは途中でギブアップして一人で観光に出たんですけど‥‥」

 

「まだ戻って来ていないんですか?」

 

「ええ、まだね‥‥」

 

教官は生徒名簿を確認してシュテルがまだ戻って来ていない事を二人に伝える。

 

「もうすぐ門限なのにまだ帰って来ていないなんて‥‥」

 

「どうしたんだろう?シュテルン‥‥」

 

時間に関しては厳しい海の世界。

基本15分前行動は当たり前なので、門限が一八〇○時でも皆は大抵門限の15分前の一七四五時には戻って来る。

しかし、門限の一八〇○時を過ぎてもシュテルとエレミアがマルクグラーフに戻って来る事はなかった。

 

「ねぇ、クリス。いくらなんでも可笑しいよ」

 

「そうね。あのシュテルンが門限を破るなんて‥‥」

 

「もしかして、何かあったんじゃないかな?」

 

「それにシュテルンの他にエレミアさんも帰って来ていないみたいだし‥‥」

 

「エレミアさんも?」

 

クリスとユーリを始めとするシュテルと同じクラスメイト達は心配しているが、

 

「主席と言っても碇さんは混血だからねぇ~」

 

「全く、他の人種が混じっている人は時間も守れないのかしら?」

 

「エレミアさんもきっとあの混血種の我儘に巻き込まれたのよ」

 

「エレミアさんも気の毒にねぇ~」

 

と別クラスの血統主義の生徒はシュテルが門限に遅れて帰るに帰れないと思っているらしくシュテルに対して侮蔑の言葉を吐いている。

シュテルのクラスメイト達はそれを聞いて顔を顰めるが、彼女らがシュテルを侮蔑するのは混血種に負けていると言う嫉妬から来るものだった。

ミーナ教官は当然、シュテルとエレミアの携帯にも電話をかけたが、どちらも応答しない。

そして門限を二時間も過ぎた、二○○○時になってもシュテルとエレミアは戻ってこないし、相変わらず携帯にも出ない。

いくらなんでも可笑しいと判断した教官らは地元警察に連絡して二人の捜索を依頼した。

 

その頃、シュテルとエレミアは‥‥

 

「う、うぅ~ん‥‥」

 

シュテルは重い瞼を開けると、そこは薄暗い大きな倉庫の様な所だった。

しかもこの倉庫内はなんだか肌寒い。

この肌寒さがシュテルの意識を覚醒させるきっかけとなった。

 

「私‥どうして‥‥」

 

さっきまでナポリの市街地に居た筈が何でこんな所にいるのかはっきり思い出せない。

しかも手足は縄で縛られていた。

ふと隣を見ると、そこには一緒に市街地を観光していたエレミアの姿もあった。

彼女はまだ眠っており、自分同様、手足を縄で縛られている。

ただ、呼吸はしているので、生きている事は確かだ。

 

「エレミアさん、エレミアさん、起きて‥‥」

 

幸い猿ぐつわはされていなかったので、シュテルは声を出し、縛られながらも両足でエレミアの身体を突っついて彼女を起こす。

 

「う~ん‥‥もう、食べられへよぉ~」

 

「な、なんてベタな寝言を‥‥」

 

エレミアはシュテルに突っつかれながらベタな寝言を吐き、それに呆れるシュテル。

しかし、このまま寝かせておくわけにはいかないので、シュテルは引き続きエレミアを突っついて彼女を起こす。

 

「起きて!!おい、起きろ!!」

 

声を荒げ、足蹴りの勢いをあげると、

 

「うっ、うん?」

 

ようやく意識が戻り体を起こし、声をあげる。

 

「ん?あっ、碇さん‥おはよう‥‥って、此処はどこや!?」

 

エレミアは目が覚めると自分の四肢は縄で縛られており、しかも見慣れない場所に居る事に驚き、声をあげる。

 

「分からない‥‥でも、見たところどこかの倉庫みたい」

 

シュテルは当初、事態が把握出来ずに驚いていたが次第に冷静さを取り戻し、此処が何処なのかを確認する。

 

「で、何でウチらは此処で縛られてこんな倉庫に居るんやろう?」

 

「分からない‥でも、人為的に‥‥誰かに誘拐された事は確かみたい」

 

「ゆ、誘拐やて!?」

 

シュテルの誘拐と言う言葉に反応するエレミア。

 

「兎も角、縄から抜けないとまともに動けないから、まずはこの縄を何とかしよう」

 

「そうやね」

 

「エレミアさん、こっちに背中をむけて」

 

「ん」

 

エレミアは縛られている手をシュテルの正面に向けるとシュテルは歯を使って器用にエレミアの手を縛っている縄の結び目を緩めた。

結び目が緩んだ事によりエレミアは自分の手を縛っていた縄が解けた。

手が自由になったことで、エレミアは自分の足を縛っている縄を解き、次にシュテルの縄も解いた。

 

「ともかく此処が何処なのかを確かめないとね」

 

「そやな、どうやら携帯も取られてもうたみたいやし」

 

ポケットの中を確認してみると、入れていた筈の携帯がない。

どうやら誘拐犯が抜き取ったみたいだ。

誘拐犯としたら、シュテル達が外部と連絡を取れないようにしたみたいで、誘拐犯としては当然の行動だろう。

シュテルとエレミアは此処が何処なのかの確認の為、倉庫になった荷物の上に乗る。

そこから天窓から外を確認した。

すると、この倉庫は何処かの港にある倉庫みたいだった。

 

「港と言う事はマルクグラーフが停まっている近くかもしれへんな」

 

「うん。早く此処から出よう」

 

「そうやね」

 

天窓から外を確認し、誘拐犯が此処に戻って来る前になんとかこの倉庫から脱出してマルクグラーフに戻らなければならない。

 

「それにしてもこの荷物、一体何が入っとるんやろう?」

 

エレミアがこの倉庫にある荷物が気になり、コンテナの一つを開ける。

 

「エレミアさん、今は倉庫の荷物なんてどうでもいいから、早くここをでましょう」

 

シュテルはこの倉庫にある荷物なんてどうでもいいのだが、エレミアは気になる様子。

エレミアがコンテナをあけると‥‥

 

「ん?なんや、中身は寝袋かいな」

 

「寝袋?」

 

エレミアが言うにはコンテナの中身は寝袋だと言う。

シュテルも気になり、エレミアと共にコンテナの中にあると言う寝袋を見る。

 

(ん?こ、これは寝袋なんかじゃない‥‥これは‥‥)

 

シュテルはこの袋を見た事がある。

この前、ユーリやクリスと一緒に見た刑事モノの映画で似たような袋が登場したシーンがあったのだ。

当然映画ではその中身も描かれていた。

 

「ん?この寝袋、中に何か入っとるな」

 

「エレミアさん、待って!!」

 

シュテルは止めようとしたが、間に合わず、エレミアはその寝袋のジッパーを下に降ろす。

すると、その中にあったのは‥‥

 

「ん?‥‥うわぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

エレミアは寝袋の中身を見て思わず声をあげる。

彼女は寝袋の中身を見て反射的に身体を引くとそのままバランスを崩し、コンテナの上から落ちた。

袋に入っていた中身と共に‥‥

 

「エレミアさん」

 

「い、碇さん‥‥し、死体‥死体や!!」

 

エレミアは自分の上に乗っかった死体を指さしながら震えた声をあげる。

 

「‥‥」

 

そう、コンテナの中身は寝袋ではなく、死体袋だったのだ。

シュテルはエレミアの上に乗っかった死体をどけると、他のコンテナも開けてみた。

すると、他のコンテナにも死体袋が詰まっていた。

中を見ていないが、どの死体袋にも中身があるようだ。

 

(人気のない倉庫‥‥それに袋詰めにされた死体‥‥このコンテナの中身は全部、死体?)

 

(でも、なんでこんな所に?葬儀会社の遺体保存庫と言う訳ではなさそうだし‥‥)

 

自分でも死体に驚かず冷静に辺りを分析しているシュテル。

シュテルが倉庫の中の箱を見渡し、現状を分析していると、

 

「おやおや、箱の中身を見てしまいましたか?」

 

倉庫のドアが開き、そこからサングラスと帽子を被った男を先頭に何人もの男達が入ってきた。

 

「全く貴方達は不手際が多すぎますよ」

 

「す、すみません。それにしてもどうやって縄をほどいたてんだ?アイツ?」

 

彼らの会話からどうやらサングラスに帽子の男がリーダーのようだ。

服装や言動、そしてこの倉庫にある死体の数々‥‥

 

(こいつら‥‥まさか、イタリアマフィアか!?)

 

「なんや?アンタ達は?」

 

「恐らく、イタリアマフィアだ」

 

「マフィアやて!?」

 

シュテルがエレミアに男達の正体を伝えると、エレミアは驚いていた。

マフィアはイタリアのシチリア島を起源とする組織犯罪集団である。

19世紀から恐喝や暴力により勢力を拡大し、イタリア国内では四大犯罪組織と称されている。

そんな犯罪集団が目の前にいるにもかかわらず、シュテルは表面上冷静な態度でいた。

 

「それで貴方達の目的は何?他の世界に奴隷として私たちを売る?それとも殺してから積荷にして運ぶ?」

 

シュテルは取り敢えず彼らの目的を聞いた。

どう見ても彼らが葬儀社の社員には見えないし、先程エレミアと共に落ちた死体の首には紐状の何かで絞め殺した形跡もある。

つまりこの死体は事故や病死ではなく他殺された死体ということになる。

もっとも自殺した死体という可能性も捨てきれなかったが、この後、リーダーの発した言葉によってその可能性も消えた。

 

「ほぉ~この状況で随分冷静なお嬢さんだ。これはビジネスだ」

 

「ビジネス?」

 

「そう、世界には新しい臓器を待っている患者が沢山居る。我々はそんな病気の人達を助ける為、こうして臓器の確保をしているのです‥‥とは言え、臓器移植を待っている人は多く、臓器も死体となってからは長くは持たないので、常にフル稼働しなければならない大変な仕事なのです」

 

「‥‥まさかと思うが、この街のあちこちに沢山貼ってあった探し人は‥‥」

 

シュテルはこの街に沢山貼られていた探し人のチラシ‥‥

あのチラシにあった人達はコイツ等のビジネスとやらの犠牲に‥‥

 

「世の為、人の為に協力できたのだ。我々はそれに協力ついでにお小遣いを稼いでいるだけに過ぎない」

 

「なんや、それ!?結局は人を殺して金を設けているだけやないか!?そんな下らないモンの為に‥‥」

 

エレミアはマフィアの悦に浸った御高説に食って掛かる。

 

「イヤぁ~私も残念だ。出来れば殺さず生かしたまま連れて帰りたかった。それならば移植用の臓器として高く売れた他に中東や欧州の金持ちの愛玩として売れそうだったのに‥‥しかたありません。多少値は落ちますが‥‥」

 

「黙れ!!外道が!!」

 

「五月蝿いですね‥‥黙らせなさい‥‥永遠にね‥‥」

 

「はっ」

 

リーダーの後ろにいた男達の内一人の男がナイフを抜きながらシュテルとエレミアに近づいてきた。

拳銃では銃声がして周りに気づかれてしまい、場所によっては売れ物にならなくなるので、ナイフで牽制し、此処にある死体の様に絞殺しようと言う魂胆だろう。

 

「小娘の喉を切るのは、温かいバターを切るようだぜ」

 

ナイフを手に持ちにじり寄ってくる男達。

確かに首の頸動脈を斬れば死ぬし、臓器には傷がつかない。

するとエレミアが男達へと駆け出し、一人の男に掴みかかり、その勢いを殺すことなく投げ飛ばす。

それを見た連中はリーダーの男以外の連中が一斉に襲いかかってきた。

エレミアは男達のナイフの突きや斬撃を躱し、低空タックルで足を掴みスイングして投げ、また別の男には喉に突き刺さるエルボーをして倒し、別の男には鳩尾に強烈な拳を叩きつけ、また別の男には男の急所を思いっきり蹴り飛ばすなどして、次々と男達を倒していき、最終的にはエレミア一人でその場に居たマフィア全員を倒してしまった。

マフィアが少人数だった事と拳銃を使えなかった事を差し引いてもこれは凄い。

 

「‥‥エレミアさん‥強いね‥‥」

 

シュテルもエレミアの体術は予想外で乾いた声で訪ねるしか出来なかった。

 

「ウチ、幼少の頃から格闘技をやっとったからね、こんなチンピラに毛が生えた程度の連中に負けるつもりはないで、ましてやこんな外道な連中は許す訳にはアカンからな‥‥さて、どうする?」

 

「とりあえず、コイツ等の誰かの携帯を使って教官と警察に電話しよう」

 

「うっ‥くっ‥‥」

 

シュテルとエレミアがこの後の事を話していると、リーダー格の男が薄っすらと目を開ける。

エレミアの攻撃がこの男には浅かったのか、それともタフなのか、他の男達よりも一早くに意識を取り戻した。

 

(くそっ、このままじゃ、すまさねぇぞ‥‥もう、商品なんてどうでもいい‥‥身体に傷がついてもアイツらは此処で確実に殺す!!)

 

リーダー格の男は懐に手を入れると、そこから拳銃を取り出す。

そして、まずはエレミアに銃口を向ける。

それに気づいたシュテルは、

 

「エレミアさん!!危ない!!」

 

「えっ?」

 

エレミアを突き飛ばす。

その直後、

 

バキューン!!

 

‥‥チャリン

 

倉庫に一発の銃声と薬莢が落ちる事が木霊する。

 

「がはっ‥‥」

 

ドサッ

 

そして、シュテルは車に轢かれたように弾け倒れる。

 

「碇さん!!」

 

「このアマぁ、殺してやる!!」

 

リーダー格の男は拳銃を構え起き上がる。

 

「このっ!!」

 

シュテルが撃たれた事に憤慨したエレミアはリーダー格の男へとかけて行く。

 

「馬鹿め!!」

 

そんなエレミアにリーダー格の男は銃口を再び向ける。

 

「くっ‥‥このっ‥‥」

 

倒れていたシュテルは最後の力を振り絞って倉庫の床に落ちていたパイプをリーダー格の男に向けて投げる。

すると、パイプはリーダー格の男に当たり、その痛みと衝撃で照準がズレる。

その隙をエレミア見逃さずにリーダー格の男の腹に一発入れて倒すとそのまま馬乗りとなり、マウントポジションをとると、男の顔を何発も殴った。

 

「や、やめ‥‥だ、だじげで‥‥」

 

「お前はそうやって命乞いする人達を一体何人殺したんや?お前に命乞いをする資格なんてない!!」

 

そう言ってひたすら殴り続けるエレミア。

 

「エレ‥ミアさん‥‥やめ‥‥やめて‥‥」

 

「っ!?」

 

倒れていたシュテルの声を聞いてエレミアはそこでやっと殴るのを止めた。

リーダー格の男の顔は血と涙と涎と鼻水でぐちゃぐちゃになり、歯はボロボロになり、麻酔無しの強制整形をする羽目になった。

当然意識はもうない。

エレミアはマフィアの懐から携帯を奪うと、急いでミーナ教官へ電話を入れる。

シュテルの意識も出血の為かもうなく、倉庫の床で倒れている。

 

マルクグラーフに居たミーナ教官の携帯に見知らぬ番号の着信が来た。

ミーナ教官は一瞬、出ようか迷ったが、地元警察からの連絡かと思い、出てみると、

 

「はい、もしもし‥‥」

 

「ヴィルケ教官!!」

 

「エレミアさん?‥貴女、今何処にいるの?碇さんも一緒なの?」

 

「は、はい!!マフィアに誘拐されて‥‥それで碇さんが銃で撃たれて‥‥きょ、教官、どないしよう‥‥」

 

熱が冷めてシュテルが銃で撃たれた事実に気が動転しているエレミア。

 

「えっ?マフィア?誘拐?それに碇さんが銃で撃たれたってどう言う事なの!?」

 

「碇さんと一緒に街を見ていたら、マフィアに誘拐されて‥‥」

 

エレミアは涙声ながらもミーナ教官に事情を説明した。

 

「分かりました。警察の方には此方から連絡しておきますからの、エレミアさんは碇さんの応急処置をしてあげて」

 

「は、はい」

 

電話を切り、エレミアは自らのジャージを切り、シュテルの傷に押し当てて止血をして警察を待った。

やがて、遠くからパトカーや救急車のサイレンの音が聞こえてきた。

 




原作のエレミアはDSAAインターミドル世界代表戦優勝ですし、某バーロ探偵に登場する女子高生も空手で犯人を伸す事があるので、この世界のエレミアも強い設定です。

エレミアが強かった事、あの場に来たマフィアが少人数だった事が今回、シュテルとエレミアが危機を脱することが出来た要因です。


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14話

中等部はこれにて終了。
後半に少しだけ、日本でも動きがありました。


 

中等部卒業前にイタリアのナポリへと遠洋航海でやってきたシュテルは同じクラスメイトのジークリンデ・エレミアと共にイタリアマフィアに誘拐されて臓器・人身売買に巻き込まれそうになったが、エレミアの体術のおかげでマフィアを返り討ちにしたが、攻撃が浅かったのか、マフィアのリーダー格の男が早々に意識を取り戻し、エレミアに銃を向けた。

そこをシュテルがエレミアを突き飛ばして、彼女を庇い、シュテルはマフィアの凶弾に倒れる。

シュテルを撃ったマフィアは怒ったエレミアの手によって麻酔無しの強制整形を受ける羽目になった。

その場に居たマフィアを全員片付けたエレミアは教官に電話を入れ、現状を報告する。

そして、教官経由で地元警察へと連絡がいき、現場に警察と救急車が到着し、マフィアは地元警察に逮捕されたが、シュテルとリーダー格の男は病院へと搬送された。

 

「エレミアさん!!」

 

病院の手術室前の長椅子ではエレミアが項垂れるように座っていると、知らせを聞いたミーナ教官がやって来た。

 

「教官‥‥」

 

「碇さんの具合は!?」

 

「お医者さんが言うに少し危ないみたいです」

 

「そんなっ!?」

 

「銃弾は右胸郭を貫いて背中で止まっていて、胸動脈の一部からの出血が相当あるみたいで‥‥」

 

エレミアは医者から聞いたシュテルの現状をミーナ教官に伝える。

 

「教官、もし碇さんが死んだりしたら‥‥ウチは‥‥ウチは‥‥」

 

「バカな事を言わないの!?」

 

「で、でも‥‥でも‥‥」

 

エレミアは最悪の事態が脳裏を過ぎり片手で顔を覆う。

 

「エレミアさん。今はお医者様の腕と碇さんの生命力に賭けましょう。嘆くのはそれからでも遅くは無い筈よ」

 

「‥‥」

 

ミーナ教官はエレミアを励ますが、彼女は俯いたままであった。

そんな中、手術室から看護師が慌てた様子で出てきた。

 

「っ!?すみません、碇さんは!?」

 

エレミアはそれを見て、看護師へ真っ先に駈け寄る。

 

「そ、それが患者さんの輸血用の血液が足りなくて‥‥このままですと患者さんが‥‥」

 

「「っ!?」」

 

看護師の言葉を聞いてエレミアとミーナ教官に衝撃が走る。

 

「碇さんの血液型は何型なんですか?」

 

ミーナ教官が看護師にシュテルの血液型を訊ね、看護師が二人にシュテルの血液型を伝える。

 

「私の血液型は碇さんと違うから使えないわね‥‥」

 

ミーナ教官は悔しそうに言う。

こんな時こそ、教官として生徒の為に役立ちたかったのだが、血液型が違ってはどうしようもない。

そんな時、

 

「じゃあ、ウチの血を使って下さい!!」

 

エレミアが自分の血を使ってくれと言う。

 

「「えっ?」」

 

エレミアの提案にミーナ教官も看護師も一瞬、唖然とする。

 

「ウチの血液型なら、碇さんと同じやから、ウチの血を碇さんに使って下さい!!」

 

「分かりました。ですが、一応、検査しますので採血室まで来てください」

 

「はい」

 

「エレミアさん‥‥その‥いいの?」

 

「元々ウチを庇って、碇さんが撃たれたんや‥今、碇さんの為にウチが出来る事があるなら、ウチはそれをやるだけです。教官」

 

エレミアは今、自分にシュテルの為に出来る事が見つかった事で、先程とは違いほんの少しだけ前向きな気持ちとなり採血室へと向かった。

結果的にエレミアが血液を提供してくれたおかげでシュテルの手術は成功した。

ただし、シュテルが意識を取り戻したのは病院に担ぎ込まれてから五日後の事だった。

その間、マルクグラーフは最初の計画よりも長くナポリに停泊する事になったが、シュテルの事件の事もあり、上陸は生徒の安全の為に禁止されていた。

シュテルと同じクラスメイトは銃で撃たれたシュテルの事を心配していた。

クリスとユーリは病院へと行きたかったが、教官らから止められ、ただ待つだけしか出来なかった。

クラスメイト達は事情を知っているエレミアに絶えず事情を訊ねてきた。

だが、他のクラス‥特に血統主義者の生徒からはシュテルに対する不満や根も葉もない噂が立ち始めた。

 

シュテルが撃たれたのはマフィアにその体を使って取り入ろうとして失敗して撃たれた。

 

マフィアの犯罪現場を目撃して手柄を立てようとして首を突っ込んで撃たれた。

エレミアはそれに巻き込まれた。

 

これらの噂を鵜呑みにした血統主義や日頃からシュテルの成績に嫉妬を抱いている生徒は折角停泊しているのに上陸できない鬱憤を晴らすかのように陰でヒソヒソと陰口を叩いていたが、その噂もエレミアとクリスのO・HA・NA・SHIによって鎮静化する事となった。

 

倉庫でマフィアの凶弾を受け、意識が段々遠のいて行く中、シュテルは此処で死ぬのかと思った。

血が抜けて体温が下がり、体中が寒く、力が抜けていく。

死ねばまたあの女神と出会う事になるのだろうか?

もし、会えたら短い間でもこの世界はとても楽しめた。

と、シュテルはエリスにそのお礼を言うつもりだった。

そして、もう一度、この世界に転生したいが、同じ世界への転生では記憶を失くしての転生となり、もう一度この世界に来た時、自分はクリスやユーリの事を忘れていることになる。

あの二人となら、前世で手に入れられなかった本物の関係が築けると思っていた。

未練があるとすれば、それだろう。

前世では自分の命なんてどうでも良いとさえ思っていたのに、今ここでは死にたくないと必死に思う自分が居た。

 

「うっ‥‥うぅ~‥‥」

 

シュテルは重い瞼をあけると真っ白い天井が視界に入る。

 

「‥‥知らない天井だ」

 

思わず見慣れない天井を見て、お決まりの台詞をポツリと呟く。

しかし、周りから漂って来る薬品のにおい、腕に刺さっている点滴のチューブ。

真っ白いベッドにシーツ‥‥

それらの要素から此処はあのエリスが居た選択の間ではなく‥‥

 

「病院?」

 

起き上がろうとしたが、右肩に走る激痛と身体が鉛のように重く思ったように動かない。

シュテルが天井を呆然と眺めていると、病室のドアが開きミーナ教官が入って来た。

 

「碇さん!?よかった、目が覚めたのね」

 

「教官‥‥」

 

「碇さん、貴女は五日間も意識が混濁していたのよ」

 

「五日間も‥‥」

 

「でも、よかったわ。意識が戻って‥‥クラスの皆はとても心配していたのよ」

 

「‥教官」

 

「ん?なに?」

 

「今回の件については大変、御迷惑をかけました」

 

「そんな事は無いわよ。今回の事で、ナポリの街で頻発していた誘拐事件に臓器密売事件の解決に尽力したんだから。それで、今回の功績を称えて地元警察が碇さんとエレミアさんを表彰したいって言っていたわよ」

 

「実際にマフィアを倒したのはエレミアさんですから、表彰を受けるのはエレミアさんだけでいいです。私は事件解決の為に何かをしたわけではありませんから」

 

「それでもその功労者のエレミアさんを守ったのは紛れもなく碇さん、貴女よ。それならば、表彰を受ける資格はあると思うけど?」

 

「‥‥」

 

シュテル自身は表彰を受けるつもりはないが、でも、自分が受けないと恐らくエレミアも今回の表彰を蹴るだろう。

折角、クラスメイトが表彰を受ける程の功績を叩き出したのに自分のエゴの為にその機会をフイにするのは忍びなく、シュテルはエレミアと共に表彰を受ける事にした。

 

「それで、私はいつ退院することが出来ますか?」

 

「お医者さんの話ではあと十日くらいで歩いてもいいみたい。でも、当分の間、右腕はつかえないけど‥‥」

 

「十日っ!?‥‥それは困ります。私一人のせいで10日もスケジュールを遅らせる訳にはいきません。意識は戻ったんです。今すぐにでも退院を!!」

 

シュテルは無理にでも起き上がろうとするが、身体に力が入らず、身体を少し浮かしただけで、再びベッドに沈む。

 

「ほら、ダメよ、無茶をしちゃ‥‥」

 

「で、ですが‥‥スケジュールも遅れ、今回の事件のせいで学校の評判が落ちたりしたら‥‥」

 

「学生の貴女が心配する必要はないわ。今回の事だって、貴女が怪我をした事は事実でも、貴女とエレミアさんがイタリアマフィアの臓器密売ルートを壊滅させた事も事実よ。学校の評判だって、それで相殺できるわ」

 

「‥‥」

 

「今は、何も気にせずに貴女は療養に専念しなさい」

 

「‥‥」

 

ミーナ教官はそう言って病室を後にした。

その後、シュテルと同じクラスメイトにはシュテルが意識を取り戻した事が伝えられ、クラスメイト‥特にクリス、ユーリ、エレミアの三人はホッとした表情をしていた。

それからシュテルの退院までの10日間、流石にこれ以上生徒達を艦内に閉じ込めるのは流石に可哀想であり、地元警察も今回の事件を鑑みて巡回の警察官を増やしたりして、治安の安定に力を注いだ。

その為、生徒達はまたナポリの街への上陸許可が下り、生徒達は再びナポリの街を観光する事が出来た。

通常の遠洋航海より、春休みが短くなる代わりにナポリの街を再び観光できることにより、シュテルに対する生徒らの不満もなんとか緩和できた。

ナポリへの上陸許可が下りた後、クリス、ユーリ、エレミアの三人は早速、シュテルが入院している病院へとお見舞いに行った。

病室に入ったエレミアはいきなり、床に両手と両膝、頭をつき、

 

「碇さん!!本当にすまんかった!!」

 

エレミアは見事な土下座をしてシュテルに謝った。

 

「え、エレミアさん、そんな‥頭をあげてよ。エレミアさんが居てくれたから、あの場は切り抜けられたんじゃない。それにミーナ教官から聞いたよ。エレミアさん、血が足りなくなった私の為に自分の血を分けてくれたって‥‥今、私の身体にはエレミアさんの血が流れている‥‥私の方こそ、エレミアさんにお礼を言わないといけないんだよ。‥‥エレミアさん、本当にありがとう」

 

「碇さん‥‥碇さん!!」

 

エレミアは感極まって涙目となり、シュテルに抱き付く。

 

「いたたた‥‥エレミアさん、痛い、痛い!!」

 

怪我がまだ治っていないシュテルにエレミアのハグは強烈だった。

 

「でも、よかったよ、シュテルンが無事で」

 

「ホント、艦内ではシュテルンの事を悪く言う奴もいたけど、その辺の連中は私達がちゃんとO・HA・NA・SHIをしておいたから大丈夫だよ」

 

(一体何をしたんだ?)

 

ユーリの言うO・HA・NA・SHIに関して、一体何をしたのかちょっと気になるがその辺は聞かない方がよさそうだ。

クリスやミーナ教官は物凄いダークスマイルで迫りくるが、ユーリの場合、無表情で死んだ魚の様な目で迫って来る。

クリスやミーナ教官のダークスマイルの迫りも怖いが、ユーリの無表情+死んだ魚の様な目の凄みもそれなりに怖い。

もっともユーリがそこまでキレた事なんて珍しい。

シュテル自身、小等部の頃、男子にいじめられた時、ユーリがマジギレした所を見た時だけであり、コレが普段能天気なユーリの姿か?と疑いたくなるほどだった。

成長したユーリのそんな無表情+死んだ魚の様な目のO・HA・NA・SHIをされたらトラウマになるかもしれない。

そう考えると自分の周りには凄い人が集まっている。

今回、イタリアマフィアをボコボコにしたエレミアも体術はプロの格闘家レベルだった。

前世とは全く違ってこの世界は面白い。

それにこうして自分の事を心配してくれる人が居る。

前の世界でも戸塚や川崎‥材なんとかなど、前世の自分の事を思ってくれている人も少なからずいたが、前世の自分はそれに気づくことが出来ないか気づくのが遅かった。

それは人を信じてもどうせ裏切られると言うマイナスな思考しか持ち合わせていなかったからだ。

でも、シュテルは前世と違う環境の中でこうして前向きな姿勢になる事が出来た。

それから十日後、シュテルは無事に病院を退院した。

もっとも右腕はまだ完治しておらず、三角巾で右腕を吊っている状態ではあったが‥‥

そして、マルクグラーフの甲板にて、今回の事件解決に貢献したエレミアとシュテルの表彰式が行われた。

制服姿の生徒達に正装した教官達の他に大礼服姿の警察官達の姿もあり、地元の新聞記者の姿もあった。

この時ばかりはエレミアも何時も着慣れているジャージ姿ではなく、キール海洋学校中等部の制服を身に纏っていた。

そして、地元警察の警察署長がシュテルとエレミアに感謝状と共に警察協力章の勲章を二人に授与した。

感謝状と勲章をもらい、一同に一礼をすると、マルクグラーフの甲板は拍手で包まれた。

 

「なんや、照れくさいな‥‥」

 

「でも、エレミアさんは間違いなく、英雄なんだから、堂々としていればいいよ」

 

「そ、そんなもんかいな?」

 

「そんなもんだよ」

 

「な、なぁ‥碇さん」

 

「ん?なに?」

 

「その‥‥私の事、『エレミアさん』やのうて、その‥‥ジークって呼んでくれへんか?」

 

「えっ?」

 

「だって、碇さんの身体の中にはウチの血が流れておるから、ウチと碇さんは一心同体なモンやないか」

 

「まぁ、確かに‥‥それじゃあ、エレ‥いや、ジークも私の事を『碇さん』じゃなくて、シュテルって呼んで」

 

「了解や、シュテル」

 

エレミア‥いや、ジークはニッと笑みを浮かべた。

 

事件とシュテルの怪我により、今年の代の遠洋航海は多少の遅れは出したが、マルクグラーフは表彰式を終え、ナポリを出港し、ドイツのキールを目指した。

航海中、シュテルは右手が使えないので、左手一本での生活には色々困った。

食事に関してはフォークとスプーン、ナイフなのでなんとか出来た。

もしこれが箸だったら、かなり苦戦しただろう。

そして何かを書くに至っては、利き腕ではない方の腕で書いたので、ノートの上にはミミズがはった様な文字が書かれていた。

 

「うぅ~利き腕じゃないから上手く書けない‥‥」

 

「シュテルン、私のノートを後で貸してあげるよ」

 

クリスは自分が書いたノートをシュテルに貸してあげた。

 

「シュテル、ほんなら、ウチが代筆したるわ」

 

ジークがその代筆を買って出る。

 

「いやいや、代筆は私がやるよ」

 

そこへユーリが代筆は自分がやると言いだす。

 

「いやいや、大丈夫だよ、エレミアさん、代筆は私がやるから」

 

更にクリスまで参加する。

シュテルを巡ってクリス、ユーリ、ジークの三人が取り合っているようにも見えるこの構図‥‥

前世の自分が見たら、きっとドン引きするような百合リア充状態だった。

 

「そ、それじゃあ、教科ごとに分かれてやってくれるかな?上手く書けなかったのは、一教科だけじゃなかったから‥‥」

 

(なんか、言い訳が葉山みたいに曖昧な気もするが、実際ノートが上手く取れなかったのは一教科だけじゃなかったからな‥‥)

 

「「分かった」」

 

「了解や‥‥」

 

シュテルの提案を三人は受け入れ、クリスのノートを参考に教科ごとに代筆をした。

 

(早く、治らないかな‥‥この腕‥‥)

 

それと同時に一日でも早い復帰を願うシュテルであった。

 

事件により、遠洋航海が伸びてしまったせいで、高等部への進学試験はマルクグラーフの講義室で行われる事になった。

勿論、その旨は生徒達には事前に知らされていた。

マルクグラーフよりも速度に勝るキール海洋学校の教官艦が試験問題を積んで公海上でマルクグラーフと合流し、マルクグラーフに乗艦していた教官に試験問題を渡し、講義室にて高等部進学希望者はそこで試験を受けた。

シュテルにとっては試験前に利き腕が直って欲しかったが、この際やむを得ない。

筆記体ならば、多少変な時でも通じる筈なので、シュテルは文字に関しては筆記体で書いた。

記号に関しては多少いびつな形にはなったが、時間内に何とか解答欄を全て埋める事は出来たが、これまでの試験とことなり、高等部は主席をクリスに奪われたかと思った。

試験が終わり、中等部の卒業式もマルクグラーフの甲板で行われた。

やがてマルクグラーフがキールへと到着すると学生は短い春休みとなる。

結果は春休み中に発表される事になっている。

シュテルは一度、ミュンヘンの実家へと戻ると、腕を吊っている娘の姿を見て母親のアスカは物凄く心配しつつ学校側に対して物凄い怒りを覚え、学校を訴えるとまで言いだしたが、シュテルが何とか宥めた。

その後、試験結果が送られてくると、信じがたいことにシュテルは利き腕が使えない状況下でも高等部へ主席入学を果たした。

勿論、クリスもユーリ、そしてジークもシュテルと同じクラスになれる成績で高等部への入学を果たした。

 

 

 

 

此処で時系列を少し巻き戻す。

 

マルクグラーフがまだキール海洋学校中等部の最高学年が遠洋航海に出ているその頃、極東の島国、日本の千葉港にある国際船ターミナルに一人の少女が降り立った。

 

「約十年ぶりだけど、変わらないわね‥‥」

 

少女は辺りを見回して一言呟く。

 

「あっ、雪乃ちゃん!!こっちこっち!!」

 

そんな少女の姿を見つけて声をかける金髪の青年。

 

「あら?葉山君、わざわざお迎えに来てくれたの?」

 

そう、千葉港の国際船ターミナルに降り立ったのは小、中学校とアメリカに留学していた雪ノ下雪乃で、彼女を出迎えたのは葉山隼人だった。

 

葉山は雪ノ下のスーツケースを受け取ると、ハイヤーが停まっている場所まで雪ノ下を案内する。

 

「アメリカでの暮らしはどうだった?」

 

「ほとんど、前の世界と同じよ。最初は私が日本人だからって言う理由でバカにする白人至上主義のろくでなしばかりだったけど、実力を見せたらただ黙って睨みつけるだけしか出来ない無能ばかりだったわ。それにしても飛行機がないからアメリカへ行って戻って来るのに時間がかかり過ぎるわね」

 

「そ、そう‥‥それで、雪乃ちゃんは、やっぱり、総武の国際教養科を受験したの?」

 

雪ノ下はアメリカの中学に在学中に総武高校の入試はインターネットを通じて受験した。

それ故、葉山は高校入試時に雪ノ下と会っていないので、彼女が総武高校のどの学科を受験したのかは分からなかった。

前世の総武高校は普通科と国際教養科の二つのコースがある高校だった。

しかし、この後世の世界にある総武高校は普通科、国際教養科の他に船と海に関する知識を教える海洋学科があった。

前世の総武高校は普通科が九クラス、国際教養科は一クラスだけだったが、この後世では、国際教養科は前世同様、一クラスであるが、普通科は二クラスで、海洋学科は七クラスもあった。

 

「最初は前世と同じ総武高校の国際教養科にしようかと思ったけど、親が高校の進路だけは指定してね、留学をさせてもらったからそれなりの義理は通して、高校は親が指定した海洋学科を受験したわ。勿論、主席合格よ」

 

海上建築や造船業にて今の財を築いた雪ノ下家としてはやはり、海、船の知識だけはつけてもらいたいと言う雪ノ下の両親の意向があり、雪ノ下は前世と異なり、国際教養学科ではなく、海洋学科を受験していたが、これもこの世界の主流に関係すると言う力‥運命と言う力が働いた結果なのかもしれない。

 

「流石だね、実は僕もこの世界では総武の海洋学科を受験したんだよ。勿論、結衣も同じ高校、同じ学科をね‥‥そして僕も結衣も無事に合格したよ」

 

「へぇ~、由比ヶ浜さんも居たのね‥‥」

 

葉山と結衣は雪ノ下と違い、普通の受験生と同じく、総武高校へと赴き、そこで受験をした。

二人は受験会場である総武高校で約十五年ぶりに再会をしていた。

そこで二人は互いの連絡先を交換して、合格発表の日、葉山の下に結衣から総武高校を合格したと連絡が来た。

 

「それじゃあ、高校は前と同じ‥‥いえ、あのクズがこの世界には居ないから、前の世界よりもいい高校生活を送れそうね」

 

「ああ、そうだね」

 

この世界には比企谷八幡が居ない事から雪ノ下も葉山もこの時は前の世界よりも充実した高校生活を送れると思っていた。

しかし、運命の歯車は八幡と雪ノ下、葉山、由比ヶ浜が同じ世界に転生した時から回っていた。

 

 

時として運命は人を弄ぶことがある。

 

その意味に人が気づくのはほとんどの場合ずっと時が流れてからだ。

 

シュテルとなった八幡も雪ノ下、葉山、由比ヶ浜もこの時にはまだ気づく筈もなかった‥‥

 




ユーリの死んだ魚の様な目は、少女終末旅行のアニメ1話にてチトとチョコレート味のレーションを奪い合い、チトに銃を突きつけた時の様な感じの目つきです。


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15話

今回は日本、総武側の話です。


 

~由比ヶ浜side~

 

私がこの新しい世界に生まれ変わって十五年が経った。

今、私は中学三年生‥‥つまり、受験生であり、前の世界を含めて私は二回目の高校受験をする事になった。

あの女神様、エリエリに頼んだ通り、小学校、中学校の成績は前の世界よりも良かったし、授業の内容も前の世界よりもすんなりと頭の中に入っていった。

ただ、ゆきのんや隼人君とは住んでいる町の違いのせいで小学校、中学校は二人とは違う学校だった。

そして中学三年になり受験シーズンとなった時、私は迷わず前の世界と同じ総武高校を受験することにした。

前の世界では、合格するにはギリギリかほんの少し厳しいラインで自分でも総武高校に入れたのは奇跡だと思っていた。

パパやママからも『よく、合格できたな』と言われ、合格発表の日には盛大にお祝いをしてくれた。

でも、高校一年から二年に進学する時、赤点ばかりの成績のせいで春休みは補修をして何とか二年生に進学出来た。

でもこの世界では十分に合格ラインに達していた。

これならきっと補修を受ける事無く、進学できるだろうし、成績だって赤点は取らない筈だ。

ただ、この世界はエリエリの言う通り、前の世界と似ていて違っていた。

日本の殆どが海の中に沈み、私の家の周りも前の世界と全然違う風景だった。

でも、ママとパパは前の世界と同じ人だったし、愛犬のサブレも前の世界と同じで今は家の大事な家族の一員だ。

そして、受験する総武高校もゆきのんが居た国際教養科、前の私や隼人君がいた普通科の他に海洋学科と言う学科が存在していた。

頭の良い国際教養科は前の世界と同じ一クラスしかなかったけど、この世界では普通科のクラスも前の世界と比べて少なかった。

反対に前の世界の普通科みたいにこの世界では海洋学科のクラスが多かった。

この世界は周りが海や川で飛行機がない。

その為、船のお仕事は沢山ある。

パパも前の会社とは違ってこの世界では貿易の会社で働いているし、私も中学の時、スキッパーって呼ばれている水上バイクの免許をとった。

前の世界と同じ成績だったらきっと免許は取れなかっただろうけど、頭の良くなった今の私にはすんなりと取れた。

ゆきのんはきっと前の世界と同じ国際教養科を受けるかもしれないけど、私は普通科よりも海洋学科の方に興味が沸いたので、普通科ではなく、海洋学科の方を受験することにした。

海洋学科の方がクラスは多いから合格率もそっちの方が高いし‥‥

そして、受験当日私はその受験会場で懐かしい人と出会った。

それは他ならぬ、隼人君だった。

 

「あっ、隼人君」

 

「ん?あっ、結衣か‥‥」

 

「久しぶり!!元気してた?」

 

「ああ、久しぶり、結衣も元気そうだね」

 

「隼人君もやっぱり、総武を受けるんだね」

 

「ああ、きっと雪乃ちゃんも受けるだろうと思ってね」

 

「そういえば、ゆきのんも此処に来ているのかな?」

 

「いや、雪乃ちゃんは小学校に上がる前にアメリカに留学していてね。でも、アメリカで総武の入試を受けると思っているよ」

 

「そうなんだ…まぁ、ゆきのんならきっと余裕で受かるだろうから、私達も頑張らないとね」

 

「ああ、そうだね」

 

こうして私は二度目の高校入学試験を受ける事になった。

 

 

葉山と由比ヶ浜は前世と多少異なり、総武高校の普通科と違って海洋学科を受けるのだが、入試内容については横須賀女子海洋高校、呉女子海洋高校、佐世保女子海洋高校、舞鶴女子海洋高校、東舞鶴海洋高校、などを始めとする海洋高校の専門学が盛り込まれた入試内容ではなく、総武高校の普通科の入試と同じ内容の他に海や船舶についての論文になっている。

勿論、葉山も由比ヶ浜もこの入試内容はちゃんと中学の進路指導の先生から聞いており、入試対策はしていた。

その結果、葉山も由比ヶ浜も前世同様、総武高校に合格した。

ただし、前世と異なり、二人とも普通科ではなく、海洋学科であるが‥‥

その後、葉山経由で由比ヶ浜にも雪ノ下が総武高校に合格した事を聞かされた。

しかも雪ノ下が受けたのは前世で在学していた国際教養科ではなく、自分達と同じ海洋学科であると言う。

それを聞いて由比ヶ浜は同じクラスになれるかもしれないと喜んでいた。

そして、季節は四月となり、新学期、新生活が始まる時期となり、総武高校でも入学式が行われた。

前世で総武高校の入学式にあった比企谷八幡による由比ヶ浜家の愛犬、サブレの救出とそれに伴う交通事故はこの世界では、その比企谷八幡と言う高校生は存在せず、また周囲が前世と全く異なる地形の為、その交通事故は起きなかった。

由比ヶ浜自身も前世を含めて既に三十年以上生きている事になるが、前世の事はほとんど忘れていながらも入学式で起きたサブレと八幡、雪ノ下が関係した交通事故、そして高校二年生における奉仕部の依頼に関しては、細かい日にちまでは覚えていなかったが、どんな依頼が来たのか、どんな事をしたのかはおぼろげながらも覚えていた。

それはこの世界に転生した雪ノ下と葉山も同様だった。

 

 

総武高校の入学式では前世同様、雪ノ下雪乃が新入生代表の挨拶をした。

 

「新入生代表。雪ノ下雪乃」

 

「はい」

 

キール海洋学校同様、新入生代表に選ばれるのは入学試験での成績が優秀な新入生が常であり、雪ノ下は校長先生に呼ばれると、彼女はしっかりと返事をしながら壇上へと上がった。

入学式の会場である総武高校の体育館の壇上には前の世界と同じ総武高校の制服を身に纏った雪ノ下が毅然とした姿で立っていた。

会場にはカメラを構えた地元の新聞社の人の姿があった。

カメラのレンズが向けられて壇上に上がる雪ノ下の写真が撮られていく。

その姿に来賓席にいる雪ノ下の両親はこの様子を見て満足している様子だ。

そんな両親やマスコミの姿をチラッと見て彼女は優越感に浸る。

来賓の人達とそれに保護者一同にお辞儀をして雪ノ下は挨拶を始めた。

 

「麗らかな春の訪れと共に、私たちは総武高校の入学式を迎えることが出来ました。本日は、このような立派な入学式を行っていただき、ありがとうございます。私たち新入生一同は今日この時をどんなに待ち望んだでしょうか。この日を無事迎えることが出来て父兄のみなさまには感謝の極みです。これから私たちは一人の人間として責任ある行動を取っていきたいと思っています」

 

雪ノ下の挨拶が終わると会場は拍手で包まれた。

入学式後、クラス発表が行われ、掲示板にそれぞれのクラスとそのクラスに入る生徒の名前が表示された。

それによると、雪ノ下、葉山、由比ヶ浜の三人は同じクラスだった。

総武高校は海洋高校と異なり、確かに海洋学科は存在している高校だが、専門であり海洋高校のカリキュラムとは多少異なっていた。

海洋高校は高校一年生からすぐに学生艦に乗り、海洋実習や専門の海洋学を学ぶカリキュラムとなっているが、それは中学でも専門学を学んでいた生徒が入学するからであり、総武高校の海洋学科は雪ノ下、葉山、由比ヶ浜の様に普通科の中学校出身者や海洋高校に入れなかった者の滑り止めの役割を担っていた。

その為、総武高校では高校一年の一学期は普通科の教科の中に海洋学の基礎が含まれ、徐々に海洋学の専門教科が増えて行き、学生艦による本格的な海洋実習は二学期からである。

もっともその時は、キール海洋学校の中等部の様に合同艦で行い、生徒のみで学生艦を動かせるのは高校二年生になってからだ。

一年の三学期でこれまでの成績の評価と生徒の適性から二年生になって乗艦する学生艦と役職の適性を決める事になっている。

総武高校は男女共学の高校なので、海洋学科でも座学に関しては共学であるが、学生艦に乗艦する際は男女別となっている。

ただ、東舞鶴海洋学校などの男子海洋学校では学生艦は主に潜水艦となっているが、総武高校は全て海上艦となっている。

そう言う意味では総武高校の海洋学科は海洋学校の滑り止めの他に将来的に海上艦勤務を目指す男子も入学している。

そして総武高校の制服は前の世界と同じであったが、海洋学科では艦長には艦長帽が支給され、各部署の生徒にはその部署が書かれた腕章が支給される。

これが総武高校の普通科、国際教養科と海洋学科との違いであった。

 

 

雪ノ下と約十五年ぶりに再会した由比ヶ浜は雪ノ下との再会を喜び、また雪ノ下も由比ヶ浜との再会を喜んだ。

 

「久しぶり!!ゆきのん!!」

 

「ええ、久しぶりね、由比ヶ浜さん。元気だった?」

 

「うん!!ゆきもんも元気そうで良かったよ!!それに今度は同じクラスだよ!!」

 

しかも今度は前世と異なり同じクラスにもなれたのだから、二人の嬉しさでいっぱいであり、思わず由比ヶ浜は雪ノ下に抱き付く。

 

(くっ、結衣の奴、俺の雪乃ちゃんに相変わらずベタベタしやがって‥‥)

 

その様子を葉山は口元を引き攣らせながら見ていた。

この世界において葉山の嫉妬の対象は八幡から由比ヶ浜に変更されつつあった。

 

「そうね、二度目の高校生活だけど、幸先の良いスタートをきれたみたいね」

 

雪ノ下にとって由比ヶ浜は前世、後世含めて、信頼できる同性の友達だったのだ。

 

「うん。それに入学式のあの事故が無かったから、もうヒッキーに謝る必要もないし、罪悪感を感じる事が無いから、おもいっきり、高校生活を楽しめるよ」

 

「そうね。でも、元々あんなクズの為に貴女が罪悪感を感じる必要が無かったのよ」

 

「そうだよね~あっ、そういえば、奉仕部はどうするの?すぐに作るの?パンフの先生の名前の欄の中に平塚先生の名前があったから、きっと顧問になってくれるよ」

 

由比ヶ浜は雪ノ下に前世同様、この後世の総武高校でも奉仕部は作るのかと聞いた。

総武高校の教師陣の中には前世同様、平塚静の名前もあったので、奉仕部の概念を説明すればきっと奉仕部設立の許可は出すだろう。

 

「いえ、奉仕部を設立するのは前の世界と同じ高校二年生になってからにするわ」

 

しかし、雪ノ下は奉仕部を設置するのは前世同様、二年になってからだと言う。

 

「えっ?なんで?」

 

「由比ヶ浜さん。私達はまだ入学したての新入生‥それがいきなり、部活を作りたいと言っても難しいわ。それよりもこの一年で確固たる成績を出して実績を立ててからの方が奉仕部も設立しやすくなるわ」

 

雪ノ下は一年の間はこの総武高校にて確固たる地位や名声、成績などの実績を築くことで、自分の名前と顔を知らしめる事に専念すると言う。

 

「そっか、流石ゆきのん!!だったら、私も手伝うよ。来年、絶対に奉仕部を作ろうね」

 

「ええ」

 

「雪乃ちゃん。勿論、僕も協力するからね」

 

「一応、期待しておくわね。葉山君」

 

「ああ、任せてくれよ」

 

雪ノ下の目標を聞いて由比ヶ浜は感銘を受け、雪ノ下に協力すると言い、半ば雪ノ下の腰巾着である葉山もそれに協力すると言う。

だが、二年になってからは海洋実習等があるのに大丈夫なのか?と言う疑問を三人は全く抱いていない事から、この後世の世界が前世と異なる世界であると言う認識が未だに薄い三人であった。

 

その一つの事例がコレだった‥‥

 

入学式が終わり、数週間経つと、新入生達の中には高校でも中学と同じ部活動をしようとする者、高校生になりはじめての部活動に励む者が現れる。

前世の八幡、そしてこの後世における八幡であるシュテルの想い人である戸塚彩加もそんな一人で、戸塚は中学からやっていたテニスを高校でも続ける為、テニス部へと入部した。

しかし、戸塚はお世辞にもテニスが上手いわけでは無く、中学時代の三年間もレギュラーの座にはつけなかったが、それでも朝・昼・放課後には欠かさず自主練をするだけでなく、部活の無い日もテニススクールに通う程一生懸命頑張っている努力家であった。

ただ入学したての新入生がいきなりコートに入ってラケットを振れるかと言われると、それはNOである。

中学大会での上位成績者ならば話は別であるが、残念ながら戸塚の場合はそれに該当しない。

故に戸塚はまだ球拾いやコート整備、備品チェック、部室の清掃などの雑用である。

それでも戸塚は持ち前の真面目な性格と努力家な所が働いて、僅かでも暇のある時間さえあれば、壁当てをして少しでもテニスの腕をあげようとしていた。

そんな中、部活見学にて一人の女子生徒が、テニス部が部活動しているテニス場に来た。

 

(テニスか‥‥どうしよう‥‥高校でもやろうかな‥‥)

 

テニス場に来た女子生徒の名前は三浦優美子。

中学時代は女子テニス部に所属しており、県選抜に選ばれたほどの腕前であったが、実際に大会へ出てみて自分が井の中の蛙である事を改めて実感し、彼女は高校に入ってからもテニスを続けようかと迷っていた。

でも、テニスに対する未練があるからこそ、彼女はこうしてテニス場に来た。

暫くの間、テニスをしている部員達を見ていた三浦であったが、

 

(はぁ~‥‥やめやめ、ウジウジしているなんて、あーしらしくない。折角、中学時代の連中がいない学校を選んだんだから、心機一転、高校ではテニスを忘れて新しい高校生活を送ろう‥‥)

 

高校ではもうテニスをしないと決め、テニス場を後にしようとした時、

 

ポコン、ポコン、ポコン‥‥

 

と、何かが壁に当たる音が聞こえた。

 

(この音って‥‥)

 

三浦にはこの音がなんの音なのか直ぐに分かった。

彼女は音がする方へと行ってみると其処には一人の生徒が壁打ちをしていた。

その姿は小柄で腕も腰も脚も細く、肌も抜けるように白い。

総武高校のジャージを着て黙々とラケットを振っている。

白い肌に薄っすらと浮かび上がる汗さえも輝いているように見える。

 

(綺麗な子‥‥)

 

三浦はその姿を見て思わず呆然とするが、何かに気づき、その場を後にした。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

戸塚は部活の合間を見て一人で壁打ちをしていたが、ずっと壁打ちをしていた為、息を切らし、汗を滝のように流し、足腰がガクガクと震えている。

 

「くっ‥‥まだ‥‥まだだ‥‥もっと‥もっと、頑張らないと、とてもレギュラーなんて‥‥」

 

戸塚は再びボールを手にラケットを構えようとした時、

 

ピタっ

 

戸塚の頬に突如、冷たいモノが押し当てられた。

 

「ひゃっ!?」

 

思わず変な声をあげてしまった戸塚は後ろを振り向く。

そこには金髪で気の強そうな女子生徒がいた。

 

「え、えっと‥‥」

 

後ろに見知らぬ女子生徒がいた為、戸塚はどう声をかけて良いのか戸惑う。

 

「ほら、飲みなよ。あーしの奢り」

 

「えっ?あ、ありがとう‥えっと‥‥」

 

「ん?ああ、あーしは三浦‥三浦優美子。それで、アンタは?」

 

「一年の戸塚彩加です」

 

「へぇ~戸塚も今年此処に入ったばかりなんだ‥‥」

 

「もしかして、三浦さんも?」

 

「そっ、戸塚と同じ今年入ったばかり」

 

戸塚と三浦は互いに自己紹介をした後、三浦は戸塚に先程、自販機で買ったスポーツドリンクを戸塚に手渡す。

 

「随分と汗をかいているみたいだから、ちゃんと水分補給はしなよ」

 

「えっ?でも‥‥」

 

「いいから、座って飲むし!!」

 

「で、でも、僕‥テニスが弱いから、少しでも練習をして早く強くなりたいんだ」

 

「はぁ~あのねぇ、強くなりたいって言っても一朝一夕でそう簡単になれるわけないでしょう!!それに休憩を挟まずにやっていると筋肉を傷めて、それこそテニスプレイヤーとしての選手生命を絶たれてもうテニスが出来なくなるし、水分補給をしないと春先とは言え、脱水症状を起こすかもしれないのよ!!それともあーしの奢った飲みモンは飲めないって言うの!?」

 

「い、いや‥そう言う訳じゃ‥‥でも‥‥」

 

「あん? Д゜*)ギロ」

 

「い、いただきます」

 

三浦の鋭い眼光に当てられ、戸塚はラケットとボールを置き、その場に座り込み、三浦から貰ったスポーツドリンクを口にする。

 

「それで、戸塚はなんでテニスが強くなりたいの?」

 

三浦も戸塚の隣に座り、戸塚に質問をする。

 

「‥‥僕、中学からテニスをやっていたんだけど、ずっと強くなれず中学の三年間レギュラーにもなれなくて‥‥でも、高校になったら、どうしてもレギュラーになりたくて‥‥それで‥‥」

 

「そう‥でも、さっきの壁打ちを見ていたけど、戸塚、腕と肩に力が入り過ぎだし、もう少し力を抜いた方がいい‥‥」

 

「えっ?」

 

「それと‥‥」

 

三浦は戸塚に先程の戸塚の壁打ちを見て、戸塚のフォームのダメだった所を指摘する。

 

「もしかして三浦さんもテニスをやっていたの?」

 

「ん?まぁ‥‥少しだけ‥ね‥‥」

 

三浦は少しお茶を濁す感じで答える。

 

「ね、ねぇ‥その‥‥よかったら、テニスフォームを見せてくれないかな?」

 

「ん?」

 

戸塚は三浦にテニスラケットを差し出して三浦にテニスフォームを見せてくれと言う。

 

「‥‥」

 

三浦はここでも迷った。

県大会に出場し、一回戦で敗退した後、彼女は他のテニス部員達から晒し者扱いされた。

最もそうなった原因には彼女の元々の性格も災いしていたのだが、

 

あれだけ偉そうな態度をとって一回戦目で敗退とかダサっ!!

 

三浦さんって実際は凄く弱いんじゃない?

 

県大会まで行けたのだってただ運が良かっただけじゃないの?

 

それともレギュラーの人を脅してレギュラーになったとか?

 

ああ、それあり得る!!

 

そんな言葉をずっと言われ続け、受験を言い訳に三浦はテニスを辞めた。

でも、戸塚はそんな三浦の過去を当然知らない。

 

「‥‥」

 

「三浦さん?どうしたの?」

 

「‥あっ、いや、なんでもないし‥‥ちょっとだけよ」

 

三浦は振り切ったように戸塚からテニスラケットを受け取り、ボールを壁に打ち付ける。

 

「いい、打つ時は‥‥」

 

そして三浦は壁打ちをしながら戸塚に改めてアドバイスをする。

 

「こんな感じ‥‥分かった?」

 

「う、うん。ありがとう‥‥あ、あの、三浦さん!!」

 

戸塚は三浦に礼を言うと何かを決意したように三浦に声をかける。

 

「ん?」

 

「僕に‥‥僕にテニスを教えてください!!」

 

「えっ?」

 

戸塚の頼みに三浦は一瞬、唖然とする。

部活の無い日に戸塚はテニススクールに通っているが、テニススクールはワンツーマンと言う訳でなく、大勢の生徒に対して少数のコーチで教えるので、重点的に強化はしてもらえなかった。

また部活でもそうだが、テニススクールでもコーチは才能がある生徒を優先して教えているので、戸塚は自分のテニスの技術がなかなか上がらない事に焦りを感じていた。

その為、こうして身近にテニスが上手い人が居るのであれば、是非とも教えてもらいたかった。

先程の三浦の壁打ちを見たが、フォームも綺麗で自分のダメな所のアドバイスは的確だった。

 

「ダメ‥‥かな?」

 

「‥‥いきなり言われても困るし‥‥ちょっと時間を頂戴」

 

「う、うん‥こっちもいきなりゴメンね」

 

「気にしなくていいし‥‥それじゃあ、部活頑張って‥‥」

 

「あっ、うん‥‥アドバイスありがとう」

 

三浦はそう言ってその場から去って行った。

 

家に帰った三浦は自分の部屋のベッドに寝転んで今日の事を振り返っていた。

考えてみれば戸塚は三浦が高校に入ってから話した初めての同級生だった。

 

「‥‥戸塚‥‥彩加‥か‥‥」

 

三浦は部屋の天井をボォっと見ながらポツリと戸塚の名前を呟いた。

 




『やはり俺の青春ラブコメは間違っている。』の話の中にあるテニスコートでの話の中で、由比ヶ浜が三浦の過去のプロフィールの中で、彼女は、中学時代はテニス部員で県大会まで出場したと八幡に言っていました。

そんな経歴がある三浦が高校ではテニスをしなかったのは何か訳があるのではないかと思い今回の話の様な形になりました。

出会いがあれば高校一年生時に戸塚と三浦はこうして会っていても可笑しくは無かったんですけどね。

そして、奉仕部+葉山に関しては前世の記憶は受け継いでいますが、前世の出来事は流石に十五年の歳月でやや朧気となっており、細かい事などは忘れていますが、大まかな事は覚えています。

よって、入学式での交通事故は覚えていたので、由比ヶ浜はそれを無事に回避しました。


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16話

引き続き、日本・総武側です。


戸塚から『自分にテニスを教えてくれないか?』と頼まれた三浦は返事を迷っていた。

高校に入ったらもうテニスは辞めようと思っていた矢先にテニスと関わるなんてまさに予想外だった。

でも、戸塚は自分が高校に入ってから初めて言葉を交わした同級生‥‥

悶々とした思いを抱きながら三浦の足は放課後、自然とテニス場に来ていた。

 

「あっ、三浦さん」

 

三浦の姿を見つけた戸塚は笑みを浮かべながら手を振る。

その仕草に思わず三浦も手を振ってしまう。

それほど、戸塚の笑みは無垢で天使の様な錯覚を覚えさせる。

この日、戸塚は壁打ちをする余裕がなく、コートの彼方此方に落ちている球拾いにコートにトンボをかけたりと練習前の準備で忙しそうにテニス場を走り回っていた。

三浦はそんな戸塚の姿をジッと見ていたが練習が始まる前にその場から去った。

そしてテニス部の練習が終わり、戸塚が校門を出ると、そこには三浦が待っていた。

戸塚は部活が終わったのに制服ではなく相変わらず、総武高校のジャージ姿だった。

 

「戸塚‥‥」

 

「三浦さん」

 

「戸塚、ちょっと付き合ってもらえる?」

 

「う、うん」

 

三浦は戸塚を近くのハンバーガーショップへと連れて行く。

ソフトドリンクとフライドポテトを前に三浦は戸塚に声をかける。

 

「それで、この前の話だけど‥‥」

 

「う、うん」

 

「まぁ‥‥その‥‥時間がある時でよければ‥‥テニス‥教えてあげるし‥‥」

 

「ホント!?ありがとう!!」

 

「き、気にするなし‥‥」

 

「これからよろしくね、三浦さん」

 

「う、うん‥‥」

 

(な、なんで、あーし、同性の顔を見て、どぎまぎしているんだろう‥‥あーしは同性愛者じゃない筈なのに‥‥)

 

戸塚の笑みを見ているだけで、三浦の心臓の鼓動は妙に早くなる。

三浦は小学校、中学校、確かに同性同士で群れていたが、自分は決して同性愛者ではなく、当時は好きな異性が居らず、気が合うからという理由で群れていたのだが、戸塚に関してはこれまで一緒に群れていた同性達とは違う感覚を覚える。

三浦がどぎまぎしていると、

 

「三浦さん、ゴメン、ちょっと僕、トイレに行って来る」

 

「えっ?あっ、うん」

 

戸塚はトイレの為に席を立ちトイレに向かって行くのだが、戸塚が入ろうとしていたのは男子トイレだった。

それを見て三浦は、

 

「ちょっ!?戸塚!!待つし!!」

 

声を上げて戸塚を引き留める。

 

「えっ?なに?」

 

三浦から声をかけられた戸塚はキョトンとした顔をする。

 

「其処は男子トイレ!!戸塚、アンタ入る方を間違っているし!!」

 

「えっ?‥‥いや、僕‥男なんだけど‥‥」

 

「はぁっ!?」

 

戸塚の性別を聞いて三浦は思わず素っ頓狂な声を出し、信じられないモノを見たような顔をする。

 

「う、嘘でしょう‥‥戸塚‥‥アンタ、本当に男なの‥‥?」

 

「えっ?う、うん‥‥」

 

「そ、そうなんだ‥‥ゴメン‥戸塚‥‥」

 

(う、嘘っ!?あの顔で男っ!?)

 

戸塚の性別を聞いてちょっと混乱する三浦。

 

「あっ、いや‥‥よく、間違われているから別に気にしてないよ‥‥」

 

戸塚は苦笑しながらトイレに向かった。

トイレから戸塚が戻ると、三浦は複雑そうな表情だ。

 

(あの戸塚が男‥‥そこら辺の女子よりも女の子らしいし‥‥でも、確かに胸は小さかったから、妙な違和感があったけど‥‥でも、入学式で挨拶していた雪ノ下さんも胸が小さかったし‥‥)

 

戸塚の容姿、仕草がそこら辺の女子高生よりも女の子らしい事に三浦は軽くショックを受けた。

胸に関しても小さいと思いつつ、入学式で新入生代表で挨拶をしていた雪ノ下が貧乳だったことで、三浦は戸塚も貧乳の部類に入るモノだとばかり思い、戸塚の性別を疑わなかった。

 

それでも、三浦は戸塚にテニスを教える件を断る事はしなかった。

 

「じゃ、じゃあ‥明日から昼休みは昼練をするし‥‥それでいい?」

 

「うん。よろしくお願いします」

 

三浦は戸塚に予定を伝え、この日は解散した。

そして翌日の昼休み開始直後‥‥三浦はジャージに着替え、戸塚を連れてまず、テニス場ではなく、生徒会室へと行き、テニスコートの使用許可を貰った。

戸塚は新人でもテニス部員なので、昼休みにテニスコートを使用するのは問題ないが、三浦はテニス部とは無関係の部外者なので、昼休みにテニスコートに入るには使用許可が必要となるからだ。

そしてテニス場へと来ると、まずは軽く柔軟をして、走り込み、続いて三浦がボールを投げ、戸塚がそれを打ちながら三浦が戸塚のテニスフォームのダメな箇所を指摘する。

 

スポーツは一朝一夕では強くはなれない。

地道な努力の積み重ねが重要である。

天武の才と言うモノがあれば、飛躍的に上達するのであるが、戸塚は容姿と仕草は男子なのにその辺の女子よりも女子っぽいが、テニスの才能は凡人かそれ以下だったので、こうした努力の積み重ねが必須だった。

それでも雨の日以外は三浦と共に昼はテニスコートで個人的に昼練をし、休日にはストリートテニス場で練習をした。

勿論、毎週と言うわけでは無く、雨が降ったら練習は止めるし、時々は休息を入れて筋肉のケア等もした。

その他に三浦は戸塚にテニスを教えるだけではなく‥‥

 

「ほら、戸塚‥‥」

 

「えっ?」

 

ある日の昼休み、テニスコートのすぐそばにある風通しのいい場所‥‥前世において比企谷八幡がベストプレイスとして気に入っていた場所にて三浦は戸塚に弁当箱を渡した。

この場所は前世では比企谷八幡がベストプレイスとして気に入っていた場所だが、現在は戸塚と三浦のベストプレイスとなっていた。

 

「あ、あの…三浦さん‥これは?」

 

「ここ最近見ていたけどアンタ、いつも昼は購買のパンばかりでしょう。それだと栄養バランスが崩れるから、あーしがちゃんとバランスがいい弁当を作ってきてあげたし」

 

三浦は戸塚の為に弁当を作って来た。

これも中学時代、三浦の母親が自分の為に作ってくれていた弁当を参考にその他にも個人で色々と調べ上げて作ったバランス弁当だった。

 

「ありがとう、三浦さん」

 

戸塚は三浦から弁当箱を受け取り、早速食べる。

 

「‥‥うん、美味しいよ。三浦さん」

 

「当然だし、あーしが作ったんだから」

 

「フフ、そうだね」

 

戸塚は三浦の弁当を完食し、

 

「ごちそうさまでした」

 

「はい、お粗末様でした」

 

「とっても美味しかったよ、三浦さん‥‥その‥‥また‥作って来てくれるかな?」

 

「ま、まぁ、二人分作るのもあんま違わないし、いいよ」

 

それから三浦は戸塚の為に弁当を作る事になり、毎朝、自分の分の他に戸塚の分の弁当を作っている姿は嬉しそうだった。

そんな娘の姿を三浦の母親は微笑ましく見ていた。

そして、戸塚の面倒を見ている内に三浦はいつの間にかテニス部のマネージャーになっていた。

三浦は元々プライドが高く、わがままな所があるが、意外と良心的で姉御肌な所もあり、テニス部ではそう言った姉御肌な所が活かされて、二年、三年生の先輩達ですら、まだ一年生の三浦の事を頼っていたりしている。

三浦はテニス部のマネージャー、戸塚にテニスを教え、朝は自分と戸塚の分の弁当の準備と忙しいながらもそれなりに充実した高校生活を送っていた。

そんなある日の休日。

この日も三浦は戸塚を連れて、普段の休みの日の通り、ストリートテニス場へと来てそこでテニスをしていた。

最初の内は壁打ちや球打ちをしてフォームの修正をしていた戸塚であったが、今ではもう三浦相手に軽くラリーをするレベルまで達していた。

そして戸塚とラリーをしていると、

 

「あれ?もしかして、三浦さん?」

 

「えっ?」

 

突如、三浦は声をかけられた。

三浦は声がした方を見ると、其処には自分らと同じ様にテニスウェアにテニスラケットを持った女子高生達の姿があった。

 

「‥‥」

 

三浦はその女子高生達の姿を見て気まずそうな顔をする。

 

「やっぱり、三浦さんじゃん!!」

 

「お久~元気にしてたぁ~?」

 

「っていうか、まだテニスしてたんだぁ~?」

 

三浦に声をかけてきた女子高生達はかつて三浦と同じ中学の出身者達でこれまた、三浦と同じテニス部に所属していた者達で、中学時代に三浦が県大会で一回戦敗退した時、真っ先に彼女を罵倒した者達だった。

彼女達は三浦と同期であり、同期生ながらも県大会へ出場した三浦に対しての嫉妬も含まれており、また常日頃から三浦の態度に不満を持っていたので、あの県大会の敗退でここぞと言わんばかりに三浦を罵倒し中傷したのだ。

 

「三浦さん‥‥?」

 

戸塚は三浦の様子がおかしい事に気づき声をかける。

 

「ねぇ、折角、久しぶりに会ったんだし、一緒にテニスをやらない?」

 

「そうそう、県大会に行った三浦さんなら当然、高校に行ってもテニスをしているよねぇ~?」

 

「まぁ、県大会って言っても一回戦で負けたけどねぇ~」

 

「そうそう、犬みたいに必死に球を追いかけていて、それで無様に負けていた姿はほんっと面白かったよねぇ~」

 

『キャハハハハハ‥‥』

 

「‥‥」

 

女子高生達は中学時代の三浦の事をネタにして下劣な笑みを浮かべている。

三浦は何かを言う訳でもなく、歯をグッと噛みしめ、俯き、ただ黙っているだけだった。

そんな時、戸塚が三浦の前に出る。

 

「戸塚?」

 

「ねぇ、さっきから聞いていれば、何なんですか?貴女達は?」

 

「あん?」

 

「あんた何?」

 

「三浦さんと同じ高校の同級生だよ。それよりも三浦さんが県大会に行ったのはさっきの話を聞いてわかったし、元々テニスが上手いのはこれまで三浦さんに教わって来たから知っている‥‥」

 

戸塚にしては珍しく‥‥いや、三浦にとって初めて見た戸塚の姿だった。

彼は座った目で三浦の中学時代の同期生達を睨みつける。

 

「でもさぁ~‥‥君達、三浦さんの事をバカにしているみたいだけど‥‥君達は県大会に行ったの?」

 

『っ!?』

 

「優勝とまではいわなくても三浦さん以上の成績は出したの?」

 

『‥‥』

 

戸塚の問いに同期生達は気まずそうに視線を逸らす。

彼女達のその様子から、県大会には行っていない様だ。

 

「ねぇ、質問しているんだからさぁ、黙ってないで答えてよ‥‥県大会に行ったの?君達はさぁ~」

 

戸塚の座った目はドン引きさせるには十分な威力がある。

普段怒らない人が怒ると怖いと言うが、まさに戸塚はそれに該当した。

戸塚の近くに居る三浦でさえ、ちょっと引いて、今の戸塚に恐怖さえ覚える。

 

「‥‥あっ、そう‥ねぇ、そんなにテニスの腕に自信があるなら、僕達と一緒にダブルスをしない?」

 

『えっ?』

 

戸塚の提案に三浦自身も驚いた。

 

「どうなの?やるの?やらないの?やらないなら、練習の邪魔だから何処かに消えてくれるかな?」

 

「言ってくれるじゃない!!私達に勝負を挑むなんて超生意気!!」

 

「三浦さん共々ギッタギッタにしてやるし!!テニスを途中で辞めた三浦さんに今の私達が負けるわけないわ!!」

 

中学時代の同期生達は戸塚の挑発に乗ってきた。

 

「精々、無様な姿を晒すがいいわ!!」

 

三浦の中学時代の同期生達は三浦と戸塚に対してニヤニヤと下劣な笑みを浮かべながらコートの反対側へと移動して行く。

どうせ、途中でテニスを辞めた三浦とあんなひ弱そうで三浦からテニスを教えてもらっている初心者に自分達が負けるわけがないと思っているのだろう。

 

「戸塚。アンタ、あんなことを言っちゃったけど平気なの?連中、多分高校でもテニスをしていると思うし‥‥」

 

「平気だよ‥‥」

 

「で、でも‥‥」

 

「あれだけ僕のコーチの事をバカにされて平気でいられるほど、僕は腰抜けじゃないよ‥‥大事な人の為に戦って勝ってみせるよ」

 

「戸塚‥‥」

 

戸塚の言葉に感動する三浦。

 

「‥‥全く、普段はなよなよしているくせにこういう時はちゃんと出来るんだ‥‥ちょっとは見直したし‥‥」

 

「僕だって男なんだよ。やる時はやってみせるよ」

 

「ふっ、戸塚の顔で『男』って言われてもいまいち説得力がないし」

 

「ちょっ、三浦さん、それは酷いよぉ~」

 

先程の重い空気から一転、戸塚と三浦の間には和気藹々とした空気となった。

 

「さて、あの連中をぎゃふんと言わせちゃおう」

 

「当たり前だし!!戸塚、足引っ張んなし!!」

 

「うん、頑張ろうね」

 

こうして戸塚&三浦ペアーと三浦の中学時代の同期のペアーのダブルスが始まった。

 

「戸塚、連中は多分、最初の内はあーしに攻撃を集中して来るけど、すぐにターゲットをアンタに切り替えてくると思う」

 

「どうして分かるの?」

 

「連中のやり方なんて簡単に想像がつくし」

 

「ん?」

 

戸塚は何故?と首を傾げる。

 

「あーしがアイツらよりも強いからに決まっているからしょっ」

 

三浦は自信満々で答える。

 

「自分より強い相手にアイツらは挑んで来る気概はない。そうなると、自分よりも弱そうな戸塚に対して集中攻撃をしてくるに決まっているし!!全く、連中の思考回路は単純なままだし」

 

(それって、三浦さんがあの人達と同じ思考回路を持っているって事なんじゃ‥‥)

 

三浦の言葉でやっと合点がいった戸塚。

ただ、それと同時に三浦の思考回路と先程の失礼な連中の思考回路が同じモノであると思う戸塚。

しかし、それを口にすると三浦が怒りそうなので、戸塚は言わなかった。

 

「ん?戸塚‥アンタ、今なんか失礼な事を考えなかった?」

 

だが、三浦はそんな戸塚の考えを何となく読み取った。

 

「えっ?そんな事ないよ!!そ、それより、試合に集中しよう!!試合に!!」

 

戸塚は慌てて取り繕い何とか誤魔化した。

そして始まったダブルスの試合‥‥

やはり、三浦の予想通り、相手は最初、三浦にボールを打って来たが、三浦の実力が自分達よりも上だと思ったのか、三浦へボールを打ち込む事は無く、戸塚に攻撃を集中してきた。

 

(三浦さんの言う通りだ)

 

相手の戦術が既に分かっているので、対処も出来た。

戸塚を囮にして、タイミングを見計らって戸塚がその場を退くと、戸塚の後ろから三浦が現れ、強烈なスマッシュを相手の陣地に打ち込む。

その反対に三浦が打ち返してくるかと思いきや、今度は戸塚自身がドロップショットを相手の陣地へと打ち込む。

完全に三浦と戸塚の術中に嵌った相手は戸塚自身が返してくるのか?それともフェイントで三浦が返してくるのか?

一体、どっちが打ち返してくるのか分からず、深読みし過ぎてチームプレイもガタガタとなり、ミスまで目立つようになり、グダグダな試合となり、結果は三浦&戸塚ペアーの勝利となった。

戸塚と三浦の策に嵌まり、無駄に体力を消費させられた相手はテニスコート上に両膝、両手をついて息を切らしている。

反対に戸塚と三浦はコートの上に平然と立っていた。

 

「いやぁ~犬みたいに必死に球を追いかけていて、それで無様に負けていた姿はほんっと面白かったよぉ~」

 

戸塚はテニスコートで手をついている三浦の中学時代の同期生達を文字通り、見下す様な目で、先程同期生の一人が先程三浦に投げた言葉をそのまま返す。

同期生達は戸塚を睨みつけるが、テニスの勝負にこうして負けた今となってはそれもただ、虚しいだけであり、何かを言ったところで、負け犬の遠吠えである。

このままこの場に居ては気まずいのか、同期生達はすごすごと去って行くが、その際、

 

「あんたのせいで負けたんだからね!!」

 

「そう言うアンタこそ、全然動けなかったくせに私のせいにしないでよ!!」

 

と、互いに責任を押し付け、罵り合いながら去って行く。

恐らく翌日にはこの二人は友達でも何でもない、赤の他人の関係に成り果てるだろう。

 

「戸塚、ナイスプレイ」

 

「三浦さんこそ」

 

同期生達が去って行くと、戸塚と三浦はお互いに拳をぶつけあい、お互いの健闘を称えあう。

 

「それと‥‥」

 

「ん?」

 

「あ、ありがとう‥‥」

 

「えっ?」

 

「‥‥その‥‥あーしの為に怒ってくれて‥‥」

 

頬をほんのりと赤く染め、俯きながら戸塚から視線を逸らし、お礼を言う三浦の姿に戸塚もやはり、男なのかキュンとした。

 

それから暫しの月日が流れ、夏の大会に向けてのレギュラー選抜戦で戸塚は一年生ながらも初めてレギュラーの座を獲得する事が出来た。

だが、大会に関しては元々総武高校のテニス部はそこまで強豪校と言う訳ではなかったので、地区大会の予選で敗退した。

それでも先輩たちは戸塚を攻める事はしなかった。

むしろ、一年生で、入部当初は弱かった戸塚がこの短期間でレギュラーメンバー入りした事を褒めていた。

 

「一年生ながらよく頑張った」

 

「今年はダメでもまだ次がある」

 

と‥‥

そして、マネージャーの三浦は、

 

「戸塚‥その‥‥残念だったね‥‥」

 

試合が終わった後、ロッカールームに居た戸塚に声をかけた。

 

「ううん、今年の大会は終わったけど、先輩が言うように僕にはまだ来年、再来年があるから‥‥大丈夫だよ、三浦さん‥‥」

 

戸塚は笑みを浮かべて三浦にそう言うが、三浦には分かっている。

彼が無理に笑みを浮かべている事を‥‥

彼がとても悔しがっている事を‥‥

 

「じゃあ、僕は着替えるから、三浦さん、外に出てくれるかな?」

 

「う、うん」

 

三浦がロッカールームの外に出ると、戸塚は一人、声を殺して泣いていた。

 

(戸塚‥‥)

 

初めてレギュラーになった記念の大会なのに初戦で敗退してしまった。

その悔しさは全国大会の一回戦で敗北経験がある三浦にとっては戸塚の悔しさが手に取るように分かった。

それだけではなく、あれだけ自分の面倒を看てくれた三浦に対して申し訳ない気持ちで一杯だったのだ。

せめて、一勝だけでも三浦に捧げたかった。

三浦は更衣室の扉を背にドア越しに戸塚の悔し泣きの声を心配そうに聞いていた。

 

大会が終わり、テニス部はほんの少しの間、休息となる。

今日の試合の反省会と今後の予定の確認を含めたミーティングの後、解散となる。

試合会場を意気消沈した様子で後にする戸塚。

泣いていたせいか、目元は少し腫れて、目も赤い。

そんな戸塚に、

 

「戸塚」

 

「三浦さん」

 

「ねぇ、今度の夏祭り、一緒に行かない?」

 

「えっ?」

 

三浦は今度地元で開かれる夏祭りに戸塚を誘う。

 

「暫くは部活も休みだしさ、気分転換になるし‥‥どうかな?」

 

「う、うん。いいよ」

 

「ホント!?じゃあ‥‥」

 

三浦は戸塚と夏祭りへと行く事になり、その日の予定を立てた。

そして、夏祭り当日‥‥

戸塚は待ち合わせ場所にて、三浦を待つ。

 

「戸塚、お待たせ」

 

待ち合わせ場所に来た三浦は紺の下地に朝顔が描かれ黄色い帯を巻いた浴衣姿だった。

浴衣姿の三浦の姿に戸塚は思わず見とれてしまう。

 

「戸塚?どうしたの?」

 

「あっ、いや、何でもないよ!!そ、それより、その浴衣、凄く似合っているよ!!」

 

「そ、そうかな?」

 

「うん!!」

 

「‥あ、ありがとう」

 

戸塚に褒められ三浦自身もまんざらではない様子。

 

「さっ、行こう」

 

戸塚もちょっと動揺していたのか、無意識に三浦の手を握り、祭りの会場へと三浦を誘う。

 

「う、うん」

 

戸塚の大胆な行動に驚きながらも三浦は戸塚と一緒に祭りの会場を回る。

金魚すくいに射的、型抜き、そして定番の食べ物の露店。

そして〆は海上に設置された花火台からの打ち上げ花火。

戸塚と三浦は二人揃って打ち上げ花火を見ている。

そんな中、

 

「ね、ねぇ‥三浦さん」

 

「ん?」

 

戸塚が三浦に恐る恐る話しかける。

 

「その‥‥」

 

戸塚は意を決したように一度、生唾をゴクリと飲み、

 

「ぼ、僕は‥‥三浦さん、貴女の事が好きです!!」

 

「えっ?」

 

「こんな‥こんな僕ですが、僕と付き合ってくれませんか!?」

 

戸塚は試合の時の様に真剣な顔で三浦に告白する。

 

「‥‥」

 

戸塚の突然の告白に唖然とする三浦だが、

 

「‥ま、まぁ、アンタはあーしがいないとダメダメだからね‥‥いいよ‥戸塚」

 

三浦は戸塚の返答にOKを出す。

返答も三浦らしい言葉だが、これはあくまでも彼女の照れ隠しなのだろう。

彼女自身もまんざらではない様子でほんのりと頬を赤く染めている。

 

「三浦さん。ありがとう」

 

「いいって‥‥」

 

戸塚と三浦は寄り添うように肩を並べ、そして二人の顔の距離は縮まって行き‥‥

 

「「んっ‥‥」」

 

打ち上げ花火を背景に二人の唇は重なり合った。

 

「これからもよろしくね、三浦さん」

 

「うん‥‥戸塚もね‥‥」

 

唇を離し、見つめ合う戸塚と三浦だか、二人は再び確認するかのように唇を重ね合う。

 

高校一年生の時、三浦と葉山の二人に交流が無かった事は前世と同じであったが、三浦が戸塚と出会い、テニスを通じて、彼女がテニス部のマネージャーになった事、

そして、戸塚と三浦がこうして彼氏彼女の仲に発展した事は雪ノ下、由比ヶ浜、葉山の三人には全くのイレギュラーであり、この流れが後に設立された奉仕部の活動にどう影響するのかこの時、三人には知る由もなく、また戸塚との再会、そして恋仲になる事を夢見ていたシュテルの恋は戸塚と出会う前に既に終わっていた事を知るのはまだ先の事であった。

 




三浦が葉山と知り合う前にこうして誰かと恋仲になっていたら、彼女は葉山グループに入る事もなく、わがまま女王になることもなかったのかもしれませんね。


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17話

UA10000 お気に入り100 を突破しました。

これもみなさんのおかげです。

ありがとうございます。

今後もよろしくお願いします。

さて、今回からはふたたび舞台をドイツへと移します。


 

 

此処で視点を日本からドイツへと移し、時系列は春へと戻る。

日本の総武高校にて入学式が行われているのと同じようにドイツのキール海洋学校高等部でも、中等部から高等部へ進学する生徒達の為の進学式が行われていた。

中等部同様、高等部でも主席で進学を果たしたシュテルはキール海洋学校高等部の士官制服を身に纏い進学式に参加していた。

ヴィルヘルムスハーフェン校高等部の士官制服は金色の四つボタンの黒いシングルスーツにスカート、コートを羽織る制服となっているが、キール海洋学校高等部の士官制服は金色の八つボタンの黒いダブルスーツにスカートかズボンを選ぶことが出来システムとなっており、上着の上から羽織るコートはヴィルヘルムスハーフェン校高等部と同じ型であるが、区別をつける為にヴィルヘルムスハーフェン校高等部はコートの裏地が『赤』であるのに対して、キール海洋学校高等部の方はコートの裏地は『青』となっている。

それ以外の生徒の制服はヴィルヘルムスハーフェン校高等部では、赤いセーラー服に黒いスカーフ、ピンクのスカートとなっており、この制服はドイツの女子学生の中でも人気であり、その制服を着る事を目的としてヴィルヘルムスハーフェン校を目指す者もいる。

一方、キール海洋学校の方は、紺色のセーラー服に赤いスカーフ、同じく紺色のスカートで、普通の高校の制服に似ている。

更にキール海洋学校高等部ではヴィルヘルムスハーフェン校と違い、首席進学者には学校長から直々にサーベルが下賜される。

サーベルを腰にぶら下げているのはキール海洋学校では僅かに三人だけ‥‥。

高等部の各学年それぞれ首席者のみであり、サーベルは各学年のリーダー的存在の証でもあるのだ。

進学式が終わり、校舎内にある掲示板には各生徒、それぞれが乗艦する艦とその役職が掲示され、新たに高等部へ進学した生徒達は自分達がどの艦に乗るのか、どんな役職についているのかを確認する為に掲示板の前に集まっている。

腰には首席者の証であるサーベルをぶら下げたシュテルもクリスとユーリと共に掲示板がある場所へと向かい、自分達がどの艦に乗るのかを見に行く。

 

「艦種に関わらず一クラスは約三十名‥それぞれの所属する艦に乗って海洋実習か‥‥」

 

シュテルが進学式において配られたカリキュラムの内容が書かれたプリントを読みながら掲示板の場所へ歩いている。

 

「確かこのクラス分けによってどの艦の所属になるのかも決まるんだよね」

 

「うん、そうみたい」

 

当然、クリスとユーリも一緒である。

 

「でも、いきなり学生だけで海洋実習はちょっと早計だと思うな‥‥いくら中等部で海洋実習の経験があるからって‥‥」

 

シュテルはいきなり学生のみでの海洋実習にやや否定的な感じである。

いくら、中等部にて海洋実習をこなしてきてもあの時は教官も乗艦していたが、今回学生艦に乗るのは文字通り、学生のみである。

不安を抱くのも無理はない。

 

「もう、シュテルンは心配性だなぁ~」

 

「一応、安全策は考慮されているから大丈夫だよ。実際、キールでも、ヴィルヘルムスハーフェンでもこれまで学生艦の大きな遭難事故は起きていないし‥‥」

 

「でも、これまでは起きていないから今後も起きないって言いきれないだろう?」

 

「まぁ、それはそうだけど‥‥」

 

「シュテルン、それを言っちゃあ、何も出来ないよ」

 

「分かっているよ。だからこそ、艦長になる生徒は大変だと思ってね」

 

「他人事みたいに言っているけど、少なくともシュテルンは主席なんだから、嫌でも艦長決定なんじゃないかな?」

 

「‥‥」

 

ユーリの一言でプレッシャーに押しつぶされそうになるシュテル。

先程の言葉はまさにブーメランとして自分に返ってきた。

 

「だ、大丈夫だよ。私は次席だったから、きっと、副長だと思うからシュテルンをちゃんと補佐してあげるから」

 

クリスが無言のまま固まるシュテルを励ます。

 

「う、うん‥ありがとう、クリス」

 

「むぅ~シュテルンったら、クリスばっかりに甘えて‥‥私だって十番代はキープしているんだから、シュテルンの艦に乗る可能性は十分あるんだからね」

 

頬を膨らませてやや不機嫌そうなユーリ。

 

「分かっているよ、ユーリ。もし、一緒の艦に乗れたらお前さんの事もちゃんと頼りにしているから」

 

(少なくとも、由比ヶ浜よりはユーリの方が頼りになるし、信頼できるからな‥‥)

 

シュテルがちゃんとユーリの事も忘れていないと言うと、機嫌を直すユーリ。

こういう所はやはり、切り替えが早いと言うか、ユーリの可愛い所である。

 

「シュテルンはさぁ‥‥」

 

「ん?」

 

「乗りたい艦とかって希望ある?」

 

「えっ?うーん‥‥どうだろう‥‥あんまり気にした事ないかも」

 

シュテルはどの艦の所属になっても構わないと言う。

 

「そうなんだ」

 

「二人はあるの?乗りたい艦」

 

「んー‥‥私も特に無いかも」

 

「私は小さい艦はちょっと‥‥嵐とかにあったら怖いし‥‥」

 

ユーリはシュテルと同じく特に乗りたい艦はないが、クリスは小さい艦‥駆逐艦クラスはやや不安な様子。

 

「でも、一番なのは三人で同じ艦に乗れることだよね」

 

「うん」

 

「そうだね」

 

三人はそんな何気ない会話をしながらクラス分け発表が貼られた掲示板の前に立つ。

 

「それじゃあ、『せーの』で見ようか?」

 

「「うん」」

 

「「「せーの‥‥」」」

 

三人はクラス分けの掲示板を見て、自分達の名前を探した。

そして最初にシュテルは首席者だったのですぐに見つかった。

 

『大型直接教育艦 ヒンデンブルク 艦長 シュテル・H・ラングレー・碇』

 

続いて次席のクリスもシュテルのすぐ下に表示されていた。

 

『大型直接教育艦 ヒンデンブルク 副長 クリス・フォン・エブナー』

 

シュテル、クリスはすぐに見つかり、ユーリも成績が十番代ならば、同じヒンデンブルクに乗艦すると思い、ヒンデンブルクの乗員の名前を探してみると、

 

『大型直接教育艦 ヒンデンブルク 砲雷長 ユーリ・エーベルバッハ』

 

と書かれていた。

 

「やったね!!シュテルン!!私達、皆同じ艦だよ!!」

 

ユーリがシュテルに飛びつき、喜びを体で表現する。

 

「うん。よかった、よかった」

 

「ああ、二人が居れば心強い」

 

クリスもシュテルも一緒になれたことを喜んだ。

 

「あっ、シュテル!!」

 

そこへ、エレミアがやって来てシュテルに声をかけつつ、ユーリと同じくシュテルに抱き付いた。

 

「あっ、ジーク。ジークはどの艦になったの?」

 

「ウチもシュテルと同じ、ヒンデンブルクやで」

 

「役職は?」

 

「機関長や。シュテル、これから三年間、よろしゅうたのむな」

 

ジークの言う通り、掲示板には、

 

『大型直接教育艦 ヒンデンブルク 機関長 ジークリンデ・エレミア』

 

と、書かれていた。

 

「ああ、期待しているよ、ジーク」

 

「おう、任せておいてや」

 

シュテルとジークのやり取りをクリスとユーリはなんか面白くないと言った顔をしていた。

 

 

此処で、シュテル達が高等部から乗艦するヒンデンブルクについて説明しておこう。

ヒンデンブルクはH級戦艦と呼ばれる階級の戦艦であり、ビスマルク級戦艦に続いてドイツが計画、建造した超弩級戦艦の艦級である。

全長266m、全幅37m、と長さでは日本の大和級よりも若干長く、幅も大和級が2、3m、勝っているだけで、ほぼ大和級に匹敵する大きさであった。

前世(史実)においては1939年からドイツ海軍が予定していた海軍拡張計画である、Z計画の一環で、ドイツ海軍は5万トン以上の大型戦艦建造計画を立てていた。

しかし、第二次世界大戦の勃発により、大規模で費用のかかる建造プロジェクトがドイツ陸軍とドイツ空軍の戦備に不可欠な物資をあまりにも多く必要とすると判断され、結果として戦艦や空母の建造は延期となり、水上艦艇への資源は主にUボートの建造に向けられた。

途中、日本海軍の機動部隊戦術の成功などで空母の建造が見直された場面もあったが、結局戦局は好転しなかったため大戦の終結まで完成しない艦が多かった。

また、当時のドイツの生産力では、1939年までに多数の超弩級戦艦、機動部隊の艦船を建造する事はできなかった。

実際には計画の四分の一にも達しておらず、目標の達成には少なくとも4~5年が必要だった。

そもそもこうなったのは、ヒトラーが戦争を起こしたのが最大の原因であるが、そのヒトラーが大規模な戦争をそこまで長引かせる事はないだろうと判断していたドイツ軍首脳部の読みが甘かったのも問題点の一つであった。

その中でH級はZ計画の中で計画された戦艦であり、1937~39年にかけて設計が行われ、船体構造は基本的にはビスマルク級戦艦の拡大改良型であり、外観も酷似していた。

相違点としては機関の変更により煙突が2本となったこと、航空関連設備が艦尾に移され、三番主砲塔両脇にアラド196水上機6機を収容する格納庫に四番主砲塔の直ぐ後ろに旋回式カタパルトが設けられたこと等が挙げられる。

水面下では艦尾に大きな特徴を有し、被雷による舵機・推進機の損傷を局限するよう配慮された、独特の形状を為している。

兵装配置は主砲・副砲・高角砲に至るまでビスマルク級とまったくの同一である。

ただし、ビスマルクの47口径38cm連装砲ではなく、47口径40.6cm連装砲4基8門で、仰角30°俯角6.5°を指向でき、最大射程は3万6800mを誇る。

副砲・高角砲はビスマルク級と全く同一で、15cm55口径砲連装6基12門、10.5cm65口径高角砲連装8基16門に機銃は36mm砲16門と20mm機銃34丁を装備する予定であった。

主機はオール・ディーゼルであり、本級の艦体規模としては非常に特異なものである。

12基のディーゼルエンジンにより16万5000馬力をひねり出し、3軸のスクリューによって30.0ktの速力を発揮する。

H級戦艦は大きさでは日本の大和級よりも若干大きく、速力は大和級を上回り、金剛級並みの速力を有していた。

ただし、前世(史実)のHは1939年7月15日に起工され、9月30日に建造中止となった。

この時点で進捗は800t分であり、3500tの資材が加工済、他に5800tが準備され、1万9000t分が発注済だった。

造りかけのHは1941年11月25日以降に解体された。

その他のH級戦艦もH同様、完成することなく建造途中で建造が中止され、全て解体されたか、建造計画そのものが中止された。

しかし、この後世において、それらH級戦艦は、建造された数は前世(史実)の建造計画よりも少ないが、こうしてちゃんと完成していた。

ただし、航空機が存在しないこの世界では四番主砲塔の直ぐ後ろには旋回式カタパルトは設けられておらず、三番主砲塔両脇にアラド196水上機6機を収容する為に設けられていた格納庫には水上機でなく、スキッパーが格納されており、その他にティルピッツ同様、55.3cm 4連装魚雷発射管を両舷に1基ずつ設置されている。

 

こうした強力な戦艦群であるが、万が一学生の乗る艦が海賊やテロリストの手によって奪われたらと言う問題があり、一時は学生が使用する艦船に戦艦を外そうと言う声も上がった事もある。

しかし、各国の海洋学校が戦艦を使用から現在までそう言った事故や事件が奇跡的に起きていない為、今日まで海洋学校の学生が戦艦を利用しているが、国際海上安全整備機構では、各国の海洋学校に所属する学生艦については制限を設けていた。

全長、総トン数、主砲の口径などは今の所、制限は設けられていないが、主砲の大きさに関しては、最大で40.6cm以上のモノは搭載不可能と制限をかけている。

最も現在も40.6cm以上の砲を持っているのは日本の大和級四隻のみである。

故に大和級戦艦は学生艦ではなく、ブルーマーメイドに各支部の旗艦として使用されている。

そして加賀級、尾張級、近江級戦艦、天城級巡洋戦艦も建造当時は41cm砲を搭載されていたが、この制限条約を受け、41cm砲から40.6cm砲へと変更され日本の各海洋学校で使用されている。

 

 

 

 

「これが私達の艦‥‥」

 

シュテル達は学校の港湾区画に停泊しているヒンデンブルクを見上げる。

黒光りする連装主砲、塔の様に聳え立つ艦橋、その艦橋の周りをまるでハリネズミの様に固める副砲、高角砲、機銃の数々‥‥

まさに海の王者である戦艦としての威厳を放っている。

 

「この艦で海に出るんだね」

 

「うん‥不安はあるけど、やっぱり、こうして自分達が乗る艦を見ると、楽しみでもあるね」

 

「ああ、この先どんな事があるのか、分からないけど、クリス、ユーリ、ジークやみんなが居れば何とかなりそうな気がする」

 

シュテルがジークの名前をだすとやはり、クリスとユーリはちょっと頬を膨らませる。

 

そして、海洋実習当日‥‥

ヒンデンブルクの前甲板には乗員全員が集まり、綺麗に整列する。

そして彼女らの前に艦長帽に士官コート、腰にサーベルをぶら下げたシュテルが姿を見せる。

 

「ヒンデンブルク乗員の諸君、私はヒンデンブルク艦長のシュテル・H・ラングレー・碇だ。本日は諸君らと共に乗艦できたことを嬉しく思う。我々は卒業までの三年間、この船で苦楽を共にし、互いを支え合う仲間となる。故にその記念として今回の初航海を最高の思い出になるよう、力を貸してもらいたい。以上」

 

(前世の自分からは考えられないなぁ‥‥)

 

シュテルの訓示が終わると、乗艦一同はシュテルに敬礼をする。

そして、シュテルもそんな乗員達に返礼する。

シュテルは心の中で前世では人前でこんな風に喋る事なんて絶対にできないと思っていたので、今こうして大勢の人の前で平然と話している自分に驚いていた。

 

「総員、出航準備!!」

 

シュテルが命令を下すと乗員は駆け足でそれぞれの部署へと向かう。

艦橋へ上がって見ると其処には、

 

「ニャ~」

 

白地に灰色の縞を持つサバトラの白猫が一匹いた。

 

「猫?どうして此処に‥‥?」

 

シュテルが疑問に思いつつ、その猫を抱っこする。

 

(‥‥コイツ、なんだかカマクラに似ているな‥‥でも、前世のカマクラは此処まで俺には懐かなかったけどな‥‥)

 

(そう言えば、どうしているかな?‥‥ちゃんとエサは貰っているのかな‥‥?)

 

前世の家で飼っていた猫を思い出すシュテル。

今、抱っこしている猫と前世の家で飼っていた猫の毛並みが似ていたのだ。

しかし、前世の飼い猫はシュテルがまだ八幡だった頃には懐かず、こうして抱っこなんて出来なかった。

でも、今はこうして猫を抱っこする事が出来ている。

まぁ、今シュテルが抱っこしている猫と前世での飼い猫は別猫だし、今の自分は比企谷八幡ではなく、シュテル・H・ラングレー・碇なのだから‥‥

シュテルが猫を抱っこしていると、ヒンデンブルクの艦橋要員が艦橋に入って来た。

 

「あれ?シュテルン、その猫はどうしたの?」

 

クリスの目に最初に飛び込んできたのは猫を抱っこしているシュテルの姿だった。

甲板で挨拶をした時、シュテルは猫を連れてなどいなかったし、彼女が猫を飼っているなど、これまで生活を共にして聞いた事もなかったので、クリスが疑問に思うのも当然だ。

 

「艦橋に来たらこの子が居たの‥‥どうやら迷い込んじゃったみたい」

 

「どうする?‥‥焼く?」

 

「ちょっ、ユーリ、なんでそうなるの!?」

 

猫を見て突然「焼く?」と訊ねるユーリにすかさずツッコミを入れるシュテル。

 

「嫌だなぁ~冗談だよぉ、冗談」

 

ユーリは「あははは‥‥」と笑いながら言うが、目がちょっとマジな感じで見えた。

 

「あれ?シュテルン、サーベルは置いてきたの?」

 

艦橋に上がったシュテルの腰にはサーベルがぶら下がっていなかった。

 

「あんな重いヤツ、常に腰にはつけてられないよ、ああいうのは儀礼品の装備だから、式典とかにはちゃんとつけるよ」

 

艦橋の壁には主席生徒の証であるサーベルが立てかけられている。

 

「それで、どうします?その猫?」

 

クリスはシュテルが抱っこしている猫についてどうするかを訊ねる。

 

「もう、出航するし、ネズミ予防の為、このまま乗っけておこう」

 

「えっ?いいんですか!?」

 

「昔の船もネズミ予防で猫を乗員として乗せていたみたいだし、大丈夫でしょう」

 

こうしてヒンデンブルクに飛び込みで新たな乗員が増えた。

 

「では、改めまして艦長のシュテル・H・ラングレー・碇です。よろしく」

 

艦橋メンバーは役職と名を名乗る。

シュテルは猫を抱きながら艦橋に居る皆に挨拶をする。

 

「副長のクリス・フォン・エブナーです」

 

「砲雷長のユーリ・エーベルバッハだよぉ~」

 

「航海長のレヴィ・ラッセル!!よろしく!!」

 

青い髪で活発なレヴィと名乗る子の胸は結構大きく、それを見たクリスが思わず悔しさのあまり、顔をしかめていたのをシュテルは見たが、直ぐに目を逸らした。

 

「書記のメイリン・ホークです」

 

赤い髪でツインテールのメイリンは少し気が弱い印象を受ける。

 

艦橋メンバーの名前と顔合わせが終わり、いよいよ出航となる。

 

「折角の初航海なのにキールは相変わらずのどんより空か‥‥」

 

ユーリがウィングから空を見上げると、キールの空模様は薄暗い雲で覆われていた。

 

「まぁ、この空模様こそ、キールっぽいじゃない。それに北海を抜ければ天候は良くなるだろうし、むしろ雲を懐かしむことになるかもね」

 

クリスがユーリと同じく、どんよりとした空を見上げながら言う。

 

「よし、出航準備、錨を上げろ」

 

鎖の金属音を奏でながらヒンデンブルクの錨が巻き上げられる。

 

「錨、収納」

 

「舫いはなて」

 

係留していた舫いも放たれ、

 

「出航!機関、微速前進!」

 

「機関、微速前進!」

 

ヒンデンブルクの機関が唸りを上げ、ゆっくりと動き出す。

 

「航海長操艦」

 

『航海長操艦』

 

「速度、前進微速、針路、124‥‥」

 

「操艦、頂きます。速度、前進微速、針路、124」

 

シュテルから操艦を引き継いだレヴィは慎重な面持ちで舵輪を握りながらヒンデンブルクをキール海洋学校の港湾区画から外洋へと出す。

外洋へと出ると、ヒンデンブルクは速力を上げ、目的地である海上基地を目指した。

 

航海中、ただ何もしないわけではなく、勿論様々な訓練は行った。

避難訓練、救命艇降下訓練、消火訓練、そして戦闘訓練。

戦闘訓練では応急員の応急修理訓練も盛り込んであり、医療班も負傷者に見立てた人形を使っての訓練が行われた。

 

「報告、本日19:30、訓練日程は全て終了しました」

 

メイリンがタブレットに記録された内容を報告する。

 

「なお、応急員に一名の負傷者を出しました」

 

「負傷?怪我の程度は?」

 

「防水作業中に打撲した模様で、現在、医務室で治療中です」

 

「そう‥あとで様子を確認しておこう」

 

「とはいえ、訓練終了予定時間を15分もオーバーしていますね」

 

クリスが今日の訓練報告を聞いて呟く。

 

「まぁ、まだ初日だし、艦の事も熟知していないからね。回数をこなしていけば、嫌でも慣れるだろうから、今後も訓練は続けていこう」

 

「そうですね」

 

シュテルはまだ最初だから、訓練時間のオーバーは仕方ないと言う。

 

「じゃあ、ちょっと、医務室に行って来るから、此処をよろしくね、副長」

 

「はい、艦長」

 

艦橋から医務室へ行き、シュテルは今日負傷した応急員のクラスメイトを見舞う。

幸い骨に異常がなく、数日で治るらしい。

治療を受け終わったクラスメイトは医務室を後にする。

 

「初日から大変だったね、ウルスラさん」

 

シュテルはヒンデンブルクの医務長、ウルスラ・ハルトマンに労いの言葉をかける。

 

「いえ、初日だからこそ、こうした経験は早めにしておかなければなりませんから、むしろ、いい経験になりました」

 

ウルスラは微笑みながら言う。

以前、シュテルは中等部時代に彼女と話す機会があったのだが、ウルスラには姉が一人おり、彼女の姉は現役のブルーマーメイドの隊員で艦長職についているエリートらしい。

そう言ったエリートの姉を持つと姉に対してコンプレックスを抱くのではないかと前世の経験からシュテルはそう思っていたが、ウルスラと彼女の姉は専門が異なる為、ウルスラは姉に対してコンプレックスを抱いてはいない様子だった。

 

(雪ノ下の奴も雪ノ下さんの後ばっかり追っていないで、雪ノ下さんがやっていないことをやればよかったのに‥‥)

 

ウルスラを見ながら、シュテルは前世の同級生の事をふと思い出していた。

 




今回のゲストは、

航海長にはなのはシリーズの雷刃の襲撃者こと、レヴィ・ザ・スラッシャーのレヴィです。
外見はINNOCENTの漫画版に登場した大人バージョンのレヴィをイメージしてください。

書記は機動戦士ガンダムSEEDDESTINYに登場するメイリンです。
原作では情報に関するエキスパートだったので、彼女を採用しました。

医務長はストライクウィッチーズからウルスラ・ハルトマンを採用しました。
原作では技術者でしたが、此処では医者の卵です。



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18話

今回はシュテルがハルトマン家へ訪問します。


 

 

キール海洋学校の高等部へと進学し、学生艦に乗艦して、自分達生徒達のみの手で軍艦を動かす様になったシュテル達。

しかし高等部へと進学し、学生艦に乗艦する様になったと言っても普段から学生艦に乗り、海に出ているわけでは無い。

ちゃんと陸上の学校の教室に集まる座学の授業も存在し、授業内容も海洋学、航海学、海洋法規、機関学等の船にまつわる学問の他に一般の高等教育の座学もある。

高等部初の海洋実習も大きな事故や怪我人を出す事無く無事に終え、学校へと戻ったシュテル達。

なお、あのヒンデンブルクに乗っていた猫はそのままヒンデンブルクで飼育する事になり、シュテルはあの猫に前世の飼い猫と同じ『カマクラ』と言う名前をつけた。

カマクラはヒンデンブルグの中ではどう言う訳かシュテルに一番懐いていた。

そして今日は座学の日であり、普通の学生の様に教室で授業を受けていた。

週末は休みなので、実家にでも帰ろうかと思っていた。

すると、ヒンデンブルクの医務長であるウルスラがシュテルを自宅であるハルトマン家に誘ってきた。

なんでも今週は姉が休暇で家に戻ってきているので、家の大掃除をしたいので、手伝ってくれないか?と言うモノだった。

ウルスラはついでに『現役ブルーマーメイドの話も聞けるよ。』

と言ってきた。

個人的にウルスラのお姉さんがどんな人なのかちょっと興味があったし、高校卒業後、海軍に入るか、ブルーマーメイドに就職するか、一般の海運会社に就職するか、それか海運とは関係ない一般企業に就職するか、それとも就職ではなく大学へ進学するか、まだ高校生活が始まったばかりであるが、現役ブルーマーメイドの人から話を聞けるのは実に興味深い事だったので、シュテルはウルスラの誘いに乗って、週末は実家ではなく、ウルスラの家にお邪魔することにした。

普段、週末は寮生活な学生達は大きく分けて、寮に残る者、帰省する者達だ。

クリスとユーリも今週は実家で何やらやる事があるみたいで、シュテルがウルスラの家に行くと知った時、二人はちょっと複雑そうな顔をしていた。

 

(ど、どうしよう、エレミアさんの他に今度はハルトマンさんにシュテルンが取られちゃうかも‥‥)

 

(八幡‥いえ、シュテルさん、前世ではボッチだったのに‥‥あっ、でもあくまでも『ボッチ』は小、中学校時代だけで、高校二年からは彼の周りには人があつまり、良くも悪くも彼は人を引き付ける人物でしたが、この後世では幼少の頃から人を引き付けるカリスマ性みたいなものがありましたからね‥‥今の彼に沢山の友人が出来る事は嬉しい事の筈なのになんか寂しさの様なモノを感じる‥‥)

 

(ん?どうしたんだろう?二人とも‥‥あっ、現役ブルーマーメイドの人の話が聞けなくて残念がっているんだ)

 

前世では人間観察が得意で人の何気ない態度や会話の中からその人の思考を読み取っていたシュテルだが、この後世ではあまり人の目を気にしなくなり、それがやや鈍ったのか、それともシュテル自身完全に心を許しているクリスとユーリだからこそ、心の奥底まで見抜く必要性を感じなかったのか、二人の考えを読み間違えるシュテルだった。

 

そして週末‥‥

その日、ウルスラは朝一でシュテルを迎えに寮にある彼女の部屋へとやって来た。

 

「あれ?ハルトマンさん?」

 

まだ朝の七時前なので、シュテルの恰好は寝間着で寝ぼけ眼だった。

 

「艦長、朝早くから申し訳ありません。ですが、この時間帯に出ませんと、今日中に家の大掃除が終わりませんので‥‥外泊許可は前日に私が提出しておきましたから、問題ありません」

 

ウルスラは申し訳なさそうにシュテルに訳を話す。

 

「えっ?」

 

(こんな朝早くから出ないと終わらないって、家が遠いのか?それとも家が物凄く大きいのかな?それとも物凄く汚れているのかな?)

 

ウルスラの発言にシュテルは絶句しつつも急いで身支度を整えた。

 

 

ウルスラの実家であるハルトマン家に向かう為、列車に乗り込むウルスラとシュテル。

コンパートメントの座席に座り、駅の売店で朝食として買ったサンドウィッチを食べ終え、車窓の外の風景を見ていたシュテルであったが、ふとこれから向かうハルトマン家について疑問に思った事をウルスラに訊ねる。

 

「そう言えばさ‥‥」

 

「なんでしょう?」

 

「大掃除をするって言っていたけど、ハルトマンさんの御両親は普段から家の掃除をしてないの?」

 

「‥‥その‥私達、姉妹には両親はいません」

 

「えっ?」

 

「私が小さい頃に事故で‥‥」

 

ウルスラが俯きながら自分達姉妹の両親について語る。

 

「あっ‥‥ごめん‥辛いことを聞いちゃって‥‥」

 

知らなかったとはいえ、両親の話はウルスラについては禁句みたいだ。

 

「いえ、両親についてはもう割り切っています。それに私には姉さんがいますから‥‥」

 

「そ、そう‥‥」

 

今のシュテルは一人っ子であるが、前世では妹が‥小町が居た。

その為、兄妹の存在には色々考えさせられるものがある。

 

(そう言えば、小町の奴、あれからどうしているかな?)

 

シュテルはふと、前の世界に残して来た妹(小町)の事が脳裏を過ぎった。

 

(まぁ、元気にしているだろうなぁ‥前世の親父もお袋も昔から小町至上主義だし、むしろ俺が消えて清々しているだろうなぁ‥‥あぁ~ヤメヤメ、もうあの世界もあの家族も今の俺には関係ないんだから)

 

シュテルはもう二度と会う事が無い妹や前の家族について考えるのを止めた。

だが、シュテルはまさか前世における妹が高校受験に失敗した事を知らないし、前世の自分の自殺と小町の高校受験の失敗が引き金となり、小町は引きこもりとなり、比企谷家が家庭崩壊した事など知る由もなかった。

 

列車とバスを乗り継ぎ、シュテルはウルスラの実家であるハルトマン家に着いた。

ハルトマン家は、二階建ての家で大きくもなく、また小さくもない、ごく普通の家だった。

しかし、外から見る限り大掃除をやる必要があるようには見えない。

よく、テレビで報道されているゴミ屋敷をちょっと想像していたシュテルにとって、そうでもなかったと拍子抜け。

だが、シュテルはこの後、自分が想像していた通りの展開になる事をこの時はまだ知らなかった。

 

 

ウルスラは家に入る前に使い捨てのマスクを装着しており、シュテルにも同じマスクを差し出す。

 

「艦長もマスクを着けておいた方がいいですよ」

 

「ちょっ、ハルトマンさん。流石にそれは大袈裟じゃない?」

 

「‥‥一応、忠告はしましたからね」

 

そう言ってウルスラは玄関のドアノブに手をかけると、玄関の戸を開ける。

すると、

 

ブワッ

 

モワワ~ン~

 

「ウッ‥‥」

 

玄関の戸が開いた途端、シュテルの鼻腔を強烈な刺激臭が襲い掛かる。

シュテルは思わず‥というか、反射的にポケットの中にあったハンカチを取り出してソレを口元へと押し当てる。

ウルスラが家に入る前にマスクを装着した事と態々マスクを着けていないシュテルに対して事前に忠告を入れたのも頷ける。

 

「ハルトマンさん。何なのコレ!?毒ガス!?この状況下でお姉さんは大丈夫なの!?死んでんじゃないの!?」

 

家中に広がるこんな刺激臭の中、ウルスラの姉はこの状況下で生きているのだろうかと疑問に思った。

 

「姉さんは大丈夫でしょう。元々この臭いの原因は姉さんでしょうし、姉さんの生命力に関してはゴキブリ並み‥いえ、それ以上に強いですから」

 

(ハルトマンさん、さりげなく自分の姉をDISっているよ‥‥)

 

「全く、姉さんが長期休暇に入ると家がクソ溜めみてぇなところになるから困るんですよね」

 

(ハルトマンさんっ!?今、貴女の口から普段、貴女が口にしない様な台詞が出ましたよ!?)

 

ウルスラが普段ならば絶対に口にしない様な台詞を聞いてちょっと引くシュテルだった。

それはきっとこのハルトマン家に充満する刺激臭のせいだと思いつつシュテルは事前にウルスラから貰ったマスクを着け、ハルトマン家へと入る。

 

「‥‥」

 

そしてハルトマン家の中の惨状を見て絶句する。

家のそこら中に衣服、本とゴミが散乱していた。

ゴミは紙くず、ティッシュペーパー、酒瓶、空き缶、缶詰の缶、デリバリーサービスのピザの箱などが散乱していた。

しかもピザの箱の中には腐ったピザが入ったままのモノもある。

缶詰に関してもピザ同様に中身が入ってそのまま腐ったモノある。

まさに汚部屋状態‥お部屋ではなく、汚部屋となっており、ハルトマン家の中はお家ではなく、汚家となっている。

 

「ふ、腐海の森だ‥‥」

 

「良い例えですね、ソレ」

 

ハルトマン家の惨状を見たシュテルがポツリと呟き、ウルスラもそれに賛同する。

一先ず、この刺激臭を何とかしなければならないので、窓という窓、扉という扉を全て開けて空気の入れ替えをする。

台所も料理をしようとでもしたのか、鍋やフライパンには黒焦げた何かがあった。

 

(由比ヶ浜のポイズンクッキングかよ‥‥)

 

そして流し台にも洗われず放置されたままの食器類が所狭しと置かれていた。

どこから手をつければいいのか正直に言って悩むところだが、このまま放置したらハルトマン家はゴミ屋敷化するので、やらなければならなかった。

それに衛生的にも悪い。

ウルスラが朝早くシュテルの下を訪れたのも頷ける。

シュテルは使い捨て手袋をはめて、ゴミ袋に燃えるゴミ、空き缶、空き瓶、と分別する。

ウルスラは衣服をかき集めて洗濯機の中へと放り込み、洗濯をし、その間に台所の片づけを行う。

ゴミが片付き、床が見えてくると床を掃除機で掃除をし、次に雑巾がけをしていると、二階から誰かが階段を降りて来た。

この場合、ウルスラのお姉さんしかない。

 

「ふぁぁぁ~‥‥ん?あれ?君、誰?」

 

ウルスラのお姉さんは床を雑巾がけしているシュテルの姿を見て、寝ぼけ眼のままシュテルが一体誰なのかを聞いてきた。

ただ、その時の彼女の恰好は物凄くだらしない。

タンクトップに下着姿‥‥いくら同性とは言えこの格好は恥ずかしいと思うのだが、ウルスラのお姉さんは恥ずかしがる様子も無い。

 

「あっ、姉さん起きたんですか?」

 

そこへ、大量の洗濯物が入った洗濯籠を両手で抱えたウルスラがやって来た。

 

「ん?ウルスラ、帰ってきてたんだ」

 

「はい‥相変わらず家をすさまじい惨状に変えますね」

 

「えぇ~そうかな?」

 

後頭部をボリボリと掻きながら家の惨状を何ともなかったように言うウルスラのお姉さん。

ただ、恰好はだらしないが、身体からは不思議と変な臭いはしていないので、お風呂にはちゃんと入っているみたいだ。

 

(確かにハルトマンさんの言う通り、この人の生命力は強そう‥‥)

 

あれだけの刺激臭の中、しかも下の階で大掃除をして、物音がした筈なのにソレにも動じずに寝ていた様子のウルスラのお姉さんを見て先程、ウルスラが言った姉の生命力がゴキブリ並みだと言う言葉はあながち間違いではないと思うシュテルだった。

 

「姉さん、こちらは私の同級生のシュテル・H・ラングレー・碇さんです。私が乗艦している学生艦の艦長を務めています」

 

「ど、どうも、初めまして、シュテル・H・ラングレー・碇です」

 

「へぇ~そうなんだ~、どうも~ウルスラの姉、エーリカ・ハルトマンです。ウチの妹がお世話になっております」

 

ウルスラの姉、エーリカ・ハルトマンはまだ寝ぼけ眼のままでシュテルに挨拶をしてきた。

エーリカとウルスラは確かに姉妹であり、顔立ちが二人ともそっくりだった。

異なるのは身長とメガネをかけているかいないかの差であり、両者とも胸の大きさはまさに姉妹だった。

前世において身近な姉妹でまっさきに思いついたのが雪ノ下姉妹だ。

雪ノ下姉妹も確かに顔立ちは似ていた。

だが、胸の大きさは反比例していた。

それに人としての出来もだ。

あの姉妹は二人とも人との付き合い方には問題があった。

姉の方は他人をからかい玩具にする。それは自分の妹でさえ例外ではない。でも、コミュニケーション能力はやはり、実家の手伝いや大学生と言う事でそれなりにあった。

妹の方は常に自分の言動が真実であり、自分が№1だと思い込み、当たり前のように他人を見下し、コミュニケーションも交友関係も姉と比較すると雲泥の差だった。

学業の成績だけで言えば両者は確かに優秀な人間だが、学業が優れている人=人として完璧 ではない。

シュテルが前世の知り合いの姉妹と目の前に居るハルトマン姉妹の事を思っていると、

 

「ん?なんか今、少し失礼な事を考えなかった君?」

 

「私も艦長が何か失礼な事を考えているように思えましたけど?」

 

「い、いや、そんなことはないよ」

 

こういう鋭い所はハルトマン姉妹も雪ノ下姉妹も似ていた。

 

エーリカが起きて来たので、次の清掃場所を二階へと移すウルスラとシュテル。

二階のウルスラの部屋と客間、そして両親の寝室だったと思われる部屋は流石にエーリカも入る事は無かったのか、綺麗だった。

ただ、エーリカの部屋は大惨事だった。

床が見えない。

床一面に広がるゴミ、ゴミ、衣服、下着、ゴミ、ゴミ、本、ゴミ、ゴミ、段ボール箱、ゴミ、ゴミ、ゴミそしてベッド脇のテーブルの上にある目覚まし時計は何故か破壊されている。

 

「「‥‥」」

 

エーリカの部屋の大惨事を見て思わず絶句するウルスラとシュテル。

 

(い、一体何がこの汚部屋であったんだ?)

 

何があって目覚まし時計があそこまで破壊されているのか?

元々目覚まし時計が壊れていたのだろうか?

それを踏まえてもウルスラが言うにはエーリカが休みを取ったのは今週の始め‥‥

僅か5~6日の間で此処までお部屋を汚部屋にリホームできるものなのだろうか?

 

シュテルがエーリカの汚部屋を見ながら何が原因でこの惨状があったのかを考えつつ、エーリカの部屋の前で立ち尽くしていると、

 

「艦長、ボサッとしていないで、始めましょう」

 

「あ、ああ‥そうだね」

 

ウルスラの一言で現実へと戻り、シュテルはウルスラと共にエーリカの部屋の掃除を始める。

なお、妹とその同級生が家の掃除に勤しんでいる中、その姉のエーリカは掃除が終わった一階のリビングにあるソファの上で、また寝ていた。

朝早くに学校の寮を出たおかげで、昼前にはなんとかハルトマン家の大掃除は終わった。

家の前のゴミ捨て場にはゴミ袋の山が出来上がっていた。

そのゴミは後で業者が引き取りに来る予定となっている。

ただ、ハルトマン家の冷蔵庫の中には食材らしきものは一切なかったので、昼と夜の分の食事の為、食材の買い物へ行かなければならなかった。

 

「姉さん、またデリバリーや缶詰、レトルト、インスタントだけの食生活をしていたんですね」

 

冷蔵庫の中を見てウルスラはソファの上でグテッとしているエーリカに声をかける。

確かにシュテルが一階のリビングを掃除している時、沢山のデリバリーピザの箱や缶詰め、レトルト食品の箱や袋が散乱していたのを見た。

家に戻って来た当初はエーリカ自身も料理をしたのだろうが、失敗して即座に挫折して、そのままウルスラが帰って来るまであまり健康にはよろしくない食生活をしていたのだろう。

 

「ううぅ~私だって料理にはチャレンジしたけど、やっぱり、私には料理の才能はなかったみたい‥‥それに買い物に行くのもめんどいし‥‥」

 

「はぁ~あまり、褒められた食生活ではありませんよ」

 

ヒンデンブルクで医務長をしているだけあって姉が不健康な生活を送っていた事に対して心配しているのか注意する。

 

「うぅ~‥‥でも、海に居る時はちゃんと食べているから大丈夫だよ」

 

まぁ、確かにヒンデンブルク同様、海上勤務であれば、艦には専属の料理人が乗艦しているので、艦に乗っている時、食事に関しては栄養バランスが整っている筈だ。

体を壊しても軍医がいるので、直ぐに駆け付けられる。

 

「まぁ、そう言う事にしておいてあげましょう。ところで、お昼と夜、何か食べたいものはありますか?」

 

ウルスラはエーリカに今日の昼食と夕食でなにを食べたいかを訊ねると、

 

「お菓子!」

 

エーリカはお菓子を食べたいと言う。

 

「流石にお菓子は食事には入りません。それに糖分やカロリーの取り過ぎは身体に毒です」

 

「えぇぇ~お菓子、お菓子、お菓子、お菓子」

 

まるで、小さな子供が駄々をこねるみたいにソファの上で身体を揺すりながら「お菓子」と連呼するエーリカ。

 

「もう、それじゃあ、此方でメニューを考えますからね。艦長、行きましょう」

 

「あっ、うん」

 

「ウルスラ~ちゃんとお菓子も買ってきてよぉ~!!」

 

ウルスラは独自で今日の昼食と夕食のメニューを決めるつもりで、シュテルと共に買い出しへと出かけた。

 

「え、えっと‥‥その‥‥随分と個性的なお姉さんだね」

 

シュテルはエーリカの印象をウルスラに伝える。

 

「‥‥無理はしなくてもいいですよ、艦長。あんな姉さんの姿を見たら誰でもそう思うでしょうし‥‥でも、あの様な姉さんも一度海に出て、艦を指揮すると、まるで別人の様に変貌するんですよ」

 

ウルスラは、エーリカは家に居る時と海で艦に乗っている時は全くの別人になると言う。

そりゃあ、艦を指揮する時もあんな自堕落な人物ではとてもじゃないが、艦長に昇り詰めるのは無理だろうから、ウルスラの言っている事は強ち間違いではないのだろう。

ウルスラは食材の他にいくつかのお菓子もちゃんと購入していた。

それに目覚まし時計も‥‥

やはり、なんだかんだ言ってもお姉さん想いなウルスラ(妹)である。

買い出しが終わり、ハルトマン家に戻った二人は、早速昼食の準備をする。

シュテルは前世では、両親が共働きだったり、よく小町だけを連れて外食や旅行へ行っている間、家事は自分でしなければならなかった。

小町が中学に上がった頃になり、小町が家事をするようになった。

でも、八幡からシュテルに代わった今でも、記憶を引き継いでいるので、シュテルはある程度の家事スキルはあった。

伊達に前世で専業主夫を目指していたわけではない。

ハルトマン姉妹と昼食を共にしている時、エーリカが

 

「そう言えば、ミーナ教官は、まだ元気?」

 

と、シュテルにミーナ教官が息災かと聞いてきた。

 

「ええ、元気で今も教鞭をとっています。あれ?教官を知っているんですか?」

 

「うん、私もあの教官の教え子だからね。それで、教官の異性との関係はどう?」

 

「異性との関係‥ですか?」

 

「うん」

 

「どうなんでしょう?‥‥あまり、教官のプライベートについては詳しく知らないので‥‥」

 

「そうなんだぁ‥‥いやぁ~あの教官、黙っていれば美人なんだけどさ、言動や生徒を見守る姿勢で実年齢よりも老けているようなイメージがあるんだよね」

 

「はぁ~‥‥」

 

(教官、かつての教え子に言いたい放題言われていますよ。そう言えば、平塚先生も似たような感じだったな‥‥)

 

シュテルがまたもや、前世における自分の知る教師の事を思っていると、ハルトマン家の電話が鳴り、ウルスラが応対に出る。

それからすぐに戻って来ると、

 

「姉さん、姉さんに電話です」

 

「電話?まさか、急に仕事が入ったとか?」

 

「いえ、お仕事の電話ではありません」

 

「仕事の電話じゃない?じゃあ、誰から?」

 

「出れば分かると思います」

 

「?」

 

ウルスラに言われるまま、電話のある場所へと向かうエーリカ。

 

「電話、誰からだったの?」

 

「‥‥ヴィルケ教官からです」

 

「えっ?」

 

電話はまさに今、話題に上がっていたミーナ教官からだった。

やがて、リビングに戻って来たエーリカの顔色は悪く、真っ青だった。

シュテルは自分の周りには、この後世でも千里眼や心を読める人が大勢居るのではないかとさえ思った。

 




今回のゲストはウルスラの姉、エーリカ・ハルトマンです。
容姿は原作のストライクウィッチーズのエーリカ・ハルトマンを少し成長させた姿をイメージしてください。
胸の大きさとずぼらな性格、そして実戦では物凄い実力を発揮するあたりは原作通り。

アニメ二期で同室だったバルクホルン大尉は臭いとか平気だったのかな?

各校の所属学生艦で日本の学校の学生艦を追加しました。


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19話

 

 

週末の休日に同級生のウルスラ・ハルトマンの実家にお邪魔したシュテル。

初めて行ったハルトマン家は事前にウルスラ本人から大掃除があると言われていたが、実際に行ってみると、外からの外見は普通なのだが、家の中は半ばゴミ屋敷化していた。

しかもそれを行ったのはウルスラの姉であり、現役のブルーマーメイドで艦長を務めているエーリカ・ハルトマンで、彼女は僅か一週間の間で普通の家をゴミ屋敷に変えていた。

ハルトマン家の大掃除は半日かかり、ようやく終わった。

そしてハルトマン姉妹と共に食事の席を一緒にした時、エーリカがミーナ教官の教え子である事実も知った。

その際、エーリカはミーナ教官の事を行き遅れみたいな感じで言っていたが、その直後、エーリカにミーナ教官から電話がかかって来た。

電話に出た後のエーリカの顔色は物凄く悪く、何かに怯えている様だった。

昼食後、ミーナ教官からの電話の為か、エーリカは早々に自室へと戻って行った。

 

夕食後、シュテルはエーリカにブルーマーメイドについての話を聞くことが出来た。

私生活では、自堕落な生活を送っているエーリカでもやはり、ウルスラの言う通り、海上では常に戦場であり、仕事場なので、エーリカは私生活と仕事場での雰囲気はまるで違う印象を彼女の話を聞いているだけでも理解出来た。

しかし、エーリカが艦長を務めている艦の彼女の部屋は、やはり汚部屋になっているらしいので、主計科の人が常に清掃をしているらしい。

週明け、真っ白いブルーマーメイドの制服に身を包んだエーリカの姿は、これまで見て来た自堕落な姿ではなく、ビシッとした姿でまさにブルーマーメイドのエリートの姿だった。

ウルスラもそんな姉の事を誇りに思っているのだろう。

 

学校へ戻るとシュテルはクリスとユーリから、ハルトマン家での出来事を聞かれた。

シュテルはウルスラと一緒にハルトマン家の大掃除をした事を話し、次にエーリカから聞いたブルーマーメイドについての話をした。

シュテルはてっきり、ブルーマーメイドの話を聞きたがっていたのかと思っていたのだが、ユーリとクリスはあまり関心が無い様に見えた。

それから、座学と学生艦を使用しての海洋実習を交互にこなしていく日常を過ごしていった。

 

 

 

 

そして再び、シュテル達は海へと乗り出した。

 

 

ヒンデンブルグの艦内では警報が鳴り、学生たちが慌ただしく走り回り、時折、通路の物陰に隠れる。

学生たちの手にはモーゼルkar98kやMP40が握られていた。

頭にはヘルメットを被り、目の部分にはゴーグルをかけて、手には手袋をつけている。

学生たちの反対側には同じ格好の学生たちが現れると、艦内でドンパチが始まる。

だがこれは決して彼女らが艦内でサバゲーをしている訳でも、反乱が起きた訳でもなく、艦内における白兵戦闘の訓練をしていたのだ。

編成はクラス全体を半数に分けて行っており、使用している弾は殺傷能力の無いゴム製の特殊訓練弾を使用している。

クラス分けはシュテル達艦長チームとクリス達副長チームに分かれて訓練をしており、クリス達副長チームが攻め、シュテル達艦長チームがこれを防衛・迎撃する。

味方識別はそれぞれのチームメンバーは、色の違う鉢巻きに腕章をしており、そのどちらかが外れた者もリタイアとなるし、倒した相手から鉢巻き、腕章をとってそれを着けて相手チームメンバーのフリをするのもルール違反となっている。

 

「くっ、このままじゃ埒が明かない‥‥総員、着剣!!」

 

クリスが声を上げながら、ゴム製の銃剣をモーゼルkar98kの銃口に取り付ける。

 

「突撃する!!MP40装備の人は突撃隊を援護!!‥‥いくぞ!!突撃!!」

 

「「「わぁぁぁぁぁぁー!!」」」

 

「うわっ!!副長がこっちに突っ込んで来る!!」

 

「撃て!!撃て!!これ以上、敵チームを先に進ませるな!!」

 

クリスが先陣をきって突破を図り、 艦長チームの学生を銃剣で斬りつける。

斬りつけられた学生は制服の上から着たセンサースーツで戦死または負傷判定を受け、リタイアとなる。

 

「急げ!艦橋をこのまま制圧しろ!!」

 

通路を制圧したクリスは声をあげ、自分のチームの学生たちを鼓舞する。

一方、シュテルは艦橋に居り、通信兵役のチームメイトから艦橋へ敵チームの情報が逐次報告されている。

 

「敵部隊、第五防衛ラインを突破!まもなく上層部に到達します!!」

 

「くっ、艦橋要員も白兵戦用意!!敵部隊の突入を許すな!!」

 

「急げ!!」

 

「こっちだ!!」

 

「グズグズするな!!」

 

「何をしているの!?急いで!!」

 

シュテルが艦橋要員に指示を出し、艦橋要員は慌ただしく白兵戦闘の用意をする。

ヘルメットを被り、目を保護するゴーグルを装着し、手には手袋を装着してモーゼルkar98kやMP40を手にすると、弾倉に訓練弾を込め、モーゼルkar98kの銃口には銃剣を取り付ける。

シュテルは腰にあるホルスターからルガーP08 8インチモデル を取り出し、マガジンを取り出し、中身を確認した後、訓練弾が入ったマガジンを弾倉へと込める。

このルガーP08 8インチはシュテルが個人で買い求めたモノである。

中等部での最後の航海の時、イタリアのナポリで起きたイタリアマフィアに誘拐された経験からシュテルの両親がシュテルの身を案じて護身用の為、購入したのだ。

 

(この後世でも俺って『八』に色々と縁があるな‥‥)

 

ルガーP08 8インチをいつでも撃てる状態にしながら、手の中のルガーP08を見ながら自分には『八』という数字に縁があると思っているシュテル。

前世でもこの後世でも自分の名前には『八』が入っているし、今、自分が手にしている銃もルガーP08の8インチ‥‥シュテルが『八』に縁があると思うのも不思議ではなかった。

 

「ラッセル航海長はそのまま操艦に専念!!」

 

「りょ、了解」

 

舵を握っているレヴィは一応、ヘルメットを被り、ゴーグルを被るが、武器は持たず、そのまま舵を握り続ける。

その頃、艦橋を目指しているクリスは艦橋前に構えられた最終防衛線を破ろうとしていた。

 

「テリャ!!」

 

「ぐえぇ!!」

 

敵チームのクラスメイトを倒すと、その隙をついてもう一人、別の敵チームのクラスメイトが銃剣の着いたモーゼルkar98kを振り上げて来るが、クリスは手に持っていたモーゼルkar98kをグルっと反転させ、銃床で受け止めそのまま相手を弾き飛ばす。

弾き飛ばされたクラスメイトは思わず尻餅をつく。

その隙をクリスは見逃さず、尻餅をついたクラスメイトの腹を銃剣で刺し、刺されたクラスメイトはリタイアとなる。

クリスの強さの前に前方の敵チームのクラスメイト達は思わず後退る。

彼女はまるで幸運の女神の加護があるかのように弾が何故か当たらない。

そしてクリスは勢いを殺さず声を上げ、銃剣付きのモーゼルkar98kを構えながら相手チームの防衛網を突破していく。

相手チームの防衛網の真っただ中へ突入すると、勇敢にも一人の敵チームのクラスメイトがクリスに襲いかかる。

クリスと敵チームのクラスメイト二人の銃剣付きのモーゼルkar98kがカチャカチャと競り合うが、クリスは突如、力を弱め、横へ飛ぶ、すると支えを失った敵チームのクラスメイトは床に倒れ込む。

床に倒れた敵チームのクラスメイトにクリスはまたもや容赦なく銃剣付きのモーゼルkar98kを振り下ろす。

今度は敵チームのクラスメイトが二人がかりでクリスに襲いかかる。

クリスは冷静に対処し、一人の敵チームのクラスメイトの腹に銃剣を突き刺し、残るもう一人にはしゃがみこみ、自分の足を相手の足に引っ掛け転倒させ、そのまま銃剣で突き刺す。

クリス達はとうとう最終防衛戦を突破し、残るは艦橋のみとなった。

 

「最終防衛線、突破されました!!まもなく敵がやって来ます!!」

 

「くっ、入口を固めろ!!」

 

報告を聞き、シュテルは艦橋要因に出入り口を固める様に指示をする。

艦橋にはイスやテーブル、木箱で構築されたバリケードが設置されている。

艦橋要員が銃を構え出入口の扉を睨んでいると、扉が少し開き、そこから発煙筒が投げ込まれる。

これが海賊・テロリストの制圧ならば、スタングレネードか催涙弾を使用する所であるが、流石に学生同士の模擬戦でスタングレネードや催涙弾はやり過ぎなので、煙幕だけの発煙筒は使用されている。

 

「なっ!」

 

「うわぁぁー!!」

 

「煙幕だ!!」

 

「撃つな!!同士討ちになるぞ!!」

 

突然の煙幕に扉付近にいた艦橋要員が怯む。

その隙をついてクリス達が艦橋内に突入してくる。

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

「ぎゃぁぁぁ-!!」

 

「ぐはっ!!」

 

艦橋はたちまち混戦状態となった。

 

「一人で相手に向かうな!!二人以上の組みを作って当たれ!!」

 

戦闘をしながらクリスは味方に指示をする。

 

「本来なら、艦橋への突入を許した時点で負けだね‥‥」

 

シュテルが腰のベルトから鞘の入ったままのサーベルを取り、片手にはサーベル、もう片方の手にはルガーP08を構えると、相手チームのクラスメイトがシュテルを取り囲む。

 

「艦長殿、失礼致しますよ。はぁぁぁー!!」

 

相手チームのクラスメイトの一人が銃剣付きのモーゼルkar98kを振り上げながら突っ込んでくる。

シュテルはサーベルで受け止め、ルガーP08で撃つ。

 

「気を抜く者は容赦なく叩き潰す!!私を殺す気でかかってきなさい!!」

 

凛として気迫を込めた声でシュテルは敵兵に宣言する。

 

「くっ、うわぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

「はぁ!」

 

シュテルは取り囲んでいた相手チームのクラスメイトをあっという間になぎ払った。

そこに間髪いれずにクリスが襲いかかる。

 

「クリス‥‥」

 

「シュテルン、今日は勝たせてもらうよ。はぁぁぁー!!」

 

クリスが銃剣付きのモーゼルkar98kを振りかざしながらシュテルの間合いに踏み込む。

対するシュテルもサーベルとルガーP08を構えクリスを迎え撃つ。

その時、クリスの手をユーリが狙撃する。

 

「くっ…」

 

「シュテルンはやらせないよ、クリス」

 

「隙あり!!」

 

シュテルはサーベルを横一文字で斬り、クリスの腹へ切込みを入れる。

これにより、クリスは戦死判定を受け、リタイアとなる。

クリスの敗因はユーリの狙撃の他にクリスは艦橋にたどり着くまで移動と戦闘により体力を消耗していたことが影響した。

チームの主力であり、リーダーだったクリスが倒された事、クリス同様、此処まで来るのに体力を消耗していた為、クリスのチームはシュテル達艦長チームの反撃にあい、あと一歩届かず全滅した。

 

『敵部隊全滅。演習終了』

 

演習終了の放送が流れ艦内に響いていた警戒用のサイレンが鳴り止んだ。

 

「医療部は負傷者の確認と手当を急げ、各部損傷の有無を確認!!」

 

「演習終了、負傷者は医療部に申告せよ。繰り返す‥‥」

 

「うぅ~悔しい~あと一歩だったのにぃ~」

 

「この次は負けないよ」

 

白兵戦闘が終わり、片づけをしながら負けたチームメイトは悔しそうに、勝ったチームメイトは次も勝つと言いながら互いの健闘を称え合う。

艦内白兵戦訓練が終わり、今はヒンデンブルクの食堂にて食事を摂っているシュテル達。

 

「もう、次のチーム戦、今度は私とシュテルン、一緒のチームにしてよ」

 

「いや、それだとチームの戦力バランスが崩れるでしょう」

 

「むぅ~‥‥」

 

食堂で食事をしながらクリスは白兵戦闘のチーム編成に不満がある様子。

シュテルは自分とクリスが組むとバランスが崩れるのでそれは難しいと言う。

そこへ、

 

「艦長、お食事中、申し訳ございません」

 

通信員のクラスメイトがシュテルに話しかける。

 

「ん?いいよ、何かな?」

 

「学校より、通信です」

 

「ん?」

 

通信員の生徒から学校からの電文が書かれた紙を受け取り、電文に目を通すシュテル。

 

「‥‥」

 

「何かあったの?」

 

クリスが学校からの電文内容を聞いてくる。

 

「いや、潜水科の学生艦に補給任務をしてくれだってさ」

 

「補給任務?そう言うのは普通、給量支援教育艦か工作支援教育艦の仕事じゃないの?」

 

「二隻とも他の艦の補給任務があるから、補給物資を搭載できて、尚且つその補給予定の艦に近い、ヒンデンブルグが代わりにやってくれ ってさ」

 

「成程」

 

説明を聞いて納得するクリス。

ヒンデンブルグは潜水艦に渡す補給物資をキール海洋学校所属の給量支援教育艦、コルモランから受け取る。

その後、コルモランは別の艦の補給へと向かう予定になっている。

 

洋上でヒンデンブルグとコルモランは接続し、クレーンを使用して潜水艦へ渡す予定の補給物資を受け取る。

 

「では、お願いします」

 

「はい。補給物資、確かに受け取りました。」

 

「あぁ、それと‥‥」

 

「はい?」

 

「えっと‥‥潜水科の人と会ったら、それなりに覚悟したほうがいいかも‥‥」

 

「えっ?」

 

(それなりに覚悟‥‥それってどう言う意味なんだろう?)

 

シュテルとコルモランの艦長との間で補給物資の受け取りを確認した書類にサインし、受領書と引き渡し書を交換し、コルモランは次の補給予定の艦へと向かう。

その際、コルモランの艦長はシュテルに意味し気な言葉を残していった。

 

「補給予定の潜水艦は‥‥U-862か‥‥艦長は‥ゲルトルート・バルクホルン‥‥二年生‥先輩か‥‥」

 

シュテルは物資を渡す艦とその引き渡し場所を確認し、針路を潜水艦との邂逅点へと向ける。

 

通常の海洋学校では、潜水艦は主に男子が乗艦する艦種であるが、女子の中には潜水艦勤務を希望する者もおり、そうした女子の為にキール海洋学校高等部では女子ながら潜水艦に乗艦する潜水科が存在する。

また、キール海洋学校高等部の他にアメリカのパールハーバー海洋学校高等部でも潜水科があり、潜水艦への乗艦を希望する女子はキールかパールハーバーの潜水科を目指す。

潜水科の一年の実習では艦長は二年か三年の先輩が務める。

こうして先輩から潜水艦乗員としての心得や操艦方法を聞いた一年生は次の年の後輩たちへと受け継がれていく。

そうした潜水科を卒業した者は女子の潜水艦乗りと言う貴重な人材なので、このまま学校の潜水科の教官になる者、潜水艦乗りの経験からサルベージ会社へ勤務する者、トレジャーハンターになる者、ダイビング関係の仕事に就く者などが居る。

ブルーマーメイドも各国の海軍も未だに女性のみの潜水艦と言うのが登場していないが、この先、ブルーマーメイドでも各国の海軍にも乗員が女性のみの潜水艦が登場する日もそう遠くないのかもしれない。

 

「予定邂逅点までは四日程で着くな‥‥」

 

海図に記されているヒンデンブルグの位置と予定邂逅点を見ながら潜水艦との邂逅は四日程の航海となる。

 

それから四日間、ヒンデンブルグは潜水艦との邂逅点に向けて航海をしたが、天候も良好で特にトラブルらしいトラブルは起きず、安定した航海だった。

 

「あぁ~朝日が目に染みるぅ~‥‥そろそろ、艦長を起こしてきて」

 

クリスが水平線から登り始めた朝日を見ながら同じく艦橋当直していたクラスメイトに声をかける。

 

「わかりました」

 

クリスからシュテルを起こしに行く様言われたクラスメイトは艦長室へと向かい、シュテルを起こし、艦橋へと戻って行った。

 

「シュテルン、遅い!!」

 

一応、寝起きなので、洗面や歯磨き、着替えなどがあったが、それでもシュテルは結構早めに準備をして艦橋へ上がって来たのだが、クリスは何かイライラしている様子で声を荒げる。

 

「遅いって‥まだ、当直三十分前に上がって来たんだよ。何か、イライラしている様子だけど、なんかあったの?」

 

「何もないからイライラしているの!!」

 

「えっ?」

 

「暗い艦橋で、特にトラブルらしいトラブルは起きず、退屈だし、眠いし、眠いし、ねむい‥‥ああ、もう限界!!寝る!!起こした奴は反逆罪で銃殺!!」

 

「あぁ~かなり荒れているね‥‥クリス、キャラ崩壊しているよ」

 

「副長、ここ最近夜勤が続きましたからね」

 

書記のメイリンがタブレット端末でクリスのシフトを確認しながら呟く。

確かにここ最近、クリスは夜勤当直続きで昼夜逆転の生活となっているので、生活リズムが乱れて荒れるのも無理はなかった。

 

「三時方向に潜水艦の潜望鏡を発見!!」

 

その時、見張りのクラスメイトが潜水艦の潜望鏡を発見した。

 

「っ!?対潜水艦戦用意!!」

 

シュテルは即座に戦闘用意の命令を下す。

 

「えっ?邂逅予定の潜水艦じゃないんですか?」

 

シュテルのオーダーを聞いてメイリンは確認する様に訊ねるが、

 

「九分九厘そうかもしれないけど、世の中には絶対なんてないからね‥‥あの潜水艦がキール海洋校の潜水艦とは100%言い切れない‥‥あの潜水艦が海賊・テロリストの潜水艦の可能性だってあるかもしれないでしょう?」

 

「は、はぁ~」

 

メイリンは流石にそこまではないんじゃないかと思いながらシュテルの事を見ていた。

ヒンデンブルグの魚雷発射管が潜水艦の潜望鏡がある位置へ魚雷を向け、主砲、副砲の高角は限界まで引き下げる。

駆逐艦や軽巡洋艦ならば、対潜水艦装備があるのだが、ヒンデンブルグは戦艦故、対潜水艦装備に関しては魚雷ぐらいしかない。

それでもある程度の深度ならば、主砲でも対応できる。

ヒンデンブルグのその対応に潜望鏡越しに覗いていた潜水艦、U-862では‥‥

 

「ほぉ~すぐに戦闘態勢をとったか‥‥なかなかの機転だ。このまま何もせず、我々を受け入れていれば、一喝してやったところだ‥‥メンタンブロー、浮上する」

 

「メンタンブロー」

 

U-862の艦長はヒンデンブルグの行動を評価していた。

そして潜水艦、U-862は海面へと浮上する。

 

「海面から潜水艦浮上!!」

 

「確認急げ!!」

 

「艦橋に艦名を確認!!間違いありません、邂逅予定のU-862です!!」

 

浮上した潜水艦が邂逅予定の潜水艦であることにちょっとホッとするシュテル。

その後、すぐに潜水艦の乗員が乗り込めるようにタラップを下ろす。

やがて、U-862の艦長と書記の生徒がゴムボートで潜水艦からヒンデンブルグのタラップへと乗り移り、乗艦して来る。

 

「ようこそ、ヒンデンブルグへ‥艦長のシュテル・H・ラングレー・碇です」

 

「U-862艦長、ゲルトルート・バルクホルンだ」

 

互いに敬礼をしつつ自己紹介をしていると、

 

モワワワ~ン

 

バルクホルンから異臭がした。

まぁ、流石に掃除をしていないハルトマン家程の臭いではなかったが、それでも顔を顰める程の臭いだ。

 

「で、では、書類や物資の確認をしてもらいたいので、こちらへ‥‥」

 

(うっ、スゲェ臭い‥コルモランの艦長が言っていたのはこの事だったのか‥‥)

 

シュテルは必死に平然を保とうとした。

相手は先輩なので、例え臭くても失礼な態度は取れない。

すると、

 

「君は潜水艦乗りに会うのは初めてかな?」

 

「えっ?は、はい」

 

「ひどい臭いだろう?狭い艦内に30人の乗員が押し込められて艦内は常に蒸し風呂状態‥一度実習で出航したら実習が終わるまでお風呂はお預け状態になるからな」

 

シュテルの態度を察したバルクホルンは何故、こんな臭いになっているのかを説明する。

海上艦と違い狭いUボートには当然、入浴施設なんてない。

体を洗う機会があるとすれば、航海中に降る雨ぐらいである。

 

「あ、あの‥でしたら、本艦のお風呂を使って下さい」

 

「いや、折角だが遠慮させてもらう。他の乗員が辛い思いをしているのに艦長の私だけが良い思いをするわけにはいかん」

 

「す、すみません、先輩‥‥私ったら」

 

「先輩だなんて、堅苦しい‥‥海の仲間は皆、家族だ。私の事はトゥルーデと呼んで構わんぞ」

 

「は、はぁ~‥‥」

 

バルクホルンがシュテルの両手を包み込みながら自分の事は仇名で呼んでくれと言う。

すると、バルクホルンは殺気の籠った視線を感じた。

バルクホルンがその視線を辿って見ると、そこには死んだ魚の様な目をしたユーリがジッとバルクホルンの事を睨んでいた。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

ユーリとバルクホルンとの間で見えない激しい攻防戦が繰り広げられていると、

 

「人が気持ちよく寝ていたらぁ~‥‥」

 

バルクホルンの背後からクリスが亡霊の様なオーラを纏いながら、バルクホルンの肩をガシッと掴む。

 

「なんだ!?この悪臭は!?」

 

クリスはバルクホルンの後ろ襟を掴み、士官用の風呂へと連行し、制服を剥ぎ取ると湯船の中にぶち込む。

もはや、バルクホルンが先輩だろうとおかまいなしだ。

 

「ユーリ!!コイツの制服を洗濯しろ!!臭いが取れなければ海へ投棄!!」

 

「や、ヤー!!」

 

ユーリにバルクホルンの制服の洗濯を命じ、クリスはボディーブラシでバルクホルンの身体を擦る。

 

「ちょ、ちょっと、クリス、止めなよ。トゥルーデ先輩は他のクラスメイトをおいてお風呂に入るのは気が引けるって‥‥クラスメイト想いな人なんだよ」

 

流石に先輩に対する態度があまりにもひどいのでシュテルがクリスを止めに入る。

すると、

 

「あぁ?だったら、全員風呂にぶち込めばいいじゃん」

 

「ちょっ、何を勝手な事を‥‥おぶっ‥‥」

 

「テメェは黙っていろ!!トイプードルが!!お前の髪からは濡れた犬の臭いがすんだよ!!この獣フレンズがぁ!!」

 

キャラ崩壊したクリスはボディーブラシでバルクホルンを湯船の中へと沈め、彼女の身体を洗う。

 

「全員って言ってもどうする?潜水艦クラス全員をお風呂に入れるとかなり時間がかかるよ」

 

浴槽、シャワーの数は限りあるので、その限られた数で一クラス全員を入れていては時間がかかる。

この後、U-862には物資の搬送もある。

 

「うーん‥‥あっ、そうだ!!」

 

シュテルは応急処置用の防水シートと木材で簡易的な大風呂を甲板上に作り、U-862の乗員をその大風呂に入れた。

勿論、布を使っての更衣室も忘れずに作った。

 

「石鹸、シャンプーをケチるな!!ガンガン使え!!」

 

クリスが主体でU-862の乗員の入浴を指揮していた。

 

「トゥルーデ先輩すみません。あっ、これ私の制服です。先輩の制服が乾くまで、着てください」

 

「ああ、すまないな、碇艦長」

 

シュテルはバルクホルンの制服が洗濯中の間、自分の予備の制服を貸した。

この他にもU-862の乗員にはヒンデンブルグの乗員の予備の制服やジャージが貸し出された。

そして、これ以降、ヒンデンブルグが潜水科の補給が行われるたびに潜水艦の乗員の為のお風呂が提供され、潜水科のクラスメイトからはいつしか「カマクラの湯」と呼ばれ親しまれる様になった。

その名前の由来はヒンデンブルグで飼っている猫のカマクラからとったものだった。

 




今回のゲストはストライクウィッチーズのバルクホルン大尉です。

規律に厳し彼女は当初、教官役にしようかと思ったのですが、バルクホルンにはもう一つ、お姉ちゃんの面もあったので、「お姉様な先輩」と言う事で先輩役としました。

アニメ本編ではシュペー、武蔵の艦内でドンパチをして、小説版ではケーキをかけて艦内で水鉄砲大会をしていましたが、体育の授業の中で作中に記したような艦内戦闘の内容もありそうですね、あの世界では‥‥

各校の所属学生艦でアメリカの学校の学生艦を追加しました。



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20話

ようやく、はいふりキャラが登場です。


 

キール海洋学校が高等部への進学と同時に学生艦へ乗艦して海洋実習が始まるのとは異なり、ドイツ、ニーダーザクセン州、ヴィルヘルムスハーフェンにある、ヴィルヘルムスハーフェン海洋学校では、高等部から乗艦する学生艦の選定は中等部の成績と高等部に進学して初めての中間考査の試験結果から決められる。

そのヴィルヘルムスハーフェン海洋学校の教官室にて、一人の女生徒が教官に何やら頼みごとをしていた。

 

「本当にこの艦への乗艦を希望するの?クロイツェルさん」

 

「‥‥はい。私が乗艦する艦はこの艦以外には考えられません」

 

「でも、貴女の成績ならば、本来はビスマルクの艦長になれるのに‥‥」

 

教官はクロイツェルと言う女生徒に対して残念そうに言う。

 

「あの艦は‥‥アドミラル・グラーフ・シュペーはかつて、私の母が艦長を務めた艦であり、友との約束がありますから‥‥ですから‥その‥‥お願いします」

 

元々寡黙で、あまり感情を表に出さない彼女が此処まで多弁で感情を出したのを初めて見る教官は彼女の意を組んで、

 

「そう‥分かったわ」

 

学生艦の選定で手心を加えた。

ビスマルクの艦長にはクロイツェル生徒がシュペーの艦長になった事から繰り上げとなり、別の生徒が就くことになった。

 

 

その頃、既に学生艦へ乗艦し、何度も海へと出ているキール海洋学校のシュテル達は、先日の潜水艦への補給物資を届けた後、大西洋を航海中に学校が帰朝指示を出して来たので、一度学校へと戻って来た。

 

「急な帰朝指示だけど、一体何だろう?」

 

クリスが突然の帰朝命令に首を傾げる。

ヒンデンブルク自体に何かトラブルがあった訳でもないし、学校で何かイベントをやると言う事も聞いていない。

 

「また、別の艦の補給任務とか?シュテルンは何か聞いてない?」

 

ユーリが先日の潜水艦への補給任務からまた今回も同じ様な事ではないかと言う。

 

「さあ‥‥でも、何か嫌な予感と言うか面倒な予感がする‥‥」

 

シュテルは今回の学校からの帰朝指示には何か面倒事がありそうでならなかった。

学校へ戻ったシュテルは学長室へ行くように言われ、シュテルはサーベルを腰にぶら下げて、艦長帽を被り、コートを羽織る正装した服装で学長室へと行く。

 

コンコン、と学長室のドアをノックすると、

 

「どうぞ」

 

と、中から返答の返答があり、それを聞いたシュテルは学長室のドアを開ける。

 

「失礼します。ヒンデンブルク艦長、シュテル・H・ラングレー・碇、参りました」

 

学長に敬礼し、挨拶をするシュテル。

 

「待っていましたよ、碇艦長」

 

「は、はい」

 

学長とは進学式でサーベルを下賜された以降、特に顔を合わせる事がなかったので、こうして個人的に呼ばれたのは初めてなので、思わず緊張してしまうシュテル。

 

「今回、貴女を呼んだのは他でもありません‥‥碇艦長」

 

「はい」

 

「今度、ヴィルヘルムスハーフェン校との交換留学があるのだけれど、その交換留学に貴女達、ヒンデンブルクのクラスをヴィルヘルムスハーフェン校へ交換留学させようと思っています」

 

「わ、私達がですか!?」

 

「ええ」

 

「で、でも、交換留学と言う事は、本来ですと、二年、三年の先輩がするのでは‥‥?」

 

「その通りです。向こうからは二年生のティルピッツの生徒達が此方に交換留学に来ます」

 

「では、何故、此方は一年の私達なのでしょう?」

 

「実は‥‥」

 

学長は何故、今度の交換留学で一年生であるシュテル達を交換先のヴィルヘルムスハーフェン校へ送る訳を話した。

 

先日、ベルリンにて、ドイツ中の高校の学長、校長が集まる会合が開かれた。

その席には当然、キール海洋学校の学長もヴィルヘルムスハーフェン海洋学校の学長も出席した。

会合が終わり、会場の通路にて、

 

「おや?アンネじゃないか」

 

「ん?」

 

キール海洋学校の学長、アンネローゼ・シュタインベルクは声をかけられた。

 

「あら、ケルン。久しぶりね」

 

アンネローゼに声をかけたのはヴィルヘルムスハーフェン校の学長、ケルシュティン・ロッテンベルクだった。

アンネローゼとケルシュティンの二人は学生時代、同じ学校の同期生だった。

二人は通路を歩きながら、今年入学する中等部の新入生、高等部へ進学する一年生について話していたが、ケルンシュティンが高等部に進学した一年生の一人、テア・クロイツェルについて話しだした。

元々テアの実家のクロイツェル家は貴族ではないが、音楽家の一家であり、海軍、ブルーマーメイドの優秀な人材を輩出してきた名門家であった。

実際、テアの父親は海軍大将で母親はブルーマーメイドのエリートである。

そのクロイツェル家の令嬢であるテアがヴィルヘルムスハーフェン校の中等部に入学した時にはキール校でも話題になった。

優秀な人材をヴィルヘルムスハーフェン校に取られたと‥‥

そして、ケルンシュティンがテアに対して期待をしている様子が見て取れたが、他校の生徒の自慢話をこうして延々と聞かされていてはアンネローゼにとってはあまり面白い話ではない。

そこで、アンネローゼは対抗するかの様にシュテルの話をケルンシュティンに話す。

すると、キールのシュテル、ヴィルヘルムスハーフェンのテア、どちらが優秀なのかこの際、白黒つけようと言う事になり、ちょうどこのあとに控えていたキールとヴィルヘルムスハーフェンの交換留学でシュテルをヴィルヘルムスハーフェン校へと送り、テアと競わせる事にした。

これが今回、一年生ながらシュテル達がヴィルヘルムスハーフェン校へ交換留学する経緯であった。

 

「碇さん‥貴女達にこの学校の思いを託します」

 

(いや、託すって‥‥何勝手に決めちゃっているの!?って言うか、俺、完全に巻き込まれただけだよね!?学長同士の生徒自慢に巻き込まれただけだよね!?向こうのテア・クロイツェルって奴も俺と同じく巻き込まれたクチだよね!?)

 

心の中で今回の交換留学に対してツッコミを入れたが、学長の頼みで既にこの話は交換留学先のヴィルヘルムスハーフェン校にも話がいっている筈なので、シュテルに拒否権はないだろうし、前世と異なり、こうして真正面から期待され、頼りにされていると言う事にシュテルは自分を必要とされているのだと自身の存在の証明をしてもらっているので、何とか期待に応えるつもりだった。

 

「わ、分かりました。全力を尽くします」

 

こうして、シュテル達、ヒンデンブルクはヴィルヘルムスハーフェン校へと交換留学することになった。

シュテルは今回、ヴィルヘルムスハーフェン校へ交換留学する旨をクラスメイト達へと伝える。

クラスメイト達は一年生にも関わらず、ヴィルヘルムスハーフェン校へ交換留学すると言う事実に戸惑いつつも自分達が優秀だからこそ今回の交換留学に選ばれたと慢心した部分もあったので、シュテルとクリスはそうした慢心の部分を引き締め、自分達はキールを代表してヴィルヘルムスハーフェン校へと行くのであるのだから、自分達の失敗や失態はキール校の品位にも関わる事を十分に理解してもらった。

その後、交換留学の予定を確認するミーティングへと移った。

そして、ヒンデンブルクが交換留学の為、ヴィルヘルムスハーフェン校へ赴く日となった。

キールを出港したヒンデンブルクはヴィルヘルムスハーフェン校へ直接行くわけでは無く、ヴィルヘルムスハーフェン校の高等部の方も今日が初めての海洋実習で、ヴィルヘルムスハーフェンから同校所有の海上フロートの基地へと向かう予定となっている。

なので、ヒンデンブルクもその海上フロートの基地へと向かい、そこでヴィルヘルムスハーフェン校の生徒達と合流する。

キール校の港湾地区にある桟橋にはヒンデンブルクの見送りの為、学長と授業が入っていない手空きの教官、吹奏楽部の部員らが集まっていた。

そして、吹奏楽部は『Muss i denn』を演奏し、ヒンデンブルクを見送る。

 

「いってらっしゃい!!」

 

「頑張って!!」

 

「気を付けてね!!」

 

桟橋の教官達は手を振りながらヒンデンブルクの生徒達に声援を送る。

ヒンデンブルクの生徒達は手空きの者は甲板に出て手を振る。

シュテルも操艦を航海長のレヴィに任せ、ウィングに出て帽を振る。

ヒンデンブルクは声援と吹奏楽部の演奏を受け、キール校を出港していった。

 

ヒンデンブルクがキール校を出港してから少し経ったヴィルヘルムスハーフェン校の港湾地区でも一年生達がそれぞれの学生艦に乗艦し、海上フロートの基地への出港準備を整えていた。

 

「これより、学生艦による初の海洋実習を始める。各自、担当の艦に乗艦し、出航準備せよ!」

 

教官からの放送を聞き、ヴィルヘルムスハーフェン校の生徒達はそれぞれ自分達が割り振られた学生艦に乗艦していく。

その中で、ヴィルヘルムスハーフェン校の港湾地区に停泊する一隻の大型巡洋直接教育艦、ドイッチュラント級装甲艦の三番艦、アドミラル・グラーフ・シュペーでは、前甲板にアドミラル・グラーフ・シュペーの乗員が集まっていた。

 

「副長、皆揃ったか?」

 

「はい、艦長」

 

「よし、アドミラル・グラーフ・シュペー乗組員諸君。私は艦長のテア・クロイツェルだ。本日は諸君らと乗艦出来た事を嬉しく思う。我々は卒業までこの船で苦楽を共にし、お互いを支え合う一番の仲間となることだろう。だから、この船旅を最高なものにするために、皆の力を私にくれ‥‥さあ、錨を上げよ!!アドミラル・グラーフ・シュペー出航するぞ!!」

 

アドミラル・グラーフ・シュペー艦長のテア・クロイツェルは乗員に挨拶と檄を飛ばし、アドミラル・グラーフ・シュペーは出航した。

中等部の入学式の時、新入生代表挨拶をした時は『私から話す事は陸の上では特にない』の一言で済ませたテアだったが、ミーナ達との出会いで彼女もそれなりに成長したみたいだ。

 

その頃、ヴィルヘルムスハーフェン校の学生艦、そしてキール校のヒンデンブルクが目指している海上フロートの基地では、

 

「学長、ただいま、高等部一年生の学生艦、全艦が出航しました。それと交換留学相手のキール校のヒンデンブルクも出航したとの事です」

 

一足早くその基地へ到着していたヴィルヘルムスハーフェン校学長のケルンシュティンの元にヴィルヘルムスハーフェン校の学生艦、交換留学相手のキール校のヒンデンブルクがこの海上フロートの基地へ向かっている報告を受ける。

 

「たしか、一年の中にはあのクロイツェル家の娘が居るな‥‥」

 

「はい、アドミラル・グラーフ・シュペーの艦長を務めております」

 

「それにキール校のヒンデンブルク‥‥見せてもらおうか?アンネ‥‥貴女の言う自慢の生徒の実力を‥‥今年の一年の海洋実習は面白くなりそうね」

 

ケルンシュティンは眼前に広がる海を見ながら口元を緩め不敵な笑みを浮かべていた。

 

目的地の海上フロートの基地へはヴィルヘルムスハーフェン、キールから五日の行程だった。

ヴィルヘルムスハーフェンを出航した五日の朝、アドミラル・グラーフ・シュペーの食堂ではクラスメイト達が朝食をとっていた。

その中で、アドミラル・グラーフ・シュペー副長のヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルクは顔をほころばせながら朝食のおかずのブルストを食べていた。

 

「士官服を着ても中身は変わらないな」

 

そんなミーナを航海長のレターナ・ハーデガンは呆れた感じで言う。

ミーナとレターナは昔からの幼馴染だった。

 

「ちょっと食べ過ぎじゃないですか?」

 

書記のローザ・ヘレーネ・カールスは朝から食べ過ぎだと注意する。

 

「何を言う、この為に一日頑張れると言うモノだ」

 

「三食食べていますよね‥‥?」

 

ローザの口ぶりからミーナは食事では常にブルストを食べているみたいだ。

 

「朝から元気だな」

 

其処へ、艦長のテアも朝食の為、食堂へとやって来た。

 

「おはよう、諸君」

 

「艦長、おはようございます」

 

「艦長、お飲み物は何にしますか?」

 

アドミラル・グラーフ・シュペーの厨房長のエルフリーデ・ルフトがテアに飲み物を聞く。

 

「紅茶にしてくれ」

 

「はい」

 

「もうすぐ目的地ですね」

 

「初航海もあっという間だったなぁ‥‥」

 

「五日で三千キロです」

 

「手応えはないがな」

 

「当たり前よ、授業でしてよ。初航海でそんな難しい課題なんて出ませんわ」

 

「リーゼロッテ」

 

皮肉めいた言葉を投げかけたのはアドミラル・グラーフ・シュペー砲術長のリーゼロッテ・フォン・アルノーだった。

 

「艦長に対してその口のきき方はなんだ?」

 

「あらあら、レターナさんも先ほどしていましてよ」

 

「ぐぬぬ~」

 

リーゼロッテの態度に納得いかないミーナはリーゼロッテを睨みつける。

そこへ、

 

「こらこら、喧嘩はダメだぞ~」

 

医務長のマリーア・ローフが見張り員のエリーザ・アウグスタ・レーマンを抱きながらやって来た。

 

「もう私達は同じ艦に乗る仲間なんだから。そ・れ・と・も‥保健室で注射の練習相手になってくれる?」

 

「「っ!?」」

 

マリーアの目が笑っていない笑みの前にミーナもリーゼロッテも怯んだ。

 

「す、すまなかった‥‥それよりもエリーザが苦しそうだが‥‥?」

 

マリーアに抱きしめられているエリーザの顔色がなんだか青い。

 

「え!?朝食を抜こうとしていたから、無理に連れて来たんだけど、具合悪かったの?ごめんね」

 

「「いや、胸のせいだ」」

 

エリーザの顔色が悪かったのは、マリーアの大きな胸とチョークスリーパーを掛けられていた為だった。

ミーナとリーゼロッテはマリーアに対してツッコミを入れる。

 

「くっ、朝っぱらから格差社会をまじまじと‥‥」

 

マリーア達のそんなやり取りを見て、主計科のアレクサンドラ・ティエレは何だか不機嫌だった。

彼女はちょっと胸の大きさがつつましい大きさで、大きな胸のマリーアに対して思わず殴り掛かりたい衝動が沸き出ていた。

きっと胸の大きさに悩んでいるクリスとはいい友達になれるかもしれない。

そんなサンドラに、

 

「小さい方がいいじゃないですか」

 

「喧嘩売っているのか?」

 

機関科のレオナ・ベックナーが胸は小さい方が良いと言う。

 

「そんなことないです!!サンドラちゃんなら和装が絶対似合いますもの!!」

 

「オタクが…」

 

レオナはジャパニーズカルチャーが大好きな少女だった。

そこへ、

 

「はふぅ~‥‥夜間任務‥つかれたよぉ~‥‥」

 

機関長のロミルダ・ハンネ・カールスが眠そうな顔をしてやって来た。

 

「疲れているなら、座っていろ、朝食を取って来てやる」

 

「ロミーちゃんはゆっくりしていてね」

 

サンドラとレオナはロミーの為に朝食を取りに行く。

 

「わーい、ありがとう!」

 

そんな二人の級友の行為に満面の笑みを浮かべ礼を言うロミー。

 

「ちょろいなーちょっと可愛い子ぶったらすぐ優しくしてくれるんだもん‥‥って顔をしているぞ」

 

「してないもん!!」

 

エリーザがロミーの顔を見てアフレコをしながら呟く。

しかし、ロミーはそれを直ぐに否定した。

そんなクラスメイトのやり取りの中、ミーナはテアに朝食を食べさせる。

静かな、普段と同じ朝の風景が広がる中、突如‥‥

 

『はっはははっは!!アドミラル・シュペーの諸君、おはよう実にいい朝だね』

 

と外から大声が聞こえてきた。

 

「この声は‥‥」

 

ミーナ、テア、レターナ、リーゼロッテ、ローザの五人は急いで甲板へと出た。

すると其処に居たのは‥‥

 

 

 

 

キールを出航したヒンデンブルクも間もなく合流地点であるヴィルヘルムスハーフェン校所有の海上フロートの基地の近海まで来ていた。

 

「艦長、前方に二隻の艦が居ます」

 

「艦種は?」

 

「ビスマルク級とドイッチュラント級の二隻です」

 

「ビスマルク級のティルピッツはキール校に向かっているので、ヴィルヘルムスハーフェン校所属のビスマルクと思われます」

 

書記のメイリンがタブレットでヴィルヘルムスハーフェン校所属の学生艦を調べ、前方を航行するビスマルク級がヴィルヘルムスハーフェン校のビスマルクだと判断する。

すると、

 

『はっはははっは!!アドミラル・シュペーの諸君、おはよう実にいい朝だね』

 

ビスマルクから大声が聞こえてきた。

 

「なんだ?」

 

突然ビスマルクから大声が聞こえてきたので、シュテルは慌ててウィングに出て双眼鏡で前方の二隻を見る。

ビスマルクの乗員が朝っぱらからマイクを使いすぐ隣を航行しているシュペーに話しかけていた。

その二隻では、次の様なやり取りが行われていた。

 

「さあ、このビスマルクに道を明け渡しなさい」

 

「勝手に横を通ればいいだろう!!クローナ!!」

 

「‥‥」

 

ミーナはビスマルクの艦長、クローナ・ゼバスティアン・ベロナに向かって叫ぶ。

クローナとミーナは中等部に入った時に出会ったが、テアとクローナは昔からの知り合いで、クローナは何故かテアを昔から目の敵にしていた。

 

「えぇーそれじゃあ、つまらないでしょう。豆戦艦で遊ばないと」

 

「帰れ!!暇人!!」

 

「豆っていちいち嫌味な奴ね」

 

ミーナはもとより、リーゼロッテもあまりクローナにはいい印象を持ってはいなかった。

 

「あらあら、嫌われたものね」

 

「そんなことありません。きっとクローナ様を羨んでいるんですよ。ザスキアもそう思うでしょう?」

 

「‥‥」

 

クローナの取り巻きのビアンカ・フォスはクローナを持ち上げ、同じくザスキア・ラウデールも口にしはしないが首を縦に振り、賛同する。

 

「やっぱり?」

 

ビアンカとザスキアに言われ、ミーナ達が自分を羨んでいると思い込むクローナ。

 

「さあ、成績下位の艦は隅に寄りなさい!!この学年主席に与えられるビスマルクの邪魔よ!!」

 

ビスマルクは強引に幅寄せをしてシュペーの航路へ強引に割り込んで来る。

テアは冷静にビスマルクとの衝突を避ける為、左舷へと舵を切るように指示を出し、ビスマルクはシュペーの横を通り過ぎて行った。

 

そのやりとりを後ろから見ていたシュテル達は、

 

「呆れた‥‥」

 

「ホント、バカみたい‥‥」

 

「新しい玩具を自慢する子供みたいですね」

 

「強引に割り込んでもし、衝突でもしたら実習も何もあったものじゃないのに‥‥」

 

「あんなのがヴィルヘルムスハーフェン校の主席?」

 

と、ビスマルクの‥クローナの行動に呆れていた。

 

(雪ノ下でもあんな行動はとらないぞ‥‥あれが、学長が話していたヴィルヘルムスハーフェン校の主席、テア・クロイツェルなのか?)

 

アンネローゼからヴィルヘルムスハーフェン校の主席生徒の名前を聞いていたが、顔は知らないシュテルは、先程ビスマルクの乗員が言っていた『学年主席』と言う単語からあの迷惑な放送をして、買ってもらったばかりの玩具を見せびらかして、他者に自慢するお子様の様な行動をしているのがテア・クロイツェルだと思っていた。

 

「反対にシュペーの艦長は冷静に事を運んだな」

 

シュテルは反対にシュペーの行動に関しては褒めた。

 

(雪ノ下がシュペーの艦長だったら今頃、衝突事故を引き起こしていたな)

 

シュペーはビスマルクとの衝突事故を防ぐため、ビスマルク側の挑発には乗らず、自艦の安全を第一に考え航路をビスマルクに譲った。

まさに冷静な大人の対応だった。

もし、シュペーの艦長が雪ノ下だったら、負けず嫌いな雪ノ下の事だ、梃子でも航路を譲らずにビスマルクと衝突事故を引き起こしていただろう。

とは言え、あの状況では強引に幅寄せをして航路へ割り込んできたビスマルク側に過失があると判断されるだろうが‥‥

 

「なんだか、大変な事が起こりそう‥‥」

 

他校の‥‥ビスマルクとシュペーのやり取りを見て、この交換留学でも何やら色々と起こりそうな気がしたシュテルであった。

 



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21話

 

 

ヴィルヘルムスハーフェン校、高等部一年生の初めての海洋実習にて、ヴィルヘルムスハーフェン校所属の学生艦が初回の海洋実習の目的地である海上フロートの基地にはぞくぞくとヴィルヘルムスハーフェン校所属の学生艦が集まって来る。

テア・クロイツェルが艦長を務めるアドミラル・グラーフ・シュペーも無事に目的地である海上フロートの基地へと到着した。

舫いで艦を完全に固定した後に基地の桟橋と艦を繋ぐタラップが接舷される。

タラップが接舷され、シュペーの乗員が降りてくる。

 

「全く、クローナの奴は相変わらず嫌味な奴だ」

 

シュペー副長のミーナは先程のやり取りに今でも憤慨しており、停泊しているビスマルクを睨みつける。

そこへ、もう一隻、ビスマルクに似た艦影の艦船が海上フロートの基地の桟橋へと近づいてきた。

 

「な、なんだ!?あの艦は!?」

 

「‥‥」

 

ミーナは見慣れない艦の出現に驚くが、テアは特にリアクションを起こす事無く、ジッと見ていた。

 

「キール校の学生艦ですね」

 

書記のローザがタブレットで入港してきた艦について調べてミーナ達に説明する。

 

「キール校の?‥‥なんでキールの学生艦が此処に来たの?補給?」

 

レターナがローザに他校の学生艦が来た理由を訊ねる。

 

「いえ、交換留学だそうです」

 

「交換留学!?一年生で!?」

 

ミーナは一年生ながらも交換留学してきた事に驚いている様子だった。

 

「今年はウチからは二年生のティルピッツクラスの先輩方が、キールからは一年生が交換留学に来るそうです」

 

「「へぇ~」」

 

ローザの追加説明を聞いて納得するミーナとレターナ。

 

「でも、あの艦、ビスマルクにそっくりだな」

 

レターナはビスマルクそっくりなキール校の艦を見て呟く。

 

「キール校のH級戦艦ですね。あちらもウチのビスマルク同様、成績優秀者が乗艦する艦みたいです」

 

「成績優秀者にビスマルクに似た艦‥‥クローナみたいな奴がまた一人、増える訳か?」

 

ローザの説明を聞き、ミーナはキール校のH級戦艦の艦長も自分達に嫌がらせや嫌味を言って来るクローナみたいな奴なのかと思った。

やがて、キールのH級戦艦も舫いで艦を固定、接舷用のタラップがかけられると、乗員が次々と降りてくる。

テアはあまり興味がない様子だったが、ミーナやレターナ、ローザはキール校の生徒を初めて見るので、どんな人なのか気になったので、その場にとどまりジッと見ていた。

やがて艦長らしき人物が降りてきた。

キール海洋学校の校章入りの艦長帽を被り、金色でダブルの八つボタンの士官服、テアと同じ形状だが裏地が青いコート、そして腰にはサーベルをぶら下げている一人の女生徒だ。

彼女の後ろには同じ形状の士官服を身に纏った士官の生徒が二人いる。

 

「コートはウチの学校と同じデザインですね」

 

「でも、裏地が青いね‥‥」

 

「それよりもあの腰からぶら下げているサーベルはなんだ!?」

 

「あっ、それはキール校の伝統と言うか、習わしで、キール校の高等部では成績優秀者にはサーベルが送られるみたいですよ」

 

ミーナ達はキール校の艦長の事をジッと見ていると、向こうの艦長も此方に気づいた様で、一礼しながら声をかけてきた。

 

「こんにちは」

 

「こ、こんにちは」

 

「「こんにちは」」

 

突然声をかけられミーナはちょっとキョドる。

 

「あっ、もしかして、シュペーの人ですか?」

 

「は、はい。アドミラル・グラーフ・シュペー副長のヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルクです」

 

「同じく、書記のローザ・ヘレーネ・カールスです」

 

「航海長のレターナ・ハーデガンだよ」

 

「‥‥艦長のテア・クロイツェルだ」

 

「えっ?」

 

テアの名前を聞いて、相手の艦長は驚いている様子だった。

何故、キール校の艦長が驚いているのか分からず、テアは首を傾げる。

一方、キール校のH級戦艦の艦長、シュテルはテアの名前を聞いて、

 

(えっ!?この人がテア・クロイツェル!?テア・クロイツェルがビスマルクの艦長じゃないのか!?)

 

てっきりビスマルクの艦長がテア・クロイツェルだと思っていたシュテルにとってまさかシュペーの艦長がテアだったとは予想外だった。

とは言え、いつまでも驚いて自己紹介をしないのはいささか礼儀にも欠けるので、シュテルは姿勢を正して、

 

「あっ、失礼しました。キール校所属、ヒンデンブルク艦長、シュテル・H・ラングレー・碇です」

 

「同じく、ヒンデンブルク副長のクリス・フォン・エブナーです」

 

「ユーリ・エーベルバッハ、ヒンデンブルクでは砲雷長をしています」

 

「いかり?ラングレー?もしかして、世界的に有名なチェリスト、碇・ラングレー・シンジはもしかして‥‥」

 

「あっ、はい。碇・ラングレー・シンジは私の父です」

 

音楽家一族出身のテアはシュテルの父親のシンジの事は当然知っていた。

 

「貴女のお父様の演奏は実に素晴らしい演奏です。CDが出たら、必ず買っています」

 

テアは意外にもシュテルの父、シンジのファンだった。

 

「そ、それはどうも‥‥父もきっと喜んでくれるでしょう」

 

「その‥‥もし、よければ、今度ミュンヘンで行われる演奏会のチケットがあれば‥‥それと出来ればサインも‥‥」

 

「ええ、分かりました。父に頼んでおきましょう」

 

「あ、ありがとう」

 

シュテルとテアのやり取りを見て、ミーナは突然ポンと現れたシュテルにテアが取られてしまったように思えてなんか面白くなかった。

 

「あっ、お近づきの印に‥‥」

 

シュテルはグッと拳を握り、次にパッと手を開くとそこには飴玉があった。

 

「どうぞ‥‥」

 

その飴玉をテア達に配った。

 

「なんで‥‥飴玉?」

 

シュテルから貰った飴玉をミーナはジッと見る。

 

「いや、何かフリーデブルクさんの声を聞くと、飴玉が大好きで、仕事したら負け、将来は印税生活‥‥を目指しているアイドルって感じの声だったんで‥‥」

 

「どんな声だ!?それはっ!?」

 

シュテルとミーナがそんなやり取りをしている間、テアはシュテルから貰った飴玉を袋から取り出す事無くジッと凝視している。

 

「ん?どうしたの?クロイツェルさん。もしかして、飴玉嫌いだった?」

 

「いや、嫌いではないが、私が手を煩わす必要があるのか?」

 

「えっ?‥‥そ、それじゃあ‥‥」

 

シュテルはテアの飴玉の袋を開けて、

 

「はい、あーん」

 

「あーん」

 

彼女の口の中に入れる。

普段はテアの餌付けはミーナの仕事なのだが、一歩で遅れてしまった。

 

「むぐむぐむぐ‥‥」

 

「‥‥」

 

飴玉を食べさせ、飴玉を食べているテアの姿見てシュテルは、

 

(か、可愛い‥‥こ、この世には戸塚以外に天使が存在していたなんて‥‥)

 

前世ならば戸塚以外にも妹の小町も可愛がっていたが、あの修学旅行の一件で家族である自分よりも他人である由比ヶ浜や雪ノ下へ信頼をおいた小町に対して既に興味の対象外となっていた。

テアの餌付けに出遅れたミーナはシュテルの事を睨んでいた。

 

(えっ?なんで、睨まれているの?俺、何か悪いことした?)

 

シュテルはただ飴玉をあげただけなのに何故、自分はミーナに睨みつけられているのか分からなかった。

そこへ、

 

「やあ、さっきはどうも」

 

テアと同じ制服とコートを纏った女子生徒が取り巻き二人を連れて声をかけてきた。

 

(ん?この声‥‥)

 

シュテルはこの女子生徒の声に聞き覚えがあった。

そしてミーナはその女子生徒には敵意を剥き出しにしていた。

 

「無事についたようで何よりね」

 

「ああ、おかげさまで‥‥」

 

ミーナはこの女子生徒に敵意を剥き出しにしていたが、テアは適当にあしらっている感じだった。

彼女の態度からテアは目の前の女子生徒よりもシュテルからもらった飴玉を味わう事の方が大事らしい。

 

「やれやれクロイツェル艦長は食えないわね」

 

「別に‥‥」

 

「あら?随分と余裕ね。それとも知らないのかしら?」

 

「‥なにがだ?」

 

テアの代わりにミーナが訊ねる。

 

「あらあら随分と能天気な連中ね。毎年、初航海の後に出される課題はヴィルヘルムスハーフェン校の最初の難関と呼ばれているのよ。何故だかわかる?」

 

「‥‥」

 

「ん?」

 

「絶対に何人か艦を降りちゃうの‥‥地獄を見てね」

 

「地獄?」

 

「まぁ、せいぜい頑張る事ね」

 

その女子生徒は上から目線でテアやミーナ達に警告する。

 

(なんか、雪ノ下と相模を合わせたような奴だな‥‥)

 

シュテルはこの嫌味ったらしい女子生徒に前世の同級生の性格や人間性を合わせ持った様な奴だと思っていた。

クリスやユーリの二人もあまりこの女子生徒にはいい印象を抱いていないみたいだ。

すると、その女子生徒はシュテル達に気づき、

 

「あら?その制服‥‥キール校の人ね」

 

「ええ」

 

「確か、交換留学で来たんでしたっけ?」

 

「はい‥‥シュテル・H・ラングレー・碇と申します」

 

「ご丁寧にどうも、ビスマルク艦長のクローナ・ゼバスティアン・ベロナよ」

 

(ビスマルクの艦長‥‥この人が‥‥?)

 

(あの煽り運転のアホ艦長か‥‥)

 

(貴族みたいじゃないけど、選民思想が強そう‥‥)

 

「折角交換留学で来たのに、貴女達も運が悪かったわね。でも、貴女達キールの方々は私達よりも航海日数が多いのだから、今回の課題ぐらい簡単にできるわよね?」

 

彼女の口調、仕草からクローナは明らかに此方を挑発している。

これが雪ノ下ならば、簡単に釣れてしまうだろう。

 

「むしろ、出来なかったら、貴女の指揮能力、引いてはキール校の教育方針が全然なっていないってことよね?そうなったら、船乗りとしてお笑いよ」

 

シュテル、そして自分達が通っている学校をバカにされムッとするユーリとクリス。

しかし、シュテルはテア同様、顔には出さずに、

 

「そうですね‥‥でも、何処かの誰かは朝っぱらから船の上で馬鹿みたいに大声を出すわ、船乗りとしての基本である海上衝突予防法さえも理解していないド素人が艦長を務めているぐらいですからね。そんなド素人が居る学校に負けるわけにはいきません。精々気張らせてもらいますよ」

 

「「「なっ!?」」」

 

シュテルの返しに思わず絶句するクローナ達。

 

「わ、私達がド素人だと言うの!?」

 

「あれ?私は『ベロナ艦長』とは一言も言っていませんが、何か思い当たる節でもあるんですか?」

 

シュテルは明らかにクローナの事を指摘したのだが、そこは敢えて名前を出さずに相手を挑発したのだ。

前世では無駄にプライドが高いだけの連中を相手にしてきただけにそう言う輩の対処も心得ていた。

 

「くっ、余裕面していられるのも今の内よ、精々足元を掬われないようにね」

 

「ご忠告感謝します」

 

「ちっ、行くわよ」

 

クローナは顔を引き攣らせ、取り巻きと共にその場から去って行った。

 

(やれやれ、ああいう輩を相手にすると疲れる‥‥)

 

シュテルはネクタイを少し緩め、一息つく。

 

「碇艦長は朝のあのやり取りを見ていたのか?」

 

ミーナがシュテルに此処に到着する少し間にあったビスマルクとのひと悶着を見ていたのかと訊ねる。

 

「ええ‥後方からですが、クロイツェル艦長の冷静な対処も‥‥クロイツェル艦長のあの決断と行動は、自艦であるシュペー乗員の安全は勿論の事、ビスマルクの乗員にも配慮した立派な行動だったと思いますよ」

 

あの時、もしテアが意固地になり梃子でもビスマルクに航路を譲らなければ、シュペーはビスマルクと衝突し、互いにダメージを受けていただろう。

もしかしたら、浸水する被害を受けていたかもしれない。

当然、実習前に煽り運転で強引にシュペーの航路に割り込み、衝突事故なんて起こしたビスマルクの乗員には何らかの処分が下っていたかもしれない。

ミーナ達にとってはビスマルクの乗員‥‥特に艦長であるクローナが処罰されるのは願ってもない事だが、楽しみにしていた実習が潰されるのは困る。

シュペーの艦長として、テアの行為はまさにシュテルの言う通り、自艦とビスマルクの乗員を守った冷静な対処だった。

シュテルの指摘を聞いてミーナはちょっとシュテルの事を見直した。

 

基地内に入ると、

 

「初航海お疲れ様です。それでは早速ですが、各専科に分かれて指定の教室へと移動してください」

 

と受付の教官からの指示が出る。

しかし、

 

「ただし、艦長とそれ以外の艦橋要員は別行動となります」

 

艦長だけは完全な別行動となった。

ミーナはテアと、ユーリとクリスはシュテルと名残惜しそうに別れた。

 

艦長指定の教室で、席は決まっていなかったので、シュテルは先程、桟橋で知り合ったテアの左側へ座る。

腰にサーベルをぶら下げ、裏地が青い色の異なるコートとデザインが異なる制服を纏うシュテルが気になるのか他の生徒がチラチラとシュテルの事を見てきた。

そしてテアの右側にはさっき絡んできたクローナが座る。

 

(コイツは、なんでクロイツェル艦長に絡んで来るんだ?)

 

シュテルがチラッと二人の様子を見ると、クローナはテアの隣に座ると相変わらず彼女に対して皮肉を言っているが、テアは適当にあしらっている。

その様子を見てシュテルは全く相手にされていないにも関わらず、クローナはどうしてテアに事あるごとに絡んで来るのか不思議だった。

 

(コイツはあれか?好きな女の子には意地悪してしまう幼稚園の園児か?)

 

クローナがテアに対して無駄に絡んで来るのはクローナがテアにかまって欲しいからなのかと思っていた。

そして、始業時刻となり、

 

「全員、注目」

 

教室に入って来た教官が声を上げると、私語をしていた生徒達は一斉に黙る。

 

「それでは君たちの教育にあたる先生を紹介する」

 

「‥‥と言っても必要ないだろうが‥‥学長のケルシュティン・ロッテンベルクだ。よろしく」

 

教室に老年な女性が入って来ると、シーンとしていた教室が再びザワつく。

 

(この人がヴィルヘルムスハーフェン校の学長‥‥纏っている雰囲気がミーナ教官や雪ノ下さんとはちょっと異なるが、この人も真面な性格の人じゃないな‥‥)

 

シュテルはヴィルヘルムスハーフェン校の学長もこの世界の自分の教師であるミーナ教官や前世にて魔王、強化外骨格仮面の印象を持っていた雪ノ下陽乃とは別の異質な雰囲気をこの学長から感じ取った。

 

「静かに!!」

 

ザワつく教室に教官の声が響く。

再び教室が静寂な空間となると、ケルシュティンが口を開く。

 

「まずは初航海おめでとう。どうだったかね?自分達の手で艦を操り、海を渡った感想は?まずは其処の君」

 

ケルシュティンは生徒達に今回の航海の感想を訊ねる。

 

「えっと‥‥凄く楽しかったです」

 

「ほうほう、そっちの君は?」

 

「最高でした!!」

 

と、生徒達からの回答はその殆どが「楽しかった」である。

彼女達の回答を聞いてシュテルは、

 

(おいおい、君達は中等部の実習で何を学んできた?「楽しかった」?そりゃ、ここ五日間の海は穏やかで凪いだ海だったが、ひとたび低気圧が来ようものなら忽ち荒れるぞ)

 

(特に駆逐艦、軽巡洋艦の艦長さん、横波なんかを受けたら一発で転覆する様な波だって起きる可能性があるのだから、むしろアンタらはその事に気づかなければならないだろう?)

 

(それ以前に君たちは艦長だろう?艦長の決断一つはその艦と乗員の運命を左右する重大な事なのに、どうしてそんなに楽観視出来るんだ?)

 

シュテルが高等部に進学し、初めて自分たち学生の手だけで学生艦を動かした時には「楽しい」なんて事を感じる余裕などなかった。

初航海中、シュテルは不安と緊張で寝付けない日々が続いたぐらいだった。

シュテルが周りの生徒達の回答にやや呆れていると、

 

「次は‥キール校から来た君」

 

ケルシュティンはシュテルを指した。

 

「は、はい」

 

「君も今回の航海は楽しかったかね?」

 

ケルシュティンはまるでシュテルを試すかのような目つきをして、口元をニヤリと緩めながらシュテルに今回の航海の感想を訊ねてきた。

アンネローゼから自分の事はケルシュティンに伝えられているだろうから、当然シュテルはケルシュティンが自分の事を見極めようとしているのだと気づいていた。

それでも、シュテルは例え質問の答えが間違っていても自分の意志を曲げずに、

 

「そうですね‥‥此処、五日間はこの季節にしては珍しく凪いだ穏やかな海でしたが、相手は自然ですからね。いつ自分達に牙をむくかヒヤヒヤものでしたよ‥‥例え、五日間の短い航海でも‥‥」

 

と、シュテルが今回の航海の感想をありのままを述べると、

 

「あら?大きな艦に乗っていても随分と余裕がない回答ね。私達よりも先に海に出た者の発言とは思えないわよ。そんな小心者がキール校の主席だなんて、その腰のサーベルはお飾りなのかしら?」

 

クローナがシュテルを嘲笑するかのように言うと、テアを除く周りの生徒達もクローナに同調するかのようにクスクスと笑っている。

 

「ほぉ~それでは君は今回の航海はどうだったのかね?」

 

ケルシュティンは、クローナに今回の航海の感想を訊ねる。

 

「勿論、私が指揮をしたのですから何の問題もなく、快適な航海でしたわ、学長。正直手応えがありませんでした」

 

自慢気に言うクローナ。

その後もケルシュティンは生徒達に今回の航海の感想を訊ねていくが、やはりその回答は「楽しかった」 「最高でした」 「面白かったです」の楽観的ものばかりだ。

最後に、

 

「では、クロイツェル艦長。君はどうだったかね?今回の航海は‥‥」

 

「友との約束を果たせ、同じ艦に乗艦できたことは嬉しかったですが、それと海に出るのとは別で、やはり私も碇艦長同様、海では何があるのか分からなかったので、五日間と言う短い期間ですが、不安はそれなりにありました」

 

テアの回答に、

 

「あらあら、中等部では優秀な成績だったあのクロイツェルさんの発言とは思えませんね、此処にはシュペーよりも小さな艦を指揮する艦長さんもいるのに」

 

またもやクローナがテアに絡んできた。

すると、

 

「そうか‥‥大半の生徒は今回の航海は安全で楽しかった様だが、残念、今の質問の中で、碇艦長とクロイツェル艦長以外の艦長は失格だ」

 

「失格‥‥」

 

「そんな‥‥」

 

ケルシュティンの言葉にざわつく生徒達。

 

「な、何故ですか!?学長!!」

 

そこでケルシュティンにいの一番に噛みついたのがクローナだった。

 

「実際、今回の航海は天候も良好で何の問題もなく、目的地である此処へ到着しました!!」

 

ヴィルヘルムスハーフェン校の顔とも言えるビスマルクを指揮する身として、ケルシュティンが言い放った『艦長失格』の言葉はクローナのプライドを大いに傷つけたみたいだ。

 

「やれやれ、君たちは中等部の海洋実習で一体何を学んできたのかね?」

 

ケルシュティンは呆れた様子で首を横に振る。

 

「いいか、海とは怖いモノだ。大人しいようで牙を持ち、美しい様で底なしの闇を持つ‥‥舐めた行動をとれば命を失う。艦長は海の怖さを一番に理解しなければ失格だ」

 

ケルシュティンは先程、シュテルが思っていた通りの言葉を口にする。

 

「だが、安心したまえ‥‥君達は此処で貴重な体験を得る事ができるだろう‥‥」

 

(何か嫌な予感‥‥)

 

ケルシュティンが少し俯き、彼女の前髪の影で目の部分が曇り、口は三日月の様に歪む。

彼女のそんな姿を見てシュテルは何か嫌な感想がした。

こういう人がこんな態度を見せる時は大抵、嵐の前の静けさ見たく、滅茶苦茶な事を言う前の前兆みたいなモノだ。

 

「君達、艦長のミスで一ヶ月間、大西洋で遭難しなさい。そしてそれをその他の乗員に決して口外しない事‥‥それが次の課題だ!!」

 

シュテルの予想通り、ケルシュティンが一年の生徒達にとんでもない課題を突きつけてきた。

 




キール校の学長、アンネローゼの容姿は漫画版異世界居酒屋のぶ の登場キャラ、イングリドみたいな感じです。


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22話

 

 

ヴィルヘルムスハーフェン校とキール校との交換留学で、ヴィルヘルムスハーフェン校所有の海上フロート基地へとやって来たシュテル達、ヒンデンブルク。

到着後は各科に分かれての講義であったが、艦長のみ艦橋要員とは完全行動となり、学長の特別講義を受ける事となった。

そしてヴィルヘルムスハーフェン校学長のケルシュティンが集まった艦長達に今回の航海の感想を訊ねている時、艦長クラスが講義を受けている教室の近くのトイレから顔を真っ青にしたミーナが出てきた。

 

ジャー

 

「うぅ~やっとおさまった‥‥」

 

(たぶん、昼にレターナと食べた激辛ブルストのせいか‥‥?)

 

ミーナは先程までお腹を下し、トイレに籠っていたのだ。

お腹の不調の原因は昼食に級友と共に食べた激辛ブルストのせいではないかと推測するミーナ。

シュペーで朝食を食べた後、午前中の講義中、お腹は全然問題なかったので、腹痛の原因は昼食に悪いモノを食べたとしか考えられなかったからだ。

その原因で真っ先に思い当たったのが、激辛ブルストだった。

 

(しかし、何故レターナは無事なんだ?)

 

自分はこうしてお腹を下したのに、あの時、同じ激辛ブルストを食べたレターナはお腹を壊した様子はなかった。

彼女の胃が自分よりも鋼の如く強かったのか、それとも何か別のモノに原因があったのか?

それは分からないが、今は何とかお腹の具合が治った事にホッとするミーナであった。

そこへ、

 

「あっ、もしかして其処に居るのは、シュペーの副長さん?」

 

ミーナは背後から声をかけられた。

 

「ん?」

 

ミーナが振り返ると其処にはユーリが居た。

 

「ああ、君は確かキール校のエーベルバッハさんか‥‥」

 

「おぉ、やっぱり、シュペーの副長さんの‥‥えっと‥‥確か‥‥ブラウンシュガー・インゲン豆さんだっけ?」

 

「何じゃ!?その名前は!?全然違う!!ヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルクだ!!」

 

「何、その長い名前‥‥うーん‥‥メンドイからミー君でいい?」

 

「私は猫でも、がっこうでくらしている女子高生でもないぞ!!『ミーナ』でいい。皆はそう呼んでいるからな」

 

「うーん、でもウチの学校の教官にミーナって名前の教官が居るから、その名前では気軽に呼べないんだよね‥‥キールに戻った時、はずみで教官の事も呼んじゃいそうで‥‥」

 

「そ、そうか‥‥しかし、『君』はないだろう?私は女子なんだから」

 

「じゃあ、ミーちゃんで‥‥」

 

「ま、まあ、それでかまわん‥‥」

 

ミーちゃん呼びで妥協したミーナ。

 

「それで、エーベルバッハさんは‥‥」

 

「あっ、私の事はユーリでいいよ」

 

「う、うむ‥それでユーリは何故此処に?貴女もトイレか何か?」

 

ミーナはユーリもトイレに来たのかと訊ねると、

 

「いや、ちょっとシュテルンの様子を見に来たの」

 

「シュテルン?‥‥ああ、ヒンデンブルクの艦長か‥‥」

 

「そう、シュテルン、少し人見知りな所があるから一人で他校の生徒の中に放り込まれて大丈夫かちょっと心配でね」

 

幼馴染みだからこそ、シュテルのそう言った部分を心配したユーリ。

すると、近くの教室から、

 

「いいか、海とは怖いモノだ。大人しいようで牙を持ち、美しい様で底なしの闇を持つ‥‥舐めた行動をとれば命を失う。艦長は海の怖さを一番に理解しなければ失格だ」

 

学長のケルシュティンの声が聞こえてきた。

 

「艦長クラスの講義か‥‥」

 

「海の怖さか‥‥そう言えばシュテルンは高等部の初めての航海の時、かなり緊張していたね」

 

「そうなのか?」

 

「うん。平穏な海でも常に警戒していたよ。あと、この前ウチの学校の潜水艦のクラスに補給物資を届ける時も確認が取れるまで相手は敵だと言う認識を持てって言って主砲や魚雷を潜水艦に向けたからね」

 

「同じ学校の艦に砲を向けたのか!?」

 

ユーリの話を聞いて驚くミーナ。

 

「浮上して来る潜水艦が必ずしも味方の潜水艦とは限らない。味方識別が確認できてそこでようやく警戒を解除するって言ってた」

 

「‥‥それで、潜水艦の艦長からはなにか言われなかったのか?突然、砲を向けられたのだから‥‥」

 

もし、ミーナがその潜水艦の艦長だったらきっとシュテルに「どういうつもりだ!?」と問いただしていただろう。

 

「うーん‥‥逆に褒めていたよ」

 

「えっ!?褒めていた!?」

 

自分達に武器を向けた相手を褒めるなんて、その潜水艦の艦長が何を考えているのか分からないミーナだった。

そんなミーナを尻目にユーリは説明を続ける。

 

「うん‥‥向こうの艦長さんもシュテルと同じだったらしく、味方識別が出来ていない中で無警戒に自分達を受け入れていたら、一喝する所だったって話しているのを聞いたし‥‥」

 

「そ、そうか‥‥」

 

そう言う見方もあるのかとちょっと勉強になったミーナ。

その間もケルシュティンの演説は続いており、

 

「だが、安心したまえ‥‥君達は此処で貴重な体験を得る事ができるだろう‥‥」

 

そして、ミーナとユーリが図らずも立ち聞きして居る中、二人はケルシュティンの次の言葉を聞いて驚愕する。

 

「君達、艦長のミスで一ヶ月間、大西洋状で遭難しなさい。そしてそれをその他の乗員に決して口外しない事‥‥それが次の課題だ!!」

 

「「そ、遭難!?」」

 

なんと、ケルシュティンは次の航海で艦長達にわざと艦を遭難させろという課題を出して来た。

しかもその事実を艦長はクラスメイトの誰にも悟らないようにと言うおまけつきで‥‥

 

「‥‥此処の学校の学長、頭がイカレているんじゃないの?」

 

ユーリはケルシュティンが出した課題について呆れるように言う。

 

「た、確かに‥‥学長は何を考えているんだ?」

 

ケルシュティンの考えはヴィルヘルムスハーフェン校の生徒であるミーナでさえ計り知れなかった。

 

「手順は学校側で考えてある。君たち艦長はそれに従って自艦を遭難させるのだ。簡単だろう?まぁ、多少の罪悪感はあると思うがね。当然、キールの君もこの課題は受けてもらうぞ」

 

例外はなく、本来、ヴィルヘルムスハーフェン校の生徒ではないシュテル達、ヒンデンブルクも今回の遭難の課題は受けなくてはならない様だ。

 

「は、はい」

 

(罪悪感どころではないぞ‥‥下手したら暴動が起きるかもしれないし、疑似の遭難がガチの遭難事にもなりかねないぞ‥‥もし、そうなったらどうするつもりだ?)

 

シュテルは艦内で暴動が発生したり、本当に遭難したらどうしようと不安になる。

 

(これが、クローナが言った関門‥そして地獄か‥‥)

 

一方、テアの方は先程、クローナが言った『最初の課題で地獄を見る。』 『地獄を見て艦を降りる』の意味を理解した。

シュテルやテアの他にケルシュティンの出した課題に此処に集まった艦長達は皆、不安そうな顔をしている。

学校であらかじめ設定された遭難とは言え、実際に大西洋をあてもなく彷徨のだから不安にならない訳がない。

 

「連絡方法は暗号通信を使用します。用紙を予め確認しておいてください」

 

教官が遭難方法や万が一の事を踏まえて暗号が書かれた通信方法が書かれたしおりを各艦長達に配る。

 

「さあ、話はこれまでだ。行きたまえ」

 

しおりを受け取った艦長達は席を立ち、次々と教室から退出する。

 

「げっ、マズい」

 

「隠れろ」

 

このまま通路に居ては艦長達に見つかってしまうので、ミーナとユーリは咄嗟に扉の影に隠れる。

 

「テア・クロイツエル、シュテル・H・ラングレー・碇の二人は少し残りたまえ」

 

教室を退出しよとしたテアとシュテルをケルシュティンが呼び止める。

 

「あら?なにかしたのかしら?あなた達」

 

「「‥‥」」

 

(むしろ、シュペーに煽り運転をしたアンタが呼び止められない事の方が不思議だよ)

 

クローナは嘲笑した笑みと小馬鹿にした目で二人を見ながら教室を出てく。

シュテルはむしろこの場合、何かしたのはクローナの方ではないかとさえ思う。

朝のあのシュペーとビスマルクとのあのやりとり‥‥テアとクローナが呼び止められるのであれば、分かるのだがシュテルもテアも思い当たる節はなく、何故自分が呼び止められるのか不思議に思うシュテルだった。

 

「なんでしょうか?」

 

「なんでしょう?」

 

「まず、テア・クロイツェル‥‥君の母親は元気か?」

 

ケルシュティンはテアの母親について訊ねてきた。

 

「元気‥‥だと思います」

 

「だと思う?」

 

「最後に会ったのは二年前なので‥‥」

 

「なるほど、相変わらず世界中の海を航海しているのか」

 

「?」

 

ケルシュティンの言葉に首をかしげるテア。

 

「私は君の母親の元担任でな、当時の問題児の娘が入学していると聞いて気になっていたのだよ」

 

(確かテアのお母さんってブルーマーメイド‥‥教え子って事か‥‥)

 

教室の外の扉の影からケルシュティンの話を聞いていたミーナはテアの母親がブルーマーメイドである事を以前聞いていたのだが、その母親の学生時代の担任がケルシュティンだとしったのはテアを含めて今知った事実だった。

 

(問題児って、クロイツェル艦長の母親って昔はヤンキーだったのか?)

 

大人しそうなテアを見る限り、その母親が問題児だったのが想像できないシュテル。

 

「次にシュテル・H・ラングレー・碇」

 

「は、はい」

 

「君は今回の交換留学の件がどう言った経緯なのかをアンネから聞いていると思うが?」

 

「はい。此方のクロイツェル艦長と共に半ば貴女とウチの学長の生徒自慢に巻き込まれた様な感じです‥‥」

 

ジト目でケルシュティンを見るシュテル。

 

「まぁ、そう言うな。実際にあのアンネが自慢する生徒を私もこの目で直接見たかったからな」

 

「はぁ~」

 

「先程の質問も他の生徒と異なり、艦長の本質を理解している様だ。流石、アンネからそのサーベルを贈られるだけの事はある」

 

ケルシュティンはシュテルの腰にぶら下がっているサーベルを見て小さく口元を緩める。

 

「きょ、恐縮です‥‥」

 

「では、二人とも、次の課題も頑張ってくれたまえ」

 

ケルシュティンはそう言い残し去って行った。

 

「やあ、学長となに話していたの?」

 

そこへ、教室を出たと思ったクローナがまた絡んできた。

 

((またコイツか‥‥))

 

シュテルとミーナはまたもや絡んできたクローナに呆れる。

先に講義室を出て行った筈のクローナは態々テアが出てくるのを待っていたみたいだ。

暇人なのか、それともよほどテアにかまってもらいたいのか?

 

「別に‥‥」

 

テアも相変わらずクローナを適当にあしらう。

 

「ふーん、まぁいいけど、それにしても面倒な課題が出されたわね。まぁ、向こうが見たいのは大失態した場合の立ち振る舞いや艦長としての器なんでしょうけど、艦長が信頼を失うってのは想像以上に命取りになる‥‥あっ、でも他人に無関心なあなたには元から信頼何てないか」

 

(なっ!?アイツ、テアになんてことを!!)

 

ミーナがクローナの話を聞いて思わずその場から出て行き、言い返したい衝動を必死に抑える。

今この場から出ていっては立ち聞きしていたことがバレてしまう。

 

(うへぇ~嫌な奴‥‥)

 

ユーリもクローナの言動を見てやっぱり彼女は嫌な奴だと改めて認識する。

 

(おい、アンタ。その言葉、ブーメランかフラグだぞ)

 

シュテルはクローナの言っている事がテアよりもクローナ自身に帰ってきている言葉に様に思えた。

 

「それじゃあ、一ヶ月後が楽しみだわ~ハハハハ‥‥」

 

クローナは高笑いと捨て台詞を吐きながら去って行った。

 

(アイツの性格上、一番で脱落しそうな気がするのだが、何故あそこまで自信たっぷりなんだ?そう言う所が雪ノ下そっくりだな)

 

シュテルはクローナの性格を考えてビスマルクが今回の課題で最初の脱落艦になりそうな予感がしたのに、当の本人は妙に変な自信があるのが不思議であり、根拠の無い自信を振りかざすその姿が雪ノ下と被って見えた。

 

(クロイツェル艦長はアイツを適当にあしらっているけど、反論し、正論をぶつけられたら、雪ノ下みたいにただ睨みつけるだけなのかな?)

 

ちょっと、反撃し正論をぶつけて論破した時のクローナの様子が見てみたいシュテルだった。

 

「‥‥」

 

「‥‥今回の課題‥‥クロイツェル艦長はどう思います?」

 

シュテルはテアに今回の課題についての意見を訊ねる。

 

「‥‥学長の言う海の怖さ、クローナの言う失態したた時の立ち振る舞い‥‥どれも当たっていると思う‥‥」

 

「‥そうですか‥‥確かにベロナ艦長の言っている事は的を射ていますね‥‥故意に遭難させ、乗員達に余計な不安を煽らせ、海の怖さを教える‥‥ただ、その反面、艦長には艦を遭難させたという乗員からの悪意が集中する事になる‥‥」

 

あなたのやり方、嫌いだわ。

 

人の気持ち、もっと考えてよ。

 

だから、お兄ちゃんはいつまでもごみぃちゃんなんだよ!!

 

最低

 

死ねばいいのに

 

お前みたいな根暗野郎が調子乗ってんじゃねぇよ!

 

マジサイテーだな

 

「‥‥」

 

シュテルの脳裏に前世で信頼していた人達からの罵倒や同級生からリンチに遭っている時の罵倒が脳裏を過ぎる。

 

「クロイツェル艦長」

 

シュテルは真剣な顔でテアと向き合う。

 

「ん?」

 

「今回の課題は艦長を含め、乗員に海の怖さを教えると言う事が第一目標かもしれませんが、もし‥‥もし、実習の継続と友情や人間関係を天秤にかける様な事態になったら、友情を取りなさい」

 

「えっ?」

 

シュテルの言葉にテアはキョトンとした。

 

「艦長一人では艦は動かせない‥‥艦を動かすにはクラスメイトの力が必要であることは分かるよね?」

 

シュテルの問いにテアは頷く。

 

「そのクラスメイト達の信頼を失っては、艦は動かせない‥‥それに‥‥」

 

「それに?」

 

「それに、一度失った信頼を取り戻すのはなかなか難しい‥‥親友だと思っていた人、信じていた人から裏切られ拒絶されるのはその身を引き裂かれるほど、心が痛む」

 

何故かシュテルの言葉はテアの心に何故かグッとくるほどの説得力がある。

中等部、ミーナと知り合ったばかりの頃、彼女は正直しつこいぐらい、自分に付きまとった。

しかし、クローナからミーナまでもが嫌がらせを受ける事を恐れたテアはミーナを拒絶した。

そして、初めてのシミュレーション実技の時、自分の班のメンバーはクローナの息がかかった生徒ばかりで、しかも自分の一つ前にシミュレーションを行ったクローナはシミュレーション室を出る際、海図を破いて出て行った。

海図もなく、信頼できる人間も居ない中でシミュレーションを行わなければならない時、ミーナは本来の班員のメンバーに成り代わり、変装で被っていた帽子の中に海図を隠し持って自分に手を貸してくれた。

自分と深く関わればクローナから嫌がらせを受けるかもしれないのに‥‥

そのシミュレーションの授業以降、テアはミーナに対して絶大な信頼を置くようになった。

シミュレーションの後、倒れた自分を保健室へと運んでくれた。

そして、其処で互いに夢を語り合った。

ミーナはテアが艦長を務める艦に乗る事、

テアはミーナが副長を務める艦の艦長になる事、

高等部に入り、ようやくその願いは叶った。

その他にも、ミーナ経由でレターナやローザ、シュペーの皆と友達になれた気がする。

自分はもう一人ではない。

そんな確証がテアの心の中にあった。

だが、今回の課題は艦長である自分の手でわざと遭難し、乗員に不安と危険を強いる。

その過程でシュテルの言う通り、もし、ミーナから拒絶されたらと思うと大きな不安がテアを襲う。

中等部時代のシミュレーションの時と今回の課題とではスケールが異なるのだ。

一歩間違えれば本当に遭難し、命の危険もあるかもしれないのだから‥‥

そして、テアにアドバイスをしたシュテルも自分自身に先程の言葉を言い聞かせていた。

テアにミーナ達が居るように、今の自分にはユーリとクリスが居る。

あの奉仕部の二人とは半年の付き合いだったが、ユーリとクリスとはもう十年以上の付き合いだ。

きっと自分の事を信じてくれると言う思いの反面、前世で信じていた者に裏切ら続けた経験から今回の課題でまたその辛い経験をするのではないかと言う不安があった。

シュテルがチラッとテアを見ると、テアも自分と同じく不安を感じている様で俯いている。

身長差で同い年である筈のテアが何だか年下のように見えたシュテル。

すると自然とシュテルの手が帽子を被っていないテアの頭へと伸び、彼女の頭を優しく撫でた。

 

(クロイツェル艦長の髪の毛、柔らかいな‥‥)

 

テアの髪の毛の触り心地はまるで上質な絹糸のようで柔らかかった。

 

(そう言えばガキの頃、親父やお袋が仕事で夜遅いと小町の奴が不安になってよく、俺の部屋に来ていたっけ‥‥?あの頃はよかったなぁ‥‥小町も素直でいい子だった‥‥)

 

そして、彼女の頭を撫でていると、まだ妹の小町が小さく純粋無垢で自分にとって天使だった頃の前世の記憶が蘇ってくる。

 

一方、突然頭を撫でられたテアの方はちょっと驚きつつも、

 

(あっ、なんだか、こうして撫でられていると‥‥不思議と落ち着く‥‥副長とは違う‥‥この温もりはまるで‥‥)

 

テアの方もミーナとは異なるシュテルの手の温もりはかつてまだ自分が物心つく寸前、普段は仕事で家を留守にしがちの母‥‥でも、自分の体は覚えていた。

母の手を‥‥母の温もりを‥‥

 

「母様‥‥」

 

シュテルの手が母と被ってしまった為か、テアは一言呟く。

 

「えっ?」

 

テアがポツリと何かを呟いたため、シュテルはテアの頭を撫でる手を止める。

もしかしたら、「子供扱いするな」と怒ったのかもしれないと思ったのだ。

 

「あっ‥‥」

 

しかし、テアはシュテルが頭から手を退けてしまうとなんだか残念そうな顔をする。

 

「あっ、失礼‥‥その‥昔、知り合いの子にこうしてあげるとその子は元気と言うか、落ち着くと言うか‥‥クロイツェル艦長が不安そうな様子だったので、つい‥その‥‥癖と言うか‥‥すまない」

 

シュテル自身、下手な言い訳だと思ったが、

 

「い、いや、その‥‥何というか‥‥なかなかの心地よさだった‥‥」

 

頬をほんのりと赤らめ、再び俯くテア。

しかし、今度のは不安ではなく、羞恥で俯いた様子だった。

 

「だから、その‥‥もっと撫でて欲しい‥‥」

 

と、シュテルにもっと頭を撫でて欲しいと頼み、シュテルは

 

「わかりました」

 

とクスっと微笑みながら返答し、テアの頭を撫で続けた。

そんな二人の様子を見ていたミーナとユーリは、

 

(あ、アイツ、テアに馴れ馴れしく‥‥それにテアもテアだ!!何故、そんな奴の撫で撫で顔を赤くする!?う、羨ましい!!)

 

と、テアの頭を撫でたシュテルに嫉妬し、

 

(あのちびっ子、シュテルンに頭を撫でてもらうなんて‥‥私だって最近は撫でてもらっていないのにぃ~!!う、羨ましい~!!)

 

と、シュテルに撫でてもらったテアに嫉妬していた。

そこへ、

 

「あれ?ミーナさん?それにキールの方も‥‥」

 

「わっ!ろ、ローザ!?」

 

ローザが声をかけてきた。

 

「あっ、すみません。ミーナちゃん遅いから薬を貰ってきたんだけど‥‥」

 

「えっ?ああ、そっか‥‥でも、そんなことより実は‥‥」

 

ミーナが今回の課題をローザに言おうとした時、

 

「ミーちゃん、ストップ」

 

ユーリがミーナの口を手で塞ぐ。

 

「ふぁにをふる(何をする)」

 

「あの学長が言っていたでしょう、『口外しない事』って‥‥」

 

「っ!?」

 

ユーリが耳元で囁いて気づくミーナ。

 

「そ、それじゃあ、またね。ミーちゃん」

 

「あ、ああ、またな、ユーリ」

 

「ミーちゃん?」

 

「あっ、いや‥‥その‥‥先程、ユーリとは仲良くなってな、ハハハハ‥‥」

 

ローザが『ミーちゃん』と言う部分に反応し、ミーナは乾いた笑みを浮かべ、咄嗟に取り繕う。

 

(そうだった、これは秘密の話だった。広がりでもしたら困るのはテアだ)

 

(私が副長としてテアを支えなければ‥‥)

 

一方、ユーリも、

 

(シュテルンの友として、私が頑張らないと‥‥)

 

と、ミーナと同じ決意を固めていた。

さまざまな思惑がうごめく中、各艦は出航して行った。

 




シュテルがナデポでテアを落としました。


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23話

 

 

ヴィルヘルムスハーフェン校とキール校との交換留学でシュテルはヴィルヘルムスハーフェン校の学長、ケルシュティンから次の航海では自艦をわざと遭難させろ、ただし他の乗員には決して口外をしない事、と何とも無茶苦茶な課題を出された。

勿論その課題にはシュテル達、ヒンデンブルクも参加しなければならない。

課題をだされた艦長達は不安を抱き海上フロート基地を出航していく。

 

「‥‥」

 

艦橋のウィングに出て海を眺めるシュテル。

そんなシュテルの様子をユーリはジッと見る。

ユーリとヴィルヘルムスハーフェン校所属のアドミラル・グラーフ・シュペー副長のヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルクこと、ミーナは図らずも今回の課題内容を立ち聞きしており、これから起きる事も知っていた。

 

「ん?どうした?砲雷長」

 

ユーリの視線に気づいたシュテルがユーリに声をかけてきた。

 

「あっ、いや、なんでもないよ」

 

「そう?気分が悪い様なら遠慮なく医務室へ行ってきなよ」

 

「う、うん‥大丈夫だよ」

 

ユーリは乾いた笑みを浮かべながら誤魔化す。

 

(今の所、シュテルンに変化はない‥‥でも、これからわざと失態を犯して遭難するわけだから、シュテルンの精神的疲労はかなりの筈‥‥些細な事でも親友の私が気づいてあげないと‥‥今回の事は口外禁止だから、クリスにも相談できない‥‥私が何とかシュテルンを支えなければ!!)

 

ユーリは握り拳を作り、今回の課題に取り組むシュテルを影ながら支える決意をした。

 

「なんか、今日のユーリちゃん、ちょっと変じゃない?」

 

「そうかな?」

 

メイリンがそんな意気込んでいるユーリの姿を見て、舵を握るレヴィに訊ねる。

しかし、レヴィにはユーリの変化が分からない様で首を傾げていた。

シュテルはその後、海図台へと行き、チャートの海図と電子海図を見比べた後、

 

「航海長」

 

「は、はい」

 

「針路変更、今から私が航路を指定する。その航路に従って艦を動かせ」

 

「えっ!?」

 

「沿岸沿いを外れ、このまま直進し、目的地へと向かう」

 

「で、ですが、艦長、そのコースですと、嵐の発生地帯へと向かってしまいます。危険ではありませんか?」

 

メイリンがタブレットの気象・海象ページを調べ、ヒンデンブルクが向かう先は嵐の発生地帯なので、このままでは嵐に突っ込む事になるので、危険だと進言する。

 

「大丈夫だ。私の言う通りに進めば問題ない」

 

(来たっ‥‥シュテルンが言う針路は間違いなく、遭難コースだ‥‥)

 

ユーリはシュテルが言うコースは間違いなく、今回の課題である故意の遭難の第一歩であると確信した。

 

(この針路をとれば、ヒンデンブルクは間違いなく遭難し、シュテルンは非難されるかもしれない‥‥課題だと分かっていても絶対辛い筈だ‥‥)

 

「しかし、艦長、態々嵐の中へ突っ込まなくても‥‥」

 

メイリンは針路に嵐が来るのが分かっているのに態々嵐の中へ突っ込む必要性がないと意見する。

通常であれば、嵐は回避して進むのが当たり前なので、メイリンの意見は至極当然であった。

 

「艦長は私だ。書記の君はこの艦の針路を決める権利は無い筈だぞ」

 

シュテルはギロッとメイリンを睨みつける。

 

「は、はい‥すみません‥‥」

 

「‥‥」

 

クリスはシュテルとメイリンのやりとりを見て違和感を覚える。

 

「副長」

 

「は、はい」

 

すると突然、クリスはシュテルに声をかけられる。

 

「コーヒーが飲みたい‥‥持ってきてくれ。ミルクと砂糖、クリームをたっぷり入れた甘いヤツをな」

 

「は、はい」

 

シュテルにコーヒーを頼まれクリスは厨房へコーヒーを取りに行った。

 

その日の夜、クリスはユーリの部屋を訪れていた。

 

「ねぇ、ユーリ」

 

「ん?なに?」

 

「今日のシュテル、何か変じゃなかった?」

 

「えっ!?」

 

クリスの言葉にドキッとするユーリ。

 

「ど、何処が変だったの?」

 

「う~ん‥‥なんて言うか、無理に強がっているというか、変に周囲と壁を作っているみたいに見えたんだけど‥‥」

 

「た、多分緊張しているんじゃないのかな?ほら、交換留学して他校の生徒に舐められない様にと気張っているんだよ」

 

と、ユーリは課題について何とかクリスに悟られまいと必死で誤魔化していた。

 

(流石、クリス‥‥私と同じくシュテルンとの付き合いが長いだけあってシュテルンの違和感に気づいたか‥‥)

 

ユーリ自身、今回の課題を立ち聞きしていなければ今日のシュテルの行動に違和感を覚えていただろう。

 

「そうかな?」

 

ユーリは誤魔化したが、それでもクリスの中のシュテルへの違和感は払拭できなかった。

 

ヴィルヘルムスハーフェン校の海上フロートの基地を出航してから三日が経った頃、

 

「やっぱり‥‥大変です艦長!前方に嵐を確認、迂回を‥‥!」

 

メイリンがタブレットで気象・海象情報を確認すると、やはりヒンデンブルクの針路上に嵐がある事が確認でき、このまま進めばヒンデンブルクは嵐の中へと突っ込む事になる。

メイリンは嵐を回避する為、迂回しようと意見する。

しかし、

 

「いや、このまま直進だ」

 

「えっ!?」

 

シュテルはあくまでも針路を変更せず、このまま嵐へと突っ込む指示を下す。

 

「あの程度の嵐ならば沈む事はない筈だ」

 

「た、確かにそうですけど‥‥」

 

「ならば、このまま突入する。荒天航行の訓練にはもってこいでじゃないか‥‥非直の者も総員艦内配置に‥時化に備えよ」

 

「で、ですが‥‥」

 

「二度も言わせるな!!君は艦長の指示に従えないのか!?」

 

「わ、分かりました。艦長‥‥」

 

(シュテルン、口調、口調が変わっているよ‥‥)

 

数時間後、ヒンデンブルクは嵐の中へと突っ込んだ。

ビスマルク以上の大きさを誇るヒンデンブルクでも嵐の中では荒波と風に揉まれる。

そんな嵐の中をヒンデンブルクは全速で突っ切っている。

 

「艦長、エンジンに異常負荷がかかっとる!!このままじゃ、エンジンが壊れてまう!!今すぐ、荒天を出てくれへんか!?」

 

機関室からエレミアが艦橋に‥シュテルに艦内電話を入れてエンジンの現状を伝える。

すると、シュテルは、

 

「泣き言は聞きたくない。そっちで何とかしろ」

 

その一言で電話をきった。

 

「‥‥」

 

シュテルから冷たくあしらわれたエレミアは受話器を持ったまま固まる。

 

「機関長、艦長は何て‥‥?」

 

「ウチらで何とかせぇ、ゆうとる」

 

「そんな無茶な!?」

 

「まぁ、艦長が何とかせぇ言うなら、エンジニアとしてのウチらの腕の見せ所やで!!何としてもこのじゃじゃ馬を黙らせるで!!」

 

エレミアが機関員の乗員を鼓舞してこのエンジントラブルは何とか対処できた。

その他にも嵐のせいで船酔いするクラスメイトが続出した。

そして何とか嵐を乗り切った後、食堂では、

 

「何なんだ!?艦長は!?自分のミスで嵐に遭遇したのに、嵐に突っ込めだなんてバカにしているの!?」

 

航路を独自の判断で外れ、嵐に遭遇し、その嵐も回避することなく、逆に嵐の中へ突っ込んだシュテルに対して不満がチラホラ出始めた。

 

「まぁまぁ、落ち着いて」

 

そんなクラスメイトをクリスは宥める。

 

「うぅ~酔った~」

 

「気持ち悪い~」

 

無理に荒天を航行したせいで船酔いしたクラスメイトは顔色が青く、食事も喉を通らないみたいだ。

 

「全く、何を考えているんだ!?艦長は!?」

 

「まぁまぁ、艦長も交換留学できっと緊張しているんだろうし、今回の行動だってきっと何か考えがあるんだよ」

 

ユーリがシュテルを弁護するが、

 

「でも、被害は甚大ですよ。レーダーも故障したみたいですし‥‥」

 

メイリンがあの嵐を強行突破したせいでヒンデンブルクのレーダーが故障した事を伝える。

 

「レーダーが故障って‥‥それってヤバいんじゃない?」

 

レヴィが、レーダーが故障した事態はちょっとヤバい事態じゃないかとポツリと呟く。

 

「それってもしかして‥‥私達遭難したんじゃない‥‥?」

 

一人のクラスメイトの発言で船酔いとは別の意味で顔色を青くする。

 

「もう我慢ならない!!副長からも艦長にガツンと言ってやってよ!!」

 

「そうだ、そうだ」

 

「副長と砲雷長は艦長と昔からの知り合いなんでしょう?艦長が何を考えているか、聞いてみてよ」

 

「そうだよ」

 

「もしかして二人は艦長の事で何か知っているんじゃない?」

 

「い、いや知らないよ」

 

「う、うん‥‥」

 

(や、ヤバい‥‥此処は何とかやり過ごさないと‥‥)

 

このままでは、シュテルに直談判し、あの行動の意味を正そうと言う動きがみられる。

もし、このままシュテルに直談判でもされれば、課題が此処で終わってしまう。

ユーリは何とかこの場を切り抜けようと必死に頭を働かせる。

 

「ま、まぁ、シュテルンは昔っから気まぐれな所があったからね。いくら昔からの付き合いがある私でもシュテルンが何を考えているのか全く分かんない。此処まで行動が異質だとちょっとドン引きだよ。主席だの艦長だの引き立たれてちょっと調子に乗っているんだよ。シュテルンももう少し人の気持ちも考えて欲しいよね」

 

「ちょっ、ユーリ」

 

クリスはユーリに言い過ぎだと注意しようとした時、

 

「それはすまなかったな‥‥人の気持ちも考えられなくて‥‥」

 

カマクラを抱っこしたシュテルがユーリの後ろに立っていた。

 

「しゅ、シュテルン‥‥」

 

まさか、自分の背後に自分が守ろうとしていたシュテル本人がおり、さっきの上辺だけの言葉を聞かれてしまった。

ユーリは顔を青くして震える。

 

「しゅ、シュテルン、今のは‥‥」

 

ユーリが取り繕うとしたが、

 

「皆も今日の嵐で疲れただろう。私も疲れた‥‥明日は、当直時間以外は皆好きに過ごしていい‥‥」

 

シュテルはカマクラの頭を撫でながら食堂を後にした。

 

「‥‥」

 

ユーリは力なく椅子に座るが未だにその顔色は悪い。

 

(人の気持ちも考えて‥‥それはシュテルにとってはNGワードだよ、ユーリ‥‥でも、ユーリはその事を知らないから仕方がないけど‥‥シュテル大丈夫かな?でも、ユーリもあんなことを言うなんてやっぱり変だ‥‥シュテルもユーリも何かを隠している‥‥)

 

シュテル、ユーリの態度のますます違和感を覚えるクリスだった。

 

(このままだとシュテルとユーリ、互いに変な誤解を抱いたままになっちゃう‥‥)

 

(よ、よし、此処は私が何とかしないと‥‥)

 

シュテルの様子が気になったクリスは艦長室へと向かった。

その頃、艦長室ではシュテルがベッドの上でカマクラの頭を撫でていた。

カマクラはシュテルに頭を撫でられて、気持ちよさそうに目を細めている。

 

分かっていた‥‥

 

今回の課題をクリアーするにはどうしても自分に悪意を集中しなければならない事だって‥‥

 

前世で汚れ役はこなして来たから慣れているモノだと思っていた‥‥

 

でも、この世界に転生して自分でも知らない内に自分は弱くなっていたのかもしれない。

 

仲間達に随分と酷い事を言って罪悪感に苛まれている。

 

それと同時に自分はユーリとクリスを信じていた。

 

でも、先程のユーリの言葉‥‥

 

もっと人の気持ちも考えてよ!!

 

前世で由比ヶ浜から言われた拒絶の言葉と同じ言葉‥‥

 

やっぱり、この世界でも自分は裏切られるのだろうか?

 

シュテルの心に絶望と言う暗雲が漂い始めた時、

 

コン、コン

 

扉がノックされた。

 

「ど、どうぞ‥‥」

 

シュテルが入室を許可するとクリスが入って来た。

 

「こんばんは」

 

「クリスか‥‥」

 

「ねぇ、シュテル」

 

「何?」

 

「‥‥単刀直入に言うけど‥‥何か変だよ‥‥今回の航海中のシュテル。それにユーリもだけど‥‥」

 

「‥‥」

 

「ねぇ、シュテルもユーリも私に何を隠しているの?」

 

「何も隠していない」

 

「だったら‥‥」

 

「副長の役割は艦長の補佐の筈だろう?クリスもユーリも私の命令しに従っていればいい。艦とは縦社会の組織だろう?これ以上、無駄話をするつもりはない」

 

シュテルはまるでクリスを拒絶する様な態度を取る。

 

「そう言う所が変なんだよ!!今回の航海じゃあ、シュテルはまるで別人みたいだよ!?」

 

しかし、クリスはシュテルにしつこく噛みつく。

 

「目覚めたんだよ、現実にな‥‥」

 

「えっ?」

 

「兵士は道具だ、使い捨ての道具に過ぎない。だから私は職務のためにそれをしているだけにすぎない。話は以上だ‥‥帰って」

 

「‥‥」

 

(やっぱり、変だ‥‥)

 

シュテルは強引にクリスを部屋から叩き出したが、クリスの違和感はますます強くなる‥‥と言うか、シュテルが何かを隠している事を確信した。

 

 

遭難から三日目‥‥

ヒンデンブルクの甲板には釣り竿を手にしたクラスメイト達の姿があった。

元々今回の航海は短い航海だと思っていた為、食糧がそこまで余分に積まれていなかった。

この遭難がいつまで続くのか分からないので、もしもの為に自給自足態勢を取る事になった。

水に関してはヒンデンブルクには海水を蒸留して真水に変える機械があったので、風呂、洗濯、トイレ等の生活水に関してはその蒸留水を使用し、清水タンクの清水は飲料水専用にした。

 

「よぉーし、暇人たち!!釣り竿は持ったか?」

 

クリスが暇人‥もとい、手空きのクラスメイト達に釣り竿を渡し、釣りを指揮する。

クラスメイト達が釣り竿を垂らしている中、ユーリはボォ~っとしながら釣り糸を見ていた。

 

(はぁ~いくら課題の事がバレないようにとは言え、あんなシュテルが傷つく様な嘘をついて‥‥最低だよ、私‥‥なにが親友としてだ‥‥シュテルンを支えるどころか、傷つけているじゃないか‥‥ミーちゃんは今頃、上手くやっているのかな‥‥?)

 

海を見ながら今頃、同じ課題に取り組んでいるシュペーの副長のミーナは上手く立ち回っているのだろうか?

そんな事を思っていると、クリスがユーリの頭を釣り竿で小突く。

 

「あんまり辛気臭い顔をしていると、魚が逃げるし、ユーリらしくないよ」

 

「‥クリスか‥‥はぁ~」

 

「どうしたの?溜息なんてついて‥‥?」

 

「泣きたくもなる‥自分がなんか情けなくて‥‥」

 

「あれ以来シュテルとは話してないの?」

 

「普通に必要最低限の会話ぐらいしかしていないけど、シュテルンが目を合わせてくれない‥‥あの時の自分を狙撃したい‥‥」

 

「‥‥ったく、そんな事で悩んでいるの?」

 

「そんな事って‥‥」

 

「あのねぇ~相手を傷つけたら謝る。そんな事、幼稚園の子供だって分かるでしょう。謝ってきなよ。成長したのは胸だけじゃないでしょう?」

 

「まぁ、クリスの方はあんまり成長してないみたいだけどね」

 

ユーリがクリスの胸をジッと見ると、

 

ゴン!!

 

クリスの鉄拳がユーリに炸裂する。

 

「何で私がこんな目に遭うんだよ、いてぇ~!」

 

「余計な事はいいからさっさと謝ってきなさい」

 

「は、はい‥‥うぅ~イテェ‥‥」

 

クリスの拳骨を喰らった後、シュテルの下へと急いだ。

そのシュテルは艦橋のウィングにて呆然としながら海を眺めていた。

 

「シュテルン!!」

 

「っ!?」

 

いきなり大声で呼ばれ驚くシュテル。

 

「ど、どうしたの?砲雷長」

 

ついでにシュテルと一緒に居たメイリンも驚いていた。

 

「シュテルン、マイク借りるよ!!」

 

「えっ?」

 

「砲雷長のユーリだ。皆、遭難生活三日で不安だと思うけど、大丈夫だ!!必ずみんなで帰ろう!!私達は艦に乗ってまだ三カ月も経っていないけど、中等部からの付き合いのある人も居て、仲間だ。だからこそ、私は胸を張って言える‥‥ウチの艦長は最高だ!!だから艦長を最後まで信じて欲しい!!十年以上の付き合いがある私が言うんだから間違いない!!」

 

「無茶苦茶な‥‥」

 

聞いているシュテルでもあまりにもユーリの根拠は弱い。

ユーリの放送は機関室でもスピーカーから流れており、

 

「まぁ、ウチは最初からシュテルの事は信頼しとるからな‥‥」

 

エレミアは中等部の卒業航海でイタリアマフィアから自分を凶弾から守ってくれたシュテルを信頼していた。

 

「シュテルン‥いえ、艦長、先日のあの発言は撤回します。すみませんでした」

 

普段のユーリからは信じられない程の真剣さが伝わって来る。

 

「そして、皆で帰ろうね、シュテルン」

 

「‥‥ああ、そうだな」

 

それから四日間、ヒンデンブルクは大西洋を彷徨い、運よくアイルランドへ到着し、港で食糧を補給した後、海上フロートの基地を出航してから二十二日目に戻る事が出来た。

 

「艦長、前方にアドミラル・グラーフ・シュペーを確認」

 

(クロイツェル艦長も苦労したみたいだが、何とか今回の課題をやり通したみたいだな‥‥)

 

前方を航行するシュペーの姿を見て、テアの方も何とか課題を頑張ったのだと思わずほっこりするシュテルだった。

海上フロートの基地に到着すると、二人が学長室へと呼ばれた。

 

「おめでとう。君達が最後だ」

 

「「?」」

 

学長室に入ると同時にシュテルとテアはいきなりケルシュティンから賛辞を述べられた。

 

「それはどう言う事ですか?」

 

「既に他の艦は帰って来ていたのですか?」

 

「ああ、殆どの艦は開始早々にリタイアしたよ。艦長の求心力の低下による内部分裂でね。ビスマルクなんて、僅か三日しか持たなかった‥‥」

 

(やっぱりな‥‥)

 

シュテルはクローナの性格上長くは持たないと思っていた。

むしろ、三日もよく持ったのだと思っていた。

 

「元々我々は、君達学生は十日も持たないと思っていた。そういう意味では君達は長い遭難生活の中で結束を固め、帰還した事は優秀と言える。喜びなさい」

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

「だが、それだけではこの課題の合格とはならない‥‥さて、改めて聞こう。本当に怖さはなんだと思う?」

 

「孤独ですね」

 

まずはシュテルが答えた。

 

「食糧、水、そして現在位置さえも分からない‥‥船乗りとしてそれらの要素は十分に恐怖に値しますが、本当の恐怖は信じていた者から裏切られる事です」

 

「私も碇艦長と同意見です。一人で居る事には慣れている筈でしたが、本当に一人になると何も力が湧いてこない、絶望感に体が蝕われていく‥‥」

 

チラッとシュテルとテアは目を合わせ、

 

「「私達はそう思います」」

 

声を揃えて今回の航海での恐怖を口にする。

 

「それでいい。今回の課題の真意は実際の窮地で何が自分の真に怖いモノかを知る事だ。それを知るだけで海では長生きできる。二人とも下がってよろしい」

 

「あの‥‥一つ聞きたいのですが‥‥」

 

テアが退室前にケルシュティンへ質問をする。

 

「なんだね?」

 

「母がこの課題を受けた時、何と答えたのですか?」

 

「君と同じだ」

 

「っ!?」

 

「こんな想いを海の上で誰にもしてほしくないと言っていた。だからこそ今でも、ブルーマーメイドとして海で人々を救っているのだろう」

 

「‥‥そうですか‥ありがとうございます。では、失礼します」

 

質問に答えてもらい、テアとシュテルは学長室を退室した。

 

「お互いにいい仲間を持ちましたね。クロイツェル艦長」

 

「ああ‥‥でも‥‥その‥‥」

 

学長室を出た後、シュテルはテアに話しかけた。

すると、テアは何故か俯き顔をほんのりと赤らめ、もじもじする。

 

「?」

 

「その‥‥頑張ったご褒美としてまた頭を撫でて欲しい‥‥」

 

「…ええ、いいですよ」

 

テアの頼みをきいてやるシュテル。

そんな二人の背後の物陰では、

 

「ぐぬぬぬ‥‥あの余所者め、私のテアを‥‥」

 

「シュテルン、またあのちびっ子に‥‥」

 

互いの親友がそれぞれの親友を敵視していた。

 

 



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24話

 

 

ヴィルヘルムスハーフェン校との交換留学にて、自艦をわざと遭難させろと言う無茶苦茶な課題を何とか無事にクリアしたシュテルとテアは所属する学生艦の中で最長記録を叩き出した。

シュテルとテアはヴィルヘルムスハーフェン校の海上フロート基地へと戻ると、学長のケルシュティンから呼びだされ、今回の航海にて本当に怖かったモノは何かと言う質問を受け、それに答えた。

シュテルとテアの答えにケルシュティンは満足そうな様子で要件が済んだ後、二人を部屋から退室させた。

 

「どうかね?マイヤー君。あの二人は?‥‥特にクロイツェルに関しては君の同期の娘だ」

 

ケルシュティンは隣に立つ秘書にシュテルとテアの印象を訊ねる。

その内、テアの母親はどうやら、このマイヤーと言う秘書とは学生時代は同期生だった。

つまり、マイヤーもこのケルシュティンの教え子の一人なのだ。

 

「母親に似て寂しがり屋ですね」

 

マイヤーはポツリとテアの印象を答える。

 

「では、キールのあの娘はどう思う?」

 

「彼女もクロイツェル艦長同様、寂しがり屋の印象を受けますが、彼女の家庭環境はクロイツェル艦長とちょっと異なるので、その点に関してはいささかリサーチ不足と言いますか、何と言うか‥‥ちょっと異質なモノを感じました」

 

「そう言えば、あの子の父親は世界的に有名なチェリストだったな‥‥母親の方は確か‥‥」

 

「式波・アスカ・ラングレー・碇教授です。なお、父方の祖父母は碇ゲンドウ、碇ユイ、母方の方は、祖父は居りませんが、祖母は式波・キョウコ・ツェッペリン博士と学者肌の家系ですね」

 

「ああ、聞いた事のある名前かと思ったが、そうか、あの碇家と式波家の家系か‥‥」

 

「学長、知っているのですか?」

 

「おい、おい、これでも教育者であるからな、それなりに有名な学者の名前ぐらいは知っているさ」

 

「はぁ‥‥」

 

「アンネの奴はクロイツェルの娘をウチにとられたと言っておったが、そっちこそ、なかなかの人材を確保しておるではないか‥‥ククク‥‥さて、第一関門は共に引き分けと行ったところだ‥‥さて、次はどうなるかな‥‥?」

 

そう言ってケルシュティンは机の引き出しから一通の封筒を取り出した。

 

「マイヤー君。この手紙を向こうに送ってくれ」

 

「これは?」

 

「今度の合同合宿の相手、イギリスのダートマス校宛ての手紙だ‥‥」

 

ケルシュティンはこの後のイギリスとの合同合宿では面白いモノが見る事が出来そうな予感がしたのか、思わず口元を緩め、秘書のマイヤーに手紙を手渡した。

 

その頃、学長室の前の通路にて、シュテルはテアのリクエストを受けて彼女の頭を撫でていた。

ただ背後から得体のしれない殺気を感じていた。

 

(な、なんだ?背後から殺気が籠った視線を感じる‥‥一体誰だ?ベロナ艦長か?)

 

テアの頭を撫でていたシュテルは思わず冷や汗が流れるが、テアは何も感じていない様子で、まるで猫のように目を閉じて気持ちよさそうにシュテルに撫でられていた。

シュテルは背後から殺気の籠った視線を感じていたのだが、テアは感じていないのか、まったく気にする様子はない。

勘違いかもしれないとは言え、いつまでも学長室前に居る訳にもいかないので、シュテルとテアは食堂へと移動した。

シュテルとテアの背後から二人の様子を窺っていたミーナとユーリも当然二人の後をついて行こうとしたら、

 

「あれ?ミーナさん、こんな所で何をしているの?」

 

「砲雷長もどないしたん?」

 

そこへ、ローザとエレミアが通りがかり、二人に声をかけてきた。

 

「あっ、ミーナさん。ちょっと報告書の件で聞きたい事が‥‥」

 

「砲雷長、さっき副長が呼んでおったで」

 

と、ミーナはローザに捉まり、ユーリはエレミアの手でクリスの下まで連れて行かれ、シュテルとテアを追いかける事は出来なかった。

 

ミーナとユーリの追撃の手を逃れた事を知る由もないシュテルとテアの姿は海上フロート基地の食堂にあった。

コーヒーとドーナツを前に二人は今回の航海における互いの体験談を話していた。

お互いに大変な課題だったみたいで、苦労話やいくら他の乗員に悟られないようにする為とは言え、乗員に心無い台詞を吐くのは心苦しい気持ちで一杯だった。

話の区切りがついた時、シュテルはコーヒーにミルクと砂糖、クリームをこれでもかと言う量をドバドバ入れる。

 

(ドイツじゃ、マッカンが買えないから不便なんだよな‥‥)

 

前世における自らのソウルドリンクが此処ドイツでは手に入らないので、こうしてコーヒーにミルクと砂糖、クリームをドバドバ入れるのだが、やはり前世で愛したあのマックスコーヒーの味にはかなわない。

 

「‥‥」

 

テアはそんなシュテルのコーヒーをやや引き攣った顔で見ていた。

 

「そ、そんなにミルクや砂糖、クリームを入れて大丈夫なのか?」

 

「これは、これはで、美味しいんですよ。ただ日本の千葉にあるマックスコーヒーって名前の缶コーヒーにはかないませんよ」

 

「そ、そうなのか?」

 

「ええ、もし日本へ行く機会があればぜひ飲んでみて下さい」

 

「あ、ああ‥‥」

 

「はい、あーん」

 

「あーん‥はむっ‥‥むぐむぐ‥‥」

 

マドラーでかき混ぜ、一口コーヒーを飲んだ後、シュテルはドーナツをテアに食べさせる。

 

(やっぱり、クロイツェル艦長の食べている姿は可愛い‥‥)

 

テアがドーナツを食べている姿を見て思わず顔がにやけるシュテル。

もし、前世の姿でこんな事をして、雪ノ下や由比ヶ浜が見たら、きっと「キモい」 「誘拐は犯罪よ、犯罪谷君」とか言って罵倒していただろう。

ドーナツを食べ終えた後、シュテルは気になった事をテアに訊ねた。

 

「あの、クロイツェル艦長。一つ聞きたい事があるんですが‥‥」

 

「ん?なんだ?」

 

「‥‥あのビスマルクのベロナ艦長とはどう言った関係なのでしょう?」

 

「‥‥」

 

「その‥彼女のあまりにも露骨な態度がちょっと気になりまして‥‥」

 

「ベロナとは家が近所で、彼女の家は代々海軍軍人の家系で、エリート軍人を輩出している名門家だ‥‥」

 

「へぇ~‥‥」

 

「私の父も海軍軍人なのだが、階級で彼女の父親よりも上回ってな‥‥それが彼女にとって許せなかったのだろう‥‥」

 

「なるほど‥‥でも、彼女のあの態度がクロイツェル艦長に対するひがみなのか‥‥それともあの態度はベロナ艦長なりの照れ隠し‥って事はないかな?」

 

「照れ隠し?」

 

「ええ、本当はクロイツェル艦長と友達になりたいんだけど、素直になれなくて、あんな態度を取ってしまうとか?」

 

「それはないな」

 

テアはあっさりとシュテルの推測を否定する。

 

「そ、そうですか‥‥ただ、適当にあしらうのもいいですが、今後もあからさまな悪意ある態度をとってくるのであれば、今の内に明確な態度で拒絶した方がいいですよ。そうでないといずれ、取り返しのつかない事態を招きかねないかもしれませんし、貴女が何も言わないのを良い事にますます調子づくかもしれませんから‥‥」

 

「取り返しのつかない事態?」

 

「自分のした失態をクロイツェル艦長か貴女の艦の乗員‥貴女の大切な人に罪を着せる‥‥学校である事ない事を吹聴する‥‥とかね‥‥これはある知り合いの実体験ですから心の隅にでも覚えておいてください」

 

シュテルは前世での実体験をテアに伝えると同時に警告をする。

 

「あ、ああ‥‥そうしよう‥‥」

 

シュテルの言葉は何故か物凄く現実味を帯びており、テアは思わず身震いした。

 

 

それから時間が経ち、太陽が西の水平線に沈みかけた頃‥‥

 

 

このヴィルヘルムスハーフェン校の海上フロート基地には学生艦が乗り入れする港湾施設、講義を受講する教室、学長室、職員室、体育館、食堂、教職員と学生が寝泊まりする寮の他に運動場、公園も完備されていた。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

その公園でユーリは息を切らしながら走っていたのだが、途中で止まり、辺りを見回す。

 

「くそっ、何処に行った‥‥?クリス‥‥っ!?」

 

ユーリは背後から自分に向かって飛んでくる飛来物の気配を感じ、咄嗟に右へ避ける。

すると、先程までユーリが立っていた場所には木の枝が突き刺さる。

 

「クリスの奴、完全に潰しに来ている‥‥くそっ」

 

ユーリが再び辺りを見回すと、彼女の目の前に見慣れたコートと帽子を被った人物が横切る。

 

「あれはシュテルン‥‥ねぇ、シュテルン。クリスを見なかった?」

 

ユーリはシュテルに近づき、彼女にクリスを見掛けなかったと問う。

 

「いや‥‥別に‥‥見てないねぇ~」

 

シュテルはゆっくりと帽子を取る。

すると、コートを羽織り、帽子を被っていたのはシュテルではなくユーリが探していたクリスだった。

 

「っ!?」

 

帽子を取ったクリスはユーリへ手刀で突いてくる。

ユーリは姿勢を低くしながら咄嗟に左へ躱し、クリスへ足蹴りを見舞うが、クリスは後方へジャンプし、そのまま公園の茂みの中へと隠れる。

 

「くそっ、化け物め!!此処にいるのはマズい!!」

 

ユーリは茂みの無い見通しの良い所へと移動する。

しかし、階段を降りようとした時、階段近くの茂みから手が伸び、ユーリの足をガシッと掴む。

突然足を掴まれたユーリはバランスを崩し、階段から落ちそうになるが、

 

「くっ‥‥」

 

階段の踊り場で手をつき、その反動を利用して空中で一回転、無事に階段下に着地した。

 

「出てこい!!クリス!!決着をつけてやる!!」

 

階段上に叫ぶユーリ。

すると、階段近くの茂みからクリスが現れる。

クリスは士官服の上着を脱ぎながらゆっくりと階段を降りてくる。

 

「ユーリ!!」

 

「クリス!!」

 

二人は互いの名前を言い合い、駆け出す。

ユーリがクリスを掴もうとした時、クリスは自分の上着をユーリの顔にかぶせる。

 

「ぬぶっ‥し、しまった!!」

 

「もらった!!」

 

ユーリの顔に自分の上着をかぶせたクリスはユーリの横をすり抜け一気に駆ける。

クリスの目の前の地面には一つの空き缶が立てられており、

 

「よっしゃぁぁぁー!!」

 

「あぁぁぁ~!!」

 

クリスは立てられていた空き缶を思いっきり蹴飛ばす。

缶が蹴られ、ユーリが残念そうな声をあげる。

 

「いきなり、帽子とコートを貸してくれって言うから、何をするのかと思えば‥‥」

 

そんなユーリとクリスの様子を高台からシュテルとテアが見ていた。

 

「‥‥これは‥‥戦闘訓練‥なのか?」

 

「いえ、ただの缶蹴りです」

 

シュテルはテアにクリスとユーリが何をしているのかを説明した。

クリスとユーリが公園でやっていたのは戦闘訓練でも喧嘩でもなく、缶蹴りだった。

 

「缶蹴りとは、どんなものなのだ?」

 

すると、テアがシュテルに缶蹴りについて説明を求めてきた。

 

「えっと‥缶蹴りとは‥‥」

 

そこで、シュテルはテアに缶蹴りについての説明をしたのだった。

 

(ふむ、缶蹴りか‥‥これは使えるかもしれん)

 

シュテルから缶蹴りを聞いたテアは何か決断した様な表情をした。

 

 

夕食とお風呂が終わり、シュテルが海上フロート基地にある生徒が使用する寮の部屋へと戻ろうとした時、ユーリに声をかけられ、今日は一緒に寝たいと言う。

まぁ、課題の航海時、シュテルはユーリに世話になったので、シュテルはユーリの頼みを聞いてあげ、この日はユーリと一緒に寝た。

 

「じゃあ、私は壁際で寝るから」

 

と、シュテルは同じベッドでも壁際で寝ると言う。

 

「いいけど、どうして壁際?」

 

「ユーリ、寝相が悪いから、私が蹴られてベッドから落とされるから」

 

「ぬぅー‥‥」

 

そして、シュテルは一つのベッドでユーリと共に眠った。

 

 

 

 

「ん‥‥?」

 

シュテルが目を覚ますと、下はどこまでも広がる海で、自分は不安定な石で積み上げられた岩場の上に立っていた。

 

「うわっ、な、なんだ!?此処はっ!?」

 

昨夜は確かにベッドで寝た筈なのに何故自分がこんな場所に居るのか分からない。

 

「シュテルン‥‥」

 

すると、何処からともなくユーリの声がする。

 

「ユーリ?」

 

シュテルがユーリの下方を見ると、其処には巨人化したユーリが立っていた。

その大きさは今、自分が立って居る岩場よりもデカい。

 

「大丈夫?」

 

「‥‥デカいな」

 

シュテルがポツリと呟くとユーリが岩場に近づいてくる。

すると、波が発生し、その波が岩場に打ちつけ、岩場がグラグラと揺れる。

 

「うわぁ…ば、バカ、動くな!!」

 

両手でバランスを取り、何とか落ちずに済む。

 

「いいか、ユーリ、揺れると私が海へ落ちてしまうから‥‥」

 

「ふぅ~」

 

「うわっ‥‥おっ‥おっ‥おっ‥‥」

 

するとユーリはシュテルが居る岩場に息を吹きかける。

息を吹きかけられた事で岩場がまた揺れ、シュテルは両手両足でバランスを取り、何とか落ちないようにする。

 

「シュテルン、なんで踊っているの?」

 

「て、てめぇ‥‥いいか、よく聞け、揺れないように私をお前の手の掌に‥‥」

 

「ふぅ~」

 

シュテルが巨人化したユーリに、ユーリの手の平に避難させるように頼むと、ユーリはまた岩場に息を吹きかける。

 

「ハハハハ‥‥ウケる」

 

「ウケねぇよ!!うわっ!?」

 

シュテルは立っていた岩場と共に海へと落ちた。

 

「覚えていろよぉ~」

 

ザップーン!!

 

海に落ちたシュテルは大きな魚に助けられ、その魚の背中に乗っていると、

 

「シュテルン~!!」

 

今度はクジラのように大きな人面魚となったユーリが海から出現した。

 

「ゆ、ユーリ!?」

 

「そうだよぉ~」

 

「‥‥デカいな」

 

「‥‥ねぇ、シュテルン」

 

「な、なんだ?」

 

「遭難した時、魚を釣って食べたじゃん」

 

「あ、ああ‥そうだな。あの時は食糧が不足していたからな」

 

「魚‥‥美味しかったなぁ~」

 

ユーリの口からは滝のようにヨダレが滴り落ちる。

 

「今のお前も魚だろう?」

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

巨大人面魚のユーリとシュテルが向き合う。

しかし、シュテルはユーリの口から滴り落ちるヨダレを見て何か嫌な予感がした。

 

「シュテルンも美味しそう‥‥」

 

「お前に理性はないのか!?理性は!?」

 

「だって、今の私は魚だし‥‥シュテルンだって、どうせ食べられるなら私が良いでしょう?」

 

「い、いや、いくらお前でも食べられるのは嫌なのだが‥‥ちょっ、待て!!やめろ!!」

 

ユーリは大きく口を開け、海水と共にシュテルが乗った魚諸共、シュテルを食べようとする。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!た、食べられる!!」

 

魚も必死に泳ぐがユーリの吸い込む海水の量が多く、等々ユーリの口の中へと吸い込まれた。

シュテルはこのままユーリに食べられて彼女の胃液で消化されるのかと目を閉じた。

 

 

 

 

「っ!?」

 

シュテルがバッと目を開けると、其処はユーリの体内ではなく、ベッドの中だった。

 

「ハァ…ハァ‥‥ハァ‥‥い、嫌な夢だった‥‥ん?」

 

あまりいい内容な夢では無かったので、息が荒い。

段々意識が覚醒していくとシュテルは手に何か違和感を覚える。

ふと隣を見てみると、

 

「むぐむぐ‥‥あむあむ‥‥チュー‥‥チュー‥‥」

 

「‥‥」

 

シュテルは夢で見た通り、ユーリに食われていた。

正確にはシュテルの手はユーリの口の中にあり、ユーリはシュテルの手を口に含みしゃぶっていた。

 

「ぬぅー‥‥」

 

シュテルは手を引っこ抜こうとするが、思った以上にユーリの吸着力が強く引っこ抜けない。

そこで、シュテルはユーリの顔をもう片方の手で固定し、力いっぱい腕を引くと手はユーリの口から抜けた。

 

「‥‥」

 

ユーリにしゃぶられていた為、シュテルの手はもとより、寝間着の袖までユーリのヨダレでべっとりだった。

 

 

 

 

海洋実習が終わったばかりなので、当分は座学であり、この日も海上フロート基地の教室で午前、午後、共に講義を受け、この日の講義が全部終わった頃、

 

「あ、あの‥すみません」

 

「ん?」

 

シュテルはローザから声をかけられた。

 

 

 

 

太陽が西の水平線に沈みかけた頃、先日、ユーリとクリスが缶蹴りをした公園に、テア、ミーナ、ローザ、レターナの姿があった。

 

「艦長、突然呼び出してどうしたんですか?」

 

「実は先日、ヒンデンブルクの乗員が缶蹴りなる遊びをしていて、ルールを聞いて面白そうだから、皆でやってみたいと思ってな」

 

「へぇ~それはどんなものなんですか?」

 

「ふむ、缶蹴りとはな‥‥」

 

テアはミーナ達にシュテルから聞いた缶蹴りのルールを説明する。

 

「なるほど、面白そうですね」

 

「では、鬼は副長がやってくれ」

 

「はい」

 

「ルールは目つぶしと殺傷能力のある道具の使用の禁止だ。それ以外は何をしてもいい」

 

「えっ?な、なんですか?それは‥‥?そんな、ルール、さっきの説明ではなかったですよね?」

 

テアのルール説明を聞き、何やら嫌な予感がするミーナ。

 

「缶が無かったので、缶の代わりにこれを使う」

 

そう言ってテアはミーナの意見をスルーして地面に一隻の軍艦のプラモデルを置く。

 

「そ、それは、私の宝物、小学四年生の時、初めて一人で完成させたプラモデルじゃないですか!?シュペーの私の部屋に置いてあった筈なのに!?」

 

「ああ、ソレ、私が持って来た」

 

「レターナ!!貴様!!」

 

「それじゃあ、スタート!!」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!!艦長!!」

 

ミーナの悲痛な叫びも虚しく、缶蹴り‥もとい、プラモ蹴りが始まった。

テア、ローザ、レターナの三人はまるで蜘蛛の子を散らす様に公園の彼方此方へと散る。

大事なプラモデルを蹴られて壊されてしまうかもしれないので、ミーナとしてはこのままプラモデルを持ってこの場から去りたかった。

しかし、テアも参加している事から逃げる訳にもいかない。

プラモデルを守るには三人を捕まえるしかなかった。

すると、公園を艦長帽、コートを羽織った人物が横切る。

コートの襟の色は青い事からヴィルヘルムスハーフェン校の生徒ではなく、キール校‥‥ヒンデンブルク艦長のシュテルみたいだった。

 

「碇艦長、すまない、ウチの艦長、書記、航海長を見なかっただろうか?」

 

ミーナはシュテルにテア達の行方を訊ねる。

 

「いや‥‥別に‥‥見てないねぇ!!」

 

シュテルが徐に艦長帽をとると、其処に居たのはシュテルではなく、シュテルの艦長帽とコートを羽織ったローザだった。

 

「っ!?」

 

「ふん!!」

 

ローザはミーナの鳩尾に拳を叩きつけ、逃げようとする。

 

「待て!!」

 

ミーナはローザにタックルをして、彼女の身柄を確保しようとする。

そこへ、

 

「隙だらけだぞ!!副長!!」

 

テアがプラモデルへ一直線に駆けてくる。

 

「くっ‥‥」

 

ミーナはポケットに入っていたスーパーボールをテアに向かって投げる。

テアは一度足を止め、後方へジャンプしてスーパーボールを躱す。

 

「なかなかやるではないか、副長」

 

テアは一度態勢を立て直すつもりなのか、プラモデルから離れ茂みへと隠れる。

すると、今度は高台からミーナに向かってスーパーボールが飛んでくる。

ミーナはそのスーパーボールを紙一重で躱し、スーパーボールが飛んできた方向を見る。

其処にはパチンコでスーパーボールを撃とうとしているレターナの姿があった。

 

「レターナ‥‥このっ!!」

 

ミーナは先程、自分に撃ち込まれたスーパーボールを拾い、レターナの方へと投擲する。

 

「うっ‥‥」

 

ミーナの投げたスーパーボールはレターナの腹部に直撃し、レターナは倒れる。

 

「もらった!!」

 

その隙にテアが再びプラモデルに迫る。

 

「させません!!」

 

ミーナはテアにタックルをしてプラモデルの破壊を阻止する。

テアは何とかミーナの拘束から逃れ、再び逃走する。

そこへ、艦長帽を被り、青い襟のコートを羽織った人物‥シュテルが横切る。

 

「い、碇艦長、すまない、ちょっと手伝ってくれ」

 

「‥‥」

 

ミーナはシュテルに声をかけると、それはシュテルではなく、先程と同じ、シュテルの艦長帽とコートを身に纏ったローザだった。

 

「なんで同じ手に二度も引っかかっているんですか!?貴女は!?バカですか!?」

 

ローザはミーナに思いっきり腹パンをする。

その隙にテアが三度プラモデルに接近し、

 

「てりゃぁー!!」

 

プラモデルを思いっ切り蹴飛ばした。

テアに蹴られた軍艦のプラモデルは粉々となる。

 

「あぁぁぁぁぁー!!」

 

粉々になったプラモを見てミーナは思わず叫ぶ。

 

「ど、どうしてこんな酷い事を‥‥」

 

壊されたプラモデルを前に涙目になり、膝をつくミーナ。

知らぬ間に自分はテアの機嫌を損なう事でもしたのか?

しかし、いくら自問自答して思い当たらない。

 

「これを受け取ってくれ、副長」

 

すると、テアはミーナに一つのプラモデルの箱を手渡す。

 

「日頃から副長には世話になっているからな、何かプレゼントを贈ろうと思い、レターナに相談した所、副長が軍艦のプラモデルが好きだと知ってな‥‥実習前に密かに購入したんだが、既に同じプラモデルを持っている事を知って‥だから古い物は破壊することにしたんだ」

 

「か、艦長‥‥そ、そんな気を使わなくても‥‥」

 

ミーナが涙目になりながら貰ったプラモデルの箱を見ると、

 

(これ、違う艦だ‥‥)

 

壊された艦とプレゼントされた艦は別の艦だった。

しかし、満足そうにしているテアを前にミーナはその事実を伝える事は出来なかった。

 



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25話

イギリス、ダートマス校の生徒が登場。


 

 

この日、海上フロート基地の沖合にて、シュペー、ヒンデンブルク、そして、ヴィルヘルムスハーフェン校所属の大型直接教育艦、バイエルン級戦艦四番艦、ヴュルテンベルクが停泊していた。

そしてその三艦の周りをスキッパーがラリーを繰り広げていた。

今日はシュペー、ヴュルテンベルク搭載のスキッパーの試運転だったのだが、試運転からいつの間にか競艇の様なレースとなっていた。

 

「ふぅ~今日は日差しが強いな」

 

シュペーの甲板ではテアが一度帽子を脱ぎ、額に浮かび上がった汗をハンカチで拭い、再び帽子を被り直す。

 

「艦長ー!来てください、ファイナルラップですよ!」

 

海上で行われているスキッパーのレースを見ていたローザがテアに声をかける。

 

「ふむ…副長の様子はどうだ?」

 

「絶好調です。ミーナさん、トップですよ」

 

三艦の周りを走っているスキッパーの一艇にはミーナとレターナが乗ったスキッパーが先頭を走っていた。

 

「よしっ、あと一周!見ていてください!艦長!」

 

「ちょっと!飛ばし過ぎでしてよ!今日はスキッパーの試運転でしょう!?」

 

ミーナ達の乗るスキッパーの後ろからリーゼロッテとアウレリアが乗るスキッパーが走っており、リーゼロッテはミーナに声をあげる。

 

「なんだ?負けている言い訳か?リーゼロッテ」

 

ミーナがリーゼロッテを挑発すると、

 

「なっ!?もう許しませんわ!!」

 

リーゼロッテはミーナの挑発に乗り、スキッパーの速度を上げる。

 

「おっ?仲間割れか?シュペー組?」

 

「ならば、今がチャンス!!」

 

「1着は頂くぞ!」

 

ミーナとリーゼロッテのスキッパーを迂回する様にシュテルが乗ったスキッパーとヴュルテンベルク艦長、レン・シュテーゲマンが乗ったスキッパーが追い越していく。

 

「レン!碇艦長!!しまった!?行かせるか!!」

 

「おっ?ついてくるか?ミーナ」

 

「負けないよ」

 

ミーナはシュテルとレンを追いかけるようにスキッパーの速力を上げる。

 

「そういやレターナもスキッパーの免許持っているんだろう?士官とか目指せばよかったのに。艦長になって艦を自由に動かすのは楽しいぞ」

 

レンはミーナの後ろに乗っているレターナに声をかける。

 

「私は自由人だから性に合わないんだよ」

 

レターナはニっと笑みを浮かべながら答える。

 

「ミーナさんは艦長を目指さないんですか?」

 

シュテルはミーナに艦長を目指さないのかを訊ねる。

 

「私は着いて行くと決めた艦長がいるからな」

 

「なるほど」

 

ミーナの答えに着いて行く艦長が誰なのかを察する。

つまり、ミーナは自分にとってのクリスやユーリなのだと‥‥

 

「だから、この勝負、艦長の為に譲る気はない!!」

 

ミーナは更にスキッパーの速度を上げる。

 

「まったく、忠誠宣言は時代遅れじゃないか?」

 

レンが呆れながら言う。

 

「まぁ、友情宣言だと思えばいいんじゃないんですか?」

 

シュテルは補足するかのようにレンに言う。

 

「フフ、そうかもね」

 

シュテルの補足にレンは微笑みながら言う。

 

「よしっ、このままのスピードで‥‥」

 

やがて、ミーナのスキッパーがゴールに差し掛かった時、

 

「まぁ、これがドイツ艦ね、大きいですわ~」

 

ミーナのスキッパーの前に一隻の白い大型クルーザーが通りかかる。

 

(えっ!?)

 

突然のクルーザーの出現にミーナの思考回路は一瞬停止する。

 

「「ミーナ(さん)!!」」

 

(っ!?まずいっ、ぶつかる!?)

 

レンとシュテルの声でミーナは我に返り、スキッパーのブレーキをかけ、ハンドルを回し、衝突を避ける動作をする。

そして、スキッパーはクルーザーに大きな衝突はしなかったが、右舷側がクルーザーに軽くぶつかる。

 

「ふぅ~‥‥」

 

完全停止したスキッパーでミーナは一息つく。

 

「ギリギリで‥‥」

 

ミーナはぶつかっていないと思ったのだが、クルーザーは大きくグラグラと揺れ、

 

ドボン!!

 

「お嬢様!!」

 

クルーザーに乗っていた人が海に落ちた。

 

「あちゃ‥‥」

 

海に人が落ちた事でミーナはやってしまったという顔になる。

海に落ちたクルーザーの乗員は直ぐ近くに居たミーナの手によって助けられ、関係者一同とローザ、クリスがクルーザーに乗船し、話を聞くことになった。

 

「フフ、フォールしちゃった。まるで、ウォーターも滴る良いレディーだわ」

 

その少女はずぶ濡れ姿で笑みを浮かべながら濡れている自分を良い女だと言い、怒っている様子はなかった。

 

(この人、ルー○柴みたいな言い方をするな‥‥)

 

シュテルはその少女の言動が日本の某芸能人に似ているように感じた。

 

「‥‥いや、怪我がなくて本当に良かった」

 

ミーナが引き攣った顔で彼女に怪我が無くてホッとしている様子だが、その他のメンバーもミーナ同様、顔が引き攣っていた。

やはり、あのルー大○みたいな言葉使いはインパクトがあったみたいだ。

 

「船もぶつけてすまなかった」

 

「ノープロブレム、イギリスの船は丈夫なので、大丈夫です」

 

(イギリス?)

 

彼女がこのクルーザーはイギリス製だと公言する。

その言葉にシュテルはピクッと反応する。

 

「こちらこそ、無暗に近づいてすみませんでした」

 

海には落ちたが、船には傷はなく、海に落ちた人も怪我はなく、そもそもスキッパーの試験運転中に連絡もなしにいきなり近づいて来たクルーザー側に非があったので、向こうは素直に謝って来た。

 

「見た事の無い制服ですけど、もしかして‥‥」

 

ローザがクルーザーに乗っていた少女二人の制服がドイツの海洋学校の制服ではない事からどこの学校の制服なのかを訊ねる。

 

「あっ、申し遅れました。イギリスのダートマス校から来ました、ブリジット・シンクレアと申します」

 

海に落ちた少女は自分の所属校と自己紹介をする。

 

(ダートマス校だって!?イギリスでもトップレベルの海洋学校じゃないか!?)

 

ドイツ、日本、アメリカに海洋学校があるように大航海時代、スペインの無敵艦隊を破り、世界の海を制した大英帝国こと、イギリスにも当然、海洋学校はある。

その中でもダートマス校は世界中にある海洋学校の中でもまさにトップレベルの海洋学校であり、ブルーマーメイド、海軍軍人のエリート、大手海運会社の重役や高級船員を数多く輩出している名門校である。

 

「この子は召使い兼友達のキャビアちゃんです」

 

「キャリー・ピアレットです!」

 

ブリジットは隣に居る黒髪の少女の自己紹介もするが、ブリジットはキャリーを仇名で紹介したので、それを訂正するようにキャリー自身がちゃんとした自己紹介をする。

 

(平気で召使兼友達とか言っているけど、それ本当に友達なのか?)

 

シュテルはブリジットとキャリーの関係をやや疑問視する。

 

「ブリジット様はイギリスの由緒正しい貴族、シンクレア家のご息女でありますので、無礼のないように」

 

キャリーがブリジットはイギリスの現役貴族であると紹介する。

 

「すげぇ!!現役の貴族かぁ~」

 

レターナが他国とは言え、現役の貴族を前に目を輝かせている反面、リーゼロッテは何とも言えない渋い表情をしている。

クリスも一応、貴族であるが、貴族の中でも下級貴族である。

だが、リーゼロッテの実家は旧貴族家‥‥つまり、現在は貴族としての資格を失っている家だったので、現役の貴族に対して羨ましいのだろう。

 

「それで、他校の‥‥しかも他国の海洋学校の生徒さんが何をしに此処へ?」

 

シュテルは二人が何の目的で態々ドイツへ来たのかを訊ねる。

 

「それは、て‥‥」

 

ブリジットが此処へ何をしに来たのかを言おうとしたら、ブリジットの口をキャリーが手で押さえた。

 

『て?』

 

しかし、ブリジットはキャリーが黙らせる前に 『て』 と発言していた。

 

「天気がいいので観光に来たのです」

 

キャリーが此処へ来た目的をブリジットに代わって言うが、

 

((怪しい‥‥))

 

シュテルとクリスは先程のブリジットとキャリーの言動から二人は絶対に観光に来たのではないと確信めいたモノを抱いた。

 

「もしよければドイツ艦の中を見学してもよろしいですか?」

 

キャリーはドイツの学生艦の中を見せてくれと言う。

シュテルとクリスとしては二人の目的が何なのか分からない以上、あまり自分たちの艦の中を見せるのは遠慮したい所だが、

 

「構わないが」

 

テアはすんなりと許可を出す。

シュテルとクリス以外はこのイギリスの二人組の事を怪しく思っていない様だ。

友好的な姿勢は良いのだが、無警戒と言うのはちょっと危ないだろう。

 

「really?では、ぜひ艦橋を見せてください」

 

「いいですよ」

 

(いきなり艦橋を指名してきた‥‥ますます怪しい‥‥)

 

ドイツ艦の中でも見学した居場所を指名してきたブリジットに対して益々不審感を抱くシュテル。

 

(クロイツェル艦長、いいんですか?)

 

シュテルはテアに耳打ちをする。

 

(ん?なにがだ?)

 

(あの二人、確かにイギリスのダートマス校の生徒かもしれませんが、なんだか言動が怪しいですよ。本当に観光に来たのかも怪しいですし‥そんな人たちを艦に上げて大丈夫ですか?)

 

(碇艦長の言う事も最もであるが、もし、あの二人が何かを企んでいるとしてもその目的を掴まなければならないだろう?)

 

テアはシュテルの言葉を聞いて、仮にあの二人がシュテルの言う通り、観光ではなく何かを企んでいるとしてもその目的が分からない以上、どうしようもない。

ならば、二人の目的を知る為、此処は敢えて相手の目的を知る為、ドイツの艦の中を見せてやろうと言う考えに至った。

もしかしたら、本当に観光に来たのかもしれない可能性がまだ完全に否定できないからだ。

互いに『虎穴に入らずんば虎子を得ず』 『肉を切らせて骨を切る』 の様な心境なのだろう。

 

「ドイツ艦の艦橋へ登れるなんて夢のようですわ~」

 

ブリジットはドイツ艦の艦橋へ行ける事に感激しており、その姿はまるで無邪気な子供の様だ。

 

「私、高い場所からこの愛用の単眼鏡で見渡すのが好きで‥‥」

 

ブリジットは艦橋に上がったら、やりたい事で、単眼鏡で周囲を見たいと言い、愛用の単眼鏡をポケットから取り出そうとするが、

 

「あ、あれ?‥‥おかしいですね‥‥」

 

ポケットからその愛用の単眼鏡がなかなか出てこない。

やがて、ブリジットの顔色が真っ青になり、

 

「わ、私の単眼鏡が‥ない‥‥」

 

「えっ?」

 

ブリジットのポケットには愛用の単眼鏡がなかった。

スカート、上着の全てのポケットを捜したが、お目当ての単眼鏡が見つからない。

 

「まさか、海に落ちた拍子に落としたのでは?」

 

キャリーが、単眼鏡がない原因を指摘する。

 

「そんなに大事なモノなのか?」

 

ミーナがブリジットにとってその単眼鏡は大事なモノなのかを問う。

 

「海洋学校に上がる時に頂いた先代当主からのプレゼントなのです」

 

「えぇ!?」

 

「じゃあ、今頃は海の底に‥‥」

 

余程大事な単眼鏡だったのだろう。

ブリジットの目には薄っすらと涙を浮かんでいた。

 

「‥‥無くしたモノは仕方がないわ!」

 

しかし、ブリジットは袖で涙を拭うと単眼鏡を諦めると言う。

 

『えええ!!?』

 

あっさりと単眼鏡を諦めたブリジットの態度に驚く一同。

 

「いかなる物もいずれ壊れ無くなるもの‥‥とても寂しいことに変わりないけど‥‥」

 

しゅんとして先程までドイツ艦の艦橋に登れると嬉しがっていた様子とは180度異なるブリジット。

 

「大丈夫なんですか?」

 

ローザが心配そうに訊ねる。

 

「本人が良いと言っているのだから構わないんじゃなくて?」

 

リーゼロッテはブリジット本人が単眼鏡を諦めると言うのであれば、構わないのではないかと言う。

 

「‥‥」

 

意気消沈しているブリジットをミーナはジッと見て、

 

「私に探させてくれ、此処は水深が浅い筈だ」

 

「それなら私も行くか」

 

ミーナとレンが単眼鏡を探すと言う。

 

「じゃあ、私も手伝おう」

 

シュテル自身、まだブリジットとキャリーの不審感は拭えないが、ブリジットの単眼鏡はシュテルにとってアンネローゼから貰ったサーベルと同じ価値があり、それはブリジットをシンクレア家のご息女ではなく、ブリジット・シンクレア個人として存在を認める証なのだろう。

 

「艦長、私が代わりに行きましょうか?」

 

クリスがシュテルの代わりに自分が行くと言うが、

 

「いや、副長は私に代わって、クロイツェル艦長と一緒に二人の相手を頼むよ」

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

シュテルとクリスの視線が交合う。

 

「分かりました。お気を付けて」

 

艦長の自分よりも副長のクリスの方が相手も少しだけ油断して本音をポロッと言うかもしれないと思い、シュテルはクリスにイギリス組の相手をさせたのだ。

海に入る前、シュテルは携帯でヒンデンブルクに居るメイリンの携帯に電話をかけた。

 

「‥‥ああ、そんな訳で、すまないが、水中ライトとボンベを持ってきてくれ」

 

水中で単眼鏡を探すので、ライトとボンベは必須なので、それらの道具をシュテルは手配した。

とはいえ、ボンベとライトが来るまでの時間を無駄には出来ないので、ミーナ、レン、シュテルは上着とネクタイ、靴下、靴を脱いで、足ヒレを履いて海の中へと潜る準備をする。

レンは降ろしていた髪の毛をシュシュで一括りにしてポニーテールにした。

海に入る前、シュテルは二人にある事を訊ねる。

 

「海に潜る前に二人に聞いておきたい事があるんだけど‥‥」

 

「ん?」

 

「なに?」

 

「二人とも、どこか怪我とか出血とかはしてないよね?」

 

「えっ?怪我?」

 

「出血?」

 

「うん…万が一、ほんの僅かでも血が出ている箇所があるなら、海に潜るのは辞めた方がいいかも」

 

「それって、アレ?膝の骨にフジツボが‥‥ってヤツ?」

 

レンが海では有名な都市伝説なのかと問う。

 

「違うよ、フジツボよりもっと現実味がある方‥‥鮫だよ」

 

「さ、サメ!?」

 

「鮫は血の匂いにすぐ反応するって言うからね‥‥もし、どこか怪我しているかまたは出血している状態で海の中へ潜っていたら、知らない間にサメを呼び寄せているかもしれないし‥‥」

 

シュテルの話を聞いてミーナとレンは慌てて自分の体を調べ、出血している箇所が無いかを探す。

調べた結果、三人共怪我や月のモノによる出血の類は見つからなかった。

出血して居ない事が分かり、三人は海へと入り、ブリジットの単眼鏡を探す為に潜る。

 

「ぷはっ」

 

「くそっ、見つからないな‥‥」

 

「こっちもない」

 

潮流に流された事も含め、ブリジットが海に落ちた現場から少し離れた海域で単眼鏡を探す三人。

そこへ、レターナとキャリーがスキッパーに乗り、ヒンデンブルクから水中ライトとボンベを持って来た。

 

「いかがですか?見つかりましたか?」

 

「あっ、えっと‥‥キャビアちゃん」

 

「ピアレットとお呼びください」

 

以前、ユーリに「ブラウンシュガー・インゲン豆」と間違われたミーナがキャリーの名前を間違える。

いや、此処はブリジットが彼女を「キャビア」と呼んでいたので、それが本名だと間違えたのかもしれない。

 

「そう言えば、落とした単眼鏡の特徴を聞いていなかったけど、どんなモノなの?」

 

シュテルがブリジットの単眼鏡についてキャリーに訊ねる。

 

「単眼鏡自体はどこにでもある地味なデザインですが、キーホルダーのエメラルドが良く光るので、それを目印にしてください」

 

「な、なるほど‥すごいな‥‥」

 

「キーホルダーにエメラルドって‥‥」

 

「高価なものだったんだな」

 

レンのこの発言にキャリーがピクッと反応し、

 

「その通りです!!」

 

「「「わっ!?」」」

 

不安定なスキッパーの上で仁王立ちするキャリー。

そして、彼女の大声にビックリする三人。

 

「一体、あの単眼鏡にいくらかかるのか‥‥!!もう想像しただけでも勿体ない!!」

 

仁王立ちしたと思ったら、今度は頭を抱えるキャリー。

そんな彼女を唖然とした表情で見る三人。

三人のそんな視線に気づいたのか、キャリーは姿勢を正し、

 

「オホン、と言う訳で、必ず見つけてください。それに‥‥ブリジット様はああ言っておられましたが、やはり大切な物なのです」

 

「ああ、任せてくれ」

 

「よろしくお願いします」

 

今度はボンベとライトがあるので、これまでより長く潜れるし、ライトがあるので、海の底を照らす事も出来るので、単眼鏡を見つけやすい。

三人は手にライトを持ち、ボンベを背負って海へと再び潜って行った。

 

三人が単眼鏡を探している中、クルーザーでは、お茶会が開かれていた。

テアが出された紅茶の銘柄を当てながら飲む姿はなかなか様になっている。

 

「それにしてもミーナさんたちには申し訳ない事を‥‥」

 

ブリジットはすまなそうな様子で言う。

 

「気にするな、アレがウチの副長だ」

 

「ウチの艦長もなんだかんだ言って、優しいですからね」

 

「お二人は信じているのですね」

 

「ん?」

 

「?」

 

「あなたたちの関係はとてもmarvelousだわ。でも、これ以上は迷惑をかけられません。やっぱり、今から船まで送りますわ。あっ、紅茶も切れてしまったみたいですから、淹れてきますね」

 

ブリジットはクルーザー内の台所へと行き紅茶を淹れようとするが、

 

「キャビアちゃんは‥‥そっか、今はいないんだった‥‥」

 

クルーザー内にいつも自分のお世話をしているキャリーが居ない事に気づくブリジット。

 

「大丈夫ですか?」

 

そこへ、心配になったクリスがやって来て彼女に声をかける。

 

「あっ、その‥‥大変恥ずかしながら、やり方が分からなくて‥‥」

 

ブリジットは紅茶の淹れ方は兎も角、クルーザーの操船方法が分からないと言う。

 

「じゃあ、私が代わりにやりましょう。ブリジットさんは紅茶を淹れてください」

 

そう言ってクリスはクルーザーの運転席に座り、クルーザーを動かして、三人が単眼鏡を探している海域へと向かう。

その海域では、

 

「あった!!見つけた!!」

 

ミーナがブリジットの単眼鏡を見つけた。

 

「これです!良かった!」

 

「やったな、これでブリジットさんも一安心だろう」

 

そこへ、ブリジットのクルーザーが来て、単眼鏡は無事にブリジットの手に戻った。

彼女は三人に何度もお礼を言っていたが、時間も時間なのでドイツ艦の見学をする事が出来なかったが、テアとクリスとお茶会をして、それなりに楽しめた様子だった。

 

翌日、シュテル、レン、テアの三人は学長室へと呼ばれた。

そして三人の他に、

 

「失礼します」

 

「あら?貴女たち‥‥」

 

「ベロナ」

 

ビスマルク艦長のクローナも呼ばれた。

 

「さて、諸君。君たち四人には突然だが、重要な課題を言い渡す」

 

(なんだろう?また無理難題な課題や無茶苦茶な課題をだすつもりだろうか?)

 

此処に交換留学した早々『わざと遭難しろ』なんて言う無茶苦茶な課題を出したことからケルシュティンの言う課題にはどうしても警戒してしまう。

 

「あれを見たまえ」

 

ケルシュティンが窓の外を見ろと言うので、四人が視線を窓の外に移すと其処にはイギリスの戦艦群‥‥正しくはイギリスの直教艦が多数停泊していた。

 

「君たちには我が校の代表としてダートマス校との親善試合に参加してもらう。そして、彼女はダートマス校の代表だ」

 

扉が開き、ダートマス校の代表が入って来ると其処には先日、出会ったブリジットの姿があった。

 




原作ではブリジットが乗ったクルザーは暴走し炎上。

レンはブリジットにフラグを立てていましたが、この作品の世界ではクリスがいたので、その惨事は無かった事になります。


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26話

原作でのハイスクール・フリート ローレライの乙女たち では、ブリジットの艦はプリンス・オブ・ウェールズではなく、キングジョージ五世で、巡洋戦艦レパルスは登場していませんが、この世界ではシュテル達、ヒンデンブルクが参加するので、艦数合わせてレパルスが参加しました。

そしてレパルスが参加するのであれば、キングジョージ五世よりもプリンス・オブ・ウェールズの方がしっくりくるので、ブリジットの乗艦を変更しました。


ダートマス校が登場したので、所属艦の設定でイギリスの海洋学校を追加しました。




 

 

シュペーとヴュルテンブルク搭載のスキッパーの試運転にてイギリスのトップレベルの海洋学校であるダートマス校の生徒と交流を持った翌日、シュテル達はヴィルヘルムスハーフェン校学長のケルシュティンから呼び出しを受け、行ってみると窓の外にはイギリスの直教艦が多数停泊していた。

そして、ケルシュティンがヴィルヘルムスハーフェン校とダートマス校の親善試合をすると言う。

 

(私はヴィルヘルムスハーフェン校所属じゃないんだけどな‥‥)

 

シュテルはヴィルヘルムスハーフェン校ではなくキール校からの交換留学で来たので、ダートマス校の親善試合には本来出る資格は無い筈なのだが、ケルシュティンはシュテル達、ヒンデンブルクもこの親善試合に参加しろと言う。

そして、対戦相手であるダートマス校の代表者は昨日、海上で出会ったブリジット・シンクレアだった。

 

「ああぁー!!昨日の単眼鏡の人!?」

 

レンはブリジットを指さし、

 

「ブリジットがダートマス校の代表!?な、何かの間違いじゃあ‥‥」

 

彼女はブリジットがダートマス校の代表とは思わなかったのか、思わず大声をあげる。

 

「彼女はダートマス校でも数年に一度の優秀な逸材と言われる程の生徒だそうだ。粗相のない様にな」

 

「は、はい」

 

ケルシュティンがレンに釘をさす。

 

「あの、学長」

 

「何かね?碇艦長」

 

「先程、ヴィルヘルムスハーフェン校とダートマス校との親善試合とおっしゃいましたが、私の所属はキール校なのですが‥‥?」

 

「そうだね‥‥でも、今は交換留学で此処に来ている。一時的とは言え、君もヴィルヘルムスハーフェン校に所属している立場なのだよ。故にダートマス校との親善試合には参加してもらう」

 

「マジですか‥‥」

 

やはり、シュテルは親善試合からは逃れられない運命だった様だ。

 

「改めまして、ヴィルヘルムスハーフェン校の皆さん。昨日の事は感謝していますが、それはソレ、これはコレ、明日の試合はナイスファイトをしましょう!!」

 

ブリジットは昨日、単眼鏡を海に落とす前の明るいテンションで明日の試合を楽しみにしている様子だった。

 

(なるほど、昨日彼女が言おうとした『て』はさしずめ、敵情視察とでも言いたかったのだろう)

 

シュテルは昨日ブリジットがクルーザーの上でドイツ艦を見に来たのはやはり、観光ではなく、明日の親善試合前の偵察であった。

それを正直に言おうとしたらキャリーの手によって文字通り口止めされたのだろう。

シュテルとしてはあの単眼鏡の騒動があったことは幸いであった。

あの騒動はなければブリジットをドイツ艦に上げており、親善試合とは言え、対戦相手に自艦の内部を隅々見せる事になっていた。

学長室から出た後、シュテルはテアに声をかける。

 

「やはり、あの二人、明日の親善試合の為に昨日は敵情視察に来たみたいですね」

 

「ああ、彼方は明日の親善試合の事を事前に知っていたみたいだが、此方は今知ったばかりだぞ‥‥」

 

「まぁ、十中八九、あの学長の仕業でしょう‥‥流石に当日に知らせる様な愚行はしなかった様ですが、今日一日で何とか相手の艦船のデータ収集と作戦内容ぐらいは立てないと明日の親善試合‥負けるかもしれませんね」

 

「う、うむ‥‥」

 

「気が重いかもしれませんが、夜にでも艦長会議を開いた方がいいかもしれません」

 

「あ、ああ、そうだな」

 

シュテルは今日の夜、明日の親善試合の為の作戦会議を開いた方がいいと提案し、テアはそれに賛同する。

それと同時にイギリスのダートマス校側は最低でも昨日の時点で明日の親善試合の事は知っていたのではないかと予測する。

そうでなければ、昨日、ブリジット達があの海域へ来るはずが無かった。

しかし、此方側が明日の親善試合が行われるのを知ったのはついさっき‥‥

いくら、スキッパーの試運転があるからと言っても此方側に明日の親善試合の事を知らせる方法はいくらでもあった筈である。

それを敢えて、今日まで黙っていたのは、学長が臨機応変な対応に慣れる為とか思って言わなかったのだろう。

全てはシュテルの推測であるが、前世における夏休みの千葉村の件では、平塚先生は自分が逃げないよう、そして確実に連れて行くために当日の朝、自分に連絡を入れてきた。

しかも小町まで抱き込んで‥‥

一応、今回の親善試合に関しては今日一日時間があるが、決して余裕があるわけではなかった。

 

(とは言え、大丈夫かな?‥‥彼方のチームワークに関してはまだ情報はないが、こっちはシュペーとビスマルクがチームメイトな時点で此方のチームワークは既に暗雲が漂っているような気がする‥‥時間もないし、今日の夜には艦長同士、綿密な作戦会議をしないとな‥‥)

 

テアとクローナの様子を見る限り、あの二人には正直言ってチームワークなんて期待できない。

夜に行う艦長会議もクローナからの皮肉の嵐が飛び交うなと思うシュテルとテア。

しかし、流石のクローナも行き当たりばったりであのダートマス校に勝てるとは思っていないだろう。

もし、そう思っているのであれば、艦長失格である。

 

食堂にてシュペーとヒンデンブルクの幹部が集まり、シュテルとテアの口から明日の親善試合の事が伝えられる。

 

『えええっー!!』

 

シュペーとヒンデンブルクの幹部も皆、いきなり明日試合をすると言われ、驚いている。

 

「あのドジっ子がダートマス校の代表!?」

 

「マジか‥‥」

 

「人は見かけによらないなぁ‥‥」

 

ミーナ、レターナ、リーゼロッテはブリジットがダートマス校の代表と言う事実に驚いている。

確かにあの天真爛漫な姿を見れば、どうみてもダートマス校の代表とは思えない。

 

「わかった、ダートマス校って実は大したことないんじゃあ‥‥」

 

レターナがブリジットの言動から、ダートマス校は海洋学校としてレベルの低い学校ではないかと言うが、

 

「何言っているの?ダートマス校はイギリスの中でも名門中の名門で、世界中の海洋学校の中でもトップレベルの海洋学校だよ」

 

シュテルがレターナの推測を否定する。

 

「それって、ウチよりも上なの?」

 

「うーん‥‥多分‥‥」

 

「‥‥」

 

ヴィルヘルムスハーフェン校やキール校よりもレベルが上と言われても実際にまだ戦ってもいないし、ダートマス校の授業を受けた訳でもないので、自分達の学校よりもレベルが上と言われてもいまいち、ピンとこない様子のミーナ達。

 

「まぁ、おちつけ、親善試合の開始時刻は明日の正午、一二○○」

 

「対戦方法は制限海域を設けた四対四の艦隊戦」

 

「模擬弾頭を使用するが、勿論ケガをする可能性もある。真剣により組むよう各科に伝えてくれ」

 

「大破し、航行不能、または白旗を掲げたら、その艦が戦闘不能とみなし、リタイアだ。あと、今回は航行できる海域が制限されている。目印にブイが設置されており、そのブイを通過すると、その時点で問答無用で失格となる」

 

テアとシュテルが明日の親善試合についての説明をシュペーとヒンデンブルクの幹部に伝える。

 

「そうは言っても‥‥」

 

「相手の艦長があれだと緊張感がないねぇ‥‥」

 

ローザやレターナはやはり、ブリジットの様子を見ても大したことはないだろうと思い、あまりやる気が見られない。

 

(マズいな、相手の表面だけしか見ておらず、慢心している‥‥)

 

シュテルはブリジットの一面だけしか見ていないシュペーの幹部の様子に危惧を抱く。

 

(でも、相手からしたら、クロイツェル艦長だって身長とかで大したことないと思われているかもしれないのになぁ‥‥でも、こう言う人って絶対に自分の身長にコンプレックスを抱いているから説明しにくい‥‥)

 

シュテルはこの慢心した空気を立て直す為、テアを例えに出そうとしたが、テア自身、きっと身長が低い事にコンプレックスを抱いているだろうと判断したので、彼女を例えにする事が出来なかった。

 

「なお、この親善試合でMVP級の活躍をした艦にはデザート無料券が三カ月支給されるらしい」

 

テア自身も自艦に蔓延する慢心した空気を感じ取り、彼女らのやる気を出させるために今回の親善試合における特典を発表する。

 

「ほんとうですか!?艦長!?」

 

「訓練中にデザート食べ放題って事ですか!?」

 

「絶対に勝とう!!」

 

やはり、年頃の乙女なのだろう‥‥甘いモノには目がない様で、ちょっとはやる気を出すシュペーの乗員達。

 

「‥‥私もやぶさかではないないが」

 

テアもやはり、デザート三カ月分は欲しいのか、ほんのりと頬を赤く染めながらポツリと呟く。

 

(私らは全く関係ないじゃん‥‥)

 

デザートの支給期間前にヒンデンブルクは交換留学の期間を終え、母校であるキール校へ戻るので、デザート三カ月とは無縁である。

とは言え、やるからには全力を出す。

それがキール、ヒンデンブルクの神髄である。

シュペーの乗員らが少しやる気を出し始めた時、

 

「あはははは!相変わらずお気楽な連中ね」

 

そこへ、水を差すかのようにやって来たのはクローナ達、ビスマルクの幹部連中だった。

 

「ベロナ!」

 

「ダートマス校を舐めすぎです。ダートマス校の参加艦艇を見てみなさい」

 

ビアンカがダートマス校の学生艦を見てみろと言う。

既にダートマス校、ヴィルヘルムスハーフェン校の両校には明日の親善試合に参加する学生艦の詳細が発表されている。

ローザがタブレットでダートマス校の参加艦艇を調べると、

 

「超大型巡洋直接艦のフッドがいます」

 

参加艦艇の中にフッドが居る事を伝える。

 

「フッド?なんだ?それ?」

 

ミーナやレターナはフッドがどんな艦なのか知らない様で首を傾げている。

 

「知らないんですか!?」

 

そんな二人の態度を見てローザは声を上げる。

ミーナは一応、艦船のプラモデルをこれまで沢山作ってきたが、これまで作って来たのはドイツの艦だけの様で、イギリスの艦についてはあまり知らなかったみたいだ。

 

巡洋戦艦フッドは巡洋戦艦でありながら強力な艦であり、その姿は非常に言いスタイルの良い外見をしており、歴史研究者かつジェーン海軍年鑑の編集長を務めたオスカー・パークスがその優美さを「軍艦美の極致」と評した艦であり、イギリス国民からは「マイティ(強大な、偉大な)・フッド」と呼ばれて親しまれている。

全長262mと言う長さは日本の大和級戦艦よりも1m短いだけで、幅も31mと大和級戦艦より7m短いだけの巨艦である。

武装は42口径、38cm連装砲を四基、計八門を装備しており、副砲の14cm砲は単装砲もケースメートではなく砲塔方式を採用し搭載されていた。

速力も最大で31ノットと高速を有しており、この高速を足す為、フッドは24基のボイラーを装備し、14万4000馬力と言う高い出力を有していた。

前世(史実)においては第二次世界大戦前に副砲を下ろし、10cm高角砲をはじめとした対空兵装を装備した。

第二次世界大戦中、フッドは本国艦隊に所属し、1941年5月にドイツの最新鋭艦、ビスマルクがプリンツ・オイゲンと共に出撃すると、フッドはプリンス・オブ・ウェールズと共にこれを迎撃。

二艦はデンマーク海峡にて、ビスマルクとプリンツ・オイゲンを補足、攻撃を開始。

当初、プリンツ・オイゲンをビスマルクと間違えて攻撃したフッドは間違いに気づき、標的をビスマルクへと変更したが、その直後、ビスマルクの38cm砲弾が弾薬庫を直撃し、乗員1,419名中、生存者は僅かに3名であった。

しかし、この後世において第二次世界大戦は起きていないので、フッドはこうして健在であり、ダートマス校の学生艦として使用されている。

 

ローザがこの世界におけるフッドの情報を伝えると、ミーナ達はフッドのその大きさや武装、速力に驚いていた。

 

「それってキング・ジョージ・五世級よりも凄いの?」

 

「一概には言えませんが、ビスマルク級に迫る感じです」

 

「‥‥」

 

「なお、私達のシュペーは全長186mです」

 

「ちっさっ!?」

 

自艦とフッドの大きさの差をまじまじと見せつけられ、空気が重くなるシュペーの乗員達。

 

「豆らしく身の程をわきまえなさい」

 

ビアンカが呆れるように言い、

 

「ビスマルクの足を引っ張るのだけは勘弁してよね。あはははは‥‥」

 

クローナは高笑いと捨て台詞を吐いて、その場から去って行く。

 

「嫌な奴だな‥‥」

 

「ギリリリ‥‥」

 

そんなクローナの態度にリーゼロッテとミーナはクローナの後ろ姿を歯ぎしりしつつ睨みつけていた。

 

(あの人、なんかフラグを立てた気がする‥‥)

 

一方、シュテルはクローナの台詞がなんだかフラグの様に思え、明日の親善試合で足を引っ張るのはシュペーではなく、ビスマルクの様な気がしてならなかった。

 

「はぁ~‥‥まいったな‥‥あの艦長、試合中にまたドジをしてくれないかな」

 

クローナの姿が完全に消えた後、ミーナはブリジットが試合中にドジでもしてくれないかとぼやく。

 

「そうですね‥‥手っ取り早いのが、あの人の艦で食中毒が起きるか彼女自身が高熱を出して倒れればいいんですけどね‥‥」

 

シュテルもブリジットのドジよりも彼女の艦で食中毒が起きるか高熱でもだせばブリジットは明日の親善試合には参加できないと願う。

葉山グループのメンバーがこれを聞いたら、

 

「ヒキタニ君、それはないっしょ!!」

 

「それな」

 

「だな」

 

とか言っていただろう。

シュテル達がブリジットが体調不良で倒れてくれないかと願っていると、

 

「それはないと思います。あの方は天才ですし、体調管理はウチの医務長と厨房長がしっかりとやっていますから‥‥」

 

いつの間にかキャリーがドイツ組の輪の中に居た。

 

「どわああ!!?キャビアちゃんなんでいるの!?」

 

ミーナがオーバリアクションを取り、驚く。

 

「先日のお礼をお渡ししたいと思いまして‥‥借りを作ったまま勝負はしたくはないので‥‥」

 

キャリーは昨日の単眼鏡のお礼を渡しに来た。

レンの所にはブリジット本人かキャリーが既に渡した後か、この後にでも渡しに行くのだろう。

そして、キャリーは手に持っていたお菓子の箱をまずはミーナに差し出す。

 

「お礼なんてよかったのに悪いな」

 

ミーナがキャリーからお菓子の箱を受け取ろうとしたのだが‥‥

 

「ん?」

 

ぐっ‥‥

 

キャリーは何故かお菓子の箱を離さなかった。

 

「‥‥何故?」

 

「すみません‥‥貧乏性が災いして‥‥タダであげるとなると手が‥‥」

 

どうやら、キャリーの実家は貧乏なのかタダで物をあげる事に何かしら抵抗がある様だ。

 

(ご注文はなんとかですかのシャ○みたいな子だな‥‥)

 

キャリーのそんな様子を見てシュテルは日本の心がぴょんぴょんする漫画・アニメに登場するキャラに似ているように見えた。

その後、ミーナとシュテルの分のお礼のお菓子とお茶でおやつとなった。

キャリーもついでにご相伴に預かった。

 

「結局ご馳走になってしまいましたね。ごちそうさまです」

 

お茶会が終わり、キャリーが自分の艦へと帰って行く。

 

「つ、疲れた‥‥」

 

ミーナは何故か言い知れぬ疲労感を味わった。

 

「あっ、ちょっと待って」

 

帰ろうとしていたキャリーをミーナが呼び止める。

 

「なにか?」

 

「ブリジットが天才ってそんなに凄いのか?」

 

ミーナはやはり、ブリジットが天才と称されることがまだ信じられなかった。

 

「‥‥あぁーこれは口が滑りましたね」

 

キャリーは手で唇をなぞり、

 

「まぁ、どのみち明日になればわかりますよ。艦橋に上がった艦長は別人ですから」

 

キャリーは何やら意味深な言葉を残し、去って行った。

 

「ああ、そう言えば二○○○時に各艦の艦長と副長との会合があるみたいですから、作戦会議はその後ですね」

 

「ああ、そうだな」

 

シュテルはテアとミーナ、クリスに今日の夜の予定を伝え、シュテルも自艦へと戻って行った。

 

そして、二○○○時‥‥

シュテルとクリスが港湾地区を歩いて、ドイツ、イギリスの艦長と副長の会合場所へと向かっていると、港には明日の親善試合の対戦相手であるイギリス艦が停泊していた。

昼間に話に上がった巡洋戦艦フッドはスペック通り、巨大な艦だった。

そして、ブリジットとキャリーが乗艦するのはキング・ジョージ・五世級戦艦、二番艦のプリンス・オブ・ウェールズ。

プリンス・オブ・ウェールズはキング・ジョージ・五世級の二番艦であり、全長227m、全幅31m、速力は28ノット、艦首形状は垂直に切り立った形状であり、凌波性が劣っていた。

艦橋構造は塔型艦橋をベースに、下から操舵艦橋・上部艦橋・将官艦橋の順に構成され、頂上部の見張り所の上に主砲用4.58m測距儀が1基、その左右に副砲用測距儀が並列に1基ずつ計2基が三角形状に配置されている。

キング・ジョージ5世級は他に例を見ない武装として45口径35,6cm四連装砲塔2基と連装砲塔1基混載の独特な外観となっている。

前世(史実)におけるプリンス・オブ・ウェールズは1941年5月24日に最初の戦闘に遭遇した。

通商破壊を目論んでライン演習作戦で大西洋に進出してきたドイツ海軍の戦艦ビスマルクと重巡洋艦プリンツ・オイゲンを、デンマーク海峡で巡洋戦艦フッドとともに迎え撃ち、砲撃戦を行った。

この海戦でフッドがビスマルクの砲撃を受け、轟沈してしまいプリンス・オブ・ウェールズも最初の斉射を放った直後に1番砲塔が故障したが、第3射がビスマルクの燃料タンクとボイラー室に損害を与えた。

しかし、プリンス・オブ・ウェールズも操舵艦橋に被弾したため退避した。

その後、日本軍南下の抑止力として、東洋艦隊に所属した。

そして太平洋戦争が始まった1941年12月10日、日本軍の上陸を阻止するため出撃したプリンス・オブ・ウェールズは日本海軍航空機(九六式陸攻、一式陸攻)の雷撃及び爆撃により、僚艦のレパルスと共にマレー沖にて沈没した。

東洋艦隊司令官フィリップス中将とプリンス・オブ・ウェールズのリーチ艦長を含む数百人が艦と運命を共にした。

なお、日本軍はプリンス・オブ・ウェールズの当て字を『威爾斯大公』と表記した。

 

その他にも前世(史実)で同じくマレー沖海戦で撃沈された巡洋戦艦レパルスも泊まっていた。

巡洋戦艦レパルスの艦体はレナウン級巡洋戦艦の二番艦で軽巡洋艦からデザインが発展したため、軽快でスタイリッシュな印象である。

全長240m、全幅31mの船体は長船首楼型船体で水面下に浮力確保の膨らみを持つ艦首甲板に傾斜が若干付き、1番主砲塔に向けて甲板が軽く傾斜しており荒天時には容赦なく波に流された。

ただ、元々軽量な艦体であったために荒天時の凌波性と安定性は申し分なかった。

武装は42口径38cm連装砲の主砲塔に収めて背負い式に2基を配置。

2番主砲塔の基部から甲板よりも一段高い艦上構造物が始まり、その上に操舵装置を組み込んだ司令塔が立つ。

天蓋部に測距儀を乗せた司令塔を組み込んだ八角柱型の操舵艦橋の背後から、三脚式の前部マストが立ち、構成は頂上部に射撃方位盤室を持ち、中部に三段の見張り所をもっている。

前部マストの左右に副砲の10.2cm速射砲を三連装砲架で片舷1基ずつ2基を配置。船体中央部に2本煙突が立ち、2番煙突の背後に10.2cm三連装砲を1基配置した。

左右舷側甲板上が艦載艇置き場となっており、前向きの三脚式の後部マストを基部とするクレーン1本により運用された。

後部マストの後方に後部見張所が設けられ、後向きの三連装副砲が間隔の開いた背負い式2基を配置したところで船首楼と上部構造物は終了し、そこから甲板一段分下がって3番主砲塔1基を配置した。

速力は巡洋戦艦らしく29、5ノットの高速を有している。

レパルスも前世(史実)では、プリンス・オブ・ウェールズと共にマレー沖海戦にて、日本海軍航空隊の攻撃を受け、508名の乗員と共に海に沈んだ。

なお、レパルスも日本軍と戦った事から当て字があり、『却敵』でレパルスと読まれていた。

 

そして、四隻目の艦はネルソン級戦艦、二番艦のロドニー。

全長216m、全幅32mの船体は弩級戦艦以降では初の平甲板型船体を採用した。

ほぼ垂直に切り立った艦首から主砲を真正面方向へ仰角をかけずに斉射できるようにする為に艦首甲板の傾斜は全く設けられていなかった。

武装は45口径40.6cm砲を三連装砲塔に収めて3基を艦首方向に配置すると言う独創的な配置の為、艦影は特異な形状をしている。

その他に50口径15.2cm速射砲6基、62.2 cm水中魚雷発射管単装2基、43口径単装砲6基と言う重武装な装備していた。

ただし、速力は重武装故、23ノットと他のイギリス艦と比べ、やや劣る。

前世(史実)では、姉妹艦のネルソンと共に世界大戦を生き残り、ネルソンは1949年3月15日にインヴァーキーシングにて解体され、ロドニーも1948年3月同じくインヴァーキーシングで解体作業が開始された。

なお、このロドニーもプリンス・オブ・ウェールズ、フッド、レパルスと共に前世(史実)においてビスマルク追撃戦に参加している。

これらのラインナップからして、前世(史実)の出来事とは言え、ビスマルクにとって決して縁起がいい相手とは言えなかった。

 



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27話

原作ではフッドの艦長はグレニアでしたが、この世界では彼女はレパルスの艦長となっています。

フッドの艦長はきんいろモザイクから、九条カレン、副長はHELLSINGからセラス・ヴィクトリアとなっています。


 

 

ヴィルヘルムスハーフェン校とイギリスのダートマス校との親善試合を翌日に控えた夜、二○○○に明日の親善試合に参加する学生艦の艦長と副長の面々が港に集まる。

 

(アレが巡洋戦艦フッドか‥‥確かにデカいな‥‥)

 

フッドのスペックはデータと写真で見たシュテルであったが、こうして実際に目で見てみるとフッドがいかに巨艦であるかを改めて見せつけられる。

艦種は巡洋戦艦ながら、その大きさは各国の巡洋戦艦を上回る大きさであり、それはまさに超弩級戦艦と言っても過言ではなかった。

そして、ブリジットが乗艦するプリンス・オブ・ウェールズはフッドよりも大きさは小さく、主砲の口径は若干劣るが、四連装の主砲は武骨なデザインであり、戦艦としての威厳を十分に放っていた。

集まった艦長、副長の中で、一番最後に来たのはシュペーのテアとミーナであった。

 

「おーい、こっちだぞ」

 

レンが二人に声をかけて、集合場所を教える。

 

「お前らが最後だぞ」

 

レンはニっと笑みを浮かべながらテアとミーナがラストであると告げる。

 

「別に遅刻はしていないだろう」

 

ミーナが時間に遅れた訳ではないのだから問題はないだろうと反論する。

 

(あれ?でも、ヴュルテンベルクの副長も来ていない様な気がするが‥‥)

 

ミーナはまだヴュルテンベルクの副長が来ていないと思っていたのだが、

 

「あっ、そうだ、紹介するよ。ウチの副長のジルケだ」

 

レンの後ろから眼鏡をかけた女生徒がひょっこりと現れる。

 

「あれっ!?いたのか!?」

 

てっきり、まだ来ていないと思っていたヴュルテンベルクの副長は既に来ていた事に驚くミーナ。

すると、ジルケはもうこういったことは慣れているのか、悟りきった顔で、

 

「影‥‥薄いので‥‥」

 

とポツリと呟いた。

 

(前世の俺だったら、羨んでいたな‥‥)

 

シュテルはジルケの影の薄さに関して、比企谷八幡だったら、きっと羨んでいたに違いないと思う。

前世の自分にはステルス機能があると自負していたが、あくまでもそれは自負であり、完全ではなく、ある特定の人物に関しては全く機能していなかった。

ジルケの場合ももしかしたら、そのケースにあたるかもしれないが、今のシュテルはそう言ったステルス機能に必要性を感じてはいなかった。

 

「揃った様ですね。では、早速挨拶と自己紹介を始めましょう」

 

マイヤーが進行役となり、ヴィルヘルムスハーフェン校とダートマス校の顔合わせが始まる。

 

「初めまして、私はダートマス校のエバンスです」

 

まず、挨拶をしたのは今回、ダートマス校の生徒達の引率者として来たダートマス校の教頭、サシャ・エバンスだった。

そして、エバンスがダートマス校の生徒達の紹介を始める。

 

「では、生徒達の紹介をしましょう。プリンス・オブ・ウェールズの艦長、副長の‥‥」

 

「ブリジットとキャビアちゃんです」

 

ブリジットが自分の名前と共にキャリーの紹介をするが、彼女の事を普段の呼び名であるキャビアと紹介する。

 

「ピアレットです!」

 

キャリーは即座に自分の名を訂正する。

 

「んー‥‥」

 

そんなブリジットをミーナはジッと見る。

 

(どう見ても普通の人にしか見えない‥‥どこが天才なんだ‥‥?)

 

ミーナは、やはり、ケルシュティンやキャリーの言う、艦橋に上がると別人になる、天才と言う言葉がどうしても信じられなかった。

 

「次にロドニーの艦長と副長の‥‥」

 

「あっ‥‥ええっと‥‥チェンバレンです‥‥双子です」

 

「二人はちょっと恥ずかしがり屋さんなの」

 

ロドニーの艦長と副長は同じ顔をしている女生徒だった。

二人は一卵性双生児みたいで、姉のマニ・チェンバレンが艦長を、妹のララ・チェンバレンが副長を務めていた。

妹のララは姉のマニの後ろから顔をのぞかせており、姉のマニもちょっと、おどおどした様子なので、ブリジットが言う通り、二人は恥ずかしがり屋なのだろう。

 

「へぇ~珍しいな」

 

「ホント、双子で同じ艦に乗艦しているなんて‥‥」

 

(でも、俺が言うのもなんだが、高校生で恥ずかしがり屋って大丈夫かな?これで変な内容の作文でも書いていたら、あの独身から難癖をつけられてあの隔離病棟(奉仕部)にぶち込まれていたぞ‥‥)

 

双子自体珍しい存在であり、その双子が同じ艦に乗っている事に珍しさを感じるミーナとシュテル。

それと同時に、もし彼女達が前世の総武高校に居たら、きっと平塚先生に目をつけられ、奉仕部に問答無用でぶち込まれていたと思った。

あのおどおどした様子では平塚先生の威圧の前には蛇に睨まれた蛙で、断る事なんて出来なかっただろう。

とは言え、二人は女生徒なので、雪ノ下からの罵倒、平塚先生からの鉄拳制裁はなかったかもしれない。

 

「次にフッドの艦長と副長の‥‥」

 

「ハァーイ!!フッド艦長の九条カレン、デース!!パパが日本人、ママがイギリス人デース!!」

 

「っ!?」

 

フッドの艦長だと名乗る九条カレンの声を聞いたシュテルは思わずビクッと体を震わせる。

 

(な、なんだ、このカレンって奴は‥‥?由比ヶ浜そっくりの声じゃねぇか‥‥)

 

カレンの声は口調に片言が混じるが、彼女の声は前世で愛犬を助けたにもかかわらず、一年以上の間、礼も言わず、常に自分の事を罵倒し、依頼は受けるが本人は何もせず、修学旅行で雪ノ下同様、自分が受けた依頼を半ば放棄していたにも関わらず、その依頼を解決した自分を拒絶したかつての部活仲間の女生徒と声が瓜二つだった。

 

ヒッキー、マジキモい!!

 

サイテー!!

 

死ねば!!

 

人の気持ち、もっと考えてよ

 

ヒッキーなんて、もう来てほしくないもんね

 

「‥‥」

 

シュテルの脳裏には前世で由比ヶ浜からの拒絶の言葉が繰り返し再生され、顔色が悪く、身体は小さく震えている。

 

「‥シュテルン?大丈夫?なんか、顔色が悪いみたいだけど‥‥?」

 

クリスが心配そうにシュテルに声をかける。

 

「だ、大丈夫‥ちょっと緊張しているだけだから‥‥」

 

「‥‥」

 

シュテルはそう言うが、クリスは何故、シュテルの顔色が悪いのか原因は当然思い当たる。

クリス自身もカレンの声を聞いて、顔や態度には見せなかったが、驚いていた。

 

(あのカレンって人の声、由比ヶ浜さん、そっくりですね‥‥でも、由比ヶ浜さんはこの世界の日本に転生している事は確認済みなので、あの人は由比ヶ浜さんの転生体ではないのですが、あそこまで声がそっくりな人は初めて見ました‥‥八幡さんの顔色が悪くなるのも分かりますが‥‥)

 

シュテルが八幡だった頃のトラウマを思いだし、顔色が悪くなっているのだろうとクリスはそう判断した。

 

「フッド副長のセラス・ビクトリアです」

 

カレンの次に挨拶をしたのはフッドの副長であるセラスと名乗るカレン同様金髪の女子生徒だった。

 

(この人の声はメイリンそっくり‥‥)

 

フッド艦長のカレンは由比ヶ浜そっくりの声だったが、フッド副長のセラスはヒンデンブルクの書記、メイリン・ホークの声とそっくりだった。

シュテルはまさか、由比ヶ浜と自分のクラスの書記の声とそっくりの人物に会うとは思わなかった。

カレンは片言なので、由比ヶ浜とは発音で区別はつくが、メイリンとセラスは目をつむって同じ台詞を言われたらどちらが言ったのか区別がつかない程だ。

シュテルはカレンの声を聞いて前世のトラウマが蘇り、顔色を悪くしたが、クリスはセラスの姿を見て、メイリンの声に似ていた事に反応しつつも、何故かセラスの事を睨んでいた。

 

「‥‥クリス、どうかしたの?」

 

クリスの様子に気づいたシュテルがクリスに声をかけるが、クリスはシュテルの声に気づかずにブツブツと何かを呟いている。

耳を澄ませてみると、

 

「何、あの胸‥‥高校生で何あのサイズ‥‥そう言えば、ユーリもここ最近、胸がきつくなったとか言っていたけど、金髪?金髪は皆、胸がデカい訳?」

 

クリスが不機嫌そうにセラスを見ていたのはセラスの胸が高校生では平均以上の大きさを誇る巨乳だったからだ。

 

「‥‥」

 

こうなったクリスに余計な事を言うと、自分に飛び火する可能性があるので、触らぬ神に祟りなしである。

クリスが闇落ちした天使の様になった事に気づいたマイヤーでさえ、クリスに声をかける事無く、無視を決めこんでいる始末だった。

 

「え、えっと、次はレパルスの艦長と副長――――」

 

最後にレパルスの艦長と副長が紹介される。

 

「‥‥」

 

レパルスの艦長もテア同様、身長は小さくしかも無口無表情、白金のショートヘア。

第一印象はイギリス版テアみたいな感じだった。

 

「艦長のグレニア・リオンで、私は副長のドロシー・ウィリアムズです」

 

無口な艦長に代わって副長のドロシーが艦長と自分の名前をドイツの面々に紹介する。

 

(テア並みに小さい艦長だな‥‥)

 

ミーナもグレニアの身長が小さく、テアの様だと言う印象を受ける。

イギリス組の紹介が終わったので、ドイツ側が自己紹介の番となり、

 

「よろしく‥‥」

 

ミーナがニコッと笑みを浮かべて、自己紹介をしようとしたら、

 

「ぶっ潰す!!」

 

『!!?』

 

グレニアがいきなり、言葉を発したと思ったら、いきなりでかい声で宣戦布告の様な言葉を発してきた。

それに対して、ミーナはもとより、テア、そして味方であるチェンバレン姉妹もビクッと体を震わせて驚いた。

 

「わわっごめんね」

 

いきなり、宣戦布告をしたグレニアを羽交い絞めにしてちょっと距離をとり、謝るドロシー。

 

(凶暴そうだ‥‥)

 

(狂犬だな、ありゃ‥‥)

 

ミーナもシュテルもグレニアは身長からイギリス版のテアかと思ったが、その中身はテアとは異なり、凶暴な狂犬だった。

グレニアの宣戦布告と言うアクシデントがあったが、ドイツ組は自己紹介を始め、シュペー、ヴュルテンベルク、ビスマルクの艦長、副長の自己紹介が終わり、最後はシュテル達の番となる。

 

「ヒンデンブルク艦長のシュテル・H・ラングレー・碇です。キール校所属ですが、現在は交換留学の為、ヴィルヘルムスハーフェン校へ来ております」

 

「同じく、ヒンデンブルク副長のクリス・フォン・エブナーです」

 

シュテルとクリスがイギリス組に挨拶をすると、

 

「イカリ?貴女も日本人のママかパパが居るデスカ?」

 

カレンがシュテルの苗字の中に日本人の苗字が混じっていた事に気づき、訊ねてきた。

 

「う、うん‥‥ち、父が日本人‥‥」

 

「really!?」

 

自分と同じく父親が日本人と言う事に驚くカレン。

 

「う、うん‥‥碇・ラングレー・シンジ‥‥結婚しているから名前の中にラングレーが入っているけど、父親は純粋な日本人」

 

「Oh、あの世界的に有名なチェリストのイカリさんですね!?」

 

「う、うん‥そう‥‥」

 

「Oh、私、あの人の演奏、大好きです!!まさか、この場にあの人の娘さんがいるなんて感激です!!」

 

テア同様、カレンもシュテルの父、シンジのファンだったみたいで、感極まってシュテルに抱き付く。

 

「あわわわわ‥‥」

 

由比ヶ浜と同じ声の人物から抱き付かれて赤面しつつ驚くシュテル。

前世では絶対にありえない事だ。

 

「ちょっ、何やっているんですか!?」

 

クリスが慌てて駈け寄り、シュテルからカレンを引き剥がす。

 

「シュテルン、大丈夫!?」

 

「だ、大丈夫‥‥」

 

前世のトラウマの切っ掛けとなった人物と同じ声を持つ人に抱き付かれ、シュテルが気分を壊したのではないかと心配するクリス。

シュテルは多少、息を切らしているが、過呼吸までとはいかないので、何とか持ちこたえた。

 

(はぁ~、情けない‥‥いつまでも前世のアイツらの幻影に悩まされるなんてなぁ‥‥この世界にも、もしかしたらこの世界のアイツらが存在するかもしれないんだから、いつまでも引きずっている訳にはいかないよな‥‥)

 

シュテルはこの世界の戸塚に会うのであれば、当然、この世界の雪ノ下、由比ヶ浜、葉山の三人と出会う可能性があり、由比ヶ浜の声に似ている人物と出会い、抱き付かれただけで此処まで動揺してはいざ、この世界のあの三人に出会ったら、過呼吸発作を起こして倒れてしまうかもしれない。

日本へ行く前にこのトラウマを克服する必要があるシュテルだった。

 

(今回のこの親善試合で、フッドを倒し、このトラウマをなんとか克服するぞ‥‥)

 

その為、今回の親善試合にて由比ヶ浜と声がそっくりなカレンを倒し、由比ヶ浜へのトラウマを克服しようとするシュテルだった。

 

「それでは挨拶は終わりましたね。明日は日頃の成果を出し合う様、健闘を祈ります‥‥と、その前に一つ伝え忘れていました」

 

マイヤーが顔合わせを〆る前に、もう一つ、連絡事項を伝える。

 

「代々この親善試合では勝者の中から、活躍が目覚ましい生徒に対して、両校から記念の勲章が与えられます」

 

と、この親善試合のMVPの生徒にはヴィルヘルムスハーフェン校とダートマス校の両校から、勲章が贈られると言う。

 

「大変、名誉あるものなので、両校の歴史に名を刻む事になるでしょう。さて、此処まででの中で、何か質問はありますか?」

 

マイヤーは今度こそ、〆る直前に、生徒達に質問はないかと訊ねる。

 

「は~い」

 

すると、クローナが手を上げる。

何か質問がある様だ。

 

「何か?」

 

「旗艦は勝手に決めていいんですか?」

 

クローナは艦隊の旗艦は学校側が決めるのか、それとも参加する生徒達の中で勝手に決めて良いのかを質問する。

 

「構いません。勲章を狙うのであれば、その方が、効率がいいでしょう」

 

マイヤーは、艦隊旗艦は生徒達で勝手に決めて良いと言う。

プライベートが高く、目立ちたがりなクローナは恐らく自らが艦長を務めるビスマルクを旗艦にするつもりだろう。

それに関しては、別にシュテルもテアもレンも文句を言うつもりはない。

むしろ、三人は旗艦なんて柄ではないと言うか、シュテルとテアの場合は面倒で目立つことは極力避けたかった。

だが、マイヤーの言う、「効率がいい」と言う部分に何か引っかかりを感じる。

 

「貴女はいいのですか?我関さずと言う顔をしていますが」

 

「興味ないので」

 

マイヤーはテアに対して訊ねる。

テアは勲章にも旗艦にも興味が無さそうであり、やはりシュテル同様、どちらにも興味がないと言う。

ただ、この後のマイヤーの言葉でテアにしては珍しくやる気になる。

 

「そうですか、それは残念ですね‥‥この勲章は貴女の母親も獲られたものなんですが‥‥」

 

テアの目が一瞬見開いて、興味があるように見えたが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻り、口では、

 

「‥‥母は関係ありません」

 

とあくまでも普段の姿勢を貫いた。

 

「‥‥はぁ~そうですか‥‥まぁ、私にはビスマルクではなく、シュペーを選んだことも理解に苦しみます」

 

テアが高等部進学時、乗艦する学生艦でビスマルクではなく、敢えてシュペーの艦長にして欲しいと頼んだ時、担任の教官はテアにしては珍しく必死に頼み込んできたので、担任の教官はテアの頼みを聞いたのだが、その時マイヤーは反対していた。

だが、面白そうだと学長のケルシュティンの一言で即決され、マイヤーの反対意見は却下された。

 

「才能ある者がそれを発揮しないのは罪です」

 

マイヤーはまるでテアの存在を否定するかのような口調で言う。

 

「‥‥」

 

テアはマイヤーの言葉を黙って聞き、クローナは苦虫を嚙み潰したように顔を歪める。

マイヤーが語った先程の話はいわば暴露話であり、散々、テアやシュペーをバカにして来たにもかかわらず、本来のビスマルクの艦長はクローナではなく、テアであり、クローナはテアの行為で今の地位に着けたのだと、ミーナ、レン、ジルケ、シュテル、クリスに教えた様なモノだ。

クローナにとっては知られたくない事情だったのだろう。

プライドの高い彼女にとってはビスマルクの艦長の座を譲られたと言う事実は屈辱だったのだろう。

 

(彼女と雪ノ下とは御同類だな‥‥)

 

シュテルは、やはりクローナと雪ノ下は似ていると改めて思った。

しかし、同族嫌悪と言う言葉がある通り、例え、クローナと雪ノ下が似ていても二人が友人になれるかと言われれば恐らく『NO』であろう。

二人が対峙したらきっと、皮肉と罵倒の応酬が繰り広げられるだろう。

個人的にはどちらが勝つのかちょっと気になるので、見てみたいものだ。

 

「少し、言い過ぎましたね。これにて解散します」

 

マイヤーは今度こそ顔合わせを〆た。

しかし、シュテルにはマイヤーがテアのやる気を少しでも引き出そうとしか思えなかった。

 

「あっ、ベロナ艦長」

 

解散し、皆がその場から去ろうとした際、クローナは不機嫌そうな様子で去ろうとするがシュテルが呼び止めた。

 

「なに?」

 

副長のザスキアは無口無表情で何を考えているのか分からないが、知られたくない事実を暴露され、顔も口調も不機嫌だ。

 

「一応、この後、艦長会議をするので、嫌でも出てくださいな、行き当たりばったりで勝てる相手ではない事は承知の筈ですよ。出たくなければ出なくても結構、その時は、我々は会議で決めた作戦通りの行動をとりますので‥‥」

 

「チィッ」

 

クローナは舌打ちをした。

 

「シュテーゲマン艦長もよろしいですか?」

 

「あ、ああ」

 

レンも艦長会議をする事に反対はしなかった。

テアとは事前に艦長会議を開くことを話しているので、この後艦長会議を開くことを知っており、反対することもなかった。

 

シュテルがクローナ、レンに話しかけている頃、クリスはブリジットに話しかけていた。

 

「あの‥‥」

 

「ん?なに?」

 

「どうしても気になることがありまして‥‥」

 

ミーナはクリスがブリジットに探りを入れるのかと思った。

それはキャリーも同じようで、クリスを少し警戒している。

しかし、クリスの口から意外な質問が飛び出す。

 

「乙女と戦車を題材にした日本アニメがあるのですが、その中でイギリス被れな学校の生徒の台詞の中で、『どんな走りをしようとも、我が校の戦車は一滴たりとも紅茶をこぼしたりはしないわ』って言葉があるんですが、イギリスの海洋学校の方もそうなんですか?」

 

「「‥‥」」

 

クリスの質問に唖然とするミーナとキャリー。

反対にブリジットは律儀にクリスの質問に対して答える。

 

「勿論、戦車だろうと艦だろうと同じですわ。そのキャラクターの台詞を借りるのであれば、『どんな天候だろうと、砲弾が降る時だろうとも、我が校の学生艦は一滴たりとも紅茶をこぼしたりはしないわ』」

 

「おぉぉー」

 

クリスは生粋のイギリス人から格言を言われ、ちょっと感動している様子だった。

 

 



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28話

 

翌日にヴィルヘルムスハーフェン校とイギリスのダートマス校との親善試合を控える中、港で明日の親善試合に参加する学生艦の艦長と副長との顔合わせが終わった後、シュテル達は親善試合の作戦を決める為の艦長会議を開くことにした。

ただ、会場はその辺の屋外ではイギリス側の誰かに聞かれる可能性があるので、野外や校内ではちょっと危ない。

ビスマルクは艦長のクローナが教師とビスマルクのクラスメイト以外の人間を極力乗艦させたくないと反発しそうだし、

反対にシュペーやヴュルテンベルクはまたもやクローナが「こんな豆戦艦に乗艦したくはない」と駄々をこねそうだし、シュペーのクラスメイト達も散々自分達の事をバカにして来たクローナの乗艦はお断りな雰囲気があるので、会議を開く場所はシュテルのヒンデンブルクとなった。

そして、ビスマルクの艦長の選抜の真実を知られたクローナは終始不機嫌だった。

 

「‥‥では、これより艦長会議を開きます。まず、旗艦に関してはベロナ艦長が立候補してもらえたのですが、何か反対意見等はありますか?」

 

シュテルは意見を言う側なので、司会進行をクリスに頼み、会議は開かれている。

最初にドイツ側の艦隊旗艦はクローナが立候補していたので、旗艦については特に意見もなく、艦隊旗艦はビスマルクに決まった。

最もクローナは艦隊旗艦の座を他に譲るつもりはなかったし、シュテル達もやるつもりはなかった。

 

「次に艦隊編成についてですが‥‥」

 

「艦隊編成?」

 

次の議題、艦隊編成についてクローナは首を傾げる。

まるで、「貴女は何を言っているの?」みたいな様子だ。

 

「明日の試合に参加するダートマス校のラインナップを見ると、プリンス・オブ・ウェールズ、ロドニー、フッド、レパルスの四隻となっています。此方が、その四艦のスペックと我々、ドイツ側の参加艦艇のスペックとなっています」

 

クリスはイギリス側とドイツ側の参加艦艇のスペックが書かれた資料をシュテル達に手渡す。

 

プリンス・オブ・ウェールズは主砲が35.6cm砲 四連装二基 連装一基 速力28ノット

ロドニーは主砲が40.6cm砲 三連装三基 速力23ノット

フッドは主砲が38.1cm砲 連装四基 速力31ノット

レパルスは主砲が38.1cm砲 連装三基 速力29.5ノット

 

ロドニーが速力で劣るが攻撃力は一番上、フッド、レパルスは快速であり、攻撃力はそれなりにあるが、主砲は全て連装砲で機動力を優先にした為、防御力が劣る‥‥

反対にロドニー、プリンス・オブ・ウェールズは防御力が高い。

それらの要素から恐らくイギリス側はプリンス・オブ・ウェールズ、ロドニーの第一戦隊

巡洋戦艦フッドとレパルスの第二戦隊と二つの戦隊を組ませてくるかもしれない。

いや、速力で劣るロドニーがいるので、かなり高い確率で艦隊を二つに分ける筈だ。

でなければ、快足を誇るフッドとレパルスの優位性を殺す事になる。

 

ならば、此方側もイギリス側の様に二つに分けるか、それともこのまま四艦のフォーメーションを崩さずにいくか‥‥

四艦の場合、イギリス側の分裂した艦隊を各個撃破することが出来る反面、イギリスの分艦隊に包囲殲滅される可能性もある。

各個撃破をする戦法を放棄する反面、包囲殲滅の危険を回避する為、此方側もイギリス側同様、艦隊を二つに分け、同数で戦うか‥‥

なお、今回の親善試合に参加するドイツ側のスペックが、

 

シュペーは主砲が28cm砲 三連装二基 速力が26ノット

ビスマルクは主砲が38cm砲 連装四基 速力が29ノット

ヴュルテンベルクは主砲38cm砲 連装四基 速力が22ノット

ヒンデンブルクは主砲40.6cm砲 連装四基 速力が30ノット

 

艦隊を二つに分けるのであれば、速力と火力の関係から、シュペーとヴュルテンベルク  ビスマルクとヒンデンブルクに分けることになるだろう。

クリスが此処までの説明をすると、

 

「艦隊を分ける必要はないわ」

 

と、クローナは艦隊を分ける必要はないと断言する。

艦隊を二つに分けると、自分が指揮する艦の数が減ると言うプライドから彼女は艦隊を二つに分ける事に反対した。

 

「でも、この表から分かる通り、四艦のままでは私の艦が足を引っ張る事になる。此処はやはり、艦を二つに分けるべきじゃないか?」

 

レンは自艦のヴュルテンベルクの速力が22ノットしか出ないので、他の三艦の足を引っ張る事になるので、艦隊二つに分けた方が良いと言う。

 

「足が遅いのであれば、私達の後をノロノロとついてくればいいわ。それかその鈍足を活かして、敵の注意を集中的に受ける囮になればいいじゃない」

 

「なっ!?」

 

「兎に角、艦隊を分ける必要はない。いいわね」

 

クローナはあくまでも指揮する艦を減らしたくはないと言う意志を変えず、速力が劣るのであれば、後ろからのんびりと着いてこいまたは速力が遅い事を活かし、艦隊から落伍し、イギリス側の攻撃を集中的に受ける囮になれと言う。

 

(やっぱりコイツは、ドイツ版雪ノ下だな‥‥)

 

クローナの言動から、ただ目立ちたいだけで、文化祭の実行委員長になった相模、

みんなの葉山隼人の庇護の下、好き勝手にしてきた三浦とも違うタイプ人間であり、シュテルはクローナが雪ノ下と益々被って見えた。

最も雪ノ下はやや積極性に欠ける部分があり、自ら立候補する事は無く、誰かに推薦されるなどの第三者の後押しがあって、やっと立候補する。

その後、地位につくと常に自分は優秀な存在なのだと認識して、優秀な自分は思い通りに物事を進められる反対に周りは愚者ばかりだと感じ常に他者を見下し、自分の言う事は全て正しく、他者の言葉が間違っているのだと激しく思い込んでいる。

クローナがどんな過去を送って来たのかは知らないが、こうした彼女の言動を見る限り、いじめは受けていなくとも、家は裕福で、周りの人間が自分の言った事通りの事をしてきたので、自分の言う事は正しく、世界は自分中心に回っているのだと思い込んで生きてきたのだろう。

その中で唯一のイレギュラーがテアだったのだろう。

無意識ながらテアの行動がクローナの存在を否定する様なモノで、その最たるものがビスマルクの艦長を巡っての人選だった。

ただ、人選の異動があったからとは言え、ヴィルヘルムスハーフェン校に入学し、ビスマルクの艦長になれたのだから、学力に関しては優秀なのだろう。

 

クローナの言動にレンは僅かに顔を歪め、テアも無表情であるが、よくよく見ると不機嫌そうだ。

 

(確かに艦隊から落伍すれば、イギリス側の集中砲火を浴びる可能性もあるが、相手がもし、最初は厄介な相手から潰すスタンスをとれば、狙われるのはビスマルクとヒンデンブルクだぞ‥‥)

 

クローナの言う落伍したヴュルテンベルクを囮にするという案もイギリス側が絶対にそうするとは限らない。

ブリジットがヴュルテンベルク、シュペーは後からでも簡単に片づけられるとおもっているのであれば、最初に狙うのはこの四艦の内、攻撃力、速力、防御力に優れているビスマルクとヒンデンブルクの二艦である。

しかし、シュテルが抱いている危惧をクローナは全く抱いている様子はない。

 

レンがこの後も反対意見を言うがクローナは自分の艦が旗艦なんだから、旗艦の艦長たる自分は言わば、艦隊司令官なのだから、自分の命令は絶対だと言う態度をとり、艦隊は分ける事無く、四艦でのフォーメーションとなったが、シュテルは連携が全く取れていないこの艦隊で大丈夫なのかと一抹の不安抱いた。

 

続いて艦隊行動の内容なのだが、相手の手の内が分からなければ決めようがないが、艦隊を二つに分けるとなると、イギリス側の基本は包囲殲滅となるだろう。

となれば、此方側は包囲される前に相手を各個撃破するだけだ。

 

「艦隊は分けず、私達はまず最初に、相手の鈍足戦艦を叩くわ。そう、あのいけ好かない天才お嬢様が乗る王子様をね‥‥」

 

「しかし、その間にフッドとレパルスがその高速を活かして接近してきたらどうする?」

 

「その時は王子様から紙装甲の戦艦へターゲットを変えるだけよ。高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処すればいいだけでしょう。そんな事も分からないの?」

 

クローナは自分が艦隊司令と同じ立場であると言う事を自覚でもしたのか、機嫌は180度変わり、かなり上機嫌だ。

そして、彼女は不敵な笑みを浮かべながら作戦について語るが、

 

「もうすこし具体的に言ってくれないか、あまりにも抽象的すぎる。そもそもその作戦だと相手に包囲殲滅される危険があるのではないか?」

 

シュテルがクローナの作戦内容があまりにも空っぽすぎると言う。

 

「要するに、行き当たりばったりということではないか」

 

テアがバッサリとクローナの作戦内容を簡単にまとめる。

 

「あん?何ですって?豆戦艦のクロイツェル艦長」

 

テアの発言に気分を害したのかクローナがギロッとテアを睨みつける。

そこをレンが二人を宥める。

 

(やばいな、このままでは、艦長会議を開いた意味が無くなってしまうな‥‥)

 

このまま作戦は行き当たりばったりの内容で、旗艦と艦隊編成のみを決めただけではあまりにも時間の無駄に終わってしまう。

最もクローナの方はもうこれで終わりだと思っている様子で、

 

「それじゃあ、私はもう帰るわね。いい、くれぐれも明日の試合では、旗艦であるビスマルクの足を引っ張らないでよね」

 

と、捨て台詞を残し、ビスマルクへと帰って行った。

 

「どう思う?明日の試合?」

 

シュテルはテアとレンに明日の試合についての意見を訊ねる。

 

「うーん‥‥厳しいかもね‥‥」

 

「あんな行き当たりばったりな作戦で勝てるわけがない」

 

テアもレンも、シュテル同様、明日の試合には不安がある様子。

とは言え、あのクローナの指揮では不安にならない筈が無い。

実際の試合で彼女に意見具申をしたところでそれが採用されるかも怪しい。

ただ、シュテルとしてあの様にプライドだけが無駄に高い人物の扱いには経験がある。

雪ノ下とクローナがそっくりであるならば、シュテルの前世の経験が役立つはずだ。

 

「クロイツェル艦長、シュテーゲマン艦長、聞きたい事があるのですが‥‥」

 

シュテルは念の為、テアとレンにクローナの性格について訊ねる。

 

 

そして、日が昇り‥‥

 

『ヴィルヘルムスハーフェン海洋学校とダートマス海洋学校の合同訓練プログラムの親善試合を始める。全艦指定の位置についたら、試合を開始する』

 

ヴィルヘルムスハーフェン校、ダートマス校の学生艦が錨を上げ、次々と桟橋から出航していく。

やがて、両校の学生艦が所定の位置につき、それを教官らが確認すると、

 

『それでは、試合開始!!』

 

と、試合開始の合図が各艦に伝えられる。

ヴィルヘルムスハーフェン校、ダートマス校の親善試合が始まった。

 

「はぁ~‥‥気が重い、さっさと終わらせたい」

 

シュテルはヒンデンブルクの艦橋にて勝敗などいいから、さっさと試合を終わらせたいと言う気持ちが強かった。

元々、この試合の主人公はヴィルヘルムスハーフェン校とダートマス校なので、キール校出身のシュテルにはあまり関係がなかったからだ。

レーダーを確認すると、イギリス側の学生艦はその快足を活かし、やはりフッド、レパルスを前衛に急接近して来る。

 

「きたわね」

 

イギリス艦の接近は当然ビスマルクでも確認している。

 

『旗艦。指揮を務めるビスマルク艦長のクローナ・セバスティアン・ベロナだ。単縦陣をとり、撃ち合いにそなえよ』

 

クローナは完全に艦隊司令長官気分でヒンデンブルク、シュペー、ヴュルテンベルクへと命令を下す。

ドイツ側は艦隊旗艦、ビスマルクを先頭にヒンデンブルク、シュペー、ヴュルテンベルクの順に航行している。

イギリス側はドイツ側と並走するように航行しており、先頭にフッド、レパルス、少し距離が開いて、プリンス・オブ・ウェールズ、ロドニーの順で航行している。

 

「ダートマス校のとの距離、徐々に近づいています」

 

「ダートマス校、発砲!!」

 

先陣を切ったのはダートマス校側で四隻の主砲が一斉に火を噴いた。

 

「放っておきなさい。開幕射撃なんて当たる訳ないじゃない」

 

「さっすが、ベロナ様」

 

先手を取られたが、クローナは慌てる事無く、回避行動もとらず現状維持を貫き、余裕の態度である。

取り巻きのビアンカも楽天視している。

 

「‥‥総員、対ショックに備えよ。被害応急班もいつでも作業ができるようにしておけ」

 

一方、シュテルはこの距離でも十分にダートマス校の砲弾は届くと判断し、乗員に対して着弾による衝撃と被弾に備えるように命令を下す。

面舵をきって少しでも距離を稼ぎたい所だが、旗艦のビスマルクが現状維持を望むのであれば、勝手な行動はとれない。

そもそもロドニーは、速力は四艦の中で一番遅くとも、四艦の中で最大級の40.6cm砲を備えており、プリンス・オブ・ウェールズは四艦の中で主砲の大きさが一番小さいながらも一番多くの砲門を備えている。

下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるを体現している様なモノだ。

狙いは恐らくドイツ艦の中でも火力、速力と共にイギリス側が厄介だと思っているビスマルクとヒンデンブルクが狙いだろう。

艦長会議の時、シュテルが抱いていた危惧がまさに当たった。

 

「ん?」

 

シュテルがウィングから空を見上げると、空からはビスマルクとヒンデンブルク目掛けてダートマス校の学生艦から発射された模擬弾頭の雨が降って来た。

 

ドォン!!

 

ヒンデンブルクの周りにダートマス校の模擬弾頭がいくつも着弾し、水柱を作るが幸いにも被弾は無かった。

しかし、ヒンデンブルクの前方を航行していたビスマルクの煙突から後部の甲板上に数発の模擬弾頭が着弾した。

それはまるで、前世(史実)におけるフッドがビスマルクの砲撃を浴びて轟沈したかのように被弾したのだ。

やはり、今回のイギリス側の学生艦のラインナップはビスマルクとは相性が悪かった様だ。

 

「ビスマルク被弾!!ダートマス校のラッキーパンチを受けました!!」

 

「はぁ!?」

 

開戦いきなりでビスマルクの被弾。

ただでさえ、戦力でイギリスのダートマス校よりも劣るドイツ側はいきなり戦力ダウンし、劣勢となった。

 

 

 

 

オマケ

 

ヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルク。

親しい人からは『ミーナ』と呼ばれているヴィルヘルムスハーフェン海洋学校に通う学生で、アドミラル・グラーフ・シュペーの副長を務めている。

そんな彼女は、ヴァイスヴルスト(白ソーセージ)を始めとするソーセージが大好きな女の子である。

ある日、海洋実習もなく、学校の教室で行われる座学のみの日、学校帰りの時、ミーナはシュペー艦長のテア、昔からの親友であり、シュペー航海長のレターナ、シュペー書記のローザ、シュペー炊事班所属のエルフリーデの五人で街へ寄り道をしていた。

その最中、ミーナは途中、露店で売っていたフランクフルトを買って、食べながら歩いている。

 

「あむっ‥‥ムシャ‥ムシャ‥‥あっ!?」

 

するとミーナはうっかりフランクフルトを落としてしまった。

しかし、フランクフルトが地面に落ちる前にレターナが手を伸ばして、フランクフルトを拾おうとする。

だが、

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁー!!」

 

フランクフルトの串の先端が手に刺さって、レターナはキャッチをミス。

フランクフルトは再び宙を舞い、今度はローザが手を出すが、

 

「うぎゃぁぁぁぁぁー!!」

 

レターナ同様、ローザの手の平にフランクフルトの串の先端が突き刺さる。

すると、今度はその反動であらぬ方向へと飛んでいくフランクフルト‥‥

そこへ、エルフリーデがスライディングで飛び込む。

炊事班員としてやはり、食べ物を粗末にできないのだろう。

しかし、勢い余ってフランクフルトを掴み損ね、豪快にフランクフルトを弾き飛ばしてしまった。

 

「あっ、やばっ!?」

 

勢い余って見当違いの方向へ飛ばしてしまい、とても今の体制では駆け出して落ちていくフランクフルトを追いかけても間に合わない。

空中を飛来するフランクフルトはたまたま近くを歩いていたシュペー砲術長のリーゼロッテの顔面に直撃。

幸い串が目に突き刺さることは無かった。

 

「うぎょー!!」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

いきなり何処からともなく飛んできた意味不明の物体(フランクフルト)からの顔面直撃を受けたリーゼロッテは顔を抑え、思わずカエルみたいな悲鳴をあげる。

そんなリーゼロッテを心配するリーゼロッテの取り巻きであり、シュペー水雷長のアウレリア。

リーゼロッテへの顔面直撃を受けたフランクフルトはその反動でまたもや飛来する。

そして、今度はなんとビスマルク艦長のクローナの背中へとスポッと入った。

 

「いやぁ!!何っ!?虫!?うわぁぁぁー!!」

 

突然、背中に意味不明の物体(フランクフルト)が飛び込んできた事にクローナはパニックに陥る。

しかも普段の彼女からは考えられない様な悲鳴を上げている。

 

「あわわわわ~ベロナ様、大丈夫ですか!?」

 

「‥‥」

 

取り巻きのビアンカはパニックになったクローナを見てあわあわと慌てふためくが、ザスキアは特にリアクションを取ることなく、ジッとクローナの事を見ていた。

 

「いやぁー!」

 

クローナは背中をまさぐっている中、フランクフルトの串に手が触れ、そのまま串を掴むと彼女はそれを思いっきり投げた。

すると、クローナが投擲したフランクフルトは‥‥

 

「うぐっ!!」

 

テアの腹部にフランクフルトの串の先端が直撃した。

クローナは本人が知らぬ間にテアに一矢報いた。

突然、腹部にフランクフルトの串の先端が突き刺さり、直撃を受けた腹部を抑え、蹲るテア。

そして肝心のフランクフルトは‥‥

 

ポトッ‥‥

 

レターナ、ローザ、エルフリーデの奮闘虚しく、結局、ミーナのフランクフルトは地面に落ちてしまった。

 

「あぁ~あぁ~」

 

ミーナは地面に落ちたフランクフルトをジッと見つめた後、

 

「‥‥まっ、いっか。あむっ‥‥ムシャムシャ‥‥」

 

そう言って何事もなかったかのように地面に落ちたフランクフルトを拾い食べ始めた。

 

(((体張ったのに意味なかった)))

 

手に串が刺さったレターナとローザは痛い目に合ったのに、その苦労が水の泡となった事に対して憔悴し、エルフリーデは必死に体を張ってフランクフルトが地面に落ちるのを防ごうとしたのにそれが失敗した事に喪失感を感じ、

 

「‥‥」

 

(副長、いくらヴルストが好きだからと言っても落ちたフランクフルトを食うなよ)

 

串が突き刺さった腹部を手で摩りながら、一度地面に落ちたフランクフルトを何事もなかったように平然と食べるミーナに心の中でツッコミを入れた。

 



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29話

 

『ヴィルヘルムスハーフェン海洋学校とダートマス海洋学校の合同訓練プログラムの親善試合を始める。全艦指定の位置についたら、試合を開始する』

 

シュテル達、ヒンデンブルクの生徒らはヴィルヘルムスハーフェン校ではなく、キール校所属なので、今回のダートマス校との親善試合にはほぼ無関係なのだが、シュテルの実力を見る為、ヴィルヘルムスハーフェン校学長のケルシュティンは今回の親善試合にシュテル達、ヒンデンブルクを参加させた。

 

ヴィルヘルムスハーフェン校、ダートマス校、両校の親善試合が始まり、各校の学生艦が開始位置へと着くと、

 

『それでは、試合開始!!』

 

親善試合が始まる。

 

「フッド、レパルス、先行していきます!!」

 

プリンス・オブ・ウェールズの艦橋で、艦長のブリジットは艦長席に座り、優雅に紅茶を飲みながら、眼前の戦場を見て、周りからの報告に耳を傾ける。

 

「やはり、ロドニーが居る分、こちらの速力は落とさなければなりませんね」

 

キャリーが後ろを航行するロドニーに合わせて航行しているので、プリンス・オブ・ウェールズの戦艦ながらも28ノットと言う高速を出せない事に悔しそうに呟く。

 

「まぁいいではありませんか、王者は王者らしく、堂々と、そして悠々とするものですわよ、キャビアちゃん」

 

「はぁ‥‥」

 

「では、開戦の合図といきますか‥‥全艦、ドイツ艦との距離を詰め、砲撃用意」

 

「了解」

 

フッド、レパルス、プリンス・オブ・ウェールズ、ロドニーの主砲が右舷へと旋回し、その方向をドイツ艦隊へと向ける。

 

「とは言え、この距離がある中では命中弾は、あまり期待出来ないでしょうけど‥‥」

 

「そうね。でも、こうして正々堂々と開幕の合図を撃つ‥‥実にエレガントじゃない?」

 

「そうですね、ブリジット様」

 

「砲撃準備完了!!」

 

「さあ、開戦の合図を高々とあげましょう!!‥‥砲撃開始」

 

「砲撃開始!!」

 

プリンス・オブ・ウェールズの主砲が火を噴くのを皮切りに、

 

「撃ちます!Fire!」

 

「ぶっ潰せ!!」

 

「ほ、砲撃開始‥‥」

 

ダートマス校の学生艦の主砲が一斉に火を噴く。

砲弾はドイツ側の先頭を航行しているビスマルクとその後ろを航行しているヒンデンブルクへと向かっていく。

 

「流石に開戦初弾の命中は、あまり期待出来ませんが、此方側の一斉射撃で精神的な揺さぶりはかけられるかと思いますけど‥‥」

 

ドイツ側へ飛んで行く砲弾を見ながらキャリーが呟く。

 

「うーん、これでビスマルクとヒンデンブルクの両方‥‥それか片方だけでも当たってくれればいいんだけどなぁ~」

 

ブリジットは唇に手を添えてビスマルク、ヒンデンブルクの両方、またはそのどちらかに命中弾を与えたいと言う。

すると、ブリジットの希望通り、

 

ドォン!!

 

ドイツ艦隊の先頭を航行していたビスマルクに開幕いきなりの命中弾を与えた。

 

「先頭、ビスマルクの後部に数発に命中!!」

 

「やりましたね、ブリジット様」

 

「ええ、幸先のいいスタートをきれたわ」

 

ビスマルクに命中弾を与えたことに満足そうなブリジットだった。

偶然のまぐれとはいえ、戦果は戦果である。

開戦当初で、ドイツ艦隊の中で厄介なビスマルクを中破させた事で士気は上がっていた。

 

一方、開幕射撃でいきなりビスマルクが被弾したドイツ側の方は混乱と士気の低下が見られる。

 

「三番、四番砲塔起動不能!!」

 

「駆動力系反応なし!!」

 

ビスマルクの艦橋には被弾による被害報告が次々と入る。

 

「ちょっと!たかが模擬弾頭ごときで、何で駆動力までやられているのよ!?」

 

ビアンカは伝令のクラスメイトに砲塔の他に模擬弾頭を食らっただけで機関まで不良になったことに声をあげる。

 

「おそらく衝撃の影響で接触不良がおきたものかと‥‥」

 

伝令のクラスメイトはどうして模擬弾頭でビスマルクの機関が不良になったのかの原因をビアンカに伝える。

 

「出力、動力共に低下!!」

 

「前進できません!!」

 

ビスマルク被害が次々と入る中、艦長のクローナの不機嫌のボルテージは上がって行き、歯ぎしりをし、

 

「開幕早々やってくれるじゃない!!」

 

声を荒げ、地団駄を踏む。

そんな不機嫌なクローナにビアンカはビクッと体を震わせる。

 

「泣いて懺悔しても許さないわよ‥‥」

 

クローナの背後からは暗黒魔界の黒い瘴気のようなモノが見えた気がした。

そんな彼女にビアンカ達はドン引きし、ほとんど感情を露わにしないザスキアでさえ、冷や汗をかいている。

 

「体制を立て直すぞ!!応急修理班は修理を急げ!!」

 

「りょ、了解」

 

クローナはビスマルクの修理を急がせる。

先頭を航行していたビスマルクが被弾した事で後続のヒンデンブルク、シュペー、ヴュルテンベルクは主舵をきってビスマルクとの衝突を回避する。

ビスマルクの現状はヒンデンブルク以下の味方にも伝えられる。

 

「ビスマルクとの通信が回復しました」

 

「被害は?」

 

「乗員に怪我は無い様で、ベロナ艦長も無事みたいです」

 

「ああ、そう‥‥」

 

(ああ言う奴こそ、しぶとく生き延びるからな‥‥)

 

シュテルはクローナが無傷だと言う報告を聞いて、善人は早死にし、悪党は長生きすると言うジンクスが当たっていると実感する。

 

「あと、指示が来ています」

 

クローナは自艦意外にヒンデンブルク、シュペー、ヴュルテンベルクにも指示を出していた。

 

「‥‥なんて言ってきている?」

 

(どうせ、碌な事じゃないだろう‥‥)

 

こういう場合、一時的でも旗艦・指揮権の移譲をするものだが、プライドが無駄に高く、負けを認めない雪ノ下と同じ性格のクローナならば、そんな指示は出さないだろう。

故にシュテルはクローナの指示はきっと碌な指示ではないだろうと思った。

 

「えっと‥‥『ビスマルクはこれより、修理に入る。修理中、ビスマルクを守れ、下僕共』‥‥です」

 

「‥‥」

 

(バカか、アイツは‥‥)

 

シュテルの思惑通り、クローナの「ビスマルクの修理中、ヒンデンブルク、シュペー、ヴュルテンベルクはビスマルクを守れ」という命令は三艦をこの場に留まらせル事になる。

それはつまり、無傷の三艦もダートマス校の射撃の標的になれと言う事だ。

そうなれば、ドイツ側は反撃することなく、何もすることなく敗北するかもしれない。

味方の士気を下げるどころか、無意識ながらもコールド負けを指示したクローナに呆れるシュテル。

 

「ビスマルクを修理と言うが、どこまで回復出来る事やら‥‥」

 

シュテルは黒煙を吹いて停止しているビスマルクを見て呟く。

 

「見たところ、後方の三番、四番砲塔は使用不能‥‥」

 

被弾箇所の後部砲塔はもう使えないと推測するシュテル。

 

「ダートマス校の戦艦群相手にビスマルク無しの戦力では少々荷が重いですね」

 

クリスが現有の中で一番の火力を有するヒンデンブルクでもダートマス校の戦艦四隻の相手はキツイと言う。

 

「機関にも損害が出ているみたいで、修理と言うのは恐らく主砲ではなく機関のほうでしょう」

 

メイリンがビスマルクからの通信と現状を見て、修理するのは砲塔ではなく機関ではないかと言う。

 

「だろうな‥‥」

 

これで主砲の修理の為、足を止めているのであれば、真正のバカであり、テアが譲ったとはいえ、本当にビスマルクの艦長職を務める程の成績を出したのかさえ怪しいモノだ。

 

「とは言え、此処で足止めをしてはただの標的です」

 

「分かっている」

 

シュテルも現状が決してドイツ側が有利とは言えないことぐらい分かっているし正直、クローナの命令があまりにも馬鹿馬鹿しいとさえ思っている。

しかし、考える間もなく、ダートマス校の戦艦群は砲撃を続ける。

水平線の向こうから再び轟音が響く。

 

「敵艦隊、次弾発射!!」

 

「っ!?」

 

ビスマルクに当てたのだから次はビスマルク同様、ドイツ側の中で厄介な存在のヒンデンブルクを狙って来るだろう。

 

「総員何かに掴まれ!!対ショック姿勢!!」

 

シュテルが艦橋要員に大声で伝えた直後にヒンデンブルクの周りに沢山の水柱が上がる。

 

「くっ‥‥被害は!?」

 

「今回は何とか全弾逸れました‥‥しかし‥‥」

 

「ああ、いつビスマルクの二の舞になっても可笑しくはない」

 

クローナの命令でおり、この海域で止まっていると、味方の被害が増すばかりであった。

 

 

「次弾は全弾外れました」

 

プリンス・オブ・ウェールズの艦橋から第二斉射の結果をキャリーがブリジットに報告する。

 

「まぁ、最初のビスマルクへの砲撃がラッキーだったと言う事でしょう‥‥さあ、ヴィルヘルムスハーフェン校の皆さんはどうでるのかしら?」

 

ブリジットはクスッと笑みを浮かべた。

 

 

(これ以上、味方に被害を出すわけにはいかないな‥‥)

 

「これより、本艦はイギリス艦隊へ接近する。後続のシュペーとヴュルテンベルクにもその旨を伝達」

 

シュテルは、やはりクローナの命令はあまりにも無茶がある為、彼女の命令を蹴る決断をした。

 

「シュペーとヴュルテンベルクにも続くように‥‥ですか?」

 

「あくまで、提案だ。ビスマルクの機関が直るまで此方に注意を逸らせる。幸い、連中の次の目標は本艦だからな‥‥もし、それでベロナ艦長がギャアギャア騒ぐようならば‥‥」

 

「騒ぐようならば?」

 

「‥‥ビスマルクに魚雷を撃ち込め」

 

「えっ?」

 

メイリンもクリスも‥‥いや、艦橋に居た誰もがシュテルの言葉に固まった。

敵ではなく、味方の筈のビスマルクに魚雷を撃ち込めと言うのだから‥‥

 

「か、艦長、それは‥‥」

 

「無能な味方は有能な敵よりも厄介だ‥‥まして、負傷して足手纏いになる奴ならば尚更だ‥‥通信員、急ぎ三艦に通信!!まぁ、あくまでも命令ではなく、提案と言う形でだ‥‥」

 

シュテルはクローナが自分の提案を聞いてギャアギャア騒ぎ、このまま標的になるような命令を続行させるようであれば、ビスマルクに魚雷を撃ち込んで、ビスマルクを強制リタイアさせるつもりだった。

 

「りょ、了解」

 

通信員は急ぎ、シュテルの提案をビスマルク、シュペー、ヴュルテンベルクに伝えた。

 

「なるほど、確かにビスマルクの修理が終わるまで、此処に留まるのは危険だ。ダートマス校の戦艦を引き離すにはそれしかないか‥‥」

 

テアはシュテルからの提案を受け入れる。

勿論、レンも同様に受け入れた。

そして、シュテルから無能な味方と言う印象を抱かれたクローナはと言うと、

 

「死んだふりをしろですって!?」

 

シュテルの提案にクローナは思わず声をあげる。

 

「は、はい。他校の碇艦長からの提案‥‥というのは少々癪ですが、他艦をこのままこの海域に留まらせるよりも有効かと‥‥」

 

ビアンカがクローナに恐る恐るシュテルの提案は有効策であると言う。

 

「くっ、このビスマルクが死んだふりだと‥‥?他校の生徒の分際でこの私に‥‥ビスマルクの艦長たる私に提案だと‥‥畜生が!!」

 

クローナは握り拳を力一杯、ギュッと握り、歯をギリギリと鳴らし、苦虫を嚙み潰したように顔を歪める。

しかし、ビアンカの言う通り、ビスマルクの修理が終わるまで他の三艦をこのままこの海域に留まらせておくと、ビスマルクの修理が終った頃には他艦が損傷を受け、まともな勝負なんて出来ない可能性もある。

クローナはビスマルク以外の艦の事なんて感心もなければ、興味もない。

他艦がどうなろうと知った事ではないが、いざ勝負の時、駒がなければダートマス校の戦艦相手にビスマルク一隻では勝てない。

それぐらいの事はクローナでも分かっている。

故にクローナはシュテルの提案を受け入れざるを得なかった。

クローナは煙幕を展開させて、煙幕で船体を隠すと共に被害を大きく見せることにした。

 

「ほう‥‥」

 

試合の様子をケルシュティンとエバンスは海上フロート基地の屋上から双眼鏡、望遠鏡で観戦していた。

そして、ケルシュティンはビスマルクの行動を見て一言呟く。

 

「ククク‥‥二次災害に見立ててビスマルクを置き修復を待つか‥‥面白い作戦をとったな」

 

「経験の浅い学生にしては判断も早い。良い生徒が育っていますね」

 

エバンスはクローナの判断を褒めた。

 

「さあ、これであなたの所の生徒はどう出るか‥‥時間稼ぎだと気づくかな?」

 

「残念ながら私にはもう分かっています」

 

「!」

 

エバンスには次にブリジットがどんな手を取るのか既に読めているみたいだった。

 

「私がダートマス校に赴任して30余年‥‥ここまで多くの生徒を教えてきても彼女よりも優れた生徒は見たことがありません。ブリジットは最高の指揮官ですよ。フフ‥‥」

 

エバンスは微笑みながらブリジットを褒めた。

 

偽装黒煙を上げたビスマルクを見てシュテルは機関室へ電話を入れる。

 

「機関長」

 

「はいな」

 

「重油を異常燃焼させて黒煙を出して」

 

「重油を異常燃焼させる?」

 

シュテルは機関長のジークに燃料である重油を異常燃焼させるように伝える。

 

「黒煙を出してビスマルクを少しでも隠してやるんだよ」

 

「了解や」

 

シュテルのオーダーを聞いたジークはシュテルのオーダーどおり、重油を異常燃焼させて、黒煙を排出させた。

 

「煙幕弾、発射!!目標、ビスマルク上空」

 

続いてシュテルはビスマルクの周囲に煙幕弾を撃ち込み、ビスマルクを包み込む煙幕の量を増やしてやった。

もっともビスマルクの周囲にまた一斉射を受ければ、煙幕なんて吹き飛ばされてしまうだろうが、気休めにはなるだろう。

とは言え、こんな時間稼ぎなんてケルシュティンやエバンスが言った通りブリジットには当にお見通しだろう。

 

「う~ん‥‥むこうは時間稼ぎしているかな~」

 

案の定、ブリジットは愛用の単眼鏡でビスマルク周辺を見て、ドイツ側がビスマルクの修理が終わるまで時間稼ぎをしようとしている事に簡単に気づいた。

 

「さすが、ブリジット様、見事な洞察力ですね」

 

「そんな事ないよ。一目見れば分かるわ。ヒンデンブルクが煙幕弾をビスマルクに向けて撃っていたし、煙突からは異常な量の排煙をだしていたからね‥‥それにこれぐらいの騙し討ちは何度も経験しているから‥‥」

 

ブリジットはフッと自嘲めいた笑みを浮かべながら言う。

世界でもトップレベルの海洋学校であるダートマス校はその主席の座を狙う為、日々騙し討ち、裏切りなど、策謀渦巻いているのだろうか?

 

「さあて、どうしようかな~‥‥う~ん‥‥」

 

ブリジットは顎に手を当てて次の手を考える。

そんな中、キャリーはブリジットの紅茶カップが空だと気づく、

 

「あら?カップが空に‥‥ブリジット様。紅茶、もう一杯淹れますか?」

 

「ん?ああ、そうだね。アールグレイの一級品を‥‥いつもありがとう。キャビアちゃん」

 

「いえ、これが私の役目ですから」

 

キャリーは満足そうに微笑み、ブリジットの為に美味しい紅茶を淹れる為にプリンス・オブ・ウェールズの艦橋に隣接するキッチンへと行き、紅茶を淹れ始める。

 

(そう、ブリジット様が万全の状態で指揮できるようサポートするのが私の役目。この方が居るだけで私たちの艦が行く先を迷う事は無い‥‥)

 

(莫大な知識と最良の選択‥‥それが‥‥)

 

キャリーがポットからカップに紅茶を淹れた時、

 

「キャビアちゃん」

 

ブリジットがキャリーの背後に居り、手でキャリーの頬を撫で、

 

「キャビアちゃんの髪の匂い‥‥落ち着くなぁ~‥‥」

 

キャリーの髪に顔を近づけ、彼女の髪の匂いを嗅ぐ。

そして、

 

「うん、決めた!!」

 

「えっ?」

 

「まずはビスマルクを粉々のスクラップにしちゃおう~♪」

 

無邪気な笑みを浮かべ、ビスマルクを仕留める事を宣言した。

 

「う~ん‥‥おかしい‥‥ダートマス校の艦が釣られてこない」

 

シュテルは双眼鏡でダートマス校の戦艦の動きを窺っていたが、ダートマス校の戦艦群はヒンデンブルク、シュペー、ヴュルテンベルクを追ってこない。

 

「あの航路ですと、ダートマス校の狙いはビスマルクかと‥‥」

 

メイリンがタブレットでダートマス校の戦艦の動きから連中の狙いはヒンデンブルク、シュペー、ヴュルテンベルクよりも傷ついたビスマルクを仕留めるつもりの様だ。

 

『時間稼ぎがバレたのか?』

 

レンが通信でテアとシュテルに訊ねてくる。

 

『どうやらそのようだ』

 

「やむを得ない‥‥距離を詰めて、砲撃戦を挑みましょう」

 

シュテルがダートマス校の戦艦が釣られなかったのでは仕方がないので、ビスマルクへと接近するダートマス校の戦艦のビスマルクへの攻撃を阻止する為、接近戦を仕掛けることにした。

 

「機関最大船速!!」

 

「各砲塔、戦闘用意!!」

 

ドイツ戦艦はダートマス校の戦艦へと近づき、

 

「ダートマス校の戦艦群、射程圏内に補足!!」

 

「ファイエル!!」

 

主砲の発射命令を下す。

ヒンデンブルクの40.6cm砲が火を噴き、続いてシュペー、ヴュルテンベルクも主砲を撃つ。

当然、ダートマス校の戦艦群も反撃して来る。

 

「ダートマス校の戦艦群も攻撃してきます!!」

 

「着弾、今!!」

 

「怯むな!!次弾装填!!」

 

ヒンデンブルク、シュペー、ヴュルテンベルクの周りにはいくつもの水柱が立つ。

 

「うひゃあ‥‥近いですね」

 

ジルケがヴュルテンベルクの至近距離で出来た水柱に驚く。

 

「面白くなってきた!!」

 

一方、レンは両校の学生艦同士の砲撃を目の当たりにして目を輝かせて興奮している。

 

「ん?艦長!!」

 

すると、ミーナがダートマス校の戦艦群を見て、違和感を覚えテアに声をかける。

 

「どうした?副長」

 

「艦隊の中にプリンス・オブ・ウェールズが居ません!!」

 

「なっ!?プリンス・オブ・ウェールズはどこだ!?」

 

ミーナに言われ、テアは慌てて双眼鏡を覗き、プリンス・オブ・ウェールズを探す。

 

「あっちです」

 

「っ!?」

 

プリンス・オブ・ウェールズを見つけたのはシュペー見張り員のエリーザだった。

 

「他艦とは別コースをとっています」

 

プリンス・オブ・ウェールズはフッド、レパルス、ロドニーとは別行動をとり、ロドニーはフッド、レパルスとの合流を図っている。

 

「艦隊戦で‥しかも旗艦だけで単独行動をとるとは‥‥」

 

艦隊戦でしかも旗艦だけが単独行動をとっても他のダートマス校の戦艦群は一糸乱れない。

こうした艦隊運動を見ると、ダートマス校のレベルの高さが伺える。

 

「狙いはあくまでもビスマルク狙い!!」

 

ブリジットは他のドイツ艦はフッドらに任せ、プリンス・オブ・ウェールズはヴィルヘルムスハーフェン校のシンボルとも言えるビスマルクを確執に狙う。

 

「クククク‥‥」

 

接近して来るプリンス・オブ・ウェールズに対して、クローナは口元を歪め薄気味悪い笑みを浮かべる。

 

「わざわざ旗艦一隻だけでくるなんて、願ったりかなったりだわ。修理はどれくらい終わっているの?」

 

「艦首の向きを変える程度なら‥‥あと、第三砲塔も射撃可能です」

 

ビアンカがクローナにビスマルクの修理状況を伝える。

 

「それだけで十分よ‥‥さあて‥‥ビスマルクの本当の恐ろしさを教えてあげるわ。おいで、王子様~♪」

 

クローナは手につけていた白手袋を嚙みしめ、プリンス・オブ・ウェールズとの戦闘に備えた。

 



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30話

 

ヴィルヘルムスハーフェン校、ダートマス校、両校の親善試合にて、開幕直後の開幕射撃にてヴィルヘルムスハーフェン校のビスマルクがダートマス校のラッキーパンチを受け、いきなりの中破。

残るヒンデンブルク、シュペー、ヴュルテンベルクはビスマルクをダートマス校から守る為、注意を引きつけようとするが、ダートマス校はその誘いには乗らず、あくまでも手負いのビスマルクを仕留めようとした。

そこで、シュテルはビスマルクを守る為、ダートマス校との戦闘に入る事にした。

しかし、プリンス・オブ・ウェールズのみはビスマルクを確執に狙いを定め、ビスマルクへと迫って行く。

クローナは開戦直後に被弾するという醜態と自分が艦長を務めるビスマルクを傷物にされた事で怒り狂っていた。

そんな中で、ダートマス校の旗艦であるプリンス・オブ・ウェールズがビスマルクに対して一騎打ちを仕掛けてきた事にクローナはこれまでの屈辱を返す絶好の機会だと、先程の怒りから狂気の笑みを浮かべた。

 

「ビスマルク、主砲を旋回しています!!」

 

「目標はプリンス・オブ・ウェールズの様です!!」

 

「クローナの奴、艦の修理が終わったのか!?」

 

ミーナはビスマルクの主砲が迫りくるプリンス・オブ・ウェールズへと向けられた事でビスマルクの修理が終わったのかと思った。

 

「一番、二番、三番砲塔使用可能」

 

後部の三番主砲は比較的に被害が軽微だったので、直ぐに修復で来た様だ。

 

「砲弾装填完了しました!!行けます!!艦長!!」

 

ビスマルクのウィングにてビアンカが現在のビスマルクの状態をクローナへ報告する。

一方、ビスマルクへと迫るプリンス・オブ・ウェールズの艦橋でも、

 

「ブリジット様、こちらも準備完了です!!」

 

キャリーがプリンス・オブ・ウェールズの主砲がいつでも撃てる事を報告する。

 

「「よし」」

 

偶然にもビスマルクとプリンス・オブ・ウェールズ、二人の艦長の声が重なった。

 

「撃ち込め!!」

 

「全砲塔一斉射撃!!」

 

そして、主砲の発射命令も同じく重なり合い、両戦艦から砲弾が放たれた。

試合海域に雷鳴の様な轟音が鳴り響く。

 

「おお‥‥!すごいな!!超弩級戦艦同士の一騎打ちだ!!」

 

レンはビスマルクとプリンス・オブ・ウェールズの一騎打ちを見て、ウィングから身を乗り出してビスマルクとプリンス・オブ・ウェールズの戦いを見ている。

 

「ビスマルク応答しろ!!ビスマルク!!」

 

ミーナはプリンス・オブ・ウェールズとドンパチしているビスマルクへと通信を送る。

 

「なによ!?五月蝿いわね!!」

 

「わっ!?」

 

すると、受話器の向こう側からクローナの大声がミーナの耳を直撃する。

クローナの大声を受け、ミーナは思わず耳を抑える。

 

「クローナ、やれそうなのか?そっちは‥‥」

 

「ふん、当然よ。恥辱を受けた分、倍返しにしてやるんだから」

 

(こんな状況でもクローナはクローナだったか‥‥アイツはアハトアハトを食らっても死なないな‥‥)

 

ビスマルクを心配して連絡をしたミーナであったが、クローナの大声を聞いて大丈夫だろうと判断した。

プリンス・オブ・ウェールズの相手はビスマルクに任せ、残りの艦はフッド、レパルス、ロドニーの相手をしなければならなかった。

ただこの時、ブリジットはあるミスをしていた。

シュテルはそれを見逃さなかった。

 

(シンクレア艦長はあるミスを犯したな‥‥)

 

手負いのビスマルクを仕留めるのであれば、プリンス・オブ・ウェールズではなく、ロドニーを回すべきだった。

ロドニーは速力が遅い代わりに今回のダートマス校の艦隊の中では一番の攻撃力を有していた。

速力が早い巡洋戦艦と行動をさせるにはロドニーはあまりにも不向きだった。

折角、プリンス・オブ・ウェールズは28ノットも出せるのだから、その速力ならば十分に巡洋戦艦と行動が可能だった。

それならば、ビスマルクの相手をロドニーに、プリンス・オブ・ウェールズはフッドとレパルスと行動を共にするべきだった。

23ノットしか出せないロドニーがいるせいでフッドとレパルスはその俊敏性を殺す事になり、速力を落としている。

しかし、それはヴュルテンベルクを連れているドイツ側も同じなのだが、シュテルは勿論、その事も考慮していた。

 

「機関全速!!シュペー、ヴュルテンベルクにも伝達!!これより、丁字戦法を取る!!」

 

シュテルはシュペーとヴュルテンベルクと共にイギリス艦隊相手に丁字戦法を取る事にした。

丁字戦法は砲艦同士の海戦術の一つで、敵艦隊の進行方向をさえぎるような形で自軍の艦隊を配し、全火力を敵艦隊の先頭艦に集中できるようにして敵艦隊の各個撃破を図る戦術の事を言う。

代表的なのは日露戦争における最後の決戦である日本海海戦だろう。

そして、現在ドイツ側の艦船とイギリス側の艦船の位置はドイツ側がイギリス側に横腹を晒している状態で、丁字戦法を取れるような位置に居た。

イギリス側はロドニーが居り速力が劣る為、絶好のポジションだった。

 

「し、しかし、碇艦長、ヴュルテンベルクでは速力が‥‥」

 

レンがやはり、自艦の速力の問題を指摘する。

 

「いや、向こうも丁字戦法のことぐらいは知っている筈です。フッドは兎も角、後続のレパルスかロドニーは戦列を離れる筈です。ヴュルテンベルクはその離れた艦を狙って撃って下さい!!」

 

「なるほど」

 

レンはシュテルの説明を聞き、納得した。

 

「それにしてもシュテルン」

 

「ん?」

 

レンとの通信を終えた後、クリスがシュテルに話しかける。

 

「随分とやる気を見せるね。試合開始直後は全然やる気が無かったのに‥‥」

 

確かにシュテルは、試合開始直後は勝敗など、どうでもよく試合が早く終わってくれないかと思っていた。

だが、シュテルは今こうして指揮を執っている。

 

「‥‥まぁ、ビスマルクがあの状態じゃあね‥‥それにクロイツェル艦長やシュテーゲマン艦長に花を持たせたいって言う気持ちが出てね‥‥」

 

シュテルはクリスにやる気を見せた理由を話す。

ビスマルクが未だに無傷ならば指揮は全てクローナに任せていたが、ビスマルクが中破して、事実上指揮が執れず、イギリス側の狙いがビスマルクに次いで、ヒンデンブルクな事からクラスメイトを守る為、シュテルは艦長としてこうして真面目に試合へ取り組んでいる。

 

(まぁ、なんだかんだ言って真面目ですからね‥‥貴女は‥‥)

 

クリスはシュテルが何故、最初は面倒くさそうにしながらも真面目にやるべき事はやっている事には心のどこかで納得していた。

シュテルがまだ八幡だった頃、文実をやっていた時、彼は他の文実メンバーが次々とサボる中、最初から最後まで出席し、仕事をしていた。

クリスは勿論、その事を知っていた。

シュテルは口では面倒だと言いながらも根が真面目な性格だからこそ、今こうして真面目に試合に取り組んでいる。

 

「それに‥‥」

 

「それに?」

 

「‥‥クロイツェル艦長が三ヶ月分のデザート券を楽しみにしていたからな‥‥MVPが誰になるにせよ、まずはこの試合に勝たないといけなし‥‥」

 

「‥‥」

 

シュテルはテアが三ヶ月分のデザート券を欲しがっていたのを知っていたので、彼女の為にやる気を出していた部分もあった。

仮にシュテルがデザート券を手に入れてもキール校所属のシュテルでは使えないので、手に入れたらテアにプレゼントするつもりだった。

ただ、シュテルの口からテアの名前が出てきた時、クリスは少しムッとした顔をしていたが、シュテルはそれに気づかなかった。

射撃指揮所にいるユーリもきっと今のシュテルとクリスの会話を聞いていたら、頬を膨らませていた事だろう。

 

そして、作戦は実行された。

 

「敵艦接近!!」

 

「セカンド・ターゲットのヒンデンブルクは何としてでも仕留めマース!!一番砲塔二番砲塔、射撃用意ネ!!」

 

フッドの艦橋ではカレンが迫りくるヒンデンブルクを此処で仕留めるつもりでやる気満々だった。

また後続のレパルスでも、

 

「ようやく暴れるぜ‥‥全てをぶっ潰してやる!!」

 

レパルスの艦橋でも艦長のグレニアがギラギラとした目つきで眼前のドイツ艦隊を睨みつける。

 

「全砲門を右舷へ‥‥」

 

ヒンデンブルクの第一から第四砲塔、そして右舷側の副砲を旋回させる。

後続のシュペーも第一、第二主砲、右舷の副砲を旋回させる。

しかし、主砲を旋回させている間にフッド、レパルス、ロドニーが砲撃を開始する。

ターゲットは先頭を航行するヒンデンブルクへ集中する。

ヒンデンブルクの周りには水柱が立ち、右舷側に命中弾を受けるが、幸運にも致命傷にはならなかった。

しかし、致命傷ではないとはいえ、衝撃は凄まじかった。

地震のような振動がヒンデンブルクを襲う。

 

「きゃっ!!」

 

「うわっ!!」

 

「くっ‥‥落ち着け!!各部、被害報告!!」

 

シュテルの下に被害報告が次々と入り、メイリンがそれを記録していく。

しかし、航行と射撃に支障がなければ、応急修理は後回しにした。

ヒンデンブルクとシュペーは遂にイギリス側の針路を塞ぐと、ヒンデンブルクとシュペーはフッドへと砲撃を集中する。

 

「フッドは此処で仕留める!!砲撃開始!!ファイエル!!」

 

ヒンデンブルクの主砲、八門、副砲、六門、シュペーの主砲、六門、副砲、四門が一斉に火を噴きフッドへと迫る。

フッド、レパルス、ロドニーはそれぞれ正面の主砲しか撃てない。

だが、ヒンデンブルク、シュペーは右舷の副砲と後部の主砲も撃てる。

しかもヒンデンブルクとシュペーが三艦の行く手を遮っている。

これが丁字戦法の攻撃側の優位性である。

やがて、フッドに命中弾が出始める。

 

「Shit!でも、これでFinish!?な訳無いデショ!私は食らいついたら離さないワ!Fire!」

 

被弾しながらもフッドはジョンブル魂を発揮し、果敢にも攻撃するが、唯一の攻撃手段である第一、第二主砲を潰された。

その他にもヒンデンブルクとシュペーからの集中砲火を受け、艦橋周辺にも命中弾を多数受け、船体はボロボロになる。

流石の超巡洋戦艦と言えど、集中砲火を受けてはひとたまりもなかった。

しかも巡洋戦艦は元々速度がある分、防御力が低かった。

 

「くっ‥‥此処まで‥‥デスカ‥‥」

 

第一、第二主砲を潰され、命中弾を多数受けたフッドは戦線離脱となった。

 

「くそっ、フランクフルト野郎どもが、随分と舐めた真似をしやがって!!」

 

フッドがやられ、ドイツ艦隊の丁字戦法に対してイラつくグレニア。

そこへ、

 

「あの、グレニア艦長‥‥」

 

「なんだ!?」

 

イラついている中、副長のドロシーが恐る恐る声をかけると、グレニアは思わず声を荒げる。

 

「その‥‥ブリジットさんから通信です」

 

「ちっ、この忙しい中、なんだ?」

 

グレニアが受話器に耳を当ててみると、

 

「わ~ん!グレニアちゃ~ん!ヘルプミーだよ~ビスマルク強すぎ!毎分三射とか卑怯なんだよ~!予想よりも元気過ぎて困るんだけど!」

 

ブリジットはレパルスに救援を求めてきた。

フッドは既に戦線離脱しているので、ブリジットはレパルスに救援を求めてきたのだ。

 

「何してんだ!?テメェは!?」

 

ブリジットのぶりっ子な救援依頼に更にキレるグレニア。

 

「あははは、ただのジョークだよ。あっ、でもねぇ、グレニアちゃんには手を貸して欲しいな‥‥なーんて♪~」

 

「通信を変えろ!!おい、チェンバレンズ!!」

 

「「は、はいっ」」

 

グレニアはロドニーのチェンバレン姉妹に通信を入れる。

 

「とりあえず、この包囲網から脱出するぞ!!脱出後は大将の口を塞ぐ!!」

 

グレニアはヒンデンブルク、シュペー、ヴュルテンベルクの丁字戦法から脱出し、その後プリンス・オブ・ウェールズと合流し、三艦でビスマルクを片付ける作戦をとることにした。

 

「「ムリだヨ~」」

 

チェンバレン姉妹は声を揃えて言う。

 

「あぁぁ‥‥くそっ、イライラする。あのわざとらしい話し方を聞いていると我慢できねぇ!!」

 

「艦は大きいのにグレニア艦長は身長と同じく超短気ですね」

 

ドロシーは笑みを浮かべながらグレニアの身長に対してツッコミを入れる。

 

「‥‥ドロシー、テメェは試合が終わった後、艦長室な」

 

グレニアは試合が終わった後、ドロシーを折檻する事に決めた。

 

「フェイントをかけてこの包囲網から脱出するぞ!!ついてこい!!鈍足、姉妹がぁ!!」

 

グレニアはチェンバレン姉妹にもう一度、通信を入れ、何としてでもドイツ艦隊の丁字戦法から脱出を図ろうとした。

 

その頃、ビスマルクとプリンス・オブ・ウェールズの戦いは‥‥

 

「フン、イギリスの王子様も大したこともないわね。そろそろお終いにしてあげましょう」

 

満足に動けないながらもビスマルクはその速射性を活かして、プリンス・オブ・ウェールズと互角以上の戦いをしていた。

しかし‥‥

 

「ベロナ艦長!前部甲板に被弾!!」

 

「なにっ!?くっ、下僕共は何をしているの‥‥!」

 

「一番砲塔損傷!!砲撃不能!!」

 

「何ですって!?」

 

「均衡がブレイクしたわね。それじゃあ、このままフィニッシュよ」

 

やはり、最初のラッキーパンチ食らったことが大きな原因で、ビスマルクとプリンス・オブ・ウェールズの一騎打ちはギリギリの所でプリンス・オブ・ウェールズに軍配が上がった。

 

「二番砲塔も被弾!!」

 

「チィッ」

 

ビスマルクは等々全ての主砲を潰された。

その事実にクローナは舌打ちをして苦虫を嚙み潰したように顔を歪める。

 

「レン艦長、あれ‥‥」

 

ジルケがビスマルクを指さしながら声を上げる。

 

「うわっ‥‥」

 

ビスマルクの惨状を見てレンも思わず声をあげる。

 

「ひどいわね‥‥」

 

「‥‥」

 

「もう、勝敗はついている。あそこまでやる必要はない」

 

「っ‥‥」

 

シュペーの皆もビスマルクの惨状を見て、いつもは自分達をバカにしている筈のクローナ達が乗っている艦なのに、思わず同情してしまう程だ。

上部構造は全てボロボロ、ドック入りが必要なレベルだった。

 

「クローナ様、これ以上は無理です」

 

「もう砲も動きません‥‥降伏するしか‥‥」

 

普段は無口無表情のザスキアでさえ、感情を露わにしてクローナに降伏を勧めている。

ビアンカもクローナを退艦させるつもりなのか、彼女の腕を掴んでいる。

しかし、クローナは、

 

「離せ!!」

 

ビアンカを振りほどく。

 

「クローナ様!!」

 

「あなた達は退艦しなさい」

 

「えっ?」

 

「私は絶対に降伏などしない!!私は誇り高きビスマルクの艦長なのよ!!」

 

例えテアから譲られた艦長の座とは言え、クローナはビスマルクの艦長としての誇りは持っていた。

 

「「‥‥」」

 

クローナの決意を取り巻き二人は唖然とした表情で聞いていたが、

 

「‥‥それなら、私達だって」

 

「お供します」

 

と、二人もクローナと共にいると言った。

 

「あらあら、降参しないんだ…それなら、キャビアちゃん、第二主砲をビスマルクの艦橋に向けて」

 

「えっ!?しかし、ブリジット様、それは‥‥」

 

ブリジットの命令にキャリーは思わず目を見開く。

ビスマルクは既に航行不能、戦闘不能な状態である。

にもかかわらずブリジットはまだ攻撃を仕掛けると言う。

しかも艦橋目掛けて‥‥

これは親善試合であって戦争ではない。

戦争ならば、ブリジットの行為は、問題はない。

敵からの脅威を排除する為、敵艦は沈めなければならない。

だが、これは戦争ではなく親善試合‥‥戦艦を使用しているが、スポーツなのだ。

万が一、模擬弾頭とは言え、艦橋に砲弾を撃ち込んで死亡者でも出せば、かなりの問題となる。

相手は他校の‥‥しかも他国の生徒だ。

親善試合中とは言え、殺してしまえば退学だけでは済まない。

イギリス、ドイツ、どちらかの国の法律で殺人罪として処罰される可能性が十分にある。

それが例え、イギリスの名門貴族であっても中世の時代ならいざ知れず、21世紀の現在では貴族だからという理由で犯罪を犯して無罪放免になるほど、甘くはない。

キャリーとしては‥‥シンクレア家に使える者として主にそのような不名誉な事をさせるわけにはいかなかった。

ブリジットだって当然その事を理解している筈だ。

だが、ブリジットは、

 

「艦長命令よ」

 

その一言と眼光でキャリーを黙らせた。

やがて、プリンス・オブ・ウェールズの連装の第二主砲の砲口がビスマルクの艦橋に向けられる。

それは試合を観戦していた教官らにも確認出来ていた。

 

「っ!?これは‥‥あきらかに危険行為です!!直ぐに注意を!!」

 

マイヤーがプリンス・オブ・ウェールズに注意をしようとした時、

 

「待て、マイヤー君」

 

ケルシュティンがマイヤーに『待った』をかけた。

 

「学長!」

 

マイヤーとしても何故、ケルシュティンが止めるのか理解出来なかった。

 

「逃げろ!!クローナ!!」

 

聞こえる筈もないが、ミーナはウィングからビスマルクのクローナに大声で其処から逃げるように叫ぶ。

 

「撃て!!」

 

そして、プリンス・オブ・ウェールズの第二主砲が放たれる。

だが‥‥

 

「く、空砲?」

 

「‥‥」

 

プリンス・オブ・ウェールズの第二主砲から放たれたのは空砲だったので、ビスマルクの艦橋が吹き飛ぶことは無かった。

 

「一人だけ折れなかったけど、まぁ、いいか‥‥」

 

流石にブリジット本人も戦えない相手に対して至近距離から砲撃を行い、万が一死亡者を出した時のリスクぐらいはちゃんと理解していた。

 

「えっ?」

 

ブリジットがポツリと零した言葉にキャリーはポカンとする。

 

「ビスマルクをみんながドン引きするほど、コテンパンにしたら、少しは彼方の戦意が落ちるのかと思ったんだけど‥‥さすが、ビスマルクの艦長さん」

 

ブリジットはクローナを始めとするビスマルクの乗員が空砲でビビる姿を期待したのだが、思惑は外れ、ビアンカとザスキアは尻餅をついていたが、クローナだけはしっかりとウィングに仁王立ちして、プリンス・オブ・ウェールズを睨みつけていた。

ただ、至近距離で空砲の風圧を受けたせいか、ヘアスタイルはボサボサとなっていたが‥‥

そして、ブリジットの思惑のもう一つとしてヴィルヘルムスハーフェン校のシンボルとも言えるビスマルクをあそこまでボロボロにして、ドイツ側の戦意を挫く狙いもあったのだが、ドイツ側にはまだヒンデンブルクが健在なので、精神的衝撃はそこまで大きくはなかった。

しかもダートマス校の中で一番厄介とされるフッドを既に戦線離脱にしている事にも精神的衝撃を和らげている要因があった。

これがもし、ヒンデンブルクがいなかった、もしくはヒンデンブルクも既に戦線離脱となっていたら、シュペー、ヴュルテンベルクの乗員に与える精神的衝撃は大きかっただろう。

ブリジットの思惑は悉く外れる結果となった。

とは言え、ビスマルクはこれで完全に戦闘続行は不可能となり、戦線離脱となったのは事実である。

 

「さあ、残りの後始末をするため、急いでグレニアちゃんとチェンバレンちゃん姉妹達と合流しよう」

 

ブリジットは艦長席から立ち上がり、味方との合流を目指した。

その時の彼女の顔は物凄く楽しそうで明るい笑みを浮かべていた。

 

これにより、艦数はドイツ、イギリス共に三対三と互角。

 

ビスマルク 戦線離脱

フッド 戦線離脱

ヒンデンブルク 小破

プリンス・オブ・ウェールズ 小破

シュペー 損害なし

ヴュルテンベルク 損害なし

レパルス 損害なし

ロドニー 損害なし

 

親善試合は戦争さながらの一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 



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31話

 

 

ヴィルヘルムスハーフェン校、ダートマス校、両校の親善試合はまさに戦争さながらの状況となっていた。

ヴィルヘルムスハーフェン校が誇るビスマルクとダートマス校のエース、プリンス・オブ・ウェールズの勝負はダートマス校のプリンス・オブ・ウェールズに軍配が上がった。

しかし、プリンス・オブ・ウェールズがビスマルクの相手をしている間にダートマス校が誇るもう一隻の学生艦、巡洋戦艦フッドはヒンデンブルク、シュペー、ヴュルテンベルクの丁字戦法の前に被弾し、戦線を離脱した。

ビスマルクを片付けたプリンス・オブ・ウェールズは残るレパルス、ロドニーとの合流を図った。

 

「ビスマルク、戦線を離脱!」

 

「プリンス・オブ・ウェールズ、此方に向かってきます!!」

 

「今はプリンス・オブ・ウェールズよりも眼前のレパルスとロドニーを片付ける!!ただし、電探員」

 

「は、はい」

 

「プリンス・オブ・ウェールズの動向だけは注意しておけ」

 

「りょ、了解」

 

シュテルはプリンス・オブ・ウェールズの動向を注意しつつ今は眼前のレパルスとロドニーの相手に集中した。

 

「やっと、デカブツを片付けたか、ブリジットのヤロウ‥‥よし、あの忌々しいフランクフルト共を振り切るぞ!!後ろの鈍足姉妹にもちゃんとついてくるように伝えろ!!」

 

レパルスのグレニアはヒンデンブルク、シュペー、ヴュルテンベルクの丁字戦法の包囲網からの脱出を図った。

 

「取舵一杯!!」

 

「取舵一杯」

 

レパルス、ロドニーはヒンデンブルク、シュペーとの進行方向とは逆の方向にターンを始めた。

 

「レパルス、ロドニー、左舷へ方向を転舵!!」

 

「取舵一杯!!」

 

「取舵一杯」

 

このままレパルス、ロドニーを逃すとプリンス・オブ・ウェールズと合流されてしまう。

シュテルは直ちにレパルス、ロドニーへ追撃を決断し、ヒンデンブルク、シュペーはレパルス、ロドニーを追ってターンを開始、ヒンデンブルクの後ろからはシュペーも続く。

 

「おっ、くらいついたな」

 

ヒンデンブルク、シュペーの動きを見たグレニアはニヤリと口元を緩め、

 

「一気にフェイントで振り切る!!面舵一杯!!」

 

「面舵一杯」

 

すると、レパルス、ロドニーは再び逆にターンを開始した。

この時、ヒンデンブルク、シュペーは既に逆ターンを終え、レパルス、ロドニーを直ぐに追走する事が出来なかった。

 

「碇艦長の言う通りの展開になったな」

 

この時、ヴュルテンベルクは速力の差からまだターンを終えていなかった。

 

「よし、ヴュルテンベルクはヒンデンブルク、シュペーの後を追わず、このままレパルス、ロドニーを追走する!!」

 

レンはシュテルから出ていた指示通り、ヒンデンブルク、シュペーの後を追わず、そのまま直進し、レパルス、ロドニーを追いかけ、砲撃をしかける。

ヴュルテンベルクの行動はレパルス、ロドニーにとって予想外のモノだった。

 

「なっ!?なんでアイツは他の二隻を追いかけない!?」

 

ヴュルテンベルクの行動は艦隊戦で指令を無視した様な動きに見えたので、グレニア、チェンバレン姉妹の度肝を抜いた。

 

「このままレパルスを逃がすわけにはいかないからね、足を鈍らせるよ!!水雷長!!頼んだよ!!」

 

「了解」

 

ロドニーは兎も角、レパルスの足は速いので例えヴュルテンベルクが追走を仕掛けてもレパルスだけは逃げられてしまうかもしれない。

そこでレンはレパルスに魚雷を撃ち込んで足を鈍らせることにした。

ヴュルテンベルクは対艦攻撃用に60cm魚雷発射管を水面下に単装で艦首に一門、舷側に片舷二門ずつの計五門を装備していた。

 

「距離よし‥‥仰角よし‥‥発射準備完了!!」

 

「撃て!!」

 

ヴュルテンベルクの右舷に設置されている二門の模擬弾頭魚雷が放たれた。

すると、魚雷は見事レパルスに命中した。

突然激しい揺れがレパルスを襲う。

 

「うわっ!?」

 

「きゃぁ!!」

 

「な、なんだっ!?どうした!?」

 

「本艦に魚雷が命中しました!!」

 

「なにっ!?」

 

「魚雷の命中により本艦の速度が落ちています!!」

 

「くそっ、あのオンボロフランクフルトの野郎か!?」

 

グレニアは魚雷を放ったのがヴュルテンベルクの仕業だとすぐに分かり、

 

「こっちもお返しにあのオンボロフランクフルトに魚雷を撃ち込め!!」

 

と、同じく魚雷でヴュルテンベルクに報復することにした。

レパルスも53.3cm水中魚雷発射管二基を一番主砲塔手前に一門ずつ装備していた。

 

「魚雷発射準備完了!!」

 

「撃て!!」

 

そして、レパルスからも魚雷がヴュルテンベルクに向けられて放たれる。

 

「レパルス、魚雷を発射!!」

 

「っ!?」

 

レパルスの魚雷の内、一発がヴュルテンベルクに命中する。

 

「艦長、ヴュルテンベルクにレパルスの魚雷が当たりました!!」

 

「っ!?ヴュルテンベルクとの合流を急げ!!シュテーゲマン艦長、被害は!?」

 

「大丈夫だ。頑丈だけが取り柄だからな」

 

ヴュルテンベルクは魚雷を一発食らいながらも航行、戦闘に支障はなさそうだった。

その後もヴュルテンベルクは果敢にレパルスへ集中砲火を加える。

やがて、ヒンデンブルク、シュペーもレパルス、ロドニーを捕捉し攻撃を再開し、レパルス、ロドニーは次々と被弾する。

特にロドニーは主砲を前部に集中的に配置している艦影となっている為、後方からの砲撃には成す術もなく被弾した。

しかし、この戦闘でヴュルテンベルクも被弾し戦線を離脱する事になった。

だが、プリンス・オブ・ウェールズの合流前にレパルス、ロドニーを仕留める事が出来た。

 

「レパルス、ロドニー、共に被弾し戦線を離脱!!」

 

プリンス・オブ・ウェールズの艦橋では重苦しい空気が漂う。

ダートマス校の学生艦で残るのはプリンス・オブ・ウェールズただ一艦のみ‥‥

相手は小破しているとはいえヒンデンブルクと無傷のシュペー‥‥

此処に来て、ブリジットはビスマルクを相手にしていた事への愚策に気づいた。

ブリジットにとっての予想外はビスマルクの思いもよらない修理能力と反撃だった。

試合開始直後にビスマルクにラッキーパンチを食らわした時は幸先のいいスタートだと思っていたのにそれがいつの間にか逆転され、今では自分達がピンチとなっている。

試合開始直前にビスマルクへラッキーパンチを与えた事で自分の中に慢心が生まれていたのだろう。

それがこの結果である。

 

(今になってビスマルクの艦長の気持ちが何となく分かったわ‥‥)

 

ブリジットは追い詰められても最後まで降伏しなかったクローナの気持ちが分かった。

此処まで来たら、プリンス・オブ・ウェールズ一隻ではヒンデンブルク、シュペーの二隻を相手にするのではとても勝てる見込みが低い。

それでもブリジットはプリンス・オブ・ウェールズ艦長として、ダートマス校の主席としてむざむざ降伏してこの試合を終わらせるつもりはなかった。

どこまで相手にダメージを与える事が出来るだろうかわからない。

これが本物の戦争ならば、反転して撤退するのが当たり前かもしれないが、この試合は動ける海域に制限が設けられている親善試合であり、使用するのも模擬弾頭なので、撃沈される事もない。

ならば、引き際も盛大に華々しく散ることにした。

 

「ブリジット様‥‥」

 

「分かっているよ、キャビアちゃん‥‥でも、私としてもプリンス・オブ・ウェールズ艦長のメンツがあるからね‥‥」

 

「‥‥」

 

「この試合に負ける事になったのは全部私の責任‥‥ごめんね、みんな‥‥」

 

ブリジットは艦橋メンバーに深々と頭を下げる。

 

「そんな事はありません!!我々はあのビスマルクを仕留めたのですから、これは十分に誇れる事ですわ!!」

 

キャリーは今回の試合にはもう勝ち目はないが、成果ではあのビスマルクに初弾で命中弾を与え、一騎打ちで戦線離脱させたのだから十分に誇る成果であると言う。

その他の艦橋要員もキャリー通り、頷く。

 

「みんな‥‥ありがとう‥‥」

 

プリンス・オブ・ウェールズ乗員の意見は一致し、最後の負け戦へと挑んだ。

 

「プリンス・オブ・ウェールズ接近します!!」

 

例え一艦になっても降伏せずに戦いを挑んで来るプリンス・オブ・ウェールズにシュテルはブリジットの意地なのか、それとも誇りなのか、それともただの自棄なのか、彼女がどんな感情を抱いているのか分からなかったが、降伏せずに戦いを挑んで来るのであれば、それを迎え撃つだけであった。

 

「陣形を変更する。シュペーに通達」

 

シュテルは後続のシュペーに陣形の変更を通達する。

ヒンデンブルクとシュペーは単縦陣から距離をあけて並行する。

そしてその間にプリンス・オブ・ウェールズを挟む形となり、プリンス・オブ・ウェールズと並行戦となる。

プリンス・オブ・ウェールズは前部と後部の四連装主砲をヒンデンブルクへと向け、連装の第二主砲をシュペーに向け、応戦する。

しかし、この時プリンス・オブ・ウェールズはビスマルクとの戦闘で主砲の射撃装置に異常を起こしており、旋回は出来るが砲弾を放つことが出来ない状態だった。

ヒンデンブルクとシュペーの主砲と副砲、そして魚雷をプリンス・オブ・ウェールズへと放つ。

左右両舷からの集中砲火、そして水中からは魚雷を受けたプリンス・オブ・ウェールズはあっという間に航行不能となる。

 

「ブリジット様‥‥残念ですが、此処までの様です‥‥」

 

「そうですか‥‥皆さん‥‥此処までありがとう‥‥いい戦いでしたわ‥‥」

 

ブリジットは艦橋要員へ微笑み、そして此処までよく戦ったと礼を言った。

 

「プリンス・オブ・ウェールズ、行き足、止まりました!!」

 

「艦橋のウィングにて白旗を確認!!」

 

「撃ち方止め!!」

 

プリンス・オブ・ウェールズが機関を停止し、白旗を揚げた事で、シュテルはプリンス・オブ・ウェールズへの攻撃を止めるように命令を下す。

同じく、シュペーもプリンス・オブ・ウェールズへの攻撃を止めた。

 

『ダートマス校、全艦戦闘不能、試合終了!勝者、ヴィルヘルムスハーフェン校』

 

ダートマス校の学生艦全艦が戦闘不能となり、試合は終わった。

損傷した艦はヴィルヘルムスハーフェン校のタグボートが海上フロートのドックまで曳航した。

試合が終わり、参加した学生たちが海上フロートの校庭に集まった。

そして、この試合を観戦した教官達が考査し、試合のMVPが決まった。

MVPを受賞したのはシュテルだった。

 

「おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

エバンスがシュテルの胸に勲章をつける。

クローナは試合にはあまり貢献できず、他校の生徒に勲章を奪われた事が面白くないのかソッポを向いている。

 

「はぁ~残念、ビスマルクにやられすぎちゃったなぁ~」

 

ブリジットはやはり、敗因はビスマルクにかまけた事が原因だと口にする。

彼女はやはり、あの時ビスマルクの相手を速力で劣るも攻撃力が一番高いロドニーに任せておけばよかったのだ。

あの丁字戦法の時、ロドニーの速力がレパルスの足を引っ張る事になっていたのは間違いなかった。

それにビスマルクの相手をしていなければ、プリンス・オブ・ウェールズの砲塔が故障する事はなく、ヒンデンブルク相手に万全で戦えた筈だった。

 

「いや、我々の完敗だ」

 

テアは本来ならば勝っていたのは自分達、ヴィルヘルムスハーフェン校ではなく、ブリジット達、ダートマス校だったと言う。

 

「この試合にはキールのヒンデンブルクが援軍に来ていた。そしてその乗員は数カ月であるが、海に出た経験が我々よりも勝っている。それに使用されていたのは模擬弾頭‥‥もしこれが本当の戦いだったら負けていたのは我々の方だった‥‥」

 

「フフ、正直なんだね、テアちゃんは、貴女の事、好きかも」

 

「‥‥」

 

ブリジットから好きと言われ、ちょっとドキッとするテア。

しかし、好きの意味にも 「like」 と 「love」 の二つの意味がある。

ブリジットが言った『好き』はきっと「like」の方の好きだろう。

そう思いたいテアだった。

 

「それはそうとちょっと相談なんだけど‥‥あの人どうにかならないかな?ずっと睨まれていて‥‥」

 

ブリジットはテアにクローナを何とかしてくれと頼んだ。

それを証拠にブリジットの背後にはクローナが居り、ブリジットの事をジッと睨んでいた。

 

「それは自業自得です。ブリジット様」

 

「キャビアちゃん」

 

「ほら、絡まれない内に帰りますよ」

 

キャリーがブリジットの横から現れ、彼女を連れて行った。

 

「アッ、言い忘れる所でした。良い勝負をありがとうございました」

 

キャリーはテアに礼を言って今度こそ、ブリジットを連れて去って行った。

テアがブリジットとキャリーの後ろ姿を見ていると、

 

「テア・クロイツェル」

 

テアは背後から声をかけられた。

 

「少しいいですか?」

 

其処にはマイヤーが居た。

 

「あ、あんたはっ!?」

 

ミーナは思わずテアに失礼な事を言っていたマイヤーに対して、クローナと同じ態度をとってしまう。

 

「あんた?」

 

教官に対して失礼な口をきいた事にマイヤーはギロッとミーナの事を睨みつける。

 

「あっ、いや‥‥何の用事でしょうか‥‥?」

 

「昨日、言った事を訂正します」

 

マイヤーは昨夜、テアに行った発言を撤回した。

 

「勲章は惜しくも逃しましたが、艦を無傷で戦った見事な戦いでした。貴女はビスマルクに乗らずとも力を証明した。まだ甘い部分もありますが、貴女の実力‥認めざるを得ません。今後の貴女に期待します。そう言った点では私は間違っていました」

 

「‥‥」

 

マイヤーがテアに素直に謝った事に謝られたテア本人はポカンとした顔でマイヤーの事を見ている。

 

「なんです?」

 

「いえ、謝られたのが意外だったので‥‥」

 

しかし、

 

「訂正しただけで謝った訳ではありません」

 

「‥‥」

 

確かにマイヤーはテアに「すみません」 「ごめんなさい」 と謝罪の言葉は一切口にしていない。

 

「それとこれを‥‥」

 

そして、マイヤーはテアに小さな小包を手渡す。

テアは小包を受け取ると早速その小包を開ける。

すると小包の中には艦長帽が入っていた。

 

「艦長帽?」

 

「それは、貴女の母親からです」

 

「母から‥‥?」

 

「貴女が入学して艦長になったら渡す様に頼まれていました」

 

マイヤーは自分がテアの母親から艦長帽を託されたとテアとミーナに話す。

 

「はぁ!?入学って‥‥六年以上前からですか!?」

 

ミーナはテアの母親の行動に思わず声をあげる。

まず、テアが無事にこの学校に入れるのか、例えこの学校に入ったとしても学生艦の艦長になれるのか分からなかった。

そんな絶対の保証もないなか、テアの母親はテアの為に艦長帽を用意していた事になる。

 

「どうしてこれを先生が‥‥?」

 

テアは未だに状況がつかめていないのか、相変わらずポカンとした顔でマイヤーがテアの母親から託された艦長帽を持っているのかを訊ねる。

 

「‥‥真に遺憾ですが、学生時代、彼女の‥貴女の母親の艦の副長を務めていた経緯があるので‥‥」

 

マイヤーはイラついた様子で学生時代‥テアの母親が艦長を務めていた艦の副長を務めていた時代を思い出した様だ。

兎に角、その昔の伝手でマイヤーはテアの母親からテアに艦長帽を渡したのだ。

 

(遺憾って‥‥艦長のお母さん、一体この人に何をしたんだ?)

 

ミーナはテアの母親が学生時代、マイヤーに一体何をしたのか気になった。

何年も前の学生時代の事を未だに根に持っていると言う事はかなりの事をしたのだろう。

 

「あと、彼女から貴女に伝言があります」

 

「伝言?」

 

「『それを指定した場所まで返しに来い』というのか彼女の伝言です」

 

「はぁ?」

 

ミーナはテアの母親からの訳の分からない伝言に思わず素っ頓狂な声をあげる。

 

「それはどう言う事ですか?」

 

テアの母親の伝言の意味は分からず首を傾げる。

 

「さあ?」

 

伝言を頼まれたマイヤー自身もテアの母親の伝言の意味は分からない様子。

 

「やめたいなら、やめて良いと思いますよ。意味の無い事が好きな人でしたから」

 

「‥‥」

 

マイヤーはテアに彼女の母親の学生時代の事を踏まえて、母親の伝言をやるかやらないかを訊ねる。

 

「そうですね。それがいいかもしれませんね。ただ‥‥捨てるなら目の前で捨ててやります」

 

テアとしては、それは母親に対してのささやかな反抗でもあったのだろう。

 

「それで、母の言う場所とは?」

 

「来年の事になりますが、遠洋実習の地‥‥日本です」

 

「日本‥‥」

 

「来年の事ですし、シュペーが遠洋実習の艦に選ばれるかわかりませんが、日本へ行けるように頑張ってください」

 

「はい」

 

来年の事になるが、テアは日本で行われる遠洋実習で出会えるかもしれない母親に思いを抱いた。

 

 

戦いが終われば同じブルーマーメイドを志す学生達‥‥

その日の夜、海上フロートの講堂ではヴィルヘルムスハーフェン校とダートマス校との親睦会が開かれた。

講堂に用意された長テーブルの上にはイギリス、ドイツを代表する料理が所狭しと並べられている。

クローナ達ビスマルクの生徒達はやはり、試合の出来事とは言えダートマス校の生徒らの事が許せないのか、距離をとっていた。

テアは山盛りのザワークラウトとソーセージをミーナに食べさせてもらっていた。

レンは何故かブリジットに物凄く懐かれていた。

どこか通じるモノがあったのだろうか?

ユーリは用意された料理に舌鼓をうっている。

そしてシュテルは同じ日系の為かフッド艦長のカレンから物凄くアプローチを受けていた。

 

「イカリさん、今度の夏休みに是非、我が校に来てくだサーイ!!」

 

「えっ?」

 

「夏休み期間中にワタシたちの学校で体験入学がアリマース。そこへゲストとして来てくだサーイ!!」

 

カレンが艦長を務めるフッドを戦闘不能にしたにも関わらず彼女はシュテルをダートマス校へと招待する。

世界でもトップレベルのダートマス校へ行けると言う事はシュテル個人にしてもとっても大変興味深い事だった。

 

「でも、そう言うのって先生の推薦とか必要じゃないの?」

 

「私が先生に頼んでおきマース。それにシュテルは今日の試合で勲章を貰っていマース。それにその腰のサーベル、キールの主席の証だと聞きました。ブリジットと同じデース!!それなら問題ありまセーン」

 

カレンはシュテルが夏休みに行われる体験入学のゲストに教官へ推薦すると言う。

 

「じゃ、じゃあ、お願いします」

 

「了解デース」

 

シュテルはカレンと連絡先を交換した。

縁もたけなわになった頃、

 

「あれ?艦長?どこへ行ったのだろう‥‥?」

 

ミーナはいつの間にかテアが居ない事に気づいた。

 

ミーナがテアを探している中、シュテルは会場の人に少し酔い、講堂から出て夜風にあたっていると、

 

「碇艦長其処に居たのか…」

 

「ん?」

 

後ろから声をかけられた。

振り返ると、其処にはテアの姿があった。

 

「中に居なかったから探したぞ。なぜこんな所に?」

 

「クロイツェル艦長‥ちょっと人に酔ってしまいましてね‥‥それで、どうしたんですか?」

 

「貴女を探していた」

 

「私を?」

 

「ええ‥‥碇艦長」

 

「ん?」

 

「もうすぐ戻ってしまうのだな?」

 

「ええ‥交換留学の期間ももうすぐ終わるので‥‥」

 

シュテル達ヒンデンブルクが来てから数カ月‥‥ヴィルヘルムスハーフェン校とキール校の交換留学の期間も間もなく終わり、ヒンデンブルクはキール校へ戻らなければならない。

 

「そうか‥‥碇艦長」

 

「ん?」

 

するとテアはシュテルに向き合い真剣な顔で一言言った。

 

「我が校に転校してこないか?」

 

「えっ?」

 

テアの発言後にひゅ~っと夜の海風が海上フロートに吹きわたり、シュテルとテアの髪は僅かに靡いた。

 



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32話

 

 

「‥‥碇艦長」

 

「ん?」

 

「我が校に転校してこないか?」

 

「えっ?」

 

ヴィルヘルムスハーフェン校、ダートマス校、両校の親善試合はヴィルヘルムスハーフェン校の勝利で終わり、その夜に海上フロートにて開かれた両校の親睦会。

互いに和気あいあいとする者もいれば、試合でやられた事を根に持って距離を置く者と様々な様子を呈していた。

今回の試合の功労者であるシュテルも親睦会を楽しみ、ダートマス校のフッド艦長の九条カレンと同じ日系と言う事で交流を持ち、今度の夏休みにダートマス校で行われる体験入学へ来てくれと言われ、向こうの教官の許可が下りたら、ダートマス校へゲストとして赴くことにした。

そして、親睦会の終盤、シュテルは人に酔って、夜風にあたっている時、テアからヴィルヘルムスハーフェン校への転校を勧められた。

転校の話を出され、シュテルの返答は‥‥

 

「‥‥クロイツェル艦長‥‥すまない‥お誘いは嬉しいが、それは出来ない」

 

「‥‥」

 

シュテルはテアにヴィルヘルムスハーフェン校への転校は無理だと言う。

テアはそれを聞いて少し残念そうな様子。

 

「クロイツェル艦長にシュペーの仲間たちが居るように私にもヒンデンブルクの仲間たちが居る。艦長として、仲間たちを見捨てる事はできない」

 

シュテルの目とテアの目が向き合う。

 

「そうか‥‥すまなかった。無粋な事を言って」

 

「いえ‥‥でも、こうしてクロイツェル艦長と知己を得た事は十分‥‥」

 

「テア」

 

「えっ?」

 

「その‥‥私達は友人になったのだから『クロイツェル艦長』なんて他人行儀みたいな風に呼ばないでくれ」

 

「‥‥そうだね。じゃあ、私の事も『碇艦長』ではなくて、シュテルって呼んでね」

 

「ああ」

 

二人は互いに微笑み握手を交わした。

その後、二人は海に浮かぶ月を見ながらベンチに座る。

 

「シュテル」

 

「ん?なに?テア」

 

「その‥‥また、頭を撫でてくれ‥‥」

 

テアはまるで母親に甘える様な感じで、上目遣いでシュテルに自分の頭を撫でてくれと頼む。

 

「いいよ‥じゃあ、此処に頭を乗せて」

 

シュテルはポンポンと膝を手で叩き、テアを誘う。

 

「では、失礼する」

 

テアはシュテルの膝に頭を乗せる。

そして、シュテルは微笑みながらテアの望み通り、彼女の頭を優しく撫でる。

 

「ん‥‥」

 

テアは目を閉じシュテルの手の感覚を感じる。

 

「~~♪~~♪」

 

シュテルはテアの髪を撫でながら子守り歌を口ずさむ。

すると、テアは今日の試合の疲れもあり、更にシュテルの手触りと歌声であっという間に夢の世界へと旅立った。

 

「~♪~~♪‥‥ん?テア?‥‥寝ちゃったのか‥‥」

 

自分の膝の上でスースーと静かに寝息を立てているテア。

起こすのは忍びないし、かと言ってこのままでは風邪をひいてしまうので、

 

「よいしょっ‥と‥‥」

 

シュテルはテアをお姫様抱っこして講堂へと戻った。

講堂では既に寮へ戻っている生徒もおり、親睦会は御開きとなっていた。

シュテルはテアをシュペーのクラスメイトに引き渡そうと講堂の中を見回していると、

 

「アッ――――!!貴様!!我が艦長に何を!!」

 

「ちょっとシュテルン!!なんでそのちびっ子を抱っこしているのさ!?」

 

「二人で何をしていたの!?まさかナニなの!?シュテルン、そんなちびっ子に萌えるの!?シュテルン、百合でロリなの!?」

 

ミーナ、ユーリ、クリスの三人に詰め寄られる。

三人が声を荒げているにも関わらず、テアの眠りは深いみたいで、起きる様子は無かった。

 

「三人共、何を言っているのさ、ちょっとテアと世間話をしただけだよ」

 

「「「テア?」」」

 

シュテルがテアの名前を出すと三人は訝しむ目でシュテルを見てくる。

 

「シュテルン、何時の間にそのちびっ子を名前で呼ぶ仲になったのさ?」

 

ユーリがシュテルにテアを名前呼びした事にいち早く訪ねてくる。

 

「さっき世間話をした時にお互いに名前で呼ぼうって事になったんだよ」

 

シュテルは三人に何故、テアの事を名前で呼ぶのか、その訳を話す。

 

(テアは確かに私やローザを虜にしたがまさか、他校の生徒までもを虜にするとは流石、テアだ。しかし、テアをお姫様抱っこだと!?う、羨ましい!!私だってまだテアをお姫様抱っこした事がないのに~!!)

 

(あのちびっ子、シュテルンにお姫様抱っこだと~!!う、羨ましい~!!)

 

(八幡さん、転生しても小さい方には懐かれるんですね)

 

三者はテアをお姫様抱っこしているシュテルを見てそれぞれが心の中でシュテルに対して思っていると、

 

「すまないが、彼女をいいかな?」

 

シュテルは眠っているテアをミーナに差し出す。

 

「お、おう‥‥すまない」

 

シュテルからテアを受け取ったミーナは、

 

(て、テアをお、お姫様抱っこ‥‥か、感激だぁ――――!!)

 

(眠っているテアもやっぱりかわいい~それに暖かい~)

 

頬を染めて完全に顔が緩んでいる。

 

「えっと‥‥それじゃあ、よろしく頼んだよ」

 

テアをミーナに託したシュテルはユーリとクリスと共に海上フロートの寮の部屋へと戻って行った。

 

その後は親善試合にて艦が損傷したので、海洋実習は無く、教室での座学となったのだが、学校側は艦が損傷を受ける事を見越してのカリキュラムを組んでいた。

ダートマス校の学生艦は最低限、動けるだけの修理をして、本格的な修理は母校へ戻ってから行うようで、ブリジット達、ダートマス校のメンバーは母校へと帰って行った。

親善試合も終わり、普段の授業風景へと戻った中、テアはシュテルと行動を共にする事が多かった。

もうすぐでキールとの交換留学の期間も終わると言う事でそれまでテアはシュテルと時間を共にしたいと言う気持ちが高かった。

そんな二人の様子を見てミーナ、ユーリ、クリス、そしてジークは面白くないと言う顔をして、互いの艦長にかまって欲しい、そして自分達の艦長を独占しているもう一人の艦長に対して嫉妬心の様なモノを抱いていた。

昼休み、

 

タンッ

 

トッ

 

タンッ

 

トッ

 

タンッ

 

トッ

 

テアとシュテルは食堂でチェスを興じていた。

 

「チェックメイト」

 

「う~ん‥‥負けました」

 

勝敗はテアに軍配が上がった。

テアの特技・趣味の一つにチェスがあった。

兵棋演習同様、チェスや将棋は戦術を生み出し、味方を守り、敵へ攻め込むためのロジック、そのイメージ力や思考力の素早さを養うのにはチェスは手軽で良い訓練となる。

シュテル自身もテアの様に特技・趣味程ではないが、クリスを相手に嗜む程度には打てる。

シュテルとテアの対局を見ていたミーナは、

 

(こ、これだ!!此処で私が碇艦長に勝てば、艦長も私の事を見直してくれる筈だ!!)

 

テア同様、ミーナの趣味・特技の中にもチェスがあった。

 

「い、碇艦長」

 

「ん?」

 

「次は私と一戦、お願いできないか?」

 

「えっ?あっ、うん‥‥いいよ」

 

(よしっ!!‥‥計画通り‥‥)

 

シュテルがすんなりと自分とのチェスの対局に応じた事にミーナはニヤリと小さく口元を緩める。

そして、始めったシュテルとミーナとのチェスの対局は‥‥

 

キーンコーンカーンコーン

 

勝敗がつく前に昼休の終了を告げるチャイムによって強制的に終了せざるを得なかった。

 

「すごいな、シュテルは、副長のチェスの腕前は私に次ぐ程なのに此処までとは‥‥」

 

「い、いや~テアとの対局で色んな戦術が頭の中で浮かんで冴えていたからね」

 

と、反対にテアとシュテルの仲を余計に深めてしまった。

 

海上フロートに整備されている射撃場。

そこにビスマルク、シュペー、ヴュルテンベルク、ヒンデンブルクの生徒らが集まっていた。

今日は射撃の訓練でそれぞれの艦ごとにブースが分かれており、モーゼルkar98kを使用し的へ射撃し、命中率を競うモノだ。

そして現在のトップはクローナであった。

しかし、身長の低いテアにとって自分よりも僅か30㎝しか差がないモーゼルkar98kは持ちにくそうだ。

そして始まった射撃訓練では案の定、テアの成績は悪かった。

すると、

 

「あらあら、豆戦艦とは言え、艦長がそんな腕前で大丈夫なの?」

 

クローナがテアに絡んできた。

今現在、トップの成績のクローナはテアに勝っていると言う優越感の為かテアに対して見下す様な目に、口元をニヤリと緩め下劣な笑みを浮かべている。

 

「‥‥うざっ」

 

テアはクローナとすれ違いざまにボソッと呟いた。

シュテルのアドバイス通り、これ以上はクローナの嫌味や皮肉に一々無視をするのではなく、明確に拒絶する姿勢をとったのだ。

 

「なっ!?」

 

反対にクローナはこれまでどんなに嫌味や皮肉を言っても反論をしてこなかったテアがいきなり自分に対して反抗するような言葉をつぶやいてきた。

 

「なんですって!!貴女、もう一度言ってみなさいよ!!チビの豆艦長が!!」

 

クローナは声を荒げ、テアに掴みかかろうとするが、

 

「コラ!!何をしている!?」

 

「い、いえ、何でもありません」

 

教官に見つかり、クローナはテアに伸ばした手を引っ込めて、彼女を睨みつけ、その場をすごすごと去って行く。

 

「相変わらず、嫌味な人だね」

 

クローナとテアのやり取りを見て、いくらシュテルを独占しているテアとは言え、ユーリも流石にクローナの言動には嫌悪感を抱いていた。

 

「ユーリ、あのいけ好かない女の鼻っ柱をへし折れる?」

 

シュテルがユーリにクローナ以上の成績を出せるかと問うと、

 

「当たり前じゃん」

 

得意そうな顔でユーリはブースへと入り、モーゼルkar98kに弾を込める。

そして、銃を構えると、

 

バン!!

 

チャリーン!!

 

ガッチャ

 

バン!!

 

チャリーン!!

 

ガッチャ

 

バン!!

 

チャリーン!!

 

ガッチャ

 

バン!!

 

チャリーン!!

 

ガッチャ

 

バン!!

 

チャリーン!!

 

ガッチャ

 

込められた弾を全弾撃つとユーリの撃った弾は全て的に命中していた。

 

「パーフェクト、現在のトップはヒンデンブルク、砲雷長、ユーリ・エーベルバッハ」

 

全弾命中させた事でユーリの射撃の成績はクローナを上回った。

またもや他校の生徒に成績を抜かれたクローナは他の生徒が拍手する中、苦虫を嚙み潰したよう顔でユーリの事を睨んでいた。

 

「へぇ~あの金髪の人、なかなかやるじゃん」

 

すると、レターナがユーリの事を感心する様に言う。

 

「じゃあ、私も頑張っちゃおうかな?」

 

そして気合を入れてブースへと入る。

だが、成績はいまいちな成績だった。

 

「あれだけ言っておいて情けないぞ、レターナ」

 

ミーナは平均より下の結果をだしたレターナに呆れた。

最終的結果で、射撃訓練において、一番の成績を出したのはユーリだった。

なお、全弾命中させたのはユーリであったが、書記のメイリンもなかなかの成績を出していた。

彼女の意外な才能を垣間見た気がした。

 

放課後になり、シュテルとテアの姿は再び食堂にあった。

 

「シュテルは日本へ行ったことがあるのか?」

 

「えっ?」

 

食堂で午後のティータイムを二人で過ごしていると、テアはシュテルに日本について訊ねてきた。

 

「う~ん‥‥小学校に上がる前に何度か行ったことがあるかな‥‥でも、どうして日本に興味を?」

 

「実は‥‥」

 

テアは親善試合の後、マイヤーとのやり取りをシュテルに話した。

 

「なるほど‥‥」

 

六年も前からテアがヴィルヘルムスハーフェン校に入学し、シュペーの艦長になる事を見越していたテアの母親の先見の明は凄いと言うか、娘を信頼しているのかは不明だが、来年の事とは言え、恐らく日本へ留学する事も既にテアの母親は見越しているのだろう。

 

(日本か‥‥)

 

日本はシュテルの前世の故郷であったが、この後世でも日本には思い出があった。

シュテルがテアの質問に答えた時、昔の思い出が脳裏を過ぎった。

幼年部‥シュテルが小等部へ上がる前、彼女は船では時間がかかるので、飛行客船でドイツから日本の京都に居る祖父母の下に旅行へ出かけたことがある。

その時は千葉には行かなかったので、戸塚を訊ねる事も自身のソウルドリンクであるマックスコーヒーを飲むことは出来なかった。

シュテルは日本に居た頃、ちょっと京都から遠出して広島の呉へ出かけた時、シュテルは近くの児童養護施設に住んでいると言う二人の少女に出会った。

あの時もたった一日だけであったが、シュテルとその二人の少女と意気投合した。

二人の内、一人の少女は母子家庭で母親は元ブルーマーメイドの隊員だったらしく、殉職してしまい、彼女は呉の児童養護施設に暮らす事になったらしい。

そして、三人で岬の上から呉に入港する大和の姿を一緒に見た。

シュテルがこうして海洋学校へ入ったそもそもの起点は戸塚に会いに行ける事の他にその二人の少女に出会ったことだった。

 

(あっ、そう言えば、アイツも居たな‥‥)

 

その他にもう一つ、日本には祖父母の他にもう一人、シュテルの遠い親戚が居た‥‥

 

 

 

 

シュテル達ヒンデンブルクがヴィルヘルムスハーフェン校へ交換留学している時、日本では‥‥

日本は前世の歴史と異なり、石油やメタンハイドレートの採掘に端を発する急激な地盤沈下で平野部のほとんどが海に沈んだが、日本全てが海の底に沈んだわけでは無く、当然陸地も残っており、幹線道路が敷かれて、其処には当然自動車も走っている。

前世では高校の入学式の時、由比ヶ浜は早朝、由比ヶ浜家の愛犬、サブレの散歩をしていた際、サブレの首輪とリードを繋ぐ金具が壊れており、そのリードと首輪が外れ、サブレはそのまま車道に飛び出し、雪ノ下家の車に轢かれそうになった。

そこを入学の日、朝一で登校しようとしていた比企谷八幡が間一髪、助けた事によりサブレは一命をとりとめたが、八幡自身は足を骨折し数週間の入院を余儀なくされた。

この事故の関係者の内、雪ノ下家は彼の入院費を負担すると共に多額の金を口止め料として比企谷家に渡した。

その多額の口止め料は八幡の為には一円も使われず、全て八幡を除く比企谷家の者が豪遊する為に使用された。

そしてサブレ(犬)の飼い主である由比ヶ浜も一度は比企谷家に菓子折りを持って行ったが、八幡自身に礼と謝罪をしたのは事故から一年以上経ってからで、車に乗っていた雪ノ下と一年以上経ってから礼と謝罪をした由比ヶ浜はそれまで自分達が事故の関係者である事を黙っており、八幡を当たり前のように罵倒し続けていた。

しかし、この後世では比企谷八幡と言う人間は居らず、地形も変わり、さらに前世の記憶を引き継いでいる事で入学式の日には事故は起きなかった。

だが、この後世においても由比ヶ浜家の愛犬、サブレの首輪とリードを繋ぐ金具は壊れていた。

由比ヶ浜はそんな事も知らず、その日の早朝、彼女は何時ものように愛犬、サブレを連れて日課である散歩へと出かけていた。

 

「うーん‥‥やっぱり朝の散歩はいいね、サブレ」

 

「わんわん!!」

 

まだ通勤・通学のラッシュ時の時間帯ではない為、歩いている人もまばらな時間。

しかも時折、海からの潮風と波の音が心地よく、水平線から昇り始めた朝日の光を浴びると、今日も一日が始まるのだと実感できる。

公園内を歩いて、もうすぐで公園を出ようとした時、

 

「わんわん!!」

 

サブレが突然走り出したかと思ったら、首輪とリードを繋ぐ金具が外れ、サブレはそのまま公園を出て車道へと走って行く。

 

「サブレ!!」

 

由比ヶ浜も慌ててサブレを追いかける。

彼女の脳裏には前世で起きたサブレと八幡の事故が過ぎる。

すると、前世と同じく、

 

プップー!!

 

車がサブレ目掛けて突っ込んできた。

 

「サブレ!!」

 

キキキキィー!!

 

由比ヶ浜の絶叫と車の急ブレーキの音が響く。

しかし、車道にサブレの悲鳴と轢かれるような鈍い音はしなかった。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

「バカやろう!!気をつけろ!!」

 

車のドライバーが窓から顔を出し、大声を出すとそのまま車を走らせその場から去って行く。

車道の隅にはサブレを抱いた青年の姿があった。

 

「サブレ!!」

 

「危なかったね‥あと少し遅れていたら轢かれている所だったよ」

 

サブレを助けたのは自分と同じくらいの赤い目、そして空色の髪をした青年だった。

 

「あ、ありがとうございます」

 

由比ヶ浜は青年からサブレを受け取ると早速礼を言う。

前世の時はサブレを助けた八幡はそのまま雪ノ下家の車に轢かれ意識を失い病院へ搬送されたので礼を言うのに一年以上経ってからとなったが、この時はサブレを助けた青年は車に轢かれる事無く無事だった。

 

「あ、あの‥‥」

 

「それじゃあ、僕はこれで‥‥」

 

青年はサブレの無事を確認すると、そのまま名を名乗らずその場から去って行った。

 

「‥‥」

 

由比ヶ浜は去って行く青年の姿をボゥっとした表情で見ていた。

その日、由比ヶ浜は授業中も昼休みもボゥっとしていた。

授業中なんて、教官に答えを聞かれた時、凡ミスをする始末だ。

 

「由比ヶ浜さん、今日の貴女、ちょっと変よ。どこか具合が悪いの?」

 

雪ノ下が放課後、由比ヶ浜に声をかける。

 

「あっ、うん‥‥体調は大丈夫‥どこも悪くはないよ」

 

「でも‥‥」

 

「ねぇ、ゆきのん」

 

「なにかしら?」

 

「ゆきのんは今でも葉山君の事が好き?」

 

「えっ?‥‥そうね‥前の世界では好きだったけど、今では強く意識はしていないわね‥‥もしかして貴女、葉山君の事を?」

 

「ううん、葉山君じゃなくて‥‥」

 

由比ヶ浜は今日の朝の事を雪ノ下に話した。

彼女の話を聞いて雪ノ下の脳裏に過ぎったのは前世での入学式での出来事‥‥

 

(まさか、由比ヶ浜さんの犬を助けたのは‥‥いえ、そんな筈は無いわ。あのクズはこの世界には存在しない筈だもの‥‥)

 

雪ノ下は由比ヶ浜の犬を助けたのは八幡ではないかと一瞬そう思ったが、彼は葉山が特典としてこの世界には存在しないようにしていた。

故に由比ヶ浜の犬を助けたのは八幡では無い筈だと自分に言い聞かせる。

 

「ねぇ、由比ヶ浜さん。貴女の犬を助けた人の名前は何て言うのかしら?」

 

「それが、その人、名前も名乗らずに行っちゃったから‥‥」

 

「どこの人かも分からないの?」

 

「う、うん‥あっでも、ヒッキーじゃなかったのは確かだよ」

 

「そう‥‥」

 

(そうよね。あのクズがこの世界に存在している筈がないものね)

 

由比ヶ浜から犬を助けたのは八幡ではないと確約を取り雪ノ下は内心安堵した。

サブレを助けたのが何処の誰なのかは分からないまま由比ヶ浜が家に戻ると、意外にもどこの誰なのかすぐに分かった。

 

『さて、次のニュースです。今日、千葉市青葉公園芸術文化ホールで行われた国際ピアノコンクール青少年の部で、千葉芸術大学付属高校から出場した渚カナデさんが見事優勝しました。渚さんは‥‥』

 

何気なく見ていたニュースで今日、開かれたピアノコンクールで優勝した人物の顔を見た由比ヶ浜は、

 

「アッー!!」

 

思わず声を上げた。

テレビの中に映し出されているピアノコンクールの優勝者の顔はまさに今日、サブレを助けた青年の顔だった。

 

(そっか、あの人の名前は渚カナデって言うんだ‥‥)

 

由比ヶ浜はサブレを助けた青年の名前が判明し、ホッとした様な顔をした。

その時の由比ヶ浜の表情はまさに恋する乙女の顔だった。

彼女はこの後世にて新たな恋をした。

しかし‥‥

 

此処で時間を少し巻き戻す。

 

 

千葉市にある青葉公園芸術文化ホールにて、開かれた国際ピアノコンクール。

その青少年の部にて、渚カナデは燕尾服を着て出番を待っていた。

自分のピアノの腕には自信がある。

幼少の頃から自分の生涯はピアノと共にありピアノ一筋の人生を歩んできた。

でも、この世に絶対なんてモノはない。

それにピアノ一筋の人生の中でもカナデにとってピアノ以外にももう一つ、夢中‥と言うか、気になる存在があった。

カナデは徐に燕尾服の懐から定期入れ程の大きさの写真入れを取り出す。

その中には一枚の古い写真が入っていた。

其処にはカナデの幼い時の姿とその隣に茶髪でショートカット、猫のような青いつり目の少女が恥ずかしそうにほんのりと頬を染め、カメラのレンズから視線を逸らしている姿が映し出されている。

 

(シュテル‥‥僕の幸運の女神‥‥僕に力を貸してくれ‥‥)

 

カナデは写真入れをギュッと胸に抱きしめた後、再び懐に入れる。

 

「では、次、エントリーナンバー○○番、渚カナデさん」

 

司会者がカナデの名前を

会場が拍手に包まれる中、カナデはピアノへと歩んで行った。

 

 

そしてカナデは見事、ピアノコンクール、青少年の部で優勝した。

 

 

カナデに新たな恋をした由比ヶ浜であったが、そのカナデはシュテルの事を知っており、彼女の事を意識していた。

由比ヶ浜、カナデ、シュテル‥‥この三人が出会うのはもう少し先の事であった。

 



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33話

 

前世において八幡と初邂逅した時とほぼ同じ様なシチュエーションにてある邂逅をした由比ヶ浜。

彼女は前世同様、自分の愛犬を助けてくれた青年に恋をした‥‥

その日の由比ヶ浜は他の事が耳に入らず、授業では凡ミスを連発する始末だった。

だが、

 

「ゆきのん!!」

 

由比ヶ浜が自身の運命の出会いを感じた翌日、彼女は昨日とはうってかわって輝いていた。

 

「どうしたの?由比ヶ浜さん」

 

「それがね‥‥」

 

由比ヶ浜は昨日、自分の家の愛犬を助けてくれた青年の名前が判明した事を雪ノ下に話した。

 

「そう‥良かったわね。身元がわかって」

 

「うん」

 

(やっぱり、あのクズではなかったのね‥‥)

 

雪ノ下はもしかして‥と思ったが、やはり八幡はこの世界には存在して居なかった。

そもそも、由比ヶ浜に見せてもらった画像に写っている青年の容姿は、前世で知る比企谷八幡とは雲泥の差で、爽やかな好青年の容姿をしていた。

 

由比ヶ浜と雪ノ下の話を偶然聞いた葉山は、

 

(いい事を聞いたぞ‥‥このまま結衣とソイツをくっつける事ができれば、雪乃ちゃんは前世と同じくフリーになる‥‥そうすれば、雪乃ちゃんはまた俺と婚約者になれるぞ!!)

 

(大体、結衣は邪魔なんだよ、いつもいつも雪乃ちゃんにべったりとして、そのくせ、バカで空気を読まない。ヒキタニの奴が居ればあのバカを押し付けてやりたかったが、この世界じゃ、そのヒキタニを消しちまったからな‥‥でも、いい代わりが居た様で何よりだ‥‥)

 

葉山は由比ヶ浜と彼女が恋したその青年をくっつけてしまえば、自分は前世の様に雪ノ下と婚約関係に戻り、由比ヶ浜を雪ノ下から遠ざけることが出来るのではないかと思い始めた。

 

「なんの話をしているんだい?」

 

葉山は話を盗み聞きしていたにもかかわらず、何食わぬ顔で由比ヶ浜と雪ノ下の会話に入って来る。

 

「あっ、聞いて、隼人君。実はね‥‥」

 

由比ヶ浜はまさか、葉山が自分と雪ノ下の話を盗み聞きしていたとは知らず、渚カナデとの出会いを満面の笑みを浮かべて話した。

 

「へぇ~それはよかったじゃないか」

 

「うん。サブレは助かったし、あたしはまさに運命の出会いをしたんだよ。ヒッキーなんかより、ずっとカッコイイ人とね」

 

「応援するからね、結衣」

 

「私もよ、由比ヶ浜さん」

 

「ありがとう!!ゆきのん、隼人君!!」

 

雪ノ下は純粋に由比ヶ浜の恋を応援しようと思っているのだが、葉山の場合、自分と雪ノ下と交際する為、由比ヶ浜が邪魔なので、彼女をその青年とくっつけようと画策しようとしているとは知る由もなかった。

 

その由比ヶ浜に知らぬ間に好意を抱かれた渚カナデ本人はと言うと‥‥

放課後の15時頃に国際電話である場所へと電話をかけた。

呼び出しコールが何度か鳴り、

 

「はぁい‥‥」

 

通話口からはなんだか眠そうな声がしてきた。

 

「あっ、シュテルかい?久しぶり」

 

「ん?その声は、渚か?こんな朝っぱらからなんだ?」

 

「朝って‥‥ああ、そうか日本とドイツじゃ8時間の時差があるんだっけ?」

 

カナデは日本とドイツでは8時間の時差があり、日本では15時でもドイツではまだ朝の7時だった。

その為、電話の向こうのシュテルの声が眠そうなのも頷ける。

 

「それで、なんだ?」

 

「あ、ああ‥実は‥‥」

 

カナデは先日行われたピアノコンクールで優勝した事をシュテルに話した。

 

「へぇ~そうか、おめでとう。そう言えば、昔から渚はピアノが上手かったからな‥‥じゃあ、今度お祝いのドイツ土産をそっちへ贈るよ」

 

「あ、ああ‥‥ありがとう‥それで、シュテル」

 

「ん?」

 

「その‥‥実習の方は大変かい?夏休みは日本に来れそう?」

 

カナデもシュテルがキール海洋学校へ入学している事を知っていた。

その為、シュテルが実習で海に出ている事も当然知っている。

 

「まぁ、色々大変と言えば大変だけど、でもそれなりに楽しいよ‥‥いい友達も出来て、毎日が充実している。夏休みはイギリスの海洋学校に行く予定だから、今年は日本には行けないかな?」

 

「そうか‥‥今年は会えないのか‥‥」

 

通話口からはカナデのがっかりした声がした。

 

「今年は無理でもいずれ日本に行く機会はあるから。それで、そっちはどう?音楽活動は?」

 

シュテルはカナデと互いの高校生活を語り合う。

 

「シュテルン、起きている?もうすぐ朝ご飯だよ」

 

そこへ、クリスがシュテルの部屋を訪れた。

 

「あれ?電話中だったの?」

 

「あっ‥‥ああ、ゴメン。そろそろ朝ご飯だから、うん。それじゃあ、またね」

 

クリスが来た事で、シュテルはカナデとの電話を切った。

カナデとの電話を切り、急いで身支度をするシュテル。

寝間着を着替え、キール海洋学校の士官服に着替えている時、

 

「ねぇ、シュテルン」

 

「ん?」

 

「さっきの電話、誰からだったの?」

 

こんな朝っぱらからシュテルの下にかかって来た電話の主に興味があるクリス。

 

「えっ?」

 

一方、シュテルはクリスが何故自分の電話相手を聞くのかちょっと疑問に思った。

 

「電話をして居た時のシュテルン、ちょっと嬉しそうな顔をしていたし、何か男の気配を感じたんだけど‥‥?」

 

「い、嫌だな、渚は日本に居る親戚だよ。親戚」

 

「ふぅ~ん‥‥それで、その日本の親戚が何で朝一にシュテルンに電話を?」

 

「ああ、その親戚‥‥渚カナデって言うんだけど、ピアニストの卵でね‥‥この前、地元で行われたピアノコンクールに優勝したんだって‥‥」

 

シュテルは鏡を見ながらネクタイを結びながらクリスに朝一に日本の親戚から電話が来た事を話す。

 

「‥‥シュテルン‥まさかと思うけど、そのカナデって人の事、好きなの?」

 

クリスがジト目で訊ねてきた。

 

「えっ?私が渚を!?」

 

クリスの質問にシュテルは驚くが、

 

「ハハ、ないない。渚はあくまでも親戚の一人だよ。それに私が好きなのは戸塚‥‥あっ、いや、何でもない」

 

シュテルはカナデに対して恋愛感情はなく、あくまでも戸塚狙いだと言いそうになった所で誤魔化す。

 

(今の八幡さんが戸塚さんに前世と同じく‥‥いえ、今では女性となっているので、戸塚さんに恋愛感情を持っているのは知っているけど‥‥)

 

クリスはシュテルが戸塚に対して恋愛感情を抱いている事は知っている。

でも、流石のクリスもこの世界の戸塚が三浦と既に彼氏彼女の仲になっている事は知らなかった。

それでも、シュテルがその戸塚にとられてしまうのではないかと言う不安があった。

 

「ああ、そうだ。クリス」

 

「ん?なにかな?」

 

「今度、その親戚にコンクールの優勝を祝って何かドイツ土産を贈ろうと思うんだけど、一緒に付き合ってくれないかな?」

 

「う、うん‥いいよ‥‥」

 

クリスは若干顔を引き攣らせながらもシュテルのお誘いを承諾した。

 

(全く、八幡さんは恋愛に関しては前世でもこの後世でも鈍感ですよ‥‥)

 

(カナデさんって方も随分と厄介な人を惚れてしまったのかもしれませんね)

 

クリスは内心でシュテルの恋愛に関する意識の鈍感さに呆れる。

そして、日本に居るカナデがシュテルに対して恋愛感情を持っているのだと思った。

幾ら親戚であり、コンクールで優勝したからと言ってわざわざ電話で知らせてくると言う事はそのカナデはシュテルに対して恋愛感情を持っているのだろうと言うのがクリスの見解だった。

 

 

ヴィルヘルムスハーフェン校への交換留学期間も終わりが近づいており、今回の交換留学でシュテルと知己を得たシュペー艦長のテアはシュテルがヴィルヘルムスハーフェン校への転校を考えていないとの事で、この交換留学が終わればシュテルと離れ離れになってしまうので、テアとしてはシュテルの手の温もりをもっと感じたいのか、休み時間や放課後にはシュテルと共にする事が多く、二人の後ろにはミーナとユーリが黒いオーラを纏って、ミーナはシュテルを‥‥ユーリはテアを睨んでいた。

 

そんなミーナとユーリの姿をローザは苦笑していた。

クリスとしてはシュテルに新たな友達が出来た事に嬉しさを感じると共にテアにシュテルがとられてしまうかもしれないと言う不安も抱いていた。

この後世に転生して、八幡からシュテルに変わってから、彼女の人生は前世同様、人が寄って来る。

しかし、前世との違いは、前世では彼を利用して責任を逃れつつも自分の願いを叶えてもらおうと言う恩知らずな人ばかりで、彼自身も人をあまり信用していない節、自己犠牲を平然と行う所があったが、この後世では純粋にシュテルを慕っている人ばかりだ‥‥

その為、シュテルは前世と異なり、自己犠牲をする部分は極端に減った。

だからと言って前世で八幡を利用して責任逃れをするような卑怯者に成り下がったりはしていない。

女子校なので当然シュテルに近くに居るのは女子なのだが、同性愛でもやはりシュテルが誰かに取られてしまうのはクリスとしては複雑だったのだ。

 

そして交換留学期間が終わり、シュテル達、ヒンデンブルクが母校、キールへと戻る日が来た。

 

「それじゃあ、テア‥‥元気でね」

 

桟橋でヒンデンブルクを見送りに来たテアにシュテルは暫しの別れの挨拶をする。

 

「あ、ああ‥‥シュテルもな‥‥」

 

「‥‥」

 

これが今生の別れではないとはいえ、別れは別れ‥‥やはり悲しいモノだ。

シュテルもテアも何だか気まずい様子だ。

一応、テアとは連絡先を交換したので、いつでも連絡を取る事は出来る。

 

「‥‥シュテル」

 

「ん?なに?」

 

「少しかがんでくれるか?」

 

「えっ?‥‥んっと‥‥こう?」

 

テアの身長が高校一年生ながらも140cmとあまりにも小柄な為、シュテルはかがんでテアと目線を合わせる。

すると、テアはシュテルの頭部の後ろに両手を回して、シュテルの顔を近づけると、自らの顔もシュテルの顔に近づけて‥‥

 

「「んっ‥‥」」

 

自らの唇をシュテルの唇に重ねた。

あまりにも一瞬の出来事の為、シュテルは自分が一体何をされたのか理解出来なかった。

ただ、自分の唇に柔らかくそして甘い温かなモノが押し付けられた感覚はあった。

テアとシュテルの接吻を目撃したミーナはシュテルに対して何かを言いたい様子だったが、ローザに手で口を塞がれ、レターナから羽交い絞めをされており、シュテルに近づけず、文句も言えなかった。

ヒンデンブルクの方でもユーリがどこから取り出したのか分からないが、狙撃銃でテアを狙いそうだったので、艦橋要員が全員でユーリを取り押さえた。

短い様で長いテアとのキス‥‥

次第にシュテルも自分がテアに何をされているのかを理解する。

テアはゆっくりとシュテルの唇から自分の唇を離す。

 

「て、テアっ!?」

 

いきなり、テアからのキスをされたシュテルは驚きながらも彼女に何故、自分なんかにキスをしたのかを訊ねる。

 

「わ、私の初めてをシュテルに捧げたのだ‥‥私の事を忘れたら、承知しない‥ぞ‥‥」

 

「テア‥‥ええ、忘れません」

 

シュテルはテアににっこりと微笑みを浮かべてテアの事を忘れないと言う。

 

「ふぁ、ふぁんほう!!(か、艦長!!)」

 

ローザの手によって口を塞がれているミーナはもう号泣しそうな勢いだ。

テアのファーストキスをシュテルに奪われた事にかなりのショックを抱いた様だ。

まぁ、彼女のショックも分からないわけでは無い。

中等部からの付き合いのある自分がいきなりポンと現れた余所者のシュテルにテアがあっという間に懐かれ、その上キスまで自分より先に越されてしまったのだ。

彼女のショックはまさに失恋と同じレベルであった。

 

「ミーナさん」

 

そしてシュテルはミーナに声をかける。

 

「な、なんだ?」

 

流石に会話をするのに口を塞いでは話せないので、ローザはミーナの口から手を離す。

 

「あのチェスの試合‥まだ終わっていませんでしたからね。また会った時、決着をつけましょう」

 

「あっ‥‥ああ!!その時は碇艦長!!貴女には絶対に負けないからな!!」

 

テアとの中を決して自慢することなく、シュテルはミーナにあの時、時間がなく、決着がつかなかったあのチェスの勝負の続きをしようと言う。

シュテルの言葉にミーナも彼女に対する嫉妬を引っ込めて、今度会った時はあの時のチェスの決着をつけようと高々に言う。

 

「それじゃあ、また‥‥」

 

色々な事があった交換留学であったが、シュテル達にとって有意義な交換留学となった。

ヒンデンブルクはヴィルヘルムスハーフェン校のフロート基地を後にして一路、母校のキールへと戻って行った‥‥。

 

 

キールへと戻ったヒンデンブルクを大勢の生徒や教官らが出迎えてくれた。

 

「おかえり!!」

 

「おかえりなさい!!」

 

ヒンデンブルクを降り、桟橋で整列したヒンデンブルクの乗員らは学長を前に敬礼し、皆が無事に帰って来た事を報告する。

シュテルの制服にはイギリスとの交流戦で獲得した勲章が輝いていた。

その勲章を見たアンネローゼは満足そうに微笑んでいた。

 

それから暫くしてシュテルの下に交換留学中に交流戦をしたイギリスのダートマス校から夏の体験入学の案内の知らせが届いた。

カレンがダートマス校に戻った後、教官らにシュテルの事を話して夏休みのゲストとして招待してくれたのだ。

これでシュテルの夏休みの予定はある程度決まった。

 

交換留学後、シュテル、ユーリ、クリスの三人はある休日、カナデにコンクール優勝の祝の品を買う為にショッピングモールへと来ていた。

とは言え、ドイツから日本へ品物を輸送するのは船を利用しての海路か飛行船による空輸、大陸横断鉄道でロシア、中国を経由して再び日本海を海路か空路を利用して日本へ運ぶルートがある。

その中で飛行船は前世で当たり前に存在している飛行機と異なり、日数がかかる。

しかし、船や鉄道よりは早いが、食べ物はあまり適さないだろう。

 

「ねぇ、クリス」

 

「ん?何?ユーリ」

 

「シュテルン、誰に贈り物を贈るの?まさか、あのシュペーのちびっ子艦長じゃないよね?」

 

「日本に居る親戚みたい」

 

「なんでまた、日本の親戚に?」

 

「その人が、日本で行われたピアノコンクールで優勝したんだって」

 

「ふぅ~ん‥‥って、その親戚の人って、まさか、男!?」

 

「シュテルンのリアクションを見る限り、多分‥‥」

 

「だ、大丈夫かな?シュテルンがソイツに取られないかな?」

 

「う~ん‥‥シュテルン本人は特に意識していなかったみたいだけど、相手は多分、シュテルンに惚れている可能性が大だね」

 

「そ、そんなぁ~しゅ、シュテルンがピンチっ!?」

 

「まぁ、まぁ、落ち着いてユーリ」

 

「で、でも‥‥」

 

「シュテルン本人が興味ないみたいだし、それに相手は日本に居るんだから大丈夫だよ」

 

「そ、そうかな‥‥?」

 

ユーリはそのシュテルの親戚がシュテルに恋愛感情を持っている事に危惧するが、クリス本人はシュテルン本人がその親戚相手に恋愛感情を持っていない事、そしてその親戚が遠い日本の地に居るので心配ないと言う。

しかし、クリスにはその親戚よりも厄介だと思っているのが、もう一人‥‥。

前世で八幡が友達以上の感情を持っていた女の子の様な男子‥戸塚彩加‥‥。

彼はこの後世にもちゃんと存在している事をクリスは知っている。

戸塚が同じく日本に居るが、シュテルン本人がその戸塚と会いたがっている。

クリスの心配としてはシュテルがその好意を寄せている親戚よりも戸塚に奪われてしまうのではないかと心配している。

前世では同性同士だったので、当然恋愛に発展する事はないが、この後世では八幡は女性となっている。

十分に恋愛に発展する可能性が高い。

シュテルはテアからの誘い‥ヴィルヘルムスハーフェン校への転校は見送ったが、恋は人を盲目にさせる‥‥もし、シュテルが戸塚との仲が恋愛に発展したら、シュテルは日本の学校に転校してしまうかもしれない。

彼女の祖父母は日本に居る訳だし‥‥

せめてシュテルが学生の内は日本に行く機会がない事を祈るしかないクリスだった。

 

クリスとユーリがそんな事を心配しているとは思ってもみないシュテルはカナデの為に土産品を見ていた。

シュテルはまず、ドイツ、ケルン産のオーデコロンを選んだ。

ケルン産のオーデコロンは、今や世界中の人々に愛されているコスメとして有名なコロンで、爽やかな柑橘系の香りは性別関係なく愛用でき、コンサートなど人前で演奏するのであれば、それぐらいのお洒落には必要なアイテムだと思った。

次に選んだのはカナデも学生と言う事で文房具を選んだ。

ドイツでは有名な文具メーカーであるFABER-CASTELL(ファーバーカステル)の万年筆とボールペンを選んだ。

 

カナデへのお祝いの品を買って、ショッピングモールにある宅配便サービスにて飛行船での空輸を指定してお祝い品を送ってもらった後、三人はフードコートにて食事をして、休日を過ごした。

 



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34話

ヴィルヘルムスハーフェン校での交換留学を終え、キールへと戻って来たシュテルたち、ヒンデンブルクのクラスメイトは交換留学前の生活へと戻る。

そして夏休み前の期末試験も無事にクリアーしたシュテルはいよいよ、交換留学の際に親善試合を通して知り合った九条カレンの薦めから、イギリスのダートマス校への体験入学へ行く事となった。

シュテルが夏休みにイギリスのダートマス校へ体験入学する話しを聞いて、クリスもユーリも羨ましがった‥‥というよりもシュテルの身を案じている様だった。

イギリスは日本同様、島国なので、向かうには飛行船か船のどちらかである。

他にもフランスのドーバー海峡の海底‥英仏海峡トンネルにはイギリスのフォークストンとフランスのカレーを結ぶ海底鉄道もある。

シュテルはドイツからイギリスへ直接、船や飛行船ではなく、フランスのカレーまで行き、そこから船でイギリスへ行くことにした。

ドイツからフランスのカレーまでケッテンクラートでは時間がかかるので、シュテルは父親のシンジが所有しているサイドカー付きのバイクで向かうことにした。

サイドカーに着替えや勉強道具が入ったトランク、サーベルなどを積み込んでシュテルはフランスのカレーを目指した。

ダートマス校での体験入学日まで間に合うように計算しての行程‥‥途中の街のビジネスホテルに泊まりながら、フランスのカレーを目指すちょっとした小旅行である。

ドイツからフランス領内に入り、とあるレストランで昼食を摂った。

そのレストランで昼食を食べていると、自分と同じく旅行者なのか一人の男の人がやってきた。

その男の人はこのレストランの内装に目が奪われているようで、小型ビデオカメラでお店の内部を撮影していた。

確かにこのレストランは豪華で天井には大きな壁画が描かれており、観光客ならば、目が映りがちになるのも頷ける。

その後、男の人は自撮りをする為、テーブルの上にカメラを固定しようとしたら、上手く固定出来なかったようで、テーブルの上にあったパンをカメラの下に置いて、固定した。

その後、男の人が注文した料理が来たのだが、その男の人が注文したのは、大きなお皿に氷の山があり、その上に生牡蠣と茹でたあと冷水で冷やしたエビが乗っかっている料理だった。

 

(変わった料理を頼んだな、あの人‥‥)

 

シュテルはそう思ったのだが、

男の人はその料理を見て目を見開いて驚いていた。

あの男の人はフランス人ではなかったので、メニューを見ても文字が分からなかったので適当に頼んでしまったのだろう。

エビを手に取り、震えて、皿に戻し、次に生牡蠣を手に取ると、牡蠣をジッと見つめている。

すると、ウェイターがやってきた。

ウェイターは男の人が牡蠣の食べ方が分からないのだろうと思い、食べ方を教えていた。

男の人は牡蠣を口の中に流し込むと、痙攣したように身体を震わせる。

そして、どうにかして生牡蠣を無理矢理、胃の中へと流し込む。

あまりおいしそうにしている様には見えない事から、あの人は牡蠣が嫌いなのか、口に合わなかったのだろう。

胃に流し込んだ後も顔を歪めているし‥‥

すると、先程のウェイターと目が合うと、顔を引き攣らせながらも笑みを浮かべ投げキッスをする。

ウェイターも笑みを浮かべて満足そうな様子。

しかし、男の人の料理はまだ沢山ある。

男の人は生牡蠣を次々と口の中に放り込むが、それはそう見えているだけであり、実際は口の中に流し込む様に見せて、首から下げているナプキンの中に入れていた。

そして、ウェイターが他のウェイターに指示を出しているのを見ると、ナイフを態と落とし、隣の席の女性のバックの中に生牡蠣を放り込んだ。

 

(おいおい‥‥)

 

その様子を見ていたシュテルは男の人の行動に呆れていた。

次にウェイターはエビの食べ方を男の人に教えていた。

男の人はエビを手に持つと‥‥

 

ガリっ‥‥バリバリバリ‥‥

 

エビを殻のまま食べた。

 

(いや、エビの皮ぐらい剥きなさいよ‥‥)

 

見ていて面白かったので、シュテルはその男の人の行動を見ていた。

 

「‥‥」

 

ウェイターも殻ごとエビを食べた男の人の行動に驚いている。

尻尾の部分だけなら兎も角、男の人は頭やハサミの部分‥‥エビの全部を殻ごと食べた。

 

「‥‥」

 

隣の席の女性も驚いている。

すると、女性のバックの中にある携帯が鳴り始める。

バックの中には男の人が捨てた生牡蠣が大量に入っている。

今、バックの中に手を突っ込めば生牡蠣をダイレクトに掴む事になる。

男の人は焦っていたが、女性がバックの中に手を入れる前に携帯は鳴りやむ。

間違い電話だったみたいだ。

男の人はホッと胸をなでおろしていた。

しかし、このままではいつ、バレてもおかしくはない。

男の人は急いで立ち上がると、カメラを持ち、料金をはらって店を出て行った。

男の人が店を出たすぐ後、女性の携帯がふたたび鳴り始める。

女性がバックの中に手を入れると、ヌチャっという手触りを感じ、

 

「きゃぁぁぁぁぁー!!」

 

女性は悲鳴をあげる。

ウェイターが急いで女性の下へと走って行った。

まるで、コントの様な一面を見たシュテルは苦笑していた。

 

 

レストランを出たシュテルはその後もカレーを目指す。

 

「カレーまであと20キロか‥‥」

 

幹線道路よりも田舎道の方が空いていると思い、田舎道をバイクで走っていると、

 

「ん?」

 

前を一台の高級車が走っていた。

 

「こんな田舎道に高級車?」

 

幹線道路なら兎も角、こんな田舎道に高級車だなんてあまりにもミスマッチだった。

ミスマッチながらもシュテルはそのまま走っていると、高級車は徐々にスピードを落とし始めた。

 

「ん?なんだ?」

 

田舎道だから高級車では走りにくかったからスピードを落としたのだろうか?

それにしてはあまりにも遅い。

車間距離の関係で徐々に高級車とシュテルのバイクの距離が近づく。

しかし、高級車はスピードを上げる気配はない。

仕方がないのでシュテルは高級車を追い抜こうと右へと移ると、高級車はまるでシュテルの行き先を妨害するかのように右へと移る。

 

「なっ!?」

 

今度は左へ行くと高級車は左へと車線変更してくる。

 

「コイツ‥‥煽っているのか?」

 

前を行く高級車はシュテルを行かせまいという行動をとる。

その行動を見てシュテルはこの高級車が自分を煽っているのかと思った。

そこでシュテルはフェイントをかけて高級車を追い抜こうとしたが、反対車線から軽トラが来ると、慌てて車線に戻る。

もう一度、フェイントをかけて追い抜こうとたら、野うさぎが飛び出して来た。

あわよく轢きそうになった。

 

「ふぅ~危なかった‥‥」

 

そして三度目でその高級車を追い抜いた。

すれ違い様にどんな人が乗っているのかと思い、チラッと高級車を見ると、後ろの座席には自分と同い年か少し上の女性が乗っていた。

しかし、女性はカーテンを直ぐに閉めてしまった。

高級車はその後、シュテルを追い越す事もなく、シュテルは無事にカレーの港町へと到着した。

 

「サイドカー付のバイクが一台ですね」

 

「はい、お願いします」

 

連絡船の受付でチケットを買い、バイクを運んでもらう手筈を整えて貰っていると、

あの田舎道で煽り運転?をした高級車の姿が見えた。

車からは先程、見た女性の他にもう一人、ひげを生やし、フロックコートを身に纏い、帽子を目深に被った男が降りて来た。

年齢から察するに男の人は恐らく女の人の父親なのだろう。

まぁ、金持ちの男が若い女の人と再婚したとも見えなくもない。

ただ、男の人も女の人も何だか挙動不審で周囲を見渡している。

男女はまるで逃げるかのように連絡船のタラップを上がる。

 

「‥‥」

 

シュテルは訝しむ様に男女の姿を見ていると、

 

「ヘーイ!!シュテルン!!」

 

シュテルは後ろから抱き付かれた。

 

「く、九条さん!?」

 

後ろから抱き付いてきたのはシュテルの目的地であるイギリス、ダートマス海洋高校の生徒であり、先日のヴィルヘルムスハーフェン校での親善試合に参加したフッドの艦長、九条カレンだった。

 

「九条さん、どうしてここに?」

 

ここはイギリスのダートマスではなく、フランスのカレーである。

 

「旅行デース!!」

 

「そうなんだ」

 

カレンは母校で行われる体験入学前の休みにフランスへ旅行に来ていた。

シュテルはカレンと共に連絡船へと乗り込む。

連絡船の甲板には船の出航を待っている人でごった返していた。

その中で、先程の親子?はボーイに荷物を持たせ、船室へと向かおうとしていた。

そんな中、ボーイの少年が転んでしまい、男の人のトランクの中身をぶちまけてします。

男は慌てた様子で荷物の中から小さな黒い宝石箱を拾って懐へとしまう。

 

「シュテルン、どうかしました?」

 

「い、いや、なんでもない」

 

やがて、出航時間となり、連絡船は出航する。

海上の気象は段々と霧が濃くなってきた。

シュテルは荷物の中から双眼鏡を取り出し、周辺の様子を窺う。

見張りはシュテルの仕事ではないが、どうも海洋学校に通っていると癖になっているようだ。

 

「何か見えますか?」

 

「うーん‥‥凄い霧でなにも見えないなぁ‥‥」

 

霧の為、何も見えないかと思われたその時、

 

「ん?」

 

後ろから一隻の船らしきモノが近づいてくるのが見えた。

 

「どうかしました?」

 

「船が居る‥‥」

 

「船ですか?」

 

「ええ‥‥ただ‥ちょっと物騒な船かも‥‥」

 

そう言ってシュテルはカレンに双眼鏡を手渡す。

カレンは双眼鏡を受け取ると、早速後ろを見て見る。

すると、艦首に竜の紋章を着けた戦艦が近づいてきた。

 

「戦艦デス!!」

 

「ええ‥‥アメリカのワイオミング級の戦艦みたいに見えますが‥‥あの型の戦艦はアメリカ海軍でもブルーマーメイドも海洋学校でも使用していない型の艦‥‥それに艦首の趣味の悪いあの紋章‥‥どうやらあの艦はまともな艦じゃなさそうだ」

 

「もしかして海賊ですか!?」

 

「恐らく‥‥歴史の授業で習った‥‥あの紋章はベンガルの海賊だ」

 

「や、やっぱり海賊ですか‥‥」

 

「でも、妙だと思わない?」

 

「妙‥ですか?」

 

「ええ‥‥ここはインド洋から4000マイルも離れたドーバー海峡‥こんな所までベンガルの海賊が一体何をしに来たと思う?態々、獲物を求めて遠征をして北上してきたとは思えない‥‥何か明確な目的があって来たと思う」

 

「目的?」

 

「ええ‥‥その目的に心当たりがあるので、ちょっと確かめに行ってみようか」

 

シュテルは甲板から船室へと向かう。

カレンもシュテルの後ろからついて来た。

 

二人が向かっている船室では、一人の男がベッドの中で震えていた。

海賊船が連絡船に迫っているのは周囲の乗客らが騒いでいたのを聞いてこの男の耳にも届いていた。

 

「奴等だ‥‥奴等が来たんだ‥‥殺される‥‥わしは‥‥わしは殺される‥‥」

 

頭を抱え、ベッドのシーツの中でガタガタと震えている男を心配そうに見る女性。

すると、船室をノックする音が聞えた。

 

「「っ!?」」

 

ノックの音を聞いてビクッと震える二人。

 

「すみません。怪しい者ではありません。海洋学校の者です‥‥事情を聴きたいので開けてもらえますか?」

 

「‥‥」

 

シュテルの声に海洋学校の者と聞いて女性は恐る恐る船室の扉をあける。

すると、そこには二人の女学生が居た。

海洋学校の者というのは嘘ではない様だ。

 

「すみません。キール海洋学校の者です」

 

「私はダートマス校の生徒ネ!!」

 

シュテルとカレンは互いの学校の生徒手帳を見せて身分を証明する。

 

「それで、海洋学校の生徒さんが何の用でしょう?」

 

「今、こちらに近づいている海賊船の事は知っていますよね?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

「その海賊はベンガルの‥‥インド洋を縄張りにしている海賊‥‥その海賊がドーバー海峡に現れるなんてあまりにも不自然です‥‥それにいくら海賊が襲って来たと言っても貴方の怯え方が尋常じゃない。それに船に乗る前から貴方は挙動不審で何かに怯えている様子でした」

 

「よく知っていますね、シュテルン」

 

「これでも人間観察は得意な方だからね」

 

「‥‥」

 

「それで、ベンガルの海賊が態々ドーバー海峡まで来た目的‥‥それは先程、貴方が懐にしまい込んだ小箱の中身か貴方の命か‥‥それとも両方か‥‥」

 

「うぅ~‥‥」

 

「実は半年前、父宛にこの様な手紙が届いたんです」

 

シュテルの指摘を受けて女性‥この男の娘はハンドバッグの中から一通の手紙を差し出す。

 

「父はその手紙を受け取ってから何かに怯えた様子で突然、イギリスに帰ろうと言い出したんです」

 

「‥‥」

 

シュテルが封筒の中から手紙を取り出すと、手紙の他に封筒の中には何か石の様な物も一緒に入っていた。

シュテルはまず手紙に目を通すと、下の方には署名なのか四人の人物の名前が書かれていた。

 

「‥‥この四人の人物の名前に何か心当たりはありませんか?」

 

「‥‥一つだけ‥‥一つだけ、若い頃、父が使っていた偽名があります‥‥父は昔、ベンガルの海賊の会計士を務めていたんです」

 

「なるほど、では残りの名前の人物は海賊の幹部の名前と言う事ですね?そして追ってきているのはその連中‥‥」

 

「は、はい」

 

次にシュテルは封筒に入っていた石の様な物を調べる。

 

「何デスカ?それは石デスカ?」

 

「うーん‥‥これは鮫の歯だね」

 

「鮫の歯?」

 

「うん‥‥ベンガルの海賊は裏切り者を殺す時、事前にその相手に鮫の歯を送りつけて死を宣告するという風習があると歴史の先生が教えてくれた」

 

「じゃあ、やっぱり海賊はこの人を殺すつもりデスカ?」

 

「恐らくは‥‥」

 

シュテルたちが事情を聴いている間にも海賊船は連絡船へと迫り、警告なのか砲撃してきた。

その砲撃は救助を呼べないように通信マストを狙った。

 

「船長、通信マストがやられました!!」

 

「なに!?」

 

「くっ、全速前進!!機関室速力を上げろ!!」

 

船長は通信マストがやられ、救助を呼べることができなくなったので、機関室へ速度を上げるように指示する。

しかし、機関士たちは速力を上げる事無く、逆に船の機関を壊して機関室から出て行った。

 

「奴等の恐ろしさは十分知っている‥‥奴等は手加減と言うモノを知らない‥‥」

 

「この船には沢山の乗客が乗っています。貴方がたの為に巻きぞいにする訳にはいきません。だからと言って貴方がたを見殺しにも出来ません。だから、懐の小箱の秘密を教えて下さい。一体その中には何が入っているんです?」

 

「わ、わかった‥‥」

 

男は懐から小箱を取り出して箱を開けた。

 

「わしは連中を裏切り、逃げる時、この箱を持ち去ったのだ‥‥」

 

(こんな時、葉山だったら、確実にこの親子を海賊に差し出していたな‥‥アイツは『みんな』とか言いながらも小を切捨てる男だったからな‥‥)

 

その間も海賊は警告射撃を続ける。

砲弾が連絡船の近くに着弾して船が揺れる。

 

男が持っていた小箱には宝石がぎっしりと詰められていた。

 

「退職金代わりに連中の宝を持って逃げた訳ですね」

 

「あ、ああ‥‥」

 

(やれやれ、めんどうなことに巻き込まれたな‥‥)

 

体験入学するために向かっていたのにいきなり海賊の襲撃と言う波乱な展開にシュテルは心の中で溜息をついた。

 

その頃ブリッジでは船長や航海士が海賊から逃げようと必死だった。

 

「全速だ!!この船の速力には奴等は追いつけん!!」

 

非武装の連絡船とは言え、速力は海賊船よりは上で、しかも辺りはこの霧‥‥

通信機が使用不能となっても距離を稼げば逃げることが十分に可能だった。

だが、船は突如、停船した。

 

「ん?船が止まった‥‥」

 

「機関室どうした!?」

 

船長が機関室に連絡をいれるが、機関室からはうんともすんとも応答がない。

 

「おい機関室!!どうした!?返事をしろ!!機関室!!」

 

不審を抱いた船長と航海士が機関室へ行ってみると、機関室は滅茶苦茶に破壊されていた。

 

「こ、これは!?」

 

「海賊の仕業か!?」

 

船長と航海士が破壊された機関室を唖然として見ている中、機関室を滅茶苦茶にした二人の機関士は救命ボートで連絡船から脱出していった。

船室の窓からは逃げていく機関士たちの姿が見えた。

 

「おそらくあの機関士たちが船のエンジンを壊したのでしょう」

 

「じゃあ、あの二人も海賊デスカ?」

 

「多分」

 

船は止まり、海賊船はどんどん近づいてくる。

 

「シュテルン、どうするデス?」

 

「まぁ、なんとかしてみるさ‥‥」

 

そう言ってシュテルは中の宝石を取り出し、

 

「これはお返しします。ただこの箱だけはお借りしますね」

 

「は、はい」

 

宝石を娘に返して空の箱を借りた。

 

「さてと、カレン手伝って」

 

「何をするデスカ?」

 

「小さくて光るモノを集めて‥例えばビー玉やガラス片なんかを沢山」

 

「ワカリマシタ!!」

 

シュテルとカレンは二手に分かれて、連絡船の中からガラス片などの小さく光るモノを集めソレを小箱に詰めた。

そして、機関室へと行き、

 

「修理には時間がかかりますか?」

 

「あ、ああ‥‥奴等、機関室を滅茶苦茶に壊していきおった」

 

「多少の時間を稼ぎます。なるべく急いでください」

 

「あ、ああ」

 

シュテルは小箱と拡声器を持って船尾へと行き、

 

「それ以上近づくのであれば、宝石は海へ捨てる」

 

海賊船に警告する。

しかし、海賊船はハッタリだと思いなおも近づいてくる。

 

「嘘じゃないぞ!!」

 

そう言ってシュテルは小箱からガラス片を一つまみ手に持つとそれを海へとばら撒いた。

 

「もっと捨てても良いんだぞ!!」

 

そう言ってもう一つまみ手に取ると、海へと投げ捨てる。

 

海賊側もシュテルの行動を見て、慌てて船を止めた。

 

「わ、分かった!!お宝とアーチボルト卿を渡せば他のモンには手を出さねぇ!!約束する!!」

 

海賊船から拡声器で海賊が要求と約束をしてくる。

しかし、海賊が言っている事がどこまで信用できるかわからない。

 

(まだか‥‥まだ、エンジンは直らないのか‥‥)

 

シュテルの顔色の焦りは出てくる。

 

「どうした?渡すのか!?渡さないのか!?」

 

「わ、分かった。今渡す!!」

 

(まだか‥‥)

 

海賊船の主砲がゆっくりと旋回し、この船に狙いを定めようとしている。

しかし、間一髪のところでエンジンの修理が終わり、船は再び走り出す。

放たれた砲弾はついさっきまで連絡船が止まっていた海域へ着弾する。

 

「危なかったデス!!まさに危機一髪でしたネ!!」

 

「いや、まだ安心するのは早い‥‥次の手を打とう」

 

「次の手‥‥デスカ?」

 

「ああ‥ちょっと危険だけど‥‥どうする?手伝ってくれる?」

 

「勿論デス!!」

 

海賊は砲撃をしながら近づいてくる。

シュテルはもう一度、海賊の元会計士‥‥アーチボルト卿の船室へと向かうと、彼の帽子とフロックコートを借りた。

それと船に乗り合わせていた旅芸人からカツラと付け髭を借りた。

それらを身に纏ったシュテルはカレンが運転する救命艇に乗り、海賊船へと向かう。

二人が時間を稼いでいる間に連絡船を逃がすつもりだった。

海賊の目的が宝石とアーチボルト卿の命であるのなら、その目当て物が来れば連絡船にはもう攻撃しない筈だ。

 

「アーチボルトを連れて来たネ!!」

 

「お宝を見せろ!!」

 

「ちゃんと持って来たネ!!コレデス!!」

 

カレンが小箱を開けて海賊に見せる。

 

「いいだろう。次はアーチボルト卿だ」

 

シュテルとアーチボルトでは身長差があったので、靴を厚底にしてそれを補った。

シュテルはゆっくりと時間をかけるように歩く。

厚底の靴なので歩き慣れていないし、帽子とカツラ、付け髭で顔はよく分からないが、身に纏っていた帽子とフロックコートから海賊はシュテルの変装とは思わず、アーチボルト卿だと思っていた。

 

「久しぶりだな、アーチボルト。テメェには忘れた海賊のしきたりをたっぷりとその身で思い出させてやるぜ!!」

 

海賊たちは薄ら笑いを浮かべながら縄梯子を下ろす。

しかし、シュテルは当然その縄梯子を上がる訳もなく、

 

「シュテルン、船はだいぶ遠ざかりましたヨ」

 

「よし、出して!!」

 

「了解!!」

 

カレンは救命艇のエンジンを始動させてこの場から逃げる。

 

「あっ、待ちやがれ!!」

 

海賊船も機関を始動させて慌てて救命艇を追いかける。

 

「カレン、海賊は食いついたぞ!!このままもっと連絡船から突き放すんだ!!」

 

「了解デス!!」

 

速力を上げながら海賊船を引きつける。

 

「確かこの先に‥‥」

 

イギリス近海を何度も航海したカレンは障害物のある海域へと海賊を誘い込む。

しかし、海賊は障害物をものともせず、砲撃しながら突き進んで来る。

 

「ちょっとヤバいかもしれないネ‥‥」

 

砲撃と障害物で思うように進めない。

速力、旋回性は海賊船よりも勝っているが、それでも非武装艇と戦艦とではあまりにも戦力が有り過ぎる。

しかも海賊船は救助艇の進行方向の障害物へ砲撃を行い、その瓦礫を救命艇に降らせて針路を妨害して来る。

シュテルも冷や汗をかいている。

徐々に砲撃の幅も狭まっている。

このままではいつ、海賊船の砲弾を浴びるかは時間の問題である。

救命艇など、戦艦の主砲の前ではあまりにも無力で一撃で粉砕されてしまう。

その時、前方から砲撃音が聞こえると、海賊船に着弾する。

 

「あれはっ!?」

 

救命艇の前方にはブルーマーメイド、イギリス艦隊の総旗艦、キング・ジョージ・五世以下、現在のイギリス海軍が使用している45型駆逐艦、23型フリゲート艦、ブルーマーメイドのインディペンデンス級戦闘艦の姿があった。

 

「ブルーマーメイドにロイヤル・ネイビー(イギリス海軍)!!」

 

「助かった‥‥みたいだな‥‥」

 

キング・ジョージ・五世を先頭にブルーマーメイドとイギリス海軍は海賊船に砲撃を加え、同船を無力化させた。

危機一髪のところでシュテルとカレンはイギリスのブルーマーメイとイギリス海軍の手によって助け出された。

 



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35話

舞台がイギリスと言う事であの有名な事件を彷彿とさせる事件にシュテルは巻き込まれます。

まぁ、ロンドンではなく、ダートマスですが‥‥

ダートマス校の校舎はイギリス繋がりで、ストライクウィッチーズの501航空団がブリタニアで使用していた建物をイメージしてください。





夏休み期間中にイギリスのダートマス海洋学校で行われる体験入学に参加する為、イギリスのダートマスを目指していたシュテル。

フランスのカレーにて、以前、ヴィルヘルムスハーフェン校との交換留学の際に知り合ったダートマス校の生徒で、自分と同じ、日系の九条カレンと遭遇する。

カレーから連絡船でドーバー海峡を渡り、イギリスへと向かっている最中、シュテルたちはベンガルの海賊と遭遇する。

連絡船の乗客の中に元ベンガルの海賊の会計士がおり、その元会計士は海賊から抜ける際、彼らの宝を持ち逃げしていた。

海賊たちはその宝と宝を持ち逃げした元会計士を狙って態々インド洋からドーバー海峡まで追ってきたのだ。

シュテルとカレンの活躍により、海賊からの脅威から脱し、海賊たちも駆け付けたブルーマーメイドとロイヤルネイビーこと、イギリス海軍の手により、捕縛された。

ただ、ブルーマーメイドでもなければ、海軍でもない、海洋学校の生徒と言う事で、シュテルもカレンもブルーマーメイドの人から厳重注意を受ける事になった。

しかし、海賊を捕まえる切っ掛けにはなり、連絡船を守った事から注意の後、イギリス海軍とブルーマーメイドイギリス支部からは感謝状が贈られる事になった。

当初シュテルは、カレンにこの手柄を譲ろうとした。

ダートマス校では常に食うか食われるかの成績合戦をしていると聞く。

ならば、今回の海賊討伐における協力はきっとカレンの株も上がる出来事だ。

でも、カレンはバカ正直に今回の件はシュテルが主に計画し、動いた事で、自分はシュテルの助手だった事を伝え、感謝状を受けるのはシュテルと共に受けると言った。

それは、中等部のイタリアでのナポリの一件の時のシュテルと同じだった。

しかし、助手とは言え、海賊討伐に協力した事には変わりないので、どの道、カレンの株は上がる筈だ。

 

 

ドーバー海峡で海賊の出現というトラブルがあったが、シュテルは無事にカレンと共にダートマスへと到着する事が出来た。

ただ、ダートマスの街に近づくに連れ、市街を巡回する警官やパトカーの数が多い事にシュテルは気づかなかった。

 

「‥‥」

 

シュテルはダートマス海洋学校の校舎を見て唖然とする。

 

(で、でかっ!?‥‥っていうより、これは学校じゃなくて城か要塞みたいだ‥‥)

 

ダートマス海洋学校の校舎はシュテルの思った通り、その外見はまさしく城か要塞の様な大きさと外見を誇っていた。

 

(流石、世界でもトップレベルの海洋学校‥‥校舎の大きさも世界一じゃないか‥‥?)

 

校舎の大きさに度肝を抜かれたが、こうして世界一トップレベルの教育を受ける事が出来る事に思わず武者震いしてしまう。

体験入学の受付を済ませ、用意されていた寮へと荷物を置きに行く。

 

(内部はハ○ーポッ○ーで見た寮の内装に似ているな‥‥)

 

授業は翌日からなので、シュテルは、今日一日は中を見て回ろうとした。

校舎内を歩いていると、

 

「あら?貴女は‥‥」

 

そこで、シュテルはヴィルヘルムスハーフェン校で見た女生徒に出会った。

 

「あっ、確か‥‥イクラちゃん?」

 

「ハーイ‥って違います!!キャリー・ピアレットです!!」

 

出会ったのはキャビアちゃんこと、キャリー・ピアレットだった。

 

「キール校の貴女がどうして我が校に?」

 

「あっ、九条さんの推薦で夏休み中の体験入学に参加する事になってね‥‥」

 

「まぁ、それは‥‥しかし、厄介な時に来ましたね」

 

「ん?厄介な時?」

 

「はい‥‥もしかして、知らないんですか?」

 

「何を?」

 

「今、ダートマス近郊では連続殺人事件が起きているんですよ」

 

「連続殺人事件!?」

 

「そのリアクションからは、本当に知らなかったみたいですね」

 

イギリスで起きている事件なんて流石にチェックはしていないが、よりにもよって事件‥‥しかも連続殺人が今、シュテルが来ているダートマス近郊で発生しているなんて予想外だ。

 

「でも、そんな事件が起きている時に体験入学なんてやっていていいの?」

 

連続殺人事件が起きている最中、ダートマス校は他国からの留学生を一時的とはいえ預かる体験入学なんて事をやっても大丈夫なのかとシュテルはキャリーに問う。

 

「学校側もかなり迷ったみたいですが、殺人犯が出るのは決まって夜ですから、夜間の外出を禁じ、門を施錠したりしているので、問題ないと判断したみたいです。それに事件が起こったのは、今回の体験入学の生徒へ招待状を出した後だったので、学校側も引くに引けない状況だったのでしょう」

 

「‥‥」

 

「まぁ、私自身もブリジット様にお仕えする身ですからね、主の安全は確保しなければなりませんので‥‥」

 

そう言ってキャリーは、懐のホルスターから黒光りするエンフィールドNo.2リボルバー拳銃を取り出す。

 

「こうして拳銃を携帯しております。貴女も気をつけてくださいね。まぁ、少なくとも校内は安全ですから、では‥‥」

 

キャリーは拳銃をホルスターにしまうと一礼してシュテルの横を通り過ぎていく。

 

(海賊の次は連続殺人事件‥‥そういえば転生する時、エリスが色んな事に巻き込まれるみたいな事を言っていたが、なるべくなら平穏が一番なんだけどな‥‥)

 

(でも、殺人事件が起きたからって関係するとはまだ決まってないもんな‥‥前世の日本だってどこかしらで事件は起きていたし‥‥)

 

シュテルはこの時、例え近くで連続殺人事件が起きていても自分は巻き込まれないし、関係ないだろうと思っていた。

 

 

夕食はカレンやフッド副長のセラスと共に摂ったシュテル。

イギリスの料理はマズいと言われているが、ダートマス校はここ、イギリスの他にも異国からの留学生を多数受け入れている。

その為、さまざまな国の料理を提供しているので、食堂ではイギリス料理以外の料理も提供されていた。

だが、和食は残念ながらなかったので、シュテルは食べ慣れているドイツ料理を注文した。

 

夕食後、シャワーを浴びて、就寝する事にするシュテル。

 

「寮の部屋にシャワーがあるなんて、凄いなぁ」

 

濡れた髪をタオルで拭きながら、寮の各部屋にシャワーが完備されている事に驚く。

 

「さて、寝るか‥‥」

 

シュテルは明日から始まる体験入学の講義に備えてこの日は寝ることにした。

ベッドに入ると、

 

「おっ、このベッドかなりフカフカだ‥‥ウチの学校の寮のベッドよりも良いクッションを使っているな‥‥」

 

自分の学校の寮のベッドよりも上質なクッションと布団に包まれるとあっという間に睡魔が襲い、シュテルと夢の世界へと誘った。

まぁ、今日は色々あって疲れていたというのも要因の一つであるが‥‥

 

 

夜のとばりが降りたダートマスの市街地では‥‥

 

「~~~~♪‥‥はははは‥ああ‥‥貴方ってお酒が強いのねぇ~あたしなんてもうフラフラ~‥‥」

 

「‥‥」

 

「きゃははははは‥‥」

 

一人の若い女性が泥酔状態で、男の人の肩を組んで歩いていたが、泥酔状態なので、足元はフラフラな状態だった。

しかし、男の人の方は全く酔った様子もなく、平然とし、しっかりとした足取りで歩いている。

お酒で酔っているため、女性は異常にテンションが高い。

だが、男の方は酔ってはいないが、口元で小さく薄気味悪い笑みを浮かべている。

 

「~~~うぅ~‥‥もうダメ‥‥ちょっとゴメン‥‥」

 

女の人は等々耐え切れなくなり、路地裏にて嘔吐する。

 

「‥‥」

 

自分に背を向けて嘔吐している女性を相変わらず怪しげなニヤついた顔で見ている男だったが、

 

「やれやれ‥‥」

 

呆れる様な声を出し、物音立てずに嘔吐している女性に近づく。

その手にはギラリと光るコンバットナイフが握られていた。

 

「酔った勢いで、今日であったばかりの見ず知らずの男についてくるなんて‥‥あまりにも愚かで醜い‥‥」

 

やがて、男は嘔吐している女性の肩をガシッと掴み、振り向かせる。

 

「あっ?‥‥」

 

ドス‥‥

 

「うっ‥‥」

 

男は躊躇なく、コンバットナイフを女性に突き立て、首の頸動脈を断ち切る。

辺りは女性の血でみるみるうちに赤く染まる。

 

「こんなくだらん奴は死んだ方が世のためだ」

 

絶命した女性をまるでゴミでも見るかのように見下ろす男の姿がそこにはあった‥‥

 

 

 

 

翌朝‥‥

 

「うっ‥‥うーん‥‥」

 

フカフカの布団がまだ睡魔を誘発させるが、カーテンの隙間から差し込む朝日の光と小鳥の声がシュテルを夢の世界から現実の世界へと引き戻す。

まだ、フカフカの布団の中に入っていたい誘惑を振り切り、洗面台で洗面、歯磨きをして寝癖が立っている髪の毛をセット、そして着替えるシュテル。

 

「朝食は確か七時からだっけ‥‥?」

 

着替えながら朝食の時間を確認する。

身支度を整え、食堂へと行くと、ちらほらと生徒たちが集まって来る。

 

「やあ、おはよう、碇さん」

 

「おはようデース、シュテルン!!」

 

「九条さんにヴィクトリアさん‥おはよう」

 

「昨日はよく眠れたデスカ?」

 

「うん、ここの寮のベッドは物凄く、フカフカだったからね。ベッドに入った途端に睡魔が襲ってきたよ。それで、気づいたらもう朝になっていた‥‥」

 

「あははは‥‥確かにここのベッドの威力は凄いからね。私も入学当初はなかなか、ベッドから抜け出せなかったし‥‥」

 

「私もデース!!」

 

セラスもカレンもここのベッドの質の良さは認めている様子。

食事をしている中、シュテルは昨日キャリーが言っていたダートマスで頻発している連続殺人事件についてセラスとカレンに聞いてみることにした。

 

「ね、ねぇ二人とも」

 

「「ん?」」

 

「昨日、ピアレットさんに聞いたんだけど、ここ最近ダートマスで連続殺人事件が起こっているって‥‥」

 

「「‥‥」」

 

シュテルが言った『連続殺人事件』と言う言葉に顔を強張らせるセラスとカレン。

 

「‥‥やっぱり起きているんだ」

 

二人のリアクションを見て、やはり昨日、キャリーが言っていた事は事実であった。

 

「じ、実は私も昨日の夜、セラスから聞いたデース」

 

カレン本人もダートマス近郊で連続殺人事件が起きている事を知らなかった様子。

 

「まさか、フランスへ旅行に行っている間に殺人事件何て恐ろしい事が起きているなんて予想外デース」

 

「新聞やニュースでも連日報道していますからね‥‥『切り裂きジャック』の再来か?って‥‥」

 

「切り裂きジャック‥‥」

 

切り裂きジャック‥‥英語名ではJack the Ripper、ジャック・ザ・リッパーと呼ばれる殺人鬼につけられた通称。

1888年にイギリスで連続発生した猟奇殺人事件でその年の8月31日から11月9日の約二ヶ月の間にロンドンのイーストエンド・オブ・ロンドン、ホワイトチャペルで少なくとも売春婦、五人をバラバラに切り裂き、殺人を実行したが逮捕には至らなかった事件で署名入りの犯行予告を新聞社に送りつけるなど、劇場型犯罪の元祖とされる。

当時の定義づけによる精神病患者から王室関係者まで、その正体については現在まで繰り返し論議がなされているが、犯人の正体は未だに不明のまま迷宮入りとなった事件である。

 

(この後世でも、過去に切り裂きジャック事件は起きていたのか‥‥)

 

日本、ドイツの歴史はある程度調べたが、イギリスの歴史までは調べておらず、前世で起きたイギリスの連続殺人事件がまさかこの後世でもそれが起きていたのは驚いた。

そして、今日、ダートマスで起きている連続殺人事件がその切り裂きジャックの再来と言われている事に尚の事、物騒な時期に来てしまったと思うシュテルだった。

 

「やっぱり、被害者は皆、女の人なの?」

 

「そうみたいですね。凶器は鋭利なナイフで心臓を一突きや頸動脈をバッサリ‥‥ほぼ即死‥‥」

 

セラスは朝刊を見ながら、これまでの事件の経緯をシュテルとカレンに教える。

 

「「‥‥」」

 

想像してシュテルもカレンも顔色が悪い。

 

「で、でも、なんでその犯人は女の人ばかりを狙っているんでしょう?」

 

カレンが犯人の心理を読み解こうとする。

 

「それは流石に犯人じゃないのでわかりません」

 

セラスは犯人でなければ、警官でも、犯罪心理学者でもないので、何故、犯人が女性ばかりを狙うのかは分からないと言う。

しかし、犯人の動機がなんであれ、ダートマスを賑わせている連続殺人犯は確かに存在している。

 

「まぁ、何にせよ、世の中には普通じゃ理解出来ない様な頭がイカれたヤツが居るって事だろうね‥‥」

 

「そうですね」

 

やや重苦しい空気になりながらも朝食を食べた。

 

やがて、講義の時間となり、シュテルは勉強道具を持ち、講義室へと向かう。

講義室にはシュテルの様にダートマス校の制服以外の制服を纏った生徒がちらほら居た。

そのほとんどがヨーロッパの各国やアメリカ、ロシア、アジア、オーストラリアなど、先進国の海洋学校の生徒だ。

講義内容も流石、世界でもトップレベルの海洋学校‥‥授業の内容について行くのがやっとだった。

 

「うぅ~‥‥」

 

昼食時、シュテルは食堂のテーブルで突っ伏している。

頭からは白い湯気でも出そうだ。

 

(あ、甘く見ていたぜ‥‥世界でもトップレベルの実力を‥‥)

 

(で、でも、ここで逃げる訳にはいかない‥‥折角、世界でもトップレベルの教育を受ける機会を得たのだから‥‥)

 

シュテルは分からない所はカレンやセラス、教官などに積極的に質問していき、不足している知識を補っていった。

世界トップレベルの授業内容と周辺で事件が起きていながらも自分は巻き込まれないだろうと言う慢心が、シュテルに事件の警戒を薄れさせていった。

 

時々、頭を抱える様な内容の講義に何とかついて行っているシュテル。

そして、ようやく休日がやって来た。

他の体験者たちも何だかホッとしている様子が覗える。

それは体験者だけでなく、ダートマス校の生徒たちも同じ事が言える。

久々に休日なので、思いっきり骨休みをしたい。

門限は決まっているが、その間は自由となる。

シュテルはセラスとカレンと共にダートマスの街へと繰り出した。

ショッピングや食事を楽しんだ。

そんな中、市街地の一角にて、人だかりが出来ていた。

 

「なんでしょう?」

 

「なにかあったのかな?」

 

気になった三人はその人だかりに近づいてみた。

すると、野次馬から何があったのか色々と聞こえてきた。

 

「まただ‥‥例の殺人鬼の仕業だってよ」

 

「やっぱり、被害者は女の人か?」

 

「これで、もう七人目か‥‥」

 

「切り裂きジャックが殺した人数を越えたぞ‥‥」

 

「警察は一体何をしているんだ?」

 

「早く犯人を逮捕してくれなければ、夜も怖くて歩けないわ」

 

野次馬の話からどうやら、また例の殺人鬼の被害者の死体が見つかったみたいだ。

 

「「「‥‥」」」

 

例の殺人鬼の事件と言うことで三人の顔色は悪い。

 

「‥‥日が暮れる前に帰った方がいいかもね」

 

「そうね」

 

「そうデスネ」

 

門限までまだ時間はあるのだが、太陽が上がっている明るいうちに帰ることにした三人だった。

寮へ戻ると、まだ門限前の時間なのだが、ダートマスを賑わせている例の殺人鬼の被害者が見つかったと言う事で、外出していた生徒たちもシュテルたちと同じく、太陽が昇っている明るい内に帰寮する生徒が多かった。

夕食後、シュテルは食堂にて、万が一の事を考え、銃の手入れをしていた。

銃を解体し、オイルで磨く。

 

「わぁお、シュテルン、それ本物ですか?」

 

銃の手入れをしていると、カレンは興味があるのか聞いてきた。

 

「うん。ルガーP08‥中等部の時、ある事件に巻き込まれて、それで親が心配して護身用に買ってくれてね‥‥あっ、でもマガジンに入っているのは実弾じゃないよ」

 

銃は本物でも流石に弾は本物ではない。

襲ってきた暴漢を無力化する為の訓練弾である。

解体した部品をオイルが染みついた布で磨き、使い古した歯ブラシで磨き、小さなゴミを落とす。

それらの工程が終わると、再び銃を組み立てる。

シュテルは実に手慣れた手つきで銃を組み立てた。

自分の銃なので、手慣れたものだ。

銃を組み立て、マガジンに訓練弾を装填し、そのマガジンを銃にいれる。

 

「よし、これで終わり」

 

銃の手入れが終わり、使っていた道具を片付けていると、

 

「キャァァァァー!!」

 

悲鳴の様な声が聞こえた。

 

 

ここで視点をシュテルから外へと変える。

 

多くの体験者やダートマス校の生徒が昼間に殺人鬼の被害者の遺体が見つかった事でまだ門限前の太陽が昇っている明るいうちに帰寮したが、中には久しぶりの休日なので、門限ギリギリまで外で遊んでいた生徒も居た。

 

「いやぁ~楽しかったね~」

 

「ほんと、毎日毎日、講義や実習じゃあ、息が詰まっちゃうもんね」

 

「そうそう、たまには息抜きもしなくちゃあ」

 

二人のダートマス校の生徒たちは久しぶりの休日を満喫したみたいで、満面の笑みを浮かべていた。

 

「でも、早く帰らないと門限に間に合わないわよ」

 

二人は門限が迫っているので、急いで帰ろうとした時、

 

「いけないなぁ‥‥」

 

二人の背後には黒ずくめの服にマント、シルクハットを被った不気味な男が立っていた。

 

「いけないなぁ~ブルーマーメイドを志す女学生が時間に遅れるなんて‥‥そんな不出来な生徒には思い知らさなければいけないねぇ~!!」

 

顔は夜の闇とシルクハットのせいでよく見えないが、その男の言動からこの男がまともな人間では無いと察する。

しかもその男の手にはギラツク一本のナイフが光っていた。

 

「何‥あの男‥‥?」

 

「いやだ‥逃げよう」

 

二人の生徒は身の危険を感じでその場から逃げ出す。

すると、男も後を追いかけてくる。

 

「なに!?あの男、追って来るよ!?」

 

「ま、まって!!」

 

二人の生徒の内、一人が後ろ髪を思いっきり掴まれる。

 

「うっ!!」

 

「えっ!?」

 

男は髪の毛を掴んだ女生徒の背中に手に持ったナイフを深々と刺す。

 

「か‥‥は‥‥」

 

「ああ‥‥」

 

刺された生徒は口から血を吐き、目の瞳孔が開く。

女生徒を刺した男はニヤリと獲物を仕留めた肉食獣の様に禍々しく口元を歪める。

一方、もう一人の生徒は同級生がさされたのを目の当たりにして、この男が今度は自分を狙っている‥‥自分を殺そうとしている事を自覚した。

 

「キャァァァァー!!」

 

悲鳴を上げ、再び走った。

しかし、恐怖のため、足や膝はガクガクと震え、上手く走れない。

 

「ハッ‥‥ハッ‥‥」

 

女生徒は目に涙を浮かべながらも必死に逃げ、なんとか寮の正門口まで来る事が出来た。

門の中に入ってしまえば、あの男も入っては来れないだろうと思ったのだが‥‥

 

ガシャン

 

正門の鍵は閉まっていた。

 

「あっ‥‥そんなっ!?‥門が‥鍵が閉まっている‥‥」

 

門限が過ぎたので、管理人が正門の鍵を閉めてしまったのだ。

 

「だ、誰か‥‥」

 

「フフフ‥‥夜遊びする様な不良には帰る所はないと言う事だ」

 

女生徒の後ろにはあの男が迫っていた。

 

「い、いや!!た、助けて!!」

 

ナイフを振りかざしてくる男に許しを請うが男は構わず迫って来る。

そこへ、

 

「うわぁぁぁぁー!!」

 

ルガーP08を男に向けて乱射しながら、正門の鉄格子を乗り越え、シュテルが降りてきた。

 

 




各校所属艦の設定にロシアの海洋学校の設定を加えました。


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36話

 

夏休みにイギリス、ダートマス校にて行われた体験入学に参加したシュテル。

道中、ドーバー海峡にて海賊の襲撃を受けた。

何とか海賊の危機を脱して、無事にダートマスにたどり着くもそのダートマスの街では切り裂きジャックの再来を思わせる連続殺人事件が起きていた。

当初は、例え連続殺人事件が起きても自分には関係ないと思っていたシュテル。

世界でもトップレベルのダートマス校の授業についていくのがやっとの毎日を過ごしていく中、ようやくやってきた休日にて、交換留学の際、交流を持ったカレン、セラスと共に繫華街へと出かけた時、シュテルたちは件の連続殺人事件の被害者と遭遇した。

まさか、こんな間近で殺人事件の現場を目の当たりにするとは思ってもみなかった。

こうして直に事件現場を目の当たりにすると、今のダートマスが危ない街になっているのだと嫌でも自覚させられた。

この日は大事をとって犯人が出ると言う暗くなる前に寮へと帰った。

そして、その日の夜、シュテルは万が一のことを考え、銃の手入れを行う。

銃の手入れが終わった時、

 

「キャァァァァー!!」

 

外から悲鳴が聞こえてきた。

 

「っ!?」

 

悲鳴を聞いてシュテルは、ハッと顔をあげると、駆け出し窓から外へと出る。

 

「ちょっと、シュテルン!?」

 

「どこに行くの!?」

 

シュテルの行動を見て、カレンとセラスは唖然として見ていた。

そのシュテルは正門の前で助けを求めている女生徒を見つけると、正門の鉄格子をよじ登り、

 

「うわぁぁぁぁー!!」

 

手入れをしたばかりのルガーP08を不審者に向けて乱射しながら、降りた。

 

突然上から銃を乱射してきた乱入者に不審者も驚き、慌てて後ろへと後退する。

そして懐へ手を入れると、忍ばせていた単発式の拳銃、トンプソン・コンテンダーを取り出し、シュテルへと発砲する。

犯人が撃った弾丸はシュテルが手に持っているルガーP08に当たる。

 

「くっ‥‥」

 

手に持っていたルガーP08に強烈な衝撃が走ったと思ったら、シュテルの手からルガーP08が弾き飛ばされる。

相手(シュテル)の銃を弾き飛ばした不審者はナイフを手にシュテルへと迫ってくる。

当然、シュテルも不審者の行動に気づいていたので、腰にぶら下げていたサーベルを鞘から抜く。

 

ガキーン!!

 

シュテルのサーベルと不審者のコンバットナイフがぶつかりあり、金属質な音が響く。

 

「くっ‥‥このっ‥‥」

 

「なんだ‥‥?お前は‥‥?」

 

(このナイフ‥‥血がついている‥‥)

 

不審者のナイフをサーベルで受け止めている中、チラッ不審者の背後を見ると、道路に倒れている人が見えた。

 

(この血‥まさか‥‥)

 

シュテルはこのナイフについている血が道路に倒れている人の血ではないかと思った。

 

「俺の楽しみを邪魔‥するな!!」

 

「ぐっ‥‥」

 

声から察するにこのナイフを振りかざしている不審者が男だと判別できた。

しかもかなり力が強い。

だんだんと押され気味になってきたシュテル。

このままではサーベルも弾き飛ばされてしまうかもしれない。

その時、

 

ダーン!!

 

一発の銃声があたりに響く。

銃声と共に不審者は再び後ろへと飛ぶ。

そして間髪入れずに銃声が再び鳴り響く。

しかも弾丸が飛んできたのはダートマス校の寮の方角からだ。

シュテルが後ろを振り向くと、バルコニーにはリー・エンフィールド小銃を構えたセラスの姿があった。

彼女はバルコニーから不審者を狙撃してきたのだ。

 

「ちっ‥‥」

 

これ以上シュテルと斬り合いをしているとセラスが撃つ銃弾にやられると思った不審者はそのまま夜の闇の中へと消えていった。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

不審者は完全に消えるまでこの場を動けずにいたシュテルはたった今まで命の危険ギリギリのことをしていたのだと自覚し、呼吸が荒い。

イタリアでマフィアを相手にした時、ドーバー海峡で海賊を相手にした時よりも恐怖を感じた。

それは目の前で人が死に刃物で自分も殺される寸前まで追い詰められたことだった。

イタリアの時は、まだ銃を持っておらず、銃で撃たれるということ、撃たれた時の痛みがどれくらいのものなのかなんて想像できなかった。

故にそこまでの恐怖は感じなかった。

しかし、今回は刃物と言う身近な凶器そして、今まさに人が殺された事実がなお、恐怖を増加させる。

 

「シュテルン!!」

 

「どうした!?何があった!?」

 

やがて、騒ぎを聞きつけ、守衛やカレンたち生徒が集まってきた。

 

「け、警察と救急車を‥‥早く‥‥」

 

シュテルは集まってきた守衛と生徒に事情を話して警察と救急車を呼んでもらった。

 

 

翌日、ダートマス校の空気は酷く重かった。

 

あの不審者に襲われた生徒の内、刺された生徒は懸命の処置もむなしく亡くなった。

そして、もう一人の生徒は友人が目の前で殺されたことと、自分も殺されそうになったことに大変ショックを受け、寮の部屋に引きこもって寝込んでいる。

ダートマス校周辺には多くの制服警官の姿もあり、またマスコミや野次馬の姿も見える。

ただでさえ、例の殺人鬼で話題が持ちきりなのに、世界でもトップレベルの海洋学校の生徒がダートマスを賑わせている連続殺人犯の手によって殺されたということで、マスコミは群がり、周辺の住民も不安となっている。

生徒たちは皆、寮の自室か食堂にいるのだが、顔色が悪い。

この日の講義は急遽、中止となったが外出は禁止というお達しが下った。

大勢の生徒が悲痛な表情を浮かべている中、

 

「くそっお!!」

 

怒りを露わにしている生徒が一人いた。

交換留学にて、ヴィルヘルムスハーフェン校へ来たレパルスの艦長、グレニアだった。

不審者に殺された生徒はレパルスクラスの生徒だった。

艦長として自分のクラスメイトが無残にも殺された‥‥

その無念は同じ艦長としてシュテルにはグレニアの悔しさが分かる。

 

そんな中、地元の警察署の刑事たちが事情聴取のため、ダートマス校を訪れた。

 

「警部、見てくださいよ。女子高ですよ、女子高!!男性禁制のまさに乙女の園!!仕事と言う名目でもなければ、絶対に入れない場所ですよ!!警官やっていてよかったですよ!!」

 

若い刑事は普段は入れないダートマス校を見てテンションが高い。

 

「不謹慎だぞ」

 

若い刑事の隣に居るもう一人の刑事はあきれる感じで言う。

 

「警部だってここの捜査に志願していたじゃないですか」

 

「ここに俺の娘が通っているからだよ」

 

もう一人の刑事‥‥警部の方は自分の娘がこのダートマス校に通っていたので、親心なのかこの捜査の参加に志願したようだ。

 

「えっ?マジっすか!?」

 

「おう。マジだ」

 

「警部の娘さんってここの生徒だったんですか‥‥」

 

若い刑事の方は上司の娘がダートマス校に通っていることに意外性を感じていた。

 

二人の刑事が寮の中に入ると、重苦しい空気が漂っていた。

同期生が殺されたことがショックだったのか?

それとも殺された生徒と同じクラスだったのか、すすりないている生徒の姿がチラホラ見える。

管理人の案内のもと、事件関係者が居る部屋へ行くとそこにはシュテルとセラスの姿があった。

 

「セラス」

 

「お父さん」

 

警部の言う娘はセラスの事だったみたいだ。

 

「まさか、お前がこの事件に関係しているとは‥‥もしかして、襲われた生徒ってお前じゃないよな!?」

 

警部‥もとい、セラスのお父さんは彼女の両肩をガシッと抱きしめ、セラスに訊ねる。

 

「わ、私じゃないよ‥‥」

 

セラスは自分の父親の態度に引いている。

父親としては娘を心配しているのだろうけど、あまりにもオーバーリアクションだった。

 

「それじゃあ、君か?」

 

セラスの父親はシュテルが襲われたのかと訊ねる。

 

「いえ、この方は重要参考人です。警部」

 

制服警官がセラスの父親にシュテルの事を説明する。

 

「被害者は?」

 

「寝込んでいます。ものすごいショックを受け、詳しい事情を聞くことはちょっと‥‥」

 

案内をした管理人が助かった被害者の現状を説明する。

 

「いつもの通り、門限の時間が過ぎたから正門を閉めてしまったせいで‥‥」

 

管理人は正門を閉めたせいで生徒が殺されてしまったのだとひどく落ち込んでいた。

 

「いえ、そんなことはありませんよ。殺された生徒は門よりもだいぶ前で刺されていましたし、もう一人の生徒も開いていた勝手口の存在を忘れていましたし‥‥まぁ、パニックに陥った人はそこまで頭が回らないので、仕方ありませんけど‥‥」

 

セラスが管理人を弁護する。

そして、シュテルに対しての事情聴取が始まった。

 

「それで、君はその襲われている生徒を守るため、犯人と斬り合ったと‥‥」

 

「は、はい」

 

「今回は助かったからよかったものを‥‥一歩間違えたら、君も殺されていたかもしれないんだぞ」

 

「す、すみません‥‥」

 

あまり危険なことをするなとセラスの父親から注意をうけるシュテル。

しかし、シュテル自身、こんなハードな人生を望んではいない。

 

「それで、犯人の特徴は?」

 

「えっと‥‥シルクハットを目深にかぶって、マントを着ていました。顔は‥‥夜の闇とシルクハットのせいでよく見えませんでした‥‥でも、声から男と言うことしか‥‥それと体つきと力からして、年齢は三十代半ばから四十代前半って印象を受けました」

 

シュテルはサーベルで犯人のナイフを受け止めた時、犯人と急接近した時の印象を伝える。

 

「うーん‥‥決定打とは言えないな‥‥」

 

「そうですね。これまでの報告とあまりかわりませんね‥‥」

 

「す、すみません。お役に立てなくて‥‥」

 

「い、いや、君のせいじゃないよ。気にすることはない」

 

しかし、シュテルの情報はすでに警察の方でも掴んでいたみたいで、あまり役立たなかった。

シュテルたちが警察からの事情聴取を受けている頃、

 

「くそっ!!どこのどいつだ‥‥あんなふざけたことをしやがって‥‥」

 

「か、艦長、落ち着いてください」

 

グレニアはまだ怒りを露わにして、レパルス副長のドロシーは彼女をなだめるが、焼け石に水で、グレニアの怒りは収まりそうになかった。

彼女は地団駄を踏み、時折物に八つ当たりをして悔しさを体現している。

 

「‥‥」

 

警察の事情聴取を終えたシュテルは終始不機嫌で犯人を殺す勢いなグレニアの姿を見つけた。

 

(まさかと思うけど‥‥自分で犯人を捜すつもりじゃないだろうな‥‥)

 

シュテルはグレニアの様子を見て、犯人に殺された生徒の仇討ちでもしようかと思っているのではないかと危惧した。

相手は既に多くの女性の命を奪っている殺人鬼‥‥

昨夜、対峙したシュテル自身、殺されるのではないかとさえ思った。

仲間を殺されたグレニアには冷静な判断が出来ていない。

このままでは彼女自身も殺人鬼の餌食になってしまうかもしれない。

 

(はぁ~なんで、自分から厄介ごとに首を突っ込もうとしているんだろう?)

 

そう思いつつもグレニアの事が心配になったシュテルは、彼女の行動が気になったので陰から彼女の行動を監視した。

案の定、彼女は夜、皆が寝静まった深夜、人知れずにベッドから起きると、寝間着から動きやすい私服へと着替え、辺りを警戒しながら、寮の外へと出ていく。

 

「よっ‥と‥‥まっていろ、イカレ野郎‥‥あいつの仇は必ず討ってやる‥‥」

 

正門の鉄格子をよじ登り、外へと出て、殺人鬼に対する怒りと決意を口にした時、

 

「何処へ行くんだぁ?」 (裏声)

 

「ひっぃ!?」

 

突如、グレニアのすぐ近くで不気味な声がした。

彼女は体をビクッと震わせ、その声がした方を見る。

すると、そこには紺色のフード付きトレーナーを着てジーンズを履き、ジト目でグレニアを見るシュテルの姿があった。

 

「お、おまえ、確かドイツの‥‥」

 

「こんな時間に何をしているの?」

 

「そ、それは‥‥そういうお前こそ、なんでここにいるんだよ!?」

 

「貴女が夜、寮を抜け出すのを見つけたから‥‥」

 

「くっ‥教官や管理人にチクるのか?」

 

「チクりはしないけど、貴女を止めに来た。相手は凶悪な殺人鬼なのよ。貴女一人で見つけられると思っているの?仮に見つけとしても捕まえられるの?逆に殺されるのがオチよ。やめておきなさい。ここは警察に任せて‥‥」

 

シュテルはグレニアを止めようとするが、

 

「うるせぇ!!」

 

グレニアはシュテルの説得を一喝する。

 

「あんたにあたしの気持ちがわかるか!!大体、あんただって艦長なんだろう!?艦長なのに、自分の艦の仲間が殺されたのに、『平然としていろ』って言うのか!?」

 

「だから、それは警察に‥‥」

 

「その警察が無能だから、これまで大勢の犠牲者が出ているんじゃねぇか!!あいつらがもっと早くに殺人鬼を捕まえていれば、あいつが殺されることはなかったんだ‥‥」

 

「‥‥」

 

グレニアは殺人鬼を早期逮捕できなかったことに対して、警察不信となっていた。

 

「はぁ~‥‥わかった。もう止めないよ‥‥」

 

グレニアの決心は固く、仮に教官に言って処分を受けたとしても彼女は退学覚悟でこの殺人鬼を追いかけるだろうと思った。

 

「でも、丸腰で探すつもり?」

 

「ん?」

 

見たところか、グレニアは銃もナイフも持っているようには見えない。

銃とナイフで武装し、夜な夜な女性を殺しまわっている殺人鬼を探すにはあまりにも無防備だ。

そこで、シュテルはルガーP08の入ったホルスターをグレニアに手渡す。

 

「奴の主な武器はナイフだけど、単発式の拳銃も持っていた‥‥あんたの気が済むまで、それは貸してやる」

 

「お、おう‥すまない」

 

シュテルが言っているのも理にかなっているのだと思ったグレニアは素直にシュテルから銃を受け取る。

 

「ただし‥私も行く」

 

そして、シュテルは銃を貸す代わりに自分もグレニアと共に殺人犯を探すという条件を出した。

 

「えっ?」

 

「殺人鬼の捜索なんて、本来なら止めるべきなんだけど、あなたは止まらないし、止められない‥‥そんなあなたを一人で、殺人鬼の捜索をさせるなんて出来ないからね」

 

「で、でもそうなると、あんたが丸腰なんじゃ‥‥」

 

「私にはコレ(サーベル)があるから大丈夫‥さて、さっさと探しに行こう‥‥時間は限られているんだし」

 

「お、おう」

 

こうしてシュテルとグレニアは夜のダートマスの街へ殺人鬼ないし、殺人鬼の手掛かりを探しに行った。

 

(ったく、こんなだだっ広い所で連続殺人事件なんてやるなよなぁ~)

 

夜のダートマスをさまよっている中、シュテルは殺人鬼に対して心の中で愚痴をこぼした。

 

「くそっ、どこにいやがる‥‥」

 

巡回する警官の目を躱しながら夜のダートマスの街で殺人鬼を探すシュテルとグレニア。

だが、この日ダートマスの街で例の殺人鬼による殺人は起きなかった。

殺人鬼も毎日殺人を起こしているわけではなかった。

ただ、シュテルとグレニアも情報不足だったため、これには気づかなかった。

それにグレニア自身も少々頭に血が上っているためより一層気づいていなかった。

 

「そろそろ、戻らないとやばいね‥‥あたりが明るくなり始めた‥‥」

 

シュテルが今日の捜索は打ち切ろうと提案する。

 

「まだだ‥‥まだ‥‥」

 

「これ以上、明るくなると、警官の目にも触れやすくなるし、寮に戻る際も誰かに見つかるかもしれない。そうなれば、次からは捜索しにくくなる‥‥」

 

「くっ‥‥」

 

シュテルの忠告を聞いてグレニアは渋々と言った様子で、今日の捜索を取りやめた。

 

朝食までの短い時間、シュテルは着替えることもなく、ベッドの中に倒れこんだ。

フカフカのベッドのおかげか、すぐに睡魔が襲い、寝ることが出来たが、やはり短い睡眠時間だったので、完全に寝不足となった。

しかし、例の殺人事件のせいで、しばらくの間、講義は見合わせとなり、しばらくは寮や図書室などでの自習となっている。

シュテルとしては好都合で、しばしの間寝ることにしたのだが、

 

「おい、フランクフルト!!」

 

朝食後、もう一度ベッドに戻ろうとしたら、シュテルの部屋にグレニアが訪ねてきた。

 

「ん?なに?まさか、今から寮を抜け出て殺人鬼を探しに行くなんて言わないよね?」

 

「ちげぇよ、それに奴は昼間、殺人を起こさないからな」

 

「それじゃあ、何しに?私は少し寝たいんだけど‥‥」

 

「昼間は昼間でやることがあるだろう!!」

 

「勉強とか?」

 

「そんなもん、あとでいいんだよ!!あとで!!」

 

「じゃあ、何を?」

 

「情報収集だ!!」

 

「‥‥」

 

グレニアは殺人事件の情報を集め、犯人捜しの手掛かりをつかむという。

 

(警察でも犯人の手掛かりをつかめていないのに、素人の私たちでできるのかな?)

 

そう思いつつも今のグレニアに何を言っても無駄なので、シュテルは彼女に付き合うことにした。

ダートマス校の図書室ならば、生徒に貸し出されているパソコンがあるので、それを使ってこれまでの事件の概要から入る。

とはいえ、シュテルが思った通り、警察でも手掛かりがつかめていないのに、高校生である自分たちが犯人の手掛かりをつかめるはずもなかった。

それでも、シュテルはこの事件の情報をいくつか得ることはできた。

やはり、犯行日時は夜ということは共通しているが、一回の犯行の後、次の犯行まで幾日かの間がある。

被害者の体の一部が切り取られ、持ち帰られている。

死体は死後、すぐの者がいれば、死後、数日経過している者もいる。

 

「共通しているのが、犯行が夜行われていること、被害者が全員女性だということ、凶器は鋭利な刃物と言うこと以外ないな‥‥」

 

「一貫性があるようでない‥‥犯行と犯行の間の日時もバラバラ‥‥こういう犯罪を起こす犯人は規則性を持つと思ったんだけどな‥‥」

 

「じゃあ、殺人鬼は複数いるってことか?」

 

「そこまではまだわからないけど、犯行と犯行の間の日時にばらつきがあるのは犯人に何かしらの理由はあると思うんだけど‥‥」

 

「理由?」

 

「まぁ、犯罪を起こしているのも人間だからね」

 

「ちっ、あたしはコイツを人間だなんて思いたくもねぇよ」

 

ここまで残忍な犯行を行ってきている犯人を正直、同じ人間だと思いたくないと言うグレニア。

 

「うーん‥‥一般に出回っている情報だけじゃ、決め手にかける‥‥ヴィクトリアさんのお父さんから話を聞けたらいいんだけどね‥‥」

 

「ヴィクトリアって?フッドの副長のセラス・ヴィクトリアか?」

 

同じ同期生なので、グレニアもセラスの事は知っていた。

交換留学の時も一緒に来ていたので、当然と言えば当然である。

 

「ええ。彼女のお父さんが警察官で、この事件の捜査を担当しているのよ。先日、会って事情聴取を受けたから」

 

「そうか、なら話が早い!!」

 

「ん?」

 

「あのホルスタインの親父が警官でこの事件を捜査しているなら、あたしらが知らない情報を持っているかもしれないだろう」

 

「ほ、ホルスタインって‥‥」

 

同期生をホルスタイン扱いするグレニア。

まぁ、確かにセラスは背も高いし、胸も大きい。

身長も胸の大きさも小さなグレニアにとって、セラスは嫉妬の対象なのだろう。

 

「えっ?でも、ちょっとまって、まさかヴィクトリアさんを巻き込むつもり?」

 

「巻き込むつもりはないさ、あのホルスタインにちょっと親父から事件の情報を吐かしてもらうだけだ」

 

グレニアはセラスを使って彼女の父親から事件の情報‥まだ表立っていない犯人に関する情報を得ようと言うのだ。

ニヤッと邪悪そうな笑みを浮かべてグレニアはセラスの下へと向かう。

 

「えっ!?ちょっ、ちょっと待ってよ!!」

 

そんなグレニアを慌てて追いかけるシュテルだった。

 



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37話

夏休みにイギリスのダートマス校の体験入学に参加したシュテルであるが、その道中、ドーバー海峡では海賊が来るわ、ダートマスの街では切り裂きジャックと類似した連続殺人事件が起きているわで、波乱な夏休みとなった。

当初は、例え連続殺人事件が起きていても自分には関係ないし、巻き込まれることもないだろうと思っていた。

しかし、地元警察の懸命な捜査にもかかわらず、事件の被害者は増加する一方で、とうとうダートマス校の生徒が被害者となってしまった。

被害にあった生徒はダートマス校所属の一年生で巡洋戦艦レパルスの生徒だった。

レパルス艦長のグレニアは殺された同級生の仇だと言わんばかりに件の連続殺人犯を見つけて、警察に捕まる前にボコボコにしてやると息巻いていた。

そんなグレニアの態度に危機感を覚えたシュテルは、関わりたくない連続殺人事件に自ら首を突っ込むこととなった。

別に放っておいてもいいのだが、グレニアは退学覚悟で犯人を捕まえるつもりだった。

このまま学校を退学させられてもグレニアは犯人を捜し、そのまま犯人に返り討ちにされてしまうのは目に見えている。

そこで、シュテルはグレニアに協力することにしたのだ。

そして、殺人鬼が殺人を起こしているとされる夜、シュテルはグレニアとダートマスの街へと出て殺人鬼を探したが、見つからなかった。

ダートマスの校の生徒が事件の被害にあったと言うことで、体験入学は一時停止となり、生徒たちの外出は制限された。

深夜、連続殺人犯を求めて、夜のダートマスの街を歩き回り、寝不足となったシュテルはせっかくなので、朝食を食べたら眠ろうとしていたら、グレニアは殺人鬼に関する情報を集めると言って、シュテルを強引に連れ出す。

眠たいのを我慢して、図書館のパソコンを駆使して、これまでの事件の情報をあつめるが、マスコミや素人のネット住民からの情報では殺人鬼を知る情報なんて載っている筈もなかった。

パソコンに犯人の情報が載っていたら、警察がとっくに犯人を捕まえている筈だ。

シュテルはダートマス校のフッド副長、セラス・ヴィクトリアの父親が警察官で、この事件の捜査をしている事をグレニアについ、こぼしてしまうと、彼女はセラスから父親に警察しか知らない情報を聞き出そうとして、セラスの下へと向かった。

 

(いくら、なんでもそう簡単には教えてくれないだろう‥‥)

 

シュテルはいくら娘の通う学校で事件が起きたからといって、警察官が第三者にそう簡単に捜査情報を教える筈はないと思った。

案の定‥‥

 

「えぇぇーっ!!そんなの無理、無理、無理だよぉ~!!」

 

セラスはグレニアの頼みに関して、無理だと言う。

 

「ホルスタイン、お前は同期が殺されたのに悔しくねぇのかよ!?」

 

グレニアはセラスに詰め寄る。

 

「わ、私だって悲しいし、悔しいよ‥‥でも、私たちは警察じゃなくて、ただの学生なんだよ。凶悪な殺人鬼相手に敵う訳ないじゃん。碇さんだって、殺されそうになったんだし‥‥」

 

「くっ‥‥それでもあたしは、諦めねぇからな」

 

「まさか、自分であの殺人鬼を捕まえるつもりなの!?」

 

「あん?ただ捕まえるんじゃねぇ、ボコボコにして男の大事な玉を踏み砕いてやる!!それぐらいじゃなきゃ、あたしのこの怒りは収まらねぇ!!」

 

(大事な玉って‥‥)

 

(想像するだけで痛いどころの痛さじゃねぇぞ‥‥)

 

セラスは一応、女子なのだから、その女の子が『男の大事な玉』とか言うのはいかがなものか‥‥とちょっと引いている。

一方、前世では男だったシュテルにしてみれば、睾丸を潰される痛みを想像しただけで悶絶しそうだ。

 

「協力しねぇならそれでいい‥‥だがな、ホルスタイン!!もし、このことを教官や警官のお前の親父にチクってみろ!!その時には、お前のその無駄にでかいその脂肪の塊をむしり取るからな!!」

 

グレニアはビシッとセラスに人差し指を指して宣言してその場から去っていく。

 

「‥‥どうしよう‥‥碇さんからも何とか言ってリオンさんを止められないかな?」

 

セラスはシュテルにグレニアを止めてくれというが、

 

「うーん‥‥あそこまで暴走機関車状態になった彼女を止めるのはほぼ不可能なんじゃないかな?あの人、退学覚悟で犯人を捕まえるつもりだし‥‥なるべく、暴走しないようにお目つき役として頑張るよ‥‥できれば早めに警察があの殺人鬼を捕まえてくれるようになってくれればいいんだけどね‥‥だから、このことは教官たちには内緒にしてくれないかな?」

 

「う、うん‥‥でも、気を付けてね」

 

「まぁ、一応、銃は渡してあるから何とかなると思うんだけど‥‥」

 

(一途なひたむきな姿勢はいいんだけど、それをもっと別のところに向けて欲しかったな‥‥)

 

そう言い残し、シュテルはグレニアを追いかけた。

そのグレニアは、不機嫌な様子で廊下を歩いており、周りの生徒たちは彼女の不機嫌な顔を見てドン引きしている。

 

「それで、これからどうするの?」

 

周りの生徒たちはドン引きしているが、シュテルは平然とした様子でグレニアに駆け寄り、声をかける。

 

「あん?何かだ?」

 

「警察からの協力はこれで事実上不可能‥‥まっ、最初からあまり期待はしていなかったけどね‥‥それで、次の手はどうする?」

 

「次の手ねぇ‥‥次の手‥‥うーん‥‥あんた、何か思い当たらないか?」

 

「えっ!?私っ!?」

 

「あんたはあのサイコ野郎と斬り合ったんだろう?それに、キール校の首席なんだし、何か次の手ぐらいは考えてあるだろう?」

 

「首席は関係ないよ‥‥うーん‥‥そうだな‥‥とりあえず、犯人の特徴を洗い出してみよう。もしかしたら、そこから犯人像が分かるかもしれない」

 

シュテルとグレニアはもう一度図書室へと戻ると、シュテルは心理学の本やホームページを開く。

 

「心理学の本なんてどうするんだ?」

 

「これを使って、犯人像を描いてみるんだよ。まぁ、警察も当然やっているだろうけど‥‥情報を提供してもらえないのであれば、自分たちでやるしかないでしょう」

 

シュテルは心理学の本、ホームページを見ながら、これまでの殺人鬼の被害者の情報などを集めた。

そして、あらかた情報を集めた後、シュテルは今回の事件の犯人をプロファイリングする。

 

「まず、犯人が男であるのは間違いない‥‥あの時の犯人が、これまでの事件の模倣犯でなければね‥‥それにあの体つきと力からして、年齢は30代後半から40代前半‥‥あの腕力から仕事は力や体を使う仕事‥‥そう、建築現場の作業員とか‥‥次に、犯人の動機だけど‥‥」

 

「動機?」

 

シュテルはこれまでの事件の被害者の名前と年齢が書かれた紙を並べる。

 

「犯人がもし、私の予想年齢だとしたら、動機は多分、犯人は学生時代に女性に対してトラウマかコンプレックスを抱くようなことがあったんじゃないかな?」

 

「ん?どういうことだ?」

 

「これまでの事件の被害者の性別はみんな女性に限定されているけど、年齢はバラバラの様に見えて、みんな、10代後半~20代前半なんだよ‥‥」

 

「た、確かに‥‥」

 

「10代後半~20代前半っていうと高校生~大学生の年頃でしょう?」

 

「ん?ああ、そうだな」

 

「犯人の予想年齢からみんな年下の女性ばかりを狙っている‥‥そのことから、この犯人は学生時代に異性から何かひどい目にあったんじゃないかな?」

 

(前世の俺なんて罵倒や暴力なんて日常茶飯事だったからな‥‥)

 

「その恨みをずっと抱いたまま成長し、大人になって力をつけた時、当時自分の事をひどく扱っていた女性に対して憎しみと殺意を抱くようになって、何かのきっかけで今回の事件を起こした‥‥」

 

「じゃあ、あいつや殺された女たちには恨みはなく、ただ昔、女からひどいめにあったからって‥それだけのくだらない理由でこんな事件を起こしたって言うのかよ!?」

 

「落ち着いて、これはあくまでも私の推測だから‥‥本当の理由は犯人だけしかしらないから、その辺は捕まった後でヴィクトリアさんにでも改めて聞こう‥‥」

 

「あ、ああ‥‥それじゃあ、この事件のサイコ野郎は、女にはモテない様なブ男ってことだな?」

 

「ブ男かどうかは分からないよ。でも、少なくともこの事件の犯人は、昼間の間は普通の人の中に混じって周りの人と同じ様に仕事をしていると思う‥‥それと‥‥」

 

「それと‥‥?」

 

「被害者の中で、死後、時間が経っている被害者も居た‥‥死体は派手に引き裂かれていて、これはどうみても短時間の犯行じゃない‥‥」

 

「どこか別の場所で殺して死体を捨てたってことか?」

 

「だろうね‥‥でも、そう言うケースがあると警察は車とかも調べる筈なんだけど、犯人は未だに捕まらず、犯行は行われている‥‥でも、犯人も警察が車も調べ始めていることは知っているだろうから、ここ最近の事件では、ナイフで一突き‥‥って言う短時間の殺人になっている‥‥ただ、単に快楽殺人をしているわけではなさそうだ」

 

「どっちにしろ、サイコなのは変わりねぇだろう?」

 

「サイコはサイコでも、十分に知能を持ったサイコだからこそ、この犯人が恐ろしいんだよ。それで、今日の夜も行くの?」

 

「あたりめぇだろう」

 

グレニアは今日の夜も犯人を捜しに行くと言う。

 

「それなら、夜に備えて寝た方がいいよ‥‥さすがに私も眠い‥‥」

 

シュテルは本を閉じ、犯人像を描いたプロファイリングの紙をシュレッダーにかける。

本を棚に戻し、パソコンの電源をきり、部屋に戻って寝ようとする。

しかし、結構限界がきていたのか、廊下を歩くシュテルの足取りはフラフラ。

同じ時間帯を起きていたグレニアがこうも平然としているのが不思議なシュテルだった。

 

「おっ、おいおい大丈夫か?‥‥危なっかしいな‥‥」

 

フラフラと歩くシュテルをグレニアが支えるが、それがきっかけとなり、シュテルはそのまま寝てしまう。

 

「スー‥‥スー‥‥」

 

「お、おい‥ここで寝るなよ‥‥しかも立ったままで‥‥」

 

「スー‥‥スー‥‥」

 

グレニアはシュテルに声をかけるが、彼女は起きる気配がない。

 

「‥‥あぁ~もう、しゃーねぇなぁ~‥‥」

 

グレニアはやれやれと溜息をはいた後、自らの肩を貸してシュテルを自分の部屋に連れて行った。

シュテルの部屋よりもここからなら自分の部屋の方が近かったからだ。

 

 

「スー‥‥スー‥‥ん?‥‥んぅ?‥‥」

 

シュテルが目を開けると、そこはダートマス校で用意された寮の部屋とちょっと違う印象を受けた。

 

「あ、あれ‥‥?」

 

そもそも自分が部屋に戻り、ベッドに横になった記憶がない。

しかも自分の今の格好は上着とズボンを身に着けておらず、Yシャツもネクタイが外され、袖のボタンは外されており、ボタンも第三ボタンまで外されていた。

 

「ん?‥‥っ!?」

 

シュテルがふと、横を見ると、そこには今の自分と似たような姿のグレニアが眠っていた。

 

「な、なんで‥‥?」

 

シュテルが混乱していると、

 

「スー‥‥スー‥‥ん?‥‥ん?‥‥あっ、あんたも起きたのか‥‥」

 

グレニアも瞼をあけ、目をこすりながら上半身を起こす。

 

「な、なんで‥‥えっ?ここは、もしかして‥‥」

 

「ん?覚えていないのか?あんた、廊下で寝ちまったから、あたしが肩を貸して部屋に運んだんだ‥‥まぁ、あたしの部屋だけどな」

 

「それがなんでYシャツ一枚なの?」

 

「そのままだと制服がシワだらけになるだろう‥‥あんたの制服はちゃんとハンガーにかかっているから、シワはついてないぜ。Yシャツなら替えがあるから平気だろう?」

 

グレニアが言っていることは最もなのだが‥‥

 

「‥‥私が寝ていることをいいことに何か変なことをしてないよね?」

 

「ん?何言ってんだ?」

 

グレニアは首を傾げる。

彼女はどうもそう言ったことの知識は疎いようだ。

 

「いや、なんでもない‥‥お世話になったね‥‥じゃあ、また夜に‥‥」

 

「ああ」

 

シュテルは制服を着て、グレニアの部屋を後にした。

それから、深夜再びシュテルはグレニアと合流し、夜のダートマスの街へと出て、犯人を捜した。

 

「やれやれ、街中ポリスだらけにしちゃって‥‥」

 

ダートマスの街に出てからこれで何人の警官やパトカーとすれ違ったのか分からない。

 

「結構マスコミにも叩かれているからな、この街の警察署は‥‥まぁ、これだけの被害をだしてもなお、犯人を捕まえることが出来ていねぇんだ‥‥無能扱いされても文句はいえねぇだろう」

 

街中を巡回する警官やパトカーを見て、警察がこの事件にかなりの気合を入れていることが窺えたが、気合だけで犯人が捕まればこの事件の犯人はとっくに捕まっている。

しかし、警察同様、シュテルとグレニアも犯人を見つけることが出来ず、この日も空振りに終わった。

だが、二人が犯人を捜している地区とは異なる地区にて‥‥

 

「おい、今は厳戒警戒中だ。すぐに家に帰れ!!」

 

巡回中の警官が酒に酔っている若いOLに注意喚起を促す。

 

「うるさいわねぇ~どうせなにも起きやしないわよ~」

 

このOL、酒に酔っているせいか、態度がでかい。

もし、素面なら、警官の言う通り、急いで家に帰っていただろう。

 

「ったく、殺されてもしらんぞ」

 

警官はOLの態度にあきれながら、巡回コースへと戻り、OLも千鳥足で自宅へと向かう。

しかし‥‥

 

「むぐっ‥‥」

 

路地裏から出てきた手がOLの口を塞ぎ、彼女をそのまま裏路地の暗闇へと引きずり込んだ‥‥

 

翌日のニュースにて犠牲者がまた一人増えたと言う報道が流された。

ニュースを見て、グレニアは昨夜、自分たちがあの地区へと向かっていれば犯人を見つけることが出来たのにと、悔しがり、

反対にシュテルは、もし、自分たちがあの地区を探していたら、殺されていたのは自分たちの方だったのではないかと冷や汗を流しつつも、グレニア同様、あの地区を探していれば、今回の犠牲者はもしかしたら、救えたのかもしれないと言う思いもあった。

朝食の後、シュテルとグレニアの姿は昨日と同じく図書室にあった。

 

「昨夜の事件の被害者は、殺されてから遺棄されるまで、結構時間があったみたい‥‥」

 

「となると、奴は街中で女を攫ってどこか別の場所で、バラした後、死体をまた街中に捨てたってことか?」

 

「おそらくね」

 

「ってことは、奴は車を使用したってことだよな?」

 

「だろうね‥‥でも、警察は車だって調べている‥‥何か盲点があるはずだ‥‥死体を隠せる車とか‥‥」

 

「盲点ねぇ‥‥」

 

犯人がどんなトリックを使ったのか、二人が頭を捻っていると、

 

「あっ、見つけた!!碇さん、キール校の学長から電話が入っています」

 

「あっ、はい」

 

シュテルは事務員の人からアンネローゼから電話が来たと言われ、事務室へと向かった。

その頃、食堂ではダートマス校に出入りしている精肉業者が肉を卸しにやってきた。

 

「どうも‥‥」

 

「あっ、いつもごくろうさん」

 

精肉業者の女性は食堂の職員に声をかけ、肉の入った箱を食堂へと運び込む。

 

「そういえば、気をつけなよ。例の殺人鬼‥美人の女ばかり切り裂かれているっていうからよ」

 

「あら?私の事を心配してくれているの?」

 

「ああ、もちろんさ」

 

食堂の職員は頬を赤らめている。

この職員、この肉業者の女性に気があるみたいだ。

 

「早く捕まるといいのにね、その犯人」

 

「そうだな、昨日の夜も一人、殺られたみたいだからな‥‥」

 

物騒な世間話をしながらも肉業者の女性は仕事をこなしていった。

 

シュテルがアンネローゼからの電話の対応に出るため、事務室へと向かった後、グレニアは図書室を後にして、寮の敷地内を散歩しながら、犯人について考えていた。

すると、寮の裏手にある出入りの肉業者のトラックを見つける。

 

「トラック‥‥」

 

何気なく、グレニアはそのトラックに近づく。

 

(昼間の間は普通の人の中に混じって仕事をしている)

 

(警察は車だって調べている)

 

(何か盲点があるはずだ)

 

(車だって‥‥)

 

(車だって‥‥)

 

グレニアの脳裏にシュテルの言葉が何度もリピートする。

 

「車‥‥トラック‥‥冷蔵‥‥仕事‥‥っ!?ま、まさかっ!?」

 

グレニアが何かに気づいた時、

 

「むぐっ‥‥」

 

グレニアの口にハンカチのような布が押し当てられた。

とっさにグレニアはシュテルから借りた銃を抜こうとするが、その布には薬が染み込まされていたのか、その薬のにおいを嗅いでいると意識が遠のく感覚がして、グレニアの意識は暗転した。

しかし、グレニアはなんとか手掛かりを残そうとして銃のマガジンを落とした。

落ちた衝撃でマガジンに装填されていた弾が辺りに散らばった。

 

 

事務室でアンネローゼとの電話を終えたシュテルが図書室に戻ると、そこにはグレニアの姿はなかった。

 

「あれ?どこに行ったんだろう?」

 

シュテルはグレニアを探し、寮や校内を歩きまわる。

 

「リオンさん?そういえば、さっき寮の裏手に行くのを見たよ」

 

そこでようやく、グレニアの姿を見たと言う生徒からの証言を聞いて、寮の裏手に行く。

しかし、そこにグレニアの姿はなかった。

 

(時間も経っているし、当然だよな‥‥ん?)

 

そう思っていると、地面に何かが落ちていた。

シュテルがそれを拾うとそれは‥‥

 

「特殊弾の弾丸‥‥なんでこんなところに‥‥っ!?」

 

それは、自分が普段から使っていたルガーP08の特殊弾だった。

しかし、今はグレニアに貸している。

その弾がなぜか一発だけ、ここに落ちていた。

ここは射撃場ではなく、寮の裏手。

 

「ま、まさか、彼女の身に何かあったんじゃあ‥‥」

 

シュテルの脳裏に最悪の事態が過ぎる。

 

(何か‥‥他に何か手掛かりは‥‥?)

 

辺りを見回し何か弾の他にも手掛かりがないかを探すと、地面に真新しいタイヤ痕が残っていた。

 

「タイヤの痕‥‥ここに何か車が留まっていたのか‥‥」

 

ここに車が留まっていたのは間違いない。

しかし、タイヤ痕だけでは何の車が留まっていたのか分からない。

だが、悠長に考えている暇はない。

こうしている間にもグレニアの身に危機が迫っているかもしれない。

そこへ、

 

「よいしょっ‥と‥‥」

 

食堂の職員がゴミ出しに出てきた。

 

「すみません!!」

 

「ん?なんだい?」

 

「ここに車が留まっていたと思うんですけど、何か知っていますか?」

 

「そこかい?確かウチに出入りしている肉屋の冷蔵トラックがついさっきまで留まっていたよ」

 

「肉屋のトラック?」

 

「ああ、そこの肉屋の女将がこれまたべっぴんな人でねぇ~」

 

食堂の職員は聞いても居ない情報をベラベラと喋っている。

 

(肉屋のトラック‥‥冷蔵‥‥っ!?)

 

シュテルはグレニア同様、あることに気づいた。

 

「その業者の名前と場所は分かりますか!?」

 

「ん?あ、ああ‥‥知っているけど‥‥」

 

「教えてください!!」

 

「うん?まぁ、別にいいけど‥‥」

 

「それと‥‥」

 

シュテルは手帳を出し、そこに詳細を書いたのち、そのページを破り、

 

「これをセラス・ヴィクトリアという生徒に渡してください!!」

 

メモを職員に渡した後、タクシーに乗り、出入り業者の会社へと向かった。

 

裏口の扉を開けると、カギはかかっておらず、シュテルはサーベルの柄を握り、周囲を警戒しながら、奥へと進む。

そこは肉の保存と解体現場なので、外よりもひんやりと冷気が満ちた空間なのだが、従業員はいない様子でシーンと静まりかえり、冷気と相まって不気味な空間だった。

そんな中、シュテルは物陰で一人の女性が蹲り震えているのを見つけた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

女性に駆け寄り声をかけるシュテル。

「貴女も攫われて来たの?」

 

そう訊ねると女性は小さく頷き、震える指で奥を指さす。

 

「も、もう一人‥‥奥に‥‥」

 

女性の言うもう一人がおそらくグレニアだろう。

 

「じゃあ、急いでその人を助けて、早くここを逃げ‥‥」

 

シュテルが逃げようと言う前に、彼女の頭に強い衝撃が走り、シュテルはその場に倒れる。

シュテルの背後にいる女性の手にはこん棒が握られていた。

女性は倒れているシュテルを不気味な笑みを浮かべて見下ろしていた。

 



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38話

夏休みに体験入学でイギリスのダートマス校へとやってきたシュテル。

そのダートマスの街では、連続殺人事件が起きていた。

そして、その被害は等々ダートマス校の生徒にも及んだ。

殺された生徒の所属する巡洋戦艦レパルスの艦長、グレニア・リオンはこの事件の犯人に強い恨みを抱き、警察に逮捕される前に犯人を見つけてボコボコにしてやると息巻いた。

その過程でシュテルはグレニアのお目付け役として彼女に協力することになった。

警察からの協力は得られなかったので、シュテルとグレニアは独自で犯人を捜すこととして、まず犯人のプロファイリングをした。

情報があまりない中でたてたシュテルのプロファイリングによる犯人像を聞いた後、しばしの間、シュテルはグレニアの下を離れた。

シュテルが離れているその間、グレニアは寮の敷地内を散策中、ダートマス校に出入りをしている業者のトラックを見て、何かに気づく。

だが、その時、グレニアは何者かの手によって拉致されてしまう。

グレニアが何者かの手によって拉致された後、シュテルはグレニアを探す中、寮の裏手にて、シュテルはグレニアが拉致された形跡を見つける。

そして、グレニア同様、シュテルも犯人像に対して何かに気づき、近くにいた食堂の職員に伝言を頼み、グレニアを探しに出た。

シュテルはグレニアが拉致されたと思われるダートマス校に出入りしている精肉業者の工場の中へと入る。

その工場の中にグレニアは居ると思っていた。

だが、拉致されたのはグレニア一人だけではなかった。

肉の加工室に別の女性が居た。

シュテルはその女性とグレニアと共にこの工場から逃げようと促すが、その女性はシュテルの隙をついて、シュテルを背後から襲い彼女を倒した。

助けに来たはずのシュテルを倒したその女性は不敵な笑みを浮かべながら、倒れたシュテルを見下ろしていた。

 

 

シュテルが肉屋の女性に倒された頃、ダートマス校の寮では、

 

「セラスさん‥‥セラス・ヴィクトリアさんはいらっしゃいますか?」

 

「は、はい。私がセラス・ヴィクトリアです。それで、何の御用ですか?」

 

「体験入学の生徒さんから、なんか、これを貴女に渡してくれって頼まれたんだけど‥‥」

 

食堂の職員がセラスを探し、シュテルから手渡されたメモを彼女に手渡す。

 

「あっ、どうも‥‥こ、これはっ!?」

 

手渡されたメモを見て、セラスは声をあげ、彼女は急いで、父に電話を入れた。

 

 

セラスが父に電話を入れている頃、

 

「うぅ‥‥いったぁ‥‥‥なっ!?」

 

肉屋の女性に殴られたシュテルは目を覚ました。

目を覚ましたシュテルは自分が椅子に座らせられ、体は縄で縛られているのに気づく。

当然、腰からぶら下げていたサーベルも取り上げられていた。

 

「あら?目が覚めたかしら?」

 

シュテルの目の前には包丁を研ぐ、肉屋の女性がいた。

 

「あ、あんた‥‥」

 

「ああ、自己紹介が遅れたね‥‥俺はこの店のオーナー、リチャード・ベックマンだ」

 

この店のオーナーは被っていたカツラを脱ぎ捨て、シュテルに自己紹介をする。

女性だと思っていたが、それはカツラと普通の男性よりも高い声だからこそ、女性に見えたのだ。

 

「あの時は、よくも俺の楽しみを邪魔してくれたねぇ~」

 

リチャードは喉を触ると、先程の高い声から、あの時‥‥ダートマス校の寮の門前で斬り合ったあの殺人鬼と同じ声になる。

この男、声帯をいじって声の高さを変えることが出来るみたいだ。

 

「まぁいい‥‥警察ですら、たどり着けなかったここまでたどり着いた礼にいいモノを見せてやるよ」

 

リチャードはつるされた豚を押すと、ジャラジャラと鎖の音がしたと思ったら、奥から、

 

「ん~~~~!!」

 

肉を吊るすつっかえに両手を縛られた縄を括りつけられ、口には布で猿轡をされたグレニアが運ばれてきた。

ただ捕まっているのだが、グレニアは殺されるかもしれない恐怖よりもリチャードに殴りかからんとする勢いで暴れている。

 

「リオンさん!!」

 

「今から、あんたの目の前でこの娘を芸術的に解体して見せよう‥‥よく見ていてくれよぉ~その次はあんただ」

 

「な、なんで、そんなひどい事を‥‥?」

 

シュテルはリチャードになぜこのような残忍な事件を起こしたのかを訊ねる。

 

「『なんで?』‥だと‥‥?それはなぁ‥‥お前らみたいな人の皮をかぶったメス豚を見ているとイライラするんだよ!!特に脂がのった若いメス豚を見ているとなぁ!!」

 

今までヘラヘラ笑っていたリチャードが豹変し、殺気と怒気をシュテルにぶつけてくる。

 

「俺が最初に殺したのは、俺の母親だった‥‥」

 

「ま、まさか、自分の母親を手にかけたのか‥‥?」

 

「ああ‥‥俺の母親は、男を見ればあっちへほいほい、こっちにほいほいと他所の男に近づいては腰を振る淫乱な売女だった‥‥俺自身が、どこの男か分からない間に生まれた‥‥」

 

リチャードの脳裏には幼少の頃の思い出が浮かび上がり、シュテルとグレニアに語りだした。

 

 

リチャード、お前がいると商売の邪魔だよ!!

 

しばらく外に出ていな!!まったく気が利かないガキだね、あんたは!!

 

母さん、俺の本をどこへやったんだ?

 

ああ、あんなもん全部売っちまったよ。

 

っ!?

 

お前みたいなガキに教養なんて必要ないだろう?

 

ああ~お前が女だったら、稼げるのにねぇ~

 

男なんて邪魔なだけだねぇ~

 

あっ、でも、お前みたいな容姿じゃあ、どの道、女に生まれても客は寄り付かないわねぇ~

 

男は顔で来るからねぇ~

 

やれやれ、お前みたいなブ男、存在する価値なんてないのに‥‥どうしてお前の様なガキを産んじまったんだろう?

 

 

母親の愛情を知らず、毎日聞かされる罵倒‥‥

この人は自分のたった一人の家族だと言う血のつながりが、これまでリチャードの理性を働かせてきたが、この日とうとう怒りが理性の枷を解き放った。

彼は母親を殺し、その死体をバラバラに切り裂き、川へと捨てた。

 

リチャードは自分で母親を手にかけたがその後、警察に何食わぬ顔で捜索届けをだした。

警察も当時、小学生だったリチャードがまさか自分の母親を殺したなんて思ってもおらず、疑いの目を全く向けなかった。

自らの母親を手にかけた彼は遠縁の親戚‥‥このダートマスの街で精肉業者を営むこの家に引き取られた。

この街の学校でも彼はそのブ男な顔のせいで女子からはからかいの対象となり、男子からはそれが理由でいじめにあった。

もちろん、女子からも陰湿な嫌がらせも受けた。

自分がいじめにあうのは女子たちが自分の顔をからかうせいだと決めつけた。

その後、彼は整形し、顔を変えた。

そして、月日がたち、養父からこの店の経営を引き継いだ彼は、取引先の家の女性と結婚した。

だが、その結婚生活も長くは続かなかった。

自分が汗水ながして懸命に働いている中、女房は自分が働いた金を勝手に使って、ホストクラブへ通い詰めとなり、ホストに貢ぎ、挙句の果てにはそのホストと浮気した。

幼少期時代の母親から日々繰り返される罵倒、同級生の女子たちからの陰湿ないやがらせ、果ては自分の女房の裏切り‥‥

昔、母親を手にかけた時から自分の中に潜んでいた獣が再び目を覚ました。

母親に次ぎ、彼は次に自分の女房を手にかけた。

母親の時と同じく、体をバラバラに引き裂き、ゴミのように捨てる。

そこから彼の中の獣はとどまることを知らず、女性‥‥とくに若い女性を手にかけ始めた。

その理由はやはり、シュテルがプロファイリングした通り、若い女性を見ると、自分を学生時代に陰湿ないじめをした女生徒たち、自分を裏切った女房と重なって見えたのだ。

 

(前世の俺も一歩間違えればコイツと同じ様になっていたのかもしれないな‥‥)

 

リチャードの幼少期、学生時代の事を聞いて、前世の自分‥‥比企谷八幡だった頃、理性が勝っていなかったら、リチャードと同じことをしていたかもしれない。

かつて、雪ノ下陽乃が八幡の事を『理性の化け物』と称していた。

その強い理性があったからこそ、八幡はリチャードのような事件を引き起こすことはなかった。

前世の彼の周りの人間も酷い者ばかりだった。

 

 

厄介ごとを押し付けてくる者。

 

日々当たり前の様に罵倒してくる者。

 

何もできないのに他人の頼みを引き受けたにも関わらず、その頼みからも逃げて責任を押し付けてくる者。

 

平然と暴力を振る者。

 

八幡が自ら自己犠牲をしたにもかかわらず、労いの言葉一つかけず、逆に罵倒や拒絶の言葉を吐く者。

 

血の繋がった家族よりも知り合ってたった半年の知り合いの言葉の方を信用する妹。

 

八幡の自己犠牲により、自らの地位が守られたにもかかわらず、彼を助けず、そ知らぬ振りをする者、はては嫌がらせに加担する者も居た。

 

 

前世の八幡の生活はエリス(神)でさえ、同情してしまうほどだった。

リチャードと八幡はまさに紙一重の差、確立世界のもう一人の自分だったのかもしれない。

しかし、どんな理由があるにせよ、殺人事件を引き起こしていいとは言えない。

しかも殺された被害者たちの多くはこのリチャードとは面識もない無関係な者たちばかりだ。

 

「そ、そんな理由で殺人を‥‥」

 

「そんな理由だと!?俺はな、俺の様な不幸な人間が生まれないように、害獣駆除をしてやっただけだ!!むしろ、感謝してもらいたいぐらいだ!!」

 

「ふざけるな!!殺された人みんなが、お前の母親や女房のようになるとは言い切れないじゃないか!!それともお前には予知能力があるとでも言うのか!?お前のやったことはただの凶悪な殺人だ!!」

 

前世の雪ノ下の様にまるで自分が神様気取りの様な言動に怒りをぶつける。

 

「ふん、ほざけ、これから狩られる害獣風情が‥‥」

 

シュテルを縄で拘束し、グレニアも吊るしていることから自分が圧倒的有利な立場にいるためか、リチャードの顔には余裕の色がある。

 

「さあて、まずはそっちのうるさい方から解体させてもらおうか‥‥」

 

ギラリと光る包丁を手にリチャードはグレニアへと迫る。

だがその時、

 

ジリリリリ‥‥ジリリリリリ‥‥

 

奥の方から電話の呼び出し音がした。

 

「ちっ、まぁ、いい‥‥ほんの僅かだけ、寿命が延びただけだ‥‥せいぜい残り少ない時間を友達と過ごしておくんだな」

 

営業中、電話に出ないと怪しまれると思ったのか、リチャードは捨て台詞をはいて、電話に出るため奥へと向かった。

この隙をシュテルは無駄にするわけにはいかず、縛られている体を揺らして椅子ごと無理矢理移動する。

作業台の上には包丁が置いてあった。

シュテルは作業台を蹴り、包丁を床に落とすと自らも床に倒れこみ、包丁を使って縄をきり始める。

 

「いっ!?‥‥くっ‥‥このっ‥‥」

 

変な体制で縄切をしたせいで、包丁で指を切ったが、シュテルは止めることなく、縄切りをして何とか体を縛っていた縄を切った。

 

「ふぅ~今、助けるから」

 

体の拘束を解いたシュテルは次にグレニアを助けようとする。

すると、

 

「ん~~~~!!ん~~~~!!ん~~~~!!」

 

グレニアが叫んでいる。

 

「っ!?」

 

とっさにシュテルは横にずれると、

 

バキューン!!

 

加工室に一発の銃声が響く。

 

「くっ‥‥」

 

シュテルの左肩からは真っ赤な血が流れ出る。

 

(ちっ、油断した‥‥そういえば、あいつが単発式の拳銃を持っていたのをすっかり忘れていた‥‥)

 

「ダメじゃないかぁ~観客兼解体される獲物が動き回っちゃぁ~」

 

シュテルがグレニアを助ける前に電話を終えたリチャードが加工室に戻ってきてしまった。

彼の手には銃口から白い煙を吐き出す、彼の愛銃トンプソン・コンテンダーが握られていた。

 

「やっぱり、君から先に始末するべきだったなぁ~」

 

リチャードは弾切れとなったトンプソン・コンテンダーをポイっと捨て、これまでの多くの女性の血を吸ってきたコンバットナイフを振りかざしながら迫ってきた。

 

「ひっ‥‥」

 

シュテルは縄切りに使った包丁を手に持って逃げ出す。

リチャードの目標はシュテルのようなので、拘束されているグレニアが殺されることはないだろう。

そのシュテルは後ろから迫ってくるリチャードから逃げている。

加工室にある吊るされた豚を盾にリチャードから逃げていく。

セラスに渡すように頼んだメモにはこの精肉業者が怪しいと言う内容が書かれており、それと同時にセラスの父親にこの業者の下に来てもらうように書かれていた。

時間を稼げば、いずれセラスの父親が警官を連れてきてくれるはずだ。

しかし、セラスの父親たちが来るまでの間、シュテルには物凄く長い時間に感じた。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

吊るされた豚の陰に隠れ、セラスの父親たちが来るのを待つシュテル。

しかし、彼がこの加工室にいるのは間違いなく、どこから自分に襲い掛かってくるのか分からない。

言い知れぬ恐怖がシュテルを包み込む。

前世の自分なら命なんて半ばいらない‥‥死んでもいい‥‥そんな第三者視点だったので、そこまで恐怖は感じなかったかもしれないが、今の自分にはまだまだ死にたくないと言う思いが強かった。

前世と違い、自分の事を慕ってくれる人がいる。

まだその人たちと一緒にいろんなことをしたい、いろんなところへと行きたい、いろんな美味しいものを食べたい‥‥

そんな思いが浮かんでくる。

 

(くそっ、これが走馬灯ってやつなのか‥‥)

 

走馬灯とはちょっと違うが、様々な思いが脳裏を過ぎる。

 

「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ‥‥見ぃーつけた‥‥」

 

「っ!?」

 

リチャードはシュテルの後ろから襲い掛かってきた。

 

「くっ‥‥」

 

ガキーン!!

 

リチャードのナイフとシュテルの包丁がぶつかり合う。

 

「くっ‥このっ!!」

 

生き残るため、シュテルは必死に包丁を振るい、リチャードに立ち向かう。

しかし、恐怖で手が震え、また男女の差があり、力ではリチャードの方が上だ。

シュテルの腕や頬が切り付けられ、血が滲みだす。

 

「あひゃひゃひゃひゃひゃ‥‥」

 

リチャードは完全に勝った気でいるので、シュテルをじわじわといたぶる様に斬りつけてくる。

 

ガキーン!!

 

「くっ‥‥」

 

そしてリチャードはシュテルが手に持っていた包丁を弾き飛ばした。

 

「死ねぇ!!」

 

シュテルの防衛手段を弾き飛ばし、いよいよシュテルの身体にその凶刃を突き刺そうとした時、

 

バキューン!!

 

加工室に再び銃声が響く。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

「‥‥」

 

リチャードの凶刃はシュテルの身体に深々と刺さっている‥‥様に見えた‥‥

 

カラーン‥‥

 

銃声と共に加工室に金属音が響く。

それはリチャードのナイフが銃弾によって折れ、折れた刃の部分が床に落ちたのだ。

 

「動くな!!」

 

加工室には銃を構えたセラスの父親の姿があった。

リチャードのナイフを銃で砕いたのはセラスの父親だった。

そして、加工室には他の刑事や制服警官たちが入ってきた。

銃もナイフも失ったリチャードに銃で武装する多数の警官に勝てる筈もなく、彼はあっさりと捕まった。

警官の手により、拘束から放たれ、救助されたグレニアはシュテルに駆け寄る。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥怖かった‥‥」

 

本当に怖かったのだろう。

シュテルはその場に膝をつき、ガタガタと震えている。

 

「で、でも‥‥」

 

「ん?でも?」

 

「‥‥貴女が無事でよかった‥‥」

 

「‥‥」

 

涙目になり、無理にでも恐怖を引っ込めて笑みを浮かべ、グレニアの無事を喜ぶシュテル。

そんなシュテルをギュッと抱きしめるグレニア。

 

「ちょっ、制服に血がついちゃう‥‥」

 

シュテルは自分の血でグレニアの制服が汚れると言うが、

 

「あたしを守るために流したあんたの血だ‥‥かまわないさ‥‥」

 

「‥‥」

 

「あたしも‥‥あんたが無事でよかった‥‥もう、あいつみたいな犠牲者をだしたくなかったからな‥‥」

 

「‥‥」

 

シュテルも無言のままグレニアを抱きしめた。

 

それからシュテルとグレニアは救急車で病院へと搬送され、リチャードはパトカーで警察署へと連行された。

その後、警察の捜査で、彼の自宅の床下からこれまでの犠牲者の体の一部と思われる人の体の部位が見つかり、事情聴取でもリチャードは犯行を自供したことから、ダートマスの街を恐怖に陥れた連続殺人事件はこうして解決した。

 

病院で治療を受けたシュテルとグレニアは警察とダートマス校の教官らから事情聴取を受けることになった。

しかし、事前にシュテルはグレニアと打ち合わせをしており、夜ダートマスの街中に出て犯人を捜していたことは内密にして、グレニアは寮に居た時、リチャードに拉致されたことにした。

寮に居た時に拉致されたことにしておけば、グレニアは規則を破ったことにはならない。

実際にリチャードはダートマス校に出入りしていた業者だったから、その辺は怪しまれなかった。

 

「でも、それじゃあ、あんたが‥‥」

 

グレニアはシュテルが規則を破って寮を抜け出し、現場に居たことになるのではないかと危惧する。

 

「大丈夫だよ‥‥私は元々、ダートマス校の生徒じゃないから‥‥」

 

シュテルはダートマス校の生徒ではないから、そこまで厳しい処分は課せられないと言う。

しかし、グレニアは警察と教官らの事情聴取にて、

 

「あの時、碇さんが来てくれなければ、あたしは死んでいました。碇さんはあたしの命の恩人です」

 

と、シュテルを弁護した。

確かにグレニアの言うとおり、あの場にシュテルが居たからこそ、リチャードの相手をして、警察の到着までの時間を稼いだことがグレニアの命を救った結果となった。

グレニアの弁護でシュテルにも特に処分はなく、注意を受けるだけで済んだ。

後日、グレニアとシュテルは犯人逮捕の功績から表彰されることになった。

 

 

シュテルがダートマス校で体験入学そして、街を騒がせている殺人鬼を追っている頃、遠く極東の地、日本では‥‥

 

 

横浜の海を一隻の大型クルーズ客船が航行していた。

ドレスやタキシード、高級スーツに身を包んだ男女が船内で行われているパーティーを楽しんでいる。

その中に、ドレスで着飾った雪ノ下と高級スーツに身を包む葉山の姿があった。

 

(はぁ~こういう所は苦手なのよね‥‥)

 

雪ノ下は不機嫌そうに周囲を見渡す。

前世でもこういった会場にはあまり顔を出さなかった雪ノ下。

基本的にこういう席には姉の陽乃が両親と共に顔を出していた。

しかし、この後世ではその陽乃が存在しないので、雪ノ下も両親に連れられて嫌々ながらも出ている。

そして、雪ノ下家の顧問弁護士である葉山家もこうした席に同行し、葉山家の一人息子である葉山もついてきたのだ。

今日のパーティーの主役は、神奈川、東京を中心とする大企業、西住グループが主催のパーティーだった。

この西住家と雪ノ下家は本家と分家の関係で、雪ノ下の母親が西住家に連なる家系出身だったのだ。

そして、この西住家には雪ノ下と同い年の少女が居た。

 

「みほさん、横須賀女子での高校生活はどうですかな?もう、慣れましたかな?」

 

「お友達はできましたか?」

 

「高校ではどの艦に乗艦されているのですか?」

 

周囲の大人たちは、西住家に取り入ろうと、西住家の娘‥西住みほに声をかける。

雪ノ下はそんな大人たちの姿を見て、滑稽だと鼻で笑う。

そんな中、話題は雪ノ下にも飛び火する。

 

「そういえば、雪ノ下さんの家の娘さんも海洋系の高校に行ったんですよね?」

 

「え?ええ‥‥」

 

「雪ノ下さんの家のご息女であるならば、さぞや優秀な成績なのでしょうね」

 

「当然です」

 

雪ノ下は自分の事なので、両親に変わって滑稽な大人たちにむかって宣言をする。

 

「では、余興の一つとして、みほさんと雪乃さん、シミュレーションで勝負してみては?」

 

雪ノ下としてはそんなくだらない事で注目を浴びるつもりはなく、断ろうとしたら、

 

「いやいや、いくら雪ノ下さんのご息女でも、みほさんにはかないますまい」

 

「ですな、彼女は横須賀女子の生徒で、雪乃さんは海洋系とはいえ、予備校のような高校ですからな」

 

勝負をする前から既に勝敗が点いているかのように言う大人たちの言葉を聞いて、プライドだけは無駄に高い雪ノ下は勝負を受けることにした。

 

 

「よ、よろしくお願いします」

 

西住みほは、雪ノ下から見たら、なよなよした頼りなさそうな感じの少女だった。

こんな奴に自分が負けるわけがないと思い、彼女と勝負する雪ノ下。

対戦は大モニターに観客には、みほ、雪ノ下の動きが見えるが、互いに互いの動きは見えない。

シミュレーションは大中小の艦艇で相手の艦船を全滅させるか、先に相手の根拠地を占拠し他方が勝ちとなる。

雪ノ下は小型・中型艦艇をまるで使い捨ての駒の様に動かし、逆にみほは、相手を自分のテリトリーに誘い込むような戦術と共に徐々に相手の戦力を潰していき、雪ノ下の戦力はほぼ壊滅し、勝負はみほの大完勝といえる結果で終わった。

 

「さすが、西住さんのお嬢さんだ」

 

「まぁ、雪ノ下さんも奮戦した方じゃないですか?」

 

「ですが、これが本家と分家の出来の違いですな」

 

と、雪ノ下はみほを引き立てるためのダシにされた。

プライドが高い雪ノ下とすれば、それが許せなかった。

雪ノ下はそれから三度、みほに挑むも全て惨敗した。

二度敗北した際、彼女は恥の上塗りをしたどころか、みほに対して、

 

「貴女!!イカサマかズルをしたんでしょう!?」

 

「えっ?えぇぇぇ‥‥」

 

「そっちのモニターには私の動きが見えているんじゃないの!?」

 

「そ、そんなことはありませよ‥‥」

 

と、席を変えて勝負したがそれでも雪ノ下はみほに負けた。

周囲の大人たちは、

 

「往生際の悪い‥‥」

 

「滑稽だ‥‥」

 

「まったくお笑いだ」

 

と、自分が滑稽だと評した大人たちから滑稽だと言われる羽目になった。

 




今回はガルパンから軍神こと、みぽりんがゲスト出演。

しかも彼女は雪ノ下とは親戚関係という設定です。


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39 話

ゆきのんと葉山が今回、魔王(はるのん)と同じ声を持つ人と出会います。


 

 

シュテルがイギリス、ダートマスの街で、ダートマス校の生徒、グレニア・リオンと共に連続殺人鬼を捜し、捕まえた頃、極東の地、日本では、この世界における雪ノ下の親戚である西住家が主催するパーティーが行われていた。

そのパーティーの余興で西住家のご令嬢、西住みほと雪ノ下がシミュレーションにて、対戦することになった。

しかし、結果は雪ノ下の惨敗となった。

プライドだけは人一倍高い、雪ノ下はみほに負けたことがどうしても許せなかった。

それから数回、雪ノ下はみほに戦いを挑むも黒星を増やす結果となった。

雪ノ下の両親も口では、「西住さんのお嬢さんに花を持たせた」と言っているが、内心ではとても悔しい思いをしたに違いない。

しかし、雪ノ下家よりも権力が上である西住家を敵に回すことはできない。

雪ノ下の両親は大人な対応をとったが、雪ノ下は怒りを抑えることが出来ず、一人、会場を後にして、トイレに入ると‥‥

 

ガンっ!!

 

思いっきり、トイレの壁を叩く。

 

「この私に恥をかかせるなんて、許さない‥‥絶対に許されない!!‥‥西住みほ‥‥いつの日か必ず、叩きのめしてやる‥‥!!」

 

今は流石に両親や周囲の目があるので、みほを叩きのめすことはできない。

しかし今後、学年を重ねていくごとに実習の機会も増え、他校との演習もある。

その時、今日受けた屈辱を何倍にして返してやると意気込む雪ノ下だった。

トイレの壁をさんざん叩いてむしゃくしゃした気持ちをなんとか抑えた雪ノ下がトイレから出ると、

 

「大丈夫かい?雪乃ちゃん」

 

葉山が声をかけてきた。

 

「ええ‥‥もう大丈夫よ‥‥」

 

「それならいいけど‥‥」

 

一物の不安を抱えつつ、雪ノ下と葉山は会場へと戻る。

会場では既に先程の雪ノ下とみほのシミュレーションの対戦の話など既に過去のものとなり、互いに腹の内を探る社交辞令の言葉が飛び交っていた。

そんな中、

 

「おお‥雪乃、隼人君。きたまえ」

 

雪ノ下の父親が、雪ノ下と葉山を呼び寄せる。

 

「なんでしょう?」

 

「‥‥」

 

葉山は社交辞令という笑みを浮かべ、近づき、雪ノ下は不機嫌オーラを纏いながら親の元に戻る。

 

「紹介しよう、こちら、横須賀女子海洋学校の校長の‥‥」

 

「宗谷真雪です。そして、私の娘の‥‥」

 

「宗谷真霜です。よろしく」

 

「「っ!?」」

 

日本におけるブルーマーメイド育成学校の中で、呉女子海洋学校、舞鶴女子海洋学校、佐世保女子海洋学校を抜いてトップレベルである横須賀女子海洋学校の校長である宗谷真雪と名乗る女性と彼女の娘である宗谷真霜が雪ノ下と葉山に自己紹介をする。

この時、雪ノ下と葉山は真霜の声を聞いて、心臓を鷲掴みされたような感覚に陥る。

 

(ね、姉さんっ!?‥‥い、いいえ‥‥そんな筈ないわ!!雪ノ下陽乃はこの世界には存在しないはずだもの‥‥!!)

 

(は、陽乃さんっ!?で、でも、陽乃さんは確か、雪乃ちゃんがこの世界に転生する際、ヒキタニ同様、居ないことになっている筈じゃあ‥‥)

 

真霜の声は雪ノ下と葉山が前世において苦手とした人物‥‥

八幡でさえ、『魔王』と称した、雪ノ下陽乃の声そっくりだったのだ。

最も陽乃も八幡の事を『理性の化け物』と口にしていた。

そして、なんだかんだ言って陽乃は八幡の事を気に入っている節があった。

もし、彼女が八幡の状況を理解していたら、彼の自殺は防げたのかもしれない‥‥

 

前世では雪ノ下にとっては苦手‥‥と言うか、生涯乗り越えるべき壁として存在していた陽乃‥‥

葉山にとって、苦手意識を抱きつつ、彼女の仮面ぶりと周囲の人間を自分に同調させるカリスマ性に憧れたあの雪ノ下陽乃と同じ声をもつ人物が今、こうして自分たちの目の前に存在しているのだから、二人が困惑と混乱するのも無理はない。

 

「えっと‥‥どうかしましたか?」

 

真霜は自分が自己紹介をしたら、まるでメドゥーサを見て固まったかのようなリアクションをとった雪ノ下と葉山を見て、困惑する。

 

「雪乃、隼人君‥自己紹介を‥‥」

 

雪ノ下の父親に促され、雪ノ下と葉山は、ハッと現実へと戻り、真霜と真雪に自己紹介をする。

 

「ゆ、雪ノ下雪乃です」

 

「は、葉山隼人です‥‥」

 

雪ノ下は混乱しつつもややぶっきらぼうな表情で、葉山は笑みを浮かべていた仮面がほころびぎこちない笑みを浮かべている。

それから、真雪、真霜、雪ノ下の両親が世間話をしている中、雪ノ下と葉山は真霜が雪ノ下陽乃で、前世において自分たちと同じように事故か自殺をして、エリスの力によってこの世界に転生してきた転生者なのではないかと思い始める。

前世では、陽乃は自分たちよりも年上だったし、胸も雪ノ下より大きい女性だった‥‥と言うよりも、雪ノ下が同年代の女子の平均値以下の胸の大きさだった。

それはこの後世においても変わらず、残念ながら彼女は周囲の女子よりも小さい。

そして今、自分たちの目の前にいる真霜も、声、年齢、胸の大きさ‥‥それらの特徴が、陽乃と一致する。

転生の特典‥‥もしくは雪ノ下が陽乃の存在を消したことで、この後世においては、陽乃は雪ノ下家ではなく、宗谷家に転生したのではないだろうか?

そんな思いが二人の中に過ぎる。

元々陽乃は、雪ノ下と違い、実家である雪ノ下建設も県議会議員である父の後も継ぐつもりはなかった節があった。

彼女自身、転生の特典で、雪ノ下家に転生しないと言うことを願ったことも十分に考えられる。

二人は何とも言えない表情で真霜を見ている。

 

(ねぇ、雪乃ちゃん‥‥)

 

(何かしら?)

 

(まさかと思うけど、あの人、陽乃さんってことはないよね?)

 

(否定は出来ないわね‥‥あの声、そしてあの胸‥‥)

 

雪ノ下は真霜の胸を凝視する。

 

(なんか、妙な視線を感じる‥‥)

 

雪ノ下と葉山から凝視された真霜は背後から二人の視線にさらされ、チラッと周囲を見渡す。

 

「そう言えば、雪ノ下さんと葉山君は総武の海洋科にご通学とか?」

 

「ええ」

 

「では、将来はブルーマーメイドを目指しているんですか?」

 

「できれば、家の家業を継いでもらいたいと思っておりますが、まだ高校に入学したばかりなので、その先の事は‥‥」

 

「宗谷さんの娘さんは皆、ブルーマーメイドの仕事についているとか‥‥」

 

「ええ、真霜と次女の真冬が‥‥三女の真白も今は中学三年生ですが、将来はブルーマーメイドになりたいと日々勉強に勤しんでいます」

 

「流石、名門宗谷家‥‥真雪さんもそうですが、真霜さんもその若さでブルーマーメイドのトップですからなぁ‥‥」

 

「っ!?」

 

両親と真雪の話を聞いた雪ノ下は衝撃が走る。

 

(この人がブルーマーメイドのトップ!?)

 

(‥‥姉さんはこの世界でも私の前に立ちはだかるのね‥‥いいわ‥‥西住みほ同様、貴女も私の前に跪かせてやるわ!!)

 

雪ノ下は真霜がこの世界に転生した陽乃だと勝手に決めつけ、みほ同様、真霜も自分に立ちはだかる壁と認識して、真霜が座っているポジションを将来奪ってやると意気込んだ。

 

「雪ノ下さんは、将来はブルーマーメイドになりたい?」

 

そこへ、真霜が雪ノ下に声をかけてきた。

 

「そ、そうですね‥‥せっかく、総武の海洋科に通っているので、目指そうとは思っています」

 

「雪乃ちゃ‥‥いえ、雪ノ下さんは、僕たちの学年の首席なんです」

 

葉山が補足として雪ノ下の成績を真霜に教える。

 

「そうなんだ‥‥でも、さっきのシミュレーションで‥‥」

 

真霜が先程の雪ノ下とみほとのシミュレーションの話を持ち出すと、雪ノ下はあからさまに不機嫌な顔をする。

 

「たかが、ゲームで負けた人には向いていないと言うんですか?」

 

「勝敗は関係ないわ‥‥私が問題視したのは、貴女の戦術よ」

 

「私の戦術?」

 

「そうよ、貴女は味方の艦を平気で犠牲にするような戦い方をした‥‥反対に西住さんは、味方に被害が出ない様な戦い方をした‥‥味方の戦力を無駄に消耗する様な戦い方をした貴女が負けるのは当然でしょう」

 

「何を言うかと思えば‥‥所詮あれはシミュレーションじゃないですか」

 

そのシミュレーションでみほを相手にボロクソ負けたにもかかわらず、雪ノ下は手のひらを返し、たかがシミュレーションの戦術でなにをそこまで熱くなっているのかと、やや呆れる感じで言う。

 

「仮想の出来事で、味方が何人死のうが、撃沈されようが、実際に人的被害はないじゃないですか。最終的に勝てばいいんです。それが結果なんですから」

 

「仮想の空間だからこそ、私たちは本番に備えて常日頃から訓練をしているの‥‥本番では一刻一秒も現場に到着しなければならない、味方の損害をゼロか極小にしなければならない‥‥そのことを考慮して、訓練をするの!!そして、上の立場の人間には責任がつき纏うことも意識しているのよ」

 

真霜はブルーマーメイドの隊員の訓練の心意気と上に立つ者として、その者の責任の重さを雪ノ下に説くが、

 

「何を言っているんですか?上に立つ有能な人間が無能な下の人間を使ってこそ、社会がうまく回っているんじゃないの‥‥下の人間はただ黙って上の人間の言うことを聞いていればいいのよ。その過程で替えの利く無能な人間が何人死のうが、傷つこうが、社会には大した損失じゃないわ。むしろ、そうした人間なんて存在する意味がない。有能な人の駒になってこそ、初めて無能な人間の価値がほんのわずかに上がると言うものでしょう?」

 

「貴女、それ本気で言っているの?」

 

「もちろんです。そして、私自身はその上に立つべき人間だと自負しているわ」

 

雪ノ下は自らの学業の成績と家柄から、自分は常に上に立つべき人間であると宣言する。

 

「その誇りと自信だけは賞賛するわ。でも、学業の成績だけで、世の中を渡ることは無理よ‥‥人を使うって言うことは、ゲームと違ってとても難しいことなのよ。いざって時にはすべての責任を負うぐらいの覚悟が必要なの。それが上に立つ人の権利なのよ」

 

「現場の責任はその現場の人間が負うものでしょう。無関係の人間が負う必要なんてないじゃない。上に立つ有能な人間が生き残ってこそ、世のためになるのよ」

 

「‥‥」

 

真霜はこの場でこれ以上、雪ノ下に何を言っても無駄だと判断した。

 

(‥‥実際に人を指揮した経験もないうちから下につく人間をまるでゲームの駒みたいに扱うなんて間違っている‥‥家柄や学業の成績だけで、判断されかねないこともあるから、この子が高校に通っている間に考えが変わるといいんだけど‥‥)

 

それと同時に真霜は雪ノ下の人間性について、彼女の将来を危惧した。

このまま大人になり、彼女が下に大勢の人間を使うことになった時、彼女の下につく人間が哀れに思った。

雪ノ下はまだ高校一年生‥‥残りの高校生活の間に何とか彼女の考えが変わってほしい‥‥最初から立派な人間なんていない。

教師は子供や生徒の適正だけを判別するだけが仕事ではない。

生徒が間違った道へと突き進まないように‥‥世の中に恥じない人にならないように教育しなければならない。

真霜自身は母や横須賀女子の教官からそれらを教わってきた。

願わくば、彼女の学校の教官もそうした素晴らしい教官であることを願い、雪ノ下の性格の更生を願った。

 

一方、雪ノ下の方は、転生しても陽乃から説教されなければならないのかと思うと、イライラが募る。

自分は選ばれた人間であり、自分の言動は常に正しく、この世の摂理であり、自分と異なる意見は全て間違いで、それを唱える人間は悪なのだと言う認識を抱いていた。

 

今回のパーティーで、雪ノ下は自身の将来を脅かす障害が存在することを知った。

 

 

雪ノ下が自分の障害となるべく人間の存在を知った頃、イギリスのダートマスでは‥‥

 

「まったく、貴女は外国に行くと、大けがを負うのかしら?」

 

「す、すみません」

 

シュテルが入院している病院にはミーナ教官の姿があった。

ダートマス校からキール校へと連絡がいき、ミーナ教官が急いでドイツのキールからイギリスのダートマスまでやってきて、入院したシュテルの見舞いに来たのだ。

中等部の卒業遠洋航海の時、シュテルはイタリアマフィアの凶弾で倒れて、一時生死の境をさまようほどの大けがを負った。

そして、今回もダートマスの街を騒がせた連続殺人鬼のアジトに単身で乗り込んで、その連続殺人鬼と戦い負傷したのだ。

一歩間違えれば殺されてもおかしくない状況だった。

結果的にシュテルは生きていたが、またもや大けがを負った。

ミーナ教官の言う通り、シュテルは外国へと出かけると大けがを負うのかもしれない。

 

「まぁ、それでも無事だったのはよかったわ‥‥ダートマス校では生徒も例の連続殺人事件で被害にあったって‥‥」

 

「はい‥‥私は目の前であの人を救うことが出来なかった‥‥すぐそばにいたのに‥‥」

 

「碇さん‥‥気にするなとは言わないわ‥‥でも、海に出れば似たようなことは今後も経験するわ‥‥『あと一時間はやく現場に到着していれば、もっと大勢の人を救えた』ってこととか‥‥」

 

「‥‥」

 

「今は治療に専念しなさい。その後で、ダートマス校で学んだことを今後の海洋生活に活かしなさい」

 

「はい‥‥」

 

「それじゃあ、また二学期に学校でね」

 

ミーナ教官はそう言ってシュテルの病室から出ていった。

 

「ん?さっきの人は?」

 

そこへグレニアが戻ってきた。

 

「私の学校の教官」

 

「そうなのか‥‥ただ、あの人、ただ者じゃねぇな‥‥ちょっとすれ違っただけなのに、あの人には逆らったらまずいって感覚がヒシヒシと伝わってきたぜ‥‥」

 

グレニアはその持ち前の本能からミーナ教官の凄さをほんのちょっとすれ違っただけで予見したのだ。

 

「まっ、あながち間違いじゃないね‥‥」

 

以前、ハルトマンの家に行った時、彼女の姉、エーリカ・ハルトマンがミーナ教官の結婚話の際、タイミングよく、彼女の下に電話をかけてきた。

それもう、千里眼かハルトマン家に盗聴器でも仕掛けていないと出来ない所業であった。

 

その日の夜‥‥

 

「うっ‥‥うぅ~‥‥」

 

シュテルはベッドの上でうなされていた。

眠り、夢を見る時は、ここ最近あの加工室でリチャードに襲われる夢を見る。

 

「っ!?‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

バッとシュテルが目を開けると、そこはあの加工室ではなく、自分が入院している病院の病室だった。

 

「大丈夫か?」

 

そんなシュテルに同室のグレニアが声をかける。

 

「あっ、ごめん。もしかして、起こしちゃった?」

 

グレニアを自分の呻き声で起こしてしまったのかと思った。

 

「いや、私も夢見が悪くてな‥‥」

 

あの犯人に拉致されたグレニアの方だって、自分と同じぐらいきっと怖かったはずだ。

 

「あんたもか?」

 

「う、うん‥‥」

 

「じゃあ‥‥」

 

グレニアは一言そう呟いて、シュテルのベッドに入る。

 

「えっ?ちょっ、リオンさん!?」

 

突然自分のベッドに入ってきたグレニアに戸惑うシュテル。

そんなシュテルを尻目にグレニアはシュテルに抱き着く。

 

「こうして寝れば、互いに生きているって実感もわくだろう」

 

「‥‥う、うん‥そうだね」

 

シュテルも恐る恐るだが、グレニアの身体を抱き、

 

「‥‥リオンさん‥‥温かい‥‥」

 

「お前もな‥‥」

 

この日はシュテルとグレニアは互いの温もりを感じながら眠った。

 

翌日、二人は無事に退院し、それから数日後のこと‥‥

 

この日、朝から校内では粛々とある行事の準備が行われていた。

校内の国旗・校章旗掲揚の柱にはイギリスの国旗とダートマス校の校章旗がマストの中間の位置に揚げられている。

そして、ダートマス校所属の艦もすべてマストにイギリス国旗とダートマス校の校章旗がマストの中間の地点に掲げられている。

これは決して中途半端に旗を掲げているのではなく、これは『半旗(はんき)』と呼ばれるもので、弔意を表すために旗竿の半分程度の位置に旗を掲げる習慣であった。

かつて船上においては、国旗に喪章を付けて弔意を示す弔旗という慣習があった。

しかし、洋上では視認しにくいことから、国旗を半下する方法に変化したものである。

現在は洋上に限らず実施されており、弔意を示すためには原則として半旗を掲げ、半旗の掲揚ができない場合は弔旗とするのが一般的な習慣となった。

しかし、イギリス王室には半旗の伝統は無かった。

そもそも国王の旗である王室旗は国王が宮殿にいる事を示すものであり、国王が宮殿にいなければ下ろされ、国王が滞在中は掲げられるものであったこと、そして国王が崩御しても、即座に新たな君主が即位することになるため、“王位に空位はなく、常に国王は健在である”ということであるため、王室旗を半旗にして喪に服す必要はないという考えがあった。

しかし、とある元王太子妃が死去した際には、国民の間から「王室はバッキンガム宮殿に半旗を掲げるべきだ」との世論が起こった。

死去当時、既に英国王室とは無関係となっていたが、世論の反発をやわらげるため、女王がそのとある元王太子妃の葬儀のために宮殿を出たところで、王室旗が下げられてユニオンジャックの半旗が掲げられた。

これ以後は、国王不在の際は王室旗の代わりにユニオンジャックを掲揚し、必要に応じてそれを半旗にするという慣習が誕生したが、王室旗による半旗は今のところない。

 

今日、ダートマス校では、先の連続殺人事件における被害者の一人‥‥ダートマス校に所属する生徒の葬儀がダートマス校の校内にある礼拝堂で執り行われることになった。

ダートマス校に通ったがためにこの生徒は命を落とす結果になってしまった。

そんな学校の礼拝堂で、彼女の葬儀を執り行うものなのかと思ったが、被害にあった生徒の親が、

 

「娘はこの学校に通うためにこれまで必死に頑張ってきた‥‥」

 

「この学校に通わなければ、娘は死なずに済んだかもしれないが、この学校を目指したのは娘の意思であり、その頑張りを今更むげにはしたくない」

 

「その娘が愛した学校‥‥そして、級友の皆さんに送ってほしい」

 

と、被害にあった生徒の親がダートマス校での葬儀を頼んだのだ。

学校側としても親御さんから預かった大事な生徒をむざむざと殺してしまう結果となったので、生徒の親の頼みを聞いたのだ。

祭壇の前には棺が安置されており、その棺の中には沢山の花とダートマス校の制服を身に纏った生徒の亡骸、そしてその上からはダートマス校の校章旗がかけられている。

弔辞には一年生の首席であるブリジット‥‥ではなく、グレニアが述べた。

その訳は棺で眠る彼女がレパルスクラスの生徒でグレニアがそのレパルスの艦長だからだった。

グレニアの弔辞は形式美のような言葉だけではなく、たった一言‥‥

 

「仇は討った‥‥」

 

の一言だった。

グレニアはこの連続殺人事件の犯人であるリチャードが警察に連行される直前、彼の股間にきつい一撃をくわえていた。

それがあの時、グレニアに出来た精一杯の事だった。

神父が葬祭の儀を執り行い、賛美歌を歌う場面となり、礼拝堂に集まった一同は席から立つ。

賛美歌の演奏はダートマス校の吹奏楽部のメンバーが行ったのだが、その中にシュテルの姿があった。

シュテルはヴァイオリンで賛美歌320番、「主よ御許に近づかん (Nearer My God to Thee)」をダートマス校の吹奏楽部のメンバーと共に演奏した。

礼拝堂にて葬儀の儀が終わり、棺が運び出されると、ダートマス校の生徒らが敬礼し、棺を見送り、教官らは弔砲として、リー・エンフィールド小銃を空に向け、空砲を放つ。

 

棺は霊柩車に乗せられ、墓地へと向かう。

墓地にて予め掘られた穴に棺が埋葬され、その上から土か被せられる。

棺に土が被せられる度、生徒から嗚咽の声がする。

グレニアも泣きわめくことはしなかったが、目に涙を浮かべ、グッと唇をかんで悲しみをこらえていた。

やがて、埋葬の儀が終わり、参列者がポツポツと解散の動きを見せる中、シュテルとグレニアは今回被害にあった生徒の親の元へと向かう。

そこで、シュテルは、目の前で子供を助けることが出来なかったことを詫びた。

しかし、その生徒の親はシュテルを責めることはしなかった。

シュテルが現場に駆け付けた時、彼女はすでに息絶えていた。

だが、シュテルは諦めることなく、ハンカチとネクタイで失血をし、寮からAEDを持ってくるようにと、自分が授業の中で学んだ応急処置の知識をフルに活かして、救おうとしたことを事前に聞いていた。

逆にシュテルは生徒の親から、

 

「娘のために死力を尽くし、涙を流してくれたことに感謝します」

 

と言われた。

今回のダートマスでの出来事は知識のほかに人としてシュテルを大きく成長させる出来事となった。

 



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40話

 

ダートマスの街を恐怖のどん底に落とした連続殺人鬼が逮捕され、犠牲となったダートマス校の生徒の葬儀も終わり、ダートマス校で行われていた体験入学が再開され、これまで事件の影響で遅れていた日程を取り戻すかのように、連日猛勉強の日々が続いた。

そんな中、

 

「へーい、シュテルン!!一緒にランチへ行くデース!!」

 

「うん、いいよ」

 

カレンが昼食の誘いをして、シュテルはそれに応じて、カレンと共に食堂へと行く。

 

「‥‥」

 

そんなカレンとシュテルの様子をグレニアは複雑そうな顔で見ていた。

例の連続殺人事件でシュテルと共に犯人を捜し、そして、自分が犯人に捕まった時、助けに来てくれたシュテルとの仲が緊密になったグレニア。

自分以外の生徒と行動を共にし、笑みを浮かべている。

それがどうしても我慢ならないような思いが‥‥

モヤモヤとしたモノがグレニアの胸の中で渦巻いていた。

 

「どうかしたんですか?艦長」

 

そんなグレニアの様子に気づいたレパルス副長のドロシーが声をかける。

 

「ん?ドロシーか‥‥なんでもねぇ‥‥」

 

「そうですか?なんか、九条さんを殺すような勢いで睨んでいましたよ」

 

「‥‥もともとこんな目だ」

 

不機嫌そうにプイっとドロシーから目をそらす。

しかし、グレニアの胸の中のモヤモヤは消えることはなかった。

 

「い、碇‥‥」

 

翌日、グレニアがシュテルを昼食へと誘をうかと思ったら、

 

「シュテルーン、ランチに行きましょう!!」

 

カレンが再びシュテルを昼食誘う。

 

「‥‥」

 

カレンと共に食堂へと向かうシュテルの後姿をグレニアはまたもや何とも言えない表情で見ていた。

また、お風呂でも‥‥

 

「シュテルン!!背中、洗ってあげるデース!!」

 

「えっ!?い、いいよ、自分でできるから」

 

「固いことは言いっこなしデス、日本のことわざにも『裸の付き合い』って言葉がありマース!!」

 

「それ、ことわざじゃないからね」

 

「ついでに、私の背中も洗ってクダサーイ!!」

 

「話を聞こうよ‥‥」

 

(強引なところは由比ヶ浜とそっくりなんだが、カレンはあいつと違って、無責任な奴じゃないし、『キモーイ!!』とか言って罵倒しないから、まぁ、いいんだけど‥‥)

 

愚痴りながらも、シュテルはカレンに背中を洗ってもらい、シュテルもカレンの背中を洗う。

後世に女性として転生したばかりの頃は服や下着、トイレなど、戸惑うことがあった。

その極めつけがお風呂‥入浴行為だった。

体つきが徐々に女性らしく成長していく中、自分の身体はもとより、ユーリらと共にお風呂に入る時は気まずい思いをしてきた。

 

(声は由比ヶ浜と瓜二つだが、胸は小さいな‥‥でも、カレンの体‥きれいだな‥‥)

 

カレンの背中を洗っていると、彼女の肌は白く、髪は金色‥‥肌に浮かび上がる湯と汗がなんとも妖艶であり、綺麗な肌である。

 

(反対に俺は‥‥)

 

シュテルは自分の身体をチラッと見る。

自分の身体にはイタリアでマフィアによって撃たれた銃痕と今回の連続殺人犯の手によってついた銃痕がある。

 

(処女なのに、既に傷物になっている‥‥こんな体‥戸塚は受け入れてくれるだろうか‥‥?)

 

シュテルは既に日本にいる戸塚と恋仲になること前提で彼に思いを寄せているが、既にその戸塚は同級生の三浦と付き合っていることをシュテルは当然知らない。

一方、湯船の中から、シュテルとカレンの様子を見ていたグレニアは‥‥

 

「ブクブクブクブク‥‥」

 

湯船に顔を半分沈めて、二人の様子を見ていた。

 

(普段、ツンケンしている艦長もかわいいけど、こうして何かを悩んでいる艦長も可愛い~‥‥)

 

ドロシーは悩めるグレニアの姿を見て、ほんのりと頬を染めていた。

 

「はい、終わったよ」

 

グレニアがシュテルとカレンの様子を湯船から見ている間にも、シュテルはカレンの背中を洗い終わる。

 

「サンキューデース!!じゃあ、次は私の番デース!!」

 

カレンは次にシュテルの背中を洗うと言う。

彼女相手に抵抗しても無駄なので、シュテルはカレンに背中を向ける。

そして、カレンはスポンジにボディーソープをつけて、シュテルの背中を洗い始める。

 

「痒いところはないデスカ?」

 

「うん、大丈夫」

 

しばらくの間、カレンはシュテルの背中を洗っていたのだが‥‥

 

(シュテルンの肌、綺麗デース‥この傷痕も歴戦の勇者の証デース‥‥それにチラッと見ましたが、胸の私よりも大きいデース‥‥形もベリーグッドな形デース‥‥)

 

「ん?」

 

カレンはシュテルの背中を洗う手を止める。

シュテルは洗い終わったのかと思い、一瞬「なんだ?」と思いつつも気にせずにバスチェアーに座っている。

すると、カレンの手がスッと背中からシュテルの胸へと伸びる。

そして‥‥

 

「きゃっ!!」

 

カレンの両手がシュテルの胸を掴む。

 

「ちょっ、カレン!?」

 

シュテルは振り向いて、いきなり、自分の胸を掴んだカレンを見る。

 

「シュテルンの胸、私のよりも大きいデース。うらやましいデース」

 

そう言って、カレンはシュテルの乳房をまるで壊れ物を扱うかのようにゆっくりと揉みしだく。

 

「やっぱり、シュテルンの胸は形も大きさもベリーグッドネ!!」

 

「な、なにを言っているの‥‥?」

 

突然、胸をカレンに揉まれたシュテルは困惑気味。

そんな中、湯船から二人の様子を見ていたグレニアはと言うと、

 

「なっ!?あの金髪、アイツの胸を‥‥」

 

グレニアは目を見開いてカレンの行動に驚愕する。

その後もカレンは、

 

「よいではないか、よいではないか」

 

「ちょっ、カレン、くすぐったいって‥‥」

 

シュテルの背中に胸を押し当て、彼女の胸を揉み続ける。

 

「お、おい!!カレン!!お前!!何やっているんだ!?」

 

とうとう我慢できずにグレニアは湯船から潜水艦が浮上するが如く、ザパッーとあがり、カレンをビシッと指さし、声を上げる。

 

「何って‥‥『裸の付き合い』デス」

 

「そうじゃなくて、なんで、ソイツの胸を揉んでいるんだ!?」

 

「そこに胸があるからデス!!」

 

カレンはフンっと胸を張って、シュテルの胸を揉んでいた訳をグレニアに話す。

 

「グレニアもどうです?シュテルンの胸、揉んでみます?とっても柔らかくて、気持ちいいデスヨ」

 

「なっ!?」

 

カレンからシュテルの胸を揉んでみるかと言われ、顔を赤くするグレニア。

 

「ちょっ、カレン!?」

 

一方、胸を揉まれたシュテルは『何を言っているんだ!?』と言わんばかりに声をあげる。

そして、揉んでみるかと訊ねられたグレニアは、

 

「も、揉む‥‥あたしが‥‥ソイツの胸を‥‥」

 

グレニアは自分がシュテルの胸を揉むことを想像して、赤かった顔が更に茹でたカニのように赤くなる。

湯につかっていたことと、興奮したことで、急激にグレニアの体温が上がり、

 

「きゅぅ~‥‥」

 

ザパーン!!

 

目を回して、湯船に撃沈した。

 

「きゃー!!艦長!!」

 

「リオンさん!!」

 

「グレニア!!」

 

急に湯船へ沈んだグレニアに驚いて、ドロシーが声を上げ、シュテルとカレンが駆け寄った。

 

 

「ん?‥‥んん‥‥?」

 

グレニアが目を覚ますと、そこは共同浴場の脱衣所のベンチの上だった。

しかも‥‥

 

「あっ、目が覚めた?」

 

自分はシュテルに膝枕をされていた。

当初は、レパルスの副長であるドロシーに任せようかと思ったのだが、そのドロシー自身が、

 

「艦長をおねがいします」

 

と、シュテルにグレニアの事を託したのだ。

 

「っ!?」

 

状況を把握したグレニアはバッと起き上がる。

 

「あっ、急に起き上がると危ないよ。リオンさんはさっきまで、のぼせて倒れていたんだから」

 

急に起き上がったグレニアにシュテルは先程まで彼女がのぼせていたので、急に立ち上がるとまた倒れると注意するが、

 

「だ、大丈夫だ」

 

グレニアはそそくさと着替えると、浴場を後にするが、出入り口にて、

 

「あ、あのよ‥‥」

 

「ん?どうしたの?」

 

「その‥‥いつまでも『リオンさん』なんて、堅苦しい呼び方はしなくていい‥‥あたしのことは、グレニアって呼んでいいから‥‥」

 

「‥‥じゃあ、私の事もシュテルって呼んで」

 

「あ、ああ‥‥分かった‥‥しゅ、シュテル‥‥」

 

グレニアはシュテルの名前を呟くとそのまま浴室から出て寮の自分の部屋へと戻った。

 

「はぁ~‥‥な、なんで‥あたしは、あんなに‥‥」

 

グレニアは寮の自分の部屋のベッドに倒れると、ここ最近、胸の中で存在するモヤモヤとした思いや、カレンがシュテルを昼食に誘うのを見たり、先程、浴室でカレンがシュテルの背中を洗う行為、胸を揉む行為を見て、言い知れぬ苛立ちが自分の中に存在していた。

それにカレンからシュテルの胸を揉んでみるかと言われた時、一瞬、戸惑う自分が居た。

自分がシュテルの胸を揉んでいる姿を想像した自分が居た。

 

「はぁ~‥‥やっぱり、変だ‥‥」

 

自分の事なのに、明確な解答が得られない。

 

「‥‥アイツなら、答えを知っているかな‥‥?」

 

グレニアはおもむろにベッドわきのテーブルにある携帯に手を伸ばす。

そして、登録されているある番号に電話をかけた。

何度かの呼び出し音の後‥‥

 

「もしもし‥‥」

 

電話の向こう側から、同世代の女子の声が聞こえていた。

 

「あっ、マリアか‥‥?」

 

「グレニア?どうしたの?」

 

グレニアが電話をかけたのは、寮のルームメイトであるマリア・K・グレンヴィルだった。

中等部からの‥‥いや、正確には幼少期に出会い、中等部で再会してからの付き合いで、寮もずっと同じルームメイトである親友‥‥

今はアメリカの海洋学校へ交換留学のため、ダートマス校を不在にしている。

それでも二人はこうして定期的に電話をしているのだ。

 

「‥‥」

 

「どうしたの?グレニア?」

 

なかなか要件を喋らないグレニアにマリアは戸惑う。

 

「あ、あのさ‥‥その‥‥」

 

やっと話したと思ったら、グレニアにしてはどうも歯切れが悪い。

 

「あ、あたし‥‥最近なんか変なんだ‥‥」

 

「変?‥‥何かあったの?」

 

マリアはグレニアがダートマスで起きたあの事件に巻き込まれたことを知っていた。

グレニアが例の連続殺人事件に巻き込まれたと知った時、マリアは気が気でなく、この時ばかりは本当にダートマスへ帰ろうかと思ったぐらいだった。

故に、マリアはあの事件に巻き込まれたことでグレニアがPTSDを起こしたのかと思った。

もし、グレニアがPTSDを起こしたのであれば、今すぐにグレニアの下に駆けつけてあげたいところだが、今自分は大西洋を挟んだアメリカにいる。

飛行船で戻るとしても最短で数日はかかる。

それに今の自分は一艦の長である艦長‥‥他のクラスメイトを放っておいて、自分ひとり、ダートマスへと戻るのはあまりにも無責任だ。

その理由が私情を挟んでいるのであればなおさらだ。

しかし、グレニアはPTSDを発症したわけではなく‥‥

 

「その‥‥」

 

グレニアは自分が変だと思う理由を話した。

ダートマス校で、行われている体験入学にて、カレンが推薦してきたドイツ・キール校に所属するシュテルの事を‥‥

自分が、ドイツのヴィルヘルムス・ハーフェン校との親善試合に参加した時にも彼女と出会ったが、この時は特に気にすることもなかった。

しかし、彼女がダートマス校へ体験入学して、例の連続殺人事件を共に捜査して、犯人に捕まった自分を命がけで助けてくれた。

シュテルは自分のために傷つきながらも犯人と戦い、自分の事を助けてくれた。

そんな彼女に対して、自分は自然と目で追っていた。

彼女が他の同級生と楽しく過ごしていると、なんか胸の奥がモヤモヤするような、イライラする感覚が自分を襲う。

そして、今日、カレンがシュテルの胸を揉んでいる場面を見て、カレンを羨む自分が居た。

 

「‥‥って、事なんだが‥‥」

 

「‥‥」

 

グレニアの『自分が変だと思う』理由を聞いて、マリアは聞き手に回っていたのだが、グレニアが変だと思う理由については、すぐに分かった。

マリア自身、グレニアとの出会いが似ていたからだ。

マリアはシュテルやカレン同様、父がイギリス人、母が日本人の日系ハーフで、幼少期に自分が日本人とのハーフであることが理由で、地元の少年たちからいじめられた。

そこを助けたのがグレニアだった。

また、マリアがダートマス校へ編入直前に、街で不良に絡まれた時、自分を助けてくれたのもグレニアだった。

自分がグレニアの事が忘れなれなかったように、グレニアもシュテルの事を意識しているのだ。

しかも無意識のうちに‥‥

 

(なんか妬けちゃうな‥‥)

 

マリアはそのシュテルって言う子と面識はないが、こうしてグレニアからシュテルの事を聞かされて、ちょっと嫉妬する。

でも、親友であるグレニアがこうして自分を頼って相談してきたのだ。

ここは親友として、アドバイスをしてやらなければならない。

 

「それはね、グレニアがそのシュテルって言う子の事を‥その‥‥す、好き‥‥なんじゃないかな‥‥?」

 

「なっ!?」

 

マリアの言葉にグレニアは、絶句する。

 

「あ、あたしが‥しゅ、シュテルの事を‥‥」

 

電話の向こうからは、グレニアにしては珍しく、狼狽した声がした。

 

(やっぱり、自覚していなかったんだ‥‥グレニア、鈍感なところがあるからな‥‥)

 

(私だって、グレニアに助けてもらって、グレニアの事を意識していたんだもんね‥‥)

 

改めて、グレニアがシュテルに無意識のうちに好意を抱いていたことを確認したマリア。

 

「あ、あたしが‥‥」

 

「まぁ、グレニアがこうして、新しく交流を持ってくれたことは私にとっても嬉しい事だよ」

 

「うぅ~‥‥」

 

「これが、私が推理したグレニアが変だと思うこと‥‥グレニアの胸の中でモヤモヤしている正体だと思うよ」

 

「わ、分かった‥‥ありがとう‥‥」

 

「うん、頑張ってね。私も、もう少ししたら、ダートマスに戻るから、その時はまた、ブリジットさんやキャビアちゃんと一緒にどこかに行こうね」

 

「あ、ああ‥‥そうだな‥‥」

 

「それじゃあ、またね」

 

マリアとの電話を切り、自分の胸の中のモヤモヤの正体を自覚させられたグレニアは顔を俯かせる。

その顔色は先程のお風呂、同様赤かった‥‥

そんな中、

 

コン、コン、コン、

 

と、寮の部屋のドアをノックする音がした。

 

「ん?誰だ?」

 

グレニアは携帯を置き、応対のため、ドアを開けると、

 

「やあ、グレニア」

 

そこにはグラスの乗ったお盆を手に持ったシュテルが居た。

 

バタン!!

 

シュテルの姿を見たグレニアは反射的にドアを閉めた。

 

「ちょっ!!何で閉めるのさ!?」

 

ドアの向こう側では、シュテルが慌てた声で、何故ドアを閉めたのかを聞いてくる。

 

「わ、わりぃ‥‥ちょっと電話中だったんで‥‥」

 

グレニアは再びドアを開け、今度はシュテルを招き入れる。

そして、シュテルを出迎えた時には切っていたマリアとの電話でさっきはドアを閉めたと言う。

 

「えっ?そうだったの?なんか、ごめん」

 

シュテルは当然、グレニアが電話をいつ切ったかなんて分からなかったので、グレニアがドアを閉めた理由を知って謝る。

 

「いや、別に気にすることじゃない‥‥もう、終わる直前だったしな‥‥それで、なにか様か?」

 

「あっ、さっき、リオン‥‥いや、グレニアさんが、お風呂で、のぼせて倒れたから、コレ‥‥」

 

シュテルが手に持っていたお盆の上にはアイスレモンティーが入ったグラスがあった。

 

「どうぞ」

 

「あ、ありがと‥‥」

 

シュテルからアイスレモンティーが入ったグラスを受けとり、ストローに口をつけて、アイスティーを飲む。

シュテルも同様にアイスティーを飲む。

火照った体にアイスティーが流れ、体がジワッと冷めていく。

グレニアがチラッとシュテルを見ると、シュテルは上品な仕草で、アイスティーを飲んでいる。

やがて、二人ともアイスティーを飲み終えた。

 

「ご馳走様」

 

「グラスは私が食堂に返しておくよ」

 

「そ、そうか‥ありがとな」

 

空になったグラスをお盆に乗せ、グレニアの様子も元に戻ったようなので、シュテルは食堂にグラスを戻して、自分の部屋に戻ろうとした。

 

「あっ‥‥」

 

「ん?どうしたの?」

 

シュテルはグレニアが何かを言いたそうな様子に気づいて、声をかける。

 

「‥その‥‥しゅ、シュテル‥‥」

 

「ん?」

 

「‥あ、明日の昼飯、一緒に食べないか?」

 

グレニアはここ数日、誘いたがっていたシュテルを昼食に誘った。

ここは寮の自分の部屋なので、邪魔者は居ない。

 

「えっ?明日のお昼ご飯?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

ドキドキしながら、グレニアはシュテルからの返答を待つ。

 

「うん、いいよ」

 

シュテルはあっさりと、グレニアからの誘いを承諾した。

 

「ほ、本当か!?」

 

「う、うん」

 

「ぜ、絶対だからな!!そ、それと、昼飯は二人っきりでだぞ!!」

 

「う、うん‥分かった‥‥」

 

グレニアのグイグイ押してくる姿勢にちょっと引きながらも、明日の昼食はグレニアと二人でとることにした。

 

「それじゃあ、また明日ね」

 

「あ、ああ‥‥」

 

シュテルは空のグラスが乗ったお盆を持ち、グレニアの部屋を後にしようとした時、

 

「しゅ、シュテル!!」

 

「ん?」

 

チュッ‥‥

 

「っ!?」

 

シュテルの頬にグレニアは口づけをした。

 

「ぐ、グレニアさん!?」

 

突然、頬とはいえ、グレニアからキスされたことに驚くシュテル。

 

「こ、ここ(イギリス)じゃあ、それぐらいは挨拶みたいなものだ‥‥」

 

挨拶みたいなものだと言うグレニアだが、彼女の顔は赤く、気まずそうにシュテルから顔を逸らしている。

 

(ま、まぁ‥‥確かに、これまでカレンにされて来たけど、まさか、グレニアさんからもされるなんて‥‥でも、なんで突然?)

 

これまでのダートマス校での生活で、シュテルはカレンから何度も頬にキスをされてきた。

これまで、例の連続殺人犯を捜している中、グレニアと行動を共にしてきたが、彼女からキスをされたのは今日が初めてだったので、驚いたのだ。

それと同時になぜ、今日に限ってグレニアがキスをしてきたのか?

その理由も分からなかったシュテルだった。

 

 

シュテルがグレニアからキスをされた時、ドイツでは‥‥

 

「「むっ!?」」

 

キュピーン!!×2

 

((シュテルンがまたどこかでフラグを立てた気がする‥‥!!))

 

と、ユーリとクリスがダートマスに居るシュテルがまた誰かとの間にフラグを立てたと第六感がそう告げていた。

 

シュテルが、部屋を出た後、グレニアはベッドへとダイブすると、

 

「フフフ‥‥」

 

枕に顔を埋めながらも、笑みを浮かべた。

ルームメイトがアメリカの海洋学校へ交換留学し、例の連続殺人事件で自分のクラスメイトが殺されてから、グレニアは笑みを浮かべる機会が減ったが、今日彼女は久しぶりに笑みを浮かべた。

それも、歓喜の笑みを‥‥

 

翌日の昼食、シュテルは約束通り、グレニアと二人で昼食を摂ったのだが、この時は、カレンが頬を膨らませてグレニアの事を睨んでいた。

前世で、人から好意を受けることなく、捻くれてしまったことから、この後世ではやや鈍感な性格となってしまったシュテルだった。

 

 

シュテルとグレニアが解決に導いたダートマスの連続殺人事件は、遠い日本の地でも報道されていた。

そして、その連続殺人犯逮捕の報道もされた。

日本にいる雪ノ下もその報道を見たのだが、彼女が反応したのは犯人が逮捕されたことではなく、世界でもトップクラスの実力を誇るダートマス校にて、他国の海洋学校の生徒を中心として行われていた体験入学についてだった。

世界トップクラスでのダートマス校で行われた体験入学になぜ、自分が呼ばれていないかだ。

自分はダートマス校の体験入学に参加するべき人材であり、その能力は十分にあると自負していた。

夏休みでも学校には教師がいる筈なので、雪ノ下は学校に連絡を取り、何故、ダートマス校で体験入学があることを教えてくれなかったのかと詰問する。

すると、学校からの返答は、

ダートマス校での体験入学は先方からの推薦がないと参加できないとのことだった。

その為、体験入学に参加しているのは主にアメリカやヨーロッパの海洋学校であり、日本では横須賀女子、佐世保女子、呉女子、舞鶴女子の海洋学校ぐらいで、その四校でさえ、毎年参加できるわけではないと言う。

日本が誇る四大海洋学校でさえ、なかなか参加できない体験入学‥‥

ダートマス校と一切コネがない総武高校が呼ばれるわけがない。

それに今年の体験入学はもう締め切っており、今からではとても途中参加なんて出来るわけがない。

雪ノ下は物凄く悔しがったが、来年の夏に行われるであろう体験入学には参加するつもりで、両親に今年中にイギリス‥ダートマス校の関係者とコネを作ってくれと頼んだ。

西住家ならば、もしかしたら可能だろうが、千葉県のみで絶大な権力を持つ雪ノ下家でも、日本全体、世界レベルだと井の中の蛙であるので、それは難しいと思う雪ノ下の両親であったが、大切な一人娘からの願いなので、出来るなら叶えてやりたかった。

雪ノ下の両親は西住家に頼み込む日々が続くこととなった。

 

(来年の夏休みはあの、鶴見さんの件があるけど、由比ヶ浜さんと葉山君とで十分に対処は出来る筈‥‥その間に私は世界トップレベルの学校で自分の実力を世界に知らしめるのよ!!これは、西住みほと宗谷真霜を潰すための大きな一歩になるわ!!)

 

前世における鶴見留美のいじめ問題はこの後世でも起こるだろうと予見した雪ノ下はその対処を由比ヶ浜と葉山に任せ、自分はダートマス校の体験入学に参加する気‥‥いや、既に参加することが彼女の中で決定事項となっていたのだった‥‥。

 




今回のゲストには、Audioさんの作品、『ダートマス海洋学校に入学した少女』の主人公である、マリア・K・グレンヴィルをゲスト出演させていただきました。

Audioさん、登場の許可ありがとうございました。


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41話

 

 

シュテルがイギリスのダートマス校の体験入学に参加している頃、ユーリも夏休みをエンジョイしていた。

彼女は、この夏に自動車の運転免許を取得し、レンタカーで一人旅に出ていた。

そして、とある地方の街の貸し別荘に滞在していた。

 

「ぬぅーん、たまにはこうして一人旅をするのも悪くないなぁ~」

 

普段は自分とシュテル、クリスのトリオで行動を共にしているがこうして一人旅というのもなかなか、新鮮味を感じる。

 

「シュテルンも今はイギリスのダートマス校の体験入学をやっている頃か‥‥何が楽しくて、折角の夏休みを勉強につぎ込んでいるんだろう?」

 

ユーリとしては、折角の夏休みなのに、わざわざイギリスまで勉強しに行くシュテルの気が知れない。

でも、シュテルは、キール校の首席‥それなりの面子を背負っているのだろう。

それにダートマス校の体験入学は先方からの推薦でしか、参加できない。

体験入学に参加していると言うことは、シュテルがダートマス校からの推薦を受けていると言うことだ。

友人として、それは誇らしい。

 

「でも、シュテルン、あっちこっちでフラグを立てるからな‥‥ダートマス校でもフラグを立てていなければいいけど‥‥」

 

ヴィルヘルムスハーフェン校での交換留学の際、シュテルは向こうの学校の首席であるテア・クロイツェルと親密な関係となっていた。

別れ際にもキスをしていたし‥‥

それに日本にいる親戚のカナデと言う男とシュテルが口走った戸塚と言う男‥‥

その二人の男もユーリとしては十分に危機感を抱かせる要素だ。

これらの事から、イギリスのダートマス校でもダートマス校の生徒を落としているのではないかと言う不安がある。

つい、先日も虫の知らせなのか、シュテルがフラグを立てた予感もした。

 

「休みが明けたら、聞いてみることにしよう」

 

ユーリは夏休み明けにシュテルにイギリスでの体験入学の土産話を聞くことにした。

 

ユーリが風呂から出て貸し別荘で一人旅の疲れを癒していると、

 

ピンポーン

 

別荘のインターホンが鳴る。

モニターで確認してみると、そこには宅配業者の配達員の姿が映っていた。

 

「あれ?私何か、注文したっけ?」

 

ユーリは、自分に宅配便が来る思い当たりがなく、疑問に感じつつも、

 

「あっ、もしかして、お父さんかお母さんが何かを送ってくれたのかも‥‥」

 

両親はユーリがこの貸し別荘に来ることを知っていたので、自分宛てに何かを送ってくれたのかと思い、対応に出る。

 

「毎度、ありがとうございました~」

 

「どうも、ご苦労さま」

 

宅配業者から荷物を受け取ると、それは大きな木箱だった。

ただ伝票を確認してみると、送り主は書いていないが、住所欄には一応届先は書かれているが、字が汚くてなんと書いてあるかよくわからない。

 

「あれ?送り主が書いてないってことはお父さんたちからじゃあないな‥‥それにしても汚い字だなぁ‥‥これじゃあ、何て書いてあるかわからないし、こんな大きな木箱、いったい何が入っているんだろう?」

 

ユーリは伝票を見ながら不審を抱きつつ愚痴を零す。

宅配便で送られてきた木箱は重く、大きすぎだったので、ユーリは別荘の中には入れず、玄関先でバールを使って木箱をこじ開けていく。

 

「まさか‥‥開けたとたんドカーン‥‥なんてことないよね?」

 

以前、映画で見た、展開の様に蓋にブービートラップが仕掛けられており、蓋を開けると爆発するなんて、あまりにも非日常的な展開を想像したユーリ。

そしてバールで木箱の蓋を開けると、中には手足を縄で縛られ、猿轡をされた十歳ぐらいの男の子が入っていた。

そして、蓋を開けるとピンが外れるように細工されていた手榴弾も‥‥

 

「えっ?」

 

突如、ユーリの目の前が閃光に包まれたかと思ったら、

 

ドカーン!!

 

凄まじい爆音と爆風が辺りを覆った。

 

「な、なんなのさ!?これ!?それにこの子も‥‥」

 

間一髪、ユーリは箱に詰められ、爆風により気絶した男の子を抱え、避難に成功した。

 

 

 

 

夢を見ていた。

 

雨の降りしきる中、自分は必死に走り、逃げていた。

 

後ろからは自分を追いかけて来る大人たちがいる。

 

死にもの狂いで逃げたが、追手は大の大人たちが複数。

 

とても子供の自分が逃げ切れるものではなかった。

 

「このガキ、手こずらせやがって」

 

自分はとうとう追い詰められ、追手の男の大きな手が自分に迫ってくる。

 

 

「わぁぁぁぁぁー!!」

 

そこで夢は覚め、辺りを見回す。

自分の頭には包帯が巻かれ、体に負った傷も丁寧に処置が施されている。

 

「こ、ここは‥‥?」

 

男の子は自分が今どこにいるのか、辺りを見回していると、

 

「ああ、気が付いた?」

 

金髪の女の人が部屋に入ってきた。

 

「まったく、どこかの誰かさんからの素敵なプレゼントのせいで、お風呂に入り直しだよ」

 

金髪の女の人こと、バスローブに身を包み、髪の毛をバスタオルで拭きながらユーリが不満そう言う。

 

「えっ‥‥?あの‥‥?」

 

男の子は気まずそうに言うと、ユーリは、

 

「ああ、キミのせいじゃないから、気にしなくてもいいよ。それに元々貴方を責めるつもりはないから。それよりちょっと来て‥‥」

 

ユーリは男の子の腕をつかむと、ある部屋のドアを開ける。

ドアを開けるとそこは瓦礫だらけで、部屋という空間を完全に吹き飛ばしていた。

箱を開けたのが玄関先だったにも関わらず、箱に仕掛けられていた爆弾は別荘にある一階と二階にあった二つの部屋を木っ端微塵に吹き飛ばしていた。

 

「‥‥」

 

仕掛けられていた爆弾の威力をマジマジと見せつけられた男の子は言葉を失っていた。

ユーリが自分を助け出していなければ、自分の身体は粉々に吹き飛んでいたのだから、当然のリアクションである。

破壊しつくされた部屋を見せたユーリは再び、男の子を別荘の中へと入れた。

 

「何か一言ぐらいあるんじゃない?」

 

「えっ?」

 

ユーリはクローゼットから着替えを探しながら男の子に語りかける。

 

「命の恩人に対して『ありがとう』の一言ぐらいあってもいいんじゃないの?」

 

「は、はぁ‥‥すみません‥‥」

 

男の子は申し訳なさそうに言う。

その間、ユーリは黙々と着替えている。

その場に脱ぎ捨てられたバスローブを見て、男の子はギョッとして、顔を赤くして、視線を逸らす。

別にユーリは男の子の目の前で服を脱いで着替えているわけではなく、ちゃんと見えないように衝立ての向こう側にいるが、一つの部屋で、女の人が服を脱いでいるということに男の子の羞恥心が働いていたのだ。

シュルシュルと言う衣類が脱いでいる音が衝立の向こう側にいるユーリが下着、または全裸になっていると言うなによりの証明となっている。

子供と言えど、男の子なので、異性の身体にはやはり興味がある。

しかし、彼は衝立から覗こうとはしなかった。

 

「さてと、そろそろ消防や警察が来るね、ここに入れば警察か消防の人が君を保護してくれるでしょう」

 

着替えが終わったユーリは動きやすいGパンとTシャツ姿になり、男の子の前に姿を晒す。

 

「ど、どこかに行っちゃうの?」

 

男の子が不安そうに訊ねてくる。

「面倒ごとはゴメンなの、折角の夏休みを潰されたくはないからね。それじゃあね~♪」

 

ユーリはクローゼットの中に入り、ドアを閉める。

残された男の子は慌ててベッドから飛び降りユーリが入ったクローゼットのドアを開ける。

するとそこにはユーリの姿はなく、変わりに床に空いた隠し通路があった。

この貸し別荘を作った人はどうも変わった人の様だ。

ユーリも折角泊まるのであれば、変わった別荘が良いと思い、この別荘を借りたのだ。

そして、隠し通路の先はガレージになっており、ユーリはガレージに停まっている車に乗り込んだ。

エンジンをかけようとしたその時、助手席のドアが開き、例の男の子が車に乗り込んできた。

 

「ちょっと、なんでついて来るの!?」

 

「お姉ちゃん、マフィアの人?それとも警察の人?」

 

「はぁ?」

 

この男の子は突然何を言っているのだろうか?

 

「失礼だね!警察はともかく、私がマフィアの関係者に見えるの?」

 

「‥‥人は見かけによらないから‥‥」

 

「さっき言ったじゃない!!夏休みが潰れるって!!私は高校生だよ!!免許は取り立てだけど‥‥って、そんなことはどうでもいいよ!!降りなさい!!」

 

「イヤだ!!」

 

「はぁ?ちょっと一体どういうつもりだよ!!」

 

マゴマゴしている間に外からサイレンの音が聞こえた。

 

「ああもう、やっかいなのが来ちゃったじゃない!!」

 

ユーリは仕方なく、男の子を乗せたまま車を発進させた。

ガレージから外に通りに出ると、そこには野次馬が大勢おり、なかなか進まない。

 

「ちょっと、道を開けて、急いでいるんだから!!」

 

クラクションを鳴らしながら、車を進め、ようやく大通りに出ることが出来た。

 

 

ユーリは別荘の前の通りからアウトバーンに入り、助手席に乗り込んだ男の子に事情を聞いた。

 

「どういうつもりなの?」

 

「‥‥」

 

しかし、男の子は何も言わない。

 

「何か言いなよ‥‥」

 

「どこに行くつもり?」

 

「人の質問には答えないクセに質問はしてくるんだね‥‥キミの他についてきたオマケのおかげで一階にあった荷物は吹っ飛ぶからまとまった現金すら持ってくる余裕がなかったんだよ。ATMで下ろすにしても、もう取引の時間が終わっちゃっているし‥‥」

 

「‥‥」

 

「はぁ~‥‥とんだ厄日だ‥‥」

 

ユーリはため息をつきながら運転をしていると、

 

「ね、ねぇ‥‥まで行かない?」

 

突然男の子が行き先を言ってきた。

しかし、

 

「はぁ?冗談言わないでよ。ここからどれだけ離れていると思っているの!?」

 

ユーリの言うとおり、今自分たちがいる所から、彼が言う街まではかなり離れており、車といえども一日では着かない距離だ。

 

「ど、どうしてもそこまで行きたいんだ‥‥」

 

「何で?」

 

「‥‥」

 

ユーリがどうして、そこまで行きたいか理由を聞くと、男の子は黙り込んでしまう。

 

「気に入らないんだったら、ここで降りても構わないんだよ?」

 

ユーリにしては珍しく不機嫌オーラ全開で男の子に問う。

しかし、ユーリが男の子を車から降ろすことはなかったし、男の子自身も『降りたい』とは言わなかった。

 

夏休み中で、一人旅の最中で、途中で見ず知らずの子とはいえ、命を危険にさらされたこの子をそこら辺に放り投げる訳にもいかなかったユーリは結局、男の子が行きたいと言った街に向かった。

半日車を走らせたが、目的地まではまだまだ距離があるので、ユーリたちは途中にある、街で一泊することにした。

 

「あーあ‥‥宿は安いビジネスホテルで夕食は屋台のサンドイッチとは‥‥」

 

ユーリが街中にあるベンチに座りながら、夕食である屋台のサンドイッチを見ていると、隣では同じく屋台のサンドイッチをガツガツ食べる男の子の姿があった。

 

「その様子じゃ、随分とあの箱の中に長く押し込まれていたみたいだね‥‥」

 

ユーリがからかいながら言うと、恥ずかしかったのか、男の子は頬を赤く染める。

 

「さてと‥‥」

 

ユーリが手早くサンドイッチを食べ終え、ベンチを立ち、夕刊を買ってホテルに戻ろうとする。

 

「ど、どこ行くの?」

 

やはり男の子は不安なのか、ユーリに行き先を聞いてくる。

 

「疲れたから、夕刊を買って、ホテルに帰るの」

 

ユーリは屋台で販売されている夕刊を買って早速その場で中身を見る。

するとそこには、

 

「弁護士夫妻殺害 十歳の一人息子も行方不明」

 

「貸し別荘地で謎の大爆発」

 

と書かれた見出しがあった。

ユーリは新聞に掲載されている行方不明とされている弁護士夫婦の息子と今連れている男の子の容姿が瓜二つなのに気が付いた。

違う点と言えば目の色だけであった。

 

「‥‥」

 

写真に掲載されている息子の目の色は青、しかし今連れて居る子の目は翠。

 

「さっ、もう日が暮れるから、急いで戻るよ。田舎町とはいえ、夜は何があるかわからないからね」

 

「う、うん」

 

ユーリは急いで男の子を連れ、ホテルへと帰った。

 

「もしもし、‥‥ホテルのフロントですが‥‥ええ、そうです‥‥写真の子に間違いありません‥‥はい、泊っている部屋は‥‥」

 

ユーリたちがホテルの部屋に入ったのを確認したフロント係はユーリたちに気づかれぬように何処かに電話を入れた。

フロント係の片手には今日の夕刊が握られていた。

 

 

部屋に戻ったユーリはベッドの上に座らせた男の子の顔を凝視する。

 

「?」

 

男の子は突然、ユーリが自分の顔を凝視してくるのか不思議なのか首を傾げている。

しかし、一度意識した異性からこうしてジッと見つめられているせいか、少し顔が赤い。

 

「‥ねぇキミ、その目の色はカラーコンタクトだよね?」

 

「っ!?」

 

ユーリの指摘を受け、男の子は一瞬動揺する。

 

「それで変装のつもりなの?一体何のためにそんな事をしているの?」

 

「こ、このくらい僕ぐらいの年の子なら皆やっているよ‥‥」

 

気まずそうにユーリから視線を反らし、男の子は言う。

 

「ああそう‥‥言いたくないなら別に言わなくてもいいいいよ。私には関係ないことだもの‥‥さっ、明日も早いことだしもう寝ましょう」

 

ユーリたちが寝ようとしている中、ユーリたちの部屋の外には先程、フロント係が通報し、密かにホテルに急行した警察の武装隊が突入の機会を伺っていた。

 

ユーリたちの運命は如何に‥‥?

 

 

 

 

ユーリが自分も知らぬうちに、ある騒動に巻き込まれている中、イギリスのダートマスに居るシュテルは‥‥

今日、ある催し物を見物しに来ていたのだが‥‥

 

「‥‥」

 

(な、なんか、メッチャ気まずい!!)

 

シュテルは冷や汗を流しながら観客席に居た。

シュテルが、気まずい思いをしている理由‥‥

それは、シュテルの左右に座っている観客にあった。

 

「「‥‥」」

 

シュテルの右側にはカレンが‥‥

そして、左側にはグレニアが居り、互いに目からバチバチと火花を散らしているようにも見える。

カレンは、シュテルの右手に自らの手を絡め、グレニアはシュテルの左手に自らの手を絡めている。

今のシュテルはまさに両手に花状態なのだが、リア充とかそんな羨ましい状態ではなく、これはまさしく、修羅場、針の筵状態だった。

 

「そ、それで、この催し物‥と言うか競技は一体何なの‥‥?」

 

シュテルは恐る恐るカレンとグレニアに今日の催し物について訊ねる。

 

「今日は戦列歩兵道の決勝戦なんだよ」

 

「戦列歩兵道?」

 

「ああ‥ドイツじゃ、あまり馴染みがないか‥‥」

 

「そうですネ、競技が盛んなのはアメリカとイギリスですからネ」

 

聞きなれない催し物に首を傾げるシュテル。

この会場に来た時から、周囲の様子がある独特の雰囲気があった。

屋台の出店の他に撮影会場もあった。

撮影で使う衣装は、アメリカ独立戦争時代の衣装にマスケット銃が小道具として使用されている。

どうもこのマスケット銃と衣装がこの競技に関係しているみたいだ。

 

この競技の元となった戦列歩兵は、古代から存在した密集陣形を組んで運用される重装歩兵の系譜に連なる兵科であり、野戦軍の中核をなした兵科だった。

野戦における戦列歩兵は、散兵として運用される軽歩兵や猟兵、騎兵・砲兵といった各兵科のサポートを受けつつ、敵の主力を同じく構成している戦列歩兵を撃破する事を主な役割としていた。

18世紀頃には、擲弾兵と呼ばれる擲弾を敵陣に投げ込む選抜歩兵が欧州各国の軍に存在したが、時代を経るに従って擲弾による戦闘が廃れると、戦場における機能は戦列歩兵とほぼ同じとなり、体格や武勇に優れた兵士を選抜したエリート部隊として名称のみが残された。

19世紀の中頃に銃砲が飛躍的に発達し、ミニエー銃と近代的な後装式の砲が出現すると、戦列歩兵の密集陣形と派手な威嚇色を使った軍服は遠距離からの射撃の良い的となって死傷者が激増したため、歩兵の運用は密集を避けて周囲の環境に隠れながら行動できる散兵による浸透戦術が中心となり、戦列歩兵は急速に廃れていった。

しかし、今日ではイギリス、アメリカを中心としたマイナーな競技としてその歴史を継承していた。

参加者は皆、男子高校生であり、それぞれの高校には戦列歩兵の部活動があり、大会の時にそれぞれの高校のエースたちが集まり、大会へと挑んでいる。

勿論、使用しているのは本物鉛玉ではなく、殺傷能力がない特殊弾である。

 

戦列歩兵の動きは、士官の発する簡単な号令や太鼓による指示に従って行動し、その移動は徒歩であり、横隊の全員がほぼ同じ程度の歩幅(75cm前後)になるよう身長の基準が設けられ、一分間の歩数は70~90歩(約60m/分)が基準の歩行速度とされていた。

これに太鼓による指示が与えられる事で速度が調整された。

 

「あっ、そうだ!!シュテルン、後で一緒に写真撮りまショウ!!」

 

カレンがシュテルにあとで写真を一緒に撮ろうと誘う。

 

「しゅ、シュテル!!私とも一緒に撮ろうな!!」

 

当然、グレニアも一緒に撮ろうと言う。

 

「あ、ああ‥‥いいよ‥‥」

 

シュテルは乾いた笑みを浮かべ、カレンとグレニアと共にあとで写真を撮ることにした。

やがて、競技が始める。

 

~♪~♪~♪

 

鼓笛隊が音楽を奏でながら会場へと行進してきた。

イギリス側は、The British Grenadiers (英国擲弾兵)を演奏し、アメリカ側は、When Johnny Comes Marching Home (ジョニーが凱旋するとき) を演奏して入場してきた。

 

(ユー○ャンにダ○・ハー○3のBGMだな‥‥)

 

イギリスとアメリカ、共に演奏していた音楽の詳しい曲名を知らなかったが、前世におけるテレビのCMや映画で使用されていた音楽だったので、シュテルはその音楽のイメージが強かったモノを想像した。

互いに自国の旗や校章が描かれた旗を掲げる旗手、太鼓と笛を演奏している鼓笛隊、サーベルをぶら下げているリーダー各の部員、そして肩にマスケット銃を担いでいる大勢の部員たち。

イギリスは赤い上着に白いズボン、黒いブーツ、黒い帽子をかぶり、目には保護のため、ゴーグルを装着している。

アメリカは青い上着に白いズボン、茶色のブーツ、黒い帽子をかぶり、同じく目には保護用のゴーグルを着けている。

 

「流石、レッドコート、綺麗な隊列を組んでいまーす!!」

 

「ああ、あれだけの人数で‥しかも他校同士の連中なのに隊列を乱す事無く動けるなんて、たいしたもんだ」

 

(確かに‥‥)

 

同じ学校同士の者ならともかく、他校の人間同士で、あそこまで動きを合わせることが出来るのはかなりレベルが高い。

アメリカの方はイギリスと比べるとちょっとバラつきが目立つが、それでも微々たるものだ。

互いに行進し、距離を詰めているのだが、アメリカ側の方が先に行進を止める。

しかし、イギリス側は行進をやめることなく、ゆっくりと歩いている。

 

「構え!!」

 

アメリカ側はガチッと肩に担いでいるマスケット銃を下ろし、撃鉄を下ろす。

 

「狙え!!」

 

そして、行進してくるイギリス側に銃口を向ける。

 

「撃て!!」

 

アメリカ側の戦列歩兵からはいくつもの白い煙と銃声が鳴り響く。

そして、イギリス側の戦列歩兵に弾が当たると、当たった者はその場に倒れる。

しかし、マスケット銃は元々命中率がそこまで高い銃ではない。

一斉射撃をしても届かない弾もあり、イギリス側の被害は微々たるものだった。

 

「止まれ!!」

 

リーダーが留まるように指示を出し、鼓笛隊は演奏を止め、部員たちは行進を止める。

 

「構え!!」

 

続いて、アメリカ側と同じく、部員たちは肩に担いでいたマスケット銃を下ろし、撃鉄を下ろす。

 

「狙え!!」

 

そして、アメリカ側の戦列歩兵に銃口を向けると、

 

「撃て!!」

 

一斉に撃つ。

今度はイギリス側の戦列歩兵の銃から白い煙と銃声が鳴り響く。

アメリカ側と違い、距離を稼いだイギリス側の方が、命中率が高かった。

その後、

 

「突撃!!」

 

銃剣をつけたマスケット銃で突撃するイギリスの戦列歩兵たち。

使用している武器が非殺傷とはいえ、その様子は本物の戦争そのものの様子だった。

結果はイギリス側の勝利だった。

 

競技終了後、シュテルは約束通り、カレンとグレニアと共に写真を撮りに行った。

その際、折角貸衣装があると言うことなので、着替えてからの撮影となった。

 

(コミケのコスプレ会場だな‥‥)

 

着替えて写真撮影をするシュテルはそう思いながら、カレンとグレニアと共に写真を撮ったのだった。

 




ガルパンや遊戯王では、高校生なのに車やヘリの操縦をしている場面が描かれていたので、作中の世界では免許の取得できる年齢が現世と異なり、低く設定されているのかもしれません。

よって、この作品の世界でも免許の取得年齢を引き下げている設定となっています。


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42話

 

 

夏休み、シュテルがイギリスのダートマス校の体験入学に参加している頃、ユーリは取得したばかりの自動車の免許で、レンタカーを借りて、一人旅をしていた。

その最中、ユーリが宿泊していた貸し別荘に大きな木箱が送られてきた。

ユーリがその木箱を開けてみると、そこには自分よりも年下の男の子が入っていた‥‥

しかも物騒なおまけつきで‥‥

物騒なおまけ‥‥手榴弾のせいで、ユーリが泊まっていた貸し別荘は半壊し、とても泊まれる状態ではなくなる。

ユーリが宿泊場所を別の所へ変えようとしたら、なぜか木箱に入っていた男の子もついてきた。

そして、ユーリに行きたい場所を伝える。

ユーリとしては、初対面の子‥‥しかもあきらかに厄介ごとが絡んでいそうな、子と行動を共にする義理はないのだが、厄介ごとが絡んでいそうだからこそ、ユーリはこの子を見捨てることが出来なかった。

ユーリは彼が行きたがっている街へ向かうことにした。

しかし、現在位置から彼が行きたがっている街まではかなりの距離があり、この日はとある田舎町の安宿に泊まった。

その町にて、ユーリはその日の夕刊で、同行者である男の子の正体が、夕刊に乗っている殺された弁護士夫妻の行方不明になっている一人息子に似ていることに気づいた。

しかし、写真に乗っている男の子と同行している男の子の目の色が違っていた。

他人の空似かと思ったが、よくよく見ると、彼はカラーコンタクトをしていた。

ユーリは、今、自分に同行している彼は夕刊に乗っていた殺された弁護士夫妻の息子ではないかと思った。

そして、その日の夜、ユーリたちが泊まっている安ホテルの部屋の前にいる警察の武装隊は突入の時期を待っていた。

突入する瞬間は二人がベッドに入り、寝静まった時‥‥

二人が最も無防備な状態になったその時こそ突入を行う絶好の機会だった‥‥。

息を殺して突入する機会を待っている武装隊員たちの耳に部屋の中にいるユーリの声が聞こえる。

 

「どうしたの?そんなところにいて、ホラ、来なよ」

 

「えっ?でも‥‥」

 

「しかたないでしょう。ベッドは一つしかないんだし‥‥えっ?だって服を着たままだと窮屈でしょう。ホラ、キミも、全部脱いで‥‥もぉー世話の焼けるねぇキミは‥‥ん?どうしたの?恥ずかしいの?‥‥あっ、ココもこんなに大きくして可愛い♪~」

 

ユーリの妙に艶っぽい声を聞き、武装隊員たちは顔を赤くする。

 

「さぁ、電気消すよ。明日も早いんだし‥‥」

 

「電気を消す」という言葉を聞き、武装隊員たちは突入するのは今だと判断し、部屋へと突入する。

 

部屋の電気をつけ、

 

「警察だ!!」

 

「大人しくしろ!!」

 

銃を構えて、一気にユーリたちの部屋へと雪崩込む。

一人の武装隊員がベッドの上の毛布を取ると、そこにユーリも連れの男の子の姿もなく、変わりにビニール製のアカンベーをした人形があった。

 

「な、なんだ?これは!?」

 

「くそっ、部屋を探せ!!まだ居るはずだ!!」

 

武装隊員たちが部屋の中を捜索しようとした矢先に人形からプシューという音と共にガスが噴射され始めた。

 

「が、ガスだ!!」

 

「全員、退避!!急げ!!」

 

ガスを見た武装隊員たちは急ぎ部屋から逃げ、部屋のドアを閉める。

 

「まったく、いきなり突入してくるなんて、無粋な連中‥‥」

 

(この人はなんで、あんなガスが詰まっていた人形を持っていたんだろう‥‥?)

 

武装隊員たちが探していたユーリたちは突入される少し前、窓の縁にロープを結び、そのロープにぶら下がっていた。

慌てふためいている武装隊員たちをユーリはコンパクトの鏡越しに窓の外から見ていた。

そんなユーリに対して、男の子は何故、あんな小道具を持っていたのか不思議に思った。

二人はそのままロープを伝ながらホテルから脱出した。

 

 

「何!?逃げられただと!?このバカ者共!!すぐに探せ!!」

 

武装隊のホテル襲撃失敗の報を聞き、声を上げるのはこの町の警察署長だった。

 

「たかが、女子供に何を手間取っている!!いいか?必ず捜し出し身柄を確保しろ!!抵抗する場合は骨の一本や二本を折り、手足の一本でもちぎってかまわん!!いいな!?必ず確保するんだぞ!!」

 

乱暴に受話器を叩きつける警察署長。

そんな警察署長の様子をニヤニヤした顔で眺める無精髭を生やした男が署長室にさも当然のようにいた。

 

「大変そうだな?署長さん?」

 

「なにぃ!?元はといえば、お前たちが回りくどい手を使った挙句にミスをしたのがいけないのだろう!?」

 

無精髭の男の態度に警察署長は不快感を現し、男を指さしながら怒鳴る。

 

「貴様らのミスのおかげで、我々警察が尻拭いする羽目になったのだぞ!!この際、いっそ、貴様らも纏めて‥‥」

 

「『纏めて』何です?ぜひ、その続きを聞かせてもらいたいものだね?警察署長殿?」

 

「くっ‥‥」

 

無精髭の男の言葉に苦虫を嚙み潰したように顔を歪める警察署長。

 

「結局、奴の家からはあんたたち、警察と俺たちマフィアの関係を示す闇献金リストは出てこなかった。アレが永遠に表に出てこなければそれはそれで良い‥‥だが、気になるのは、あいつのガキの方だ。あのガキが何かを知っているか、証拠の品を持っているかもしれない」

 

「だからこそ、早くあの子供の身柄を確保しなればいかんのだ!!‥‥元々あいつら家族がこの街に赴任してきたのだって、元をただせば、貴様たちマフィアとの関係がどこからか情報が漏れて疑われていたせいなのだからな‥‥」

 

「そりゃ、そうだろうさ、この町の警察幹部連中の半数以上が本来取り締まるはずの我々マフィアとお友達なのだからな‥‥綺麗事や薄っぺらい正義感だけでやっていけるほど、世の中は出来ているってわけじゃないってことだ」

 

無精髭の男はそう言うと、ソファから立ち上がり、出口へと歩を進める。

 

「ど、どうするつもりなのだ?」

 

「たかがニ、三人の人間の命でお互いに今の平穏が保てるんだ。なんとかするさ‥‥」

 

そう言いし、無精髭の男は署長室を出ていった。

 

 

その頃、ホテルから脱出したユーリたちは‥‥。

町外れの森に車を停めそこに潜伏していた。

 

「こ、これは‥‥!?」

 

ユーリはもしかしてと思い、車の中で先程買った夕刊を男の子に見せた。

 

「パパ‥‥ママ‥‥」

 

「‥‥」

 

夕刊の記事を見ていた男の子の腕は小さく震えていた。

彼のリアクションからどうやら、彼は両親が殺されたことを今知ったみたいだ。

 

「成程、だいたいの事情は分かった‥‥つまりキミは両親の家と間違えられて私が居た別荘に送られてきたんだね‥‥見て、番地の数字は同じだけど、私が泊まっていた別荘とあなたの家があった場所の名前がそっくり‥‥宛先の字が汚すぎて、配送業者が読み間違えたみたいだね。でも、その間違いのおかげでキミは助かったみたいだね‥‥」

 

ユーリが泊まっていた貸し別荘地と彼の家の住所が似ていたのだが、宛先を書いた者の字が汚く、配達員は間違えてユーリの下に送ったみたいだ。

本来ならば、彼は両親のもとに送りつけられ、そのまま両親と共に爆殺される運命だった。

しかし、運よく、配達員の間違いでユーリの下に送られ、一命を取り留めた。

だが、何者かの手によって、彼の両親は殺されてしまった。

 

「‥‥」

 

男の子は両親を失った悲しみと、一歩間違えれば自分も命を落としていたこと、そして今も命を狙われているという悲しみと恐怖で何も言えなかった。

 

「それで、キミはこれからどうする?」

 

「えっ?」

 

「両親を失い、この次は自分の命も失う?それとも助かりたい?」

 

「‥‥全部‥‥話すよ‥‥」

 

男の子は全ての事情をユーリに話した。

 

「コンタクトレンズの中に特殊マイクロフィルムを入れるなんて、無茶をするねぇ‥‥」

 

男の子がしていた翠のコンタクトレンズの中には彼の言う通り、ただのカラーコンタクトではなく、小さなマイクロフィルムが入っていた。

 

「これじゃあ中に何が記録されているのか分からないね‥‥キミはコレをお父さんの知り合いのジャーナリストに届ける途中だったのね?」

 

手持ちの道具にはこのマイクロフィルムを再生させる機械がないので、このマイクロフィルムに何が記録されているのか分からない。

 

「うん‥‥パパもママもマフィアの人や警察の人たちにマークされているだろうから、それで僕が‥‥」

 

彼は両親に代わって、このマイクロフィルムを知り合いのジャーナリストに届けるつもりだった。

しかし、その途中で彼は悪人に捕まってしまった。

だが、まさかカラーコンタクトの中に自分たちが狙っているマイクロフィルムがあるとは、気付かなかった。

 

「その人の連絡先は知っているの?」

 

「う、うん」

 

「‥‥まっ、何にしても動くのは朝になるまで待とう‥‥キミはもう寝なさい」

 

ユーリは車に積んであった毛布を取り出し、男の子に渡した。

そして、男の子は後部座席で毛布にくるまると、すぐに眠ってしまった。

よっぽど疲れていたのだろう。

 

「もしもし‥‥」

 

ユーリはそんな男の子の寝顔を見た後、あるところ電話を入れた。

 

 

 

翌朝、ユーリは近くの町のカフェの公衆電話を入れた。

しかし、電話の先の主は一向に出る気配がない。

 

「うーん‥‥全然出ないな‥‥しょうがない‥‥」

 

ユーリは仕方なく別の所へ電話を入れた。

そんな中、電話をかけているユーリの背後からユーリに忍び寄る人影があった。

 

「いくらかけても、死人じゃ、電話に出れねぇぜ、お嬢ちゃん」

 

突然、背後から声をかけられ、ハッとして背後を振り向く。

そこには、無精髭を生やした男が一人立っていた。

 

「‥‥あんたは?」

 

ユーリは焦ることなく、無精髭を生やした男に誰なのかを問う。

 

「これから死ぬ人間が知っても意味がないだろう?」

 

「自分の名前ぐらいのリップサービスはいいじゃん」

 

「まぁ、挨拶もなしに死ぬは可哀そうだからな、いいだろう。ドミニクだ‥‥ドミニク・アンドロシュだ。よろしく、お嬢ちゃん」

 

無精髭の男こと、ドミニクは不敵な笑みを浮かべてユーリに自分の名前を言う。

そしてドミニクの目つきはまさに血に飢えた獣の目つきをしていた。

 

「まさかと思うけど、あの弁護士の夫婦を殺したのもあの爆破もみんなあんたの仕業?」

 

「まあな」

 

「そう‥‥それで?私以外にもあの子も殺すつもり?」

 

「子供ってのは親のそばにいるのが一番だ。そうは思わねぇか?」

 

ニヤつきながらユーリに訊ねるドミニク。

そんなドミニクに対し、ユーリは呆れたように言い放つ。

 

「下らない‥‥確かにあんたみたいに体は大人でも頭は子供のような奴には十歳児の相手がピッタリだね」

 

ユーリのこの言葉にドミニクがキレ、拳銃をユーリに突き付ける。

 

「いいか、お嬢ちゃん。俺たちはなぁ、この町のおまわりさんと、とっても仲良しなんだよ。おとなしくガキを渡せ、ガキを渡すのであれば、おまえの命ぐらいは勘弁してやる」

 

声を低くし決して、ただの脅しではないことをチラつかせるドミニク。

 

「いや、結構‥‥それにそんなに仲の良いお友達なら、刑務所にいっても一緒になれるね‥‥」

 

「何を訳の分からないことを言っていやがる!?」

 

ところがユーリはドミニクの脅しにも屈することはなかった。

 

「気が強い女は嫌いじゃねぇ。だが、この街を支配しているのは俺たちだって事を忘れるなよ。いずれはこの町の議会や検察だって、俺たちの言いなりになる日がくる」

 

「まぁ、怖い‥でも貴方たちが支配しているのはこの街の警察だけであって、ここのあくまでのドイツの田舎地方の町だって事を忘れていない?」

 

「ふん、何を言っている?」

 

「さっきあんたが言ったじゃん、この町の議会や検察はまだあんたたちの言いなりじゃないんでしょう?」

 

そう言って、ユーリはドミニクに受話器を見せつける。

ユーリにそこまで言われ、ドミニクは気が付いた。

 

「ま、まさかその電話先は‥‥!?」

 

「ジャーナリストもこの世に一人じゃないってことだよ。つまりこの後、例の弁護しの息子が重要な機密を持って、この町の議会へ向かう‥ってことだよ‥‥残念だったね~」

 

「くっ、ガキが‥‥」

 

ユーリは受話器をチラつかせる様に振り、余裕の笑を零す。

携帯を持っていたユーリが敢えてカフェの公衆電話を使用したのもこうして下手人を炙りだすための囮行為だったのだ。

一方、ドミニクの方は苦虫を潰したような表情をした。

 

突然カフェで小規模な爆発が起こったと思ったら、店から一人の少女とその少女を追いかける無精髭の男が店から飛び出していった。

それから暫くして、この町の議会庁舎の前には沢山の報道陣が集まっていた。

 

「くそ、うちだけのスクープじゃなかったのかよ?」

 

「無駄だって、タレ込みって言うのは広まりやすいから」

 

「しょーがねー こうなりゃ、一番取材しやすい場所でも確保するか‥‥」

 

「そうだな‥‥おっ?来たぞ!!」

 

報道陣の前にはボロボロになりながらも物凄いスピードでこちらへ向かってくる一台の車が見えた。

車は議会場前に止まると、エンジンからシューという音と共に白い煙を吐き、完全に壊れた。

壊れた車からはユーリと一人の男の子が出てきた。

報道陣の記者たちが二人に群がっている中、二人は議会場へと足を進める。

しかし、そんな二人を議会場の向かいのビル屋上から狙う一人の男が居た。

 

「ガキ共が‥‥お前の思うようにはさせんぞ‥‥」

 

ドミニクは狙撃銃を構え、その狙いをユーリの隣を歩いている男の子に照準を合わせた。

あとは引き金を引くだけなのだが、途端にドミニクの動きがピタッと止まる。

 

「っ!?い、一体いつからそこに居た‥‥」

 

ドミニクは背後に話しかける。

彼は自分の背後から人の気配を感じ取った。

 

「あんたが気づく少し前から‥‥」

 

ドミニクの背後にはユーリから電話を貰い急いでこの街に飛んできたクリスがいた。

ドミニクは冷や汗と震えが止まらなかった背後から伝わってくる狂気に満ちた殺気は長年マフィアをやって来た自分以上のものだ。

背後を振り向けばその瞬間にやられる。

このまま標的を撃とうとすれば撃つ前にやられる。

ドミニクはまさに絶対絶命のピンチであった。

その間にもクリスはどんどんドミニクとの距離を詰めていく。

やがてドミニクのすぐ後ろに着いたクリスは‥‥

 

「親友をいじめる奴は私が許しません」

 

ゴン!!

 

クリスはそう言って、ドミニクの頭に強烈な一撃を加え、彼をノックアウトさせた。

 

(はぁ~、人間が神相手に勝てる筈がないでしょう‥‥)

 

ノックアウトしたドミニクを見下ろしながら、クリスはやれやれといった仕草をする。

そして、議会庁舎へと入っていくユーリと男の子を見下ろしていた。

 

その後、男の子の持っていたマイクロフィルムからこの町の警察とマフィアとの関係が暴露され、監察官がこの町の警察署に対して、強制捜査を行い、警察署長をはじめ、汚職に関わっていた警察の幹部全員とドミニクをはじめとする大勢のマフィアが逮捕された。

地方の田舎町とはいえ、警察とマフィアが癒着していたことはドイツ司法ではかなりの問題で騒がれることになった。

 

この田舎町で起きた蜂の巣を突っついたような騒ぎから三日後、ユーリは検察からの事情聴取を終え、今回の騒動の発端となった男の子と共にある大きな家の前にいた。

 

「ここがキミのお母さんの妹さんの家?」

 

「うん‥‥あ、あの‥‥もう、あなたと会えないの?」

 

男の子は寂しそうにユーリに問う。

 

「うーん‥どうだろう‥‥でも、キミが大人になって素敵なジェントルマンになれば私から会いに行っちゃうかもねぇ~♪」

 

「なる!絶対になるから‥‥約束だよ‥‥」

 

男の子は思わず、ユーリに抱きつく。

 

「ほ、ホラ、早く行きなよ」

 

ユーリは頬赤く染め、玄関先で待っている彼の叔母の下に行くように言う。

 

「そう言えばキミの名前まだ聞いてなかったね‥‥それに私もキミに名前を言っていなかった」

 

ここで、ユーリは彼の名前を聞いていなかったことと、自分の名前を教えていなかったことを思い出す。

 

「クラウス‥‥クラウスっていうの!!」

 

彼は自分の名前をユーリに伝える。

 

「そう。さよならクラウス‥‥また会う日までね‥‥私の名前はユーリ‥‥ユーリ・エーベルバッハ‥‥」

 

ユーリは自分の名前を言うと、クラウスの額にキスをして、クリスが待っている車に乗り込んだ。

なお、ボロボロになったレンタカーの保証は、今回の騒動を鑑みて、この街の検察がユーリの代わりに保証してくれた。

クラウスはユーリの乗った車が見えなくなるまで手を降り続け別れを惜しんだ。

 

 

「~♪~♪」

 

助手席に座っているクリスの機嫌はなぜか良かった。

そんなクリスをチラッと見て、運転していたユーリは、

 

「どうしたのさ、クリス。なんかご機嫌みたいだけど?」

 

何故、クリスの機嫌がいいのかを訊ねるユーリ。

しかし、そんなユーリに対しクリスは何故ニヤニヤしているのか理由を話す。

 

「いやぁ~、ユーリさんにもようやく春がきたと思いましてなぁ~友人としては嬉しい訳よ」

 

ニヤニヤ顔でユーリに言うクリス。

 

「なっ!?」

 

反面ユーリは顔を真っ赤にし、鳩が豆鉄砲を食らったかのように目を見開く。

そして‥‥

 

「な、何!!バカな事いっているのさ!!わ、私はシュテルン一筋だよ!!」

 

照れ隠しなのか、思いっきりクリスの頭をポカポカとたたき出した。

 

「こ、こら!運転中に殴るな!!ちょっと前!!前!!前、見て!!」

 

クリスを殴っているユーリの顔は照れ隠しをしながらもどこか嬉しそうであった。

そんなユーリに対して、運転手なのだから、ちゃんと前を見て運転しろと焦るクリスだった。

 

 

ユーリがまさかのドイツ司法の汚職事件の騒動に巻き込まれた頃、日本では‥‥

 

パチパチパチパチ‥‥

 

会場を観客からの拍手が包み込む。

やがて、舞台の袖からは、フォーマルスーツに身を包んだカナデが出てきた。

夏休み中でも、カナデは音楽活動を行っており、高校生のピアノコンクールや演奏会に出ていた。

カナデは舞台袖から舞台上にあるピアノへと歩みを進める。

その中で、チラッと観客席を見る。

 

(うわぁ、また来ている‥‥)

 

カナデは観客席の最前列にこれまでのコンクールや演奏会で見た顔が今回のコンクールでも来ていることを認識した。

最前列の観客席に居たのは、由比ヶ浜だった。

彼女は前世の八幡の様に愛犬、サブレを助け出したカナデにご執心で、これまで、カナデが出場したり、参加しているコンクールや演奏会には毎回来ていた。

そして、コンクール・演奏会が終わると決まって、プレゼントを手渡しに来るのだが、その箱に入っているのはなぜか黒い木炭だった。

何故、プレゼントに木炭を送りつけてくるのか、カナデには意味不明だった。

同級生に相談したら、

 

「気味が悪いようなら捨てちまえ」

 

と、言われたので、カナデは由比ヶ浜からのプレゼントは捨てている。

最近では木炭の他になぜか女性モノの下着まで送ってくる。

しかも、新品ではなく、明らかに使用した形跡があるモノだ。

正直に言って気持ち悪い。

しかし、ストーカーほどの被害は受けていないので、警察には相談していない。

更にカナデは由比ヶ浜の学校を知らないので、無視している。

 

(今日もなんか、変なモノを送りつけてくるつもりだろうか?)

 

そんな事があり、彼はコンクールに優勝した際、自分の家などの情報は言わないし、マスコミにも言わないようにしてもらっていた。

由比ヶ浜の姿を見て、やや憂鬱になりながらも椅子に座り、楽譜を見たカナデは、目の前のピアノに集中することにして、鍵盤に自らの手を踊らせた。

 

一方、カナデに半ストーカーじみている行動をしている由比ヶ浜は、正直音楽何て興味はない。

他の演奏者、そしてカナデ本人が奏でているピアノの曲が何て言う曲名なのか知らないし、興味がない。

由比ヶ浜が興味あるのはあくまでもカナデ本人だった。

 

(はぁ~やっぱり、カナカナ、カッコイイ~‥‥)

 

由比ヶ浜は、カナデが奏でるピアノではなく、ピアノを弾いているカナデの姿をうっとりした目で見ていた。

 

そして、演奏を終えて、楽屋へと戻ると、スタッフの人が由比ヶ浜から預かったとされるプレゼントをカナデに渡してきた。

 

「‥‥」

 

恐る恐る箱を開けると中には例のごとく、木炭が入っていた‥‥。

 



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43話

この日、シュテルは珍しく、一人でダートマス校の近くにある公園に来ていた。

公園のベンチで昼食であるサンドイッチを一つ食べながら、呆然とあることを考えていた。

それは、カレンとグレニアの事である。

前世の頃から元々、人付き合いを苦手としていたがこの後世では、それを改めて、それなりにこなしてきたのだが、あそこまで積極的にこられてはどう対応していいのか迷ってしまう。

カレンもグレニアもシュテルにとってはもはや大事な友人なのだが、その当人たちはどうもシュテルを自分ひとりで独占したいという気概がある。

シュテルとしては、友人なのだから、そこまでしなくてもいいじゃないかと思った中、前世にて、『みんな仲良く』をモットーにしていた葉山の顔がチラつき、今の自分も、カレンかグレニアを選べずに、優柔不断な彼と同じことを思っているのではないかと言う自己嫌悪に陥った。

 

(よりにもよって、アイツと同じレベルかよ‥‥)

 

以前、エリスが思ったように前世の比企谷八幡と言う少年は、ボッチを望んでいたモノとは裏腹に良くも悪くも、人を惹きつける。

それは、この後世でも同じだった。

ただ、前世とは異なり、悪意を持ったり、自分の事を都合のいい駒として扱うわけでない。

周囲の人は、キール校の首席という肩書だけでなく、シュテル・H(八幡)・ラングレー・碇と言う個人へ親しみを込めて接している。

その一つにシュテル自身も気づかないある理由が存在していた。

シュテルは、前世では比企谷八幡と言う男性であり、その記憶と魂を受け継いで、この後世に転生し、今の体‥‥女性の肉体‥‥シュテル・H(八幡)・ラングレー・碇と言う器に魂を定着させている。

魂と言う中身と肉体と言う器の性別が異なっている存在だ。

シュテルに好意的に接する者は、もちろん、シュテルの人となりに魅力を感じている者も居るが、中には無意識のうちにシュテルの中に存在する男性の部分に惹かれている者も居たのだ‥‥

 

「はぁ~‥‥」

 

まだ昼食のサンドイッチが残っていたのだが、とてもこんな気分では食べる気になれない。

かと言って、このまま食べずにゴミ箱へ捨てるのももったいない。

もうしばらく、思考を働かせていれば、お腹が空くかと思い、シュテルはしばし、考えにふけることにした。

しかし、なかなかいい解決案が浮かばない。

このままあいまいな関係ではまずいし、かといって、カレンとグレニアのどちらかを贔屓するつもりもない。

 

「はぁ~‥‥」

 

シュテルが、頭を抱えていると、シュテルが座っているベンチの隣に男の人が座った。

何気なく見てみると、その男の人は以前、フランス料理店に来たあの生牡蠣の男の人だった。

 

(あれ?この人、あの時の‥‥)

 

シュテルが横目でチラッと見ていると、その男の人は、上着のポケットからバケットと呼ばれるフランスパンを取り出す。

そして、大きなハサミでバケットを切り、隅の方はゴミ箱へと放り投げる。

 

「‥‥」

 

バケットを適当な厚さのバケットを二つ用意すると、今度はバターを取り出し、クレジットカードを使って、バケットにバターを塗り始める。

続いて、ビニール袋に入ったレタスを取り出して、ベンチ脇にある水道でレタスを洗う。

洗ったレタスをパンにはさむのかと思いきや、その男の人は靴を脱ぎ、靴下を脱ぐと、なんと洗ったばかりのレタスを靴下の中に入れる。

 

(おいおい、いくら、自分の足でもそれは衛生的にどうなんだ?)

 

レタスが入った靴下を振り回し、水気を飛ばす。

そして、水気が飛んだレタスをパンに挟む。

次に男の人はポケットからジャムの瓶を取り出す。

その瓶の中には生きた魚が入っていた。

男の人は瓶の中から魚を取り出すと、ベンチの肘掛けの部分に魚の頭をぶつけて、魚を殺して、レタスの上に置く。

二、三匹ほど、それを繰り返しバケットにはレタスと生魚が乗っている。

 

次にベンチの上にハンカチを敷くと、その上にブラックペッパーの粒を転がすと、ハンカチを折りたたんで、靴でブラックペッパーを叩き潰す。

叩き潰したブラックペッパーを具の上にふりかけて、バケットで挟むとサンドイッチが完成した。

 

「‥‥」

 

男の人の変わった行動を見ながら、シュテルはサンドイッチと共に買った紅茶を一口飲む。

それを見た男の人はポケットからティーバッグを取り出し、次にゴム製の氷枕を取り出す。

 

(パンやレタス、魚を見て思ったけど、どこに入っていたんだ?それらは‥‥?)

 

シュテルは男の人のポケットに入っていた物の量に突っ込みたい衝動が湧き出た。

男の人が取り出した氷枕にはあらかじめ、ぬるま湯が入っていたのか、ティーバッグを氷枕の中に入れ、次にミルクが入った哺乳瓶を取り出す。

しかし、哺乳瓶から氷枕へミルクを入れる方法が思いつかないのか、男の人は哺乳瓶の飲み口を口につけると、中のミルクを口へと含む。

 

(最初から水筒に入れて来ればよかったのに‥‥それか、市販のモノでもよかったんじゃないか?)

 

哺乳瓶を持ってくるくらいなら、紅茶の入った水筒か、店で飲み物を買ってきた方が早いんじゃないかと思うシュテル。

ミルクをある一定の量、口へと含むと、男の人はそれを氷枕の中へと入れた。

 

「‥‥」

 

(うえぇ~‥‥)

 

ただでさえ、カレンとグレニアの件で食欲が落ちている中、男の人のこの行動を見て、更に食欲が落ちる。

男の人はサンドイッチと飲み物の準備が出来たので、いよいよ食事を始めようとする。

ブラックペッパーを潰したハンカチをはたいてナプキン代わりに首元へと入れる。

すると、まだブラックペッパーの粉が残っていたのか、

 

「ハックシュン!!」

 

大きなくしゃみをして、サンドイッチを落としてしまう。

さらに飲み物も氷枕を脇に挟んでいたせいで、くしゃみをした勢いで、脇が締め付けられ、中身が飛び出てしまう。

 

「‥‥」

 

シュテルは無言のまま、残っていたサンドイッチをその男の人にあげる。

どうせ、食欲がなくて、残していたモノだったし‥‥

男の人は気まずそうながらもシュテルからサンドイッチを受け取った。

 

 

 

 

カレンとグレニアとの関係が未だにモヤモヤした状態の中、ダートマス校ではある催し物が行われようとしていた。

 

「演劇祭?」

 

「そうデース!!」

 

「地元の子供らに海やこの学校の事を知ってもらうための一環として毎年、この時期にやっているんだよ」

 

ダートマス校の演劇祭は中等部、高等部の一年、二年、三年‥‥学年別で六つの演劇を行い、地元の子供や地域住民とのコミュニケーションの一環や海について知ってもらおうという恒例のイベントだった。

その為、ダートマス校には演劇専用の劇場さえも学校の敷地内に存在していた。

 

「ん?でも、私はダートマス校の生徒じゃないけど‥‥?」

 

(って、言うか、敷地内に劇場を完備って、どんだけ金があるんだ?この学校は‥‥?)

 

礼拝堂もそうであるが、学校の敷地内に劇場があるという事実に思わず突っ込みたくなる。

 

「体験入学者は自由参加で、演劇に参加してもOKネ!!」

 

ダートマス校の生徒でない体験入学者も演劇祭に参加したければ、参加しても問題はないとカレンは言う。

 

「自由参加なら、私は‥‥」

 

別に強制参加でないのであれば、シュテルは演劇祭には参加したくはなかった。

 

「せっかくだし、シュテルもやろうぜ」

 

「私もシュテルンと一緒にやりたいデース!!」

 

グレニアもカレンもシュテルに演劇祭には参加してほしいという。

 

「だめですか?」

 

「一緒にやろうぜ、シュテル」

 

「うっ‥‥」

 

シュテルに関してまるで、競い合うかのようにしているのに、こうしてシュテルを演劇祭に参加させる時には、普段のいがみ合いが嘘の様にタッグを組んできた。

二人の上目遣いでシュテルはタジタジ‥‥

 

「シュテルン‥‥」

 

「ダメか?」

 

「‥‥わ、わかった!!わかったから!!その上目遣いは止めて!!」

 

カレンとグレニアの上目遣いでのお願いでシュテルはやむなく、演劇祭に参加することになった。

 

(演劇か‥‥前世での最後の文化祭を思い出すぜ‥‥)

 

八幡にとっては人生最後の高校二年生の文化祭‥‥

あの時は、平塚先生の独断で自分は文化祭実行委員に強制参加させられた。

八幡のクラスではクラスメイトの海老名姫菜が脚本を手掛けた演劇をやることになった。

当初は八幡と葉山の主演であったが、八幡が文化祭実行委員と言うことで、八幡がやる予定の配役は戸塚がすることになった。

文化祭実行委員を決める時、八幡が居眠りをしてしまったことに非もあるが、あの平塚先生の事だ。

自分が居眠りをしていなくとも、何かしらの理由をつけて強制的に文化祭実行委員にしていたと今では思った。

あの時、居眠りをせず、もう少し、自分に明確な意思を持っていれば、葉山を文化祭実行委員に推薦して、自分は戸塚と一緒に演劇をやりたかったと今になって思うシュテルだった。

 

「それで、何の演劇をやるの?」

 

シュテルは二人に高等部一年生が行う演劇の演目を訊ねる。

 

「これデース!!」

 

カレンが演劇祭のチラシを見せる。

そこには、中等部、高等部の学生たちが行う演劇の演目が書かれていた。

そして、高等部一年の演劇の演目の部分には、こう書かれていた。

 

『タイタニック』

 

と‥‥

タイタニック‥‥それはもう、百年以上前の客船の名前であるが、その船名はあまりにも海洋歴史には有名な名前である。

 

(おいおい、あまりにも縁起が悪くないか‥‥?)

 

演劇の演目を見て、シュテルは内容があまりにも縁起悪いと思った。

それはこのタイタニックが有名となった事故が原因だった。

タイタニックは今から約百年前‥‥20世紀初頭に建造された豪華客船であった。

建造当時は、まだ飛行船技術は発達しておらず、ヨーロッパからアメリカへの渡航手段は船だけだった。

その中でもイギリスの大手船会社、ホワイト・スター・ライン社が建造したオリンピック級豪華客船はこれまで世界に類を見ない大きさと豪華さを兼ね揃えていた。

そのオリンピック級豪華客船の二番船としてタイタニックはデビューした。

1912年4月10日、タイタニックは処女航海のためにイギリスのサウサンプトン港を出港。

途中、フランスのシェルブール、アイルランドのクイーンズタウンへと寄り、七日後の4月17日にはアメリカのニューヨークに到着する予定だった。

しかし、航海から四日目の夜、ニューファンドランド沖にさしかかった時、タイタニックは氷山と衝突。

二時間四十分後に沈没した。

搭載されていた救命ボートが乗員の人数未満の分しか用意されず、2200人以上の乗員の内、助かったのはわずか700人ちょっとで、1500人以上の人が北大西洋の海へと消えた。

これは海洋歴史史上、最大最悪の海難事故である。

そして、このタイタニックの沈没事故にはさまざまな憶測が飛び交った。

その要因として出港当日、VIPである乗客が多数キャンセルしていたこともその憶測の要因の一つで、

その他にも沈没原因は当然、氷山との衝突であるが、タイタニックには密かにミイラが積まれており、そのミイラの呪いで、タイタニックは氷山にぶつかり沈んだ。

また、タイタニックを所有していたホワイト・スター・ライン社は経済的に苦境に立たされていた。

タイタニック事故の一年前にデビューしたオリンピックがイギリス海軍の巡洋艦と衝突し、過失はホワイト・スター・ライン社側にあるとして、海軍に多額の賠償金を支払い、さらにオリンピックの修理に関しても、完全とまではいかず、そこで、ホワイト・スター・ライン社は保険金詐欺を目的として、タイタニックとオリンピックをすり替えさせてわざと氷山にぶつけたのではないかと言う説さえ出ている。

 

シュテルが八幡であった前世でもタイタニックの名前ぐらいは知っていた。

このタイタニック遭難事故は後世でも起きていた。

そして、前世同様、タイタニックの事故はこの後世でも、映画やドキュメンタリー番組でも取りあげられている。

タイタニックの事故は氷山の監視や通信網の強化、そして救命ボートの数の法改正など、航海における数多くの教訓を残した。

だが、大勢の人の命が失われたことに変わりない。

しかもタイタニックはダートマス校のあるこのイギリス船籍の船だ。

タイタニックの事故はイギリスにとって黒歴史でもあるはずだ。

そのタイタニックを今度の演劇祭の演目としてやろうというのだ。

将来のブルーマーメイドや船乗りを目指す学校で‥‥

シュテルはその疑問をダートマス校の生徒であるカレンとグレニアにぶつけてみた。

 

「でも、そんな縁起悪い演目の劇をやっていいの?」

 

「まぁ、確かに縁起が悪いと言えば悪いが‥‥」

 

「それでも、タイタニックの事故はとても大事なことデース!!あの事故を忘れさせないためにも何年かおきにダートマス校では、やっていマース!!」

 

「なるほど‥‥」

 

事件を風化させないためにこうしてダートマス校では、タイタニックの事故をこうして演劇で後世へと語り継いでいるのだという。

そして、ダートマス校の高等部一年生と体験入学者の参加者があつまり、配役決めとなる。

シュテルは演劇祭に出ると決めたが、配役に関してもエキストラレベルの役でいいと思っていた。

それか、舞台に立つことのない裏方がシュテルとしては一番のベストだった。

主役とヒロインに関しては、ブリジットとキャリーが務めることになった。

それから、その他の配役について決めていくことになったのだが、

 

「そう言えば、イカリさんってお父さんが有名なチェリストだったわね」

 

「えっ?ええ‥‥そうですけど‥‥」

 

「じゃあ、音楽隊の役、やってくれないかな?」

 

「えっ?」

 

シュテルはタイタニックに乗船していた音楽隊の役を頼まれた。

 

「えっ?い、いや、でも、そう言うのは吹奏楽部の人がやった方がいいんじゃあ‥‥」

 

シュテルは自分よりも吹奏楽部など、音楽系の部活動の人がやった方が良いと言うが、

 

「私は別の役をやりたいし‥‥」

 

「私も‥‥」

 

吹奏楽部の生徒は他の役をやりたいと言い出す。

 

「うぅ~‥‥」

 

「それにイカリさん、葬儀の時もバイオリン弾いていたじゃん。あの時の演奏、とっても良かったし‥‥」

 

「そうそう」

 

「‥‥」

 

断れない空気にはなったが、決して他の生徒たちはシュテルに厄介な役を押し付けているわけではなく、シュテルにしかやれないことをやってくれと頼んでいる。

 

「わ、わかりました‥‥」

 

シュテルの演劇祭での役は音楽隊の役となった。

 

「じゃあ、他のバンドメンバーだけど‥‥」

 

「「はい!!」」

 

音楽隊の他の役について、立候補者を訊ねると、カレンとグレニアが手を上げる。

そして、二人の他にドロシーとセラスが立候補して、音楽隊のメンバーはシュテル、グレニア、カレン、ドロシー、セラスの五人となった。

その後も他の配役や裏方の仕事が決まっていく。

後は、役者の人は練習へと入り、裏方のスタッフは使用する衣装や小道具の制作へと入った。

 

「でも、カレンもグレニアも音楽隊の役なんて立候補してよかったの?」

 

「ん?」

 

「どうして?」

 

「音楽隊は確かにセリフが多い役ではないけど、その分、実際に楽器を弾かなければならないけど、二人とも、弾ける?ヴィクトリアさんとウィリアムズさんも‥‥」

 

シュテルの問いに四人はなぜか視線を逸らす。

 

(おいおい、まさか‥‥)

 

シュテルはカレンもグレニアはシュテルがやるから‥‥

ドロシーとセラスは、カレンとグレニアが心配だからと言う理由から、音楽隊の役を立候補したのかもしれない。

 

「本当に大丈夫かな?」

 

「た、多分‥‥」

 

「一応、音楽の授業で基礎的な知識はありますけど‥‥」

 

ドロシーとセラスはダートマス校にて音楽の授業で、弦楽器もやっているので、大丈夫だと言うが、シュテルとしては不安が拭えなかった。

 

シュテルは、音楽室へと向かうと早速使用する弦楽器を用意する。

 

「コントラバスとチェロは、ヴィクトリアさんとウィリアムズさんにやってもらおうかな?」

 

「そうですね」

 

「それが無難ね」

 

カレンとグレニアの背では、コントラバスとチェロは弾きにくいので、背の高いセラスとドロシーにやってもらうことにした。

 

「シュテルンはやはり、バイオリンですか?」

 

「ええ‥‥あとは、ビオラと第二バイオリン(セカンド・バイオリン)だね」

 

そして、じゃんけんの結果、ビオラをカレン、第二バイオリン(セカンド・バイオリン)をグレニアがすることになった。

 

「じゃあ、さっそく弾いてみようか?ゆっくりでいいから‥‥」

 

シュテルはバイオリンと弓を持ち、皆に一度弾いてみようかと言う。

 

「う、うん‥‥」

 

「お、おう‥‥」

 

「‥‥」

 

「大丈夫かな‥‥?」

 

シュテルは弾きなれているので、そうでもないが、他のメンバーは妙に緊張している面持ちだった。

実際に弾いてみると、セラスとドロシーはもう少し練習すれば、なんとかなりそうだが、カレンとグレニアの二人はセラスたちよりも練習が必要みたいだ。

 

「そもそも音が出てこない‥‥」

 

グレニアの使用したバイオリンからはかすれるような音が出ていた。

シュテルはグレニアの弓をまじまじと見つめ、

 

「‥‥この弓は新品みたいだ」

 

「新品だと音が出ないのか?」

 

「松脂が塗っていないからね」

 

「あたしのセンスの無さじゃないのか?」

 

音が出なかったのは自分のせいではないと言うことでホッとしている様子のグレニア。

 

「使い込んでいるものでも、三十分弾くごとに二、三回擦っているのよ‥‥」

 

そう言ってシュテルは自分が使っていた弓をグレニアに手渡す。

 

「じゃあ、弾いてみようか?」

 

シュテルがそう言うと、メンバーは弓を構える。

 

「ん?カレン、少し持ち方が変だよ」

 

「えっ?そうですか?」

 

「うん‥‥あごと鎖骨で挟み込むように‥‥まっすぐ前を見ながらそのまま‥‥」

 

「ちょっときつい体勢ですネ」

 

「まずは正しいフォームを覚えないとね。テニスやゴルフ、野球でもそうでしょう?」

 

(テニスか‥‥そういえば戸塚も俺のフォームが綺麗だからって声をかけてくれたっけ‥‥?)

 

「こ、こうですか?」

 

「そう、今の構えを覚えておいて、その構えを体に染み込ませれば、手を離してもあごと肩で挟んでいるから、楽器を落とさないと思うから、グレニアもいい?」

 

「お、おう」

 

「ん?グレニア、さがっているよ」

 

「えっ?」

 

「きちんと、あごと、ここ‥‥」

 

シュテルはグレニアとほぼゼロ距離で接し、フォームを指摘する。

 

「ちょっ、しゅ、シュテル?」

 

「鎖骨を当てて挟むようにして‥‥」

 

指導だと分かっていてもグレニアの首元にシュテルの指があたり、グレニアは妙な気分となる。

距離が近づくことで、グレニアはシュテルの体温と匂いを感じる。

他のメンバーも心なしか顔を赤くしている。

 

(しゅ、シュテルの胸も迫ってきている‥‥)

 

以前、カレンがお風呂にて、自分にシュテルの胸を揉んでみるかと言われ、その時の事を思い出すと、グレニアはシュテルの胸をますます意識してしまう。

意識しないように考えようとするも、一度意識するとますます意識してしまう。

 

「‥‥グレニア、大丈夫?」

 

「えっ?あ、うん‥‥大丈夫だ」

 

「でも、シュテルン、なんであごと肩でバイオリンを挟むデスカ?弾くなら、どんな姿勢でもOKな気がしまーす!!」

 

「この姿勢‥‥構えで重要なのは左手のネック、分かる?」

 

シュテルはグレニア離れ、バイオリンを構え、カレンからの質問に答える。

ただ、離れた時、グレニアは小さく「あっ‥‥」とつぶやき残念そうだった。

 

「ネックを自在に移動させ、小指まで動かして弦を押さえないといけないの‥つまり、左手の自由度が演奏の要となるから、この姿勢でないといけないの」

 

「へぇ‥‥」

 

「わかりました」

 

「って、カレンもグレニアもあごを下げない!!」

 

「は、はい!!」

 

「お、おう!!」

 

「首を傾げすぎても音の音色の響きに影響するから、きちんとあごと鎖骨の二つの支点だけで押さえるのを覚えて」

 

「りょ、了解デス」

 

「う、うん」

 

シュテルはカレンとグレニアの他にセラスとドロシーにも持ち方や弾き方を指摘する。

流石、父親に世界的有名なチェリストを持つだけあって、シュテルの教えはなかなかのものだった。

 

「それじゃあ、今、言ったことを意識して、もう一度、弾いてみるよ」

 

シュテルは弓に松脂を塗り、バイオリンを構え、もう一度メンバーらと共にセッションを行った。

 



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44話

 

イギリスのダートマス校の体験入学の最中、ダートマス校のイベント、演劇祭に参加することになったシュテル。

演劇祭はダートマス校の生徒は参加であるが、体験入学者は自由参加だったので、当初シュテルは演劇祭に参加するつもりはなかった。

しかし、カレンとグレニアからの頼みで参加した。

シュテルたち、高等部一年生の演目はあの悲劇の豪華客船、タイタニック‥‥

タイタニックはその事故の規模からこれまで何度も映画が撮影され、その映画の内容を演劇すると言うのだ。

配役やスタッフを決める中、シュテルは出来れば舞台の上に立つことのないスタッフかエキストラの様な役がいいと思ったのだが、以前、このダートマスの街で起きた連続殺人事件‥‥その被害にあったダートマス校の生徒の葬儀にて、シュテルはバイオリン演奏をしたことがきっかけで、音楽隊の役をする羽目になってしまった。

その他のメンバーは、カレンとグレニア、セラス、ドロシーとなった。

音楽隊と言うことで、演劇の中では、実際に弦楽器を演奏する。

シュテルはカレンたちのレベルを知るため、早速音楽室で使用する弦楽器を借り、セッションをしてみた。

セラスとドロシーの二人はもう少しで及第点と言ったところだが、カレンとグレニアは練習が必要と言うレベル。

音楽隊の役はセリフと登場シーンはそこまで多くはないが、それでも実際に演奏をするので、その存在感は出てしまう。

そして、シュテルたちは昼休みにはセリフ合わせ、そして放課後は弦楽器の練習をした。

 

講義に演劇の練習と大変なのに、ダートマス校の生徒たちはそれをこなしていく。

その様を見ると、ダートマス校の生徒のレベルの高さがうかがえる。

役者ではない生徒たちも小道具やセットの準備、演劇祭を行う際の事務などもこなしている。

 

(性格の良い雪ノ下を集めた感じだな‥‥)

 

準備をしている生徒を見て、シュテルはそのように思う。

文化祭ではないが、こうして生徒全員が一丸となって一つの事を頑張っている姿を見ると、やはり前世における最後の文化祭と比較してしまう。

当然、優秀な生徒ばかりのダートマス校では、前世における文化祭で実行委員長を務めた相模の様にただ委員長という肩書を欲しがるだけの不真面目な生徒は居ないし、彼女が提案した『文化祭を最大限に楽しむには、クラスのほうも大事だ』と言う実行委員会の仕事を堂々とサボる提案をする生徒も居なければ、仕事をサボる生徒も居なかった。

その一方、シュテルはダートマス校の生徒たちを『性格の良い雪ノ下』と評したが、ダートマス校の生徒全員が雪ノ下の様な性格ならばあっという間に学校の機能は瓦解するだろうし、仮に誰か一人、雪ノ下の様な性格の生徒が居たらあっという間に干されるだろう。

船上における生活はチームワークが重要でその輪を乱す者はあっという間に除け者にされる。

雪ノ下の場合、シュテルが前世で知る限り、確かに座学の成績は良い‥‥

しかし、人としての性格は正直に言って異常‥と言うか最悪だ。

初対面の人に対してもその人物が社会的地位のある社会人ならともかく、それ以外は自分よりも格下の存在と認識して平気で罵倒してくる。

奉仕部に強制的に入部させられた時に思ったように、自分の性格よりも雪ノ下の性格の方が、問題があると思った。

しかも当の本人はそれを自覚していないからなお、質が悪い。

いくら言おうが聞き耳を持たない。

反対に自分の言っている言動はまるで自分が神か神の使いのごとく、それが真実で絶対に間違いではなく、他に人間の言葉こそ間違いだと思い込んでいる。

 

(この世界にも雪ノ下の奴は存在するのか‥‥?)

 

戸塚が存在しているのであれば、雪ノ下や由比ヶ浜、葉山もこの世界に存在しているのではないかと思うシュテル。

日本‥千葉に行けば三人に遭遇する可能性も当然ある。

 

(でも、大丈夫だよな‥‥今の俺は性別も容姿も名前も違うんだから‥‥)

 

しかし、今の自分は比企谷八幡ではなく、シュテル・H(八幡)・ラングレー・碇なのだから、絡まれることもないだろうと思っていた。

 

(それにアイツが仮に存在していたとしても前世と同じ、総武の国際教養科にいるだろうから、ほとんど関わることはないだろう‥‥そもそもアイツに船上生活なんて無理だな)

 

雪ノ下の性格から船上生活なんて不可能だと判断した。

仮に彼女がシュテルみたいに海洋系の学校または学科に進んでもチームワークを乱す癌となる。

成績からいえば艦長になるだろうけど、人格に問題ありと評価されて、転校か転科されるだろうと思っていた。

シュテルの予想はある意味当たっていた。

しかし、予想外なのはこの後世における雪ノ下家の力が前世よりも強い事だった。

金の力さえあれば大抵のことはどうとでも出来る‥‥

雪ノ下と同学年の学生にはご愁傷様としか言えなかった。

 

 

演劇祭の準備が進んで行く中、カレンとグレニアの弦楽器の腕も上がり始めていた。

流石、ダートマス校の生徒、上達の腕も早かった。

そしてある日の夜、

グレニアは自分の部屋にてアメリカに交換留学をしている友人に電話をかけた。

 

「へぇ~、今年の演劇祭、高校一年生は『タイタニック』をやるんだ‥‥いいなぁ~私もやりたかったなぁ~」

 

「ハハ、今年は運がなかったと思うんだな、マリア」

 

「それで、グレニアは何の役をやるの?」

 

「お、音楽隊の役だ‥‥」

 

「えっ?音楽隊の役!?」

 

グレニアがやる役を聞いて、マリアは思わず声が裏返る。

 

「えっ?ええ?グレニア、音楽得意だったっけ?」

 

「い、いや‥‥でも、苦手だからこそ、チャレンジをしてみようかと思ってな‥‥」

 

「へぇ~‥‥ホントにそれだけ?」

 

「ん?どういう意味だ?」

 

「てっきり、グレニアが気にしている子と同じ役をやりたかっただけだと思ってね」

 

受話器の向こう側からマリアのからかいを含んだ声がすると、グレニアの顔はたちまち赤くなる。

 

「ち、ちげぇって!!あたしは本当に苦手な部分を克服しようとだな‥‥」

 

「はいはい、分かっている、分かっているって」

 

(グレニアは嘘をつくのが下手だからなぁ~‥‥でも、そこがまた可愛いんだよねぇ~‥‥)

 

(でも、グレニアがここまで気になる子ってどんな子なんだろう?)

 

マリアはグレニアがここまでご執心な子の事が気になった。

話を聞く限りでは、ダートマスで起きた連続殺人事件を一緒に捜査してくれたと言うが実際にどんな子なのか、マリアはまだ顔写真とかを見ていないので気になった。

 

「ねぇ、グレニア」

 

「なんだ?」

 

「今度、グレニアが気になっている子の写真送ってよ」

 

「えっ?」

 

「グレニアがここまで気になっている子だもん、私だって気になるし‥‥」

 

「あ、ああ‥‥今度な‥‥」

 

グレニアとしてはマリアがまさか、シュテルを見て一目惚れするはずがないと思いつつも、万が一のことを考えて曖昧な具合で答えた。

 

それからグレニアは話題をシュテルから切り替えてマリアにアメリカでの留学生活を訊ね、二人の世間話はしばらく続いた。

 

 

~♪~~♪~~~♪

 

音楽室からは弦楽器の音色が響く。

 

「うん、二人ともだいぶ良くなったよ」

 

「お、おう、ありがとな」

 

「サンキューね!!」

 

「これなら、今度の合同練習も大丈夫かな?」

 

本番前に本番さながらの合同練習がある。

これまでのパート練習とは異なり、全てのパートが集まる練習であり、これまでの練習の成果を他のパートに見せる時でもあった。

流石、ダートマス校の首席、ブリジットの演技は演劇部顔負けの演技であった。

キャリーもブリジットの相方と言うことで男性役ながらもなかなかのレベルだった。

シュテルたち音楽隊も日ごろの練習の成果を他のパートメンバーに見せることが出来た。

合同練習が終わり、次に衣装合わせとなる。

音楽隊は史実でも全員男性メンバーだったので、その役を演じるシュテルたちも全員男装となる。

前世では男だったシュテルとしては着慣れないドレスよりもフォーマルスーツの方がしっくりと来る。

 

「でも、他のみんなもよかったの?」

 

今更ながらシュテルはメンバーたちに訊ねる。

 

「ん?なにがだ?」

 

「なんですか?」

 

「いや、貴婦人の役ならドレスを着れるのに‥‥」

 

「あたしはひらひらしたドレスよりもこっちの方がいい」

 

「私もね!!」

 

グレニアとカレンはドレスよりもこのフォーマルスーツの方が動きやすいからこっちの方が良いと言う。

しかし‥‥

 

「これ、ちょっとキツいです‥‥」

 

「わ、私も‥‥」

 

セラスとドロシーは少々キツイ様子‥‥

主に胸の部分が‥‥

 

「ドロシー‥‥てめぇ、あとで体育館裏に来い‥‥」

 

グレニアはドロシーの様子を見てやや切れ気味だった。

 

 

そして、やってきた演劇祭、当日‥‥

 

入場に関しては無料なので、沢山の人がダートマス校に来ていた。

食堂や劇場の周辺では飲み物や軽食の提供があるが、これに関しては、有料であった。

ダートマス校のパンフレットを教官や生徒会メンバーが配り、入学説明会なども行われている。

大学のオープンキャンパスと文化祭を兼ね揃えたようにも見える。

やがて、開演の時間となると、劇場も人でいっぱいになる。

今年初めてダートマス校に来たシュテルであるが、この様子を見ても毎年の演劇祭も眼前の様に大盛況なのだろう。

 

(うわっ‥‥人、多過ぎ‥‥たかが中高生の劇を発表するだけなのに何でこんなにたくさんの人が来るんだよ‥‥)

 

劇場にあふれる人の数を見て、やっぱり、裏方の仕事かエキストラな役割が良かったと思うシュテル。

チラッと辺りを見てみると、中等部一年生の生徒も今回が初めての演劇祭なので、自分同様緊張している。

自分と同じ体験入学者で今回の演劇祭に参加した生徒も同じだ。

反対にダートマス校の他の学年の生徒はもう慣れている感じだ。

それはカレンやグレニアも例外ではない。

演劇祭は中等部から始まる。

新入生たちの緊張を和らげるためか、二年生、一年生、三年生の順で行われる。

高等部は一年生、二年生、三年生の学年通りの順番で始まる。

中等部の演劇が終わり、いよいよ高等部の番となる。

 

シュテルたちが行うタイタニックは実際に起きたタイタニック号事件の中で、身分の差の中での恋愛劇であった。

キャリー演じる貧乏画家の青年が偶然にもトランプのポーカーでタイタニック号の乗船チケットを手に入れ、タイタニック号で希望の地、アメリカへと向かう。

一方、ブリジットが演じる大商人の娘は、実際に家計は火の車で、大金持ちの会社の御曹司との結婚で何とか生き延びようとする。

婚約者はブリジットの事を愛しているが、ブリジット本人はしたくもない結婚をさせられることで苦しんでいた。

三等デッキでブリジットの姿を見たキャリーは彼女に一目ぼれをする。

しかし、自分と彼女では身分の差があり、彼女は高嶺の花だった。

そんなある日の夜、結婚に対する嫌悪、この世の理不尽さからブリジットは自殺をしようとする。

船尾から海へと飛び降りれば、この辛い世の中から去ることが出来る。

だが、実際に飛び降りようとしてもなかなか出来るものではない。

そんな中、キャリーがブリジットに話しかける。

そして、もし、本当に飛び降りるのであれば、自分もそれに付き合うと言う。

キャリーの説得でブリジットは自殺を思いとどまる。

ちょっとした誤解はあったが、ブリジットの婚約者がキャリーを翌日のディナーへと招待する。

翌日、ブリジットとキャリーは午後のひと時を共に過ごし、ブリジットは次第にキャリーへと惹かれていく。

ディナーの後、ブリジットは三等船室にてキャリーや他の三等船室の乗客とダンスパーティーを楽しんだ。

翌日‥‥運命の日でもある1912年、4月14日‥‥

この日の北大西洋の天候はこの時期にしては珍しく穏やかな海だった。

朝食の席にて婚約者は昨夜のブリジットの行動を把握しており、自分は彼女の婚約者であり、将来は自分の妻となるのに、他の男とイチャつくことに嫉妬した。

またブリジットの母親もキャリーとはこれ以上付き合うなと釘をさす。

それは自分の家を守るためひいては自分の将来のために娘を何としてでも大金持ちの家の男と結婚させたかったのだ。

ブリジットは自分の家の状況と育ててもらった母からの命令に逆らうことはできずにキャリーに自分の家の事、自分には婚約者がおり、これ以上会えないことを伝え、キャリーの下から去った。

 

ブリッジでは、北大西洋を航行するタイタニックに対して、周辺の船舶から氷山に関する警告が多数入った。

タイタニック号船長のエドワード・ジョン・スミスはタイタニックを運営するホワイト・スター・ライン社の社長、ブルース・イズメイに氷山警告が記された電文を渡す。

イズメイはその電文を上着のポケットに入れる。

 

「ところで、船長。未使用のボイラーがまだあるそうじゃないか」

 

「はい‥ですが、使用するのは次の航海からでも問題はないでしょう」

 

「まぁ、それはそうかもしれないが、できればこのタイタニックの航海を華やかにしたい。それこそ、アメリカ、イギリスの新聞すべてに乗るぐらいのトップニュースに‥‥」

 

「はぁ‥‥」

 

「君の最後の航海でもあるのだ。考えておいてくれ」

 

「‥‥」

 

そう言ってイズメイは船長の下から去る。

この時、タイタニックには二つの使命があった。

一つは予定期日までにニューヨークへ着くこと‥‥

華々しくデビューしたタイタニックにとって遅れる船と言う印象は致命的だった。

栄えある処女航海を盛大に凱旋する目的があった。

そして、もう一つはスピードに関係していた‥‥

それは自社の姉妹船、オリンピック号のスピード記録を塗り替えることだった。

オリンピック号は22.75ノットを記録しており、タイタニックがこれを破るのは何よりの宣伝になる。

それを社長のイズメイはこの処女航海に期待していた。

現にこの日、お昼の時点でタイタニックは22.5ノットを記録しており、彼らに翌、4月15日があれば、最高スピード記録に挑戦していただろう‥‥

 

夕方‥‥

キャリーの姿はタイタニックの船首にあった。

呆然と海を眺めるキャリーの所へ、もう会わないと言ったはずのブリジットがやってきた。

彼女の中で、やはり婚約者よりもキャリーと共に生きることを決意していた。

ブリジットはタイタニックがニューヨークに着いたら、キャリーと共に駆け落ちする覚悟を決めていた。

夜、ブリジットはキャリーに自分の似顔絵を描いてもらう。

原作の映画ではヌードであったが、さすがに高校の演劇祭でそのようなことはできないので、服を着たままの形でキャリーはブリジットの似顔絵を描いた。

 

ブリッジでは、二等航海士のチャールズ・ハーバート・ライトラーが当直に入っていた。

 

「静かな海だな‥‥」

 

当直をしていたライトラーに船長が声をかける。

海面はまるで湖の様に静かで波が立っていない。

 

「ええ、波が立たないので、氷山が発見しづらいですね」

 

「うむ‥‥私は少し休む‥‥何かあったら、知らせてくれ」

 

「はい、船長」

 

船長はブリッジから自室へと戻っていく。

史実において、この日は、船長の悩みの種が一つ解消した日でもあった。

信じられないことにタイタニックは出航前、船底に近い石炭庫で火災が起きており、火は数日燃え続け、今日の夕方にようやく鎮火したのだ。

石炭は揮発性の高い物質で20世紀初頭、密閉された倉庫での火災は珍しくもなかった。

しかも、この時期に炭鉱においてストライキが起きており、石炭の価格が高騰し、余分な量の石炭を購入できなかった。

会社としてはタイタニックを就航させ少しでも利益を出したいという思惑があり、巨大な船にとっては問題ないと判断され、タイタニックは予定通り処女航海に出た。

タイタニックが氷山のある海域を航行したのもこの燃料の節約と言う制約があったためだった。

しかし、乗員にとっての不幸はこの火災が第五防水隔壁の内側で起きたことだった。

この区画は後の氷山との衝突箇所であり、この火災が第五防水隔壁を傷つけ、船に致命傷を与えたのだと指摘する造船技師もいる。

 

無線室ではジャック・フィリップスとハロルド・ブライドが通信業務に追われていた。

この時代、無線はまだ導入されたばかりの最新技術であり、無線を搭載していない船舶もあった。

事故前日の13日にタイタニックの無線機が故障し、14日午前五時まで無線が使えなかった。

その間にも乗客は物珍しさから電報を頼みに来たり、他の船舶からの氷山警告などの通信で仕事が山ほど溜まってしまった。

そんな中、近くを航行するカリフォルニアン号から氷山警告と氷原のため、航行を取りやめる知らせが入る。

フィリップスはその通信を聞いて、

 

「うるさいんだよ。仕事の邪魔をしないでくれ」

 

と言う電文をカルフォルニアン号に送った。

 

その電文を送りつけられたカルフォルニアン号では、

 

「なに?うるさい?仕事の邪魔をするな?バカヤロウ、ふざるな」

 

あまりにも失礼な電文を受け取ったカルフォルニアン号の通信士はヘッドホンを外して愚痴る。

 

 

4月ながら、この北大西洋の海水温はまだ0度以下の冷たい海‥‥

タイタニックを組成する銅鉄は超低温では、非常にもろくなることが後の実験で明らかになった。

しかし、そのような事情を船長たち乗員が知る由もなかった。

 

更にタイタニックは石炭庫の火災の他に出港の際、一つの危機を乗り越えていた。

乗客を乗せ、迂回しようとした時、前に止まっていた貨物船、ニューヨーク号と衝突しかかったのだ。

この時は船員たちの迅速な判断とタグボートの懸命な努力によってギリギリ1.2mのところをすり抜け危機を脱した。

乗客たちは世界最大の豪華客船での旅がこのニアミスにより、一時間遅れたことに憤慨した。

しかし、もし、この事故が起きていれば、4月14日の惨事は起きなかったのかもしれない‥‥

乗員、乗客、それぞれの運命を乗せて、タイタニックは突っ走っていた‥‥。

 

世界最大‥そして、最悪の惨事までもう間もなくだった‥‥

 

 

 

 




所属艦にてフランスの学校の学生艦を載せました。


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45話

今回もタイタニックの演劇回です。


イギリスのダートマス校のイベントの一つ、演劇祭に参加したシュテル。

高等部一年生の演目は実際に起こったあの悲劇の豪華客船、タイタニック号の事故を用いた演目となった。

中等部からの演目から始まり、現在、シュテルたち高等部一年生の演目となった。

そして、場面はいよいよ運命の瞬間となる‥‥

1912年、4月14日、午後11時36分‥‥

タイタニックの前部マストに設置された見張り台では、見張り員の二人が寒さと戦いながら、見張りの仕事をしていた。

 

「水平線に靄が漂ってきたな‥‥」

 

「ああ‥‥」

 

「ん?おい、見ろ!!氷山だ!!」

 

見張り員は水平線の靄の向こう‥‥船の前方に氷山があるのを発見した。

 

カン!!カン!!カン!!

 

見張り員は見張り台に備え付けの鐘を三回鳴らす。

三回の警鐘は危険を示していた。

鐘を鳴らした後、急いでブリッジへと電話を入れる。

 

「もしもし、誰かいますか!?」

 

「ブリッジだ。どうした?何が見えた?」

 

当直勤務をしていた六等航海士のジェームズ・ポール・ムーディが見張り員からの電話に出て、何が見えたのかを訊ねる。

 

「真正面に‥氷山です!!二キロと離れていません!!」

 

「わかった‥正面に氷山です!!」

 

ムーディはこの時間帯の当直責任者である次席一等航海士(ファースト・オフィサー)のウィリアム・マクマスター・マードックに報告を入れる。

マードックは目を凝らし、前をにらむ。

すると、船の進行方向に海面から浮いている氷山を確認する。

 

「Hard Starboard!!」

 

マードックは舵を握っていたロバート・ヒッチェンズ操舵手に号令をかける。

この時のマードックが出した号令の『Hard Starboard』は面舵‥つまり右に舵をきる号令だが、この号令は帆船時代からの名残で「舵輪を左に回して“舵柄を右に動かし”左へ急速回頭する」の意味で使用されており、タイタニックでも採用されていた。

しかし蒸気船式の号令では、「舵輪を右に回して舵柄を左へ動かし“右へ急速回頭する”」を意味するためヒッチェンズ操舵手は輪を右に回してしまう。

操舵手のミスに気づいたマードックは急ぎ修正の命令を下す。

 

「‥‥全速後進!!!」

 

「全速後進!!」

 

そして、テレグラフで前進から後進へと切り替える。

ブリッジから突然のオーダーに機関室でも何かが起きたのだと判断し、機関士たちが慌ててエンジンを逆回転させる。

しかし、タイタニックはその巨体故にすぐには針路を変えられない。

タイタニックは右舷の船首部分を擦るかの様にぶつかった。

この1912年、4月14日、午後11時40分の出来事を生還した人々は様々な言葉で表現した。

 

無数のビー玉の上を歩いている感じ‥‥

 

マットレスの揺れ以外何も感じなかった。

 

など、いずれにしても大した衝撃ではなかったと言うのが大半を占めた。

傷はタイタニックの船首右舷の部分に十数箇所に渡った。

しかし、それは穴と呼べるものではなく、全ての傷の大きさを合わせても一平方メートルと言う小さなモノだった。

だが、タイタニックを深い海に沈めるにはこれで十分だった‥‥

 

「大変だ‥‥浸水を防ぐために防水ドアを閉める‥‥日誌に時間を記録」

 

「なにがあった?」

 

マードックは防水隔壁を閉め、浸水を防ごうとする。

そこへ、船長がブリッジへとあがり、状況をマードックに訊ねる。

 

「氷山です‥‥」

 

「‥‥」

 

「左舷に舵をきりましたが、間に合いませんでした‥‥横滑りをするかのようにぶつかりました」

 

「防水隔壁は?」

 

「既に閉じてあります」

 

マードックは自らの当然の判断で開閉式の防水隔壁を閉鎖していた。

そして、マードックはこの後、自らの運命もこの地で閉じた‥‥

 

「エンジン停止」

 

「エンジン停止」

 

タイタニックはエンジンを止めた。

この座標がタイタニック終焉の地となった。

 

タイタニックにはホワイト・スター・ライン社の社長、ブルース・イズメイの他にこのタイタニックを作った主任設計士のトーマス・アンドリューズも乗船していた。

異変を感じ、ブリッジへと顔を出したアンドリューズは船長から事情を訊ねた後、船内を回り、浸水の状況を確認しに行く。

船首の甲板では氷山の塊で遊ぶ乗客たちの姿もあり、とてもこの後、船が沈むとは思えない光景だった。

氷山の姿をまじまじと見たブリジットとキャリーはアンドリューズと航海士たちが浸水の状況を話しているのを聞いて、事態はもしかしたら、やばい状況なのかと思い、ブリジットの家族の下へと向かう。

しかし、そこで、ブリジットの婚約者の罠にかかり、キャリーは泥棒の濡れ衣を着せられ、身柄を拘束させてしまった。

その間、浸水の状況が判明し、ブリッジにて、アンドリューズと船長、航海士たちが被害状況の確認をしていた。

 

「船内を確認してきました‥‥浸水は第一、第二、第三、第四、第五‥‥そして、第六区画まで達していました‥‥この船が耐えられるのは三つか四つの防水区画まで‥‥しかし六つは‥‥既に限界は越えている筈です‥‥」

 

アンドリューズはタイタニックの設計図を使って、現状を説明する。

 

「排水ポンプを稼働させて‥‥」

 

「多少時間が稼げるだけで、無駄だ‥‥」

 

「それはどういう事だ?」

 

「もう、打つ手はない‥‥タイタニックは海に沈む‥‥」

 

アンドリューズの沈没宣言に皆は唖然とする。

 

「‥‥沈まない船なのにか?」

 

イズメイはタイタニックが沈むのが信じられなかった。

 

「鉄で出来ている以上、沈みます‥‥沈むのはもう確実です‥‥」

 

タイタニックには十六の水密区画があり、十五の防水隔壁で仕切られていた。

万が一浸水し、四つの区画が満水になっても船は十分に航海が出来る。

しかし、それを超えると、水の重みで船が沈み、浸水した内部の海水よりも外の海面が高くなるので、水はまるで斜めにした製氷皿の様に隔壁の上を乗り越えてドンドン次の空間を目指して流れ込んでくるのだ。

四区画の浸水が限界なのに対して、今タイタニックの浸水は問題の第五隔壁の後ろ、第五ボイラー室まで六つの区画へ浸水していた。

タイタニックが沈むのはもはや時間の問題だった‥‥

 

「‥‥どのぐらい持つ?」

 

船長はアンドリューズにタイタニックがどのぐらい浮いていられるのかを訊ねる。

 

「一時間半か‥‥一時間かもしれない‥‥」

 

タイタニックはアンドリューズの予想以上‥‥二時間四十分の間、その姿を水面に残した。

衝突から四十分、ようやく命令が下された。

 

「眠っている乗客を起こし、救命胴衣を着けさせろ‥‥それと、救命ボートの準備だ」

 

航海士たちは甲板員と共に救命ボートの準備をする。

そして、機関士たちはボイラーの余分な蒸気を抜く。

煙突からは白い煙が勢いよく出て、ピィー!!と言う音が鳴り響く。

 

その頃、タイタニックに最後の氷山警告を送ったカリフォルニアン号の通信室では、通信士が仕事を終えて寝ようとしていた。

そこへ、別の乗員がやって来た。

 

「おつかれさん」

 

「おつかれ」

 

「どうだい?何か変わったことでもあった?」

 

「タイタニックがレース岬に電報を送っていた」

 

「面白そうだな‥‥聞いてみてもいいかな?」

 

「ああ‥‥モールスの勉強は?」

 

「補習講座を受けているから大丈夫‥‥内容は後でじっくりと教えてやる」

 

「じゃあ、しばらく頼んだぞ」

 

通信士はベッドに横になり、別の乗員はヘッドホンをかぶり、タイタニックからの無線を傍受する。

 

タイタニックでも、無線室に船長が来て、救難信号を送るように命令する。

 

「援助を要請しろ、氷山にぶつかった。これが現在位置だ」

 

「は、はい」

 

「信号の種類は?」

 

「国際救難信号CQD、至急救助を求むだ」

 

「はい、分かりました」

 

船長は通信士のブライトにタイタニックの現在位置を記した紙を渡して無線室を後にする。

 

「船長のあの顔を見て、成金連中はどんな顔をするかな?ニューヨーク到着は一週間遅れるんじゃないか?」

 

「ああ‥‥」

 

フィリップスはモールスキィーを叩いて、救難信号を打ち始める。

この時、フィリップスもブライトも沈没前に救助船が来ると思っており、そこまで悲観的ではなかった。

だからこそ、ブライトは軽口を叩けた。

 

当時、救難信号はCQDと言うコードであったが、打ちやすくわかりやすいSOSが採用され始めたのもこの頃だった。

そして、世界初のSOSを打ったのがタイタニックだとされている。

 

タイタニックからの救難信号は数隻の船にキャッチされたが沈没までの時間に到着できる船は居なかった。

そしてその中にはニューヨーク発、サウサンプトン行きの姉妹船、オリンピック号も居た。

 

 

「ん?電池が切れた‥‥」

 

カリフォルニアン号では無線機の電源が切れた。

 

「今日はもう、充電する元気はない‥‥明日の朝、やる」

 

「そうか、じゃあ、おやすみ」

 

タッチの差でタイタニックの救難信号はカリフォルニアン号には届かなかった。

 

甲板では救命ボートの準備が行われていた。

 

「シートを巻いていけ、足場でキチンと折りたたむんだ!!クシャクシャにはするな!!‥‥お前ら、こんなことも満足に出来んのか!?」

 

ライトラーが手際の悪い甲板員を叱咤する。

 

「だから、練習しておけばよかったんだ!!」

 

「いいか、いくぞ‥‥」

 

見かねたライトラーはお手本と言わんばかりに甲板員と共にボートの準備をする。

この日、本当は救命ボート訓練が行われる予定だったのだが、当日は日曜日で日曜礼拝があり、救命ボート訓練は後日に延期されていた。

 

甲板では、ボートの準備、無線室では救難信号が打たれ、機関室では、明かりと電力確保のため、乗員が紛争している中、濡れ衣を着せられたキャリーは船室に手錠でつながれていた。

 

客室係は寝ていた乗客を起こし、救命胴衣を着せていた。

食堂やロビーでは救命胴衣を着せられた乗客たちは困惑している様子だった。

 

その頃、キューナード社の貨客船、カルパティア号は地中海を目指し大西洋を航行していた。

 

「じゃあ、またあとで‥‥」

 

カルパティア号の通信士、ハロルド・トーマス・コタムは無線室に入り、無線機を作動させ、ヘッドホンをかぶる。

すると、タイタニックの無線を傍受した。

 

「ん?タイタニックだ‥‥『タイタニック、レース岬から電報を受け取ったか?』」

 

コタムはあいさつ代わりにタイタニックへと無線を打つと、

 

「こんな時に、大馬鹿野郎が冗談を言っている‥‥『早く来てくれ‥‥氷山に衝突した‥‥緊急遭難信号だ‥‥船は沈む‥‥船長に伝えろ‥‥あと、一時間しかない‥‥』」

 

フィリップスはカルパティア号にそう打つと、コタムは顔色を変えて、タイタニックの現在位置と現状を急いで紙に書き、船長室へと向かう。

 

この時、フィリップスもブライトも他の船からの無線で沈没前に到着できる船が居ないことを知り、焦っていた。

 

カルパティア号の船長、アーサー・ヘンリー・ロストロは勤務を終えて部屋で休んでいると、カルパティア号の一等航海士のホーラス・ディーンと通信士のコタムが入ってきた。

 

「なんだ?」

 

「タイタニックが氷山と衝突して、一時間後に沈みます」

 

「ディーン、針路変更、北東へ向かえ」

 

「はい」

 

ロストロはタイタニックの救助へと向かうことにした。

 

「情報に間違いはないのか?」

 

コタムにタイタニック沈没は間違いないのかと訊ねる。

 

「間違いありません。氷の海に落ちたら、命は十分と持ちません」

 

「大至急救助に向かうとスミス船長に伝えろ‥‥」

 

ロストロは海図を見てタイタニックの現在位置とカルパティア号の現在位置から現場到着時間を計算する。

 

「全速で走って‥‥現場に到着するのに、四時間はかかる‥‥」

 

カルパティア号もタイタニック沈没まで現場には間に合わなかった。

それでもタイタニック救助のため、現場へと全速で向かった。

 

その頃、タイタニックでは救命ボートの準備が出来、甲板には乗客で溢れていた。

ここで、タイタニックの救命ボートについて、大きな問題があった。

タイタニックの乗船人員は乗船リストのずさんな管理のため、正確な人数は不明だが、2200人以上‥‥用意されていたボートの最大搭載人数は約1200人‥‥1000人はボートに乗れないことになる。

しかし、当時はまだ救命ボートに関する法律が施行されていないため、これで航海が出来た。

設計段階では64隻のボートが搭載されるはずだったのだが、「景観を損なう」 「スペースをより広くする」 などの理由により、40から32隻、最終的には20隻にまで減らされた。

つまり非常時には1000人が海に溺れ出てしまうことが前提になっていた。

しかも定員いっぱいまで乗せたボートは少なく、ほとんどのボートがガラガラの状態でタイタニックを離れてしまった。

それは船員たちの認識不足にあった‥‥

船員たちはクレーンやワイヤーの強度に自信がなかったのだ。

海面から飛び出た状態で定員いっぱいに乗せた場合、クレーンやワイヤー、更にはボート自体が壊れ、中の人を冷たい海に落としてしまうと考えたのだ。

乗員を乗せ、脱出したボートの空席は全部で500席あまり‥‥

つまり、この後、海面に浮いたまま凍死した人たちの内、500人はボートに乗れるはずだった‥‥

 

救命ボートが下ろされていく中、シュテルたちが演じる音楽隊はデッキにて、演奏を行う。

 

「ここで‥‥みんながパニックをおこさないようにね」

 

音楽隊リーダ、ウォレス・ヘンリー・ハートリー役のシュテルが号令をかけ、メンバーたちと共に音楽を奏でる。

甲板は音楽と沢山の人でごった返し、さながら船上パーティーでもしているかのような雰囲気だった。

 

救命ボートは女性、子供優先で下ろされることになった。

ブリジットもボートに乗るように勧められるが、彼女はキャリーを見捨てる訳にはいかず、ボートには乗らず、キャリーを捜しに行こうとする。

そこを婚約者が必死に止めるが、ブリジットは振り切り、人ごみの中へと消えていく。

ブリジットはアンドリューズを捜した。

アンドリューズならば、船内の配置図には詳しく、キャリーがどの部屋に捕まっているのか知っている筈だ。

案の定、アンドリューズはキャリーが捕まった部屋を知っており、ブリジットはキャリーの居る部屋へと急いだ。

そして、手錠でつながれて動けないキャリーをファイヤーアックスを使い、手錠の鎖を切って、甲板を目指す。

 

その頃、ブリッジでは四等航海士のジョセフ・グローヴス・ボックスホールが船らしき光源を見つけ、発光信号を送っていた。

そこへ、船長のスミスがやってくる。

 

「18キロ先に船らしきモノが見えます」

 

「向こうはこちらに気づいたのか?」

 

「いえ、まだです」

 

「やめずに続けろ、『こちら、タイタニック、沈没寸前救助を求む』だ」

 

ボックスホールが引き続き、発光信号を送る。

 

「応答していますか?」

 

「‥‥いや、応答はない‥‥ロケット弾を打ち上げろ」

 

「はい」

 

発光信号の応答がないので、信号弾を打って緊急事態を知らせようとする。

そして、信号弾が打ち上げられると、船長は目を見開いた。

 

「白じゃないか‥‥遭難信号は赤だぞ」

「これしかないんです」

 

「‥‥やめずに打ち続けろ‥‥五、六分間隔で良い」

 

「あと、七発しかありませんが‥‥」

 

「全弾打て!!」

 

「はい」

 

この時、見えた船と言うのがカルフォルニアン号だとされているが、結局カルフォルニアン号が沈没前にタイタニックの救助へ来ることはなかった。

 

無線室では、フィリップスが必死にモールスキィーを叩いていた。

 

「カルパティアから何か言ってきた?」

 

「間に合いそうにないけど、全速で向かっているそうだ。今、新しく考案されたSOSを打ってみているんだ」

 

「へぇ~それを打つのは最初で最後かもな‥情けない眺めだろうなぁ~世界一の豪華客船がおんぼろ船に曳かれて帰るのは‥‥無事に帰れたらだけど‥‥」

 

機関室では浸水している中、機関士たちが必死に光源と電力確保に奔走していた。

 

「浸水が激しすぎて、もう限界です!!」

 

タイタニック機関長のジョセフ・ベルがブリッジに内線をかけ、これ以上の光源・電力確保が難しい事を伝える。

 

「明かりが必要なんだ。無線用の電気もだ‥‥」

 

「‥‥わかりました。挑戦してみます」

 

「頼む、ベストを尽くしてくれ」

 

船長からまだ光源・電力を確保してくれと言われ、ベルは死にかけているエンジンに鞭を打つかの様に光源・電力の確保に努めた。

 

「機関長、また別の発電機が止まりそうです!!」

 

「負担を軽くしろ」

 

「は、はい」

 

「‥‥基本的に必要のないモノは全部切れ!!明かりと無線機の二つを最優先にする!!あとは指示をするまで必要ない!!ベストを尽くせ!!」

 

ベルは残っていた機関士たちを鼓舞した。

 

甲板を目指していたブリジットとキャリーであったが、下層デッキの方は三等船客が上層に上って来れないように柵が下ろされていた。

柵の向こう側に居る乗員は柵を開けようとしない。

他に柵がない場所、上層へ上がる場所がないかを捜すが、どこにもない。

そこで、ブリジットとキャリーは備え付けの椅子を取り外し、柵にたたきつけ、柵を壊して、上層へと上がった。

 

ブリッジでは、航海士たちに拳銃が配られる。

 

「話にならん!!そんなものは金庫に戻せ!!」

 

しかし、イズメイは拳銃など出す必要はないだろうと言う。

 

「乗客を撃てる筈がないだろう」

 

「秩序を守るためでありまして」

 

ライトラーはイズメイに理解してもらおうと説明するが、

 

「議論している時間はありません。もし、暴動でも起きたら、私たちには‥‥防ぎきれない‥‥」

 

マードックは一分一秒を無駄には出来ないと言うことで、航海士たちに拳銃を配る。

パニックで乗客たちが暴動を起こせば、人数的にも乗員は不利だ。

ならば、拳銃と言う武力を使ってでもパニックや暴動は防がなけれなならなかった。

 

「いいか、この船には各界の著名人らが多いんだ‥‥万が一の時は‥‥私は責任はとれない‥‥」

 

イズメイはそう言い残し、ブリッジから去る。

 

「‥‥一等船客は覚悟を決めて撃たなければなりませんね」

 

ライトラーはもし、一等船客に銃を向け、撃つ場合は自らの命もかけなければならないと忠告する。

 

「ライトラー二等航海士‥‥持ちたまえ‥‥君も‥‥」

 

マードックはライトラーにも拳銃を渡し、ライトラーは銃を受け取り、ブリッジを後にした。

 

ボックスホールはあれから信号弾を打ち続けたが最後の信号弾を打った。

しかし、船は来なかった。

 

「最後のロケット弾です‥‥あの船はなんで気づかない!?どこを見ているんだ!?」

 

「誰も居ないのか‥‥幽霊船か‥‥?こちらからは見えているのになんの応答もない、いったい何があったんだ‥‥?‥‥はぁ~‥もういい‥当てにするな‥‥デッキへ行って手伝え」

 

ボックスホールは片づけをして、デッキへと向かった。

 

音楽隊はあれからずっと音楽を奏で続けていたが、

 

「やめよう‥誰も聴いていない」

 

メンバー役のグレニアは誰も自分たちの演奏を聴いていないので、もう止めようと言う。

 

「食堂だって誰も聴いていないよ。弾いていると体が温まる」

 

シュテルは食堂で弾いていても誰も聴いていなかったし、こうして楽器を弾いていると体が温まるとから続けよう言う。

 

「次は天国と地獄」

 

シュテルは次に弾く曲名をメンバーに伝えると、メンバーたちは楽器を構える。

 

「いくよ」

 

~♪~~♪~~~♪

 

音楽隊はたとえ自分たちの演奏している音楽を聴いている者がいなくても音楽を奏で続けた。

 

サロンでは紳士たちがあつまり、お酒(劇中ではノンアル飲料)を飲んでいた。

 

「乾杯」

 

「無事を祈る」

 

「乾杯‥‥」

 

「‥皆さん、全て無料です」

 

バーテンダーが普段なら有料であるところを最後の酒盛りとなるで、酒を無料で提供する。

 

 

無線室ではフィリップスとブライトは逃げることもなく、モールスキィーを打っていた。

そこへ、船長がやってきた。

 

「緊急事態につき、これ以上諸君らを強要させることはできない‥‥職場を放棄してよろしい‥‥無事を祈る」

 

船長はフィリップスとブライトの職務を解いた。

 

三等船室から無事に上甲板へと出たブリジットとキャリーは、この時ほとんどのボートが既にタイタニックから離れていることを知る。

そして、まだボートが残っている船首へと向かう。

そこで、ブリジットは婚約者と鉢合わせをする。

婚約者は自分とキャリーの分の席は確保できたから、先にボートへと乗るように促す。

ブリジットはその言葉を信じ、一度はボートへと乗る。

しかし、タイタニックから降ろされていく中、残っているキャリーの姿を見て、ブリジットはボートから飛び降り、タイタニックへと戻りだした。

 



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46話

 

イギリスのダートマス校で体験入学中に行われている演劇祭‥‥

体験入学者も参加できるイベントで、シュテルは当初、参加するつもりはなかったのだが、ダートマス校の生徒であるカレンとグレニアの頼みで参加する事になった。

ダートマス校高等部一年の演目はタイタニックとなり、シュテルは音楽隊の役をやり、実際にメンバーと共に弦楽器を弾いている。

そんな演劇も今は後半へと突入していた。

氷山とぶつかり、沈没を余儀なくされたタイタニックでは、乗客を避難させるために救命ボートが下ろされている。

しかし、タイタニックに搭載されていた救命ボートの数ではとても全員は脱出できない。

乗客たちも当初は世界一の豪華客船のタイタニックが沈むなんて、信じられず、救命ボートに乗り込む事を拒絶していたが、だんだんと船首から沈没していくと、本当に船が沈没するのではないかと思い始め、徐々にパニックの兆候が見られた。

暴動を防ぐために航海士たちに拳銃が配られる事態にまでなった。

乗客がパニックになりつつある時、タイタニックを所有するホワイト・スター・ライン社の社長であるイズメイは船員の一瞬の隙を突いて、救命ボートへと乗り込み脱出に成功した。

そんな中、ブリジットが演じるヒロインは、救命ボートに乗るが、何を思ったのか、下ろされている中、いきなり、救命ボートから飛び降り、タイタニックへと戻りだした。

それを見て、キャリー演じる主人公はブリジットの下へと向かうと互いに抱き合う。

ブリジットはやはり、キャリーと離れることを嫌がったのだ。

それを見たブリジットの婚約者は護衛の従者から拳銃を奪うと、キャリーを殺そうとする。

婚約者の銃撃から逃げるため、下層へと逃げる。

浸水は等々食堂まで達すると、婚約者はブリジットを諦めた様子で、タイタニックからの脱出を決める。

 

下層へと逃げ込んだブリジットとキャリーはまたもや下を通り、上を目指すことになった。

タイタニックの船首は完全に沈没し、水はブリッジへと迫っていた。

残るボートは第一煙突の根元にあるボートだけとなる。

乗客たちは残っているボートへと群がるが、甲板員が腕を広げ押しとどめ、航海士は拳銃で牽制する。

下層から上に逃げてきたブリジットとキャリーはサロンの暖炉で呆然と立ち尽くす主任設計士のアンドリューズを見つける。

 

「ま、まって!!」

 

「えっ?」

 

「アンドリューズさん‥‥」

 

「ああ、君か‥‥」

 

「‥‥あなたは逃げないの?」

 

「‥‥すまない‥‥私がもっと丈夫な船を作っていればこんなことには‥‥」

 

「逃げよう、もう時間がない」

 

キャリーがブリジットの手を掴み、サロンから出ようとすると、

 

「待って‥‥」

 

アンドリューズは自らの救命胴衣をブリジットに渡す。

 

「幸運を‥‥」

 

「あなたにも‥‥」

 

ブリジットとアンドリューズは最後のハグをした後、キャリーと共にサロンから出ていく。

 

「グッゲンハイムさま、これを‥‥」

 

タイタニックの大階段では、客室係が一等船客のベンジャミン・グッゲンハイムに救命胴衣を渡す。

しかし、グッゲンハイムは、

 

「いらない‥‥私は紳士らしく正装して海へと沈むつもりだ」

 

と、救命胴衣の受け取りを拒否した。

この時、グッゲンハイムは、夜会服を身に纏っており、従者も逃げることなくグッゲンハイムに付き従っていた。

 

シュテルたち音楽隊は眼前でボートの準備が行われている間、『美しく青きドナウ』を弾いていたが、弾き終えると、

 

「‥‥よし、ここまでだ」

 

これ以上弾いても、もう意味はないと判断したシュテルは、演奏を止めた。

 

「さようなら」

 

「幸運を‥‥」

 

「無事を祈る‥‥」

 

「「さようなら」」

 

メンバーと握手やハグをして別れたシュテルはその場から逃げず、再びバイオリンを弾きだす。

讃美歌320番、主よ 御許に近づかん を‥‥

シュテルのバイオリンの音色を聞いたメンバーたちは、このまま船尾に逃げようかと迷いつつもシュテルの下へと戻り、途中からだが、演奏に参加する。

 

船長は最後に乗員に向かって、

 

「みんな、自分のために行動せよ」

 

と言う命令を下し、一人ブリッジへと向かう。

 

「船長、脱出されないのですか?」

 

船員の一人が船長にそう訊ねると、

 

「‥‥ある船会社が新聞社になんどもこう豪語していたよ‥‥『例え神でもこの船を沈めることはできない』‥とね‥‥だから、そう命名されたんだ‥‥ギリシャ神話で敢えて神々に戦いを挑んだ、傲慢なタイタンは‥‥地獄の底に‥‥投げ込まれた‥‥」

 

「‥‥」

 

この言葉を聞いて船長は脱出するつもりはないのだと判断した船員は黙ってブリッジから去っていく。

一人となった船長は懐から写真入れを取り出し、中の写真を見る。

そこには自分の家族が映し出された写真があった。

 

「‥‥許してくれ」

 

それが船長の最後の姿だった。

音楽隊の演奏が続く中、浸水は加速し、とうとうブリッジも海の中へと消える。

 

「急げ!!時間がないぞ!!」

 

海水は用意されていたボートへと迫る。

 

「ロープを切るんだ!!」

 

航海士はもうクレーンで吊るす余裕はないと判断し、ロープを切り、そのまま漂流させながら乗客を乗せた方が良いと判断するが、一度固定されてしまったボートを漂流させるにはロープを切らなければならない。

 

「ナイフを!!誰か!!ナイフを貸してくれ!!」

 

甲板員がロープを切るためのナイフを求める。

完全に恐怖とパニックとなる甲板を見ながら音楽隊はそれを達観したかのような目で見ながら演奏を続け、演奏を終えると、

 

「‥‥諸君と今宵、演奏をできたことを光栄に思う」

 

シュテルはメンバーに感謝の言葉を述べた。

 

ボートに乗れなかった乗員たちは船尾へと逃げる。

それはブリジットとキャリーも例外ではない。

浸水は加速し、船尾が海面から持ち上がり始めた‥‥

 

午前二時十分、タイタニック救助へと向かっているカルパティア号のブリッジでは、

 

「ドクター、重いデッキチェアを用意してください、それに頑丈なベルトを着けて‥極度に興奮した患者を収容するかもしれませんので‥‥」

 

ロストロは船医に救助後の指示を出す。

 

「それと氷と布袋の用意を‥‥貨物室を遺体収容所につかいたい」

 

「わかりました」

 

船医は船長が指示したモノを準備しに行く。

 

「前方に氷山」

 

「‥取り舵10度」

 

「取り舵10度、ヨーソロー!!」

 

「速度は落とすな‥ただし、操船には十分に気をつけろ‥‥タイタニックと同じ運命をたどると悲劇が二重に大きくなるからな」

 

「止まった方が安全なのでは?」

 

「現状では止まる余裕などない‥‥暖房と温水の供給を止めろ!!少しでも速度が出るようにすべての蒸気をエンジンに投入しろ!!」

 

「わかりました」

 

ロストロは一分一秒でも早く遭難現場に着くように蒸気をエンジンにまわした。

これによりカルパティア号の速力は14ノットから17.5ノットに上げ、遭難現場へと向かった。

 

北大西洋に沈んでいくタイタニック。

機関室では、明かりを保とうとしていたが、とうとうそれも終わりの時が来て、タイタニックの明かりが突如消える。

タイタニックは船尾を大きく持ち上げ、その高さは60メートルにも及んだ。

やがて船体は自らの重みで第三煙突と第四煙突の間から、真っ二つにへし折れ、船尾の部分は強く海面にたたきつけられた。

この時の衝撃とタイタニック船体に押しつぶされて絶命した者も居た。

また折れた50トンの煙突の下敷きとなり、落命する者も居た。

そして、再び船尾が持ち上がり、沈んでいく。

身も凍る断末魔の叫びと共にタイタニックのすべてが海へと沈んだ。

 

1912年4月15日、午前二時二十分‥‥タイタニック号沈没

 

海に流された人たちはしばらくの間は海面で生きていたのだが、やがて、冷たい海水で体温を奪われ次々と凍死していく。

キャリーはブリジットを海面に浮いていた壁の一部に乗せた。

ブリジットはそのおかげで一命を取り留めたが、キャリーはそのまま冷たい海の底へ沈んだ‥‥

 

氷点下の海に浮かぶ千人以上の人を救うため、わずか一隻のボートが五等航海士、ハロルド・ゴッドフリー・ロウの指揮の下、遭難現場へと戻ってきた。

そして、ブリジットはそのボートにより救助された。

 

午前四時、カルパティア号がタイタニックの救命ボートを発見し、救助を始めた。

 

「‥‥しかし‥いったい何があったのでしょう?」

 

ディーン一等航海士がロストロに訊ねる。

 

「考えたくないな‥‥E・J・スミスはヨーロッパ一の船長だった」

 

「‥‥きっと、海が怒ったのでしょう‥‥この極寒の海で何分耐えられるでしょうか?」

 

「もたんな‥‥数分で命は燃え尽きる」

 

「苦しまずに‥‥ってやつですか?」

 

「‥‥死は苦しみを伴うものだ‥‥本船はニューヨークへと向かう」

 

カルパティア号は行き先をニューヨークへと変えた。

 

ブリジットの婚約者も命からがらタイタニックから脱出しカルパティア号に救助されていた。

婚約者はもしかしたら、ブリジットも生きているのではないかと思い、船内を捜したが、ブリジットは婚約者の前にも母親の前にも姿を見せることはなかった。

やがて、カルパティア号は生存者を乗せ、ニューヨークへと到着する。

ブリジットはそのまま、一人で生きていくことを決め、港を後にした‥‥

タイタニックの遭難事故は後世に多くの教訓を残したが、そこには確かに2200人以上の人間ドラマも存在していた。

 

演目が終わり、出演者全員が舞台に立ち、観客らに一礼すると会場は拍手に包まれた。

 

「ふぅ~‥‥やっと終わった‥‥」

 

演目が終わり、舞台袖に降りると、シュテルは蝶ネクタイを外し、Yシャツの第一ボタンを外す。

 

(それにしてもこの劇場の規模も驚いたが、舞台装置にも手が込んでいるな‥‥)

 

改めてこのダートマス校の規模に驚かされるシュテルだった。

その後、高等部の二年生と三年生の演目も終わり、演劇祭は無事に終了した。

翌日の地元紙にはこのダートマス校の演劇祭の事が書かれていた。

 

(やっぱり、地元の話題として、かなり大きく書かれているな‥‥)

 

朝食の席で、エッグベネディクトを前にシュテルは地元紙を見て演劇祭の余韻に浸っていた。

昨夜の打ち上げも盛大なものだった。

前世の自分ならば、参加しなかっただろうが、演劇祭の練習をグレニアやカレンたちと一緒にやって、とても楽しかった。

これも前世と異なる人間関係と船と言う共同生活での経験からの賜物だったのだろう。

 

(ホント、前世では考えられない環境だな‥‥)

 

地元紙を折りたたんで、紅茶を一口飲むと、

 

「ねぇ、皆さん演劇祭も終わり、体験入学も間もなく終わります。そこで、羽を伸ばす一環として、今度の休日に湖へ遊びに行きませんか?」

 

ブリジットが今度の休日に湖へとバカンスに行こうと提案する。

 

「いいですね!!」

 

「行きましょう!!」

 

「水遊び‥‥楽しそうです」

 

周りの生徒もそれに賛成の様子。

 

「当然、シュテルンも行きますよね?」

 

「行くだろう?なっ?」

 

カレンとグレニアがシュテルを誘う。

シュテルとしてはこの流れとなると、もう回避は出来ない。

 

「わ、分かった‥‥」

 

諦めてシュテルは湖へのバカンスに参加することにした。

 

それからやってきた休日‥‥

その日は晴れて、外出日和となった。

目的地の湖は森の奥にあった。

そこは緑が青々と茂り、夏の陽射しが光線の様に降り注いでいるのは変わりないが、湖畔は見た感じ、浅瀬になっており、泳ぐには絶好の場所だ。

そして、小さな桟橋にはボートも繋がれていた。

シュテルは傍の木の木陰に入り、額に浮かんだ汗を拭う。

木陰に入ると、ひんやりとした空気が首筋を撫でホッと安堵の息を漏らす。

シュテルが一息ついていると、

 

「あれ?シュテルンは着替えないデスカ?」

 

と、これをかけられ振り向くと、

 

「ん?」

 

そこには水着姿のカレンが居た。

 

(いつの間に着替えたんだ?)

 

カレンの早業に驚いていたが、周囲を見ると、チェンバレン姉妹、グレニア、セラス、ドロシー、ブリジット、キャリーらも着替え終わっていた。

 

(あれ?そんな長時間、ここで涼んでいたか?)

 

(それにしても‥‥)

 

シュテルは水着姿のメンバーを見ると‥‥

 

(あの辺のメンバーを見ると落ち着くな‥‥)

 

セラスやドロシー‥‥一部を除くと平均やそれ以下のつつましい胸をしている。

 

(‥‥由比ヶ浜はともかく、少なくとも、今の俺は、雪ノ下以上はあるよな‥‥?)

 

シュテルは自分の胸を見て、雪ノ下以上の大きさはあると思っていた。

 

「あっ、ああ‥‥そうだね‥‥」

 

「ん?どうかしたデスカ?シュテル」

 

「えっ?ああ、うん‥‥自分の将来に‥‥ちょっとね‥‥」

 

「ん?シュテルはブルーマーメイドにならないんですか?」

 

「あっ、いや、そうじゃなくて‥‥女は十四歳くらいで成長が止まるっていうけど、あれは上背だけかな‥‥?って思って‥‥」

 

「?」

 

カレンはシュテルの言葉の意味が分からない様子で、首をかしげる。

 

「どうしたの?」

 

そこへ、ブリジットがやって来た。

 

「あっ、シュテルン、なにか将来に関わる悩みがあるそうです」

 

「そうなの?」

 

「えっ?ええ‥まぁ‥‥」

 

「そう‥‥将来の事に思いを馳せるのは素晴らしいことだけど、気にしすぎるのもあまりお勧めできませんね。何事も中庸がベストよ」

 

(いや、私以下の大きさの一人言われてもねぇ‥‥)

 

「それで、シュテルは着替えねぇのか?」

 

いつまでも着替えないシュテルにグレニアが着替えないのかを訊ねる。

 

「えっ?うん‥‥まぁ‥‥別に泳ぐつもりはないし‥‥」

 

「そうか‥‥」

 

シュテルの水着姿を見ることが出来ず、カレンとグレニアはなんかがっかりしている様子だった。

 

それから、各々は水遊びを楽しむ。

シュテルはと言うと‥‥

 

「ナマズ、ドジョウ、ネッシーさ~ん」

 

足先を湖に浸からせながら釣り糸を垂らしていた。

 

「ここはネス湖ではないので、ネッシーは居ませんよ」

 

隣でシュテル同様、釣り糸を垂らしているブリジットがさりげなくツッコミを入れてくる。

 

「まぁ、モノの例えだから」

 

シュテルだって、ここがネス湖ではないのだから、ネッシーが居ないことぐらいは判断がつく。

そもそも、ネス湖にだって、ネッシーがいるかどうか分からない。

 

「ん?そう言えば、いつも一緒に居る付き人さんはどうしたの?」

 

シュテルは普段、行動を共にしているキャリーの姿が見えないことに違和感を覚え、ブリジットに彼女の行方を訊ねる。

 

「キャビアちゃんでしたら、チェンバレン姉妹におしつ‥‥彼女たちと行動を共にしていますわ。たまの休みの日ぐらい、のびのびと羽を伸ばしてもらいたいと思って‥‥」

 

(今、押し付けたと言いかけたぞ、この主様は‥‥)

 

ブリジットが洩らした言葉にちょっと引くシュテルだった。

 

 

そして、釣り糸を垂らしてからしばらくして‥‥

 

「来ませんね、魚‥‥」

 

「この湖、魚居ないのかな?」

 

釣り糸を湖から引き揚げてみるが、やはり魚は居なかった。

 

「そう言えばルアーって、なんで魚が釣れるのでしょう?」

 

「うーん‥‥魚にとってはおいしそうに見えるのかも‥‥匂いがついているルアーもあるらしいし‥‥」

 

「‥‥キャビアちゃんが昔、いい匂いがする消しゴムをかじっていたのと同じですね」

 

「お宅のメイド、大丈夫か!?」

 

「小さい頃の出来事ですから」

 

キャリーの黒歴史?を図らずも知ったシュテルだった。

釣り糸を垂らしてからしばらくして、

 

「ねぇ、イカリさん」

 

「ん?」

 

「提案があるのですけど‥‥」

 

「なに?」

 

「ボート遊びをしましょう」

 

「えっ?」

 

ブリジットから突然、ボートに一緒に乗ろうと提案された。

 

「えっ?それって私も‥‥?」

 

シュテルは自分がブリジットと二人でボートに乗るのかを問う。

 

「ええ、そうですよ」

 

「‥‥」

 

なんか妙な流れではあるが、シュテルはブリジットとボートに乗ることになった。

湖の半ばまで行くと、シュテルとブリジットはボートの上に横になり、水音を聴きながら空を見上げ、時折吹く風を体に感じる。

 

「でも、なんで突然ボート遊び何てしたいと思ったの?」

 

シュテルはブリジットに何故ボート遊びをしたかったのかと訊ねると、

 

「この湖を‥‥深い色の湖面を見て思い出したことがあるの‥‥スティー○ンキン○の映画‥‥」

 

「それって、もしかしてクリー○ショー2の“殺人いかだ”じゃないの?それ‥‥こういうタイミングでそんな物騒なモノを思い出さないでよ‥‥それで、今日は羽を伸ばせた?」

 

「ええ、それなりにね」

 

ブリジットの表情はリラックスしている表情をしており、空を見ていた。

天空には突き抜ける青空と時折流れる浮雲。

遠くから聞こえる鳥のさえずり‥‥

ボートが揺れる微かな軋みと水音‥‥

こうしてボートの上で横になり、目を閉じていると、自然と一体になった気分でとても心地よい。

 

(もうすぐ体験入学も終わりか‥‥)

 

シュテルはまもなく、体験入学が終わることを確認する。

それはグレニアやカレンたちとの別れを意味していた。

しかし、これは決して今生の別れではない。

たとえ住む国は異なっても海は続いている。

海に居れば、必ずまたどこかで再会できる。

そう確信していた。

 

体験入学最終日の前日の夜‥‥

講堂では、体験入学者たちを労うパーティーが行われた。

シュテル同様、今回の体験入学でダートマス校の生徒と仲良くなった者たちは別れを惜しんでいる姿が見られた。

シュテルもグレニアとカレンから、別れを惜しまれていたし、シュテル自身も彼女たちの別れを惜しんでいた。

 

「九条さんには今回の体験入学の件にはとても感謝しています‥‥こうして世界トップレベルの教育を受け、みんなとも出会え、友情を得ることが出来た‥‥それはまさに奇跡だと思っているよ」

 

「私もデース!!」

 

「わ、私もな‥‥」

 

(ホント、いろんなことがあった夏休みだったけど、それを差し引いても、この出会い‥‥出来事は楽しかったな‥‥)

 

翌日、体験入学者たちは、修了証明書を受け取り、各々の国、街へと帰って行った。

 



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47話

波乱に満ちた夏休みが終わり、キール校では二学期が始まる。

 

「夏休みどうだった?」

 

「どこかに行った?」

 

「宿題大変だったよね?」

 

休み明け、久しぶりに会う級友たちは互いに夏休みでの出来事を聞いている。

 

「あっ、シュテルン!!」

 

「ん?ああ、ユーリか」

 

後ろから声をかけられたシュテルが振り向くと、そこにはユーリが片手をあげて駆け寄ってきた。

 

「夏休み中、イギリスのダートマスに行っていたみたいだけど、どうだった?」

 

「イギリスか‥‥」

 

シュテルはイギリスであったあの一夏の出来事に思いを馳せる。

世界でもトップレベルを誇るだけあって、その教育内容もレベルも高かった。

勉強以外にもイギリスのダートマスを目指す途中、ドーバー海峡で海賊に襲われるし、たどり着いたダートマスの街では連続殺人事件が起きており、その事件に巻き込まれる。

そして、向こうの学校で行われた演劇祭に参加した。

その他にも向こうで知り合ったみんなと共に湖にも行った。

どれもこれも印象に残る思い出だった。

 

「うん、大変だったよ‥‥いろいろね‥‥」

 

「せっかくの休みなのに、なんでわざわざ、外国へ勉強なんてしに行ったの?」

 

「短期間とはいえ、世界でもトップレベルの海洋学校の教育を受けることのできるチャンス何て滅多にないんだよ。せっかくのチャンスをむざむざと不意にするのはもったいないじゃない」

 

「そう思うのはシュテルンぐらいじゃない?」

 

「そうかな‥‥?それで、ユーリの方はどうだった?」

 

「私か‥‥うん、私もいろいろと大変だったよ‥‥」

 

シュテルほどではないが、ユーリも地方の田舎町で司法の腐敗ともいえる事件に巻き込まれた。

互いにまだ高校生になったばかりなのに、某バーロ探偵か某有名な名探偵の孫並みの事件の遭遇率だった。

 

キール校では、前世の総武高校と同様、二学期には文化祭がある。

その日の朝のHRにて、今年の文化祭の実行委員を決めることになった。

 

(文化祭に実行委員会ね‥‥)

 

シュテルにとって高校の文化祭なんて正直に言っていい思い出なんかない。

高校一年生の時は、入学式で由比ヶ浜の愛犬を助けたことが原因で、高校デビューが遅れ、ボッチとなり、友人もできず、クラスでも影が薄い存在として扱われたため、実行委員会になることもなく、文化祭も体育祭も平穏と言えば妙な例えになるが、波風なく、平凡に終わった。

しかし、高校二年に進級した時、現国の課題で、平塚先生に目をつけられ、奉仕部なんて訳の分からない非公認の部活に強制的に入れられてから、高校生活が大きく変化した。

前世では最後の文化祭でも、やはり平塚先生に目をつけられていた為、強制的に文化祭の実行委員会をやらされた。

奉仕部の部長である雪ノ下も自分同様、あの時は文化祭の実行委員になっていた。

そして、初めての会議で実行委員長を決める際、最初は誰もやりたがらなかった。

文化祭の実行委員長なんて、響きの良い役職名であるが、その実態は責任が伴う雑用係の総大将であった。

万が一の時の失敗は全て委員長に降りかかる。

そんな中、八幡と同じクラスの相模南と言う生徒が実行委員長に立候補した。

その日の放課後、奉仕部メンバーの内、二人が文化祭の実行委員なので、文化祭中は部活の活動を休止しようとした時、件の相模が文化祭のサポートを依頼してきた。

 

(自信がないなら、最初から立候補なんてするなよ‥‥)

 

相模の依頼を聞いて八幡はこの時、そう思った。

さらに彼は違和感を覚える。

 

相模は何故、初日にいきなり頼ってきた。

 

なぜ自分一人で少しでもいい、挑戦しない?

 

しかも彼女の依頼の内容から、自らの成長をなすために委員長に立候補した。

 

文化祭まではしばらく時間があるので、数日は自分の力量を見るため、様子見できる筈だ。

 

それになぜ奉仕部に依頼をしてきた?

 

八幡や雪ノ下と異なり、相模には親しい友人がたくさんいる。

 

それは実行委員会のメンバーの中にも居り、親しそうに喋っているのを確認した。

 

平塚先生だってこの委員に関わりがあるし、頼るなら生徒会長の城廻先輩だっているし何も問題はない筈だ。

 

これでは、最初から自分では失敗するので、その責任の肩代わりをしてくれと言っているようなものだ。

 

そして、付け加えるのであれば教師や生徒会長にバレたらまずそうなので、同じ実行委員の人にその責任を押し付けようとしているみたいに見えた。

 

最も、奉仕部の最初の依頼‥‥由比ヶ浜からの依頼‥‥お礼を言いたい人が居り、その人にクッキーを渡したいので、クッキー作りを手伝ってくれと言ってきたが、この時も由比ヶ浜は一度でもクッキーを試しに作ることなく、いきなり奉仕部にやって来た。

自立を促すといいつつ、雪ノ下も八幡もこの時は確認を怠っていた。

 

すると、相模の依頼を雪ノ下個人で受けると言って、相模からの依頼を受けた。

翌日の放課後から学校は文化祭の準備期間となった。

実行委員たちは会議室に集まり書類仕事を行う。

しかし、実行委員長の相模の手腕は正直に言って、凡人‥‥

実行委員会は副委員長の雪ノ下が事実上指揮をしていた。

雪ノ下はこの時、サポートの意味も相模の依頼のことも完全に欠如していた。

自分が目立たないことに相模はこの時、不満感を抱いていた。

そんな時、雪ノ下の姉、雪ノ下陽乃が総武高校のOG・OBで構成されるオーケストラ団の有志の申し込みにやってきた。

そして、相模は陽乃の言葉巧みな誘導に乗せられ文化祭準備を投げ出した。

相模に呼応して、実行委員の半数以上がサボり始めた。

雪ノ下は遅れている委員会の仕事を一人でカバーしていたが、そんなことが可能なはずもなく、過労で倒れる。

このままでは文化祭は中止になることは明らかであった。

しかし、相模たちサボっている文化祭の実行委員のメンバーはサボっているので、現状を理解していなかった。

もっと前に教師や生徒会に通報してサボっていた委員を呼び寄せる方法もあったはずだったが、誰もそれをしなかった。

そこは八幡自身にも落ち度はあった。

そして、文化祭のスローガンを決める際、八幡が自らを悪役になることで、サボっていた実行委員たちに仕事が遅れている事、

このままでは文化祭が中止になる恐れを自覚したが、八幡の悪意は消えはしなかった。

後半からの追い返しでなんとか文化祭を開くことが出来た。

だが、最終日のエンディングセレモニーにて、相模の奴が集計結果を持ち出し失踪した。

雪ノ下たちは八幡に相模の捜索をさせて、自分たちは舞台で時間稼ぎのライブを行った。

ただ常識的に考えて、八幡が時間内に相模を見つけても彼女が八幡の説得をおとなしく聞くとは思えない。

その為、彼はまたもや悪役となり、相模に暴言を吐いて無理やり連れ帰った。

文化祭後、学校には彼の悪意ある噂話が駆け巡ることとなってしまった。

しかし、本来ならば相模を捜しに行く役目は八幡ではなく、雪ノ下であった。

なにしろ、彼女の依頼を引き受けたのは他ならぬ雪ノ下だった。

しかも、奉仕部としてではなく、雪ノ下個人として‥‥

雪ノ下は副委員長だったから、あの場を離れる訳にはいかなかったと思うかもしれない。

だが、あの場には生徒会長の城廻も居た。

ならば、生徒会長である彼女に任せて雪ノ下も探しに行くべきだった筈だ。

それを意見しなかった八幡自身も恐らく、雪ノ下に何を言っても無駄だろうと言う諦めがあったのかもしれない。

それでも、あの文化祭の依頼と雪ノ下の行動はまさに奉仕部の理念に反していた。

 

奉仕部の理念は、

 

『飢えた人に魚を与えずその取り方を教える』

 

筈だったが、雪ノ下の行動は相模から仕事を奪う形となり、それはまさに本来相模が請け負う仕事を肩代わりしていた。

あの文化祭の行動は奉仕部の理念に当てはめると、

 

『飢えた人のために魚を取り、調理して、食べさせてあげた』

 

である。

勿論このことは八幡が自殺するきっかけとなった修学旅行の件も同様の事が言える。

しかも、魚をとり、調理して食べさせたのは全て八幡であり、雪ノ下と由比ヶ浜は依頼人からただオーダーを取っただけに過ぎず、魚の取り方も教えていなければ、その魚を調理することも、食べさせることもしていない。

雪ノ下と由比ヶ浜の二人は依頼人からオーダーをとり、八幡が魚を釣り、調理し、食べさせている所さえも見ていない。

 

そうした経緯があると、やはり文化祭にはいい思い出なんてなかった。

 

ミーナ教官はシュテルに実行委員になってみないかと勧めた。

勧めた理由は勿論、シュテルが高等部一年生の首席だからだ。

そして、前世の平塚先生と異なり、強制的ではなく、ちゃんと拒否権を用意していた。

シュテルはそこで考えた。

ちゃんと拒否権があるので、『やりたくない』と言えば、やらなくて済む。

しかし、前世の事を引きづっていては前に進めない。

クリスはややハラハラしながら、シュテルの事を見ていた。

彼女はある事情から、シュテルの事情を知っているからだ。

 

「うーん‥‥わかりました‥‥やってみます‥‥」

 

シュテルはこれも前世と決別するためであり、こうして自分を必要としてくれるのだから、その期待に応えたいと言う思いから、実行委員になることにした。

HRが終わり、クリスがシュテルに声をかけてきた。

 

「大丈夫なの?シュテルン。文化祭の実行委員なんてやって‥‥」

 

「う~ん‥‥まぁ、なんとかなるでしょう」

 

口ではそう言うが、不安は隠せないシュテルだった。

そして、放課後、早速実行委員の会議が行われる。

ダートマス校の演劇祭の同様で前世の総武高校生とは異なり、皆真面目に実行委員の仕事に取り組んだ。

勿論、前世の相模の様にアホな提案をする者も居なければ、陽乃の様に文化祭をかき乱すような存在も居なかった。

あの演劇祭でのダートマス校の実行委員とこのキール校の実行委員の仕事を見る限り、総武高校の実行委員たちが異常だったのだ。

 

(あんな、異常な連中がいる学校がよく進学校だなんて言えたよな‥‥)

 

仕事をこなしつつも、前世での総武高校の存在に今になって疑問に感じた。

確かに雪ノ下は学力に関して、問題はなかった。

むしろ優秀だった。

しかし、人間性には自分が言うのもなんであるが、かなりの問題があった。

それに由比ヶ浜‥‥

彼女の学力でよく、進学校とされる総武高校に入れたものだ。

それに進級もしている。

 

(あいつ、裏口入学をして、進級に関しても学校に裏金でも渡して進級したんじゃ‥‥)

 

半年と言う短い期間であったが、由比ヶ浜の学力にも疑問を感じた。

彼女の裏口入学を考えたが、雪ノ下の実家と異なり、由比ヶ浜の家は一般家庭なので、裏口入学や裏金をするためのお金を用意できるとは思えない。

かといって、テストの時だけ、由比ヶ浜の学力が上がるとは思えない。

となると、進学校と謳っている総武高校自体が実際は進学校ではなかったのではないか?

それとも自分が在学していたあの学年だけがこれまでの総武校の歴史の中で最低レベルの学力者だったのか?

 

(まぁ、今となっちゃあ、どうでもいいか‥‥)

 

自分はもう総武高校の学生でもなければ、比企谷八幡でもない。

しかし、こうして自分に言い聞かせていないと、前世と同じ様な仕事をしていると、嫌でも思い出してしまう。

クラスの出し物に出ることが出来ないのが、残念ではあるが、実行委員は文化祭を開けるために行う縁の下の力持ちだ。

あの時の総武高校の文化祭の実行委員たちもそれを理解してくれていたら、相模が提案したあのアホな提案に乗ってサボることはなかっただろう。

それから迎えた文化祭当日‥‥

シュテルは実行委員として、校内を巡回している。

その際、シュテルは自分のクラスを見てみる。

シュテルのクラスでは、軍艦と飛行船のプラモデルやジオラマを展示しており、来客に説明を行っている。

 

「あっ、シュテルン、実行委員の仕事?」

 

受付に居たクリスが声をかけてきた。

 

「うん。そう‥‥何か問題とかない?」

 

「今のところは大丈夫だよ」

 

「そう、ならよかった」

 

此処は問題なさそうなので、シュテルが次の現場に行こうとした時、

 

「へーい!!シュテルン!!」

 

「えっ?むぐっ!!」

 

シュテルは突然誰かに抱き着かれた。

その抱き着いた人物は‥‥

 

「か、カレン!?」

 

交換留学、そして、夏休みでの体験入学で知り合ったダートマス校の生徒、九条カレンだった。

 

「あーっ!!カレン!!テメェ!!シュテルになにしてんだ!?」

 

カレンが来ているのだから、当然他のダートマス校のメンバーも来ていた。

そして、シュテルに抱き着いているカレンの姿を見て、声をあげているのは‥‥

 

「残念だったネ、グレニア。シュテルンは私がゲットしたネ!!」

 

グレニアだった。

 

「カレンもグレニアも久しぶり!!元気だった!?」

 

夏休みが終わってから、メールや電話をするがやはり、こうして実際に会うのは嬉しさを伴う。

 

「元気デース!!」

 

「お、おう‥シュテルも元気だったか?」

 

「うん。元気だったよ」

 

シュテル、カレン、グレニアがこうして和気藹々としていると、

 

「グレニア、ちょっと、待ってよ~」

 

そこに遅れて、黒髪にグレニア、カレンと同じくダートマス校の制服を纏ったもう一人の生徒がやって来た。

 

「あっ、わりぃ、マリア‥‥」

 

グレニアの口調から、この生徒とグレニアは知り合いみたいだ。

 

「ちょうどいいから、シュテル。紹介するぜ、あたしの親友のマリアだ」

 

グレニアは遅れてきた黒髪の生徒をシュテルに紹介する。

 

「あっ、はじめまして、ダートマス校から来ました。マリア・K・グレンヴィルです」

 

「どうも、はじめまして、キール校のシュテル・H(八幡)・ラングレー・碇です」

 

シュテルとマリアは互いに自己紹介をする。

なお、この時、シュテルの身体にはカレンがくっついたままで、背後の受付席にはクリスがジッと彼女たちの事を見ていた。

 

「グレニアの友達‥‥って‥あれ?この前の体験入学の時‥‥」

 

シュテルはマリアが居なかったことを確認する。

もし、あの体験入学の際、居たのであれば気づくはずだ。

 

「ああ、ダートマス校が体験入学をしている時、私はアメリカに交換留学をしていたのよ」

 

と、ダートマス校が体験入学をしていた際、マリアはイギリスに不在だったことをシュテルに伝えた。

 

「そうだったんだ‥‥」

 

「夏休みでは、グレニアがお世話になったみたいで‥‥それに彼女がピンチの時にも助けていただいたみたいで‥‥どうもありがとうございました。貴女のおかげで、親友を失う最悪の事態を避けることが出来ました」

 

マリアは深々と頭を下げ、シュテルに礼を言う。

 

「い、いえ‥私がもっと早く気づいていれば、あのようなことは‥‥」

 

「それでも、貴女がグレニアを助けてくれたことには変わりませんから」

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

シュテルがダートマス校のメンバーと話していると、背後から二つの視線を感じた。

振り返ってみると、ユーリも居た。

シュテルがマリアたちにクリスとユーリを紹介しようとした時、

 

「おい、カレン!!いつまでシュテルに抱き着いているつもりだ!?いいかげん離れろ!!」

 

「グレニア、女の嫉妬はみっともないですよ」

 

グレニアがシュテルに抱き着いているカレンを引きはがそうとすると、彼女はドヤ顔で言うと、それは火に油を注ぐ形となり、

 

「だったら奪うまでだ!!イギリス人はなぁ!!恋愛と戦争じゃあ手段を選ばないんだよ!!」

 

そう言って、シュテルに抱き着く。

 

「グレニアがここまで懐くなんて、碇さんってすごいんだね」

 

マリアがあの短期間の体験入学でグレニアとここまで信頼関係を気づいたのは、自分とブリジット、キャリーぐらいなものだったので、シュテルの人を惹きつける魅力に感心した。

カレンとグレニアがシュテルを取り合っていると、彼女たちも背後から感じる視線に気づき、後ろを振り向く。

そこには自分たちをまるで睨みつけるかのようにジッと見ているキール校の生徒が二人いた。

その二人とはヴィルヘルムスハーフェン校との親善試合の際、出会っているが、カレンもグレニアもシュテルの方が印象強く残っていたので、あの二人が誰なのかよくわからない。

 

「あっ、みんなに紹介するよ。ウチの艦の副長と砲雷長の‥‥」

 

「クリス・フォン・エブナーです」

 

「ユーリ・エーベルバッハ‥‥」

 

「どうも、九条カレン、デース!!」

 

「‥グレニア・リオン」

 

「マリア・K・グレンヴィルです」

 

互いに自己紹介をするダートマス校のメンバーとキール校のユーリとクリスであるが、マリアを除くメンバーの間にはなんか火花が飛び散っているようにも見えた。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

ユーリの死んだような目とグレニアの狂犬じみた目が合い、目線だけで激しい攻防が起きているようにも見える。

身長差から、ユーリがグレニアを見下し、グレニアが見上げる形になっているが、グレニアは一歩も引かず、ユーリから目線を逸らさない。

 

「ちょっと、ユーリもグレニアもどうしたの?周りの空気が変だよ」

 

シュテルがユーリとグレニアの仲裁に入り、この場は何とか収まった。

 

「でも、わざわざイギリスのダートマスから来てくれてありがとう」

 

「いえいえ、これを機にダートマス校とキール校の交流が進んでくれればと思っていますから」

 

マリアはダートマス校とキール校の交流が今後盛んになってもらえたら、幸いであると言う。

 

「そうですね。私もそう思っています」

 

夏休みの体験入学を経験して、ダートマス校の素晴らしい教育を後輩たちにもぜひ体験してもらいたいので、ダートマス校と交流できれば、夏休みの体験入学者を増やすことが出来、優秀な海運、ブルーマーメイドの人材を育成することが出来る。

 

「そう言えば、グレニアたちは三人で来たの?ヴィクトリアさんやシンクレアさん、キャビアちゃんも来ているの?」

 

「はい。今、この学校の校長先生に親書を渡しに行っています。ヴィクトリアさんは今、お手洗いに行っています」

 

ブリジットとキャリーもどうやら来ており、今は校長室に居るみたいだ。

 

「あっ、碇さん!!ちょっと、来て!!」

 

「あっはい!!」

 

シュテルは別の実行委員の人に呼ばれる。

 

「ごめん、仕事が入ったみたい」

 

「シュテルン、実行委員なんですか?」

 

「うん」

 

仕事で呼ばれては仕方ないと判断したカレンもグレニアもシュテルから離れる。

 

「それじゃあ、文化祭、楽しんでね。あっ、三年生の先輩が、学生艦のシャルンホルスト一隻を使ってお化け屋敷をしているみたいだから、行ってみるといいよ。評判じゃあ、なんかすごいみたいだから」

 

そう言って、シュテルは仕事へ向かった。

 

本音を言うと、カレンもグレニアもシュテルと一緒に文化祭を回りたかったが、シュテルは実行委員の仕事で大変そうなので、無理は言えない。

それに今後、キール校とダートマス校の交流が盛んになれば、出会う機会も増えるだろう。

 

その後、ブリジット、キャリー、セラスと合流したダートマス校のメンバーはキール校を回り、展示品や露店を見て回る。

そして、シュテルが進めた高等部三年生たちの出し物である学生艦、シャルンホルストで行われているお化け屋敷へとやってきた。

お化け屋敷と聞いて、グレニアとキャリーは顔色が悪かった。

しかし、他の面子は入る気満々であった。

 

シャルンホルスト‥‥全長235.4m、全幅30m、最大速力31.65ノットのドイツが誇る高速巡洋戦艦。

この艦は通商破壊を目的とする艦として作られたため、武装に関しては主砲を54.5口径三連装28.3cmとやや威力に劣るが、それでも軽巡洋艦、駆逐艦には脅威となる相手だ。

船体は純白で塗られ、ドイツ伝統のシャープなシルエットをしている。

姉妹艦にはグナイゼナウがある。

前世(史実)では、ノール岬にてイギリス艦隊を相手に奮戦し撃沈された過去を持つが、第二次世界大戦が起きていないこの後世では、沈没せずこうしてキール校の学生艦として使用されている。

しかし、このシャルンホルストはなにかといわくつきがある艦だった。

建造中に船体がいきなり横転して、作業員六十人が死亡し、百十人が負傷した。

その他にもボイラーが爆発したり、艦長候補が心臓発作で死亡など、不幸が続いている。

そして、何より奇妙なのが、シャルンホルストの洗礼親となった少女が不思議な文字を残して手首を切り、突如自殺してしまうという事件が起きた。

ヨーロッパでは、船が誕生した際、抽選により選ばれた少女が洗礼親となって祝福の言葉を述べ、航海の安全を祈るという儀式があるのですが、その少女が自殺してしまったのだ。

しかも、残された遺書らしきものには、難解な古代語らしき文字で「私は魅せられた」「護りなさい」といった内容が書かれていたという。

学生艦として使用される前、縁起が悪いと言うことで、バチカンの神父をわざわざ呼んでお祓いをしてもらったぐらいの過去を持つシャルンホルスト‥‥

そのシャルンホルストにて、お化け屋敷をしているのだから、雰囲気はかなりある。

シャルンホルストの前にはそれらいわくつきの内容を説明するボードもあり、並んでいる人も多かった。

ダートマス校のメンバーは列に並び、順番を待った。

 



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48話

今回はダートマス校のメンバーの視点です。


 

ドイツのキール校で行われた文化祭‥‥

前世の出来事もあったが、シュテルはそれを振り切るかの様に、文化祭の実行委員となり、当日は会場を巡回する。

そんな中、夏休みにイギリスのダートマスで体験入学をしたダートマス校のメンバーが文化祭を見に来てくれた。

見に来てくれたグレニアとカレンは本音を言えば、シュテルと文化祭を見て回りたかったが、シュテルは実行委員の仕事があるので、仕方なく、ダートマス校のメンバーでキール校の文化祭を見て回った。

そんなキール校の文化祭でシュテルは高等部三年生が開催している学生艦、シャルンホルストでやっているお化け屋敷を勧めてきた。

ホラーが苦手なキャリーとグレニアは出来れば行きたくはなかったが、シュテルの勧めと言うことでグレニアはやむを得ず、キャリーは主であるブリジットが行く気満々だったので、断るに断れない状況となっていた。

もっとも、ブリジットは怯えるキャリーの姿を見たいと言う願望が含まれていた。

 

お化け屋敷の会場である学生艦、シャルンホルストが係留されている港湾区画へと向かうと、そこには沢山のドイツ艦が係留されており、来場者に一般公開を行うと共に、各艦の炊事委員が競って各々の料理を振舞っていたりもしていた。

そんな中でシャルンホルストのタラップには行列が出来ていた。

学生艦一隻をまるまるお化け屋敷‥‥いや、この場合は幽霊船と言った方が正しいかもしれない。

学生艦一隻をまるまる幽霊船に改装して展示している。

学生たちがどんなお化けの仮装をして、来場者を恐怖に陥れているのか?

ある意味楽しみにしている来場者もいるのだろう。

この時、グレニアは、

 

(こ、これだけの大人数で入るんだから大丈夫だよな‥‥?)

 

ダートマス校のメンバー全員で入れると思っていた。

しかし、実際に入り口へと向かうと、

 

「では、ここからはお一人様かお二人のペアになります」

 

と、受付係の学生にそう言われてしまった。

 

「なっ!?」

 

グレニアにとってこれは予想外の事だった。

てっきり、全員では入れると思っていたのに‥‥

全員で入れば、恐怖もそこまでは感じることはないだろうと踏んでいた。

しかし、予想は覆されて、一人か二人でなければ入れないと言う。

 

「グレニア、どうする?一人で入る?」

 

マリアはもう、分かり切っているのに敢えてグレニアに訊ねる。

 

「ま、マリア。お前、なに分かり切ったことを聞いているんだよ」

 

「そうだよね?グレニアはもう高校生だもんね。当然一人で入れるよね?」

 

「そんな意地悪しないでくれよ」

 

「わかっているよ、冗談だって」

 

グレニアの上目遣いにマリアは罪悪感を感じて、グレニアと一緒に入ることにした。

ダートマス校のメンバーはセラス&カレンのペア、ブリジット&キャリー、マリア&グレニアの三つのペアとなった。

ブリジットがキャリーの怯えた様子を見たかったようにマリアもグレニアが怯えた様子を見たくないと言えば嘘になる。

最初に、セラス&カレン ペアが入り、次に、ブリジット&キャリー ペアが入る。

 

「‥‥」

 

グレニアが見上げるシャルンホルストは白く美しい船体をしているが、幽霊船会場となっていると分かるとその白い船体は不気味に見える。

そして、いよいよ自分たちの番となる。

 

「それではどうぞ」

 

受付係の生徒に促されてマリアとグレニアはシャルンホルストの中へと入る。

 

艦内は足元灯がぼんやりと灯っているだけで、船窓は全て舷窓蓋や暗幕で締め切られており暗い。

ただ、密閉されていても空調は効いているので、蒸し暑さはなく、むしろこの暗い雰囲気のせいで肌寒く感じるほどだ。

順路には矢印や英語とドイツ語で『順路』と書かれた紙が壁に貼り付けてある。

そして機関室や弾薬保管庫など、危険な箇所にはカギが掛かっており、入れないようになっている。

その他にも順路以外の通路にはバリケードが設置されており、迷子対策もちゃんととられていた。

 

「ひっ‥‥」

 

「グレニア、ビビり過ぎだって‥‥」

 

まだお化け役の生徒が出ていないのに、グレニアは既にこの雰囲気で怖がっている。

 

「ほら、行くよ」

 

意外とホラーに耐久があるマリアはスタスタと先に歩いていく。

 

「ま、待ってくれよ、マリア!!」

 

グレニアは震えながらマリアの背中にしがみつきながら歩いている。

 

「ちょっと、グレニア、歩きにくい‥‥」

 

「そ、そんなこと言ったって‥‥」

 

背中に張り付いて、膝がガクガクと震えていることからグレニアの歩みは遅く、マリアも自然とスローペースな歩調となって歩きにくそうだ。

やがて、順路は通路からシャルンホルストの講義室へとつながる。

マリアとグレニアが講義室に入ると、その部屋は壁や床のあちこちに目玉が描かれた絵や目玉のオブジェが存在している不気味な部屋に変貌していた。

そんな講義室の床で四つん這いになりながら、何かを捜している人が居た。

 

「人が居る‥‥」

 

「そ、そうだな‥‥」

 

きっとお化け役のシャルンホルストの生徒なのだろうけど、何かを落としたのだろうか?

 

「大丈夫ですか?何か落としたんですか?」

 

「お、おい、マリア‥‥」

 

マリアはお化け役の生徒が何か困っているのだろうと思い、そのお化け役の生徒に声をかける。

すると、お化け役の生徒がピタッと動きを止める。

 

「あっ、いらっしゃい‥‥ちょっと、すみませんが‥‥拾ってもらえませんか?‥‥その辺に散らばっている‥‥」

 

お化け役の生徒は四つん這いの姿勢からゆっくりとした仕草で立ち上がる。

しかし、顔は俯かせたままだ。

そして、バッ顔をあげると‥‥

 

「私の、め~だ~まぁ~‥‥」

 

瞼に特殊なメイクを施したのであろう。

そのお化け役の生徒には目がないように見えた。

しかも目元からは血のりがたっぷりとつけられて、目から血が流れているように見える。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁー!!」

 

その姿を見たグレニアは講義室から走り去る。

 

「ちょっ、グレニア!!」

 

マリアは急いでグレニアの後を追う。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

流石にお化け役の生徒は追いかけてくる事はなく、グレニアは通路の壁に手をついて息を荒くしている。

 

「もう、グレニア、驚きすぎだよ」

 

「そ、そんなこと言ったって‥‥アイツ、目玉がなかったんだぞ!!マリア!!まさか、アイツ、わざわざ文化祭の為に自分の目玉をくりぬいたのか!?」

 

「そんなわけないでしょう。瞼にメイクを施していただけだよ」

 

そもそも目玉なんてくりぬいたら失明してブルーマーメイドなんてなれない。

マリアはグレニアの疑問に対してやや呆れながらも答える。

 

「さあ、次に行くよ」

 

「うぅ~‥‥まだ続くのか?」

 

「まだまだ先は長いよ」

 

「‥‥」

 

シャルンホルストは全長が235mある。

自分たちはまだ入ったばかり‥‥ゴールはまだまだ先だ。

そして、通路をマリアはスタスタと歩き、グレニアはビクビクしながら歩く。

次にやって来たのはシャルンホルストの食堂‥‥

他の学生艦では、文化祭中はレストランや休憩スペースとなっているが、シャルンホルストの食堂は幽霊船の順路となっている。

そして食堂にもやはり、お化け役の生徒が居た。

 

「‥‥」

 

(うぅ~‥‥やっぱり居た‥‥)

 

グレニアは先程のこともあり、かなり警戒している。

しかし、そのお化け役の生徒は脅かすようなそぶりも見せず、何故か厨房のカウンターを台拭きで拭いている。

自分たちの存在に気が付いていないのか?

困惑しているマリアとグレニア。

すると、カウンターを拭いていたお化け役の生徒がマリアとグレニアの存在に気づくと振り返る。

 

「ああ、いらっしゃい」

 

お化け役の生徒が自分たちに気づいたことに体をビクッと震わせるグレニア。

しかし、このお化け役の生徒はちゃんと目玉がついている。

 

「すみません。ここはまだ準備中なんです‥‥」

 

準備中と言う言葉を聞いてグレニアは無意識にホッとするが、マリアは違和感を覚える。

すでに幽霊船は始まっているのに、ここだけ未だに準備中だなんてあまりにも妙だ。

 

「また、あとで来てください」

 

体をマリアとグレニアに向けてきたお化け役の生徒。

しかし、腸部分は手術でもしたかのように開いており、臓器がピクピクと動いている。

服も周りに血のりをつけて血がついているかのように見える。

 

「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

油断していたところへまさかの臓物を見せられたことで、グレニアは大声をあげて食堂から逃げる。

 

「なんなんだよ、くそっ、人を油断させといて‥‥」

 

グレニアは、準備中だとか言って脅かしてきたお化け役の生徒に対して愚痴る。

 

「いや、お化け屋敷なんだから、お化け役の人の言うことを鵜呑みにしちゃダメだよ」

 

マリアはグレニアに追い付いて、彼女の愚痴に対してツッコミを入れる。

 

「っていうよりも、お前はよく平気だな」

 

お化けに対してあまり驚いていない様子のマリアにグレニアはよく驚かないなと訊ねる。

 

「うーん‥‥私はもともと、ホラーは好きな方だし、それにグレニア‥‥お化けよりも人の方が怖い生き物だよ」

 

「‥‥」

 

日系イギリス人と言うことでマリアは幼少期からそう言った差別や偏見を味わってきたので、マリアが言うとなんか説得力がある。

 

「さっ、行こう」

 

「お、おう」

 

マリアとグレニアは通路を進んで行く。

講堂、食堂と続き、次にやって来たのは、医務室だった。

巡洋戦艦の医務室と言うことでそれなりの広さがあり、ベッドもいくつかある。

そのベッドには誰か横になっているのか膨らんでいるものがいくつかある。

 

(あの横になっている人がいきなり飛び起きるのか?)

 

今回は読めそうな展開だと思うグレニア。

しかし、いくら分かっていてもそのタイミングは分からない。

ビクビクしながらもベッドの脇を通り抜ける。

だが、ベッドからの脅かしはなかった。

なんだか、肩透かしを食らったかのような感じだ。

もうすぐベッドの並んでいる部屋から出ようとした時、その部屋に飾られていた一つの絵‥‥

そこには綺麗な看護婦の絵が描かれていた。

二人が絵の前を通っていると、

 

「ウボァァァァァー!!」

 

絵に描かれていた看護婦が奇声と共に悪魔の様な化け物顔へと変化する。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁー!!」

 

実はこの絵、一見絵画の様に見えていたが、その実は、よくドッキリなどで使用される液晶絵画だった。

てっきりベッドから飛び起きるモノだと思っていたのに、予想外のドッキリにグレニアは声をあげる。

そして、隣の診察室へといくと、医療委員が座る椅子に誰かが座っている。

制服の上から白衣を着ている生徒‥‥シャルンホルストの医務委員だろうか?

マリアとグレニアに気づいた生徒はゆっくりとした動作で椅子から立ち上がる。

目玉もあるし、腸も裂かれていない。

しかし、口元には大きなマスクをしている。

 

「ねぇ‥‥わたし‥‥きれい‥‥?」

 

そうマリアとグレニアに訊ねながら口元のマスクを外す。

すると、医務委員の生徒の口は耳元まで裂けていた。

 

「おほほほほほほ‥‥」

 

(く、口裂け女!?)

 

その姿は1979年、日本において社会問題とかした口裂け女だった。

口裂け女に化けた生徒は高笑いをする。

日本に住んでおり、ホラーをそこそこ嗜んでいたマリアは当然、口裂け女の事は知っていた。

まさか、異国であるドイツで見るとは思ってもみなかった。

しかし、マリアと異なり口裂け女を知らないグレニアは‥‥

 

「ぎにゃぁぁぁぁー!!」

 

声を上げる。

目も既に涙目だ。

 

(グレニアのこんな声、聞いたことないよ‥‥)

 

もはや、お化けよりも、お化けに驚くグレニアの方が見ていて楽しい様子のマリアだった。

医務室を出て通路を歩いていると、

 

「うぅ~‥‥も、もう嫌だ‥‥」

 

グレニアは完全に憔悴している。

目じりには涙も浮かんだままだ。

 

「‥‥」

 

そんな様子を見ているとなんだか気の毒になってくる。

しかし、シャルンホルストのお化け役の生徒たちはその手を緩めることはない。

その後もお化けに扮したシャルンホルストの生徒の洗礼を受け、声をあげ、涙を流しまくるグレニア。

そして、やっとゴール付近に近づき、通路で息を整えていると、

 

カツーン、カツーン、カツーン

 

自分たちが今さっき通った通路の後ろから足音が聞こえてくる。

 

「あ、足音?」

 

「後ろからだね」

 

自分たちの後ろの人が追い付いてきたのだろうか?

マリアとグレニアが目を凝らして背後の通路を見ると、そこには確かに人影があった。

しかし、後ろから自分たちに近づいてくる人影は妙な歩き方をしている。

なんだか酔っぱらっているような千鳥足にも見える。

だが、海洋学校とはいえ、高校でアルコール飲料は販売していないし、持ち込みは固く禁止している。

ならば、今自分たちに近づいている人影は来客ではなく、脅かし役のお化け役の生徒の可能性が高い。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

マリアとグレニアがジッと自分たちに近づいてくる人影を見ていると、やがてその姿が見えてくる。

それは、キール校のセーラー服を着ているのだが、首から上が存在していない首なし生徒だった。

首なし生徒は首がないにもかかわらず、まるでマリアとグレニアの位置が分かるかの様にマリアとグレニアの方へとゆっくりと二人に近づいてくる。

 

「か、顔!!顔!!顔!!こいつ、顔がねぇ!!」

 

グレニアは首なし生徒を指さして声を上げる。

 

「グレニア、落ち着いて、あれもシャルンホルストの生徒だって」

 

マリアはあまり驚いていない様子でグレニアにネタバレをする。

 

「大方、頭の無い首の被り物を被っているだけだって‥‥」

 

マリアはそう言うが、グレニアは恐怖でマリアの声が耳に入っていない。

その間にも首なし生徒は徐々に自分たちに近づいてくる、

 

「い、いやぁぁぁー!!」

 

「あっ、ちょっと、グレニア!!」

 

グレニアはさっさと通路を走り去っていく。

 

「まったく、グレニアったら‥‥」

 

逃げ去ったグレニアに呆れるマリア。

そんなマリアに首なし生徒は近づいてくる。

もう、グレニアはその場にいないがまだマリアが居るので、脅かす役割が残っていると思っているのだろうか?

すると、首なし生徒はマリアの首に手をかける。

 

「えっ!?」

 

首なし生徒の行動に戸惑うマリア。

しかもその首なし生徒の手は冷たかった。

まるで、氷枕を首に押し付けられているかのように‥‥

 

「ちょっ‥‥」

 

首なし生徒はそのまま体重をかけてマリアを通路に押し倒し、ギュッと手に力を入れてマリアの首を絞めてきた。

 

「うっ‥‥くっ‥‥ちょ、ちょっと‥‥」

 

脅かすのには少々やりすぎだ。

マリアは苦痛で顔を歪めるがその首なし生徒は手を緩めるどころか、手にますます力を入れてくる。

 

「うっ‥‥」

 

このままでは本当に絞殺されてしまうかもしれない。

いき過ぎな行為と本能的に命の危険を感じたマリアは、

 

「くっ‥‥このっ!!」

 

首なし生徒の腹を思いっきり蹴飛ばす。

腹を蹴とばされた首なし生徒は通路に倒れる。

 

「ごほっ、ごほっ‥‥」

 

暴力行為はさすがにやり過ぎたと思いながらも相手もシャレにならないぐらいの力で自分の首を絞めてきたのだから、お相子だろう。

マリアはグレニアを追いかけるために足早にその場から逃げるように去った。

 

(これ、絶対に首に痕が残っているよ‥‥)

 

思いっきり絞められたので、首には痕が残っているだろうと思うマリア。

やがて、ゴール付近でグレニアを見つけ、二人はゴールを出た。

 

外では先にゴールしたダートマス校のメンバーが待っていた。

 

「グレニアちゃん。大丈夫でした?」

 

ブリジットがグレニアに訊ねる。

 

「ん?あ、ああ‥‥これぐらい大したことねぇぞ」

 

と、強がるグレニア。

マリアが来る前にちゃんと目尻に浮かんだ涙とかは拭いていた。

 

「そうでしたの‥‥グレニアちゃんの事ですから、てっきり漏らしたかと思っていましたのに‥‥」

 

「誰が漏らすか!?」

 

(でも、涙は流していたよね?)

 

マリアはグレニアが涙目で大声をあげていたことは親友のせめてもの情けとプライドのため、黙っていた。

 

「で?キャビアの方はどうだった?もしかして、お前の方は漏らしたのか?」

 

「わ、私だって漏らしていません!!」

 

「でも、大泣きはしていましたよね?」

 

「ぶ、ブリジット様!?」

 

「なんだ?キャビア。情けねぇなぁ高校生にもなって、泣くなんて」

 

(グレニアも人の事は言えないよね?)

 

「あっ、そうだ。ここの人に一言、注意を言わないと‥‥」

 

マリアはシャルンホルストの生徒に首なし生徒のやり過ぎた行為を伝えに行く。

 

「すみません」

 

「はい?なんですか?」

 

「さっき、ここのお化け役の生徒に首を絞められたんですけど‥‥」

 

「えっ?首を‥ですか?」

 

「はい、あの通路に居た。首のないお化け役の生徒です」

 

「‥‥」

 

マリアは、声は荒げていないが、怒気を含む声でシャルンホルストの生徒に注意を入れる。

しかし、シャルンホルストの生徒はなんか顔色が悪い。

 

「えっ?マリア、アイツに首を絞められたのか!?」

 

「うん。ものすごい力だった」

 

「おいおい、いくらなんでもやり過ぎだぞ!!」

 

マリアの話を聞いて、グレニアもシャルンホルストの生徒に絡む。

 

「何かあったの?」

 

ブリジットたちも事情を聞いてくる。

 

「ああ、マリアの奴が、ここのお化け役の生徒から首を絞められたらしんだ」

 

「まぁ、それはやり過ぎですわね」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。首のないお化けってなんですか?」

 

シャルンホルストの生徒は確認するかのように聞いてくる。

 

「はぁ?しらばっくれるなよ。あたしとマリアは見たんだぞ!!通路の奥から首のない奴がゆっくりとだが、追いかけてくるのをなぁ!!」

 

親友が行き過ぎた行為を受けたことでさっきまでとは180度変わって強気なグレニア。

しかし、

 

「グレニアちゃん、そんなお化けなんて居なかったわよ」

 

「私も見ていません」

 

「私も‥‥」

 

「私もです」

 

しかし、マリアとグレニア以外のダートマス校のメンバーは首なし生徒のお化けなんて見ていないと言う。

 

「はぁ?そんな訳ないだろう?確かにあたしとマリアは見たんだ!!」

 

「そうだよな?」

 

「う、うん‥‥それに首を強く絞められたから痕だって残っている筈だし‥‥」

 

マリアはその場のみんなに首を見せる。

確かにマリアの首には、彼女が言う通り、うっすらと絞められた痕が残っていた。

でも、シャルンホルストの生徒も幽霊船に入った他の来場者も首なし生徒のお化けには会っていないと誰もが口をそろえて言う。

 

 

「どうかしたんですか?」

 

「何かトラブルでもあったんですか?」

 

「じ、実は‥‥」

 

マリアの被害の件もあり、シャルンホルストの幽霊船は急遽中止となり、シュテルたち実行委員立ち会いのもと調査が行われた。

 

もしかしたら、幽霊船の暗がりを利用して犯罪者がシャルンホルストの内部に紛れ込んでいるかもしれないからだ。

しかし、記録された映像を見ると、幽霊船に入った来場者は全員、ゴールしており、シャルンホルストから出てきていないものは誰も居なかった。

シャルンホルストの生徒全員が集まり、マリアの首に残った手形と照合しても誰とも一致しなかった。

そんな中、キール校で昔から働いている用務員の人が騒ぎを聞きつけてやってきた。

 

「どうした?何かあったのかね?」

 

「は、はい‥‥実は‥‥」

 

シャルンホルストの生徒がその用務員さんに事情を話すと、

 

「首のない生徒‥‥?もしかして‥‥いや、そんなことは‥‥でも‥‥」

 

「何か知っているんですか?」

 

用務員は首なし生徒について何か知っている様な感じだった。

 

「うん‥‥実は‥‥」

 

用務員は、昔に起きたある出来事の事を話した。

 

昔、キール校の生徒が文化祭前日に踏切で亡くなると言う事故があった。

彼女は文化祭を楽しみにしていたのだが、その前日に亡くなると言う無念の死を遂げたのだ。

ところがいくら現場をさがしても被害者の頭部だけは見つからなかった。

そして、彼女が乗艦していた学生艦はシャルンホルストであり、彼女の髪はマリアと同じように綺麗な黒髪の生徒だったと言う。

その話を聞いて、一同は顔を青ざめる。

ホラーに耐性がある筈のマリアでさえ、今回は顔を青くしている。

 

「じゃ、じゃあ‥‥あたしたちが見たのは‥‥も、もしかして‥‥」

 

「ほ、本物の‥‥幽霊‥‥?」

 

マリアとグレニアが見た首なし生徒のお化けはその時の生徒のお化けで、マリアの首を絞めたのは、彼女の首を自分の首だと思い込んだせいなのかもしれない。

自分たちが見たあの首なし生徒のお化けが本物の幽霊だった可能性があり、マリアとグレニアはその場に倒れた。

 

「わっ、お客さん、大丈夫ですか!?」

 

「い、医務室へ!!早く!!」

 

倒れたマリアとグレニアは急いで医務室へと運ばれた。

 

 

後日、バチカンから改めて神父が呼ばれ、シャルンホルストにて慰霊祭が行われた。

そして、ダートマス校では‥‥

 

「えぇぇー!!艦長、キール校の文化祭に行ったんですか!?」

 

「どうして私たちも誘ってくれなかったんですか!?」

 

マリアとグレニアは、同じクラスメイトのソフィアとドロシーからキール校の文化祭に連れて行ってもらえなかったことに問い詰められることになった。

 



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49話

此処で視点はドイツのキールから日本の千葉へと移る。

 

二学期にドイツのキール校で文化祭が行われたように日本の総武高校でも二学期の頭に文化祭が行われる予定となっていた。

その日、朝のHRで文化祭実行委員を決めることになった。

文化祭実行委員は各クラスから男女一名ずつの計二名が選出される。

担任の教師はまず、立候補する者が居ないかを訊ねると、誰も手を上げない。

文化祭実行委員なんて、雑用よりもみんなでクラスの出し物を準備して当日も他のクラスの出し物を見て回りたい。

しかし、実行委員は文化祭当日も巡回や文化祭の記録、運営など、満足に文化祭を見て回る余裕が少ない。

ましてや、自分たちは高校一年生‥‥高校生活初めての文化祭なのだから、雑用なんかせず、思う存分に文化祭を見て回りたいと思っていた。

そのため、実行委員に立候補する者はいなかったのだ。

転生者である葉山と由比ヶ浜も二度目の高校生活の文化祭を楽しみたいのか実行委員に立候補はしなかった。

誰も立候補しないので、担任の教師は少し困った顔をする。

海洋科だからと言ってクラスから実行委員を出さないと言うわけにはいかない。

文化祭の実行委員は科を問わず、必ずクラスから男女一名ずつが絶対の条件なのだ。

 

「ゆ、雪ノ下、やってみないか?文化祭の実行委員を‥‥」

 

担任は雪ノ下に文化祭の実行委員をやってみないかと訊ねる。

 

「私ですか?」

 

「あ、ああ。雪ノ下は一学年の首席で優秀だし、どうだ?」

 

「‥‥わかりました。私で良ければやりましょう」

 

雪ノ下は担任から推薦されて文化祭の実行委員をやることにした。

 

「それじゃあ、女子は雪ノ下として、男子の方は‥‥」

 

「先生、男子は俺がやります!!」

 

と、先程、立候補しなかった葉山であったが、女子の実行委員を雪ノ下が務めると知った途端、自ら立候補した。

 

「そうか‥‥それじゃあ、男子は葉山‥っと‥‥」

 

こうして、雪ノ下と葉山は文化祭の実行委員を務めることになった。

 

「文化祭の実行委員は、今日の放課後、早速会議室で会議をやるみたいだから、忘れずに出席してくれ」

 

担任は今日の予定を伝え、朝のHRは終わり、一限目の授業まで短い休憩時間となる。

 

「いいの?ゆきのん。せっかくの文化祭なのに‥‥」

 

休み時間となり、由比ヶ浜が雪ノ下に声をかける。

 

「ええ、かまわないわ。元々クラスの出し物にも文化祭にもあまり興味はないし、それにこれは来年、奉仕部を設立するのにいい実績になるからちょうどいいわ」

 

雪ノ下は前世では高校一年生の時、八幡同様、文化祭の実行委員にはなっておらず、クラスの隅っこで文化祭を眺めていた。

しかし、この後世では来年、奉仕部を設立するにあたって、実績をつんでおけば、設立しやすい。

文化祭の実行委員で実績を立てれば、自分の名も知れ渡り、設立と設立後もなにかと都合がいいと言う打算があった。

一方、葉山としては文化祭を見て回りたいと思いつつ、雪ノ下と共に過ごせる時間が増えるので、実行委員に立候補したのだ。

 

(前世、最後の文化祭では、陽乃さんがきて、あの低能女、相模が暴走したけど、この世界では陽乃さんは存在しないし、あの真霜って言う人もこの学校のOGじゃないから、来ることはないだろう)

 

(それに高校一年生の文化祭は何の問題もなく終わったからこの世界の文化祭も問題なく終わるはずだ‥‥ここで、雪乃ちゃんに俺の有能さをアピールすれば‥‥)

 

(来年はあの低能女と同じクラスにならなければいいし、仮になったとしても、もう同じ轍は踏まないようにあの女は推薦しなければいい)

 

葉山は前世の最後の文化祭では、準備中に陽乃が来て、彼女の言葉を相模が鵜呑みにした結果、一時は文化祭の開催が危ぶまれ、雪ノ下が過労で倒れ、文化祭の最終日も相模は集計結果を持ち出してエンディングセレモニーから逃げ出した。

あの時は自分たちがライブで時間を稼ぎ、その間に八幡が相模を見つけ、自らが悪役となることで、相模のやる気を引き出し、自分が優しく諭して彼女は会場へと戻った。

その後、八幡の悪評がつき始めた。

彼のやり方を間近で見て、八幡は自己犠牲で解決する方法を何のためらいもなく実行する奴だと認識した。

だからこそ、自分は修学旅行で戸部と海老名の矛盾した相談を奉仕部に‥‥あの男に押し付けたのだ。

そして、彼は自分の思惑通り、嘘告白と言う自己犠牲なやり方で、依頼を解決してくれた。

しかもおあつらえ向きに奉仕部の二人は彼の事を拒絶した。

葉山としてはあんな腐り目の冴えないボッチ男が放課後、雪ノ下と同じ教室に居ることが許せなかった。

だからこそ、文化祭の彼のやり方を見て、八幡を自然に排除する方法を模索していたのだ。

 

集団を一つにまとめる方法‥‥みんな仲良くする方法は、共通の敵を作ることだ。

葉山はその『みんな』の中から八幡を除外して、彼を共通の『敵』に仕立て上げることに成功したのだ。

勿論、彼に八幡に対する罪悪感なんて一欠けらも存在していない。

むしろ積極的に彼を排除したかったのだから‥‥

 

前世では、高校一年生の文化祭では、自分が覚えている限りトラブルらしいトラブルはなく、問題なく文化祭は終わった。

なので、今年の文化祭は問題なく終わるだろうと思っていた。

そして、来年の文化祭では、例え相模と同じクラスになっても、彼女の無能ぶりは前世で知っているので、彼女を推薦することはしないと心に決めた。

まぁ、それ以前にこの世界には雪ノ下陽乃というOGが居ないので、前世の様な事もないだろうと思っていた。

この後世には比企谷八幡と言う生贄となる『敵』が存在しないのだから、来年の文化祭と修学旅行は慎重に事を運ばなければならない。

しかし、今は眼前の雪ノ下と過ごせる時間を楽しもうと決めた葉山であった。

 

放課後、葉山と雪ノ下は文化祭の実行委員の会議が行われる会議室へと向かう。

会議室では普通科、国際教養科、そして自分たちと同じ海洋科のクラスから選抜された実行委員たちが集まる。

その中にやはり、相模の姿は見えなかった。

高校一年では相模と違うクラスだったので、万が一彼女が実行委員に来るかもしれないと警戒したが取り越し苦労だったようだ。

そもそも相模が前世で文化祭の実行委員になったのは高二で、葉山が強く彼女を推薦したからだ。

最初は戸部が相模を推薦したが、彼女は当初はやる気がなかった。

しかし、密かに好意を寄せていた葉山が自分に期待してくれたので、彼女が実行委員になったのだ。

もし、葉山が戸部に便乗して相模を推薦しなければ、彼女は文化祭の実行委員になることはなかっただろう。

 

会議室には文化祭の実行委員の他に生徒会役員も来ていた。

この時の生徒会長はまだ城廻めぐりではなく、前世の記憶を引き出しても自分たちの印象に残らないモブかエキストラの様な人物だった。

 

「では、これから文化祭実行委員、第一回目の会議を行います」

 

生徒会長が会議の開催を宣言する。

 

「まずは、今回の実行委員の委員長と副委員長を決めたいと思います。誰か立候補する人は居ませんか?」

 

前世の時同様、まずは文化祭実行委員会の委員長と副委員長を決めることになった。

しかし、誰も立候補する者はいない。

雪ノ下はここで実行委員委員長になって、実績を稼いでもいいと思ったが、基本的に雪ノ下は自ら立候補をすることはない。

前世において、生徒会選挙に出馬したのも依頼人、一色いろはの頼みがあったからこそ、生徒会選挙に出馬したのだ。

それに前世と今回の文化祭の実行委員にしても教師から頼まれたから実行委員になったのだ。

雪ノ下は他の誰かが自分の力を求めている。

自分は優秀な人間だから、周りの人間が自分の力を借りたがっていると言う優越感を感じ、自分の優秀さを改めて実感するため、自らは立候補をすることはないのだ。

高校一年生では、まだ生徒の間では雪ノ下の名はそこまで知れ渡ってはいないため、誰も雪ノ下を推薦する者は居なかった。

葉山も雪ノ下が優秀なことを知っているので、彼女を推薦してもいいと思ったが、自分もまだ高校一年の新入生‥‥

ここで自分と同じ一年生の雪ノ下を推薦して、二年、三年の先輩に変に睨まれるのも嫌なので、雪ノ下を推薦しなかったのだ。

雪ノ下も元々葉山が自分を推薦することは期待していなかったので、葉山を煽るようなことはしなかった。

結局、委員長も副委員長も立候補する者が居なかったため、二年生全員がじゃんけんすることになり、委員長と副委員長が決まった。

雪ノ下はじゃんけんで責任者を決める光景を見て、

 

(文化祭の運営責任者をじゃんけんで決めるなんて、低俗ね‥‥私なら、無駄に生きているだけの無能な貴方たちをちゃんと使いこなせるのに‥‥)

 

前世での年齢を含めれば、既に平塚先生と同じ年齢な雪ノ下たち転生組。

だからこそ、なのかじゃんけんで委員長と副委員長を決めている先輩たちを人ではなく、道具‥‥しかも、不良品か粗悪品の様に思っていた。

第一回目の会議は委員長と副委員長を含め、役職を決めることで終わった。

次回から本格的に書類仕事となった。

クラスでは文化祭の準備が進められ、会議室では書類仕事が行われている。

前世で相模がしたような発言を提案した者こそはいないが、日を増して会議室は凄くピリピリしている。

その理由が‥‥

 

「こんな簡単な事に時間が掛かりすぎよ」

 

「もっとしっかり予定と進行状況を報告してください。そんな当たり前のことが出来ないんですか?」

 

「もっといいやり方があるでしょう。まったく、手際が悪い」

 

雪ノ下の存在だった。

彼女は、実行委員長の事も無視して完全に会議を牛耳って居た。

確かに雪ノ下は一年生ながら優秀だ。

そして、それは完全にワンマン、独裁に近く、効率性ばかりを望むばかりに誰もが雪ノ下ついていけない。

それは実行委員長、副委員長、生徒会長の三人も例外ではない。

これでは誰が文化祭の実行委員長なのか分からない。

 

前世と似た状況だが、この年の実行委員で逃げる者はいなかった。

一応、自分たちは曲がりなりにも進学校の生徒であり、今年入学したばかりの新入生に負けてたまるかと言う気概で、罵倒に近い指示ばかりを行う雪ノ下にストレスを抱えながらも何とか作業を行っていた。

陰にて雪ノ下に対する愚痴を漏らす一方、早くこの文化祭から解放されたい気分が周りを覆っていた。

雪ノ下と葉山を除く、誰もが文化祭の成否はどうでも良くなって来ていた。

葉山は戸惑いつつも雪ノ下に自重するように言うこともなく、黙々と書類仕事をするだけであった。

日和見主義、長い物には巻かれろ、小を殺して大を生かす を具現化したような男であるが、前世での小学校の失敗から少しは学んだようで、雪ノ下に口を出さなかったのだ。

それと同時に先輩たちから睨まれることを恐れ、雪ノ下に加勢することもなかった。

文化祭の準備からサボったり、逃げる者が居なかったこと、雪ノ下が態度はともかく、仕事に関しては優秀なことで、この年の文化祭は何の問題もなく、終わった。

 

雪ノ下はこれで上の学年の生徒にも自分の優秀さと名前を認識できたと満足であったが、彼女の予想とは180度異なり、上級生からの雪ノ下の認識は、

 

優秀であるが、口の悪い生意気な後輩。

 

性格が歪んでいる。

 

人間性に問題のある奴。

 

 

同級生からは、

 

一緒に仕事をしたくない同期。

 

海洋科の生徒‥特に、今後雪ノ下と同じ艦に乗る生徒には同情する。

 

とまで、言われていた。

勿論、雪ノ下からの罵倒の報復を恐れた生徒たちはそのことを雪ノ下本人の前で言うものは居なかった。

言ったところで、負け犬の遠吠えであり、暴力で訴えれば、退学処分になる可能性が高かったからだ。

前世と異なり、雪ノ下建設の名は千葉では有名な企業。

その企業の令嬢に暴力を振るったら、家族にも迷惑がかかるのを重々承知していたからだ。

 

そして、生徒からの受けは悪かった雪ノ下であるが、教師からの受けは良かった。

雪ノ下は今回の文化祭の実行委員で十分な手ごたえを感じた。

 

 

此処で視点を日本の千葉からドイツのキールへと戻す。

 

シャルンホルストにて本物の幽霊騒動が起きる前‥‥

キール校の校門の前に一人の少年が居た。

 

「キール海洋学校‥‥ここにあの人が‥‥ユーリさんが‥‥」

 

少年はキール校の校門を見上げた後、文化祭中のキール校へと入っていった。

 

少年がキール校の校舎に入ってから、少しして、シュテルのクラスの出入り口で受付係をしていたユーリは、

 

「ユーリ、交代の時間だよ」

 

クラスメイトから交代を告げられる。

 

「ん、それじゃあ、後をお願いね」

 

「了解」

 

クラスメイトと受付を交代して文化祭を見て回ろうとした時、

 

「ユーリさん!!」

 

「ぬうぉ!!」

 

ユーリは突如、誰かに抱き着かれた。

 

「ぬ?」

 

ユーリは自分に抱き着いた者の正体を探ろうと視線を下げる。

そこには、

 

「えっ?もしかして、クラウス!?」

 

自分に抱き着いてきたのは、夏休み中、田舎マフィアと腐敗していた地元警察から追われていた少年だった。

 

「はい!!お久しぶりです!!」

 

教室の出入り口で少年が抱き着いてきた光景を見たクラスメイトは当然、ユーリに少年が誰なのかを聞いてくる。

 

「エーベルバッハさん、その子誰!?」

 

「かわいい!!」

 

「親戚の子?」

 

「えっ?ちょっ‥‥」

 

突然、クラスメイトから囲まれ、ユーリはたじたじ。

そこへ、

 

「どうしたの?何があった?」

 

シュテルがやってきた。

 

「あっ、碇さん。見て、見て、エーベルバッハさんの知り合いの子!!」

 

クラスメイトの一人がクラウスをシュテルに見せる。

 

「ん?ユーリの知り合い‥‥?」

 

これまでユーリの家とは家族ぐるみでの付き合いだったが、自分が知る限り、ユーリの親戚に眼前に居る少年は知らない。

 

「あっ、いや、この子は夏休みに知り合った子で‥‥」

 

「へぇー‥‥」

 

(そういえば、ユーリも夏休みの時に色々あったって言っていな‥‥)

 

夏休み明けにシュテルは自分同様、ユーリも夏休み中に色々と大変な事があったと言っていたことを思い出した。

 

「もしかして、わざわざユーリに会いに来たの?」

 

「はい。ユーリさんにはお世話になったので‥‥」

 

「なるほど」

 

「それじゃあ、わざわざ来てくれたんだから、ユーリには目一杯、その子を案内してあげて」

 

「えっ?ちょっ、クリス!?」

 

クリスはユーリにクラウスとのホステス役を提案する。

 

「そうだね。その子、ユーリの事を慕っている様だし‥‥」

 

そう言って、シュテルは、

 

「ユーリは私の親友で、とってもいい人だよ。きっと今日の文化祭を思い出に残る日にしてくれるよ」

 

「しゅ、シュテルまで‥‥」

 

「それじゃあ、ユーリ、その子と一緒に楽しんできてね」

 

「ぬ、ぬぅ~‥‥」

 

ユーリはクラウスと共に文化祭を回ることになった。

クラウスの年齢がまだ十代前半のためなのか、特に嫉妬する者はいなかった。

逆にみんなはクラウスの事を可愛い弟を見るような目で見ていた。

 

(ユーリにも年下だが、春が来たってことか‥‥これも青春の一ページなんだろうな‥‥やべっ、なんか考えがあの独神と同じ感じになってきた‥‥)

 

(そういえば、前世の年齢を含めれば、今の俺ってアラサーじゃん!!)

 

外見は高校一年生でも精神年齢は前世を含めて三十路を超えており、平塚先生と同世代なことに気づくシュテルは人知れず、ショックを受けていた。

 

(だ、大丈夫だ‥‥俺には天使が‥‥戸塚が日本で待っているんだ‥‥だから、独神じゃない‥‥)

 

前世では同性同士で恋仲になることはあり得なかったが、今は異性同士‥‥

それに戸塚が前世において、自分が自殺するまで彼女を作ってはいない。

シュテルは少なくとも、来年の年末まで戸塚はフリーだと思っていた。

だからこそ、来年には日本への留学を決めたいと思っていた。

しかし、ミーナ教官に関しては、シュテルは海外へ行くと怪我をするので、あまり彼女を海外へ出したくはないと思っていたりもしていた。

 

ユーリがクラウスと文化祭を見て回り、シュテルが実行委員として、会場内を巡回していると、シャルンホルストにて何やらトラブルが起きたみたいなので、シュテルはシャルンホルストへと向かった。

話を聞くと、シャルンホルストで行われているイベントに参加したダートマス校の生徒がお化け役の生徒に首を絞められたと言う。

しかし、来場者やシャルンホルストのクラスメイトに事情を聞いてもダートマス校の生徒の首を絞めたお化け‥‥話を聞くと、首がないお化けらしいのだが、そんなお化けは元々配置されていなかった。

シャルンホルストの内部に不審者が居たのかもしれないが、来場して出ていない者はいなかった。

そんな中、昔からキール校で働いている用務員が来た。

事情を説明するとその用務員は首のないお化けに心当たりがあるようで、事情を聞いてみると、昔、文化祭前日に踏切事故で命を落とした生徒の話をした。

用務員の話と状況から、ダートマス校の生徒の首を絞めたお化けはもしかしたら、本物の幽霊である可能性が出た。

それを聞いたダートマス校の生徒は気を失って、医務室へと運ばれた。

 

 

「うっ‥‥うーん‥‥」

 

医務室に運ばれたダートマス校の生徒、マリアはそれからしばらくして、意識を取り戻した。

瞼を開けて彼女が最初に見たのは白い天井だった。

 

「知らない天井だ‥‥」

 

そして、お決まりのセリフをはくマリア。

 

「あっ、目が覚めた?」

 

「えっ?」

 

白い天井を呆然と見ていると、マリアは声をかけられた。

声がした方を見ると、そこにはグレニアが慕ったキール校の生徒‥シュテルが居た。

 

「えっと‥‥碇‥さん?」

 

「お水‥飲みます?」

 

「は、はい。いただきます」

 

シュテルはベッドわきのテーブルに置かれていたミネラルウォーターのボトルの蓋を開け、紙コップへと注ぎ、マリアに手渡す。

 

「どうぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

ミネラルウォーターを飲みながらマリアは辺りを見渡すと隣のベッドにはグレニアが眠っていた。

 

「えっ?グレニア!?」

 

「ああ、彼女もあの話を聞いて、貴女と同じく気を失って倒れてね」

 

シュテルはグレニアがどうして医務室で眠っているのか訳を話した。

 

「そっか‥グレニアはホラーが苦手だからね」

 

マリアは苦笑しながら言う。

 

「でも、友人のためならば、危険を顧みない勇敢なところもありますよ‥‥ちょっと、無謀で無茶が過ぎる所もありますけど‥‥」

 

夏休みでの体験入学を思い出し、グレニアの長所を述べる。

 

「うん。それは私も知っている‥‥グレニアにはいつも助けられてばかりだから‥‥」

 

(この子にとってグレニアは俺にとってのユーリやクリスみたいな存在なんだろうな‥‥)

 

グレニアの事を語るマリアの表所を見てシュテルはそう思った。

一方、マリアの方はちょうどいい機会なので、シュテルと語り合ってみようと思った。

 

「あ、あの‥碇さん」

 

「ん?」

 

「碇さんはその‥‥名前から察するに日本人の血が混じっていると思うんですけど‥‥」

 

「ええ、父が日本人です」

 

「‥‥碇さんはそれで、周囲の人から、混血であることについて、何か言われたことってありませんか?」

 

マリアは同じ、日系の混血と言うことで、シュテルに今まで差別みたいなことがなかったかを訊ねた。

 

「うーん‥‥特に今までの人生ではそう言ったことは言われたことはなかったですね」

 

まぁ、シュテルにとって混血以上の事を前世では言われてきた。

 

「カレンさんも確か同じ、日系でしたね?彼女は?」

 

「カレンは私と違って髪が金色で、あの明るい性格ですから、そう言ったことはなかったみたいです」

 

同じ日系イギリス人でもカレンは金髪、マリアは黒髪と言うことで、カレンはシュテル同様、これまで差別的な扱いは受けていなかったみたいだ。

 

「貴女はその黒髪が嫌なの?」

 

「‥‥」

 

マリアとしては、家族は好きだ。

でも、混血と証明している日本人特有のこの黒髪を憎いと思ったことはこれまでの人生で何度かある。

マリアが俯いていると、

 

ポフッ

 

「えっ?」

 

マリアの頭にシュテルの手が乗っけられる。

 

「黒髪だって悪いもんじゃないぞ‥‥知的で大人っぽい印象があるからな‥‥」

 

(綺麗な長い黒髪‥‥雪ノ下と同じだ‥‥アイツも人間性に問題はあるが、成績は優秀な奴だったからな‥‥)

 

(あわわわわ‥‥い、碇さんの手、なんだかとっても温かく、落ち着く‥‥)

 

シュテルがマリアの髪を撫でていると、背後から視線を感じる。

振り向いてみると、そこにはいつ起きたのか、グレニアがベッドから上半身を起こして、シュテルとマリアの事をジッと睨んでいた。

 

「ぐ、グレニア‥‥」

 

「お、起きていたんだ‥‥」

 

「むぅ~‥‥ずるいぞ!!マリア!!シュテル!!あたしにもかまってくれよ!!折角、キールまで来たんだから!!」

 

グレニアはまるで拗ねる子猫の様に言ってきた。

そんな彼女の様子にもシュテルもマリアも思わず笑みがこぼれ、グレニアを交えて談笑した。

 



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50話

今回、ヒンデンブルクが装備した墳進弾のイメージは、紺碧の艦隊OVA12話、風雲マダガスカル にて、戦艦長門が装備していた墳進弾と思ってください。




 

キール校での文化祭で、まさかの出来事があったが、それ以外には問題なく、キール校の文化祭は終わった。

この文化祭にて、見学に来たダートマス校メンバーの中でシュテルは新たにグレニアの親友であるマリアとも知己を得た。

その他に、キール校もダートマス校と交流を深めるきっかけとなり、シュテルが夏休みでのダートマス校の体験入学はキール校にとってもプラスとなった。

それから月日が流れ、冬休み前となり、来年度の留学に日本の横須賀女子海洋高校への話がきた。

シュテルとしては日本へ行けるチャンスとなった。

しかし、このヒンデンブルクの日本への留学に対して、ミーナ教官は消極的だった。

それはシュテルに関係していた。

中等部の修了航海で、シュテルはイタリアのナポリにて、現地のマフィアに誘拐され、クラスメイトを守るため、身体にマフィアの凶弾を受けた。

次は高校一年の夏休み‥ダートマス校での体験入学にて、ドーバー海峡で海賊と遭遇し、現地のダートマスの街では連続殺人事件が起き、その事件に巻き込まれ、負傷した。

二度あることは三度ある‥‥これまで二度、シュテルが海外に出たら負傷した。

今度の日本への留学でまた彼女が怪我をするのではないかと心配だった。

だが、シュテル本人とキール校の学長であるアンネローゼが日本への留学に積極的だったのだ。

シュテルの場合は、日本に行けば戸塚と会うチャンスがあるかもしれないから、

アンネローゼの場合、今度の日本への留学には、ヴィルヘルムスハーフェン校のシュペークラスの参加が決まっていたので、ヴィルヘルムスハーフェン校の学長、ケルシュティンがアンネローゼにまたシュテルとテアとを互いに競い合わせようと言ってきたのだ。

交換留学の際は、シュテルがダートマス校との親善試合で、勲章を持っていかれたので、リベンジを申し出てきたのだ。

ミーナ教官は心配したが、シュテル本人と学長が日本への留学に積極的だったため、止めることは出来なかった。

なお、余談であるが、ヴィルヘルムスハーフェン校の首席(笑)であるクローナのビスマルクは日本ではなく、アメリカへ留学することになった。

クローナは留学先が日本ではなく、アメリカであることに不満がある様子で、不承不承の様子でアメリカへと向かって行った。

世界一の海洋技術国家である日本への留学はダートマス校への体験入学や留学と同じくらいに価値があるモノだったからだ。

その日本への留学が首席(笑)である自分たちビスマルククラスではなく、自分たちよりも格下のシュペークラスだったのが我慢ならなかったのだろう。

 

 

ドイツから日本まで海路ではかなりの距離があるので、ヒンデンブルククラスは今年度の学位を繰り上げで、キールを出発して一路、日本を目指した。

なお、ヒンデンブルクは夏休みと二学期の前半を利用して、改修工事が行われていた。

前部甲板にまだ試作型であるが、対空ロケット弾の垂直発射筒を左右に四基ずつ、計八基を装備していた。

フロート艦や海上都市の建造技術、造船技術が世界一の海洋国家日本。

医療と大砲を始めとする陸上兵器技術、飛行船技術を誇るドイツ。

そのドイツが新たに開発した噴進魚雷とは異なる技術、噴進弾(ロケット・ミサイル)‥‥

それを日本へ売り込むことも今回の留学にヒンデンブルクが選ばれたことも要因の一つだった。

日本への留学が決まった時、シュテルは戸塚に会えることで積極的だったが、クリスは、

 

(春にはヴィルヘルムスハーフェン校への交換留学。そして、今度は日本への留学‥‥なんか厄介払いされていない?私たち‥‥)

 

(でも、シュテルたちが日本へ行きたがっているならいいのかな?)

 

厄介払いかと思っていたが、シュテルたちは日本への留学を楽しみにしていた。

だからこそ、クリスはそれを口にすることはなかった。

 

そして、キールを出発したヒンデンブルクはジブラルタル海峡を通り、中等部の修了航海でやって来た地中海へとやって来た。

 

「地中海に入りました。次の変針点は15マイル先です」

 

メイリンがタブレットに表示されている電子海図を見て報告する。

 

「今のところ順調な航海ですね」

 

舵を握りながらレヴィがクリスに声をかける。

 

「そうね」

 

「‥‥」

 

クリスはチラッとシュテルを見る。

シュテルは鼻をすすっていた。

 

「艦長、大丈夫ですか?」

 

「ん?なに?」

 

「いえ、鼻をすすっていたので、もしかして、体調が悪いのではと思って‥‥」

 

「大丈夫だよ」

 

「そうですか?」

 

シュテル本人は大丈夫だと言うが、クリスには一抹の不安がつき纏った。

 

「艦長、ダートマス校の方からもらった紅茶です」

 

炊事委員のクラスメイトがシュテルにブリジットからもらった紅茶を淹れて来てくれた。

 

「ああ、ありがとう」

 

紅茶が入ったカップを受け取り、紅茶の匂いを嗅ぐが、今のシュテルは鼻が詰まっていたので、香りを楽しむことが出来なかった。

そして、紅茶を飲んでもやはり味を感じることが出来なかった。

 

(うーん‥‥クリスの言う通り、風邪を引いたかな‥‥?)

 

シュテルは風邪かと思ったが、咳やのどの痛み、頭痛などの症状がなかったので、風邪だとは思っておらず、医務委員のウルスラにも相談していなかった。

ヒンデンブルクはこのまま地中海を通過して、スエズ運河、アラビア海、インド洋を通り、セイロン島、シンガポールで補給を行い、南シナ海、東シナ海を経由して日本の神奈川県、横須賀を目指す。

 

次の目的地であるスエズ運河を目指して地中海を航行していたヒンデンブルクだったが、

 

「そこの学生艦!!直ちに航行を止め、近くの港に停泊しなさい!!」

 

突如、後方からインディペンデンス級沿海域戦闘艦がヒンデンブルクに接近しながら警告してきた。

 

「なんだ?」

 

「あ、あれは‥‥ブルーマーメイドの艦ですよ!!」

 

白いインディペンデンス級沿海域戦闘艦の船体には青い人魚の絵があり、それはこの世界における女性たちの憧れの職業であるブルーマーメイドの艦だった。

 

「わ、私たち何かまずい事でもしたかな?」

 

ブルーマーメイドから、いきなり呼び止められるようなことに思い当たる節もなく、何故自分たちが呼び止められたのか見当もつかない。

しかし、ブルーマーメイドの指示を破るわけにもいかないので、ヒンデンブルクはブルーマーメイドの指示に従いマルタ島の港街に停泊した。

そして桟橋にて、シュテルを始めとするヒンデンブルクの幹部がブルーマーメイドに事情を聞きに行く。

ブルーマーメイドの艦からはその艦の艦長なのか、眠そうな目をしたブルーマーメイドの隊員が降りてきた。

彼女に事情を訊ねると、

 

「この先の海域には海賊が出るから~~~通行止めだよ~~~」

 

目と同じようになんだか眠そうな口調でこの先の海域が通行止めであることをシュテルたちに伝える。

 

「「「海賊!?」」」

 

この先の海域が通行止めの理由を聞いて、思わず声に出すヒンデンブルクの幹部たち。

 

(また海賊かよ‥‥)

 

夏休みのダートマス校への体験入学にて、ドーバー海峡で海賊騒動に巻き込まれたシュテルに関してはまたもや海賊の出現に呆れる。

 

(ミーナ教官が言うように、やっぱり俺って海外に出ると事件に巻き込まれて怪我をする運命なのか?)

 

まだ事件に巻き込まれては居ないし、怪我もしていないが、この先の海域に海賊が出現すると言うことで、事件に巻き込まれる予感と怪我を負いそうな予感がするシュテル。

 

「最近、この近海では海賊の被害が多発中でね~~~安全のためにこの海域の航行を規制しているの~~~」

 

「じゃあ、日本には行けないんですか?」

 

クリスがブルーマーメイドの隊員に訊ねると、

 

「そうだね~‥‥ジブラルタルに戻ってアフリカをぐるっと回って喜望峰を通り抜けてなら、いけるかもねぇ~~~」

 

あくびをしながら日本へ行くには、アフリカの喜望峰経由で行けと言う。

眠そうなのは、この隊員の個性ではなく、ここ連日徹夜で海賊を捜していた為、まともに寝ていないのだろう。

 

「それだと何日かかるとおもっているんですか?」

 

「バルチック艦隊じゃないんだから‥‥」

 

流石にアフリカの喜望峰経由では、あまりにも日数がかかり過ぎる。

しかし、どのみち先に進まなければ日本には行けない。

 

「どうしますか?艦長‥‥」

 

クリスがシュテルに戻ってアフリカの喜望峰経由で日本を目指すか、このままここでブルーマーメイドが海賊を摘発して、規制が解けるのを待つか。

 

「アフリカ経由ですと、学校に連絡をして、マダガスカルあたりで補給をしないといけませんね」

 

メイリンがもし、アフリカの喜望峰経由で行くのであれば、セイロン島の前にマダガスカル島で補給をしなければならないことを言う。

 

「でも、それだと約束の期日に間に合うかな?」

 

留学先の日本でもカリキュラムがあるので、それに間に合うように日本に到着しなければならない。

 

「‥‥」

 

シュテルがどうしたものかと考え込んでいると、

 

「こらっ!!いい加減にしなさい!!」

 

「もうっ、分かったから放してよ!!」

 

他のブルーマーメイドの隊員がセーラー服姿の同年代の少女の腕を引いていた。

 

「自分で歩けるからさぁ!!」

 

腕を引かれていた少女は強引に自分の腕を掴んでいたブルーマーメイドの隊員の腕を振り払う。

 

「そもそも、いつまで足止めさせる気なのさ‥‥」

 

「なにか言いました?」

 

「いいえ、何も言っていません!」

 

それから少女は隊員からある程度の距離をとると、

 

「『堅物ブルマー』って言ったんだよ!!」

 

「こらぁ!!」

 

少女と隊員のやり取りは、問題児と学校の教師のようだった。

 

「なんだ?あの連中は‥‥?」

 

ユーリが訝しむ様に少女を見て呟く。

 

「えっと‥‥あの制服は‥‥イタリアのタラント校の生徒ですね」

 

メイリンがタブレットで少女が来ていた制服を調べて彼女がイタリアにあるタラント海洋学校の生徒だと突き止める。

 

「ちぇっ、融通が利かないなぁ~」

 

愚痴を言いながらタラント校の少女がシュテルたちの方へとやってきた。

 

「あっ、こっちに来た‥‥」

 

「ん?やっほ、その制服、もしかしてドイツの人?」

 

しかも話しかけてきた。

 

「君たちも、もしかしてここで足止めをくらっているの?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

シュテルたちは先程のやり取りを見て、彼女にはあまり関わりたくないなぁ~と思った。

 

「そっか、そっか、それじゃあ、私たち仲間だね」

 

同じく足止めをくらっていることから自分たちは仲間だと言う少女。

 

「私はタラント校の航洋艦、リンチェの艦長、アンネッタ。ドイツ艦の艦長さん、どうもねぇ♪」

 

タラント校の生徒、アンネッタ・パリオッティは自己紹介しながら、クリスに握手を求めてくる。

 

「あっ、どうも‥‥私は副長のクリスです」

 

「えっ?君が副長なの?てっきり艦長かと‥‥」

 

「艦長は、こっちです」

 

クリスはアンネッタにシュテルを紹介する。

 

「えっ!?その目つきが悪くてぼぉっとしていそうな人が艦長!?いやぁ~ごめん、ごめん」

 

アンネッタはシュテルが艦長であることに驚いている。

 

「この目は生まれつきだ。あなたこそ、艦長ならば身だしなみを整えたらどうだ?‥‥あばれたせいで、胸のパットがずれているぞ」

 

「あはははは!!言われてやんの艦長!!」

 

アンネッタの隣に居たもう一人のタラント校の生徒‥リンチェの副長はシュテルの指摘を受けたアンネッタを見て大爆笑している。

 

「う、うるさい!!笑うな!!」

 

(コント集団か?こいつらは‥‥?それとも漫才部にでも所属しているのか?)

 

タラント校の生徒たちのやり取りを見て、コントのように思えたシュテルだった。

 

それからシュテルたちドイツ組とアンネッタたちイタリア組は近くのレストランに入る。

 

「いやぁ~さっきはごめんね。実は私たちも一週間、ここに足止めをくらっちゃってね。仲間を見つけて、ついテンションが上がっちゃったのさ。このままだといつまで経っても日本には行けないしね」

 

「へぇ~‥‥あなたたちも日本を目指しているの?」

 

「そう、留学で日本の『サセボ』ってところを目指しているのさ。君たちもそうだろう?」

 

「ええ‥‥もっとも、私たちは横須賀だけどね。でも、イタリアでも似たような話があるんだね」

 

「もちろん!日本は国土の沈降と言う大きなハンディを克服するため、世界随一の海洋技術を開発した国家だ。その技術力を学ぶカリキュラムはどの学校でも必須さ」

 

アンネッタは日本への留学が決まったことを誇り高く言うが、

 

「まぁ、私らは落第寸前だからそんなのよりも単位が欲しいだけなんだよね」

 

リンチェの副長が本音をぶちまける。

 

「言うなよ!!」

 

 

(なんか、千葉村の葉山たちと同じだな‥‥)

 

千葉村での葉山たちも内申点を目当てにボランティア活動に参加していた。

リンチェクラスも日本での留学で技術を学ぶというよりも留学に参加することで貰える単位を目当ての様だ。

 

「ま、まぁ、つまり、これ以上日本への到着を遅らせたくはないんだ。だからさ、私たちと協力してここから抜け出さないか?」

 

「‥‥それは、つまりブルーマーメイドの指示を破ると言うことか?」

 

アンネッタの提案はブルーマーメイドの指示を破って海賊が出現する海域を強行突破すると言うことだ。

ブルーマーメイドの指示を破ると言うことで、ヒンデンブルクの幹部は動揺する。

 

「二隻で行けばきっとブルマーを振り切れるし、海賊も怖くないって♪~ましてや、そっちは超弩級の戦艦なんだし楽勝だって♪~それに君たちもここで足止めは嫌だろう?」

 

アンネッタは学生艦とはいえ、旧軍艦二隻ならば、ブルーマーメイドの規制線を突破出来るだろうし、海賊も戦艦のヒンデンブルクを相手に襲い掛かっては来ないだろうと言う。

 

「‥‥確かに魅力的な提案だな」

 

「か、艦長!?」

 

(おっ、喰いついた‥‥)

 

シュテルはアンネッタの提案に乗ろうと言うのかとクリスは思わず声をあげる。

 

「民間船を改造しただけの武装海賊船相手なら、確かにヒンデンブルクが負けるはずがない。そんな奴らのために時間を無駄にするわけにもいかないな‥‥」

 

リンチェはアンネッタの話では彼女らは一週間もここに足止めされている様だし、アフリカの喜望峰経由では時間がかかり過ぎる。

ブルーマーメイドがここの海賊を捕まえるのもいつになるのか分からない。

日本を目指すのであれば、アンネッタの提案を受けるべきなのかもしれないが‥‥

 

「だが、断る。そんな自分勝手な利害だけで、海を出るほど、我々は愚かではない。艦長として、ヒンデンブルクの乗員全員をそんなことに巻き込むわけにはいかない!!」

 

シュテルははっきりとアンネッタの提案を拒否した。

 

(それにコイツからは何となく相模と同じ匂いがするからな‥‥)

 

強行突破に失敗したら、アンネッタはシュテルたち、ヒンデンブルクに責任を押し付けてきそうだった。

大方、『ヒンデンブルクの人たちに大砲で脅されて無理矢理やらされた』とでも言う気だろう。

 

「‥‥やれやれ、交渉決裂か‥‥残念」

 

アンネッタはあっさりと引いた。

 

(あっさり過ぎるな‥‥こいつ、何か企んでいるな‥‥)

 

あまりにもあっさり過ぎるアンネッタの行動に妙な違和感を覚えるシュテルだった。

実際にアンネッタの顔からは何かを企んでいますと言う雰囲気があったからだ。

 

 

それからシュテルたちはヒンデンブルクに戻って他のクラスメイトに現状を伝えるために艦へと戻っていた。

 

「彼女たち本気でしょうか?」

 

「さあね‥‥たとえ本気でもこっちに迷惑がかからなければそれでいい」

 

「それにしても艦長が向こうの提案を断ってくれて良かったですよ」

 

「当たり前だ」

 

「確かにいくら足止めをされているのは分かりますが、やり過ぎですね」

 

メイリンは自分たちよりも足止めの期間が長いとはいえ、ブルーマーメイドの指示を破って海賊が出現する海域を突破するのはあまりにも無茶苦茶だと言う。

 

「でも、海賊か‥‥規制が解けるのはいつになることやら‥‥」

 

ユーリはこの海域の海賊がいつ捕まるのか見当もつかないことに思わずため息が出る。

 

「いっそ、開き直って此処(マルタ島)でバカンスでもするかな?」

 

「ちょっ、シュテルン!?」

 

「冗談だよ」

 

海賊の規制が解けるまで、アフリカの喜望峰経由を止めてここで待って、マルタ島でバカンスを楽しむかと冗談をほのめかす。

その時、

 

ヒュー‥‥ドーン!!

 

突然、港の方から大きな音がした。

音がした方を見ると、空には花火が打ちあがる。

 

「花火?」

 

「なんで、この季節に?しかも、この場所で‥‥?」

 

今日はマルタ島でお祭りなどのイベントは無く、花火を打ち上げるような予定もない。

 

「それにおかしいな‥あの花火‥‥」

 

「ええ、心なしか、ヒンデンブルクの方から上がっているようにも見えます‥‥」

 

「ま、まさかっ!?」

 

「えっ?艦長!?」

 

「どうしたのさ!?シュテルン!?」

 

シュテルがヒンデンブルクへと走って戻る。

他の幹部生徒もシュテルの後を追いかける。

そして、

 

「あっ!!アレ!!」

 

「さっきのタラント校の奴だ!!」

 

ヒンデンブルクの近くでは、先程のタラント校の生徒‥‥リンチェの副長がスキッパーの後ろに花火筒を取り付けて走り去っていくのか見えた。

 

「くっ、図られた‥‥アイツら、私たちを囮に使いやがった‥‥」

 

シュテルは怒りで目を細める。

その為なのか、口調も荒く汚い。

 

「えっ?囮‥ですか!?」

 

「ああ、アイツら、ヒンデンブルクの近くで花火を打ち上げて、ブルーマーメイドの目をこちらに惹きつけてその隙に規制海域を突破するつもりなんだ!!」

 

「あの人たち、私たちを無理矢理巻き込んだな‥‥」

 

クリスもシュテル同様、アンネッタたちの行動に怒りを抱いていた。

 

「ど、どうしますか?ブルーマーメイドに説明を‥‥」

 

メイリンはブルーマーメイドの隊員に決してこの騒動にヒンデンブルクは関係していないことを説明するかと提案するが、

 

「いや、時間をかければ連中の思うつぼだ‥‥そっちがその気ならば‥‥出航準備!!」

 

「ええええっー!!」

 

「連中を追いかけてブルーマーメイドにつきだしてやる!!」

 

このままでは冤罪をかけられそうなので、シュテルたちはリンチェを取っ捕まえてブルーマーメイドに突き出してやるつもりで、急いで出航した。

 

その頃、シュテルの読み通り、ブルーマーメイドの目がヒンデンブルクに向かっている頃、リンチェはマルタ島の沖へと向かっていた。

 

「あはははは!!やっぱり、私って天才だな!!ヒンデンブルクの連中には悪い事をしたけど、これも単位のため!!まっ、どうせ海賊も倒すつもりだったし♪~そしたら、規制も解けてアイツらも日本へ行けるんだから結果オーライじゃん!!私ってやさしー♪~」

 

アンネッタが艦長を務めるリンチェは、レオーネ級駆逐艦の一隻であるが、前世(史実)では、未完成となった艦だった。

駆逐艦の艦種に相応しい最大速力34ノットの高速を出せる艦で、武装は12cm(45口径)連装速射砲4基8門、4cm(39口径)単装ポムポム砲2基2門、2cm(65口径)連装機関砲2基4門、53cm連装魚雷発射管2基4門、機雷は60発を搭載することができる。

相手が非武装の民間船を改造した民間武装船相手ならば、駆逐艦でも十分に戦える。

アンネッタはこのまま、地中海の規制海域を突破して、万が一海賊船が現れても十分に対応できると思っていた。

 

「艦長!!」

 

「ん?どうしたの?」

 

「ヒンデンブルクがブルーマーメイドの艦を引き連れて追ってきます!!」

 

「はぁっ!?」

 

アンネッタとしては、自分の提案を蹴ったシュテルなのだから、あのままマルタ島に残っていると思ったのだ。

ブルーマーメイドの目がヒンデンブルクに向かっている間もヒンデンブルクはそのまま港に停泊して、そのまま聴取を受けているのかと思っていた。

聴取の間に時間と距離は十分に稼げるはずだった。

しかし、ヒンデンブルクは‥‥シュテルは、アンネッタの予想に反してブルーマーメイドを引き連れて追いかけてきた。

 

「ヒンデンブルク号!!直ちに停船しなさい!!」

 

後方から追いかけてくるブルーマーメイド艦からは船外放送でヒンデンブルクに停船命令を出してくる。

しかし、ヒンデンブルクは停船せずにリンチェを追いかけて行く。

 

「か、艦長、これって絶対私たちも命令無視して、規制海域へ向かっているように見えますよね?」

 

舵を握っているレヴィは自分たちも命令違反で処罰されないか心配の様子。

 

「構わん!!このまま進め!!航行しながら、ブルーマーメイド艦に通信を入れて事情を説明しろ!!例え、ブルマーが信じなくてもあの連中を取っ捕まえることは出来るからな‥‥」

 

シュテルはニヤリと口元を歪めて不気味に笑っていた。

 



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51話

日本への留学のため、ドイツのキールを出港し、地中海、スエズ運河経由で日本を目指していたヒンデンブルクであったが、地中海に入り、スエズ運河を目指していた頃、突如、ブルーマーメイドのインディペンデンス級沿海域戦闘艦がやってきて停船命令を出してきた。

 

流石にブルーマーメイドの指示を無視するわけにもいかないので、ヒンデンブルクは一番近い港町である、マルタ島に停泊した。

 

そして、マルタ島にてブルーマーメイドの隊員からスエズ運河付近の海域で海賊が出没するので、現在その周辺海域が海上封鎖されている事実を知る。

 

日本へ行くにはスエズ運河以外にもアフリカの喜望峰を回るコースもあるが、それだとかなりの時間がかかる。

 

ブルーマーメイドが海賊を捕まえて海上封鎖が解けるのをまつか?

 

それとも時間がかかってもアフリカの喜望峰経由で日本を目指すか?

 

ヒンデンブルクの幹部が考えていると、同じくここで日本行きへの足止めをくらっているイタリアのタラント校の生徒がいた。

 

レオーネ級駆逐艦のリンチェ艦長のアンネッタだった。

 

彼女は日本へ行くため、シュテルたちに封鎖海域の強行突破を提案してきた。

 

しかし、シュテルは前世の経験とヒンデンブルクの艦長として彼女の提案を蹴った。

 

強行突破するのをアンネッタたち、リンチェ一隻でするのであれば、別に構わないと思った。

 

だが、彼女たちはココに一週間足止めをくらい、その間も何度か強行突破を試みた様子があった。

 

アンネッタを初めて見た時も、彼女はブルーマーメイドの隊員に引っ張られていた。

 

あの時も強行突破を試みたが失敗に終わり、ブルーマーメイドの隊員に捕まったのだろう。

 

これまでの失敗の経験とこれ以上の足止めは御免だと思ったアンネッタはなんと、ヒンデンブルクを強制的に巻き込んで、封鎖海域の強行突破を試みたのであった。

 

自分たちがダシに使われたことにシュテルは大激怒。

 

ブルーマーメイドの艦を引き連れてリンチェを追いかけ始めたのだった。

 

「艦長、どうしましょう!?」

 

リンチェでは、まさかヒンデンブルクがブルーマーメイドの艦を引き連れて自分たちを追いかけてくるなんて予想外だった。

 

自分の提案に乗ってこなかったことから、ヒンデンブルクの艦長、シュテルは頭の固い堅物だと思ったからだ。

 

ヒンデンブルクがブルーマーメイドを港で引き留めている間に自分たちは封鎖海域を一気に突破してスエズ運河に入り込み、アラビア海へと抜けるつもりだった。

 

スエズ運河まで来てしまえば、ブルーマーメイドも追いかけてくるのを諦めると思っていたのだ。

 

舵を握るリンチェの航海長が不安そうに自分に指示を訊ねてくる。

 

「ヒンデンブルクの最大速力は31ノット‥‥こっちは34ノット出るんだ!!このまま逃げ切る!!機関長!!機関最大!!」

 

例え、ヒンデンブルクがブルーマーメイドを引き連れて来てもこっちは最大速力でヒンデンブルクと3ノットの差があるので、このまま逃げ切れるとアンネッタはこの時はまだそう思っていた。

 

しかし、またもやシュテルは自分の予想外の行動に出る。

 

「ユーリ!!」

 

「は、はい!!」

 

「第一、第二副砲に模擬弾装填!!」

 

「えっ?シュテルン!?」

 

「艦長、リンチェに砲撃を加えるつもりですか!?」

 

シュテルの命令を聞いて、ユーリもメイリンもドキッとする。

 

いくら模擬弾でも他国の学生艦にいきなり砲撃なんて乱暴すぎる。

 

もし、リンチェの乗員に負傷者‥最悪死亡者を出せば、日本への留学なんて泡と消え、外交問題に発展すれば、退学処分になってしまう。

 

「いや、敢えて外して速度を鈍らせる。このままではいずれ、振り切られるからな‥‥」

 

それでも、問題はありそうだ。

 

「通信長」

 

「は、はい」

 

「威嚇射撃をする旨をブルーマーメイドの方にも伝えておいて‥‥それと、こちらからも停船命令をリンチェに送って‥‥リンチェがこちらの停船命令に従えば、砲撃はキャンセル。しかし、このまま停船命令を無視して逃げる様ならば、威嚇射撃をする」

 

「わかりました」

 

通信長はブルーマーメイドの艦にこれより、リンチェに対して停船命令を送り、その命令に従わぬようであれば、リンチェに対して威嚇射撃を行うことを伝えた後、リンチェに対して停船命令を送る。

 

「か、艦長、ヒンデンブルクから停船命令です」

 

「停船命令?無視だ!!無視!!やっとここまで来たんだ‥‥諦めてたまるか!!」

 

「しかし、艦長、ヒンデンブルクからは停船しない場合は砲撃すると言ってきています」

 

「そんなのブラフに決まっているだろう」

 

「ですが‥‥」

 

「私たちはイタリアのタラント校の生徒で、向こうはドイツのキール校の生徒だ。他校‥ましてや、他国の学生艦に対してそう簡単に攻撃なんてするはずがない!!」

 

「そ、そうですよね‥‥」

 

アンネッタの言葉を聞いて、リンチェの艦橋には安堵感が生まれる。

 

だが‥‥

 

ドーン!!ドーン!!

 

後方から発砲音が聞こえてきたかと思ったら、

 

ザパーン!!ザパーン!!

 

「ぬぅぉっ!!」

 

「きゃっ!!」

 

リンチェの周囲に水柱が立つ。

 

「ひ、ヒンデンブルク、発砲!!」

 

「ほ、本当に撃ってきた!!」

 

「くっ、一体、どういうつもりだ?あの艦長‥‥」

 

アンネッタはシュテルがイカレているんじゃないかとさえ思った。

 

「か、艦長どうしましょう?」

 

「‥‥ここまで来たんだ。今更諦めてたまるモノか!!このまま進め!!」

 

「で、でも‥‥」

 

「所詮威嚇射撃だ。ヒンデンブルクはこちらに当てるつもりはない!!」

 

撃たれても、ヒンデンブルクはリンチェの船体に当てることはない筈だ。

 

それこそ、国際問題に発展する。

 

このままスエズ運河に逃げ込めば、ブルーマーメイドもヒンデンブルクも追撃を諦めるだろうと思っていたが、

 

リンチェはそれでも万が一を考えてヒンデンブルクの砲撃を回避するかのようにジグザグ運転をしながらスエズ運河を目指して逃亡する。

 

だが‥‥

 

「か、艦長!!」

 

「今度はなに!?」

 

「ぜ、前方にブルーマーメイドの艦が!!」

 

「な、なんで‥‥」

 

アンネッタはどうして、自分たちの前にブルーマーメイドの艦が居るのか理解出来なかった。

ブルーマーメイドの艦は自分の後方‥‥ヒンデンブルクの後方に居るはずだった。

 

それは自分たちの前に居る。

 

新たな援軍か?

 

リンチェの乗員たちはブルーマーメイドが新たな援軍を要請したのかと思ったが、そうではなかった。

 

ユーリはリンチェの逃走経路を予測して、副砲を撃ち、ブルーマーメイドが網を張っていた方へと追い込んだのだ。

 

リンチェはスエズ運河に向かって逃げ込んでいるかと思ったら、ヒンデンブルクの砲撃を躱す内に大きく旋回してマルタ島の方へと戻っていたのだ。

 

そこをヒンデンブルクの後ろから追いかけてきたブルーマーメイドの艦がリンチェを捕まえた。

 

「あいつら~やってくれたなぁ~!!」

 

「リンチェ号!!直ちに機関を停止しなさい!!」

 

ブルーマーメイドの艦からはスキッパーも数隻降ろされ、完全にリンチェを包囲した。

 

「く、くそ~‥‥降参だ‥‥」

 

流石にここまで来てはもう、この包囲網を突破するのは無理だったので、リンチェは大人しく、ブルーマーメイドの指示に従った。

 

マルタ島から脱出して、スエズ運河を目指していたリンチェは、ふりだしであるマルタ島へと戻ることになった。

 

日が昇ると、

 

「イタリア艦の逃走阻止の協力に感謝します。私はこの海域を担当しているリンゴルです。君たちのおかげで無事にリンチェを確保できました。とはいえ、威嚇射撃をするのは少々やり過ぎでしたけど‥‥」

 

ヒンデンブルクの乗員はブルーマーメイドの隊員からやり過ぎではあるが、リンチェを無事に捕まえることが出来たので、結果オーライだった。

 

リンゴルと名乗るブルーマーメイドの隊員は、この海域を担当する主任ブルーマーメイドの隊員である。

 

彼女の後ろにはあの眠そうな隊員があくびをして立っている。

 

(いくら、徹夜続きで眠くても、学生の前であくびをするのは止めなさい)

 

「いえ、こちらこそ、ご理解を頂き恐縮です」

 

他国の学生艦に威嚇とはいえ、発砲したのだから、国際問題ギリギリの行為であったが、リンゴルはそれを不問に付してくれた。

 

「あーあ、折角、私たちが海賊を取っ捕まえてやろうと言っているのにさぁ!!」

 

「おとなしくしなさい」

 

アンネッタはブルーマーメイドの隊員に襟首を掴まれている。

 

「黙りなさい、全く」

 

(ある意味、海賊よりも厄介な人ね‥‥)

 

クリスはアンネッタを見てそんな印象を受ける。

 

「でも、急いでいる中、ごめんなさい。海賊問題はまだかかりそうなの」

 

「そうですか‥‥」

 

(うーん‥‥これなら、アフリカの喜望峰経由で日本を目指すか‥‥)

 

海賊問題が収束しなければ、このままここで足止めをくらいそうであり、しかもその海賊問題がいつ、解決するのかさえも目途が立っていない。

 

それならば、いつ解決するか分からない海賊問題を放置して、アフリカの喜望峰経由で日本を目指したほうがむしろ早いのかもしれないと思うシュテル。

 

そもそも、自分はブルーマーメイドではなく、一介の学生‥‥

 

海賊問題にむやみやたらに首を突っ込み、乗員を危険にさらすわけにはいかない。

 

「よければ何らかの措置がとられるよう、我々の方から学校側に連絡をしておきましょう」

 

「ありがとうございます」

 

「では、艦長。あなたの名前は?」

 

「碇‥‥シュテル・H(八幡)・ラングレー・碇です」

 

「碇?もしかして、昨年、ナポリで臓器密売の犯罪組織の逮捕、そして今年の夏にドーバー海峡で海賊を捕まえ、更にダートマスの街で起きた連続殺人事件を解決したって言う‥‥」

 

「えっ?ええ‥‥」

 

「それだけ、優秀な学生なら、日本への留学も当然ね‥‥もしよければ、我々の護衛つきと言う条件で、特別にこの海域を航行させましょうか?」

 

「いいんですか?」

 

「ええ、調査の結果、海賊は夕方から夜にかけて出没することが判明しているから、日中に渡ってしまえば問題ないでしょう」

 

「ずるいぞ!!贔屓だ!!」

 

リンゴルの提案にアンネッタは当然、納得が出来ずに不満な声をあげる。

 

「はいはい、わかったわ。貴方たちもついてきなさい」

 

「えっ?主任、マジですか?」

 

流石にアンネッタをこのままここに残してはいずれまた、脱走騒動を起こしそうなので、リンゴルはリンチェも連れて行くことにした。

 

まさか、これまでの実績でこの足止めを何とか打開できることにヒンデンブルクの乗員は喜んだ。

 

早速艦に戻って、出航準備をしようとした時、シュテルはふらつき、そのままその場に倒れた。

 

「艦長!!」

 

「シュテルン!!」

 

慌てて、クリスたちが駆け寄り、シュテルを抱き起す。

 

「うわっ、凄い熱‥‥」

 

「やっぱり、体調不良だったんだ‥‥」

 

シュテルはそのまま医務室へと運ばれ、彼女が回復するまで、ヒンデンブルクの指揮は副長であるクリスが執ることになった。

 

先程、リンチェを追いかける時、妙にテンションが高かったのは、相模に似たアンネッタに利用されたことによる怒りと体調不良からくる異常なテンションからによる原因だった。

 

「リンゴル主任、スキアーヴィ、トーナ、出航準備整いました」

 

ブルーマーメイドの艦は出航準備が整い、いつでも出航できる状態となる。

 

「よろしい、両艦とも指示があるまで待機。あとは学生艦たちか‥‥」

 

「失礼します。ヒンデンブルク副長のクリス・フォン・エブナーです」

 

「記録員のメイリン・ホークです」

 

「連絡が遅れて申し訳ありません。ヒンデンブルクも出航準備が整いました」

 

「わかりました。そちらも指示があるまで待機をお願いします」

 

「はい」

 

「ところで、碇艦長はどうしました?姿が見えないが‥‥?」

 

「艦長は突然の体調不良の為、現在療養中です」

 

「そうですか‥‥まぁ、艦長というモノは、見えない疲労が溜まるモノだ。君たちも気にかけてやるんだぞ」

 

「はい」

 

あとはリンチェの状況だけだが、未だにアンネッタからは報告がない。

 

そこへ、

 

「ずみまぜん~おぐれまじだ~」

 

フラフラとなり、リンチェの副長に支えられたアンネッタがやって来た。

 

「すみません。ここ数ヶ月の蓄積疲労が‥‥」

 

アンネッタはここ数ヶ月間の疲労がピークに達して今現在、フラフラとなっていると言うが、

 

「いや、本当は昨日バカ騒ぎをしたせいッス」

 

「だから言うなって!」

 

前祝いでもしたのか?

 

それとも、昨日の脱走騒動の始末書でも書かされたのか?

 

少なくとも数ヶ月の蓄積疲労でフラフラになっていたわけではない様だ。

 

「あれは別物だ」

 

「わかっています」

 

リンゴルとクリスが呆れるような白い目でフラフラなアンネッタを見ていた。

 

「ちょっ、そこ!!なに残念そうな顔をしているの!?」

 

アンネッタはリンゴルとクリスの視線に気づき、声を上げる。

 

彼女は自分が何故、残念そうに見られているのか理解できないようだった。

 

(ある意味、由比ヶ浜さんと似たタイプの人間ですね‥‥)

 

クリスはアンネッタと由比ヶ浜が同類に見えた。

 

「でも、これでようやく、マルタともおさらばだ!!ありがとな!!」

 

一週間以上このマルタ島で足止めをくらったが、これでなんとか日本を目指すことができるので、フラフラになりながらもテンションは高かった。

 

「随分と馴れ馴れしいな‥‥こっちは巻き込まれて迷惑を被ったのに‥‥」

 

「まだ怒ってんの?ほんと、昨日の事は悪かったてば‥‥」

 

「‥‥」

 

アンネッタは目を潤ませて上目遣いでクリスに謝るが、どうもそれも芝居がかっていてどうも信用が置けない。

 

「反省しても貴女が私たちを利用した事実は変わらないんだから」

 

クリスが注意すると、

 

「胸が小さい者同士仲良くしようよ~そんなんだと、胸と同じで、人間としての器も小さい人だと思われるよぉ~」

 

「こ、殺す‥‥ぶっ殺す‥‥叩き殺してやる‥‥!!」

 

完全にキャラ崩壊を起こしているクリス。

 

「ふ、副長!!落ち着いて!!」

 

知らなかったとはいえ、クリスにとって禁句である胸について平然と語るアンネッタ。

 

そんなアンネッタに対して、メイリンは慌ててクリスを抑える。

 

「‥‥とりあえず、日の出と共に出航の指示を出すから待機していなさい」

 

「はい」

 

そして、日の出と共にブルーマーメイドの艦であるスキアーヴィ、トーナの二隻、ヒンデンブルクとリンチェはマルタ島の港を出港した。

 

「地中海だ!!」

 

「艦長、マルタ島周辺も地中海ですよ」

 

「知っているよ。喜びを表したかったんだよ!!」

 

「じゃあ、恥ずかしいのでやめてください」

 

「ないをぉぉぉー!!」

 

スピーカーからはアンネッタのはしゃいだ声が聞こえる。

 

連携と指示を出しやすいために四艦の通信回線は開かれたままとなっている。

 

「向こうは相変わらず騒がしいな」

 

クリスはそう言うが、長い船生活にはああいったマスコットの様な人物は意外と貴重な人材であったりもする。

 

「こら、飛ばすんじゃない!!我々の後方につけ!!」

 

「はいはーい」

 

リンチェはその快足を活かして、一番先頭を航行している。

 

日中は海賊の目撃や出没は確認されていないが、それでも何があるのか分からない。

 

ブルーマーメイドとして、学生の安全も確保しなければならない。

 

だからこそ、学生艦であるリンチェには先行しないように注意を促した。

 

 

「いい天気ですね」

 

天気は快晴で、波も穏やかで絶好の航海日和だった。

 

「ほんと、こんな海に海賊が居るなんて想像できないわね」

 

「そうね‥‥この先も何事もなければいいんだけど‥‥」

 

「でも、海賊と言っても民間船を改造した船でしょう?」

 

「そうは言っても、情報では結構な魔改造をしているみたいで、割と武装しているみたい」

 

艦橋で、艦橋要因たちが、天候やら、この規制海域に出没する海賊について話していると、

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ゼェ‥‥ゼェ‥‥」

 

マスクをつけたシュテルがふらつく足取りで艦橋へと上がってきた。

 

「艦長!!」

 

「医務室で寝ていないと!!」

 

「昨夜よりは、だいぶ熱は下がった‥‥それで、状況は?」

 

シュテルはやはり、規制海域を特別に航行許可が出たとはいえ、やはり海賊が出る海域なので、心配になって医務室から出てきたのだ。

 

「何を言っているんですか!?体調不良なのに!!」

 

「そ、そうですよ。まだ寝ていないと‥‥」

 

「し、しかし‥‥」

 

「副長である私の役割は艦長の補佐です。艦長が戻るまでは、私が何とかしますから」

 

「うぅ~‥‥」

 

「それに、ここに居てまた倒れられたり、他の乗員に風邪をうつす方が迷惑です」

 

「むぅ~‥‥」

 

確かにクリスの言うことも最もであり、ここは引き下がるしかなかった。

 

「で、では、航行ルートだけでも教えてくれ」

 

「は、はい。現在、私たちはリビアのトリポリを目指して南下しています。トリポリ入港以降は、日中のみを航行し、アフリカ大陸沿いに四日かけて地中海を進みます」

 

メイリンはタブレットに表示された電子海図をシュテルに見せてこれからの航海ルートと日程を伝える。

 

ブルーマーメイドの護衛でマルタ島から350キロ離れたアフリカ‥リビアにあるトリポリを目指し、翌日にはミスラタ、次の日(ニ日目)にはスルト、三日目にはラス・ラーヌーフ、四日目にはバンガージーへと入港してそれから、スエズ運河を通り、アラビア海へと入るルートだ。

 

「うーん‥‥時間はかかるが仕方がないか‥‥」

 

本来ならば、マルタ島でブルーマーメイドが海賊を捕縛するまで待機するか、アフリカの喜望峰経由で日本を目指さなければならないところをこうして特別に航行許可をだしてくれたのだから、贅沢は言えないし、いつ解除されるか分からない規制をまったり、アフリカの喜望峰経由で日本を目指すよりは、早いかもしれない。

 

「さっ、艦長。航海ルートも分かったのですから、医務室に戻ってください」

 

「うぅ‥‥」

 

確かに航海ルートを聞いたら医務室に戻る言った手前、医務室に戻らなければならないようだ。

 

ジィー‥‥

 

「わ、分かった。大人しく寝ているから、そんなに睨まないでよ」

 

クリスから睨まれてはシュテルとしては引き下がるしかなかった。

 

航海は順調に進んでいる中、

 

「はぁ~あ~‥‥飽きたなぁ~‥‥」

 

マルタ島出航時には高テンションだったアンネッタは何も起きない平穏な航海に飽きが来て甲板で寝ころんでいた。

 

「ハァ、もうお昼は過ぎたか‥‥午前中までだったなぁ~テンションが上がったのは‥‥」

 

「ブルマーもいるから自由に動けないっスもんね」

 

リンチェの副長がアンネッタの傍で現状から、下手な行動をとれないことを伝える。

 

ここで航路を逸脱して、スエズ運河を目指したら、それこそ、マルタ島に連れ戻されてしまうか留学の話すら取り消しになってしまう。

 

そうなれば折角の単位ももらえない。

 

よって、単位のため、日本を目指すのであれば、このまま大人しくしているしかない。

 

「なんか面白いことない?」

 

アンネッタは近くで洗濯物を干していた主計科の生徒に訊ねる。

 

「ええ!!やめてくださいよ!!艦長ってば、トラブルメーカーなんですから!!」

 

リンチェの乗員からもアンネッタはトラブルメーカーと言う認識がされていた。

 

まぁ、あそこまでの騒動を起こせば嫌でもそう認識をされて当たり前だ。

 

問題なく、無事に日本に着くにはアンネッタが大人しくしていなければならないのがリンチェにとって最大の問題なのだろう。

 

「副長~なんか面白いことない?」

 

アンネッタは次に副長に訊ねる。

 

すると、

 

「そういえば、機関科の連中が面白そうなことをしていましたよ」

 

と、余計なことを言って、アンネッタの好奇心に火をつけてしまった。

 

「ちょっ、副長!!余計なことを言わない‥‥って、艦長早っ!!」

 

ついさっきまで甲板にやる気なさそうにグテ~っと寝そべっていたアンネッタは物凄いスピードで機関室へと向かった。

 

そしてリンチェの機関室では‥‥

 

「わっ、艦長!!」

 

「私も混ぜて~」

 

「ちょっと、そこは‥‥!!」

 

機関室からは何やら機関員の慌てた声がしたと思ったら‥‥

 

ボッ!!

 

轟音と共に艦全体が揺れる。

 

次に‥‥

 

ドゴォォォー!!

 

機関室から轟音と共に火災が発生して機関が止まった。

 

「ごめーん、エンジン止めちゃった~♡」

 

「あはははははは」

 

アンネッタがエンジンをぶっ壊したのが原因だが、彼女が機関室へ行く原因となったリンチェの副長は壊れたように声を上げて笑う。

 

副長としてもまさか、アンネッタがエンジンを止めるとは思ってもいなかったのだろう。

 

「なにしてんですか!?艦長!!」

 

「うわっ!!火が出ている!!」

 

「早く消火して!!」

 

リンチェの乗員たちは慌てて消火活動を行った。

 

 

 

 



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52話

日本への留学のため、スエズ運河経由で日本へ向かっていたヒンデンブルクであったが、地中海のマルタ島付近で、ブルーマーメイドから足止めをくらった。

 

その理由がここ最近、地中海で海賊が出現するからだと言う。

 

同じく日本へ向かっていたイタリア、タラント校の学生艦、リンチェはヒンデンブルクよりも長い、一週間もこの海域に足止めをくらっており、打開策として、ヒンデンブルクを囮に使い制限海域の突破を図るも失敗に終わった。

 

ヒンデンブルクもリンチェ同様、ここで足止めをくらうのか?

 

それともアフリカの喜望峰経由で日本を目指すか?

 

どちらの選択肢をとるか迷っていた中、シュテルのこれまでの功績から、ヒンデンブルクはブルーマーメイドの護衛付きと言う条件で制限海域を航行する許可をもらった。

 

リンチェの艦長、アンネッタはこれに対して不満を零すと、ブルーマーメイドの隊員、リンゴルはリンチェにも同様の条件を出して、制限海域の航行を許可した。

 

ブルーマーメイドの護衛付きでヒンデンブルクとリンチェはまず、最初の寄港地、リビアのトリポリを目指した。

 

日中は、海賊は出現せず、またこの周辺海域がブルーマーメイドによって航行を制限されているので、他の船舶の姿はなく、平穏な航海だった。

 

しかし、その平穏な航海に暇なアンネッタは何か変わったこと、面白いことがないかをクラスメイトに訊ねると、リンチェの副長が機関科のクラスメイトが今、大変な事を伝えると、アンネッタは嬉々として機関室へと向かった。

 

彼女としては機関科のクラスメイトを手伝うつもりだったのだが、持ち前のトラブルメーカー体質が災いして、リンチェの機関が停止し、更には火災まで発生した。

 

幸い、大きな火災ではなかったので、すぐに消火されたが、リンチェは航行不能となった。

 

「なにをやっとるか!!」

 

「すみません」

 

リンゴルはアンネッタを呼び出して説教をする。

 

「それで、リンチェは動かせそうか?」

 

「ダメですねぇ~‥‥直すには港で修理しないと~‥‥」

 

リンゴルが部下にリンチェの状態を訊ねると、現状でリンチェを航行させるのは不可能。

港できちんとした修理を受ける必要があった。

 

「しかたない。我々二隻で曳航する」

 

航行不能となったリンチェをこのままここに放置するわけにはいかないので、リンチェはスキアーヴィ、トーナが引っ張ってトリポリを目指すことになった。

 

駆逐艦とは言え、動かない船を曳航しているので、速力は絞られる。

 

「速度は10ノット程度か‥‥」

 

曳航されているリンチェを見ながらリンゴルが呟く。

 

「本日の日没が18時40分ですから~今の速度でトリポリを目指すとなると~‥‥予想到着時刻は21時30分ですねぇ~」

 

「ふぅ~‥‥頭が痛い」

 

順調にいけば太陽が昇っている間にトリポリに到着できる筈だったのだが、リンチェが航行不能となり、曳航で速度が絞られているため、トリポリの到着が完全に夜となった。

 

夜間は海賊が出没する時間帯でもあるので、より厳重な航海となる。

 

学生艦を守りながらの航海にリンゴルは頭を抱えることになった。

 

 

「疫病神なの?自分からわざわざお荷物になるとは‥‥」

 

ヒンデンブルクの艦橋にあるウィングから、リンチェとブルーマーメイドのやり取りを見ていたクリスは愚痴をこぼす。

 

「流石に私だってあそこまで大勢の人にここまでの迷惑はかけないよ‥‥」

 

ユーリも人に迷惑をかけることがあっても、ここまで大勢の人に迷惑をかけることはないと自分とアンネッタを比較しながら言う。

 

「ある意味、才能ですね」

 

メイリンが引き攣った顔で呟く。

 

「それより、副長。トリポリの到着時間ききました?」

 

舵を握りながら、レヴィはクリスに声をかける。

 

「確か夜の9時過ぎになるって‥‥」

 

「夜間だと海賊がでるかもしれませんね‥‥」

 

「いや、その心配はないんじゃないかな?そもそも海賊は貨物船や輸送船の品や金品を狙うから、ブルーマーメイドや学生艦とはいえ、戦艦相手に喧嘩は売らないでしょう」

 

クリスは商船改造レベルの海賊相手ならば、わざわざ武装しているブルーマーメイドの艦、そして学生艦とはいえ、戦艦相手に喧嘩は売らないだろうと少し楽観視していた。

 

「うーん‥‥それならいいけど‥‥」

 

舵を握るレヴィにはどうしても一抹の不安があった。

 

 

やがて、太陽が水平線に沈み、辺りは暗くなる。

 

海賊が出る前になんとかトリポリに到着したいが、リンチェが足を引っ張る。

 

トリポリを目指す一行の前に一隻の船舶の姿があった。

 

 

「ん?船が居るぞ」

 

「ええ、貨物船のようですね‥‥」

 

「この時間に制限海域を航行するとは‥‥我々の忠告を無視して船を出している企業の船舶が居ると聞くが、迷惑な連中だ」

 

リンチェ以外にも制限海域を航行する船舶は存在していた。

 

リンチェやヒンデンブルクが留学のため、日本を目指しているように企業も自社の利益のため、船を走らせなければならない。

 

一日遅れれば、その分だけ、会社は大きな損失を受ける。

 

それゆえ、会社は海賊の危険を承知で、制限海域に船を走らせている。 

 

前方に居る貨物船もそういった企業の貨物船なのだろう。

 

ブルーマーメイドの隊員が双眼鏡で確認すると、その貨物船は発光信号を送ってきた。

 

「主任!!貨物船が救難信号を送っています!!」

 

「なにっ!?」

 

ブルーマーメイドが貨物船の救難信号を確認したその直後、

 

ヒュ~‥‥

 

空気を切り裂くような音がしたと思ったら、

 

ドォォォォォッ!!

 

爆音と共にスキアーヴィの左舷、前方に水柱が立つ。

 

「砲撃!?まさか‥‥!!海賊か!?」

 

一行の前にもう一隻の船舶が姿を現す。

 

その姿は、米国の攻撃輸送艦アレナック級で、船首には単砲が装備されており、艦尾にも単砲を装備している。

 

「貨物船が海賊に襲撃されている!!スキッパー隊は緊急出動!スキアーヴィは貨物船の救助に迎え!」

 

「ここで、ブルマーに出会ったのが運の尽き‥‥絶対に取っ捕まえてやる!!」

 

これまで、不眠不休で海賊探しをしていたブルーマーメイドの隊員たちにとっては、ようやく海賊を捕まえる絶好の機会が来た。

 

このチャンスを逃してたまるモノかと全速で海賊船へと向かう。

 

海賊船の出現はブルーマーメイドの艦からヒンデンブルクにも伝わる。

 

「海賊船が出た!?」

 

「ど、どうしましょう!?」

 

「落ち着いて!!海賊の攻撃がこちらにも向くかもしれない!!総員戦闘態勢!!主砲、副砲に模擬弾装填!!」

 

クリスはシュテルが体調不良で不在のため、シュテルに代わって指揮を執る。

 

そのシュテルは医務室で寝ていたが、外から聞こえる砲音で目が覚める。

 

「ん?なんか、うるさいな‥‥」

 

ベッドから起き上がり、外の様子を確認するため、窓の外を見ると、そこには海面から浮かび上がっている塔の様なモノがあった。

 

「な、なんだ?あれは‥‥」

 

シュテルは目を凝らしてそれを見ていた。

 

その頃、海賊の摘発をしているブルーマーメイドは、

 

「左舷に三機、右舷に二機展開し、残りは貨物船の脱出ルートを確保し、安全に現海域から離脱させろ!!海賊船をここでなんとしてでも取り押さえるぞ!!」

 

スキッパー隊は海賊船を包囲しようとするが、海賊船からの砲撃と機銃斉射でなかなか接近できない。

 

「あ、あれはっ!?」

 

シュテルは海面から浮かんでいた塔の様なモノに見覚えがあった。

 

そして、その塔の近くの水面からいくつもの気泡がボコボコと立つと、今度は四本の雷跡が見えた。

 

「っ!?ま、まずい!!」

 

雷跡を見たシュテルは急いでベッドから飛び起きる。

 

「内線を!!」

 

「か、艦長。まだ寝ていないと‥‥」

 

ウルスラはシュテルをベッドに戻そうとする。

 

「それどころではない!!」

 

「えっ?」

 

急いで、艦橋に内線を入れる。

 

「艦橋!!」

 

「か、艦長?」

 

「左から雷跡だ!!」

 

「っ!?面舵!!」

 

「お、面舵!!」

 

レヴィは急いで舵を右に切る。

 

魚雷はヒンデンブルクの船体スレスレを横切ると爆発する。

 

ただ、至近距離で爆発したので、ヒンデンブルクの船体は強く揺れる。

 

「ぎょ、魚雷、回避成功‥‥」

 

「ソナー!!敵潜の確認は!?」

 

「反応はありましたが、潜ったみたいです」

 

「な、なんでこんなところに潜水艦が‥‥」

 

「海賊は商船改造の船じゃなかったのか!?」

 

「それに潜水艦と言ってもどの型の潜水艦なのか分からないのは不利だな‥‥」

 

艦橋では情報にはない潜水艦からの攻撃で浮足立つ。

 

「ハァ、ハァ‥‥それなら、おそらくUボートⅦ型だ」

 

「か、艦長!!」

 

「どうしてここに!?」

 

そこにはシュテルが寝間着の上に制服の上着をボタンも留めずに羽織り、息を切らしながらいた。

 

「それより、敵潜の船体両弦に大きく膨れたバラストタンクがあった。ソナーで確認し、魚雷に備えよ」

 

「それよりも艦長お体は大丈夫ですか?」

 

「今はそれどころじゃない‥‥ハァ、ハァ、ブルーマーメイドに急いで問い合わせろ」

 

「は、はい」

 

メイリンは急いでスキアーヴィに連絡を入れる。

 

「なるほど‥‥それは去年、一般人の青年の手によって盗まれた艦かもしれない」

 

リンゴルからの情報では、あの潜水艦は強奪された潜水艦だと言う。

 

「どういうことです?」

 

「元は学生艦だったのだが、老朽化して廃艦が決まっていた艦なのだが、解体される前に造船所から盗まれた艦だろう」

 

「ということはあの潜水艦も海賊の仲間と言うことですか?」

 

「おそらくそうでしょう」

 

「どうしましょう?」

 

「うーん‥‥現状こちらは手一杯だ‥‥」

 

スキアーヴィとスキッパー隊は海賊船の対処と貨物船の避難誘導をしている。

 

もう一隻のブルーマーメイドの艦、トーナはリンチェを曳航している。

 

それにヒンデンブルクは確かに強力な戦艦であるが、爆雷などの対潜装備を有していない。

相手は海中を移動できる潜水艦。

 

ヒンデンブルクが出来るのは精々ソナーで敵潜の位置を探ることぐらいである。

 

「あれが艦長の言う通り、UボートⅦ型なら、魚雷は最大で10本搭載可能です」

 

「解体されるはずの潜水艦に魚雷が搭載されている事自体おかしいが、おそらく海賊が潜水艦の乗員に魚雷を売ったのだろう‥‥」

 

さきほど、潜水艦は四本の魚雷を撃ってきた。

 

となれば、あの潜水艦にはまだ六本の魚雷が搭載されている可能性がある。

 

「リンチェには機雷がありますが、浮遊機雷なので、海の中に潜航している潜水艦には当然届きません」

 

「例の墳進弾は?」

 

「あれも性能的には対海上艦装備です」

 

「対潜装備を持たない我々では、勝ち目は‥‥」

 

「‥‥そうだな、無理は出来ん」

 

確かに海賊の摘発は自分たちの仕事であるが、それと同時に今の自分たちにはヒンデンブルクとリンチェをトリポリへ連れていく任務もある。

 

リンゴルはここにきて、海賊摘発を諦めて学生艦を引き連れてこの海域を撤退することに決めた。

 

ようやく見つけることのできた海賊をここで諦めるのはブルーマーメイドとしても悔しかった。

 

「本艦もこれ以上の交戦を止め、スキッパー隊にも撤収命令を出せ」

 

「いいんですか?やっと捕まえるチャンスが来たのに~‥‥」

 

「いずれまた、チャンスは来る。今は、学生たちの安全を優先する」

 

捜していた海賊をここで逃がすのは悔しいが、動けないリンチェが居る以上、ここに長居しては、学生艦に被害が及ぶ危険がある。

 

リンゴルは悔しさを表には出さないが、内心はかなり悔しがっていた。

 

「ちょっと、待ってください」

 

そんな中、シュテルがリンゴルに声をかける。

 

「一つ提案があります‥‥」

 

シュテルはリンゴルにある提案をした。

 

リンチェの艦尾では浮遊機雷の投下準備が行われた。

 

「なんで私が‥‥」

 

その投下準備には艦長であるアンネッタも駆り出されていた。

 

リンチェを引っ張っているトーナがソナーで敵潜の位置を探りながらその真上にリンチェの浮遊機雷をばらまいている。

 

「思惑通りに行くだろうか?」

 

「何もしないよりはマシでしょう」

 

スキアーヴィではリンゴルと隊員がその光景を見ていた。

 

「機雷設置完了しました」

 

「よし、あとは派手に行こう‥‥ユーリ、浮遊機雷を撃て!!」

 

「了解」

 

ヒンデンブルクの主砲、副砲が発射され浮遊機雷を撃つ。

 

すると連鎖爆発でいくつもの水柱が立つ。

 

「やることが派手だねぇ~」

 

しかし、海面には何の変化もない。

 

「次、魚雷発射!!リンチェにも魚雷を撃ってもらえ!!」

 

続いて、ヒンデンブルクとリンチェからは魚雷が放たれる。

 

「動いてくれますかね?」

 

「海上と違い、外の様子が見えない海中で逃げ場もなく、追い詰められる恐怖は、計り知れない。圧倒的優位にいたはずだったのが、いつの間にか追い詰められ、攻撃されている。その脅威を自覚すると、そこから一気に恐怖と不安に駆られる」

 

「‥‥」

 

「機雷の爆発の他に迫りくる魚雷のスクリュー音‥‥例え自分たちに届かなくてもその音を聞かせるだけで、効果は十分だ。熟練した潜水艦乗りならまだしも、にわかボッチには耐えられないさ」

 

「随分と詳しいですね。艦長」

 

「バルクホルン先輩からの受け売りだよ」

 

やがて、水面にボコボコと気泡が立つと、一隻のUボートが姿を現した。

 

「敵潜浮上!!」

 

「主砲をそのまま敵潜に固定、降伏勧告を送れ‥‥ハァ‥ハァ‥‥」

 

やはり、完治はしていなかったのか、シュテルはそのままクリスにもたれかかる。

 

「艦長!!」

 

「‥‥ハァ、ハァ‥副長、ブルーマーメイドに伝言を頼む」

 

「はい?」

 

シュテルの話を聞いてクリスは急いでメイリンにその伝言をリンゴルの下に送る。

 

海賊の方はスキッパー隊が強襲し、何とか捕まえることが出来た。

 

シュテルはウルスラに抱えられて、医務室へと戻っていった。

 

「ふぅ~何とか海賊を捕まえることが出来たわね‥‥」

 

「そうですね。まさか、対潜装備も無い中で、潜水艦を捕縛できるとは思いませんでした‥‥あっ、ヒンデンブルクからメールです」

 

「メール?」

 

「はい」

 

隊員がタブレット端末にヒンデンブルクから送られてきたメールを開き、それをリンゴルに見せる。

 

そこには、こう書かれていた。

 

 

海賊の摘発お疲れ様です。

 

しかし、被害に遭っていた貨物船も臨検をした方がよろしいかと思います。

 

その理由として、金品狙いの海賊が危険を冒してまで、ブルーマーメイドの艦に対して攻撃してきたのは、我々がとった航海ルートが海賊たちにとって都合が悪かったためではないでしょうか?

 

おそらく奪った金品か盗品の取引現場に気づかれたのかと言う思惑があった可能性があります。

 

他にも今夜、この周辺海域を航行予定だった船も海賊との取引相手だった可能性もあるので、捜索の範囲を広めてください。

 

 

「「‥‥」」

 

ヒンデンブルクからのメールを見てリンゴルと隊員は一瞬、固まるが、

 

「すぐに応援を呼べ!!検問をかけろ!!」

 

「は、はい」

 

リンゴルはすぐに応援を呼び、周辺海域に検問をかけるよう手配をした。

 

 

トリポリ到着直前で、海賊の出現と言うアクシデントがあったが、一行は何とか無事にトリポリへと着くことが出来た。

 

後の検問にて、シュテルが睨んだように、いくつかの船が海賊の取引相手だったことも判明した。

しかもその船を手配したのはマフィアやテロ組織など、反社会的勢力であったことも後々判明することになった。

 

前世からの人間観察とダートマスでの犯罪心理から学んだ事が功を奏したのだった。

 

 

トリポリに到着したヒンデンブルクは敵潜に撃った模擬弾や魚雷の補給を行う事となった。

 

リンチェは機関部に大きな破損が発生したので、ここで応急修理となる。

 

そして、今回の海賊摘発の協力者として、ブルーマーメイドがシュテルに感謝状を送りたいと言ってきたが、シュテルは、

 

「自分は体調不良で倒れていました。感謝状を受け取るのはむしろ、副長のクリスを始めとするクラスのみんなです」

 

と言って今回の感謝状の受領を辞退した。

 

ただ、後々に海賊との取引相手の摘発の助言をしたので、シュテルはその件で感謝状をもらうこととなる。

 

ヒンデンブルのクラスメイトたちはブルーマーメイドからの感謝状を受け取り、喜んでいた。

 

また機雷投下によって、海賊の摘発に協力したと言うことで、アンネッタたち、リンチェの乗員にもブルーマーメイドからの感謝状が授与された。

 

ただ、アンネッタに感謝状を渡す際、リンゴルは彼女に、

 

「今回の件を受けて調子に乗らないように」

 

と、ちゃんと釘を刺していた。

 

海賊を無事に摘発できたと言うことで地中海に設けられていた制限は解かれたが、その代わりに検問はそのまま続行され、海賊の取引相手の捜索はしばらく続けられた。

 

ヒンデンブルは模擬弾と魚雷、燃料、食料などの生活物資を補給した後、スエズ運河を目指すことになる。

 

リンチェは海賊摘発で消費した機雷や魚雷、燃料や生活物資の補給の他に機関部の修理があるので、もう少しここトリポリで足止めとなった。

 

ヒンデンブルクの補給が終わり、スエズ運河を目指すとなった時、

 

アンネッタは、

 

「えぇ~先に行っちゃうの?どうせ同じ日本を目指しているんだし、一緒に行こうよぉ~」

 

と言ってきたが、リンチェと日本まで航海したらまたトラブルに巻き込まれかねないので、全力で遠慮させてもらった。

 

ヒンデンブルクがトリポリを出航した後、ヴィルヘルムスハーフェン海洋学校所属のアドミラル・シュペーも日本を目指して出航した。

 

マルタ島近海の海域は、海賊が捕まって規制は解かれたが、シュテルの助言により、海賊と取引をしていた反社会的勢力の存在が明らかとなったため、航行が制限された制限海域となっていた。

 

シュペーもその制限を受け、航行できる航路が制限され、リビアのトリポリに寄港してきた。

 

寄港してきたシュペーに対して当然、アンネッタは興味を示して、シュペーへとやって来た。

 

なお、この航海中、シュペーのクラスメイトであり、親日家でもあるレオナの影響を受けて、ミーナは彼女が進めてきた任侠映画の虜となり、一人称が『私』から『ワシ』に変わっていた。

 

「あれ?また、ドイツの人?」

 

「また?ワシたち以外にドイツの艦が来たのか?」

 

「ああ、つい最近キールのヒンデンブルクが居たんだよ」

 

「「ヒンデンブルクがっ!?」」

 

ヒンデンブルクの名前を聞いて反応したのはミーナとテアの二人だった。

 

「シュテル艦長が‥‥」

 

「全くあの艦長、滅茶苦茶だったよ‥‥」

 

アンネッタはミーナとテアの二人にシュテルがこの地中海でやったことを話した。

 

逃げる際、他国の学生艦に対して躊躇なく、砲撃してきたこと、

 

対潜装備がないのに、浮遊機雷を起爆させたり、魚雷を撃ちこんだこと、

 

そして、海賊の摘発に対しては自分も協力してブルーマーメイドから感謝状をもらった事をテアとミーナの二人に話した。

 

と言うか、感謝状を自慢していた。

 

アンネッタの話を聞いて、リンチェに関しての砲撃は、アンネッタの自業自得だと思った。

 

「しかし、さすがはシュテルだな‥‥」

 

テアは感心するようにつぶやく。

 

「ん?あの艦長と知り合いなの?」

 

「ああ、以前交換留学で知り合ってな‥‥その際行われた親善試合でダートマス校にも勝利した」

 

「ええっ!?あのダートマス校相手に!?」

 

アンネッタはダートマス校相手の親善試合で勝ったことに素で驚いた。

 

「うーん、意外とすごい人だったんだ‥‥あの艦長」

 

「ああ、凄い人だぞ、シュテルは」

 

「か、艦長‥‥」

 

テアはシュテルの事を褒めるが、ミーナとしては面白くなかった。

 

「そういえば、君も凄いよねぇ~その胸‥さわっていい?」

 

「ゆ、許さん‥‥」

 

「み、ミーナさん落ち着いて」

 

今にも殴り掛かろうとするミーナをローザが羽交い締めにして止める。

 

それから、シュペーが水などの生活物資を補給中、テアとアンネッタが暇つぶしにチェスをしたが、チェスが得意なはずのテアをアンネッタは簡単にあしらった。

 

「ば、バカな‥‥」

 

あまりにもショックなのかテアの口から魂の様なモノが出ていた。

 

「ああ、うちの艦長、チェスの世界大会の上位入賞者で、一応天才って呼ばれているから‥‥」

 

リンチェの副長はアンネッタの意外な才能を口にする。

 

「ふ、不覚‥‥もう一度勝負だ!!」

 

テアはよほど悔しかったのかそれからアンネッタに挑んだが、彼女に三連敗した。

 

それから、補給中にシュペーに野良猫とネズミが乗り、甲板上でドッタンバッタン大騒ぎとなるアクシデントがあった。

 

そして、シュペーの補給が終わると、リンチェも機関部の修理も終わったことで、リンチェはシュペーと共に日本を目指した。

 

シュペーもトラブルメーカーであるリンチェとの航海に不安が隠せなかったが、同時刻に出港し、目的地も同じだったため、なし崩しに巻き込まれる形になった。

 

 

リンチェとシュペーよりも一足先にスエズ運河を通り、アラビア海、インド洋を航行していたヒンデンブルク。

 

その間にシュテルの体調も治り、通常通り艦長として復帰した。

 

航海中も艦内戦闘訓練や避難訓練などの訓練もこなして、士気を保っていた。

 

そんな中、

 

「映画?」

 

「はい。日本語と日本の歴史を含めて、日本映画の上映をしたいと思いまして、艦長に許可いただきたいのですが‥‥」

 

「まぁ、それぐらいだったらいいよ」

 

「ありがとうございます」

 

メイリンが日本映画の上映会をしたいと言ってきたので、シュテルは許可をだした。

 

「それで、何の映画をやるの?」

 

「これです」

 

メイリンが見せたDVDのジャケットには赤い日本語で『二百三高地』と書かれていた。

 




活動報告にて、作品の意見を求めています。

ご協力をお願いします。


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53話

シュテルたちが映画 二百三高地を見ました。


 

地中海にて、海賊の出現で足止めをくらいつつも、シュテルの実績により特別に制限海域を航行でき、日本へ向かうことが出来たが、寄港予定地のリビアのトリポリの手前でブルーマーメイドが捜していた海賊と遭遇。

しかも情報では、相手の海賊は商船改造の海賊船だったが、突如情報にはなかった強奪潜水艦の雷撃もあった。

だが、シュテルの機転により、その危機を脱し、逆に敵潜を捕縛するに至った。

地中海で海賊騒動に巻き込まれたヒンデンブルクであったが、無事にトリポリに到着し、補給を行い、スエズ運河を通り、日本を目指す。

そんな航海中に、書記のメイリンがシュテルに日本映画の上映の許可を求めてきた。

その映画の内容はどうも日本の歴史に関係あるモノらしい。

これから向かう日本語と日本の歴史を知るためにもシュテルはその映画の上映を許可した。

上映会は寄港地であるセイロン島に到着してから行われた。

航海中では当直勤務でクラスメイトが全員そろうことがないからだ。

 

ヒンデンブルクの講義室にて、上映会は行われた。

講義室の明かりを消し、窓には暗幕が敷かれ、スクリーンを下ろして、プロジェクターに連動しているパソコンにディスクを入れると、スクリーンに映画が上映される。

 

(おいおい開始冒頭から、いきなり日本人の処刑から始まったぞ‥‥)

 

DVDのジャケットから戦争映画であると思っていたが、いきなり衝撃的な内容から始まる。

日本のスパイであった横川省三と沖禎介の処刑場面から始まった。

 

 

大陸の利権をめぐり、日本とロシアとの間の緊張が高まり、国交断絶、戦争一歩手前となる。

 

「閣下、今がご決断の時です。不肖、この児玉も一兵卒として血を流す覚悟です。場合によりましては、陛下御自ら台頭を進め、陣頭指揮を仰がなければなりますまい‥‥閣下も死んでいただきます」

 

「児玉君‥‥」

 

 

 

「決議通りで良い」

 

明治天皇がロシアとの戦争を了承し、とうとう日本はロシアとの戦争へと突入する。

開戦三ヶ月と少しで、日本軍は東洋一の軍港、旅順と言う難関に直面した。

此処には40隻からなるロシア東洋艦隊が駐屯し、日本軍の大陸への輸送路を脅かす。

連合艦隊は広瀬武夫中佐らの決死隊が三回にわたり、老朽化した汽船を港湾出口に沈める閉塞作戦を実施するもいずれも失敗に終わった。

日本軍の動きを見て、ロシアは本国バルト海に展開しているバルチック艦隊の極東回航を決めた。

日本としてはバルチック艦隊が日本近海に着く前にこの旅順艦隊の殲滅を余儀なくされた。

大本営は海上からではなく陸上から旅順を攻略することに決めた。

そして、旅順攻略に関して第三軍を組織して、軍司令官に乃木希典を任命した。

第三軍の編成は、東京第一師団、金沢第九師団、四国第十一師団の三つの師団から組織された。

正規の軍人だけでは足りないのか、金沢で小学校の教員をしていた若い教師、豆腐屋で働いていた青年、妻を亡くし、子供たちを内地に残して戦地へと赴くことになった父親など、予備役の男たちも戦争に駆り出された。

 

(そういえば、この時代にはまだ徴兵制が日本であったな‥‥)

 

映画を見ながらシュテルは前世の日本史の授業で明治の日本には徴兵制があったことを思い出す。

更に場面が進み、豆腐屋で働いていた青年の場面にて戦地へ赴く息子のために母親が腹巻にお金を入れていたが、父親が酒代に使ってしまった事で夫婦喧嘩に発展する。

そこへ息子が帰ってくると父親は、「名誉の戦死をしてこい、生きて帰ってこられても恩給が安いからな」とあまりにも父親らしくないことを言う。

 

(前世で、この時代に生まれていたら、あの親父と同じことを言っただろうな‥‥)

 

もし、八幡として生を受けた時代がこの日露戦争の時代で両親も前世の親と同じだったら、自分の父親もスクリーンに映し出されている親父と同じことを言うだろうと思うシュテルだった。

 

やがて、舞台は大陸の旅順となる‥‥

ロシア軍は旅順にて、当時としては超近代化した要塞を築き上げていた。

いくつもの塹壕に鉄条網、機関銃、新型の手榴弾、大砲、更には船舶用の機雷まで用意していた。

堡塁も例え一つを占領しても上から銃撃を加えることが出来るような作りになっていた。

堡塁網の向こうには深い堀があり、その下には木の串があり、落ちた日本兵は串刺しになるか、要塞陣地に備えてある機関砲の餌食になるかのどちらかであった。

この要塞を突破するには気球や飛行船などで、空からでなければ突破できない。

日露戦争当時ではまだ飛行船はなく、また陸上兵器においては戦車もない。

そのため、日本軍は後方から砲兵隊の援護射撃を受けながら歩兵を突入させる。

しかし、鉄条網と機関銃が日本兵の行く手を遮る。

第三軍より先発していた第二軍は、五月二十六日、金州南山を占領するも予想外の死傷者を出した。

この時の戦闘で乃木希典の長男、乃木勝典が戦死した。

 

六月一日、第三軍司令部は広島の宇品を出港、旅順を目指した。

 

第三軍は遼東半島上陸後、旅順を目指し進撃を続け旅順要塞手前の堡塁に布陣。

第一師団は、大頂子山、水師営方面、

第十一師団は、東鶏冠山

第九師団は、二龍山を攻撃目標とした。

 

八月十日、第三軍の旅順包囲を知ったロシア東洋艦隊は、旅順港を脱出してウラジオストクへと向かうが、待ち構えていた連合艦隊に捕捉され、黄海で一大海戦をしたのち、生き残った艦は旅順港へと逃げ帰った。

バルチック艦隊到着前に東洋艦隊殲滅と言う戦果は成しえなかった。

大本営は連合艦隊からの要請を受けて、一度は正面陣地を攻撃するのでなく、二百三高地を攻撃目標とし、占領、そこから湾内の敵艦に対して砲撃してはどうかと言う作戦を提案するも、第三軍司令部はあくまでも正面攻撃にこだわった。

 

八月十九日、第三軍はいよいよ、旅順要塞へと総攻撃に移った。

しかし、相手はコンクリートと機関銃、大砲、鉄条網、深い堀で守られた要塞。

 

「突撃!!」

 

『わぁぁぁぁぁー!!』

 

「進め!!進め!!」

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

突撃ラッパと共に要塞へと突撃する日本兵。

身を隠すモノがない野戦では、機関銃と大砲相手に日本兵はバタバタと斃れていく。

 

第一師団右翼隊 大頂子山攻撃失敗 第二中隊全滅

 

第九師団右翼隊 竜眼北堡塁攻撃失敗 歩兵第三十六連隊死傷大

 

第一師団左翼隊 水師営南方堡塁突入失敗 第一、第三大隊 全滅

 

八月二十一日

 

第九師団 第七連隊、第三十五連隊 盤竜山前哨堡塁に突入失敗 第七連隊ほぼ全滅

 

第十一師団 東鶏冠山永久堡塁に突入失敗 第二十二連隊ほぼ全滅

 

乃木はあまりに甚大な被害を受けたため、総攻撃の中止を下令。

第一次総攻撃で第三軍は五つの連隊が壊滅。

その他の部隊も半数以上の将兵を失う大損害を出した。

戦果は第九師団、第七連隊が占領した堡塁一つであった。

その第七連隊も全体の90%の将兵たちが戦死した。

 

「飯です!!飯が届きました!!」

 

一人の兵士が、飯が入った防水布を持ってくる。

生き残った兵士たちは雨に濡れて冷めた飯に群がる。

自分たちの手が土埃や血で汚れていても構わず手掴みで米を口へと運ぶ。

 

「この赤いのはなんだ?」

 

米を食べながら、米についた赤いモノが気になった様子。

 

「五目飯じゃないか?」

 

米の具だと思って食べていると、

 

「血だ!!」

 

「うぇぇぇ」

 

「おぇぇ」

 

「ぺっぺっ‥‥」

 

米の上についていた赤いモノは具でなく、人の血だった。

赤いモノが血だと分かった兵士たちは口に入れていた米を吐き出す。

 

 

「旅順要塞は‥‥お化け屋敷だ‥‥だれも生きて帰れん‥‥だれも‥‥生きて帰れんぞ‥‥」

 

 

『‥‥』

 

映画だと分かっているが、戦闘描写があまりにもリアルだったので、ヒンデンブルクのクラスメイトたちは唖然としたり、顔色を悪くする者も居た。

 

「‥‥後半の第二部‥‥見ますか?」

 

「これ、二部構成なの?」

 

「はい」

 

メイリンが恐る恐る後編も見るかと訊ねる。

 

「‥‥見るのは希望者だけでいいんじゃないかな?」

 

「そ、そうですね」

 

前編の戦闘場面のショックから、後編は希望者だけが見ることになった。

 

「シュテルンはどうするの?続き見る?」

 

「う、うん‥‥ここまで見たら、続きが気になるし‥‥ユーリとクリスは?」

 

「わ、私も付き合うよ」

 

「私も‥‥」

 

「無理することはないよ」

 

「へ、平気だよ」

 

「うん‥‥」

 

(あまり大丈夫そうには見えないけどな‥‥)

 

しばしの休憩の後、後編の上映が始まった。

 

第一次総攻撃の失敗から第三軍は内地より、とっておきの強力な兵器を搬入した。

それは口径28cmの榴弾砲で、東京湾や大阪湾に防衛のため設置されていたモノの内、18門をこの旅順攻略戦の為に持ってきた。

そしてわずか九日間で前線に設置された。

この榴弾砲の砲弾は一発、300キロの重さがあった。

十月一日、この28cm榴弾砲が初めて旅順要塞に向けて火を吹いた。

しかし、この強力な榴弾砲の砲撃でも要塞の攻略は難しかった。

 

物語の中で、第七連隊の兵士たちの中で、妻を亡くし子供を内地に残してきた一人の兵士が、自分と同じ徴兵されたヤクザの兵士に人気のない森に連れだされ、

 

「お前、金沢に帰りたいだろう?」

 

そう言って、銃に弾を込める。

 

「お前‥‥まさか、ワシを‥‥」

 

「引き金引く指がなければ兵隊は出来ん。内地に帰れるがや、敵の流れ弾に当たったと言えばいい」

 

「バレたら、お前が軍法会議じゃぞ」

 

「覚悟はガキの頃からできちょる。まぁ、辛抱せいや、指一本無くなったって、子供は抱けるさかい」

 

そう言って仲間の兵士の指を撃とうとするが、

 

「待て‥‥待ってくれ!!」

 

「辛抱せい!!」

 

「ちごう‥‥ワシはみんなと一緒に帰りたい‥‥なっ?一緒にやろう?死ぬ時はみんなで一緒に死のう‥‥ワシはその方が良い‥‥」

 

「この阿呆が‥‥ド阿呆が‥‥」

 

生死を共にしただけの赤の他人同士なのに、彼らの中には強い仲間意識が生まれていた。

 

(俺も戦場では、あんな風になれたのだろうか‥‥?)

 

(いや、前世の人間関係じゃ無理だな‥‥それどころか、背中から撃たれていたな‥‥)

 

シュテルはもし、前世で戦争が起きた時、クラスメイトと共に徴兵され戦地へ送られた時、他のクラスメイトと共に協力できただろうかと自問する。

だが、結果は無理だと思った。

 

豆腐屋で働いていた青年は戦死したラッパ手の代わりに念願のラッパ手になっていた。

しかし、軍はもう突撃ラッパは吹かないと知らされ、ちょっと残念そうだった。

 

十月十六日、バルト海に展開するバルチック艦隊は極東を目指し、大航海の途に就いた。

しかし、スエズ運河をイギリスが抑えていたので、バルチック艦隊はスエズ運河を使えず、アフリカの喜望峰経由で極東を目指した。

 

第三軍の参謀が満州軍総司令部へと赴き、大砲の弾の調達を頼むが満州軍の方でも砲弾が不足している様子で第三軍に回せない。

児玉は、弾がなければ突撃してでも第二次総攻撃を始めろと言う。

しかし、参謀は兵士の犠牲を懸念して渋る。

第一次総攻撃にて第三軍の死傷者があまりにも多すぎて慎重に事を進めていたのだが、他の軍からすれば、『なにをノロノロしている?』 と思われていた。

 

「言い訳をするな!!」

 

「言い訳ではありません!!‥‥総参謀長は、我が軍の戦死者の数をご存知ないのですか?」

 

「なぁに~‥‥主はワシに喧嘩ぁ売る気かぁ!?」

 

満州軍に急かされる形で乃木は、第二次総攻撃の命令を下した。

十月二十六日、第二次総攻撃が始める。

しかし、結果的に失敗した。

 

「旅順か‥‥あんな軍港一つが日本の命とりになるのか!?」

 

第二次総攻撃後、日本とロシアとの間で24時間の休戦時間が設けられ、戦死者の遺体収容が行われた。

敵同士なのに、この時間だけは互いに缶詰め、タバコ、酒を交換したりしていた。

第二次世界大戦では考えられない時間と光景であった。

 

日本では乃木邸に戦死した将兵たちの遺族が詰め寄り、投石や暴言を吐きかける。

 

(集団ヒステリーって怖いねぇ~‥‥まっ、それは前世で経験済みだけどな‥‥)

 

前世では敢えて自分にヘイトが集まるように自己犠牲をして依頼を解決してきたが、噂を聞いて、噂を信じて依頼とは全く関係ない奴までもが噂に便乗して暴力に訴えてききた。

人って言うのは、本当に幽霊やお化けよりも怖い生き物なのかもしれない。

 

「幾千の人命を命令一つで殺して、将たるものに、名将など一人もおらん」

 

第三軍司令部にやってきた次男の乃木保典に軍人としての自分をどう思うかと言う質問に対して、保典は「名将として尊敬します」と答えるが、乃木は「名将などというモノは存在しない」と答える。

 

名将とはいかにして、自軍の兵をうまく殺して、敵に大損害を与えるかが仕事なのだろう。

葉山隼人の様に「みんな仲良く」が実現すれば、戦争やテロなんて起きない。

もし、それを実行できる者が居たら、その者こそ、真の英雄であり、名将なのかもしれない。

 

 

十一月七日、バルチック艦隊は寄港地の一つ、モロッコ、タンジェールを出港した。

 

海軍は旅順の戦況が好転しない場合、海上封鎖を解いて、バルチック艦隊との決戦に備えて内地に帰るとまで言い出した。

政府はこの際、援軍として旭川第七師団の増援と司令部の人事転換を提案した。

しかし、明治天皇は、旭川第七師団の援軍は許可したが、乃木の更迭は却下した。

 

十一月二十六日、第三次総攻撃が下令された。

 

第三次総攻撃は白襷隊の決死突撃から始められた。

これは各師団選抜の混成部隊。

正面要塞陣地を突破分断して、旅順市街へ一気に切り込もうとする暴挙に等しい奇襲戦法であった。

白襷隊は松樹山堡塁の突破を試みるも、最初の戦闘で隊員の半数を失い、一歩も進めないまま壊滅に等しい被害を受けた。

白襷隊に呼応して、本防御陣地への攻撃が三度行われ、第十一師団は、歩兵第二十二連隊が主力となり、東鶏冠山へ突入。

第九師団は、歩兵第十九連隊が主力となり、二竜山へ突入した。

しかし、結果的にこの第三次総攻撃も失敗した。

此処に至り、第三軍は正面突破を一時中止し、二百三高地を攻撃し、湾内のロシア艦隊への砲撃作戦へと移行した。

主力は第一師団、第七師団となった。

 

そんな中で、物語が進んで行くと、妻を亡くし子供を残した父親の兵士が戦死した。

その後、二百三高地の攻略にあたって金沢の小学校の教師だった青年が捕虜の尋問にあたる。

彼は、ロシア語に堪能だった。

しかし、捕虜は情報を喋らず逆に挑発してきた。

それに対して切れた青年士官は捕虜を射殺しようとする。

だが、周りに居た他の士官たちに取り押さえられる。

 

(戦争に行く前は、ロシア大好きな先生が、今じゃ、180度変わってアンチ・ロシアに‥‥戦争はここまで人格を変えるモノなのか‥‥とはいえ、目の前で大勢の部下を失ったら、そうなるのも頷けるな‥‥)

 

青年士官の性格の変貌にシュテルは艦長として分かる気がした。

 

青年士官は何故捕虜を殺そうとしたのかと尋問する士官たちに対して、

 

「最前線の兵には、対面も規約もありません。あるんは、生きるか死ぬか。それだけです。兵達は‥死んでいく兵達には、国家も軍司令官も命令も軍規も、そんなものは一切無縁です!灼熱地獄の底で鬼となって焼かれていく、苦痛があるだけがです!その苦痛を、部下たちの苦痛を、乃木式の軍事精神で救えるがですか!?それなのに、部下やご令息を死地に駆り立てながら、敵兵に対して、人道を守れと命ずる軍司令官のお考えは!自分には理解できんがです!!」

 

勝手に捕虜を殺そうとした青年士官であるが、乃木はこの件を不問にした。

 

十一月二十八日、二百三高地を巡る日露両軍の戦闘は激化した。

二百三高地にも当然機関銃の銃座が設けられていた。

迫りくるロシア兵は機銃斉射をして日本兵はバタバタと斃れていく。

二百三高地を巡る攻防戦の中、乃木の次男、保典も戦死した。

兄・勝典の死から半年後のことだった。

 

二百三高地での攻防でも苦戦する中、満州軍総参謀長の児玉が来た。

乃木と児玉が二百三高地での作戦会議にて、

 

「ここはな、黙ってワシが投げる石になってくれ」

 

「児玉! ワシは木石じゃないぞ!」

 

「乃木!貴様の苦衷など斟酌している暇はわしにはない! ワシが考えていることはのう、ただこの戦争に勝つこと!‥‥それだけじゃ!」

 

二人の息子を失い、半ば自暴自棄になっていた乃木に対して、児玉は怒鳴りつける。

 

その夜、司令部では二百三高地攻略戦についての作戦会議にて、児玉は重砲隊の配置転換を命令。

後方から重砲の援護射撃にて二百三高地の攻略では、突入部隊にも砲弾を浴びせる危険があると指摘されたが、児玉は少々流れ弾を被るのはやむを得ないと、同士討ちも辞さないと言う。

参謀たちは最後まで反対したが、

 

「陛下の赤子を今日まで無駄に殺してきたのは誰じゃ?貴様たちじゃないんか!?戦は気合じゃぞ! 尻込みする前に実行せい!」

 

これまでの作戦の失敗と犠牲者の数、バルチック艦隊の到着と言う時間の問題から、軍は同士討ちの危険を承知で二百三高地の攻略に踏み切った。

これまでの戦闘でロシア軍も弾薬が不足し、海路、陸路ともに日本軍が包囲しているので補給が出来ない。

ロシア軍が誇るマキシム機関銃も弾がなければただの鉄の塊‥‥

投石と銃剣同士の戦闘、肉弾戦が展開され、ロシア軍の兵士は徐々にその数を減らしていく。

やがて、

 

第二十七連隊集成第三中隊 二百三高地西南山頂占領

 

第二十八連隊集成第一中隊 二百三高地東北山頂占領

 

集成第二十五連隊 二百三高地中央山頂占領

 

日本軍は二百三高地の占領に成功した。

二百三高地占領と同時に重砲隊は山越しに旅順湾内のロシア艦隊を砲撃。

主力艦十数隻を撃沈し、開戦以来宿願であったロシア東洋艦隊撃滅の目標を達成した。

その後、第三軍は正面要塞陣地へ総攻撃を敢行した。

 

十二月十五日 第十一師団 東鶏冠山永久堡塁占領

 

十二月二十八日 第九師団 ニ竜山永久堡塁占領

 

この二竜山占領は旅順のロシア軍降伏を決定づける結果となった。

 

(‥‥先生‥死んじゃったよ‥‥)

 

こうして旅順の戦いは終わった。

しかし、金沢に婚約者を残したあの教師だった青年士官は戦死してしまった。

 

明治三十八年 三月。

日露陸軍最後の戦いは奉天で行われ、日本軍が圧倒的勝利を収めた。

しかし、ロシア軍は数十万の戦力を長春に配置し、両軍は膠着状態となる。

日露両国の勝敗は、連合艦隊とバルチック艦隊の海上決戦に賭けられた。

この日本海海戦では、旗艦三笠の敵前回頭‥丁字戦法で勝敗の大勢は決し、二日間にわたる戦闘でバルチック艦隊は壊滅した。

 

金沢では、青年士官の戦死報告が入り、教壇には花と遺影が飾られていた。

彼の帰りを待ちながら、臨時教員をしていた婚約者は、黒板に彼が戦地へ赴く前に書いた「美しい日本 美しいロシア」と書こうとした時、ロシアの文字が書けなかった。

やはり、大切な人を奪った国の名前は書けなかったのだ。

 

それから、日本へ帰国した乃木希典は宮中の明治天皇を前に戦勝報告をする。

 

「つつしんで復命ス。臣希典。乏しきヲもって明治三十七年五月第三軍司令官たるの大命を拝し 旅順要塞の攻略に任じ、六月絢爛を抜き、七月敵の逆襲を撃退し、次いでその前進陣地を交換し、もって敵を本防御線内に圧迫し、我が海軍の有力なる協同動作とあいなして旅順要塞の攻囲を確実にせり、事後 正攻法をもって攻撃を続行し、逐次要塞内部に砲撃し、十一月下旬より十二月上旬には、二百三高地を激攻して、ついにこれを奪取し、港内に詰伏せる敵艦を撃沈せり、まさに要塞内部に突入せんとするにあたり、三十八年一月一日 敵将 降を請い、ここに攻城作戦の終局‥‥‥‥攻城作戦の終局をつげたり‥‥これを擁するに本軍の作戦目的を達成するヲ得たるは陛下の御稜威と上級統帥部の指導ならびに友軍の協力とによる‥‥ちこうして作戦十六ヶ月間、我が将卒の常に敬敵と健闘し、忠勇熾烈 死をみることきするがごとく‥‥」

 

乃木の手は震え、脳裏には機関銃でバタバタと斃れていく将兵たちの姿がよみがえる。

そして、ある青年士官の言葉も聞こえてきた。

 

兵達には 死んでいく兵達には国家も軍司令官も命令も軍規もそんなものは一切無縁です。

灼熱地獄の底で鬼となってやられていく苦痛があるがだけです!!

その苦痛を、部下達の苦痛を、乃木式の軍人精神で救えられるですかぁ!?

 

「剣に倒れ、弾に倒れる者‥皆、陛下の万歳を歓呼し、欣然と瞑目したるは‥‥真にこれを複想すえざらんと欲するもあとわず‥‥しかるにかくの如き 忠勇の将卒をもってして、旅順の保場には半歳の長日月を要し、 多大の犠牲をきょうじたるは臣‥‥臣が終生の遺憾にして‥‥」

 

乃木は等々その場に泣き崩れる。

すると明治天皇陛下がゆっくりと玉座から立ち上がり 乃木に歩み寄って、彼を労った。

 

明治三十九年 七月 児玉源太郎 急死

 

明治四十二年 十月 伊藤博文 暗殺サル

 

明治四十五年 七月 明治天皇 崩御

 

同年 九月   乃木希典 静子夫妻 自決

 

その字幕を最後にエンディングが流れた。

 

(人間って随分と勝手だねぇ~‥‥戦争中は乃木邸に投石までしたのに、戦争が終われば乃木大将万歳だなんて‥‥)

 

(この映画のエンディングでも『海は死にますか』の部分‥汚染されて生き物が死滅した海は死んだも同然だし、山も切り崩されたら死ぬし、愛も死んだから離婚や破局しているじゃないか‥‥心だって死ねば、精神を患うし‥‥)

 

何故か、エンディングの歌詞に対してもツッコミを入れるシュテルだった。

 

前世では文系の成績が良かったシュテル(八幡)であったが、ここまで詳しく歴史を見ることはなく、当然戦争映画なんて見たことはなかった。

しかし、こうしてみてみると、映画とはいえ近代化し始めた日露戦争で、これだけの悲惨な戦場だったのだから、第二次世界大戦の戦場なんてもっと地獄の様な戦場だったのだろう。

そう思うと、前世でも戦争の時代に生まれなかったこと、

この後世で第二次世界大戦がなかったこと鑑みて、改めて平和の尊さを実感したシュテルだった。

 



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54話

はいふり世界では、日本は日露戦争以降、大きな戦争をしていないので、日中戦争、太平洋戦争を経験していないので、この世界における中国大陸の情勢も、もしかしたら、異なっているかもしれません。

今回のはいふり世界における中国大陸での設定はあくまでも作者の想像です。



日本への留学の為、日本の神奈川県、横須賀を目指すヒンデンブルク。

途中の寄港地、セイロン島にて日本の映画、二百三高地を見たが、戦闘模写などはあまりにもリアル過ぎてドン引きするクラスメイトや顔色を悪くするクラスメイトもいたが、その後も日本の歴史に関係する『八甲田山』 『日本海海戦』 を見るクラスメイトも居た。

また、二百三高地の影響で戦争映画はNOと言うクラスメイトの為にユーリとクリスがシュテル経由で手に入れた日本アニメや日本の特撮モノのDVDの上映も行われた。

 

セイロン島に次ぐ寄港地、シンガポールにて寄港、補給をしたヒンデンブルはこの後、南シナ海、東シナ海を通り、いよいよ日本に到着する。

しかし、その前にある南シナ海は警戒しなければならない。

 

この後世の日本は日露戦争以降、大きな戦争に関与していない。

当然、前世(史実)で起きた日中戦争、太平洋戦争をこの世界の日本は経験していない‥‥と言うよりもその戦争自体が起きていない。

そして、その歴史の誤差は、大陸にて大きな影響を与えていた。

 

1616年に満洲において建国された清王朝も日清戦争をきっかけに、これまで大陸で建国された王朝同様に衰退していき、1912年1月1日、中国の南京で中華民国が樹立され、清朝最後の皇帝、宣統帝(溥儀)は2月12日、正式に皇帝の座を退位し、ここに清王朝は276年の歴史に幕を閉じ、完全に滅亡した。

それから1930年代後半から1940年代にかけて、毛沢東率いる共産党と蔣介石率いる国民党は互いに大陸の新たなる覇者となるべく内戦を行った。

前世(史実)では、日本軍が大陸への利権を求め進撃し、共産党、国民党共に、共通の敵である日本軍を倒すため、和解して日本軍と戦った。

そして、第二次世界大戦後、大陸の覇権は毛沢東率いる共産党が勝ち取り、蒋介石らの国民党は台湾へと追いやられた。

しかし、この後世では両者の共通の敵であった日本軍は大陸に存在せず、そのため、大陸は長年にわたり共産党と国民党との間で激しい内戦が続いた。

その結果、大陸の地図は前世と異なり、北京を首都とする中華人民共和国、台湾を含む南の地を領地とし、南京に首都を置く中華民国の南北に二分された形となった。

それは朝鮮半島の南北化を巨大化させたような図柄だった。

その朝鮮半島もこの後世では前世と同じく北朝鮮と韓国の南北に分かれている。

そして、南シナ海は中華人民共和国と中華民国がそれぞれ領有権を主張していざこざが絶えない海域となっていた。

しかもその海域には中華人民共和国と中華民国それぞれの海軍軍人くずれが海賊となって海を荒らしまわっている。

これも大陸における長年に渡る内戦によって生じた負の遺産と言うべき事態だ。

ブルーマーメイド、ホワイトドルフィンは国際組織なので、領海に関係なく活動できるが、ブルーマーメイド、ホワイトドルフィン共にこの南シナ海における治安維持には手を焼いている。

実際に中華人民共和国と中華民国は領海を無視して活動しているブルーマーメイド、ホワイトドルフィンの事を疎ましく思っている節があり、両国の政府および海軍は共にブルーマーメイド、ホワイトドルフィンに対して非協力的で、これが南シナ海の治安維持改善の足を引っ張っている。

そんな南シナ海の海域にヒンデンブルクはこれから入る。

一応、ブルーマーメイドから知らされている安全航路を航行するが、常にブルーマーメイドとホワイトドルフィンが絶え間なく警戒しているわけではないし、地中海の時と異なり、ブルーマーメイドが護衛をしているわけではない。

だが、海軍軍人くずれの海賊とは言え、使用している海賊船もさすがに戦艦を使用しているわけではない。

しかし、学生艦は旧軍の戦闘艦艇を使用している。

旧軍の戦闘艦とは言え、強力な戦力でもある学生艦は海賊にとって喉から手が出るほど欲しい艦‥‥

しかも、戦闘力は高いが、それを操る艦の乗員は皆、海へ駆け出したばかりの学生たち‥‥

海賊にとっては赤子の手をひねるほど、奪うのは簡単だ。

よって、ここを通る学生艦は海賊にとっては、鴨が葱を背負って来るのも同然だった。

学生艦にとっては、ここ南シナ海を航行する際は、細心の注意をしなければならなかった。

 

「もうすぐ南シナ海か‥‥」

 

シュテルが海図を見て、渋い顔となる。

 

「一応、ブルーマーメイドから通達があった安全航路を通っていますけど、油断はできませんね」

 

「ああ‥‥ここら辺の海賊は、金品はもちろんのこと、人の命、そして船でさえも奪う凶暴な海賊だ。いくら安全航路とは言え、警戒を怠るな。灯火管制も厳となせ」

 

「はい」

 

ヒンデンブルクは航海灯以外の明かりは極力消して、警戒を厳重にして南シナ海を航行していく。

 

(海賊とはもう、できれば学生の内には関わりたくないんだよなぁ~‥‥)

 

ドーバー海峡、地中海、これまでの生涯で二度も海賊が関係する事件と関わったシュテルであるが、この南シナ海に出没する海賊はこれまで遭遇してきた海賊よりも凶暴な連中‥‥

できるなら遭いたくはない連中だ。

ヒンデンブルクが南シナ海を航行している頃、近くの海域では‥‥

 

「やめろっ!!」

 

「きさまら、この船が坂本商会の船だと知っての仕業か!?」

 

「へぇ~そうだったのかい‥‥だがなぁ、どこの誰の船だろうと、俺たちにはかんけぇねぇ‥‥積荷は奪い、男は殺し、女は犯す‥‥それが俺たち海賊の流儀だ!!やっちまえ!!」

 

『おおおおー!!』

 

バン!!バン!!バン!!

 

「ぎゃぁー!!」

 

「わーっ!!」

 

南シナ海の一角にて、日本の貨客船が海賊に襲われた。

 

 

日本の貨客船が海賊に襲われた翌日の夜‥‥

 

「ん?あれは‥‥」

 

ヒンデンブルクが南シナ海を漂流している一隻の貨客船を見つけた。

 

「航海灯を完全に消している‥‥それに航行している様子が全くないな‥‥」

 

「海賊が出没する様な危険海域で航海灯も点けず、エンジンを停めるなんて妙だな‥‥」

 

「船名は分かりますか?」

 

「ちょっと、待ってください」

 

航海科の見張り員のクラスメイトが目を細めて、船首に書いてある船名を確認する。

 

「えっと‥‥『翔竜丸』と書いてあります」

 

「どこの所属か分かる?」

 

「少々お待ちください」

 

メイリンがタブレットで翔竜丸の所属を調べる。

 

「わかりました。日本の坂本商会所属の貨客船です」

 

「日本でも最も歴史のある一大貿易会社の船だな‥‥でも、それが何でこんなところに‥‥念のため、通信を送って注意を促してくれ」

 

「はい」

 

通信員が翔竜丸に通信を送るも相手からは応答が一切ない。

 

「艦長、翔竜丸からはなんの応答もありません」

 

「‥‥発光信号を送れ」

 

少々危険だが、ヒンデンブルクは翔竜丸に発光信号を送る。

しかし、その発光信号にも翔竜丸からの応答はなかった。

 

「‥‥発光信号にも応答ありません」

 

「あまりにも妙だな‥‥」

 

通信にも発光信号にも応えない。

 

「もしかして、何かあったのかもしれない‥‥」

 

「臨検‥‥しますか?」

 

「うーん‥‥本来なら、ブルーマーメイドに通報して待ちたいところだけど、もし本当にあの船で何かトラブルがあったら、一刻も早く救助しなければならないだろうし‥‥少々危険だけど、臨検するか‥‥」

 

シュテルはこの海賊が出没しやすい海域で時間を潰すのは危険と思ったが、海上での救助は全ての船舶の務めだ。

それが例え学生艦であっても‥‥

 

「では、私が臨検の指揮を執ります」

 

クリスは自らが臨検の指揮を執ると言う。

 

「分かった‥‥ただし、装備する銃には模擬弾ではなく、実弾を装填せよ」

 

シュテルは臨検に参加するクラスメイトが装備する銃には普段使用している模擬弾ではなく、殺傷能力がある実弾を込めろと言う指示を出す。

 

「じ、実弾ですか‥‥?」

 

「そうだ‥‥向こうの船には何があるか分からない‥‥もしかしたら、海賊の罠と言う可能性もあるしね‥‥臨検員の安全を最優先してもらいたい」

 

「は、はい」

 

「通信長、ブルーマーメイドへの通信も忘れずにね」

 

「了解です」

 

臨検中も時間を無駄には出来ない。

ブルーマーメイドにも翔竜丸の現状を報告してこの海域に来てもらうことにした。

 

「‥‥」

 

臨検に参加するクラスメイトたちは、ルガーP08 4インチ、MP40のマガジンに実弾を込めていく。

初めて殺傷能力がある弾、そして実弾が装填された銃を持ち、緊張している面持ちだ。

場合によっては、人を殺すかもしれない。

その可能性が臨検に参加するクラスメイトたちに緊張を与えていた。

 

「では、艦長。行ってまいります」

 

「ああ、気をつけて‥‥」

 

臨検に参加するクラスメイトを乗せて内火艇は翔竜丸へと向かって行く。

 

(‥‥何事も無ければいいけど‥‥)

 

ヒンデンブルクの甲板から遠ざかっていく内火艇を見送るシュテルには、やはり一抹の不安があった。

 

 

翔竜丸に接近する内火艇

その翔竜丸はタラップも降ろされていないので、臨検員は甲板の手すりに縄梯子をかけて翔竜丸へと昇る。

翔竜丸へ上った臨検員はホルスターから銃を抜き、MP40を構えながら、翔竜丸の甲板や通路を進んでいく。

すると、

 

「うっ‥‥これはっ!!」

 

先頭を歩いていたクリスは突然、歩みを止める。

 

「副長?」

 

「どうかしたんですか?」

 

後ろからついてきたクラスメイトたちがクリスに近づき、その向こう側に何があるのかを確認しようとする。

 

「だ、ダメ!!来ちゃ!!」

 

クリスは止めようとするが、それは間に合わず、クラスメイトたちはその向こう側にあるモノを見てしまう。

 

「うっ‥‥」

 

「ぐっ‥‥」

 

「おぇぇぇ~‥‥」

 

クリスの向こう側にあったのはこの船の乗員や乗客の死体だった。

 

「‥‥」

 

死体を見て思わずその場で嘔吐する者も居た。

 

「ふ、副長‥‥」

 

「これって‥‥」

 

「ああ、海賊の仕業だ‥‥」

 

「ひどい‥‥」

 

「‥‥生存者を捜すぞ。通信員、ヒンデンブルクにも現状を報告」

 

「は、はい」

 

顔色を悪くしつつも通信員は通信機でヒンデンブルクに翔竜丸の現状を報告する。

 

「艦長、臨検に向かった副長から通信です」

 

「内容は?」

 

「はい。翔竜丸は海賊の襲撃を受けた様子で、甲板には乗員らしき人の死体が多数あったみたいです」

 

「‥‥」

 

シュテルは『人の死体』と言う言葉を聞いて、顔を歪める。

クラスメイトたちに人の死体を見せてしまう事態となってしまった。

できるのなら、自分一人で何とかしたかった。

しかし、現状は自分一人で何とか出来る現状ではなかった。

多数の人員が必要な事態だった。

 

「現在、副長たち臨検員は生存者の捜索にあたっています」

 

「ブルーマーメイドかホワイトドルフィンの到着は?この海域なら近くに居るだろう?」

 

「それが、到着まであと40分かかるみたいです」

 

「くっ‥‥」

 

SOSが入っていないと言うことは翔竜丸はSOSを出す前に、海賊に襲撃されたのだろう。

翔竜丸がいつ海賊に襲われたのか不明‥‥

もしかしたら、この近くに海賊が潜んでいる可能性もある。

しかし、生存者がいるかもしれない中、臨検員を撤収させてこの場から去るのは船乗りとして出来ない。

ブルーマーメイドが来るまで海賊が来ないことを祈るしかなかった。

その頃、生存者を捜しているクリスたちは、船内を警戒しながら進む。

しかし、通路にも部屋にも人の死体ばかり‥‥

女性の死体には性的暴行を受けた痕跡もあった。

そんな中、

 

「副長!!来てください!!」

 

別働の班のクラスメイトが声を上げる。

 

「どうした!?」

 

クリスが急いで声がした方へと向かうと、

 

「この人、まだ生きています!!」

 

そこには、やはり性的暴行を受けたであろう女性が居たが、その人はまだ生きていた。

 

「救命処置を!!それとヒンデンブルクにも連絡!!」

 

「はい!!」

 

クリスは急いで応急処置と共に生存者発見の報をヒンデンブルクに報告する。

 

その頃、ヒンデンブルク周辺の海では‥‥

 

「フフフフ‥‥まさか、ドイツの戦艦が釣れるとはなぁ‥‥てっきり、ブルーマーメイドの小娘どもかホワイトドルフィンのガキどもかと思っていたが、これは予想外の大物だ‥‥いいか、野郎ども、船はもちろんのこと、乳臭い小娘どもの処女も奪ってやれ!!」

 

『おぉぉぉぉぉー!!』

 

翔竜丸はあくまでも囮で、海賊たちの狙いは翔竜丸を救助しに来たブルーマーメイド、ホワイトドルフィンの艦船だったが、その両者が来る前にヒンデンブルクが来てしまった。

海賊たちは狙いをヒンデンブルクへと変更した。

 

「レーダーに反応!!」

 

「ブルーマーメイドか!?」

 

「いえ、違います!!これは‥‥」

 

CICの電探員が報告する前に、

 

ヒュ~‥‥

 

空気を切り裂く、聞きなれた音がした。

そして、

 

ドーン!!

 

ヒンデンブルクの近くで、水柱が立つ。

 

「くっ、また海賊かよ‥‥」

 

シュテルは海賊の襲撃に顔を歪める。

ヒンデンブルクに一隻の寧海級巡洋艦が接近してくる。

 

「応戦用意!!総員戦闘態勢!!」

 

ヒンデンブルクの艦内に警報が鳴り響く。

 

「海賊船、左舷11時方向より接近!!」

 

「主砲、左舷に向けろ!!」

 

「射撃用意よし!!」

 

「撃て!!」

 

ヒンデンブルクの第一、第二主砲が海賊船に火を吹く。

 

一方、クリスたち臨検員の方にも海賊襲撃の知らせが届く。

 

「副長、ヒンデンブルクに海賊船が!!」

 

「生存者の収容作業を急げ!!」

 

結局生存者は先程見つけた女性一人だけだった。

クリスは内火艇に生存者の収容を急がせ、ヒンデンブルクの様子を見るため、首からかけていた双眼鏡で見る。

すると、ヒンデンブルクの右舷側からヒンデンブルクに近づく小舟の群衆が見えた。

 

「っ!?あれはっ!?」

 

驚愕のあまり、クリスは双眼鏡から一度目を離すが、確認のため、もう一度双眼鏡でヒンデンブルクの右舷側を見る。

しかし、それはクリスの見間違えではなかった。

 

「違う‥‥シュテルン、相手はその海賊船じゃない‥‥あの海賊船も罠だ‥‥!!通信員!!」

 

クリスは顔色を青くして、急いで通信員を呼んで、ヒンデンブルクに状況を知らせる。

 

「第二斉射!!撃て!!」

 

再びヒンデンブルクの第一、第二主砲が火を吹く。

そこへ、

 

「艦長!!副長から通信です!!」

 

「副長から?‥‥もしもし‥‥」

 

シュテルが受話器を取ると、

 

「シュテルン!!その海賊船は囮よ!!本命はヒンデンブルクの右舷側から来ているわ!!」

 

「右舷側?‥‥CIC、本艦の右舷側に艦船反応はあるか?」

 

「右舷側からですか?‥‥いえ、何もありません」

 

「何もないって‥‥」

 

「海賊は小型のボートで近づいているの!!」

 

「わかった。右舷、探照灯照射!!同時に右舷側の副砲、高角砲、機銃すべて撃ち方用意!!」

 

シュテルはクリスの通信を受け、右舷側へ探照灯を照らし、右舷側の兵装の発射準備を行う。

探照灯が照らされる少し前、ヒンデンブルクの右舷側から海賊たちは木造の小舟にエンジンを取り付けただけの粗末な小舟でヒンデンブルクに接近していた。

小舟であることと木造であることがレーダー電波の反射を鈍らせていた。

 

「よーし、もうすぐだ!!」

 

「まっていろよ、ドイツの子猫ちゃんたち‥‥俺のムスコで、極楽へ行かせてやるぜ‥‥」

 

「なるべく殺さないようにしろよ。高値で売れる商品にもなるからな」

 

海賊たちはニヤニヤと下品な笑みと下世話な会話をしながら、ヒンデンブルクに近づいている。

しかもそのヒンデンブルクは、自分たちの母船に目がいっており、まだ自分たちの存在に気づいていない。

このまま、一気に接近し、強襲して船を奪い、乗員を乱暴し、場合によってはその命を奪うか、外国に売り飛ばす算段だ。

しかし、

 

バシャ!!

 

ガチャ!!

 

突如として自分たちの目の前が真っ白になる。

 

「うわっ!!」

 

「まぶしっ!!」

 

「や、やべぇ!!」

 

海賊たちは目の前が真っ白になった原因はヒンデンブルクが自分たちに探照灯を照射してきたのだと判断した。

しかし、時は既に遅かった。

 

「海賊の別動隊を確認!!」

 

「悪党どもに慈悲も容赦もするな!!連中をすべて薙ぎ払え!!」

 

シュテルは心を鬼にして接近してきた海賊たちへ攻撃命令を下す。

 

バババババババ‥‥

 

ドォン!!ドォン!!

 

ダダダダダダダダ‥‥

 

木造の小舟では、ヒンデンブルクの副砲、高角砲はもとより、機銃でさえ十分な脅威となる。

小舟の海賊たちは砲弾から逃れるため、次々と海へと飛び込む。

しかし、全員が無事に逃れたわけではなく、そのほとんどがヒンデンブルクの副砲弾、高角砲弾、機銃弾の餌食となっていく。

主砲も海賊の母船に対して、なおも砲戦を続行する。

海賊の母船は小舟での強襲に失敗したのを確認すると、海に落ちた仲間の救助もせずに撤退行動に移り、やがて、水平線の彼方へと逃げていく。

 

「主砲、砲撃中止!!」

 

シュテルは主砲の砲撃命令を中止する。

海賊の母船に逃げられたのは痛かったが、自分たちのやるべき事は海賊の捕縛ではなく、日本を目指すこと‥‥

 

右舷側の海賊の小舟をすべて沈めたが海には海賊の生き残りが漂流している。

 

「‥‥救命いかだを投下しろ」

 

「艦長!?」

 

シュテルは海に救命いかだの投下を命じる。

その命令に艦橋員は思わず、ギョッとした顔になる。

 

「ですが、艦長、相手は凶暴な海賊ですよ‥‥」

 

「わかっている‥‥しかし、今は漂流者だ‥‥」

 

救命いかだには、エンジンが着いていない。

漂流の中で強襲に必要な武器や道具も失われている筈。

それでもなお、ヒンデンブルクを諦めずに強襲してくるのであれば、もう一度、連中に機銃斉射をするまでだ。

ヒンデンブルクのクラスメイトたちは渋々と言った様子で救命いかだを海へと投げ入れる。

シュテルの思惑通り、海に投下された救命いかだに群がる海賊の生き残り‥‥

その中で彼らは既に戦意を失っており、ヒンデンブルクを狙うことはなかった。

やがて、ブルーマーメイドの艦が到着する。

 

「ブルーマーメイド、甲龍・紫煙(シェンロン・スィーエ)艦長の凰乱音(ふぁんらんいん)よ」

 

「ドイツ、キール校所属、ヒンデンブルク艦長のシュテル・H(八幡)・ラングレー・碇です」

 

ブルーマーメイドの艦の艦長、凰乱音と邂逅を果たし、シュテルは現状を説明し、クリスが助けた翔竜丸の生存者の収容と海上を漂流している海賊たちの捕縛を頼んだ。

海賊たちにとって、狙っていたブルーマーメイドの艦に捕縛者として乗艦することになったのは、皮肉としか言えなかった。

 

「後日、ブルーマーメイドから詳しい事情聴取をするかもしれません」

 

乱音の方もこれから捕縛した海賊を連行し、生存者を病院に搬送しなければならない。

よって後日、今回の件について詳しい事情聴取をとることをシュテルに告げる。

 

「わかりました。本艦は今後、神奈川の横須賀、横須賀女子海洋学校に入港予定となっております」

 

シュテルは、乱音にヒンデンブルクの今後の予定を教えた後、クリスたち臨検員たちを収容して、横須賀を目指す。

 

「副長‥‥みんな‥‥今回の件‥‥お疲れ様です‥‥そして、すまなかった」

 

シュテルは深々とクリスたち臨検員に頭を下げる。

 

「艦長?」

 

「まだ学生のみんなに人が死んでいる所へと送ってしまった事で、みんなの心に傷をつけた‥‥申し訳ない‥‥」

 

「い、いえ‥‥そんな‥‥」

 

「そうですよ‥‥」

 

艦長のシュテルに深々と頭を下げられ、逆に恐縮してしまう。

自分たちもブルーマーメイドを目指すのであれば、いつかはこうした場面に遭遇する。

それが自分たちには少し早まっただけだ。

見方を変えれば、むしろ学生の内に人の生死を経験できたのだ。

ブルーマーメイドになって、いざその場面で躊躇しては他の隊員の足を引っ張ることになる。

実戦の場で、そうなるよりはマシである。

日本の目の前である南シナ海でもまさかの海賊の襲撃を受けながらもヒンデンブルクは日本を目指す。

目的地である日本までもうすぐだった‥‥

 

 

その目的の日本、千葉の総武高校では、一年の終わりに来年度へのクラス分けのためのテストが行われ、その結果が春休み中に知らされた。

そのテスト結果にて、葉山と由比ヶ浜は、雪ノ下とは違うクラスになってしまった。

結果を見て、葉山も由比ヶ浜も残念がっていたが、前世と同じく雪ノ下とクラスが異なる事から、この後世でも前世と同じ歴史をたどっているのだと思い込んでいた。

その違いが判明するのも、もう間もなくのことだった‥‥

 




今回のゲストはインフィニット・ストラトス‐アーキタイプ・ブレイカーの登場キャラクターである凰鈴音の従妹、凰乱音です。


はいふり世界のでは史実ではワシントン軍縮会議で廃艦や戦艦から空母に転用、設計のみの計画で終わった艦が実際に何隻か存在しており、双葉社から販売した超精密3DCGシリーズの八八艦体にて、もし、実際に存在していたらと言う設定で外見がCG で描かれています。

ただし、それは建造当時のイメージした姿であり、その後も実際に存在した艦同様、近代化改修された筈なので、長門級、金剛級、伊勢級、扶桑級を参考に作ってみました。


尾張級戦艦 同型艦 尾張 駿河 近江 三河


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天城級巡洋戦艦 同型艦 天城 赤城 高雄 愛宕


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加賀級戦艦 同型艦 加賀 土佐


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55話

次回からはやっと本編


 

南シナ海を航行中にシュテルにとっては三度、シュテルを除くヒンデンブルクのクラスメイトたちにとっては、地中海に次いで二度目の海賊の襲撃を受けたヒンデンブルク。

しかし、クリスの機転により、海賊の襲撃を察知して切り抜けることが出来た。

南シナ海、東シナ海を抜け、ようやく日本、東京湾へ入る前、ヒンデンブルクはトイレットペーパーとミネラルウォーター、自艦で製造しているソーセージの材料が心もとないと言う主計科の報告を受け、館山沖にあるオーシャンモール館山沖店にて、トイレットペーパーとミネラルウォーター、ソーセージの材料を買い込むことにした。

ついでにクラスメイトの手持ちのユーロを円に換金してもらうことになった。

その際、シュテルは、

 

(ん?確か、館山って千葉だよな‥‥ってことはマッ缶がある!!)

 

「主計長!!」

 

「は、はい」

 

「モールに行ったら、この缶コーヒーを一箱‥‥いや、五箱買ってきて!!」

 

シュテルはスマホに保存されているマッ缶の写真を主計長に見せて、マッ缶を五箱も買ってきてくれと頼む。

もちろん、代金はシュテルがポケットマネーで払う。

 

「五箱‥‥ですか?」

 

「そう、五箱!!」

 

「は、はぁ~‥‥」

 

シュテルの勢いにすっかり押されている主計長。

 

そして、主計科の生徒たちがオーシャンモール館山沖店に行き、要件を済ませる。

 

「艦長、買ってきましたよ」

 

「おお、ありがとう!!」

 

シュテルはマッ缶の箱を台車に乗せて艦長室へと運んでいく。

 

「あんなにたくさんの缶コーヒーを艦長一人で飲むのかな?」

 

食堂でもシュテルはコーヒーをガブガブ飲んでいるところを見たことがない。

しかし、30本×5箱=150本‥‥シュテル一人で150本の缶コーヒーを飲むのかと主計長が疑問に思うのも無理はなかった。

 

「常温だけど、まぁいいや‥‥」

 

シュテルの部屋の冷蔵庫にはマッ缶が所狭しと並べられた。

冷蔵庫に詰め込んだあと、常温であるが、シュテルはマッ缶を一本開けてそれを飲んだ。

 

「あぁ~‥‥コレだよ、コレ、この味、この甘さ、懐かしい味だぁ~‥‥」

 

久しぶりのマッ缶に舌鼓を打つシュテルだった。

 

 

様々なアクシデントがありながらも、ヒンデンブルクはようやく日本に到着することが出来た。

 

「今回の航海では海賊によるアクシデントがあったが、こうしてみんなのおかげで、無事に日本にたどり着くことが出来た。艦長として、感謝する」

 

横須賀に到着した後、シュテルは全乗組員を艦首の甲板に集めて訓示をする。

 

「現在、横須賀女子海洋高校はまだ春休みの最中であり、授業は始まっていない。そこで、皆にも短いが、ここ日本で春季休暇をとってもらい、英気を養ってもらいたい」

 

シュテルの春季休暇と言う言葉を聞いてクラスメイトたちは浮足立つ。

 

「ただし、我々は観光目的で日本に来たわけではない。ここ日本で優れた海洋技術を学ぶために来たことを忘れないでもらいたい。休暇とはいえ、いろいろと制限が存在してしまうが、羽目を外しすぎないように‥‥詳しいことは、先程配ったしおりに書いてある。各自、目をとおして、キール校の生徒として、恥ずかしくない行動をとってもらいたい。以上、解散!!」

 

こうして、横須賀女子の新学期が始まるまでシュテルたちヒンデンブルクの乗員には短いながらも春休みを日本で迎えることになった。

ただし、宿に関してはホテルの宿泊費何てないし、寮はまだ手配されていないので、ヒンデンブルクの各自の部屋が春休み期間中の宿となる。

その為、ヒンデンブルクのクラスメイトたちには門限が設けられ、門限時間内に戻らなければならない。

 

それから、シュテルたちヒンデンブルクが横須賀に入港してから数日後にはシュペーも無事に横須賀に到着した。

その後、シュペー艦長のテアからシュテルに二人っきりで会いたいと言う連絡を受け、シュテルは待ち合わせ場所へと赴く。

 

「テア!!」

 

「シュテル!!」

 

久しぶりに出会ったシュテルとテアは互いに抱擁を交わす。

ミーナやユーリが居たら、きっと睨んでいることだろう。

 

「ここまでの航海、大丈夫でしたか?」

 

「ああ、副長をはじめとして、頼もしく優秀な仲間がいたからな。シュテルの方はどうだった?」

 

「あぁ~‥‥私の方もクラスメイトたちも優秀でした‥‥ただ‥‥」

 

「ただ?」

 

「‥‥ただ、どうも運が悪かったらしくて‥‥」

 

シュテルは地中海と南シナ海を航行中、海賊の襲撃を受けたことをテアに話す。

 

「海賊!?」

 

「ええ‥‥」

 

海賊と聞いて流石のテアも驚いた。

しかも一度の航海で二度も遭遇したのだから、かなりの確率だ。

 

「なんかもう、見た目は子供、頭脳は大人なバーロな探偵か、名探偵の孫の高校生になった気分でした」

 

「ん?そ、それは大変だったな‥‥」

 

「ええ‥‥」

 

テアにはシュテルが例えた言葉の意味はわからなかったが、シュテルたちヒンデンブルクが大変な航海をして日本にたどり着いたことは理解できた。

 

「あっ、そうそう!!これ、いつぞや約束をしたマッ缶です!!飲んでみてください!!」

 

シュテルは去年の交換留学の際、テアに語っていたマッ缶を取り出し、彼女に勧める。

 

「これが‥‥」

 

「そうです!!これがマッ缶です!!千葉にしか売っていないご当地缶コーヒーなんです!!その味がもう、最高なんです!!」

 

「う、うむ‥‥そうか‥‥」

 

マッ缶を力説するシュテルに押され気味のテア。

 

「で、では‥失礼して‥‥」

 

テアはトップルを開けて、マッ缶を口へと運ぶ。

 

グビグビグビ‥‥

 

「ふむ、確かにシュテルが言ったようにうまいな‥‥それにとても甘い‥‥」

 

「でしょう?」

 

こうして、新たなにマッ缶の友が出来た‥‥

 

それからテアは日本に滞在していると言う自分の母親を捜しに向かった。

しかし、その母親はどうも落ち着きのない性格らしく、一つの場所に長くとどまらない。

テアがついた時には既にそこを発った後で、次の行き先を聞いてそこに向かっても、一足違いですれ違い、なかなか会うことが出来ない。

そんなすれ違いを十日も繰り返した。

無自覚だとしたら、こちらも物凄い確率である。

そして、今日も今日とて、テアは母親が居るとされる場所へと赴く。

実際、テアの母親が日本にいるのは今日が最終日で、今日の夜にはアメリカに向けて日本を発つと言う情報があったのだ。

なお、テアが自分の母親と会おうと奮戦している間、シュテルの方は、

 

「シュテル!!会いたかったぞ!!」

 

シュテルの下に顎髭を蓄え、サングラスをかけた男が歓喜の声を上げながら、シュテルに抱き着く。

 

「な、なにあのおじさん!?」

 

「ヤクザ!?」

 

他のクラスメイトたちは突然の訪問者に驚いている。

 

「お、おじいちゃん。久しぶり」

 

『おじいちゃん!?』

 

シュテルの下を訪れたのは、シュテルの父方の祖父、碇ゲンドウだった。

 

「あなた、いくらシュテルに会えるからって、他のクラスメイトたちを怖がらせちゃダメでしょう?ただでさえ貴方の顔は怖いのに‥‥」

 

そこへ、茶髪でショートボブの女性がゲンドウを諫める。

この茶髪でショートボブの女性は碇ユイ、ゲンドウの妻でシュテルの父、シンジの母親であり、シュテルの父方の祖母である。

 

「ゆ、ユイ、顔のことは言わないでくれ」

 

顔のことを指摘されて、ちょっと凹むゲンドウ。

 

(ああ、確かに幼少期の頃、初めて会った時にはびっくりしたもんな‥‥前世の記憶を持っていなかったら、きっと泣いていたな)

 

ゲンドウがシュテルのことを気に入っているのはただ単に自分の孫だからと言うだけでなく、自分の顔を見ても怖がったり泣かなかったことも要因の一つとなっている。

 

「あっ、おばあちゃんも来てたんだ」

 

『おばあちゃん!?』

 

「あのヤクザの人が艦長のおじいさんだって‥‥」

 

「あのヤクザが!?」

 

「おばあさんは普通の人なのに‥‥」

 

クラスメイトたちはやはり、ゲンドウの顔つきから、彼がヤクザだと思い込んでいる。

 

「大丈夫よ、貴方たち。この人は基本、マダオだから」

 

『マダオ?』

 

聞いたことのない単語に首をかしげるクラスメイトたち。

 

「まるで、ダメな、おじいさんの略よ」

 

「ゆ、ユイ‥‥」

 

ユイは笑いながらマダオの意味をクラスメイトたちに伝える。

マダオと言われて益々凹むゲンドウ。

 

「で、でも、おじいちゃんはこう見えて、京都大の教授なんだよ」

 

一応、シュテルがゲンドウを弁護する。

 

「京都大?」

 

ドイツ人には京都大のレベルは分からないみたいだ。

 

「えっと、東の東大、西の京大って言われるぐらい、日本ではレベルの高い大学なんだよ。それで、おじいちゃんとおばあちゃんはどうして横須賀に?」

 

シュテルは京都大のレベルと共に京都にいる筈の祖父母がどうして横須賀に居るのかを訊ねる。

 

「ここで学会があって、来たのよ」

 

どうも、ここ横須賀で学会があるので、二人は京都から横須賀に来たようだ。

 

「そう言えば、カナデ君とは連絡をとったのかい?」

 

「カナデは今、長野にツアー中みたいで、今度時間が取れたら会おうかと思っています」

 

カナデも去年の夏にシュテルと会えなかったので、今年はこうして日本に来ていることで、シュテルと出会えると言うことで喜んでいた。

 

テアが自らの母親を捜している中、横須賀女子では‥‥

 

「あれ?横須賀にドイツ艦だ。珍しいな‥‥?」

 

横須賀女子の制服を纏った一人の少女が横須賀港に入港しているシュペーとヒンデンブルクを見て、首を傾げた。

彼女の手には横須賀女子の入学案内のパンフレットが握られていた。

その少女の前に母親を捜しているテアとミーナの姿があった。

二人は、慣れない横須賀の地に迷っている様子だった。

この迷っている時間もテアにとっては、惜しい時間で、こうして迷っている間にも自分の母親がまたどこかに行ってしまうのではないかと焦りの色が見えていた。

 

「あの‥‥もしかして、道にお困りですか?」

 

少女は二人に恐る恐る声をかける。

 

『あっ、君はここの生徒か?』

 

ミーナはその少女にドイツ語で語りかけたが、彼女はドイツ語が分からないみたいだ。

 

(あっ、いかん、日本語でないとな‥‥)

 

ミーナは、そこで日本語で言い直す。

 

「お主はここの生徒か?」

 

「は、はい。あっ、でも、正式には来週からですけど‥‥」

 

(お主って‥‥)

 

彼女は今度、横須賀女子に入学する新入生のようだった。

 

「新入生か‥‥学園の中に用があるのだが、分かるか?」

 

「大丈夫ですよ。三年ぶりに再会する友達と入学できることになったので、待ちきれなくて探索していたんです」

 

「そうか、ありがたい。面倒をかけるがよろしく頼む」

 

「それで、目的の場所はどこですか?」

 

「第二教員棟の大会議室だ」

 

「ああ、それならこっちです」

 

少女の案内の下、テアとミーナは、テアの母親が居るとされる場所へと向かう。

 

「あの‥‥その制服とドイツ語からあそこに停泊しているドイツ艦の方ですよね?ドイツの海洋学校から来られたんですか?」

 

その最中、少女はテアとミーナがドイツから来たのかと訊ねる。

 

「ああ、わしらはヴィルヘルムスハーフェン海洋学校から来た。そう言えば名前は何と言う?」

 

(わし?)

 

ミーナは自分たちの所属校を言うとともに彼女に名前を訊ねる。

 

「知名もえかです」

 

もえかはテアとミーナに自己紹介をするとともに、同じ世代のミーナの一人称にちょっと戸惑った。

 

横須賀女子の新入生、知名もえかの案内の下、目的の第二教員棟の大会議室に向かう三人。

その途中で、

 

「あれ?テアにミーナさん?」

 

テアとミーナはシュテルと出会った。

 

「シュテル?どうしてここに?」

 

「この学会に私の祖父母が出席していたので‥‥えっと‥‥その方は?」

 

(ん?この子、どこかで会ったような気が‥‥)

 

シュテルは横須賀女子の制服を着た少女が誰なのかを問う。

しかし、シュテルは彼女とどこかで会ったような気がした。

 

「あっ、はじめまして、今度、横須賀女子に入学します。知名もえかです」

 

「知名‥‥もえか‥‥?ん?‥‥もえか‥‥?ん?‥‥」

 

もえかの名前を聞いて、やはりもえかとはどこかで出会ったような気がするシュテル。

 

「あ、あの‥‥どうかしましたか?」

 

「ん~‥‥ぶしつけな事ですが、知名さん‥昔、私とどこかで会ったことありませんか?」

 

「えっ!?」

 

突然、シュテルに会ったことないかと問われ、ドキッとするもえか。

 

「あっ、いえ‥そんな気がしたんです‥‥昔、広島の呉で、貴女と似た子ともう一人‥‥ピッグテールの髪型の子と一緒に大和を見たんで‥‥」

 

「えっ?それって‥‥もしかして、あなた、シューちゃん?」

 

「っ!?‥‥その呼び方‥‥」

 

「やっぱり!!シューちゃんだ!!」

 

「じゃあ、やっぱり‥‥もかちゃん?」

 

「そうだよ!!久しぶり!!」

 

「やっぱり!!本当に久しぶり!!元気だった?」

 

「うん!!ミケちゃんも元気で、今度横須賀女子に入るんだよ!!」

 

「そうなの!?」

 

シュテルともえかが和気藹々となり、すっかりとその場の背景か空気になったテアとミーナ。

テアとしてはシュテルと親しそうにしているもえかをあまり面白くなさそうな顔で見ていた。

 

「あ、あの‥‥」

 

ミーナが声をかけ、

 

「あっ、ごめんなさい。第二教員棟の大会議室でしたよね?こっちです」

 

「第二教員棟の大会議室?どうしてそこへ?」

 

「私の母上がそこに居るんだ」

 

「へぇ~‥‥」

 

(ヴィルヘルム・ハーフェンの教官が言っていた元ヤンキーのテアのお母さんか‥‥)

 

ヴィルヘルム・ハーフェン校の教官、マイヤーが以前、テアの母親は学生時代問題児だったと言っていたが、決してヤンキーだったとは言っていない。

テアの母親がヤンキーだと思っているのはシュテルの勝手な想像であった。

 

(どんな人なんだろう・・・・?)

 

シュテルも個人的に興味が沸いたので、テアとミーナについていくことにした。

もえかの案内の下、目的地である第二教員棟の大会議室に着いたのだが、

 

「学会ならさっき終わったわよ」

 

受付の人からはテアの母親が参加していた学会はもう終わったと告げられた。

なお、この学会がシュテルの祖父母、ゲンドウとユイも参加していた。

 

「えっ!?」

 

「‥‥」

 

テアの母親が参加していた学会は終わっており、テアはまたもや母親に会うことが出来なかった。

 

「何じゃと!?‥‥えっと、マリア・クロイツェルと言う方は!?」

 

「えっ?ああ、あの外国の方ね。確か食堂に行くって言って、食堂に行きましたよ」

 

食堂と言うことはそこで食事をしているかもしれない。

で、あれば、出会うこともできるかもしれない。

四人は急いで食堂へと向かった。

しかし‥‥

 

「はい、お待ち、横須賀女子特製カレー!!外国人のお嬢ちゃんにはサービスで大盛りね!!」

 

テアはカレーを前にムスッとした顔をしている。

この食堂でもテアの母親はいなかった。

 

「その‥‥テアのお母さん‥ここにも居なかったみたいだね‥‥」

 

「タッチの差で、出ていってしまったみたいで‥‥」

 

「ああもどかしい、あと少しなんじゃが‥‥」

 

(なんか、ミーナさんの口調、去年と随分と変わったな‥‥一体この一年で彼女の身に何があったんだ?)

 

ミーナの変化にまさか任侠映画の影響だとは知る由もないシュテルだった。

 

「学会後の予定は聞いていないからな‥‥手詰まりだ」

 

「まっ、まぁ今はカレーを食べて、気を取り直しましょう」

 

母親を捜すにしても、今はまず、食事をして体力と英気を養い、引き続き、母親捜しをすることになった。

しかし、何の手掛かりもないなか、人一人を捜すのはきつかった。

もしかしたら、もうこの学園の敷地内から出ていってしまったのかもしれない。

 

「あの、今更なんですけど、電話とかできないんですか?」

 

もえかが携帯で連絡を取れないのかと訊ねる。

 

「あの人は、個人で携帯を持っていない。連絡をよこす時も手紙だ」

 

「うーん、なにか手はないモノか‥‥」

 

母親の居場所に何か手掛かりがないモノかと頭を抱えていると、

 

「あれ?艦長?」

 

「ん?あっ、ジークか」

 

そこへ、ヒンデンブルクの機関長、ジークが通りかかる。

 

「どうしたんですか?こんな場所で‥‥」

 

「ああ、実は人を捜しているんだが‥‥」

 

「こんな人を見なかったか?」

 

ミーナがテアの母親の写真を見せる。

 

「ん?ああ、このブルーマーメイドの人なら、さっき見たで」

 

「どこだ!?どこで見た!?」

 

「ちゅ、中央広場や」

 

「ありがとう!!ジーク!!」

 

テアの母親の手掛かりを知り、四人は急いで中央広場へと向かう。

 

「ここが中央広場です」

 

もえかの案内の下、中央広場へと来たが、やはりその場にはテアの母親の姿はなかった。

 

「いない‥‥いったいどこに行けば会えるんだ‥‥」

 

「シューちゃん、私そろそろ、帰らないと‥‥」

 

「そうか‥‥ごめんね、もかちゃん。付き合わせちゃって」

 

「ううん、シューちゃんとまた会えて良かった。入学式の後にはミケちゃんも来るはずだから、その時はまた三人で遊ぼうね」

 

「ああ、またね」

 

「うん‥‥あ、あのクロイツェルさん。諦めなければきっと会えます。私の友人だったら、こう言うと思います」

 

「うむ、ド感謝する」

 

もえかに礼を言うと、彼女は帰って行った。

 

「艦長、次はどこを‥‥」

 

「シュペーに戻るぞ」

 

ミーナはまだ、テアの母親捜しを諦めてはいなかったが、肝心のテア本人は、もう諦めモードとなり、艦に戻るという。

 

「今回も縁がなかったということだ‥‥」

 

「ちょっと待ってください!まだ時間があります!ここで諦めては‥‥」

 

ミーナはまだあきらめずに捜そうと言った時、突然テアが歩みを止める。

 

「えっ?」

 

「待っていたわ、テア」

 

シュペーの前にはブルーマーメイドの制服を纏ったテアそっくりの女性が居た。

 

「母上、どうしてそこに‥‥?」

 

「シュペーがあったから、もしかしてって思ってね」

 

「その子たちは?」

 

「ああ、シュペーの副長の‥‥」

 

「ヴィルヘルミーナです」

 

「それで、こっちが‥‥」

 

「キール校のラングレー・碇です」

 

「ラングレー?碇?‥‥もしかして、碇教授とラングレー博士って‥‥」

 

「私の祖父母です」

 

「そうなんだ‥‥どこか、面影があると思った‥‥えっと、ヴィルヘルミーナさんはシュペーの副長なのよね?」

 

「は、はい」

 

「テアがいつもお世話になっているわね。テアも‥‥」

 

「何年ぶりかしら?」

 

「二年と六ヶ月です」

 

「そうそう、そうだったわね。見ないうちに大きく‥‥なってないわね。どうして?」

 

母親から大きくなっていないと言われ、明らかに不機嫌になっているテア。

 

「まぁ、元気ならそれでいいわ」

 

「よく、そんなことが言えるな!?前に会った時だって、一日も経たずに出航するし!!」

 

「え?拗ねているの?」

 

「拗ねてない!!」

 

((テアが子供みたい‥‥))

 

見かけは子供でも普段はクールなはずのテアが、見た目と同じ子供っぽくなっている。

 

「私だって寂しかったのよ。週一で手紙を送っても一通も返信はこないし」

 

「えっ?そうなんですか?」

 

あのテアが母親に手紙を出さないとは思えない。

さっきだって、やり取りは手紙だと言っていた。

 

「最初は返していたが、送付先に母上が居たためしがなかった」

 

「ダメじゃん‥‥母上‥‥」

 

シュテルが呆れた様子でテアの母親を見る。

 

「そ、そうだったかな?」

 

テアの母親は笑ってごまかす。

 

「まぁ、でも私たちは親子だから絆がばっちり‥‥」

 

「そんなわけがない!」

 

テアの拒絶ともいえる言葉にびっくりする三人。

 

「‥‥ずっと‥‥私は寂しかった。認めたくはなかったが、ブルマーになったのもあなたのことも褒められても素直に喜べなかったのも、母親らしいことを一つもしてくれないあなたが傍にいてくれない当てつけだ」

 

(テアも俺の前世と似ている生活環境だったんだな‥‥でも、前世で俺が女だったら、生活環境も違っていただろうし、自殺をすることもなかっただろうな‥‥)

 

「しかし、それを素直に認められることが出来たのはミーナやシュテルたち大勢の仲間がいてくれたからだ。動機はなんであれ、私が子供の頃に憧れたブルマーの道を私は歩んでいる。そして、皆と共に歩めていることを私は誇りに思う!‥‥これは貴女に返す」

 

テアはそう言って、母親に去年、教官からもらったヴィルヘルム・ハーフェンで使用されている艦長帽を母親に返す。

 

「艦長帽?」

 

「あなたがこれを私に届けさせた理由はこれだろう?」

 

テアが渡した艦長帽の裏地には沢山のメッセージが書かれていた。

 

「私はあなたに負けない艦長になってみせる!!私はあなたを超える」

 

「‥‥よく言った」

 

テアの宣言に母親は一瞬唖然とするも優しくテアの頭に手をやり、

 

「大きくなったね‥‥ミーナさん、シュテルさん。私はテアの傍に居てやれない‥‥だから、これからもテアの事をよろしくね」

 

「「はい!!」」

 

シュテルも常にテアの傍に居ることは出来ないが、それでも彼女を精一杯フォローするつもりだった。

 

しかし、それから数日後、シュペーをまさかの事態が襲うなんて、この時は誰もが予測などできなかった。

 

 

 

 

その頃、新学期間近な総武高校では‥‥

在校生は新入生と違い、少し早めに学校が始める。

クラス替えにより、葉山と由比ヶ浜は前世と同じ様に同じクラスとなったが、雪ノ下は二人と別のクラスとなった。

そして、葉山と由比ヶ浜のクラスメイトは八幡を除く前世と同じクラスメイトの面子となっていた。

 

「葉山君、それでこの後世でも戸部ッチたちとグループを作るの?」

 

由比ヶ浜は、葉山に前世と同じ様にグループを作るのかを問う。

 

「まぁ、何だかんだ言って、あのグループは居心地が良かったからね。今度はヒキタニが居ないから、絶対に上手くいくよ」

 

(あいつらにはあいつらなりに利用価値があったからな‥‥特に優美子は女避けとして最適な奴だった‥‥この後世にはヒキタニの奴がいないから、今度こそ、何もかもが上手くいくはずだ)

 

「そうだよね」

 

葉山は前世と同じく雪ノ下とクラスが異なったので、この後世でも葉山グループを作るという。

それから、葉山と由比ヶ浜は戸部、大岡、大和、海老名に声をかけ、自らのグループに入れたのだが、葉山にとって女避けとして重要な駒であった三浦に関しては‥‥

 

「三浦さん、よければ俺たちのグループに入らないかい?」

 

上辺だけの爽やかスマイルを浮かべて三浦を自らのグループに誘う葉山。

前世では、この笑みで彼女も自分のグループに入った。

しかし、この後世では‥‥

 

「は?なんで?」

 

「えっ?」

 

「なんで、あーしがアンタのグループに入らないといけないの?」

 

「えっ?その‥‥みんなでいれば色々と楽しいじゃないか」

 

「あーし、彼氏がいるから、他の男と一緒につるむつもりはないし‥‥それに葉山君って言ったっけ?アンタ、顔は良いかもしれないけど、アンタの笑みはなんか上辺だけのすっからかん‥‥正直に言って気持ち悪い」

 

この後世では三浦は葉山に前世と180度異なる態度を取ってきた。

 

(優美子に彼氏だって!?それにあの優美子が俺にあんな態度をとってくるなんて‥‥一体どうなっているんだ!?)

 

葉山はこの後世における歴史の改変に戸惑い始めた。

 




ローレライの乙女たちは本編後の制作の筈なのに、あの作中ではドイツからはビスマルクもシュペー同様、日本に留学し、同じくラットウィルスに感染したような感じでした。

しかし、誰からも忘れられている始末‥‥

ローレライの乙女たちの世界とはいふり本編も、もしかしたら、平行世界なのかもしれませんね。


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56話

所属艦が本編と異なり、この作品では、もえかは武蔵の艦長ではありません。

本編の武蔵、ローレライの乙女たちのシュペーの様子から晴風以外の学生艦はおそらく横須賀女子の港に停泊中、ラットが乗り込んだものと思われるので、ヒンデンブルクも横須賀女子の港に停泊中、ラットが乗り込んで来た設定となっております。


 

前世同様総武高校の二年生に進学した際のクラス分けにて、葉山と由比ヶ浜は同じクラスとなったが、雪ノ下とはクラスが異なった。

葉山と由比ヶ浜のクラスメイトたちは八幡を除く前世と同じクラスメイトだった。

そこで、葉山は前世と同じく、グループを作ることにした。

戸部、大岡、大和、海老名ときて、葉山にとっては女避けとして重要な駒であった三浦に声をかけたところ、前世と異なり、彼は三浦から拒絶された。

しかも、今の三浦には彼氏が居るいう驚愕の事実‥‥

前世と異なる歴史の流れに葉山は戸惑った。

 

「そ、それじゃあ、君の彼氏も一緒に俺のグループに入らないかい?」

 

葉山は少し作戦を変更して、三浦と彼女の彼氏をグループに入らないかと誘う。

 

しかし、

 

「やめとく」

 

「な、何故だい?」

 

「あーしも彼氏も昼休みや放課後は部活動で忙しいの。だから無理」

 

「部活動に関しては俺たちもやっているから同じゃないか?」

 

「葉山君は何部なの?」

 

「サッカー部さ」

 

「あっそう、サッカー部は朝練、昼練、放課後は部活をやらないの?」

 

「基本的に朝練と放課後だけかな?」

 

「あーしらの部活はまだ弱小だから、部活時間も厳しいの‥‥上っ面だけのお友達ごっこをやっている暇なんてないから無理。じゃあね」

 

取り付く島もなく、三浦は去っていく。

 

「ちぃっ‥‥」

 

前世と違い、自分に全くなびかない三浦に対して思わず舌打ちをする葉山。

 

「葉山君、優美子はどうだった?」

 

「優美子はなんか彼氏がいるから無理だって」

 

「彼氏!?優美子に!?」

 

前世では、葉山に好意を持っていた筈の三浦がこの後世では、葉山ではなく、別の男と彼氏彼女の仲になっていたことに驚く由比ヶ浜。

 

「まぁ、いいさ。元々彼女は我儘なところがあったからね。由衣もそんな優美子には迷惑していたんじゃないか?」

 

「う、うん‥‥」

 

前世では、由比ヶ浜も三浦からよくパシリにされていたことが多々あった。

空気を読むというよりも空気に流されていた由比ヶ浜にとって強気な性格の三浦には逆らえず、強く言い返せなかったため、三浦からいいように使われていた。

実際に由比ヶ浜自身もそんな三浦に対して、どこか苦手意識を持っていた。

しかし、葉山が作り出した葉山グループに所属することは2-Fでは一種のステータスであり、上位カースト‥上級クラスメイトに属することを意味していた。

その上級ステータスを自ら捨てることは由比ヶ浜には出来なかった。

だから彼女は三浦の横暴な態度にも我慢していた。

その三浦がこの後世では、葉山グループの所属を拒否してきた。

それならばそれで、別に三浦が葉山グループに入らなくてもいいと由比ヶ浜はそう思った。

 

ただ、この後世では三浦の席に相模が座ることになった。

彼女も前世の相模同様、葉山に対して好意を持っていた。

それはこの後世でも同じで、半ば強引に葉山グループに入り混むような形でグループ入りをした。

ただ、葉山にとっての誤算はまだあり、相模が前世の三浦以上に独占欲が強かったことだ。

葉山グループ入り=葉山の彼女と勘違いしている節があり、確かに女避けとしては機能しているがとにかく、日々のアプローチがしつこい。、

その癖、由比ヶ浜、海老名と言った同じグループの同性に対しても当たりがキツイ。

戸部、大岡、大和ら男子にも邪魔者のように感じている様子‥‥

由比ヶ浜にとってはこれなら、まだ三浦の方がマシだった。

 

 

葉山と由比ヶ浜が前世と同じく葉山グループを作ったのと同じく、雪ノ下は平塚先生に頼み、後世でも奉仕部を作った。

しかし、前世同様、完全非公認の部活であり、雪ノ下から奉仕部設立にあたって、説明を聞いた平塚先生は、

 

(生徒指導の雑務がこれで少しは減るな‥‥)

 

と、そんな風に思っており、生徒会に圧力をかけて強引に奉仕部を設立したのだった。

一方、雪ノ下は自分が教師である平塚先生を陰で操り、彼女を踏み台として自分の高校生活における実績作りになると思っていたが、平塚先生の方も自分の雑務を雪ノ下に押し付けられると言う思惑から、両者とも団栗の背比べと言ったところだった。

 

前世と似たような、若干異なる歴史の流れで始まった葉山、由比ヶ浜、雪ノ下の二度目の高校二年の生活‥‥

彼らは今後、この後世における歴史の改変に身をもって接することになる。

 

 

千葉の総武高校でそのような動きがあった中、神奈川県、横須賀にある横須賀女子海洋高校では、入学式が行われ、入学試験の成績によって所属する学生艦が発表された。

もえかは首席で入学を果たし、横須賀女子海洋高校の大型直接教育艦、駿河の艦長となった。

そして、もえかの親友であり、かつてもえか、シュテルと共に広島の呉で大和を見たもう一人の少女、岬明乃は航洋直接教育艦、晴風の艦長となった。

なお、余談であるが、雪ノ下もクラス分け試験の際、トップの成績を出していたので、総武高校がアメリカより購入し、総武学生艦の旗艦とも言えるコロラド級戦艦の三番艦、総武の艦長に就任した。

雪ノ下本人は当然の結果だと思っていたが、去年、雪ノ下と同じく文化祭の実行委員になった生徒や実行委員での雪ノ下の事を聞いた雪ノ下と同じクラスの生徒たちは、今年の海洋実習に不安しか思えなかった。

 

 

横須賀女子の入学式当日から新入生たちはそれぞれの学生艦に乗艦して二週間の演習となる。

その演習が横須賀女子海洋高校の新学期最初の演習となる。

本来ならば、高校二年生であるシュペーとヒンデンブルクのクラスメイトたちは入学したての彼女たちの監督生として、この演習に参加することになった。

四月六日、入学式を終えた新入生たちは次々と自分たちの学生艦に乗艦して、演習地の西之島新島へ向かうことになる。

勿論シュペーとヒンデンブルクも同じ予定のはずだった。

 

同日、出航準備をしているヒンデンブルクに突如、『待った』がかけられた。

一体何事かとクラスメイトたちが戸惑う。

 

「なぜ、出航準備が中止になったんですか?」

 

「横須賀女子の予定が変更になったのかな?」

 

クラスメイトたちが戸惑う中、理由が判明した。

 

「みんな、理由が分かった。『待った』をかけたのはドイツ大使館とブルーマーメイドだ」

 

「えっ!?ドイツ大使館!?」

 

「ブルーマーメイド!?」

 

意外なところからの出航停止命令に更に困惑するヒンデンブルクのクラスメイトたち。

 

「なんで、ドイツ大使館が‥‥?」

 

「それにブルーマーメイドからもだなんて‥‥」

 

「私たち、何かした?」

 

「ドイツ大使館とブルーマーメイドからはあの南シナ海での海賊について事情を聞きたいから大使館に来てくれとのお達しだ」

 

「ああ、あの時の‥‥」

 

シュテルがドイツ大使館とブルーマーメイドから呼び出しを受けた理由を聞き、納得したクラスメイトたち。

 

「でも、艦長、横須賀女子との合同演習はどうなるんですか?」

 

「その点については、ドイツ大使館とブルーマーメイドが横須賀女子の校長先生に話をつけて、我々は二日以降からの参加になる。通信長」

 

「はい」

 

 

「シュペーにこの旨を伝えておいてくれ」

 

「分かりました」

 

横須賀女子からは教官艦も参加するので、初日の演習に関しては教官とシュペーに横須賀女子の新入生たちの面倒を見てもらうことになった。

 

ヒンデンブルクからシュペーにドイツ大使館とブルーマーメイドからの呼び出しで、遅れて演習に参加する旨を伝えられたテアは少しがっかりしていた。

横須賀女子海洋高校の校長、宗谷真雪もドイツ大使館とブルーマーメイドからの説明を聞き、理解を示し、ヒンデンブルクの演習参加の遅延に関しては、特別処置をとってくれた。

 

ドイツ大使館には、あの時海賊の身柄を引き取ったブルーマーメイドの凰乱音艦長がおり、ヒンデンブルク側もシュテルたち艦橋員の他にクリスが率いた臨検員のクラスメイトたちが乱音にあの時の事情を説明した。

事情聴取は何とか一日で終わり、明日にはヒンデンブルクも出航することとなった。

シュテルたちがヒンデンブルクに戻ってくると、タラップ近くの甲板で、

 

「ん?カマクラ、何をしているの?」

 

カマクラが口に何かを咥えてタッタッタッタとやって来た。

 

「ひっ!!」

 

「あっ!!」

 

「ん?」

 

カマクラの口に咥えられているモノを見て、思わず悲鳴を上げるクラスメイトも居た。

 

「ね、ネズミ!?」

 

カマクラの口にはハムスターの様な、ネズミの様な小動物が咥えられていた。

猫は時々、何の脈絡もなく飼い主の元に、あまり望ましくないお土産を持ってくることがある。

バッタなどの昆虫、スズメの様な小型の鳥類、近所の池で飼育されている金魚や鯉、

カエル、ヘビ、トカゲなどの両生類や爬虫類、そしてネズミ‥‥

これは一見、飼い主に対する嫌がらせとしか思えないが、しかしこれは嫌がらせではなく、飼い主のことをまだ狩りのできない未熟な子猫だと思って、母猫気分で獲物を持ってくるというのが通説なのだ。

野性の猫は、親猫が狩りをする様子を子猫に見せたり、弱らせた獲物を持ってきて子猫にトドメを刺させたりして狩りを教えたりしている。

カマクラもヒンデンブルクに住んでいるとはいえ、そこは、元は宿無し野良猫。

そうした野生の感覚はまだ残っているのだ。

 

「すごいね、カマクラ、ネズミ捕まえたんだ」

 

「艦内にネズミって、航海科の人、もやい綱にラットガードをしていなかったの?」

 

通常、港に停泊する際、船舶はもやい綱の上にラットガードと呼ばれる金属製の蓋の様なモノをかぶせる。

こうすることにより、ネズミがもやい綱を伝って船内に入ることを防ぐのだ。

 

「でも、もやい綱すべてにラットガードはされていますよ」

 

「タラップから入り込んだんでしょうか?」

 

「そうかもしれない‥‥ん?でも、このネズミ何だか妙だな‥‥」

 

「えっ?」

 

「ネズミなのになんだかハムスターに似ているようにも見える‥‥」

 

「突然変異体か新種でしょうか?」

 

「それとも本当にハムスターとか?」

 

「‥‥それはわからない。まぁ、突然変異体にせよ、新種にせよ、未知の病原菌を持っている可能性はある。ハルトマン医務長」

 

「はい」

 

「このネズミについて調べてくれ」

 

「わかりました」

 

ウルスラは手袋をして、特殊なプラスチックケースにネズミを入れると医務室へ持って行った。

 

翌日の四月七日、ヒンデンブルクはシュペーよりも一日遅れで出航した。

シュペー及び横須賀女子の新入生たちの学生艦は西之島新島にて合流する予定だが、一日遅れで出航したヒンデンブルクは目的地を西之島新島ではなく、第二目的地である鳥島南方を目指しそこから西之島新島の航路上で合流することにした。

ヒンデンブルクが合流のため、鳥島へと向かっている最中、予定通りの日時で出航したシュペーでは‥‥

 

四月七日 午前5:00 ドイツ、ヴィルヘルムスハーフェン海洋学校所属 小型直接教育艦アドミラル・グラフ・シュペー 艦橋

 

「現在西ノ島新島近海を航行中、あと一時間で合流地点です」

 

書記のローザがタブレットでシュペーの現在地から目的地である西之島新島までの到着時間を報告する。

 

「ご苦労到着するまでこのまま航海を続ける」

 

「了解しました」

 

この時間における当直士官のミーナが指示を出す。

そこへ、

 

「予定通りのようだな」

 

艦長のテアが艦橋に上がってきた。

 

「おはようございます艦長」

 

「「「おはようございます」」」

 

ミーナを始めとして当直者がテアに挨拶をする。

 

「おはよう。お陰で良い睡眠がとれた。私が休んでいる間、問題はなかったか?」

 

「はい、気象海象を含め、問題ありません」

 

「そうか」

 

テアは脇に挟んでいた艦長帽をかぶる。

ただ、その艦長帽は日本を目指す際に被っていた艦長帽と異なり、真新しい艦長帽だった。

 

「艦長、その艦長帽は‥‥?」

 

「ああ、元々の私の艦長帽だ。母上を超えると言った手前、私もこの艦長帽に相応しくならねばなるまい」

 

先日におけるテアの母親との邂逅で、彼女自身、どこか迷いが晴れたというか、一皮むけた様子で、なんだか生き生きとしているように、ミーナには見えた。

 

「今でも充分お似合いですよ」

 

ミーナとしては世辞ではなく、テアは立派な艦長であると言う。

そんな中、

 

「艦長、航海科から連絡です」

 

レオナが航海科から入った報告をテアに伝える。

 

「レーダーや無線の調子がおかしいようです」

 

「不調の原因は?」

 

「わかりません。レーダーは突然ホワイトアウトして、無線は送受信が出来ずに、ノイズが激しいようです」

 

レオナがシュペーのレーダーと無線の現状を報告すると、

 

「私が行って差し上げますわ」

 

リーゼロッテが修理に向かうと言う。

 

「リーゼロッテ」

 

「電子機器もそれなりにわかりますし。アウレリア、あなたも来なさい」

 

「はいっ」

 

リーゼロッテは、水雷長のアウレリアを引き連れて、修理に向かう。

 

「最近一段と仲が良いな、あの二人?」

 

「何だか、雰囲気が変わりましたよね」

 

まぁ、あの二人はミーナとレターナ同様、昔から付き合いが長い。

 

「さ~て、引き継ぎも終わったし、私ら休憩に入るよー」

 

レターナが交代に引き継ぎを終え休息に入る。

もうすぐで、横須賀女子の新入生と共に演習が始まる。

せめて演習が始まる前のわずかな時間に少しでも一息入れたい。

 

「ああ、ご苦労だった。副長も交代だ。少しだが休んでくれ」

 

「分かりました」

 

ミーナとローザもテアと交代して、短い時間ながらも休息に入る。

 

「折角ですから、日本艦と交流しませんか?」

 

「良いですね!!」

 

当直を終えて、休息に入るレオナとロミルダが日本の艦との交流にいて話していた。

元々レオナは親日家であり、自分たちは日本の技術を学ぶために来たのだから、日本の‥横須賀女子の学生艦との交流も留学の目的の一つである。

そんな二人を見て、ミーナは、ある事を思う。

 

「如何したんですか?ニコニコして」

 

「ローザ。いや、艦長の悩みも晴れて、すべてうまくいっているなと思ってな、これからの航海が楽しみで仕方ない」

 

中等部と比べたら、テアは成長した。

艦長として、クラスメイトたちと積極的に交流をするようになった。

少々癪であるが、他校‥キール校のあの艦長とも親しくするようになった。

そして、母親と無事に和解した事で、彼女の迷いが晴れたようにも見えた。

全てが上手く行っている事にミーナはこれからの航海が楽しみで仕方がなかったのだ。

この後に控える横須賀女子の学生艦との演習と交流はきっと、テア、そしてシュペーのクラスメイトに新たな成長をもたらすきっかけになるに違いない。

そう思うとワクワクする。

ミーナの顔から自然と笑みがこぼれるのも無理はなかった。

 

「そうですね。私もです」

 

ローザも同じ気持ちだった。

 

「あっ副長」

 

ミーナが食事でもとって休もうかと持っていたところ、アレクサンドラが声をかけてきた。

 

「艦長、見ませんでした?」

 

「艦長なら艦橋に戻ったが、如何した?」

 

「次の補充品のリストを確認してもらいたかったんですが‥‥困ったな‥‥」

 

如何やら、アレクサンドラは補給される補充品のリストの確認をテアにして貰おうと思ったが、テアが艦橋に戻った為、それが出来なく困っていた。

 

「それなら私がやろう」

 

ミーナは補充品のリストのチェックをテアに変わって買って出る。

 

「えっ!?でもミーナさんは今から休憩では?」

 

「これぐらいすぐ済む。艦長の手を煩わせるのもなんだからな」

 

補充品のリストのチェックならすぐに終わるので、わざわざ当直中のテアを艦橋から呼び戻す必要はないだろうと判断したミーナ。

 

「私も手伝います」

 

「助かる」

 

ローザも手伝うと言うし、早く終わるだろう。

そんな中、水平線に日が昇り辺りが明るくなってきた。

 

「んっ!」

 

昇り始めた太陽の光がミーナには眩しく見えた。

 

「空が明るんできたな‥‥」

 

(船の上から見る朝日は綺麗だな)

 

日々見慣れている太陽であるが、こうして船の上から見る朝日はやはり綺麗に見える。

二人が確認リストについて話している中、アレクサンドラは、何かに気づく。

 

「ん?今、物音が‥‥」

 

アレクサンドラは何か物音が聞こえたのだが、その正体はわからず、ミーナとローザは気づかない様子だったので、アレクサンドラも気のせいだと思いその場を後にした。

ただ、彼女たちの様子をジッと窺う二つの赤い目は確かに存在していた。

それから数時間後‥‥

 

「‥‥ナさん!」

 

確認リストのチェックをしていた筈なのだが、よほど疲れていたのか、ミーナの意識はまるで泥沼に居るかのように重たかった。

そこへ、何者かの呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「起きてくださいミーナさん!」

 

「はっ」

 

ミーナは重たい瞼を開けて、辺りを見回すと其処には息を切らせたローザが立っていた。

 

「いかん‥‥眠ってしまったか」

 

どうやら、自分はローザと確認リストのチェック中に眠ってしまったようだ。

 

「すまないな、全部やらせてしまったか」

 

自分が居眠りをしている間にローザに確認リストの作業をすべてやらせてしまったようだ。

ローザにはすまないことをしてしまった。

 

「それどころじゃないです!」

 

何故かローザは何かに怯えている様子だ。

それに自分がどれだけ寝ていたのか分からないが、もう目的地である西之島新島に到着してもおかしくはない筈だが、ローザの様子から西之島新島に着いたことを知らせに来た様子には見えない。

 

「皆の様子が変なんです‥‥!」

 

「‥‥如何いう事だ?」

 

浮かれて羽目でも外しているのかと思ったが、ローザの様子からそうでもないらしい。

 

「それは、わからないんですが‥‥‥無線も通信不可になっていて‥‥‥」

 

リーゼロッテとアウレリアが無線とレーダーを直しに行ったはずなのだが、未だに無線は不調のまま‥‥

怯えるローザ。

現状を理解できていないままのミーナ。

そんな中、

 

ドン!!ドン!!ドン!!

 

『っ!!』

 

ドアを乱暴に叩く音が部屋に響く。

 

「鍵を掛けているのか?」

 

誰か来たと思いミーナは立って、

 

「ちょっと様子を見てくる」

 

ドアに近づき開け様としたが、

 

「扉を開けちゃダメです!ミーナさん!!」

 

ローザはミーナに扉を開けないように言うが、タイミングが遅く、ミーナは扉を開けてしまう。

 

「誰かいるのか‥‥?」

 

恐る恐るドアを開いてみると、そこには顔を俯かせたレターナが居た。

 

「レターナっ!!お前か‥‥驚かせるな、他の皆はいるか?」

 

ドアの外に居たのが親友のレターナであり、ミーナは一瞬ドキッとするが、安堵の息をつき、他のクラスメイトたちが如何したかと聞くがレターナは、答えようともせず、そればかりか‥‥

 

「うがああっ!!!」

 

突如、レターナは狂ったかのようにミーナに襲い掛かってきた。

 

「この馬鹿者‥‥冗談が過ぎるぞ!」

 

ミーナは反射的にレターナを投げ飛ばした。

昔から、レターナはミーナのスカートをめくったりと悪ふざけをしてくることがあったので、ミーナは驚くことなく冷静に対処できた。

 

「ミーナさん!大丈夫ですか!?」

 

「私は、大丈夫だ。あっ、気絶したな‥‥」

 

投げ飛ばされ、床にたたきつけられたレターナは意識を失っている。

 

「しかしいったい何が起こっているんだ‥‥!?」

 

ミーナは冷静になって、レターナの行動を疑問視する。

いくら、レターナがいたずら好きでも、もうすぐ演習が始まろうとしている中、こんな悪ふざけをするとは思えない。

ミーナがレターナの行動に疑問を感じていると、通路の奥から二人の学生が現れた。

 

「レオナ!サンドラ!」

 

現れた二人は、先程のレターナと一緒に休憩に行っていたレオナと補充品のリストを確認していた筈のアレクサンドラだった。

 

「良かった、この状況は、いったい‥‥」

 

ミーナは二人に現状を訊ねるが、

 

「「‥‥」」

 

「っ!?」

 

二人もレターナと同じように様子がおかしかった。

無言無表情で、まるで人形の様だ。

 

「‥‥‥こっちだ!ローザ!」

 

ミーナは、ローザを連れて急いでその場から逃げた。

ハッチを開き甲板に出ると其処は、もう合流地点の西ノ島新島だった。

 

「もう西ノ島新島に着いているのか」

 

西ノ島新島の近くには横須賀女子の学生艦の姿も見えた。

 

「ローザ、外の艦と通信は取れないのか!?」

 

「だめです‥‥他の艦にも教員艦にも通信できません!」

 

タブレット端末を操作しても通信不可となっている。

 

「本当に如何なって‥‥」

 

如何して、こんな事態になったのかミーナには全く理解できない。

 

(艦長は‥‥如何なったんだ?嫌な予感がする‥‥)

 

そんな中、ミーナは艦橋に上ったテアの安否が気になった。

ミーナがテアの安否を気にしていると、

 

「ミーナさん!!」

 

ミーナが振り向くと二人の後を追ってきたレオナ、アレクサンドラが扉を開けようとするがローザが開けさせぬ様に扉にしがみ付き防いでいた。

 

「ローザ!」

 

「ここは私が防ぎます!ミーナさんは艦長を‥‥!!」

 

ローザは自分がレオナ、アレクサンドラをひきつけている間にテアの安否を確認するように言う。

 

「わかった!!すぐ戻る!!」

 

ローザが時間を稼いでいる間に、ミーナは急いで艦橋に向かう。

 

「艦長‥‥テア‥‥!!テア!!」

 

梯子を昇り艦橋に着くが、そこにはテアや交代の見張りもいなかった。

 

「‥‥誰もいない!?どこに‥‥!?」

 

ミーナがあたりを見回していると、

 

「正気なら早く上がれ、副長」

 

上から誰かが呼ぶ声がしてきて、上を向くと、

 

「テア!!」

 

其処には、ミーナが心配していた艦長のテアが立っていた。

 

「お前の声がしたから鍵を開けていた。無事で良かった‥‥」

 

「私も艦長が無事で良かったです」

 

「ああ‥‥皆が守ってくれてな、私だけなんとかな‥‥」

 

「‥‥」

 

「この異変の原因は分からないが‥‥我らの艦からの通信が途絶えたら普通はもっと動きがある筈だ‥‥」

 

テアが甲板をまるで獲物を求めて彷徨い歩いている無口無表情で、まるでゾンビみたいな行動をとっているクラスメイトたちの姿を見る。

そこには先程まで正気だったローザの姿もあり、彼女も周りの生徒同様、既に正気を失っている様だ。

 

「周りの船も同じ状況になっている可能性がある‥‥もしかしたら、正気なのは私達だけかもしれないな‥‥」

 

次にテアは、西ノ島新島周辺に集まった横須賀女子の学生艦を見る。

突然の無線と電子機器の異常。

そしてクラスメイトたちの変貌‥‥

これらの異常現象はテアにも見当がつかなかった。

やがて、横須賀女子の学生艦たちもバラバラの行動をとり始め、シュペーも合流することなく、どこかへと向かおうとする。

完全に艦の指揮系統、コントロールを失ったシュペーは当てもなく海を進んで行く。

下に降りる訳にもいかず、二人は、そのまま艦橋の上部の射撃指揮所で夜を過ごした。

 

 

シュペーにて、異常現状が起きている頃、ヒンデンブルクは出航したその日の夕方に海上安全整備局から衝撃的な内容の放送を受信した。

 



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57話

四月七日、一日遅れで横須賀女子を出航したヒンデンブルク。

 

当日、合流地点である西之島新島でシュペーを始めとする横須賀女子の新入生たちの学生艦で異変が起きているのを知る由もない、ヒンデンブルクは、第二目的地である鳥島を目指して航行していた。

 

その日の夕方、海上安全整備局から衝撃的な内容の放送が流され、ヒンデンブルクもその放送を傍受していた。

 

「‥‥ザー‥‥学生艦が叛乱。猿島を攻撃。猿島は沈没、艦長以下乗員は全員無事‥‥ザー‥‥なお、この事件の首謀者は‥‥横須賀女子海洋高校所属、航洋直接教育艦、晴風とし、海上安全整備局は同艦を叛乱者とみなし、行方を追っている‥‥」

 

「学生艦が叛乱!?」

 

「それに横須賀女子って、私たちの演習相手じゃない!?」

 

「新入生が叛乱を起こしたってこと!?」

 

ヒンデンブルクの艦橋員たちも海上安全整備局からのこの放送をきいてどよめく。

 

「艦長はどう思います?」

 

メイリンがシュテルに意見を求めてくる。

 

「完全には鵜呑みにできないな」

 

シュテル本人は海上安全整備局の言い分にやや否定的だった。

 

「なぜです?」

 

「まず、晴風に乗っていたのは横須賀女子の新入生たちだ。高校に入りたての学生が僅か一日で、テロ行為を起こすのはあまりにも妙だ‥‥それに、あの場にはテアたちのシュペーを始めとして他の学生艦も居たはずだ。仮に晴風一隻が叛乱をしたとしてもあっという間に鎮圧されて終わる。他の艦についての情報が一切ないのも妙だ‥‥」

 

叛乱容疑をかけられた晴風は旧日本海軍の陽炎級駆逐艦。

 

一方、教員艦である猿島はブルーマーメイドでも正式採用しているインディペンデンス級沿海域戦闘艦。

 

しかも晴風が搭載している魚雷は模擬弾の魚雷が一発だけ‥‥

 

どう考えても猿島を沈めるのは難しい。

 

それにあの場にはテアが艦長を務めるシュペーも居た。

 

猿島とシュペーの二隻だけでも晴風を鎮圧することは十分に可能だ。

 

そもそもテアならば、なにかあれば自分たちに連絡をよこすはずだ。

 

しかし、シュペーからは未だに何の連絡もない。

 

何かあったとしたら、テアの事だ、必ず自分に連絡をよこすはずだ。

 

「どうします?横須賀女子に連絡をして、引き返しますか?」

 

「うーん‥‥いや、シュペーの事も気になる。何かわかるまで、このまま予定通りの航路をとる」

 

シュテルはシュペー‥テアの事も心配なので、引き返さず、予定の航路をとり、横須賀女子の学生艦との合流を目指すことにした。

 

四月八日、シュペーの艦橋上部で一夜を過ごしたテアとミーナ。

 

ここが四月、日本の小笠原諸島~伊豆諸島の海域であったことが幸いした。

 

これが北大西洋であったら‥‥タイタニックが沈んだ海域だったら、風邪を引いているか下手したら凍死していたかもしれない。

 

無線が使用不可能で、乗員であるクラスメイトたちもゾンビの様になっており、意思疎通が出来ず、逆に自分たちに襲い掛かってくる。

 

これから先、自分たちはどうなってしまうのか?

 

助けは来るのだろうか?

 

お先真っ暗な未来に絶望しているのか、二人とも顔色が暗かった。

 

 

小笠原諸島~伊豆諸島の海域では、シュペーの他に彷徨うかのように航行している一隻の学生艦がいた。

 

それは、海上安全整備局から叛乱の容疑をかけられた横須賀女子所属の航洋直接教育艦、晴風だった。

 

 

晴風は一昨日の六日の夜に、エンジン故障で一度、エンジンを停め、更に航路を間違えた為に、待ち合わせ場所である西之島新島に遅れる形で到着した。

 

しかし、到着したばかりの晴風に対して、教員艦である猿島がいきなり発砲してきた。

 

 

しかも模擬弾ではなく実弾をだ‥‥

 

晴風艦長の明乃は乗員の安全を最優先として、猿島に模擬弾の魚雷を撃ちこみ、退避した。

 

その後、猿島はなぜか沈没し、他の学生艦は横須賀女子に連絡を入れることもなく、また、学校へ戻ることもなく、何処かへ去っていった。

 

逃げることで精一杯だった晴風は他の学生艦がどこに向かったかなど、確認する暇などなかった。

 

少なくとも、第二目的地の鳥島にも向かっている形跡はない。

 

なぜならば、今、晴風が向かっているのが、鳥島であり、周囲に他の学生艦の姿が全く見えないからだ。

 

そんな晴風では、昨日の海上安全整備局からの放送を聞いていた。

 

だが、叛乱容疑をかけられながらも晴風は第二目的地の鳥島にも向かっている。

 

その訳は、此処までの航海でブルーマーメイドも学校側の接触も無く、合流地点の鳥島沖では、ブルーマーメイドか学校の艦艇もいるかもしれない。

 

艦橋組で話し合った結果、事情を説明して、保護して貰おうと言う意見で一致した。

 

晴風は順調に鳥島を目指して航行していた。

 

「学校側からの連絡は?」

 

「未だにありません」

 

「私達見捨てられたんじゃないの?」

 

晴風が叛乱容疑をかけられたことは当然、学校側も認識している筈だ。

 

ならば、学校も晴風に事情を聞くために通信を送ってくるはずなのだが、未だに学校からの通信もなく、晴風のクラスメイトたちは不安がっている。

 

「大丈夫だよ、きっと事実確認中なのかも」

 

艦長として明乃が不安がっている皆を励ます。

 

「こ、このまま鳥島沖10マイルまで退避で良いんだよね?」

 

晴風航海長の知床鈴が明乃に行き先の確認をとる。

 

「うん。私達が猿島を攻撃して沈めたみたいに言われているけど、ちゃんと説明して誤解を解かないと」

 

「合流地点に着いた途端、捕まっちゃわないかな?」

 

鈴は、やはり不安なのか涙目で不安を吐露する。

 

「『おまえらーなぜ猿島を攻撃した?』 『ちがうんです!さきに攻撃したのは猿島のほうで…』 『うそをいうな!』」

 

晴風の記録係、納紗幸子が一人芝居を始める。

 

彼女はよく、一人芝居をするのが癖なちょっと、変わった子だった。

 

「やっぱり、信じて貰えないって事?」

 

納紗の一人芝居を見て、晴風水雷長の西崎芽衣が、ブルーマーメイドも学校も、海上安全整備局も自分たちの言い分を聞いてもらえないのかと不安になる。

 

 

「だが、我々に叛乱の意思などない、このまま逃げ続けられないのだから速やかに近くの港に入りましょう、艦長」

 

晴風副長の宗谷真白は、今は一刻も早くどこかの港に入港し、保護してもらうことを具申する。

 

このまま海上を彷徨い続けることは不可能であり、他の学生艦と遭遇したらまた戦闘になるかもしれないからだ。

 

「うん、そうだね。港に入れば攻撃されることもないだろうし‥‥」

 

流石に港内でいきなり発砲はしてくることはないと明乃はそう判断し、今は一刻も早くどこかの港に入ることを念頭に置く。

 

「全く、こんなクラスになったばっかりに‥‥ついてない」

 

真白は晴風クラスになった事への不満を愚痴る。

 

彼女の実家、宗谷家は代々ブルーマーメイドのエリートを輩出してきた名門家であり、真白の上の姉二人もブルーマーメイドであり、一番上の姉は一等監察官であり、二番目姉は現役の艦長。

 

しかも二人とも横須賀女子のOGで、在学中はもえかと同じ駿河の艦長を務めた成績優秀者であった。

 

しかし、三女の自分は駿河の艦長どころか、航洋直接教育艦の副長‥‥

 

一番の落ちこぼれとなってしまった。

 

さらに知らず知らずのうちに反逆者の濡れ衣まで着せられてしまった。

 

愚痴りたくなるのも分かる。

 

真白の愚痴を聞いた西崎がムッとした表情をして、

 

「何よ、こんなクラスって・・そりゃ晴風は、合格した生徒の中でも最底辺が配属される艦かも知れないけど!それは、あんたも一緒でしょう!」

 

と、真白に現実を叩きつける。

 

「一緒にするな!私は、入学試験は全問正解していたはずなのに・・解答欄を一つずらして回答したから‥‥」

 

真白は入学試験で大ポカをしたせいで、本来ならば、もっと成績が良かったのに、航洋直接教育艦のクラスになってしまったのだと言う。

 

しかし、どんなに成績が良かったとしても本番でミスをすれば、それが結果となる。

 

真白が自らの黒歴史ともいえる入試でのポカを暴露すると、艦橋にいる。全員が口を開いた。

 

「ついてないんですね~」

 

「うるさい!」

 

納紗から同情の様な、哀れみな視線を受ける。

 

一方、艦長である明乃は、

 

「そっかー、私なんて受かっただけでも奇跡なんだけどね~、たまたま勉強していた所が出て、ましてや艦長何て~」

 

明乃は、手を頭の後ろに回し少し照れたようにそう言う。

 

彼女の場合、試験勉強でヤマを張り、幸運にもそのヤマが的中したらしい。

 

「こちらは、強運の持ち主ですか~」

 

「うぃ」

 

納紗と晴風砲術長の立石志摩が、驚いたというか羨ましそうな表情をしていた。

 

真白の黒歴史の暴露と明乃の入試での隠された秘話で、艦橋に少し和やかな空気が流れる。

 

すると、納紗が晴風の近くを飛んでいる海鳥を見てつぶやく。

 

「こんな時、あんな風に学校に、戻れたらいいんですけど‥‥水素やヘリウムを使わない空飛ぶ船って、作れないですかね?」

 

「あんなもの空想の産物だ、馬鹿馬鹿しい」

 

真白は水素やヘリウムを使わない空飛ぶものなど空想の産物だと言うが、異なる歴史をたどった別の地球では存在している。

 

しかし、それを知っているのはこの世界でも五人しかいない。

 

やがて時刻も昼食時となる。

 

「みなさーん、食事の用意ができました~!」

 

烹炊室から食事の用意ができたと言う放送が流れる。

 

「本日のメニューはカレーです!」

 

今日の昼ごはんのメニューを聞き、

 

「カレー‥‥」

 

立石が真っ先に反応した。

 

この時の彼女の目は普段の眠そうなボォ~っとした目ではなく輝いていた。

 

「そう言えば、今日は金曜でしたね」

 

「カレー!!」

 

旧海軍時代からの伝統、長い船乗り生活の中で曜日間隔を失わない為に、毎週金曜日にカレーを食べる習慣はこの世界の今でも続いていた。

 

「じゃあ、交代で食べに行こうか?」

 

「うぃ」

 

「ウチの艦のカレーどんなのかな?」

 

艦橋では、カレーの話で盛り上がっていた。

 

カレーは学生の中でも好物のメニューであり、特にカレーが好物な立石のテンションは普段の彼女からは考えられないぐらい高かった。

 

それは機関室でも、

 

「お風呂とカレーどっち先にする?」

 

晴風の機関員の駿河留奈が同じ機関科のクラスメイトに食事を先にするか?

 

それとも一汗流してから食事にするかを訊ねる。

 

現代の艦と異なり、旧海軍の改装艦である学生艦の機関室は蒸気で蒸し風呂状態となる。

 

特に晴風は、スピードを上げるため高圧ボイラーを使用しているので、温度も高い。

 

汗臭いままで食事をするか?

 

それともさっぱりとしたあとで食事にするか?

 

一応、年相応な乙女なので、これは意外と死活問題かと思われたが、

 

「カレーじゃない?」

 

「カレー」

 

「カレーでしょう」

 

同じ機関科の若狭麗緒、広田空、伊勢桜良はシャワーより食事を優先とした。

花より団子なのだろうか?

 

「宗谷さん一緒にカレー食べに行かない?」

 

機関長補佐の黒木洋美が真白を誘おうとした時、

 

「むぅ~‥‥クロちゃんは、マロンと一緒に行くんでぇ!!」

 

晴風機関長の榊原麻侖が黒木にヤキモチをやいてしまう。

 

晴風の彼方此方で、お昼のカレーで盛り上がっている時、

 

晴風のメインマストに設置された見張り台では、見張り員の野間マチコが見張りをしていた。

そして、彼女は晴風の近くに艦船を見つけた。

 

「右60度。距離30000。接近中の艦艇はアドミラル・シュペーです!」

 

「えっ!?」

 

見張り台からの報告が艦橋に響く。

 

「アドミラル・シュペー!?」

 

ドイツ艦の艦名がマチコから報告され、驚く艦橋員。

 

「ドイツからの留学生艦です」

 

納紗がタブレットを使用して何故、日本の領海にドイツ艦が居るのかを報告する。

 

「とりあえず総員配置に!」

 

明乃は、驚愕しながらクラスメイトたちに配置につくように指示を出す。

 

「総員配置につけ!!」

 

まさかのシュペーの出現にクラスメイトたちは楽しみにしていた昼ご飯(カレー)がお預けとなった。

 

「速度20ノットで接近中」

 

「見つかっちゃいました!!」

 

「その様だな」

 

シュペーのわずかな動きの報告から、完全に向こうに捕捉された事を真白は、認識した。

 

「シュペー、主砲を旋回しています!!」

 

見張り台のマチコからは、シュペーの主砲である28cm砲が晴風に向けたと言う報告が入る。

 

「えっ!?」

 

「撃ってくる」

 

「問答無用ですね」

 

主砲旋回の報告を聞いて、一気に緊張した空気へと変わった。

 

シュペーも猿島同様、通信を送ることなく、いきなりこちらに攻撃を仕掛けてくる気満々だった。

 

おそらくシュペーにも海上安全整備局からの放送が届いているのかもしれないが、それでも普通は停船命令を送ってくる。

 

シュテルも地中海でリンチェを停める時、リンチェに最初は停船命令を出しており、威嚇射撃はその停船命令にも従わない最後の手段として用いた。

 

それが停船命令もなく、砲を向けてきた。

 

「野間さん、白旗を!!」

 

明乃は、直ぐにマチコに白旗を上げるよう指示する。

 

白旗を掲げれば、シュペーも攻撃して来ないと思ったのだ。

 

マチコは、マストの上に立ち白旗を上げる。

しかし、

 

ドーン!!

 

「シュペー主砲発砲!?」

 

白旗をあげてもシュペーは主砲を発砲してきた。

 

「何で!?」

 

「エンジンも止めないとダメだ!!」

 

「確かに白旗だけじゃ、降伏になりませんね」

 

白旗を上げてもエンジンを停めなければ逃走の恐れありと判断され、正式な降伏と見なされない。

 

「でも、逃げるんだよね?」

 

鈴がこのままエンジンを停めて降伏するのではなく、この場から逃げるのだろうと確認する。

 

「うん、180度反転する、面舵いっぱい!前進いっぱい!」

 

明乃は、降伏を諦めて逃走を決意する。

 

このままエンジンを停めてもシュペーが砲撃を止めるとは限らない。

 

もし、そうなれば晴風は射撃の的になるだけだ。

 

「面舵いっぱ~い」

 

鈴は、舵を右側に切る。

 

「着弾!!」

 

シュペーから放たれた砲弾が晴風の左側に着弾した。

 

晴風はシュペーの砲撃を回避しながら、海域からの離脱を図る。

 

「シュペーも速度を上げました!!」

 

「追ってきた!!」

 

「早く逃げよう~よ!!」

 

逃走する晴風に対してシュペーは、追撃してきた。

 

「シュペーは基準排水量12100t、最大速力 28.5ノット、28cm主砲6門、15cm砲8門、魚雷発射管8門、最大装甲160mmと小型直教艦と呼ばれるだけあって巡洋艦並のサイズに直教艦並の砲力を積んでいます」

 

納紗はタブレット端末でシュペーのスペック情報を調べ上げ、報告する。

 

「着弾!!」

 

納紗がシュペーのスペックを話している間にもシュペーからの砲弾がまたもや晴風の周囲に着弾する。

 

「しゅ、主砲の最大射程は約36000m、重さ300kgの砲弾を毎分2.5発発射可能で!一発でも当たれば、一瞬で轟沈です。‥‥まぁ、15cm砲副砲でもうちの主砲よりも強いんですけど‥‥」

 

「防護と装甲は、向こうが遥かに上‥‥」

 

納紗が追加スペックを報告する。

 

真白はシュペーのスペックと晴風のスペックでは、攻守においては相手が上であることを改めて自覚する。

 

「うちが勝っているのは、速度と敏捷さだけ‥‥」

 

明乃はシュペーと晴風のスペックで勝っているのは、速力のみ‥‥

 

ならば、何とか逃げ切ることも可能かもしれない。

 

しかし、

 

「このまま、機関全開にし続けたら完全に壊れちゃうよ~」

 

猿島との戦闘と逃亡で晴風のエンジンはあまり調子が良くない。

 

その為、出せる速力も限られていた。

 

「魚雷撃って足止める?」

 

西崎が猿島の時の様に魚雷を撃ってシュペーの足を鈍らせるかと提案するが、

 

「もうない」

 

「そうだった~!!」

 

元々、晴風に搭載されていた模擬弾の魚雷は一発のみで、猿島に使ってしまったので、もうない。

 

模擬弾の魚雷を使い果たした事を真白に指摘され、西崎は頭を抱え叫んだ。

 

「こっちの砲力は?」

 

「70で5‥‥」

 

「7000で50mm‥シュペーの舷側装甲は?」

 

「80mmです」

 

「30‥‥」

 

「30まで寄れば抜けるのね」

 

「ちゃんと会話が成立している」

 

無口で口数が少ない立石と明乃が普通に会話していることに驚く。

 

「これが艦長の器って、やつですか‥‥」

 

「そんな訳ないだろう」

 

納紗の言葉を真白は否定する。

 

「マロンちゃん!!出し続けられる速度は?」

 

「第4戦速まで、でぇい!」

 

「第4戦速‥‥27ノットか‥‥」

 

「向こうの最大戦速とほぼ同じです」

 

「どうしたら‥‥」

 

晴風が勝っていた筈の速力も機関の不調でシュペーよりも劣っている。

 

明乃は、如何したら、この危機を乗り越えられるのか必死に考える。

 

このままではいずれシュペーに追いつかれてしまう。

 

そんな時、

 

「ぐるぐる」

 

立石が何かを呟く。

 

「ん?」

 

「ぐるぐる」

 

「はっ!?‥‥鈴ちゃん!!取り舵いっぱい!!」

 

立石の言葉から明乃は、何か思いついたようで、鈴に左に舵を切る様を命じる。

 

「取り舵いっぱ~い!!‥‥取り舵30度!!」

 

鈴は明乃の指示に従い左に舵を切る。

 

「何をする気ですか!?」

 

「煙の中に逃げ込むの!!」

 

明乃は晴風を旋回させて煙幕を展開させ、その中に逃げ込む事を思いつく。

 

「戻~せ、面舵いっぱ~い!!」

 

「戻せ、面舵いっぱ~い!!面舵30度」

 

「一発でも当たればやられる。速度と小回りが効くのを生かして、逃げ回れるしかない!!‥‥マロンちゃん燃料を不完全燃焼させて!!」

 

「合点承知!!」

 

晴風の煙突からは黒煙が噴き出る。

 

「黒煙が煙幕代わりだな~」

 

「それから逃げ回るんで、機関には負担をかけるけど、よろしくね」

 

「よろしくって‥‥」

 

麻侖は明乃の作戦を理解するが、黒木はエンジンに負荷をかけるやり方に呆れる。

 

「やるしかねーんだい!!」

 

エンジンに負荷をかけるのは、不安というか呆れたが、逃げるには致し方ないと機関科のクラスメイトたちは割り切った。

 

(はぁ~‥‥後で、総点検ね‥‥)

 

黒木はシュペーから無事に逃げ切ったら、エンジンは総点検だと唸りを上げるエンジンをチラッと見た。

 

「鈴ちゃん不規則に進路を変えて。できたら速度も。ただしできるだけ速度を落とさないように」

 

「う、うん」

 

明乃は、鈴に速度を落とさず、不規則な進路を取って、回避運動するよう命じる。

 

「艦長、止めるには実弾を使うしかないよ」

 

ジグザグ運動と煙幕で逃げる作戦をとる晴風であるが、それでも心もとない。

 

シュペーの砲撃で煙幕が晴れてしまうかもしれない。

 

西崎が実弾を使用し、シュペーの足を鈍らせようと提案する。

 

その間にもシュペーの砲撃は続き、晴風の至近に着弾する。

 

「戦闘‥左砲戦30度、同行のシュペー‥‥」

 

ここにきて、明乃は西崎の提案を受け入れ、実弾による攻撃を指示する。

 

「何を言っている。猿島の時と同じになるぞ!!これ以上やたら、本当に叛乱になる!!」

 

真白は今ここでシュペーに対して実弾攻撃をすれば、今度こそ、晴風は、叛乱艦として、無実が証明できなくなると言って、砲戦に断固反対する。

 

彼女の言い分としても正しい。

 

相手は日本の学生艦ではなく、ドイツの‥他国の学生艦である。

 

晴風の砲撃で日本とドイツの国際問題に発展する恐れもある。

 

しかし、

 

「でも、このままだと怪我人が出る!!」

 

明乃は、このままシュペーの砲撃が続けば、いずれ負傷者が出ると乗員の安全を優先させる。

 

「し、しかし、実弾で攻撃なんてしたら‥‥」

 

「シュペーのスクリューシャフトを狙い撃って、速度を落とさせる‥‥副長」

 

明乃はジッと真白を見る。

 

そして、その間にもシュペーの砲弾はまたも晴風の至近に着弾する。

 

「わ、わかりました‥‥」

 

真白もここにきて、このままではシュペーを振り切れないと悟り、実弾装填キーを取り出す。

 

そして、二人は実弾装填のキーをさして、同時に回す。

 

「実弾‥‥揚弾始め‥‥」

 

実弾装填キーが回され、晴風の主砲に実弾が装填される。

 

「まる」

 

志摩が、砲撃準備が完了した事を明乃に伝える。

 

「装填良し‥‥射撃用意良し」

 

発射準備が完了し、あとは明乃の発射命令を待つだけとなった。

 

「スクリュー撃つには、どれだけ距離を詰めれば良いかな?」

 

「水中だと急激に弾の速度が低下するから無理だって」

 

「水中弾てのがあったでしょう?」

 

「それは、巡洋艦以上でうちには、積んでないから‥‥」

 

真白が水中弾は晴風には積んでいないことを明乃に伝える。

 

「通常形状でも、水中は、進むって聞いたよ」

 

「理論上は、12.7cm砲弾の水中直進距離は約10m。舷側装甲を抜くことを考えれば‥‥30以下まで近寄ってください」

 

納紗がタブレットで計算してシュペーのスクリューシャフトを撃ち抜くのに必要な距離を伝える。

 

「8の字航行のまま、距離を30まで詰めて!!」

 

「近づくの?怖いよ~」

 

シュペーに近づくことに怖がる鈴。

 

「何を言っている!!」

 

真白がこの期に及んで近づくことを怖がっている鈴を叱咤する。

 

「だから怖いって言って」

 

「じゃあ、分かりました!!」

 

納差が怖がっている鈴に近づき、

 

「何するの?」

 

両手で彼女の両目を隠した。

 

「近づいてください!!」

 

「前が見えないよ~暗いよ~」

 

手で隠されて、砲撃してくるシュペーの姿が見えなくなり、舵をきる鈴。

 

シュペーと晴風の距離が徐々に縮まる。

 

その頃、シュペーの艦橋上部では、

 

テアとミーナが救助を待っていた。

 

(もう丸一日経ったか、夢なら醒めて欲しかったが‥‥)

 

シュペーの異変から一日‥‥あの出来事が夢であったらと思うミーナ。

 

すると、突然、砲撃音が響く。

 

「砲撃しているのか!?何を狙って‥‥」

 

突然の砲撃音で目が覚め、辺りを見回すと自分の艦が何かを砲撃していた。

 

それは旧日本海軍の陽炎型駆逐艦(晴風)であり、日本の艦であることが判明した。

 

「艦長見てください!艦です!日本の艦のようですが‥‥これで助けを‥‥!!」

 

ミーナは晴風を見て、これで救援が呼べるとテアに知らせるが、

 

「艦長?大丈夫ですか?」

 

テアの様子が変だった。

 

彼女は震える手をグッと抑え、息遣いも荒く、汗をかいている。

 

この時、テアも周りのクラスメイト同様、異変の兆候が表れていたのかもしれない。

 

「副長、今から私の言うことをよく聞くんだ」

 

「はい」

 

「お前はこの現状を外に伝えるために‥‥シュペーから下船しろ」

 

テアはミーナに退艦命令を出した。

 

「えっ?艦長は‥‥?」

 

「私はここに残る艦長が船を置いて逃げるわけにはいかないからな」

 

テアはそう言うが、艦長としての責務の他に、異変の兆候が出ている自分もシュペーから降りて、晴風に行けば、今度は晴風の乗員に異変をうつしかねないと判断したのだ。

 

「そんなこと‥‥!できるわけありません!!」

 

当然、ミーナは拒否する。

 

「これは、艦長命令だ」

 

「命令でもそれだけは、嫌です!!一緒じゃないと私は‥‥」

 

「副長‥‥私は命を捨てる訳ではない。この事態をシュテルに知らせてくれ‥‥シュテルなら、お前の力になってくれるはずだ。私はお前とシュテルが助けを呼んでくるのをここで待っている」

 

「‥‥」

 

シュテルの名前が出たことに面白くないもの感じるが、確かにテアの言う通り、いつまでも此処にいて救助が来るかわからない。

 

ならば、今はあの日本の学生艦へ赴き、シュペーの現状を知らせるのが一番ベストだ。

 

「これをお前に預ける」

 

テアは艦長帽を脱ぎ、ミーナに手渡す。

 

「私がこの艦、シュペーの艦長である証だ。必ずここに戻って私に返してくれ」

 

テアから艦長帽を受け取ったミーナは後髪を引かれる思いで、小型艇収納庫へと向かった。

 

途中、クラスメイトたちからの妨害もあったが、火事場の馬鹿力で、なんとか乗り切り、小型艇でシュペーを脱出した。

 

(逃げるんじゃない‥‥ワシは逃げるんじゃないぞ! 必ず帰ってくるからな‥‥テア‥‥みんな‥‥)

 

離れていくシュペーを見ながら、必ず戻ってくる決意を固め、ミーナは晴風に向かって、小型艇を操船し続けた。

 



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58話

晴風と邂逅です。


横須賀女子との合同演習に参加したシュペーは突如、レーダーと無線の異常から始まり、シュペーの乗員にも異常が出始め、一日経って正気を保っていたのは艦長のテアと副長のミーナだけだった。

そのシュペーは、あてもなく海を彷徨い始め、伊豆諸島の鳥島付近にて、横須賀女子所属の航洋直接教育艦、晴風に砲を向けた。

その晴風は、集合地点である西之島新島に遅れる形で到着したら、突如、教員艦、猿島からいきなり実弾攻撃を受けた。

晴風艦長の岬明乃は、乗員を守るため、搭載されていた模擬弾の魚雷を猿島に撃ちこみ、その場から退避した。

しかし、猿島はその後、沈没し、猿島を撃沈したのは晴風の仕業と言うことになり、晴風は海上安全整備局から叛乱容疑をかけられた。

晴風は第二目的地の鳥島を目指しながら、保護してもらおうということになった。

その最中、晴風は猿島の時と同じく、シュペーから問答無用の砲撃を受けた。

最初は白旗を上げるも、シュペーは砲撃を続ける。

そこで、晴風は煙幕を張り、ジグザグ運動でシュペーから逃げようとするも、エンジンが不調のため、このままでは振り切れないと判断し、実弾でシュペーのスクリューシャフトを撃ち抜くことにした。

そんな中、シュペー副長のミーナは艦長のテアから艦長帽を託され、シュペーから脱出した。

 

「アドミラル・シュペーから小型艇が向かってきます!」

 

ミーナの脱出は晴風からも確認できた。

見張り員の野間マチコは艦橋に報告する。

 

「えっ!?」

 

シュペーから、何故か小型艇が一隻、こちらに向かってくると、見張り台から報告が入り、明乃は驚く。

シュペーは脱出したミーナに対して副砲で砲撃する。

そのうちの一発が小型艇の至近距離で炸裂し、その衝撃を受けてミーナが乗っていた小型艇は吹き飛び、彼女は海に投げ出される。

 

「小型艇の乗員が海に落ちました!」

 

それをマチコは、逐一報告する。

 

「味方を攻撃している?」

 

「なんで?」 

 

マチコからの報告を聞き、何故、味方を平気で砲撃するのか晴風の艦橋員たちは理解でずに驚愕する。

すると、

 

『わたしは艦長の指示に従えません!晴風を攻撃するなんてあまりにも!!』『なんだとー艦長に逆らう気か!?』『ええ~い!こんな船脱出してやる~』」

 

納紗が恒例の一人芝居を始めた。

 

「想像でものを言うな‥‥!!」

 

そこへ、真白がツッコミを入れる。

 

「私にとってはノンフィクションよりフィクションが真実です!」

 

すると、納紗が現実逃避の様なツッコミ返しをする。

納紗と真白が漫才みたいなことをしていると、

 

「シロちゃん‥‥」

 

明乃が真白に声をかける。

ただし、仇名で‥‥

 

「『宗谷さん』もしくは、『副長』と呼んでください」

 

真白は『シロちゃん』という仇名が気に入らなかった様子。

 

「ここ、任せていい?」

 

「は?」

 

明乃の頼みに真白は思わず拍子抜けしたような声を出す。

 

「ドイツ艦を引きつけっておいてね、ココちゃん、甲板に保険委員の美波さんを呼んでおいて!!」

 

「何を‥‥?っ!?まさかっ!!」

 

真白は明乃の言葉から彼女はこれから何をしようとしているのか察しがついた。

 

「何で、敵なのに助ける!?」

 

「敵じゃないよ」

 

「えっ?」

 

「海の仲間は‥家族だから‥‥」

 

「‥‥」

 

「じゃあ、行って来るね」

 

そう言って明乃は真白に被っていた艦長帽を渡して、艦橋を出ていく。

そして、スキッパーで砲弾を回避しながら、小型艇から落ちたミーナを救出に向かった。

 

「距離30まで近づけ」

 

真白はシュペーを振り切るためと、艦長である明乃を援護しなければならないので、晴風をシュペーに近づける。

 

「大丈夫しっかりして!!」

 

晴風がシュペーをひきつけている間、明乃は漂流しているミーナを救助する。

ミーナは小型艇の残骸に引っ掛かるような状態で漂流しており、その手には、テアから預かった艦長帽が握られた状態で意識を失っていた。

明乃は海からミーナを引き上げ、スキッパーの羽部分に乗せる。

そして、ジャケットを脱がせ、胸に耳を当て、心臓の鼓動を確かめる。

ミーナの胸からは確かに心臓の鼓動が聞こえた。

 

「大丈夫‥‥あなた、生きているよ‥‥」

 

ミーナが生きていたことに安堵する明乃だった。

 

 

その頃、晴風はシュペーとの距離が目標である30まで達した。

 

「撃っちゃえ!!撃っちゃえ!!撃っちゃえ!!」

 

30まで達し、晴風の第二砲塔が砲身を下げて、シュペーの推進機に照準を定める。

 

「ニ番砲右、攻撃始め!!」

 

シュペーが晴風の軸線に乗り、真白が射撃指揮所に発射命令を出す。

真白の命令を受けて、晴風の第二主砲が火を吹く。

放たれた砲弾の一発シュペーの左舷スクリューに命中した。

片舷の推進機を失ったアドミラル・グラフ・シュペーは急激に速度が低下した。

明乃の作戦は、見事に成功した。

 

「目標に命中!シュペー速力落ちています!」

 

『やった!!』

 

マチコからの報告で艦橋、機関室をはじめとして彼方此方で歓喜の声が上がる。

 

「取舵いっぱい!第四戦速ヨーソロー!!」

 

この機を逃さず、真白は晴風が今出せる最大速力で、この海域からの離脱を図る。

 

「取舵いっぱい!」

 

真白の離脱命令に、鈴は嬉々として舵を切る。

そんな鈴を見て、納紗は、

 

「逃げる時はてきぱきしていますね‥‥」

 

と呟く。

しかし、晴風にとって、さらなる事態が生じる。

 

「前方から大型艦接近!!」

 

「えっ?」

 

喜びも束の間、マチコからの報告で艦橋は再び緊張が走った。

真白が双眼鏡で確認すると、晴風の前からはドイツのビスマルク級に似た戦艦が接近してきた。

 

「び、ビスマルク級!?」

 

「な、なんでこんなところに、ビスマルク級が居るのさ!?」

 

「うぃ~‥‥」

 

「に、逃げようよぉ~」

 

艦橋はもはや大混乱となる。

 

「ま、待ってください」

 

そこへ、納紗が声を張り上げる。

しかし、それは更なる絶望を真白たちに与える。

 

「あれは、ビスマルク級ではありません‥‥」

 

タブレットを持つ納紗の手が少し震えている。

 

「あ、あれは‥‥」

 

「あれは?」

 

「あれは‥‥キール校のH級戦艦です!!」

 

「H級?」

 

「ビスマルク級じゃないの?」

 

「ビスマルク級よりも厄介です!!」

 

『?』

 

納沙を除くみんなはビスマルク級とH級の違いが分からないのか、首を傾げている。

 

「H級は、ビスマルク級よりも大きい、全長266m、全幅37m、47口径40.6cm連装砲4基8門で最大射程は3万6800mを誇ります。副砲・高角砲はビスマルク級と同じですが、15cm55口径砲連装6基12門、10.5cm65口径高角砲連装8基16門、55.3cm 4連装魚雷発射管を両舷に1基ずつ備え、速力もシュペーより早い、最大速力は30ノットです!!」

 

納紗がH級のスペックを伝えると、艦橋には絶望した空気が流れる。

 

「な、なんでそんな化物みたいな戦艦がこんなところに居るの!?」

 

西崎が叫ぶ。

 

「H級もシュペー同様、ドイツからの留学艦です」

 

「もうダメだ‥‥お終いだ‥‥」

 

「うぃ~‥‥」

 

「あ、諦めるな!!まだ手は‥‥」

 

真白はみんなを鼓舞するが、

 

「砲撃して勝てる相手だと思いますか?」

 

「‥‥」

 

納紗の質問に真白は顔を引き攣らせ、答えることが出来なかった。

 

一方、接近中のH級、ヒンデンブルクの艦橋では、

 

「前方にシュペーと陽炎型駆逐艦を確認!!」

 

クリスが双眼鏡で、前方にシュペーと陽炎型駆逐艦の姿を視認し、報告する。

 

「艦首の番号から、所属を確認」

 

シュテルは陽炎型駆逐艦の所属を調べさせる。

 

「了解‥‥照合完了、横須賀女子所属の航洋直接教育艦、晴風です!!」

 

メイリンが艦首に書いてある番号から所属を割り出す。

 

「晴風‥‥あれが‥‥」

 

今、海上安全整備局から叛乱容疑をかけられた学生艦が目の前に居る。

 

「シュペーが近くに居るってことは、晴風の臨検の準備でもしているのか?」

 

「それにしてはなんか、シュペーから逃げているようにも見えるけど‥‥」

 

「停船信号を送りますか?」

 

遅れてきたので、事態が把握できていないが、ともかく、晴風の乗員からは事情を聞かなければならない。

ここはシュペーと協力して晴風を停船させようと思った矢先、

 

「シュペー主砲を旋回!!本艦を狙っています!!」

 

「なにっ!?」

 

クリスからの報告を聞いて、何かの間違いではないかと思ったが、

 

ドーン!!

 

「シュペー発砲!!」

 

シュペーはいきなりヒンデンブルクめがけて主砲を撃ってきた。

砲弾が着弾すると、ヒンデンブルクの周り海に水柱が立つ。

 

「くっ‥‥テア、一体何を考えている!?シュペーに通信を送れ!!」

 

「は、はい」

 

通信員がシュペーに砲撃停止の旨を通信で送るが、

 

「ダメです!!シュペー、応答ありません!!」

 

「呼び続けろ!!」

 

シュテルは引き続き、シュペーに通信を送るが、一向に返信はなく、逆にシュペーはまたもや砲撃してきた。

 

「ちょっ、シュテルン、これはマジでシャレにならないって‥‥あのちびっ子艦長にこっちも本気だって所を見せないと!!」

 

ユーリがこちらもシュペーに対して砲撃しようと具申する。

 

「‥‥」

 

シュテルは即決で判断を下せなかった。

 

「シュテルン!!」

 

「くっ‥‥砲撃用意‥‥ただし弾頭は模擬弾だ」

 

「了解」

 

シュテルも明乃同様、乗員の安全のため、大切な友人が乗る艦に砲を向けた。

ヒンデンブルクの第一、第二、主砲が火を吹く。

ただし、威嚇射撃なので、シュペー周辺に着弾するように撃った。

 

 

まさかのドイツ艦同士の撃ち合いを見物することになった晴風の乗員は唖然とする。

シュペーが同じ国の学生艦に対して問答無用で砲撃し、ヒンデンブルクも応戦するかのように砲撃する。

てっきり、二隻のドイツ艦の挟まれて沈められるかと思いきや、同じ国の学生艦同士が撃ち合っている。

晴風よりも巨大な砲から奏でられる砲撃音はまさに空気を揺さぶる。

 

「ドイツ艦同士が撃ち合っている‥‥」

 

「ど、どうなっているの?」

 

「わ、わからん‥‥」

 

「でも、私たち助かったのかな?」

 

「ともかく、巻き込まれないように操艦は慎重にな」

 

「よ、ヨーソロー‥‥」

 

ヒンデンブルクの威嚇射撃を受け、シュペーは逃げるかのような針路をとり、やがてその姿は水平線へと消えていく。

 

「シュペー、逃走‥‥」

 

「追撃しますか?」

 

「‥‥いや、ここは晴風に事情を聞きたい」

 

シュペーからいきなり砲撃され、友人の乗る艦に対して、演習でもないのに砲撃した事にシュテルはショックを受けていた。

しかし、艦長としてそれを表に出すわけにはいかなかった。

今はシュペーを追いかけるよりも晴風に事情を聞きたく、シュペーの追撃を断念した。

 

「シュペー、現海域から撤退していきます」

 

ヒンデンブルクとの砲撃戦にて、シュペーはヒンデンブルクと遭遇する前に晴風からの攻撃でスクリューシャフトを損傷し、速度は出ず、攻撃力でも劣ることを悟ったのかシュペーは遠ざかっていく。

しかし、自分たちの前にはそのシュペーを追い払ったもう一隻のドイツ艦が居る。

相手がどう出るのか?

猿島やシュペーのようにいきなり砲を向けてくるのか?

ドキドキしながら、相手の出方を窺う晴風の乗員たち。

すると、

 

「副長、相手から発光信号です」

 

マチコがヒンデンブルクからの発光信号を確認する。

 

「‥‥何と言ってきている?」

 

「停船信号です」

 

「これまでは問答無用で砲撃してきましたけど、今回はちゃんと信号を送ってきたと言うことで、ちょっとは信じていいんじゃないんですか?」

 

納紗の言う通り、これまではいきなり砲撃をされ、通信も手旗信号も無視されてきた。

しかし、今回は向こうの方からコンタクトをとってきた。

それならば、猿島やシュペーのようにはならないだろうし、こちらの話を聞いてくれるかもしれない。

そもそも自分たちは濡れ衣を着せられたのだから‥‥

艦長の明乃は今、漂流者の救助に向かっているので、現在は真白がこの艦の最高責任者となる。

 

「‥‥機関停止」

 

真白はヒンデンブルクの停船信号を受け入れエンジンを停める。

 

その頃、明乃はミーナをスキッパーに乗せて晴風に戻っていく最中、晴風に近づいてくる大きな戦艦を視認した。

 

「あの艦は‥‥」

 

気にはなったが、今は救助者がいるので、明乃はスキッパーの速度を上げて晴風に戻った。

そして、晴風へと戻り、救助したミーナを上甲板で待っていた医務長の鏑木美波と応急長・美化委員長の和住媛萌と同じく応急長・美化委員の青木百々に引き渡す。

 

「うぅ~」

 

「重いッス‥‥」

 

救助したミーナを担架に乗せ、媛萌、百々が愚痴を零しながら医務室へと運んで行く。

 

「お願いね」

 

「うむ」

 

美波も頷いた後、医務室へと向かった。

そして、明乃は接近する戦艦の事も含めて、艦橋へと戻る。

 

「シロちゃん!!」

 

「ん?」

 

「‥‥ありがとう」

 

「‥‥適切な指示をしたまでだ」

 

真白は照れ隠しなのかプイっと顔を明乃から背ける。

 

「それで、近づいているあの戦艦は?」

 

そして、もう一つ気になっていたこと、晴風に接近中の戦艦について訊ねる。

 

「ドイツの留学艦です」

 

納紗が真白に代わって明乃に説明する。

 

「留学艦?シュペー以外にも居たの?」

 

「はい。ドイツのキール校の艦です」

 

「それで、向こうの艦は何って言っているの?」

 

「海上安全整備局の内容について事情を聞きたいそうです。今から晴風に乗員を送ってくるそうです」

 

「わかった」

 

晴風はヒンデンブルクからの使者を受け入れることした。

 

そのヒンデンブルクでは、

 

「えっ?シュテルンが一人で行くの!?」

 

「向こうの艦長を呼び出せばいいじゃん!!」

 

「事情を訊ねるのだから、こっちから聞きに行くのが礼儀だよ」

 

「で、でも‥‥」

 

「大丈夫‥‥何かあったら知らせるから」

 

「「‥‥」」

 

シュテルの決断にユーリもクリスも渋々と言った様子だった。

 

「それじゃあ、行ってくるね」

 

そして、シュテルはスキッパーで晴風へと向かった。

 

 

「ドイツ艦より、スキッパー一機、接近」

 

マチコの報告を聞いて、艦橋員は見張り員を残して、主だった者は出迎えの為に甲板へと向かう。

タラップを下ろすと、手すりにもやい綱でスキッパーを固定して、ドイツ艦の乗員が晴風の甲板に上がってくる。

 

「刀!?」

 

「あれはサーベルですよ」

 

「そ、そんなことぐらい知っている!!」

 

真白はシュテルが腰からぶら下げているサーベルを見て、思わず声をあげる。

そんな真白に対して納紗はすかさずツッコミを入れる。

 

「でも、なんであの人、サーベルなんてぶら下げているのさ?海賊のコスプレ?」

 

「いえ、あれはキール校の伝統みたいで、キール校でもあのサーベルを下げられるのは三人しかいないみたいですよ」

 

「三人?」

 

「はい、高等部のそれぞれの学年の首席のみだそうです」

 

納紗がタブレット端末でキール校の事を調べ、西崎たちに説明する。

 

「じゃあ、あの人は首席なんだ‥‥」

 

やがて、タラップを上り終え、甲板にきたドイツ艦の乗員。

黒いロングコートに、キール校の校章が描かれた艦長帽、黒地に八つの金色のダブルボタンのジャケットに黒いズボン、そして腰には金色のサーベルをぶら下げている。

 

「ドイツ、キール校所属、ヒンデンブルク艦長のシュテル・H(八幡)・ラングレー・碇です」

 

敬礼しながら、所属と役職、姓名を言うシュテル。

 

「横須賀女子所属、航洋直接教育艦、晴風艦長の岬明乃です」

 

「同じく副長の宗谷真白です」

 

「水雷長の西崎芽衣です」

 

「記録係の納紗幸子です」

 

晴風の乗員もシュテルにならって、敬礼しながら所属と役職、姓名を伝える。

ただその中で、心に思った事は一つ。

 

(この人、日本語が喋れてよかった‥‥)

 

である。

流石にドイツ語を理解できる面子はこの中に居なかったから‥‥

 

そして、口下手な立石と人見知りな鈴は艦橋でお留守番となっている。

 

(やっぱり、ミケちゃんか‥‥)

 

シュテルは明乃の名前と容姿を見て、もえかが言っていた通り、明乃が横須賀女子に入学し、まさか、晴風の艦長になっているとは予想外だった。

シュテルの方はもえかから聞いていた為、明乃の事を思い出していたが、明乃の方はシュテルの事をまだ思い出していない様だ。

まぁ、艦長帽を被っているせいもあるが、せめて名前を聞いた時に思い出してほしかった。

 

「えっと‥‥岬艦長。その‥‥服が濡れているようですが‥‥」

 

シュテルはここで明乃の制服が濡れていることに気づく。

 

「あっ、はい。さきほど、シュペーの乗員を救助して、その時に‥‥」

 

「シュペーの乗員が居るんですか!?」

 

シュテルは晴風にシュペーの乗員が居ることに驚く。

 

「は、はい」

 

「その人は今どこに!?」

 

「医務室です‥‥救助した時、意識を失っていたので‥‥」

 

「あっ‥‥そう‥ですか‥‥」

 

意識を失っているのでは事情を聞けない。

 

「と、とりあえず、何故、晴風が叛乱容疑をかけられたのかその事情を伺いたいのですが、岬艦長」

 

「はい」

 

「岬艦長。一度、着替えてきてください。そのままですと、風邪をひいてしまうので‥‥」

 

「あっ、はい」

 

シュテルは濡れたままでは風邪をひいてしまうので、明乃に着替えてくるように促す。

 

「では、艦長が戻られるまで、食堂でお待ちください」

 

真白がシュテルを晴風の食堂まで案内する。

食堂では、炊飯員の伊良子美甘、杵崎ほまれ、あかね の三人が興味ありげでシュテルを見ていた。

 

「どうぞ‥‥」

 

伊良子がもてなしのコーヒーをシュテルに差し出す。

 

「ありがとう」

 

「砂糖とミルクは使いますか?」

 

「あっ、できれば練乳があれば、それをください」

 

「練乳‥ですか?」

 

「はい」

 

コーヒーに練乳を入れるなんて変わった人だと思っていると、

 

「あの‥それってもしかして、マックスコーヒーですか?」

 

あかねが、恐る恐るシュテルに訊ねる。

 

「えっ?マッ缶を知っているんですか?」

 

「は、はい。私も千葉出身ですから‥‥」

 

「わぁっ、嬉しいな~マッ缶を知っている人が居てくれて~」

 

「えっ?でも、ドイツの方ですよね?」

 

「私は、半分は日本人だから」

 

そして、晴風になぜかあった練乳をコーヒーにドバドバ入れる。

伊良子とほまれは、ちょっと引いていた。

コーヒーを飲み終えた時に明乃が戻った。

 

「それで、早速だけど、海上安全整備局が言っている晴風が叛乱を起こしたという件について、聞きたい」

 

「は、はい」

 

明乃はシュテルに西ノ島新島の件について話した。

遅刻して合流地点に来たら、いきなり猿島に実弾で発砲された。

明乃はこの時、乗員の安全と生命を優先し、猿島のスクリューシャフトに模擬弾の魚雷を撃ちこみ、退避した。

しかし、その後、猿島は沈没し、晴風が撃沈したとされ、叛乱容疑をかけられた。

 

「証拠はありませんけど、私たちは猿島を撃沈なんてしていません」

 

「なるほど‥‥では、先程、遭遇したシュペーに関しては?」

 

次にシュテルはシュペーについて訊ねる。

 

「シュペーも猿島同様、遭遇した後、いきなり発砲してきました」

 

「いきなり?停船信号や命令もなしに?」

 

「はい」

 

(いきなり、ヒンデンブルクに発砲したことと言い、あまりにも妙だ‥‥テアがテロ行為をするはずがないし‥‥シュペーの艦内で何か起きたのか?)

 

明乃の話と先程、シュペーが警告なしに発砲してきたこと、テアの性格から、シュペーで何か異変が起きたのだと察するシュテル。

 

(まさか、海賊やテロリストに艦を乗っ取られたのか?)

 

南シナ海での一件から、シュペーが海賊やテロリストに乗っ取られている可能性も示唆する。

 

「それで、救助したというシュペーの乗員は?」

 

「まだ意識が戻っていません」

 

意識が戻っていなければ、シュペーで何が起きたのか話せない。

 

「それで、晴風は今後、どうするつもりですか?」

 

「鳥島を経由して近くの港に戻るつもりです」

 

「わかりました‥‥では、本艦も晴風に同行しましょう」

 

「いいんですか?」

 

「ええ‥‥どのみち、話を聞く限り、演習どころではなさそうですからね」

 

「ありがとうございます」

 

「それで、戻る前に一目、シュペーの乗員を看てから戻りたいのですが‥‥よろしいでしょうか?シュペーの乗員とはドイツに居た頃、交換留学で顔見知りなので」

 

「はい」

 

シュテルは明乃と共にシュペーの乗員が居るとされる医務室へと向かう。

その最中、明乃はチラッとシュテルを見る。

話し合っていた時、シュテルは艦長帽を脱いでいたその時から明乃は妙な感覚を覚えていた。

 

(この人、どこかで見たような‥‥)

 

ここにきて、明乃はシュテルとどこかで出会ったような感覚を覚えたのだ。

 

「美波さん」

 

明乃は ドアをノックして医務室に入る。

 

「艦長に‥‥誰だ?」

 

「あっ、この人は、ドイツ艦の艦長さん」

 

「ドイツ?‥‥シュペーの艦長か?」

 

「いえ、別の艦です」

 

「そうか」

 

「それで、どう?あの人の様子は?」

 

「外傷はない。脳波も正常‥‥後は、意識が戻るのを待つしかない」

 

「そっか‥ありがとう」

 

シュテルがシュペーの乗員が眠っているベッドへと向かうと、そのベッドで眠っていたのは、

 

(ミーナさん!?)

 

「それで、知っている人ですか?」

 

「ええ、この人はシュペーの副長です」

 

「シュペーの副長さん‥‥」

 

「はい‥‥医務員の人が言うように、まだ話を聞ける状態じゃありませんね‥‥彼女の意識が戻りましたら、連絡をください。私もシュペーで何が起きたのか、知りたいので」

 

「わかりました」

 

ミーナの状態を確認した後、シュテルはスキッパーでヒンデンブルクに戻っていった。

 



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59話

 

叛乱容疑がかけられた横須賀女子海洋高校所属の晴風と接触し、事情を聞いたシュテルはヒンデンブルクに戻り、クラスメイトたちに先程、晴風で聞いた話を伝える。

 

「その話は信じられるの?」

 

「信憑性は高いと思う‥‥現に先程、シュペーがこちらに対して、問答無用で砲撃してきた事例をみてもね‥‥」

 

「‥‥」

 

「そこで、本艦はしばらく晴風を護衛して、彼女たちを無事に学校へ戻すことにした。未だに海上安全整備局は晴風の容疑を解いておらず、また横須賀女子からの連絡がない以上、彼女たちをこのまま見捨てては目覚めが悪いだろう?」

 

「わかりました。私は艦長に賛同します」

 

「私もだよ、シュテルン」

 

「私も」

 

「私もです」

 

「ウチもや」

 

クラスメイトたちからの賛同を得て、ヒンデンブルクは晴風を護衛しつつ、横須賀女子に戻ることにした。

ただし、航路は偽装することとした。

予定通りの航路ではブルーマーメイドやホワイトドルフィンの待ち伏せに遭う可能性が高い。

流石に問答無用で砲撃してくることはないだろうが、それでも余計ないざこざは横須賀女子に着くまで避けたかった。

その為、ヒンデンブルクはビーコンも切った。

叛乱容疑がかけられていた晴風もビーコンを切り、無線封鎖もしている筈だからだ。

徹底した秘匿行動をとっていると思われる晴風に対して、ヒンデンブルクのビーコンで見つかっては元も子もない。

ヒンデンブルクが護衛につくことは、発光信号にて、晴風にも伝えられて、ヒンデンブルクが護衛についてくれることに晴風のクラスメイトたちは安堵した表情を浮かべていた。

無線封鎖している中で、至近とはいえ、無線を使ってはどこで傍受されるか分からないため、互いの連絡は発光信号を使用していた。

そして、偽装航路を航行している中、駿河から‥‥もえかからの救難信号を受信した。

しかし、肝心な座標がノイズでかき消され、こちらが送信しても向こう側は受信できていないのか、応答せず、ただひたすら救難信号を送っていたが、やがて無線は途切れた。

もえかの救難信号を聞いて、クリスは、

 

(なんかこの声、アクア様に似ているな‥‥いや、そんな訳ないわ‥‥だって、アクア様は特典としてあの世界に跳ばされた筈だもの‥‥)

 

と、特典で別の異世界に連れていかれた先輩女神ともえかの声が似ていると感じた。

 

「知り合い‥‥ですか?」

 

もえかからの救難信号に出ている時のシュテルは切羽詰まっているように見えた。

そこで、メイリンがシュテルに駿河の艦長と知り合いなのかと訊ねる。

 

「ええ‥‥昔‥‥幼少期の頃に‥‥たった数日間という短い間だったけど、日本で出来た初めての友人」

 

「そうだったんですか‥‥やはり、気になりますか?」

 

「気にならないと言えば嘘になるけど、今の我々には晴風を無事に横須賀女子に送り届けなければならない義務がある‥‥その義務を途中で放り投げるわけにはいかない‥‥」

 

シュテルにはもえかの他にシュペーのテアの事も気がかりとなっている。

早く、晴風を横須賀女子に送り届け、今、何が起こっているのかを聞き、もえかとテアを捜しに行きたかった。

もえかの事を心配しているのはシュテルだけではなく、晴風の明乃も同じだった。

駿河の救難信号は、当然晴風の方でも受信していた。

もえかからの救難信号を受けて、明乃は心ここにあらずと言った様子だった。

 

(‥‥駿河からの救援要請‥‥如何しよう‥‥向こうの艦長さんに頼めばあるいは‥‥)

 

「‥‥」

 

心中が揺れ動く明乃を真白は、舵を握りながら見ていた。

 

晴風の艦首先では、水測員の万里小路楓が午後17時を知らせるラッパを吹いていたが、お世辞にもうまいとは言えない腕前だった。

なんだか、聴いているとどこか力が抜けるような音だからだ。

そんな中、納紗はこれまでの戦闘による被害状況を確認する為、各部を見回っていた。

 

「武田さん!!主砲の状況は、どうですか?」

 

納紗は主砲の整備をしている砲術員の武田美千留に声をかける。

 

「見ての通り点検中、大部分は、自動化されているけど、点検が大変だよ!!光、そっちはどう?」

 

武田は別の個所で修理作業中の同じ砲術員の小笠原光に声をかける。

 

「まだぐずてるんだよね、この子‥‥」

 

「あと、どれくらい掛かりますか?」

 

「日没までは、何とかするよ!!」

 

「よろしくお願いします!!」

 

『はーい』

 

日没までには、何とか主砲の修理作業は完了できる様だ。

また、水雷員も念のため、魚雷発射管の整備をしていた。

 

「こちらは何か異常はありませんか?」

 

納紗は水雷員の松永理都子と姫路果代子に魚雷発射管の状況を聞く。

 

「発射管は、異常なし」

 

「まぁ~魚雷が一本も無いけど‥‥」

 

搭載されていた模擬弾の魚雷は猿島に使用しているので、現在の晴風の魚雷の残弾数はゼロ。

そんな整備と修理をしている砲術員と水雷員に伊良子はおにぎりと唐揚げ、スティック野菜を差し入れする。

 

「おにぎりできたよ~!!」

 

伊良子の声を聞いて、砲術員、水雷員は作業中だった手を止めて、伊良子の周りに集まる。

 

「皆さんのお食事は、おにぎりなんですね」

 

「みんな修理で食堂まで来れないし、忙しいから」

 

伊良子が砲術員と水雷員のクラスメイトたちに食事を振舞っていると、

 

「そういえば駿河から非常通信が着たて、本当?」

 

伊良子は納紗に駿河からのSOSが着た事を訊ねる。

 

「私もそれ聞いたよ」

 

「他の艦もどうなっているのかな?」

 

今回の演習に参加しているのは晴風や駿河、シュペーだけでなく、まだまだ他の学生艦も参加していた。

しかし、そのほとんどの学生艦の行方が分からなくなっている。

どの艦もビーコンを切っており、無線にも応答しない。

 

「あっ!?『世界の全てが敵に回っただと!!』『駿河を沈める訳には、いかない!!南の果てまで逃げよう!!』」

 

何故か伊良子の質問に対して、一人芝居をする納紗。

 

『‥‥』

 

それを見て、固まる一同。

 

「そのネタ、あんまり面白くない」

 

『うん、うん』

 

「え~!!」

 

盛大に滑ったネタを披露した納紗はショックを受けていた。

その後、ショックから立ち直った納紗は艦橋に戻り、これまでまとめた被害と修理状況を報告する。

 

「損傷の確認、出来ました」

 

「状況は?」

 

「現在、機関は修理中、三番主砲は使用不能、魚雷残弾なし、爆雷残弾一発‥‥戦術航法装置並びに水上レーダー損傷、通信は、受信のみ出来る状態です」

 

「航行に必要な所の修理最優先でどれくらい掛かる?」

 

「機関だけなら後、八時間くらいですね」

 

「先ずは、其処からだな‥‥」

 

学校へ戻るにしても、足が止まってしまえばアウトだ。

その為、真白は修理の優先箇所を機関に指定する。

 

「機関長!動きながらで、大丈夫か?」

 

伝声管で機関室に機関の状態を訊ねる真白。

 

「何とかする!でも、巡航以上は、出せねぇぜ!」

 

機関長の榊原の話では、航行しながらの機関の修理は可能だが、それでもスピードには制限がかけられた。

 

晴風のスピードが制限されたため、ヒンデンブルクもそれに合わせてスピードを調整しながら航行する。

 

「晴風は現在、機関の修理中で速度も制限されているみたいです」

 

「なんか、地中海を思い出しますね」

 

「あまり、思い出したくはない思い出だがな‥‥」

 

地中海で遭遇した海賊騒動とイタリアのタラント校のリンチェとの出会い‥‥

リンチェの艦長、アンネッタが機関の修理を手伝おうとして逆に機関を壊してリンチェを航行不能にして、ブルーマーメイドの艦に曳航してもらった。

あの時も速力を10ノットのスローペースで寄港地を目指した。

流石に今回は10ノットと言うスローペースではないが、それでも目的地の横須賀女子までは時間がかかる。

 

「とにかく、横須賀女子に到着するまで油断はできない。警戒は十分にせよ」

 

日本の戒めの言葉に『百里を行く者は九十を半ばとす』と言う言葉がある。

横須賀女子のフロート船が見えてくるまで油断は出来ない。

警戒しながら、夜の海を進んで行くヒンデンブルクと晴風。

すると、またもや通信を傍受した。

 

「ん?海上安全委員会‥‥?‥‥ん?こ、これはっ!?」

 

通信を傍受した通信員は思わず声をあげる。

 

「艦長、緊急電です!!」

 

「どこから?」

 

「海上安全委員会からの広域通信です」

 

「広域通信?それで、内容は?」

 

「はい、こちらです」

 

通信員から電文を受け取ると、そこには、

 

『現在、横須賀女子海洋学校の艦艇が逸脱行為をしており、同校全ての艦艇の寄港を一切認めないよう通達する。また、以下の艦は抵抗するようなら撃沈しても構わない、航洋艦晴風!!』

 

「撃沈!?」

 

電文内容に思わず、声を上げるシュテル。

 

(この国は、新入生の乗る艦を撃沈させる気か!?)

 

この後世の日本のやり方に思わず、怒りが湧いてくる。

 

(よく確かめもせず、一つの噂だけを信じて、寄ってたかって叩き、嘘の事実を真実として、本当の事実を闇に葬る‥‥変わってないな‥‥お前ら権力者たちは‥‥)

 

今の状況はまさに、前世の自分が置かれた状況に似ていた。

文化祭実行委員で、少数ながらも、サボっていない委員もいた。

そいつらは文化祭実行委員での会議の事を伝えずに口をつぐみ、結果的に文化祭でのサボり組でのサボりは黙認され、八幡だけの悪評が残った。

修学旅行でも、あの場にしか居なかった葉山グループ、奉仕部‥‥その誰かが面白おかしく尾ひれをつけて噂を流した。

結果、あの依頼にはなんの関係もない奴らが八幡に対して暴力を振るい、「みんな仲良く」と普段から言っている葉山は八幡を助けることなく、むしろいじめを黙認していた。

つくづく自分でも文化祭、そして修学旅行で、なんであんな事をしたのか、今になって疑問に感じる。

ただ、あの時の行動で、自らの命を絶ったからこそ、今の自分がいると思うと複雑だ。

 

兎に角、現状は最悪で、晴風は叛乱容疑から完全に叛乱者と見なされている。

 

(こんな状況下になっても横須賀女子からは未だに何の連絡もない‥‥どうなっている!?まさか、生徒を切り捨てたのか?)

 

前世の総武高校でも、雪ノ下たちが事故死するまで、八幡のいじめや自殺に対して何の処置もせず、最終的に平塚先生一人に詰め腹を切らせた学校‥‥

シュテルは自殺後の総武高校の事は知らないが、連絡もなく、ましてや撃沈命令が出た現状では、学校が晴風を見捨てたのではないかと思うのも当然だった。

 

(くそっ、俺としたことが、こんなことなら、晴風と合流したすぐ後で、学校側と連絡を取るべきだった‥‥)

 

もう、夜も回っており、今から連絡を入れても横須賀女子に通じるかわからない。

学校に連絡するタイミングを逃した。

 

(明日の朝、一番でいれないとな‥‥今夜は何も起こらなければいいが‥‥)

 

今夜一晩、なんとか乗り切れば、明日の朝、一番に横須賀女子に連絡を入れて現状を聞くことが出来る。

そうなれば、このバカげた命令も撤回できるかもしれない。

シュテルがそう思っていると、舵を握っているレヴィが不安そうに訊ねてきた。

 

「しかし艦長、大丈夫かな?」

 

「ん?なにが?」

 

「いや、だって向こうの晴風って艦、完全にお尋ね者になっちゃって、下手したら問答無用で撃沈されるかもしれないんでしょう?」

 

明乃の話では、猿島はいきなり晴風に攻撃を仕掛けてきた。

と、なれば今後、ブルーマーメイドやホワイトドルフィン、他校の教員艦や学生艦が晴風にたいして、攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。

そして、後の報告で、「晴風が抵抗してきたので、撃沈した」と報告すれば、何ら問題にはならない。

いわば、死人に口なしである。

晴風はまさにその危険にさらされていた。

 

「あの艦を守っている私たちも他の艦から攻撃されないかな?」

 

レヴィは晴風を護衛しているヒンデンブルクにも容疑がかけられて攻撃対象にならないか心配している。

 

「航海長、だからこそ、我々が守らなければならないんだ。海に出たばかりの新人がいきなり叛乱容疑をかけられて、ましてや命の危険にさらされている。海の先輩として、こんな理不尽なこと、黙って見過ごせない‥‥それに本艦にはまだ、撃沈命令は下されていない。それどころか外交特権がある。万が一、こちらに攻撃して来れば、反対に日本の立場を悪くさせるだけだ」

 

「そう‥だといいんですけど‥‥」

 

それでもやはり、不安そうなレヴィだった。

 

ヒンデンブルクがこの広域通信を傍受したように、晴風も同じ広域通信を傍受していた。

 

「げ‥げき‥‥」

 

撃沈と言う単語を聞き、固まる立石。

 

「撃つのは、好きだけど、撃たれるのは、やだぁ~!」

 

他の艦から、撃たれるのだと思い、西崎は頭を抱えながら叫ぶ。

 

「何所の港にも寄れないって事?」

 

「そう言う事だな‥‥」

 

「私たち完璧にお尋ね者になっているよぉ~!!」

 

晴風が置かれた現状を知り、舵を握りながら大号泣する鈴。

容疑からなんの弁解もなく、ただ一方的に叛乱者と見なされてしまったのだから、無理もない。

 

「もしかして、駿河も同じ状況なのかも‥‥だから、非常通信を送って来たのかも‥‥」

 

明乃は、先の駿河からのSOSを思い出し、晴風と同じ状況だと察するが、

 

「こっちと違って、簡単に沈むような艦じゃない」

 

真白は、駿河は駆逐艦の晴風と違って、戦艦だから、大丈夫だと言う。

それに広域通信の中に駿河の名前は含まれていない。

それでも、駿河では何かあったことは間違いない。

あのもえかが、いたずらで、救難信号を発するなんて考えられない。

 

「でも、助けを求めていた‥‥だから‥‥」

 

「我々の方が、助けが必要だろう!!」

 

真白は、他艦よりも撃沈命令が下されている晴風の方が、今は一番助けが必要だと明乃に訴える。

 

現状、撃沈命令が出ている中、しかも何所の港にも寄港出来ない。

こんな状況下で他艦を捜しに海を彷徨う余裕なんてない。

 

「それに、実技演習もしてない私達が如何やって助ける気だ!!学校へ戻る方針を変えるべきじゃない‥‥駿河の事は、学校に報告して任せよう!!」

 

真白の言う通り、自分たちはつい最近になって、こうして海に出たばかりの新人。

満足な訓練も演習もしていないのに、救助に行くなど無謀である。

経験不足、そして撃沈命令なんて物騒な命令が出ている以上、学校に戻り、容疑を晴らすのが先だと真白は明乃に言い聞かせる。

 

「で、でも大丈夫かな?」

 

そんな中、鈴が不安そうに声を上げる。

 

「なにが?」

 

「だって、撃沈命令が出ているんでしょう?あのドイツ艦がいきなり、晴風を攻撃してくるなんてことはないよね?」

 

『‥‥』

 

鈴の指摘を受けて、艦橋のみんなが固まる。

猿島、シュペーもいきなり砲撃してきた。

今回は、正式な撃沈命令が出ている。

ヒンデンブルクがいきなり晴風に対して攻撃してきてもおかしくはない。

そんな不安が艦橋内に広がる。

しかし、

 

「多分、大丈夫じゃないかな」

 

そんな中で明乃はそれを否定する。

 

「どうしてそう言い切れる」

 

真白は何故、明乃はヒンデンブルクが攻撃して来ないと確信しているのか?

その訳を訊ねる。

 

「シュペーで救助した人‥‥あの人、向こうの艦の艦長さんの知り合いみたいなの。さすがに知り合いが乗っている人を攻撃するなんてことはないでしょう?」

 

「ま、まぁ、確かに‥‥」

 

訳を聞いて納得する真白。

 

「それじゃあ、学校に戻ろう」

 

明乃は、真白の説得とヒンデンブルクが護衛をすると言うのであれば、その行為に甘えて、学校に戻ることを決める。

 

「うぃ」

 

明乃の判断に立石も同意する。

 

「じゃあ私が艦橋に入るから、皆は、休んで」

 

明乃は、皆に休むように言うが、

 

「今夜の当直は私と鈴ちゃんです」

 

納紗は今夜の勤務表を明乃に見せる。

そこには確かに今日の夜間当直は納紗と鈴だった。

 

「正しい指揮をする為には、休むのも必要だ」

 

「私は大丈夫だから‥‥」

 

「良いから休んでください!!」

 

「うん、分かったよ、シロちゃん‥‥」

 

このまま明乃を一人当直させておくと、隙を見て、駿河を捜しに行くのではないかと思い、真白は明乃を艦橋から出るように言う。

真白の勢いに負けてすごすごと自室に戻る明乃だった。

 

 

「もうすぐ日没か‥‥艦橋は海図台の明かり以外、全て消灯。夜間当直体勢」

 

夜目を慣らす為、ヒンデンブルクの艦橋の明かりが消される。

やがて、太陽が水平線に沈み、辺りが暗くなる。

そんな中で、晴風の艦橋には明かりが点いていた。

 

「ん?向こうの艦、艦橋の明かりが点けっぱなしだ」

 

「発光信号で知らせてやれ」

 

(やれやれ、自分たちが追われていると言う自覚があるのかな?)

 

下手に明かりを灯して航行していると、他の船舶を幻惑させたり、相手に自分の位置を知らせることになる。

ヒンデンブルクからの発光信号を受け、晴風では、

 

「ドイツ艦から発光信号を確認」

 

「な、なんて言っているの?」

 

ヒンデンブルクの発光信号を確認した納紗が鈴に伝えると鈴は、恐る恐る内容を訊ねる。

 

「えっと‥‥夜間の航行において、艦橋の明かりは消灯せよ‥‥ですって」

 

「艦橋の明かり?」

 

鈴は思わず、天井の電灯を見る。

 

「で、でも明かりがないと何にも見えないよ」

 

「まぁ、向こうの何かの考えがあって、知らせてきたのでしょうから、ここは指示に従いましょう」

 

納紗はヒンデンブルクが何の考えもなしに艦橋の明かりを消せと言う指示を送ってくるとは考えにくいことから、ヒンデンブルクの指示に従い、艦橋の明かりを消した。

 

「わっ、真っ暗」

 

「そのうち、目が慣れるので大丈夫ですって」

 

真っ暗な艦橋の中で、鈴はビクビクしながら舵を握っていた。

 

それから、ヒンデンブルクと晴風はブルーマーメイドやホワイトドルフィンの艦船との接触もなく、順調に航行していたが、水測員が海中からスクリュー音を探知した。

 

「CIC、艦橋。水中より推進機音を探知」

 

「水中‥‥潜水艦か‥‥」

 

「総員、起こし、対潜水艦戦闘用意」

 

ヒンデンブルクの艦内に警報が鳴り響く。

 

それは晴風も同じで、

 

ビー!!ビー!!

 

晴風の艦長室で仮眠をとっていた明乃もベッド横の内線電話の呼び出し音で目を覚ました。

 

『艦長!水測の万里小路さんが、何か海中で変な音がするって‥‥艦長!!‥‥艦長!!』

 

「総員、起こし!!」

 

艦橋にいる幸子からの報告に明乃は、直ぐ配置の命令を下し、寝間着代わりに来ていた横須賀女子のジャージから制服に着替え、艦長帽を被り、艦橋へと急ぐ。

 

「ココちゃん、報告して!?」

 

「えっと‥‥方位30に二軸の推進機音、感2‥現在音紋照合中です!!」

 

艦橋に入った明乃は納紗に現状を訊ねる。

そして、納紗は明乃に報告する。

 

「水上目標がいないって事は‥‥」

 

「潜水艦ですね」

 

晴風でも、現在晴風とヒンデンブルクに近づいているのは潜水艦だとすぐに分かった。

 

「ふぁぁぁ~如何したの?こんな時間に‥‥?」

 

欠伸しながら、まだ寝ぼけ眼な芽衣とアザラシの様なアイマスクを付けた立石が艦橋に上がって来た。

そして、もう一人‥‥

 

『ん?』

 

明乃と納紗は艦橋に入ってきたある人物に注目する。

 

「シロちゃんそれ!!」

 

「何やっているんですか?」

 

二人の目の前に立っていたのは、寝ぼけた状態で鮫のぬいぐるみを両手で抱っこしたままの真白だった。

寝ぼけている真白に対して、明乃は鮫のぬいぐるみに興味津々で、納紗は真白の意外な趣味に目を細めていた。

 

「ん‥‥?わぁっ!?こ、これは‥‥その‥‥み、見るな!!」

 

意識が覚醒した真白は慌てて、鮫のぬいぐるみを後ろに隠す。

他のクラスメイトに知られていない自分の趣味の一部を暴露してしまった真白だった。

やがて、艦橋に次々と配置完了の報告があがる。

ただし、機関はまだ修理が終わっていないため、巡航以上は出せないままだった。

 

「か、各部‥‥配置に着きました!!」

 

真白は、恥ずかしがりながら明乃に総員配置に付いた事を報告する。

 

 

ヒンデンブルクでも、各部、自分たちの部署にクラスメイトたちは次々とつく。

 

「各部配置完了」

 

「艦橋、CIC、潜水艦の艦種は判明したか?」

 

「音紋照合完了、東舞鶴海洋高校所属の伊201です」

 

音紋照合の結果、接近する艦艇は、東舞鶴男子海洋学校所属の潜水直接教育艦伊号第201潜水艦だと判明した。

 

「伊201‥‥」

 

「それってどんな艦なの?」

 

ユーリがメイリンに伊201の詳細データを訊ねる。

 

「えっと‥‥ですね‥‥」

 

メイリンはタブレット端末を駆使して、伊201の情報を収集した。

 

「基準排水量1070t、水中速力20ノットは出る高速艦ですね。武装は53cm魚雷発射管4門、25mm単装機銃2挺、魚雷は10本です」

 

「水中で20ノット‥‥」

 

「現在の晴風は巡航以上の速度が出せないので、少々厄介ですね」

 

「それに魚雷が10本か‥‥」

 

「‥‥」

 

シュテルは漆黒の海を見ながら、伊201の動向に警戒した。

 



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60話

映画『ブリタニック』にて、Uボートの魚雷を航海士がルイス軽機関銃で撃破するシーンがありましたので、今回はシュテルにそれをやってもらいました。


濡れ衣で叛乱者として認定されてしまった横須賀女子海洋学校所属の晴風を無事に横須賀へ戻す為、ヒンデンブルクは晴風を護衛しながら横須賀へと向かう。

そんな中、海中から東舞鶴海洋学校所属の潜水艦、伊201が二隻に接近していた。

伊201の存在はヒンデンブルクも晴風でも既に探知していた。

 

「東舞校?」

 

聞き慣れない学校名に首を傾げる西崎。

少なくとも、女子高ではないことが確かだ。

 

「‥‥男子校ですね!!」

 

メイリンが伊201の詳細を調べたように納紗もタブレットを使って伊201の詳細なデータを調べていた。

そして、艦橋に居る皆に東舞鶴男子海洋学校がどんな学校なのかを説明する。

東舞鶴男子海洋学校とは、ブルーマーメイドと並ぶ海洋治安維持組織、ホワイトドルフィンの養成学校であり、東舞鶴の他に、広島の江田島、青森の大湊、北海道の室蘭に男子の海洋学校がある。

その他にも千葉の総武や海浜など、海洋科のある高校からホワイトドルフィンになる男子高校生も居る。

そして、大きな特徴は水上艦艇の多いブルーマーメイドの養成学校と違いホワイトドルフィンの養成学校は、潜水艦がほとんどで東舞鶴男子海洋学校もその一つである。

 

「へぇー男子校なんだ!!」

 

すると、左舷側の見張りをしていた山下秀子が横から意外そうに言う。

 

「潜水艦は全部男子校ですもんね~‥‥でも狭くて暑くて臭くて‥‥」

 

山下に便乗して、右舷側の見張りをしていた内田まゆみが潜水艦は、全部男子校の所属だと言う事を説明し、更に潜水艦の艦内についてのイメージを言う。

内田は以前、男子海洋学校のオープンキャンパスか文化祭で伊号潜にでも乗った経験があるのだろうか?

 

「わ、私には無理~!!」

 

鈴が伊号潜の艦内を想像して自分には無理だと涙目で言う。

 

「絶対追手だよ!撃っちゃおう!」

 

そんな中、西崎は伊201に対して先制攻撃を仕掛けようと提案する。

しかし、西崎の提案に対して、明乃は判断に困っていた。

確かに西崎の言う通り、追っ手と言う可能性もある。

濡れ衣とはいえ、世間では今の自分たちは完全にお尋ね者である。

だが、偶然この海域に来ただけかもしれない伊201に対して先制攻撃をしかければ、それこそ、濡れ衣ではすまなくなる。

 

「ココちゃん、伊201と通信できないかな?」

 

明乃は、なんとか伊号201と交信できないか試みるため、納紗に訊ねる。

 

「普通の電波は海水で減衰するので届きませんね」

 

納紗は、普通の電波では届かないと明乃に説明する。

 

「じゃあ普段、通信は如何しているの?」

 

明乃は、伊号201が普段通信しているのか、分からなかった。

まぁ、潜水艦何て明乃とはおそらく一生縁のない艦種であるし、受験勉強でも水上艦船が主な女子には無縁だったので、潜水艦に関する知識は乏しいのも無理はない。

 

「潜水艦だからって、いつも潜っている訳じゃない!!」

 

真白は、潜水艦は時々、浮上して交信すると思った。

 

「そうだよね、時々は海上の様子見ないと怖いよ~!!」

 

「シロちゃん、潜っている時は、向こうも外の様子をソナーで探っているんだよね?」

 

明乃は、相手もソナーで外の様子を探っているのかと聞く。

 

「当然だ!!」

 

「じゃあ、此方からアクティブソナーをモールスの変わりに使ったら?」

 

明乃はアクティブソナーをモールスの変わりに使う事を真白に提案する。

 

「恐らく可能だと存じますが‥‥」

 

聴音担当の万里小路楓は明乃が言うアクティブソナーをモールスの変わりに使う事は可能だと言う。

 

「そんな事したら間違いなく砲撃したと思われるぞ!!」

 

しかし、真白はアクティブソナーを撃てば、伊201は自分たちを探している=攻撃する意思があると認識され、反撃される可能性が大だと思い、明乃の提案に反対する。

 

「ソナーでも何でも良いから撃っちゃえ!!」

 

トリガーハッピーな西崎は、撃てるモノなら砲弾だろうと魚雷だろうとアクティブソナーでも何でも良い様だ。

 

「馬鹿なこと言うな!!」

 

あくまでもアクティブソナーの使用に反対する真白であるが、明乃は、

 

「万里小路さん、所属と艦名、それと交戦の意志がない事を伝えて。出来る?」

 

アクティブソナーで伊201にモールスを打ち、コンタクトを試みる。

 

「一切、承りました」

 

万里小路はアクティブソナーの発振時間を小刻みに変えてモールス符号を表現し、海中に向けて信号を発する。

当然、伊201はこのアクティブソナーを探知する。

すると、伊201は行動を起こした。

 

「目標、進路変換。急速に深度を増していますわ」

 

伊201は晴風のモールスを理解していないのか、晴風がアクティブソナーで自分たちを捜していると判断して攻撃から逃れるかのようにより深く潜っていく。

晴風が打ったアクティブソナーはヒンデンブルクでも探知された。

 

「晴風がアクティブソナーを打っています!!」

 

「なにっ!?」

 

「潜水艦相手にアクティブソナーを打つなんて、誤解を与えるぞ」

 

「伊201の状況は!?」

 

「急速に潜航をしています」

 

「距離は?」

 

「遠ざかっています」

 

「‥‥逃げてくれればいいのだが、油断させていきなり魚雷を撃ってくる可能性もあるな」

 

「艦長、晴風も速度を落としています」

 

「おそらく、ソナーで探知しやすい速度にしたんだろう」

 

「どうする?シュテルン」

 

「晴風が速度を落としたのだから、こちらも速度を落とさなければならないだろう。‥‥両舷前進微速」

 

「両舷前進微速、ヨーソロー」

 

晴風の護衛をしているので、ヒンデンブルクもそれに合わせた速度にしなければならない。

 

「それで、もし潜水艦が魚雷を撃って来たらどうする?」

 

「撃沈するわけにはいかないからな‥‥追っ払うしかないが、それは撃沈するよりも難しい」

 

シュテルは艦長帽を脱ぎ、髪の毛をワシャワシャとかく。

 

「‥‥ユーリ」

 

「ん?」

 

「いざとなれば、例のモノを使うぞ‥‥使い方は覚えているか?」

 

「大丈夫だよ、シュテルン」

 

「ん、頼りにしている」

 

そんな中、

 

「魚雷音聴知!!方位270度、数二!!高速接近!!」

 

「雷跡左30度20!こちらに向かっている!」

 

「取り舵一杯!」

 

 

「取り舵一杯!」

 

晴風の方も魚雷の接近を探知して回避行動をとる。

ヒンデンブルク、晴風からはずれた魚雷は海中で起爆し、二本の水柱が立つ。

 

「模擬弾頭の魚雷じゃなくて、本物の魚雷を撃ってきたか‥‥」

 

「でも、酸素魚雷ではなくて、よかったですね」

 

「ああ‥‥」

 

ドイツのUボートでは、酸素魚雷ではなく、使い勝手の良い電池式魚雷、蒸気式魚雷を使用していた。

日本が誇る魚雷、酸素魚雷‥‥

その魚雷の最大の特徴は魚雷の航跡が目立たないということだ。

酸素を酸化剤として使用する酸素魚雷では、発生する二酸化炭素が比較的水に溶けやすいため、雷跡は目視困難だった。発見のしにくさは回避される可能性の低さにつながり、より命中弾を得やすい。

酸素魚雷のもう1つの特徴は打撃破壊力が大きいことであった。

それは、高純度酸素により実現した強力なエンジン出力を、航続力、雷速に加えて炸薬搭載量の増大にも振り向けたことによる。

また、従来の魚雷との相違点として、湿式機関に必要だった真水タンクを搭載していない。

従来の魚雷は加水燃焼ガスを使う湿式機関を採用している。

この湿式機関は、燃焼ガスに魚雷内のタンクに積んだ真水を噴霧し、石油燃料の拡散率の向上と水蒸気爆発を利用、エンジンの燃焼効率と馬力を大きく向上させるシステムであった。

しかし、酸素魚雷は高純度酸素と石油燃料(灯油)の高圧混合ガスを燃焼する方式をとったため、出力馬力が非常に強力になったとともに、燃焼用の真水タンクは不要となった。

酸素魚雷は機関室区画に海水が入る構造となり、内蔵の小型ポンプで海水を循環させ、エンジンの冷却を補助していた。

 

酸素魚雷はその破壊力と隠密性から、重宝されているが、その分値段も高い。

その為、海洋学校とは言え、高価な酸素魚雷をいくつも装備している筈もなく、かえってそれが幸いした。

 

魚雷を回避した晴風とヒンデンブルクであったが、海中での魚雷の爆発で伊201を見失ってしまった。

 

「これで、伊201が逃げてくれればいいのだが‥‥」

 

「ですが、伊201にはまだ魚雷が八本搭載されています‥‥最も、伊201がこれまでの航海で使用していなければの話ですが‥‥」

 

「ぜひとも使用してもらいたいね」

 

シュテルとしてはできれば、伊201の魚雷がさきほど、撃った二本の魚雷が最後の魚雷であってほしいと願う。

晴風はまだ、機関が修理中で全速が出せない。

それに、いくら相手が先に魚雷を撃ってきたからといってもここで戦闘を挑んでしまえば、確実に敵対行動を取ったと見られてしまう。

第一、見失った潜水艦相手に対する攻撃手段があまりにも乏しい。

だが、何かしら抵抗せねば、相手が魚雷を撃ち尽くす前に晴風の方が先に音を上げてしまう可能性も捨てきれなかった。

 

「ぜ、全速が出せれば、多分振り切れるとー」

 

「だから全速は出せねぇって言ってんだろう!」

 

分かっていながら無謀な事を口にした鈴に、機関長の榊原が怒鳴り、明乃は万里小路に訊ねる。

 

「万里小路さん、相手の位置は分かる?」

 

「恐れ入りますが、もっとゆっくり進んで頂かないと‥‥」

 

「速度を落としたらやられちゃうよ~」

 

こちらから見る事のできない相手に、艦橋に不安と焦燥が広がる。

彼女たちは今、海中に潜む相手に翻弄されていた。

 

「とにかく、今は逃げ回ろう」

 

その中で明乃はただ、事の成り行きを冷静に見つめ、次の一手を模索し始めた。

 

ヒンデンブルクも晴風も伊201を無視して、この場からの逃亡を選んだ。

伊201を撃沈するのは本来の目的ではないのだから‥‥

 

それから、一時間後‥‥

 

「周囲、何も見えません‥‥」

 

あれから伊201の攻撃はなく、平穏な夜の海が広がっている。

 

「あれから、一時間経過‥‥速度差からも、十分距離は、開いたかと‥‥」

 

「伊号潜も水中で、ずっと最大速力で潜っているのは無理だろうからね‥‥でも、夜が明けるまで油断はできないな」

 

ヒンデンブルクの艦橋では、まだ油断できないと言った空気が流れていた。

一方、晴風の艦橋では、

 

「何とか逃げられたかな?」

 

一時間の間、伊201の攻撃もなく、伊号潜の性能上、最大船速で潜っていられるはずもない要素から、明乃は、伊号第201潜水艦を振り切った事に安心する。

 

「逃げるなら任せて!!」

 

鈴が自信満々で答える。

 

「それって自慢する所ですか~?」

 

納紗が茶化す様に鈴に訊ねる。

 

「こ、ココちゃ~ん」

 

鈴と納紗のやり取りに艦橋は笑い声が満ちた。

 

「万里小路さん。何か聞こえる?」

 

明乃は水中にも何か変化がないか万里小路に訊ねる。

 

「あら、お許しあそばせ。起きておりますわ‥‥」

 

万里小路はウトウトしていたみたいで、明乃の声で目を覚ます。

 

「ごめんね、こんな遅くまで‥でも、もう少しお願い」

 

本来ならば、既に就寝時間であったが、伊201の遭遇と完全に伊201の脅威が去っていない中、推測員である万里小路を任務から外すわけにはいかなかった。

万里小路に対してすまなそうに言う明乃。

 

「畏まりました」

 

万里小路はもう一息と気合を入れて、ヘッドホンを耳に当てた。

 

「ふわぁ~‥‥ねむぃ‥‥」

 

「ふわぁ~‥‥駄目だ~‥‥眠い‥‥」

 

万里小路同様、普段ならば、もう寝ている時間なのだが、無理をして起きている立石と西崎は大口をあけてあくびをする。

西崎の目の下には隈が浮き出ている。

眠気で艦橋員の集中力はダダ下がりの中、

 

「そんな、みなさんに杵埼屋特製のどら焼きです」

 

ほまれが夜食の差し入れにどら焼きを艦橋に持ってきた。

 

「どら焼き!?」

 

嬉しい夜食の登場にさっきまで、眠そうな西崎のテンションが上がる。

艦橋員メンバーたちは、ほまれからどら焼きを受け取り、食べ始める。

 

「他の部署にはもう配ったの?」

 

明乃が艦橋以外の箇所にもう配ったのかを訊ねる。

 

「はい、艦橋が一番最後です」

 

どら焼きの登場で艦橋の気が緩るむ。

 

晴風で、炊飯委員たちが艦内の各部署に夜食のどら焼きを配っている頃、ヒンデンブルクでは、

 

「クリス、眠気覚ましのコーヒーを淹れて」

 

シュテルはクリスにコーヒーを頼む。

 

「了解。他の皆は?飲む?」

 

「飲みます」

 

「はい」

 

「もらえるなら‥‥」

 

クリスは他の艦橋員にコーヒーを飲むか訊ねると、ほぼ全員が飲むと答える。

 

「ああ、クリス」

 

「ん?なに?」

 

「私のコーヒーは砂糖とクリーム、マシマシでお願い」

 

シュテルとしては砂糖やクリームよりも練乳の方が良かったのだが、残念ながら、練乳はヒンデンブルクの厨房にはないので、仕方なく砂糖とクリームを沢山入れてもらうことにした。

 

「シュテルン、夜中にそんなモノを飲むと太るよ」

 

クリスは深夜の過剰な糖分接種は肥満の原因につながると言うが、

 

「船に乗っている最中は、動くからカロリーはほぼ消化されるので、問題はない」

 

「わかったよ。でも、ちゃんと歯を磨きなさいよ」

 

クリスは砂糖とクリームをたくさん入れる甘いコーヒーとなるので、虫歯にならないためにちゃんと歯を磨くように注意する。

そして、クリスがシュテルに入れたコーヒーは、もはやコーヒーの香りも風味もへったくれもなく、ややドロドロしているようにも見えるコーヒーを平然とした様子で飲む。

 

「「‥‥」」

 

その様子をクリスもユーリもやや引いている。

そんな緊張艦が若干緩んだ時、海中からの刺客は晴風とヒンデンブルクに襲い掛かる。

 

「雷跡フタ! 左120度30! こちらに向かう!!」

 

見張り員からの報告を受け、艦橋は眠気が漂うのほほんとした空気から一転し、再び緊張した重苦しいものへと変わる。

両艦が回避運動をする中、

 

「どいて!!」

 

シュテルはどこから持ってきたのか?実弾が装填されたドラム式のマガジンを装填したグロスフスMG42機関銃を持って、ウィングへと出ると、

 

バババババババ‥‥

 

海中から迫りくる魚雷に対して、応戦する。

シュテルが放ったグロスフスMG42機関銃の弾丸の内、何発かが魚雷に命中し、魚雷は爆発する。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥危なかった‥‥」

 

「いや、いくらなんでもやり過ぎだって‥‥」

 

「シュテルン、徹夜のせいで変なテンションになっているよ‥‥」

 

コーヒーに続いて、グロスフスMG42機関銃で魚雷を潰したシュテルにまたもやドン引きする艦橋員メンバーだった。

 

ヒンデンブルクの艦橋員メンバーはドン引きしていたが、晴風の艦橋では、シュテルの行動が小さいながらも確認できた。

そして、それを見た西崎は、

 

「すげぇー!!あっちの乗員、機関銃で魚雷を撃っちゃったよ!!」

 

「うぃ‥‥」

 

「いいなぁ~あたしも、やりたいなぁ~」

 

実銃をぶっ放せることに物凄く羨む西崎だった。

 

「‥‥な、なんじゃ~!!」

 

晴風を狙った魚雷を今回も運よく回避したが、至近距離で魚雷が爆発し、その衝撃で艦内は大きく揺れる。

その爆音と揺れで、晴風の医務室で眠っていたミーナが目を覚ます。

 

「ど、どこじゃ?ここは‥‥?」

 

シュペーを脱出した途中で、乗っていた小型艇がシュペー副砲で吹っ飛ばされたことで意識を失い、そこから記憶が飛んでいたので、この場がどこなのか当然、ミーナが分かるはずがなかった。

 

「大丈夫か?‥‥ふむ、どうやら意識はしっかりしているようだな。ここは横須賀女子海洋学校所属、航洋直接教育艦晴風の医務室だ。私はここの責任者の鏑木美波だ」

 

美波はミーナに自己紹介とここがどこなのかを彼女に教える。

 

「晴風‥‥」

 

「さきほど、聞いたのだが、シュペーの副長で間違いないのか?」

 

美波は先程、シュテルが、ミーナがシュペーの副長であることを言っていたので、確認のため、ミーナに訊ねる。

 

「う、うむ、ワシはアドミラルシュペーの副長、ヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルクだ。だ、だが、わしは何故ここに‥‥?」

 

「覚えていないのか?」

 

「う、うむ‥途中から何があったのか‥‥」

 

「シュペーからお前が飛び出してきて、しかもそのシュペーに攻撃されていたのだと聞いている。うちの艦長がスキッパーで出て、気を失っていたお前を回収してきた」

 

「そ、そうか‥世話になった‥‥」

 

ミーナが美波に礼を言った時、その時、晴風が大きく揺れる。

爆音は聞こえていないので、おそらく伊201をまこうと大きく舵をきったのだろう。

 

「一体如何なっておる?」

 

乱暴な運転に晴風に何かが起きているのだと判断するミーナ。

 

「この晴風は現在潜水艦に追われている様だ」

 

「潜水艦!?潜水艦からの攻撃を受けているのか?だが、これは‥‥ええい、此処では埒があかん!わしの制服はどこじゃ?」

 

「此処に有る。海水で濡れていたが、ちゃんと洗濯し、乾燥機にかけてある」

 

美波が机の上に置いてあったミーナの制服を彼女に手渡す。

すると、ミーナは美波がいるにも関わらず、今着ている検診衣を脱ぎ捨て、制服を着用する。

まぁ、同性なので問題ないだろう。

実際、ミーナも美波も特に気にしている様子はなかった。

 

「艦橋はどっちじゃ!?」

 

「案内しよう」

 

美波は、ミーナを艦橋まで連れて行く。

ミーナが美波の案内の下、晴風の艦橋へと向かっている頃、

ヒンデンブルクの艦橋では、

 

「やっぱり、連中、海中から後をつけてきたみたいだな」

 

グロスフスMG42機関銃を抱えながらシュテルは伊201が追跡をあきらめずに晴風とヒンデンブルクを追ってきたこと、さらに魚雷攻撃を続けてきた。

もう、これ以上は許容できなかった。

このままでは晴風、ヒンデンブルクのどちらかに伊201の魚雷が命中する恐れがある。

 

「CIC、伊号潜の居場所は探知しているか?」

 

「はい。探知しております」

 

「よし‥‥ユーリ、例のモノを使うぞ」

 

「了解」

 

ヒンデンブルクにて、伊201相手に何かを使用としている時、ミーナは晴風の艦橋に到着した。

 

「このド下手くそな操艦は、なんだ!?艦長はだれじゃい?この船はド素人の集まりか!?」

 

「今、潜水艦と戦闘中でして‥‥」

 

「そんな事、分かっとる!!」

 

「‥‥っていうか、お前は誰だ?」

 

真白はいきなり艦橋に殴り込みをかけてきたミーナを怪しむ。

 

「ん?わしはか?わしは、ヴィル‥‥」

 

ミーナが名を名乗ろうとした時、

 

「あっ!?ドイツ艦の子だよ、目が覚めたんだ!!確か、シュペーの副長さんなんだよね?」

 

ミーナが名乗る前に明乃が彼女の正体を言ってしまう。

 

「いや、それより今は、戦闘だ‥‥」

 

ミーナが伊201と戦う術を明乃たちに伝えようとした時、

 

バシュー!!

 

ヒンデンブルクの艦首部の辺りに煙と爆炎の様な光が起こる。

 

「な、なに!?」

 

「爆発!?」

 

突然の爆音にヒンデンブルクが爆発したのかと思ったら、空に向かって何かが飛んで行った。

 

「墳進魚雷!?」

 

ヒンデンブルクが放ったのはなんと教員艦やブルーマーメイドが装備している墳進魚雷だった。

改装工事の際、墳進弾の発射台を装備した際、この発射台は墳進魚雷も装備可能だった。

その内、一基には墳進魚雷が装填されていた。

そして、今回の伊201に対して、その墳進魚雷を使用した。

 

「艦長、墳進魚雷です!!」

 

「潜望鏡を下げろ!!面舵いっぱい!!」

 

潜望鏡からヒンデンブルクが墳進魚雷を発射したのを確認した伊201は急いで、潜望鏡を下げてこの場から逃げる。

ヒンデンブルクの墳進魚雷は伊201を追跡してくる。

 

コーン‥‥コーン‥‥コーン‥‥

 

「艦長、探信音が聞こえてきます」

 

「探信音だと‥‥」

 

「はい、探信音、なおも接近してきます」

 

コーン‥‥コーン‥‥コーン‥‥コーン‥‥

 

「接近してくるのは魚雷です!!魚雷から探信音が!!」

 

コーン‥‥コーン‥‥コーン‥‥コーン‥‥

 

海中の潜水艦内に居ても接近してくる墳進魚雷の探信音が聞こえてくる。

それは伊201の乗員にとって死神の足音にも聞こえた。

 

「魚雷命中まであと十秒」

 

「‥‥ユーリ、魚雷を自爆させろ!!」

 

「了解!!」

 

ユーリは墳進魚雷の自爆スイッチを押す。

すると、伊201に迫っていた墳進魚雷は突如、自爆する。

墳進魚雷が自爆した影響で、衝撃波が生じ、その衝撃が伊201を襲う。

 

「ソナー、潜水艦の機関音は聞こえるか?」

 

「機関音は聞こえませんが、船体の軋み、圧搾空気の排出音が聞こえます。急速浮上中と思われます」

 

やがて、海面に伊201が姿を現した。

 

「晴風に発光信号!!『我に続け』と‥‥」

 

「はい」

 

伊201を墳進魚雷で無力化したヒンデンブルクは晴風にこの海域からの脱出を指示する。

 

「伊201からの国際救難信号の発信と応答を確認。現在、東舞校教員艦が30ノットで接近中!!」

 

戦闘続行が不可能になった為、伊号第201潜水艦がSOSを発信し、それを受信した同校の教員艦が接近中とのことだ。

ここで、身柄を拘束されるわけにはいかないので、ヒンデンブルクと晴風は急いでこの場から離脱した。

 

「ふぅ~‥‥さすがにもう、追っては来ないだろう‥‥」

 

遠ざかっていく伊201を見ながら呟くシュテル。

 

「艦長」

 

「ん?」

 

「晴風から通信で、ミーナさんの意識が戻ったようです」

 

「そうか‥では、後で、そちらに行くと伝えてくれ」

 

「はい」

 

ミーナの意識が戻ったと言うことで、彼女にも事情を聞くことが出来る。

一体シュペーで何が起きたのか?

テアは無事なのか?

シュテルは眠気さえも忘れてしまうほど、ミーナとの再会を待ちわびた。

 



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61話

東舞鶴海洋高校所属の伊201からの追撃を振り切ったヒンデンブルクと晴風。

伊201との戦闘の最中で、シュペーから救助されたミーナが目を覚ました。

晴風の艦橋に乗り込んだ直後にヒンデンブルクが伊201に墳進魚雷を撃ちこみ、伊201との戦闘は終わった。

ミーナとしては自らのドイツでの経験の手腕を振る機会が失われた。

伊201との戦闘海域から出せる速力で退避するヒンデンブルクと晴風。

やっと落ち着いたところで、明乃がミーナにシュペーの事を訊ねようとするも、ヒンデンブルク艦長のシュテルもシュペーで何が起きたのかを知りたがっていたので、ミーナへの事情聴取は日が昇ってからにすることになった。

それ以外でも伊201との戦闘で非直者は叩き起こされて眠い中、仕事をしたのだ。

今は一分一秒でも早くベッドに戻りたい‥‥

それが本音だろう。

とりあえず、明乃はシュテルにミーナが起きたことを伝えようとする。

 

「あの戦艦‥‥やはり、ヒンデンブルクか‥‥」

 

明乃の話を聞いてミーナは晴風の前方を航行する戦艦が、シュテルが艦長を務めるヒンデンブルクだと自覚する。

 

「確か向こうの艦長さんとも知り合いだったんだよね?」

 

「ああ‥‥ドイツに居た頃からのな‥‥」

 

「でも、学校は違いますよね?」

 

納紗がミーナに訊ねると、

 

「ああ、碇艦長とは、去年交換留学で知り合ってな‥‥」

 

「へぇ~同じ国の学校同士でも交換留学ってやるんだ‥‥」

 

山下が意外そうに言う。

 

「‥‥その際、碇艦長はワシの‥‥ワシの艦長を取ったんじゃあぁぁぁー!!」

 

突然絶叫するミーナ。

 

「えええーっ!?それって昔の昼ドラみたいなドロドロな関係ですか?」

 

納紗がミーナに喰いつく。

 

「それよりも、向こうの艦に知らせなくていいのか?」

 

このままでは収集がつかなくなりそうなので、真白がヒンデンブルクにミーナが起きたことを知らせろと言う。

 

「あっ、そうだね」

 

明乃はヒンデンブルクに連絡を入れる。

ヒンデンブルクからはその旨を了承し、事情聴取の時間を決めた。

それからミーナは晴風にて、監督生としてしばらく厄介になることになった。

 

「えっと‥‥部屋は‥‥ココちゃん、何処が空いてたっけ?」

 

流石にミーナをその辺の通路や甲板で寝かせる訳にはいかなかったので、明乃は晴風の部屋でベッドの空きが無いかを訊ねる。

まぁ、最悪一晩だけならば医務室のベッドもあるが‥‥

 

「う~ん‥‥ベッドの空きがあるのは‥‥副長の部屋だけです!!」

 

「えっ!?‥‥私の‥部屋‥‥」

 

ベッドの空いている部屋が自分の部屋だけだと知り、何故か真白は固まる。

そんな真白を尻目に明乃たちはミーナを真白の部屋に案内する。

真白の部屋の扉をあけると、そこは‥‥

ベッドの上には縫いぐるみが一杯置かれファンシーな部屋になっていた。

真白が固まったのはこのファンシーな部屋を他のクラスメイトたちに見られたくないがためだったのかもしれない。

 

「うわぁ!?すご~!!」

 

「夜いたサメさんも居ますね」

 

「宗谷さんからは、想像できない部屋です!!」

 

西崎、内田、納紗が真白の部屋を見て、その感想を述べる。

更に納紗は真白の部屋をタブレットのカメラで撮りまくる。

 

「良い部屋だな!!‥‥今日からよろしく頼むぞ!!」

 

如何やら、ミーナは、気に入ったようで、真白に礼を言う。

 

「はぁ~」

 

真白は恥ずかしがりながらため息をつく。

こうして、晴風は、伊201との戦闘を何とかしのぎ、予想外のお客さんであるミーナを乗せて、晴風は一路、横須賀女子海洋学校へと向かうことになった。

 

伊201との戦闘が終わり、戦闘海域から離れたと判断したシュテルは、

 

「警戒態勢解除、非直者は今のうちに休んで」

 

「ハァ~‥‥これでやっと眠れる」

 

「お疲れ~‥‥」

 

晴風のクラスメイト同様、やはり寝ていたところを叩き起こされたためか、あくびをしながら部屋へと戻っていく非直者たち。

 

「シュペー副長のミーナさんとは、日が昇った後で改めて事情を聞くことになった」

 

シュテルはユーリとクリスに晴風からの通信内容を伝えた。

 

それから、時間が経過して水平線から太陽が昇り始めた。

朝食を食べた後、シュテルはミーナに事情を聞くため、再びスキッパーで晴風へと向かった。

なお、ミーナに関しては晴風でも朝食の席で明乃がみんなに紹介した。

 

「新しい友達を紹介します!!ドイツの‥‥ヴィナブラウシュガーインゲンマメ‥‥あれ、何だっけ?」

 

名前が長かったせいか、明乃は途中で忘れる。

しかも全然あっていないし、以前ユーリが間違えた名前と似ていた。

 

「サイシュン!!」

 

『っ!?』

 

自分の名前を途中で忘れた明乃に腹が立ち、ミーナは、自分で自己紹介をする。

 

「ヴィルヘルムスハーフェン校から来た、ヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルクだ!!アドミラル・シュペーでは副長をやっていた!!」

 

「うーん‥長いから、ミーちゃんで良いかな?」

 

ミーナの名前が長いので明乃は、ミーナをニックネームで答える。

 

「誰が、ミーちゃんじゃ!!‥‥と言うか、お主もか!?」

 

交換留学の際、ユーリからも「ミーちゃん」という同じニックネームをつけられたミーナだった。

 

 

そして、シュテルがミーナに事情を聞くため、スキッパーで晴風に来た時、何故か納紗たち一部の晴風のクラスメイトたちからは妙な目線で見られた。

 

「?」

 

その視線に首を傾げつつ、シュテルは主目的であるミーナからシュペーで何が起きたのかを聞きに行く。

晴風の食堂にて、シュテル、明乃、真白、ミーナの四人で事情を聞くことになった。

 

「碇艦長、久しぶりじゃな」

 

シュテルと再会したミーナは不敵な笑みを浮かべる。

 

「久しぶりって‥‥言っても、数日前にあったばかりじゃないですか?」

 

「そうじゃな‥‥あっ、そう言えば、去年の交換留学の際、食堂でやっていたチェスの勝負がまだついていなかったな?今からつけようではないか」

 

「あの勝負は決まっている。私の勝ちだ」

 

「その負けず嫌いなところも変わっておらんな」

 

「それはお互い様さ」

 

ミーナとシュテル‥‥

なんか二人の空気にやや引き気味の明乃と真白だった‥‥

しかし、いつまでも世間話をしていては話が進まない。

 

「あ、あの‥‥世間話は後にして本題をいいだろうか?」

 

またもや真白が話を進めるように言う。

 

「そうじゃな‥‥」

 

「それで、シュペーで何が起きたの?」

 

「我等がアドミラル・シュペーか‥‥それが一体何が起きたのか、ワシにも分からんのじゃ‥‥」

 

「分からないって‥‥」

 

「我らの艦も貴校との合同演習に参加する予定だった」

 

「えっ?そうなの?」

 

「なんで、艦長なのに知らないんですか?」

 

明乃は知らなかったみたいで、真白は呆れるように言う。

 

「‥‥ワシらは合流地点に向かっていたんだが、突然、電子機器が動かなくなって調べようとしたら‥‥誰も命令を聞かなくなった」

 

「それって叛乱?」

 

「いや、そんな感じにも見えなかった‥‥第一、我が艦長が指揮をしとる艦で反乱なんて起きるはずがない」

 

「確かにシュペーにおける統率力はヴィルヘルムスハーフェン校でもトップクラスだしね」

 

シュテルは去年の交換留学であの学長の無茶苦茶な課題を自分たち同様クリアしたシュペーの統率力、そして絆の深さからシュペーで叛乱が起きるなんて考えられなかった。

 

「‥‥じゃあ、シュペーが海賊やテロリストに襲われて占領された訳ではないんだね?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

「そうか‥‥」

 

ミーナの話ではシュペーが南シナ海で見たあの商船の様に海賊に襲われた訳ではないようだ。

しかし、テアの人柄からいきなりヒンデンブルクに対して砲撃してくる理由が分からない。

ミーナの言う通り、シュペーで何か未知の出来事があったのだろう。

シュペーの乗員であるミーナでさえ、シュペーで何が起きたのか分からないのであるならば、これ以上シュペーで何が起きたのかを解明するのはここでは無理だろう。

 

「ワシは、艦長から他の艦に知らせるよう命じられて、脱出してきた」

 

「大変だったね」

 

明乃はミーアの苦労を労う。

 

「帽子を拾ってくれたのは、感謝している‥‥これは、我が艦長より預かった大事な物‥‥シュペーに戻って艦長に返さなければ‥‥必ず‥‥」

 

ミーアは食堂のテーブルの上に置いてあるテアの艦長帽をチラッと見た後、明乃たちに視線を向ける。

彼女の瞳には明確な決意が宿っていた。

 

「しかし、ひとまずは、学校に戻り、シュペーや駿河については学校の教官たちに任せましょう」

 

あの実習に参加した学生艦に何が起きたのか分からず、今自分たちが出来ることは学校に戻り、未だに反乱者と見なされている晴風の容疑を晴らすのが先決だ。

シュテルはテアたちのことが心配になりつつも当初の予定通り晴風を横須賀に帰す目的は変えなかった。

 

「そうですね。シュペーや駿河の事は気になりますが当初の予定を変えるべきではないでしょう」

 

真白もシュテルの意見に賛同する。

 

「ミーナさん。私も艦長として、貴女の気持ちが分からないわけではない。だけど、今は、貴女の願いには、応じられません。我々はこれから速やかに横須賀女子海洋学校に戻り、宗谷校長に事の次第を報告しなければならない。岬艦長も晴風にかけられた叛乱容疑はまだ解かれていない‥‥シュペー、駿河に関してもまずは叛乱容疑を解いてからじゃないと満足に動くこともできない。辛いかもしれないが今は耐えて」

 

「は、はい」

 

「でも、ワシは‥‥」

 

「わかっている‥‥私自身もテアの事は心配だし、シュペー同様、異変が起きたとされる駿河の艦長も私の大事な友人なんだ‥‥」

 

(えっ?どうして、この人がもかちゃんのことを知っているんだろう‥‥?)

 

明乃はシュテルの発言を聞いてシュテルともえかとの関係に疑問をもった。

 

「ミーナさんも今は耐えてくれ‥‥決してテアたちを見捨てる訳ではないんだ‥‥」

 

「う、うむ‥‥わ、分かった‥‥」

 

シュテル自身も明乃やミーナの様にテア、もえかのことを一刻でも早く助けたい気持ちがある。

でも、既に何度も戦闘を経験していることから晴風も一刻も早く横須賀に戻さなければならない。

それは明乃、そして、晴風が置かれていている状況を知ったミーナも理解して、渋々ながらも理解をしてくれた。

その時、

 

「艦長!!校長からの全艦帰港命令が出ました!!」

 

「えっ?」

 

納紗が学校から通信が入ったこと、

その通信内容を明乃たちに伝える。

 

「え~と‥‥『私は全生徒を決して見捨てない。皆を守るためにも全艦可及的速やかに学校に帰港せよ』との事です!!」

 

(学校側もようやく事態を把握したか‥‥)

 

納紗の話を聞いて晴風の母校である横須賀女子海洋学校でもようやく今回の異変‥晴風が叛乱容疑をかけられたことを把握したのだろう。

 

「岬艦長、先程の通信内容を晴風のクラスメイトたちにも伝えてください」

 

「そうですね」

 

明乃は艦橋へと戻り、先程の母校からの通信内容を艦内に伝える。

 

「学校から全艦帰港命令が出ました。『晴風も学校側が責任をもって保護するので戻ってくるように』って‥‥なお、帰還中は一切の戦闘行為は禁止だそうです!!」

 

『良かった!!』

 

『やった!!』

 

明乃の説明に皆は、もう戦闘が無い事に安堵する。

とはいえ、戦闘がないと言っても猿島の時の様に、先に攻撃して、反撃に合い、『晴風から先制攻撃を受けました』と虚偽の報告をする艦が居ないとも限らない。

やはり、他の学生艦と出会う前に母校へ帰るのが一番だ。

晴風とヒンデンブルクは横須賀への海路を辿っていく。

シュテルはヒンデンブルクに戻った後、横須賀女子海洋学校校長の宗谷真雪からの通信内容を晴風同様、伝える。

最もヒンデンブルクの方でも傍受していたみたいだった。

 

「戦闘無しで戻れるのであれば、それに越したことはないね」

 

「ええ、まさか演習相手でもない学生艦に対して虎の子の墳進魚雷を使用するとは思わなかったからね」

 

「学校に着いたら、なんとか補給出来たらいいんですけどね」

 

教員艦でも墳進魚雷を使用しているので、都合をつけてその墳進魚雷を補給させてもらおうとした。

 

「ん?これはっ!?」

 

その頃、ヒンデンブルクの医務室にて、出航前、カマクラが捕まえたネズミを調べていたウルスラはある発見をした。

 

「‥‥これはちょっと危険かもしれませんね」

 

ウルスラは特殊プラ箱の中に居るあのネズミをチラッと見る。

プラ箱のネズミはまるで、人を食ったかのような顔でウルスラの事を見ていた。

彼女が何を発見したのか?

それはおいおい判明することになり、それがこの横須賀女子の演習に起きた異常事態を解明するカギとなることをまだ誰も知らなかった。

 

 

ヒンデンブルクと晴風が横須賀を目指している頃、海上安全整備局が流した晴風叛乱容の通信は日本各地の海洋学校にも伝えられた。

更には昨晩の伊201との戦闘も同時に伝えられると、各校は生徒の安全を優先として、学生艦の演習を自粛する動きを見せた。

佐世保女子海洋学校に留学にきていたタラント校所属のリンチェ艦長のアンネッタはこの事態を収拾して、実績を積もうとしたが、学校側から止められた。

地中海での事を考えると、学校側から止められただけで、アンネッタが留まるとは思えないが、学校側はちゃんとアンネッタの性格を熟知していたらしく、

学校からは、

 

「万が一、勝手に出航した場合、単位は無しの留年処分とする」

 

と、言われた。

ただでさえ、単位数がヤバく、留年しそうな中で、単位のためにわざわざイタリアから遠路はるばる、極東の日本に来たのに、ここで単位がもらえず、留年なんてたまったもんじゃない。

単位と留年阻止の為にアンネッタは大人しく佐世保に留まったのだ。

佐世保に居るアンネッタの他にこの事態を収拾して、実績を積もうとする人物がいた。

それは千葉の総武高校に居る雪ノ下雪乃に他ならなかった。

彼女が通う総武高校でも海上安全整備局のお達しがあり、二年生の実習は延期とする旨が伝えられた。

その代わりに総武ではシミュレーションの講義時間を増やして演習の穴埋めをした。

しかし、この事実に雪ノ下は教官に食って掛かった。

 

「私が行けば、叛乱を起こした学生艦なんて短時間で捕まえられます!!私のクラスに出航許可をください!!」

 

雪ノ下は自らが艦長を務めるコロラド級三番艦、総武で叛乱を起こしたとされる晴風を捕まえると言うが、

 

「雪ノ下さん。残念だが、出航の許可は出せない」

 

「だからどうしてですか!?」

 

「これは、海上安全整備局と校長の判断だ」

 

「‥‥」

 

雪ノ下は悔しそうに顔を歪めるが、職員室から出た後、家に電話して、学校側に出航許可を出すように圧力をかけて欲しいとたのむ。

前世とことなり、千葉の海上都市の建設の殆どを請け負っている後世の雪ノ下建設には千葉ではかなりの力がある。

更に雪ノ下の父が前世と同じく県議会議員なのも拍車をかけていた。

しかし、雪ノ下の頼みは却下された。

 

「ど、どうしてですか!?」

 

「雪乃、私たちもお前の優秀さは理解している。だが、相手も武装をしていて、教官艦まで沈めた凶悪な学生が乗っているのだろう?」

 

「話を聞く限りではそうです。だからこそ、そんな凶悪犯を私が捕まえるんです」

 

「しかし、海では何が起こるか分からない。そんな危険な事をお前にさせたくはないんだ‥‥分かってくれ」

 

「くっ‥‥」

 

家との電話が切れた携帯を握りしめながら悔しさで顔を歪めた。

雪ノ下はこの後世でも確かに座学の成績は優秀だった。

しかし、人間性は前世よりもある意味悪化していた。

シミュレーションの講義でも同じクラスメイトたちにもミスや行動が遅ければ当たり前の様に罵倒してくる。

雪ノ下と同じクラスとなったクラスメイトたちはストレスを重ねる日々を送っていた。

教官にそれを言っても教官らは雪ノ下の成績と彼女の実家の権力を恐れ、それをうやむやにしてきた。

おそらく今後もそのような処置を彼女が卒業するまで続けるだろう。

ほんと、雪ノ下と同じクラスになった生徒にはご愁傷様としか言えない。

ある意味転校と言うのも雪ノ下の罵倒から逃げる一つの手なのかもしれない。

雪ノ下が知ったら、きっと自分が原因なのにもかかわらず、

 

「逃げるなんて、弱い人間ね」

 

とでも言うだろう。

 

放課後、この後世における奉仕部の部室にて、雪ノ下は不機嫌な様子で紅茶の入ったカップを傾ける。

なお、後世の奉仕部では八幡の代わりに葉山が在籍しており、彼は奉仕部とサッカー部を兼部しており、今日はサッカー部あるので、席を外している。

 

「ど、どうしたの?ゆきのん。なんか機嫌が悪そうだけど‥‥?」

 

由比ヶ浜が恐る恐る雪ノ下に訊ねる。

 

「なんでもないわ‥‥」

 

雪ノ下は何でもないと言うが、明らかに何かあった顔だ。

カップに入った紅茶を飲み終えた雪ノ下は幾分機嫌を直した。

 

「それで、由比ヶ浜さん」

 

「ん?なに?ゆきのん」

 

「葉山君はこの後世でも、あのグループを作ったのかしら?」

 

雪ノ下はこの後世でもあの葉山グループを作ったのかを問う。

 

「う、うん‥‥葉山君もあのグループは好きだったみたいだからね。それなのに、前世じゃヒッキーが滅茶苦茶にして‥‥ホント、キモイよ!!この世界じゃヒッキーが居なくてホント良かったよ」

 

「‥‥やっぱり、三浦さんもそのグループに居るのかしら?」

 

前世でも雪ノ下は三浦がどうも好きにはなれなかった。

当然、この後世には三浦も存在している。

葉山があのグループを作ったとなれば、当然三浦もあのグループに所属しているだろうと雪ノ下は思ったが、由比ヶ浜からは意外な返答が返ってきた。

 

「それが優美子、この世界じゃあ、あのグループに入らなかったの‥‥」

 

「えっ?それは、どういうことなの?」

 

「葉山君も優美子を誘ったんだけど、優美子‥‥なんか、彼氏がいるとかみたいで‥それで、グループ入りを断った‥‥」

 

「えっ!?‥‥だって、三浦さんは葉山君の事が好きだったんじゃ‥‥」

 

前世でも自分と葉山との婚約の際、最後の最後まで抵抗し、挙句の果てには自分の事を泥棒猫扱いまでしてきたあの三浦がこの後世では、葉山以外の異性と既に彼氏彼女の仲になっていたことには驚いた。

 

「この世界じゃなんか違うみたい‥‥」

 

「じゃあ、あのグループの女子は貴女と海老名さんの二人なの?」

 

「う、ううん‥‥そのさがみんが優美子の代わりにグループに居る‥‥」

 

「相模さんが‥‥?」

 

「うん‥‥正直に言って、さがみんよりも優美子の方がまだマシ‥‥なんか、さがみんさあ、あのグループに入れたからってちょっと調子に乗っているんだよね‥‥まるで自分が葉山君の彼女みたいに勘違いしちゃってさあ‥‥」

 

由比ヶ浜にしては珍しく八幡以外に毒を吐いた。

 

「貴女も苦労しているのね‥‥」

 

由比ヶ浜は相模よりも三浦の方がマシだと言うが、雪ノ下にしてみれば、三浦よりも相模の方が御しやすかった。

 

「それで、今後の依頼だけど‥‥」

 

雪ノ下は前世での経験から今後、奉仕部に舞い込んでくるであろう依頼について確認する。

 

「由比ヶ浜さんの依頼‥‥クッキーを作る依頼だけど‥‥」

 

「あれは、この世界にヒッキーが居ないから大丈夫だよ」

 

「貴女の依頼がないとすると‥‥」

 

「彩ちゃんの依頼からかな?」

 

前世では由比ヶ浜の依頼の次には材木座の依頼があったのだが、二人とも材木座の存在をすっかり忘れていた。

もっともこの世界では、材木座も比企谷八幡という高校生は存在していないため、奉仕部との繋がりはなく、自作の小説は二次創作サイトに展示するも、感想欄から厳しい指摘を受け、創作意欲を失いこの世界では自作小説を書いていなかった。

なお、彼は前世では八幡とクラスが異なるのと同じく、彼は海洋科ではなく、普通科に在籍している。

彼自身、船上という限られた空間による集団生活は無理だとちゃんと自覚していたからだ。

 

「戸塚君はこの後世でもテニスをしているのかしら?」

 

「うん。教室にいる時、テニスラケットを持っていたから、この世界でもテニスをしているよ」

 

「そう‥‥確か彼の依頼は貴女が持ってきたのよね?」

 

「うん。そうだよ」

 

「それじゃあ、折を見て、戸塚君の依頼を受けてきてもらえるかしら?」

 

「うん。任せて!!」

 

雪ノ下は戸塚の依頼に関しては由比ヶ浜に戸塚との接触を頼んだ。

しかし、三浦が葉山グループに入らなかった事に関して些細な事だと思っていた雪ノ下と由比ヶ浜であったが、これが二人の‥‥奉仕部の活動においてマイナスとなることをまだ奉仕部のメンバーは知らなかった。

 




活動報告にて、葉山&由比ヶ浜たちを乗せたい学生艦に関して意見を求めております。

ご協力をお願いします。


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62話

 

 

横須賀女子海洋学校の校長、宗谷真雪によって、横須賀女子所属の学生艦に対して帰港指示が出た。

しかも真雪、真霜の働きにより、『全ての戦闘行為も中止するように』との指示付きだ。

海上安全整備局からどの港にも入港拒否され、反乱者として指名手配を受けていた晴風にとって、これは疑いを晴らす機会にもなり、不安がっていた晴風のクラスメイトたちは安堵した表情を見せている。

とはいっても晴風の現在位置とエンジンの調子から、横須賀へ戻るにはもう少しかかる。

戦闘行為が中止と言うことで。平和な航海だと晴風のクラスメイトたちはそう思っているが、シュテル本人は、明乃から猿島の一件の事情を聞いたことから、学校に戻るまでは油断できないと思っていた。

横須賀を目指している中、ヒンデンブルクと同じくドイツからの留学生艦、アドミラル・グラーフ・シュペーでは、なんらかの異常事態が起こった事実も同艦の副長であるミーナから聞いた。

それに救難信号を送ってきた横須賀女子所属の戦艦、駿河でも何かしらの異常事態が起きていることは、救難信号を送ってきた艦長のもえかの様子からでも判断できた。

明乃やミーナ同様、シュテル本人も、もえかやテアの事は心配だった。

しかし、今は目の前の任務‥‥晴風を無事に横須賀へ帰し、事の次第を学校側に報告することが先決だった。

ヒンデンブルクと晴風はもうまもなく、四国沖にさしかかる頃のことだった‥‥

 

ミーナからシュペーで何が起きたのか事情を聞き、ヒンデンブルクに戻ってきたシュテル。

そんなシュテルに、

 

「艦長」

 

「ん?」

 

医務長のウルスラが声をかけてきた。

 

「どうしたの?」

 

「ちょっと、来てください」

 

そう言って、シュテルを医務室へと連れていく。

 

「大変なことが分かりました」

 

「大変なこと?」

 

「はい‥‥先日、カマクラちゃんが捕まえたこのネズミですが‥‥」

 

ウルスラは特殊プラケースの中に居る例のハムスターに似たネズミをチラッと見る。

 

「ああ、あのネズミね‥‥何かわかったの?」

 

「はい‥‥ネズミの血液検査をしたところ、妙な‥‥いえ、未知のウィルスを持っている事が判明しました」

 

「未知のウィルス‥‥」

 

ウルスラの言う『未知のウィルス』という単語に緊張が走る。

 

「はい‥‥念のため、このネズミを捕まえたカマクラちゃんも調べましたが、カマクラちゃんにはウィルス感染はみられませんでした。しかし、人間には悪影響が及ぶ可能性も捨てきれません。ただ、詳しい検査はこの艦の設備だけでは‥‥それともう一つ‥‥」

 

ウルスラはネズミが入った特殊プラケースをバンバンと叩く。

すると、中のネズミは辺りを警戒し始める。

 

「艦長‥‥これ、何時に見えます?」

 

「えっ?」

 

ウルスラは自分が腕にはめている電波式のデジタル時計をシュテルに見せる。

シュテルが画面を見ると、そこには滅茶苦茶な数値を表示しているデジタル時計がある。

 

「これは‥‥」

 

「このネズミ、未知のウィルスに感染しているだけでなく、電子機器にも影響を与える特殊な電波を出すみたいなんです‥‥今はこのプラケースの中に居るので、影響はこの部屋のデジタル時計ぐらいですが、このネズミが多数、船の中に居たら、おそらくレーダーや通信機器もこの毒電波の影響を受けていたでしょう‥‥」

 

「通信機器に異常‥‥」

 

(ミーナさんから聞いたシュペーで起きた異常と同じだ‥‥)

 

「このネズミ‥‥少なくとも、ドイツや寄港地から紛れ込んだわけではなさそうですね」

 

ドイツから日本に来るまでの間、レーダーや通信機器などの電子機器に異常をだしたことがないことから、少なくともこのネズミは日本‥‥横須賀に停泊している間にヒンデンブルクに乗り込んできたのは間違いないだろう。

 

「だろうね‥‥この件も学校側に報告しよう‥‥もしかしたら、この一連の異常事態に、このネズミが関与している可能性もあるからね」

 

横須賀でこのネズミがヒンデンブルクに乗り込んできたのであれば、同じく横須賀女子に停泊中だった駿河やシュペーが異常事態となった原因にこのネズミが関係している可能性も出てきた。

 

「それで、この未知のウィルスに対する応急処置とか対処もわからないの?」

 

「いえ、応急処置‥‥になるか微妙なところですが、このウィルス‥実は海水に弱いみたいです」

 

「海水?」

 

「はい‥‥海水に含まれる塩分かミネラル分に反応しているのか‥‥とにかく、海水に漬けるとウィルスは消滅します‥‥ただし、これはウィルスに感染したての時であって、感染から時間が経つと、免疫組織が形成されて海水でも消滅しないかもしれません」

 

「厄介だな‥‥」

 

「はい‥‥感染からどれだけの時間まで海水で治るのか?そのデータもありませんからね‥‥」

 

「海水以外のワクチンを作るにしても‥‥」

 

「はい。データと設備の問題で‥‥」

 

「そうか‥‥」

 

この時、ウルスラもシュテルも晴風の医務長である鏑木美波が飛び級するほどの天才児であり、晴風の医務室に個人的に様々な医薬品を持ち込んでいたことを知らなかった。

 

「このネズミどうする?‥‥未知のウィルスに感染しているなら、クラスメイトに感染する前に殺処分した方がいいんじゃない?」

 

「そう思う反面、今はこのネズミが唯一の個体ですから‥‥」

 

「‥‥仮死状態にして冷凍保存した方がいいってこと?」

 

「そうなりますね」

 

シュテルとウルスラがこの物騒な密航者の今後を考えている中、主計科のクラスメイトがシュテルを捜していたみたいで、医務室の扉を開ける。

 

「艦長!!」

 

「どうしたの?」

 

「た、大変です!!」

 

主計科の生徒の様子から何やらトラブルが起きたみたいだった。

結局、ネズミに関しては貴重なデータの収集源と言うことで、冷凍保存されることになった。

 

 

その頃、晴風では‥‥

 

晴風の生活物資が保管されている倉庫にて、応急委員の和住媛萌と青木百々が備蓄物資のチェックを行っていた。

 

「お米が120kg、缶詰肉が10箱‥‥」

 

和住がタブレットに備蓄物資の量を記入していく。

 

「まだまだ余裕っスねぇ~」

 

青木がこの分なら学校に着くまで物資は持つだろうと思い呟く。

そして、倉庫の備品チェックが進んでいく中、

 

「あ、あれ!?」

 

青木がある段ボール箱を見つける。

そして、彼女はその段ボール箱の中を見て、絶句する。

 

「っ!?」

 

「ん?どうしたの?」

 

和住も気になって青木が見つけた段ボール箱に目をやる。

そして、二人の顔色が忽ち悪くなった。

その段ボール箱にはトイレットペーパーの絵柄が印刷されており、文字は日本語で、『トイレットペーパー』‥‥と印刷表示されていた。

そして、箱の中身は空だった‥‥

 

所変わって、晴風の艦橋では、普段と変わらない当直体制が行われていた。

 

「‥‥横須賀までどれくらい掛かる?」

 

真白は舵を握る鈴に今の位置から横須賀まで掛かる時間を訊ねる。

 

「えっ!?‥‥えっと‥‥大体26時間ぐらいかな‥‥?」

 

「艦長、可能な限り急ぎましょう。学校側から戦闘停止命令が出ているとはいえ、これ以上他船と遭遇したくない」

 

真白は明乃に急いで横須賀女子海洋学校に帰校するように進言する。

確かに学校側からは戦闘停止命令が出ているが、それでも100%安全だとは言い切れない。

猿島の件を見る限り、先制攻撃して反撃に合った後で、『晴風から先制攻撃をされました』と虚偽の報告をされないとは言い切れないからだ。

 

「あぁ~もう撃てないんだ~!!」

 

西崎は大好きなドンパチが出来ないと知り残念そうだ。

 

「艦長?」

 

「‥‥」

 

真白は、明乃に声を掛けるが、ぼぉっとしているせいか、彼女は真白の呼びかけに気づかない。

 

「艦長!!」

 

そこで、真白はさっきよりも大きな声を出す。

 

「ふぁ~!?ご、ごめん‥‥」

 

真白から大声で呼ばれ、ようやく気付く明乃。

 

「大丈夫?岬さん。具合が悪いなら休んだ方が‥‥」

 

鈴が心配そうに声をかける。

 

「う、ううん‥‥大丈夫‥‥」

 

若干、上の空状態な明乃は大丈夫だと言うが、どうも説得力がない。

そんな明乃を見て、納沙は‥‥

 

「『私、本当は駿河のSOSに応えたいの!』『何を言っている!全艦学校に戻れと言われただろう!』『わかっている!でも!』」

 

と、明乃の気持ちを代弁するかの様に納沙が恒例の一人芝居を始める。

納沙の一人芝居に皆は、苦笑いをする。

 

「ううん‥‥きっと駿河は大丈夫だよ!!私たちは急いで学校へ戻ろう!!」

 

明乃は、駿河が‥‥もえかが大丈夫な事を信じ、自分たちは急いで横須賀女子海洋学校へと帰還しようと告げる。

 

「かん‥‥」

 

だが、明乃の態度を見て、真白は、全然大丈夫じゃないと思った。

そして、明乃に声をかけようとした時、

 

「艦長!!大変大変!」

 

「一大事っス!」

 

和住と青木が血相を変えて艦橋に飛び込んできた。

 

「どうしたの?」

 

「と、トイレが‥‥」

 

「トイレ?」

 

真白は二人が言うトイレという単語に対して首を傾げる。

 

「トイレに何かあったの?」

 

明乃はトイレに何か異常があったのかと思い、二人に訊ねる。

 

「と、兎に角、緊急会議の招集を要求するっス!!」

 

トイレで何があったのかは不明だが、二人の様子からただならぬことがあったに違いない。

交代と見張りの者だけを残し、大部分の生徒は、晴風の教室に集められた。

なお、鈴は舵を同じ航海科の勝田聡子に任せた。

 

教室に集まったクラスメイトたちは突然の招集に何事かと思い、教壇に上がった和住が今回、全員を招集した理由を話し始めた。

 

「日本トイレ連盟によると女性が一日に使うトイレットペーパーの長さの平均は12.5m。‥‥晴風のクラスは全部で30人、航海実習は2週間続く予定だったので、余裕を見て、250ロールは用意していたんです‥‥それが‥‥」

 

和住は真剣かつ深刻な顔で、今晴風が置かれている危機的状況をクラスメイトたちに伝える。

 

「‥‥もうトイレットペーパーがありません!!」

 

『えええっー!!』

 

和住からもうトイレットペーパーの在庫がないと言う事実にクラスメイトたちは驚愕する。

 

「誰がそんなに使ったの!?」

 

和住が言う通り、在庫は沢山あったはずなのに、もうトイレットペーパーがないと言うことは誰かが無駄に使用したに違いない。

機関科の駿河留奈が、クラスメイトたちに誰がトイレットペーパーを無駄に使ったのかを問う。

 

「このクラス、トイレ使う人ばっかりなの?」

 

同じく機関科の広田空は、このクラスの生徒はみんなトイレを使う人ばかりで、それが原因でトイレットペーパーが無くなったのかと問う。

まぁ、現実的に考えてその可能性は低い。

 

「1回10cmに制限すれば?」

 

「えぇ~困る~」

 

駿河、広田と同じ、機関科の伊勢桜良がトイレットペーパーの使用制限を提案するも同じく機関科の若狭麗緒はそれを却下する。

他のクラスメイトたちも同じ様子だ。

 

「誰よ?無駄にいっぱい使ってんのは!?」

 

そして駿河同様、西崎が無駄にトイレットペーパーを使用しているクラスメイトを捜す。

 

「あぁ~でも私、トイレットペーパーで鼻もかんじゃいますねぇ~」

 

そんな中、納沙がトイレットペーパーをトイレ以外で使用していたことを自白した。

犯人は、納沙だけかと思ったら、

 

「すいません!!私、持ち込んだティッシュが無くなったので一個通信室に持ち込みました!!」

 

このトイレットペーパー不足を招いた罪悪感からか、通信科の八木鶫も自らの持ち場にトイレットペーパーを持ち込んだことを白状する。

 

「食堂でも見たよ、ロール」

 

その他にもトイレではなく、食堂でもトイレットペーパーの姿を見たと言う情報も入る。

 

「ちょこっと、拭くのに便利なんだよね」

 

「うん。便利!!便利!!」

 

食堂での目撃情報を言われ、杵崎姉妹が食堂でトイレットペーパーを使った事を白状した。

キッチンペーパーや台拭きではなく、トイレットペーパーで横着をしていたみたいだ。

 

「ったく、どいつもこいつもすっとこどっこいだな!!」

 

このトイレットペーパー不足の事態を見て、機関長の榊原が呆れつつ鼻を鳴らした。

どうやら、彼女はトイレットペーパーを無駄に使用していなかったみたいだ。

 

「如何しよう!!‥無くなったら、おトイレ行けなくなるのかな‥‥?」

 

トイレットペーパー不足の現実に今後のトイレの不安を口にする。

そんな鈴の隣では、今後のトイレ問題が深刻化するかもしれないと言うのに、立石はそんなことに興味がないのか、手製の猫じゃらしで五十六と遊んでいる。

 

「それもこれも日本のトイレットペーパーが柔らか過ぎるのがダメなんだ!!だからつい沢山使ってしまう!!」

 

ミーナが席から立ち上がり日本製のトイレットペーパーの素晴らしさを力説する。

彼女は一度のトイレでトイレットペーパーをかなりの量を使用していたのか、それとも納沙や八木のようにトイレ以外の要件でトイレットペーパーを使用していたのだろう。

 

「蛙鳴蝉噪」

 

トイレットペーパーの問題で論争する生徒を見て美波がポツリと呟く。

 

「戦争だと!?」

 

ミーナが「せんそう」という単語に反応する。

しかし、「せんそう」は「せんそう」でも戦う「戦争」ではなく、

 

「意味は『五月蠅いだけで無駄な論議』って事ですよ」

 

納沙がミーナに蛙鳴蝉噪の意味を教える。

トイレットペーパー論争は次第に激しくなり、このままでは収拾が着かなくなる。

 

「艦長、まとめってください」

 

見かねた真白は明乃にクラスメイトたちをまとめる様に言う。

 

「あっ!?‥‥ん‥‥みんな!!落ち着いて!!」

 

明乃が声を張り上げて、トイレットペーパー論争をしているクラスメイトたちを黙らせる。

 

「みんな、他にも足りない物、必要な物はない?」

 

明乃がトイレットペーパーの他に何か不足している物は無いかクラスメイトたちに訊ねる。

すると、

 

「魚雷!!」

 

「ソーセージ!!」

 

「模型雑誌!!」

 

「真空管」

 

クラスメイトたちからは今、必要が無い物ばかりが出る。

 

「えっと‥‥とりあえず、艦長。向こうのドイツ艦にトイレットペーパーを分けてもらうのはどうでしょうか?」

 

真白があと一日~二日で横須賀に到着するのであれば、ヒンデンブルクからトイレットペーパーを分けてもらおうと言う。

 

「そ、そうだね」

 

「あっ、それなら、向こうの艦からソーセージも分けてもらってくれ!!」

 

ミーナはトイレットペーパーの他にソーセージも分けてもらってくれと言う。

そのヒンデンブルクでは‥‥

 

「えええーっ!?トイレットペーパーがもう無い!?」

 

奇しくも晴風同様、ヒンデンブルクでもトイレットペーパーが不足している事態となっていた。

 

「ど、どうして!?日本に着いた時、館山沖で補給したでしょう!?それに横須賀についた時だって‥‥」

 

晴風以上にトイレットペーパーを補給はしたはずなのに、ヒンデンブルクは今の晴風同様、トイレットペーパーが不足していた。

 

「そ、それが‥‥」

 

主計科の生徒が言うには、トイレ以外にもトイレットペーパーを使用しているクラスメイトたちが居たと言う。

不足理由も晴風と同じだった。

そこへ、

 

「艦長」

 

通信科のクラスメイトが来た。

 

「どうしたの?」

 

「晴風から通信で、なんでも晴風でトイレットペーパーが不足しているので、分けてもらえないかと言うことです‥‥それと、シュペー副長のミーナさんから、ソーセージを分けて欲しいそうです」

 

「‥‥ソーセージはともかく、トイレットペーパーはこっちでも不足しているから、分けることは出来ない‥‥その旨を晴風に伝えて」

 

「わかりました」

 

ヒンデンブルクからの通信で、ソーセージはともかく、トイレットペーパーはヒンデンブルクでも不足しているので分けることが難しいと言う返答が返ってきた。

 

「なんか、ヒンデンブルクの方でもトイレットペーパーがないみたい‥‥」

 

「それで、ソーセージの方はどうなんじゃ?」

 

「ソーセージに関してはあるみたい」

 

「そうか、それは良かったぞ」

 

ミーナはドイツ産のソーセージが食べられると言うことで一安心した様子だが、

 

「よくない!!」

 

真白はまだ肝心のトイレットペーパーの問題が解決していないことに声を荒げる。

 

「トイレットペーパーがないと、この先のトイレ問題が解決しません!!」

 

「そ、そうだね‥‥燃料・弾薬は学校経由じゃないと補給できないから、トイレットペーパーの他に薬品や衛生面に関わる品の補給を念頭に置こう」

 

「でも、位置がバレるんで通販もできないですよぉ~」

 

問題はその物資をどうやって補給するかである。

横須賀女子の学生艦は海上安全整備局から学校以外の港の入港が禁止されている。

納沙の言う通り、通販では位置が特定されるし、商品が届くまで時間もかかる。

となれば、残る手段は‥‥

 

「買い出し行こう!買い出し!」

 

西崎の言う通り、どこか物資を補給できるところから物資を補給するしかない。

 

「買い出し?」

 

西崎の買い出しと言う案に納沙がこの近くで買い出しが出来そうな施設を探す。

 

「ここにオーシャンモール四国沖店があるみたいですけど‥‥」

 

すると、この近くの海域で買い出しが出来そうな施設がヒットした。

 

「買い物‥行きたい、行きたい!」

 

「日焼け止め持ってくるのを忘れちゃったし‥‥」

 

「私もヘアコンディショナーなくなっちゃった。みんな、私の使うんだもん」

 

周りのクラスメイトたちの反応を見ると、その海上ショッピングモールへ行きたい様子。

 

とは言え、今の状況下で晴風クラスの全員がゾロゾロとショッピングモールへ買い物に行くわけにはいかない。

そこで、買い物を楽しみにしているクラスメイトたちには悪いが、此処は少人数で目立たない様に買い出しに行くしかなかった。

 

「艦長!もう一つ重大な問題が‥‥!」

 

海上ショッピングモールへ買い出しに行く事が決まった中、突然主計科の等松美海が立ち上がる。

 

「どうしたの?等松さん。まだ何か足りないモノがあった?」

 

「い、いえ‥‥その‥‥大変言いにくいのですか‥‥」

 

「何?」

 

「‥‥お金が‥‥ありません‥‥」

 

「えっ?」

 

等松の発言の内容を聞いてその場にいる全員が顔を引き攣らせる。

買い物をするにしても先立つ物が必要である。

それが無ければ当然、買い物は出来ない。

まさか、ショッピングモールでトイレットペーパーを万引きするわけにもいかない。

そんなことをすれば、それこそ、本物の犯罪者になってしまう。

 

「お金‥‥ないの‥‥全然‥‥?」

 

「は、はい‥元々2週間の航海予定で寄港地はありませんでしたし、補給に関しても実習中に間宮、明石から受ける予定だったので‥‥」

 

「と言うことは、ショッピングモールに買い出しに行っても‥‥トイレットペーパーを買いに行けるようなお金は‥‥」

 

「はい‥‥主計科にはありません‥‥」

 

お金がない、トイレットペーパーが買えない。

その事実を知り、クラスメイトたちの顔が絶望に変わる。

すると、明乃は艦長帽を脱ぎ、逆さにすると、

 

「トイレットペーパー募金お願いしまーす!」

 

明乃は募金活動をしているボランティアの人の様に声を張り上げる。

お金がなければ作る‥‥と言う訳にはいかないので、クラスメイトたちから募金と言う形で協力してもらうしかなかった。

クラスメイトたちもそれをわかっているのか、素直に財布を取り出していく。

しかし、なけなしの小遣いなのか、皆クラスメイトたちの表情は優れない。

中には不満そうな顔の者も居る。

だが、ことはトイレに関することなので、文句も言えない。

 

「麻侖ちゃんは‥‥」

 

「宵越しの金は持たねぇ主義だ!」

 

どうやら、お金自体を持っていない様子‥‥

 

「小切手は使えませんわよね‥‥?」

 

「うん‥多分‥‥」

 

万里小路は困った顔で小切手帳を出すが、ショッピングモールでは多分使えないだろう。

 

「ジンバブエのお金ですがいーですか?」

 

納沙は艦長帽の中にジンバブエのお金を入れる。

当然日本で使えるはずがない。

 

「ワシはユーロしかない」

 

ドイツ人のミーナは日本に来た時、ユーロを円に換金していなかったので、彼女の財布にはユーロ札しかなかった。

 

「「ワシ?」」

 

ミーナの一人称に杵﨑姉妹が聞き違いか?とミーナの顔を見ながら聞き返す。

 

「‥‥何かワシの顔についているか?」

 

周囲の人が自分の顔を見ていたので、ミーナは周りの人に訊ねる。

 

「ワシ‥‥?」

 

女学生の一人称にしてはおかしかったのか、周囲から笑い声が立ち始める。

 

「むっ!?何がおかしいんだ!!」

 

ミーナは両手をあげ、ムキッーと声を上げた。

 

 

晴風からオーシャンモール四国沖店にて、トイレットペーパーをはじめとする必要物資を買い出しに行くと言う連絡がヒンデンブルクに入る。

 

「買い出しか‥‥」

 

一刻も早く横須賀に向かいたかったが、やはりトイレに関する問題となると、考えてしまう。

 

「はぁ~‥‥しかたない。晴風のクラスメイトが買い出しに行くと言うのであればやむを得んだろう。こちらもトイレットペーパーが不足しているのは事実だしね‥‥クリス、ユーリ」

 

「はい」

 

「ん?」

 

「二人は晴風クラスのメンバーと共にショッピングモールへ赴き、トイレットペーパーを買ってきてほしい」

 

「わかりました」

 

「おぉ~いいよ」

 

シュテルはクリスとユーリの二人に晴風メンバーと一緒にトイレットペーパーの調達をたのんだ。

なお、お金に関しては、シュテルがポケットマネーで支払う。

シュテルはちゃんとドイツを出発する前にユーロを円に換金していた。

 

「ただ、万が一のことを考えて、護身用に銃を携帯して‥‥」

 

「拳銃を!?」

 

「大丈夫かな‥‥?」

 

ショッピングモールでも何が起こるか分からない。

そのため、二人には拳銃を携帯させた。

 

「外交特権で許可証は大使館からもらっている。ただし、装填するのは実弾ではなく、模擬弾で‥‥使用する場合も自分たち、そして晴風メンバーに危険が及んだ時のみだ‥‥いいね?」

 

「「はい」」

 

クリスとユーリは制服から私服に着替え、上着の下‥‥脇の下のホルスターに目立ちにくい小型の拳銃、ワルサーPPK/Sを装備してスキッパーで晴風の選抜メンバーと共にオーシャンモール四国沖店へと向かった。

 




活動報告にて、アンケートを実施中です。

ご協力をお願いします。


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63話

 

横須賀に向かっていた晴風とヒンデンブルク‥‥

しかし、両艦共に航海中にトイレットペーパーが不足すると言う事態に陥った。

横須賀までまだ距離がある。

その間、トイレを我慢するなんて到底不可能だ。

だが、補給に関しても今の晴風は海上安全整備局からのお達しで、横須賀女子以外の港には入れない。

通販では晴風の場所をブルーマーメイドやホワイトドルフィン、他の学校の教員艦、学生艦に教えてしまうし、肝心の商品が届くまで時間がかかる。

当初の予定の様に、晴風と同じ横須賀女子所属の補給艦、間宮、明石に補給を頼むわけにはいかない。

その為、トイレットペーパー不足の問題を解消するには少数人数で補給が出来そうな施設からトイレットペーパーを買いに行くことになった。

幸いなことに晴風とヒンデンブルクの現在位置からすぐ近くに海上ショッピングモール施設があった。

晴風、ヒンデンブルクからの選別メンバーはそこへ、トイレットペーパーを買いに行くことになった。

ヒンデンブルクのメンバーが同じく買い出しに行くことは、晴風にも知らされた。

ヒンデンブルクからはクリスとユーリの二人、晴風からは明乃、和住、伊良子、美波の四人が行くことになった。

 

「それじゃあ、私とミカンちゃん、ヒメちゃん、みなみさんとで、買い出しに行ってくるから、晴風をお願いね、シロちゃん!!」

 

「ですから、副長もしくは、宗谷さんと呼んでください!!」

 

「副長、そればっかりですねぇ~」

 

真白の返答に納沙が突っ込む。

晴風の前甲板ではクレーンで下ろされたスキッパーにて、明乃たち買い出し選抜メンバーがオーシャンモール四国沖店を目指す。

 

「一度、駅に寄って、バスでオーシャンモールへ行くから‥‥」

 

私服で、少数メンバーで買い出しに行くとは言え、どこに監視の目があるのか分からない。

その為、直接行くのではなく、回り道をしてショッピングモールを目指す。

 

「お忍びで行く訳だな」

 

「ちょっと、カッコイイね!!」

 

「船の話とか専門用語を出しちゃダメからね!!それと無駄な買い物もダメ!!」

 

和住が無事に横須賀に帰るため、さっさと目的のトイレットペーパーを購入してさっさと艦に戻ろうと言う。

それには、余計な買い物をして時間を食うのも、自分たちが横須賀女子の生徒であることがバレないようにしなければならない。

それには専門用語は禁句となった。

 

「卵と生クリームとイチゴを買いたいんだけど‥‥」

 

だが、伊良子はトイレットペーパー以外に卵と生クリームとイチゴを買いたいと言う。

 

「ダメに決まっているでしょう!!」

 

「媛萌ちゃん、レバーとかチーズとか食べている?」

 

「どっちも嫌いだし」

 

「やっぱり、ビタミンB12が足りないとイライラするらしいよ」

 

「してないから~!!」

 

和住と伊良子の二人は、無駄な論争を始める。

 

「ミカンちゃんはどうしてそれが欲しいの?」

 

明乃は伊良子が言う、トイレットペーパー以外の買い物の品を欲しがる理由を訊ねる。

 

「ドイツの‥‥ほら、ブランシュガー・インゲンマメさんの歓迎用のケーキを作りたくて‥‥」

 

「あっ‥‥」

 

伊良子が食材を欲しがる理由を聞いて、和住は罰悪そうな顔になる。

 

「色々あって、違う艦に乗ることになって不安になっているだろうし‥‥私たちが何をしてあげられるかは、分からないけど‥‥炊事委員としてせめて美味しいものを食べてもらいたくて‥‥」

 

「そ、それを先に言えば文句は言わなかったのに‥‥」

 

「そういうことなら、この買い出しが終わったら、ミーちゃんの歓迎会をやろう」

 

明乃はミーナの歓迎会を提案する。

 

「歓迎会?」

 

「うん!!‥‥といっても、そういう形式をとってケーキを食べるだけど‥‥」

 

「いいんじゃない?そういうのは形が大事だからね!」

 

こうしてトイレットペーパー以外にもミーナの歓迎会用のケーキの材料も買い出し候補に入った。

 

「あっ、サプライズだから、このことはブランシュガー・インゲンマメさんには内緒だからね。特にヒメちゃん」

 

「なんで私なのよ!?」

 

「なんとなく‥‥」

 

そんな会話をしながらスキッパーは目的地を目指す。

 

明乃たちを見送り、真白と納沙、鈴、西崎、立石は艦橋に戻るため、晴風の甲板を歩いていた。

 

「艦長直々にトイレットペーパーの買い出しとは‥‥はぁ~‥‥艦長は、自分の艦に最後まで残るものなんじゃないのか‥‥?」

 

真白は自分の知る艦長の在り方と明乃の行動に対して疑問を感じている。

 

「副長がジャンケンで負けるからじゃないですか~10回連続で‥あれは、見事でしたねぇ~」

 

真白は、本来ならば自分が買い出しに行くべきだったのだが、明乃にジャンケンで連続10回も負けたので、仕方なく艦に残った。

 

「艦長にジャンケンで挑んだのが間違いだった‥‥」

 

真白は自身の不運な体質をちゃんと理解していた。

彼女は生まれてからこの方、どうも不幸体質だった。

おみくじを引けば、必ず凶か大凶。

高校の入試では解答欄を一つ間違えて書いてしまい、本来の成績ならば駿河クラスだったのに、このミスのせいでギリギリ合格者ばかりの晴風クラスに配置され、入学式の日には明乃が食べていたバナナの皮を踏んで桟橋から海に落ちた。

反対に明乃は幸運体質だった。

おみくじを引けば大吉。

入試においてもヤマがあたり、ギリギリとはいえ、無事に横須賀女子に入れた。

過去には大きな海難事故からも生存した。

だが、その反面、彼女の家族は‥‥

 

そうした幸運体質の明乃に対して不幸体質の自分がじゃんけん勝負を挑んでも負けるのは最初から決まったようなものだった。

ここまでがっかりする真白‥‥本音を言うとショッピングモールに行きたかったのかもしれない。

 

「ジャンケンはジャンケンでも負けた方が行くって事にしておけば良かったんじゃないですか?」

 

納沙はルールによっては真白がショッピングモールに行けたのではないかと訊ねると、

 

「っ!?もっと早く言えっ!!」

 

真白自身、納沙の指摘を聞き、それに気づかなかった。

 

「きゃ~コワ~イ~」

 

「そもそも副長、スキッパー運転できるのかな?」

 

「さ、さあ‥‥」

 

西崎と鈴は納紗と真白のやり取りを見て、真白がスキッパーの運転免許を持っているのか?

そして、彼女がスキッパーの運転が出来るのかと疑問に思った。

 

その頃、艦橋では、招集時、艦橋に残ったメンバー、勝田が同じく艦橋に残った山下と内田とでクイズをしていた。

 

「じゃあ次の課題いくぞな~パンはパンでも食べられないパンの正しい答えをいい加減決めるべきぞな!」

 

「やっぱりフライパンが正解じゃない?」

 

「パンツ、審判、腐ったパン‥‥パンが付くもの何て、いくらでも有るからね~食べられない=吐く=穿く=穿くパンでパンツって事で如何でしょう?」

 

「目から鱗ぞな~」

 

「パンツ、海パン、短パン、ジーパン、パンプスもありますが‥‥」

 

「議論は常に堂々巡りぞな~」

 

クイズの回答が多数あり、どれが正解なのか話していると、

 

「ただいま~」

 

教室でトイレットペーパーがない事実を聞きに行った鈴、真白、西崎、立石、納紗らが艦橋に帰ってきた。

 

「おおっ航海長、待っとったぞな~」

 

「勝田さん、交代ありがと」

 

「お安いご用ぞな!」

 

鈴と勝田は交代し、鈴は舵を握る。

 

「こちら特に異常なしです」

 

「結局なんの話だったの?」

 

山下が緊急の招集内容は一体何だったのかと訊ねる。

 

「えっと‥に、日本トイレ連盟によると‥‥」

 

鈴はトイレットペーパーが不足している状況を三人に教えるため、和住が言っていた女性が一日に使用するトイレットペーパーの量から説明し始める。

 

「知床さん、其処から説明しなくても‥‥」

 

納紗が最初からでは説明が長くなるので、鈴にトイレットペーパーが不足していることだけを伝えればいいと言う。

そして、トイレットペーパーが無いと言う事を聞いて、三人は、ビックリする。

 

「成程のうぉ‥そりゃ、一大事ぞな」

 

「ん?まゆちゃん、如何したの?」

 

山下は何やらモジモジしている内田に気づき、彼女に訊ねる。

 

「す、すみません、私、少し前から、おトイレ我慢していたんですけど、ひょっとして如何にもなりません?」

 

『えぇっ!?』

 

トイレットペーパーが不足している現状、内田はトイレがヤバいのではないのかと不安になる。

しかし、生理現象は止められない。

 

「紙が無ければ如何しょうもないぞな‥‥ん?‥‥艦‥‥海‥‥良い事、思いついたぞな!」

 

内田がピンチな時、勝田がとんでもない事を思いつく。

 

「まず水着になって‥‥」

 

「それ以上は言うな!!今、トイレにある分で、何とかなる!!」

 

真白は慌てて勝田を止める。

だいたい、みんなは勝田が言いたいことは分かったからだ。

真白からまだトイレットペーパーは大丈夫だと言われ、内田は急いでトイレに向かった。

 

「へぇ~‥それで艦長たちは、買い出しに行ったんだ!!」

 

「ウチも行きたかったぞな~!!」

 

勝田は、買い出しに自分も行けなかった事を残念がる。

 

「じゃあ、艦長たちが戻るまでは、自由時間ですか?」

 

「うん。まぁ、ハメを外さない程度にな、仕事が有ったら、そっち優先だぞ」

 

と言う事で、買い出しの四人が帰って来るまで、しばらくは、休憩時間になった。

 

「そうだ!?見張り台にいる野間さんにも状況を伝えないと‥‥」

 

「あぁー!?そうですね~」

 

「そんならウチが伝えるぞな!ついでに見張り交代してくるぞな~!!」

 

勝田は、マチコに状況と交代を伝える為、元気よく艦橋を飛び出しっていた。

 

「元気な人だ‥‥」

 

「進んで仕事を代わるあたり優等生ですよぇ~~」

 

艦橋を飛び出しっていた勝田を見て、真白と納紗の二人は感心する。

 

「それで、私たちは、如何する?」

 

トイレから戻ってきた内田が自分たちはどうしようかと聞く。

 

「何かやる事、有ったかなぁ~」

 

自由時間になったので、何をすれば良いのか、内田と山下は考えていると

 

「あっ、そう言えば、さっき外に鯨が見えた様な‥‥」

 

山下は先程、鯨を目撃した事を思い出す。

 

「鯨!?見たい!!見たい!!私たちも見張り台行ってみる?」

 

内田は、鯨を見ようと勝田の後を追って、見張り台に行こうと山下を誘うが、

 

「あんまり高い所は、ちょっと怖いな~~」

 

高所恐怖症なのだろう、山下は高い所に登るのを嫌がる。

 

「それなら、これで!!」

 

そこで、高い所に登るのを嫌がる山下を内田は肩車をする。

 

「普通に探さない?」

 

肩車をしたが、結局肩車をやめて普通に鯨を探す事にした。

 

「よっと」

 

見張り台に行った勝田は、マストを登り、

 

「ひゃぁ~~いい眺めぞな~!!」

 

見張り台の横から景色を見る。

 

「野間さん!!野間さん!!報告ぞな」

 

勝田は、マチコに状況を説明するが

 

「‥‥」

 

周囲が平和で暇なせいか、マチコは見張り台の中で寝ていた。

それでいいのか?見張り員‥‥

 

「あれ!?寝ているぞな?」

 

勝田は、マチコの身体を揺すって彼女を起こす。

 

「そう言う訳で艦長が戻るまで休憩ぞな」

 

起きたマチコに勝田は、状況を説明する。

 

「ん?そうか‥‥」

 

「ここもウチが代わるから、お昼ご飯でも食べてくると良いぞな」

 

「すまないな」

 

「それにしても野間さんって、シャキっとした人と思っとったけど意外とあんきまごろくなんじゃのぅ」

 

勝田は、意味不明な言葉でマチコに言う。

マチコは、勝田の喋る伊予弁は理解できない様子‥‥

 

「ああ、それ程でも‥‥」

 

その為、意味が分からないが何となく答えるマチコ。

 

「それじゃ少しの間頼むよ」

 

「任せるぞな~!!」

 

と言う事でマチコは、勝田と見張りを交代する。

 

「そう言えば見張りの時は、ようメガネ外し取るけど、それは伊達ぞな?」

 

勝田は、マチコが良く眼鏡を掛けている事を聞く。

 

「ああ、これは遠視用なんだ。普段はこれを掛けて置かないと辛くてね‥‥」

 

如何やら、眼鏡が無いと近くのモノが見えない様だ。

 

「ちょっと、貸してほしいぞな?」

 

勝田は、マチコから眼鏡を借りる。

 

「似合うぞな?」

 

そして、マチコから眼鏡を借り、自分に掛ける。

 

「むぅ~‥‥よく見えん‥‥」

 

すると、マチコは、勝田をじっと睨む。

しかし、決して勝田を憎んで睨んでいる訳でなく、目が悪く、遠視で近くのモノが見えないから、目を細めているだけなのだ。

 

「顔が怖いぞな~」

 

しかし、マチコが目を細めると相当、目つきが悪い様だ。

 

 

オーシャンモール四国沖店に行く前、買い出し組は、オーシャンモール四国沖店に行く水上バスが停車する海上ステーションのスキッパー停車場でスキッパーを止めて、水上バスで、目的地であるオーシャンモール四国沖店へと向かう。

その水上バスにて、クリスとユーリは晴風の買い出し組に挨拶をする。

 

「はじめまして、ドイツ、キール校所属、ヒンデンブルク副長のクリス・フォン・エブナーです」

 

「同じく、ヒンデンブルク砲雷長のユーリ・エーベルバッハ」

 

「「「「‥‥」」」」

 

晴風の買い出し組はユーリの声を聞いて( ゚д゚)ポカーンとした顔をしている。

 

「ん?どうしたの?」

 

「みんな、固まっちゃっている」

 

クリスとユーリはどうして、晴風の買い出し組が固まっているのか理解できていない。

 

「えっと‥‥」

 

「エーベルバッハさんの声、鈴ちゃんの声とそっくり!!」

 

フリーズ状態からいち早く再起動した明乃が何故、フリーズしたのかその理由を言う。

 

「えっ?リンちゃんって誰?」

 

「私はリンではなく、ユーリなのだが‥‥」

 

「いや、物凄く似ていたぞ‥‥」

 

「うん、同じセリフを言ったら、どっちが言ったのか分からないかも‥‥」

 

「ホントそっくり!!」

 

美波、和住、伊良子も明乃同様、ユーリと鈴の声がそっくりで見分けがつかないと言う。

 

「ねぇねぇ、ちょっと涙声で『はやく~逃げようよぉ~』って言ってみてくれるかな?」

 

明乃はユーリに鈴がよく言うセリフを言ってくれと頼む。

 

「えっ?涙声で?‥‥うーん‥‥あー‥あー‥‥」

 

普通の声ではなく、涙声と言うことで、声の調整をして、

 

「『はやく~逃げようよぉ~』」

 

明乃に頼まれたセリフを言う。

 

「「「やっぱり、鈴ちゃんだ!!」」」

 

明乃、和住、伊良子はやはり、ユーリと鈴の声はそっくりだと声を揃えて言う。

 

「世の中には、似た顔を持つ者が三人いると言うが、まさか声まで似ている者がいるとは‥‥」

 

美波は世界の広さをしみじみと感じていた。

やがて、水上バスは目的地であるオーシャンモール四国沖店に到着した。

 

「やっと着いた」

 

「お茶する時間あるかな」

 

「ないから」

 

「媛萌ちゃん、それかえって目立つよ」

 

和住は変装なのかマスクにサングラスを装着しており、伊良子の言う通り怪しさ抜群な姿でかえって目立つ格好だった。

 

「確かに‥‥」

 

「せめてマスクだけにしなよ」

 

クリスとユーリからも和住の変装は怪しいから止めろと言われ、和住は渋々と言った様子でサングラスを取った。

 

「それじゃあ、トイレットペーパーを買って急いで戻ろう」

 

クリスが要件をさっさと済ませて艦に戻ろうと促すと、

 

「あの‥‥実は、トイレットペーパー以外にも購入する物がありまして‥‥」

 

伊良子がトイレットペーパーの他にもケーキの材料を買いたい旨をクリスとユーリに話す。

 

「ミーナさんの為に?」

 

「う、うん‥‥」

 

「‥‥どうする?クリス」

 

「うーん‥‥本来なら、トイレットペーパーを買って戻りたいけど、そういう訳なら‥‥」

 

クリスは渋々ながらもケーキの材料を買うことをOKした。

彼女自身も今、ミーナが置かれている心境を理解したからだ。

こうしてトイレットペーパー以外にもミーナの歓迎会用のケーキの材料を買うことになった。

ただこの時、クリスはケーキの材料はヒンデンブルクの厨房にあるモノを分ければよかったことをすっかり忘れていた。

 

買い出し組が戻るまで、晴風もヒンデンブルクも現在地を動くわけにはいかない。

そこで、ヒンデンブルクでも晴風の様に当直者以外の手空きの者は休憩時間となった。

部屋で勉強やこれまでの疲れを癒す為、寝る者。

甲板上で何かしらのスポーツをする者。

折角の晴天なので、洗濯物を干す者。

デッキチェアで日光浴をする者など様々であった。

艦長のシュテルは、カマクラを膝の上に乗せて、マッ缶片手に食堂でジーク相手に将棋を指していた。

 

「王手!!」

 

「ぬっ!?うーん‥‥」

 

「『待った』はなしだよ」

 

将棋盤の上の駒を見ながら唸るジーク。

そんなジークとは裏腹に余裕そうな顔でマッ缶を飲むシュテル。

そして、シュテルの膝の上にはカマクラがスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 

晴風の方でも当直者以外の者は休憩時間をとっていた。

 

「あんまり使える物流れてこないねぇ~」

 

「トイレットペーパーとか流れてこないかな~」

 

晴風の左舷側の甲板では、水雷科の松永理都子と姫路果代子が漂流物にフックを引っ掛けて何か目ぼしい物は無いか探していたが、これと言った物は流れてこなかった。

 

そして後部甲板では、

 

「あれ?麻侖ちゃんは?」

 

「機関室の方が落ち着くんだって」

 

「ええ~、たまには、太陽を浴びないと‥‥」

 

「流石、機関長殿~」

 

いつもは機関室に籠っている機関科四人組が水着になりデッキチェアで日光浴をしていた。

ただ、機関長の柳原は折角の自由時間なのに甲板ではなく、普段から居る機関室で椅子を繋げてその上で鼾をかきながら寝ていた。

 

艦橋では当直者が居たのだが、そこも緊張した空気はなく、ゆるゆるした空気となっていた。

 

「平和っていいねぇ~」

 

猿島の問答無用の先制攻撃から始まった波乱万丈な演習‥‥

今日まで平穏な時間がなく緊張しっぱなしだった時間とうってかわって、今は平穏な時間が流れている。

その平穏な時間をかみしめるかのように鈴が呟く。

 

「いい‥‥」

 

すると、立石も同じように呟く。

 

「今日の晩御飯何がいいかな?」

 

「カレーが‥‥良い‥‥」

 

「今日は、金曜じゃないよ」

 

カレー好きな立石は今日の夕飯はカレーが良いと言うが、残念ながら今日は金曜日ではないので、カレーではない。

 

「ん~‥‥ん~‥‥はぁっ!?」

 

真白は疲れていたのかウトウトしていたが、目を覚まし両手で頬を叩いて起きる。

そんな彼女の目に羅針盤の上に置かれた明乃の艦長帽が目に入る。

 

「ちょっと、トイレ入って来る」

 

真白は周囲を見渡し、こっそりと艦長帽を手に持って、艦橋を後にする。

そして、周囲に誰も居ないことを確認した後、艦長帽を被る。

艦長帽を被った真白は、喜びながらはしゃぐ。

しかし、はしゃいでいると横から黒木が現れ、艦長帽を被った真白と遭遇。

真白は慌てて艦長帽を脱ぐ。

 

「宗谷さん、凄く似合っていた!!」

 

「えっ?」

 

「私ね、宗谷さんに艦長に成って欲しかったな!!」

 

「えっ?あ、ああ‥‥それで、何か‥‥?」

 

真白は黒木に何か自分に用があったのではないかと訊ねる。

 

「ミーナさんが艦内案内してほしいんだって」

 

「あ、ああ‥分かった」

 

まだ晴風に来たばかりのミーナは晴風の隅々を知っているわけではない。

だが、自分は救助者なので、一人で勝手に艦内をうろつくわけにはいかない。

そこで、艦の責任者‥‥明乃が現在不在なので、ナンバー2の副長である真白に晴風の案内を頼んだのだ。

 

真白がいなくなった艦橋に入れ違いで西崎が戻って来た。

 

「あれ!?」

 

戻って来た西崎は、艦橋に当直責任者の筈の真白がいない事に気づく。

 

「副長どこ行ったの?」

 

「さっきトイレ行くって出て行ったけど‥‥そう言えば遅いね?」

 

(あれ多分、嘘ですけどね。こっそり艦長の帽子持って行ったし‥恐らくは‥‥)

 

納沙は、真白の艦長姿を想像しながら、

 

「はっ!?まさかっ!!」

 

ある事に気づく

 

そして、

 

「『宗谷さん、その帽子凄く似合っています!』 『そ、そうかな』 『やっぱり艦長は、宗谷さんが務めるべきです!』 『そうだ、やはり私が艦長を務めるべきなんだ!!やろう!艦長がいない今こそ反旗を翻す時、下克上だー!!』 『素敵っ、宗谷さんっ!一生ついて行きます!!』 『落ち着いて下さい!!副長!!反乱は、反乱はいけませんっ!!』」

 

恒例の一人芝居を始めた。

しかも内容が真白と黒木が叛乱を起こしている内容だった。

 

「ま~た、始まったよ」

 

「大変な事になっているね‥‥」

 

またも一人芝居を始める納沙に二人は、呆れる。

 

「しりとりでもしますか~?」

 

すると、一人芝居を止め、今度は、しりとりをやろうと提案してきた。

 

「切り替わり早っ!?何か怖いよ‥‥」

 

納沙の切り替えの速さに西崎は、恐怖を感じた。

 

とは言え、三人は、しりとりを始めた。

 

「えっと‥‥じゃあ、『魚雷』」

 

西崎から始まったしりとりだが、

 

「い、インク」

 

「クルンテープ・プラマハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤ―・マハーディロックポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット!」

 

鈴が答えた『インク』の『く』の言葉で、納沙は、長々しく意味不明な言葉を言う。

 

「何て!?」

 

「つぎは、『と』です!」

 

「ドヤ顔やめい!!何、それ!?呪詛!?呪詛か?一人芝居に飽き足らず、とうとう呪いに手を染めたか!?」

 

納沙の言葉が呪詛のような印象を受ける西崎。

 

「えぇー知らないんですか~?バンコクの正式名称ですよぉ~」

 

「知るか!!」

 

ドヤ顔でバンコクの正式名称を答えた納紗に西崎はやや切れ気味。

 

そんな時、

 

「ココちゃんって、外国好きなの?さっきもジンバブエのお金もっていたし‥‥」

 

鈴は、先程、教室で明乃がトイレットペーパーの購入費を集める時、納沙がジンバブエドルを持っていた事を思い出す。

 

「うっ‥‥」

 

ジンバブエドルの話が出た時、納沙の心臓に矢がグサッと刺さったように見えた。

 

「ああ、さっき盛大にスベってたやつね」

 

あの場に居た西崎も思い出す。

 

「んも~う、スベったとか言わないで下さい!!いつかネタに使えるかとずっとお財布の中に忍ばせていたのに、万里小路さんの小切手のインパクトにくわれちゃったんです!!」

 

如何やら、あの時持っていたジンバブエドルは、一人芝居用の道具だった様で、いつか使う筈が、万里小路の小切手で印象が薄くなり滑った様だ。

 

鈴と西崎に言われ、鈴に抱きつく納沙。

 

「ぴゃあ!?」

 

いきなり納沙に抱きつかれ、ビックリする鈴。

 

「あんまり関係ないと思うけどね」

 

この話に万里小路は、全然関係ないと西崎は、思った。

 

「古今東西ゲームでもしますか~?」

 

そしたら、いきなり、しりとりを止めて、今度は、古今東西ゲームに切り替わった。

 

「だから立ち直り早いって!!」

 

「めげないところがココちゃんの良いところだよね」

 

納沙の余りの切り替えの速さに西崎は呆れ、鈴は褒める。

 

「平和って、良いなぁ~」

 

そして改めてこうした平穏な時間がいつまでの続いてくれたらと思う鈴だった。

 



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64話

横須賀に戻る途中、艦内でトイレットペーパーが無くなるという不測の事態が起きた晴風とヒンデンブルク。

そこで、トイレットペーパーを調達するため、四国沖にある海上ショッピングモールへと買い出しに出かけた選抜メンバーたち。

遠回りやらなんらやして、時刻は既にお昼時‥‥

クリスとしてはさっさとトイレットペーパーを買って艦に戻りたいが、晴風のメンバーとしては久しぶりに晴風の外に出れたと言うことから、もう少しこの時間を楽しみたい様子。

それに晴風同様、不測の事態でシュペーから離艦したミーナの為にケーキを焼きたいという伊良子の願いを明乃は受けいれており、トイレットペーパーの他にケーキの食材も購入することになった。

買い出し組はショッピングモールのフードコートでお昼を食べた。

 

「それじゃあ、私は卵と生クリームと苺を買ってきます!!‥‥文句はないよね?媛萌ちゃん?」

 

伊良子がいい笑みを浮かべながら、和住に訊ねる。

 

「は、はい‥‥どうぞ、思う存分買い物を楽しんでください」

 

伊良子の買い物に空しく承諾する和住。

 

「まぁ、本人も反省している様だから、許してあげたら?」

 

クリスが苦笑しながら、伊良子に言う。

 

「すっかり頭が上がらなくなっているね」

 

「仕方なかろう。余計な事をする時間はないと言いながら、当人がホームセンターコーナーで一時間も費やしたのだから」

 

ショッピングモールに来た際、和住の目にホームセンターコーナーが目に入った。

そこには、沢山の工具が販売されており、晴風で応急員を務めている和住はフラフラと吸い寄せられるかの様にホームセンターコーナーへと向かった。

当然、購入する予算がないから、見るだけで終わったのだが、購入することが出来ないからこそ、『もし、これがあったら‥‥』などと、想像してしまい、ホームセンターコーナーから動けずにいた。

ここへ来る前は、『余計な買い物はダメ』 『余計な事をする時間はない』と言っていたのだが、その当の本人がホームセンターコーナーで、一時間も時間を無駄に潰してしまったのだから、立つ瀬がなかった。

だからこそ、ミーナの歓迎会用のケーキの食材を買うという伊良子の言葉にぐぅの音も出ない和住だった。

 

「好きなもの見ていると時間忘れちゃうよね」

 

明乃が和住を弁護するかのように言う。

 

「まぁ、その気持ちは分からないでもないかな」

 

「そうそう、私もそうだけど、クリスやシュテルンも同じだし‥‥」

 

クリスとユーリもその和住の行動や明乃が言った事には理解を示す。

ただ、今自分たちが置かれている状況下では、一時間のロスはまずい。

 

「さて、それじゃあ行こう。これ以上時間は無駄に出来ないし」

 

フードコートでの食事を終えた買い出し組は、ケーキの材料とトイレットペーパーを買う為、食料品コーナー及び日用雑貨コーナーに向かう。

その際、

 

「‥‥ユーリ」

 

「ん?」

 

「気づいている?」

 

「ああ、後ろから私たちを尾行している人たちの事?」

 

「そう‥‥」

 

クリスは小声でユーリに話しかける。

そして、顔は向けないが、目線をそっと後ろへと向ける。

ユーリは視線も向けず、気づかないふりをしながら歩いている。

 

「尾行しているのは、ブルーマーメイドの人たちだね」

 

「ええ‥‥あんな白い目立つ制服で尾行して、気づかないと思っているのかな?」

 

「まぁ、実際に晴風のメンバーは気づいていないみたいだけど?」

 

「そこは、ミーナ教官に感謝だね。あの人神出鬼没で出るから、結構周りの気配に集中しないと、背後を取られるからね」

 

明乃たちはブルーマーメイドの尾行に気づいていないがクリスとユーリは気づいていた。

相手のブルーマーメイドの隊員たちも相手は女子高生だから大丈夫だろうという慢心があったのかもしれないが、隊員たちの誤算は、キール校のミーナ教官の教えを受けていたユーリとクリスの存在だった。

ミーナ教官の教えで、去年の夏休み、ユーリは宿を強襲してきた警官隊の摘発から逃れることが出来たのだ。

そもそも、何故、ここにブルーマーメイドの隊員たちが居て、買い出し組を尾行しているのか?

それは、買い出し組がこのショッピングモールについた時まで時間を遡る。

 

晴風捜索の命令を受けていたブルーマーメイドの平賀倫子は寒川高乃、志度琴海の三人で、真霜からの情報を頼りにオーシャンモール四国沖店にいた。

 

「宗谷監督官の情報によれば、晴風は、この付近の海域に潜んでいる筈‥‥」

 

平賀はタブレット端末に表示されている電子海図で晴風の予想航路から、晴風がこの四国沖のどこかに居ると読んでいた。

 

「では、間宮と明石、浜風、舞風にこの近海の哨戒を依頼しますか?」

 

寒川が平賀に同じく晴風の捜索と補給の為に連れてきた横須賀女子所属の明石、間宮、そして護衛の浜風、舞風の四隻に周辺の捜索を依頼するかと訊ねる。

 

「そうね、そうしてもらって。ただし、日没まで周辺を捜索して晴風を発見できないようであれば、ここへ戻ってくるように伝えて」

 

「了解です」

 

晴風がこの四国沖に居るというのはあくまでも予想であり、確実にいるとは限らない。

もし、日没まで晴風を見つけることが出来なければ、予測は外れていたと言うことでまた新たに捜索の範囲を設定しなければならない。

制限時間と集合場所を決め、横須賀女子の学生艦に周辺海域の捜索を依頼する。

 

「私達も哨戒艇にて哨戒を行います。哨戒艇の準備を‥‥」

 

「はっ!!」

 

平賀は学生艦の他に、自分たちも周辺海域を捜索するため、志度に哨戒艇の準備を命じる。

哨戒艇に乗るため、桟橋へと向かうと、その途中で高校生ぐらいの女子たちの集団を平賀は見かけた。

 

「‥‥」

 

「どうしました?平賀監察官」

 

「今、晴風の乗員らしき生徒を見かけたわ」

 

クリスとユーリの顔までは、覚えていないが、捜索をしている晴風の乗員の顔写真は横須賀女子経由でブルーマーメイドの方にも回っており、平賀たちも当然その顔写真を見ている。

だからこそ、さきほど見かけた高校生たちが晴風の乗員かもしれないという可能性が生じた。

 

「えっ?本当ですか?」

 

「ええ、後を追うわよ。学生艦にはしばらく待機を命じて」

 

「はっ!!」

 

こうして、平賀たちは尾行を始めた。

ただ、相手は制服ではなく私服の為、完全たる確証がない。

しばらく尾行して、彼女たちが、晴風の乗員であることを突き止めなければならなかった。

これが、ブルーマーメイドの隊員たちが、買い出し組を尾行している理由だった。

 

クリスとユーリ以外、平賀たちの尾行には気づいていない晴風の乗員。

食品コーナーへ向かっている最中、

 

「美波さんは何か見たいものとかある?」

 

明乃は美波にショッピングモール内で何か見てみたい物、寄ってみたいコーナーは無いかと訊ねる。

和住はホームセンターコーナーを見て、伊良子は食品コーナーをこれから見るので、美波も、もしかしたらどこか見てみたいコーナーがあるかもしれないと明乃はそう思ったのだ。

 

「‥‥よく、分からない。今まで研究ばかりで、皆で買い物とかあんまり経験が無かったからな」

 

美波は、もともとインドア派であり、あんまり外出しなかったせいか、こういうところに来たのは、本人も初めての様だ。

 

「そうなんだ‥‥ねぇねぇ、研究ってどんな事をするの?」

 

明乃は、美波がどんな研究をしているのか訊ねると、

 

「聞きたいか?」

 

美波はマッドサイエンティストの様な狂気じみた顔で自分がこれまでどんな研究をしてきたのか明乃に話そうとする。

 

「や、やっぱり遠慮しておこうかな‥‥」

 

美波の豹変ぶりから、聞いて話らないと本能的に直感した明乃は聞くのを止めた。

 

(個人的にはちょっと興味あるかな‥‥)

 

(このちびっ子、ウルスラの上位固体かな?‥‥ウルスラと会わせたら気が合いそうだけど、会話の内容は理解できないだろうな‥‥)

 

クリスは個人的には美波がどんな研究をしてきたのか、聞いてみたいと思い、ユーリは、ウルスラと美波はおそらく波長が合うのではないかと思った。

 

「ところで艦長」

 

美波が不意に明乃に声をかける。

 

「なに?」

 

「‥‥何故、手を繋いでいるんだ?」

 

明乃は美波の手を握って歩いている。

美波は何故、明乃が自分の手を握って歩いているのか気になっていたのだ。

もしかしたら、自分は子供扱いをされているのではないかと思ったのかもしれない。

 

「あっ!?あはははは‥‥ごめん、ごめん」

 

明乃は慌てて美波から手を離さす。

どうやら、明乃は無意識のうちに美波の手を握っていたみたいだ。

 

「こういう所歩いていると『はぐれないように』ってつい昔のクセで‥‥」

 

小学生時代‥‥両親を海難事故で亡くし、もえかと出会った施設時代‥‥いや、それ以前からどこかに出かけた際、明乃は一人にするとフラフラとどこかに行ってしまう迷子クセがあり、それを防止するために誰かと手をつないでいれば、一人でフラフラとどこかに行くことはない。

施設時代、明乃はもえかの手を握って外出先は過ごしていた。

今回もそのクセが出たのだ。

 

「自分がはぐれるのか‥‥」

 

美波は自分が子供扱いされたのではなく、問題は明乃自身にあったことに思わずツッコミをいれた。

もっとも、美波の手を繋いだのが、明乃ではなくテアだったら、身長からして二人とも小学生として見られていただろう。

とはいえ、美波は飛び級生であり、実年齢はまだ12歳なのであながち間違いではない。

やがて、伊良子のお目当てである食品コーナーにて、伊良子は同じ食材でも炊事員として目利きをして食材を吟味する。

伊良子が食材を買っている間もクリスとユーリは自分たちを尾行している平賀たちの動向を気にかけながら、尾行に気づかれたそぶりを見せずに買い物に付き合った。

 

「おぉーこれがジャパニーズ、食玩か‥‥」

 

「おまけ付きのお菓子なのに、結構精密に出来ているね」

 

「このガチャポンってやつも凄いねぇ~」

 

クリスとユーリはキャラクター菓子の食玩やガチャポンに興味津々な様子だった。

しかし、今は余計な買い物をするわけにはいかないので、見るだけで終わった。

 

「お待たせー!!ごめんねー!!」

 

そして、ようやくケーキの材料を購入した伊良子が戻ってきた。

 

「材料買えた?」

 

「うん、それでねぇ‥‥」

 

伊良子ある物をポケットから出す。

 

「じゃ~ん!一枚だけだけど抽選券貰っちゃった!!」

 

ケーキの材料を買ったついでにレジで伊良子は抽選券を貰った。

 

「これで一回福引ができるんだって」

 

ちょうとこのショッピングモールでは福引をしているみたいだった。

 

「何が当たるんだ?」

 

「それは分からないけど、商品券とか当たったら、フルーツとかも買って、豪華なケーキになるね!」

 

何が当たるのか、分からなかったが、もし当たるとすれば、商品券で追加のケーキの食材などを買いたいと伊良子は願うが、

 

「いや其処は、トイレットペーパーに使うでしょう」

 

和住が伊良子に突っ込む。

たしかにギリギリの予算内でトイレットペーパーの買い出しに来たのだから、商品券が当たれば、トイレットペーパーをもっとたくさん買うことが出来る。

晴風でも、ヒンデンブルクでもトイレットペーパーの使用用途はトイレ以外にも使用されているので、いくつあっても足りないぐらいなのだから‥‥

 

「福引きの賞品と言えば豪華旅行券!」

 

和住は豪華旅行券が当たれば良いと思っていた。

確かに福引の特賞は国内、海外の旅行券であることが多い。

 

「そんなのを当てて如何するんだ?」

 

美波はこの状況下では、仮に特賞が当たったとしても旅行に行ける余裕などなく、当てても意味がないと言う。

 

「金券ショップに売ればお金にできる。そうすればトイレットペーパー代が浮く」

 

和住は特賞の旅行券が当たったら、ここの金券ショップで現金に替えると言う。

まぁ、確かに売れば和住の言う通り、現金に換金できる。

しかし、それは福引に当たればの話だ。

 

「うわー夢がない」

 

「捕らぬ狸の皮算用」

 

確かに和住の言うことは現実的で夢がないし、そもそも手に入るか如何か分からない物を当てにして計画を立てるあたりは美波の言う通りだった。

 

「それで、どうするの?もう、トイレットペーパーを買って艦に帰る?」

 

クリスがあとはトイレットペーパーを買うだけなので、トイレットペーパーを買って艦に戻るかを訊ねる。

ただ、その前に自分たちを尾行しているブルーマーメイドを撒く必要がある。

このままでは送り狼で、彼女たちを晴風とヒンデンブルクに案内することになる。

 

「うーん‥せっかくだし、やっていこう」

 

明乃は折角の福引券なのだから、やっていこうと言う。

晴風のメンバーにブルーマーメイドが尾行していることを伝えてもいいのだが、ここで教えて相手にバレても面倒なので、もう少し様子を見ることにした。

 

買い出し組がショッピングモールで買い物をしている頃、晴風の甲板では‥‥

 

「暇だ~‥‥ルナ、何か面白い話して」

 

 

広田は、駿河に何か暇つぶしに面白い話をするよう言う。

 

「何!?その無茶ぶり!?」

 

行き成り、面白い話をしろと言われ、驚愕する駿河。

しかし、話題を振られたので、うーん‥‥と考えつつも、話題が浮かんだ。

 

「そうだな~‥‥じゃあ落語を一つ」

 

考えた結果、思わず落語を話す。

 

「えっ?落語!?」

 

「うそっ、ルナが落語を?」

 

「テレビで見たのかしら?」

 

駿河が落語を話すのが珍しいのか、三人は、ギョッと驚く。

 

「えっとね~」

 

とは言え、駿河は話を続ける。

 

「高いお皿で餌をあげていると猫が二両で売れる話なんだけど‥‥」

 

「いきなり、オチから言うな!」

 

いきなりオチから話す駿河に広田がツッコム。

 

「だって、其処以外忘れちゃったんだもん‥‥っていうか、皆知っている話だったの?」

 

「忘れたのに話そうとしたのね」

 

「まぁ、それなりに有名な話だからねぇ~‥‥」

 

如何やら、駿河が言う話は、三人とも知っている話だったので止める。

 

「そーだ!!この前スーパーに行った時の話なんだけど‥‥」

 

話を切り替え、この前、駿河が買い物でスーパーに行った時の事を話す。

 

「お魚売っているコーナーに塩鮭があったのね、でもその中に何と甘口が有ったんだよ!!プロでも有るんだね~塩と砂糖間違える事っていう面白い話」

 

「いや甘口って、そう言う意味じゃないから」

 

「アハハハ‥‥面白いわーこの子!!」

 

駿河の面白い話に若狭は呆れ、広田は面白がって笑う。

 

そんな時、

 

「何の話しているの?」

 

「ほっちゃん!!あっちゃん!!」

 

そこへ、先程まで甲板にて洗濯物を干していた杵﨑姉妹が訪ねてきた。

 

「まぁ、何でもない話だよ」

 

「そうそうルナが可愛いねって話」

 

「そうだったの?」

 

「でも甘口の間違いはちゃんと教えた方が良いと思うわ、この子の将来の為にも‥‥」

 

伊勢は駿河の未来を考えて間違いはここでちゃんと訂正しておかないと追々困るだろうと言う。

 

「育児に悩む母か?」

 

そんな伊勢の態度に若狭がツッコミを入れる。

 

「じゃあ代表して、ほっちゃん、あっちゃんに伝えてもらいましょう」

 

「えっ!?何が?」

 

「何を?」

 

何の話なのか、杵崎姉妹の頭の上に?マークが浮かぶ。

その後、杵崎姉妹に先の話の事を説明する。

 

「甘口は甘い訳ではない‥‥よし、覚えた!!」

 

そして、杵崎姉妹からの説明を聞いて駿河の知識力が上がった。

 

「ルナは、理解力は結構高いんだよね~~」

 

「やればできる子~~」

 

『偉い!!偉い!!』

 

駿河の知識力が上がったのを四人は、褒める。

 

「とりあえず、これでカレーに砂糖入れて甘口カレー、何て未来は起こらなくなったわね」

 

それに比べて、広田は、皮肉を言う。

 

「大丈夫、大丈夫!私そんなに料理しないし!」

 

「おーっと、根底から覆す解決策」

 

何とも無責任の解決策だ。

 

「そうだ!?」

 

ほまれは、ある事を思い出す。

 

「そろそろおやつにしようと思っていたんだけど、一緒にどう?」

 

如何やら、杵﨑姉妹は、おやつを一緒に食べようと、機関員四人組を誘いに来たのだ。

 

「おぉ~良いね~」

 

「わ~い!!」

 

おやつを一緒に食べるのに四人は、大喜びで賛同する。

 

「機関長も呼ぶ?機関室で寝ていると思うけど‥‥」

 

若狭は、機関室で鼾をかきながら寝ている柳原も誘おうとしたが

 

「あぁー寝ているなら起こさない方が良いかな~~」

 

ほまれがそれを止める。

しかし、後で四人が杵崎姉妹のお手製のおやつを食べたことを知っても機嫌が悪くなりそうだ。

 

「何で?」

 

何故、柳原を起こしては、いけないのか理由を聞く。

 

「マロンちゃん寝起きがあんまり良くないから‥‥」

 

「機嫌悪いの?」

 

「う~ん‥‥そうじゃなくて、起こした人を巻き込んで二度寝しちゃうんだよ」

 

「前にお泊り会した時は大変だったんだよ‥‥」

 

如何やら、杵崎姉妹の説明によると柳原は、相当、寝起きが変な方向で悪い様だ。

起こしに来た人を抱き枕にして寝るなんて‥‥

その為、経験がある杵崎姉妹はあえて起こさない様に止めたのだ。

 

((((可愛い‥‥))))

 

柳原の寝起きの悪さを聞いて、広田と若狭は、想像しただけでも、柳原のその姿が可愛いと思った。

その後、機関員四人組は、杵﨑姉妹に誘われ、おやつにする事にした。

 

杵﨑姉妹からおやつに御呼ばれされ、機関員四人組は、女子会の様に集まり、更に艦首でマチコと写真を取っていた青木と等松も集まる。

ただ、マチコは仕事の為か、その場には居なかった。

 

「杏仁豆腐作ったから食べて」

 

「どうぞ!!」

 

杵﨑姉妹が作って来た杏仁豆腐が振舞われ、皆は、おやつを食べる。

そんな中、駿河がこれからの事についての不安を口にする。

 

「学校に帰ったら私たち怒られるのかな~?」

 

駿河は、今度の事で帰港したら、校長の真雪に怒られると思いおもわず溜息を吐く。

 

「まさか停学とか退学にならないよね~?」

 

広田の方は、今度の事で晴風の生徒全員が停学または退学の処罰が下されるかと不安になる。

成績が底辺ながらも、苦労して入学した高校なのだ。

訳の分からない事件に巻き込まれて退学ではあまりにも理不尽だ。

 

「ブルマーに成れないとか?」

 

広田の言葉を聞いて、伊勢は、ブルーマーメイドを略語で言う。

 

「ブルマー?」

 

行き成り略語で言った為、駿河には、ブルーマーメイドの言葉を略したのが分からなかった。

 

「ブルーマーメイド」

 

そこで伊勢は、駿河に今度は正式名称で言う。

 

「無い、無い‥‥だって宗谷さん校長の娘さん何だって」

 

若狭は、真白が真雪の娘だから、真白がいる限り、晴風のクラスには処罰が下される事はないと思った。

しかし、真雪は確かに真白の母親であるが、ちゃんと公私は分ける人間なので、もし、晴風の方に問題があるのであれば、娘が居ようとも容赦はしないだろう。

 

「えっ!?本当!!」

 

「ああ、校長も宗谷だ!?宗谷真雪‥‥宗谷さん、真白だよね?」

 

真白が横須賀女子の校長である真雪の娘だと知って、二人は驚く。

 

そんな中、

 

『ん?』

 

ミーナに艦内を案内していた真白と黒木が偶然、そこに居合わせて、たまたま彼女たちの会話を聞いてしまう。

 

「真雪にましろかぁ、雪は白いもんね~」

 

「えぇ~でも校長の娘さんなのに、うちのクラス?駿河とかじゃないんだ?」

 

若狭は、真白が真雪の娘なのに何故、成績優秀の戦艦駿河ではなく、成績不良の晴風に配属されたのか、気になる様子。

まさか、真白が入試で大ポカをしたことを若狭たちは知らなかった。

 

「うっ!?」

 

若狭の言葉を聞いて、真白は落ち込む。

だが、そんな真白を見て黒木が、

 

「余計なお喋りは止めなさい!!」

 

と余りに余計なお喋りをするクラスメイトたちにやめる様に声を荒げる。

更にミーナも、

 

「この噂好きのドグサレ野郎共!!修理する箇所がいくらでもあるだろ!!取り掛かれ!!」

 

と、渇を入れた。

 

『は、はい~!!』

 

ミーナの一喝を受け、持ち場へと慌てて戻って行った。

 

「気にしないでね、宗谷さん」

 

クラスメイトたちが去った後、落ち込む真白を黒木は、慰めようとする。

 

「‥‥」

 

だが、さっきのクラスメイトたちのお喋りを聞いて、真白は落ち込んでいた。

真白が落ち込んでいるその頃、

 

「あぁ~!?Abyssの箱だ!?」

 

甲板で漂流物を拾っていた姫路と松永が通販会社のロゴが書かれた箱を見つけ、二人は、その箱を引き揚げる。

 

「通販の箱なんだから、雑誌とか入ってないかな~?‥‥あれ?」

 

中に何が入っているのか、ウキウキしながら箱の蓋を開けてみると、其処には蓋が開いた飼育箱があり、中から、ハムスターの様なネズミが飛び出して、甲板を走り去っていった。

 

「な、なんだ?‥‥あれ‥‥」

 

「さあ?」

 

いきなりのことで事態が把握できなかった姫路と松永。

ちょうどその頃、機銃座で昼寝をしていた五十六が、甲板を走るネズミの姿を見つける

ネズミを見た瞬間、普段の鈍足な動きからは信じられない速さ‥‥まるで、野生の本能に目覚めたかの様に、五十六はそのマウスを追いかけて行った。

そして、ネズミは、偶々その場にいた、真白、黒木、ミーナの足元を通過した。

 

「ネズミ?」

 

ミーナが足元を見て、真白が左を向くと、ネズミを追いかけていた五十六が突進してきた。

 

「うわぁ!?‥‥ぐはっ!?」

 

驚きの余り、尻もちをつく真白、更に追い打ちをかけるかのように五十六が真白の腹に乗り飛び越えていった。

 

「宗谷さん大丈夫?」

 

黒木が真白に心配して声を掛ける。

 

「まったく、猫なんか乗せるから~!!」

 

真白は、つくづく自分の運の無さに悔やむのだった。

 



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65話

 

 

横須賀に戻る途中、トイレットペーパーの在庫が無くなると言う不測の事態が起きた晴風とヒンデンブルク。

 

幸い近くに海上ショッピングモールが存在した。

 

そこで、両艦から買い出しのための選抜メンバーを選出し、買い出し組が四国沖にある海上ショッピングモールへと買い出しに行っている間、晴風のクラスメイトたちは、当直者以外は皆、思い思いの自由時間を過ごしていた。

 

そして、それはヒンデンブルクでも同じだった。

 

「マグロ~♪カツオ~♪マンボウさ~ん~♪~」

 

「さんま~♪ひらめ~♪トビウオさ~ん~♪~」

 

食堂で機関長のジークと将棋を指していたシュテルの姿は甲板にあり、隣には一緒に将棋を指していたジークの姿もあり、二人は、今度は釣りをしていた。

 

甲板の上に座り、海に釣り糸を垂らし、どこかの擬人化した特型駆逐艦が潮干狩りの際に歌っていたような歌を口ずさみながら、魚が来るのを待っている二人。

 

それから数十分後‥‥

 

魚は来ず、二人はジッと釣り糸を見ている。

すると、

 

「豆知識~」

 

ジークがいきなり、豆知識を披露してきた。

 

「なぁ、なぁ、シュテルン」

 

「ん?」

 

「枝豆は大豆やねんでぇ~」

 

「へぇ~‥‥っていうか、それぐらい知っているよ」

 

「‥‥ちゃうねん」

 

「えっ?」

 

「それは『豆知識』やのうて、『豆の知識』や、言うてほしかった‥‥」

 

「あぁ~‥‥ごめん‥‥っていうか分かりにくいボケだな」

 

ジークの分かりにくいボケに対してツッコミを入れるシュテルだった。

 

「そういえば、『痔』ってな、日本語のひらがなで、『ち』に点々を点けるやんか」

 

「あ、ああ‥そうだね」

 

すると、今度は痔について語りだしたジーク。

 

「でもな、普通『ち』に点々なんか使わへんよな?」

 

「そうか?鼻血の血もひらがなに直すと『ち』に点々をつけているぞ」

 

「でもな、この前、国語辞典で調べたら、『し』に点々になっとんたんよ」

 

「‥‥そうか」

 

「で、ついでにいろんな言葉を調べていたら、アザラシってな、漢字で海の豹って書くやんか‥‥」

 

「ああ、そうだな」

 

「やっぱり、ああ見えてもきっと凶暴なんやろうな」

 

「水族館や動物園のアザラシは兎も角、野生のアザラシはペンギンも襲って食べるからな」

 

「海と言えば、うち、一度でええから、イルカの背中に乗ってみたいなぁ~」

 

「まぁ、水族館のショーでは定番だしな。あれは確かに面白そうだ」

 

「そうやろう?でな、イルカって漢字で書くと、海の豚って書くやんか」

 

「そうだな」

 

「でな、豚は豚でも、なんで海に居るのに、河の豚って書いてフグって読むんやろう?」

 

「そうだね‥‥あっ、そういえばイルカと言えば、諸説あるけど、イルカは海に住んでいるけど、たまに溺れることがあるらしい」

 

「そうなんや」

 

「あと、かつお節って世界一固い食品としてギネスに認定されているらしいよ」

 

「そうなんや‥‥他には?」

 

「えっと、詳しいメカニズムは分かっていないが、普段は水中で生活をするマンボウは、たまに海面に横になって浮かんでいることがあって、これをマンボウの昼寝って言うらしい」

 

「へぇ~」

 

未だに魚がかからない釣り糸を垂らしながら、シュテルが魚に関する雑学を披露していると、

 

「釣れますか?」

 

そこにウルスラがやってきた。

 

「全然、あまりにも退屈だから、ジークと雑学を語っていた」

 

「雑学‥ですか‥‥どんな雑学なんですか?」

 

「痔について語ってたんや」

 

「ちょっ、ジーク、それってどっちの!?『し』に点々?それとも『ち』に点々!?」

 

「痔?艦長か機関長は痔なんですか?なんなら、診察しますけど?」

 

「いや、違うから!!私もジークもボ○ギノールのお世話になるような事態にはなってないから!!」

 

シュテルは慌ててウルスラに自分たちが痔ではないと否定した。

 

ショッピングモールへの買い出し組が戻るまで、晴風とヒンデンブルクではのんびりと平和な時間が訪れていた。

 

しかし、平和時間が訪れていたのは晴風とヒンデンブルクだけではなかった。

 

海上ショッピングモールを挟んだちょうど、反対側には真雪の要請を受けた横須賀女子の明石、間宮、浜風、舞風が停泊していた。

 

行方不明となった学生艦の内、晴風が一番近いと予測されたので、ブルーマーメイドと共に捜索と補給にきたのだが、突如、ブルーマーメイドの平賀監察官より、哨戒活動の中止と現状待機を命じられたのだ。

 

そこで、明石艦長の杉本珊瑚は間宮へと訪問した。

 

間宮のタラップの傍の甲板には横須賀女子の制服を纏った眼鏡をかけた一人の女生徒が居た。

 

「やぁ、間宮艦長」

 

杉本はその女生徒に声をかける。

彼女は間宮艦長の藤田優衣だった。

 

「話は聞いている?」

 

「聞いている。ブルーマーメイドと一緒に行方不明の学生艦の捜索‥‥可能であれば補給でしょう?今一番近くに居るとされているのが、晴風ってこともね」

 

「うん、まぁ、その話もあるけど、さっきウチのが信号を送ったでしょう?ヨ・ウ・カ・ン・ヲ・ク・レ~、カ・ス・テ・ラ・ヲ・ク・レ~って」

 

杉本は藤田に手旗信号で先程、間宮にお菓子を要請した旨を確認する。

 

「はいはい、そっちも聞いています。ちゃんと明石に届けるから」

 

「いや~助かるよ~お菓子があると士気が上がるからねぇ~」

 

杉本はちゃんと要請が受け入れられていることにホッとする。

ユーリあたりがいれば、きっと杉本の言葉に同意するだろう。

 

「こっちもそういってもらえると作り甲斐があるわ」

 

「お礼に間宮の修理するところ、あったら直すけど?」

 

「大丈夫よ。まだ出航したばかりだし」

 

「そう‥‥まぁ、念のため、各部の点検だけはしてあげるよ」

 

藤田は特に壊れている所はないと言うが、念のため、明石の総点検だけは受けることにした。

すると、杉本はなにかに気づき、藤田に近づくと、彼女の匂いを嗅ぐ。

 

「スンスン‥‥」

 

「な、なに?急に‥‥どうしたのよ‥‥?」

 

「いやぁ~流石、間宮は衛生管理も特別にしっかりしているから、いい匂いがすると思って‥‥」

 

杉本は藤田の匂いを嗅ぎ、

 

「あれだねー、石鹸と洗剤とスイーツな香りが渦巻いているね」

 

「‥‥ちょっと待って、それって本当にいい匂いなの?」

 

杉本の表現からはいい匂いどころか、なんか匂いに酔いそうな匂いだ。

 

「というか、二人だけの時は名前でいいわよ。わざわざ艦長って呼ばなくても‥‥」

 

藤田は二人っきりの時は、別に自分の事を「間宮艦長」と呼ばなくてもいいと杉本に言う。

 

「えぇ~せっかく、艦長になれたんだし、今のうちに呼ばれ慣れておきなって~それとも、名前で呼ばれたいの?」

 

「別にそういう訳じゃないけど‥‥まだちょっと慣れていないのよ」

 

そして、杉本と藤田は間宮の甲板に腰を下ろした。

 

「その点、私は入学前から艦長になる気満々だったから呼ばれたい放題だね」

 

「まぁ、珊瑚はねぇ‥‥もともと、会った頃からそうだったし‥‥っていうか、その自覚があるなら、靴のかかとを潰して歩く癖、直しさないよ。示しがつかないわよ」

 

「前代未聞でしょう?そんな艦長」

 

「開き直らないの!!」

 

シュテルにクリス、ユーリ、ジークたち‥‥

 

ミーナにテア、

 

明乃にもえか、

 

が居るように杉本には藤田‥‥仲の良い友人が互いに互いを支えていたのだった。

ただ、艦長と言うには個性が強い気もする。

 

 

ショッピングモールでの買い出し組はモールで行われている福引券会場へとやって来た。

 

「あっ、見て!!一等はトイレットペーパー一年分だって!!」

 

「なんか微妙な一等だな‥‥」

 

福引の一等の景品が今、自分たちが欲するトイレットペーパー‥‥しかも一年分。

一年分はいらないが、ここから横須賀までの距離ならば、持てる分だけでも十分な量だ。

 

「でも、狙ったように一等を狙えるかな?」

 

「参加賞のポケットティッシュ一個じゃあ、焼け石に水以下だもんねぇ~」

 

「あっ、でも、私よく福引で一等があたることがあるから、ダイジョブだよ」

 

明乃は昔から幸運体質でこういう福引では結構上位の賞を当てていた。

 

(確かに彼女には神のご加護の値が異常に高い‥‥なんか、神に愛されているって感じね‥‥)

 

クリスは明乃をジッと見てそんな風に思っていた。

 

「ねぇ、クリス」

 

「ん?」

 

「トイレットペーパーを持って、逃げ切れるかな?ブルーマーメイドの人たち、だんだんと近づいてきているよ」

 

「‥‥いざとなったら、私たちで対処しないとね‥‥」

 

「犯罪にならないかな‥‥?」

 

クリスはいざとなれば、明乃たちを逃がすために自分たちで、今、尾行をしているブルーマーメイドの隊員たちに対処するつもりでいた。

 

クリスとユーリがブルーマーメイドの隊員たちの対処を話している中、明乃が福引のハンドルを回す。

 

落ちてきた玉の色は‥‥

 

「トイレットペーパー、一年分おめでとうございま~す!!」

 

やはり、ここでも明乃の幸運体質は発揮され、彼女はお目当てのトイレットペーパーを引き当てた。

 

「やった~!!」

 

「艦長‥じゃなくて岬さん凄~い!!」

 

「何て運の良い‥抽選券一枚しか貰えなかったのに‥‥」

 

明乃本人から聞いてはいたが、こうして改めて彼女の幸運体質を見ると、やはり驚く。

 

「良かったね。トイレットペーパーまだ買わなくて」

 

「でも一年分なんて如何やって、持って帰るんだ?」

 

クリスとユーリが居るとはいえ、トイレットペーパー一年分はあまりにも数が多い。

 

「ご自宅までお送りしますよ」

 

どうやってトイレットペーパーを艦まで持ち帰るか考えていると、店員が宅配も可能だと言いう。

 

『えっ?』

 

店員の話を聞き、晴風組は円陣を組む。

 

「如何しよう?‥‥船まで送って貰えないし‥‥」

 

「持てるだけ持って帰ろうよ~」

 

もったいないが、買い出し組のメンバーが持てる分だけのトイレットペーパーを直接手で持って帰ることになった。

 

両手にトイレットペーパーを持ち、無料シャトルバスの駅まで戻ろうと歩いていると‥‥

 

「ん!?」

 

買い出し組の前に平賀たち、ブルーマーメイドの隊員が立ちはだかる。

 

「貴女たち、晴風の乗員ね!?」

 

『うえっ!?』

 

突然、ブルーマーメイドの隊員たちが自分たちの前に現れ、しかも正体がバレていた。

この事態に、

 

「戦略的撤退よ~!!」

 

急いでトイレットペーパーを捨てて、その場から逃げる。

 

「ま、待って~皆!!」

 

明乃は一歩遅れて逃げる。

 

「待ちなさい!!」

 

平賀たちは急いで後を追いかける。

 

だが、急いで逃げた為、通行人の少年が逃げる和住を避けようとしたせいで地面に尻もちを着く。

 

「あっ!?」

 

明乃が地面に尻もちを着いた少年に気づき、

 

「大丈夫?」

 

立ち止まり、少年声をかけながら、彼を起こす。

しかし、これが大きなロスとなり、

 

「うっ、うぁぁぁ~!!」

 

明乃は、寒川と志度に取り押さえられてしまった。

 

「ああっ!!艦長!!」

 

伊良子が、明乃が捕まってしまったことに気づく。

すると、

 

「うりゃぁぁー!!」

 

ユーリが寒川にドロップキックをかまし、

 

「はっ!!」

 

クリスが志度に足掛けをする。

当然のクリスとユーリの攻撃を受けて、寒川と志度は地面に尻餅をつく。

 

「今のうちに!!」

 

「う、うん」

 

寒川と志度の二人を倒し、クリスが明乃の手を引いて、再び逃走する買い出し組。

 

「あっ!?」

 

平賀はまさか、学生がブルーマーメイド隊員に反撃するとは思ってもおらず、クリスとユーリの反撃を見て、唖然としてしまうが、すぐに再起して、

 

「お、追うわよ!!」

 

「は、はい‥‥」

 

「いったぁ~‥‥」

 

お尻をさすりながら、寒川と志度は起き上がり、買い出し組を追いかけようとするが、既に買い出し組は人ごみの中に消えてしまった。

 

「くっ‥‥」

 

平賀は悔しそうに苦虫を嚙み潰したように顔を歪めた。

 

 

「ハァ‥ハァ‥‥ま、まさかブルーマーメイドの人が来るなんて‥‥」

 

「しかも私たちの事を捕まえようとしていたよ!?」

 

「私たちやっぱり、犯罪者として認定されていたんじゃあ‥‥」

 

「絶体絶命‥‥」

 

晴風の買い出し組が平賀たちの出現にやはり、自分たちは横須賀に戻っても犯罪者として扱われるのではないかと不安になっていた。

 

「まぁ、とにかく、今はこの事態を切り抜ける方が先でしょう?」

 

クリスはひとまずここは、無事にショッピングモールを脱出して艦に戻ることが先決だ。

 

「でも、どうやって‥‥?」

 

「これだと、水上バスの停留所も抑えられているかも‥‥」

 

「その辺は帽子や眼鏡、髪型を変えてなんとかするしかないね。でも、一番面倒なのが‥‥」

 

「ブルーマーメイドの人‥‥」

 

「その辺は何とかするから、貴女たちはしばらくここで待っていて」

 

「えっ?何とかするって‥‥」

 

「相手はプロですよ」

 

「一応、これがあるから、やるだけやってみるよ」

 

クリスとユーリは懐からワルサーPPK/Sを取り出す。

 

「拳銃!?」

 

「それって本物!?」

 

日本の日常生活ではお目にかからないモノを見て、ギョッとする晴風買い出し組。

 

「銃自体は本物だけど、入っている弾は訓練弾だから、弾が当たっても死にはしないよ」

 

「でも、目に当たったら、失明はするかも」

 

『えっ?』

 

クリスの訓練弾だから『死にはしない』の言葉にホッとするが、ユーリの発言に再びその場の空気が凍る。

 

「ユーリ、サイレンサーは持ってきている?」

 

「もち、流石に銃声が鳴るとやばいからね」

 

ユーリはカバンからサイレンサーを取り出し、銃口に装着する。

 

「それじゃあ、行ってくるから」

 

「は、はい」

 

晴風の買い出し組は心配そうにクリスとユーリを見送る。

 

「それじゃあ、私は二人を相手にするから、ユーリはあのおっぱいがデカい人の相手をよろしく」

 

「あれ?てっきり、クリスがあの人の相手をするかと思ったけど?」

 

「いくら、ユーリでも二人を相手にするのは無理があるでしょう」

 

「確かに‥‥」

 

それから二人は行動に移す。

 

わざと平賀たちの前に姿を見せる。

 

当然、平賀たちは二人を追いかけるが、途中で二手に分かれて逃げる。

 

平賀は寒川と志度の二人に片方を追わせ、自分ももう片方を追いかける。

 

そして、平賀は人気のない場所へと誘い出される。

 

平賀は警戒しながら、進んで行くと、

 

パシュン!!

 

「くっ‥‥」

 

平賀の至近距離に訓練弾が命中する。

 

ユーリの射撃は精密であるが、相手もプロのブルーマーメイドの隊員。

 

体を最小限の動きで、ユーリの射撃を避けて近づいてくる。

 

そして、蹴りでユーリが手に持っていたワルサーを蹴り飛ばす。

 

「ちぃっ‥‥」

 

武器を手放してしまい、そこから格闘戦となる。

 

しかし、プロの相手との格闘戦ではユーリの方が、分が悪い。

 

徐々に追い詰められていくユーリ。

 

そして、平賀はユーリを無効化させるため、懐からテ―ザー銃を取り出し、その銃口をユーリに向けるが、

 

パシュン!!

 

別方向から訓練弾が飛んできて手に持っていたテ―ザー銃を弾き飛ばされてしまう。

 

「大丈夫?ユーリ」

 

「あっ、クリス‥‥そっちは終わったの?」

 

「ええ‥‥」

 

(人間が神に勝てるわけがないしね‥‥)

 

ユーリと平賀が戦っている場所へクリスが駆け付ける。

 

「ま、まさか、あの二人が‥‥」

 

「あぁ~大丈夫、殺してはいないよ。二人とも人気のない路地裏でお昼寝中‥‥だから‥‥貴女には色々聞かないとねぇ~‥‥」

 

クリスは口を三日月の様な形に歪め怪しい笑みを浮かべる。

 

「ひぃっ‥‥」

 

(あっ、やべぇ‥‥クリス、変なスイッチが入っちゃった‥‥)

 

クリスが日ごろ、胸の大きさにコンプレックスを抱いていることをユーリは当然知っている。

 

だからこそ、爆乳の平賀相手には容赦しないだろうと思った。

 

(な、なんなの?この子‥‥本当に高校生?)

 

平賀はクリスが放つオーラに思わず悲鳴を上げ、思わず後ずさる。

 

「大丈夫、大丈夫、素直に話してくれれば、何もしないわ‥‥でも、嘘をつくようなら‥‥最悪、お嫁にいけない身体になるかもねぇ~‥‥」

 

手をゴキっ、ゴキっ、と鳴らしながら、ゆっくりと平賀に近づく。

 

平賀は完全に蛇に睨まれた蛙となり、その場から動けなくなる。

 

「さあ、話してもらうわよ。ブルーマーメイドは晴風に冤罪を何故着せたのか‥‥嘘だと思ったら、容赦なく、神の鉄槌を下すわよ」

 

(クリス、完全にヤバいぐらい、ぶっ飛んでいる‥‥神の鉄槌って、これが中二ってやつか?)

 

「ま、待って、私は宗谷真霜監督官の指示で晴風の捜索と救助に‥‥」

 

「だったら、なんで、岬明乃をまるで犯罪者を捕まえるように扱った?あの場で、声を普通にかければ、少しは状況が変わったのに‥‥」

 

「そ、それは、貴女たちが逃げるから‥‥」

 

「そもそも、晴風側の事情を一切聞かずに、一方的に犯罪者に仕立て上げたのは貴女たちじゃない」

 

「わかっています。でも、それは一部の者たちで、宗谷監察官は晴風の無実を訴えています!宗谷校長も捜索と共に補給と補修の為の間宮と明石を派遣しました!!」

 

平賀はクリスの様子から、下手に嘘をついたら何をされるのか分からないので、正直に話す。

 

クリスは当然、平賀が言っていることが嘘ではないと分かっていた。

 

しかし、クリスの平賀の胸に対する嫉妬はおさまらず、ユーリ自身も見ていて平賀が可哀想になるぐらい、彼女はクリスから恐怖を植え付けられた。

 

結局、最後は平賀が真霜に連絡を取り、なんとか信じてもらった。

 

ただ、クリスは平賀に個人的なお仕置きが出来ずに残念そうだった。

 

その後、路地裏で倒れていた寒川と志度を起こし、明乃たちと合流した。

 

そこで、平賀の口から、晴風の安全を確約されたことを伝えられ、晴風の買い出し組はホッとした様子。

 

補給艦である間宮、明石もこの近くで停泊していると言うことで、それらの艦艇も晴風の下へと向かい、補給と補修することになった。

 

太陽がだんだんと水平線の彼方に沈んだ頃、

 

海は少し荒れてきた。

 

「漂流物漁っている場合じゃなくなってきたねぇ~」

 

「気持ち悪い~」

 

昼間からずっと漂流物を漁っていた姫路と松永であったが荒れてきた海の中で、漂流物を拾う作業をしており、船酔いを催した様子。

 

二人の周りには、漁った漂流物が山ほど置かれていた。

 

艦橋では、

 

「艦長たちはまだか!?」

 

真白が怒鳴りながら艦橋に戻って来た。

 

「まだですねぇ~」

 

買い出しに出かけたのは、昼前なのにもう時刻は夕方‥‥

あまりにも遅い。

 

「何呑気に買い物しているんだ~?」

 

帰りが遅い買い出し組に呆れる真白。

 

そこへ、

 

「ぬう~」

 

五十六が艦橋に突然やって来て、

 

「ん?ひっ!?」

 

真白は、何かと思い五十六の方を向くと思わず変な声をあげ、ドン引きする。

 

その訳は、五十六があるモノを口の咥えていたのだ。

 

それは、昼間、通販会社の箱から逃げたあのハムスターに似たネズミだった。

 

五十六はネズミを生け捕りにして、まるで艦橋の皆に自慢するかの様に見せた。

 

「かわ‥‥いい‥‥」

 

立石は五十六が生け捕りにしたマウスを見て、可愛いと頬を赤く染め、五十六が床に置いたネズミを手に取る。

 

「ぬぉぉぉ~!!」

 

すると五十六がまるで『俺の獲物を横取りするな!!』と言っているかの様にネズミを取り替えそうとするが、

 

「こら、こら、」

 

西崎が五十六を抱えてしまい、五十六はネズミを取り返すことが出来なかった。

 

ネズミは自らを手のひらに乗せてくれた志摩の頬に自らの頬を寄せる。

 

その様子から、このネズミは結構人懐っこい性格みたいだった。

 

「人懐っこいですねぇ~」

 

「生き物は、持ち込み禁止だろう!?」

 

「飼い主が見つかるまで預かっておきましょうか?」

 

五十六の件もあり、このネズミも晴風のクラスメイトの誰かのペットかと思われた。

しかし、このネズミ‥‥ネズミと言うにはあまりにも毛皮がハムスターにそっくりな色だったので、艦橋メンバーはこの生き物がハムスターだと思っていたのだ。

 

その頃、ヒンデンブルクでは、

 

「遅いですね、副長と砲雷長」

 

メイリンが艦橋の時計を見ながら、心配そうにクリスとユーリの帰りが遅いと言う。

 

「うん‥‥」

 

シュテルも艦橋に上がっており、確かに夕方になった今でも戻らない二人の事を心配している。

 

「何かあったのでしょうか?」

 

「‥‥」

 

イタリアやイギリスの経験から何かあったのではないかと不安になるシュテル。

その頃、CICでは、

 

「ん?」

 

当直の監視員が水上レーダーにこちらに接近してくる艦影を捉えた。

 

「CIC、艦橋。水上レーダーに反応!!右60度!!距離200に艦船らしき反応、四隻確認!!」

 

CICからの報告を受け、艦橋に居たメンバーが双眼鏡で右方向を見る。

 

そこには横須賀女子所属の明石、間宮、そして晴風と同型の駆逐艦二隻の姿があった。

 

「所属を確認!!」

 

「は、はい」

 

メイリンが急いで、接近中の艦船の所属を確認する。

 

「‥‥確認できました!!横須賀女子所属の明石、間宮、浜風、舞風です!!」

 

「どうしますか?」

 

「総員配置!!突発の事態に備える!!ただし、こちらからは発砲を許さず‥だ!!」

 

「大丈夫でしょうか?」

 

「まぁ、見たところ、戦闘艦は浜風と舞風だけ、しかもクラスは駆逐艦クラス‥‥教員艦やブルーマーメイドの姿は見られない‥‥だとしたら、むこうも戦艦である本艦にいきなり発砲することはないだろう」

 

シュテルは、相手は二隻居るとはいえ、向こうは駆逐艦であり、こちらは戦艦、しかも浜風、舞風の同型である晴風も居る。

 

猿島やシュペーのようなことはないだろうと思いつつも万が一を考えて、乗員を配置につかせた。

 




浜ちゃんが司会のクイズ番組、『トリニクって何の肉!?』で、『大豆は何の豆?』って出されたら、間違える平成生まれが一人は居そう‥‥


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66話

横須賀に戻る途中で、トイレットペーパーが無くなると言う不測の事態が起こったヒンデンブルクと晴風。

そこで、近くにあった海上ショッピングモールにて、トイレットペーパーの買い出しを好居ることになったのだが、そこには真霜から特命を受けたブルーマーメイドの隊員、平賀倫子たちと真雪の命令を受けた横須賀女子の間宮、明石、護衛の舞風と浜風が居た。

平賀たちはショッピングモールにて、買い出し組を拘束しようとするも、逆にクリスとユーリの二人に追い詰められた。

そこで、平賀は買い出し組に事情を話し、晴風にかけられていた叛乱容疑を撤回するために保護しよとしていたこと、また横須賀女子校長の真雪の指示で、補給と補習の為に明石、間宮を派遣したことを伝えた。

平賀の話を晴風のみんなに伝えるため、晴風へと戻る買い出し組だったが、これまでの猿島、シュペー、伊201、そして海上安全整備局から一方的に叛乱容疑をかけられた晴風のクラスメイトたちは疑心暗鬼になっており、接近してくる明石、間宮、舞風、浜風らの学生艦が自分たちを捕まえに来たのではないかと疑っていた。

晴風の護衛をしていたヒンデンブルク艦長のシュテルは、相手は四隻居るとはいえ、実質戦闘可能な艦は舞風と浜風の二隻で、しかもクラスは駆逐艦。

こちらは戦艦と駆逐艦‥‥

舞風と浜風が一方的に攻撃してくるとは思ってはいなかったが、万が一を考慮して、いつでも戦闘できる体制は整えた。

しかし、それは接近してくる舞風、浜風の乗員も同じで、日本の大和級とほぼ同じ大きさの戦艦相手に砲雷撃戦をしかけても勝ち目はないことぐらいは分かっている。

故に舞風、浜風の乗員は皆、緊張した面持ちでヒンデンブルク、晴風へと接近してくる。

明石、間宮、舞風、浜風の接近は晴風でも当然探知しており、見張り台のマチコが艦橋に報告を入れる。

 

「間宮・明石および護衛の航洋艦二隻!右60度!!距離200此方に向かう!!」

 

「また攻撃されちゃうの~!?」

 

「いやな予感が当たった!!」

 

「ど、如何しよう~艦長たち、まだ戻ってきてないし‥‥」

 

「ボイラーの火を落としているから、何れにせよ逃げられない!!」

 

艦長の明乃たち買い出し組はまだ戻らず、しかもボイラーの火を落としているから、逃げるに逃げれない。

 

「‥‥」

 

不安そうに事の成り行きを見る立石。

そして、彼女の手には先程、晴風の飼い猫、五十六が捕獲したハムスターに似たネズミが居た。

元々、このネズミは漂流物をあさっていた松永と姫路が回収した通信販売会社のボックスの中にあった飼育箱から出てきたネズミで、それを五十六が捕獲し、艦橋員に見せたら、立石が気に入ったみたいで、それからずっと彼女はそのネズミを手に抱いていた。

初めに見た時は、人懐っこい仕草と愛くるしい表情をしていたネズミだったが、この時のネズミの表情は先程とはうってかわって、まるで魔界の使い魔か小悪魔の様な怪しい雰囲気を出していた。

 

間宮、明石、浜風、舞風は探照灯を照らしながら、二手に分かれ包囲体勢を取る。

買い出し組はそれぞれのスキッパーで晴風、ヒンデンブルクへと向かう。

そして平賀たちブルーマーメイドの隊員と明乃を乗せたブルーマーメイドの哨戒艇も明石らの合間を縫うように晴風に向かって行く。

 

「明石、間宮、舞風、浜風、それぞれ包囲体勢を敷いています」

 

ヒンデンブルクのCICで四隻の動きが艦橋に伝えられる。

 

「どうします?」

 

「あくまでもポーズを決めているだけだ。気にするな」

 

包囲体勢をとられてもシュテルは慌てることなく、冷静に事の成り行きを見ている。

一方、晴風の艦橋はパニックになっていた。

 

「逃げられないよ~!!」

 

「ドマヌケ共が何をやっている!?艦長はどうした!?」

 

晴風の艦橋が不安とパニックとなっている時、ミーナが艦橋に怒鳴り込んできた。

 

「まだ戻ってきていません」

 

「何~!?」

 

包囲されそうになっている大変な時にまだ戻ってこない買い出し組に思わず声を荒げるミーナ。

見張り台ではマチコが引き続き、見張りを続けていると、

 

「艦長たちが戻ってきました!!っ!?ブルーマーメイドの哨戒艇もいます!?」

 

「何!?」

 

「ブルーマーメイドって、私たちを捕まえに来たの~!?」

 

艦橋の不安がピークになったその時、

 

「カレーなんか食ってる場合じゃねぇ~!!」

 

突然、艦橋に怒声が響いた。

 

『っ!?』

 

艦橋に居た皆が、誰がその声を出したのか、振り向くとそこには立石が居た。

だが、その時の立石の様子はいつもとは異なっていた。

普段の立石は口数も少なく、表情もほぼ無表情で、大人しそうな印象があるのだが、この時の立石は普段の様子とは全く異なり、フー、フーと威嚇する猫みたいに息を切らし、怒りの感情をむき出しにしていた。

普段、立石と行動を共にしている西崎もこんな立石の姿を見るのは初めてじゃないかと言うほど、今の立石は様子がおかしい。

 

「た、立石さん!?」

 

納沙も様子がおかしい立石に困惑している。

 

「何だ?カレーって‥‥?」

 

今日は金曜日ではないので、夕食のメニューは当然、カレーではない。

夕食のメニューでもないカレーの事を口走った立石に困惑するミーナ。

 

「そ、それより逃げないと‥‥」

 

このままでは自分たちはブルーマーメイドに捕まって牢屋に入れらえてしまうかもしれない。

だから、捕まる前に逃げようと鈴は言うが、

 

「何言ってんだ!!逃げてたまるか!!攻撃だ~!!」

 

攻撃は最大の防御と言うが、立石は逃げるくらいなら、明石、間宮、舞風、浜風に対して攻撃し、脅威を排除しようと言う。

口数もそうだが、やはり普段の立石らしくない言動だ。

 

「おっ?‥‥撃つか?撃つのか?」

 

普段と様子が違う立石に困惑しつつも、砲を撃てるかもしれないと西崎は少し期待した目をする。

 

「やめろ!!戦闘禁止だ!!」

 

これ以上誤解を生まないようにと真白は絶対に発砲は許可できないと言うが、

 

「黙れ!!」

 

立石は、まったく聞く耳を持たなかった。

 

「っ!?」

 

普段怒らない人が怒ると怖い‥‥まさにそれを体現したかのように立石の怒気に当てられてひるむ真白。

 

「タマちゃん如何しちゃったの~急に~!?」

 

立石の豹変に鈴は普段通り、涙目で叫ぶ。

 

「『もう逃げるのは嫌!』『そうよね。逃げちゃ駄目。私戦う~』『怖いかクソッタレ、当然だぜ。元グリーン・ベレーの俺に勝てるもんか』」

 

こんな時でも鈴同様、納沙は通常運転で、一人芝居を始める。

 

「いいから止めろ!!」

 

真白が立石を取り押さえようとし、西崎もそれを手伝う。

ブルーマーメイドや明石らの接近で、パニック状態になっているのかもしれない。

取り押さえて、冷静に戻さなければ、立石は本当に発砲しかねない。

 

「離せ~!!離せ~!!」

 

「大人しくしろ!!」

 

当然、二人に抑えられ立石は、暴れ出す。

 

『うわっ!?』

 

立石の火事場の馬鹿力なのか、物凄い力に真白と西崎は、壁に叩き付けられる。

 

「お、落ちつけ!!」

 

ミーナは、立石に落ちつけと言うが、二人を振り払った立石はなぜか四つん這いになって、艦橋を出ていく。

ミーナは慌てて立石を追いかける。

艦橋を出た立石は、まるで猿の様にデッキから魚雷発射官から更に飛び移って行く。

やがて、立石は第二煙突付近に備え付けられていた20㎜単装機銃の下にたどり着くと、何の躊躇いもなく機銃の照準を明石へと向ける。

 

「本当に撃つ気だ!?」

 

西崎は立石が納沙のように冗談で言っているのかと思ったが、如何やら彼女は、本気の様だ。

銃口を明石に向けると、

 

「明石!!間宮~!!お前らにやられるタマじゃねーんだ!!こっちは!!野郎ぶっ殺してやぁあああああるる!!!」

 

ダン!!ダン!!ダン!!

 

機銃を四方八方に乱射する。

立石を追いかけてきた真白、西崎、納沙、鈴は流れ弾が当たらないように甲板に伏せる。

機銃を乱射している立石の姿を見て、小笠原、武田、松永、姫路は怯えている。

 

「晴風発砲!!」

 

「なにっ!?」

 

立石の機銃乱射はヒンデンブルクからでも確認できた。

 

「何を考えているんだ!?‥‥くっ、主砲!!副砲!!舞風と浜風にロック!!ただし、発砲はこちらから指示を出すまで絶対に撃つな!!」

 

シュテルは急いで、射撃指揮所に指示を出す。

機銃とは言え、晴風が突然間宮、明石に向けて発砲したのだ。

護衛の舞風、浜風がヒンデンブルクと晴風を攻撃してくる可能性が出てきた以上、自艦防衛のための行動はとらなければならない。

一方、舞風、浜風の方も晴風が間宮、明石にいきなり機銃を発砲し、ヒンデンブルクの主砲と副砲が旋回して、自分たちを狙い始めたのだから、慌てるのも無理はない。

一触即発の空気がこの海域を支配する。

 

「ああ、撃っちゃたね~」

 

機銃を発砲している立石の姿を見て、西崎はまるで他人事のように言うが、もしかするとこの時、彼女は現実逃避しているのかもしれない。

 

「何て事をしたんだ!!」

 

立石が機銃を発砲した事で、真白は、これまでは濡れ衣であったが、これはもう言い訳できない事実であり、自分たちこれで本当には反逆者になってしまったと言う絶望感が沸き上がる。

 

やがて、機銃弾を全弾を討ち尽くした立石は別の機銃へと移動しようとした時、

 

「このぉ~ドアホウのドマヌケがぁ~!!」

 

追いついてきたミーナが立石を掴むと思いきり投げ飛ばす。

この時は、ミーナも相当お冠だったのか、投げ技を使用してしまった。

いくら、立石が無許可で機銃を発砲し、更にそれを続けようとしても投げ技はまずかった。

第二煙突の付近の銃座は狭く、投げれば下の甲板に頭や体を強く叩きつけてしまうか、海に落としてしまう。

立石の身体は晴風の甲板を越えて、夜の海へと落ちていく。

 

「しまった!?」

 

立石を投げた後、ミーナは止める為とは言え、冷たい夜の海に人を投げ込んでしまった事の重大さに気づく。

今の立石はライフジャケットを身に着けておらず、探照灯があるとはいえ、波にさらわれてしまったら捜索は困難なものになる。

もし、自分が原因で立石を溺死させてしまったら、シュペーにも学校にも迷惑がかかる。

 

「タマちゃーん!!」

 

「立石さーん!!」

 

「大丈夫!!」

 

甲板からは海に落とされた立石を心配する声が聞こえる。

すると海に落ちた立石は、何と波に乗って晴風の甲板へと戻ってきた。

 

「戻ってきた!!」

 

半ば人間離れした方法で海から戻ってきた立石の姿を見て、松永たちは驚いていた。

やがて立石を投げ飛ばしたミーナやデッキに居た艦橋メンバーが立石の下にかけつける。

 

「大丈夫ですか?」

 

「よくぞド無事で~」

 

一歩間違えれば死人・行方不明者を出すかもしれない事態を作ってしまったミーナは立石に泣きながら抱き付く。

 

「それを言うならご無事だって‥‥」

 

西崎は冷静にミーナの間違った日本語にツッコミを入れる。

 

「あら?あなたそんな所にいたの~?」

 

納沙は立石のスカートのポケットに入っていたネズミに気づく。

ネズミは一時的に海水に浸かったせいかぐったりとしていた。

 

「タマちゃん、大丈夫!?」

 

そこへ、晴風に戻ってきた明乃が立石に怪我がないかを訊ねる。

 

「うぃ」

 

「あれ?いつもの調子に戻っている‥‥」

 

冷たい海に落ちて文字通り、頭が冷えたのか、立石の様子は先程の怒気を表すような表情ではなく、普段通りの無表情に近い表情になっていた。

 

「聞いて!補給艦の皆は、助けに来てくれたんだよ~!!」

 

明乃はその場にいた皆に明石、間宮がここに来た理由を伝える。

 

「艦長、間宮より通信です」

 

明乃がクラスメイトたちに事情を説明している頃、間宮がヒンデンブルクに通信を送ってきた。

 

「内容は?」

 

「えっと‥‥」

 

間宮からの通信内容は明乃がクラスメイトに話した内容と同じだった。

 

「‥‥戦闘配備解除」

 

間宮からの通信を聞いて、シュテルは戦闘配備を解除した。

これにより、緊張した空気が一気に和らいだ。

 

その後、平賀は晴風へ乗艦し、改めて晴風幹部に真霜、真雪の指示を説明する。

ただし、立石に関しては無許可発砲の問題行為と事情聴取ため、一時身柄を拘束することになった。

 

「ごめんね、疑いが晴れるまで少しの間ここに居て貰う事になるけど‥‥」

 

明乃は、疑いが晴れるまで立石を倉庫に軟禁することにしたが、彼女自身心苦しいことだった。

なにしろ、明乃の心情は『海の仲間は皆、家族』であり、その家族を疑い、こうして軟禁しなければならないのだから‥‥

 

「うぃ‥‥」

 

立石は流石に軟禁されるのに動揺するが、

 

「あのっ!艦長。私も一緒に‥‥」

 

「メイちゃん‥‥」

 

何と、西崎が立石と一緒に軟禁に付き合うと言い出す。

流石に立石一人だけ倉庫に閉じ込めておくのも可哀そうだと思い西崎が一緒に入る事にしたのだ

 

「何を言っている?意味もなく拘束する訳には‥‥」

 

真白は、流石に西崎の我儘に反対するが、

 

「じゃあ、メイちゃんは監視役としてタマちゃんの傍に居てくれる?」

 

明乃は、西崎の気持ちを察して、立石の監視役として一緒に居る事を許した。

 

「了解!」

 

明乃に許され、西崎は喜ぶ。

 

「まぁ、そう言う事なら‥‥」

 

西崎が監視役として居るなら真白も許可した。

 

「お願いね」

 

「取りあえず!やる事ないのも辛いだろうからトイレットペーパーを箱にでも詰めておけ!」

 

真白は、軟禁されている間、立石と西崎に補給したトイレットペーパーを箱に補充するよう命じる。

晴風、ヒンデンブルクで不足していたトイレットペーパーに関しては、間宮から補給することが出来た。

 

「ほいほーい」

 

「緊張感に欠ける‥‥」

 

西崎の緊張感に欠ける態度に真白は呆れる。

とは言え、明乃と真白は、立石と西崎を倉庫に残した後、平賀とシュテルが待っている教室に向かう。

シュテルも立石が何故機銃を発砲したのか、事情を聞くため、晴風に来ていたのだ。

 

「こちら海上安全整備局・安全監督室情報調査隊の平賀二等監察官」

 

明乃はシュテルと真白に平賀を紹介する。

 

「この度は誠に申し訳ありませんでした」

 

真白が深々と平賀に頭を下げて謝る。

明乃が留守中は、自分が晴風の最高位なのに、立石の暴走を防ぐことが出来なかったからだ。

 

「あ、あの‥姉さんの‥いえ、宗谷真霜が居る部署の方ですか?」

 

「ええ、私は、宗谷一等監督官の命令であなた方に接触したんです」

 

「シロちゃんのお姉さんって!!ブルーマーメイドだったんだ!?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

明乃は真白の姉がブルーマーメイドに所属していることに驚く。

 

(なんか、雪ノ下の家系に似ているな‥‥)

 

シュテルは真白の話を聞いて、彼女の実家である宗谷家がなんとなくだが、雪ノ下の家柄に似ていると感じた。

母親は横須賀女子の校長、そして姉はブルーマーメイド‥‥しかも真白の口調からブルーマーメイドでも平隊員ではなく、それなりの地位にいるようだ。

ただシュテルは真白が言った、宗谷真霜と言う人物の声が、前世で、魔王と称し、雪ノ下や葉山以上に苦手意識を持った雪ノ下陽乃と同じ声を持つ人物だとはまだ知らなかった。

母親が日本有数の海洋高校の校長で、姉がブルーマーメイドの幹部‥‥

真白がそんな二人に感化されて、横須賀女子に入学し、ブルーマーメイドを目指すのも分かる気がする。

 

(まぁ、こうして人格を見る限り、雪ノ下みたいな選民意識はないみたいだから、マシな方か‥‥)

 

雪ノ下の場合、姉にコンプレックスを抱くと同時に選民思想、根拠のない絶対の自信を纏っている。

孤高の存在と言えば聞こえは良いかもしれないが、その実態はただの毒舌無能少女だ。

確かに座学の成績は良いが、人間性では正直に言って、かなりの問題児であり本人はそれを自覚していないのだからなおさら質が悪い。

 

(アイツの性格から考えて海上生活には向いていないな‥‥)

 

シュテルは雪ノ下の性格から考えて、彼女は船乗り生活には不向きな人材であると感じており、この時は前世同様、総武の国際学科に在籍しているものとばかり思っていた。

最も自分自身も前世の性格のままではあまり向いていないだろうとちゃんと自覚はしていたので、こうして性格を修正した。

シュテルが真白や雪ノ下の事を思っている中、平賀は現状について語る。

 

「海上安全整備局は、さるしまの報告を鵜呑みに晴風が反乱したという情報を流しています。ですが、我々安全監督室の展開は、異なっています」

 

「えっ!?」

 

「宗谷校長も、宗谷一等監察官も晴風は、自衛のためにやもえず交戦したと推測していますが、間違いはありませんか?」

 

「はい、間違いありません」

 

「そうですか‥‥それで、今回発砲した攻撃した生徒は?」

 

「取りあえず、身柄は拘束しています」

 

「そう‥‥」

 

「すみません、普段は大人しくて、あんな攻撃する子じゃないんだけど‥‥」

 

「また戦闘になると思って気が動転したのかもしれないわね」

 

(いや、それにしては妙だな‥‥)

 

シュテルは明乃と平賀の話を聞いて、違和感を覚える。

実際にシュテルは立石と面識はないが、明乃の話では大人しい子らしい‥‥

平賀の話ではパニック症状を起こしたのではないかと言うが、あの場には晴風の他に超弩級戦艦であるヒンデンブルクも居た。

駆逐艦の舞風と浜風が包囲してきたからと言ってもパニックに陥るのも無理がある。

そもそも、海洋学校の入試では、学科の他にも人格面の適性試験もやる。

パニック症状を簡単に起こす人物をそう簡単に合格するとは思えない。

その頃、当の本人は‥‥

 

西崎と一緒に倉庫でトイレットペーパーを段ボール箱に詰めていた。

 

「しばらく拘束されるのは仕方ないよね~‥‥まぁ、私も付き合うからさ」

 

「うん‥‥」

 

立石は、自分のせいで大勢の人に迷惑をかけたと深く落ち込んでいる様子。

 

「いや~、良い撃ちっぷりだったよぉ~タマ。引っ込み思案な砲術長だな~って思っていたけど見直した!」

 

落ち込んでいる立石に西崎は、元気づけようと励ます。

 

「でも‥‥何で‥あんな事したんだろう‥‥?」

 

立石本人も何故、機銃を発砲したのか?

その時の記憶が曖昧で覚えていなかった。

 

「心に、撃て撃て魂があるんだよ!!」

 

「うぃ?」

 

安定のトリガーハッピーな西崎の発言に首をかしげる立石。

そんな中、

 

コン、コン

 

二人が軟禁されている倉庫のドアがノックされ、

 

『差し入れで~す』

 

杵﨑姉妹が監禁されている二人の為に差し入れを持ってきたのだ。

 

「立石さんがカレー食べたがっているって聞いたから」

 

杵﨑姉妹が持ってきた差し入れは、立石が好きなカレーだった。

 

「あ‥‥と‥‥」

 

「ありがとうって言っている」

 

杵﨑姉妹の粋な計らいに立石は、感謝に言いきれず代わりに西崎が言った。

 

 

「発砲したクラスメイトですが、発砲する前になにか普段と違う言動はありませんでしたか?」

 

どうしても解せないシュテルは立石が機銃を発砲する前、何か変わったことがなかったかと真白に訊ねる。

買い出し組だった明乃は立石の豹変時には海の上に居たので、知るはずがないからだ。

 

「普段と‥‥ですか‥‥?うーん‥‥」

 

真白は考え込み、

 

「普段は艦長の言う通り、大人しくて無口な子なんですけど、あの時は妙に多弁で感情もむき出しにしていました」

 

「感情むき出し‥‥もっと時間を遡ってみて、なにか妙なモノを食べたりとかはしていませんか?」

 

「うーん‥‥」

 

「ほんの些細なことでもいいんです。普段の生活と異なる事がありませんでしたか?」

 

「関係あるか分かりませんが、豹変の少し前に五十六が‥‥」

 

「五十六?」

 

「ああ、晴風で飼っている猫ですが、その猫がネズミを捕まえて艦橋に連れてきました」

 

「ネズミ?」

 

ネズミと言う単語にピクッと反応するシュテル。

 

「はい」

 

「そのネズミは今どこに?」

 

「うちの医務担当の人に預かってもらっていますが‥‥」

 

「それはどんなネズミでした?」

 

「どんなって言われても‥‥」

 

「ドブネズミやハツカネズミみたいな姿のネズミでしたか?」

 

「い、いえ、ネズミと言うかどちらかと言うと、ハムスターに似た姿でした」

 

「‥‥」

 

真白からネズミの特徴を聞いて、シュテルの顔が強張る。

 

「‥‥そのネズミ見せてもらってもよろしいですか?」

 

「え、ええ‥‥かまいません」

 

「碇艦長、ネズミがどうしたんですか?」

 

「実は‥‥」

 

シュテルは平賀と明乃に先日、ヒンデンブルクに入り込んだハムスターに似たネズミについて伝える。

 

「未知のウィルス‥‥」

 

「はい‥‥もしたしたら、今回五十六が捕まえたネズミは先日、ヒンデンブルクで捕獲されたネズミと同一種かもしれないかと思いまして‥‥」

 

特徴から、シュテルはヒンデンブルクで捕獲されたあのネズミと今回、五十六が捕まえたネズミは同じ種である可能性があると指摘した。

 

(取り越し苦労で、本当にハムスターであればいいが‥‥)

 

とりあえず、保護されたネズミが居るとされる晴風の医務室に向かうシュテルたちだった。

 



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67話

トイレットペーパー不足を解消するため、海上ショッピングモールへと買い出しに向かい、そこで、ブルーマーメイド隊員の平賀たちから、事情を聞き、晴風にかけられた叛乱容疑は真白の姉、宗谷真霜と母であり、横須賀女子の校長である宗谷真雪の尽力で何とか解けそうだった。

それと同時に補給・補習の為、明石と間宮が派遣されることになったのだが、この時はまだ、晴風のクラスメイトたちは自分たちを捕まえに来たのではないかと不安とパニックとなる。

そんな中、普段は無口・無表情で大人しい、晴風の砲術長、立石志摩が突如豹変し、怒気の感情を露わにして、艦橋を出ていくと、明石、間宮に対して機銃斉射をした。

晴風の護衛をしていたヒンデンブルク、明石、間宮を護衛していた横須賀女子の舞風、浜風との間で一触即発の事態となる。

機銃を発砲した立石は彼女を追いかけてきたミーナが海に投げ飛ばし、戻ってくると普段の立石に戻っていた。

晴風の平賀が乗艦し、誤解を解くことが出来、ヒンデンブルク、舞風、浜風との間の緊張した空気が緩和した。

その後、晴風が叛乱容疑をかけられた経緯と真霜、真雪からのメッセージを平賀から伝えられた後、何故普段は大人しい立石が豹変したのか?

その話題となった時、『普段と異なることがなかったか?』と訊ねるシュテルに真白は、豹変前、立石は五十六が捕まえたネズミを手にしていたことを聞いたシュテルは、『まさかっ!?』と思い、真白にそのネズミの居場所を聞いて、ネズミが保護?されている晴風の医務室へと向かった。

 

「美波さん」

 

「ん?なんだ?」

 

「あのネズミの様子は?」

 

「特に問題ない。海水に浸かって弱っていたが、今は持ち直している」

 

立石と共に海に落ちたネズミは、海水に浸かり一時は弱っていたみたいだが、今は持ち直して元気になったみたいだ。

そして、シュテルはプラボックスの中にいるネズミを見て、

 

「っ!?」

 

顔を強張らせた。

医務室の机の上に置いてあるプラボックスの中には一見、ハムスターに見える茶色と白の毛皮のネズミが居た。

ただ、目はハムスターみたいな黒い目ではなく、真っ赤な目で不気味な雰囲気を出している。

 

(ま、間違いない‥‥あのネズミだ‥‥)

 

(くそっ、外れて欲しかったのに‥‥)

 

目の前のネズミはヒンデンブルクでカマクラが捕獲したあのネズミと同一種だった。

シュテルは懐からスマホを取り出して、ヒンデンブルクのウルスラに連絡した。

 

「もしもし、ハルトマンさん? 例のネズミの資料を持って晴風に来て‥‥」

 

「全部‥‥ですか?」

 

「そう、全部‥‥晴風でも、あのネズミが見つかった」

 

「わかりました。すぐ行きます」

 

シュテルから連絡を受けたウルスラは、あのネズミに関する資料を持って、晴風に来てもらうことになった。

そして、ウルスラが来ると、晴風の医務室に来た。

 

「ヒンデンブルク医務長のウルスラ・ハルトマンです」

 

晴風のクラスメイトに自己紹介するウルスラ。

 

「晴風艦長の岬明乃です」

 

「副長の宗谷真白です」

 

「医務長の鏑木美波です」

 

「えっ?カブラギ・ミナミってもしかして、あのカブラギ・ミナミですか!?」

 

ウルスラは美波の名前を聞いて驚いている。

 

「もしかして?知り合い?」

 

シュテルはウルスラと美波が知り合いだったのか?と聞くと、

 

「知らないんですか!?日本が誇る天才医学博士ですよ!?」

 

「へぇ~‥‥」

 

「美波さん博士さんだったの!?」

 

「知らなかった‥‥」

 

同じ艦に乗っていた明乃と真白も美波が天才で博士号を有していたことを知らなかったみたいだ。

 

「それで、医務長、これが晴風で捕獲された例のネズミなのだが‥‥」

 

ウルスラに五十六が捕まえたネズミを見てもらうと、

 

「‥‥間違いありません。例のネズミです」

 

五十六が捕まえたネズミは先日、ヒンデンブルクでカマクラが捕獲したネズミであると間違いないと断言する。

 

「やっぱり‥‥」

 

ハムスターだったらよかったのに、その当てが外れてしまったことにシュテルは面倒ごとが増えたと思う。

 

「それで、豹変したクラスメイトだけど、元に戻った後、何か変化は?」

 

「今のところないみたい‥‥」

 

「一応、検査だけはしておいた方がいいかもしれないな」

 

「そうですね」

 

「では、私が診てきましょう。あっ、これが、私が纏めておいたこのネズミに関する資料です」

 

「拝見する」

 

「それで、その豹変した生徒さんはどこに?」

 

「あっ、こっちです」

 

立石の検診はウルスラが務めると言って、例のネズミの資料を美波に渡した後、立石と西崎が居る倉庫に真白と共に向かった。

 

立石と西崎が居る倉庫では‥‥

 

「ふぅ~‥‥ごちそうさま」

 

「うぃ」

 

二人は炊事委員からの差し入れのカレーを食べ終え、満足そうにお腹をさすっていた。

そこへ、

 

「失礼します」

 

「ん?」

 

「うぃ?」

 

白衣を着て、金髪、蒼眼、眼鏡をかけた女の人が入ってきた。

見たところ、自分らと年代はあまり変わらない印象を受ける。

 

「はじめまして、私はキール校所属、ヒンデンブルク医務長のウルスラ・ハルトマンです」

 

ウルスラは、立石と西崎に自己紹介をする。

 

「えっ?ヒンデンブルの医務長さんがどうしてここに?美波さんは?」

 

西崎はどうして、晴風の医務長の美波ではなく、ドイツ艦の医務長がわざわざここに来たのかを訊ねる。

 

「ああ、美波さんは今、補給関係で手が離せなくて、代わりにドイツ艦の医務長さんが立石さんの健康診断にきたんだ」

 

真白が西崎の質問に答える。

 

「立石さん、あれから何か変わりはない?」

 

「うぃ‥‥」

 

「うん、全然元気だよ。さっきも一緒にカレーを食べていたし」

 

口下手な立石に代わり、西崎が立石の現状を説明する。

その間に、ウルスラは、医者カバンから手袋を取り出しはめると、聴診器など、診察に使う道具を取り出す。

 

「しかし、一応、診断はしましょう。はい、まずは口を開けて‥‥」

 

「う、うぃ‥‥」

 

立石はウルスラの指示通り、口を開ける。

それから、ウルスラは、一通りの診察をして、最後に‥‥

 

「では、最後に採血しましょう」

 

カバンから注射器を取り出す。

 

「う、うぃ‥‥」

 

注射器を見た途端、立石は顔色を青くする。

そして、ウルスラが一歩近づくと、一歩下がる。

 

「あの‥‥」

 

ウルスラも立石の行動が妙なことに気づいて、声をかける。

 

「‥‥や」

 

「えっ?」

 

「ちゅう‥‥しゃ‥‥いや‥‥」

 

立石は、注射が苦手みたいだった。

 

「いや、でも採血して、血液を調べないと、貴女が病気なのか分かりませんから‥‥」

 

「だ‥じょ‥‥ぶ‥‥」

 

立石は、あくまでも自分は大丈夫だから採血する必要はないと言う。

 

「あ、あの‥本当に血を抜かないとダメなの?」

 

西崎は立石がここまで、嫌がっているのだから、採血する必要はないんじゃないかと言うが、

 

「血液を検査しないと分からないことだってあるんです。もし、ウィルスが潜伏していたら、また豹変してしまうかもしれませんし‥‥」

 

ウルスラは、淡々と採血の必要性を言うが、相変わらず立石は怖がるばかり。

このままでは、いつまで経っても採血が出来ないので、西崎と真白は立石の身柄を抑える。

そして、注射器を構えたウルスラが近づいてくる‥‥

 

「うぃぃぃぃぃぃぃ~!!」

 

ビクッ!?

 

「な、なに!?」

 

「この声‥‥立石さん?」

 

カレーの皿を取りに来たほまれとあかねは倉庫の外から立石の絶叫を聞いて、思わず体を震わせて驚いた。

恐る恐る倉庫のドアを開けると、

 

「うぃぃぃぃ~‥‥」

 

涙目で少し血が滲んでいる脱脂綿を抑えている立石の姿があった。

 

「い、一体‥‥」

 

「何があったの‥‥?」

 

「ん?ああ、杵崎さん‥‥えっと‥‥」

 

真白が杵崎姉妹に気づき、事情を説明する。

 

「そうなんだ‥‥」

 

「立石さん、踏んだり蹴ったりだね‥‥」

 

倉庫に軟禁され、挙句の果て、採血されてまさに踏んだり蹴ったりな立石をなんか同情する様な目で見る杵崎姉妹だった。

 

立石から採血した血液を持って、医務室に戻るウルスラと真白。

 

「これが、採血した血液です」

 

「どうも‥‥」

 

「なんか、大声がしたけど、何かあったの?」

 

立石の絶叫は医務室まで届いていたみたいだ。

シュテルがウルスラに訊ねると、

 

「彼女が採血を嫌がって‥‥」

 

「あぁ~‥‥なんとなくわかるかも‥‥」

 

明乃は何故、立石が絶叫を上げたのかその理由を理解した。

 

「それで、対策はなんとか出来そうですか?」

 

シュテルは美波に、ウルスラが纏めた資料から、現状なんとか対策かワクチンは生成可能かと訊ねる。

 

「‥‥確証はまだできないが、やるだけやってみよう」

 

「でも、試薬や設備は‥‥?」

 

ヒンデンブルよりも設備も備蓄薬も少なそうな晴風でワクチンを生成することが出来るのだろうか?

そんな疑問をシュテルもウルスラも抱いた。

 

「問題ない、試薬は個人的に持ってきた」

 

美波は晴風に備蓄されていた薬以外にも個人的にいくつかの試薬を持ちこんで、晴風に乗艦していたみたいだ。

自分が個人的に持ってきた試薬とウルスラが纏めた資料から、このネズミに対するワクチンを生成してみると言う。

そして、ワクチンの生成状況に関してはヒンデンブルクと共有することが決まった。

ただ、その前にウルスラが立石から採血してきた血液を調べ、立石の豹変があのネズミの影響なのか調べることにした。

 

晴風の修理・補修に関しては、時間が時間なので、翌朝から始められることになった。

 

翌朝‥‥

 

工作艦明石は晴風に横付けして、同艦の補修・改修作業に移った。

なお、ヒンデンブルクでも、伊201戦で使用した墳進魚雷を補充した。

 

「ヨーロソー、ヨーロソー」

 

明石が晴風を補修・改修している。

 

「明石に長10㎝砲のストックがあったんだって‥‥」

 

晴風の主砲は今回の補修・改修で、12.7㎝砲から長10㎝砲へと切り替わった。

威力は12.7㎝砲よりも劣るが、最大射程・最大射高ともおよそ1.4倍上がった。

主砲を換装したことにより、艦橋上部にあった九四式方位盤照準装置も変えられ、新たに九四式高射装置が取り付けられた。

 

「すごい、前の主砲よりも射程が伸びましたよ」

 

「もう、戦闘にはならないだろうけどな‥‥」

 

換装された長10㎝砲を砲術科のクラスメイトたちと一緒に見て、科が違うのに納沙は何故か興奮気味。

 

「晴風艦長」

 

甲板で作業を見ていた明乃に明石艦長の杉本が声をかける。

 

「ここに長10㎝砲のスペックデータ等が入っている。あとで目を通してくれ」

 

「はい。どうもありがとうございます」

 

「それで、ホントに教官艦が攻撃してきたの?」

 

長10㎝砲のスペックデータが入ったUSBを明乃に渡した後、今回の騒動の発端となった西之島新島沖での猿島攻撃事件について杉本が訊ねてきた。

 

「うん」

 

「我々は演習が終わった後に合流する予定だったから状況がよくわからなかったの」

 

同じ新入生の学生艦でも間宮、明石は元々演習後に補修・補給の実習だった為、西之島新島沖での件については、知らなかった。

 

「じゃあ如何して、私たちに補給を?」

 

「校長先生の指示で‥‥」

 

「お母さ‥校長の?」

 

真白は思わず『お母さん』と言いかけたが、そこは公人なので、『校長』と呼んだ。

 

「さっき連絡があって、猿島の艦長、古庄教官の意識がやっと戻ったみたいだから、これで、何が起こったのか解明できると思うわ」

 

平賀が入院中だった横須賀女子教官の古庄薫の意識が戻ったので、

 

あの時、何故遅刻してきた晴風に対して実弾を用いて砲撃したのか?

 

何故、猿島が沈んだのか?

 

晴風が主張する模擬魚雷で攻撃したのは事実なのか?

 

何故、晴風のせいにしたのか?

 

これらの真相がわかるのも時間の問題であることが伝えられた。

明乃たちにしてもそれらの真相は知りたかった。

何しろ、教官から実弾攻撃され、殺されかけるし、反逆者に仕立て上げられたのだから‥‥

普通なら、裁判沙汰になってもおかしくない案件だ。

 

「それじゃあ、私は立石さんの事情聴取をしてくるわ。後は頼んだわね、二人共」

 

「「はい」」

 

平賀は立石の事情聴取へと向かった。

なお、立石と西崎は倉庫で寝袋にて昨夜は寝た。

 

「ありがとう」

 

明乃は真白に突然礼を言う。

 

「何故、私に?」

 

「だって、シロちゃんのお母さんが私たちを信じてくれたから」

 

「うちの母は、自分の信念を貫く人だから‥‥」

 

「それでこそブルマーだよね!」

 

「ブルマー?」

 

(そういえば昨日、機関科の人も同じようなことを言っていたような‥‥)

 

真白は明乃の言う『ブルマー』と言う言葉を昨日、聞いた記憶があった。

ただ、あの時は、機関科のクラスメイトと炊事委員のクラスメイトらが自分の家の事を話題にしていたので、そこまで深く『ブルマー』の言葉の意味を覚えていなかった。

 

「うん、皆ブルーマーメイドの事、こう呼んでいるよ!!」

 

明乃が『ブルマー』の意味を言うと、

 

「ブルーマーメイドを略すな!!」

 

『ブルマー』が『ブルーマーメイド』の略語であったことを知り、思わず声を荒げる真白。

すると、

 

「ん?」

 

真白は何かに気づいた。

彼女の視線の先には、ポールの上で寝転がる五十六とその下に座るロシアンブルーと三毛猫の姿があった。

 

「うぁ~」

 

明乃はその猫を見て目を輝かせているが、

 

「な、何故猫が増えている!?」

 

真白は自分が知らない間に猫が増えていることに驚いている。

 

「ああ、うちと明石の猫よ」

 

この突然増えたロシアンブルーと三毛猫は明石、間宮で飼育されている猫だった。

 

「そうなんだ」

 

「補給艦はネズミが発生しやすいので飼っているの」

 

杉本が艦内で猫を飼育している訳を話す。

すると、ロシアンブルーと三毛猫は真白をジッと見た後、起き上がると視線をそらさずにジワリ、ジワリと真白に近いてくる。

 

「く、くるな‥‥く、くるなぁ~‥‥!!」

 

じりじりと近づいてくる二匹の猫に対して、真白は、

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

悲鳴を上げながら逃げていった。

すると、二匹の猫たちはネズミを追いかけるかのように真白を追いかけて行った。

真白自身、猫アレルギーだとか、子年だから、幼少期の頃に猫に噛みつかれた、引っ掛かれたとかで、酷い目にあって猫が苦手‥‥と言うわけではなく、もっと特殊な理由で猫に対して苦手意識を持っていた。

 

「シロちゃんって、猫に好かれて良いなぁ~」

 

猫に追いかけられる真白を見て、明乃は暢気にそんなことを言っていた。

ただ、そういう明乃自身も昔は猫に好かれる体質であった。

小学生の頃、まだ広島の呉にある児童養護施設に居た時、もえかと共に野良猫が多く生息する島にキャンプへ行った時、島に到着した途端、明乃は野良猫まみれになった事があった。

しかし、今の真白と明石、間宮の猫の様子を見る限り、明乃よりも真白の方が猫に好かれる体質みたいだ。

 

 

一方、横須賀女子海洋学校でも時間の経過とともに情報が入り始めてきた。

その中で、演習地点である西之島新島沖からビーコンを切って音信不通になっている学生艦の存在も明らかになった。

そんな中、真霜が真雪に明石、間宮が無事に晴風と接触し、補給をした旨を伝える。

 

「艦長・乗員共おかしな様子はありませんでした」

 

立石の機銃発砲と言うアクシデントがあったが、彼女がすぐに正気に戻ったので、大した問題ではないと判断され、晴風の乗員に異常がないと真雪には報告された。

 

「そう、ありがとう」

 

「海上安全整備局にも報告を上げたけどまだ晴風に危険分子がまだ乗船してるいのではと疑っているわ。学校に戻る前に全員拘束するべきではないかとの意見もあるの、これ以上晴風に何かあると、私だけじゃなくお母さんの立場も危うくなるわ」

 

「私の心配はしなくて良いわ。でも、何か異常事態が発生していることは確かよ。貴女はその解明を急いで」

 

「分かっているわ」

 

今回の件で、なにか陰謀めいたことが裏で蠢いている可能性がある。

ブルーマーメイドの責任者として、片や、大勢の生徒を預かる海洋学校の校長として、今回の問題における真相解明が急務となった。

しかし、まずは晴風の撃沈命令に関しては撤回することが出来、晴風にかけられた叛乱容疑を拭うことが出来たのは大きな一歩であった。

 

 

その頃、四国沖の晴風の方では、ようやく補修・改修が終わった。

 

「晴風艦長」

 

晴風の補修・改修が終わると、明石艦長の杉本が再び明乃の前に来た。

そして、呼び名は名前や名字ではなく、相変わらず、艦名+艦長で呼んでくる。

 

「ここに修理した箇所を記載しておいた」

 

明乃に晴風の修理・補修をした箇所のデータが入ったUSBを手渡す。

 

「ありがとう」

 

「それじゃ我々はこれで、これから駿河の補給に向かう」

 

杉本は明乃に次の目標地が、もえかが艦長を務める戦艦駿河であることを告げる。

 

「えっ?駿河?」

 

杉本の発言にドキッとする明乃。

もしかしたら、杉本は駿河が今、どこに居るのか知っているのかもしれない。

そんな予感が明乃の脳裏を過ぎった。

もし、杉本が駿河の居場所を知っているのであれば、同行しようと思っていた。

しかし、

 

「駿河もビーコン切っていて位置がわからないんで調査を兼ねてなんだけどね」

 

「そ、そう‥‥」

 

杉本も駿河の居場所を知っている訳でもなく、駿河の探査と補給を兼ねていたみたいだ。

明乃としては駿河を捜しに行ける杉本を羨んだ。

しかも今、駿河はビーコンを切っており、行方不明だと言う。

明乃は、駿河からのSOSの事は知っていたが、晴風単艦では、救援には行けないし、真白の反対もあって、駿河の事は、学校に任せる事にしたが、杉本から駿河の状況を聞いて、ますます駿河に居るもえかの事が心配になる。

もえかからのSOS、そしてビーコンを切って、行方不明になっている状況‥‥

あのしっかり者のもえかが、ビーコンを切って行方をくらますなんて、あまりにも彼女らしくない行動だ。

しかもどこかの港に入港した気配もない。

となると、駿河に何かあったのは明白である。

 

(もかちゃん‥‥今、どこに居るの‥‥?)

 

明乃は目の前に広がる青い海を心配そうに見る。

この海原のどこかに、もえかが居ると分かっているのに探せない、居場所が分からない歯がゆさがどうしても悔しかった。

 

「艦長、晴風の修理が終了したみたいです」

 

「そうか‥‥では、横須賀に‥‥」

 

晴風の修理が終わり、あとは横須賀に向かうだけとなったその時、

 

「艦長、横須賀女子から電文です」

 

「ん?」

 

目的地である横須賀女子から電文が入った。

シュテルはそれに目を通すと、そこには、駿河を始めとして、あの時の海洋実習に参加した学生艦がビーコンを切り、行方不明になっており、その中にはテアが艦長を務めるシュペーも含まれていた。

そして、晴風、ヒンデンブルクにもそれら行方不明になった学生艦の捜索依頼が来た。

ブルーマーメイド、ホワイトドルフィンの他にも各海洋学校の教員艦の方も捜索にあたっているのだが、探し手は少しでも多い方が見つかる確率は高い。

晴風にかけられた叛乱容疑の汚名は拭い去られているので、ブルーマーメイド、ホワイトドルフィン、他校の学生艦から攻撃を受ける心配もないし、拿捕されることもない。

シュテル、ミーナ、明乃としても親友が行方不明になっているので、この依頼はまさに天佑でもあった。

幸い、機銃発砲をした立石も平賀の取り調べの後、特に処分されることなく、不問となった。

しかし、艦長と言う立場上、艦長だけの独断で決める訳にはいかず、明乃はクラスメイトを集め、事情を説明し、学校側のこの依頼を受けるか受けないかの審議を問うた。

勿論、シュテルも同じだ。

すると真っ先に賛成したのは西崎と立石そしてミーナであった。

西崎と立石は艦に乗っていればまたドンパチをする機会があると思い賛成し、ミーナはやはり自分の乗艦が心配という理由からだった。

その後も、いろんな科のクラスメイトたちが賛成していくが、その中で、鈴だけは不安そうだった。

捜索に出ると言うことで、ブルーマーメイド、ホワイトドルフィン、他の海洋学校の教員艦、学生艦から攻撃を受ける心配はなくなったが、猿島、伊201、シュペーの事がトラウマになっているのか、戦闘中止になっているにも関わらず、ドンパチに巻き込まれる可能性もあるので、それを不安視していた。

とはいえ、クラスメイトたちの大多数が捜索に賛成しているので、ここで一人反対意見を述べるほど、鈴は強くなく、ただ周りに流されることとなった。

ヒンデンブルクの方は晴風の監督役として、今後も晴風に同行することになった。

 

「艦長。晴風、出航準備が整ったみたいです」

 

「よし、ただちに出航する。出航用意」

 

「出航用意!!」

 

ヒンデンブルク、晴風、共に出航用意が整うと、駿河、シュペーをはじめとする行方不明になった学生艦の捜索の為、四国沖を出航した。

 



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68話

新入生の演習にて、集合地点に遅刻した晴風は、突如教員艦、猿島の攻撃を受けた。

しかも猿島が撃ってきたのは、模擬弾ではなく、実弾。

晴風艦長の岬明乃は乗員の生命確保と自艦防衛の為、模擬魚雷を猿島に撃ちこみ、その場から逃走した。

模擬魚雷を受けた筈の猿島は何故か沈没してしまい、晴風は反乱者として指名手配を受ける羽目となった。

指名手配を受ける中、明乃は学校へ戻る方針を立て、神奈川県、横須賀にある母校を目指した。

その過程で、ドイツから留学に来ていたシュペーと遭遇し、またもや猿島の時と同じくいきなり砲撃を受けた。

だがその時、同じくドイツ、キール校からの留学艦、ヒンデンブルクと合流し、横須賀を目指す。

この時の戦闘で、シュペーから脱出してきた同艦副長のミーナを晴風は救助した。

しかし、晴風の叛乱容疑が消えたわけではなく、ヒンデンブルクと合流し、横須賀に戻る途中、東舞鶴海洋学校所属の潜水艦、伊201の襲撃を受けるも、ヒンデンブルクが搭載していた墳進魚雷にてこの危機を脱した。

シュペーとの戦闘で救助されたミーナの話では、シュペーでも何か異常事態が起こっている様子だった。

 

横須賀に戻っている途中、ヒンデンブルク、晴風にて、トイレットペーパーが不足する事態となり、四国沖にある海上ショッピングモールへと買い出しに行くと、晴風を捜索しているブルーマーメイドと遭遇。

そこで、出会ったブルーマーメイドの隊員、平賀倫子から晴風の叛乱容疑が撤回されたことを聞いた。

それでも、明乃にはまだもう一つの不安が存在した。

晴風が横須賀に戻っている最中、明乃の親友、知名もえかが艦長を務めている学生艦、駿河からSOSが入ってきた。

そのことから、駿河でもシュペー同様、何か異常事態が起きたのは明白である。

クラスメイトの安全を考慮すれば、このまま横須賀に戻ったほうがいい。

だが、親友の行方も気になる。

そんな中、学校から駿河をはじめとする行方不明となっている学生艦が多数存在しており、学校側から行方不明になった学生艦の捜索が依頼された。

親友が行方不明となっている中、明乃にとって、それはまさに天祐ともいえる依頼内容だった。

また明乃だけではなく、シュペー副長のミーナ、ヒンデンブルク艦長のシュテルにとってもそれは同じことが言えた。

四国沖で、晴風が明石の補修・補強を受けている中、ヒンデンブルクは間宮からの補給を受けていた。

 

「これが今回の補給目録です。確認をお願いします」

 

「どうも」

 

ヒンデンブルク艦長のシュテルは間宮からの補給目録を確認していると、間宮艦長の藤田優衣はシュテルの顔をジッと見ていた。

当然、その視線にシュテルは気づいており、

 

「ん?なにか?」

 

目録から視線を逸らし、藤田を見つめ、彼女が何故、自分を見ているのかを問う。

 

「うーん‥‥貴女の顔、どこかで見たような気が‥‥」

 

「えっ?」

 

藤田はシュテルをどこかで見たと言う。

しかし、シュテルは藤田とは今回が初顔合わせの筈で、会ったことがあると言われても困惑する。

 

「いや、でも私たち、今回が初顔合わせですよね?」

 

「その筈なんですけど‥‥うーん‥‥でも、やっぱり貴女の顔、どこかで‥‥」

 

藤田もこうしてシュテルと顔を合わせるのは、初めてなのだが、やはりどこかで出会ったと言う。

 

「あっ、もしかしてこの前、見たDVDじゃない?」

 

間宮の乗員の一人がシュテルと藤田に声をかける。

 

「あっ、そうだ!!DVDよ!!」

 

藤田も声を上げて、どこでシュテルの顔を見たのか、思い出した。

 

「DVD?」

 

一方、シュテルは、自分はDVDの撮影などしていないから、藤田の言ったことに首を傾げる。

 

「貴女、もしかしてダートマス校の演劇祭に出ていなかった?」

 

「えっ?ええ、去年の夏に‥‥」

 

「やっぱり!!どうりで、どこかで見たことあると思った!!」

 

藤田がシュテルを知っているのはそのDVDで見たことがあるらしく、そのDVDの内容が、去年の夏休みにダートマス校の体験入学の際に参加した演劇祭みたいだ。

 

「えっ?あれ、DVDになっていたの?」

 

シュテルとしてはあの演劇祭の内容がDVDになっていることを今知った。

 

「一般にはあまり流通していないけど、学校のイベント教材として、学校間では、販売しているみたいよ」

 

「そ、そうなんだ‥‥」

 

「ねぇ、よければそのDVD焼きまししてくれる?」

 

「ちょっ、クリス!?」

 

そこへ、クリスが藤田とシュテルの話を聞いていたみたいで、シュテルが出演したと言うダートマス校の演劇祭のDVDを焼きまししてくれと言う。

 

「いいわよ」

 

「ほんと!?ありがとう!!」

 

「えっ?いや、別にいいよ」

 

藤田はクリスにDVDを焼きましOKと言ってクリスは喜んでいたが、シュテルとしては恥ずかしいので、別に焼きまししなくてもいいと言うが、

 

「えぇ~折角、シュテルが出演しているんだし、皆に見てもらおうよ」

 

「いや、出演っていっても主役じゃないし、わき役だし‥‥」

 

「でも、ワンシーンをかたどっていましたよね?」

 

「ぬー‥‥」

 

大した手間ではなかったのか、DVDはすぐに焼きましされて、クリスに手渡された。

 

「あとで、皆で見ようね~♪、シュテルン」

 

「‥‥」

 

(とんだ、晒しモノだ‥‥)

 

シュテルは確実にDVDが上映されたら晒しモノになると確信した。

 

それから、晴風の補修・補強、そして補給が終わり、二艦は行方不明になった学生艦捜索の為、出航した。

 

 

 

 

四月十四日

 

アスンシオン島沖

 

 

真冬率いるブルーマーメイドの保安即応艦隊が行方不明になった学生艦を捜索しているように、他の海洋学校の教員艦も捜索に加わっていた。

そんな中、あの潜水艦、伊201の母校である東舞鶴海洋学校の教員艦が駿河を見つけた。

 

 

東舞鶴海洋学校所属 教員艦 あおつき 艦橋

 

「教官先生、哨戒船から入電です。発5分隊2号船宛旗艦 あおつき。横須賀女子海洋学校所属の駿河を発見。北緯19度41分東経145度0分で航行中。無線で呼びかけるも応答。ビーゴンの反応もなしで電装系の故障だと思います」

 

あおつきの副長が艦長でもある東舞校の教頭に駿河発見の報告を入れる。

 

「駿河の位置を横須賀女子海洋に伝えろ。まぁ見つかってよかった。随分と心配しただろ、生徒の身に安全を保障するのが我々教官の優先事項だからな。それにしても複数同時に学生艦が行方不明になるとは‥‥」

 

東舞校の教頭も今回の学生艦が行方不明になる事態に困惑している。

それと同時に例え自分たちの学校の生徒でなくとも、同じ志を持つ生徒たちの行方が分からなくなっていることに心を痛めていた。

 

「幸い伊201に乗艦していた我が校の生徒達は、全員無事に救出できましたが‥‥」

 

「うむ、横須賀女子所属の晴風は教員艦とも撃ち合いになったというし、一体何がこの海で起こっているんだ‥‥いや、何が起きたにせよ、直ちに駿河の保護に向かおう!!哨戒船を呼び戻せ!!」

 

「はっ!!」

 

こうして、東舞鶴男子海洋学校の教員艦八隻は、直ちに駿河を保護するために駿河が航行している海域へと向かった。

 

 

その頃、とある島の沖合では‥‥

 

四国沖の海上ショッピングモールから行方不明になった学生艦の捜索の為、南下したヒンデンブルクと晴風はとある島の沖合で、休止していた。

晴風にエンジントラブルが起きた為だった。

エンジンに関しては晴風機関長の榊原麻侖と機関助手の黒木洋美が修理をしており、その他のクラスメイトたちは短いながらも南の海でのひと時を楽しんでいた。

 

水着に着替えて、海水浴を楽しむ者。

 

甲板でのんびりと日光浴をする者。

 

「ひぁ~マチ~!!」

 

そんな中、マチコはパラセイリングをし、和住、青木、等松がスキッパーで海上を走り、波しぶきとそのスピードの快感を浴びている時、

 

「イルカだ!?」

 

「生イルカっす!!」

 

近くにイルカの群れが通り掛かり、青木が興奮しながらその姿をスマホで撮る。

 

「こら!!準備運動をせずに!!」

 

晴風の甲板では、真白が準備運動をせずに海へと飛び込む生徒たちに注意を促す。

 

「そのまま飛び込むのは、止めて下さい!!」

 

「イルカ~!!イルカ~!!」

 

明乃が水着を着ずに海へ飛び込むのを真白が取り押さえて、止めている。

よほど、イルカが見たかったのだろう。

しかし、水着も着ずに、制服姿のままで海へ飛び込むのは危ない。

 

「対象まで距離5.0‥‥全長は、2m30cmってとこ、バン!!」

 

「バキュンとくる感じ!!」

 

「102、10度旋回!!」

 

砲術科のクラスメイトたちは海を泳いでいるイルカの群れに対して、照準遊びをする。

 

「はぁ~こんなにのんびりしていて、良いのか?」

 

真白は行方不明になった学生艦が多数いる中、自分たちだけこんなにのんびりしていて、良いのか気が進まなかった。

 

「入学式から此処までずっと、皆緊張の連続だったし、ちょっとぐらい羽を伸ばしても良いんじゃないかな?」

 

入学式から此処まで晴風の生徒たちは、緊張の連続が続いていた。

遅刻して集合地点に行けば、猿島からいきなり、攻撃を受け、その後は反乱者に仕立て上げられて入港を拒否、ドイツの留学生艦、シュペーからもいきなり攻撃され、ヒンデンブルクが護衛してくれたとはいえ、伊201からも攻撃を受けてと、新入生にしてはあまりにも波瀾万丈な航海だった。

 

「伸ばし過ぎだろう!!」

 

「皆、ホッとしているんだよ!!私たちが反乱したわけじゃないって、分かって貰えたみたいだから」

 

「ま、まぁ、それもそうかもしれないが‥‥」

 

明乃が言っていることも最もであったことから、真白は、それ以上は強く言わなかった。

それに今後は、行方不明になった同級生たちの捜索と言う重要な任務が控えているのだから、休めるうちは休んでもらい、今のうちに英気を養ってもたい。

 

「明石と間宮は、もう着いたかな?」

 

「えっ?」

 

「駿河のところに‥‥」

 

真白が問う中、明乃は、明石と間宮が無事に駿河と合流できたのだろうか、気になっていた。

とはいえ、間宮・明石も駿河の現在位置を知らないので、二艦が駿河を見つけたのかは分からない。

 

そんな中、隣では、

 

「えっと、今月の運勢は‥‥」

 

「あっ!?さそり座は‥‥9位‥‥」

 

機関科の四人は、雑誌の占いコーナーで自分の星座の運勢をそれぞれ確認していた。

 

「おうし座は11位‥‥」

 

若狭は自分の星座が12星座の内、ブービーであったことに顔を歪める。

 

「ビリじゃないから良いんじゃない?」

 

駿河が12位‥ビリじゃなかっただけ、マシではないかとフォローをいれる。

 

「‥‥ちなみにふたご座は何位だ?」

 

真白が気になって、自分の星座の順位を訊ねる。

 

「‥‥12位‥‥特に水辺では、運気が下がりますって‥‥」

 

「‥‥」

 

真白にとってなんだかお決まりな展開だった。

その時、

 

バシャ!!

 

「うわっ!!」

 

砲術科メンバーが遊んでいた水鉄砲の流れ水が真白の顔に当たる。

 

「あっ!?」

 

「ごめん、ごめん」

 

「‥‥ついてない」

 

真白は、つくづく自分の運が付いていない事に悔やむ。

 

「すごっ!?当たっている!!」

 

占いが当たった事に駿河は驚いた。

 

「あっ、心理テストもあるよ。宗谷さん、やってみる?」

 

伊勢が占いコーナーの隣に書かれていた心理テストを真白に薦めるが、

 

「やらん!!」

 

真白はこれ以上、自分に不運なことを口走ったり、知ったりすると、それが現実のものになりそうなので、心理テストを受けるのを止めた。

彼女の判断はある意味正しかったのかもしれない。

 

「それじゃあ、知床さんやってみる?」

 

「私!?」

 

真白が心理テストをやらないといったので、広田がたまたま近くに居た鈴に真白の代わりに心理テストを受けてみるかと訊ねた。

そこで鈴は、物は試しとその心理テストを受けてみた。

晴風の生徒が海水浴を楽しんでいる中、ヒンデンブルクでも似たような光景が広がっていた。

クリス、ユーリ、ジークたちは、藤田から焼きまししてもらったDVDを見ている。

その他にも釣りをする者、甲板で日光浴をする者、自室で休む者、スキッパーで、海上を走る者など、当直者を除くクラスメイトたちが思い思いの時間を過ごしていた。

そんな中、シュテルは当直者に一声かけた後、晴風へと赴いていた。

クリスたちとDVDを見て、晒し者になるつもりはサラサラないし、明乃やミーナのことが気になっていたしちょうどよかった。

なお、シュテルの他にウルスラも例のネズミの対ウィルスの抗体を作るため、美波の下に来ていた。

 

(ミーナさんとはあの時のチェスの決着でもつけようかな‥‥)

 

(あぁ~それにしても暑い‥‥)

 

そう思って、晴風のタラップを上がった。

そして、シュテルはまだ四月だが、南下したことにより周りの温度が上がり、上着とコートの両方の着用がきつかったのか、上着とコートを脱いだ状態だった。

 

 

その頃、横須賀では‥‥

 

横須賀市内にあるとある病院の病室‥‥

そこには横須賀女子海洋学校の教官で、新入生の海洋演習の監督教官を務めていた古庄薫が入院していた。

猿島で救助されていた彼女は意識不明の状態で救助されたが、先日意識を取り戻した。

ブルーマーメイドは、今回の騒動の発端ともいえる西之島新島の演習で一体何があったのか?

何故、晴風を攻撃したのか?

何故、模擬弾頭の魚雷を受けて沈没したのか?

何故、晴風を攻撃し、さらに濡れ衣を着せたのか?

未だに入院中であるが、一刻も早く真相解明の為、古庄には無理をさせることになったが、古庄自身は事情聴取を拒否することはなかった。

 

「晴風の反乱を最初に報告したのは貴女ですよね?何故反乱と断定を?」

 

古庄の病室にはブルーマーメイドの隊員がおり、彼女に事情聴取をしていた。

 

「晴風が実習の集合時刻に遅れて当該海域に到着し、その際こちらから砲撃を行いました。晴風は魚雷で反撃し本艦に命中。これを反乱とみなし報告しました」

 

「次に遅刻程度で先制攻撃を行った理由は?晴風が遅刻する事は、既に通信で受けていた筈ですよね?」

 

今度は、何故、遅刻程度で先制攻撃を行ったのか聞かれる。

そもそも、晴風は遅刻が確定した時点で、猿島へ遅刻する旨を通信で送っており、古庄もその件を聞いて了承していた。

 

「しかも、使用した砲弾は模擬弾頭ではなく、火薬が詰まった実弾‥‥一歩間違えれば、貴女は新入生が乗艦している晴風を撃沈していたかもしれないんですよ!?それについてはどう思っていたのですか?」

 

「そ、それは‥‥」

 

「他の猿島の乗員は、全て艦長である貴女が命令したと証言しています」

 

「‥‥命令したことは。よく覚えています‥‥ですが、何故そう言う判断に至ったか自分でも不明なのです‥‥」

 

晴風が遅刻する事は事前に連絡を受けていたので、知っていた。

それなのにどうして晴風に対して砲撃した。

しかも模擬弾ではなく、実弾を用いて‥‥

これは明らかに教育の域を超えており、殺人未遂と言われても反論は出来ない。

しかし、古庄は何故、あの時、晴風に対して実弾射撃を行い、反撃された際、晴風に濡れ衣を着せる行為をしたのか分からなかった。

 

「本当に分からないんですか?」

 

取り調べをしているブルーマーメイドの隊員は古庄の証言に懐疑的だ。

確かに傍から見れば、古庄の話は『信じろ』と言われても信じがたい。

そこへ、

 

コン、コン、コン、

 

病室のドアがノックされ、真霜が入ってきた。

 

「ご苦労様、差し入れを持って来たわ。」

 

「はっ!!恐れ入ります。」

 

「私も古庄教官から話を聞きたいのだけど、少し良いかしら?」

 

「はい」

 

真霜は古庄から話を聞く為、しばらく二人だけにして欲しいと頼み、ブルーマーメイドの隊員もそれを受け入れて退室する。

 

「大丈夫ですか?古庄先輩。救助が来るまでの間、海を漂流していたって、聞きましたけど‥‥?」

 

「後輩に心配かけるなんて情けないわね。ありがとう大丈夫よ」

 

「すみません、調書が完成するまでは、此処に居てもらう事になります」

 

真霜は、古庄に調書が完成するまで病室に軟禁される事を告げる。

 

「これ食べて下さい」

 

真霜は持って来た差し入れの品を古庄に渡す。

 

「ありがとう」

 

古庄は、それを受け取る。

 

「生徒に向かって発砲したのに、何故そんな事をしたのか思い出せないなんて自分で自分に腹が立つわ」

 

古庄は、先程の事情聴取と同じ、自分が海洋学校の教官として、あるまじき行為をしたと自覚しているのだが、何故そんな事をしたのか思いだせない事に自分自身に対して腹が立っていた。

生徒を守らなければならない教官と言う立場なのに、知れば知るほど、本当にコレを自分がやったのかと言うぐらい、報告書に書かれている自分の行為はあまりにも愚劣である。

だからこそ、まだ意識が戻ったばかりなのに古庄はこうして積極的に事情聴取に応じているのだ。

 

「先輩だけじゃありません。サルベージした猿島の戦術情報処理システムもログが消えていました」

 

真霜は古庄に猿島のコンピューターの履歴が書かれている報告書を手渡す。

 

「ログ消失、13時20分から艦は機能を喪失していたとみられる、か‥‥」

 

報告書を見るのを終え、真霜に返した古庄は、

 

「晴風は本当に大丈夫?」

 

晴風の安否を訊ねる。

 

「はい。晴風と接触した間宮・明石からの報告からは乗員全員に特に異常はなく、今はドイツ・キール校の学生艦が晴風を護衛しているみたいです」

 

「そう‥彼女たちには大変な迷惑を掛けたわ」

 

記憶が曖昧だったが、自分の行いが、無実の学生たちに濡れ衣を着せてしまった事に深く後悔する古庄だった。

もし、償えるのであれば当然償うし、今回の件の責任を取れと言われたら、勿論、教官の職を辞める覚悟を古庄は持っていた。

 

その時、

 

You get mail‥‥

 

突然、真霜のスマホに一通のメールが入った。

 

「あっ!?先輩、ちょっとすいません」

 

真霜は、一言断りを入れてからメールの内容を確かめる。

メール差出人は、真雪からで内容は、東舞鶴学校経由で駿河を発見する通知だった。

 

「先輩すいません。ちょっと急用が出来たので、失礼します。あっ、それ食べてくださいね」

 

真霜は、駿河発見の報告を受け、急ぎ海上安全整備局へと戻ろうと病室を後にする。

真霜が病室を後にした後、古庄は彼女からの差し入れの箱を開く。

中に入っていたのは、プリンでその上にイルカの絵がかいてあった。

 

 

横須賀のとある病院の病室でこのようなやり取りがあった頃、晴風の通路では‥‥

 

「んぅ~‥‥ちょっと、小さいのぉ~」

 

ミーナは他のクラスメイト同様、海水浴か日光浴でもするつもりだったのか横須賀女子海洋学校のスクール水着を着ていた。

なお、ミーナの水着は真白から予備の水着を貸して貰って着たのだが、どうも胸のサイズが合わない様だった。

機関科の伊勢の水着ならばもしかしたら、入ったかもしれない。

ミーナが胸の部分を気にしていると、そこへ杵﨑姉妹が通り掛かる。

杵崎姉妹はミーナの姿を見ると、手に持っていた何かをサッと背中に隠した。

 

「やあ、主計課は遊びに行かんのか?」

 

しかし、ミーナは杵崎姉妹の行為には気づかず、気さくに杵崎姉妹に声をかける。

 

「うっ、うん、後で行くよ!!」

 

「それじゃあ、また後でね!!」

 

二人は、まるでミーナを避けるかのように急ぎ足でその場から去って行った。

 

「ワシ、避けられとるのかな?」

 

杵崎姉妹の行動からもしかしたら、余所者の自分は晴風のクラスメイトたちから嫌われているのかもしれないと思いながら首を傾げるミーナだった。

そんなミーナを訪ねてきたシュテルは晴風の甲板に座り、項垂れている一人の乗員を見つけた。

項垂れていたのは、晴風航海長、知床鈴だった。

何故、鈴が項垂れているのか?

それは、シュテルが晴風に来る少し前まで時間を遡る。

 

鈴は、機関科のクラスメイトたちから心理テストを受けてみないかと言われて、それを受けたのだ。

 

「じゃあ、最初の質問ね」

 

「は、はい」

 

「うーんと、『初対面の人に、よく「しっかりしている」と言われる?』」

 

「え、えっと‥‥」

 

質問され、鈴はちょっと考え込みながらも質問に答える。

 

「じゃあ、次の質問、『根に持ちやすいタイプだ』」

 

「うーん‥‥」

 

「三つ目の質問ね、『自分が困ったとき、助けてくれそうな友達はいる』」

 

「と、友達‥‥?そ、それは‥‥」

 

こうして、鈴は雑誌に書かれている心理テストの質問に答えていく。

そして、最後の質問を終え、その結果が導き出された。

 

「えっと、知床さんの性格は‥‥」

 

「わ、私の性格は‥‥」

 

広田は鈴の心理テストの結果を口にした。

それを聞いて、鈴はかなりのショックを受けて、甲板の上に座り項垂れていたのだ。

 

「どうかしたの?」

 

そんな鈴に声をかける者が居た。

鈴が顔を上げてみると、そこには、自分たちの艦長と同じ、茶色の髪に、黒いズボンを履き、腰にはサーベルをぶら下げ、ワイシャツに黒ネクタイ、母校である横須賀女子とは異なる艦長帽を被った、猫の様な蒼い釣り目をした女生徒が居た。

 




2020年、1月18日にハイスクール・フリートの映画が上映予定。

文化祭&体育祭の内容みたいで、その他にも呉、舞鶴、佐世保の大和級戦艦が登場。

すでに大和、信濃、紀伊の艦長、副長の立ち絵と中の人も公開中。

今から楽しみです。

ただ、漫画版の設定ですと、横須賀、呉、舞鶴、佐世保の各海洋学校の受験はローテーション制と言う設定でしたが、それですと大和級の乗員の学年がダブったり、生徒の数が少ない学校も出るのではないかと言う疑問がありますね。



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69話

学校から行方不明になった学生艦の捜索を依頼されたヒンデンブルクと晴風。

しかし、いざ捜索に出た途端、晴風の機関がトラブルを起こし、現在二艦はアスンシオン島海域周辺の小島にて、小休止となっていた。

休憩中、乗員たちは海水浴や日光浴と思い思いの時間を過ごしている。

そんな中、ヒンデンブルク艦長のシュテルは晴風艦長の明乃や顔見知りのミーナに会うため、晴風を訪問していた。

晴風の甲板を歩いていた時、シュテルは一人の晴風の乗員が甲板に座り、項垂れているのを見つけて思わず声をかけた。

 

「どうかしたの?」

 

項垂れていたのは、晴風航海長、知床鈴だった。

声をかけられ、鈴は項垂れていた顔を上げる。

 

鈴が顔を上げると、晴風の乗員とは異なる制服を着た女子が居る。

 

「え、えっと‥‥」

 

鈴が戸惑っていると、シュテルはそれを察したのか、

 

「あっ、ごめん、自己紹介がまだだったね。私はドイツ・キール校所属、ヒンデンブルク艦長のシュテル・H(八幡)・ラングレー・碇です」

 

「ど、ドイツ艦の艦長さん!?」

 

鈴はシュテルの役職を聞いて、物凄く驚く。

あの巨艦の艦長がどんな人物なのか?

それは鈴も気にはなっていたが、その人物が今自分の目の前に居るからだ。

 

「あ、あの、私、は、晴風の航海長の、し、知床鈴です」

 

鈴も慌てて立ち上がり、シュテルに自己紹介をする。

 

(えっ?この人の声、滅茶苦茶、ユーリの声に似ているんだけど!?)

 

四国沖の海上ショッピングモールへ行った時、明乃たち晴風組はユーリの声を聞いて、鈴に似ていると驚いていたが、反対にこれまでシュテルは二度晴風に来たが、どちらも鈴に会っていない。

今回、三度目の晴風訪問で鈴と初邂逅したわけだが、鈴の声がユーリと似ていることに驚くシュテル。

しかし、いつまでも驚いている訳にはいかず、シュテルは何故、鈴が項垂れていたのかを訊ねることにした。

 

「それで、どうしたの?なんか元気なかったみたいだけど‥‥気分でも悪いの?」

 

「‥‥」

 

鈴はまた頷きながら甲板に座る。

 

「なにか悩んでいるなら、溜め込まずに人に話したらどうかな?それだけでも楽になるよ。私で良ければ話を聞くし‥‥」

 

シュテルも鈴の隣に座り、事情を聞く。

 

「‥‥そ、その‥‥」

 

鈴はゆっくりと口を開く。

 

「ん?」

 

鈴は最初、黙っていたが、やがてポツリ、ポツリと話し始めた。

 

「私‥‥さっき、心理テストをやったんです‥‥」

 

「ほぉ、心理テストをねぇ‥‥」

 

「そ、それで、その結果が‥‥」

 

「結果が?」

 

「‥‥ま、真面目系クズって結果に‥‥」

 

「えっ?真面目系クズ?」

 

真面目は兎も角、クズと言うのは聞き捨てならない単語である。

 

「は、はい‥‥でも、当たっていると思います‥‥だって私、逃げてばっかりの逃げ逃げ人生だし‥‥」

 

鈴は涙声でどうして真面目系クズになったのか?

そして、それが当たっていると言う。

 

「逃げ逃げ人生?」

 

(ユーリの声と同じなのに、涙目で涙声だと、印象が全然違うな‥‥でも、なんだか保護欲を掻き立てられるこの感じはなんだろう‥‥?)

 

声はまるっきり、友人と同じはずなのに、鈴の方がなんだか可愛く見えてしまうシュテルだった。

ユーリが居たら、鈴の声が自分に似ていることよりもシュテルに構ってもらっていることに対して鈴にあの死んだ魚のような目でジッと無言の圧力をかけていただろうし、鈴は自分と同じ声だけど、ユーリの無言の圧力で涙目になっていることだろう。

 

「‥‥しょ、小学校の時に、クラスの皆で肝試しをしたんだけど‥‥友達を置いて逃げちゃって‥‥」

 

「うわぁ‥‥」

 

肝試し会場に残された友人からしてみると、鈴がとった行動は最低であるし、その後の関係は物凄く険悪か気まずくなったに違いない。

後日、鈴はきっと、その友達に何度も頭を下げて謝ったのだろう。

 

「それ以外にもいつも、いつも気付いたら逃げてばっかりで‥‥」

 

シュテルに鈴は自らの過去を話す。

同じく小学校時代、下校途中、通学路を歩いていると犬に吠えられて、怖くなりその場から逃げて、わざわざ遠回りして帰った事、

修学旅行の時、東大寺南大門の金剛力士像を見て、怖くなって逃げ出して担任の先生やクラスメイトたちに迷惑を掛けた事、

確かにこれまでの人生、鈴本人の言う通り、辛い目や怖い目に遭った時は逃げてばかりいた。

 

(逃げる‥‥か‥‥)

 

鈴の言う『逃げる』と言う単語に反応するシュテル。

この単語は、彼女にとってある意味特別な単語であった。

 

「そんな時は、いつも一人で海を見ていた‥‥海を見ていると、不思議と気持ちが落ち着いて‥‥それで海が好きになって‥‥ブルマーを目指して艦に乗っていれば逃げ場はないから逃げ逃げをやめられると思っていたんだけど‥‥結局また艦ごと逃げ出して‥‥」

 

自分の逃げ逃げ人生を止めるためにルーマーメイドを目指したが、結局、自分は、逃げてばかりだと痛感する鈴。

 

「うーん‥‥、知床さんが、気にしている事は分かった。ただ、一つ言えることは‥‥」

 

「い、言えることは‥‥」

 

「知床さん」

 

「は、はい」

 

ジッと自分のことを見つめるシュテルに思わず、緊張する鈴。

 

「‥‥横須賀女子に入れて良かったね!!」

 

「えっ?」

 

「もし、千葉の総武高校に入学していたら、きっと、独神の手によって、毒舌と頭お花畑な奴らが居る部活に強制入部させられていたよ」

 

思わず、鈴を抱きしめるシュテル。

彼女の逃げ逃げ人生を聞いていると、もし鈴が総武高校に入学していたら、かなりの高確率で、独神こと、平塚先生の目に留まり、奉仕部に無理矢理強制入部させられていただろう。

前世の自分の様に‥‥

そして、あの部室に居れば、毒舌こと雪ノ下雪乃にボロクソ言われていただろう。

ましてや、鈴は雪ノ下の一個下の後輩‥‥

誰彼構わず毒を吐く雪ノ下の事だ、後輩だろうと遠慮なく鈴に毒を吐き、彼女の人生、存在そのものを否定するに決まっている。

結果として、クズが付くとは言え、元々真面目で結構気にして、後々まで引きずる様な性格の鈴があの雪ノ下の毒に耐えられるだろうか?

それこそ、前世の自分の様に人間不信になって登校拒否か最悪の場合、自殺してしまうかもしれない。

後輩を登校拒否、または自殺に追い込んでもあの雪ノ下の事だ、罪悪感など一切感じず、『登校拒否になったのも、自殺したのも、鈴が弱いせいだ』と言うことで、片付け『自分は一切悪くない』と言い張るだろう。

八幡が奉仕部に入ってからの最初の依頼‥‥由比ヶ浜のクッキー作りの際、雪ノ下が由比ヶ浜に吐いた皮肉めいた毒‥‥

由比ヶ浜はどうも感性が異なるのか、それを雪ノ下の激励だと勘違いして、彼女を慕うようになった。

由比ヶ浜のようなケースはあくまでも稀なケースだ。

雪ノ下の毒を由比ヶ浜と同じ様に捉える人が一体何人いるのか分からないがそれはごく少数だろうし、少なくとも鈴には耐えられないはずだ。

 

「えっ?えっ?どくしん?毒舌?強制入部?お花畑?」

 

一方、鈴の方は、シュテルの言っていることが分からず、彼女に抱きしめられたまま、戸惑っている。

ただ、毒舌や強制入部と言う単語から、シュテルが言っている総武高校とやらには行かなくて正解だと内心思う鈴だった。

 

「知床さんは、自分で逃げることに対して罪悪感を感じ、逃げること=悪いことのように思っているみたいだけど、私はそうは思わないかな?」

 

「えっ?」

 

「これは私の知り合いの男子高校生の話だ‥‥」

 

シュテルは鈴を離して、なんだか遠い目で語りだす。

鈴も黙ってシュテルの話に耳を傾けた。

 

「ソイツは、中学の時、罰ゲームでクラスの女子に告白することを強いられた‥‥元々、ソイツはその女子に好意めいたモノを抱いていたからな‥‥」

 

「そ、それで、その人は‥‥?告白は成功したんですか?」

 

鈴も年頃の女子高生‥‥恋愛には興味があったみたいだ。

シュテルは首を横に振り、

 

「いや、振られた‥‥それどころか、その女子もクラスの連中とグルで、ソイツはクラス中の笑いものになり、別のクラスの奴らからは『生意気だ』とか言われて虐められた」

 

「‥‥」

 

「それからだ‥‥ソイツが人間不信になったのは‥‥まぁ、それ以前から、ソイツの家庭も問題はあった」

 

「問題?」

 

「ああ‥‥ソイツには妹が居たんだが、両親は妹第一至上主義でな、誕生日もクリスマスも妹はプレゼントをもらえてもソイツはもらえず、家族で旅行や外食に出かける時も、ソイツはいつも留守番だった」

 

「‥‥」

 

鈴はシュテルの話を聞いて、彼女の言う『ソイツ』に自分を置き換えてみると、家族からそんな扱いをされたら、確かに人間不信になる。

 

「中学で虐めにあったソイツは、高校では心機一転しようと地元の進学校に合格した」

 

「凄いですね」

 

横須賀女子も海洋学校では、日本有数の進学校であり、自分もそこの生徒なのだが、シュテルが言う『ソイツ』が学校では虐めにあい、家族からもぞんざいな扱いを受けながらも進学校に合格したことにホッとすると同時に凄いと思った。

 

「ただ、ソイツはどうもついていなかった」

 

「ついてない?」

 

「ああ」

 

(シロちゃんみたいなのかな?)

 

ついていないと言われ、鈴が真っ先に思い浮かんだのが、晴風の副長のクラスメイトの姿だった。

 

「高校生活に浮かれて入学式の日、朝早く家を出たソイツは、道路に飛び出した犬を助けて車に轢かれた」

 

「く、車に‥‥」

 

(流石にシロちゃんもそこまでじゃないかな‥‥?)

 

普段から不運で、「ついていない」が口癖な真白も車に轢かれるほどではないなと思う鈴。

 

「車に轢かれたことにより、ソイツは入学式には出れず、高校デビューが周りよりも一ヵ月ほど、遅れた‥‥それにより、ソイツは高校でもボッチになった‥‥家族からもぞんざいに扱われ、中学での虐めにより、人間不信になったソイツはもう、このままボッチで生きていこうと決心した」

 

「‥‥」

 

「高校一年の時はボッチながらも平穏だった‥‥問題は二年になった時だ‥‥ある課題がソイツの命運を大きく分けた」

 

「課題?」

 

「現国の課題で、『高校生活を振り返って』と言う題名で作文を書くことになった‥‥ソイツは、思ったことを馬鹿正直に書いた‥いや、書いてしまった‥‥」

 

「えっ?正直に書いてどこがダメなんですか?」

 

「ソイツはその作文のせいで、現国担当の教師に目をつけられて、ある日の放課後、ソイツはその現国の教師に難癖をつけられて、ある部活へ強制入部させられた‥‥」

 

「それって‥‥」

 

強制入部の単語から、先程、シュテルが言った事の意味がなんとなく分かってきた鈴。

 

「そう、そこで、出会ったのが、さっき言った毒舌だ‥‥しかも毒舌はその部活の部長殿だったが、初対面にもかかわらず、『ぬぼっーとした人』だの、『彼からは、何か卑猥なものを感じます』だの、失礼な事ばかり言ってきた」

 

「‥‥」

 

初対面の人にいきなり毒舌を吐く人、しかもシュテルの話から同じ高校生‥‥

そんな人と一緒に部活動をやるなんて自分には耐えられそうにない。

しかも、シュテルはなんだか、その部活の部長の事を話している時、心なしか不機嫌そうに見える。

 

(知り合い‥なのかな?)

 

知り合いの男子高校生の話なのだから、その部活の部長とも知り合いなのだろうと思った鈴。

 

「それで、その部活ってどんな部活動なんですか?」

 

「部活の名称は『奉仕部』」

 

「奉仕部?」

 

部活の名称から普通の高校にはなさそうな部活動だ。

一体どんな活動をしている部活なのだろうか?

 

「ああ、簡単に言えばボランティアか生徒のお悩み相談みたいな部活動だ。もっとも、部長殿が言うには、『持たざるものに自立を促す部活。ホームレスには炊き出しを、モテない男子には女子との会話‥飢えた人に魚をあげるのではなく、魚の獲り方を教える部活』だそうだ‥‥」

 

「へぇ~」

 

(でも、なんか変なの‥‥飢えている人に魚の獲り方を教えるくらいなら、魚をあげればいいのに‥‥飢え死にしそうになっている人に魚を獲る元気なんてないだろうし‥‥)

 

鈴は奉仕部の部長の部活動における信念に疑問を感じた。

 

「それで、ソイツと毒舌部長は口論になった」

 

「口論?」

 

「ああ‥‥教師も部長殿も、ソイツが間違っていると決めつけ、話さえ聞かない、拒否権もない、一方的に強制入部をさせた‥‥それで、ソイツはその部長殿に言ったんだ‥‥『変わるだの変われだの、赤の他人に自分のことを勝手に語られたくない』って‥‥それで、部長殿はソイツにこう返した‥『貴方のそれは逃げでしょう?』って‥‥」

 

「‥‥」

 

鈴としては複雑な心境だ。

ソイツの言っていることも部長殿が言っていることも今の鈴には当てはまる。

 

「ソイツは更にこう返した『変わるつぅのも現状からの逃げだ。どうして過去や今の自分を肯定してやれないんだよ』って‥‥」

 

「過去や今の自分を肯定‥‥」

 

過去は変えることは出来ない。

これまでの自分の逃げてきた人生を忘れることは出来ても、変えること、否定することは出来ない。

しかし、それを含めて今の自分‥知床鈴が存在する。

自分で自分の存在を否定してしまっては、それこそ自分からも『逃げて』しまう。

シュテルは、鈴の黒歴史とも言える辛く忘れたい過去も今の自分も否定せず、肯定してやれと言う。

 

「知床さんがコンプレックスを抱いている『逃げ』に関してだが、私は逃げること全てが悪いことじゃないと思っている」

 

「えっ?」

 

「兵法でも『三十六計逃げるに如かず』って戦法があるし、猿島、シュペー、伊201、三回も戦闘したのに晴風がこうして無事だったのは、知床さんの見事な操艦技術があってこそだったんじゃないかな?」

 

「‥‥」

 

「的確に状況を見極めて上手く逃げるのは知床さんの長所だと思うよ、私は‥‥それは知床さんが嫌っている『逃げ』とはちょっと違う気がする」

 

「‥‥」

 

これまでの人生で自分の『逃げ』に対して、こんなことを‥‥褒めてくれる人がいるなんて、初めての経験であり、鈴には衝撃的だった。

 

「ただ、知床さんが気にしているように、『逃げ』が、全部悪いわけじゃないが、人生の中にはどうしても逃げてはダメな時もある‥‥その時の見極めは、知床さんなら出来ると思うよ」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

「これまでの経験を活かして、伸ばしていけばきっとね‥‥」

 

(最も俺は、一度、人生から‥‥何もかもから逃げたからな‥‥そういう意味では、俺は、知床さんよりも臆病で卑怯者だ‥‥その俺が本来なら、偉そうにこんなことを言える資格は無いんだけどな‥‥)

 

「それに知床さんは、ソイツと違って大勢の友達が‥仲間が、家族が居る‥‥逃げ出したい時、辛い時は、遠慮なく皆に相談したら良いんじゃないか?『海の仲間は皆家族』なんだから」

 

「それって‥‥」

 

鈴は聞き慣れた言葉を聞いて、目を見開く。

 

「私の友人の言葉だ‥‥岬艦長もこれを信条にしている筈だ」

 

「はい。ミーナさんを助け出す時もそう言っていました。碇艦長は岬さんと知り合いなんですか?」

 

「明乃ちゃん本人は覚えていないけど、昔‥‥たった数日だけど、一緒に遊んだことがあってね‥‥岬艦長もその友人も家庭問題で、愛に飢えている部分があるんだ」

 

シュテルは自分と明乃の関係を鈴に話す。

 

「さっき、言った通り、辛い時、逃げたい時は誰かに相談に乗ってもらいないさい。その反面、誰かの相談に乗ってあげるくらいの大きな心と勇気を持って‥‥それと、岬艦長も周りの人を不安にさせまいと、誰にも話さずに、自分の中に溜め込む所があるからね。出来れば、彼女の相談役にもなってあげてね」

 

「は、はい」

 

シュテルの言葉に鈴は真剣な表情で頷く。

 

「あ、あの‥‥」

 

「ん?」

 

「それで、その‥‥ソイツさんはその後、どうなったんですか?今もその奉仕部にいるんですか?」

 

鈴はシュテルの話に出てきた『ソイツ』のその後が気になり、訊ねた。

シュテルの口ぶりから、シュテルと『ソイツ』は知り合いではないかと思ったからだ。

 

「‥‥死んだよ」

 

シュテルは俯き、『ソイツ』がどうなったのかを鈴に語った。

 

「えっ?」

 

すると、シュテルからは『ソイツ』の衝撃的なその後を知ることになる。

 

「ソイツは、毒を吐かれながらも、強制入部させられたその部活動を通じて、もう一度、他人を信じてみようと、思い部活を続けてきた‥‥そんな中、ある相談を受けた」

 

「ある相談?」

 

「‥修学旅行でクラスメイトの男子が同じクラスの女子生徒に『修学旅行の時、告白するから絶対に振られないようにしてほしい』と言う相談を受けた」

 

「絶対に振られない?」

 

相談内容に鈴は、思わず首を傾げる。

互いに相思相愛ならば、振られないだろうが、そもそも相思相愛なら、絶対に振られないようになんて相談はしない。

相思相愛でないのであれば、絶対に振られないなんて不可能だ。

 

「頭がお花畑な奴は、その時、恋愛相談を受けて恋愛ピンク脳状態となり、失敗した時のリスクも考えずにその相談を受けて、本来ならば止めなければならない筈の部長殿も勢いに負けてその相談を受けた‥‥それから後で、告白される女子とクラスの中心的な奴から、『男子生徒からの告白を阻止してくれ』と言う相談を受けた‥‥ソイツだけな‥‥」

 

「そ、そんなっ!?無理ですよ、そんな相談‥‥」

 

一方から、『告白するから絶対に振られないようにしてくれ』‥そして、もう一方からは『男子生徒からの告白の阻止』‥そんな矛盾した相談の解決なんて、どう考えても無理だ。

 

「普通はそう思うが、ソイツはやってのけた‥‥」

 

「えっ?どうやってですか?」

 

矛盾した相談を一体どうやって解決したのか?

鈴はその解決方法を訊ねる。

 

「嘘告白だ」

 

「嘘告白‥‥?」

 

「ああ、ソイツは男子生徒が告白する寸前に告白の場に割り込んで、女子生徒に告白して、女子生徒から『今は誰とも付き会うつもりはない』と言う言葉を引き出させた‥‥絶対に振られないと言う男子生徒からの相談は達成できなかったが、先延ばしにすることは出来た‥‥まぁ、グレーゾーンだな」

 

「で、でも、それがどうして‥‥」

 

矛盾した相談を解決したのだから、円満解決ではないのかと思った鈴だが、現実はそう甘くはない。

 

「ソイツは、嘘告白をして、部活仲間からは拒絶され、誰が言いふらしたのか分からないが、ソイツの嘘告白は学校中の噂になって、中学以上の虐めにあった‥‥そして、ソイツは妹からも拒絶された‥‥妹は、家族であるソイツではなく、赤の他人の言葉を鵜呑みにした‥‥そして、ソイツは誰にも相談できず、助けてくれる味方もおらず、人生に絶望して、自らの命を絶った‥‥」

 

「‥‥」

 

シュテルは『ソイツ』の最後を伝えた時、哀愁が漂っていた。

 

「信じていたモノに裏切られるのは辛い‥‥いや、ソイツにとって部活仲間は一方的に信じていただけだったのかもしれないが、少なくとも岬艦長はクラスメイトを裏切るようなことはないから、大丈夫だよ」

 

「は、はい」

 

『ソイツ』の自殺と言う何とも暗い終わり方をしたが、シュテルは鈴に明乃は『ソイツ』の部活仲間とは違い、最後まで仲間を裏切らないと付け加えてこの話を終わらせた。

 

 

その頃、晴風の医務室では、ウルスラと美波が例のネズミのウィルスに対抗するワクチンの制作にあたっていた。

 

「それで、感染したクラスメイトさんのその後の様子はどうですか?」

 

ウルスラは美波に立石の経過状態を訊ねる。

 

「特に異常は見られない。普段通りの生活を送っている。再度、血液検査をした結果、ウィルスは検出されなかった」

 

立石はあの後、もう一度、採血検査をする羽目になった。

ただでさえ、注射が苦手なのに、この短期間で二度もその苦手な注射をすることになった。

可愛いと思っていたネズミを可愛がった代償があまりにも大きくついた立石だった。

 

「やはり、一度海に落ちたことが大きく関係しているのでしょうか?」

 

「うむ、貴女が纏めた資料から推察するにやはりそうだろう」

 

「このネズミ、やはり解剖しますか?」

 

ウルスラはケースの中に居るネズミを見る。

 

「しかし、サンプルはこれだけだしな‥‥」

 

「いえ、サンプルでしたら、こちらにも居ますし大丈夫でしょう」

 

「そうですか‥‥それなら大丈夫そうだな」

 

「ええ」

 

「「フフフフ‥‥」」

 

ウルスラと美波は怪しい笑みを浮かべていた。

もし、この光景を鈴が見たら、涙目になって逃げ出していただろう‥‥

いや、鈴だけではなく、他のクラスメイトも逃げるだろう。

 

 

シュテルと鈴が甲板で話し終え、海を見ていると、

 

「鈴ちゃん‥‥あれ?貴女は‥‥」

 

「ヒンデンブルクの碇艦長」

 

明乃と真白が通りがかり、シュテルと鈴の存在に気づく。

 

「どうしたんですか?」

 

「ああ、ミーナさんの様子が気になってね‥‥どう?仲良くやっている?」

 

「はい。この前、ココちゃん‥ウチの記録係が言うには、シロちゃんと一緒に寝ていたみたいで‥‥」

 

「えっ?一緒に?」

 

「はい」

 

明乃からミーナと真白の事が伝えられると、心なしかシュテルと鈴はちょっと引いていた。

 

「あ、あれは‥‥その‥‥」

 

明乃がシュテルにミーナと真白が同じベッドで寝ていたことを話すと、その真白がなんかあたふたしている。

 

「わ、私が寝ぼけてミーナさんのベッドに間違えて‥‥」

 

視線を泳がせながら、真白は何故、ミーナが寝ていたベッドに一緒に寝ていたのかを話す。

 

「あっ、そうだ!!この後、ミーナさんの歓迎会をやるんだけど、碇さんも一緒にどう?」

 

明乃はこの後、行われる予定のミーナの歓迎会にシュテルを誘う。

 

「それじゃあ、お邪魔させてもらおうかな」

 

シュテルはミーナの歓迎会に参加することにした。

 




11月19日に俺ガイル14巻(最終巻)が発売予定。

俺ガイルも8年の歴史に幕を下ろします。

一体どんなラストになるのか、気になりますね。


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70話

クラスメイトから勧められた心理テストの結果、『真面目系クズ』と言う結果にショックを受けた晴風航海長の知床鈴。

しかし、この結果について、鈴はこれまでの人生を振り返って、『当たっている』と言うことで、ますますショックを受ける。

そんな中、晴風にやってきたシュテルが甲板上で項垂れている鈴を見つけ、声をかける。

鈴は心理テストの結果とこれまでの自分の逃げ逃げ人生をシュテルに伝える。

彼女の言う『逃げる』と言うことに前世のことを思い出し、名前を伏せて、鈴に自分の前世の人生を伝える。

前世の‥‥比企谷八幡の頃に比べると、今の自分の人生も、鈴の周りも仲間が居ることにありがたみを感じ、シュテルはそのまま、晴風で行われるミーナの歓迎会に参加した。

 

 

その頃、近くの海では‥‥

 

東舞鶴海洋高校の教員艦が、この近くを航行している横須賀女子所属の駿河を発見した。

駿河も横須賀女子新入生の遠洋航海で行方不明になっている学生艦の一隻だった。

やがて、肉眼でも駿河を確認できる距離へ近づく。

 

「駿河、安定して航行中ですね」

 

東舞鶴海洋高校教員艦、あおつき の艦橋にて、副長の教官が艦長である東舞鶴海洋高校の教頭に話しかける。

確認したところ、駿河は船体に大きな損傷を受けている様子もなく、別段変わった様子もなく、航行している。

駿河の様子を見る限り、一体何故、ビーコンを切り、学校に連絡をいれないのか不思議なくらいだ。

 

「皆、無事ならば良いが‥‥」

 

例え、違う学校の生徒たちであっても、教育者であることから駿河の乗員たちを心配する教頭。

同じ頃、駿河の艦橋に立て籠もっていたもえかたちも東舞鶴海洋高校の教員艦隊の接近に気づく。

 

「か、艦長!!見て下さい!!救援です!!」

 

双眼鏡で周囲を見渡していた吉田親子が東舞鶴海洋高校の教員艦隊の救援を視認し、もえかに伝えた。

 

「えっ!?」

 

もえかは、急いで双眼鏡で確認する。

すると、確かにもえかの視線の先には東舞鶴海洋高校の教員艦の艦隊の姿があった。

 

「助かった!!」

 

「これで私たち、助かるんだ!!」

 

救援が来た事にもえか、吉田と共に艦橋に立てこもっている角田夏美、小林亜依子も喜んでいた。

もえかたちが艦橋に立てこもっている理由‥‥

それは、新入生の西之島新島に集結前日の夜まで遡る。

 

 

横須賀女子の新入生たちが西之島新島を目指し、いよいよ明日には新入生たちの学生艦が駿河の艦橋では、艦長であるもえかが明日の演習の最終確認をしていた。

 

「明日から他のクラスと合流ですね」

 

海図を見ながら明日の演習の確認のため、もえかと共に艦橋に上がっていた小林がもえかに声をかける。

小林は航海科ではなく、主計科給養員であるが、演習中に消費する物資や食事のメニューの事で、艦橋に上がっていたのだ。

 

「そうだね。みんな怪我の無いようにしないとね」

 

「はい」

 

海図から小林に笑みを浮かべながら言うもえか。

 

「ん?左60度、距離10000に同航の貨物船発見」

 

見張りを行っていた吉田が近くに貨物船が航行しているのを見つけ、報告する。

 

「動向に注意して、操舵室にも連絡」

 

「了解」

 

もえかが、貨物船の動きに注意するように言うと、吉田が操舵室に内線電話をいれる。

 

「もしもし‥‥あれ?」

 

受話器を耳にあてながら、吉田は眉を顰める。

 

「ん?どうかした?」

 

吉田の様子を見て、もえかが声をかける。

 

「‥‥艦長。操舵室、応答ありません」

 

「えっ?」

 

「何かあったのかな?」

 

「まさか、居眠りでもしているのかな?」

 

内線電話をかけても応答しない操舵室に違和感を覚えると、突如、駿河の第一砲塔が旋回し、突如貨物船を砲撃し始めた。

幸い砲弾は貨物船を外し、貨物船は急ぎ退避行動に入った。

 

『っ!?』

 

突然の貨物船への砲撃に艦橋に居た三人は唖然とした。

 

「な、何をやっているの!?」

 

「砲を勝手に打つなんて‥‥」

 

「射撃指揮所!応答して!!」

 

もえかが伝声管で射撃指揮所を呼び出すが、此方も操舵室同様応答がない。

しかし、砲撃をしたのだから、砲術科のクラスメイトはいる筈だ。

間違えて射撃ボタンを押した‥‥いや、そんなヒューマンエラーはあり得ない。

駿河の砲身には砲弾が装填されていなかったはずだ。

例え、間違えて発射ボタンを押したとしても砲弾が飛び出るなんてありえない。

となると、明確に貨物船を砲撃しようとする意志があった。

そこで、もえかは、吉田と共に射撃指揮所、操舵室へ様子を見るために艦橋を降りた。

射撃指揮所へと向かっていると、通路の向こうからまるで何かから逃げているかのように走って来るクラスメイト、角田がやって来た。

 

「艦長!!」

 

角田はもえかに飛びついて涙を流す。

 

「みんなが‥‥みんなが‥‥!」

 

「お、落ち着いて。一体何が‥‥」

 

「ん?艦長、アレ!!」

 

吉田が、角田が逃げて来た通路の先を指さすとそこには大勢のクラスメイトの姿があった。

ただ、其処に居るクラスメイトたちの様子は何か変で皆無口無表情で立っている。

その中には本来勤務シフトが有る筈のクラスメイトの姿もある。

 

「ひぃっ‥‥」

 

角田はそんなクラスメイトたちの姿を見て怯える。

吉田もクラスメイトたちの異変に気づいたみたいで、顔を引き攣らせている。

 

「み、みんな、どうしたの?何があったの?」

 

もえかは恐る恐るクラスメイトたちに声をかけるが、やはり彼女たちは無口無表情のまま‥‥

昼間の航海の時と比べてクラスメイトたちの様子があまりにも違いすぎる。

すると、クラスメイトたちは無口無表情のままゆっくりと、もえかたちに近づいてくる。

それはまるでホラー映画のワンシーン、ゾンビたちの行進の様にも見えた。

 

「っ!?逃げて!!」

 

変貌したクラスメイトたちの様子から、危機感を感じたもえかは角田の手を掴んで、急いで艦橋へと引き返した。

そして、角田を艦橋へ向かわせ、小林に事態の説明とバリケードを構築する為に応援に来てもらうように伝令役にした後、もえかと吉田は二人が戻って来るまでにラッタルのハッチを閉め、モップの柄とロープを使い、ラッタルのハッチを開かないように固定した。

次いで、消火斧(ファイヤーアックス)にて、エレベーターのワイヤを切り、エレベーターを落して使用不能にした。

 

「どうしたんです?」

 

角田が小林を呼んで、もえかたちの下にやってくると、

 

「詳しい説明は後でするから急いで他のラッタルのハッチを全部閉鎖して!!その他の艦橋に入れそうな箇所も全部!!」

 

もえかは小林にラッタルや扉を封鎖するように伝え、四人はバリケードを設置し、ラッタル、扉を封鎖した。

艦橋へと戻った皆の顔色は悪く、

 

何でこんな事になったのか?

 

みんな一体どうしてしまったのか?

 

自分たちはこれからどなるのか?

 

いずれは他のクラスメイトたちみたいになってしまうのか?

 

と、不安が次々とこみ上げてくる。

 

「みんな、一体どうしちゃったんだろう‥‥?」

 

豹変したクラスメイトたちを見た吉田は、一体クラスメイトたちの身に何があったのか分からず、困惑している。

 

「わ、わかりません‥‥突然、数人が豹変して、それが次々と広がって‥‥」

 

角田の話では突如、クラスメイトの数人が豹変すると、それが次々に他のクラスメイトたちにもまるで病気が感染するかのように広がって、あのような状態になったのだともえかたちに伝える。

角田の話では、クラスメイトたちが叛乱を起こした訳でもなさそうだ。

しかし、駿河で異状事態が起きたことには変わらない。

 

「か、艦長!!」

 

「どうしたの?」

 

ジャイロコンパスを見ていた吉田が声を上げる。

 

「駿河が‥予定針路を離れています」

 

「なっ!?」

 

予定針路を離れ、迷走し始めた駿河。

操艦機能は奪われており、針路がズレたとなると、これでは西之島新島で待っている他の学生艦とも合流が出来ない。

他の学生艦や教員艦と合流出来れば、何とか今の事態を改善できたかもしれないのだが、それさえも出来なくなった。

 

「私たちどうなっちゃうんだろう‥‥」

 

角田が涙声で呟く。

 

「みんな、まずは落ち着いて、今自棄になって飛び出しても、勝てない‥今は落ち着いて、現状を確認して、必要な物の確保とか、成すべきことをしないと」

 

不安になっている吉田、角田、小林を鼓舞するもえか。

彼女だって、こんな事態になって不安だし、怖い。

でも、自分は艦長と言う立場から、不安がっているクラスメイトたちの前で、そんな姿を見せれば、クラスメイトたちはますます不安になる。

もえかは必死に自分を奮い立たせた。

そして、彼女は三人に次々と指示を飛ばしていく。

幸い艦橋には簡易なトイレと入浴の設備があり、排泄や身体を洗うことは可能だ。

問題はトイレットペーパーやボディソープ、シャンプー等の生活物資に水と食糧、そして外部へこの事を伝える無線機の確保。

そして、バリケードの強化となる資材の調達等が急務となった。

何かしらの使用制限は避けられそうにないが、四人で集められる備蓄では長期間の籠城には耐えられないだろう。

備蓄が尽きる前にこの事態を何とか解決しなければならなかった。

そんな艦橋ぐらしをしている中、ようやく救助が来てくれた。

彼女たちの期待は当然高かった‥‥

だが、喜ぶのも束の間、更なる事態が救援を阻む。

 

「艦長、あれを!?」

 

もえかが今度は、何事かと思い下を見ると、

 

「あっ!?」

 

何と、駿河の主砲が勝手に旋回しはじめて、次の瞬間‥‥

 

 

ズドーン!!

 

 

東舞鶴海洋高校の教員艦隊、目掛けて発砲したのだ。

 

「駿河発砲!?」

 

「何っ!?どういう事だ!?」

 

駿河からの砲撃に驚愕しながら、駿河が放った砲弾は、教員艦隊の一隻に命中した。

 

「四番艦から受信、『ワレ、機関部被弾!!航行不能!!』‥‥繰り返す!!『機関部被弾!!航行不能!!』」

 

駿河の攻撃を受け、幸い沈没は免れたが、機関に被弾し航行不能になる。

それを見た隣の教員艦が急いで駿河に向けて発光信号を送るが、

 

「発光信号を送っていますが応答ありません!!」

 

駿河は、教員艦からの発光信号には応答せず、航行を続けている。

横須賀女子、東舞鶴の教員艦は確かに誘導兵器、優秀なレーダーを搭載している強力な艦だ。

一方、学生が使用している艦は、旧海軍時代の艦を改造した艦‥‥

艦歴、装備技術においては教員艦が上だ。

しかし、教員艦はその運用方法から、戦艦ほどの大きさを持ち合わせておらず、甲板上にレーダーやアンテナを露出している。

そして、その戦闘形式は主に誘導兵器によるアウトレンジ戦法でその戦術の為、教員艦の防御力は巡洋艦並み。

反対に学生が使用している戦艦は、攻撃力、防御力は教員艦よりも上‥‥

故に遠距離ならば兎も角、近距離で戦艦からの砲撃を受けては、優秀なレーダー、誘導兵器を搭載している教員艦でも一撃で航行不能となってしまうのだ。

 

「我々を脅威と誤解しているのか!?二番艦は接近し音声にて呼びかけてくれ!!」

 

教頭は、駿河の生徒が、自分たちが駿河に攻撃を仕掛けてくると思い込んでいるのかと思い、すぐさま二番艦に発光信号だけでなく、音声信号にて駿河へと呼びかける様に指示を出した。

 

『駿河の生徒諸君!!我々は東舞鶴海洋高校の教員だ!!君たちを保護するために来ている!!速やかに停船し、こちらの指示に従い‥‥』

 

二番艦が音声信号を送るが、駿河は、応答せず、それどころか駿河の第二主砲が旋回し、音声信号を送る二番艦を砲撃してきた。

 

「防水作業急げ!!」

 

第二砲塔の攻撃で二番艦は艦首に浸水する被害を受けた。

 

「‥‥砲撃を止めさせよう。船体のどこかに穴を開けて浸水、艦を傾斜させれば、給弾機から弾の補給が出来なくなり、砲は仕えなくなる」

 

最初の砲撃から、既に二隻が被害を受け、更に駿河の砲撃は続き、これ以上砲撃を受ければ、味方の被害が増える一方だ。

そこで、駿河を攻撃し、浸水させて船体を傾斜させる事により砲塔を使用不能にさせる事にした。

 

「しかし、それでは学生が乗る艦を撃つことになりますが‥‥?」

 

副長の言う通り、それは、学生たちを攻撃する事と同じ事であった。

しかも艦橋に立てこもっているもえかたちもろともに‥‥

 

「砲を撃てなくしてから生徒たちを保護する」

 

しかし、それでもこれ以上の被害を出すわけにはいかず、駿河の乗員たちを救助するには攻撃するしかなかった。

 

「‥‥了解、対水上戦闘用意!!」

 

副長も遂に教頭の決断を了承し、対水上戦闘用意の号令を出す。

 

「対水上戦闘用意」

 

「主砲、配置よし」

 

対水上戦闘用意の号令の下、教員艦隊は戦闘準備をする。

 

「各部配置よし、非常閉鎖よし、対水上戦闘用意よし」

 

各艦、戦闘準備が完了する。

この間にも駿河の砲撃は続き、

 

「三番艦被弾!!」

 

その砲撃で今度は、三番艦が被弾した。

 

「対水上戦闘!!噴進魚雷、攻撃始め!!」

 

「噴進魚雷、発射始め!!」

 

艦隊旗艦、あおつきから一斉に噴進魚雷が発射された。

 

墳進魚雷は全弾、駿河の右舷に命中する。 

 

「命中しました!!‥‥目標は‥‥速力変わらず、主砲動いています!!」

 

駿河への墳進魚雷命中を確認したものの、駿河は墳進魚雷命中に物ともせず、教員艦隊への砲撃を続ける。

 

「やはり、演習弾では無理か‥‥」

 

如何やら、先程発射した噴進魚雷の弾頭は、全て演習弾だった様だ。

学生が乗る艦に実弾を撃ちこむわけにはいかない。

とは言え、駿河と教員艦隊の戦闘は続く。

 

その戦闘をもえかたちは、駿河の艦橋で見ていた。

 

「東舞校の教員艦が‥‥!?」

 

「な、何で私たちの艦が東舞校の艦を‥‥?」

 

自分たちの艦が救助に来た筈の東舞鶴海洋高校の教員艦隊を砲撃しているのを見て、小林と吉田はショックを受ける。

 

「か、艦長‥‥」

 

そして、

 

「ど、如何して‥‥?」

 

もえかも自分の艦が東舞鶴海洋高校の教員艦隊を攻撃しているのにショックを受けていた。

 

(このままだと救助が不可能に‥‥でも、今の私たちには、何も出来ない‥‥一体、如何すればいいの‥‥)

 

今、東舞鶴海洋高校の教員艦隊が救助に来ているのに、自分たちの艦がその教員艦を攻撃している。

しかし、自分たちには、それを止める事も如何する事も出来ない。

如何すれば状況が良くなるのか、もえかは、考えながら、戦闘を見守るしかできなかった。

 

 

東舞鶴海洋高校の教員艦隊と駿河が盛大にドンパチをしている中、晴風では‥‥

 

「あ、あの‥‥」

 

「ん?」

 

「どうして、私の事を気にかけてくれたんですか?」

 

鈴はシュテルにどうして自分の事を気にかけてくれたのかを訊ねる。

 

「うーん‥‥知床さんが何か思い詰めていたのもあるけど、知床さんの声‥‥」

 

「私の声?」

 

「うん、知床さんの声がウチの砲雷長の声とそっくりなんだよ」

 

「えっ?私の声が!?そんなにそっくりなんですか?」

 

「うん、同じセリフを言われたら、どっちが言ったのか分からないと思う」

 

そんなに自分の声を似ている人物がいるなんて世界は狭いようで広い。

 

「でも、なんで知床さんは心理テストなんてやったの?」

 

「あっ、それはクラスの人が占いコーナーが載っている雑誌に心理テストがあったので‥‥」

 

「へぇ~‥‥占いか‥‥あっ、そう言えば占いと言えば、以前こんなことがあってさ‥‥」

 

シュテルは鈴にドイツであった出来事を話した。

 

それは、日本に来る前の事‥‥

 

ある日、雑誌に掲載されている占いを見ると、

 

「あっ、獅子座が十年に一度の最悪の日だって」

 

シュテルが占いの結果をユーリに伝える。

シュテルとユーリは同じ獅子座の生まれだった。

 

「そうなの?まぁ、あまり信じないけどね」

 

しかし、ユーリは対して気にしていない様子。

 

「えぇ?どうして?もしかしたら、私たち、今日命の危険を伴うかもしれないよ」

 

「そんなことないって‥‥」

 

ユーリはやはり気にしていない。

 

そこへ、

 

ブゥーン‥‥ピタッ

 

ユーリの口元にスズメバチが止まる。

 

「っ!?」

 

「‥‥」

 

突然のスズメバチの出現にシュテルは驚くが、ユーリは動じない。

すると、ユーリはスズメバチは口元に着けたまま、シュテルに近づいてくる。

 

「ちょっ、ユーリ、なんで、こっちに来るの‥‥?」

 

「‥‥」

 

ユーリはずっと無言のまま‥‥

すると、ユーリは周りの目も気にせずにシュテルにキスをした。

キスはスズメバチを通して行われたため回数的にはノーカウントである。

そして、スズメバチはシュテルとユーリのキスで圧死した。

 

「ちょっ‥‥ユーリ‥‥お前‥‥ふざけんなよ‥‥」

 

突然キスされドスが利いた声を上げるシュテル。

シュテルとしては、ファーストキスは戸塚に捧げたかったから、いきなりユーリにされてキレかけた。

 

「ご、ごめん‥‥パニくった‥‥」

 

シュテルとユーリの間に不穏な空気が流れている。

 

「‥‥」

 

そしてそれを横目から見ていたレヴィ。

 

「こ、航海長!?」

 

「れ、レヴィ!?」

 

レヴィの存在に気づくシュテルとユーリ。

 

「ちょっと待って、違うんだコレは!」

 

「いやいや誰にも言わないって‥‥」

 

「違うの!ハチがいたから!しょうがないでしょう!?」

 

シュテルが必死に弁解する。

 

「わかるでしょう!?」

 

「意味わからん」

 

すると、レヴィはポケットから財布を取り出し、二人にユーロ札を差し出す。

 

「何故金を払う!」

 

「そっちが意味わかんないよ!!」

 

「よかったじゃん、ハチでカバーされてファーストキスにはなってないと思うよ」

 

「「‥‥」」

 

シュテルとユーリの間に沈黙が走る。

 

「「状況わかってんなら先に言えよ!」」

 

 

ドスっ!!×2

 

 

「はぅっ!!」

 

シュテルとユーリはレヴィの鳩尾に拳を叩き込み、レヴィはその場に倒れる。

レヴィにとっても今日は厄日だったみたいだ。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

「やっぱり、今日は最悪の日なんじゃあ‥‥」

 

「そんな訳ないじゃん!!あんなのただの偶然だって!!」

 

ユーリはあくまでも占いを信じない。

 

そこへ、

 

 

ブゥーン‥‥ピタッ

 

 

またもやユーリの口元にスズメバチが飛んできた。

 

「だからなんで!?なんで、こっち来るの!?」

 

ユーリは再びシュテルの口でスズメバチを圧死させようとした。

すると、今度はクリスが居た。

 

「‥‥」

 

「「っ!?」」

 

クリスはは黙って鞄から殺虫スプレーを取り出して、無言で吹き掛けた。

その瞬間にシュテルとユーリの意見はリンクした。

 

「「(占いって怖いわぁ)」」

 

 

 

「‥‥って、ことがあったんだよ」

 

「へ、へぇ~‥‥そうなんですか‥‥」

 

シュテルは苦笑しながら言うが、鈴としてはリアクションに困る話だった。

シュテルの黒歴史?の暴露が終わった時、

 

「艦長の岬です。クラス全員急いで艦首付近の前甲板に集まって下さい以上!!」

 

明乃は艦内に一斉放送を流し、クラスメイトを集める。

突然の召集に何だろうと思いつつ、晴風の乗員たちは前甲板に集合する。

 

「何だ?急に全員に召集かけたりして?」

 

真白は、何故、急に全員に召集掛けたのか、明乃に訊ねると、

 

「あのね、みんな!!今から、ミーちゃんの歓迎会を始めま~す!!」

 

ミーナの歓迎会に晴風のクラスメイトたちは、ミーナに歓迎の拍手で迎える。

 

「えっ!?ワ、ワシの?」

 

突然、自分の歓迎会にミーナは驚く。

まさか、こんなサプライズが用意されていたなんて、夢にも思わなかった。

先程、杵崎姉妹の様子から、自分はてっきり晴風のみんなから嫌われているのかと思っていたからだ。

伊良子と杵崎姉妹が歓迎用のケーキを運んで来る。

 

「今火を点けるからね~」

 

そして、伊良子がケーキの上に刺さっているロウソクに火を点ける。

 

「も、もしかして、コソコソしていたのは‥‥!?」

 

ミーナはあの杵崎姉妹の挙動不審な行動に合点がいった。

 

「じゃあ私たちの新しい仲間のミーナさんから一言!」

 

「えぇ~。晴風乗員諸君。全くこの晴風というのは変な船じゃ‥‥じゃ、じゃが‥‥こんな風にワシを歓迎してくれるとは‥‥晴風乗員諸君‥‥ワシはこの手厚い歓迎にド感謝する!」

 

ミーナは感謝の言葉を述べてケーキの上に立つロウソクの火を消す。

 

「はい!じゃあみんなでケーキを食べようね」

 

こうしてミーナの歓迎会が始まった。

ミーナの歓迎会が始まり、クラスメイトたちはそこで出されたケーキに舌鼓をうっている中、

 

「ねぇ、ミーナちゃんは何で自分の事を『ワシ』っていうの?」

 

和住がミーナの一人称に関して、今まで疑問に思っていたのだろう。

 

此処で彼女に質問をした。

 

「ああ、私もそれ、気になった。確か去年までは『私』だったのに‥‥」

 

シュテルもミーナの一人称が変わった事も気になっていたので、会話に参加して、一人称が変わった理由を聞く。

 

「ん?おかしいか?日本の映画を見て覚えたんじゃが‥‥?」

 

それによると、ミーナの一人称が変わったのは、日本映画の影響だった。

 

「仁義がない感じの映画ですね。『あんたは儂らが漕いどる船じゃないの。船が勝手に進める言うなら、進んでみぃや!』」

 

納沙がサングラスを取り出し、恒例の一人芝居をする。

 

すると、

 

「『ささらもさらにしちゃれー!』じゃな」

 

ミーナもそれに乗る。

 

「しかし、上手いなぁ~このケーキ」

 

ミーナが再びケーキに口を着けていると、

 

「これ記念品」

 

「貰って」

 

そして、杵﨑姉妹からは紅白の達磨がプレゼントされたミーナ。

 

「お、おう‥ダンケシェーン‥‥」

 

ミーナは紅白の達磨にちょっと引きながらも折角のプレゼントと言う事で杵﨑姉妹から紅白の達磨を受け取った。

 

「ミーナさん、もしかしてあの映画シリーズ全部見たんですか?」

 

「見たぞ」

 

紅白の達磨を受け取った後、先程のセリフを知っていたことから、納沙は自分が好きな任侠映画をミーナが知っているのかと思い、訊ねてみると、ミーナは納沙が知っている任侠映画を見ていた。

 

「私、四作目が好きで!!」

 

「おおぉ!!あれかあれはええのぅ~」

 

納沙は晴風でやっと話が合う人物が見つかり嬉しそうだった。

ミーナと納沙が任侠映画の話で盛り上がっている中、シュテルはミーナの一人称が変わった理由も分かったし、二人が好きな任侠映画は知らなかったので、一人でケーキを食べていた。

 

「うーん‥‥」

 

そんなシュテルの姿を明乃は遠巻きから見ていた。

 

「どうしたんですか?岬さん」

 

そんな明乃に鈴が声をかける。

 

「あっ、うん‥‥あのドイツ艦の艦長さん、どこかで会ったような気が‥‥」

 

明乃はシュテルと何処かで会った気がしてならなかった。

しかし、明確にいつ、どこで、シュテルと出会ったのか思い出せなかった。

 

「それなら、直接聞いてみたらどうですか?」

 

鈴は、気になるようならば、シュテルに聞いてみればいいと言うが、

 

「あっ、いや‥‥もし、間違っていたら失礼だし‥‥」

 

明乃はもし、自分の記憶違いだったら失礼なので、消極的だった。

 

(別そんなこと気にするとは思えないけどな‥‥)

 

鈴はさきほど、シュテルと話したが、そんなことで怒るようなシュテルではないと思った。

実際にシュテルと明乃は昔、会っているのだから‥‥

そんな中、明乃は、おもむろにポケットから懐中時計を出して、中に貼ってある写真を見る。

 

「可愛い」

 

「んっ?」

 

鈴がそれに気づく。

 

「それって、艦長‥岬さんの子供の頃の?」

 

「うん。小学校の卒業式の写真。ずっと一緒だったの‥‥」

 

「それって、駿河の艦長さん?」

 

鈴が写真に写っているもえかに注目する。

 

「そう‥‥」

 

明乃が行方不明になっているもえかの事を思っているその時、

 

 

ピィーン

 

 

スピーカーがハウリングし、

 

「艦長!!学校から緊急電です!!」

 

八木が学校からの緊急伝を伝えた。

 



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71話

展開がなかなか進まず申し訳ございません。





 

晴風にて、ミーナの歓迎会が始まる少し前‥‥

晴風の医務室にて、美波とウルスラはラットウィルスに対抗するワクチンの制作にあたっていた。

ウルスラがこれまで、集めたラットのデータと美波が個人的に晴風へ持ち込んだ試薬や研究機器、そして二人の頭脳のおかげでワクチンの精製は短期間で出来た。

しかし、このワクチンに効力があるのかはまだ不明で、また何らかの副作用があるのかも不明。

 

「一応、抗体らしきものはできたな」

 

「ええ‥‥しかし、ワクチンの抗力と副作用の有無はまだ不明なので、後はその点の解明ですね‥‥」

 

「‥‥ああ‥それを証明するには‥‥やるしかないか‥‥」

 

「‥‥ええ、やるしかないですね」

 

美波とウルスラは完成させた対ラット用のワクチンをジッと見て、一度医務室から出ると、美波は通路で出会った青木と和住に声をかける。

 

「二人ともすまないが‥‥」

 

「ん?美波さん?」

 

「どうしたっすか?」

 

「ちょっと、二人に協力してもらいたいことがあるのだが‥‥」

 

「えっ?まぁ、いいですけど‥‥」

 

「何っすか?」

 

美波は和住と青木を連れて医務室に戻る。

すると、医務室ではウルスラが先に戻っており、彼女は水鉄砲と椅子、そして手錠と結束バンドを用意して待っていた。

 

「えっと‥‥」

 

「これは、一体‥‥」

 

ウルスラが用意したモノを見て、ドン引きする青木と和住。

二人とも本能的になにかヤバいことがこれから行われるのだろうと思った。

さらに、

 

ガチャっ

 

「「っ!?」」

 

美波が医務室の扉を閉める。

 

「では‥‥」

 

「始めましょうか‥‥」

 

「「ひぃっ~‥‥」」

 

美波とウルスラが互いに怪しげな笑みを浮かべると、青木と和住は互いに抱き合い怖がる。

そして、ウルスラの手には例のラット、美波の手には何かの薬品が入った注射器が握られている。

 

「み、美波さん‥‥」

 

「お、落ち着くっす。二人とも‥‥」

 

これから自分たちが眼前のマッドたちに何をされるのか?

それを想像するだけでも恐ろしい。

ジワリ、ジワリとにじり寄ってくる美波とウルスラ。

それに比例するかのように後ずさる青木と和住。

 

「では、これより、新薬の実験を行います‥‥」

 

「何かあった時の為、抑えるのを手伝ってくれ」

 

すると、ウルスラは、手に持っていたラットに自らの腕を噛ませた。

 

「ちょっ!!」

 

「何をしているっすか!?」

 

ウルスラの行動に驚く青木と和住。

 

「そんなことをしたら、貴女もウィルスに感染しちゃうんじゃあ‥‥」

 

「いえ、敢えて感染しました」

 

「「は?」」

 

そう言ってウルスラは素早くラットをプラケースに戻し、椅子に座る。

一方、青木と和住は、ウルスラの行動が理解できずにいる。

そして、ウルスラは椅子の腰掛の部分に後ろに手を回す。

 

「さあ早く、私の両手を手錠で拘束して下さい。そして両足も椅子に縛り付けて‥‥」

 

「「えっ?」」

 

ウルスラの頼みに困惑する二人。

 

「早く!!私が凶暴化する前に!!」

 

「は、はい!!」

 

「分かったっす!!」

 

ウルスラの勢いに負けて、青木と和住は急いで、ウルスラの手に手錠をかけ、足も結束バンドで縛り付ける。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

椅子に後ろ手に手錠をかけ、しばらくすると息を荒げ始めるウルスラ。

段々とウィルスが身体に巡り始めたみたいだ。

 

「美波さん、これは一体‥‥?」

 

和住は美波とウルスラの行動が分からず、一体何をしているのかを訊ねる。

 

「新薬の‥‥例のラットウィルスに対抗するワクチンの実験だ‥‥その他に、ウィルスに感染してから発症までの時間を計るのも目的としている」

 

美波の首にはストップウォッチがかけられてあり、ウルスラが自らの腕をラットに噛ませて、ウィルス感染させてから、時間を計測している。

 

「でも、その新薬が効かなかったらどうするつもり何っすか?」

 

青木がもし、美波とウルスラの作ったワクチンが効かない場合、ウィルスに感染したウルスラをどうするのかを訊ねる。

 

「その点も問題ない。初期感染の場合、海水をかければ問題ないからな‥‥もし、ワクチンが効いていないと判断すれば、すぐに海水をかけるのだぞ」

 

美波は青木と和住にもし、ワクチンの効果がないと判断した場合、水鉄砲に入っている海水をウルスラにかけるように指示を出す。

 

「わ、分かった‥‥」

 

「了解っす‥‥」

 

青木と和住は神妙な顔つきでウルスラの様子を窺う。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

ウルスラは相変わらず、息を荒げている。

 

「‥‥」

 

そんなウルスラの様子をジッと見ている美波と青木。

和住は心配そうに彼女を見ている。

後ろ手に手錠をかけられ、足を結束バンドで縛られ、息を荒げている金髪の少女‥‥

今のウルスラの様子はまさに監禁されている少女‥‥

しかも見方によっては、薬物で悶え苦しんでいる、喘いでいる様にも見える。

青木は今この場で、スケッチブックやカメラを忘れたことを悔やんだ。

息を荒げていたウルスラであったが、

やがて‥‥

 

「うぅ~‥‥」

 

呼吸が整ったと思うと、ウルスラは唸り声をあげだす。

 

「むっ?」

 

(どうやら、ウィルスが体全体に行き渡り、症状が出てきたみたいだな‥‥)

 

「うがーっ!!うっ‥がぁぁぁー!!」

 

美波の推測通り、ウルスラの身体全体にウィルスが行き渡り、ウィルス独特の症状が出る。

正気を無くし、暴れるウルスラ。

しかし、事前に手錠と結束バンドで身体を拘束していたので、椅子に座って暴れるレベルでウルスラが美波たちに襲い掛かることはなかった。

 

「さて、感染までの時間は計れた‥次はいよいよこの新薬の効果の実証検証だ‥‥二人とも、彼女の身体を抑えてくれ」

 

「う、うん‥‥」

 

「了解っす‥‥」

 

青木と和住がウルスラの両肩を抑えつける。

 

「うがーっ!!うぅ~!!」

 

「くっ‥‥」

 

「凄い力っす‥‥」

 

ウィルス感染しているウルスラは普段の様子から考えられないくらいの力で暴れている。

しかし、いくら凶暴化しても手錠と結束バンドからの拘束からは逃れられないのだが、ウルスラはその拘束から逃れようと必死にもがいている。

 

「美波さん、早く!!」

 

「う、うむ」

 

美波はウルスラの腕に注射器をさし、ワクチンをウルスラの身体に注入する。

ウルスラはしばらくの間は唸り声あげて、暴れていたが、やがてワクチンが効いてきたのかガクッと項垂れ声を上げる事もなく大人しくなった。

 

「大人しくなったっす‥‥」

 

「これは成功なの?美波さん‥‥」

 

「うむ‥‥」

 

美波は大人しくなったウルスラの様子を確認する。

 

「うっ‥‥うぅ‥‥」

 

やがて、ウルスラが意識を取り戻す。

ウルスラの様子を見る限り、ワクチンにはラットウィルスに対する効力があることが証明された。

 

「実験の成果は‥‥?」

 

ウルスラは美波に実験の成果を訊ねる。

しかし、自分が海水に濡れていないことから、実験は成功したことが伺える。

 

「成功だ‥‥時間の計測に関しても個人差はあるだろうが、感染時間とワクチンが効くまでの時間‥共に計測はできた」

 

「では、急ぎ症例報告をまとめ、ワクチンの精製に移りましょう」

 

「うむ、そうだな‥‥」

 

「でも、その前に‥‥」

 

「「「ん?」」」

 

ワクチンの症例報告と生産を始める前にウルスラは何かを頼もうとしている。

 

「‥‥手錠と結束バンドを外してください」

 

「「「あっ‥‥」」」

 

今現在、ウルスラは手錠と結束バンドで繋がれている状態なので動けない。

症例報告、ワクチンの精製の前に手錠を外してほしいと言う。

ウルスラの身体を拘束していた手錠と結束バンドを外し、二人は症例報告とワクチンの精製作業に入る。

青木と和住は二人の様子を見て、

 

((この二人、絶対にマッドだ!!))

 

美波とウルスラが危ない人だと判断した。

 

「そ、それじゃあ‥‥美波さん」

 

「私たちはもう、行くっす‥‥」

 

これ以上この二人と関わるのは御免だと言わんばかりに青木と和住は医務室を出る。

 

「ああ、協力ありがとう」

 

「ありがとうございました」

 

美波とウルスラは二人に礼を言うが、青木と和住はそそくさと退散し、

 

((航海中、怪我や病気にならないようにしよう‥‥))

 

と、航海中、怪我や病気で美波の世話にならないよう注意するのであった。

それから、明乃からミーナの歓迎会を行う旨の放送がして、二人はミーナの歓迎会に参加した。

歓迎会の終盤、八木が学校からの緊急通信が入ったとの知らせが届いた。

 

「艦長!!学校から緊急電です!!」

 

「どうしたの?」

 

「何事だ!?」

 

「現在、アスンシオン島沖にて、東舞鶴海洋高校の教員艦が駿河と接触!!」

 

「駿河‥‥」

 

もえかが艦長をしている艦名を聞き、動揺する明乃。

 

「接触を試みた東舞鶴海洋高校の教員艦に対し、駿河は発砲、交戦状態にあるみたいです!!『周辺で最も近い位置にある晴風は現地に向かい状況を報告せよ。なお戦闘は禁止。自らの安全を最優先する事』‥‥以上です!!」

 

「駿河がこの近くに‥‥」

 

捜していた駿河がまさか、自分たちの近くに居るとは予想外であった。

しかし、これは嬉しい予想外だ。

しかも学校側からは戦闘行為は禁止されているが、駿河の下へ向かうことが出来る許可が下りている。

 

「艦長、命令はあくまでも状況報告だぞ」

 

真白は駿河の救助、ないし、駿河との戦闘ではなく、現状の確認であることを明乃に言い聞かせる。

 

「そうだね‥出航用意!!錨を上げ!!」

 

明乃が出航準備を命じる。

 

(本当に大丈夫だろうか?)

 

しかし、真白には一抹の不安がつきまとった。

それは、普段の自分の不運だけではなく、これまでの航海の中で、明乃が駿河の事を物凄く気にかけていた。

その明乃が駿河を前にして果たして冷静でいられるだろうか?

そんな不安があった。

 

駿河発見の報を受けて、シュテルもウルスラと共に自艦へと戻る。

その際、ウルスラはスーツケースを大事そうに持っていた。

 

「ハルトマンさん、それは何?」

 

シュテルはウルスラにそのスーツケースについて訊ねる。

 

「これですか?これは、完成したばかりの対ラット用のワクチンです」

 

「えっ?もう、出来たの?」

 

この短期間にあのラットウィルスに対抗できるワクチンが出来たことに驚くシュテル。

 

「はい‥カブラギさんのおかげで‥‥既に感染者にも有効なのは証明されています」

 

「‥‥一応、聞くけど、どうやって証明したの?」

 

シュテルは効力の証明方法を訊ねる。

 

「まぁ、ギリギリの線を渡った‥‥ってことにしてください」

 

「そ、そう‥‥」

 

(まさか、人体実験をしたんじゃあ‥‥)

 

ウルスラの発言から、ワクチンの効力を証明するために人体実験を行ったのではないかと思うシュテルだった。

 

「艦長、おかえりなさい」

 

「おかえり」

 

シュテルはヒンデンブルクの艦橋へと戻り、艦内に一斉放送を流す。

 

「皆も知っているだろうが、先程、横須賀女子から緊急電があり、現在、東舞鶴海洋高校の教員艦と横須賀女子の駿河が交戦状態となっている。晴風は現状確認のため、現場に急行する事となった。本艦も晴風に同行する‥‥その際、駿河との交戦も予想される‥‥総員、戦闘配置のまま現場に向かう‥以上」

 

「出航用意!!」

 

晴風とヒンデンブルクは急ぎ、駿河と東舞鶴海洋高校の教員艦がドンパチしている海域へと向かう。

急ぎの出航の為と元々戦闘行為をするわけではないので、晴風のクラスメイトたちの中には水着姿のままの者も居るが、ヒンデンブルクの方は、東舞鶴海洋高校の教員艦と交戦状態と言うことで、駿河と一戦交えることも考慮して、戦闘可能な服装に交代で着替えながら現場に向かった。

 

その東舞鶴海洋高校の教員艦と駿河がドンパチしている海域では‥‥

 

「増援の八隻到着、陣形、整いました!!」

 

駿河と東舞鶴海洋高校の教員艦との戦闘は、教員艦の圧倒的な不利な状況が続き、教員艦は近くで捜索に当たっていた別の教員艦を呼び寄せた。

教員艦隊は、増援八隻を得て、残存艦の六隻合わせて、その数は十四隻になり、駿河を取り囲む様に陣形を整える。

一隻ずつではなく、数で勝負をしかける教員艦。

 

「何としても足だけでも止めなければ‥‥噴進魚雷攻撃始め!」

 

船体構造物を傷つける訳にはいかないので、せめて行き足だけでも止めようと教員艦は、噴進魚雷を駿河のスクリューめがけて撃ちこもうとする。

しかし、

 

「なにっ!?」

 

発射された噴進魚雷は誘導装置が故障したせいか、その殆んどが、作動不良を起こし、駿河の船体に命中することなく、空中をフラフラ飛び海上に着弾した。

 

「教頭!?増援艦隊との通信が途絶しました!!データリンクも止まっています!!」

 

「そんなバカなっ!?」

 

突然の誘導兵器の誤作動が発生した事態に教頭たちは驚愕する。

 

「駿河発砲!!着弾します!!」

 

駿河からの砲弾が旗艦、あおつきに命中し、航行不能になる。

旗艦が被弾し、艦の通信機器、僚艦との艦隊ネットワークが機能停止している為、教員艦隊は連携が取れなくなり、大混乱に陥る。

そして、降り注ぐ駿河の砲弾に次々と教員艦は被弾していく。

駿河の砲撃の前に全く歯が立たず苦戦した教員艦隊は、晴風とヒンデンブルクが到着した頃には既に壊滅状態になっていた。

駿河は40㎝連装砲とはいえ、前部に二基、後部に三基、計十本の砲身を備えている強力な戦艦で、その数はヒンデンブルクよりも主砲の数が多い。

周りを取り囲んでも巡洋艦並みの防御しかもたない教員艦では、両舷の副砲と主砲であっという間にいなされてしまう。

しかも教員艦の方は、駿河の乗員の救助を目的としており、下手に船体へ武器を向けられない。

反対に駿河は遠慮なしに発砲してくる。

まさに、ワンサイドゲームな状態である。

 

「凄い!?‥‥凄すぎます!?」

 

納沙が震える声で目の前の光景の感想を口にする。

駿河と東舞鶴海洋高校の教員艦との戦闘を見て、艦橋に居る者は息を呑む。

 

「夾叉も無しに行き成り命中させる何て‥‥あんなのに狙われたら‥‥」

 

西崎が夾叉もしないで、日本が誇る最大級の46㎝搭載艦ではないとはいえ、40㎝砲十門をほぼワンショットで目標に命中させる駿河の砲術の凄さに驚いていた。

 

「操艦もあんなに大きな艦があっという間に針路を変えている‥‥」

 

鈴も駿河の巧みな操艦能力には脱帽みたいだ。

やはり、横須賀女子海洋学校の中でも成績優秀者を乗せているだけの事はある。

 

「如何して!?‥‥何でこんな事に‥‥」

 

明乃は何故、こんな事になっているのか驚愕しながら双眼鏡を見る。

眼前では信じられない光景が広がっている。

駿河が東舞鶴海洋高校の教員艦を一方的に砲撃している。

 

まさか、これは艦長であるもえかが指示していることなのだろうか?

 

そんな不安が明乃の脳裏に過ぎる。

 

 

「新入生ながら、砲術、操艦術、共に凄いですね」

 

「ああ、さすが、横須賀女子のエリートだけを集めた艦なだけある‥‥」

 

一方、ヒンデンブルクの艦橋でも駿河の砲術、操艦に対して、クリスとシュテルは舌を巻いている。

 

(しかし、あれはどう見ても、もかちゃんが命令して行っているとは思えない‥‥となると、やはり駿河の乗員たちもウィルスに感染していると見て間違いないだろう‥‥)

 

「通信長」

 

「はい」

 

「横須賀女子から送られてきた緊急電の電文‥見せてくれ」

 

「は、はい」

 

シュテルは横須賀女子からの電文に目を通す。

そして、何かに気づき、口元を緩める。

 

「通信長」

 

「は、はい」

 

「横須賀女子に電文‥『駿河との交戦許可を求む』と打ってくれ‥‥それと晴風にも通信、『駿河は本艦(ヒンデンブルク)が対処ス、晴風は東舞鶴海洋高校の教員艦の救助を求む』と送ってくれ」

 

「はい」

 

「しかし、艦長。戦闘行為は‥‥」

 

メイリンが横須賀女子からは戦闘行為は禁止であくまでも現状確認の筈であると言うが、

 

「この電文を見てごらん」

 

シュテルはメイリンに横須賀女子からの電文が書かれた紙を見せる。

 

「?」

 

「戦闘行為が禁止されているのは、晴風だけ‥‥その電文に本艦の名前は記されていない」

 

「あっ‥‥」

 

メイリンは横須賀女子からの電文を見て、確かにシュテルの言う通り、ヒンデンブルクの名前は書かれていない。

横須賀女子の教員がヒンデンブルクの存在を忘れていたのか?

それとも、付け足すのを忘れたのか?

いずれにしてもヒンデンブルクは駿河との戦闘行為は禁止されていなかった。

だが、他校‥しかも他国の学校の艦と一戦交えるのだ。

その許可だけは駿河が所属する学校に取っておかなければならない。

横須賀女子からの返答を待つ間にシュテルは医務室に内線電話を入れ、

 

「医務長」

 

「はい」

 

「駿河の乗員も例のウィルスに感染して可能性がある‥もしかしたら、早速あのワクチンを使用するかもしれないが、大丈夫か?」

 

「はい。一クラス分はなんとか用意できていますから」

 

「副作用とかの問題は?」

 

「そちらの方も大丈夫です」

 

「わかった」

 

シュテルは内線電話を切り、横須賀女子からの返答を待つ。

 

ヒンデンブルクから駿河との交戦許可を求められた横須賀女子では、

 

「ドイツのヒンデンブルクが!?」

 

「はい。駿河との交戦許可を求めています」

 

ヒンデンブルクからの通信内容に真雪は思わず声をあげる。

真雪の下にはヒンデンブルクから、駿河が東舞鶴海洋高校の教員艦へ攻撃を仕掛けている旨も伝えられていた。

なるべくなら生徒、学生艦を傷つけたくはなかった。

しかし、現状は最悪で、駿河は東舞鶴海洋高校の教員艦を一方的に砲撃し、多数航行不能にしている。

これ以上、駿河を放置すれば、民間船舶にも被害が出る恐れがある。

それを止めるには駿河をここで何としてでも捕捉しなければならない。

 

「校長‥いかがいたしましょう?」

 

教頭が神妙な面持ちで真雪に指示を請う。

 

「‥‥やむを得ません‥‥ヒンデンブルクに駿河との交戦許可を‥‥」

 

真雪はヒンデンブルクに駿河との交戦許可を出した。

 

 

「艦長、横須賀女子から返信です」

 

「内容は?」

 

「駿河との交戦許可が出ました」

 

「よし‥‥」

 

横須賀女子から交戦許可が出たことで、シュテルは艦内に一斉放送を流す。

 

「総員に告ぐ、横須賀女子より、駿河との交戦許可が出た‥‥本艦はこれより駿河との交戦に入る‥‥駿河はなんとしてでもここで捕捉し、乗員を救助する!!」

 

シュテルは駿河との戦闘を決意する。

その頃、晴風の艦橋では‥‥

 

「もかちゃん‥‥シロちゃん‥悪いけど、後は任せて良い?‥‥私、行ってくる‥‥」

 

突然、明乃は、真白に艦を任せ、何処かへ行くと言い出した。

 

「ちょっと待て!!『行く』ってどこに行く気だ!?」

 

この逼迫した事態に艦長としての職務を放棄してどこへ行くのかを問う真白。

 

「駿河のところ」

 

明乃は迷うことなく東舞鶴海洋高校の教員艦と駿河がドンパチしている海域へ単身で乗り込もうと言うのだ。

 

「ば、馬鹿を言うな!!状況は、既に把握した!!現状で確認したことを学校に報告することが最優先の筈だ!!」

 

真白は、駿河に向かう明乃を止めようとするが、明乃は、真白の言葉を聞かずに行こうとする。

すでに明乃の意識は駿河‥‥もえかしか見えていないようで、パニックを起こしているみたいに見える。

それに対して、思わず真白は、明乃の肩を掴み、

 

「い、いい加減にしろ!!毎度毎度、自分の艦をほったらかしにして飛び出す艦長が何所の世界に居る!?」

 

これまでの明乃の行動に対して不満を抱いていた真白が等々爆発する。

 

そこへ、

 

「艦長!!ヒンデンブルクから通信です!!」

 

八木がヒンデンブルクからの通信内容を艦橋に居る全員に伝える。

それによると、駿河の相手はヒンデンブルクが行うので、晴風は遭難した東舞鶴海洋高校の教員艦乗員の救助を頼むモノだった。

 

「対処って‥‥」

 

「駿河相手に戦う気か!?」

 

「じゃ、じゃあ‥私も‥‥」

 

明乃はあくまでも駿河に行こうとする。

その時、

 

「か、艦長!!」

 

晴風の艦橋に鈴の大声が響く。

 

「艦長、ここは碇艦長を信じましょう!!」

 

「で、でも‥もかちゃんが‥‥私の幼馴染があそこに居るの‥大事な親友なの‥‥」

 

「それは分かります。でも、今、晴風には晴風にしか出来ないことがあるはずです!!」

 

鈴だって、本音を言えばこんなドンパチが行われている海域からさっさと逃げたい。

でも、先程、甲板でシュテルから言われた言葉が鈴の脳裏を過ぎる‥‥

 

『人生の中にはどうしても逃げてはダメな時もある』

 

(うぅ~‥逃げたい‥‥でも、今は、逃げちゃダメな時なんだ‥‥碇艦長だってあの駿河相手に戦おうとしているんだ‥‥わ、私だって‥‥)

 

鈴は自身を奮い立たせる。

こうして声を上げ、艦長である明乃に意見するだけでも、鈴にとっては勇気がいることなのだが、鈴は意見を続ける。

 

「艦長が、駿河の艦長の事を大切にしているのは、分かります!!でも、今は海で救助を求めている人が居るんです!!ブルーマーメイドの主任務は海難救助です!!海で救助を求めている人を見捨てるのが、艦長が目指すブルーマーメイドの姿なんですか!?海の仲間は家族じゃないんですか!?」

 

「鈴ちゃん‥‥」

 

「知床さん‥‥」

 

普段のなよなよした姿から考えられない鈴の姿がそこにあった。

 

「‥‥」

 

鈴のその言葉と姿に明乃もようやく冷静さを取り戻した。

明乃は海難事故で家族を失い、その時、救助をしてくれたブルーマーメイドの姿、そして、施設で出会ったもえかとの約束で、自分もブルーマーメイドを目指した‥‥

しかし、今の自分の姿はあまりにも将来、目指しているブルーマーメイドの姿からかけ離れていることに気づく。

艦長としての職務放棄、そして、友人と海で救助を求めている大勢の人が乗る天秤で、本来優先すべき遭難者たちではなく、友人へ傾けてしまった事‥‥

それが、ブルーマーメイドの姿とかけ離れていることに気づいた。

 

「ご、ごめん‥鈴ちゃん‥‥私‥‥」

 

「いえ、私の方こそ、ごめんなさい‥‥艦長が駿河の艦長と仲が良いことは知っているのに生意気な事を言って‥‥」

 

「ううん、私は駿河の姿を見て、冷静を無くしていたよ‥‥これじゃあ、本当に艦長失格だよ‥‥」

 

「艦長、汚名はそそぎましょう!!海で私たちの助けを待っている人が居るんです!!」

 

落ち込んでいる明乃に納沙が助け船を出して励ます。

 

「う、うん、そうだね‥‥針路を変更‥これより本艦は東舞鶴海洋高校の教員艦乗員の救助を行う!!救助準備!!」

 

明乃も本来の調子を取り戻したようで、駿河の事をヒンデンブルクに任せ、自分たちは遭難した東舞鶴海洋高校の教員艦の乗員の救助を行う為に遭難海域へと向かう。

そして、駿河との戦闘をこれより開始しようとするヒンデンブルクは、

 

「弾種、徹甲模擬弾装填!!機関全速!!」

 

「弾種、徹甲模擬弾装填!!」

 

「機関全速!!」

 

一個下の後輩相手とはいえ、相手は戦艦同士と言うことで、緊張した面持ちで駿河との距離を詰めていく。

 

(噴進弾を全て使用してでも、駿河はここで止める‥‥)

 

次第に距離が縮まり、姿が大きくなってくる駿河を見て、シュテルは決意に満ちた目をしていた。

ヒンデンブルク‥シュテルとっては親友を取り戻す大事な一戦であり、駿河にとっては東舞鶴海洋高校の教員艦に次ぐ、第二ラウンドが始まろうとしていた。

 




この作品にて、もかちゃんが艦長を務めている戦艦駿河です。


【挿絵表示】


全長 250m

全幅 32m

最大速力 29,75ノット

武装

40,6㎝連装砲五基 十門

14㎝単装砲 十六門

127㎜連装高角砲 四基

25㎜連装機銃 八基

13㎜四連奏機銃 二基



墳進弾装備のヒンデンブルク


【挿絵表示】


o級巡洋戦艦


【挿絵表示】


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72話

この作品の世界では、もえかは46㎝砲の戦艦ではなく、40㎝砲の戦艦に乗っているので、原作とやや異なる展開となっており、原作に比べると短い展開となりますが、その分は、千葉の総武高校視点で補っていきたいと思います。


 

 

アスンシオン島沖にて、横須賀女子に所属する駿河が東舞鶴海洋高校の教員艦に発見される。

しかし、駿河は自分たちを保護しようと接近してきた東舞鶴海洋高校の教員艦に対して発砲。

アスンシオン島沖にて、駿河と東舞鶴海洋高校の教員艦との間で盛大なドンパチが行われた。

結果的に学生艦よりも優秀なはずの教員艦は防御力の面と学生が乗る艦に対して過剰な攻撃が出来ないと言うハンデから、東舞鶴海洋高校の教員艦隊は壊滅した。

行方不明になった学生艦の捜索の為、アスンシオン島近海まで進出していたヒンデンブルクと晴風は駿河発見の報告を受け、すぐに現場の海域へと向かう。

そこで、両艦の乗員が見たのは、一方的に教員艦へ攻撃を加えている駿河の姿だった。

その光景はまさに映画のワンシーンにも見えた。

明乃は、自分の親友が艦長を務めている学生艦が、まるで戦争をしているかのように教員艦へ攻撃をしている姿にショックを受けるとともに、ようやく行方不明になっていた友人と再会できるかもしれないと言う思いから、艦長としての責務を放棄して駿河へと向かおうとした。

だが、鈴が自身を奮い立たせ、明乃を説得すると、明乃は自分のやるべきことに気づき、シュテルから頼まれた遭難した東舞鶴海洋高校の教員艦乗員の救助へと向かった。

内火艇とスキッパーを駆使して、晴風の乗員たちは漂流している東舞鶴海洋高校の教員たちを救助していく。

そして、駿河の保護へと向かったヒンデンブルクは、駿河との戦闘に入ろうとしていた。

ヒンデンブルクは駿河の左舷後方から駿河へと迫る。

駿河は後部の第三~第五砲塔をヒンデンブルクへと向けてくる。

 

「おぉーこっち見ているぞ!!」

 

駿河の後部砲塔がヒンデンブルクに照準を合わせ始める。

レヴィが舵を握りながら叫ぶ。

ヒンデンブルクも前部の第一~第二砲塔を駿河へと向ける。

 

「砲撃開始!!ファイエル!!」

 

シュテルは駿河に対して砲撃命令を下す。

 

「ファイエル!!」

 

ヒンデンブルクと駿河が砲撃を開始したのはほぼ同時だった。

 

「敵弾、来ます!!」

 

「衝撃に備え!!」

 

ヒンデンブルクの周辺に轟音と共に六つの水柱が立つ。

 

「くっ‥‥被害は!?」

 

「軽微です!!まだまだやれます!!」

 

「速度を上げろ!!平行戦に持ち込みつつ、攻撃を続行!!その後、駿河の頭を抑える!!」

 

「はい!!機関、全速!!」

 

ヒンデンブルクの最大速力は夏休みに改良を加えたことで、31ノットでるようになった。

一方、駿河は29.75ノット‥‥わずかながらもヒンデンブルクが勝っていた。

ヒンデンブルクと駿河の距離はどんどん縮まって行く。

駿河の艦橋では、もえかたち正常組は、

 

「残弾各砲塔およそ90~100」

 

これまでの航海で駿河が発砲した砲弾の数を数えていた。

艦橋に主計科の小林が居てくれたことで、航海直前に搭載されていた駿河の物資に関して、まとめていてくれたので、それを元に数えていたのだ。

それによると、駿河にはまだまだ砲弾が沢山搭載されていた。

燃料に関しても、航海前、燃料タンクには燃料が満載されており、これまでの航海では、燃料消費が少ない巡航や微速で航行していたので、燃料切れも期待できない。

 

「艦長!!」

 

後方を見張っていた小林がもえかに声をかける。

 

「どうしたの?」

 

「ドイツ艦が接近してきます!!」

 

「ドイツ艦?」

 

もえかが双眼鏡で確認すると、ビスマルクに似た戦艦が駿河に近づいてくる。

勿論、ウィルスに感染しているクラスメイトたちは接近してくるヒンデンブルクを脅威と認定して、東舞鶴海洋高校の教員艦同様、砲撃をしている。

しかし、ヒンデンブルクは駿河からの砲撃を恐れることなく、巧みな操艦で駿河へ接近してくる。

 

「魚雷攻撃始め!!」

 

ヒンデンブルクが駿河の艦尾を捉えると、スクリューを破壊する目的で魚雷を放つ。

しかし、船体に命中するもスクリューには命中せず、駿河の速度は変わらぬまま航行していた。

 

「魚雷、命中するも、スクリューの破壊には至らず‥‥」

 

「くっ‥‥」

 

ここでスクリューを破壊することが出来れば、駿河の速力が落ち、狙いやすくなるのだが、外れてしまった事で駿河の速力を落とすことは出来なかったことにシュテルは思わず顔を歪める。

 

(このままじゃあ、あのドイツ艦も‥‥)

 

もえかは、このままではヒンデンブルクも東舞鶴海洋高校の教員艦同様、壊滅的な被害または撃沈されてしまうかもしれないと判断し、

 

「発光信号用意!!」

 

発光信号機で、駿河の砲弾が未だに豊富であることを伝えようとする。

 

カチ‥カチ‥カチカチ‥‥

 

駿河の艦橋から、もえかが発光信号でヒンデンブルクに信号を送る。

その信号はヒンデンブルクからでも確認できた。

 

「ん?‥駿河より発光信号!!」

 

「っ!?」

 

展望デッキからの見張り員からの報告でシュテルは驚いた。

駿河にはまだウィルス感染していない者がいたようだ。

ウィルスに感染している者は発光信号を送るなどと言う器用な真似は出来ないからだ。

 

「駿河は何と言っている?」

 

シュテルは見張り員に発光信号の内容を訊ねる。

 

「えっと‥‥キ・カ・ン・ハ・ソ・ノ・マ・マ・キョ・リ・ヲ・ア・ケ・タ・シ・セ・ッ・キ・ン・ハ・キ・ケ・ン・シュ・ホ・ウ・ダ・ン・イ・マ・ダ・ホ・ウ・フ・ス・ル・ガ・カ・ン・チョ・ウ・チ・ナ・モ・エ・カ」

 

(もかちゃん!!無事だったんだ‥‥)

 

発光信号はもえか自身が送っていることから、彼女がウィルスに感染していないことを知り、ひとまず安堵するシュテル。

 

「見張り員」

 

「はい」

 

「駿河の知名艦長に返信、『ワ・レ・キ・カ・ン・ノ・キュ・ウ・ジョ・ヲ・ゾ・ッ・コ・ウ・ス・ヒ・ン・デ・ン・ブ・ル・ク・カ・ン・チョ・ウ・シュ・テ・ル・H・ラ・ン・グ・レー・イ・カ・リ』と打って」

 

「了解」

 

展望デッキの見張り員は、発光信号機で、シュテルの言われた通りのメッセージを駿河へと送る。

その信号を読み取った駿河のもえかは、

 

(シューちゃん‥‥)

 

もえかは、接近してくるドイツ艦の艦長がシュテルであったことに驚いた。

 

「ユーリ、駿河の艦橋には、まだウィルスに感染していない乗員が居る。駿河の船体構造物にはなるべくなら、被害を出さないようにしたい。船体に穴をあけ、浸水させて速力を落とす」

 

「了解」

 

船殻の一番外側はバラストタンクとなっているので、船体に穴をあけても乗員が破口から海へ吸い出されたり、浸水して溺死することはないだろう。

ヒンデンブルクは主砲、副砲の仰角を下げて、駿河の船体部分に砲を向ける。

駿河と並ぶと、左舷側の副砲群もヒンデンブルクに向けて砲撃してくる。

被弾してヒンデンブルクの船体が大きく揺れる。

 

「くっ‥‥」

 

「被弾!!」

 

「かまうな!!本艦は絶対に沈まない!!砲撃を続行しつつ駿河を追い越す!!」

 

ヒンデンブルクはその速力と速射性を活かして、駿河を砲撃しつつ、駿河の頭を取ろうとする。

造艦技術において、ドイツはまだ日本ほどの技術大国ではないが、元々陸軍国家であるドイツは大砲に関する技術においては世界トップクラスであった。

かつて、行われたヴィルヘルムスハーフェン校とダートマス校との交流試合において、ビスマルクは開戦早々に被弾した後、プリンス・オブ・ウェールズと一対一のガチバトルをするもプリンス・オブ・ウェールズの艦長であるブリジットを唸らせるほどの奮戦を見せる。

ビスマルクの主砲の速射性は、毎分三射‥一分間に主砲を三発打てる速射性はかなり強力であり、そのビスマルクの改良版であるH級のヒンデンブルクも当然主砲には速射性がある。

それは、副砲も同様のことが言える。

一方、駿河はヒンデンブルクよりも砲塔の数が多いが、ヒンデンブルクほどの速射性はない。

平行戦で、ヒンデンブルクはその速射性を十分に活かし、駿河の船体はヒンデンブルクの砲撃を受け、破口が出来ると、駿河の船体は左舷に傾き始めた。

当然、駿河はバランスを保つため、右舷のバラストタンクに海水が注水され、駿河はバランスを保つが、喫水が深くなったため、駿河の速力が落ち始めた。

 

「駿河、速力が落ち始めました」

 

「よし、このまま駿河を追い抜け!!」

 

右舷側に被弾するも駿河はヒンデンブルクの上部船体構造物を狙っていたので、ヒンデンブルクの船体に破口が開き、浸水することはなく、駿河を追い抜く。

 

「駿河を追い抜きました!!」

 

「面舵一杯!!」

 

ヒンデンブルクは右に大きく旋回し、駿河の頭を取る。

 

「ユーリ、噴進弾発射!!目標、駿河艦橋付近!!」

 

「ちょっ、シュテルン!!艦橋に向けて噴進弾を撃ったりなんかしたら、死傷者が出るんじゃあ‥‥!?」

 

「いいから撃て!!」

 

「は、はい‥‥」

 

ヒンデンブルク船首両舷に装備されている噴進弾の発射口が開き、六発の噴進弾が放たれる。

 

「レヴィ、針路を駿河に向けろ!!このまま駿河の艦首に強襲接舷するぞ!!」

 

駿河の頭を取ったヒンデンブルクはまたもや針路を変更し、駿河の右舷側に旋回する。

その間、発射された噴進弾は駿河へと向かう。

シュテルはタイミングを見て、

 

「ユーリ、噴進弾を全て自爆させろ!!」

 

「了解」

 

シュテルはユーリに噴進弾の自爆を命令すると、ユーリは自爆ボタンを押す。

すると、六発の噴進弾が自爆すると、爆煙が駿河を襲う。

駿河の全面はあっという間に黒煙で見えなくなる。

やがて、黒煙が晴れると、駿河の眼前にはヒンデンブルクの姿があった。

 

「衝突するぞ!!総員、ショックに備え!!」

 

シュテルが注意喚起を促す。

ウィルスに感染しているとはいえ、駿河の乗員も何もしないと言うわけではなく、眼前に迫るヒンデンブルクを見て、操舵室の乗員は慌てて左に舵を切る。

しかし、駿河が完全に回頭するまで時間も距離もなく、

 

ガガガガ‥‥ズドーン‥‥!!

 

駿河の右舷艦首にヒンデンブルクの右舷艦首が衝突する。

両艦にすさまじい衝撃と轟音が轟く。

 

遭難した東舞鶴海洋高校の教員たちを救助中の晴風の方でもヒンデンブルクと駿河のドンパチは嫌でも目に入った。

駿河と教員艦との戦いも凄かったが、横須賀女子が誇る学生艦と日本が誇る大和級に匹敵する大きさのヒンデンブルクの砲撃戦を目の当たりにして、晴風の艦橋に居た者たちは息を呑んでいた。

 

「いいなぁ~私も思いっきりドンパチしたいなぁ~」

 

「うぃ‥‥」

 

砲撃戦をしているヒンデンブルクと駿河の戦いを見て、西崎と立石が羨ましそうに呟く。

トリガーハッピーな西崎と立石からしてみると、思いっきり大口径の大砲を撃てるのが羨ましかったのだろう。

 

「で、でも、やっぱり砲撃しあっている中に行くんでしょう?怖いよぉ~」

 

鈴は先程、自身を奮い立たせ、明乃に間違いを指摘したが、やはり駿河とドンパチする勇気はなく、アレに接近するなんて怖い。

やがて、ヒンデンブルクから噴進弾が発射されると、

 

「な、なんだ!?あれはっ!?」

 

「もしかして噴進魚雷!?」

 

「学生艦なのに!?」

 

通常誘導兵器はブルーマーメイドや教員艦、軍艦などの艦船にしか搭載されていない兵器にも関わらず、学生艦ながら誘導兵器を搭載していたことに驚愕する晴風のクラスメイトたち。

しかもヒンデンブルクが放った誘導兵器は、噴進魚雷ではなく、空中を飛行し、駿河へと向かって行く。

 

「ちょっ、アレまずいんじゃない?」

 

駿河の艦橋めがけて飛んでいく噴進弾を見て、西崎が呟く。

自分たちが知る噴進魚雷とは異なるモノであるが、ヒンデンブルクが放ったアレが、誘導兵器の類のモノであることは自分たちでも分かる。

それが駿河の艦橋めがけて突っ込んでいくのだ。

もし、アレが強力な兵器であのまま駿河の艦橋に直撃すれば、大勢の死傷者を出すのではないだろうか?

 

「もかちゃん!!」

 

明乃は思わず、駿河に居る親友の名を叫ぶ。

すると、駿河の艦橋に向かって飛んでいた噴進弾が突如、自爆して、駿河は黒い煙で覆われる。

やがて、晴風に居ても聞こえるぐらいの轟音がした。

煙が晴れると、駿河の右舷側艦首部にヒンデンブルクが突き刺さるように衝突していた。

 

ウィルスに感染して凶暴化、生存本能が強くなっている駿河のクラスメイトたちであったが、ヒンデンブルクの行動に理解出来ず、パニックとなっていた。

生存本能が活性化している反面、理性が劣っているため、この場合、どう判断して分からないのか衝突したヒンデンブルクに対して砲撃などの攻撃、機関の前進、後進もなく、機関を停止し、艦自体は静寂となった。

 

「よし、成功だ!!」

 

ヒンデンブルクが駿河に強制接舷出来たことにシュテルは思わずガッツポーズをとる。

 

「これより、駿河に白兵戦を挑み、知名艦長らを救出する!!総員、白兵戦用意!!」

 

ヒンデンブルクの乗員は訓練弾を装填した銃器を装備し、顔には念のためにガスマスクを着け、頭にはヘルメットを被り、手袋、ブーツを、そして肘の部分にはプロテクトを装備し、下はスカートではなく、カーゴパンツやジャージ、ツナギなどの服装で、なるべく肌の露出を避けるような服装となる。

 

「これより、駿河に突入する!!クリス率いる第二班は、船尾から突入し、機関室を奪取!!私が率いる第一班は船首から突入し、操舵室、および知名艦長の保護を目的とする!!ハルトマンさん率いる第三班はウィルスに感染した駿河乗員にワクチンの投与作業!!‥‥では、行くぞ!!突撃!!」

 

『おおぉー!!』

 

強襲接舷した箇所から、シュテルたちは駿河へと突撃していく。

 

「うがー!!」

 

「おおっー!!」

 

バン!!バン!!

 

バババババ‥‥!!

 

ダダダダダダ‥‥!!

 

「ぐっ‥‥」

 

「ぐはっ‥‥」

 

「うっ‥‥」

 

駿河の艦内に突入すると、ウィルスに感染し、凶暴化した駿河のクラスメイトたちが襲い掛かってくるが、やはり理性が劣っているため、手には何もなく素手でヒンデンブルクのクラスメイトを迎え撃つが、ヒンデンブルクのクラスメイトたちは、訓練弾が装備された銃器を装備している。

手が届かない距離からの一方的な攻撃で駿河のクラスメイトたちはバタバタと倒れていく。

 

(ガスマスクを着けて、銃器を装備して、素手の相手を撃っていく‥‥救助と言うより、こっちが海賊やテロリスト‥‥言い方を良く言えば、強襲・制圧だな‥‥)

 

もえかが居る駿河の艦橋を目指しながら、ウィルスに感染した乗員を倒しながら、シュテルはこれが、救助とは言い難いモノだと思った。

ヒンデンブルクのクラスメイトたちの襲撃?は晴風の方でも確認でき、

 

「えっ?銃声?」

 

駿河の方から、銃声が聞こえてきた。

 

「ま、まさか、ドイツの先輩方、ウィルスに感染した駿河のクラスメイトたちを銃で射殺しているんじゃあ‥‥」

 

銃声を聞いて、西崎は顔色を青くしながら言う。

 

「‥‥」

 

(もかちゃん‥‥大丈夫かな?)

 

銃声を聞いてもえかの安否を気にする明乃だった。

 

「艦長、こちらは私たちに任せて、艦長たちは乗員の救助を!!」

 

「わかった。ありがとう」

 

シュテルの班は更に二つに分け、操舵室奪還の班ともえかたちを救出する班に分かれた。

その理由が、艦内からでは、もえかたちが初日にラッタルを固め、エレベーターを使用不能にしていたので、シュテルたちは外の階段からもえかたちの下へと向かわなければならなかったからだ。

そして、

 

「もかちゃん!!もかちゃん!!」

 

艦橋外部の扉にたどり着いたシュテルは扉を叩く。

勿論そこも、内部から鍵をかけられ、バリケードが構築されていたので、中からでないと開けられない。

そこで、シュテルは扉を叩き、中に居るもえかに声をかける。

 

「シューちゃん?」

 

もえかはシュテルの声を聞き、バリケードを崩し、鍵を開け、扉を開ける。

 

「シューちゃん?」

 

「コーホー‥‥コーホー‥‥もかちゃん!!」

 

「ひっぃ!!」

 

ガスマスクを着けたシュテルを見て、もえかは思わず悲鳴を上げる。

 

「コーホー‥‥コーホー‥‥大丈夫?もかちゃん‥」

 

「う、うん‥‥?えっと‥‥その声、もしかしてシューちゃん?」

 

「コーホー‥‥えっ?あっ、そうか‥‥」

 

シュテルは顔に装備していたガスマスクを取る。

 

「もかちゃん、迎えに来たよ」

 

「シューちゃん!!」

 

感極まって、もえかはシュテルに抱き着く。

 

「無事でよかった‥‥他のみんなも大丈夫?」

 

シュテルはもえかの他に艦橋に立てこもっていた角田、小林、吉田の三人に声をかける。

 

「は、はい」

 

「なんとか‥‥」

 

「大丈夫です」

 

「それは、よかった‥‥みなさんも知名艦長と一緒に保護します」

 

シュテルと行動を共にしていたヒンデンブルクのクラスメイトたちが角田、小林、吉田の三人を保護する。

 

「よく頑張ったね」

 

「大変だったでしょう」

 

正常組全員が保護され、シュテルは無線機で現状を報告し、別の班の現状を訊ねる。

 

「こちら、第一班、シュテル‥知名艦長ら他三名を無事に保護、他の班は現状を報告せよ」

 

「こちら、第一班別動隊、駿河の操舵室を奪還しました!!」

 

「こちら、第二班、クリス!!駿河の機関室を奪還!!」

 

「こちら、第三班、ハルトマン、現在、収容された駿河乗員へワクチン接種を続行中」

 

他の班もそれぞれ、役割を果たしている。

 

「メイリン」

 

「はい」

 

「晴風と横須賀女子に現状を連絡、それと近くのブルーマーメイドの部隊へ通報」

 

「了解」

 

シュテルはヒンデンブルクに残っていたメイリンに横須賀女子と救助者の収容と駿河の曳航のため、近海のブルーマーメイドを呼んでもらった。

そして、晴風にも現状を伝えた。

 

「ヒンデンブルクから、連絡」

 

ヒンデンブルクからの連絡を八木が晴風の艦橋メンバーに伝える。

 

「駿河の機関室、操舵室の奪還に成功。知名艦長らも無事に保護したようです」

 

「もかちゃん‥‥よかった‥‥」

 

明乃は、もえかの救助の報告を聞いて、胸をホッと撫で下ろす。

晴風の方も遭難していた東舞鶴海洋高校の教員らを救助し終えていた。

 

「すでにヒンデンブルクがブルーマーメイドを呼んでいるみたいです」

 

納沙がすでにブルーマーメイドがこちらに向かっていることを伝える。

 

「それじゃあ、本艦も駿河の横に接舷、救助者を駿河に一時収容して、ブルーマーメイドの到着を待とう」

 

駆逐艦の晴風よりも戦艦である駿河の方が、スペースがある。

多数の遭難者を置くのであれば、晴風よりも駿河の方がいいだろう。

晴風は駿河に横付けする。

ただ、遭難者を駿河に移乗する前にまだウィルスに感染した駿河の乗員が居ないか?

ウィルスの根源であるラットの発見と処分があり、ラットの探査にはヒンデンブルクのカマクラと晴風の五十六があたり、安全が確保できた後、遭難者を駿河へと移乗させた。

そして、あとはブルーマーメイドの到着を待つだけとなり、

 

「シロちゃん‥‥」

 

明乃は真白に恐る恐る声をかける。

 

「はぁ~‥‥わかりました。後はブルーマーメイドの到着を待つだけですから、後の事は私が変わります」

 

真白は呆れつつも、明乃に駿河へと向かうことを許可した。

 

「ありがとう!!シロちゃん!!」

 

明乃は満面の笑みで、駿河へ‥‥もえかの下へと向かった。

 

その駿河の甲板では、ヒンデンブルクのクラスメイトたちが倒した駿河のクラスメイトたちが担架で、ヒンデンブルクのクラスメイトたちの手によって運ばれていた。

甲板に運ばれた駿河のクラスメイトたちはウルスラがワクチンを打っていた。

 

「もかちゃん、どこだろう?」

 

明乃がもえかを捜していると、制服の上から毛布を被り、軽食を摂っていたもえかの姿を見つけた。

 

「もかちゃん!!」

 

「あっ、みけちゃん!!」

 

もえかは明乃の声に気づき、手を振る。

明乃は駆け足で、もえかの下へと向かい、

 

「もかちゃん!!よかった!!無事で!!」

 

と、明乃はもえかに抱き着いた。

それから、明乃はもえかの隣に座り、互いにあの航海中の出来事を話していた。

そんな中、明乃の視線が、甲板で駿河のクラスメイトたちの搬出を手伝っていたシュテルを捉える。

 

「うーん‥‥」

 

「どうしたの?みけちゃん」

 

「あの、ドイツ艦の艦長さん‥‥どこかで、会った気がして‥‥」

 

「もう、みけちゃん。忘れちゃったの?シューちゃんだよ。ほら、私たちが呉の施設に居た頃に会った‥‥」

 

「‥‥ああっー!!」

 

もえかに言われてシュテルが誰だったのかを思い出した明乃だった。

 

 

その頃、ヒンデンブルクから連絡を受けた横須賀女子では、

 

「そう、駿河を無事に保護できたと‥‥」

 

「はい‥‥ただ、東舞鶴海洋高校の教員艦の被害はかなりのモノとなりました」

 

学年主任は東舞鶴海洋高校の教員艦の被害報告が書かれた書類を真雪に手渡す。

 

「‥‥東舞校艦十六隻が航行不能‥‥でも、教員艦は最新鋭だった筈なのにどうして?」

 

「電子機器と誘導弾が全て機能不全を起こした模様です」

 

「乗組員は?」

 

「三重の安全装置は、伊達ではありませんね。死者はゼロ。軽傷者数名です。遭難者は晴風に救助されたようで、現在ブルーマーメイドが駿河曳航のため、向かっております」

 

駿河の乗員を無事に保護できたことに一応は、安堵する真雪であるが、この後の東舞鶴海洋高校との協議では、ややこしいことになるだろうと覚悟する。

そこへ、さらなる凶報が真雪の下に齎された。

 




フォン・リヒトフォーヘン級航空母艦


【挿絵表示】


紺碧の艦隊にて、第二次世界大戦後半、後世ドイツが建造した空母。

漫画版では、かなり独特な外見をしていましたが、アニメ版ではニミッツ級空母の船体を意識した造りとなっていました。

ただし、設定では急ごしらえの建造で、安定性が悪く横揺れするため船酔する者が続出するほどで、漫画版では大地中海艦隊第3機動部隊司令長官、トマス・フォン・ドルーデは船酔いしていました。

また溶接も甘く、継ぎ目から浸水するなどの不備も見つかりました。

しかし、アニメ版ではそう言った模写は無く、ちゃんと運用出来たモノと思われます。

ただし、紺碧艦隊や旭日艦隊と戦いやられ役と言う不運な役回りでした。

はいふりの世界では飛行機は存在せず、空母は飛行船母艦と言う名称で存在しており、飛行船大国であるドイツでもブルーマーメイドもしくは、海軍で建造されているかもしれません。


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73話

今年最後の投稿になります。

皆さま、よいお年をお迎えください。


今回は八幡が居た世界の後日談が含まれています。

小町ファンの方には不快な内容になっているので、小町が酷い目に遭っているのは許せないと言う方はブラウザバックを‥‥




横須賀女子の新入生たちの初航海にて、行方不明となった駿河はヒンデンブルクの手によって、無事に保護された。

しかし、行方不明になったのは駿河だけではなかった。

 

「校長!?大変です!!」

 

横須賀女子の校長室に教頭が血相を変えて飛び込んできた。

 

「どうしました?教頭先生」

 

「演習に参加していた比叡、鳥海との連絡が途絶しました!!」

 

あの新入生の初航海に参加した比叡と鳥海も駿河同様、行方不明となったと言う報告が横須賀女子海洋学校校長の真雪の下へと齎された。

 

「なっ!?」

 

「何ですって!?」

 

教頭からの報告を聞いて、真雪と秘書は驚愕する。

特に戦艦である比叡が行方不明の現状では、いつまた今回の駿河のような事態になるか分からない。

今回の被害は、武装している教員艦であったが、今後は非武装の民間船舶が被害に遭うかもしれない。

もし、比叡が民間船舶への攻撃を続けるような事態となれば、それこそ、海上安全整備局から比叡に対して撃沈命令が下り、学校側としても保護者や被害にあった船舶会社への賠償等で最悪の場合、廃校処分もありえる。

いや、非武装の民間船舶相手ならば、重巡洋艦でも十分驚異となる。

そういう意味では、鳥海の行方不明も十分に脅威だ。

 

「‥‥比叡、鳥海以外に所在不明の艦艇は?」

 

真雪は、急ぎ行方不明となった学生艦を確認する。

 

「比叡、鳥海を始めとして、摩耶、五十鈴、名取、天津風、磯風、時津風ならびにドイツより演習参加予定だったアドミラル・グラーフ・シュペー‥‥以上の学生艦が行方不明となっております」

 

あの新入生の初航海に参加した艦艇のうち、ヒンデンブルク、晴風、そして先ほど、保護された駿河を除く全ての参加艦艇が行方不明となっていた。

 

「そんなに!?‥‥今、動かせる艦は?」

 

真雪は行方不明になっている学生艦の数に驚愕しつつ、現在稼働可能な艦艇の数を教頭に訊ねる。

 

「補給活動中の間宮、明石、護衛の秋風、浜風、舞風、偵察に出ている長良、晴風、浦風、萩風、谷風、そしてドイツのヒンデンブルクのみです」

 

教頭は現在、行動可能な横須賀女子所属の艦艇の艦名を真雪に報告する。

 

「山城、加賀、赤城、伊吹、生駒はドックに入っていて、どんなに急いでも半年近くは動けません。航洋艦は、多少前倒しは可能ですがそれでもせいぜい三ヶ月はかかるかと‥‥」

 

秘書が横須賀女子に所属する戦艦、重巡洋艦は現在ドック入りの状態で使用不可能な状態であり、同じくドック入り中の駆逐艦は作業を急がせてもあと三ヶ月はかかる事を報告する。

晴風とヒンデンブルクにはこのまま学生艦の捜索を頼むしかないと思う真雪だった。

そして、

 

(周辺の海洋高校にも援助を求めなければならなくなりそうだけど、果たして協力してくれるかしら?)

 

真雪は横須賀女子以外にも周辺の海洋高校に援助を求めるつもりであるが、やはり学生の安全面から他の高校が協力してくれるかと不安もあった。

 

その頃、アスンシオン島沖で保護された駿河の甲板では、ウィルスに感染したクラスメイトたちへのワクチン投与、感染源であるラットの駆除の作業は粗方終わり、後はブルーマーメイドの到着を待ち、駿河と救助した東舞鶴海洋高校の教員らを預けるだけとなっていた。

 

「えっと‥‥あの‥‥い、碇艦長」

 

「ん?」

 

明乃は恐る恐るシュテルに声をかける。

 

「その‥‥シューちゃん?」

 

「あっ、どうやら思い出したみたいだね」

 

「う、うん‥‥その‥‥ごめんね。今まで忘れていて‥‥」

 

「いや、私の方も、ミケちゃんに声をかけていなかったのもあるし、お互い様だよ。でも、こうして思い出してくれたのだから、全然気にしていないよ」

 

「あ、ありがとう。それと、もかちゃんを助け出してくれて、本当にありがとう!!」

 

「もかちゃんも大事な友達だからね。当然だよ。でも‥‥」

 

「でも?」

 

「‥‥私にはもう一人、助けださないといけない人がいる」

 

「えっ?」

 

「それって、もしかして、ミーちゃんの‥‥?」

 

「うん‥‥シュペー艦長のテアも私にとっては大事な友達なんだ‥‥」

 

「「‥‥」」

 

「学校からの方針はまだ分からないけど、もし、可能ならば、晴風はこのままブルーマーメイド、駿河と一緒に横須賀に戻って‥‥ミーナさんも晴風からヒンデンブルクに移譲させて、後は私たちがシュペーを捜す」

 

学校側から新たな指令が出ていない以上、晴風には先に横須賀に戻ってもらい、シュペーに関しては、シュテルたちヒンデンブルクが捜索にあたるつもりでいた。

戦艦であるヒンデンブルクならば、継続して行方不明になった学生艦の捜索依頼は来そうだし、シュテルからも横須賀女子に打電するつもりだった。

 

「そんなっ!?」

 

「私たちなら、大丈夫だよ!!だから、私たちも‥‥晴風も一緒に行くよ!!」

 

「ミケちゃん!?」

 

「もかちゃん、先に横須賀で待っていて、他の学生艦のみんなを助けたらすぐに戻るから」

 

「ミケちゃん‥‥」

 

「シューちゃん、お願い!!私も一緒に連れて行って!!」

 

「ミケちゃん‥‥でも、それは艦長一人で決められる事じゃないだろうし、今回みたいに危険な場面に遭遇するかもしれないから‥‥」

 

まだ海に出たばかりの新入生たちにこれ以上の過酷な航海はさせたくないと思うシュテル。

そんな中、横須賀女子から連絡があり、晴風とヒンデンブルクには引き続き、行方不明となった学生艦の捜索が依頼された。

シュテル本人としては、晴風はこのまま横須賀に戻してやりたかったが、横須賀女子の方も稼動可能な艦船が限られており、一度晴風を横須賀に戻して、乗員を一年生から二年、三年の先輩たちに入れ替えると時間がかかるとの判断で、学校側もやむを得ず、明乃たち一年生が乗艦したままの状態で捜索活動の続行となった。

シュテルはこの学校側の依頼に対して、条件を加え、一年生が乗る晴風と行動を共にする事を条件とした。

真雪も二隻一緒に行動するよりも一隻でも多くの捜索にあたる艦艇を増やしたかったが、シュテルの言う事も、もっともだと言って晴風とヒンデンブルクの二隻での行動を許可した。

しばらくして、ブルーマーメイドの艦艇が現場に到着した。

 

「ブルーマーメイド、安全監督室情報調査隊所属、福内典子です」

 

福内と名乗るブルーマーメイド隊員はシュテルたちの前で自己紹介をする。

明乃ともえかは、ブルーマーメイド隊員とこうして接することが出来、なんだか緊張している様子だったが、シュテルは福内が頭に着けていた狸耳のカチューシャに目が釘付けだった。

 

(なんで、あんなカチューシャを‥‥?何かの罰ゲームか?)

 

福内が身につけている狸耳のカチューシャは何かの罰ゲームでつけているのかと思った。

 

「横須賀女子海洋学校所属、晴風艦長の岬明乃です」

 

「同じく、駿河艦長の知名もえかです」

 

「‥‥」

 

明乃ともえかが福内に自己紹介をするが、シュテルは未だに福内の狸耳のカチューシャが気になるようで、彼女の頭部をジッと見ていた。

 

「シューちゃん」

 

「ん?」

 

「自己紹介」

 

「あっ、失礼しました。ドイツ、キール校所属、ヒンデンブルク艦長のシュテル・H(八幡)・ラングレー・碇です」

 

明乃に促されて、シュテルは福内に自己紹介をした。

 

「今回は大変な航海だったわね。でも、無事でよかったわ。駿河の乗員は、こちらの医務室に収容し、様子を見て、横須賀に着いたら精密検査をしてもらうわね」

 

「はい」

 

「船体の方も、こちらで曳航するから」

 

「はい。お願いします」

 

「それとこれを、横須賀女子の宗谷真雪校長に渡してください」

 

美波とウルスラが纏めたラットに関する情報資料とワクチンの精製方法を記したファイルを福内に手渡すシュテル。

ワクチンを投与したとは言え、まだ眠っている駿河のクラスメイトたちはブルーマーメイドの艦艇に収容され、東舞鶴海洋高校の教員とブルーマーメイドの隊員が駿河に乗艦し、横須賀まで駿河を曳航することになった。

 

「それじゃあ、もかちゃん‥‥」

 

「行ってくるね」

 

「うん‥‥横須賀で待っているから」

 

シュテルと明乃はもえかと握手、そしてハグをして、再びしばしの別れとなった。

 

「通達する。艦長の碇だ。みんなのおかげで無事に駿河を救助することが出来た。しかし、未だに行方不明となったままの学生艦があるのもまた事実だ。先程、横須賀女子より、連絡があり、本艦は引き続き、行方不明となっている学生艦の捜索にあたる。そして、晴風も引き続き、本艦と同行し、学生艦捜索にあたる。以上」

 

シュテルはヒンデンブルクの今後の方針をクラスメイトたちに伝えると、晴風とヒンデンブルクは駿河、ブルーマーメイドの艦艇とは別々の方向に出航し、行方不明となった学生艦を捜しに向かった。

 

 

 

 

 

 

ここで視点は、かつて比企谷八幡が存在していた世界へと移る。

 

 

比企谷家は教育委員会、総武高校の調査にて、八幡の失踪が判明すると、世間体を気にして警察に八幡の失踪届けを出した。

しかし、警察は家出かもしれない一人の高校生の行方不明案件で事件性がないと言うことで、積極的に八幡の捜索をするわけでもなく、失踪届けを出してから七年の歳月が経ち、正式に失踪宣告が成立し、比企谷八幡はその姿も遺体も見つからないまま、死亡したと言うことになった。

その他に、総武高校の調査にて、八幡の虐めと海浜総合とのクリスマスイベントの失敗から雪ノ下へとの嫌がらせの他に、一年生の一色いろはと言う女生徒の虐めも明らかになった。

八幡が自らの命を断ってからすぐ後、奉仕部に当時の生徒会長だった城廻めぐりが一色を連れてある依頼をしてきた。

その依頼が、自分の後任を決める生徒会選挙にて、一年生だった一色いろはと言う女生徒が、生徒会長に無理矢理推薦されて困っているというモノだった。

当然一色は最初に自らの担任教師に相談するも、担任教師は彼女の相談に乗るどころか、反対にノリノリの状態で一色を応援する状況下となり、推薦を取り消すことが出来ず、そこで、めぐりと一色の二人は生徒指導の平塚先生に相談した結果、彼女たちは奉仕部を紹介された。

依頼内容を聞いて、雪ノ下は自らが生徒会長に立候補することでこの依頼の解決にあたった。

そして、行われた生徒会選挙で雪ノ下は生徒会長となり、依頼は解決されたと思われた。

しかし、雪ノ下は一色がおかれていた状況の本質を知らず、またアフターケアも一切行わなかった。

一色が無理矢理‥‥本人が知らぬ間に生徒会選挙に立候補されていたのは、元々の原因は、一色の性格が災いしたのだが、推薦した一色のクラスメイトの女生徒たちは、一色に生徒会選挙で大恥をかかせるために彼女を推薦したのだ。

そして、女生徒たちの思惑通り、一色は生徒会選挙で雪ノ下に敗北した。

その結果、一色のクラスでは、「一色さん、生徒会選挙で雪ノ下先輩に惨敗してやんの」 「だっさい」などと、一色に対する悪意がある言葉が充満した。

この件についても一色は担任教師に相談するが、虐め問題などと言う面倒な事には関与したくはないのか、担任教師は見て見ぬふりをした結果、一色はクラスメイトたちからの陰湿な虐めに耐えられなくなり、不登校になった。

当然、アフターケアをしていない雪ノ下と由比ヶ浜は一色が生徒会選挙後、どうなったのかなんて、知る由もないし、知りもしなかった。

と言うよりも、既にこの時には二人の記憶の中から一色の存在自体も忘れ去られていた。

その後の学校側の調査の結果、一色の担任教師は、担任教師不適格者としてクラスの担任から外され、一色の虐めに関与した生徒たちも当然処分を受けた。

事が大事になると、関与した生徒たちは責任から逃れようと「アイツが悪い」 「アイツの指示でやった」などと、簡単に犯人の名前を次々と上げ、調査はある意味でスムーズに行われた。

 

その年から数年の間は受験サイトや塾の口コミで総武高校は進学校とは呼べないほど、最低ランクとなるが、教育熱心な教師を多数採用することで、なんとか首の皮一枚で廃校は免れた。

ただし、八幡との同期の学年の生徒たちの内申点は低く、進学、就職率は総武高校開校以来の歴史の中で最低を記録した。

 

 

八幡の失踪宣告がなされ、彼の死亡が公式のものとなってから、とある霊園にある比企谷家の墓地には時折、花束やお線香が供えられることがあった。

その墓地には当然、彼の遺骨は眠っていないが、それでも来れずにはいられないと言う彼に少なからず一定の好印象を持っていた雪ノ下陽乃、戸塚、川崎姉弟、材木座、そして、八幡にとっては最後の夏休み‥無理矢理連れていかれた群馬県、千葉村で知り合った鶴見留美‥‥そして、彼に対して未だに罪悪感を覚えている海老名、修学旅行での真実を知った戸部らが来た証拠であった。

 

そして、彼の自殺の根源とも言える葉山の実家では、一人息子の事故死の悲しみが明けぬ内に、その息子の学校での不祥事が露わとなり、彼が好意を持つ雪ノ下雪乃を我が物にするためにクラスメイトの男子生徒を利用し、更に陰で彼の虐めを助長させていたことが学校、そして近所にも知れ渡った。

弁護士と言う信頼第一の職業にも関わらず、息子は自らのモットーであった「みんな仲良く」とは反対の行為を行っていたことが噂され、顧問を務めていた雪ノ下建設も自らに飛び火する前に消火として葉山弁護士との契約を打ち切った。

しかし、親会社である雪ノ下建設も不出来な次女がしでかしたことへの対処に追われ、県議会議員であった雪ノ下の父親は次期選挙にて落選し、雪ノ下建設の株価も落ちた。

長女の陽乃は、妹が昔から自分に対して対抗意識を持っていた事、そしていずれは自分に変わって雪ノ下家の当主の座を狙っていたことも知っていた。

陽乃としては、何の自由もない雪ノ下家の当主と言う鳥籠の中の鳥を目指しているなんて、信じられなく、妹が雪ノ下家の当主になると言うのであれば、家督権を譲るつもりだった。

だが、長女から見た妹はあまりにも非力で不出来だった。

両親と共に政財界の会合で集まった実業家、官僚、政治家相手に妹ではとても太刀打ちなど出来ない。

その為、自分は妹の成長を促すためにこれまで様々な方法で妹に発破をかけてきた。

妹が高校二年生の時の文化祭も妹の成長の為にと母校へと赴き、発破をかけた。自分が望む結果とは異なる結果となったが、自分が興味を抱いた八幡の行動は益々興味を抱く結果となった。

だが、自分が修学旅行の真実を知るよりも前に興味対象だった八幡は失踪し、残された妹や幼馴染、かつての恩師の対応に自分は失望した。

それから間もなく、妹は事故死した。

雪ノ下家の予備とは言え、後継者が一人死んでしまった事で、なし崩し的に自分が雪ノ下家を継がなければならなくなったことに彼女は、

 

(隼人もそうだけど、雪乃ちゃんったら、最後の最後まで使えない無能者だったなぁ~‥‥)

 

これまで妹の成長としてやってきた労力と時間、そして、面倒な雪ノ下家の全てを妹に押し付ける計画がこれでパァーとなった事、

 

(はぁ~‥‥私がもっと、彼の状況を知っていれば、違った未来もあったんだろうなぁ~‥‥)

 

自分が唯一興味を抱いた異性、八幡をぞんざいに扱った事で、既に彼女の仲から妹は大切な家族と言う枠組みから外れており、事故死した妹に対して悲しみと言う感情はなく、使えない駒が消えた程度の感覚しかなかった。

だが、その駒が消えたことで雪ノ下家を嫌々で継いだ彼女は雪ノ下家の為にしたくもない相手との結婚をする羽目になったが、彼女としては、これも八幡を救うことが出来なかった自分の罪だと割り切った。

結婚後、雪ノ下夫妻の仲は最初から冷え切った仮面夫婦のままだった。

その為、雪ノ下家に迎えられた旦那は外に女を作るようになり、陽乃は自分に子供が出来ると、旦那をあっさりと捨てた。

この頃には、雪ノ下建設も以前の様に景気回復を果たし、陽乃自身、八幡の様な子を出さないためにも政治家を志していたので、スキャンダルのネタになりそうな旦那は正直邪魔だったので、何の未練もなく、あっさりと離婚した。

その後、陽乃はシングルマザー議員として、教育改革の先鋒として政治世界に降り立った。

 

 

由比ヶ浜家は、一人娘を失った悲しみに追い打ちをかけるように、入学式の日、愛犬のサブレーを雪ノ下家の車から身を挺して守ったにも関わらず、由比ヶ浜は救急車を呼ぶことも、救命処置をすることもなく、愛犬を抱いてその場から逃げた事、

その愛犬を助けた同級生に対して礼を言うどころか、常日頃から罵声を浴びせていたことがバレて近所中の噂になり、由比ヶ浜夫妻は逃げるように他県へと引っ越して行った。

 

 

学校で起きた不祥事の全てを被せられ、懲戒解雇となった平塚先生は、解雇当初は、理不尽な解雇に対して荒れに荒れて酒浸りとなり、街中で暴れては何度も警察のお世話になるようになった。

その後も、再就職もままならず、更にアルコール依存症となってしまった。

最終的に彼女は地方の田舎に引っ込み生涯、独神‥‥もとい、独身を貫くことになった。

 

 

そして、千葉県千葉市の某所にある住宅街‥‥

 

その住宅街の一角にある一軒家は異様な光景が広がっていた。

庭、玄関先、そしてベランダのバルコニーにはゴミが溢れかえっており、異臭と無数の羽虫が飛び交っていた。

そのゴミ屋敷の表札には、『比企谷』と書かれていた。

 

比企谷家の長女、比企谷小町の高校受験の失敗、そして長男である比企谷八幡の失踪宣告が受理され、彼の死亡が公式なモノとなり、更に幾年の歳月が経った結果が今の比企谷家の状態だった。

そのゴミ屋敷と化した比企谷家の一室では‥‥

 

「死ね‥‥雑魚が‥‥死ね‥‥死ね‥‥死ね‥‥雑魚が‥‥死ね‥‥」

 

小町は機械の様に同じセリフをブツブツ吐いて一心不乱にマウスをカチカチとクリックしていた。

パソコンの画面にはオンラインゲームの画面が繰り広げられており、小町が操作するキャラクターがモンスターを倒していた。

高校受験の失敗から引きこもりになった小町はあれ以来、外に出ることなく、家に引きこもり、パソコンの‥ネットの世界へと現実逃避する結果となった。

当初は、両親も定時制の高校や通信制の高校を勧めるもそれらの両親の行為も全て無駄に終わった。

小町は最終学歴が中卒のまま、既に四十代を迎えていた。

彼女が二十歳を過ぎる頃、両親は既に小町の更生を諦めていた。

妻はそんな小町にも夫にも愛想が尽き、夫に離婚を切り出した。

そこで、問題になったのが、小町の親権問題となった。

最終学歴が中卒で、引き籠りのニートとなり果てた小町は、今後の自分たちの老後生活において邪魔な金食い虫でしかなく、両親は小町を押し付けあうことになった。

 

「元々貴方の方が小町を甘やかしていたし、昔から小町の事を『天使だ』なんて言ってたじゃない!!それなら、貴方が小町を引き取って!!貴方にとって小町は天使なんでしょう!?」

 

「はぁ!?俺は男だぞ!?女同士のお前の方が何かと都合がいいだろう!?お前が小町を引き取れ!!」

 

もし、この光景を八幡が見たら、小町至上主義だった両親からは信じられない姿だっただろう。

最終的に収入が多少上である夫が小町を引き取ることになったが、両親の離婚後も小町は家から出ることもなく、引き籠ったままであった。

しかも、四六時中運動もせず、食っちゃ寝を繰り返していた結果、かつて、両親や八幡から『天使』と言われていた小町の体系は力士みたいにブクブクな体系となり、反対に父親は年老いていき、やせ細っていく。

もはや言葉だけでは小町を説得することは出来ず、引き籠り、現実からネット世界に逃げ込んでからと言うものの、両親が何か口答えするだけで、小町は癇癪を起して、親に対して物を投げたり、暴力を振ってくるようになった。

年老いた父親にデブと化した小町の一撃は強烈であり、父親は何も言うことはなくなった。

これまで比企谷家の家事はこれまで小町や妻が行ってきたのだが、引き籠りになって以降、小町は家事をやらなくなり、父親は家事レベルが壊滅的に出来ず、その結果が、今の比企谷家の状況だった。

生活レベルは底辺でゴミ屋敷となってしまった比企谷家は近所からも苦情が入り、報道番組でも取り上げられた。

こんな劣悪な生活にも関わらず、小町はこの自由気ままな環境下に甘えており、勉強をして何かの資格をとろうとすることもせず、働くこともせず、衣食住は確保出来るものだと確信していた。

親が働いている時は、親の貯蓄と給料‥‥

そして、定年した後は親の退職金と年金‥‥

親の死後は親の遺産‥‥

そして親の遺産を使い果たした後は生活保護を受ければ、それらの金でこの先も自分は不自由なく、自由気ままに生きていけるのだと思っていた。

だが、人生はそう甘くはない。

父親が等々亡くなった後、小町はその父親の遺産を頼りにしていたが、これまでの生活の中で、遺産何てなかった。

そこで、小町は生活保護を頼ろうとした。

小町本人はテレビで生活保護の存在自体は知っていたが、肝心の生活保護の申請方法何て小町は知らず、どうやって生活保護を貰うかなんて知らなかった。

お金がなく、食べ物もなくなり、小町は等々コンビニに押し入った。

コンビニに押し入った理由に関しても食べ物以外にもオンラインゲームの課金にもお金が必要となっていた。

しかし、何十年も外に出ず、ブクブクな体系となった小町が強盗に入っても上手く逃げきることなど出来る筈もなく、あっという間に店員たちに取り押さえられ、警察に捕まった。

初犯と言うことでその時は執行猶予となるが、その後も小町は外に出ることはあっても、その度に万引き、ひったくり、空き巣などの窃盗を繰り返し、等々実刑を受ける羽目になった。

 

 

 

 

「ふぅ~‥‥」

 

そんな八幡が居た世界の未来を選択の間でエリスはまるで映画鑑賞をするかのように見た後、一息ついた。

 

「八幡さんはもう知ることはないだろうし、関係ないけど、ちょっと気になったから見てみたけど、酷いわね‥‥まっ、これも自業自得なんだけどねぇ~‥‥せいぜい塀の中で、社会の常識を勉強してくるといいわ。さて、そろそろ戻らないと当直の時間になるわね」

 

そう言うと、エリスの姿が光輝く。

そして、光が収まった時、そこに居たのはエリスではなく、キール校の士官服を身に纏ったクリスの姿だった。

クリスは指をパチンと鳴らすと選択の間は誰も居なくなり、静寂に包まれた。

 



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74話

新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。


 

 

駿河を無事に保護した後、駿河はブルーマーメイドと共に横須賀へと戻り、ヒンデンブルクと晴風は行方不明になった学生艦の捜索任務に就いた。

明乃は今後の晴風の方針をクラスメイトたちに伝えると、ミーナからは感謝された。

彼女もシュテル同様、シュペーに残してきたテアの事が心配だったからだ。

駿河と別れて少し経った頃‥‥

 

「あの、艦長、ちょっと良い?」

 

通信室勤務の八木が艦橋に上がり、明乃に声をかけてきた。

 

「ん?どうしたの?」

 

「さっきから全然通信が入らないんだけど、代わりに艦内から微弱な電波を拾っていて‥‥」

 

八木が言うには、通信は以前のまま不能の状態で、何か微弱な妨害電波が晴風艦内から発生していると言う。

 

「微弱な電波?」

 

「誰かの携帯とかじゃないの?」

 

「それがちょっと、違うんだよねぇ~」

 

「通信機が使えないままじゃあ、大変だよね‥‥分かった。原因を調査する必要があるね。八木さん案内して」

 

「はーい」

 

「シロちゃん、艦橋、少しお願い」

 

「だから、副長、もしくは、宗谷さん‥‥って、いないし‥‥」

 

「あははは‥‥」

 

真白が呼び方を訂正させる前に明乃は既に八木と共に艦橋から出ており、真白の空しい抗議を見て、鈴は乾いた笑みを浮かべた。

そして、明乃は八木と共に謎の微弱な電波が流れている場所へと向かう。

そして何故か、五十六を抱いた立石もついて行く。

その途中で、万里小路と宇田も合流し、八木がダウジングを使って、謎の妨害電波の発生箇所へと明乃たちを導く。

八木同様、晴風の電探もソナーも使えないとのことだった。

 

「それでお分かりになりますの?」

 

万里小路が八木の持っているダウジングの針金を興味深そうに見る。

 

「無理でしょう。そんなので電波が拾えたら‥‥」

 

宇田はダウジングに対して否定的な捉え方をする。

しかし、

 

「あっ!?こっち」

 

『えっ?』

 

八木が持っていたダウジングが反応を示した。

ダウジングが反応を示したのは‥‥

 

「此処?」

 

「うん」

 

反応があったのは医務室の中だった。

明乃が恐る恐る医務室の扉を開け、五人は医務室の中を見る。

すると、其処には‥‥

 

「うふふふ‥‥」

 

スタンドライトの灯りだけを灯し、怪しい笑みを浮かべ、手にはメスを持ち、例のマウスを解剖しようとしている美波の姿があった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

美波のその姿を見た宇田は思わず悲鳴をあげる。

 

「あら?お化けですわ」

 

反対に万里小路はお化けと言う割には落ち着いた口調で冷静だった。

 

「いや、よく見て、アレは美波さんだから」

 

明乃が、冷静にツッコミを入れる。

 

「それで、美波さんは何をしているの?」

 

それから、明乃は見て分かるのだが、美波に一応何をしているのかを訊ねる。

そんな時、開けられた医務室に解剖されそうになっている例のマウスと毛皮の色が異なるが体形が同じマウスが一匹医務室に入ってきた。

仲間の危機を察して来たのだろうか?

 

「むっ!?」

 

医務室に入ってきたマウスは、そのまま美波を睨み、美波もマウスを睨みつける。

美波とマウスの睨めっこが繰り広げられる中、立石が抱いていた五十六がマウスの姿を見て、またも本能に目覚め、そのマウスに襲い掛かる。

 

『うぁぁぁぁぁぁ~!!』

 

五十六とマウスのドッタン、バッタンな大騒ぎで艦内は、夜にも関わらず、ざわめきあう。

そして、死闘の末、マウスは、五十六に捕獲され、明乃の前に引き出された。

 

「ちび可愛」

 

「五十六すごいね!鼠捕まえたんだ!!」

 

マウスを捕獲した五十六を明乃と立石は褒める。

 

「あれ?でも、この鼠‥‥」

 

明乃は五十六が捕まえたマウスに手を伸ばそうとした時、

 

「触るな」

 

美波がそれに待ったをかけた。

 

「ソイツはただの鼠ではない‥‥例のウィルスの原因となっている鼠とみて間違いないだろう」

 

美波はそのマウスの体形から、今回の騒動の原因となっている例のマウスと同一種であると断言する。

晴風で再びウィルス感染者を出すわけにはいかないので、美波は手袋をつけた手でマウスを拾い上げると、持っていたプラ箱へそのマウスを入れる。

すると、

 

「通信回復しました!!」

 

「電探復活、これでなんでも見えます」

 

「周辺の音がよく聞こえております」

 

これまで機能不全を起こしていた晴風の電子機器、通信機器の機能が回復した報告が上がってきた。

 

「えっ?ひょっとして、原因は‥‥?」

 

「如何やらコイツが原因だった様だな」

 

マウスを捕まえたと同時に機能回復する電子機器、通信機器‥‥

となると、機能不全の原因はこのマウスとみて間違いなかった。

 

「で、でも、こんな鼠が‥‥?」

 

明乃はプラ箱の中に居るこんな小さな動物が駆逐艦とは言え、軍艦一隻の電子機器の機能をマヒさせるなんて信じられなかった。

某ゲームで有名な黄色い電気ネズミとかならば、分からなくもないが、今、自分の目の前に居るネズミは一見どう見てもハムスターにしか見えない。

 

「これ何なの?」

 

明乃は美波にこのマウスの正体を訊ねる。

 

「遺伝子構造が鼠とは、僅かに異なっていて、更に変なウィルスに感染している‥‥そのウィルスは先日採取した砲術長の血液からも検出された‥‥それは駿河の乗員からも同じものが検出された」

 

「う、ウィルス‥‥」

 

「うぃ‥‥」

 

自分がウィルスに感染していたと言う事を聞いた途端、立石は、恐ろしくなったのか思わず明乃にしがみ付く。

 

「そんな怖い鼠を捕まえるなんて、五十六凄いね!!今日から提督って呼ぼう!!」

 

「大!!」

 

「大提督」

 

五十六は晴風の中で一番の上位階級となった。

 

「勝手に提督とか付けたら不味くないですか?」

 

納沙は、勝手に昇進するのに反対するが明乃と立石は、もう五十六を大提督とする事に決めた様だった。

 

晴風でその様な珍事が起きている頃、晴風の前方を航行していたヒンデンブルクでは‥‥

展望デッキで双眼鏡を覗き、周囲の見張りをしていた乗員が前方に浮かぶ何かを見つけた。

 

「ん?」

 

見張り員は一度、双眼鏡から目を離し、もう一度確認するように双眼鏡で見る。

 

「あ、あれはっ!?」

 

見張り員は、海上に浮かんでいる物体が何なのか瞬時に判断すると、急いで艦橋に電話を入れる。

艦橋では、クリスとレヴィが当直に当たっていた。

何事もなく、静かで穏やかな航海が続いている中、突如、艦橋の内線電話が鳴り響く。

 

ジリリリリ‥‥ガチャっ

 

「艦橋だ。どうした?」

 

クリスが電話に出ると、

 

「右舷前方に浮遊機雷です!!」

 

慌てた口調で見張り員から前方に機雷があると報告が入る。

 

「わかった。ありがとう。右舷前方に浮遊機雷!!取舵一杯!!」

 

「取舵一杯!!」

 

クリスの指示を受け、レヴィが急いで舵を左に切る。

ついで、クリスはテレグラフを操作して、前進から後進へ指示する。

急に前進から後進の指示が来た機関室では、ジークが同じ機関科のクラスメイトたちに夜食であるサワークラフトの煮込みスープを配ろうとしていた。

そんな中、いきなり前進から後進の指示が来た。

 

「機関長‥‥?」

 

「全速後進!!」

 

いきなりの後進指示で、実際に目で見ることは出来なくとも、ヒンデンブルクに何かあったのだと瞬時に判断し、ジークは機関科のクラスメイトに指示を出す。

艦橋では、レヴィが舵を急いで左に回していたが、

 

「取舵一杯きりました!!」

 

舵は左一杯に回った。

クリスはウィングに出て機雷がどのくらいヒンデンブルクに近づいているのかを目視で確認する。

 

 

「急げ!!」

 

機関助手が機関科のクラスメイトたちに急ぐように檄を飛ばす。

 

「蒸気圧を下げろ!!」

 

機関室では、先程までのゆったりとした夜食タイムとは打って変わって、機関科のクラスメイトたちがバタバタと動き回り、蒸気圧を下げるバルブを回し始める。

 

「慎重に‥‥」

 

ジークは蒸気圧のメーターを見ながら、エンジンを逆回転させるタイミングを見計る。

下手なタイミングでエンジンを逆回転させれば、エンジンの故障や破損の原因にもなるからだ。

蒸気圧のメーターは徐々に下がっていく。

そして、

 

「‥‥今だ!!エンジンを逆回転に!!」

 

ジークが指示を出すと、機関科のクラスメイトがレバーを下げて、エンジンを逆回転させる。

大きな金属音と共に今まで勢いよく動いていたピストンが止まる。

そして、徐々に今度は逆向きに動き始める。

しかし、動きは鈍い。

 

「どいて!!」

 

そこで、ジークは蒸気のメインバルブを操作していたクラスメイトをどかして自らがバルブを思いっきり回す。

すると、ピストンの動きが加速する。

ヒンデンブルクは回避行動を必死にとるが、

 

「直進している‥‥」

 

展望デッキに居る見張り員は、ヒンデンブルクが浮遊機雷に突っ込んで行くように見えた。

 

「舵はもう一杯!?」

 

「もう、これ以上は回せません!!」

 

クリスはレヴィにこれいじょう左に舵を回せないか訊ねると、レヴィはこれ以上舵は左には回せないと返答する。

 

「まがれ‥‥早くまがれ‥‥」

 

クリスは祈るようにつぶやく。

しかし、機雷との距離はドンドン縮まり、やがて‥‥

 

ドカーン!!

 

ヒンデンブルクは機雷を接触した。

 

「ぶつかった!!」

 

クリスは急いで防水隔壁の操作レバーを作動させ、念のため防水隔壁を閉めた。

 

「どうした?何が起きた?」

 

爆発音と衝撃から艦に何かあったのだと判断したシュテルが艦橋に上がってきた。

そして、当直者であったクリスに何があったのかを訊ねる。

 

「浮遊機雷です‥‥」

 

「‥‥」

 

「左に舵を切って、エンジンを逆回転させましたが、回避することが出来ずに接触してしまいました」

 

「防水隔壁は?」

 

「既に閉じてあります」

 

クリスから報告を受け、シュテルはウィングへと出て船体の状況を確認する。

 

「エンジン停止、それから後続の晴風にも注意喚起」

 

「了解、エンジン停止」

 

シュテルは動いているエンジンを停めて、後続の晴風にも機雷に注意する旨の通信を送った。

 

「‥‥艦の被害状況を確認」

 

「了解!!」

 

クリスは機雷が接触した箇所の被害調査へと向かった。

 

「航海長、これ以上の夜間航行は危険だ‥‥今日は夜が明けるまで此処で停泊する。機雷と接触した時刻と位置を航海日誌に記録」

 

「はい」

 

「CIC」

 

レヴィに機雷との接触についての記録を残すように指示した後、シュテルはCICに連絡をいれる。

 

「はい」

 

「ソナーで、周辺海域の探査を頼む。浮遊機雷だけでなく、海面下には敷設機雷もあるかもしれない」

 

「了解」

 

シュテルの指示を受け、聴音手がソナーを使い海面下の調査を行う。

浮遊機雷にかんしても、夜間で海面に浮いていた機雷もレーダーでは探知できなかった。

海図にもこの海域に機雷源があるなんて明記されていなかった。

シュテルとしても機雷接触の件でクリスに罰則をするつもりはなかった。

幸い、そこまで大きな機雷ではなかったので、接触し爆発してもヒンデンブルクに浸水などの被害はなかった。

 

「あぁ~‥‥せっかくの夜食が‥‥」

 

機関室では、ジークが夜食の煮込みスープが鍋ごと機関室の床にぶちまけられているのを見て、がっかりしていた。

 

 

「まさか、進行方向先に機雷源があるなんて‥‥」

 

「もし、先頭を航行していたらと思うとゾッとするね‥‥」

 

ヒンデンブルクからの報告を聞いて、真白はもし、晴風の方が先頭を航行していたら、晴風が機雷源に突っ込んでいたかもしれない事態にゾッとしていた。

それは真白だけでなく、艦橋に居た者たち全員が同じ思いだった。

 

「日が昇るまで、航海灯の他に探照灯をつけて、浮遊機雷には注意して、次直にも忘れずに報告をいれて」

 

「はい」

 

シュテルは夜が明けるまで、周辺には気をつけるように伝える。

やがて長かった夜が明けると、周辺は朝靄に包まれており、海上にいるにも関わらず、まるで雲の上‥雲海にいるみたいな光景だった。

 

「うわぁ~奇麗!!」

 

「まるで雲の上見たい~!!」

 

「凄いね~」

 

「でも、周りに機雷が有るんだよね~」

 

晴風の甲板では、朝靄に包まれた幻想的な光景に思わず感嘆の声を漏らす晴風のクラスメイトたち。

しかし、その幻想的な景色とは裏腹に周りには機雷が存在している。

甲板でクラスメイトたちが周りの景色に浮かれている頃、主計科の伊良子、杵崎姉妹は、竹棒で機雷を晴風から遠ざける作業をしていた。

 

「突っついて、大丈夫なの?」

 

あかねが竹棒で機雷に突っついて、大丈夫なのか伊良子に訊ねる。

 

「近くにあるのは、古い触発機雷だから、突起を押さなければ問題ないよ」

 

伊良子は機雷を突っついても機雷の突起物を押さなければ、爆発しないので、大丈夫だと言って、晴風に近づいてきた機雷を遠ざけた。

 

「全部爆破すれば良いんじゃない?」

 

ほまれが一気に全部爆破すれば良いんじゃないかと提案するが、

 

「霧が晴れないと周辺にどれだけ在るか分からないし、一つ爆発させて、それが連鎖したら怖いから‥‥」

 

伊良子は、その提案を却下した。

今現在、機雷がどれだけ敷設されているか不明な状態‥‥そんな状態で機雷を全部爆破すれば、更なる被害が出る可能性が大だった。

だからこそ、敢えて、この様な地味な作業をやらなければならない

 

『大変だね~』

 

伊良子の言葉に二人は、感心する。

 

ヒンデンブルクでも、同様の作業を行い、機雷を遠ざけていた。

シュテルがCICの聴音手に頼んでいたソナーによる海底調査の結果が出た。

朝食の席にて、聴音手が探査結果をシュテルに報告する。

 

「艦長、ソナーでの周辺探索結果が出ました」

 

「機雷の範囲はどれくらい?」

 

「おそらく、航路阻止を目的としているので比較的狭い範囲です。敷設された機雷の種類は不明ですが水深を考えると係維機雷・短係止機雷・沈底機雷だと思われます」

 

「昨夜の浮遊機雷はその鎖が外れて海面を浮いていたのか‥‥」

 

「おそらくは‥‥」

 

「この先を進むには掃海する必要があるな‥‥晴風とも協議しよう」

 

シュテルは朝食が終わったら、晴風と連絡を取り掃海手順の確認を取る必要があると考えた。

その頃、晴風の食堂でも機雷について協議されていた。

周辺海域の機雷について話している時、後ろで朝食を取るミーナは、納豆を箸で突っ突いて、何故か、顔を歪めていた。

 

ネチョ~‥‥

 

「う、うぇ~‥‥」

 

納沙が掃海についての草案を説明している中、納豆と格闘しているミーナは吐き気を催していた。

クラスメイトたちがあらかた食事を終え、伊良子が食器を片付けていると、

 

「ん!?」

 

ミーナが納豆を見て、顔を歪めている事に気づく。

 

「あれ?ミーナさん、納豆口に合わなかった?」

 

伊良子がミーナに納豆口に合わないのか問う。

 

「い、いや、そんな事はないじょ‥‥」

 

((あっ、噛んだ‥‥))

 

((噛んだね))

 

((噛んだのです))

 

ミーナの語尾が変だったことにその場に居た皆はミーナが噛んだのだと判断した。

 

「もしかして、ミーナさん、日本食が口に合っていないんじゃない?」

 

伊良子がミーナの食が進んでいないのは、日本食が口にあっていないから食が進まないのではないかと予測し、伊良子はミーナに訊ねる。

 

「い、いや、そんな事は‥‥」

 

それに対して、ミーナは、否定するが、

 

「でも、ここ最近、食事を残していたし‥‥」

 

「‥‥その‥実は‥‥ミカンの言う通りで、実は日本料理が口に合わなくて‥‥」

 

ミーナは気まずそうに本音を言う。

以前、ヒンデンブルクから食材を分けてもらったのだが、みんなドイツ本場の食材と言うことで、晴風でもそれは人気だったみたいで、短期間で無くなってしまった。

ミーナに関しては、三食ドイツ産のソーセージでもOKと言うぐらいのソーセージ好きなので、分けてもらったソーセージが短期間で無くなるのも当然だった。

しかし、短期間で消費してしまったので、追加をくれと言えるほど、ミーナは精神が図太くなかった。

だが、日頃の糧として食べなければ生きていけない。

ミーナは慣れない日本食を食べて過ごしていたのだが、限界もあったみたいだ。

 

「えぇ~!!そうなの!?気がつかなくてゴメンね。じゃあ今日はドイツ料理を作ろうか?」

 

ミーナの本音を聞いて、伊良子がミーナの為にドイツ料理を作るとミーナに言う。

 

「えっ!?ああいやいや!」

 

それに対して、ミーナは、居候の身なのに態々そこまでして貰わなくてもと恐縮してしまう。

 

「大丈夫だよ!!私、ドイツ料理得意だから!」

 

伊良子は胸を張ってドイツ料理は得意だからと言う。

 

「じゃ、じゃあ‥よろしく頼む‥‥」

 

「じゃあ、今日はドイツ料理祭りに決定!!」

 

ミーナは結局、伊良子の行為に甘え夕食にドイツ料理を作ってもらうことにしてもらった。

今日の夕食はドイツ料理と言う事で、伊良子と杵崎姉妹の三人は、早速夕食に向けての下拵えを始めた。

ただ、ドイツ料理を作っている中、伊良子はタブレットでドイツ料理を調べながら作っていた。

‥‥確か、ドイツ料理は得意なんじゃなかったっけ?

 

その後、晴風とヒンデンブルクとの間で掃海手順について確認された後、スキッパーを使用しての掃海作業が行われた。

掃海作業の開始は朝靄が完全に晴れてからの開始となった。

靄が残る状況下での掃海は機雷と接触する危険が高い。

ヒンデンブルク、晴風からはスキッパーが降ろされて、掃海作業をする。

スキッパーの船体の下に備え付けられた器具が海面下の敷設機雷のワイヤーを切り、ワイヤーを切られた機雷が海面に姿を現す。

そこを機銃で撃ち、機雷を撃破する。

立石と西崎は機銃とは言え、堂々と銃をぶっ放せることでテンションが高く、奇声を上げながら機雷を撃っていた。

掃海作業中、ヒンデンブルクのスキッパーに乗っていた生徒は、

 

「晴風のスキッパー、ちょっとスピード上げ過ぎじゃない?」

 

晴風のスキッパーのスピードが速すぎると思った。

 

「そうね‥‥ちょっと危ないかも‥‥」

 

危機感を覚えたヒンデンブルクの生徒は、

 

「ちょっと!!晴風のスキッパー!!」

 

晴風のスキッパーに乗っていた松永と姫路に声をかける。

 

「ん?なに~?」

 

「スピード上げ過ぎ!!もう少し、速度を絞って!!」

 

「えっ?なに?聞こえない!!」

 

スキッパーのエンジン音と波の音でヒンデンブルクの生徒の声が聞こえないみたいだった。

 

「だから‥‥!!」

 

ヒンデンブルクの生徒が思う一度、松永と姫路に注意を促そうとしたら、

 

ドカーン!!

 

晴風のスキッパーが引いていた掃海器具が海底の機雷に接触し、爆発。

その衝撃で晴風のスキッパーは転覆、松永と姫路は海上に投げ出された。

幸い、二人は救命器具を着けていたので、海面を漂っていた。

それを晴風の艦橋から見ていた明乃は救助しに現場へ行こうとしたが、近くにはヒンデンブルクのスキッパーが居たので、二人はすぐにヒンデンブルクのスキッパーに救助された。

転覆事故があったが、その後も掃海作業は続けられ、航路上の機雷は掃海された。

残りの機雷については、海図に位置を記録して、横須賀女子海洋学校に報告、その後、学校から残りの機雷については、ブルーマーメイドとホワイトドルフィンが掃海する事になった。

航路上の機雷が除去でき、ヒンデンブルクと晴風は、行方不明になった学生艦の捜索の為、進路を南へと取る。

そして、夕食になり、晴風では伊良子と杵崎姉妹が作ったドイツ料理が振る舞われる。

 

「えーと‥‥まず、ドイツ料理といえばコレ。アイスバイン!」

 

伊良子はアイスバインを出すが、

 

「うーん‥北方の料理でうちの方ではシュバイネハクセ‥‥つまりローストすることが多かったな」

 

「えっ?」

 

日本の料理でも同じ代物でも地方によって味付けや作り方が異なるそれと同じで、ドイツ料理でも地方によって、作り方が違う様で、ミーナの故郷とは違う作り方をしてしまい、ミーナからいきなりダメ出しを受ける美伊良子。

 

「じゃ、じゃあ次は定番!ザワークラウト!」

 

「チッ、チッ、チッ、サワークラウト。それとこれは酢漬けのキャベツじゃな。ホントは乳酸発酵させるのが本物じゃが‥‥」

 

二品目サワークラウトもダメ出しを食らう伊良子。

 

「うっ、つ、次はカツレツ!」

 

だが、それでも諦めず、今度はカツレツを出す。

 

「とんかつだね~」

 

「カツってドイツ料理なの~?」

 

松永と姫路がカツレツを見て、意外そうに呟いた。

 

「おお、シュニッツェルじゃな!‥‥ん?我が国では、こんなに厚く切らないぞ」

 

ミーナは伊良子の作ったカツレツの厚さを見て、ドイツとは、違い、厚く切り過ぎだとダメ出しを食らう。

 

「うっ、じゃ、じゃあこれぞ真打!ドイツ料理といえばやっぱりハンバーグ!!」

 

追い詰められた伊良子は、遂に最後の料理であるハンバーグを出す。

 

「これは?フリカデレか?ドイツではあまり見かけない料理だぞ‥‥」

 

「ええぇぇぇ―――!!」

 

ハンバーグは、ドイツ料理だと思っていた伊良子であったが、ミーナのダメ出しで彼女の作った料理はすべて全滅した。

 

「それよりこのふかしたジャガイモとアイントプフはおいしそうじゃな」

 

ミーナは、伊良子の作った料理より、隣に置いてある伊良子以外が作ったドイツ料理を気にいる。

 

「ワシは、他にヴルストがあれば海では文句は言わんぞ!」

 

「これ誰が作ったの~?」

 

伊良子は、涙を流しながら誰が作ったのかと問う。

すると、

 

『わ、私達です‥‥』

 

何とこの料理を作ったのは、杵﨑姉妹で、二人は気まずそうに手を上げる。

まぁ、厨房には普段から伊良子の他に杵崎姉妹しか居ないので、簡単に分かる。

 

「ガ、ガーン!!ま、負けた‥‥」

 

バターン

 

その事実を知った伊良子は、ショックを受け、その場に倒れた。

ミーナは美味しそうに杵﨑姉妹が作ったジャガイモを使ったドイツ料理を食べ始める。

 

「あの~ドイツ料理なら、向こうの艦の厨房員の方に聞いた方が良かったんじゃないでしょうか?」

 

更に追い打ちをかけるように納沙がミーナの好きな料理、本場のドイツ料理を作るのであれば、ヒンデンブルクの厨房員に聞けば早かったのではないかと伊良子に訊ねた。

 

「‥‥」

 

納沙のこの一言で伊良子は真っ白になった。

結果的に伊良子が作ったドイツ料理はモドキ料理になってしまったが、味は悪くはなかったので、晴風のクラスメイトたちは夕食に舌鼓を打った。

 




次回はいよいよ、後世奉仕部が活動を開始します。


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75話

読者の皆様のご期待に沿えられているのか不安ですが、お待たせしました。

後世、奉仕部活動を開始です。

ただし、前世での歴史と若干異なる流れの後世の歴史‥‥

その流れの前に翻弄される奉仕部メンバーたちの奮闘ぶりをご覧ください。





ヒンデンブルクと晴風が行方不明になった学生艦を捜索している中、千葉県千葉市にある総武高校では、

 

ボォォォォ~‥‥

 

総武高校にある学生艦停泊場所である港湾地区からは、総武高校がアメリカから購入したコロラド級戦艦三番艦で、総武高校の総旗艦である総武が汽笛を鳴らしながら出航していく。

そして、総武の他にも総武高校に所属するいくつかの学生艦も同じく出航していく。

その様子を雪ノ下は校舎から不機嫌そうな顔で見ていた。

総武に乗艦していたのは、雪ノ下たち、二年生ではなく、航海実習の経験がある三年生だった。

横須賀女子の学生艦行方不明事件の報告を受け、関東周辺の海洋学校に海上安全整備局から、捜索協力が入った。

強制ではないが、総武高校としては、実習単位の事情から、協力せざるを得なかった。

だが、本音を言うと総武高校側としては、他校で起きた事件での尻拭いなんて正直いい迷惑だった。

ただでさえ、その事件の影響で航海日数を切り詰め、二年生の授業にも影響を与えているのだから‥‥

晴風の叛乱疑惑は、既に誤報であると海上安全整備局から総武にも通達されていたが、それでも雪ノ下は、自分が行けば行方不明になった学生艦なんてすぐに見つけられると思い込んでいた。

反対に雪ノ下と同じ総武のクラスメイトたちはこれまでの雪ノ下との付き合いから、彼女と一緒に海上生活なんて、正直自信がなかったので、航海する日が延びることに胸をホッと撫で下ろしていた。

 

総武高校の学生艦が行方不明になった横須賀女子の学生艦を捜索しに出航していったその日の放課後、

 

「さて、そろそろ戸塚君の依頼が来るわね」

 

「そうだねぇ~」

 

奉仕部の部室で、雪ノ下と由比ヶ浜の二人が前世の奉仕部での依頼を振り返る。

奉仕部に持ち込まれた依頼‥‥最初は平塚先生が雪ノ下に八幡の更生を依頼した。

しかし、この世界には比企谷八幡と言う男子高校生は存在していないので、この依頼は持ち込まれていない。

次の依頼、この世界では既に奉仕部の‥前世では後の奉仕部部員である由比ヶ浜の依頼‥‥クッキーを作りたいと言う依頼も八幡がこの世界に存在しない事、そして、入学式の日に由比ヶ浜家の愛犬、サブレが事故に遭っていない事から、この依頼も自然消滅していた。

そして、剣豪将軍こと、材木座義輝からの自身が書いた小説の感想と意見を聞かせてほしいと言う依頼‥‥

これに関しても、二人は材木座と言う男子高校生の存在を忘れ、更に材木座本人も後世では、小説を書いていないのでこの依頼も奉仕部に持ち込まれなかった。

最も、この後世で材木座が仮に前世同様小説を書いていたとしても、奉仕部に持ち込まなかった可能性が高い。

前世では、八幡が居り、体育の時間に八幡が材木座とペアを組むことが縁となって、奉仕部に小説を持ちこんだのだ。

だが、この世界には八幡がおらず、材木座が単独で女子だけの部室にやってきて自身が書いた小説を見せるなどと言う行為は小心者な彼にはかなり困難な行動であろう。

そして、この後世における奉仕部の最初の依頼は戸塚のテニス部を強くしてほしと言う依頼からだと二人はそう思っていた。

 

「戸塚君の依頼は良いのだけれど、また前世みたいに三浦さんが邪魔しにこないかしら?」

 

雪ノ下の懸念としては、前世では、戸塚の依頼でテニスの強化中に三浦が「自分もテニスをさせろ」と乱入してきた。

この少し前に戸塚が転んで怪我をしてしまったので、雪ノ下は保健室に救急箱を取りに行ったので最初の顛末を雪ノ下は知らず、後から説明を受けた。

それによると、三浦の対処にはまず戸塚が彼女に事情を説明するも、三浦の眼光に威圧されて口ごもってしまう。

次に八幡が、自分たち奉仕部は生徒会とテニス部の許可を得て、テニス場を使用していると、説明するが、三浦は聞き入れず、逆にキモイと言ってくる始末だ。

更に葉山までもがそれに便乗するかのように「みんなでテニスをしよう」と言ってきた。

八幡が葉山たちに自分らが葉山たちとテニスをするメリットがないと説明するも三浦は早くテニスをしたいと葉山を急かし、葉山は自分のグループメンバーである三浦の願いを叶えたいと言う思いから、部外者同士でのテニス勝負を提案する。

本来ならば、八幡の言う通り、葉山たちの提案に乗る必要は全くなかったのだが、葉山たちは引こうとはせず、八幡がこの場の責任者である戸塚に決定権を委ね、戸塚は葉山の勝負に乗った。

葉山&三浦ペア、八幡&由比ヶ浜ペアでテニスの試合をすることになったのだが、八幡たちは相手チームの猛攻の前に失点を重ねる。

特に相手は由比ヶ浜一人に集中的にボールを打ち込んできた。

そんな中、救急箱を取りに行った雪ノ下が戻り、由比ヶ浜とチェンジしてプレイに臨む。

雪ノ下が入り序盤は盛り返すが、雪ノ下の体力のなさが仇となり、時間の経過とともに雪ノ下の動きが鈍くなる。

そして、同点となり、最後のポイントとなった時、八幡はお昼ごろにこのテニス場に吹く強風を利用してボールを飛ばす。

それを知らない三浦はコートのギリギリまで下がり、フェンスにぶつかりそうになる。

そこを葉山が助け、テニス勝負では奉仕部が勝ったが、結果的に三浦のテニスをしたいと言う希望とフェンスにぶつかりそうになった三浦を助けたことで葉山の人気を高めただけとなり、試合に勝って勝負に負けた様な結果となった。

 

雪ノ下はこの後世でも三浦が奉仕部の活動中に邪魔して来ないか心配になったのだ。

 

「あっ、それは大丈夫じゃないかな?」

 

しかし由比ヶ浜はこの後世では、三浦は乱入してくる事はないと言う。

 

「どういうことかしら?」

 

「優美子、なんかの部活のマネージャーやっているみたいで、その部活、昼練とかあるみたいだから、きっと来ないよ」

 

葉山が三浦を自分のグループに引き込む際、彼女が拒否した理由が、三浦は何処かの部活のマネージャーをしており、その部活は昼練もある大変な部活みたいだった。

ただ、葉山も由比ヶ浜も三浦が何の部活のマネージャーになっているのか知らなかった。

 

「それならいいけど‥‥」

 

「じゃあ、明日、彩ちゃんには話をつけておくね」

 

「ええ、任せるわ」

 

まず、戸塚との接触は由比ヶ浜に任せてこの日は解散となった。

 

 

翌日の体育の時間‥‥

 

後世でも、総武高校の体育は三クラス合同で行われ、月ごとに種目が変わる。

そして、今月の男子の体育はテニスだった。

 

「うし、じゃあお前ら打ってみろや。二人一組で端と端に散れ!」

 

体育教師の厚木先生がそう言って皆がペアを組みラリーを開始する。

前世では、八幡が居たことでペアを組んでいた材木座であったが、この後世では、その八幡が居ないので、彼は大抵、体育の時間は何かしら理由をつけて見学している。

そして、テニスコートでは、

 

「やっベー!!葉山くん今の球、マジやべーって!!曲がった!?曲がったくね!?今の!?」

「いや打球が偶然スライスしただけだよ」

 

(ふん、後世でも煩い奴だ‥‥)

 

葉山とペアを組んだ戸部がオーバーアクションをとっている。

そんな戸部を見て、葉山は若干の煩わしさを感じていた。

この後世でも葉山の周りには、常に人がいる。

 

「マッジかよ!?スライスとか魔球じゃん!!マジぱないわ!!葉山くん、超ぱないわー!!」

 

「それな」

 

「だな」

 

彼らは騒いでいるが、葉山自身が積極的に声を出している訳ではなく、彼の周り‥‥主に彼の取り巻き‥特に戸部が一番騒いでいる。

それはまるで、グループ内で目立って葉山に取り入りたい魂胆が見え見えであった。

実際に彼は葉山と同じサッカー部に所属しているので、グループ内では放課後、葉山と一番時間を共にしている。

そんな彼に対して、相模は葉山との時間を奪っている奴と認識をされており、グループ内の会話では弄られている場面が目立つ。

だが、クラスでもトップカーストの葉山グループの座に就いていたいのか、相模からの皮肉交じりの暴言にも日々耐え凌いでいる。

 

「スラーイスッ!!」

 

戸部の打った打球は全くスライスすることなく、葉山から大きく外れて戸塚の方へと向かって行く。

 

「っ!?」

 

戸塚は反射的に戸部が打ったボールを打ち返す。

 

「あっ、ごっめーん!!マジ勘弁。えっと‥‥戸塚?」

 

「あっいや、別に‥‥」

 

「それにしても戸塚もスゲーな!!」

 

咄嗟のことながら、戸塚はテニスボールを打ち返してきた。

 

「‥僕、一応、テニス部だから」

 

戸塚はそう答えて、再び前を見て、ペアになった相手の方へ視線を向けた。

 

そして、午前中の授業が終わり、昼休み‥‥前世では八幡のベストプレイスはこの後世では、戸塚と三浦のベスプレイストなっており、この日も戸塚と三浦はこの場で昼食を摂っていた。

昼食後は、テニス場にて昼練だ。

そして、三浦が自販機で飲み物を買いに行っている間、戸塚は三浦を待っていた。

そこへ、

 

「彩ちゃん」

 

由比ヶ浜がやってきて、戸塚に声をかけた。

 

「ん?ああ、確か‥由比ヶ浜さん。どうしたの?」

 

「ねぇ、彩ちゃん。彩ちゃんって、確かテニス部だよね?」

 

「えっ?うん、そうだけど‥‥」

 

「テニス部で何か悩みとかってない?」

 

「えっ?」

 

「例えば、もっと強くなりたいとか?」

 

「ん?」

 

「強くなりたいよね!?」

 

「えっ?あっ、うん‥‥」

 

由比ヶ浜のテンションと話しについていけず、困惑する戸塚。

 

「だったら、私たちにまかせて!!彩ちゃんの悩みを解決してあげるから!!」

 

「えっ?あの‥由比ヶ浜さん‥‥でも‥‥」

 

「大丈夫、大丈夫、私とゆきのんに任せて!!それじゃあ、明日の昼休みから一緒に練習しようね」

 

「えっ?あの、ちょっと‥‥由比ヶ浜さん」

 

由比ヶ浜は戸塚の返事も聞かずにその場を後にした。

 

「あれ?今のって‥‥」

 

そこへ、飲み物を買ってきた三浦が戻ってきた。

 

「今の、ウチらのクラスの由比ヶ浜じゃん‥‥彩加、なんかあったん?」

 

去って行く由比ヶ浜の後ろ姿を見て、彼女が戸塚に何か用があったのかを訊ねる。

 

「あっ、三浦さん‥‥えっと、さっき由比ヶ浜さんが来て、部活の事でなんか言っていたんだよ」

 

「テニス部の事を‥‥?」

 

「うん、なんか、『私とゆきのんに任せて』とか『明日の昼練から一緒に練習しよう』って言っていたけど‥‥」

 

「それって、由比ヶ浜もテニス部のマネージャーにでもなるってことなの?」

 

「先生からはそんな話は聞いていないけど‥‥」

 

テニス部の部長である戸塚に顧問の教師から由比ヶ浜がテニス部のマネージャーになると言う話は聞いていない。

 

「まぁ、今日の放課後にでもわかるんじゃない?」

 

「そうだね」

 

由比ヶ浜がテニス部のマネージャーになるのかと思った戸塚と三浦は、ひとまず、昼食を摂ることにした。

三浦お手製の弁当を食べた後、二人は普段通り昼練をした。

それから放課後になり、部活の時間になったが、テニス部の顧問からはこの時も新しいマネージャーが入るような旨は通達されなかった。

 

「結局、由比ヶ浜がマネージャーになった訳じゃなかったみたいね」

 

「女子テニスに入った訳でもなかったみたい」

 

「じゃあ、なんだったんだろう?」

 

「さあ‥‥でも、明日の昼休みに来るみたいな事を言っていたけど‥‥」

 

「マネージャーでもないのに?」

 

「うん‥‥」

 

マネージャーではなかったので、戸塚が顧問に訊ね、女子テニス部に由比ヶ浜が入った訳でもなかった。

マネージャーでもなく、女子テニス部に入部したわけでもなく、昼休みに言っていたことに益々困惑する戸塚だった。

 

 

戸塚が困惑している中、奉仕部の部室では‥‥

 

「ゆきのん、昼休みに彩ちゃんと会って、テニスの手伝いの事を言っておいたよ」

 

「そう、お疲れ様。由比ヶ浜さん」

 

前世では戸塚を奉仕部の部室に連れてきた時、由比ヶ浜はまだ正式な奉仕部の部員ではなかったが、この後世では、奉仕部設立の時点で彼女は部員となっているので、雪ノ下は戸塚との接触は全て由比ヶ浜に任せていた。

この時点で状況を深く確認しなかった雪ノ下。

それが、間違いの始まりだった‥‥

 

「やあ、なかなか部活から抜けさせて貰もらえなくて、遅れちゃってゴメンね」

 

そこへ、葉山がやって来た。

 

「それで、何か依頼は来たかい?」

 

そして、葉山は奉仕部に何か依頼が来たかを訊ねる。

 

「ほら、前の世界で彩ちゃんの依頼‥テニス部を強くする依頼が来たよ」

 

「あ、ああ‥‥あの依頼か‥‥」

 

戸塚の依頼に関しても葉山には含むところがあった。

 

「で、でも、今回、優美子はどっかの部活に入っているみたいだから、今回は邪魔しに来ないよ」

 

由比ヶ浜が葉山の事を察して、今回は三浦が邪魔しに来ることはないと助け船を出す。

 

「そ、そうだな‥‥それで、彼の依頼はいつからやるんだい?」

 

「早速明日の昼休みからやるつもりだよ」

 

「昼練だったら、僕も参加できるからね。今度は優美子の邪魔なしで、雪ノ下さんたちの力になって見せるよ」

 

今回は、三浦が邪魔をすることはないし、葉山も一応サッカー部と掛け持ちであるが、奉仕部の部員として在籍しているので、最初から手伝う気満々であった。

 

翌日、戸塚と三浦は昼食を食べ終わり、普段通りテニス部の昼練に来ていた。

テニス部の昼練は基本的に放課後の部活動と異なり、自由参加になっている。

しかし、前世と異なり、三浦のおかげでテニス部の部長としてそれなりにリーダーシップを取れている戸塚とオカン気質な三浦のおかげで、自由参加にもかかわらず、一年、二年の部活仲間が集まってくれる。

流石に三年生は受験の関係から、顔を出す日数や時間は短いがそれでも極力顔を出して後輩の指導に当たっている。

そんな中、

 

「やっはろー!!彩ちゃん!!」

 

そこへ、何とも気が抜けそうな声と共に由比ヶ浜、雪ノ下、葉山の三人がテニス場に姿を現した。

 

 

テニス場に来た雪ノ下、由比ヶ浜、葉山の眼前では前世と異なる光景が広がっていた。

前世では、戸塚の依頼‥‥テニス部の強化の依頼で昼練に参加していたのはテニス部部長の戸塚ただ一人だけであった。

しかし、三人の眼前には戸塚以外のテニス部の部員たちがテニス場に居り練習をしている。

そんな中、一際目立っていたのが、

 

「佐藤!!アンタ、まだ一歩目にまた迷いが出ているし!!」

 

「す、すみません!!」

 

「田中!!打撃がまだ甘いし!!」

 

「は、はい!!」

 

後ろ髪をポニーテールにして、ジャージを纏い、一年生の部員相手にラリーをしている三浦の姿だった。

三浦は一年生の部員の短所を述べつつもフォローをしながらラリーをしている。

そして、ラリーが終わった頃、雪ノ下たちは我に返り、雪ノ下は三浦に声をかける。

 

「ちょっと、三浦さん」

 

「あん?って、由比ヶ浜に葉山じゃん‥‥それと‥‥誰?」

 

「なっ!?貴女、私の事を知らないの!?」

 

「全然。第一、クラスが違うじゃん」

 

三浦は同じクラスの由比ヶ浜と葉山は知っていたが、違うクラスの雪ノ下の事は知らなかった様子。

 

「私は、二年生の首席なのよ!!大体、一年前の入学式でも新入生代表で挨拶したじゃないない!!」

 

「あれ?そうだっけ?」

 

「ふん、物覚えが悪い猿ね」

 

「あん?」

 

雪ノ下のこの一言で、不機嫌そうに顔を歪める三浦。

 

「み、三浦さん落ち着いて」

 

「ちっ」

 

そこを戸塚が三浦を宥める。

 

「えっと、それで、何か用かな?」

 

そして、戸塚が雪ノ下たちにテニス場に来た要件を訊ねる。

 

「由比ヶ浜さんが言ったでしょう。テニス部を強化するって‥‥それなのに、何故部外者の筈の三浦さんが此処でテニスをしているのかしら?」

 

雪ノ下は、前世同様、三浦がテニス部に圧力をかけてテニスを勝手にしているものだと決めつけ、三浦を睨みつける。

 

「部外者?何言っているし、あーしはれっきとしたテニス部のマネージャー‥‥関係者で、むしろ、部外者なのはアンタらだし」

 

「貴女がマネージャー?ふん、粗暴な貴女にマネージャーなんて務まるのかしら?」

 

「あーしは一年の時からマネージャーをしているし!!大体、強化するなんて言うけど、アンタらの中にテニス経験者はいるの?それにどんな方法で強化するの?」

 

三浦が雪ノ下に強化方法を聞くと、

 

「そんなの決まっているじゃない。死ぬまで走って死ぬまで素振りよ」

 

雪ノ下はドヤ顔で強化方針を言う。

 

「「‥‥」」

 

それを聞いた戸塚と三浦は( ゚д゚)ポカーンとする。

 

「さあ、さっさと始めるわよ」

 

二人が絶句している間に雪ノ下たちはテニス場に入り、彼女の言う『死ぬまで走って死ぬまで素振り』を部員たちさせようとする。

 

「ちょっ、ちょっと待って!!」

 

「アンタ、バカじゃないの!?」

 

我に返った戸塚と三浦が雪ノ下たちを止める。

 

「あら?バカにバカだなんて言われたくないわね」

 

「ふん、首席とか言っているくせに、テニス経験ゼロ、おまけに知識もゼロ‥‥少なくともテニスに関してはアンタより、戸塚やあーしの方が優秀だし」

 

「言ってくれじゃない、粗暴な猿の分際で」

 

三浦の返しに雪ノ下は顔を引き攣らせながらも、応戦する。

 

「大体、アンタの強化方法‥‥それって、怪我のリスクとか考えたの?」

 

「強くしてほしいって依頼よ。それぐらいしないといけないわよ。やっぱり言葉通じないのかしら?バカなのかしら?ああ、失礼、猿だから、人間の言葉が理解できないのね。でも、残念ね、いくら優秀な私でも猿語はマスターしてないの」

 

「バカなのはアンタの方よ、怪我をしたら強くなれないし、その怪我が原因で一生テニスが出来ない体になるかもしれないリスクだってあるの!!‥‥アンタ、人の事を何だと思っているの?」

 

三浦としては戸塚と共に手塩に掛けて育て、そして今育てている大切な部員たちを雪ノ下の訳の分からない強化方法で潰すなんて冗談ではない。

 

「そもそも手伝うとか言っているけど、彩加、アンタ、コイツらに手伝いを頼んだの?それにテニス場の使用許可も出したの?」

 

「えっ?ううん、昨日、由比ヶ浜さんがなんか一方的に話していたけど、返事をする前に行っちゃったし‥‥それにてっきり、由比ヶ浜さんがテニスのマネージャーになるのかと思っていたから‥‥」

 

「だそうよ、彩加はアンタらに頼んでいないって、分かったら、部活の邪魔だからさっさと消えて」

 

三浦は雪ノ下たちを追い払うように手で煽る。

 

「ぐぬぬぬ‥‥」

 

雪ノ下が悔しそうに顔を歪める。

そこへ、

 

「まぁ、まぁ、二人ともそう、喧嘩腰にならないで」

 

葉山がしゃしゃり出てきた。

戸塚と三浦はこのまま葉山が雪ノ下たちを引き取って、テニス場から出て行ってくれるかと思ったのだが、

 

「ここはみんなでテニスをして遊んだ方が楽しくないかい?」

 

などとほざいてきた。

 

「「‥‥」」

 

葉山の提案にまたもや( ゚д゚)ポカ―ンとする戸塚と三浦。

 

「ね、ねぇ、葉山君‥僕たちは遊びじゃなくて、部活動の一環で練習をしているんだけど‥‥」

 

我に返った戸塚が我慢するかのように顔を引き攣らせて葉山に言う。

彼の言った『遊び』と言う単語が戸塚には許せなかった。

他の部員たちもジッと葉山たちを睨んでいる。

自分たちは強くなるためにこうして昼休みを潰してまで練習をしているのだ。

それを『遊び』だなんて言われるのはあまりにも心外だ。

しかし、肝心の葉山はそんな視線や戸塚の態度にはどこ吹く風な様子。

更に、

 

「あれ?葉山君、テニスするの?」

 

そこへ、混乱に拍車をかけるかのように葉山グループの相模が葉山の姿を見つけて近づいてくる。

 

「や、やあ、相模さん。そうなんだ、みんなで、テニス部の手伝いをしようかと思ってね」

 

「えっ?そうなの!?じゃあ、ウチもやる!!」

 

と、更に部外者の相模までもがやると言い出す。

 

「ちょっ、葉山、何勝手なことを言っているし!!」

 

流石に見かねた三浦が声を荒げる。

 

「で、でも、みんなで楽しめるじゃないか」

 

「そうだよねぇ~、葉山君の言う通りよ。みんなが楽しめればwin-winじゃん」

 

葉山は爽やかな笑顔で言い放ち相模もそれに便乗する。

 

「ねぇ?葉山の言う『みんな』ってなに?子供がワガママ言う時の『みんな』なの?」

 

「ちょっと、三浦さん、葉山君にそんな態度はないんじゃない!?」

 

葉山の事をバカにされたと思い今度は相模が声を荒げる。

 

「はぁ?元々は、アンタらが日本語を理解できていないのが問題じゃん!!部外者なのに、許可も得ず、テニスをさせろって、ふざけてんの!?あーしらは、本気で強くなりたいって子らの為に放課後だけじゃなく、こうして昼休みも練習をしているの!!それに許可のない部外者を勝手に入れたら、怒られるのはこっちなの!!ちょっとは人の迷惑を考えたら!?」

 

「じゃあこうしないか?俺たちと戸塚と優美‥‥」

 

「気安く名前を呼ぶなし!!」

 

「ご、ごめん‥それなら俺たちと戸塚、三浦さんテニスで対決をしたらどうかな?そしたら丸く収まるし、上手い人とプレイした方が部員たちの練習にもなるだろう?」

 

葉山は、自分はテニスが上手いと遠回しで言うが、テニス経験は授業だけの葉山とこれまでずっとテニスを続けてきた戸塚と三浦‥‥どちらが上手いかなんてそんなのは火を見るよりも明らかである。

 

「そうだよ、三浦さん。葉山君の言う通りだよ。あっ、葉山君、ダブルスならウチが葉山君のペアになる!!」

 

(なっ!?何言ってんだこいつは!?僕は雪乃ちゃんとペアになるつもりなのに!!)

 

前世では対戦相手になったが、この後世では、ペアを組めるかもしれないのに相模は一方的に葉山とペアを組んでテニスをしようとする。

葉山の思惑は兎も角、既に彼の主張は完全に支離滅裂で、テニス部はもう昼練どころではない。

 

「なんだ?なんだ?」

 

「葉山たちがテニスするの?」

 

「いや、なんか揉めているみたいだぜ」

 

しかも、騒ぎを聞きつけ、野次馬も集まりだしてきている。

 

(ね、ねぇ、ゆきのん、ちょっとマズくない?)

 

ここにきて由比ヶ浜も空気を読んで自分たちが置かれている状況が不利になっているのではないかと思い始めた。

 

(そ、そうね‥‥これは‥‥)

 

雪ノ下自身もようやくここで自覚し始めた。

今、自分たちがしているのは、前世で三浦がした行為と同じではないだろうか‥‥?

戸塚と三浦が言うには、どうやら由比ヶ浜はテニス場の許可をもらっていない様だし‥‥それ以前に戸塚から正式に依頼を取り付けてもいないみたいだ。

前世では八幡が生徒会とテニス部に赴いて、昼休みのテニス場の使用許可を貰っていた。

だが、この後世では、由比ヶ浜が戸塚とのコンタクトを雪ノ下から頼まれたのだが、由比ヶ浜は前世で八幡が許可申請の為に動いていたことを知らず、許可なんて必要ないと思っていた。

だが、実際に使用許可は必要であり、雪ノ下たちはその許可を得ていない。

それにもかかわらず、葉山は前世同様、許可なしでテニスをしようと言う。

葉山のそんな横暴な態度に戸塚、三浦以外のテニス部員たちも自分たちを白い目で見ている。

しかし、相変わらず葉山はそんな視線を気にしていないし、相模も気づいていない。

今回の依頼‥雪ノ下が全て由比ヶ浜に任せ、確認事項を怠った結果である。

 

戸塚と三浦、葉山と相模の論争が激しくなっていく中、

 

「こら!!そこ!!何を騒いでいる!?」

 

そこへ、昼練の様子を見に来たテニス部の顧問がやってきた。

 

「せ、先生‥こ、これは‥‥その‥‥」

 

教師の登場に狼狽えだす葉山。

生徒間ならば、自分の持つカリスマ性で周りの野次馬を味方につけ、テニスをせざるを得ない状況に持ち込むつもりだったが、教師相手では話が違う。

 

「先生、実は‥‥」

 

「葉山くんたちが‥‥」

 

三浦と戸塚が顧問に事情を話す。

 

「今の話は本当なのか?葉山」

 

「そ、そんな‥二人の言うことは出まかせで、何かの間違いですよ」

 

と、この場を嘘で取り繕い、逃げようとする。

しかし、

 

「嘘じゃありません。これ、後輩たちのフォーム確認の為に撮っていたんですけど‥‥」

 

三年の先輩が後輩らのテニスフォームの確認の為に撮影していたビデオに葉山の証言が嘘である証拠映像が残っていた。

 

「葉山、ちょっと生徒指導室まで来てもらおうか?それにそこのお前たちもだ」

 

「な、なんで私たちまで!?」

 

「そうですよ!!私たちは‥‥」

 

雪ノ下と由比ヶ浜は、自分たちは無関係だと主張する。

しかし、

 

「この映像を見る限りでは、お前たちも葉山同様、テニス部の練習を妨害しているみたいだったが?」

 

映像が証拠として残っている以上、言い逃れはできない。

葉山、雪ノ下、由比ヶ浜、そして相模は生徒指導へと連れていかれた。

今回の被害者は戸塚たちテニス部であることは明白であるが、もう一人、相模もある意味では被害者であり、もう少し来るのが遅ければ‥‥もしくは、この近くを通りかからなければ、今回の件に巻き込まれなかっただろう。

生徒指導室では生徒指導担当の平塚先生が今回の件について穏便に済ませようとした。

その理由は彼女が生徒指導の他に奉仕部の顧問だったからだ。

しかし、教頭、学年主任を交えても許可なく他の部活動の練習を妨害して、全くのお咎めなしとはいかず、特に同じ運動系の部活に所属していた葉山は処罰が重く、サッカー部でのレギュラー枠から外され、一週間の部活への出禁、反省文、部活の出禁中は放課後、校内の清掃活動が命じられた。

雪ノ下たちにも反省文と一週間、放課後に校内の清掃作業の処罰が下った。

こうして奉仕部は、清掃活動で学校の美化に文字通り奉仕することになったのであった。

 



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76話

 

後世における奉仕部の最初の依頼とされる戸塚のテニス部の強化の依頼‥‥

雪ノ下は由比ヶ浜に全てを任せる形にしたが、それがそもそもの間違いだった。

この後世では、自分たちが知る前世の歴史と異なる歴史を辿っていた。

前世では、奉仕部がテニス部の強化中に活動していると、葉山グループの一人、三浦がテニスをやらせろと乱入して、滅茶苦茶にした。

雪ノ下はこの後世でも三浦が邪魔するのではないかと懸念したが、由比ヶ浜と葉山からの情報でそれはないと言われ、後世では、三浦に邪魔されず、依頼をこなせると思っていた。

しかし、実際にテニス場に行ってみると、そこには一年生にテニスを指導している三浦の姿があった‥‥

雪ノ下は自分たちが来る前に三浦が単独でテニス場に来て、テニス部員たちを脅して勝手にテニスをしているのだと思い込んでいた。

だが、話を聞くと、後世では三浦はテニス部のマネージャーであり、テニス部の関係者だった。

そして、テニス場の使用許可を由比ヶ浜がとり忘れたことにより、三浦と雪ノ下が口論となると、葉山が前世と同じ様に自らの信条、「みんな仲良く」で、この場を何とか解決しようとするも、それは却ってテニス部員からの反感を買い、更に葉山グループの相模までもがこの場に乱入し、事態は収まるどころか、ますます混乱していく。

このカオスと化した現場はテニス部の顧問が現れこの場を収めた。

だが、奉仕部+相模は無許可でテニス場に入り、テニス部の備品を使用しようとしていたのだ。

前世で八幡が裏方として色々したことを由比ヶ浜はそれを知らず、そしてそれをやらず、雪ノ下はその確認を怠った。

相模はただ、葉山と一緒にテニスをしたいと言う理由から、前世の三浦の様にテニス場に乱入しようとし、雪ノ下たち奉仕部も三浦と口論になりテニス部の昼練を妨害した。

奉仕部の三人+葉山グループの相模はその罰として放課後、校内の清掃活動として、別の意味で学校の美化に奉仕することになった。

最初の依頼、そして今日の分の罰掃除を終えた奉仕部の部室はお通夜の様に空気が重かった。

 

「ごめん、ゆきのん‥‥まさか、許可が必要だなんて知らなくて‥‥」

 

由比ヶ浜が雪ノ下に今回の依頼失敗について、素直に謝罪する。

この場には八幡は居ないので、彼に責任をなすりつけることが出来ない。

それ以前に八幡ならば、こんなミスはしない。

 

(全くだ、バカなお前のせいで俺も雪乃ちゃんも処罰されたんだぞ!!)

 

葉山は心の中で、由比ヶ浜を罵倒する。

しかし、実際に口で言わない所あたり、この男の度量の小ささが伺える。

それに今、彼女をグループから追放すれば、きっと由比ヶ浜は雪ノ下に泣きつくだろう。

そうなれば、自分が奉仕部から追放されるので、それを恐れた葉山は自分のグループから由比ヶ浜を追放したい気持ちを必死に抑え込んだ。

 

「いいえ、今回の件については、確認を怠った私にも責任はあるわ‥‥」

 

雪ノ下は今回の件については、自らの行いに反省の色を示した。

これがもし、由比ヶ浜ではなく、八幡だったら、きっと自らの過ちを認めず、ボロクソに彼を罵倒し、責任をなすりつけていただろう。

 

「それで、葉山君、貴方からは何か言うことがないのかしら?」

 

次に雪ノ下は葉山に声をかける。

 

「な、何の事かな?」

 

「とぼけないで、元々は貴方が相模さんと一緒にあんな提案をしなければ、こんな大事にはならなかったのよ。それについて、貴方はどう思っているのかしら?」

 

「そ、それは‥‥」

 

「貴方があんな提案をしたせいで、私たちは引き際を見誤り、こんなことになったのよ」

 

「お、俺はみんなが仲良くなればと思って‥‥」

 

「その結果がこれ?」

 

「‥‥」

 

「まったく、バカは死ななきゃ治らないって言うけど、どうやら一度死んでも、貴方のその性格は治らなかったみたいね」

 

(くそっ、なんで俺がこんな目に‥‥こういう役目はヒキタニの役割だろう)

 

葉山は自らが存在を消してしまった八幡のせいにしながら、雪ノ下の罵倒に耐えていた。

この後世における彼のミスとして、八幡が存在していないこと、

由比ヶ浜が自らと同じ転生者であり、雪ノ下と深く関わりを持ってしまったこと、

そして、由比ヶ浜自身が特典で前世よりも知能が上がっている筈なのに、努力を一切せず、知能が段々と前世の様に落ち始めており、それに由比ヶ浜自身が気づいていないこと、

それらの前世と異なる要素がこの先、葉山を‥‥奉仕部を苦しめることになる。

 

罰掃除の姿は、放課後何人もの生徒に見られ、クラスでは、何故葉山や由比ヶ浜、そして学年首席とされる雪ノ下が放課後掃除しているのか不思議がられたが、その実情がテニス部の部員から伝わりクラスでもヒソヒソと噂されるようになった。

しかし、人の噂も七十五日と言うが、常に新しい情報に飢えている高校生たち‥‥七十五日も経たず、数週間もするとその噂は消えた。

苦いスタートで出発した後世奉仕部であった。

 

 

奉仕部が最初の依頼で大失敗した頃、南洋では、ヒンデンブルクと晴風が行方不明になった学生艦の捜索活動をしていた。

その晴風の浴室では、砲雷科のクラスメイトたちが気持ち良さそうに入浴をしている。そんな中、万里小路が何かに気づき立ち上がる。

小笠原は、どうしたのかと訊ねと、

 

「お無くなりになります」

 

と呟くと、浴室のシャワーの水が全て止まる。

まるで、予言していたかのように‥‥

彼女には予知能力でもあるのだろうか?

 

「ま、まさか‥‥」

 

小笠原がもしかしてと思った通り、晴風は船上生活において死活問題である、水不足に陥った。

その頃、晴風艦橋では、艦橋組+晴風に赴いていたシュテルが海図を開いて何かを確認していた。

海図の上には何かの目印が幾つか置かれていた。

 

「マークされてあるのが、行方不明になった学生艦が目撃された位置です」

 

海図に描かれているマークは商船、漁船が目撃した行方不明になった学生艦が目撃された箇所となっている。

 

「なんだか海を彷徨っているみたいだ‥‥」

 

「陸地を目指している事は間違いないと思うんだけど‥‥」

 

「学校側からは『行方不明になった学生艦を見つけろ』って言われているんでしょう?」

 

「現在、確実に連絡が取れて、直ぐに動ける艦は少ないみたいで、他校にも捜索協力を打診したみたいです」

 

納沙がタブレットに受信した、メール画面を見せる。

そこには横須賀女子以外の海洋高校が捜索協力をしてくれる旨の内容が書かれており、その中には佐世保女子海洋学校、総武高校の名前が含まれていた。

 

(佐世保もあるんだ‥‥リンチェのアンネッタの奴、暴走していないといいけど‥‥)

 

佐世保女子海洋学校があると言うことは地中海で出会ったタラント校の駆逐艦リンチェの艦長、アンネッタの留学先であり、彼女の事だからきっと捜索に参加するだろうけど、そこで地中海の時の様に暴走して、佐世保女子の生徒たちに迷惑をかけないか心配だ。

そして、総武高校の方だが、

 

「ねぇ、納沙さん」

 

「はい?」

 

「総武高校は二年生が乗っているの?」

 

流石に一年生が乗っているとは思えず、乗っているとすれば、二年生か三年生のどちらかだと判断したシュテル。

 

「いえ、総武高校は三年生が乗艦しているみたいです」

 

「へぇ~‥‥」

 

(まぁ、あの雪ノ下が、集団生活が当たり前の海洋科に行く訳がないな‥‥)

 

シュテルは前世同様、雪ノ下は海洋科ではなく、国際教養科であると思っていた。

 

「あぁ~あ。美波さんが言っていたと通り、みんなあのネズミっぽいのにどうにかされちゃったのかな?」

 

西崎が行方不明になった学生艦の乗員は例のネズミのウィルスに感染しているのではないかと言う。

 

(テア、無事ならいいけど‥‥)

 

明乃、ミーナの話を聞く限り、駿河同様、シュペーもウィルス感染した可能性が高い。

しかし、もえかの様に一部の正常なクラスメイトたちと共に艦橋に立て籠もって、救助が来るのを待っているかもしれない。

まだテアがウィルス感染していない可能性も捨てきれない。

一刻も早くシュペーを‥‥テアを助け出したいと言う気持ちはミーナもシュテルも変わらなかった。

 

「‥‥その可能性は高いだろうな‥‥問題は、そのウィルス感染した学生艦が商船を相手に攻撃をしていないか?と、ウィルス感染者が他の商船、または陸地に上陸してウィルスを拡散させていないか‥だ‥‥」

 

シュテルは約三十人規模とはいえ、あのネズミのウィルスの拡散が風邪などのウィルスと違い爆発的に早いことから、ウィルス感染者が陸地に上がり、そこから陸の人にウィルスが感染することを危惧した。

大人しかった立石をあそこまで凶暴化させるウィルスだ‥‥何千、何万と暴徒が量産されればそれこそ、荒廃した世紀末世界みたいな惨状となる。

 

「取り敢えず、この海域を捜索してみるしかないですね」

 

そんな中、艦橋にある報告が来た。

それは、浴室のシャワーが止まったと言う報告だった。

 

(シャワーの不具合ならいいけど、水不足となると厄介だぞ‥‥)

 

報告を聞いてシュテルはシャワーだけの不具合ならば、マシだと思う。

去年、ヴィルヘルムスハーフェン校での交換留学の際、最初の航海でわざと遭難した時の遭難生活時、いつ戻れるか分からなかったため、ヒンデンブルクでは徹底した節約生活が行われ、水に関しては命のかかわる問題なので、節水も当然行われた。

一応、ヒンデンブルクには海水を蒸留して真水にする機械もあるのだが、その機械を動かすにも電気を使い、電気を使うとなると、燃料を消費する‥‥

疑似とは言え遭難中は補給がいつ出来るか分からない状況下だったので、生活水には海水を使用することもあった。

そんな海水生活が晴風にも待ち構えている可能性が出てきたのだ。

 

(髪の毛や皮膚が弱い子には厳しい生活になるな‥‥)

 

(だが、これも一つの経験だな‥‥潜水艦クラス‥‥トゥルーデ先輩たちはもっと過酷な環境下で航海していたからな‥‥)

 

海上艦は兎も角、潜水艦クラスは最初から湯船もなければ、シャワーもない環境で何日間も航海するのだから‥‥それに比べると海水とは言え、シャワーも湯船もある海上艦は贅沢な方だ。

清水タンクの様子を見に、明乃と真白が艦橋を降りていく。

 

(まぁ、いざとなれば、こっちの生活水を分ければいいか‥‥蒸留装置はしばらくフル稼働だな)

 

そう思っていると、シュテルの携帯が鳴る。

 

Prrrrr‥‥

 

「ん?ジークからか‥‥」

 

ディスプレイを見ると、それは機関長のジークからだった。

 

「もしもし、どうしたの?ジーク」

 

「艦長、大変や!!」

 

「えっ?何かあったの?」

 

「蒸留装置が故障してしもうた!!」

 

「えっ?」

 

「せやから、次の補給まで節水生活になりそうや‥‥」

 

「節水‥‥それって‥‥」

 

「‥‥海水‥生活やな‥‥」

 

「‥‥修理はできないの?」

 

「修理に必要な応急用の部品も足りひん」

 

「‥‥」

 

まさか、晴風よりも先にヒンデンブルクの方が海水生活決定となってしまった。

 

「あれ?碇艦長、顔色が悪いけどどうしたんですか?」

 

鈴がシュテルの顔色が悪くなっているのに気づき、声をかける。

 

「あ、ああ‥‥艦内の蒸留装置が故障して‥‥こっちは当分、節水‥‥海水生活になった‥‥」

 

「あぁ~‥‥それは‥‥何というか‥‥」

 

「ご愁傷様です」

 

鈴が気まずそうに言い、西崎は、はっきり言った。

 

その頃、艦底部にある清水タンクを見に来た明乃、真白、納沙、応急委員の和住と青木の五人。

タンクのメーターをみると、水量は残り僅かだった。

 

「異常は見当たりません。タンクの修理はしたはずなんだけど‥‥」

 

「何処からか漏れていたみたいっす」

 

タンクの修理はしたものの、何処かで水が漏れていたようだ。

 

「艦長、ヒンデンブルクから水を分けてもらえませんか?」

 

和住が明乃に水をヒンデンブルクから分けてもらえないかと訊ねる。

 

「分かった。シューちゃんに聞いてみるね」

 

明乃は内線電話で艦橋に電話を入れる。

そして、そこで鈴からヒンデンブルクでも水不足である事実を知る。

 

「‥‥そう、分かった。ありがとう」

 

「どうでした?」

 

「‥‥残念だけど、ヒンデンブルクの方でも蒸留装置が故障して水を提供する程の量の余裕がないみたい」

 

「補給を要請するしかないですね」

 

「うん、そうだね」

 

「補給が来るまで節水だな」

 

「ココちゃん、天気図見てくれる?」

 

「はい」

 

節水生活が始まると言うことで、雨水を溜める必要があるので、この近くの降雨海域へ赴くことにした。

 

 

「はぁ~海水生活か‥‥」

 

海水生活をするのも船乗り生活ではある意味経験なので、この機会に彼女たちにはその経験を積んでもらおうと思うシュテルだった。

ただ、自分たちも晴風クラスと同じく節水、海水生活となったが‥‥

 

その後、明石、間宮に連絡を入れると、補給が来るのにあと五日後の予定となった。

シュテルはその後、晴風クラスに節水生活のやり方を教授した。

 

五日間の節水生活が始まったヒンデンブルクと晴風‥‥

節水生活三日目、晴風の医務室では‥‥

 

「あぁ~喉渇いた~」

 

勝田が医務室のベッドで横になりながら愚痴る。

 

「ラムネを飲めばよかろう」

 

「もぉ~飽きたぞな~!」

 

「そうか」

 

「太るしね~」

 

美波はパソコンを打ちながら、勝田にラムネを飲めばいいだろうと返すが、勝田は、ラムネはもう飽きたと言い、宇田は太ると言う。

年頃の女子はどこの世界でも体重を気にするものだ。

 

「お水を使わないメニューって何かあったかな~?」

 

教室では、伊良子、杵崎姉妹、和住、青木の五人が節水を呼び掛けるポスターなどを制作していた。

その過程で、伊良子、杵崎姉妹の三人は水をあまり使用しない献立を考えている。

 

「トイレ、どうするっす~?」

 

「えぇ、嘘!?トイレ禁止なの!?」

 

「トイレを流すのは海水を使うから大丈夫だよ」

 

「ああ、そっか~」

 

杵崎姉妹は、トイレが禁止になるのかと心配するが、和住は、問題ないと言う。

どうやらトイレは問題なく使えるようだ。

しかし、この時、彼女たちはトイレの水を海水にすることのリスクを知らなかった。

 

「あんなにトイレットペーパー買い込んだのに‥‥」

 

オーシャンモールで、あんなに苦労して買い込んだトイレットペーパーが無駄になった気分になる。

節水を呼び掛けるポスターや貼り紙が完成し、それを貼りに行った。

その頃、トイレでは‥‥

 

「ヒイィィィー!!誰だ!塩水使ったのは!出てこい!!」

 

まだ海水を使うと言う知らせが行き届いておらず、それを知らないでトイレに入った黒木が、ウォシュレットを使うと、ウォシュレットからは真水ではなく海水が飛び出てきた。

海水は黒木のデリケートゾーンには合わなかったみたいで、黒木は海水が使用されていることを知らないので、艦内でドッキリ企画でもしていると思い、大声をあげる。

トイレで黒木が叫んでいる中、トイレの外に居て、彼女の怒声を聞いた和住たちは、やってしまったと言った表情をする。

そして、もしも自分たちのデリケートゾーンが海水と肌が合わなかったら、黒木と同じ運命を辿ることを今になって気づいた。

 

初めての海水生活は、トイレを使用した黒木以外にも、

 

「クロちゃんの話、聞いた?」

 

「うぃ」

 

晴風の浴室の脱衣所では、立石と西崎が入浴をしようと制服を脱いでいた。

そして、身体にバスタオルを巻き、シャンプー、リンス、ボディーソープが入った防水バッグを手に浴室に入ろうとしたら、扉には、『本日より浴槽とシャワー。海水を使用』と書かれた貼り紙が貼られていた。

 

「あっちゃ~」

 

「うぅぅ~‥‥」

 

「三日ぶりなのに‥‥洗うべきか!?それとも洗わざるべきか!?」

 

水が無くなる時、浴室には砲雷科のクラスメイトらが居たのだが、当時、当直時間であった西崎と立石はお風呂に入れなかった。

そして、やっとやってきた入浴時間‥‥

しかし、使用されている水は真水ではなく、海水‥‥

三日ぶりに入れる風呂‥‥だが使用されているのは海水‥‥ここは諦めて、補給が来るまでお風呂を我慢するか、それとも海水でも我慢して入るか‥‥二人は悩みに悩んだ末、海水風呂に入ることにした。

やはり年頃の乙女‥‥体重もそうだが、体臭だって気になるのだ。

 

その結果‥‥

 

「なんじゃ?その頭は?」

 

入浴を終えた二人は、食堂で納沙、ミーナと共にラムネを飲んでいた。

二人の頭は、バスタオルで拭き、ドライヤーをかけたにも関わらず、爆発し、髪の毛がボサボサの状態だった。

ミーナは、二人の頭について訝しむような表情で訊ねる。

 

「見事に爆発しちゃったね」

 

「うん‥‥」

 

髪の毛がボサボサになったことがショックだったのか、二人とも目が死んだ魚みたいになっており、沈んでいる。

そんな二人の傍を、

 

「髪は女の子の命ですのに‥‥」

 

万里小路が通り過ぎる。

彼女も二人と一緒に海水風呂に入ったにもかかわらず、万里小路の髪は全く痛んでおらず、むしろサラサラしていた。

 

「キラキラ‥‥」

 

「あれ?なんで?」

 

「知るか!」

 

同じ海水風呂に入ったのに髪が痛んでいない万里小路を見て、立石と西崎は信じられないと言った表情をする。

 

「鯖の水煮にトマトの水煮~」

 

「ミックスベジタブルに乾パン‥‥」

 

「見事な缶詰料理だな~おい」

 

「贅沢言わない」

 

「まっ、しょうがないよ、食べよ」

 

「一雨降らねぇかな~」

 

別の席では機関科のクラスメイトたちが昼食を摂っていたが、節水の為、食事の内容は専ら缶詰めと乾パンだった。

しかし、もう三日目、三食とも缶詰め、乾パンでは飽きる。

食事に関しても不満が募りだしてきた。

 

洗濯室では航海科のクラスメイトたちが自分たちの洗濯物をジッと見ていた。

 

「どうしよう‥‥」

 

「パンツが潮の香りって嫌だよねぇ~」

 

「なんかねぇ~‥‥」

 

飲み水以外の生活水全てが今は海水を使用している。

当然、洗濯に使用する水も海水だ。

洗剤と柔軟剤を使用してもすすぎは海水なので、塩の匂いがどうしても残る。

その為、海水で衣類を洗うことに躊躇したり嫌がったりする生徒は少なくない。

特に下着類を海水で洗う事に関しては、多くの生徒が嫌がっていた。

 

その頃、ヒンデンブルの艦橋では‥‥

 

「おぉ~今日もシュテルンの髪の毛は鳥の巣みたいになっているねぇ~」

 

シュテルの今の髪の毛を見て、ユーリが笑いながら言う。

シュテルの髪の毛も西崎や立石と同じく海水で髪の毛を洗い、爆発した状態だった。

一方、ユーリは元々くせ毛なので、海水で髪の毛を洗って爆発しても大して変わらない。

 

「別に晴風とヒンデンブル以外の人に見せる訳じゃないからいいんだよ。海じゃあ格好を気にしていたら生きていけないのは経験済みな筈だ」

 

「まぁ~それはそうだけどさぁ~‥‥ぷっ、やっぱり、今のシュテルンの髪の毛を見るとね‥‥」

 

ユーリはクルっと向きを変え、腹を抱えて笑う。

 

「ちょっと、ユーリ、失礼だよ」

 

クリスがユーリを嗜める。

 

「いや、ごめんね、シュテルン‥‥けど、実際笑っちゃうだろう?もしも立場が逆だったらシュテルンだって腹抱えて笑いこけているよ」

 

「‥‥」

 

爆発ヘアーのシュテルを見て笑っているユーリをシュテルはジト目で見ていた。

 

「艦長、気になるようでしたら、私が髪をとかしますけど?」

 

メイリンが櫛を手にシュテルの髪の毛を梳かしてくれると言う。

 

「それじゃあ、よろしく」

 

「はい」

 

シュテルは椅子に座り、メイリンは後ろから櫛でシュテルの髪の毛を梳く。

その光景を見て、クリスとユーリは、

 

((おのれ、メイリン!!美味しいところをもっていったな‥‥))

 

シュテルの髪の毛を梳くメイリンを背後から睨むクリスとユーリだった。

 

「はい、出来ました」

 

「ありがとう、メイリン」

 

「いえいえ」

 

髪の毛を梳いてもらったシュテルの髪は鳥の巣から元通りになっていた。

 

(でも、また海水シャワーを浴びたら鳥の巣に戻るんだけどね‥‥)

 

しかし、真水の補給が出来るまで入浴は海水シャワーを浴びる訳なので、それを浴びたら再びシュテルの髪の毛はまた鳥の巣に戻るので、焼け石に水だった。

 

「艦長、前方に濃霧!」

 

「航海長、針路そのまま。晴風と共に霧の中に突入する。操艦には慎重にな」

 

「了解しました」

 

雨水を求め、ヒンデンブルと晴風は濃霧の中に入る。

 

「航海灯及び探照灯を点灯」

 

濃霧内の航行なので、他船との衝突を防ぐために明かりを点け、自艦の存在をアピールする。

同じく晴風も明乃の指示で勝田が探照灯で辺りを照す。

 

「霧笛を鳴らせ」

 

ボォォォォォー!!

 

濃霧の中、ヒンデンブルの汽笛が不気味に響く。

真っ白な空間を進んでいると、

 

ポタ‥‥ポタ‥‥

 

甲板に空から雫が落ちてくる。

 

「艦長、雨が降ってきたみたいです」

 

「よし、手空きの者はバケツにタライ、洗面器を持って甲板に集合!!水を溜めつつ、天然のシャワータイムだ!!」

 

ヒンデンブル、晴風のクラスメイトたちにとっては恵みの雨が降り、手空きのクラスメイトたちは雨水を貯めるバケツや洗面具を持ち、甲板に出ると、久しぶりに真水で頭を洗ったり、顔を洗い、そして雨水を貯める。

だが、しばらくすると。海は荒れ始め、雷が鳴りはじめる。

 

「もう少し、水をためたかったけどな‥‥」

 

荒れている海を見ながら呟くシュテル。

荒天下で下手に甲板に出ると、波に攫われる危険がある為、ヒンデンブルでも晴風でも荒天を脱出するまで上甲板の立ち入りは禁止された。

 

一方、晴風では、

 

「荒天につき上甲板の通行を禁止します」

 

八木が艦内に放送を流し、宇田とマチコが洗濯籠を持ち、通路を歩いていた。

すると、反対側から若狭と伊勢がやってきた。

宇田とマチコは壁側により、若狭と伊勢が通り過ぎるのを待つ。

若狭は宇田とマチコの前をすんなりと通り過ぎることが出来たのだが、胸が大きい伊勢と背が低い宇田‥‥伊勢の胸は宇田の顔面とちょうど同じ位置にあり、伊勢の胸が宇田の顔面を押し付けてしまう形となった。

 

「あっ、ごめん、うーん‥‥」

 

「ぷはっ‥‥」

 

何とか、通り抜けた伊勢は宇田に謝罪した後、通路を歩いていった。

 

(こりゃあいい‥‥癖になりそうだ‥‥)

 

伊勢はすまなそうにしていたが、宇田の中で何かが目覚め、これ以降、何故か彼女は狭い通路をやたらと通るようになった。

 



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77話

はいふりの映画見てきました。

伏線と思えるような場面もあったので、二期がやってくれたらと思います。


清水貯蔵タンクからの水漏れで晴風は水不足となり、ヒンデンブルクは蒸留装置が故障して、節水生活となった。

そこで、両艦は真水を確保するため、降雨海域へと針路をとる。

甲板上に沢山のバケツ、タライなどの水を溜められる容器をズラッと並べ雨水を確保し、ここ数日海水シャワー、海水風呂ばかりだったヒンデンブルク、晴風のクラスメイトたちは空から降る雨を利用して久しぶりに真水の天然シャワーを堪能する。

しかし、時間が経つにつれ、雨の量は増え、勢いも強くなり、海の方も波が荒れ始めた。

これ以上、甲板で雨水を貯めるのは危険だと判断され、クラスメイトたちは早々に撤収した。

 

「降雨帯に入ったと思ったら、低気圧の中に入り込んだみたいだ‥‥」

 

荒天下の中、ヒンデンブルクの艦橋で呟くシュテル。

雨水を貯めるために入り込んだ降雨帯はスコールではなく、低気圧から発生した降雨帯だったみたいだ。

外は雨も激しく、波も高くなり、しまいには雷まで鳴り響く。

荒天を抜けるまで上甲板の通行が禁止になるぐらいの激しい嵐となる。

 

(海上生活に慣れていないと、確実に船酔いするな‥‥)

 

この波の強さから、いきなり船乗り生活をした者であるならば、船酔いで潰れるだろうと思うシュテル。

 

「雷まで鳴ってきたよ‥‥アンテナに落ちないといいけど‥‥」

 

レヴィが舵を握りながら不安そうに呟く。

 

「それもあるけど、艦の操艦には十分に注意して‥‥艦の安定を保つように‥‥大きな横波を受けると、戦艦とは言え、危険だからね」

 

「了解」

 

シュテルはレヴィに指示を出したのち、荒れている海をジッと見る。

 

(そう言えば、ミケちゃんは雷が苦手だった筈だけど、大丈夫かな?)

 

(‥‥とは言え、最後にあったのは互いに小学生低学年の頃だったし‥‥もう高校生だから、さすがに克服したかな?)

 

昔、広島の呉で明乃ともえかと出会った時、明乃は雷が苦手な事を聞いていたシュテルは、雷鳴が轟くこの現状で、明乃の精神が大丈夫なのか心配になった。

でも、あの時は互いに小学生低学年であり、今の明乃は高校生なのだから、雷ぐらいは既に克服しているだろうと思うシュテルだった。

 

その頃、晴風の艦橋では‥‥

 

「す、凄い‥‥」

 

鈴が舵を握りながら、外の荒天を見て呟く。

しかし、怖がっている様子はないので、嵐は鈴の恐怖の対象外の様だ。

一方、鈴とは裏腹に彼女と共に当直に当たっていた明乃の方が、顔色が悪い。

 

「岬さんどうかしたの?具合でも悪いの?」

 

双眼鏡を持つ手がカタカタと小さく震えており、明乃は何かに怯えている様子だった。

心配になった鈴が明乃に声をかける。

 

「う、うん、ちょっと‥‥」

 

ピシャア!!ゴロゴロ‥‥!!

 

明乃が答えた瞬間、雷が鳴った。

 

「いやぁぁぁぁぁー!!」

 

すると、明乃は悲鳴を上げしゃがみ込む。

 

「み、岬さん?」

 

明乃のこれまで見たことのないぐらいの怯え方に戸惑う鈴。

 

「ご、ごめん、私‥もう‥‥当直代わってもらってくる!!」

 

「えっ!?ちょっ、岬さん!?」

 

明乃は逃げるように艦橋から出ていく。

鈴は追いかけたくても舵を握っているので、今この場からは動けない。

 

「ど、どうしよぉ~」

 

一人、艦橋に取り残された鈴は明乃を追いかけることもできないし、操艦中なので、内線電話をかけることもできない。

彼女の声が空しく艦橋に響いた。

 

艦橋を後にした明乃は雷鳴が鳴るたびに悲鳴を上げながら階段を下りて行く。

まるで雷から逃げるかのように‥‥

上甲板に出なかったあたり、まだ冷静さは若干、残っているみたいだ。

明乃が走るその先では、洗面所で歯を磨いているマチコと等松、伊良子の三人がいた。

 

「いやーん、マッチカッコイイ~!!」

 

歯を磨いているマチコの姿を見て、悶える等松。

その瞬間、再び雷が鳴る。

 

ピシャア!!ゴロゴロ‥‥!!

 

「きゃああああー!!」

 

明乃は悲鳴を上げながらマチコに抱きつく。

 

「ああぁ~!!私のマッチがぁ~!おのれ~!!そこになおれ!!」

 

「まぁ、まぁ、ミミちゃん落ち着いて‥‥」

 

等松がマチコに抱き着いている明乃に文句を言いながら、明乃を引きはがそうとするが、伊良子に羽交い締めにされた。

 

「ふぁ、ふぁんちょう?(か、艦長?)」

 

歯ブラシを口に咥えながら、いきなり自分に抱き着いてきた明乃に戸惑うマチコ。

 

その頃、真白の部屋では、

 

「まゆげ抜くんも」

 

「同じことなんでぇい!」

 

納沙とミーナが真白の部屋にあるテレビで任侠映画のDVDを見ていた。

 

「ここえぇよなぁ~」

 

「激しく同意であります!」

 

「どうして私の部屋で見るんだ?」

 

「私の部屋にテレビがないんで」

 

どうやら晴風ではテレビがある部屋は限られているようで、納沙の部屋にはテレビが無いため、テレビがある真白の部屋で見るしか手がなかったみたいだ。

 

「見るか?」

 

「いい!」

 

自主勉をしていた真白にとって、興味のない任侠映画なんて見る気がない。

しかし、BGMがヤクザ口調のセリフと銃声、殺陣の効果音と言うことで、なかなか集中出来ないのも事実だ。

更にそこへ、

 

コンコン‥‥

 

新たな来訪者が来た。

 

「‥‥なんです?」

 

やや不機嫌そうな顔で来訪者を迎える真白。

すると、其処に居たのは当直中の筈の明乃だった。

 

「あっ、副長、悪いんだけど‥当直代わってもらえる‥‥?」

 

明乃は真白に恐る恐る当直を代わってもらえないかと頼む。

 

「どうしたん?」

 

「ゆうてみぃ」

 

二人は任侠映画を見ていたせいか、口調もヤクザ口調になっている。

 

「‥‥ちょっと凄くて‥‥」

 

「なにがじゃ?」

 

「ゆうてみぃ!」

 

「‥‥雷」

 

「ほうか、わかった」

 

納沙は立ち上げると、

 

「ほいじぁ、行ってくるけぇのぉ~風下には立たんけぇ」

 

と言ってジャージの上着を肩にかけると部屋を後にする。

どうやら明乃に代わり、彼女が当直を代わってくれるようだ。

明乃は落ち着くまで、真白の部屋にいる事にした。

ミーナは納沙がさっきまで座っていたベッドの脇に明乃を座らせる。

そして、気持ちを落ち着けるようにホットミルクを用意して、明乃に飲ませる。

 

「そろそろ寝たいんだが‥‥」

 

真白はこの状況下では自主勉なんて無理だと思い、二段ベッドの上段‥‥自分のベッドで本を読んでいたが、そろそろ眠くなってきたので、寝ようとしたいのだが、明乃が部屋を出ていく様子はなく、ミーナは明乃に構っている。

 

「そんなに雷が怖いのか?雷はヘソをとったりせんぞ~」

 

「雷が怖いって言うか‥‥ただ‥‥思い出すの‥‥あの日の事を‥‥」

 

明乃はポケットから懐中時計を取り出し、蓋を開けると、蓋の裏側にはまだ小さい頃の明乃と彼女の両親が写った家族写真が貼り付けられていた。

そして、ポツリ、ポツリと何故、自分は雷が苦手なのかを話し始めた。

 

まだ明乃が幼い頃、ある日家族全員で、豪華客船のクルーズ旅行に出掛けた。

しかし、その豪華客船が嵐に巻き込まれて遭難した。

乗客たちは救命胴衣を着て、デッキに避難し、救命ボートに乗ろうとする。

だが、デッキは大混乱となっており、船も大きく左に傾きますます混乱に拍車がかかる。

両親はこのまま救命ボートに乗る順番を待っていては、間に合わないかもしれない。

船の近くには救命ボートが居る。

今から海に飛び込めば、その救命ボートに救助してもらえると判断した。

 

「明乃、早く飛び込むんだ」

 

「で、でも‥‥」

 

「早く」

 

両親は明乃に救命胴衣を着せ、海に飛び込むように促す。

しかし、いくら沈み始めているとはいえ、ボートデッキから海面までまだ高さがあり、明乃が躊躇している。

そんな中、船がまた大きく傾き、明乃は自分の意志とは異なり、デッキから海に放り出される。

明乃の他にも大勢の人が海に放り出される。

その中には彼女の両親も居た。

気がつくと明乃は救命ボートに乗っていた。

明乃はブルーマーメイドに救助されたようだった。

彼女の眼前には雷が鳴り響く嵐の中、海へと沈んで行く豪華客船の姿‥‥

すると、明乃は両親が近くに居ないことに気づく。

両親の姿は明乃が乗っている救命ボートにはなかった。

 

「お父さん‥‥?‥お母さんは‥‥?ねぇ、どこ?どこにいるの?」

 

明乃は隣に居たブルーマーメイドの隊員に両親の行方を訊ねる。

 

「‥‥」

 

ブルーマーメイドの隊員は気まずそうな顔をする。

思えばデッキにいる時、両親はまだ救命胴衣を身に着けていなかった。

救命胴衣を身に着けていれば、海に浮くので救助されるはずだ。

この海域はタイタニック号が沈没した海域と異なり、海に落ちても凍死するほどの温度ではない。

救命ボートに救助されていないとなると、両親は‥‥

 

「私がもっと早く飛び込んでいたら、お父さんも、お母さんも‥‥」

 

両親を亡くした時の嵐が‥雷がトラウマとなり、明乃は雷が苦手になった。

また、両親が亡くなったのは、自分のせいだと未だに思っている。

あの時、両親の言う通り、海に飛び込んでいれば、両親は救命胴衣を身に着ける時間が出来た筈だ。

救命胴衣を身に着けていれば両親は助かったかもしれない。

自分が怖がって、海に飛び込むのを躊躇したせいで、両親は救命胴衣を身に着ける時間がなかった。

そのせいで、両親は海で溺れ死んでしまった‥‥

そんな後悔と罪悪感が幼いながらも明乃の心に傷をつけた。

その後、呉の児童養護施設に入り、そこで同じく親を亡くしたもえかに出会った。

施設暮らしをしていく中、明乃はもえかと親友となり、互いにブルーマーメイドを目指すようになった。

明乃ともえかが一緒に過ごしていく中、京都の祖父母の家に遊びに来たシュテルは、広島の呉に大和が入港することを聞いて、大和を見に行った。

何しろ、前世では戦争で東シナ海に撃沈された大和がこの後世では動いているとのことで、興味があったからだ。

シュテルは同じく大和を見に来た明乃ともえかと出会い、そこで知己を得た。

僅か数日間と言う短い時間であったが、明乃にとっては楽しい思い出だった。

ただ、あまりにも昔の事で、シュテルと再会しても直ぐに分からなかったのは、彼女の不徳の致すところであった。

 

明乃の事情を知り、真白とミーナはいたたまれない気持ちになる。

すると、部屋の伝声管から、

 

「艦長!救難信号です!」

 

納沙からの報告を聞き、明乃たちは急ぎ艦橋へと向かう。

 

救難信号は当然、ヒンデンブルクの方でも受信していた。

シュテルは総員起こしをかけ、配置につかせた。

 

「救難信号はどこから?」

 

「新橋商店街船です全長135m、総トン数14000。現在左に傾斜し、船内に浸水している模様!」

 

「乗員は無事?」

 

「全乗員552名、現在避難中とのことです」

 

「近くの船は?」

 

「私たちが一番近いみたいです」

 

「ブルーマーメイドに通報、晴風もこの救難信号は受信している筈だ。これより、本艦と晴風は新橋の救助に向かう!!」

 

ヒンデンブルクと晴風は急ぎ、遭難した新橋の下へと赴く。

 

「通信長」

 

「はい」

 

「新橋とはまだ連絡が取れる?」

 

「やってみます」

 

シュテルは遭難した新橋とまだ連絡がとれるかコンタクトを試みる。

遭難状況を一番知っているのは新橋の乗員なのだから‥‥

 

「‥‥でました!!新橋はまだ、どうにか通信可能な状態みたいです」

 

「代わって」

 

「はい」

 

シュテルは無線電話の受話器をとり、新橋商店街船の船長と連絡を取る。

 

「こちら、ドイツ・キール校所属、ヒンデンブルク、艦長の碇です」

 

「こちらは、新橋。ウルシー環礁、ファラロップ南東13マイル地点で暗礁に乗り上げました。座礁時刻は15分前、現在も船体中央部に亀裂が出来、そこから浸水しています」

 

「怪我人は?」

 

「確認できた状況で軽傷者が十数名ほど‥‥」

 

「浸水はどのくらいですか?」

 

「左舷側の下部は浸水し、機関は停止‥‥通信も照明の維持もいつ限界が来るかわかりません」

 

「艦内及び船外で火災は発生していますか?」

 

「まだ確認していません」

 

「了解。全速で救助に向かいます。ただし、そちらまでの到達時間は約五十分程かかります。それまで船長は乗員の避難誘導を続けてください。決してパニックをおこさないように‥‥それと無暗に海へ飛び込まないようにも伝えてください。」

 

「わかりました」

 

「艦長」

 

「ん?」

 

「新橋の遭難場所が分かったのですが‥‥」

 

航海科のクラスメイトが海図に新橋の遭難箇所に印をつけるが、何やら困った表情をしている。

 

「どうしたの?」

 

「新橋が遭難している場所に問題が‥‥これを見てください」

 

「ん?」

 

シュテルが海図を見ると、新橋の遭難した海域は暗礁に囲まれていた。

だからこそ、新橋は遭難したわけなのだが‥‥

 

「これは‥‥船体が大きい、ヒンデンブルクは途中までしか行けない‥‥新橋と同じ運命を辿れば二重遭難してしまう」

 

暗礁だらけの海域には、船体が大きなヒンデンブルクが無暗に近づいては、新橋と同じ運命を辿り、ブルーマーメイドに二度手間をかけることになる。

 

「‥‥晴風にこちらの現状を伝える。内火艇とスキッパーは全部投入」

 

「全部‥ですか?」

 

「そう、予備も含めて全部。現場に近づけないのであれば、すこしでも内火艇を出して、晴風クラスの手助けもする」

 

「わかりました」

 

シュテルは新橋の遭難状況について、晴風に連絡をして、ヒンデンブルクが遭難現場まで行けないことを伝えた。

その代わり、ヒンデンブルクに搭載されている内火艇とスキッパーを全て投入する旨を伝える。

 

遭難現場に向かっている最中、嵐はおさまった。

 

「低気圧は西に進んだことで嵐は収まったようです」

 

「それはなによりだ‥‥嵐の中での救助作業何て学生じゃあとても無理だ。新橋の状況は?」

 

「最後の通信ですと、船体は左舷側に大きく傾いています。傾きは、推測ですが約四十度ぐらいかと‥‥」

 

「かなり危険な状況だな」

 

「ええ、傾斜が五十度を越えると転覆する可能性がありますからね」

 

「ああ、救助を急がないと‥‥現場の指揮は‥‥」

 

「あっ、それは私が執ります」

 

救助現場での指揮については、クリスが立候補した。

 

「‥‥で、では、副長に頼む」

 

「はい、了解しました」

 

「艦長、航行可能海域、ギリギリです‥‥これ以上進むと暗礁に乗り上げる危険があります」

 

「わかった‥‥機関停止」

 

「機関停止」

 

「錨を下ろせ!!Let go anchor!!」

 

「Let go anchor」

 

嵐は西へ去ったが、まだ海流の流れが早く流されれば、暗礁に乗り上げてしまう恐れがあるので、錨を下ろして、船体を固定する。

 

 

「これより、救助活動に入る。内火艇とスキッパーを全部降ろせ」

 

「了解」

 

救助活動が始まると言うことで、ヒンデンブルクの上甲板はクラスメイトたちが内火艇、スキッパーを降ろすと言うことで、ざわつき始める。

晴風は駆逐艦と言うことで、その船体の小ささを利用して新橋までギリギリ近づき、救助活動を始める。

救助隊の指揮は、ヒンデンブルク同様、副長の真白が指揮を執っていた。

そして、その中には何故かミーナの姿もあった。

新橋まで近づくと、甲板は避難を待つ人たちでごった返しており、中には海へ飛び込む人もいた。

 

「内火艇二号は海へ落ちた人の救助、その他の艇は新橋まで行き、乗員の避難誘導!!いい、ヒンデンブルクの内火艇は定員一杯まで、乗せるのよ!!」

 

「了解!!」

 

晴風のダイバー隊は、海中に潜り新橋の船底部の損傷状況を確認し、クリス、ミーナ、真白の三人は船橋まであがり、船長に直接事情を聞いていた。

 

「晴風副長、宗谷真白です」

 

「ヒンデンブルク副長のクリス・フォン・エブナーです。それで、乗員の避難状況は?」

 

「機関部、船底部の避難は完了し、居住区の方も九割完了しています。損害状況は未だに正確なところは掴めておりません」

 

新橋の船員は船の損害確認よりも乗員の避難を優先していた。

 

「分かりました。引き続き、避難活動を続行します」

 

甲板では和住、青木らが内火艇、スキッパーへの避難誘導を行い、クリス、真白、ミーナ、砲術委員の小笠原、日置、武田たちで、船内の捜索を行う。

 

「スプリンクラーが作動していない‥‥故障か?」

 

「非常用システムがやられちゃったってこと!?」

 

スプリンクラーの他に非常灯も点いていない。

新橋のライフラインがかなりヤバいことを物語っている。

 

「ってことは‥‥」

 

「この船って‥‥」

 

「火災が起きてからでは遅いかもね‥‥早く、避難誘導をしちゃおう」

 

クリスたちはまだ居住区に残っているかもしれない人たちの捜索と避難誘導を始めた。

 

ヒンデンブルクの艦橋には救助隊から続々と報告が入る。

 

「船体は左舷中央部から亀裂が入っており、既に三区画は浸水している模様で、今後も破口からの浸水規模は大きくなるでしょう」

 

「火災の方は?」

 

「現在までに火災は確認されていませんが、非常用システムが動作不良を起こしています」

 

「晴風は新橋と接舷し、救助者をそのまま晴風に収容する模様です」

 

「わかった。晴風にはくれぐれも暗礁に気を付けるように伝えて」

 

「了解」

 

「‥‥ふぅ~」

 

「なんだか、自分も行きたいって顔をしていますね」

 

通信を終えたシュテルにメイリンが声をかける。

 

「そう見える?」

 

「はい」

 

「‥‥そうかもね‥‥みんながあそこで頑張っている中、自分は安全なところで見ているだけ‥‥それはとても悔しく、そして、クラスメイトたちを危険な場所へ送り込まないといけないことが辛い‥‥艦長って一体何なんだろうね‥‥?」

 

シュテルは腰からぶら下げているサーベルに目をやる。

 

「艦長‥‥」

 

(ミケちゃんも今、こんな気持ちなんだろうな‥‥)

 

明乃の性格上、自分同様にあの現場に行きたいと言う気持ちがあるだろう。

しかし、真白にでも言われたのだろう、明乃は晴風の艦橋で指揮を執っている。

晴風は現場に近いから、新橋の状態がより鮮明に分かる。

そんな所へクラスメイトたちを送りだしたのだから、心配にもなるだろう。

 

(みんな、無事に帰ってきてくれ‥‥)

 

シュテルは祈るように前を‥‥新橋が遭難している現場を見つめた。

 

「乗員。まもなく避難が終わります」

 

居住区を見て、もう人が居ない事を確認し、今階段を登っている人たちが甲板に出れば船内の避難誘導が終わる。

そんな中、

 

「あの‥多聞丸がいないんです」

 

「えっ?」

 

「気がついたら傍にいなくて‥‥」

 

一組の若夫婦が自分たちの家族が居ないと進言してきた。

この様子から見ると、夫婦の子供だろうか?

 

「小さい子ですか?」

 

「「はい」」

 

「捜索していないのは第五区画‥‥飲食店地区だ」

 

「よし!行こう!」

 

真白は若夫婦の言っていた子を探しに飲食店区域へと走っていた。

 

「多聞丸ちゃんは任せて!お二人は避難を!」

 

ミーナとクリスは真白を追いかけ、多聞丸を捜しに行く。

 

「乗員の避難、完了しました」

 

「晴風のタイバー隊も既に引き上げています」

 

「そうか‥‥後はブルーマーメイドの到着を待つだけだな‥‥厨房長、避難してきた人たちに温かい飲み物と軽食を配ってあげて」

 

「はい」

 

シュテルはヒンデンブルクに収容した避難民に食事と飲み物を提供するように伝える。

そんな中、

 

「艦長、追加報告で、晴風の副長、シュペーの副長、そしてウチの副長が船尾方向の捜索に向かったと報告が入りました」

 

「えっ?」

 

「どうやら、お子さんが一人、行方不明だそうです」

 

「なっ!?」

 

追加の報告を受け、シュテルは目を見開いて固まった。

その頃、今にも沈みそうな新橋では、三人の副長が多聞丸を捜していた。

三人一緒に探すよりも分かれて捜した方が効率的だと三人は飲食店区画をくまなく探す。

すると、真白が船内コンビニの出入り口に一匹の子猫を見つけた。

首にはローマ字で「TAMONMARU」と彫られた首輪をつけていた。

夫婦の子とはこの子猫だった。

真白はミーナとクリスに多聞丸が見つかった事をトランシーバーで伝えると、多聞丸を連れて、甲板に避難しようとする。

すると、通風孔から浸水した海水が溢れ、真白に迫ってきた。

 

「っ!?」

 

真白はとっさに目の前の船内コンビニの中に逃げ込んだ。

 

「艦長!新橋が沈みはじめています!」

 

「晴風は!?」

 

「曳航綱を切り、脱出しました!!」

 

「副長たちは!?」

 

「何とか脱出した模様です‥‥しかし‥‥」

 

「しかし?」

 

「‥‥しかし、まだ晴風の副長が‥‥」

 

「‥‥」

 

ミーナ、クリスの脱出は確認できたが、真白の脱出は確認できなかった。

新橋は中央から真っ二つにへし折れ、沈んで行く。

救助隊はその様子を唖然とした表情で見ていることしかできなかった。

そんな中、ようやくブルーマーメイドが現場に到着した。

現状を小笠原から聞き、隊員たちは真白の救助へと赴いた。

その頃、真白は多聞丸と共にコンビニの商品棚の上に逃げ込み、そこから、天井の通風孔のダクトを通り、上を目指していた。

 

「やっぱりついてない‥‥うっ‥‥クソッ!!」

 

だが、唯一の光源である懐中電灯の明かりが消え、やはり自分はついていない‥‥そんな人生に対して怒りが湧いてきたのか、懐中電灯を思いっきり天井にたたきつける。

 

「っ!?叩くものはない!?ハンマーでも何でもいい!急げ!!」

 

すると、新橋の船体の上から聴音装置で真白を捜していた隊員がその音を聞きつけた。

ハンマーで自分たちの存在を真白に伝えると、真白もそれに気づき、懐中電灯で天井を叩く。

そして、バーナーで船体を焼き切り、真白と多聞丸は無事に救助された。

 

「晴風の副長、無事に救出されたみたいです」

 

「そうか‥‥よかった‥‥」

 

(ミケちゃんもきっと、生きた心地がしなかっただろうけど、これで安心できたな)

 

真白の生還を聞いて、ホッと胸をなでおろすシュテル。

 

「副長!!」

 

「怪我はない?」

 

「大丈夫?」

 

「よう行きとったの、我」

 

晴風に戻った真白は明乃たちから声をかけられる。

 

「ニャー」

 

「助かったにゃ~、よかったにゃ~」

 

「なんで、猫言葉になっとる?」

 

短い時間ながらも生死を共にした真白は多聞丸と共に生還を喜ぶ。

すると、何故か彼女の口調が猫語になっていた。

 

「多聞丸。無事救助しました」

 

「ありがとうございます」

 

「どうぞ!」

 

真白は夫婦に多聞丸を差し出すが、

 

「ニャー」

 

「多聞丸‥‥」

 

多聞丸は真白の足元に擦り寄る。

 

「あの‥‥よかったら‥‥」

 

「面倒‥みてもらえますか?」

 

「艦長‥‥」

 

「いいんじゃないかな?」

 

真白は明乃に訊ねると、明乃はあっさりと了承する。

 

「‥‥わかりました、引き取らせて頂きます」

 

多聞丸は無事に夫婦の下に返されたのだが、何故か真白に懐き、夫婦はもしよければ、面倒をみてくれと言い、真白は多聞丸を引き取った。

こうして晴風に新しい仲間が加わったのであった。

水に関しても、ブルーマーメイドから分けて持ったので、間宮の補給日まで持つことから、ようやく海水生活も終わることが出来たヒンデンブルクと晴風だった。

 




各校の所属学生艦にイタリア校の学生艦を追加しました。


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78話

ヒンデンブルクにて、蒸留水装置が故障し、晴風では清水タンクに小さな穴が開き、そこから水漏れが起き、それにより両艦とも水不足の事態に陥った。

そんな中、ウルシー環礁にて、遭難した商店街船、新橋を救助することになった。

救助の最中、晴風副長の真白が一時、沈んで行く新橋に一匹の子猫と共に取り残されると言う事態になったが、救助に来たブルーマーメイドに真白も子猫も無事に救助された。

そして、子猫が飼い主である若夫婦よりも真白に懐き、子猫は真白に引き取られた。

こうして、晴風に新たな仲間が増えた。

未だにミーナの乗艦であったシュペーを含めた行方不明になった横須賀女子の学生艦を捜索しているヒンデンブルクと晴風は、水や生活物資、食料の補給を終えるとトラック諸島近海まで進出した。

 

トラック諸島は西太平洋、カロリン諸島内に位置する島々が集まり、周囲200kmに及ぶ世界最大級の堡礁と多数の環礁群があり、その中に位置する複数の火山島群からなり、248もの島々が存在する。

この島々に人類がやって来た歴史はかなり古く、西暦の紀元前だと考えられている。

史実(前世)では、スペイン、ドイツの植民地の歴史を経て第一次世界大戦後、日本が委任統治領となり、南洋庁の支庁が置かれた。

トラック諸島全域は当初、武装化は全面禁止とされていたが、1933年の国際連盟脱退、1936年のワシントン海軍軍縮条約失効などにより、加速度的に基地の整備が推進され戦略上の要衝となり、第二次世界大戦中は日本海軍の連合艦隊泊地となった。

その中には世界最大の戦艦、大和、武蔵の二艦も停泊していた。

だが、この二艦は周辺海域にて、戦いが行われているにもかかわらず、出撃することなく、泊地で停船する期間が続き、兵士たちからは『大和ホテル』 『武蔵旅館』と揶揄された。

1944年2月17日~翌18日にかけてアメリカ軍はトラック泊地へ大規模な空襲をおこなった。

この空襲で日本軍は多数の艦船、輸送船、航空機を喪失した。

沈没したそれらの艦艇は戦後、トラック諸島を訪れる観光客らのダイビングスポットとなっている。

そして、アメリカ軍はトラック泊地を空襲するも本格的な侵攻はしなかった。

理由として、ただ単に攻略に手間がかかるからだった。

これにより、艦隊、泊地、航空隊が壊滅したにも関わらず、トラック諸島は、敵中で孤立したまま終戦まで日本軍の拠点として残り、日本は敗戦までこのトラック諸島の統治を継続することが出来た。

戦後はアメリカによる国連信託統治を経て、1986年のミクロネシア連邦の独立に至る。

しかし、第二次世界大戦が起きていないこの後世では、多少歴史が異なり、史実(前世)において第一次世界大戦にあたる欧州大戦にて、日本は欧州の動乱には関わらず、ドイツ、オーストリア、オスマン帝国を中心とする同盟軍はイギリス、フランス、ロシア、アメリカを中心とする連合軍と戦い、引き分けまで持ち込み、日本がトラック諸島を植民地化することはなく、ドイツが引き続きトラック諸島を植民地化していたが、動乱の疲弊から、植民の維持が難しくなったことから、史実よりも早くミクロネシア連邦が独立を果たした。

そして現在、史実(前世)同様、このトラック諸島は南洋交通の要所となっている。

 

「凄い霧だな‥‥」

 

トラック諸島近海を航行している中、あの機雷の時みたいに霧が立ち込めていた。

シュテルが双眼鏡で前方を見渡しながら呟く。

 

「レーダーがあるけど、見張りも厳となせ」

 

そして、シュテルは双眼鏡から目を離すと、レーダーだけでなく、人の目による見張りも厳しくするように通達する。

 

「了解」

 

ヒンデンブルクの一番上の展望デッキでは、普段よりも見張り員の数を増やして、濃霧のトラック諸島近海を航行する。

すると、ヒンデンブルクのCICにて、前方からこちらに向かって接近してくる一隻の大型船の姿を捉えた。

 

「っ!?艦長!!こちらに大型船が接近中!!」

 

「所属は分かる?」

 

「‥‥ダメです!!詳しい所属までは‥‥」

 

「ビーコンを出していないと言うことはもしかして、民間船舶と言う可能性も‥‥」

 

「‥‥」

 

シュテルは判断を下せず、暫し様子を見ることにした。

ヒンデンブルクの先頭を航行する晴風の方でも、接近してくる大型船の事を当然探知していた。

 

「はっ!?」

 

それをいち早く見つけたのは、マストの上の見張り台にいるマチコだった。

 

「正面に艦影!!」

 

「レーダーでも捕捉しました!!」

 

マチコの報告に次いで、宇田も艦橋に報告を入れる。

 

「距離は?」

 

「距離、13マイル」

 

「所属、艦影は詳しくわかる?」

 

明乃はマチコに接近中の大型船の詳しい情報を求める。

 

「うーん‥‥」

 

マチコは眼鏡をはずし、目を細めて前方を睨む。

 

「あっ、あれは‥‥!?」

 

そして、マチコは接近中の大型船の正体を突き止める。

 

「‥‥二連装砲主砲‥‥それにあの艦橋の形は‥‥接近中の大型船は金剛型です!!」

 

「金剛型!?」

 

「つぐちゃん、ヒンデンブルクにも伝えて」

 

「りょ、了解」

 

明乃は八木に接近中の大型船の正体を伝えるように言う。

そして、八木はヒンデンブルクに接近中の大型船の正体が金剛型の学生艦であることを伝える。

 

「金剛型!?」

 

「確か行方不明になった横須賀女子の学生艦の中には金剛型の学生艦‥比叡が含まれていた筈‥‥」

 

「ですが、他の海洋学校にも金剛型はありますし、横須賀女子が他校にも捜索協力をしていましたし‥‥」

 

「でも、ビーコン切っている辺り、疑った方がいいかも‥‥」

 

まだ、接近中の大型船が行方不明になっている横須賀女子の比叡の可能性もあるが、真雪が他校にも捜索協力を依頼しており、比叡‥金剛型の姉妹艦である金剛は呉海洋女子、榛名は舞鶴海洋女子、霧島は佐世保海洋女子に所属している。

接近中の大型船が横須賀女子の比叡の可能性もあるが、もしかしたら他校の金剛型の可能性もある。

しかし、シュテルは相手がビーコンを切っていることから、比叡の可能性が高いと踏んでいた。

 

「金剛型、右30度、方位角70度、針路変わらず」

 

そうしている間にも金剛型の学生艦はこちらに向かって接近してくる。

すると、霧の中から金剛型の学生艦が姿を見せる。

霧の中から現れた金剛型の学生艦は船体に赤い迷彩模様が施されていた。

 

「赤い迷彩‥‥間違いない!!アレは横須賀女子の比叡だ!!」

 

双眼鏡で霧の中から現れた金剛型の学生艦を見て行方不明になっている横須賀女子の比叡であることを確認したシュテル。

 

学生艦は学校によって、異なる色の迷彩色が施されていた。

 

横須賀女子は赤、

 

呉女子は青、

 

舞鶴女子は黄、

 

佐世保女子は緑、

 

この迷彩色でそれぞれの学校の学生艦を分けていた。

そして、今まさに接近してくる金剛型の学生艦には赤い迷彩が施されていることから、間違いなく横須賀女子の比叡だった。

 

「まさか、こんなところに比叡がいるなんて‥‥」

 

晴風から連絡を受け、双眼鏡で接近中の比叡を確認して呟くシュテル。

 

「横須賀女子とブルーマーメイドに連絡」

 

「了解」

 

そして、シュテルは急ぎ、横須賀女子とブルーマーメイドに比叡についての情報を送るように伝える。

 

「比叡の主砲が旋回しています!!」

 

その最中、比叡の前部にある主砲が動いている。

第一主砲は晴風に、第二主砲はヒンデンブルクを狙っている。

そして、比叡は発砲した。

 

「比叡発砲!!」

 

晴風は取り舵をきり、左に回避する。

ヒンデンブルクは回避運動をすることなく、そのまま直進し、前方に着弾する。

とっさの発砲で正確な照準をする暇がなかったのだろう。

比叡が撃った砲弾はヒンデンブルクに当たることなく、近くの海に着弾した。

 

「比叡が発砲してきたと言うことは、比叡の乗員も‥‥」

 

いきなり発砲してきた比叡を見て、クリスにはある可能性を口にする。

 

「ああ、例のウィルスに感染しているな‥‥」

 

伊201は除くとして、晴風から聞いた猿島の件、そしてヒンデンブルクも遭遇したシュペーの件を見て、通信もなく、いきなり発砲してきた比叡の行動から、比叡の乗員もやはり例のウィルスに感染しているものとみて間違いないと判断する。

 

「艦長、ブルーマーメイドから通信です」

 

「ん?内容は?」

 

「近くの部隊が到着するまで、可能な限り比叡を捕捉し続けよ。ただし、晴風、ヒンデンブルクの安全を優先とせよ‥‥です」

 

「そのブルーマーメイドの到着予想時間は?」

 

「およそ、四時間です」

 

「四時間!?」

 

ブルーマーメイドの到着までの時間を聞いて思わず声が裏返るシュテル。

 

「それに安全優先って言っても四時間も比叡を捕捉なんて‥‥」

 

ブルーマーメイドの到着の四時間の間、戦艦であるヒンデンブルクは兎も角、駆逐艦である晴風が捕捉し続けるのは困難である。

比叡の主砲はシュペーの28㎝砲よりも大きい、35.6㎝砲である。

十分晴風には脅威である。

 

(晴風には荷が重すぎる‥‥)

 

「晴風には至急、退避するように伝えて!!比叡はこのまま本艦が追尾する!!」

 

シュテルは一旦、晴風をこの場から遠ざけることにした。

ヒンデンブルクからの通信は晴風にすぐに伝えられる。

 

「艦長、ヒンデンブルクから、『晴風は至急、現海域より離脱せよ』と通信が入っています」

 

「‥‥」

 

ヒンデンブルク‥‥シュテルからの通信を受け、明乃は自身の無力さを感じる。

シュテルに協力を申し込んだにも関わらず、こうして比叡を前にして逃げることしか出来ないなんて‥‥

これでは何のため、協力を頼んだのか分からない。

明乃は親指の爪を噛む。

とは言え、比叡の初弾を取り舵で躱し、晴風は現在、比叡に背を向けている。

シュテルとしてはこのまま晴風にはこの海域を脱出してもらいたかった。

 

「一度、比叡の横を通り抜け、その後、反転し、比叡を追う。機関全速」

 

「了解、機関全速」

 

ヒンデンブルクは一度比叡をやり過ごした後、背後から比叡を追跡することにした。

比叡の右舷側を通り抜ける際も比叡の左舷側の副砲、機銃、高角砲がヒンデンブルクに向かって火を吹くが、ヒンデンブルクも副砲、高角砲、機銃で応戦する。

その後、ヒンデンブルクは旋回して比叡の後方につける。

しかし、その最中、あまり悠長に出来ない事態が起きた。

 

「艦長、大変です!!」

 

シュテルの指示通り、この海域から退避するか迷っていた明乃に納沙が、ある事に気づく。

 

「比叡がこのままの針路、速度で航行すると、三時間後には、トラック諸島に到達します!! 」

 

「えっ!?」

 

「なっ!?」

 

納沙の報告に晴風の艦橋の空気が凍る。

何と比叡が向かう場所には南洋における最大の交通要所、トラック諸島があった。

 

「トラックって確か‥‥」

 

「はい、居留人口は一万人を超えます。おまけに海上交通の要所なので一日平均千隻以上の船舶が出入りします」

 

「そ、そんなところに比叡が入り込んだら‥‥」

 

「大パニックになるし、トラック、そして出入りする船を介して、ウィルスが世界中に蔓延しちゃう‥‥」

 

もし、ウィルス感染した比叡がトラック諸島に入ると、そこにいる民間船舶に対して無差別に砲撃し、トラック諸島は大混乱となる。

さらに感染力が早いあのウィルスが感染している比叡の乗員を媒介に、トラック諸島に住んでいる住人、さらにトラック諸島を出入りしている船舶の乗員がウィルス感染し、そこから世界中にこのウィルスが広がる危険‥‥パンデミックの危険があった。

しかし、切り札であるブルーマーメイドがこの海域に到着するのは四時間後‥‥一時間の差で比叡はトラック諸島に到達してしまう。

もし、トラック諸島から世界中にこのウィルスが広がったりしたら、シュテルが予見した通り、人々は理性を失い凶暴化し、暴力が世界を支配する覇王が存在する世紀末世界に似た光景が広がるだろう。

比叡がトラック諸島に到達する前に比叡をここで止める必要性が出てきた。

 

「‥‥ヒンデンブルクの碇艦長に通信!!」

 

明乃はある決断をし、ヒンデンブルクに通信を入れる。

 

「比叡がトラックに!?」

 

晴風からの通信を受け、比叡がトラック諸島に向かっていることを知り、晴風の艦橋同様、ヒンデンブルクの艦橋も空気が凍る。

 

「まずいよ、シュテルン」

 

「ああ、限りなくマズい‥‥」

 

「艦長、晴風から追加の通信です」

 

「ん?」

 

晴風からの通信文を通信員から手渡され、その内容に目を通す。

 

「むっ‥‥うーん‥‥」

 

しかし、その電文を見て、シュテルは顔を歪める。

 

「どうしたの?シュテルン」

 

「晴風からは何と?」

 

「‥‥ブルーマーメイドの到着まで晴風が囮となり、比叡をトラックから引き剥がすと‥‥」

 

「そんなっ!?」

 

「それは危険じゃあ‥‥」

 

「‥‥晴風に無線電話を繋いでくれ」

 

「は、はい」

 

シュテルは無線電話で明乃と直接話すことにした。

 

「ミケ‥あっ、いや、岬艦長、貴女の作戦は聞きました。ですが、賛同しかねます」

 

「何故ですか!?碇艦長」

 

「あまりにも危険すぎます!!囮として引き付けると言うことは、晴風は比叡の攻撃を一方的に受けるってことですよ!!晴風にとって比叡の35.6㎝砲はシュペー以上に脅威なんですよ!!」

 

「わかっています。しかし、ブルーマーメイドの到着まで比叡を引きつけなければ、比叡がトラック諸島に到達し、そこからウィルスが世界中に広がってしまいます!!多少の危険は覚悟の上です!!」

 

「し、しかし、晴風乗員、全員を危険に晒すわけには‥‥」

 

「大丈夫です!!鈴ちゃん‥‥うちの航海長は逃げることに関しては天下一ですから、ねぇ、鈴ちゃん」

 

「えっ?わ、私っ!?」

 

突然、会話を振られてビクッとする鈴。

 

「碇艦長、悠長に会話をしている暇はありません!!」

 

「うっ、うーん‥‥」

 

確かに明乃の言う通り、この場で悠長に会話している暇はない。

こうしている間にも比叡はトラック諸島を目指している。

 

「‥‥わ、わかりました‥‥ですが、決して無茶はしないでください」

 

「はい!!」

 

こうして晴風は比叡をトラックから引き離すための囮行動をとることになった。

 

「比叡をトラックから引き離すとして、具体的にどうする?」

 

真白が明乃に内容を訊ねる。

 

「比叡にちょっかいをかけて、このまま比叡を晴風にひきつけ、晴風自身をトラックから遠ざかる」

 

明乃は作戦指示を下す。

 

「追尾と比べると被弾の危険性が格段に上がりますが、それでもやりますか?」

 

「それでもやるしかないよ!!足はこっちの方が早い、そこに鈴ちゃんの操艦が加われば、十分に可能だよ」

 

「‥‥大丈夫か?航海長」

 

「う、うん!!逃げるなら任せて!!」

 

「鈴ちゃん、蛇行しながら航行して!!後部、二番、三番砲塔、射撃用意!!比叡を挑発して!!」

 

比叡を引きつける為、晴風は後部の二番、三番砲塔を比叡に向けて発射して、比叡を挑発する。

そして、晴風自身は蛇行をしながら比叡の砲弾を回避する。

晴風を攻撃する比叡の後ろからはヒンデンブルクが追いかけてくる。

比叡は後ろから迫ってくるヒンデンブルクに対して三番、四番砲塔で攻撃してくる。

 

「比叡発砲!!」

 

「大丈夫だ。ヒンデンブルクの装甲なら、35.6㎝砲の砲弾では致命傷は与えられない!!第一、第二主砲、撃て!!目標、比叡第三、第四砲塔!!任意の目標を潰した後は、比叡を逃がさぬよう、威嚇射撃を続けろ!!」

 

「了解」

 

お返しとばかりにヒンデンブルクの第一、第二主砲が比叡に向けて火を吹く。

戦艦というモノは自艦が搭載されている大砲と同じ口径の砲弾をくらってもなかなか沈まないように設計されている。

故にシュテルたちは比叡から砲撃されても慌てることなく対処できたのだ。

 

トラック諸島近海で晴風、比叡、ヒンデンブルクの追いかけっこが始まった頃、日本、神奈川県、横須賀にある横須賀女子海洋学校の校長室では‥‥

 

コン、コン

 

校長室の扉がノックされる。

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

校長室に入ってきたのは真霜だった。

真雪と真霜、親子であるが、この場では横須賀女子海洋学校校長、ブルーマーメイド一等監察官として居る。

真霜が入ると真雪は、美波とウルスラが纏めた例のマウスの件をまとめた資料に目を通していた。

真霜が来て、真雪は、話を聞こうと応接用のソファーへと促し、自らも執務机からソファーへと向かい、真霜と対面する。

 

「貴方が此処に来るという事は、余程の事ね」

 

「ええ」

 

真霜は、カバンの中からあるルートより手に入れたとある研究の資料を真雪に提出する。

 

「これは?」

 

真雪は提出された資料に目を通す。

 

「ん?」

 

資料に目を通した真雪の顔が険しくなる。

 

「実験艦が深度1500mまで沈降‥‥制御不能‥‥サルベージは、不可能‥‥」

 

「‥‥の筈が、海底火山の活動で押し上げられて、浮上してしまった」

 

「西ノ島新島!?此処は、今年の新入生たちの海洋実習の集合地点よ‥‥っ!?そう言えば、教官艦、猿島に海洋研究開発機構の研究員を乗せる手配をしたわ‥‥確か西ノ島新島付近で海洋生物の生態を研究したいという依頼があって‥‥」

 

真雪は入学式の少し前、国立海洋研究開発機構から、所属する研究員たちを教官艦に同乗させてくれと言う依頼が来たことを思い出す。

名目は集合地点である西ノ島新島付近で海洋生物の生態を研究したいという依頼であったが、この資料を見る限り、海洋生物の研究ではなく、西ノ島新島付近に浮上してしまった実験艦からのデータ回収とその実験艦を今度こそ、海底に自沈させることを目的としていた様だ。

しかし、その実験データの回収の際、実験艦の中で飼育されていた例のマウスのウィルスに研究員が感染、それから古庄をはじめとする猿島の乗員に二次感染し、猿島から、集結していた学生艦の乗員に三次感染した。

これが今回の事件の発端となった猿島発砲事件と学生艦行方不明事件の全容だった。

あの場に居なかった駿河、シュペーに関しては、西ノ島新島到着前に感染した恐れがある。

 

「‥‥急いで殺鼠業者を呼んだ方が良さそうね」

 

真雪は駿河とシュペーは横須賀女子に停泊中に原因となったマウスを乗せてしまったかもしれないことから、校舎全体をくまなく捜索して、これ以上の被害を出さないようにしなければならなかった。

 

「ええ、そうした方がいいですね。で、連中の目的は、実験艦からデータを回収して。その後、自沈させる為のチームだったみたいです」

 

「それで、このネズミの正体は?」

 

「研究員たちの間では『RAT(ラット)』と呼ばれていた生物です」

 

「RAT?」

 

「はい。海中プラントで偶然生まれた生物で、この生物が媒介するウィルスは、生体電流に影響を及ぼします。その為、感染者同士は、一つの意思に従い行動する」

 

「一つの意思?まるで軍隊ね。アリやミツバチみたいな」

 

「だから記憶が在るのに、行動の理由が説明できない。付近の電子機器が狂う原因もこの生物の生体電流の影響です」

 

「こんなモノを作って一体何をしようとしていたのかしら?」

 

「そこまではまだ、掴めていませんが、おそらくは軍事目的ではないかと‥‥さらにまずいのが、このウィルスには、抗体がないことです」

 

「ああ、それなら心配は要らないわ」

 

「えっ?」

 

「先程、晴風から報告書が届いたわ。この生物が媒介するウィルスあり。試作した抗体を送るので増産されたし、と」

 

真雪は、晴風の美波から提出された報告書と試作した抗体の存在を真霜に伝える。

 

「未知のウィルスなのに学生が抗体を作ったんですか?」

 

「晴風には鏑木美波が乗っているのよ。それにヒンデンブルクの医務長さんもなかなか優秀な方みたい」

 

「えっ?鏑木美波って、あの海洋医大始まって以来の天才って言われたあの鏑木美波?」

 

「ええ、飛び級でまだ海洋実習をしてなかったから、『今年済ませたい』と言われて」

 

「変わり者とは聞いていたけど、でも今回はそれが幸いしたみたいね」

 

「そうね‥‥感染後の経過時間が短ければ海水がウィルスに対し有効と推測される。しかし、時間経過と共にウィルスが全身に行き渡った場合、抗体の投与のみが効果的と思われる。更なる時間経過後は現在の試作ワクチンでも効力があるが不明‥‥」

 

「‥‥一刻も早く、行方不明になった学生艦を見つけないといけないわね」

 

海水が効く時間が限られていると書かれていることから、美波とウルスラが作ったワクチンも時間の経過と共に効力を発揮しない可能性がある。

ウィルスは感染から人の体内で変化を繰り返す。

その変化においてまずは海水に耐性が付き、次いでワクチンにも耐性がついてもおかしくはない。

あまりにも長時間、ウィルスに感染していると、ワクチンも聞かず、その人本来の自我を失い、精神を病んでしまうことだって考えられる。

今回の学生艦行方不明事件‥‥あまり時間をかける訳にはいかない様だ。

真雪と真霜が話し合いをしていると、

 

「校長!!」

 

そこに教頭が血相を変えて校長室に入ってきた。

 

「どうしましたか?教頭先生」

 

「た、只今、ヒンデンブルク、晴風から電文が‥‥トラック諸島近海で我が校の比叡を捕捉し、現在追跡中とのことです」

 

「トラック諸島?」

 

「そんなところに比叡が‥‥」

 

「ただ、事態は最悪かもしれません」

 

「どういうこと?」

 

「電文ですと‥‥」

 

教頭は真雪と真霜に比叡がトラック諸島に向かっていたこと、比叡のトラック諸島到着前にブルーマーメイドの到着が難しいことを伝える。

 

「‥‥一番近いブルーマーメイドの部隊は?」

 

「弁天を旗艦とする部隊です」

 

「あの子の部隊ね」

 

「ええ‥‥当然、あの子にもこの件は伝わって全速で向かっていると思うけど‥‥」

 

「信じるしかないってことね‥‥はぁ~‥‥こんな肝心な時に何もできないなんて‥‥」

 

「「‥‥」」

 

真雪の呟きに真霜も教頭もただ黙っていた。

二人も真雪と同じ心境だったからだった‥‥

 




遅ればせながら、比企谷八幡のCVは、江口拓也さんが行っておりますが、はいふり世界に転生した八幡の容姿は、その名前の通り、なのはシリーズの星光の殲滅者こと、シュテルであり、高校生である現時点の容姿は、魔法少女リリカルなのはINNOCENTS 2巻で登場した大人版シュテルなので、今の八幡(シュテル)の声は、あの方の声をイメージして書いています。


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79話

 

横須賀女子の行方不明になった学生艦の捜索の為、トラック諸島近海まで進出したヒンデンブルクと晴風。

そこで、両艦は行方不明になった横須賀女子の比叡に遭遇した。

邂逅時、いきなり比叡はヒンデンブルクと晴風に対して砲撃をしてきた。

猿島、シュペー、駿河同様、比叡のこの行動から、比叡の乗員も例のウィルスに感染していることが伺えた。

しかも、比叡が現在の針路、速力で航行した場合、三時間後にトラック諸島へ接近することが判明した。

もし、ウィルスに感染した比叡がトラック諸島に入り込んだら、トラックは大混乱となり、そこから世界中にこのウィルスが拡散する恐れがあった。

肝心のブルーマーメイドの到着はどんなに早くてもあと四時間はかかる。

ウィルスをこれ以上広げないため、ブルーマーメイドの到着まで比叡をトラックから遠ざけ、自分たちに釘付けさせる必要があった。

当初、シュテルは駆逐艦である晴風に巡洋戦艦である比叡の対処は危険だと判断し、この海域からの退避を提案した。

しかし、晴風艦長の明乃は自分たちが比叡を引きつける囮役を買って出た。

比叡に対して砲撃し、挑発をすると、比叡は怒ったかのように晴風を追尾し始めた。

その後方からは比叡を見失わないようにまた、晴風の負担を少しでも減らすため、ヒンデンブルクが追尾する。

かくして、三隻の軍艦による追いかけっこが始まったのであった。

 

晴風は、比叡の砲撃を避けながらトラック諸島沖のピケロット島環礁海域に逃げ込む。

艦橋には、砲弾がくる警告音が耳をつんざく様に鳴り響いており、操艦している鈴も泣きながら舵を握り、回避行動を続ける。

「逃げることに関しては得意だから大丈夫」と言って、今回の囮役を明乃と共に買って出た鈴であったが、やはり後ろから攻撃してくる比叡に追いかけまわされるのは怖かったようだ。

 

「『こんなのはチキンレースって言うんだ、知ってるか!?でも、学生艦(軍艦)でやるゲームじゃねぇ!!』 『これは遊びじゃない!!』 『ああそうだろうよ!!』」

 

納沙が珍しくやくざモノの映画ではなく、アメリカの某有名なアクション俳優が出演した映画の吹き替えセリフを言う。

 

「こんな時に何を言っているんだ!?」

 

「こうでもしないと、気が狂いそうなんですよ!!」

 

真白が納沙にツッコミを入れるが、納沙自身も少し現実逃避しなければ、発狂しそうだと言う。

 

「おい、いつまで一杯なんでぇ!!そう長く持たせられねぇよ!!」

 

「油も馬鹿喰いしているんだけど!? 」

 

機関室からは晴風自慢の高出力でも、長時間の全速運転‥しかも、比叡の砲撃から逃れる為、回避行動をしながらでの全速運転では、そう長くは持たないと報告が入る。

 

「もとより航続距離は向こうが上ですし、こちらは無理な動きを続けていますからね」

 

機関室からの報告を聞き、かなり不利な状況であると納沙も感じている。

 

「ココちゃん、例の海域のデータを見せて!!」

 

「はい、どうぞ」

 

納沙は現在、晴風が逃げ回っている海域のデータが記されたページが乗っているタブレットを明乃に差し出す。

 

「すごいねこれ」

 

「データはより多くより新しくがモットーでして。個人的に収集していますから!」

 

「お主やるではないか」

 

「このへんでええとこ見せんともう舞台は回ってきませんけぇ」

 

「間尺に合わん仕事かもしれんなぁ」

 

こんな時でも何故か任侠映画のセリフを吐く納沙とミーナであった。

 

「‥‥」

 

そんな二人のやり取りをスルーしつつ、明乃はジッとタブレットを見ている。

 

「‥‥これなら、いけるかも」

 

明乃は何か作戦を思いついたと思ったら、無線電話の受話器に手を伸ばした。

 

「もしもし、碇艦長」

 

「岬艦長、やはり無茶が過ぎる。今すぐ退避して!!」

 

比叡から攻撃を受ける晴風を見て、シュテルは晴風に退避を促す。

 

「いえ、先程記録係の子からこの海域の海洋データを見て、作戦を立てました」

 

明乃はシュテルに今回の作戦を伝える。

 

「‥‥なるほど、それなら比叡を無力化できるし、動きも止められる」

 

「はい。ただ、比叡同様、喫水が深いヒンデンブルクは航行に注意してください」

 

「了解」

 

明乃から作戦内容を聞いたシュテルは、

 

「メイリン」

 

「はい!!」

 

「この海域のデータを見せて」

 

「はい、どうぞ」

 

メイリンからタブレットを受け取り、この海域のデータを見ながら、比叡の動向もうかがうシュテル。

 

「‥副長」

 

「はい」

 

「比叡の動向と牽制射撃の指揮を頼む。私は、操艦の指示と海面データから喫水の調整を機関室に伝える」

 

「分かりました」

 

流石にシュテル一人で、海洋データを見ながら、比叡の動向と牽制射撃、喫水の調整を機関室に指示するのは困難なので、比叡に関しては副長のクリスに任せた。

先程、納沙の言った通り、この航行海域が制限された海域にて、チキンレースみたいな光景が広がった。

 

「此処が勝負どころじゃあ!!」

 

「後がないんじゃ!」

 

納沙とミーナは台詞どころか顔も任侠を意識している。

 

「あ、当たりそう~‥‥」

 

後方から降って来る比叡の砲弾に震えながら舵を握る鈴。

 

「大丈夫、鈴ちゃんの操艦なら絶対に当たらないよ」

 

鈴の不安を拭うかのように微笑みを浮かべながら鈴を励ます明乃。

 

「岬さん‥‥うん、頑張る!!」

 

目に涙を浮かべながらも鈴は決意した表情で舵をギュッと力強く握る。

 

 

「比叡、第一ポイントへの誘導へ乗りました!」

 

「ここで座礁させれば沈めずに足を止められる!」

 

明乃が立てた作戦は、この狭水道に比叡を座礁させて、比叡の動きを止めるというモノだった。

 

「撃て!!」

 

比叡の後方から追いかけるヒンデンブルクは比叡に牽制射撃をしながら、比叡を座礁ポイントにて、座礁させようとするも、比叡はヒンデンブルクからの砲撃を気にせず、晴風を追いかけて行く。

 

「外した!?」

 

「比叡、第二ポイント通過確認!」

 

「機関室、バラストちょい上げ!!」

 

「りょ、了解。しかし、艦長、バラストを上げ過ぎると、艦の安定が崩れるから、バラストを上げ過ぎたら、もう主砲は撃てへんよ!!」

 

「分かっている」

 

主砲の衝撃は凄く、バラストを上げ過ぎた状態で主砲を撃てば、そのまま横転してしまう。

だが、バラストを上げて喫水を上げなければ、この狭水道を航行できずに比叡を座礁させる前にこちらが座礁してしまう。

牽制射撃に関しては主砲ではなく、副砲だけでもいい。

砲が撃てるまでに何とか比叡を座礁させる必要があった。

 

「取り舵十五度」

 

「取り舵十五!!」

 

シュテルがタブレットと海図を見ながら、レヴィに指示を出す。

ヒンデンブルクが比叡を追いかけている間にも、その比叡は晴風に発砲し続けている。

 

「右舷に着弾!」

 

「と~りか~じ!」

 

明乃は艦橋の天井にあるハッチを開け、身を乗り出して鈴に指示を出す。

なお、猿島の時と同じ様に真白が明乃を肩車している。

 

「もど~せ~!」

 

「もど~せ~!」

 

明乃の指示を真白が復唱して、鈴に伝える。

比叡の砲弾は晴風の右舷後方に着弾し水柱を上げる。

 

「タマちゃん、メイちゃん、砲撃と雷撃の指示。お願い!」

 

「了解!!」

 

「うぃ」

 

「戦闘、右、雷撃。発射雷数2、目標、比叡左舷」

 

「でも、あくまでも目的は比叡を座礁させることだから、当てないようにね、それと比叡の後ろにはヒンデンブルクもいるから」

 

「なかなか、難しいなぁ~」

 

比叡、ヒンデンブルクに当てないように魚雷を撃つことに困難さを感じつつ、西崎は魚雷発射管の調整をする。

 

「タマちゃん、こちらの砲では装甲を抜けないから、当てるつもりで撃っていい。ただし、左舷よりに着弾させて少しでも右に誘導して!」

 

「うぃ」

 

「攻撃始め~!」

 

晴風の後方の主砲が比叡に向けて撃つ。

晴風から放たれた砲弾は左舷ギリギリに着弾し水柱を上げる。

比叡の方も負けじと晴風に向けて撃つ。

 

「既定のコースを進んでください。海底に障害物は、ありません」

 

納沙がタブレットを見ながら、鈴に指示を出す。

 

「う、うん」

 

相変わらず、目に涙を浮かべながらも明乃と納沙の指示通りに舵を切る鈴。

 

「勝負どころじゃあ‥‥狙うもんより狙われるもんの方が強いけぇ‥‥」

 

「後がないんじゃあ!!」

 

晴風とヒンデンブルクが挑発、そして座礁を誘発させるように比叡に砲撃するが、比叡は座礁ポイントを抜けた。

 

(ウィルスに感染しているとはいえ、やはり、横須賀女子の駿河に次ぐ優秀な生徒が乗艦しているだけあって、なかなか上手くはいかないな‥‥)

 

座礁ポイントを躱した比叡を追いかけながらシュテルは苦虫を嚙み潰したように顔を歪める。

 

(早く仕留めないと、晴風の負担も大きくなる‥‥)

 

(でも、ここで焦るわけにはいかない)

 

(くっ、ミケちゃん‥‥晴風、もう少し頑張ってくれ‥‥)

 

比叡の攻撃を受けながら航行する晴風を見ながら、手に力が入るシュテルだった。

 

「撃ってきた!と~りか~じ!」

 

「と~りか~じ!」

 

比叡の砲弾は晴風の左舷後方の付近に着弾。

至近弾だったため、着弾の衝撃波が晴風に襲い艦橋にいる全員がよろける。

 

「至近弾!左舷後方に着弾!」

 

「損害は!?もう少しだけ頑張って!」

 

すると、機関室では。至近弾の影響でバルブが破損し、破損箇所から蒸気が吹き出す。

機関科メンバーは破損したバルブから急いで離れる。

 

「蒸気バルブ破損!!」

 

「ヤバイって!これじゃ速力維持出来ないよ!」

 

「わ~てる!まだか艦長!」

 

「マロンちゃん!!あと、十分!!十分だけ持たせて!!」

 

「分かったけどよぉ!!本当に十分で片を点けねぇと、エンジンがぶっ壊れるぞ!!」

 

晴風の機関は限界が近いようだ。

元々、試験的に導入された高出力の蒸気エンジンで、スピードが出る分、メンテナンスの手間はかかるし、機嫌を損ねて故障することも多々あった。

初日の航海で故障して、集合場所に遅刻したのも、機関が原因でもあった。

それに今の衝撃で蒸気バルブが破損したので、エンジンはもとより、機関室にいる機関科のクラスメイトたちも早く片をつけて、エンジンを停めなければ、全員が脱水症状を起こして倒れてしまう。

 

「艦長!座礁させるポイントを今度も抜けてこられたらどうする!?」

 

「まだだよ!!まだ終わってない!!」

 

「しかし、艦長!もう‥‥!」

 

「越えられない嵐はないんだよ!!」

 

「‥‥」

 

真白は、明乃の言葉に何かを感じたのか、黙ってしまう。

今の明乃はこれまで真白が見てきたのほほんとした明乃ではなく、自分の姉たちの様に鬼気迫るモノ‥その片鱗を感じた。

晴風、比叡、ヒンデンブルクの追いかけっこが始まって一体どれだけの時間が過ぎただろうか?

比叡は前を逃げる晴風に対してバカスカ主砲を撃ってくるが、未だに被弾はない。

明乃が言う通り、鈴の操艦は学生ながらも天下一品だ。

すると、真白は一度比叡に避けられた座礁ポイントに戻ってきていることに気づく。

晴風、比叡、ヒンデンブルクは同じコースをグルっと一周してきたのだ。

このことから、比叡は完全に晴風の術中に嵌まっており、ヒンデンブルクに追いかけられているにもかかわらず、比叡はこの海域から逃亡しようとはせず、晴風を沈めるまで追いかけるつもりなのだろうか?

そのしつこさはもう、世界的に有名な三世の泥棒を追いかけるICPOの警部みたいだ。

 

「さっきと同じ所に戻ってきている。此処じゃ比叡は座礁しなかったぞ!」

 

真白が比叡を座礁させる為の第一ポイントに来たが、最初にこのポイントに来た時、比叡は座礁せずに晴風を追いかけてきた。

またこの座礁ポイントに来ても比叡は座礁しないのではないかと真白は声をあげる。

 

「ひめちゃん、今!!」

 

しかし、明乃は真白の声を無視して、和住に晴風のバラスト水の排水を指示する。

 

「了解!!バラスト排水!!」

 

和住は明乃から指示が来たので、バラストタンクを排水するバルブを思いっきり、回す。

すると、バラストタンクから水が排水されて晴風の喫水が上がる。

 

「艦長、バラストを排水したら安定性が‥‥!?」

 

バラスト水を捨て、喫水を上げると、艦の安定が不安定となり、比叡の攻撃の直撃弾を受けなくてもその衝撃でバランスを崩して転覆するかもしれない。

その他にも高速で動き回ると、ドリフトを失敗して、横転する可能性もある。

 

「鈴ちゃん!!速度一杯で!!」

 

それでも、明乃は速度を落とすことはしなかった。

 

「は、はい!!」

 

「比叡、先程と同じコースに入りました!!」

 

「晴風もバラスト水を捨てたみたいです!!」

 

「副砲発射!!比叡を追い込め!!」

 

ヒンデンブルクもバラスト水を捨てており、バランスが万全と言うわけではないので、衝撃が強い主砲ではなく、両舷の副砲で比叡に対して、牽制射撃を行う。

さらに主砲で牽制射撃をしていた時と比べ、かなりの至近距離に着弾するように修正射撃を行う。

先程よりも射撃の距離が縮まったことを察した比叡は咄嗟に左に舵をとる。

そのまま晴風を追いかけようとする比叡であったが、比叡の船体が急に傾いた。

 

ズサーッ‥‥ガガガガ‥‥

 

同時に海中では物凄い鈍く、不協な音が響く。

先程避けた座礁ポイントに比叡は座礁し、停止した。

 

「比叡座礁!!航行不能になったもよう!!」

 

比叡は座礁したが、砲はまだ生きており、浮き砲台状態となってもまだ晴風に対して砲撃をしている。

 

「バラスト戻せ!!比叡の真横に着け!!」

 

ヒンデンブルクはバラストを戻し、比叡の真横に来ると、

 

「主砲斉射!!撃て!!」

 

模擬弾で、比叡を砲撃し、完全に比叡を無力化させる。

比叡が完全に無力化したことを確認した晴風はようやく機関を止める。

 

「機関停止!!」

 

「機関停止」

 

機関が止まり、破損した蒸気バルブから蒸気の噴出も止める。

 

「ふぇ~‥‥やっと、終わった‥‥」

 

「あっつ!!機関室、蒸し風呂じゃん‥‥!!」

 

「早くお風呂に入りたい~」

 

高温の蒸気が先程まで噴出していた為、晴風の機関室はまさにサウナ状態だった。

柳原たち、機関科のクラスメイトたちは全員が汗まみれになっていた。

 

「風呂もいいが、先にぶっ壊れたパイプの修理とエンジンの総チェックをしちまうぞ」

 

「「「「うぇーい‥‥」」」」

 

柳原が風呂に入る前に破損した蒸気パイプと無理して稼働させたエンジンのチェックを行うことにする。

機関科のクラスメイトたちは汗まみれのまま、もう一仕事することになった。

本音としては、さっさとお風呂に入って汗を流したいところだが、蒸気バルブが破損したままでは、今後も航行にも支障が出るし、常に機関室がサウナ状態となるので、蒸気バルブの修理は早急にやる必要があった。

 

「でも、何故比叡は座礁したんだ?最初にあそこを通った時、比叡は座礁しなかったのに‥‥」

 

座礁した比叡を見ながら、真白が呟く。

 

「それは、潮の満ち引きだよ」

 

「潮の満ち引き?」

 

「そう、ココちゃんのお陰だよ。オンラインの海図だったから水深の変化はリアルタイムで分かったし」

 

「なるほど、前に通った時より潮が引いて。水位が下がっていると」

 

「そこまで想定していたのか‥‥」

 

比叡を座礁させるにしてもヒンデンブルクの砲撃で追い込む方法の他に明乃は潮流を利用して、浅瀬になった場所に比叡を誘い込ませるまたはヒンデンブルクの砲撃で追い込み座礁させる二重の罠を画策していた。

比叡が最初、あのポイントを通り抜けたのは、当初まだ水深が座礁するほど、浅くなっておらず、逃げ回っている最中に潮の満ち引きで、この海域の水深は徐々に浅くなっており、晴風とヒンデンブルクはバラスト水を徐々に捨てたことで喫水を浅くして、座礁を防いでいた。

ウィルスに感染した比叡の乗員は、理性が落ちた為、潮の満ち引きまでには注意がいかなかったみたいだ。

 

「私達が助けたんだよね?」

 

「トラック諸島と比叡と、両方とも」

 

「うちの艦長って、結構いけるくちなのかな?」

 

「その褒め方おかしいから」

 

晴風の後方で座礁し、沈黙している比叡を見て、呟く晴風のクラスメイトたち。

トラック、ひいては世界中をあのウィルスの感染から救ったことにまだ実感がわかず、呆然としている。

だが、時間の経過とともに実感が段々と湧き上がると、あちこちで歓声が上がり始める。

 

「私‥今、艦長‥だったかな?」

 

「うん、今の岬さんは立派な艦長に見えるよ!!」

 

鈴は比叡を相手にしていた時の明乃はまさに艦長であったと言う。

 

「宗谷さんもそう思うでしょう?」

 

「ええ‥まぁ‥‥らしかったです‥‥幾分ですけど‥‥」

 

真白は渋々であるが、明乃を艦長として認めた。

 

比叡を座礁・無力化させ、あとはブルーマーメイドの到着を待つだけとなった。

そこへ、

 

「ん?艦長、インディペンデンス級戦闘艦が此方に向かってきます」

 

ヒンデンブルクのCICがこちらに接近するインディペンデンス級を探知する。

 

「インディペンデンス級?‥ってことはブルーマーメイドのご到着か‥‥」

 

やがて、一隻のインディペンデンス級がこの海域に到着した。

 

「黒いインディペンデンス級‥‥ま、まさか‥‥」

 

真白はこちらに接近してくるインディペンデンス級が黒いインディペンデンス級と言うことを聞いて、顔色を悪くする。

晴風、ヒンデンブルクの近くに黒いインディペンデンス級が到着する。

艦尾には「べんてん」と書かれていた。

すると、べんてんの甲板から黒いブルーマーメイドの制服に黒のマントを纏った女性が飛び乗ってきた。

 

「結構な高さがあったのに、痺れている様子がない‥‥」

 

べんてんと晴風の甲板はそれなりの高さに差があったのに、飛び降りてきた女性は痺れた様子もなく、平然としている。

 

「ブルーマーメイドの宗谷真冬だ。後は任せろ‥‥おっ?そこに居るのはシロじゃねぇか!」

 

(やっぱり、真冬姉さんか‥‥)

 

黒服のブルーマーメイドの隊員は、宗谷家の次女で、真白の姉であり、ブルーマーメイド強制執行課 保安即応艦隊二等保安監督官、べんてん艦長の宗谷真冬は自己紹介したと思ったら、真白を見つけて、彼女に近づく。

そして、真白の肩に手を伸ばし、抱き寄せる。

 

「シロ!!久しぶりだな、おい!!」

 

「ちょ、やめてよ!!姉さん!!」

 

「なるほど、名字が同じですしね」

 

納沙は真白と真冬の名字が同じであり、真冬と真白の目元や雰囲気が似ていることから、二人が姉妹であることに納得する。

 

「二人とも仲がいいなぁ~」

 

明乃は真冬と真白の二人の様子を見て、仲のいい姉妹であると感想を述べる。

 

「縮こまりやがって、お姉さんが根性を注入してやろうか?」

 

「根性‥注入?」

 

真冬の『根性注入』と言う言葉に明乃が反応する。

 

「いらないわよ!!根性注入なんて!!」

 

「お願いしてもいいですか?」

 

真白は拒否するが、明乃は真冬の言う『根性注入』に興味があるのか、自分にやってくれと言う。

 

「ば、バカやめ‥‥」

 

真白は真冬の『根性注入』がなんなのか当然知っているので、明乃にやめるように言うが、

 

「おう!任せとけ!」

 

真冬は既にやる気満々の様子。

しかも、何故か拳を鳴らしている。

頬をビンタでもするつもりなのだろうか?

 

「覚悟はいいな?」

 

「はい!!お願いします!!」

 

周囲のクラスメイトたちは緊張した面持ちで、事の成り行きを見ている。

 

「よ~し!!まずは回れ右だ!!」

 

真冬は明乃に背を向けさせる。

 

(あれ?)

 

ビンタをするにしても背中を向かせるなんて妙だ。

一体、真冬の『根性注入』とは一体何なのだろう?

 

「行くぜ‥‥」

 

真白は何やら気合を入れて構えると、

 

「根性‥‥注入―――!!」

 

真冬は明乃のお尻目掛けて両手を前に出す。

すると、お尻を揉み出す。

お尻を揉み出す真冬を見て晴風のクラス全員がドン引きする。

だが、それは明乃のお尻ではない。

 

「根性、根性、根性‥‥ってあれ?何で?シロが?」

 

妹の真白は当然、姉である真冬の『根性注入』がなんであるか知っている。

真白は、明乃をかばい代わりに犠牲になった。

 

「こんな辱しめは、身内で留めておかないと‥‥」

 

「ふ~ん、お前がいいなら構わねぇが~‥‥船乗りは尻が命だからな!!」

 

「ちょ、やめて!!」

 

「おお!?ちょっと柔になってね~か?この尻!」

 

「やめて!!姉さん!!」

 

「こんな、尻じゃシケる海を越えられねぇぞ!おらおら、根性!根性!」

 

本来の目的である明乃へ根性を注入する筈が、妹の真白に代わってしまったが、それでも真冬は止めず、

 

「おらおら、根性!根性!」

 

「止めて!!」

 

「もう一根性だ!!」

 

結局、真白は真冬に尻を揉みくちゃにされた。

 

「‥‥一体何をしているんだ?」

 

シュテルがクリス、ユーリを連れて、晴風に来てみると、お尻を手で抑えて悶絶している真白と顔を赤らめている晴風のクラスメイトたち‥‥

この場で一体何があったのか、シュテルたちには知る由もなかった。

 

「ん?お前らはあのドイツ艦の連中か?」

 

制服が異なるシュテルたちを見て、三人がヒンデンブルクの乗員であることに気づいた真冬。

 

「はい。ドイツ・キール校所属、ヒンデンブルク艦長のシュテル・H(八幡)・ラングレー・碇です」

 

「同じく、ヒンデンブルク副長のクリス・フォン・エブナーです」

 

「ヒンデンブルク砲雷長、ユーリ・エーベルバッハ」

 

「おう、真霜姉さんから聞いている。晴風を守ってくれてありがとな」

 

「いえ、彼女たちは大切な後輩ですから‥‥それで、比叡の方は?」

 

「今、ウチの臨検員が比叡の乗員にワクチンを打っている。それが終わったら、こっちで比叡は横須賀に曳航する」

 

「分かりました。比叡の事、よろしくお願いします。では、我々は引き続き、行方不明になっている学生艦の捜索に戻ります」

 

シュテルが真冬に報告した後、彼女に背を向けると、

 

(へぇ~あのドイツっ娘、中々の尻じゃねぇか‥‥胸も服の上から見ても中々の形だし‥‥揉み心地は良さそうだ‥‥)

 

真冬はシュテルの胸と尻を見て、触りたくなり、ゆっくりとシュテルに近づき、一気にシュテルの尻を揉もうとすると、

 

ガチャっ×2

 

「っ!?」

 

「「‥‥」」

 

真冬の蟀谷に金属質なモノが押し付けられる。

その様子を見て、晴風のクラスメイトたちは、今度は顔を青ざめる。

なんと、クリスとユーリが、ルガーP08を真冬に突きつけていたのだ。

 

「今、ウチの艦長に何をしようとしたのかな?‥かな?」

 

「いっぺん‥‥死んでみる?」

 

「ちょ、二人とも何をしているの!?」

 

シュテルが振り返ると、クリスとユーリが真冬に銃を突き付けていたので、慌てて二人に銃を仕舞う様に言う。

 

「す、すみません!!私のクラスメイトが‥‥」

 

「い、いや、こっちも非があった」

 

「?」

 

真冬の言う『非』について、シュテルは首を傾げた。

 

(コイツ等、本当に高校生か?)

 

そして、真冬はクリスとユーリの素早い動きを見て、この二人が本当に高校生なのか疑問に感じた。

あの時、クリスとユーリからは冷たい殺気を感じたからだ。

真冬の他に、晴風のクラスメイトたちもクリスとユーリの二人を怒らせてはならないと心に刻んだ。

 



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80話

今回は、チェーンメール回。

ですが、ここでも奉仕部メンバーの知る前世とは流れが異なる展開に‥‥




 

 

ここで視点は、南洋で行方不明になった横須賀女子の学生艦を捜しているヒンデンブルクと晴風から、千葉県の総武高校に移る。

 

 

前世の戸塚の依頼‥‥テニス部の強化と言う依頼は、前世と異なる事態に‥‥三浦が一年の頃から、テニス部のマネージャーであったと言う前世との違いから、後世奉仕部にとって、初めての依頼であったのだが、黒星からのスタートとなった。

いや、正確に依頼さえされていない何とも苦い結果となった。

テニス場での騒ぎは、葉山隼人と言うカリスマ的存在が中心に居たせいもあって、奉仕部メンバー及び、乱入してきた相模南はしばらくの間、噂の中心人物となった。

しかも、良い噂ではなく、悪い噂での‥‥

しかし、その噂の中心人物は、葉山ではなく、主に相模と雪ノ下の二人であり、葉山は紆余曲折から、どちらかと言うと、巻き込まれた被害者と言う立ち位置であった。

雪ノ下は二学年の首席で、総武高校内でも有名であり、その他にも去年の文化祭実行委員で、まさに毒舌と独裁、そして、シミュレーションでも同じクラスメイトに対しても平然と毒を吐き、横柄な態度を取り続けているので、生徒内でも元々評判が悪い。

だが、成績や上辺でしか見ていない教師の間では、雪ノ下の評判はいい‥‥

それに対して嫉妬していた生徒も多かったので、噂には尾ひれがつく結果となった。

そして相模の方は、葉山グループに所属していることから、クラスでも女王様気取り‥‥

それは、前世の三浦以上の尊大な態度を取っていた為、クラスの女子からの評判が悪く、この二人が葉山に我儘を言ってテニス場での騒動に巻き込んだと言う噂になっていた。

雪ノ下の方は、根も葉もない噂に関して、「くだらない」と言う態度で、肯定も否定もせず、噂が沈静化するまで沈黙を保った。

それに前世での虐めの経験の他に、学校中の生徒が雪ノ下の実家がこの千葉では大きな権力を持っていることを知っているので、彼女に暴力を振るえば、両親に迷惑をかけ、自分たちが千葉に住むことができないと思い込み、遠巻きから、ヒソヒソと陰口を叩くぐらいしか出来なかった。

相模の方は、真っ向から噂を否定し、葉山に弁護を頼む。

葉山本人としては問題をこれ以上大きくしたくない事と、自分に火の粉が被らないようにと保身の為ながらも自分にとって、今は重要な女避けの為、曖昧な立場ながらも、『相模さんは悪くないよ』みたいな態度をとった。

政治や芸能界のスキャンダルの様に、少しの間はこの噂が学校中で持ち切りになるが、次第に沈静化していき、忘れ去れる。

それに、二学年では、ゴールデンウイーク後には職場見学を控えており、二学年の学生たちはその職場見学の班決めや、どこに行くかの方が、興味があった。

とは言え、ほとんどの学生は女子ならブルーマーメイド、男子ならホワイトドルフィンで占められていた。

 

「ゴールデンウイーク明けに、職場見学がある。班の人数は、三人で一グループのメンバーでの見学となっている。よって、希望見学先に行けない場合もあるから、班のメンバーを決める時は、その点も考慮するように」

 

ホームルームにて、担任が調査用紙を配りながら、職場見学における注意点を伝える。

そして、ホームルームが終わり、学生たちは自宅に帰宅する者、塾へ行く者、部活動に行く者とそれぞれの行動に分かれる。

 

由比ヶ浜は奉仕部の部室がある特別棟へと向かい、葉山はサッカー部に顔を出す為、部室棟へと向かう。

由比ヶ浜が奉仕部の扉を開けると、奉仕部部長の雪ノ下が既に部室に来ており、紅茶を飲んでいた。

雪ノ下は由比ヶ浜が来たことに気づくと、彼女の為に紅茶を淹れる。

紅茶の入ったカップを受け取り、一口飲んだ後、由比ヶ浜は今日のホームルームで話題に上がった職場見学の事を雪ノ下に話す。

 

「今日、職場見学の紙を貰ったんだけど、ゆきのんは貰った?」

 

「ええ、受け取ったわ」

 

雪ノ下のクラスでも由比ヶ浜のクラス同様、今日のホームルームで職場見学の調査用紙が配られたみたいだ。

 

「それで、ゆきのんはどこに行くの?やっぱり、ブルーマーメイド?」

 

「そうね。まぁ、クラスの大半はブルーマーメイドかホワイトドルフィンでしょうからね」

 

「私のクラスも多分同じ」

 

雪ノ下はクラスでも浮いている為、班決めで彼女と同じ班になるクラスメイトは、班決めにあぶれた者と組むことになるだろうが、見学先はおそらくブルーマーメイドになるだろうから、見学先で別れれば、雪ノ下の毒舌を受けることもないだろうし、雪ノ下自身もそれを理解していた。

雪ノ下自身も友人でもないクラスメイトと職場見学なんて、正直に言って苦痛でしかない。

 

「あっ、職場見学と言えば‥‥」

 

由比ヶ浜は何かを思い出すかのように声を上げる。

 

「ん?どうしたの?」

 

「ほら、前の世界だと、職場見学の少し前に葉山君が依頼してきたじゃん」

 

「ああ、チェーンメールの件ね‥‥」

 

「うん、あのチェーンメール、多分この世界でも起きるんじゃないかな?」

 

「そうね‥‥でも、大丈夫でしょう。遺憾ながらも、前世であのゴミクズが、葉山君に解決策を提示していたから、この世界じゃあ、葉山君自身が自分で解決するでしょう」

 

「そうだね」

 

前世においてもこの時期に職場見学はあった。

そして、由比ヶ浜、葉山、八幡のクラスで、葉山グループに属する、戸部、大岡、大和の三人を誹謗するチェーンメールが出回った。

八幡は、他のクラスメイトとメールアドレスの交換をしていなかったので、彼にはチェーンメールが来ることはなかった。

 

奉仕部の部室で屯している時、由比ヶ浜はそのチェーンメールを受信した。

それを知った雪ノ下は、そのチェーンメールは八幡が回したモノだと証拠も確証もなしにいきなり犯人だと決めつけた。

だが、由比ヶ浜はそれをあっさりと否定した。

何故ならば、由比ヶ浜は八幡にメールアドレスを教えていないし、八幡も由比ヶ浜のメールアドレスを知らない。

八幡の疑いはあっさりと晴れたが、雪ノ下は一方的に八幡を犯人だと決めつけたにもかかわらず、彼に謝ることはなかった。

いくら冗談だとしても、証拠もなくいきなり犯人扱いをしたにもかかわらず、謝罪の一つもない行為は人としてどうなのだろうか?

自分は選ばれた人間なのだから、格下の人間に頭を下げる必要はないと思っていたのだろうか?

それとも、彼には何を言っても反論することも、怒ることもないので、何を言っても平気だと思っていたのだろうか?

いや、それとも雪ノ下の観点では、彼は部員でもなければ、人間でもない奉仕部の備品なので、部員でも、人間でもない物に謝る必要はないとさえ思っていたのだろうか?

そんな中、葉山がやってきて、このチェーンメールを何とかしてと依頼をしてきた。

このチェーンメールのせいでクラス中の空気が悪くなったと葉山は言うが、悪くなっていたのはあくまでも葉山グループの中だけで、クラス中の空気が悪くなったわけではない。

葉山はただ大げさに言っただけなのか?

それとも葉山グループ=クラスであり、2-Fは自分を中心に回っていると思い込んでいたのだろうか?

しかも、犯人を突き止めるのではなく、丸く収める‥‥つまりは有耶無耶にしてほしいと言う。

チェーンメールに書かれているメンバーが、自分のグループメンバーだったので、自分に火の粉が被る前にこの事態を何とか収めたかった。

しかし、自分のグループの問題にもかかわらず、自分が動き下手に波風を立てなくないという自らの保身のみを考えている葉山は、この問題を第三者である奉仕部に丸投げしてきた。

この依頼が、葉山が奉仕部を‥‥八幡を利用するきっかけとなった。

この時の葉山の依頼はどう考えても、奉仕部に丸投げする依頼で、奉仕部の理念とは異なっていた。

八幡たち奉仕部のメンバーが、それに気づき、彼の依頼を断るまたは今後は彼の依頼を受け付けない、それかその場で即決せずに依頼の内容を奉仕部のメンバーで吟味してから決めることにすれば、修学旅行‥そしてその後の悲劇は起きなかったのかもしれない。

雪ノ下は当初、葉山の依頼とは異なり、犯人を確定すると言い出した。

確かにこの時は、雪ノ下の意見は正しかったのかもしれない。

しかし、犯人を突き止めたら、葉山に伝え、その犯人をどうするかは葉山に任せるという形で、彼は渋々ながらもその条件をのみ、この依頼は受けることになった。

 

犯人の動機について、珍しく由比ヶ浜が冴え、職場見学で葉山と同じ班になる為、グループメンバーの誰か一人を蹴落とそうとしていると推測した。

八幡同様、ボッチの雪ノ下には予想もできないことだ。

そこで、雪ノ下は葉山にチェーンメールに書かれている三人のグループメンバーについて訊ねる。

 

まず、同じサッカー部に所属する戸部に関して、葉山は『グループ内のムードメーカー』と言うが、雪ノ下はその言葉を『騒ぐことしか能のないお調子し者』と解釈した。

 

次に大和に関して、葉山は『冷静で人の話をよく聞いてくれる。ゆったりとしたマイペースさで、寡黙で冷静ないい奴』と評するが、雪ノ下は『反応が鈍く優柔不断』とバッサリと切り捨てる。

 

三人目の大岡に関して、葉山は『人懐っこくいつも誰かの味方をしてくれる。人の上下関係にも気を配れるいい奴』と言うが、雪ノ下は『人の顔色を伺う風見鶏』と、会ったこともない男たちを酷評した。

 

チェーンメール以外に目の前で雪ノ下に堂々とグループメンバーが酷評されても葉山はそれを否定したり、反論することはなかった。

惚れている雪ノ下に口答えするのが嫌だったのか?

それとも雪ノ下の言う通りなのか?

真相は不明である。

 

兎に角、人物評価だけでは三人の内、誰が犯人なのか分からず、三人とも怪しく見える。

由比ヶ浜は同じグループに所属するくせに分からないという。

八幡はクラス内ではボッチで雪ノ下はクラスが異なる。

そこで、人間観察を得意とする八幡が三人の様子を見ることになった。

その結果、三人は葉山の友達の友達‥‥つまり、同じグループに居ても友人や仲間とは程遠く、赤の他人に近い関係と言うことから、彼は葉山に解決策として、『職場見学ではあの三人と違うメンバーで職場見学に行くと言え』と伝える。

葉山がそれを実行するとチェーンメールはピタッと止まった。

その事から、やはりあの三人の中に犯人が居たのは明白であった。

しかし、葉山としてはこれ以上の調査は不要とし、この依頼は片付いた。

 

そして、この後世でも職場見学があり、葉山グループのメンバーの男子は前世と同じく四人のメンバーであることから、この後世でもあのチェーンメール騒動は起きるだろうと由比ヶ浜は予測した。

しかし、葉山は前世の記憶を引き継いでいるので、チェーンメール騒動は簡単に終わるだろうと雪ノ下も由比ヶ浜‥‥いや、この場には居ないが、葉山本人もそう思っていた。

この時までは‥‥

 

 

それから、翌日、やはり例のチェーンメールが2-Fのクラス内で出回った。

 

『戸部はカラーギャングの仲間とゲーセンで西校狩り』

 

『大和は三股している最低の屑野郎』

 

『大岡はラフプレーで相手校のエース潰し』

 

内容も前世と同じである。

 

「葉山君。やっぱり、チェーンメールが出回ったね」

 

由比ヶ浜は予想通り、前世と同じタイミング、同じ内容でチェーンメールが出回った事に関して葉山に声をかける。

 

「ああ‥‥でも、大丈夫だよ。解決策はちゃんと分かっているから」

 

と、葉山は前世の経験から、この三人とは違うメンバーで職場見学を行くと言えば、このチェーンメール騒動は終わると思っていた。

しかし、葉山が宣言する前、このチェーンメールを送った犯人は、あまりにもチェーンメールをクラスにばら撒き過ぎた。

そして、チェーンメールを受け取ったクラスメイトの一人が、

 

「ねぇ、大和君って、三股かけられる程、モテると思う?」

 

と言う疑問をクラスに投げかけた。

その小さな疑問はあっという間にクラス中に広がった。

そこから、チェーンメールの文面を鵜呑みにした者たちが現れた。

真っ先に反応したのは同じグループメンバーの相模だった。

 

「ああ、それ分かる!!あんな、ぬぼーっとしたゴリラがモテる筈がないよね!!彼女が一人いるって言うだけでも、その人のセンスを疑うわ!!ブサ面専門のキチガイか飼育員か調教師志望の女ぐらいじゃない?それか、自分だけ疑われるのがマズいと思ったから、自分のも書いたとか?」

 

と、同じグループメンバーなのに、相模は大和を守るどころか、貶めると言うか、犯人と決めつけるかのような発言をした。

元々、葉山以外のグループメンバーを疎ましく思っていた相模はこの機会にまずは大和にこのチェーンメールを送った犯人と言う罪を着せてグループから追放することにした。

そして、同じグループメンバーが此処まで言うのだから、大和はチェーンメールの犯人ではないかと疑われた。

葉山はほんの僅か、動くのが遅すぎた。

彼が調査用紙を受け取った時点で三人に『俺は君たちとは別の人と班を組む』と言えばチェーンメール騒動自体起きなかっただろう。

大和は相模をはじめとするクラスメイト数人に口撃される。

 

「で?どうなの?」

 

「本当にアンタがこのチェーンメールを送った犯人なの?」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」

 

彼は事態を理解できずに動揺した。

 

「俺は、そんなメールは知らない!!大体、俺が送ったなんて証拠はないじゃないか!!」

 

クラスメイトからチェーンメールの犯人だと疑われたというよりも決めつけられた大和は当然、自らの潔白を訴える。

 

「は、隼人君、助けてくれよぉ~俺は本当にやっていない!!隼人君は信じてくれるよな!?なぁ!?」

 

そして、葉山からの弁護を期待した。

テニス場での騒動の時、有耶無耶ながらも彼は相模を弁護した。

それは、同じグループメンバーである仲間だからであり、きっと自分も弁護してこの疑いを晴らしてくれると思っていた。

 

「‥‥」

 

だが、大和の思いとは裏腹に、葉山は日和見主義で、厄介な問題には首を突っ込みたくない、関わりたくない、出来るなら、誰かに責任も含めて丸投げしたい、そんな男なので、大和の弁護をすることなく、彼からの悲願の目線に対して、曖昧な態度どころか、無視を決め込んだ。

葉山自身、あのチェーンメールの内容と前世の経験から、薄々チェーンメールの犯人は大和ではないかと思っていたからだ。

前世と同じく有耶無耶に出来る時期であれば、有耶無耶にしていたかもしれないが、今回はタイミングが悪い。

自分が解決する前にここまでクラスメイトたちがチェーンメールの犯人が大和であると決めつけている中、自分一人が大和を弁護すると、自分も非難を浴びる可能性がある。

自らの保身を第一とする日和見主義の葉山がそんな火中の栗を拾う行為をする訳がない。

それに葉山グループに所属する男は大和の他にあと二人いる‥‥

男の駒が一つ消えても葉山にとってなんら問題はなかった。

相模を助けたことに関して、相模はこの後世で三浦に代わる女避けだったので、雪ノ下と婚約するまで彼女にはまだ利用価値があったからだ。

だからこそ、彼は日和見主義を貫いて、利用価値がなくなった大和を見捨てた。

もし、この世界に八幡が存在して、此処までの事態になっていたら、葉山は前世の修学旅行の時の様に、個人的に彼にこの事態の収拾を依頼して、八幡の自己犠牲精神を利用して、彼に『俺が大和に罪を着せる為にチェーンメールを送った』と、言わせ、クラスメイトに冤罪を着せた奴隷(八幡)を処断し、濡れ衣を着せられたクラスメイトを救った英雄‥‥と言うシナリオを描いてそれを実行に移しただろう。

だが、その肝心の八幡がこの世界では存在しない。

奉仕部に依頼して、雪ノ下に迷惑をかける訳にもいかないので、葉山は大和に奉仕部も紹介しなかった。

 

「こんなチェーンメールを送くるなんて最低!!大和、アンタはもう、グループには不必要なゴミなの!!金輪際、私たちに近づかないで!!それと話しかけないで!!」

 

葉山から見捨てられた大和は、グループ内で孤立し、葉山に代わり相模が彼に引導を渡し、大和をグループから追放した。

トップカーストから追放され、身分が上流貴族から奴隷に格下げされた者の末路なんてだいたい決まっている。

 

「大和!!テメェ!!よくも根も葉もないデマをクラス中に垂れ流してくれたなぁ!!」

 

「それな」

 

「テメェが流したデマのせいで、俺も大岡も部活仲間からも白い目で見られたんだぞ!!」

 

「だな」

 

「ち、違う‥俺は何も‥‥」

 

「此処まで言われてまだ白を切るか!?」

 

大和は泣きながら必死に無実を訴えるも効果なく、かつてのグループメンバーからも激しく口撃をうける。

由比ヶ浜でさえも、彼を信じることなく、逆に周りの空気を読んで、

 

「大和君サイテー!!マジ、キモイ!!」

 

と、言って同じグループメンバーだった筈なのに、周りのクラスメイトに同調し、彼を弁護するどころか、大和に罵声を浴びせた。

 

「‥‥」

 

グループメンバーの中でただ一人、海老名だけは彼を責めることなく、また彼を弁護することもなく、我関さずの姿勢を貫いていた。

 

「大和。テメェ、モテないからって、あんな内容のチェーンメールを送るなんて、よっぽど女に飢えているんじゃねぇ?」

 

「毎晩、クラスの女子の裸や一緒にヤッテいるところでも想像してヌイているんじゃねぇの?」

 

「いやだ!!私、毎晩コイツの脳内で犯されているの!?」

 

「この変態!!」

 

「近づかないで!!妊娠しちゃう!!」

 

「こんな変態ゴリラの子供を身籠るなんて想像するだけでもおぞましいわ!!」

 

グループメンバーからも犯人だと決めつけられ、追放された大和はクラス内で完全に孤立し、日に日に彼を囲み罵声を浴びせる人数が増えていく。

それは部活動にも影響し、

 

「大和、テメェはもう部活には来るな!!」

 

「そうだ!!そうだ!!」

 

「テメェが俺らと同じ部活に居るってだけで、俺たちも周りから変な目で見られるんだよ!!」

 

「正直いい迷惑だ!!」

 

と、部活仲間からも見捨てられ大和は退部を要求される。

 

 

「先生、俺どうすれば‥‥」

 

「大和、お前にも何か問題があるんじゃないか?それに社会に出れば、こんな理不尽なことは日常茶飯事だぞ。今回の件は、今から社会の理不尽に耐えるいい機会じゃないか。自分で何とかするのも自らの成長につながるいい機会だ」

 

「そ、そんなっ!?」

 

と、教師に相談しても虐め問題と言う厄介ごとは御免だという感じで、まともに取り合ってくれない。

教師、グループメンバー、部活仲間、そして頼りにしていた葉山からも見捨てられた大和はついに心が折れた。

 

「うわぁぁぁぁぁー!!」

 

ある日、クラスメイトから口撃を受ける中、等々大和は泣きながらその場を逃げ出した。

そして、彼は翌日から学校に姿を見せなくなった。

大和の不登校以降、チェーンメールがピタッと止まる。

その事から、やはり彼がチェーンメールの犯人だと判断された。

もしかしたら、本当に大和が犯人だったのかもしれないし、彼に罪を着せようとした別の誰かが、大和の不登校をきっかけにチェーンメールの送信を止めたのかもしれない。

そもそも、チェーンメールを送り続けた犯人の目的が職場見学で葉山と同じ班メンバーになることであり、大和が抜けたことで、葉山を入れてちょうど三人となるわけなのだから‥‥

しかし、今となっては、真相は闇の中だ‥‥

だが、もし本当に彼が犯人だとすれば、他のグループメンバーを蹴落とすつもりが、自分が蹴落され、葉山との班の椅子を蹴落とそうとしていたグループメンバーに譲ると言う何とも皮肉な結果になった。

 

息子が突然不登校になったことに大和の両親は、当然学校に問い合わす。

すると、学校側は、生徒間の噂を鵜呑みにし、大和の親に対して、

 

「息子さん、実はクラス内で、クラスメイトたちにチェーンメールを送っていたみたいで、しかもその内容が他のクラスメイトにも補導歴が尽きそうな悪質な内容でして‥‥」

 

と、大和の両親に彼がチェーンメールの犯人であることを伝えた。

 

「おい!!先生に聞いたぞ!!お前、他のクラスメイトに随分と迷惑をかけたみたいじゃないか!!」

 

「ち、違う‥俺は‥‥」

 

「言い訳はするな!!見苦しいぞ!!」

 

教師が言うのであれば、それが事実なのだろうと思った両親は息子の話も満足に聞かずに、息子を責めた。

その結果、彼は精神を病み、部屋に引きこもるようになったが、それからすぐに両親が強制的に精神病院へと押し込んだ。

 

 

後世では葉山の望む形とは多少異なるが、チェーンメール騒動はこうして幕を下ろした。

それからしばらく間、不登校になった大和をネタに盛り上がっているクラスメイトの姿がそこにはあった。

しかし、その大半が事実を確認せず、ノリで大和を吊るし上げていた野次馬根性の連中で、しかも自分たちは正義の行いをしたと勘違いをしている者ばかりであった。

その人数は約二十名‥‥つまりクラスの過半数である。

集団心理とは、実に恐ろしいモノであるであるが、葉山本人はその集団心理の攻撃が自分に向かなければそれでいいと思っていた。

だが、彼らは気づいていなかった。

今回は、大和が標的となったが、次は我が身になるかもしれないという事を‥‥

狂気に満ちた集団心理の前に、証拠の有り無しなんて関係ない。

多数派の意見‥それが証拠となり、それが真実であり正義となることを‥‥。

 

 

「で、やっぱり、あのチェーンメールの犯人は大和君だったみたい」

 

チェーンメール騒動の後、由比ヶ浜は奉仕部の部室で、雪ノ下にこの後世で起きたチェーンメール騒動の顛末を伝える。

 

「そう‥‥葉山君にしては珍しく、今回は犯人を突き止めたのね」

 

「ううん、犯人を見つけたのは葉山君じゃなくて、クラスの皆って感じだった」

 

「葉山君は何か言ったり、止めなかったの?」

 

「うーん‥‥特にそんなそぶりはなかったかな?でも、犯人を見つけたことで、クラスの皆の絆と言うか、団結力は上がったんじゃないかな?」

 

「そう‥‥」

 

雪ノ下は今回の騒動の顛末に対して、特に興味なさそうに紅茶が入ったカップに口をつけた。

元々別のクラスの出来事であり、チェーンメールも自分に実害があった訳ではないので、本当に興味も関心もなかったのだろう。

そもそも、雪ノ下は前世も含めて奉仕部に持ち込まれた依頼自体、あまり積極的だったとは言えなかった。

それは、この後世でも同じことが言えた。

 

かつて、雪ノ下陽乃が言ったように、バラバラだった人たちの団結力を上げる方法‥‥それは、共通の敵を作ること‥‥

奇しくも2-Fのクラスメイトは同じクラスメイトを一人生贄にして、そのほとんどが団結した。

ただし、団結と言ってもそれは決して固いものではなく、ノリと悪ふざけだけと言う仮初で出来た脆いもので、次の獲物が現れれば次はそのクラスメイトが狩られると言う脆く、醜い結束だった。

 



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81話

 

千葉の総武高校にて、チェーンメール騒動が起こり、前世と異なる顛末が起き、2-Fのクラスメイト一人が不登校になっているとは知らず、南洋で行方不明になった横須賀女子の学生艦を捜索しているヒンデンブルクと晴風。

トラック諸島沖合を捜索中、行方不明になっていた比叡と遭遇した。

しかも比叡の乗員は例のウィルスに感染して、比叡もトラック諸島へと向かっていた。

ウィルス感染した比叡がトラック諸島に辿り着けば、周辺の民間船舶に無差別に砲撃し、しかもウィルス感染した乗員がトラック諸島に上陸でもすれば、そこからウィルスが世界中に拡散する。

頼みのブルーマーメイドは比叡がトラック諸島に到着するまでには間に合わない。

そこで、晴風とヒンデンブルクは、比叡のトラック諸島への侵入を阻止すると共に、比叡を座礁させ無力化させることに成功した。

その後、真白の姉の一人である宗谷真冬たち、ブルーマーメイドの手によって、比叡の乗員にはワクチンが投与され、比叡は横須賀へと曳航されることなった。

 

「比叡は横須賀に曳航する。でだ、我々は、引き続き、不明艦捜索を続ける。お前たちは如何する?」

 

シュテルの尻を触ろうとして、一時命の危険に晒された真冬であるが、シュテルたちが艦に戻った後、今後、どうするかを明乃に訊ねる。

 

「如何しますか、艦長?」

 

真白が今後の方針を明乃に聞くと、

 

「学校からの指示は、行方不明になっている学生艦の探索です。クラスメイトたちの異存が無ければ、私たちは引き続き、捜索を続行します」

 

明乃はこのまま、ヒンデンブルクと共に行方不明になっている学生艦の捜索を続けると言う。

 

「よ~し、よく言った!ただ無理はしない様なぁ、無理だと思ったら、すぐに連絡を入れて避難しろ。本来これは、私たちブルーマーメイドの仕事だからな」

 

「はい」

 

今後の方針も決まり、再び行方不明になっている学生艦を捜索に行こうとした時、

 

「艦長!!」

 

八木が電文を書いた紙を手に明乃に声をかける。

 

「広域通信に行方不明になっている学生艦らしき艦船の目撃情報が複数入っています!!」

 

八木から渡された通信文の紙を明乃と真白、真冬の三人は見る。

 

「南方200マイル、アドミラルティ諸島と北東300マイル、トラック諸島方面か‥‥」

 

行方不明になっている学生艦らしき艦船の目撃情報は二つ。

一つは、此処から南の位置にあるアドミラルティ諸島ともう一つは、此処から北東のトラック諸島付近からだった。

反応が二つある中、晴風、ヒンデンブルク、べんてん‥‥さすがに三隻で、一つずつ向かえば、効率が悪い。

ならば、片方にヒンデンブルク&晴風、もう片方に、べんてんが向かった方が効率的だ。

 

「よし!我々は、トラックへと向かう!すまないが、近場のアドミラルティ諸島を確認して貰えるか?」

 

「分かりました!」

 

真冬たち、べんてんは、トラック方面へ、そしてヒンデンブルク&晴風は、アドミラルティ諸島へ向かうことになった。

 

 

その頃、横須賀にあるブルーマーメイドの本部では、例のウィルスに対する対抗術に関する会議が行われていた。

 

「検査の結果、ウィルスに感染した生徒は正常に戻ったわ‥‥ヒンデンブルクの乗員が駿河に対して行った強襲、そして先日、宗谷真冬艦長による比叡への摘発は成功。鏑木美波、ウルスラ・ハルトマン、両名が開発したワクチンも例のウィルスに効力があることが実証されたわ」

 

スクリーンにはヒンデンブルクが駿河に対して行った救出作戦の映像が流され、更に救出作戦後、横須賀の病院に検査入院と共に精密検査を受けた生徒達が異常なしだった事を真霜は、報告する。

 

「凄いですね!」

 

「表彰ものです!」

 

「さぁ、私たちも学生達に負けていられないわよ。まだ行方不明になっている学生艦は残っている‥‥ワクチンの量産が済み次第、パーシアス作戦を展開するわ」

 

真霜は行方不明になっている学生艦に対し、その制圧と救出を目的とした作戦「パーシアス作戦」を実施すると告げる。

 

「現在、行方不明になっている学生艦は鳥海、摩耶、五十鈴、天津風、磯風、時津風、そして、ドイツからの留学生艦、アドミラル・グラーフ・シュペー」

 

スクリーンには行方不明になっている学生艦の写真が表示される。

 

「これら、行方不明になっている学生艦の最終確認地点は、南洋に集中している。現在は、宗谷真冬艦長のべんてんが、トラック諸島近海を捜索中‥各艦は、出航準備を少しでも早めてもらいたい。以上」

 

続いて、行方不明になっている学生艦の目撃情報が表示される。

行方不明になっている学生艦の殆どがトラック諸島、フィリピン近海の南洋に集中していた。

 

ブルーマーメイドからの応援要請は引き続き、各海洋学校へ伝えられていた。

 

「今後はブルーマーメイド主導で作戦を展開するとの事ですが、学生艦にも協力の要請が来ています」

 

とは言え、相手は武装している艦なので、作戦は、あくまでブルーマーメイドの主導の下で行う事になった。

 

「生徒に負担はかけたくないけど、感染の拡大は何としても防がなければ‥‥艦の現況は?」

 

「浜風、舞風は、既に学校へ戻って来ております。長良、浦風、萩風、谷風、明石、間宮、そして晴風とドイツからの留学生艦、ヒンデンブルクは依然、行方不明の学生艦を捜索中です」

 

「生徒たちの様子は?」

 

「今のところ、問題はなく、ウィルスに感染している様子もありません。定時連絡、ビーコンの位置情報は、共に行なっております。それと先日、学校へ殺鼠作業に入った業者から、校内における例のネズミは完全に駆除したと連絡がありました」

 

「そう、分かったわ。ありがとう‥‥捜索に出ている学生艦には引き続き、行方不明になっている学生艦の捜索をたのんで頂戴」

 

「分かりました」

 

「ふぅ~‥‥」

 

教頭が校長室から出て行くと、真雪は深いため息を吐く。

二週間で終わるはずだった新入生の海洋実習がまさか、此処までの大事な事態になるなんて、入学式の日に誰が予想していただろうか?

しかし、今の真雪にはどうすることもできない。

自分が出来るのは、学生たちが無事に帰ってくる事を祈ることしか出来ない。

そんな無力な自分に対して、嫌気がさす真雪であった。

 

 

べんてんと別れたヒンデンブルクと晴風は目撃情報から、アドミラルティ諸島へと針路をとる。

 

「よーし!やるぞ~!」

 

「単位よーけ貰えるぞな!」

 

「ねぇねぇ!ひょっとして、私達って結構やるんじゃない?」

 

「そうそう!比叡って、すっごい艦なんだよね。それを止めたって凄くない?」

 

「下剋上…」

 

比叡のトラック進行を無事に阻止した事で、晴風の生徒たちは、自信に溢れているせいか浮かれていた。

 

「浮かれるのもいいが、慢心はいかんぞ」

 

真白が浮かれているクラスメイトたちを嗜める。

 

 

「アドミラルティ諸島か‥‥」

 

「現在位置と速力ならば、明日の昼頃には到着しますね」

 

「それまで、相手がその場に居てくれれば良いのだけれどね」

 

ヒンデンブルクの艦橋にある海図台でシュテル、メイリン、レヴィらが航路を確認している。

 

(アドミラルティ諸島で目撃された学生艦‥‥もしかしたらテアのシュペーかもしれない‥‥)

 

アドミラルティ諸島に行けばその海域を航行している学生艦の情報ももっと入ってくるだろう。

それはテアが艦長を務めているシュペーかもしれない。

 

「‥‥」

 

シュテルの手に無意識に力がこもる。

 

その日の夜‥‥

 

シュテルは艦長室に備え付けの机の前に座り、何かを書いていた。

すると、

 

コン、コン、コン

 

と、ノックが聞こえた。

 

「どうぞ」

 

シュテルが入室を許可すると、クリスが入ってきた。

 

「こんばんは」

 

「あっ、クリス‥何かあったの?」

 

「ううん、ちょっと、シュテルンの事が気になったから‥‥ん?何を書いているの?」

 

「ああ、これは、もしアドミラルティ諸島に居るのがシュペーで、ブルーマーメイドの到着が遅くなる場合の事を想定した作戦案だよ」

 

「見てもいい?」

 

「いいよ」

 

シュテルから手渡された作戦案が書かれた紙を見るクリス。

 

「やっぱり、駿河の時みたく、シュペーに直接乗り込んでの乗員の制圧とワクチン投与‥‥」

 

「ウルスラの話じゃあ、ウィルスに感染した後、時間の経過と共にワクチンも効きにくくなるみたいだからね。もし、ブルーマーメイドの到着が遅くなるようなら、危険だけど、こちらで対処しなければ、シュペーの乗員にワクチンが効きにくくなる可能性が高いから」

 

シュテルが危険を承知で駿河の時みたいに接舷・強襲するのは、ウィルス感染したシュペーの乗員たちがワクチンの効力が失われる前に一分一秒でも早くワクチンを投与しなければならない緊急性を有しているからだ。

 

「‥‥なんか妬けちゃうな」

 

「えっ?」

 

「シュテルンが、急いでいるのは勿論、シュペーの乗員を心配しての事だろうけど、その中に、シュペーの艦長に対する私情みたいなものもあるんじゃない?」

 

「‥‥」

 

クリスにテアの事を言われ、気まずそうに視線を逸らすシュテル。

 

「やっぱりね」

 

「‥‥ごめん‥でも、私以上に、ミーナさんは不安だと思う‥‥テアとミーナさんの付き合いは私以上だから‥‥」

 

「ミーナさんがシュペーの艦長を心配しているように、私やユーリだって、シュテルンの事を思っているんだよ」

 

「それは分かっているよ。私だって、クリスたちヒンデンブルクの乗員のみんなは大切だからね」

 

(とは言え、シュペーの相手は、駿河の時よりも厄介かもしれないな‥‥)

 

駿河とシュペー、どちらが強力な艦といえば、主砲の大きさから言えば、駿河だろう。

しかし、あの時の乗員は横須賀女子の入試で優秀な成績を叩き出した成績上位者とは言え、経験がまだまだ浅い、海へ駆け出したばかりの新入生たち。

だが、シュペーは駿河よりも攻撃力は劣るものの、駿河の乗員よりも経験豊富なテア率いる乗員たちだ。

ヴィルヘルムスハーフェン校校長、ケルシュティン・ロッテンベルクの自艦をわざと遭難させろと言う無茶苦茶な課題を達成させたぐらいの実力者たち‥‥

艦の攻撃力が駿河より劣っていても、乗員がウィルス感染しても恐らく駿河よりも手強い相手になるのではないだろうか?

晴風がシュペーと初めて邂逅し、戦った時‥あの時は、まだ乗員がウィルスに感染したばかりの頃だったから、うまく逃げ切ることができたのかもしれない。

ただ、晴風が一矢報いるかのように、シュペーの左舷側のスクリューを撃ち抜いてくれたことはシュペーとの戦いで大きな要因となる。

ウィルス感染した事から、シュペーは横須賀出航から、補給・補修を受けていない。

本来ならば、乾ドックで修理する破損したスクリューを補給なしで、しかも海上で修理することは不可能だろうから、シュペーのスクリューは破損したままで、速力は半減している筈だ。

速力の差を突いて、シュペーに接舷出来ればテアたちを救うことは十分に可能だ。

しかし、行方不明になっている学生艦にはシュペーの他にも重巡洋艦、軽巡洋艦の他に晴風と同型の駆逐艦も居る。

アドミラルティ諸島で目撃された学生艦が現時点で必ずしもシュペーであると確定された訳ではない。

 

(もし、アドミラルティ諸島に居る学生艦がシュペーで、ブルーマーメイドの到着が遅い場合、晴風には荷が重い‥‥ならば、私たちがシュペーの相手をしなければならないが、果たしてミケちゃんは応じてくれるだろうか?)

 

自信を持った後輩たちにはすまないが、もし、アドミラルティ諸島にいるのがシュペーで、ブルーマーメイドの到着が遅くなるようであれば、シュペーの相手はヒンデンブルクで対処し、晴風には後方で待機して貰うつもりでいるシュテルだった。

 

(明日の朝、一番で晴風に赴いて、話をするか‥‥)

 

明日の昼頃にはアドミラルティ諸島に到着する。

その前に晴風の乗員には、話をつけておいた方がいい。

特に晴風にはシュペー副長のミーナが居る。

シュペー艦内の構造はここにいる誰よりも詳しい。

接舷し、強襲する場合、彼女のナビが最短でシュペーの乗員を救う要因となる。

シュテルの予想通りの展開となった場合、少なくともミーナはヒンデンブルクに移した方がいいだろう。

それに、彼女自身もシュテル同様、テアの事を心配しているだろうから‥‥

 

翌朝、シュテルは、朝食後に晴風を訪れる旨を伝えた後、晴風に赴いた。

そこで、当直者以外の乗員を教室に集めてもらった。

 

「朝早く、わざわざ集まってもらって申し訳ない」

 

教壇でシュテルはまず、朝食後すぐに集まってもらった晴風の乗員に礼を言う。

 

「広域通信で、まもなく到着するアドミラルティ諸島に、行方不明となっている学生艦が居る事はすでに知って居ると思う。しかし、行方不明になったどの学生艦が居るのかはまだ不明だ‥‥故にもし、その学生艦が、ドイツのアドミラル・グラーフ・シュペーの場合、晴風には後方で待機してもらいたい」

 

「ええーっ!!」

 

シュテルの提案に晴風のクラスメイトたちからは声が上がる。

中には不満そうな表情の者も居る。

 

「一つ言っておきたい事として、これは決して、君たちから手柄を横取りすると言うことではない」

 

不満そうにして居る者は、ヒンデンブルクが‥シュテルが手柄を横取りしようと画策しているのではないかと思っていたのかもしれないが、シュテルはそれを否定する。

 

「一度、邂逅している君たちは知っているが、シュペーは、ドイツからの留学生艦であり、乗艦しているのは私と同学年‥つまり、君たちの一つ年上の先輩だ」

 

「えっ!?」

 

「ミーちゃん、私たちより年上なの!?」

 

「てっきり、同学年かと思っていた‥‥」

 

「えっ?それじゃあ、碇艦長も年上!?」

 

晴風のクラスメイトたちは意外そうな顔でミーナを見ている。

ミーナは晴風のクラスメイトに自己紹介をした時、学年までは伝えていなかった。

それに、新入生が参加する海洋実習に参加するのだから、留学生とは言え学年は同じ一年生かと思っていたのだ。

ついでに言うと、シュテルも晴風のクラスメイトたちからの大半からは同い年だと思われていた。

 

「それに私自身、昨年ミーナさんの学校に交換留学をしたが、シュペーの結束、チームワークは素晴らしい」

 

シュペーのクラスメイトが褒められ、ミーナも満更ではない顔をする。

 

「スペック上では、駿河、比叡よりもシュペーは、劣るかもしれないが、それはあくまでもカタログ上のことで、シュペー艦長、テア・クロイツェルが指揮するシュペーは今回、行方不明になった学生艦の中で一番の強敵だと私はそう思っている」

 

「そんなに凄い人なんですか?」

 

明乃はまだ会ったことのないシュペーの艦長について訊ねる。

 

「ああ‥クロイツェル艦長に関しては私よりもミーナさんの方が詳しいだろう。ミーナさんよろしいだろうか?」

 

「ん?あ、ああ。構わないぞ」

 

テアについて話してもらいたいとシュテルから言われ、ミーナは席から立ち上がり、教壇まで移動する。

 

「あっ、話すのはあくまでも、テアの指揮能力であって、容姿とかはいいからね」

 

シュテルはミーナにテアの事を話す内容に関して、あくまでの彼女の能力だけであって、容姿は説明不要と言う。

 

(ミーナさんにテアの事を語らせたら、長々と語りそうだからな‥‥その間にアドミラルティ諸島に着いちゃうよ)

 

ミーナにテア全ての事を語らせると、延々と語り続け、現場であるアドミラルティ諸島に着いてしまうと思った。

 

シュテルに促され、テアについて語るミーナ。

とりあえず、シュテルからテアの能力だけを話せと言われ、少々不満ながらもミーナはテアについて話す。

 

中等部の頃、シミュレーションのタイムアタックで、クローナが次の番であったテアに嫌がらせをした際、海図を破くという卑怯な真似をしたが、ミーナが機転を利かせ、本来、テアと共にシミュレーションをする班員に化け、帽子の中に海図を隠し持って、テアと共にシミュレーションに参加した事、

そのシミュレーションで、テアは少しでも早く現場に着くため、障害物を避けるのではなく、主砲や魚雷で障害物を破壊して、進むという突拍子もない方法でクリアーし、同学年の中で最短記録を記録した事、

 

主砲や魚雷で障害物を吹っ飛ばした話を聞いて、西崎と立石は目を輝かせていた。

後のシミュレーションの授業で、二人がテアの真似をきっとするだろう。

 

高等部に進学した時、学校の校長から初めての海洋実習の時、艦をわざと遭難させると言う無茶苦茶な課題を出された事、

しかも、その事実を他の乗員に知られてはならないという条件付きで‥‥

テアはその課題を一ヶ月と言う長期間、大西洋で遭難生活をした事、

その他に交換留学が終わり、シュテルがキールに戻った後、シュテルが知らないテアの事をミーナは色々語った。

ミーナの話からもテアの優秀さが分かる。

 

「‥‥」

 

ミーナの話を聞き、シュテルの言っていたことを理解した明乃。

真白も明乃と同じリアクションだ。

ウィルスに感染しているとはいえ、もし、アドミラルティ諸島にいる学生艦が、シュペーだった場合、テアと戦わなければならない。

やはり、不安になるのは当然のリアクションだった。

 

「アドミラルティ諸島にいる学生艦がシュペーである確証はまだない。しかし、シュペーである可能性もあるため、ミーナさんは一時、ヒンデンブルクへ来てもらうがそれでもかまわないかな?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

気まずい空気ながらも、もし、アドミラルティ諸島にいる学生艦がシュペーの場合、ミーナにはシュペーについての詳しく知っているので、ミーナにはヒンデンブルクに来てもらった。

 

「すまない、ミケちゃん。困っている人を助けたいというミケちゃんの気持ちは分かるけど、シュペーは駿河同様、やはり厄介な相手なんだ」

 

ヒンデンブルクに戻る前、シュテルは晴風の通路で明乃に今回の件について詫びを入れる。

 

「ううん、シューちゃんが私たち、晴風の皆の事を思ってくれているって分かるよ‥‥シュペーの皆も助けたいって気持ちはあるけど、艦長として晴風の皆を危険に晒すこともできないし‥‥」

 

「‥‥」

 

(さっさとこの事態を収拾しないとな‥‥)

 

折角、行方不明の学生艦の捜索を買って出てくれたのに、協力させることができないことにシュテルはすまない気持ちで一杯だったし、明乃自身も協力できないことにきっと無力感に苛まれているだろう。

シュテルはこの事態を早急に解決し、後日、明乃やもえか、テアと気分転換に何処かに出かけるかなと思った。

 

先頭をヒンデンブルク、後方に晴風が付き、二隻は、アドミラルティ諸島海域に入った。

アドミラルティ諸島に入ると、ヒンデンブルクは早速学生艦の捜索をしながら、情報を集めた。

すると、

 

「目標が分かりました!識別帯は白と黒。ドイツのドイッチュラント級直教艦アドミラルシュペーです!」

 

「っ!?」

 

周辺の船舶からの情報で、やはりアドミラルティ諸島にいた学生艦は、ミーナが副長を務めているシュペーで間違いなかった。

シュペー発見の知らせを聞いて、ミーナの身体は強張る。

 

「やはり、シュペーか‥‥」

 

(ミーナさんを連れてきて正解だったな‥‥)

 

「周辺にブルーマーメイドの艦艇は居る?」

 

「そ、それが‥‥」

 

「ん?」

 

「ブルーマーメイドの艦艇はどうやら、トラック諸島やフィリピン近海に展開しているみたいで、この近海には居ません」

 

「それでも、一応、横須賀女子とブルーマーメイドに連絡」

 

「了解」

 

「それと後方の晴風にも通達、本艦とシュペーの戦闘に巻き込まれないように‥と‥‥」

 

「はい」

 

シュテルは後方の位置する晴風にはこの後、予想されるであろうヒンデンブルクとシュペーとの戦闘に巻き込まれないように注意喚起する。

 

「ミーナさん、シュペーの足止めをする方法を聞いても?」

 

この海域には前回、比叡を座礁させたような場所はない。

その為、駿河の時の様に海上での砲撃戦が予測される。

そこで、シュペーにどこか弱点は無いのかとクリスがミーナに訊ねる。

 

「本気なのか?ド本気なのか?ブルーマーメイドの到着を待たんのか!?」

 

「時間の経過と共にワクチンの効力は薄れていく‥‥ブルーマーメイドの到着を待っている間にもこうしてウィルスはテアたちの身体を蝕んでいるんだよ」

 

「むぅ~‥‥わ、分かった。テアの為ならば‥‥」

 

ミーナとしては乗艦がこの後、ヒンデンブルクとのドンパチをして損傷するかもしれないが、親友であるテアを救うためにやむを得なかった。

 

「燃料中間タンクを加熱するための蒸気パイプが甲板上に露出しておる。それを壊せば足止めできる筈じゃが‥‥」

 

「かなりのピンポイントだな‥‥少しでもずれたら、燃料タンクを撃ち抜いてしまうかも‥‥」

 

「もし、模擬弾とは言え、間違って燃料タンクに砲弾が直撃すれば‥‥」

 

「シュペーは大爆発を起こす可能性があるな‥‥」

 

「‥‥やはり、駿河の時の様に海上戦でドンパチするしかないか‥‥」

 

「しかし、本当にいいのか?」

 

ミーナは最終確認をするかのように訊ねる。

 

「ん?」

 

「我が艦、アドミラルシュペーの乗員のみんなを…そして艦長を、テアを助けてほしいが、そのためにこの艦の皆を危険に晒すことになってしまう‥‥」

 

やはり、ミーナはヒンデンブルクの乗員を危険な目に遭わせることに対して負い目を感じていた。

 

「この任務を請け負った時点で危険は承知だよ。それにミーナさん同様、テアは私にとっても大切な友人だからね。友人を見捨てることは出来ないさ」

 

「艦長の言う通りです!!」

 

「大丈夫!!やってみましょう!!」

 

「やろう!!やろう!!」

 

例え危険であっても友達の為、多少の危険が伴ってもやろうとヒンデンブルクの乗員の士気は高かった。

 

「‥‥すまぬ」

 

ミーナは深々と頭を下げる。

 

「‥‥本艦はこれより、アドミラルシュペー救出に向かう!!総員戦闘配置!!」

 

シュテルの号令と共に皆は戦闘配置につき、ヒンデンブルクはシュペーの下へと向かった。

 



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82話

トラック諸島及びアドミラルティ諸島にて、行方不明になった学生艦の目撃情報が入り、トラック諸島には真白の姉であり、ブルーマーメイドの宗谷真冬が向かい、アドミラルティ諸島には、ヒンデンブルク、晴風が向かった。

ただし、この時点ではアドミラルティ諸島で目撃された学生艦がどの学生艦なのか、情報が入ってなかった。

その為、もしかしてアドミラルティ諸島で目撃された学生艦は、未だに行方不明になっているシュペーではないかと言う憶測がシュテル、そしてシュペー副長のミーナにはあった。

ミーナの話と海上でいきなり発砲してきたことから、シュペーの乗員もやはり例のウィルスに感染していることが窺える。

シュテルは、今回の事件で行方不明になっている学生艦の中で、シュペーは一番厄介な相手である。

行方不明になった学生艦は皆、今年は言ったばかりの新入生たちであるが、シュペーのみシュテルと同じ二年生‥‥

その為、大西洋での荒波に揉まれた経験、ドイツから日本までの長距離航海の経験もある。

戦闘力では、もえかの駿河が一番の相手であったが、乗員での質ではシュペーが一番だろう。

 

アドミラルティ諸島で目撃された学生艦がシュペーであってほしい反面、シュペーでない方が良いと思ってしまう。

だが、もしシュペーだった場合を考慮して、ミーナは一時晴風からヒンデンブルクに来てもらい、戦闘に巻き込まれないように、晴風には後方で待機してもらうようにシュテルは晴風の乗員に伝えた。

そして、アドミラルティ諸島に入ると学生艦の情報が入り、やはりアドミラルティ諸島で目撃された学生艦は、シュペーだった。

 

「総員戦闘配置!!」

 

シュペーの存在を確認したシュテルはシュペーとのドンパチは避けられないと判断し、戦闘配置を指示する。

艦内ではけたたましく警報が鳴り響き、乗員たちがそれぞれ、自分たちの部署へと配置につく。

 

「射撃指揮所!!配置につきました!!」

 

「機関室!!配置についたで!!いつでも全速だせるで、艦長!!」

 

「応急員、配置につきました!!」

 

「医務員、いつでも行けます」

 

「艦長。各部署、全て配置につきました」

 

「分かった」

 

相手があのシュペーと言うことでシュテルは無意識に緊張する。

交換留学の際、ダートマス校との演習試合では仲間であったが、今回は半ば敵対する関係‥‥

しかも自分たちの意志ではなく、あのネズミのせいで‥‥

そう思うとやるせない気持ちになるが、このままシュペーを放置する訳にはいかない。

 

「ブルーマーメイドへの連絡は?」

 

「しました。ですが、到着までやはり時間がかかってしまいます」

 

「そうか‥‥」

 

ブルーマーメイドはトラック諸島、フィリピン近海へと展開中でアドミラルティ諸島周辺にはヒンデンブルクと晴風ぐらいしか居なかった。

 

「シュペーの位置は?」

 

「前方10マイル!」

 

「見張り員、シュペーの様子はどうか?」

 

「砲の仰角はかかっていません‥‥」

 

「確かに、気がついた様子はないが‥‥」

 

「それも時間の問題だな、向こうは必ず気づくでしょう」

 

「そりゃあ、この艦がこの大きさだからな‥‥」

 

シュペーは前方からヒンデンブルク目掛けて航行している。

今の所は主砲を動かしていないことから、シュペーが、ヒンデンブルクの存在に気付いていないのだろうが、シュペーがヒンデンブルクの存在に気づくのは時間の問題である。

なにせ、ヒンデンブルクの大きさが大きさなのだから‥‥

 

「シュペー、直進してきます!!」

 

「間もなく、本艦の主砲の射程距離に入ります」

 

「機関、速力を上げろ!!こちらも堂々と正面から行くぞ!!」

 

「はっ!?シュペー!主砲旋回中!」

 

ここでようやくシュペーはヒンデンブルクの存在に気づいたのか、前部の第一主砲の仰角を上げ、砲塔をヒンデンブルクの方向に向ける。

そして、

 

ドォン!!ドォン!!ドォン!!

 

シュペーの第一主砲が火を吹いた。

 

「シュペー発砲!!」

 

「面舵一杯!!第一、第二主砲、砲撃用意!!」

 

「砲身仰角上げろ!!傾斜角入力!!」

 

ユーリが射撃指揮へ指示を出す。

その間にシュペーから放たれた砲弾がやってくると、ヒンデンブルクの周りに三つの水柱が立つ。

 

「主砲撃て!!」

 

ドォン!!ドォン!!

 

ドォン!!ドォン!!

 

ヒンデンブルクの第一、第二主砲がお返しと言わんばかりに放たれる。

すると、シュペーの周りに四つの水柱が立つ。

 

「シュペー、右に旋回」

 

シュペーは取り舵をきり、ヒンデンブルクから見ると、右に旋回する。

そして、両艦は平行戦の形となる。

旋回したシュペーは後部の第二主砲を撃ってくる。

その内の一発がヒンデンブルクの後部に命中する。

被弾の衝撃は艦橋にも伝わる。

 

「後部被弾!!」

 

「被害報告!!」

 

「被害、微少!!第一装甲板で防ぎました!!」

 

「流石、シュペーだ。僅か、二斉射でこちらに命中弾を与えるとは‥‥」

 

シュテルは不敵な笑みを浮かべる。

しかし、シュペーが放ったのは第二主砲だけではなく、

 

ドォン!!

 

「うわっ!!」

 

「きゃっ!!」

 

「くっ‥‥な、なんだ!?」

 

「左舷船体部に魚雷が命中!!」

 

「なっ‥‥」

 

「まさか、魚雷まで撃っていたのか‥‥やられた‥‥やはり、テアは敵にすると厄介な相手だ」

 

「うむ、流石テアじゃ‥‥」

 

「ちょっと、二人とも感心している場合じゃないでしょう!!」

 

シュテルとミーナがテアの手腕を褒めていると、メイリンが突っ込む。

 

「分かっている。第三、第四主砲撃て!!応急員は至急現場に急行!!応急修理急げ!!」

 

ヒンデンブルクの後部にある第三、第四主砲が火を吹くと、シュペーの前部、後部にそれぞれ一発の命中弾を与える。

 

魚雷が命中した区画に応急員が向かうと、

 

「うわぁ、浸水している!!」

 

「応急修理急ぐぞ!!防水シートと当て木を早く持ってきて!!」

 

応急員たちは、ずぶ濡れになりながらも浸水箇所の応急修理に取り掛かった。

 

 

ドイツ艦同士が激しくドンパチをしている間、晴風は流れ弾に巻き込まれないように遠距離の後方で待機していたが、両艦の砲撃音は晴風まで余裕で届いていた。

 

「いいなぁ~‥‥あんなにドンパチ出来て~私だって撃ちたかったなぁ~」

 

「うぃ‥‥」

 

晴風の艦橋で、備え付けの双眼鏡を見ながら西崎と立石が砲撃戦をしているヒンデンブルクを羨ましそうに呟く。

西崎や立石の他に内田や山下も双眼鏡でドイツ艦同士のドンパチの行方を窺っている。

晴風の艦橋員の乗員以外にも気になった者は艦首に集まって双眼鏡で前方の海を見ている。

 

「わ、私はあそこに行かなくて良かったと思っているよぉ~」

 

舵輪を握りながら、涙目と涙声で鈴はあの激しいドンパチが行われている戦場の現場に行かなくてホッとしている。

ここまで激しい砲撃音が聞こえるくらいなのだから、きっとあの現場は激しい砲撃戦となっており、それはまさに戦争並みの光景になっているのだろう。

そんな現場に行かずに済んだのだから、鈴としては結果オーライだった。

 

真白もシュペーの乗員を救いたいと言う気持ちはあるが、やはり大口径の主砲弾が飛び交う現場へ、無理に首を突っ込み、艦、そして乗員を危険な目に遭わせることは避けたく、シュテルの提案には賛同する部分があった。

それに、駿河、比叡の時は、両艦を所有する横須賀女子にシュテルが許可を得てドンパチを行い、駿河、比叡の船体を少なからず傷つけた。

だが、これは横須賀女子の許可があり、合法的な行為だった。

しかし、シュペーを所有しているのは横須賀女子ではなく、ドイツのヴィルヘルムスハーフェン校である。

所属校どころか、所有している国までが異なる。

しかも、シュペーとの戦闘の許可はシュペーの母校であるヴィルヘルムスハーフェン校に貰っていない。

今からヴィルヘルムスハーフェン校に連絡を取るにしてもあまりにも時間がない。

日本の晴風がシュペーの船体を傷つけ、万が一にも乗員を死傷なんてすれば、それこそ、国際問題に発展しかねない。

自艦の防衛の為と言えば、やむを得ない行為として合法化できるだろうが、それでもこちら側も少なからずのダメージを負うことになる。

しかも相手はポケットがつくが、戦艦‥‥ダメージは深刻なものになるのは明白である。

それならば、同じドイツ所属の艦がシュペーの対処にあたってくれた方が、日本にとっても晴風にとってもダメージはない。

何だか責任をヒンデンブルクに押し付けた様な感じで、正直あまり良い気分ではないが、まだ高校生になりたての真白にとってはどうしようもないことだった。

 

しかし、明乃に関しては、こうして自分はただ見ているだけしかできないのか?

本当に自分にはなにか出来ることはないのか?

と、モヤモヤする気持ちだった。

駿河の時も遭難した新橋で真白が取り残された時も同じ気持ちを抱いていた。

 

(確か、駿河の時、シューちゃんは艦を接舷させて強襲していた‥‥それならシュペーの時も同じ方法をするかもしれない)

 

「美波さん、あのワクチンって晴風にもある?」

 

明乃は医務室に内線電話をかけ、例のウィルスに対抗できるワクチンが晴風に残っているか訊ねる。

 

「ああ、在庫は確保してある」

 

美波からの返信では、晴風の医務室にワクチンは有るみたいだ。

 

「艦長、ワクチンの在庫の有無を聞いてどうするんです?‥‥まさか、あの現場に行くつもりですか!?」

 

真白が明乃に今からあのドンパチしている海域へ乗り込もうと言うのかと訊ねる。

 

「行くにしても、まだ‥‥ヒンデンブルクがシュペーに接舷してから、こちらも援軍としてシュペーに人員を送るつもり‥‥つぐちゃん」

 

「はい」

 

「ヒンデンブルクとシュペーの戦闘が終わったら、ヒンデンブルクに通信を入れて」

 

「了解」

 

明乃は八木にヒンデンブルクとシュペーの戦闘が終わり、ヒンデンブルクがシュペーに接舷、もしくは、強襲のための人員をシュペーに送る時、援軍として晴風からも人員を送る旨の通信を出すように指示を出す。

 

(なんだか、漁夫の利を狙っているみたいだが、大丈夫だろうか?)

 

真白は、戦闘が終わった後、人員を送るやり方がなんだか晴風が漁夫の利を狙っているかのように見えた。

 

その間も、ヒンデンブルクとシュペーの戦いは続いていた。

平行戦になり、互いに殴り合うかのように砲撃をするヒンデンブルクとシュペーの両艦。

主砲を一発撃った後、次弾が給弾される間は副砲、高角砲で撃ち合う。

 

「副砲、高射砲戦闘用意!!」

 

「各砲塔を九時の方向へ!!急げ!!」

 

「距離8マイル、俯角15、弾種、徹甲榴弾!!」

 

「直接照準で各個射撃、任意の目標を狙え!!」

 

「射撃用意よし!!」

 

「撃て!!」

 

主砲よりも数が多い副砲、高射砲群の同士の撃ち合いも、当然戦争の様な有様だった。

 

「艦橋下部に被弾!!」

 

「医務員は至急現場へ急行!!負傷者の救助に当たれ!!」

 

「損害確認!!」

 

「三番高射砲被弾!!」

 

「六番高射砲、発射不能!!」

 

「二番副砲、よく狙え!!」

 

シュペーは晴風に左舷側のスクリューを潰されており、速力が半減し、ヒンデンブルクと比べると、攻撃力、防御力は、シュペーは劣る。

しかし、操艦が見事で、なかなか致命的な命中弾を与えることが出来ない。

 

「くっ、なかなか当たらない‥‥あのちびっ子艦長めぇ~‥‥」

 

なかなか命中弾を与えることが出来ないことにユーリがイラつく。

ユーリの他にシュテルも内心焦っていた。

 

「魚雷用意!!シュペーのもう一基のスクリューを潰す!!」

 

「了解」

 

これ以上、時間をかける訳にはいかないので、シュテルは魚雷によってもう一基のスクリューを潰し、シュペーの足を止めることにした。

 

「魚雷撃て!!」

 

ヒンデンブルクの左舷側にある魚雷発射管から魚雷を放つ。

 

「いけぇー!!」

 

魚雷は勢いよくシュペーへと向かって行く。

そして、シュペーの艦尾で大きな水柱が立つ。

魚雷がシュペーの残る右舷側のスクリューに命中したみたいだ。

 

「魚雷、シュペーに命中!!」

 

「シュペー、漂流を始めました!!」

 

スクリューが撃ち抜かれ、迷走し始めるシュペー。

しかし、スクリューが破損した為、やがてシュペーの行き足が止まる。

 

「シュペー、行き足止まりました!!」

 

「ふぅ~‥‥」

 

ひとまず、第一段階はなんとか終わった。

次の段階は、強襲接舷してテアたちシュペーの乗員にワクチンを投与する。

シュテルたちは、強襲接舷の準備を行う。

そんな中、晴風から通信が来る。

 

「艦長、晴風から通信です」

 

「ん?内容は?」

 

「はい、シュペー強襲の折、晴風からも人員を援軍として寄こすと言っていますが、どうしますか?」

 

「‥‥」

 

シュテルは一時、考え込むが、

 

「晴風に返信、『許可する‥‥速やかにシュペーへ、援軍を送られたし』と‥‥」

 

「了解です」

 

通信員は早速、晴風にシュテルからの返信を送った。

 

「ヒンデンブルクから返信です」

 

「ヒンデンブルクからは何て?」

 

「援軍を許可するとのことです」

 

ヒンデンブルクから‥シュテルから、援軍の許可が出たことに明乃はホッとした。

 

「これより、ヒンデンブルクの乗員と共にシュペーへの強襲を行う!!突入員は至急、甲板に集合!!」

 

艦内放送で明乃はシュペーに突入するメンバーを集めた。

シュペーに突入する晴風のメンバーは、野間、美波、等松、万里小路、青木が行くことになった。

ヒンデンブルクがシュペーに接舷し、晴風メンバーはスキッパーから、ワイヤを伸ばして、シュペーの甲板に乗り込む。

 

「うわぁ、あのヒンデンブルクがボロボロ‥‥」

 

スキッパーから見たヒンデンブルクを見た明乃が呟く。

左舷の副砲、高射砲群はシュペーの主砲、副砲、高角砲と撃ち合い、被弾しボロボロの状態だった。

 

シュペーに乗り込んだ野間を待ち受けていたのは、ウィルスに感染したシュペー乗員のエルフリーデ、エリーザ、マリーア、アレクサンドラの四人だった。

 

「私を倒せると思うなよ」

 

自分の周りを囲む四人のシュペー乗員に対し、怯む様子もなく、手にした水鉄砲を構える野間。

 

「ああ、もうマッチが戦っている!?マッチ!!」

 

野間に遅れて青木も梯子を登って単独で戦うマチコに加勢しようとした。

だが、野間は四人の攻撃を両手に持っていたライフル式水鉄砲で振り払いながら水鉄砲でまずエリーザ、マリーアを攻撃した。

海水を受けたエリーザ、マリーアはその場で意識を失い倒れる。

続いて、残るエルフリーデ、アレクサンドラが背後から攻撃してきたが、野間は、またも同じ様に振り払い、残る二人も水鉄砲で攻撃し倒した。

 

「‥‥見事だ」

 

野間の鮮やかな動きにミーナは思わずドイツ語で一言呟く。

 

「我々も負けてはられないぞ。駿河の時の様に、艦の主要部分を抑える!!」

 

シュテルもホルスターから、ルガーP08を抜いて、ミーナの案内の下、シュペーの艦橋を目指す。

テアはきっと、艦橋に居るだろうとミーナが言ったのだ。

ヒンデンブルクの乗員たちはシュペーの主要部分を奪還するために機関室、主砲制御室、CIC、操舵室へと分散していく。

一方、艦橋を目指すミーナ、シュテル、野間、万里小路、青木、等松、美波、そして五十六とカマクラは甲板の制圧が完了し、艦内へと入り、次々とウィルスに感染したシュペーの乗員を倒していた。

倒したシュペーの乗員には、美波が一人一人、ワクチンを注射する。

 

「こっちじゃ!」

 

やはり、自分が副長を務めることだけあって、ミーナは迷いなく、シュテルたちを艦橋へと案内する。

すると、前方からウィルスに感染したレターナ、ロミルダ、アウレリアの三人が立ちはだかった。

ミーナは、足を止めた。

シュテルがルガーを構えると、万里小路が前に出る。

彼女は手に持っていた長い棒状の物を包んでいる布袋を取る。

布袋の中身は、薙刀の練習に使用する木薙刀が入っていた。

万里小路は木薙刀を構えると、

 

「万里小路流薙刀術‥‥」

 

『うがああっ!!!』

 

レターナ、ロミルダ、アウレリアの三人が先頭の万里小路に襲い掛かる。

 

「‥‥当たると‥‥痛いですよ!!」

 

しかし、万里小路は三人を素早い薙刀捌きで倒す。

 

「うぉっ!凄いッス‥‥」

 

三人を一瞬に倒した事に青木は、驚きながら感想を呟いた。

 

「うん、本当にすごい‥‥それに、痛そう‥‥」

 

シュテルも同じく感想を口にする。

万里小路が言うように、防具なしで薙刀の技をくらったレターナ、ロミルダ、アウレリアの三人を見て、痛そうだと同情した。

ウィルスのおかげ?で、理性が落ちているので、痛感も鈍っているかもしれない。

意識を取り戻した時、少しでも痛みが引いていることを祈るばかりだ。

 

「兵は敵に因りて勝ちを制す」

 

美波はことわざを言いながら、床に倒れている三人にワクチンを注射する。

すると、レターナのポケットから例のマウスが出てきた。

 

「ぬぉ~!」

 

「ニャー!!」

 

マウスは五十六とカマクラの姿を見て、逃げ出す。

すると、五十六とカマクラは逃げていくマウスを追いかけて行く。

 

「あっ、カマクラ!!」

 

「五十六!!待つッス!!」

 

青木が五十六とカマクラを追いかけて行く。

ウィルスの原因であるマウスは五十六とカマクラに任せれば大丈夫だろう。

その後もミーナの案内でシュテルたちは艦橋を目指す。

そして、艦橋と目と鼻の先まで来た。

 

「此処を上がれば艦橋じゃ!」

 

ミーナを先頭にシュテル、万里小路、野間、美波、等松が艦橋に続く階段を登ろうとした時に後ろからウィルスに感染した生徒三人が迫ってきた。

それに気づいた等松は、

 

「此処は行かせない!マッチは私が守る!」

 

そう言って、三人の前に両手を広げ通せんぼする。

しかし、よく見ると、等松に迫ってくるのは三人だけでなく、その後ろからはウィルスに感染したシュペーの乗員がまだまだ追加でやってくる。

やはり、艦橋に近いから、乗員の人数も多いのだろう。

シュテルはまず先頭の三人をルガーP08で撃つ。

 

「これ、使って」

 

「えっ?」

 

シュテルは等松にルガーP08を手渡す。

拳銃を渡された等松は唖然とする。

 

「模擬弾だから、当たっても死なないから大丈夫。でも、当てる場合は頭部じゃなくて、身体を狙って、使い方は‥‥」

 

時間がないので、シュテルは等松にルガーP08の使い方と替えのマガジンも手渡す。

困惑する等松であるが、眼前にはウィルスに感染したシュペーの乗員が迫ってくる。

 

「くっ、やるしかない!!マッチの為に!!」

 

野間の為、等松は銃口を迫りくるシュペーの乗員に向ける。

この場を等松に任せ、艦橋を目指す。

そして、艦橋に着いたミーナたちは、辺りを見る。

射撃指揮所の外部には、ミーナと同じヴィルヘルムスハーフェン校の士官服を着てコートを纏った一人の生徒が立っていた。

 

「テア!!」

 

「艦長!!」

 

シュテルはその女生徒の名前を、そしてミーナは彼女の役職を叫ぶ。

その女生徒こそ、シュペー艦長のテア・クロイツェルだ。

テアは振り向いた時、彼女は無表情で目もこれまで倒してきたウィルスに感染した生徒と同じ目をしていた。

恐らくあの時、ミーナがテアから退艦するよう言われた時に彼女は既にウィルスに感染していたのだろう。

だからこそ、テアは自身が艦長だと言う理由以外でシュペーからは脱出せず、まだ感染していなかったミーナだけをシュペーから退艦させたのだろう。

 

「やはり、テアもウィルスに感染していたか‥‥」

 

「艦長‥‥」

 

「‥‥ミーナさん、ワクチンは持っている?」

 

「あ、ああ‥‥ハルトマン医師から受け取っている」

 

「‥‥私がテアを抑えるから、その隙にミーナさんはテアにワクチンを‥‥」

 

シュテルはサーベルをベルトから取り、コートも脱ぎながらミーナにそう言って先頭に立つ。

テアは目の前に居るのがシュテル、ミーナだと認識していない様子で、

 

「うぅぅ~いやー!」

 

唸りながら、容赦なく回し蹴りをしてくる。

 

「‥‥」

 

シュテルはテアの回し蹴りを手でガードして払いのける。

蹴りがガードされ、テアは悔しそうに顔を歪める。

やはり、身体が小さいテアの蹴りの威力はあまりなかった。

シュテルはダっとテアに向かって駆け出す。

すると、テアもシュテルを迎え撃つ。

二人は拳と蹴りのラッシュを繰り返す。

テアはシュテルの蹴りをジャンプで躱し、ドロップキックをしてくる。

シュテルは後ろに跳び、テアの蹴りを躱し、再びテアとの距離を縮める。

二人のキャットファイトはシュテルがテアを背後から羽交い絞めにしてようやく終結した。

 

「今だ!!ワクチンを!!」

 

「あ、ああ」

 

ミーナがテアの上着をめくり、腕にワクチンが入った注射器を突き刺し、ワクチンをテアに投与する。

ワクチンを投与されたばかり時、テアはまだ暴れていたが、次第にワクチンが効いてきたのか、大人しくなり、やがて、眠った。

 

「ふぅ~‥‥」

 

「遅れてごめんなさい」

 

意識を失ったテアにミーナは助けに来るのが遅れたことを謝る。

 

「それでも、ミーナさんはこうしてテアとの約束を守ったのだから、きっと許してくれるさ」

 

眠るテアを見ながらシュテルはそう呟いた。

やがて、シュペーのマストに白旗が掲げられ、制圧が完全に終わったことを晴風に伝える。

 

「ぬぅ」

 

「ニャー」

 

五十六とカマクラはシュペーに居たあのマウスを捕まえ青木の前に戦果を見せるように置く。

 

「これで、十‥いや、十一匹目‥‥お手柄ッスねぇ~‥‥」

 

艦内に居たRATを全て捕まえた五十六とカマクラを青きは、大いに褒めたたえた。

駿河、比叡に続き、シュペーもこれでウィルスから解放されたのであった。

 



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83話

アドミラルティ諸島で、見つかったドイツ、ヴィルヘルムスハーフェン校からの留学生艦、アドミラル・グラーフ・シュペー‥‥

シュペーも行方不明になった横須賀女子の新入生たちの学生艦同様、例のウィルスに感染していた。

アドミラルティ諸島にて、ドイツ艦同士のドンパチが行われ、ヒンデンブルクはシュペーのスクリューに魚雷を叩き込み、シュペーの足を止めた。

ドイツ艦同士のドンパチが行われている頃、晴風は流れ弾が当たらない距離で待機していた。

明乃は友人のシュテルが戦っている中、何もできない自分に無力感を感じ、何かしたいと思っていた。

そして、シュペーの足を止めた後、シュペーに接舷・強襲し、ウィルスに感染した乗員にワクチンを投与する。

その際、明乃はシュペーの強襲に関して、晴風からも強襲の援軍を送った。

そして、艦長のテアを始めとするウィルスに感染したシュペーの乗員を倒し、艦の主要部分を占領、乗員にワクチンを投与して、シュペーを救うことが出来た。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥マッチ‥‥私‥役にたったかな?」

 

艦橋下部の階段付近で、息を切らしながら等松がシュテルから貸してもらったルガーP08を手にしながら、呟く。

彼女の眼前には、等松の手によって撃たれたシュペーの乗員が倒れている。

美波が艦橋から降りてくると、彼女は倒れているシュペーの乗員にワクチンを打っていく。

 

「お疲れ、等松さん」

 

美波と共に艦橋から降りてきた野間が等松に声をかける。

 

「あ、ありがとう‥‥マッチ‥‥」

 

野間から声をかけられ、等松は感激しつつ、その場に倒れる。

 

「おっと‥‥」

 

倒れる等松を床に倒れる前に野間がキャッチする。

もし、等松の意識があれば、もう鼻血を出すほどのシチュエーションなのだが、残念ながら彼女は意識を無くしていた。

 

駿河の時の様に、甲板にはヒンデンブルクの突入員の手によって倒されたシュペーの乗員らが運ばれ、美波、ウルスラがワクチンを投与していく。

なお、シュテルのルガーP08は、美波が拾い、シュテルの手に戻った。

 

「ハルトマンさん、抗体の接種。終わった?」

 

「はい、この人が最後です」

 

そう言ってウルスラは、最後のシュペーの乗員にワクチンを投与する。

やがて、時間の経過と共に正気に戻ったシュペーの乗員たちが目を覚ます。

その中には艦長のテアも含まれていた。

 

「うっ‥うぅ~‥‥」

 

テアがゆっくりと瞼を開ける。

 

「テア?」

 

「艦長?」

 

「ここは‥‥?」

 

「シュペーの艦長室‥‥テアの部屋だよ」

 

「‥‥副長?それに、シュテル?」

 

「よかった、気が付いたみたいだね」

 

「私は‥‥一体‥‥?」

 

「それも含めて、これまでの事を話すよ」

 

それから、ミーナとシュテルは、西ノ島新島から今日までの事をテアに話した。

 

「そうか、まさかそんなことがあったなんて‥‥副長にもシュテルにも迷惑をかけた‥‥すまない」

 

テアはペコっとミーナとシュテルの前に一礼する。

 

「そんなっ、テアのせいじゃないよ!!」

 

「そうですよ!!艦長。そ、そうだ、艦長に私が世話になった学生艦の艦長たちを紹介したいのですが‥‥」

 

「分かった、行こう」

 

ミーナはテアに明乃たちを紹介するため、甲板に向かった。

 

「明乃、真白」

 

「ミーちゃん!?」

 

「ミーちゃん?」

 

ミーナの事を『ミーちゃん』と呼ばれている事にテアは、不思議に思った。

これまでの学生生活やシュペーでも、ミーナの事は「副長」 「ミーナさん」 と呼ばれていたので、仇名で呼ばれているのを初めて見るので、無理もなかった。

ユーリがミーナの事をミーちゃんと呼んでいる時もテアは不在であったからだ。

 

「紹介する。此方が‥‥」

 

ミーナが前へと手を出すとテアは一歩前に出て、

 

「艦長のテア・クロイツェルだ。話は聞いた。我々を救ってくれて感謝する。それに副長も随分と世話になったみたいで、その点に関しても晴風には感謝する」

 

そう言ってテアは、明乃に手を出して明乃もそれに応えると、

 

「晴風艦長の岬 明乃です。此方が‥‥」

 

明乃も自己紹介をして、

 

「副長の宗谷真白です」

 

真白も明乃にならい、テアに自己紹介をする。

 

(この人がシュペーの艦長‥‥そして、シューちゃんの友人‥‥)

 

明乃はドイツで知己を得たと言うシュテルの友人をジッと見つめた。

 

「全員無事でしたか?」

 

「現状は‥これからゼーアドラー基地に戻って補給と補修だ」

 

シュペーは現在、スクリューが全損している状態‥しかも横須賀を出航してから補給をしていない。

補給と補修は必須だ。

 

「それじゃあ、ミーナさんも‥‥」

 

「ああ。当然我々と行く」

 

「えっ!?」

 

シュペーの乗員がこうして正常に戻ったからにはシュペーの副長であるミーナは、当然、自艦に戻らなければならない。

ミーナがシュペーに戻ることに一番ショックを受けたのは、晴風でミーナと共通の趣味で馬が合った納沙だった。

納沙にとって、ミーナとの別れはまさに衝撃な現実であった。

それは、ミーナが晴風の乗員ではなかったことを今ここで自覚するぐらいに‥‥

彼女はテアの言葉を聞いて、目に涙を浮かべると人知れず何処かへと行ってしまった。

 

「基地に戻ったら、念の為、精密検査を受けて欲しい」

 

美波は、テアにゼーアドラー基地に寄港したら、後遺症がないか精密検査を受けるように伝える。

 

「分かった」

 

テアは、それを了承する。

暫くして、

 

「ご飯ができました~」

 

「できました~!!」

 

杵﨑姉妹がパーティーの準備が出来た事を知らせてきた。

初めての海洋実習でお互い色々あったが、改めて、異文化交流しようと言うことになり、夕食を含めて交流パーティーをする事になった。

パーティーの会場に関して、ヒンデンブルクはシュペーとの戦闘でボロボロなので、見栄えが悪い。

シュペーも同じ理由だったので、ちょっと狭いが、全員が乗れない訳ではなかったので会場は晴風の後部甲板となった。

 

「これは、ラックスフィレだな?」

 

様々な料理の中でテアは、中央に置いてあった寿司桶に入っている寿司に注目する。

 

「そうです艦長!寿司とも言います!」

 

「日本食の定番だけど、シャリと呼ばれるご飯とネタの間に挟む、ワサビには好みがあるから気をつけてね。直接、ワサビそのものを食べると大変なことになるから」

 

ミーナとシュテルはテアに寿司について説明する。

 

「「我々も手伝いました!!」」

 

この寿司作りに関してはレオナとアウレリアも一緒に参加したみたいだ。

レオナは元々新日家なところがあり、ミーナに任侠映画を勧めたのも彼女である。

 

「‥‥」

 

すると、テアはジッと寿司を見ている。

 

「ん?もしかして、テアは寿司を見るのは初めて?」

 

「い、いや、日本に来る前、一通り、日本についての文化は学んだつもりだ」

 

ヨーロッパなどでは魚を生で食べる風習はほぼなく、いくら寿司の存在を知っていてもこうしていざ、寿司を目の当たりにすると、思う所があるのだろう。

 

「艦長」

 

「ん?」

 

「生魚がダメなら、クネーデルやマチェスも乗せてみました」

 

レオナがそう言って、クネーデルやマチェスを乗せた寿司を出す。

 

(クネーデルは炭水化物と炭水化物‥‥)

 

(マチェスは‥まぁ、同じ魚だけど味には独特の風味があるから、苦手に思うかもな‥‥)

 

レオナの作ったドイツ風寿司に関しては、好き嫌いが分かれそうだと思うシュテルだった。

 

「ああ、スシ、サシミ、カロウシってヤツか?」

 

「か、カロウシ?」

 

「最後のは、何か違う」

 

テアが最後に言った「カロウシ」は寿司にも刺身にも一切関係ない。

そもそもカロウシは食べ物ですらない。

何故、そこでカロウシが出てきたのか不思議に思うシュテルとあかねだった。

 

「これはアイントプフだな?」

 

続いてテアはおでんに興味を持った。

 

「そうです艦長。おでんとも言います」

 

「お、おでん?」

 

「ん?」

 

レオナとアウレリアも、おでんを見るのは今回が初めての様子で、興味ありげにおでんが入った鍋を見ている。

確かにおでんの見た目は日本風アイントプフにも見える。

 

「では艦長、そろそろ挨拶を‥‥」

 

「うむ」

 

ミーナに促されて、テアは皆の前に立つ。

 

「我々の不断の努力により、艦と自らの制御を取り戻した。このめでたい日に感謝してヒンデンブルクの艦長から乾杯の音頭を頂きたい」

 

「えっ!?わ、私!?」

 

突然、今回の夕食会の乾杯の音頭をテアから促され、びっくりするシュテル。

 

「え、えっと‥‥」

 

シュテルはテアの隣に立ち、

 

「で、では‥‥皆さん、乾杯!!」

 

『乾杯!』

 

『Prosit!!(プロ―ジット!!)』

 

晴風、ヒンデンブルク、シュペーの乗員たちは手に持ったジュースの入ったグラスで乾杯をして、食事をする。

日本の晴風とドイツのヒンデンブルク、シュペーなので、夕食会に出された料理は日本とドイツの二国の料理。

そんな中で、山盛りのザワークラウトに美波はドン引きしたが、その山盛りのザワークラウトはテアが全て片付け、レオナとアウレリアの二人が作った寿司ネタのクネーデル寿司やアチェス寿司はシュテルの思惑通り、日本人である晴風のクラスメイトには口に合う者と合わない者に分かれた。

野間はシュペーの前部甲板で戦ったアレクサンドラ、エルフリーデ、マリーア、エリーザに囲まれ、彼女たちの方が一個上なのに、何故かお姉様の扱いされており、等松は艦橋下部での単独ながらも善戦をしたことで、それを称えられてローザが賞状を送っていた。

 

「はい、艦長。あ~ん」

 

「はむっ、ムグムグ‥‥」

 

ミーナはテアにソーセージを食べさせていた。

そもそも二人の交流の切っ掛けが、二人が十歳の頃、テアと一緒に入ったホットドッグ店でミーナがテアに餌付けをしたことが切っ掛けであった。

ウィルスに感染していた時の食事に関しては当然、当人には記憶がなし、どんな食生活をしていたのか分からないが、ウィルスから解放された今は満面の笑みでヴルストを食べているテア。

 

「それ、ソーセージ?」

 

明乃はミーナがテアに食べさせた料理を訊ねる。

 

「我が船特製のヴルストじゃ。これがずっと食べたくてなぁ~ヒンデンブルクのモノもなかなかのモノじゃったが、やはり食べ慣れているヴルストが一番じゃ」

 

「はむっ、モグモグ‥‥なかなかいけますね」

 

皿に残った二本のヴルストの内一本を食べた万里小路はうっとりしながらヴルストを食べる。

よほど美味しいのだろう。

それは彼女の顔をみれば、一目瞭然だ。

万里小路の様子を見て、真白もヴルストを取ろうとした時、

 

「ぬぅ~パクッ!!」

 

五十六が最後のヴルストをかすめ取っていく。

 

「あっ‥‥」

 

真白はここでも不幸体質を発揮させた。

 

「えっと‥‥シュペーのじゃないけど、ウチのヴルスト食べる?」

 

シュテルは落ち込んでいる真白に声をかけ、ヒンデンブルクの厨房で作られたヴルストを真白に勧める。

 

「は、はい。すみません」

 

「いいよ。気にしないで」

 

シュテルは真白の取り皿にヒンデンブルクで作られたヴルストを乗せた。

 

真白にヴルストをあげた後、シュテルは寿司を食べる。

 

「う~ん‥‥久しぶりの日本食‥‥しかも寿司‥‥あぁ~美味しい~‥‥」

 

シュテルは久しぶりに食べる寿司に舌鼓を打つ。

 

「‥‥」

 

その様子をテアはジッと見ていた。

 

「ん?」

 

「テアも一つどう?寿司」

 

「えっ?いや、でも‥‥」

 

「美味しいですよ」

 

そう言って、もう一つシュテルは寿司を食べる。

テアはシュテルや周囲を見渡す。

晴風の乗員は兎も角、ヒンデンブルクやシュペーの乗員も寿司を食べている。

艦長として、他の乗員が食べているのだからここで逃げる訳にはいかない。

 

「い、いた‥頂こう‥‥」

 

やや震えながら、寿司を食べることにしたテア。

 

「では、何を食べますか?やはり、食べ慣れているクネーデルかマチェスにしますか?」

 

「うーん‥‥シュテルのお勧めはなんだ?」

 

「私の?うーん‥‥まぁ、定番はマグロにエビ、イカってところですかね?」

 

(タコはヨーロッパでも生食はあまりされていないからな、寿司でも勧められないな)

 

シュテルはタコを除き、定番の寿司ネタをテアに勧める。

 

「で、では‥‥マグロとやらを貰おう」

 

「ええ」

 

シュテルはマグロの握り寿司を少量の醤油につけて、

 

「はい、あーん」

 

「あ、あーん」

 

テアに食べさせた。

緊張しているのか、テアの顔は少し表情が固い。

 

「もぐもぐもぐ‥‥ごくん‥‥なかなかのモノだな」

 

テアの舌に寿司は大丈夫みたいで、その後もシュテルはテアに寿司を食べさせた。

その様子を見たユーリは、

 

(シュテルンったら、またあのちびっ子に‥‥くっ、シュペーに模擬弾じゃなくて、本物の弾使いたかったぜ!!)

 

またミーナも、

 

(我が艦長に食べさせる役目はワシの役目なのにぃ~!!)

 

と、悔しそうにしていた。

しかし、いつまでもシュテルの独壇場にするわけにはいかず、

 

「艦長、ずっと預かっていたこれ‥‥」

 

ミーナは被っていた艦長帽を脱ぐ。

シュペーを脱出した時、必ずこの艦長帽をテアに返すと約束していた。

その約束を今、果たそうとミーナはテアに声をかける。

決して、シュテルとテアがイチャイチャしているのをこれ以上見てられないからではない。

 

(グッジョブ、ミーちゃん ( ´∀`)bグッ! )

 

(テアはワシのモノじゃ!!( ^ω^)b !!)

 

ユーリとミーナは心の中で互いに親指を立てた。

 

「被せてくれ」

 

テアは、被せてくれと言って、せがみ、後ろを向く。

ミーナは、テアの後ろから艦長帽をテアの頭にそっと被せる。

その瞬間、テアの目から一筋の涙が出てきた。

 

「艦長さん…」

 

感動の再会に鈴も涙目であった。

 

「私は泣いてない!!」

 

テアは袖で涙を拭き、照れ隠しをする。

 

「し、しかし、ヒンデンブルクは相当酷い状態だな」

 

「確かに、日本に来てまだ一ヶ月なのに、もう歴戦艦みたいになってしまった‥‥」

 

ヒンデンブルクの左舷側には彼方此方ブルーシートが張られている。

とても、現状で修理できる箇所ではないからだ。

 

「シュテル、我々と共にゼーアドラーに行って修理を受けたらどうだ?」

 

「そうしたいけど、まだ行方不明になっている学生艦がいるから、それらの学生艦を見つけるまでは、まだ横須賀には戻れない‥‥船体は傷ついているけど、この後、明石、間宮から補給と補修を受けるから大丈夫だよ」

 

シュペーをこうして救助出来たので、残るは重巡洋艦、軽巡洋艦、駆逐艦の学生艦なので、傷ついているヒンデンブルクでも何とか対応できる。

学校からは行方不明になっている学生艦すべてが見つかったと言う連絡を受けていない以上、晴風とヒンデンブルクにはまだ学生艦捜索の仕事が残っている。

 

「そうか‥‥では、此処でお別れだな」

 

「ええ、先に横須賀で待っていてください」

 

テアとシュテルはしばしの別れとして握手を交わす。

 

「ん?‥あれ?」

 

そんな中、ミーナは納沙が居ない事に気づいた。

その納沙は、

 

「盃はかえしますけん‥‥以降わしを晴風の者と思わんでつかい‥‥帰るゆうても‥‥帰えれんぞ‥‥」

 

真白の部屋で電気も点けず、ミーナと共によく見ていた任侠映画を寂しそうに見ていた。

真白の部屋はミーナの部屋でもあり、納沙はここでよく、ミーナと共に任侠映画を見ていた。

真白の部屋は、納沙にとっても思い出深い部屋だった。

しばしの別れとは言え、やはり共通の趣味があり、その話で深く、語れる友人と別れるのは辛かった。

 

やがて、日は落ち、夜となり、交流パーティーはお開きとなる。

スクリューが全損しているシュペーを曳航するため、ブルーマーメイドの艦艇も到着し、シュペーの曳航準備が整いつつあった。

シュペーの左舷甲板では、ミーナがテアの横で何故かソワソワしながら晴風の甲板を見渡していた。

 

「如何したんだ?」

 

そんなミーナの様子に気づいたテアが声をかける。

 

「ココ‥いえ、何でもありません」

 

ミーナは、テアに何でもありませんと言ったが、今思い返してみれば、交流パーティーの際、ミーナは納沙の姿を見ていなかった。

実際にミーナは明乃や真白の他に納沙にもテアを紹介したかったからだ。

やがて、シュペーの曳航準備が整い、補給と補修の為、ゼーアドラー基地へと曳航される。

シュペーのマストには国際信号旗の『U』 『W』 『1』 の旗が翻っており、意味は『協力に感謝する。御安航を』という意味があり、ヒンデンブルクと晴風のマストには国際信号旗の『U』 『W』 の旗が翻っており、意味は『御安航を祈る』となっていた。

 

「楽しかったぞ!!」

 

ミーナがそう叫ぶと晴風からも真白が、

 

「私たちもです!! 良い航海を!!」

 

返答し、シュペーの安全な航海を祈る。

 

「Gute Reisen!! (グーテ ライゼ!!)」

 

ミーナがドイツ語でヒンデンブルクと晴風にも良い航海をと叫ぶ。

自走出来なくとも、シュペーは別れの挨拶として、汽笛を長音一声鳴らす。

 

「はっ!?」

 

それを聞いた納沙は居ても立っても居られず、急ぎ部屋から飛び出て甲板に出る。

やっぱり、このまま顔も見せず、別れの挨拶もせず、別れるのはこの先、ずっと後悔すると思ったのだ。

ミーナが段々と遠ざかって行く晴風とヒンデンブルクに向けて手を振っていると、一人の女子生徒が晴風の艦首に向かって走ってくる。

 

「あっ!?」

 

それは紛れもなく、晴風の中で、一番交流を交わした女生徒だった。

 

「わしゃあ!旅いってくるけん!」

 

ミーナ自身、このまま納沙と顔を合わせることなく別れるのかと思いきや、彼女はギリギリながらもこうして自分の前に姿を見せてくれた。

ミーナはしばしの別れの挨拶を納沙に向かって叫ぶ。

すると、納沙も、

 

「体を厭えよ~!!」

 

ミーナに向かって別れの挨拶を叫ぶ。

 

「ありがとう~!!」

 

ミーナは、納沙に手を振り、晴風から旅立っていた。

次第に水平線の彼方へと消えていくシュペーの姿。

納沙がシュペーを‥‥ミーナを見送っていると、後ろから真白がポンっと納沙の肩に手を掛けて、

 

「間尺に合わん仕事をしたのう」

 

と、珍しく真白が任侠映画の台詞を納沙に言った。

あれだけ、部屋で任侠映画の音声を聞かされたら、嫌でも耳に残る。

 

「もう一文なしや‥‥」

 

涙で濡れながらも、納沙は笑みを浮かべて真白にそう返す。

アドミラル・グラーフ・シュペーの救助はこれで完全に終わり、ミーナは無事に元の自分の艦に戻れた。

 

 

「シュペー、行っちゃいましたね」

 

ヒンデンブルクの艦橋でメイリンがシュテルに声をかける。

 

「ああ‥‥」

 

シュテルもやはり、しばしの別れとは言え、シュペーと‥‥テアとの別れに寂しさを感じた。

 

「さて、私たちも行こう‥‥」

 

「はい」

 

晴風とヒンデンブルクも機関を始動させ、補給と補修を行うため、間宮、明石との合流海域へと向かった。

 

 

 

 

ここで場面はとある世界のとある時間軸へと移す。

 

 

その時間軸の世界にあるとある病院の一室で、今まさに一人の男が死を迎えようとしている。

心電図の波形は徐々に小さくなり、やがて、

 

ピーッ!!

 

心肺停止状態を示す電子音が病室に鳴り響き、医師が臨終を確認する。

しかし、この男の周囲にはこの男の死を悲しんでくれる者は居らず、医師と看護師しかいなかった。

 

 

 

 

「こ、ここは‥‥?一体、どこなんだ?俺は確か死んだはずじゃあ‥‥」

 

男はついさっきまで病院のベッドで瀕死の状態だった。

それが気づけば、自分は両足で立ち、妙な空間に居た。

そこは、床がチェスの盤のように白と黒のチェック柄の床で、空はどこまでの続く真っ暗闇なのに、妙に明るい場所だった。

ここがどこなのか?

何故、死んだはずの自分がこうして自分の足で立っていられるのか?

男が戸惑っていると、

 

「あなたはつい先ほど、寿命を終え、天寿をまっとうしました。あなたの人生は終わってしまったのです」

 

どこから兎も角、女の人の声が聞こえてきた。

 

「だ、誰だ!?」

 

男が周囲を見渡すといつの間にか、男の目の前には椅子に座った一人の少女が居た。

 

「ようこそ、死後の世界へ」

 

少女は自分に向かってここが死後の世界であることを告げる。

彼女の話が本当ならば、やはり自分は死んだのだろう。

 

「お、おい、此処はどこなんだ?」

 

「此処は生と死の狭間‥‥選択の間です。比企谷さん」

 

そう、ついさっき、病院で死んだのは比企谷八幡と比企谷小町の父親だった。

 

「初めまして、私の名は女神エリス‥幸運の女神エリスです」

 

「女神?死後の世界?ふん、馬鹿馬鹿しい」

 

女神だの、死後の世界だの、漫画・アニメみたいな事に比企谷父は、信じられない様子で、エリスを小馬鹿にした目で言い放つ。

 

「どう、捉えようとご自由ですが、あなたがお亡くなりになったのは事実です。実際に最後は寝たきり状態だったあなたはちゃんと自分の足で立っているではありませんか」

 

「むっ?」

 

エリスにそう言われると比企谷父は彼女の言葉があながち全て嘘だとは言い切れない。

 

「では、早速ですが、あなたには三つの選択肢の内、一つを選んでもらいます」

 

「選択肢?どんな?」

 

「一つはあなたが居た世界にもう一度、記憶を消去して転生する、二つ目は天国に行って何事もなくただ永遠という日々を過ごす。三つ目は、特典を一つ貰い、異世界へと転生する‥‥この三つです」

 

「戻れるのか?あの世界に‥‥?」

 

「はい。ですが、その際、あなたの記憶はリセットされ、人に転生するかもしれませんし、人以外の生物に転生するかもしれません」

 

「むぅ‥‥」

 

人以外、記憶をリセットと言われ、渋る比企谷父。

彼としては人として、そして、記憶を持ったままあの世界に戻りたかった。

あの世界に残してきた小町の事が気になるからだ。

だが、あの世界に戻るには記憶をリセットしなければならず、しかも人になれるかもわからない。

彼は渋々、あの世界に戻ることを諦めた。

そして、二つ目の選択である天国行き。

念のため、天国がどんなところなのかを彼はエリスに訊ねる。

酒池肉林の様な極楽なのだろうか?

それならば、天国へと赴き、文字通り天使を相手に自らの肉欲を思う存分発散させたかった。

だが、エリスから聞いた話では、天国は自分が思ったような世界ではなかった。

残る三つ目の選択肢、特典を持っての異世界への転生‥‥

特典は可能な限りなんでも叶えられる。

しかし、その特典をもってしても前の世界に記憶を持ったままの転生は不可能だと言う。

そこで比企谷父は、どんな世界があるのかを訊ねる。

 

転生する異世界の事をエリスから聞いた彼は、社畜だったことに嫌気があるのか、現代に近い世界は選択肢から抜いた。

そこで、彼は転生する世界として文明のレベルが現代よりも下の世界にする。

自分の知識と行動力、リーダーシップがあれば、その世界で一国一城の主になり、秀吉みたいに何百と言う愛人を囲んでのハーレムを作れると思い込んでいた。

だが、実際は比企谷父にそこまでのカリスマ性はない。

そして、特典を選ぶ際、彼は、

 

 

俺の人生があそこまでボロボロになった理由はただ一つ!!

 

あのゴミクズが俺の家に生まれたことだ!!

 

 

と、前世の自分の人生設計が滅茶苦茶になったのは八幡のせいだと決めつける。

 

 

あの不愛想で可愛げのないゴミクズが家に居ただけで、家の中の空気が腐るし、勝手に失踪したせいで、職場では虐待を疑われ、永続窓際部署に追いやられ、小町が高校受験に失敗してニートになり、女房とは離婚する羽目になり、散々だ。

 

本当なら、小町が生んだ沢山の子供たちと小町に囲まれて、最後を看取ってもらう筈が、誰からも看取られない哀れな最期だったんだ‥‥

 

くそっ!!

 

俺は元々、男なんて‥息子なんて要らなかったんだ!!

 

もし、次の人生で男が生まれた大変だ‥‥よしっ、それならば‥‥

 

 

「決まりました」

 

「なんでしょう?」

 

「俺の特典は、女を身籠らせた場合、生まれてくるのは必ず娘だけが生まれてくるようにしてくれ!!」

 

と、自分の下に生まれてくる子供は必ず女子であるように設定してくれと言う。

 

「‥‥分かりました」

 

エリスは比企谷父の願いを聞き入れると、彼の足元に魔法陣が浮かび上がる。

 

(フフフ‥‥待っていろ、異世界のエンジェルたち、俺が幸福をもたらせてやるぜ!!)

 

まだ見ぬ、異世界の女性たち、そしてその間に生まれてくる娘を夢見て彼は異世界へと旅立って行った。

 

比企谷父が異世界へと転生した後、エリスは誰もいなくなった空間でポツリと愚痴をこぼす。

 

「‥‥折角の特典をあんな、色欲な願いであの世界に行くなんて、無謀もいいところだわ。戦闘力たったの5の村人が、どうやってあの世界で生きるのか見物ね」

 

比企谷父が転生した世界は、前任の女神が多くの転生者を送り込んだ世界。

強力な武具も、魔力もない、一般人‥‥ド〇クエでいうと、村人、ドラ〇ン〇ールでいうと、戦闘力たったの5の農夫と同じレベルのステータスしかない比企谷父が英雄‥ましてや一国一城の主となりハーレムを作るなんて不可能に近い。

そもそも、次の人生では結婚できるかさえ分からないのだ。

エリスは比企谷父の滑稽な選択に思わず嘲笑するような笑みを浮かべていた。

 




比企谷父は、こ〇すばの世界へと転生していきました。

機会があれば、この〇ば世界へ転生した比企谷父の視点も描きたいと思います。


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84話

 

 

ウィルスに感染したシュペーの乗員たちを正気に戻し、シュペーは補給・補修のため、ゼーアドラー基地へと向かい、同基地にて補修・補給の後は、横須賀に戻ることになり、ヒンデンブルクと晴風は引き続き、行方不明になっている横須賀女子の学生艦を捜索するため、両艦も補給・補修の為、明石、間宮との合流地点へ向かった。

 

両艦共に補給は必須であるが、補修に関して晴風はそこまで深刻なダメージを受けていないが、ヒンデンブルクの方は、駿河、シュペーとの戦闘で彼方此方損傷し、とても応急員だけでは完全に直すことは出来ず、応急処置として海水や雨水を防止するために、破損個所にブルーシートを張っている状態だった。

 

しかし、明石の補修だけでも完全に直すことは出来ないだろう。

 

それでも、やらないよりはマシである。

 

それに学校側からの連絡では行方不明になっている学生艦の中でもう戦艦は含まれていないので、これ以上のダメージは負うことはないだろう。

 

 

 

間宮、明石との合流地点まで向かっている途中、行方不明になっている学生艦と邂逅することもなく、両艦は合流地点に無事に着いた。

 

ヒンデンブルクの損害を見て、明石艦長の杉本珊瑚は、

 

「うわぁ~これは随分と手酷くやられたねぇ~‥‥」

 

損傷した箇所を見て、いつも通りの眠そうな顔で呟く。

 

「流石に明石だけの装備と備品だけでは、完全に直すのは難しいなぁ~」

 

工作艦一隻で、しかも洋上での補修では完全に直すことは出来ず、横須賀に戻り、ドック入りしなければ、完全に直すことは出来ないだろうと珊瑚は言う。

 

元々明石に積みこめる応急修理の部品だって数に限りがあるからだ。

 

それに補修をするのはヒンデンブルクだけでは無いのも理由の一つだ。

 

「まぁ、捜索する残りの学生艦は数少ないから、補修が出来る部分だけでいいよ」

 

シュテルは珊瑚に出来る部分だけで良いと言って、明石に補修を任せた。

 

「りょーかい‥‥あっ、そう言えば‥‥」

 

 

珊瑚は何か思い出したかのように呟く。

 

「ん?まだ何か?」

 

「私もあのDVD見たよ」

 

「えっ?」

 

DVDと言う単語を聞いて、ビクッとするシュテル。

 

「でぃ、DVDって?」

 

「間宮艦長が言っていたダートマス校の演劇祭のDVD」

 

「やっぱりかぁ~‥‥」

 

「ほんのちょい役だったけど、ヴァイオリン上手だね。今度、お茶会の時に生演奏してくれると嬉しいな」

 

「か、考えておきます」

 

まさか、間宮以外に明石でもあのDVDが出回っていることはシュテルにとっても予想外だった。

 

それに珊瑚の見た目からして、演劇なんて興味がないと思っていたのに、それを見ていたことも同じく予想外だった。

 

 

補修、補給を行っている中、晴風の艦橋にて、

 

「てぇ~へんだぁ!! てぇ~へんだぁ!!」

 

『ん?』

 

『えっ?』

 

「てぇ~へんでぇ~いぃ!!」

 

柳原が大変だと叫びながら、艦橋に駆け込んできた。

しかも彼女は制服の上に浅黄色で背中の部分に『大漁』と書かれた法被を着ていた。

 

「何事だ!?」

 

大変だと叫びながら艦橋に駆け込んで来たのだから彼女の役職上、機関部に何かあったのだろう。

真白が柳原に何があったのかを訊ねる。

 

「機関部の何処か壊れていた?」

 

柳原が晴風の機関長なので、機関部にどこか深刻なダメージでもあったのかと思い、明乃が訊ねると、

 

「違ーう!!」

 

しかし、柳原はそれを否定する。

機関に何か問題があったわけではなさそうだ。

 

「じゃあ、機関科の誰かの体調が悪いの?」

 

機関に問題がなければ、機関科の誰かが病気か怪我にでもなったのかと思ったが、

 

「みんな元気でぇい!」

 

どうやら、機関科のクラスメイトたちも怪我や病気でもなく、元気みたいだ。

 

「だったら何!?」

 

機関にも機関科のクラスメイトにも問題がなく、一体何が大変なのか分からず、西崎は柳原に何が大変なのかを率直に訊ねる。

 

「もう晴風は赤道を越えているじゃねぇか!」

 

柳原は艦橋メンバーに晴風が既に赤道を越えている事実に目を輝かせながら言う。

 

「赤道?」

 

「あぁ~確かにそうですねぇ~」

 

納沙がタブレットで晴風の現在位置を調べると、確かに晴風とヒンデンブルクは赤道を越えた位置に居た。

当然、補給、補修中の明石、間宮も同じことが言える。

四月に入ったばかりの新入生たちがまさか初の海洋実習で赤道を越えるほどの大航海をするとは、本人たちにとっても驚愕の事実であり、横須賀女子初の偉業記録ではないだろうか?

 

「マロンちゃん、何かしたいの?」

 

「決まってらぁ!!赤道祭だぁ!!」

 

柳原は赤道を越えているのだから、それを記念して赤道祭を行おうと言った。

確かに補給・補修の間、特に何かすることもなく、またヒンデンブルクの補修には時間がかかるので、その間に柳原が言う赤道祭をするのも悪くはないと思った明乃。

ここ最近、戦闘ばかりで、息抜きする機会もなかったので、丁度いい。

明乃は、早速、晴風のクラスメイトたちを教室に集め、赤道祭の企画を伝える。

その他にも晴風から赤道祭を行いたいと言う連絡を受け、シュテルも晴風の教室に向かう。

 

「本艦とヒンデンブルクは補給・補修中でもありますし、赤道祭を行いたいと思います」

 

そして、明乃はシュテルと晴風のクラスメイトたちにこの補給・補修の時間を利用して赤道祭を行いたい旨を伝える。

 

「赤道祭?」

 

「また適当に名前つけたっすね」

 

青木が赤道を越えたからそれを記念した祭りとして、赤道祭をしたいと言うことから随分と安直なネーミングだと口にする。

 

「何言ってぇんでい!!赤道祭は、由緒正しい祭りだい!!」

 

柳原は、赤道祭は決して安直なネーミングの祭りではないと、青木の意見を否定する。

 

「何処が由緒正しいのですか?」

 

万里小路が、赤道祭の由緒を聞いてきた。

 

「それはなぁ~‥‥クロちゃん説明してくれぇい!!」

 

柳原は赤道祭の説明を隣に居た黒木に任せた。

 

「帆船が主流だった大航海時代に赤道近くの無風地帯を無事に通過できるように海の神に祈りを捧げたのが始まりだったそうよ。赤道通過の時に乗員が仮装をしたり寸劇を演じたりと雅にお祭り騒ぎをした記録が残っているわ」

 

黒木は赤道祭の由来を柳原の代わりにクラスメイトたちへ教える。

 

「ふ~ん」

 

「へぇ~」

 

「そうなんだ~」

 

だが、黒木から赤道祭の由来を聞いたのに対して、晴風のクラスメイトたちはあまり乗り気ではない様子。

 

(周りはあまり乗り気じゃないみたいだ‥‥ある意味、前世の文化祭実行委員みたいだな‥‥)

 

折角のイベントなのだが、赤道祭と聞いてもシュテルにとって、前世の最後の文化祭における文化祭の準備というよりも、文化祭実行委員のあの教室と同じような空気が晴風の教室に流れていた。

あの時の文化祭実行委員のメンバーは、雪ノ下以外は嫌々でやっていた感があった。

 

「実行委員には機関長の柳原さんが立候補してくれました」

 

そんな白けた空気なのに、柳原は赤道祭の実行委員に立候補した。

 

(まぁ、見た限り、相模みたいに目立ちたい、ノリで委員になった‥‥とは思えないが。この白け切った中でどうやってやるのだろう?)

 

シュテルは、柳原は決して、相模みたいに目立ちたいから、ノリでやったという理由で赤道祭の実行委員になった訳ではないと彼女の様子を見て、判断する。

むしろ、周りは白けているが、柳原自身は赤道祭をやる気満々の様子。

 

「やっぱり‥‥」

 

「マジか!?」

 

柳原が実行委員になった事に、機関科のクラスメイトたちは事前に聞かされていたみたいだったが、まさか本当に赤道祭を提案して、その祭りの実行委員に立候補するとは思っていなかったみたいで、機関科のクラスメイトたちはてっきり、柳原が冗談を言っているものだと思っていたので、こうして、赤道祭の実行委員になったことに呆れている様子だった。

 

「皆の衆盛り上がっていくからな!それぞれ出し物を考えておいてくれよな!祭は明日の明日だからな!!」

 

「めんどくさいっす‥‥」

 

青木はもう赤道祭に関して面倒というぐらい白けていたのだが、隣に居た和住は口には出さなかったが、何か思いついていたみたいで、彼女は青木とは正反対で、赤道祭には乗る気みたいだった。

 

「とりあえず、ウチの艦のみんなにも知らせておくか‥‥」

 

「あっ、ドイツ艦の艦長さん、すまねぇが‥‥」

 

「ん?」

 

艦に戻り、赤道祭の事をヒンデンブルクのクラスメイトたち伝えようとした時、シュテルは柳原に声をかけられる。

 

「なんでしょう?」

 

「艦長さん、すまねぇが、赤道祭の会場にそっちの艦を使わせてくれねぇか?」

 

「えっ?」

 

柳原は赤道祭の会場にヒンデンブルクを使用したいと言う。

その理由は、晴風、明石、間宮、ヒンデンブルクの中で、一番大きく広いのはヒンデンブルクだからだ。

 

「赤道祭に関して今から、艦の乗員に説明しますので、その後で返事をする形でいいですか?」

 

「ああ、かまわねぇぞ」

 

「でも、被弾しているので、見栄えは悪いですよ」

 

「いいって、いいって、江戸っ子は、こまけぇ事は気にしねぇし、後部甲板は平気なんだろう?」

 

「えっ?ええ、まぁ‥‥」

 

ヒンデンブルクは艦橋周辺や両舷の高射砲群は駿河、比叡、シュペーとの戦闘で被弾しているが、柳原の言う通り、後部甲板は被弾していないので、そこを赤道祭の会場にすれば、問題ないだろう。

後は艦内の教室などでも使用できるし‥‥

 

「江戸っ子って‥‥貴女は東京の出身なのですか?」

 

柳原が自らを江戸っ子と呼んでいたので、シュテルは彼女が東京出身なのかと訊ねると、

 

「うんにゃ、千葉生まれの千葉育ちでぃ」

 

(‥‥それ、江戸っ子ちゃうやん!!)

 

思わず関西弁で心の中で柳原にツッコミを入れるシュテルだった。

その後、シュテルは、ヒンデンブルクに戻り、クラスメイトたちに晴風にて赤道祭を行う旨を伝える。

ヒンデンブルクでもここ最近は戦闘に次ぐ戦闘だったので、息抜きにバカ騒ぎをしたかったのか、ヒンデンブルクのクラスメイトたちは赤道祭に乗る気だった。

シュテルは柳原に会場をヒンデンブルクが可能な旨を伝えた。

 

「会場、こっちで大丈夫だよ」

 

「おお、そうか!!すまねぇな」

 

「いいって、ここ最近、戦闘ばかりだったからみんな、バカ騒ぎをしたいみたいだからね。赤道祭についても乗る気だよ」

 

「そりゃあ、よかった!!じゃあ、盛大に盛り上げていこうぜ!!」

 

「そうだね」

 

赤道祭の企画が進んで行く中、補修に関して、明石の生徒たちは主にヒンデンブルクの補修を行ったが、晴風も簡単ながらも改装が行われることになった。

 

「必要な物は、補充しといたわ」

 

補給に関しては、補修よりも早めに終わった。

 

「主砲の換装はあと二日ぐらい掛かる。ヒンデンブルクの補修箇所が結構多くてな」

 

「ありがとう」

 

補修・補給に関して明乃には手伝うことはなさそうだったので、柳原が企画した赤道祭について、艦橋メンバーはどんなことをするのか気になったので、艦橋に行ってみると、

 

「出し物、何やります!?」

 

「えっ?」

 

納沙が真白に赤道祭での出し物は何が良いかを訊ねていた。

彼女は、赤道祭に関しては前向きな様だ。

 

「やっぱり、やんなきゃいけないの~?」

 

「うぅ~‥‥」

 

納沙とは裏腹に西崎と立石は青木同様、和住や榊原、黒木以外の機関科のクラスメイトみたいにあまり赤道祭に関しては乗り気ではない様子。

 

「私が考えても良いですか?」

 

そんな様子の二人を完全にアウト・オブ・眼中な納沙が真白に赤道祭の出し物の企画をしてもいいかと訊ねる。

 

「ダメだ!!」

 

「えぇ~」

 

真白はあっさりに却下する。

 

「ココちゃんの考える事に私たちきっとついていけない気が‥‥」

 

鈴は納沙がやる企画は恐らく任侠映画系のネタかよく艦橋内でやってきた即興の一人芝居の延長線上な演劇をやるのだろうが、ミーナ以外に任侠映画を理解できる人間は晴風にはいないし、納沙の即興一人芝居なんて納沙以外には分からない。

 

「じゃあ、シロちゃんも一緒に考えてくださ~い!!」

 

納沙は、ミーナや自分と共に同じ部屋で任侠映画を一緒に見ていた真白には幾分か理解があるはずだと思い、一緒に企画してくれと真白に抱き着いて頼む。

 

「は、離せ~」

 

「離さんよ~!」

 

「離せゆうとるんじゃい!」

 

「離さんよ~!」

 

「あぁー!!もう~!!」

 

真白は納沙を引きはがそうとするが、納沙は反対に益々真白に腕を絡めてくる。

これが男女ならば、カップリングしたてのツンデレ彼氏と彼女のじゃれ合いに見えるのだろうが、あいにくと二人は同性なので、そっち方面の人しか興奮しないだろう。

逆に黒木がこの現場を目撃したら、納沙に対して嫉妬の炎を燃やしていただろう。

 

「いつの間にか凄く懐いているね」

 

「なに、このうっとおしい距離感」

 

「うぃ~」

 

確かに納沙と真白は自分たちと同じ艦橋メンバーであるが、納沙が真白に此処までぴったりくっつき合い、じゃれ合う光景は今回が初めてだったので、自分たちが知らない間に二人に何かあったのだろう。

勿論、切っ掛けはシュペーとの別れの際のある一コマである。

 

納沙や和住、柳原たち一部の晴風の乗員が赤道祭の準備に前向きな頃、ヒンデンブルクでも、準備が進められていた。

しかし、晴風以上に損害を負い、補修箇所多い為、全員が赤道祭の準備という訳にはいかず、各部署で交代しながら、赤道祭の準備をしている。

会場がヒンデンブルクという事で、飾りつけも当然、ヒンデンブルクで行われているのだが、晴風の砲術科三人娘たちは水着に着替えて水鉄砲でサバゲーをしているし、同じ機関科のメンバーは砲術科三人娘と同じく水着に着替えてデッキチェアで優雅に日光浴をしている。

和住は木箱の上に座り何かを書いている。

野間は周辺の海でパラセイリングをやっていた。

 

「あなたたちも手伝ってよ!」

 

黒木は不機嫌そうな顔と声で晴風の甲板で日光浴を楽しんでいる機関科のメンバーに声をかける。

晴風の機関は、柳原が赤道祭をやりたいために彼女と黒木が早々に点検を終えたので、晴風の機関科のクラスメイトたちは手空きで、赤道祭の準備ができる筈なのだが、彼女たちは元々赤道祭には消極的なので、どうもやる気がない。

 

「うーん、なかなか、大変、大変」

 

和住は、楽しそうにスケッチブックに何かの設計図を書いていた。

そして、出来上がったのか、スケッチブックを片手に食堂へと向かった。

 

「やっぱり屋台はほしいよな」

 

晴風の食堂では柳原、杵崎姉妹、伊良子、ヒンデンブルクの厨房長が集まり、赤道祭に出す料理の話し合いをしていた。

 

「焼きそばとかたこ焼きとか?」

 

「屋台だとウチらはフランクフルト、ホットドッグにレープクーヘンかな?」

 

「れ、れーぷくーへん?」

 

聞いたことのない名前のお菓子に首を傾げる柳原。

 

「クリスマスにドイツでよく食べるケーキとクッキーの中間のような焼き菓子の事」

 

「まぁ、定番もいいけどスカっぽい感じもほしいよな!」

 

「スカ~?」

 

「スカってなに?」

 

「横須賀のことじゃない?」

 

「ああ、なるほど」

 

「わかった、色々考えてみる」

 

柳原の言うスカッぽい感じと言う要望に少し困った笑みで色々と出店を考えると言った。

 

「ねぇねぇ、主計科で要らない木箱とかってない?」

 

そこへ、和住がやって来て厨房で要らなくなった木箱はないかと聞いてきた。

 

「えっ?木箱?あるよ。ちょっと待っていて」

 

伊良子が食糧倉庫に不要となった木箱を取りに行く。

 

「おっ?出し物で使うのか!?」

 

要らなくなった木箱を使うのだから、赤道祭の出し物に使うのかと思い、柳原は和住に木箱の使い道を訊ねる。

 

「ううん、ちょっと個人的に作りたい物があるんだ」

 

「なぁんだよ?個人的って!?」

 

「な・い・しょ」

 

「むぅ~」

 

和住の態度に頬を膨らませる柳原。

 

「なんでぇい、なんでぇい!!内緒ってのは気に入らねぇ!!」

 

そもそも和住が個人的に作りたい物が赤道祭に関係ある物なのかさえ分からない。

もし、関係ない物だったとしたら、あまりにも不真面目すぎると柳原は少し不機嫌だ。

 

柳原が赤道祭の準備が行われているのか進捗を確認している中、甲板で八木と宇田、そして万里小路がスイカ割をしていた。

 

「何やってんでぇい?」

 

「スイカ割りだよ~」

 

「万里小路さん凄いの!絶対外さないんだよ!」

 

「赤道祭はどうした!?出し物何やるか決めたのか?」

 

「まだ~」

 

赤道祭の出し物が決まっていないのに、吞気に甲板でスイカ割りをしている三人に詰め寄る。

 

「だったらスイカ割りなんてしてねぇで‥‥」

 

「参る!!はああぁぁ!!」

 

万里小路は目隠しをして、スイカ割りに集中していた為、柳原の声が聞こえていない様子で、手にした木刀を気合いと共に一気に振り下ろす。

すると、見事に木刀はスイカに命中し、スイカはパカッと真っ二つに割れる。

 

「おおー」

 

「すごーい!」

 

八木と宇田は一発でスイカを割った万里小路に拍手を送る。

 

「機関長もスイカ食べる?」

 

「いらねぇ!いらねぇ!んなもん!」

 

割りたてのスイカを一緒に食べないかと誘われるが、柳原は不機嫌な様子で断ってズカズカと甲板を歩きだす。

 

「まったく、どいつもこいつも‥‥時間がねぇってぇのによぉ、何のんびりしてんでぇい、ドイツ艦の先輩方はもう出し物を考えて準備しているってぇのに‥‥わっぷっ!!」

 

ヒンデンブルクのクラスメイトたちは赤道祭で何をするのかを決めてみるみたいで、時間を見つけてはその準備をしている。

しかし、晴風のクラスメイトたちはどうも赤道祭には消極的で、各々の時間を過ごしている。

そんな晴風の現状に柳原のイライラは募るばかり。

更に泣きっ面に蜂のごとく、砲術科三人組の水鉄砲の水が直撃する。

 

「うわっ!ゴメン、機関長!!」

 

「ったく、遊んでいる暇があったら祭りの準備しろってんでぇい!!」

 

「えー全方位、盛り上がってないんですけど~」

 

「盛り上がっているのは、機関長とドイツ艦の人だけだよ」

 

「なっ!?‥‥も、盛り上がってない‥‥だと‥‥」

 

砲術科のクラスメイトたちから衝撃的な発言を受け、柳原は雷に打たれたぐらいのショックを受ける。

盛り上がっているのは、自分とヒンデンブルクのクラスメイトたちだけ‥‥

その言葉の裏腹はつまり、晴風のクラスメイトたちは赤道祭に対して全く興味を抱いていないことになる。

ただ少なくとも、和住と納沙はやる気があるのだが、和住はそれを柳原に内緒にしており、納沙の方に関して柳原は知らない。

更に、日置が赤道祭より、水鉄砲大会の方が盛り上がると、まるでトドメの一発の様に言うと柳原はそんなことはないだろうと思い、その場を後にする。

自分と同じ機関科のクラスメイトたちは赤道祭に協力的だと思っていたのだが、現実は非情で、彼女の眼前には、赤道祭の準備もせず、甲板の上で、制服ではなく水着姿でデッキチェアに座り日光浴をしている機関科のクラスメイトたちの姿がそこにあった。

日光浴をしながら雑誌を読んでいる若狭に突然影が差す。

一体誰が自分の貴重な休憩時間の邪魔をしているのか?

一言「邪魔だ。そこをどけ!!」と文句を言ってやろうかと思い、雑誌から視線を逸らすと、そこにはダークオーラを纏った柳原の姿があった。

 

「うえっ!?み、みんな何やっているのよー!?」

 

「うん?」

 

「げっ!!」

 

「あっ!?」

 

「きゅ、休憩終わりー!!」

 

「祭りだー祭りだー!!」

 

「準備、準備~」

 

日光浴を楽しんでいた機関科のクラスメイトたちが急いでデッキチェアから一斉に立ち上がり、体裁を整えるが、誰が見てもその場しのぎで柳原のご機嫌取ろうとしているのは、分かるくらいで、幼稚園児でさえ騙されることはないだろう。

 

「わざとらしいことしなくていいんだよ‥‥」

 

底冷えする様な低い声で柳原は腹の奥底から呟く。

これはかなりご立腹な様子だ。

 

『うっ!』

 

「よぉ~く、分かったよ‥‥みんな、赤道祭なんかどうでもいいんだな!?向こうの先輩方はちゃんと考えているってのによぉ!!晴風のみんなはどうでもいいんだな!?」

 

赤道祭の出し物に非協力的なクラスメイトたちの態度にとうとう柳原がキレた。

 

「き、機関長、落ち着いて‥‥ねっ?」

 

「そ、そうですよ」

 

「めっちゃ、楽しみー」

 

「わーい、わーい」

 

機関科の四人娘たちは必死に取り繕うがそれは焼け石に水、火に油を注ぐ行為だった様で、

 

「無理すんな!!おめぇらに慰められたくねぇや!!」

 

「あっ、機関長!!」

 

「あぁ~‥‥行っちゃった」

 

柳原は完全にブチ切れると何処かに走り去って行った。

 

晴風で企画・実行委員の柳原がキレて不貞腐れていることなど知る由もない、ヒンデンブルクのクラスメイトたちは赤道祭の出し物や準備を着実に進めていた。

 

「出し物何をやろうか?」

 

「私としてはシュテルンと一緒に何かやりたいなぁ〜最近、シュテルンと絡んでいないし‥‥」

 

「だったら‥‥」

 

シュテルと何か一緒に出し物をやりたいと思っているユーリにクリスはある提案をする。

 

「いいね、それ!!」

 

「でしょう?じゃあ、早速準備しようか?」

 

「でも、用意できるの?ソレ‥‥?」

 

「うーん‥‥舞台に必要な小道具と少しはすぐに用意出来るだろうけど‥‥」

 

「メインのソレが少ないとイマイチ盛り上がらないし、私たちにとっても福眼じゃないよ」

 

「そうだよねぇ~」

 

「今から作るにしても時間がなさすぎでしょう」

 

「うーん‥‥どうしよう‥‥」

 

ユーリとクリスは赤道祭の出し物に必要な小道具を集めようとするも時間の壁が立ちふさがったみたいだ。

そこへ、

 

「あの‥‥」

 

「ん?」

 

「えっ?」

 

明石の乗員が声をかけて来た。

 

「もし、ソレに困っているようでしたら、私のコレクションを貸しましょうか?」

 

「「えっ?」」

 

二人が赤道祭の出し物に必要としているモノをどうやらこの明石の乗員が持っているみたいだった。

実行委員の柳原が不貞腐れ、晴風の乗員のほとんどが赤道祭に対して白けている中、無事に赤道祭を行うことが出来るのだろうか?

 



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85話

赤道を越えたヒンデンブルクと晴風。

それを記念して晴風の機関長、柳原から赤道祭をやろうと提案があり、彼女は実行委員になるまで、赤道祭に積極的に動いた。

しかし、彼女の思いとは裏腹に晴風のクラスメイトたちはその大半が赤道祭には消極的であり、準備もあまりはかどらない。

そんな現状を目にした柳原は等々キレて何処かに走り去っていく。

企画・実行委員の柳原がまさかそんな事態になっているとは知らず、晴風の艦橋では赤道祭に協力的な納沙が出し物である演劇のシナリオを描いていた。

 

「シロちゃ~ん!この続きは如何したら良いと思います?」

 

納沙がシナリオの続きの意見を真白に訊ねる。

 

「如何でも良いと思う‥‥」

 

反対に真白は赤道祭にはあまり積極的ではないのか、納沙へなげやりな返答をする。

それとも、うっとおしいほど自分に引っ付いてくる納沙にげんなりしているのかもしれない。

 

「ええぇ~投げやりだなぁ~」

 

「相変わらずだね、ココちゃん‥‥」

 

納沙の長所はキャラがブレない所になるのかもしれない。

トイレットペーパーの在庫がなくなり、明乃たちが海上ショッピングモールへ買い出しに行った時も、ジンバブエドルの話から、しりとり、古今東西と、切り替えも早かった。

そんな中、

 

「艦長!!」

 

黒木が艦橋に飛び込んできた。

 

「どうしたの?クロちゃん」

 

「あっ!いえ‥‥機関長が‥‥」

 

黒木は慌てて艦橋に飛び込んできたは良いが、なんか気まずそうな様子だ。

 

「マロンちゃんが如何かした!?」

 

もしかしたら、柳原が赤道祭の準備中に怪我でもしたのだろうか?

明乃はちょっと心配そうに黒木に柳原の身に何があったのかを問う。

 

「‥‥それが‥‥その‥‥拗ねました」

 

黒木は明乃から視線を逸らし、柳原が拗ねたと答えた。

 

『‥‥えっ?』

 

黒木の返答を聞いて、艦橋に居たメンバー全員が目を点にして( ゚д゚)ポカーンとした。

 

「ですから、機関長が拗ねました!!」

 

「なんで、そんな事態になったんだ?」

 

そして、真白は何故柳原が拗ねたのか?その原因を黒木に訊ねた。

艦橋で黒木が何故、柳原が拗ねたか、原因を説明している中、晴風の通路にて、和住が木箱を一度バラして何かを組み立てていた。

そこをお手洗いから戻った小笠原が見つけ、

 

「何作ってんの?」

 

和住に何を作っているのかを訊ねる。

 

「できてからのお楽しみ、お楽しみ~」

 

そう言いながら、和住は木材に釘を打ち込んでいる。

ここでも和住は何を作っているのか秘密にしていた。

小笠原は特に興味はなかったのか、それ以上聞くこともなく、その場から去って行った。

 

 

「成程。自分の思うように盛り上がらなくて拗ねたのか‥‥」

 

柳原が拗ねた理由を聞き、明乃、真白が赤道祭の会場であるヒンデンブルクの後部甲板へと来ると、準備は思いのほか進んでおらず、晴風航海科のクラスメイトたちは赤道祭準備をせず、晴風の甲板でトランプをしていた。

機関科の四人娘たちは流石に柳原への罪悪感を覚えたのか飾りつけをしていた。

 

「いつもは威勢がいいんですが一旦ヘソを曲げるとテコでも動かなくて‥‥」

 

「でも、どうするの?実行委員の彼女が、拗ねていては、赤道祭が出来ないんじゃない?」

 

シュテルが赤道祭を実行できるのだろうかと訊ねる。

 

「クロちゃん、マロンちゃんと幼馴染だったね。お祭り任せっぱなしにしていた私も悪かったよ」

 

明乃は、赤道祭の準備全てを柳原に任せっぱなしだった事に関し謝罪する。

 

「とはいえ、サボり組を準備に戻さないと、柳原さんの機嫌も直らないし、赤道祭も実行できないな‥‥」

 

前世の文化祭の準備期間と似たような状況であるが、バラバラになっているサボり組を一致団結させるにはちょっと難しい。

あの時はスローガン決めで、実行委員のメンバーが一堂に集まったが、今回の赤道祭は晴風のクラスメイトたちのやる気を出させなければならない。

 

「あ、あのさ!!私が個人的に作った物で気分が盛り上がるんじゃないかと‥‥」

 

そこへ、和住が先程から作っていた物が完成したみたいで、その完成した物を使えば、盛り上がるし、柳原もきっと機嫌を直してくれると確信があるみたいだった。

そこで、シュテル、明乃、真白、黒木は和住が個人的に作った物を見せてもらった。

 

「これって‥‥」

 

「これを和住さんが作ったのか?」

 

「器用だね‥‥」

 

「確かにこれなら麻侖の機嫌が直りそうね」

 

和住の言う通り、彼女が個人的に作った物を見て確かに柳原の機嫌が直ると確信した黒木だった。

 

「これを使うには、少し人手が必要だね」

 

「手空きの人を呼んでこようか?」

 

「じゃあ、私は麻侖を呼んでくるわ」

 

こうして、柳原の機嫌を直す為、天の岩戸の様な作戦が開始された。

そんな中、

 

「あっ、居た、居た!!すみません!!晴風の副長さん!!」

 

「えっ?」

 

真白はクリスに声をかけられた。

 

「えっと‥‥確かヒンデンブルクの副長さん‥‥な、なんでしょう?」

 

クリスが自分に一体何の用だろうか?

 

「貴女が飼っている小さなネコ‥‥えっと、太郎丸くんだっけ?」

 

「多聞丸です」

 

「そうそう、その多聞丸くんなんだけど、後でちょっと貸してくれないかな?」

 

「えっ?多聞丸を‥ですか?」

 

「うん、ちょっと赤道祭の出し物に使いたいんだけど‥‥」

 

「ま、まぁ‥いいですけど‥‥」

 

「ありがとう!!」

 

クリスは真白から多聞丸を借りる約束をした。

 

 

一方、シュテルの方は、

 

「艦長、ちょっとええか?」

 

ジークに声をかけられた。

ジークの他に、レヴィ、メイリンも居た。

 

「ん?何かな?」

 

「赤道祭の出し物でちょっと、相談があるんだけど‥‥」

 

ジークたちはシュテルに赤道祭の出し物について相談された。

 

 

柳原を捜しに行った黒木は一発で柳原の居場所を突き止めた。

流石、幼馴染なだけあって柳原の性格や行動を熟知しているだけある。

 

「やっぱり此処に居た」

 

柳原は晴風の機関制御室で、椅子を並べそこで不貞寝していた。

 

「よく分かったな‥‥」

 

「麻侖いつも拗ねると船の下に潜り込んでいたじゃない」

 

「そう‥だったかな‥‥?」

 

「ちょっと来て。麻侖が喜ぶ物があるから」

 

「焼肉?」

 

「食べ物じゃない!」

 

「パイナップル缶?」

 

「それも食べ物じゃない」

 

「じゃあ、何だよ?」

 

「来れば分かるから」

 

「むっ?」

 

黒木に促され、渋々彼女についていく柳原。

そして、赤道祭の会場であるヒンデンブルクの後部甲板では、

 

『ワッショイ!!ワッショイ!!』

 

真白、野間、青木、等松の四人が神輿を担いでいた。

更に神輿の前で万里小路が笛を吹き、松永が太鼓を叩いており、ヒンデンブルクのクラスメイトは神輿が珍しいのか、スマートフォンで写真や動画を撮っている。

ただ、万里小路の笛は音ズレをしており、なんだが気が抜けそうな音色だ。

 

「何でぇい、何でぇい!如何したんでぇい?」

 

「副長、もっと威勢よく!」

 

和住が万里小路の笛の根に負けないようにもっと声を出すように真白に言う。

 

「むぅ‥‥」

 

「神輿なんて何処にあったんでぇい?」

 

晴風に神輿なんて積まれていなかった。

当然、ヒンデンブルクにもだ‥‥

それならば、この神輿は一体何処にあったのだろうか?

 

「私が作ったんだ」

 

なんと、この神輿を作ったのは和住だった。

しかも彼女一人で作ったみたいだ。

 

「個人的に作っていた物ってのはこれだったのか‥‥」

 

「私、両親が神田の生まれで、祭りって聞くとつい血が騒いじゃうんだ」

 

「生粋の江戸っ子!」

 

柳原はキラキラした目で和住を見つめる。

 

「はっはっはっはっはっ!いやーめでたい!めでたい!俺の人生、今、サイコー!!」

 

ヒンデンブルクの第四砲塔の上には鼻眼鏡を付けた明乃が踊りを披露していた。

 

「艦長!何やってんでい!?」

 

普段の明乃からは信じられない彼女の光景を見て柳原は、驚いていた。

 

「浮かれてんのよ、お祭りだから」

 

「何か面白そーだね!」

 

「水鉄砲大会より良いかも!」

 

この光景を見た晴風のクラスメイトたちは、ようやく赤道祭に興味と関心を持ち始めた。

 

「折角のお祭りだから、目一杯楽しんでいこう!!」

 

「艦長‥‥よーし!盛り上がっていくかー!!」

 

『オオォー!!』

 

こうして、最初は赤道祭に対して白けていた晴風のクラスメイトたちは、やる気を出し、不貞腐れた柳原の機嫌も直り、赤道祭の準備は進み、予定日にちゃんと行えた。

 

 

そして赤道祭、当日‥‥

 

祭りの開始はまず、大きな板で作った赤い扉の前に海の神、ポセイドンを意識したコスプレをした等松と女神を意識したのか、トーガを纏った伊勢、クリス、レヴィが赤道を通過するカギを各艦の艦長に手渡すイベントから始まった。

 

「これが、赤道を渡る鍵であるぞー!」

 

明乃、シュテル、そして飛び入り参加となった珊瑚、藤田がカギを受け取る。

 

「拍手~!!」

 

パチパチパチパチ‥‥

 

赤道祭の開催が行われ、参加者が拍手をする。

 

「じゃあ、お次は航海の無事を祈るんでぇい!」

 

次は巫女衣装姿で手に大麻を手にした鈴と八木、二人のお手伝いとして、同じく巫女衣装に身を包んだ万里小路と宇田が鈴と八木の後ろに控えている。

八木と鈴は大麻を振り航海の安全を祈願するお祓いをした。

巫女や日本の神事もドイツ人にとっては珍しいのか、この時もヒンデンブルクのクラスメイトたちは写真や動画を撮影していた。

 

「御二人のご実家は、神社だったんですね」

 

万里小路はここで初めて鈴と八木の実家が神社であることをしった。

 

「そうなの。お諏訪さま」

 

八木と宇田は昔からの幼馴染であった為、知っていたが、鈴との出会いも受験の年の八木の神社であった。

この時、八木は鈴とは初対面であったが、晴風でこうして再会したのだが、あの時の事を忘れているみたいだ。

 

宇田の方は、受験生の時、鈴が神社の関係者であることを既に知っていたが、何故か彼女は黙っている。

そもそも、あの時、宇田の余計な一言で、鈴は八木の神社の仕事を手伝う羽目になったのだ。

 

「あの‥‥」

 

『ん?』

 

艦長たちのお祓いが終わった時に真白が八木と鈴に声を掛ける。

 

「副長?」

 

「どうしました?」

 

「何しろ運が悪いもので、いっぱい祓って貰えるだろうか?」

 

自分の不幸体質は何かに取りつかれているのかもしれないということで、念のため除霊を依頼する真白だった。

 

 

『ワッショイ!!ワッショイ!!』

 

甲板にて、柳原を先頭に和住が作った神輿を担いでヒンデンブルクを一周していた。

そんな中、後部マストで野間がロープ一本で何かをしようとしていた。

 

「はぁぁ!!」

 

野間はロープ一本で見事なバランス芸を披露した。

 

『おおおお‥‥』

 

「マッチ凄ーい!」

 

「マジかっこいい!!」

 

「ええい!!こっちも負けてらんねぇぜ!!」

 

野間に負けていられず、柳原は大きな団扇を思いっきり振りかざす。

 

『きゃぁぁー!!』

 

すると、その影響で強風が舞い、神輿を担いでいた生徒達は片手でスカートを押さえた。

 

時間は経ち、太陽が水平線に沈み始めた頃、ヒンデンブルクの後部甲板では、各々が出した屋台から良い匂いが立ち始める。

 

「ハグ、ハグ、ハグ‥‥」

 

「さぁー、らっしゃい!らっしゃい!美味しいたこ焼きだよ!!」

 

伊良子と若狭がたこ焼き屋の屋台を開き、その横では多聞丸はたこ焼きをたべている。

 

「これは、Krake(クラーケ)?」

 

「日本の方は変わった方法でタコを食べるんですね」

 

「スシにもしていました」

 

基本、タコを食べないドイツ人、ヒンデンブルクのクラスメイトたちはタコ焼きを半分興味、半分不安な表情で見ていた。

 

「お祭りの匂いぞな!!」

 

「何食べよう」

 

晴風、ヒンデンブルク、明石、間宮のクラスメイトたちは各々が出した屋台を回る。

 

「あっ、コラ!!五十六!!」

 

「カマクラ待ちなさい!❗」

 

そんな中、五十六とカマクラはフランクフルトやソーセージを掠め取っていく。

元々、カマクラはドイツ艦の飼い猫だったので、ソーセージは食べ慣れているが、五十六はシュペーで食べたソーセージが余程美味しかったのかソーセージが大好きになっていた。

 

杵崎姉妹、ヒンデンブルクの厨房員は柳原に横須賀っぽい料理と言われたので、ハンバーガーやスイーツを出した。

 

「これ梅干し?」

 

「横須賀名物チェリーチーズケーキなの。レモン絞って食べても美味しいよ」

 

 

食べ物以外にも輪投げやダーツと言った屋台もあり、武田と日置は射的の屋台を開いたのだが、

 

「よっしゃー!!」

 

「うぃ」

 

「ぬーん‥‥」

 

西崎、立石、そしてユーリが景品を根こそぎ持っていってしまった。

 

「ガツンと当てすぎ!!」

 

「砲雷科は、出入り禁止だね」

 

「じゃあ、最後に‥‥」

 

そう言ってユーリは、武田と日置の二人にコルク銃を向ける。

 

「えっ?」

 

「ちょっ、私たちは景品じゃないよ!!」

 

砲雷科は出禁となったが、ユーリは一体何を考えていたのだろうか?

 

万里小路、松永、八木の三人が笛と太鼓で演奏をして、野間が踊りを披露する。

やはり、万里小路の笛は音がズレていた。

野間の踊りを見て、等松はスマホで彼女の姿を激写していた。

祭りも最高潮になった時、

 

「皆の衆!七時からは教室で出し物をやるぜぃ!」

 

「盛りあがっていくからな!」

 

『おおおー!!』

 

夜間の第二部へ突入する。

 

 

会場となったヒンデンブルクの大教室にも舞台が設置されており、室内も飾りつけもされていた。

また、机や椅子に関しても、一人でも大勢入れるように別の場所へ移動してある。

 

「本日の司会を務めさせていただきます機関科の広田空と‥‥」

 

「若狭麗緒でーす!!」

 

MCは、広田と若狭の二人が司会を務め、出し物が始まる。

 

「まずは晴風砲雷科メンバーよるモノマネです」

 

「それでは小笠原やります。ずぼーん」

 

まず、小笠原が何かのモノマネをする。

 

「何のものまね?」

 

鈴も一体何のモノマネなのか全く理解出来ない様子。

 

「あぁ~コアラの鳴き声じゃないですかねぇ~」

 

納沙は全然興味がない様子で雑なコメントをする。

確かに鈴や納沙の様に一体何のモノマネなのか、分からないとつまらないかもしれない。

せめて、前振りがあれば分かるのだが、『ずぼーん』の一言では分からない。

 

「今のは、イージス艦5インチ砲のまねでした」

 

小笠原が何のモノマネをしたのかを言うが、やはり分かりにくい。

 

「おぁー似ている」

 

「うま~」

 

小笠原のモノマネは、西崎と立石には理解出来た様子。

 

「「「えっ?」」」

 

一部の生徒には分かり、もう一部の生徒にはやはり分かっていない。

 

「武田やります。どぅん」

 

「長10cm砲長10cm砲!」

 

「うぃ」

 

武田のモノマネもやはり大砲の砲撃音のモノマネで、西崎と立石は直ぐに分かったのだがやはり他のクラスメイト達にはまだ分からない様子。

 

「日置やります!ぼー」

 

「今のは、52口径11インチ砲ぞな!」

 

すると、日置のモノマネは勝田も分かった様子。

 

「‥‥ユーリ、分かった?」

 

同じ砲雷科のユーリにクリスは訊ねる。

 

「ぬー‥‥ニュアンスは何となく」

 

同じ砲雷科のユーリでも、晴風砲雷科のモノマネは分かりにくかった。

 

「そ、それでは次に参りましょう」

 

砲雷科のモノマネはあまりにもマニアック過ぎてちょっと滑った感があった。

 

「次は航海科です」

 

砲雷科に続いて次は晴風航海科の番となった。

 

「航海科! 航海ラップをやります!!」

 

山下、勝田、内田、八木、宇田の五人がリズムに乗ってラップを歌い始める。

 

『私、航海、後悔、公開中!あなたの後悔なんですか!?』

 

まず歌っているメンバーが同じメンバーの内田を指さすと、

 

「私の後悔知ってるかい?ついついしちゃった日焼けだよ!!」

 

内田が後悔した事を公開する。

元々色黒な内田が日焼けしたと言っても正直全然わからない。

むしろ、日焼けしているのかと聞きたい。

しかし、航海科の後悔ラップは砲雷科の出し物よりは盛り上がっている。

 

『そりゃするね!後悔するね!しちゃうよね!私、航海!後悔!公開中! あなたの後悔なんですか!?』

 

すると次は観客席に居た伊良子が指名される。

 

「えっ?私!?えっとねぇ‥‥見たいドラマの録画をね。忘れてきちゃったことかしら?」

 

『あなたの後悔なんですか!?』

 

続いてシュテルが聞かれると、

 

「私?うーん‥‥航海前にマッ缶を補充し忘れたこと」

 

「シュテルン、あの甘いコーヒー好きだもんねぇ~」

 

『あなたの後悔なんですか!?』

 

次はあかねの後悔を聞く航海科。

 

「えっと‥‥航海中に425g体重が増えたこと!あぁ言っちゃった~!!」

 

あかねは航海中に体重が増えた事を暴露する。

 

『おっと後悔二倍だね~あなたの後悔なんですか!?』

 

あかねに聞いたので次に次に双子の姉妹であるほまれに訊ねる航海科。

 

「実習に来る前幼馴染に告られたんだけど返事せずに逃げちゃったこと…」

 

『えええええぇぇぇ!!』

 

ほまれの後悔の告白は衝撃的だった。

 

「聞いてない、聞いてない!」

 

「誰? 誰?」

 

伊良子とあかねがほまれに詰め寄る。

やはり、年頃の乙女、伊良子やあかね以外にも興味がある様子。

 

「ちょっと今しなよ!!」

 

「そうでぇい、そうでぇい」

 

ラップを歌っている航海科のメンバーは、

 

『してみな、してみな、やってみな』

 

と告られた幼馴染に聞いてみろと煽る。

 

 

そして、ほまれがメールを送り暫くして‥‥

 

「‥‥ということでメールしたら返事が来ました」

 

『返事は?返事は?何なのよ?』

 

「ごめん‥‥他に好きな子ができたって‥‥」

 

『えええええぇぇぇ!!』

 

ほまれの返答にまたもや衝撃が走る。

彼女の目には薄っすら涙が見える。

振られた現場を大勢の同期生やドイツの先輩たちに目撃されたのだから、ほまれにとっては黒歴史だろう。

 

(うわぁ~、これは確かにグサッとくるわ‥‥)

 

前世で、中学時代に罰ゲームで告白され、振られ、苛めに発展した経験を持つシュテルとしては、今のほまれの気持ちは痛いほど分かる。

 

「うわぁ~‥‥」

 

「ご、ごめん」

 

「私たちが後悔しているよぉ~」

 

まさか、失恋現場を大勢の同級生たちに教える原因を作ってしまい、

 

『私たち、航海、後悔、公開中~』

 

歌いながらほまれに謝る航海科だった。

 

「次は砲術長・水雷長による漫才です」

 

「どうぞ!」

 

舞台袖から立石と西崎が黒いドレスに頭に奇抜な被りものと胸に何かしらの詰め物をして出てきた。

黙っていたら、一体誰なのか分からない衣装だ。

 

「えぇーはじめましてメイタマでーす」

 

「す」

 

早速、コンビ名で挨拶を行い、

 

『51音マンボウ!』

 

漫才が始まる。

 

「ビックリのア行」

 

「あっ、こんな所にケーキが食べちゃお。ムシャムシャ‥‥」

 

「それ腐っているよ」

 

「い!」

 

「お腹壊すよ、それ」

 

「う!」

 

「トイレ一杯だったよ」

 

「え!」

 

「間に合わないかもね」

 

「お~」

 

以外にも西崎と立石の漫才は受けていた。

西崎と立石の漫才が進む中、

 

「艦長!?」

 

「ん?」

 

「「いよいよ次、自分達の番ですね!!」

 

「うん、そうだね」

 

西崎と立石の漫才の次は明乃たちの出し物になる。

その為、明乃たちはそっと観客席から舞台袖に移動する。

更にその次は、シュテルたちの番だったので、

 

「さて、艦長、私たちも準備しましょう」

 

「うっ‥‥やっぱりやるの?」

 

「今更何を言っているんですか?さあ、行きますよ」

 

何だか出し物に関して消極的なシュテルであったが、レヴィに舞台袖に連れていかれた。

そして、舞台では西崎と立石の漫才が終わり、明乃たちの番となる。

 

「それでは、次は艦橋メンバーによる劇!!」

 

「仁義ある晴風です!」

 

納沙が書いたシナリオだけに出し物も演劇で、しかも内容は任侠系だった。

 

「くっくっくっ、これで晴風もワシらのシマだ!」

 

紅い羽織を着た鈴はヤクザの組長役なのか、彼女にしては珍しい自信顔でセリフを言う。

 

「上手くいきましたね、親分」

 

鈴の隣で膝を付きながら彼女の部下役をしている明乃が居た。

晴風はこのまま知床組に支配されてしまうのか?

其処に、

 

「待てや!」  

 

「待てや‥‥」

 

知床組の横暴を阻止すべく、緑の羽織を纏った納沙と手下役の真白が勇んで舞台に上がってきた。

 

「おぉ~?何だ?晴風のイモか?」

 

(知床さん、なんかノリノリだな‥‥)

 

普段の鈴とは思えない表情をしていたので、彼女の意外性を感じる。

 

(もしかして、知床さんは舞台女優とか芸能面の才能があるんじゃないだろうか?)

 

思えば、漫才をしていた立石も普段の様子とは違って見えた。

鈴がセリフを言っている中、ヒンデンブルクのクラスメイトたちは、

 

((((あの子の声、砲雷長にそっくり!!)))

 

鈴とユーリがそっくりだと思っていた。

 

「晴風乗員はイモかもしれんがのぅ‥‥相手の風下に立った事は一度もないんじゃあ!!」

 

「ないんじゃあ!!」

 

鈴や納沙とは違い、真白は緊張した感じでセリフを言う。

 

「ほぉ~来るならこいやー!!」

 

「こいやー!!」

 

「根性注入しちゃる!!」

 

鈴は腰に差していた小道具の刀で納沙に斬りかかろうとした。

 

「頭!!」

 

 

バサー!!

 

 

「ぐわぁ!!」

 

納沙を庇って真白が鈴に斬られる。

 

「シロ坊しっかりせんかい!!」

 

「頭‥頼むけん‥‥仇討ってくっせぇ‥‥」

 

真白は納沙の腕の中で息を引きとる。

 

「おんどりゃあ!!覚悟せい!!」

 

納沙が真白の仇と言わんばかりに腰に差していた小道具の刀を抜き、鈴と明乃に斬りかかった。

 

舞台で明乃たちの劇が繰り広げられている中、観客席では、

 

「クロちゃん。さっきクロちゃんが探しに来てくれて嬉しかったよ。晴風に乗ってからずっと『宗谷さん、宗谷さん』だったからな」

 

「麻侖‥‥」

 

柳原が黒木の隣に座り、これまでの晴風の生活をポツリと振り返る。

 

「だから今のクロちゃんの気持ちよくわかる!そこでクロちゃんがスカーっとするような事考えたんでぃ!」

 

「えっ?それって‥‥」

 

「まぁ、後で分かるから楽しみにしてくれよ」

 

「ええ、楽しみしているわ」

 

柳原が黒木の為にある企画も用意していたみたいであるが、今は教室での出し物を楽しむことにした。

 




赤道祭の時、晴風の両舷には明石、間宮も停泊し補修・補給をしていたので、両艦の生徒たちは何故、赤道祭に参加しなかったのか疑問に思う所です。

次回は、ドイツ組の出し物です。


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86話

赤道を越えた事を記念として、赤道祭が行われた。

当初は、企画・実行委員である晴風機関長の柳原が、同じ艦のクラスメイトたちが一部を除き、赤道祭に関して消極的な態度だったことに不貞腐れ、赤道祭の準備が滞ってしまうトラブルが起きた。

しかし、晴風応急員の和住が個人的に制作した神輿によって、柳原の機嫌は直り、神輿を担ぐ同級生たちの姿、鼻眼鏡をかけて愉快に踊る明乃を見て、消極的だった晴風のクラスメイトたちは赤道祭に興味を持ち、赤道祭の準備にも協力的になった結果、準備は進み、赤道祭は予定日に開催することが出来た。

日中は会場であるヒンデンブルクの後部甲板にて、開催の儀、航海の安全を祈願するお祓いの儀式が執り行われ、神輿を担ぎながら練り歩き、各々が出店をした色んな屋台を出した。

野間がマストで一本綱の曲芸を披露したり、松永と万里小路が笛や太鼓を奏で踊ったりした。

そして、日が傾きかけた時、赤道祭の第二部として、ヒンデンブルクの大教室内で各々が考えた出し物が披露された。

一番最初の晴風砲術科のモノマネは分かりにくく、マニアックなモノマネだったので、一部のクラスメイトたちにしか分からず、全体的にはやや滑った感があった。

次に晴風航海科の航海ラップは砲術科と異なり、受けは良かった。

西崎と立石の漫才も即興な出来にしてはこれも受けは良かった。

西崎と立石の漫才の次に行われた晴風艦橋メンバーによる寸劇、『仁義なき晴風』は、シナリオ担当が納沙なだけあって、その演劇内容は納沙が好んで見ている任侠映画モノだった。

ただ、その寸劇に参加した鈴が普段のなよなよしていた様子とは異なり、セリフも噛まずに、はきはきした様子で、寸劇をしていた。

鈴には役者としての才能があるのかもしれない。

真白は、最初緊張しているのか顔が引きつっていたが、劇が進むにつれ、緊張がほぐれたのか、表情も劇のシチュエーションによって、それに相応し表情をするようになった。

納沙は自分が好きな任侠映画だったので、最初からノリノリな様子だった。

そして、次はいよいよシュテルたちの番となった。

明乃たちがまだ舞台で寸劇をしている中、舞台袖では、明乃たちの次の番であるシュテルたちが居たのだが、

 

「ほ、本当にこの衣装を着るの?」

 

シュテルは舞台袖に備えられた更衣室にて、手渡された衣装を見て、顔を引き攣らせながら、ジークたちに訊ねる。

なお、西崎と立石もこの更衣室を使ってあの衣装を着ていた。

そして今、シュテルが手にしている衣装はチアガールの衣装を意識した作りの衣装でさらに追加でフリフリのレースやリボンが着いている。

その衣装を着て、これから舞台で歌と踊りを披露しようというのだから、シュテルには予想外の事だった。

赤道祭の準備期間の時、シュテルはジーク、レヴィ、メイリンに赤道祭の出し物の相談で、一緒にカルテットを組んで歌と踊りを披露しようと言うことになり、それを了承した。

この時、シュテルは舞台で歌と踊りを披露する時は制服姿でやるかと思っていたのだが、レヴィたちは舞台衣装をどこからか調達してきた。

そして、この衣装を着て、舞台に出るという。

というか、シュテルを除く、三人は元々その予定だったみたいで、シュテルにはギリギリまで内緒にしていた。

理由として、あまりにも早くに衣装を着て、舞台に出ることを教えるとシュテルは自分たちと舞台に立つことを拒否するだろうと思っていたからだ。

自らの望みで女性としてこの後世に生を受け、下着、トイレ、お風呂など、慣れない生活も時間の経過とともに慣れてきたかと思ったのだが、アイドルの衣装を着て、大勢の人に見られるのはやはり恥ずかしかったのだ。

 

「ね、ねぇ、やっぱり制服でやらない?」

 

このフリフリの衣装を着ることにやはり躊躇いがあるのか、シュテルは舞台に立つ時は制服でやらないかという。

なお、艦が赤道直下の気候にいる為、シュテルはコートや上着を脱ぎ、ワイシャツにネクタイ、ズボンを身に纏っている。

士官であるジーク、レヴィ、メイリンも似たような格好であり、歌って踊るにしてもそんなに支障はない服装だ。

 

「何言っているのさ、折角衣装を用意したのに」

 

「そもそも、この衣装、どこで調達してきたの?」

 

シュテルはこの衣装の出所を訊ねる。

こんなフリフリの衣装、普段の航海生活で着ることはないだろうし、四人分を用意するにしても赤道祭の準備期間中では四人分の衣装を縫う時間なんて足りなかった筈だ。

にも、関わらず、ジークたちは四人分の衣装をどこからか調達してきた。

 

「明石の乗員の人が個人的に色んな衣装を持っている人で、その人に貸してもらったの」

 

レヴィは衣装の出所をシュテルに教える。

 

(なんで、その人は自分の艦にこんな衣装を持ちこんでいるんだよ!?)

 

シュテルはレヴィの話を聞いて、この衣装を貸した明石の乗員に思わず心の中でツッコミをいれる。

 

(そもそも、こんな衣装を航海中に使う機会があるのか‥‥?あっ、今使うんだっけ?)

 

少し現実を逃避しつつも衣装を見つめるシュテル。

 

「ほら、シュテル。さっさと着替えて」

 

「そうやで、シュテルン、ほら、時間がないんやし」

 

「折角、あれだけ練習してきたんですから」

 

既に衣装を着ているジークとメイリンも、もう時間がないのだから急いで着替えろという。

それに準備期間中、今日の為、練習をしてきたのだからそれを無駄には出来ない。

短時間で包囲網が作られ、じわじわと狭められる。

 

「うぅ~‥‥」

 

(ええい、こうなれば自棄だ!!)

 

シュテルは覚悟を決めて着ていた制服を脱いで、衣装に袖を通した。

 

「おぉ~なかなか似合うやないの」

 

「艦長、可愛いですよ」

 

「やっぱり、誘って間違いなかったよ」

 

「‥‥」

 

三人は衣装に着替えたシュテルを見て、褒めてくるが、本人は羞恥で恥ずかしく、

 

(むしろ、三人はなんで恥ずかしくないんだ?)

 

と、色違いであるが、デザインは同じ衣装を着ているにも関わらず、三人は恥ずかしくないのか?と、疑問に思った。

シュテルが着替え終わる頃、明乃たちの劇が終わった。

 

「次は、ドイツ艦、ヒンデンブルク艦橋メンバーです」

 

「どうぞ」

 

広田と若狭から促され、シュテルたちは舞台に出る。

 

「どうも!!ヒンデンブルク航海長、レヴィ・ラッセルでーす!!」

 

「機関長のジークリンデ・エレミアや!!」

 

「記録係のメイリン・ホークです」

 

「「「そして‥‥」」」

 

「か、艦長のシュテル・H(八幡)・ラングレー・碇‥です」

 

三人とは一足遅く、舞台の上にたつシュテル。

 

『おおおぉぉぉー!!』

 

普段のシュテルは、あまり女の子らしい衣装を着ていないので、フリフリの衣装を着て、顔を赤らめている姿を見て、ヒンデンブルクのクラスメイトたちは何だか興奮しているみたいに見えた。

そして、四人は舞台で踊りながら歌を披露した。

この世界にもプ〇キュア ら〇☆〇た 涼〇ハ〇ヒの憂鬱などの漫画・アニメがあり、四人は、初代プ〇キュアのエンディング 〇き☆す〇のオープニング 涼宮〇ル〇の憂鬱のエンディング等を歌い踊った。

日本のアニメであるが、ヒンデンブルクでもシュテル、ユーリ、クリス経由でこうした日本の漫画・アニメはヒンデンブルクのクラスでも浸透していた。

 

「むぅ~‥‥シュテルンったら、レヴィたちと‥‥」

 

「まぁ、まぁ、落ち着いて、ユーリ。元々、向こうが先約だったみたいだし‥‥それにこれは予想外だけど、いい写真が撮れているんじゃない?」

 

「ま、まぁ、そうだけど‥‥」

 

舞台袖では、レヴィ、ジーク、メイリンと歌い踊っているシュテルを見ながら頬を膨らませるユーリが居た。

クリスとユーリの二人が誘う前に既にシュテルは、ジークたちとカルテットを組むことが決まっていた。

しかし、クリスとユーリの二人にとってそんなことは些細な事なのだが、やはりシュテルが自分以外のクラスメイトたちと歌って踊っていることに嫉妬心を抱くユーリだった。

シュテルたちの舞台は大いに盛り上がった。

それはアンコールもリクエストされるくらいに‥‥

シュテルたちの舞台を見ている中、明乃は、

 

(シューちゃん、キラキラしている‥‥)

 

舞台で半ば、やけくそになって歌い、踊っているシュテルの姿は明乃にとって輝いて見えた。

 

(私も、シューちゃん、もかちゃん、シロちゃんと一緒に出来ないかな?)

 

明乃は機会があれば、自分、もえか、シュテル、そして真白と共に今回、シュテルたちの様にフリフリの衣装を着て、歌って踊ってみたいと言う希望を抱いた。

一方、明乃がそんなことを考えているとは知る由もなく、真白は舞台を見ていた。

 

(碇艦長、少し顔が引き攣っていたなぁ‥‥あの人も色々と苦労しているんだろうなぁ~‥‥)

 

真白はシュテルに自分に似た苦労人体質を垣間見た。

 

そして、ようやくシュテルにとって羞恥の時間が終わった。

 

「いやぁ~盛り上がったねぇ~」

 

「はい、楽しかったです」

 

「たまにはこんなのもええなぁ~」

 

「‥‥」

 

シュテル以外のメンバーはあの舞台を楽しんだみたいだった。

 

「さあて、次は私たちの番だね」

 

「そうだね‥‥じゃあ、行こうか?」

 

シュテルたちの出し物が終わり、次はクリスとユーリの番となった。

 

「次は同じくドイツ艦、ヒンデンブルクの副長と砲雷長です」

 

「どうぞ!!」

 

広田と若狭に紹介され、クリスとユーリは舞台にあがる。

 

「「イッツ、ショータイームッ!!」」

 

舞台に上がったクリスは手には白手袋をはめて、ステッキを持ち、頭にはシルクハットを被り、黒い燕尾服を身に纏い、ユーリは、バニーガールの衣装を着ていた。

 

「今宵はこの私、クリスが皆さまを不思議な世界へご招待いたしましょう」

 

どうやら、クリスはマジックを披露するみたいで、ユーリはそのアシスタント役みたいだ。

クリスはまず、定番のカードマジックを披露するが、カードを出す為、ユーリにステッキを手渡し、無手になった手からカードを取り出した。

ユーリはアシスタント役としてタネや仕掛けがないことを確認させるため、カードを観客席に持っていき、観客席の生徒らに確認してもらった後、様々なカードマジックを披露した。。

その他に、ステッキを造花に変えたりもした。

そして、クリスが真白に多聞丸を借りた理由も判明した。

流石にマジックの定番であるウサギやハトは用意できなかったので、それらの動物の代わりに多聞丸を使ったのだ。

五十六やカマクラは成猫なので、マジックに使うには体が大きすぎたので、まだ子猫である多聞丸は丁度いい大きさだったのだ。

何も入っていない筈のシルクハットから、野菜や工具、文房具が出てきて、もう何もないと言って頭に被りなおすと、クリスの頭部から多聞丸の鳴き声がした。

 

「にゃー」

 

「おや?まだ‥‥」

 

クリスはもう一度、シルクハットを脱ぐと、

 

「入っていたみたいですね」

 

クリスの頭の上には多聞丸がちょこんと座っていた。

 

そして、次はユーリが小さな箱を舞台の上に持ってくる。

 

「では、次のマジックはこの多聞丸くんに協力してもらいます!!名付けて『シュレディンガーの猫』!!」

 

クリスはマジックの名前を伝え、自分の頭の上に居る多聞丸を抱きかかえ、舞台上の箱の中に多聞丸を入れて、蓋を閉める。

そして、次にクリスは沢山のKAR98の銃剣を取り出す。

念のため、この銃剣が本物の銃剣であることを観客席に居る生徒たちに確認してもらう。

銃剣を手にして、触ってみると、それは確かに本物の銃剣だった。

銃剣が舞台に戻ると、クリスは銃剣を手に取り、多聞丸が入っている箱に銃剣を躊躇なく突き刺す。

 

「うわぁぁぁー!!多聞丸!!」

 

それを見て、真白が叫ぶ。

 

「ちょっ、副長!!」

 

「大丈夫だよ、これマジックなんだから」

 

真白の隣に居る西崎と明乃は、クリスがしているのはマジックなのだから多聞丸は大丈夫だと言って宥める。

その後も、クリスは多聞丸が入った箱に次々と銃剣を突き刺していく。

 

「あわわわ‥‥」

 

箱に銃剣が突き刺される度、真白は冷や汗をかき、身体を震わせる。

やがて、箱は銃剣まみれになる。

 

「さあ、箱の中の多聞丸くんは無事なのでしょうか?では、剣を抜いて確かめてみましょう」

 

クリスは箱に刺した銃剣を一本、一本抜いていく。

もし箱の中の多聞丸を刺したのであれば、銃剣に血がついているだろう。

しかし、これはマジックなのだから大丈夫だと真白は自分に言い聞かせる。

そして、最後の銃剣を抜いた時、その銃剣には赤い何かがベットリと着いていた。

 

「あっ‥‥」

 

クリスが赤い何かが着いた銃剣を見た時、「やってしまった‥‥」という顔になる。

 

「うわああああああー!!多聞丸、多聞丸!!」

 

真白はマジックが失敗して、クリスが多聞丸を串刺しにしてしまったのかと思い、叫びながらクリスに掴みかかろうとする。

そんな真白を明乃と西崎が慌てて取り押さえる。

MCの若狭と広田も顔色が青い。

二人もクリスがマジックを失敗したのかと思ったのだ。

しかし、クリスが手に持っていた銃剣で箱を軽く小突くと箱がバラバラとなり、その中に多聞丸はおろか、多聞丸の死体もなかった。

それどころか、箱の内部には血もついていなかった。

そもそも、あれだけ沢山の銃剣を刺して、多聞丸の悲鳴も聞こえず、最後の一本だけ血がついているなんてあまりにも不自然だ。

あの血が着いた銃剣はクリスの演出なのだろうが、心臓に悪い演出だった。

 

「おや?多聞丸くんが消えてしまったみたいです‥‥消えた多聞丸くんはどこにいったのかな?」

 

そう言いながら頭に被ったシルクハットを脱ぐと、

 

「にゃあ~」

 

最初に現れた時と同じ様にシルクハットの下から無傷の多聞丸が姿を現した。

 

「おや?またここに居たみたいですね」

 

「多聞丸!!」

 

真白は多聞丸が無事だったことに歓喜する。

クリスは自分の頭部に居る多聞丸を抱いて、真白に多聞丸を返す。

 

「あぁぁ~多聞丸、無事でよかったにゃ~」

 

「だから、マジックなんだから大丈夫だって‥‥って、副長、また猫語になっているし‥‥」

 

「あははは‥‥」

 

多聞丸を泣きながら抱いている真白に対して、西崎は冷静にツッコミを入れ、明乃は乾いた笑みを浮かべる。

 

「それにしても、どんなタネなんだろう?」

 

鈴はクリスの見せたマジックの種が気になる様子だった。

クリスが箱に銃剣を刺している時、彼女はシルクハットを一度も脱がなかった。

箱の中の多聞丸をシルクハットの中に入れる隙なんてなかった。

一体どうやって箱の中の多聞丸をシルクハットの中に入れたのか、分からなかった。

 

「では、次にイリュージョンマジックをします!!」

 

ユーリは次にカーテンらしき布が付いたフラフープを取り出した。

 

「ではシュテルン、協力して」

 

「えっ?私?」

 

クリスは観客席に居たシュテルに協力を求めてきた。

 

「さあ、シュテルン、早く、早く」

 

「えっ?ちょっ‥‥」

 

アシスタントのユーリがシュテルを観客席まで迎えに行き、舞台へと連れてくる。

 

「えっと‥‥協力っていったい何を‥‥?」

 

「とりあえず、シュテルン、これを着けて」

 

「えっ?」

 

困惑しているシュテルにユーリは、目隠しをする。

 

「シュテルン、確認するけど、見えていないよね?」

 

「う、うん」

 

「じゃあ、シュテルン一歩前に出て」

 

ユーリがシュテルに一歩前に出るように促し、シュテルは一歩前に出る。

シュテルの足元には先程、ユーリが用意したフラフープカーテンがある。

 

「では、いきまーす!」

 

「ふぇっ!?」

 

クリスの合図とともに、謎のドラムロールが鳴り響き、ユーリがフラフープカーテンを持ちあげ、シュテルの首から下を隠す。

 

(っ!? あ、あれ!? 今、何か……体に妙な違和感が……!?)

 

「ドライ……ツヴァイ……アインス……!! はいっ!!」

 

シュテルは身体に変な違和感を感じていたが、目隠しの為、自分の身体の違和感の正体を確認することが出来ない。

シュテルの違和感など知る由もなく、カウントダウンをして合図を出すと、ユーリはフラフープカーテンを降ろす。

 

「ジャジャ――――ンッ!!」

 

『オオオォォ――――ッ!!』

 

「えっ?えっ?」

 

観客席からは歓声が沸き上がったが、シュテルは目隠しの所為で何があったのか状況が呑み込めず困惑していた。

 

「い、一体何が‥‥?」

 

「艦長、艦長の服が士官制服から横須賀女子のセーラー服になっています!!」

 

「えっ!? ええっ!?」

 

観客席からヒンデンブルクのクラスメイトの一人がシュテルの身に何があったのか教えてくれた。

クリスが披露したイリュージョンマジックは、シュテルの服装を一瞬で変えるものだった。

シュテルの服装をフラフープのカーテンで隠し、それを一瞬の間に別の服装に変える早着替えマジックで、一同の度肝を抜いた。

だが、肝心のシュテルは目隠しの所為で自分の変化を見ることが出来なかった。

 

「じゃあ、シュテルン、確認してみて」

 

ユーリがシュテルの目隠しを取ると、確かに自分の服装はいつの間にか、先程まで自分が来ていた制服から、明乃たちと同じ横須賀女子のセーラー服に代わっていた。

 

「す、スゴッ!!本当に変わっている!?」

 

「えっ?シュテル、分からへんかったの?」

 

ジークがシュテルに服が変わったことに気付かなかったのかと訊ねると、

 

「う、うん、目隠しで何をされているのか分からなかった‥‥一応、違和感は感じていたけど、こんなことが起きていたなんて‥‥」

 

「多聞丸のマジックも凄かったけど、あんな短時間でこんな早業をするなんてやっぱり凄い‥‥」

 

「一体、どうやったんだ?」

 

クリスのマジックのタネが全く分からない。

 

(まぁ、まさか魔法でやっているなんて言えないわ‥‥)

 

クリスのマジックは魔法によるもので、タネなんて最初からなかった。

アシスタントのユーリもクリスのマジックの真相は知らなかった。

 

「まだまだ続くよ~!では、次っ、いってみよう~!!」

 

これで終わりではないようで、クリスはまだ続くと宣言すると、ユーリが再びシュテルの目を目隠しで覆う。

 

「まだ、続くんだ‥‥」

 

まだまだ他の服装に変えるつもりみたいであり、一同は興味津々に見つめていた。

反対にシュテルとしてはややげんなりとした声を出す。

そして、先程と同じ様にユーリがシュテルの首下までフラフープカーテンを上げる。

再びドラムロールが鳴り響き、イリュージョンタイムが始まった。

 

「続いては、同じく横須賀女子の士官制服!!」

 

『おおっ!!』

 

次はもえかと同じ白い詰襟にスカート姿になるシュテル。

 

「お次は‥‥ダートマス校!!」

 

三番目はイギリス、ダートマス校の制服、

 

「お次は‥‥ヴィルヘルムスハーフェン校の士官制服!!」

 

四番目はミーナ、テアたちと同じ、ヴィルヘルムスハーフェン校の士官制服、

 

「お次は‥‥イタリア、タラント校!!」

 

五番目は地中海で会ったアンネッタたち、イタリア、タラント校の制服となる。

 

「では、次は‥‥呉海洋学校の制服!!」

 

六番目は広島、呉にある呉海洋学校の白い燕尾タイプの士官制服となる。

 

「次は‥‥舞鶴海洋学校の制服!!」

 

七番目は京都、舞鶴にある舞鶴海洋の制服。

 

「次は‥‥佐世保海洋学校の制服!!」

 

八番目は長崎、佐世保にある海洋学校の制服となる。

 

「お次は‥‥ブルーマーメイドの制服!!」

 

九番目は真霜や平賀、福内らが着ていた制服‥‥ブルーマーメイドの制服だった。

ブルーマーメイドの制服を着たシュテルを羨ましそうに見る観客席も居た。

 

「く、クリス、本当にどうやっているの?それにこんなに沢山の制服、どこで用意したの!?」

 

「方法については秘密、衣装については明石の乗員の人から借りたの」

 

(また、明石の乗員!?)

 

さっきの舞台衣装と言い、このあちこちの海洋学校やブルーマーメイドの制服と言い、これらの衣装を用意した明石の乗員っていったい何者なのだろうか?

 

(ま、まさか『ヨーソロー』が口癖なあの人か‥‥?)

 

アイドル衣装と制服と言う共通点から、シュテルは前世で思い当たる人物が居た。

 

(いや、でも、あの人が居たのは沼津だし、そもそもあの人は架空の人物だし‥‥)

 

しかし、思い当たる人物は架空の人物であり、『ヨーソロー』なんて、航海用語だし、制服収集、コスプレの趣味がある人なんてこの世に沢山いるだろうから、きっと思い違いだとシュテルはそう思いながら現実逃避していた。

 

「そして、最後に………」

 

『っ!!』

 

クリスが最後のイリュージョンを披露しようとした。

フラフープカーテンが上がると、今まで一番長くドラムロールが流れ続けた。

一同の視線がシュテルに一点集中され、最後はどのような姿になるのか待ち遠しく見守っていた。

 

「――――……はいっ!!」

 

そして、ついにカーテンが下ろされた。

 

「横須賀女子のスクール水着!!」

 

「なっ!?」

 

『おおおおーっ!!』

 

最後は横須賀女子のスクール水着となる。

 

「ちょっ、クリス!!」

 

水着姿にされたシュテルはクリスに声を荒げる。

 

「はいはい、元に戻すよ」

 

クリスはユーリにアイコンタクトを送り、ユーリはフラフープカーテンでシュテルの身体を隠し、フラフープカーテンを降ろすと、シュテルは元の制服姿に戻っていた。

 

「「では、これで私たちの舞台は以上でーす!!」」

 

クリスとユーリは一礼して、二人の舞台は終わった。

しかし、もう少し、クリスのマジックを見てみたいのか、観客席からはやや不満そうな声もした。

 

その後も各艦の生徒たちの出し物が行われた。

 

そして、赤道祭最後のトリは‥‥

 

ヒンデンブルクの後部甲板にて、

 

 

「最後は、相撲大会で決めるんでぇい!」

 

柳原は黒木の為に晴風生徒たちによる相撲大会をした。

甲板には、マットで作られた土俵が設置され、その上で相撲をする。

そして、柳原が行司役となる。

 

「東~まりこうまる~」

 

右側には体操服とジャッジを着てその上から黒いまわしを付けた万里小路が立ち。

 

「西~くろのふじ~」

 

左側には万里小路と同じ様に体操着の上にまわしをつけた黒木が立つ。

 

「はっきよ~い‥‥のこった!!」

 

柳原が号令をかけ、黒木と万里小路の両者がぶつかり合う。

万里小路はシュペーで見せた薙刀の腕前から他にも武術を学んでいる可能性もあり、この勝負、万里小路が勝つと思っていたのだが、予想とは裏腹に黒木は万里小路のまわしを掴み投げ飛ばした。

 

「くろのふじの勝ち~!!」

 

「おおさかてん!?凄い技使うな~」

 

松永は黒木が披露した技名を言いながら驚愕する。

彼女は意外と格闘技観戦が好きなのだろうか?

その後、黒木は勝利し続け、遂に決勝まで駒を進める。

そして、決勝の相手は晴風艦長の明乃となった。

明乃が決勝まで進んだ訳には柳原が対戦相手に細工して、明乃でも勝てそうな面子ばかりぶつかるように細工していた。

そして始まった決勝では、明乃は黒木に瞬殺された。

 

「優勝!くろのふじ!!」

 

投げ飛ばされた明乃は、土俵の上で目を回していたが、黒木が近づいて明乃に手を差し伸べた。

 

「ふむ、よーし! じゃあこれで終了!!」

 

柳原が赤道祭の終了を告げると、美波がやや不満そうな顔で手を上げる。

 

「私だけまだ、何もやってない‥‥」

 

教室での出し物で美波は何も芸を披露していなかった。

このまま何もせず終わりたくはなく、彼女もなにかやりたそうだった。

 

「えーと‥‥美波さん何かする気?」

 

「ちゅ、注射とか?」

 

ウルスラ同様、マッドな部分がある美波が一体何をするのか?

晴風のクラスメイトたちは警戒する。

しかし、美波のやりたいことは意外にも、

 

「最後に皆で歌いたい‥‥我は海の子」

 

皆で歌を歌いたいというモノだった。

更に此処で美波が十二歳であると言う事実が本人から語られ、その年齢を聞いて驚愕する晴風クラス。

 

(いや、確かにテアも小さかったけど、普通は分かるんじゃないかな?)

 

美波の身長を見たら、普通は年下を疑いそうなのだが、晴風クラスは何故か美波を年上だと思っていた。

そして、赤道祭最後の出し物として、美波の希望通り、皆で『我は海の子』を歌い、今度こそ、赤道祭は幕を下ろした。

 

 

翌日、横須賀女子より、行方不明になっている学生艦すべてがブルーマーメイドに保護されたと言う連絡を受け、『パーシアス作戦』は終了。

二週間の予定だった新入生の海洋実習は終わりを告げ、ヒンデンブルク、晴風の航海も終わり、ヒンデンブルク、晴風、明石、間宮の四艦は横須賀への帰路についたのだった。

 

 

なお、この時の赤道祭で、アイドル衣装、クリスがイリュージョンマジックで着替えさせた制服&スク水姿のシュテルの写真は、ヒンデンブルクの艦内で本人が知らぬ間に取引されていた。

 




この作品の世界のもかちゃんは、武蔵ではなく、既に救助されており、戦闘をあまり経験していない晴風は沈没していないので、TV版の対武蔵戦、OVA編はなかったことになりますが、その分、俺ガイル場面、漫画編、オリジナル編で、映画版まで繋いでいきたいと思います。


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87話

今回は、ゲストとして、『ダンベル何キロ持てる?』より、ジムのインストラクターの街雄 鳴造がゲスト出演します。

また、声だけですが、もう一人ゲスト出演しています。


 

 

横須賀女子の新入生たちによる入学直後に行われた初めての海洋実習にて起こった学生艦行方不明事件、通称Rat事件から、約一週間後‥‥。

世間ではゴールデンウイーク真っ盛りの中、シュテル、明乃、もえかの三人の姿は、とあるスポーツジムにあった。

何故、この三人がスポーツジムに居るのか?

それは、明乃が先日、ショッピングモールの福引でこのスポーツジムの無料招待券を当てて、Rat事件で、互いに再会の交流を深めることが出来なかったシュテルやもえかと気分転換も含めて、一緒に出掛けようと言うことになった。

それにしても明乃は相変わらず、幸運度が高い女子高生である。

彼女の幸運度を少しでも自艦の副長である不幸体質な女子高生に分けてあげれば、ちょうどいいのかもしれない。

 

 

出掛けた先が、スポーツジムというのが、ややマニアックかもしれないが、折角無料なのだから‥と言うことでこうしてやって来たのだ。

 

「スポーツジム‥初めて来た‥‥」

 

「私も‥‥」

 

「私も初めて‥‥」

 

これまでの人生の中で、三人は初めてスポーツジムと言う場所を訪れた。

 

「シ〇バー〇ンジム?」

 

「なんでも世界的に有名なスポーツジムで、日本以外にも海外の彼方此方にあって、プロのボディービルダーの人たちも通っているらしい‥‥って、パンフレットに書いてあった」

 

シュテルが、シル〇ーマ〇ジムのパンフレットを見ながら、ここがどんなスポーツジムなのかを明乃ともえかに伝える。

 

「へぇ~そうなんだ‥‥」

 

「凄いジムなんだね」

 

シュテルの説明を聞いて、ここが凄いジムなのだろうが、どう凄いのかよく分からない様子の二人だった。

更衣室で運動しやすい服装に着替え、トレーニングルームに来て見ると、パンフレットに書いてある通り、そこには筋肉モリモリマッチョマンのボディービルダーの人たちがトレーニングマシンを使い、トレーニングをしている。

 

「ふんっ!!ふんっ!!ふんっ!!」

 

「うぉりゃぁぁぁぁー!!」

 

「んぐぐぐぐ‥‥」

 

「うぉぉぉぉぉぉー!!」

 

「ふんぐっ!!」

 

「「「‥‥」」」

 

そのマッチョマンたちの熱気に当てられ、目が点になる三人。

そこへ、

 

「ようこそ、〇ルバー〇ンジムへ!!体験の方々ですね?」

 

インストラクターらしきジャージ姿の男性が三人に声をかけてきた。

 

「はい。そうです」

 

「今日はよろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしく、僕はインストラクターの街雄鳴造です。今日は、トレーニングをしていい汗をかいて、しっかりと筋肉を鍛えよう!!」

 

「「「‥‥」」」

 

街雄は爽やかな笑みを浮かべながら言う。

だが、三人はリアクションに困惑する。

自分たちは決して筋肉モリモリのマッチョウーマンになりに来たわけではないし、そもそも今日は無料招待券で来ただけなのだから‥‥

リアクションに困りつつもシュテルは街雄をジッと見る。

 

(同じ爽やか系イケメンなのに、どうしてこのインストラクターと葉山は違うのだろうか?)

 

葉山の爽やかスマイルは、雪ノ下陽乃の劣化仮面な笑み‥‥人を虜にするも、その内は自分の保身だけで、「みんな仲良く」と言う理想を掲げながらも、自分または自分が所属するグループの為ならば、平気で人を利用し、切り捨てる。

そして、シュテルは知らないが、彼は自らの保身ならば、平気で自分のグループメンバーさえも平気で切り捨てていた。

しかし今、自分の眼前に居るインストラクターの男の笑みは、裏も表もなく、文字通り爽やかな‥‥まるで子供の無邪気な笑みに見えた。

だからと言ってシュテルが彼に一目惚れをしたと言うわけではなかった。

 

それから、三人はインストラクターの指導の下、トレーニングマシンを使って、トレーニングをする。

街雄は流石、ジムのインストラクターなだけあって、教え方は親切丁寧で分かりやすかった。

ただ、問題があるとすれば‥‥

 

「ふんっ!!」

 

ビリっ‥‥

 

説明のたびに、身体に力を入れて、ジャージを破く行為に三人はちょっと驚くというか、引いた。

 

(な、なんだ!?あのインストラクターの体つきは!?)

 

(顔と体が全然合ってない‥‥)

 

(合成写真みたい‥‥)

 

顔は爽やか系イケメンなのに、体つきはそれこそトレーニングマシンで今も息を切らしながらトレーニングをしているボディービルダーと寸分たがわぬ体つき‥‥筋肉なモリモリマッチョマンだった。

 

(あのジャージは拘束衣なのか?いや、でもジャージを着ている時と、脱いでいる時、体つきが全く違うし‥‥謎だ‥‥)

 

シュテルが思っている通り、ジャージを着ている時の街雄は爽やか系細マッチョなのに、ジャージを脱ぐと、顔だけ変化はないのに、体つきは筋肉モリモリマッチョマン‥‥どうみても体の比重が合わない。

 

(深く突っ込んだり、考えない方がいいのかな?)

 

シュテルはもう彼のジャージや体つきに深く考えるのを止めた。

 

それから、三人はトレーニングマシンを使ってトレーニングをしていると、シュテルと明乃はランニングマシン、もえかはフィットネスバイクを漕ぎに行った。

 

「「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ‥‥」」

 

シュテルと明乃が一心不乱に走っていると、

 

「あっ、そういえば‥‥ねぇ、シューちゃん」

 

明乃は何か思い出したかのように、シュテルに声をかけてきた。

 

「ん?」

 

「シューちゃん、ヴァイオリンが上手だね」

 

「えっ?」

 

明乃の言葉にシュテルは一瞬、足を止め、転びそうになるが、なんとか態勢を立て直して、走り出す。

 

「私、ミケちゃんにヴァイオリンが弾けたこと、言ったっけ?」

 

シュテルは自分が明乃の前でヴァイオリンが弾けることを言っていないし、ましてや明乃の前でヴァイオリンを弾いて聴かせたこともない。

 

「ううん、この前、間宮の艦長さんからDVDを見せてもらったの」

 

「えっ?DVD‥‥間宮の艦長‥‥ま、まさか‥‥」

 

DVD、間宮の艦長と聞いて、明乃が見たDVDがなんなのか、大体予想がついたシュテル。

 

「それって、ダートマス校の演劇祭のDVD?」

 

恐る恐るシュテルは明乃に何のDVDなのかを聞いてみた。

 

「えっと、よくわからないけど、シューちゃんがタキシードみたいな服を着て、三、四人の人たちと一緒にヴァイオリンを弾いていた」

 

「やっぱり‥‥」

 

やはり、明乃が見たDVDは、シュテルが参加したダートマス校の演劇祭のDVDだった。

 

「あれは、去年の夏休みにイギリスのダートマス校に行った時に参加したイベントだよ。DVD化されていたことは、私も間宮の艦長から聞いていたけど、まさかミケちゃんも見ていたなんて‥‥」

 

明石艦長の珊瑚、ヒンデンブルクのクラスメイトはこのDVDの内容を知っているが、明乃も見ていたのは予想外だった。

 

「夏休みにイギリスの学校に行ったの?」

 

「うん、体験入学でね」

 

「わざわざ、夏休みなのにイギリスの学校に勉強しに行ったの?」

 

「そうだよ」

 

「えぇ~‥‥折角の夏休みなのに‥‥」

 

明乃はユーリと同じく、折角の夏休みなのにわざわざイギリスの学校に行って勉強しに行くなんて、ちょっと信じられないと言った感じだった。

 

「ミケちゃんも、もかちゃんも、勉強を頑張れば行けるんじゃないかな?ミケちゃんは実技じゃあ、奇策を思いつくのが得意だし」

 

「えええーっ!!い、いいよ!!私は!!勉強だって得意じゃないし、英語だって上手く喋れる自信がないもん」

 

明乃は夏休みを潰してまでイギリスの学校に勉強しに行くのはちょっと‥‥と言う感じだ。

そもそも、イギリスの学校なのだから、会話も授業も教科書に書いてある文字も、テストも何もかもが常に英語なので、明乃にはそれについていく自信がなかった。

 

「もかちゃんなら、きっと平気なんだろうけど‥‥」

 

「あぁ~確かに‥‥」

 

もえかは確かに天才‥‥と言うよりも秀才である。

本人の好きな言葉は『努力に勝る天才無し』であり、記憶力は抜群な上に努力家なので何でもそつなくこなせる。

それにリーダーシップにも富んでいる。

今年の夏にもしかしたら、もえかはダートマス校の体験入学にお呼ばれされるかもしれない。

 

「でも、ミケちゃんも持ち前の幸運で何とかなりそうだけど‥‥?」

 

「うーん‥‥でも、きっと私じゃあ、お呼ばれはされないよ」

 

「そうかな?‥‥あっ、ミケちゃん」

 

「なに?」

 

「DVDの件だけど、あまり他の人には広めないで」

 

「えっ?どうして?」

 

「その‥‥恥ずかしいから‥‥」

 

シュテルは顔をほんのりと赤らめ、俯きながら‥しかも、走りながら明乃にダートマス校の演劇祭に出ていた事を黙ってくれと頼む。

 

「うん、わかったよ。シューちゃん」

 

明乃はシュテルの頼みを快く聞き入れてくれた。

それから、二人は世間話をしながらひたすら走りつづけ、いい具合に汗をかき、ランニングマシンを終える。

 

「ふぅ~汗、びっしょりかいたね」

 

「ちょっと、疲れたかも‥‥」

 

この後は、もえかと合流して、シャワーを浴びて、着替えて帰ろうかと思っていた時、

 

「あっ!あっ!ん!あぁ!」

 

「ん?」

 

シュテルは、もえかの声が聞こえた気がして、耳を澄ませる。

すると、

 

「あっ!!あっ!!ん!!あぁ~!!‥‥いい、いいわ~!!」

 

やはり、もえかの声がした。

しかも何だか艶っぽい声と言うか、喘ぎ声と言うか、何かエロっぽい声だ。

だが、辺りを見回してみても、もえかの姿は見えない。

まさか、もえかがインストラクターか利用者のボディービルダーの男の人といかがわしいことをしているとは思えないが、もえかの声はちゃんと聞こえる。

 

「ねぇ、ミケちゃん」

 

「なに?」

 

「さっき、もかちゃんの声が聞こえた気がしたんだけど‥‥」

 

「えっ?もかちゃんの声?」

 

「うん」

 

シュテルに言われて明乃も耳を澄ませる。

すると、

 

「いい、いいわ~弾ける筋肉‥‥綺麗な大胸筋‥‥あっ!!あっ!!あぁ~!!あ~ん!!」

 

「ホントだ!!もかちゃんの声がする!!」

 

明乃ももえかの声が聞こえたみたいだ。

そして、明乃も辺りを見渡すが、もえかの姿はやはり見えない。

 

「でも、姿が見えないけど‥‥」

 

「やっぱり?」

 

シュテルも、もえかの姿を捜すが、やはり周囲にはもえかの姿は見えない。

だが、

 

「はぁ‥‥はぁ‥‥はちきれん大胸筋‥‥バランスがとれた三角筋‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥いいわ~‥‥いいわ~‥‥」

 

やはり、もえかのエロい声は聞こえる。

 

「どこかで、ボディービルダーの人たちの事をジッと見ているのかな?」

 

「うーん‥‥そうとしか思えないけど‥‥」

 

しかし、最初にインストラクターの街雄がジャージを破いて、自らの肉体を披露した時、もえかもシュテル、明乃と同じ様に引いていたのだが、もえかが元々筋肉フェチで、それを自分たちに知られたくはないと演技をしていた可能性もある。

 

「‥‥行こうか?ミケちゃん」

 

「えっ?でも‥‥」

 

「ミケちゃん‥‥人には誰にも言えない秘密が一つや二つはあるものなんだよ」

 

「う、うん‥‥」

 

シュテルはもえかが隠れ筋肉フェチだと判断し、その場を明乃と共に去る。

明乃も時間の経過と共にシュテルが何を言っているのか理解した様子で、シュテルと共にその場から去った。

しかし、もえかの姿はいつの間にか、待ち合わせ場所のトレーニングルームの出入口付近にあり、

 

「あっ、ミケちゃん、シューちゃん」

 

と、手を振りながら声をかけてきた。

 

「えっ?もかちゃん!?」

 

「早いな‥‥もう、先に戻ってきているなんて‥‥」

 

明乃とシュテルはついさっきまでトレーニングをしているボディービルダーたちを見て、エロい声を出していた筈のもえかが自分たちよりも先に出入口に居ることに驚いた。

 

その後、三人はトレーニングでかいた汗を流す為、シャワー室へと向かう。

 

(ふぅ~‥‥よかった、シャワー室がそれぞれ個室で‥‥)

 

シュテルは銃痕が残る身体を二人に見せたくはなかったので、シャワー室が個別だったことに安堵した。

 

なお、余談であるが、この年の七月二十五日‥‥もえかの誕生日に明乃はボディービルダーの写真集を、シュテルはBlu-ray版の『吹き替えの帝王シリーズ』をもえかに送った。

もえかは二人からもらった誕生日プレゼントが何故、このチョイスなのか疑問に思いつつも、親友からのプレゼントだったので、ありがたく頂戴した。

 

 

三人がスポーツジムを出た頃には、もう太陽が西の水平線に沈みかけていた。

 

「夕食どうする?」

 

もえかがシュテルと明乃に今日の夕飯はどうするか?と訊ねる。

 

「私、すき焼き食べたい!!」

 

すると、シュテルが今日の夕飯はすき焼きが食べたいと言う。

 

「えっ?すき焼き?」

 

「うん!!」

 

「でも、この季節に?」

 

「ドイツではなかなか食べられないから」

 

「そうなんだ‥‥」

 

「まぁ、良いんじゃないかな?」

 

ドイツではなかなか食べることのできない日本の鍋料理‥‥

シュテルの事を考慮して今日の夕飯はすき焼きとなった。

その為、スーパーで、すき焼きの材料を買う。

 

「~♪~♪」

 

シュテルはすき焼きのメインである肉をかごに入れていくが、

 

「シューちゃん、それ、結構高いお肉だよ」

 

シュテルがかごに入れていたのは和牛の霜降り肉‥‥

高校生にしては結構高い肉だ。

 

「大丈夫、大丈夫、ここは私が持つから」

 

シュテルは今日の夕食の具材の代金は全部自分が出すと言いながら、肉をかごに入れていく。

 

すき焼きの会場は横須賀女子の明乃の寮の部屋で行われることになった。

明乃が杵崎姉妹、伊良子の下に行き、すき焼き用の鍋とカセットコンロを借りてきた。

すき焼きの準備が進む中、シュテルは一度、寮の自分の部屋に戻り、そして明乃の部屋に再び戻ってきた時、小さめのクーラーボックスを持ってきた。

 

「それなに?」

 

「飲み物を持ってきたんだよ」

 

「えっ?それって、もしかしてマッ缶?」

 

「いや、さすがにすき焼きにマッ缶は似合わないから別のだよ」

 

そして、すき焼きパーティーが始まる。

 

「にゅふふふふ、おいしそう~」

 

シュテルが菜箸で鍋に肉を初めてとする具材を入れる。

グツグツと鍋からはおいしそうな音と匂いがする。

この音と匂いを嗅いでいるだけで、お腹が減ってくる。

 

「そろそろ、出来たみたいだね」

 

「うん」

 

「じゃあ、これ」

 

そう言ってシュテルはクーラーボックスに入っていた飲み物を明乃ともえかに手渡す。

 

「えっ?」

 

「これって‥‥」

 

シュテルが二人に手渡したのはビールの缶だった。

 

「ねぇ、シューちゃん。これってもしかして、ビール?」

 

「そうだよ」

 

シュテルはあっさりと手渡した缶がビールであることを認める。

 

「だ、ダメだよ!!シューちゃん!!お酒なんて!!」

 

「そうだよ、お酒は二十歳を超えてからじゃないと!!」

 

「大丈夫、大丈夫、それ、ノンアルコールだから」

 

「「えっ?」」

 

「ノンアルコールだから、いくら飲んでも酔わないから大丈夫だよ。二人にも大人の気分を疑似的に体験してもらいたいと思って持ってきたの」

 

(精神年齢なら、アラサーだから飲めるんだけどね‥‥)

 

シュテルの場合、ノンアルコールとはいえ、ビールは飲み慣れていたが、明乃ともえかは今回がビール初体験となる。

すると、シュテルはビールの缶を開けると、なんとすき焼き鍋の中に投入する。

 

「ちょっ!!シューちゃん!!」

 

「何をしているの!?」

 

「この方が、コクが出るんだよ」

 

「「‥‥」」

 

((大丈夫かな?))

 

ビールが入ったすき焼きに不安を感じる明乃ともえか。

だが、メインであるお肉は和牛の霜降り‥‥

食べてみたいと言う気持ちがあった。

むしろ、食べないと言う選択肢はなかった。

 

「さて、これですき焼きの準備は整った‥‥」

 

菜箸を置き、シュテルは真剣な表情で二人を見る。

 

「そして、これより此処は戦場となる」

 

「「戦場?」」

 

「そう‥‥すき焼きのメインである肉は数が限られている‥‥弱い者はその肉を食べれず、しらたきしか食べられない‥‥」

 

「「っ!?」」

 

シュテルの言葉を理解した二人。

視線を下げると美味しそうに煮えているすき焼き‥‥和牛の霜降り肉‥‥

 

「それじゃあ‥‥始めようか?」

 

「う、うん‥‥」

 

「そうだね」

 

シュテル同様、明乃も、もえかも、真剣な顔で箸を手による。

 

「では‥‥」

 

明乃ともえかの喉がゴクッと鳴る。

 

「「「いただきます!!」」」

 

三人のすき焼きパーティーが始まった。

 

三人は一斉に肉へと箸を伸ばす。

そんな中、

 

「ん?」

 

「むっ?」

 

シュテルと明乃が同じ肉を掴む。

 

「シューちゃん、これは私のお肉だよ」

 

「いや、ミケちゃん、これは私の肉だよ」

 

「最初に掴んだのは私だよ!!」

 

「肉の面積を多く掴んでいるのは私、だからこの肉は私のだよ!!」

 

「んぐぐぐぐぐぐぐ‥‥」

 

「ぎぎぎぎぎぎぎぎ‥‥」

 

シュテルと明乃が肉を取り合っている中、もえかは、

 

(他にもお肉は沢山あるのに‥‥あっ、でも二人が取り合っているならその隙に‥‥)

 

ドッサリ

 

「~♪~♪」

 

漁夫の利で、肉をドッサリと皿に取る。

 

「もかちゃん!!お肉取り過ぎ!!!」

 

「ネギも食べなさいよ!!日本人でしょう!?」

 

互いに肉を取り合いながらも、自分たちが肉を取り合っている間に漁夫の利を得たもえかに対してシュテルと明乃は抗議する。

そんな感じに姦しくも楽しい夕食の時間が過ぎている。

 

「ん?具材が無くなってきたな‥‥そろそろ、〆に入るか‥‥」

 

具材が無くなってきたので、そろそろ、〆に入ることにした。

鍋にうどん玉を入れ、ついでに切り餅も入れる。

当初、ノンアルコールとは言え、ビールはビールだったので、飲むのを躊躇していたもえかと明乃であったが、食事が進むにつれ、ビールの缶に口をつけると、二人の手は自然とすき焼き、ビールと互いに口をつけ、シュテルが持ってきたビールはあっという間に無くなった。

将来、二人が飲兵衛にならないか少し心配である。

 

「はぁ~‥‥お腹いっぱい」

 

「うん、美味しかった」

 

「お肉もビールも美味しかった」

 

空っぽの鍋、ビールの空き缶を前に、三人は満足そうな表情をし、お腹をさすっている。

 

「そう言えば、ゴールデンウイークが終わったら、中間か‥‥」

 

「うぅ~‥‥私、テスト苦手なのに~‥‥」

 

「それなら、一緒にテスト勉強する?」

 

三人の会話は、ゴールデンウイークの後に待つ、中間テストの話になる。

 

「まぁ、中間テストが終わっても私たちは色々大変だろうけどね‥‥」

 

シュテルは食後のお茶を湯のみに入れながら、中間テスト後のテスト休みも忙しいことがあると言う。

 

「えっ?シューちゃん、テスト休みないの?」

 

「ん?いや、私だけでなく、ミケちゃんも多分忙しいんじゃないかな?」

 

「えっ?私も?」

 

「うん‥‥学校側から、多分、『Rat事件の報告書を提出しろ』って言われるんじゃないかな?」

 

「‥‥えっ?報告書?」

 

「今回の事件は海洋安全整備局にもブルーマーメイドにも衝撃的な事件だったからね。今後の対策の為にも事件の関係者には報告を求めてくると思うからね‥‥ん?どうしたの?ミケちゃん?顔色が少し悪いよ」

 

「食べ過ぎて気分が悪くなったの?」

 

「わ、私、書類仕事苦手なのに~‥‥」

 

テストが終わった後に、折角の休みなのに其処にはRat事件の報告書と言う苦手行事が控えていることに明乃はこの世の終わりみたいな顔をする。

 

「だ、大丈夫だよ。航海日誌とかを参考にすればすぐに終わるって」

 

「私も手伝うから、ねっ?」

 

シュテルともえかは明乃をフォローする。

食後のお茶も飲み終わり、鍋や食器も洗い終わった頃、

 

「ねぇ、この後、みんなで銭湯に行かない?」

 

明乃が銭湯に行かないか?と提案してくる。

ビールを飲んだとはいえ、ノンアルコールだったので、この後お風呂に入っても問題はなかった。

 

「えっ?銭湯?」

 

しかし、シュテルは銭湯と聞き、ドキッとする。

 

「うん、私の艦の水雷長‥メイちゃんって言うんだけど、寮の近くにいい銭湯があるって聞いたの」

 

「いいわね。みんなで背中とか洗いっこしよう」

 

もえかと明乃は銭湯に行くつもりだ。

しかし、シュテルは、

 

「わ、私はいいよ。ジムでシャワーを浴びたし‥‥」

 

シュテルとしては、銃痕が残っている身体を後輩でもあり、親友である彼女たちに見せたくはなかった。

しかし、そんなシュテルの事情を二人は知るはずもなく、

 

「ええーっ、行こうよ~」

 

「そうだよ。ジムのシャワーだけじゃあ、完全に綺麗に洗い落とせていないでしょう?」

 

「ちょっ、二人とも!?」

 

明乃ともえかがシュテルの両脇をがっちりとロックして、引きずるようにして、シュテルを連行していく。

しかも、いつの間にかタオルや石鹸を用意している周到さ‥‥

最初から、三人で銭湯に行く予定でもしていたのだろう。

 

寮から銭湯まで両腕をがっちりと明乃ともえかにホールドされたシュテルは周りの人から変な目で見られた。

そして、到着した銭湯‥‥

番台で入浴料金を払い、脱衣所にて、

 

「うぅ~‥‥」

 

シュテルはなるべく身体に残る銃痕を見せたくないので、明乃、もえかの二人の以外にも他の利用者の視線を気にしている為、なかなか服を脱げない。

 

「あれ?シューちゃん、どうしたの?」

 

「早く行こうよ」

 

「あっ、いや‥その‥‥」

 

二人の前で、着替えることは出来ない。

せめて、二人が先にお風呂に行き、手早く服を脱ぎ、バスタオルで身体を隠せば何とかなるだろうが、二人は何故かこの場を離れない。

 

「もう、ほら早く」

 

「ちょっ‥‥」

 

業を煮やした明乃ともえかは強引にシュテルの服を脱がし始める。

そして、

 

「「えっ?」」

 

シュテルの身体に残る銃痕を見てしまう。

 

「シューちゃん‥‥これ‥‥」

 

「何の痕?」

 

「‥‥うぅ~‥‥だから、嫌だったのに‥‥」

 

「ど、どうしたの?これ‥‥?」

 

「‥‥その‥中学時代にイタリアでマフィアに銃で撃たれた。こっちは、去年イギリスで切り裂き魔に撃たれた」

 

「マフィア‥‥」

 

「切り裂き魔って‥‥」

 

シュテルはやむを得ず、二人に傷痕のことを教えた。

 

「その‥‥ごめん」

 

「まさか、こんな事情があるなんて、知らなくて‥‥」

 

「いいよ。言わなかった私が悪かったし‥‥」

 

シュテルはなるべく傷痕が見えないようにバスタオルを身体に巻く。

 

「折角、来たんだ。暗い顔しないで行こう」

 

「「う、うん‥‥」」

 

なんか空気が重くなってしまったが、三人は浴室へと向かった。

 

湯船に入る前に髪、身体を洗ってから入るのがマナーである。

その為、三人はチョコンとバスチェアに座る。

シュテルは二人をチラッと見ると、こうして服を着ないままの姿を見ると、

 

(二人とも、成長したなぁ~‥‥)

 

と、改めて二人の成長を実感する。

 

「ミケちゃん、もかちゃん、髪の毛、私が洗ってあげよう」

 

「えっ?」

 

「でも‥‥」

 

「いいから~いいから~、まずはミケちゃんからね」

 

そう言って、明乃の髪の毛を洗い、次にもえかの髪の毛を洗う。

 

「じゃあ、私がシューちゃんの髪の毛洗ってあげる」

 

「私は背中」

 

もえかがシュテルの髪を洗い、明乃がシュテルの背中を流す。

この時には脱衣所での暗い空気は既に吹っ飛んでいた。

 

「「「ふぅ~‥‥」」」

 

髪の毛、身体をあらい、三人は湯船の中に入る。

 

(色々あったけど、いい休日になったな‥‥)

 

今日一日で様々な事があったが、三人にとって心休まる休日となった。

 



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88話

今回はシロちゃんが誘拐でピンチ!!


Rat事件から、時が過ぎ、五月初頭のゴールデンウイーク真っ盛りの中、横須賀にある真白の実家である、宗谷家‥‥

その家の中にある自室のベッドにて、真白は目を覚ます。

時刻は午前七時‥‥普段から起きている時間とほぼ変わらない時間。

長年の習慣なのか、それか真白の生真面目な性格故の体質なのか?

 

「うっ‥‥うーん‥‥」

 

久しぶりの実家での生活‥‥。

入試で、大ポカをしたせいで、横須賀女子に何とか入れたが、ギリギリ入学の結果、真白は上の二人の姉が過去に艦長を務めた大型直接教育艦、駿河ではなく、航洋直接教育艦、晴風の副長となり、高校生活は決して真白にとって良好なスタートではなかった。

元々自分は不幸体質であり、何かと辛い目や、ついていない出来事に遭遇してきた。

入学式の日も同級生であり、自分が乗る艦の艦長である明乃が食べていたバナナの皮を踏んで海に落ちた。

しかも入学してから初めての海洋実習では、集合地点に向かう途中で乗艦にエンジントラブルが起き、集合場所へ遅刻。

集合地点に遅れながらも来れば、いきなり教育艦から実弾で砲撃され、自艦防衛の為、模擬魚雷を教育艦に撃ち込み、現場から逃亡すれば、海上安全整備局からは反逆者扱いをされた。

何とか濡れ衣を晴らそうとして、学校に戻る途中、ドイツからの留学生艦のシュペー、東舞鶴海洋学校の伊201に攻撃を受けながらも、四国沖でブルーマーメイドの隊員と合流し何とか疑いを晴らすことが出来た。

自分たちが濡れ衣を着せられた原因は、Ratと呼ばれる突然変異体のネズミが引きを越したウィルスが原因だった。

 

 

その後、晴風はシュペー同様、ドイツからの留学生艦、ヒンデンブルクと共にウィルス感染し、行方をくらませた同級生たちの学生艦を捜索することになった。

当初は二週間の予定だった海洋実習が当てもなく、長い実習となった。

その過程で、ウルシー環礁で遭難した商店街船、新橋の救助中、艦内に取り残され、九死に一生を得るような経験もした。

あの時は、本当に死ぬかと思った。

 

 

結局、この騒動は四月丸々続き、五月になりようやく故郷である横須賀に戻った。

しかし、当初は晴風に配属になった事に不満だらけの真白であったが、この長い航海の間で、真白のその認識は変わっていった。

明乃の事も当初は艦長らしくない艦長と言うことで、明乃に対しても不満があったが、彼女の過去や信条を知り、段々と明乃の事も認めるようになった。

明乃以外にも真白には友人と呼べる者たちが出来た。

あの航海は結果的に真白にとってはプラスになった事だろう。

 

海洋実習後の四月後半に予定されていたカリキュラムがあの事件で潰れてしまった結果になったが、事情が事情なので、真白の母であり、横須賀女子の校長である真雪はゴールデンウイークを潰すようなことはなかった。

長い航海から戻ってきて、そのまま休みなく、授業では流石に辛いだろうから息抜きも必要だったのだ。

ただし、夏休みの前半は補修になるだろう。

 

そして、今日は久しぶりの休日‥‥

ベッドから起き上がった真白は折角の休日なので、今日は勉強もオフにして、買い物にでも行こうかと思った。

 

「おはよう」

 

「あら?おはよう真白」

 

リビングに行くとスーツ姿の母、真雪が居た。

 

「あれ?お母さん、今日も仕事?」

 

私服ではなくスーツ姿と言うことで、真雪は今日、オフではなく、仕事があるみたいだ。

 

「ええ、例の事件の報告書をまとめて海上安全整備局に提出しないといけないのよ」

 

休日なのに真雪は大変そうだった。

 

「姉さんたちは?」

 

「真霜はまだ寝ているわ。真冬は、さっきジョギングに出かけたわね」

 

「休みの日でも姉さんたちは相変わらずだな‥‥」

 

「真白は今日、どうするの?家に居る?」

 

「うーん‥‥折角の休日だし、私は出かけようかな」

 

真白は誰か誘おうかと思ったが、久しぶりの休日を騒がしい晴風のクラスメイトたちと過ごすのは‥‥と、そんな思いもあったので、今日は一人で出かけることにした。

それから真白は朝食を食べ、洗面と着替えを終え出かける。

真白が出かける前に、真雪は学校へと出勤して行った。

 

「じゃあ、ちょっと出かけてくるから」

 

「おう、日が暮れる前には帰ってこいよ。それから知らない人についてっちゃダメだぞ」

 

真白が出かける頃には真冬はジョギングから戻っており、真白を見送る。

 

「子供じゃないんだから、そんなことを分かっているよ!!」

 

真冬の見送りの言葉に声を荒げ、家を出る真白。

 

そんな宗谷家の近くの電信柱には、作業着を着て、頭にはヘルメット、腰の部分には工具をぶら下げた安全ベルトをつけて電信柱にぶら下がった男が居た。

その姿はどう見ても電力会社の作業員にしか見えないのだが、不思議とその作業員は、電信柱にぶら下がっているが作業をせずに、宗谷家を小型の双眼鏡でジッと見ていると、おもむろに懐から一枚の写真を取り出す。

写真には、真白のあきらかに隠し撮りしたであろう写真が写し出されていた。

そして、真白が家から出かけるのを確認すると、

 

「‥‥ターゲットを捕捉‥‥繁華街へと向かっている。プランAを発動‥‥あとは別動隊に監視と実行を任せる」

 

と、どこかへ連絡を入れた後、電信柱から降り始めた。

 

 

真白は家の近くに不審な電気工の作業員がいたなんて気づくことなく、繁華街を目指していく。

特に目的や買いたい物があるわけではないが、あのまま家に居て、二番目の姉である真冬に絡まれて折角の休日を潰されてはたまらない。

真白が家の外に出かけた理由として真冬の存在も関係していたのである。

繁華街をぶらつきながら、書店で参考書や海洋関係の雑誌、ファンシーショップでぬいぐるみを見て回る真白。

ただ、この時も真白は自分の後をまるで監視するかのように尾行している者たちの存在には気づいていなかった。

 

 

この日、シュテルも真白と同じく繁華街を見て回っていた。

艦長を務めているヒンデンブルクはあの海洋実習において、駿河、比叡、シュペーとの戦闘で、中破程度の損害を受け、横須賀のドックへと入渠している為、当直業務は無くなった。

その為、休日は普通の学生同様、オフになっている。

ヒンデンブルクやシュペーの学生たちも思い思いの休日を過ごしている。

シュテルもそんな学生と同じく、ヒンデンブルクに積まれていたMTBにまたがり、横須賀の繁華街を走っていた。

ただ、この時、シュテルは当直業務がないので、緊急な連絡もないだろうと思い、スマホを今、お世話になっている横須賀女子の学生寮の部屋に置き忘れていた。

それに気づいたのは既に寮から離れた後だったが、わざわざスマホを取りに戻るのも体力と時間を無駄に消費するだけだと思い、スマホなしのまま出かけた。

 

「横須賀は神奈川県だから、マッ缶はないか‥‥」

 

道端にある自販機の商品を見つつ、自身のソウルドリンクであるマッ缶が販売されていないことを愚痴りつつ、シュテルはアク〇リア〇を買って飲む。

〇ク〇リア〇を飲み干し、空き缶をゴミ箱に捨て、再びMTBを走らせようとした時、

 

「ん?あれは‥‥」

 

シュテルの視線の先には私服姿の真白が居た。

 

「あれって、確かミケちゃんの艦の‥‥」

 

真白とはあの航海で何度か顔を合わせ、会話をしたが特に親しいと言う間柄ではない。

見たところ、自分と同じく一人で休日を満喫している様子だし、ここで声をかけるのも野暮だろうと思い、シュテルはそのままその場から去ろうとした。

そんなシュテルの視線の先に居た真白に、眼鏡に帽子、マスク姿の怪しい男が近づいてきた。

男の手には横須賀周辺の地図があり、一見怪しそうだが、横須賀に来た観光客で道に迷っているようにも見える。

 

「あっ、すみません。お嬢さん」

 

「はい?」

 

その男は真白に声をかけてきた。

真白は声をかけられ、その男の風体に怪しさを感じつつも、

 

「な、なんでしょうか?」

 

一応、応対する。

 

「すみません、道に迷ってしまったのですが、ここへ行くにはどうすればいいのでしょう?」

 

男は地図を真白に見せながら、要件を話す。

どうやら、この男は道に迷っているみたいだ。

男に怪しさを感じつつも、困っている人に 『交番に行って聞け』 と冷たい態度はとらず、真白は素直に応じる。

 

「えっと、どこですか?」

 

「ここなんですけど‥‥」

 

男が広げた地図を見ると、ある場所に印が書かれていた。

 

「ここですか?‥‥ここへは‥‥」

 

真白が、印が着いた場所へのルートを男に説明しようとした時、

 

ドスッ

 

「うっ‥‥」

 

真白の腹部に激痛が走り、意識が遠のいた。

道を訊ねてきた男が、突然、真白の鳩尾に拳を叩き込んだのだ。

男は意識を失い倒れそうになる真白を抱えるとすぐ傍に止まっていた黒光りするバンに真白を押し込め、自身もバンに飛び乗った。

夜間ひっそりではなく、真昼間から堂々と真白を連れ去ったのだ。

よほどの大物か‥‥もしくは、単純に手柄を焦ったバカか、それとも無差別なのか?

理由は分からないが、真白が誘拐されたと言うのは事実である。

しかし、行きかう人間は誰も止めに入らないし、入れない。

普通の一般人なら、ただ唖然と誘拐現場を見つめているだろう。

誘拐と言う犯罪をする者たちだ。

もしかしたら、武器をもっている可能性もある。

ならば、自身の安全を第一とし、何処の誰か分からない女子高生一人の為に命を張るなんてバカらしい。

せいぜい、その場では可哀そう、大変だと言いつくろい、やがて忘れ去るか、どうせ誰かが、警察に通報しているから後は警察に任せようと言う傍観者効果が働いているのだろう。

 

しかし、例え短時間でも、知り合ったわけであり、親友と同じクラスの生徒が誘拐されたのだから、黙ってみている訳にはいかない。

シュテルは慌ててポケットからスマホを取り出し警察に電話しようとした時、今日自分がスマホを置き忘れていることに気づく。

 

「あぁ、もう!!なんでこんな時にスマホを忘れるかな!?くそっ!!」

 

真白が目の前で誘拐された現場を見て一瞬、唖然としてしまったが、スマホがない以上、追いかけて真白の行方を追わなければならない。

確かにあの場に居た誰かが警察に電話をしているかもしれない。

しかし、警察があの場に来て、犯人を追うまで一体どれくらいの時間がかかるだろうか?

それに、皆が皆、誰かが警察に電話しただろうと思い込み、警察に電話をしていない可能性だってある。

真白の安全を考えるのであれば、今は一分一秒でも時間が惜しい。

犯人たちを追いかけて、真白の監禁場所を突き止めてからでも警察に連絡するは遅くはない筈だ。

シュテルはMTBのペダルを漕ぎ、真白を攫った黒いバンを追う。

 

「多少、距離を開けられてもなんとかなるか‥‥?」

 

バンは計算しつくしたように、人気のない道を選び進んで行く。

犯人は、あらかじめ逃走ルートを決めていたのだろう。

となると、真白の誘拐は計画されたモノなのかもしれないが、不幸体質な真白のこともあり、偶然あの場に居た為、無差別に誘拐するターゲットにされた可能性もある。

 

この世界は前世の日本と異なり、地下資源の強引な掘削で地盤沈下が起き、日本の陸地が水没している。

その為、陸地は少なく、海上都市、フロート船が日本と言う国家を形成している。

陸地が少ないこと、更に長い直線ではなく、左右に曲がりくねった小幅な道を通っている為、思う以上に速度を出せないことが幸いし、相手が車であってもこっちは小回りが利く自転車であり距離は空くが見失わない程度の距離は保つことが出来た。

やがて、バンの行き先がおぼろげながらも分かってきた。

 

「この先は港湾区画‥‥やっぱりドラマや漫画・アニメみたいに港の倉庫に監禁する気か?」

 

ドラマの誘拐場面では定番である監禁場所は港湾の倉庫かと思っていたシュテルであるが、その予想は覆された。

バンよりも一足遅く港湾区画に辿り着いたシュテルが見たのは、バンから降り、港に停泊している一隻のクルーザーに乗り換えている犯人たちの姿と連れていかれる真白の姿だった。

 

「マズい!!」

 

海に出られたら、真白の居場所を突き止めるのは困難になる。

早く追いかけなければと思い周囲を見渡すと、

 

「よしっ、こんなもんだろう」

 

「エンジンの方は結構早く終わったわね」

 

「おしっ、休憩の後は‥‥」

 

港に泊まっているモーターボートのエンジンを修理していた柳原と黒木の姿があった。

休日なのに、故障した漁船やモーターボートのエンジンの修理をしているってことは、エンジン修理のバイトかボランティアでもしていたのだろう。

しかし、二人はクルーザーに強引に乗せられている真白の姿に気づいていない。

 

「柳原さん!!」

 

「ん?なんでぇい、ドイツ艦の艦長さんじゃねぇか、妙なところで会うな」

 

「このボート動かせる!?」

 

「ん?そりゃあ、ついさっき、エンジンの修理が終わったばかりだからな。それがなんでぃ?」

 

「ちょっと、貸して!!」

 

「えっ?」

 

「ちょっと、どういうことなの?説明して!?」

 

いきなり、ボートを貸してくれと言われ、柳原は唖然し、黒木はちゃんと理由を話せと言う。

 

「説明は戻ったらするから!!」

 

「えっ?ちょっと!!」

 

唖然とする柳原と納得していない黒木を尻目にシュテルはボートのエンジンを起動させて、犯人たちのクルーザーを追いかけた。

犯人たちのクルーザーは、廃棄予定のフロート船に向かって行く。

 

「なるほど、あそこを監禁場所にする気か‥‥」

 

真白の監禁場所が分かったので、無線で警察かブルーマーメイドに通報しようと、ボートの無線機で連絡を取ろうとしたシュテルであるが、

 

「この無線機壊れている!?」

 

このボートのエンジンは先程、柳原と黒木が直したが、無線機はまだ修理されていなかった。

先程、柳原は『休憩の後は‥‥』と言っていた。

おそらく、休憩の後は無線機の修理をするつもりだったのだろう。

 

「嘘だろう!?おい!!」

 

ここでシュテルは二つの選択肢を突きつけられる。

 

一つはこのまま真白を追いかける。

 

もう一つは、港に戻り、柳原と黒木に事情を説明して警察かブルーマーメイド、ホワイトドルフィンに通報する。

 

 

自分と真白の安全を考えるなら、後者なのだが、そちらに関しても自分の安全は100%保証されているが、真白の安全は必ずしも約束はされていない。

 

真白の誘拐が宗谷家への身代金目的なのか?

 

それとも、イタリアで経験した人身売買、臓器売買目的かもしれない。

 

いずれにせよ、やはり、時間を無駄にはできない。

考えた末、シュテルは犯人たちのクルーザーが廃棄フロートに着岸してから時間を少しおいてから、自身も廃棄フロートに降り立った。

 

廃棄予定のフロートなので、当然電気は通っていないが、犯人たちは光源確保のため、大型のライトスタンドと自家発電機、逆探知妨害装置を用意していた。

犯人たちは真白をクルーザーから引きずり出し、廃棄フロートの奥へと進む。

真白は手に手錠をされ、口元はガムテープでふさがれている。

 

(うぅ~‥‥なんでこんな目に‥‥やっぱりついてない‥‥)

 

真白はまさか、自分が誘拐何て犯罪に巻き込まれるなんて予想もしておらず、あの航海で遭難した商店街船、新橋で多聞丸と共に取り残された時と同じくらい、命の危険に晒されていた。

 

「上手くいきましたね」

 

「ああ、アイツらの悲しむ顔が目に浮かぶぜ。おい、連絡を入れろ」

 

「へい」

 

犯人の一人は真白から奪ったスマホでまずはビーコン機能をオフにした後、どこかに電話を入れた。

 

 

真白が誘拐されたとは思いもしない宗谷家では‥‥

 

プルルルル‥‥プルルルル‥‥プルルルル‥‥

 

家の固定電話が鳴り響く。

 

「はい、はい、はい、もしもし、宗谷です」

 

電話に出たのは同じく休暇で家に居た真冬だった。

長女の真霜は、仕事の時はやり手のキャリアウーマンであるが私生活ではかなりズボラであり、今日も休日であると言うことで、まだベッドの中に居る。

 

「あぁ~宗谷さんか?」

 

「そうですけど?どちら様ですか?」

 

「今、お宅のお嬢さんを預かっている」

 

「はぁ?」

 

電話相手の言葉に思わず声が裏返る真冬。

 

「あんた、何言ってんだ?イタズラならもう切るぞ」

 

真冬は当初、相手の言うことがイタズラだと思った。

 

「嘘だと思うなら、今からお嬢さんの写真をお宅にFAXする。FAXが終わったら、もう一度電話をする」

 

「お、おい、ちょっ、アンタ‥‥」

 

そう言って相手からの通話は切れた。

 

「なんなんだよ?」

 

プルルルル‥‥プルルルル‥‥プルルルル‥‥FAXヲ受信シマシタ‥‥

 

それからすぐに電話の相手が言うように、宗谷家に一通のFAXが送られた。

 

「っ!?」

 

FAX用紙を見た真冬は目を見開く。

そこにはパイプ椅子に座らせられ、手には手錠、口元にはガムテープが貼られた真白の写真が写し出されていた。

それから再び宗谷家の固定電話が鳴る。

 

プルルルル‥‥プルルルル‥‥ガチャっ!!

 

「もしもし!?」

 

「どうかな?これで分かっていただいたかな?イタズラではないと言うことが‥‥?」

 

「お前‥マジで、シロを‥‥」

 

イタズラではなく、電話の相手が本当に真白を誘拐した犯人であることに真冬は唸るような声を上げる。

 

「おい、いいか、シロに何かしてみろ!?そん時は、お前を必ず見つけ出して、ぶっ殺すからな!!」

 

「それはそちらの対応次第だ」

 

「なに!?要求はなんだ!?」

 

「まず、お宅のお嬢さんの身代金として5千万用意しろ」

 

「ご、5千万だと!?」

 

「そうだ。それと、以前、宗谷真冬が検挙したレッド・シードラゴンの幹部メンバーの開放だ」

 

電話の相手はまさか、電話に出ているのがその真冬であると気づいていないみたいだ。

 

「レッド・シードラゴン‥‥だと‥‥?」

 

「そうだ。その両方の要求が実行されたら、お嬢さんを返す。まずは身代金の用意だ。二時間後にまた電話する。もちろん、警察やブルーマーメイド、ホワイトドルフィンに連絡をしてみろ、その時は人質の命はないぞ‥‥」

 

ガチャッ‥‥プー‥‥プー‥‥プー‥‥

 

「ま、まて!!シロの声を聞かせろ!!おい!!もしもし!!もしもし!!」

 

犯人は一方的に要求を伝えると電話を切った。

ついでに誘拐犯お決まりの文句、「警察に連絡したら、人質の命はない」と言う脅しと共に‥‥

更に犯人たちは警察の他に、『ブルーマーメイド、ホワイトドルフィンにも通報するな』と追加してきた。

自分たちが人質に取っている宗谷真白は一介の高校生であるが、その姉二人は現役のブルーマーメイドの幹部であり、母親の方は、今は海洋学校の校長職であるが、現役時代は『来島の巴御前』の異名を持つほどの優秀なブルーマーメイドだった。

当然、宗谷家はブルーマーメイドと深い関わりがある。

舞台が海上限定であるが、ブルーマーメイド、ホワイトドルフィンが治安維持組織であることには変わらないので、そのブルーマーメイド、ホワイトドルフィンにも連絡を入れるなと犯人たちは釘を刺してきたのだ。

 

「ま、真霜姉!!大変だ!!」

 

真冬は血相を変えて、真霜の部屋に向かう。

 

「真霜姉!!」

 

真冬が真霜の部屋にいくと、真霜の部屋の床には、昨日、真霜が着ていた服が脱ぎっぱなしで、その他にも本やら書類やらが部屋中に散乱している。

ウルスラの姉であるエーリカ・ハルトマン程ではないが、彼女の部屋も汚部屋の片鱗が見える。

 

「真霜姉!!大変だ!!起きてくれ!!」

 

そんな汚部屋のベッドで真霜はダボダボのシャツにパンツ一丁で寝ていた。

ブルーマーメイドの隊員が見たら、驚愕するような真霜の一面であった。

 

「真霜姉!!起きて!!おい、起きろ!!大変なんだってば!!」

 

真冬は寝ている真霜を叩き起こす。

 

「うぅ~‥‥うーん‥‥何よ?休みの日ぐらいのんびりさせてよぉ~‥‥」

 

真霜は寝ぼけ眼を擦りながら、むっくりとベッドから身体を起こす。

無理矢理叩き起こされたせいか、何だか恨めしそうな顔で自分を叩き起こした真冬を睨みつけてくる。

 

「真霜姉!!吞気に寝ている場合じゃねぇって!!シロの奴が大変なんだよ!!」

 

「大変って、あの子の不幸体質は今に始まった事じゃないでしょう?」

 

後頭部をガリガリと掻きながら真冬に何大げさに騒いでいるのかとあくびをしながら言う。

この時、真霜は不幸体質な真白の事だから財布かスマホ、家の鍵でも落としたぐらいのレベルだと思っていた。

 

「これを見てもそんなことが言えるか!?」

 

「ん?なに~?」

 

真冬は真霜に先程、誘拐犯から送られてきたFAX用紙を見せる。

 

「‥‥」

 

最初は寝ぼけ眼だった真霜であるが、FAX用紙をジッと見ていくと、段々と眠気が覚め、険しい顔になっていく。

 

「な、なによ!?これ!?どういうことなの!?」

 

真霜はFAX用紙を真冬から奪い取るかの様に手に取り、ジッと食い入るように見る。

 

「だから、大変だって言ったじゃねぇか!!」

 

「これ、アンタや真白が私をからかうためにやっているイタズラやドッキリじゃないわよね!?」

 

「こんな悪趣味なイタズラやドッキリなんてやらねぇよ!?」

 

真霜は真冬と真白が自分をからかう為に用意周到で盛大なドッキリでもしているのかと思ったが、真冬は速攻でそれを否定した。

 

「ど、どうしよぉ~‥‥真冬‥‥真白が‥‥真白が‥‥」

 

ここにきて、真霜は事の重大性に気づいた。

そして、真霜にしては珍しくオドオドと狼狽えている。

 

「真霜姉、まずは落ち着けよ」

 

「落ち着けですって!?真白が大変なのよ!?」

 

「大変な時だからこそだろうがぁ!!宗谷真霜!!」

 

「っ!?」

 

真冬の一括でやや落ち着きを取り戻した真霜。

 

「そ、そうね‥こんな時こそ、落ち着かないとね‥‥」

 

「ああ‥‥とりあえず、母さんにもこの事を伝えよう」

 

「ええ‥そうね」

 

真霜、真冬、真白の宗谷家三姉妹は、今日は休日であったが、母親の真雪はRat事件のあおりで今日も学校に休日出勤していた。

真霜と真冬は急ぎ、母の真雪に電話を入れた。

犯人は警察とブルーマーメイド、ホワイトドルフィンに連絡を入れるなと言っていたが、真雪は海洋学校の校長であり、警察でもブルーマーメイドでもホワイトドルフィンでもない。

その為、犯人の要求を破った訳ではない。

 

その頃、真雪は真白が誘拐されたことなど知る由もなく、横須賀女子の校長室でRat事件の事後報告書をまとめていた。

そこへ、

 

Piririririr‥‥

 

真雪のスマホが鳴る。

ディスプレイを見ると、そこには 『宗谷真霜』 と表示されていた。

 

「真霜から?何かしら?もしもし、真霜。どうしたの?」

 

「お母さん!!大変なの!!」

 

通話ボタンを押して、電話口に耳をあてると、そこから真霜の切羽詰まった声が聞こえてきた。

大声だったので、耳がキーンとする。

 

「うっ‥‥大変な事?何かあったの?」

 

「真白が誘拐されたみたいなの!?」

 

「えっ?誘拐!?真白が!?」

 

真霜から『誘拐』と言う物騒な単語が出てきたことに思わず聞き直す真雪。

 

「誘拐って本当なの!?何かの間違いじゃないの?」

 

「私も最初はそう思ったんだけど‥‥今、犯人から送られてきたFAXを写真に撮ったからそっちに送るわ!!」

 

真霜は犯人から宗谷家に送られてきたFAX用紙の写真をスマホのカメラで撮り、それを添付して真雪のスマホにメールで送る。

 

You get mail‥‥

 

メールを受信した真雪は、早速、メールに添付されていた写真を開く。

 

「っ!?」

 

真霜同様、真雪は真白が拘束されている写真を見て驚愕する。

 

「こ、これは‥‥っ!?」

 

「ねぇ、お母さん、ど、どうしよぉ~真白が‥‥真白が‥‥」

 

「お、落ちつきなさい、真霜‥‥それで、犯人からの要求はきているの?」

 

「電話に出たのは真冬みたいだから、真冬に代わるわね」

 

真霜はスマホを真冬に手渡す。

 

「もしもし、母さん」

 

「真冬‥それで、犯人からの要求は何なの?」

 

「まずは、シロの身代金に5千万用意しろって言ってきた」

 

「5千万‥‥」

 

真雪は犯人から要求された真白の身代金の額に声を震わせる。

それに今日は休日なので、銀行をはじめとする金融機関も休み‥‥

宗谷家に5千万なんて大金が有る訳がない。

 

「真白‥‥」

 

真雪の脳裏に最悪の事態が過ぎった。

 




真霜はブルーマーメイドのキャリアではありますが、どちらかと言うと内勤がメインと言うイメージがあり、反対に母親の真雪はTV版の冒頭でも大和に乗艦していたり、現役時代に、緻密な情報収集と大胆な作戦で武装勢力を単艦で一掃したことから、「来島の巴御前」の二つ名を得ており、同じく真冬もべんてんの艦長を務め、映画版でもテロリストの制圧をしていたので、コマンドーの将軍で言えば、

「君達は世界中に敵を作ってきたからな。 犯人は東南アジアかアフリカか、それともテログループか…… 次は君の番だ」

の様に、海賊やテロリストの残党から真雪と真冬は恨まれていてもおかしくはないので、今回はそのあおりを真白が受けてしまいました。


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89話

五月初頭のゴールデンウイーク‥‥

横須賀女子所属の晴風副長の宗谷真白が白昼堂々横須賀の市街地で誘拐された。

宗谷家には真白を誘拐したと言う脅迫電話が入り、犯人から要求が来た。

その要求が、真白の身代金5千万を用意する事とレッド・シードラゴンと言う組織の幹部メンバーの釈放‥‥

勿論、誘拐犯お決まりの文句‥警察、治安維持組織であるブルーマーメイド、ホワイトドルフィンに通報すれば、真白の命は無いと釘も刺してきた。

犯人から脅迫電話が宗谷家にかかってきた時、電話に出たのは真冬だった。

当初、真冬はイタズラかと思ったが、最初の電話からすぐに送られてきたFAX‥‥

そこには、拘束された真白の写真が写し出されており、犯人が真白を誘拐したと言うのがイタズラではなく、事実であることが証明された。

真冬は未だに寝ている姉、真霜を叩き起こし、事態の緊急性を伝える。

真霜も当初はてっきり、真冬と真白が自分にドッキリでも仕掛けてきたのかと思ったが、FAX用紙に写し出されている真白の姿を見て、真霜も事の重大性を理解する。

自分たちだけではとても対処できないと判断した二人は母である真雪に電話を入れる。

真雪も何かの間違いではないかと思ったが、残念ながらそれは間違いではなく、真白は誘拐された。

身代金である5千万なんて今日が休日なので、銀行などの金融機関は休み‥‥

コンビニのATMではとても5千万なんて引き下ろせない。

家にある現金も5千万なんて大金が有る訳がない。

そして、もう一つの要求‥‥

レッド・シードラゴンの幹部メンバーの釈放‥‥

 

「犯人からの要求は真白の身代金だけなの?」

 

「いや、レッド・シードラゴンの幹部メンバーの釈放も奴らは要求してきた」

 

「レッド・シードラゴン?それって‥‥」

 

「ああ、この前、アタシが検挙した海上犯罪組織だ」

 

犯人から要求があったレッド・シードラゴンの幹部メンバーの釈放‥‥

レッド・シードラゴン‥‥それは、つい最近、真冬が検挙した海上犯罪組織の名前だった。

 

レッド・シードラゴンは、海賊行為から麻薬、銃器、臓器、売買が禁止されている希少動物や拉致した人身の密売、密輸と言ったありとあらゆる犯罪行為をこなしてきた犯罪組織であり、インターポール、ブルーマーメイド、ホワイトドルフィンが長年に渡り追ってきた組織であった。

その一大犯罪組織の幹部メンバーの複数を真冬が指揮する強行斑が検挙する事に成功した。

今回、真白を誘拐したのは、宗谷家にかかってきた脅迫電話の要求から、このレッド・シードラゴンのメンバーであることが確定的だ。

 

「それで、どうするの?真白の身代金に幹部メンバーの釈放‥‥」

 

真雪は犯人の要求をどうするべきかと悩む。

犯人は二時間後にもう一度、電話を入れてくる。

それまでに答えを出さなければ、真白は殺される可能性が高い。

身代金もそうだが、公人として、元がつくとは言え、ブルーマーメイド隊員であった真雪としては犯罪組織の幹部メンバーを再び社会へ野放しにはできない。

それは現役のブルーマーメイドである真霜も真冬も同じ考えだろう。

しかし、私人として、真白の家族としては、真白を助けたい。

でも、犯罪組織の幹部メンバーを社会に野放しにすれば、再び犠牲になる人が大勢出る。

 

「やっぱり、警察とブルーマーメイドの保安部隊の出動を‥‥」

 

犯人の要求を無視して警察とブルーマーメイド、ホワイトドルフィンへ連絡するべきではないかと真霜は提案するが、

 

「でも、それだとシロの命がマジでヤバいんじゃないか?」

 

真冬はレッド・シードラゴンの検挙に関わっているだけあって、要求を無視したら、真白の命がヤバいと懸念する。

 

「ど、どうすれば‥‥」

 

真雪はRat事件の報告書どころではなくなってしまった。

 

 

真雪、真霜、真冬が犯人から要求にどう対処すればいいのか困惑している中、誘拐された真白はと言うと恐怖でガタガタと震えていた。

 

「連中、要求を呑みますかね?」

 

「呑まなきゃ、コイツをバラすだけだ」

 

「まぁ、最悪大金さえ手にすれば、コイツには用はないがな」

 

「ハハハハハ、こいつ、震えてやんの~」

 

犯人たちは自分たちの上司ともいえるレッド・シードラゴンの幹部メンバーの釈放よりも宗谷家から真白の身代金をせしめることが主目的だった。

幹部メンバーが減れば次は自分が幹部に昇進できる可能性があるからだ。

 

「うっ‥うぅ~‥‥」

 

(真冬姉さんのせいで私は‥‥)

 

身代金が支払われても自分は殺されるのだと思うと、涙が出てくる。

不幸体質な自分が益々惨めに見えてくる。

自分はまだたった十五歳‥今月の二十七日で十六歳になるのだが、あまりにも短すぎる人生だ。

夢だったブルーマーメイドにだってなっていないのに‥‥

犯人たちの要求を聞いた時、ブルーマーメイドである真冬が摘発した犯罪組織のメンバーみたいで、自分は半ば八つ当たりに近い感じで誘拐された。

そう思うと、悲しみから自分の不幸体質と真冬、そして犯人たちに怒りも湧いてくる。

 

(そうだ、私はこんなところで死ねない!!死んでたまるか!!)

 

商店街船、新橋で多聞丸と共に取り残された時と同じ様に真白は行動に出ることにした。

両手、そして口を封じられているにも関わらず、真白は犯人の一瞬の隙を突き、犯人の一人を自身の身体で突き飛ばし、駆け出す。

海洋学校とは言え、普通の女子高生なのだから、誘拐すれば恐怖で動けないと思い、犯人たちは真白の手と口を封じたが、足は封じなかったので、行動することが出来た。

 

「つぁっ‥‥くそがぁ!!」

 

真白の思わぬ行動に犯人は感情が弾けたのか、懐に手を忍ばせる。

そして黒光りする金属物を取り出す。

その様子をシュテルは物陰から窺っていた。

 

「っ!?」

 

日本ならば、警官、軍人、ブルーマーメイド、ホワイトドルフィンの隊員ぐらいしか見慣れない代物。

このまま飛び出して、映画や漫画・アニメの主人公やヒーロー、正義の味方のように登場‥‥なんてことをすれば、あっという間にあの世行きだ。

人間はあまりにも脆い生き物なのだ。

しかし、幸いなことに真白はこちらに逃げてくる。

シュテルはそのまま自分の脇を駆け抜けようとする真白の身体をキャッチして思いっきり、自分の方へと引きずり込む。

 

「っ!?」

 

その刹那の差で、

 

バキューン!!

 

真白の頭部スレスレの位置を弾丸が掠めた。

 

「ちょっ、まだバラすにしても早すぎまっせ!!」

 

犯人の一人が銃をぶっ放したもう一人の犯人に注意する。

 

「ちっ‥‥」

 

確かにまだ自分たちは真白の身代金を手にしていない。

その間にまだ真白が生きていると言う証拠を宗谷家の人間に送らなければならないので、今真白を殺すのはマズい。

 

「それより、今のを見ましたか‥‥!?」

 

「ああ、どうやらネズミが紛れ込んでいるらしいな‥‥」

 

今の行動でシュテルの存在が犯人にバレてしまった。

 

「‥‥ん、んっ!!」

 

真白はまさか、ここにシュテルが居たなんて予想外で驚いている様子で目を見開いている。

 

「剥がすけど、あまり大きな声を出さないでね」

 

シュテルは真白の口元に貼られているガムテープを剥がす。

 

「い、碇艦長‥‥何で此処に!?」

 

「繁華街に居たら、宗谷さんが連れ去られるのを見てね‥‥」

 

「で、でもなんで‥‥?警察に連絡してくれれば‥‥」

 

真白はわざわざこんな危険な事をしなくても警察に連絡すれば済むのではないかと言うが、

 

「私が居なければ、宗谷さん、さっきの銃弾で頭を撃ち抜かれていたよ」

 

「‥‥」

 

シュテルの言う通り、真白はシュテルが横に引きずり込んだからこそ、今の弾丸を躱すことが出来た。

もし、シュテルが真白を引きずり込まなければ、真白は今頃あのまま頭に銃弾を受け、死んでいただろう。

 

「とにかく、今はこの場から逃げるよ」

 

「でも、この両手じゃあ、上手く動けないですよ」

 

真白はシュテルに手錠を見せる。

 

「あぁ~‥‥銃があれば何とか出来るんだろうけど‥‥」

 

シュテルは真白の手錠を見て、スマホ以外にも拳銃を忘れたことに思わず顔を顰める。

流石に日本では拳銃をおいそれとぶら下げるのはまずいので、シュテルの愛銃はヒンデンブルクの金庫に仕舞われている。

 

「でも、近くにここまで来たボートを止めてある。海へ逃げることが出来れば、何とか出来る」

 

「は、はぁ‥‥」

 

ここから何とか逃げ出してボートで海へ‥‥そして港へ行けば手錠なんてどうにか対処できる。

 

「おい、そこに居るのは誰だ!?お嬢ちゃんの他にも居るんだろう?」

 

「‥‥」

 

(まっ、当然、バレているよな‥‥)

 

さっき、真白を引きずり込む際、自分の姿を犯人に見られていたのだから、当にバレていてもなんら不思議ではない。

 

「おい、ネズ公。俺たちが大人しいうちに出てこないと、気づいた時には死体になっていたってこともありうるぜ」

 

犯人たちは自分たちが優位な立場に居るのだと思っており、二ヤついた笑みを浮かべながら近づいてくる。

 

「ど、どうします?相手は銃を持っていますよ!?」

 

「うーん‥‥どうしよう‥‥」

 

艦に乗っている時は銃もサーベルも持っているのだが、あいにくと今は丸腰。

 

「ちょっと、まさか脱出までのプランを考えてなかったんですか!?」

 

「咄嗟の出来事だったからねぇ~‥‥」

 

あの時、動かなければ真白は死んでいたし、スマホを忘れている状況下では警察にもブルーマーメイドにも通報できないこの状況で、こっそりと潜入し、真白を助け出そうとしたが、真白の行動はまさにイレギュラーであった。

シュテルは目を閉じ、耳を澄ます。

 

「い、碇艦長、こんな時に何故目を!?諦めるんですか!?」

 

足音が少しずつ近づいてくる。

 

(この距離からすると‥‥距離、十メートルってところか‥‥?)

 

「ちょっと、碇艦長!!まさか、死んだふりしてこの場を凌ぐ気ですか!?」

 

「宗谷さん、ちょっと黙っていて‥‥」

 

真白の声で集中力が削がれるので、シュテルは真白に黙っているように言う。

何か考えがあるのかと思い、真白は黙る。

真白が黙り、シュテルは近づいてくる犯人の足音に集中する。

 

(九‥‥八‥‥七‥‥んっ?二手に分かれたか‥‥)

 

足音がブロックを挟んで二手から近づいてくる。

 

(動く足音が四ってことを考えると、一人は七メートルの地点で停止したか‥‥六‥‥五‥‥)

 

「あわわわわ~ち、近づいてくる‥‥」

 

足音に集中しているシュテルと異なり、近づいてくる犯人に再び怯える真白。

 

「奴らの意識が私に流れたら、迷わず走って‥‥近くにボートが止めてある‥‥運転、出来るよね?」

 

「中等乙種海技士があるので、モーターボートくらいなら‥‥」

 

「鍵は刺さったままになっている。ボートの運転ぐらいならその手でも出来るでしょう?」

 

「えっ?」

 

真白に伝えることを伝えると、シュテルは迷うことなく、犯人たちの前に姿を現す。

 

「ちょっ‥‥」

 

「えっ!?」

 

シュテルは身を硬直させる前に犯人の腹部に拳を叩き込む。

前かがみに崩れたところで、首筋を狙い打つ。

 

「あぐ!!」

 

「な、なにぃ!?」

 

まさか、武装している自分たちに丸腰で殴り掛かってくるとは思ってもみなかった犯人たちは驚く。

 

「な、なんだ?コイツ!?」

 

これで犯人たちの注意は真白からシュテルに向けられただろう。

 

「っ!?」

 

真白もシュテルの行動を理解したのか、一目散にボートが止まっている港へと走っていく。

真白自身もきっと、無力を感じただろうが、丸腰でしかも両手が封じられている自分があの場に居てもやれることがない。

むしろ、足手まといになってしまう。

 

「くそっ、コイツは俺が相手になる!!お前たちはアイツを追え!!」

 

「させるか!!」

 

突き出された腰が入っていない単純な攻撃を躱し、カウンターを打ち込む。

カウンターで叩き込んだアッパーで、犯人の身体は少し浮き、弾け飛ぶ。

シュテルは落ちていた鉄パイプを拾うと、真白を追いかけようとしていた犯人に向かう。

真白と変わらない年代の少女に仲間が二人倒されたことに犯人たちに隙が生じた。

腹部に鉄パイプを叩き込む、もう一人には股間に思いっきり、蹴りを入れた。

悶絶している中、首筋にとどめの一撃を入れ、意識を刈り取る。

まだ他にも仲間が居る可能性もあるので、シュテルは手早く犯人たちの懐をまさぐり、手錠のカギを捜す。

鍵の他に、犯人たちの懐からは拳銃が出てくる。

 

(トカレフにベレッタか‥‥追いかけられたら厄介だしな‥‥)

 

シュテルは指紋がつかないようにハンカチを手に巻いてトカレフとベレッタからマガジンを取り出し、スライドの部分も銃身から取り外した。

 

(ん?コイツはリボルバーか‥‥)

 

犯人の一人の拳銃はトカレフやベレッタの様なオートマチック拳銃ではなく、リボルバーのS&W M10 ミリタリー&ポリスだった。

オートマチックなら、マガジンとスライドを取り外せば銃として使えないが、リボルバーはこの短時間で分解できなかったので、そのまま持っていくことにした。

ついでに犯人の一人の携帯もだ‥‥

犯人は真白のスマホも奪っていたが、シュテルは真白のスマホを知らなかったので、犯人から携帯を拝借したのだ。

 

長居は無用なので、シュテルは真白の後を追った。

仮に真白が此処まで来るのに使用したボートで逃げてもまだ犯人たちが使用したクルーザーがあるので、ここからの脱出には困らない。

ボートが止まっている港まで来ると、真白は危険を承知でシュテルの事を待っていた。

 

「宗谷さん、待っていたの!?」

 

「このまま、私だけ逃げる訳にはいきませんから‥‥」

 

シュテルはボートの運転席に座り、ボートのエンジンを起動させる。

そして、犯人から奪った手錠の鍵を使って真白の手にかけられていた手錠を外しトカレフとベレッタのマガジンを海へと捨てる。

手錠を解除してボートを出す中、シュテルは次に同じく犯人から奪った携帯を真白に渡し、

 

「犯人の携帯だけど、それで警察に連絡をして」

 

「は、はい」

 

真白は急ぎ携帯で警察に電話を入れた。

警察に電話を入れた後、犯人たちが家に脅迫電話をしている事も知っていたので、家族を安心させようと家にも電話を入れた。

 

真白が誘拐されて、犯人たちの要求に対してどう対処すればいいのか、苦悩している時、宗谷家の固定電話が鳴る。

 

プルルルル‥‥ガチャっ!!

 

「はい、宗谷です‥‥」

 

緊張した声で電話に出るのは宗谷家長女の真霜。

 

「あっ、真霜姉さん!?」

 

電話口から真霜の声を聞き、真白は思わず安堵する。

 

「えっ?真白!?貴女、今何処にいるの!?」

 

「横須賀沖の廃棄フロートの近くの海。ヒンデンブルクの碇艦長に助けてもらったところ」

 

「ドイツ艦の艦長ね?大丈夫?何か酷いことをされなかった?」

 

「大丈夫。このまま横須賀の○○埠頭へ行きます」

 

「横須賀の○○埠頭ね?私と真冬もそこに迎えに行くから」

 

真白と真霜が話している時、シュテルは運転席のバックミラーをチラッと見ると、

 

「‥‥宗谷さん、すまないが、ちょっと○○埠頭に行くのは少し遅れるかも‥‥」

 

「えっ?」

 

「後ろ‥‥」

 

シュテルに言われ、真白が後ろを見ると、真白をあの廃棄フロートへと連れていったクルーザーともう一隻別のモーターボートが追いかけてくる。

 

「追手みたい‥‥意外と復活が早かったなぁ‥‥」

 

時間を焦りシュテルは倒した犯人たちの身柄を縄などで拘束していなかった。

犯人たちが意識を取り戻し、追いかけてきた。

 

「えっ?追手?ちょっと、真白、大丈夫なの?」

 

シュテルの『追手』と言う言葉が聞こえたらしく、真霜の焦った声がする。

 

「うわっ、しかも物騒な花火まで取り出してきた!!」

 

犯人たちはバズーカを取り出してきた。

 

「宗谷さん、ちょっと運転代わって」

 

「えっ?えっ?ご、ごめん、姉さん。また後でかけるから!!」

 

「ちょっと、真白‥‥」

 

ボートの運転を代わるため、真白は電話を切った。

 

(犯人から銃を奪ってきて正解だったな‥‥)

 

シュテルはボートに備え付けられていた信号拳銃を取り出し、信号弾を装填する。

すると、犯人たちはバズーカを撃ってきた。

シュテルはタイミングを見計らって信号弾を打つ。

すると、バズーカの弾は信号弾の熱源に反応して、二人が乗っているボートではなく、信号弾へと向かって行く。

犯人は時間差を置いて、再びバズーカを撃ってくる。

その間にシュテルは信号拳銃に信号弾を装填する。

そして、装填が終わると、再び空に向かって信号弾を打つ。

バズーカの弾はまた信号弾の熱源を探知してそちらに向かい爆発するが爆炎の中からまたバズーカの弾が飛んでくる。

信号弾はもう無い。

 

「うわっ‥くっ‥‥」

 

シュテルは信号拳銃を捨てると、犯人から奪ったS&W M10 ミリタリー&ポリスを取り出し、バズーカ弾へと発砲する。

S&W M10 ミリタリー&ポリスの弾丸はバズーカの弾に当たり爆発する。

 

(ユーリだったら、数発で撃破できたところだけど、一発を撃ち落すのに六発も使ってしまった‥‥)

 

「碇艦長、拳銃の扱いなんてどこで‥‥?それにその拳銃はどうしたんですか?」

 

「ハワイで親父に‥‥じゃなくて、ドイツでは銃を使ってのカリキュラムもあるからね。その時にはよく撃っているんだよ‥‥で、この拳銃は犯人から奪ってきた。でも、ちょっと、マズいかも‥‥」

 

「どうしたんですか?」

 

「使い慣れていないリボルバー拳銃だから、弾の消費が‥‥連射されたら、かなりヤバいかも!!ウチの砲雷長ならもっとうまく出来たんだろうけど‥‥」

 

「じゃあ、オートマチックを奪って来れば良かったんじゃないんですか?」

 

「私も今、そう思っている‥‥」

 

冷静に事を運んだと思っていたシュテルも実際にはテンパっていた。

リボルバーならば、分解不可能だから弾だけを抜いておけば良かったのだ。

リボルバーの弾を抜いて、その場に置いてきて、逆にオートマチックのトカレフやベレッタのマガジンやスライドをバラさらずに、トカレフとベレッタを持って来れば良かったのだ。

 

「それで、弾はあと何発残っているんですか?」

 

「あと六発‥‥次に全弾使用したら、弾切れ」

 

「どうするんですか?」

 

「‥‥一気に勝負をかけよう」

 

「えっ?」

 

「宗谷さん、これから指示を出すからその通りに運転して」

 

「は、はい」

 

シュテルは片手で手すりをギュッと握り、ジッと犯人の動きを見ながら真白に指示を出す。

 

「速度、全速から巡航に‥‥取り舵、二十」

 

「速度、巡航に、取り舵二十」

 

真白は復唱し、指示通りの速度にして舵を切る。

その間、犯人はバズーカを撃ってくる。

 

「舵中央、速度を全速に」

 

「舵中央、速度、全速!!」

 

「面舵一杯!!」

 

「面舵一杯!!」

 

モーターボートはバズーカの弾をスレスレで回避して、犯人たちのクルーザーとモーターボートの正面の位置に来る。

 

「な、なんで当たらねぇ!?」

 

バズーカを撃つ犯人は何故、高校生が乗るボート一隻沈めることが出来ないのかを不思議に思った。

 

「碇艦長。相手の真正面ですよ!!」

 

「このまま真っ直ぐ!!相手の船の間を通過する!!」

 

「は、はい」

 

二人が乗ったモーターボートは犯人たちのクルーザーとモータ―ボートの間を通過していく。

そして、通過する際、シュテルは犯人たちのクルーザーとモーターボートのエンジンに向けてそれぞれ三発ずつ銃弾を撃ち込む。

すると、犯人たちのクルーザーとモーターボートからは黒い煙がでて行き足が止まる。

 

「犯人たちの船のエンジンを撃ち抜いた‥‥これで、連中はもう追ってこれない‥‥このまま○○埠頭に行こう」

 

「はい」

 

その後、犯人たちは海上で立ち往生している所を真白が呼んだ神奈川県警水上警察隊の手によって逮捕された。

 

○○埠頭に戻ると、其処には不機嫌そうな顔の黒木と柳原が居た。

 

「おっ?帰ってきたみてぇだな」

 

「それで、ちゃんと説明を‥‥って、宗谷さん!?ちょっと、なんで宗谷さんと一緒なのよ!?」

 

真白と一緒に居たことに黒木はシュテルに詰め寄る。

 

「分かった、分かった、説明するから‥‥」

 

「黒木さん、これには訳があるんだ」

 

真白は黒木に事の顛末を説明する。

 

「「誘拐!?」」

 

真白がついさっきまで誘拐されていた事実に驚愕する柳原と黒木。

 

「ちょっと、貴女!!なんで私も連れていかなかったのよ!?宗谷さんを誘拐した不埒なクズどもに、この世に生まれてきたことを後悔させるチャンスだったのに‥‥!!」

 

黒木は真白を誘拐した犯人たちをボコボコにしたかったと悔しがっていた。

そこへ、真白の家族が到着した。

 

「「真白!!」」

 

「シロ!!」

 

「お母さん、真霜姉さん、真冬姉さん」

 

真冬、真雪とはトラック諸島、学校で出会っていたが、長女の真霜とは今回が初邂逅のシュテル。

真雪は真白の無事を確認するかのように彼女を抱きしめる。

それを見た後、真霜がシュテルに声をかける。

 

「貴女が、ドイツからの留学生の碇艦長ね?」

 

「えっ?」

 

シュテルは真霜の声を聞いてビクッとする。

 

(ゆ、雪ノ下さん!?い、いや、そんな訳ないか‥‥でも、この人の声、マジで似ているわ!!)

 

真霜の声が前世で苦手とした雪ノ下の姉、雪ノ下陽乃と瓜二つだった。

 

「私は真白の姉の宗谷真霜‥‥ん?どうしたの?」

 

真霜はシュテルに自己紹介をしたが、シュテルが唖然とした表情で自分を見ていたことに気づき理由を聞いてくる。

 

「あっ、いえ、宗谷さんの声‥‥」

 

「私の声?」

 

「は、はい。宗谷さんの声がちょっと苦手にしている人の声と似ていたので、びっくりして‥‥」

 

「へぇ~そうなんだぁ~‥‥いい事、聞いちゃったなぁ~」

 

ちょっと、ニヤッとした笑みを浮かべる真霜。

 

(あっ、やばっ、何かを企んでいる時の雪ノ下さんと同じ顔だ‥‥)

 

「わ、私はドイツ、キール校所属のシュテル・H(八幡)・ラングレー・碇です」

 

話題を変える為、シュテルは真霜に自己紹介をする。

 

「今回の真白の事‥‥娘の事、ありがとうございました」

 

真雪は深々とシュテルに頭を下げる。

 

「私からもお礼を言うわ‥‥ありがとう」

 

真霜もシュテルに深々と頭を下げて礼を言う。

 

「い、いえ‥‥そんな‥‥」

 

「アタシからも礼をするぜ!!」

 

真冬は何故か礼をすると言うが、何故か手をワキワキさせながら近づいてきた。

 

「あ、あの‥‥その手は?」

 

「気にするな、アタシからの礼だ!!」

 

「いえいえ、気にしますから‥‥」

 

ジリジリと近づいてくる真冬に後退るシュテル。

真冬としてはトラックの時、シュテルの胸や尻を揉みたかったが、クリスとユーリの手によってあの時は揉めなかったので、この機会にぜひともシュテルの胸と尻を揉みたかったのだ。

 

「遠慮するなって!!」

 

「遠慮します!!」

 

とうとうシュテルはその場から逃げ出す。

 

「ほら、遠慮するなって!!」

 

「ヒエェェェェー!!」

 

『ハハハハハ‥‥!!』

 

シュテルと真冬の鬼ごっこを見て、その場に居たみんなは思わず笑ってしまう。

こうして、宗谷真白誘拐事件は解決することが出来た。

 



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90話

今回は、赤道祭で描けなかった出し物を過去回想と言う形で描きました。

そして、間宮艦長である藤田がちょっと酷い目にあっています。

藤田ファンの皆様、申し訳ございません。


横須賀にて、宗谷真白の誘拐事件が起きている中、横須賀市内の別の地区の繁華街では、明石艦長の杉本珊瑚と間宮艦長の藤田優衣が休日のひと時を共に過ごしていた。

二人は中学からの知り合いであったが、明乃やもえかの様に仲が良い。

そして、市街地にあるお蕎麦屋の前を通った時、

 

「蕎麦か‥‥」

 

「蕎麦ね‥‥」

 

二人はお蕎麦屋のウィンドウに飾られているお蕎麦のサンプルを見て呟く。

お蕎麦の他にもデザートであるお汁粉やぜんざいのサンプルも飾られている。

 

「あんこを使ったデザートもあるね」

 

「‥‥そ、そうね」

 

「なんか、お蕎麦やお汁粉を見ていると、あの時の事を思い出すね」

 

「ええ、そうね‥‥」

 

珊瑚は普段と変わらない眠そうなたれ眼であるが、藤田の方は少し顔を強張らせている。

 

珊瑚の言う『あの時』の事を思い出しているのだろうか?

 

彼女が言った『あの時』‥‥それは先日、赤道を越えた時に行われた赤道祭まで時間を遡る‥‥

 

 

晴風機関長の柳原が企画した赤道祭、その当日、夕方頃、出し物はヒンデンブルクの大教室内でそれぞれの艦のクラスメイトたちが、思い思いの出し物をした。

 

晴風砲術科は大砲のモノマネをしたが、一部のクラスメイト以外には受けずに滑っていた。

 

反対に晴風航海科の航海ラップは受けた。

 

晴風砲術長の立石と水雷長の西崎のコンビ漫才も受け、普段は無口な立石が結構喋っていた。

 

そして、納沙がシナリオ担当をした寸劇、『仁義なき晴風』は、納沙やミーナが好きな任侠系の寸劇であり、ここでも普段はなよなよしている晴風航海長の鈴がはきはきとセリフ言って、自信に満ちた顔をして劇に参加していた。

 

晴風組の出し物が終わり、次にドイツ組の出し物となる。

 

艦長であるシュテル、航海長のレヴィ、記録係のメイリン、機関長のジークが、スクールアイドルの様な衣装に身を包み、歌い踊った。

 

次は副長のクリスと砲雷長のユーリの二人はマジックを披露した。

マジックでは定番のカードや物を変化させるマジックを披露し、観客席の学生たちを魅了した。

 

そしてマジックでは定番のアシスタント動物であるウサギ、ハトは流石に用意できなかったので、ウサギ、ハトの代わりに晴風副長、宗谷真白の飼い猫である多聞丸を借りてマジックをした。

 

多聞丸を箱に入れ、箱の外から銃剣を突き刺すマジックでは、真白がハラハラしており、クリスの心臓に悪い演出の際にはクリスに掴みかかるぐらいの勢いだった。

 

最後のイリュージョンマジックでは、シュテルの衣装を様々な海洋学校の制服にチェンジするイリュージョンマジックを披露した。

 

そして、ドイツ組の出し物が終わると、

 

「次は明石艦長と間宮艦長の二人羽織です!!」

 

「どうぞ!!」

 

舞台には間宮と明石の乗員が座布団を舞台に設置する。

座布団の他にもちゃぶ台が用意され、その上には盛り蕎麦、みかん、おはぎ、急須、湯飲み、箸、爪楊枝、布巾がセットされる。

 

舞台が整うと、珊瑚と藤田が上がり、珊瑚が藤田の後ろに回り、腕の役をやり、藤田が指示役をした。

 

「あら?美味しそうなお蕎麦。では、早速いただきましょう。いただきま――――いだっ!?」

 

藤田と珊瑚がお蕎麦を食べようと『いただきます』の合掌をしようとしたが、二人の距離感‥‥と言うか、珊瑚の腕の長さがちょっと足りない為に珊瑚の両手が藤田の眉間にチョップしてしまった。

 

更にそのチョップを受け、藤田がかけていた眼鏡が衝撃で落ちてしまった。

 

「め、眼鏡‥‥眼鏡‥‥」

 

眼鏡が無いと視界がボヤけており、落ちている眼鏡がよく見えない。

更に二人羽織をしているのだから、腕が四本出てしまうのは不自然だ。

 

「さ、珊瑚、眼鏡が落ちちゃったから眼鏡を拾って」

 

そこで、藤田は珊瑚に眼鏡を拾ってくれと頼む。

 

「ん‥‥」

 

珊瑚は手探りで藤田の眼鏡を捜し、

 

「ん?これかな?」

 

眼鏡らしき物体を掴む。

確かに珊瑚が拾ったのは眼鏡だった。

後は、藤田の目に眼鏡をかけるだけなのだが、

 

「いだっ!!珊瑚、ちょっと、ズレてる‥‥」

 

眼鏡を藤田の目にかけようとしたら、左側の眼鏡のテンプルが藤田の左目に突き刺さる。

 

「え、えっと‥‥こっちかな?」

 

眉間にチョップ、眼鏡を落とし、テンプルを目に突き刺すと言うトラブルがあったが、何とか珊瑚は藤田の目に眼鏡をかけ直すことが出来た。

 

(なんで、明石の艦長が羽織の中なんだ?この場合、逆の方が良かったんじゃないのか?)

 

二人の二人羽織を見て、シュテルは逆‥‥藤田が羽織の中であった方がよかった気もする。

しかし、実際には珊瑚が羽織の中に居る。

藤田は眼鏡をかけているので、羽織の中にいると、眼鏡が落ちる可能性があるので、眼鏡をかけていない珊瑚が羽織の中に入っているのだろうか?

それとも、珊瑚自身が恥ずかしいなどの理由から羽織の中に入っているのだろうか?

 

「さ、さて、気を取り直して、お蕎麦を食べようかしら?」

 

藤田はまずはお蕎麦を食べることを珊瑚に伝える。

珊瑚はまず、テーブルの上に置いてある箸を捜す。

 

「ちょっと、珊瑚、早く‥‥あっ、そっちじゃない、もっと左、左よ‥‥って、そっちは右でしょう!?」

 

珊瑚があまりにも箸を取るのが遅かったので、藤田は珊瑚に指示を出すが、

 

「えっと‥‥間宮の艦長さん、こういう時は自分一人でやっているように演じないといけないんじゃあ‥‥?」

 

見かねた若狭が二人羽織のセオリーを藤田に言う。

藤田はあくまで珊瑚の腕を自分のように演じなければならなかった。

 

「そ、そうね‥では、改めて。うーん‥‥なかなか、箸がつかめないわね。今日は寒いから、手が震えているのかしら?」

 

「赤道直下でその言い訳は苦しくない?」

 

藤田の背後で珊瑚がツッコミを入れる。

 

「うるさいわね。そもそも、貴女が箸を上手く掴めないのが、悪いんじゃない!?」

 

ボソッと藤田は背後の珊瑚に愚痴る。

ちょっと不機嫌ながらも藤田は珊瑚が箸を取るのを待つ。

そして、ようやく珊瑚は箸をとることが出来た。

しかし、これはあくまでも第一段階に過ぎず、この後、箸でお蕎麦を取り、そば汁につけ藤田の口元へ運ばなければならない。

今度はお蕎麦を食べるため、そのお蕎麦を捜す。

そして、お蕎麦の場所を確認できた珊瑚は、すぐにお蕎麦を食べさせようとしたが‥‥

 

「さて、いただこうかしら‥‥?‥‥って、ちょっと、ちゃんとそば汁につけてよ!!」

 

珊瑚はお蕎麦をそば汁につけずに食べさせようとした。

 

「むぅ~わがままだな」

 

珊瑚は面倒だと思いつつもお蕎麦をそば汁につけて藤田の口元に運ぶ。

要領を掴んだ珊瑚はまたお蕎麦を箸でとり、そば汁につけて藤谷に食べさせるが、最初よりもお蕎麦の量が多い。

 

「ちょっ、珊瑚‥量‥‥蕎麦の量が多い‥‥ふぐ‥‥うぐ‥‥ごふっ!!」

 

大量のお蕎麦を珊瑚は藤田の口へとねじ込む。

しかも量が多かったので、お蕎麦全体にそば汁が染み渡っていない。

さらにお蕎麦の量が多すぎたのか、藤田は口に入り切れない量を無理矢理口の中にねじ込まれたので、むせてお蕎麦を大リバースした。

 

「「「「「プククク……!?」」」」」

 

流石に失礼だと思ったのか、観客席に居る皆は声を上げて大爆笑することはなかったが、それでも笑いは止められず、あちこちから小さな笑いが起こる。

 

「お、お蕎麦はもういいわ‥‥次はみかんを食べようかしら?」

 

藤田は気を取り直し、お蕎麦の次は、隣の皿に盛ってあるみかんを食べようとする。

すると、珊瑚はみかんの皮を剥かず、そのままの状態で藤田の口元へと運ぶ。

 

「ちょっ、ちょっと、ちゃんとみかんの皮を剥いて!!」

 

「‥‥」

 

珊瑚はみかんの皮を剥いたのはいいが、みかんの中身ではなく、皮を藤田の口元に運ぶ。

 

「珊瑚‥‥貴女、わざとやっているでしょう!?」

 

不機嫌そうな声を出す藤田。

いくらなんでも、みかんの中身と皮では感触が違うことぐらい主計科でない珊瑚でも分かるはずだ。

それにもかかわらず、珊瑚はみかんの皮を藤田の口元に運んだのだから、どうみてもわざとしか思えない。

すると、珊瑚はみかんの中身を今度は丸ごと藤田の口元にねじ込む。

 

「おが‥むぐ‥‥」

 

「なんか、女子高生が出しちゃいけない声を出しているな‥‥」

 

「顔もなんか辛そう‥‥」

 

「うぅ~‥‥口元がみかんの果汁でベタベタ‥‥ナプキンでふかないと‥‥」

 

布巾で口元を拭いてと頼むと、珊瑚は布巾を手に取ると、今度は器用に藤田の眼鏡を取ると、彼女の眼鏡を布巾で拭き始める。

 

「ちょっと、コラ!!」

 

『ハハハハハ‥‥!!』

 

珊瑚の行動に観客席からの笑い声の大きさが大きくなる。

藤田に一喝されて珊瑚は眼鏡を藤田の目元に戻すと、今度は藤田の口元を布巾で拭く。

 

「えっと‥次は、おはぎをいただこうかしら?」

 

藤田が珊瑚に次の指示を出す。

しかし、先程お蕎麦を食べた時に使用した箸よりも小さな爪楊枝を取るのは難しい。

珊瑚は羽織の中に居るので当然、外の状況を見ることが出来ないので、爪楊枝を捜すのに手間取っている。

やっと楊枝を手に取ると、今度はおはぎを切るために手探りでおはぎを探していた。

そして、おはぎの場所を確認できた珊瑚は、すぐにおはぎを食べさせようとしたが、

 

「やっと、おはぎを頂けるわ。では、さっそく……って、ちょっ!?まって!!珊瑚!!ちゃんと切りなさいよ!!そのまま食べさせないで!?」

 

珊瑚はおはぎに楊枝を突き刺すと、そのまま藤田の口に運ぼうとした。

さすがにそのままだと大きすぎたため、藤田が必死に止めると、珊瑚はおはぎを何とか半分に切って再び食べさせようとした。

 

「あ、改めておはぎを食べるわ! さっそく‥‥ちょっと!? もうちょっと左よ!!」

 

口元に運ぼうとするのだが、それが中々上手くいかず、頬や目、鼻におはぎを突っ込まれそうになるのを必死に藤田は阻止していた。

その様子がまさに二人羽織の醍醐味であり、等々こらえきれずに、観客席からはあちこちから笑いの声が上がっていた。

 

「杉本艦長、しっかりやってくださ~い!」

 

「もっと上ですよ~!」

 

「いや、下ですよ~」

 

「艦長、頑張れーっ!」

 

明石の乗員からは笑いながらも珊瑚を応援する声があがる。

 

「ちょっと、貴女たち!!余計なことを言わないで!! 珊瑚が混乱するでしょう!?」

 

藤田はそんな明石のクラスメイトたちに余計なこと言うなと言う。

 

「まったく‥‥さあ、おはぎを食べるわよ。おはぎを手に取って、落とさない様に逆の手をおはぎの下に添えて‥‥ちょっ、ちょっと!!」

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

「ひょっ!? ひょっと……もがっ!?」

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

「むがぁぁぁぁ~っ!?おごごごごぉ~‥‥」

 

珊瑚は再び藤田におはぎを食べさせようとしたが、珊瑚はおはぎを持つ手とは逆の手をおはぎの下に添えるつもりが、誤って藤田の顎を捕らえてしまった。

だが、珊瑚は体勢をたて直そうとはせずに、そのままおはぎを藤田の口に無理矢理押し込んで、おはぎを食べさせた。

その顎を押さえて口に無理矢理押し込んで食べさせる拷問じみたやり方に、一同はついに堪え切れず噴き出して笑ってしまった。

 

『あはははははは!!』

 

と言うか、二人羽織で見えないはずなのに、こういう事だけは何故か器用な珊瑚。

 

「ゲホッ!? ゲホッ!? な、何するのよ!?珊瑚!!」

 

さすがに藤田は激怒したが、珊瑚は気にせずに今度は急須に手を取った。

手探りだったが、あっさり急須を手に取ると、すぐに藤田に飲ませようとした‥‥しかも、湯飲みを使わずに‥‥

ただ、急須に入っているのはお湯ではなく、水である。

万が一のことがあって、失敗し、二人が火傷をしては大変だからだ。

 

「ちょっ!?ちょっと、 珊瑚!!さすがに湯呑に入れてから………ごぼっ!!」

 

『っ!?』

 

「ゴプゴプ‥‥アプ、アプ‥‥」

 

珊瑚はまた藤田の顎を捕らえると、有無を言わさず急須の口から直接、藤田に水を飲ませた‥‥彼女の顔全体に……。

 

「ひ、ひどい……ハハハハハ!!」

 

「ちょっと、ひどいって言いながらも笑っているよ‥‥フフフフ‥‥」

 

「貴女だって笑っているじゃん‥‥クククッ!?」

 

もはや二人羽織ではなく、軽い拷問の様に見えるが、傍から見ればまるでバラエティのように見えて、観客席からのあちこちで大爆笑していた。

藤田にとっては踏んだり蹴ったりであったが、結果的に二人の二人羽織は、大いに受けた。

 

 

 

 

「あの時は本当に酷い目に遭ったわ‥‥」

 

「でも、皆に受けていたし良かったじゃん」

 

赤道祭での出し物の事を思い出してちょっと不機嫌そうな藤田とは反対に、珊瑚は普段通り、どこ吹く風な様子だった。

そんな中、

 

ぐぅ~‥‥

 

珊瑚のお腹が鳴る。

 

「お蕎麦やぜんざいを見て、あの時の事を思い出していたら、何かお腹空いたねぇ~」

 

珊瑚はお腹をさすりながら空腹だと言う。

 

「まったく、貴女は~‥‥」

 

藤田は珊瑚の柳の様な性格に先程まで沸いていた怒りも呆れで自然と収まった。

そして二人はそのまま蕎麦屋の暖簾を潜った。

 

「そう言えば、ドイツ艦の人たち、結構沢山の衣装を使っていたけど、よく用意できたわね」

 

蕎麦屋の席に着き、藤田はヒンデンブルクのクラスメイト‥‥シュテルたちとクリスのマジックでは沢山の衣装を使用していた。

赤道祭は元々晴風機関長の柳原の提案‥突発的な企画だったので、衣装を用意していたとは思えない。

 

「あぁ~、アレはウチのクラスの人が貸したみたい」

 

「えっ?珊瑚の所の?」

 

「うん。あの子、アイドルの衣装や制服の収拾が趣味みたいだし‥私が着ているコートも彼女から貰ったモノだしねぇ~」

 

(なんで、衣装や他校の制服を艦に持ち込んでいるのかしら?)

 

藤田もシュテル同様、明石の乗員が個人的に衣装を持ちこんでいることに疑問を感じた。

その後、二人は昼食のお蕎麦とデザートを堪能した。

 

 

 

 

ここで時間を真白が誘拐される少し前まで巻き戻す。

そして、視点は珊瑚と藤田から真白へと移る。

 

真白はこの日の休日、一人で横須賀の繁華街へとやって来て、書店にて参考書や海洋関係の雑誌を見た後、

 

「ん?ファンシーショップか‥‥」

 

一軒のファンシーショップを見つけた。

そして、真白は周囲を見渡し、周りに知人が居ない事を確認すると、そのファンシーショップに入った。

自分がファンシーショップに入る所を同じクラスの同級生に見られたりすると、何を言われるのか分からない。

特に艦長である明乃はボケている‥‥というか、天然な所があるから、同級生たちと一緒にいる時に、ついポロっと零してしまうだろうし、記録係の納沙に見つかれば、写真を撮られて同級生に出回る可能性がかなり高い。

自分としはあまり自分自身の事を話題に取り上げられたくはないので、警戒するのも無理はなかった。

とは言え、真白がぬいぐるみ好きであることは、既に晴風クラスではとうに知られていた。

幸い、周辺及びファンシーショップの店内に同じクラスの同級生は居なかったみたいで、真白はゆっくりとファンシーショップの中を見ると事が出来た。

 

「そろそろ、ブルースたちに新しい仲間を増やしてみるのもいいかもな‥‥」

 

真白がもっている沢山のぬいぐるみの中で、一番大切にしている大きなサメのぬいぐるみ、ブルース‥‥

あの航海で真白がわざわざ晴風に持ち込むくらいで、その大きさから、真白は抱き枕にもしていた。

伊201での遭遇戦にて、寝ぼけて艦橋まで持ち込んでしまい、艦橋メンバーに見られてしまうと言う失態をやらかしてしまったが、それでも真白にとってブルースが大事なことには変わらない。

ほかにも鳥、ペンギン、あんこうのぬいぐるみも晴風に持ち込んでいたが、ブルースや他のぬいぐるみにも新たな仲間を増やそうかと思いながら、ぬいぐるみが置いてある棚を見て回る。

すると、

 

「あら?もしかして、晴風の副長さん?」

 

「っ!?」

 

真白は突然、声をかけられてビクッと身体を震わせる。

 

(まさか、クラスメイトの誰かに見られていたのか!?)

 

自分では気が付いていない時にこの店に入るのをクラスメイトの誰かに見られたのだろうか?

それとも、運悪く店に入ってきたクラスメイトが自分を見つけたのだろうか?

不幸体質な自分ならばそのどちらかの可能性が高い。

 

恐る恐る真白は声がした方を無理向くと‥‥

 

「やっぱり、晴風の副長さんだ」

 

柔らかな笑みを浮かべながら真白に近づいてくるのはヒンデンブルク医務長であるウルスラだった。

 

「えっと‥‥ヒンデンブルクの医務長‥さん?」

 

「はい。副長さんも買い物ですか?」

 

「えっ?ええ‥まぁ‥‥医務長さんも?」

 

「ええ。寮の部屋が殺風景なので、少しでも模様替えをと思いまして‥‥」

 

ウルスラはファンシーショップに来た理由を真白に話す。

 

それから二人は一緒にファンシーショップを見て回る。

真白は、ウルスラは艦も学年も違うので、自分がこうしてファンシーショップに来た事をバラさないだろうと思ったのだ。

 

「へぇ~ハルトマンさんにもお姉さんがいるんですか~」

 

「はい‥‥仕事中は立派な姉なんですけど、私生活ではどうもズボラな姉でして‥‥」

 

ウルスラは少し困ったように言う。

日本に来て数ヶ月経つので、ドイツの実家の方は大丈夫だろうかと心配なのだろう。

 

「‥‥姉って似るんですかね?」

 

「ん?」

 

ウルスラの話を聞いて、なんだか親近感が沸く真白。

真白も一番上の姉が仕事では立派なのに、私生活はズボラで、今日だって、自分が家を出る時間になっても寝ていた。

きっと、部屋も脱いだ服で散らかっているに違いないと思っている真白だった。

 

ファンシーショップを見て回っていると、自分は魚や海に関する生き物が好きなのだが、ウルスラは陸上に住む哺乳類動物が好きみたいで、それらの動物のぬいぐるみを見ている。

そして、トナカイのぬいぐるみを見つけ、棚から手に取る。

 

「ハルトマンさんは、トナカイが好きなんですか?」

 

「そうですね、好きか嫌いかと言われれば好きな方ですね‥‥トナカイはサンタクロースのソリを引く動物ですから‥‥その他にアナグマも好きですね」

 

(サンタクロースか‥‥)

 

トナカイのぬいぐるみとウルスラの口からサンタクロースと言われ、真白は先日の赤道祭でのウルスラの出し物を思い出した。

 

 

 

 

「次は、ヒンデンブルク医務長のウルスラ・ハルトマンさんです!!」

 

「どうぞ!!」

 

赤道祭の出し物でウルスラは一人ながらも人形を使っての腹話術を披露した。

そして、そのテーマが何故かクリスマスの話で、お手製かと思われるサンタクロースのぬいぐるみとトナカイのぬいぐるみを使って一人人形劇をする。

レヴィたちはシュテルの他にウルスラも同じ出し物に誘っていた。

しかし、ウルスラはこの時、人形劇をやることを決めていたのか、レヴィたちの誘いをやんわりと断った。

レヴィたちも既に出し物を決めているのでは、無理に誘えないので、ウルスラと一緒に出し物をすることを諦めた。

 

そして、ウルスラの人形劇が始まった‥‥

 

 

『ふざけんなよぉ!クソじじぃ!!坂道下るときは、必ずソリから降りるっていう約束だっただろうがぁ!!こっちはもうソリを引いているというより、追われている感じだったんだよぉ!アキレス腱にガンガンソリが当たっているんだよぉ!!血だらけなんだよぉ!!もう!!』

 

『そんなもんお前がソリを上回る速さで走ればいい話だろうがぁ!トナカイだろうがぁ!ああん!?お前の親父はそりゃあ凄かったよ。坂道でもぐんぐんソリを引っ張ってさ、そりゃ立派なトナカイだった!!』

 

『アンタ、えらい親父を気に入っている様だけどなぁ、親父はあぎれにアンタの悪口ばっか言っていたから言っとくけど‥‥』

 

『嘘つくんじゃねぇ!!』

 

 

(随分と仲の悪いサンタクロースとトナカイだな‥‥)

 

ウルスラの劇を見て、そんな印象を受ける真白。

いや、真白以外にもそう思ったに違いない。

 

その後、劇が進むにつれて、息子の為にクリスマスプレゼントを必死に捜している父親に対して、

 

『うるさいなぁ、いちいち質問ばかりしやがってトークショーの司会のつもりか?黙っていろ!!』

 

『なぁ、サンタ君。どうも、ここは真っ当な事をやってないって気がするんだが?』

 

そして、父親が捜していたヒーロー人形を差し出すと、

 

『300貰おう』 

 

『300ドルか?』

 

『チョコレート300個だと思うか?ドルに決まっている』

 

『信じられない、子供の為だなんて言っておきながら結局は金がほしいのか?』

 

父親が捜していたヒーロー人形を手に入れて喜ぶも、それは不良品の偽物だった。

それにキレた父親は、

 

『そうか、わかったぞ、お前たちはサンタの服を着たペテン師の集まりだ!!』

 

『今なんて言った?』

 

『聞こえなかったのか!?ペテン師だ、泥棒、人間のクズ、チンピラ、ゴロツキ、犯罪者だ!!』

 

『北極じゃそれは喧嘩を売る言葉だぞ、かかってこい!!』

 

どうみても世間一般の知るクリスマスの内容ではなく、ギャグ要素が込められていた。

しかし、役ごとにウルスラは声を変えながらやっているので、納沙の一人芝居よりはレベルが上だった。

だが、何故、ウルスラの劇のチョイスがクリスマスだったのかは、本人以外分からない。

日本ではまだ四月であった。

確かに赤道を越えた南半球は北半球と反対の季節であるが、それでも南半球はまだクリスマス時期ではなかった。

 

 

「‥‥」

 

ウルスラとトナカイのぬいぐるみを見て赤道祭の事を思い出していた真白は複雑そうな顔した。

寮の部屋で彼女が持っているトナカイのぬいぐるみで、あのような一人芝居をするのかと思うと想像すると、自然と顔が引き攣る。

 

「ん?どうしました?」

 

ウルスラは真白の視線に気づき、声をかけるが、

 

「あっ、いえ、なんでもありあせん。それで、そのトナカイのぬいぐるみを買うのですか?」

 

「はい。宗谷さんは何か買いますか?」

 

「いえ、今日はそこまで持ち合わせがないので、下見ですね」

 

「そうですか」

 

ぬいぐるみの値段もピンキリであるが、ファンシーショップにおいてある人形‥‥

真白が求める大き目なぬいぐるみは、値段が結構張るので、今日はぬいぐるみを買うのは止めた。

 

「では、私はこれで、失礼します。また学校で会いましょう」

 

「は、はい。また学校で‥‥」

 

トナカイのぬいぐるみが入った袋を手にウルスラは真白に一礼し、彼女と別れた。

しかし真白自身、この後まさか、誘拐事件の被害者になるなんて思いもよらなかった。

 




映画版では明石艦長の杉本珊瑚はちょっとだけながらも登場していたのに、藤田は出てこなかったなぁ‥‥

銀魂に登場したサンタクロースとシュワちゃんが出てきたクリスマス映画、ジングル・オール・ザ・ウェイで登場したサンタクロースの吹き替えの声が同じ人だったので、サンタクロースつながりでウルスラの人形劇に採用しました。


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91話

「あぁ~酷い目に遭った‥‥」

 

シュテルは今、MTBを手で押しながら学生寮への帰路についている。

 

五月初頭のゴールデンウイークにて、横須賀の市街地に出かけたシュテルは運悪く?偶然?にも晴風副長の宗谷真白の誘拐現場に遭遇し、彼女を無事に救出することが出来た。

真白を誘拐したのは、かつて真冬が摘発した犯罪組織の一味で、真白を誘拐したその犯罪組織の一味たちも警察に逮捕された。

真白を安全な場所へと連れてきた時、彼女の家族もその場に来ていた。

それは別に構わない。

家族なのだし、再会した時の真白と家族との様子を見れば、真白がいかに家族から愛されているのかが分かる。

母親の真雪は涙を流しながら真白を抱きしめており、二人の姉も真白の無事に歓喜し、目には光るモノがある。

真白本人も誘拐から解放されたことを実感し、母親に抱き着きながら涙を流していた。

家族との再会‥‥ただ、その中に宗谷家の次女‥‥宗谷真冬が居た。

トラック諸島で出会った時、真冬はシュテルの尻と胸を揉むのをユーリとクリスの手によって阻まれたが、今回はこの場にユーリもクリスも居ない。

つまり自分の楽しみを邪魔する輩が居ないのだ。

真冬は真白を助けた礼として、シュテルとのコミュニケーションを図るが、真冬の怪しげな手つきに獣みたいな目と背中から滲み出ているオーラから、一目散にその場から逃げるが、真冬はシュテルを追いかけてきた。

まさしく、目が合うと追いかけてくる獣だ。

しかも足の速さも獣かターミネーター並みに早い。

シュテルと真冬の追いかけっこは真雪と真霜が真冬を一喝するまで続いた。

ギリギリのところでシュテルは自分の尻と胸を死守する事が出来た。

真冬はあの行動で、そして姉の真霜の方は、彼女の声だけで、ちょっと苦手になったシュテルだった。

真冬を一喝している時の真霜の姿があの声と目が据わっている笑みのせいで、シュテルには真霜の姿がそのまんま、陽乃にしか見えなかったからだ。

その後、シュテルと真白は警察からの事情聴取を受けることになり、夕方ごろになって、やっと解放された。

 

「あぁ~もう、こんな時間か‥‥」

 

この時間帯では、他に何処かに行ける時間でもないので、今日はもう帰ろうと思った時、

 

「結局、今日一日のほとんどを警察署で費やしてしまった‥‥」

 

折角の休日を午前中は、真白の誘拐事件、午後を警察署で時間を潰してもう、夕方‥‥

今日の休日、一体何だったのだろうかと言う感じだった。

 

「おや?シュテルじゃないか」

 

「ん?テア?」

 

学生寮に戻る途中、シュテルはテアと出会った。

テアの他にミーナ、レターナの二人も居た。

 

「みんな、今からお出かけ?」

 

夕方なのだが、テアたちの様子を見ると、これから何処かに出かけるみたいだ。

 

「ああ、近くに銭湯なる大きなお風呂があると聞いてな」

 

テアはこれからミーナたちと共に銭湯へ行くと言う。

ミーナは晴風に居た頃、晴風の浴場に入り、任侠映画の他に日本の風呂文化にも関心を持ち、風呂好きになっていた。

当然、ミーナは親友でもあるテアに日本の風呂文化の素晴らしさをぜひとも味わって欲しいと、今日ミーナはテアを銭湯に誘ったのだ。

レターナはミーナが面白そうな所へ行く雰囲気を感じて、二人についてきた。

 

「へぇ~銭湯ですか‥‥実は私も先日、友人二人と行きました。風情のあるいい所でしたよ」

 

シュテルはテアに先日、明乃ともえかと一緒に銭湯へ行ったことをテアに伝える。

 

「むぅ~シュテルは、私以外と銭湯とやらに行ったのだな」

 

シュテルが自分以外の誰かと銭湯なる大浴場へと言った事に面白くないのか、テアはちょっと頬を膨らませてプイっと視線を逸らす。

 

(ヤキモチを焼くテアも可愛い~)

 

(拗ねている艦長も可愛いなぁ~)

 

シュテルとミーナは、拗ねているテアを見て、同じことを考えていた。

 

「ねぇ、ヒンデンブルクの艦長さん」

 

「ん?」

 

すると、レターナがシュテルに話しかけてきた。

 

「この後、何か予定ある?」

 

「えっ?この後?いや、もう時間が時間だし、寮に帰ろうかと思っていたところだけど‥‥」

 

「じゃあ、ヒンデンブルクの艦長さんも私たちと一緒に銭湯に行かない?」

 

「えっ?」

 

「なっ!?」

 

レターナの提案を聞いて、シュテルはポカーンとし、ミーナはびっくりする。

 

「そうだな、そうしよう」

 

一方、テアはレターナの提案に賛成な様子。

 

「えっ?いや、しかし‥‥」

 

ミーナはしどろもどろしている。

本音を言うと、ミーナはテアとの時間をシュテルに邪魔されたくはなかったのだが、テアは既にシュテルを連れていく気満々なので、ここでシュテルの参加に反対すれば、テアに嫌われてしまうので、言うに言えない。

 

「うーん‥‥」

 

一方、シュテル自身も明乃ともえかと一緒に銭湯へ行った時と同じ様に自分の身体に残る銃痕をテアに見せたくはなかった。

 

「あの‥‥テア‥実は‥‥」

 

シュテルは銭湯に行く前、テアに自分の身体には銃痕がある事を話した。

 

「えっ!?マジで!?本当に銃痕があるの!?」

 

シュテルの話を聞いて一番喰いついたのが、意外にもレターナだった。

 

「えっ?ええ‥‥」

 

「ねぇ、ちょっと見せて!!」

 

「いや、あまり見てもいいモノじゃないし‥‥」

 

シュテル自身も銃痕を気にしているので、あまりホイホイと他人に見せたくもない。

 

「レターナ、よさないか、失礼だぞ」

 

レターナのグイグイ来る態度にミーナは彼女を嗜める。

 

「しかし、シュテルよ。身体についた傷に関してだが、私は気にしないぞ」

 

シュテルは身体についた銃痕を気にしていたが、テアは気にするなと言う。

 

「えっ?」

 

「話を聞いたが、その傷はシュテルが大切な友を守るために負った傷なのだろう?」

 

「え、ええ‥‥」

 

「であるならば、それは十分に誇るべきだと私はそう思うが?」

 

「‥‥」

 

「私も副長やシュテルが危険な目に遭っていたら、きっと、シュテルと同じことをしていただろう」

 

「艦長‥‥」

 

ミーナもそうであるが、きっとテアも大切な親友や艦の乗員が危険な目に遭えばシュテルと同じ行動をしていただろう。

テアも明乃同様、乗員の事を大切にしている艦長なのだ。

ミーナはテアの話を聞いて感動している。

 

「だから、私はシュテルの身体に傷があっても平気だ」

 

「‥‥」

 

明乃、もえかと同じく、テアもシュテルの傷を受け入れてくれた。

前世であれば、由比ヶ浜あたりならば、

 

「その傷、キモッ!!見せないでよ!!」

 

とか言っていただろし、

 

雪ノ下は、

 

「そんな傷を負っているのに生きているなんてやっぱり、ゾンビね。傷企谷くん」

 

とか、言っていただろう。

あの二人は経緯なんて知りもしないし、興味もない。

ついでに人の話も聞こうとしない。

外見だけしか見てこない。

 

「ありがとね、テア‥‥」

 

テアの優しさにミーナ同様、シュテルも感動する。

 

「それで、一緒に来てくれるか?」

 

「う、うん‥わかった‥‥じゃあ、ちょっと準備するから少し待っていて」

 

「ああ」

 

シュテルは一度、寮へと戻り、着替え、タオル、石鹸、シャンプーなど入浴に必要なモノをカバンに入れ、テアたちと合流した。

 

「ねぇ、ミーナさん」

 

銭湯に行く道のりで、シュテルはミーナに声をかける。

 

「ん?なんじゃ?」

 

「‥‥改めてミーナさんがテアを大切にして、好きな理由がわかったよ」

 

「そうじゃろう!?そうじゃろう!?テアは最高じゃろう!?ハハハハハ!!」

 

テアの事を褒められて上機嫌なミーナだった。

 

そして先日、明乃ともえかと共にやって来た同じ銭湯に来た一行‥‥

 

番台で料金を払い、中に入ると、

 

「ん?あれは‥‥」

 

銭湯の休憩スペースに見知った顔があった。

 

「なるほど‥‥そうくるか‥‥」

 

「うぃ‥‥」

 

休憩スペースに居たのは晴風水雷長の西崎と砲術長の立石の二人で、彼女たちは風呂上りに将棋をしているみたいだった。

しかも、西崎はかなり将棋の腕が良いのか、立石は将棋の本片手に将棋を指しており、西崎なりのハンデなのだろう。

 

「だが、しかし‥‥」

 

パチンっ!!

 

「ここが急所なんだなぁ~これでタマの船はただの案山子ですなぁ~」

 

「うぃ~‥‥」

 

将棋の本を見ながら指しても立石は窮地に陥ったみたいで、頭を抱えていた。

 

シュテルたちはこれから入浴なので、声をかけずにそのまま脱衣所へと向かった。

同じく晴風で顔を合わせていた筈のミーナはテアのエスコートに夢中で二人の存在に気付かなかった。

 

テアは身体の傷を受け入れてくれたが、他の利用客の目もあるので、シュテルは手早く服を脱ぐ。

 

「お?それが例の傷?」

 

服を脱いでいたシュテルの傷をレターナが見つけ、食いついてくる。

 

「えっ?ちょ‥‥」

 

「こ、こら、レターナ」

 

シュテルは急ぎバスタオルで身体を覆う。

それから、四人は浴場へと入る。

 

「おぉ~これは‥‥」

 

「凄いなぁ~」

 

「プールみたい!!」

 

「でも、泳いじゃダメだよ。あと、入る前に身体と頭を洗わないとね」

 

シュテルのアドバイスに従い、四人はまず、湯船に入る前に身体と頭を洗う。

テアの髪は洗い慣れているミーナが洗った。

チラッと、髪の毛を洗われているテアを見ると、

 

(テアの肌、白くてやっぱり綺麗だな‥‥)

 

銀髪に小さな身体、そして白い肌‥‥海の妖精の二つ名は伊達ではない。

 

(文字通り、海の妖精だな)

 

今は同性ながらもテアの身体につい見とれてしまうシュテルであった。

 

「それにしてもミーナのおっぱいは相変わらずデカいなぁ~何を食べたら、こんなにでかくなるんだ?」

 

「ひゃっ!?ちょっ、レターナ!!」

 

テアの頭を洗っているミーナの胸をレターナが鷲掴みする。

 

(あぁ~確かに、同じ副長でもミーナさんの胸、デカいよなぁ~‥‥クリスには目の毒だな)

 

レターナに言われて今度はミーナの胸を見ると、ユーリとほぼ同じくらいの大きさはある。

 

「ちょっ、止めんか!!レターナ!!」

 

ミーナは腕を振り、レターナの手を振りほどく。

 

「まったく‥‥」

 

「ごめん、ごめん。でも、中等部の頃はたいして差がなかったのに、たった五年でここまでの差が出ると、ちょっと悔しいのだよ」

 

「だからって人の胸を鷲掴みすることないだろう!?」

 

ミーナとレターナが胸の話をしている中、テアは自分の胸がないことに不満とミーナの胸がデカいことにちょっと面白くない様子だった。

テアの他にも周りの利用者の視線は、ミーナの胸に注目されていた。

「大きい」 「鷲掴み」 と言われたので、どのくらい大きいのか気になったのだろう。

そして、ミーナの胸を見て、テア同様不機嫌になる者、羨ましそうに見る者などリアクションは様々である。

しかし、当の本人は周りの視線には気づいてはいない様子だった。

 

頭を洗い終え、次に身体を洗う。

 

「副長が世話になった晴風の風呂もこのような感じだったのか?」

 

ミーナに身体を洗われながら、テアはミーナに晴風の浴室もこの銭湯の様だったのか訊ねる。

 

「いえ、晴風は航洋艦なので、ここまでは大きくはありませんが、それでも十分に素晴らしい風呂でした」

 

「そうか」

 

「ですが、艦長。風呂は必要不可欠なモノだと私は確信しております」

 

「うむ‥‥」

 

「なので、ウチの艦にも是非、大浴室を付けませんか?」

 

ミーナはシュペーにも晴風の様な大浴室を設けないかとテアに提案する。

 

「私の権限でどうにかできる案件ではない」

 

「それはそうですが‥‥」

 

確かにテアはシュペーの艦長であるが、シュペー自体がテアの物ではなく、ドイツのヴィルヘルムスハーフェン校の所有である為、学校の許可なく、艦内に大浴室を設置なんて出来ない。

しかし、今後もシュペーでの遠洋航海はまだあるので、その航海中、風呂に入れないのは風呂好きになったミーナにはいささか辛いものであった。

 

 

「「「「はぁ~‥‥」」」」

 

身体と頭を洗い終えた四人はいよいよ待望の湯船に入る。

湯船に入ると思わず、深い息が出る。

こうして沢山のお湯が満たされた大きな湯船に入ると、一日の疲れが吹っ飛ぶような感覚になる。

 

「テア、湯加減は大丈夫?」

 

「ああ、いい湯だ」

 

湯船に張られたお湯も熱すぎず、ぬるすぎず、丁度いい湯加減だ。

しばらく、湯船に浸かっていると‥‥

 

「‥‥」

 

テアの瞼が段々と下がっていく。

 

「ちょっ、テア。お風呂で寝たらヤバいって!!」

 

お風呂で寝たら、溺れてしまう。

シュテルはテアを慌てて起こした。

 

「ぷはぁ~風呂上りに飲むミルクは普段のと、一味違うなぁ~」

 

レターナは脱衣所の自販機で売っている瓶牛乳を飲んでいる。

ただ‥‥

 

「おい、レターナ。ミルクを飲むのはいいが、せめて、着替え終わってからにしろ」

 

ミーナが呆れる感じでレターナに言う。

今のレターナの格好は、キャミソールにパンツ一丁と女子としては恥ずかしい格好だったのだ。

 

「えっ?別にいいじゃん、男に見られている訳じゃないんだし」

 

レターナは、この場に男は居ないのだから、気にするなという。

 

(一応、心の中は男なんだけどな‥‥)

 

この場に男は居ないと言うが、シュテルは、精神は前世と同じく男な部分も残っている。

だが、下着姿のレターナに欲情することはなかった。

テアとミーナは着替えた後、瓶牛乳を飲んだ。

勿論、テアの着替えとドライヤーは全てミーナが行った。

本音を言うと、シュテルもやりたかったが、髪質を考えて慣れて居ない自分よりも慣れているミーナの方が手早く終わるし、テアの髪をグシャグシャにする事もないからだ。

と言うか、お風呂の中でもそうだが、テアの隣のポジションをミーナが死守していたのだ。

 

「艦長、いかがでしたか?日本のお風呂は?」

 

「うむ、副長の言う通り、なかなか良かった。副長が艦に備えたいと言うのも分かるが、やはり、私の一存では無理がある」

 

「そうですか‥‥」

 

テアも日本の風呂文化に興味を示しはしたが、やはりシュペーに同様の浴室を設置するのは難しいとのことだった。

ミーナはちょっと残念そうだった。

 

それから一行は着替えを終え、脱衣所から出て休憩スペースへ行くと、

 

「よーし、打っちゃうよぉ~取っちゃうよぉ~ソレ」

 

「うぃ~うぃ~」

 

西崎と立石がまだ将棋を指していた。

戦況はやはり、立石が不利みたいで、主力の駒が次々と西崎に取られて行く。

しかし、立石は諦めることなく、自軍の駒を動かすが、

 

「おおっと、また取れちゃうねぇ」

 

「うぃ~」

 

苦し紛れの一手は西崎には通じず、かえって自軍の被害が大きくなる。

 

「これで、タマの仲間はどんどん減って行く~」

 

「うぃ~」

 

立石はもう完全に混乱しており、目をグルグルと回している。

ここまでの戦況を見れば、自分の負けは分かっていたはずなのに立石は徹底抗戦の構えでまだ駒を動かす。

 

「ほほぅ、まだ投了しないか‥‥それなら‥‥」

 

パチっ!!

 

西崎は攻勢をさらに強める。

 

「うぃ~」

 

「一度火が着くと、うぁっと言う間にこうなって皆殺しだぁ!!」

 

包囲網を作られ、主力の駒もなく、立石の陣形は崩され、王将は打ち取られた。

 

「王手!!」

 

「うぃ~‥‥」

 

王将が討ち取られ、立石はがっくりと頭を下げる。

立石が西崎に将棋に勝つのはまだまだ先のようだ。

 

「ん?あれは‥‥」

 

ミーナは西崎と立石の存在に気づいた。

そりゃあ、あれだけ大きな声を出せば、気づく。

 

「晴風の砲術長に水雷長じゃないか。二人も風呂に入りに来たのか?」

 

ミーナは西崎と立石に声をかける。

 

「あっ、ミーナさん。ミーナさんもお風呂?」

 

「ああ、我が艦長にも日本の風呂の良さを感じてもらいたいと思ってな‥‥ところでそれはなんじゃ?」

 

ミーナは西崎と立石に将棋について訊ねる。

 

「あっ、これは将棋、まぁ、簡単に言えば、日本版チェスかな?」

 

「ほぅ~チェスか‥‥わしと艦長もチェスにはそれなりの腕があるのだぞ」

 

「それじゃあ、一局打たない?」

 

立石では相手にならなかったのか、西崎はミーナに一局打たないかと聞いてくる。

 

「ふむ、いいだろう。わしのチェスの腕、とくと見るがいい!!」

 

と、勇んで西崎の挑戦に乗るミーナであったが、

 

パチっ

 

「王手!!」

 

「ぐっ‥‥うーむ‥‥」

 

ミーナは渋い顔で盤面を見る。

ミーナのチェスの腕よりも西崎の将棋の腕が一枚上手だったみたいだ。

 

「艦長!!どうか、わしの仇を討ってくんせぇ!!」

 

テアに自分の仇を討ってくれと頼む時も何故か任侠口調になるミーナ。

 

「わかった。副長の仇は私が討とう」

 

テアも将棋に興味を持ったのか、次は自分が西崎の相手になると言うテア。

将棋の駒の動かし方もチェスとあまり変わらないし、ルールに関しても、ミーナと西崎の対局を見て大体理解したテアは西崎との対局に望む。

西崎とテアの対局は時間の経過と共に妙に緊張した空気が盤面の周りを覆う。

それは、まるでプロ同士の対局みたいだ。

二人の対局を見学している立石、ミーナ、シュテルも緊張してくる。

盤面では西崎とテアとの一進一退の攻防が繰り返される。

 

そして、

 

パチっ

 

「チェックメイト」

 

「うっ‥‥うーん‥‥」

 

今度は西崎の方が、渋い顔で盤面を見ている。

 

「あ、ありません‥‥詰みです」

 

そして、西崎は投了した。

テアと西崎の将棋勝負はテアの方に軍配が上がった。

 

「副長、約束通り勝ったぞ」

 

「ありがとうございます!!艦長!!」

 

素人同士の将棋なのに、テアは長時間の戦いを終えたように額の汗を拭うと、約束通り、ミーナの仇を討ったことを伝えると、ミーナは思わずテアに抱き着く。

 

「わ、私が‥‥私が負けた‥‥」

 

反対に西崎は自分が負けたことが信じられないのか、真っ白になり、口からはエクトプラズマを吐きだしている。

いくらチェスが得意だと言っても同じチェスが得意だと言うミーナを破ったので、テアの腕も大したことはないと思ったのだが、実際に対局してみると、テアの腕前はミーナ以上だった。

将棋を今日初めて打った‥‥将棋初心者に負けた感じがした西崎だった。

 

「メイ‥‥」

 

「タマ‥‥」

 

そんな西崎に立石が肩にポンと手を置いて、

 

「上には上が居る」

 

「ガハッ!!」

 

慰めるのではなく、傷に塩を塗った。

立石自身、今日は西崎に連敗に次ぐ連敗だったので、もしかしたら、彼女も西崎が負けたことで、スカッとした部分があったのかもしれない。

 

魂が抜けたように真っ白になった西崎を立石に任せて、シュテルたちは銭湯を後にした。

 

「彼女、大丈夫だろうか?」

 

テアが西崎の事を案じる。

 

「うーん、プロの将棋試験や大会って訳じゃないし、時間が経てば戻ると思うけど‥‥」

 

素人同士の将棋なのだからそこまで気にするとは思えないので、多分大丈夫だろうと言うシュテル。

 

 

同じ頃、シュテルと共に警察の事情聴取から解放された真白は家族と共に自宅への帰路についていた。

 

「でも、真白が無事で本当に良かったわ」

 

真雪は車を運転しながら後部座席に座る真白に声をかける。

 

「まさか、アイツらの一味がこんな事をするなんてなぁ‥‥アタシもまだまだ甘いってことか‥‥あの時、完全にアイツらを殲滅していれば、こんな事にはならなかったからなぁ~‥‥シロには怖い目に遭わせちまって、ホントにすまなかった」

 

真冬にしては珍しく、真白に頭を下げて謝る。

それほど、今回の真白の誘拐事件は宗谷家にとって大きな事件だったのだ。

真白自身もあの真冬が自分に頭を下げて謝る姿を見るなんてあまりにも意外だった。

 

「そうですよ、真冬姉さん。私は姉さんのとばっちりを受けた訳なんですから」

 

「うっ‥‥返す言葉がねぇ‥‥」

 

「でも、本当に真白が無事でよかったわ。あのドイツ艦の艦長さんには改めてお礼をしないと」

 

真霜もホッとした表情で真白の頭を撫でながら後日、正式にシュテルに礼をしなければならないと言う。

 

(碇艦長か‥‥)

 

真白は誘拐された自分を助け出してくれたシュテルの事を思い浮かべる。

彼女は警察でもなければ、ブルーマーメイドでもない。

一つ年上とは言え、彼女も自分と同じ女子高生‥‥

それにも関わらず、危険を承知で自分を助け出してくれた。

誘拐犯相手に格闘する姿、拳銃でバズーカの弾を撃つ姿、

それらの姿を思い浮かべているだけで、自然と体温が上がってくる。

 

「あら?真白、顔が少し赤いけど、大丈夫?」

 

「えっ?」

 

真霜が自分の顔を覗き込んでくる。

 

「う、うん。大丈夫」

 

「でもあんなことがあったらね、今日は早めに休んだ方が良いわよ」

 

運転席から真雪が真白の身体の事を気遣い、今日は早めに休むように促す。

 

「う、うん‥そうする‥‥」

 

自宅に戻り、お風呂に入ってもベッドに入っても真白の脳裏には誘拐されたことよりも、シュテルによって助け出されたことが強く印象に残る。

 

(わ、私に同性愛の気概はない!!)

 

真白は決して同性愛者ではないと自分に言い聞かせる。

 

(しかし‥‥なんなんだ?この胸のうずきは‥‥)

 

シュテルに対する悶々とする思いを抱きながら、真白はベッドの中で悶えることになった。

 




OVAで西崎と立石が銭湯にて、将棋を指して立石に連勝した事の他に設定で西崎の趣味・特技で将棋とありました。

そして、ミーナとテアの趣味・特技でチェスとあり、チェスと将棋は駒の動きもほぼ同じなので、今回はテアと西崎に将棋対決をしてもらいました。

軍配はテアに上がりましたが、彼女は日本に来る前、地中海でタラント校の生徒であるアンネッタとチェス対決をしていました。

彼女は海洋学校の生徒としてはポンコツですが、チェスプレイヤーとしては世界大会の上位者であり、そんな彼女と何度かのチェス対決をしたテアの方がおそらく西崎よりも腕は上なのだろうと言う理由です。



そして、真白に吊り橋効果で、フラグが立ったかな?


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92話

今回は、サキサキこと、川崎沙希の件です。

勿論、前世(原作)とは異なる流れとなっております。

ただ、後味が悪いと言うか、胸糞悪くなるような幕引きとなっておりますが、悪が栄えたためしはないので、いつかは‥‥


 

日本へ来てから、Rat事件、宗谷真白誘拐事件、立て続けに事件に巻き込まれたシュテル。

時期は五月下旬となり、高校一年生にとっては、高校入学後の初めてのテスト‥中間テストを迎える。

そして、日本へ留学に来たシュペー、ヒンデンブルクのクラスメイトたちにとっては日本で最初のテストとなる。

明乃は元々勉強嫌いと言うか、苦手だったので、中間テストを前に不安であり、もえかとテスト勉強をしていた。

なお、テスト直前の五月二十七日、真白が十六歳の誕生日を迎え、晴風のクラスメイトたちが真白の誕生日を祝ったのだが、中間テストの後でやれば良かったのか、中間テストで悲鳴をあげる晴風のクラスメイトが何人かいた。

ただ、あの誘拐事件の後、シュテルは背後から視線を良く感じるようになった。

振り返ると、晴風の副長の真白が居ることが多く、シュテルが振り向き、真白と視線が合うと、赤面して視線を逸らすか、その場から逃げていく。

更にその場面を晴風の機関助手の黒木に見られると、何故か黒木に睨まれることが多々あった。

シュテルとしては真白と黒木の行動が謎であり、首を傾げるだけであった。

 

 

そしてやってきた中間テストの期間。

その最中、シュテルは前世のことを思い出していた。

 

(中間テストか‥‥あっ、そう言えばこの時期に、えっと‥‥川越?川里だっけ?‥‥まぁ、いいや、川なんとかさんの件があったなぁ~‥‥)

 

川崎の名前がなかなか出てこないシュテル。

 

(あの時は、確かサイゼで晩飯を食べていたら、小町とアイツが来たんだよなぁ~‥‥)

 

(この世界でも俺や小町は存在しているのだろうか‥‥?)

 

シュテルはこの世界でも比企谷八幡、比企谷小町が存在しているのか気になり、ある休日に遠出して千葉まで行った。

しかし、地盤沈下して前世と異なり、地形が変わった為、前世に比企谷家があった場所は海の下に沈んでおり、そこには比企谷家がなかった。

近所のフロートや海上都市に比企谷家があるかもしれないと思い、捜したが、比企谷と言う家は存在しなかった。

一人であてもなく捜して見つかるはずもなく、この日、シュテルは後世の自分(八幡)と出会うことは出来なかった。

総武高校に赴いてもいいが、繋がりが全くない自分が行っても不審者扱いされるだけだと思い、総武高校にも行かなかった。

戸塚に会えるかもしれないと言う思いもあったが、今の自分は艦長と言う責任ある立場なので、おいそれと軽率な行動は出来なかったのだ。

それに、雪ノ下、由比ヶ浜、葉山を始めとして、前世で自分を虐めていた奴らと鉢合わせする可能性が高い。

もちろん、容姿も性別も今では異なるシュテルに気づく筈もなく、この世界では初対面となるのだろうが、それでもシュテルにとっては会いたくない人物には違いない。

 

その他にしてシュテルとしては、小町にも会いたくはなかった。

雪ノ下や由比ヶ浜以上に信頼していた筈なのに、結局最後は家族よりも半年ぐらいの付き合いで知り合った他人を信じた妹に今更家族愛何てない。

むしろ、気にしていたのは後世の自分自身だった。

この後世でも、比企谷八幡と言う男子高校生はあの独神の手によって隔離病棟(奉仕部)にぶち込まれて、無能な部長殿と頭がお花畑な部活メイトから常日頃に毒舌を浴びせられているのだろうか?

前世ではそれが当たり前だと思い、受け入れていたが、この後世で、人付き合いの環境が変わって、第三者視点で見ると、あの部活はあまりにも異常だ。

顧問の暴力、部活メイトからの罵倒‥‥これらの証拠を提示すれば、何らかの処罰は下るのではないか?

 

もし、この後世に比企谷八幡と言う男子高校生が居れば、今年の秋ごろに自殺するかもしれない。

転生した自分にとって比企谷八幡はもはや他人であるが、それでも、なんとか救えないかとこの時はそう思っていた。

だが、実際にシュテルが比企谷八幡と言う男子高校生がこの世界に存在しないことを知ったのはもう少し後の事だったからだ。

 

 

Rat事件解決の報告は総武高校でも知らされ、六月からは四月、五月の遅れを取り戻す為、海洋実習が始まる。

雪ノ下と同じ艦に乗るクラスメイトたちの本音は、もう少しRat事件が長引いてもらいたいと思っていた。

 

 

そんな中、その雪ノ下が在籍する奉仕部の部室では‥‥

 

 

「ねぇ、ゆきのん」

 

「何かしら?」

 

「前の世界だと、中間テストの前に確かサキサキの依頼があったじゃん」

 

「ええ、そうね」

 

「前の世界じゃあ、ヒッキーが私たちに内緒で勝手に何かしていたみたいだけど‥‥」

 

「全くだわ。私が彼女に現実を見せて救ってあげようと思ったのに勝手に行動するなんて‥‥」

 

「でも、後でサキサキがヒッキーにお礼を言っているのを聞いたんだけど、あの時、ヒッキーはサキサキに塾のフレンドシップの仕組みを教えて、解決したみたい」

 

「フレンドシップ?‥‥」

 

「あっ、違う。スカイシップだったっけ?」

 

「それって、もしかしてスカラシップのこと?」

 

「そう!!それ!!ねぇ、その仕組みを教えて今度は私たちが、サキサキを助けない?」

 

「そうね‥‥解決案があのゴミクズが考えたって事が唯一の不満ではあるけど、もうあのゴミクズはこの世界には居ないのですものね。だったら、私たちがその方法はとっても何ら問題はないわ」

 

雪ノ下はそう言うが、彼女の言葉の裏を返せば、自分が八幡に負けていることを認めているようなものだった。

雪ノ下本人も由比ヶ浜もその事に気づいていなかった。

 

 

サキサキこと、川崎沙希は前世では八幡、由比ヶ浜と同じクラスの同級生であり、二年生に進学した時から、彼女の生活サイクルに変化が生じた。

部活に所属していない筈なのに、家に帰ってくる時間が物凄く遅いのだ。

女子高校生なんだし、部活以外にも友人・彼氏との付き合いで遅くなることだってあるかもしれない。

しかし、川崎は八幡同様、元々人付き合いが得意な方ではないし、幅広い方ではない。

普段からは不愛想で近寄りがたい雰囲気があり、むしろ、八幡同様ボッチな女子高生だ。

彼女が何故、独神こと、平塚先生の目に止まり、奉仕部にぶち込まれなかったのか、まったく不思議である。

 

そんな彼女の弟、川崎大志が、ある日小町と共に八幡が居るサイゼにやってきた。

その頃、総武高校は中間テスト期間であり、サイゼには雪ノ下、由比ヶ浜、戸塚が居てテスト勉強していた。

三人と八幡が出会ったのは偶然なのだが、雪ノ下は挨拶するかのように平然と八幡に対して毒を吐いた。

八幡はそれをスルーした。

元々、八幡は三人とテスト勉強をしに来たわけではなく、夕食を食べに来ただけだった。

そこへ、小町が大志と共にきて、大志は姉の変化について相談してきた。

この時、八幡はまだ小町の事を大切にしていたので、大志に対して敵意を向けた。

渋々ながら、彼の話を聞いていると、雪ノ下が盗み聞きして首を突っ込んできた。

 

大志の話を聞いて、姉の帰りが遅くて心配しているというモノだった。

変化が出たのは二年生に進学してから‥‥八幡と同じクラスになったと聞いたら、雪ノ下は八幡のせいだと言ってきた。

冗談だとしても、悪質だ。

八幡が一々反論しないと思って、平気でさも当然の様に雪ノ下は彼に毒を吐く。

それは由比ヶ浜も同様だ。

 

話が中断したが、大志は話を続ける。

姉である川崎が帰ってくるのはなんと、午前五時‥‥

遅い何て時間ではない。

当初は八幡に相談したのに、雪ノ下が首を突っ込んで、奉仕部で川崎家の悩みを解決することになった。

 

翌日、奉仕部はまず、川崎が何を悩んでいるのかを掴もうとした。

葉山が協力して、川崎に声をかけ、悩みを聞こうと試みるも、彼女は葉山の言葉にも笑みにも興味を示さなかった。

普通の女子ならば、葉山の表面上の笑みでコロッと行きそうなのだが、川崎は葉山を冷たくあしらった

 

次に平塚先生が珍しく教師らしく、川崎に声をかけ、悩みがあれば相談に乗ると言うが、川崎から結婚関係の話を言われ、返り討ちにされた。

更にその次に雪ノ下がアニマルセラピー効果を狙って比企谷家の飼い猫、カマクラを使うも、川崎が猫アレルギーである事からこの方法も却下となった。

 

そんな中、川崎家に電話で『エンジェル』と名のつく店から電話があり、大志は朝帰りと言い、怪しい店からの電話と言い、もしかして、姉がいかがわしい店で何かヤバい事‥‥売春でもしているのではないかと疑い出した。

そこで、奉仕部は千葉市内にある『エンジェル』と言う名の点く店の情報を集め、材木座情報から二つヒットした。

一つ目はメイド喫茶だった。

早速行ってみると、そこに川崎の姿はなかった。

もう一つは、ホテルの最上階にあるバーだった。

そこに行ってみると、カウンターにはバーテンダー姿の川崎が居た。

早速、雪ノ下が声をかけ、川崎にバイトを辞めるように説得するが、彼女の説得は説得というよりも世間を知らないお嬢様の上から目線の命令だった。

川崎が雪ノ下の家柄について反撃すると、由比ヶ浜が噛みついてきた。

雪ノ下家は、関係ないではないかと‥‥

それならば、奉仕部も川崎家の問題に介入すべきではないと返された。

見かねた八幡が二人を先に帰らせ、川崎と話、彼女が何故、深夜のバーでバイトしているのか、その理由を突き止め、彼女が深夜のバーでバイトしなくてもいい提案をした。

彼女の悩み‥‥それは将来の学費だった。

大志はその年、中学三年生‥‥受験生と言うことで、塾に通うことになり、川崎は両親の出費の負担を心配し、自分の進学費用を自分で捻出しようとしたのだ。

そこで、八幡は川崎にスカラシップ制度を教え、川崎の依頼は解決した。

 

 

この世界には比企谷八幡と言う男子高校生は居ないが、川崎沙希と言う名の女子高生は由比ヶ浜のクラスにちゃんと存在している。

 

「確か、前の世界じゃあ、川崎さんの弟さんがあのゴミクズに依頼してきたのよね?」

 

「うん‥‥でも、この世界にはヒッキーも小町ちゃんも存在しないから、サキサキの弟くんが、依頼して来ないかも」

 

川崎の弟、川崎大志は今年中学三年生であり、高校生である自分たちが、大志の通う中学に行くのは不自然である。

大志の方も奉仕部の二人とは当然面識がない。

 

「でも、川崎さんがちゃんといるのなら、この世界でも彼女が深夜バイトをしている筈だわ‥‥」

 

比企谷家の全員はこの世界には存在していないが、由比ヶ浜のクラスにはちゃんと川崎が存在していることから、彼女は前世同様、深夜のバーでバイトをしている筈だと奉仕部の二人はそう決めつけていた。

 

「そうだね」

 

「私はクラスが違うから、詳しく分からないけど、まずは少し彼女の様子を見てくれるかしら?午前様なら、遅刻しているだろうから」

 

「うん、わかった」

 

奉仕部は川崎から正式に依頼されていないにも関わらず、この後世でも川崎の依頼があると確信し、動き始めた。

この後世では、前世の経験から、葉山や平塚先生に協力してもらってわざわざ川崎の悩みを聞きだす必要はなく、直接川崎のバイト先に乗り込んで、スカラシップの事を教えるつもりだった。

 

 

翌日‥‥

 

 

「それで、川崎。何か言い訳はあるか?」

 

「いえ、何もありません」

 

HRの最中、川崎が平塚先生に怒られていた。

この日の朝、川崎は、出欠確認が終わった後に教室へ入ってきた。

 

「それで、なんで遅刻をした?」

 

そこで、平塚先生が遅刻の訳を聞く。

 

「寝坊です」

 

川崎は遅刻の理由が寝坊の一言だけで済ませる。

 

(はぁ~‥‥今日は朝から厄日だわ~‥‥目覚まし時計は電池切れで寝坊するし、スキッパーは調子が悪いし、家を出てみると信号に捕まりまくるわ、そのせいで、けーちゃんの送りにも学校にも遅刻するし、この独神からネチネチと説教されるし、あぁ~もう最悪~)

 

川崎は平塚先生に『寝坊した』と一言だけ話すが、寝坊の他に自身のスキッパーの調子が悪くなったこと、赤信号につかまりまくった事、それによって、妹の保育園の送迎に時間がかかり、こうして学校に遅れてしまった。

今日は川崎にとって、厄日みたいだった。

川崎の遅刻を見て、由比ヶ浜は、

 

(やっぱり、サキサキ、夜遅くまでバイトしていたんだ‥‥)

 

この依頼の前まで、川崎の生活に意識を向けたことがなかったので、由比ヶ浜は今回の川崎の遅刻を常習なモノであり、やはり川崎はこの後世でも深夜のバーでバイトをしているのだと確信した。

そして、休み時間、由比ヶ浜は無駄だろうとは思ったが川崎に何か悩みがないか声をかける。

 

「ね、ねぇ、川崎さん‥‥」

 

「あん?なに?」

 

怒ってはいないのだが、川崎は不愛想な顔でぶっきらぼうに返答する。

前世ではあの三浦を言葉で撃退し、涙目にさせたほどだ。

その眼光はこの後世でも健在であった。

 

「あっ、いや‥その‥‥最近、何か悩みとかない?」

 

「は?なんでそんなこと聞くの?」

 

「えっ?その‥‥実は私、悩みを解決する部活に入っていて、川崎さん、何か悩みがあるなら相談に乗ろうと思って‥‥」

 

「いや、別にないし‥‥仮に悩みがあったとしても、同じクラスってだけで、アタシとアンタは友達でもなんでもないじゃん。それなのに、どうしてアタシの悩みをアンタに話さないといけないのさ?」

 

川崎から完全に拒絶され、由比ヶ浜はすごすごと引き下がる。

前世の三浦が見ていたら、由比ヶ浜に加勢して逆に川崎に言い負かされる光景が目に浮かぶが、この後世では三浦は由比ヶ浜とそこまで親しい関係ではないので、援護はしてくれない。

勿論、同じグループメンバーなのだが、葉山以外を邪魔に思っている相模も由比ヶ浜を援護することもない。

もしも、相手が八幡ならば、「ヒッキー!!マジキモイ!!」を連発してギャーギャー教室内で騒いでいただろうが、相手は八幡ではなく、同性の川崎であり、八幡と同じボッチであるが、凄みは八幡以上ある。

これ以上何かを言っても無駄だと判断した事と、八幡は何を言っても言い返さないから由比ヶ浜は、彼に平然と罵倒できるのだが、相手が川崎では何をするのか読めないから撤退したのだ。

言葉だけならばいい‥‥もしかしたら、平手打ちをされるかもしれない。

痛いのはゴメンなのだ。

 

(ふんだ、何だし!!あの態度!!折角、親切に私が悩みを聞いてあげようと思ったのに!!)

 

口では言わないが、心の中で由比ヶ浜は川崎に不満をもらしていた。

 

(でも、いいもん。今夜、サキサキは、私たちに感謝することになるんだから!!)

 

そして、今夜川崎が働いているバーで、スカラシップを教えれば、きっと川崎は自分に感謝するだろうと思っていた。

 

 

前世で川崎が働いていたバーはホテル・オオタニの最上階にあるバーで、この後世にも海上都市の一角にホテル・オオタニがあり、その最上階にバーがあることは事前の調査で判明している。

当然、前世同様ドレスコードもある。

一般家庭の由比ヶ浜はドレスなんて持っていなかったので、前世と同じく、雪ノ下から貸してもらった。

ただ、着付けを手伝っている時、由比ヶ浜の胸の部分を見て、悔しそうに顔を歪めたのも前世と同じであった。

 

それから、夜‥‥

 

ホテル・オオタニの玄関口にドレスを着飾った雪ノ下と由比ヶ浜、そしてスーツ姿の葉山の姿があった。

葉山の場合も雪ノ下家の顧問弁護士と言うことで、社交界のパーティーなどに出る機会があったので、ドレスコードに必要なスーツを持っていた。

そして、葉山はこの後世では奉仕部の一員なので、こうして二人について来た。

 

「おお!!葉山君、カッコイイ!!」

 

由比ヶ浜は、スーツ姿の葉山を褒める。

 

「え?そ、そうかな?」

 

「うん!!ヒッキーなんかよりも100倍カッコイイよ!!」

 

(当然だ。あんな腐れ眼の根暗野郎なんかと比較されること自体、不愉快だ)

 

葉山は八幡と比べられることに心外さを感じる。

 

「さあ、行きましょう」

 

「うん、そうだね」

 

「ああ」

 

三人は意気揚々とホテル・オオタニの中に入った。

そして、最上階にあるバーへと入り、カウンターに視線を向けると、そこには前世と異なり、川崎の姿はなかった。

 

「あれ?サキサキがいない‥‥」

 

「休憩かしら?」

 

「しばらく様子を見てみよう」

 

「そうね‥‥」

 

三人は川崎が休憩中なのか?

それともまだ店に出勤していないのか?

とりあえず、時間を潰して川崎が現れるのを待った。

しかし、いつまで待っても川崎は現れなかった。

 

「サキサキ出てこないね」

 

「やっぱり、今日はシフトに入ってないのかしら?」

 

三人は、今日、川崎はシフトに入っていなかったと思い、店を後にした。

それから、三人は毎夜、ホテル・オオタニのバーに出入りし、川崎を待ったが、彼女は一向に現れなかった。

ただ、三人のこの奇妙な行動は従業員たちに印象付けることとなった。

毎回、ソフトドリンクを一杯頼み、そのまま長居する三人組‥‥

しかも、本当に成人しているのかと思うほど、妙に若い。

客のプライベートになるので、不審に思いつつも従業員たちは声をかけることはなかったが、遠巻きからジッと観察するように見ていたが、三人は川崎を捜していることに集中していたので、これらの従業員たちの視線には気づかなかった。

そして、今日もカウンターには川崎の姿はない。

とうとう痺れを切らした雪ノ下は、

 

「ねぇ、ちょっと」

 

「はい?なんでしょう?」

 

「この店に川崎沙希って、子が働いているでしょう?」

 

店の従業員に川崎が働いているかと訊ねた。

 

「川崎沙希?いいえ、そんな名前の従業員は、当店にはおりませんが‥‥」

 

しかし、従業員からはこの店には川崎沙希と言う名前の従業員は居ないと言う返答が返ってきた。

 

(まさか、彼女、履歴書には偽名を使っていたのかしら?)

 

(それなら‥‥)

 

前世で川崎は年齢を誤魔化してバーのバイトをしていたので、年齢の他に名前も偽名でこのバーにバイトとして潜り込んだのかもしれないと思い、次に雪ノ下は従業員に川崎の特徴を話す。

 

「じゃあ、女性で長い髪、右目の下に泣き黒子がある女性従業員はいるでしょう?」

 

「えっ?右目の下に泣き黒子?うーん‥‥そんな人、居たかな?」

 

しかし、川崎の特徴を教えても従業員は川崎の事を知らないみたいだ。

女性ならともかく、右目の下に泣き黒子なんて、印象的な特徴であり、そう何人もいるようにも思えない。

雪ノ下はこの従業員がとぼけているのかと思い、

 

「貴方、とぼけるのはいい加減にしなさい!!此処に居る筈よ!!今日は来てないの!?それなら、彼女のシフトを教えなさい!!」

 

あれから何度来ても、川崎と出会えないことから、雪ノ下はもう従業員に川崎のシフトを聞いてその日に来た方が早いと思ったのだ。

 

「ちょっと、お客様、落ち着いてください」

 

雪ノ下は従業員に掴みかかる。

 

「そうだし!!さっさとサキサキを出すし!!」

 

すると、由比ヶ浜も雪ノ下に便乗して声を荒げ、従業員に噛みつく。

 

「ちょ、ちょっと、二人とも落ち着いて」

 

周囲の目を気にした葉山が二人と止めるも、二人は止まらない。

 

「お客様、他のお客様のご迷惑になります」

 

「だったら、彼女のシフトを言いなさい!!」

 

「ですから、当店にはそのような従業員はおりません!!」

 

「とぼけるなし!!」

 

バーの利用客も二人の金切り声と従業員に噛みついている行動を見て、ザワザワと騒ぎ出す。

やがて、酔っ払いの絡みだと思われ、他の利用客から警察を呼ばれてしまった。

雪ノ下と由比ヶ浜の二人が大人しくなったのは、バーに駆けつけた制服姿の警官たちを見てからだった。

逃げようとしても既に従業員と警官に囲まれ、逃げるに逃げることも出来なかった。

葉山もここで逃げてはこの後の雪ノ下家との関係を考え逃げるに逃げられなかった。

そして、三人はパトカーに乗せられ、警察署へと連行された。

その時の三人の顔色は真っ青であり、小刻みに震えていた。

警察署で取り調べを受けた結果、三人が高校二年生‥未成年だと言うことも突き止められてしまった。

このままこの事実が学校に知られたら退学処分をくらうかもしれない。

絶体絶命のピンチの中、葉山の父親である葉山弁護士が警察署に来て、警官らと何やら話すと、すんなりと釈放された。

葉山弁護士と警察との間に何があったのか、分からないが学校側からも何の処分も受けなかったが、三人は当然、親から長々と説教を受けた。

 

 

それから、ある日の放課後‥‥

 

川崎が下校しようと昇降口に来た時、

 

「ちょっと!!川崎さん!!」

 

川崎は誰かに呼び止められた。

 

「ん?」

 

川崎が、声がした方を見ると、そこには不機嫌そうな顔の雪ノ下と由比ヶ浜が居た。

 

「由比ヶ浜と‥‥誰?」

 

由比ヶ浜は同じクラスであり、なおかつこの前声をかけてきたので知っていたが、雪ノ下の事は知らない様子。

 

「まったく、あの粗暴な猿と言い貴女もなの?」

 

三浦に次ぎ、川崎も二学年の首席である自分の事を知らなかった事実に雪ノ下の不快指数は上昇する。

なお、葉山はサッカー部の部活動があるので、この場には居ない。

 

「それで、何の用?私、もう帰りたいんだけど?」

 

「貴女、深夜のバーでバイトしているでしょう!?」

 

「はぁ?アンタ、何言っているの?」

 

「とぼけないで!!私たちは知っているのよ!?」

 

「そうだし!!サキサキ、年を誤魔化して夜のお店でバイトしているでしょう!!」

 

「だから、何訳の分からないこと言っているの?私、バイト何てやってないし」

 

川崎はあくまでも深夜のバーでバイトなんてしていないなんて言う。

 

「そんな筈ないわ!!ホテル・オオタニの最上階にある『エンジェルラダー』ってバーで働いているのを知っているのよ!!」

 

「だから、知らないって言っているでしょう!?」

 

三人が言い合っている場所は、昇降口であり、大勢の生徒が出入りしている。

当然、この三人の口論も大勢の生徒に目撃され、教師に通報された。

 

「こら!!そこで、何を騒いでいる!?」

 

三人は、職員室に連れていかれた。

川崎にとっては今日も厄日であった。

 

「それで、何を騒いでいた?」

 

職員室にて、教師が昇降口の騒動の発端を訊ねてくる。

 

「この二人が、突然、私が深夜のバーでバイトしているって、騒ぎ出して‥‥」

 

「‥‥川崎、君は本当に深夜のバーでアルバイトをしているのか?」

 

「していません」

 

「嘘おっしゃい!!」

 

「そうだし!!サキサキ、嘘言うなし!!」

 

「じゃあ、その店に確かめたの?私がそこで働いているのを見たの!?」

 

「そ、それは‥‥」

 

「た、確かに私たちが行った時は居なかったけど‥‥でも、サキサキは、あのホテルのバーでバイトしている筈だし!!」

 

このままでは埒が明かない水掛け論になるので、教師がエンジェルラダーに電話を入れ確認した。

その結果、川崎の潔白が証明された一方、雪ノ下と由比ヶ浜があのバーで騒いだことが学校側に知られてしまった。

雪ノ下と由比ヶ浜はそのまま職員室から生徒指導室へ移動し、そこで教頭先生、学年主任の先生からお説教を受ける羽目になった。

このまま二人は停学か退学になるかと思いきや、またもや先日の様に葉山弁護士が来て、先生たちと何やら話し込むと、不思議と二人には何の処分も課せられなかった。

 

 

ただ、後日の調査により、この時期、千葉県警、エンジェルラダー、総武高校に雪ノ下建設から多額の寄付が振り込まれていたことが判明した‥‥

 

 

そして、前世と異なり、川崎が深夜のバーでバイトをしていなかった理由‥‥

それは、この後世の川崎家の環境が前世と異なっていたのだ。

川崎家の家族構成は前世と同じであったが、違うのは、川崎の父親の職業が前世では平凡なサラリーマンであったが、この後世では外国航路の船の船長であり、前世の川崎家の収入と比べると、後世川崎家の収入は大幅に上がっており、川崎は弟が塾へ行っても自身の進学の為の学費を心配することがなかったのだ。

当然その事実を雪ノ下たちは知らなかった‥‥

 



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93話

今回も引き続き、総武高校側の視点になります。

相模が酷い目に遭うわけではありませんが、相模ファンの方々はご注意を‥‥


では、本編をどうぞ‥‥


 

 

前世で八幡と由比ヶ浜のクラスメイトであった川崎沙希の深夜のバイトの解決依頼‥‥

奉仕部メンバーはこの後世でもそれは起きるだろうと予測していた。

その理由は、比企谷八幡という男子高校生は存在しないが、川崎沙希という女子高生が存在していたからだ。

 

前世において、この依頼は川崎の弟、川崎大志が八幡の妹である小町を経由して八幡に頼んできた依頼を雪ノ下が盗み聞きをして、無理矢理に首を突っ込んできた。

それから、調査をした結果、川崎が深夜のバーでアルバイトをしていたことを突き止め、奉仕部はそのバーへと行き、そこで働いていた川崎を説得するが、雪ノ下の説得は、説得と言うよりも上から目線の命令であり、由比ヶ浜は雪ノ下の尻馬に乗る感じで、二人は全然役には立たなかった。

そこで、八幡が彼女らの代わりに川崎の悩みの本質を見抜き、解決策を提示して無事にこの依頼は解決することが出来た。

 

そしてこの後世でも同じことがあるのであれば、八幡が提示した解決案を川崎にそのまま教えれば、彼女の悩みも解決するし、後世奉仕部の実績になると思った。

前世の経験から川崎がどこでバイトしているのか?

何故、バイトしているのかを既に知っているので、調査の時間が大幅に省くことが出来たので、葉山を含めた奉仕部の二人は、ホテル・オオタニの最上階にあるエンジェルラダーと言うバーへと向かうも、そこに川崎の姿はなかった。

それから連日、三人はバーへと赴き、川崎を捜すも、肝心の川崎は一向に現れない。

業を煮やした雪ノ下と由比ヶ浜は等々従業員に川崎を出せと絡む。

静かなバーで雪ノ下と由比ヶ浜のギャーギャーとした金切り声が響く。

すると、警察沙汰となり、警察署へと連行され、調べられると自分たちが未成年であることもバレて、高校退学のピンチとなる。

しかし、そこへ、葉山の父親である葉山弁護士が来ると、なぜかすんなりと三人は釈放された。

警察から学校へ通報されなかったこと、そして厳罰に処されなかったものの、警察の世話になった事で、三人は両親から大目玉をくらう羽目になった。

雪ノ下と由比ヶ浜の不満は積もり募り、その矛先はバーに現れなかった川崎へと向かった。

前世同等、川崎があのバーにいれば、自分たちが警察の世話になることもなかったし、親に怒られることもなかった。

しかし、彼女たちの行動は明らかに川崎に対する八つ当たりだった。

 

 

ある日の放課後、二人は川崎に、『何故自分たちが居る時にあのバーに来なかったのか』と、彼女に絡む騒ぎを起こし、学校の教師に自分たちが深夜のバーに出入りしていることを暴露して自爆する結果となる。

今度は学校から何らかの処分を受けるのかと思いきや、こちらも不思議と二人には何の処分も下されなかった。

確かに二人は学校側から処分はされなかった‥‥。

しかし、二人が川崎に絡んだ場所は昇降口だったので、二人が起こした騒ぎは大勢の生徒らに目撃された。

当然、二人は噂の注目となった。

 

 

昇降口で由比ヶ浜と雪ノ下が川崎に絡んでから数日後‥‥

 

「ちょっと、由比ヶ浜さん。アンタ、この前、昇降口で雪ノ下さんと一緒に騒いだんですって!?」

 

そこで、いの一番に絡んできたのは相模だった。

彼女としては大和の時の様にこれを機に由比ヶ浜を葉山グループから追放しようと画策したのだ。

同じく奉仕部の部員である葉山はその時、運よく?兼部しているサッカー部の方に顔を出していたので、この騒ぎには無関係だった。

その為、葉山が雪ノ下と由比ヶ浜と共に深夜のバーに出入りしていた事実は知られていない。

 

「う、うん‥‥」

 

由比ヶ浜は恐る恐る頷く。

いくら否定しても目撃者が多い為、自分と雪ノ下が昇降口で騒いだことに関しては否定出来なかった。

 

「しかも、何か由比ヶ浜さんには良からぬ噂も聞いたんだけど?」

 

「う、噂って?」

 

「アンタとJ組の雪ノ下さんが夜、売春行為してお金を荒稼ぎしているって噂!!」

 

「えっ?‥‥ええぇぇぇー!!」

 

川崎の深夜のバーでのアルバイトを止める筈が、どう伝わって自分たちが夜に売春行為をしていたなんて噂になるのだろうか?

もしかしたら、その噂は相模本人が昇降口で二人が騒いだ事を聞いて流した可能性もある。

 

「そ、そんなっ!?私とゆきのんはそんなことしてないよ!!」

 

「どうかしら?アンタ、その無駄にデカい脂肪の塊で男を誘惑して漁っていたんじゃないの?雪ノ下さんは、まな板だけど、まぁ、顔だけはいいからねぇ~♪」

 

相模はゲスめいた笑みを浮かべる。

 

「だから、そんな事してないって、言ってるじゃん!!」

 

余裕がある相模とは異なり、いわれのない噂を言われ、由比ヶ浜も段々ヒートアップしていく。

 

「でも噂が出回っているってことは、やっぱりやっているんじゃないの?」

 

「だから、やってないって言ってんじゃん!!サガミン、しつこい!!」

 

「兎に角、売春をするようなビッチをグループ内に置いておくとウチや葉山君にも悪影響が出るから、グループから出て行ってくれない!?」

 

相模は敢えて大声を出して由比ヶ浜に言い寄り、噂が事実であるとクラスメイトに印象付けて由比ヶ浜をグループから追放しようとする。

追放後はどうなるか、大和の一件を見ればそれは一目瞭然であり不登校街道まっしぐらだ。

しかもその間はクラスメイトから、集団でいわれのない口撃を受ける。

それに今回の噂‥‥『雪ノ下と由比ヶ浜は売春をしている』‥‥この噂を鵜呑みにした愚か者のせいで、自分の貞操を無理矢理奪われることだってありえる。

 

相模としては、同じグループメンバーである由比ヶ浜をクラス内では一番危惧していた。

その理由は胸が自分より大きい‥‥この一点である。

大きな胸を持つ彼女はいつか葉山のお気に入りになるかもしれないと思っていたのだ。

しかし、由比ヶ浜は葉山の事を友人だと思っており、異性とは見ていない。

葉山本人も由比ヶ浜を異性とは見ていないが、相模本人はその事実を知らない。

元々、葉山の本命は前世でもこの後世でも、雪ノ下一人であるが、彼はその事を決して口にしないので、相模に誤解と不安を与えていた。

自分は葉山の彼女の座に近い存在なのだと‥‥

相模は葉山と由比ヶ浜の気持ちを知る由もなく、由比ヶ浜を危険視していたのだ。

 

「まぁ、まぁ、相模さんも結衣も落ち着いて」

 

そこへ、葉山が珍しく二人の言い合いを止めに入る。

 

「葉山君‥‥」

 

相模は葉山に止められ、シュンとして可愛い子アピールする。

 

「でも、葉山君、由比ヶ浜さんは‥‥」

 

「噂に関しては、根も葉もないことだし、気にすることはないよ。少なくとも俺は結衣が売春をしていたなんて信じないし」

 

「で、でも‥‥う、うん‥‥葉山君が言うなら分かったよ‥‥」

 

相模は証拠がないことでも由比ヶ浜を何とかこのグループから追放したかったが、これ以上葉山に口答えすれば自分がグループから追放されるかもしれないと思い、渋々受け入れた。

 

「みんなも、由比ヶ浜さんの噂だけど、あれはあくまでも噂であって、証拠のない事実だから、みんなもこの噂は鵜呑みにしないようにね」

 

大和の時はあっさりと見捨てた葉山が今回、由比ヶ浜を庇った理由は、彼女が雪ノ下と一番親しい関係にあるからだ。

根も葉もない噂を鵜呑みにしてグループから追放し、大和の時みたいに総スカンすれば、十中八九、由比ヶ浜は雪ノ下に泣きつくだろう。

この時、自分が由比ヶ浜を擁護しなかったと知られたら、雪ノ下から拒絶されるかもしれない。

雪ノ下と婚約するまで、由比ヶ浜は葉山にとってアキレス腱の様な存在なのだ。

葉山本人にとっては面倒ながらも、今回は由比ヶ浜と相模とのいざこざにあえて首を突っ込んだのだ。

 

表面上の顔と言動から、カリスマ性だけはあり、クラス内は、『葉山君の言うことなら‥‥』 と、言うことで、雪ノ下と由比ヶ浜が売春していたと言う噂はすぐに鎮静化した。

 

相模は由比ヶ浜をグループから追放する絶好の機会を失い内心とても悔しがっていた。

 

 

そして、やってきた総武高校の職場見学‥‥。

 

大半が予想通り、女子はブルーマーメイド、男子はホワイトドルフィンが見学先となった。

あまりにも見学人数が多い為、職場見学は一度に全てではなく、クラスを幾つかに分けて、数日にわたってのローテーションで行われた。

 

 

由比ヶ浜たちのクラスが職場見学の日となり、由比ヶ浜のクラスの他に二クラス程の生徒が一緒に日本ブルーマーメイドの本部である横須賀のブルーマーメイド庁舎にやって来る。

 

「総武高校の皆さん。ようこそ、ブルーマーメイドへ!!本日、皆さんのガイドを務めさせていただく、平賀倫子です。よろしくお願いします!!」

 

総武高校の生徒たちを出迎えたのは、ブルーマーメイド隊員の平賀だった。

ブルーマーメイドの庁舎と言うことで、総武高校の職場見学に来た生徒は、女子であるが、その女子たちも平賀の姿を見て、ギョッとする。

 

主に彼女の胸部を見て‥‥

 

「では、早速案内しますね!!」

 

平賀はバスガイドの様に、小さな旗を手に持って総武高校の生徒たちを案内する。

これまで総武高校以外の高校や小、中学校、幼稚園などのガイド役もやっていたのだろう、彼女は慣れた様子で総武高校の生徒たちを案内していく。

働いている隊員たちの邪魔にならないようにオフィスを案内し、職場見学用に用意されたブルーマーメイドの歴史と活動を記録したPV映像を視聴したり、ビルの一室に設けられたブルーマーメイドの制服や装備品などが展示されている展示スペースも案内された。

その後、ブルーマーメイドの使用艦艇の内部も見学した。

総武高校の生徒らは、興味深そうに見ていた。

ただ、この場に居るのは平賀と同じ同性‥‥女子高生だったのだが、もし、この場に男子高校生が居れば、平賀の説明よりも、主に彼女の胸ばかりに目が行って、きっと平賀の説明は印象に残らなかっただろう。

 

そして、最後に、

 

「では、最後にレクレーションで、ビンゴ大会をやりま~す!!」

 

オフィスの大きめな一室にて、総武高校の生徒たちはビンゴ大会をすることになった。

勿論、ビンゴ大会をオフィス内の一室でやるので、他の隊員の邪魔にならないようビンゴ大会が行われる部屋の壁が防音仕様になっている。

総武高校の生徒たちにはビンゴ用の数字が書かれた紙が配られる。

 

「もちろん、景品もちゃんと用意してありますよ!!」

 

用紙が生徒たちに配られると、平賀はビンゴの景品を見せる。

 

「ジャジャーン!!最初にビンゴになった方には今度のブルーマーメイドフェスタのペアチケットをプレゼントします!!」

 

『おおおおぉぉぉぉぉ~!!』

 

ブルーマーメイドフェイスのペアチケットを見て、ざわめく総武高校の生徒たち。

 

プレゼントの景品となっているブルーマーメイドフェスタはブルーマーメイドが主催の一大イベントであり、招待チケットはなかなか手に入らないチケットだった。

つまり、ブルーマーメイドフェスタはそれほどの人気イベントなのである。

 

(ペアチケット‥‥ペアなら、葉山君と一緒にデート出来るじゃん‥‥!!)

 

(その日は確か、部活は休みだから‥‥さ、彩加とデート‥‥)

 

(カナカナ誘ったら来てくれるかな?)

 

景品を聞いて、相模、三浦、由比ヶ浜は、このペアチケットをゲットして、ブルーマーメイドフェスタ当日にデートしたいと思った。

他の生徒たちも友人か彼氏と行きたいと似たような思いを抱いていた。

しかし、相模は兎も角、由比ヶ浜については、一方的に好意を寄せているだけであって、カナデは、彼氏でもなければ友人でもない、赤の他人な関係であった。

 

「ビンゴの用紙は手元に行きましたか?では、ビンゴ大会を始めます!!最初の番号は‥‥」

 

こうして、様々な思いを秘めたまま、ビンゴ大会は始まった。

 

「そろそろ、ビンゴが出てきてもいいですねぇ~」

 

ビンゴ大会はつつがなく進み、そろそろ誰かがビンゴになってもいい頃合いになった。

 

「では次の番号は‥‥」

 

平賀がビンゴマシンを起動させ、出てきたビンゴの番号を告げる。

 

すると、

 

「やった!!ビンゴだし!!」

 

最初にビンゴを勝ち取ったのは三浦だった。

 

「ファースト・ビンゴ、おめでとうございます!!」

 

三浦が平賀の下へと行き、ちゃんとビンゴであることを確認してもらい、

 

「では、景品である今度のブルーマーメイドフェスタのペアチケットです」

 

「ありがとうございます!!」

 

(やった!!これで彩加とデートが出来る!!)

 

こうしてペアチケットをゲットし、しかもその日は部活がないので、ブルーマーメイドフェスタで彼氏である戸塚とデートできると三浦は歓喜していた。

ブルーマーメイドフェスタのペアチケットをゲットした三浦を周囲は羨んでいた。

特に相模は、三浦を穴が開くほどジッと見ていた。

 

「では、ビンゴ大会の続きを始めますよぉ~!!」

 

その後もビンゴ大会は続いた。

景品はブルーマーメイドフェスタのペアチケットの他にブルーマーメイドのマスコットキャラクターのぬいぐるみ、キーホルダー、ストラップ、貯金箱、ボールペン&シャープペンシルの文房具セット、Tシャツ、パーカー、金曜カレーのレトルトパックの詰め合わせなど、ブルーマーメイドフェスタの時のみに販売されるブルーマーメイド限定の景品ばかりなので、ペアチケットほどではないが、ある意味価値のある景品ではあった。

 

 

ビンゴ大会も終わり、この日の総武高校の職場見学は終了した。

現地解散なのだが、横須賀から千葉に戻る為、ほとんどの生徒が同じ水上バスで千葉へと向かう。

千葉港の水上バス降車場にて、

 

「ねぇ、三浦さん」

 

「ん?」

 

三浦は後ろから呼び止められる。

彼女が振り返ると、そこにはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた相模が居た。

 

「何?」

 

三浦は警戒しながら相模を見る。

 

「ねぇ、三浦さん。三浦さんって、確かテニス部のマネージャーだよね?」

 

「ん?それがなんだし?」

 

「テニス部ってさぁ~総武高校運動部の中でも最弱の部活で、朝も昼も放課後も練習ばっかりしているよねぇ~?」

 

自分がマネージャーを務めている部活動をバカにされて、ちょっとムッとする三浦。

 

「確か、土日祝とかもテニス場で必死にボール追いかけているよねぇ~?それだけやって弱小とかマジ受けるぅ~」

 

「相模‥アンタ、喧嘩売ってんの?」

 

「違う、違う、まぁ、今回はそれが幸いしたんだけど‥‥」

 

「あぁ~まどろっこしい!!言いたいことがあるならさっさと言ったら!?」

 

三浦は相模がのらりくらりと本題を引き延ばしている態度にイラッと来たので、声を荒げ、さっさと要件を言えと言う。

 

「もう、三浦さんったら、短気だねぇ~」

 

イライラしている三浦とは裏腹に相模は相変わらずニヤニヤといやらしい笑みを浮かべたままの余裕な態度‥‥

 

「それじゃあ、言うけどぉ~‥‥ねぇ、三浦さん‥‥」

 

相模は要件を三浦に言い放つ。

 

「さっきのビンゴ大会で当てたブルーマーメイドフェスタのペアチケット、ウチに譲って」

 

「はぁっ!?」

 

三浦は一瞬、耳を疑い、( ゚д゚)ポカーンとする。

 

「あれ?聞こえなかったの?だから、『ブルーマーメイドフェスタのペアチケット譲って』って、言ったの!?」

 

やはり、聞き間違えではなく、相模はビンゴ大会で三浦が貰ったブルーマーメイドフェスタのペアチケットを寄こせと言っている。

 

「はぁ?なんで、あーしが貰ったチケットをアンタにあげないといけないの?」

 

「弱小の部活動なんだし、フェスタ当日だってどうせ、部活動やっているんでしょう?だったら、そのチケット無駄になっちゃうから、ウチが有効活用してあげるって言ってんの~」

 

「嫌に決まってんじゃん!!」

 

三浦は相模の要求は突っぱねた。

 

「何?三浦さん、もしかしてチケットを転売して小遣い稼ごうってつもり?せこっ!!」

 

「違うし!!フェスタの日は部活が休みだから、普通に行くつもりだし!!」

 

「えっ?だって、ペアチケットだよ!?三浦さん、誰か一緒に行く相手いるの?」

 

「そ、それは‥これから、聞いてみるとこだし‥‥」

 

「じゃあ、頂戴よ!!そのチケット!!」

 

「嫌だって言ってんじゃん!!大体、そう言うアンタは?一緒に行く相手は居る訳?」

 

「はぁ?居るに決まってんじゃん!!」

 

「へぇ~誰?」

 

「誰?って、勿論、葉山君に決まってんじゃん!!ウチと葉山君はもう友達以上の関係なんだから」

 

「‥‥(¬_¬)ジトー」

 

相模はドヤ顔で胸を張って、自分はまだ葉山の彼女ではないが、彼女一歩手前の関係まで進展していると言う。

前世の三浦が聞いたらブチ切れる内容だろう。

しかし、この後世世界の三浦には戸塚と言う彼氏が居たので、葉山には何の魅力も感じていない。

それどころか、以前昼練の邪魔をしに来た失礼な輩と言う認識をしている。

ただ、これが前世の間柄で、チケットを当てたのが由比ヶ浜だった場合、三浦は今の相模と同じ行動をしていたかもしれない。

 

「アンタが葉山の事をどう思っていようが、別にいいけど、チケットは渡せないから。じゃあね」

 

これ以上、相模と関わるのは時間の無駄だと思った三浦はその場を後にしようとする。

 

「いいの!?葉山君に言いつけるけど!?」

 

すると、相模は葉山にチケットを譲ってくれなかったことをチクると言う。

 

「あっそう、好きにしたら?」

 

例え、葉山に言ったところで、どうにかなるものでもあるまい‥‥と、三浦は思ったが、最近立て続けに起こった事を思い出して、相模に釘を刺す。

 

「言っておくけど、葉山に 『あーしがチケットを奪った』 とか言って、泣きついても無駄だし」

 

「そんなこと言ってみないとわかんないじゃん!!」

 

「はぁ~やっぱり、そんな風に言うつもりだったんだ‥‥」

 

三浦は溜め息をつき、相模を憐れんだ目で見ながら言う。

ここ最近の出来事‥‥職場見学の少し前にクラス内で出回ったチェーンメール、そして先日、相模が由比ヶ浜に対して絡みギャーギャー騒いでいたのを三浦は当然知っている。

大和一人をクラスメイトの半数以上で吊し上げていれば一目瞭然であるし、由比ヶ浜の時だって、HR前に教室であれだけの大声でギャーギャー騒げば嫌でも目に入る。

なお、三浦と戸塚は大和の吊し上げには参加していない少数派のクラスメイトであった。

しかし、彼が吊し上げられ最終的に不登校の後、退学、精神病院送りとなってしまった事態に、彼の為に何もしてあげられなかったことに二人は少なからず罪悪感を覚えていた。

大和、そして先日の由比ヶ浜に絡んでいた様子から、三浦は相模が、葉山に泣きつき、

 

本当は自分(相模)が貰ったペアチケットを三浦が奪った。

 

と、言って葉山に泣きつき、その嘘をクラス内に広め、今度は自分(三浦)を吊るし上げるつもりなのだろうと思った。

そして、その予想は当たっており、相模は今すぐここで、ペアチケットを自分に寄こさなければ、それを明日にでも実行するつもりだった。

そんなことをすれば、大和の二の舞いになるのは目に見えていた。

葉山はきっと三浦よりも同じグループメンバーである相模の言うことを信じるだろう。

そして、葉山が信じた方が正義であり、言った事が真実である‥‥それが今のクラスの真理であった。

 

大和の場合、葉山は彼を弁護しなかった結果、彼はクラスメイトたちから吊し上げを受け、クラスから追放された。

反対に由比ヶ浜の場合は、葉山が味方したおかげで、彼女はクラスメイトから吊し上げにされることはなかった。

三浦も大和の様にしてやると、相模はそう画策したが、三浦は平然としている。

明日にはクラスメイトたちから吊し上げにされるかもしれないのに‥‥

 

「へ、へぇ~随分と強気じゃん。いいの?明日にはあの変態ゴリラみたいに吊し上げになるかもしれないのに‥‥」

 

そこで、相模は三浦が平然としている様子に若干の焦りを覚える。

 

「好きにしたらいいじゃん」

 

「ほ、本当にいいの!?今なら、ウチにチケットを渡せば、穏便に済むのに‥‥」

 

「だから、好きにすればいいじゃん。でも、アンタが言っている事をすれば、逆にアンタが恥をかくことになるかもね」

 

「はぁ?何言ってんの!?ウチが恥をかく訳ないじゃん!!きっと葉山君だって、ウチの味方になってくれるし!!」

 

「はぁ~‥‥ヘ(-′д`-)ゝ」

 

三浦はもう、可哀想なモノ見る目で相模を見る。

 

「ちょっと、何よその目は!?アンタ、自分の立場分かってんの!?アンタは明日にはもう、終わりなのよ!!」

 

「あのね、あーしがこんなにも余裕な訳、本当に分かんないの?」

 

「強がっているだけじゃない!!」

 

「そんな訳ないでしょう。ちゃんと証拠があるからに決まってんじゃん」

 

「はぁっ!?証拠!?証拠なんて有る訳ないじゃん!!何言ってんの!?」

 

(あっ、ま、まさか、コイツ、今の会話を録音・録画しているんじゃあ‥‥)

 

相模は三浦がここまで余裕な態度でいられるのは、三浦が今、この会話を録音・録画しているのかと思ったが、彼女の手にはスマホが握られておらず、また隠し撮りしている様子もないので、少なくともこの会話を録音・録画している様子はない。

 

「見たところ、この会話を録音・録画しているみたいじゃないけど、証拠なんてどこにあるの?」

 

「アンタ、引率の先生の事、見ていなかったの?」

 

「はぁ?引率の先生?」

 

「そっ、先生、引率の他に記録係として、今日の職場見学の様子をビデオカメラで撮っていたんだよ。勿論、あのビンゴ大会の様子もね」

 

「えっ?‥‥それって‥‥」

 

「そう、あーしがビンゴで一番になって、ペアチケットを貰った映像もちゃんと残っているってこと‥‥アンタがつまらないデマを流すなら、あーしも先生に頼んで、今日の職場見学の映像を提供してもらうし」

 

引率の教師が一番後ろから、ビデオカメラを回していることに気づかなかった相模。

 

「くっ‥‥」

 

映像が残っている以上、相模がいくら『三浦にペアチケットを盗られた』と騒いだところでそれが嘘であることがバレてしまう。

三浦が言うようにそんなデマを広げた後、それがデマだとバレたら三浦ではなく逆に自分がクラスメイトから吊し上げにあってしまう。

相模は悔しそうに顔を歪め、その場から逃げるように去って行った。

 

 

その日の夜、三浦は彼氏である戸塚に電話を入れる。

 

「あっ、彩加?」

 

「三浦さん、どうしたの?」

 

「あ、あの‥‥その‥‥きょ、今日の職場見学、そっちはどうだった?」

 

三浦は本題を言う前に戸塚に今日の職場見学の事を訊ねた。

いくら男の娘とは言え、戸塚は男なので、今日の職場見学は三浦と別の場所へと職場見学へ行ったのだ。

 

「うん、楽しかったよ!!色々参考になったし!!三浦さんの方はどうだった?」

 

「あ、あーし!?」

 

突然、話題を振られ、思わず声が裏返る三浦。

 

「う、うん‥あーしの方も楽しかったし‥‥そ、その‥それでさ‥‥彩加」

 

「ん?なに?」

 

三浦はゴクッと生唾を飲み、

 

「その‥‥今日の職場見学でさぁ、その‥‥ぶ、ブルーマーメイドフェスタのペアチケットを貰ったんだけど、一緒に行かない!?」

 

「えっ?ブルーマーメイドフェスタ?」

 

「う、うん‥‥ちょうどその日は部活も休みだしさぁ‥‥ど、どうかな?」

 

三浦は戸塚をブルーマーメイドフェスタに誘う。

この時の三浦の心臓はバクバクになっていた。

 

「うん、いいよ」

 

「ほ、ホント!?」

 

こうして戸塚を無事に誘うことが出来た三浦は頬を赤く染め、まるで花が咲くような笑みを浮かべた。

 



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94話

 

横須賀女子で中間テストが終わり、テスト休みになった頃、すき焼きパーティーでシュテルが言ったように、学校側からRat事件の詳細報告を提出せよと明乃とシュテルは指示を受けた。

 

「うぅ~やっぱり来た‥‥」

 

「シューちゃんの言った通りになったね」

 

「まぁ、予想の範囲だったけどね‥‥」

 

その指示を受け、明乃は顔を青くし、もえか、シュテルの三人の姿は、横須賀女子の図書室にある過去の航海の資料や報告書が置かれている区画に居た。

テーブルの上には過去の航海資料、辞書、海図、晴風とヒンデンブルクの航海日誌、レポート用紙に筆記用具があり、明乃は少し憔悴していた。

本人が言っていたように、彼女は書類仕事が本当に苦手で、報告書の文章の文字遣いが変だったり、誤字脱字が多々あった。

そこをシュテルともえかが補正したりして、手伝っていた。

 

「うぅ~うぅ~うぅ~‥‥うわぁぁぁぁぁぁー!!分かんなくなってきたよぉ~!!」

 

「うわっ!?」

 

「ミケちゃん!?」

 

明乃はついに発狂した。

 

「ちょっ、落ち着いて、ミケちゃん!!」

 

いきなり発狂した明乃を宥めるシュテル。

 

「書類仕事は苦手なんだよぉ~!!」

 

「それは、分かったから‥‥でも、ブルーマーメイドになっても書類仕事は常に付きまとうから、学生の内に苦手な部分を克服しないと」

 

「ミケちゃん、私の方は量が少ないから、私の報告書が終わったら、手伝ってあげるから、頑張ろう。ねっ?」

 

もえかの方は途中で保護されたので、明乃やシュテルの報告書よりも量が少ないし、彼女は容量よく片付けているので、三人の中で一番進んでいる。

 

「はぁ~‥‥他の皆はテストが終わってお休みなのに‥‥この書類仕事はいつまで続くのぉ~?」

 

明乃はテーブルの上に置かれている書類の山を恨むように見つめる。

 

「仕事は、この山が片付くまで続くよ‥‥残念ながら」

 

シュテルは明乃に辛い現実を突きつける。

しかし、現実逃避をしていてもこの書類の山は片付かない。

 

「うぅ~でも、疲れたよぉ~」

 

「でも、着実に片付いているよ。もうちょっとだから頑張ろう?」

 

「そうだね、このペースなら、今日中に片付くかもね。それが終わったら、ミケちゃんにもテスト休みが待っているよ」

 

このままのペースを維持できれば、今日中には片付き、明日からはこの書類仕事から解放され、残りわずかであるが、テスト休みを過ごすことが出来る。

もうひと頑張りしようとした時、

 

「こんにちは」

 

「あっ、優衣ちゃん」

 

間宮艦長の藤田が三人の下にやって来た。

 

「どうしたの?」

 

「ちょっと差し入れにね。中間テストの後も書類仕事で大変だって聞いたから‥‥」

 

「そうなんだ。ありがとう」

 

「と言うわけで、一休みしない?」

 

藤田は三人に休憩を提案してきた。

間宮の艦長なだけに、用意された差し入れもきっと美味しいお菓子を作ってくれただろう。

しかし、まだまだ書類仕事は沢山残っている。

藤田の提案はまさに天使の様な悪魔の囁きであった。

シュテルはどうしようかと悩む。

お菓子はなかったが、ついさっき、一休みしたばかり‥‥

だが、シュテルが決断を下す前に、

 

「わーい!!しよう、しよう!!」

 

明乃は藤田の提案を受け入れる気満々であった。

 

「いや、でも‥‥ミケちゃん、今ここで大休止すると、残りの仕事が‥‥」

 

「えぇーだって‥‥」

 

シュテルはペースを崩すと今日中に終わらないのではないかと危惧するが、

 

「まぁ、まぁ、ちょっとだけだから‥‥」

 

「シューちゃんも疲れたでしょう?」

 

「一休み、一休み」

 

藤田、もえか、明乃の三人が怪しげな笑みを浮かべながら、シュテルに迫ってくる。

明乃の他にもえかも疲れていたみたいだ。

 

「うぅ~‥‥休憩してもいいけど、後で大変になるのは、ミケちゃん本人なんだからね」

 

「シューちゃんからもOK出たし、行こう!!」

 

「それじゃあ、外に行きましょう。此処、飲食禁止だし」

 

「やれやれ‥‥」

 

こうして、一行は図書室から藤田が茶菓子を用意した外へと出た。

 

「んん~‥‥やっぱり、海はいいなぁ~」

 

海が見える展望スペースで明乃は思いっきり背伸びをして、海風を感じている。

 

「海は普段見慣れている気もするけど‥‥?」

 

「でも、最近は室内ばかりじゃん」

 

「まぁ、そうだけど‥‥」

 

確かに明乃の言う通り、最近は図書室にこもりっぱなしで、海を眺める時間は極端に減っている。

 

「お茶入ったわよ」

 

そこへ、藤田がお茶会の準備が出来たことを告げ、席へと向かう。

テーブルには紅茶とカステラ、チョコ菓子が置かれていた。

 

「美味しそう‥‥」

 

「流石、間宮の艦長‥‥」

 

「あれ?そう言えば、今日は珊瑚ちゃんと一緒じゃないの?」

 

自分がもえかや真白と一緒に過ごす時間が長いように、藤田と珊瑚は常にセットだと思っていたので、今この場で珊瑚が居ないことに意外性を感じたので、明乃は藤田に聞いてみたのだ。

 

「あはは、別にいつも一緒にいる訳じゃないのよ。お互い別の艦の艦長だしね」

 

仲が良いと言っても、藤田は間宮の艦長、珊瑚は明石の艦長なので、普段から常に一緒に居るわけではない。

 

「まぁ、珊瑚は後から来るって言っていたけど、先に野暮用があるんですって」

 

藤田は紅茶が入ったカップに口をつけ、後から珊瑚が来ることを告げる。

 

「そうなんだ」

 

一緒に行動はしていないが、やはりこの後、珊瑚は此処に来るみたいだ。

 

「藤田さんも杉本さんとも付き合いが長いの?」

 

もえかは藤田に珊瑚との付き合いを訊ねる。

 

「ん?そうねぇ‥‥中学からの付き合いだから、そこまで長いってこともないかしら?中学もお互いに別の学校だったし‥‥」

 

藤田と珊瑚の二人の中学はお互いに別々の中学だったが、何らかの交流があり、知り合っていたみたいだ。

 

「でも、私が間宮に乗るきっかけを作ったのが、珊瑚だったから、影響は強いかも」

 

「「「へぇ~」」」

 

「じゃあ、二人とも同じ学校に入学出来て良かったね。私も中学は、もかちゃんと離れ離れになっちゃったから、高校でまた一緒になれて本当に嬉しかったもん」

 

「私は、小、中、高‥‥というか、普段、住んでいる国さえ違うから、こうしてミケちゃんともかちゃんと出会えて嬉しいよ」

 

「そうだね」

 

「それに晴風の皆と一緒になれたことも嬉しいかな」

 

「あっ、そう言えば、海洋実習でお世話になった平賀さんだけど、あの人も学生の頃はミケちゃんみたいな艦長さんだったらしいよ。それにスキッパーの運転も上手だって‥‥」

 

「へぇ~ミケちゃん一号‥いや、向こうが先輩だから、ミケちゃんが平賀さん二号になるのかな?」

 

もえかがブルーマーメイド隊員の平賀も横須賀女子のOGであり、彼女が学生時代は明乃そっくりな艦長だったと聞いた。

多分、駿河を横須賀に曳航する途中で、ブルーマーメイドの隊員から聞いたのだろう。

 

「うーん、横女の伝統なのかしら?」

 

「類は友を呼ぶのかな?」

 

「じゃあ、私もブルーマーメイドになれるね!!」

 

自分と似た平賀がブルーマーメイドになれたのだから、きっと自分もブルーマーメイドになれるだろうと自信を点ける明乃。

 

「あはははははは」

 

明乃の理屈に思わず爆笑する藤田。

 

「そんなに笑わなくても‥‥」

 

「あはは、ごめん、ごめん」

 

爆笑した藤田に対して涙目で傷つく明乃。

 

そこへ、

 

「盛り上がっているようだねー」

 

「あら?珊瑚、早かったわね」

 

そこに、珊瑚が合流した。

 

「そう?まぁ野暮用だからねぇ~」

 

「こんにちは珊瑚ちゃん」

 

「やあやあ、晴風艦長、駿河艦長、ヒンデンブルク艦長。なんか、実習とテストが終わったのに、色々と大変そうだね」

 

「まぁ、予想はしていたけどね」

 

シュテルはテストの前からあの事件の報告書を出せと言われるのではないかと既に予測していたので、テスト後も報告書の準備はしていた。

 

「まぁー困ったことがあれば何でも言ってくれたまえよー‥‥よっこいしょっ‥‥」

 

「ちょっと!!」

 

珊瑚はそう言って何故か藤田の膝の上に座る。

 

「珊瑚。なんで、私の膝の上に座るのよ!?」

 

「だって、優衣が私の椅子を用意してくれないだもん」

 

確かにこの後、珊瑚が来ることを知っていたのだが、彼女の分の椅子を用意し忘れたのは藤田のミスだった。

 

(赤道祭でやった二人羽織の時もそうだけど、凸凹コンビだな‥‥)

 

二人のやり取りを見て、シュテルはそう思った。

 

「足が痺れる‥‥」

 

「二人とも仲良いね」

 

明乃も二人の様子を見て、二人の仲が良いと言う。

 

「折角だから、ヒンデンブルク艦長のヴァイオリン演奏を聞きたかったが、さすがに今は無理かな?」

 

以前、珊瑚からお茶会の際、ヴァイオリンの演奏を頼まれたシュテルであったが、

 

「今日は突然のお誘いだからね、ヴァイオリンを持ってきてなくて‥‥日取りを決めてくれたらその日に持ってきますよ」

 

シュテルは日取りを決めたお茶会の日ならば、ヴァイオリンの生演奏をすると約束した。

 

「さて、ミケちゃん。そろそろ、戻らないと、明日も書類仕事になっちゃうよ」

 

今度はシュテルが怪しげな笑みを浮かべて明乃を再び図書室に誘う。

 

「ヒエエエエエッー!!」

 

明乃はシュテルの手によって連行されていく。

 

「えーっと‥‥それじゃあ、私も行かないと‥‥ご馳走でした」

 

「え、えぇ、そうね。またお茶会をしましょう」

 

明乃がシュテルの手によって連行されていくのを見て、もえかも二人を手伝わなければならないので、藤田に礼を言って、二人の後を追う。

 

「あの三人も仲が良いねぇ~」

 

図書室に戻って行くシュテル、明乃、もえかの後ろ姿を見て、珊瑚がポツリと呟く。

 

「そうね‥‥それよりそろそろ、空いたイスに移動してもらいたいんだけど‥‥」

 

三人が図書室に戻ったので、イスは空いているのだが、珊瑚は未だに藤田の膝の上から動こうとはしない。

 

「んー‥‥なんか、座り心地いいし、このままでいいよ~」

 

「私が良くないの!!」

 

珊瑚はこのまま、藤田の膝の上で良いと言うが、彼女が上に乗っていることで、圧迫され、足の血流が悪くなり、段々と足の感覚がなくなってくるほど、痺れてきた。

 

きっとお茶会が終わり、一歩踏み出す時、藤田の足には電気が流れるような痺れが襲うことになるだろう。

 

そして、図書室に戻った三人はと言うと‥‥

 

「ミケちゃんもう少しだから、頑張って!!」

 

「ヒエエエエエッー!!」

 

「終わらせてからお茶にした方が良かったかもね」

 

案の定、明乃が悲鳴をあげていた。

 

しかし、そこから休憩なしの怒涛の巻き上げのおかげか、完全下校の少し前に報告書を書き上げることが出来、テスト休みを全て潰す事態はなんとか回避することが出来た明乃だった。

 

 

翌日‥‥

 

 

横須賀女子の中間テスト後のテスト休み‥‥

 

シュテルと明乃は、Rat事件の報告書制作の為、そのほとんどを図書室で過ごし、もえかも二人の手伝いとして、図書室に詰めていた。

 

このままテスト休みすべてが報告書の制作で終わってしまうのかと思いきや、何とか休みを残して、報告書の制作を終えることが出来た。

 

元々、書類仕事が大の苦手な明乃は報告書の制作終了後、真っ白に燃え尽きていた。

残りのわずかではあるが、テスト休みで十分に英気を養ってもらいたいものである。

 

シュテルの方は、この日は市街地ではなく、港に来た。

 

(この前のゴールデンウイークには、市街地に行ったら、晴風の副長の誘拐現場に出くわしたからな‥‥今回は、人気の少ない所にくれば、事件に巻き込まれないよな‥‥)

 

人が少なければ、自分が事件などのアクシデントに巻き込まれないだろうと思ったのだ。

 

「ん?あれは‥‥」

 

港の防波堤に見慣れた人影があった。

 

「知床さん」

 

「あっ、碇艦長」

 

防波堤に座っていたのは、晴風航海長の鈴だった。

 

「んー‥シュテルでいいよ。岬艦長と知名艦長は、私の事を『シューちゃん』って呼んでいるし、クラスメイトは『シュテルン』って呼んでいるし」

 

「じゃ、じゃあ、シュテルさんで‥‥あっ、私の事も鈴でいいです」

 

シュテルは鈴の隣に座る。

 

「釣り‥やっているんだ‥‥」

 

「うん」

 

「意外な趣味だね」

 

鈴にしては釣りと言うアウトドアスポーツとは、あまりイメージが沸かず、こうして鈴が釣りをしているのはとても意外に見える。

 

「あっ、いや、そういう訳ではなくて‥‥」

 

「?」

 

「その‥私もついさっき、ここを通りかかっただけなんだけど、その時、マロンちゃん‥‥あっ、晴風の機関長なんだけど‥‥」

 

「知っているよ。赤道祭で実行委員をしていた人でしょう?」

 

「うん。それで、そのマロンちゃんが、釣りをしていたんだけど、おトイレに行きたいから少し変わってくれって言われて‥‥」

 

「なるほど‥‥」

 

鈴は自分で釣りをしているわけではなく、シュテル同様、この辺を散歩している時、柳原がトイレに行きたいので、その間だけ、釣り竿を見ていてくれと頼んで、柳原本人はトイレに向かったと言う。

 

特に何処かへ行く予定もないので、シュテルは鈴と共に海を見ながら柳原を待った。

 

「あっ、赤道祭と言えば、副長さんと砲雷長さんのマジック、凄かったです!!それに、砲雷長さんの声を聞いて、びっくりしました」

 

「ウチのクラスメイトも鈴さんの声を聞いて驚いていたよ。あの二人のマジックは、本当にどうやっていたのか、ホント謎だった‥‥それに、あんなに沢山の衣装を用意していた明石の乗員もね‥‥」

 

「えっ?あの衣装、明石の人が用意したんですか?」

 

「話を聞く限り、私たちの舞台衣装も、イリュージョンマジックに使った制服も全部、明石の人が用意したみたい。ホント、なんで乗艦している艦にあんなに沢山の衣装を積んでいたんだろう?」

 

「へぇ~‥‥」

 

「あっ、赤道祭と言えば、鈴さんが出ていたあの舞台も面白かったよ」

 

「あっ、どうも‥‥」

 

「それに、舞台に立っていた鈴さん、とっても生き生きしているように見えたよ」

 

「えっ?えええっー!!」

 

あの演劇の感想を言われて驚いている鈴。

本人は、舞台に立っている時、特に意識しておらず、あの舞台に立っていたみたいだ。

 

「鈴さん、もしかして、舞台女優としての才能があるんじゃないかな?」

 

「えええっー!!そ、そんなことないですよ!!」

 

あの舞台を見る限り、鈴には舞台女優としての才能があるかもしれないとシュテルはそう言うが、鈴は思いっきりソレを否定していた。

 

それから暫くは、釣り糸に魚がかかることなく、二人は海を眺めていた。

 

(うーん、マロンちゃん遅いなぁ~‥‥)

 

トイレに行った柳原がなかなか戻ってこない。

 

トイレが近くになかったのか?

 

それとも女子トイレが混んでいるのか?

 

用足しが小ではない方なのか?

 

そう思いながら、柳原を待つ鈴。

シュテルも鈴もこの後、特にこの後、予定が有る訳でもないので、のんびりと海を見ながら柳原を待っていると、

 

(釣りか‥‥そう言えば、四国沖で買い出し組を待っている間の事を思い出すなぁ~‥‥)

 

横須賀に戻る途中、トイレットペーパーが無くなり、選抜した同級生たちが四国沖の海上ショッピングモールにトイレットペーパーを買い出しに行っている間、シュテルはジークと釣りとしていた。

今、シュテルはその時の事を思い出した。

 

「ねぇ、鈴さん」

 

「はい?」

 

「鈴さんは、アザラシって漢字で書くと、どうやって書くか知っている?」

 

「あ、アザラシ‥‥?」

 

「うん、そう」

 

「えっと‥‥確か、海に豹‥‥でしたっけ?」

 

「正解。じゃあ、イルカは?」

 

「イルカは、海に豚ですよね?」

 

「正解、鈴さん、やるねぇ」

 

「う、海に関する動物も好きなので、その動物の字とかも調べていたので‥‥」

 

「でも、豚は豚でも、同じ海に住んでいるのに、どうしてフグは河の豚って書くんだろう?」

 

「あぁ~確かに私もそう思った事あります」

 

鈴とそんな雑学みたいなことを話していても柳原はまだ戻ってこない。

すると、柳原ではなく、

 

「リンちゃん?‥‥と、ドイツ艦の艦長さん?」

 

「ん?」

 

「あっ、ココちゃん」

 

納沙がやって来た。

 

「お散歩していたら姿が見えたので‥‥意外な組み合わせに、リンちゃんが釣りだなんて意外な趣味ですね」

 

「あっ、そういう訳じゃなくて‥‥」

 

「趣味ではないとすると‥‥はっ!? 『両親から仕送りを止められ、食うに困った私は残った所持金を握りしめ釣具屋へ向かった‥‥おお――――っこれは、いい釣り竿だぁー!!これで食料の心配はなぁい!!釣って、釣って釣り三昧!!海が枯渇するまで海の幸を堪能してやぅ――――ッ!!』‥‥みたいなことがあったんですね!?」

 

納沙は目を輝かせながら、鈴が此処で釣りをしている訳を一人芝居でやりながら訊ねる。

 

(あまりにも荒唐無稽過ぎないか?その設定‥‥)

 

シュテルは納沙の一人芝居の内容は無茶設定があるのではないかとツッコム。

 

(親の仕送りが止められるってのは、シャレにならないけどな‥‥)

 

前世では、よく学費を支払ってもらえたとその点においては不思議だった。

 

「ココちゃん相変わらず元気だね。えっと、ついさっき‥‥」

 

シュテルが心の中で、いろんなことを思っていると、鈴が納沙にこの場で釣りをしている訳を納沙に話す。

 

「あっ、よく見たら、釣り糸が海の中に入っていない!!」

 

釣り糸はギリギリ海面から浮いており、いくら待っても魚が来ない訳だ。

 

「だ、だって、釣れちゃったらどうしていいか、分からないし‥‥」

 

もし、釣り針に魚が食いついたら、どう対処していいのか、釣り素人である鈴は分からなかったので、鈴は海面ギリギリで釣り針を垂らしていた。

しかもその釣り針に餌も付いていなかった。

納沙もその場に座り、三人は何かをする訳でもなく、会話もせず海を見ていた。

 

「「「‥‥」」」

 

ミァア、ミァア、ミァア

 

ザザァーン ザザァーン ザザァーン

 

空にはウミネコの声がして、下からは防波堤にぶつかる波の音がする‥‥

雲はあるが、決して雨雲ではなく入道雲のような雲で、気温もポカポカと温かい。

横になればそのまま寝てしまいそうだ。

 

「「‥‥」」

 

鈴とシュテルが、海を眺めていると、

 

「暇じゃないですか?」

 

すると、納沙が暇じゃないかと鈴とシュテルに聞いてくる。

 

「私、海眺めているのが好きだから楽しいよ」

 

「同じく」

 

鈴はシュテルも何もすることもなく、海を眺めているのが好きなので、別に暇ではない。

 

「ふーん‥‥」

 

それからまた三人で海を眺めていると、

 

「‥‥あっ、リンちゃんの足元にフナムシが」

 

「ぴぇぇぇーっ!?」

 

「うわっ!?」

 

納沙が鈴の足元にフナムシが寄ってきたことを告げると、鈴は悲鳴を上げ、シュテルは彼女の悲鳴を聞きビックリする。

 

「えへへ、冗談です」

 

「うぅぅ~ビックリした」

 

「それはこっちのセリフだよ」

 

暇だった納沙が鈴をからかう為に足元にフナムシが居ると言ったみたいだ。

 

「そう言えば、ココちゃんは何していたの?」

 

鈴は納沙に休日である今日の予定を訊ねる。

 

「私ですか?うーん‥‥私も別に‥‥シロちゃんもミーちゃんも今日は用事があるみたいなので、一人ぶらり旅をしていました」

 

「そうなんだ‥‥えっと、じゃあ、この後一緒に出掛けない?シュテルさんも」

 

「えっ?」

 

「私は別にいいよ」

 

鈴は柳原が戻ってきたら、三人でどこかに行かないかと提案する。

シュテルはそれを了承したが、誘われた納沙はキョトンとしている。

 

「ホント?じつは、この前、気になるお店見つけたんだけど、一人で入るのは寂しくて‥‥」

 

「なるほど」

 

「はぁ?‥‥でも、私と行かなくてもいいのでは?実際にドイツ艦の艦長さんが行ってくれるみたいですし」

 

「「えええっー!!」」

 

シュテルはあっさりと了承したが、納沙はシュテルも行くのであれば、別に自分が鈴と一緒に行く必要はないだろうと言う。

納沙の返答に鈴もシュテルも驚いた。

別に今日の予定がないのであれば、鈴と一緒に行動しても別に差し支えはない筈なのに‥‥

 

「いや、リンちゃんは他にも沢山友達が居るじゃないですか。艦長とか誘ってみたらどうです?仲が良いみたいですし」

 

鈴は明乃や他の航海科のクラスメイトとは意外と仲が良い。

その為、高校入学から交友関係は広がりつつある。

 

「岬さんなんか疲れているみたいで‥‥」

 

「あぁ~、ミケちゃん昨日まで図書室に缶詰めになって、しかも苦手な書類仕事をずっとやっていたからね」

 

シュテルは明乃が着かれている理由を鈴と納沙に教える。

 

「図書室?缶詰め?」

 

「何かあったんですか?中間テストの結果が悪かったとか?」

 

「いや、晴風の艦長として、Rat事件の報告書の提出を学校から求められて、その報告書を書いていたからね。でも、本当に一緒に来ないの?」

 

シュテルは納沙に本当にこの後、一緒に来ないのかと訊ねる。

 

「そうだよ。ココちゃんだって、友達だし‥‥」

 

「えええっ!?」

 

「「えっ?」」

 

鈴からの友達発言に納沙が驚く。

そんな納沙のリアクションに鈴とシュテルも戸惑う。

 

ザザァーン‥‥

 

「「「‥‥」」」

 

波音しかしない中、三人は無言になる。

やがて、

 

「リンちゃん‥‥私たち友達になるようなイベントありましたっけ?」

 

納沙は自分と鈴は友人関係なのかと問うてくる。

 

「えええーっ!!」

 

「ココちゃん、あれだけ一緒に居たのにまだ友達と思ってなかったんだね?ハードル高すぎるよ」

 

あれだけの航海を通じてなお、友人関係ではないという納沙にシュテルも鈴も驚きっぱなしだ。

 

(この人、天然なのか?それとも不器用なのか?)

 

シュテルは前世で二回、雪ノ下に 『友達にならないか?』 と言ったが、両方とも断られたことがある。

あれは、正直、天然でも不器用でもなく、本気で自分と友達になんてなりたくないと言う雰囲気があったが、納沙の場合、雪ノ下とは違い、素で困惑しているように見える。

 

「あ、あの‥‥」

 

「なんですか?」

 

「失礼を承知で聞くけど、貴女、もしかして、小、中と友人は少なかったんじゃないかな?」

 

「そうですねぇ~‥‥確かにほとんど、一人で過ごしていました」

 

(この人、小町と同じハイブリッドボッチか!?)

 

小町も一見、人付き合いが広いように見えて、実際は親友と呼べる存在は居なかった。

高校受験で失敗した後、見舞いや電話、メールは来たが、そのどれにも対応せず、また同級生たちも見舞いに来たのも、電話やメールを入れたのも一回きりであった。

連絡してきた級友もあくまでも社交辞令みたいなものだったのだろう。

小町自身もこれまでの人生の中で、兄である八幡が他人を信じて裏切られて、そして家族にすら蔑ろにされていく様を見て育った為、心の何処かで他人のことを信じることができなかったのかもしれない。

 

納沙も自身の特殊な趣味が影響したのかもしれないが、与えられた役割など、表面上は淡々とこなし、普通に人付き合いをしているように思えるが、心の中では他人をあまり信用していないのかもしれない。

その結果、友人のいない寂しい環境の打開策として一人芝居をよくやっているのだろう。

 

「だ、ダメだよ!!そんなの!?」

 

このままでは彼女も小町みたいに捻くれてしまう。

もう、小町に会うことは出来ないだろうが、ハイブリッドボッチの小町の末路はなんとなく予測は出来る。

 

きっと、伴侶になる人を見つけることができない。

 

大志が小町の事を意識していたが、仮に彼が伴侶となっても恐らく長くは持たないだろう。

 

だからこそ家族を持つことができない。

 

小町は将来きっと家族や恋人を作れずに独りで生涯を終えるだろう。

 

「ミケちゃ‥‥岬艦長もよく言っていたでしょう?『海の仲間は家族だって‥‥』 今はまだ慣れないかもしれないし、困惑するかもしれないけど、晴風のクラスメイトはきっと、貴女の良き友人になれるから!!」

 

納沙の肩をガシッと掴み、諭すシュテル。

 

「「えっ?えっ?」」

 

シュテルの豹変に肩を掴まれている納沙は兎も角、鈴も困惑していた。

 

「ふぅ~思ったよりも時間がかかっちまった‥‥航海長にはわりぃことしちまったなぁ~‥‥」

 

そこへ、柳原が戻ってきた。

 

「ん?な、なんでぃ、なんでぃ、一体何があったんだ?」

 

柳原が見たのは、真剣な表情のシュテルが納沙の肩を掴んでいる姿とそれを見て、困惑する鈴の姿だった。

 

その後、何の予定もなかった納沙は、シュテルの勧めで、シュテルと鈴の二人と共に出かけた。

彼女の交友関係がこれを機に広がってくれることを祈るシュテルだった。

 

後日、伊良子がドラマ・映画が好きだと聞いた納沙は早速、伊良子と友人になろうと自分が好きな任侠映画を見せたりと彼女なりに積極的に動いていた。

 



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95話

今回は、テレビの画面越しですが、『ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』より、栗林 志乃の妹で、テレビリポーターの栗林 菜々美がゲスト出演します。


中間テストが終わり、テスト休みとなり、シュテル、明乃、もえかの三人が図書室にて、報告書を提出するため、缶詰になっている中、晴風のクラスメイト、ヒンデンブルクのクラスメイトはテスト休みを満喫していた。

なお、シュテル、明乃以外にもあのRat事件の事後処理として、横須賀女子海洋学校、ブルーマーメイド及び国土保全委員会がラットと呼ばれる生命体が引き起こした事件の全容解明及び背後処理にあたっていた。

また、再度のパンデミックがあった場合の対策は美波が在学している海洋医大で編成された特別チームの手腕によりワクチンと対策が確立されつつあった。

 

 

そんな中、横須賀市街地にある雀荘では‥‥

 

「チー」

 

晴風の機関科のクラスメイトが麻雀をしていた。

勿論、未成年なので、お金はかけていない。

 

「うーん‥‥様子がおかしいぞぉ~‥‥」

 

駿河が自分の手牌に違和感を覚える。

 

「そりゃまぁ、おかしいでしょう‥手牌一枚足りてないし‥‥」

 

「えっ?えっとぉ~‥‥」

 

広田の指摘を受けて、駿河は自分の手牌の数を数える。

すると、手牌は全部で十二個しかなかった。

 

「ほん″とだぁ″ぁ″―――!!じゅ″-に″ま″い″しかな″い″よ″ぉ″ぉ”――――っ!!」

 

両手で頭を抱えながら手牌を一個取り忘れたことを絶叫する駿河。

 

「アホだな、お前」

 

「配牌の時、一枚取り忘れたんじゃないの~?‥‥やっとリーチね」

 

伊勢がリーチとなり、

 

「うぅ~‥‥ぽ、ポン!!」

 

駿河は邪魔ポンをするが、

 

「和了れないのに何でポンするの!?」

 

手牌が一個足りない時点で、既に駿河の負けは決まっているのに、無駄な足掻きをしたことに若狭がツッコム。

 

「ツモ。1000・2000」

 

そんな事をしている間に広田が上がりとなる。

 

「タンヤオツモドラ1…固いな~」

 

若狭が広田の上がりの手牌を見て、呟く。

 

「地味でお堅い女さ!!」

 

伊勢としたら、リーチだったのだが、一歩間に合わず、先に広田に上がられてしまい、悔しそうに言う。

 

「今度余計な事を言うと、口を縫い合わすぞ」

 

伊勢の言葉に広田はギロッと睨みながら物騒なセリフをはく。

そして、ビリだった駿河には罰ゲームが執行され、広田が駿河の額にデコピンを食らわせた。

なお、この時、他の機関科のクラスメイト‥‥機関長の柳原と機関助手の黒木は、ゴールデンウイークの時と同じく船舶のエンジン修理のバイトに出ていた。

 

機関科四人娘が麻雀をしていた雑居ビルの一階には和菓子がテナントに入っており、その和菓子屋では、伊良子と杵崎姉妹がバイトしており、あかねは和菓子を作りつつ、自身の考案したスイーツの研究もしていた。

和菓子屋でバイトしているので、和と洋の合作、甘納豆エクレアを作るも、ほまれからは、

 

「あっちゃんは攻めすぎよ」

 

と、言われた。

偶然、店に訪れた宇田と八木に試食を頼んだ時、宇田は自身が苦手とする甘納豆が入っているとは知らずにあかねが作った甘納豆エクレアを食べてしまい、一口食べた時、発作を起こしたみたいに痙攣を起こし、顔は脂汗まみれとなり、その場に倒れそうになった所を八木に抱えられ、彼女に水を飲ませてもらった。

 

西崎と立石は開店と同時に銭湯へと行き、朝風呂を堪能していた。

入浴後は瓶牛乳を飲みながら、休憩スペースにて将棋をした。

勝敗は、やはり、立石の連敗だった。

 

野間と等松、青木の三人は自然公園に居り、野間は何故か電波塔のてっぺんに居り、そこから風を一身に感じており、

電波塔の下で等松は、

 

「マッチは陸に上がっても最高!!最高よ~!!」

 

そんな野間の姿をスマホで激写していた。

ただ、手を物凄く早く動かしていたので、ちゃんと野間の姿が撮れているのか分からない。

一方、青木は写真ではなく、野間の姿をスケッチブックにスケッチしていた。

青木は、野間が主役の漫画を仕上げて夏のビッグイベントでガッポリ稼ぐつもりだった。

 

 

この世界の日本は太平洋戦争を経験しておらず、GHQの占領政策を受けていないため、華族制度がまだ存在していた。

ただ、昔と違い、華族特権は随分と減ったが、それでも各華族の家には仕来りの様なモノは残っていた。

そして、万里小路の実家である万里小路家は華族の家系であり、その家の娘である彼女は、色々とやることがあり、万里小路はテスト休みを利用して、実家に帰省していた。

 

 

晴風水雷科の松永と姫路はアミューズメント施設のボーリング場に居た。

 

「そぉ~れぇ~!!」

 

松永がボーリングの玉を投げると、見事ストライクを叩きだす。

 

「外れないね~りっちゃん」

 

「ここのレーンコンディションは把握したからねぇ~」

 

次に姫路の番となる。

左右に一つずつピンが置いてある難しい状況。

 

「ふんっ!!」

 

姫路はそんな難しい中、ボーリングの玉を投げる。

彼女が投げた玉は右のピンに当たり、弾けると、左側のピンに当たり、全てのピンを倒すことが出来た。

 

「やるね~」

 

「でしょう~」

 

難しい状況の中、反動を利用してピン全てを倒した姫路に松永は称賛の声をあげる。

ボーリングをしている水雷科の横では砲術科のクラスメイトたちが、ダーツをしていた。

 

「流石水雷員‥‥恐ろしい角度で命中させるね」

 

小笠原が先程の姫路の投擲を見て、感心する。

 

「普通、あり得ないよ。アレ‥‥」

 

日置も姫路の当て方は常人離れしていると言う。

そして、小笠原がダーツを投げると、三発全て同じ的の箇所に当たる。

 

「やっぱ、ダーツじゃあ、光ちゃんには勝てないなぁ~」

 

「次ビリヤードやろうよ。台あるみたいだし」

 

武田がこの次はビリヤードをやろうと提案する。

 

「ここ輪投げないの?」

 

日置はこの施設に輪投げはないのかと言う。

どうやら、ダーツの成績は彼女がビリだったみたいだ。

 

「ないよね、普通」

 

「逆にあるとこ教えてほしいわ」

 

縁日じゃない限り、輪投げはアミューズメント施設には置いてはいない。

 

「うぅ~輪投げがないんじゃあ、陸にいるより船の方が楽しいかも」

 

どんだけ、彼女は輪投げが好きなのだろうか?

 

 

晴風応急員の和住は朝から横須賀市街地を走っていた。

そして、視線の先にある自販機の所で青木の姿を見つけた。

彼女はあの自然公園に居た後、野間、等松の二人と別れたのだろう。

 

「おっ?あれは‥‥おーい、モモー!!」

 

青木の姿を見つけた和住は彼女に声をかける。

 

「あぁ、ヒメちゃんお疲れっス」

 

「おっすー。何しているの?」

 

「創作意欲を刺激するものを求めて‥‥まぁ、散歩っスね。ヒメちゃんはランニングっスか?」

 

「うーん‥‥長いこと艦の上だったから、ちょっとね‥‥太った‥‥」

 

「あはは‥‥みんな言っているっスね」

 

和住は予定よりも長い実習で長いこと海上生活で運動不足が祟って、女子の悩み‥‥体重が増えたのだ。

その為、こうしてランニングをして減量を図っていたのだ。

青木の発言から、和住以外にも体重が増えているクラスメイトが他にも居るみたいだ。

 

「モモはどうなのさ?」

 

和住は、青木は太っていないのかと訊ねると、

 

「私は艦でも陸でも大して行動範囲は変わらないっスから」

 

「このインドア派めぇ~‥‥」

 

青木は艦でも陸でもちゃんと体重管理が出来ているので、太っていないとのことだ。

 

「おや?あそこにいるのは美波さんとドイツ艦の医務長さんじゃないっスか?」

 

「えっ?あっ、本当だ!!」

 

二人の視線の先にはセグウェイミニに乗った美波とウルスラの姿があった。

ウルスラは、あのネズミの資料の制作と美波と共にワクチン開発に携わったことで、現在、美波の助手のような立場で、時間がある時は美波と共に海洋医大の研究室に詰めていた。

 

「おーい!!美波さん!!ウルスラさん!!」

 

和住と青木は美波とウルスラに手を振る。

声をかけられた美波とウルスラは二人に気づき手を振るが、二人の手前にある路地へと入る。

 

「なぜ逃げる!?」

 

「ネタのにおいがするっス!!」

 

「なんだ?」

 

「えっと‥‥何かご用でしょうか?」

 

和住と青木は美波とウルスラの二人を確保した。

 

「いや‥別に‥‥」

 

「何か用があった訳じゃあ‥‥」

 

「なら?何故、こうなる?」

 

「いや、二人が逃げるからつい‥‥」

 

「いえ、私たちは元々、こっちの方に用があったんで‥‥」

 

「お二人も散歩っスか?」

 

「いえ、ちょっとした所用で外に出ていました」

 

「これから、研究室に戻る所だ」

 

「お二人は艦を降りても色々と忙しそうっスね」

 

「せっかく、会ったんだし、どこかでお茶でもしていかない?」

 

和住はこうして、出会ったわけなのだし、どこかでお茶でも飲んで行かないかと誘う。

 

「いや、今忙しいって言ったじゃないっスか」

 

先程、美波が 『この後、研究室に戻る』 と言ったばかりなのに、二人をお茶に誘う和住に青木がツッコム。

 

「いや、それぐらいなら問題ない」

 

「今日は少し余裕がありますからね」

 

「やったー!!」

 

「それならいいッスけど‥‥」

 

今日は忙しいと言いつつも、多少時間は余裕があるのでこの後、和住と一緒にお茶をするくらいの時間はあると言う。

それを聞いて、喜ぶ和住。

 

「それじゃあ早速‥‥っと、その前にシャワー浴びたいかも‥‥」

 

さっきまでランニングをしていた和住は汗臭いので、シャワーを浴びたいと言う。

 

「もぉ~自分から提案したのにそりゃないっス」

 

出鼻をくじかれたことに青木が冷ややかな目で和住を見る。

 

「じゃあ、私たちは先に店に入って待っているっス」

 

青木は和住がシャワーを浴びている間、先に店に入って待っていると言うが、

 

「うーん‥‥あっ、いや、待てよ‥‥みんなでお風呂に入ればいいんじゃない!?」

 

和住はみんなで銭湯に行こうと提案する。

 

「「「は?」」」

 

和住の提案に面を食らう三人。

 

「いや、ほら話はお風呂屋さんでもできるし…汗も流せて一石二鳥じゃない?」

 

「こちらには二鳥はないが‥‥?」

 

「お茶が消えている分、マイナスな気がするっス」

 

美波と青木は和住の提案に消極的であるが、

 

「銭湯‥‥いいですね。行ってみたいです」

 

しかし、ウルスラは日本の銭湯に興味があるのか行きたいと言う。

 

「ほら、ドイツ艦の医務長さんは行きたいって言っているし」

 

「うーむ‥‥まぁ、それで応急長の気が済むなら、付き合うのも吝かではない‥‥」

 

「ほんとに!?」

 

「此処に居ても時間の無駄だしな」

 

「やったー!!」

 

「ヒメちゃん、良かったっスね」

 

「モモも行くでしょう?」

 

「もちろんっス、これをネタに漫画を描いてイベントで販売するっス!!」

 

「いや、それはやめて」

 

「冗談っスよ」

 

(ホントかな?)

 

和住は本当に青木が言っている事が冗談なのか不安になった。

こうして四人は銭湯に向かった。

 

 

銭湯の番台で入浴料金を払う。

なお、財布を持っていなかった美波とウルスラの料金は和住が払い、青木は自腹だった。

 

脱衣所にて、青木と和住は普段の入浴と同じく、服を脱ぐ。

しかし、美波とウルスラはなかなか服を脱ごうとしない。

 

「あれ?みなみちゃん脱がないの?」

 

和住はなかなか服を脱がない美波に服を脱がないのかと訊ねる。

 

「じっと見るな。服が脱ぎにくい」

 

「あっ、そっか、ゴメン、ゴメン」

 

美波は服を脱がない理由を和住に話す。

そして、ウルスラの方は‥‥

 

「あ、あの‥‥」

 

「あっ、私の事は気にしなくていいっス」

 

青木は既に服を脱いでおり、身体にバスタオルを巻いている状態で、

 

「えっ?でも‥‥」

 

青木はウルスラの事をジッと見ていた。

青木はミーナが晴風に居た時、ミーナと一緒にお風呂に入る機会がなかったことから、外人の身体というモノに興味があったのだ。

 

「ほら、モモ。ドイツ艦の医務長さんも困っているから‥‥」

 

和住は青木の背中を押して、浴室へと向かう。

 

「じゃあ、私たち先に行っているっス」

 

「二人とも、早く来てねー」

 

「承知」

 

「ええ‥‥」

 

二人はそのまま浴室へと入っていく。

 

「「‥‥」」

 

(このまま帰ってもいい気がしてきた‥‥)

 

美波はこのまま服を脱ぐことなく、研究室に戻ってもいい気がしてきたが、助手のウルスラは銭湯に入りたがっているのみたいなので、帰るのは止めて、風呂に入ることにした。

 

「あっ、こっち、こっち」

 

美波とウルスラに気づいた和住が声をかける。

 

「みなみちゃん、背中を洗ってあげる」

 

和住は美波の背中を洗ってあげると誘う。

 

「じゃあ、私は医務長さんの背中を洗ってあげるっス」

 

「自分で出来る」

 

「わ、私も‥‥」

 

和住と青木は美波とウルスラの背中を洗ってあげると言うが、二人は自分で洗えると言う。

 

「まぁ、まぁ、折角一緒に入っているんだし」

 

「そうっスよ。日本の言葉に『裸の付き合い』って言葉もあるッスよ」

 

そう言って、和住は美波の背中を、青木はウルスラの背中を洗う。

 

「痒い所はないですか~」

 

「皆無」

 

「医務長さん白くて、綺麗な肌っスね‥‥」

 

「えっ?そう?」

 

「はい。やっぱ、外国の人は、私たち日本人とは一味違うっスねぇ~」

 

青木がウルスラの背中を洗い終え、ふと隣の美波と和住を見ると、

 

「ふむ‥‥こうしてみると、二人ともどことなく似ているっスね~‥‥なんだか本当の姉妹みたいッス」

 

「モモ‥‥眼鏡外しているでしょう?」

 

髪の毛を下ろしている和住と美波が似ていると言う青木だが、和住は眼鏡を外しているので、よく見えていないだけだろうと言う。

 

「いやいや、みなみちゃんはまだ成長期だから可能性があるけど‥‥ヒメちゃんは年上としてどうにかならなかったっスか?」

 

「うるさいよ!!」

 

青木は和住の胸の無さを指摘してきた。

 

「‥‥」

 

ウルスラも自分の胸を見る。

彼女の胸もクリスや姉同様、慎ましい方である。

 

「くっ‥‥」

 

ユーリやミーナの胸を思い出し、人知れず顔を歪めるウルスラだった。

 

髪と身体を洗い終えた四人は、湯船に入る。

湯船に入っていると、

 

「そういえば、みなみさんに聞いてみたいことがあったスよ」

 

「?」

 

青木が美波に話しかける。

 

「みなみさんは何で晴風に乗ることになったっスか?」

 

青木は大学に飛び級している美波が何故、高校の学生艦に乗艦したのかを訊ねる。

 

「あぁ~私もそれは気になっていた。自分で言うのもなんだけど、晴風クラスって他の艦のクラスに比べると優秀とは言えないじゃん。みなみちゃんなら、もっと上のクラスかと思っていたから‥‥」

 

実際に飛び級して大学に通っているぐらいの秀才なのだから、晴風よりも、もっと上のクラスに配属されていてもおかしくはなかった。

 

「ふむ、私が艦に乗ったのは海洋実習の単位が必要だったからだ。他の者とは目的が違う。単位がもらえるなら、イカダでもよかった」

 

美波は確かに飛び級した秀才であったが、中学も高校もショートカットしたので、海洋実習を経験しておらず、海洋実習の単位を取得していなかったので、今回、横須賀女子の新入生の海洋実習の単位を獲得するため、一時的に横須賀女子へ出向という形で、晴風に乗艦したのだ。

 

「「「‥‥」」」

 

「‥‥とにかく、晴風に乗ったのは偶然だ」

 

(あっ、今の冗談だったスね)

 

(みなみさんが言うと、冗談に聞こえない)

 

「そうだったんだー」

 

青木は『イカダでもよかった』と言う例えは美波なりの冗談だと思った。

しかし、和住は冗談に聞こえなかった。

 

「でも、みなみちゃんが乗っていたから今回の事件も解決したみたいだし、不幸中の幸いってやつかなー」

 

「そうっスね」

 

「私もそう思います。まさか、あの場でミナミさんと出会えるとは思ってもみませんでしたから、少なくともイカダよりは良かったんじゃないですか?」

 

「‥‥否定はしない‥‥私も、晴風に乗れてよかった‥とは思っている」

 

「みなみちゃんがデレた」

 

「これは中々レアっスね」

 

「ミナミさんの意外な一面を見れました」

 

「も、もう上がるぞ」

 

美波は照れ隠しで湯船から出ていく。

 

脱衣所にて、和住が美波の髪の毛をドライヤーで髪を乾かし、

 

「みなみちゃん、コーヒー牛乳でよかった?」

 

「うむ、感謝する」

 

美波にコーヒー牛乳を渡し、和住自身は瓶牛乳を腰に手を当てて飲む。

 

「ぷはぁ――――っ!お風呂上りはこれで、決まりでぃ!」

 

「マロンちゃんみたいっスね」

 

和住の言動が柳原と被って見えた。

 

美波は両手でコーヒー牛乳の瓶を持ち、チビチビとコーヒー牛乳を飲む。

 

「ん?なんだ?」

 

その様子を和住がジッと見ている。

 

「天才はお風呂上りの牛乳も腰に手を当てずに飲むんだなぁ~‥‥」

 

「なんでもかんでも天才に結び付けるのはどうかと思うっス」

 

和住の言葉にツッコム青木だった。

 

 

夕方、横須賀のどぶ板通りにあるレストランにて、晴風の航海科メンバー、鈴、内田、勝田、山下が夕食をとっていた。

航海科メンバーは横須賀カレーを食べながら楽しそうに談笑している。

 

「そう言えば、ドイツ艦の砲雷長さんの声って航海長とそっくりだよね」

 

「あぁ、赤道祭で初めて会ったけど、ホントそっくりでビックリした」

 

山下と内田が鈴とユーリの声がそっくりだと言う話題を出した。

 

「知床さんも驚いたんじゃない?」

 

勝田が鈴自身に聞いてみる。

 

「う、うん。事前に碇艦長から聞いていたけど、実際に会って私もビックリした」

 

航海科メンバーが鈴とユーリの声が似ている事を話題にしていると、

 

「最近、シュテルン、付き合いが悪くない?」

 

店の出入り口から鈴の声がしてきた。

航海科のメンバーがギョッとして店の出入り口を見ると、件のユーリとクリスが入ってきた。

 

「まぁ、まぁ、シュテルンも艦長としての立場から何かと忙しいみたいだし‥‥」

 

「でも、夜は寮に戻っているわけだし、ちょっと、話ぐらいは出来る筈じゃん」

 

クリスがユーリを宥めるも、最近、シュテル一緒の時間が取れないことに愚痴っている。

 

「ホントに、鈴ちゃんの声だね」

 

「う、うん‥‥」

 

改めて生のユーリの声を聞いて、益々鈴とユーリの声が似ていると思った。

 

「およ?そこに居るのは‥‥」

 

すると、二人は航海科メンバーに気づいた。

 

「みなさんも夕食?」

 

「は、はい」

 

「そうです」

 

「あっ、もし、よろしければ、一緒にどうです?」

 

内田がクリスとユーリを同じテーブルに誘う。

 

「えっ?いいの?」

 

「はい、私たちも色々とお話をしたいですから」

 

「それじゃあ、失礼して‥‥」

 

クリスとユーリは、航海科メンバーと相席させてもらった。

メニュー表を見て、クリスは無難に航海科メンバーと同じ横須賀カレーを頼み、ユーリは、

 

「えっと、このホット激辛スペシャルカレーを下さい」

 

「「「「えっ?」」」」

 

航海科メンバーは、ユーリが注文したカレーを聞いて唖然とする。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「なんか、聞いた話ですけど、そのカレー、マジでヤバいぐらい辛いみたいですよ」

 

「まぁ、ユーリなら、大丈夫じゃない?」

 

鈴と勝田は食べられるのかと心配するが、クリスは大丈夫じゃないかと楽観視していた。

やがて、ユーリが注文したカレーがくる。

 

「うわぁ、湯気だけでも目が痛い」

 

「辛いと言うよりも怖いぞな」

 

「ルゥーも普通のカレーの色じゃなくて、真っ赤っかだし‥‥」

 

「本当に大丈夫なんですか?」

 

航海科メンバーの心配を他所にユーリはスプーンにカレーを掬うとそれを口に運ぶ。

四人はドキドキしながらユーリの反応を伺うが、彼女は平然とした様子で二杯目を口に運ぶ。

 

「あ、あれ?なんか平気そう‥‥」

 

「噂は間違っていたのかな?」

 

「食べてみるかい?」

 

ユーリは、四人の一口食べてみるかと訊ねる。

四人はユーリが平然とした様子で食べている事と興味本位から一口分けてもらう。

 

パクっ×4

 

ユーリから分けてもらったカレーを食べる四人。

すると、カレーを口に運んだ姿勢から無言になる四人。

顔はみるみるうちに真っ赤になり、

 

「「「「うぎゃぁぁぁぁー!!」」」」

 

漫画・アニメならば口から火を吹いているかのようなリアクションをとる。

そして、コップに入っていた水を飲み干すも、それでは全然足りない為、店の人にお冷の追加を頼んだ。

 

「大げさだなぁ~」

 

カレーの辛さに四人が苦しんでいる間もユーリは平然とした様子でカレーを食べていた。

 

((((な、なんでこの人は平気なんだろう?))))

 

四人は平然とした様子でカレーを食べているユーリを見て、そう思った。

 

舌のビリビリするような刺激を大量の水で冷やすも、舌が痺れて残りの自分たちのカレーの味がわからないまま、航海科メンバーの夕食が終わる。

 

舌の調子が悪いのでデザートのアイスを頼み待っていると、店にあるテレビではニュース番組を映していた。

 

『では、中継が繋がっているので、現地に繋いでみましょう。現場の栗林さん』

 

画面はスタジオから中継現場へと繋がる。

 

『あーあーあえいうえおあお‥‥』

 

すると、中継が繋がっているのに、リポーターは中継せず、発声練習をしている。

 

『栗林さん?栗林さん?』

 

『えっ?あっ、は、はい!!栗林の現場です!!あっ、違った!!現場の栗林です!!』

 

中継が繋がっているのを知らず発生練習をしていた中、中継が繋がっていることを知り、テンパっていたのか、セリフを間違えるリポーター。

 

「この栗林って人もなんか二人と声が似ているよね?」

 

「えっ?そうかな?」

 

「似ているかな?」

 

ユーリと鈴はそんなに自分とテレビ画面に映るリポーターの声が似ているか?と首を傾げる。

 

「でも、なんか親近感があるなぁ~」

 

しかし、鈴は画面の中でオロオロしながらも中継しているリポーターに親近感が湧く。

不器用ながらも必死に仕事をしている姿勢には共感できるのだ。

明乃やシュテル、そして晴風のクラスメイトたちと出会い、あの航海を体験し、鈴自身も精神面で入学当時と比べると成長していたのだった。

 

そして、デザートのアイスが来たのだが、デザートでもユーリは晴風の航海科メンバーの度肝を抜く注文をして、バケツパフェなる巨大な容器にアイス、クリーム、フルーツ、ウェハースがてんこ盛りになっているパフェを頼み、それを食べていた。

 

「あ、あれだけ食べてよく太らないなぁ~」

 

鈴はバケツパフェを食べているユーリの体重に疑問を感じていた。

 

「ええ、それが不思議なのよねぇ~体内に入ると、縮小されて養分、全部があの胸に蓄積されているんじゃないの?」

 

そこを、クリスが補うかのようにユーリは不思議といくら食べても太らないことを鈴に教える。

ただ、ユーリの胸に関して発言しているとき、クリスの顔は歪んでいた。

 

「航海長も隠れ巨乳だから、ドイツ艦の砲雷長さんみたいにいけるかもよ」

 

山下が冗談半分に鈴もバケツパフェを完食できるのではないかと言うと、

 

「貴女もか!?」

 

「ぴぎゃっ!?」

 

鈴が隠れ巨乳だと知り、クリスは思わず、鬼のような形相で鈴を睨んだ。

クリスの鬼のような形相に前に鈴は当然、涙目となった。

 

胸に関する話でクリスの機嫌が一時、著しく悪くなったが、その後はそれぞれの艦の出来事やクラスメイトの話で盛り上がったメンバーたちであった。

航海科メンバーも一個上ということで、あまり交流のない留学生組とのこの時間を楽しく過ごすことができた。

 




OVAでは、晴風航海科メンバーは、どぶ板通りのレストランで夕食を摂る際、晴風クラスが解散するかもしれないと言うことから、お通夜の様な雰囲気でしたが、この作品の世界では、晴風は沈没していないので、和気藹々とした空気となっております。


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96話

 

中間テストのテスト休みが明け、やっと平和な日常が戻った六月の某日‥‥

 

横須賀女子に所属する大型直接教育艦、駿河‥‥

 

横須賀女子でも、入学試験で上位の成績を出した者が配属される大型直接教育艦であり、真白の姉二人も学生時代はこの艦の艦長を務めていた。

史実では、ワシントン軍縮条約にて、幻となった日本海軍の八八艦隊計画にて、建造計画された艦であり、本来ならば、紀伊型戦艦となる筈が、紀伊と言う艦名は大和型の四番艦に与えられた為、艦名が繰り上げとなり、この世界では尾張級戦艦に分類されている。

 

その駿河クラスに所属する三人の女子高生たち‥‥給養員の小林亜依子(通称:アリス) 航海員の吉田親子(通称:チカ) 応急員の角田夏美 (通称:なっち)‥‥

彼女たちは今、共通の悩みを抱いていた。

三人の女子高生たちの視線の先には同じ駿河のクラスメイトであり、駿河艦長の知名もえかの姿があった。

 

(((最近、艦長があんまりかまってくれない‥‥)))

 

三人の共通の悩み‥‥

それは、もえかが、自分たち駿河のクラスメイトたちとはあまり交流してくれないと言うモノだった。

あの実習で、事件に巻き込まれ、ヒンデンブルクに救助された後、横須賀に戻ると、クラスメイトたちは検査入院し、退院後はゴールデンウイーク、中間テスト、テスト休みが重なり、駿河クラスの生徒たちは互いに交流の機会がなかなか恵まれなかった。

しかもテスト休みの中、普通の生徒は休日なのに、もえかはわざわざ休みの日なのに学校へと向かい、報告書を書いていた。

しかし、彼女は短い期間で報告書を終えていた。

自分の報告書が終わったにもかかわらず、もえかは、その後も学校へと通い、報告書の作成に悪戦苦闘している明乃を手伝っていた。

そんな、もえかの姿を見せられては、 『晴風の艦長のことなんて放っておいて、私たちとテスト休みを過ごしましょう』 なんて言えない。

 

そして、ようやくテスト休みが明け、明乃は報告書から解放されたのだから、交流の機会は取れそうなのだが、肝心のもえか本人が、やはり、同じクラスメイトの自分たちよりも明乃やシュテルと一緒に居る時間が多い。

海洋実習中は同じ艦に居るのだから、交流の時間はあるのだろうが、現在、駿河はヒンデンブルクとの戦闘で損傷し、ヒンデンブルク共々ドック入りしている。

それに今学期は新入生たちの海洋実習の予定は入っていない。

座学もあの事件のせいで、遅れが生じている事も影響している。

例え、海に出ていなくても、テストもテスト休みも開けたので、次の行事までの間に何とかクラスメイト同士の交流の機会を設けたかった‥‥

 

それが三人の共通の思いであり、悩みであった。

 

「艦長、時間があると、晴風の艦長かドイツ艦の艦長の所に行っちゃうしなぁ~」

 

「仲いいよねぇ~艦長とあの二人‥‥」

 

「子供の頃からの付き合いみたいだし‥‥」

 

「だけど、艦長はウチ等の艦長なんだから、もっと私たちの時間も大切にしてほしいわ!!」

 

小林は三人の中でも一番、もえかとの交流に飢えているみたいだ。

 

「こうなったら、こっちから行くわよ!!」

 

もえかが明乃やシュテルの所に行ってしまうなら、こっちからもえかの下に向かえばいい。

小林がもえかの下へと向かおうとする。

 

「行ってどうするの?」

 

角田がもえかを追いかけてどうするのかを訊ねる。

 

「好きな食べ物とか、将来の夢とか?何か色々話すことあるじゃない!!」

 

何とかもえかと交流しようと努力する小林。

 

「もう少し、楽しい話題を用意してから言った方がいいかもね」

 

角田と吉田は話題を用意してから行こうと言う。

 

「さて‥‥話している間に見失ってしまったわね」

 

三人でもえかと話す為の話題を用意している間に肝心のもえかを見失ってしまった。

 

「どこに行ったのかしら?」

 

「図書室かな?晴風の艦長とドイツ艦の艦長が、報告書の提出を求められているって艦長が言っていたし‥‥」

 

そこで、三人は図書室へと向かうが、そこにもえかの姿はなかった。

 

「いない‥‥」

 

「書類仕事ならここかと思ったんだけど‥‥」

 

図書室以外、もえかの居場所に心当たりがない。

 

そこへ、

 

「おや?」

 

三人は後ろから声をかけられた。

ただ、吉田が『おや』と言う単語に反応して、

 

「親子(おやこ)じゃありません!!親子(ちかこ)です!!」

 

「うわっ、な、な、何だ!?いきなり!?」

 

三人に声をかけたのは真白だった。

 

「あ、貴女は‥‥」

 

「晴風の副長さん‥‥?」

 

「ねぇ、晴風の副長さん」

 

「ん?な、なんでしょう?」

 

「晴風の艦長さんか、ウチの艦長知らない?」

 

「図書室に居ると思って来たんだけど、居なくて‥‥」

 

三人はもえかならば、きっと明乃と一緒に居るだろうと思い、明乃かもえかの居場所を真白に訊ねる。

 

「書類仕事は先日終わったって聞いたからな‥‥私たちの艦長から、知名艦長には随分と助けられたと言っていた。知名艦長は何でも出来て凄いな」

 

もえかに真霜の姿を垣間見る真白。

 

「あぁ~分かります。あの人、完璧超人ですからねー」

 

仕事を手伝おうとしても‥‥

 

「あっ、艦長、何か手伝いましょうか?」

 

「ありがとう。でも、大丈夫だよ。すぐに終わるから」

 

判断も的確で早い‥‥

 

「それに‥‥何でも美味しいって言うしね」

 

「あぁ~そう言えば、あの事件の食事の時、いつも言っていたね。ただの缶詰めだったのに~」

 

「あれは私たちを励ますために言っていたんじゃあ‥‥」

 

あの事件の最中、艦橋に立て籠もっている間、もえかたちは、缶詰め、乾パンの保存食を食べていた。

そんな食生活をヒンデンブルクが救助するまで約一週間の間、続けていた。

晴風では同じくあの実習で、水不足となった時、缶詰め、乾パン生活となった時、三日目で、不満が上がった。

しかし、もえかは一週間の間、不満も言わず、むしろ、『美味しい』と言って缶詰め、乾パンの食生活を続けていた。

確かに士気を保つため、吉田の言う通り、励ましの言葉だったのかもしれないが、元々もえかは母子家庭で、小学校時代は施設生活を経験してきたもえかは悪食とは言わないが、食事について基本的に好き嫌いは無く食べる。

 

「そ、そんな話は置いといて、ウチの艦長がどこにいるのか分かりませんか?多分、晴風の艦長と一緒に居ると思うのですが‥‥?」

 

「しかし、書類仕事は終わっているから、二人が一緒に居るとは限らないのではないか‥‥?」

 

真白はいくらあの二人が仲良くても四六時中、ずっと一緒に居るとは限らないのではないかと言うが、

 

「限らない‥‥? (¬_¬) 」

 

「本当に? (¬ω¬) 」

 

小林と吉田がジト目で真白に、本当に明乃ともえかは一緒に居ないのかと真白に訊ねてくると、

 

「い、いや‥‥あの二人なら、ほぼ確実に‥‥」

 

小林と吉田のジト目で見られ、自信を無くす真白。

 

「あっ、そう言えば‥‥」

 

此処で、真白が何かを思い出した。

 

「知名艦長から何か相談があるとか言っていたような‥‥」

 

もえかが明乃に何か相談事があるようだった事を思い出す。

 

「それだっ!!もう、相談なら、同じ艦の私たちに言ってくれれば良いのに‥‥」

 

「私たちじゃあ、まだそう言う相手にはなれないのかな‥‥?」

 

自分たちではまだ、もえかと交流時間が少ないので、信頼関係が出来ていないから、もえかが何かに悩んでいても相談相手に認識されていないのだろうか?

いや、例え明乃と比べると交流時間が短くとも、四人であの過酷な一週間を乗り切ったのだから、信頼関係はもう築かれている筈だ。

 

「‥‥うちの艦長は、よく、『海の仲間は家族』だと言う。‥‥まるで口調の様に‥‥晴風のみんなは家族だと言っていた‥‥それは昔、知名艦長から教わった言葉だと言っていた。きっと、知名艦長も同じようにクラスメイトたちを家族だと思っている筈なのではないだろうか?」

 

真白が三人にアドバイスを送る。

 

しかし、

 

「じゃあ、家族に言えない相談ってなに?」

 

実際に三人はもえかから相談事を打ち明けられていない。

艦の仲間が家族であるならば、その家族にも言えない相談事は一体何なのだろうか?

 

恋愛関係だろうか?

 

それとも、もえかの実家関係だろうか?

 

秀才のもえかの事だから、少なくとも勉強面、成績面の事ではないだろう。

 

では、もえかの相談事とは一体何だろうか?

 

「そ、それは色々あるだろう。私も姉さんたちに言いにくいあれやこれやとか‥‥」

 

真白自身も家族である姉二人にも言えないことはあるらしい。

 

「私も小さい頃、食事が魚料理ばっかりだった時、洋食が良いって、ちょっと言いにくかったし‥‥」

 

「それはつまり、私たち主計科のメニューに不満が!?」

 

角田が昔の食生活の中で、和食、魚料理は食べ飽きているので、あまり好きではないことを暴露すると、駿河の台所を担当している小林は、自分たち主計科が考えている献立メニューに不満があるのかとツッコミを入れる。

 

「それで結局、艦長はどこで何をしているのか‥‥?」

 

話が脱線し、肝心のもえかの居場所が分からない。

 

その時、

 

「私がどうかした?」

 

捜していたもえか本人が明乃と一緒に居た。

 

「艦長見つけた!!」

 

小林はもえかを確保するかのように、もえかに抱き着く。

 

「早速ですけど、好きな食べ物は!?」

 

「えっ?ハヤシライスかな?」

 

そして、テンパっていたのか、小林はもえかの好物を訊ね、もえかは素直に自分の好物を答える。

 

「ほんとうに聞くんだ‥‥」

 

「会話と言うか、インタビューだね」

 

まさか、小林が本当にもえかに好きな食べ物を聞くとは思っていなかったのか、吉田と角田は苦笑している。

 

「それより、ちょうど良かった。みんなに話があったの。今度、クラスのみんなで親睦会を開こうと思っているんだけど‥‥」

 

「親睦会?」

 

「うん、本当は最初の海洋実習で、ちょっとしたことでも出来ればって思っていたんだけど、あんなことになっちゃって、ちゃんと打ち解ける機会が失われちゃったじゃない?だから、改めて次の海洋実習前にそう言う機会を設けたくて」

 

「それで親睦会ですか‥‥?」

 

「私は良いと思う!!」

 

「そうね、元々私たちの目的もそうだし」

 

「目的?」

 

「私たちも艦長ともっとお話をしようと思って艦長を探していたんです。艦長すぐに晴風の艦長かドイツ艦の艦長の所に行ってしまうので‥‥」

 

「そうだったの?ごめんね。‥‥それじゃあ、予定や内容について話そうか?ミケちゃん、またね、色々ありがとう」

 

もえかは明乃に一言声をかけ、三人と共にその場から去る。

 

「うん、またねー」

 

明乃も手を振ってもえかを見送った。

 

「親睦会か‥‥ねぇ、シロちゃん。私たちも親睦会やろうか!?」

 

もえかたちの話を聞いて、明乃は自分たち晴風クラスでも親睦会をやろうかと提案するが、

 

「私たちはもういいですよ」

 

晴風クラスは親睦会を態々開かずとも、晴風クラスは十分に親睦を深めていると思っている真白だった。

 

 

 

 

シュテルが学校にある食堂のテラス席の近くを歩いていると、

 

「「「「うーん‥‥」」」」

 

テーブルにもえか、小林、角田、吉田の四人が何やら悩んでいる様子だった。

 

「おーい、もかちゃん!!」

 

「あっ、シューちゃん」

 

シュテルの声に気づき、もえかはシュテルに手を振る。

 

「おや?みんなでお茶会?」

 

シュテルはもえかと同じクラスメイトが集まっているのを見て、お茶会でもしているのかと思った。

そして、シュテルが発した『おや?』と言う言葉に、

 

「親子(おやこ)じゃありません!!親子(ちかこ)です!!」

 

と、吉田が過敏に反応した。

 

「うわっ!?えっ?えっ?な、なに?」

 

「あぁ~気にしないでください。癖みたいなものなので‥‥」

 

吉田の大声にビックリしたシュテルに角田がフォローを入れる。

『おや』って単語を聞くだけで、過敏に反応するなんて、彼女はどうも、自分の名前に何らかのコンプレックスを持っているみたいだ。

 

「は、はぁ‥‥それで、どうしたの?」

 

「実は今度、私たちのクラスで親睦会をやろうと思っているんだけど、なかなかその内容が決まらなくて‥‥」

 

「へぇ~親睦会か‥‥」

 

(私らの場合は、交換留学でヴイルヘルムスハーフェン校に行った時の交流会が、ある意味では親睦会になったなぁ~‥‥)

 

ヒンデンブルクの場合、交換留学でヴイルヘルムスハーフェン校に行き、そこで行われたダートマス校との親善試合後の交流会がヒンデンブルクの親睦会になった。

 

「それで、どんな感じにしたいの?」

 

シュテルはもえかのクラスの親睦会のビジョンを訊ねる。

 

「うーん‥‥折角だから、クラスみんなで出来ることがいいかな?」

 

「ついでに、食事の機会も設けたいです‥‥」

 

「ほうほう、なるほど‥‥うーん‥‥」

 

もえかのクラスでの親睦会の内容を一緒に考えるシュテル。

 

「あっ、そう言えば、もかちゃんって確か出身が長野だったよね?」

 

「うん、そうだよ」

 

「だったら、蕎麦打ちって出来る?」

 

長野は日本でも有数の蕎麦の生産地であり、地元民は大抵蕎麦打ちを家や学校で習っている。

 

「えっ?蕎麦打ち?うん、出来るよ。長野に居た時は、学校や町内のイベントでよくやっていたし‥‥」

 

長野生まれで、施設時代を除いて長野で育ったもえかも蕎麦打ちは出来るらしい。

 

「蕎麦打ちなら、みんなで出来るし、打った蕎麦をみんなで食べることも出来るから、どうかな?分からない所は、もかちゃんがレクチャーしてあげれば、自然とクラスメイトとの交流や会話も増えるだろうし‥‥」

 

その為、シュテルは、もえかたちのクラスの親睦会に蕎麦打ちをしてはどうかと提案した。

 

「おぉ、なるほど!!蕎麦打ちか‥‥その手があったね!!お蕎麦の材料や必要な道具は長野の家に言えば、すぐに送ってくれるだろうし、みんなはどうかな?」

 

「いいですね!!」

 

「やってみましょう!!」

 

「蕎麦打ちは主計科としてもいい経験になりますしね」

 

もえかは、シュテルの提案である蕎麦打ちで親睦を深めようと言うことになった。

 

 

 

 

シュテルがもえかのクラスの親睦会について相談を受けている時、食堂の中では‥‥

 

 

「レターナ、なんじゃ?その真っ赤な揚げ物は?」

 

食堂の一席にはテア、ミーナ、レターナの三人が居た。

そして、レターナは中身が真っ赤なコロッケを食べていた。

 

「ん?これ?食堂で売っていた『爆熱ゴッド激辛コロッケ』ってヤツだ。ミーナもどうだ?」

 

レターナはミーナに激辛コロッケを勧めてくる。

 

「い、いや、ワシはいらん‥‥それにしても相変わらず、お主は辛い物が好きだな」

 

高校に入ってから、初めての航海でヴイルヘルムスハーフェン校が所有する海上フロート基地での航海にて、レターナはミーナに激辛ブルストを勧め、二人で食べたのだが、その後ミーナはお腹を壊した。

しかし、激辛ブルストをミーナに勧めてきたレターナ本人はお腹を壊すこともなく平然としていた。

だが、ここでお腹を壊すことで、ミーナはヴイルヘルムスハーフェン校校長の無茶苦茶な課題を知ることが出来た。

 

「艦長もどうです?」

 

すると、レターナはテアに激辛コロッケを勧めた。

 

「おい、レターナ、艦長になんてものを勧めるんだ!?」

 

「うーむ、私は辛いのはちょっと‥‥」

 

テアは辛い物はちょっと‥‥と、遠慮している。

 

「でも、鷹の爪もふんだんに使われているみたいですよ」

 

「鷹の爪?」

 

「なんか、珍しい調味料みたいですよ」

 

「そ、そうなのか‥‥じゃ、じゃあ、一口だけ‥‥」

 

日本に来て風呂文化や寿司など、これまでドイツでは未体験なモノが日本には溢れており、どれも素晴らしいものだった。

なので、鷹の爪と呼ばれる調味料もきっと美味しいものに違いない。

テアはそう思って、レターナからコロッケを食べさせてもらう。

 

「じゃあ、艦長、あーん」

 

「パクッ‥‥モグモグ‥‥っ!?」

 

一口食べた瞬間、テアの舌に燃えるような感覚とビリビリするような刺激が襲う。

 

「くぁwせdrftgyふじこlp!!」

 

食堂にテアの悲鳴が木霊した。

 

テラス席でもえかのクラスの親睦会の内容の相談を受けていたシュテル。

親睦会の内容が決まったみたいなので、移動しようとした時、

 

「くぁwせdrftgyふじこlp!!」

 

「えっ?今のテアの悲鳴?」

 

食堂の中から、テアの悲鳴が聞こえた。

急いで食堂に行ってみると、テアが口元を抑えながら悶えていた。

 

「い、一体何があったの!?」

 

ミーナに何故、テアが悶えているのかを聞くと、

 

「そ、それが激辛コロッケを食べてしまって‥‥」

 

話を聞くと、辛い物が苦手なのに、激辛コロッケを食べて悶えているのだと言う。

 

「と、とりあえず、水をもらってくるから!!」

 

シュテルは急ぎ冷水機から水をコップに入れて、水をテアに飲ませる。

 

「ゴクッ‥‥ゴクッ‥‥はぁ~‥‥死ぬかと思った」

 

「まったく、お主は何て物を艦長に食べさせるんだ!?」

 

ミーナはテアに激辛コロッケを食べさせたレターナを叱る。

すると、

 

「ヒック‥‥ヒック‥‥あれ?」

 

「テア、しゃっくりが出ている」

 

「ヒック‥‥ヒック‥‥」

 

「きっと、辛い物を食べたせいかも‥‥」

 

「そ、そうなのか?ヒック‥‥ヒック‥‥ど、どうしよ‥‥ヒック‥‥ヒック‥‥」

 

「とりあえず、水を大量に飲んでみるとか?」

 

しゃっくりの治し方の定番、『水を沢山飲む』を試してみた。

 

「ゴクッ‥‥ゴクッ‥‥ゴクッ‥‥ゴクッ‥‥」

 

「どう?」

 

「治った?」

 

「んー‥‥ヒック‥‥ヒック‥‥」

 

「ダメか‥‥」

 

「そう言えば、しゃっくりを100回すると死ぬって聞いたことがあるな‥‥」

 

「なにっ!?それは本当か!?」

 

レターナが聞いたことのある噂に過剰に反応するミーナ。

 

「いやいや、それはないから」

 

しかし、シュテルはそれを否定する。

 

「だが‥‥ヒック‥‥ヒック‥‥ヒック‥‥ヒック‥‥このままと言う訳にも‥‥ヒック‥‥ヒック‥‥いかない‥‥ヒック‥‥ヒック‥‥」

 

噂の真相はどうあれ、しゃっくりをしたままでは気が散るし、テア本人もストレスが溜まる。

 

「ヒック‥‥ヒック‥‥ヒック‥‥ヒック‥‥しゃっくりを治す方法を‥‥ヒック‥‥ヒック‥‥他に知らないか?ヒック‥‥ヒック‥‥」

 

テアは水を飲む以外にしゃっくりを治す方法は無いかと訊ねる。

 

「柿の蔕を煎じたモノを飲めば治るって聞いたことはあるけど‥‥」

 

「カキ?Austerか?」

 

ミーナは同じ『カキ』でも牡蠣の方かと思った。

 

「いや、そっちじゃなくて、Persimoneの方」

 

「でも、そんなの無いよ」

 

柿は日本では秋の果実で、今の時期はまだ六月‥‥季節外れであり、レターナは柿なんてないと言う。

 

「じゃあ、息を止める」

 

「‥‥プハっ!!」

 

「「「短っ!!」」」

 

テアの息を止める時間があまりにも短いことに思わずツッコム三人。

 

「舌を引っ張る‥‥」

 

ミーナがテアの舌を引っ張る。

 

((舌も短っ!!))

 

テアの舌も短かった。

 

「‥‥眼球を圧迫する」

 

ぎゅゅぅぅぅぅぅ~‥‥

 

「痛い、痛い、痛い‥‥」

 

次にミーナがテアの眼球を圧迫する。

眼球を圧迫され、痛がるテア。

 

「どう?止まった?」

 

「うーん‥‥ヒック‥‥ヒック‥‥」

 

テアのしゃっくりは止まらなかった。

 

「頑固なしゃっくりだな‥‥」

 

「しゃっくりって、確かどこかが痙攣しているって聞いたけど‥‥」

 

レターナがしゃっくりの原因はどこかが痙攣している事により発生して事は知っていたが、どこが痙攣しているのかは知らなかった。

 

「横隔膜だよ」

 

「それって、何処にあるの?」

 

「えっと‥‥確か、肺の上辺りかな?」

 

「肺の上って言うと‥‥此処かな?」

 

ドスっ

 

「はぅ!!」

 

レターナは、テアの横隔膜に衝撃を与えれば、しゃっくりは止まるかと思ったのだ。

その為、彼女はテアのお腹に腹パンをした。

 

「ちょっ、レターナ、お前!!艦長に何をしとるんじゃあ!!」

 

「えっ?いや、横隔膜に衝撃を与えれば、艦長のしゃっくりが止まるかと思って‥‥」

 

「そこは横隔膜じゃなくて、鳩尾!!人体急所の一つだぞ!!」

 

「えっ?そうなの?ごめん艦長」

 

テアに腹パンをくらわせたレターナは横隔膜だと思って殴ったところが横隔膜ではなく人体急所の一つである鳩尾を殴ってしまった事を謝る。

 

「テア、しゃっくり止まった?」

 

一応、腹部に衝撃を受けたので、しゃっくりが止まったかもしれないので、聞いてみた。

すると、

 

「ヒック‥‥ヒック‥‥いっつぅ~‥‥」

 

蹲りながらもテアはしゃっくりをした。

ミーナは心配そうにテアの介抱をしている。

 

「碇艦長、他にはないの?」

 

レターナがミーナの代わりにしゃっくりの治療方法聞いてくる。

 

「えっと‥‥人にうつす?」

 

「いきなり、胡散臭くなったな!?」

 

確かにこれまでの方法からすると、風邪じゃないのに、『しゃっくりを人にうつす』なんて胡散臭い。

 

「‥‥」

 

しかし、試してみようかと思ったのか?テアは、ジッとミーナの事を見つめる。

 

「か、艦長、何故、ワシの事をジッと見るんです?」

 

しゃっくりの原因も腹パンしたのもミーナではなく、レターナの筈なのに‥‥

 

「あまり治らないなら最終手段で、病院に行って診てもらった方がいいかもしれない」

 

「病院?」

 

「どこを見てもらうのだ?」

 

「‥‥脳とか?」

 

「「「脳!?」」」

 

シュテルの『脳』発言に三人は思わず驚愕する。

 

「ほ、本当に艦長は‥‥テアは脳が病気なのか!?」

 

「シュテル、私は病気なのか?」

 

「え、えっと‥‥」

 

ミーナとテアの二人がシュテルに詰め寄ってくる。

 

「あれ?でも、艦長、しゃっくりが止まったんじゃねぇ?」

 

レターナがテアのしゃっくりが止まっている事に気づく。

 

「むっ?確かに‥‥治ったみたいだ」

 

もしかして、自分のしゃっくりの原因が脳にあるのかもしれないと言うことに驚愕したテア‥‥

驚愕したショックでテアのしゃっくりは治った様子。

 

「本当ですか!?いやぁ~良かった!!」

 

ミーナはテアのしゃっくりが止まったことに喜んでいる。

すると、

 

「ヒック‥‥あ、あれ?ヒック‥‥ヒック‥‥」

 

今度はミーナの口からしゃっくりが出てきた。

 

「あれ?今度はミーナか?」

 

「本当にしゃっくりって人にうつるんだ‥‥」

 

ミーナの現状を見て、しゃっくりって人にうつるんだ‥‥と意外に思っているシュテル、レターナ、テアの三人。

 

「副長のしゃっくりも治さねばならんな」

 

「えっと‥何、やったっけ?」

 

「水を一気飲み、息を止める。舌を引っ張る、眼球を圧迫、鳩尾に腹パンだっけ?」

 

「じゃあ、まず水を一気飲みからだな」

 

「ちょっ、レターナ!!」

 

「副長、しゃっくりを治すためだ」

 

今度はミーナのしゃっくりを止める為、レターナとテアはついさっき、試したしゃっくりの治療法を行うのであった。

 




劇場版のネタバレとなってしまいますが、武蔵乗員の三人娘たち、劇場版では未登場だった気がする‥‥

テレビ版ではウィルス感染から逃れ、OVAでも登場したのに、最新作である劇場版に未登場となってしまった‥‥所属がバラバラだったので、仕方ないのかな?

代わりに名前は不明でしたが、武蔵の航海長が劇場版では登場。

はいふり二期があれば、武蔵の航海長も名前が与えられるのかもしれませんね。


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97話

六月の某日‥‥

 

放課後、横須賀女子の校庭にはローザとミーナの姿があった。

二人は制服ではなく、体操服姿だった。

 

「じゃあ、ミーナさん、行きます!!」

 

「おう」

 

ローザは息を整えた後、走りだす。

 

「ハッ‥‥ハッ‥‥ハッ‥‥ハッ‥‥」

 

そして、徐々に加速していく。

加速したローザは踏み込むと、そのまま背面跳びをする。

今、ローザが練習していたのは走り高跳びの練習だったのだが、彼女はバーの上を跳ぶのではなく、バーとマッドの間を器用に横直立のまま跳んだ。

 

「‥‥」

 

「‥‥よしっ!!」

 

「いや、跳んでおらんぞ!!」

 

ローザはマットの上でガッツポーズをするが、ミーナはすかさず彼女にツッコム。

 

「えっ?いや、でも、ちゃんとバーが‥‥」

 

バーが落ちていないので、自分はちゃんと跳べた筈だと勘違いしているローザ。

 

「うむ、ちゃんと言おう‥‥越えておらんぞ!!もう、何べん、言えば分かるんじゃあ!?このままでは日が暮れてしまうぞ!!」

 

「ご、ごめんさない。次はちゃんと頑張りますので‥‥」

 

ローザはミーナに謝り、再び定位置につく。

 

「今度は、もう少し、バーの高さを下げるから、落ち着いて行け。そして、次は教えた通りに跳ぶのじゃぞ」

 

準備が整い、再びローザは走る。

そして、踏み込み跳ぶが、またもや、横直立で跳ぶ。

しかも、先程よりもバーの高さを下げているので、ローザは頭頂部をバーにぶつけた。

 

「‥‥」

 

ミーナはそんなローザの姿に唖然とする。

 

「どうでした!?」

 

しかし、肝心のローザ本人は、頭にバーがぶつかったにも関わらず、ミーナにフォームを聞いてくる。

痛くないのだろうか?

 

「‥‥このドテカボチャが!!何で!?教えたフォームで跳ばん!?ローザ!!お主、ふざけておるのか!?」

 

「い、いえ、決してそんなことは‥‥それに私としても綺麗な背面跳びをしているつもりなんですが‥‥」

 

「綺麗な背面跳びじゃと‥‥?」

 

ローザの言葉にミーナは前髪を手でくしゃっと握る。

 

「お主のフォームはもはや‥‥魚雷じゃあ!!」

 

そして、手を前髪からどかし、ローザのフォームを魚雷だと言い放つミーナ。

 

「っ!?‥‥人間‥‥魚雷‥‥」

 

ミーナの言葉を聞き、ローザは雷に打たれたかの様な衝撃を受ける。

もし、この場にシュテル同様、前世(史実)からの転生者がいれば、ローザの発した『人間魚雷』と言う単語を聞くと、回天を思い浮かべただろう。

しかし、この世界では第二次世界大戦が起きていないため、特攻と言う非人道的な攻撃方法も特攻専門の兵器も作られていないので、かつて別の世界で人間の命を部品の一つにしてしまった死の兵器があったなんて想像すら出来ないことだろう。

 

「い、いや‥そこまでは‥‥いや、もう‥‥そこまでいっているかもしれぬ‥‥」

 

「いえ、いえ、まさか、流石にそこまではいってないでしょう?」

 

「自覚がないのか!?お主は!?‥‥はぁ~‥‥」

 

「す、すみません」

 

深い溜め息をついて、高揚している気分を落ち着かせるミーナ。

そんなミーナの態度を見てすまなそうに謝るローザ。

そもそも、ローザが放課後、走り幅跳びの練習をしている理由は、体育の時間、走り幅跳びの成績が悪かったローザは、放課後走り幅跳びの練習をしていたのをテアとミーナがその姿を見て、テアがミーナに走り幅跳びの練習を見てくれないかと言われ、ミーナはローザの走り幅跳びの練習に付き合っているのだ。

 

「まぁ、お主が納得いくまで付き合おう」

 

「えっ?」

 

「お主も我がアドミラル・シュペーの大事な仲間じゃからな、困っている時はお互い様じゃあ」

 

そう言ってミーナはバーの高さを調節する。

 

「‥‥」

 

「とりあえず、ゆっくり跨ぐ感じからやれ」

 

ミーナの言葉を聞いて、ローザは潤む目を袖で拭いて、もう一度定位置につく。

 

(私は昔からどうも、とろくさい、ドジなところがあった‥‥)

 

(こんな私がブルーマーメイドになれるのか?と言う疑問はあった‥‥)

 

(でも、そんな私をミーナさんは助けてくれたことが何回もあった‥‥)

 

(シュペーのみんなといると、どんな困難でも乗り切れる気がしていた‥‥)

 

(私自身、変わらなくちゃいけない‥‥変わらなければ、何も始まらない‥‥)

 

ローザは勇んで駆け出す。

 

(無駄な努力だっていい‥‥)

 

(結果が出なくたっていい‥‥)

 

(ここまで練習につきあってくれたミーナさんの為にも‥‥)

 

(私の為にも‥‥)

 

(諦めない!!)

 

(ここで諦めたら、どんくさい私のままなんだ‥‥)

 

(諦めるなら‥‥)

 

(ボロボロになってでも、やるだけやって、諦めてやる!!)

 

「うおりゃぁぁぁぁぁー!!」

 

ローザは思いっきり踏み込む。

そして、バーの方へと跳んでいくのかと思いきや、

 

「うりゃぁぁぁぁー!!」

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁ~‥‥」

 

バーの近くに居たミーナ目掛けて跳び、ローザの頭頂部がミーナの鳩尾にヒットする。

先日、テアのしゃっくりが止まらない騒動の際、テアのしゃっくりはどうにか治まったが、代わりに今度は自分が、しゃっくりが止まらなくなり、テアに試した方法を受けることになり、その中に鳩尾に腹パンがあり、レターナから腹パンをくらったミーナ。

日本に来て、短期間の間に二度も鳩尾に強い衝撃を受けることになったミーナ。

頭突きをしたローザとそれをくらったミーナは校庭に倒れる。

 

「あ、あれ?」

 

ミーナより、先に起き上がったローザは、何故、自分はマットではなく、全然違う方向に倒れているのか、首を傾げる。

しかもミーナに背を向けている為、自分がミーナの鳩尾に頭突きした事さえも気づいていない。

先程、バーにぶつけたことと言い、ローザは頭頂部が痛くはないのだろうか?

 

「っ!?」

 

その間にミーナも起き上がる。

彼女の顔はかなり怒っている様子で、

 

「おらぁぁぁぁぁー!!」

 

さっきのお返しと言わんばかりにローザの背中目掛けて頭突きをする。

 

「おわぁぁぁぁー!!」

 

突然、背中からミーナの頭突きをくらい、低い悲鳴を上げ、ローザの身体を浮かび、そのままバーを越えてそのままマットに沈む。

 

「「‥‥」」

 

しかし、ローザもミーナもしばらくの間、起き上がることはなかった。

 

これが後にシュペーで語り継がれる『ローザの魚雷跳び』となった。

 

 

 

 

放課後、ミーナがローザから、魚雷跳びによる頭突きをくらった時間から少し時間を過去にさかのぼり、時間はこの日の朝のHRと一限目の講義前の小休止まで遡る。

一限目の講義の用意をしていた明乃は、

 

「「艦長~」」

 

「ん?」

 

自分のクラスの水雷科である姫路と松永に声をかけられた。

 

「りっちゃん、かよちゃん、どうしたの?」

 

「艦長って確かスキッパーの免許持っていたよね?」

 

「スキッパーの免許?うん、持っているよ」

 

「じゃあさ、放課後、ちょっとスキッパーについて色々教えて欲しいんだけど‥‥」

 

「あれ?でも、りっちゃんも確かスキッパーの免許は持っていたよね?」

 

姫路はスキッパーの免許を持っていなかったが、松永はスキッパーの免許を持っている。

スキッパーについて聞きたいことがあるなら、松永に聞けばいいのでは?と思った明乃。

 

「うん、持っているけど、色んな人の意見を聞きたいから‥‥ダメかな?」

 

「ううん、分かった。そういう事ならいいよ」

 

明乃は放課後、水雷科の姫路にスキッパーのレクチャーをすることになった。

 

(スキッパーか‥‥)

 

三人の話を聞いて、真白はあの航海で、明乃をはじめとするスキッパーに乗れるクラスメイトの姿を見て、

 

(スキッパーは今後も使用頻度が上がるだろうし、学生の内に‥‥早めに取っておいた方がいいだろうな‥‥)

 

真白はまだスキッパーの免許を持っていなかった。

その為、今後必要頻度が高くなるであろうスキッパーの免許は早めに取得しておいた方が今後も役に立つと思い、

 

「艦長」

 

「ん?何?シロちゃん」

 

「その‥わ、私もスキッパーに興味があるので、私も教わっていいでしょうか?」

 

「えっ?うん、勿論だよ!!」

 

こうして、真白は放課後、明乃からスキッパーのレクチャーを受けることになった。

 

その日の昼休み、

 

留学生組のクラスがある棟に明乃は来ていた。

 

「えっと‥‥」

 

留学生組は明乃よりも一個年上なので、留学生以外にいる横須賀女子の生徒は、当然明乃よりも一個上の生徒だ。

シュペーとヒンデンブルクのクラスメイトとはあの航海で交流を深めたので、平気なのだが、横須賀女子の一個上の先輩とは交流をしたことがない明乃はやや緊張した面持ちで廊下を歩く。

そして、やっとお目当てのヒンデンブルクの教室にやってきた。

 

「すみません」

 

「あら?何かしら?」

 

「あの、ヒンデンブルク艦長の碇艦長はいますか?」

 

「えっ?艦長?ちょっと待ってね、艦長!!」

 

ヒンデンブルクのクラスメイトは明乃の要件を聞いて、教室に居るシュテルを呼ぶ。

 

「ん?」

 

「艦長にお客さん!!晴風の艦長さんです!!」

 

「えっ?ミケちゃん?」

 

明乃に呼ばれ、シュテルは彼女の下に行く。

ただ、明乃の名前を聞き、教室内でビクッと反応する者が少なからず居た。

 

「どうしたの?ミケちゃん」

 

「実はね‥‥」

 

明乃はシュテルに放課後、自分のクラスメイトがスキッパーの運転で色々教えてもらいたいと頼まれ、それを手伝って欲しいと頼む。

 

「いいよ。今日の放課後は特に予定もないし‥‥」

 

「ありがとう!!シューちゃん!!」

 

今日の放課後は誰からのお誘いもなく、補習等もないので、シュテルは明乃からの頼みを了承した。

 

 

そして、放課後‥‥

 

学校内にあるスキッパーレースの練習場に向かう途中、明乃、シュテル、姫路、松永、真白のメンバーが集まった。

ただ、真白はシュテルの姿を見て、驚き、僅かに頬を赤らめ、シュテルから視線を逸らす。

 

「ん?どうしたの?シロちゃん」

 

「い、いえ、何でもありません」

 

真白の様子に気づいた明乃が声をかけるが、真白は照れ隠しの様な態度を取った。

 

 

「ふんふふふ~♪」

 

これからスキッパーの練習をしようとしていたメンバーのその近くを西崎が鼻歌を歌いながら通りかかる。

 

「おっ?」

 

西崎は明乃たちの姿に気づいた。

 

「珍しい組み合わせ‥‥何しているんだろう?」

 

真白は兎も角、明乃と松永、姫路は確かに同じクラスメイトであるが、部署がことなるせいか、自分とは交流があるが、二人とはあまり交流がない。

プライベートでも松永と姫路はよく一緒に居るが、こうして明乃と一緒に居るのは珍しいことだ。

西崎は気になって、声をかける。

 

「おーい、なーにしてんの?」

 

「あっ、メイちゃん」

 

「西崎さん」

 

「あっ、水雷長だ」

 

「水雷長~」

 

声をかけられ、明乃たちも西崎に気づく。

 

「我らが水雷長~!!」

 

「そう、私が水雷長!!」

 

西崎、松永、姫路はポージングをして、自己アピールする。

 

「なに?この寸劇‥‥?」

 

シュテルは思わず晴風水雷科の自己アピールにツッコム。

 

「そんな水雷長に問題です」

 

「おっ?なに?急に?」

 

「私たち五人をある条件で二組に分けることが出来ます。それはどんな組み合わせでしょう?」

 

姫路は西崎にここに集まったメンバーの組分けを問題形式で西崎に訊ねる。

 

「答えはCMのあとで!!」

 

「Webで~」

 

「って!CM明けでも答えを教えないんかい!!」

 

姫路と松永はあくまでも答えを教えるつもりはないようで、その態度に西崎はツッコム。

 

「それで、正解は?おせーて」

 

「おぉ~水雷長考える気ゼロだねぇ~甲斐がないなぁ~」

 

考えることもなく、正解を求める西崎。

 

「じゃあ、我らが艦長から正解発表~どうぞー」

 

姫路が明乃に正解を求める。

 

「えっと‥‥正解は、スキッパーの免許を持っている人と‥‥持っていない人」

 

明乃は正解を回答する。

そして、持っていない人の時、またもや姫路と西崎はポージングをしていた。

 

「せーいかぁーい!!流石艦長~」

 

「物知り~」

 

「いや、物知りとかじゃなくない?」

 

「最初から答えを知っているでしょう」

 

西崎とシュテルは冷静にツッコム。

 

「それで、みんなはスキッパーの何かで集まっているの?」

 

「うん、そんなところかな」

 

「私は今後の事を考え、スキッパーの免許を取ろうかと思って」

 

「私も同じ~」

 

「ほうほう、なるほど。まぁ副長は、いつかは取るだろうなって思ったけど、かよちゃんは?」

 

「りっちゃんが意外と運転荒くて心配なんだよ~だから代わりに運転できるようになろうかと思って」

 

実際にあの航海で、機雷掃討の時、松永が運転するスキッパーが機雷と接触して海上に投げ出されたことがあったので、姫路の言っている事が間違っているとは言い切れない。

 

「自覚はないんだけどねぇ~」

 

「あはは‥‥スキッパーはノリでそう言う人が結構多いかも」

 

「あぁ~私の周りの人もそうだったなぁ~ミーナさんもシュペーに搭載されたスキッパーの試運転の時、クラスメイト相手にレースをしていたし」

 

「それで、実際に免許を取るかどうか決める前にとりあえず一回乗ってみようと思って艦長に頼んだの~」

 

「へぇー‥‥って、免許ないのに乗れんの?」

 

「うん、学校にも許可はもらってあるから大丈夫」

 

「許可が出て、学校の敷地内なら、免許がなくても乗れるよ」

 

明乃とシュテルが補足として免許がなくても学校の敷地内なら、許可があれば乗ることが出来ると説明する。

 

「ほうほう。スキッパーか‥‥私も行っていい?」

 

「いいよ」

 

西崎も話を聞いて、少しスキッパーに興味を持ったのか、一緒に行くことになった。

 

「へぇ~ここがスキッパーの練習場なんだぁ~‥‥初めて来た」

 

「今の時間帯は誰も使っていないみたいだから、思いっきり練習が出来るよ」

 

横須賀女子に在籍している生徒は中学生の時、ほとんどが中等部乙種海技士の資格を持っており、モーターボートの操船は出来るが、スキッパーの免許については個人の自由であり、学校のカリキュラムの中にスキッパーの項目は含まれていない。

よって、スキッパーの免許を持っていない者、持っている者と分かれ、免許を持っていない西崎は今回、初めて学校内にあるスキッパー練習場に来た。

 

「宗谷さんはスキッパーの免許を取ることは確定なんだよね?」

 

「は、はい」

 

シュテルは真白に訊ねる。

姫路と西崎はスキッパーの免許を取るのかは今回の練習の成果を見てから決めるが、真白は今年中にスキッパーの免許を取るつもりでいた。

 

「じゃあ、宗谷さんは私が見てあげる」

 

「えっ?」

 

「ミケちゃんと水雷科のえっと‥‥松永さんは、二人にレクチャーしてあげて」

 

「はーい」

 

「OK」

 

「えっ?えっ?」

 

免許を持っているのが三人、持っていないのが三人と言うことで、一対一での練習が始まる。

ペアに関して、免許を持っていないメンバーの中でシュテルが唯一僅かながらも交流があるのが、真白だったので、シュテルは真白をレクチャーすることになった。

 

「じゃあ‥‥とりあえず、乗ってみようか?」

 

「ええぇぇー!?いきなり!?操作方法とか全然分からないんだけど!?」

 

「大丈夫、大丈夫、乗っちゃえば何となく操作の仕方は頭に入ってくるよぉ~」

 

「そんな訳ないでしょう!?」

 

「操作自体は簡単だからやってみよう」

 

明乃らは西崎と姫路をいきなりスキッパーに乗せて、レクチャーを始める。

 

シュテルの方は、優等生らしく、一からのレクチャーとなる。

まず、止まっているスキッパーに真白を乗せ、スキッパーの計器の見方、ブレーキ、アクセル、ギアの場所や操作方法を教える。

姉である真冬もスキッパーの免許を持っており、これまでの人生の中で彼女が運転するスキッパーの後ろに乗せてもらった事があるので、ある程度の事は真白も理解していたが、見ているのと実際に自分が運転席に着くのとでは感覚が異なって感じる。

そして、何よりシュテルが自分の間近でレクチャーをしていることが真白にとって、妙に心拍数を増加させる。

 

「じゃあ、実際に動かしてみようか?」

 

「えっ?あっ、は、はい」

 

「あっ、でも、動かす前に‥‥念のため、これを着けて」

 

シュテルは真白に救命胴衣を渡す。

 

「練習場とはいえ、周りは水で、水深もそれなりにある。万が一、スキッパーから落ちて溺れたりしたら大変だから」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

真白はシュテルから渡された救命胴衣を着て、スキッパーの運転席に座り、実際にスキッパーのエンジンを起動させる。

 

「じゃあ、ゆっくりでいいから」

 

「は、はい」

 

真白と同じく救命胴衣を着たシュテルが後ろの座席に乗り、真白の運転をレクチャーする。

 

時間の経過と共に姫路も真白もスキッパーの操作には慣れてきた。

 

「メイちゃんはもう少し速度をあげてもいいかも」

 

「いや、私は安全第一で乗っているだけだから!!」

 

西崎も操作には慣れているのだが、速度はノロノロ運転だった。

真白は西崎ほどのノロノロ運転ではないが、飛ばし過ぎと言う訳でもなく、可もなく不可もなくな安全運転だった。

 

「こうして見ると運転の時と普段の性格って結構違うモノなんだねぇ~」

 

運転している姫路、西崎、真白を見ながら呟く松永。

 

「うん、ちょっとおもしろいね」

 

「ん~‥‥やっぱり、私の運転って荒いのかな?」

 

「気にしているの?」

 

「うーん‥‥だってほら、そのせいで実際に事故っちゃったし」

 

松永はあの実習時の機雷掃海時での事故を気にしているみたいだ。

あの時は、二人ともかすり傷程度で助かったが、もしかしたら、松永か姫路のどちらかが死んでいたかもしれない。

いや、二人とも死んでいたかもしれない。

そう思うと、松永は自分のスキッパーの運転に自信を無くすのも無理もない。

 

「あー‥‥うん。でも‥‥一人で乗っている時の運転はそこまで荒くはなかったよ」

 

しかし、明乃はそんな松永をフォローする。

 

「そう?」

 

「多分、かよちゃんを乗せた時は少し舞い上がっちゃっただけじゃないかな?張り切っていつもよりスピード出しちゃったり?」

 

「そうなのかな~?うぅ~‥‥だとしたらなんか恥ずかしい」

 

「あはは私も気持ちはわかるよーまぁ、これからは気をつければ大丈夫じゃないかな?試しに今から練習してみたらどうかな?」

 

「うーん‥‥おっけ~ちょっと行ってくる!!」

 

「頑張ってー!!」

 

「かよちゃ~ん。ちょっと後ろに乗って~」

 

「あまりスピード出さないでよ~」

 

明乃のフォローを受け、松永は姫路の下に向かった。

そんな二人の様子を見ていた明乃であったが、

 

「青春だなぁ~」

 

先程まで松永が居た場所には西崎がいつの間にか居た。

しかも彼女はびしょ濡れだった。

 

「わっ!?メイちゃんどうしたの!?」

 

「落ちた」

 

どうやら、彼女は足を滑らせてスキッパーから落ちたみたいだ。

 

「シャワー室に行く?洗濯機に乾燥機もあるよ」

 

「うん‥‥」

 

入学式の日、海に落ちた真白が使用したシャワー室へと向かう西崎だった。

 

西崎がシャワーを浴びに行き、松永が姫路を乗せている中、真白とシュテルと言うと‥‥

 

「うん、だいぶ慣れたみたいだね」

 

「は、はい。色々教えていただきありがとうございました」

 

西崎は海に落ちたが、真白は今回、海に落ちることなくスキッパーを運転することが出来た。

そんな中、真白は姫路を後ろに乗せスキッパーを運転している松永の姿が目に入った。

 

「あ、あの‥‥」

 

「ん?」

 

「その‥‥今度は、碇艦長の運転を見せてもらってもいいでしょうか?」

 

「えっ?私の‥‥?」

 

「は、はい」

 

「まぁ、いいけど‥‥」

 

シュテルは真白の頼みを聞いて、シュテルは真白を後ろに乗せてスキッパーを運転する。

 

(碇艦長の背中‥‥)

 

真白はスキッパーを運転しているシュテルの背中をジッと見つめる。

 

(同性なのに、碇艦長からは男の人の気配みたいなモノを感じる‥‥)

 

真白はシュテルの中にある比企谷八幡の気配を感じ取っていた。

 

「宗谷さんはどうしてスキッパーの免許を取ろうと思ったの?」

 

シュテルはスキッパーを運転しながら、後部座席に居る真白にスキッパーの免許を取得する理由を訊ねる。

 

「その‥‥あの航海で色々体験して、スキッパーの免許は今後も何かと必要だと思いまして‥‥」

 

「なるほど、確かにスキッパーの免許はあっても損ではないからね。でもね、宗谷さん」

 

「はい?」

 

「スキッパーの免許は車の免許と同じで、乗れる機会があるなら、それを逃さずに経験を積んでおかないとね。ペーパーになって、いざ乗るって時だと、感覚が鈍って事故るかもしれないから、腕は常に使える状態にしておかないとね」

 

「は、はい」

 

シュテルからの忠告を聞きながら、シュテルの背中をジッと見つめる真白だった。

 

しかし不意に‥‥

 

ポスっ‥‥

 

「ん?」

 

「‥‥」

 

真白はシュテルの背中に両腕を回し、顔を埋めた。

 

「宗谷さん?」

 

「す、すみません‥‥ただ、少しだけ‥‥少しだけ、こうさせてください」

 

「えっ?あっ、うん‥‥」

 

真白が何を考えてこのような行動を取ったのか分からないが、そこまで気にすることではないので、シュテルは真白の好きにさせた。

 

 

それから、西崎がシャワーを浴び終え、服も洗濯と乾燥が終わり、戻ってくる。

 

「以上で講習を終わりにしまーす!」

 

「「いえーい!」」

 

「これ、講習だったの?」

 

「まぁ、講習と言うよりも事前練習ってところかな?」

 

「かよちゃん、どうだった?免許取りたくなった?」

 

明乃は姫路にスキッパーの免許取得について訊ねる。

 

「うーん‥‥楽しかったけど‥‥さっき乗った感じ、りっちゃんの運転ももう、大丈夫そうだし、免許取得は保留で~」

 

姫路は松永の運転が多少、マシになったので、今回はスキッパーの免許をとることを保留すると言う。

 

「いえーい、お墨付き~」

 

後ろに乗せた姫路から運転が改められたと言われ喜ぶ松永。

 

「メイちゃんは?」

 

次に明乃は西崎にスキッパーの免許を取るかを訊ねる。

 

「私は取ってもいいかなー自分のスキッパーを買って、武装したい!!」

 

西崎は姫路と異なり、真白同様、スキッパーの免許を取っても良いと言い、さらに自分でスキッパーを購入し、そのスキッパーに武装を施したいと言う。

 

「あの~市販のスキッパーに武装は出来ないよ」

 

シュテルは西崎に市販のスキッパーに武装をすることは出来ないことを伝える。

そりゃあ、民間人が武装したスキッパーに乗れる筈もなく、施すことも不可能だ。

 

「できないの!?じゃあ、要らない」

 

西崎はスキッパーに武装が施せないと知ると、スキッパーの免許は要らないとあっさりと免許の取得を放棄したのだった。

それを見て、シュテルは、

 

(この子、トリガーハッピーなのか?)

 

と、ちょっと西崎の将来に不安を感じたのだった。

 




映画公開直前に販売された漫画版はいふり6巻のラストの話が、まさか映画版の伏線になるとは‥‥


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98話

ついにシュテルが奉仕部メンバーと後世世界にて、初邂逅

真白の小、中学生時代の設定は作者の勝手な妄想ですが、漫画版や本編を見ても真白と同じ中学校出身者が居ない感じなどから本編の様な結論に至りました。


ある日の放課後、シュテルからスキッパーの乗り方を教わった後、真白は寮に戻る。

しかし、真白の中にはモヤモヤした思いが‥‥奥歯に物が挟まるような違和感が益々強まった。

 

自分が抱いている思いは、明乃に対する友人?的な思いとはちょっと違うような気がする‥‥

 

この思いは一体何なのか?

 

自分によく、引っ付いてくる納沙は自分やミーナに抱いている思いも、こんな感じなのだろうか?

 

今では納沙や明乃をはじめとする晴風のクラスメイトとの友人関係を築いている真白であるが、小、中学校の頃は、意外にも交友関係が狭かった。

 

小一の頃に、母の様なブルーマーメイドになる為‥‥横須賀女子に入る為に勉強漬けな小、中学校時代を送った事や不幸体質な事が、周りの同級生たちが真白から距離を取ったのだろう。

 

しかし、将来への明確なビジョンを抱いたので、真白はそれを寂しいとは思わなかった。

 

小、中学校時代を半ばボッチで過ごした真白に友人関係と言う関係は高校になって未知の領分だったのだ。

 

そこで、真白は納沙に、自分やミーナと接する時、自分が抱いている様な違和感を抱いているのだろうか?

 

そう思い、真白は納沙に聞くことにした。

 

「の、納沙さん」

 

「はい?なんですか?」

 

「その‥‥ちょっと、相談と言うか、聞きたいことがあるのだが‥‥」

 

「えっ?シロちゃんが私に!?」

 

真白から相談があると言われ、納沙は目を見開く。

 

「あ、ああ‥‥」

 

「分かりました!!心の友、シロちゃんの頼みとならば、火の中、水の中!!何でも聞いてください!!」

 

真白から頼まれるとテンションが高くなる納沙。

黒木が見たら、きっと納沙に嫉妬していただろう。

 

「じゃあ、納沙さんの部屋で‥‥」

 

「えぇぇぇ~ここはシロちゃんの部屋にしましょうよぉ~」

 

納沙以外には聞かれたくないので、場所は彼女の部屋にしようとしたら、納沙は真白の部屋が良いと言う。

 

「えっ?私の部屋か‥‥?」

 

「はい!!」

 

この場で他のクラスメイトに見られるのもまずいので、真白は渋々自分の部屋にすることを了承した。

 

真白の部屋は晴風の真白の部屋同様、学習机、棚には参考書が沢山収まっていた。

そして、ベッドの周りには沢山のぬいぐるみが置いてある。

 

「へぇ~ここがシロちゃんの部屋ですかぁ~」

 

「あ、あまり、ジロジロ見ないでくれ」

 

そして、互いに椅子へと座り、真白は納沙に相談事を話した。

 

「それで、私に聞きたい事ってなんですか?」

 

「そ、その‥‥納沙さんは、よくミーナさんと一緒にいるじゃないか」

 

「はい。ミーちゃんとは、よく映画の話題で盛り上がっていますからね。つい、先日も一緒に、仁義なきシリーズを一緒にフルマラソンしました」

 

「‥‥その‥納沙さん、ミーナさんと一緒にいる時、ミーナさんに何か違和感と言うか、妙な感覚みたいなモノを抱いた事はないか?」

 

「えっ?ミーちゃんに違和感ですか‥‥?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

「うーん‥‥そんなことはないですねぇ~でも、どうして‥‥ハッ!?もしかして、シロちゃん、ミーちゃんと義兄弟の杯を交わすつもりですか!?」

 

「いや、ミーナさんじゃない!!」

 

「じゃあ、私とですか!?いいですよ!!シロちゃんとなら、義兄弟でも恋人でも何でもOKですよ!!どうせなら、ミーちゃんも加えて、『我ら生まれた日は違えども 死す時は同じ日同じ時を願わん』と、三人で義兄弟の杯を交わしませんか!?」

 

「いや、そうじゃなくて‥‥まぁ、ミーナさんに何も感じていないのか‥‥」

 

どうやら、納沙がミーナに抱いている感情は自分がシュテルに抱いている感情とは違うようだ。

 

じゃあ、反対にミーナが納沙や自艦の艦長であるテアに抱いている感情は自分が抱いている感情とおなじなのかもしれない。

 

そこで、真白は次に、ミーナに話を聞くことにした。

 

ミーナはロビーにあるテレビで任侠映画のDVDを見ていた。

 

「ミーナさん」

 

「ん?なんじゃ?おっ、晴風の副長じゃないか。どうした?」

 

「その‥ミーナさんに聞きたいことがあるんですが‥‥」

 

「なんじゃ?」

 

「ミーナさんは、ウチの記録係の‥‥」

 

「ココか?」

 

「ええ‥‥納沙さんとシュペーの艦長さんとは、とても親しい間柄みたいなので‥‥」

 

「ココとは、まさに杯を交わした義兄弟のような存在じゃ!!そして、我が艦長、テアはもう、ワシの半身と言っても過言ではない!!」

 

納沙とテアとの関係を力説するミーナ。

 

「ミーナさんは、シュペーの艦長さんに対する思いは分かりました。その時、シュペーの艦長さんに対する思いの中で、違和感みたいなモノを感じたことがありませんか?」

 

「ん?違和感?」

 

「その‥‥同性なのに、なんか違うと言うか、異性に見える違和感なんですが‥‥」

 

「うーん‥‥ワシはココやテアと一緒に居てもその様な違和感は感じたことはないぞ」

 

「そうですか‥‥」

 

ミーナもテアや納沙には自分が抱いている違和感を感じたことはないらしい。

 

「うーん‥‥ここはもう一人‥本命に近いあの人に聞くしかないか‥‥」

 

真白は納沙、ミーナに次ついで、本命とも言えるシュテルに近い人物に聞いてみることにした。

 

「あの、艦長」

 

「ん?なに?シロちゃん」

 

真白は明乃に聞いてみることにした。

 

シュテルと同じヒンデンブルクのクラスメイトたちに聞けばもっと早いのかもしれないが、一個上の先輩と言うことで、どうも聞きにくかった。

 

また、シュペー艦長のテアも真白に似た感情を持っていたのかもしれないが、真白はその事を知らなかったので、真白がテアに聞きに行くことはなかった。

 

ミーナの場合、ヒンデンブルクのクラスメイトたちと同じ一個上の先輩であるが、彼女の場合、晴風に乗り、部屋も同じだったと言うことで、先輩と言うよりも晴風のクラスメイトと似たような感覚があったので、聞いてみたのだ。

 

しかし、ミーナはテアが真白に似た感情を抱いているかもしれないと言う事を真白には伝えていなかった。

 

と、言うよりもその事を忘れていた。

 

「あの、艦長はヒンデンブルクの艦長と親しいですよね?」

 

「シューちゃんと?うん、シューちゃんとは友達だよ」

 

「‥‥艦長、妙な事を聞くかもしれませんが、その‥‥ヒンデンブルクの艦長さんと一緒に居て、何か違和感みたいなモノを感じたことはありませんか?」

 

「えっ?シューちゃんに違和感?」

 

「はい」

 

「違和感って、どんな違和感?」

 

「その‥‥あの人が女性らしくはないって思ったことはありませんか?」

 

「えっ?シューちゃんが女の子らしくない?」

 

「は、はい‥‥」

 

「うーん‥‥」

 

明乃は真白に言われたことを振り返るようにシュテルとこれまで一緒に居た時の事を思い出す。

 

「シロちゃんが思っている事とは違うとは思うけど、シューちゃんと居ると、もかちゃんと違って、安心できると言うか、頼もしいと言うか‥‥そんな感じはするかな?」

 

まだシュテルと再会して二ヶ月ぐらいしか立っていないが、明乃は真白とはちょっと異なる違和感みたいなモノを抱いている様な感じはあったが、もえかと言うしっかりした友人をもっているから、シュテルも別のベクトルでしっかりした友人と言う認識だった。

 

「安心‥‥頼もしい‥‥」

 

(それが、女性と違う雰囲気じゃないのだろうか?)

 

そう思いつつも、真白は明乃もシュテルに対して似たような違和感みたいなモノを抱いている事を確信した。

 

しかし、明乃の場合、あくまでもシュテルは友人と言う認識だったみたいだ。

 

シュテル本人に聞けば、自分が抱いているモヤモヤの正体が分かるかもしれないが、真白にそこまでの勇気がなかった。

 

彼女の悩みはまだまだ引きずることになりそうだ‥‥

 

 

真白が自分に対して悶々とした思いを抱いていることを知る由もないシュテルの下に一本の電話が入ってきた。

 

Piririririr‥‥

 

ディスプレイを見ると、そこには 『渚カナデ』 と表示されていた。

 

「ん?カナデから?」

 

ピッ‥

 

「もしもし?」

 

「あっ、シュテル?久しぶり」

 

「ああ、久しぶり。それで、どうした?」

 

「シュテル、確か今は日本に居るんだよね?」

 

カナデは確認するように訊ねる。

きっと、シュテルの父方の祖父母からでも聞いたのだろう。

 

「ああ‥あっ、そう言えば日本に来てから、バタバタしていたからお前さんに伝えるのを忘れていたわ‥‥すまん」

 

Rat事件、その後にあったゴールデンウイークでは真白の誘拐事件、中間テスト、テスト休みもRat事件の報告書の作成などがあり、カナデに日本へ来ている連絡をするのをすっかり忘れていた。

 

実際にこうしてカナデから連絡が来て思い出すくらいだ。

 

「あっ、いや、別に気にしてはいないけど‥‥」

 

(嘘つけ)

 

カナデは気にしていないと言うが、その口調は何だか拗ねているように聞こえた。

 

「それで、どうした?」

 

「あっ、うん‥折角日本に来ているなら、今度の休みの日に会えないかな?」

 

「ん?今度の休日に?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

「まぁ、いいけど‥‥」

 

「ホント!?じゃあ‥‥」

 

と、今度の休日は、カナデと出かけることになったシュテル。

 

詳しい事は前日に決めることになり、この日は電話を切った。

 

しかし、これは傍から見ればどう見てもデートのお誘いに見えたのだが、シュテルはカナデをあくまでも同い年の親戚と言う認識だったので、デートとは思わなかった。

 

 

そして、前日シュテルはカナデと待ち合わせ場所や時間などを決めて出かけることにした。

待ち合わせ場所‥‥シュテルは神奈川の横須賀から、千葉の南船橋にあるららぽーとに来た。

 

「‥‥ったく、カナデの奴、いつまで待たせるんだ?」

 

基本、待ち合わせ時間集合一五分前行動をしていたシュテルはまだ待ち合わせ時間ではないが、ちょっとイラついていた。

 

「あっ、シュテル」

 

そこへ、待ち人であるカナデがやってきた。

 

「遅いぞ」

 

「『遅い』って‥まだ待ち合わせ時間じゃないよ」

 

「十五分前行動は基本だろう」

 

「それは、シュテルの様な特殊な人たちだと思うけど‥‥」

 

「それにわざわざ、ヴァイオリンも持ってきてくれだなんて‥‥」

 

シュテルの手には自身が愛用しているヴァイオリンが入ったヴァイオリンケースが握られていた。

 

「久しぶりに会えたから、セッションもしたいなぁと思って‥‥」

 

「まぁ、別にいいけど、ピアノコンクール優勝者さんの腕と釣り合うかは、保証は出来ないがな」

 

「そんなことないって、シュテルのヴァイオリンの腕だって上手い方だよ。むしろ、なんでコンクールに出ないのか不思議なくらいだよ」

 

「目立つのは嫌いなんだよ。それに私はヴァイオリストモドキだからな、そんなモドキがコンクールに出るなんて、真面目にヴァイオリンをしている人にとって、おこがましい行為だからな」

 

そう言って二人は歩きだす。

ららぽーとには誰でも自由に弾けるピアノが設置されているので、カナデはそれを弾くつもりだった。

 

「それにしても、シュテルはほとんどズボンだね」

 

カナデはシュテルの格好を見て、ポツリと呟く。

 

「ん?」

 

今日、シュテルはカーゴパンツにTシャツ、その上からGジャンにキャスケット帽を被っており、女の子らしい格好ではなく、ボーイッシュな格好だ。

 

「スカートは、ヒラヒラしていて、落ち着かないし、足元がスース―するから苦手なんだよ」

 

シュテルは制服もスカートではなく、ズボンを選択しそれを着用している。

 

「なんだ?私のスカート姿、見たかったのか?」

 

二マッとからかうような笑みを浮かべて、カナデに問う。

 

「えっ?‥そ、それは‥見せてくれるなら、見たいかも‥‥」

 

カナデは正直に答える。

 

「まぁ、気が向いたらな」

 

とりあえず、その場はのらりくらりと答えを濁すシュテルだった。

 

シュテルの答えにカナデは残念そうな顔をしていたが、時間の経過とともにそれは薄くなっていく。

ららぽーとに来て、いきなりストリートミュージシャンの様にピアノを弾くわけではなく、折角こうして、ららぽーとに来たわけなので、二人はテナントを回り、ショッピングを楽しんだ。

 

「以前、シュテルから、貰った万年筆とボールペン、今でも大事に使わせてもらっているよ」

 

「まぁ、学生の本文は勉学だし、ピアノをやっているなら、作曲もするだろうと思ったからな‥あっ、今はパソコンでも出来るんだっけ?」

 

会話をしながら、眼鏡屋の前を通ると、

 

「カナデって、イケメンだし、眼鏡も似合うんじゃないかな?」

 

そう言って、カナデの手を取り、眼鏡屋に行き、伊達眼鏡をカナデにかける。

 

「おぉ、似合う、似合う。有名人になって変装しても、別の意味で有名になっちまうかもな」

 

「シュテルの方も似合うんじゃないかな?」

 

「ん?そうか?」

 

カナデに言われ、シュテルも伊達眼鏡をかけてみる。

 

「シュテルもよく似合うよ。知的度が更に増す感じだ」

 

 

その後、二人はペットショップで犬や猫を愛でていた。

 

 

この日、由比ヶ浜も愛犬サブレのトリミングをする為、ららぽーとのペットショップに来ていた。

 

「ん?あれって‥‥」

 

由比ヶ浜は、ペットショップの犬、猫を見ているカナデに気づいた。

 

「やっぱり、カナカナだ!!こんなところで会うなんて、やっぱり、私とカナカナは運命で結ばれているんだ!!」

 

由比ヶ浜はここ最近、学業が忙しく、カナデの追っかけ(ストーキング)が出来ずにいた。

 

一般学業については、転生特典で何とかなっている‥とはいえ、最近は特典があるから大丈夫だと高を括って、下がり始めているが、前世よりは成績がいいレベルであるが、この世界で、由比ヶ浜は普通科ではなく、海洋科に所属しており、一般学業の他に専門の海洋学も含まれている。

 

二年生に進級し、海洋学の講義内容はいよいよ本格化するが、由比ヶ浜はこの海洋学の成績が壊滅的に悪い。

 

モールス信号の講義でも教官が打つモールス信号を読み取れないし、自分がモールス信号を打つことになっても満足に打つことも出来ない。

手旗信号も同じだ。

 

航海学の座標計算も滅茶苦茶‥‥

 

頼りにしている雪ノ下とは異なるクラスなので、出される宿題の内容も異なるので、放課後、奉仕部の部室で雪ノ下に宿題を教わる由比ヶ浜の姿があった。

 

葉山はそんな由比ヶ浜の姿を見て、

 

(雪乃ちゃんに迷惑をかけるアホ女)

 

と言う認識を持っていたが、彼自身、由比ヶ浜に教えることはないし、由比ヶ浜も何故か葉山から教わることはなかった。

 

どうも、葉山と由比ヶ浜は波長が合わないみたいだ。

 

それに今年は横須賀女子のRat事件の影響でカリキュラムが当初の予定より乱れているので、講義内容も逼迫している。

 

中間テストも海洋学は赤点ギリギリな成績だったので、両親から、『勉強しろ!!』ときつく言われているので、カナデの追っかけ(ストーキング)も満足に出来ていない。

 

そんな、由比ヶ浜が偶然とはいえ、カナデに会うことが出来たのだから、彼女は運命の導きを信じられずにはいられなかった。

 

カナデとは愛犬、サブレの件で運命的な出会いをしているし、その後も彼の演奏会や出場しているコンクールにはほとんど、顔を出している為、自分とカナデは全くの他人と言うわけではない。

 

由比ヶ浜がカナデに声をかけようとした時、

 

「由比ヶ浜サブレちゃんのトリミングでお待ちの由比ヶ浜様!!」

 

サブレのトリミングが終わったみたいで、ペットショップの店員が由比ヶ浜を呼び出す。

しかも、タイミング悪く、カナデはペットショップを出て行く。

 

「チィッ」

 

このまま無視したいところだが、店員と由比ヶ浜は顔見知りで目が合ってしまっていた。

由比ヶ浜は舌打ちをし、店員の下に向かい、

 

「すみません、ちょっと用事を思い出したので、少しの間、サブレを預かってもらえますか!?」

 

「えっ?ちょっと!!お客様!!」

 

由比ヶ浜はこのままカナデを追いかけるにしてもサブレは足手まといだと判断し、ペットショップの店員にサブレを押し付け、自らはカナデの後を追った。

 

彼女の後ろから、慌てるように由比ヶ浜に声をかけるペットショップの店員。

しかし、由比ヶ浜は店員を無視してカナデを追いかけた。

 

「えっと、カナカナは‥‥」

 

由比ヶ浜は、ららぽーとの通路に出て、カナデの姿を探す。

すると、カナデはもう一人、誰かと一緒に歩いていることに気づく。

 

(えっ?誰あの人!?‥‥まさか、カナカナの彼女!?)

 

(でも、格好を見ると、なんか女の子っぽくないし‥‥)

 

(カナカナの男友達かな?)

 

由比ヶ浜が見ているのは、カナデとシュテルの後ろ姿であり、シュテルは女性っぽい服装ではなく、男っぽい服装だったので、由比ヶ浜はシュテルが女だと気づかず、シュテルをカナデの男友達だと思いつつ、二人の後をつけ、声をかけるタイミングを窺っていた。

 

すると、カナデとシュテルの二人はレディースモノの洋服店が並んでいるテナント通路へとやってきた。

 

(カナカナ、なんで女の人の服屋の所に行くのかな?)

 

由比ヶ浜は何故、男二人が女モノ服屋に行くのか不思議がっていた。

 

 

「な、なぁ、カナデ‥‥」

 

「ん?なに?」

 

「‥‥さっき、私の服装について話しただろう?」

 

「えっ?あ、ああ‥‥そうだね」

 

「‥‥そ、そんなに私のスカート姿‥見たいか?」

 

「えっ?まぁ‥そりゃあ、見てみたいけど‥‥」

 

「‥‥じゃ、じゃあ、見せてやる」

 

「えっ?ホント!?」

 

「あ、ああ‥‥日本に来ているのに、連絡し忘れた詫びだ」

 

カナデに対して、クラスメイトや明乃、もえか、テアたちと比べると、ドライな対応に見えるが、根が比企谷八幡だけあって、なんだかんだ言って、親しい者からの頼まれごとは無下に出来なかった。

 

そこで、二人はレディースの服が売っている店が多いテナント通路へとやって来た。

二人は、とある一軒のレディース服の店に入ると、色々と見て回る。

 

「じゃあ、ちょっと、待っていて」

 

「ああ」

 

シュテルはレディースの服を選び、その服を持って、試着室の中に入る。

カナデは、シュテルが出て来るのを楽しみに待った。

 

「お、おまたせ‥‥」

 

試着室のカーテンがゆっくりと開けられると、そこには、黒のミニスカートに、水色の縞模様が入ったTシャツを着て、上には白のレディースジャケットを羽織っているシュテルが居た。

 

「‥‥」

 

「ど、どうかな?」

 

シュテルは、少し頬を赤く染め、チラチラとカナデの反応を訊ねる。

 

「すごく!!似合っているよ!!シュテル!!」

 

レディース服に身を包んだシュテルを褒めるカナデ。

 

「そ、そうか‥あ、ありがとう‥‥」

 

(は、恥ずかしいが、今回は仕方がない‥‥)

 

カナデに褒められ、礼を言うシュテル。

二人の様子は、まさに戸塚や三浦のように、初々しいカップルの様だった。

しかし、そんな平和なひと時を金切り声がそれをぶち壊した。

 

「カナカナ!!その女は誰だし!!」

 

金切り声を上げたのは、二人の後をつけてきた由比ヶ浜だった。

 

(由比ヶ浜っ!?)

 

由比ヶ浜の姿を見てシュテルは目を大きく見開く。

 

この世界に総武高校があることは知っており、総武高校があるなら、当然、雪ノ下、由比ヶ浜が存在しているだろうと思っていたが、こうして由比ヶ浜の姿を見ると、前世の奉仕部での嫌な思い出が脳裏にフラッシュバックしてくる。

 

「あんた!!カナカナの何だし!?」

 

すると、由比ヶ浜はシュテルに絡んでくる。

 

「カナカナは私の運命の人なんだし!!アンタみたいな女、カナカナに相応しくないし!!」

 

ヒステリックに叫ぶ由比ヶ浜。

 

もし、目の前に居る由比ヶ浜がこの世界の由比ヶ浜であるならば、彼女もこの世界の総武高校に通っている筈だと思ったが、由比ヶ浜はどうもカナデと知り合いみたいだ。

 

しかし、カナデが通っている高校は総武高校ではない。

 

そこで、シュテルはカナデに聞いてみた。

 

「なぁ、カナデ、こいつは知り合いか?」

 

「い、いや、知らない人だ‥‥」

 

(あれ?この人‥‥)

 

カナデは口では『知らない』と言うが、由比ヶ浜の顔をまじまじと見てみると、彼女はよく自分のコンサートやコンクールに来る人に似ている様な気がした。

 

「えっ!?」

 

カナデから、「知らない」と言われ、今度は由比ヶ浜が目を見開く。

 

「そ、そんな‥‥な、何言っているの?カナカナは私の運命の人なんだよ!!あの時、サブレを助けてくれたじゃない!!」

 

(この世界ではカナデがコイツの犬を助けたのか‥‥ん?でも、コイツが入院したなんて話は聞いてないし‥‥この世界のあの事故はそこまで、被害は大きくなかったのか?)

 

シュテルが八幡だった頃、由比ヶ浜の愛犬を助けた際、足の骨を折り、入院した。

 

しかし、由比ヶ浜の話を聞く限り、この世界ではカナデが由比ヶ浜の愛犬を助けたみたいだが、カナデが入院したと言う話は聞いていない。

 

よって、この世界では、入院するほどの大きな事故ではなかったみたいだ。

 

シュテルはまさか、この由比ヶ浜が自分と同じ転生者とは知る由もなかった。

 

反対に由比ヶ浜自身も目の前の茶髪で蒼眼の少女が八幡であることも当然知らない。

 

眼前の由比ヶ浜が、前世からの転生者であることは、当然知らないが、シュテルの中では、由比ヶ浜は由比ヶ浜なので、自分の身内が由比ヶ浜と関わることには我慢できない。

 

(こんな自分勝手な奴とカナデを関わらせてたまるか!!)

 

(コイツは愛犬を助けたカナデに恋しているみたいだが、本質は違う‥‥コイツは、恋に浮かれている自分に恋しているナルシストだ‥‥)

 

まぁ、前世の自分とカナデを比べると、その理論も怪しいが、前世での経験から、シュテルは由比ヶ浜が恋をしているのは恋に浮かれている由比ヶ浜自身であり、決して相手の事を配慮している訳ではない。

 

「アンタ、何言ってんだ!?カナデは知らないって言っているだろう!?ガキじゃあるまいし、ギャーギャー騒いで、もう少し周りの人の迷惑を考えたらどうだ!?」

 

シュテルが由比ヶ浜に一喝する。

 

「大体、アンタは何なんだ?カナデの友人でもなければ、彼女でもないのに!?」

 

「なんだし!!アンタ!?カナカナと一緒だからって調子に乗るなし!!」

 

また由比ヶ浜がヒステリックに叫んだ。

 

すると、

 

「お客様、あまり騒がれますと、他のお客様のご迷惑になりますので‥‥」

 

服屋の店員が由比ヶ浜を嗜めるも、

 

「うるさい!!部外者は黙っているし!!」

 

なんて、言う始末なので、

 

「では、仕方がありませんね‥‥」

 

店員がそう言ったので、由比ヶ浜は店員が諦めたのかと思ったら、自分の両手がガシッと掴まれる。

 

「ちょっ、何するし!!離すし!!」

 

由比ヶ浜は警備員に連れていかれた。

 

「ご迷惑をかけてすみません」

 

シュテルは店員に謝罪し、

 

「あっ、お騒がせしてすみません。それと、この服買います」

 

シュテルは服屋にお詫びとして試着した服を購入した。

 

「なんか、ごめんね。シュテル‥‥変な人に絡ませちゃって」

 

カナデはすまなそうに謝る。

 

「いや、お前さんが悪い訳じゃない。アイツが、変な妄想を抱いているのが、悪いんだよ。さて、そろそろ行くか?」

 

「あ、ああ、そうだね」

 

二人は気を取り直し、ピアノが置いてあるロビーへと向かう。

 

「何弾こうかな?‥‥あっ、西〇敏行の『もしもピアノが弾けたなら』でも弾こうかな?」

 

「いや、あの歌の歌詞からお前さんが弾くと嫌味にしか聞こえないから、やめておけ」

 

そんな会話をしながらロビーにて、カナデはピアノを‥‥シュテルはヴァイオリンを弾く。

 

二人の演奏は周りの人々を魅了したのか、ロビーには沢山の人たちが集まっていた。

 

演奏を終えた二人は集まっていた人々に驚くも、拍手を受け、照れくさそうにその場を後にした。

 

なお、警備室に連れていかれ、厳重注意を受けた由比ヶ浜は不機嫌なまま、ららぽーとを後にするが、家に戻った時、ららぽーとのペットショップから電話が入り、「いつになったら、犬を迎えに来るのか?」 と、言われ、二度手間をする羽目になった。

 



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99話

今回の話の中で、真白、納沙、立石、西崎の四人に女子高生らしからぬ行為があります。

四人のファンの方には申し訳ございません。



 

 

横須賀女子海洋学校は、他国の海洋学校からの留学生を受け入れているのは勿論の事、日本全国からも沢山の学生たちが受験してくる。

 

そして見事、横須賀女子に受かった学生たちは、入学後は基本的に学校が設置した学生寮に入寮する。

 

その理由は、学生艦による海上生活では、集団生活・集団行動が基本となるからだ。

ただ、休日や長期休暇の際には家が近い生徒は実家に帰省したりしている。

 

実家が横須賀にある真白も平日は基本的に学校の学生寮に居り、休日には実家に帰ったりしている。

 

しかし、この日‥‥シュテルがららぽーとでカナデと共に由比ヶ浜に絡まれている頃、真白は実家には帰らずに学生寮に残っていた。

 

そして、真白は学生寮にある明乃の部屋で屯していた‥‥と言うよりも宿題を明乃に教えていた。

 

やはり、四月に起きたRat事件の影響でカリキュラムに大きな影響を与え、事件後の課題の量も多かったのだ。

 

真白と明乃が宿題をしていると、

 

「艦長、居ますか?」

 

「あっ、ココちゃん。どうしたの?」

 

納沙が明乃の部屋を訪れた。

 

「実は宿題について‥‥あっ、シロちゃんも居たんですか!?」

 

「納沙さんも宿題でどこか分からなかったのか?」

 

「はい!!あっ、折角ですから、私もご一緒していいですか?」

 

「うん、勿論だよ」

 

すると、明乃に何か用があったのか、納沙も部屋に来て二人と共に宿題をすることにした。

 

真白の教えもあり、明乃も納沙も宿題を何とか無事に終えることが出来た。

 

「流石、優等生のシロちゃん!!あっという間に終わっちゃいましたね!!」

 

「うん、シロちゃん教え方も分かりやすかったから助かったよ」

 

「シロちゃん、教職の才能があるんじゃないですか?」

 

「私はあくまでもブルーマーメイドを目指しているから、教官職になるつもりは‥‥」

 

未来のブルーマーメイドたちの育成を担う教官職も立派な職業であるが、やはり真白は教官職ではなく、ブルーマーメイドの隊員になりたかった。

 

「あっ、宿題も終わったし、お茶会しない?シロちゃんには宿題を教えてもらったし、そのお礼も兼ねて‥どうかな?」

 

「いいですねぇ~」

 

「ま、まぁ、頭を使って少し疲れましたし‥‥」

 

宿題を終え、明乃がお礼としてお菓子とお茶を二人にご馳走し、お茶会が始まる。

お茶会が始まりしばらくして‥‥

 

「‥‥あっ、そう言えば以前、どぶ板通りの食堂で、知床さんが勝田さん、山下さん、内田さんたちと一緒に食事をしていた所を見たんですよ」

 

真白が思い出したかのように話題を振る。

 

「へぇ~」

 

航海科の鈴が同じ航海科のクラスメイトと一緒に食事をするのは、別に変ではない。

 

入学したばかりの頃では、互いに同じ科でも、他県、他校からの入学生ばかりで人見知りなところがある鈴はきっと一人で食事を摂っていただろうが、あの航海を経験した鈴はクラスメイトたちとは平気でコミュニケーションを取れるまで成長していた。

 

「それで、鈴ちゃんがどうしたの?」

 

「ええ、その時、知床さんは、魚系の定食を食べていました‥‥」

 

真白が言うには、鈴は航海科メンバーと食事をしていた時、魚の定食を食べていたと言う。

 

「この時、私はうどんを食べていました」

 

鈴は魚の定食を食べていたが、真白はうどんを食べていたと明乃と納沙に教える。

 

「いえ、別にその情報はいらない様な‥‥あっ、でもシロちゃんとのお食事でしたら、一向に構いませんよ」

 

納沙は別にその時、真白が何を食べていたのかはいらない情報だと言う。

そして、さりげなく真白と一緒に食事会をしたいとも言う。

 

「それで、どうしたの?」

 

明乃は話の先が気になる様子で真白に話の続きを求める。

 

「知床さんたちは私よりも先に来ていたので、私よりも早くに食べ終わり、席を立っていきました‥‥ただ‥‥」

 

「「ただ?」」

 

「‥‥ただ、綺麗に平らげられた知床さんの皿には‥‥」

 

「さ、皿には‥‥?」

 

「‥‥」

 

話のオチを待つ明乃と納沙は思わず生唾をゴクリと飲む。

 

「何故か箸が、三本置いてありました‥‥」

 

「「っ!?」」

 

真白の話のオチを聞いて、明乃と納沙は、ビクッとした反応をとる。

 

「シロちゃん、いきなり怖い話をしないで――――!!」

 

「まさか、シロちゃんが怖い話をしてくるなんて予想外です!!」

 

話しのオチを聞いた明乃と納沙は互いに抱き合いながら真白が話した鈴の話が怖い話だと言って騒ぐ。

 

「‥‥怖いか? この話?」

 

真白はこの話のどこに恐怖要素があったのか理解に苦しんでいる様子。

 

「私が体験した怖い話はですねぇ~……」

 

「いや、怖い話大会じゃないんだが‥‥」

 

真白に続き、納沙が怖い話をし始めた。

 

しかし、真白は決して怖い話をしたわけではなく、どうして鈴の皿には箸が三本あったのか、その意見を聞きたかったのだろう。

 

それ以前に、真白は怖い話が苦手で、初めての航海の時、納沙が夜、艦橋で怪談話をした際、ビビっていたが、今は夜ではなく、太陽が昇っているので、ビビってはいなかったのだ。

 

真白は鈴が残した箸の謎を明乃と納沙に意見を聞きたかったのに、納沙はそんな真白の心理を知る由もなく、話し始める。

 

「実は、先日お風呂場で洗顔フォームを使って、顔洗っていたんですけど‥その時、私は結構勢いよく両手で洗っていたんです‥‥」

 

回想の中で、納沙がお風呂場で、洗顔フォームを使って両手で顔を洗っていると、

 

「そしたら‥‥」

 

「「そうしたら?」」

 

「‥‥そしたら、『ザックン』って音が脳に響き渡りまして‥‥」

 

「「えっ?」」

 

脳内で回想中の納沙の右手の薬指が勢いよく鼻の穴の中へと挿入された。

納沙の話をここまで聞いて、明乃と真白の表情が一気に強張っていく‥‥

 

「うわぁ~……やっちゃったぁ~……って思って鼻血がポタポタと落ちてきたんですよ‥‥」

 

「「‥‥」」

 

「ところが‥‥二、三秒ほど血が流れたところでピタッと止まりました‥‥鼻の中にもう血はなく痛みもなく結局‥‥もう何も起こる事はありませんでした‥‥」

 

「‥‥」

 

「‥‥納沙さん、それって、怖い話じゃなくて、痛い話じゃあ‥‥」

 

明乃は納沙が言った事を想像してしまったのか、顔色が悪い。

 

そして、真白は納沙に対して、冷静にツッコム。

 

晴風の初航海の夜に、納沙は稲川〇二の様に艦橋員たちに怖い話を披露していたのに、今回は怖い話と言う趣旨を逸脱して、痛い話になった。

 

もしかしてあの時、怖い話をやり過ぎてネタが尽きたのだろうか?

 

しかし、明乃も真白も彼女の怖い話全てを聞いたわけではないのだが、納沙としては一度した話を再び話すのはプライドが許さなかったのだろうか?

 

「じゃあ、次は私だね」

 

真白、納沙が話したので、次は明乃の番となる。

 

「いや、だから怖い話じゃなくて‥‥」

 

真白が明乃にそもそもの発端である鈴の箸の意見を聞きたかったので、ツッコムが明乃はそれに気づかずに話始める。

 

「私が体験した怖い話はねぇ~‥‥この間のゴールデンウイークに、もかちゃんとシューちゃん、私の三人で、すき焼きを食べたの‥‥で、その時にシューちゃんがビールを持ってきて、みんなで飲んだんだ」

 

明乃は先日のすき焼きパーティーの時に起きた出来事を話す。

 

「えっ?ビール!?」

 

「艦長、アルコールを飲んだんですか!?」

 

「あっ、勿論、ノンアルコールビールだったよ」

 

『ビール』と言うアルコール飲料の単語を聞いて、ドキッとする真白と納沙。

そんな二人に明乃はアルコールではなく、ノンアルコールだとちゃんと説明する。

 

「って、言うか、碇艦長と一緒にすき焼きを食べたんですか!?」

 

明乃がシュテルと一緒にすき焼きを食べたと言う点に真白が食いつく。

 

「う、うん」

 

「どうして、私を誘ってくれなかったんですか!?」

 

「ご、ごめん。あの日は福引で当たったスポーツジムの体験に行ったから‥‥」

 

「それで、どうなったんですか?」

 

納沙が明乃に話の続きを促す。

 

「で、三人でノンアルコールビールとすき焼きを食べていたんだけど、もかちゃんが沢山お肉を食べちゃって、ご飯が終わった後、青い顔しちゃったの‥‥」

 

「きっと食べ過ぎでしょう」

 

「ノンアルとは言え、ビールなんて、慣れない飲み物を沢山飲んだせいでは?」

 

「うん、多分そうだと思う。シューちゃんが良いお肉を沢山買ってくれたからね。それに、もかちゃん、ノンアルビールもガブガブ飲んでいたし‥‥」

 

「えっ?艦長、なんで私を誘ってくれなかったんですか!?」

 

良い肉を使ったすき焼きと聞いて、納沙も真白同様、自分も食べたかったと不満をぶちまける。

 

「それで?知名艦長は大丈夫だったんですか?」

 

真白は、もえかは無事だったのかを訊ねる。

 

「私がお手洗いまで連れてって介抱したんだけど‥‥その時、もかちゃんの吐瀉物の中に何か動くモノがあってね‥‥」

 

「「えっ?」」

 

明乃が言い放った 『吐瀉物の中に居た動くモノ』 と言う単語にピキッと固まる真白と納沙。

 

「動くモノ‥‥?」

 

「一体何だったんですか?」

 

聞いてはいけないと思いつつも二人はその動くモノの正体が知りたくなり、明乃に訊ねる。

そして明乃はゆっくりと動くモノの正体を口にする。

 

「それがさぁ~‥‥なんと小さなムカデだったんだよ!!」

 

「「っ!?」」

 

一瞬にしてその場の空気が固まった。

明乃の言葉が真白と納沙の中で何かが崩れる音がした。

 

「あれって、人を怖がらないから寝ている時に口から中に入っちゃうんだって、昔、施設の人に聞いたことがあるんだよ。だから、みんなも夜寝る時には気をつけてね」

 

明乃は笑みを浮かべながら、養護施設の職員が話していたムカデの知識を真白と納沙に教える。

 

「はい、じゃあ、次はまたシロちゃんの番ね」

 

明乃が一周したので、次は再び真白の番であると真白に次の話を促すが、

 

「ちょっと待って‥‥」

 

「こ、この話はここまでにしてきましょうか‥‥?」

 

真白と納沙はスッと立ち上がる。

 

「えぇ~‥‥」

 

明乃は不満そうな声を上げる。

折角、盛り上がってきたのに、いきなり中断されて不完全燃焼なのだろう。

 

「私、ちょっとトイレ行ってきます」

 

「わ、私も‥‥」

 

二人は明乃の部屋を出てトイレに向かう。

 

ダートマス校の学生寮は部屋にトイレ、バスルームが完備されていたが、横須賀女子の学生寮はお風呂とトイレは部屋の外で共同となっていた。

 

「本当に‥‥?」

 

「マジですか‥‥?」

 

フラフラした足取りでトイレに向かい、トイレの扉を開けると、

 

「「おええええええええええええええぇぇ―――――!」」

 

個室の中で誰かが吐いている声が聞こえた。

 

「タマ、居た?」

 

「‥‥いな‥い」

 

声からしてトイレの中で吐いているのは西崎と立石みたいだった。

 

「砲術長と水雷長‥‥」

 

「どうやら二人も聞いていたみたですね」

 

西崎と立石も明乃のムカデの話を扉越しに聞いていたみたいだ。

だからこそ、二人はトイレで吐いているのだろう。

 

「シロちゃん、私たちも確かめますよ」

 

「あ、ああ‥‥」

 

真白と納沙の二人もトイレの個室に入ると、

 

「「おええええええええええええええぇぇ―――――!」」

 

指を喉の奥に突っ込んで、無理矢理吐き始める。

そして、それを影から見つめる明乃の姿があった。

 

「今更作り話とは言いづらいなぁ~‥‥」

 

明乃が真白と納沙の二人に話したムカデの話は嘘だった。

 

そもそも、あのすき焼きパーティーの時、もえかは気分を悪くしていない。

 

しかし、その真相を知るのは明乃とシュテル、そしてもえかの三人だけ‥‥

 

真白、納沙、西崎、立石の四人が明乃の話を信じるのも無理はなかった。

 

「いた?」

 

「いや、いない!」

 

「タマは?出た?」

 

「でな‥い‥‥」

 

「「「「おええええええええええええええぇぇ――――!!」」」」

 

四人は居もしないムカデを探す為、胃の中のモノを吐き続けていた。

 

明乃自身も四人があそこまで自分の話を信じるとは思ってもみなかったので、トイレで吐いている彼女たちに真実を教えることが出来なかった。

 

 

 

 

真白、納沙、西崎、立石の四人が明乃の話を信じ、居もしないムカデをトイレで吐きながら探している頃、千葉県の南船橋にあるららぽーとにカナデと共に訪れていたシュテルは‥‥

 

総武高校二年生であり、奉仕部の部員である由比ヶ浜結衣に絡まれると言うイレギュラーな出来事があったが、彼女があまりにも店内でギャーギャーうるさく騒ぐ為、警備員に連れていかれると言う自業自得な結果となった。

 

それから、二人はカナデの目的であったシュテルのヴァイオリンとのセッションをすることが出来た。

 

ただ、二人にとって予想外だったのは二人の演奏を聴いて沢山の人が集まった事だった。

 

つまり、二人の演奏はそれほど沢山の人たちを魅了していたのだ。

 

セッションを終えた二人は、まだ時間があるので帰ることなく、ららぽーとのテナントを見て回ることにした。

 

なお、この時シュテルの服装はあの服屋で買った服装で、最初に着ていた服は服屋の店員が綺麗に折りたたんで大きめの袋の中に入っている。

 

ヴァイオリンと服を持って歩くのは文字通り、荷が重いのでシュテルは服が入った袋とヴァイオリンはコインロッカーに入れて、手ぶらの状態でカナデとららぽーとの店内を見ている。

 

昼食は、シュテルのリクエストでららぽーとの中にあるサイゼリアに入った。

 

 

「なぁ、カナデ」

 

店内を歩いている時、不意にシュテルはカナデに話しかける。

 

「ん?なに?」

 

「服屋で騒いでいたあの女には注意しろ」

 

そして、カナデに由比ヶ浜に注意するように警告する。

 

「えっ?」

 

すると、カナデはキョトンとする。

 

「あの女の話を聞くと、以前お前さんがあの女の犬を助けたみたいだが‥‥」

 

「えっ?ああ‥随分前に車道に飛び出した犬を助けたことがあったけど‥‥あの人の話を聞いて思い出したよ」

 

カナデは由比ヶ浜との出会いを思い出す。

 

「あの女は、愛犬を助けたお前さんの事を運命の人‥‥白馬の王子様だと思い込んでいるみたいだ‥‥だが、アイツは自分の都合のいい事しか聞こえていない‥‥」

 

前世での由比ヶ浜との経験から、カナデに彼女の人となりをカナデに教える。

 

「お前さんの事を運命の人なんて言っているが‥‥まぁ、お前さんは顔が良いからかもしれないが、本質は恋に浮かれている自分に恋しているナルシストな部分もある」

 

「随分とあの人に詳しいようだけどシュテルは、もしかして、あの人と知り合いなの?」

 

カナデはシュテルが由比ヶ浜と知り合いなのかと問う。

まさか、前世では同級生で部活仲間だったと言ったところで、信じる筈がない。

 

「私と服屋の店員、そしてあの女のやり取りを見ていただろう?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

シュテルにそう言われると、確かに由比ヶ浜は一方的に喚き散らし、店員が止めるもそれを無視し、最終的に警備員に連れていかれた。

 

由比ヶ浜の言動とシュテルからの警告から、シュテルの言う通り、由比ヶ浜は危ない人なのだろうと思った。

 

もともと、彼女は自分のコンサートやコンクールでも観客席で何度も見ている。

自分の下に送られてくる下着や黒焦げた何かを送ってくるのもきっと、彼女だろうと確信した。

 

「もし、あの女が本格的なストーカー化したら、遠慮なく、そして躊躇なく警察に相談しろ‥‥お前さんは昔から、優しい所があるが、ああいう輩は優しくするとつけあがるからな。現にカナデがアイツの犬を助けたことがきっかけで、あの状態になっているから‥‥」

 

「う、うん」

 

「それで、もし警察が真面目に取り合ってくれなかったら、私に言え‥‥その時は私が持てる人脈を使って、お前さんを助けてやるから‥‥」

 

「えっ?あっ、うん‥ありがとう。頼りにしているよ」

 

「ああ、任せておけ」

 

日本に来て、ブルーマーメイドに顔が利く宗谷家の人とコネクションが築けたのは正直ありがたかった。

 

もし、由比ヶ浜がカナデに何かするようであれば、例え自分の力ではなくとも、カナデを由比ヶ浜から救うつもりだった。

 

由比ヶ浜のバックには雪ノ下が居り、その雪ノ下家は、この後世世界では千葉において絶大な権力を持っているが、流石の雪ノ下家でも国際組織であるブルーマーメイドに喧嘩を吹っかけることはしないはずだ。

 

そしてある程度、店内を見終えると二人は外に出て、ららぽーと近くのサンビーチエリアへと来た。

 

前世とは地形が異なるこの後世世界‥‥

 

ららぽーとの近くには、海水浴場があり、夏には海水浴客や潮干狩り客で賑わう。

 

「まだ、夏じゃないからそこまで混んではいないな‥‥」

 

しかし、今の時期はまだ、海開き前であり、海水浴客はおらず、自分たちのように散歩している人たちがちらほら居る。

 

「海に入るわけじゃないけど‥‥」

 

シュテルは靴と靴下を脱ぐと、波打ち際に裸足で海水に浸かる。

今、シュテルが身に着けているのはズボンではなく、スカートなので裾が海水に浸ることはない。

 

「ちょっと、冷たいかな?」

 

海水は思ったより冷たかった。

海にかかわる学業故なのか、こうして海水に浸かったり、潮の香りに包まれていると、なんだが、テンションが上がる。

シュテルはまるで水溜まりではしゃいでいる子供のように海水と戯れている。

 

「おーい、カナデも来ないか?」

 

シュテルはカナデにもこうして一緒に海水と戯れないかと訊ねる。

 

「ん?それじゃあ‥‥」

 

そう言って、カナデも靴下と靴を脱ぎ、ズボンの裾を上げ、波打ち際に来る。

 

「シュテルの言う通り、ちょっと冷たいね」

 

カナデが「ハハハ‥‥」と笑みを浮かべながら、海水に足を浸ける。

すると、カナデがシュテルの後ろに回ると、

 

ヒョイ!!

 

「うわっ!?」

 

カナデがシュテルを抱っこした。

しかも、両膝の裏と脇に手を当てての抱っこ‥‥所謂お姫様抱っこと言うやつだ。

 

「ハハ、シュテルは軽いなぁ~」

 

「ちょっ、カナデ、ハズイから降ろして」

 

「いいじゃないか、お互い中々会えないんだし、こうして、シュテルの顔を間近で見たいし、それに匂いだって‥‥」

 

「変態だな、お前‥‥」

 

カナデは楽しそうにゆっくりとシュテルを左右に揺らしながら歩き、抱えられているシュテルは少し恥ずかしそうにしながらも、同じく楽しそうな様子を浮かべていた。

カナデが突然、シュテルを抱えたままダンスするかのように回り始めた。

 

「ちょっ、カナデ」

 

カナデはいたずらっ子のように笑みを浮かべながら回り、シュテルは突然のことに慌てた表情を浮かべる。

 

すると、何回転かすると急にカナデはバランスを崩したのか、千鳥足のようにふらふらとなり、そのまま波が届いていない砂浜にシュテルを抱えたまま尻餅を着いた。

 

さすがにシュテルもカナデも慌てた様子で、尻餅を着いた時にお互いを見ながらポカーンと呆然としたが、

 

「「ハハハハハ‥‥」」

 

すぐに笑みを浮かべこの失敗を互いに笑い合っていた。

 

「まったく、無茶をする奴だな~ハハハハハ‥‥」

 

「ハハハハハ‥‥でも、たまにはこうして子供みたいにはしゃぐのもいいもんだろう?」

 

「ハハ、まあな」

 

その後も二人は波打ち際ではしゃいだ。

 

二人の姿はまさに八幡がよく言っていたリア充の姿そのものであった。

 

事実、シュテルとカナデの事を羨んでいる者、睨みながら嫉妬めいた視線を送っている者が居たが二人は気づかなかった。

 

はしゃいだ後、海の家の水道で砂を洗い落とし、靴下と靴を履きなおす。

 

時間も良い頃合いで、

 

 

「今日は色々あったけど、楽しかったよ」

 

「私も楽しかった。じゃあ、元気で‥‥」

 

シュテルとカナデはハグをして、それぞれの帰路についた。

 

横須賀行きの水上バスの車内で、シュテルは、

 

(由比ヶ浜、お前の我儘にカナデを巻き込ませないぞ‥‥)

 

シュテルとしては、前世の経験から、由比ヶ浜の様な女に大切な身内であるカナデと関係を持たせるわけにはいかない。

 

それに由比ヶ浜が絡むとなると、雪ノ下や葉山の二人も絡んでくる可能性がある。

 

雪ノ下の性格から、一目惚れ、恋愛なんて無縁だろうが、葉山の奴は、変に勘繰って、カナデが雪ノ下に惚れたと思ったら、葉山の奴はカナデにも牙を向ける可能性がある。

 

カナデ自身は、シュテルからの警告を受け由比ヶ浜に危険性を抱き始め、更に由比ヶ浜とカナデは通っている学校が異なるが、それでも油断は出来なかった。

 

 

その由比ヶ浜本人はと言うと‥‥

 

愛犬であるサブレを迎えに行き忘れ、ららぽーとに二度も行く羽目になった。

 

その後、彼女は自宅の自分の部屋で人知れず荒れていた。

 

「なんなの!?あの女!?カナカナは私だけのモノなのに!?」

 

由比ヶ浜はシュテルに対して激しい怒りを抱いていたが、彼女はシュテルがカナデと親戚だと言うことを知らないし、シュテルが何処の誰なのかさえも知らない。

 

「ヒッキーなんかと違って、カナカナは私の運命の人なんだから‥‥邪魔させない‥‥あんな、泥棒猫なんかにカナカナは絶対に渡さない‥‥」

 

由比ヶ浜はブツブツと親指の爪を噛みながら、不気味に呟いていた。

 

そんな由比ヶ浜の姿に愛犬であるサブレも彼女には近寄りがたいのか「うぅ~‥‥」と唸っていた。

 

由比ヶ浜に恨まれたシュテル自身、カナデがシュテルに好意を持っている事も知らなかった。

 

更にお互いに同じ世界出身の転生者であることも‥‥

 

 

シュテルが横須賀女子の学生寮に到着すると、クリスやユーリはシュテルの格好を見て驚いていた。

 

「シュテルンどうしたの!?その恰好!?」

 

「えっ?」

 

「シュテルンがスカートを履くなんて、明日は大嵐じゃない!?」

 

「そこまで言う?」

 

ジト目でユーリとクリスを見るシュテル。

 

三人で学生寮の通路を歩いていると、ロビーの片隅で、明乃、真白、納沙、西崎、立石が何故か床に正座して、ウルスラに怒られていた。

 

「あれ?ミケちゃんたちだ‥‥何かあったの?ウルスラが随分と怒っているみたいだけど‥‥」

 

「ああ、あれね‥‥」

 

ユーリとクリスは何故、明乃たちがウルスラに怒られているのかを話した。

 

何でも、真白、納沙、西崎、立石がトイレで吐いているのが目撃され、もしかして食中毒、またはRat事件の事もあり、何か未知のウィルスに感染したのかと思い医務長であるウルスラが急いで現場のトイレに向かうと、トイレの便器に一心不乱に吐いて、何かを探している四人の姿があった。

 

事情を聞いてみると、明乃が話したムカデが自分の胃の中に居るかもしれないと言うことで確認の為、吐いていたらしい。

 

そこで、ウルスラが明乃の話は嘘だと言ってムカデの話をした明乃を含め四人にお説教しているのだと言う。

 

「で?そのムカデ騒動はいつ頃あったの?」

 

明乃たちが、足をムズムズさせているので、彼女たちの足が痺れて相当ヤバいのだろう。

 

「うーん‥‥お昼過ぎかな?」

 

「えっ?お昼過ぎ!?」

 

ユーリの話を聞いて驚くシュテル。

明乃たちはもう数時間、ずっとウルスラのお説教を正座して聞いていることになる。

 

(あ、足が‥‥)

 

(しび‥れる‥‥)

 

(なんか、足の感覚がなくなってきました‥‥)

 

(うぅ~ついてない‥‥)

 

「う、ウルスラ、もうそれぐらいでいいんじゃないかな?」

 

シュテルがウルスラに明乃たちも十分反省しているのだから、そろそろ解放してやれと言う。

 

「あら?艦長、珍しいですね。スカートを履くなんて‥‥」

 

シュテルに気づいてウルスラはシュテルがスカートを履いていることに珍しがる。

 

「あっ、ちょっと訳があってね‥‥それで、そろそろ解放してもいいんじゃないかな?」

 

「あっ、もうこんな時間ですか‥‥」

 

ウルスラはロビーの時計を見て、もう夕方であることを知ると、

 

「いいですか?今後はあの様な事はしてはダメですよ」

 

「「「「「は、はい」」」」」

 

力なく、返答する明乃たち‥‥

 

顔もなんだか憔悴しきっているようにも見える。

 

ただ、ウルスラからのお説教が終わっても彼女たちは足が痺れて上手く立てなかった。

 

そこで、シュテルはユーリとクリスの他に、ジークとメイリンを呼び、足が痺れて動けない明乃たちに肩を貸し、部屋まで送り届けた。

 

ただ、シュテルに肩を貸され、部屋に運ばれる明乃の姿を見て、真白はなんだか羨ましそうに見ていた。

 




この作品の主人公である転生した八幡こと、シュテルの容姿が見てみたいと言う意見があり、彼女のイラストを描いてみました。

しかし、手描きの為、出来の良しあしについては責任が持てないので、閲覧に関しては自己責任でお願いします。


【挿絵表示】


伊達眼鏡バージョン


【挿絵表示】


シュテルはその名前の通り、なのはシリーズのシュテルをイメージしております。

イメージCV 田〇ゆ〇り さんです。


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100話

記念すべき100話なのですが、今回の話はなんか番外編みたいな内容となっております。

『この素晴らしい世界に祝福を!』 世界に転生した比企谷父の視点となっております。

転生した世界が、このすば世界なので、同作品より、今回は、御剣 響夜(ミツルギ キョウヤ)と彼のパーティーメンバーであるクレメアとフィオがゲスト出演します。

キョウヤの中の人が八幡と同じ人の為、彼に今回災難が降りかかってしまいます。

キョウヤ ファンの方々には申し訳ございません。



ここで、視点はシュテル‥‥もとい、八幡たちが転生した世界から別の異世界へと移る。

 

この異世界は、八幡たちが住んでいた世界、そして新たに転生した世界と比べると、所謂ファンタジーな世界と呼ばれる世界だった。

 

文明のレベルは中世のヨーロッパ並みであるが、その世界には魔法が存在していた。

 

それが、ファンタジー世界と呼ばれる由縁であった。

 

その他にもジャイアント・トードと呼ばれる巨大なカエル、外見は普通の野菜なのに生物のように生きているキャベツやレタス、アダマンマイマイと呼ばれる巨大なカタツムリ、ジャイアント・アースウォームと呼ばれる巨大なミミズ、更にはドラゴンなど、地球では想像上の生物やゲーム・漫画・アニメでしか登場しない様な幻獣生物が存在していた。

 

更にこの世界は、魔王と呼ばれる存在が君臨し、その軍隊‥‥魔王軍までもが存在し、日々この世界の人々を苦しめていた。

 

幸運の女神とされるエリスの先輩女神、水を司る女神であるアクアは、これまで大勢の死者をこの世界に転生させていた。

 

しかし、ある死者の転生としてこの世界へ特典として強制的に連れていかれた。

 

アクアが異世界へ強制的に連れていかれたことで、アクアの職務は後輩女神であるエリスが引き継いだ。

 

そしてこの世界に先日、一人の男が転生した。

 

彼は、自殺、事故死、病死ではなく、無事に(?)天寿を全うした。

しかし、その最後は寂しく、そして空しく、病室では彼の最後を看取る身内は誰も居なかった。

 

 

そんな彼は、死後にはエリスの手によって、この異世界にやってきた‥‥

 

この世界は、魔王軍と戦うための人材を送ることも念頭に置かれていた為、転生者の体力、頭脳が前世の中で最も活発的な時期の肉体になり、転生される。

 

赤ん坊からの転生では、魔王軍と戦うまでに成長するにはかなりの時間を有するので、その時間をショートカットするためだ。

 

成長過程で病気や事故で死んでしまっては折角の人材が無駄になってしまう事を防ぐ目的もあった。

 

この世界に転生した転生者はまず、この世界のシステムを知るため、チュートリアルを兼ねて、『アクセルの街』 と呼ばれる街に転生する。

 

転生者はこの街で、クエストと呼ばれる住民からの依頼をこなしながら、冒険に必要な能力を身につけたり、自身を強くする装備品、冒険をする為の資金や消耗品を購入し、新たな街へと旅立って行く。

 

この世界で冒険者と言う職業に就くには、アクセルの街のギルドと呼ばれる酒場で、冒険者カードに登録する必要がある。

 

なお、手数料に1000エリスの代金を支払う。

 

この世界に転生した転生者は大抵この冒険者になる。

 

それにはまず、この冒険者に就くための手数料を稼がなくてはならない。

 

転生者は、大体が転生の特典で、優れた武器、自身に強力な能力を身に着けてこの世界に転生しているので、すぐに手数料ぐらいのお金は稼げる。

 

だが、中には折角の特典をくだらない事に使ってしまう転生者も居る。

 

今回、この世界に転生したこの男も残念ながら、折角の特典をどうでもいいことに使ってしまった。

 

彼の転生特典‥‥

 

それは、自分が孕ませた女性が生むのは、必ず女子になると言う特典だった。

 

地球と同じ近代レベルの文明世界ならともかく、中世と同じぐらいの文明レベルで、正直この世界で役に立つのかと言う特典だ。

 

前世で彼は、社畜のサラリーマンだったことから、近代レベルの世界は嫌だと言って、敢えて前世よりも文明レベルが劣るこの世界に転生してきたのだ。

 

だが、彼はこの世界を舐めていた。

 

地球では社畜として積んだ経験が地球よりも遅れた文明のこの世界ならば、十分なアドバンテージになるかと思っていた。

 

だが、現実はそんなに甘くなく、彼のアドバンテージになるかもしれないと思われていた彼の考えや、やり方は、かつて地球において天動説が主流の中、地動説を唱えたガリレオ・ガリレイが異端視されたように、彼は周囲の人からあまり相手にはされなかった。

 

転生者とは言え、生きている人間には変わりない。

 

生きていれば当然、お腹も減る。

 

食べ物を得るにはその対価であるお金が必要である。

 

その他にも衣類や住む場所が必要になる。

 

そして、その対価となるお金を得るには労働をしなければならない。

文明レベルが中世なこの世界‥‥すぐにつける仕事は土木作業のバイトぐらいだった。

 

社畜が嫌で、敢えて文明レベルが遅れている世界に来たのに、その遅れている世界でも、自分はこうして前世と同じく社畜をしている。

 

文明レベルが遅れているせいで、法整備も整っていないのか、最低賃金?

 

労働基準法?

 

なにそれおいしいの?

 

そんな、レベルの労働環境なので、日々の宿も人間が寝泊りするような宿ではなく、馬小屋や時にはその馬小屋でさえ泊まることも出来ない時があり、路上で夜を明かすこともある。

 

前世よりもひどい生活‥‥まるでホームレスの様な生活を送っている。

 

ここでの生活は自分が夢見ているハーレム生活とはあまりにも無縁な世界だった。

 

「くそっ、これなら、前の世界で社畜をしていた方がマシだったぜ‥‥選ぶ世界を間違えた‥‥」

 

こんな事なら、社畜でもいい、文明レベルが前の世界と同じ世界にすれば良かったと彼は後悔した。

 

そして、今日も彼は労働時間と労働量に見合わない安い給料を手に愚痴りながらアクセルの街を歩いていた。

 

その時、彼の耳に聞き慣れた声が聞こえた。

 

「あぁ~‥‥今回のクエストは、本当にくたびれたぁ~‥‥」

 

その声は半世紀ぶりに聞いた声であったが、彼にとっては忘れもしない声だった。

 

「キョ―ヤ、お疲れ様」

 

「今日のキョ―ヤ、格好良かったよ」

 

「あ、ああ‥ありがとう。二人とも‥‥」

 

彼がその声がする方を見ると、其処には青い甲冑に同じく青いマントを身に着けた美男子が美女二人と共に何やら疲れている様子で歩いていた。

 

この青い甲冑の美男子の名は、ミツルギ・キョウヤ (御剣響夜)。

 

彼、ミツルギ・キョウヤも転生者であった。

 

キョウヤの職業はソードマスターで、転生特典として神器、魔剣グラムを貰っていた。

 

性格は正義感が強く、容姿は葉山同様、なかなかのイケメンであり、パーティーメンバーからも慕われていた。

 

その他にも、転生特典の魔剣の力によってある程度の実績を兼ね、エンシェントドラゴンと呼ばれる強敵なモンスターを討伐した功績もあってか、たくさんの冒険者たちからも尊敬され、アクセルの街や王都の住人たちからも非常に頼りにされていた。

 

そして、キョウヤが疲労しているのは理由がある。

 

ある日、キョウヤはいつもの様にクエストを終え、パーティーメンバーと共にアクセルの街を歩いていた。

すると、大きく丈夫そうな檻に入れられた青髪の女性を見つけ、その人に声をかけた。

檻に入れられていたのは、自分に魔剣グラムを渡し、この世界に転生させた女神だった。

キョウヤは檻に入った女神を見て、彼女を連れていた青年に女神が強制労働されていると勘違いし、辺りは険悪な雰囲気となる。

 

この女神を檻に入れ、連れていた青年こそ八幡が選択の間に来る少し前、エリスの先輩女神であるアクアを特典として異世界に連れていった張本人であった。

 

その後、パーティーメンバーへの待遇の悪さに激昂して、青年に掴み掛り、何でも一つ言うことを聞く権利とパーティーメンバーの移籍を賭けて勝負を持ちかけるも、不意打ちをくらいキョウヤは負け、敗北の戦利品として魔剣を青年に取り上げられてしまう。

 

翌日、キョウヤは再び青年の前に姿を見せるも、女神からゴッドブローを喰らわされた上に檻へと入れられていた時のクエストで得られなかった報酬を慰謝料として支払うことになり、更にキョウヤは青年に転生特典だった魔剣グラムの返還を求めると、なんと青年はキョウヤから戦利品として奪った魔剣グラムを武器屋に売却していた。

 

その為、キョウヤは急ぎ、武器屋へと走り、魔剣グラムを買い取ったが、そこでも多額のお金を払うことになり、今後のパーティーの運営費を稼ぐ為、今回難易度が高いクエストに挑んだのだ。

 

クエスト自体は、何とか無事にクリアしたが、過去にドラゴン討伐に成功したキョウヤが此処まで疲労しているという事は、今回こなしたクエストがかなりの難易度であったことが窺える。

 

しかし、難易度が高いクエストほど、支払われる賞金も多い。

女神に払った慰謝料と魔剣グラムを買いなおした代金も今回のクエストの賞金で、プラマイゼロか微々たるものであるがプラスになった筈だろう。

 

「あぁ~それにしても今日のクエストは本当に大変だった‥‥さっさと食事して宿で休みたい‥‥」

 

疲労しているせいか、キョウヤの声は普段よりも低く沈んでいる。

 

そこへ、

 

「おい!!」

 

キョウヤへ声をかける人物が居た。

 

 

彼は、青い甲冑と青いマントを羽織っている青年の声を聞いて確信した。

 

(あの声は!?‥‥あの声‥‥間違いない!?あのクズのろくでなしだ!!)

 

(アイツのせいで、俺は‥‥俺は‥‥!!)

 

青い甲冑の青年‥‥キョウヤを見て、疲労していた筈の身体に沸々と怒りがこみ上げてくる。

 

(あのゴミクズのせいで、俺の人生も小町の人生も滅茶苦茶になった!!)

 

(小町が高校受験に失敗して、引きこもりになったのも、警察に疑いをかけられたのも、離婚をしたのも、俺の人生があまりにも空しくなったのも、ここでホームレス生活をしているのも、全部あのゴミクズのせいだ!!)

 

(それなのに、アイツはあんなに綺麗に身なりを整え、女二人を侍らせているだと!?許さん!!絶対に許さん!!)

 

物凄い偶然かもしれないが、疲労しきったキョウヤの今の声と八幡の声がそっくりだったのだ。

 

疲労したキョウヤの声を聞いて、彼の目にはキョウヤが八幡に見えたのだ。

 

しかもキョウヤのパーティーメンバーを見て、更に怒りがこみ上げてくる。

 

愚息だと思っていたのに、綺麗な女性二人を侍らせている事が彼の怒りの火に油を注ぐ‥‥

 

我慢できなくなった彼は、キョウヤに声をかけていた。

 

「おい!!」

 

「ん?」

 

彼の声にキョウヤは気づき、振り向く。

 

「お前‥‥お前‥‥お前のせいで‥‥お前のせいで俺は‥‥俺の人生は‥‥」

 

血走った目でキョウヤに近づいてくるホームレスの様な服装の男。

 

「えっ?えっ?ちょっ、待ってください、僕たちどこかで会いましたっけ?」

 

キョウヤにしてみれば、全く面識のない男がどうして、あそこまで自分に殺気をにじませているのか分からなかった。

 

「 『どこかで会った?』 だと?ふざけるな!!十七年間も育ててやった恩を忘れ!!俺にあれだけの迷惑をかけやがって!!」

 

「えっ!?」

 

バキッ!!

 

身体は疲労していた筈なのに、男の渾身の一撃がキョウヤの顔面にヒットする。

 

「「キョーヤ!!」」

 

殴られたキョウヤを見て、同じパーティーメンバーのクレメアとフィオが声を上げる。

 

キョウヤとしてみれば、面識のない男に十七年間育ててもらった覚えもないし、何故、自分が殴られたのかも分からなかった。

 

殴られたキョウヤは地面に倒れると、男はキョウヤに馬乗りになると、彼の顔に何度も拳を叩きつける。

 

「死ね!!死ね!!死んじまえ!!このクズが!!」

 

普段のキョウヤならば、こんな村人並みの戦闘力しかないホームレスに負ける筈はないのだが、今回のクエストの疲労はそれほど、大きかった。

 

「お前のせいで!!小町は高校に落ちて引きこもりになったんだぞ!!俺たち夫婦は警察に虐待容疑をかけられるわ!!会社じゃあ左遷されるし!!それが原因で母さんとも離婚することになったんだぞ!!」

 

彼はキョウヤを殴りながら、これまで自分の人生が息子(八幡)によって無茶苦茶にされた事をぶちまける。

 

「そんなお前が!!この世界で、ハーレムを築くなんて許さん!!絶対に許さんぞ!!」

 

キョウヤを殴り続け、彼が意識を失った頃に男はキョウヤを殴るのを止めた。

 

「ちょっと、アンタ!!」

 

「キョーヤに何しているのよ!?」

 

彼のパーティーメンバーのクレメアとフィオが男に抗議する。

 

いきなり訳の分からないことを言って、自分たちが敬愛する彼をボコボコに殴って来たのだから、彼女たちの不満と怒りは当然だった。

 

キョウヤをボコボコにし、彼のパーティーメンバーに抗議を受けると、ゆっくり彼女たちの方へと顔を向ける。

 

「あぁ~君たち、このクズに騙されているんだね?コイツは、今はこんな顔をしているが、本当は腐れ眼で性格は根暗で捻くれて、愛想もない、どうしようもない不良品な男だったんだよ」

 

男は八幡がこのキョウヤと呼ばれている男だと信じ切ってきた。

 

「それにコイツの名前はキョウヤなんかじゃない‥‥比企谷八幡と言うボッチで、女っ気のない人間のクズなんだよ!!」

 

八幡が行方不明になり、失踪宣告が受理され、八幡は書類上では死んだことになった。

 

遺体は見つかっていないが、八幡は実際に死んでおり、自分同様あのエリスとか言う女神にこの世界に転生してきたのだろうと彼はそう判断した。

 

そして、転生特典として、容姿を変えてもらい、八幡と言う名前を捨て、キョウヤと言う偽名を使い、二人の女性を騙してきたのだと思い込んできた。

 

だが冷静さに考えてみれば、自分が天寿を全うした年月と八幡が死亡したとされる年月を考えてみれば、それらの年月が矛盾していることぐらいは気づきそうだが、彼は冷静を欠いているので、年月の差と言う事をすっかり忘れている。

 

「君たちを騙すクズはちゃんと俺がお仕置きしておいた。こんな奴の所に居るよりも俺の所に来ないかい?」

 

キョウヤに馬乗りになって殴っていた彼は、キョウヤの意識が無いことを確認した後、立ち上がり、両手を広げ、ゆっくりとキョウヤのパーティーメンバーの下にゆっくりと歩み寄る。

 

そして、彼はキョウヤの下を去り、自分の所に来いと言う。

 

「はぁ?何言ってんの!?」

 

「誰がアンタみたいな冴えない乞食の所なんて行く訳ないでしょう!!」

 

「大体、腐り目なんて言うけど、アンタの目の方が腐っているわよ!!」

 

「アンタ、本当に人間なの!?ゾンビじゃないの!?」

 

服装・ルックスを見てもキョウヤと目の前の男と比べたら、どう見てもキョウヤの方が勝る。

 

それにフィオの言う通り今の彼の目は、八幡以上にドロドロと腐っていた。

 

「君たちはコイツに騙されているだけなんだぁ~‥俺が‥‥俺が君たちを救ってあげるよぉ~‥‥俺と一緒に温かい家庭を作ろう‥‥俺との間には可愛い娘が生まれるぞぉ~‥‥それこそ、小町以上の天使が!!」

 

血走った目でゾンビみたいなゆっくりとした足取りでキョウヤのパーティーメンバー、クレメアとフィオに近づく。

 

「「ひぃっ~‥‥」」

 

二人もこの男の異常性に気づく。

 

すると、男は自分たちに飛び掛かってきた。

 

狙われたのは、服でも布の面積が少ない服装をしていたクレメアだった。

 

男はクレメアに馬乗りになり、

 

「さあ、俺の子供を産んでくれ‥‥俺と君との間に生まれる子だ。きっと可愛い娘が産まれるぞぉ~」

 

男は片手で器用にズボンのベルトを緩め、路上なのに自身のイチモツを出す。

 

「い、いやー!!」

 

「だ、誰か!?誰か!?助けて下さい!!」

 

男は、クレメアの服を脱がそうとする。

 

凄腕のキョウヤがこの男に負けるほどの疲労をしている通り、彼のパーティーメンバーの二人も疲労しており、普段ならば押し倒される前にこんな乞食みたいな男に負ける筈はないのだが、今日はMPもHPもほとんど、残っていない為、いとも簡単に押し倒されてしまったのだ。

 

労働で疲れている筈の男は性欲が精神を凌駕していたので、疲労感を感じなかったのだ。

 

フィオは周囲の人に助けを求める。

 

このままクレメアはこの男に強姦されてしまうのだろうか?

 

いや、アクセルの街は初心者の冒険者が多く集まる街であるが、決して治安が悪い街ではない。

 

故に、

 

「おい、アンタ!!何しているんだ!?」

 

「その女の人から離れろ!!」

 

「この変態め!!」

 

クレメアの悲鳴とフィオの叫び声を聞きつけ、あっという間に人が寄ってきた。

 

周囲の人々はクレメアに馬乗りになっている男を引きはがす。

 

「クレメア!!大丈夫!?」

 

「フィオ~!!怖かったよぉ~!!」

 

クレメアはフィオに駆け寄り、泣きながら彼女に抱き着く。

 

「衛兵を呼べ!!」

 

「離せぇ~!!俺は悪くない!!俺は!!彼女たちをあのクズから解放してあげようとしたんだ!!悪いのは全部そこにいるクズなんだ!?」

 

「何訳の分からないことを言っている!?」

 

ガタイの良い冒険者の男たちに取り押さえられた彼は自分の正当性を叫ぶが、どう考えても無理がある。

 

その後、彼は下半身丸出しのまま、この街の衛兵に連れていかれた。

 

 

後日、王都にある裁判所に彼の姿はあった。

 

証言台には今回の事件の被害者であるキョウヤ、クレメア、フィオの三人の姿があった。

 

労働に関する法整備は整っていないこの世界だが、犯罪に関する法に関しては、存在していた。

 

しかし、DNA鑑定を始めとする科学捜査、防犯カメラ技術も存在していない為、正直この世界の犯罪に関する法律、裁判も穴だらけなモノで、証人だって金を掴ませれば、被告に不利な虚偽の発言をする。

 

きっと、この世界では冤罪なんて、日常茶飯事の事なのだろう。

 

被告人である彼が証言台に連れてこられると、罪状認否が行われる。

 

彼の罪状は暴行罪及び強姦未遂罪だった。

 

勿論、彼はこの罪状を否認した。

 

彼にとって、自分がしたのは犯罪ではなく、正当な行為だと思っていた。

 

自分の人生を滅茶苦茶にした愚息に制裁を与え、その愚息に騙されている女性たちを救い、彼女たちの間に自分の子供たちを産んでもらう‥‥

 

それなのに、何故自分がこうして裁判で裁かれなければならない?

 

むしろ、その理由が理解できない。

 

彼は証言台で自分の正当性を主張するが、検察、裁判官、弁護士、傍聴人、そして被害者であるキョウヤたちも彼の主張には呆れていた。

 

今回の裁判に関しては、証言も目撃情報も多数あり、冤罪にはならず、弁護士でさえ、弁護を投げだす始末だった。

 

裁判の結果、彼には鉱山での強制労働刑が下された。

 

 

それから数日後‥‥

 

王都所有の鉱山では沢山の囚人たちが強制労働をさせられていた。

 

その中には先日、アクセルの街で冒険者とそのパーティーメンバーの一人を強姦しようとしたあの男が居た。

 

囚人たちは鉱山でつるはしを使って鉱石を掘り出す者、

 

掘り出された鉱石をトロッコに積む者、

 

そして、採掘された鉱石が積まれたトロッコを手で押す者、

 

そんな囚人たちの監視役として、手に鞭を持った看守が怠けている囚人、手間が悪くノロノロ働いている囚人に容赦なく鞭を振る。

 

(くそっ、こうなったのも全部あのクズのせいだ!!)

 

(ここを出たら、奴を必ず殺してやる!!)

 

鉱石が積まれたトロッコを押しながら、ここを出所したら、次は殴るだけではなく、キョウヤを亡き者にしてやると、決意する。

 

しかし、アクセルの街ではホームレスだった彼は、皮肉にも囚人になることで衣食住を手に入れることが出来たのだった‥‥

 

 

 

 

ここで、視点を異世界からシュテルたちが転生した世界へと戻す。

 

シュテルは七月、夏休みの予定を確認する。

 

「はぁ~、やっぱり、Rat事件の影響で七月の夏休み部分は補修か‥‥」

 

「それだけじゃないみたい」

 

「ん?」

 

「八月の上旬も、ドイツから飛行船母艦が来て、なんでも新型の自走式気球の講習があるみたいだよ。ドイツからの留学生組は絶対に受けないといけないみたい」

 

「それにブルーマーメイドフェスタもあるし‥‥」

 

「九月には遊戯祭もある‥‥」

 

「マジかぁ~‥‥」

 

七月にはRat事件の影響で遅れた分の補習があり、八月にはドイツから運ばれてくる新型の自走式気球の操縦講習があり、今年の夏休みは三週間ぐらいしかないみたいだ。

 

しかも、夏休みなので、当然学校からは宿題も出される。

 

それに八月中旬には横須賀のブルーマーメイドの基地でブルーマーメイドフェスタが開催される。

 

主役はブルーマーメイドなのだが、横須賀女子でも露店を出店したりする。

 

それに、学生艦の見学、体験航海もあり、それに間に合うように、駿河はドックにて補修中で、今年はドイツ、キール校のヒンデンブルクもその体験航海に参加するみたいで、ヒンデンブルクも駿河同様ドックの作業員の他、万里小路重工からも作業員、技術者が出向して、駿河、ヒンデンブルクの補修作業が行われている。

 

「今年の夏休みも色々と忙しくなりそう‥‥」

 

去年はダートマス校の体験入学をして、通り魔事件、演劇祭と、何かと忙しかったが、今年の夏休みも勉強とイベントの予定がぎっしり詰まっていた。

 

「それに、九月にある遊戯祭も他校の人たちが集まって、結構大きなイベントになるみたい」

 

今年の横須賀女子の文化祭兼体育祭は、呉、舞鶴、佐世保の海洋学校の生徒たちが学生艦と共に横須賀にやってくるらしい。

 

横須賀、呉、舞鶴、佐世保、そして留学組で体育祭として様々な競技で、得点を競い合うらしい。

 

他にもブルーマーメイドフェスタの様に横須賀女子の各々のクラスは露店や出し物をする。

 

(夏休みに文化祭か‥‥)

 

(ルミルミの奴は大丈夫だろうか?)

 

(この世界の俺は、ルミルミを助け出すことは出来るだろうか?)

 

シュテルは、夏休み、文化祭と言う単語を聞いて、前世の事を思い出す。

 

高校二年生の夏休み、妹の小町と平塚先生に嵌められ、無理矢理群馬県の千葉村に連れていかれ、そこで出会った鶴見留美。

 

彼女は同級生からいじめを受けていた。

 

「みんな仲良く」 の葉山が彼女のいじめ問題に首を突っ込んだ。

 

彼は自分の目の前の人間も仲良くできていなければ、気が済まないのだろうか?

 

葉山の意見に小学生時代、葉山のせいでいじめが悪化した雪ノ下は真っ向から彼のやり方を否定した。

 

その後も不毛なやりとりが行われ、最終的に八幡が、葉山グループのメンバーを使って、小学生たちに脅しをかけて留美のいじめを強引に解決させた。

 

今思えば、一つ間違えれば重大な問題に発展していたかもしれないと思いつつ、あの時間が無い状況ではああするしか手が思いつかなかった。

 

そして、悪評がつくきっかけとなった文化祭‥‥

 

ノリと目立ちたいがために実行委員長になった相模。

 

OGなのに、首を突っ込んできた雪ノ下の姉である陽乃の余計な一言を真に受け、文化祭の開催が危うくなりながらも開催された文化祭のエンディングセレモニーでは、集計表を持って逃げ出すが、態と見つけてもらいたい場所‥‥屋上に居た。

 

八幡は自らが悪役になることで相模を会場に戻した。

 

しかし、これで、八幡に悪評がつき、これを見て、葉山は八幡の解決方法‥‥

 

自己犠牲をするのだと自覚し、修学旅行の依頼を奉仕部に‥‥八幡に丸投げしてきたのだ。

 

その二つの出来事がこの世界でも近づいている。

 

この世界に存在しているかもしれない自分が前世の自分と同じ方法で解決するのではないかと心配になるシュテルだった。

 




このすばのキョウヤと俺ガイルの葉山‥‥

同じ金髪イケメンでありますが、八幡は声が似ているキョウヤにも苦手意識を向けるのかな?


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101話

七月‥‥

 

学生にとっては楽しみにしている夏休み目前となっているが、その夏休みを迎えるにあたって、学生は一つの試練を乗り越えなければならない。

 

そう、期末試験と言う名の試練を!!

 

とは言え、今年の四月に発生したRat事件の影響で夏休みが多少削られてしまうことになったが、それでも、期末試験を無事にクリアして過ごす夏休みと、攻略不可となり、補習だけの夏休みとでは、休める日数も違ってくる。

 

ドイツの留学生艦、ヒンデンブルクと共にRat事件を解決に導いた横須賀女子所属の航洋艦晴風のクラスメイトたちは、入学試験の成績が一概に優秀とは言えない生徒たちであったが、たった一度のテストだけで人の全てを図ることは出来ない。

 

事実、Rat事件の時、彼女たちは十分な活躍をした。

 

だが、テストや勉強が好き‥‥なんて学生は少なく、それは晴風のクラスメイトたちも例外ではない。

 

横須賀女子の学生寮の食堂で、晴風の水雷科のクラスメイトたち + 立石が集まっており、夏休みについての話題で盛り上がっていた。

 

 

「そう言えば、そろそろ、夏休みだね~みんなは夏休みの予定はもう、決まっているの?」

 

晴風水雷長の西崎が同じ水雷科の松永と姫路、そして立石に夏休みの予定を訊ねる。

 

「いや特に何も~」

 

「もう少し先だしねぇ~」

 

姫路も松永もまだ夏休みの予定は決まっていないみたいだった。

 

高校一年生‥ピチピチな女子高校生であるが、彼女らは異性との付き合いもない様子‥‥

 

「タマもまだ決まってない?」

 

「うぃ‥‥」

 

「それに夏休み前に期末テストが‥‥」

 

「ひぃ――――!!聞きたくない!!聞きたくないっ!!」

 

姫路が夏休み前に期末試験があることを西崎に指摘すると、彼女は現実逃避するかのように叫び出す。

 

「その話題を避ける為に夏休みまでジャンプしたのにぃ~」

 

期末試験を忘れる為、敢えて試験の後に控えている夏休みの話題をしたのだと叫ぶ西崎。

 

「水雷長なりの現実逃避だったんだねぇ~」

 

やはり、西崎は期末試験が嫌で現実逃避していたみたいだ。

 

「まぁ、まだ予定とか何もないけど、とりあえず実家に帰るんじゃないかな~?みんなも同じだと思うけど~」

 

松永は空気を読んだのか、とりあえず夏休みの予定らしきものを口にする。

 

それによれば松永は、夏休み中は実家に帰省すると言う。

 

「りっちゃんの実家って温泉旅館だっけ?」

 

「そだよ~」

 

「温泉!?」

 

松永の実家は温泉旅館を営んでいるみたいで、『温泉』 と言う単語に立石が反応する。

 

「温泉かぁ~みんなで温泉旅行もいいよねぇ~」

 

「うぃ~」

 

銭湯に通うぐらい、西崎と立石も風呂好きなので、温泉と聞き折角の夏休みなので、温泉旅行に行くのも悪くないと思う。

 

「でも、夏に温泉ってどうなの?」

 

「温泉って冬のイメージがあるけど、夏も結構いいんだよぉ~」

 

松永の言う通り、温泉と聞くと大抵は冬のイメージがある。

雪を見ながらの露天風呂‥‥

 

外は寒いが、温かい温泉に入っていると、冬の寒さも感じず、日本の冬と言う季節感を感じる。

 

しかし、真夏の炎天下の中で、入る温泉‥‥

 

西崎の言う通り、確かにイメージしにくい。

 

だが、実家が温泉旅館な松永が言うには真夏の温泉もアリだと言う。

 

「夏バテにも効果が期待できたり、冬の乾燥とは違う肌荒れにもよかったり、冬に比べたら湯冷めもしにくいから、ゆっくり温泉の余韻に浸れて心も身体もリフレッシュ~みたいな感じ~?」

 

「なるほど~」

 

松永は真夏の温泉の利点を西崎に説明する。

 

「あとやっぱり、お風呂上がりの牛乳なんかは夏の方がオススメだよねぇ~」

 

「そっか~!!」

 

お風呂、温泉上がりの牛乳は冬よりも夏の方が最高だと松永は勧める。

 

温泉で熱くなった身体に冷やした牛乳‥‥しかも外の気候は夏なので、冷たい牛乳は普段より、美味しく感じる。

 

西崎も銭湯通いしているので、風呂上がりの牛乳の良さは分かるようだ。

 

「夏って言うと海とかプールばっかり浮かぶけど、夏の温泉もいいものだねぇ~夏休み楽しみだなぁ~」

 

松永の話を聞いて、真夏の温泉も色々と楽しめそうなので、夏休みには温泉旅行にでも行こうかと思い、夏休みに思いを寄せる西崎。

 

「そうだねぇ~‥‥でも、その前にテストが‥‥」

 

「ギャ―――!!」

 

夏休みに思いを寄せる西崎を松永が、テストと言う言葉を使い、現実へと引き戻す。

そして、その現実に思わず悲鳴を上げる。

 

「せっかく、忘れかけていたのにぃ~!?」

 

「いや、でも忘れちゃあマズいことだしぃ~」

 

テストを忘れ現実逃避をして、本番の期末試験で赤点を取れば、それこそ、夏休みがパァーになり、温泉旅行なんて夢で終わる。

 

「忘れてもテストは無くならない‥‥」

 

立石は西崎に現実を見ろと期末試験が控えている現実を突きつける。

 

「砲術長の言う通り~」

 

「むしろちゃんと向き合わないと夏休み補習で潰れちゃうよぉ~」

 

姫路も松永も立石同様、ここで現実逃避してもテストからは逃げられないと現実を突きつける。

 

「むむむ~‥‥」

 

西崎は渋い顔をする。

 

彼女たちの正論に反論できないからだ。

 

「っていうか、かよちゃんはアレ?実は結構勉強しているタイプ?なんか余裕があるみたいだし‥‥」

 

西崎は姫路に実は影で猛勉強をしているのかと訊ねる。

 

実際に期末試験が迫っている中、逼迫している様子も慌てている様子もなく、逆に余裕に見えるからだ。

 

「そんなことはないけど‥‥たまーに、しゅうちゃん(山下秀子)に数学教えて~って、お願いされているから、その時は一緒にしたりしているよ」

 

「私も一緒にしているよぉ~」

 

姫路は数学が苦手な山下によく数学を教えており、松永もその時、彼女たちと一緒に勉強していると言う。

 

「そうなんだ‥‥しゅうちゃん真面目だもんねぇ~」

 

何故、姫路が期末試験に余裕がありそうな態度なのか分かった西崎。

 

姫路の話を聞く限り、ついでに山下と松永も期末試験でなんとか赤点回避ぐらいには持ち込めるのではないだろうか?

 

「タマは勉強している?」

 

西崎は次に立石に期末試験にむけて、勉強しているかを訊ねる。

 

「うぃ‥‥」

 

西崎の問いに立石は親指をグッと立て、ゴソゴソと鞄から一冊の本を取り出し、西崎に見せる。

 

その本の表紙には、『強くなる将棋』 と書かれていた。

 

「将棋の勉強しちゃっている!?」

 

てっきり、期末試験の為の試験勉強をしているのかと思いきや、勉強そっちのけで将棋の腕を磨いていた。

 

立石は期末試験の方は大丈夫だろうか?

 

「次は負けない‥‥」

 

立石はあの時、銭湯で西崎とやった将棋を未だに根に持っていたようだ。

 

「タマも負けず嫌いだからなぁ~‥‥」

 

「そう言えば、中間テストの時、ミカンちゃんたちは、みなみさんに勉強教わったって聞いたよ」

 

姫路が中間テストの際、伊良子たちが中間テストのテスト勉強で美波から教わっていたと言う情報を西崎たちに教える。

 

「なるほど、主計科にはみなみさんと言う最終兵器が‥‥あれ?そう言えば、みなみさんって中間テストの時、居なかったよね?」

 

中間テストの時、教室に美波の姿はなかった。

 

「あっ、それは‥‥」

 

姫路は何故、中間テストの時、教室に美波が居なかったのか、その理由を知っているみたいで、それを西崎に伝えようとした時、

 

「私がどうかしたか?」

 

美波本人がその場に来た。

 

「あっ、みなみさん。こんにちは~今、期末テストの話をしていて~‥‥」

 

「テストか‥‥」

 

「みなみさん、中間テストの時、主計科のみんなと勉強会したんでしょう?」

 

西崎は姫路の情報があっているのかを確認する。

 

「ああ‥‥等松さんたちに頼まれたからな」

 

どうやら、姫路の情報は間違っておらず、中間テストの時、美波が主計科のクラスメイトたちに試験勉強を教えたみたいだ。

 

「おかげで私はクッキーを焼けるようになった!!」

 

「どんな勉強?」

 

美波はドヤ顔で中間テストの時、伊良子たち主計科のクラスメイトにテスト勉強を見る代わりにクッキーの焼き方を教わったみたいだ。

 

まさしく、等価交換な条件だった。

 

「でさ、みなみさんは中間テストを受けていないんだよね?」

 

「至極当然」

 

西崎は中間テストの時、教室に美波が居らず、中間テストを受けていなかったことを訊ねる。

 

すると、美波は当たり前だと答える。

 

「私が必要なのは海洋実習の単位だけだからな、それ以外の授業も試験も受ける必要はない」

 

「あっ、そっか‥‥」

 

美波は中間テストを受けていない理由を話すと、西崎は納得した。

 

(ハッ!?待てよ‥‥みなみさんは、テスト中は教室にいる必要がない‥‥身長も私とだいたい同じくらい‥‥)

 

西崎の身長は146㎝、美波の身長は143㎝‥‥3㎝の差があるが、パッと見では分からない。

 

そして、美波は飛び級で大学に行くほどの秀才‥‥

 

これらの要素から西崎はあることを考えた。

 

「みなみさん、ちょっといい?」

 

「ん?」

 

西崎は自分の後ろ髪を束ねていたリボンを解き、そのリボンを使い美波の髪型を普段自分がしている髪型に変える。

 

「「「「「‥‥」」」」」

 

西崎の髪型となった美波を見て、西崎、立石、姫路、松永は沈黙。

 

「替え玉作戦は失敗か‥‥」

 

「軽慮浅謀‥‥」

 

西崎は美波を替え玉にして、期末試験を受けてもらおうとしていたのだが、身長と髪型は似ていたが、やはり髪の色、顔の容姿部分は異なる為、西崎の替え玉作戦は実行前から失敗していた。

 

そんな西崎に対して、美波は、あさはかで軽々しい考えや計略を意味する軽慮浅謀と返答した。

 

 

 

 

 

期末試験が迫っている中、週末のとある夜の公園にて‥‥

 

 

「いくよ、真冬姉さん」

 

「おう!!バッチコーイ!!」

 

「ほっ!」

 

真白はグローブ片手に野球ボールを真冬に投げる。

 

その様子から、真白と真冬が仲良くキャッチボールをしているかのように見えるが、

 

「ふん!!」

 

ガンっ!!

 

「うわっ!?‥‥ちょっと!!フルスイングしないでよ!!ってか、なんで?ゴルフクラブで打ち返せるの!?」

 

「あん?それはアタシが宗谷真冬だからだ!!」

 

真冬は真白の問いにドヤ顔で返すが、

 

「意味が分からないよ!!」

 

真冬が手に持っていたのはグローブでもバットでもなく、ゴルフクラブで、彼女は真白が投げたボールをゴルフクラブのヘッド部分に上手く当てて打ち返したのだ。

 

「もう、ボールがどっか行っちゃったじゃない!!‥‥ねぇ、真冬姉さん普通にキャチボールしようよ!!」

 

「まぁ。いいじゃねぇか。もう少しやろうや、ゴルフをよ‥‥」

 

「えっ?ゴルフなの?これ‥‥?」

 

真冬が言うゴルフは明らかに世間一般に知られているゴルフとは違う。

 

「‥‥こう見えて、姉ちゃんはなぁ、子供の頃は看護婦さんになりたかったんだ‥‥」

 

いきなり、真冬が子供の頃、なりたかった夢を語りだす。

 

「ゴルフも野球も関係ないじゃない!!って言うか、看護婦になりたかったら、どうして横須賀女子に行ったの!?普通に看護学校に行けばよかったじゃない!?」

 

いくら、ブルーマーメイドの家系だからと言って宗谷家の人間だから、絶対にブルーマーメイドにならなければいけないなんて家訓はない。

 

真雪ならば、自分の子供のなりたい職業に就かせてくれるはずだ。

 

それなのに、真冬は真霜や自分同様、横須賀女子に入学し、その後はブルーマーメイドのエリート士官として活躍していることから、きっと嘘に違いない。

 

それとも、ドラマか映画、アニメ・漫画を見て、一時に影響されただけだったのだろうか?

 

または真冬の冗談かもしれない。

 

「姉妹でキャッチボールなんかしたらおしまいだと思うけどねぇ~‥‥」

 

「いや、普通はあまり姉妹同士でキャッチボールはやらないんじゃない?」

 

野球一家や兄弟、息子と父親ならば、キャッチボールなんて珍しくはないかもしれないが、普通の家庭で、姉妹仲良くキャッチボールなんて言うのは珍しい部類に入るのではないだろうか?

 

とは言え、西崎と立石の二人は休日に公園でキャッチボールをしている。

 

「じゃあこの上着を丸めてボールにするか」

 

真冬が着ていたジャケットの上着を脱ぐと、その上着を丸める。

 

「なんで!?‥‥もう、ボール取ってくるからちょっと待っていて!!」

 

真白は真冬がゴルフクラブで、かっ飛ばしたボールを拾いに行く。

 

 

それから、真白がボールを拾ってくると、真白と真冬は普通にキャッチボールをする。

 

「いくよ!!」

 

「おう!!」

 

しばらくは互いに無言のまま、キャッチボールをしていたが、不意に真冬が、

 

「で?シロ、学校生活はどんなだ?」

 

「えっ?」

 

真冬は真白に高校生活について聞いてくる。

 

「まぁ、Rat事件以降は特に問題なく、過ごせていると思う。中間テストの成績も上位だったし‥‥」

 

入学試験では大ポカした真白であったが、先の中間テストではケアレスミスをすることなく、上位の成績を叩き出した。

 

本来の真白の実力ならば、入学試験でも十分に上位の成績だったことはこの前の中間テストや普段の課題の内容を見れば、一目瞭然だった。

 

「艦長になれなくて、捻くれているかと思ったけど、何とかやっているみたいだな?」

 

自分や長女の真霜は横須賀女子で首席、しかも艦長職に就いていたので、艦長職に就けなかった真白が高校では自棄になっていないか姉としては心配だったのだが、真白は問題なく、高校生活を送っているみたいだ。

 

「べ、別に捻くれてなんか‥‥っ!?」

 

(いそろく~)

 

(なんで、あんな人が艦長に‥‥?)

 

 

(なくもなかったか‥‥)

 

初航海初期の頃は、真白は明乃を艦長として認めていない部分もあった。

 

しかし、今は違う。

 

「ま、まぁ、艦長じゃなくても、それぞれに大切な役割が有る訳だし、今は別に気にしていないよ」

 

「なにぃ!?」

 

真白の殊勝な態度に驚愕する真冬。

 

「そんなことでどうする!?もっと野心を持て!!野心を!!」

 

「どっちなんだ!?一体!?捻くれた方がいいの!?」

 

真冬の態度に思わず声を荒げる真白。

 

「そう言えば、母さんに聞いたけど、シロ」

 

「ん?」

 

唐突に話題を変える真冬。

 

「シロ、お前スキッパーの免許を取ろうとしているんだって?」

 

「えっ?ああ、うん‥‥出来ることが多い方がいいと思って‥‥学生の内に取れるなら、取っておこうと思って‥‥」

 

「そうかい!まぁ、できないよりは出来る方が良い!!何だってそうだ!!」

 

真白の向上心を聞き、上機嫌な真冬。

 

そこへ‥‥

 

「あぁ、こんなところに居た」

 

真霜がやってきて、二人に声をかける。

 

「真霜姉さん‥‥」

 

「真霜姉‥‥」

 

「‥鍵が閉まっていて家に入れないの。鍵貸して」

 

真霜は今日、家を出る時、うっかり家の鍵を持って行くのを忘れて、家に入れないから、真冬か真白のどちらかに家の鍵を貸してくれと頼む。

 

「「‥‥」」

 

真霜の頼みを聞いて、しばしの間無言になる二人‥‥

 

すると、真白が、

 

「鍵持っていたら、こんなところで真冬姉さんとキャッチボールなんてしてないよ」

 

「母さん、出張だからあと三日戻ってこないって‥‥」

 

真霜だけではなく、真冬、真白の二人も家の鍵を持っていないみたいで、ここでキャッチボールしながら、真霜を待っていたみたいだ。

 

しかし、その待ち人である真霜も鍵を持っていなかった。

 

「「「‥‥」」」

 

三人はしばしの間、無言となった‥‥

 

その後、この日三人は、ホテルに泊まり、真白は実家への帰省を諦め学生寮に戻り、二人は後日、鍵の業者を呼んで家を空けてもらった。

 

 

 

 

ここで視点を神奈川県の横須賀から千葉県の千葉市へと移る。

 

 

ららぽーとにて、偶然カナデを見つけ、由比ヶ浜本人にとってはまさに運命的再会だと思ったが、カナデの連れであるシュテルに絡み、ギャーギャー騒ぎ、警備員につまみ出される事態になり、シュテルを完全に敵視した。

 

翌週、由比ヶ浜の機嫌は最悪で、それは放課後まで続いていた。

 

放課後、奉仕部の部室にてふくれっ面をしている由比ヶ浜に雪ノ下は声をかける。

 

「由比ヶ浜さん、どうしたの?随分と機嫌が悪そうだけど‥‥?」

 

「ゆきのん!!」

 

由比ヶ浜は大声と共に雪ノ下に詰め寄る。

 

「な、なにかしら?」

 

由比ヶ浜の勢いにタジタジな雪ノ下。

 

すると、由比ヶ浜は雪ノ下にとんでもない事を頼んできた。

 

「あの泥棒猫を始末したいの!!お願い!!やってくれない!?」

 

「はぁ?」

 

由比ヶ浜の発した言葉に唖然とする雪ノ下。

 

「えっと‥‥由比ヶ浜さん、それはどういう意味かしら?」

 

「だから、私とカナカナの仲を引き裂く泥棒猫を始末して欲しいの!!」

 

由比ヶ浜は雪ノ下にシュテルの抹殺を頼んできた。

 

「‥‥由比ヶ浜さん、貴女は私の事を何だと思っているの?」

 

雪ノ下は人一人を平然と始末してくれと頼み込んでくる由比ヶ浜にやや引いている。

 

「えぇ~ゆきのんでも出来ないことがあるの?」

 

由比ヶ浜は雪ノ下を挑発するかのようなセリフを言うが、

 

「私は殺し屋でもなければ、なんでも屋でもないのよ」

 

負けず嫌いな雪ノ下でも流石に、『人一人も始末出来ないの?』 と言われて、『やってやろうじゃない』 とは言えない。

 

いくら、雪ノ下の家がこの後世世界では、大きな権力を持っているとしても、人を殺しては法を犯すことになるので、それだけは出来ない。

 

仮に隠蔽したとしてもいつ、どこで、誰に? どこから? バレるか分からない。

 

もし、それがバレたら、雪ノ下家はスキャンダルでマスコミから叩かれ、会社は倒産し、父は議員の座も失うことになる。

 

それにいくら友人の頼みだからと言って、雪ノ下家が人を殺めることに手を貸すとは思えない。

 

「一体何があったの?」

 

雪ノ下は由比ヶ浜に、彼女が不機嫌な理由、そして何故、自分に人を殺してくれと頼み込んできたのか、その事情を訊ねる。

 

「実はこの前の休みの日に‥‥」

 

由比ヶ浜は雪ノ下に事情を話す。

 

「それで、その人は何処の誰なの?」

 

「えっ?」

 

雪ノ下は由比ヶ浜から話を聞いて、彼女の言う『泥棒猫』が何処の誰なのかを聞いてくる。

 

それを聞いて、由比ヶ浜は唖然とする。

 

考えてみれば、由比ヶ浜はシュテルが何処の誰なのか知らず、カナデとシュテルとの関係も、ただ一緒に居ただけと言う理由で絡んだ。

 

「もしかして、その女の人は、カナデさんの妹さんとか考えられない?」

 

雪ノ下は由比ヶ浜にカナデとシュテルとの関係性で、シュテルがカナデの妹ではないかと指摘するが、

 

「違うと思う。カナカナのプロフィールで、カナカナのお家は一人っ子だって書いてあったし」

 

由比ヶ浜は当然、カナデのプロフィールを知っており、彼の家に女児が居ない事は確認済みであり、シュテルがカナデの妹である雪ノ下の仮説を否定する。

 

「じゃあ、クラスメイトで、彼女の彼氏か友人のプレゼントを選びに来たとか?」

 

前世で由比ヶ浜の誕生日プレゼントを選ぶ為、八幡と共にららぽーとへ出かけたことがある。

 

シュテルもそれと同じ理由ではないかと聞く。

 

「うーん‥‥それも違うような気もする‥‥だって、あの泥棒猫のミ二スカ姿にカナカナ、凄く喜んでいたし‥‥」

 

「‥‥」

 

そこまで言われると、実際にその現場を見ていない雪ノ下でも、カナデとシュテルが彼氏彼女の仲ではないかと思い始める。

 

「もし、由比ヶ浜さんの言う通り、カナデさんとその女性が恋仲であるならば、もう諦めた方が‥‥」

 

「なんでそんなこと言うの!?」

 

由比ヶ浜はどうしてもカナデの事は諦めきれなかった。

 

「そりゃあ、私はゆきのんみたいなお金持ちでもなければ、頭もよくない‥‥でも、やっと出会えた運命の人とこのまま別れるなんて嫌だよ!!」

 

「‥‥」

 

「カナカナはヒッキーなんかと違って、イケメンだし、サブレの事を助けてくれたんだもん!!カナカナ以外の男の人なんて考えられない!!」

 

由比ヶ浜はまるで癇癪を起こした子供のように声を荒げる。

 

「ゆきのん!!じゃあ、泥棒猫を始末出来ないなら、カナカナとの仲を引き裂いて!!」

 

「えっ?」

 

「世の中にはリャクダツアイってあるんでしょう?それなら、それをして、カナカナの目を覚まして、あの泥棒猫からカナカナを解放しないと!!」

 

「‥‥略奪愛をするとして、どんな風にするの?」

 

「隼人君に頼んで、あの泥棒猫がカナカナと隼人君と二股しているビッチだと知れば、きっとカナカナはあの泥棒猫と別れてくれる筈だよ!!」

 

由比ヶ浜は葉山をシュテルにぶつけて、カナデにシュテルがカナデの他に葉山とも二股をかけていると思い込ませ、シュテルがビッチであるとカナデに知らせ、別れさせる。

 

そして、傷心したカナデを自分が慰めて、めでたく彼の彼女になると言うプランを立てた。

 

「‥‥由比ヶ浜さん、そんな発想一体どこで?」

 

雪ノ下の中ではアホの子の由比ヶ浜が腹黒い提案をしてきたことにびっくりしつつもその内容にドン引きする。

 

「昼ドラや、動画サイトにあったの!!」

 

「そ、そう‥‥」

 

由比ヶ浜一人でここまでの計画を立てられないと思っていた雪ノ下であったが、その見解は当たっており、由比ヶ浜の入れ知恵は、テレビやネット世界が元になっていた。

 

「でも、由比ヶ浜さん」

 

「なに?ゆきのん」

 

「貴女の計画を実行する前に、そのターゲットとなるその女性が何処の誰なのか?それを突き止めないといけないんじゃない?」

 

「それは、カナカナを見張っていれば‥‥」

 

「それともう一つ!!」

 

「ん?」

 

「‥‥もうすぐ、期末試験だけど、勉強は大丈夫なの?」

 

「‥‥」

 

横須賀女子で期末試験が迫っているのと同じ様に、総武高校でも期末試験が迫っている。

 

そして、由比ヶ浜は雪ノ下に海洋学の宿題をよく聞いてくる。

 

雪ノ下の指摘に対して、気まずそうに視線を逸らす由比ヶ浜。

どうやら、ヤバいみたいだ。

 

「はぁ~期末試験で赤点を取って、補習なんてことになれば、調べる時間も満足に得られないわよ」

 

「うぅ~‥‥」

 

「それに夏休み中には‥‥」

 

「わ、分かっている‥‥留美ちゃんの件でしょう?」

 

「ええ‥‥鶴見さんの件もあるし、二学期になれば、文化祭、修学旅行、生徒会選挙、クリスマス会があるから、時間は貴重なの?分かるかしら?」

 

「う、うん‥‥」

 

「じゃあ、依頼人が来るまで、期末試験に備えて勉強をしましょう」

 

雪ノ下は由比ヶ浜にテスト勉強を促した。

 

夏休みは千葉村で鶴見の虐め問題、二学期には文化祭と修学旅行、生徒会選挙、そして雪ノ下にとっては黒歴史である海浜とのクリスマス会が控えているので、雪ノ下にとっては、同じ奉仕部の部員である由比ヶ浜の恋路よりも、周囲に認めてもらうこれらの事項の事が大事だった‥‥。

 

だいたい、人を始末してくれなんて頼みは聞けるわけがない。

 

由比ヶ浜が忘れるように雪ノ下は話題をそらしたのだ。

 

雪ノ下としては、どうせ由比ヶ浜のことだ‥あと数日の間、テスト勉強漬けにすれば忘れるだろうと思っていたのだった‥‥

 




流石のゆきのんも、友人と言えど、人一人を殺人または社会的抹殺を頼まれても、それは飲めませんでした。


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102話

夏休み前半における晴風クラスのオリエンテーリングと明乃、もえか、シュテルの出会い編です。


 

学生にとって夏休み前の試練である期末試験が終わり、結果によって泣く者も居れば、悠々と夏休みを迎える者も居た。

 

ただし、今年の四月に起きたRat事件に関係した晴風とヒンデンブルクのクラスメイトたちは、その影響で、夏休みの頭‥七月下旬は授業の遅れを取り戻す為、補習となった。

 

座学の補習が終わった日、晴風機関科の四人娘たちと偶然買い物先で出会った伊良子は学生寮の駿河の部屋でお好み焼きパーティーを開いた。

 

ただ、晴風クラスの補習はこの座学だけではなかった。

 

後日、晴風クラスはとある小島に集められた。

 

蝉の声がやかましく鳴り響く中、晴風クラスのクラスメイトたちは開けた場所に整列する。

 

「晴風クラス、全員傾注!!」

 

古庄教官が、晴風クラスのクラスメイトたちの前に出て、今回の補習内容を説明する。

 

「では、これより晴風クラスの特別実習を開始する!!」

 

古庄教官が晴風クラスの実習による補習を宣言すると、

 

「えっ?」

 

西崎は一瞬、ポカーンとしたが、古庄教官が発した言葉の意味を理解すると、

 

「ええぇぇぇーっ!!今日って遊びに来たんじゃないの!?」

 

自分が思っていた事と現実が異なることに思わず声をあげた。

 

なぜ西崎は今日の実習を遊びに行くと間違えたのか?

 

それは、少し時間を過去に巻き戻す‥‥

 

 

座学の補習が終わった日、

 

「岬さん」

 

明乃が学校の通路を歩いていると、古庄教官に声をかけられた。

 

「あっ、古庄教官」

 

「ちょっといいかしら?」

 

「えっ?あっ、はい。なんでしょう?」

 

「連絡事項のようなものだけど、晴風クラスは今日で座学の補習が終わったけど、もう一つ、夏休み中に特別実習を予定しているの」

 

「特別実習?」

 

古庄教官の話では座学以外にも今度は実習でも補習があるみたいだ。

 

「ええ、詳しい内容は後で伝達するけど、先に日にちと集合時間を伝えておこうと思ってね」

 

古庄教官は実習内容については、語らなかったが、その実習が行われる日にちと時間を明乃に伝えた。

 

「あっ、はい。わかりました‥‥えっと‥‥お話はそれだけでしょうか?」

 

明乃は恐る恐る古庄教官に訊ねる。

 

古庄教官は教育者として、教育熱心な教官であるのだが、明乃にとってはあの海洋実習でいきなり実弾で砲撃されるし、その後も一時的とは言え反逆者の汚名を着せられたので無意識の内に苦手意識があった。

 

古庄教官自身も事件後はその事をかなり気にしており、一度、真霜にそれを相談した時に

真霜から、

 

「誤解が解けるまで可愛さをアピールしたらどうですか?」

 

と、言われたので、その言葉と福内を参考に古庄教官は福内みたいに猫耳のカチューシャを着けて、語尾に『ニャア』をつけた猫語で授業をした事があったが、猫耳カチューシャを着けた古庄教官の姿を見た晴風クラスの生徒たちは唖然としていた。

 

教育熱心なのはいいのだがどうも着眼点がズレてしまった古庄教官だった。

 

 

「ん?何か悪いことでもして、身構えていたのかしら?」

 

「い、いえ!!そのような事は!?」

 

古庄教官の問いにビクッと身体を強ばらせる明乃。

 

「ふふ、冗談よ。じゃあ、さっきの話、クラスメイトたちにも伝えておいてね」

 

「はい」

 

明乃は古庄教官からの連絡事項をまずは近場に居た真白と鈴に実習の事を伝えると、二人は他のクラスメイトにも実習の事を伝えた。

 

しかし、それが伝言ゲームのようにどこかで、『クラスで特別実習をやる』 が 『クラスメイトたちと遊びに行く』 へ変わってしまった様だった。

 

「私、ちゃんと特別実習って連絡したのに‥‥」

 

八木は確かに、『特別実習がある』 と、他のクラスメイトに伝えたと言う。

 

「遊びに行くって考えが念頭にあったせいで、実習の部分が抜けていたのだろう」

 

真白が呆れながら、どうしてこうなったのかを言う。

 

夏休み、補習が終わった後で、晴風クラスのみんなでどこかに行く=遊び と言う認識があったのかもしれない。

 

「遊びに行くにしては上手く全員揃ったし、艦まで動かすし、おかしいなぁ~って思っていたんだよねぇ」

 

「うぃ」

 

西崎と立石は今になって、今回の実習の集まりで不自然なことがあったと思い返す。

 

「いや、気づけよ!!」

 

真白が思わず、西崎にツッコミを入れた。

 

「あ、あの‥‥」

 

そこで、ある女生徒が恐る恐る声をあげる。

 

「私、遊びに行くからって誘われて来ちゃったんですけど‥‥?」

 

「ジェニーもいるヨ~!!」

 

この二人は、晴風クラスの生徒ではなく、別クラスの生徒‥‥時津風の水雷長、大谷由美子(通称:ゆみちゃん)で、もう一人、ダートマス校のカレンと同じ様に片言の日本語なのは、天津風機関長の加藤小百合(通称:ジェニー)だった。

 

「遊びに行くって聞いたから‥‥」

 

「旅は道連れってな!!」

 

大谷を誘ったのは西崎で、加藤を誘ったのは柳原だった。

 

艦は違っても役職が同じと言うことで、互いに交流があったようで、『今回晴風のクラスのみんなで遊びに行くから、一緒に来ないか?』と誘いをかけたみたいだ。

 

「どうするんだ?これ‥‥?」

 

真白はこの事態に頭を抱える。

 

自分たちは遊びに来たわけではないのに、他艦の水雷長と機関長を連れて来てしまった。

 

本来ならば、彼女たちは補習もなく、普通に夏休みに入っている筈だった。

 

今更、帰そうとしても、晴風でこの小島まで来たので、彼女たちを横須賀へ帰すに帰せない。

 

「まぁ、来ちゃったものはしょうがないんじゃないんですか?」

 

「あっ、ブルーマーメイドの‥‥」

 

「平賀さんと福内さんですね」

 

そこへ、平賀と福内が来た。

 

「二人には今回の実習の手伝いに来てもらいました」

 

古庄教官が、何故ここに平賀と福内の二人が来たのかを晴風のクラスメイトたちに説明する。

 

「よろしく~!!」

 

平賀が晴風クラスの生徒たちにピースサインをしながら、挨拶をする。

 

「さて、情報が上手く共有されていないようなので、改めて今回の実習について説明します」

 

今日の実習を遊びだと思っているクラスメイトも居るので、古庄教官は今日の実習がどんなものなのかを晴風のクラスメイトに説明する。

 

「Rat事件で、晴風は行方不明になった学生艦の捜索の為、四月の一ヵ月を実習に使用して、本来のカリキュラムをこなしておらず、特別実習と言う形で穴埋めをすることになりました」

 

「事件解決に協力したのにぃ~」

 

「世知辛いっス‥‥」

 

クラスメイトの中には今回の特別実習に対して不満を零す者も居た。

 

「確かに晴風クラスだけ、折角の夏休みを補習で潰すのはかわいそうと言うことで‥‥実習を終えたら、明日一日は自由時間とします」

 

『やったー!!』

 

小島ながらも、今日の実習を終えれば、明日は森林浴、海水浴、川での水遊びが出来ると言うことで、晴風のクラスメイトたちは喜んだ。

 

「ただし!!実習自体は気を引き締めて取り組むように!!返事は!?」

 

『はいっ!!』

 

「よろしい!では、これより実習の内容を伝える!!実習内容はこの山野を利用した‥‥横須賀女子海洋学校オリジナルオリエンテーリング!」

 

(オリエンテーリング‥‥!?)

 

晴風のクラスメイトたちが古庄教官の説明を聞いて戸惑う者、唖然とする者など、リアクションは様々であった。

 

一方で、晴風クラスではない大谷と加藤は、完全にアウェイで、

 

「えっと‥‥私たちはどうすればいいんだろう‥‥?」

 

大谷は、自分も晴風クラスが行うオリエンテーリングに参加するべきなのだろうかと加藤に訊ねる。

 

すると、加藤は、

 

「I do not know」

 

と、英語で『私は知らない』と答えた。

 

片言の日本語と発音が良い英語を口にすることから、加藤は帰国子女なのだろう。

 

「それで、オリエンテーリングってなに?」

 

西崎はオリエンテーリングの意味を知らず、クラスメイトたちにオリエンテーリングの意味を訊ねる。

 

「えっと‥‥オリエンテーリングとは‥‥地図とコンパスを使って、各地に設置されたポイントを通過しながら、ゴールを目指す野外スポーツの一種だそうです」

 

納沙がタブレットで、オリエンテーリングの意味を調べ、西崎に教える。

 

「魚雷は!?魚雷を撃つチャンスはあるの!?それが問題だよ!!」

 

西崎は納沙にそのオリエンテーリングで魚雷を撃つチャンスはあるのかと、期待の眼差しを向ける。

 

「あるわけないだろう」

 

真白はオリエンテーリングで魚雷を撃つチャンス何てあるわけないと、きっぱりツッコム。

 

そりゃあ、オリエンテーリングは自らの足で山野を歩き、チェックポイントを探しながらゴールを目指すのだから、艦に搭載されている魚雷を撃つチャンスなんてある筈がない。

 

「わ、私、小学校の頃、キャンプでやったこともあるかも‥‥」

 

「あっ、やった、やった」

 

鈴と内田は、小学生時代にオリエンテーリングの経験があるらしい。

 

「なんか文字とかが描いてある看板を探して森の中を歩き回ったやつだよね。あの時、リンちゃん、道に迷って泣いちゃって‥‥」

 

「ううう‥‥そうだっけ‥‥?」

 

内田と鈴は同じ小学校出身で、学校のイベント‥林間学校の中で行われたオリエンテーリングの経験の中で、鈴は迷子になりやはり、泣いていたみたいだ。

 

「幼馴染みだからこそ、知るエピソードですね」

 

オリエンテーリングの話でクラスメイト同士の会話が進むと、

 

「はいはい、そこまで!!」

 

古庄教官がまだ、解散しておらず、説明も終わっていない事を言うと、クラスメイトはまた静まる。

 

「オリエンテーリングは元々訓練として始められたものなの」

 

「競技として順位を競うモノなんだけど、グループで行う登山ってイメージが広く浸透しているかもね」

 

横須賀女子のOGである平賀と福内が、横須賀女子で行われているオリエンテーリングの歴史と実情を語る。

 

「今回行う実習もグループ行動をしてもらいます。まず、四つのグループを作ってちょうだい」

 

オリエンテーリングは基本、グループ行動なので、まずはそのためのグループを作るように古庄教官は指示を出す。

 

「あの‥‥私たちはどうすればいいんでしょう?」

 

大谷は晴風クラスではない自分と加藤はどう行動すればいいのかを古庄教官に訊ねる。

 

「そうね‥‥せっかくだから参加で!」

 

「やっぱり!?」

 

「しかたないネ!!」

 

折角来たのだから、大谷も加藤もこのオリエンテーリングに参加する事になった。

 

「組み合わせはどうすればいいんですか?」

 

明乃がグループを決めるにあたってどうすればいいのかを古庄教官に訊ねる。

 

すると、古庄教官は、

 

「方法とグループメンバーはそちらに任せます。三分以内に四つのグループに分かれて整列するように」

 

グループを決める方法とメンバーは明乃たち、生徒に任せると言う。

 

「組み合わせは自由か‥‥どうします?」

 

「科で分けますか?ちょうど四つありますし‥‥」

 

真白がどうやってグループを決めるのかを訊ね、納沙は科が四つあるので、科ごとに分かれるかと言うと、

 

「でも、それだとグループごとに得意、不得意なことが偏っちゃうかも‥‥」

 

明乃は科で分けると、確かに四つのグループを作るのは早いが、それだとそれぞれ個人の得意、不得意によってグループのバランスが崩れる可能性があると指摘する。

 

「確かに、能力は均等に分けた方がいいかもしれませんね」

 

納沙も明乃同様、競技である以上、グループのバランスは均等にすべきだと言う。

 

「じゃあ、科ごとにグー・チョキ・パーで分かれてみよう!」

 

「いいのか?そんな決め方で‥‥」

 

明乃は科ごとのグループのではなく、科ごとにグー・チョキ・パーをして、それぞれグループを決めようと言うが、真白はなんか不安な様子‥‥

 

「四つに分かれるなら、グー・チョキ・パーじゃ、一つ足りないんじゃない?」

 

確かに姫路の言う通り、四つのグループを決めるのに、グー・チョキ・パーでは三つしか出来ない。

 

「あっ、そうか」

 

「なら、もう一つはコレぞな!!」

 

勝田がある提案をする。

 

「なにそれ?」

 

「フレミングだYO!!」

 

勝田は理科の教科書に載っているフレミングの法則を示す手の型をして、グループを決めようと言う。

 

そうこうしているうちに、

 

「あと一分!!」

 

グループを決める残り時間があと一分となり、

 

「と、とりあえず、みんな、それで分かれよう!!」

 

時間が無いので、急ぎ科で分かれ、グー・チョキ・パー・フレミングでグループを決める。

 

その結果、出来たグループは‥‥

 

 

グー・チームは、明乃をリーダーに、明乃、和住、加藤、美波、柳原、内田、姫路、日置

 

 

チョキ・チームは、真白をリーダーに、真白、小笠原、万里小路、黒木、若狭、伊良子、勝田、山下

 

 

パー・チームは納沙をリーダーに、納沙、杵崎ほまれ、松永、武田、等松、野間、伊勢、鈴、広田

 

 

フレミング・チームは、西崎をリーダーに、西崎、杵崎あかね、宇田、八木、立石、大谷、青木、駿河

 

 

四つのグループが決まり、

 

「よし、では、各グループに地図を配る」

 

古庄教官が、各グループにこの島の地図を配る。

 

「‥‥これが地図?」

 

明乃は配られた地図を見るが、地図は小島の形をしているが、島の中身は真っ白な妙な地図であった。

 

ただ、現在位置から四つのスタート地点までの道のりは書かれてある。

 

そして、ゴールに関しては現在位置ではなく、当然別の場所になる。

 

「ほとんど何も描いてないけど‥‥?」

 

「見て分かる通り、その地図は不完全です。各グループにはその地図をもってそれぞれ別の位置からスタートしてもらいます」

 

福内が各グループに渡された地図が真っ白な理由を話す。

 

「進む道にはチェックポイントが設置されていて、地図にはそのポイントのいくつかだけが表記されているので、道中、ポイントを見つけながら進み、地図と照らし合わせて、現在位置や方角を割り出し、最終地点に辿り着くこと!制限時間は三時間!内容は以上!では、解散!!」

 

古庄教官がオリエンテーリングの内容を説明し、各グループは指定されたスタート地点へと移動し、やがて開始時間になると、晴風クラスのオリエンテーリングが始まった。

 

明乃がリーダーのグー・チームが山野を歩いていると、美波が歩き辛そうだった。

 

「お、重い‥‥」

 

同じ晴風クラス所属であるが、美波はまだ十二歳‥世間では小学生である。

 

例え頭脳は大学生並みでも、肉体は年齢と同じ小学生女子並み‥‥

 

美波が他のクラスメイトより体力がないのも仕方がない。

 

今回、オリエンテーリングに参加した晴風クラスには、一人一個ずつ、荷物が入ったリュックが配られている。

 

当然、美波にもそのリュックが配られているが、彼女にはそのリュックが文字通り、重荷になっていた。

 

すると、美波のリュックを加藤が背負った。

 

晴風クラスではない加藤はそのリュックを配られていなかったので、丁度良かった。

 

「ジェニーが持つヨ!!」

 

「あ、ありがとう‥‥」

 

「you're welcome」

 

「しかし、これ、何が入っているんだ?」

 

柳原が重荷になっているこのリュックの中には何が入っているのか、背中に背負っているリュックをチラッと見る。

 

「あれ?見なかったの?」

 

内田は柳原にリュックを見なかったのかを訊ねる。

 

どうやら、柳原はリュックの中身を見ていない様だ。

 

「水とか食料、あとは発煙筒とかだね。非常時の準備だけど、今回はトレーニング用の重り代わりじゃないかな?」

 

明乃は事前にリュックの中を見ており、中に何が入っているのか?

 

そして、このリュックの役目を柳原に教える。

 

万が一、事故や遭難の際にはリュックの中に入っている発煙筒を焚き、古庄教官たちに事故が起きたことを知らせる。

 

水はこの夏の季節、山野を行軍するのだから、熱中症や脱水症状の対策の為に用意されていた。

 

しかもペットボトルが複数本‥‥

 

「悪かったな、ジェニー。こんなつもりで誘ったんじゃ、なかったんだが‥‥」

 

柳原が加藤に謝る。

 

彼女に今回のオリエンテーリングの話が来た時、既に 「晴風クラスのみんなで実習する」 が 「晴風クラスのみんなで遊びに行く」 に変換されていたのかもしれない。

 

「No problem!!山登りも楽しいネ!!」

 

しかし、加藤は気にしている様子はなく、むしろ山登りを楽しんでいた。

 

「虫よけスプレー持って来ればよかった。木が影になって、日焼けの心配はなさそうだけど‥‥」

 

日焼けを晴風クラスの中で一番と言っていいくらい気にしている内田は山の中で木々が影になってくれ、直射日光が当たらないので、日焼けの心配はなかったが、山の中なので、当然虫が居るので、やぶ蚊に刺されないか気にしていた。

 

「それにしても変わった実習だよね」

 

日置が海と関わりのないこの実習の意味に疑問を感じている。

 

「まぁ、特別実習だからねぇ~」

 

だが、姫路は特別実習なのだから、こういう変わった実習内容もあるのだと言う。

 

「みんな、足元に気をつけてね」

 

先頭を歩いている明乃はグループメンバーに足元に気をつけて歩くように注意喚起する。

 

「艦長は場慣れしていますね」

 

明乃が疲れている様子も道に迷っている様子もなく、スイスイと山道を歩くのを見た和住が声をかける。

 

「そんなことないけど‥‥昔、もかちゃんと色んな所を探検したのを思い出したら、ちょっと楽しくなっちゃって」

 

呉の養護施設時代、明乃はもえかと共に休日はよく野山や海を駆け回っていた。

 

今回のオリエンテーリングでその頃を思い出し、明乃自身も無意識のままテンションが上がっていた様だ。

 

「相変わらずだなぁ~艦長は」

 

柳原は海でも山でも変わらない明乃の姿に思わず笑みが零れる。

 

「ポジティブなのはよいことダネ」

 

加藤も柳原と同じ様子。

 

「ところで、ポイントってどこにあるんだろうねぇ~?」

 

姫路が辺りを見回してチェックするポイントとやらを探す。

 

「簡単には見つからないように隠されている可能性もあるよぉ~」

 

松永は、チェックポイントはそう簡単には見つからない可能性も示唆する。

 

「テキトーに進んでもいずれはたどり着けそうだけどな」

 

柳原は、ここは島なのだから、歩いていればいずれはチェックポイント、またはゴールに辿り着けそうだと言うが、

 

「うん‥‥だけど、制限時間もあるし、早いうちから位置を把握して最善の道を選ぶ必要があるから‥‥」

 

確かに今から三時間以内と言う制限時間がなければ、柳原の言う通り、歩き回っていれば、いずれはゴールに辿り着けるだろうが、こうして制限時間が設けられている以上、無駄な距離を歩いては体力と時間のロスになる。

 

「ポイントは出来るだけ、見つけて地図に記入するって、ルールもあるしね」

 

制限時間の他にもこの島の彼方此方に設置されているチェックポイントを地図に記入しなければならないと言うルールもあるので、ただやみくもに歩きながらゴールを目指すと言うモノでもないみたいだ。

 

そう言う意味では、このオリエンテーリングも航海に似ている。

 

「もしかして、少し道を外れないと見つけられないかも‥‥」

 

チェックポイントはおそらく立て札や板に書かれているだろう。

 

そして、その立て札や板は木々の葉の中、茂みに隠されている可能性が高い。

 

「この辺りで一度探してみる?」

 

「そうだね」

 

ひとまず、次の行き先を決める為、明乃たちはこの辺にチェックポイントがないか、周辺を捜索することにした。

 

(思い出すなぁ~あの頃の事を‥‥)

 

(そう言えば、シューちゃんと出会ったのもちょうど、この時期だったなぁ~)

 

明乃はチェックポイントを探しながら、シュテルと出会った頃を思い出した。

 

明乃ともえかの二人がシュテルと出会ったのも、夏休みの頃だった‥‥

 

 

 

 

小学生の夏休みは早朝のラジオ体操から始まり、十時までは家で勉強、十時を過ぎてからお出かけすることが出来る。

 

この日、明乃ともえかも、朝早くに起きて、同じ施設に入所している子供らと共にラジオ体操をして、朝食を食べた後、夏休みの宿題のドリルを夏休み前に決めた計画どおりのページまで終わらせてから、外に出かける。

 

施設生活を送っているので、パソコンやゲーム機を個人で持っているわけではなく、ロビーに共有のゲーム機やパソコンがあったが、明乃も、もえかもどちらかと言うとアウトドアな性格なので、基本的に二人は野山や海を駆け回っていた。

 

そして今日は近所の山に行くことになっていた。

 

施設の職員から、お小遣いをもらい、山に行く前に、お菓子と飲み物を買おうと普段、通い慣れている駄菓子屋へと行く。

 

すると、駄菓子屋の前に置いてある自販機の前に麦わら帽子をかぶり、Tシャツにハーフパンツを履いた子が居り、自販機の商品を見てなんかがっかりしているように見えた。

 

「あれ?誰かいる」

 

「ん?見たことのない子だね」

 

この駄菓子屋は明乃ともえかがお世話になっている施設に近い為、主に施設に居る子供らが常連客となっている。

 

勿論、施設に居る子供以外にも近所の子供たちもこの駄菓子屋は利用している。

 

しかし、今、自分たちの目の前で自販機の商品と睨めっこしている子は施設に居る子供ではないし、近所でも見たことのない子だった。

 

「はぁ~‥‥やっぱり、広島だからマッ缶は置いてないかぁ~‥‥ん?」

 

自販機の商品と睨めっこしていた子が自分たちの存在に気づき、顔を向けてきた。

その子の目は海のように蒼い目をしていた。

 

これが、明乃ともえか、そしてシュテルの初めての出会いだった。

 



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103話

夏休みの初頭、晴風クラスは、Rat事件にて、他のクラスよりも講義のカリキュラムが遅れた影響を受け、座学の補習の他に特別実習がとある小島で行われた。

 

特別実習は、晴風クラスメイト全員を四つに分けて真っ白になっているこの小島に隠されているチェックポイントを探しながら島の地図を制作しながら制限時間内にゴールするオリエンテーリングだった。

 

オリエンテーリング中、明乃は山野を歩いている時、昔の出来事を思い出していた‥‥

 

あれは、小学生時代‥‥

 

自分と親友のもえかがまだ広島の呉にある児童養護施設で暮らしていた頃‥‥

 

この日、明乃ともえかが近くの山に出かけようとした時、山に行く前、二人は近くの駄菓子屋に来た。

 

そこで、二人は駄菓子屋の前にある自販機で、蒼い目の子と出会った。

 

その子は、自分たちが住んでいる施設の子でもなければ、近くの家の子でもなかった。

 

この頃のもえかは、意外と人見知りをする性格だったので、明乃の後ろに隠れて、様子を窺っている。

 

自販機の前に居る子もなんだか、自分たちの様子に戸惑っているようにも見えた。

しかし、この中で一番好奇心が強く、人懐っこい明乃は、

 

「こんにちは!!」

 

自販機の前に居た子に声をかけた。

 

「っ!?」

 

自販機の前に居た子は突然、明乃に声をかけられ、びっくりしている様子だった。

 

「貴女、どこの子?この辺じゃあ、見ないけど‥‥それに綺麗な目をしているね!!」

 

明乃は日本人離れしているその子の蒼い目に興味を持ったみたいだった。

 

「えっ?えっ?えっと‥‥」

 

明乃のテンションにその子は圧倒されて、困惑している。

 

「ミケちゃん、まずは落ち着いて、その子も困っているみたいだし‥‥」

 

もえかが明乃にまずは落ち着くように言って、彼女を宥めた。

それから、三人は互いに自己紹介しようと言うことで、駄菓子屋の前にあるベンチに座り、自己紹介をすることになった。

 

(なんだか、妙な展開になってきたな‥‥)

 

自分はただ、自販機で飲み物を買いに来ただけなのに、地元の子に突然興味を持たれて、こうして彼女たちと話しているのだから‥‥

 

蒼い目の子はあまりにも唐突な流れに困惑する。

 

「私、岬明乃」

 

「私は、知名もえか」

 

「わ、私は、シュテル‥‥シュテル・H(八幡)・ラングレー・碇」

 

「えっと‥‥随分変わった名前だね」

 

明乃はシュテルの名前を聞いて、変わった名前と言う印象を抱いた。

 

「もしかして、外国の人なんですか?」

 

もえかはシュテルの名前を聞いて、シュテルが日本人ではないことを見抜く。

 

まぁ、日本人の容姿とちょっと離れている。

 

特に目が‥‥

 

「お父さんは日本人だけど、お母さんはドイツ人と日本人のハーフ」

 

シュテルは、自分の父と母の事を二人に伝える。

 

「うーん‥‥長いから、『シューちゃん』でいい?」

 

明乃はシュテルのフルネームが長いから、シュテルの事を『シューちゃん』と言う仇名で呼ぶと言う。

 

「えっ?シューちゃん?」

 

ドイツではユーリやクリスからは 『シュテルン』 と呼ばれていたので、『シューちゃん』 と呼ばれたのは初めてだった。

 

「うん」

 

「ま、まぁ‥‥いいけど‥‥」

 

(出会ったばかりなのに、グイグイ来るな、この子‥‥)

 

まだ出会って五分も経っていないのに、すっかり顔馴染みの仲の様に振る舞う明乃に戸惑うシュテル。

 

「その蒼い目も外国の血が入っているため?」

 

もえかが、名前の他にシュテルの蒼い目について聞いてくる。

 

「う、うん‥お母さんの目が蒼い目をしていて‥‥」

 

シュテルの母であるアスカはドイツ人3/4、日本人1/4の混血で、目が蒼い。

その母の血を受け継いでいるシュテルも母親同様目が蒼かった。

 

「シューちゃんは最近、引っ越して来たの?」

 

近所では見ないシュテルに明乃は最近になって、呉に引っ越して来たのかを訊ねる。

 

「あっ、いや、観光‥‥かな?」

 

シュテルは自分の身の上を話す。

 

普段はドイツに住んでいるのだが、今はドイツの学校でも夏休み期間であり、自分の父方の祖父母が日本‥京都に住んでいるので、夏休みを利用して、飛行船でドイツから日本に来たのだが、祖父母は両者共に学者で、広島で学会があるとのことで、自分たちも広島へ観光に来たと言う。

 

しかし、今年は京都に居た幼馴染みであるカナデが千葉に引っ越してしまったので、広島で学会のある祖父母に着いてきて、自分たちは広島観光をしているのだ。

 

「へぇ~ドイツから来たんだ‥‥」

 

「飛行船って乗った事ないんだよねぇ~どんな乗り心地なの?雲よりも高く飛んでいるの?」

 

明乃ともえかは異国の地であるドイツやまだ乗ったことのない飛行船についてシュテルに色々訊ねてきた。

 

 

「そう言えば、二人はこの近所に住んでいるの?」

 

次にシュテルは、明乃ともえかの身の上を訊ねる。

 

「うん、この近くの施設に住んでいるの?」

 

「施設?」

 

「私たち、両親が事故で‥ね‥‥」

 

「あっ‥‥ご、ごめん」

 

明乃ともえかの身の上を理解したシュテルは二人に謝る。

 

「ううん、大丈夫だよ。そりゃあ、最初は悲しかったけど、今はもかちゃんや施設のみんなとも友達になれたし」

 

「私もミケちゃんと同じかな」

 

明乃ともえかも両親の死についてはもう割り切っていると言う。

 

「それで、広島に来て、何処に行ったの?」

 

明乃は話題を変えるようにシュテルに広島に来て何処を観光したのかを訊ねる。

 

「えっとね‥‥」

 

シュテルはポケットからデジカメを取り出し、明乃ともえかにこれまで広島に来て観光した場所の写真を見せる。

 

デジカメの画面には宮島口、フェリーから撮った厳島、厳島神社に神社の鳥居、ウサギの島とされる大久野島。

 

そこで、撮ったウサギたちの姿。

 

昼食や夕食で食べた料理の写真。

 

志賀直哉旧居、文学記念室、中村憲吉旧居、尾道市文学公園等の写真があった。

 

「でも、一番感動したのは此処かな」

 

そう言ってシュテルは明乃ともえかに一枚の写真を見せた。

 

「あれ?この建物って‥‥」

 

「広島市にある産業奨励館?」

 

「そう、私が知っているのは、廃墟みたいな状態の原爆ドームで、建物の中とか見れなかったから、こうして中を見ることが出来て物凄く感動した!!」

 

「ん?廃墟?」

 

「原爆ドーム?」

 

明乃ともえかの二人はシュテルの言っていることに首を傾げる。

 

シュテルがまだ八幡であった頃、広島県産業奨励館こと、原爆ドームは、第二次世界大戦の折、原爆の熱線・爆風により、レンガや鉄骨などを残すだけのボロボロの建物になった。

 

広島県産業奨励館の歴史は明治時代‥‥広島市は、日清戦争で大本営がおかれたことを契機に軍都として急速に発展していった。

 

広島は経済規模の拡大と共に広島県産の製品の販路開拓が急務となり、その拠点として計画された建物であり、最初の名称は、『広島県物産陳列館』 と命名され、1915年四月五日に竣工し、四か月後の同年八月五日に開館した。

 

この建物の設計にはチェコ人の建築家、ヤン・レッツェルが設計し、ドームの先端までの高さは約二十五メートルあり、ネオ・バロック的な骨格にゼツェシオン風の細部装飾を持つ混成様式の建物であった。

 

六年後の1921年に、『広島県物産陳列館』 は、名称を 『広島県立商品陳列所』 と改称し、1933年には 『広島県産業奨励館』 に改称された。

 

太平洋戦争中の1944年三月三十一日には産業奨励館は業務を停止し、内務省中国四国土木事務所・広島県地方木材株式会社・日本木材広島支社など、行政機関・統制組合の事務所として使用され、運命の日‥‥原爆投下の日を迎えた。

 

1945年八月六日 午前八時十五分、アメリカ軍はB-29エノラ・ゲイより、原子爆弾 『リトルボーイ』 を広島に投下した。

 

この時、建物内で勤務していた内務省職員ら約三十人は、原爆の爆発にともなう大量の放射線被曝や熱線・爆風により全員即死した。

 

戦後、1954年四月一日に原爆ドーム周辺は、広島平和記念公園となり整備され、1996年十二月には、世界遺産条約に基づきユネスコの世界遺産一覧表に登録された。

 

しかし、この後世世界では、第二次世界大戦が起きておらず、当然広島・長崎に原爆は投下されていない。

 

日露戦争後の地盤沈下の際にも沈下されていない場所に建設されたおかげで、産業奨励館は原爆ドームと言う名称をつけられることなく、大正時代の歴史的建造物として今日まで残されており、前世とは違った形で広島の観光地となっている。

 

そして、前世では見ることのできなかった建物の内部も見学でき、広島市の街、経済・名物の歴史を展示している。

 

前世では外見の写真は多く残されているが、広島県産業奨励館の内部の写真はあまり存在していないので、こうして中を見ることが出来てシュテルにとっては興味深かった。

 

ただし、後世世界の広島県産業奨励館はユネスコの世界遺産にはまだ登録されていないが、いずれは歴史的建造物として、登録されるかもしれない。

 

明乃ともえかも当然、地元なので小学校の社会見学で行った事がある。

 

ドイツに住んでいるシュテルは広島には初めて来たみたいだから、こうして感動しているのも頷けると思う明乃ともえかだった。

 

話している内にシュテルも自然と明乃ともえかと話すようになっており、もえかもシュテルと平気に話していた。

 

それから、三人は一緒に野山を舞台に遊んだ。

 

前世ではインドア派なシュテルだったが、こうして、親しい人と身体を動かすのも悪くはないと思った。

 

そもそも、前世では両親と小町が旅行に行っても自分は連れて行ってもらえなかった。

 

その反動からか、シュテルはこうした旅行では気分が結構ハイになっていた。

 

シュテルは泊まっていたホテルから、明乃ともえかに初めて会った駄菓子屋で待ち合わせをして、この日も明乃ともえかと共に遊びに行く。

 

今日は海外演習を終えた大和が呉に帰還する日みたいで、前世では模型や絵画、CG映像等でしか見ること出来なかった大和級戦艦も見る事が出来ると言うことで、明乃ともえかと一緒に見に行くことにした。

 

駄菓子屋で、明乃ともえかに合流した三人は、大和を見ることが出来る絶景ポジションへと向かう。

 

そこは、山を抜けた小高い丘にあり、三人は山道を歩く。

 

そんな中、

 

「ん?」

 

山道を歩いていたシュテルは目の前の地面になんか良い感じの木の棒がぽつんと落ちていた。

 

シュテルがそれを拾った瞬間、背後には同じ様に木の棒を振り翳す明乃が居た。

 

「っ!?」

 

シュテルは木の棒で明乃の胸を胴打ちした。

 

勿論、思いっきりは叩きつけてはおらず、ソフトに撫でる程度だ。

 

シュテルからまさかの胴打ちをくらった明乃はそのまま崩れ落ちると、

 

「ば、バカな‥‥」

 

信じられない‥と言った声を出す。

 

「急に後ろから殴りかかって来ないでよ。危ないよ」

 

シュテルは棒を手に持ったまま倒れている明乃に注意する。

 

「こうして剣士シュテルの最強への道が始まったのである……」

 

すると突然、もえかが、どこぞのRPG風なナレーションを言い出す。

 

「いや、いや、もかちゃんや、いきなり何を言い出すの?それに始まらないし、やらないよ」

 

シュテルは冷静に棒を持ったまま言い放った。

 

なお、この頃にはシュテルも明乃の事をミケちゃん、もえかの事をもかちゃんと呼んでいた。

 

そして、シュテルは手に棒を持ったまま山道を進む。

 

「武器は装備しないと意味がありませんよ」

 

明乃が縋り付くようにシュテルに注意事項を言う。

 

「いや、何の事?」

 

ここで、こうして立ち止まっていると大和の入港の瞬間を見逃してしまうので、山道を歩きだす。

 

すると、

 

「シュテルは五のダメージを受けた」

 

もえかはRPGのテロップに出て来るようなセリフを言う。

 

「メニュー画面を開いて武器を装備してください」

 

更に明乃もRPGの警告テロップみたいなセリフを言う。

 

「ミケちゃん!? 君までどうしたの!?」

 

「いや、何となくノリで‥‥」

 

「しかし、なかなかいい棒だな‥‥」

 

シュテルは木の棒を手で愛でる。

 

「シュテルは五のダメージを受けた」

 

二人の言葉を華麗にスルーしてシュテルは棒を見つめる。

 

「シュテルは五の‥‥」

 

「なんでさっきから、私ダメージ受けているの!?」

 

いい加減しつこいので、どうして自分はダメージを受けているのかを問う。

 

「えっ?だって、シューちゃんが、ちゃんと装備しないから」

 

「じゃあ、何?私、剣の刃の部分を握っていた訳!?設定細かいな!?」

 

シュテルは自分が何故ダメージを受けていたのか、その真相を知り思わず、二人にツッコムを入れる。

 

すると、明乃が木に寄りかかりながら、

 

「貴女、西の町へ行くの?だったら私を連れていくといいよ!!」

 

ビシッと親指で自分を指さす明乃。

 

「誰だ!?アンタ!?」

 

「私の名前はセイラ!!聖者であるエルフの少女であり、この世界の覇権をめぐって争う魔王に対抗すべく勇者となれる素質を持った人間を探しているの!!」

 

明乃は自分の役名をシュテルに伝える。

 

「無駄に壮大な話にしないで!!これ、大和が来る前までに着くのかな?」

 

シュテルは大和が来るまでに絶景スポットに到着できるのだろうかと少し不安になる。

こうして勇者シュテルは明乃こと、エルフの少女セイラと共に旅立つことになった。

 

「さあ、行きなさい!!勇者シュテルよ!!」

 

「もかちゃん、貴女は何の役なの?」

 

「私はこの世界を守る女神です」

 

「ええぇぇぇーっ!!神ってなんか規模がでかくない!?」

 

「ちゃーらーらーらー、ちゃーらーらーらーちゃーらーらーらー、ちゃーらーらーらー、ちゃんちゃららららちゃんららららちゃーんちゃーん~♪」

 

明乃が、いきなりBGMらしき音声を口にする。

 

「‥‥セイラが仲間になった」

 

「長いよ!?何!?今の音!?」

 

「ほらRPGとかで仲間になると流れるBGMがあるじゃない?」

 

もえかが、先程明乃が口にしていた音声の説明をする。

 

「いや、わざわざ説明をしなくてもいいから!!」

 

「それじゃ行くよ!!」

 

明乃は駆け出すが、

 

「セイラは五のダメージを受けた」

 

「ちゃんと武器は装備しなさい」

 

もえかがダメージの説明をして、シュテルが明乃に警告する。

 

「それで、何処に行くの?」

 

「当然、まずは王様のところだよ!!」

 

明乃とシュテルは王様のところ‥‥もとい、大和を見ることが出来る絶景スポットを目指して行くと、

 

「モンスターが現れた」

 

某RPGにいそうなモンスターの立ち絵ポーズをしたもえかが二人の前に立ち塞がる。

ついでに説明のセリフも‥‥

女神役の他にモンスターの役もこなすもえか。

 

「モンスターだって、どうする?」

 

シュテルは明乃にモンスター役のもえかの対処を訊ねる。

 

「‥‥無視する」

 

「えっ!?無視!?それで、いいの!?」

 

RPGでは、モンスターとの戦闘を繰り返して経験値とお金を稼いでレベルを上げて物語を進めていくのに、明乃はいきなりモンスターとの戦闘で 『にげる』 のコマンドを選択した。

 

明乃に言われるがままに、シュテルはもえかの横を素通りしていく彼女の後ろを着いていく。

 

「着いたよ!!ここが王様の城だよ!!」

 

まだ大和を見ることが出来る絶景スポットではないのだが、明乃曰く、ここが王様の城らしい。

 

「よくぞ来た勇者よ」

 

すると、そこにはさっきのモンスターと同じポージングをしたもえかが立っていた。

 

「なんで、みんなそのポーズなんだ!?」

 

「貴女が中ボスね!?」

 

明乃が宣言するように言いながら、もえかをビシッと指さす。

 

「いや、中ボスじゃないでしょう!?」

 

シュテルは同じポージングから、中ボスではなく、モンスターだろうと言うが、

 

「よく見破ったな、私が中ボスだ!!」

 

「中ボスかよ!?」

 

明乃が言ったように目の前に居るもえかはモンスターではなく、中ボスらしい。

しかしそんなのも一瞬、明乃が中ボス(もえか)の首をチョップした瞬間、

 

「うわっ!?やーらーれーたー!!」

 

棒読みなセリフと共に、その場に倒れるもえか。

 

「展開早いよ!!」

 

シュテルは中ボスが一発で倒されている展開にも思わずツッコム。

 

「くっ、なんとか魔王の一人を倒せた‥‥」

 

「今のが、魔王なの!?しかも一人ってことはまだ他にも魔王が居るって事!?」

 

中ボスなのにそれが魔王であり、しかも魔王はこの一人ではなく、まだ他にも居る気配をにおわせる明乃。

 

絶景スポットに到着するまでこの寸劇が続くのかと思いきや、

 

ボォォォォォォー!!

 

山の向こうから船の汽笛らしき音が聴こえてきた。

 

「あっ!?アレって、大和の汽笛じゃない!?」

 

「ええぇぇぇーっ!!」

 

「早く行かないと、大和を見逃しちゃう!!」

 

三人は寸劇を止め、急ぎ山道を駆け出す。

 

「はっ‥‥はっ‥‥はっ‥‥」

 

「もかちゃん、早く!!」

 

「う、うん」

 

「もうすぐ通るよ!!」

 

三人は山野を駆け抜け、海が見える岬に向かって走っていた。

 

やがて、岬に着くと水平線の向こうには、ボォォォ~と船の汽笛が聴こえ、一隻の軍艦が三人の横を通り港に入ろうとしていた。

 

「来たぁ!!」

 

「凄い!!本物の大和だ!!」

 

「ホント、凄いね!!ミケちゃん、シューちゃん!!」

 

眼前を悠々と航行する大和の姿に感動する三人。

 

シュテルは大和の雄姿をデジカメに収める。

 

手を振ると、艦首に居た大和の乗員の一人が気づいてくれたのか、帽子を振ってくれた。

 

「あっ、気づいてくれた!!」

 

「うん、手を振ってくれた!!」

 

大和を見ることが出来、しかもその乗員が自分たちに気づいてくれ、手を振り返してくれたことにテンションが高い三人だった。

 

大和を見た後、三人はシュテルのデジカメで岬をバックに代わる代わる、ツーショット写真を撮った。

 

その後も、三人は主に野山を駆け抜けながら遊んだ。

 

明乃が木に登ったまま降りられなくなった子猫を助ける為、彼女自身が木に登り、子猫を助けに行った時、シュテルも、もえかも、ハラハラしながらその様子を見たこともあった。

 

海や川へ釣りにも行った。

 

僅かな間であったが、シュテル、明乃、もえかはこのひと時を楽しんだ。

 

やがて、広島での学会が終わり、シュテルが広島を離れる時、明乃も、もえかも別れを悲しんだ。

 

それは、シュテル自身も例外ではなく、珍しく二人の別れの際、涙を流した。

 

 

その後、明乃ともえかは、小学校卒業後、施設を出て、明乃は横須賀に住んでいる遠縁の親戚に、もえかは長野に住んでいる遠縁の親戚にそれぞれ引き取られていった‥‥

 

 

 

 

「フフッ‥‥」

 

「ん?艦長、どうしたの?」

 

山道を歩きながら、明乃は昔の事を思い出し、思わず笑みが零れる。

和住が明乃に訊ねると、

 

「あっ、こうして山道を歩いているとね、昔の事を思い出して‥‥」

 

「昔の事‥‥ですか?」

 

「うん‥‥小学生の頃は、もかちゃん、シューちゃんと一緒にこうして野山で遊んだから、懐かしいと思って」

 

「へぇ~」

 

明乃の話を聞いて和住は何やら納得している様子だった。

 

こうして、明乃たちはオリエンテーリングに必要なチェックポイントを探しながら、山道を歩いていった。

 

 

横須賀女子の晴風クラスで、こうした補習と特別実習が行われているように、Rat事件の影響を受け、周辺の海洋学校も今学期のカリキュラムの変更や補習が行われていた。

 

それは、総武高校の海洋学科も例外ではなかった。

 

普通科、国際教養科は、海洋学科と異なり、横須賀女子のRat事件の影響は受けておらず、補習はなかった。

 

由比ヶ浜は普通に夏休みを迎えることが出来る普通科と国際教養科の生徒たちを羨んでいた。

 

雪ノ下、由比ヶ浜、葉山はそれぞれ乗艦する艦が異なる。

 

専門である横須賀女子と異なり、総武高校の海洋学科は、まず、男女別となり、複数のクラスの女子同士、男子同士が一隻の学生艦に乗艦している。

 

雪ノ下は首席合格したので、この総武高校海洋学科の学生艦の中で、総旗艦を務めるコロラド級戦艦の総武の艦長を務めている。

 

由比ヶ浜は自分以外にもいくつかのクラスの女子と共に香取級軽巡洋艦一番艦である香取に乗艦した。

 

葉山は、由比ヶ浜と同じく自分のクラスの男子と他のいくつかのクラスの男子と共に、アラスカ級巡洋戦艦六番艦、和泉の艦長となった。

 

ただ、実際に艦に乗る実習の前に行われているシミュレーション講義にて、雪ノ下が同じクラスメイトに対する上から目線の毒舌から、総武の乗員は嫌そうな顔をしていた。

 

彼女たちの予想は案の定、的中し、航海中の演習で雪ノ下はクラスメイトたちの動きが遅い、射撃で百発百中しなければ、ダメだとか、ほんの些細なミスで毒を吐く。

その一番被害に遭ったのは艦のナンバー2である副長だった。

 

貴女には副長の自覚はあるのか?

 

副長の貴女がどんくさいから、他のクラスメイトもなかなか成長しないのではないか?

 

とにかく、総武のミスは全て副長の所為と言う認識であり、他のクラスメイトは副長が毒を吐かれているのを何度も見て、可哀そうだと思いつつ、そこで口を挟むと自分にも雪ノ下の毒が飛び火するので、副長を助けるに助けられなかった。

 

副長の生徒はいつも、いつも、部屋で悔しさから枕を濡らしていた。

 

教師に雪ノ下がしていることはれっきとしたモラハラであると提言しても成績と雪ノ下家と言う千葉で幅を利かせている家柄から、生徒たちの訴えは却下された。

 

反対に雪ノ下からの訴え‥‥クラスメイトの動きがどんくさい、些細なミスをする、射撃が下手、などの訴えから、雪ノ下以外の総武のクラスメイトには教師から厳しいノルマや説教、罰課題が下された。

 

勿論、雪ノ下は自分のクラスメイトたちが自分に対して不満を抱いている事に関しては、優秀な自分に対して嫉妬しているのだと思い込んでいた。

 

海上生活では信頼関係が第一にもかかわらず、雪ノ下には艦長なのに、その信頼関係が全く構築できていなかった。

 

反対に雪ノ下以外のクラスメイトには団結力が出来ていた。

 

クラスメイトたちには、雪ノ下は共通の『敵』と認識されていた。

 

しかし、雪ノ下家の権力から彼女本人に手を出すことが出来ない現状に対して益々雪ノ下への不満は募るばかりであった。

 

総武では雪ノ下に対する不満が募る一方、葉山が艦長を務める和泉では、そこまで不満は募ることはなかった。

 

一応、表面上のカリスマ性では、葉山の方が雪ノ下よりも上だったのかもしれないが、一番の要素は実習中に問題が起きなかったことだった。

 

由比ヶ浜も長い物には巻かれろ、周りの空気に流されているだけなので、基本的に権力者である雪ノ下と葉山の二人が居なければ、由比ヶ浜は何もできなかった。

 

それどころか、同じ葉山グループに所属している相模からネチネチと嫌味を言われる始末であり、彼女は彼女なりに肩身の狭い実習となった。

 




明乃がRPGごっこの際に名乗ったセイラは明乃の中の人ネタです。

ついでにもえかの女神役も中の人ネタです。


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104話

引き続き、晴風クラスのオリエンテーリングです。


 

 

夏休みの初期、Rat事件の影響で四月のカリキュラムに遅れが生じた晴風クラスは座学の補習と小島を舞台にした特別実習が行われた。

 

特別実習は無人島を舞台にしたオリエンテーリングで、四つのグループに別れ、それぞれ別の位置からスタートし、島の中にあるチェックポイントを回りながら、真っ白になっている島の地図を制作することだった。

 

そんな中、四つのグループの一つ、グー・チームのリーダーである明乃は、山野を歩き回っていると、小学生時代の頃を思い出しながら、チェックポイントを探していた。

 

 

一方、他のチームの様子は‥‥

 

 

 

納沙がリーダーを務めるパー・チームは、

 

「発見!!赤のG!!」

 

「赤のGはここ‥‥っと」

 

パー・チームのメンバーの中に野間がおり、彼女はまるでターザンか忍者の様に木の上を移動しながら、チェックポイントを探している。

 

野間が見つけたチェックポイントを納沙は地図に記入していく。

 

「位置の把握はほぼできましたね」

 

「野間さんがいるとすぐポイントが見つかって助かるよね。でも、あれいいのかな‥‥?」

 

鈴はチェックポイントが野間のおかげですぐに見つかるのはいいのだが、みんなで探して見つけるのではなく、野間が木の上から見つける方法はOKなのかと疑問に思った。

 

しかし、木の上からチェックポイントを見つけてはいけないと言うルールはないので、違反ではない筈だ。

 

「さすがマッチ~!!」

 

野間LOVEの等松は、目をハートマークにして黄色い声を上げている。

 

「私たち、一番にゴール出来るかもね!!」

 

「そうね」

 

野間が順調にチェックポイントを見つけているので、自分たちパー・チームは四つのグループの中で、一番最初にゴールできるかもしれないと、士気が高まっていた。

 

「他のみんなは大丈夫かな?」

 

ほまれは、自分たちはこうして順調にチェックポイントを探して、着実にゴールへ近づいているが他のチームは今、何をしているのだろうかと気になった。

 

「どうかしら?互いに連絡を取り合うのは禁止にされているからね」

 

伊勢は他のチームと連絡を取り合うのは禁止になっているので、どうしようもないと言う。

元々トランシーバーや無線機の通信機器を持っていないし、携帯もオリエンテーリング開始前に古庄教官たちに預けている。

 

勿論、他のチームと合流するのも禁止である。

 

「そもそも、これはどういう訓練なの?」

 

武田がこのオリエンテーリングの本質に疑問を抱く。

 

「サバイバル力アップ?」

 

広田がサバイバル能力の向上かと思った。

 

「そうですねぇ~‥‥想定としては、機械の故障などで方角も位置もわからず、孤立した状態での行動‥‥と言ったところでしょうかね?」

 

納沙はこのオリエンテーリングの目的は遭難時での行動じゃないかと口にする。

 

「山でやる必要はあるのかしら?」

 

「いつも海だからね」

 

「理由それだけ?」

 

「さあ?」

 

武田は、目的は兎も角、その舞台が山である意味はあるのかと思う。

 

広田も普段自分たちの実習の地は海なのに武田と同じ意見だった。

 

「とにかく、このままゴールを目指しましょう。地図によるとゴールは‥‥こっちですね」

 

納沙たちは地図を見ながら、ゴール方向へと進んで行く。

 

「次のポイントも探さないとね」

 

「マッチがいれば完璧よー!!」

 

鈴が次のポイントを目指して行こうと言う。

 

等松は、野間が居れば、チェックポイントも直ぐに見つかると、テンションが高い。

 

確かに、野間が居れば、木の上からチェックポイントも直ぐに見つかるだろう。

 

こうして、パー・チームは順調にチェックポイントを探しつつ、ゴールを目指して行った。

 

 

小島の山野の茂みがガサ、ガサと揺れると、

 

「ぷはっぁ!!」

 

茂みからは西崎が出てきた。

 

彼女に続き、立石も茂みから出てくる。

 

「うーん‥‥なるほど、なるほど‥‥」

 

西崎は周囲を見渡し‥‥

 

「‥‥迷った?」

 

「うぃ!!」

 

西崎がリーダーを務めるフレミング・チームはちょっとヤバ目な状況となっており、西崎の顔色は悪く、大谷はオロオロと狼狽えていた。

 

セミの声が鳴り響く中、フレミング・チームはしばし小休止とする。

 

西崎はリュックの中に入っていたミネラルウォーターを飲む。

 

「ぷはぁ!!道に迷って飲む水は美味い!!」

 

「こんなんで大丈夫っすかね?」

 

青木はこのチームの行く先に不安を感じ、それを口にする。

 

そんな中、宇田は地面に膝を抱え座っていた。

 

彼女も顔色が悪く、沈んでいる。

 

しかし、これは決して気分が悪いからではない。

 

(ぬ、ぬかった!!)

 

(ジャンケンによって、四つに分かれたチーム‥‥一見ランダムに決まったように見えるけど、実は好んで手を出すにはその人の性格が大きく関係している‥‥と、私は考えている)

 

宇田は今回のグループ決めには晴風クラスのクラスメイトたちの性格が浮き出ていると考えた。

 

(例えばグーは強く握った拳から力強くエネルギッシュなイメージ。そして、石から連想される頑固な一面‥‥職人やリーダータイプ!!)

 

宇田の脳裏にはグー・チームのメンバーである明乃、柳原、加藤の姿が浮かんだ。

確かに職人気質であり、リーダーシップがある。

 

実質、明乃は晴風の艦長だし、柳原、加藤は機関長を務めている。

 

(つまり、このチーム分けは、結果的に似たタイプ同士で結成されている‥‥!!)

 

宇田の解析から、グー・チームは、リーダーシップな職人気質なチーム。

 

チョキ・チームは、平和と攻撃のバランス力を重視した慎重なチーム。

 

パー・チームは、紙の様な柔軟性があるが、ウラもあるかもしれない怪しさがただようチーム。

 

(それで、言うとこのフレミング・チームは‥‥本来ジャンケンには存在しない特別な枠‥‥それを出すタイプは‥‥目立ちたがり!!)

 

フレミング・チームのメンツを見渡し、まずリーダーの西崎がフレミング・チームになったのは、彼女が目立ちたがりだからと言う理由。

 

(新しい物好き!!)

 

次にあかねを見る。

 

ほまれと双子の姉妹であるが、外見は兎も角、性格はいくら双子とは言え、成長するにつれて異なってくるのだろう。

 

宇田の心理解析通り、あかねは確かにほまれと比べると、新しい物好きで、いろんなことにチャレンジをする。

 

特に洋菓子作りに‥‥

 

姉のほまれは、妹のそのチャレンジ精神に、「あっちゃんは攻めすぎ」 と言った経緯がある。

 

(好奇心旺盛!!)

 

あかねの次は、青木と駿河を見る。

 

確かに宇田の心理解析どおり、二人は好奇心旺盛である。

 

青木は普段から、漫画のネタ探しに余念がない。

 

駿河も青木ほどではないが、好奇心が強く、何にでも興味を示し、突っ込んで行く。

 

(そして、自由人!!)

 

宇田は最後に八木を見る。

 

彼女とは幼馴染みであるが、鈴同様神社の家の娘と言うこともあって神秘的一面があるのだが、宇田にはそれが自由人に見えた。

 

 

「‥‥出す手を間違えた気がする」

 

(私も好奇心に負けた人だけどね‥‥)

 

四つのグループの解析した宇田であったが、フレミング・チームの好奇心旺盛な人間の中に自身も含まれていた。

 

「めぐちゃん、どうしたの?」

 

「ううん、何でもない‥‥」

 

八木が宇田の様子に気づき声をかける。

 

宇田はまさか、グループメンバーの面子の心理解析をしていたとは言えなかった。

 

「何はともあれ、とにかくポイントを探すのが先決っすね」

 

青木がまずはこの状況を打開するためにポイントを探そうと言う。

 

「位置が分からないと、どうしようもないもんね」

 

あかねがポイントを探すにも現在位置が分からなければ、どうすることもできないと指摘する。

 

「確かに」

 

あかねの言う事も、もっともだと大谷は肯く。

 

そして、

 

「どんなに打席が伸びても方向が悪ければただのファールだもんね!!」

 

現状を何故か野球に例える。

 

「タマわかる?」

 

西崎は野球好きな立石に意見を求める。

 

「うぃ」

 

立石は肯く。

どうやら、彼女には大谷の例えが分かるみたいだ。

 

「探し物ならまかせて」

 

八木がダウジングに使う金属棒を取り出す。

 

「やると思った!!任せられないよ!!」

 

八木と幼馴染みである宇田だからこそ、八木がやりそうな事に予測がついたのだが、彼女のダウジングには信憑性が無いので任せられなかった。

 

「でも、噂は聞いているよ。つぐちゃんってこれまでダウジングで色々見つけているんでしょう?意外といけるかも」

 

駿河は八木のダウジングの腕を信じているみたいで試してみようと言う。

 

「そんなオカルトは信じないもん!!」

 

しかし、宇田は八木のダウジングの腕を信じていない様子。

 

「探し物の内容をチェックポイントにすれば‥‥」

 

「そんな融通利くの!?」

 

八木はチェックポイントを探す為にダウジングに念を込め始める。

 

「まぁ、他に当てもないっすから、一度試しても面白いかもしれないっすよ」

 

「この采配、支配にどう影響するのか見物だね」

 

「うぃ」

 

青木と大谷、立石は八木のダウジングに任せてみようと言う。

 

「なんでそんなに他人事なのかがわからない」

 

宇田が自分のチームが今の現状よりも最悪になる可能性もあるのに、まるで他人事の様に振る舞うチームメンバーに思わず呆れた。

 

「よーし、じゃあ行ってみよう!!」

 

「ふあ――――ん!!」

 

西崎が出発の号令をかけ、八木のダウジングの下、チェックポイントを探しに歩き始めるが、宇田はやはり不安が拭えず、彼女の叫び声が森に響いた。

 

 

フレミング・チームが八木のダウジングでチェックポイントを探して行軍している頃、真白がリーダーを務めるチョキ・チームは‥‥

 

蝉の声が鳴り響く森の中を歩いていた。

 

すると、

 

ジジジジジっ!!

 

「うわっ!!」

 

「宗谷さん!!」

 

先頭を歩いていた真白めがけて蝉が突っ込んできた。

 

蝉の突進に思わず尻餅をつく真白。

 

「大丈夫?」

 

黒木が尻餅をついた真白に手を差し伸べる。

 

「あ、あぁ‥‥」

 

「宗谷さんもう三回も蝉に突撃されているね」

 

「先頭を行ってくれているから犠牲になっているぞな」

 

伊良子はスタートしてから、現時点まで真白がもう三回も蝉の突撃にあっていることをカウントしていた。

 

そして、真白が先頭を歩いているおかげで、他のチームメンバーは蝉の突撃にあっていないことを勝田が言うと、

 

「はぁ~ついていない‥‥」

 

真白はもう、お決まりのセリフをはく。

 

しかし、唯一幸いなのは、蝉におしっこを引っかけられていないことだろう。

 

これで、三回連続蝉のおしっこをかけられていたら、目も当てられない。

 

そういう意味では真白の不幸体質はいくらか改善されている可能性がある。

 

「副長の不運を除けば探索は極めて順調だけどね」

 

「優秀なのは間違いないからねぇ~ウチの副長。運は悪いけど‥‥」

 

真白がいるので、フレミング・チーム同様、道に迷っているのかと思いきや、チョキ・チームは順調にチェックポイントを探し当てゴールに近づいていた。

 

小笠原と若狭は、真白は不運なところがなければ、真面目で完璧なのだが、その代償がやはり不運なのだと指摘する。

 

「ポイント発見しましたー!!」

 

そうこうしているうちに山下が次のポイントを見つけた。

 

「流石航海科、よく見ているね」

 

ポイントを見つけた山下を褒める若狭。

 

「ここまで順調に進めているのは山下さんの功績が大きいな」

 

若狭の他に真白も山下の事を褒める。

 

「やはり、目がよろしいのですね」

 

見張りをしているだけあって目が良いのかと思う万里小路。

 

「ウチも何個か見つけるぞな」

 

同じ航海科として山下だけ活躍させる訳にはいかないと勝田もやる気満々だった。

 

黒木が地図を見て、

 

「このまま行くと川があるわね。ゴール付近にも川が流れているみたいだし、遡って行けばゴールできそうだけど‥‥これはルール上いいのかしら?」

 

ゴールの近くには川が流れていたので、このまま川を遡っていけば、ゴールに着くかもしれないが、ルール上はこれでいいのかと問う。

 

「ゴールに辿り着くのが目的ならそれでいいんじゃない?位置を把握する最低限のポイントは見つけているんだし」

 

「そうだよね」

 

伊良子は既にゴールへ行くためのポイントは見つけているので、このまま川を遡ってゴールを目指しても問題ないのではないかと言い、小笠原も伊良子の意見に賛同する。

 

「ですが、ポイントはできるだけ見つけるといったルールもありましたわよね?」

 

「それって、最短ルートを阻害するためだけにあるひっかけ問題の可能性もあるよね」

 

万里小路と若狭は、制限時間内にゴール以外にもなるべくポイントを見つけてゴールせよというルールがある事を指摘する。

 

最低限の数のポイント‥‥その最低限の数が、いくつなのか古庄教官から説明がなかった。

 

その為、一つでも多くのポイントを見つけてからゴールした方が良いのではないかと意見する

 

「でも、制限時間内にゴールは絶対条件ぞな」

 

勝田が時間内にゴールすることも前提なので、ゴール出来るなら、ゴールを目指した方が良いのではないかと意見する。

 

「そうだな‥‥しかし、例えばこの実習‥‥チェックポイントを救助者と仮定した救助訓練なのだとしたら、時間内になるべく多くの救助者を発見し、目的地に辿り着くのが本来の目的なのかもしれない」

 

真白はこの特別実習の目的が救助訓練なのではないかと推測した。

 

「救助訓練?」

 

「もちろん、ただの推測だが‥‥」

 

「確かに特別実習にしては、説明されただけのルールだけを遂行するだけなら、それほど難しいことじゃないわ。でも、別の意味が隠されている可能性も十分に考えられるわね」

 

黒木も真白の意見には賛成の様で、この特別実習には時間内にゴールすること、ポイントを出来るだけ見つけてゴールすること、以外にも隠された目的があるのではないかと思っている。

 

「勝田さん、ここからゴールを目指すならどれくらいかかりそう?」

 

「道が悪いことを考慮しても一時間はかからないくらいぞな?」

 

真白は晴風で航海計画を立てている勝田にここからゴールまでの所要時間を訊ねる。

それによると、ここからゴールを目指すのであれば、悪路を考慮して約一時間の距離みたいだ。

 

「まだ時間には余裕があるね」

 

「じゃあ、ゴールはひとまず置いておいて、もう少しポイント探しに行ってみる?」

 

伊良子と小笠原がまだ制限時間には余裕がるのだから、その間に少しでも多くのポイントを見つけようかと言う。

 

「いいのか?自分で言っておいてなんだが、これが救助訓練だと決まった訳では‥‥」

 

真白はこの特別実習が本当に自分の推測どおり救助訓練なのかという確証はない。

古庄教官が言ったようにただ単にポイントを見つけて最短でゴールするだけかもしれない。

 

もし、それならば、余計なポイントを探して時間を消耗するよりは、このままゴールを目指した方がいいのかもしれない。

 

「いいのよ。少なくとも私は宗谷さんの意見には納得したわ。恐らく他のみんなもね‥‥」

 

黒木は、真白の推測は当たっていると言う。

 

真白は他のチームメンバーを見ると、メンバーからも特に反対意見はなかった。

 

そもそも、自分たちが目指すブルーマーメイドの主任務は、海上での救助活動だ。

 

それならば、真白の推測通り、この特別実習が救助活動を模した内容である可能性は十分にある。

 

「みんな‥‥ありがとう…よし!!では、これからはポイント探しを重視!!広範囲を捜索しつつ、ゴールへの道筋は大きく外れないよう移動する!!それと制限時間には遅れないように気をつけるぞ!!」

 

『了解!!』

 

真白たちチョキ・チームは現在位置から一つでも多くポイントを見つけてからゴールする方針を立て、時間を気にしながらポイントを探し始めた。

 

 

その頃、ゴール地点にて、晴風クラスの到着を待っている古庄教官たちは‥‥

 

「まだ、どのチームもゴールに辿り着いていませんね」

 

平賀が古庄教官に声をかける。

 

「この時間だと真っ先にゴールに向かうことを想定したチームはゼロ‥‥ですか?」

 

「そうね。最低限のポイントでゴールを目指すなら、最速を目指さなければ‥‥その先の目的を達成できない。でも、それは数ある中の一つの想定よ。この実習内容をどう受け止めて、どう行動するか‥‥それは生徒たちの自由」

 

古庄教官はあくまでも最低限のルールしか伝えていなかった。

 

制限時間内にゴール。

 

チェックポイントは出来るだけ見つけて地図を作り、ゴールを目指す。

 

それ以外は、この特別実習をどう捉えるのか、それは生徒の自由だと言う。

 

つまり、納沙が思ったサバイバル能力向上ではないかと思った事も、真白が救助訓練なのだと思った事もどちらも正解であり、生徒の数だけ、正解がある実習だった。

 

しかし、実習中の生徒たちは古庄教官の考えを知る由もないが、生徒たちは古庄教官の考え通り、この実習には隠された目的があると思い、それぞれのチームごとに目的を立てて、実習に臨んでいた。

 

「楽しみに待ちましょう。あの子たちが何に気づき、それを想定した上で、しっかりミッションを達成できるかどうか‥‥」

 

福内も古庄教官に声をかけ、生徒たちがどんな目標を立てて、この実習に臨んでいるのかを待っていようと言う。

 

「‥‥ええ、そうね」

 

古庄教官は二人の言葉を聞いて、晴風クラスの生徒たちがゴールするのを待った。

 

それからしばらくして‥‥

 

「いっちば――――ん!!」

 

四つのグループの中で最初にゴールしたのは、西崎がリーダーを務めるフレミング・チームだった。

 

一番にゴールが出来たことに関して、宇田は、『奇跡だと‥‥』 と、ボソッと零した。

 

フレミング・チームの次にゴールしたのは、納沙がリーダーを務めるパー・チームだった。

 

「まさか、フレミング・チームに一着をとられるとは、思いませんでした」

 

納沙としては、野間が居たので、彼女にチェックポイントを探させ、順調に地図にチェックポイントを記入して、ゴールを目指していたので、自分たちパー・チームが一着になるかと思っていたのだ。

 

それは納沙以外のチームメンバーも同じようで、

 

「自信あったのになぁ~」

 

と、武田も残念がっていた。

 

一方、鈴は、

 

「二位でもすごいよ」

 

と、一着ではなくても二位でも十分にすごい結果だと思っていた。

 

パー・チームに野間という切り札が居たように、フレミング・チームには八木というダウジングの達人というダーク・ホースが居た。

 

パー・チームの敗因は、この八木というダーク・ホースの存在だったのかもしれない。

 

三着は、明乃がリーダーを務めるグー・チームだった。

 

「疲れたよ~」

 

「でも、楽しかったネ~!!」

 

明乃たちは山野を歩き、森林浴をしながらもチェックポイントを着々と集め、ごくごく平凡な感じでゴールしたみたいだ。

 

そして、四着だったのは、真白がリーダーを務めるチョキ・チームだった。

 

時間には十分に余裕があり、ゴールへの道のりも分かっていた筈のチョキ・チームが何故、四着になったのか?

 

その原因は‥‥

 

「すまない‥‥時間を管理していた私の腕時計が不具合を‥‥」

 

「まぁ、まぁ」

 

「ギリギリ間に合ったんだし、大丈夫じゃない?」

 

時間を見ていた真白の腕時計が動作不良を起こし、気づいた時にはチェックポイントを探している余裕はなく、直ぐにでもゴールを目指さなければならず、チェックポイントの捜索を打ち切り、急いでゴールを目指した。

 

その為、時間には十分な余裕があった筈なのに、ゴールはギリギリになったみたいだ。

 

真白は自分の時間管理‥‥と言うか、時計の不具合‥‥でもなく、最終的に自分の不幸体質のせいで、チームのみんなに迷惑をかけてしまったと謝る。

 

しかし、チームメイトは誰も真白の事を責めはしなかった。

 

真白が立てた方針に賛同したのは自分たちなので、彼女を責めはしなかった。

 

「みんな、お疲れ様!!」

 

ゴールした晴風クラスの生徒たちに労いの言葉をかける平賀。

 

「ひとまず、制限時間内にここまで辿り着くことが出来たみたいね」

 

最低限の条件である時間内にゴールするという目標を全てのチームはなんとかクリアー出来た。

 

「はい、は~い!!一位でゴールしたチームには何か褒美とかありますか~?」

 

一位でゴールしたフレミング・チームのリーダーである西崎は、古庄教官に何か一位になったご褒美があるのかを訊ねる。

 

「実習なので、そういうのはありません」

 

しかし、元々学校の実習なので、褒美はないと古庄教官が言うと、

 

「ガーン‥‥頑張ったのに‥‥」

 

途中、遭難しかけながらも一位になったのに、何も褒美が無い事に西崎はショックを受けた。

 

「そりゃそうだ」

 

真白は当然だろうと、西崎にツッコミ入れる。

 

ショックを受けた西崎に追い打ちをかけるかのように、古庄教官は、晴風クラスの生徒たちもう一言付け加える。

 

「それに、実習はこれで終わりじゃないわよ」

 

『えっ!?』

 

古庄教官のこの一言に晴風クラスの生徒たちは固まる。

 

「まず、本日各チームが作成した地図を回収します」

 

福内が補足説明をする。

 

「あとは明日までに、本日のオリエンテーリングで何を考え、どのように行動したのかレポートをまとめて提出すること、最終的に探索にかかった時間、地図の完成度、レポートの内容をトータルし、吟味した上で評価を下します」

 

「うへぇ~レポートもあるのかぁ~‥‥」

 

島を歩き回り、地図を製作しただけでなく、レポートの提出もあることに西崎のテンションも下がる。

 

「でも、もう、終わったも同然だよ!!レポートを乗り切ったら、明日は自由時間!!もうひと頑張りよ!!頑張れ若者よ――――っ!!」

 

『おぉ――――!!』

 

平賀の激励を受け、明日の自由時間の事を思い出し、晴風クラスの生徒たちの士気は高くなる。

 

その後、各チームは、明日の自由時間を得る為にレポートの作成に努めた。

 

そして、翌日‥‥

 

「海‥じゃなくて、川だ――――っ!!」

 

晴風クラスのクラスメイトたち+大谷と加藤は、水着に着替え、川に飛び込む。

主計科のクラスメイトは川岸でお昼のバーベキューの用意をする。

 

「賑やかねー!!」

 

「ええっ!?」

 

平賀と福内の姿を見て、西崎は驚きの声を出す。

 

二人の姿は自分たちと同じく水着姿だった。

 

「川で遊ぶなんて何年振りかしら?」

 

平賀の水着姿は、同性から見ても刺激的で、胸が細やかな女性にとっては目に毒だった。

 

「二人まで完全に遊びモード」

 

ジト目で平賀と福内を見る西崎。

 

「ふふっ、実は私たちも半分夏休みできているのよ」

 

「ビーチバレーでもする?ビーチじゃないけど」

 

平賀は満面の笑みで晴風クラスの生徒たちをビーチバレーに誘う。

 

「現役ブルマーとビーチバレー対決!!オープン戦みたいにワクワクするね!!」

 

「ワーオ!!エキサイティングねー!!」

 

「よぉーし、やってやろうじゃねぇかぁ!!」

 

大谷、加藤、柳原はやる気満々な様子。

 

晴風クラスの生徒たちが平賀たちとビーチバレーをしている間、明乃はパラソルの下で地図の採点をしている古庄教官に気づく。

 

「古庄教官!!」

 

「ん?」

 

「教官も水着なんですね」

 

古庄教官も教員服ではなく、平賀、福内、晴風クラスの生徒たちと同じく水着姿だった。

 

「あの子たち(平賀・福内)が持ってきたのよ。まぁ、どんな格好でも採点はできるから仕方なくね‥‥」

 

教員服ではなく、水着でも地図の採点は出来るので、古庄教官は平賀に勧められて、水着姿のまま、採点をしていた。

 

「あの、実習の得点次第では、さらに実習なんて‥‥可能性も?」

 

明乃はこの実習の評価が少なければ、また追加の補習があるのか恐る恐る訊ねる。

 

「それはないわ。元々この実習自体が補習みたいなものだし、点数をつけると言っても、判断能力や適性を見るのが目的だから」

 

古庄教官の言葉を聞いて、追加の補習がないことにホッとする明乃。

 

「チーム分けの方法も少しは採点に影響しているわよ」

 

「えぇっ!?それって、もしかして、マイナスなんじゃあ‥‥」

 

チーム決めに時間がなかったとは言え、グー・チョキ・パー・フレミングという安直な方法で決めたことは、低い評価なのではないかと不安になる明乃。

 

「ふふっ、そうかしら?」

 

古庄教官は、笑みを浮かべて誤魔化す。

 

「岬さーん!!」

 

「艦長も一緒にやらなーい?」

 

鈴と若狭が明乃をビーチバレーに誘う。

 

「あっ‥‥」

 

「ほら、私はいいから、岬さんも遊んでらっしゃい」

 

「はい。あの‥‥よかったら、教官も採点が終わったら、一緒に遊びませんか?」

 

「‥‥そうね、考えておくわ」

 

「やったあぁ!!じゃあ、待っていますね!!」

 

「ええ」

 

明乃は、みんながビーチバレーをしている所へと走って行った。

 

古庄教官は、それを見た後、晴風クラスの生徒たちが作成した地図を見る。

 

すると、フレミング・チームが作成した地図を見ると、そこには、『まいぞー金』 『温泉(足湯サイズ)』 と書かれていた。

 

(えっ?何これ?宝の地図?)

 

古庄教官は、その地図を見て、首を傾げた。

 



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105話

晴風のオリエンテーリングの最終とシュテルたちの実習の序章です。


夏休み初旬、Rat事件の影響で晴風クラスの生徒たちは、特別実習でとある小島へとやって来た。

 

そこで、晴風クラスの生徒たちと遊びに行くと勘違いした柳原と西崎に誘われた天津風機関長の加藤と時津風水雷長の大谷を含め、特別実習は小島を舞台にしたオリエンテーリングとなった。

 

オリエンテーリングの内容は、晴風クラスの生徒たち+大谷、加藤の全員を四つのグループに分け、別々のスタート地点から島の彼方此方にあるチェックポイントを探しながら、真っ白なこの島の地図を作りながら、制限時間内にゴールを目指すというモノだった。

 

様々な事がありつつも四つのグループは何とか無事に制限時間内にゴールすることが出来た。

 

オリエンテーリング後、これで終わりかと思いきや、古庄教官はゴールしただけでオリエンテーリングは終わりではなく、今回のオリエンテーリングのレポートも提出しろと言われ、翌日の休暇の為、彼女たちは急ぎレポートを制作した。

 

 

そして翌日、彼女たちは、無人島でのバカンスを楽しんだ。

 

海ではなく、川であるが‥‥

 

彼女たちは川辺でバーベキューをしたり、化石が出ると言うことで、化石を掘る者も居た。

 

晴風クラスの生徒たち+大谷と加藤がバカンスを楽しんでいた時、古庄教官は地図の採点をしていたのだが、西崎がリーダーを務めていたフレミング・チームが制作していた地図には 『まいぞー金』 やら 『温泉(足湯サイズ)』 と書かれていたので、採点に首を傾げていた。

 

そして、古庄教官のアシスタントとして今回の特別実習に同行したブルーマーメイド隊員の平賀と福内の二人も夏休みと言うことで、晴風クラスの生徒たちと共にビーチバレーを行った。

 

とは言え、さすがに現役ブルーマーメイドの隊員であっても二人対晴風クラスの生徒たちでは、人数差があるので、平賀チームと福内チームに分かれてビーチバレーをやった。

 

「ふぅ~‥‥」

 

ビーチバレーを一通り楽しんだ平賀と福内は、一息ついて川辺に用意したビーチチェアに座る。

 

「いやぁ~若いってすごいわぁ~物凄くパワフルで‥‥私たちにもあんな時代があったんだねぇ~‥‥」

 

「いや、私たちもまだ十分に若いと思いますけど‥‥?」

 

平賀の一言に福内は、呆れながらもツッコミを入れる。

 

「そう言えば、お二人も横須賀女子出身なんですよね?」

 

そこに明乃が来て、二人に声をかける。

 

「そうだよぉ~」

 

「あの、平賀さんについては色々聞いたんですけど‥‥」

 

「えっ?どんなこと?」

 

「スキッパーの運転が上手いとか、学生時代は、よく艦を飛び出して行っちゃったとか‥‥」

 

明乃は以前、もえかから、平賀の学生時代の噂を聞いて、彼女になんか親近感を感じ、この噂が本当なのか平賀に聞いてみたのだ。

 

「あぁ~そうなのよ。平賀さんったら、学生の頃はもう、鉄砲玉みたいに飛び出しちゃったり、気づけば、いつの間にかどこかに行っちゃったり、大変だったんだよ」

 

「ちょっ、のりりん!?」

 

噂の真相に関して平賀本人ではなく福内が明乃に噂が事実であると伝える。

 

「へぇ~‥‥お二人の学生時代ってどんな学生だったんですか?」

 

明乃が、平賀と福内の学生時代について訊ねる。

 

傍に居た他のクラスメイトたちも平賀と福内の学生時代に興味があるのか、近寄ってきて二人の学生時代の話に耳を傾けた。

 

「えっ?私たちの学生時代?」

 

「えっと‥ねぇ~‥‥」

 

明乃に問われ、二人は学生時代に思いを寄せる‥‥

 

 

 

 

今から、約六年前の事‥‥

 

横須賀女子海洋学校の校舎にて‥‥

 

 

「艦長―っ!!」

 

横須賀女子のセーラー服を身に纏った福内が校舎の中を走り回っている。

 

その時の福内は、今よりも当然のことながら、若干若いが、頭につけている狸耳のカチューシャはこの頃から既に現役で、彼女のチャームポイントとも言える感じだった。

 

「艦長?」

 

「にゃあ?」

 

福内は、校舎の茂みをかき分けると、そこには、自分の捜し人はおらず、その代わりに猫が居た。

 

「艦長!?」

 

パカッ

 

次に福内は、ゴミ捨て場のゴミバケツの蓋を開けるが、当然そこに彼女の捜し人が居る筈もなかった。

 

「もう、どこに行ったのかしら?」

 

辺りを見回しても探し人である艦長が見当たらない。

 

そこに、同級生が通りかかると、

 

「ねぇ、うちの艦長知らない?」

 

「あぁーともちゃんなら、さっき‥‥」

 

その同級生は自分の捜し人である艦長の行方を知っていたみたいで、福内は急ぎその場所へと向かった。

 

そして、捜し人である艦長がいる部屋のドアを開ける。

 

ガラッ

 

「平賀艦長!!」

 

福内の捜し人である、平賀は図書室に居た。

 

「あっ、のりりん。どうしたの?」

 

平賀は図書室の机に広げられた書類と格闘している様子。

 

「『どうしたの?』じゃないですよ。お昼になっても戻らないから、探していたんですよ!!」

 

福内は、平賀がなかなか戻ってこない為、彼女を探していたのだ。

 

もしかしたら、体の具合が悪くなって倒れていたかもしれないと思い、福内は必死に探していた。

 

しかし、探し人である平賀はこうして無事に図書室に居た。

 

「それで、何しているんです?」

 

福内は平賀に何故、図書室に居たのかを訊ねる。

 

「あの‥‥ごめんなさい」

 

「ん?」

 

すると、同級生が図書室に来て、福内に謝る。

 

「私が荷物運んでいる時、たまたま平賀さんにお会いして‥‥大変そうだからって、手伝ってくれたんです」

 

同級生は平賀が何故、図書室に居たのかその理由を話す。

 

「ついでに書類整理をやっちゃおーってね」

 

「はぁ~‥‥そうですか‥‥」

 

平賀は荷物を運ぶついでに、その同級生の仕事もやっていたみたいだ。

 

「それならそれで、連絡の一つくれれば‥‥とりあえず、私も手伝いますよ」

 

用があったのであれば、一言自分に電話でもメールでも一言連絡を入れて欲しかったと言いつつ、現状を知ると、平賀と同級生がしている書類整理を手伝った。

 

「わぁーありがとー!!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

福内も手伝い、仕事はすんなりと終わった。

 

「それじゃあ、私たちはこれで」

 

「またねー!!」

 

「ありがとねー」

 

同級生と別れ、学校の敷地内を歩いていると、

 

「やっぱり、人手が多いと早く片付くね!!」

 

「まったく、もう。他人の面倒を見るのも良いけど、もう少し落ち着いて行動してください。貴女は艦長なんですから」

 

「ごめんねぇ~」

 

「この前の実習でも一人で艦を飛び出して、行っちゃうし‥‥あの後、大変だったんだからね」

 

「あれは‥だって‥‥実習とは関係ない救助だったし、スキッパーで出るのが一番早かったから‥‥」

 

先日、行われた海洋実習にて、平賀が艦長を務める艦は遭難現場に遭遇し、平賀は艦橋を飛び出して、スキッパーで救助に向かったらしい。

 

ブルーマーメイドに通報し、その到着を待ったり、艦を遭難現場に向かわせるよりも、小型ながらも速力が出るスキッパーで現場に向かった方が最短時間だったみたいだ。

 

「のりりんだって、私のスキッパーの運転技術は知っているでしょう!?」

 

「はい、はい、すごい、すごい」

 

平賀は腕をブンブンと振り回しながら、自分のスキッパーの運転技術が優れている事を言うと、福内は棒読み&投げやりな感じで、平賀のスキッパーの運転技術が凄いことを褒める。

 

「あっ、そうそう、スキッパーと言えば‥‥」

 

平賀は腕を振り回すのを止め、話題を変える。

 

「今度さぁ~私、国際スキッパーレースに出られるかもしれないんだって」

 

「あら?おめでとう」

 

平賀はなんと、国際スキッパーレースの選手枠に選ばれるかもしれない事を福内に伝える。

 

福内は、棒読みではないが、『おめでとう』の一言で済ませる。

 

「えぇ~それだけ?結構凄いことなのに~」

 

平賀は福内が驚いている様子もないので白ける。

 

確かに平賀が言っているように、高校生なのに、国際レースで選手枠になるのは、凄いことだ。

 

「その話はまた今度、ゆっくり聞くから、今は‥艦長としての自覚!!しっかりしてよね」

 

「うぅ~‥‥根に持たれている‥‥」

 

福内は話題を戻して、平賀に艦長としての自覚を持てと言う。

 

「でも副長の、のりりんが優秀だから、少しくらい大丈夫かなーって」

 

「その少しが積もり積もって大変なの!?」

 

「そっか、そっか」

 

「もう、少しは真面目に‥‥」

 

福内がそこまで言うと、上からガサガサと言う音と共に、木の葉が落ち、何かが木の上から落ちてきた。

 

その直後、

 

さわさわ‥‥

 

「ひっ!?」

 

福内のお尻が誰かに揉まれた。

 

「おおっ、なかなかいい尻じゃねぇか」

 

「ななな‥‥っ!?ちょっ‥‥なんっ‥‥?あっ‥‥!?ええっ!?」

 

白昼堂々‥しかも学校の敷地内で変質者なんている筈はないのだが、自分は確かにお尻を何者かに触られた。

 

福内は両手で自分のお尻を抑えて、自分のお尻を触った相手と距離を取る。

 

「あっ!?真冬姐さん、こんにちは!!」

 

「おう」

 

「ちょっと!!艦長っ、知り合いですか!?この破廉恥な人は!?」

 

「ああ、えっとね、この人は‥‥」

 

福内は自分のお尻を揉んだ人物は知らないみたいだが、平賀は知っている様子。

 

「アタシは駿河艦長!!宗谷真冬だ!!」

 

木の上から降りてきて、福内のお尻を揉んだのは、平賀、福内と同じく学生時代の真冬だった。

 

彼女はこの時から、マントが好きなのか、横須賀女子の制服であるセーラー服の上に黒マントを羽織っていた。

 

「そう言えば、見たことがあるような‥‥と言うか、何で姐さん?同い年でしょう?」

 

制服のスカーフの柄から、真冬と自分たちが同い年である筈なのに、どうして『姐さん』をつけるのかを訊ねる。

 

「んー?何だろう。姉御っぽいからかな?他の子も呼んでいたからつい‥‥」

 

どうやら、真冬は平賀以外にも同級生からは『真冬姐さん』と呼ばれているらしい。

 

それは、決して彼女が留年や高校浪人して学年が同じでも年齢が年上‥と言うわけではなく、姉御肌の真冬の気質からくるものの様だ。

 

「真冬姐さんもスキッパーの運転上手いんだよー私もよく一緒に練習したりしているんだ。真冬姐さんと知り合ったのもそれがきっかけ」

 

「へぇ~‥‥」

 

平賀が福内に真冬との出会いを説明している間、件の真冬はいつの間にか、平賀の背後に居り、

 

「お前は相変わらず、上ばっか育ってんのなぁ、もっと尻を鍛えろ!!尻を!!」

 

「わぁっ!?」

 

真冬は平賀の胸を揉みしだく。

 

「こら――――っ!?」

 

福内は真冬に注意を入れる。

 

「やめてください!!刺激を与えてこれ以上大きくなったら、どうするんですか!?」

 

「止める理由そこなの?」

 

福内はこれ以上、平賀の胸が大きくなるのが嫌なのか、これ以上平賀の胸を揉んで、大きくする要因を増やすなと真冬に言い放つ。

 

一方、真冬に胸を揉まれた平賀本人は、胸を押さえつつ、セクハラだとか、モラルがどうとか、と言う理由ではなく、これ以上、自分の胸を大きくしないようにと言う理由だったことに、注意する論点が違うのではないかと思った。

 

その後、福内と真冬は互いに自己紹介を行う。

 

「福内典子です。よろしく」

 

「ハハハハハ‥頭に耳が着いている!?」

 

真冬は福内の狸耳カチューシャを見て大爆笑していた。

 

「それよか、時間も良い頃合いだし、昼飯でも食いに行かないか?」

 

福内の狸耳カチューシャを見て、一通り大爆笑した真冬は、二人を昼食に誘う。

 

「いいですねぇー今、ちょうど、間宮が入港しているみたいですよ。何か美味しいモノ、食べられるかも」

 

「おう、いいな」

 

平賀は間宮が入港しているので、間宮で昼食を摂らないかと言う。

 

給量支援教育艦の間宮ならば、そこの乗員も料理が上手いので、当然そこで出される料理の味も美味い。

 

三人は港湾区画に停泊している間宮へと向かう。

 

「間宮にはこの前にも一度、食わせてもらったが、ありゃ、大したもんだ」

 

「それは、楽しみですね」

 

真冬は以前、間宮にて食事をしたみたいで、間宮の料理を褒める。

 

福内はまだ間宮の料理を食べたことはないみたいで、間宮の料理を楽しみにしていた。

 

そして、やってきた横須賀女子の港湾区画‥‥そこに停泊している間宮のタラップ付近にて、

 

「お断りします!!」

 

「えっ?」

 

藤田ではなく、この当時の間宮艦長からはいきなり乗艦拒否を受けた。

 

間宮への乗艦拒否をされ、三人は( ゚д゚)ポカーンとする。

 

「何だ?まだ、準備中か?仕方ねぇなぁ~」

 

いち早く、再起動した真冬は、まだ間宮の厨房が料理の仕込み中なのかと思った。

 

「そうではありません!!」

 

しかし、間宮の艦長が言うには、違うらしい。

 

その証拠に、 

 

「あっ、お二人は問題ないので、どうぞ」

 

「なぬっ!?」

 

平賀と福内の乗艦は許可した。

 

間宮の艦長の行動に真冬は思わず、声が裏返る。

 

「おい!!アタシだけ乗艦できねぇってどういう了見だ!?」

 

そして、真冬は何故、自分だけが間宮に乗艦できないのかを間宮の艦長に詰め寄る。

 

「ええい!!黙らっしゃい!!」

 

間宮の艦長は、真冬以上の大声を上げて、真冬を黙らた後、

 

「駿河艦長!!宗谷真冬!!貴女には間宮の出入りを禁止します!!この件に関しては、ちゃんと校長の了承も得ています!!」

 

間宮の艦長は、真冬に『間宮の出入り禁止令』と書かれた紙を突きつける。

 

その紙には真冬の母であり横須賀女子校長の真雪のサインと判子がおされ、出入り禁止の命令文の最後の一文には、真雪の字で、『真冬ダメよ。母より』 と書かれていた。

 

「これは、間宮乗員全員一致の決定事項です!!」

 

間宮の艦長が、真冬にそう言い放つと、

 

「そうだ!!そうだ―――っ!!」

 

「カ・エ・レ!!」

 

「カ・エ・レ!!」

 

「真冬さ―――ん!!」

 

「いらっっしゃ――――い!!」

 

間宮の甲板から、間宮の乗員が声を上げるが、一部の乗員は、真冬の乗艦を歓迎する者も居た。

 

「‥‥全員じゃねぇじゃねぇ―――か」

 

全員一致と言っていたのに、一部の乗員は、真冬の乗艦を望んでいた事にジト目で真冬は間宮の艦長に訊ねる。

 

「こら―――っ!!この間、話し合って決めたことでしょう――――!?」

 

間宮の艦長は、乗員に声を荒げる。

 

乗員の中には間宮の艦長の様子を見て笑っている者も居た。

 

「ちょっ、真冬姐さん、出禁になるなんて、一体何をしたんですか!?」

 

平賀は真冬に間宮を出禁になるくらいなのだから、間宮の艦内で何かしたのではないかと思い当たる節が無いか訊ねる。

 

「何をしたも何も‥‥アタシには一切覚えがない」

 

真冬は間宮を出禁になるほどの事態に思い当たる節が無いと言う。

 

「んまっ!?」

 

真冬の言動に今度は間宮の艦長の声が裏返る。

 

「あれだけの事をしておきながら、自覚がない何て‥‥!!フグの肝!!ウナギの血!!」

 

「どんな悪口だよ?」

 

間宮の艦長は、ある意味、間宮の艦長らしい、暴言を真冬に吐くが、真冬には通じなかった。

 

「お、落ち着いて‥‥それで、結局何が原因なんです?」

 

福内は間宮の艦長に真冬が何故、間宮に出禁になったのか、理由を訊ねる。

 

「‥‥この人、以前、間宮に食事に来た時‥‥」

 

間宮の艦長は、真冬が間宮を出禁になった理由を語りだす。

 

それによると、以前真冬が間宮に食事に来た時、彼女が間宮で問題行動を起こしたようだ。

 

先程、真冬は、以前間宮に来て食事に来たと言っていた。

 

恐らくその時だろう。

 

「その人‥‥ウチの乗員のおっ‥‥お尻をことごとく揉み歩いて行ったんです!!」

 

間宮の艦長が、真冬が間宮を出禁になった理由を聞き、

 

「‥‥有罪です。反省してください」

 

先程、お尻を揉まれた福内は弁解の余地なしと呆れるように言う。

 

「マジかよ!?まさか、それが原因だったとは‥‥」

 

「何で意外そうな顔をしているんですか!?」

 

出禁になった理由を言われても、まさか、その時の行為が出禁になった理由だったことに意外そうな顔をする真冬であるが、そんな真冬に対して福内はツッコミを入れる。

 

「料理を運んでいた子は百歩譲って‥‥いや、譲りませんけど!!料理中の子のお尻を揉むなど言語道断!!と言うか、マジで危ないですから!!」

 

間宮の艦長は、料理中の子の尻を揉むなんて危険だと指摘する。

 

真冬は間宮に食事に来た他に配膳中の子の尻を揉み、更には厨房にも入り、そこで調理中の子の尻も揉んだらしい。

 

火や包丁を使っている子の尻を揉むなんて危険だ。

 

「誤解だ!!あれは頑張って鍋を振っている姿を応援するために根性を注入してやろうと‥‥アタシは未来のブルーマーメイドたちの為にブルーマーメイドの命である尻を揉んだんだ!!」

 

と、真冬は、間宮の乗員の尻を揉んだのは彼女なりの激励だと弁解するが、

 

「キメ顔で何トンチンかんなこと言っているんですか?」

 

福内は完全に呆れ顔でツッコム。

 

その後も間宮の艦長と真冬の口論が続く。

 

「‥‥」

 

その様子を平賀はジッと見ていたが、あまりにも収拾が尽きそうにない様子を見て、おもむろにポケットからホイッスルを取り出すと、

 

ピィィィっー!!!

 

思いっきりホイッスルを拭いた。

 

「「っ!?」」

 

その音を聴き、二人は口論を止める。

 

「喧嘩はいけません!!」

 

ホイッスルの音と平賀の仲裁で口論を辞めた間宮の艦長と真冬、そして福内は平賀の事を見る。

 

「とりあえず、この件は、みんなで美味しい物でも食べながら話し合いましょう。おなかもすいたし‥‥」

 

「えっと‥‥」

 

平賀の提案に三人は口ごもる。

 

「ひとまず、今回は変な事をしないよう私たちがしっかり、見張りますので‥‥」

 

福内が間宮の艦長に、今回だけは自分たちが真冬の事を見張り、間宮の乗員の尻を揉ませないようにするからと頼み込み、

 

「そ、そう‥‥そういうことなら、とりあえず艦にどうぞ‥‥」

 

こうしてこの日、真冬は平賀と福内のおかげで、間宮にて昼食を食べることが出来た。

 

 

 

 

「‥‥って、ことがあったのよ」

 

「あぁ~あったねぇ~そんな事が‥‥」

 

平賀と福内は、明乃に自分たちの学生時代のある一幕の出来事を伝える。

 

「へぇ~‥‥そんなことがあったんですかぁ~‥‥」

 

「姉さん‥‥」

 

明乃の隣には、真白がおり、学生時代から胸や尻を揉む癖で、当時の間宮を出禁になっていた事を知り、この場には居ない、姉の所業に呆れる。

 

「それで、真冬姉さんは、間宮への出禁は解除されたんですか?」

 

真白は、二人に学生時代に真冬が間宮への出禁を解除してもらったのかを訊ねる。

 

「ええ、それに関しては、平賀さんが頑張って、間宮の艦長と乗員を説得して、解除してもらったわ」

 

「えっへん!!」

 

福内曰く、真冬の間宮への出禁は平賀の説得で解除されたみたいだ。

 

平賀は胸を張ってドヤ顔をする。

 

やはり、胸が無い女性には目の毒であり、男子であれば鼻の下を伸ばしているであろう光景だった。

 

「それで、平賀さん」

 

「ん?」

 

「スキッパーの国際レースの選手になれたんですか?」

 

スキッパーの運転免許を保有し、平賀と同じくスキッパーの運転を得意とする明乃は平賀に国際レースの選手になれたのかを訊ねる。

 

「うん、真冬姐さんと一緒になれたよぉ~」

 

どうやら、平賀は真冬と共に国際レースの選手になれたらしい。

明乃は、目を輝かせてその続きの話を平賀に訊ねていた。

 

 

 

 

大谷と加藤にとっては、イレギュラーなことになった晴風クラスの特別実習であったが、晴風クラスが、こうして特別実習や補習していたように、晴風と同じくRat事件の解決に貢献したヒンデンブルクのクラスメイトたちも晴風のクラスメイトたち同様、補習があった。

 

そして、この日もシュテルたち、ヒンデンブルクのクラスメイトたちは補習があり、補習を終え、校舎の通路を歩いていると、掲示板にブルーマーメイドフェスタを知らせるポスターが貼ってあった。

 

「確か、このブルーマーメイドフェスタって、ブルーマーメイドが主催なんだけど、横須賀女子の生徒も手伝うんだよなぁ‥‥」

 

横須賀にあるブルーマーメイドの隊舎に近い事と、将来学校を卒業後に働くことから横須賀女子の生徒たちもこのブルーマーメイドフェスタの手伝いを行う。

 

フェスタを通じてブルーマーメイドの仕事を知ってもらうことの他に、養成校である横須賀女子の事も知ってもらおうと言うことで、横須賀女子の生徒らもブルーマーメイドフェスタを手伝っている。

 

横須賀だけでなく、日本にある他の海洋学校‥‥呉、舞鶴、佐世保も同じだろう。

 

そして、今年のブルーマーメイドフェスタは大和級の大きさを誇るドイツ戦艦が留学に来ていると言うことで、ヒンデンブルクの体験航海も行われる。

 

ただ、このブルーマーメイドフェスタのチケットはなかなか手に入らないらしい。

 

「ブルーマーメイドフェスタか‥‥」

 

シュテルがブルーマーメイドフェスタのポスターを見ていると、真雪が通路を歩いているのを見つけた。

 

「あの、校長先生」

 

シュテルは真雪に声をかける。

 

「あら?貴女は確か、ドイツからの‥‥」

 

「はい。‥‥あの、校長先生」

 

「何かしら?」

 

「今度のブルーマーメイドフェスタのチケットって、今から取る事って出来ますか?」

 

シュテルは、真雪にブルーマーメイドフェスタのチケットが無いか訊ねる。

 

「あら?誰か呼びたいの?」

 

「予定は聞いてみないと分かりませんが、一人‥‥日本に居る同い年の親戚に‥‥」

 

シュテルはカナデをブルーマーメイドフェスタに呼ぼうと思った。

 

「うーん‥‥確実とは言えないけど、まずはその人の予定を聞いてみてくれるかしら?」

 

「わかりました」

 

シュテルはカナデに連絡を入れる。

 

「あっ、もしもし、カナデ?今、いい?」

 

「やあ、シュテル。なんだい?」

 

「来月に横須賀でブルーマーメイドフェスタがあるんだけど、カナデ興味ない?私も参加するんだけど」

 

「ブルーマーメイドフェスタ?いつやるんだい?」

 

シュテルはカナデにブルーマーメイドフェスタの日程を伝える。

 

すると、

 

「‥‥」

 

「ん?おーい、どうした?カナデ」

 

「‥‥その日、北海道でコンクール」

 

「えっ?コンクール!?ピアノの?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

「ありゃ‥‥」

 

何ともタイミングが悪く、カナデはピアノのコンクールとブルーマーメイドフェスタの日程がダブってしまっていた。

 

仮に総武高校での職場見学にて、由比ヶ浜がブルーマーメイドフェスタのペアチケットを貰っていても彼女はカナデと共にブルーマーメイドフェスタへ来ることは出来なかった。

 

流石にコンクールがあるのであれば、シュテルとしては、無理強いは出来ない。

 

由比ヶ浜だったら、コンクールよりも一緒にブルーマーメイドフェスタに行こうと無理強いをしていただろう。

 

「それは残念だったな‥‥」

 

「あ、ああ‥‥」

 

カナデは行けないことにショックを受けたのか、声のトーンが低い。

 

「えっと‥‥まぁ、そこまで気にするなよ」

 

「‥‥」

 

「じゃ、じゃあ、そのコンクールで、優勝出来たら、埋め合わせとして、また一緒にどこかに出かけよう」

 

「えっ!?本当に!?」

 

シュテルとまた出かけることが出来ると言うことで、テンションが戻るカナデだった。

 

「すみません。親戚の予定を聞いたら、その日は都合が悪いみたいです」

 

「そう、それは残念ね」

 

「でも、その埋め合わせは約束しましたから、大丈夫です」

 

カナデはブルーマーメイドフェスタに行くことは出来なかったが、シュテルはそのブルーマーメイドフェスタにて、この後世の総武高校の人間関係が異なる事を体験するのであった。

 

 



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106話

今回はストライクウィッチーズシリーズより、ハンナ・ルーデルがゲスト出演いたします。


此処で視点は神奈川県の横須賀から、千葉へと移る。

 

 

総武高校の海洋学科も横須賀女子のRat事件の影響を受けてカリキュラムが遅れ、普通科、国際教養科よりも夏休みの開始が遅くなった。

 

夏休み中の総武高校の校舎は、一学期の成績が悪かった者の補習と海洋学科の生徒の補習が行われ、校庭では部活動に勤しむ生徒たちの声が響いている。

 

そして、総武高校の海洋学科の補習もようやく今日で終わった中、雪ノ下と由比ヶ浜、葉山の後世奉仕部のメンバーは、奉仕部の部室に集まっていた。

 

「はぁ~やっと、夏休みだぁ~」

 

由比ヶ浜は奉仕部の部室の椅子に座り、伸び伸びと両手を上げて背伸びをしながら、明日から待ちに待った夏休みに入ることを体一杯に表現して喜ぶ。

 

「そうね‥‥」

 

雪ノ下もこの炎天下の中にもかかわらず、紅茶が入ったカップに口をつける。

 

「まったく、横須賀の海洋学校のせいで、他の人よりも夏休みが遅れて、チョーサイアク。ねぇ、葉山君、横須賀の海洋学校に迷惑料か慰謝料ってもらえないの?」

 

「い、いや、流石にそれは難しいんじゃないかな?」

 

由比ヶ浜は夏休みの日数が減ったので、横須賀女子に慰謝料を請求できないかと、問うが葉山は、それは難しいと言葉を濁した。

 

「むぅ~‥‥そうなんだ‥‥あっ、夏休みと言えば、ゆきのん」

 

「何かしら?」

 

「前の世界だと、千葉村の‥留美ちゃんの件があったけど‥‥」

 

「そうね‥‥でも、私はもしかしたら、今年の夏は日本に居ないかもしれないの」

 

「えっ?日本に居ないって、ゆきのん、どこかに行くの?」

 

雪ノ下は今年の夏は、日本に居ないかもしれないと由比ヶ浜に伝える。

 

「ええ、まだ決まった訳じゃないけど」

 

「えぇーそうなの?」

 

由比ヶ浜は雪ノ下が千葉村に行けないかもしれないことに残念がる。

 

雪ノ下は去年、行けなかったイギリスのダートマス校の体験入学に今年は参加しようとしていたのだ。

 

「でも、大丈夫かな‥‥?」

 

由比ヶ浜は雪ノ下が千葉村に来ないのであれば、前世での千葉村の一件‥‥鶴見留美のいじめ問題の解決が不安な様子だった。

 

「大丈夫よ。葉山君も居るし、解決案も彼は熟知している筈よ。そうでしょう?」

 

「あ、ああ‥‥もう、前の世界と同じ過ちはしないさ」

 

「でも‥‥」

 

「それに川崎さんの件で、鶴見さんが千葉村に来ない可能性だってあるでしょう?」

 

「そ、そうだね」

 

これまでの依頼を振り返ってみると、確かに登場人物は、前の世界と同じなのだが、その行動は、前世とは全く違う。

 

その違和感にようやく気づき始めた奉仕部メンバー。

 

先の川崎の一件から、この世界の千葉村には、もしかしたら、留美は不参加かもしれないと言う可能性も出てきた。

 

それに留美が千葉村に参加していても、前世で彼女のいじめ問題の解決に当たった経験があるメンバーが居るので、大丈夫だろうと言う思いもある。

 

「彩ちゃんと優美子‥‥は、来るのかな?」

 

由比ヶ浜は、前世では奉仕部メンバーの他に葉山たちのグループメンバーも来たので、彼らがこの後世でも来る可能性がある事を示唆する。

 

「どうだろう‥‥戸塚君と優美子は、部活がこの世界では随分と忙しそうだからな‥‥」

 

葉山はこの世界では、戸塚と三浦は来ないかもしれないと言う。

 

「まぁ、あんな粗暴な猿が来ても大して役に立たないからいいけど‥‥」

 

雪ノ下は別に戸塚と三浦がこなくても千葉村の‥‥留美の件には影響がないと判断する。

 

「彩ちゃんと優美子は来ないかもしれないけど、その代わりにサガミンと戸部っちたちは来るのかな?」

 

由比ヶ浜は戸塚と三浦が来ない代わりにこの世界の葉山グループのメンバーは、前世同様来る可能性はある。

 

「雪ノ下さんが相模さんと馬が合わないのは知っているけど、留美ちゃんの依頼に関しては人数が必要だからね」

 

葉山は留美の虐め問題の解決には、小学生を脅す人数が必要な為、今の葉山グループのメンバーに声をかけなければ、ならなかった。

 

戸部、大岡、相模あたりは、葉山が提案すれば、すんなりと協力するはずだからだ。

 

こうして、夏休みの千葉村でのボランティア活動に関しては、留美が来れば、前世と同じ方法で彼女のいじめ問題を解決し、彼女が千葉村に来なければ、何もせずにスルーと言う事にする方針で決まった。

 

奉仕部メンバーが夏休み中に行われるであろう千葉村の件で話し合っていると、

 

「邪魔するぞ」

 

平塚先生が、奉仕部の部室に入ってきた。

 

「先生、何度も言っているように、入る前にはノックして下さい」

 

「まぁ、いいじゃないか。それに君はいつもノックをしても返事をしないではないか」

 

雪ノ下は、平塚先生に入室前にノックをするように注意を促す。

 

平塚先生と雪ノ下のこの様なやり取りは、この後世でもこれまで何度も見ている光景だった。

 

(学習能力が皆無な独神だな、結衣と同レベルの無能教師め‥‥だから、お前はいつまで経っても独神なんだよ)

 

雪ノ下と平塚先生のやり取りを見て、葉山は内心で平塚先生を見下していた。

 

(まぁ、無能でプライドだけは高いから、御しやすいんだけどな。ちょっと、教師と言うプライドを褒めるだけで、簡単にこちらの都合のいいように動いてくれる)

 

葉山は目を細めながら見て、平塚先生を小馬鹿にしたように僅かに口を歪めた。

 

「それで、先生。今日は何の用ですか?依頼ですか?」

 

雪ノ下は、平塚先生に今日、部室に来た要件を訊ねる。

 

用もなしに平塚先生がこの奉仕部の部室に来るはずがないからだ。

 

最も、雪ノ下は平塚先生が何の用出来たのかは概ね見当がついていた。

 

「ああ、その事なんだが、実は夏休み中に千葉の小学校のサマーキャンプがあり、高校生のボランティアを募集している。場所は群馬県の千葉村だ」

 

ここまでの平塚先生の話で、前世と同じ千葉村で行われるサマーキャンプだと奉仕部メンバーは、そう直感した。

 

「そこで、奉仕部の合宿と言う形で、このボランティアに参加してもらいたいと思う」

 

前世では、八幡は、サマーキャンプ当日までこのボランティア活動の件を知らされていなかったことから、前世では雪ノ下と由比ヶ浜、そして八幡の妹の小町には、平塚先生が電話かメールを送ったのだろう。

 

しかし、この後世ではこうして平塚先生がわざわざ奉仕部の部室を訪れて千葉村のボランティアの件を伝えに来たのは、Rat事件の影響で海洋学科だけが、夏休み期間が他の学科とズレたことで、こうして奉仕部の部室を訪れ、ボランティアの件を伝えに来たのだ。

 

葉山たちには恐らく終業式の時にでも話したのだろう。

 

「それで、どうだろうか?」

 

「分かりました。そのボランティアの日はいつなんですか?」

 

「うむ、ボランティアの期日は‥‥」

 

と、平塚先生は奉仕部メンバーに千葉村でのボランティア活動の日時を伝える。

 

「あっ、先生」

 

「ん?なんだ?雪ノ下」

 

「私はもしかしたら、千葉村でのボランティア活動には参加できないかもしれません」

 

「ん?何故だ?」

 

雪ノ下は平塚先生に千葉村でのボランティアには参加できないかもしれない事を伝える。

 

「実は、イギリスのダートマス校の体験入学に申し込みをしていまして‥‥」

 

「ほぉ~イギリスのダートマス校か‥‥」

 

海洋学校、海洋学科の関係者であるならば、イギリスのダートマス校の名前とその学校のレベルは知っている。

 

体験入学であるが、総武高校からダートマス校へと行くのは、なによりの宣伝となる。

 

「分かった。雪ノ下はそのダートマス校の体験入学の件が判明したら、改めて連絡をくれ」

 

「はい」

 

「あっ、先生」

 

次に葉山が平塚先生に声をかける。

 

「なんだ?」

 

「ボランティアの人数ですが、足りていますか?」

 

「む?雪ノ下は来るか分からなく、由比ヶ浜と葉山の二人だけか‥‥」

 

平塚先生は考え込む。

 

ボランティアなのだから、バイト代を支払う必要はないし、小学生とはいえ、沢山来れば、由比ヶ浜と葉山の二人では、手が回らない可能性が高い。

 

「当てはあるのかね?」

 

「ええ」

 

「ならば、頼めるか?」

 

「はい」

 

葉山は早速、自らのグループメンバーに連絡を入れる。

 

すると、葉山からのお誘いと言うことで、グループのメンバーは即答で千葉村でのボランティア活動に参加すると言ってきた。

 

「先生、戸部、大岡、相模さんもボランティアに参加します」

 

「そうか」

 

「ええ、ただ、ボランティアに参加するわけですから、内申点の方もよろしくお願いします」

 

「ああ、いいだろう」

 

葉山は、グループのメンバーの内申点も上げてくれと頼んだ。

 

勿論、それはグループメンバーに恩を売り、自分の信頼を勝ち取るための策であった。

 

 

 

 

その日の夜、雪ノ下は両親に今年のダートマス校の体験入学の件を訊ねる為、一人暮らしをしているマンションから、実家に連絡を入れた。

 

「今年のダートマス校の体験入学の件はどうなりました?」

 

「雪乃‥‥それが‥‥」

 

受話器の向こうからはすまなそうな父親の声がした。

 

それによると、雪ノ下のダートマス校の体験入学の件は無理だと言う。

 

それを聞いて、雪ノ下は、

 

「なんで!?どうしてなの!?」

 

と、発狂するかのように怒声を上げ、何故自分がダートマス校の体験入学に参加出来ないのか、その理由を訊ねる。

 

父親が言うには、総武高校自体が特にダートマス校との交流が無い事、

 

そして、雪ノ下自体が成績は良いが、ただそれだけで、ダートマス校ではそんな生徒は珍しくもなく、社会的貢献も実績がない事だった。

 

シュテルの場合、中等部の頃、イタリアで臓器密売をしていたイタリアマフィアの摘発とヴィルヘルムスハーフェン校との親善試合にて、ブリジット率いるダートマス校メンバーの艦隊を撃破し、その試合でMVPを獲得した事が体験入学の査定で合格したのだ。

 

「本家の‥西住家にも頼んでくれたの!?」

 

例え、ダートマス校と交流が無い総武高校でも、交流があるはずの横須賀女子に子供が通っている西住家の尽力があれば、自分もダートマス校の体験入学くらいはできる筈だと思っていた。

 

「もちろん、頼んだ。し、しかし‥‥」

 

当然、雪ノ下家も本家である西住家に雪ノ下を推薦してくれと頼んだが、西住家当主の 西住しほ は、

 

「それぐらい、自分の実力で勝ち取りなさい」

 

と、言われ更に‥‥

 

「それに、雪ノ下さんの娘さん‥‥雪乃さんでしたっけ?‥‥その娘さんに関しても怪しい噂を聞きましたけど?‥‥まぁ、他所様の家の事なので、深くは言及しませんが、我が家に迷惑がかかることがあれば、容赦は致しませんから‥‥よろしいですね?」

 

と、まで言われてしまった。

 

西住家では、雪ノ下たちが関与したエンジェルラダーでの一件を何処から聞きつけており、当然その解決策も知っていたようだった‥‥

 

エンジェルラダーの件をしほから言われ、雪ノ下の親はすぐに西住家からの援助を早々に諦めたのだった。

 

エンジェルラダーでの解決策を雪ノ下本人は知らず、本家である西住家が知っている事も雪ノ下本人は知らなかった。

 

雪ノ下の親は、娘である雪ノ下本人に余計な心配事を抱かせないためにこの件を黙っていた。

 

よって、西住家から援助を受けられない事については、しほの 「自分の実力でなんとかしろ」 と言われたことだけを伝えた。

 

ついでに、今年のダートマス校の体験入学も諦めるように言われた。

 

ダートマス校の体験入学がダメだったことから、雪ノ下は、泣く泣く平塚先生に千葉村でのボランティア活動に参加する旨を伝えた。

 

通常ならば、見栄を張って、行きもしないダートマス校の体験入学に参加すると嘘をつく様なモノだが、プライドが高いと言うか、彼女自身公言していた、

 

「暴言も失言も吐くけれど、虚言だけは吐かない」

 

を体現した。

 

平塚先生は雪ノ下が千葉村でのボランティア活動に参加する事を喜んでいたが、連絡を入れていた彼女自身は、屈辱感を感じていた。

 

そして、自分のダートマス校の体験入学に援助をしてくれなかったみほの実家、西住家を益々恨んだ。

 

 

 

 

此処で、視点を千葉から、神奈川県の横須賀に移る。

 

 

明乃たち、晴風クラスの生徒たちが、小島で特別実習をしている頃、シュテルは、Rat事件の影響で遅れた講義の補習が終わった後、シュテルたち、留学組にも特別実習のような内容のカリキュラムがあった。

 

ボォォォォォ~!!

 

その日、横須賀女子の港湾区画に一隻の大きな軍艦が入港してきた。

 

その艦は、艦上に艦橋以外ほとんどの構造物が無く、艦自体の構造も通常の軍艦と異なる形状をしていた。

 

艦橋も通常の艦橋と煙突が一体となっている。

 

船体の上部構造物は、広大な道路と船体が一体となっている。

 

そう、この日入港してきた軍艦は前世では、航空母艦‥‥空母と呼ばれる艦種の軍艦だった。

 

しかし、この後世では、飛行機というモノが存在しないので、空母と言う艦種は存在しておらず、形状は空母であるが、艦種は飛行船支援艦と呼ばれている。

 

今日入港してきた飛行船支援艦は、前世のアメリカ海軍の原子力空母ニミッツ級の船体にドイツの飛行船支援艦、グラーフ・ツェッペリン級の艦橋を取り付けた形状をしている、ドイツ海軍のフォン・リヒトフォーヘン級飛行船支援艦であり、ドイツ本国から、新型の連絡用自走気球の輸送を行い、横須賀女子に留学組が居ることから、その新型連絡用自走気球を留学組の艦と横須賀女子に納品するために来たのだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

そして、留学組は、その新型連絡用自走気球の操縦講習があったのだ。

 

留学組の他に、横須賀女子には二隻の飛行船支援教育艦が配備されており、その艦のクラスメイトたちも参加しており、後は受講希望者が参加している。

 

講習は、いきなり自走気球の操縦‥‥と言うわけではなく、まずはその自走気球の構造の理解とビデオによる操縦仕方を視聴した。

 

なお、この時、講師をしたドイツの軍人は‥‥

 

「私が今回の講習を担当する、ハンナ・ルーデルだ」

 

ジェリコのラッパを吹き鳴らすような家名の軍人で、顔には横一文字の傷があった。

 

その顔のインパクトに、初めて見た時には、受講者全員が唖然としていた。

 

そして、座学が終わり、いよいよ実戦‥‥

 

実際に新型の自走式気球の操縦となる。

 

それにあたって、講習生たちには、飛行服が配られた。

 

ツナギの様な飛行服に首に巻く白いスカーフ、飛行帽に飛行ゴーグル。

 

そして、その上からは実習地が海上と言うことで、救命胴衣も身に着ける。

 

(真夏にこの服装は暑いな‥‥)

 

実際に空の上を飛べば、地上よりも気温が下がるだろうが、空に上がる前はやはり暑い。

 

「‥‥」

 

「ん?シュテルンどうしたの?」

 

飛行服に着替え、自走式気球があるフォン・リヒトフォーヘンに向かう中、シュテルはチラチラと後ろを気にしている。

 

その様子にユーリが気づき、声をかける。

 

「あっ、いや、何か背後から視線を感じて‥‥」

 

「視線?」

 

ユーリが後ろを振り向くが、特に不審な人物は見当たらない。

 

真白の誘拐事件以降、真白本人がシュテルの事を見つめて、その姿を見た黒木がシュテルの事を睨む光景はあるが、今はその真白も黒木も小島に特別実習に向かっており、ここには居ない。

 

よって、シュテルが感じた視線は二人のモノではない。

 

しかし、シュテルが感じた視線は特に殺気や憎しみがこもった視線ではないので、害はないだろうと思い、シュテルはそのまま放置していたが、

 

「だ~る~ま~さん~が‥‥ころんだ!!」

 

「っ!?」

 

シュテルが後ろを振り返ると、ワンテンポ遅れて、自分たちと同じく飛行服を着た横須賀女子の生徒が物影に隠れた。

 

飛行帽を被っていなかったので、髪はモジャモジャと特徴的な髪をした女子生徒だった。

 

(さっきから感じていた視線はあの子か‥‥でも、知り合いではないな‥‥)

 

此処に居ることから、あの女子生徒は横須賀女子の生徒なのだろうが、シュテルは面識がなかった。

 

もし、自分に何か用があるのであれば、向こうから声をかけてくるだろうと思い、シュテルはひとまず、あの女子生徒の事は置いておいた。

 

飛行船支援艦、フォン・リヒトフォーヘンが停泊している横須賀女子の港湾区画には、フォン・リヒトフォーヘンの他に横須賀女子に所属する飛行船支援艦も停泊していた。

 

日本の主だった海洋学校には平均で二隻の飛行船支援艦が所属しており、横須賀女子には、飛龍 と 龍驤 の飛行船支援艦が所属していた。

 

海洋学校に所属する学生艦は主に、旧海軍からの払い下げした軍艦が採用されている。

 

シュテルが八幡だった頃、彼はミリオタではなかった。

 

理系よりも文系が得意であっても近代史に関しては教科書に載っているレベル以上の事を個人的に調べることはなかった。

 

また、彼はアプリゲームで、美少女に擬人化した第二次世界大戦時の軍艦のゲームをプレイすることもなかったので、有名な大和級戦艦以外は特に知らず、故に飛龍と龍驤を見ても特に興味を示すことはなかったのだ。

 

しかし、今、シュテルの目の前に停泊している飛龍も龍驤も実際は有名な艦でもあった。

 

 

飛龍‥‥この世界では、空母ではなく、飛行船支援艦と言う艦種となっているが、八幡だった前世の世界では、日本が建造した航空母艦の一隻で、太平洋戦争開戦当初から、蒼龍と共に第二航空戦隊として、南雲機動部隊の一隻に所属し、活躍した艦だった。

 

真珠湾攻撃の帰りの際には、蒼龍と共にウェーク島攻略にも参加した。

 

ミッドウェー海戦では、赤城、加賀、蒼龍がアメリカ軍の急降下爆撃で炎上する中、幸運にも攻撃を免れ、アメリカ軍に一矢報いる奮戦をし、最終的にアメリカの空母、ヨークタウンを撃沈させる結果を引き出すも、他の日本空母同様、ミッドウェーの海に沈み、艦長の加来止男、第二航空戦隊司令官、山口多聞も沈みゆく飛龍に残り、運命を共にした。

 

このミッドウェー海戦は太平洋戦争における日本とアメリカのまさに転換点となり、この海戦以降、日本の敗退が始まった‥‥

 

艦の形状に関して、当初は先に建造された蒼龍と同型にする計画であったが、構造上の問題の解消として、建造計画を変更して、改・蒼龍型空母‥飛龍型空母として建造された。

 

当初は、蒼龍の問題点を改良したと思われたが、実際に問題もあった。

 

蒼龍の舵は一枚舵で、飛龍は二枚舵を採用した。

 

これは、一枚舵装備の駆逐艦の旋回能力が劣っていたと言う理由から、飛龍は二枚舵となったのだが、実際に航行してみると、逆に旋回半径が大きくなってしまった。

 

改良の筈が改悪になってしまったのだ。

 

また、艦橋の設置位置に関して、飛龍は前世(史実)の日本が建造した空母の中で、赤城と共に左側の中央に設置されていた。

 

だが、この配置は搭乗員には評判が悪かった。

 

着艦を行う際、飛行機は左回りにアプローチするようになっている。

 

艦首から左旋回して艦尾に向かう場合、左舷中央部にある艦橋が近くに見える為、突っ込みそうな感じを受けたからだ。

 

また、排煙による視覚悪化も悪評を呼んだ。

 

赤城も似た理由で艦橋の設置位置に関しては評判が悪く、飛龍以降の空母はすべて、右側に艦橋が設置されるようになっている。

 

飛行機がないこの世界では、着艦のアプローチ問題はないが二枚舵と言う事で旋回性能に関しては、前世の飛龍同様、蒼龍と比べると劣っている問題は解消されていなかった。

 

 

龍驤‥‥空母としては鳳翔、赤城、加賀に次いで日本が建造した四隻目の空母で、鳳翔に次いで、日本が建造した小型空母。

 

当初の計画では格納庫一段で航空機約二十四機を搭載する予定を建造中に格納庫を二段にして搭載機を三十六機に増し、復原性確保のために小型のバルジを装着した。

 

その為、排水量が増えた。

 

さらに公試中の転舵の際には船体が大きく傾き、救命艇が波に叩かれて破損し、安定性が問題にされたが直ちに改装されることはなく、重油の使用制限をするなどして一応就役した。

 

龍驤の外観における最大の特徴は、艦橋構造物は飛行甲板上にはなく、外洋航海に支障をきたさない飛行甲板最前部直下に設置されていた。

 

その他に、比較的小型の船体に収まりきらないほどの大型の上部構造物を持つことである。

 

正面から見た際には、細身の船体の両脇に取り付けられた高角砲と二段の格納庫などから逆三角形の奇観を呈している。

 

艦首と艦尾の乾舷が低く、特に艦尾の乾舷は著しく低い。

 

第四艦隊事件と呼ばれる演習中に台風に巻き込まれる遭難事件の際には、波浪により格納庫後端の扉を破壊され、一時は危機に瀕した。

 

事件後は改装されるもその影響で速力が事件前よりも大幅に減じた。

 

このような問題点があるためなのか、龍驤には同型艦は存在していない。

 

前世(史実)では、日中戦争における航空支援を行い、太平洋戦争開戦時ではアリューシャン作戦に参加、その後は主に南方戦線に参加し、第二次ソロモン海戦で撃沈された。

 

この世界では、航空機が存在せず、空を飛ぶ乗り物は飛行船、気球しか存在しないはずなのに、なぜか形状は第四艦隊事件後の形状をしていた。

 

実際に、学生艦となる前、この世界でも第四艦隊事件が起きており、改装された理由は分かるが、その他の形状もほぼ同じ形という事は、例え前世とすべて同じではないながらも、共通する一つの点と言うことなのだろう。

 

 

 

 

フォン・リヒトフォーヘンの甲板に上がったシュテルたち。

 

そこには、今回の実習目的である自走式気球が置かれていた。

 

「これが、今回諸君らが搭乗する自走式気球の 『メーヴェ』 だ!!」

 

多くの生徒が物珍しそうに見ているが、前世の記憶を引き継いでいるシュテルは、

 

(あれは、どう見ても気球じゃないよな‥‥ゴンドラの部分だけでも空が飛べるんじゃないか?)

 

そう思えるような形状をしていた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

その後、実習参加者たちは、当初、自走式気球の組み立て方を学び、次に教官が最初に操縦し、実習参加者は後部座席に搭乗し、実際に空を体験する。

 

そして、いよいよ実習参加者が自走式気球を操縦する番となる。

 

「では、これより実際に諸君らには機体に乗り、操縦してもらう」

 

ハンナが実際に機体に乗る実習訓練に入ると宣言する。

 

その言葉を聞き、飛行船支援艦クラス以外の生徒は緊張した面持ちとなる。

 

「飛行船乗り以外の生徒諸君にとっては、初めての空の経験になるかもしれないが、上がってしまえばどうって事無い!!自転車だってそうだろう?一度乗ったらコツは一生忘れないものだ!!」

 

緊張を和らげるためなのだろう、そう宣言した。

 

(本当に大丈夫なのか?)

 

しかし、シュテルとしては、やはり不安はどうも拭えなかった‥‥

 

だが、このまま乗らずに見ているだけでは、この実習の単位も免許ももらえないので、乗るしかなかった。

 




今回シュテルたちが講習を受けている自走気球のメーヴェですが、メーヴェはドイツ語で、日本語に直すとカモメと言う意味です。


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107話

今回は横須賀女子に通うとある女子生徒の視点になります。

そして、ゲスト出演としてガルパンよりアンコウチームのメンバーが出演します。


 

此処で、視点を横須賀女子に通うとある女子生徒に移る。

 

 

その横須賀女子に通う女子生徒は、地元、神奈川県横須賀市では名家の出身だった。

 

彼女の家は宗谷家やドイツのクロイツェル家の様にブルーマーメイド、海軍軍人、海運会社の経営など、海に関する職業では成功を収めている一族だった。

 

彼女は、高校受験の際に日本有数のブルーマーメイド養成学校の一つ、横須賀女子海洋学校を受験して見事入学を果たした。

 

高校に入学してからしばらくして、彼女は家の関係で親族が集まるパーティーに参加した。

 

そのパーティーにて、彼女は分家の家の同い年の子とシミュレーションをすることになった。

 

対戦は当初、彼女と分家の家の子の両者が攻め合う形で進んだ。

 

だが一時間も経つと分家の家の子が優勢になった。

 

分家の家の子が攻め、本家の家の彼女が後退しながら受ける形勢になる。

 

それから三十分も経つと形勢は逆となる。

 

責めていた分家の家の子の艦隊が行動限界に達した。

 

艦隊陣形もバラバラとなり、各個撃破された。

 

試合終了後、周囲の人々は本家の家の子を褒め称えた。

 

それが我慢できなかったのか分家の家の子は本家の家の子に対して、

 

「ズルをした!!」

 

と、いちゃもんをつけてきた。

 

「ふぇっ!?」

 

いきなりズルをしたと騒がれキョドる本家の家の子。

 

自分はズルなんてした覚えがない。

 

そこで、自分がズル何てしていないことを証明するために今度は台を変えてもう一度、本家の家の子は分家の家の子とシミュレーションをした。

 

しかし、台を変えても分家の家の子は本家の家の子に負けた。

 

その後も諦めが悪いのか、あれから何度もギャーギャー騒ぎ続け分家の家の子は本家の家の子にシミュレーションを挑むも結果的に彼女は本家の家の子に勝つことは出来なかった。

 

去り際、分家の家の子は本家の家の子を睨みつけていた。

 

「ひぃっ!?」

 

自分はただシミュレーションに勝っただけなのに何故自分はいちゃもんをつけられ、睨まれるのか分からなかった。

 

本家の家の子こと、西住みほ がその分家の家の子‥雪ノ下雪乃と会ったのはそれっきりだった。

 

そして高校二年生に進学した時、一個下の後輩たちが入学してから初めての航海実習にて一隻の航洋艦が教員艦を撃沈したと言う事件が起きた。

 

海上安全整備局は直ちにその教員艦を撃沈した航洋艦を叛乱者と認定して、指名手配した。

 

当然、横須賀女子でもその噂が校内を駆け巡った。

 

「まさか、新入生が教員艦を沈めるなんて‥‥」

 

「でも、事実なのかな?」

 

「えっ?」

 

「みぽりんは、信じてないの?」

 

「う、うん」

 

みほは同級生たちが困惑している中、海上安全整備局からの報告に対してシュテル同様、懐疑的だった。

 

「どうして?」

 

「教育艦の猿島が新入生の航洋艦に沈められたとされる日が横須賀出航の次の日でしょう?」

 

「えっ?うん」

 

「そうですね」

 

「新入生たちは別々の中学から入ってきた人ばかり‥‥しかも、僅か一日で叛乱を決意するのは無理があるんじゃないかな?」

 

みほが言うには、艦に乗った一日目はまだ他校から来たばかりのクラスメイトたちとの意思疎通さえ、四苦八苦しそうなのにそれを一日で叛乱の意志を固めるなんて新入生には無理だと言う結論からこれには何か裏があるのではないかと思ったのだ。

 

そもそも、新入生全員がテロリストでもないのに叛乱の意志なんてある筈もない。

 

みほ同様、横須賀女子海洋学校校長の宗谷真雪も同じ思いを抱いていた。

 

その後、日数が経つにつれあの新入生たちが参加した初航海の実習にて色んな事実が判明してきた。

 

あの実習に参加した学生艦の殆どがビーコンを切り、音信不通となり行方不明になっている事、

 

事態を重く見た真雪は、当初の予定通りに新入生たちが乗る明石、間宮の派遣を決め二隻の護衛として、みほと同級生の浜風クラス及び舞風クラスも派遣されることになった。

 

間宮と明石は西ノ島新島の演習が終わる頃、補給と補修の為に派遣されることになったが目的地を変更し、本州に沿って南下して行方不明になった学生艦を探しに行くことになった。

 

そして、四国沖で猿島を撃沈したとされる晴風と合流知ることが出来た。

 

ブルーマーメイドの平賀二等監察官の事情聴取から晴風に着せられた濡れ衣は晴らすことが出来た。

 

晴風の濡れ衣を晴らした後、新入生たちが乗る学生艦がRatと呼ばれる突然変異種のネズミによるウィルス感染が原因で行方不明になっていることが判明した。

 

しかも行方不明になったのは新入生たちの学生艦だけではなく、ドイツからの留学生艦も含まれていると言う。

 

真雪は直ちに行方不明になった学生艦の捜索にみほと同じ二年生、一個上の三年生の学生艦に捜索を命じた。

 

ただ、運が悪いことに横須賀女子に所属する大型巡洋直接教育艦以上の大型艦がドック入りしていた。

 

みほは、大型直接教育艦のクラスだったので、行方不明になった学生艦の捜索に行くことが出来なかった。

 

新入生たちがどうなったのか心配になっている中、行方不明になった駿河がブルーマーメイドの艦艇に曳航されて横須賀に戻ってきた。

 

戻ってきた駿河はボロボロの状態でスクリューを撃ち抜かれ、自走出来ない状態だった。

 

「あの駿河が‥‥」

 

「ボロボロですね‥‥」

 

「一体何があったんだ‥‥?」

 

ボロボロ状態で横須賀に戻ってきた駿河を見て困惑するみほたち。

 

ブルーマーメイドとの間で戦闘があり、そのせいでこうなったのだろうか?

 

捜索に出た小型直接教育艦や航洋直接教育艦では、大型直接教育艦の駿河をここでまでボロボロにするのは無理だ。

 

みほは、行方不明になった学生艦の捜索に同級生の学生艦の他に一時期叛乱者の烙印を押された晴風も居り、その晴風の護衛にもう一隻のドイツからの留学生艦が居り、その留学生艦が駿河と戦ったと聞いた。

 

 

みほは、その留学生艦の艦長がどんな人物なのか興味を抱いた。

 

しかし、ドイツからの留学生が来たのは春休み期間中で、それからすぐに新学期が始まってから、新入生たちは初めての航海実習に出航し、留学組もその実習に参加する為に海に出てしまったので、二年生となったみほたちは接する機会がなかった。

 

やがて、Rat騒動が収束し、捜索に出ていた学生艦が次々と横須賀に戻ってきた。

 

そんな中、ドイツ・キール校に所属するヒンデンブルクは、駿河よりもボロボロの姿で帰ってきた。

 

その後は、実習も特になく座学の日々が続いたのだが、みほは留学組とのコンタクトが出来ずにいた。

 

校舎内でチラッと見たことがあるのだが、自分と似た髪の色と髪型なのだが、眼は日本人離れした海の様な蒼色で、猫の目の様に釣り上がっていたので、遠巻きから見るとちょっと怖い印象があった。

 

それに同学年と言っても話しかける話題がなかった。

 

そもそも自分はドイツ語が話せなかったし、理解できなかった。

 

とは言え、相手も日本に留学して来たのだから、日本語‥少なくとも英語は出来るかもしれないが、それでも言語の不安はあった。

 

みほが、ドイツからの留学生‥‥シュテルとのコンタクトに悩んでいると、

 

「西住殿」

 

みほの同級生である秋山優花里が話しかけてきた。

 

「あっ、秋山さん」

 

「深刻そうな顔をしていましたが、何か悩み事ですか?」

 

「えっ?う、うん‥‥ちょっと‥‥」

 

「なんでありしょう!?不肖、この秋山優花里!!西住殿の為ならば、何でもお役に立ちます!!手相や運勢も見ますよ!!」

 

「い、いや、そこまでオーバーなことじゃなくて‥‥」

 

「では、なんでありましょう?」

 

「その‥‥」

 

みほは、秋山にシュテルに一度、話しかけてみたい事を打ち明けた。

 

(うーん‥‥西住殿が、他の女子に興味を抱くのは、あまり面白くありませんが‥‥)

 

「分かりました!!この秋山優花里、西住殿の為!!留学生艦の艦長の情報を集めてみます!!」

 

秋山はみほに敬礼しながら言う。

 

シュテルと話す前に、まずはシュテルがどんな人物なのかを知る必要がある。

 

秋山はみほが外国からふらりとやってきた女子に興味を示すのは内心面白くはないと思いつつも、敬愛するみほの為にと、秋山はシュテルの事を調べ始めた。

 

秋山がシュテルの事を調べるのは少々時間がかかった。

 

秋山自身、みほ同様、あまり社交的な性格ではなかった。

 

そこで地道に情報収集を重ね、新入生たちにも聞きに行った。

 

新入生たちの場合は同じ日本人だし、後輩と言うことで留学組に聞くよりも聞きやすかった。

 

ただある程度の情報が集まるまで数ヶ月かかり、時期は期末試験も終わり、夏休みがもう間もなく始まろうとしていた。

 

「西住殿、ドイツ艦の艦長殿の事、色々と分かりました!!」

 

「えっ?わざわざ調べてくれたの!?」

 

「はい!!ただ、外国の方だったので、調べるのに時間がかかり、申し訳ございません」

 

「ううん、こうして調べてくれたことだけでも十分にありがたいよ」

 

みほは秋山に礼を言って、秋山が調べてきたシュテルの情報に目を通す。

 

父方の祖父母が二人とも京大の教授で、母方の祖父は居ないが、祖母は日本・ドイツでは有名な博士で、母親もドイツの大学で教授職に就いており、父親は、世界的に有名なチェリスト。

 

ドイツのキール海洋学校では、中等部・高等部では首席。

 

中等部の最高学年の時、イタリアへの遠征航海の際、クラスメイトと共にマフィアの臓器密売を解決した。

 

そして去年はイギリスのダートマス校の体験入学に参加し、ドーバー海峡にて、海賊退治に貢献し、さらに当時、ダートマスの街を恐怖に陥れた切り裂き魔事件の解決にも貢献した。

 

今年、シュテルが艦長を務めるヒンデンブルクはドイツから日本までの航海では、地中海と南シナ海で海賊を討伐し、今年の新入生が巻き込まれたRat事件でも事件解決にも貢献した。

 

一見すると、某名探偵の孫、見た目は子供、頭脳は大人な眼鏡の探偵みたいな巻き込まれ体質に見えるが、学生の内にこれまでの事件解決に貢献したのだから、凄い実績だ。

 

「お父さんやお爺さん、お婆さんが日本人ってことは、あの人も日本語は話せるのかな?」

 

「はい。あの方は少なくとも、ドイツ語、英語、日本語の三国語は話せるみたいです。あと、その方はダートマス校のイベントの一つである演劇祭にも出ていました。その演劇祭のDVDもちゃんと入手しましたよ!!」

 

秋山はシュテルのプロフィールやこれまでの実績の他に去年のダートマス校の演劇祭のDVDまでも入手していた。

 

「秋山さん、これだけの情報一体何処から‥‥?」

 

みほは時間がかかったとはいえ、普段の授業や課題をこなしながら、探偵並みの情報を収集した秋山にちょっと引いた。

 

「まぁ、まぁ、そのような些末な事はいいではないですか」

 

「そ、そうだね‥‥」

 

みほはこれ以上聞いたら、ヤバイと思い深くは突っ込まなかった。

 

その後、みほは秋山が入手してきたダートマス校の演劇祭のDVDを見た。

 

高校一年生の演目はあの悲劇の豪華客船、タイタニック号をモチーフにした演劇内容だった。

 

「えっと‥‥主役はあの人じゃないんだ‥‥」

 

物語の主人公を務めているブリジットとキャリーの姿を見て、みほはちょっと残念そうに呟く。

 

「それにしても同じ海洋学校でも、流石は天下のダートマス校ですね」

 

「うん、学校の敷地内なのに、本場さながらの劇場を持っているなんて凄い」

 

みほと秋山も同じ海洋学校なのに劇場を建てている事にも驚く。

 

横須賀女子も日本の海洋学校では最新の設備を整えているが、流石に教育と関係ない劇場は設置していない。

 

しかし、ダートマス校は学校の催し物の為に専用の建物を揃えている。

 

横須賀女子では精々体育館ぐらいだ。

 

テレビの画面では、高校一年生の演目であるタイタニックが進んで行く。

 

そして、みほの目的の人物であるシュテルが出てくる。

 

「あっ、出てきた!!」

 

「音楽隊の役みたいですね」

 

タイタニックが氷山とぶつかり、沈没を余儀なくされボートの準備が行われる中、乗客が次々と誘導されていく。

 

そんな中、パニックが起こらないようにシュテルたち音楽隊は音楽を奏でる。

 

「これって、音源を重ねたのかな?」

 

みほは、シュテルたち音楽隊の役者たちが弦楽器を弾くフリをして、音楽自体はCDかパソコンに入っているデジタル音源を流しているのかと思ったが、

 

「いえ、この音源はこの方々が実際に弦楽器で弾いているみたいです」

 

秋山が弾いている音楽は、決してCDやパソコンに入っているデジタル音源ではなく、生の演奏であることを伝える。

 

「へぇ~‥‥」

 

海洋学校の学生ながら、こうしてタキシードに身を包み、ヴァイオリンを弾いていると、音楽学校の学生に見える。

 

タイタニックは海へと沈んで行き、等々海水はブリッジまで迫る。

 

シュテルは音楽隊のメンバーに演奏は此処までだと言って、解散の指示を出す。

 

解散指示を受けた音楽隊のメンバーたちは他の乗客同様、船尾へと向かおうとする。

 

しかし、シュテルは逃げることなくその場に留まり、一人でヴァイオリンの演奏を始める。

 

その音色を聞いて、一時は船尾へと逃げようとした音楽隊のメンバーたちは、シュテルの下へと戻り、彼女と共に演奏を始める。

 

「「‥‥」」

 

その光景を見て、二人は衝撃を受けた。

 

船が沈んで行く中、音楽隊のメンバーは逃げることなくまるで死を達観しているかのように演奏を続けている。

 

演劇なのだから本当に死ぬことはないと分かっていながらも、舞台装置が精巧なため、そんな錯覚を覚えたのだ。

 

演奏が終わり、シュテルが共に演奏をしたメンバーたちに最後の労いの言葉をかけ、シュテルの出番は終わった。

 

「いやぁ~凄かったですねぇ~」

 

「うん、高校生とは思えない出来だったね」

 

劇場の舞台装置も本場の劇場レベルの舞台装置も備えていたのも一因であった。

 

その後もダートマス校の演劇祭のDVDを全部見て終わった後、感嘆の言葉と共に一息入れる。

 

DVDを通じてシュテルが弦楽器も得意であることも分かった。

 

「それにしても、西住殿が此処まで興味を抱くとは珍しいですね」

 

秋山はみほにしては、こうして他人に自ら興味を示すのは珍しいと思った。

 

去年、高校に入学した時、みほは、どちらかと言うと、自らクラスメイトに話しかける訳ではなく、同じクラスメイトの武部沙織からみほに話しかけてきて、武部の友人の五十鈴華、幼馴染の冷泉麻子と知り合った。

 

秋山の場合、遠巻きからみほたちを見ていた秋山にみほが声をかけた。

 

また、艦長としての役職から段々とクラスでは交友の輪が広がっていったが、みほが自ら声をかけたのは、秋山ぐらいだった。

 

そのみほが、秋山以外‥しかも別のクラスの人に興味を抱いている事に関して、秋山は嬉しい思いながらも、ちょっとシュテルに焼きもちを焼いた。

 

「う、うん‥‥やっぱり、あのRat事件を解決に導いた人だから‥‥って、こともあるかな‥‥」

 

Rat事件は海上安全整備局でも前例を見ない事件であったことから、当然、横須賀女子開校以来の大事件でもあった。

 

その事件を解決に導いた。

 

それに秋山が調べてきたシュテルの過去の実績から、同い年なのに、シュテルが物凄い人物に見えたのだ。

 

それはまるで、過去の英雄や偉人に憧れを抱くのと同じような感覚だ。

 

「あと、情報によれば、夏休みにドイツから新型の自走式気球が横須賀女子に搬入されるみたいで、ドイツからの留学組と飛行科の人はこの新型の自走式気球の操縦実習に参加するみたいですよ」

 

「それって私たちも参加できるのかな?」

 

「はい、希望者も参加できるみたいです」

 

秋山は夏休みに横須賀女子にドイツから新型の自走式気球が搬入され、その操縦実習があるみたいで、ドイツからの留学生組と横須賀女子に所属する飛行船支援艦のクラスメイトもその実習に参加するらしい。

 

更にその実習は留学生組、飛行船支援艦クラス以外でも、希望すれば参加できるらしい。

 

当然、その実習にはシュテルも参加する。

 

「急いで、その実習に申し込みに行かないと!!」

 

「あっ、ま、待ってください!!西住殿ぉ~!!」

 

みほは急ぎ職員室へと向かい、夏休み中に行われる自走式気球の操縦実習を申し込み、秋山も、みほがその実習を受けるなら、と、みほと共に実習を受ける為、申し込んだ。

 

 

期末試験が終わり、夏休みが近づく中、

 

「ねぇ、みぽりんは夏休み、どこか行くの?」

 

教室で武部がみほに夏休みの予定を訊ねる。

 

「私は、夏休み中にやる自走式気球の操縦実習を受ける予定だよ」

 

「私も西住殿と一緒にその実習に参加いたします!!」

 

「ええ―‐っ!?みぽりんたち、折角の夏休みなのに、あの実習に参加するの!?もう、二人とも、高校二年生の夏は今年だけなのに!?それを実習で潰すなんて、何考えているの!?」

 

「いやっ、滅諦にない機会だし‥‥」

 

「わ、私は西住殿が参加するので‥‥」

 

「青春を損しているって!!ソレ!!」

 

飛行機が無く、未だに海上戦力の主役が戦艦となっている前世の明治時代~昭和初期のレベルで止まったままのこの世界では、空への乗り物に対する興味も重要性も希薄となっており、各海洋学校に飛行船支援艦が配備されていてもそれを希望する生徒も少なく、募集に関しても毎年募集しているわけではない。

 

実際に横須賀女子では、飛行船支援艦クラスはみほたちの同級生である高校二年生のみであった。

 

その為、武部には、折角の夏休みを潰してまで、わざわざ実習に参加するみほと秋山の行動が信じられない様子だった。

 

「まぁ、それでも、向上心があるのはいいではないか。本来、学生の本分は、勉強なのだし‥‥」

 

そこへ、冷泉が武部に指摘する。

 

「もう、麻子まで‥‥だって、折角の高校二年の夏なんだよ!?夏の海で一夏の出会いと思い出を作らないと!!花の女子高生なんだし!?」

 

「だが、学業を疎かにしては、その花の高校二年をもう一度繰り返すことになるぞ。夏休みだって宿題も出るのだからな」

 

「うっ‥‥」

 

夏休みは決して、休みだけではなく、学校から夏休みには課題も出る。

 

その点を冷泉に指摘され、グサッとくる武部だった。

 

 

 

 

それから、時は過ぎ、夏休みとなる。

 

 

自走式気球の操縦実習が始まるとそこには、横須賀女子の飛行船支援艦クラスの生徒、ドイツからの留学生組、そして実習希望者が集まった。

 

当然、実習の参加者の中にシュテルの姿もあった。

 

実習は最初、座学から始まった。

 

そして今回、この実習を担当するドイツ海軍の士官が教室へと入ってくると実習生に挨拶をする。

 

「私が今回の講習を担当する、ハンナ・ルーデルだ」

 

担当教官であるハンナ・ルーデルの姿を見て教室に居た実習参加者たちは唖然とする。

 

(こ、こわっ!?)

 

(インパクトある顔をしていますね‥‥)

 

顔横一文字の傷を見て、みほも秋山も他の実習参加者たち同様唖然とした。

 

担当教官のルーデルの顔にはインパクトがあったが座学に関しては横須賀女子の教官と同じく変な教えはしなかった。

 

座学が終わり、いよいよ実際に自走式気球の操縦実習へと移る。

 

その間、みほはまだシュテルと話すことが出来なかった。

 

シュテルの周りはどうも、ガードが固い。

 

自分の周りに秋山、武部、五十鈴、冷泉が居るようにシュテルの周りには金髪碧眼の巨乳、青みがかった銀髪で胸が控えめな二人の女生徒が居た。

 

その他にもう一隻のドイツからの留学生艦の艦長‥‥銀髪で背も小さい、飛び級したの?と思わせる女子生徒も居た。

 

(西住殿があの生徒に声をかけなければ、西住殿が取られる心配はないのですが、ああして、あの方を見ている西住殿を見ているのも辛いし‥‥)

 

秋山は葛藤するも、やはり、みほが喜んでくれることの方が良く話しかけるタイミングを見計らった。

 

「だ~る~ま~さん~が‥‥ころんだ!!」

 

「っ!?」

 

秋山がシュテルの事を背後からジッと観察するように様子を窺っていると、シュテルが突然、「だるまさんがころんだ」 と言っていきなり振り返ってきた。

 

突然の事で秋山は反射的に物影に隠れるが一歩遅れた。

 

しかし、シュテルは特に警戒することなくそのまま歩いていった。

 

「これが、今回諸君らが搭乗する自走式気球の 『メーヴェ』 だ!!」

 

そしてドイツ海軍の飛行船支援艦、フォン・リヒトフォーヘンにて今回の実習で操縦する自走式気球が公開された。

 

確かにその自走式気球はこれまで自分が見てきた気球とは異なる形をしていた。

 

 

飛行船支援艦の他に、この自走式気球は大型直接教育艦、大型巡洋直接教育艦にも少数であれば、搭載可能であり最初に実習参加者たちは、まず最初は組み立てから行う。

 

ゴンドラが固定されているのを確認した後、浮力剤であるヘリウムガスを溜める風船型のタンクは折りたたまれているのでそれを広げ、ゴンドラ部分とタンクの部分にワイヤーを留め、タンク内にヘリウムガスを注入する。

 

ヘリウムガスがタンクに注入されると風船の様に膨らんでいく。

 

そしてゴンドラ内の計器のチェックを行い、いよいよ空を飛ぶのだが、いきなり生徒に操縦させる訳ではなく、最初はルーデルらドイツ海軍の飛行船乗りが操縦席に乗り、実習の参加者たちは後部の航空士たちの座席に座り、空の世界を体験しながら、操縦席で操縦している飛行船乗りは後部座席の実習の参加者にアドバイス等をする。

 

初日は組み立て方と空の体験をして終わった。

 

組み立て方を学び、いよいよ実習参加者が自走式気球を操縦する番となる。

 

「では、これより実際に諸君らには機体に乗り、操縦してもらう」

 

後部座席から飛行体験をしたが、次は自分たちが操縦する番となり、飛行船支援艦クラス以外の参加者は緊張した面持ちとなる。

 

「飛行船乗り以外の生徒諸君にとっては、初めての空の経験になるかもしれないが、上がってしまえばどうって事無い!!自転車だってそうだろう?一度乗ったらコツは一生忘れないものだ!!」

 

と、ルーデルは緊張している実習参加者らの緊張を和らげるために言う。

 

まぁ、確かにルーデルが言うように、自転車やスキッパー、そして学生艦、これまでの生活で初めての経験はいくつもあった。

 

今回の自走式気球の操縦もそれらの経験と同じ様なモノだとみほ自身もそう思った。

 



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108話

西住殿のキャラがブレていますが、あくまでもこの世界の西住殿はガルパンの西住殿ではなく、この作品世界の西住殿で容姿も名前も同じながらも異なる人物だと思っていただければ幸いです。


 

 

夏休みの最中、横須賀女子ではRat事件の影響でカリキュラムが遅れた晴風クラスは、小島にてオリエンテーリングが行われ、校舎の方ではドイツから搬入された新型の自走式気球の操縦実習が行われ、ドイツからの留学生組、横須賀女子に所属する飛行船支援艦のクラスメイト、そしてそれ以外のクラスの自由参加者たちが受講していた。

 

飛行機がない世界なので、この世界の人たちは空への興味があまり強くないので、自由参加者の参加人数は少ない。

 

参加者もせいぜい、ライセンスとして持っておこうと言うレベルだ。

 

その自由参加者の中に、もえかや明乃の先輩である高校二年生の西住みほと秋山優花里の二人もこの実習に参加した。

 

秋山はみほのお供みたいな感じで今回の実習に参加したが、みほは何か目的があってこの実習に参加していた。

 

それは、ただ自走式気球のライセンスを得る為ではなかった感じだった。

 

実習は、最初は座学が行われ次に自走式気球の組み立て方からの教官らが実習参加者を後部座席に乗せての実演、最後は実習参加者による操縦実習となる。

 

勿論、その際は後ろに教官を乗せての操縦となる。

 

ゴンドラの後部にあるプロペラが勢い良く回り、機体はふわりとフォン・リヒトフォーヘンの甲板から浮き上がると、徐々に速度を上げ、高度を上げていく。

 

巨大な筈のフォン・リヒトフォーヘンの姿はみるみるうちに小さくなっていく。

 

その姿は海に浮かぶ米粒みたいだ。

 

高度を上げていくと、気温も下がっていく。

 

甲板に居た時は暑いと感じたのにこうして空へと上がると飛行服が分厚いのも頷ける。

 

(意外とスピードは出るモノだな‥‥)

 

(バイクやスキッパーとは違うスピード感だ‥‥)

 

後部座席に座りながらそう思うシュテル。

 

気球と言うことから、あまり速度は出ないと思ったが、やはりプロペラが着いている事、陸上や海ではなく空である事もあってか、バイクやスキッパーよりも早く感じる。

 

勿論、海上艦と比べるべくもなく、この自走式気球の方が断然早い。

 

もっともいくら早いと言っても飛行機やヘリコプターよりは当然速度は劣るが、この世界ではその両者はなく、シュテルが八幡だった頃、彼は飛行機にもヘリコプターにも乗ったことはないので、前世を含めて三十四年の人生の中で今回は初めての空体験であった。

 

飛行船支援艦のクラスメイトは飛行船に乗り慣れているので、特に緊張した様子はなかったが、それ以外の参加者はやはり、緊張した面持ちで操縦実習に臨んでいた。

 

「飛行船乗り以外の生徒諸君にとっては、初めての空の経験になるかもしれないが、上がってしまえばどうって事無い!!自転車だってそうだろう!?一度乗ったらコツは一生忘れないものだ!!」

 

と、担当教官のハンナ・ルーデルはそう言っていた。

 

確かに初めてのスキッパーの運転も高等部に進学して学生艦で、学生のみで海に出た時も緊張していた。

 

今回の実習もそれと同じようなモノだろう。

 

そして今日の実習が終わり、実習参加者たちは身に纏っていた飛行服から制服へと着替える為、更衣室へと向かう。

 

「ふぅ~あっつぅ~‥‥」

 

シュテルは飛行帽を脱ぎ、飛行服のチャックを緩め、首に巻いた白いスカーフを取る。

 

そしてシャツに関して、シュテルは身体に残る銃痕を他の生徒に見られないように素早く着替える。

 

(明日の事も考えて、急いで、ランドリーに入れて洗濯しないとなぁ~‥‥)

 

空を飛んでいたとは言え、今日一日ずっと空に居た訳ではなく、甲板で真夏の太陽を浴びて、汗もかいているので次の日の事を考えると、やはり汗臭い飛行服よりも洗濯洗剤・柔軟剤の香りがする方が良い。

 

飛行帽はさすがに洗濯機で洗濯できなかったので、ファ〇リーズをかけて消臭する。

 

シュテルはランドリーにある洗濯機の中に洗剤、柔軟剤と洗濯物である飛行服やスカーフ、シャツを入れ、洗濯機のスイッチを入れる。

 

現在、夏休みの為、寮にある洗濯機の数は十分に用意されており、実習参加者分は存在するので洗濯機の取り合いになることはなかった。

 

(夕食の後ぐらいには終わるかな?)

 

洗濯機の洗濯時間を見て夕飯を食べ終わる頃には洗濯が終わるだろうと判断した。

 

(ん?でも、まだ夕食には時間があるな‥‥)

 

夕食まで時間もあり、洗濯にも時間がある。

 

(ん?綺麗な夕陽だ‥‥)

 

(時間もあるし、ちょっと夕涼みでもするかな)

 

ふと、窓の外を見ると太陽が水平線に沈もうとしていたが、夕日があまりにも綺麗だったので、シュテルは夕陽を見に行った。

 

「あっ、あの人は‥‥」

 

そんなシュテルの行動をある女子生徒が見つけ、密かにシュテルの後を追いかけた‥‥

 

 

横須賀女子の校舎内‥‥学生艦が停泊している港湾地区の一角でシュテルは腰を下ろし、夕陽と海を見ながら時間を潰した。

 

すると、シュテルは背後に人の気配を感じた。

 

「‥‥」

 

チラッと見ると、同年代で髪の色も今の自分と同じ茶色でボブカットの女子生徒が一人腰を下ろして座っている。

 

実習中に自分の事をジッと見ていたモジャモジャ髪の女子生徒ではないが、彼女とも特に面識はない。

 

ただ、後ろに座っている女子生徒も今、自分が受けている実習に参加しているのは見たが、こちらから話しかけてはいないし、反対に彼女からも話しかけられたことはない。

 

「‥‥」

 

そして彼女はこの場でも自分に声をかけることなく、ただジッと自分の後ろに座っている。

 

(き、気まずい……誰か座った!? なんで!?誰!? なんで!?無言なの!?わざわざ後ろに座って!?)

 

(ここは俺から声をかけるべきなのか? いや、でもどうして?)

 

(誰か分からないしこんな状況で気の利いたセリフなんて言えないよぉ……)

 

この場に気まずさを感じているシュテル。

 

一方、シュテルの後ろに座った女子生徒の方も、

 

(うぅ~‥‥あの人の後を追って後ろに座ったけど、話題が‥‥)

 

彼女も気まずさを感じていた。

 

 

ザバーン‥‥

 

 

互いに気まずさを関している中、波の音だけがまるで二人に催促するかのように音を立てる。

 

(『海がきれいですね』‥‥いやいやいや、そんなありきたりな台詞このシチュエーションには…っていうか、この辺の海なんて毎日見ているし‥‥)

 

シュテルは後ろの女子生徒とどう話題を切るか頭を抱えていた。

 

(もしかしてこの状況、海に面して黄昏ている女子高生に声をかけるどこか文学的なシチュエーション!)

 

(多分この人、ロマンチックで非現実的なやり取りを期待しているんじゃあ……)

 

シュテルがチラッと背後の女子生徒を見ると、

 

「‥‥」 ソワソワソワ

 

彼女は何かを言いたげにソワソワしている。

 

(そんな感じっぽい‥‥となると何か最初の一言が肝心なんだけど‥‥)

 

繋がりの無い人とどうやって話しかければいいのか分からない。

 

それは後ろにいる女子生徒も同じみたいだ。

 

ただシュテルはソワソワしている女子高生の事を少しだけ勘違いしていた。

 

 

明乃ともえかとの初邂逅の時は、明乃の方から話しかけてきた。

 

テアの時は、交換留学で机を並べて共に勉強する間柄と言う事、シュペーとビスマルクとのやり取りを見て、その行動に感銘した事から、話しかけたが、今は自分の後ろに居る女生徒は同じ、実習を受けているとはいえ、やはり交流がないし、どんな人なのかも知らない。

 

しかし、テアの時の様にこうして同じ実習を受け、同じ学び舎に通っているのだから、やはり、ここは自分から彼女に話しかけた方が良いだろうと、思いつつ、話題を考えるシュテルだった。

 

(ともかく、彼女の期待を裏切るわけにはいかない‥‥い、いくぞ、渾身の一言!)

 

シュテルは少しテンパりながらもゆっくりと口を開いた。

 

「今日は……風が騒がしいですね……」

 

夕陽が浮かぶ海を見ながら、シュテルは渾身の一言を言うが、

 

(あ、あれ?いや‥‥何か違う‥‥は、恥ずかしくなってきた‥‥)

 

(いや、恥ずかしいとかそういうのではなく……何かもう‥‥死にたい‥‥やっちゃったか‥‥) チラッ

 

シュテルはスベッてしまったかと思い、チラッと背後を見ると、

 

「‥‥」

 

やはり、背後の彼女は困惑しているみたいだった。

 

(あぁ~やっぱり、失敗したか‥‥さて、どう返す?)

 

シュテルはこの返答に彼女がどう返すのか、彼女の返答を待つ。

 

一方、彼女の方も、

 

(えっ?えっ?風が騒がしい?えっ?なんのこと?)

 

(で、でも、折角あの人が話しかけてくれたんだから、こっちも何か言わないと‥‥)

 

(えっと‥‥えっと‥‥)

 

(あぁ~もう!!こんな時、沙織さんや優花里さんなら何て言うかな?)

 

(ええい!!ままよ‥‥!!)

 

彼女は、顎に手を当て何か考え込んだのだが、意を決して口を開く。

 

「で、でも少し……こ、この風……な、泣いています‥‥」

 

「フヒュッ!?」

 

(や、やばっ、変に噴いちゃった‥‥ごめんなさい。すみません。勘弁してください。もう無理です)

 

彼女の返答を聞き、思わず少し噴いてしまうシュテル。

 

(でもね、残念ながら俺には空想力ってヤツはないみたいでどうやらこの空間に耐えられんようです。だから、救助隊を呼ばせてもらいました)

 

まさかの返答に今度はシュテルの方が困惑し、彼女には分からないようにスマホを操作してある人物にメールを送り、この場に来てもらった。

 

やがて、別の人の気配を感じ、

 

(来た!!早いな!?)

 

シュテルは、思ったよりも早くこの場に来たクリスに驚きつつも感謝した。

 

そして、その場に現れたクリスはシュテルを見て、

 

「急ぐよ、シュテルン。どうやら風が街によくないモノを運んできちまったようだ」

 

 

と、衝撃な一言を言い放つ。

 

「はぁ!?」

 

(なんで、今日に限って変なテンションなんだ!?)

 

シュテルは、クリスのあまりにも彼女らしくないこの一言に衝撃を受ける。

 

一方、衝撃的な一言を言い放ったクリスは、

 

(し、しまった!?さっきまで、別の世界に行っていたから、つい、そのままの勢いで変な事を言ってしまった!?)

 

クリスらしくないこの発言。

 

彼女には何か訳があってこのような発言をしたみたいだ。

 

「あっ‥‥」 カァァァァ‥‥

 

クリスはシュテルの他に別の女子生徒が居たことに気づき、顔を真っ赤にする。

 

「えっ?えっ?」

 

(わ、私はどう反応すればいいのかな?)

 

クリスの出現と衝撃な言葉に女子生徒はますます困惑している。

 

(やばっ、どんどんカオスな空気に‥‥早いとこ、現実世界に帰りましょうよ! 帰投しますよ!!現実世界に!!)

 

シュテルはその場から立ち上がり、

 

「ええ……急ぎましょう、風が止む前に……」

 

(あれ?何を言っているの!?俺は!?)

 

シュテルもこのカオスな空気に呑まれて、変な事を口走ってしまう。

 

「あっ、西住殿!!」

 

そこへ、新たな人物が登場する。

 

(誰!?)

 

彼女は実習前にシュテルをジッと見ていたモジャモジャの髪をしたあの女子生徒だった。

 

「優花里さん‥‥」

 

どうやら、モジャモジャ髪の女子生徒と茶髪の女子生徒は知り合いの様だ。

 

このモジャモジャ髪の女子生徒が何を言うのか?

 

シュテルたちは黙ってこのモジャモジャ髪の女子生徒が何を言うのか待つ。

 

そして、彼女は口を開いた。

 

「‥‥西住殿!!大変です!!今日、食堂でフライドポテトの量が二倍みたいです!!急ぎましょう!!」

 

(空気読めよ、アンタ!!‥‥いや、読んでいるけどさ‥‥)

 

このカオスな場の空気に、優花里さんと呼ばれた女子生徒は、現実的な一言であったが、

 

「もう!!優花里さんったら!!」

 

優花里さんとらやの発言が気に食わなかったのか、その女子生徒は怒った様子でその場から去って行った。

 

「あっ、待ってください!!西住殿ぉ~!!」

 

西住殿が怒ってその場から去ってしまい、優花里さんとやらも急いで彼女の後を追って行った。

 

「な、なんだったんだ?」

 

このカオスな空気が支配していたが、西住殿がその場から去って行き、カオスな空気は収まった。

 

カオスな空気が収まりシュテルは西住殿が一体自分に何の用があったのか、少し気になった。

 

「‥‥クリス」

 

「な、何かな?シュテルン」

 

カオスな空気は収まったが、シュテルはクリスに気になることがあり、彼女に訊ねてみた。

 

「なんで?今日‥‥実習が終わった後なのに、テンションが高かったの?」

 

「‥‥」

 

シュテルの質問にクリスは気まずそうに視線を逸らす、

 

「そ、それは‥‥」

 

「それは?」

 

「それは‥‥フライドポテトの量が二倍だったから‥‥」

 

「ああ、そう‥‥」

 

クリスの返答に何か釈然としないモノを感じつつも、とりあえずこの場は納得した。

 

それから、夕食の時間となり、シュテルは席に着いて夕食を食べようとしていた。

確かに優花里さんとやらの情報通り、食堂で販売されているフライドポテトの量が二倍となっていた。

 

ドイツからの留学生組は、このサービスに感激してほとんどの留学生が注文している。

 

ジャガイモ料理の国=ドイツなイメージがあり、チラッと見ると、テアとミーナのテーブルにも山盛りのフライドポテトが置いてあり、ミーナがテアにフライドポテトを食べさせている。

 

(さっきの西住殿や優花里さんも頼んでいるのかな?)

 

周りの留学組の生徒を見つつ、先程の西住殿と優花里さんのやり取りを思い出し、夕食を食べようとしていたら、

 

「へ、へい、彼女いっしょに夕飯‥ど、どう?」

 

ギャルっぽい口調の声がしたので、顔を上げてみるとそこには先程、夕日を一緒に見た西住殿が居た。

 

ただ、彼女の顔は引き攣った笑みを浮かべていた。

 

先程の彼女の言葉‥‥どうやら、さっきのギャルっぽい口調は西住殿のキャラではなく、無理にキャラ作りをして声をかけてきたみたいだ。

 

(さ、沙織さんのマネをしてみて声をかけてみたけど‥だ、大丈夫かな?大丈夫だよね‥‥)

 

西住殿‥‥もとい、みほは、横須賀女子入学当初、沙織から昼食に誘われた時と同じ、ギャル口調でシュテルと夕食を摂ろうと声をかけたのだ。

 

彼女にしてみれば、かなり勇敢な行動を取っただろう。

 

「えっと‥‥それは相席ってことでいいのかな?」

 

シュテルは、みほに相席したいのかと訊ねると、

 

「う、うん‥‥い、いいかな?」

 

「ええ、どうぞ」

 

シュテルが居る席は四人掛けのテーブルで、今はシュテルだけしか座っていない。

 

クリスもユーリもヒンデンブルクの他のクラスメイトと夕食を共にしており、今日は珍しく一人だったのだ。

 

そこで、シュテルはみほの相席を了承した。

 

「で、では、失礼して‥‥」

 

みほはシュテルの向かい側に座る。

 

「「‥‥」」

 

その後、夕食を摂るが、シュテルもみほも互いに話す事無く、無言のまま夕食を食べている。

 

((き、気まずい‥‥))

 

夕方の防波堤と同じ様に何となく気まずい空気の中、夕食を食べている二人。

 

「あ、あの‥‥」

 

沈黙を破ったのは、シュテルの方だった。

 

「ん?な、なんでしょう?」

 

「あの‥‥さっき、防波堤に一緒に来た優花里さん?は、一緒じゃないの?」

 

シュテルはあの時、みほの事を迎えに来た優花里さん‥もとい、秋山は一緒じゃないのかを訊ねる。

 

「えっ?ああ、優花里さんは別の人と夕食を食べているよ」

 

「へ、へぇ~‥‥」

 

秋山もクリス、ユーリ同様、他のクラスメイトと夕食を食べているらしい。

 

(あのフライドポテト二倍宣言で、この人が機嫌を悪くしたんじゃないのかな?)

 

シュテルは、あの防波堤で秋山が発したフライドポテト二倍宣言でみほの機嫌が悪く、今日は一緒に夕食を食べたくはないからではないかと思った。

 

「あっ、自己紹介がまだだったね、私はシュテル・H(八幡)・ラングレー・碇。ドイツからの留学生です」

 

シュテルはみほに自らの名を名乗る。

 

「あっ、わ、私は西住みほです」

 

シュテルから名を名乗られ、みほもシュテルに自らの名前をシュテルに告げる。

 

互いに名を名乗り、そのまま二人は夕食を食べていると、

 

「あ、あの‥‥」

 

みほが、恐る恐るシュテルに話しかけてきた。

 

その後、みほはシュテルのこれまでの実績をインタビューする記者の様に訊ねてきた。

 

「実績と言うか、ただ巻き込まれてきただけだよ‥‥まるで、毎度の事、事件に巻き込まれる名探偵の孫や、出かけた先々で事件に巻き込まれる見た目は子供、頭脳は大人なバーロー探偵みたいにね‥‥」

 

「?」

 

シュテルの例えにみほは首を傾げる。

 

どうやらシュテルの例えは分からなかったみたいだ。

 

「イギリスのダートマスでの出来事は私の中では、嫌な事件だった‥‥」

 

「確か切り裂き魔を捕まえた事件でしたよね?」

 

「ええ‥‥ただ、あのサイコパスを捕まえるまでに大勢の女性が殺された‥‥その中にはダートマス校の生徒も居た‥‥グレニアは助けることが出来たけど、私はあの子を助けられなかった‥‥」

 

あの時の状況下では、外に出ていない限り、助けることが出来なかったが、タッチの差、目と鼻の先で、人を助けられなかった事を未だに悔やんでいるシュテルだった。

 

みほとすれば、秋山が調べてきた書類上のシュテルの実績だが、事件に巻き込まれた本人に関してみれば、犯人と対峙した時の恐怖と不安と戦ってきたのだから、『凄いの』一言では片付けられない。

 

もし、自分がシュテルと同じ状況下の時、シュテルと同じような行動がとれるだろうか?

 

シュテルに直に話を聞いて、みほは自問自答する。

 

シュテルとみほの二人の様子を見ていた別のテーブル席に居た女子生徒は‥‥

 

「うぅ~西住殿~‥‥そんなにドイツからの留学生が良いのですか?それともドイツ人ですか!?ドイツ人が良いのですか!?」

 

みほと夕食を食べているシュテルを羨ましがっていた。

 

 

「それに、実績って言うけど、女として大切なモノも失ったし‥‥」

 

「えっ?‥‥それって、もしかして‥‥」

 

みほは、シュテルが過去にイタリアで臓器密売をしているイタリアマフィアと対峙したことがあるし、切り裂き魔に一時的に拘束されたことから、マフィアか切り裂き魔に性的暴行を受けたのかと思った。

 

しかし、

 

「これまでの事件で、私の身体には銃痕が残っているし‥‥」

 

「あっ、そっちの方だったんだ‥‥」

 

「ん?そっち?」

 

「あっ、いや、何でもないよ」

 

みほの予想とシュテルの現実が異なっていたことにみほは少し慌てた様子で 『何でもない』 と取り繕う。

 

次の話題は互いの家柄になる。

 

(この人、私の事を随分と調べてあるな‥‥)

 

過去の実績の他に自分の家について、訊ねながらも当てはまっていることから、みほは事前に自分の事を色々調べてきたみたいだ。

 

何故、みほが自分の事を調べているのか分からないが悪意みたいなモノは感じないので特に言及はしなかった。

 

「へぇ~西住さんの家って名家なんですか‥‥」

 

「う、うん‥‥」

 

みほは恥ずかしそうに肯く。

 

話を聞くと、みほの家は真白の家同様この横須賀でも名家であり、尚且つ資産家でもあるらしい。

 

(確かミケちゃんのクラスにも華族の人が居るみたいだけど、この人もそうなのか‥‥何だか、私の周りには前世でもこの世界でも金持ちがいるな‥‥)

 

前世では雪ノ下家、後世ではクリスもドイツの貴族で、みほも日本版貴族の華族である。

 

「家が大きいとそれなりに付き合いがあって、大変でしょう?」

 

「えっ?ええ、まぁ‥‥」

 

付き合いの事を言われ、みほが引き攣った顔をする。

 

それを見ると本当に大変そうだ。

 

「そう言えば、去年の事なんだけど‥‥」

 

みほは、去年、自分が高校に入学した直後に開かれたパーティーで、分家の同い年の女子高校生とシミュレーションをすることになり、シミュレーションバトルをして、自分はその分家の子に勝ったのだが、その子は自分が負けたことが悔しかったのか、いちゃもんをつけて、その後何度かシミュレーションバトルを行う羽目になった。

 

(金持ちの家の子って変にプライドが高いからなぁ~‥‥あっ、でも、テアやブリジットさん、目の前の西住さんはそうでもなさそうだけど‥‥)

 

雪ノ下やクローナを見てきて、家柄が高い家の子は変にプライドが高い部分もあり、みほとシミュレーションで戦ったその分家の子も雪ノ下タイプの子なのだと思ったシュテル。

 

まさか、その分家の子が雪ノ下本人であると言うことを知るのは、もう少し先のことになる。

 

ただ、この夕食にて、シュテルとみほは、互いに交流を深める一因となった。

 

 

 

 

ここで、視点を横須賀から千葉へと移る。

 

 

 

イギリスのダートマス校への体験入学の道が閉ざされてしまった雪ノ下は、平塚先生に千葉村でのボランティア活動に参加する旨を伝えた。

 

そして、雪ノ下は、次に由比ヶ浜に連絡を入れた。

 

「由比ヶ浜さん」

 

「あっ、ゆきのん、どうしたの?」

 

「千葉村でのボランティア活動、私も参加することになったわ」

 

「えっ?イギリス行きはどうなったの?」

 

由比ヶ浜は、あれだけ夏休みはイギリスに行くと息巻いていた雪ノ下のイギリス行きが中止になった事に驚いた様子だった。

 

「イギリスは‥‥ちょっとした理由で無理だったわ‥‥」

 

詳しい内容を由比ヶ浜に伝えはしなかったが、雪ノ下は、由比ヶ浜にイギリスのダートマス校への体験入学が出来なかったことを伝えた。

 

「そうなんだ‥‥でも、ゆきのんが来てくれるなら、心強いよ。この世界の留美ちゃん、一緒に助けようね」

 

「え、ええ‥そうね‥‥」

 

由比ヶ浜としては、前世で八幡が留美のいじめ問題を解決した方法を知って、この世界でも留美のいじめ問題は起きているだろうと思い、奉仕部としては、川崎の時の様に、留美のいじめ問題を前世と同じ方法で解決するつもりだった。

 

そんな中、雪ノ下がイギリスへ行き、千葉村でのボランティア活動には不参加だと言われた時、由比ヶ浜には 「ちゃんと出来るかな?」 という不安要素があった。

 

しかし、雪ノ下のイギリス行きが無くなったことに由比ヶ浜は正直安堵していた。

 

反対に雪ノ下の方は、やはり屈辱を感じていた。

 

 

こうして、シュテルの方は、自走式気球の実習、そして後世奉仕部は、前世同様、千葉村へのボランティア活動に参加することになった。

 



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109話

今回は視点を奉仕部に移します。

後世千葉村編スタートです。

しかし、実際にはもう千葉村は存在しないんですよね。

利用客の減少、維持費等の問題から群馬県に返還されました。

ですが、この作品の世界ではまだ千葉村がある設定です。


 

 

神奈川県の横須賀にある横須賀女子海洋学校にて、ドイツから新たに学校へ搬入された新型の自走式気球の操縦実習が行われている頃、千葉県の総武高校にある奉仕部では、群馬県利根郡みなかみ町にある千葉村へ合宿と言う形でそこで行われる同じ千葉の小学校が夏休み期間中に行うサマーキャンプの手伝いであるボランティア活動へと参加した。

 

奉仕部の他に内申点を餌に平塚先生は、他の生徒にもボランティアを募集して、後世葉山グループに所属する戸部、大岡、相模の三人もボランティアに参加した。

 

このボランティア活動は、千葉県のとある小学校の小学生たちが千葉村へサマーキャンプに来るので、その引率を小学校の教師たちだけでは、小学生たちの面倒を看きれないという事で教師たちの補佐として総武高校にボランティアの声をかけて、小学生たちの面倒を看てもらうというモノだ。

 

しかし、この後世世界では比企谷八幡、比企谷小町の兄妹の二人は存在していなかったので当然、今回のボランティア活動には参加していない。

 

その他にも前世では参加した戸塚、三浦の両者も部活の関係からこのボランティア活動には参加していない。

 

前世では弱小テニス部であったが、この後世世界では三浦がマネージャーとして切り盛りしているので、夏休みもお盆の期間を除いて練習に力を入れていた。

 

また、葉山グループメンバーの海老名も夏休み中にどうしても外せない用事があり、その準備のため、千葉村へのボランティア活動には参加できないと言ってきたので、彼女もこの後世世界の千葉村へのボランティア活動には不参加だった。

 

前世では葉山グループに三浦が居り、彼女がこのボランティア活動に参加していたので、海老名も参加していたが、この世界では三浦は葉山グループに所属しておらず、今回のボランティア活動に参加もしていないので、海老名は参加していなかったのだ。

 

本音を言うと海老名も相模に対して苦手意識を持っていたが、クラスで大きな権力を持つ葉山グループに所属していれば身を守れると考え、彼女は高校二年の進学時に由比ヶ浜からの誘いの声をかけられ葉山グループに所属したのだ。

 

 

その海老名はと言うと‥‥

 

「グフフフ‥‥やっぱり、ハヤ×トベが王道よね‥‥」

 

怪しい笑みを浮かべながら、自宅にある自室にてクラスメイトを題材に夏のビッグイベントでガッポリ稼ごうとBL同人誌を描いていた。

 

 

海老名、戸塚、三浦‥‥そしてチェーンメール騒動で学校を退学した大和の四人が来ない代わりに、前世では参加していない相模が参加している。

 

また、千葉から群馬にある千葉村への移動手段も前世とは異なり、日本の地が水没している為、千葉から群馬の千葉村までの移動は車ではなく雪ノ下家が所有する大型クルーザーで行くことになった。

 

舵を取っているのは雪ノ下の父の秘書である都築だった。

 

当初、相模はボランティア活動とは言え、葉山と一緒に過ごせることに喜んだが同じボランティア活動で雪ノ下と由比ヶ浜の二人が参加することに難色を示したが、このまま二人を葉山と一緒に千葉村に行かせると、どちらか、または両者が葉山に対してモーションをかけるのではないかと、勘繰り、渋々ながらも千葉村へと向かった。

 

ただ、雪ノ下と由比ヶ浜の二人をけん制することも忘れず千葉村へと向かっている途中、クルーザーの中で相模は葉山にべったりとくっついていた。

 

しかし、相模の勘繰りはまさに勘違いで、雪ノ下と由比ヶ浜も葉山の事など二の次であり、二人の興味と言うか意識は千葉村での留美のいじめ問題を気にしていた。

 

葉山は大っぴらな態度は出さなかったが彼の表情は顔が引き攣っていたので、葉山が相模の行動に迷惑しているのは勘の鋭い者は分かった。

 

しかし、敢えて面倒事を引き起こす必要もないので雪ノ下は葉山と相模の二人をアウト・オブ・眼中のまま無視を貫いた。

 

由比ヶ浜も相模には苦手意識があったので、葉山にはすまないが雪ノ下同様無視していた。

 

 

「ゆきのん‥‥」

 

千葉村に向かっている中、由比ヶ浜は雪ノ下に声をかける。

 

「なにかしら?由比ヶ浜さん」

 

「その‥‥大丈夫かな?」

 

「なにが?」

 

雪ノ下がイギリスへ行かず、千葉村に来てくれた事に関して由比ヶ浜の不安要素の一つは取り除けた。

 

しかし、もう一つ由比ヶ浜には別の不安要素があった。

 

「これまでの依頼‥なんか前の世界と全然違ったじゃない?だから、次の依頼‥‥留美ちゃんのいじめも起こるのかな?って、思って‥‥」

 

由比ヶ浜が抱いた不安要素‥‥

 

それは、これまでの依頼の経緯を振り返っての事だった。

 

この世界では比企谷八幡が居なかった為、由比ヶ浜の依頼‥‥クッキーを作りたいと言う依頼はなく、材木座も奉仕部に自らが書いた小説を持ちこむ事はなかった。

 

もっとも奉仕部の二人は材木座の存在を忘れていた。

 

哀れなり材木座‥‥。

 

そして、この世界で初めて臨んだ戸塚のテニス強化の依頼‥‥それは、前世とは展開が異なっていた。

 

前世でテニス妨害してきた三浦は、テニス部のマネージャーで戸塚本人が奉仕部に依頼していないことが判明し、逆に奉仕部がテニス部の部活動の邪魔をしたと言うことになってしまった。

 

川崎の依頼については、奉仕部メンバーは退学の危機になったが葉山の父親であり、雪ノ下家の顧問弁護士である葉山弁護士が裏から手を回してもらいバーでの一件は無かったことにしてもらったが雪ノ下家がとったこの行動は本家である西住家でも知られており、本家からの風当たりは決して良いモノではなくなった。

 

勿論、その事実を雪ノ下と葉山は知らない。

 

これら後世奉仕部が経験した出来事は、確かに前世で奉仕部が関係した人物が存在はしたが展開も顛末も何もかもが前世の結果とは異なっていた。

 

「確かに由比ヶ浜さんの言う通りね‥‥」

 

「でしょう?それに、このボランティア活動に来た人も前の世界と違うし‥‥」

 

由比ヶ浜はチラッと葉山にべったりとくっついている相模を見る。

 

確かに前世では、相模はこのボランティア活動に参加していないし逆に参加していた三浦、海老名、戸塚、八幡、小町、大和の面々が不参加となっている。

 

由比ヶ浜は前世と異なる顛末を迎えたこれまでの経験と今回のボランティア活動に参加しているメンバーが前の世界と異なる事についても、本当にこの世界でも鶴見留美のいじめ問題があるのか疑問に感じていた。

 

雪ノ下も由比ヶ浜の言葉を聞き、これまでの事を振り返り一理あると思った。

 

「‥‥由比ヶ浜さんの言いたいことは分かったわ。でも一応このサマーキャンプで、まずは鶴見さんが来るかを確認して、次に彼女とクラスメイトたちの様子を見つつ、いじめ問題があるかを確認してから判断しましょう」

 

「うん、わかった」

 

雪ノ下は由比ヶ浜の言葉を聞いて留美のいじめ問題には慎重な姿勢で臨むことにした。

 

 

そして、到着した千葉村‥‥

 

サマーキャンプに参加する小学生たちは大型の水上バスで千葉村入りをした。

 

整列する小学生たちの中に前世でこの千葉村で知り合い同級生からいじめを受けていた鶴見留美の姿もあった。

 

しかし、戸塚や川崎の件からみても 留美の存在=いじめ問題 と繋がらない。

 

雪ノ下は、葉山にも由比ヶ浜や自分が抱いた不安を伝えようとするも彼の近くには常に相模がべったりと張り付いており、話しかけようとしても、

 

「雪ノ下さん。葉山君は今、ウチと一緒にいるんだけど?ちょっと、空気読んでくれない?」

 

と、相模は葉山を決して離さず、独占欲丸出しの子供みたいな行動をとってきた。

 

このため、雪ノ下も由比ヶ浜もこの千葉村で本当に留美のいじめ問題が起こるのか、その不安要素を葉山に話す機会がなかった。

 

だが、由比ヶ浜が気づいたのだから、葉山自身もきっとこれまでの経緯から、前世と依頼の内容が異なっていることから、この千葉村でのボランティア活動でも留美のいじめ問題がこの世界でも起きるのだろうかという疑問を抱くのではないかと思った。

 

小学校の教師が小学生たちに今回のサマーキャンプでの注意点や予定を伝えた後、

 

「では、今回のキャンプで皆さんのお手伝いをして下さる、総武高校のお兄さん、お姉さんたちです」

 

小学校の教師から挨拶と自己紹介を促され、総武高校のメンバーは小学生たちに挨拶をする。

 

「どうも、初めまして、総武高校の葉山隼人です。何かあったらすぐに僕たちに言ってください。今回のサマーキャンプで素敵な思い出を作ってくださいね。よろしくお願いします」

 

すると、前世の時と同じく葉山が挨拶と自己紹介をすると小学生の女子たちは、キャーキャーと、黄色い声を上げる。

 

とは言え、小学生の女子たち全員ではなく、留美を始めとする一部の女子生徒は、特に反応することはなかった。

 

反対に相模は葉山を見て、キャーキャー黄色い声を上げている小学生の女子たちを睨んでいた。

 

まったく大人げない。

 

 

「では最初のイベント、オリエンテーリングを始めます!!」

 

そして、サマーキャンプ最初のイベントであるオリエンテーリングが始まる。

 

小学生たちは予め決められていた班員でオリエンテーリングに臨み、山道を歩きながらチェックポイント探す。

 

「いやー!!小学生マジ若いわー!!俺ら高校生とかもうオッさんじゃねぇ?」

 

戸部はオリエンテーリングで、山を登っている小学生たちを見て騒ぐように言う。

 

「ちょっと、戸部!!アンタ、何言ってんの!?それだと、ウチがババァみたいじゃん!!」

 

戸部の発言に相模が噛みつく。

 

そんな戸部に噛みつく相模の腕は、葉山の腕に絡みついており、

 

「葉山君、戸部があんなことを言っているけど、ウチは十分若いよねぇ~?ねぇ~?」

 

と、相模は上目遣いで葉山を見つめる。

 

「ど、どうなんだろう?まぁ、人それぞれじゃないかな?平塚先生から見たら、俺たち高校生は十分若い部類に入るだろうし‥‥」

 

葉山は相変わらず曖昧な回答をしていた。

 

更にさりげなく日頃の不満なのか平塚先生をディスっていた。

 

そんな葉山と相模の様子を雪ノ下は 「くだらない」 と言った感じで見ていた。

 

そして、今回の主要人物である留美を見つけてその様子を見てみると‥‥

 

「おーい、ルミルミ!!早く!!早く!!」

 

「‥‥ルミルミ言うな」

 

「ルミちゃん、早く!!」

 

前世では、班員から離れて歩いていた筈の留美であったがこの世界では、同じ班のメンバーから声をかけられていた。

 

ただ、留美のクラスメイトの人数の関係か、彼女の班のメンバーは他の班の人数と異なり、留美を含めて三人の班だった。

 

最も葉山、雪ノ下、由比ヶ浜の三人はいじめの被害者である留美の顔と名前は覚えていたが、彼女をいじめていたクラスメイトの顔と名前、前世で留美と同じ班の人数までは覚えていなかった。

 

(やはり、この世界では鶴見さんのいじめ問題は起きないのかもしれないわね‥‥)

 

前世と状況が異なる光景を見て、雪ノ下はこれまでの経緯から、この世界での留美のいじめ問題は起きないのではないかと思い始めた。

 

それは、雪ノ下と同じく留美の現状を見た由比ヶ浜も同意見みたいだった。

 

しかし、葉山は相模が引っ付いていて留美の様子には気づいていなかった。

 

オリエンテーリングは無事に終わり、昼食となる。

 

昼食はキャンプでは定番となっているカレー作りであり、それは前世でも同じだった。

 

「じゃあ、アタシらは洗い物をするから、ルミルミはカレーの鍋を見ていてね」

 

「だから、ルミルミ言うな‥‥」

 

「留美ちゃん、よろしく~」

 

留美はもう何度同じやり取りをしたかと呆れながらも、頼まれたカレーの鍋の番をしながら、同じ班のメンバーが戻ってくるのを待った。

 

そんな鍋の番をしている留美に、

 

「やあ、君はカレー好き?」

 

と、葉山が留美に話しかけてきた。

 

雪ノ下と由比ヶ浜は留美のいじめ問題はこの世界では起きないかもしれないと思い、留美を遠巻きから観察しており、オリエンテーリングの際、留美が同じ班員から声をかけられていたことから、この世界ではいじめ問題は起きないと判断していたのだが、葉山はオリエンテーリングの時、相模が引っ付いており、留美の事を見る余裕が無く、更に雪ノ下と由比ヶ浜が葉山に声をかけようと思っても相模が葉山にべったりと引っ付いていたので、葉山に自分たちが抱いた疑問を話すことも出来なかった。

 

その為、現在一人でカレー鍋の番をしていた留美を見て葉山は前世同様、留美がいじめられて一人、孤立しているのだと勘違いしたのだ。

 

「別に‥‥特に興味ない‥‥でも、これは私たちのお昼ご飯だから‥‥」

 

前世同様、留美は葉山に対してそっけない態度を取る。

 

「おまたせ、ルミルミ」

 

「だからルミルミ言うな」

 

そこへ、留美と同じ班のメンバーが洗い物を終えて戻ってきた。

 

「ん?お兄さん、ルミルミに何か用?」

 

そして、留美の傍に居た葉山をジト目で見てくる。

 

「あっ、いや、何でもないよ。それじゃあ‥‥」

 

葉山はそそくさとその場から撤退する。

 

「‥‥ルミルミ、あの人と知り合いだったの?」

 

最初の紹介で葉山が総武高校の学生という事は知っている。

 

しかし、留美と葉山の様子からもしかしたら、私生活でも知り合いなのかと思い班のメンバーが留美に聞いてみると、

 

「全然知らない人。それなのになんか馴れ馴れしく話しかけてきた」

 

留美は今回のサマーキャンプで葉山と初めて顔を合わせたみたいだった。。

 

葉山としては自然な形で留美に話しかけたつもりなのだが、話しかけられた留美の方からしたら、突然話しかけてきた馴れ馴れしい男と言う認識だった。

 

「ふーん‥‥」

 

留美と同じ班のメンバーは訝しむように葉山の事を見ていた。

 

 

留美の班から離れた葉山は、やはりと言うか、その顔と表面上とは言え、人当たりの良さから、あっという間に小学生の女子生徒から囲まれる。

 

その様子を相模と小学生の男子生徒は面白くないという顔で見ていた。

 

「折角だし、何か隠し味入れようか?何か入れてみたい人!」

 

葉山が小学生たちにそう言うと、

 

「はーい!」

 

「はい!はい!」

 

「はい!あたしフルーツがいいと思う!桃とか!!」

 

と元気に由比ヶ浜が馬鹿なことを言い出す。

 

その様子はまるで、体の大きな小学生が交じっているみたいだった。

 

「あのおっぱいが大きなおねえちゃん、バカなのかな?」

 

「うん、カレーに桃はちょっと合わないと思う‥‥」

 

「ホントにバカばっか‥‥」

 

由比ヶ浜の様子を見て、留美や班員のメンバーは小学生ながらも、由比ヶ浜の言動に呆れていた。

 

 

昼食であるカレータイムも終わり現在は夕方‥‥

 

小学生たちは夕食も食べ終わり、ボランティアである総武高校の高校生たちは小学生たちよりも遅めの夕食となる。

 

その夕食の際、雪ノ下は何とか相模の隙を突いて葉山にメモを渡すことに成功した。

 

雪ノ下が葉山に渡したメモには、

 

『話したいことがある。夕食が終わったら、相模さんを少しの間、遠ざけて欲しい』

 

と書かれていた。

 

葉山としては雪ノ下が自分に何の用があるのか分からなかったが愛する雪ノ下からの話という事で葉山は速攻で了承した。

 

そして、夕食後‥‥

 

「相模さん」

 

「ん?何?葉山君」

 

「ちょっと、受付事務所の隣にある自販機で、飲み物を買ってきて欲しいんだ」

 

「えっ?ウチに?」

 

「うん、ダメかな?」

 

「ん~‥‥事務所のとこの自販機でしょう?もう、暗くなりかけているし‥‥葉山君も一緒に来てくれない?」

 

相模を引き離そうとする葉山であったが、相模はあくまでも葉山からは離れたくないみたいだ。

 

「僕はこの後、食後のデザートの用意があるんだよ。だから、お願い」

 

「わ、分かった」

 

本音を言えば葉山と一緒に居たかったが、あいにくと相模は家事がそこまでうまい訳ではなく、果物の皮むきさえも満足が出来ないので、居ても足手まといになるし、葉山にそんな無様な姿を晒したくはないので、渋々といった様子で飲み物を買いに行く相模。

 

自分にべったりと引っ付いていた相模を短時間とは言え引き剥がすことが出来、雪ノ下と共に調理台で果物の皮を包丁で剥く葉山。

 

「それで、話って何だい?」

 

「鶴見さんの事よ」

 

「ああ、彼女ね。今回はヒキタニの奴が居ないが解決方法は知っているから、問題なく解決できる筈だよ」

 

葉山は前世で八幡が行った留美のいじめ問題の解決方法を知っているので、この世界でも同じような方法で行えば、彼女のいじめ問題も解決すると思っていた。

 

その為の駒だって用意してある。

 

だが、彼の発言から葉山は自分や由比ヶ浜が抱いていた疑問を抱いておらず、この世界でも留美のいじめ問題が起きるモノだと思っていたみたいだ。

 

「その事なんだけど、この世界では鶴見さんのいじめ問題は起きていないんじゃないかしら?」

 

戸塚、川崎の経緯、そして昼間に見た鶴見と同じ班のメンバーとのやり取りを見て、雪ノ下はこの世界では留美のいじめ問題が起きないのではないかと葉山に伝える。

 

しかし、葉山は、

 

「確かに戸塚君と川崎さんの件は前の世界と違ったが、だからと言って留美ちゃんの件も違うとは限らないんじゃないかな?」

 

と、彼は雪ノ下が抱いた疑問に関しては懐疑的と言うか否定的だった。

 

「でも、鶴見さんの様子を見たけど、前の世界と違って、班のメンバーと随分仲良くしていたみたいだけど?」

 

昼間見た留美と班のメンバーの様子から、雪ノ下はやはりこの世界では、留美のいじめ問題は起きないのではないかともう一度、葉山に言うが、

 

「雪乃ちゃん、君も前の世界でいじめの経験から分かっているだろうけど、いじめっ子と言うのは、大人や年上の人が居る所では、いじめを行わず、人気のない所でやるものだ」

 

「え、ええ‥そうね」

 

葉山の言葉に雪ノ下は、前世での小学校でのいじめの事を思い出す。

 

確かに自分をいじめていたクラスメイトの女子たちは、教師の目が届く内は自分に危害を加えなかった。

 

それは高校でも同じで前世のクラスメイトたちは放課後など、八幡を人気のない所に連れて殴る、蹴るの暴行をしていた。

 

雪ノ下の場合は、女子であり彼女にいじめをしていたのは同じく女子だったので、陰口を言ったり、物を隠してきた。

 

葉山は雪ノ下にいじめの例えを雪ノ下の小学生時代について言うが、彼は雪ノ下の小学生時代のいじめなんて後から聞いたことで、実際は前世で八幡が同じクラスや、他のクラスで修学旅行でのデマを信じた同級生に暴行されている所を陰から見ていたので、いじめっ子の行動を知っているのだ。

 

「‥‥それでも、私は今までの経緯から、どうもこの世界では鶴見さんのいじめはないと思うし、鶴見さん本人が私たちに助けを求めてこないのであれば、私と由比ヶ浜さんは鶴見さんの件を傍観するつもりよ」

 

雪ノ下はやはり、留美のいじめ問題に関しては懐疑的で今回は慎重な姿勢を貫くことにした。

 

そして、それは留美のいじめ問題を雪ノ下に相談した由比ヶ浜も同じだと葉山に伝える。

 

それでも、葉山は、

 

「確かにこれまでの依頼は前の世界と違ったけど、俺は鶴見さんを今度こそ、ヒキタニの力なしに救ってみせるよ」

 

と、留美のいじめ問題は必ず起きているという確証もない根拠のまま葉山は留美の問題を解決する姿勢を貫いていた。

 

 

夕食後、平塚先生は小学校の教師らと翌日の予定の確認を行い、その予定をボランティア活動に参加している総武高校のメンバーに伝える。

 

ミーティングが終わり、解散となる直前、

 

「先生、あの‥‥」

 

葉山が平塚先生に声をかけた。

 

「なんだ?葉山。何か心配事かね?」

 

「実は、気になる子がいまして‥‥」

 

葉山は平塚先生に留美の事を伝える。

 

ただし、これはこの世界の留美ではなく、前世の留美に関する情報だった。

 

「それで、君たちはどうしたいのかね?」

 

平塚先生は葉山から留美の事を聞いて、総武高校のメンバーが留美に対してどうリアクションしたいのかを訊ねる。

 

平塚先生の言葉にその場に居るみんなが無言になる。

 

そんな中、沈黙を破る者がいた。

 

「それは‥‥俺は…できれば、可能な範囲でなんとかしてあげたいです」

 

「でも葉山君、彼女の現状をもう少しよく見てからでも良いんじゃないかしら?」

 

雪ノ下は先程、葉山に言った警告をもう一度‥他の総武高校のメンバーの前で言うが、

 

「なにそれ?雪ノ下さんは、いじめられている子を見捨てるんだ‥‥ひっどーい!!雪ノ下さんって、名前の通り、冷たい人なんだねぇ~」

 

見方を変えると雪ノ下の言葉はいじめを受けている留美を見捨てるように聞こえたのか、相模は雪ノ下を非難する。

 

「だから、私はその子が本当にいじめられているかの確認をしてからでも遅くはないんじゃないかって言っているの!?」

 

雪ノ下と相模が口論となる。

 

そこで、雪ノ下は、

 

「平塚先生」

 

「なんだ?雪ノ下」

 

「今回のボランティア活動は奉仕部の合宿も兼ねているんですよね?」

 

「ああ、そうだな」

 

「では、彼女の件も奉仕部の案件に関係していますか?」

 

「まぁ、原理原則という視点であれば、範疇に入れてもいいだろう」

 

「そうですか‥‥では、彼女が助けを求めるのであれば、彼女の問題を解決することにしましょう」

 

奉仕部の部員でもある葉山に雪ノ下は平塚先生からの確約を得て、もし、この世界の留美が前世同様いじめられており留美が自分たちに、「いじめ問題をなんとかしてくれ」 「助けてくれ」 と頼んできたら前世での荒行ではあるが、八幡が行った行為をして留美を助けるつもりだった。

 

「それで?彼女が助けを求めてきた時、解決する手立てはあるのかね?」

 

「ええ‥まぁ、一応‥‥」

 

流石に教師の平塚先生の前で小学生たちを脅すとは言えなかった。

 

「ふむ‥では、彼女の問題には君たちで対処したまえ。私は眠いんで先に寝かしてもらう」

 

そう言い残し、平塚先生はその場から去って行った。

 

他の奉仕部メンバー以外は、葉山程に今日会ったばかりで、このサマーキャンプのみでの付き合いである留美の事なんて真面目に悩んでいる筈もなく、更に自分たちではなく、雪ノ下がちゃんといじめ問題の解決策を持っているという事でその場から去って行った。

 

しかし、雪ノ下はあの葉山がそう簡単に諦めるのか未だに不安であった。

 

だが、彼にはこの世界の留美の現状を見て前世と後世の違いを理解してもらうしかなかった。

 



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110話

引き続き後世千葉村編です。


 

 

前世同様、夏休みに群馬県にある千葉村へと小学校のサマーキャンプのボランティア活動に参加している総武高校奉仕部のメンバー。

 

そのサマーキャンプにて、これまた前世同様、クラスメイトから孤立していた鶴見留美の姿もその中にあった。

 

このボランティア活動に参加する前、雪ノ下も由比ヶ浜も千葉村では鶴見留美のいじめ問題は発生するかと思っていたが、これまで奉仕部が行ってきた戸塚と川崎の前世と異なる依頼の経緯と今回のボランティア活動に参加したメンバーが前世と異なる事から、由比ヶ浜は雪ノ下にこの千葉村でも前世と同じ様に留美のいじめ問題は起きるのかと疑問視していることを告げる。

 

雪ノ下も由比ヶ浜の言う事は最もだと納得した。

 

そこで二人はこの千葉村での主要人物である留美もよくよく観察してみると前世では同じ班のメンバーから無視されていた留美であるが、この世界では同じ班のメンバーから普通に声をかけられていた。

 

雪ノ下と由比ヶ浜がこの世界で留美のいじめ問題が起きるのだろうかと疑問視したのはこの光景を見たことも理由の一つだった。

 

雪ノ下は当然、同じ奉仕部のメンバーである葉山にもこの事を伝え、この後世世界では留美のいじめ問題は起きないかもしれないことを伝えるが、葉山は逆に雪ノ下からの忠告に対して疑問視していた。

 

葉山としては前世同様、留美のいじめ問題は起きるモノだと信じていた。

 

夕食後のミーティングで、葉山は留美の事をボランティア活動に参加した総武高校のメンバーに伝える。

 

だが、雪ノ下と由比ヶ浜はそれでも留美のいじめ問題に関しては懐疑的な姿勢を貫いた。

 

「ゆきのん、大丈夫かな?」

 

ミーティングが終わり解散となると総武高校のメンバーは各々のコテージに戻る。

 

その最中、由比ヶ浜は雪ノ下に声をかける。

 

由比ヶ浜としては葉山が留美のいじめ問題を疑問視している事から何かやらかすのではないかと不安だった。

 

先程のミーティングにて、雪ノ下は奉仕部の合宿という事で同じ奉仕部の部員である葉山に対して、「勝手に行動するな」 と釘を刺した。

 

だが、葉山はどうも諦めは悪いというか変な所で頑固な一面がある。

 

雪ノ下が釘を刺したからと言って、すんなりと諦めるだろうか?

 

とは言え、前世同様、留美がいじめられているならば、変な言い方になるが、『良し』 とするが、もし留美が前世と違いいじめられていなければ、前世で八幡が立案し、留美の為に実行したあの手段を取るのはいささか危ないかもしれない。

 

なにせ、無害な小学生を高校生が恫喝する訳なのだから‥‥

 

雪ノ下と由比ヶ浜が今回の千葉村のボランティア活動に一抹の不安を感じながらも一日目は何事もなく無事に終わった。

 

 

翌朝‥‥

 

前世では八幡が寝坊して戸塚が起こしに行ったがこの世界では、その両者が今回のボランティア活動に参加していないので寝坊者を出すこともなく、朝食を摂るため全員食堂に集まった。

 

そして食事が終わると今日の予定の確認から入る。

 

「さて、今日の予定を説明するぞ。小学生たちは、昼間の間は自由行動で夜は肝試しとキャンプファイヤーだ。君たちはキャンプファイヤーの準備と肝試しの手伝いをしてもらう」

 

「せんせー、肝試しの手伝いって、私たちがお化け役をやるってことですか?」

 

相模が平塚先生に肝試しについて質問する。

 

「そうだ。まぁ、仮装セットも用意されているから、肝試しの準備は直前でも構わない。キャンプファイヤーの設置について説明をするから男性陣はついてきたまえ。女性陣は昼食まで自由時間で構わない」

 

前世同様、自分たち高校生は肝試しのお化け役で、昼間の内に男性陣はキャンプファイヤーの準備となった。

 

とは言え、キャンプファイヤーに使用する焚き木は事前に用意されていたので、その焚き木をキャンプファイヤーの場所まで持っていき櫓を組む作業となる。

 

作業自体は葉山たちが体育会系の男子であることから、そんなに時間はかからず、キャンプファイヤーの準備はすぐに終わり男性陣たちも女性陣たちが待つ川辺へと向かった。

 

川辺では先に来ていた女性陣たちが水着姿で遊んでいた。

 

(雪乃ちゃんの水着姿‥‥)

 

葉山は当然、雪ノ下の水着姿に目を奪われていた。

 

「うぉ!!やっぱ、結衣の胸は迫力あるっしょ!!」

 

「まぁ、服を着ていてもあれだけの大きさだからな」

 

一方、戸部と大岡は由比ヶ浜の水着姿に興奮していた。

 

「相模さんもそれなりにあるけど‥‥」

 

「ああ、相模さんはあの性格だからな‥‥」

 

葉山グループ内では前世と異なり、既にこの頃から僅かな亀裂が生じ始めていた。

 

それは、やはり相模が原因となっていた。

 

三浦の場合、確かに口が悪く取っ付きにくい性格の様に思えたが、この世界でテニス部のマネージャーをやっているように三浦は世話好きなオカン気質も備えており、そう言った一面が意外と葉山グループの輪を保つ一因となっていた。

 

しかし相模の場合、オカン気質を抜いた三浦‥まさに絵に描いたような我儘女王であり、葉山の彼女気取りな所が葉山グループからのメンバーからも煙たがられる存在となっていた。

 

ただし、葉山は相模の事を前世の三浦同様、女避けとして使用しており、その効果は前世の三浦以上の女避けとして機能していたので我慢していた。

 

また他のメンバーも葉山が相模を重宝している様に見えたので、葉山に対して相模をグループから追放する進言を怖くて出来なかった。

 

「あっ、は~や~ま~くぅ~ん!!」

 

相模が葉山の事を見つけると、相模が近づき、

 

「ねぇ、ねぇ、この水着似合う?今日の為に新しく買ったんだ~」

 

葉山の腕に絡みつき、自身の胸を当てる。

 

いわゆる、『当ててんのよ』 ってやつだ。

 

戸部も大岡も由比ヶ浜ほどではないが、それなりにある相模に水着越しとは言え、胸を押し当てられている葉山の事をちょっと羨ましがる。

 

葉山は雪ノ下がこの光景を見て、焼きもちを焼くのではないかと思ったが、意外にも雪ノ下の反応は無反応であり、焼きもちを焼くことはなかった。

 

しばらくの間、総武高校のメンバーは川辺で遊んでいたが、葉山はチラチラと雪ノ下以外にも周囲の木陰をまるで何かを探すかのような仕草をしていた。

 

それは、留美の事を探していたのだ。

 

前世では二日目の朝、留美が起きた時、他の班のメンバーはまだ眠っている留美を起こす事無く、彼女一人を置いて行ってしまい自由時間を留美は一人で過ごすこととなった。

 

そんな留美は総武高校のメンバーが遊んでいる川辺の近くの木陰に居たのを八幡が見つけ声をかけていた。

 

しかし、この後世ではその留美の姿が見つからなかった。

 

すると、川辺からはいつの間にか葉山の姿は消えていた。

 

「あれ?葉山君は?」

 

相模のほんの僅かな隙を見て、葉山は川辺から留美を探しに行ったのだ。

 

その葉山の目的である留美本人はと言うと‥‥

 

彼女は雪ノ下や由比ヶ浜が考えた様に前世の鶴見留美とは異なり、いじめられてはおらず、二日目の朝も同じ班のメンバーから起こされ、そのメンバーたちと思い思いの時間を過ごしていた。

 

ただ、留美は同じ班のメンバーよりも体力がなかったのか、一人木の陰で休憩していた。

 

「ふぅ~‥‥疲れた‥‥あの二人、羽目を外し過ぎ‥‥」

 

木の陰で、一息つきながら同い年ながら自分と班のメンバーの体力差について愚痴る。

 

普段の学校の環境とことなるサマーキャンプの環境に留美の班のメンバーは、同級生たちと共に大はしゃぎな様子‥‥

 

しかし、留美は班のメンバーや同級生についていくほどの体力はなかったので、こうして木の陰で休んでいるのだ。

 

留美が木の陰で休んでいると‥‥

 

「やあ、鶴見さん」

 

葉山が留美を見つけて彼女に声をかけてきた。

 

(またこの人‥‥?)

 

(と言うか、なんでこの人、私の苗字を知っているの?)

 

留美は、昨日の昼食の時もいきなり声をかけてきたこの男子高校生に段々と不審感を募らせてきた。

 

何しろ、この高校生は自分の名字を知っていたのだ。

 

自分はこの高校生にフルネームを教えた覚えはない。

 

「なに?」

 

留美は警戒する様な感じで葉山に返答する。

 

「こんなところでどうしたの?他の班の人は?」

 

「‥‥別にいいでしょう?どうして他人の貴方に言わないといけない訳?」

 

「あっ、いや、それはそうだけど‥‥ねぇ、何か悩んでいる事はないかい?」

 

葉山は笑みを絶やさず、優しめな口調で留美に訊ねる。

 

総武高校に通う女子高生にとっては、今の留美の状況はまさにお金を払ってでも変わってほしいポジションなのだろう。

 

「特にない」

 

しかし、留美にとっては不審者が声を掛けているのと変わらない感覚だった。

 

「えっ?いや、そんな筈は‥‥本当に悩みは無いのかい?例えば、いじめに遭っているとか?」

 

「はぁ?貴方、何言ってんの?」

 

葉山は絡め手ではなく、直接留美に学校でいじめに遭っているのではないかと問う。

 

すると、葉山の問いに留美は呆れたようか顔で返答する。

 

彼女として見れば、どうして自分がいじめに遭っていると言う結論に達しているのか理解できなかった。

 

しかし葉山は、

 

(しまった、いじめ問題はデリケートな問題だった‥‥彼女の場合、雪乃ちゃんと同じように意固地な部分があるから、自分がいじめられているなんてそう簡単に認める訳ないか‥‥)

 

葉山は留美と雪ノ下は容姿もさることながら、性格も意固地と言うかプライドが高い部分があり、前世でも留美は簡単に自身がいじめられていると言うことを認めなかった。

 

そして、精神的に追い詰められ八幡に自分が虐められている事を認め、彼に助けを求めて来た。

 

留美からの助けを聞き、八幡が前世であの作戦を肝試しの時に実行した。

 

葉山はここにきて、まだ留美は精神的に追い詰められておらず、自分たちに助けを求めて来ていないため、あまりにも直接過ぎたと思った。

 

しかし、留美本人からしてみれば葉山の言っている事が全然理解できない。

 

「もういい?」

 

留美は荒れた様子で葉山との会話を打ち切り、立ち上がるとその場から去る。

 

「おっ、おーい!!ルミルミ!!」

 

すると留美と同じ班のメンバーが彼女の姿を見つけ、声をかける。

 

「だから、ルミルミ言うな」

 

「ん?あの人‥‥」

 

班のメンバーは遠目に葉山の存在に気づく。

 

彼の容姿と髪は否が応でも目立つ。

 

「ルミルミ、あの人って‥‥」

 

「確か昨日のお昼ご飯の時にも留美ちゃんに話しかけていたよね?」

 

「うん‥‥」

 

「あの高校生の人、やっぱりルミルミの知り合いじゃないの?」

 

「ううん、全然知らない人」

 

「知らない人なのにどうして、あの人は留美ちゃんに構うんだろう?」

 

サマーキャンプに来た同級生は沢山いる。

 

それなのに、あの金髪の高校生(葉山)は、何故か留美一人に固執する。

 

「まさか、あの人はロリコンの変態でルミルミのことを狙っているんじゃない!?」

 

「えっ?」

 

班のメンバーの一人は葉山が留美を狙っているのではないかと推測する。

 

留美本人はキョトンとし、もう一人のメンバーは信じられないと言う表情をする。

 

「いやいや、いくら何でもそれはないんじゃあ‥‥」

 

「そ、そうだよ。私たちまだ小学生だし‥‥」

 

そして、留美本人ともう一人の班のメンバーはそれを否定するが、

 

「でも、ルミルミはあの人を知らないのにあの人はルミルミの事を構っているじゃん」

 

「た、確かに‥‥」

 

「でしょう?だから、あの人、絶対ルミルミに気があるって‥‥」

 

「そ、そうかな?」

 

「そうだよ。でもルミルミ、気をつけた方が良いよ」

 

「えっ?」

 

「どういう事?」

 

「このサマーキャンプを利用して、ルミルミに手を付ける気かも‥‥」

 

「「手を付ける?」」

 

班のメンバーが言う 『葉山が留美に手を付ける』 と言う単語に首を傾げる留美ともう一人のメンバー。

 

「このサマーキャンプで、ルミルミにイヤらしいことをして、キープするってことだよ。『君はもう、俺の女なんだから、言う事を聞け!!』 『君の初めては俺のモノだ!!』 って、感じでルミルミを束縛して、エッチな事を強要するかも‥‥」

 

「‥‥」

 

「世の中には私ら小学生みたいな子供じゃないと欲情できない奴も居るって聞いたことがあるし」

 

「ど、どうしよう‥‥留美ちゃんが危ない!?」

 

小学生ながら、納沙の様な一人芝居をして、『手を付ける』 の単語の意味を留美ともう一人のメンバーに伝えると、留美は顔を青くし、もう一人のメンバーも震えている。

 

「こうなれば、私たちでルミルミをあのロリコンから守らないと!!」

 

「そ、そうだね‥‥」

 

「いい、ルミルミ。このサマーキャンプ中は私たちから離れないで!!絶対に一人になっちゃダメだからね!!」

 

「う、うん‥‥」

 

サマーキャンプの環境に盛り上がっていた留美の班は一気に緊張したムードになった。

 

「っ!?」

 

その時、留美は背後から冷たい視線を感じた。

 

「どうしたの?」

 

「今、何か視線を感じた‥‥」

 

「視線?」

 

「あのロリコン?」

 

「ううん、違う‥‥と思う‥‥」

 

留美は背後から感じた視線‥‥

 

その正体とは‥‥

 

 

葉山と留美のやり取りを見ていたのは留美と同じ班のメンバーだけではなかった‥‥

 

葉山が留美を見つけ、声をかける少し前‥‥

 

「もう、葉山君ったら、どこに行ったんだろう?」

 

川辺で一緒に遊んでいた筈の葉山が突然消え、葉山の行方を探している相模。

 

最初は溺れたのかと思ったが、溺れるほど遊んでいた川の水深は深くない。

 

そこで、一緒に遊んでいた他の高校生メンバーに訊ねると戸部が、葉山を見たと言う。

 

目的は分からないが、「向こうの方へと行った」 と、ある方向を指さす。

 

トイレがある方向ではなかったので、葉山はトイレに行った訳でもないみたいだ。

 

相模は水着の上からパーカーを羽織り、葉山を探しに行く。

 

そして、やっと探し人である葉山を見つける。

 

「あっ、居た。葉山君‥‥えっ?」

 

すると、葉山は一人ではなく、ある小学生の女子に話しかけていた。

 

その光景を見た相模はとっさに物陰に隠れて様子を窺う。

 

葉山は笑みを浮かべながら、小学生の女子に話しかけているが相手の女子は何だか葉山の事を冷たくあしらっているようにも見える。

 

「何!?あの子!?葉山君にあの態度を取るなんて!?」

 

相模は、葉山の事を冷たくあしらっている小学生女子の態度にムカッときた。

 

葉山があんなに一生懸命話しかけているのにあの小学生の女子はつまらなそうな態度ばかり‥‥

 

そんなに葉山と話すことが詰まらないのであればそのポジションを代われと思う相模。

 

「大体、葉山君もなんでそんな小学生なんかを相手にしているのよ!?」

 

そもそも、このボランティア活動の目的は小学生の面倒を看る事なのだが、すっかりその目的を忘れている相模。

 

小学生の女子は相変わらず、葉山に対して冷たいと言うか呆れている様子でその場から去って行く。

 

葉山も目的が無くなったのか、その場から去って行くが小学生の女子が同じ班のメンバーらしき、他の女子と合流すると彼女たちは葉山の事をロリコン 変態 エッチな事をするつもりだ なんて事を言っている。

 

葉山の事を想っている相模としては、まさか葉山が自分に対して消極的な態度を取り続けるのは、彼女たちが言うように本当に葉山はロリコン‥‥年下の女子が好みなのだろうか?

 

(ううん、そんな筈がない!?葉山君が‥ウチの葉山君がロリコンな訳がない‥‥葉山君はあの小悪魔に騙されているんだ!!)

 

(大体、ウチの葉山君にロリコンだの変態だの暴言ばかり‥‥あいつら、絶対に許さない!!)

 

どうしたら、昨日会ったばかりの小学生の女子にそんな結論になるのか分からないが、留美たちを逆恨みする相模だった。

 

留美と会話と言うか、探りをいれた葉山は川辺に居る雪ノ下と由比ヶ浜と合流する。

 

「雪乃ちゃ‥‥雪ノ下さん」

 

葉山は思わず雪ノ下の名前を言いそうなるが、それを訂正して名字で呼ぶ。

 

「なにかしら?」

 

「さっき、鶴見さんの様子を見てきたんだけど‥‥」

 

「‥‥本当に様子を見るだけにしたの?声をかけたり、変な事をしなかったかしら?」

 

「本当に様子を見ているだけだったよ」

 

葉山は声をかけて、留美にいじめの有無を確認した事を敢えて雪ノ下に隠す。

 

「それで、彼女の様子はどうだったの?」

 

「‥‥やっぱり、彼女はいじめられているんじゃないかな?」

 

「まだ、そんなことを言っているの?」

 

「いや、現に彼女は一人ぼっちだった‥‥これは前の世界と同じはずだ」

 

「一人ぼっちだったのは前の世界と同じでも、前の世界では私たちの傍に居たはずよ。だからこそ、私たちに助けを求めてきた。でも、この世界ではそれがなかったから、彼女はいじめられていないんじゃない?」

 

「それは、前の世界とこの世界の誤差で俺たちの傍にいなかったから助けを求めてくるタイミングを見逃したんじゃないかな?」

 

「‥‥それでも、私と由比ヶ浜さんは彼女から直接助けを求めてこなければ、今回は動くつもりはないわ」

 

葉山がこの世界でも留美はいじめられていると言う主張を言い張るように、雪ノ下も留美が自分たちに助けを求めてこない限り、留美の問題には関与しない姿勢を貫いた。

 

(雪乃ちゃん、どうして分かってくれないんだ!?こうなれば、俺自身が動いて、留美ちゃんを助けて俺の正しさを雪乃ちゃんに証明して見せる!!)

 

葉山も奉仕部の部員である以上、留美からのSOSが無い限り、動くなと言う雪ノ下の指示を破ってでも、葉山は留美のいじめ問題を解決してやると、独自で動くことにした。

 

 

夕食後、総武高校のメンバーは肝試しの準備となる。

 

しかし、その前に葉山は自身のグループメンバーを集める。

 

「どうしたの?葉山君?肝試し前に?」

 

相模は相変わらず葉山の前ではぶりっ子を演じている。

 

「だべ~」

 

「だな」

 

「みんなに聞いてもらいたいことがあるんだ‥‥」

 

葉山はグループメンバーに留美の事を伝える。

 

「‥‥って事で、やっぱり彼女はいじめを受けているみたいなんだ」

 

「それで、葉山君はどうするの?」

 

相模は葉山に留美のいじめ問題について質問する。

 

しかし、心の中では‥‥

 

(あの小生意気な小娘か‥‥)

 

留美に対して毒づいていた。

 

「もちろん、このままじゃあダメだ‥‥俺は彼女を救いたい‥‥それで、みんなに協力して欲しい事があるんだ」

 

「なに?」

 

「なんだべ?」

 

「だな」

 

葉山は留美のいじめ問題を解決するために前世で八幡がいじめ問題を解消するために実行した作戦をグループメンバーに伝える。

 

「作戦は分かったしょ。でも、隼人君それで本当に解決するん?」

 

戸部が葉山の提案した作戦が上手くいくのか質問する。

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

前世でも同じことをして問題にはならず、留美のいじめ問題は解決したので、この世界でも同じことをしても問題ないと判断した葉山。

 

「分かったしょ、俺は葉山君を信じるしょ」

 

「だな」

 

こうして、葉山グループは留美のいじめ問題を解決するために独自で動くための準備を始めた。

 

 

総武高校のメンバーは、肝試しの準備ため、お化けの仮装をする。

 

しかし、用意されていた衣装は前世と同じような衣装で、

 

「確か肝試しのお化け役って筈しょ‥‥?」

 

「なに?この安っぽいコスプレ」

 

戸部も相模も貸衣装を見てドン引き‥‥と言うか、困惑している。

 

雪ノ下は前世と同じ白い着物に身を包んでいる。

 

「あれ?雪ノ下さんの衣装ってもしかして雪女?」

 

「‥‥そうね‥用意されていた衣装の中ではこれが一番真面だったから」

 

「ふぅ~ん‥‥」

 

相模は雪女衣装の雪ノ下を小馬鹿にしたような目つきで見る。

 

なお、相模は前世で由比ヶ浜が着ていた悪魔‥と言うかサキュバスの衣装を着ていた。

 

この衣装は露出の部分が多いので相模はもちろん葉山を悩殺する目的で敢えてこの恥ずかしい衣装を選んだのだ。

 

「なにかしら?相模さん」

 

当然、雪ノ下本人もその視線に気づいており、相模に何か言いたいことがあるのかを問う。

 

「べっつにぃ~‥でも、一つ言えるなら、その衣装は雪ノ下さんにはぴったりだね」

 

「どういう事かしら?」

 

珍しく相模は雪ノ下を褒めてきた‥‥かと、思いきや、

 

「名前の通り、雪ノ下さんって、冷たい女だし」

 

「は?」

 

雪ノ下は相模が言う『冷たい女』の部分が理解できなかったが、彼女の言葉は決して雪ノ下の事を褒めた訳ではなさそうだった。

 

(あの女、余計な事を言うなよ!?)

 

雪ノ下と相模のやり取りは葉山も聞いており、彼は相模が自分たちがこれから独自で行おうとしている留美の救出作戦のことを喋るのではないかとヒヤヒヤしつつ、彼女に対して余計なこと言うなと心の中で毒づく。

 

「ねぇ、ねぇ、ゆきのん。見て、見て」

 

そんなやり取りを由比ヶ浜が雪ノ下に声をかけて逸らす。

 

しかし、これは全くの偶然と言うか、相模と雪ノ下のやり取りを見て、一触即発の状態を防ぐために行ったもので、決して葉山たちを救ったわけではないが、葉山としては今回の由比ヶ浜の行動はまさに天祐だった。

 

そして、本来は相模の衣装を着る筈だった由比ヶ浜は、前世で海老名が着ていた巫女装束を着ていた。

 

それを雪ノ下に見せていた。

 

「どう?ゆきのん、似合うかな?」

 

「ええ、よく似合っているわ」

 

雪ノ下は巫女装束の由比ヶ浜を褒めた。

 

衣装を身に着けた総武高校のメンバーは次に配置を決める。

 

地図にはあらかじめ、小学生たちが肝試しで歩くコースが書かれていた。

 

更に肝試しに回る小学生たちの順番も事前に知らされていた。

 

「じゃあ、私と由比ヶ浜さんはこの位置で待機するわ」

 

雪ノ下と由比ヶ浜は二人でペアを組み、コースの前半部分で小学生たちを脅かすことになった。

 

相模としては雪ノ下も由比ヶ浜も葉山と一緒ではないことにホッとし、葉山としては、雪ノ下が一緒ではないことに残念だと思いつつ、二人が一緒に居ては留美のいじめ問題を解決するために絶対に何か言ってきて、阻止するに違いない。

 

葉山としては二人には知られずに事を運び、解決した後で報告し、自分の実績として雪ノ下に認められたかったのだ。

 

「じゃあ、俺と‥‥」

 

「ウチはここ、残りはここね」

 

葉山が相棒の名を告げる前に相模が自分と葉山がペアを組むと言う。

 

まぁ、彼女としては葉山、戸部、大岡の三人の男子で選ぶとしたら、葉山一択だろう。

 

葉山と相模はほぼ中間の地点で待機し、残る戸部、大岡のペアも葉山・相模ペアと比較的に近い場所で待機する。

 

あまり距離が離れていると、時間がかかるからだ。

 

こうして、肝試しの準備が整った。

 

しかしそれは、雪ノ下、由比ヶ浜の二人が知らぬ間に留美のいじめ問題を解決しようとする葉山の作戦の準備も整い、いよいよ肝試しが始まろうとしていた‥‥

 



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111話

留美の班のメンバーは『ご注文はうさぎですか?』のチマメ隊所属のマヤとメグをご想像下さい。

原作では中学生ですが、あの身長ならば小学生でも行ける気がしたので‥‥

当初は『ロウきゅーぶ』の女バスメンバーが留美と同い年なので、彼女らを採用しようかと思いましたが、人数が多すぎ各々の性格を把握しきれないためマヤとメグの二人を採用しました。

そして今回の問題解決に対して後味が悪い・胸糞悪い印象を受けるかもしれませんが、まだ彼らを潰すわけにはいかないので、どうぞご容赦ください。


 

 

後世世界における群馬県にある千葉村でのボランティア活動‥‥

 

前世ではこの千葉村で行われた千葉県のとある小学校で行われたサマーキャンプに参加していた一人の小学生‥鶴見留美は、このサマーキャンプの前から学校でいじめを受けていた様子で、それはこのサマーキャンプでも変わらず彼女は総スカンと言ういじめを受けていた。

 

それを見た奉仕部メンバーとボランティア活動に参加していた葉山グループは、留美のいじめ問題を解決するために二日目の夜に行われた肝試しである作戦を実行して、留美のいじめ問題を解消した。

 

そして、この後世で行われた千葉村でのサマーキャンプにも留美は参加していた。

 

その事から当初、雪ノ下は留美のいじめ問題が起きることを予想していた。

 

しかし、この千葉村に来るまでの経緯が前世と異なったことから、由比ヶ浜はこの千葉村でも留美のいじめ問題が起きるのかを疑問視して、それを雪ノ下と相談した。

 

すると雪ノ下も由比ヶ浜の言う通り、前世とこの世界との違いから、由比ヶ浜が言っている事も、最もだと思い、二人はさりげなく留美の様子を窺うと前世と異なり、同じ班のメンバーから無視されている様子はなく、むしろ逆で積極的に班のメンバーから話しかけられていた。

 

その様子を見た雪ノ下と由比ヶ浜もこの世界では留美のいじめ問題が起きないと判断した。

 

だが、葉山は留美の現状を見ていなかったこともあり、この世界でも留美のいじめ問題は起きると判断していた。

 

一応、雪ノ下が葉山に 『余計な事はするな』 と、釘を刺したが葉山はそれさえも無視して自らのグループメンバーを巻き込んで、独自で動くことにした。

 

彼としては雪ノ下に 『やはり、留美はいじめられていた。だが、自分は留美のいじめ問題を無事に解消した』 と、人知れず人助けをしたヒーローを演出しようとしていた。

 

幸い解決方法は前世で八幡が立案したモノを覚えていたし、そのための駒もちゃんと揃っている。

 

解決方法を既に知っており、そのための駒が揃っている中で、葉山としては実行しないと言う選択肢はなかった。

 

肝試しでは前世同様、自分たち高校生のボランティアメンバーは肝試しのお化け役であり、雪ノ下と由比ヶ浜の二人は自分たちよりも離れた場所で小学生たちを脅かす事になっている。

 

やってくる小学生たちの班も判明している。

 

それを見るとおあつらえ向きに留美たちの班は一番最後となっている。

 

葉山としては何もかもが自分に味方しているとしか思えなかった。

 

 

葉山が留美のいじめ問題を解決しようと独自で動こうとしている中、肝試しをこれから体験しようとしている小学生たちは‥‥

 

「どう?これなら、目立たないでしょう?」

 

留美の班のメンバーの一人が胸ポケットにスマホを入れて、目立たないかを留美ともう一人のメンバーに訊ねる。

 

「まぁ、確かに目立たないけど‥‥」

 

「スマホなんて入れてどうするの?」

 

留美はわざわざスマホを目立たないように胸ポケットに入れる理由を訊ねる。

 

「肝試しするわけだしさぁ、もしかしたら本物の幽霊が出るかもしれないじゃん」

 

「マヤちゃんらしいと言えば、マヤちゃんらしいね」

 

「その他にも‥‥」

 

「「その他にも?」」

 

「あのロリコンがルミルミに何かしてくるかもしれないじゃん」

 

「「えっ?」」

 

「先生が話しているのを聞いたんだけど、今回の肝試しのお化け役‥どうやらあのロリコンたちがやるみたいだよ」

 

「「っ!?」」

 

留美と同じ班のメンバーの一人である‥マヤが言うには、これから始まる肝試しのお化け役がロリコンこと、葉山たちがすると聞いて強張る留美ともう一人のメンバー。

 

肝試しは暗くなった森のハイキングコースを歩く。

 

光源は一班に一本配られるペンライトのみ‥‥

 

しかも相手は自分たちよりも大きな男子高校生‥‥

 

肝試しは班ごとの行動で、しかも自分たちの班は他の班と比べ人数も少ないし、順番も一番最後‥‥

 

暗闇の森の中へ強引に連れていかれたら、小学生の女子である自分たちでは敵うはずがない。

 

しかし、ただでやられる訳にはいかない。

 

証拠となる音声と映像を残して、あのロリコンを地獄に叩き落としてやろうと対策していたのだ。

 

「ルミルミもメグも何か対策した方がいいって!!」

 

「そうだね。じゃあ、私も何か用意しておこう」

 

「わ、私も‥‥」

 

マヤに言われ、留美ともう一人のメンバー‥メグも何か抵抗できるように対策品を用意した。

 

こうして様々な思いが巡る中、肝試しは始まろうとしていた。

 

肝試しは小学校の教師が地図でコースを説明するのを始めとし、

 

夜間の為、絶対に決められたコース以外の道を通らない事、

 

わざとコース上で待機して次の班を待ち、一緒にコースを歩くことは禁止

 

支給されたペンライト以外の光源の使用は禁止

 

お手洗いは肝試しが始まる前に済ませる事、

 

などの注意点も伝える。

 

そして、お手洗い等を済ませた小学生が集まると教師はこの周辺の地域に伝わる怖い話をして、この場を盛り上げ、小学生の恐怖心を煽る。

 

女子たちは互いに抱き合い怖がり、男子たちは、

 

「どいつもこいつも恐がりだな」

 

「そ、そんなの迷信だ!!」

 

「幽霊や妖怪なんて居る筈がないだろう!!」

 

と、虚栄を張っているが声や足が震えているので説得力がない。

 

やがて、肝試しが始まる‥‥

 

順番が回ってきた小学生たちはビクビクしながら森へと続く夜のハイキングコースへと入っていく。

 

コースはこの森をグルっと一周して戻ってくると言うコースとなっている。

 

「に、逃げないでよね」

 

「わ、分かっているよ。お前も逃げるなよな」

 

ペンライトを持つメンバーに対して絶対に一人で逃げないように釘を刺す子もいる。

 

唯一の光源を失ったら、それこそ後日クラスメイトたちから総スカンをくらう。

 

だが、もしこの場に鈴が居たら一人で逃げてしまったかもしれない。

 

実際に彼女は肝試しの中でペアを置いて一人逃げ出してしまった過去があるからだ。

 

時間の経過とともに肝試しは順調に進み、一班、一班と夜の森の中に消えていく。

 

やがて、留美たちの班の番となった。

 

留美たちの場合、お化けよりもそのお化け役の高校生たちに注意する必要があった。

 

「よし、ここまでくれば、先生の目に届かないだろう」

 

マヤはスタートからある程度進むと、胸ポケットに入れておいたスマホを起動させ録画モードにして再び胸ポケットにしまい込む。

 

「みんなは何を持ってきた?」

 

そして、マヤは留美とメグにロリコン(葉山)撃退対策として何を持ってきたのかを訊ねる。

 

「私はデジカメ‥‥証拠の写真にもなるし、フラッシュで相手の動きを一瞬でも潰せる」

 

「私はスプレータイプの虫よけ。留美ちゃんと同じくこれ、目にかかるとしみるみたい」

 

留美とメグは目つぶしに使えそうな物を用意していた。

 

「よしっ、行くぞ。油断するな」

 

「「うん」」

 

緊張しながら、三人は夜の森の中に続くハイキングコースを歩いていく。

 

それから少し歩いていくと、雪女衣装の雪ノ下と巫女装束の由比ヶ浜が三人を驚かしたが、ノリノリな由比ヶ浜は兎も角、恥ずかしそうに脅かす雪ノ下は正直恐くない。

 

ノリノリの由比ヶ浜の方も着ている衣装が巫女装束なので怖くない。

 

肝試しにノリノリならば、せめて衣装やメイクを怖くする必要があったのではないだろうか?

 

「やっぱり、留美ちゃんはいじめられてはいないみたいだね」

 

「そうね‥さて、鶴見さんたちの班が一番最後みたいだから、これで終わりね。撤収しましょう」

 

「うん、そうだね」

 

留美と班のメンバーの様子を見た雪ノ下と由比ヶ浜は、やはりこの世界ではいじめ問題が起きてはいないと確信した二人だった。

 

そして、留美の班が最後だったので二人は撤収した。

 

先に戻った二人はキャンプファイヤーの会場にて、留美たちとお化け役の葉山たちが戻ってくるのを待った。

 

しかし、予定時間を過ぎても留美たちも葉山たちもなかなか戻ってこない。

 

「ねぇ、ゆきのん。なんか留美ちゃんたち遅くない?」

 

「そうね‥‥葉山君たちもまだ戻ってきていないみたいだし‥‥」

 

なかなか戻ってこない留美たちと葉山たち‥‥

 

「っ!?ま、まさかっ!?」

 

なかなか戻ってこない留美たちや葉山たちを心配しつつ同時に不安も覚えた雪ノ下。

 

(まさかっ!?葉山君、勝手に動いたの!?)

 

いくら暗いと言っても肝試しのコースはハイキングコースをそのまま利用しているので、迷うことはない筈だ。

 

注意事項でも決められたコース以外は入らないようにと教師に言われていた。

 

あの留美たちがその言いつけを破るとは思えない。

 

予定ではもう留美たちもこのゴールであるキャンプファイヤーの会場に着いている筈だ。

 

小学校の教師たちも何やら心配と言うか、不安な顔をしている。

 

サマーキャンプの最中に事故が起き、その事故に小学生たちが巻き込まれれば、その責任は引率である教師に降りかかる。

 

恐らく、留美たちの心配よりも自身の保身を心配している教師も居ることだろう。

 

そんな中、雪ノ下は葉山たちが勝手に動き、留美たちのことを足止めしているのではないかと思った。

 

雪ノ下がそんな不安を抱いていると、

 

「「「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」」」

 

血相を変え、顔色を青くした留美たちが森の中から出てきた。

 

「先生!!」

 

森の中から出てきた留美たちの中で、マヤが教師に声をかける。

 

「どうしたんだ?随分遅かったじゃないか。迷ったのか?」

 

不安になっていた教師は留美たちが戻ってきてホッとした表情になる。

 

「高校生の人たちに襲われそうになった!!」

 

しかし、マヤの発した言葉に小学生の教師たちはピキッと固まる。

 

「ど、どう言うことだ?」

 

「そ、それが‥‥」

 

マヤが教師たちに事情を説明する。

 

 

留美たちが雪ノ下と由比ヶ浜が居るポイントを過ぎた後、

 

「まだ、あのロリコンは出て来ていないな‥‥」

 

「なるべく一人で出て来て欲しいな‥‥」

 

葉山を警戒しつつコースを進んで行くと、葉山だけではなく、葉山グループのメンバー全員がコース上を塞いでいた。

 

そして、留美たちを見つけると、

 

葉山が、

 

「この場に二人残れ!!」

 

と、怒鳴ってきた。

 

「俺っちさぁ~気がみじけぇーんだわ。早くしてくんない?」

 

葉山たちは留美たちを睨みつける。

 

特に相模何て目線で殺せるんじゃないかというぐらい留美を睨みつけていた。

 

葉山がいなければ、留美の頬に平手打ちでもしていそうな勢いだ。

 

しかし、事前に対策をしていた留美たちは、

 

パシャッ!!

 

プシューっ!!

 

「うわっ!?」

 

「目がぁ~!!」

 

「まぶしっ!!」

 

「しみる~!!」

 

留美がデジカメのフラッシュを焚き、メグが葉山たちの目に向かって虫よけスプレーを噴射する。

 

突然のフラッシュとスプレーを目に噴きかけられ、目を押さえる葉山たち。

 

留美たちは葉山たちが目を押さえている間に一気に彼らの横をすり抜けてゴールを目指した。

 

そしてゴールした留美たちはこれらの経緯を教師たちに説明したのだ。

 

更に肝試しの前‥‥昨日から葉山が留美にしつこくつき纏っている事も話し、

 

「もし、あの場に残っていたら‥私‥‥私‥‥」

 

と、留美が泣きながら、その恐怖を口にする。

 

「ゆきのん、これってやばくない?」

 

「ええ‥‥最悪よ‥‥葉山君ったら、あれほど勝手に動くなって言ったのに勝手に動いて‥‥」

 

遠目から留美たちと教師のやり取りを見て、由比ヶ浜は顔色を青くし、雪ノ下は呆れると言うか、勝手に行動した葉山に怒りを抱いていた。

 

それからしばらくして葉山たちは帰って来た。

 

 

「君たちはなんてことしてくれたんだ!!」

 

葉山たちの姿を見つけた小学校の教師は声を荒げ、葉山たちを叱咤する。

 

すると、葉山は。

 

「えっ?何の事ですか?」

 

と、とぼけてこの場を切り抜けようとする。

 

「とぼけるな!!この子たちが君たちから脅迫を受けたと言っているんだぞ!?さらに、わいせつな事もしようとしていたみたいじゃないか!?」

 

「ちょっと、待ってくださいよ。証拠もないのに言われても困ります。その子たちの嘘かもしれないじゃないですか!!」

 

葉山はあくまでも留美たちの言いがかりだと言い、

 

「それどころか、ウチらはこの子たちにスプレーを掛けられたんだけど?しかも目だったから、チョー痛かったんだけど?って言うか、今でも目がヒリヒリするし‥‥」

 

相模はメグが自分の目にスプレーを噴射し、逆に被害者はこちらなのだと主張する。

 

証拠がなく、更に留美たちは小学生、相手が高校生たちと言う年齢差から留美たちが不利かと思われた。

 

しかし、そうは問屋が卸さない。

 

「先生‥コレ‥‥」

 

マヤがスマホを操作して、画面を先生に見せる。

 

「ん?これはっ!?」

 

マヤのスマホの画面には留美たちにその場に二人残るように脅す葉山たちの姿が写し出されていた。

 

彼らがこの後、いかがわしい事をしようとしているのかは分からないが、葉山たちが留美たちを脅迫しているのはこの映像から見て分かる。

 

「君たち!!これはどういうことだ!?どう考えても肝試しで脅かしているようには見えないが?」

 

教師は葉山たちにスマホの画面を見せつける。

 

「そ、それは‥‥」

 

葉山たちにとってもこのまま留美たちの言いがかりだと主張し続ければ、教師は高校生である自分たちを信用すると思っていたのだが、まさかあの時の出来事が映像として残っているのは予想外だった。

 

「隼人君どうするっしょ?」

 

「だな」

 

「葉山君‥‥」

 

葉山グループのメンバーも流石にマズいと感じて不安そうな顔で葉山の事を見る。

 

グループメンバーから捨てられた子犬みたいな目で見られる葉山。

 

葉山としてはグループメンバーの誰かに責任を転嫁させ、逃れたいところだが今回の作戦の提案と実行は全て自分が取り仕切った為、グループの誰かに責任転嫁をさせることが極めて困難であった。

 

「うぅ~‥‥」

 

葉山がどうやってこの難局を逃れようと考えを巡らせる。

 

そこに、

 

「何をしているのかしら?葉山君?」

 

葉山たちと教師のやりとりを聞きつけ、雪ノ下がやってきた。

 

「雪乃ちゃ‥‥雪ノ下さん」

 

「私は言った筈よね? 『勝手に動くな』 って‥‥」

 

「そ、それはっ‥‥」

 

「勝手に動いて、問題を起こすなんて‥‥」

 

「ゆ、雪ノ下さん‥なんとか‥‥」

 

「自分で招いた問題でしょう?自分で何とかしなさい」

 

そう言い残し、雪ノ下はその場から去って行く。

 

「君たちにはもう少し、事情を聞く必要があるな‥ちょっと、来てもらおうか?」

 

葉山たちは小学校の教師と共に教職用のロッジに連れていかれた。

 

勿論、総武高校の引率者として平塚先生も一緒に連れていかれた。

 

その際、平塚先生は葉山たちに、

 

(ガキ共が、厄介な問題を起こしやがって)

 

と、心の中で毒づいていた。

 

その後の話し合いでこの場での処分は先送られたが、話し合いの内容から厳しい処分が予想された。

 

(マズい、マズいぞ‥‥このままじゃあ学校を退学させられてしまうかもしれない‥‥)

 

自分のグループメンバーからの信頼が失われるかもしれないが、葉山としてはそれ以前に総武高校を退学させられるかもしれない事の方が一大事だった。

 

「は、隼人君どうしよう~‥‥」

 

「ウチら、退学になっちゃうの?」

 

「それな‥‥」

 

解放された後も葉山グループメンバーは捨てられた子犬みたいな目で葉山の事を見てくる。

 

「ちょ、ちょっと、待ってくれ‥な、なんとかするから‥‥」

 

葉山はもうこれ以上手が無い為、使いたくはないが最後の手段を使うことにした。

 

彼は、千葉の実家に電話を入れた‥‥

 

 

それから約一時間後‥‥

 

プルルル‥‥プルルル‥‥プルルル‥‥ガチャっ

 

「はい、雪ノ下でございます」

 

千葉にある雪ノ下家の家電話が鳴り、都築が電話を取る。

 

「夜分、すみません。顧問弁護士の葉山です」

 

「葉山様どうなさいましたか?」

 

「急ぎ、雪ノ下さんにお取次ぎをお願いします」

 

「分かりました。少々お待ちください」

 

保留ボタンを押し、都築は急ぎ雪ノ下の父親の下へと向かい、

 

「旦那様、弁護士の葉山様よりお電話が入っております」

 

「ん?葉山さんから?」

 

都築から葉山弁護士から電話が来たと言われ、電話に出る。

 

「もしもし、葉山さん。どうしたのかね?こんな夜に‥‥?」

 

「雪ノ下さん。実は息子が‥‥」

 

葉山弁護士は雪ノ下の父親に千葉村での出来事を話す。

 

しかし、その話はあくまでも葉山から葉山弁護士に伝えられたことなので、当然その話の中には真実とは異なる部分もあった。

 

だが、現場を見ていない葉山弁護士には息子の話が事実となっていた。

 

その事から息子が今、ピンチであることを知り、自身の雇い主である雪ノ下家に相談のため、電話を入れてきた。

 

「頼む!!雪ノ下さん!!何とか息子を助けてくれないか!?」

 

葉山弁護士の言葉の意味は遠回しに川崎の時の様に金を出して有耶無耶にしてくれと言うモノだった。

 

「う~ん‥‥」

 

当然、雪ノ下の父親は返答を渋る。

 

自分の娘である雪ノ下が仕出かしたことならば即決出来たのだが今回問題を起こしたのは、自分の娘でも雪ノ下家の身内でもなければ赤の他人である顧問弁護士の息子‥‥

 

葉山弁護士との顧問契約を打ち切れば雪ノ下家には火の粉は飛んでこない。

 

しかし‥‥

 

「雪ノ下さん‥‥私がこれまで雪ノ下家の為に動いてきたのをお忘れではないでしょう?」

 

「‥‥」

 

葉山弁護士は代々雪ノ下家の顧問弁護士を務めてきた家系であり、雪ノ下家は事業拡大の為に過去には表沙汰に出来ない事も多々してきた。

 

その後、雪ノ下の父親がその後を継ぎ、葉山弁護士も先代から後を継いだ。

 

そして、雪ノ下家の暗部は雪ノ下の父親が県議会とは言え議員になったことで、拍車をかけた。

 

更に娘の為に多額の金で不祥事を有耶無耶にしたのは新しい出来事だ‥‥

 

しかし、雪ノ下本人は親や会社の顧問弁護士が法律に違反している事に手を染めている事実を知らない。

 

だが、こうした雪ノ下家の暗部を葉山弁護士は知っている。

 

それをマスコミにリークされたら、雪ノ下家は終わりだ。

 

葉山弁護士を抹殺しても用心深い彼の事だ、万が一、自分の身に危険が及んだ時のためにそれらの情報が世間に白日に晒させる準備はしてあるはずだ。

 

そう言った情報が表に出た時点で雪ノ下家は終わりだ。

 

当然、本家である西住家からの援助は期待できない。

 

「‥‥わ、分かった‥何とかしよう」

 

雪ノ下の父親は、葉山弁護士の頼みを聞くしかなかった。

 

(はぁ~‥‥これで、ますます西住家から睨まれるな)

 

自らの不祥事を隠す為に新たな不祥事に手を染めた雪ノ下家であった。

 

 

その後、留美が通う小学校と総武高校には雪ノ下建設から多額の寄付金が寄付された。

 

そして、問題を起こしたとされる葉山グループのメンバーに対して、学校からは何の処分も下されなかった。

 

グループメンバーは葉山が何とかしてくれたのだと思い、益々葉山の事を信奉するようになった。

 

更に留美を含めたマヤ、メグの家に弁護士と名乗る一人の男が赴き、千葉村での一件の謝罪という事で多額の現金を渡してきたが三人の親はそのお金を受け取らなかった。

 

普通ならば受け取りそうだが、お金を渡してきたこの弁護士の息子が千葉村で自分たちの娘を強姦しようとしていたのだと分かると、そんな息子の親からのお金なんて受け取りたくはなかった。

 

そもそも、お金で問題を解決しようとするその姿勢が気に食わなかった。

 

それに渡そうとされてきたお金自体がなんか、受け取ってはならないお金の様に感じたのだ。

 

ただ、その弁護士は自分が雪ノ下家の顧問弁護士を務めている事を伝え、

 

「この意味、分かりますよね?」

 

なんて、言ってくる始末‥‥

 

千葉に住んでいる者ならば、雪ノ下の名を知らぬ者はいない。

 

この弁護士は、親たちに対して、

 

「口止め料を受け取らないのであれば、それでいいが、今回の事を言いふらしたら、どうなるか分かっているな?」

 

と、遠回しに警告してきた。

 

ただ、後日留美の母親‥‥総武高校で家庭科を担当している鶴見先生が給料明細を見ると先月よりも増えていた。

 

しかし、鶴見先生としては何故、給料がここまで大幅に増えているのか分からなかった。

 

特に思い当たる節もない。

 

そこで、鶴見先生は校長に聞いてみた。

 

すると校長は、

 

「鶴見先生に対する正当な評価ですよ」

 

と、言っていた。

 

鶴見先生にしては、確かに給料が上がるのは嬉しい事なのだが、葉山と名乗る弁護士が家に来たことから、今回の給料アップが何らかの意図が含まれているのではないかと勘繰った。

 

鶴見先生以外にもマヤ、メグの親の給料も何故か上がっていた‥‥

 

千葉村での一件の後、葉山グループメンバーとの仲は、父親である葉山弁護士と雪ノ下の親のおかげで険悪なムードどころか、グループメンバーから信奉までされるようになったが、奉仕部との間には険悪なムードとなった。

 

葉山は雪ノ下から嫌われたくない一心から、彼としては珍しく雪ノ下に頭を下げて謝った。

 

「雪ノ下さん、今回は本当にすまなかった」

 

「‥葉山君。私は 『勝手に動くな』 って言ったのに、それを無視して勝手に動くなんて‥‥ましてや、留美さんたちを強姦しようとするなんて何を考えているの!?」

 

「いや、それは誤解なんだ!!」

 

「とにかく、葉山君。貴方にはこの奉仕部を辞めてもらうわ」

 

「そ、そんなっ!?」

 

「まぁ、まぁ、ゆきのん、落ち着いて」

 

「私は至って冷静よ。由比ヶ浜さん」

 

「隼人君も留美ちゃんの事を想っての事だし、私たちだってサキサキの件で失敗しちゃったじゃない‥‥」

 

雪ノ下は当初、葉山をこのまま奉仕部から除籍処分にしようとするが、ここで由比ヶ浜が葉山を弁護した。

 

自分たちも川崎の件で失敗したのだから、一度の失敗で奉仕部からの追放はあまりにも酷ではないかと雪ノ下に言ったのだ。

 

由比ヶ浜のこの行動は部活内の険悪な空気に耐えられなかったのだ。

 

それに葉山とは同じ世界からの転生者仲間と言う仲間意識もあった。

 

「‥‥はぁ~‥いいわ、今回は由比ヶ浜さんに免じて許してあげる」

 

「ほ、本当かい!?」

 

「ただし、二度と勝手な事はしないようにね!!」

 

「あ、ああ‥‥」

 

由比ヶ浜の弁護を受け、雪ノ下は葉山を許すことにした。

 

相変わらず、由比ヶ浜には甘い雪ノ下であった。

 

戸塚、川崎、そして今回の千葉村での一件で、ようやく前世とこの世界の歴史が異なると事を学んだ‥‥

 

だが、その事実を知るまでの学習料は奉仕部にとって決して安くはなかった。

 



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112話

今回より、ブルーマーメイドフェスタ編スタートです。


群馬県にある千葉村での鶴見留美のいじめ問題は、これまで奉仕部が経験した依頼同様、前世とは異なる結果となり、葉山たちが小学生たちに対して強姦未遂犯にされそうになった中、横須賀では一大イベントであるブルーマーメイドフェスタが始まろうとしていた。

 

このブルーマーメイドフェスタは、ブルーマーメイドが主催する一大イベントだ。

 

当日はブルーマーメイドの基地が一般に解放され、基地内に立ち入ることが可能となり、その他にもブルーマーメイドが保有している艦艇も艦内を見学することが出来、ブルーマーメイド所属の音楽隊のパレード、隊員によるスキッパー・ショー、フェスタに呼ばれたアイドルのトークショーやライブ、一般客参加のイベントアトラクション、焼きそば、綿あめ、たこ焼き、焼きとうもろこし、と言った縁日では定番の屋台の出店など、この日は文字通り基地全体がお祭り騒ぎとなる。

 

ブルーマーメイドが主役であるブルーマーメイドフェスタであるが、このイベントには毎年、横須賀女子を始めとするブルーマーメイドの育成学校も参加しており、生徒たちはブルーマーメイドの隊員たちに負けじと出店を出店したり、学生艦を開放して来客を持て成したりする。

 

特に横須賀、呉、舞鶴、佐世保でも行われているこのブルーマーメイドフェスタの目玉企画は、それぞれの海洋学校に所属している尾張級戦艦の体験航海だった。

 

そして今年はドイツ、キール校から留学に来たH級戦艦も日本に来ているので、横須賀のブルーマーメイドフェスタでは午前、午後と分けての体験航海が行われることになった。

 

こうしたブルーマーメイドフェスタの企画打ち合わせは、フェスタの開催より前に何度もブルーマーメイドの企画課と横須賀女子との間でやりとりが行われていた。

 

「ブルーマーメイドフェスタか‥‥」

 

「ブルーマーメイドフェスタね‥‥」

 

晴風クラスの真白と黒木はブルーマーメイドフェスタには思い入れがあった。

 

それは去年のブルーマーメイドフェスタにて、二人は出会ったのだ。

 

真白は真冬と共に、黒木は家族と共にやって来た。

 

そこで、真白はフェスタを回ろうとしたのだが、真冬が真白に伝令役を押し付け‥‥いや、頼んだのだ。

 

去年のブルーマーメイドフェスタでも尾張級戦艦の体験航海は行われた。

 

しかし、横須賀女子所属の金剛級戦艦の比叡もブルーマーメイドフェスタに参加予定だったのだが、学校から会場へ向かう途中、エンジントラブルを起こした。

 

横須賀女子に所属する尾張級戦艦、駿河はエンジントラブルを起こした比叡を曳航する為、駿河も会場への到着が遅れた。

 

その為、横須賀女子の学生が参加するイベントや体験航海の時間が変更するなど、当初の予定変更を余儀なくされた。

 

真白は学生時代、真冬が着ていた体操着姿で会場を伝令役として駆けずり回ることになった。

 

一方、黒木は本来、来たくもないブルーマーメイドフェスタに家族に無理矢理連れてこられた。

 

本来、ブルーマーメイドフェスタのチケットはなかなか手に入らないプレミアムチケットで、黒木の親が知り合いから偶然にも貰ったチケットで、近所の学生や子供には喉から手が出るほど欲しがるチケットなのに、当時はブルーマーメイドにもブルーマーメイドフェスタにも興味が無かった黒木にとっては、ただの迷惑でしかなかった。

 

中学三年生で黒木は受験生なのに夏休みにもかかわらず、彼女はまだ進路を決めていなかった。

 

この時、黒木自身は真白とは異なりまだ将来のビジョンが明確ではなく、通えるなら近所の高校でいいやレベルで進路を考えていた。

 

そんな中、家族でブルーマーメイドフェスタにやって来たのに彼女はあまり楽しそうではなかった。

 

この日は、柳原と一緒に映画にでも行こうとしたのにその予定を朝一で両親によって狂わされたのだ。

 

思春期と言う年ごろから、両親と一緒に出掛けることに今更ワクワクなんてしない。

 

不機嫌なまま黒木は両親とは別行動を取り、一人でフェスタの会場内を見て回った。

 

そして、横須賀女子の学生たちが出店を出している区画へと行くと黒木は売り子の学生から大学生と間違えられた。

 

そこで黒木は、『自分は中学生だ』 と言うと相手の横須賀女子の学生は慌てて訂正しつつ、販売していた焼きとうもろこしを黒木に勧めてきた。

 

黒木はその焼きとうもろこしを買い、再び会場内を歩いていると伝令役の真白と桟橋の所でぶつかった。

 

幸いにも黒木が手に持っていた焼きとうもろこしは落とさずに済んだし、黒木自身も海に落ちずに済んだ。

 

真白はこの時、まだ伝令の仕事があり黒木に謝罪した後、再び次の現場に向かう。

 

黒木は最初、唖然としていたが機嫌が悪かった彼女は真白に対して正式に謝罪させてやると息巻いて真白を追いかける。

 

そして、黒木が見たのは伝令役の他に人数不足の為、身体を張りながらイベントに協力する真白の姿だった。

 

ボロボロになりながらも伝令役の他にイベントの代理とひたすらブルーマーメイドフェスタの為に頑張る真白の姿に黒木はいつのまにか不機嫌さはナリを潜め逆に真白に対して尊敬するような視線を送っていた。

 

そして、黒木は自分の進路をブルーマーメイド、横須賀女子に決め真白の為に役立つ事を決めたのだった‥‥

 

なお、この時のブルーマーメイドフェスタで、真白は駿河の体験航海を楽しみにしていたのだが、伝令とイベントを代理出場して身体を酷使した真白。

 

体力が尽き、このまま意識を失ってしまうのかと思いきや遅れていた横須賀女子の学生たちが間に合い、代理出場から解放された。

 

しかし、この時の横須賀女子の学生たちから感謝されたことで真白の横須賀女子への憧れは益々強くなった。

 

遅れていた横須賀女子の学生‥‥駿河と比叡のクラスメイトたちが来たことで、イベントの代理出場の他に伝令役も終わった。

 

駿河に乗るために港湾区画へと急ぐ真白であったがスタンプラリーの紙を落としてしまった女の子の為に、ラリーの紙を拾ってあげたりして、時間を大幅にロスしてしまった。

 

最後は恥も外聞も気にしている余裕はなく、 『宗谷』 の名前を使ってでも駿河には乗りたかった。

 

そして、停泊している学生艦に飛び乗った。

 

しかし、真白が駿河だと思って乗った学生艦は、エンジントラブルを起こし、明石からの修理を受けようとしていた比叡だった。

 

駿河は真白が乗った比叡の横を悠々とした様子で乗客を乗せて体験航海に出航して行った。

 

真白は比叡の艦首で沖合へと向かう駿河に来年は自分が乗ると宣言したのだが最後のセリフがくしゃみによって中途半端な形となってしまった。

 

そして、翌年‥つまり今年、真白は受験で大ポカをしてしまい駿河クラスではなく晴風クラスとなった。

 

黒木もこれまでの遅れを取り戻すかのようにブルーマーメイドフェスタ以降、受験勉強に力を入れた。

 

最もこの時、黒木は成績優秀者が乗れる駿河は諦めていたが真白が居る横須賀女子に入学出来ればきっと真白の為に役立てる機会があると信じていた。

 

受験の結果、黒木の願いが届いたのか真白と黒木は同じクラスになることが出来た。

 

こうした経緯がある二人にとって、ブルーマーメイドフェスタは思い入れがあるイベントだったのだ。

 

 

ブルーマーメイドフェスタ前日、ドックからヒンデンブルクの修理が終わったとの連絡が来た。

 

シュテルを含め、ヒンデンブルクのクラスメイトたちはドックへと赴きヒンデンブルクを受領した。

 

「うわぁ~‥‥なんかすっごい久しぶり~」

 

「うん、四ヵ月この艦橋から離れていたけど、なんか物凄く長く感じるよ」

 

「あぁ~この舵輪の触り心地懐かしいなぁ~」

 

ヒンデンブルクの艦橋に入った艦橋員は約四ヵ月ぶりの艦橋に懐かしさを感じていた。

 

(もかちゃんもこんな気分だったのかな?)

 

ヒンデンブルク同様、あの実習でヒンデンブルクと激しいドンパチをして、同じくドック入りした駿河。

 

駿河はヒンデンブルクよりも先にドック入りをしたので、ドックからもヒンデンブルクより先に出た。

 

久しぶりに駿河の艦橋に立ったもえかもきっと懐かしさを感じたのではないだろうか?

 

航海シミュレーションで感覚は鈍らせないようにしてきたが、現実と仮想とでは、やはり何かが違う。

 

ドックから横須賀女子の港湾区画まで行くのに初めて航海に出たように緊張した空気があった。

 

翌日は早朝、この横須賀女子の港湾区画からブルーマーメイドフェスタである会場まで行くことになる。

 

「体験航海の時間は‥‥」

 

「コースは‥‥」

 

と、横須賀女子の港湾区画に到着した後、ヒンデンブルクのクラスメイトたちは、明日の予定を確認した。

 

明日の予定を確認していたのはフェスタにてゲストを持て成すホスト役だけではなく、

 

「じゃあ彩加、明日は七時の水上バスで、行くから六時四十五分に千葉みなとで待ち合わせね」

 

「うん、わかった」

 

フェスタに来るゲスト側も色々と予定を立てていた。

 

総武高校で行われた職業見学にて、三浦は今回のブルーマーメイドフェスタのペアチケットを手に入れた。

 

見学後に相模が三浦にそのペアチケットを寄こせとごねてきた。

 

もし、職業見学でペアチケットをゲットしたのが三浦ではなく相模だった場合、千葉村での一件は異なった結果になったかもしれない‥‥

 

だが、仮に相模がペアチケットを当てたとして、彼女が葉山を誘っても葉山はブルーマーメイドフェスタに来るかは微妙な所だった。

 

何しろ、このブルーマーメイドフェスタと千葉村でのサマーキャンプのボランティア活動が重なっており、雪ノ下がサマーキャンプのボランティア活動に参加し、前世で果たせなかった留美のいじめ問題の解決‥‥

 

それを今度は自分が果たせるかもしれない機会だったのだから‥‥

 

とは言え、結果論になるが結果は前世との歴史の違いにより、留美のいじめ問題を解決するどころか、自分は留美にとって、ロリコンな犯罪者と言う印象を持たれてしまったのだった。

 

 

前世では弱小テニス部な総武高校であるが、この後世では三浦がマネージャーとなり、彼女に尻を叩かれて徐々にリーダーシップを身につけつつある戸塚のおかげで練習に力を入れているが夏休み期間中、全て練習につぎ込んでいる訳ではない。

 

運よく、ブルーマーメイドフェスタの時、テニス部の練習はオフになっていた。

 

 

「さてと‥‥」

 

戸塚と連絡を取った後、三浦は‥‥

 

「明日は、どの服を着て行こうかな?」

 

三浦はチラッと自分の部屋のベッドに視線を移す。

 

そこには、沢山の服が置いてあった。

 

形式上はあくまでも一緒にブルーマーメイドフェスタに行くだけなのだが、これはもうどう見てもデートである。

 

自分と戸塚は彼女・彼氏の仲なのだから‥‥

 

戸塚の方はデートだと意識していないかもしれないが、女である三浦の方はデートだと意識していた。

 

その為、下手な服装は選べなかった。

 

「優美子も高校生になって、すっかり恋する女の子になったわねぇ~」

 

ベッドで沢山の洋服相手に考え込んでいる娘の姿を三浦の母親は、微笑みを浮かべながら見ていた。

 

勿論、三浦本人はまさか、自分の母親がドアの隙間からその様子を見ていたなんて気づきもしなかった‥‥

 

そして、夕食時‥‥

 

「あっ、ママ。明日は早いから、六時には起こしてね」

 

三浦は念の為、母親に朝起こしてくれと頼んだ。

 

「はいはい、折角の戸塚君とのデートですものね、遅刻だけは出来ないわよね」

 

三浦の母親は、娘を茶化す。

 

「なっ!?ち、違うし!!デートって訳じゃあ‥‥!!」

 

三浦は必死に明日のお出かけはデートではないと否定するが、彼女の顔は真っ赤なので、説得力がなかった。

 

「ふぅ~‥‥まったく、ママったら‥‥」

 

夕食は終わり、三浦はベッドに倒れこむ。

 

明日は、何時もの様に戸塚の為の弁当は作る時間は省ける。

 

だが三浦としては、いつもの様に戸塚の為に弁当を作っていきたいが、流石に弁当を持っていくと荷物になる。

 

ブルーマーメイドフェスタでは、食べ物の出店もあるし、喫茶などの飲食店もあるみたいなので、そこで済ませる予定となっている。

 

三浦は明日の為に早々とベッドに入るが、

 

「‥‥やばっ、緊張と興奮で眠れないし」

 

ベッドに入った当初は、明日の事を考えて緊張と興奮でなかなか寝付けなかった三浦であるが、気づいた時には寝ており、

 

「優美子‥‥優美子‥起きなさい。今日は戸塚君とデートでしょう?ほら、起きなさい、優美子ったら」

 

夢現な中、三浦は母親の声で重い瞼をゆっくりと開ける。

 

「優美子、起きなさい」

 

「ん?‥‥ん?‥‥えっ!?」

 

三浦が目を開けると、そこには自分の母親が顔を覗き込んできた。

 

「優美子、今日は戸塚君とデートでしょう?」

 

「えっ?デート‥‥あっ、あああ~!!」

 

寝起きの為、まだ思考が働かなかったが、次第に意識が覚醒していくと、三浦はバッとベッドから飛び起きる。

 

ベッドから飛び降りた三浦は急ぎ、洗面所へと向かい歯を磨き、顔を洗い、髪を整える。

 

「うわぁ、何これ!?ひっどい寝癖!!」

 

三浦は洗面所の鏡に映る自分の姿を見て、思わず声をあげる。

 

彼女は愚痴りながら、寝癖だらけの髪にブラッシをかける。

 

その後、うっすらと顔にメイクを施し昨夜、厳選の中から厳選し選んだ服に袖を通す。

 

準備が整い、三浦は朝食の席に着く。

 

「あら?かわいいじゃない」

 

母親は着飾った三浦の姿を見て、彼女を褒める。

 

「そ、そうかな?」

 

「そうよ。これなら、戸塚君も喜ぶんじゃない?」

 

「‥‥」

 

戸塚の名前を出され、三浦は顔を赤く染める。

 

「そ、それじゃあ、行ってくるから」

 

朝食を食べ終え、三浦はチケットが入ったバックを持ち、家を出て待ち合わせ場所である千葉みなとへと向かった。

 

 

「あっ、三浦さん!!こっち!!こっち!!」

 

待ち合わせ場所の千葉みなとでは戸塚が先に三浦を待っていた。

 

「あっ、彩加、ゴメン!!待った?」

 

「ううん、今来たところだから大丈夫だよ」

 

戸塚は三浦に笑みを浮かべながら言う。

 

(うわぁ~‥‥彩加の笑み、カッコイイと言うか、メッチャ可愛いんだけど‥‥やっぱ、彩加ってそこら辺の女子よりも女の子らしいわ~)

 

三浦は戸塚の笑みを見て、改めて戸塚が男の娘なのだと思い知らされる。

 

戸塚は嫌がるかもしれないが、レディースものの服を着せれば、きっと戸塚が男だとは思わないだろうし、むしろ周囲の女子は自分に自信をなくすかもしれない。

 

そんな戸塚は今日ポロシャツにショートパンツと男性な姿をしているが、それでも戸塚の容姿ではボーイッシュな服装の女子にしか見えない。

 

戸塚本人が知れば、複雑な心境であろうけど、それが事実なのだから‥‥

 

 

ともあれ、無事に合流できた戸塚と三浦は横須賀行きの水上バスに乗り、ブルーマーメイドフェスタの会場へと向かった。

 

「あっ、これ、ブルーマーメイドフェスタのチケットね」

 

水上バスの座席に座り、三浦は戸塚にブルーマーメイドフェスタのチケットを手渡す。

 

「ありがとう」

 

戸塚は三浦からチケットを受け取り、ショルダーバッグに入れる。

 

「さて、まずはどこを見に行こうか?」

 

「えっとね‥‥」

 

それから二人はブルーマーメイドフェスタのパンフレットを開き会場に着くまでどこを見て回ろうかなど、ブルーマーメイドフェスタを楽しみにしていた。

 

 

横須賀女子の港湾区画では、駿河、ヒンデンブルク、明石、間宮が出航準備をしていた。

 

駿河、ヒンデンブルクは今回のブルーマーメイドフェスタにおける体験航海の目玉であり、明石は特殊学生艦として来客者たちに展示する予定であり、間宮はレストランとして開放する予定となっている。

 

さらにそれらの艦艇には、ブルーマーメイドフェスタの手伝いの為、横須賀女子の学生たちも分散して便乗させている。

 

「艦長、出航予定時刻です」

 

「全艦、出航準備整いました」

 

クリスとメイリンがヒンデンブルクを含むブルーマーメイドフェスタに参加する艦艇の出航準備が出来たことを報告する。

 

「うん。では、行こうか?」

 

「はい、出航!!」

 

四隻は横須賀女子の港湾区画を離岸し、ブルーマーメイドフェスタの会場へと向かった。

 

「はぁ~それにしても、今年の夏休みもスケジュールが詰まり過ぎだな‥‥」

 

シュテルは、今回のブルーマーメイドフェスタの後に控えている来月の遊戯祭の事を指している。

 

前世では千葉村と地元の花火大会ぐらいしか、大きなイベントに関わっていない。

 

だが、この後世では夏休みなのに、休める日数が少ない。

 

ブルーマーメイドフェスタが終わった後、九月に控えている遊戯祭の出し物も決めなければならない。

 

出し物によっては、その準備で完全に夏休みが潰れる。

 

(あっ、あとカナデとの約束もあったんだ‥‥)

 

海を見ながら、シュテルは先日、カナデとの約束を思い出した。

 

カナデは今日、北海道でピアノのコンクールがある。

 

そのコンクールで優勝すれば、後日カナデと一緒にどこかに出かける約束をしていた。

 

まぁ、その約束が叶うか叶わないかはカナデの腕と今日までの努力次第だろう。

 

 

来客者が来る前にブルーマーメイドフェスタの会場へと到着した学生艦。

 

便乗した横須賀女子の学生たちは早速下船すると、出店やイベントの準備をする。

 

駿河とヒンデンブルクは、体験航海の準備をする。

 

「うわぁ~ブルーマーメイドフェスタ‥‥」

 

明乃は目を輝かせ、ブルーマーメイドフェスタの会場を見渡す。

 

目を輝かせているのは明乃だけではなく、クラスメイトも何人かは目を輝かせている。

 

ブルーマーメイドを志す者であれば、一度は参加してみたいイベント‥‥ブルーマーメイドフェスタ‥‥。

 

明乃自身もそれは例外ではなく、彼女もかねがねブルーマーメイドフェスタには参加してみたかった。

 

しかし、このブルーマーメイドフェスタのチケットは一般でも出回るチケットであるが、その出回る数は少なく、販売されてもあっという間に完売してしまう。

 

と言うのも、ブルーマーメイドフェスタは一日だけの祭りで、ブルーマーメイド自体、世間では人気の職業であり、そのブルーマーメイドを深く知ることが出来るフェスタという事で、このフェスタも人気がある。

 

だが、参加者全員を受け入れては、職員、学生だけでは対応出来ないのでこうしてチケットと言う入場制限がなされ、それ故にフェスタのチケットとブルーマーメイドフェスタ自体が人気となっているのだ。

 

「休憩時間はあるかな?」

 

「折角のブルーマーメイドフェスタだから色々見て回りたいよね~」

 

念願のブルーマーメイドフェスタに参加できることにワクワクしている学生たちであるが、今回は来客者ではなく、その来客者を持て成すホスト役‥‥

 

それでもこうして念願のブルーマーメイドフェスタに参加したのだから、色々見て回りたい。

 

「シロちゃんは来たことがあるの?ブルーマーメイドフェスタ」

 

明乃は真白にブルーマーメイドフェスタに参加した事があるのかを訊ねる。

 

彼女の一族はブルーマーメイドのエリートたちを輩出してきた名門家であるのだから、ブルーマーメイドフェスタのチケットぐらいは簡単に手に入るのではないだろうか?

 

「ええ‥まぁ‥‥」

 

真白は曖昧な感じで返答する。

 

「へぇ~それじゃあ、ブルーマーメイドフェスタに詳しいの?」

 

「まぁ~去年のブルーマーメイドフェスタでは、会場を駆けずり回りましたからね‥‥」

 

真白は何故か遠い目をして去年のブルーマーメイドフェスタの事を思い出す。

 

「えっ?駆けずり回る?」

 

「それほど楽しかったのですか?」

 

明乃は真白が何故、ブルーマーメイドフェスタで駆けずり回ったのか首を傾げ、納沙は、真白がブルーマーメイドフェスタに興奮してはしゃぎ回ったのではないかと思ったが、

 

「いや、文字通り会場を駆けずり回った‥‥伝令役として‥‥」

 

「「えっ?」」

 

「おかげで、去年の体験航海は出来ずに‥‥」

 

「伝令役?」

 

「なんですか?それは‥‥?」

 

去年と言えば、真白はまだ中学三年生で、ブルーマーメイドでなければ、横須賀女子の学生でもない。

 

来客者として来た筈の真白がどうして、ブルーマーメイドフェスタの伝令役なんてしたのだろうか?

 

そう言うのは通常、ブルーマーメイドの隊員が行うモノの筈なのに‥‥

 

明乃と納沙の疑問は益々深まった。

 

 

ブルーマーメイドの隊員、横須賀女子の学生たちが、この後、開かれるブルーマーメイドフェスタの為の最終準備を行っている間、北海道のとある某所にて行われたピアノコンクール会場では‥‥

 

「‥‥」

 

カナデが周囲を警戒しながら会場入りする。

 

先日、カナデはシュテルからある人物から注意するように言われていた。

 

思えば、要注意人物であるその人は、これまでのコンクールの観客席でチラッと見たことがある。

 

これまでは、特に意識して見ていなかったが、シュテルから言われ注意することにした。

 

カナデは自分の師匠に由比ヶ浜の事を話して、万が一、彼女がコンクールの会場や演奏会の会場に来た場合、彼女の入場は拒否してもらうように頼みカナデの師匠も事情を聞き彼に 『大丈夫か?警察に届けを出さなくて大丈夫か?』 と、心配してくれた。

 

しかし今回のコンクールでは、見渡す限り由比ヶ浜の姿は見つからなかった。

 

この時、その由比ヶ浜は群馬県の千葉村に行っているので、当然この場に姿を見せることは不可能なのだが、カナデは由比ヶ浜のスケジュールを知っているわけではないので取り越し苦労ながらも警戒をしていた。

 

「どうやら、今回は来ていないみたいだな‥‥ふぅ~‥‥さて、集中、集中‥‥」

 

このコンクールで優勝すれば、後日シュテルとのお出かけが待っている。

 

その意欲がカナデを動かしていた。

 



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113話

引き続きブルーマーメイドフェスタ編です。


群馬県の千葉村で奉仕部が小学校のサマーキャンプのボランティア活動、カナデは北海道でピアノのコンクール、そして神奈川県の横須賀ではブルーマーメイドフェスタが開かれている夏の某日‥‥。

 

横須賀女子の学生たち、そしてシュテルたちドイツからの留学生組は、ブルーマーメイドフェスタの手伝いに来ていた。

 

シュテルたち、ヒンデンブルクのクラスメイトたちは午後から体験航海があるので、ブルーマーメイドフェスタの会場に着くと、通路に案内経路が書かれている紙を貼り付けたり、甲板にはデッキチェアとテーブルを設置する。

 

テアたちシュペー組は、ブルスト、ザワークラウト、シュニッツェル、ノンアルの黒ビールなど、ドイツ料理を販売する出店を開く。

 

しかも、販売員の衣装はドイツの民族衣装であるディアンドルを身に着けての接客を予定している。

 

テアのディアンドル姿は物凄く可愛かった。

 

シュテルは思わず、ディアンドル姿のテアに抱き着く。

 

「うわぁ~テア!!可愛い!!メッチャ可愛い!!お人形さんみたい!!」

 

「あわわわ‥‥しゅ、シュテル‥そ、そんな大胆な‥‥」

 

シュテルに抱き着かれたテアは顔を赤くし、あわあわと混乱している。

 

(こんな事、前の世界の姿じゃあ、絶対に出来ないだろうな‥‥)

 

これが八幡の姿であれば、変態呼ばわりされ、殴られ、終いには警察を呼ばれただろうとテアに抱き着きながらそう思うシュテルであった。

 

「「‥‥」」

 

ただ、シュテルの後ろにはシュテルの事を睨むテア同様ディアンドル姿ミーナ‥‥

 

そして、テアの後ろには単色で死んだ魚のような目をしてテアを見つめるキール校の士官制服(夏服バージョン)を着たユーリの姿があった。

 

個性が強い晴風クラスでは、出し物について様々な意見が出たが、ブルーマーメイドフェスタの主役はブルーマーメイドなので、個性を活かす出し物は九月の遊戯祭へと持ち越された。

 

主計科の杵崎姉妹と伊良子は、喫茶店を出す間宮の手伝いへと向かい、青木は似顔絵のブースの手伝いへと向かった。

 

柳原、黒木ら機関科のクラスメイトは主に機械関係を取り扱うブースを手伝う。

 

西崎と立石は、お笑いライブ・落語のブースにて、前座ながらも一席やらせてもらえるみたいなので、二人はそのブースへと向かった。

 

その他のクラスメイトたちも主に裏方の手伝いをする事になった。

 

開演前に準備は整い、やがて開幕の時間となる。

 

チケットと言う入場制限を設けているが、会場は大勢の人で溢れかえった。

 

その入場者の中に、総武高校の生徒である戸塚と三浦の姿もあった。

 

二人は入場前にあらかじめどこを回るかを決めていたので、その予定通りのブースを見て回った。

 

三浦は職場見学で、ブルーマーメイドの庁舎に来たが、その時と今回のフェスタでは同じ場所なのだが、今は違って見える。

 

戸塚は職場体験の際、違う場所へ行ったので、三浦は戸塚の為に解放されているブルーマーメイドの庁舎の展示物も一緒に見た。

 

写真撮影コーナーではブルーマーメイドの制服とホワイトドルフィンの制服がレンタルできたので、二人はそのレンタル衣装を着て記念写真も撮った。

 

ただ、戸塚の容姿を見て、写真撮影コーナーに居る広報担当のブルーマーメイド隊員は、

 

「えっと‥‥そちらのお客様は本当にホワイトドルフィンの制服で良いんですか?」

 

と、男子用に用意されたホワイトドルフィンの制服で良いのかと訊ねる。

 

まぁ、男装趣味なのかと思ったのだが、次の戸塚の発言で広報担当のブルーマーメイド隊員は絶句することになる。

 

「は、はい。僕‥男の子なので‥‥」

 

「えっ?」

 

(嘘でしょう!?あの容姿と仕草で男の人!?)

 

戸塚が自分の性別を伝えると広報担当のブルーマーメイドの人は大変驚いていた。

 

「じゃーん!!彩加、どう?似合う?」

 

更衣室でブルーマーメイドの制服に着替えた三浦が戸塚に声をかける。

 

「うん、とっても似合っているよ!!」

 

「ほんと、現役の隊員みたいによく似合っているわ。身体も引き締まっているし」

 

戸塚同様、広報担当のブルーマーメイドの人も三浦を褒めた。

 

この世界の三浦はテニス部のマネージャーを務めているが、一年生相手にラリーをしながら指導もしているので、身体も女性ながらも引き締まっている。

 

恐らく、前世の三浦よりもこの後世世界の三浦の方が運動神経、肉体の引き締まり具合は勝っているだろう。

 

「それじゃあ、撮りますね。はい、チーズ!!」

 

互いに着替えが終わり、戸塚と三浦は記念写真を撮る。

 

流石に制服姿で会場を歩くと現役の隊員と間違われるので、このレンタル衣装を着ることが出来るのはこの写真撮影をするこのブースだけだった。

 

三浦はちょっと残念だと思いつつ着替えた。

 

着替えが終わると、写真はプリントアウトされており、二人は記念写真を受け取り、写真コーナーを後にした。

 

「さっそく、良い思い出が出来たね」

 

「そうだね」

 

受け取った記念写真を見ながらお互いに笑みを浮かべる戸塚と三浦。

 

その後、二人はお笑いライブが行われているブースへと足を運ぶ。

 

「ブルーマーメイドの人も落語やお笑いとかやるんだ‥‥」

 

このライブは、お笑い芸人の他にブルーマーメイドの人もお笑いライブをやるみたいだ。

 

ブルーマーメイドと落語、お笑いとが結びつけにくい事から、意外性を感じる戸塚。

 

「まぁ、趣味は人それぞれだし、ブルーマーって言っても人だしね‥‥」

 

三浦はブルーマーメイドの隊員も人間なのだから、趣味や特技も様々だし、ブルーマーメイドフェスタなのだから、羽目を外したいところもあるのだろう。

 

二人は席に着き、お笑いライブが始まるのを待つ。

 

やがて、ライブが始まると、新人のお笑い芸人がコントをした。

 

そして、そのライブの中には、

 

「どーも、メイタマでーす!!」

 

「‥‥す」

 

晴風クラスの西崎と立石の姿もあった。

 

勿論衣装は赤道祭で着ていた奇抜な衣装ではなく横須賀女子のセーラー服だった。

 

本職のお笑い芸人はもとより、素人であるブルーマーメイド隊員たちのお笑いライブも観客たちには受けていた。

 

「面白かったね、彩加」

 

「うん、お笑いライブも落語も初めて見たけど面白かった」

 

「そう言えば、ライブをしている人の中に横須賀女子の学生が居たね」

 

「そうだね、あのセーラー服の二人‥‥横須賀女子にはお笑い研究会みたいな部活があるのかな?」

 

ブルーマーメイドにお笑い・落語と言う意外な組み合わせであり、戸塚に関してはお笑いライブ・落語を今回初めて見たが満足できた。

 

そして、西崎と立石の姿を見て、戸塚は横須賀女子にお笑い研究会があるのかと思った。

 

実際には西崎と立石の共通の趣味であるが‥‥

 

 

ブルーマーメイドフェスタは、チケットと言う入場制限をしているが、それでも大勢の来場者が来ている。

 

その中には当然、家族連れで来ている人もいる。

 

去年のブルーマーメイドフェスタで黒木や真白の様に中学生は兎も角、小学生、幼稚園児の子を連れている家族もいる。

 

家族としてはそうした小さい子の動きには注意していてもふとした隙や油断で、子供を見失ってしまう事がある。

 

戸塚と三浦が会場内を歩いていると、前方に迷子らしき幼子が居り、その子は涙目で周囲をきょろきょろしながら、「お父さん、お母さん」 と口にしている。

 

「あの子、迷子かな?」

 

「‥‥」

 

その迷子を戸塚が気づくが、周囲の人は、近くに親が居るだろう、誰かが声をかけるだろう、ブルーマーメイドの隊員が何とかするだろう と言う傍観者効果で、誰もその迷子の子に話しかける様子はなかった。

 

巡回中のブルーマーメイド隊員も近くには居ないみたいだ。

 

すると、三浦はその迷子の下へと向かい、

 

「どうしたん?」

 

その迷子に話しかけた。

 

「うぅ~‥‥ママ‥‥どこかいっちゃったの‥‥」

 

泣きながら迷子は自分が置かれた状況を三浦に話す。

 

まぁ、その子の様子を見れば、その子が迷子だと一目瞭然だった。

 

「よし、それなら、あーしが、アンタのママを探してあげるよ」

 

テニス部のマネージャーで、オカン気質、姉御肌な三浦はここでもそのオカン気質を発揮して迷子の両親を探すことにした。

 

当然、戸塚も三浦を手伝った。

 

戸塚と三浦は迷子の手を片方ずつ握りながら、フェスタの会場内を歩き、迷子の両親を探す。

 

すると、迷子の子が、

 

「お姉ちゃんたちはお友達なの?」

 

戸塚と三浦の関係を聞いてきた。

 

「えっと‥‥」

 

戸塚は三浦をチラッと見る。

 

「違うよ、戸塚は、あーしの彼氏なの」

 

すると、三浦が迷子に自分と戸塚の関係を話す。

 

「かれし?」

 

迷子にはまだ彼氏、彼女の仲が分からない様子で首を傾げる。

 

結構、無垢な子の様だ‥‥

 

「えっと‥‥簡単に言うと、パパとママになる少し前みたいなものよ」

 

「えっ?パパとママ?」

 

迷子は戸塚の顔を見て、頭の上に?マークを浮かべているみたいだ。

 

まぁ、戸塚の顔を見ればそのリアクションも無理はない。

 

「ズボンを穿いているお姉ちゃんじゃないの?」

 

そこで、迷子は戸塚に女性ではないのかと訊ねる。

 

「えっと‥‥僕、男の人なの‥‥」

 

「ほえ?」

 

戸塚が迷子に自身の性別を教えるが、迷子は信じられないと言う顔をする。

 

迷子と戸塚のやり取りを見て、三浦は思わず苦笑した。

 

その後、会場を回りながら迷子の子の親を探す。

 

(この構図‥‥なんか親子みたい‥‥なのかな?)

 

先程の会話から、三浦は今の構図‥‥子供の手を繋ぎながら、お祭りの会場を歩いている‥‥

 

もう少し、年を取っていれば第三者から見た光景は子連れの親子に見えたかもしれない。

 

(戸塚と‥‥夫婦‥親子か‥‥)

 

(あっ、親子ってことは子供が居て、子供が居るってことは、あーしが戸塚と‥‥)

 

三浦は思わず、自分と戸塚との子供、戸塚との新婚生活を想像する。

 

更に子供がいるという事でその過程を想像する。

 

あの戸塚が自分にがっつく姿は想像しにくいが、それでも夫婦になればそんな機会はいつか来るはずだ。

 

「ん?お姉ちゃんどうしたの?」

 

「ふぇっ!?」

 

迷子からの声でハッと三浦は我に返る。

 

「あっ、いや、何でもないよ。あははは‥‥」

 

三浦は笑ってごまかすが、彼女の顔は赤かった。

 

「でも、本当に大丈夫?顔、赤いみたいだけど‥‥」

 

戸塚も心配になって三浦の顔を覗き込む。

 

「ほ、ほんとうに大丈夫だから!!顔が赤いのは、ちょっと暑いせいだし!!」

 

三浦は戸塚と迷子を誤魔化すのに必死だった。

 

 

やがて、三人はスキッパーショーの会場近くにやってくる。

 

「間もなく、ブルーマーメイド、スキッパー隊によるショーの開幕です!!ご観戦の方はお急ぎください!!」

 

スキッパーショーの開幕を知らせる放送があたりに流れる。

 

すると、迷子の子はショーが見たいのか、ちょっとソワソワし始める。

 

三浦はその様子に気づき、

 

「ん?もしかして、スキッパーのショーが見たいの?」

 

「う、うん‥‥」

 

自分は迷子であり、早く親を探さないといけないのだが、スキッパーのショーも見たい。

 

元々、このスキッパーショーを見る予定があったのかもしれない。

 

ならば、この子の親もこのスキッパーショーの会場に居るかもしれない。

 

そう思い三浦は、

 

「じゃあ、見に行こうか?」

 

「えっ?」

 

「どうせ、見るにしてもタダだし、もしかしたら、この子の親もショーの会場に来ているかもしれないし」

 

「そうだね」

 

飲食品の購入以外はショーなどの観覧にお金は必要ない。

 

故にスキッパーショーもタダで見ることが出来る。

 

三人はスキッパーショーの会場に入り、観客席に座るとショーを見る。

 

スキッパーショーに出ているブルーマーメイドの隊員たちは、まさにスキッパーと一体となった動きで会場の観客たちを湧かせた。

 

「おぉぉぉぉ~‥‥」

 

迷子の子も今、自分が迷子になっていることを忘れるぐらい、興奮して拍手していた。

 

「はぁ~‥‥凄かったね~」

 

「うん!!ブルーマーメイドの人がスキッパーに乗って、ビューンってジャンプして凄かった!!」

 

ショーを見た後も迷子は興奮していた。

 

その時、

 

「由美子!!」

 

「「えっ?」」

 

名前を呼ばれ、三浦は思わず振り返る。

 

すると、自分たちに慌てた様子で近づいてくる一人の女性が居た。

 

「由美子!!」

 

「あっ、ママ!!」

 

女性の顔を見て、迷子の子‥由美子はその女性の下に走っていく。

 

どうやら、この女性が母親みたいだ。

 

そして、この迷子の子の名前も三浦と同じ 『ゆみこ』 だった。

 

「もう、心配したんだからね」

 

「ごめんなさい‥‥あっ、三浦お姉ちゃんと戸塚さん‥ママを探すのを手伝ってくれたの!!」

 

由美子が自身の母親に三浦と戸塚の事を紹介する。

 

「娘がどうも、お世話になりました」

 

母親は二人に深々と頭を下げる。

 

「あっ、いえ‥‥」

 

「そんな‥‥」

 

大人に深々と頭を下げられ恐縮する戸塚と三浦。

 

「どうも、お世話になりました」

 

「バイバーイ!!」

 

親が見つかり、迷子こと由美子とは別れの時となる。

 

由美子は手を振りながら、母親と共に会場の人混みの中に消えていく。

 

三浦はなんかその様子を悲しそうな顔で見ていた。

 

「三浦さん?」

 

「大丈夫‥‥あの子も無事にお母さんが見つかって、これで子守りから解放された訳だし‥‥」

 

戸塚はそれが三浦の強がりだと思い、彼は思わず三浦の肩に手を回す。

 

「‥‥ありがとう‥彩加」

 

三浦は気を取り直して、戸塚とのブルーマーメイドフェスタを楽しむことにした。

 

 

お昼少し前、午前の体験航海が始まる合図として、ブルーマーメイドの音楽隊によるパレードが始まる。

 

戸塚と三浦は音楽隊のパレードは見たが、体験航海には参加しなかった。

 

「三浦さんはよかったの?」

 

「ん?何が?」

 

「体験航海‥横須賀女子の中でも優秀な人が乗る艦みたいなのに‥‥」

 

「でも、今から海に出ると、戻ってくる時はちょうど昼時で飲食店が込みそうじゃない?それに午後からも艦は違うけど、体験航海はやるみたいだし、艦に乗るとしたらそっちでいいでしょう?しかも、ドイツから来た艦みたいだし、そっちのほうがレア度は高いんじゃない?」

 

「わかった」

 

三浦は日本の学生艦よりもドイツからの留学生艦の方に興味があったみたいだ。

 

それに時間の問題から、午前の体験航海が終わる頃には、昼時となり昼食を食べるのに苦労しそうだったので、午前の体験航海を見合わせたのも理由の一つであった。

 

音楽隊が 『軍艦行進曲』 を港湾区画にて奏でると、横須賀女子の学生艦、駿河は汽笛を長音一声の後、駿河はゆっくりと動き出す。

 

デッキには体験航海の参加者たちが港湾区画に居る人たちに手を振っている。

 

学生艦とはいえ、元は軍艦であること、短時間の航海のため、紙テープを使用しての別れテープは行われていない。

 

そして港湾区画にて、駿河を見送る人たちも駿河に向かって手を振っていた。

 

 

そして、昼時少し前‥‥

 

戸塚と三浦は飲食するお客で込む前に昼食を食べる為に間宮へとやって来た。

 

「この間宮は学生艦の中でも美味しい料理を出してくれるみたい」

 

ブルーマーメイドフェスタのパンフレットには今回フェスタに参加する学生艦の紹介欄があり、その中には当然、間宮の紹介文もあった。

 

クラスの世代によって、料理の味は変わっていくが、それを差し引いても間宮クラスの学生たちの料理は上手く、先日、真白の姉である真冬と平賀、福内が母校を訪ねた際、食堂ではなく、間宮で食事を摂ったぐらいだ。

 

三浦自身も戸塚の為の弁当を作ったりしているので、同じ学生が作る料理に関しては興味があった。

 

なお、彼女は総武高校での学生艦の所属は主計科であり、海洋実習中でも料理を作っている。

 

「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

 

「二人です」

 

「お二人様ですね」

 

間宮では、メイド服に身を包んだ間宮のクラスメイトが二人を出迎える。

 

「はい」

 

「では、こちらのお席にどうぞ‥‥」

 

メイドさんに案内された席に着く二人。

 

「どうぞ、メニューです」

 

メイドさんは二人に今日、間宮で取り扱っているメニュー表を手渡す。

 

「ご注文がお決まりになりましたら、お声がけください」

 

メイドさんはメニュー表を手渡し二人に一礼すると、その場を後にする。

 

「‥‥」

 

三浦はメイド服を着た間宮のクラスメイトを見た後、戸塚をチラッと見る。

 

(彩加‥メイド服も似合いそう‥‥)

 

自分の彼氏ながらも、執事服よりもメイド服の方が似合いそうだと思う三浦だった。

 

「ん?どうしたの?」

 

三浦の視線に気づいた戸塚が声をかけてくる。

 

「あっ、いや、なんでもないし‥‥」

 

三浦は慌てて戸塚からメニュー表に視線を移した。

 

やがて、二人は食べたいものが決まり、メイドさんを呼んで注文する。

 

「すみません!!」

 

「はい、お決まりでしょうか?」

 

「ハンバーグ定食とカルボナーラ‥‥食後にアイスクリームと紅茶をください」

 

戸塚はハンバーグの定食を注文し、三浦はカルボナーラを注文した。

 

「紅茶はホットとアイスを選べますがどちらになさいますか?」

 

「アイスでお願いします」

 

「かしこまりました。ハンバーグの方はソースにデミグラスとおろしポン酢の二種類がございますが、どちらになさいますか?」

 

「おろしポン酢でお願いします」

 

「はい、かしこまりました。では少々お待ちください」

 

ハンバーグはデミグラスソースとおろしポン酢の二種類用意され、戸塚はあっさり味のおろしポン酢を頼んだ。

 

メイドさんは二人の注文内容をメモし、一礼すると厨房へと向かった。

 

それからしばらくして‥‥

 

「お待たせしました、ご注文のハンバーグ定食、おろしポン酢ソースとカルボナーラでございます」

 

やがて、注文した品が来ると、二人は少し早めの昼食を食べる。

 

皿の上にはじゅうじゅうと音を立てている肉の塊‥‥ハンバーグがデーンと鎮座している。

 

戸塚は器用にナイフとフォークでハンバーグを切り、口へと運ぶ。

 

(あっ、結構柔らかい‥‥)

 

ハンバーグは一口噛むと、口中にジュワッと肉汁が広がる。

 

そしてその肉汁が上から掛けられたおろしポン酢と交じり合う。

 

(こ、これは……ご飯が欲しくなる!)

 

傍らに置かれた飯を手に取り、フォークでかっ込む。

 

すると、口の中ではライスの淡い風味が、肉汁と汁の風味と出会うことで、すばらしい味になる。

 

ハンバーグだけでも十分、美味しいが、ライスと一緒に食べるはんばぁぐはまた別格であった。

 

戸塚がハンバーグを食べている中、三浦もカルボナーラを食べた。

 

皿からは温かな湯気からはチーズの香りが漂ってくる。

 

トロ~リと溶け切った、卵が混ぜ込まれた淡い黄色のチーズがたっぷりと絡められたパスタの麺にちらりと覗く、ピンク色のベーコンとその上に散らされた黒い胡椒の粒。

 

まさに、ザ・カルボナーラな姿をしたカルボナーラであった。

 

三浦はフォークとスプーンを器用に使ってパスタを巻き取る。

 

銀色のフォークに一口サイズで巻き取られた、麺を口元に寄せ、チーズの香りを一つ吸い込んでから、口に入れる。

 

出来たての熱さを持つパスタがチーズをとろりと溶かし、その溶けたチーズが口の中に広がっていく感覚に三浦は思わず笑みを浮かべる。

 

(あーしらと同じ学生が作ったにしてはなかなかの味じゃん!!)

 

濃厚なチーズの風味と、それに負けぬ程に濃厚な卵の味‥‥その二つを彩るのは適度な塩気に燻製肉から溶け出した脂と、ピリッと味を引き締めている黒胡椒の辛さ‥‥それらがチーズの中に溶け込み、そのチーズをまとった麺のしっかりとした食感と共に美味さを伝えてくる。

 

パスタもやや太い麺を使うことでチーズの味に負けていない。

 

たっぷりとチーズを纏いつつも、麺の小麦の味がしっかりと残っていた。

 

次に三浦はベーコン単体をフォークに刺して口へと運ぶ。

 

肉厚の角切りにされたベーコンの程よく脂が抜けて肉の風味をしっかりと感じさせる味は、濃厚なチーズの風味に慣れた舌にまた違う旨味を感じさせ、更にカルボナーラを楽しませる味となっていた。

 

パスタを食べ、ベーコンを食べ、そしてまたパスタを食べる。

 

それを繰り返していくと、あっという間にひと皿のカルボナーラは瞬く間に空となった。

 

戸塚の方もハンバーグが美味しかったのか、あっという間に完食していた。

 

「食後のデザートとアイスティーでございます」

 

食事が終わり、食後のデザートに頼んだアイスクリームとアイスティーが運ばれる。

 

ガラス製の器に盛られた白く半丸の山‥‥バニラアイス。

 

そして、同じくガラス製のグラスに氷と共に入ったアイスティー‥‥

 

両者は共に外の真夏の暑さを一時だけでも忘れさせてくれるひんやり感が伝わってくる。

 

二人はピカピカに磨かれた銀の匙を手に取り、その丸い塊に突き立てる。

 

きっちりひと匙分取れたアイスクリーム‥‥それをそっと口元に寄せて、口の中へと放り込む。

 

(ああ、冷たくて美味しい……)

 

アイスクリームのひんやりとした冷気と甘みが口の中に広がっていく。

 

まるで冬の雪のように冷たいアイスクリームは文字通りの意味で人肌の熱さを持つ舌の熱で溶けて行き、冷たい甘みを伝えてくる。

 

その冷たさが心地よい。

 

夏の暑さを感じている今の時期だからこそ、アイスクリームも余計に美味しく感じる。

 

アイスクリームを完食し、最後に口直しにアイスティーをストローで飲む。

 

ガムシロップを入れたが、紅茶本来の苦みと渋みが残るアイスティー。

 

その味が口の中に清々しさを与える様だった。

 

「美味しかったね」

 

「そうだね、同じ高校生が作ったにしてもレベルは高かった‥‥」

 

戸塚も三浦も間宮で提供された料理には満足できた。

 

「さてと、次は‥‥」

 

戸塚は、午後に回る予定を確認した。

 

「午後は、ドイツ艦の体験航海だね」

 

迷子の親探しで多少、予定は変更したが、予め決めた午後の予定で二人はドイツからの留学生艦、ヒンデンブルクの体験航海に参加することにしていた‥‥

 



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114話

ブルーマーメイドフェスタ編終了。

そして、シュテルがこの世界の歴史の違いを知ります。

それはすなわちシュテルの初恋の終了を意味します。


 

 

夏休み期間中に行われたブルーマーメイドフェスタ‥‥

 

主役はその名の通り、ブルーマーメイドであるが、横須賀女子の学生たちもその手伝いでフェスタ会場へと赴く。

 

ドイツからの留学生組もそれは例外ではなかった。

 

特にシュテルが艦長を務めるヒンデンブルクは午後の部の体験航海の目玉となっていた。

 

そんなブルーマーメイドフェスタに以前、高校の行事の一つ‥職業見学にて今回のブルーマーメイドフェスタのペアチケットをビンゴでゲットした三浦は彼氏の戸塚を誘ってやってきた。

 

午前中、迷子のお世話と言うイレギュラーな事態があったが、三浦も戸塚もブルーマーメイドフェスタを楽しんだ。

 

昼食は間宮で摂った。

 

自分たちと同じ学生たちが作った料理であるが、その味はなかなかの味であり、二人は十分満足できた。

 

 

午後には自分たちがフェスタの来場客を乗せて体験航海予定のヒンデンブルク。

 

すると、隣の港に午前の部の体験航海を終えた駿河が入港してきた。

 

港に着岸し、タラップが接舷され、体験航海に参加した来場客が駿河を降りてくる。

 

(もかちゃんに体験航海の事を色々と聞いてみるか‥‥)

 

先に体験航海を行ったもえかに体験航海中、どんな事をしたのかを聞くため、もえかにメールを入れた。

 

『もかちゃん、今よろしいですか?』

 

すると、少しして、

 

You've Got Mail‥‥

 

もえかから返信のメールが来た。

 

『うん、大丈夫だよ。何かな?』

 

『体験航海について聞きたいから、ウチの艦でお昼ご飯を食べながら色々と聞かせて欲しいんだけど、ダメかな?』

 

『分かった。少ししたら、シューちゃんの艦に行かせてもらうね』

 

『うん、待っているよ』

 

もえかとメールのやり取りをして、体験航海の話をしながら、彼女と昼食を摂る約束をした。

 

それからしばらくして、もえかがヒンデンブルクを訪れた。

 

「いらっしゃい、もかちゃん」

 

もえかは春の時と同じく、白い詰襟の上着に艦長帽、プリーツスカート姿にストッキングを穿いた姿であった。

 

「お招きありがとうね、シューちゃん。あれ?シューちゃんの制服、この前と違うね」

 

反対にもえかを出迎えたシュテルは春の航海時とは異なる格好をしていた。

 

今のシュテルは金色のダブル六つボタンで白い上着に白いズボン、灰色のワイシャツに黒ネクタイを身に着けていた。

 

勿論、腰にはサーベルをぶら下げている。

 

入学当初は腰にぶら下げる事を面倒くさがっていたシュテルであるが、月日が経つにつれ、艦長としての自覚を覚えてきたので、サーベルを腰に帯びるようになった。

 

「うん、キール校の士官服、夏服バージョン‥‥ワイシャツとズボンだけでも良いんだけど、この後、体験航海で来場客が来るからね」

 

ワイシャツとネクタイにズボンというラフな夏服でも良いのだが、今回はヒンデンブルクに自分たち学生の他に来場客も乗艦するので、身なりはきっちりとする必要があった。

 

シュテルの他にユーリやクリスら士官たちもサーベルを除いて、シュテルと同じ格好をしており、普通の生徒らは白いセーラー服に水色のスカーフを巻いている。

 

「じゃあ、さっそく食堂に案内するよ」

 

シュテルはもえかを食堂へと案内する。

 

もえかとしては、体験航海が終わり、今から昼食を摂るにしても間宮はおそらく満員御礼状態だろうし、外の出店も似たり寄ったりの状態。

 

駿河で用意してもらっても良かったのだが、せっかくシュテルからのお誘いが来たので、こうしてもえかはヒンデンブルクに赴いたのだ。

 

「肉料理と魚料理どちらにする?」

 

シュテルはもえかに昼食となる料理は肉をメインにする料理と魚をメインにする料理、どちらにするかを訊ねる。

 

「それじゃあ、お肉にしようかな。以前、ミケちゃんから聞いたんだけど、ドイツ艦のソーセージはとっても美味しかったって言っていたから」

 

「わかった」

 

「艦長はどうしますか?」

 

ヒンデンブルクの主計科のクラスメイトがシュテルに肉と魚、どちらにするかを訊ねる。

 

「私は魚料理を貰おうかな?」

 

「わかりました。スープは海老のスープとジャガイモのスープがありますが、どちらになさいますか?」

 

「私はジャガイモのスープをください」

 

肉料理を注文したもえかはジャガイモのスープを頼み、

 

「私は海老のスープ」

 

魚料理を頼んだシュテルはスープも海産系の海老を頼んだ。

 

注文を聞き、主計科のクラスメイトは厨房へと向かった。

 

やがて、もえかとシュテルの下にはヒンデンブルクの主計科のクラスメイトたちが腕によりをかけた料理が運ばれる。

 

もえかの頼んだ肉料理の皿には、

 

グリューンコールと塩付豚のあばら肉、コールヴルスト、シュバイネバッケ、ローストカルトッフェルが乗っており、スープ皿にはハンブルク風ジャガイモスープが入っていた。

 

そして、サラダは生ハムとアボカドのサラダとなっている。

 

一方、魚料理を頼んだシュテルの皿には、

 

鮭フィレ・白ワインクリームソース ニシンのマリネ。

 

スープ皿には、ハンブルク風海老スープが入っており、サラダはトマト抜きのグリーンアスパラのサラダとなっている。

 

飲み物もソフトドリンクの他にノンアルコールビールもあった。

 

「「いただきます」」

 

昼食を摂りながら、シュテルはもえかに体験航海について話を聞いた。

 

それによると、もえかは体験航海中、主計科のクラスメイトと共に来場客をもてなすホスト役をしていたと言う。

 

「来場客のホスト役か‥‥」

 

「うん。艦長さんだからって、副長に言われてね」

 

「うーん‥‥私も体験航海中はもかちゃん同様、来場客のホスト役をしたほうがいいのかな?」

 

シュテルは、もえかの様に体験航海中は操艦よりも来場客をもてなす側になった方が良いのかと自問する。

 

「いいんじゃないですかね?」

 

すると、航海長のレヴィがシュテルの自問に対して、賛成の意向を示す。

 

「艦長は、この艦の責任者でもあり、顔でもあるんですから、来場された人をもてなすのも艦長の仕事の一つなのではないでしょうか?艦の操艦に関しては、私と副長がいるので大丈夫ですよ」

 

と、体験航海中、艦橋には航海長である自分と副長のクリスが居るので、艦長であるシュテルは来場客をもてなすホスト役をしていても大丈夫だと言う。

 

確かにレヴィの言っている事もあながち間違いではない。

 

「もかちゃんのところもそうだったの?」

 

「うん。私も航海中、艦の操艦は航海長と副長に任せていたよ」

 

「そうなんだ‥‥」

 

やはり、体験航海中、艦長は来場客をもてなすホスト役をするみたいだ。

 

「‥‥」

 

なお、シュテルは何となくスルーしていたが、もえかは昼食の飲み物の中で一番多く飲んでいたのは、ノンアルコールビールだった‥‥

 

もえかが将来、飲兵衛となりアル中にならないかちょっと心配だ。

 

「ごちそうさま。ドイツ料理は、今回初めて食べたけど、とても美味しかったよ」

 

もえかと同じクラスメイトの小林、角田、吉田の三人がもえかについて話していた時と同じ様に、もえかは初めてのドイツ料理も 『美味しい』 と言って満足そうだった。

 

「満足できた様子でなにより‥それに体験航海の事も色々ありがとう」

 

「いいよ。それじゃあ、午後の体験航海頑張ってね」

 

「うん、ありがとう」

 

昼食が終わり、もえかはヒンデンブルクを後にした。

 

そして、シュテルはこの後控える体験航海の最終チェックをクラスメイトたちと共にした。

 

それから時間が経ち、いよいよ午後の体験航海の時間が近づいていた。

 

戸塚と三浦は午後に行われるヒンデンブルクの体験航海に参加するために、会場へと赴いた。

 

「これがドイツ艦‥‥」

 

「ヒンデンブルク‥‥」

 

三浦と戸塚は港に停泊しているヒンデンブルクを見て、唖然とする。

 

自分たちが通っている総武高校にもアメリカから購入したレキシントン級やアラスカ級も在籍しており、これらの艦も大きいが、ヒンデンブルクもその大きさから無言の威圧感がある。

 

 

午前の部での横須賀女子の学生艦である駿河の体験航海では、ブルーマーメイドの音楽隊による音楽で駿河は見送られた。

 

当然、ヒンデンブルクもブルーマーメイドの音楽隊によるパレードで見送られた。

 

駿河の時は、『軍艦行進曲』 であったが、ヒンデンブルクはドイツ艦という事で、 『ケーニヒグレッツ行進曲』 で見送られた。

 

 

「皆さま、本日はヒンデンブルクへの乗艦、誠にありがとうございます。短い間ではありますが、ヒンデンブルク乗員一同、皆様の乗艦を歓迎いたします」

 

シュテルは艦長として、主計科のクラスメイトたちと共に来場客たちに一礼し、ヒンデンブルクへの乗艦を歓迎した。

 

その後、シュテルと主計科のクラスメイトは来場客たちをヒンデンブルクの艦内を案内する。

 

「このヒンデンブルクはドイツのH級戦艦に分類され‥‥」

 

「建造はドイツの‥‥」

 

「全長は266m、全幅は37m、最大速力は31ノット、主砲の口径は‥‥」

 

シュテルは来場客を案内しながら、ヒンデンブルクのスペック紹介を行う。

 

本来ならば、これは軍事機密にあたる事項なのだが、ヒンデンブルクは軍艦ではなく、学生艦なので、ヒンデンブルクのスペックや建造経緯などを一般人に説明しても何ら問題はなかった。

 

「I'm the king of the world!」

 

艦首に来た時、三浦と戸塚は某有名な豪華客船の悲劇と恋愛を描いた映画の中で、主人公が言った有名なセリフとヒロインとのポーズをした。

 

ただ、背丈の関係から主人公の位置が三浦、ヒロインの位置に戸塚と真逆の位置関係だった。

 

この時、シュテルは三浦と戸塚の二人に気づかず、別の乗船客の質問に答えていた。

 

 

艦内を一通り、案内した後、後部甲板に設けられたデッキチェア、デッキテーブル席で来場客たちは東京湾の光景を見ながら、主計科のクラスメイトたちが用意したお茶とお菓子を飲食しつつ、午後のひと時を楽しんだ。

 

 

今回、ヒンデンブルクの主計科のクラスメイトたちが用意したお菓子は、

 

ドイツのお菓子としてすぐに名前が上がるバウムクーヘンを始めとして、

 

大きなドーナツ状の形になっている伝統的なバタークリームと酸味のあるベリー系のジャムが間に入り、上部はクロカンと呼ばれるアーモンドやクルミ入りのカラメルで覆われているランクフルト名物のフランクフルタークランツと言われるケーキ。

 

酸味のあるサワーチェリーのシロップ漬けを使い、甘い生クリームとバランス感のある味わいのサクランボのクリームケーキ。

 

香ばしく炒めたパン粉をバターと砂糖でまとめ、そこにりんごとレーズンを混ぜ合わせた物を薄い生地で巻いて焼きあげ、皿にはバニラソース、ホイップクリームやバニラアイスが添えてあるアプフェルシュトゥルーデル。

 

その他にもシュークリームやイチゴを使ったケーキ、飲み物もコーヒ、紅茶、ソフトドリンクの他に、ノンアルコールビールも提供された。

 

後部甲板にて、東京湾を見ながらのお茶会が開かれていると、

 

「やあ、ヒンデンブルク艦長」

 

「ん?」

 

シュテルは変わった呼び名で呼び止められると、そこにはデッキテーブルの上に沢山のケーキが乗った皿に紅茶のカップを手にした明石艦長の杉本珊瑚の姿があった。

 

「杉本艦長!?どうして此処に!?」

 

ブルーマーメイドフェスタでは、明石は特殊学生艦として展示されており、艦長である珊瑚は明石に居て、来場客のホスト役をしていると思ったのだ。

 

「間宮艦長から噂で、ヒンデンブルクの体験航海ではドイツのお菓子を食べられると聞いてね」

 

お茶会のお菓子の用意をする為、ヒンデンブルクの主計科のクラスメイトは間宮から食材を提供してもらっていた。

 

「なるほど‥‥」

 

「ああ、それとちょうどいいから、いつぞや頼んだヴァイオリンの生演奏を頼めるかな?」

 

珊瑚は、シュテルにちょうどいい機会だから、ヴァイオリンの演奏も出来ないかと聞いてきた。

 

「まぁ、ヴァイオリンは私の船室にあるので、出来ると言えば出来ますけど‥‥」

 

シュテルの船室にヴァイオリンはあるので、珊瑚の言う通り、生演奏は出来ると言う。

 

「じゃあ、頼めるかい?」

 

「わ、分かりました」

 

あまり目立ちたくはないが、以前珊瑚と約束をしていたので、丁度いいと思いシュテルは一度、部屋にヴァイオリンを取りに行き、再び後部甲板にて、珊瑚のいるテーブルの傍に立ち、ヴァイオリンを構える。

 

他の来場客たちもシュテルがヴァイオリンを弾こうとしているのを興味津々な様子で見ている。

 

~♪~~♪~~~♪

 

~♪~~♪~~~♪

 

シュテルは明るめの音楽をヴァイオリンで奏で始めた。

 

珊瑚も周りの来場客たちもシュテルのヴァイオリンの音に聞き入っている。

 

やがて、演奏を終えると、来場客たちからは拍手が送られ、シュテルは一礼してヴァイオリンを部屋に戻してくる。

 

「噂通り、上手いね」

 

戻ってきたシュテルに珊瑚はヴァイオリンの腕を褒める。

 

「ありがとう。それじゃあ、残りの航海も楽しんでね」

 

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

珊瑚はケーキにフォークを指して、口へと運ぶ。

 

シュテルが、来場客たちが居る後部甲板を歩いていると、来場客たちが先程のシュテルのヴァイオリンの腕を褒めてくれた。

 

そんな中、シュテルはある再会を果たした。

 

「あ、あれはっ‥‥!?」

 

シュテルの視線の先には、デッキチェアにちょこんと座った小柄で腕も腰も脚も細く、肌も抜けるように白い女子‥‥ではなく、戸塚が居た。

 

(ま、間違いない‥‥あれは‥‥あの姿は‥‥戸塚だ!!)

 

シュテルは転生してからずっと会いたいと思っていた戸塚が今、自分の目の前にいる‥‥

 

しかし、いざ戸塚に話しかけようとしても足も口も動かない。

 

今の自分は比企谷八幡ではなく、総武高校の生徒でもなく、ドイツ・キール校のシュテル・H(八幡)・ラングレー・碇だ‥‥

 

つまり、自分と戸塚は今日初対面になる。

 

初対面なのにいきなり、馴れ馴れしく話しかけたら変人にみられるかもしれない。

 

それに戸塚が此処に居るという事はこの世界の自分が居るかもしれない。

 

もう一人の自分と対面するのも勇気がいる。

 

しかし、シュテルはこの時、前世でこの頃は、群馬県の千葉村に行っている筈だった。

 

それはこの後世でも同じで、現に奉仕部+葉山グループの一部は千葉村に行っている。

 

だが、シュテルはブルーマーメイドフェスタの準備等で詳しい日時を忘れており、ここに戸塚が居ることに違和感を覚えなかった。

 

シュテルが戸塚の姿を見て、動くに動けない中、戸塚がシュテルに気づき、

 

「あっ、艦長さん」

 

戸塚の方がシュテルに話しかけてきた。

 

(戸塚が‥‥戸塚が、話しかけてくれた!!こ、これは絶好のチャンス!!このチャンスを逃す手はない!!)

 

「な、なんでしょう?」

 

シュテルは興奮を抑えながら、必死に笑みを浮かべながら戸塚に近づく。

 

「さっきのヴァイオリン、とっても上手でした。何て言う曲なんですか?」

 

「あ、あれは‥‥」

 

(戸塚が、戸塚が、俺のヴァイオリンの腕を褒めてくれている!!)

 

心臓がもうバクバクと鼓動を打っている中、シュテルは戸塚の質問に答える。

 

そこへ、

 

「彩加、おまたせ」

 

お手洗いから三浦が戻ってきた。

 

(えっ!?三浦!?なんで!?戸塚と一緒に!?お前は、葉山一筋じゃなかったのか!?)

 

前世では葉山loveだった筈の三浦が戸塚の下にやってくる。

 

戸塚と親しそうにしている三浦の姿にシュテルは困惑した。

 

「あん?さっき、ヴァイオリンを弾いていた人じゃん。どうしたの?」

 

三浦は当然、戸塚の傍にいるシュテルの存在に気づく。

 

「あっ、三浦さん。さっき、この艦長さんのヴァイオリンが上手だったから、その事を話していたんだよ」

 

「へぇ~‥そうなんだ」

 

戸塚の話を聞いて三浦は、表面上は納得しているみたいだが、それでも嫉妬めいた視線を送ってくる。

 

「お、お二人はご友人ですか?」

 

シュテルは話題を変える事、戸塚と少しでも話す事、そして戸塚と三浦の関係を知るために二人に聞いた。

 

「あっ、彩加はこんなナリですけど、女子ではなく、男ですよ」

 

(うん、知っている)

 

三浦は午前中に出会った迷子が戸塚を女子と間違えたようにシュテルも戸塚の性別を勘違いしているのと思い、戸塚の本当の性別を教え、更に驚愕の事実をシュテルに伝えた。

 

「それと、あーしの彼氏なの」

 

「えっ!?」

 

シュテルはまさに雷を受けたような衝撃を受けた。

 

(三浦が戸塚の彼氏だと!?そんなバカなっ!?‥‥アイツは葉山一筋の筈じゃないか!?まさか、戸塚と葉山‥二股をかけているのか!?)

 

シュテルは三浦が戸塚と葉山、二人の男と二股をかけているのかと思い、前世の経験を駆使して、三浦からもう少し詳しい事情を聞くことにした。

 

「あ、あの‥先日、個人的な用事で私、千葉の総武高校の近くに行ったんですけど、そこで、同い年ぐらいの金髪イケメン男子がいたんですけど‥‥」

 

「金髪イケメン?」

 

「同い年?‥‥もしかして葉山の事?」

 

シュテルの言った特徴を聞いて三浦は当てはまる人物の名を口にする。

 

「なに?もしかして、アンタ、葉山に一目惚れしたの?止めときな、あんな軽薄な男。あの男はこの前‥‥」

 

すると、三浦は葉山の性格を臆することなくシュテルに話す。

 

その話を聞いて、シュテルは、

 

葉山はこの世界でも葉山だった‥‥

 

前世と同じく、テニス部に乱入してきたみたいだが、ここで前の世界とは異なり、三浦はテニス部のマネージャーであり、自分と戸塚が付き合ってからまもなく一年が経過経とうとしていたことも聞いた。

 

あの葉山loveだった筈の三浦が葉山の事をここまでボロクソに悪く言っている事から、どうやら本当にこの世界の三浦は戸塚と付き合っており、葉山と二股をかけている様子には見えなかった。

 

だが、三浦が戸塚と付き合っている事実に二人の会話はあまり耳に入ってこない。

 

「ご、ご忠告ありがとうございました」

 

戸塚と三浦が付き合っている事実を知り、シュテルは顔色が悪いし声も震えている。

 

「アンタ、大丈夫?なんか、顔色が悪いけど‥‥?」

 

「い、いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 

フラフラとした足取りでその場から去るシュテル。

 

「‥‥あーしなんか、悪い事しちゃったかな?」

 

「うーん‥‥もしかして、三浦さんの言う通り、あの艦長さん葉山君に一目惚れしていて、葉山君の本性を知ってショックだったのかも‥‥」

 

「でも、付き合った後にアイツの本性を知って傷つくよりは、知り合いになる前に知って、新しい恋を見つけた方が、あーしは良いと思うけど‥‥」

 

戸塚も三浦もシュテルが葉山に一目惚れしたのに、彼の本性‥‥八方美人な一面があることを知り、ショックを受けたのかと思っていた。

 

「す、すまないが、あとの事を頼んでいいかな?」

 

シュテルは近くに居た主計科のクラスメイトに残りのホスト役を頼んだ。

 

「え、ええ‥構いませんけど‥艦長、大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」

 

「だ、大丈夫‥‥」

 

大丈夫と言うが、とても大丈夫には見えない。

 

主計科のクラスメイトは心配そうにシュテルの後姿を見ていた。

 

 

その後、午後のヒンデンブルクの体験航海も特にトラブルなく、無事に終わり戸塚、三浦を始めとする来場客たちはヒンデンブルクを降りていく。

 

ただ、来場客たちを見送るシュテルの顔色はやはり、顔色が悪かった。

 

やがて、楽しかったブルーマーメイドフェスタも終わりの時間を迎えた。

 

迷子やスリなどの小さなトラブル等が起きたが、テロ等の大きな事件もトラブルもなく、今年のブルーマーメイドフェスタは終わり、明乃を始めとする今回ブルーマーメイドフェスタに初参加した者たちも満足し、楽しんだ様子だった。

 

しかし、全員が全員、今回のブルーマーメイドフェスタを楽しめた訳ではなかった。

 

『‥‥』

 

ヒンデンブルクの食堂では主計科のクラスメイトたちが、ちょっとドン引きと言うか、声をかけづらそうな顔をしている。

 

その訳は‥‥

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁー!!ど~づ~が~ぁ~!!」

 

食堂のテーブルの一つで、シュテルが珍しく大荒れしていたのだ。

 

シュテルの居るテーブルには沢山のノンアルコールビールの瓶が置かれている。

 

そして、シュテルはクラスメイトたちが見ている中でも気にせずに大声を上げて泣いている。

 

「ど、どうしたの?シュテルンは‥‥?」

 

そこへ、クリスが来て、主計科のクラスメイトに何故、シュテルがあそこまで荒れているのかを訊ねる。

 

「は、はぁ~‥‥なんでも、艦長‥その‥‥失恋したみたいで‥‥」

 

主計科のクラスメイトはクリスにこっそりと耳打ちをして、何故シュテルがあそこまで荒れているのかを教える。

 

「失恋!?シュテルンが!?」

 

クリスはシュテルが失恋した事に驚くが、

 

(まぁ、知っていたけどね‥‥この世界の戸塚さんが三浦さんと彼氏・彼女の仲になっていた事をね‥‥)

 

心の中で、クリスは既に戸塚には彼女が居たことを知っているみたいだった。

 

「うぅ~‥‥ど~づ~が~ぁ~!!‥‥グビグビグビグビ‥‥」

 

シュテルは戸塚の名を叫ぶと、ノンアルコールビールの瓶に口をつけると、グビグビとノンアルコールビールを煽る。

 

「シュテルン、どうしたの?随分と荒れているみたいだけど‥‥?」

 

クリスはシュテルの隣に座り、宥めるように声をかける。

 

「うぅ~‥‥く~り~す~ぅ~‥‥戸塚がぁ‥‥俺の戸塚がぁ‥‥うぅ~‥‥」

 

目から大粒の涙をながしながら、クリスに抱き着くシュテル。

 

「俺と戸塚は前世から、運命の赤い糸でつながっていた筈なんだ‥‥そして、やっと戸塚と一緒になれると思っていたのにぃ~‥‥」

 

「ちょっ、落ち着いてシュテルン、何を言っているの?酔っているの?」

 

クリスは何故か事情を知っているが敢えて知らない振りをしている。

 

「前の世界じゃあ、戸塚はフリーの筈だったのにぃ~‥‥ど~づ~が~ぁ~!!」

 

これまで、奉仕部は前世からの知識と一部を除く人間が同じことからこの後世世界でも前世と同じことが起きるだろうと思い込み、失敗を繰り返してきたが、シュテルも今回の戸塚と三浦の仲を実際にこの目で見て、前世と後世の違いを思い知った。

 

「ど~づ~が~ぁ~!!」」

 

前世と合わせると精神年齢がアラサーなシュテルは自棄酒している完全に酔っ払いの様だった。

 

ノンアルコールビールを瓶ごとがぶ飲みしたシュテルはそのままテーブルに突っ伏したまま泣き寝入りしてしまった。

 

『では、次の曲は、ラジオネーム、独神のシェルブリットさんからのリクエスト、河〇英五さんの 「酒と泪と男と女」 です』

 

~♪~~♪~~~♪

 

~♪~~♪~~~♪

 

食堂にあるラジオのスピーカーからは、河島〇五の 『酒と泪と男と女』 がまるで、シュテルの心の声を代弁するかのように空しく曲を奏でていた。

 



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115話

 

 

神奈川県の横須賀にて、ブルーマーメイドフェスタが開催されている中、北海道の某所で行われたピアノコンクールでは、

 

「優勝は‥‥エントリーナンバー、〇〇番、渚カナデさんです!!」

 

すべての演奏が終わり、集計・結果発表が行われ、このコンクールに参加したカナデが見事に優勝した。

 

優勝者の名前が発表され、優勝者であるカナデが舞台に立ち観客たちに一礼する。

 

観客たちは優勝者であるカナデに祝福の拍手を送った。

 

コンクール終了後にカナデは、

 

「今回のコンクールに優勝したから、シュテルとまたお出かけできるかな‥‥」

 

先日、南船橋のららぽーとで、シュテルと一緒にショッピングした際、カナデはまたシュテルと出かけたかった為、再びシュテルを誘うと、シュテルは条件を出し、このコンクールにて、上位の成績を出せば、また一緒に出掛けると言う約束をした。

 

そして、カナデは見事このコンクールで優勝という文句なしの成績を叩きだした。

 

これなら、シュテルも文句は言わないだろう。

 

そう思ってカナデは今回の結果を知らせるため、シュテルに連絡を取ろうとしたが、

 

「あっ、でも今の時間帯は確かブルーマーメイドフェスタの最中か‥‥色々忙しいだろうし、また後で連絡するか‥‥そうだ、ついでにどこに行くかあらかじめ調べておくかな」

 

時計を見るとまだブルーマーメイドフェスタが開催されている最中‥‥

 

参加しているシュテルはきっと色々と忙しいに違いない。

 

シュテルの邪魔をしてはいけないと思い、この場ではシュテルに連絡をいれず、シュテルと共にどこに出かけるかを先に決めてからシュテルに連絡を入れることにした。

 

しかし、カナデは知らなかった‥‥

 

シュテルがこの日‥失恋した事を‥‥

 

シュテルがまさか、失恋しているとは知らずにカナデは今度、シュテルと共にどこへ出かけようかとスマホでイベントを調べた。

 

すると、一件ヒットした。

 

 

 

千葉みなと花火大会

 

 

 

「花火か‥‥いいかも‥‥」

 

カナデは千葉みなとの花火大会の日程等を調べ、明日にでもシュテルを誘おうと思った。

 

 

ブルーマーメイドフェスタ翌日‥‥

 

「ん?‥‥ん?」

 

シュテルは重い瞼をあけると、そこはヒンデンブルクの艦長室‥‥シュテルの部屋のベッドの中に居た。

 

服装も上着とネクタイ、ズボンは脱がされており、ワイシャツと下着姿‥‥

 

しかもワイシャツも第二ボタンまで開けられている。

 

「あれ?‥‥いつ、ベッドに‥‥?昨夜は確か‥‥あっ‥‥」

 

シュテルは昨夜の記憶を手繰り寄せ、思い出せる所まで思い出す。

 

昨夜は戸塚と三浦が前世と異なり、彼氏・彼女の仲であったことで、シュテルは大きなショックを受けた。

 

前世では同性同士なので、決して実らぬ恋であったが、この後世では、自分は女性で戸塚は前世と同じ男‥‥この世界では異性同士なので、彼氏・彼女の仲、ひいては結婚も可能な性別だった‥‥

 

日本から離れた遠くドイツに住んでいながらも、戸塚に会うために今回の日本への留学のため、ミーナ教官からの心配をも退けて日本に来たのに結果がこれだ‥‥

 

シュテルがショックを受けるのも無理はなかった。

 

精神年齢がアラサーなシュテルは、ノンアルコールビールで自棄酒をしていた。

 

今でも思い返せば、その姿は自分がかつての母校の教師であり部活の顧問である平塚先生の姿を連想させる光景だった。

 

「‥‥」

 

そう思うとなんか、複雑な思いだった。

 

でも、あの時は自棄酒でもして現実を忘れたかったのだ。

 

しかし、自分が覚えているのはそこまでで、どうやって自分は部屋に戻ったのだろうか?

 

思い出そうとしてもその点は思い出せない。

 

シュテルが、昨夜の事を必死に思い出そうとしていると、

 

「うぅ~ん‥‥」

 

シュテルの隣から声がした。

 

視線を向けてみると、そこには眠っているクリスの姿があった。

 

しかも、クリスの服装も今のシュテルと同じく、ワイシャツに下着姿だった。

 

「えっ?クリス!?」

 

クリスが隣で眠っている事にギョッとするシュテル。

 

「ん~?‥‥あっ、シュテルン、おはよぉ~」

 

シュテルが驚いていると、クリスが身をよじりながら目を覚ます。

 

「お、おはよ‥‥ねぇ、どうして私は部屋に戻っているの?それに何故、クリスが隣で寝ているの?」

 

「ん?あぁ、それはね‥‥」

 

クリスはシュテルに昨夜の事を話した。

 

昨夜、シュテルが失恋したショックからノンアルコールビールで自棄酒をして、そのまま泣き寝入りをしてしまい、現状を見たクリスはシュテルを艦長室まで運んだ。

 

制服のまま横にしては制服にシワが寄るので、上着とズボンを脱がし、首元が苦しくなるだろうと思い、ネクタイを外してワイシャツのボタンも緩めた後でベッドに横たえた。

 

だが、シュテルの様子が気になったクリスはそのままシュテルと同じベッドで眠ったのだと言う。

 

「それで大丈夫?」

 

「ん?」

 

「昨日の夜、結構荒れていたから‥‥」

 

「あっ‥うん‥‥大丈夫‥と言えば嘘になるかな‥‥」

 

シュテルは俯き自嘲めいた笑みを浮かべる。

 

「‥‥ねぇ、シュテルン、世間では略奪愛って愛もあるよ」

 

クリスはなんとシュテルに三浦から戸塚を奪う提案をチラつかせるが、

 

「略奪愛か‥‥いや、ないな‥‥」

 

「ん?どうして?諦めるの?」

 

「例え、戸塚を振り向かせることが出来たとしてもそれは真の愛じゃない‥‥そんな愛は私が望む本物じゃない‥‥せめてあの二人が幸せになってくれればそれでいい‥‥三浦が戸塚を不幸にしなければ‥‥戸塚が幸せになってくれれば‥‥」

 

「‥‥」

 

略奪愛で戸塚を振り向かせることが出来ても、それは仮初の愛であり、そんなモノはいつか簡単に破綻してしまう。

 

戸塚は優しい男だ‥‥それにそんな事をすれば、戸塚だって三浦に対して罪悪感を抱く筈だ。

 

シュテルにとってはそんな恋愛は意味がなく、欲しくもなかった。

 

「はぁ~‥‥やっぱり、失恋は嫌なモノだな‥‥」

 

前世の中学生時代にも自分は本気で折本に告白したが、結果は玉砕も玉砕、大玉砕。

 

その結果、自分は中学時代いじめられることになった。

 

「‥‥」

 

「‥‥でもね、クリス‥‥私は戸塚が相手なら、彼にレ〇プされてもいい‥‥彼との子を身籠ってもいいとさえ思っていたんだよ‥‥」

 

「ちょっ!?シュテルン!!」

 

シュテルの言葉に思わずクリスは反応する。

 

「分かっているよ‥‥自分でもバカな事を言っているって‥‥それにあの戸塚がそんな事をする筈がないさ‥‥アイツは‥‥アイツは‥‥うぅ‥‥うわぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

やはり、戸塚の事をそう簡単に忘れる事が出来ず、昔の思い出を振り合えると涙が流れる。

 

「‥‥よし、よし、辛かったね‥‥」

 

クリスはそんなシュテルの頭を撫でる。

 

シュテルは前世とこの後世世界の歴史の違いを知ると共にまた一歩、成長したのだろう。

 

 

ザァー!!

 

「はぁ~‥‥酷い顔‥‥」

 

あの後、一頻りクリスの腕の中で泣いた後、シュテルはクリスの勧めでお風呂に入る。

 

シャワーのノズルの先からはお湯が出ており、シュテルはそのお湯を頭から浴びながら、鏡に映る自分の顔を見て一言呟く。

 

自分で言うように今の自分の顔は泣いたせいで目が晴れており、昨夜は遅くまでノンアルコールビールで自棄酒をしていたので目の下にはクマが出来ている。

 

艦長としてあるまじき姿であるが、この後はブルーマーメイドフェスタの会場であったブルーマーメイドの基地から横須賀女子の港湾区画へと戻るだけの短い航海なので、ちょっと気まずい思いはするが大したことはない。

 

シャワーを浴び終えて、制服に着替える。

 

「ふぅ~‥‥」

 

「少しは気分が晴れた?」

 

脱衣所にはクリスが待っていた。

 

「まぁ‥ほんの少しは‥‥でも、まだもう少し、引きずりそう‥‥」

 

シュテルが完全に受け入れるまでにはもう少し時間が必要みたいだった。

 

 

ブルーマーメイドフェスタの後片付けも終わり、学生艦と学生たちはブルーマーメイドの基地から母校である横須賀女子へと戻った。

 

「艦長、大丈夫ですか?」

 

艦橋に上がったシュテルを心配そうな表情と声で訊ねるメイリン。

 

メイリンの他に艦橋員は皆、心配そうにシュテルの顔を見ている。

 

昨夜の自棄酒をしたことは艦内では結構有名な話になっているみたいだ。

 

「あ、ああ‥‥皆には心配をかけたね‥‥ごめん‥‥」

 

「いえ、そのような事は‥‥」

 

「そう、そう」

 

「でも、艦長も人の子だったんだね」

 

舵を握りながらレヴィが、なんだか安心したように言う。

 

「ん?どういうこと?」

 

「いや、艦長も恋するんだなぁ~‥‥って、思って‥‥」

 

「私だって、ちゃんと恋だってするよ‥‥まぁ、失恋しちゃったけど‥‥」

 

「‥‥でも、シュテルンを振るなんてソイツ、良い度胸しているじゃん」

 

ユーリが死んだ魚みたいな目でシュテルの失恋の原因である男に怒っていた。

 

「ユーリ、気にしなくていいよ。元々私の一方的な一目惚れだったんだし‥‥」

 

シュテルは前世から知っているのだが、そんなことをみんなに言ったところで信じはしないだろうから、一目惚れって事にした。

 

「でも、シュテルンの告白を断ったんでしょう?」

 

「‥‥してない」

 

「えっ?」

 

「‥‥告白‥していない‥‥」

 

「えっ?そうなの!?」

 

てっきり、シュテルが告白して断られたのかと思ったのに、シュテルは告白をしていないと言う。

 

「告白していないのに、どうして失恋するの?」

 

「‥‥その‥一目惚れした相手に彼女が居て‥‥」

 

「あぁ~‥なるほど」

 

シュテルの話を聞いて何となく納得した艦橋メンバーだった。

 

 

ブルーマーメイドフェスタの会場から何事もなく、横須賀女子の港湾区画へと到着したヒンデンブルクは、岸壁に着岸すると便乗者を降ろした後、ヒンデンブルクのクラスメイトたちは各部のチェックを行い、ヒンデンブルクを退艦する。

 

「さあて、次は来月行われる遊戯祭か‥‥」

 

これで、夏休み中の予定は終わり、残りわずかながらも後は夏休みとなる。

 

次の大きなイベントは九月にあるブルーマーメイド、横須賀、呉、舞鶴、佐世保の海洋学校の生徒が一堂に横須賀に集結する遊戯祭である。

 

「色々あって、夏休みが短くなったけど、あまり羽目を外さないようにね」

 

シュテルはヒンデンブルクのクラスメイトたちに注意事項を伝えた後、彼女たちを見送った。

 

「さて、私も降りようかな」

 

シュテル自身も荷物をまとめ、ヒンデンブルクを退艦しようとする。

 

その時、

 

prrrr‥‥prrr‥‥

 

シュテルの携帯が鳴った。

 

「ん?カナデから?」

 

ポケットから携帯を取り出すと、ディスプレイに 『渚 カナデ』 と表示されていた。

 

ピッ

 

「もしもし?カナデ?」

 

「あっ、シュテル、今いいかな?」

 

「ああ、かまわないぞ」

 

「その‥‥この前の約束覚えているかな?」

 

「ん?約束?」

 

「もう、忘れたのかい?ほら、ピアノコンクールで上位の成績になったら、またどこかに出かけようって、約束したじゃないか」

 

「あっ、ああ‥そうだな‥‥」

 

(そう言えば、そんな約束したな‥‥)

 

ブルーマーメイドフェスタや戸塚に失恋したことでカナデに言われるまでその約束を忘れていたシュテルだった。

 

「それで?連絡してきたってことはコンクールではなかなかの成績を出せたのかい?」

 

「ああ、優勝したよ。これが、証拠の賞状とトロフィーだよ」

 

You got mail‥‥

 

「ん?」

 

シュテルのスマホが画像付きのメールを受信する。

 

メールボックスを開き、添付されていた画像を開くとカナデがタキシード姿で賞状とトロフィーを手に持っている写真だった。

 

その賞状に書かれているコンクール名は確かに、ららぽーとに行った時、カナデが出場するコンクールで間違いなかった。

 

その事実から確かにカナデはピアノのコンクールで優勝したみたいだ。

 

カナデは約束?した通り、ピアノコンクールで結果を出した。

 

勝者には勝者の待遇を‥‥

 

シュテルも約束をしたのだから、それを果たさなければならない。

 

戸塚との失恋の後に別の男と出かけるのは世間的にはどうかと思われそうだが、シュテルにとってカナデは確かに異性であるが、同時に身内でもあるので、シュテルはカナデの事を異性として強く意識したことはなかった。

 

しかし、二人ともまだ若いので、今後の展開次第でカナデの努力が実を結ぶかもしれない。

 

「まっ、約束は約束だからな‥‥それで、どこか行きたいところがあるの?」

 

「実は、今度千葉みなとで花火大会があるんだ」

 

(あぁ~‥‥あの花火大会か‥‥)

 

シュテルにとって、その花火大会は前世でも馴染みがある花火大会だった。

 

前世では、千葉村から帰ってきた後、由比ヶ浜が家族旅行当日、いきなり来て、愛犬であるサブレを預かってくれといきなり押し付けてきた。

 

ペットホテルに預ければいいものを、サブレの宿泊代をケチる‥もとい、節約するために八幡の家にやって来たのだ。

 

雪ノ下は元々犬が苦手なので、預かれない。

 

当時所属していた葉山グループのメンバーも夏休み中という事で葉山たち男子たちは部活で忙しく、三浦や海老名には頼みづらかった。

 

残るは同じ奉仕部のメンバーであり、夏休み暇そうにしている八幡だけとなり、預けに来たのだ。

 

八幡は渋々ながらもサブレを預かり、数日後、旅行から帰って来た時、サブレは飼い主である筈の由比ヶ浜を威嚇していた。

 

やはり、犬は飼い主に似るのだろうか?

 

たった数日で自分の飼い主の顔を忘れるのだから‥‥

 

そして、サブレを引き取った由比ヶ浜から花火大会に誘われた。

 

八幡だった頃の自分は態々、夜に人が多い所へ出かけるなんて面倒だった。

 

夏の夜に外に出るという事は蚊に刺されるリスクもある。

 

面倒だったが、由比ヶ浜とその話を聞いていた小町に押され、渋々八幡はその花火大会へ行くことになった。

 

いざ、会場に行ってみると、由比ヶ浜は同じクラスである相模と再会する。

 

相模は由比ヶ浜と世間話をするが、遠巻きに八幡に対する皮肉を由比ヶ浜に語る。

 

何となく空気を察した八幡は由比ヶ浜の面子を保つため、一声かけた後、屋台の方へと向かう。

 

それから少しして由比ヶ浜は八幡と合流した。

 

その後、花火が始まるまで、二人は屋台を練り歩く。

 

その姿はぎこちないながらもカップルの様に見えた。

 

二人の仲はとてもいい雰囲気だったのだが、その僅か数ヶ月後に八幡は由比ヶ浜に裏切られる形となる。

 

八幡はその事実をこの時は知る由もなかった。

 

そして、花火大会が始まると辺りは混雑し始めた。

 

このまま立ち見確定かと思われたが、地元の有権者である雪ノ下家の名代として会場に来ていた陽乃に誘われ貴賓席で座ってみることが出来た。

 

前世ではそのような経緯がある花火大会だった。

 

その花火大会を今度はカナデがシュテルに誘って来た。

 

雪ノ下、由比ヶ浜、葉山、相模たちの地元で行われる花火大会なので、総武高校のメンバーと鉢合わせする可能性がある。

 

雪ノ下、葉山、相模は当然シュテル=八幡と言う事は知らないが、由比ヶ浜は例え自分が前世からの転生者であるという事を知らなくても、先日のららぽーとでの一件から、シュテルはカナデを奪う泥棒猫として認識されているので、見つかれば別の意味で面倒な奴だ。

 

シュテルは迷ったが、あの広い会場で人一人と出会う可能性は低いだろうし、前世と同じ様に由比ヶ浜があの花火大会に来ると言う確証もない。

 

それにカナデとの約束もあるので、

 

「‥‥分かった。それで、何時にどこで待ち合わせをすればいい?」

 

シュテルはカナデとの約束を守るため、千葉みなとで行われる花火大会に行くことにした。

 

 

シュテルがカナデとの約束を果たすため、千葉みなとで行われる花火大会に参加することを決めた頃、千葉では‥‥

 

千葉村での一件を雪ノ下家の財力で何とかうやむやにすることに成功した雪ノ下たちは、何故千葉村の一件が大きな問題にならなかったのか、知る筈もなく夏休みを過ごしていた。

 

そんな中、

 

prrrr‥‥prrr‥‥

 

一人暮らししているマンションで雪ノ下のスマホが着信を知らせる。

 

ディスプレイには 『由比ヶ浜さん』 と表示されている。

 

「由比ヶ浜さんから?」

 

ピィッ!

 

通話ボタンを押して、耳に当てると、

 

「もしもし、ゆきのん?」

 

「由比ヶ浜さん、どうしたの?」

 

「あのね、ゆきのん、今度千葉みなとでやる花火大会に行かない?」

 

由比ヶ浜は雪ノ下を千葉みなとで行われる花火大会に誘った。

 

「花火大会?」

 

「うん、千葉みなとで‥‥」

 

由比ヶ浜は雪ノ下に千葉みなとで行われる花火大会の日にちを伝えるが、

 

「ごめんなさい、由比ヶ浜さん。ちょっと人が多い所は‥‥」

 

雪ノ下は、八幡同様、人混みな所に行く事を渋る。

 

人混みも苦手だし、雪ノ下自身方向音痴なので、人が多い所に行って迷子になれば由比ヶ浜と合流不可能な事態になりかねない。

 

前世でも雪ノ下はこの花火大会には親の代わりで行く事を拒否していた。

 

「そう‥分かったよ。ゆきのん」

 

由比ヶ浜から連絡を受けたそのすぐあと、雪ノ下は両親からもこの花火大会への顔出しを頼まれたが、前世同様断った。

 

雪ノ下から花火大会への参加を断られた由比ヶ浜は本音を言えばカナデを誘いたかったが、肝心のカナデの連絡先をしなかった為、誘うに誘えなかった。

 

葉山を誘うと必ず相模もついてくるだろう。

 

前世でも相模にはどこか苦手意識を持っていた由比ヶ浜だったが、後世ではそれが更に拍車がかかっている。

 

三浦が前世と異なり、テニス部のマネージャーをしていることから、この後世では三浦の代わりに相模が葉山グループのメンバーとなっているため、相模のわがままな言動は前世よりもひどい。

 

むしろ、三浦の方がマシだったと思えるレベルだ。

 

現に同じグループメンバーだった筈の大和は相模が実質グループから追放した。

 

ほんの些細な綻びが自身の命取りになるのは川崎の一件から伺える。

 

葉山グループからの追放は学校からの追放を意味するのは大和の一件を見たら一目瞭然だ。

 

初めての海洋実習の際、由比ヶ浜と相模は同じ科であり、同じグループメンバーであることを良い事に、相模は仕事を由比ヶ浜に押し付けてきた。

 

そして由比ヶ浜が手こずっていると、ネチネチと嫌味を言ってくる。

 

あまり波風を立てたくなかった由比ヶ浜はただ黙って相模の嫌味にただ耐え続けた。

 

そして、今回の花火大会で葉山を誘えば彼の事だ、『みんなで行こう』 とか言っくるだろう。

 

葉山が来るのであれば当然、相模も来る。

 

彼女が来たら、色々とマウントを取られてグチグチと嫌味を言われそうだったので、由比ヶ浜は今年の花火大会へ行くのを諦めた。

 

由比ヶ浜が今年の花火大会への参加を諦めたことが偶然にもカナデとシュテルとの障害が自然と解消できることとなった。

 

 

シュテルがカナデと千葉みなとで行われる花火大会に行く事になり、反対に由比ヶ浜が不参加となった頃、晴風クラスでは、

 

「はぁ~やっとブルーマーメイドフェスタが終わった~」

 

西崎が両手をうーんと上げて背伸びをする。

 

「あっ、そうだ!!ねぇ、折角だし旅行にでもいかない?」

 

明乃が旅行に行かないかと提案する。

 

「いいね、旅行!!賛成!!」

 

期末テスト前、松永の実家が温泉旅館であり、夏の温泉についての効能などを聞いていた事を思い出し、ブルーマーメイドフェスタもこうして無事に終わり、来月の遊戯祭‥そしてその準備までわずかながらも時間が出来た。

 

高校生となっての初の夏休みであり、あの実習で絆が他のクラスよりも強くなった。

 

思い出作りとして夏休みにクラスメイトだけの旅行と言うのもなかなか乙なモノだ。

 

明乃の提案に西崎は賛成した。

 

「タマも行くよね?」

 

「うぃ」

 

「じゃあ、他にも行けそうな人に声をかけようか?」

 

「おおー!!」

 

西崎と立石以外にも旅行に行ける人が居ないか探すことにした。

 

その結果、行けるのが、明乃、西崎、立石、真白、美波、鈴のメンバーとなった。

 

やはり、残り僅かな夏休み期間に、明乃の急な提案だったので、ほとんどの生徒が実家に帰省するか、他のクラスメイトと既に予定をいれていた。

 

それでも、これだけの人数が集まったのだから良しとしよう。

 

美波を誘った時、当初は旅行への話に難色を示したが、ウルスラが、気分転換になるので、行ってくると良いと美波に旅行を勧めた。

 

真白の場合、美波同様最初は、旅行には渋っていたが、明乃にシュテルもその旅行に来るのかを訊ねると、明乃はシュテルも当然誘うつもりだと言うと、真白も旅行に来ることになった。

 

なお、明乃はもえかにも声を当然かけたが、もえか自身もやはり、一学期にRat事件に巻き込まれたことで、長野の実家に心配をかけたという事で帰省すると言われ、明乃ももえかも残念がっていた。

 

そして、シュテルの方も明乃たちの旅行期間と千葉みなとの花火大会が被ってしまったことで、カナデとの約束が先約のため、シュテル自身もなくなく、明乃との旅行を諦めた。

 

シュテルが来ないと知って真白はショックを受けていたが、一度行くと決めてしまった手前、やっぱり行かないとは言えず、結局そのまま旅行に行くことになった。

 

家族からも行ってらっしゃいと勧められていたのも要因の一つだった。

 

その後、旅行に行くメンバーたちは、その後旅行の行き先を相談した。

 

西崎と立石の二人は旅行先には、温泉は外せないと言う事で、旅行先には手軽に行ける距離の海と温泉という事で、千葉の房総に行くことになった。

 

当初は、松永の実家の旅館も候補に挙がったのだが、彼女の実家が群馬であり、近くに海が無いことから距離と立地条件から今回は見送られた。

 

日本が地盤沈下したとはいえ、日本全土全てが海に沈んだ訳ではなく、内陸や山間部は今でも残っている。

 

松永の実家である群馬はそのほとんどの土地が沈むことなく残っていたので、周りに海がなかった。

 

彼女が海に強い憧れを抱いたのは、生まれ故郷の立地条件に影響があったのかもしれない。

 

残り僅かな夏休みであるが、それぞれが様々な形で残りの夏休みを満喫しようとしていた。

 



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116話

時間的に明乃たちの旅行が先なので、今回は明乃たちの旅行編です。


 

 

ブルーマーメイドフェスタが無事に終わり、残り僅かな夏休みを満喫する横須賀女子の学生たち。

 

明乃たちは千葉の房総へプチ旅行に行くことになり、シュテルはカナデと共に千葉みなとで行われる花火大会に行くことになった。

 

房総へ旅行に行く明乃たちは、準備を整えて水上バスにて神奈川県の横須賀から千葉県の房総へと向かった。

 

旅行のメンバーは、明乃、真白、鈴、美波、立石、西崎の六人。

 

水上バスの中ではクラスメイト同士で旅行に行くという事で明乃たちのテンションは高く、旅行先についたら何処へ行こう、何をしよう、と話したり、お菓子を食べながらトランプをしたりした。

 

ただ、トランプの勝敗は様々なゲームをしたのだが、最下位はすべて真白だった。

 

横須賀から水上バスに乗って、数時間程で目的地の千葉県房総に到着した。

 

目的地に到着すると、一行は早速、予約したホテルへと向かい、チャックインした。

 

チェックイン後は、

 

「さて、無事にホテルに到着したし、どうする?」

 

「私は海に行きたいです!!」

 

「アタシたちは、やっぱ温泉かな?」

 

「うぃ」

 

鈴は海水浴を希望し、西崎と立石は海水浴よりも温泉に行きたいと言う。

 

そこで、一行は二手に分かれた。

 

明乃、真白、鈴、美波の四人は海水浴へと行き、

 

西崎と立石の二人は近場の温泉に向かった。

 

 

「海だー!!」

 

海水浴にて、更衣室で着替えると明乃たちは真夏の海水浴場へと繰り出す。

 

砂浜を歩いていると明乃は周囲をまるで何かを探すように見渡している。

 

「ん?どうしたの?岬さん」

 

鈴が声をかける。

 

「うーん‥‥漫画やアニメだとスイカ割りって結構、海水浴の定番だと思っていたけど、実際にやっている人って居ないなぁ~って思って」

 

「あぁ~‥‥確かに‥やっぱりスイカが勿体ないからかな?」

 

「そういえば、私‥スイカ割りってやったことないかも‥‥」

 

明乃と鈴はスイカ割をやっている人が居ないと言うが、晴風が赤道祭の準備をしている時、万里小路たちは実際に晴風の甲板でスイカ割りをしていた事を二人は知らない。

 

その後、明乃と鈴は海の中へと入る。

 

海の家で借りてきた浮き輪にしがみつき、波間にプカプカ浮いている。

 

「やっぱ、夏は海だよねぇ~」

 

「海はいつも見ているけど、夏の海はなんか、ちょっと違う気がするしね~」

 

「そう言えば、夏の海でよく、男の人に声をかけられるって聞いたけど、私は今まで声をかけられたこともないなぁ~」

 

明乃は海に来た時、スイカ割りを見かけたこともなく、ナンパされたこともないと呟く。

 

「わ、私はその方が良いかな?やっぱ、知らない男の人に声をかけられるのは‥‥」

 

鈴はこれまでナンパを受けたことはないが、今後もそう言った機会は出来ればない方が良いと呟く。

 

明乃と鈴が海にいる時、真白と美波は砂浜のパラソルの下に居た。

 

「海‥ですね‥‥」

 

「海‥だな‥‥」

 

パラソルの下、真白と美波は海をジッと見ている。

 

真白は黒いビキニの水着の上に白いパーカーを羽織っており、美波も同じく水着の上から水色のパーカーを着ている。

 

「美波さん‥泳がないんですか?」

 

真白は美波に明乃や鈴みたいに海に入らないのかと訊ねる。

 

「私はまだいい‥‥そう言う副長はどうなんだ?」

 

すると、美波は同じ質問を真白に返す。

 

「私もまだいいです」

 

しばらくの間二人は海を眺めていたが、不意に美波が立ち上がると、

 

「ちょっと飲み物を買って来る」

 

「はい」

 

と言って、自販機がある海の家の方へと向かって行った。

 

真白が美波を見送ってから数分後、

 

「ふぅ~気持ちよかった~」

 

「副長も来れば良かったのに」

 

海から上がってきた明乃と鈴が真白の居るパラソルの下にやってくる。

 

「誰か荷物の番をしていないといけないでしょう」

 

真白が海に入らなかったのは、ビーチに残された荷物の番をしていたからだった。

 

不幸体質な真白の事だ、自分だけの荷物か財布が置き引きに遭うビジョンが脳裏に浮かんだのだろう。

 

「あれ?美波さんは?」

 

明乃は真白と一緒に居るかと思った美波が見当たらないので、彼女の居場所を訊ねる。

 

「あっ、さっき、飲み物を買いに‥‥って、ちょっと遅いな‥‥」

 

自販機に飲み物を買いに行くにしても遅い。

 

「ま、まさか、ゆ、誘拐‥‥とか?」

 

鈴は美波がなかなか帰ってこない理由が誘拐なのではないかと恐る恐る言う。

 

「「誘拐!?」」

 

鈴がどうして美波が迷子ではなく誘拐と言う結論に至ったのか?

 

それは、

 

「あ、ありえるな‥美波さん、飛び級するほどの秀才だし‥‥どこかの国の工作員に拉致された可能性もあるな」

 

かつて犯罪組織の残党に誘拐された経験がある真白は鈴の仮説もあながち冗談ではないと言う。

 

その理由は、美波が飛び級する程の頭脳の持ち主であり、医療研究者として優秀な人材だからだ。

 

Ratウィルスのワクチンを作ることが出来たのだ。

 

その反対にウィルスを作ることも出来る筈‥‥

 

彼女がその気になれば、それこそRatウィルス以上の殺人ウィルスを作れるかもしれない。

 

美波の知識を軍事転用として彼女を狙う国があっても不思議ではない。

 

「そ、そんな!?み、美波さんが‥‥」

 

自分で言っておいて美波が誘拐されたと思った鈴は涙目。

 

「さ、探そう!!まだこの近くにいるかも!!」

 

「は、はい!!」

 

「そうですね!!」

 

三人は急ぎ、美波を探し始める。

 

しかし、美波の姿は見つからない。

 

「これだけ探しても居ないなんて‥‥」

 

「これは警察に届けた方が良いかな?」

 

「うぅ~‥‥美波さん」

 

何処を探しても美波の姿は見つからず、鈴は涙目になる。

 

本当に美波が誘拐されたかと思いきや、

 

「迷子センターからのお知らせです。鏑木美波ちゃんというお子様を‥‥」

 

迷子センターから聞き慣れた名前が出てきたと思ったら、

 

「私はお子様ではない!!」

 

放送の背後から美波にしては珍しく、彼女の大声が聞こえて来た。

 

「美波さん‥‥無事だったんだ‥‥」

 

「‥‥迷子センターに居たみたいですね」

 

誘拐だと思い美波を必死に探し回っていた自分たちが馬鹿らしく思えた。

 

しかし、美波の無事が確認できたので、迷子放送を聞いた三人は美波を迎えに行くため、迷子センターへと向かった。

 

その向かった迷子センターでは、

 

「迷子じゃないのに迷子センターに連れて行かれた!!『お母さんドコ』 って言われた!!何だ!?これ!?」

 

美波にしては珍しく、感情を露わにして自身が迷子に間違えられたことに対して怒っていた。

 

「どうもすみません。」

 

「ご迷惑をおかけしました」

 

真白と明乃が迷子センターの職員に謝り、

 

「い、いえ此方こそ、間違えてすみませんでした」

 

センターの職員も真白に美波を迷子と勘違いしたことを謝った。

 

 

 

 

美波が迷子に間違えられた頃、温泉に向かった西崎と立石は‥‥

 

 

「ふぅ~‥‥りっちゃんの言った通り、夏の温泉もなかなかのモノだねぇ~‥‥」

 

「うぃ~」

 

ホテルとは別の温泉を堪能していた。

 

ホテルの温泉は夜に入るので、それは夜の楽しみにして、こうして別の温泉に入っている。

 

夏休み前に実家が群馬で老舗温泉旅館をやっている松永に夏の温泉について色々と聞いていた二人。

 

話を聞いた当初は真夏の暑い環境下での温泉なんて、ちょっと‥‥と思っていたが、松永から話を聞いてこうして温泉に入ってみると、彼女の言った事が理解できる。

 

温泉に浸かっていると、

 

「うぃ?」

 

立石がジッとある方向をジッと見つめている。

 

「ん?どうしたの?タマ」

 

「あ‥れ‥‥」

 

「ん?」

 

立石は自分がジッと見つめていた場所を指さす。

 

西崎が立石の指先に視線を向けると、そこは‥‥

 

「サウナ?」

 

立石はサウナを指さしていた。

 

「タマ、サウナが気になるの?」

 

「うぃ」

 

「そういえば、りっちゃんが‥‥」

 

西崎は、夏の温泉を勧めていた時、松永がサウナについて勧めていた事を思い出す。

 

 

「温泉も良いけど、サウナも良いんだよぉ~」

 

「サウナってあの蒸し暑い部屋の‥‥?」

 

「うん。サウナ→水風呂→外気浴を繰り返すと、その内ディープリラックス状態になるんだよぉ~‥‥近頃ではその事を『整い』って言うらしいんだ~」

 

「へぇ~‥‥」

 

「それにサウナにはサウナの効能があるんだよぉ~」

 

「へぇ~どんな効能?」

 

「よく誤解されることだけど、サウナに入ったからと言って身体の脂肪が燃焼されることはないよぉ~」

 

「えっ?そうなの?」

 

てっきり、サウナに入り、汗をびっしょりとかけば身体が痩せるかと思っていた西崎。

 

「うん。サウナの後で体重が落ちているのは、身体の水分が放出されるからなんだな~」

 

「そうなんだ‥‥」

 

「で、サウナの効能だけど、まずは血液循環の改善で、血流が良くなって筋肉のコリが無くなったり、軽くなったりするし、新陳代謝の活性化による美肌効果」

 

「美肌効果!?」

 

「うぃ!?」

 

松永の美肌効果という単語に反応する西崎と立石。

 

内田が居たら、彼女もきっと反応しただろう。

 

「うん、余分な水分を放出するから、むくみ解消の効果もあるって言われているよぉ~。それに入る姿勢にも特に制限はないし~でも、他の人に迷惑をかるのはNGだし、体調が悪い時には入らないようにねぇ~あと、サウナの前後には十分な水分補給をしないとダメだよぉ~」

 

 

と、松永からサウナの効能とやり方を聞いたことを思い出した。

 

 

 

「タマ、行ってみる?」

 

「うぃ」

 

二人は温泉から上がり、サウナの近くに設置されていた冷水機で軽く水分補給をした後、サウナの扉に手をかけた。

 

「うぁっ、蒸し暑っ!?」

 

「うぃっ!?」

 

扉を開けるとぶわぁっとした蒸し暑い空気が二人を襲う。

 

「鼻から吸った空気で喉の奥が蒸される感じ‥‥」

 

「うぃ‥‥」

 

「機関科の人たちはいつもこれに似た空間で仕事しているのか‥‥」

 

機関科のクラスメイトからよく、航行中の機関制御室がサウナ状態だと愚痴っているのを聞いた西崎はこのサウナの環境と同じ空間で仕事をしている機関科のクラスメイトに同情すると共に自分では無理だなと思った。

 

「えっと、確かサウナは一回、五分くらいって、りっちゃんが言っていたね」

 

「うぃ」

 

二人は椅子に腰かけ、五分経つのを待った。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

最初はジッとしていたが、

 

「暇だね」

 

「うぃ」

 

なにもしない五分というのは意外にも長く感じた。

 

それから五分後、二人はかけ湯をして汗を洗い流し、水風呂へ‥‥

 

「うぅ~‥‥なんか、緊張するね」

 

「うぃ」

 

水風呂を前に入ることに戸惑う二人。

 

しかし、このまま水風呂の前に立ちすくんでいるわけにはいかないので、意を決して二人は水風呂へと入る。

 

「あひぃ~!!」

 

「うぃー!!」

 

水風呂は思ったよりも冷たかった。

 

その冷たさに思わず悲鳴を上げる二人。

 

「ここの水風呂冷たいでしょう?」

 

すると、水風呂に入っていた他の利用客が二人に声をかける。

 

「海洋深層水を使っているみたいよ」

 

「そ、そうなんですねぇ‥‥」

 

「う、うぃ‥‥」

 

震える声をだしながら、どうしてこの水風呂がこんなにも冷たいのか、理解した二人だった。

 

水風呂から出た二人はしばし外気浴‥‥

 

そしてサウナに‥‥再び、水風呂、外気浴‥‥

 

これを三セット繰り返した。

 

「何か変わった?」

 

「うぃ?」

 

サウナの効能があったのか分からない二人であったが、

 

 

ぐぅ~‥‥

 

 

二人のお腹の虫が鳴った。

 

「お腹すいたね‥‥」

 

「うぃ‥‥」

 

温泉を後に、二人はレストランへと向かった。

 

勿論、レストランに行く前に脱衣所で瓶牛乳を飲むのも忘れなかった。

 

 

二人がレストランで食事をしている頃、海水浴に出た明乃たちも海の家でお昼ご飯を摂っていた。

 

明乃たちが座るテーブルには海の家では定番の料理、カレー、焼きそば、ラーメンが並ぶ。

 

「海の家の料理ってなんか不思議だよね」

 

カレーを見ながら明乃が呟く。

 

「えっ?なにがです?」

 

真白は海の家の料理のどこが不思議なのか分からない。

 

「だって、見てよこのカレー‥‥全然具が入ってないじゃん」

 

「あぁ~確かに普段食べたらどうかな~って思っちゃいますけど、こういう所で食べると美味しく感じちゃいますよね」

 

鈴も明乃の言っていることに理解を示す。

 

美波もこれまでの人生の中でクラスメイトと旅行に来るのも、海の家に来たのが初めての経験だったので、顔にはあまり出さないが、それでも彼女の仕草を見る限り嬉しそうだった。

 

太陽が水平線に沈むまで海水浴を楽しんだ明乃たちは、ホテルへと戻るとロビーで温泉巡りに出ていた西崎と立石と合流する。

 

海水浴に行ったので、お風呂に入りたい明乃たち。

 

西崎と立石もこのホテル温泉がどんなものなのか気になったので、このまま温泉に行くことになったのだが、

 

「まだお風呂に入るのか?」

 

と、西崎と立石の行動に真白はやや呆れていた。

 

温泉に入った明乃たち一行‥‥

 

「ふぅ~流石、お風呂通のメイちゃんが選んだホテル‥‥いい温泉‥‥」

 

「でも、なんか湯気凄くない?」

 

「ほんと、周りが湯気で真っ白‥‥」

 

「でも、そこまで熱くはないよねぇ~」

 

「でも、湯気凄い‥‥」

 

温泉の温度は熱くもなく、ぬるくもなく、ちょうどいい湯加減だったのだが、辺りは湯気が凄く、まるで濃霧の中に居るかのように真っ白だった。

 

「大丈夫だって、円盤ならきっとこの湯気はカットされているから」

 

「円盤って何?」

 

「まぁ、そこは大人の事情?」

 

「メタな発言は止めい!!」

 

『円盤』と謎のワードを口走る西崎にツッコミを入れる真白だった。

 

「ふぅ~気持ちよかった~」

 

「お風呂上りにはやっぱり‥‥」

 

「これだよねぇ~」

 

明乃たちは温泉から上がり、脱衣所で浴衣に着替えると、脱衣所で販売していた瓶牛乳を買って飲んだ。

 

温泉を堪能してホテル内を歩いていると、

 

「あっ、卓球台がある」

 

「ホントだ」

 

娯楽室に卓球台が設置されていた。

 

「温泉と言えば、瓶牛乳の他に卓球だよねぇ~」

 

「折角だから、ゲームしながらやろう」

 

「古今東西だね」

 

「お題に応えて球を打つあれか」

 

「あっ、でも、折角なら何か罰ゲームでも決めよう!!」

 

西崎は折角古今東西で卓球をするのなら、罰ゲームも含むゲームをしようと言う。

 

「ば、罰ゲーム‥‥」

 

『罰ゲーム』と聞いて鈴は不安そうな顔をする。

 

「無理難題だったり、暴力的な罰ゲームは賛同できないな」

 

真白は罰ゲームの内容次第では参加しないと言う。

 

「じゃあ、みんなにジュース一本奢るとか?」

 

「まぁ、それなら‥‥」

 

明乃が罰ゲームの内容を提示して、ビリの人は他の人にジュースを一本奢ると言う内容になり、真白もその内容に納得した。

 

こうして夕食までもう少し時間があったので、明乃たちは卓球‥しかも古今東西をしながらプレイした。

 

「ふむ、では一回戦目のお題は‥‥」

 

美波が審判を務め、立石が記録係りを務め、明乃、鈴、西崎、真白がラケットを構える。

 

そして、美波の口から一回戦目のお題が告げられる。

 

一回戦目のお題は‥‥

 

「天王星の衛星の名前!」

 

「っ!?」

 

お題を聞いて真白の顔が困惑した。

 

「はじめ!」

 

そして球が弾いて明乃が良い音を立てながらお題を応える。

 

「アリエル」

 

続いて西崎も、

 

「ウンブリエル!」

 

続いて鈴も、

 

「チタニア」

 

「えっ?えっ?」

 

真白がお題に応えられなく失敗した。

 

「ちょっと待って問題むずかしくないか!?」

 

真白がお題について難しいとクレームをつけるが、

 

しかし美波は続けるように、

 

「第二回戦! お題は‥‥人を襲うサメの名前!!」

 

美波は人を襲う可能性があるサメの名前をお題にしてきた。

 

(さ、サメだと!?しかも人を襲う‥‥あっ、確かアメリカの有名なサメ映画に登場したあのサメのモチーフは確か‥‥)

 

美波のお題を聞いて、真白はアメリカのとある有名なパニックモノのサメ映画に登場するサメのモチーフになったサメの種類を必死に思い出す。

 

(((お題がサメって、やっぱりあのぬいぐるみの一件かな?)))

 

美波が知っていたのかは分からないが、あの実習中に伊201に追いかけられた時、寝ぼけた真白がサメのぬいぐるみを持って艦橋に来たことから二回戦目のお題にサメを持ってきたことが関係あるのかと勘繰る明乃たちだった。

 

「イタチザメ!!」

 

明乃が球を打って応える。

 

「シュモクザメ!!」

 

続いて西崎も答えながら、球を打つ。

 

「ほ、ホオジロザメ!!」

 

そして、鈴が答えを言った後、真白が球を打ち返そうとしたのだが、

 

「言われた!」

 

どうやら、真白は鈴の答えた『ホオジロザメ』と答えるつもりだったのだが、鈴に先に言われてしまった。

 

「ちょっと、もしかして私を抜いて打ち合わせでもしたの!?」

 

「いや‥‥」

 

「ぜんぜん」

 

「そんなことはありませんよ」

 

真白はあまりの出来レースに自分以外のメンバーが事前に打ち合わせでもしたんじゃないかと思ったが、明乃たちはソレを否定する。

 

「じゃあ、次のお題は私に決めさせて!!」

 

そこで、本当に打ち合わせをしたのではないならば、三回戦目のお題は自分が決めると言う。

 

「いいよ」

 

「OK」

 

「どうぞ‥‥」

 

三人は止めることなく、真白に三回戦目のお題を決めて良いと言う。

 

そして、球を打つ姿勢を取って真白は大きくお題を言った。

 

「国旗に星のマークが入っている国の名前!アメリカ!」

 

そして真白が球を打つ、続いて西崎が、

 

「トルコ!!」

 

お題に答えて球を打ち、

 

「シンガポール!!」

 

続いて明乃も答えて球を打ち、

 

「お、オーストラリア」

 

鈴も打ち返す。

 

そして、真白の番になるのだが、

 

(あ、アメリカしか思い浮かばない‥‥)

 

球を打ち返すことが出来ず、やはりと言うか、最下位は真白だった‥‥

 

 

夕食は地元の海で取れた魚介類をふんだんに使用された海鮮料理だった。

 

明乃たちは房総の海鮮料理に舌鼓を打った。

 

「そう言えば、マロンちゃんは千葉の出身だったよね?」

 

明乃はこの場には居ない柳原の事がふと脳裏をよぎった。

 

元々、晴風の艦長となってからクラスメイトの名前と誕生日、出身地を覚えていた明乃。

 

だからこそ、千葉に居るので、柳原の事が思い浮かんだ。

 

「うん、確かそう聞いたことがある」

 

鈴も柳原が千葉出身だという噂を知っていた。

 

「それで、マロンちゃんが苦手な食べ物がお魚料理なんだって」

 

「へぇ~‥‥」

 

「意外‥この前、釣りをしていたのに‥‥」

 

柳原が苦手な食べ物がお刺身を始めとする魚料理が苦手らしい。

 

鈴としてはあの柳原に苦手な食べ物があることに意外性を感じた。

 

しかも、釣りをしていたぐらいなので、てっきり魚料理も好きだと思っていた。

 

だが、柳原は魚料理が嫌いだった。

 

理由は柳原が産まれた場所が影響しており、柳原の祖父は漁師で柳原家には毎日、新鮮な魚がもたらされ、日々の食事は肉や野菜よりも魚が多かった。

 

魚中心の食生活の為、彼女は魚料理に飽きがきて、魚料理が苦手になっていた。

 

「岬さんはなにか苦手な食べ物とかありますか?」

 

「うーん‥‥特にないかな」

 

もえか同様、明乃も施設出身故に嫌いな食べ物はなかった。

 

食事が終わり、部屋で待ったりしていると、

 

「ねぇ、折角だし、怖い話でもしない?」

 

西崎が旅行の夜に定番の一つ、怖い話をしようと提案してきた。

 

「えっ?」

 

西崎の提案に真っ先に反応したのは真白だった。

 

「実習中、ココちゃんから色々怖い話を聞いてちゃんと仕入れてあるからね」

 

あの実習の最初の夜、晴風の艦橋にて納沙は海にまつわる怖い話を艦橋メンバーに披露していた。

 

その後の当直で納沙と西崎の二人の時も納沙は西崎に怖い話をしていたのを真白は覚えている。

 

「うわぁ~面白そう!!」

 

明乃は興味ありげで西崎の提案に乗った。

 

「うぅ~‥‥こ、怖い話はちょっと‥‥」

 

鈴も怖い話と聞いてちょっと怯え気味。

 

「ほら、知床さんも怯えている事だし、ここはもっと別の話題にしないか?」

 

鈴に便乗するように何とか話題を変えようとする真白。

 

実は言うと、真白はこうしたオカルトの類は苦手だったのだ。

 

「えっ?でも、シロちゃんこの前、怖い話をしたじゃん」

 

「あれはどう考えても怖い話じゃないでしょう!?それにほら、美波さんも居る訳だし‥‥」

 

真白はさらに美波も味方につけようとするが、

 

「私は別に構わないぞ」

 

と、美波は意外にも怖い話に賛成の姿勢を見せた。

 

「えっ!?」

 

科学者肌の美波ならば、オカルトなんて信じないか、飛び級しても十二歳なので、怖い話は苦手かと思った真白の思惑は外れた。

 

「立石さんはどうなんだ?怖い話‥平気なの?」

 

続いて真白は立石に意見を求める。

 

「こわ‥い‥話‥‥大丈夫‥聞く‥‥」

 

立石も怖い話で構わないという。

 

四対二となり、話題は怖い話となった。

 

「よーし!!頑張っちゃうよぉ~!!この前は岬さんにしてやられたけど、今回はそのリベンジだ!!」

 

これから怖い話をするというのになぜか気合が入っている西崎。

 

 

こうして、怖い話大会が行われることになった。

 

場を盛り上げるため、部屋の電気は消され、部屋に常備されていた懐中電灯の明かりのみとなる。

 

流石にロウソクはないし、そもそもホテルの部屋で火を使うのは大変危険だし、ホテルに迷惑がかかる。

 

「さて、じゃあまずは私から行こうか?」

 

最初の話は言い出しっぺの西崎から始まった。

 

「夏‥‥学生たちが休みとなり、海、山、川‥普段人がこない場所に人が溢れる時期となります‥‥そんな夏休み期間中、お盆と呼ばれる死者が戻ってくる時期があります‥‥そんな時期には、様々な事故も起きますが、それは本当にただの事故なのでしょうか?‥‥もしかしたら、それは、奇妙な世界‥あるいはそこで無念の死を遂げた者たちが仲間を増やそうとしているのかもしれません‥‥」

 

西崎は、口元を不気味にゆがめ、他のメンバーを上目遣いでみるが、その目もなんか怪しい目つきで見る。

 

~♪~~♪~~~♪

 

~♪~~♪~~~♪

 

そして、立石はスマホから、世にも〇妙な物語よりストーリーテラーのBGMを流している。

 

「タマちゃん、何やっているの?」

 

いきなり不気味な音楽を流されて鈴は震えた声で立石に何をしているのかを問う。

 

「なんと‥なく‥‥」

 

この場を盛り上げようと、タマはストーリーテラーのBGMを流したみたいだ。

 

「では、改めて‥‥これはとある海辺の町で起きた出来事なんだけど‥‥」

 

西崎は、ゆっくりとした口調で怖い話しを話し始めた。

 




美波さんの迷子ネタは、彼女の中の人ネタです。

むしろ、これを描きたくて、今回の旅行に美波さんが来てくれたようなものです。

美波さんよりも身長が低いテアもきっと、一人でぶらつくと迷子に間違われるでしょうね。

美波さんの中の人ネタの下になったあの子も中二なのに、身長が140㎝に届いていませんでしたから‥‥


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117話

今回も明乃たちの旅行編で、彼女たちが怪談話をしています。


残り僅かな夏休みを利用して、明乃たちは千葉県の房総へプチ旅行に来ていた。

 

日中は海水浴に地元の温泉、夜はホテルの温泉に夕食とバカンスを楽しんだ明乃たち。

 

そして、夜となり入浴を済ませ夕食も食べ終わった頃、西崎が怖い話をしようと提案する。

 

ホラーやオカルトの類が苦手な真白と鈴は反対するもその他のメンバーが乗る気だったので、夜の残りの時間が怪談話となり、最初は言いだしっぺの西崎が怖い話をすることになった。

 

「‥‥これはとある海辺の町で起きた出来事なんだけど‥‥」

 

 

 

 

サラリーマンAの趣味は釣りだった。

 

彼は海、川、湖どこでも場所を問わず幅広く釣りを楽しんでいた。

 

そんな彼が一番好きな釣りは船で海の沖合まで行く沖釣りだった。

 

彼は、長期連休を目前にして心は居ても立っても居られない状態だった。

 

というのも、その長期連休を利用して釣り仲間と旅行がてら海釣りを堪能するという企画を立ち上げ、首を長くして待ちわびていたのだ。

 

日中は一日中ほぼ釣り三昧。

 

夜は自分たちが釣った海の恵みを肴にして地元の名酒を嗜む。

 

それを想像するだけで心が踊る。

 

そして連休初日、彼は仲間二人の計三人で車に乗り込み、馴染みの港町へと向かいまずは旅館でチェックインを済ませた。

 

彼らの住んでいる所からこの港町までは少し遠かったので、初日は温泉と旅館の食事を楽しみ、翌日から休みが明けるまで釣り三昧の予定だった。

 

深夜に目を覚ますと彼らはテキパキと着替えと釣りの準備して、日が出る前には宿を後にした。

 

釣り人の朝は物凄く早いのだ。

 

乗せてもらう船の船長とはもう長い付き合いで、地元でもベテランの漁師であり、海の事は知り尽くしたという知識と経験に彼らは絶大な信頼感があった。

 

船に乗り早速沖へと向かう。

 

夜の海はどこまでも続く漆黒の闇で船の光が無ければ、自分の体すらはっきりとは見えない。

 

月が出ていればある程度は見えるが、見えると逆に広大な自然の中にポツンと置かれている状況が目に入り恐怖すら感じる。

 

船を止めて釣りを始めた頃にようやく空も段々と白み始めた。

 

船長がおすすめの穴場スポットは外れがなく、彼らは魚を釣りまくった。

 

彼らがある程度の釣果をあげた頃、Aはある音に気づいた。

 

 

ギィ…ギィ…

 

 

何かが軋むような音が、波の音の合間に確かに聞こえた。

 

当初彼は船が波で揺れた音かと思ったが、それなら釣りをしている間にも聞こえた筈だ。

 

突然聞こえ始めた音に仲間たちも「なんだろうね?」と首をかしげる。

 

どうやらこの音は他の仲間たちにも聞こえたみたいだ。

 

となると、やはり船が波で揺らいだ音なのだろうか?

 

Aたちが怪訝な顔をしていると、音を聞いた船長が突然、

 

「お客さんたち、すまんが潮が変わったみたいで今日は終わりだね。すまないね」

 

と、船を動かして港に引き返し始めた。

 

船長の態度に違和感を覚えるも船では船長の言葉は絶対であるし、『明日もあるしな』 と思い、その日は麓の町を観光することにした。

 

しかし、Aは陸に戻ってからも、あの音が気になって考えていた。

 

魚の食いは絶好調だったのになぜ船長は帰る選択をしたのか?

 

いつもなら船長の方が率先して粘り、魚が食いつくまで海に居る筈だったのに‥‥

 

あの音を聞いてまるで逃げるように戻った事から、あの音には何か秘密があると思ったのだ。

 

 

次の日、また日が昇る前の夜中から船に乗り込み、沖へと向かう。

 

スポットまでの移動中にAは何気なく船長に訊ねた。

 

「なぁ、船長、昨日聞いたあのギィギィっていた音はなんなんだ?」

 

すると船長は少し困ったような顔をして、

 

「まぁ、帰れっちゅう合図だわ」

 

と答える。

 

船長の答えに腑に落ちず、もう少し詳しく聞こうと思ったのだが、ポイントに到着したので彼らは釣りを始めた。

 

波はとても静かで、いわゆる凪の状態‥‥

 

海だけでなく彼らの竿も静かで、会話をすることもなく静寂な時間だけが過ぎていく‥‥

 

そんな中、

 

 

ギィ…ギィ…

 

 

昨日聞いたあの音が聞こえてきた。

 

この音は一体どこから聞こえてくるのだろうか?

 

耳を澄ませてみると、その音は海の彼方から聞こえる。

 

そして目を凝らしてみると、水平線の彼方に何かが居る事に気がつく。

 

それは小さな木造船のようで、誰かが船上に立ち艪を動かしていた。

 

その木造船はゆっくりと確実に自分たちに近づいてきた。

 

「船長、木造の艪漕ぎの船がこっちにちかづいているみたいですけど‥‥」

 

Aが船長にそう伝えると、

 

「本当か!?」

 

船長は大声を出して次に、

 

「漕いでいる人は何人いる!?」

 

と、訊ねてきた。

 

Aたちが木造船には二、三人居ると答えると船長は急に船を動かした。

 

「荒っぽくてすまんが、急いで戻るぞ!!」

 

船長のただならぬ雰囲気に彼らにも緊張が走る。

 

一体あの木造船は何なのだろうか?と思っていると、船のエンジン音に混じってまたギィギィと櫂を漕ぐ音が聞こえてきた。

 

Aがまさかと思い後ろを振り返ると、あの木造船がだんだんと近づいてくる。

 

手漕ぎの船がエンジン付きの船に追いつくなんて有り得ない。

 

一体あの船は何なのかとジッと見つめているとAは見てしまった‥‥

 

船に乗り櫂を漕いでいたのはミイラだった。

 

骨と皮だけになって、とても生きているとは思えない人が、それでも手を動かして櫂を漕ぎ向かってくる。

 

「船長、近づいてくる!」

 

Aは恐怖から思わず声をあげるが、船長は反応すらせず操縦に夢中だった。

 

その様子はまるで一心不乱にあの船から逃げているみたいだ。

 

「ありゃ一体、何なんだ…。」

 

見える仲間と呆然としていると陸が見え始め、追ってくる船は次第に離れてやがて見えなくなった。

 

陸に上がると船長は、

 

「今日は宿ではなく、神社に泊まらなければならない」

 

と言って、Aたちを地元の神社に案内した。

 

神社に着くと船長は神主に、

 

「このお客さんたちが 『かじこ』 を見ちまったんだ」

 

と、訳を話していた。

 

船長から訳を聞いた神主はAたちを強引に宿泊させた。

 

Aは先程船長の口から洩れた『かじこ』の正体を神主に訊ねた。

 

すると、神主はAたちに『かじこ』について教えてくれた。

 

 

明治初期の頃‥‥この地域では漁業が主な仕事であり、家族総出で海へ出て生活を支えるのが日常だった。

 

当時は学校なんてものも普及していなかったので、端もいかぬ子供も貴重な労働力であった。

 

ところが漁獲量の増加と人出不足が相まって、どこからか労働力を調達しなければ収入が減り、他所に追い抜かれる。

 

そこで白羽の矢が立ったのが、生活苦によって売りに出されたり、身寄りが無く行き場を失った子供たちだった。

 

今では信じられない事であるが、子供が貴重な労働力として人身売買や奴隷、強制労働の犠牲となっていた時代が日本にもあった。

 

しかし、子供が働くのが当たり前な時代‥労働基準法なんて法律はなく、櫂を漕ぐ役目の子供たち‥‥『かじこ』の扱いは非人道的なモノもあり、子供たちは単なる労働力か船の部品の一部としか見なされず、朝から晩まで働きっぱなしで、逃げ出したり、反抗しようものなら凄惨な仕打ちを受けて亡くなる場合も多くあった。

 

『かじこ』の子供たちが一体どれだけ過労死、病死、事故死、自殺したのか正確な人数は分からない。

 

そんな時代が続いて、いつからかこの港町では、『かじこの亡霊を見た』 いう話が出始めた。

 

船に乗っている『かじこ』の数は見た人によって異なり、多く見えるほど近いうちに死ぬ確率が高まるそうだ。

 

おおむね四人以上だと、一週間もしないうちに何らかの理由で死亡するらしい。

 

見える『かじこ』の人数は社会的な地位に密接な関係があるらしい。

 

例えば多くの部下がいる大きな会社の社長、世間では著名な有名人や地位、権力がある議員みたいな人、村長や町長、市長、または財を多く持っているような金持ちも『かじこ』を見ると死ぬ。

 

神主さん曰く、数えきれないほどの『かじこ』を見たという大会社の社長は、数日後に崖から転落して亡くなったらしい。

 

近年は非人道的な労働は無くなり、幽霊も時間が経って成仏していっているのか、『かじこ』を見たという人自体が珍しいと言っていた。

 

Aたちは決して金持ちでもなければ、社長でもないごくごく平凡なサラリーマンであり、『かじこ』を見ても死ぬことはないと言われ、ホッとした様子だった。

 

その夜、トイレに行くたくなり、Aは目を覚ましました。

 

歩くとギィギィ鳴る廊下に、思わず『かじこ』が漕ぐ櫂のギィギィと言う音が重なって背筋が寒く感じられる。

 

とっとと用を済ませて布団へ潜り込みたい。

 

焦る気持ちで用を済ませていると、音が聞こえてきた。

 

ギィ…ギィ…

 

近いような遠いような距離感で、確かにあの音が耳に入ってきた。

 

まさか『かじこ』が来た?!

 

Aは身動きせず、息を潜めて神経を集中させ様子を伺う。

 

音はいつまで経っても止まず、不気味に一定のリズムを刻み続け、Aはどうすべきか必死に考え続ける。

 

トイレで一晩中こうしてジッとするのか?

 

いや思い切ってトイレから脱出し、神主さんたちへ助けを求めるべきか?

 

まさか『かじこ』が、自分を迎えに来た?

 

冷や汗をにじませながらAが出した結論は、『トイレから出て助けを求める』 だった。

 

息を潜めて、なるべく音を立てないよう慎重に移動し、恐る恐る扉を開けて様子を確認する。

 

するとそれはそこに居た‥‥

 

子供くらいの身長のミイラが廊下に突っ立っていた。

 

目と口にはぽっかりとやたら大きい黒い穴がアンバランスに開いていて目の前に存在しているのは確かなのだが、目の前の信じられない現実にまるでゲームの映像を見ている様な印象を受ける。

 

Aは恐怖で大声を出そうとするが、声どころか身動き一つ出来ない。

 

彼は立ったままの状態で金縛りになったのだ。

 

『かじこ』もAもピクリとも動かなかったが、『かじこ』の黒い目をみているとそれがどんどん大きくなっていき、まるで吸い込まれるかのような感覚に陥った。

 

気が付くとAは布団の中で横になっていた。

 

傍らでは神主さんが祈祷を行っており、起きたAに気づくと目が覚めてホッとしたと胸をなでおろしていた。

 

その後、Aたちはこれといった異変はなく、無事に旅行から地元に帰った。

 

 

 

 

「‥‥どうだった?」

 

西崎が怖い話を終えると、鈴と真白が抱き合っていた。

 

「まぁ、出だしとしてはまずまずだな」

 

「うぃ」

 

美波と明乃、立石は特に怖がっている様子はなかった。

 

「じゃあ、次は私ね」

 

次は明乃が怖い話をすると言う。

 

「艦長、ちょっと待ってください」

 

そこへ、真白が『待った』をかける。

 

「ん?なに?シロちゃん」

 

「この前みたいに、冗談だったり、虫に関する話は止めてください」

 

「分かったよ」

 

以前、明乃が話したムカデの話で酷い目に遭った一同‥その被害者の一人である真白は明乃に対して釘を刺した。

 

明乃自身もウルスラにキツイお灸をすえられたので、今回は西崎が話したようにちゃんと普通の怖い話をすることにした。

 

「じゃあ、話すよ。これはねぇ、私が施設時代にその施設で働いていた人から聞いた話‥‥」

 

明乃は施設時代にお世話になった施設の職員から聞いた話をみんなに語りだした。

 

 

 

 

その施設の職員Bが高校生の頃‥‥

 

Bには年の離れた弟であるCがおり、Bが高校生当時、Cは小学生だった。

 

二人は仲のいい兄弟で、夏休みに二人は両親と共に祖父母の家に泊まりで遊びに行った。

 

祖父母の家は少し歩いたところに海があり、裏手には山が広がっている田舎であったが、自然のあるいいとこ取りの立地だった。

 

夜になると大人たちは酒盛りをして盛り上がっていた。

 

まだ小学生だったCには退屈だったらしく、CはBに遊びたいとせがみ、Bは海辺に散歩でもしようと言って両親に一言声をかけ、Cと共に海辺に出かけた。

 

田舎の夜の海は同じ海辺でも都会の海辺と異なり明かりも少なく都会育ちの二人には何だか新鮮に感じる。

 

Cはパタパタと砂浜に続く階段を降りていく。

 

Bはゆっくりした足取りでCの後を歩いて行く。

 

すると、Cは海辺で人が集まっているのを見つける。

 

この時、二人は花火かお祭りでもしているのかと思った。

 

集まっている人たちは皆、白い衣装を身に纏っており、暗い浜辺でもぼんやり浮き上がっている様に見えた。

 

Cはその人たちのところに駆け寄っていく。

 

当然、BもCを追いかける。

 

するとCは、

 

「ねぇ、兄ちゃん、あの人たち拍手をしている。僕たちに『おいで』って言っているんじゃない?」

 

そう言ってCは嬉しそうにその人たちの所へと走っていく。

 

確かにBの耳にはパチパチパチと手を打ち鳴らす音が聞こえる。

 

この時、Bは妙な違和感を覚えた。

 

しかし、CはBの制止を無視してその人たちのところへと向かう。

 

「お、おい、待て!!」

 

Bは慌ててCを追いかける。

 

そして、集まっている人たちの顔を視認できる距離に近づいた時、全身に鳥肌が立った。

 

パチパチパチと言う音も聞いていて嫌悪感を覚えるし、本能的にあの人たちに近づきたくなくなってきた。

 

そこで、BはCの腕を掴み、『帰ろう』と言う。

 

しかし、CはBの声が聞こえないかの様にBの腕を振りほどいて拍手している白装束集団の下に駆け寄る。

 

そして、Cは白装束集団に声をかけるが誰も返事はせず、ただ拍手をしている。

 

白装束集団はBとCの方を向き、一心不乱に拍手しているだけ‥‥

 

その姿はまるで危険な宗教団体みたいで、なによりその人たちの顔色が青く、気味が悪い。

 

そこで、Bはあることに気づいた。

 

二人が来た時、時計の針は夜の10時を指しており、夜の浜辺で明かりも点けずに黙って拍手をしている白装束集団‥‥どう考えても不気味である。

 

Bは慌ててCに止まるように言うが、Cはその人たちに近づくが、ある程度の距離で止まり、

 

「兄ちゃん‥‥あの人たちの足‥‥」

 

「足?‥‥っ!?」

 

Cに言われ、白装束集団の足元を見ると、なんとその集団の人たちは全員、膝から下がなかった。

 

決して海に入っているとかではなく、太ももあたりから徐々に透けており、白装束集団は浜辺から数十cmほどの宙を浮いているのだ。

 

あの白装束集団は、この世の者ではないと判断したB。

 

「帰るぞ!!」

 

Bが急ぎ、Cを連れて帰ろうとした時、白装束のCと同い年くらいの男の子がCの腕を掴んでいた。

 

「おい、離せよ!!」

 

Bは男の子の腕を掴むが、男の子はがっしりとCの腕を掴み、しかも氷の様に冷たく、湿っていた。

 

やがて、男の子はCを海の方へと引きずる。

 

他の白装束集団はそれを祝福するかのように拍手している。

 

Bは男の子の顔に向かって砂浜の砂を投げつける。

 

すると、男の子は一瞬、怯むとBはCを抱きかかえて全力疾走で祖父母の家へと逃げ帰った。

 

チラッと浜辺をみると、白装束集団は狂ったように拍手をしている。

 

そして、よくよく見ると、その手は通常の拍手と異なり、手の平で拍手しているのではなく、手の甲を打ち鳴らしている。

 

あまりにも異様な光景にBは悲鳴を上げ、泣きながら祖父母の家へと逃げ込む。

 

家に戻ってきた時、既に日付は変わっていた。

 

Bは両親と祖父母に浜辺でのことを話すと、祖父から

 

「盆の期間中は水辺に行ってはいけない」

 

と、注意を受けた。

 

お盆の期間中は死者が現世に帰ってくる。

 

霊は水辺など湿った所に集まりやすい。

 

そして、海は無縁仏や海で死んだ亡者が集まっており、Bが見た変わった拍手‥‥手の甲を打ち鳴らすあの拍手‥‥あれは裏拍手と言われるモノで、死者が生者を誘う為の拍手なのだと言う。

 

 

「‥‥だから、みんなもお盆の時には海とか水辺には近づかないようにね。それと生きている人と死んでいる人の世界は裏表みたいになっていて、死んだ人は裏拍手と同じ様に着ている服も裏地を表にして、生きている人とは逆の服装をしているみたい‥‥それに靴も左右逆に履いているみたいだから、もしそんな奇妙な服装をしている人に会ったら気をつけてね」

 

明乃の話を聞いて、美波以外は怖がっている。

 

もし、この場にクリスが居たら、もう少し生者と死者の世界について詳しく教えてくれたかもしれない。

 

その次は真白となったのだが、真白は番町皿屋敷のお菊さんの話をして、ちょっと滑った感があった。

 

「じゃあ、次は鈴ちゃんね」

 

「えっ?わ、私!?」

 

次に指名された鈴は驚いたような声をあげる。

 

「鈴ちゃんの実家は神社だから不思議な体験とか怖い話には困らないんじゃない?」

 

「うぅ~私自身、そんな体験はないけど‥‥こ、これは、知り合いの人から聞いた話なんだけど‥‥」

 

鈴は恐る恐る語りだした‥‥

 

 

 

 

鈴の知り合いの人、Dの祖母の姉であるEが亡くなったので、一家総出で葬式に参列した。

 

葬儀場で一族が集まる中、Dの一個上のFと言う従兄弟が居たのだが、彼は葬式には参列していなかった。

 

この時ふと、小学生の頃に同じように親戚の葬式があってその葬式が終わってからFと遊んだ時に怖い目に遭った事を思い出した‥‥

 

ある冬の日、Eの旦那さんが亡くなり、一族が葬式の為にEの家に集まった。

 

まだ小学生だったDは葬式云々よりもFと出会い、一緒に遊べるってことしか頭になかった。

 

通夜の夜、食事の最中に「何でこんな日に亡くなるかねえ」とか親戚がボソっと口にした。

 

翌朝起きたら家の前に何か木で編んだ小さな籠みたいなものがぶら下がっていた。

 

他にも繋げ字で書かれたお札の様な短冊みたいなものも家の壁に貼られていた。

 

家中のドアや窓のあるところ全部に吊してあり、紐一本でぶら下がっているから、Dはついつい気になって手で叩いて遊んでいたら、父親に思いっきり叱られた。

 

なんでこんなモノを家に吊るすのか?

 

Dはこの地域に伝わるおまじないの類かとこの時はそう思った。

 

告別式が終わり、近場に住んでいる親戚たちは急いで帰っていくが、DとFの家はここから遠くにあるので、今日もEの家に泊まることになった。

 

Dが家の中でFと遊んでいたら「静かにせぇ」って怒られた。

 

夕方にいつも見ているテレビ番組が見たくて「テレビ見たい」って言っても怒られた。

 

「とにかく静かにしとけぇ」って言われた。

 

あんまりにも暇だからFと話して「海見にいこう」ってことになった。

 

玄関で靴を履いていたら、Eが血相変えて走ってきて、服掴んでリビングの方まで引っ張っていかれた。

 

「今日は絶対に出たちゃいかん!二階にいとき!」

 

と、真剣な顔して言われた。

 

そのままほとんど喋ることなく、Fとボードゲームか何かして遊んで、気が付いたら寝ていた。

 

どれくらい寝ていたのかは分からないけど、尿意を感じて目が覚め、トイレに行こうとした。

 

すると、海の臭い‥‥潮の様な磯の様な臭いがしてきた。

 

用を足して二階に戻ろうとした時、

 

「あんね、夜に外に誰か来るんだって」

 

Fと出会い、彼のその言葉を聞いて妙な好奇心が湧き、小学生の自分たちでも背が届くトイレの窓から外を覗くことにした。

 

音を立てないように静かに窓をずらして、海の方を見た。

 

Eの家は海辺のすぐそばにあり、トイレの窓からは海が良く見える立地になっていた。

 

「ほんまにおるん?」

 

「いるって、Eが言っていたもん」

 

やがて、

 

ギィギィ

 

木が軋むような音が聞こえた後に、

 

トス‥トス‥‥

 

砂浜を歩く音が聞こえる。

 

遠くの方に何かボロボロの布のような物が宙を舞っていた。

 

よくわからないが青白い布の塊みたいな物が少しずつ陸地に向かってくる。

 

「戻ろう!」

 

Dはそれをほんの少し見て、怖くなり窓を閉めてFに部屋に戻ろうと言う。

 

しかし、Fは、

 

「僕も見る。ちょっとだけだから」

 

Fは窓を開けて外の様子を見た。

 

「ねぇ、もう戻ろうよ!!」

 

「‥‥」

 

DはFに戻ろうと言うがFは無反応。

 

やがて、Fは外を覗き込んだまま「ヒッ ヒッ、」と引きつったような声を出した。

 

Fの豹変した様子を見て何がなんだか分からなくなってDがオロオロしていると後ろで物音がした。

 

「お前ら何している!?」

 

Fの父親がものすごい形相で後ろに立っており、DとFはトイレから引きずり出された。

 

「お前見たんかい?見たんかい!?」

 

大声を聞きつけてEもやってくると、Dに窓の外を見たのかと聞いてきた。

 

「外見たけど、何か暗くてよく分からんかったから、すぐ見るのをやめた」

 

Dはそう答えるが、Fは笑っていた。

 

「ヒッ ヒッ、」としゃっくりのような声だけど、顔は笑っているような、泣いているような、突っ張った表情をしている。

 

「Fは夜が明けたら、〇〇さんのとこ連れていくで!!」

 

夜明けにFはどこかに連れて行かれるみたいだった。

 

Dは部屋に戻され親の監視の下で寝ることになった。

 

別の部屋からはお経の様なモノも聞こえた。

 

翌朝、Dが起きると家の中にFの姿はなかった。

 

Eに訊ねると、

 

「熱が出たから病院にいった」

 

とだけ聞かされた。

 

 

朝食の時、Eから「お前ら本当に馬鹿なことをしたよ」みたいなことを言われた。

 

親は帰り支度を済ませていたみたいで、ご飯を食べてすぐに帰ることになった。

 

翌年の以降、自分はEの家には連れていって貰えなかった。

 

中学2年の夏に一度だけEの家に行った。

 

その時も親戚が集まっていたけど、その中にFの姿はなかった。

 

「塾の夏期講習が休めなくてねぇ」

 

と、Fの母親はそう言っていた。

 

でも、その年のEの葬式の時、親戚の人が、

 

「F君、やっぱり変になってしまったみたいよ」

 

と言っていたのを聞いた。

 

あの時、Fが何を見たのかは分からないし、自分が何を見たのかははっきり分かってない。

 

父親にあの時の話を聞いたら、

 

「Fが見たのは『海難法師』と呼ばれる怨霊だろう。昔、悪代官に嵌められて亡くなった村人の悪霊だと言われている。海難法師が海から上がってくるあの日には魔除けを施す風習が残っているんだがまさか、こんなことになるなんてなぁ‥‥」

 

と、父親は顔を渋くさせながら『あの日』の事をDに教えた。

 

親戚の中にぽっかりと開いた空席を見つめながら当時の出来事ともう二度と正気には戻らないであろうFの事を思い出すと、あの時、自分もアレを直視していたらと思うと背筋が凍るような心持になるDだった。

 

 

 

 

「‥‥って話です」

 

『‥‥』

 

鈴が話を終えると、明乃たちは互いに身を寄せ合っていた。

 

「『あの日』っていつなの!?一体いつなの!?」

 

「う、うぃ‥‥」

 

西崎が鈴に『海難法師』が出る日を聞いてくる。

 

「さ、さあ‥‥私もその日までは詳しく聞いてなくて‥‥」

 

「じゃあ、明日の朝にその人に電話して聞いておいて!!」

 

「は、はい‥‥」

 

西崎の勢いに押されて頷く鈴だった。

 

怖いものが苦手の筈の鈴が平然と怖い話して、さらにその内容も恐かったことにより、すっかり油断していた西崎たちであった。

 

 

あれだけ怖がったのに、その後もローテーションで怪談話を行い彼女たちの夜は更けていった‥‥

 

ただ翌日、明乃たちが寝坊したのは言うまでもなかった。

 




あと一ヶ月後にはいふり劇場版の円盤が発売。

dストアーでは既に配信されているみたいですが‥‥

さらに円盤の発売前にコミックとスピンオフ小説の販売もあるみたいなので、来月が楽しみです。


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118話

今回はシュテル視点の話です。


 

 

明乃たちが千葉の房総へプチ旅行に出かけた日、シュテルは夕方、千葉みなとでカナデと共に花火大会に行くことになったのだが、日中は特に予定がなかったのだが、クリスから、

 

「シュテルン、今日は確か千葉みなとに行くんだよね?」

 

「うん‥夕方からだけど‥‥」

 

「じゃあ、昼間は特に予定が有る訳じゃないんだよね?」

 

「えっ?まぁ‥そうなるかな‥‥」

 

「じゃあさ、今日の昼頃は体空けといてくれるかな?」

 

「えっ?まぁ、いいけど‥‥」

 

「それじゃあ、ちょっとユーリと一緒に昼頃まで時間潰してきて」

 

「えっ?」

 

シュテルは何故かユーリと共に昼頃まで時間を潰すように言われた。

 

「一体何なんだろうね?」

 

「さあ?私もクリスから昼頃まで適当に時間を潰すように言われてから‥‥」

 

ユーリもシュテルと同じ様に昼頃まで適当に時間を潰してきてくれと言われていた。

 

シュテルもユーリも何故、クリスが昼頃まで時間を潰してくるように言ってきたのかその理由を知らなかったし、クリスも言わなかった。

 

 

二人は横須賀の繁華街に出ると、

 

「さてと、どこに行こうか?」

 

「昼までそんなに時間が有る訳じゃないから、適当にゲーセンにでも行こうか?」

 

昼時までそこまで時間が有る訳ではないので、二人は近くのゲーセンで時間を潰すことにした。

 

ゲーセンに入るとユーリは射撃ゲームをプレイする。

 

「ユーリ、私はちょっとクレーンゲームの所に行ってくるから」

 

「うん‥分かった」

 

相変わらず射撃が上手いユーリはミスプレイをせずにゲームシナリオを進めていくのでこれではいつ終わるか分からない。

 

もしかしたら、クリアーするまでミスはしないかもしれない。

 

そこでシュテルはゲーセン内の中にあるクレーンゲームのコーナーへと足を運んだ。

 

(ゲーセンか‥‥前世で由比ヶ浜の誕生日プレゼントを雪ノ下の奴と一緒に買いに来た時の事を思い出すなぁ‥‥)

 

(あの頃は雪ノ下の罵倒はあったけど、あの二人となら、もしかしたら‥‥なんて思っていたけど、最初から間違っていたんだよなぁ‥‥)

 

(元々、初対面の人間を罵倒したり、人の事を口癖の様に『キモイ!!』と連呼してくる恩知らずな奴と信頼関係なんて築けるはずがなかったんだ‥‥ホント、前世の俺はどうかしていたな‥‥)

 

クレーンゲームのコーナーを歩いていると、前世で由比ヶ浜の誕生日プレゼントを買いに行く雪ノ下に付き合って、彼女の為にパンさん人形を取ってあげた時の事を思い出す。

 

シュテルが前世の思い出に浸りながらクレーンゲームのコーナーを歩いていると、

 

「ん?ま〇マ〇プレミアムフィギュア‥‥」

 

某魔法少女アニメキャラのフィギュアが目に入った。

 

「へぇ~なかなかの出来じゃん‥‥よしっ、やってみるか‥‥」

 

シュテルはポケットから財布を取り出し、フィギュアのクレーンゲームの硬貨投入口に100円玉を入れた‥‥

 

そして、それをもう数十回も繰り返した。

 

「今度こそ‥‥うっ‥‥くっ‥‥よしっ!!行け!!」

 

クレーンがフィギュアの箱の上部を挟むが、フィギュアの箱は持ちあがらず、空のまま排出口に向かい開く。

 

「び、微動だにしねぇ‥‥くっ、クレーンゲームは貯金箱か!?」

 

(ま、マズイ‥‥これ以上、フィギュアに時間をかけるのは非常にマズイ‥‥)

 

(何がマズイのかと言うと、恥ずかしいんだ!!『そうまでしてフィギュアが欲しいのか?』と思われるのが、たまらなく嫌なんだ!!)

 

シュテルは若干焦りながら、景品のフィギュアを見る。

 

一応、今の自分は男ではなく女なので、そこまで怪しまれることはないのだが、つい癖で周囲を見渡してしまう。

 

(で、でもこれは違う!!決してフィギュアが欲しいんじゃない!!難易度の高いゲームに勝利したと言う達成感が欲しいんだ!!)

 

(って、事を周囲に説明するのは不可能なので、もう良いです!!‥‥好きです!!美少女フィギュア!!でも、此処で引いたら、後悔しか残らない‥‥それだけは絶対に避けたい‥‥何としても持って帰るぞ!!)

 

其れっぽい言い訳を心の中で呟き、フィギュアゲットに意欲を燃やすシュテル。

 

そこへ、

 

「あの~‥‥」

 

「ん?」

 

シュテルは後ろから声をかけられ、振り向くと其処には、ゲームセンターの制服を着た女性従業員が居た。

 

「っ!?」

 

店員の姿を見たシュテルはビクッとする。

 

しかし、そんなシュテルにお構いなしに店員は話しかける。

 

「ずらしましょうか?位置?」

 

店員は、クレーンゲームのケース内にある景品のフィギュアの位置をずらそうかと提案してくる。

 

(もしかして見られていたのか!?店員さんに‥‥フィギュアに大金をつぎ込む姿を‥‥は、恥ずかしい~。でも、違うんだ!!フィギュアが欲しいんじゃなくて!!クレーンゲームが好きなだけ‥それを分かってくれ!!下手な言い訳に聞こえるかもしれないけど、此処は甘えてみるしかない‥‥)

 

「ずらす?えっ?いや、まぁ、別にそこまで‥なんでまた?」

 

必死に体裁を整えようとするが、声が少し震えているシュテル。

 

しかし、シュテルは明らかに動揺している。

 

シュテルは、何故店員がクレーンゲームのケース内の商品をずらそうとするのか、その訳を訊ねてみると、

 

「物凄く執着なさっている様子だったので」

 

店員は営業スマイルを浮かべて、シュテルに言い放つ。

 

(はっきり言った!!この人、はっきり言ったよ!!)

 

店員の一言にこれまで、必死にひた隠そうとしていたシュテルの苦労が水の泡となった。

 

(何より厄介なのが、店員さんの綺麗な目!!あの目は決して憐れんでいるのではない!!純粋に接客しているのが伝わってくる!!)

 

そして、シュテルは店員さんの顔をまじまじと見る。

 

前世の腐った目の八幡の容姿だったら、きっと店員さんにドン引きされていたかもしれないと思う。

 

いや、それ以前にきっと店員さんは話しかけてこないだろう。

 

「お‥おね‥‥お願いします‥‥」

 

まるで油の切れた機械人形みたいにギギギと音を立てるかの様に店員さんに一礼してケース内の景品の位置をずらしてもらうシュテル。

 

「はい」

 

(これで完全にフィギュアに執着しているオタク女になってしまった‥‥)

 

店員さんは鍵を使い一度ケースを開けると景品のフィギュアの位置を取り出し口の近くへとずらしてくれた。

 

そしてシュテルはクレーンゲームを再開するのだが‥‥

 

(後ろで見ているよ‥‥スッゴイ見ているよ!!この人!!)

 

(えっ!?なんで?どうして?後ろで見ているの!?)

 

(他の仕事はないの!?)

 

何故か店員さんは景品の位置をずらした後、その場に留まりシュテルの背後からジッと見ている。

 

シュテルはどうして店員さんが自分の後ろにジッと見ているのか理解できなかった。

 

そして位置をずらしたのが功を奏したのか、そのワンゲームで景品のフィギュアをゲット出来た。

 

(よしっ、やった!!)

 

フィギュアをゲットしたシュテルは心の中でガッツポーズをする。

 

「フィギュアゲット、おめでとうございます!!」

 

(ちょっ、おまっ!?)

 

店員さんは、シュテルの片手を高々に上げて、大声でフィギュアをゲットしたシュテルを褒め称えた。

 

近くにいた客はドン引きしていた。

 

「また来てくださいね~」

 

店員さんは、明るい声でそう言うが公開処刑をくらったシュテルは、

 

「二度と来るか!!」

 

と、大声で店員に言い放った。

 

 

ゲットしたフィギュアを手にユーリと合流するシュテル。

 

時間的にもそろそろ良い頃合いだった。

 

「どうしたの?シュテルン、あんな大声を上げちゃって‥‥」

 

シュテルの叫びをユーリにも聞こえていたみたいで、どうして叫んだのかを聞いてくる。

 

「ごめん‥‥それは聞かないで‥‥」

 

シュテルとしてはある意味この世界での黒歴史になってしまったので、ユーリに聞かないでくれと頼んだ。

 

「それで、シュテルン」

 

「ん?」

 

「‥‥その‥この前のブルーマーメイドフェスタで失恋してたけど、大丈夫?」

 

「あっ‥うん‥‥まぁ、失恋何て生きていく内に最低一度は経験することだし‥‥」

 

前世では中学生時代に折本を相手に‥‥

 

そして、後世では高校二年で戸塚相手に失恋したシュテル。

 

しかし、いつまでも引きづっていても戸塚と自分が結ばれる可能性は極めて低い。

 

だからと言って簡単に忘れる事も出来なかった。

 

シュテルにとって戸塚はそれほどまでの存在だったのだ。

 

前世では同性同士だったけど後世では異性同士なので恋仲になれるはずだった。

 

しかし、シュテルが日本に来る前に戸塚は三浦と恋仲になっていた。

 

何故、自分は日本ではなくドイツに生まれてしまったのかと当初はそう思った。

 

ドイツに生まれてしまった自分を憎んだ。

 

ドイツに生まれていなかったら、身体に銃痕を残すことはなかっただろう。

 

だが、ドイツに生まれたからこそ、今の関係がある。

 

確かに日本に生まれていたら、戸塚と恋仲になれた可能性はあったかもしれない。

 

しかし、今の関係は当然築けなかった。

 

ユーリとこうしてゲーセンに来ることはなかった。

 

グレニアはもしかしたら、あの通り魔に殺されていたかもしれない。

 

IFの可能性だが、今の関係ともし前世同様、千葉に生まれていたらと言う可能性を考えると複雑だった。

 

「さて、そろそろ良い頃合いだし、戻ろう」

 

「う、うん‥‥」

 

ユーリはシュテルのメンタルを心配しつつ戻った。

 

横須賀女子の敷地内に戻ると、メイリンが二人をヒンデンブルクの食堂へと案内した。

 

何故、わざわざ艦内で昼食にとるのかと思ったが、食堂に入ると食堂は飾りつけが施されており二人が入ると、パン、パン、と、クラッカーが鳴り、

 

『艦長!!砲雷長!!お誕生日おめでとうございます!!』

 

「「えっ?」」

 

ヒンデンブルクのクラスメイトたちは、シュテルとユーリの誕生日を祝ってくれた。

 

当初、シュテルとユーリの二人は、クラスメイトたちが何を言っているのか理解できなかったが、飾りつけが施された食堂とクラスメイトたちの言葉を聞いて段々と思考が追い付くと、現状を理解した二人。

 

「あ、ありがとう、みんな‥‥」

 

「ありがとう‥‥」

 

「本当は誕生日当日にやりたかったんだけど、補習や実習が入ってなかなか時間が取れなかったから、こうして時間がとれて二人一緒に誕生会をやろうってことになったの」

 

クリスがシュテルとユーリの二人にしばらく時間を潰してきてくれと頼んだのは、二人の誕生会の準備があったからだった。

 

クラスメイトたちにはソフトドリンク、ノンアルコールビールの入ったグラスが配られ、

 

「では、艦長と砲雷長の誕生日を祝して‥乾杯!!」

 

『乾杯!!』

 

クリスが乾杯の音頭をとり、クラスメイトたちはグラスを掲げた。

 

「艦長、コレ誕生日プレゼントです。受け取ってください」

 

「砲雷長も受け取ってください」

 

シュテルとユーリはクラスメイトたちから誕生日プレゼントを渡されて、ソレを受け取る。

 

「あ、ありがとう」

 

「ありがとう、みんな」

 

前世では自身の誕生日なんて祝ってもらえなかったシュテルであったが、後世では両親からちゃんと祝ってもらっており、今はこうしてクラスメイトたちから誕生日を祝ってもらっている。

 

(そう言えば、前世でも奉仕部の奴らからは誕生日を祝ってもらったことがなかったなぁ‥‥)

 

由比ヶ浜の誕生日は祝ったことはあったが、雪ノ下と由比ヶ浜から自分の誕生日を祝ってもらった覚えがない。

 

まぁ、夏休み期間だったという事もあるが、夏休み明けの二学期になっても、二人からは 「おめでとう」 の一言もなかった。

 

当然、家族からも祝ってもらっていない。

 

去年はイギリスのダートマス校の体験入学に参加していたので、高校になって今回初、クラスメイトたちから誕生日を祝ってもらったシュテルだった。

 

なお、誕生日にはそのイギリスからカレンとグレニアから、お祝いのメッセージが届いた。

 

 

そして時間が経ち、千葉みなとに出かける為に私服へと着替えるが、花火大会‥人混みが予想される場所へと行くので動きやすい服装という事で普段から着慣れているズボンとTシャツ姿となる。

 

カナデはまた呆れるかがっかりするだろうけど、動きやすさを重視すると浴衣よりもこっちの服装の方が動きやすい。

 

そもそも、シュテルは浴衣を日本に持ってきていない。

 

レンタルもあるのだが、わざわざお金を払うモノでもないだろうと思ったのだ。

 

シュテルの予想通り、千葉みなとに近づくにつれ水上バスの乗客は増えていく。

 

乗ってくる人は浴衣を着ている人がちらほらと居るので、千葉みなとの花火大会に行くのが一目で分かる。

 

それを見ているとやはり動きやすいズボンで正解だったと思うシュテル。

 

「さて、待ち合わせ場所は‥‥」

 

水上バスの千葉みなとの停留所に到着し降りると自分以外に花火見物の観客がごった返している。

 

カナデとはこうした混雑を予想して、予め待ち合わせ場所を決めていた。

 

「ん?あっ、いた、いた‥‥ん?」

 

シュテルは探し人であるカナデを見つけたのだが、カナデの傍には女子が数人居た。

 

しかもその女子は‥‥

 

(ん?あれは相模!?)

 

カナデの傍に居た女子は前世で同じクラスだった相模とその取り巻き連中だった。

 

(そう言えば、前世でも相模はこの花火大会に来ていたな‥‥)

 

前世で由比ヶ浜とこの花火大会に来た時、屋台の区画を歩いている時、相模とその取り巻きと出会った。

 

あの時、相模は自分の事を小馬鹿にした様な目つきで見てきた。

 

その後、二学期にて相模と自分は悪評が着くきっかけとなった文化祭実行委員会になった。

 

当然この後世世界では、自分と相模はクラスメイトではなく今回が初対面だ。

 

その相模は当然、今回の花火大会に葉山を誘った。

 

しかし、葉山は千葉村での一件で両親にお説教を受け、当分の間部活以外での外出を制限されており、相模からの誘いを断っていた。

 

渋々相模は他の知り合いを連れて今回の花火大会に来ていた。

 

本音を言うと、この花火大会で葉山に告って、あわよくば葉山と男女の仲の関係まで進展させようと画策していた相模の計画は頓挫してしまった。

 

折角、葉山と男女の関係まで発展させようとしていた相模の前に葉山とは別のイケメンが居た。

 

見たところ誰かと待ち合わせをしているみたいだが、その相手はまだ来ていない様子‥‥

 

イケメンの彼を待たせるなんて、どうせろくでもない奴だろうと判断した相模はそのイケメンな男子に声をかけた。

 

更に相模としてはもし、葉山が自分になびかなかった場合、このイケメン男子を自分の彼氏にしようという打算があった。

 

つまり、相模はカナデを保険として確保しようとしていたのだ。

 

由比ヶ浜が知れば激怒しそうな案件である。

 

相模はカナデにしつこく声をかけており、カナデは結構迷惑そうだった。

 

心の中ではきっと、

 

(シュテル、早く来てくれ!!)

 

と、思っているに違いない。

 

カナデとしては待ち合わせ場所を決めて有る訳で、この場から動くに動けないし、待ち合わせ場所を変えようとして移動しても相模は着いてきそうだ。

 

(由比ヶ浜も迷惑な奴だが、相模も相模で厄介な奴だ‥‥カナデの奴、前世の俺並みに女難の相があるのか?)

 

由比ヶ浜にしろ、相模にしろ、カナデは厄介な女を引き寄せる女難の相でもあるのだろうか?と思うシュテル。

 

しかし、いつまでもカナデと相模のやり取りを見ている訳にもいかない。

 

相模はカナデの腕を掴んで強引に連れて行こうとさえしている。

 

「おーい!!カナデー!!待った!?」

 

シュテルはカナデと相模に聞こえる様に大声を出しながら、手を振り、カナデに近づく。

 

「あっ、シュテル!!」

 

相模のグイグイ押しに困惑していたカナデの顔がパァっと花が咲いたような顔になる。

 

「えっ?誰!?あの人!?」

 

相模としてはカナデに近づくシュテルを睨む。

 

「だから言っただろう?僕は待ち合わせ中なんだって‥‥それじゃあ、待ち人も来たことだし、これで失礼させてもらうよ」

 

シュテルの姿を確認したカナデは引っ付いている相模の腕を振りほどき、シュテルの下へと駆け寄っていく。

 

「すまない、人混みをかきわけるので、遅れてしまって‥‥そのせいで、随分としつこいナンパに掴まっていたみたいで‥‥」

 

「いや、ギリギリのところで来てくれたから大丈夫だよ」

 

合流した二人は足早にその場から去る。

 

後ろから相模の嫉妬めいた視線を感じた。

 

これ以上あの場に居たら相模が自分たちにネチネチと絡んでくるか、一緒に着いてきそうだったからだ。

 

「まぁ、間に合ってよかったよ。ああ、先に言っておくが、この服装に関しては、文句はなしだ。ここから先は人混みが予想されるからな、この服装の方が動きやすいんだよ。そもそも、私は浴衣を持っていない」

 

「それに関しては仕方ないと思っているよ」

 

カナデもシュテルが今回、ボーイッシュな服装をしているのは納得した。

 

 

「おおー!賑わっているなぁ~」

 

花火が打ちあがるまでまだ少々時間があったので、二人は屋台が並んでいる区画を歩いている。

 

浴衣を着ている人、家族連れの人、彼女を連れたリア充など色んな人々が屋台を回っている。

 

(そう言えば、前世でも由比ヶ浜の奴が俺を誘ってきたんだよな‥‥ここでも会わないといいんだけどなぁ‥‥)

 

前世でこの花火大会で由比ヶ浜と共に来て相模に出会った。

 

そして、この後世でもついさっき相模と出会った。

 

もしかしたら由比ヶ浜にまた会うかもしれない。

 

彼女に見つかればまたうるさく絡んでくるに違いない。

 

屋台の区画を歩いている時、シュテルは周りに注意を払いながら歩いて行く。

 

「ねぇ、シュテル」

 

「ん?」

 

「‥‥何かあった?」

 

「えっ?」

 

相模からある程度、距離を取り、彼女が追いかけて来ていないことを確認した後、カナデはシュテルに対して意味深な質問をしてきた。

 

カナデの質問にシュテルは周りの音が遠く聞こえ様に思えた。

 

「‥‥どうしてそう思う?」

 

シュテルは緊張した様にカナデに質問を返す。

 

「その‥‥なんか、シュテルが無理をしているように見えて‥‥もしかして、どこか体調が悪かった?」

 

「‥‥いや、そう言う訳じゃない‥‥体調には問題ないから心配するな」

 

やはり、ブルーマーメイドフェスタでの失恋を引いているシュテルであったが、カナデはそんな僅かなシュテルの変化に気づいていた。

 

シュテルはカナデに心配かけないようにそれを否定する。

 

今日はカナデのコンクール優勝の祝いを兼ねているので、自分のせいでカナデまで沈んだ気分にさせる訳にはいかない。

 

「さあ、辛気臭い話は止めよう。まだ花火まで時間があるから、屋台でも覗こう」

 

「あ、ああ‥‥」

 

シュテルに対して違和感を覚えつつもその本人がこの話題を取りやめたので、カナデはそれ以上の事は言わずに、シュテルと共に屋台を見る。

 

「さて、どうする?」

 

「んー、とりあえず片っ端から見ていこうよ。そんで興味が出た店に片っ端から寄っていく」

 

(どんだけ見るつもりなんだよ?お前は‥‥ピアノの練習でストレスでも溜まっているのか?)

 

カナデの言葉に内心ちょっと引いたシュテルだった。

 

その後、二人は屋台区画を歩く。

 

タコ焼きを買って二人で食べている構図はシュテルがかつて嫌ったリア充に見えた。

 

「そういえば、外国の人ってタコを嫌うって聞いたけど、シュテルは平気で食べるね」

 

「まぁ、私はお父さんが日本人だし、よく日本に来ているからね。でも、嫌いな人は食べないなぁ‥‥実際にイギリスへ行った時、タコを使った料理は見たことがなかったし」

 

「へぇ~」

 

タコ焼き食べた後、二人は再び屋台を見て歩く。

 

「ん?」

 

数ある屋台の内、シュテルはある屋台を見て立ち止まる。

 

それは 『宝釣り』 と呼ばれる屋台で、紐が数え切れないほどある中、一本の紐を選んで引っ張り、その紐に繋がっている商品を貰えるという仕組みのものだ。

 

「ん?どうしたの?シュテル‥‥ん?宝釣り?‥‥これをやりたいの?」

 

「いや、これってさ、本当に景品に繋がっているのかな?‥って思って‥‥」

 

「うーん‥‥どうなんだろう?‥‥でも、本当にヒモが景品につながっていたらお店的には赤字だろうし‥‥」

 

景品には最新のゲーム機やらデジカメ、腕時計、家電などがある。

 

それが実際に数百円で持っていかれたら、赤字も赤字、大赤字だ。

 

ならば、お店がするのは当たりのヒモの数を減らすか、考えたくはないが、当たりのヒモを無くすかだ‥‥

 

当然、当りのヒモがあるか分からないゲーム何てする筈がない。

 

二人はそのまま宝釣りの屋台をスルーした。

 

次に二人の目に入ったのは金魚すくいだった。

 

「あっ、私、やりまーす!」

 

シュテルは金魚すくいにチャレンジした。

 

「あいよ、一回300円ね」

 

シュテルは財布から100円玉を三つ取り出し、金魚すくいの店主に渡し、100円玉と引き換えに網を貰う。

 

「金魚すくいって意外と難しいんだよね」

 

「ああ、上手い人だと一つの網で何十匹と捕まえられるらしいけど‥‥」

 

水槽の中の金魚を見ながら、金魚すくいの達人ではこの一枚の脆い網でも金魚を何十匹取る動画を見たことがあるが、自分は達人ではないので、一匹でも捕まえられれば良い方だろう。

 

タイミングを見計らい金魚に向かって網を振り下ろすが、

 

ベリッ

 

物凄くいいタイミングで別の金魚が網に突進して、網には大きな穴が開く。

 

「嘘!?」

 

「あ、ははは‥‥」

 

あまりにも良いタイミングであり、更にその出来事がギャグ漫画みたいな出来事が目の前で起きたことに啞然とするシュテル。

 

動画に撮っていれば、面白ビデオ大賞にでも遅れそうな出来事だった。

 

唖然とするシュテルの隣でカナデは苦笑していた。

 

「お嬢ちゃん、もう一回やってみるかい?」

 

「いえ、大丈夫です。考えてみると、捕れても育てる環境がなかったですし‥‥」

 

((じゃあ、なんでやったんだ?))

 

カナデと店主は心の中でハモった。

 

 

次に縁日の屋台では定番である綿あめを買う。

 

「縁日の定番で、こういう空気だからこそ、なんだか美味しく感じるんだけど、口がベトベトになるのが綿あめの欠点だな」

 

はむっ、と綿あめに口をつけるシュテル。

 

「だったら、手でちょっとずつ取って食べたら?」

 

カナデのアドバイスを受け、綿あめを手でちぎって食べるが、

 

「でも今度は、指がベトベトになるな」

 

ザラメでベトベトになった指を舐めるシュテル。

 

「‥‥」

 

なんかその仕草が妙に色っぽく、カナデはその姿をジッと凝視していた。

 

そこからりんごあめと射的を楽しみ、次に目にしたのはラムネだった。

 

「そう言えば、ドイツじゃあビールが有名だけど、シュテルは飲んだことあるの?」

 

「ああ、ノンアルビールをね‥‥」

 

(つい最近、自棄酒したからな‥‥)

 

「炭酸飲料と似た感じなのかい?」

 

「炭酸と同じようなシュワシュワ感はあるけど、あとはのどごしが炭酸飲料とは違うかな」

 

「ふーん‥‥あっ、そろそろ時間だ」

 

「じゃあ、見物席に行くか」

 

花火の時間となり、二人は見物席へと向かう。

 

ド―‐ン!!

 

「「おおー」」

 

見物席に着くと丁度花火が始まり、千葉みなとの夜空に大輪が咲く。

 

「桜と同じく、花火も綺麗なんだが、あっという間に消えちゃうな‥‥」

 

「そこがネックだよね」

 

「今年の夏はどうだった?」

 

「ん?」

 

「この花火‥なんか夏休みの締めくくりって感じだからな‥‥時期的に‥‥カナデはどうよ?」

 

「いい締めくくりだったよ。コンクールも優勝できたし、こうしてシュテルと花火も見れたし」

 

「そうか‥‥」

 

(俺にとっては失恋した忘れられない夏だったけどな‥‥)

 

それぞれの面子には、様々な出来事があった夏となった。

 

もうすぐ夏休みは終わろうとしていた‥‥

 



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119話

今回は視点を横須賀から千葉の総武に変えます。

後世、総武文化祭編スタートです。

八幡が居ない総武は果たして文化祭を開催できるのだろうか?


 

ここで、視点は神奈川県の横須賀から、千葉へと視線を移し、時期は夏休みが終わり、二学期となる。

 

 

普通科と国際教養科にとっては長い夏休みであったが、海洋学科にとっては短い夏休みが終わり、新学期が始まる。

 

総武高校は二学期の頭に大きなイベント‥文化祭が控えていた。

 

文化祭が控えている中、奉仕部の部室では、

 

「はぁ~夏休みも終わっちゃったかぁ~‥‥」

 

由比ヶ浜がまだ夏休みボケが抜けていないのか、机にダラ~と突っ伏している。

 

「由比ヶ浜さん、いつまでも夏休み気分でいてはダメよ」

 

「分かっているんだけど、やっぱり二学期の最初はねぇ~‥‥」

 

「そ、それより、そろそろ文化祭だけど‥‥」

 

葉山が間もなく控えている文化祭について二人に話題を振る。

 

「あぁ~そう言えばそうだね‥‥」

 

「だ、大丈夫かな?って思って‥‥」

 

葉山としては、前世の高校二年生の文化祭は色々と問題が起きた文化祭だった。

 

生徒会長の城廻めぐりが文化祭の外部からの出し物の有志募集で姉の陽乃を招待して、彼女は文化祭実行委員の会議室にやって来た。

 

その時、陽乃が相模に余計な事を言ったことが引き金となり、相模がサボり公認ともいえる発言をしたせいで文化祭実行委員会のメンバーの内、三分の二以上のメンバーが翌日から文実の作業をサボり始めその結果、雪ノ下が過労で倒れた。

 

このままでは文化祭の開催さえ危ぶまれた時、スローガン決めの日‥‥実行委員のメンバー全員がそろった時、八幡が自らにヘイトが集まる発言をしてサボっていた文化祭実行委員メンバーを引き戻すことに成功した。

 

しかし、八幡の行動の意味に気づく者は居なかった。

 

それは、生徒会長の城廻も例外ではなく、八幡のおかげでサボっていたメンバーが戻ったにも関わらず彼女は八幡に対して、

 

「君は不真面目で最低だね」

 

と評した。

 

その後、なんとか遅れていた作業を巻き返し文化祭は開催することが出来た。

 

しかし、最終日のエンディングセレモニーにて相模は集計結果が書かれた書類を持って逃げた。

 

陽乃、雪ノ下、由比ヶ浜を含めた葉山グループ、平塚先生が即興グループを組んでライブをして時間を稼ぎ八幡が相模を探す羽目になった。

 

八幡は相模を見つけることは出来たが当然、八幡の説得で相模が戻る筈がなかった。

 

閉会式の時間が押している中、八幡は再び自己犠牲の方法をとり、相模に暴言を投げかけ、相模をバカにするような感じにして彼女を体育館へと戻した。

 

その際、現場に来た葉山は、

 

「どうして?君はそんな方法しか取れないんだ!?」

 

と、八幡のやり方を否定するが後の修学旅行の時、葉山は八幡のこの自己犠牲精神を利用した‥‥

 

この文化祭で一番の被害者はやはり八幡であった。

 

文化祭実行委員会を決める時も八幡は平塚先生の独断で勝手に決められた。

 

この時、寝ていた八幡にも非があるが、その後も拒否権を無視して強制的に実行委員にさせられた。

 

そして最初に行われた文化祭実行委員の会議の時に相模は自身が目立ちたいが為に委員長に立候補した。

 

翌日の放課後に相模は奉仕部の部室を訪れた。

 

この時も相模は奉仕部メンバーを小馬鹿にしたような顔で見ていた。

 

そして、相模は奉仕部に実行委員の補佐を頼んだ。

 

雪ノ下はその依頼を個人で受けると言い出した。

 

だが、雪ノ下が行ったのは相模の補佐ではなく、自らが主導で動いた。

 

恐らくそちらの方が効率が良いと考えたのだろうが、雪ノ下は相模の依頼を個人的に受けたにもかかわらず、完全に依頼の内容を忘れている様子だった。

 

そんな雪ノ下に対して、相模は自分が目立たないことに嫉妬して陽乃の提案を受けいれサボり公認の提案をした。

 

そのせいで文実のメンバーは仕事をサボるようになり、その結果、雪ノ下は過労で倒れ、最終日のエンディングセレモニーでは相模自身は逃げた。

 

本来ならば相模を探しに行くのは依頼を受けた雪ノ下の筈なのに、彼女はその役を八幡に押し付けた。

 

文化祭は無事に行われた事と相模が戻り、エンディングセレモニーが行われた事で雪ノ下本人は無事に依頼を達成できたと思い込んでいるが、雪ノ下は相模の依頼を全くこなしてはいなかった。

 

そもそも、相模の依頼自体が奉仕部の理念に反していたにも関わらず、彼女は相模の依頼を個人的に受けたにもかかわらず、結局は八幡がその尻拭いをした結果となっている。

 

だが、雪ノ下は八幡のその行為に気づいてはいなかった‥‥

 

この文化祭の結果で八幡には 『相模を泣かせた』 『相模に暴言を吐いた』 と言う悪評がつき、サボっていた相模はまさに悲劇のヒロインとなり、サボりの事実はなくなり、周囲の人から同情されちやほやされていた。

 

まさに正直者が馬鹿を見る文化祭となったのだ。

 

 

葉山はこの後世世界でも文化祭が似たような展開になるのではないかと不安に思っていた。

 

この世界には八幡が居ない‥‥

 

よって、責任を押し付ける駒が居ない‥‥

 

もしかしたら、文化祭を開くことが出来ないのではないかと思っていた。

 

「大丈夫じゃないかしら?」

 

しかし雪ノ下は、この後世世界では文化祭には何の問題がないと断言する。

 

「ど、どうしてそう思うんだい?」

 

「そもそもこの世界には姉さんがいないから、あんな馬鹿な提案をする人が居ないし、これまでの経緯から前の世界と同じことが起きるとは限らないじゃない」

 

「そ、そうだね」

 

雪ノ下の言葉を聞いて、これまでの経緯や陽乃が居ない事からこの世界の文化祭も前世と同じ展開にはならないと葉山自身もそう思った。

 

そもそも前世で相模を実行委員に推薦したのは戸部と自分であり、この世界では自分が相模を実行委員に推薦しなければいいのだ。

 

自分が推薦しなければクラスのみんなも、相模自身も実行委員にならないだろう。

 

相模が実行委員にならなければ、文化祭の準備で遅れることもない。

 

そもそも雪ノ下が言うようにこの世界では陽乃は存在しないのだから‥‥

 

それらの要素から葉山もこの世界では前世の文化祭と異なる展開になるだろうと思い始めてきた‥‥

 

そう、文化祭実行委員のメンバーを決める日までは‥‥

 

 

 

 

翌日の朝礼にて‥‥

 

「今日は文化祭実行委員のメンバーを決めるが、立候補者は居るか?各クラス男女一人ずつなんだが‥‥」

 

平塚先生が教室内を見渡すが、誰も手を上げない。

 

この世界には八幡も存在しないので、朝礼で寝ている男子生徒がいないので平塚先生が独断で決めることもなかった。

 

「葉山、君は確か去年の文化祭では実行委員をやっていたな‥どうだ?今年もやらないか?」

 

平塚先生は葉山に去年の文化祭実行委員だったので、今年もやってみないかと言われたが、

 

「去年やったので、今年は文化祭を楽しみたいです」

 

「そうか‥‥では、帰りのホームルームでこの件はもう一度話し合うことにしよう」

 

と、平塚先生は切り上げた。

 

前世では戸部が相模を推薦したが、この世界では相模が葉山グループに所属しており前世の三浦以上の我儘女王となっていたので、戸部は相模に対して苦手意識を持っており、そのせいかこの後世では彼女を推薦しなかったのだ。

 

もし、推薦していたら、

 

「戸部、お前何余計な事をしてんだよ!?」

 

なんて言われそうだったからだ。

 

葉山は戸部が相模を推薦しなかったことにホッと胸をなでおろすと共にやはりこの世界では前の世界と歴史の流れが違うのだと改めて認識した。

 

そして帰りのホームルームにて、

 

「では、朝礼で言った通り文化祭の実行委員を決める。男女それぞれこの箱の中の紙を一枚取り、印がある者は実行委員になってもらう」

 

平塚先生はクジを用意しておりクラスメイトたちは男女に別れ箱の中の紙を一枚ずつ引いていく。

 

(く、クジ引きだと!?‥‥くそっ、独神の奴め!!余計な事を!!‥‥だ、だがこれだけ大勢いるんだ、相模さんが当りを引く確率は低いだろうし大丈夫だろう‥‥)

 

クジでは運の要素も絡んでくるが、このクラスの女子の人数だってそれなりの人数なので、そこから相模一人が当たるなんてかなりの確率であるので、葉山はまさかその確率を相模が引き当てるとは思ってはおらず、自らもクジを引いた。

 

自分が引いたクジには何も書かれていなかったことから今年は文化祭実行委員の仕事をしなくても済んだ。

 

ただその反面、

 

(雪乃ちゃんは今年も実行委員をやるのかな?)

 

と、去年に引き続き雪ノ下は文化祭実行委員になるんじゃないかと思いつつ彼女と一緒に過ごすことが出来ない事を残念がっていた。

 

クジ引きはつつがなく進んで行き、

 

「あっ、何も書いてない」

 

由比ヶ浜も文化祭実行委員にはならなかった。

 

男子の文化祭実行委員は戸部でも大岡でもなく、モブなクラスメイトが当たった。

 

一方、女子の方は‥‥

 

「えぇぇっー!!ウチが実行委員!?」

 

「なっ!?」

 

相模が実行委員の当たりクジを引いてしまった。

 

それを聞いて葉山は唖然とする。

 

(男にだらしのないヴァカ女が!!何、当たりクジを引いているんだよ!!)

 

そして、当たりクジを引いた相模に対して葉山は内心罵倒した。

 

「男子は‥‥で、女子は相模‥っと‥‥」

 

平塚先生はクジで当たったのだから諦めろと言わんばかりにこのクラスの文化祭実行委員の名前を黒板に書いた。

 

(くそっ、このままじゃあ前の世界と同じになってしまうのか‥‥?で、でもこの世界には陽乃さんが居ないからまだそうと決まった訳ではないと思うが‥‥あぁ~こんなことなら、朝礼でそこら辺の女子を適当に推薦しておくべきだった‥‥)

 

前世同様、このクラスの文化祭実行委員には相模が選ばれてしまった。

 

葉山は朝礼の時に相模以外の女子を適当に推薦しておくべきだったと今になって後悔した。

 

自分が強く推薦すれば、前世の相模同様クラス全員がその女子を推しただろう。

 

しかし、まだこの世界の文化祭が前世と同じになるとは言い切れなかった。

 

八幡が居ないようにこの世界には陽乃も存在していない。

 

似た声を持つ人物は居たが、その人は総武高校のOGではない。

 

OGでもない人が文化祭実行委員に余計なアドバイスをするとは思えない。

 

ましてや、その人物はブルーマーメイドでもかなりの地位の人物なのだから‥‥

 

「では、文化祭実行委員は今日の放課後から会議があるので出席するように」

 

平塚先生はそう言い残し教室から出て行った。

 

 

翌日の放課後‥‥

 

奉仕部の部室にて、

 

「昨日、文化祭実行委員の会議で相模さんが来たわ」

 

雪ノ下は去年と同じく文化祭実行委員になっていた。

 

勿論、去年の事があるので、その事を知っている他の実行委員からは煙たがられていたが雪ノ下自身はそうした視線に慣れているのか気にも留めていなかった。

 

「あ、ああ‥クジを引きで、相模さんが当たってね」

 

「それで、前の世界と同じ文化祭実行委員長に立候補していたわ」

 

雪ノ下は昨日の会議の内容を葉山に伝える。

 

「‥‥」

 

相模が文化祭実行委員となり、更には委員長にまでなっていた。

 

此処までの流れは完全に前世と同じだ。

 

葉山が文化祭の行き先に不安を感じていると、

 

コン、コン、

 

奉仕部の部室の扉がノックされる。

 

「どうぞ」

 

雪ノ下が入室を許可すると、

 

「しつれーしまーすー」

 

相模が部室に入ってきた。

 

「えっ、は、葉山君!?葉山君がどうしてここに!?」

 

相模は奉仕部の部室に葉山が居ることに驚いている。

 

「俺もこの部活の部員なんだ」

 

「えっ!?葉山君が!?」

 

葉山が奉仕部の部員であることを今初めて知った相模は雪ノ下と由比ヶ浜をチラッと睨む。

 

「それで何か用かしら?相模さん」

 

「えっと‥‥」

 

相模は葉山のことをチラッと見つつ、雪ノ下に依頼をしてきた。

 

その内容は前世と同じ、文化祭実行委員長として自身の成長を促したいので、そのサポートをしてくれというモノだった。

 

前世の事もあるし、雪ノ下は断るかと思っていたが、葉山の不安をよそに雪ノ下は相模らからの依頼を引き受けた。

 

相模が部室を出て行った後、

 

「どうして相模さんの依頼を受けたんだい?これじゃあ、前世と同じ流れに‥‥」

 

葉山は雪ノ下に何故、相模の依頼を受けたのかと問う。

 

「大丈夫よ。たとえ相模さんが実行委員長になってもサボりの原因となる姉さんが居ないんだもの」

 

雪ノ下はあくまでも陽乃が居ないのだから大丈夫だと言い切っていた。

 

それから数日後の放課後、文化祭実行委員の会議室にて、

 

「それでは、定例のミーティングを始めます。じゃあ、宣伝広報、お願いします」

 

「掲示予定の七割を消化し、ポスター制作についても大体半分終わっています」

 

「そうですか、いい感じですね」

 

報告に対し相模はそのように述べるが、

 

「いいえ、少し遅い。来客がスケジュール調整する時間を考慮に入れればこの時点で既に完了していないといけないはずです。掲示箇所の交渉、HPのアップは既に済んでいますか?」

 

雪ノ下はそれに反論し、パソコン関連で文化祭の準備は整っているのかと問う。

 

「ま、まだです‥‥」

 

去年の雪ノ下の文化祭実行委員の事を聞いているのか、パソコン関連の実行委員はビクビクしながらまだ作業が終わっていないことを伝える。

 

「急いでください。受験志望の中学生やその保護者は結構こまめにチェックしていますから」

 

「は、はい」

 

「相模さん、続けて」

 

「う、うん。じゃあ、有志統制、お願いします」

 

「はい。有志参加団体は現在十団体」

 

「けっこう増えたね。地域賞のおかげかな?次は──」

 

「それは校内のみですか ? 例年、地域との繋がりという姿勢を掲げている以上、地域の参加団体減少は避けないといけません。それから、ステージの割り振りはもう済んでいますか?タイムテーブルを一覧にして提出をお願います」

 

「は、はい」

 

「次、記録雑務」

 

「特にないです」

 

「じゃあ、今日は───」

 

相模が今日の作業予定を伝えようとした時、

 

「記録は当日のタイムスケジュールと機材申請を出しておくように。それから来賓対応は生徒会でいいんですか?」

 

雪ノ下が勝手に会議を進めてしまった。

 

「うん、生徒会で大丈夫だよ~」

 

「では委員長」

 

「は、はい。今日も作業を頑張ってください」

 

結局、相模がしたのは号令をかけるだけだった。

 

雪ノ下はこの後世でも同じ失敗を繰り返そうとしていたのだが、彼女の信条は既に前世と同じく、相模を補佐するよりも自分主導で動いた方が早いと勝手に判断していた。

 

「いやぁ~雪ノ下さんはやっぱりすごいね~」

 

「いえ、大したことではありません」

 

生徒会長の言葉に謙遜する雪乃。

 

書類を見ている相模の耳に城廻が雪ノ下を褒めているその言葉が聞こえる。

 

(なんで、雪ノ下さんばかり‥‥委員長はウチなのに!!)

 

相模は雪ノ下ばかり褒められているのを見て悔しがる。

 

翌日も昨日までの進捗状況と今日の予定確認でも昨日と同じく相模ではなく雪ノ下が主導権を握り会議を進行していた。

 

「‥‥」

 

その後の作業も雪ノ下が指示を出して、相模がすることは書類確認と判子を押す事、号令をかける事だけだった。

 

やはり陽乃が存在していないため、相模に余計な事を言う人物がおらず、相変わらず雪ノ下主導で文化祭の準備が進んでいき、今日の作業が終わった頃、

 

「皆さん、ちょっといいですかー!?」

 

手を叩き相模が何やら言い出す。

 

「少し考えたんですけど、文実は文化祭を楽しんでこそかなって思って、やっぱり文化祭を最大限に楽しむには、クラスのほうも大事だと思うんですよ。作業の方も順調にクリアしているし少し仕事のペースを落とすっていうのはどうですかぁ?」

 

「なっ!?」

 

相模の発言を聞いて、雪ノ下は驚愕した。

 

(ど、どうして!?姉さんはこの世界には居ないのに‥‥!?)

 

前世では、相模は陽乃の、

 

『実行委員も文化祭を楽しまなくちゃダメ』

 

みたいな発言を相模が別の意味でとらえたことにより、彼女は実行委員にサボり公認の発言をした。

 

しかし、後世では、陽乃の存在と言葉無しでこの発言をしてきた。

 

(い、いけない!!何としてでもこの発言を撤回させないと!!)

 

雪ノ下はこの発言の意味の恐ろしさを知っている。

 

このままでは、実行委員の仕事に支障が出る。

 

「相模さん!!それはダメよ!!今そんなことをされたら文化祭に間に合わなくなるかもしれないのよ!?」

 

雪ノ下は慌てて相模を説得するが、

 

「でもぉ~やはり皆もクラスのほうも楽しみたいと思うしぃ~私はいいと思うんだけどなぁ~‥‥みんなはどう?」

 

相模は雪ノ下の言葉に耳を貸そうともしない。

 

「そうだ、そうだ!!俺たちもクラスのほうに顔を出したい!!」

 

「私もクラスのほうが気になる!!」

 

元々、相模をはじめとして実行委員には雪ノ下への反発心もあったことから、次々と相模の意見に賛成の姿勢を示す。

 

「ほらぁ~皆もクラスに行きたがっているじゃないですかぁ~それに、仕事だって十分進んでいるんだしぃ~ちょっとぐらいクラスの方に顔を出しても問題ないんじゃない?」

 

「くっ‥‥城廻先輩、先輩からも止めて下さい!!」

 

雪ノ下は生徒会長である城廻からも相模の発言を撤回するように求める。

 

「うーん‥‥でも、相模さんの言っている事も間違っていないし‥‥委員の皆もクラスの方は気になるだろうから‥‥それに仕事もここまでは順調に進んでいるみたいだし、大丈夫じゃないかな?」

 

「なっ!?」

 

城廻さえも相模の意見に賛成している。

 

「ほら、生徒会長さんも賛成みたいだしぃ~」

 

相模はニヤリと口元をイヤらしく歪め、雪ノ下を小馬鹿にした目で見ながら言う。

 

ここで、相模は初めて雪ノ下に勝ったと思ったのだろう。

 

「それでも‥‥」

 

雪ノ下は是が非でも相模の提案を却下させようとするが、

 

「じゃあ、多数決を取ろう。ウチの意見に賛成の人!!」

 

相模が多数決を取り、圧倒的な数で相模の提案が採用された。

 

「‥‥」

 

雪ノ下は、悔しそうに顔を歪めた。

 

 

「‥‥」

 

翌日の実行委員の会議室は昨日とは打って変わって、あからさまに変化があった。

 

会議室に来ていた実行委員の人数が物凄く減っていた。

 

会議室に居たのはわずか、十数名‥‥

 

その人数さえ日々を重ねるごとに減っていき、最終的には五、六人にまで減っていた。

 

(やっぱり、前の世界と同じ結果になったわね‥‥)

 

書類を片付けながら雪ノ下はこれまでの奉仕部の依頼は前の世界と異なる展開だったのだが、文化祭でまさか前世と同じ展開になるなんて誰が予想できただろうか?

 

しかも、文化祭のサボりの原因である雪ノ下陽乃がこの世界では存在しないのに‥‥

 

相模の行動は前世と同じサボり公認の発言の他に委員長が採決に必要な判子も副委員長であった雪ノ下に手渡して等々会議室にも来なくなった。

 

まぁ、元々あのサボり公認の発言から相模は一日も来ていないが‥‥

 

その他の実行委員もクラスの出し物と文実委員の仕事の二つをやり繰りする筈なのに文実の仕事は一切することがなかった。

 

 

相模が文実でサボり公認の発言する少し前、葉山、由比ヶ浜が所属するクラスでは文化祭の出し物を決める話し合いが行われた。

 

出し物は前世と同じ海老名が脚本の演劇だった。

 

主人公は戸塚と葉山の二人‥‥

 

この世界で戸塚の彼女である三浦は、彼氏が演劇の主役という事で嬉しいのだが、毛嫌いしている葉山と組むことでなんか不安であり、それなら異性同士のラブロマンスの内容だったら良かったと思い、同性同士の脚本を書いた海老名にちょっと引いた。

 

三浦は衣装担当になったので、主役の戸塚の為に目一杯素敵な衣装を作ってあげようと気合を入れて戸塚の衣装を作り始めた。

 

サイズを図っている時、三浦に密着され戸塚は顔を赤らめていた。

 

こうしてクラスでは、文化祭の出し物である演劇の準備が進められていく中、少ししてから何故か教室内で文化祭実行委員の筈の相模の姿をよく見るようになった。

 

「ねぇ、三浦さん」

 

「ん?何?彩加」

 

「最近相模さん教室に居すぎだと思うんだけど‥‥?」

 

戸塚が三浦に教室で覚えた違和感を口にする。

 

「あぁ~確かに‥アイツ文実でしょう?教室でスマホを弄っていて大丈夫なのかな?」

 

相模は教室に居てもクラスの出し物である演劇の準備の手伝いをする訳でもなく、スマホを操作しているか仲のいいクラスメイトと駄弁っている。

 

「少し気になるなぁ~」

 

実行委員の筈の相模がこうして連日、会議室にも行かずに教室で準備の手伝いもせずにサボっているだけで、実行委員の仕事の方は大丈夫なのだろうか?

 

クラスの準備が出来ても実行委員の準備が出来ていなければ、文化祭は開催出来ない。

 

(マズい‥‥マズい‥‥マズい‥‥これは限りなくマズい‥‥)

 

そんな中、一番焦っていたのは葉山だった。

 

相模が文化祭の実行委員になった事、

 

文化祭の実行委員長になった事、

 

そして、陽乃が居ないにも関わらず、文実の会議でサボり公認の発言をした。

 

その結果、文実の機能は完全に崩壊した。

 

会議室を覗いてみれば、そこに居たのは雪ノ下と生徒会メンバーを含めて片手で数える程度しかいない。

 

そこで、葉山は急いで相模に文実の仕事をしないのかとやんわりと訊ねてみる。

 

「さ、相模さん。最近、教室にずっといるみたいだけど、文実の仕事はいいのかい?」

 

「大丈夫、大丈夫。ウチ~文実の実行委員長になったけど、ウチ~が居なくても雪ノ下さんが補佐してくれているから全然大丈夫だよ。採決に必要な判子もちゃんと渡してあるから、書類も滞りなく採決されている筈だから」

 

「そ、そう‥‥」

 

「あっ、葉山君、帰りにサーティーワンのアイス食べて帰らない?なんか新作のアイスが出たみたいだし」

 

「い、いや、今日は家の手伝いがあって早く帰らないといけないんだ」

 

「えぇ~」

 

葉山は顔を引き攣らせながら言うが、会議室に顔を出しておらず文実の現状を全然理解していない相模は既に文実が崩壊している事を知らない。

 

それどころか、放課後に葉山を遊びに誘う始末だった。

 

葉山自身もクラスメイトが大勢いる中で相模を怒鳴り散らすと下手に目立ってしまう為、相模に注意らしい注意をすることはなかった。

 

由比ヶ浜も戸部同様、この世界の相模に苦手意識を持っていたので、注意することもなかった。

 

他のクラスメイトたちも実行委員の相模が 『大丈夫』 と言っているのなら、大丈夫なのだろうと、文実の実情を確認することもなく、その言葉を信じてクラスの準備を進めていた。

 

文実の崩壊の決定打は雪ノ下が前世と同じく過労で倒れ、翌日には等々会議室に実行委員の姿は消えて、城廻ら生徒会の数名だけが文実の仕事をしていた。

 

「はぁ~こんなことなら、あの時に雪ノ下さんが言う通り、相模さんの提案を止めていればよかったなぁ~」

 

山の様に積まれた書類を見ながら、城廻もあの時、何故雪ノ下があそこまで相模の提案に反対したのかを理解したが、今となっては文字通り後の祭りだった。

 

実行委員のメンバーたちの大半は文化祭のスローガン決めの日まで会議室に集まることはなかった。

 



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120話

今回、相模ファンの方々には申し訳ない内容になっておりますので、相模がこんな扱いを受けるのは許せないと言う方はブラウザバックを‥‥

それでもOKと言う方はどうぞ‥‥



夏休みが明け、総武高校では二学期の大イベントの一つである文化祭を控えていた。

 

前世では陽乃が実行委員長の相模に余計な一言を発した事が切っ掛けとなり、実行委員のメンバーたちがサボり始め実行委員の仕事が滞り、仕事の主力であった雪ノ下も過労で倒れ、一時は文化祭の開催さえ危ぶまれた。

 

葉山はこの後世世界の文化祭も、もしかしたら‥‥と不安に思っていたが、雪ノ下はこれまでの経緯やこの世界では陽乃が居ないことから、前世の様な流れではないと言い切っていた。

 

ただ葉山の不安は的中し、まずは文化祭の実行委員を決める際、立候補者はいなかった。

 

この世界では八幡が存在しないので、平塚先生が独断で決めることはなく、実行委員はクジ引きで決めることになり、男子の方はモブっぽいクラスメイト。

 

そして、女子の方はなんと前世と同じ相模に決まってしまった。

 

文化祭の実行委員が相模になった事で葉山の不安は益々募るが雪ノ下はあくまでも陽乃が居ないので大丈夫だと思っていた。

 

しかし、これまでの奉仕部がかかわった依頼に反して、文化祭については前世と同じような流れとなってしまった。

 

相模は文化祭の実行委員の委員長となり、奉仕部に 『自分の成長の為に文化祭の補佐をしてくれ』 という依頼をしてきた。

 

雪ノ下は前世と同じく相模の依頼を個人で受けると言って、彼女の依頼を個人的に受けた。

 

前世では八幡も相模と雪ノ下と同じく文化祭実行委員だったが、葉山と由比ヶ浜も実行委員ではなかったので、相模の依頼を受けるとしたら、雪ノ下が一人で受けるほかなかった。

 

しかし、雪ノ下は前世と同じく相模の補佐やフォローではなく、自らが主導で動いた。

 

恐らく、相模を補佐するよりも自分が主導で動いた方が早いと思っていたのだろう。

 

補佐を頼んだのに雪ノ下はそれを無下にして実行委員の会議は雪ノ下主導で動き、目立ち、褒められるのは雪ノ下となり、そんな雪ノ下の姿に嫉妬した相模は何とか雪ノ下にギャフンと言わせたいと知恵を絞り、陽乃が居ないにもかかわらず前世と同じサボり公認の発言をした。

 

雪ノ下は相模のこの発言には驚愕した。

 

前世の経験から相模のこの発言が可決されたらどうなるのか?

 

その結末を知っているので、雪ノ下は慌てて相模を止める。

 

しかし、多数決という数の前に雪ノ下の説得は敢無く却下された。

 

その後はもう雪ノ下や葉山が不安視した通り、前世と同じく文実の仕事をサボる実行委員が続出した。

 

そして、雪ノ下自身は何とかこの事態を解消しようと一人奮闘するもこの世界でも過労で倒れた。

 

雪ノ下は、相模のサボり公認の発言の先に待っている結果がどんなモノなのか、前世の経験から分かっている筈だったのに他の人に頼るという簡単な解決策を実行することもなかった。

 

雪ノ下が回復したのは文化祭のスローガンを決める日だった。

 

それまでの文実の進捗がどんなものなのかを確認してみるとそれは前世と同じ‥‥いや前世以上に仕事は遅れていた。

 

実行委員が全員文化祭開催前日まで完全下校時刻まで残っても開催できるか微妙なところである。

 

(顧問の先生も城廻先輩もこんな状況になるまで何も手を打たなかったの!?)

 

自分が過労で倒れた後、文化祭顧問の平塚先生も生徒会長の城廻もサボっている実行委員を連れ戻す手段を何もしていなかったのかと呆れた。

 

そして文化祭のスローガン決めとなり、様々なスローガンの候補が出る。

 

そんな中で最終的に選ばれたのは、相模が提案した、

 

『絆~ともに助け合う文化祭~』

 

に決まった。

 

前世ではここで八幡がサボっていた実行委員を戻すために敢えて自らにヘイトが集まるように仕向けたが、雪ノ下は当然八幡のその行動の意味を理解していなかったので、彼女は八幡の様な行動は取らなかったし、他の実行委員も八幡の様な行動を取る者もいなかった。

 

「じゃあ、スローガンも決まった事で今日は解散~!!お疲れ様でした~!!」

 

スローガンが決まったという事で相模は解散の指示を出すと実行委員のメンバーは仕事をすることなく次々と会議室から出て行く。

 

「ちょっと待って!!相模さん!!」

 

雪ノ下は慌てて相模を引き留める。

 

「ん?何?雪ノ下さん」

 

「勝手に帰っては困るわ。文実の仕事は遅れに遅れているのよ。もう、クラスに顔を出している余裕なんてないの」

 

雪ノ下は相模に文実の実情を伝え、このままでは文化祭の開催さえ危ういことを伝えるが、

 

「遅れているのって、雪ノ下さんの手際の悪さのせいじゃないの?」

 

「なっ!?」

 

相模の言い放った言葉に絶句する雪ノ下。

 

実際にどのくらい遅れているのか詳しい現状を伝えていない雪ノ下や生徒会にも問題がある。

 

そして絶句して唖然とする雪ノ下を尻目に相模は更に追い打ちをかける。

 

「それに聞いたよ。この前体調不良で休んだって‥‥雪ノ下さん、自分の体調管理も出来ないの?そんなんでよく、文実の副委員長なんてやってられるよね?」

 

雪ノ下が倒れた理由は相模たちがサボって仕事量が増えたことによる過労が原因なのに相模はその理由を詳しく知ることもなく、文実の仕事が遅れているのはあくまでも雪ノ下のせいだと言い張る。

 

前世ではサボる実行委員のメンバーが増える中、雪ノ下の他に八幡も人の何倍もの量の仕事をしていたのだが、この世界ではその八幡が居ないために、雪ノ下の負担が増え、回復するのも前世より遅れたのだ。

 

「相模さん、少し言い過ぎだよ」

 

相模の発言は仕事を頑張っている雪ノ下に対してあまりにも失礼だった。

 

自分は全然仕事をしていないのに‥‥

 

城廻も相模の発言には許せないモノがあったのか、ムッとした表情で相模に言うが、

 

「でも、先輩。雪ノ下さんが倒れたのは事実じゃないですか。ウチ、何か間違った事言っています?」

 

「そ、それはそうだけど‥‥」

 

雪ノ下が過労で倒れたのは事実であるが、その原因は少なくとも相模が原因なのだ。

 

「それじゃあ、失礼しますね」

 

相模は言う事を言って、仕事をせずに会議室を出て行ってしまった。

 

その後も会議室には生徒会の人間と最低限の実行委員のメンバーしか集まらず、雪ノ下や葉山が恐れていた事態が‥‥最悪の事態となった。

 

 

ある日の朝、緊急全校集会が行われた。

 

「今年の文化祭ですが、残念ながら中止となりました」

 

校長先生より、総武高校の今年の文化祭は中止という知らせが全校生徒に伝えられた。

 

当然その事実は生徒たちにはとても受け入れられない事実であり、全校生徒からは大ブーイングの嵐だった。

 

「静かに!!皆さんの気持ちは分かります。ですが静かにしてください!!」

 

校長がマイクで声を上げ、ブーイングを上げる生徒たちを静める。

 

そして、

 

「文化祭中止の原因は文実と顧問の方々の職務放棄です」

 

校長先生は荒れている生徒たちに何故、文化祭が中止になったのかその原因を伝える。

 

文化祭が中止となった原因が全校生徒たちに白日の下に晒されサボっていたメンバーは顔を真っ青にしていた。

 

「文実の方々は後程に罰を与えます。顧問の先生方にも勿論、処分が下ります」

 

実行委員だった生徒の内申はガタ落ちとなり、三年生はもちろんの事、今年入学したばかりの一年生、二年生もかなりの影響を受けたので、大学への推薦は当然絶望的だろうし、就職面に関してもかなりのマイナス面になるだろう。

 

サボっていた実行委員を戻すこともなく、相模のサボり公認発言を撤回することもなかった生徒会メンバーも同様の処分が下され、推薦による進学を狙っていた城廻も推薦は絶望的となった。

 

緊急全校集会後、葉山、由比ヶ浜の教室では、実行委員長である相模がクラスメイトたちから追及されていた。

 

「おい!!相模!!どういう事なんだよ!?文化祭が中止って!?」

 

「お前、実行委員長だったんだろう!?なんで、文実の仕事が遅れている事に気が付かなかったんだよ!?」

 

「そう言えば相模の奴、放課後よく教室に居なかったか?」

 

「あぁ~居た、居た。文実の仕事はいいのか?って聞いても 『大丈夫』 の一言だけだったし、そのくせ、演劇の準備は全然手伝ってくれなかったしな‥‥」

 

「俺も文実の仕事が無いなら手伝ってくれって頼んだのに、『ウチは文実の仕事で忙しいの』 とか言って何もしなかったし‥‥」

 

「モブの奴はちゃんと準備を手伝ってくれていたのに‥‥」

 

文実の仕事もサボり、クラスの出し物の準備もサボった事が浮き彫りになった相模へ向けられる視線が益々強くなる。

 

「‥‥」

 

相模は俯き顔を青くしガタガタと震えている。

 

勿論、相模と同じくモブ男子の実行委員も当然、責められたが事情を話し相模がサボり公認の発言をした事、

 

相模がモブ男子と異なり、実行委員長と言う実行委員のトップであるからこそ、モブ男子は、相模程責められはしなかった。

 

「あれだけ頑張って準備したのに、お前らのせいで全部無駄になったじゃねぇか!!」

 

「そうよ!!どうしてくれるのよ!?」

 

クラスメイトたちからのきつい視線と止まらない罵倒。

 

その光景はまさに相模が発端となったチェーンメールで大和をクラスから追放した時と同じ光景が広がっていた。

 

相模としては完全に因果応報な結果となった。

 

「は、葉山君‥‥」

 

相模はまるで捨てられた子犬の様に葉山へすがるような視線を送る。

 

もし、この世界に八幡が居れば、当然平塚先生の独断で実行委員に指名されていただろうし、そもそも文化祭が中止なんて事態にはなっていなかっただろう。

 

そうでなくても、葉山は八幡に責任を押し付け、自分のグループメンバーである相模を庇っていただろうが、この世界にはその八幡が存在しない。

 

よって、責任を押し付けたくても押し付ける相手がいない。

 

モブ男子の実行委員に責任を押し付けたくても、相模本人がサボり公認の発言をした事が周知の事実になり、更にモブ男子はクラスの出し物の準備を手伝っていたが相模はクラスの出し物の準備も手伝っていない事が判明している以上、彼に責任を押し付けられない。

 

実行委員の仕事をサボってクラスでも出し物の準備もサボっていたのが致命的であり、葉山自身も含めて相模が教室でサボっていた姿を大勢のクラスメイトたちに目撃されていたのも致命的だった。

 

「相模さん‥‥君には期待していたのにガッカリだよ」

 

「っ!?」

 

相模という女避けを失うのは葉山としては、もったいなかったがここまでの失態をした彼女を擁護しては自分まで非難されかねないので、葉山は相模を切り捨てた。

 

前世では戸部と共に葉山は相模を実行委員に推薦していた。

 

もし、前世の文化祭も中止と言う事態に陥っていたら、相模を推薦した自分も戸部も任命責任を負わされていただろうが、この世界では自分も戸部も相模を推薦していない。

 

よって、任命責任も生じない‥‥まさに今回は葉山の逃げ勝ちであった。

 

しかし、相模としては葉山の言動はまさに青天の霹靂だった。

 

自分は葉山グループ‥‥いや、このクラスの中で葉山と一番親しい異性の筈なのに‥‥

 

いうなれば、自分は葉山にとって特別な存在の筈なのに‥‥

 

その自分を葉山はあっさりと切り捨てたのだ。

 

「そ、そんな‥‥葉山君?‥‥う、嘘でしょう‥‥?どうして‥‥?ウチは‥‥ウチは‥‥」

 

相模は葉山に自分は葉山にとって、彼女に近い存在なのに‥‥

 

「な、なんで‥‥文化祭が中止になったのだって、雪ノ下さんがちゃんとウチの事をフォローしないで、休んだのが原因じゃない‥‥」

 

ここにきて相模が雪ノ下に責任転嫁する。

 

「‥‥そもそも、雪ノ下さんが休んだのも文実の仕事が遅れていてそれを必死にカバーしようとして過労で倒れたからなんだよ」

 

「えっ?」

 

雪ノ下が過労で倒れたことに関して、葉山は相模に原因があるとして彼女を許すつもりはなかった。

 

「どんなに言いつくろっても、相模さんがサボっていたのは事実だろう?‥‥これでは弁護の余地はない」

 

「‥‥」

 

葉山からのはっきりとした拒絶から相模はがっくりと両膝をつく。

 

このクラスでここまでの失態を犯した者の末路なんて自分が大和を追い詰めた経緯からよく理解している。

 

相模はこの日、授業も受けずにまるで逃げるように早退した。

 

「ふん、ざまぁみろ‥‥」

 

すごすごと教室から逃げて行く相模の後姿を見て由比ヶ浜は顔を歪めながらポロっと毒づいた。

 

彼女としても二年に進級して、葉山グループに相模が入ってから彼女の嫌味に耐え、我儘に振り回されてきた被害者なので、相模の不幸はまさに自分にとっては蜜の味だったのだ。

 

その後、文化祭実行委員のメンバーには反省文の提出と一週間の停学処分が下された。

 

顧問の教師の中には前世と同じ、平塚先生も居たが、学校側は今回の文化祭中止の火消しの為、教師を謹慎させて遊ばせる余裕がなかったので、ボーナスカットと給料の減額で文化祭中止の火消し役に回した。

 

文化祭中止の知らせが全校生徒に伝えられた翌日、葉山、由比ヶ浜の教室に相模の姿はなかった。

 

彼女自身、大和と同じく不登校になり、最終的には総武高校から去って行った‥‥

 

(くそっ、こんなことなら、ヒキタニの存在を消すんじゃなかった‥‥)

 

葉山は転生特典で八幡の存在をこの世界ではなかったことにしたことに今更になって後悔した。

 

八幡は確かに葉山にとって、忌々しい存在だった。

 

雪ノ下からも嫌われ、彼の存在を自分が消したとなると、雪ノ下は喜ぶと思って八幡の存在を消した。

 

だが、八幡の存在を消してしまったために彼に責任を押し付けることができずに、自分の重要な駒が問題を起こし、学校を去ることになってしまった。

 

いや、そもそも八幡が居れば文化祭が中止となる事態にはならなかっただろう。

 

(くそっ、この後に控えている修学旅行はどうすればいいんだ‥‥)

 

これまでの依頼の件が前世と違う事から文化祭の展開も雪ノ下の言葉を聞いて異なる展開になるかと思いきや、相模が実行委員のメンバーになったことで、もしや‥と葉山は不安に思ったら、それが的中した。

 

八幡が存在しないために事態は最悪な展開となる。

 

このままでは、この先に控えている修学旅行も最悪の展開になるのではないかと頭を抱えることになった。

 

 

 

 

ここで視点を千葉から神奈川県の横須賀に移す。

 

そして、時期も二学期から夏休み終盤へと時間を戻す。

 

来月にまさか、千葉の総武高校にて文化祭が中止になるなんて事が起きるなんてこの時は誰が予想していただろうか?

 

それは、自らの無能を曝け出した相模本人も同様のことが言えた。

 

 

横須賀女子では夏休み中にブルーマーメイドフェスタと言うブルーマーメイド主催の大きなイベントの手伝いを行ったが、今度は遊戯祭という自分たち学生が主役のイベントがある。

 

しかも今年の遊戯祭は横須賀の他に呉、舞鶴、佐世保の日本を代表する海洋学校の学生たちも参加する大規模なイベントであり、他校の学生をもてなすので、横須賀女子の学生として恥ずかしい醜態は見せられない。

 

その為、横須賀女子の学生たちはまだ夏休みが明ける前から遊戯祭について話し合っていた。

 

遊戯祭の出し物は基本的に各クラス一つであるが、希望があれば複数実行することが出来るが、申請をした場合は何としてでも間に合わせなければならないので、やはり各クラス一つの出し物に集中する傾向がある。

 

ドイツからの留学組であるシュペーとヒンデンブルクは合同も可能という事だった。

 

ただし、文化祭の部での出し物は合同であるが、体育祭の部においては、それぞれシュペーチーム、ヒンデンブルクチームに分かれ競技を行うことになっている。

 

ヒンデンブルクの大教室にヒンデンブルクとシュペーの学生たちが集まり、遊戯祭の出し物についての話し合いが行われた。

 

ただ、その話し合いの中で、

 

「あれ?ミーナさんは?」

 

シュペー副長のミーナの姿が無かった。

 

「えっ?ついさっきまで居たのだが‥‥」

 

テアもミーナがいつの間にか姿を消していたミーナに首を傾げる。

 

その内に戻ってくるだろうと思い、話し合いは始まった。

 

「私としてはまたテアのディアンドル姿を見たいなぁ~」

 

「私はシュテルのヴァイオリンを生で聴いてみたい‥‥」

 

シュテルとテアのそれらの意見やブルーマーメイドフェスタの時、ヒンデンブルクは体験航海のため、乗員たちは夏の制服でありディアンドルを着ることが出来なかったことなどから、ドイツの留学組の出し物は、ヒンデンブルクの後部甲板や食堂にてドイツ料理を振る舞う飲食の模擬店で、クラスメイトたちはドイツの民族であるディアンドルを着て、シュテルたち有志たちでバンドを組んで音楽を生演奏することになった。

 

 

その頃、行方不明になっていたミーナは‥‥

 

「第一回、晴風出し物会議!!」

 

何故か晴風に来ていた。

 

「話は聞いていると思うが改めて‥‥近々行われる遊戯祭では、招待される他校の生徒やその他大勢の来客をもてなすために催し物が開かれる。我々晴風クラスも当然この催し物に参加する訳だが‥‥」

 

真白が出し物を行う理由をクラスメイトたちに説明する。

 

「要するに祭りの演し物を決めようってんだろう?堅っ苦しい説明はナシ、ナシ!」

 

「こら、マロン。せっかく、宗谷さんが説明しているのに‥‥」

 

「いや、分かっているなら問題ない」

 

「そう言う事だから何かアイディアがあれば提案してね」

 

晴風でも遊戯祭の出し物を決める話し合いが行われており様々な意見が出ていた。

 

主計科からは横須賀名物であるカレーを提供する案が出てカレー好きな立石は真っ先に賛成する。

 

しかし、同じことは他のクラスでもやるのではないだろうか?

 

そうなると、他のクラスと被り、まるでカレーフェスタみたいになるのではないか?という意見が出た。

 

カレーフェスタという単語に立石は大歓迎だと目を輝かせていた。

 

しかし、なるべくなら被らないモノが良いだろという事で保留となる。

 

すると、西崎が、

 

「魚雷撃ち放題喫茶!!」

 

と、物騒な喫茶店を提案するが、

 

「却下!!」

 

あっさりと却下された。

 

八木はダウジングゲームを提案し、そこから五十六探しゲームへと発展し、話し合いが段々とこじれて行くと、

 

「ふっふっふっ‥‥」

 

グラサンをかけた納沙が不敵な笑みを浮かべる。

 

「ココちゃん?」

 

「やはりここは‥‥晴風全員参加の舞台演劇はどうでしょう!?」

 

「ふっふっふっ‥‥面白そうじゃのう」

 

納沙の隣にはミーナが居る。

 

(なんで、当然の様にミーナさんが此処に居るんだ!?)

 

真白は晴風のクラスメイトでもないミーナが此処に居ることに困惑する。

 

「ちょっと待ってくれ‥‥」

 

「どうしたんでしょう?」

 

「腹でも痛いのか?」

 

(痛いのは頭だ!!)

 

(何故、当然の様にミーナさんが参加している!?いや、別に居て迷惑というわけではないのだが‥‥)

 

「み、ミーナさんはどうしてここに?」

 

「今更そんな水くさい仲じゃなかろう」

 

「ワシらはもう切っても切れない仲なんで‥‥」

 

「わかった、わかった」

 

「演劇かぁ‥‥楽しそうだけどこれから準備して間に合うかな?」

 

「そうですね。何よりも私たちは素人‥‥やるからにはミスは許されないが、それには練習にもだいぶ時間を使うだろう‥‥なかなか簡単にはいかないぞ?」

 

赤道祭の時は、同級生同士という事で納沙の劇は出来たが、今度の観客は他校の生徒たちや大勢の人ばかりなので、ミスは許されない。

 

やるからには完璧でなければならないのだ。

 

それらの観点から、

 

「じゃあ映画を撮るということで手を打ちます」

 

納沙とミーナが提案している演劇は、準備期間、練習などの観点から難しいという事で、納沙は映画という事で手を打った。

 

「じゃあ、ストーリーを作ってきてくれ。出来るかはそれを見て判断しよう」

 

「了解です!ご期待ください!」

 

納沙の映画もストーリーを見ての判断という事で保留となった。

 

「リンちゃんは何かない?」

 

「わ、私!?」

 

明乃は鈴に何かやりたいことはないかと訊ねると、

 

「あっ、イルカの写真展‥‥とか?」

 

「イルカの?」

 

鈴はイルカの写真展を提案する。

 

「そう言えば海洋実習中に何枚かイルカの写真撮ったっスねぇ」

 

「うん、私も見た!」

 

Rat事件解決のため太平洋を一ヶ月間の航海をしたので、イルカと遭遇する機会もあり、青木がイルカの写真をちゃんと収めていた。

 

「だが、展示会となると量が少ないかもしれないな‥‥」

 

「そ、そうだよね」

 

展示会と言うにはかなりの枚数の写真が必要となるが、流石にそこまでの枚数の写真は撮られていなかった。

 

結果的にこの日は晴風クラスの出し物は決まらず、改めて後日話し合いを行われることになった。

 

納沙の提案であった映画は時間が無い為、翌日までにシナリオを提出してくれと真白に言われると、

 

「極道もびっくりのブラック案件じゃのう‥‥」

 

流石に一日で映画のシナリオを書けと言われ、ドン引きする納沙。

 

「なあに、腕が鳴るわい」

 

しかし、ミーナはやる気満々だった。

 

 

話し合いが終わり、解散となるとミーナと納沙は早速シナリオ作りのため、学生寮の納沙の部屋に向かう。

 

その途中、

 

「あっ、副長。どこに行っていたんですか?」

 

ローザがミーナの姿を見つけ声をかけた。

 

「おぉ、ローザかすまんな」

 

「『すまんな』じゃなくて、私たちドイツからの留学生組の出し物を決める話し合いだったんですよ」

 

「そ、そうか‥‥それで、決まったのか?」

 

「はい」

 

「何をするんじゃ?」

 

「ブルーマーメイドフェスタの時と同じく、ドイツ料理を提供する模擬レストランです。他にもヒンデンブルクの碇艦長らの有志による生バンドも行います」

 

「そうか‥‥」

 

「それで、ミーナさんは今までどこに行っていたんですか?」

 

「うむ、実は‥‥」

 

ミーナはローザに今まで晴風に居り、晴風クラスの出し物の話し合いに参加していたことを伝える。

 

そしてこの後、納沙と共に映画のシナリオの製作に入ることを言って納沙と共に部屋に向かった。

 

 

「‥‥って、ことがありました」

 

ローザはヒンデンブルクの食堂でティータイムを過ごしていたシュテルとテアの二人にミーナが話し合いの場に居なかったことを伝える。

 

ただ、テアと二人でティータイムをしているこの姿をミーナが見たらきっと不機嫌になるだろう。

 

「そうか、映画か‥‥」

 

「その映画‥‥まさか、私たちも出演‥‥なんてことはないよね?」

 

シュテルはローザに納沙とミーナがシナリオを務める自主映画に自分たちも出演するのかを訊ねる。

 

「さ、さあ、そこまでは‥‥それにミーナさんの話ですと、自主映画の方もまだ決定というわけではないみたいですし‥‥」

 

「そう‥‥」

 

(流石に去年に続き、また演劇関係に出るのは‥‥ちょっとなぁ‥‥)

 

去年のダートマス校の演劇祭に出てDVDが何故か日本でも出回っている。

 

そんな中、今年も自主映画とは言えその出演なんてますます変に目立ってしまう。

 

しかし、自主映画は一個下の晴風クラスが行う出し物だし、決定というわけではない。

 

よって、シュテルがその自主映画に出演するとはまだ確定というわけではなかった。

 



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121話

 

九月に横須賀にて行われる遊戯祭‥‥

 

まだ夏休みが開けていない中、横須賀女子の学生たちは準備に余念がない。

 

まさか、遊戯祭が行われる同じ月に千葉の総武高校では文化祭の実行委員のメンバーが仕事を総出でサボって文化祭が中止になるなんてこの時は誰も予想が出来ていなかった。

 

晴風クラスも最初の航海でミーナの歓迎会や赤道祭を行ったりと意外とイベント好きな者たちが多いので、遊戯祭への出し物の意見が多数寄せられて簡単にまとまらなかった。

 

(遊戯祭‥‥文化祭か‥‥やっぱり、この時期になるとあの時の事を思い出すな‥‥)

 

シュテルとしてはどうしても、この時期になると前世の文化祭の事を思い出してしまう。

 

シュテルは、この世界に存在しているのではないかと思っているこの世界の自分が平塚先生から勝手に実行委員にされて、同じく相模も葉山と戸部にちやほやされてノリで実行委員となり、挙句の果て実行委員長になり、奉仕部に自分の仕事を丸投げして、楽に自分の実績と内申を稼ごうとする。

 

八幡は奉仕部の概念にそぐわない依頼だし、由比ヶ浜は実行委員でない。

 

よって相模の依頼は受けるべき依頼ではなかったのに雪ノ下は個人で受けた。

 

しかし、相模は雪ノ下の人となりを理解していなかった。

 

雪ノ下は相模の仕事を補佐ではなく仕事と実績を奪う。

 

相模は委員長らしいところを見せて目立とうとしたのか、雪ノ下の姉である陽乃のアドバイス?を間違った方向に受け取り、実行委員のサボりを誘発した。

 

現状打開のため、八幡はスローガン決めの時に自らにヘイトを集め実行委員を戻し、更には最終日には相模は逃げ出し、閉会式の表彰で支障をきたす恐れが出てきて、そこでも八幡は一人泥を被り相模を戻すも自身に悪評が着くようになった。

 

そこから修学旅行の依頼だ‥‥

 

(この世界の俺も前世と同じやり方をするのだろうか?)

 

シュテルはやはり、この世界に居るかもしれない八幡の事がこの時期になるとどうしても気になった。

 

(遊戯祭の日と総武高校の文化祭の日は違うから総武の文化祭を見に行ってみるかな‥‥?三浦と付き合っている戸塚を見るのは辛いけど‥‥)

 

この世界に存在しているかもしれないもう一人の自分の事が気になり、総武高校の分化祭の日に様子を見に行きたいと思いつつも三浦と付き合っている戸塚の姿を見るのも辛かったが、やはりこの世界の自分の事が気になるので行くことにした。

 

 

そんな中、納沙と何故か晴風クラスではないはずのミーナが演劇を提案するも、準備や練習の時間の関係から演劇は難しいと判断され、そこで納沙は自主映画という事で手を打った。

 

とりあえず真白はそのシナリオを見て判断するとして、納沙とミーナは早速自主映画のシナリオを書き始める。

 

 

納沙とミーナの二人は遊戯祭の出し物を決める話し合いが終わった後、ずっと学生寮の納沙の部屋に籠もり自主映画のシナリオを書いている。

 

なにせ締め切りが翌日なのだから、一分一秒も時間を無駄には出来ない。

 

そんな中、真白はシナリオの進捗が気になって納沙の部屋を訪れる。

 

「納沙さん、少し良いだろうか?」

 

真白は部屋の扉をノックして中に居るであろう納沙に声をかける。

 

「あっ、はい。どうぞ」

 

「失礼する」

 

中から返答を聞き、真白は納沙の部屋に入る。

 

納沙の部屋にはミーナも居り二人はパソコンのキーボードをひたすら打ち込んでいた。

 

テーブルの上にはシナリオの下書きや登場人物の設定なのか、何やら文字だらけの紙がいくつも散らばっていた。

 

「シナリオの進み具合はどうだ?」

 

「まぁ、ミーちゃんがいるので順調と言えば順調です」

 

趣味が絡んでいる為なのか納沙の顔はなんか生き生きしている。

 

それはミーナも同じだった。

 

「少し拝見してもいいだろうか?」

 

「ええ、いいですよ。といってもまだ途中ですけどね」

 

納沙の許可を得て真白は書きかけのシナリオに目を通す。

 

内容は任侠物が好きな二人が書いたシナリオなだけあって、その手の内容の映画になっている。

 

「ふむ‥見たところエキストラを含め、クラスの人数以上の人員を使うように感じるのだが?」

 

真白は登場人物が晴風クラスよりも多い人数を使用していることを指摘する。

 

「人員に関しては、ワシら留学生組を動員するつもりじゃ」

 

足りない分の人員はシュペーのクラスメイトからも動員するというミーナ。

 

「なにしろ、映画の中ではチャカ(拳銃)も使用するからな。銃器の扱いに慣れた者が取り扱う方がいいじゃろう」

 

「ちゃ、チャカ?」

 

真白はミーナの言う 『チャカ』 が何なのか分からない様子で首を傾げる。

 

「あっ、チャカは拳銃の事です」

 

そんな真白に納沙が 『チャカ』 の説明をする。

 

「け、拳銃!?」

 

『チャカ』 の正体を聞いて驚く真白。

 

「なお、短刀の事は 『ドス』 って表現します」

 

納沙は補足説明で真白に 『ドス』 についても説明する。

 

「そ、それはどうでもいい知識だが、拳銃の使用は流石にマズいんじゃないか?」

 

「使用する弾は模擬弾じゃから当たっても死にはしない。まぁ、銃器が全てドイツ製なのは違和感があると思うがそれはやむを得ない妥協点じゃな」

 

「‥‥」

 

真白はこの二人のシナリオの映画を本当に許可してもいいのかと一瞬判断に戸惑う。

 

だが、真白の中である展開が脳裏を過ぎる。

 

(ん?銃器の取り扱いに慣れている‥‥確か碇艦長も銃を使っていたな‥‥)

 

真白は自身が誘拐された時、シュテルが慣れた手つきで銃を使用していたのを思い出す。

 

(シュペークラスの先輩方に手伝ってもらうのであれば、ヒンデンブルクの先輩たちも‥‥という事は碇艦長も手伝ってもらうのもアリだな‥‥)

 

そう思い、真白はシナリオを読み返す。

 

「は、配役は決まっているのか?」

 

納沙に配役を訊ねる。

 

「まぁ、主役クラスの役は私たち晴風クラスのみんなにやってもらうつもりです。あっ、もちろん、シロちゃんにもちゃんとセリフがある役を用意してありますよ」

 

「シュペークラスの方々にも協力してもらうとして‥‥ひ、ヒンデンブルクの方々にも協力を仰ぐのだろうか?」

 

ミーナは自分のクラスメイトたちにも協力してもらう予定だったが、同じドイツからの留学とは言え、ヒンデンブルクは学校が異なるので、ヒンデンブルクのクラスメイトたちに協力してもらうには改めて頼まねばならない。

 

「どうします?」

 

「うーん‥‥そうじゃなぁ‥‥」

 

納沙もミーナもシュペーのクラスは兎も角、ヒンデンブルクのクラスメイトに協力を仰ぐかは未定だった。

 

「聞いた話では碇艦長は去年、ダートマス校の演劇祭にも出たみたいだ。役者としては十分なのではないだろうか?」

 

真白はさりげなく不自然さを感じさせないように納沙とミーナにシュテルを推薦する。

 

本人が聞けば嫌がりそうなのだが、真白としてはシュテルと共演してみたかったのだ。

 

「まぁ、確かにヒンデンブルクの方々は銃器の取り扱いにも慣れていましたし、人数が増えれば規模も大きくできますしね‥‥」

 

真白の言う事も一理あると納沙もヒンデンブルクのクラスメイトたちの共演には前向きな様子だった。

 

「で、では‥この若頭役には碇艦長はどうだろうか?」

 

真白はシュテルにある役を推薦する。

 

「は、はぁ~‥‥」

 

「それで、私はこの役をやりたいのだが‥‥」

 

そして、真白もやりたい役があるのか納沙にこの役をやりたいと立候補してきた。

 

しかし、真白はまだこのシナリオの自主映画が決定されたという訳ではないことを忘れていた。

 

その後、何故か真白も手伝って自主映画のシナリオを書き続けた。

 

納沙はミーナの他に自身の中で好感度が高い真白と共にシナリオを書けて満更でもない様子だった。

 

きっと真白もこの自主映画には賛同してくれているのだろうと思っていたのだ。

 

まぁ、納沙の予想もある意味間違ってはいなかった。

 

 

 

 

翌日‥‥

 

 

「もかちゃんのクラスは遊戯祭の出し物、何にするか決まった?」

 

シュテルはもえかと朝食を摂っており、会話の中で遊戯祭の話題を出して、もえかのクラスが何をするのかを訊ねる。

 

「私のクラスは、この前の親睦会で開いた蕎麦会が好評だったから、遊戯祭でもやろうかと思っているよ」

 

もえかのクラスは蕎麦の模擬店を出すみたいだった。

 

「シューちゃんのクラスは何をやるの?」

 

「私のクラスはシュペーのクラスの人たちと一緒にドイツ料理を提供する模擬店と楽器の生演奏をする予定」

 

「へぇ~生演奏ってシューちゃんがヴァイオリンで演奏するの?」

 

「うん、そのつもり」

 

もえかと朝食を摂っていると、

 

「あ、あの‥い、碇艦長」

 

「ん?」

 

シュテルは声がした方へと視線を向ける。

 

そこには真白が居た。

 

「あれ?宗谷さん。どうしたの?」

 

「あ、あの‥実は…その‥‥」

 

シュテルに声をかけた真白は何故か、シュテルから視線を逸らし、もじもじしている。

 

「「?」」

 

真白の挙動不審な行動に首を傾げるシュテルともえか。

 

真白自身もいつまでももじもじしている訳には行かないと思い、意を決した様子で、シュテルに視線を合わせると、

 

「あ、あの!!碇艦長!!」

 

「は、はい」

 

「その‥‥協力してもらえませんか!?」

 

「えっ?何に?」

 

いきなり協力してくれと言われ、自分は一体何に協力するのかを聞いてからでないと返答できない。

 

真白はシュテルに晴風クラスの出し物の一つに納沙とミーナがシナリオを書いた自主映画を撮ることになったので、その映画の撮影に協力してくれという頼みだった。

 

シュペーのクラスメイトたちもこの自主映画の撮影には参加するみたいだ。

 

「うーん‥‥」

 

去年に続いてまたもや演劇関係に参加するかもしれないというシュテル。

 

しかも自主映画という事は遊戯祭の最中ずっと上映されてしかも他校の生徒を始めとして大勢の人に見られるのかもしれない。

 

とは言え、演劇祭の時みたいに役があるとは限らない。

 

協力すると言っても役者という訳ではなく、裏方やカメラ、音響など、映画は役者だけで作ることは出来ないのだから‥‥

 

それに主役はあくまでも晴風クラスのメンバーの筈なので、シュテルはきっと裏方としてのスタッフが足りないと思った。

 

この時は‥‥

 

「撮影に協力するのはまぁ、私個人は良いけど‥‥」

 

「本当ですか!?ありがとうございます!!」

 

「えっと‥‥でも、晴風クラスの出し物はその自主映画でもう決まりなの?」

 

もえかが真白に遊戯祭における晴風クラスの出し物はその自主映画で既に決定されているのかを問う。

 

「決めてみせます!!宗谷の名に懸けて!!」

 

「そ、そう‥‥」

 

「頑張ってね」

 

真白は意気揚々した様子で去って行った。

 

 

「では、第二回晴風クラスの出し物会議!!」

 

昨日に引き続き、晴風の教室にて遊戯祭の出し物についての話し合いが再び行われた。

 

「ココちゃん、映画のシナリオは出来た?」

 

明乃は納沙に自主映画のシナリオは出来たか訊ねる。

 

「もちろんです!!ミーちゃんとシロちゃんの三人で書いた力作です!!」

 

「えっ?宗谷さんも!?」

 

映画のシナリオの執筆に真白が関係したという事実に黒木が真っ先に反応する。

 

「えっ?シロちゃんも!?」

 

黒木の他に明乃も納沙が推す自主映画に真白が協力したことにちょっと驚いた。

 

「シロちゃんも協力したってことは、シロちゃんも映画に賛成なの?」

 

「ま、まぁ‥そう言う事ですね‥‥」

 

「ふぅ~ん」

 

昨日はそこまで納沙の自主映画に積極的には見えなかったのに、あれから何があったのか分からないが真白は納沙の自主映画に賛成の様子。

 

真白が賛成するのであれば、

 

「宗谷さんがやるなら私もやるわ!!」

 

黒木も賛成する。

 

とは言え、他のクラスメイトたちからもこれをやってみたいという意見もあり、その結果‥‥

 

「じゃあ、みんなやろう!!」

 

明乃はクラスメイトたちから上がった提案を出来るだけやろうと言った。

 

「じゃあ、早速準備しないとね!!」

 

話し合いを早々に切り上げ、晴風クラスは遊戯祭に向けての準備を始めた。

 

シュペーにはミーナが赴き自主映画の件を伝えるとテアに協力を求めた。

 

そして、ヒンデンブルクには真白が赴きシュテルに話し合いで決まったことを伝えて改めて協力を求めた。

 

晴風クラスにはあの航海でミーナが世話になったので、テアは協力することにし、シュテルの方も朝、協力すると言った手前、今更撤回などすることはせずに協力した。

 

ただ‥‥

 

「えぇぇーっ!?裏方のスタッフとかじゃないの!?」

 

シュテルはてっきり裏方のスタッフかと思いきや真白から役者として自主映画に出てくれと頼まれた。

 

晴風クラスの出し物なのだから、出演者は晴風クラスのメンバーで自分たちはカメラや衣装、小道具制作の裏方のスタッフだと思っていたのだ。

 

「どうしてもこの役のイメージにぴったりなのは碇艦長なんです」

 

「ど、どんな役なの?」

 

シュテルが真白から台本を受け取ると、内容はヤクザっぽい内容のシナリオで、真白がシュテルにやって欲しいという役はヤクザの若頭の役だった。

 

「‥‥こ、この役を私に?」

 

「はい。お願いできませんか?」

 

「いや、でも‥こういうのは確か同じクラスの野間さん?が適任の様な気が‥‥」

 

「野間さんには別の役があり、他のクラスメイトたちもこの役のイメージにはちょっとズレている感じで‥‥だからどうしても碇艦長にやってもらいたいんです!!」

 

「えっ?いや‥でも‥‥」

 

「碇艦長‥協力するって言ったじゃないですか」

 

「あ、あれは‥てっきり、裏方のスタッフだと思って‥‥」

 

「でも、言いましたよね?」

 

「うっ‥‥」

 

よく確認せずに 『協力する』 と言ってしまった手前、無下に断れない状況に追い込まれてしまった。

 

 

「で?引き受けちゃった訳?」

 

「シュテルン将来大丈夫?詐欺とかに引っかからないか私、心配だよ」

 

晴風クラスの自主映画に参加することをシュテルはクリスとユーリに伝えると二人からは同情する様な視線を送られた。

 

「まぁ、去年もやったし、台本を見る限りそんなに登場時間も長くはないから別にいいけど‥‥」

 

「どんな役なの?」

 

二人はシュテルがどんな役をやるのか気になりシュテルに訊ねる。

 

すると、シュテルは二人に台本を手渡す。

 

二人は手渡された台本に目を通す。

 

「「‥‥」」

 

クリスとユーリの二人はジッと台本を読んで行く。

 

そして読み終えたのか、

 

「‥‥これ、シュテルン死に役じゃん」

 

「うん‥まぁ、そうなんだけど死に役なら去年ダートマス校の演劇でも経験したから」

 

台本を見た二人からの意見では、どうやらシュテルが演じる役は死に役みたいだ。

 

死に役だが去年のダートマス校での演劇祭で経験もあるし、シュテルは出演時間が短いからシュテル本人にしては別に文句はなかった。

 

「でも、死に間際のこのシチュエーションはちょっと‥‥」

 

ユーリはシュテルが演じる役の死に際のシチュエーションに思う所があるみたいだ。

 

「まぁ、演劇だし‥‥」

 

「「‥‥」」

 

シュテルは死に際のシチュエーションに関してもなんか割り切っている様子だった。

 

 

それから各クラスは残り少ない夏休みを返上で遊戯祭の準備に取り掛かる。

 

去年のダートマス校の演劇祭、母校キール校の文化祭の様子を見てもやはり、前世最後の文化祭が異常に感じる。

 

(やっぱり、普通はこんな感じだよな‥‥)

 

準備しながらそう思うシュテルだった。

 

 

晴風クラスの自主映画は、銃器に関してシュペー、ヒンデンブルクから模擬弾を装填した銃器を使用し、使用者も取り扱いに慣れているシュペー、ヒンデンブルクのクラスメイトが務める。

 

もっとも銃器を使うのはほぼわき役の様な役だし、レギュラー役である晴風クラスが使うのは発火モデルのモデルガンを使用する。

 

それなら発火モデルのモデルガンを使えばいいじゃないかと思うのだが、やはり銃口から弾が出て来る方がリアリティを出すという事でやはり模擬弾装填された実銃を使用したのだ。

 

衣装に関しては青木と例の明石クラスに在籍している衣装マニアの人から借りた。

 

晴風クラスは科や個人によって遊戯祭の出し物が多いのだが、こうして自主映画の撮影にも協力している辺り、やはり晴風クラスの結束は強い。

 

ミーナに頼まれたのかテアも裏方のスタッフではなく、役者としてこの自主映画に出演した。

 

テアの役は組長かその組長の妻役なのか、左肩から背中にかけて刺青を意識したボディーペインティングを施されていた。

 

まさか、本当にテアの身体に刺青を入れる訳にはいかない。

 

テアの衣装に関して組の幹部役という事で着物を身に着けるので、シュペークラスで親日家のレオナが嬉々としてテアの衣装を選んでいた。

 

小道具でもレオナのコレクションの中で小柄のテアでも扱いやすい模造刀の小太刀を貸し出した。

 

こうして準備が整い晴風クラスの自主映画の撮影が行われた。

 

 

 

 

『ここだと治外法権で、警察も手出せないんですよ』

 

『そうか‥‥じゃあ、カジノやらした方が金になるよな』

 

『カジノ!?カジノ出来ないよ』

 

『もっと儲かるじゃねぇか!バカヤロー!』

 

『うるせぇんだよ、この野郎!こっちが決めるんじゃぁ、ボケ!』

 

『うるせぇんだよ!馬鹿野郎!』

 

『なんだ、てめぇまで調子に乗りやがって、この野郎!』

 

『だから、証拠見せろって言ってんだよ、この野郎』

 

『てめぇはいつもトロいんだよこの野郎!』

 

『ただじゃおかねぇ!ぶち殺すぞ、ゴラァ!』

 

 

『イカサマやっていたんで、腕折ってやったんです』

 

『そんなこと聞いているんじゃ、ねぇんだよ!てめぇ、あんま調子乗っていると、またムショぶち込むぞ!こらぁ!』

 

 

『これからは合法的にデカい金を動かしていく』

 

『この前、聞いた話なんですけど。どうやら○○って、ヤクザが生きているらしいですよ』

 

『例えば同じ売春でもチマチマやらねぇで、外務省の悪人とつるんで国際的なマーケットにするんだよ』

 

 

『ガタガタうるせぇんだよ!ぶち殺すぞ!こらぁ!てめぇ、一体誰に向かって、喋ってんだ!?この野郎!』

 

『自分が何やっとるのか、分かっとる、ちゅーのか!?』

 

『ふざけんな、この野郎!』

 

『魚の餌にしちまうぞ、このヤロウー!』

 

 

 

 

自主映画の撮影現場では台本のセリフとは言え、女子高校生らしからぬセリフが飛び交う。

 

ただそんな中でもやはり、鈴は普段のなよなよした様子とは180度異なり、完全に役者になりきっていた。

 

(やっぱり、知床さんは女優に向いているよな‥‥)

 

鈴の演技を見て、やはり鈴には女優としての才能があると思うシュテルだった。

 

そして、いよいよシュテルの撮影場面となる。

 

 

 

 

テアが所属する鉄十字組と万里小路が所属する万里小路組‥‥

 

二つの組がシマを巡り段々と対立が表面化していき、二つの組の抗争がいつ起きてもおかしくはなく、不穏な空気が漂う中、鉄十字組の若頭であるシュテルこと、『霧島一馬 (きりしま かずま)』 は抗争前に恋人である宗谷真白こと、『神代深雪 (かじろ みゆき)』 と出かけていた。

 

深雪は霧島が当然、極道の人間である事を承知の上で彼と交際していたし、もし彼と夫婦となれば自分は一般人から極道関係者になることも覚悟していた。

 

ただ、抗争前‥しかも霧島が若頭という事で護衛も念のため護衛も着けていた。

 

このキャストに対して明乃は、

 

「シロちゃんいいなぁ~ヒロイン役でぇ~」

 

と、ヒロイン役であることを羨み、

 

一方、黒木は、

 

「なんで!?宗谷さんの恋人役が私じゃないの!?」

 

と、配役に不満がある様子だった。

 

「えっと‥‥この役は死に役だし‥‥」

 

「宗谷さんのためなら、死に役でも良いわ!!」

 

「それに銃も取り扱うし‥‥」

 

「私は危険物取扱者免状も煙火消費保安手帳も持っているから銃ぐらい取り扱えるわ!!」

 

と、最後まで不満を零していた。

 

 

霧島と深雪が街中を歩いていると、急に前方から黒いセダンが止まる。

 

ダン!!

 

「ぐあっ!!」

 

すると、黒いセダンから狙撃手が護衛を狙撃する。

 

「っ!?」

 

霧島は咄嗟に深雪を庇うように抱きしめる。

 

その直後、

 

ダダダダダダダダ‥‥!!

 

黒いセダンに乗っていた者たちはシュマイザーを構えると撃ってくる。

 

「き、霧島さん!?霧島さん!!」

 

霧島にギュッと抱きしめられた深雪は叫ぶ。

 

(い、碇艦長に抱きしめられている‥‥碇艦長に抱きしめられている‥‥)

 

場面では逼迫しているのだが、真白は心の中でも緊張していた。

 

 

銃弾は深雪を庇った霧島の背中に何発も命中する。

 

「うわぁぁぁぁぁー!!」

 

ダン!!ダン!!ダン!!ダン!!ダン!!ダン!!ダン!!ダン!!

 

深雪を庇い、抱きしめながら霧島はルガーP08で襲撃者に向けて反撃する。

 

霧島が撃った弾丸は襲撃者を一人倒す。

 

一人やられたが、あれだけの銃弾を身体に受けたのだから、霧島は助からないと予想した襲撃者たちは早々に撤収して行く。

 

「はぁ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥なんだよ‥‥結構、当たんじゃねぇか‥‥」

 

「き、霧島さん‥‥」

 

「若ぁ!!」

 

撃たれた護衛は腕を撃たれたが命には別状みたいだ。

 

「なんて‥声‥出していやがる‥‥」

 

「で、でも‥‥」

 

「大丈夫だ‥‥俺は‥‥鉄十字組、若頭霧島一馬だぞ。こんくれぇなんてこたぁねぇ」

 

大丈夫という霧島であるが、足元には血だまりが出来ている。

 

「わ、私のせいで‥‥」

 

「惚れた女を守るのは当然の事だ‥‥」

 

もちろんこれは本物の血ではなく、スーツの下に血糊が仕込んである防弾チョッキを着ており、その血糊の部分に模擬弾があたり、血糊が入ったパックが破けて出来たモノだ。

 

「深雪‥‥すまねぇが‥‥次のデートはちょっと長くなりそうだ‥‥」

 

「き、霧島さん‥‥」

 

「おい、行くぞ‥‥万里小路組の奴らに‥‥この落とし前をきっちりと付けさせてやる」

 

ゆっくりとした足取りで歩き始める霧島。

 

「わ、若‥‥」

 

「早く来い‥‥俺は止まんねぇからよ、お前らが止まんねぇかぎり、その先に俺はいるぞ!だからよ、止まるんじゃねぇぞ‥‥」

 

しかし、出血多量で等々霧島は力尽きる。

 

霧島暗殺事件‥‥これが鉄十字組と万里小路の抗争の火種となり、両者は互いに血で血を洗う抗争へと発展していくのであった‥‥

 

 

 

 

「うわぁっ、血糊でべったりだ‥‥」

 

撮影が終わり、血糊が着いたスーツを脱ぐシュテル。

 

「あっ、宗谷さんの顔にも血糊が着いちゃったね」

 

シュテルは真白の頬に付着した血糊をハンカチで拭う。

 

「‥‥」

 

シュテルに頬を拭ってもらった真白は顔を真っ赤にしている。

 

その様子を黒木はまるで親の仇を見るようにシュテルを睨んでいた。

 

(えっ?なんで?睨まれているの!?)

 

シュテルとしてはどうして黒木に睨まれるのか分からなかった。

 

こうした小さなトラブルがあったものの、自主映画の撮影は事故もなく順調に進んで行った。

 

胸の部分に晒しを巻き、着物を半裸状態で身に纏い小太刀を手に持つテアと高そうな着物を身に纏い薙刀を手にした万里小路との殺陣はまさに迫真の演技だった。

 

 

晴風クラス以外にも各クラス、遊戯祭へ向けての出し物の準備は着々進んで行った。

 

 

遊戯祭の日程が迫る中、九月になりシュテルは総武高校の文化祭が中止になると言う衝撃的な事実を知ることになる。

 



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122話

 

九月に行われる遊戯祭の準備に向けて横須賀女子で準備が進んでいる中、真白は遊戯祭の準備が始まる前に何とかスキッパーの免許を取ることが出来た。

 

学校で明乃とシュテルに見てもらった他に真白がスキッパーの免許を取ろうとしていると知った姉の真冬が真白の練習を看たりした。

 

その結果、真白は夏休み中に無事にスキッパーの免許を取ることが出来た。

 

「わぁーシロちゃん、スキッパーの免許取ったんだ!!」

 

「おっ、マジか!?」

 

一応、クラスメイトであり晴風の艦長という事で真白は明乃にスキッパーの免許を取ったことを報告する。

 

真面目な真白らしいと言えば真白らしいが、今後の実習においてスキッパーの使用があるかもしれない時、艦長の明乃が艦から飛び出て行く回数を減らすことも理由の一つである。

 

「取るかもしれないって言っていたもんね」

 

「それにしてもそんなに早くとるとは思わなかった」

 

学校でスキッパーの練習をした時、一緒に居た西崎も真白がスキッパーの免許を取る予定だと知ってはいたが、在学中‥‥少なくとも来月にある遊戯祭の後に取るのかと思っていた。

 

「何か理由でもあったの?」

 

自分の予想よりも早くにスキッパーの免許を取った真白に西崎は何か訳があるのかを訊ねる。

 

「スキッパー仲間だぁ~」

 

そして、明乃はスキッパー仲間だと喜んでいる。

 

「いや、別に何も‥‥」

 

真白は西崎の問いにお茶を濁すように言うと、

 

「シロちゃん‥‥」

 

「ん?」

 

そこへ、納沙が真白に声をかけ、

 

「私には分かっていますよ!!」

 

( ´∀`)b グッ!と親指を立てて、何故真白が遊戯祭の前にスキッパーの免許を取ったのかその理由を知っていると言う。

 

(何がだ!?)

 

真白は本当に自分が遊戯祭前にスキッパーの免許を取ったのか、納沙は知っているのかと疑問視した。

 

そして‥‥

 

「シロちゅや~ん」

 

真白は納沙をスキッパーの後ろに乗せて、学校の敷地内にあるスキッパーの練習場を周回していた。

 

どうやら納沙は真白が自分の為にスキッパーの免許を早く取ってくれたのだと思っているみたいだ。

 

入学当初から中間テスト休みまで意外とクラスメイトとの交流が少なかった納沙と比べると、彼女も交流面では成長していた。

 

ただ、この光景を黒木が見たらきっと納沙に対して激しい嫉妬心を抱いただろう。

 

(本当は碇艦長に乗ってもらいたかったなぁ‥‥)

 

真白としてはやはり、最初の二人乗りはあの時の練習の様にシュテルに乗ってもらいたかったと思いつつも、自分の後ろではしゃいでいる納沙の姿を見せられてはそうも言えなかった。

 

 

遊戯祭はその準備と今回、他校からの生徒らも参加する大イベントのためか、千葉の総武高校の文化祭よりも後に行われる日程だった。

 

シュテルはやはり、この世界に存在しているかもしれないもう一人の自分の事が気になるのか総武高校の文化祭二日目の一般開放の際には総武高校に行こうと思って来た。

 

もし、前世同様相模が文化祭実行委員の仕事中にサボり宣言をして仕事がギリギリでの開催になれば二日目の最後‥‥エンディングセレモニーにて相模は集計結果が書かれた紙を持って屋上に逃げる筈‥‥

 

そして、自分は敢えて相模を罵倒して泥を被り彼女をセレモニー会場である体育館へと戻す筈だ。

 

その後、相模は悲劇のヒロインぶって自分の悪評を流す。

 

葉山も相模の取り巻きもあの場に居た‥‥

 

しかも葉山は文化祭実行委員でもないのに中盤には会議室にさも平然と顔を出して実行委員が人手不足になっているのを知っていたにもかかわらず、八幡の悪評について弁護もせずにただ静観していた。

 

普段から、『みんな仲良く』 と言っている筈なのに矛盾した行動だ。

 

そもそも相模を推薦したのは戸部と葉山の二人であり、もし中止になればあの二人にも任命責任がある筈なのにその責任は文化祭が開催できたことで無かったことになっている。

 

実行委員たちが本来やるべき自分たちの仕事でサボったことさえも‥‥

 

文化祭の開催にこぎつけ、さらに相模が被ったかもしれない泥を被ったのに誰も八幡の行動を理解しなかった。

 

真面目に出ていた筈の他の文化祭実行委員たちでさえも誰一人八幡のことを弁護することもなかった。

 

そのくせ、葉山は修学旅行では何食わぬ顔で矛盾した依頼を持ち込み、またもやクラスメイトや同級生たちに八幡が虐めを受けても何食わぬ顔で過ごしていた。

 

葉山の言う 『みんな』 とは八幡を除く 『みんな』 であった。

 

(葉山‥‥相模‥‥この世界では、お前たちの好きにはさせねぇぞ‥‥)

 

シュテルは、この世界では相模や葉山の好き勝手にさせるつもりはなく、屋上でのやり取りを録画して、この世界の八幡の悪評が立つ頃に屋上のやり取りをネットにアップしてやろうと計画した。

 

 

それから月日は経ち、夏休みが終わり九月‥‥

 

新学期が始まった。

 

横須賀女子は授業の他に放課後は遊戯祭の準備となっている。

 

シュテルは準備期間中にチラッと実行委員の会議室を覗いてみると、キール校やダートマス校の演劇祭の時と同様、実行委員たちは一人のサボりを出すこともなく真面目に働いている。

 

「‥‥」

 

会議室の様子を見て、どうみても総武高校の文化祭実行委員の異常さを感じる。

 

この世界に存在しているかもしれない比企谷八幡もあの独神の勝手な独断で文化祭実行委員にされ、相模も葉山に推薦され有頂天のまま文化祭実行委員となり、目立ちたいがために実行委員長に立候補したくせに、『自信が無いから補佐して欲しい』 なんてあまりにも無責任な依頼をしてくる。

 

雪ノ下は雪ノ下で、奉仕部の理念から外れた依頼にも関わらず、その依頼を個人で受けるとか言いつつ、依頼の本質を忘れ、補佐ではなく仕事も運営も全て肩代わりをして、相模は相模で雪ノ下に主役の座を取られ、依頼したにも関わらず嫉妬し、変な対抗意識から陽乃からの言葉を間違った捉え方をしてサボり宣言をする。

 

そのサボり宣言を真に受けて翌日からサボる実行委員‥‥

 

三年に関しては最後の文化祭であるし、内申点にも影響するにも関わらず仕事をサボる。

 

一年に関しても最初の文化祭であり、自分たちは新入生なのだからその辺は真面目に出ようとは思わなかったのだろうか?

 

それ以前にサボれば文化祭が中止になるとは思わなかったのだろうか?

 

こんな異常な思考回路しかもたない生徒しか居ない学校が進学校?

 

悪い冗談だ。

 

そんな生徒がひしめく総武高校にこの世界の八幡は前世の自分同様在籍している可能性があるのだ。

 

例えこの世界の自分は赤の他人であってもやはりほっとけなかった。

 

三浦と付き合っている戸塚の姿、自分の事をカナデ関連で目の敵にしている由比ヶ浜と鉢合わせをするかもしれないのが億劫であるが、その辺は何とか気をつけようと思い総武高校のホームページを見て文化祭の日程を確認した。

 

(やはり、開催日は前世と同じか‥‥)

 

総武高校のホームページに書かれている文化祭の開催予定日は前世と同じ日にちだった。

 

そこでシュテルはクラスメイトに総武高校文化祭二日目の日には千葉に向かう事を伝える。

 

クラスメイトたちは何故、遊戯祭の準備中にシュテルが千葉に行くのか気にはなったので、ユーリやクリス、ジークらは一緒についていきたそうだったが、空気を読んだメイリンから、

 

「皆さん、空気を読みましょうよ。艦長この前のブルーマーメイドフェスタで失恋したばかりですが、きっと新しい恋を見つけたんですよ」

 

シュテルがブルーマーメイドフェスタで失恋した事はヒンデンブルクのクラスメイトたちのほぼ全員が知っている事なのだが、それは口にしない事にしている。

 

メイリンはその後、シュテルが新しい恋をして、きっとその恋人に会いに行くのではないかと言うが、

 

「「「はぁ~!?」」」

 

メイリンの推測を聞いてユーリ、クリス、ジークの三人が思わず声をあげる。

 

「艦長に‥‥」

 

「「シュテルンに‥‥」

 

「「「新しい恋人だと!?」」」

 

(艦長に恋人何て‥‥)

 

(何処のどいつだ!?)

 

(‥‥うーん‥多分、この世界にもう一人の自分が居るじゃないか、確かめようとしているんじゃないかな?)

 

ジークとユーリはメイリンの推測を真に受けているみたいだが、何故かクリスはシュテルの本質を見抜いていた。

 

それから幾日かが過ぎ総武高校の文化祭予定日が近づく中、最終確認のためシュテルが再び総武高校のホームページを見ると、最初のページに赤文字で

 

 

 

                       緊急項目 

今年度の総武高校文化祭は諸事情のため、中止させて頂きます。地域の皆様には大変なご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません。 

 

 

 

と、表示されていた。

 

「文化祭が中止!?」

 

シュテルは総武高校文化祭中止の知らせを見て思わず声をあげた。

 

「ど、どう言う事だ!?なんで!?どうして!?」

 

確かに前世では相模のサボり宣言により、文化祭は一時開催が危ぶまれたが、自分がスローガン決めの時に敢えて実行委員たちの敵意を自分に向けさせることでサボっていた実行委員たちを引き戻して何とか文化祭の開催にこぎつけることが出来た。

 

しかし、この後世では今年の総武高校の文化祭が中止になっている。

 

「この世界の俺はスローガン決めの時に何もしなかったのか?」

 

この時、シュテルはまさかこの世界には比企谷八幡と言う男子高校生が総武高校どころかこの世界に存在していない事さえもまだ知らない。

 

よって、総武高校の文化祭がどうして中止になったのか理解できなかった。

 

(どうする?文化祭が中止になったとなると、堂々と総武高校に行く機会が無くなってしまった‥‥このままだとこの世界の俺に忠告できないじゃないか‥‥)

 

(くそっ、こんなことなら、ブルーマーメイドフェスタの時、戸塚か三浦に連絡先を聞いておくべきだった‥‥)

 

一体何が原因で文化祭が中止になったのか、このホームページだけでは分からない。

 

この世界では総武高校に知り合いなんて居ないので、文化祭が中止になった原因が分からない。

 

文化祭が中止になったという事は少なくとも、相模に屋上で暴言を吐くことはないだろうが、それでもこの文化祭が中止の原因にこの世界の自分が関わっているとしたら、文化祭を中止にした実行委員と言う不名誉な悪評を立てられるかもしれない。

 

そうなれば、修学旅行‥‥そしてその後の結末も前世の自分と同じ結末を迎えてしまうのではないかと焦る。

 

しかし、現状遊戯祭の準備を控えている中で千葉に行きこの世界の自分、比企谷家を探すのは遊戯祭の準備をしている他のクラスメイトたちを裏切るような気持ちがあったので、行くに行けずクラスメイトたちに千葉行きが中止になった事しか言えなかった。

 

シュテルが何故、総武高校の文化祭が中止になったのか?

 

その原因を知る由もなく、月日は流れ遊戯祭がもう目前となっていた。

 

 

 

 

遊戯祭前日、横須賀沖‥‥

 

そこには横須賀女子の遊戯祭に招待された呉、舞鶴、佐世保の学生艦が停泊していた。

 

各学生艦は明日の遊戯祭開幕までの時間調整をしているのだ。

 

それらの学生艦の中には当然、学校の顔と言える尾張級戦艦の姿があった。

 

呉、横須賀、舞鶴、佐世保の四校にはそれぞれ一隻ずつ尾張級が配置されている。

 

呉の尾張 横須賀の駿河 舞鶴の近江 佐世保の三河‥‥

 

 

カン、カン、カン、

 

 

尾張のタラップを歩く金属音が鳴り響く。

 

そして尾張の甲板には、

 

「お久しぶりです。わざわざこちらに足を運んでいただきありがとうございます」

 

尾張にやってきた訪問者たちを尾張艦長の宮里十海と副長の能村進愛の二人が出迎える。

 

「気にしなくていいってー」

 

「尾張に乗艦する機会は貴重ですしね」

 

そう答えるのは佐世保女子海洋学校所属、三河艦長の千葉沙千帆と副長の野沢啓子の二人。

 

「そ・れ・に~招くよりも招かれる方がコストが低いもの。こちらは気楽なもんよ」

 

「みんなの仕事が増えないのは助かります」

 

やや貧乏と言うか、守銭奴っぽいセリフを吐くのは舞鶴女子海洋学校所属、近江艦長の阿部真澄と副長の河野燕の二人だった。

 

「それにしても呉の制服は相変わらず派手だねぇ~着るの大変じゃない?」

 

阿部は宮里と野村の制服を見て着替えが面倒ではないかと訊ねる。

 

「あず社長、失礼ですよ」

 

そんな阿部の発言を失礼だと注意する河野。

 

舞鶴では艦長の事を社長と呼んでいるのか?

 

それとも近江独自の呼び方なのだろうか?

 

はたまた、万里小路や雪ノ下の様に実家が何かの会社経営者なのだろうか?

 

まぁ、確かに阿部の言う事も最もであり、佐世保と舞鶴所属の四人の制服は多少デザインの違いはあるが横須賀女子のセーラー服と同じようなセーラー服を着ている。

 

しかし、呉の宮里の制服は八つの金色のダブルボタンに白地の燕尾服の様な上着で肩の部分にもモール紐付きの肩章がある。

 

制服と言うか大礼服にも見える。

 

副長の能村も宮里が身に着けている様な上着の上からモール紐付きの肩章と飾緒付きのマントを羽織っている。

 

確かにセーラー服と比べると着替えるには手間取りそうな制服である。

 

しかも真夏の暑い時期にはあまり着たくはないようなデザインだ。

 

呉の他にヴィルヘルムスハーフェンやキールの士官コートもゴテゴテした感じなので、夏用制服ではないドイツの制服を見たら、阿部はきっとテアやシュテルにも同じような質問をしただろう。

 

「ふふっ、そうでもないですよ」

 

だが、宮里はこの制服を着慣れているのか微笑みを浮かべながら着替えはそこまで苦ではないと言う。

 

しかし、副長の能村はなんか微妙な顔をしている。

 

彼女の感性では着ている制服は実際に着替えが大変だし、暑い時期にはこの制服はやはり苦なのだろうか?

 

「格好いいですよね。うちの千葉さんならもっと似合うかも‥‥」

 

「はっ、はっ、はっ、私は動きやすい服の方がいいなぁ」

 

三河副長の野際は、宮里の制服を褒めつつ、その制服は自身の艦の艦長である千葉が似合いそうだと言うが、千葉本人は宮里の制服は動きにくそうなのであまり着たくはないみたいだ。

 

千葉の思考はシュペーのレターナと近いのかもしれない。

 

その後、宮里は四人を尾張の食堂へと案内して紅茶を振る舞う。

 

「今年ももう、競闘遊戯会の季節か~気づけばあっという間ね」

 

阿部がしみじみと振り返る。

 

「なんだ?歳を取ると時間が経つのが早く感じるってやつか?」

 

千葉が阿部の発言に婆くさいという印象を受ける。

 

「同い年でしょう?」

 

阿部は心外だと言わんばかりにツッコム。

 

「でも、私はそんなに早くは感じないな」

 

「あず社長、働き過ぎで人より老化が進んでいるんじゃないですか?」

 

河野もなんか、憐れんだ目で阿部に言い放つ。

 

「そんなに働いていないってー」

 

阿部はすかさず否定する。

 

「そりゃ、寝ずに働ける方法があればいいなーとは思っているけど、遅くまで起きていると専務が寝かせに来るし‥‥」

 

阿部は河野をチラッと見ながら社畜なサラリーマンみたいなセリフを吐く。

 

「上が休まないと下の子たちも休めないですから」

 

河野は当然だと言わんばかりに言うが、阿部が社長と呼ばれているように河野は専務と呼ばれているみたいだ。

 

きっと、阿部の部屋には沢山のリ〇インやリポ〇タンが沢山ストックされているのではないだろうか?

 

しかし、河野の印象から阿部は決して仕事の効率が悪いとか、サボっているという訳ではない様に見える。

 

「寝る気のない奴をよく寝かしつけられるなぁ」

 

河野の発言に千葉が尊敬するように言うと、

 

「グットクエスチョンですよ、千葉さん。私も気になります!!」

 

野際もどうやって寝かしつけているのかその方法が気になるみたいだ。

 

その顔はどこぞの古典部の部長みたいに目を輝かせている。

 

「河野さんはどうやって阿部さんを寝かしつけるのでしょう?」

 

そして野際は、河野に阿部の寝かし方を訊ねる。

 

「うーん‥‥不思議といつの間にか寝ちゃっているかな」

 

河野曰く、阿部はいつの間にか寝ているので、どの方法が有効なのか不明らしい。

 

「アレですか?こう‥‥首の辺りをトンっ!と‥‥」

 

能村は映画とかでよく見るワンシーンで、首筋にチョップして意識を刈り取っているのかと訊ねる。

 

「格闘技に長けている千葉さんのコメントは?」

 

野際曰く、千葉はどうやら格闘技に精通しているみたいで、その格闘技に詳しい千葉に映画とかで見るあのワンシーンは可能なのか訊ねると、

 

「いやーあれはフィクションだろう?」

 

千葉が言うにはあのワンシーンはフィクションであり、実際は無理だと言う。

 

「仮に落とすことが出来たとしてもその場合、相手に怪我をさせてしまうはずだ」

 

更に千葉は仮に首筋にチョップを入れて相手の意識を刈り取れても、無傷では無理だと言う。

 

「だそうです」

 

「ありゃー」

 

自分が思っていた事と現実との差があることに能村はやや残念そうだった。

 

「それで、実際はどうなさっているのですか?」

 

宮里が河野にどうやって阿部を寝かしつけているのかを訊ねると、

 

「ただ布団に誘導しているだけよ‥‥」

 

河野曰く、特に何もしなくても阿部を布団の中に入れれば彼女はすぐに眠ってしまうらしい。

 

「きっと、社長が思っているよりも身体の方は疲れているのでしょう」

 

布団に入ってすぐに寝てしまうのは、阿部本人が、自分が思っている以上に疲労している証拠だと言う。

 

「そんなことはないと思うけど‥‥」

 

しかし、阿部はそれを否定するが、

 

「いえ、身体は正直ですから」

 

河野は阿部の意見を否定する。

 

「いいじゃないか!!寝る子は育つ!!はっ、はっ、はっ、!!」

 

「千葉さんも毎日よく寝ていますからね」

 

ほっこりしたような表情で野際は千葉の普段の生活の一部を語る。

 

真白が千葉を見たら、きっと自分の姉の姿を思い浮かべるだろうし、シュペークラスのメンバーは、やはりレターナを連想するだろう。

 

タラント校所属のアンネッタの留学先も確か佐世保だったので、もしかしたらアンネッタと千葉も案外意気投合しているのかもしれない。

 

「はいはい、それはそうともう横須賀に来ているわけだし、折角なら新しい尾張級の艦長も呼べばよかったよね」

 

阿部が既に自分たちは横須賀の近くまで来ており、さらに日本にある海洋学校の尾張級の艦長と副長がそろっているのだから、横須賀所属の尾張級‥‥駿河の艦長も呼べばよかったのではないかと言うが、

 

「横須賀の生徒は明日の歓迎祭の準備で忙しいでしょうから、競闘遊戯会が終わったら親睦を深める機会を設けたいですね」

 

会場である横須賀女子では明日の遊戯祭の準備のため、前日である今日もきっとギリギリまで何かしらの作業や準備があるだろうから、宮里はその辺の空気を読んで敢えて横須賀女子の尾張級の艦長を呼ばなかったのだ。

 

「でも、今年はどんな子が艦長をしているんだろう?」

 

能村は横須賀女子の尾張級の艦長がどんな子なのかちょっと気になる様子。

 

「そう言えば去年、横須賀の先輩方は言っていましたね。『来年うちに宗谷家の三女が入学してくる』と‥‥」

 

河野が思い出したかのように去年、横須賀女子の先輩が言っていたことを思い出し、今年、横須賀女子に宗谷家の三女が新入生として入学していると言う情報を皆に教える。

 

「宗谷家か‥‥ブルーマーメイドの名門家だな」

 

他校の生徒が知っているほど、宗谷家の家名は知れ渡っていた。

 

「三女って言うと‥‥」

 

「現役ブルーマーメイドの宗谷真霜さんと宗谷真冬さんの妹さんね」

 

「確か、横須賀女子の校長も宗谷じゃなかったっけ?」

 

「まさに絵に描いたようなエリート一族だな‥‥」

 

母は横須賀女子の校長で三人の娘の内、二人は内勤、現場共にブルーマーメイドのエリート。

 

そして、末っ子も横須賀女子に入学している。

 

きっと卒業後はブルーマーメイドに入り、ゆくゆくは姉同様、エリート街道まっしぐらだろう。

 

「去年のブルーマーメイドフェスタで他の横須賀女子の先輩が彼女を見たそうですよ。なんでもブルーマーメイドの方々のお手伝いをなされたとか」

 

野際は去年のブルーマーメイドフェスタに参加していた横須賀女子の先輩から当時、中学生だった真白がブルーマーメイドフェスタの手伝いをしていた話を聞いてその事を皆に教える。

 

「流石宗谷家の息女‥‥将来有望だと一部の生徒の間では結構有名になっていたと‥‥」

 

横須賀女子の校長の娘であり、ブルーマーメイドでもエリート隊員の妹だったので中学生でも既にブルーマーメイドに関係する仕事をしていたのだろう。

 

ただ、ここまで聞くと真白の事を 『親の七光り』 『コネを使った』 と悪態をつきそうなものだが、彼女たちはそう言った嫉妬の感情を真白には抱かなかった。

 

「確か真霜さんと真冬さんも現役高校生時には尾張級の艦長を務められていましたね」

 

「となると、やはり横須賀女子の尾張級の艦長は宗谷さんということでしょうか?」

 

「さあ、それはどうかな?実際の力量はこの目で見るまでは分からないし、予断を持つ必要はない。それよりも横須賀と言えば今年の春は結構騒がれたらしいじゃん」

 

「Rat事件ですね」

 

「ああ、私らが日本を留守にしている間にまさか、あんなことが起きている何てね」

 

佐世保組はRat事件が起きている時、長期の遠洋航海に出ており、事件の最中は日本の丁度反対側‥‥南米近海に居た。

 

「捜索に出たクラスメイトにも聞いたけど、結局詳しい詳細が分からないよね」

 

「ええ‥‥横須賀の新入生が乗る多数の学生艦が被害に遭ったとか‥‥事件解決に当たっては横須賀の航洋艦、晴風とドイツの留学生艦が貢献したと聞きましたが‥‥」

 

「事件解決に航洋艦と留学生艦が活躍したというのもどえらい話ですね」

 

「まっ、事件の事は兎も角、横須賀の新しい艦長が誰であっても話題には事欠かなそうね」

 

阿部は紅茶が入ったカップを持ちあげながら横須賀女子の尾張級の艦長に会うのを楽しみにしている様子。

 

「事件解決に貢献したその晴風って航洋艦のクラスメイトにも気になるし、同級生だから、その人らに聞けば分かるかもね」

 

「ふふっ‥‥明日が楽しみですね」

 

こうして遊戯祭前夜の夜は深まっていき、呉、舞鶴、佐世保の尾張級の艦長たちは横須賀の尾張級の艦長との出会いを楽しみにしていた。

 

しかし、この時彼女たちも横須賀で遊戯祭の準備をしている横須賀女子の生徒たちもまさか、遊戯祭であの様な事件が起きるなんて夢にも思わなかった‥‥

 




劇場版の円盤が先日、届いたのですが未だに未視聴で文章に起こしていないため、次回以降は不定期とさせていただきます。

劇場で配布された阿部かなり先生の遊戯祭前日の短編漫画、晴風クラスの話は中古では安いのですが、各校の大和級艦長たちの話は何故か高い。

無料で配布された時にゲットされた方はまさに幸運だと思いました。


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123話

お待たせしました。

劇場版編スタートです。

今回は明乃、真白の視点ですが次回はなるべくシュテル視点で描きます。


九月某日‥‥

 

空は快晴でカモメが飛び交っている神奈川県横須賀の沖合には、横須賀女子海洋学校に所属している学生艦が停泊していた。

 

そして、その海域に向かってくる多数の学生艦の姿があった。

 

それは横須賀以外に日本に存在する呉、舞鶴、佐世保の各海洋女子学校の学生艦だった。

 

他校の学生艦群はある程度の距離に到達すると全艦停止する。

 

「両舷停止!!内火艇を降ろせ!!」

 

そして各校の旗艦となる尾張級の学生艦から内火艇が降ろされる。

 

呉代表として、宮里十海、能村進愛 

 

佐世保代表として、千葉沙千帆、野際啓子

 

舞鶴代表として、阿部亜澄、河野燕

 

が、各艦に搭載されている内火艇にて横須賀に近づいてくる。

 

「いよいよですね‥‥」

 

その様子を横須賀女子の一室で横須賀女子校長の真雪と教頭ら教員はかたずをのんで見ている。

 

内火艇の進路先にある二つのケーソンには明乃たち晴風クラスの学生の姿があった。

 

彼女たちはケーソンの上にある信号灯の影から海上の様子を窺い、他校の内火艇の距離を見計らっている。

 

その彼女たちの手にはロープが握られている。

 

それはまるで、接近してくる内火艇を罠にかけようとしているみたいにも見える。

 

「よーい‥‥」

 

明乃がタイミングを見計らいクラスメイトたちにロープを引くように指示を出す。

 

クラスメイトたちは思いっきりロープを引くとケーソンとケーソンの間の海から横断幕が姿を現す。

 

その横断幕には、筆文字で、

 

『 歓迎!呉・舞鶴・佐世保海洋女子学校の皆様 横須賀女子海洋学校一同 』

 

と、書かれていた。

 

明乃たちは罠を仕掛けていた訳ではなく、他校を出迎える歓迎役としてケーソンの上に待機していたのだ。

 

横断幕を見て他校の生徒たちからは歓声が上がる。

 

『ようこそ!!横須賀へ!!』

 

他校の生徒たちがあつまり、九月のメインイベントである遊戯祭が始まった。

 

 

横須賀、呉、舞鶴、佐世保、留学生組、ブルーマーメイドの隊員一同は海上スタジアムに集合し、オープニングセレモニーが始まる。

 

「おはようございます」

 

まずは今回遊戯祭の会場である横須賀女子の校長である真雪が挨拶をする。

 

『おはようございます!』

 

「遠路はるばる集まってくれた生徒の皆さん、まずはご苦労様でした」

 

真雪は横須賀に集まった他校の生徒らの苦労を労う。

 

真雪のスピーチが始まる中、ブルーマーメイドのテントでは真霜、真雪、平賀、岸間、志度、寒川、福内の姿があるのだが、真冬は机に突っ伏して寝ており、真霜は彼女の体を揺すり起こそうとしているのだが、前日まで仕事があったのか、真冬は起きる気配がなく、真霜は呆れてそのまま放置した。

 

「皆さんは日頃、別々の学校で学んでいますが、是非この機会に交流を深めてください。また、明日の共闘遊戯会では、皆さんの頑張る姿を見せてもらえることを楽しみにしています。そしてもう一つ‥‥」

 

真雪が横に設置されている大スクリーンに顔を向けると、学生たちもスクリーンを見る。

 

「ブルーマーメイドに導入される予定の超甲巡、『あずま』がドックで最終整備を行っております。来賓の方々はぜひこの機会にご覧ください」

 

真雪は今度、ブルーマーメイドに導入される新型艦である『あずま』のプロフィール画像を見せる。

 

真冬はいつの間にか起きており、新型艦の姿を見て目を輝かせていた。

 

当然この場にはキール校からの留学生であるシュテルもいたのだが、スクリーンに映る『あずま』の姿を見て、

 

(新型艦なのは良いが、設計が随分と前時代的じゃないか?)

 

と、思った。

 

新鋭艦ならば、ホワイトドルフィン、東舞鶴海洋学校で採用されている あきづき型 または各海洋女子学校、ブルーマーメイドで採用されている インディペンデンス級みたいな型の艦か、前世におけるイージス艦みたいなステルス性能を意識した艦影を想像していたのだが、あずま の姿は旧海軍から払い下げられた学生艦みたいな武骨な姿をしている艦だった。

 

シュテルは、今はこうして学生艦の艦長をしているが、けしてミリオタではなかったので知らないが、このあずまは、前世における旧日本海軍が計画した艦であった。

 

超甲巡、正式名称は「B65型超甲型巡洋艦」。

 

文字通り重巡を超える重巡として計画された艦であり、第五次海軍軍備充実計画(マル5計画)にて二隻の建造が計画されていた。

 

しかし、前世(史実)ではマル5計画から改マル5計画への見直しの際に航空母艦(空母)の重要さから、建造計画より削除され廃案となり二隻とも建造中止となった。

 

前世(史実)では生まれることのなかった艦がこの後世では、誕生する結果となった。

 

当然学生艦のように外見こそ、前時代的なデザインであるが、艦内の機能はレーダー、通信システム、射撃機能、機関性能、搭載コンピューターなど最新の機械を導入した艦になっているのだろう。

 

「この後は毎年恒例の歓迎祭です。町中で我が校の生徒が皆さまをおもてなしするので、お楽しみください」

 

オープニングセレモニーが終わり、各校の生徒たちは横須賀について記載されたパンフレットを持ち、町へと観光に出る。

 

もえかも自分のクラスの出し物の現場に向かおうとした時、

 

「その制服‥貴女が新しい駿河の艦長ね」

 

「はい」

 

もえかはふと誰かに話しかけられた。

 

もえかが振り向くとそこには宮里、千葉、阿部の三人が居た。

 

「突然、ごめんなさい。私たちはそれぞれ、尾張、三河、近江の艦長よ」

 

宮里がもえかに自分たちの事を紹介する。

 

「同じ尾張級の艦長として挨拶をさせてもらっていいかしら?」

 

「ようこそ横須賀へ、遠路お越しいただいた上、先輩方の方からありがとうございます。私は‥‥」

 

もえかが宮里たちに自己紹介をしようとした時、

 

「知名艦長!!」

 

「角田さん、どうしたの?」

 

クラスメイトの角田が血相を変えて走ってきた。

 

「すみません、ちょっとトラブルがあって‥‥すみませんが来ていただけますか?」

 

どうやら、クラスの出し物で何かトラブルが起きた様子だった。

 

「わかったわ。でも‥‥」

 

もえかはチラッと宮里たちの方を見る。

 

「行ってあげなさい、クレーム処理はスピードが命よ!」

 

(クレーム?)

 

阿部がなにか違った見方をしており、宮里は首を傾げる。

 

「こっちのことは気にするな、また後でな」

 

千葉も自分たちのことは気にせずに、トラブルの解消に向かえと言う。

 

「すみません先輩方、また改めてご挨拶に伺います」

 

「ええ、楽しみにしているわ」

 

もえかは宮里たちに一礼して角田と共に走って行った。

 

「何か‥‥思ったよりもほわっとした子ね」

 

走っていくもえかの後姿を見ながら阿部がもえかの印象を口にする。

 

「知名と呼ばれていたな‥‥どうやら宗谷ではなさそうだぞ」

 

宗谷家の三女‥‥真白が横須賀女子に入学している情報は既に知っていたのだが、どの艦に所属しているかまでは知らない宮里たち。

 

真白の姉である真霜と真冬は、横須賀女子時代には駿河の艦長を務めていたので、てっきり駿河の艦長は宗谷家の三女だと思っていたのだが、もえかの名字を角田から聞いてもえかが宗谷家の三女ではない事が分かった。

 

「‥‥もしかして受験に失敗したんでしょうか?」

 

宗谷家の三女が横須賀女子に入学したと言う情報は誤報だったのかと思う宮里。

 

「そこまで極端な事ではないだろう‥‥多分」

 

千葉はそんな宮里にツッコミを入れた。

 

 

「ちょっと、小耳に挟んだけどさ‥‥」

 

「なに?なに?どんな話?」

 

若狭が駿河にある情報を話す。

 

「この遊戯祭に来たブルマーの人ってさぁ、なんでもスカウトを兼ねているって話だよ」

 

「えっ?それって活躍したら卒業した時、お声がかかるってこと?」

 

要約すると真霜たちブルーマーメイドの隊員らが将来有望な人材の確保としてこの遊戯祭に顔を出しており、真霜たちのお眼鏡にかなうとほぼ顔パスで学校卒業後にはブルーマーメイドになれる可能性があるという事だ。

 

「ありそうな話ね」

 

広田が若狭の話を肯定するが、若狭が言うようにあくまでも噂なので、審議は不明である。

 

「噂話に夢中になっている暇はないわよ」

 

そんな三人を黒木がいさめる。

 

「そうね、すぐに歓迎祭が始まるわ」

 

「おうおう、ちゃっちゃっと行くぞ!!走れ走れ」

 

柳原が三人の背を押して持ち場へと向かう。

 

横須賀女子の生徒らは今回の遊戯祭では他校の生徒たちをもてなすホスト役なのだ。

 

審議が不明な噂話を鵜呑みにしている暇はない。

 

「はぁ~大丈夫か?ウチのクラスの出し物は‥‥」

 

そんな機関科のクラスメイトたち姿を見て真白は不安になる。

 

変なモノを見せればそれはクラスだけではなく、横須賀女子の威厳にも関わるのだ。

 

「何日も準備したし、きっと大丈夫だよ」

 

明乃はクラスメイトたちのことを信じているようで真白に大丈夫だと言う。

 

「骨が折れますが、全て視察して回らないと‥‥」

 

しかし、何事にも完璧・完全なんてことはないので一応、クラスの出し物を見て回り問題がないかチェックすることにした。

 

何せ晴風クラスの出し物は他のクラスと比べるとあまりにも多かったからだ。

 

明乃と真白がクラスの出し物の視察に向かうとその二人の後姿を見ながら古庄教官と真雪が何やら話をしていた。

 

「例の件、私が話すと言う事でよろしいですか?校長」

 

「ええ、任せるわ‥‥」

 

古庄教官は明乃か真白に何やら話すことがあるみたいだった。

 

横須賀の町はお祭りムード一色となっており、車道もほとんどが歩行者天国となっており、さまざまな屋台が出ていた。

 

展示品のスキッパーに乗る小学生を見て、

 

(あの子たちもブルーマーメイドを目指すのかな?)

 

「海の仲間は家族、今日は大家族だね」

 

「そうですね」

 

明乃と真白の二人が歩行者天国を歩いていると、

 

「パン粉!!パン粉!!」

 

等松がパン粉を両手で抱えながら走っていく。

 

「等松さん?」

 

何かあったのかと思い、二人は等松の後を追いかける。

 

「まさか、パン粉がきれるなんて‥‥こんなにお客さんが来るなんて予想外よ」

 

晴風クラスの主計科はとんかつ店の店舗を借りてとんかつを提供しており、美波はミニセグウェイに乗りながら、出来上がった料理をテーブルに運んでいた。

 

厨房は伊良子と杵崎姉妹が主力となり等松は三人の指示で動いていたのだが、厨房の床が濡れていて足を滑らせてしまい手に持っていた皿が宙を舞う。

 

「うわわわ」

 

「おっと」

 

明乃と真白はダイビングキャッチをして落ちそうになった皿を掴む。

 

「ありがとう~助かったよぉ~」

 

皿を割らずに済み、等松は二人に礼を言う。

 

「我々も手伝った方がいいですね」

 

「だね」

 

二人は客の数が減るまで手伝い、ようやく一区切りつき、等松は晴風クラスが自主制作をした映画で野間が出る為、その映画を見に行く。

 

明乃と真白の二人も大丈夫だろうと判断し、とんかつ屋を出た。

 

そして二人は等松が見に行った晴風クラスの自主映画が上映される戦艦三笠の一室に来た。

 

「こっちは順調そうですね」

 

「そうだね」

 

客入りもあり、特に問題は無さそうで、晴風クラスの航海科のクラスメイトたちがもぎりや艦内の案内、飲み物、ポップコーンの販売をしていた。

 

ここまでは問題が無かったのだが、最後の最後で問題が起きた。

 

映画を映すスクリーンを降ろそうとしたら、鈴の力が思いのほか強かったのか、スクリーンを破ってしまった。

 

これでは映画を上映することが出来ない。

 

「ど、ど、ど、どうしよぉ~これじゃあ上映できないよぉ~私のせいで~」

 

当然、鈴はやらかしてしまった事態の大事に泣いている。

 

「鈴ちゃんが悪いんじゃないよ」

 

「そうぞな」

 

勝田と山下は鈴を慰めているが、空気は重い。

 

「スクリーンの代わりになる物があれば良いんだよね?」

 

「「「「えっ?」」」」

 

「白くて大きいモノがあれば‥‥」

 

「あっ、分かりました。等松さん、一緒に来て」

 

「えぇぇ~また走るのぉ~でも、マッチのためなら」

 

すると真白は何か思いついたみたいで、等松を連れてどこか行く。

 

 

それから少しして、晴風クラスが制作した自主映画は上映される。

 

「模造紙って綺麗に映るんだね」

 

「上等なスクリーンぞな」

 

真白は模造紙をスクリーン代わりになることを思いつき、それを実行したのだ。

 

そして、スクリーンにはシュテルに抱きしめられている真白が写る場面となる。

 

「‥‥」

 

その場面を見て思わず赤面してしまう真白。

 

(あの時の碇艦長‥‥温かったな‥‥)

 

こうしてあの場面の映像を見ていると撮影とは言え、シュテルに思いっきりハグしてもらった時の事を思い出す。

 

「なんか、自分が映っている所を見ると恥ずかしいね」

 

「そ、そうですね」

 

明乃も自主映画には参加しており、自分が映し出されている場面を見て頬を赤く染めた。

 

 

歩行者天国の一角では通信科と応急員の和住、青木が同人誌を販売していた。

 

「新刊ありますよぉ~」

 

「立ち読み大歓迎です」

 

和住と宇田が客寄せをして、青木、八木、万里小路が店番をしている。

 

「ここは問題なさそうだな」

 

「ええ、絶好調ッス」

 

「私は問題なけど、売れてもいない」

 

「八木さんはどんな本を作ったの?」

 

「私もお手伝いしました」

 

しかし、八木と万里小路が書いた電波に関する本の売れ行きは今一つだった。

 

「これは‥‥人を選ぶ本だな‥‥」

 

顔を引きつらせて真白は八木と万里小路が制作した電波の本はその手のマニアックな人以外買わないと思った。

 

「副長、副長も本どうぞッス」

 

「いくらだ?」

 

「クラスの人には無料で献本しているッス。ネタを提供してもらっているんで‥‥」

 

青木は同じクラスメイトには無料で配布していたのだが、描かれていたのはGLの本らしく、中身を見た真白はまたもや赤面するが、明乃は内容があまり理解できなかったみたいで、

 

「ねぇ、シロちゃん、これナニしているの?」

 

と、聞いてくる始末だった。

 

 

町の一角に警察の取り調べ室を模したセットがあり、そこでは西崎と立石が漫才をしていたのだが、セットが設置されている場所があまりにも人気のない所だったため、二人の漫才を見ているのはほんの数人だけだった。

 

それでも二人は漫才を続けているがしらけている感じだった。

 

反対に二人以外の砲雷科のクラスメイトがやっている焼き鳥の屋台は主計科のとんかつ屋同様、お客の入りが多く長蛇の列となっている。

 

「こちらでーす」

 

「ガツンとお客が来ちゃったねぇ~」

 

「全然さばききれないし‥‥」

 

人員も限られているので、上手く客をさばき切れていない様子。

 

「押さないでください~」

 

「順番にご案内します~」

 

「うわっ、ズキュンと火傷しちゃったよぉ~」

 

油がはねて日置が手を火傷してしまう。

 

 

「これは何とかしないと‥‥」

 

何とかしたいところだがいいアイデア浮かばない真白。

 

「並んでいる間、退屈にしなければ良いんじゃないかな?」

 

「なるほど、わかりました」

 

すると、明乃は西崎と立石を連れてきて、並んでいる間の暇つぶしという事で焼き鳥屋の屋台の隣に取り調べ室のセットを移動させ二人に漫才をさせた。

 

並んでいるお客も退屈しのぎができ、西崎と立石は大勢の客に自分たちの漫才を見てもらいwin-winな展開となった。

 

 

機関科のクラスメイトたちは柳原の伝手で手に入れた船のボイラーで銭湯をやっていた。

 

銭湯の造りは学生が出した出し物にしては結構立派で大きな簡易テントには脱衣所が設置されており、浴室には湯船の他にシャワーも完備されていた。

 

柳原の勧めで銭湯に入る明乃と真白。

 

洗い場には通常の銭湯と同じ様にシャンプーとボディーソープもあり、湯船である程度温まった二人は同じタイミングで湯船を出て同じタイミングでバスチェアーに座り、同じタイミングでスポンジにボディーソープをかけ、同じタイミングで同じ部位を洗う。

 

そんな二人の様子を湯船から、

 

「なんなんですかね?あの動きの一致率は‥‥?」

 

「よっぽど息があっているのかしら?」

 

時津風艦長の榊原つむぎと副長の長澤君江は明乃と真白のシンクロした動きを見ていた。

 

「艦長、私たちもうちの子にアレをしたら受けますよ」

 

長澤は自分たちも明乃と真白のようにシンクロしながら体を洗えば同じクラスメイトたちから受けを取れると進言するが、

 

「なんで?クラスメイトから笑いをとらないといけないの?」

 

と、長澤の提案を却下した。

 

 

あらかたクラスの出し物の視察を終え、帰ろうかとしている中、

 

「あっ、テアちゃん」

 

明乃はドイツの民族衣装であるディアンドルを見に纏ったテアの姿を見つけて声をかける。

 

「ちゃん付けはマズいのでは?」

 

テアはこう見えても自分たちよりも一個上の学年‥‥つまり、先輩なのだが、その先輩相手にちゃん付けは流石にマズいと思う真白であるが、テアは気にしている様子はなかった。

 

「ああ、晴風の艦長に副長」

 

「うわぁ、テアちゃんの衣装かわいい~」

 

明乃はディアンドル姿のテアを褒める。

 

「あ、ありがとう」

 

「確かドイツからの留学組は合同で出し物をしているんでしたっけ?」

 

真白がテアにドイツの留学組の出し物を確認するように訊ねる。

 

「ああ、そこのステージ付きの店舗でドイツ料理とノンアルコールのビールを提供している。それにシュテルの生演奏もあるぞ」

 

「い、碇艦長の演奏‥‥」

 

テアの口からシュテルの名前が出てドキッとする真白。

 

「ああ、シュテルのヴァイオリンの腕はなかなかのモノだぞ‥‥はぁ~同じ音楽家の家系なのにどうして私には才能がなかったんだ‥‥」

 

テアもシュテル同様、音楽家の一族なのだが、テアの唯一の苦手教科が音楽だった。

 

もし、自分もシュテル同様音楽の才能があれば一緒にセッションが出来た筈だった。

 

しかし、自分には音楽の才能がなかったので、諦めざるを得なかった。

 

「へぇ~シューちゃんのヴァイオリンか‥‥」

 

「良ければ、聴いてみてあげてくれ」

 

テアは明乃と真白にドイツからの留学組が出し物をしている場所が書かれているチラシを手渡した。

 

「どうしますか?」

 

クラスの出し物の視察はあらかた終わっており、時間はたっぷりある。

 

真白は本音を言えば行きたかった。

 

しかし、それを口には出さずに明乃に訊ねる。

 

「折角だし行ってみようか?」

 

明乃はやはり友人が居るクラスの出し物に興味があったのか、行ってみることにした。

 

それにクラスの出し物を視察して自分たちはまだお昼ご飯を食べていなかった。

 

昼食を食べるついでに行こうと明乃は真白を誘った。

 

「はい!!」

 

二人はドイツからの留学組の出し物がある場所へと向かった。

 

そこは、普段はレストラン&バーとして使用されている店舗でステージにはピアノが置いてあり、ピアノの演奏とお酒、料理が楽しめるちょっと夜の大人な雰囲気なお店だった。

 

バー機能があるとはいえ、今は学生が貸してもらっているのでアルコール飲料は取り扱っていないが、代わりにノンアルコールビールが提供されているので雰囲気は壊されてはいない。

 

「ほぇ~‥‥」

 

明乃は当然、このような大人の雰囲気なお店はこれまでの人生で来たことはないので、お店の雰囲気にのまれているのか唖然とした顔で店内を見ている。

 

「お母さんや真霜姉さんなら似合いそう‥‥」

 

真白も明乃ほどではないが、お店の雰囲気にのまれかかりつつも自身の母である真雪や姉の真霜ならば、着飾ってカウンターの席でグラスを傾けている姿が想像できた。

 

真冬はどちらかと言うとお堅いイメージの店よりも居酒屋みたいな大衆食堂が似合いそうだと思う真白。

 

「どうぞ、こちらへ」

 

「あっ、はい」

 

店内を見渡していると、テア同様ディアンドル姿の学生から声をかけられ席に案内される明乃と真白。

 

なお、ミーナは自主映画に関係しているので、こちらではなく三笠にて映画の方を手伝っている。

 

「どうぞ、メニューです」

 

席に着くとメニュー表を手渡され、メニューを見る二人。

 

「うーん、何にしようかな?」

 

「赤道祭の時にちょっとだけ食べましたが、ソーセージは美味しかったです」

 

「じゃあ、メインはソーセージを使った料理にしよう。後は‥‥」

 

二人は燻製肉とザワークラウトの煮込みとジャガイモのパンケーキ、マッシュルームスープを注文した。

 

「お飲み物はいかがいたしましょうか?」

 

「私はオレンジジュースをください」

 

真白は無難にオレンジジュースを注文し、

 

「私はノンアルコールの黒ビール」

 

明乃はノンアルコールの黒ビールを注文した。

 

「か、艦長!?お、お酒は‥‥」

 

「大丈夫だよ、ノンアルコールだから」

 

「は、はぁ‥‥」

 

「ソーセージの種類はいかがなさいますか?」

 

「ソーセージにも種類があるんですか?」

 

「はい。ご注文いただいた煮込み料理ですと、ドイツではレバーソーセージが合いますが、独特の風味があるので、苦手な方もいらっしゃいますので、フランクフルトソーセージへの変更もできます」

 

「レバー‥‥」

 

赤道祭の時に出されたソーセージはフランクフルトソーセージだった。

 

そして、レバー‥‥血で出来ているソーセージを真白は想像してちょっと顔を顰める。

 

「じゃあ、私はレバーソーセージで」

 

しかし明乃はレバーソーセージにチャレンジしてみる様だったが、

 

(変なチャレンジをすると私の経験則から失敗するからな、ここは無難に‥‥)

 

「私はフランクフルトソーセージでお願いします」

 

「かしこまりました」

 

真白は無難に赤道祭の時に食べたフランクフルトソーセージにした。

 

藪を突っついて蛇を出して不幸になるよりは無難な選択をして安全策をとる。

 

真白のこれまでの経験則だった。

 

 

それから少しして‥‥

 

「お待たせしました。ご注文の燻製肉とザワークラウトの煮込みとジャガイモのパンケーキ、マッシュルームスープです」

 

注文した料理が届いた。

 

「ジャガイモのパンケーキにはこちらのアップルソースをかけてください。では、ごゆっくり」

 

「外国には変わった料理がいっぱいあるね」

 

「そうですね。デザートメニューの所には玉ねぎのパイなんてありました」

 

「玉ねぎのパイ?それは確かに変わっているね」

 

通常、パイと聞くとリンゴやレモン等の果実を使用したパイを想像するが、海外では玉ねぎやニシンを使用したパイもある。

 

海に出れば‥‥ブルーマーメイドになれば外国への渡航も当たり前のように増える。

 

そうなれば、人々の出会いの他にこうした食との出会いもあるだろう。

 

食事が進んで行く中、明乃は例のレバーソーセージを食べている。

 

ノンアルコールとは言え黒ビールも美味しそうに飲んでいる。

 

真白としてはフランクフルトソーセージも美味しいのであるが、レバーソーセージの味も気になった。

 

「艦長、レバーソーセージの味ってどんな味ですか?」

 

「やっぱ、レバーって言うくらいだから、ちょっと鉄みたいな味もするけど、ソーセージだから、皮や背脂の触感もあってなかなか美味しいよ‥‥でも、これは確かに食べる人を選ぶかも」

 

明乃は、レバーソーセージは好みが分かれると言うが彼女自身は、レバーソーセージは大丈夫みたいだ。

 

「あ、あの‥艦長‥‥」

 

そう言われるとレバーソーセージの味が気になる。

 

「ん?シロちゃんも食べてみる?」

 

「‥‥は、はい」

 

明乃は真白の空気を察して自分のレバーソーセージを一本あげることにしたのだが、

 

「はい、シロちゃん、あーん」

 

「えっ?」

 

明乃は真白にレバーソーセージを『あーん』で食べさせようとする。

 

「か、艦長」

 

「あーん」

 

「‥‥」

 

「あーん」

 

明乃が結構頑固と言うか、一度決めた事をなかなか曲げない事はあの航海で真白自身がよく知っている。

 

故に明乃が引き下がることはないだろう。

 

このままではレバーソーセージを食べることは出来ない。

 

幸い周りにクラスメイトの姿は無い。

 

そこで、真白は

 

「あ、あーん‥‥」

 

妥協してレバーソーセージを明乃に食べさせてもらった。

 

「どう?美味しい?」

 

「もぐもぐ‥‥」

 

レバーソーセージの味は確かに明乃が言う通り、濃厚なレバーのような味がしたが、今しがた自分が食べたフランクフルトソーセージよりもやわらかく、ねっとりとしてコクがある味だった。

 

「普通のソーセージとは確かに違った味ですが、これはこれでなかなかのモノですね」

 

真白もレバーソーセージは大丈夫だった。

 

二人が食事をしていると、

 

「皆様、これより、ヒンデンブルク有志の生演奏をお聴きください」

 

明乃と真白がステージに目をやると、シックな黒いワンピースを身に纏い手にはヴァイオリンを持ったシュテルの姿があった。

 




最初に劇場版を見た時、冒頭で真雪が説明していた超甲巡の『あずま』が強奪されるのかと思いましたが、何の関係もなかったことにちょっと残念な思いもありました。


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124話

ギリギリでスーを出すことが出来た‥‥


九月にて横須賀で行われた遊戯祭。

 

横須賀以外にある呉、舞鶴、佐世保の海洋学校の学生、ブルーマーメイド、そして大勢の一般客がこの遊戯祭に来た。

 

それは夏に行われたブルーマーメイドフェスタ以上の規模だった。

 

(確かミケちゃんが他校の生徒の出迎えに行ったんだっけ?)

 

シュテルとしては何故、この後世世界の総武高校の文化祭が中止になってしまったのかその謎が解けないまま今日の遊戯祭を迎えたのだ。

 

明乃たちが他校の生徒たちを出迎えに行き、他校の生徒たちが横須賀に集まると海上スタジアムにてオープニングセレモニーが始まる。

 

全ての学生とは言わないが、こうして横須賀女子、呉、舞鶴、佐世保、自分たち留学組が集まると女子高生の人数はかなりの数になる。

 

(キール校は夏服のデザインが違うが、テアたちヴィルヘルムスハーフェン校は同じデザインなのか‥‥いや、横須賀女子も同じか‥‥)

 

シュテルは横目でチラッと隣に整列するテアたちヴィルヘルムスハーフェン校の生徒を見る。

 

自分たちキール校は春、秋、冬の制服の他に夏用の制服があり、現在シュテルたちキール校の生徒は夏服を着用している。

 

一方テアは、コートは着ていないが身に纏っている制服は見慣れた黒いヴィルヘルムスハーフェン校の士官制服である。

 

九月とは言え、まだまだ残暑が厳しいこの中であんな厚着の制服なんて着ていたら熱中症になる。

 

その為、デザインは変わらないが生地はきっと薄手なのだろう。

 

それは明乃たち横須賀女子の学生も同じであった。

 

オープニングセレモニーで真雪が横須賀に集まった他校の生徒たちを労い、横須賀のドックにて間もなく就航するブルーマーメイドの最新鋭艦 『あずま』 の概要を説明し、翌日の日程等を伝えるとオープニングセレモニーは終わり、横須賀女子の学生と留学組は他校の生徒や一般客をもてなすために自分たちのクラスの出し物が展示、出店している場所へと向かう。

 

当然、シュテルも留学組が出店しているドイツ料理を提供する店舗へ向かった。

 

 

「‥‥もしかして受験に失敗したんでしょうか?」

 

呉、舞鶴、佐世保から来た尾張級の艦長たちは横須賀に所属している尾張級の艦長がどんな人物なのか気になり、制服からもえかがお目当ての艦長だと判断し声をかける。

 

当初は宗谷家の三女が今年横須賀女子に入学した事からこれまでの経緯‥‥長女の真霜、次女の真冬が尾張級の艦長を務めてきたことから、宗谷家の三女が尾張級の艦長かと思ったのだが、クラスメイトから『宗谷』ではなく『知名』と呼ばれていた事から、横須賀女子の尾張級の艦長が宗谷家の三女ではなかったことに呉の宮里は宗谷家の三女である真白が受験に失敗したと思った。

 

「そこまで極端な事ではないだろう‥‥多分」

 

千葉はそんな宮里にツッコミを入れた。

 

そんな中、

 

カチャッ‥‥

 

金属がこすれるような音‥‥

 

鍔鳴りの音がした。

 

宮里たちが振り返るとそこには白を基調としたブレザータイプの制服を身に纏い、腰には金色のサーベルをぶら下げた一人の女子学生が歩いていた。

 

その女子生徒が身に纏っている制服から自分たちの母校でも、横須賀女子の生徒でもない。

 

身に纏っている制服や年齢からブルーマーメイドでもない。

 

よって導き出される結論は、他国からの留学だと判断した宮里たち。

 

 

(お店についたら、制服着替えないとな‥‥)

 

シュテルたち留学組は制服で接客するのではなく、ドイツの民族衣装であるディアンドルにて接客をするので、貸し切った店についたらまずは制服からディアンドルに着替えなければならなかった。

 

そんな中、

 

「あっ、そこの貴女、ちょっといいかしら?」

 

シュテルは誰かに呼び止められた。

 

「はい?」

 

シュテルが振り向くとそこには異なる制服を着た四人の学生たちが居た。

 

「なんでしょう?」

 

(デザインが異なる制服‥‥呉、舞鶴、佐世保の生徒か‥‥)

 

シュテルは彼女たちが着ている制服から他校からの生徒だと判断する。

 

「その制服とサーベル‥‥もしかして、貴女はドイツのキール校の生徒かしら?」

 

「ええ、そうですけど‥‥」

 

「あっ、私は呉海洋女子の宮里十海と申します」

 

「私は舞鶴の阿部亜澄」

 

「私は佐世保の千葉沙千帆って言うんだ。あっ、私を含めて皆、尾張級の艦長なんだ」

 

(佐世保で?千葉‥‥なんか、ややこしいな)

 

シュテルは千葉の名前を聞いて地名を含む名字はややこしいと思った。

 

「あっ、ご丁寧にどうも。私はドイツ・キール校所属、ヒンデンブルク艦長のシュテル・H・ラングレー・碇です」

 

「キール校のヒンデンブルクって言うとあのRat事件を解決に導いたって聞きましたけど‥‥?」

 

「は、はぁ~‥‥まぁ、あの事件には巻き込まれたと言うか、友人たちがその被害に遭って‥‥」

 

あのRat事件では友人であるテアともえかが巻き込まれた事件だったのでシュテルとしては事件解決よりも事件に巻き込まれた友人たちを助けたかったことの方が動機としては強かった。

 

(ん?そう言えば佐世保って‥‥)

 

シュテルは佐世保海洋女子と聞いてあることを思い出した。

 

「あ、あの‥千葉さん」

 

「ん?なに?」

 

「確か佐世保海洋女子にもイタリアのタラント校からの留学生が居ましたよね?」

 

シュテルは日本へ向かう途中、地中海で海賊による足止めをくらい、その最中にイタリアのタラント校の生徒と交流する機会があり、彼女たちは佐世保海洋女子に向かう途中だった。

 

遊戯祭で佐世保海洋女子の生徒たちも来ているのだからもしかしたら、タラント校の生徒たちも来ているかもしれない。

 

「ん?イタリアのタラント校?ああ、あの連中か!!」

 

当然、佐世保海洋女子所属の千葉も知っているみたいだった。

 

「今日の遊戯祭にも来ているんですか?」

 

「あぁ~‥‥」

 

千葉はなんか言いにくそうに頬をかいている。

 

「ん?何かあったんですか?」

 

千葉の態度から何かあったのかは明白だった。

 

「あっ、いや、本当はこの遊戯祭に来る予定だったんだけど‥‥」

 

「だけど?」

 

「‥‥遊戯祭の少し前にあった演習でエンジントラブルを起こして居残りになっちゃって‥‥」

 

「‥‥」

 

地中海でもイタリアのタラント校所属のリンチェ艦長のアンネッタはチェスの腕前はプロ級なのに艦長としてはポンコツで、地中海を航行中に余計な事をしてエンジンをお釈迦にしたことがあった。

 

千葉の話を聞く限り、今回の遊戯祭を欠席する羽目になったリンチェのエンジントラブルにはアンネッタが何らかの形で関係しているのかと思ったシュテルだった。

 

「ん?アンタ、あの連中と知り合いなの?」

 

千葉がシュテルにイタリアのタラント校の生徒たちの事を知っていることからアンネッタたちと知り合いなのかと訊ねてきた。

 

「え、ええ‥‥日本に来る途中、地中海で‥‥」

 

「およ?そうなんだ。何か迷惑とかかけなかった?他の連中は兎も角、あのリンチェの艦長はどうもトラブルメーカーな所があって‥‥」

 

「あぁ~分かります。私も地中海の時も色々とやられましたから‥‥」

 

「アンタもか‥‥」

 

「「‥‥」」

 

やはり、千葉もアンネッタには色々とやらかされたみたいで、シュテルと千葉は見つめ合い‥‥

 

「「はぁ~‥‥」」

 

互いに深いため息をついた。

 

 

「そ、それより確かサーベルはキール校高等部の首席の証と聞きました。すると、貴女は‥‥」

 

宮里が話を変えようとシュテルの腰をぶら下げているサーベルに注目する。

 

「は、はい。高等部二年の首席を務めています」

 

「Rat事件解決の立役者にキール校の首席‥‥こりゃあ、明日の共闘遊戯会‥‥宮里さんの他に強敵出現ってところかな?」

 

阿部がシュテルの成績と実績から明日行われる共闘遊戯会で呉海洋女子の他にシュテルも強敵認定した。

 

「そうですね。明日の共闘遊戯会、楽しみにしていますわ。お互い頑張りましょう」

 

宮里はそう言って微笑むと右手を差し出す。

 

「は、はい」

 

シュテルも右手を差し出し、ギュッと宮里の右手を握った。

 

宮里たち他校の生徒と別れた後、

 

「あっ、碇さーん!!」

 

シュテルはまたもや誰かに声をかけられた。

 

「ん?」

 

シュテルは声がした方を振り向くと、そこにはもえかと同じ白い詰襟タイプの制服を着たみほだった。

 

「あっ、西住さん」

 

当然みほも横須賀女子の学生なのだからこの遊戯祭には参加していた。

 

夏休みの自走式気球の実習以来、互いにあれこれと忙しくて会う機会が無かったが、こうして久しぶりに二人は出会った。

 

「実習以来だね、元気だった?」

 

「うん、ごめんね、色々忙しくて連絡とか取れなくて‥‥」

 

「ううん、私の方も遊戯祭の準備とかで忙しくて連絡できなくてごめんね」

 

「西住さんのクラスはどんな出し物をするの?」

 

「私のクラスはメイド喫茶だよ」

 

「えっ?それって西住さんもメイド服着るの?」

 

「う、うん‥‥恥ずかしいけど‥‥」

 

「えぇーそんなことないよ、きっと似合うって、西住さん可愛いもん」

 

「そ、そうかな?」

 

「そうだよ!!西住さん!!自分に自信をもって!!」

 

「う、うん‥ありがとう‥‥碇さんのクラスは何をやるの?」

 

みほはシュテルに留学組の出し物を訊ねる。

 

「私のクラスは、もう一つのドイツからの留学組と合同でドイツ料理のお店をやるの」

 

シュテルとみほは歩きながら遊戯祭の準備の時の事など世間話をしながら歩いて行く。

 

そんな二人の後ろをモジャモジャ髪の女子生徒が悔しそうな顔をしていた。

 

「うぅ~西住殿~」

 

そう、秋山優花里だった。

 

あのポテト発言以降、たまにみほが自分に向ける視線がキツイ時がある。

 

今、シュテルと話しているみほは満面の笑みを浮かべている。

 

きっと自分が声をかければみほの世界を壊してしまう。

 

そう思った秋山はみほに声をかけるにかけられなかった。

 

 

シュテルが宮里たちに声をかけられている時、クリスとユーリは一足先に留学組が貸し切った店舗へと向かっていた。

 

その最中、

 

「ちょっと、小耳に挟んだけどさ‥‥」

 

「なに?なに?どんな話?」

 

「この遊戯祭に来たブルマーの人ってさぁ、なんでもスカウトを兼ねているって話だよ」

 

「えっ?それって活躍したら卒業した時、お声がかかるってこと?」

 

「ありそうな話ね」

 

晴風クラスの若狭と駿河の話内容を聞いた二人。

 

「‥‥ねぇ、クリス」

 

「ん?なに?」

 

「今の話、本当かな?」

 

「さあ?どうなんだろう?でも、どうしたの?気になるの?」

 

「う、うん‥‥だってさぁ、実績で判断すると、シュテルンって此処に居る学生の中でもトップの実績を誇っているんじゃない?」

 

「あぁ~確かに‥‥まぁ、実績と言うよりも巻き込まれ体質ながらも功を奏したって感じだけどね」

 

確かにRat事件の他にシュテルは中等部時代にはイタリアにおけるマフィアの件、ドーバー海峡での海賊事件、ダートマスでの切り裂き事件、地中海、南シナ海での海賊事件、宗谷真白の誘拐事件など、数々の事件解決の実績がある。

 

これらの実績をブルーマーメイドが知らない筈がない。

 

先程の若狭たちの話がもし、本当ならば真霜たちブルーマーメイドがシュテルにスカウトの話をこの遊戯祭の最中にするのではないだろうか?

 

ユーリとしては一足先にシュテルがブルーマーメイド入りを確実にしてしまうと自分もシュテルと一緒にブルーマーメイドになれるのかと言う不安があった。

 

「だ、大丈夫だよ。まだあの子たちの話が本当だとは限らないんだし‥‥」

 

クリスはユーリに若狭たちの話が真実だとは限らないと慰める。

 

「そ、そうかな?」

 

ユーリの不安をよそにそのシュテルは今、みほと共に歩いていた。

 

「そう言えば、西住さんが所属する学生艦ってどの艦なの?」

 

シュテルはみほに横須賀女子のどの学生艦に所属しているのかを訊ねた。

 

これまでのみほとの交流で、みほがどの艦に所属しているかを知らなかった。

 

しかし、夏休みに自走式気球の操縦実習に参加していた事から飛龍か龍驤の飛行船支援艦に所属しているのかと思ったが、

 

「私は大型直接教育艦の赤城の艦長なの」

 

「えっ?そうなの!?」

 

みほは、飛行船支援艦ではなく、大型直接教育艦の赤城の艦長だと言う。

 

みほが艦長を務める赤城‥‥

 

横須賀女子に所属し、大型直接教育艦となっているが、シュテルがまだ八幡だった頃の世界では、赤城は航空母艦として名を馳せた艦だった。

 

赤城は当初、天城型巡洋戦艦の二番艦として設計・建造された艦であったが、ワシントン軍縮条約にて巡洋戦艦から空母に改装された。

 

一番艦の天城は関東大震災にて船台が崩れそのまま廃艦処分となり、天城の代わりに加賀が空母へと改装された。

 

空母に改装された赤城は当初、三段の甲板を持つ独創的な艦影をしていたが、1935年11月15日、赤城は三段式甲板から一段全通式甲板に変更する大改装が佐世保海軍工廠で開始され1938年8月31日、赤城の改装が完了し、一段全通式空母となる。

 

太平洋戦争時には南雲機動部隊の旗艦となり、真珠湾攻撃を始めとして多くの海戦に参加し、ミッドウェー海戦にて加賀、蒼龍と共にアメリカ軍の急降下爆撃を受け、大破し最後は味方駆逐艦の雷撃処分にて沈没した。

 

しかし、この後世世界では飛行機も存在していなければ、太平洋戦争も起きておらず、更にはワシントン軍縮条約もなかった為、飛行船支援艦に改装されることなく巡洋戦艦として建造された。

 

日露戦争以降、日本が地盤沈下した為か、前世では関東大震災の影響で廃艦処分となった天城もこの世界では処分されずに巡洋戦艦として建造され、赤城同様学生艦として使用されている。

 

「ただ、今は長期のドック入りをして、今月末にドックから戻る予定なの」

 

「あぁ~なるほど‥‥」

 

Rat事件の折も赤城はドック入りをしていた為、みほは歯がゆい思いをした。

 

「それじゃあ、私はこっちだから」

 

「うん。もし時間があったら来てね。色々とサービスするよ」

 

「うん」

 

みほと別れ、シュテルは留学組が貸し切った店舗へ向かう。

 

店に来るとシュテルはバックヤードで制服からディアンドルへと着替える。

 

「黒いディアンドルだから何だかメイド服にも見えるな」

 

着替えた黒いディアンドルは見方によってはメイド服にも見える。

 

その後、開店し接客組は客の案内や外でチラシを配り、シュペーとヒンデンブルの主計科の生徒は厨房で料理を作る。

 

ドイツ料理と生演奏を提供する予定であるが、静かな環境で食事をしたいと言う人もいるだろうから、チラシには店舗の場所の他に演奏する時間も書かれていた。

 

シュテルも演奏の時間までは通常の接客業務をこなしていた。

 

やがて、時刻も昼時の時間になり、

 

「シュテルン、そろそろ着替えて」

 

「あっ、うん」

 

演奏する時、奏者はディアンドルではなく別の服に着替えることになっていた。

 

「ちょっと、ごめんね」

 

「ううん、いいよ」

 

シュテルは他の接客をしている生徒に一声かけた後、再びバックヤードに戻り、今度はディアンドルから黒いシックなワンピースへと着替えた。

 

本当はタキシードみたいなフォーマルな衣装が良かったのだが、クリスやユーリたちクラスメイトたちから、『男装よりも着飾る数少ない機会だから』 と言われ衣装を用意された。

 

「皆様、これより、ヒンデンブルク有志の生演奏をお聴きください」

 

司会役の生徒が店に入っているお客に演奏が始まることを伝える。

 

シュテルたちが店に設置されているステージへと上がると拍手が沸き上がる。

 

(あっ、ミケちゃんたちも来ていたんだ‥‥)

 

その中に明乃と真白の姿もあった。

 

ステージに上がったシュテルたち演奏隊は、クラシックやアニソンのアレンジ曲を演奏した。

 

シュテルがヴァイオリン、ジークがギター、メイリンがピアノを弾き、ボーカルはクリスとユーリが務める。

 

(素人ながらもこうして自分たちの音楽を聴いてもらえるのは、やっぱり嬉しいかな)

 

ヴァイオリンを弾きながら、自分たちが演奏している音楽を聴いてもらえることに嬉しさを感じるシュテル。

 

一方、シュテルたちの演奏を聞いている明乃と真白は、

 

「シューちゃんがヴァイオリンを弾いている姿、初めて見たけど凄く上手だね」

 

「え、ええ‥‥」

 

明乃は少し興奮気味でシュテルたちの演奏を聴き、真白は完全にヴァイオリンを弾いているシュテルに目を奪われていた。

 

(碇艦長、女性としての包容力‥‥そして、何故か感じる男性の様な逞しさ‥‥あの人は真霜姉さん以上の完璧な人だ‥‥)

 

同性ながらも真白が感じる真冬とは異なる力強さ‥‥そうまるで異性の様な感じ‥‥

 

真白の心は大きく揺れた。

 

演奏が終わると溢れんばかりの拍手が店内に響いた。

 

演奏が終わりバックヤードに戻り、ヴァイオリンをケースへと戻す。

 

「ふぅ~‥‥」

 

ヴァイオリンをケースに戻すと一息をつくシュテル。

 

「シュテルン、お疲れ~」

 

「お疲れ~」

 

「みんな~交代で休憩に入っているから、みんなも休憩に入って~」

 

ローザから休憩に入っていいよと言われたので、シュテルは休憩に入る。

 

「あぁ~‥‥着替えるのも面倒だな~‥‥」

 

今から制服に着替えるのも面倒であり、外をディアンドルで回るのも恥ずかしいので、このままワンピース姿で外に出た。

 

みほと約束したので、シュテルはまず、みほのクラスがやっているメイド喫茶に向かった。

 

「いらっしゃいませ~お嬢様~」

 

入店したのが女子だったので、メイドに扮した赤城のクラスメイトたちは『お嬢様』といって出迎える。

 

男子の場合はきっと『ご主人様』なのだろう。

 

「ようこそ、お嬢様」

 

みほがシュテルを接客する。

 

「やっぱり、西住さんメイド服がとても似合っているよ」

 

シュテルはみほのメイド服を褒める。

 

「あ、ありがとう‥‥い、碇艦長もその服、とても似合っているよ」

 

「あぁ~さっき、クラスの出し物で、演奏をしていてね。これはその時の衣装‥‥無精だけど、着替えるのが面倒だったからそのままで来ちゃった」

 

みほは仕事があるので、長々と世間話をする訳にもいかないので、注文を聞いて厨房へと向かう。

 

シュテルが店内を見渡すと、当然みほ以外のクラスメイトもメイド服を着て接客している。

 

(材木座の奴がこの場に居たら狂喜乱舞していただろうな‥‥)

 

前世で川崎の依頼を解決する際、『エンジェル』と名の点く店を調査するにあたって、総武高校周辺に『エンジェル』と名の点く店が二店ヒットした。

 

その一つがメイド喫茶だった。

 

八幡同様、普段から女性に声をかけられることもなかった材木座は仕事上の社交辞令とは言え自分に声をかけてくれるメイドさんに歓喜を出していた。

 

シュテルが見る限り赤城のクラスメイトはレベルの高い女子ばかり‥‥

 

非リア充にとってはパラダイスみたいな空間に違いない。

 

「おまたせしました」

 

シュテルが思考の海に浸っていると注文した品が到着した。

 

注文した品が来たので、シュテルは早速、注文したカフェオレと生クリームが乗ったホットケーキを食べた。

 

「ご馳走様、美味しかったよ」

 

「ありがとう」

 

「それじゃあ、西住さんお仕事頑張ってね」

 

「うん、碇艦長もね」

 

みほのクラスがやっているメイド喫茶を後にしたシュテルは休憩時間が終わるまで遊戯祭・歓迎の部を楽しむことにした。

 

(ブルーマーメイドフェスタもそうだが、この世界の祭りは規模がデカいな‥‥)

 

横須賀の街中を歩いていると、前世でもこれほどの大きな規模の祭りは地元千葉では開かれたことはないのではないかと思う。

 

もっともまだ自分が八幡の頃ではインドア派だったので、仮に今回の遊戯祭と同じ規模の祭りが開催されても行く事はなかっただろう。

 

「ん?」

 

すると、シュテルの視界にタコ焼きの屋台をジッと見つめている一人の女の子が映る。

 

彼女は背中に大きなリュックサックを背負っている。

 

よほど遠くから来たのか?それともコミックマーケットみたいに今回の遊戯祭で沢山の買い物があるのか?

 

シュテルがジッと見ていると、女の子はがま口の財布を高くかかげ、そのままの勢いでがま口を開け、中を確認すると、がま口の中に入っていたのは三十円のみ‥‥

 

これではタコ焼きは買えない。

 

よほどタコ焼きを食べたかったのか、持ち金三十円と言う現実にがっくりとしょげる女の子。

 

上目遣いで同情を誘っているのか、店員も気まずそうだ。

 

「やれやれ」

 

首を振り、シュテルはタコ焼きの屋台に近づき、

 

「すみません、タコ焼き一皿ください」

 

「はいよ」

 

ポケットから財布を取り出し、タコ焼きの料金を差し出し、代わりに出来たてのタコ焼きを受け取ると、

 

「はい、食べる?」

 

女の子にタコ焼きの皿を差し出す。

 

女の子は当初、シュテルの行動が理解できなかったのか、固まっていたが、シュテルが自分にタコ焼きをくれると言う行為を理解したのか、

 

「わぁ~アリガトウ、アリガトウ」

 

と礼を言ってきた。

 

(片言の日本語‥‥この子、日本人じゃないのか?)

 

女の子の日本語はダートマス校のカレンみたいに片言の日本語だった。

 

彼女の片言の日本語を聞いて、女の子が日本人ではないのかと思うシュテル。

 

シュテルの思惑とは裏腹に女の子はタコ焼きを美味しそうに頬張っている。

 

「えっと‥‥貴女、名前は?」

 

「モグモグ‥‥ゴクン‥‥ワタシ、スー!!」

 

(やっぱり、日本人ではなかったか‥‥)

 

名前聞いて、彼女の名前からやはり彼女は日本人ではなかった。

 

「えっと‥‥家族の人は?近くに居るの?」

 

「スーだけ、トオクカラキタ。日本ハジメテ」

 

「えっ?一人で!?」

 

見た感じ、高校生には見えない。

 

しかし、テアみたいに小柄な高校生もいるので、一概にそうとも言い切れない。

 

だが、いくら日本の治安が良いとは言え、女の子一人が海外旅行なんて、何か訳ありのようにも思える。

 

シュテルが残りのタコ焼きを頬張っている女の子こと、スーを見ていると、

 

「あれ?シューちゃん?」

 

「ん?」

 

振り返るとそこには明乃と真白の二人が居た。

 

「ああ、ミケちゃん」

 

「どうしたの?その子?シューちゃんの知り合い?」

 

「あっ、いや、今知り合った?のかな?」

 

「「?」」

 

シュテルとスーの関係を聞き、首を傾げる二人。

 

 

「初めまして、私は岬明乃、ミケって呼んで」

 

「ミケ!!」

 

「こっちはシロちゃん」

 

「シロ!!」

 

「で、こっちはシューちゃん」

 

「シュー!!」

 

明乃はスーに自身と真白、シュテルの紹介をする。

 

「それにしてもスーちゃん日本語上手いね」

 

明乃は片言ながらもスーが日本語を理解し、話せることに感心する。

 

「確かに‥‥お父さんかお母さんが日本の人なの?」

 

シュテルはスーが日本語が堪能なのは、両親のどちらかが日本人なのではないかと思い、スーに聞いてみた。

 

「教わった。パパは日本で働いている」

 

「じゃあ、君は日本に居るお父さんに会いに来たの?」

 

「‥‥」

 

スーが外国から一人で日本に来たのは日本で単身赴任している父親に会いに来たのかと思われたのだが、シュテルの問いにスーは関心が無く、彼女の関心はタコ焼きの屋台の隣にあるやきそばの屋台に目がいっていた。

 

「‥‥買ってあげようか?」

 

三十円では、当然やきそばも買えない。

 

シュテルがスーにやきそばも奢ってやると言うと、彼女はキラキラした目でシュテルを見てきた。

 

「ミケちゃんと宗谷さんも食べる?」

 

(む、宗谷さん‥‥艦長は仇名呼びなのに‥‥)

 

真白は自分は仇名や名前ではなく他人行儀な名字呼びだったことに胸にチクリとした痛みを感じた。

 

「えっ?」

 

「でも‥‥」

 

「気にしなくていいよ」

 

「じゃ、じゃあ‥‥」

 

という事で、四人は近くのベンチでやきそばを食べる。

 

ついさっき、みほのクラスのメイド喫茶でホットケーキを食べたシュテルであるが、こういうお祭りの雰囲気で食べる屋台の食べ物は満腹を忘れさせる魔力がある。

 

よほどお腹が空いていたのかスーはやきそばを僅か三口で食べてしまった。

 

「ココ、イイ所、美味しいモノ沢山アルシ、海が近イ」

 

「スーちゃん、海が好きなんだね」

 

「うん」

 

「遠くから来たって言ってたけど、どこから来たの?泊まる所はあるの?」

 

シュテルがスーにどこから来たのか?今日の宿はあるのかを訊ねる。

 

「ダイジョーブ」

 

スーはどこから来たのかは教えてくれなかったが、今日の宿は確保してあるのか大丈夫だと言う。

 

(まぁ、父親に会いに来たわけだし、夕方にはその父親が迎えにくるのかな?)

 

スーの来日目的から夜は父親の所に泊まるのだろうと判断したシュテル。

 

そんな中、明乃と真白の携帯に一通のメールが届いた。

 

メールの送り主は古庄教官だった。

 




今回、みほが所属するクラスは横須賀女子に所属している赤城と言う設定です。

史実では空母になった赤城ですが、建造当初は巡洋戦艦として設計・建造されており、はいふり世界では飛行機がなく、各校に所属する学生艦からワシントン軍縮条約も恐らくなかったものと推察されます。


【挿絵表示】


建造当初の艦影はかなり簡素な艦影だったので艦影に関しても、金剛級、扶桑級、伊勢級、長門級が何度も改装工事を受けてきたことから、天城級も改装工事を受けた可能性は高いので、艦影が建造当初より異なっています。




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125話

今回は総武からのゲストが来ます。

原作では顔なじみですが、この世界では初対面となります。

ちょっと彼女に対しての辛口な表現があります。


神奈川県横須賀にて行われている大規模イベント、遊戯祭。

 

この遊戯祭は毎年、横須賀、呉、舞鶴、佐世保がローテーションで行われている大イベントで今年は横須賀が舞台であり、横須賀女子の学生、横須賀女子に留学している留学組が他校の生徒をもてなす。

 

ただ、この遊戯祭に招かれているのは他校の生徒だけではなく、ブルーマーメイド関係者の他に一般からの外来客も来ている。

 

遊戯祭はブルーマーメイドフェスタと異なり横須賀の町全体が会場となるので参加に関して入場制限をしていない為、近隣の県からも沢山の人が横須賀の地に集まる。

 

そんな、遊戯祭に来たとある女子学生が居た‥‥

 

(流石、日本でも随一の海洋学校‥‥文化祭の規模も凄い‥‥)

 

(まぁ、今年の総武高校の文化祭は中止になっちゃいましたけどね‥‥)

 

(まったく高校生初めての文化祭だったのに、実行委員が仕事をサボって中止なんて、本当に進学校なのかな?)

 

女子学生は遊戯祭の規模と母校である総武高校との違いを比較して、今になり入学する高校を間違えた事を後悔した。

 

去年、受験の際に彼女は総武高校を選んだ。

 

彼女が総武高校を選んだのは、自宅から通える距離だった事、共学で男子高校生が居る事だった。

 

だが、入学して初めての年で文化祭にて実行委員が仕事をサボり文化祭が中止となった。

 

これは総武高校設立以来の大失態となった。

 

この大失態を見て、この女子学生は千葉の高校紹介の本や情報において総武高校が進学校と言う事実に疑問を持っていた。

 

(うーん、これだけ大きなお祭りだと色々と目移りしちゃうなぁ~‥‥荷物持ちに戸部先輩でも連れて来ればよかったかな?)

 

しかし、彼女は遊戯祭の雰囲気にあっさりとのまれ総武高校に対する疑問を忘れ、荷物持ちとなるアッシーを連れて来ればよかったと思いながら遊戯祭の会場を歩き始めた。

 

 

 

 

外国からの外来客であるスーと共にタコ焼き、焼きそばを食べていると明乃と真白の携帯に古庄教官からメールが入り、何やら話があるみたいで明乃と真白は古庄教官の下に向かった。

 

二人を見送った後、シュテルはまだ休憩時間があったので、時間内はスーと共に遊戯祭を回ることにした。

 

所持金が三十円しかないスーは日本で働いていると言う父親が来るまで遊戯祭を楽しめないだろうと思ったからだ。

 

それに前世では日本人だったが、今の自分がドイツに籍を置いているドイツ人‥外国人同士、シンパシーみたいなモノを無意識の内に感じたのかもしれない。

 

シュテルはスーと共に屋台を練り歩き、射撃や輪投げなどのゲームをプレイしたり、綿あめを食べた。

 

「シュー!!コレ、雲なの!?」

 

「いや、ザラメって言う砂糖を細かい糸状にしたお菓子だよ」

 

「お菓子?甘いノ?」

 

「ああ」

 

スーは今回、綿あめが初めてだったのか見た目にも味にも興奮していた。

 

その後もスーと共に歩いていると、

 

「ねぇ、いいじゃん。どうせ一人で来たんだろう?」

 

「で、ですから、私、友達と一緒に来ていて待ち合わせを‥‥」

 

(ヤッバ、変な人たちに絡まれちゃったなぁ~‥‥)

 

(咄嗟に待ち合わせをしているなんて嘘ついちゃったし、どうしよぉ~)

 

「そんなんほっとけばいいじゃん」

 

 

「そうそう、俺たちと楽しいことしようぜ」

 

「ん?」

 

「シュー。あの人、困っテイルミタイ」

 

「あぁ~今時、まだあんな手でナンパする奴が居たんだぁ~‥‥成功率ゼロの無理ゲーじゃねぇ?」

 

シュテルが呆れるような目で絡まれている少女と男たちを見ていると、

 

「シュー!!あの男達キット人攫いだ!!」

 

「えっ?いや、違うんじゃないかな?」

 

シュテルは質の悪いナンパだと思っているのだが、スーは人攫いだと言い出す。

 

流石に人攫いは無いだろうとシュテルは否定する。

 

「絶対にソウダッテ!!スーの国、ヨクアル!!早クタスケナイトあの人、何処かに売ラレチャウ!!」

 

それでもスーは人攫いだと主張する。

 

「なにそれ!?スーの故郷、怖っ!?」

 

スーの発言から彼女の母国の治安の悪さを垣間見た。

 

(まさか、スーの故郷ってロア〇プラなのか?)

 

そして、シュテルはスーの故郷がタイ南部にある世界中の悪という悪が集まった港町出身なのかとさえ思えた。

 

シュテルがスーの故郷にドン引きしている間、スーは件のナンパ現場に向かうと、

 

「コラ!!その人カラ離レロ!!」

 

大声で注意した。

 

「あん?」

 

「なんだ?このガキ?」

 

男たちはスーをギロッと睨む。

 

(あぁ~もう、仕方ない)

 

このまま黙っている訳にはいかないのでシュテルもその場に向かうと、

 

「こ、小町ちゃん。お待たせ~」

 

と、先程女子学生が誰かと待ち合わせをしていたと言っていたので、それを利用してさりげなく彼女をこの場から連れ出そうとした。

 

(待ち合わせしている人には悪いが、彼女をこのままこの場に残すのは確かにマズいな‥‥ナンパ男たちが人攫いではくとも‥‥)

 

そして、咄嗟に出た偽名に前世の妹の名前を使った。

 

シュテルはもしかしたら、本当に彼女が誰かとこの場で待ち合わせをしているのかもしれないが、あのままナンパ男たちの前に彼女を置いておくのはマズいと思ったのだ。

 

スーが言うように人攫いではないだろうが、ガラの悪そうなナンパ男たちを見る限り、ホイホイついて行けば女性ならばどうなるかなんて性教育を受けた者ならば分かる。

 

後は彼女をこの場から連れ出すだけだったのだが、

 

「コマチ?誰ですか?お米?」

 

何と彼女は空気を読まずに聞き返してきた。

 

(ちょっ、おまっ!?空気を読めよ!!)

 

「お米じゃないよ!!」

 

女子学生が空気を読まない発言からシュテルの計画が瓦解した。

 

「なんだ?お前?」

 

「いきなりなんなんですかねぇー?」

 

「俺らの邪魔をすると痛い目に遭うぞ、コラ!」

 

「なに?それとも君、俺たちと一緒に遊びたいの~?」

 

ナンパ男たちは不満そうな顔をする者、

 

下衆な笑みを浮かべている者など反応は様々だ。

 

「すいません、私はこの子がいつまでたっても戻ってこないものなんで探しに来たんですよ」

 

「あん?でも、彼女はお前の事を知らねぇみたいだが?」

 

ナンパ男は先程のシュテルと彼女の反応を見逃さずその矛盾を突いてきた。

 

「人の話は最後まで聞きなさい。私と彼女は離れて暮らしていたから、初対面っぽくなっているんだよ。ほら、この子なんて見る限り日本人っぽくないでしょう?」

 

シュテルはスーを引き合いに出す。

 

「ほら、早く行こう」

 

多少、流れが違ったが彼女をこの場から連れ出せれば結果オーライなので、このまま彼女を連れ出そうとする。

 

「そ、そうだったね。もう~久しぶりに会うからすっかり忘れちゃったよぉ~」

 

女子学生は、今度は空気を読んでシュテルに近づく。

 

少なくとも目の前にいるナンパ男たちよりもスーと一緒に居る同性のシュテルの方がまだ信用が置けたみたいだ。

 

(あざとい‥‥)

 

シュテルはこの女子学生の態度に対して演技とは言え、あざとさを感じた。

 

「おい、ちょっと待てよ。こっちの要件はまだ終わってねぇぞ」

 

「そうそう」

 

ナンパ男たちはまだ諦めていない様子で絡んでくる。

 

「こっちは貴方たちに用はないから」

 

シュテルは少しでも早くこの場からスーとこの女子学生を連れ出そうとする。

 

「んだと!?こらぁ!?」

 

「こっちが下手に出ていれば調子に乗りやがって!!」

 

(どこが下手だよ?)

 

「はぁ~‥‥あのなぁ、あまりそう言う態度は控えた方がいいぞ」

 

シュテルはナンパ男たちに最後通告をするが、

 

「何言ってんだ?お前?」

 

「ビビって苦し紛れの言い訳か?」

 

「‥‥こういう大規模イベントには当然、警備員が配置されるし、その中には私服の警備員もいるんだよ‥‥ほら、お前さんたちの後ろに居る屈強そうな私服の男たち‥‥アレ、私服警備員じゃないのか?」

 

「「えっ?」」

 

ナンパ男たちがシュテルの指摘に対して後ろを振り返ると、そこにいたのは着ぐるみのクマとトラだった。

 

着ぐるみたちは小さな子供たちに風船を配っていた。

 

(いまだっ!?)

 

シュテルはスーと女子学生の手を取るとその場から一目散に走りだす。

 

「あっ!?テメェ!!」

 

「だましやがったな!?」

 

ナンパ男たちがようやく気づいたみたいだが、シュテルは人混みの中に紛れた。

 

(えっ?なんで私、こんなにもドキドキしているんだろう?相手は同じ女の人なのに‥‥?)

 

ナンパ男たちから逃げている間、女子学生は何故かこの現状に対して胸がドキドキする感覚があった。

 

彼女には自分の手を引くこの女の人が一瞬男の人に見えた。

 

 

「ふぅ~‥‥ここまで来れば大丈夫かな?」

 

シュテルは周囲を確認し、あのナンパ男たちが後を追いかけていないことを確認する。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥走るなら‥‥ハァ‥‥一声かけて‥‥くださいよぉ~‥‥」

 

女子学生は息を切らしながら抗議してくる。

 

女子学生は息を切らしているが、スーの方は全然息を切らしていない。

 

どうみてもシュテルや女子学生よりも年下にしか見えないのに体力だけはあるようだ。

 

これも彼女の国の環境が影響しているのだろうか?

 

「でもね、こうでもしないと上手く逃げ切れなかったかもしれないじゃない。それで、なんであんな男たちに絡まれていたの?」

 

シュテルは女子学生に何故、男たちに絡まれていた理由を訊ねる。

 

「あれは、あの人たちが一方的に絡んできたんですよぉ~」

 

「へぇ~そうなの‥‥てっきり、貴女があの男たちに声をかけたんだと思った」

 

「ちょっと、私の事をどんな人だと思っているんですか!?」

 

女子学生は頬をぷくぅ~と膨らませる。

 

「いや、さっきの態度の中で貴女からはあざとさを感じたから」

 

「あ、あざと‥‥」

 

シュテルにあざといと言われ顔を引きつらせる女子学生。

 

「貴女、普段の学校生活でもそんな態度で過ごしているの?」

 

「わ、私は一色いろはって言う名前があるんです!!」

 

女子学生こと、一色いろははシュテルに自身の名を名乗る。

 

シュテルが前世で修学旅行後の生徒会選挙の依頼まで生きていたら、いろはの顔を見て何かしらのリアクションをしていただろうが、修学旅行後~生徒会選挙前に命を絶ったので、シュテルはいろはの顔を見ても何のリアクションは取らなかったが、もし、八幡の時にいろはを見てもきっと『あざとい』と言っていただろう。

 

「あぁ~そう‥‥」

 

「それで?貴女はどこの誰なんですか?」

 

いろはは今度シュテルに名前を聞いてきた。

 

「私は、ドイツ・キール校のシュテル・H・ラングレー・碇」

 

「スーはスーって言ウノ!!」

 

シュテルはいろはに名を名乗り、ついでにスーも名乗る。

 

「それで、一色さんは普段でもあんなあざとい態度なの?」

 

「いいじゃないですか!?私だってぴちぴちの女子高生なんだし、若さと容姿で男子にも夢を与えられるし、私は私で宿題や掃除当番を代わってもらえるし、お互いにwin-winじゃないですか」

 

「‥‥」

 

いろはの主張にシュテルは呆れ、

 

「イロハ!!自分の仕事ハ、チャント自分デヤラナイトイケナイゾ!!」

 

と、スーはいろはに注意する。

 

「一色さん、学校で同性の友達居ないだろう‥‥?」

 

と、シュテルは哀れんだ目でいろはを見る。

 

「な、なんですか?その目は!?そんな目で私を見ないでくださいよ!?そ、それに同性の友達ぐらい‥‥い、居ますよ」

 

いろはは最初の部分は声を荒げながら言うが、友達の部分には何故かシュテルから目を逸らし口ごもるように言う。

 

「そう思うならそのあざとさを潜めろ。それと、友人が居ない事が全然隠せていないぞ」

 

「そもそも、友人の定義ってなんですか?‥‥どういった存在が友人と言うカテゴリーなんですか?」

 

「ああ、もういい。それ、絶対に友人が居ない人の言い訳だわ」

 

(この人、顔は良いのに、あのあざとい性格のせいで小町みたいなハイブリッドボッチなんだろうな‥‥)

 

先程の言動からいろはが同じ学年からの同性からの受けは決してよくないだろうと判断した。

 

(それに友人の定義って、雪ノ下と同じことを言っている時点でボッチ決定だな)

 

かつて、自分が八幡だった頃、初めて奉仕部の部室に連れて行かれた時、雪ノ下と言い合いになり、彼女は八幡に友人が居ない事を指摘し、逆に八幡も雪ノ下に友人が居るのかを問うと、彼女は八幡に『友人の定義』を聞いていた。

 

八幡はその時点で、彼女も自分と同じボッチなのだと察した。

 

雪ノ下は確かに胸を除けば彼女が言う通り美少女であった。

 

しかし、家柄のせいなのか人一倍プライドが高く、自分が言動こそが絶対に正しいと思い込んでいる節があった。

 

その性格が彼女を孤独にしていた。

 

だが、その原因は元々小学生の頃、葉山が原因でクラスメイトたちからいじめを受けた事がそもそもの発端だったのかもしれない。

 

「ゆ、友人くらい、実習になれば嫌でも出来ますよぉ~」

 

「実習?」

 

「はい。私、総武高校の海洋学科の学生なんです」

 

「総武高校‥‥」

 

いろはが通っている学校を聞いてシュテルは固まる。

 

(一色いろはなんて、奴は知らないな‥‥少なくとも2-Fには居なかったな‥‥)

 

八幡の頃はあまりクラスメイトや同級生たちとの交流を持たなかったので、いろはが実は自分の一個下であることも知らないシュテル。

 

「今は友人が出来なくても、実習で海に出れば嫌でも友人の一人や二人ぐらい‥‥」

 

シュテルが固まっている間にもいろはは実習さえ始まれば自分にも友人は出来ると高を括っているみたいであるが、

 

「無理だよ」

 

シュテルはそれを否定する。

 

「ど、どうしてですか!?」

 

「それじゃあ、一つ問題」

 

「問題?」

 

「バラバラで纏まりの無い人たちを団結するにはどうすればいいでしょうか?」

 

「えっ?」

 

シュテルの問題に首を傾げるいろは。

 

「ウーン‥‥」

 

スーも考え込んでいる。

 

「‥‥うーん‥‥分かりません」

 

「スーモワカンナイ」

 

「それで、答えは何ですか?そもそも、そんな方法があるんですか?」

 

「答えは共通の敵を作る事‥‥一色さん。貴女、これまで色んな男たちに手を出してきたんじゃない?そして、その中には彼女持ちの男もいた筈‥‥」

 

「‥‥」

 

いろはは気まずそうに顔をそむける。

 

反対にスーは意味が分かっていない様子。

 

「その男の彼女がもし、一色さんのクラスに居たとしたら?‥‥貴女の男をとっかえひっかえしている噂がクラス女子たちに知られているとしたら?‥‥そんな状況で海へ実習なんて行っても友人なんて出来ると思う?それどころか、命の危険もあるんじゃないかな?」

 

「い、命の危険って‥‥何ですか?ソレ、脅しているんですか?それとも口説いているんですか?ごめんなさい。ほんのついさっきはときめきかけたけど冷静になるとやっぱり無理です。私は同性愛者ではないので無理です。ごめんなさい」

 

「オォ~イロハ、モノスゴイ早口」

 

「‥‥よく、その長いセリフを噛みもせずに息切れを起こさずに言えたね。それに私だって貴女のようなあざとい人はごめんだよ」

 

八幡時代にこのような事を言われたら呆れて何も言えなかっただろうが、今のシュテルでは、これまでの環境と艦長と言う立場から物事はきっぱりと言えるようになっていた。

 

「それで命の危険ってどういうことですか?」

 

「実習は学生艦で教官は乗艦せずにクラスメイトたちのみで行うんでしょう?」

 

「はい」

 

「‥‥それだと実習中に貴女がうっかり海に転落するかもしれないね」

 

「えっ?私、そんな間抜けなじゃありませんよ」

 

「貴女が間抜けだろうと関係ない‥‥クラスメイトたちが貴女を襲って海に放り投げ、その後、証拠を捏造し、殺人ではなく事故死として片付ける事だって可能なんだよ。教官が居ない学生艦ではね」

 

「‥‥」

 

シュテルの言葉を聞いて自分の事を嫌っているクラスメイトならばあるいは‥‥なんて事がいろはの脳裏を過ぎる。

 

雪ノ下の場合も同じことが言えるが、いろはと雪ノ下の違いは実家の財力と権力の差である。

 

雪ノ下の実家の雪ノ下建設はこの世界において、千葉県では絶大な権力を誇っている。

 

そんな家の一人娘である雪ノ下の身に何かあれば、例え白でも雪ノ下家から黒にされてしまう恐れがあるためクラスメイトは雪ノ下に手を出すに出せない状況だった。

 

(まぁ、こういう状況も考えられるから、学生だけでの実習には思うところがあるんだよね)

 

シュテルは教官が別の艦に乗り、学生のみでの演習には色々な危険が含まれていると危惧していた。

 

しかし、一艦それぞれに教官を乗せるには人員の問題もあるので、現状は難しい状況だった。

 

「海洋学科のクラスに在籍しているのならもっと周りとの協調性を大事にしないと‥‥私の友人に『海の仲間は家族』を信念にしている子がいるけど、貴女の場合、同性のクラスメイトからは家族としても仲間としても見られていないでしょう?」

 

「うぅ‥‥」

 

(どうやら図星だったみたいだな‥‥)

 

最早ぐぅの音も出ないいろは。

 

「まぁ、まだ実習まで時間があるみたいだし、もし自分の行いに対して罪悪感を感じているのであれば、今からでもやり直すのは遅くはないんじゃない?」

 

「は、はい‥‥」

 

シュテルの言葉に完全にしょげているいろは。

 

「‥‥」

 

そんないろはの姿を見てシュテルはいろがは総武高校に通っている点やこうして接点を持ったことで見捨てるのも目覚めが悪かった。

 

「はいコレ」

 

「えっ?」

 

シュテルは自分のスマホを渡す。

 

ディスプレイにはシュテルの電話番号とメールアドレスが表示されている。

 

「こうして会ったのも何かの縁だし、何か困った事があれば相談には乗るよ」

 

いろはは一瞬呆然とした顔でいたが、直ぐに正気に戻ると、

 

「何ですか傷心に付け込んで口説いているんですかごめんなさいまだ無理です」

 

と、一礼して早口で言う。

 

「だから、違うって‥‥それとそう言う所を直しなさいよ」

 

もし、この現場をシュテルを慕う者たちが居たら、いろははきっとトラウマ級のO・H

A・NA・SHIをされていたことだろう。

 

いろはも口ではシュテルの親切を断っているように見えるが、やはり同性の知り合いが出来た事や自分の現状に手を差し伸べてくれた事に感謝しているのか、自分のスマホにシュテルの電話番号とメールアドレスを登録した。

 

その後、いろははシュテルのスマホに自分のスマホの電話番号が書かれたメールが送られた。

 

「これが私のメアドと電番です」

 

「確認した。ありがとう」

 

シュテルとしては、総武高校に通っているいろはとこうして交流を持つことが出来たのは瓢箪から駒が出るようなモノだった。

 

いろはからこの世界に居ると思っているもう一人の自分の事を聞こうと思っていたからだ。

 

「そう言えば、一つ聞いても良いかな?」

 

「なんですか?」

 

「今年の総武高校の文化祭が中止になったってホームページで見たんだけど、原因は知っている?」

 

シュテルはいろはから総武高校の文化祭が中止になった原因を訊ねる。

 

「ああ、今年の文化祭ですね。私も初めての高校の文化祭だったんで、楽しみにしていたんですけど、実行委員の人たちがほとんどサボって準備に間に合わなかったみたいです」

 

(やっぱり、この世界でも相模のサボり宣言があったのか‥‥)

 

実行委員のサボりの原因は前世同様相模のサボり宣言が発端になっていたことは同じであったが、結末が前世とこの世界では180度異なる。

 

「今年の文化祭が初めてって事は一色さん、高校一年なんだ‥‥」

 

「はいそうです。そう言えば、貴女は何年なんですか?」

 

「二年」

 

「えっ!?嘘!?先輩だったんですか!?すみません、私タメ口を聞いちゃって‥‥」

 

「そこまで驚く事?でもまぁ、気にしてないしいいよ」

 

「そうですか」

 

「それで、一色さんは実行委員じゃなかったんだよね?」

 

「はい。違いましたよ。と、言っても教室でもほとんどやることがなかったんですけどね」

 

まぁ、今のいろはの現状ではクラスから浮いている存在であるので、クラスメイトからは頼られていなかったのだろう。

 

むしろ、実行委員を押し付けられなかったことが不思議である。

 

「そっか‥‥」

 

いろはが一年年下で文化祭の実行委員ではなかったことで実行委員の中に八幡が居なかったのかを確認しづらかった。

 

いきなり、『2-Fに比企谷八幡と言う男子生徒が居るかを確かめてくれ』 なんてことは頼みにくかった。

 

いろはに頼むとしてももう少し、彼女と信頼関係を築く必要があった。

 

 

いろはと連絡先を交換したシュテルは再びスーを連れて、遊戯祭を回るが、そろそろ休憩時間も終わる頃になった。

 

「それじゃあ、スー、私はこの後、戻らないといけないからここでお別れだ」

 

「ワカッタ、シュー!!アリガトウ!!」

 

「コレ、少ないけど」

 

そこでシュテルはスーに五千円札を渡し、シュテルは店に戻った。

 

流石に持ち金三十円で父親が来るまでは足りないだろうからだ。

 

店に戻ると、店内の明かりは薄暗くなっており、ステージ上のクリスにスポットライトが当てられている。

 

ステージにはクリスがギターを弾きながら歌を歌い始める。

 

「~♪~~♪~~~♪」

 

クリスが歌い始めてからお客の何人かが目に涙を浮かべていた。

 

クリスの歌声を聞いているとシュテルの脳裏にも自分が八幡だった頃の光景がフラッシュバックしてきた。

 

(えっ?ど、どうして‥‥?あの頃の光景が‥‥?)

 

シュテルの目にも自然と涙が浮かんでくる。

 

クリスが歌い終わると、店内は一瞬静寂に包まれるも、お客からは拍手された。

 

バックヤードに戻ると、

 

「あっ、シュテルン、お帰り!!休憩どうだった?楽しかった?」

 

「あぁ、うん、色々あった‥‥クリス、さっきの歌‥‥」

 

「ああ、ちょっと夜のバーみたいな感じにしてみたんだ」

 

「いや、そうじゃなくて‥‥」

 

「ん?」

 

「‥‥」

 

クリスに行ったところでさっきのは自分が見たのはきっと幻覚だったので、シュテルは口をつぐんだ。

 

「さあ、次はシュテルの演奏だよ。頑張って!!」

 

「この湿っている感じの空気の中で演奏して盛り上げるって結構ハードなんじゃないか?」

 

「シュテルンなら大丈夫だって」

 

根拠のないクリスの言葉に押されてシュテルはヴァイオリンを持ち、ステージに立つのであった。

 

 




後半クリスが歌っていた歌は、作者のイメージでは劇場版銀河鉄道999の挿入歌、かおりくみこ さんの やさしくしないで です。

本編でも歌を聴いていた酒場の客、ホステスは皆泣いており、鉄郎も脳裏に母との最後の思い出である雪原が浮かんでいたので、シュテルは前世の辛い思い出が脳裏にフラッシュバックしました。


劇場版はいふりの冒頭の遊戯祭オープニングセレモニーにて、真雪が説明していたブルーマーメイドに導入予定の超甲巡 あずま です。


【挿絵表示】


手持ちの完成予想図では煙突とカタパルトの間には何もなかったのですが、劇場版の画像では煙突とカタパルトの間には構造物がありました。

さらに水上機が無い世界にもかかわらず、あずま にはカタパルトが設置されていました。

恐らく、あずまのカタパルトは水上機ではなく、スキッパーを射出するためのモノだと推察され、この推察から煙突の後ろの構造物はスキッパーの格納庫だと思われます。


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126話

あけましておめでとうございます。

今年最初の投稿となります。

まだ不定期な投稿が続きますが、今年もよろしくお願いします。


 

 

遊戯祭の最中、クラスの出し物を一通り見て回った明乃と真白はシュテルと共に出会った異国の少女、スーと時間を共にしていると、突如古庄教官からの呼び出しのメールが届いた。

 

明乃と真白は後ろ髪を引かれる思いながらも古庄教官からの呼び出しを無視する訳にもいかなかったので、二人は校舎に向かった。

 

横須賀女子海洋学校の校長室で明乃と真白は古庄教官と対面する形でソファに座る。

 

「ごめんなさいね、歓迎祭の最中に呼び出して」

 

古庄教官は遊戯祭の中、こうしてわざわざ呼び出してしまった事に対して謝罪する。

 

「いえ」

 

「あの‥如何いったお話でしょう?」

 

古庄教官がわざわざ自分たちを呼び出したのだから、世間話をする訳ではなく、何か重要な要件があるからに違いない。

 

しかし、その要件がなんなのか当然二人は知る筈もないので、真白は何故自分たちが呼ばれたのか古庄教官に問う。

 

「宗谷真白さん‥‥貴女、艦長になる気はある?」

 

「えっ?」

 

「‥‥」

 

呼び出された理由‥‥それは、真白へ晴風副長から他艦の艦長への昇進の話だった。

 

当然、その話を聞いた真白は鳩が豆鉄砲を食ったように驚き、明乃は呆然とする。

 

「実は比叡の艦長が病気療養で休学する事になって、それで今回、真白さんには比叡の艦長に就かないかって話なのよ」

 

真白の晴風副長から比叡艦長昇進話は、現在の比叡艦長が病気療養で休学するので、その穴埋めを真白にしてもらいたいという事だった。

 

オープニングセレモニーの時、古庄教官が真雪に言っていた『例の件』と言うのはこの事だった。

 

真白に艦長として就いてもらいたい比叡はあのRat事件に巻き込まれ、艦長が病気になり療養‥‥

 

去年のブルーマーメイドフェスタではエンジン不良を起こす。

 

もう、比叡に疫病神が取りついているかのように思える不幸だ。

 

そんな不運が続いている比叡であるが、

 

「あの‥‥何故私が艦長に?」

 

何故自分が艦長に推薦されたのか古庄教官に訊ねる真白。

 

彼女自身気づいていないが、不運な人生を歩んできた真白と不運な事が続いている比叡‥‥意外と似合っているような気もする。

 

それはともかく、真白自身優等生であるが他にも優秀な人材はこの横須賀女子にも沢山いる。

 

それこそ、駿河の副長を比叡の艦長に昇進させることも可能だ。

 

ただ、この話が入学初期に来た場合、真白はすぐに飛びついただろう。

 

しかし、晴風副長としてあの航海を明乃たちと共に経験した今の真白にとって、当初は苦手と思っていた晴風クラスは騒がしいながらも今では頼れるクラスメイトであり、仲間であるので複雑な心境となっていた。

 

「比叡の艦長、副長を含め、複数の生徒から嘆願が出ているのよ。是非、貴女を艦長にと‥‥」

 

自分に比叡の新艦長に推薦してきたのは、意外にも休学する事になる比叡の艦長や比叡の副長、さらには比叡を含む同級生からの嘆願が来ていたと言うのだ。

 

「えっ!?でも私は‥‥」

 

晴風クラス以外だと、明石、間宮のクラスメイト、時津風、天津風の艦長と副長、そしてドイツからの留学組くらいの面識しかないにもかかわらず、意外にも真白は人気があるという事だ。

 

それか、校長である宗谷真雪の娘と言うブランド目当てなのかもしれない。

 

「貴女、入学試験では実力を発揮できなかったみたいだけど、定期考査は学内トップレベルの成績よ。おまけにあの状況で一ヵ月、晴風の副長をやりきった実績もある。急な話で申し訳ないけど、なるべく早めに返事を貰えると助かります」

 

入学試験では解答欄を間違えてしまい晴風副長と言う成績となった真白であるが、それ以外のテストでは好成績を叩きだしていた真白。

 

もし、入学試験でもこの調子ならば晴風クラスではなく、駿河の副長あたりになっていたかもしれない。

 

「シロちゃんが他の艦の艦長さんに‥‥」

 

明乃も真白同様、複雑な心境だった。

 

友人の艦長昇進の話は本来ならばめでたいことなのだが、真白が比叡の艦長になるという事は、真白が晴風から居なくなる事を意味する。

 

そう思うと、明乃は素直に喜べなかった。

 

恐らく黒木がこの場に居たら明乃と同じ心境になっていただろう。

 

「‥‥」

 

一方、真白本人は神妙な顔つきで黙っていた。

 

上の姉二人と比べると自分は航洋艦の艦長ではなく副長‥‥

 

三姉妹の中で一番下の成績だ。

 

駿河ではないにしろ、大型直接教育艦の艦長ならば、姉たちと並ぶ立場だ。

 

しかし、比叡クラスとはほとんど面識がなく未知の環境‥‥

 

そんな環境下で自分は明乃やシュテルのように艦長として振る舞えるか?

 

そんな不安が真白にはあった。

 

 

 

 

「ふぅ~‥‥」

 

「お疲れ、シュテルン」

 

「お疲れ‥‥」

 

真白が今後の自分の進退に困惑している中、ドイツからの留学組の店は無事に閉店時間を迎えた。

 

来店してくれたお客さんたちはドイツ料理に舌鼓を打ち、シュテルたち演奏組の演奏も楽しんでもらえたみたいで、特に問題もなく終わることが出来た。

 

片付けが終わり、あとは個々で夕食を摂り明日の共闘遊戯祭に備えるだけとなるが、シュテルは休憩時間に出会った異国の少女スーの事が気になった。

 

「ん?シュテルン、どこ行くの?」

 

「ちょっと、気になることがあってね」

 

ユーリにお茶を濁すような言葉を残し、シュテルはスーと出会った海岸へと向かった。

 

「ん?魚?」

 

海岸線の遊歩道を歩いていると、シュテルの鼻腔にきな臭い匂いと魚を焼く匂いがしてきた。

 

シュテルが周囲を見回ると、公園の一角から黒い煙が立ち上がっている。

 

「煙?えっ?火事!?」

 

シュテルが急いで煙が立っている場所へと向かうと、そこに居たのは焚火をしながら魚を焼いているスーの姿だった。

 

「わっ!?ちょっと!!スー!!」

 

「シュー!!一緒にこれ食べ‥‥」

 

「ちょっと、何やっているの!?」

 

シュテルは慌ててスーの下へと駆け寄った。

 

 

 

 

シュテルがスーの下に駆け寄る少し前、

 

明乃と真白も海岸線の遊歩道を歩いていた。

 

「シロちゃ‥‥」

 

「艦長!」

 

「「あっ‥‥」」

 

明乃と真白は互いに声をかけようとして重なってしまい、気まずそうに言葉をつぐんでしまう。

 

「艦長、どうぞ」

 

「ううん、シロちゃんからどうぞ」

 

先程の古庄教官からの真白の比叡移籍についてお互いに気持ちを言おうとしたが、二人は言葉が出ない。

 

明乃は、本当に真白はこのまま比叡艦長の話を受けてしまうのか?

 

真白は、自分に比叡艦長の昇進話について、どう思っているのだろうか?

 

互いに疑心暗鬼に近い感情となっている中、

 

「あっ‥‥」

 

「うん?」

 

明乃が何かを見つけて指さす。

 

真白もつられて明乃が指さした方向を見る。

 

すると、その方向から黒い煙が立ち上がっているのが見えた。

 

「もしかして火事!?」

 

「た、大変!?」

 

明乃と真白は黒い煙が立つ方向へと向かった。

 

そして、やってくると、

 

「わっ!?ちょっと!!スー!!」

 

「シュー!!一緒にこれ食べ‥‥」

 

「ちょっと、何やっているの!?」

 

シュテルが慌てて先程出会った異国の少女、スーの下に走り向かっている姿があった。

 

「シューちゃん!?」

 

「碇艦長!?」

 

「あっ、ミケちゃん!!宗谷さん!!丁度よかった!!消火手伝って!!」

 

「「は、はい!!」」

 

明乃と真白もシュテルと共に急いで焚火の消火を手伝った。

 

三人がどうしてこんなにも慌てているのかスーには分からなかった。

 

「此処は、焚火禁止だ!!」

 

真白はスーにこの場は焚火禁止と書かれた看板を指して怒る。

 

真白に怒られて、スーは涙目になりしまいには泣いてしまう。

 

泣き出してしまうスーを見て明乃はオロオロ、真白はやってしまったという顔になる。

 

「えっと‥‥もしかしてスーは漢字が読めないの?」

 

シュテルがスーの頭を撫でながら漢字が読めなかったのかと訊ねる。

 

「スー。カンジ、ムリ‥‥」

 

スーは日本語を理解することが出来、話すことは出来るが、漢字の読み書きは出来なかった。

 

「スーちゃん、ここで何しているの?」

 

明乃が焚火をして、此処で何をするつもりだったのかを訊ねる。

 

「スー、ココデ晩ゴ飯食ベル」

 

如何やらスーは、この公園で夕食を摂るつもりだったみたいだ。

 

(此処でご飯食べるって、スーの親父は何しているんだ?)

 

まだ迎えに来ていないスーの父親に対してまだ迎えに来ていないのかとちょっとイラっとする。

 

「ホテルは取ってないのか?」

 

真白はスーにホテル等の宿を確保していなかったのかと訊ねる。

 

「シテナイ!!」

 

「「えっ?」」

 

スーの返答に唖然とする明乃と真白。

 

「それじゃあ、お父さんの下宿先に泊まるの?」

 

シュテルはスーの父親がこの後、彼女を迎えに来るのだから、父親が日本で確保しているアパートかマンションに帰るのかと思ったが、彼女の返答は驚愕する内容だった。

 

「今日、ココニ泊ル!!」

 

「「「えっ!?」」」

 

なんと、スーは此処で野宿すると言うのだ。

 

「泊るところないのか?」

 

スーの野宿発言に突っ込む真白。

 

「だったら、私たちの寮に泊まっていけば良いよ!」

 

それに対して、明乃は自分たちが住んでいる学生寮に泊まるようスーに薦めるが、

 

「NO!!ココガイイ!!海ガヨクミエルカラ!!」

 

スーはあくまでもこの場で野宿すると言う。

 

「しかし此処で、一人で泊まると言うのは、流石に‥‥」

 

真白はいくら日本でも未成年の野宿は危ないのではないかと危惧する。

 

「じゃあ、私も此処で寝るよ!」

 

すると、明乃はスーと共に此処で野宿すると言う。

 

「「えええー!!」」

 

明乃の提案に驚くシュテルと真白。

 

「ホント?ウレシイ!!」

 

スーは明乃の提案を聞いて喜んでいる。

 

しかし、流石に二人だけこの場に泊まらせる訳にはいかない。

 

「はぁ~だとすると寝具が心もとないなぁ‥‥」

 

「目覚まし時計やクラスメイトにも電話をしないとね」

 

真白とシュテルも明乃とスーと共にこの場に野宿することにした。

 

「えっ?シロちゃん?シューちゃん?」

 

「明け方は冷え込むし、全員分の寝袋持ってきます。」

 

「あとは上掛けか毛布かな?」

 

「ありがとう!!」

 

真白とシュテルの心遣いに明乃は感謝していた。

 

「それじゃあ、私は全員分の寝具を確保してきますね」

 

「じゃあ、私たちはテントを張ろうか?」

 

「そうだね」

 

真白が全員分の寝具の確保に向かっている中、この場に残ったシュテルたちは宿となるべくテントの準備をする。

 

「よし、こんなもんだろう」

 

「完成!!」

 

明乃もシュテルも意外とアウトドア派なので、テントはすぐに建てられた。

 

しかし、まだ真白は帰ってきていない。

 

「シューちゃん」

 

「ん?」

 

「私はシロちゃんを待っているから、今の内にスーちゃんをお風呂に連れて行ってあげて」

 

「お風呂?」

 

「うん、ウチのクラスの機関科の人たちがお風呂屋さんをやっているから」

 

「分かった」

 

明乃はテントで寝具を持ってくる真白を待つことになり、シュテルはスーを連れて晴風クラスの機関科がやっているというお風呂屋さんに行くことになった。

 

おそらくスーは母国から日本に来る間、お風呂には入っていないだろうから寝る前にはちゃんと洗わないと衛生的に色々とマズい。

 

横須賀女子各クラスの出し物や出店は日没時にほとんどの展示が終了していたが、晴風クラス機関科のお風呂屋は日没後も営業をしていた。

 

やはり、お風呂屋という事で、日中他校の生徒や外来客をもてなしていた横須賀女子の生徒らは仕事が終わった後の入浴を楽しみにしており、晴風クラス機関科のメンバーもそれを見越して日没後もこうして営業を続けていた。

 

シュテルやスーにとっても彼女たちの心配りは有り難い。

 

「へぇ~‥‥結構本格的な作りになっているなぁ~‥‥」

 

シュテルは晴風クラス機関科の出し物であるお風呂屋を見て思わず感嘆の声をもらす。

 

晴風クラス機関科のお風呂屋は災害時における自衛隊の仮設風呂とほぼ同規模のモノだった。

 

(そう言えば、大西洋で潜水艦クラスの人を出迎えた時、ヒンデンブルクの後部甲板で似たような事をやったな‥‥)

 

日本に来る前、大西洋にいる時、同じ学校の潜水艦クラスに補給や会合した時、ヒンデンブルクの後部甲板では防水シートや添え木で簡易的な大風呂を作り、潜水艦クラスの生徒を入れていた。

 

男子校で使用されている伊号潜と比べるとUボートは一回り小型でそんな狭い空間では浴室は元よりシャワー室もない。

 

公海上で雨が降る時、甲板に出て身体を洗う以外の方法しかない。

 

その雨だって自然相手なので自分たちが望んでいる時に雨が降るとは限らない。

 

その為、ヒンデンブルクとの会合時は潜水艦クラスの生徒にとって確実に温かいお湯で身体を洗える機会なのだ。

 

(潜水艦クラスの生徒との会合の時、クリスは人が変わったように指揮を執っていたなぁ~‥‥)

 

潜水艦クラスの生徒との会合の際、潜水艦クラスの生徒は何日もお風呂に入っていないので当然、体臭が酷かった。

 

その臭いが気に入らないのか、クリスは潜水艦クラスの生徒との会合日は普段の人柄と異なり、鬼気とした感じで大風呂の用意を指揮していた。

 

「シュードウシタノ?」

 

「あっ、いや、なんでもないよ」

 

晴風クラス機関科のお風呂屋を見て大西洋での出来事を振り返っていたシュテルにスーが声をかける。

 

スーの声を聞いて現実に戻るシュテルは、スーの手を繋いだままお風呂屋に入った。

 

「オォォー」

 

脱衣所で服を脱ぎ、浴室に来るとスーはその光景に目を輝かせている。

 

「す、スー、身体にタオルを巻かないと」

 

シュテルは慌ててスーに声をかける。

 

その手にはバスタオルがあった。

 

スーは身体にタオルを巻くことなく、全裸のまま浴室に居た。

 

まぁ、浴室に居るのは当然同性なので問題はないのだが、一応女子なのだからそうした羞恥心を持った方が良い。

 

「湯船に入る前に身体と頭を洗わないとね」

 

シュテルはスーの身体にバスタオルを巻いてシャワーの前にあるバスチェアに座らせ備え付けのシャンプーでスーの頭を洗い始める。

 

「目は閉じていてね」

 

「ウン」

 

シュテルがワシャワシャとスーの髪を洗いながら、

 

「痒い所とかない?」

 

と、訊ねる。

 

「大丈夫」

 

スーの髪を洗い、シャワーでシャンプーの泡を洗い落とす。

 

シャンプーの泡が全て洗い落とされると、

 

「‥‥」 プルプル

 

「わっ‥‥」

 

スーは首を勢いよく左右に振り、髪についた水滴を落とし始める。

 

(犬かよっ!?)

 

スーの行為に犬を連想したシュテル。

 

前世最後の夏休み、由比ヶ浜から犬を預かった時、お風呂に入れたのだが、その際由比ヶ浜家の愛犬、サブレは体を思いっきり、振り水滴を自分の毛皮から振り落とした。

 

サブレの体を洗っていた八幡は当然びしょ濡れになった。

 

スーの行動を見て思わずその時の事を思い出すシュテルだった。

 

頭を洗った後はタオルに備え付けのボディーソープを着け、スーの背中を洗う。

 

頭や身体を洗っている中、スーは大人しくバスチェアに座っていた。

 

「じゃあ、私も頭と身体を洗うけど、その間湯船で大人しくしていてね。広いからって泳いじゃダメだよ」

 

「ワカッタ!!」

 

シュテルはスーの頭と身体を先に洗い、次は自分の番なのだが、自分の頭と身体を洗い終えるまでスーをバスチェアに座らせたまま待たせるのも思う所があるので、スーには先に湯船に入ってもらうことにした。

 

ただ、簡易的な風呂とは言え、湯船もそれなりの大きさがある。

 

スーの事だから先に注意をいれておかないと、湯船で泳いでしまいそうだ。

 

それは他の入浴客にも迷惑がかかる。

 

シュテルが先に注意をいれた為かスーは湯船に入り、物珍しそうに見渡している。

 

シュテルは自分の身体には弾痕があるので周囲の入浴客の目線に注意しながらも頭と身体を洗わなければならなかった。

 

やがて、頭と身体を洗ったシュテルが湯船に入ってくる。

 

勿論弾痕を隠す為、身体にはバスタオルを巻いている。

 

(入浴のマナーには反するかもしれないけど、流石に周囲の入浴客に弾痕を見せる訳にはいかないし、他の人も巻いている人もいるし大丈夫だよね?)

 

スーは湯船の中ではバスタオルを巻かず、全裸のままで入っているが、シュテルの他に何人かの入浴客は身体にバスタオルを巻いている。

 

「ふぅ~」

 

休憩時間があったとは言え、半日は立ったままであり、身体は疲れ切っていた。

 

そんな中で全身を包み込む温かい湯は疲れていた身体を癒してくれる。

 

思わずふやけた声が出てしまう。

 

「‥‥」

 

「ん?」

 

そんな中、辺りを見渡していたスーがシュテルの近くまで来ると、シュテルの胸を凝視していた。

 

「どうしたの?スー」

 

シュテルはスーが自分の胸を凝視している事は気づかず、スーの行動が理解できずに首を傾げている。

 

「‥‥シューノオッパイ、ミケヤシロヨリモオッキクテ真っ白デ綺麗~」

 

「えっ?おっぱい!?」

 

何故、スーがシュテルの事を凝視しているのかを知ったシュテルは思わず声が裏返る。

 

そんなシュテルにお構いなしにスーはシュテルの胸に手を置く。

 

「ちょっ、スー!?」

 

当然、シュテルはスーの行動に驚く。

 

バスタオルの上からスーに胸を揉まれるシュテル。

 

「いやっ、ちょっ、やめ‥‥スー‥‥」

 

周囲の入浴客に知られないように声を抑えるが、スーはシュテルの胸を揉む。

 

シュテルにとっては拷問に近い時間であったが、我慢した。

 

「‥‥お風呂に入ったはずなのになんか物凄く疲れた」

 

脱衣所で着替えていると、

 

「あれ?艦長?」

 

「ん?あっ、ジーク」

 

そこへ、お風呂に入りに来たジークと出会う。

 

「ジークは今からお風呂?」

 

「はい。艦長はもうお風呂を済ましたんですか?」

 

「うん、ついさっきね‥‥あっ、そうだ。ジーク」

 

「ん?」

 

「みんなに伝言を頼めるかな?」

 

「なんでしょう?」

 

「私、今日はこの子と晴風の艦長と副長の三人で泊まるから」

 

「えっ?」

 

シュテルの外泊宣言にジークは着替えていた手が止まる。

 

「それじゃあ、よろしくね」

 

シュテルはそんなジークを尻目にスーの手を繋いでお風呂屋を後にした。

 

 

テントが張ってある公園に戻ると既に真白も寝具を持って戻っていた。

 

真白は寝具の他に歯ブラシと歯磨き粉も用意していたので、公園の水道場で歯磨きをした後、テントの中に用意された寝袋の中に入る。

並びはシュテル 真白 スー 明乃となっている。

 

「お父さんやお母さんと一緒に来れば良かったのに‥‥」

 

寝袋に入り、横になっていると明乃がスーに遊戯祭に来るなら両親と一緒に来ればよかったのにと言うが、

 

「ママ病気、ズット病院二居ル‥‥パパ、コノ国ノ何処二居ルノカ分ラナイ」

 

「「「えっ?」」」

 

スーの返答に驚く三人。

 

「お父さんに招待されたんじゃないの?」

 

シュテルはスーの父親が遊戯祭の事を教えて旅費を渡したのだと思った。

 

「パパト連絡ツカナイ‥‥スーハ、パパノ事捜シテイル」

 

スーが日本に来た目的の一つが行方不明の父親を捜す事だった。

 

「そうだったのか‥‥」

 

それを聞いた真白は、納得し、

 

「私にできる事が有ったら言って、何でも手伝うよ!」

 

明乃は、自分にできる事が有るなら手伝うとスーに言う。

 

(スーの父親が旅費を渡した訳じゃなく、母親は母国の病院に入院中‥‥スーの話を聞く限り、決して彼女の家は裕福とは言えないみたいだ‥‥それじゃあ、一体誰が彼女に旅費を渡したんだ?それにパスポートの発行にだってお金はかかるし‥‥)

 

一方、シュテルはスーが日本へ来るための旅費やパスポートの発行料金を誰が出したのか気になった。

 

「ありがとう!」

 

スーは明乃の行為に感謝する。

 

「じゃあ、スーは、ずっと一人で暮らしているのか?」

 

両親の事を聞いて、真白はスーがずっと一人で暮らしているのかと思ったが、

 

「NO 兄弟、沢山居ル。皆仲ヨシ!」

 

スー本人が言うには、故郷には兄弟が沢山居るらしい。

 

「そうか‥‥」

 

スーが一人じゃない事に真白は、一安心する。

 

ちょっと湿っぽい空気となったが、その後話題を変えていく内にテント内に熱がこもり始める。

 

「ちょっと暑くなってきたね‥‥」

 

「スー、もうちょっと下がれない?」

 

「ン?ナニガ?」

 

「小っちゃいんだから」

 

「ハァ?モウ、ギリギリダヨ」

 

「何が?」

 

「シロ、モットムコウデショウ?」

 

「いや、これどう見ても半分でしょう?」

 

「真ン中ジャナイデショウ」

 

「艦長、艦長、もうちょっと向こうに行けませんか?」

 

「こっちももう限界だよ」

 

「コレ、寝返リガウテナイ」

 

「寝返り何て打ったら大変だよ。寝返り打つときは艦長から順番ですよ」

 

「私とシューちゃんは端でさぁ~‥‥それよりもう早く寝よう」

 

「チョット、ウゴカナイデ」

 

「手も降ろせないの?ここ‥‥腕組んで寝るのか?」

 

「シロ、ワタシモ腕組ンデネテイル」

 

「あれ?シューちゃん?さっきから黙っているけど、どうしたの?起きている?」

 

「‥‥」

 

「‥‥シュー、シンデルノ?」

 

「いや、寝ているだけだから」

 

明乃と真白、スーはどこぞのバラエティー番組のトークの内容みたいな感じになる中、シュテルは沈黙を貫いていた。

 

真白が確認すると、シュテルは既に寝ている。

 

やがて、スーも眠気が襲って来たみたいで寝てしまう。

 

「寝入っちゃったね、スーちゃん」

 

「ええ‥‥」

 

スーが寝入っちゃった後、明乃と真白は特に話すこともなく両者の間に沈黙した時間が流れる。

 

そんな中、真白はこうして並んで寝ていると幼少期に体験したある出来事を思い出す。

 

それは、真白が小学生低学年の頃の事‥‥

 

「今日は三人で寝るもん!」

 

ある夜、真白が突然、二人の姉と一緒に寝ると言い出した。

 

そこで、真冬と真霜は真白の部屋に布団を敷いて三人、川の字で寝ることにした。

 

「ハハ、困った奴だな、シロは‥‥」

 

我儘を言う真白に真冬は、笑っていたが、

 

「貴方がホラー映画なんて見せるからでしょう」

 

真霜が呆れたように言う。

 

真白が姉二人と一緒に寝ようと言い出したのは真冬が真白にホラー映画を見せたのが原因みたいだ。

 

「見せてねぇよ。シロがいきなり部屋に入ってくるから」

 

しかし、真冬が言うには真白に故意にホラー映画を見せた訳ではなく、真冬が自室でホラー映画を見ていると、そこに真白が来てしまったらしい。

 

「うぅ~ついてないよぉ~」

 

自分がつくづく不幸体質な事を嘆く真白。

 

「おいおい、あんなもんにビビってたらブルーマーメイドには、ましてや艦長には、なれねぇぞ」

 

そんな真白に真冬がホラー映画如きにビビってたらブルーマーメイド…艦長には、なれないと忠告にするが、

 

「なるもん!」 

 

真白は反論するかのように艦長になると言い張る。

 

「フフ‥‥真白は頑張り屋さんだから、きっと良い艦長になれるわ!」

 

真霜は、真白を褒める。

 

「やったあ!」

 

真霜に褒められて真白は嬉しく思った。

 

「ふぅ~」

 

昔の事をつい思い出してしまい、真白は貯め息を吐く。

 

あの時、自分は艦長になると言ったが、今は艦長ではなく晴風の副長と言う地位にいる。

 

しかし、意外な形で自分に艦長になれるかもしれない話が舞い込んだ。

 

確かに艦長にもブルーマーメイドにもなりたい。

 

だがその反面、真白は今の晴風の環境からも離れたくはないと言う思いもある。

 

古庄教官からはなるべく早くに結論を出して欲しいと言われている。

 

最低でもこの遊戯祭が終わるまでにはその結論を出さなければならない。

 

真白が決めかねていると、

 

「ン‥‥ン‥‥」

 

「ん?」

 

寝ているスーが真白の腕を握り、

 

「‥‥ママ」

 

スーは『ママ』と一言言う。

 

「ふぇっ!?」

 

スーの寝言を聞いた真白は思わず驚愕する。

 

「フフ、夢を見ているのかも?」

 

「そ、そうなのか?」

 

「きっとママの事を思い出しているんだよ。シロちゃん、頼りになるから」

 

明乃は、スーが真白の腕を握りながら、故郷の母親の事を思い出していると思う。

 

更に真白は頼りになる人物だと評する。

 

「私は、そんな‥‥」

 

それに対して真白は、否定するが

 

「シロちゃん、本当に頼りになるから、でも‥‥」

 

明乃は本当に真白が頼りになると確信していた。

 

「あっ‥‥」

 

「私たちシロちゃんが居なくても、しっかりやらなきゃね!」

 

「あっ‥‥」

 

明乃は真白の能力と人格ならば十分に艦長が務まると判断し、きっと比叡の艦長になると思っていた。

 

「ホントはね、私‥‥」

 

明乃が、真白に何を言ったのかは分からない。

 

「え?」

 

「おやすみ‥‥」

 

明乃が何かを呟き、真白は硬直する。

 

その後、明乃はそそくさと真白から顔を背け眠りにつき、二人は何も言えずに眠りについた。

 

真白にとってはモヤモヤとした思いを抱いたまま、遊戯祭の一日目は終わった‥‥

 



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127話

 

 

遊戯祭二日目‥‥

 

この日は、昨日の文化祭のような歓迎祭とは異なり、各校のクラスに分かれてそれぞれお互いに点数を競い合う体育祭‥‥競闘遊戯会となる。

 

「うーん‥‥今、何時だ?」

 

シュテルはモゾモゾと寝袋から手を出し、枕元に置いてあるスマホへと手を伸ばし時間を確認する。

 

「ん?六時か‥‥」

 

スマホのディスプレイに表示されている時間を眠そうな目で見るシュテル。

 

昨夜はこうしてスーと明乃、真白と共にテントで外泊をしたので、ちょっと早めに起きてクラスメイトと合流しなければならない。

 

「朝食の準備と食べる時間、洗面の時間を考えるとちょうどいいかな」

 

シュテルは準備する時間を考え、

 

「ミケちゃん、宗谷さん、起きて、朝だよ」

 

まだ寝袋の中で眠っている明乃と真白を起こす。

 

「ん~?あ~さ~?」

 

「ん‥‥」

 

まだ寝ぼけ眼ながらも明乃と真白はモゾモゾと動きながら寝袋から出てくる。

 

「おはよう二人とも」

 

「おはよう~‥‥」

 

「‥‥」

 

明乃は寝ぼけ眼ながらもシュテルに挨拶するが真白の方はまだ虚ろな様子だ。

 

入学後の航海で伊201号潜の追撃の際、就寝中に起こされた真白は寝ぼけたままで艦橋に自身が抱き枕代わりにしていた鮫のぬいぐるみであるブルースを持ったまま艦橋に上がってきたことからあまり寝起きは良くない様だ。

 

スーの寝袋の中では、スーはまだスヤスヤと寝息を立てている。

 

昨日、遠方の海外から日本に来たばかりなので疲れているだろうから起こすのは忍び難い。

 

「スーは疲れているだろうから、まだ寝かせておこう」

 

「そうだね~」

 

「‥‥」

 

「宗谷さんはまだ眠そうだけど、今日はこの後、競闘遊戯会だからクラスメイトの所に行かないとね」

 

「そうだね。シロちゃん、起きて」

 

「うーん‥‥」

 

明乃が声をかけるも真白はまだ眠そうだ。

 

「とりあえず、顔を洗いに行こう」

 

三人はテントから出て近くの公園の水道で顔を洗う。

 

顔を水で洗った事で真白も目が覚めたみたいだ。

 

その後三人は朝食におにぎりを作り食べると、スーの分のおにぎりとお茶を置いて学校へと戻った。

 

「う‥‥う‥‥う‥‥グッドモーニン‥‥」

 

やがて、スーも起きてテント内を見渡すと、

 

「う?」

 

テントの中にはシュテル、明乃、真白の姿は無く、代わりにスーの朝食の為に作られたおにぎりとお茶が置かれていた。

 

「サンキュー シュー、シロ、ミケ!」

 

スーは三人の行為に感謝した。

 

「はむっ!‥‥モグモグ‥‥」

 

そして、おにぎりを食べながらスマホを取り出す。

 

画面には港内の地図が表示され、一点が赤く光っている。

 

「OK 行こう!!はーむっ!」

 

スーは赤い点が表示された場所へと向かった。

 

 

一方その頃‥‥

 

「それで、シュテルンは何で昨日、戻らなかったのかな?」

 

「一体誰と居たのかな?」

 

「えっ?えっ?」

 

クラスメイトの下に戻ったシュテルはクリスとユーリに詰め寄られていた。

 

「えっ?ジークに伝えたように、晴風の艦長と副長‥‥それと、外国から来た子と一緒にテントで‥‥」

 

確かに昨日、自分は晴風の機関科のクラスメイトが開いていた銭湯で機関長のジークに伝えた筈だった。

 

しかし、二人には伝わらなかったのだろうか?

 

「本当に?」

 

「ん?」

 

「本当に晴風の艦長と副長も一緒に居たの?」

 

「えっ?どういうこと?」

 

「昨日、ジークから確かにシュテルンが外泊することは聞いたし、銭湯で緑髪の女の子と居たのも確認されたけど‥‥」

 

「晴風の艦長と副長の姿は確認されなかったから」

 

「もしかして疑っているの?」

 

「「‥‥」」

 

クリスとユーリは気まずそうに視線を逸らす。

 

「まぁ、まぁ、艦長、疑っていた訳やないけど、二人は心配しとったんよ‥‥もしかしてあの緑髪の子以外に男も居たんとちゃうかなと思って」

 

そこにジークが二人を弁護するかのように声をかける。

 

「えっ?居ないよ。昨日は女四人、テントで川の字?になって寝ていただけ。それ以外のことは何もないよ」

 

ジークからの話を聞いて二人の心配は取り越し苦労だとハハハハ‥‥と笑いながらシュテルは言った。

 

やがて、競闘遊戯会の開催時間となり横須賀、呉、舞鶴、佐世保、留学生組に分かれ、数多くの生徒が会場に集まっている。

 

「それでは、只今より、競闘遊戯会を開始します!」

 

『いけーっ!頑張れ!』

 

観覧席から四校+留学生組の生徒たちがそれぞれのクラスを応援する。

 

「第一種目、障害物航走」

 

最初の競技は内火艇を使用しての障害物競走で、それぞれの学校のパーソナルカラーが施された内火艇が並ぶ。

 

それはまるで競艇レースを大型化したかのような競技だ。

 

「用意!」

 

内火艇の操舵室ではクラスのメンバーがいつでも発進できるように配置につく。

 

なお、この競技には晴風クラスも参加しており、内火艇には明乃、真白、鈴、内田、山下、勝田のメンバーが乗艇していた。

 

やがて、審判役の教官が旗を振りレースがスタートする。

 

スタートと同時に各校の内火艇は一斉にスタートダッシュをきめ、まずは最初の障害である廃棄フロートを目指す。

 

「おっ、始まった」

 

「さて、他校の実力‥‥そして、ミケちゃんたちの実力を見せてもらおうか?」

 

観客席でシュテルたちもレースの展開を楽しみにしながら見つめる。

 

「此処からコースが狭くなるよ!」

 

「前方、側方に注意!」

 

『ヨーソロ―!』

 

スクリーンには廃棄フロートに入っていく内火艇群。

 

門があり当然入口の幅も制限があり、追い越すにしても易々と追い越せない状況となる。

 

「何か凄いとこに入ってくね!」

 

「廃棄予定の小型フロートを通過するコースなんだって!」

 

スクリーンを見ながら日置と等松がこのレースのコースについて話していた。

 

門を通過するとすぐに海底に仕掛けられた模擬機雷が内火艇の接近を探知し浮上し、内火艇の行く手を遮る。

 

「面舵いっぱーい!」

 

機雷の爆発を確認した明乃が鈴に指示を出す。

 

「面舵いっぱ~い!」

 

晴風クラスの内火艇は右に舵を切りながら機雷源を回避する。

 

「へぇ~流石、知床さん‥‥見事な操艦だ‥‥それにミケちゃんの指示も的確だ」

 

他のクラスの内火艇が機雷の爆発や接触を受けてペナルティーをくらっている中、晴風クラスの内火艇は次々と機雷を回避していき順位を上げる。

 

一気に三位まで順位を上げた晴風クラスの内火艇の動きを見て、明乃の指示と鈴の操艦技術を褒めるシュテル。

 

無事に機雷源を回避した晴風クラスだったが、更なる障害が待ち受けていた。

 

「右120度から魚雷!」

 

「左10度、魚雷!此方に向かう!」

 

機雷の次は模擬魚雷が内火艇を襲う。

 

(もし、この世界に飛行機があったら、急降下爆撃や雷撃も障害物として使用されていたのかな?)

 

シュテルはそんなことを考えながらスクリーンを見つめる。

 

「取り舵一杯!」

 

鈴は、魚雷を回避するために急いで左に旋回するが、

 

「後ろ!真艦尾からも二本ぞな!」

 

「左80度からも来ているよ!」

 

最初の魚雷を躱した直後に間髪入れずに後ろと左から同時に魚雷が向かって来た。

 

(全方位からの魚雷攻撃‥‥えぐっ!?これがもし本物の魚雷だったらと思うとゾッとするね)

 

「逃げるのは任せて!!」

 

コーン‥‥コーン‥‥

 

「はっ!皆、衝撃に備えて!!」

 

明乃が計器の警報音を聴き、真白たちに注意喚起をすると、真白たちは頭を低くしてショック態勢を取る。

 

鈴の巧みな逃げ足根性の操艦により全包囲からの魚雷を回避することに成功したが、大きく旋回したせいでコースから外れてしまい態勢を整えるのに時間をロスしてしまう。

 

その隙に機雷源を突破した他の学校の内火艇が横を通り抜けて行く。

 

他の内火艇も鈴に負けず劣らずの巧みな操艦で魚雷を躱していくが、呉の尾張クラスの内火艇は向かってくる魚雷にあえてぶつかり、魚雷の進路を強制的に変えながら進んで行く。

 

「えぇ~!!今の当たっているじゃん!!ズルい!!」

 

観客席で尾張クラスの内火艇の動きを見た駿河はずるいと叫ぶ。

 

「魚雷一発に付き、ゴールタイムに三秒の加算ペナルティーだよね?」

 

武田も魚雷が当たっているのに何故かペナルティーが加算しないのに驚いていた。

 

「命中する時の角度が浅いと本物の魚雷でも威力が落ちるんだよね?」

 

「爆発しない事も有るよ」

 

駿河と武田が抱いた疑問を水雷科である松永と姫路が解説をする。

 

「そうなんだ」

 

二人の説明を聞いて納得る駿河。

 

「流石上級生、最小限のロスで魚雷に対処しているって事ね」

 

上級クラスの動きを見て等松も感心する。

 

尾張クラスは今年遊戯祭参加の晴風クラスと異なり、ルールの盲点をついての行動である。

 

しかし、これは使用している魚雷が模擬魚雷だからこそ出来る訳であり、本物の魚雷の場合、いくら操艦技術に自信があっても実行するのは躊躇ってしまう。

 

「でも、うちのクラスもまだドキュンと挽回できる位置だよ!」

 

「ペナルティゼロだし、上位狙えるよね!?」

 

ロスをしてしまった晴風クラスも負けてはいない。

 

コースから出て態勢を立て直すために時間を多少ロスしてしまったが、日置の言う通り、晴風クラスはまだ魚雷や機雷攻撃を受けておらず、ペナルティーロスはまだくらっていないので、十分に挽回するチャンスはあった。

 

「一発も当たらねぇってのは凄いけど抜かれまくっているぞ!」

 

「回避に専念し過ぎて、本来の目的を見失っていますね」

 

コースに戻ったが、魚雷を回避するあまり順位を落とし始めた。

 

「これがレースではなく、実戦だったら晴風クラスは生き残っているだろうけど、残念ながら今回はルールがある競技だ‥‥あの時の航海の経験がマイナスに働いてしまったな‥‥」

 

Rat事件の際は本物の魚雷やら砲弾が飛び交う戦争のような環境下であったが、今回は爆発も沈没する危険もない模擬弾使用の競技‥‥

 

しかし、晴風クラスの中では向かってくる魚雷は回避しなければ危ないと言う刷り込みがされており、魚雷を回避するあまり、順位を落としてしまった。

 

「後ろから比叡クラスが追い上げて来ているよ!」

 

晴風クラスの内火艇の後ろからは同じ横須賀女子の比叡クラスの内火艇が追い上げ、横に並ぶ。

 

「比叡‥‥」

 

真白は自分がこの後、艦長を務めるかもしれないクラスの内火艇を呆然とした顔で見つめる。

 

「できるだけ抜かれない様に!」

 

「分かりました!」

 

明乃は、抜かれない様に出来るだけ比叡クラスと距離を開けようとするが、真白が比叡クラスの内火艇に注意が向いてしまったため、左舷の見張りが疎かになってしまい、接近してくる二本の魚雷に気づかなかった。

 

「っ!?回避!!」

 

明乃が魚雷に気づくも一足遅く、

 

ドゴーン!!ドゴーン!!

 

『うわぁー!?』

 

魚雷は内火艇に命中してしまう。

 

「えぇ~!?何処から?」

 

いきなり出現した魚雷に内田は一体何処から来たのか分からなかった。

 

「うっ‥すみません!!」

 

真白は自分の監視範囲から来た魚雷に気づかず、タイムロスをしてしまったのは自分のミスだと明乃たちに謝る。

 

「見えづらい所から来ていたんだね」

 

「死角って奴ぞな。仕方がないぞな」

 

しかし、他のクラスメイトは真白を攻める事はせず、死角から迫って来たのだから仕方ないと真白を励ます。

 

「‥‥」

 

例え死角から来たとしても、あの魚雷は自分が任された監視範囲から来た魚雷‥‥

 

自分が比叡クラスの内火艇に注意が向いていなければ、もう少し早く‥‥内火艇に魚雷が命中する前に気づいた筈だ。

 

真白は悔しさか?それとも、注意散漫になってしまった自分への自己嫌悪からか?

 

唇をギュッと噛んだ。

 

 

「競技終了!!一位、呉女子海洋学校、尾張クラス!!」

 

レースはあのまま呉の尾張クラスが首位をキープしてゴールした。

 

首位以下の上位結果は、二位が舞鶴の榛名、三位が佐世保の霧島、四位が横須賀の比叡と言う結果となった。

 

序盤は上位に食い込み、もしかしたらそのまま上位を狙えるかと思った晴風クラスであったが、やはり二本の魚雷を食らってのロスは痛かった。

 

晴風のクラスメイトたちが、ガッカリとする中、

 

「皆!お疲れ様!飲み物用意してあるから飲んで」

 

伊良子と杵崎姉妹が明乃たちを労う。

 

「ううううっ、御免なさい!!」

 

鈴は自分が回避に専念した結果、負けてしまったのだと思い泣きながら謝罪する。

 

「皆で頑張ったんだけど‥‥」

 

序盤での上位結果から一気に順位を落としてしまった結果に明乃は申し訳なさそうだった。

 

「気にしないで、まだ最初の競技が終わったばかりだし!」

 

「きっと盛り返していけるよ!」

 

杵崎姉妹は先程の競技は最初の競技であり、最後の競技ではない。

 

まだまだ逆転するチャンスはあると明乃たちを励ます。

 

「うん、そうだね」

 

明乃は杵崎姉妹の言葉を聞いて、さっきの結果よりもこれからの結果だと切り替える。

 

最初の競技が終わり、参加していた生徒たちが戻って行く中、真白は心ここにあらずと言った様子でその場に立ちすくんでいた。

 

そんな中、

 

「あっ!?」

 

真白はある生徒とぶつかってしまう。

 

「失礼‥‥」

 

「あっ‥‥」

 

真白はぶつかってしまった生徒に謝る。

 

ぶつかってしまった生徒が振り返る。

 

「知名艦長‥‥」

 

真白がぶつかってしまった生徒はもえかだった。

 

鈴が杵崎姉妹から渡されたドリンクを飲んでいる中、真白はもえかにある事を訊ねる。

 

「あの‥‥」

 

「何?」

 

「つかぬ事をお聞きしますが、貴女にとって艦長とは何ですか?」

 

明乃以外の艦長に、艦長としての心構え、実情を訊ねる真白。

 

正直真白はまだこの時点では比叡クラスへ移籍するか、晴風クラスに残留するかを悩んでいた。

 

しかし、もし比叡クラスへ移籍するにしても明乃以外に艦長職を務めているもえかの意見は貴重だと思い声をかけて、質問したのだ。

 

「‥‥私は、艦の皆のお姉さんになれたらなって思っている」

 

もえかは自身の艦長としての役割と目標を真白に教える。

 

「そう言えば、ミケちゃんは、艦のお父さんになりたいって言っていたな‥‥」

 

そして、明乃が目指す艦長像も真白に教える。

 

「‥‥」

 

真白は何とも言えない表情でそれを聞いていた。

 

 

それから順調にプログラムは消化されていき‥‥

 

 

「間もなく競技を開始します!選手は各配置へ移動して下さい!」

 

 

水上に設置されたウレタンマットの足場で出来ているフロートの上に各校指定の水着姿となった生徒たちが頭に水風船を付けて、手にはソフトソードを持ち、それぞれ配置に着く。

 

「うぉぉぉーテアのビキニ姿!!」

 

シュテルはテアのビキニ水着の姿に興奮している。

 

「シュテルン、なんか発言がスケベオヤジみたいだよ」

 

そんなシュテルの姿にドン引きしているユーリ。

 

(むぅ~あんなペチャパイちびっ子の水着姿のどこがいいのさ)

 

(あんなペチャパイよりも私の方が胸はあるのに‥‥)

 

それと同時にユーリは心の中でテアにヤキモチを焼いていた。

 

なお、競技に参加する生徒は各校の指定の水着であるが、シュテルの場合、身体に銃痕があることを考慮されてウェットスーツの着用が特別に許可されていた。

 

「えぇぇ~だって可愛いじゃん。テアってさぁ~同級生なんだけど、身長が小さいからなんか庇護欲がくすぐられるっていうか‥‥一生檻に閉じ込めて飼いならしたいっていうか‥‥」

 

シュテルの目が笑っていないのに顔が笑っている。

 

「ちょっ、シュテルン、何気にさらっと危ない発言しているのに気づいている?」

 

シュテルのヤンデレみたいな発言を聞いてますますドン引きするユーリ。

 

(真夏の太陽の暑さでイカれちゃった?)

 

それと同時に何やら失礼な事も考えていた。

 

 

この競技にはテアたちシュペークラスの他に晴風クラスから野間、万里小路、等松、納沙、柳原、黒木、広田、駿河のメンバーも参戦している。

 

「うちのクラス、此処まで良い所ないし、この競技は頑張らないとね!」

 

「はい!」

 

「おうよ!」

 

ここで自分たちが所属するクラスのポイントを稼ごうと気合十分な晴風クラス。

 

「相手の上級生には呉の宮里さんに舞鶴の阿部さん&河野さんペア、佐世保は千葉さん‥‥それぞれの学校を代表する実力者揃いだけど、白兵戦の腕はどうかな?」

 

「うーん‥‥海の技術がそのまま白兵戦でも生かされるとは限らないけどね」

 

他校の参加生徒はそれぞれの学校の顔とも言うべき尾張級の艦長たちが参戦している。

 

成績上位者たちなのだから、もしかしたら白兵戦もそれなりの腕なのかもしれない。

 

「あぁ~どうせなら私たちがあの競技に参加すればよかったんじゃない?年がら年中艦内でサバゲー(白兵戦)しているし」

 

「クジで競技を決めたのは失敗だったね」

 

シュテルは今回の競技に参加できない事を悔しがる。

 

シュペークラスとは事前にクジで互いにどの競技に参加するかを決めており、今回の競技はシュペークラスが引いていたのだ。

 

なお、テアの他に参加しているシュペークラスのメンバーはミーナ、ロミルダ、アウレリア、リーゼロッテたちだった。

 

各校の生徒たちは、それぞれ配置に付き、

 

「それでは第五種目、水上無差別合戦‥‥用意!‥‥始め!」

 

古庄教官が競技開始の合図をすると、生徒たちは駆け出していく。

 

そのターゲットはまず新入生の晴風クラスと他のチームよりも参加人数が少ないシュペークラスだ。

 

晴風クラスは万里小路が先発しその後ろを野間がかけていく。

 

「フンッ!」

 

そして、野間が万里小路にソフトソードを投げる。

 

上手い具合にそのソフトソードを受け取り、二刀流となる万里小路はまず自分を囲んだ呉の生徒を三人倒す。

 

「ヒュ~」

 

万里小路の剣捌きを見て宮里は思わず口笛を鳴らす。

 

一方シュペークラスには佐世保の生徒らが襲い掛かる。

 

テアとミーナは背中合わせで迎え撃ち、ミーナはあっさりと佐世保の生徒を返り討ちにする。

 

「舐めるな!!」

 

テアもまずは自分に斬りかかってきた佐世保の生徒の風船を割り、続いて舞鶴の生徒へと斬りかかり二人の舞鶴の生徒を倒す。

 

「さすが我が艦長!!」

 

ミーナはテアの戦いぶりを褒める。

 

「おぉーテアもなかなかやるじゃん」

 

「そうだね‥‥」

 

ミーナの他に観客席からテアの動きを見ていたシュテルも彼女を褒める。

 

しかし、ユーリはなんだかおもしろくはない様子。

 

「今度、シュペークラスとウチのクラスの集団白兵戦でもやる?」

 

「おぉーいいね!!ソレ!!ぜひやろう!!」

 

(あのちびっ子艦長の脳天を一発でぶち抜いてやる!!)

 

シュテルの提案に乗るユーリであったが、心の中では何やら良からぬことを考えていた。

 

 

「風船が割れた選手は速やかに競技フィールドから出る様に」

 

競技の最中であるが、古庄教官が今回の競技のルールを伝える。

 

フロートの上で各校の生徒たちのバトルロワイアルが繰り広げられている中、

 

「あっ‥‥」

 

阿部のソフトソードの鍔がリーゼロッテのビキニ水着の上の部分をめくってしまい、

 

「っ!?」

 

恥ずかしさからか、リーゼロッテは両手で胸を押さえながら自ら海へと飛び込む。

 

「風船が無事でも落水は失格とします」

 

このルールにより、リーゼロッテは失格となる。

 

「じゃあ、これもありなのね!」

 

古庄教官のルール説明を聞いた黒木は駿河と鍔競り合いをしていた呉の生徒を得意の相撲の投げ技で海へと落とす。

 

一方、万里小路と野間は佐世保と舞鶴の生徒らに隅に追いやられ囲まれた不利な状況となっていた。

 

最初の呉の生徒を倒した実力から万里小路と野間が危険だと判断し、一時的にタッグを組んできたのだ。

 

「全周目標‥‥ですね‥‥」

 

「たぁ!!」

 

「やぁ!!」

 

舞鶴と佐世保の生徒らが二人に斬りかかってくる。

 

万里小路は静かに瞼を一度閉じ、カッと目を見開くと、

 

「うぁっ!!」

 

野間が万里小路を空へと投げる。

 

空に投げられた万里小路は竜巻サイクロンで襲い掛かってきた舞鶴、佐世保の生徒らを全滅させる。

 

「あれは幻の合体技、竜巻サイクロン!」

 

観客席から萬里小路と野間の合体技を見た内田が興奮した様子に技名を叫ぶ。

 

「は?」

 

しかし、真白は内田が何を言っているのか分からず首を傾げる。

 

「高速回転の遠心力で破壊力は通常の四倍!!風による追加ダメージで更に四倍!!合わせて十六倍!!接近する相手の動きも鈍らせる!!まさに攻防一体の必殺技!!」

 

山下が内田に続き、二人の合体技の解説をする。

 

「恐ろしいぞな!」

 

その威力を想像して勝田が息を呑む。

 

「うわあっ!ヤバいわ、これ!」

 

野間と万里小路が善戦している中、他の晴風クラスは戦況は不利になっていた。

 

「バトルロイヤルですからね!生き残る事が重要‥‥」

 

「うわっ!てことは‥‥逃げるが勝ちだい!」

 

この競技の勝敗は相手チームを全滅させるか、競技終了時間まで生き残ったメンバーの人数が多いチームが勝ち。

 

柳原たちは競技終了時間まで逃げで人数の確保する戦術にでた。

 

「逃げるって何所に?」

 

とは言え、駿河の言う通り、ここはスペースが限られたフロートの上‥‥

 

安全な逃げ場なんてなかった。

 

柳原たちが他の学校の生徒から逃げている中、納沙は‥‥

 

「そっちとは、やり合いとうなかったわ!」

 

「そがな極楽‥この世界にはありゃあせんで‥‥取るか、取られるかよ!」

 

ミーナと対峙していた。

 

このシチュエーションはまさに二人が大好きな任侠映画のワンシーンかの様だ。

 

「ふっ」

 

「ふん!はあっ!」

 

ミーナが突きと斬撃で納沙に襲い掛かる。

 

「うわあっ!きゃあ!!ひぃっ、本気ですね!?これは!?」

 

何の躊躇いもなく斬りかかってきたミーナに納沙は逃亡する。

 

「マッチ!助けて!!」

 

逃げ回っていた柳原たち、そして納沙は野間、万里小路、黒木の三人と合流する。

 

「はぁ~これで一安心だな!」

 

柳原は黒木の背後に回り、一息つく。

 

「この三人がいれば鉄壁の守りですよ!」

 

野間、万里小路、黒木の三人がいれば百人力、鬼に金棒、絶対に負けることはないと思っていた柳原と納沙であったが、

 

「ちょっと貴女たち、此処は‥‥」

 

黒木がその先を柳原たちに言おうとした時、足場がゆっくりと傾いていく。

 

「おっわわわわわ‥‥」

 

まずは黒木の背後にいた柳原がバランスを崩す。

 

「ウレタンマットの端‥‥」

 

そう‥野間、万里小路、黒木は相手を誘い出すため、敢えてフィールドの隅の方に陣取っていた。

 

背後が海であるならば、後ろからの攻撃は防げるがまさに背水の陣であり、足場は柔らかく不安定‥‥

 

そんな場所に女子とは言え、大人数で乗っていたら足場が傾くのは必定‥‥

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁー!!』

 

野間、万里小路、黒木らの奮戦空しく晴風クラスは一気に全滅してしまった。

 

(コントのオチかよ‥‥)

 

シュテルがそう思えるように晴風クラスの全滅の様子は、まさにコントの様であった。

 

「駄目だ‥‥」

 

「あははは‥‥」

 

自分のクラスの無残な敗北を見て、真白は呆れ、明乃は乾いた笑みをこぼした。

 

「ミケ、シロ、今は夜より仲よしか?」

 

その時、二人は背後から声をかけられた。

 

「「えっ?」」

 

二人が振り向くとそこにはスーが笑みを浮かべて立っていた。

 



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128話

 

 

遊戯祭二日目の競闘遊戯会‥‥

 

各校の生徒たちは奮戦し、ポイントを競い合っていたが午前の部が終了し、昼休憩となり生徒たちは暫しの休息となる。

 

「ぬ~う~」

 

「ニャ~」

 

五十六、多聞丸の二匹の猫たちも伊良子と杵崎姉妹ら晴風クラスの炊事委員が作った心尽くしの弁当が乗っているビニールシートの上で日光浴をしながら、その弁当を食べている晴風クラスのメンバーを見ている。

 

「美味しい‥‥」

 

弁当箱からおかずの一つであるハンバーグを食べる美波。

 

「美波さん!ハンバーグまだ沢山有るよ!」

 

「肉じゃがも作ってきたから」

 

「どんどん食べてね!」

 

クラスメイトに昼ご飯の弁当を配る伊良子、杵崎姉妹、駿河、若狭の五人。

 

「楽しい‥‥これこそ和気あいあい」

 

「美波さん、飛び級でずっと忙しかったから、こんな風にご飯食べるのは初めてなのよね!」

 

「ああ、代えがたい喜びを感じる」

 

最初の航海が終わってからはほぼ毎日研究室にて缶詰状態で、こうして外でクラスメイトたちと和気藹々で昼食を摂るのはあの航海以来久しぶりだった。

 

しかも太陽の下の外で食べるなんて美波としては新鮮な経験であった。

 

飛び級した故に小学校で行われる運動会、遠足、修学旅行、職業体験などのイベントは美波とは無縁だった。

 

今回は、航海自体はないが、クラスメイト全員参加の遊戯祭だったので、美波も競技があるとはいえ、クラスメイトと過ごすこの時間を思いっきり満喫している様子だった。

 

「ねぇ、艦長‥‥この子、誰?」

 

若狭が気になった事を口にする。

 

明乃と真白が座っているシートにはスーの姿があり、彼女は晴風クラスの中に自然と溶け込んでいるかのように平然とシートに座っているが、やはり容姿と髪の毛の色から流石にバレる。

 

「あっ、スーちゃん?私とシロちゃん、シューちゃんの友達だよ!」

 

明乃はクラスメイトにスーを紹介する。

 

「OKー!じゃあ、一緒に食べよう」

 

駿河がスーに一緒に食べようと誘う。

 

「オオー、タベテイイノカ?はむっ‥‥はむっ‥‥はむっ‥‥」

 

スーはおにぎりを頬張るとあっという間に平らげてしまう。

 

その後も弁当をパクパクと食べる。

 

「凄い食欲ぞな!?」

 

勝田がスーの食欲に驚く。

 

「名前、スーちゃんって言うの?」

 

「ウン!!」

 

「何処から来たの?」

 

山下がスーに名前と出身地を訊ねる。

 

「外国!!」

 

スーは外国のどの国からは来たのかは言えなかったのか『外国』の一言で済ませる。

 

「私たちはね、海洋学校って言って、船乗りの勉強をする学校の生徒なの!」

 

内田は、自分たちの事をスーに紹介する。

 

「オー!!皆、船ノ学校ノ子カ!?」

 

内田から明乃たちが船乗り専門の学校に通う学生であることを知るスーは驚いている様子。

 

「そうだよ!で、私は艦のコックさん!」

 

「ハハッ!スーハ、コックサン大好キ!!」

 

伊良子の役職を聞いて目を輝かせるスー。

 

彼女は料理人志望なのだろうか?

 

「フフフ‥‥と言うか、食べるのが大好きなんじゃないの?」

 

和住から料理人志望ではなく、料理を食べることが好きなのではないかと訊ねる。

 

「ソウトモ言ウ!!」

 

どうやら和住の言う通り、スーは料理人志望ではなく、料理を食べる事が好きみたいだった。

 

『ハハハ‥‥!!』

 

スーの言動に笑いが起こる。

 

「スーハ船モ大好キ!!スーノ国デハ船ノ仕事シテイタ。サイトシーイングノゲストヲ乗セタリ大キイ船モ動カスヨ!」

 

スーは故郷での自分の仕事内容を明乃たちに話す。

 

彼女は自分たちとほぼ変わらない年齢か自分たちよりも年下な印象なのだが故郷では既に働いているみたいだ。

 

それもアルバイトのような感じではない。

 

昨日、スーは海辺の近くでテントを張る際、海が大好きだと言っていたが、その理由は彼女の職業からくるものだったみたいだ。

 

「まだ小さいのに大したものだ」

 

美波がスーを褒めるが、彼女自身も飛び級して博士号を習得している事から美波自身も十分に凄い。

 

すると突然、スーが美波の元に来て、

 

「スーノ方ガ大キイ!」

 

スーは自分と美波の身長では、スーの方が大きいと言う。

 

確かに並んでみるとスーの方がわずかながらもスーの方が高かった。

 

「ぐ、ぐぬぬ‥‥」

 

その事実に美波はショックを受ける。

 

美波は3㎝差とは言え、年上のテアにも勝っていた。

 

もし、この場にテアが居ればかなりのショックを受けていたかもしれない。

 

『ハハハ‥‥!!』

 

スーと美波の行動とリアクションで再び笑いが起こる。

 

「スーちゃんの方がちょっと高いね」

 

「こ、これは誤差という‥‥」

 

美波は自分とスーの身長は誤差の範囲であると言う。

 

なお、美波の身長は143㎝、スーの身長は145㎝‥‥

 

僅か2㎝の差であった。

 

この差を彼女たちがどのように判断するのかは彼女たちにしか分からない。

 

しかし、スーは外国生まれで美波は日本人‥‥

 

今後、もしかしたらスーと美波の身長差が著しくなる可能性もあるが、テアと言う前例があるので、何とも言えない。

 

 

そんな中、真白はスッとその場から立ち上がり何処かへと向かう。

 

明乃はソレに気づき、途中まで真白を追いかけたが、明乃は真白に声をかけることなく、立ち止まり不安そうな顔で真白の背中を見つめていた。

 

「ミケ、何デ行カナイ?」

 

「えっ?何でって‥‥」

 

スーが明乃に声をかけ、真白を追いかけないのか訊ねてくる。

 

明乃はスーの言葉に上手く返答できない。

 

「ミケはシロと一緒ガイインジャナイノ?」

 

「私は‥‥」

 

「ん?」

 

「‥‥私は今、やりたい事をやれている‥‥シロちゃんや皆のおかげで‥‥だからシロちゃんにもやりたい事をやって欲しい‥‥」

 

真白に比叡艦長への移籍話が来ている事は晴風クラスの中では明乃と真白しか知らず、真白自身があの時、即答しなかったことから真白が移籍か残留か悩んでいる事は明乃でも分かる。

 

「ソレがミケの気持チ‥‥ダッタラ、気持ちの通リニスレバイイ」

 

「うん‥‥そうだね‥‥」

 

明乃は真白が比叡に移籍するも晴風に残留するもそれはきっと真白が悩んで、悩んで、悩みぬいた答えの結果なのだから真白の決断を尊重するつもりだった。

 

 

その頃、シュテルはもえかと行動を共にしていた。

 

昼食を摂ろうとした時、もえかからメールが入ったのだ。

 

メールの内容は、『ちょっと話したいことがあるので、一緒にお昼ごはんを食べない?』と言うお誘いだった。

 

「ごめん、ちょっと私、別の人とお昼を摂る。昼休憩中には戻るから」

 

「ん?また晴風の所?」

 

「いや、駿河の艦長の所」

 

「えっ?駿河の艦長?」

 

シュテルがもえかにお誘いを受けた事に驚いている間にシュテルはもえかとの待ち合わせ場所へと向かってしまう。

 

「むぅ~‥‥」

 

ユーリは訝しむようにシュテルの背中を見ていた。

 

 

「お待たせ、もかちゃん」

 

「ううん、私も今来たところだよ」

 

それからシュテルはもえかと合流し、昼食を摂る。

 

食事の最中、シュテルはもえかからある話題を振られた。

 

「えっ?宗谷さんが?」

 

「うん‥‥最初の競技の後に『貴女にとって艦長とは何ですか?』って、真剣な顔で‥‥」

 

もえかは最初の競技の後、真白から艦長とは何ぞや?と言う質問を受けた事をシュテルに相談した。

 

横須賀女子の役職は入学試験の結果から判断される。

 

一度決まった役職が変わるのは稀な事で病欠による休学、素行不良による停学または退学、一身上の都合による転校などで役職の欠員が出た時ぐらいである。

 

その他に将来、ブルーマーメイドになり艦長職に就きたいと言うのであるならば、真白からの質問内容も分からない訳ではないが、いくら真面目な真白でも彼女たちは五ヵ月前に横須賀女子へ入ったばかりの新入生‥‥

 

真白が将来、ブルーマーメイドの艦長職になりたいと思っていてもあまりにも早すぎる。

 

将来についての質問であるならば、母親の真雪と現役ブルーマーメイドの艦長職に就いている真冬が居るので、二人から聞けばいい。

 

なにも自分の同級生のもえかから聞く必要はない筈だ。

 

「宗谷さん、なんでそんな質問をしたのかな?って思って‥‥」

 

当然、横須賀女子の生徒であるもえかも役職の交代の場合のケースは知っている。

 

「確かに‥‥将来、艦長職をめざすにしてもまだ早すぎる‥‥宗谷さんに移籍話でも来たのかな?」

 

シュテルの予測はまさに当たっていた。

 

「もし、移籍話が来ていたとしたら、きっと宗谷さんはいの一番に晴風艦長であるミケちゃんに話しているだろうけど、もかちゃんはミケちゃんからそう言った話とか聞いていない?」

 

もし、真白に移籍話が来ていたのであれば、真白はきっと明乃に話、真白から移籍話を聞いた明乃はもえかにどうすればいいのか話していそうである。

 

「ううん、ミケちゃんからは聞いてないかな」

 

しかし、もえかの下にはそのような話はきていないと言う。

 

もえかに真白の移籍話が来ていないのであれば、真白の移籍話はまだ不確定の域の話だ。

 

「それで、もかちゃんは宗谷さんの質問に何て答えたの?」

 

シュテルはもえかに真白に何と答えたのかを訊ねる。

 

もえかが抱く艦長像と言うのがどんな姿なのかが気になったのだ。

 

「私は、『皆のお姉さんになれたら』って答えたよ」

 

「お姉さんか‥‥」

 

「ん?」

 

「確かに、もかちゃんは頼りになるってところがあるからね」

 

「そ、そうかな?」

 

「うん‥‥でも、いくら頼りになると言っても一人でなんでもかんでも溜め込んじゃダメだよ。もかちゃんだって一人の人間なんだし、海の仲間は家族‥ちゃんと周りの人を頼るんだよ」

 

「う、うん‥‥あっ、シューちゃん」

 

「ん?」

 

「もし、シューちゃんが宗谷さんに同じ質問をされたらなんて答える?」

 

もえかはシュテルの答えも気になり、訊ねる。

 

「私?うーん‥‥そうだな‥‥」

 

シュテルが描く艦長像‥‥

 

「ちょっとズレているかもしれないけど、頼られたいってところもあるけど、皆とは本物の関係を築けるほどの大きな人物になりたいかな?」

 

「本物の関係?」

 

「うん‥‥人は簡単に他者を裏切る‥‥自分の保身のため、自分の昇進のため‥‥例え全員からでなくてもいい‥‥一人だけでもいい‥‥心から腹を割って話せる人が傍に居て欲しい‥‥そんな人間関係を築けるような人徳者になりたいなって‥‥」

 

シュテルはもえかに自分が理想とする艦長像を話した。

 

「‥‥」

 

もえかはそんなシュテルの理想とする艦長像を黙って聞いていた。

 

「あまりにも壮大で現実味の無い理想だったかな?」

 

「ううん、そんなことはないよ。シューちゃんは私から見ても立派な艦長さんだもん。シューちゃんがクラスの皆を纏めていてくれたから私たちはすぐに助かったんだもん」

 

「‥‥ありがとう」

 

もえかの言葉に感謝するシュテルだった。

 

「シューちゃんは頼られたい大きな存在になりたいって言うけど、なんだかお母さんって感じもするよね」

 

「えっ?お母さん?」

 

「うん」

 

もえかはシュテルの艦長像に対するイメージを口にする。

 

「そ、そう‥‥」

 

シュテルにとって母親と言われて真っ先に思い浮かんだのは今の自分の母親であるアスカであり、前世の母親の姿はいまや顔さえも覚えていない忘却の存在だった。

 

 

生徒たちが昼食を摂り午後の競技に向けて英気を養っている時、教員・ゲストで呼ばれたブルーマーメイドの隊員たちも昼休憩をとっていた。

 

本部テントの下で真霜が昼食の弁当を食べていると、弁当の隣に置いてあるスマホがある着信を知らせる。

 

「あっ‥‥」

 

真霜が箸を置いてスマホをタップして、内容を確認すると彼女の顔が険しくなる。

 

真霜は席を立つと今スマホに入ったばかりの情報を真雪に耳打ちする。

 

真霜に入った情報は他のブルーマーメイドの隊員たちにも通達されたのか福内と平賀も真剣な表情で真霜の傍に駆け寄る。

 

 

もえかと昼食を終えたシュテルがクラスメイトの下へ戻ろうとする中、反対側から真霜、福内、平賀とすれ違う。

 

もえかとシュテルは脇に寄り敬礼するも三人は険しい表情のまま通り過ぎる。

 

「随分と険しい顔をしていたけど、何かあったのかな?」

 

シュテルは真霜たちの表情から何かトラブルが起きたのかと思った。

 

真霜と前世におけるあの魔王‥‥もとい、雪ノ下の姉である陽乃の声が似ていることもあるが、真冬ほどではないが、真霜とシュテルは一応、顔を何度も合わせている。

 

その真霜がシュテルに声をかけずに険しい顔をしているのであれば、何かトラブルが起きたのではないかと予想が出来た。

 

 

その頃、明乃たちが居る場から人知れず去った真白は一人校舎の入り口前に立っていた。

 

真白はこの遊戯祭の最中で移籍か残留かの決断を迫られており、その決断が下せないまま注意散漫になってしまった最初の競技の事を未だに引きづっており、決断を下せない事も彼女の心を乱していた。

 

そんな時、

 

「シロ!」

 

「えっ?」

 

真白は背後から声をかけられた。

 

振り向くとそこにスーが立っていた。

 

「トイレ何処?」

 

スーは真白にトイレの場所を訊ねる。

 

「ああ、中に入って右だ」

 

真白はスーにトイレの場所を教えるが、何故かスーはトイレに向かわず真白の事をジッと見ている。

 

「何だ?トイレに行くんじゃないのか?」

 

真白はスーにトイレに行くんじゃないのかと問う。

 

するとスーは、

 

「シロは‥‥此処二何ヲシニ来タ?」

 

と、真白に何の目的・目標があって横須賀女子に入学したのかを問いてきた。

 

「此処に‥私は‥‥何をしに来たのか‥‥」

 

入学当初ならば、真白は迷わず、『母や姉たちと同じく将来ブルーマーメイドになるためだ』 と答えていただろう。

 

しかし、今の真白にはその言葉が出てこない。

 

それは自分でも本当に不思議なくらいで、自分が横須賀女子に入学した目標でさえ失いかけているかのような感じだった。

 

「シロは、何ガシタイ?」

 

「何がしたいのか決めないとな‥‥」

 

比叡クラスに移籍するか、

 

それともこのまま晴風クラスに残留するか、

 

この話にも早々に決断を下さなければならない。

 

でも、迷いに迷っている今の不安定な自分の心では下した決断が本当に最良の答えなのか自信がない。

 

そんな迷っている真白に対してスーは、

 

「ミケは、シロのヤリタイ事分カッテイルミタイ!」

 

先程、明乃とのやり取りの中で、明乃が口にした彼女の心情を真白に伝える。

 

「えっ?」

 

スーの言葉に唖然とする。

 

「シロがヤリタイ事ヤッテホシイッテ言ッテイタ」

 

「そうか‥‥」

 

スーから明乃の気持ちを聞いて、ましろは、少し安心した。

 

明乃は真白が下した決断を尊重し、例え比叡クラスに移籍してもそれは真白がやりたいことであるのだから自分は邪魔をしないし、止めもしない。

 

比叡クラスの移籍の話が来たからって何も別の学校に転校する訳ではないし、同じ学校の敷地内にいるのだから会いに行こうと思えば実習中以外ならば会いに行ける。

 

そう思うとモヤモヤした気持ちが少し晴れたように感じた。

 

「スーは、やけに私たちの事気にかけてくれるんだな?」

 

明乃の気持ちを伝えてくれたスーに真白はどうして昨日会ったばかりの他人である自分たちの世話を焼いてくれるのかを訊ねる。

 

「当タリ前!ダッテ一緒ニゴ飯食ベタシ、寝ル時モ一緒ニイテクレタ!もうファミリーと同ジ!」

 

たった一晩の一宿一飯をしただけなのにスーにとってはその行為はとても大事なことのようで、スーにとって自分たちは大切な家族の一部だと思っていた。

 

だからこそ、スーは自分たちの世話を焼いてくれるのだと言う。

 

彼女の今の言葉は明乃があの航海でよく口にした 『海の仲間は家族』 に通ずるモノがあり、スーと明乃の姿が被って見えた。

 

「フフフ‥‥そうか‥スーのお父さんも早く見つかると良いな。家族は一緒にいるのが‥‥」

 

「モウ直グ見ツカル」

 

スーは、既に自分の父親を見つけた様な顔をする。

 

(父親から連絡でも来たのだろうか?)

 

真白は自分たちがスーと別れた後、父親から何らかのコンタクトが来たのかと思った。

 

真白が真相を訪ねようとした時、

 

「間もなく午後の部を開始します!学生の皆さんは会場に集合して下さい!」

 

午後の競技を開始するアナウンスが響く。

 

「スーは行ク!」

 

「えっ?」

 

「シロ、バイバイ!」

 

「あっ‥‥あ‥‥トイレじゃなかったのか?」

 

スーは何故かトイレとは逆方向に歩いて行く。

 

自分にトイレの場所を聞いてきたのにトイレに行かなかったスーの後姿を呆然と見る真白がそこに居た。

 

そして、そんな真白の後姿を黒木は茂みからジッと心配そうに見ていた。

 

 

「午後は図上演習の競技を行います!個人競技なので参加希望者は本部に申し出て下さい!」

 

午後の部は会場を海から校舎内の大講堂に移り、図上演習の競技となる。

 

図上演習とは、艦隊戦を想定した模擬演習の事で、兵棋演習とも言う。

 

各海洋学校における航海科の入学試験でもそれはあり、海図の上に船の駒を置いて航海法やどのような針路をとるのかを教官に説明する。

 

今回は、入学試験ではないので海図と駒を使用するのではなく、コンピューターによる艦隊シミュレーションバトルとなっている。

 

「やはり暗黙の了解で、どのクラスも艦長がエントリーするみたいですね!」

 

「毎年そうらしいわね!指揮能力がモロに出る競技だし」

 

エントリーの名前を見ると各校に所属する学生艦の艦長たちが名乗りをあげている。

 

その中には呉の宮里、能村 佐世保の千葉、野際 舞鶴の阿部、河野らが当然のようにエントリーしている。

 

ただ個人競技なのでクラスメイトの参加者が多ければ多いほど、勝つメンバーも増え、クラスに入るポイントを増やすこともできる。

 

「個人競技だし、シュテルンは参加しないの?艦長なんだし」

 

ユーリがシュテルに参加しないのかと訊ねる。

 

「いや、私はいい」

 

しかし、シュテルは参加せず観客側に回ると言う。

 

「えっ?どうして?」

 

「ちょっと気になることがあって、すぐにでも動けるようにしておきたくてね」

 

「気になる事?」

 

「ああ‥‥」

 

「それって、晴風クラスの子?それともお昼ご飯を一緒に食べた駿河の艦長?」

 

ユーリがハイライトオフのジト目で見ながら聞いてくる。

 

「ちょっ、ユーリ怖いよ‥‥」

 

午前中にテアのビキニ姿に対してヤンデレ発言をしてユーリからドン引きされたシュテルだが、今は反対にハイライトオフの目をしたユーリにドン引きしている。

 

「それで、どの子が気になっているのかな?‥‥かな?」

 

「だから、違うって!!なんでそんな結論になるの!?」

 

ユーリの誤解を解くのに必死になるシュテルだった。

 

シュテルがユーリに誤解を解くため奔走している中、晴風クラスでは、

 

「艦長!」

 

「んっ?」

 

真白が意を決したように真剣な表情、真剣な声で明乃に声をかける。

 

「艦長、お願いがあります!」

 

「‥‥」

 

そして、真白は明乃にある願い事をする。

 

「私は図上演習競技に出ます!」

 

『えっ?』

 

真白の宣言に明乃をはじめとして晴風クラスのクラスメイトがギョッとする。

 

そんなクラスメイトを尻目に真白はなおも続ける。

 

「艦長も出て下さい!出て、私と勝負して下さい!」

 

『ええ!?』

 

真白の願いを聞いて納沙たちは驚愕する。

 

「うん、分かった!」

 

明乃は真白の願いを聞き入れる。

 

この時、明乃は真白が比叡クラスへの移籍を決め、真白自身が自分の力を試そうと思っていた。

 

(シロちゃん、比叡クラスに行くことに決めたんだね‥‥)

 

(いいよ!私はシロちゃんがそう決めたのなら何も言わない‥‥今はシロちゃんの相手を私の全力をもって相手になるだけだよ!!)

 

(今のシロちゃんの実力がどれくらいなのか見せてもらうよ!!)

 

『えええっー!?』

 

真白の挑戦を受けた明乃に晴風クラスのクラスメイトたちはまたも驚愕する。

 

こうして、明乃と真白の二人は図上演習にエントリーした。

 

「‥‥」

 

駿河クラスの観客席では、もえかが何か険しい顔をしていた。

 

「艦長!エントリーされないんですか?」

 

角田がもえかに図上演習競技に参加しないのかを訊ねる。

 

「私はパスするから出たい子は自由に出て」

 

もえかはシュテル同様、図上演習に参加しない事を伝える。

 

「えっ!?よろしいんですか?艦長なら優勝が狙えると思うのですが‥‥」

 

角田の言う通り、もえかの実力ならば優勝‥‥とまではいかなくても上位の成績に上り詰めることは出来そうである。

 

「ごめん、ちょっと気になることがあってね‥‥」

 

「は、はぁ‥‥」

 

角田としてはなんか煮え切らない思いがありつつも個人競技なので無理強いは出来ない。

 

もえかはスマホのメール機能を作動させ、誰かにメールを素早く打つと席を立ち、その場から去って行く。

 

「‥艦長、どうしたんだろう?」

 

エントリーメンバーの中にはあの晴風の艦長もあったので、普段のもえかならば、真白同様、明乃と試合出来ると言って喜んでエントリーしそうだったにもかかわらず、今のもえかが逆に険しい表情をしてエントリーせずに何処かへと行ってしまったのだから、角田は違和感を覚えずにはいられなかった。

 

 

「だ、だから、ユーリ、落ち着いて‥ねっ?」

 

「私はいたって冷静だよ‥‥それはもう、大西洋の凪の海の如くにね」

 

「目が冷静じゃないよ!!怖いよ!!嵐の前の静けさだよ!!それにジリジリとにじり寄っているし!!」

 

シュテルの前にはユーリがジリジリとにじり寄っており、シュテルの背後は壁‥‥

 

既に退路が断たれている。

 

ドン!!

 

「っ!?」

 

シュテルはユーリに壁ドンされる。

 

「だから、本当に何でもないって!!それに私の取り越し苦労かもしれないし‥‥」

 

追い詰められながらもシュテルはユーリに事情を説明していると、

 

ブブ‥‥ブブ‥‥

 

マナーモードにしていたシュテルのスマホが振動する。

 

「あっ、ちょ、ちょっとゴメン」

 

これ幸いにとシュテルはユーリの壁ドン体勢から抜け出て、スマホを取り出すと、もえかからのメールが受信されていた。

 

「誤解?何でもない?取り越し苦労?」

 

「っ!?」

 

ユーリがシュテルのスマホを覗き込んでいた。

 

「メール‥‥駿河の艦長じゃない‥‥競技に参加しなかったのも、競技中に密会して二人でしっぽりなの?」

 

(もかちゃん、タイミングが悪いよ!!)

 

ユーリの壁ドンから抜け出せた事は幸いだったのだが、これがせめて広告等のメールならこのままうやむやに出来たのだが、メールの送り主がもえかだったのはタイミング的に最悪であった。

 

「そんな訳ないでしょう!?第一、もかちゃんは女の子だよ!?と、兎に角、用が出来たからゴメン!!」

 

(うわっ、これは完全に誤解されたかな?)

 

誤解を招く行動をとってしまったは、今はそんな悠長な事を言ってもられずシュテルはもえかの下へと向かった。

 

当然この後の出来事によりユーリへの誤解はとけることになるのだか、この時はまだシュテルもユーリも知る由がなかった。

 

 

その頃、桟橋ではスーがどこから調達してきたのかエンジン付きのゴムボートを両手で担ぎ上げ、海へと降ろし、ボートに乗るとエンジンを起動させる。

 

故郷でガイドや水先案内人をしているだけあってスーは手慣れた動きだ。

 

そして、そのまま海の上を進んで行く。

 

彼女の進行方向さきには先程の内火艇を使用しての障害物航走の競技に使っていた廃棄フロートがあった。

 



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129話

今回は晴風クラス、他校の先輩方視点です。


遊戯祭二日目の競闘遊戯会、午後の部に最初に行われる競技である図上演習競技‥‥。

 

横須賀女子の大講堂に設置されているシミュレーションコンピューターにて行われる個人参加型の競技で既にエントリーの受付は終わり第一試合が間もなく行われようとしている。

 

シミュレーションコンピューターの台は三台あり、抽選の結果から一つ目の台では明乃たちの同級生であり天津風艦長の高橋と佐世保の千葉、

 

(昨日の借り、きっちり返してやる!!)

 

(おっ、昨日の金魚すくいの後輩か‥‥)

 

高橋が負けず嫌いで勝負事が好きなのは一年生の中でも有名であるが、高橋と千葉との間には昨日の遊戯祭で何かあったみたいだ。

 

二番目の台には時津風艦長の榊原と舞鶴の阿部、

 

そして三台目の台には、真白と優勝候補の一人とも言える呉の宮里が対戦することになった。

 

両者はパネルを操作し、艦隊の陣形や最初のコマンドをセットしながら戦闘の準備をする。

 

「一回戦目から、いきなり尾張の艦長に当たっちゃうなんて‥‥やっぱりついていないね、うちの副長」

 

西崎が真白の対戦相手を見て、真白の不運を代弁する。

 

普段の真白ならば西崎と同じように思い勝つことに対して諦めるだろうが、コンピューターの前に立つ真白には対戦相手が宮里だったと言うクジの不運を漂わせる雰囲気はなく、緊張しながらもいたって冷静な様子だった。

 

先攻は宮里のターンで彼女は戦艦による遠距離攻撃を行う。

 

この攻撃により真白が指揮する駆逐艦一隻に命中判定が下り、砲撃を受けた駆逐艦が撃沈判定を受ける。

 

「回避失敗?」

 

いきなり自軍の艦艇が撃沈されたことに納沙は思わず声をあげる。

 

「筋金入りのついてなさじゃな‥‥」

 

真白の不運はあの航海で晴風に乗っていたミーナも知っている。

 

その不運はこの時も健在かと思った。

 

しかし、

 

「人は誰しも不運が続くと闘争本能が衰えるものだ‥‥しかし‥‥」

 

『うん?』

 

「あれは諦めている人間の顔ではない」

 

テアは真白の表情から彼女の心情を読み取る。

 

初っ端から優勝候補の宮里と当たり、最初の一撃で駆逐艦クラスとは言え自軍の艦艇が撃沈されれば新入生ならば慌てふためいたり、何かしらのリアクションを起こしそうであるが、真白はそのような様子もなく画面をジッと見つめている。

 

(ついてないことは最初から分かっている‥‥)

 

(だったら、それも織り込み済みで策を考えるだけだ!)

 

真白はこれまでの人生の中で幸運よりも不運な事ばかりの方が多い。

 

そんな事はこれまでの人生経験から理解している。

 

この競技に他校の先輩方がエントリーした時点で自分の対戦相手が尾張級の艦長か副長になるのではないかと予感はしていた。

 

宮里が最初の対戦相手になるのも真白にとっては既に折り込み済みであった。

 

今の真白にはこの競技で優勝する事よりも大事な目的がある。

 

目の前の宮里なんて相手ではない。

 

自分には本当に戦いたい相手が居る。

 

その相手と戦うために自分は此処で負ける訳にはいかない。

 

「んっ‥‥」

 

真白は陣形を変えて行動に移す。

 

宮里は重巡洋艦と戦艦へ砲撃指示を出し、真白の艦隊へと砲撃を加える。

 

二隻の艦からの砲撃を受け、再び真白の艦隊の航洋艦が撃沈される。

 

戦況は宮里有利かと思われたが、

 

「あっ‥‥」

 

宮里は真白があまりにも冷静な態度からコンピューターの画面をみると、思わず声をもらす。

 

真白の艦隊は自分の艦隊の至近距離におり、真白の艦隊の戦艦からの砲撃で重巡洋艦が被弾、駆逐艦二隻からの砲雷撃で戦艦が被弾した。

 

「ん!?」

 

この短時間の戦闘で宮里は主力艦を失う大被害を被った。

 

『あっ』

 

その結果に宮里は思わず顔をしかめ、晴風クラスとミーナ、テアは驚愕する。

 

「こ、これって、もしかして、ちょっと盛り返している?」

 

鈴が真白の現状を確認するかのように呟く。

 

「ああ、幾度もの不運に見舞われながら、損害を最小限に食い止めて反撃できる形を作った」

 

テアが鈴の言葉を肯定する。

 

序盤から駆逐艦二隻を失う被害を出したが、相手の懐‥‥必中の距離まで近づき宮里に大ダメージを与えた。

 

「あっ‥‥」

 

まさかの予想外な展開に宮里は驚愕しながらも後輩相手にこのまま負けるつもりはなく、当然反撃する。

 

戦艦からの砲撃で真白の駆逐艦が撃沈される。

 

「図上演習は現実の海戦を模倣したもの‥運、不運が勝敗に大きく影響するが、それで、全てが決まる訳ではない。尾張の艦長は攻めっ気を誘われたな。不運が功を奏したとも言える」

 

テアの言う通り、真白は、次々と宮里の艦艇を撃破していき、あっという間に宮里の艦隊は全滅した。

 

運もあるが、宮里には対戦相手が今年入学したばかりの航洋艦クラスの新人と言う慢心があったのかもしれない。

 

「宮里対宗谷、試合終了!‥‥勝者、宗谷!」

 

「あっ‥‥こんな事が‥‥」

 

宮里にとっては信じられない結果だろうが、事実である。

 

予想外の敗北に宮里はショックを受けるが真白は、そんな宮里に一礼をして礼を尽くす。

 

礼に始まり礼に終わる。

 

戦車の競技、武道の競技以外でもこの儀礼は通ずるのかもしれない。

 

「あっ‥‥」

 

宮里も真白に一礼する。

 

「やられたわ。でも不思議ね、何で貴女みたいな子が航洋艦の副長なのか?」

 

一礼をした後、宮里は真白の実力を評価して、彼女がどうして航洋艦の副長なのか不思議に思った。

 

「いえ、そんな‥‥」

 

宮里の質問に対して、真白は恥ずかしくて言えなかった。

 

まさか、入学試験で大ポカして航洋艦クラスになった何て恥ずかしくて言えない。

 

それに試合が終わり、一礼した後、真白自身も優勝候補である宮里に勝つことが出来たなんて今でも信じられなかったのだ。

 

宮里はその場から去って行くが、真白は何とか無事に一回戦を突破でた事に慢心することなく、

 

(もし、最後まで勝ち続ける事が出来たら‥‥)

 

真白の真の対戦相手はあくまでも明乃だという事を自分に言い聞かせた。

 

「まさか、シロちゃんがあの先輩に勝つなんて‥‥」

 

「凄いねぇ~」

 

真白の第一試合を振り返って、内田と山下は『よくあの先輩相手に勝てたな』と思う。

 

「競技中の先輩方、凄いオーラだったしね」

 

「そうそう、まさに王者って感じで昨日会った時とは一味違ったよね」

 

内田と山下は昨日の歓迎祭の中、宮里に会ったような口ぶりだった。

 

「まゆちゃん、しゅうちゃん、あの先輩と会ったの?」

 

鈴が二人に訊ねると、

 

「うん、会ったよ」

 

「みかんちゃんたちのとんかつ屋でね」

 

すると、内田と山下は昨日、どのような出来事があったのかを話し始めた。

 

 

 

 

時系列は昨日の歓迎祭のお昼過ぎに遡る。

 

 

伊良子、杵崎姉妹、美波、等松が間借りしているトンカツ屋、『方丈』にて、お昼時を過ぎたことによりお客の出入りがようやくまばらになった頃、

 

「ふぅ~洗い物完了」

 

伊良子が食器洗いを終えた。

 

「こっちもトンカツの仕込み終わったよ」

 

この後、夕食時にお客の出入りが再び増えそうなことからほまれが追加のトンカツの準備をしていたのだが、それも終わった。

 

「ありがとう、ほっちゃん。これで夕方にお客さんがドッと来ても大丈夫だね」

 

「美波さん、さっき休憩に入ったばかりだけど、ミミちゃん戻ってこないね」

 

美波は休憩に入ったばかりなのだが、同じくトンカツ屋で自分たちと一緒に働いている等松がまだ外に出たきり戻ってこない。

 

「マッチが出ている映画に夢中なんじゃないかな?」

 

伊良子は苦笑いをしながら等松がまだ戻らない理由を口にする。

 

等松は同じ晴風クラスの展示である自主映画の上映の際にその映画を見に出て行ったのだ。

 

「あぁ~」

 

ほまれは十分あり得ると思った。

 

等松の野間に対する執着は凄いので、きっと映画も一度見ただけではなく、二度見くらいしているのだと思った。

 

「私たちも今の内に休んで‥って‥‥」

 

伊良子が夕方の客入りに備えて休憩しようと杵崎姉妹に声をかけようとした時、

 

「あっちゃんなにしているの?」

 

ほまれの双子の妹のあかねが何かをしていた。

 

「新しいメニューの試作だよ」

 

あかねは新メニューの開発をしていた。

 

「またぁ~今度は大丈夫なの?」

 

「艦内でみんなが持ち場から離れられない時でも、サッと食べられて、尚且つ栄養満点って言う革命的メニューになる予定だよ」

 

「ほんとかな~?」

 

伊良子もほまれもどうも懐疑的な視線をあかねに向ける。

 

これまであかねが様々メニューを新開発してきたが、それもこれも斬新と言うから攻めたメニューのため、あまり高評価をもらえたためしがない。

 

テスト休み中、和菓子屋でバイトしていた時、エクレアに甘納豆を入れ宇田が失神しかけた事があった。

 

そんな中、トンカツ屋の扉が開く音がした。

 

「「「いらっしゃいませ!!」」」

 

「あっ、まゆちゃんとしゅうちゃん」

 

来店したのは同じクラスの内田と山下だった。

 

「おつかれさま~」

 

内田が伊良子たちに労いの言葉をかけ、

 

「お疲れ様~」

 

伊良子も内田に声をかける。

 

「今って注文しても大丈夫かな?お腹すいちゃって‥‥」

 

山下が注文は大丈夫かと訊ねる。

 

「もちろんよ。ゆっくり食べていって」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

伊良子は大丈夫だと返答し、二人を席に案内する。

 

内田と山下は伊良子の案内の下、席に着く。

 

「トンカツ定食をください」

 

「私はメンチカツ定食で」

 

二人は店に来る前からあらかじめ何を食べるのか決めていたみたいで、内田はトンカツ定食を頼み、山下はメンチカツ定食を注文する。

 

「りょうかい~」

 

注文を聞き、厨房では早速オーダーされたメニューの調理が始まる。

 

肉を油で揚げる音がお客の居ない店内にこだまする。

 

「映画の方はどんな感じなの?」

 

ほまれは航海科が接客担当していた自主映画の展示について訊ねる。

 

「これがなんと‥大入りなんだよ」

 

山下があの自主映画が意外と受けていると答える。

 

「口コミでお客さんが増えているみたいで、最初の回よりもさっきの方が混んでいたよね」

 

初回の上映よりも初回を見たお客からの口コミで上映回数が増えるごとにお客の入りも増えていると内田が教える。

 

「でも、分からないなぁ~あの内容がそこまで受けるなんて‥‥」

 

納沙やミーナと違い、任侠映画になんの興味もない山下としてみれば、何故あの自主映画が受けているのか疑問に思えた。

 

「私も分からないけど、何て言うか‥言葉でうまく説明できない勢いだけはあると思うよあの映画」

 

山下と同じく任侠映画には関心が無い内田であるが、訳の分からない勢いはあり、その勢いがお客に受けているんじゃないかと予測する。

 

「一体どんな映画なんだろう?」

 

伊良子はあの自主映画の制作には関わっていなかったのか、映画の内容が気になる様子‥‥

 

「そんなにお客さん来ているのに、抜けてきて平気なの?」

 

ほまれが客入りが多いのであれば、当然仕事も沢山あるのに、此処にきて大丈夫なのかと二人に訊ねる。

 

「映写機ずっと回していたら、熱をもっちゃって‥‥しばらく上映休止って事になったんだよ」

 

「今の内にご飯食べて休憩して、またポップコーンとコーラ、どんどん売るよ!」

 

映写機の連続使用により、映写機がオーバーヒートしたみたいで映画は一時休止となり、その間に航海科のメンバーは食事休憩となったみたいだ。

 

伊良子とほまれが内田と山下に映画の客入りを聞いている間もあかねは厨房で新メニューの開発に勤しんでおり、会話に参加していない。

 

「この調子でいけばかなり良い売り上げになりそう!」

 

「まゆちゃんらしいやる気の出し方だねぇ~」

 

(あれ?それならなんでミミちゃんは戻ってこないんだろう?)

 

映画が上映休止ならば、その映画を見に行った等松が何故戻ってこないのか不思議に思うほまれだった。

 

「おまたせしました。トンカツ定食とメンチカツ定食でーす!」

 

その間に注文した品が出来上がり、伊良子が二人の下に運んでくる。

 

「「いただきまーす!!」」

 

二人は両手を合わせた後、料理を食べ始める。

 

伊良子たちの料理の腕はあの航海の中で十分に理解しており、あの間宮の艦長である藤田がスカウトしたいぐらいだった。

 

満面の笑みを浮かべて料理を食べていると、再び来客を知らせる扉が開く音がした。

 

「いらっしゃいませ」

 

伊良子が対応に出ると、

 

「六人ですけど、入れますか?」

 

「うっ‥‥なんかすごい迫力‥‥」

 

新たに来店したお客のオーラに思わず後退りする伊良子。

 

「あっ、どうぞ、こちらの大きなテーブルへ‥‥」

 

ちょっとドキッとしながらも伊良子は新たな来客たちを案内する。

 

「ご注文は‥‥?お決まりですか?」

 

新たに来店した六人の客が席に着くと伊良子が恐る恐る注文を訊ねる。

 

「トンカツ定食を」

 

まず、白い大礼服のような制服を着た女子が注文すると、

 

「同じで」

 

八つのダブルボタンのセーラー服を着た女子も同じモノを注文し、

 

「私も…」

 

「合わせます」

 

セーラー服に真白と同じ金色の飾緒をつけた水色の髪の女子と眼鏡をかけた女子も前二人と同じモノを注文する。

 

「私はトンカツ定食、トンカツダブルで」

 

サイドテールの髪型で銀髪の女子も同じモノを頼むがトンカツの量は他のメンバーと異なり二倍の量を注文する。

 

「ご注文ありがとうございます‥‥そちらのお客様は‥‥?」

 

伊良子は紫色の制服に黒マントを羽織った女子に注文を聞くと、

 

「味噌カツあらへんの?」

 

黒マントの女子はメニュー表から味噌カツはないのかと訊ねる。

 

「すみません、今日はちょっと、味噌カツは出来なくて‥‥」

 

伊良子は味噌カツを用意していなかったことに対してすまなそうに言うと、

 

「そんじゃあ、普通のトンカツ定食にするわ」

 

黒マントの女子も他のメンバーと同じトンカツ定食を注文した。

 

「あ、ありがとうございます」

 

注文を聞き、そそくさと厨房に逃げるように戻る伊良子。

 

「ねぇ、隣のテーブルの人たちって先輩だよね‥‥?」

 

内田が山下に耳打ちにするかのような小声で自分たちの隣のテーブルに座る六人の客について確認するかのように声をかける。

 

「うん、あの制服‥‥間違いないね」

 

六人の客の制服を見て、確信を得た山下は席を立ち、

 

「あのぅ~」

 

そのお客たちに声をかけた。

 

「皆さんは海洋学校の先輩ですよね?」

 

「えぇー!!話しかけちゃうの!?」

 

山下の行動に度肝を抜かれる内田。

 

「なんとなく、大型艦の艦長さんと副長さんの雰囲気ですけど‥‥」

 

驚愕する内田を尻目に山下はなおも六人の客たちに訊ねる。

 

あの航海で大型艦の艦長であるシュテルと副長のクリスと交流する機会があったためか、六人の客たちに似た雰囲気を感じた山下は確認するかのように声をかけたのだ。

 

「その通りだけど、貴女は?」

 

どうやら、山下の読みは当たっていたらしく、六人の客たちは他校の大型艦の艦長と副長だった。

 

「横須賀女子海洋学校、航洋艦晴風クラスの航海員で、山下秀子と言います」

 

山下は六人の艦長、副長らに自分が所属する学校、クラス、役職を言う。

 

「こっちは同じ航海員の内田まゆみちゃんです」

 

そして山下は内田も六人の艦長と副長に紹介する。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

内田は慌てて席から立ち、先輩方に一礼する。

 

「あっちに居るのは、同じクラスの給養員で‥‥」

 

「伊良子美甘です!」

 

「杵崎ほまれです。‥‥ほら、あっちゃん、新メニューの試作なんてやっていないで、ご挨拶して」

 

ほまれはあかねを引っ張りだし、先輩方に挨拶するように促す。

 

「‥‥っと、杵崎あかねです」

 

ほまれに促され、あかねは作業の手を一時中断して先輩方に自己紹介する。

 

「へぇ~これが噂の晴風クラスか~」

 

「私は呉女子海洋学校二年、尾張艦長、宮里十海」

 

「尾張副長の能村進愛だわ~」

 

「舞鶴女子海洋学校三年、近江艦長、阿部亜澄」

 

「副長の河野燕です」

 

「佐世保の三河で艦長をやっている千葉沙千帆。三年だ!よろしく頼む!」

 

「野際啓子。三河の副長を務めています」

 

「おぉー‥‥なんだか挨拶しているだけなのにカッコイイですね先輩たち」

 

山下はキラキラした目で六人の先輩たちを見る。

 

「しゅうちゃん、それ失礼か失礼じゃないかで言うとギリギリアウトの方じゃない?大丈夫?」

 

内田は山下の言動から先輩たちに怒られるんじゃないかと不安になる。

 

「大丈夫だと思うけど?」

 

そんな内田の不安をよそに山下本人は大丈夫じゃないかとお気楽な様子。

 

「君、なかなか度胸が据わっているなぁ~」

 

千葉は山下の事を褒める。

 

「ブルーマーメイドになったあかつきには一緒に仕事をしたいタイプだ」

 

「そうですか!?やったー!!」

 

「ふふ、ウチの千葉さんは人を褒めるのが上手ですからねぇ~」

 

「えっ?お世辞だったんですか?」

 

「そうは言ってませよ。むしろ‥‥」

 

山下は野際の言葉から千葉の言葉は社交辞令‥冗談だったのかと思ったが、野際はそれを否定する。

 

「私は世辞やら回りくどい事が苦手なんだ!!あはははは!!」

 

「‥‥と、まぁ、嘘がつけないタイプなの」

 

「と言う事はしゅうちゃんがマジで褒められている!?」

 

山下が先輩から‥‥千葉から褒められている事に驚く内田。

 

「えへへへへ‥‥照れるねぇ~」

 

「まぁ、他のみんなもそう固くなることはないわ」

 

宮里が伊良子たちにも肩肘張らずにリラックスしろという。

 

自分たちが来店した時に店の空気がなんだか緊張した空気に変わった事を察していたのだろう。

 

「私も先輩方もなにも一年生を取って食う訳ではあるまいし‥‥」

 

「そうじゃんね。私らは前日祭を楽しんでいるだけだにぃ。先輩、後輩の垣根なく気楽にいこまい」

 

愛知県出身の能村は三河弁訛りのある口調で宮里と同じ様に気楽にしてくれと言う。

 

「ありがとうございます」

 

「迫力あるけど、優しい人たちだね」

 

「うん、よかったぁ~‥‥あっ、お料理出来ているよ」

 

宮里と野村の言葉を聞いてほまれも伊良子もホッとしている様子。

 

そして、先輩方の注文した料理が出来上がる。

 

「OK」

 

出来上がった料理を先輩方のテーブルへと運ぶ。

 

「お待たせしました。トンカツ定食です」

 

「ありがとう」

 

「美味しそう~」

 

「いただきます」

 

注文した料理が来て食事を始める先輩方。

 

「そう言えば、先輩たちはどんな出し物を見て回ったんですか?」

 

山下が先輩方に此処に来る前、どんな展示物を見て来たのかを訊ねる。

 

「私とノムさんは和菓子の露店で買い物をしたわ」

 

宮里と野村は和菓子の屋台を見て回ったと言う。

 

「確か間宮クラスじゃんねぇ」

 

間宮クラスは今回の歓迎祭ではレストランではなく、和菓子の屋台を開いていたみたいだ。

 

「シベリアって言うカステラの間に羊羹を挟んだヤツだにぃ。どえらい甘いけど、ペロッと食べれるんだわ~」

 

「美味しそう~‥‥でも、カロリー高そう‥‥」

 

野村の話を聞いて間宮クラスのシベリアを食べたくなった内田であるが、カロリーを考えると悩んでしまう。

 

「なあに、食べた分、身体を動かせばどうってことない。何なら一緒にやるか?」

 

「ダイエットに効く運動とか教えてくれるんですか!?」

 

思わず席を立ち、興奮する感じで千葉に聞く内田。

 

「ウチの千葉さんは、スポーツと言えば格闘技なんですよぉ~」

 

野際は千葉が普段している運動が何なのかを内田に教える。

 

「空手とかキックボクシングとか‥‥フフフ‥‥」

 

「ダイエットとか知らんが、空手はいいぞ!心身を鍛えられる‥‥こぉぉぉ‥‥ふんっ‥ふんっ‥‥ふんっ‥‥」

 

能村も空手をやっているのか、一呼吸すると空手の型を披露する。

 

「さっきの『こぉぉぉ』って言う音は何なんですか?」

 

「空手の呼吸法だよ。『伊吹』と言うやつで、凄く体に良い」

 

「そうなんですね‥‥」

 

内田は少し引き攣った顔で納得する。

 

もし、この場に真冬が居たら、千葉と能村とは気が合ったかもしれない。

 

「阿部先輩と河野先輩は何か買いましたか?」

 

山下は次に阿部と能村に訊ねる。

 

「買ってはいないけど、面白いモノは見たよ。りんご飴の屋台」

 

「りんご飴って‥あの、お祭りとかでよく売っているヤツですよね?」

 

「そうそう、りんご飴自体は何の変哲もないんだけど、全自動りんご飴製造機って言う機械で作っていたんだよ」

 

「えっ?」

 

「りんごを入れると自動で水洗いされて、串が刺されて、溶けた飴に浸かって、機械から出てきた時にはちゃんと飴が固まっているの」

 

「明石クラスの出し物でしたね。やっぱりああ言う艦に乗っている子たちって機械いじりに強いんでしょうね」

 

河野の口ぶりから舞鶴に所属する三原クラスの生徒らも明石クラス同様、艦の補修の他に機械いじりが好きみたいだ。

 

まぁ、そうでなければ補修専門の艦なんて希望しない。

 

「へぇ~」

 

「うちにも欲しいなぁ~あの人材は‥なにかこう、労働の効率をアップするようなモノを作ってもらいたい」

 

阿部は明石クラスのクラスメイトをスカウトして作業の効率を上げる機械を作ってもらいたいと言う。

 

「いいですね。ソレ!!みんなの仕事が減って楽になりますし!!」

 

阿部の提案に山下も賛成する。

 

「何言ってるの?仮に効率が二倍になったとして、労働時間も二倍にすれば、四倍の成果が上がる訳よ」

 

「「ええええっー!!」」

 

阿部の発言に内田も山下も驚愕する。

 

堂々とブラック企業発言をしているのだから当然だ。

 

自分たちの艦長である明乃が絶対に言わない様なセリフだ。

 

「あず社長、そう言うブラック発言を後輩たちの前でするは止めてください」

 

「いいじゃない。私だってクラスの皆の二倍働いているし、アレ(労働基準監督署)の所から摘発されないギリギリのラインを見極めて、皆の仕事量を管理してくれている燕専務がいるから大丈夫!!」

 

「フォローになってないですよぉ~あと、私を持ち上げても何も出ませんから」

 

「あの~今、社長とか専務とか聞こえたんですけど‥‥」

 

艦の役職の中で社長、専務なんて役職は存在しない。

 

それを疑問に思った山下が阿部と河野に質問する。

 

「ああ、ウチのクラスの子たちがね、艦長のあまりの人使いの荒さに、『まるでノルマがキツイ会社みたいだよ。』 『艦長が社長で私らは社員だよ。』って言い始めてそれが定着しちゃったの。で、副長の私もついでに専務呼ばわりされるようになって‥‥」

 

「ノルマ達成できなくてもペナルティーないんだけどなぁ~むしろ、月間で一番頑張った子には社長賞だしているくらいなのに‥‥くどいようだけど、ペナルティーはないんだけどなぁ~」

 

「逆に怪しく聞こえますから、そこ強調しない方が良いですよ。社長」

 

阿部の言い方には河野の言う通り、ペナルティーが無くてもなんらかの罠が存在していそうな雰囲気である。

 

「君、山下って言ったっけ?」

 

「はい」

 

「聞き上手だね、君は‥君に聞かれているとつい、喋りすぎてしまう。ズバリ言うと営業向けの人材ね」

 

「営業!?‥って、船乗りにそんな仕事あるんですか?」

 

「まぁ、まぁ、私が君の才能を引き出せるよう上手く使ってあげるから、さっさと飛び級して近江に編入するんだよ」

 

阿部は山下をスカウトし始める。

 

「無茶を言ってはダメですよ。私たち卒業まであと半年しかないのに‥‥」

 

「じゃあ、ブルーマーメイドになってから私の艦に来ると良い。待っているからね」

 

「ひぃ~‥‥」

 

先輩からのスカウトは嬉しい筈なのに、なぜか阿部の言動から彼女が指揮する艦に配属されたら物凄く苦労しそうな予感がする山下だった。

 

「あ、あの千葉先輩と野際先輩はどの辺を回られたんですか?」

 

内田が話題を変えようと千葉と野際に訊ねる。

 

「ああ、まずは金魚すくいだな」

 

「金魚すくいですか!?平和な感じですね」

 

「ところがそこはなかなか面白くてな、店主と対戦するんだよ。沢山掬った方が勝ちっという事でね」

 

「えぇー?」

 

変わったシステムに内田は首を傾げる。

 

「確か、天津風クラスだったなぁ~そこの艦長がそりゃあもう、ムキになって金魚をすくうんだ。思わずこっちも本気になったよ。ハハハハ‥‥」

 

「全然平和じゃない‥‥」

 

(でも、天津風艦長の性格上なんかわかるかも‥‥)

 

天津風艦長の高橋はとにかく負けず嫌いな性格で勝負事には熱くなりやすい。

 

千葉と高橋が金魚すくいで競い合っている姿が容易に想像できる。

 

「あとは型抜きをやったな。これも店主が接客をそこそこに黙々と型抜きをやっていた。アレは‥‥時津風クラスだったなぁ」

 

時津風艦長の榊原は一度何かをやると周りが見えなくなるほど集中力が凄い子で、サンプル品の制作としての型抜きをやるあまり、つい型抜きに集中してしまい周りが見えなくなっていたのだろう。

 

「二つとも変わった屋台ですね。野際先輩も一緒にやったんですか?」

 

「私はウチの千葉さんが金魚をすくったり、型抜きをしたりする様子を少し離れたところから見ていました」

 

野際本人は金魚すくいや型抜きはやらず、金魚すくい、型抜きをしている千葉を見ていたらしい。

 

「啓子さんが見てくれていると、これがまた燃えるんだよ。ハハハハ‥‥」

 

「あぁ~‥そうですか‥‥」

 

千葉は生まれてきた性別を間違えたんじゃないかと思う内田だった。

 

「まゆちゃん、そろそろ戻らないと」

 

食事と先輩方との交流で時間を思ったより消費した二人。

 

そろそろ映写機の熱も冷めた頃だろう。

 

「おっ、もうこんな時間!?」

 

「先輩の皆さん、どうもありがとうございました。色々お話し出来て勉強になりました」

 

「お先に失礼します」

 

「私たちも楽しかったわ。では、また‥‥」

 

「急いでいるならお会計夜でもいいからね」

 

伊良子が二人にお勘定は後払いで構わないと言う。

 

「ごめんね」

 

「ありがとう」

 

二人は駆け足で映画を上映している三笠へ戻って行った。

 

「さて、我々もそろそろでますか?」

 

宮里たちも食事が終わったので、店を出ようとした時、

 

「ちょっと待ってください!!」

 

あかねが先輩方を呼び止める。

 

「今まで黙って奥に引っ込んどった子がどえらい勢いで来たじゃんね」

 

「これを食べてみてください!!」

 

あかねが先輩方にある料理を出す。

 

「なんだ?これは‥‥?コロッケか?」

 

皿に盛られた料理を見て首を傾げる千葉。

 

「コロッケじゃありません。革命的新メニュー、『肉巻きミルフィーユカツおにぎり』の試作品です!!」

 

あかねは今まで厨房で作っていた新メニューの試作品を先輩方に出して試食を頼んだのだ。

 

「はわわわ‥‥あっちゃん、試作品を先輩たちに持って行っちゃったよ‥‥みんな優しい先輩さんだけど、流石にあっちゃんの試作品は‥‥」

 

「マズくはない‥‥って言うか、味はいいんだけど、いつも奇抜すぎるのよね」

 

ほまれと伊良子はあかねの行動に驚愕すると共に宮里たちがどんなリアクションを取るのかドキドキしながらその様子を窺う。

 

「どれどれ‥‥」

 

「一つ食べてみよう‥はむっ‥‥ん?‥‥ん?」

 

「もぐもぐ‥‥」

 

あかねの試作品を試食する先輩方。

 

「あわわわ‥食べちゃった‥‥」

 

「念のため、お茶を用意しておこう‥‥」

 

宇田の時みたいになったら大変だと思い、ほまれは喉に流し込みやすいようにお茶を用意する。

 

「美味しい!!」

 

「よしっ!!」

 

阿部の反応にあかねは思わずガッツポーズ。

 

「「ええっー!!」」

 

伊良子とほまれは驚愕。

 

「ふむ、こりゃあ美味い!!」

 

「美味しそうに食べていますね千葉さん」

 

「すごく美味しいんだけど、これどういう作りになっているの?ご飯が入っているのね」

 

河野があかねに作り方を訊ねる。

 

「カレー味のご飯を薄切りの豚肉でグルグル巻いて、衣をつけてフライにしてみたんです。これなら立ったままで、片手で食べられますから、忙しくて手が離せない時でも食事ができます」

 

「よく考えられとるじゃん。しかも味もえぇし、腹持ちもかなり良さそうだにぃ」

 

「ウチの艦に最適じゃないか!!毎食これにすれば、食事休憩の時間をゼロに出来る」

 

能村も阿部もあかねの試作品を絶賛する。

 

「止めてください」

 

阿部の食事休憩ゼロ発言にさすがにそれは止めろと河野が止める。

 

「やったー‥‥ついにやったよぉ~革命的艦内食の完成だよぉ~」

 

先輩方のリアクションを見て、あかねが思わず歓喜の涙を流す。

 

「晴風のクラスはユニークな人材の宝庫みたいですね」

 

「ああ、明日の共闘遊戯会が楽しみだな」

 

と、先輩方は翌日の競技を楽しみにして店を後にした。

 

 

 

 

「‥‥って、事があったの」

 

山下と内田は昨日の出来事を他のクラスメイトに話す。

 

なお、試作品の料理部分に関しては、昨日の夜に昼食代を伊良子たちに払いに行った時にあかねが嬉しそうに語っていたのを聞いて知ったのだ。

 

「へぇ~そんなことがあったんだ‥‥」

 

「しゅうちゃん、ブルーマーメイドになったら、その阿部さんの艦に行っちゃうの?」

 

鈴が山下に訊ねると、

 

「うーん‥‥その辺は何とか回避したいんだよねぇ~」

 

阿部と河野の言動から、阿部が艦長を務める艦に配属されたら自分は過労死するんじゃないかと思い、出来るなら遠慮したい山下だった。

 




はいふり世界では第二次世界大戦がなかったので、史実における第二次世界大戦の映画は存在せず、また大和が沈んでいないので、宇宙戦艦ヤマトと言うアニメもゲームもきっと存在していないのでしょう。

もし、大和級の艦長を務めている先輩方に第二次世界大戦の映画や宇宙戦艦ヤマトのアニメを見てもらったら、どんなリアクションをするのか見てみたいですね。

共通としては大和級の戦艦が航空機の攻撃で沈むなんて信じられないでしょうし、阿部や河野は信濃が戦艦ではなく空母になり、廻航途中で沈んだことに複雑な気持ちでしょうね。

阿部のモデルが信濃艦長、阿部俊雄 大佐ですから、同じ阿部姓なので彼女の心境は河野以上なモノでしょう。

千葉と野際は建造さえされていないことに驚きそう。

宇宙戦艦ヤマトを見た宮里と能村以外の先輩方は、なんで大和だけ!?と思いそう。


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130話

図上演習競技が始まった頃、ユーリに絡まれていたシュテルは何とかその場から逃れ、もえかからのメールを確認すると、もえかとの待ち合わせ場所が書かれていた。

 

シュテルはもえかとの待ち合わせ場所に向かう前にあるクラスメイトを呼び出し、彼女と共にもえかとの待ち合わせ場所へと向かった。

 

「お待たせ、もかちゃん」

 

「あっ、シューちゃん‥‥っと‥‥」

 

もえかはシュテルの他にもう一人の女子生徒に気づく。

 

「あっ、この子は私のクラスの同級生の‥‥」

 

「初めまして、ヒンデンブルク記録係のメイリン・ホークです」

 

そう、シュテルはもえかとの待ち合わせ場所にメイリンを連れてきたのだ。

 

「えっと‥それで、艦長。私はどうして呼ばれたのでしょう?」

 

メイリン自身、何故シュテルに呼ばれたのか分からず、呼ばれた理由をシュテルに訊ねてくる。

 

「とりあえず、場所を変えよう。そこで、事情を話すから」

 

「は、はぁ‥‥」

 

三人は校舎内にあるコンピューター室へと向かった。

 

「シューちゃん、どうしてコンピューター室なの?」

 

「艦長、何が起こっているんですか?」

 

もえかも何故、コンピューター室に来たのか分からず首を傾げている。

 

「まずは、メイリン‥‥実は、さっき‥‥」

 

シュテルはメイリンに先程、校舎内ですれ違った真霜たちブルーマーメイドの隊員たちの様子に違和感を覚え、もえかと共に何か大きな事件が起きているのではないかと推測した事を伝える。

 

「は、はぁ~‥‥それでどうしてコンピューター室に?」

 

「だからこそ、メイリンを連れてきたんだよ」

 

「「?」」

 

「メイリン‥今から、海上安全整備局のメインコンピューターにハッキングをかけて」

 

「「えっ!?」」

 

シュテルの発言にメイリンはもちろんの事、もえかも目が点になるくらいに唖然としている。

 

「しゅ、シューちゃん、ハッキングって‥‥なにもそこまでしなくても‥‥」

 

「そ、そうですよ、艦長」

 

「でも、メイリンならそれぐらいは出来るでしょう?」

 

「で、出来ますけど‥‥」

 

(出来るんだ‥‥)

 

シュテルの問いにメイリンは平然と答え、もえかは心の中で平然とハッキングが出来るメイリンの腕にやや引いていた。

 

もえかとしては真霜たちブルーマーメイド隊員たちや真雪の話を盗聴でもして確認をしようとしていたのだが、まさか海上安全整備局のコンピューターにハッキングをかけて何が起きているのかを確認しようとするなんて、かなり大胆な事だった。

 

「何事もなければ取り越し苦労なんだけど、もし、何か重大な事件が起きていたら‥‥あのRat事件みたいなことが起きたら大変だからね」

 

「わ、分かりました」

 

メイリンは制服のポケットからUSBを取り出し、コンピューター室のパソコンを起動させる。

 

「これは自作ですけど、ハッキングの痕跡を残さないソフトが入っています」

 

(常にそんな危ないソフトが入ったUSBを持ち歩いているの!?)

 

もえかは顔には出さなかったけど、メイリンが、ハッキングソフトが入っているUSBを常に持ち歩いている事にもちょっと引いた。

 

しかし、それだからこそ、シュテルはメイリンをこの場に連れてきたのだ。

 

メイリンはUSBをコネクトに差し込み、起動したパソコンのキーボードを操作し始める。

 

画面には自分たちでは理解できない英文字や数字の羅列が高速で表示され、やがてお目当てのページが表示された。

 

「こ、これはっ!?」

 

「うーん‥‥」

 

「まさか、こんなことが起きているなんて‥‥」

 

三人は海上安全整備局が現在、秘匿している情報を見て思わず顔が強張った。

 

「これは確かにブルーマーメイドの人たちの様子が変だったのも頷けるよ」

 

パソコンの画面には、先日完成した海上プラント施設がテロリストに占拠されたという内容が書かれていた。

 

しかもプラントを占拠したテロリストたちは、そのプラントとモスボールされたアメリカの海上要塞とドッキングさせて自給自足が可能な海上テロリストの拠点に改造しようとしていた。

 

「ですが、これだけの事件です。すでにブルーマーメイドの方たちも知っているなら、ブルーマーメイドとホワイトドルフィンの人たちで十分に対処できるのではないでしょうか?」

 

真霜たちブルーマーメイドの隊員たちが知っているならば、当然この情報はホワイトドルフィンにも伝えられている。

 

ブルーマーメイドとホワイトドルフィンがこの事件の対処にあたるのであれば、自分たち学生は関係ないのではないだろうか?

 

「当然、犯人たちもこれだけの事件を起こした連中だ‥‥ブルーマーメイドとホワイトドルフィンが事件の対処に動くことは分かっている‥‥ならばこそ、プラントと海上要塞のドッキングが終わるまで時間稼ぎのためになんらかの妨害工作はしてくるんじゃないかな?」

 

「私もそう思います」

 

シュテルはこの情報だけだが、今回の事件の犯人たちはこの事件の他になんらかの妨害工作も仕込んでいる可能性を指摘し、もえかも同じ意見だった。

 

この作戦はプラントと海上要塞がドッキングしてからではないと意味がない。

 

プラントも海上要塞もその大きさ故に海上を移動することが可能でもその速度は早いとは言えない。

 

ならば、テロリストたちはドッキングするまでなんとしてでもブルーマーメイドとホワイトドルフィンの介入を阻止しなければならない。

 

となると、テロリストたちがブルーマーメイドとホワイトドルフィンになんらかの妨害工作を仕掛けているのは不思議ではない。

 

「もし、犯人たちの妨害工作で、ブルーマーメイドとホワイトドルフィンが早期に対処できなければ、これはかなりマズい‥‥念のため、私たち学生の艦でも対処できるように作戦を練っておこう」

 

「はい」

 

「わかりました」

 

「とりあえず、メイリン。プラントと海上要塞周辺の海図をコピーしてくれ」

 

「了解」

 

シュテルはこの事件が起きている海域の海図を用意させた。

 

 

 

 

その頃、外では‥‥

 

スーは競技に使用した廃棄フロートを曳航準備しているタグボートに接近し、ゴムボートからタグボートへと乗り移るとタグボートのブリッジへと向かう。

 

このタグボートは午前の部における内火艇の障害物レースに使用した廃棄フロートを移動させるために用意されていたのだが、まだ予定時刻ではなかったのかブリッジには人の姿はなかった。

 

タグボートの操船席に座るとスーは備えてある無線機のスイッチをいれる。

 

「HOW‘s the float‘s engine? (フロートの機関は?)」

 

そして、スーは無線機に向かって流暢な英語で質問する。

 

明乃たちが居たらきっとスーの英語力を見てビックリしただろう。

 

『Already standby (いつでも動かせるぜ)』

 

すると、無線機のスピーカーから男の声が聴こえてきた。

 

男も流暢な英語で答えている。

 

「SO set her to three knots and stop engine once the float makes headway After I stop the tugboat have the float move dead slow astern (じゃあ速力は3ノットで、行き足が付いたら停止。私がタグボートでを止めたらフロートも少し後進をかけて止めて)」

 

『Aye (わかった)』

 

「then let‘s begin (じゃあ、始めよう)」

 

スーは誰かと無線でやり取りした後、泊まっていたタグボートを操船し始めた。

 

故郷で水先案内人をやっているスーにとってタグボートの操船なんて自転車に乗る事と変わらなかったのかもしれない。

 

タグボートは大きさが小さく見えるが、それでも何万トンという巨大な船を引っ張るほどの強い力がある。

 

そのため、一隻のタグボートの力でも廃棄されたフロートはゆっくりだが確実に動き始めた。

 

 

スーがタグボートを操船している間にも横須賀女子の大講堂では、図上演習が進んで行き演習はいよいよ決勝となる。

 

決勝まで上り詰めたのは真白と明乃という晴風のクラスメイト同士‥‥

 

今年の遊戯祭の図上演習はまさに大穴万馬券が出た時の競馬並みの予想外な展開となっていた。

 

まさか、今年入学した同じ艦の新入生たちが経験豊かな呉、舞鶴、佐世保の先輩方を破り、図上演習の決勝戦まで上り詰めるなんて誰が予想しただろうか?

 

「それでは図上演習競技の決勝戦を開始します!」

 

「シロちゃんは残ると思っていたよ!」

 

「私も艦長が残ると信じていました」

 

明乃も真白も互いに戦いたい相手がいる‥‥

 

その信念から年上に先輩方相手にも決して緊張に呑まれることなく順調に駒を進めてきたのだ。

 

二人はタッチパネルを操作して陣形、コマンドを入力していく。

 

サイコロが振られ、先攻、後攻が決まると先攻は明乃となり、明乃の戦艦が砲撃を行い、真白の駆逐艦を砲撃し、駆逐艦を撃沈する。

 

その後も二人はタッチパネルにコマンドを入力していく。

 

一年生‥‥同じクラスメイト同士の戦いなのに明乃も真白も真剣な顔で一歩も譲らない。

 

「うちの艦長と副長で決勝戦とはなぁ‥‥」

 

同じクラスメイトなので、どっちを応援していいのか分からない柳原は腕を組みながら渋い顔をする。

 

「でも、あの二人はまるで、こうなる事を分かっていたみたいな雰囲気だね」

 

山下は、二人がこうなる事を分かっていたと察する。

 

それもその筈、エントリー前に真白が明乃に『戦ってくれ』と言った展開がまさに目の前で繰り広げられている。

 

「いや、まさか‥そんな‥‥」

 

内田は信じられないと思う。

 

そりゃあ、経験豊かな先輩方が大勢居た中、こうして決勝戦まで勝ち進んできたのだからまさにスポコンな漫画・アニメのような展開だ。

 

「で、どっちが勝つぞな?」

 

勝田が内田と山下にどっちが勝つのか予想を訊ねる。

 

明乃と真白‥‥

 

どちらが勝つのか?

 

経験は同じだが、

 

学術で言えば真白が上‥‥

 

運では明乃が上‥‥

 

どちらが勝ってもおかしくはない状況‥‥

 

「これで予想してみる」

 

すると、八木がいつも使用しているダウジング棒を取り出し、どっちが勝つかを予想すると言う。

 

「ハハッ‥‥」

 

八木と付き合いが長い宇田もこうなると予想は出来た筈なのだが、乾いた笑みを浮かべながら呆れる。

 

「宗谷真白も知名もえか、岬明乃と並んで指揮官の素養を十分に備えていますね」

 

職員席から古庄教官が隣に座る真雪に声をかける。

 

やはり、真白も宗谷家の娘‥‥

 

宗谷の優秀な血をちゃんと引き継いでいた。

 

ただ、真白の場合、明乃、もえか以上に不幸体質なだけであり、その不幸体質がなければ十分に明乃、もえかと並ぶ優秀な人材であることは間違いなかった。

 

 

大講堂で図上演習競技の決勝戦が行われている時、コンピューター室では、

 

「予想されるドッキングポイントはココ‥‥」

 

「そして、これがプラントの予想針路‥‥こっちが海上要塞の予想針路‥‥」

 

海図にはプラントと海上要塞が辿るであろうコースが描かれている。

 

(もし、私自身がこの事件の犯人ならば、どうやって時間を稼ぐ‥‥)

 

プラントと海上要塞のドッキングまでの時間稼ぎの方法を考えるシュテル。

 

(ブルーマーメイドとホワイトドルフィンと同じ規模の艦隊を用意する?)

 

(いや、一介のテロリストにそれだけの規模の艦隊を用意できるとは思えない‥‥)

 

(この世界では飛行機がないから、航空機による航空攻撃は無い‥‥ならば、潜水艦による狼群戦術‥‥)

 

(いや、狼群戦術並みの潜水艦を揃えなくても数隻だけでも十分足止めは出来るか‥‥)

 

日本に向かう途中、地中海にて廃棄予定のUボートが奪われ、武装商船の攻撃と共に雷撃攻撃を受け、あの航海で東舞鶴海洋学校の伊201による雷撃も受けた事があるので、潜水艦からの攻撃も十分に考えられる。

 

海中のどこから魚雷が迫ってくるのか分からない不安と恐怖。

 

速力を出して振り切りたいところでもどこに潜んでいるのか分からないのではプラント、海上要塞への攻撃中に海中から魚雷攻撃を受ける確率が高い。

 

故にどうしても潜水艦の排除は必要となる。

 

テロリストたちにとってブルーマーメイドとホワイトドルフィン艦隊の殲滅が目的ではなく、あくまでもプラントと海上要塞のドッキングが終わるまで時間を稼げればそれで良いのだから‥‥

 

(あとは機雷敷設による足止め‥‥)

 

同じくあの時の航海では航路封鎖を目論んだ古い機雷で一晩足止めをくらったこともあり、午前中の第一競技である内火艇レースで機雷は足止めの障害物として使用された。

 

(潜水艦による狼群戦術か奇襲‥それと機雷を敷設しての航路封鎖による足止め‥‥今、思い当たる足止め方法はこれぐらいか‥‥)

 

シュテルはテロリストたちがブルーマーメイドとホワイトドルフィンの艦隊を足止めする方法が潜水艦による狼群戦術または奇襲攻撃と機雷敷設かと推測したが、まさかテロリストたちがあの様な方法で足止めをしてくるとはこの時は思いもよらなかった。

 

「万が一、ブルーマーメイドとホワイトドルフィンがテロリストたちの妨害工作で足止めをされた場合、学生艦でプラントと海上要塞‥この二つを対処しなければならないと思う」

 

「うん、そうだね‥‥シューちゃんはどんな方法で、テロリストたちは足止めをしてくると思う?」

 

「考えてみたけど、テロリストの規模から、ブルーマーメイドとホワイトドルフィンと同等の艦隊を用意するのは不可能」

 

「うん、そうだろうね」

 

「次に思いついたのが、潜水艦による狼群戦術か魚雷による奇襲攻撃と機雷敷設による航路封鎖‥‥この二つかな?」

 

「プラントと海上要塞を占拠するぐらいの規模のテロリストなら確かにそれぐらいの潜水艦と機雷ぐらいは用意できるかもね‥‥」

 

「潜水艦にしても狼群戦術とは言わず、数隻でも用意できればブルーマーメイドとホワイトドルフィンの艦隊の足を鈍らせることぐらいは出来る」

 

「テロリストたちの目的はあくまでもプラントと海上要塞をドッキングさせるためだもんね」

 

「ああ、無理をしてでもブルーマーメイドとホワイトドルフィンの艦隊を殲滅する必要はないからね」

 

もえかもシュテル同様、テロリストたちの足止め方法が潜水艦と機雷だと納得した。

 

「いずれにせよ、次はブルーマーメイドとホワイトドルフィンの艦隊がテロリストたちの妨害で出撃出来ず、私たち学生艦を使用する場合の作戦だね」

 

「うん。本来ならばこれから立てる作戦が実行されないことが一番良いんだけどね」

 

続いてもえかとシュテルは万が一、ブルーマーメイドとホワイトドルフィンで対処できずに学生艦で対処する場合となった時の作戦をたてた。

 

シュテルの言う通り、本来ならば自分たちがこれから立てる作戦が実行されないことが一番安全であり、遊戯祭が無事に終わる事態なのだが、テロリストたちの妨害が考えられる中、作戦を立案しないわけにはいかなかった。

 

「この作戦を立てるにあたって、前提としてブルーマーメイドとホワイトドルフィンの艦艇が使用不可能という事を含んで考えないとね」

 

「そうだね」

 

二人はブルーマーメイドとホワイトドルフィンの艦艇が使用不可能であることを前提として作戦を立案し始める。

 

「プラントと海上要塞‥共に動きは遅いけど、プラントの方が海上要塞よりも若干、速度が速いか‥‥」

 

「海上要塞の方はアメリカの情報ではモスボール扱いされているから武装は全部取り除かれているって公表されているけど‥‥」

 

「いや、その情報はあまり当てには出来ないな」

 

シュテルは海上要塞が非武装だという情報に対して懐疑的だった。

 

「どうして?」

 

「自給自足が出来るプラントをドッキングさせて難攻不落の海上要塞にするわけだから、武装がなければ簡単にブルーマーメイドとホワイトドルフィンに鎮圧されてしまう。アメリカは確かに海上要塞の武装を撤去したかもしれないけど、テロリストたちが自前で用意したかもしれないし、『撤去しました』と言いながらすぐに要塞として使用できるようにアメリカが要塞内に秘匿しているかもしれない」

 

そもそも、モスボールは兵器などの機器を予備役にすること‥‥再使用を考慮して極力劣化を防ぐため、開口部を防水加工し保管することであり、必要に応じて現役復帰したり、海外に売却されたり、あるいは実艦標的として海没処分となる。

 

海没処分はともかく、共産圏である中華人民共和国のアジア共産化、北朝鮮による戦争の脅威を防ぐためにアメリカが即座に対応できるように海上要塞には武器が秘匿されている可能性は十分にあった。

 

もし、要塞に武器が秘匿されている場合、海上要塞を占拠しているテロリストたちがそれを見つけないはずがない。

 

例え、アメリカが言う通り海上要塞の武装を撤去したとしてもテロリストたち自前で武器を用意している可能性は十分にあり、砲台など砲があれば構造上簡単に設置できる筈だ。

 

「となると、海上要塞の方は武装されていると考えた方がいいね」

 

「ああ」

 

「プラントの方は構造上、砲台を設置することが出来ない‥‥」

 

「でも、プラントには技術者さんや研究員さんたちが居た筈‥‥」

 

「テロリストたちは彼らを人質にしているから、プラントの制圧に関しては、海上からの艦砲射撃は最後の手段で出来ればプラントの機関を止めて人質を救出するのが目的だから、白兵戦に持ち込んで内部から制圧しなければならないな‥‥」

 

(‥‥もしかして、人質になっている技師の中にスーの父親がいるかもしれないな)

 

シュテルは昨日出会った異国の少女のスー‥‥

 

彼女が言うには、スーの父親は日本に単身赴任している技術者‥‥

 

もしかしたら、スーの父親はテロリストたちに占拠されているあのプラントで人質になっている技師の中にいるのではないかという推測が脳裏を過ぎった。

 

「それでも、牽制としてある程度の火力と速力は必要だね」

 

「うん‥‥メイリン」

 

「はい」

 

「遊戯祭に参加して航行可能な横須賀、呉、舞鶴、佐世保の学生艦の一覧表を見せて」

 

「は、はい‥‥こちらです。どうぞ」

 

「ありがとう」

 

メイリンが今回の遊戯祭に参加している学校の学生艦の一覧表を印刷し、シュテルに手渡す。

 

「「うーん‥‥」」

 

シュテルともえかは一覧表に目を通す。

 

「ある程度の火力と速力がある艦となると‥‥」

 

「やっぱり、金剛級かな?」

 

「だろうね‥‥舞鶴の榛名、佐世保の霧島、横須賀の比叡、そして、ドイツのシュペー‥‥このほかに速力がある巡洋艦の戦隊を組んでプラント奪還の艦隊を組んで‥‥」

 

「海上要塞の方はやっぱり‥‥」

 

「ああ、武装もしているだろうから火力が高く、足の速い艦を必然的に組むとなると‥‥」

 

「尾張級‥‥」

 

「それと、私のヒンデンブルクだね」

 

「指揮権についてはどうする?」

 

「ん?」

 

「横須賀女子だけで対応するならともかく、今は遊戯祭で他の学校の先輩たちもいるけど‥‥」

 

もえかの言う通り、Rat事件の時は被害にあったのが横須賀女子の学生艦とドイツからの留学生艦だったので、シュテルと晴風クラスが中心に動くことが出来た。

 

しかし、今回の事件に関しては学校の垣根を越えるほどの規模の事件であり、横須賀女子の学生艦のみでは解決に導けない。

 

他校の学生艦の協力がどうしても必要だ。

 

ただ、他校の学生艦は二年、三年の先輩方が艦長をしている学生艦。

 

いくら、作戦を立案したのが自分たちだからと言って指揮権まで自分たちが執るという訳にはいかない。

 

先輩方の中には当然、何かしらの異議を唱える可能性は十分にある。

 

「旗艦はプラント奪還の方は横須賀の比叡、海上要塞の方は‥もかちゃん、君の艦だ」

 

「わ、私の!?」

 

シュテルは二つの拠点に向かわせる艦隊旗艦を横須賀女子の学生艦に設定した。

 

「でも、他の学校の先輩方がそれを許すかな?」

 

航海経験や射撃練度で言えば、佐世保の千葉、舞鶴の阿部たち三年生たちが自分たちよりも経験豊富だ。

 

その先輩方を差し置いて、一年生である自分たちの艦を旗艦に設定するなんて出来るだろうか?

 

「いや、その心配はない‥‥十中八九、横須賀女子の艦が旗艦に設定される」

 

しかしシュテルは、旗艦は横須賀女子の艦に設定されると確信をもっていた。

 

「どうして?」

 

「この事態において、学生だけを行かせるとなれば、宗谷校長が陣頭指揮を取ろうとする。となれば、旗艦は横須賀女子の学生艦に当然設定すると思う」

 

「た、確かに‥‥」

 

「でも、宗谷校長は陣頭指揮を執れない」

 

「えっ?」

 

「確かに宗谷校長は昔ブルーマーメイドだったけど、今は一海洋学校の校長‥‥民間人だ。プライドだけは高い官僚はそれを『良し』とはしない‥‥絶対に国土保全委員会から『待った』をかけられる。そもそも、今回の作戦はプラントと海上要塞の二正面作戦‥‥となると、宗谷校長には、『横須賀に残って二つの作戦の統合作戦の指揮を執れ』とでも言ってくるさ」

 

「た、確かにそれはありえそう‥‥」

 

「となれば、宗谷校長が国土保全委員会に要請するのが‥‥」

 

「海上治安維持法第十一条‥‥」

 

「正解」

 

海上治安維持法第十一条‥‥それは、ブルーマーメイド及びホワイトドルフィンの隊員を一時的、強制的に指揮下に置き、治安維持活動のため動かすことが可能という法律だ。

 

横須賀で現場に赴くことが出来ない真雪は必ずこの法律を使い、今回の遊戯祭にゲストとして呼んだ真霜、真冬らブルーマーメイドの隊員らを自らの指揮下に置く筈だ。

 

「宗谷校長が真霜さん、真冬さんを指揮下に置いたら、真霜さんを駿河へ、真冬さんを比叡に乗艦させ、自らの代理として指揮官として任命するはずだよ。まぁ、その逆もあり得るかもしれないけどね」

 

シュテルの話はあくまでも仮定の話であるが、この話を聞いたもえかは十分にあり得る話だと思った。

 

「先輩方が旗艦の件でごねる様だったら、今の仮定の話を聞かせてやればいい」

 

「えっ?聞かせてやるって‥‥?」

 

「今回の作戦は、もかちゃん‥‥君が立てたことにしてくれ」

 

「えっ!?」

 

シュテルの頼みを聞いて、もえかは驚く。

 

「で、でも‥どうして‥‥」

 

「まぁ、一番なのはこの作戦が実行されない事だけど、万が一、起きた場合、作戦を立案したもかちゃんの株も上がるでしょう。もかちゃんは横須賀女子の首席‥いわば、横須賀女子の代表でもあるんだから」

 

「で、でも‥‥」

 

「責任については大丈夫‥あくまでも作戦の立案をしただけであって、最終的に決断を下すのは宗谷校長とブルーマーメイドの人だから」

 

シュテルは責任に関しては問題無いと言うが、もえかにはここまで立案した作戦を自分一人の手柄にしてしまっていいのかという罪悪感があった。

 

「でも、折角シューちゃんも一緒に立てた作戦なのに‥‥」

 

「後輩に華を持たせるのも先輩の仕事の一つだし、必ずしもこの作戦が実行されるとは限らないんだし、ね?」

 

「う、うん‥‥」

 

「メイリンもこの件は黙っていてね」

 

「分かりました」

 

もえかとしては煮えきらない思いがあったが、シュテルの言うとり、この作戦が絶対に実行されるとは限らないし、自分たちが立てたのはあくまでも予測‥‥

 

ブルーマーメイドとホワイトドルフィンがプラントと海上要塞をテロリストたちから奪還することだって十分に考えられる。

 

しかし、事態は全て二人が描いた通りとはいかないまでも、似た状況へと動くことになるのをもえかもシュテルもこの時は知る由もなかった‥‥

 




映画を見た当初、スーの父親がプラントで人質にされ、ラストで再会できるか、テロリストのボスが実はスーの父親かと思っていましたが、結局謎のままで終わり不完全燃焼‥‥それともこれは、はいふり二期の伏線なのかとも思いました。

豪華パンフレットについてくるドラマCDのもかちゃんはまるで銀英伝のヤンみたいに先読みが凄かった。

原作ではあの作戦を一人で立案したもかちゃんは軍師・参謀として将来活躍しそう。


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131話

横須賀女子の大講堂内で行われている図上演習競技の決勝戦は、呉、舞鶴、佐世保の先輩方を破った一年生、同じクラス同士の戦いとなっており、一年生同士の戦いにも関わらず、観客席の生徒たちは固唾を飲んで戦いの行方を見守っていた。

 

それは教員である真雪と古庄教官も例外ではなく、教員観客席から二人の試合の成り行きを見ていると、

 

ブブ‥‥!ブブ‥‥!

 

マナーモードに設定されていた真雪のスマホのバイブレーションが揺れて着信を知らせる。

 

真雪がスマホのディスプレイを見ると、

 

「はぁっ!?」

 

彼女は険しい表情を浮かべるとすぐに席を立ち上がり講堂から出ていく。

 

講堂から出ていく真雪の後姿を古庄教官は怪訝な表情で見ていた。

 

真雪のスマホに一体どんな事が表示されていたのかは分からないが、試合はそんなこと関係なしに進んでいる。

 

「艦長!もし私が艦長に勝てたら、その時は‥‥」

 

真白はコマンドを入力し終えると、対峙する明乃に語り掛ける。

 

「うん‥分かっているよ!シロちゃん!」

 

「だから、絶対手は抜かないで下さい!」

 

真白はそう言うが、明乃は真白がこの試合で自分に勝てたら比叡クラスへ移籍すると思っていたが、真白が自分に負けても明乃は真白に対して比叡クラスへの移籍を薦めるつもりでいた。

 

真白が艦長になりたいと思っているのはあの時の航海で分かっている。

 

今、真白にきている話は駆逐艦の艦長ではなく、戦艦の艦長への移籍話だ。

 

艦長になりたいのであれば、駆逐艦よりも戦艦の艦長の方が将来ブルーマーメイドになった時にプラスの学歴になる筈だ。

 

自分や親友のもえかがブルーマーメイドになりたいように、真白もブルーマーメイドになりたがっているのは十分に知っている。

 

だからこそ、明乃は真白に比叡クラスへ移籍して欲しかった。

 

「勿論だよ!そんな事をしたら、シロちゃんには直ぐばれちゃうし!」

 

口ではそう言っても、心の隅では本当に真白と別れていいのかと、明乃自身もまだ真白の移籍話の件はくすぶっていた。

 

「そうですね‥‥」

 

二人はそのまま試合を進める。

 

 

その頃、講堂を出た真雪は校舎内の会議室に来ていた。

 

会議室にあるモニターには真霜の姿が映っていた。

 

「状況は?」

 

真雪は早速、真霜に現状確認をする。

 

「北緯26度、東経135度付近の洋上で試験運用されている水精製プラントが海賊に占拠されたわ」

 

ここにきて、真雪も現在海上で起きているプラントの占拠事件を知った。

 

「確か、植物栽培と人口蛋白合成ユニットが付いている自己完結型の‥‥」

 

「そう、プラントの技術者は全員人質にされている」

 

「やっかいね」

 

このプラントは国土が水没し、食料生産能力が、シュテルが八幡の頃だった前世日本と異なり低下している後世日本にとって、食料生産の大役を担う重要な海上施設であり、そのプラントに居る技師たちも重要な人材‥‥

 

プラントと優秀な人材を失うのは今の日本にとって将来の食糧事情にも関わる話だ。

 

「それだけじゃないの」

 

ただ、事態はこのプラントが占拠されただけではなかった。

 

「南シナ海でモスボールされていた海上要塞も同じ組織とみられる海賊に奪取されて、動き出しているのよ」

 

「何ですって?」

 

「アメリカからの情報だと海上要塞の武装は破壊してあるから使えないらしいわ。但し、プラントと合流したら人質に無理やり修理させるでしょうね」

 

真霜はアメリカ側から提供された情報を信じて、海上要塞は現在非武装で、プラントとのドッキング後にプラントにて人質にしている技術者たちに海上要塞を再武装させると考えていた。

 

「国土保全委員会の方針は?」

 

真雪が日本政府側の反応を訊ねる。

 

「人質救出が最優先。主力をプラントに向けて、海上要塞は余剰戦力でマークする事になりそうよ」

 

日本政府も真霜同様、アメリカ側からの情報を信じて、日本の将来の食糧事情を改善する機能と優秀な人材が人質にされているプラントの奪還を第一目標に設定している。

 

そして、非武装とされる海上要塞は予備兵力でも十分に鎮圧できると考えている。

 

ただし、それはアメリカ側の情報通り海上要塞が非武装だったらの話だ。

 

日本政府もブルーマーメイドもアメリカから提供された現状における海上要塞の情報を完全に信じ切っており、海上要塞が武装されているという可能性を持っていなかった。

 

「この装甲厚ではブルーマーメイドやホワイトドルフィンの艦艇で足止めするのは困難ね‥‥」

 

真霜の隣に表示されている海上要塞の映像から通常のブルーマーメイドの艦船、インディペンデンス級沿海域戦闘艦、ホワイトドルフィンのあきづき型護衛艦の主砲では海上要塞の外部装甲に歯が立たないと予測する。

 

「数で囲んで、乗り込んで止めるしかないわ。向こうに撃てる砲がない間にね」

 

真霜はプラント奪還作戦と同じく、多数の艦艇で海上要塞の針路を妨害し、海上要塞内に隊員を送り込んで白兵戦によって内部から制圧する作戦を検討していた。

 

もし、この世界に航空機が存在していれば機動部隊による航空攻撃で空から爆撃し、海上要塞の足を止める作戦が練られていたかもしれない。

 

「万一、プラントと海上要塞が合流すれば難攻不落なうえ、自給自足が可能になる‥‥」

 

「移動できる海賊行為の拠点‥想定しうる最悪の結末よ」

 

「‥‥」

 

事態はまだプラントと海上要塞のドッキングが完了していないため、真霜の言う最悪の事態は起きていないし、海上要塞と言えど、非武装ならば、ただの動く装甲の塊なので、現時点ではブルーマーメイド、ホワイトドルフィンで十分に対処できると真雪は考えていた。

 

 

真雪が会議室で真霜と海上で起きた事件について現状を確認している中、大講堂では真白と明乃の試合は続いていた。

 

明乃の駆逐艦の雷撃が真白の巡洋艦を撃沈する。

 

「あやつ!さっきから事も無げに低い確率の成功判定を引き当てよる」

 

二人の対戦試合を見ながら、ミーナが明乃は先程から成功確率が低い攻撃コマンドを選んでいる事に気づく。

 

しかし、本来ならば成功確率が低い筈なのに、明乃のコマンドは成功が続いている。

 

「艦長のラッキーとシロちゃんの不運の相乗効果ですかね?」

 

成功確率が低い明乃のコマンドが成功しているのは明乃本人の持ち前の運の強さと真白の不幸体質が合わさっての相乗効果なのではないかと納沙は予測する。

 

「しかし、宗谷もただ、やられている訳ではない」

 

「「えっ?」」

 

「先程撃沈されたのは、今までの攻撃で、既に中破していた艦だった‥宗谷は岬が何処を狙ってくるか読んで、継戦能力の落ちた艦を其処に配置し、被害担当艦としていた」

 

真白は戦闘能力、航行能力がこれまでの攻撃を受け、低下してしまった艦を被害担当艦にして十分な戦力を温存し、明乃の艦隊の砲弾、魚雷を消費させている。

 

そして、再び艦隊から落伍した駆逐艦に攻撃が命中し撃沈される。

 

しかし、この駆逐艦もこれまでの戦闘で中破判定を受けていた艦であった。

 

真白の戦術は昔、みほが雪ノ下と行ったシミュレーションバトルと似た戦術であるが、あの時、雪ノ下は味方にいくら被害が出ようとも、みほの艦隊を殲滅する無意味な突撃だけを繰り返して無駄に艦隊の数を消耗して負けたが、真白は明乃の艦隊の消耗を狙い、回避と後退行動をとり、明乃の艦隊が行動の限界と弾薬の消耗がピークになった時に反転し反撃に転ずるような動きをとっている。

 

「名勝負っス!漫画にしたいくらいの!」

 

「これ、もうどっちが勝つか分んないわ」

 

「口八手八丁ってやつだね!」

 

「それ全然、使いどころ違うから‥‥」

 

駿河の言葉の間違いに対してツッコミを入れる広田。

 

「うぅ~どっちも頑張れ!」

 

鈴は涙声になりながらも真白と明乃両方を応援した。

 

「いや~やられちゃったねぇ~」

 

横須賀女子以外の海洋学校の観客席では、千葉が自分たちの試合を振り返っていた。

 

「ですね~」

 

「まさか、三人そろって、晴風の副長にやられるなんて‥‥」

 

宮里、千葉、阿部の三人は真白と戦い敗北した様だ。

 

第一試合で優勝候補の宮里に当たったのもそうだが、立て続けに宮里以外の優勝候補者たちと対戦対手となった真白の不運は相当なモノであるが、その時の真白は第一試合の宮里を相手にした時と同じく自身の不幸を呪うことなく、明乃を相手にするまで負けられないと言う静かな闘争心を燃やし、優勝候補の先輩方を次々と破っていった。

 

「でも、うちの千葉さんは惜しかったですよぉ~」

 

野際は千葉と真白の試合はギリギリのせめぎ合いで僅かな差で千葉が負けたが、善戦したとフォローする。

 

「いや、私だけじゃないんだ。宮里も阿部もギリギリの所で逆転負けしている。つまりそれがあの子の勝ちパターンなんだ」

 

「千葉先輩のおっしゃるとおりです。終盤の入り口まで、常に優位に運んでいたので、私とした事がつい緩んでしまいました。そして、其処からの驚異的な粘りにやられました」

 

宮里も自分と真白の試合を振り返り、終盤ちょい手前まで自軍が優位に事を運んでいたことに油断して真白に負けたと反省している。

 

「みやさんが珍しく油断したのも無理ないだら。あの子本当についてなかったし、こりゃ勝てると誰でも思うんじゃんね」

 

宮里と真白の試合を見ていた能村自身もあの試合はあのまま宮里がぶっちぎりの圧倒的な差で勝つと踏んでいた。

 

恐らく能村自身も真白と試合をしていたらそう思っていた。

 

自分の攻撃は面白いくらい当たり、真白の艦隊の数は簡単に減っていくのだから当然の結果だと思っていた。

 

しかし、最後の最後で大どんでん返しをくらい、逆転負け‥‥

 

「それにしても悔しいなぁ~」

 

「私も悔しくはありますが、彼女は勝つべくして勝ったと言うべきでしょう」

 

一年生だと侮っていた慢心があったとは言え、逆転負けをしたことに宮里も阿部も悔しがっていた。

 

「何処までも敗北を受け入れない者は、何時か勝利を手にするってヤツか?」

 

「はい。我々も見習うべき感じが有りました」

 

いつまでの敗北を引きづっておらず、この敗北から学ぶこともあると宮里は言う。

 

「で?決勝戦は、晴風の艦長、副長対決と‥‥」

 

「ちょっと、異様な雰囲気ですね。二人とも何か心に期するモノがあるような‥‥」

 

「馴れ合い抜きの真剣勝負が見られるって事だな‥‥歓迎だ!」

 

「図上演習は結果が出なかったけど、クラス総合だと近江はいいところまでいっているよね?専務」

 

「はい、社長。総合二位です。障害物航走、艦砲弾入れ、スキッパーリレー、手漕ぎボート綱引き、水上無差別合戦、全てにおいて五位以内に食い込んでいますから」

 

河野が午前中における競技結果を振り返る。

 

「昨日、皆でリハーサルしたかいがあったねぇ~」

 

どうやら、近江クラスは歓迎祭の後、今日の競技の練習をしていたみたいだ。

 

「私が止めなかったら、徹夜で練習させる勢いでしたからね‥‥」

 

河野が昨日の事を振り返ると、その内容はまさに本物の軍隊並みだったみたいだ。

 

「でも、総合一位は私ら尾張クラスですからね」

 

能村がドヤ顔で現在の成績を阿部に言う。

 

「むぅ~」

 

能村の言葉に阿部は頬を膨らませる。

 

「副長、口を慎みなさい」

 

宮里は能村を嗜める。

 

「いいの!いいのよ!」

 

しかし、河野は構わない様子。

 

「ブラックな人使いだけじゃあ、一位は取れないってことをあず社長に分かってもらわないと」

 

今回の成績結果から、詰め込み過ぎの行動では確かに上位な成績は出せるが、首席‥‥一位は取れないという事を阿部に学んでほしい河野だった。

 

「私たち三河は総合四位ですけど、かっこよさではウチの千葉さんが一位ですから、フフフ‥‥」

 

野際は、成績は現在四位ながらも、もっとも活躍した生徒は千葉であると誇らしげに言う。

 

「ありがとう、啓子さん。しかし、大したものだな、駿河クラスは‥‥まだ一年生だというに、三位につけているのだから‥‥」

 

一位が呉の尾張、二位が舞鶴の近江、四位が佐世保の三河‥‥そして三位は横須賀の駿河だった。

 

「思い出しますねぇ~去年の宮里さんたちを‥‥」

 

「恐縮です」

 

野際は去年の遊戯祭の事を思い出す。

 

現在、二年生の宮里は去年、一年生であり、その時の宮里たちの尾張クラスは二年生、三年生の先輩方相手に奮戦していた。

 

今年のもえか率いる駿河クラスは去年の宮里を彷彿させる活躍を見せていたのだった。

 

 

大講堂で図上演習競技が続けられている中、会議室では、

 

「直ちに競闘遊戯会を中断して、横須賀港内のブルーマーメイド艦を全て出港させる様、来賓に伝えて!」

 

真雪は大事を取って、に競闘遊戯会を中断し、港内に停泊するブルーマーメイド全艦を出撃させる決断を下す。

 

「了解しました」

 

秘書の老松は直ちに真雪の指示を伝えるべく、会議室を後にした。

 

「ふぅ‥‥」

 

真雪が緊張から解放され一息つく。

 

その直後、

 

ビィー!!ビィー!!

 

テレビ電話の着信を知らせる着信音が会議室に鳴り響く。

 

モニターにはブルーマーメイドの隊員が映し出され、

 

「校長、廃棄フロートが動いているのですが‥‥」

 

午前中の競技に使用した廃棄フロートが動いている事を真雪に伝える。

 

「日没後、移動する予定だった筈よ?至急、確認して」

 

「はい」

 

夜に撤去するはずだった廃棄フロートが動いている。

 

潮流にでも流されたのか?

 

いや、あの大きさのフロートがこの辺りの潮流ごときで流されるなんて考えられない。

 

「何故、こんな時に‥‥」

 

海上で起きているプラントと海上要塞の占拠事件に予定時刻よりも早く動いている廃棄フロート‥‥

 

(何か嫌な予感がするわ‥‥)

 

一連の出来事から真雪に猛烈な不安感が襲い掛かった。

 

しかし、真雪の不安はこの後、的中することになり、同時にシュテルがもえかと共に立てた作戦は、立案者自身はこの作戦が実行されることが無い事を祈っていたが、その願いもかなわないことになる。

 

 

その日没後に移動させる予定の廃棄フロートを曳航しているタグボートのブリッジではスーがタグボートを操船しており、その行き先は港内の出入口である港口であり、もう間もなく予定地点に到着するところだった。

 

「Just a little more (あと少しね)」

 

スーはタグボートを操船しながら誰かと無線でやり取りをしている。

 

「slow speed as turn by my signal (私が合図したら微速後進にして)」

 

『‥‥』

 

「?」

 

しかし、ついさっきまで無線でやり取りしていた相手からはうんともすんとも応答がない。

 

「Did you hear me?(聞こえている?)」

 

相手の無線の故障なのかと思い、もう一度、無線で応答を求めるスー。

 

しかし、相手からの応答が返ってくる事はなかった。

 

 

講堂における図上演習の決勝戦は真白、明乃の艦隊の艦艇が入り乱れる乱戦となっていた。

 

「これはもう、どんな不運が起きてもシロちゃんの勝ち‥‥」

 

納沙がモニターを見ながら乱戦状況になっている中でも弾薬や残存艦艇の数と艦種から真白が絶対的に有利だと判断する。

 

「ですね‥‥」

 

「見事じゃ‥‥」

 

「このターンで決着ですね‥‥」

 

真白もこのターンで勝敗が‥‥自分の勝利が確定することを読んでいるみたいだ。

 

「うん、シロちゃん、やっぱり凄いよ!私なんかより、ずっと立派な‥‥」

 

明乃も自身の敗北を認めながらも最後まで戦うことを止めず、最終ターンのコマンドを入力しようとした時、

 

ドゴーン!!

 

ガガガガ‥‥

 

突如、大講堂に大きな衝突音と衝撃が襲い掛かった。

 

「わっ、うわっ!?」

 

「はっ!?」

 

衝突音と衝撃のすぐ後に爆発音もした。

 

あの廃棄フロートが港の港口で座礁し、爆発、着底した。

 

その時の衝撃で周辺の海は大波が発生し、廃棄フロートを曳航していたタグボートは木の葉のように揉まれ、タグボートに乗っていたスーは海へと放り出されてしまった。

 

廃棄フロートが港口で爆沈し着底してしまったせいで港内に停泊していた艦船は出港不能となってしまった。

 

当然この廃棄フロートの衝突音と爆発音は校舎内でも確認でき、シュテルたちが居たコンピューター室でもその轟音は聞き取れた。

 

「な、なんだ!?」

 

「一体何が‥‥」

 

三人が急いでコンピューター室から出て海が見る桟橋近くまでいくと、爆発により屑鉄となったフロートが港の出入り口を塞ぐ形で着底している。

 

「や、やられた‥‥」

 

シュテルは着底しているフロートを見て、苦虫を嚙み潰したように顔を歪める。

 

「どういうことでしょう?」

 

「あれはアイツらの仕業だ‥‥今、プラントと海上要塞を占拠しているテロリストどもの‥‥」

 

「「えっ?」」

 

「完全にやられた‥‥連中の足止めは潜水艦か機雷かと思ったが、まさかブルーマーメイドの艦艇が出撃する前にその動きを封じ込めるなんて‥‥」

 

シュテルの当初の予測では海上においてプラントと海上要塞に向かってくるブルーマーメイドとホワイトドルフィンの艦艇を潜水艦と機雷で足止めするかと思われたが、テロリストたちの方が一枚上手で出撃前のブルーマーメイドの艦艇の動きを封じ込めてきた。

 

 

かつて、アメリカとスペインとの戦争、米西戦争におけるサンチャゴ・デ・キューバ海戦にて、アメリカがスペインの艦隊の動きを封じ込めるため、スペイン艦隊が停泊しているサンチャゴ・デ・クーバ港の出入り口に汽船を沈めて艦隊が出て来れなくする作戦をとったことがある。

 

日本もこのアメリカ軍の作戦を参考にして、日露戦争の折、旅順港に引きこもっているロシア東洋艦隊を封じ込めようと広瀬武夫少佐らの決死隊が閉塞船団を組んで、旅順港の閉塞作戦を実行した。

 

アメリカ、日本いずれの閉塞作戦は陸上に設置された砲台からの砲撃で失敗に終わったが、今回のテロでは港の出入り口に砲台なんて設置されておらず、接近する廃棄フロートに気づいた時には、既に時遅く着底するには絶好のポイントまで来ていた。

 

「‥‥もかちゃん」

 

「ん?」

 

「残念だけど、あの作戦‥実行しないといけないみたいだ」

 

シュテルはもえかに自嘲するような笑みを浮かべながら自分たちが立てた作戦を実行に移さなければならない事態になったことを伝える。

 

「メイリン」

 

「はい」

 

「ジークに連絡‥‥急ぎ、機関科のメンバーを集めてボイラーに火を入れ、出航準備を整えるように伝えて」

 

「は、はい」

 

シュテルからの指示を受け、メイリンはヒンデンブルク機関長のジークに連絡をいれる。

 

同様にもえかも駿河の機関長に連絡を入れている。

 

「さて、次は先輩方に作戦の説明をしないとな‥‥もかちゃん、面倒かもしれないけど頼めるかい?」

 

シュテルはもえかに自分たちが立てた作戦内容が書かれた紙の束を見せる。

 

「はい」

 

もえかは迷うことなくシュテルから作戦書を受け取り、他校の尾張級の艦長である先輩方の下へと向かった。

 

シュテルたちとはちょっと離れた桟橋にて、明乃たち晴風クラスのメンバーもこの轟音の正体を確認しに桟橋に来ていた。

 

山下が双眼鏡で着底した廃棄フロート周辺の様子を見ている。

 

「ん?あれは‥‥」

 

明乃はフロートではなく、その近くのタグボートの周辺を目を細めて見るが、何分距離があり、よく見えない。

 

「ちょっと貸して」

 

明乃は山下から双眼鏡を借りて海を見る。

 

そこにはブルーマーメイドのスキッパー隊により救助されたスーの姿が見えた。

 

「スーちゃん!?」

 

「えっ?艦長!!」

 

明乃は救助されたのがスーだと知ると、踵を返して走り出し、真白もその後を追いかけた。

 

 

廃棄フロートの爆沈着底を見に桟橋に来たのは横須賀女子の生徒だけではなく、遊戯祭に招待されている他校の先輩方も来ていた。

 

「こりゃ一体‥‥」

 

「どういう事やて?」

 

「廃棄フロートが爆沈している」

 

港の出入り口で爆沈、着底している廃棄フロートの姿を見て先輩方も唖然としている。

 

「フロートに人はいない様だが‥‥」

 

「あれは!?港の出入り口を塞ぐ形になっていますね!」

 

「嫌な予感がする‥‥港内のブルーマーメイド艦が外に出られなくなっている」

 

ただの事故には見えず、まるでブルーマーメイドの艦を外に出さないように港の出入り口を塞ぐ形で着底している廃棄フロートの姿を見て先輩方も胸騒ぎを覚える。

 

「阿部先輩のおっしゃる通り、危険な状況です」

 

その時、背後から声がして先輩方は振り返る。

 

『あっ!?』

 

そこには紙の束を抱えたもえかが立っていた。

 

「君は駿河艦長の‥‥?」

 

「はい、知名もえかです。みなさんに相談したい事が有って来ました」

 

「いきなりだなぁ~‥‥って言うか、この騒ぎの中で良く見つけられたね、私たちを」

 

桟橋は横須賀、呉、舞鶴、佐世保の生徒でごった返してしる中、もえかはピンポイントで自分たちを見つけ出している。

 

「状況が一番よく確認できるのはこの地点ですから、先輩たちは此処に居るんじゃないかな?って思って‥‥」

 

「なるほど‥で?相談って言うのは?」

 

「協力していただきたいんです。私たち尾張級四隻の力が必要になります」

 

「話がデカいなぁ~君は」

 

阿部はもえかの話のスケールに大げさだと若干呆れている。

 

いくら嫌な予感がしても何も尾張級の全てを使う事態なのかと思っているのだ。

 

「ちょっと、待って‥さっき貴女が言った危険な状況とは?具体的には何なの?」

 

この時点で学生らにはまだ海上プラントと海上要塞がテロリストたちの手によって占領されたことは知らされておらず、今目の前で起きている廃棄フロートの爆沈も事故ではないかと思われているレベルだった。

 

しかし、宮里はもえかの話と眼前の廃棄フロートの現状を見る限り、何かが起きている事は確信めいていた。

 

「ブルーマーメイド艦を港に封じ込める形で大規模な海洋テロが行われようとしています。具体的には海水淡水化装置と植物生成機能を搭載したプラントと移動式海上要塞を合流させて自給自足が可能なテロ行為の拠点を建設することが目的だと見積もります」

 

「あんた、ソレ、何を根拠に言っとるの?」

 

「ずいぶん突拍子もない話に聞こえますけど‥‥」

 

あまりにもスケールがデカすぎる話でその話が本当なのか疑いたくなる。

 

能村がもえかにちゃんとした確証があるのかを訊ねる。

 

野際ももえかの話には懐疑的だ。

 

「根拠はあります‥‥コンピューターに強い方が海上安全整備局のコンピューターにハッキングをかけて掴んだ情報です」

 

「海上安全整備局のコンピューターにハッキング!?」

 

「ほぅ~まさか、海上安全整備局のコンピューターにハッキングをするなんて、その人、なかなかのスキルだね」

 

もえかはメイリンの名前は出さずにどうやって情報を掴んだのかを先輩方に伝える。

 

「これがその情報をプリントアウトしたものです」

 

もえかは先輩方に海上安全整備局のコンピューターをハッキングし、現在起きている海洋テロの情報が書かれたページのコピーを手渡す。

 

「確かに‥‥」

 

「これは危険な状況ね‥‥」

 

海上安全整備局が正式にブルーマーメイドとホワイトドルフィンに通達した情報なので誤報や演習内容という訳ではなく、実際に起きている海洋テロだ。

 

「主張も根拠も明白になった」

 

「っていうか、君もハッキングした子も無茶苦茶するなぁ~」

 

「ウチの社長に無茶苦茶呼ばわりされる人を私、初めて見ましたよ」

 

「と言うか、何で海上安全整備局のコンピューターをハッキングしようと思ったんだ?」

 

理由もなく、海上安全整備局のコンピューターにハッキングをかけるなんてそれこそ、サイバーテロだと思われかねない。

 

何かしらの確証がなければそんなことはしない。

 

「昼休み、来賓でいらっしゃっているブルーマーメイドの皆さんの様子がちょっと‥‥雰囲気に違和感があったので‥‥」

 

「それだけの理由で海上安全整備局のコンピューターにハッキングをかけるのか?君は!?」

 

「結果的に当たっている訳だけど‥‥自分の直感に純粋るためには手段を選ばないのね、貴女」

 

「ブルーマーメイド艦で出動できるのは宗谷真冬さんのべんてんのみ‥‥あとはホワイトドルフィン艦隊‥‥これらは全て人質がいるプラントに回されます」

 

ここまでの情報でシュテルともえかの立てた作戦の内、不幸中の幸いと言えるのが、真冬が艦長を務めるべんてんが廃棄フロートの閉塞を免れたことだった。

 

「海上要塞の足止めには学生艦で対処するしかありません」

 

「でも、情報では武装はついとらんと言っとっただら」

 

「その確証は無いと思料します」

 

もえかはアメリカから提供された情報は信用できず、海上要塞は武装されていると見た方が良いことを伝える。

 

「そこで、尾張級の出番か‥‥なるほど」

 

「はい‥本来ならばブルーマーメイドの大和級を使えればいいのですが‥‥」

 

「肝心の大和級が閉塞されて港の外に出れない‥‥」

 

「専務、ウチの艦に人を送り込んで、機関科最優先で」

 

「はい、社長」

 

「副長、ウチも罐に火を入れておきましょう」

 

「了解」

 

「啓子さん」

 

「指示を出しておきました」

 

「ありがとう」

 

「ご理解できありがとうございます。尾張級の他にドイツのヒンデンブルクも協力してもらえるみたいで、既に出航準備を行っています。そして、これが今回の作戦計画書です。現状、多少異なる点が起きましたが、おおむねこの作戦の通りにです」

 

もえかは次に先輩方にシュテルと共に立案した作戦書を手渡す。

 

「予定航路‥‥接触設定日時‥‥よく練られているわね」

 

「艦隊編成は‥‥ん?旗艦が駿河になっているが‥‥」

 

「いや、いや、いや、いや、この非常時に一年生が旗艦とかないから」

 

「そうだな、此処は我々、三河が旗艦をやろう。テロリストが接舷し乗り込んできた時、もっともよく戦えるのはウチの艦だ」

 

「失礼ながら申し上げますと、今回の任務において統制射撃を行うのは旗艦が合理的ではないでしょうか?主砲の命中率は私たちの方が先輩方よりも優秀です」

 

「ウチの砲術員なら二十四時間撃ち続けられるよ」

 

「非常時だからこそ、ホントそう言うは止めてください、社長」

 

やはり、シュテルの読み通り、旗艦について先輩方は異議を申し上げてきた。

 

(シューちゃんの読み通りの展開になってきたね)

 

「でも、おそらく駿河が旗艦になりますから」

 

『はぁっ!?』

 

「どういうことなの?」

 

「まず、多分ですけど‥‥ウチの校長先生が自ら駿河に乗り込んで指揮を執ろうとします」

 

「そうか、お宅の校長、来島の巴御前だもんな」

 

「ありえるわね」

 

「ですが、多分、国土保全委員会から横やりが入ります」

 

「どんな横やりだて?」

 

「プラントと海上要塞の二正面作戦となるので、『宗谷校長は陸上に残り統合作戦参謀をやってほしい』と言う要請が来るのではないかと‥‥海上治安維持法第十一条にブルーマーメイド関係者を一時的、強制的に引用する条文がありますから」

 

「国土保全委員会がやりそうなことではあるけど‥‥どうかな?」

 

「そして多分、校長先生は自分が陸上に残る代わりにブルーマーメイドの宗谷真霜さんを駿河に乗せて現場の指揮官に据える‥‥このようにして駿河が艦隊旗艦になると思います」

 

「多分、多分って言っている割にはまるで見てきたように話すね、君は」

 

「でも、多分、こうなりますよ」

 

(シューちゃんの読み通りならね)

 

(でも、ここまでシューちゃんの読み通りだから、多分そうなるかな)

 

「仮定の話をされてもねぇ~」

 

「‥‥よし、分かった。じゃあ、君の言う通りの展開になったら我々は、一切異論は唱えず、駿河を旗艦とし、統制射撃も駿河に従うよ」

 

千葉はもえかの作戦どおりの展開となったら黙って従う事を誓う。

 

「ウチもそれでいいよ。だって物事がそこまでうまく都合よくなれば経営者は誰も苦労しないよ」

 

千葉に続き、阿部もそれで良いと言う。

 

「私たちも異論はありません」

 

宮里も千葉、阿部同様、もし今後の展開がもえかの言う通りの展開となれば従うと言う。

 

「じゃあ、この子の予想が外れた時にどこが旗艦になるかじゃんけんでもして決めておくか」

 

千葉が阿部と宮里にもえかの予想外の展開となった場合の旗艦を決めるためにじゃんけんでもして旗艦を決めようと提案する。

 

「千葉さん、グットアイディアですよぉ~」

 

「だろう?」

 

じゃんけんを始めた先輩方を尻目にもえかは出撃準備を整えるためにその場を後にした。

 

真雪、そしてブルーマーメイド隊員が知らぬ間に学生たちは自分たちに出来る事をやり始めたのであった。

 



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132話

横須賀女子にある大講堂にて行われていた図上競技の決勝戦‥‥

 

この決勝戦に上り詰めたのは、今年入学したばかりの一年生同士‥‥

 

しかも同じクラス同士‥‥

 

晴風の艦長である明乃と副長である真白の二人‥‥

 

二人の試合は一進一退の攻防の中、戦局はいよいよ大詰めとなり、戦況から真白の勝利がほぼ確定となり、ラストターンとなった時、外から轟音と衝撃が大講堂を襲う。

 

学生たちが大講堂から外に出てみると、港の出入り口を塞ぐように午前中の競技に使用した廃棄フロートが爆沈、着底していた。

 

ただの事故かと思われたが、これは現在海上で起きているプラントと海上要塞を占拠している海上テロ事件と関わりがあると一部の学生は判断していた。

 

廃棄フロートの着底により、港内に停泊していたブルーマーメイドの艦艇は出航不能の事態となってしまった。

 

この事態を見た一部の学生たちは独自で動くことにして動き始めていた。

 

 

メイリンから連絡を受けたヒンデンブルク機関長のジークは、言われた通り、機関科のメンバーを集めてヒンデンブルクに向かっていた。

 

「機関長、なんで急に出航準備をするんです?」

 

機関科のメンバーの一人がジークに急な出航用意の理由を訊ねる。

 

「私もよくわからへんけど、なんかシュテルからの指示なんや」

 

「艦長からの?」

 

「そうや‥なんや、大きな事件が起きているみたいやで‥‥」

 

ジークは港口で着底している廃棄フロートをチラッと見た。

 

 

「爆沈したフロートの操舵を行っていたと見られる少女を保護しました。他に怪我人はありません。ただ、水路が塞がれた為、横須賀港内のブルーマーメイドは全て出航不能です」

 

横須賀女子の会議室にて、校長秘書の老松は、港口で着底したフロートの状況を真雪に報告する。

 

あの大きさのフロートが爆発し着底した事態だが、死傷者はなく、フロートを曳航していたタグボートを操船し、爆発の衝撃で海へと転落したスーも無事に保護されていた。

 

ただ、人的被害は無くとも事態は深刻で港内のブルーマーメイド艦艇が港に封じ込められてしまった。

 

これでは、プラントへブルーマーメイドを派遣できない。

 

「やられたわ!対処できるまとまった戦力は、ホワイトドルフィンだけに‥‥」

 

真霜もこの事態がただの事故ではなく、海上テロと関係があると判断した。

 

「うっ‥‥」

 

真雪の報告をした真霜も報告を受けた真雪も顔を歪める。

 

港口がフロートで閉塞されたため、ブルーマーメイドの艦艇が出港不能となり、直ぐに動かせるのがホワイトドルフィン艦隊だけとなる。

 

ホワイトドルフィン艦隊だけでプラントと海上要塞の二つを相手にするにはいささか戦力不足となった。

 

 

フロートの爆風と衝撃波で海中へ放り出されたスーはブルーマーメイドのスキッパー隊により救助され病院に運ばれていた。

 

しかし、意識は回復していないスー。

 

そんな彼女はある夢を見ていた。

 

それは、日本に来る少し前のこと‥‥

 

スーの故郷はシュテルが予測していたタイのマフィア街ではないが、治安は日本より低く、また貧富の差が激しい所だった。

 

父親は日本と言う国へ単身で出稼ぎに行き、故郷には重い病気で入院する母‥‥

 

スーはその日の食う分と母の入院費を稼ぐために割かし稼ぐことのできる海の仕事をしていた。

 

そんなある日、一人の男がスーに仕事を持ちかけてきた。

 

「Knowing your skill  I‘ve got a favor to ask (お前の腕を見込んで、頼みたい仕事がある)」

 

「what is it (どんなの?)」

 

スーにとって仕事は自分の食扶ちと母のためなので喜んでやるつもりであるが、あまりにもヤバい仕事や犯罪関係の仕事は母に迷惑が掛かるのでやめようとしていたが、まずは仕事の内容を確認してからだ。

 

「I want you to move the float at a specific time I‘ll prepare the tugboat (所定の時間にフロートを動かしてほしい。タグボートは用意する)」

 

男はスーにタブレットを渡し、仕事内容を伝える。

 

「Is that it? (それだけでいいの?)」

 

男の言う仕事の内容は危険でもないし、犯罪関係でもなく、ただ決められた時間に決められた場所へフロートを動かすだけの仕事。

 

「As you can see  the beam of the float fits just with the berth the depth around it is also shallow An ordinary sailor would crash it but you‥‥ (見ての通り、停船位置に配してフロートの幅はギリギリだ。並みの船乗りならぶつけちまうが、お前なら‥‥)」

 

「It will be easy (簡単だわ)」

 

男の仕事内容から危険でも犯罪性も感じられなかったスーはこの男の仕事を受けることにした。

 

「Heh、 thought so! (ふっ、さすがだな)」

 

「So where are we? (でも、これどこなの?)」

 

スーはこの仕事の現場を訊ねる。

 

タブレットに表示されている一部の海図だけではこの仕事場がどこなのか分からない。

 

「Were in a port Japan called YOKOSUKA (ああ、ヨコスカと言う日本にある港だ)」

 

「Japan‥‥(日本‥‥)」

 

男の言った仕事の現場、日本‥‥

 

それは父親が出稼ぎに行った国の名前‥‥

 

この時、スーは日本に行けば父親に会えるかもしれないと言う期待を抱いていた。

 

日本に行ったっきり、父とは音信不通となっていたからだ。

 

「We‘ll take care of the immigration tuff and you`ll be well rewarded (出入国の段取りはこちらでやるし、報酬もはずむ)」

 

「I don`t need money! (お金はいらない!)」

 

当初は普通の仕事同様、お金は貰うつもりだったが、仕事の現場を聞いてスーは報酬はいらないと言う。

 

「Can we go look for my dad in Japan instead? (その代わり、日本にいる私のお父さんを探せるかな?)」

 

スーは、お金の代わりに日本へ出稼ぎに行ったきり戻ってこない父親を捜す手伝いをして欲しいと要求する。

 

「Ahh it`s a piece of cake  (ああ、そんな事ならお安い御用だ)」

 

男はニヤっと怪しい笑みを浮かべ、スーの要求を呑む。

 

「Really? Then I`ll do the job leave it to me (ほんと?じゃあやる!任せて)」

 

「but do it so nobody sees you it`s supposed to be a surprise there`s gonna be a festival close by and we`re shooting up fireworks from the float for people to see (但し、この仕事は誰にも気づかれない様にやってくれ。サプライズなんだ‥近くでフェスティバルがあってな、その客にフロートから打ち上げる花火を見せるんだ)」

 

男は仕事における注意事項とその理由をスーに話す。

 

その内容からもスーはこの男が横須賀で行われる祭りの関係者なのだと思った。

 

しかし、先程男が浮かべた笑みを見る限りこの男のいう事が果たして本当なのかと疑いたくなるが、この時スーは日本に行ける事と、男が自分の父親を探すのを手伝ってくれると言う言葉を信じ疑わなかった。

 

 

「あっ‥‥」

 

男とのやり取りが終わると同時にスーは夢の世界から現実の世界へと引き戻された。

 

「ココ‥ドコ‥‥?」

 

「大丈夫?貴女に聞きたい事が有るのだけど、あのフロートを動かしていたのは貴女で間違いない?」

 

スーが眠っていたベッドの脇にはパイプ椅子に座る古庄教官が居た。

 

「‥‥」

 

スーは簡単な仕事で、なおかつ自分の父親も探すのを手伝ってくれる仕事だと思ったが、自分が運んだフロートが爆発した光景を見たことから、あの男が自分に行ったフロートで花火を上げると言う仕事内容が嘘だったと悟るスー。

 

そんな中、

 

「ドアから離れなさい!」

 

「学生は会場で待機よ!」

 

何やらもめ事が起きているのか、病院の通路に居るブルーマーメイド隊員が声を荒げている。

 

「お願いします!入れて下さい!あの子は私達の友達なんです!」

 

「どうか、お願いします!」

 

声を荒げるブルーマーメイド隊員の他にスーにとっては聞き慣れた声もした。

 

「ミケ、シロ!」

 

スーはこの声の主が誰なのか分かったみたいで声をあげる。

 

「あの子たちと知り合いなの?」

 

「ウンウン」

 

古庄教官はあのフロートを座礁させた眼前の子と自分の教え子二人が知り合いだったことに驚く。

 

どうみてもスーとあの二人の教え子と共通点が見つからなかったので、古庄教官が驚くのも無理は無かった。

 

「その二人を通して」

 

古庄教官は明乃と真白が居れば、スーが素直に事情を話すと思い、ブルーマーメイド隊員に二人を病室に通すように頼む。

 

古庄教官が病室への入出許可を出すと、スーの病室に明乃と真白が入ってきた。

 

「ミケ!シロ!」

 

病室に入ってきた明乃と真白の姿を見て、スーは思わず二人に抱き着く。

 

「古庄教官、スーちゃんの容体は?」

 

明乃は古庄教官にスーの容態を訊ねる。

 

「かすり傷程度の傷はあるけど、命に別状はないわ」

 

「良かった!」

 

明乃はスーの容態を聞いてホッとする。

 

「う‥‥うう‥‥うわぁぁー‥‥!!」

 

すると、スーは明乃に抱き着きながら声をあげて泣き始める。

 

よほど怖い目に遭ったからなのかと思ったが、

 

「仕事チャントスレバ、パパを捜シテクレルッテ‥‥うわぁぁー‥‥!!」

 

スーはこの事態になり、自分がテロリストに利用されたことに気づく。

 

当然、自分があの男に出した条件‥日本で自分の父親を探す件も反故にされたと悟る。

 

「そんなっ!?それじゃあ、スーちゃんは‥‥」

 

明乃は、スーの言動から、彼女がテロリストに利用され、騙されていたのだと気づく。

 

「テロリストの奴ら、スーの事を騙して利用したんだ‥‥なんて奴らだ‥‥」

 

真白はスーが今回の作戦‥‥港口に廃棄フロートを着底させる作戦にスーはテロリストに利用されたのだと判断し、憤慨する。

 

古庄教官はスーから詳しい事情を聞く。

 

故郷にて、一人の男が自分に接触し、仕事を持ちかけてきたこと、

 

その仕事の内容が今回の廃棄フロートを港口へ運ぶこと、

 

そして、その仕事の目的が、横須賀の町で祭りがあり、花火を打ち上げるために廃棄フロートを港口に移動させてほしいというモノで、この時自分は男の話に疑いを抱かなかった。

 

男はそれなりの報酬を払うと言ってきたが、自分は仕事の現場が日本という事で父が居るかもしれない国だったことからその仕事を受けた。

 

その理由が、自分の父親は日本へ出稼ぎに行ったまま音信不通で行方不明になっていた。

 

だから自分は父親と再会できるかもしれないこのチャンスに賭けてその仕事を受けたのだ。

 

自分は、仕事の報酬をお金ではなく、父親を捜すのを手伝ってもらう条件を出した。

 

男はその条件を了承し、日本までのパスポートと旅費を用意し自分は日本へ来たこと、

 

そして、予定時刻に自分は仕事の内容通り、港口に廃棄フロートを移動させている中、最初は男と連絡が取れていたのだが、フロートが港口付近になると連絡が取れなくなってしまったことを古庄教官に語った。

 

スーから事情を聞いた古庄教官は、早速事の経緯を真雪に伝える。

 

「少女は海賊に利用されていました」

 

「父親に会いたいと思う少女を利用するなんて‥‥」

 

老松は真白同様、スーを利用したテロリストたちに憤慨する。

 

「自分たちの目的のためならば、手段を問わず、利用できるものは何でも利用する‥‥海賊やテロリストの常套手段よ」

 

ブルーマーメイドとして、過去に様々な凶悪事件をその身で体験してきた真雪だからこそ、出たセリフであった。

 

「なお、日本に来る前に海賊の依頼を受けて、海上要塞でも仕事をしていたそうです。今、要塞の内部構造を話して貰っています」

 

古庄教官はスーが日本に来る前、例の海上要塞で何らかの仕事をして内部の構造を知っている事を伝える。

 

ただ、どんな事情があったのか分からないが、テロリストたちはそこで大きなミスをした。

 

大方、テロリストたちは廃棄フロートを港口で着底させたスーはブルーマーメイドによって身柄を拘束されると判断し、例え彼女が要塞の内部情報を知っていても彼女からの情報を活用しないだろうと思ったに違いない。

 

「その子は、要塞の構造に詳しいのね?」

 

「はい」

 

アメリカ側からは海上要塞の武装を外したことは国土保全委員会、海上安全整備局、ブルーマーメイド、ホワイトドルフィンには通達されたが、要塞内部の詳細はアメリカ側から詳細は送られてきていなかった。

 

現在は使用されていなかったとは言え、モスボール状態でいつまた使用するか分からなかったので、他国である日本にアメリカは海上要塞の内部等の詳細を教えていなかった。

 

プラント同様、海上要塞に対しても内部へ突入し、制圧することも考えられることから、要塞の内部の造りを知っているスーの情報は貴重な情報源であった。

 

「その子は動けるの?怪我は?」

 

真雪は古庄教官にスーの容態を訊ねる。

 

「大きな外傷はありません。脳波と内臓も異常なしです」

 

古庄教官は真雪のスーの容態が軽傷であることを伝える。

 

「‥‥その子を駿河に乗せられないかしら?」

 

「えっ?」

 

「なっ!?」

 

真雪の言葉に古庄教官と老松は啞然とする。

 

真雪はシュテルの思惑通り、自身が駿河に乗り海上要塞攻略の陣頭指揮を考えていた。

 

「こ、校長まさか‥‥」

 

「無茶です!!駿河一隻で海上要塞へ向かうなんて!!」

 

残存のホワイトドルフィンと真冬が艦長を務めるべんてんはプラントへと向かう。

 

となれば、海上要塞への着手が手薄になってしまう。

 

そこで、真雪は海上要塞への攻略に無事だった学生艦に乗り込んで攻略する決心をしたのだ。

 

勿論、乗員は自分以外には港内のブルーマーメイド艦の乗員を乗せるつもりだった。

 

「ですが、誰かが行かなければなりません‥プラントの奪還も急務ですが、海上要塞をこのまま海賊に占拠させておくわけにも‥‥よって、此処は私が行きます。要塞の内情を知っている少女がいる今、落とせる見込みがあります」

 

例えプラントを奪還しても海上要塞をそのままテロリストたちの手に置いておけば、他国のプラントを襲いかねない。

 

いや、海上要塞そのものを使ってテロや海賊行為を行うかもしれない。

 

いずれにせよ、海上要塞をそのままの状態にしておくわけにはいかなかった。

 

真雪に根負けした古庄教官はスーと真雪の駿河乗艦を認めるしかなかった。

 

太陽が水平線に沈みかけている中、桟橋では古庄教官、真雪、スーの三人の姿があり、駿河行きの内火艇も用意されていた。

 

真雪とスーが内火艇に乗艇しようとした時、

 

「待って下さい!!」

 

それに待ったを掛けて来るかのように明乃と真白が駆け寄ってきた。

 

「学生は全員、会場で待機と命令が出ている筈よ」

 

真雪は例え自分の娘である真白相手でもここは公人として接し、厳しい口調で問う。

 

「スーちゃんを連れて行くなら、私たちも行かせてください!!」

 

「その子を一人で行かせたくないんです!!」

 

「「お願いします!!」」

 

明乃と真白は深々と頭を下げて真雪に自分たちも今回の事件解決のために海上要塞へ向かいたいと言う。

 

「ミケ、シロ‥‥」

 

「スーちゃんは私たちの友達なんです!!」

 

「そばに付いていたいんです。同じ艦に乗るのが無理なら、せめて晴風で随伴を!」

 

「随分、はっきり物を言う様になったわね‥真白」

 

真雪は娘の成長を感じた。

 

小学生の時、自分もブルーマーメイドになると言った以降、真白は真雪に対してどうも本音を隠すみたいに感じていた。

 

その真白が母親である自分に自身の思いをぶつけてきた。

 

「じゃあ私たちも一緒に‥‥」

 

真白は真雪が自分たちも一緒に連れて行ってくれるのかと思ったが、

 

「それとこれとは話が別よ」

 

しかし、真雪はあくまでも今回の事件に学生を連れて行くつもりはなかった。

 

「貴女たちを連れて行く訳には‥‥」

 

だが、沖合に停泊している学生艦の煙突からは黒煙が出ており、出航準備をしていた。

 

「罐に火が?」

 

自分の知らぬ間に学生艦が出航準備をしていることに驚愕する真雪。

 

「私たちに行かせてください!」

 

「我々、留学生組も行きます」

 

「もかちゃんとシューちゃん!?」

 

「知名艦長、碇艦長!?」

 

「シュー!!」

 

桟橋にもえかとシュテルが来ると、自分たちも海上要塞へ向かう旨を真雪に伝える。

 

「いつでも出港出来る様に機関科の子たちには、先に動いてもらいました」

 

「各艦、出航準備は完了しいつでも出航可能です」

 

「学生を危険にさらす訳にはいかないわ」

 

出航準備が整っても教育者として真雪はあくまでも学生たちの参戦を渋る。

 

「それに要塞の武装は使えない状態にあると聞きました・・・ですから、私達が事態に臨んでも危険は大きくないと見積もります」

 

(実際はあると思うけどね‥‥)

 

シュテルともえかは海上要塞には武装が施されていると想定しているが、あくまでも表向きの情報を真雪に伝え、武装されていない海上要塞相手ならば自分たち学生でも十分に対処できると言う。

 

出航の許可が出て海に出れば、いくらでも対処は出来る。

 

「貴女!何処でそれを‥‥!?」

 

真雪はもえかがブルーマーメイドと自分たち教官の一部しか知らない情報を持っていたことに驚く。

 

(まさか、海上安全整備局のコンピューターをハッキングしたなんて言えないよな‥‥)

 

真雪がもえかに情報の出所を訊ねようとした時、

 

ピピ‥‥!ピピ‥‥!

 

タイミング良く?真雪のスマホが鳴る。

 

「宗谷です」

 

「国土保全委員会から宗谷真雪校長に緊急要請です」

 

電話の向こう側からは真霜の声が聞こえ、

 

「二正面作戦の困難性を鑑み宗谷真雪に統合作戦参謀として協力していただきたい。この要請は海上治安維持法第十一条に基づくものである」

 

「‥‥十一条」

 

真霜はあくまでも国土保全委員会からの命令を伝達しただけなのであるが、真雪はその命令を聞いて悔しさからか顔を歪める。

 

「ブルーマーメイド及びホワイトドルフィン関係者を一時的に強制的に任用する条文ね」

 

「ご協力をお願いします。宗谷校長」

 

真霜もあくまでも公人として真雪に協力を仰ぐ。

 

「シューちゃんの予想通り、国土保全委員会は十一条を出してきたね」

 

もえかがシュテルに小声で耳打ちする。

 

「ああ‥当たってほしくない悪い予感に限って当たるから、嫌なんだよね‥でも、ここまで来たらもう一押しだよ、もかちゃん」

 

「うん。時間がありませんし、学生艦の扱いに慣れている私たちが乗った方が良いと思うんです。砲の偏差も舵の癖も毎日触って知っていますから」

 

もえかは、もう時間がないので、自分たち学生に行かせてほしいと真雪にお願いする。

 

「艦隊編成と作戦概要です。他のクラスの子達と先輩達にも賛同して頂いています」

 

もえかは、艦隊編成と作戦概要を記したタブレットを真雪に見せる。

 

「いつの間に‥‥」

 

この短時間に艦隊編成と作戦概要をたてたもえかに驚く真白。

 

(シューちゃんとメイリンさんが手伝ってくれたから、短時間で出来たんだよね)

 

「宗谷さんとミケちゃんは、スーちゃんの所に居たから伝えるのが今になっちゃったんだよ」

 

シュテルが明乃と真白に作戦概要を伝えるのが遅くなってしまった訳を話す。

 

「よく出来ているわ‥‥ただし、ブルーマーメイドの宗谷真霜を現場責任者として乗せます。分かっているわね?」

 

「はい、指揮に従います」

 

こうして、シュテルの予想通り、真霜が駿河に乗艦し海上要塞鎮圧へは学生艦隊が向かうことになった。

 

 

「それじゃあ、ミケちゃん、宗谷さん、時間合わせをしよう」

 

シュテルは明乃と真白に腕時計を見せて時間合わせを行うと言う。

 

単独ではなく、横須賀、呉、舞鶴、佐世保、ドイツからの留学生組の他に真冬たちプラント奪還組との連合及び二正面なので、連携が必要不可欠であり、時間を合わせる事は大事な事だった。

 

「他の学校の方々とはついさっき、時間合わせはやったから、ミケちゃんたちもやっておかないとね」

 

「わかりました」

 

「はい」

 

シュテルともえかはここに来る前に宮里たちと時間合わせはしたが、明乃と真白はスーの病室にお見舞いに行ったので作戦の概要についても時間合わせもしていなかった。

 

一応、もえかもシュテルや宮里たちと時間合わせをしたが、念のため、もえかも明乃と真白の二人と時間合わせをした。

 

もえか、シュテル、真白は腕時計を‥明乃は懐中時計をそれぞれ見せるように出すと、

 

「現在時刻、○○時××分△△秒‥‥誤差無し」

 

「「「誤差無し」」」

 

「艦に戻ったら艦橋員とも時間合わせはしておいて、特に要塞を攻撃する砲術長とは特にね」

 

「はい」

 

「わかりました」

 

時間合わせをした四人は各々の艦へと向かった。

 

 

もえが駿河の艦橋に向かう中、甲板にはもえかの他に真霜の姿もあった。

 

彼女としては横須賀女子卒業以来に歩く駿河の甲板であった。

 

「ねぇ、知名さん?」

 

「えっ?」

 

もえかは真霜から不意に声をかけられる。

 

「貴女も行きたがるのは、お母さんの事があるから?私たちもかつて憧れた‥凄腕のブルーマーメイド」

 

真霜は、今は故人となっているもえかの母親について語る。

 

新人時代、真霜はもえかの母親と面識があるのか?

 

それとも今は真雪や真冬の実績に隠れてしまったが、もえかの母親の実績を知って憧れていたのだろうか?

 

「ありがとうございます。母の事を覚えていてくださって‥‥」

 

故人になってしまったことなのか、もえかの母親のブルーマーメイドでの実績や人物像は今となっては覚えている者も少なくなっているのかもしれない。

 

しかし、真霜は覚えていた。

 

その事実が嬉しかったのか、もえかは真霜に礼を言う。

 

「私も海にいる皆を守りたいんです。道は遠いけど、いつかは‥‥」

 

もえかは水平線を見ながらいつかは自分の母親のような立派なブルーマーメイドになりたいと真霜に告げる。

 

その姿は自分や妹の真白に通ずるモノがあった。

 

 

一方、晴風に向かう内火艇では、

 

「はぁ~艦長との勝負はつかなかった‥‥」

 

あと一ターンで勝敗がついた図上演習が今回の騒動で中止になってしまい、真白としては完全に不完全燃焼だった。

 

「けど、結論は出さなければならない」

 

図上演習の経緯はどうあれ、比叡クラスへ移籍か?それとも晴風クラスに残留か?

 

その決断はこの事件を解決した後には下さなければならなかった。

 

 

出撃する学生艦に所属する学生たちが各々の学生艦に向かう中、シュテルも自ら艦長を務めるヒンデンブルクへ向かおうとした時、

 

「い、碇艦長」

 

「ん?あっ、西住さん。もしかして見送りに来てくれたの?」

 

「う、うん」

 

シュテルに声をかけたのはみほだった。

 

「その‥海上テロの鎮圧に向かうって‥‥」

 

「うん‥ブルーマーメイドの艦艇があの通り、出撃出来ないからね」

 

シュテルはチラッと港口で着底している廃棄フロートを見る。

 

みほもシュテル同様、着底している廃棄フロートを見る。

 

「相手は海上要塞を占拠したテロリストってきたけど‥‥」

 

「うん。ブルーマーメイドの主力が出撃出来ない今、私たち学生艦の艦が事件解決の力になからね」

 

「で、でも‥危険じゃないかな?相手は要塞を占拠するくらいの凶暴なテロリストなのに‥‥」

 

「確かに、Rat事件と比べると危険度は高いかな?」

 

Rat事件でRatに操られた学生ではなく、今回の相手は要塞を占拠したテロリスト‥向こうはこちらを殺す覚悟で攻撃してくるだろう。

 

とは言え、ヒンデンブルクはこれまで二度に渡り海賊を相手にしているので、今回要塞攻略に向かう学生艦の中では経験が豊富である。

 

「‥‥」

 

みほは気まずそうに視線を逸らす。

 

本音を言えば、みほはヒンデンブルクに‥シュテルに今回の作戦には参加してほしくはなかったのかもしれない。

 

「‥‥」

 

シュテルはみほのその仕草を見て、何かを察すると徐に被っていた艦長帽を脱ぎ、

 

「大丈夫だよ。ヒンデンブルク一隻で行く訳じゃないから」

 

「えっ?」

 

そう言ってみほの頭に被っていた艦長帽を被せる。

 

「私はその帽子を取りに必ず戻ってくるから」

 

ニッと笑みを浮かべ、シュテルはみほに戻ってくると伝える。

 

「う、うん‥‥」

 

「では、いってきます」

 

シュテルは姿勢を正し、みほに敬礼して出撃する旨を伝える。

 

「は、はい。ご武運を!!そして、ヒンデンブルクの帰還を待っています!!」

 

みほも慌てて返礼し、ヒンデンブルクの武運を祈った。

 

内火艇でヒンデンブルクへと向かうシュテルを桟橋から見るみほはシュテルの艦長帽を抱きしめながら、

 

(もう少し、赤城のドック明けが早ければ、私も碇艦長と一緒に戦えたのに‥‥)

 

と、自身が艦長を務める赤城がまだドックに入っている事を残念がっていた。

 

 

夕陽を背に海上要塞へ向かう学生艦が出撃する時間は刻々と迫っていた。

 




作中にて、真霜がもえかの母親について知っている様な場面‥あれは何かの伏線のように思えました。


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133話

横須賀女子における遊戯祭の最中に起こった海上テロ事件‥‥

 

つい最近に完成・稼働したばかりの海上プラントとモスボールとなったアメリカの海上要塞の二つを奪還するため、行動不能となってしまったブルーマーメイドの代わりに横須賀に集結していた各海洋学校の学生艦が出撃しようとしている中、横須賀女子の会議室では、

 

「くれぐれも人質の安全を最優先してくれ、これは政府全体の総意だ」

 

政府からはプラントで人質となっている技術者、研究者たちの保護を優先するように指示がきた。

 

「それは、勿論です。ところで海賊側からの要求は?」

 

真雪は人質の安全は当然の事だと伝え、次にプラントを占拠したテロリストたちからは日本政府に対して何か要求があったのかを訊ねる。

 

これまでブルーマーメイド隊員としてかかわった事件、そしてゴールデンウイークに起きた娘である真白の誘拐事件では、人質をとった犯人たちは身代金等の要求をしてきた。

 

今回もプラントに居る技術者、研究者たちを人質に取っている事から、テロリストたちが日本政府に対して人質たちに対する身代金等の要求をしていてもおかしくはない。

 

しかし、

 

「現時点では、全く入っていない」

 

「入っていない?」

 

テロリストから日本政府に対して何の要求もされていない。

 

「となると、彼らは日本政府に対して要求するモノがない‥‥と、考えられますね」

 

プラントがテロリストに占拠されてから既に四時間以上経過している。

 

テロの規模からテロリストたちも既に自分たちの犯行が日本政府、ブルーマーメイド、ホワイトドルフィンに知られている事ぐらい周知している筈だ。

 

「君たちの報告は読んだ。我々も同じ考えだ。要塞にプラントを取り込み半永久的に稼働可能な移動要塞として、海賊行為を行うか‥‥」

 

それにもかかわらず、テロリストは日本政府に対して身代金等の要求を行っていないことから、テロリストの目的は金が目的ではないと言うことになる。

 

「もしくは‥直接都市を狙う?」

 

海上プラントと海上要塞がドッキングしてしまえば、半永久的に稼働可能な移動要塞となる。

 

そうなれば、一々日本政府に対して身代金等の要求をしなくともテロ・海賊行為を行い、都市部を襲い金品を強奪出来る。

 

余計なリスクを背負って身代金等の要求をせずとも莫大な利益が出る。

 

誘拐事件において犯人にとって最大のリスクが身代金の受け取りである。

 

銀行口座への送金に関しても口座に入っているお金を引き下ろさなければならないし、入金を確認しても、確認後に口座を凍結されたら、金を引き落とせない。

 

更に別の口座に移しても追跡される可能性は十分にある。

 

直接現金を受け取るにしても、その受け取り場所に行けば警察に確保されるリスクが大きい。

 

それにプラントに居る技術者、研究者たちは優秀な人材であり、今後も武器やシステム等の新開発や要塞、プラントの修理を担う人材であり、そう易々と解放する訳にはいかないのだろう。

 

「その通り‥‥要塞がどこかの都市に突っ込んで来たら止める手立てはない。人質の救出は最優先だが、プラントと要塞を絶対に合流させるな。それには、あらゆる手段を許可する」

 

「了解しました」

 

「人命が最優先だが、要塞は必ず破壊しろ」

 

政府は自国が建造した最新のプラント及び優秀な人材である人質たちは何としてでも奪還せよと言うが、アメリカの海上要塞に関しては破壊しても構わないと言う。

 

要塞には人質が居ないし、後々にアメリカがクレームをつけてきても海上要塞がモスボール状態である事とテロ鎮圧の名目で逃げ切るつもりなのだろう。

 

その点は政治家、外務省の役人たちの仕事である。

 

今は目の前の事件解決を優先させるだけであった。

 

 

真雪から学生艦への協力要請の話が来た時、他校の尾張級の艦長たちは驚愕した。

 

「宗谷校長が駿河に乗る気満々と言うところまでは、あの子の言った通りになっているみたいだけど‥‥」

 

「最初から最後まで全部あの子の言う通りになったよ!?」

 

事態が先程、聞いたもえかの筋書き通りに進んでいる事に驚く。

 

「何なんです?かあの子?」

 

「こりゃ駿河も旗艦で、統制射撃も駿河に従うって事でやるしかないな」

 

「そう言う約束でしたからね」

 

もえかとの約束で旗艦が駿河になった場合、大人しく駿河の指揮下に入るともえかと約束したことから、ここで異議を唱える訳にはいかなかった。

 

「宗谷校長に対する交渉術を含めて、ちょっと普通じゃないですよ、あの子?」

 

「一体何者がって?」

 

一年生ながらも自身が通う校長相手に一歩も引かず、取引の手腕と先読みがずば抜けているもえかに末恐ろしいモノを感じる。

 

「ふん!まああれだ!海の上では、我々の方がキャリアが有るんだし、頼れるところも見せてやらないとな!」

 

「してやられたまんまじゃあ、先輩とは言えないもんね!あの子たちの力になってあげないと‥‥」

 

「そうですね」

 

「さて、私たちも艦へと行き出航準備を確認しましょう」

 

旗艦は一年生のもえかが艦長を務める駿河になったが、それが不満で事件解決のために手を抜いたでは、先輩として大人げないし、これは一国の未来‥‥ひいては世界の安全にも関わる事態なので、先輩方はこれ以上異議を唱える事はなく、協力姿勢を取った。

 

 

ヒンデンブルクの艦橋に上がったシュテルは、

 

「ねぇ、シュテルン」

 

「ん?」

 

ユーリ声をかけられる。

 

「駿河の艦長と一緒に居たのはこのためだったの?」

 

「まぁ、今更隠しても意味がないから、正直に言うけど、そうだよ」

 

「だったら、どうしてあの時に言ってくれなかったのさ」

 

「あの時はまだ確信がなかったんだよ。私の取り越し苦労のせいで余計なパニックやデマを広げる訳にはいかないでしょう‥‥まぁ、結果的にユーリの機嫌を損ねてしまったし、当たってほしくない予感となり、無駄だと思って欲しかった作戦を実行する羽目になってしまったけどね」

 

「それでも、シュテルン。私たちは親友なんだから、次は例え、シュテルンの勘違いであってもいいから、言ってね」

 

「う、うん‥分かった‥‥ごめんね、変な心配をさせて‥‥」

 

この事態にて、シュテルは完全にユーリからの誤解を解くことが出来た。

 

だが、

 

「あれ?シュテルン。艦長帽は?」

 

ユーリはシュテルが普段被っている艦長帽をかぶっていないことに疑問を感じて訊ねる。

 

「えっ?ああ、艦長帽は陸の友人に預けてきた」

 

「はぁっ?預けてきた!?」

 

ユーリはシュテルが艦長帽を被っていない理由を聞いて思わず声を上げる。

 

「そこまで驚くこと?」

 

「一応、艦長帽は艦長としての象徴なのに‥‥」

 

「帽子一つに大げさだよ。それにサーベルだってあるし、テアもあの時の事件でミーナさんに艦長帽を預けたしさ、必ず戻って来れるようにゲン担ぎだよ、ゲン担ぎ」

 

「それで、誰に預けたの?」

 

ユーリはシュテルに一体誰に艦長帽を預けたのかを訊ねる。

 

「ん?」

 

「だから、帽子‥‥誰に預けたの?」

 

「横須賀女子の二年生の人‥‥夏休みに私たちと一緒にメーヴェの講習にも参加していたんだよ」

 

シュテルはみほのことをユーリに伝える。

 

(くっ、シュテルンを狙う新たな奴が‥‥)

 

シュテルが艦長帽を預けることぐらいなのだから、ユーリはその帽子を預けた人物にも警戒することになる。

 

そんなユーリの心配をよそにシュテルは各部のチェックを行う。

 

「メイリン」

 

「はい」

 

「燃料は大丈夫?」

 

「はい、機関科から連絡があり、十分な量を搭載しています」

 

「ユーリ」

 

「はい」

 

「弾薬は?」

 

「主砲、副砲、魚雷、そして墳進弾も十分な量を搭載しているよ」

 

「クリス、出航準備は?」

 

「いつでもいけるよ」

 

「了解。それと、メーヴェの用意は?」

 

「出来ているけど、使う機会はあるのかな?」

 

「要塞が私やもかちゃんの予想通りの展開なら、困難な夜間発艦になるけど、使用せざるを得ない状況になるだろうからね‥‥もちろん、作戦書にはその場合のケースも記載されている」

 

「分かりました‥‥ではもし、その場合は私がメーヴェに搭乗します」

 

「えっ?クリスが!?」

 

「はい。艦長には艦で指揮を執ってもらわなければなりませんから」

 

「‥‥分かった。それじゃあ、一応この作戦書に目を通しておいて」

 

シュテルはクリスに作戦書を手渡す。

 

シュテルともえかも要塞は武装されていると踏んでいるので、この作戦に書かれているメーヴェを使う機会は必ず来ると予感していた。

 

「了解」

 

シュテルから手渡された作戦書に早速目を通すクリス。

 

ヒンデンブルクの出撃準備は完了し、あとは各艦と共に出撃するだけであった。

 

 

「出港準備!」

 

一方、晴風でも明乃たちも出航準備をしていた。

 

「うぃ!」

 

「砲術、水雷準備完了!」

 

「航海、行けます!」

 

「機関、いつでも行けるぜい!」

 

『ヨーソロー!!』

 

「艦内警戒閉鎖よし!」

 

「ひとつ甲板、近錨各部出港準備よし!」

 

晴風の各所にて出航準備が整い、いよいよ出航と言う中、真白は羅信義の上に置いてあった艦長帽を取ろうとする。

 

艦長帽の上には五十六がスヤスヤと寝ていた。

 

艦長帽を取ろうとした真白は伸ばした手を止めて戸惑う。

 

「ぬぅ?」

 

すると、真白の気配に気づいた五十六は目を覚ます。

 

「ぬっ!」

 

真白の存在に気づいた五十六は艦長帽の上らか退き、床に降りる。

 

五十六が艦長帽の上から退くと、真白は艦長帽を取り、明乃に差し出す。

 

「副長!」

 

「行きましょう!」

 

明乃は真白から艦長帽を受け取る。

 

「うん!!晴風出港!!」

 

明乃は、出航命令を出す。

 

出航命令と同時に万里小路がラッパを吹き、錨が上がる。

 

なお、万里小路のラッパの腕は多少上がっており、最初の航海の時には音を外した拍子抜けする様な音だったが、今回はそれなりの音になっていた。

 

等松が旗を上げて用意よしと知らせると晴風は、汽笛を鳴らしながら出航する。

 

「晴風出航!!」

 

「よし、本艦も行くぞ!!」

 

「ヒンデンブルク出航!!」

 

晴風の出航を確認したヒンデンブルクも出航する。

 

ヒンデンブルクの機関が轟音を奏で、スクリューが勢いよく回転し始める。

 

「両舷前進微速、赤黒なし、針路130度!」

 

シュテルとクリスがそれぞれテレグラフを操作して停止から微速の位置へ針を合わせる。

 

晴風、ヒンデンブルクが出航し、今回の艦隊旗艦である駿河でも、

 

「出港準備完了しました」

 

艦橋にあがったもえかは同じく艦橋に居る真霜に駿河の出航準備が整った事を報告する。

 

「各艦、出航準備完了!」

 

親子が一緒に出撃する学生艦も出航可能であることを報告する。

 

報告を聞いた真霜は手を上げた。

 

「信号、予定順序に各艦揚錨。出航せよ!」

 

「出航用意錨上げ!」

 

各艦の出航命令と同時にもえかは出航用意を命じ、ラッパが鳴り響くと同時に轟音とした金属音と共に錨が上げられる。

 

「両舷前進微速!130度、ヨーソロー。航海長操艦!」

 

「いただきました航海長」

 

するともえかと真霜の背後から駿河の航海長が現れ、

 

「両舷前進微速、赤黒なし、針路130度」

 

操艦指示を出す。

 

駿河も汽笛を出しながら出港する。

 

「定刻五分前行動‥何事もブルーマーメイドの慣習通り、先行させた晴風もそうだけど、よい腕ね」

 

「ありがとうございます」

 

「よろしい、湾外に出次第、第四警戒航行序列に占位せよ!」

 

「了解」

 

晴風を先頭に陣形を組むと、プラント奪還へと赴く、真冬が艦長を務めるべんてんも合流する。

 

「遅れて来たべんてんだけが動けるとは‥‥」

 

「全くだわ。あの子は悪運が強いのよね」

 

「悪運ですか?」

 

横須賀所属のブルーマーメイド艦の中で、動けるのは真冬のべんてんのみ‥確かに運があるのかもしれない。

 

真白の不運は姉に運を吸い取られているのかもしれない。

 

べんてんと学生艦がプラント、海上要塞へと向かっている中、スーは駿河の艦橋の床に座っていた。

 

「どうしたの?」

 

もえかがスーに声をかける。

 

「知ッテイル人イナイ」

 

スーは、周りには知っている人間が居ない事に不安がっている。

 

事件前のスーならば、気にしなかったかもしれないが、テロリストに騙され、犯罪の片棒を担がされ、さらには日本に居るかもしれない行方不明となっている父親も探してもらえない‥‥

 

父親が居るかもしれないと言う異国に一人で来た少女にとって、父親に会えるかもしれないと言う希望だけがスーの支えになっていたのだが、その支えが無くなってしまい、これまで押し込めてきた不安が一気に膨れ上がっているのだ。

 

「そうでもないよ」

 

しかし、もえかは不安がっているスーに対して、励ますように言って、右舷側を指さす。

 

「ン?」

 

指さされた方向を見ると、先行する晴風の姿があり、

 

「ミケ、シロ!」

 

艦橋から明乃と真白が手を振っていた。

 

それに気づいたスーは手を振る。

 

更に発光信号が晴風から送られる。

 

「エット‥アレ、私ノ知ラナイ信号‥何テ言ッテル?」

 

「”戻ったら一緒にご飯食べようね”だって」

 

もえかが代わりに発光信号の内容をスーに読んで聞かせる。

 

「ウン、食ベル!」

 

昨日、今日食べた日本食はとても美味しかった。

 

また友人と食べることが出来るのであれば、当然食べたい。

 

スーに元気が戻ってきたみたいだった。

 

 

「届いたかな?」

 

明乃はスーに送った発光信号がちゃんと届いたか気になった。

 

「大丈夫みたいですね。ほら‥‥」

 

真白はちゃんとスーにメッセージが届いたことを確信する。

 

駿河の艦橋から手を振るスーともえかの姿があった。

 

「良かった」

 

ちゃんとメッセージが届いたことにホッとする明乃。

 

 

「艦長、後方からシュペーも合流しました」

 

ヒンデンブルクの見張り員が後方から接近するシュペーの存在を報告する。

 

「旗旒信号を確認」

 

更にシュペーには旗旒信号が上げられらえている。

 

「内容は?」

 

「”本艦も協力する”との事です」

 

「シュペーに返信、“協力に感謝する”」

 

「了解」

 

プラント奪還には速力とある程度の攻撃力が必要なので、高速かつ攻撃力を備えたシュペーはプラント奪還には必要な戦力だった。

 

シュテルともえかが作戦を立てている時には当然、シュペーの存在も織り込み済みであり、日本に来たばかりの頃、ドイツ大使館の大使館員と面識をもっていたシュテルは、取り越し苦労になる可能性もあることを含めてオフレコで今回の海上テロ事件を伝え、ドイツからの留学生艦であるヒンデンブルクとシュペーの参戦も伝えていた。

 

ブルーマーメイドの艦艇の出撃不能となったこの事態に真雪経由でドイツ大使館には一報を入れ、ヒンデンブルクとシュペーの参戦許可を求めている。

 

海上治安維持法は日本だけの法律ではなく、国際法なので、ドイツ大使館への説得もやりやすかった。

 

シュペーの参戦は一部の者しか知らなかったので、シュペーが参戦してくれることを聞いた納沙は驚いていた。

 

シュペーが本当に来てくれたのかを確認するかのように双眼鏡でシュペーの姿を確認する納沙。

 

すると展望デッキにミーナが晴風に向けて何かを言っている姿が確認できた。

 

『仁義で首括っとれ言うんならくくろうじゃないの』‥‥艦長、シュペーへ応答して、よろしいでしょうか?」

 

ミーナからの言葉を読唇術で内容を読み、納沙は明るい声で自分がシュペーに返信して良いか明乃に問う。

 

「えっ?うん良いよ」

 

明乃はあっさりと許可する。

 

「『ワシら海で、ええ思いする為に船乗りになったけぇ』」

 

納沙はミーナ同様、ウィングでシュペーに対して何かを言う。

 

「『海で体張ろう言うんが、何処が悪いの』‥か‥‥」

 

納沙の言葉を読唇術で読むミーナ。

 

「フフ‥やるな」

 

納沙からの返信を聞いて不敵な笑みを浮かべるミーナ。

 

「副長、楽しそうだな」

 

そこへ、テアが現れミーナに声をかける。

 

「ええ、こうして再び晴風に居る友と戦えるとは思ってもみなかったので」

 

「そうだな‥‥私もシュテルと共に同じ作戦に参加できるのはやはり嬉しい」

 

(むぅ~また碇艦長か‥‥)

 

テアの口からシュテルの名前が出てきた面白くないミーナだった。

 

「このシュペーの実力をきちんと見せるいい機会でもありますから」

 

そう思いながらもテアとシュペーの名前を知らしめるいい機会だと思っていた。

 

横須賀の学生艦などが出港する中、他校の学生艦の方では‥‥

 

「罐の温度が上がっとらんだらぁ!横須賀に負けんようにしりぃ!」

 

尾張の艦橋では副長の能村が伝声管で機関室に声を荒げていた。

 

「副長、無理をさせて罐を壊しては元も子もないわ。少し落ち着きましょう」

 

「あっ、はい」

 

機関故障で作戦に不参加では目も当てられない。

 

これから海上要塞相手にドンパチするかもしれないと興奮するのは分かるが、ひとまず落ち着くように能村へ言う宮里だった。

 

 

「一年も二年も気合十分!うちの子たちも二十四時間残業いけそうなテンションね!」

 

「また、そう言うブラックな人使いを‥‥」

 

「先ずは駿河と例のドイツの艦長がどんな仕事っぶりか、お手並み拝見といこうかな?」

 

三年生と言う余裕なのか、近江の艦橋では普段通り、二十四時間戦えますか?な、空気だった。

 

 

「さて、如何なる事やら‥‥」

 

三河の艦橋では、阿部同様、千葉には余裕な様子。

 

「しかし、一年生が旗艦で大丈夫でしょうか?」

 

「事前の根回しは完璧だったな。我々上級生のメンツも潰さず、むしろ手伝おうと言う気分にさせたんだ」

 

「成程見事なものですが、あまり活躍されると私達の立場が脅かされるかもしれませんよ?」

 

「ふっ!頼もしいじゃないか、それくらいでないと我々も張り合いがない!」

 

千葉はそう言って笑みを浮かべながら艦長帽を被る。

 

『出航用意!』

 

横須賀の学生艦にやや遅れる事、三隻の尾張級は出航した。

 

出撃して行く学生艦の姿を真雪は横須賀女子の会議室からモニター越しに見ていた。

 

「必ず無事に帰ってきなさい」

 

この場から動けない自分の立場を悔しながらも事件解決のために出撃した学生たちの無事を祈る真雪の姿がそこにあった。

 




ミーナの帰国前発言にも何かしらの伏線を感じました。

ドイツからの留学組なので、いつかは帰国しなければならないのですが、別れの際にはミーナと幸子はきっと涙なしにはいられないでしょうね。



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134話

 

 

遊戯祭の最中に起きた海上テロ‥‥

 

日本が建造した海上プラントとアメリカのモスボール状態となっている海上要塞の二つが同じグループと思われるテロリストたちに占拠されてしまった。

 

ブルーマーメイド、そして横須賀女子海洋学校の校長である真雪は、テロリストたちは占拠したプラントと海上要塞をドッキングさせて半永久的な一大拠点を築き上げようとしていると推察し、日本政府もその見解に同感な様子だった。

 

当然、政府としてもブルーマーメイドとしてもこれを看過することは出来ず、直ちにプラントの奪還とプラントにてテロリストたちの手によって囚われている人質救出のための作戦が練られるも、横須賀に集結していたブルーマーメイドの艦艇は、廃棄フロートが港口に爆破・着底してしまい出撃不能の事態となる。

 

事件の規模とテロリストたちの目的から廃棄フロートを撤去するまで待つことは出来ない。

 

幸いなことに学生艦は沖合に停泊していたため、出撃が可能だったことから、教育者である真雪としては、使いたくない手段であったが、事件解決のために学生艦の出動を許可した。

 

また、宗谷家の次女である宗谷真冬が艦長を務めるべんてんは横須賀への到着が遅れ、港内に停泊していなかったので、出撃が可能であったため、今回の出撃に当たり、プラント奪還を目的に学生艦と共に出撃した。

 

シュテルともえかの立てた作戦の草案と多少異なる点があったが、尾張級を主力とした艦隊はプラント、そして海上要塞が移動している海域へと向かった。

 

そのべんてんのCICにて、真冬は現状の確認をしていた。

 

「現状は如何なっている?」

 

「現在、バルーンでプラントの偵察を行っております。そろそろ映像が入る筈です」

 

べんてんには福内も乗艦しており、真冬に現状を報告する。

 

プラントに着く前、べんてんからは無人飛行船が偵察のため、出撃しておりプラントの様子をリアルタイムでべんてんに伝えようとしていた。

 

やがて、無人飛行船からプラントの映像が映る。

 

「見えた!」

 

「現在、目標は本艦の260度、38マイル、8ノットで西南西へ移動中‥‥」

 

構造上、高速での移動は出来ないが、プラントは確実に海上要塞に向かって移動していた。

 

「よし!潜入部隊を高速艇で送り込み、人質と海賊の配置を確認!可能ならプラント内部の監視システムをジャックせよ!」

 

真冬は、人質とテロリストたちの配置を確認する為、プラントに潜入部隊を送り込むよう命じる。

 

政府からは、海上要塞の方は破壊許可が出ているが、プラントに関しては人命優先と通達が来ていた。

 

日本としても優秀な人材と完成したばかりのプラントを海の藻屑にはしたくなかった。

 

真冬たちにしてもプラント自体は兎も角、ブルーマーメイドとして人命優先は当然のことだった。

 

 

作戦開始時間が夜間になるため、戦闘前に腹ごしらえとして炊事委員が軽食を配る。

 

「はーむ、モグモグ‥‥ん?」

 

駿河の艦橋でスーは配られたおにぎりを食べていると、彼女は何かに気づき、犬みたいに鼻をヒクヒクさせて匂いを嗅ぐと、匂いの先を見る。

 

「ん?何を見ているの?」

 

スーの様子に気づいたもえかは彼女に声をかける。

 

すると、

 

「アッチ!スッゴク美味シソウ!」

 

スーは、何か美味しそうな匂いを嗅ぎ分けた様で、匂いの発生源を指さす。

 

一体彼女の鼻はどんな構造をしているのだろうか?

 

妹が鬼にされた炭焼き少年並みの嗅覚である。

 

スーが美味しそうな匂いがすると言う発生源は駿河の前方を航行する晴風だった。

 

「ミケちゃんの所?見えるの?」

 

「何カ、イイ匂イマデスル」

 

スー曰く、晴風から食事のいい匂いがすると言う。

 

確かにスーは、今日の昼ごはんを晴風の炊事委員である伊良子と杵崎姉妹が作った弁当を食べていたので、彼女らが作った食事の匂いは覚えているのかもしれないが、それでも晴風と駿河との距離は離れており、装甲板を挟んで食事の匂いを嗅ぎ分けたスーの嗅覚は凄い。

 

「ネェ!アッチニ移ッチャ駄目?」

 

スーはもえかに晴風に移乗して良いかを訊ねる。

 

「駄目です」

 

しかし、もえかはあっさりと却下する。

 

「えぇ~‥‥」

 

もえかに却下され、スーはがっかりするが、駿河に乗ったばかりの時と比べると多少は明るくなっている。

 

 

晴風でも同じく作戦前に夕食となり、クラスメイトたちは非直の者は食堂で食事をとっていた。

 

しかし、作戦中なので、片手で食べられる食事だった。

 

艦橋には明乃と真白の二人で真白が舵輪を握り、明乃が見張りをしていた。

 

そんな中

 

「宗谷さん、夜食です」

 

黒木が食事を持って艦橋にやってきた。

 

「ああ、ありがとう」

 

真白が黒木から食事が入ったランチボックスを受け取る。

 

すると黒木は、

 

「何か悩んでいるなら私に相談して‥‥」

 

真白の耳元で悩み事があるなら、自分が相談に乗ると囁く。

 

「あっ‥‥」

 

真白が何に対して悩んでいるのか、黒木は知らないが、真白が何か思い詰めているのではないかと昼間に校舎前でスーとのやり取りをこっそり見ていた黒木はそう思っていた。

 

実際に黒木の予感は的中しており、晴風クラスに残留するか比叡クラスに移籍するかを悩んでいた真白。

 

黒木に見抜かれ、真白は反射的に明乃へと視線を向ける。

 

「‥‥」

 

明乃も真白に視線を向ける。

 

互いに何だかバツ悪そうな表情をしている。

 

「今は目の前の作戦に集中します」

 

真白は現時点ではまだ、移籍か残留かの答えを出さずに目の前の作戦に集中すると告げる。

 

午前中の競技の際もクラス替えの問題に関して、悩んでいたせいで足を引っ張った経緯があった。

 

この作戦は競技と違い、相手は他校の生徒ではなく、プラントと海上要塞を占拠したテロリストたち‥‥

 

一時の気の迷いが、大怪我の元になりかねない。

 

「う、うん」

 

真白の言葉を聞いて明乃も頷く。

 

 

「はむっ、モグモグ‥‥」

 

ヒンデンブルクの艦橋でも作戦前の食事タイムとなっており、シュテルはホットドッグを食べながら、周囲の海を見渡している。

 

「静かな海だね」

 

クリスもシュテルと同じくホットドッグ片手に声をかける。

 

「うん‥‥この先でテロリストたちが待ち構えているなんて信じられないくらいだ‥‥」

 

もえかと作戦を練っていた時、テロリストたちは機雷や潜水艦でブルーマーメイドの妨害をしてくると思っていたが、テロリストたちはブルーマーメイドの妨害を廃棄フロートを使っての港口の閉塞と言う手段を用いてきた。

 

その事からテロリストたちは機雷や潜水艦までは用意していないのかもしれないが、油断は禁物である。

 

 

プラントへ偵察に出した無人飛行船から情報が入り、作戦会議を行うという事で状況を知る為、真霜ともえか、そしてもえかからの推薦でシュテルもべんてんへと赴くことになった。

 

「現在、プラントの内部状況は、保々完全に把握完了」

 

べんてんのCICのモニターにはプラントの地図が表示されている。

 

(プラントって聞いたから、海上油田の採掘プラントみたいな形を想像していたけど、結構奇抜な形状だな)

 

此処で初めてプラントの全体図を見たシュテルはプラントに対してそんな印象を抱いた。

 

「人質は全員、デッキの此処に‥‥」

 

真冬は人質が監禁されている居場所を指さす。

 

「見張りは?」

 

続いて真霜がテロリストたちの展開状況を訊ねる。

 

「人質の見張りは常に三人。まだ交代のタイミング自体は分かりません」

 

(その辺は、ちゃんと集団行動をしているのか‥‥)

 

占拠し、人質が居るからと言って油断せずにテロリストたちは集団行動をとっている。

 

「他の海賊は?」

 

「管制室に十二名、上層部にも見張りが六名。それ以外は食堂に集まっている模様です」

 

(食堂に居るのは休憩中なのか?)

 

(ただ、上層部の見張りが少ない気もするが‥‥)

 

テロリストたちの展開具合を見て巡回行動については評価するも、展開具合については疑問に思うシュテル。

 

「人質がいなければ、突っ込んで、ドカーンって、行くのになぁ‥‥」

 

真冬は人質が居なければプラントに対して遠慮なく突撃するか攻撃して鎮圧するつもりだったみたいだ。

 

なお、彼女のリアクションにより、マントが翻り隣に立っていた福内にマントが被さり、福内はもがいている。

 

しかし、真冬本人は気づいていない。

 

(あぁ~あぁ~もう~)

 

見かねたシュテルがマントを除去する。

 

「あ、ありがとう」

 

「いえ、いえ。ただ、真冬さん」

 

「ん?」

 

「人質の救出を最優先としても日本政府の本音はきっとプラントも無傷で奪還してもらいたいはずですよ」

 

「でしょうね‥‥でも、人質の救出をするにあたって、テロリストたちに見つからずに行動をするのは難しいでしょうけど、母さ‥校長からも人質救出を最優先と指示が出ているわ。でも、人質さえ救出すれば‥‥手加減する必要‥ないでしょう?」

 

真霜は、真雪から人質救出を最優先と指示が出ているが、人質さえ救出すれば後は、手加減する必要はない。

 

それはつまり、テロリストたちをボコボコにしようが、射殺しようが、好きにせよと言っている。

 

真霜の顔は笑みを浮かべているが、物凄く怖い。

 

スーや明乃‥妹である真白さえも今の真霜を見たら背筋に寒いモノを感じるだろう。

 

「うっ‥‥」

 

「ひぃっ‥‥」

 

現に妹である真冬と福内はドン引きしている。

 

(やっぱり、この人も魔王属性だ‥‥)

 

シュテルの場合、母校のミーナ教官に鍛えられているので、大して何も感じなかったが、前世では魔王と認定していた人物と同じ声を持つ真霜のことを同じ魔王系の人物だと認定した。

 

「プラントに傷がついてもそれはいわゆる、コラテラルダメージというものに過ぎないわ。事件解決のための致し方ない犠牲だけど、人質の生命だけは何としてでも守り抜かないと‥‥」

 

「貴女たちは何かプランがあるかしら?」

 

真霜は次にもえかとシュテルに何か作戦案はあるかと訊ねる。

 

「‥‥そうですね。此処まで情報が把握できているなら、このまま監視装置に欺瞞情報を流して、その間に人質を救出でしょうか?」

 

もえかは、モニターを見てプラントの内部情報が把握できているなら、監視装置に欺瞞情報を流して、その間に人質を救出しようと言う案を出す。

 

「大体、正解ね」

 

「ですが、注意点として、連中の動きがまだ完全に把握されていないことがネックですね‥‥見張りの交代のタイミングがつかめない事、管制室に居る連中の中で電子機器の取り扱いに精通している奴がいると、例え欺瞞情報を流してもそれが欺瞞だと気づかれてしまう可能性もあります」

 

「そうね、人質と合流し、外に連れ出す時間はそれなりにかかるのであれば、迅速な制圧が必要になるわね」

 

「人質を救助する突入隊の目を海賊から逸らすには大きな陽動をする必要がありますね」

 

「それに関しては、一つ手があります。ただ、そのためにはシュペーの協力も必要になりますが‥‥」

 

陽動に関してシュテルがある作戦を真霜に提案する。

 

「では、シュペーの艦長と連絡をとってちょうだい」

 

「はい」

 

真霜にそう促され、シュテルはテアに連絡をとる。

 

「あっ、もしもし、テア?ちょっと、頼みたいことがあって‥‥そう‥‥夜間発艦になるけど‥‥ああ、あと念のため、後部座席には射撃の上手いクラスメイトを乗せて‥‥うん‥‥そう‥‥ありがとう」

 

シュテルは作戦内容をテアに説明し、テアからの許可をとりつけた。

 

「大丈夫です。シュペーとの協力も得られました」

 

「では、この作戦で行きましょう」

 

真霜はプラント奪還作戦の概要を横須賀女子に居る真雪に報告をした。

 

 

「作戦は以上です。この方法なら、先ず間違いなく人質に危害が及ぶ事はありません」

 

真霜は横須賀女子に居る真雪にべんてんで立てたプラント奪還作戦の内容を報告する。

 

報告を受けた真雪は、作戦内容を海上安全整備局に説明する。

 

「確率は?」

 

作戦内容を聞いた海上安全整備局は作戦の成功確率を問う。

 

「95%‥‥」

 

真雪は信じているのか、作戦の成功確率は95%と言う高確率で成功すると断言する。

 

「残りの5%は、べんてん乗員が暴走する可能性ですが、宗谷真霜が抑えてくれるでしょう」

 

失敗確率の5%は真冬たち、べんてんの乗員が暴走する可能性だと言うが、それも真霜が居るので大丈夫だと言う。

 

つまり、作戦の成功確率は100%だと遠回しに報告した。

 

「真霜君か‥‥確かに彼女なら手綱を引き受けるだろう。よろしい、作戦を承認する。プラントが我が国の管轄海域外に出るまでに必ず作戦を必ず完遂せよ」

 

真雪からの説明を聞いて海上安全整備局は作戦を承認した。

 

「了解しました」

 

作戦は承認され、プラントが日本の管轄海域外に出るまでに作戦を必ず完了しなければならなかった。

 

日本の領海内であれば、どんなに派手なドンパチをしても、『日本の領海内での出来事だ』と主張することが出来、外国からの干渉を防ぐことが出来る。

 

 

「本部から作戦決行の指示が来ました」

 

統合作戦本部と海上安全整備局から作戦決行の許可が下りた。

 

「よーし、腕が鳴るぜ!」

 

作戦実行の許可が出て真冬は、腕が鳴ると言って、腕をゴキゴキと鳴らしながらやる気を見せる。

 

「姉ちゃん!作戦の指示を!!」

 

真冬は真霜に作戦指示を仰ぐが、

 

「此方の指揮官は貴方でしょう?」

 

プラント奪還の指揮官は真冬なので、真霜がそう言い返すと、

 

「あっ、そうか」

 

真冬は、自分が指揮官と言うのを自覚していなかった。

 

「大丈夫かな?」

 

真冬の気合が空回りしなければ良いと願うシュテルだった。

 

「私たちは、学生艦隊に戻って、大至急、要塞に向かうわ。今のままなら0600に管轄海域に侵入する筈‥その瞬間に攻撃を開始するわ」

 

「「了解」」

 

べんてんで作戦会議が行われている頃、晴風は明石からある物を受領していた。

 

「何、あのおっきいの?」

 

「普通の倍ぐらいあるよね!?」

 

明石から晴風に受領されたモノは大型の魚雷で、その大きさは通常の魚雷よりもデカい。

 

ヒンデンブルクに搭載されている墳進弾と同じくらいあるのではないかと言う大きさだ。

 

「フッフッフッ‥‥私の秘蔵コレクションだ」

 

受領された魚雷は明石艦長である珊瑚のコレクションみたいだ。

 

‥‥なんとも、物騒なコレクションだ。

 

「おー!あれは幻の36インチ(91.44センチ)魚雷っスね!初めて見たっスよ!」

 

同人制作の知識から得たのか明石から受領された魚雷がなんなのかを青木は嬉々として説明する。

 

『36インチ!?』

 

36インチと聞いて、松永と姫路は驚愕する。

 

水雷クラスに在籍している二人もまさか、この世に36インチの魚雷が存在しているなんて思ってもいなかったみたいだ。

 

「そう、試験的に開発されたけど無駄に威力が大き過ぎて、使い道が無くなった」

 

珊瑚曰く、威力が高すぎる為に開発が中止となり、残存する魚雷は処分されることもなくどこかの倉庫に埃をかぶっていた所を珊瑚が引き取ってコレクションしていたのだ。

 

「これなら要塞にも効くのかなぁ?」

 

威力が高い魚雷ならば要塞相手にも通じるのではないかと松永は予測する。

 

「普通に正面から撃っただけなら多分効果はない」

 

しかし、いくら威力が強くても命中箇所によっては無効になるみたいだった。

 

「それじゃあ積む意味ないんじゃない?」

 

姫路はそんな魚雷を無理矢理装備する必要はないのではないかと言う。

 

確かに余計なモノを積んで艦を重くする必要はない筈だ。

 

「きっと貴女方の艦長なら面白い使い道を考えてくれる筈。他のも含めて、レポート楽しみにしている」

 

しかし、珊瑚は明乃ならばきっと、この魚雷を奇想天外な方法で使用するだろうと予測し、後日一体どんな使用方法をしたのか報告書を楽しみにしていると言う。

 

『ええぇぇぇぇー!?』

 

珊瑚の発言に驚く三人だった。

 

 

シュペーの艦橋と煙突の間の甲板では、シュテルがテアに頼んだメーヴェが準備されていた。

 

「まさか、夏休みに講習を受けてからすぐにコレ(メーヴェ)を使用する機会が来るなんてな‥‥」

 

「はい、しかも夜間発艦と言う少々困難な発艦になりますね」

 

テアとミーナは準備をしているメーヴェを見ながら話している。

 

「シュテルの頼み‥本来ならば、私が答えたいところだったのだがな‥‥」

 

テアは自身がメーヴェに搭乗したかったが、テアはシュペーの艦長と言う責任ある立場‥‥

 

そう簡単に艦を離れる訳にはいかない。

 

「大丈夫です。艦長とシュペーの名を知らしめるため、ワシが役目を果たしてみせます!!」

 

ミーナはグッとガッツポーズをとる。

 

この時のミーナの服装はいつものヴィルヘルムスハーフェン校の士官制服ではなく、飛行服を身に纏っていた。

 

彼女はテアの代わりにメーヴェの搭乗を志願していたのだ。

 

「しかし、レターナ、お主はいいのか?主はシュペーの航海長だろう?」

 

ミーナは視線を逸らし、レターナに声をかける。

 

「ん?大丈夫、大丈夫、ウチの航海科は優秀だからね!」

 

レターナもミーナ同様、制服ではなく飛行服を身に纏っていた。

 

シュテルがメーヴェの発艦依頼をした時、一人ではなく念のため、射撃が得意なクラスメイトも乗せてくれと頼んでいた。

 

「だが、レターナ、お前射撃の腕は大丈夫なのか?」

 

ミーナはレターナの射撃の腕を心配する。

 

「ふん、バカにするなよ、ミーナ。この一年、撃って、撃って撃ちまくった私の射撃の腕をすぐ傍で見て、驚くがいい!!」

 

ミーナの心配をよそにレターナは自信満々な様子だった。

 

 

やがて全艦補給が完了し、

 

「全艦、補給完了!出撃準備完了です!」

 

もえかは、海上要塞とプラント奪還に向かう学生艦が補給を終えた事を真霜に報告する。

 

「よろしい。それでは、要塞に向かいます」

 

報告を聞いた真霜は、海上要塞に向けて出撃命令を出す。

 

一方で、べんてん、シュペー、比叡を始めとする金剛型はプラント奪還の為に‥‥

 

尾張級の戦艦とヒンデンブルク、晴風、天津風、時津風は海上要塞へと向かう。

 

シュテルは艦橋のウィングに出てシュペーに向かって手を振る。

 

テアもそれに気づき、帽子を振った。

 

ミーナも晴風に向けて手を振り、晴風の艦橋では納沙が手を振っていた。

 

 

海上要塞へと向かった艦隊を見送ったべんてんでは、

 

「フッ、潜入作戦開始!我らの行けぬ海はなし!素早く!そして確実に!徹底的にやれ!」

 

真冬が潜入部隊に檄を飛ばす。

 

『ウッス!』

 

潜入隊はウェットスーツを着て、テロリスト鎮圧のためのテーザーガンのエネルギー容量を確認し、安全装置をいれてホルスターに入れる。

 

そして、準備ができた潜入隊は水中スクーターでプラントに向けて出撃する。

 

テロリストたちも水中からの侵入は計算外‥‥と言うか、プラント自体が動いているので海中まで注意が向いていなかった。

 

シュテルともえかの予想に反して潜水艦または潜水艇がなかったことが、勝敗をきめていたのかもしれない。

 

潜入隊はプラントの海底部にあるハッチを開け、プラント内部へと侵入。

 

先頭の隊員がバラストタンク室の安全を確認し、後続のメンバーに合図を送る。

 

侵入した隊員たちはバラストタンク室にて背負っていた防水バックを開け、水中ゴーグルを外し、酸素ボンベを下ろすと、ウェットスーツ姿から戦闘服姿になり、その上に防弾チョッキ、ヘルメット、手袋、ブーツを装備して人質の救助へと向かう。

 

潜入隊の状況はべんてんのCICのモニターで逐次、確認できるようになっている。

 

潜入隊は慎重かつ迅速に人質がいる貨物室へと向かっていた。

 

地下階層に一人、見張りが居るのを確認し、エレベーターで上に上がるように指示を出すと、一人がエレベーターに乗り込み、残りは階段で上がっていく。

 

見張りが居る地下のエントランスではエレベーターの到着音が鳴る。

 

交代や人員が追加される連絡は来ておらず、見張りのテロリストは何事かとエレベーターへと近づく。

 

扉が開いたエレベーターに注意が向いている隙に階段で上がってきた隊員が銃で見張りのテロリストを撃ち、上の階へと向かう。

 

次の階では見張りの数は三人に増えている。

 

ファイバースコープで見張りの位置と人数を確認する潜入隊。

 

その間にもう一人がプラントのメインコンピューターにハッキングし、監視カメラの映像をリンクする。

 

「同期しました」

 

べんてんのCICにはプラントの監視カメラの映像も送られてくる。

 

そして、べんてんはプラントのメインコンピューターに欺瞞映像を流し、潜入隊の姿が消えた映像がプラントの管制室には流されることになる。

 

「Hun?(ん?)」

 

「what‘s wrong? (どうした?)」

 

プラントの管制室では監視カメラの映像を確認していたテロリストの一人が地下の映像に一瞬ノイズが入ったのを見逃さなかった。

 

映像を切り替える際、僅かに電波障害があったのだろう。

 

「there was static (今ノイズが)」

 

「switch the cameras (カメラを切り替えてみろ)」

 

テロリストのリーダーが念のため、他の地区の監視カメラの映像に切り替えてみると、異常はない。

 

「all clear (異常なしか)」

 

しかし、この映像はべんてんから送られている欺瞞映像だとテロリストたちは気づいていない。

 

「send come men to the hostage area in case(一応、人質区画に人を送れ)」

 

「aye aye (了解)」

 

海賊達が欺瞞映像に騙されているうちに潜入隊は物陰から飛び出し、見張りのテロリスト三人をテーザーガンで同時に仕留めた。

 

人質が居る区画にテロリストの増員が来る前に潜入隊は人質たちが居る倉庫に辿り着いた。

 

扉を開けるとそこには大勢の技術者、研究者たちがすし詰め状態で閉じ込められていた。

 

「あなた方は?」

 

「ブルーマーメイドです。救助に来ました」

 

自分たちの救助に来たブルーマーメイド隊員の姿を見て、安堵の表情を浮かべる人質たち。

 

「さあ、急いで時間がありません」

 

大人数で移動すればテロリストたちに気づかれる恐れがある。

 

潜入隊は、急いで人質にされていたプラント関係者たちを舷側搬入口へと誘導する。

 

こうして作戦の第一段階である人質の確保は成功した。

 

あとは、彼らを連れてプラントから脱出するだけであった。

 

 

べんてんの艦橋では真冬が神妙な面持ちで前方の海を見ている。

 

「予定時間です」

 

「よし!作戦開始!!」

 

攻撃予定時間になり、真冬は攻撃を開始するよう命じた。

 

いよいよ、本格的なプラント奪還作戦が開始されたのだった。

 



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135話

今回でプラントは無事に奪還です。

残りは海上要塞のみ‥‥

映画版も残り2話ぐらいで終わらせたいです。


 

横須賀女子で行われている遊戯祭の最中に起きた二つの海上テロ事件‥‥

 

日本が建造した海上プラントとアメリカのモスボールの海上要塞‥‥

 

この二つの海上施設を占拠したテロリストたちは、プラントと海上要塞の二つをドッキングさせて半永久的な海上要塞を建造し、自分たちの根城として使用するつもりだった。

 

日本政府、ブルーマーメイドはこの事態を看過させず、テロリストたちの捕縛とプラントの奪還、同プラントにてテロリストたちの手によって人質となっている技術者・研究者たちの救助作戦を実行した。

 

事件鎮圧の為に横須賀から出撃した学生艦を中心とした混成艦隊はプラント奪還組と海上要塞討伐組の二つに分かれての二正面作戦となる。

 

最初に動いたのは横須賀から距離が近かったプラント奪還組の方だった。

 

プラントの奪還には真冬が艦長を務めるべんてんの乗員たち‥本職のブルーマーメイド隊員たちで、彼女たちは海中からプラントへと侵入し、見張りのテロリストたちを倒し、プラントの管制室に欺瞞映像を流し、テロリストたちの目を欺き、なんとか人質が監禁されている倉庫へとたどり着き、人質を救助した。

 

あとは、人質をプラントから脱出させるだけで、人質をプラントから無事に救出すれば、遠慮なくドンパチしてテロリストたちを叩きのめすことが出来る。

 

べんてんの艦橋では、真冬が神妙な面持ちで腕時計を見ている。

 

「予定時間です」

 

「よし!作戦開始!!」

 

攻撃予定時間になり、真冬は攻撃命令を下す。

 

テロリストたちが自分たちに目を奪われている間に潜入部隊が救出した人質たちをプラントから脱出させるのだ。

 

べんてんはシュペーら学生艦に攻撃命令を発光信号にて、通達する。

 

「作戦開始の指示です!」

 

シュペーのウィングにある双眼鏡でべんてんからの攻撃命令を確認するローザ。

 

「よろしい、メーヴェ発艦始め!」

 

シュペーの後部甲板では、沢山のライトで少しでも発艦しやすいように明るく照らされる。

 

「メーヴェ発艦始め!」

 

「うむ‥いくぞ、レターナ」

 

「あいよ」

 

メーヴェの操縦席に座るミーナは飛行ゴーグルを目に装備し、発艦プロセスに入る。

 

やがて、メーヴェの機体後部にあるプロペラが勢いよく回転し始めると、メーヴェはふわりと浮き、シュペーを離れる。

 

「メーヴェ、発艦しました」

 

ローザの報告を受け、テアが空を見上げると空気を裂きながら、プラントへと向かうメーヴェの姿があった。

 

「‥頼むぞ、副長‥‥こちらもプラントへと向かう!砲撃戦用意!!」

 

「ハッ、砲撃戦用意!総員、戦闘配置につけ!」

 

「砲撃戦用意完了!」

 

「ファイエル!」

 

砲撃準備が整うとシュペー、比叡、榛名、霧島はプラントに向けて一斉に砲撃をする。

 

もちろん、プラント自体に被害が及ばないように至近距離で着弾するように距離測定はちゃんとしていた。

 

「うぉっ!?」

 

「うわっ!?」

 

四隻の学生艦からの至近距離への砲弾でプラント周辺にはいくつもの水柱が立ち上り、プラントを激しく揺さぶる。

 

いきなりの衝撃で床に倒れるテロリストも居た。

 

「what`s going on?(何事だ?)」

 

「we`re under attack! (砲撃です!)」

 

「show me! (出せ!)」

 

リーダーが映像を外部映像に切り替えると、プラントに向けて砲塔を向けている学生艦の姿がある。

 

「are they abandoning the hostages!? (人質を見殺しにする気か!?)」

 

日本人は基本的に誘拐や立て籠もり事件等で人質を取られた場合、強硬手段に取ることは少なく、粘り強い交渉を行い、解決しようとしてくる。

 

しかし、日本政府は自分たちに交渉を持ちかけることなく、学生艦を使用してプラントに砲撃を加えてきた。

 

まぁ、こちらが日本政府に対して何の要求もしていないので、日本政府とのチャンネルがない事も一つの要因であるが、人質を見捨てるかのようにプラントに対して砲撃してきたことを鑑みても日本政府は本気なのかもしれないとこの時、リーダーはそんな予感がした。

 

「we`re going to counterattack! (反撃するぞ!)」

 

だからといってこのままむざむざとやられる訳にはいかない。

 

海上要塞まで辿り着くことが出来れば自分たちの勝ちなのだ。

 

このまま何としてでも逃げ切ってみせる。

 

プラントの外部に出たテロリストたちは小銃を構える。

 

海上要塞は不明であるが、プラントは最初から武装目的の海上施設ではないので、武装はされていない。

 

テロリストたちもプラントに大砲等の対艦用の武器を備えていない。

 

その為、プラントに居るテロリストたちは自前で持ち込んだ小銃や拳銃、手榴弾くらいでしか反撃の手立てをもっていなかった。

 

その直後、空から探照灯が照射される。

 

ミーナが操縦するメーヴェがプラント上空に到着し、外に居たテロリストたちを照らしたのだ。

 

そして、海上にも無人の小型ボートが探照灯で下からプラントを照らしている。

 

「I wonder what that is? (あれはなんだ?)」

 

「How should I know!? (知るか!?)」

 

メーヴェはまだドイツで少数生産されたばかりの自走気球だったので、テロリストたちもメーヴェの存在は知らず、しどろもどろしている。

 

「Shoot at the rabbit! (兎に角撃て!)」

 

テロリストたちはメーヴェと無人小型ボートに対して小銃で応戦してくる。

 

海上のボートに対しては上からの銃撃で優位な立ち位置であるが、上空のメーヴェに対しては不利みたいで、なかなか当たらない。

 

「ミーナ、奴ら撃ってきたぞ!」

 

「ああ、分かっとる」

 

任侠映画で聴き慣れた銃声に、白兵戦演習で使用している模擬弾と違い、当たれば死ぬかもしれない本物の銃の銃声は自然とミーナに緊張感を与えてくる。

 

「久しぶりに味わうスリルだ!!ミーナ!!」

 

「ドジるんじゃないぞ、レターナ!!」

 

ミーナは敵の銃弾がガスタンクに当たらないように必死に操縦する。

 

「こっちだって、このまま黙っちゃいないぞ!‥‥くらえ!!」

 

レターナはスコープ付きのKar98kを取り出し、テロリストたちに狙いを定め、狙撃していく。

 

勿論銃に装填されているのは、実弾ではなく模擬弾である。

 

例え、模擬弾でも当たり所によれば相手を失神させるくらいの威力はあった。

 

 

プラントの一角で盛大なドンパチが行われている間に潜入部隊は無事に人質を内火艇に収容し、べんてんに帰還する。

 

「全人質、収容完了!」

 

「よし!殴り込みだ!!」

 

人質を無事に救助出来たと福内からの報告を聞いて、真冬もプラントに殴り込みを命じ、べんてんはプラントに向け進撃する。

 

真霜が言ったように人質を救助できればテロリストに対して遠慮することはない。

 

 

「人質全て救助完了、べんてんがプラントへ進撃していきます」

 

「ならば、こちらは引き続きべんてん突入の援護に入る。主砲斉射!」

 

べんてんからの情報を聞き、テアは引き続き援護射撃をプラントに加える。

 

テロリストたちはメーヴェと学生艦に完全に目を奪われ、反対側にべんてんが接舷した事に気づいていない。

 

やはり、仲間の人数が少なかったのが仇になったようだ。

 

完全武装した突入部隊の中に何故か普段と同じ黒いブルーマーメイドの制服に黒マントを羽織った真冬の姿があった。

 

べんてんが接舷したプラントの搬入口には先程人質を救助した潜入部隊の一部がプラントに残っていた。

 

彼女らは真冬たち突入隊の道案内役として残っていたのだ。

 

「よし、続け!」

 

『ウッス!』

 

真冬は先陣をきって、プラントに突入していく。

 

防弾チョッキもヘルメットも着用せずに、銃で武装しているテロリストたちが待つプラントに突入していく真冬の姿に危険を指摘する者はおらず、おそらく普段から真冬はこのスタイルでテロリストや海賊を相手にしているのかもしれない。

 

しかし、この行為は大変危険であり、今までが大丈夫だったから、今回も大丈夫‥なんて保証はどこにもない。

 

いずれ、誰かがその危険性を指摘しなければ、真冬はいつか大怪我か殉職するかもしれない。

 

 

プラントに突入した真冬たちはプラントの機能を奪取するために管制室を目指す。

 

『うおっ!』

 

エレベーターから増援に来たテロリストたちは扉が開いた瞬間に飛びこんできた真冬に奇襲された。

 

後から真冬を追って来た突入隊の隊員たちは、エレベーターが何階に上がっているのかを確認し、急いで隣の階段を上がる。

 

やがて、エレベーターが五階に止まり、エレベーターの扉が開く。

 

「あっ‥‥」

 

遅れて五階に到着した突入隊の隊員たちが見たのは、エレベーター内で伸びているテロリストたちの姿でその内一人は顔をエレベーターの扉に挟まれながら伸びていた。

 

その光景を見た隊員たちは『ご愁傷様』と言った様子で真冬の後を追いかけた。

 

最後尾の隊員は手を合わせて合掌するくらい、真冬にボコボコにされたテロリストに対して同情してしまうくらいだった‥‥

 

植物栽培室に見張りで立っていたテロリストは物音に気づき、銃を構える。

 

すると、反対側から真冬が飛び出してきて自分に向かって走ってくる。

 

彼はあわてて真冬に向けて銃を撃つが、真冬はジグザグに動きながら銃弾を躱し、時には棚に足をかけ、棚から棚へと跳び移りながらテロリストを翻弄させて相手との距離を詰めていく。

 

「ぐわっ!?」

 

そして、棚の支柱をつかみ遠心力をつけた蹴りをテロリストの後頭部にいれる。

 

遠心蹴りをくらったテロリストは最初に真冬がやってきた方向へと飛ばされ壁に激突し、そのまま一発KOとなる。

 

やがて、真冬の後を追ってきた突入隊も合流するが、彼女らは先程真冬が倒したテロリストを踏んづけて真冬と合流した。

 

「管制室は上です」

 

「よし続け!」

 

真冬は管制室を目指すが、

 

「艦長!こっち‥‥」

 

アドレナリンが分泌され興奮しているのか、制止する隊員の言葉を聞かずに反対方向へと行ってしまう。

 

『あっ‥‥』

 

真冬の猪突猛進な行動に呆れながらも放っておくわけにもいかず、

 

「潜入部隊だけ続け!!」

 

管制室の奪取は突入部隊にまかせ、自分たち潜入部隊は真冬の後を追った。

 

 

「what`s the situation? (状況はどうなっている?)」

 

プラントの管制室では、ようやくブルーマーメイドが内部に侵入している事態に気づき、状況確認がなされているが、人数が少数のため、未だに正確な情報が入ってこない。

 

彼らは既に人質が救出されていることも知らなかった。

 

「stop intruders at the plant! (プラント区画で侵入者を食い止めろ!)」

 

テロリストは何とかプラント区画で食い止め様とするが、

 

ギィ~‥‥

 

「ん!?」

 

リーダーは管制室の左扉が僅かに開いたのを見て確認しようとすると、

 

ドサッ

 

左扉からは仲間の一人が倒れ込んできた。

 

「ぬぉっ!?」

 

倒れ込んできた仲間に一瞬気を取られた時、反対の右扉からは銃を構えたブルーマーメイドの隊員たちがなだれ込んできた。

 

更には仲間を倒したと思われるブルーマーメイド隊員たちが左からも突入してくる。

 

次々になだれ込んでくるブルーマーメイド隊員たちの前にテロリストたちは次々と銃を捨て両手を上げて投降する。

 

残るはリーダーただ一人となるが、彼は未だに投降の意思を見せずに銃を構え左右のブルーマーメイド隊員たちを牽制する。

 

すると、管制室とは別方向に向かった真冬が、外から管制室の様子を見ると、

 

「とうっ!」

 

管制室目掛けてジャンプする。

 

「でやぁ!!」

 

そして、管制室の窓を突き破り、管制室内部に入ってきた。

 

「くっ‥‥」

 

リーダーは飛び込んできた真冬に銃撃をくわえる。

 

しかし真冬の姿は、彼女が羽織っていたマントで覆い隠される。

 

小銃の連射を受けた真冬のマントはたちまち引き裂かれるが、そこに真冬本人の姿はなく、

 

真冬の姿は、管制室の天井にあり、反動をつけ、勢いよくリーダーの喉元にクロスチョップを食らわせる。

 

上から勢いがついた真冬のクロスチョップをくらい、リーダーは吹き飛ばされ、その衝撃で手にしていた銃を落としてしまう。

 

真冬はその隙を見逃さず、リーダーが落とした小銃を拾うと、銃床でリーダーを殴りつける。

 

銃床で殴られ、リーダーは地べたを這いながら真冬から逃げ様とするが、

 

「根性ある奴が一人も‥根性!」

 

リーダーは真冬に捕まってしまい、今度は右手で鼻フックをかけられる。

 

「あ‥あ‥‥あが‥‥」

 

更には、左手で首を絞められた状態になり、

 

「へへっ」

 

真冬は不気味な笑いを浮かべると、

 

「くぁwせdrftgyふじこlp~!!!!」

 

リーダーの声にならない悲鳴がプラント中に響いた。

 

 

‥‥その光景をシュペーの艦橋から見ていたテアは唖然としながら、

 

「あれは子供には見せられんな‥‥」

 

真冬の手によってボコボコにされたテロリストのリーダーに同情するかのように呟いた。

 

「はぁ‥‥」

 

(艦長、一体何を見たんだろう?)

 

テアの後ろに控えていたローザはテアが一体何を見たのか少し気になった。

 

「ローザ、副長のメーヴェに帰還命令を通達」

 

「了解」

 

こうして、人質を全員無傷で救出し、プラントをテロリストの手から無事に奪還することが出来たが、真冬がリーダーから離れた時、彼は最後の力を振り絞ってベルトについている機械のボタンを押した。

 

ベルトについていた機械は何かの信号をどこかに送っていた‥‥

 

 

 

 

一方、海上要塞へと向かっている混成艦隊では‥‥

 

「では、艦長。行ってまいります」

 

ヒンデンブルクの艦橋では、飛行服に着替えたクリスとメイリンがシュテルに敬礼していた。

 

ヒンデンブルクのメーヴェには先行偵察をしてもらう為だった。

 

「うん。要塞には一応、武器は無いと言われているけど、十分に気をつけて」

 

「はい。困難な夜間発艦ですけど、何とかして見せます」

 

「メーヴェには先行偵察の他に引き続き、例の作戦を実行してもらいますが、準備の方は?」

 

「そちらも大丈夫です」

 

「‥‥では、作戦開始!!武運を」

 

シュテルがクリスとメイリンに返礼し、二人はメーヴェが用意されている後部甲板へとむかった。

 

後部甲板では、シュペー同様、甲板にライトを向けて、少しでもメーヴェを発艦しやすくする。

 

「準備はいい?メイリン」

 

「はい、大丈夫です」

 

クリスは後部座席に居るメイリンに声をかける。

 

後部座席にはメイリンの他に何かが入った袋もあった。

 

「メーヴェ、発艦準備完了!!」

 

ガス袋、機体に異常が無い事を確認し、発艦準備が整い、

 

「発艦!!」

 

プロペラの轟音を立てながら、メーヴェはヒンデンブルクから離れていく。

 

 

尾張 艦橋

 

「な、なんね!?あのけったいなモンは!?」

 

ヒンデンブルクから発艦したメーヴェを見て、能村は思わず声をあげる。

 

「ドイツで新開発された自走式気球だって、横須賀女子にドイツからの留学生が来ているから、その縁で横須賀女子にも何機か搬入されたみたいよ」

 

宮里はメーヴェの正体を能村に教える。

 

 

近江 艦橋

 

「へぇ~アレが、ドイツの最新の自走式気球かぁ~‥‥いいなぁ~アレ、うちの艦に欲しいくらいだ!」

 

阿部はメーヴェを見て、自艦にも欲しいとキラキラした目で夜空を飛んでいるメーヴェを見ている。

 

「亜澄社長、無理言わないでください。横須賀女子でも少数しか納入されていない最新の気球なんですから~」

 

河野は無理だと呆れながら言う。

 

 

三河 艦橋

 

「おぉー!!凄いな!?空をビュー!!って飛んでいるぞ!!」

 

阿部同様、千葉もメーヴェを見て、興奮したように声をあげている。

 

「あらあら、千葉さんったら子供みたいにはしゃいじゃって‥‥かわいいわ~」

 

野際はまるで母親のような表情で千葉を見ていた。

 

 

ヒンデンブルクから発艦したメーヴェは一路、艦隊が目指す相手、海上要塞を探す。

 

「見つけた!!海洋要塞だ!!」

 

メーヴェを操縦しながら、クリスは夜の海を航行する海上要塞を視認する。

 

「メイリン、旗艦に海上要塞の針路と艦隊までの距離を通達!!」

 

「了解!!」

 

メイリンは旗艦である駿河に海上要塞の現在位置、艦隊までの距離、そして海上要塞が航行している針路を無線で知らせる。

 

 

駿河 艦橋

 

「先行偵察に出たヒンデンブルク所属のメーヴェより入電!!要塞の針路、速力は、依然として変化なし!」

 

「射程内まで、あと十分です」

 

「予定通りなら、そろそろ内部に突入した頃ね」

 

真霜が懐中時計で時間を確認し、プラント奪還に動いている真冬たちの戦況を予測する。

 

真霜の元にはプラント奪還の報告はまだ届いていなかった。

 

「全艦に攻撃準備をさせますか?」

 

「ええ、要塞側に情報が伝わる前につまりプラント制圧後‥の直後に初弾発砲します」

 

「了解しました。再確認しますが、本艦がドイツのヒンデンブルクや他の上級生も指揮下に置くので問題ありませんね?」

 

「ええ、それは既に通達済みよ」

 

 

「ユーリ、そろそろ戦闘海域だ。主砲と副砲に砲弾を装填しておいて」

 

「了解。第一から第四主砲、砲弾装填。弾種、対艦用徹甲弾」

 

ユーリは主砲制御室に砲弾装填を指示する。

 

「第一から第四主砲、砲弾装填。弾種、対艦用徹甲弾」

 

砲術制御室ではユーリからの指令を復唱し、砲弾の装填作業を行い、ヒンデンブルクの第一から第四主砲には対艦用徹甲弾が装填された。

 

「続いて、第一、第三、第五副砲に砲弾装填。弾種、徹甲榴弾」

 

「了解、第一、第三、第五副砲へ砲弾装填。弾種、徹甲榴弾」

 

主砲に続き、副砲にも砲弾が装填される。

 

ヒンデンブルクが海上要塞との戦闘に備え砲弾を装填しているように各尾張級の戦艦も主砲に砲弾を装填し始めた。

 

そんな中、

 

「ん?ノイズ‥‥?」

 

晴風の通信室では、八木が何かの通信を傍受した。

 

しかし、通信は電文ではなくノイズだった。

 

電波障害が起こるような海域ではなく、Rat事件の際にもあのRatが電子機器を不調にするノイズを発していた事から気になった八木は解析を始めた。

 

「要塞って見える?」

 

その頃、晴風の射撃指揮所では、武田が測距儀を覗いている小笠原に目標とする海上要塞が視認出来るかを訊ねる。

 

「全然。水平線の向こうだもん」

 

小笠原はまだ海上要塞は見えないと答える。

 

「えーっ、それってどのくらい?」

 

日置が小笠原の言う水平線の向こうとは具体的にどれくらいの距離なのか正確な距離を訊ねる。

 

「現在の位置関係は、大体、フルマラソンの距離くらいかな?」

 

小笠原は現在位置から海上要塞までの距離をフルマラソンの距離に例える。

 

「42,195k?」

 

「それって横須賀から横浜より遠いんじゃない?」

 

「多分、品川の向こう」

 

「晴風の主砲は、水平線のちょい先までしか届かないのに‥‥」

 

流石に駆逐艦である晴風の主砲は四十キロ以上先には届かない。

 

「大和級は其処まで届くんでしょう?バキュンだね」

 

「でも、その肝心の大和級が港口で閉塞されちゃったからね」

 

「でも、四十センチ砲でもそれなりの威力だし、大丈夫でしょう」

 

三人は例え大和級の四十六センチ砲ではなく、尾張級、ヒンデンブルクの四十センチ砲でも十分な威力があると水平線を見ながら話していた。

 

それからしばらくして‥‥

 

「艦長!プラント制圧完了の報告です」

 

べんてんから人質を全員救出し、プラントに居たテロリストたちを制圧、無事にプラントを奪還した報告が混成艦隊に齎される。

 

「作戦の第一段階は無事に終了か‥‥」

 

ヒンデンブルクの艦橋にもプラント奪還の知らせは届き、シュテルは作戦の一つは終わったと呟く。

 

「ええ、今度はこちらの番ですね」

 

レヴィが舵を握りながら言う。

 

「ああ‥‥戦闘用意!!第一から第四主砲砲撃用意!!」

 

四隻の尾張級、そしてヒンデンブルクの主砲が旋回し始める。

 

「遠距離‥‥」

 

「くぅ~!見えない位置からの超長距離射撃、あれぞ大型艦の夢だね!!」

 

戦艦だからこそ出来る遠距離からの砲撃。

 

砲撃準備をしている戦艦群を見て興奮する立石と西崎だった。

 

ただ遠距離へ砲弾を飛ばすことが出来ても当たらなければ意味がない。

 

もちろんレーダー射撃と言う手もあるが精密射撃だと、やはり弾着観測が必要になる。

 

その弾着観測は、クリスが操縦するメーヴェがこなしており、通信員として搭乗したメイリンが混成艦隊へとリアルタイムで海上要塞との距離を通信で送っていた。

 

「攻撃始め!」

 

真霜が攻撃命令を下す。

 

「ヒンデンブルク及び尾張型全艦にて、統制射撃を行う!」

 

「了解!旗艦駿河よりヒンデンブルク及び尾張型各艦に通達。要塞に対して統制射撃を行う」

 

『了解!旗艦の諸元にて攻撃を行う!』

 

「砲術長、目標要塞。位置はヒンデンブルク所属のメーヴェからのデータを使用。交互打方!」

 

もえかは遠距離砲撃に伴い、メーヴェから送られてきた諸元データを元に照準を元に交互打方を指示する。

 

「了解‥射撃用意よし!」

 

ヒンデンブルク及び尾張級の四艦は、メーヴェからのデータを元に海上要塞に照準を合わせる。

 

「各艦に通達。駿河。攻撃準備完了!」

 

「ヒンデンブルク射撃用意良し!」

 

「尾張、攻撃準備完了」

 

「三河、射撃用意完了」

 

「近江、攻撃用意良し」

 

戦艦群の主砲が攻撃準備完了し、

 

「打ち方始め!」

 

もえかが射撃命令を出すと、物凄い轟音と共に戦艦群は海上要塞に向けて主砲弾を一斉射した。

 

「次弾装填!装薬装填急げ!」

 

この一斉射であの海上要塞を仕留め切れるとはとても思えず、ユーリは主砲に次の弾を込めるように指示を出す。

 

去年、ダートマス校とヴィルヘルムスハーフェン校との交流試合にて、ダートマス校のブリジットがビスマルクの主砲の装填速度と射撃速度に苦戦させられたように大砲技術に関しては日本よりもドイツに一日の長があり、四隻の尾張級に比べ、ヒンデンブルクの装填速度は早かった。

 

「メーヴェより入電。初弾全弾近!」

 

「流石に初弾命中は難しいだら」

 

下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると言う言葉があるように五隻の戦艦からの砲撃ならば一発ぐらいは当たるかと思いきや、どの砲弾も海上要塞の至近距離だったようで命中弾はなく、初弾が外れた事に能村は悔しがる。

 

「メーヴェより続報。目標は、此方の発砲直後に約5度、外方変針。旧針路のままであれば、初弾は莢叉」

 

海上要塞の方でも当然、五隻の戦艦が接近すればレーダーで探知することが出来、遠距離射撃が可能となった距離に近づいた時、針路をずらした様だ。

 

もし、要塞が針路をずらさずに進んでいたら莢叉する計算になっていた。

 

「変針しなければ初弾莢叉ですか?」

 

「ふうん、中々、駿河の艦長は大した腕の持ち主みたいね!」

 

「どえらいもんだねえ!」

 

もえかの命中計算に驚く宮里と能村だった。

 

五隻の戦艦はメーヴェからの修正諸元データを元に再び要塞に向け第二次一斉射を行う。

 

プラントが奪還されたことにより、もうプラントとドッキングされることはないだろうが、あのまま海上要塞を放置する訳にもいかない。

 

もう一つの作戦の方はまだ開始されたばかりであった‥‥

 




劇場版名探偵コナンではコナン君が人間離れした動きを見せますが、ハイスクールフリート劇場版本編でもプラント奪還の際、真冬は管制室下の通路からジャンプで管制室の窓を蹴破って入りましたが、映像から見てもかなりの高さをジャンプしたように見えましたね。

銃撃されている時もマントを囮に管制室の天井までジャンプしていますが、それもかなりの高さに思えました。


各海洋学校に校章のエンブレムがあるので、シュテルが通うキール海洋学校のエンブレムも作ってみました。


【挿絵表示】


ヴィルヘルムスハーフェン海洋学校のエンブレムが月夜にハープを引く人魚で、キール海洋学校はUボートクラスもあるので、群狼戦術と架空の動物をかけて三日月に人狼にしていました。


校章のエンブレムの他に各学生艦にも所属を示すエンブレムもあるので、ヒンデンブルクのエンブレムも作りました。


【挿絵表示】


呉の大和がシロナガスクジラ 横須賀の武蔵がザトウクジラかナガスクジラ 舞鶴の信濃がイッカク 佐世保の紀伊がマッコウクジラ 晴風がカモメ 天津風がトンビ 明石がタコ 間宮が国旗を意識した弁当でしたので、ヒンデンブルクは鯱にしてみました。


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136話

次回で長かった劇場版も終了です。


海上で起きた二つの海上テロ事件‥‥

 

その内、プラントを占拠したテロリストたちはべんてんの艦長、宗谷真冬らの活躍により鎮圧され、プラント内に囚われていた人質たちは無事に救助され、テロリストたちは全員捕縛された。

 

残るは同じテログループが占拠したアメリカの海上要塞のみとなる。

 

戦艦を中心とする宗谷真霜を司令官とする混成艦隊は海上要塞へ遠距離での主砲一斉射をかけるが、海上要塞もレーダーで混成艦隊の存在を探知すると針路をずらし、主砲弾の直撃を躱した。

 

戦艦部隊からの一斉射は晴風でも見えていた。

 

巨艦からの主砲の一斉射はまさに怪物の咆哮のような迫力がある。

 

しかし、晴風は安全圏にいたので、着弾の確認は出来ない。

 

「安全圏にいたら弾着は見えないか~」

 

「残念」

 

トリガーハッピーである西崎と立石は着弾の瞬間を肉眼で確認できないことに残念がる。

 

「此処は安全圏内だから、私は安心!安心!」

 

残念がる立石と西崎とはうらはらに鈴は敵弾も味方の流れ弾もこない安全な海域にいる事に物凄く安堵する。

 

 

駿河 艦橋

 

「距離を詰めた方が良いかしら?」

 

真霜は命中弾を与えるにはもう少し距離を縮めた方がいいかと提案するが、

 

「大丈夫です」

 

もえかはこの距離でも当てられると確信があるのか時計を見る。

 

「弾着!」

 

もえかの予想‥‥と言うより、もえかの計算通り、砲弾は海上要塞のゲートに見事に命中した。

 

「メーヴェより入電、目標のゲートに命中!」

 

命中弾の報告を受け、もえかは真霜に微笑む。

 

「やるわね」

 

真霜はもえかの計算能力を褒める。

 

「突入艦隊に連絡」

 

そして、真霜は要塞鎮圧のため、待機していたホワイトドルフィン艦隊に海上要塞への突入を命じる。

 

後は、ホワイトドルフィン艦隊が要塞内部に突入できればプラント同様、このテロ事件は解決するだろう。

 

しかし、シュテルには一抹の不安があった。

 

ヒンデンブルク 艦橋

 

「要塞のゲートに命中弾。ホワイトドルフィン艦隊進撃していきます」

 

「‥‥通信長」

 

「はい」

 

「ホワイトドルフィン艦隊に通信。『要塞に武装の可能性あり、注意されたし』と‥‥」

 

「了解」

 

シュテルは進撃するホワイトドルフィン艦隊に対して、海上要塞がテロリストたちの手によって再武装化されている可能性を指摘した。

 

「ユーリ、主砲にはまだ主砲弾を装填しておいて」

 

「ん?わ、わかった」

 

シュテルは海上要塞が自分の予測通り、テロリストたちの手によって再武装化されていたら、この戦いはまだ続くと思い、主砲には弾を装填させた。

 

シュテルが一抹の不安を抱いているのと同じく、晴風の通信室では八木が先程捉えた謎のノイズの解析を行っていた。

 

「あっ‥‥」

 

そして、ようやく解析が終わると急いで艦橋に知らせる。

 

「艦長!プラント陥落直後にごく短時間だけど不審な電波探知!」

 

「ブルマー関連じゃなくて?」

 

当初は、プラント陥落後に送られた電波なので、ブルーマーメイドが真霜にプラント陥落の連絡を行ったモノだと思ったが、

 

「周波数が違います」

 

不審な電波はブルーマーメイドが使用している周波数ではない電波なので、八木はこの電波はブルーマーメイドが発した電波ではないと断言出来た。

 

「旗艦へ報告!」

 

明乃はこの事実を急いで真霜へと伝える。

 

その間にもホワイトドルフィン艦隊は海上要塞に接近して行く。

 

 

駿河 艦橋

 

「ホワイトドルフィンが突入を開始しました」

 

「晴風から入電!プラント陥落直後、内容不明の不審電波ありとの事、ヒンデンブルクもホワイトドルフィン艦隊へ警告の通信を送っています」

 

晴風からの不審電波傍受の報告が入り、ヒンデンブルクがホワイトドルフィン艦隊に警告文を発している。

 

「えっ?」

 

やがて、シュテルが予測した通り、沈黙していた海上要塞がホワイトドルフィン艦隊に対して牙を向けようとしていた。

 

ヒンデンブルクからの警告文はホワイトドルフィン艦隊に受信される。

 

「艦長、ドイツのヒンデンブルクより入電、『要塞に武装の可能性あり、注意されたし』と‥‥」

 

「要塞が武装化されている?バカな、そんな情報、海上安全整備局からは聞いていないぞ」

 

「いかがいたしましょうか?」

 

「無視しろ、確たる確証もない情報に耳を傾ける暇はない。突入隊の準備は出来ているのだろうな?」

 

「はい、各艦とも準備は出来ています」

 

「よし、この要塞はなんとしてでも我々の手で落とすぞ!!」

 

プラントの方をブルーマーメイドの真冬が奪還したことで、ホワイトドルフィン側としては、この海上要塞を落とし、面目を保とうとしていた。

 

その為、ホワイトドルフィン艦隊はシュテルからの警告文も無視して、アメリカから齎された情報をそのまま送った海上安全整備局からの情報を信じた。

 

しかし、この決断を後々後悔することになる。

 

ホワイトドルフィン艦隊が海上要塞に近づいていくと、要塞のゲート上部から砲身の様なものが現れ、突入してくるホワイトドルフィン艦隊に向けて砲撃をしてきた。

 

「要塞から砲撃!」

 

「な、なにっ!?」

 

シュテルの予想通り、海上要塞は武装化されていた。

 

テロリストたちが大砲を持ち込んだのか?

 

それともアメリカが提示した情報が間違いだったか、非武装であると欺瞞情報を日本に伝えたかのどれかだろう。

 

予想だにしない海上要塞からの砲撃でホワイトドルフィン艦隊は、大混乱となる。

 

「面舵一杯!」

 

混乱状態になりながらもホワイトドルフィン艦隊は要塞の内部に侵入してしまえば、砲撃に晒されることはないので、ひたすらゲートを目指す。

 

「安全整備局へ連絡!要塞は稼動状態にあり、本艦は要塞へ突入を行う!」

 

「了解!要塞へ突入します!」

 

海上安全整備局へ現状を報告した後、要塞への突入を敢行するホワイトドルフィン艦隊であったが、またしても予想外な事態に遭遇する。

 

「ゲート入り口、推定幅十四メートル、高さ二十五メートル!」

 

「この艦での突入は不可能です!」

 

破壊したゲートの破孔では、ホワイトドルフィン艦隊の艦艇では大きすぎて要塞内部には入れなかった。

 

戦艦部隊に再び砲撃を要請し、ゲートを完全に破壊してもらうにしても自分たちはあまりにも要塞に接近しすぎた。

 

このままこの海域にとどまっていては味方の砲撃と要塞からの砲撃で全滅してしまう。

 

この時点で、ホワイトドルフィン艦隊の要塞への突入制圧は既に破綻していた。

 

「何ですって!?要塞から砲撃?」

 

ホワイトドルフィン艦隊からの情報はすぐに横須賀女子の真雪の下にも知らされた。

 

「武装は破壊したって、アメリカは言っていたわよね?」

 

「事前情報ではそうでしたが‥‥」

 

事前情報では、アメリカは確かにモスボール状態なので、海上要塞は非武装状態にあると日本政府に通達されていた。

 

真雪たちもその情報を信じ、テロリストたちはプラントをドッキングさせた後に要塞も武装化するモノだと思っていた。

 

「学生たちを行かせるんじゃなかったわ‥‥」

 

要塞が武装化されていると知っていたら教育者として学生たちを戦場になんて送らなかった。

 

(この件は、外務省を通じてアメリカに抗議すべき案件ね)

 

真雪はこの一件が終わったら、外務省を通じてアメリカにクレームを入れてやると意気込んだ。

 

「作戦が失敗しただと?」

 

真雪の下に現状の報告が来たように海上安全整備局にも要塞が武装化されていた情報は届いており、海上安全整備局側は真雪に作戦が失敗したのではないかと訊ねてきた。

 

「まだ失敗ではありません」

 

しかし、真雪は作戦が失敗し、終わった訳ではないと返答する。

 

「要塞の武装が生きていて、内部に突入できなければ如何やって止めるんだ?」

 

そんな真雪の意見に海上安全整備局側はこの先、どんな作戦を取るのかと回答を求める。

 

「戦艦による砲撃で‥‥」

 

真雪は内部への突入が不可能であるならば、砲撃で要塞を破壊する案を唱える。

 

だが、海上安全整備局は、

 

「直ぐ近くに内部に入れる艦が有るんじゃないか?」

 

ホワイトドルフィン艦隊の艦艇が内部に入れないのであれば、ホワイトドルフィン艦隊の艦艇よりも小型の艦で要塞内部へ侵入できるのではないかと訊ねる。

 

「それは学生の艦の事ですか?」

 

確かに海上安全整備局の言うホワイトドルフィン艦隊の艦艇よりも小型の艦と言えば、随伴している晴風を始めとする陽炎型駆逐艦ぐらいだ。

 

「私は特に何も言っていない」

 

海上安全整備局はホワイトドルフィンの代わりにこの陽炎型駆逐艦を内部に突入させてはどうかと遠回しで言ってきたのだ。

 

そして、学生艦を要塞内部突入させるかは真雪の判断に任せると言った様子で通信をきった。

 

「はぁ~‥‥」

 

真雪は深いため息を吐き、あくまでも戦艦による砲撃で要塞を仕留めるように通達をした。

 

海上要塞が武装化されており、思わぬ反撃を受けているホワイトドルフィン艦隊を見て、真霜は驚愕するが、シュテルは予想の範囲内だったので、冷静に状況を見つめていた。

 

 

 

ヒンデンブルク 艦橋

 

 

「通信長」

 

「はい」

 

「メーヴェに打電、『例の策を実行し、ホワイトドルフィン艦隊の撤退を援護せよ』と‥‥」

 

「了解」

 

シュテルはこのままではホワイトドルフィン艦隊は要塞内部に突入出来ないので、撤退するしかないが、その撤退する間もホワイトドルフィン艦隊は要塞からの砲撃に晒されることになるので、メーヴェに対してホワイトドルフィン艦隊の撤退を援護するように通信を送らせる。

 

 

「副長、ヒンデンブルクから、『例の策を実行し、ホワイトドルフィン艦隊の撤退を援護せよ』と、通信です」

 

「了解、ちょっと針路をずれて風上に機首を向けるわ。メイリン、準備は?」

 

「出来ています」

 

メイリンは後部座席に乗っていた大きな布袋を抱いて答える。

 

 

「レーダーに異常発生」

 

「はじまったな‥‥」

 

ヒンデンブルクのレーダー画面がまるで雲がかかったかのようにホワイトアウトしていく。

 

しかし、これはレーダーが故障したわけでもなく、あのRatが艦内に存在している訳でもなく、シュテルがメーヴェに指示した策が発動したのだ。

 

 

「袋の口を調節して‥慌てずゆっくり、量を調節しながら、アルミ箔を風に乗せる‥っと‥‥」

 

メイリンは後部座席から周囲にアルミ箔をばら撒く。

 

このアルミ箔の乱反射で要塞と混成艦隊のレーダーを共に一時的ながらも使用不能とし、この隙にホワイトドルフィン艦隊には撤退してもらった。

 

 

駿河 艦橋

 

「最悪ね‥‥」

 

要塞のまさかの武装化、ホワイトドルフィン艦隊の撤退、真雪からの要塞への全面攻撃命令。

 

プラントの奪還と比べ、事態は最悪な状態なのだと真霜は痛感する。

 

「距離を詰めます」

 

もえかは距離を詰めて要塞に対して砲撃を行うことを提案する。

 

「向こうも撃ってくるわよ」

 

「メーヴェが敵のレーダーを一時的に使用不能にしてくれました。その間にできるだけ砲弾を叩き込みます」

 

互いにレーダーが使用不能となっているのであれば、今の内に距離を詰めて、砲弾を叩き込み、要塞の武装、機関を破壊できれば御の字である。

 

それに距離測定に関してはレーダーが使用不可でも混成艦隊側はメーヴェと言う空からの目があるので、テロリスト側よりは幾分有利である。

 

もえかは海上要塞への集中砲撃を命じる。

 

 

晴風 艦橋

 

「‥‥だ、そうです」

 

真雪からは戦艦による艦砲射撃により、要塞を無力化する命令が混成艦隊に通達され、晴風も当然その情報を受信した。

 

「現在の要塞の位置と予想針路は?」

 

真白が納沙に海上要塞の位置と予想針路を問う。

 

「此方です」

 

納沙が海上要塞についての詳細が書かれているタブレットを真白に見せる。

 

「不味いな‥六時間以内に到達可能な距離に、幅十四メートル以下の艦はありません!」

 

「それって‥‥」

 

「ホワイトドルフィンもブルーマーメイドもどちらもです」

 

ブルーマーメイドは未だに横須賀の港口に閉塞されたままで、現状のホワイトドルフィン艦隊の艦艇では、なんとか命中弾を当てて破壊したゲートからでは突入は不可能。

 

学生艦である戦艦は論外‥‥

 

「今のままだと五時間でプラントに合流‥そうなった場合、再び奪い返されると思います」

 

砲撃を続けていれば、もしかしたら要塞を止める事も出来るかもしれないが、もしそれが出来なかった場合、折角奪い返したプラントを再びテロリストたちに奪われてしまう可能性もある。

 

「プラント、逃げちゃえば良いのに‥‥」

 

海上要塞の目的がプラントの強奪ならば、その目標であるプラントがどこかに逃げてくれれば時間は稼げるのかもしれないが、

 

「何所に逃げても、要塞の速度なら追いつかれますよ」

 

「えぇ~‥‥」

 

艦艇ほどの速力が出なくとも民間海上施設とモスボール状態だったとはいえ、軍事海上施設‥速力差は海上要塞の方が上であり、真冬が今頃この事態を聞いてプラントを移動させている頃だろうが、それでも速力の差は埋められない。

 

折角奪還したプラントをテロリストに再び奪われるくらいなら、奪われないようにシュペーを始めとする金剛型戦艦の艦砲射撃で破壊した方がマシなのかもしれないが、日本政府からはプラントの破棄及び破壊命令は下されていないので、現状プラントは無駄だと分かりながらも退避行動とし、要塞は破壊せよとの命令が続行中なのだ。

 

「囮だったのかな‥‥?武装が使える状態で、もし要塞が東京湾に入ったら‥‥」

 

明乃はプラントのドッキングさえあくまでも囮であり、テロリストたちの真の目的が武装された海上要塞による東京湾からの東京攻撃が真の目的なのではないかと推測する。

 

それならば、テロリストたちが日本政府に対して何の要求もしてこなかった事にも頷ける。

 

目的は金ではなく、東京の壊滅と政府機能のマヒ‥‥

 

「そうなったら首都圏は火の海です!」

 

「今、湾内にあの要塞を止められる艦はありません。此処で‥我々で止めるしか‥‥」

 

納沙は最悪の事態を想定し、真白は現状、確実に要塞を止め、テロリストたちの野望を止めるにはこの海域で要塞を仕留めるしか方法が無い。

 

だが、如何やって止めるのか?

 

安全策と言えば、真雪の命令通り、戦艦部隊の艦砲射撃しかないが、それでも確実性がない。

 

確実なのはやはり、要塞の内部に入り、動力源を破壊するしかない。

 

「この晴風なら中に入れる」

 

明乃は海上安全整備局の役人が遠回しに真雪へ言ったように晴風の大きさならば、破壊されたゲートからでも侵入できると気づく。

 

「確かに最大幅は10.8mですが‥正気ですか?」

 

晴風の大きさならば確かに破壊されたゲートに入り込むことは出来る。

 

しかし、そのゲートに近づくには要塞の攻撃にさらされる。

 

もし、命中すれば旧海軍の駆逐艦サイズしかない晴風なんて一撃で木端微塵になる。

 

そんなリスクのある行動に真白は明乃に対して本当にやるのかを問う。

 

「分かんない‥でも、私たちがやれるなら‥‥」

 

「‥はぁ~‥‥艦長なら、そう言うと思っていました」

 

約半年ながらも明乃の性格は理解しているつもりだったので、明乃であるならば、きっと晴風による要塞内部への突入を言ってくるだろうと予測していた真白。

 

「シロちゃん!」

 

「五分待ってください。作戦を検討します」

 

真白は急ぎ晴風突入の作戦案を練り始める。

 

その間も戦艦部隊は海上要塞へ砲撃を加える。

 

距離が縮まっていることで、要塞に多数の命中弾を出すも、決定打は与えられず、要塞は未だに動いている。

 

「これ程の攻撃でも駄目か?」

 

「こうなれば、スキッパー部隊の突入を進言します」

 

ホワイトドルフィン艦隊の旗艦の艦橋では進展の無い現状に焦りが漂い、危険ながらもスキッパー隊の要塞内部への突入を海上安全整備局へ求めるべきなのではないかと言う意見も出た。

 

確かにスキッパー隊ならば、十分に破孔からの侵入はたやすいが、危険度はかなり高い。

 

だが、何の進展もないなか、ただ時間を無駄に潰すより危険を冒してでも要塞を何とか止めなければならない。

 

「そうだな‥要塞砲の次弾装填までは三十秒‥それを使えば‥‥よろしい!ぎりぎりまで接近させろ!」

 

「了解!」

 

ホワイトドルフィン艦隊はスキッパー隊の要塞突入を決意し、再び要塞に接近する。

 

しかし、レーダー射撃が不可能な中、要塞に立て籠もるテロリストたちは必中距離に接近してきたホワイトドルフィン艦隊への攻撃を苛烈させる。

 

ホワイトドルフィン艦隊には被弾する艦も出始める。

 

「全速退避!」

 

海上要塞からの容赦ない砲撃に、ホワイトドルフィン艦隊は再び転舵し、撤退行動に入る。

 

「これでは接近もできん!」

 

ホワイトドルフィン艦隊の艦艇ですら、これ以上の要塞への接近は危険なのだ。

 

艦艇よりも小さいスキッパー隊では要塞に辿り着く前に敵弾に命中弾を受けなくとも至近弾で生じた波で転覆する。

 

 

「まずいなぁ~‥‥チャフの効果もそろそろ切れるかも‥‥」

 

空から弾着観測をしていたクリスはアルミ箔が海に落ち始めている事を確認する。

 

アルミ箔が全て海に落ちれば、要塞のレーダー機能も回復し、戦艦部隊へのレーダー射撃が可能となる。

 

そうなると、時間と言う制限がある混成艦隊側が不利になる。

 

そんな中、真白が要塞突入の作戦案を練り終え、駿河へと上申する。

 

「晴風が作戦計画を上甲してきたわ」

 

「ミケちゃんが?」

 

「ええ、晴風で突入して、動力部を破壊するって」

 

「あっ‥‥なら、打つ手は一つですね」

 

晴風からの上申を受けたもえかはある作戦を思い付く。

 

「何をする気?」

 

「簡単です。我々が撃って、撃って、撃ちまくって、その間に晴風を中に突入させます」

 

もえかの作戦はシンプルに戦艦部隊が囮役となり、その隙に晴風を要塞内部に突入させると言うのだ。

 

「ホワイトドルフィン艦隊でも近づけなかったのに?」

 

真霜の言う通り、学生ではなく本職のホワイトドルフィン艦隊が出来なかった事を今度は、晴風一隻で行おうと言うのだ。

 

「私とミケちゃんなら大丈夫です」

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

もえかには晴風を要塞内部に突入させる絶対の自信があるみたいだ。

 

しばしの間、真霜ともえかの目が見つめ合う。

 

もえかの言動に対して真霜は、

 

「はぁ~‥貴女も一度言い出したら、引き下がらないタイプなのね。仕方ないわ‥確かに政府からも、学生を使ってでも止めろと命令が来ているの。だけど私としては、安全を十分に考慮して、作戦を立ててほしい」

 

もえかの作戦を採用する。

 

日本政府は真雪を通さず現地指揮官の真霜に直接学生艦を使ってでも要塞を止めろと命令をしてきた。

 

真雪を通しての命令を通達すれば、あの真雪の事だ、何が何でも学生艦を使用して出の要塞突入を却下していただろう。

 

その真雪を通さずに直接真霜に命令をしてきたという事は、政府としての本音は、学生艦に乗る学生が、何人死傷しようが、政府としては関係なく、いかなる犠牲が出ても要塞を何とかしろ、ただし、学生が死傷した際の責任ついては政府は一切関係なく指揮官である真雪と真霜の二人が責任をとれ‥‥そんな言葉が見え隠れしているように思える。

 

ただ、現状膠着状態に近いこの状況下‥しかも晴風から要塞突入の上申が来て、さらにもえかにも晴風を要塞内部に突入させる自信があるみたいだったので、晴風の安全を優先として作戦を許可したのだ。

 

「分かっています。後は要塞の中を‥‥」

 

要塞への突入に関しては自信があるが、流石に要塞の内部構造に詳しい情報が欲しい所だった。

 

もえかの『要塞の中』と言う単語を聞きつけたスーが、

 

「ソレ、私、シッテイル!!」

 

要塞の内部構造を知っていると言う。

 

「はぁ~‥そうだったわね」

 

元々、スーがこの場に居るのは彼女が日本に来る前に要塞で一時的に仕事をしていたと言う経緯があることから連れてきたのだ。

 

そんな中、

 

「要塞から通信です!」

 

例の要塞から混成艦隊に向けて通信が入ってきた。

 

真霜は通信内容を確認する。

 

「何と?」

 

「予想通りよ。『近隣の艦を引き揚げてプラントを引き渡せ』 『そうでなければ東京湾に突入する』と‥‥」

 

ここでやっとテロリストたちは要求をしてきた。

 

しかもその内容は明乃が予測した通り、プラントを自分たちの手に引き渡さなければ、東京湾へと突入し、そこから東京を攻撃するというモノだった。

 

「最悪‥ですね」

 

もえかがテロリストたちからの要求を聞いて現状のレベルが最悪だという事を改めて認識する。

 

ただ、テロリストたちにプラントを引き渡せば、今後彼らがテロ行為を行うだろうし、仮にプラントを引き渡したとして彼らが東京湾に突入してこないと言い切れない。

 

「ええ、こうなった以上、作戦を承認します」

 

もはや意見を四の五の言っている状況ではなくなった。

 

真霜は晴風を要塞内部に突入させる作戦をとるように言う。

 

「それと、あの子を晴風に送って」

 

ついでにスーも道案内役として晴風に送るようにも言う。

 

「了解、晴風に連絡。それとヒンデンブルクにも‥‥」

 

もえかは真霜が晴風からの上申を許可した事とヒンデンブルクにも通信を送った。

 

 

晴風、艦橋

 

「『作戦を了承する』だそうです!」

 

晴風に真霜が上申を許可した事が伝えられる。

 

その直後、

 

ガコーン!!

 

晴風に金属性のフックが打ち込まれ、ワイヤに滑車がつけられ、スーが晴風に移乗してくる。

 

「「えっ!?」」

 

そのあまりにもダイナミックな移乗方法に明乃と真白は思わず声をあげる。

 

「アハハハハ‥‥」

 

しかし、スー本人は怖がる様子もなく、むしろ笑いながら晴風に近づいてくる。

 

晴風に来たスーは両足で艦橋の窓につけ、とまると、甲板に飛び降りる。

 

「「おおおー!!」」

 

スーのターザンみたいな動きに明乃も真白も驚愕しっぱなしだ。

 

「スーちゃん!」

 

「何しに来た!?」

 

明乃と真白は急いで艦橋を下りて甲板に行くとスーの下に向かう。

 

「手伝イニ来タ!スー、要塞ノ中、シッテイル!」

 

スーが二人に晴風への移乗目的を伝える。

 

「えっ!?本当に!?」

 

スーの移乗目的を聞いた明乃は驚く。

 

「それは助かるが、良いのか?」

 

真白はスーに対して、本当に一緒に付いてくるのか問う。

 

晴風はこれから要塞内部に突入する。

 

それはつまり、要塞砲の射定圏内へと近づくことになる。

 

それに要塞の内部にももしかしたら武装が施されているかもしれない。

 

安全の保障は無く、むしろ駿河に居た方がはるかに安全だ。

 

その安全を蹴ってまでスーは晴風に来たのだ。

 

「当然。モウ、ファミリーヨ!」

 

 しかし、スーは明乃たちと‥‥晴風と共に要塞内部へ行く事を決めていた。

 

まぁ、その覚悟が無ければ最初から晴風には来ない。

 

こうして、晴風は要塞内部へ‥‥

 

そして、混成艦隊は晴風の要塞内部への突入支援のための準備に取り掛かった。

 



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137話

映画版はこれにて終わりましたが、最後の真白の活躍シーンが描けなく、彼女にはすまない形となってしまいましたが、この穴埋めはいたします。

映画版本編はこれで終わりましたが、次は後日談的な形にして、映画版を完全に締める予定です。


二つの海上テロ事件の内、プラントは奪還され、残る海上要塞に関してもアメリカから齎された情報では、要塞は非武装なので、要塞の方もすぐに鎮圧されるだろうと思われた。

 

要塞鎮圧のため、戦艦を中心とする学生艦が要塞を砲撃し、ゲートに命中弾を与えた。

 

後はホワイトドルフィン艦隊が要塞内部に突入し、テロリストたちを逮捕するだけであった‥‥

 

しかし、非武装と思われた要塞は武装されており、要塞のゲートを目指して突入してきたホワイトドルフィン艦隊にむかって砲撃をしてきた。

 

しかも、破壊したゲートの破孔はホワイトドルフィン艦隊の艦艇ではとても突破できる程の大きさではなかった。

 

テロリストたちはここで日本政府に対して周辺の艦隊を全て撤収させ、プラントを再び自分たちの手に渡さなければ、このまま東京湾に突入し、東京を砲撃すると脅迫をしてきた。

 

この事態に海上安全整備局はホワイトドルフィン艦隊の艦艇では突破できなくとも学生艦の駆逐艦ならば突破できるだろうと真雪に対して遠回しに提案するも教育者として学生たちを危険な目に遭わせることは出来ないと真雪はあくまでも戦艦による遠距離砲撃にこだわる。

 

業を煮やした海上安全整備局は、真雪ではなく現地指揮官の真霜に駆逐艦による要塞内部への侵入を指示してきた。

 

真霜としても真雪同様、学生たちに危険な目とそんな重荷を背をわせたくはなかったが、時を同じくして、晴風艦長の明乃も晴風による要塞への侵入を考えていた。

 

そこで、真白が作戦を練り、艦隊旗艦である駿河に作戦実行の許可を求めた。

 

時間が無い中、真霜はやむを得ず晴風の要塞内部突入の許可を出した。

 

要塞内部の道案内役として、日本に来る前に一時的にあの要塞で働いていた経緯があるスーは晴風へと移乗した。

 

「おっ?」

 

晴風にターザンみたいな方法で移乗したスーの鼻腔が美味しそうな匂いを嗅ぎ分ける。

 

「アハッ!」

 

スーは何かを見つけた様に自分を出迎えた明乃と真白の後ろへと跳びあがる。

 

明乃と真白の二人は何かと思ったが、自分たちの背後にはあかねが立っており、スーは、あかねの前で、

 

「サッキノ良イ匂イ!」

 

スーは目を輝かせながらあかねに訊ねる。

 

あかねが持っていたプラ箱には昨日、自身が試作していた肉巻きミルフィーユかつおにぎりが入っていた。

 

トンカツ屋で働いていた時、他校の先輩方から太鼓判を押されたので、今日、あかねは戦闘配食としてクラスメイトたちに配っていたのだ。

 

肉をふんだんに使ったおにぎりなので、肉の匂いが強く、鼻の良いスーにはこの匂いを簡単に嗅ぎ分ける事が出来たのだ。

 

「私が作った肉巻きミルフィーユかつおにぎりなの。食べて、食べて!」

 

あかねはスーに肉巻きミルフィーユかつおにぎりを勧める。

 

「食ベル!食ベル!ハァ~アムっ!」

 

スーとしては当然、こんな美味しそうな匂いがするおにぎりを食べないと言う選択肢はなく、満面の笑みを浮かべて肉巻きミルフィーユかつおにぎりにかぶりついた。

 

 

ヒンデンブルク 艦橋

 

晴風が要塞内部への突入準備をしている中、駿河からヒンデンブルクへ通信が入った。

 

「艦長、駿河より通信です」

 

「ん?」

 

シュテルが駿河から送られた電文の内容が書かれた紙を受け取り、電文に目を通す。

 

「‥‥なるほど、これは確かにもかちゃんとミケちゃんでないと取れない作戦だな」

 

電文の内容を見てシュテルは納得する。

 

「通信長、尾張、三河、近江の三艦に通信を入れてくれ」

 

「はい」

 

電文を見た後、シュテルは尾張、三河、近江へと通信を入れた。

 

要塞突入への準備が整うと、晴風は天津風、時津風を率いて戦艦部隊からの隊列から離れる。

 

 

駿河 艦橋

 

「啄木鳥作戦開始!」

 

真霜が晴風による要塞突入作戦である啄木鳥作戦開始を命じる。

 

ホワイトドルフィン艦隊は三度要塞へと接近し、

 

「我々が、奴らの砲撃を引き付ける」

 

晴風による要塞突入の援護として要塞からの砲撃をひきつける。

 

駿河は要塞に向けて艦砲射撃を行うが、砲弾には特殊塗料液が入っており、駿河が放った砲弾の水柱は赤い色をしていた。

 

 

尾張 艦橋

 

「うん?」

 

尾張の艦橋でそれを見ていた能村は駿河の砲撃に違和感を覚える。

 

「駿河、照準ミスしとるん?」

 

あれだけ緻密に計算しつくされた駿河の砲撃が照準ミスをしていたのだ。

 

「いえ、あれを見て」

 

宮里は駿河の射撃が決してミスではないと能村に備え付けの双眼鏡で見てみるように促す。

 

能村が双眼鏡で見てみると、

 

「ありゃー!」

 

能村の眼前では、駿河が晴風のために特殊塗料液が入った染色弾を発射している光景が目に入った。

 

「艦長、ヒンデンブルクより通信です」

 

そんな中、尾張にヒンデンブルクより通信が入る。

 

「内容は?」

 

「はい、『駿河は晴風による要塞突入を援護し、その間の射撃統制は本艦(ヒンデンブルク)が代行を行う』‥‥以上です」

 

もえかはシュテルに駿河が晴風の道案内をするので、その間の要塞への艦砲射撃の指揮権を移譲する旨を先程の通信に入れていたのだった。

 

それを受け取ったシュテルは尾張、三河、近江の三艦に駿河に代わってヒンデンブルクが統制射撃を行う旨を通信で送ったのだ。

 

「まぁ、ここでごねても仕方ありません‥新たに命令が下されるまで、要塞への射撃はヒンデンブルクからの統制射撃を諸元とする!」

 

時間がないなかで、不満を零しては作戦の失敗につながるので、宮里はヒンデンブルクからの統制射撃に従う。

 

それは阿部も千葉も理解しており、特に不満をいう事は無かった。

 

 

ヒンデンブルク 艦橋

 

「ユーリ、お前さんの射撃の腕、特と他校の生徒たちに見せつけろ!!ただし、味方への誤射には十分注意しろ!」

 

「了解!!」

 

シュテルの檄を受け、やる気満々のユーリ。

 

「弾の補給は後でいくらでも出来る!!弾庫を空にするまで撃ちまくれ!!」

 

「副砲てぇー!!」

 

距離が最初よりも近づいたので、副砲も射程に入り主砲弾の補給の間、副砲も撃つヒンデンブルク。

 

ヒンデンブルク、尾張、三河、近江の四隻は引き続き、要塞への艦砲射撃を行った。

 

 

一方、駿河からの道案内砲撃で要塞への突入を決行している晴風では、要塞に近づきにつれ、味方からの砲撃による弾着距離が近くなっていた。

 

ヒンデンブルク、尾張、三河、近江の四隻からの艦砲射撃により、周囲は砲撃音と着弾音による轟音がまるで雷のように鳴り響く。

 

そして、着弾によって発生する衝撃波と水柱が晴風の船体を大きく揺さぶる。

 

「目標まで距離30‥水柱まで距離0.5‥くっ‥‥」

 

晴風の見張り台では、野間が道案内砲撃までの距離を艦橋に報告する。

 

晴風の中で一番の高所である見張り台にもかかわらず、海水が押し寄せる。

 

『うわっ!』

 

艦橋は、嵐に巻き込まれたかのように大きく揺れる。

 

「弾着が近すぎです!」

 

「艦長!」

 

激しい揺れの中、真白が如何するか明乃に問う。

 

しかし、この砲弾の雨と揺れを止める訳にはいかない。

 

要塞への攻撃を止めればすれだけ、要塞はプラントに近づいてしまう。

 

例え、回り道をするにしても回避しながらでは、それだけ時間をかけてしまう。

 

だが、強行突破すれば味方の砲撃に巻き込まれてしまうかもしれない。

 

明乃が思考を巡らせ現状打破の策を考えていると、一発の砲弾が晴風の前方に着弾する。

 

しかし、その砲弾には特殊塗料が弾頭に搭載されていたのか水柱が赤く、艦橋の窓に赤い海水が着いた。

 

その後も特殊塗料が入った染色弾は晴風の前方に着弾し、赤い水柱を立てる。

 

「おもか~じ!赤色の水柱、ヨーソロ!」

 

明乃は瞬時に何かを察し、命令を下す。

 

「了解!」

 

鈴は涙目になりながら舵輪を右へと回す。

 

明乃はもえかが自分たちを要塞へ導いてくれているのだと判断し、染色弾が弾着した方へと針路を取る。

 

染色弾が立てる赤い水柱が晴風の船体を隠し、晴風を要塞へと導く。

 

だが、流石に至近なので衝撃と赤い海水が容赦なく晴風に襲い掛かる。

 

「艦長!」

 

「大丈夫‥絶対当たらないから‥もかちゃんを信用して、あの水柱の中へ突入して!」

 

明乃はもえかを信じ、引き続き赤い水柱の中を通り要塞を目指す様に指示を出す。

 

「うわっ‥うっ‥まさかこんな方法で‥‥」

 

要塞へと近づくにつれ、真白はまさかこんな奇策な方法で晴風の存在を隠しながら要塞への道案内をしてくるとは思わなかった。

 

 

駿河 艦橋

 

「高め5」

 

もえかが艦橋に備え付けの双眼鏡で砲術長に指示を出す。

 

「高め5」

 

もえかからの指示を受け、砲術長は射撃指揮所に命令を伝達し、その伝達通りの砲撃が行われ、晴風を要塞へと導いていく。

 

「染色弾で道案内なんて‥‥」

 

真霜も真白同様、染色弾で道案内をする方法に驚いていた。

 

晴風の右舷を航行し、ホワイトドルフィン艦隊同様、晴風の要塞への囮役を務めている天津風では、

 

「艦長、我々は囮として目立つ様に後退せよ、と‥‥」

 

天津風副長である山辺あゆみが艦長である高橋に駿河からの指令を伝える。

 

「くっ、本当は私が一番に突入したかったんだけど!」

 

晴風と同型の陽炎型駆逐艦である天津風も要塞に突入できるのかと言えば突入できたので、高橋としては要塞突入の役は自分がやりたかったと悔しがる。

 

そんな高橋に対して山辺は、

 

「あれを見てもそう思います?」

 

要塞突入のため、要塞に接近している晴風を指さす。

 

「うん?」

 

高橋が山辺の指さす方向を見ると、其処には、染色弾の水柱に突っ込みながら進む晴風の姿が有った。

 

染色弾が前方至近距離で着弾し、その水柱と衝撃で晴風の船体は大きく浮いている。

 

そして浮いた船体は引力に引かれ強く海面に叩きつけられる。

 

きっと物凄い衝撃が晴風を襲っているのだと思うと身震いする高橋。

 

「‥‥よし!囮で一番、目立つわよ!」

 

あんな状況では命がいくらあっても足りないと思った高橋は方針を一転して、従来の指示どおり囮として行動しながら後退する事に決めた。

 

「はい!そうしましょう」

 

山辺も晴風のような現状はやはり御免なのか、高橋に賛同した。

 

 

「要塞は目の前です!」

 

晴風はようやく要塞のゲート付近まで近づくことが出来た。

 

「野間さん退避を!」

 

「了解!」

 

明乃は野間に見張り台からの退避を命じた。

 

いくら晴風が破壊されたゲートから突入可能としても高さの関係から見張り台と要塞の天井部の高さがもし、釣り合わなかったら見張り台がもげる可能性があったからだ。

 

「万里小路さんも退避完了!」

 

同じく艦底部に居た万里小路も退避してもらった。

 

「艦内防水扉、閉鎖完了!」

 

浸水を最低限にするため、晴風の防水隔壁が閉じられる。

 

「皆捉まって!」

 

明乃は要塞突入の際の衝撃に備えるように声を上げる。

 

ここに来て要塞側も接近する晴風の存在に気づき、砲撃をしてきた。

 

しかし、あまりにも晴風との距離が近すぎたため、晴風の要塞侵入を防ぐことは出来なかった。

 

「どんぴしゃーっ!!」

 

晴風は要塞内部への侵入を果たした。

 

「両舷停止!後進いっぱい!急げ!」

 

破孔から要塞のさらに奥へ進むため、明乃は速度を落とすように機関を後進して距離を稼ごうとする。

 

しかし、車は急に止まれないように最大速力で要塞に向かっていた晴風は止まることなく、要塞の奥へと進み、やはりと言うか、見張り台と要塞の天井部の高さが釣り合わず、見張り台が要塞の天井部と接触し、見張り台が粉々になり、海面に落ちる。

 

「私の部屋がぁぁぁぁ―!!」

 

メインマストの上部にあった見張り台だけが、綺麗さっぱり無くなった現状を見て、マストにしがみついていた野間が絶叫を上げる。

 

見張り台は決して野間の部屋ではなく、ちゃんと居住区には彼女の船室があるのだが、見張り台は野間にとって一人でゆっくりできるまさにプライベートルームだったのだろう。

 

野間のプライベートルーム(見張り台)の破損と言う被害を出したが晴風は何とか要塞の内部への侵入を果たした。

 

後は動力源を破壊して要塞から脱出するだけだ。

 

 

駿河 艦橋

 

「砲弾で誘導するなんて、貴女たち無茶するわね」

 

「ミケちゃんなら絶対に大丈夫ですから」

 

明乃ともえかの信頼関係があったからこそ、出来た事だともえかは断言する。

 

「はぁ~‥‥家の家族も大概だと思っていたけど、この子たちも相当ね‥‥」

 

『来島の巴御前』と異名をもった現役時代の真雪、そして今現在、現役ブルーマーメイド隊員の真冬‥‥海賊やテロリスト相手にはかなりド派手にドンパチしてきた経緯がある。

 

ゴールデンウイークに起きた真白の誘拐事件は真冬のドンパチが引き金になった。

 

自分は主にデスクワーク専門なので、前線に出る機会は減っているが、それでも母や妹よりはド派手にドンパチをした経験はない。

 

しかし、もう一人の妹である真白もそのクラスメイトたちも自分の母や妹同様、突拍子もない無茶苦茶な行動をするものだと改めて思った。

 

 

ヒンデンブルク 艦橋

 

「晴風、無事に要塞内部に突入しました!!」

 

晴風が何とか要塞内部に突入した事が確認できた。

 

「砲撃中止」

 

シュテルは砲撃の中止命令を下す。

 

晴風が要塞内部に突入したことでこれ以上不用意に要塞を攻撃する訳にはいかなかった。

 

(後は頼んだよ、ミケちゃん‥‥)

 

後は要塞の内部に突入した晴風の奮闘を祈るしかなかった。

 

 

その頃、要塞内部に突入した晴風では‥‥

 

「前部マスト上部欠損!」

 

「電探反応ありません!」

 

「機関、舵、スクリュー異常なし!」

 

「全砲門異常なし、全力発揮可能!」

 

「炊飯器無事です!」

 

「聴音、避難完了です」

 

晴風艦橋には各部の被害状況の報告があがる。

 

「艦内状況確認終了。電探、ソナー使用不能、それ以外は問題なし」

 

晴風の被害はゲート突入の際に損傷した見張り台を含むメインマストとレーダー、そして艦底もぶつけたのか、ソナーも損傷したが、それ以外の損傷は無かった。

 

「前方見張りを厳に」

 

船の目と耳の機能が働かない以上、頼れるのは人の目と耳だけであり、明乃は前方への注意を厳とした。

 

「スーちゃん。道案内よろしく」

 

そして、スーに要塞内部の道案内を頼んだ。

 

「任セテ!コノママ、シバラク真っ直グ!」

 

スーの案内の下、暗い要塞内部の水路を航行する晴風。

 

今の所、テロリストとの接触や妨害は無い。

 

しかし、ここは既に敵の懐‥油断は出来ない。

 

「アノ先ハ、ドックニナッテイテ‥‥」

 

「何で外の砲とか生きていたんですかね?」

 

順調に水路を航行している時、納沙が非武装の筈の要塞が武装されていたことに疑問を持った。

 

「海賊が修理したのか?」

 

西崎は要塞内部に放置されていた砲塔をテロリストたちが修理したのかと思った。

 

「時々、外カラ来タ人ガ出入リシテタ」

 

スーは自分以外にもこの要塞に出入りしていた人たちが居たと言う。

 

もしかしたら、その出入りしていた人物が武器をこの要塞に持ち込んだか、要塞内部に放置されていた武器を修理した可能性がある。

 

しかし、スーは何処の誰が要塞に出入りしていたのかは分からない様子。

 

それについては後日、逮捕したテロリストたちの事情聴取で判明するかもしれない。

 

「じゃあ、ひょっとして中にも武装が‥‥ハッ!?」

 

外の砲が修理されており、要塞と言う構造から水路にも何かしらの武装が施されている可能性もあり、その内部の武装も当然、修理されている可能性もある。

 

真白のその言葉がフラグだったのか、突然、水路内に設置されていた探照灯が一斉に照らされる。

 

「やっぱり!?」

 

「面舵一杯!急げ!」

 

明乃はすぐに回避行動へと入る。

 

「はいぃぃ~!!」

 

鈴は勢いよく舵輪を右に回す。

 

その直後、水路内に設置された砲台から砲撃が開始される。

 

「反撃して!」

 

「うぃ」

 

明乃は立石に反撃するように指示する。

 

「弾かれた!」

 

「全然、当たらないよ!」

 

「回避が早すぎ」

 

「バキュンと当てたい!」

 

しかし、晴風の速力が早すぎて水路の砲台に命中弾を与えられない。

 

「ひぇぇぇ~!!」

 

敵の攻撃に脅えながら回避行動をする鈴。

 

「艦長!擁壁が邪魔で、此方の砲弾は当たりません!」

 

「上から撃ち込むしかないですね」

 

納沙は目を回しながら砲台に命中弾を与えるには砲台よりもさらに上らかでないと当たらないと言うが、現状の晴風では無茶な注文である。

 

「主砲の仰角を上げるのは?」

 

「天井、邪魔」

 

スペースが限られた空間での戦闘‥‥しかもこちらが下側では、やはり不利。

 

「だぁぁぁ~もぉぉぉ~何か打ち上げるの、無いんか!!」

 

 西崎が噴進弾みたいに打ち上げ式の砲撃方法はないのかと叫ぶ。

 

「それだ!」

 

明乃は西崎の発言を聞いて、何かを思い付き、

 

「爆雷準備!」

 

本来は対潜水艦兵器の爆雷の発射準備を指示する。

 

「爆雷!?」

 

「艦長、目標は潜水艦ではありません!!」

 

この場に潜水艦なんて居ないのに、何故爆雷なんて準備するのか疑問に思う納沙と真白。

 

「ヒメちゃん、モモちゃん、爆雷用意!タマちゃんお願い!」

 

「うぃ」

 

明乃は説明している時間も惜しいのか、立石らに爆雷の発射を急がせる。

 

確かにこの状況でのんびりと説明しているヒマなんてない。

 

「投射距離と飛行秒時は?」

 

後部甲板の爆雷投射機の付近では和住と青木が爆雷の発射準備をしていた。

 

「単射で210mの7.2秒っス!」

 

「一番、上がった時がそれだから、えっと‥仰角は50度」

 

「天井の高さから割り出すと‥‥計算できました。一杯一杯で旋回してください!」

 

「了解!」

 

後部甲板の和住らが導き出した仰角に合うように鈴は舵を左に思いっきり回す。

 

「まだっスか!?」

 

青木が爆雷の発射レバーに手を置いた状態で発射命令を待っている。

 

「まだ!?」

 

和住もまだなのかと声を上げる。

 

「もう少し‥‥よーい‥‥てぇーっ!」

 

等松がタイミングを見計らい発射命令を出す。

 

青木が発射レバーを引き、一発の爆雷が投射された。

 

投射された爆雷は、敵の砲座の上まで上がると、

 

「ひぃーはぁーラム!!」

 

続いて、立石が機銃で打ち上がった爆雷を狙い撃つと、砲塔の砲付近で機銃弾が命中し、砲塔は大爆発を起こす。

 

『大成功!!』

 

砲塔を使用不能に出来た事に和住らは声を上げて喜ぶ。

 

「前方開口部に突入!」

 

障害物である水路内の砲塔を潰し、明乃は、そのまま開口部に突入を命じる。

 

「りょ、了解」

 

砲塔を潰した晴風は更に要塞の奥へと進む。

 

「スーちゃん、この先の水路は?」

 

「シバラク直線、水深モ十分ニアル」

 

「サトちゃん、内部の事前情報との違いをスーちゃんと至急確認して!」

 

「了解ぞな」

 

武装の件もあり、アメリカ、海上安全整備局から齎された情報の信憑性が低いので、ここはスーからの情報が最も信じられた。

 

水路を進んでいると、

 

「左右に砲座!」

 

またもや水路には武装が施されており、今度はバルカン砲が左右に設置されていた。

 

バルカン砲は容赦なく、晴風に銃撃を加える。

 

もし、ホワイトドルフィンがスキッパー隊で要塞内に突入していたら、どれだけの犠牲が出たのか分からない。

 

もしかしたら、全滅していた可能性もある。

 

駆逐艦とはいえ、艦橋には装甲板が施されていたので、晴風にとって致命傷にはならず、

 

「ぐぁぁぁぁー!魚雷、撃ちたい!」

 

西崎は銃撃されている中で魚雷を撃ちたいと叫び、

 

「狭いから避けられないよぉ~!!」

 

鈴は涙目で叫ぶ。

 

「左‥‥」

 

西崎と鈴が叫んでいる中、立石は冷静にバルカン砲の位置を確認し、砲撃する。

 

一基は潰すも銃座はいくつもある。

 

そんな中、

 

「最適航路のプロットと想定砲座位置、確認終了ぞな!」

 

「ガンバッタ!」

 

勝田とスーがようやく航路設定を終える。

 

「サトちゃん、スーちゃん、偉い!リンちゃん!プロット済み航路に従って航行!」

 

「はい‥‥」

 

明乃は、直ぐに鈴に確認した最適航路を進むよう命じる。

 

「ココちゃん!万里小路さんを呼んで!」

 

「はい」

 

明乃は艦橋に万里小路を呼び出し、彼女に銃座が動く機械音を探知させ、立石が銃座を砲撃する連携プレーで針路上の銃座を破壊して行く。

 

「次、右で機械音‥距離4.0」

 

「一番砲、20度、仰角15度に備え‥射距離4.0‥‥てぇっ!」

 

「成程!見えないなら別な手段を使えば良いと‥‥」

 

真白は明乃の戦術に感心する。

 

テロリストたちもまさか、こんなチートみたいな学生が居たとは予想外だろう。

 

「目標までの距離8.0」

 

「戦闘右魚雷戦!」

 

「やった!出番だ!でっかいの使っちゃって!」

 

ようやく出番が来た西崎のテンションはまさに最高潮となる。

 

そして、明石から貰った例の36インチ魚雷の発射準備を命じる。

 

「えっ、あれ使うんだ‥‥」

 

「発射管に入らないよ」

 

36インチ魚雷は晴風に設置されている通常の魚雷発射管にセットできない。

 

だが、

 

「こんな事もあろうかとっス!」

 

「一応レール、敷いておいだけど!」

 

青木と和住は36インチ魚雷用に特設のレール式発射管を作って設置していた。

 

「コノ先動力用ゲート、距離600」

 

「それを破壊すれば止まる筈!」

 

「速度このまま、通路から出た瞬間に取り舵一杯!」

 

「了解!」

 

目的地の動力源まであと少しの地点まで晴風は進出していた。

 

「魚雷発射位置まであと15秒‥10‥9‥8‥7‥6‥5‥4‥‥」

 

勝田がカウントダウンを始める。

 

「取り舵一杯!」

 

発射四秒前で明乃は左に舵を切るように指示する。

 

「取り舵一杯!」

 

鈴は、左に大きく舵を切る。

 

「3‥2‥1‥0!」

 

「よーい‥てぇっ!」

 

晴風から36インチ魚雷が発射された。

 

「衝撃に備え!」

 

36インチ魚雷は、そのまま目標に命中した。

 

爆発の衝撃で晴風は横波を受けるが、転覆することはなかった。

 

この爆発は要塞外の戦艦部隊にも探知された。

 

要塞はこれで止まったかと思われたが、

 

「まだ‥動いている」

 

要塞はまだ動いており、稼働している要塞を見てもかえは驚愕の表情を浮かべた。

 

「シュテルン、こうなれば噴進弾を全弾撃ち込んで、あのデカブツの足を止める?」

 

ユーリが噴進弾の使用許可を求める。

 

「使うにしても晴風が外に出てこなければ使えない‥‥晴風と連絡は?」

 

「ダメです、交信を試みたのですが、ノイズばかりで‥‥」

 

シュテルは厳しい表情で要塞を見ていた。

 

 

「まるで神殿だな‥‥」

 

真白は要塞の動力部を見て呟く。

 

要塞の動力部には柱みたいなものがまるで動力炉を守みたいに立塞がっていた。

 

「スーちゃん、此処は知ってる?」

 

「ウウン」

 

テロリストたちもスーを動力部まで見せてはいなかった。

 

「砲撃許可します」

 

「うぃ」

 

いずれにしても動力部を潰さなければならないので、明乃は立石に砲撃命令を下す。

 

だが、柱が邪魔をして動力部を破壊することが出来ない。

 

しかもこの柱はかなり頑丈で晴風の主砲では破壊することも出来ない。

 

「柱が邪魔で砲弾が通らない!」

 

「まずいな‥‥」

 

「『枯れ木も山の賑わいじゃがの‥柱も要塞の賑わい、かのう』」

 

納沙が恒例の一人芝居を始める。

 

「柱‥‥『柱に食いつぶされる訳にはいかんけぇ!!』」

 

何故か、今回は真白も納沙の一人芝居に付き合う。

 

「『おうよ!』」

 

「ハッ‥‥!?」

 

真白は何故、納沙の一人芝居に付き合ってしまったのか自分でも分からなかった。

 

「魚雷が自由に曲がれば良いのに‥‥」

 

鈴は魚雷が意思を持つように真っすぐではなく、目標に向かって曲がったりしたら良いのにと呟く。

 

「それだ!」

 

「えっ?」

 

明乃は鈴の言葉を聞いて、また策を思い付き、

 

「ココちゃん!美波さん呼んで!」

 

今度は艦橋に美波を呼び出す。

 

「怪我人か!?」

 

医務員である自分が艦橋に呼び出されたのだから、誰か怪我をしたのかと思いミニセグウェイに乗った美波が慌てて艦橋に飛び込んできた。

 

すると、美波は山下と内田に両腕を掴まれ、強制的にミニセグウェイから降ろされる。

 

「美波さん、これ貸して!」

 

明乃は美波にミニセグウェイを貸してくれと言う。

 

「えっ?それっ、私の兎走烏飛24号!」

 

この事態に美波のミニセグウェイこと、兎走烏飛24号で何をするのか明乃以外のこの場に皆が疑問に思ったが、それはすぐに判明した。

 

「完成だ!」

 

「題して、超ダブルクロス号っス!」

 

美波の兎走烏飛24号改め、超ダブルクロス号はミニセグウェイの上に魚雷を乗せ、さらに命中を100%にするため、カメラモニターとラジコンの誘導装置が取り付けられた手作りの誘導魚雷となった。

 

「これなら全然怖くない!」

 

納沙のタブレットには超ダブルクロス号のカメラが捉えた映像が映し出される。

 

「艦長!水深が浅くなってきています」

 

「何で?」

 

「原因は分かりませんが、このままでは座礁します」

 

恐らくテロリストたちが晴風の動向を見て、このまま座礁させて動きを封じようと水深の調整装置を作動させたのだろう。

 

「リンちゃんは手が離せないからサトちゃん、操艦よろしく!」

 

「了解ぞな!」

 

鈴は超ダブルクロス号の操縦があるので、晴風の操艦を明乃は勝田に頼んだ。

 

晴風は艦尾を動力部の陸地へと向ける。

 

「目標見えました」

 

「攻撃始め!」

 

鈴は超ダブルクロス号を発進させる。

 

動力部に向けて全速で向かっていく超ダブルクロス号。

 

「無線の届くぎりぎりまで後退」

 

「両舷停止!両舷後進減速!」

 

「マロンちゃん!爆発と同時に全速後退の準備!」

 

「合点でぃ!皆正念場だ!」

 

『了解!』

 

「フッフッフッ…ハイパードリフトターン!」

 

鈴は怪しい笑みと目つきで超ダブルクロス号をドリフトさせながら動力部へと走らせる。

 

「突っ込め!!」

 

「リンちゃんにも撃て、撃て魂が有ったよ!」

 

「うぃ」

 

やがて、超ダブルクロス号が動力部に特攻し爆発が起きる。

 

「後進一杯!」

 

明乃は要塞から撤退するため、機関を後進にかける。

 

動力部では誘爆が続き、もはや要塞の運命は決した様子だった。

 

そして、その爆発は外から出も確認ができた。

 

 

ヒンデンブルク 艦橋

 

「要塞内部より、爆発らしき轟音を確認!」

 

「速度も徐々に低下し始めています!」

 

「どうやら、晴風は要塞の動力部を破壊することに成功したみたいですね」

 

「ああ‥‥通信長」

 

「はい」

 

「旗艦に打電して、『ワレ、晴風の出迎えに向かう』と‥‥」

 

「はい」

 

シュテルは例え要塞の動力が破壊され、動かなくなっても砲台はまだ生きていると考え、ゲートを出た晴風がゲート付近の砲台の攻撃にさらされると思い、晴風が出てくる前にゲート付近の砲台は破壊してしまおうと思ったのだ。

 

 

駿河 艦橋

 

「あれは!」

 

ヒンデンブルク同様、駿河からも要塞の変化が確認できた。

 

「要塞、速度低下しています!」

 

「やったわ!」

 

「はい!」

 

要塞の速度が落ちた事で晴風が動力部を破壊したのだと判断した真霜ともえか。

 

「艦長、ヒンデンブルクより通信です」

 

「内容は?」

 

「はい、『ワレ、晴風の出迎えに向かう』‥です」

 

「‥‥わかりました。許可します」

 

もえかはシュテルに何か思惑があるのだろうと判断し、ヒンデンブルクの戦列離脱を許可した。

 

 

ヒンデンブルク 艦橋

 

「艦長、駿河より戦列離脱の許可がおりました」

 

「よし、航海長、針路を要塞のゲートへ‥‥戦闘状態のまま要塞に接近、生きている砲塔を全て破壊する!」

 

「了解」

 

ヒンデンブルクは戦艦部隊の戦列を離れ、要塞へと向かった。

 

 

要塞の動力が完全に停止したのは内部に居る晴風でも確認できた。

 

「機関音停止!」

 

「速度低下中!」

 

「要塞、停止した模様!」

 

「うっしゃ!!」

 

『イエーイ!』

 

鈴がこれまで見た事のないテンションで納沙、西崎、立石らをハイタッチを交わして喜んでいる。

 

「やりましたよ、艦長!」

 

「うん、やったよ!」

 

明乃も当然喜んでいるが、新たな危機が晴風に迫っていた。

 

「艦長!水位が急速に低下中!」

 

テロリストたちが動力部周辺の水位を浅くしていた事と、動力部の爆発が周囲にも広がりつつあり、崩壊が始まったのだ。

 

「壊レル!」

 

「やり過ぎ‥ましたね‥‥」

 

納沙が冷や汗を流しながら周囲を見て呟く。

 

「要塞崩壊まで、およそ60秒!」

 

晴風は、全速で出口に向かう。

 

「出口が塞がっています!」

 

しかし、瓦礫により出口が塞がれてしまった。

 

このままでは天井から降り注ぐ瓦礫に晴風が押し潰されてしまう。

 

「艦長!」

 

「信号弾用意!」

 

明乃は、信号弾で外にいる戦艦部隊への支援砲撃を要請する。

 

「10度、仰角50度に備え!信号弾用意!」

 

「主砲、射撃用意よし!」

 

「もうちょっと‥もうちょっと‥‥てぇーっ!」

 

晴風から放たれた信号弾は崩壊し始めている要塞の天井部を突き抜け、外の戦艦部隊へと支援砲撃を知らせる合図として確認できた。

 

 

駿河 艦橋

 

「信号弾、上がりました。晴風です!」

 

「全艦統制射撃準備!」

 

もえかはすぐにヒンデンブルクを除く戦艦部隊に統制射撃準備を命じて支援砲撃を行うが、

 

「駄目です!破壊出来ていません!」

 

ゲートの破壊には至らなかった。

 

「次発装填完了まで30秒!」

 

次の砲弾を撃つまであと三十秒もかかる。

 

「ミケちゃん‥‥」

 

もえかは悲痛な表情で崩壊し始めている要塞を見る。

 

 

ヒンデンブルク 艦橋

 

「通信長、晴風と通信は!?」

 

「まってください‥‥多少、ノイズが入りますが、なんとか出来ます!」

 

晴風が出口付近まで来たこと、要塞が動力部を破壊され機能を失った事で晴風と交信が可能となった。

 

「よし、『ゲートの瓦礫はこちらで対処する!晴風はこのまま全速でゲートへ迎え』と伝えて!ユーリ!!」

 

「はい!!」

 

「現時刻をもって、兵器自由を発動する!!噴進弾、発射用意!!航海員は時間と現在位置を日誌に記入!!」

 

『了解!!』

 

シュテルの指示を受けて、ユーリたちは直ちにシュテルの命令の為に行動へと移る。

 

 

晴風 艦橋

 

「艦長、ヒンデンブルクから通信です」

 

「シューちゃんから!?何て言っているの!?」

 

「『ゲートの瓦礫はこちらで対処する!晴風はこのまま全速でゲートへ迎え』‥です!!」

 

「ヒンデンブルクが近くまで来ているのか!?」

 

「マロンちゃん、機関を全速でお願い!!」

 

「あいよ!!」

 

「リンちゃん、このままゲートまで向かって!!」

 

「は、はい!!」

 

明乃はシュテルを信じてゲートまで全速で突っ走る。

 

 

ヒンデンブルク CIC

 

「諸元入力完了」

 

「目標、海上要塞ゲート!!」

 

「前甲板、垂直発射口、開口!!」

 

「噴進弾発射準備よし!!」

 

「噴進弾発射!!」

 

轟音と煙を上げ、ヒンデンブルクの艦首部にある垂直発射口から噴進弾が発射された。

 

(頼むぞ、迷わず行ってくれ‥‥)

 

艦橋から要塞に向かっていく噴進弾を見て、見事命中してくれと祈るシュテルだった。

 

 

尾張 艦橋

 

「な、なんね!?アレ!?」

 

「噴進魚雷かしら?」

 

ヒンデンブルクから発射された噴進弾を見て仰天する能村と宮里。

 

教員艦やブルーマーメイド、ホワイトドルフィンが採用している噴進魚雷かと思ったが、ヒンデンブルクから発射された飛翔体は海には潜らず、そのまま空中を飛翔しながら要塞へと向かっていく。

 

 

近江 艦橋

 

「な、なんだ!?ありゃ!?空を飛んでいるぞ!!」

 

「そうですねぇ~‥‥少なくとも噴進魚雷‥ではないみたいですねぇ~」

 

近江の艦橋でも千葉は目を飛び出さんばかりに驚いており、その横では野際が普段と変わらないペースで噴進弾を見て首を傾げていた。

 

 

三河 艦橋

 

「おぉぉーあんなモノ、見たことないぞ!!」

 

「そうですね。飛行船よりも早く飛ぶ気球やあの空飛ぶ噴進魚雷‥‥ドイツの技術力は凄いですね」

 

「なぁ、専務。アレ、ウチの艦に積めないか?」

 

阿部が興奮しながら噴進弾を指さし、三河に搭載できないかと訊ねる。

 

「搭載するにしても艦を改装しなければなりませんし、そもそもアレが何なのかさえ分からないんですから無理ですよ」

 

河野は阿部にメーヴェ同様、噴進弾も三河に搭載するのは無理だと言う。

 

 

ヒンデンブルクから発射された噴進弾はゲートの瓦礫に向かって一直線に跳び、瓦礫と噴進弾の弾頭が当たると大爆発を起こす。

 

ゲートを塞ぐ障害物が取り除かれ、晴風はそのまま開いた出口から脱出し、無事に生還を果たした。

 

テロリストたちも要塞が崩壊し始めているのを見て、要塞を放棄し、脱出したのだが、待ち受けていたホワイトドルフィン艦隊の手によって逮捕された。

 

こうして、長い一日が終わり、海上テロ事件も終息したのだった‥‥

 



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138話

ヒンデンブルク 艦橋

 

 

「あ”ぁ”~朝日が目に染みる~」

 

艦橋から入る朝日の光にシュテルが目を細める。

 

横須賀女子で行われた遊戯祭の最中に起きた二つの海上テロ事件‥‥

 

日本が建造した海上プラントは宗谷真冬率いるブルーマーメイドがプラントを奪還し、アメリカのモスボールとなった海上要塞は、横須賀女子の航洋艦、晴風が要塞内部に突入し、動力部を破壊して、要塞を止め、要塞から脱出したテロリストたちはホワイトドルフィンの手によって逮捕された。

 

要塞が停止し、テロリストたちが逮捕された時には水平線から朝日が昇り始めていた。

 

「結局、完徹になっちゃいましたね」

 

舵輪を握りながら苦笑するレヴィ。

 

横須賀を出たのが昨日の夕方であり、半日海の上でドンパチしていた訳である。

 

「みんなもご苦労様。各自、交代で休んで」

 

シュテルは艦橋に居たクラスメイトたちに声をかけて、交代で休むように伝える。

 

 

海上要塞は動力部を破壊されているので、自走不可能な状態となっているので、ホワイトドルフィン艦隊が曳航準備をしている。

 

要塞に関してはホワイトドルフィンに任せ、武装されていた事に関しては外務省と真雪に任せて、混成艦隊は横須賀へと帰還行動に入る。

 

晴風もそんな艦隊の一隻であり、艦橋では要塞を止めたと言う高揚感で満ち溢れていた。

 

そんな中、

 

「艦長‥‥」

 

「ん?」

 

真白が明乃に声をかけた。

 

「艦長‥私もようやく、オールウェイズオンザデッキの意味が理解できた気がします」

 

「えっ?」

 

これまでの航海の経験から真白は一皮剥けた様で、

 

「決めました」

 

遊戯祭の中で古庄教官から提案された話について結論を出した。

 

真白の様子を明乃は唖然とした様子で見ている。

 

果たして真白は比叡クラスに移籍してしまうのか?

 

それとも、晴風クラスに残留するのか?

 

明乃はドキドキしながら真白の答えを待つ。

 

「私‥艦長になります!」

 

「っ!?」

 

真白の答えを聞いて、明乃は目を見開く。

 

真白は確かに『艦長になる』と言った。

 

艦長になる‥‥それは比叡クラスへ移籍するという事だ。

 

「シロちゃん」

 

真白の答えを聞いて明乃は、俯き寂しげな顔をする。

 

真白の結論は比叡クラスへの移籍であり、それは晴風クラスから真白が出て行ってしまうという事だ。

 

正直に言えば、明乃は真白に晴風クラスから出て行ってほしくは無かった。

 

自分は立派な艦長と言えるのか絶対の自信はない。

 

自分の足りない部分を真白が補ってくれた。

 

その真白が自分の下から去ってしまう。

 

しかし、真白が出した結論は彼女が悩んで悩みぬいた結論であり、自分が引きとめるなんておこがましい事だ。

 

真白は入学当初、艦長になりたがっていた。

 

その彼女の願いが叶ったのだから、本来ならば喜んであげる筈なのに素直に喜べない。

 

学校を卒業したら、クラスメイトの進路はバラバラになるだろうけど、せめて高校生活の三年の間は一緒に過ごしたかった‥‥

 

このまま別れてしまうのか?

 

明乃の不安をよそに真白は水平線を見ながら、

 

「でも、それは今じゃないんです」

 

と、言葉を追加した。

 

「えっ?」

 

真白の言葉を聞いて、明乃はバッと顔を上げる。

 

「晴風にいれば、この後も間違いなく、色々とんでもない事に巻き込まれるに決まっています。私が艦長になる為には、もっともっと経験が必要です。それに艦長は私が居ないと、無茶ばかりしますからね。誰かが艦長の暴走を止める防波堤が必要でしょう?」

 

「えっと‥それって‥‥」

 

「だから、私は晴風に残ります!」

 

真白は晴風クラスの残留を選んだ。

 

「ありがとうシロちゃん!」

 

明乃は余りの嬉しさに真白に抱き付く。

 

彼女が晴風に残ってくれることが‥‥

 

これからも一緒に航海をすることが出来る事を‥‥

 

様々な出来事があったが、こうして学生たちの海上テロ事件は幕を下ろしたのだった。

 

 

ヒンデンブルク 艦橋

 

「おつかれ、クリス、メイリン」

 

作戦が終了し、ヒンデンブルクへ帰還したクリスとメイリンは学生服ではなく、飛行服のまま艦橋へと戻った。

 

そんな二人にシュテルは労いの言葉をかける。

 

「ただいま、帰還しました。艦長」

 

クリスとメイリンの二人はシュテルに敬礼し帰還報告をした。

 

「二人共、疲れたでしょう?夜、ずっと空を飛んでいて‥横須賀に着くまで、シャワーを浴びて、ゆっくり休んで」

 

「はい」

 

「では、失礼します」

 

夜間、燃料のある限りずっと空を飛んでいたのだから、夏の季節とは言え、キャノピーの無いメーヴェでは風に吹かれ続け、身体も冷えただろうし、アルミ箔を撒き、常に弾着観測をしていたのだから疲労も困憊だろう。

 

その為、シュテルは二人にシャワーを浴び、休むように伝えた。

 

帰路では、テロリストの襲撃もなく平和な航海であったが、学生たちは完徹だったため、眠そうだった。

 

 

横須賀女子海洋学校の校舎船の桟橋近くでは、一つのテントがあり、そのテントの近くでは、みほが双眼鏡で水平線の彼方を見ていた。

 

「西住殿、おはようございます。早いですね」

 

「うん‥‥」

 

テントの中から秋山が寝ぼけ眼のまま出てきた。

 

寝ぐせのため、ただでさえモジャモジャしていた髪がさらに爆発しており、すごいことになっていた。

 

しかし、みほはそんな秋山の惨状には興味ない様子で、ただジッと海を見ている。

 

みほと秋山が何故この場にテントを張っているのか?

 

それは昨日の夕方、プラント及び海上要塞奪還のため、混成艦隊が出撃する際、みほはその混成艦隊の一隻であるヒンデンブルクの艦長であるシュテルを見送りに来た時、シュテルから艦長帽を預かった。

 

混成艦隊にはホワイトドルフィン艦隊や他の戦艦もいるので、多少の苦戦はあるだろうが、撃沈されると言う事態は起こらない筈だ。

 

なにせ、奪還予定の海上要塞は非武装なのだから‥‥

 

しかし、非武装の要塞相手にもかかわらず、混成艦隊の帰りは遅く、夜の九時を過ぎても艦隊は戻ってこなかった。

 

この時、みほは非武装とされた要塞がテロリストたちの手によって再武装化されていた事を知らなかった。

 

あまりにも帰りが遅いヒンデンブルク‥シュテルの身を案じるみほ。

 

混成艦隊の戦況情報など、一学生であるみほの下には知る由もなく心配になるみほだった。

 

そんなみほの様子を見て、秋山は、

 

「西住殿、もう遅いですし、寮に戻りませんか?」

 

秋山はみほに寮へ戻らないかと提案するがみほは、

 

「うん‥‥私はもう少し待っている‥‥優花里さんは先に戻っていていいよ」

 

みほは、ヒンデンブルクが戻ってくるまでこの場で待っているみたいだった。

 

ヒンデンブルクがいつ戻ってくるのか、不明なためみほにこの場で野宿をさせる訳にはいかないと思った秋山は、

 

「ならば、西住殿。テントや寝袋を用意いたしますので、今日はここでキャンプしませんか?」

 

「うん‥‥ありがとう、優花里さん」

 

「いえいえ。では、私はキャンプに必要なモノを急いで取ってきますね!!」

 

「うん、お願い」

 

秋山は急いで寮の自室へ戻り、キャンプに必要な道具を取りに戻る。

 

(西住殿とキャンプ‥‥ヒヤッホォォォウ!最高だぜぇぇぇぇ!!)

 

理由はどうあれ、秋山はみほと二人っきりでキャンプ出来ることに秋山のテンションは異常なほど高かった。

 

急いで寮の部屋からキャンプ道具を取ってきた秋山は手慣れた様子でテントを設営していく。

 

「優花里さん、手伝おうか?」

 

テントを設営している秋山にみほは自分もテントの設営を手伝おうかと声をかけると、

 

「いえいえ、西住殿の手を煩わす必要はありません!」

 

秋山は自分一人で出来ると言ってそのままテキパキとテントを設営していき、あっという間にテントが出来た。

 

とは言え、夕食は学校の敷地内なので、焚火をする訳にもいかないので、カセットコンロでお湯を沸かして作るカップ麵だけとなったが、それでもキャンプで食べるカップ麺は普段から食べ慣れているカップ麺とひと味違うように感じる。

 

「西住殿。どうぞ、コーヒーです」

 

「ありがとう」

 

夕飯のカップ麵を食べ終えると、秋山は金属製のマグカップにインスタントコーヒーを淹れ、みほに手渡す。

 

流石にずっと立っているのも疲れるだろうと秋山はちゃんとキャンプチェアも用意しており、みほと秋山の二人はキャンプチェアに座り、海を見ながらコーヒーをチビチビと飲む。

 

「戻ってきませんね‥‥」

 

「うん‥‥」

 

校舎の桟橋付近から見える夜景は普段と変わらない夜景でこの海の向こうで大規模な海上テロ事件が起きているなんて信じられなかった。

 

「‥‥あ、あの、西住殿‥‥」

 

秋山はこのキャンプが始まってから気になっていた事をみほに聞いてみることにした。

 

「ん?何?」

 

「あの‥‥その艦長帽は一体‥‥?」

 

そう、みほの頭にはシュテルが彼女に預けたキール校の艦長帽を被っていたのだ。

 

シュテルがみほに艦長帽を預けた時、その場に秋山は居なかったので、横須賀女子の艦長帽と異なるデザインの艦長帽を被っているみほに違和感を覚えていたのだ。

 

「見たところ、我が校の艦長帽と異なる校章が着いているみたいですが‥‥」

 

「あっ、これ?」

 

みほはまるで壊れ物を扱うかのようにゆっくりと頭に被っていた艦長帽を脱ぐ。

 

「ヒンデンブルクの碇艦長が出撃前、私に預けてくれたの‥‥碇艦長は必ず私の下にこの帽子を取りに来るって‥‥」

 

「‥‥」

 

みほは自身が被っていた艦長帽を持っていた経緯を秋山に語る。

 

その時のみほは同性でも見惚れてしまうくらい、ほんのりと頬を赤らめて微笑む顔がまぶしかった。

 

しかし、その理由にシュテルが関係していると思うと素直に喜べない秋山だった。

 

その後、二人は交代で寝起きをしながら混成艦隊の帰還を待った。

 

やがて、水平線から朝日が昇り始め、徐々に太陽が昇ってきた頃、

 

 

ボォォォォォ~!!

 

 

水平線の彼方から船の汽笛が聴こえてきた。

 

その時、みほはテントの中で寝袋にくるまっていたが、船の汽笛音を聴くと、反射的にバッと起き上がり、テントの外に出ると双眼鏡で海の方を見る。

 

「あっ、西住殿。おはようございます」

 

「‥‥」

 

秋山がみほに声をかけてもみほはジッと双眼鏡で海を見ている。

 

「に、西住殿ぉ~」

 

みほに相手にされなかった秋山は涙声を出して項垂れる。

 

「帰ってきた!!」

 

双眼鏡を覗くみほの視線には海上テロ事件を解決し、横須賀に戻ってきた混成艦隊の姿があった。

 

その艦隊の中には当然、ヒンデンブルクの姿もあった。

 

みほはシュテルの艦長帽を被り、桟橋へと走って行った。

 

 

ヒンデンブルク 艦橋

 

「やっと着いた‥‥」

 

クリスがヒンデンブルクに帰還した後、休んでいたのでシュテルは海上要塞との海域から横須賀までの航路の間、休むことなく艦を指揮していた。

 

「あぁ~眠い‥‥これで、この後、戦況報告書を提出しろなんて言わないよな‥‥」

 

Rat事件の時のように今回の海上要塞との戦闘報告書の提出が求められた。

 

当然、今回の海上要塞との戦闘報告書も提出を求められるだろうが、流石に今日中の提出はないだろう。

 

シュテルとしては今すぐにでもベッドに飛び込みたい気分だった。

 

「あっ、ベッドに行く前に西住さんの所に行って艦長帽を返してもらいに行かないと‥‥」

 

出撃前にみほに艦長帽を預けていた事を思い出したシュテルはベッドに入る前にみほから艦長帽を返してもらわなければならないことを思い出した。

 

「投錨地点に接近、入港準備」

 

「入港準備!!総員配置に着け!!」

 

ヒンデンブルクの艦内に入港を知らせる放送と鐘の音が鳴り響く。

 

休んでいたクラスメイトたちも入港準備となり、ベッドから飛び起きる。

 

「機関、微速前進‥‥機関停止‥‥Let go anchor!!」

 

「Let go anchor」

 

投錨海域に到着したヒンデンブルクは錨を海へと投錨する。

 

鎖の轟音と錨が海へと落ちる水音が甲板に響く。

 

「投錨完了」

 

「はぁ~‥‥やっと終わった‥‥」

 

完全に停船し、ようやく終わったと一息するシュテル。

 

「では、順次、内火艇で退艦」

 

ボイラーの火を落とし、クラスメイトたちは順次、内火艇でヒンデンブルクから下りていく。

 

シュテルは艦長職なので、一番最後の内火艇でヒンデンブルクを下りた。

 

「艦長、お疲れ様です」

 

「お疲れ様です」

 

「うん、お疲れ様~」

 

シュテルと共に最後の内火艇に乗っていたクラスメイトたちと別れて、みほから艦長帽を受け取りに行こうとした時、

 

「シュテルンお疲れ~」

 

「お疲れ~」

 

「ああ、クリス、ユーリ、お疲れ~」

 

「シュテルン疲れたでしょう?早く帰ろう」

 

「うん、でも、その前にちょっと寄る所があるから、二人は先に寮に戻っていて」

 

「寄る所?」

 

「まさか、駿河か晴風の艦長の所?」

 

ジト目でシュテルとみてくるクリスとユーリ。

 

「違うよ、西住さんの所に行って預けていた艦長帽を受け取りに行くんだよ」

 

シュテルは要件を二人に伝え、足早にその場から去った。

 

「さてと、西住さんは何処にいるのかな?」

 

みほと待ち合わせ場所を決めていなかったので、みほを探そうとしたが、意外にもみほはすんなりと見つかった。

 

「碇艦長!!」

 

「あっ、西住さん」

 

帰還したヒンデンブルクを見つけ、みほはすぐにキャンプしていた場所から急いで内火艇が到着するであろう港湾地区まで来たのだ。

 

「碇艦長、お帰りなさい」

 

「‥シュテル・H(八幡)・ラングレー・碇。ただいま帰還しました」

 

シュテルはみほに敬礼し、自身が無事に帰還した事を告げる。

 

「お疲れ様でした。碇艦長」

 

みほもシュテルに返礼する。

 

「お預かりしていた帽子です」

 

みほはシュテルにキール校の艦長帽を差し出す。

 

「確かに、受け取りました」

 

みほから艦長帽を受け取り頭に被るシュテル。

 

「遅かったから心配しちゃった。無事に戻ってきてよかったよ」

 

「約束したからね‥‥ふあぁ~」

 

眠気を我慢していたシュテルであったが、みほの前であくびが漏れる。

 

「あっ、ゴメン‥‥」

 

「碇艦長、目の下に隈があるけど、寝ていないの?」

 

「うん‥‥昨日の出撃から今まで一睡もすることなく完徹で、今ベッドに倒れこんだら、速攻で寝られる自信がある」

 

シュテルの目の下にはくっきりと隈が浮かび上がっており、瞼はもう閉じそうであった。

 

「あっ、それなら、昨日この近くでテント張ったから、そこで休む?」

 

「‥‥うん‥そうする」

 

シュテルは寮まで持ちそうになかったので、みほの提案を受け入れ、みほが昨夜泊まったとされるテントで仮眠をとることにした。

 

「あっ、もしもし、優花里さん?そう‥それで、碇艦長が徹夜だったみたいで、かなり眠そうなの。それで、テントで休ませたいの」

 

みほはスマホで秋山に連絡をとり、テントでシュテルを休ませる旨を伝えた。

 

テントにつくと秋山の姿はなかった。

 

きっと、みほが秋山にしばらくの間、時間を潰す様に頼んだのだろう。

 

「さっ、ゆっくり休んで」

 

「うん‥ありがとう‥‥ごめんね‥‥」

 

「あっ、制服がしわになっちゃうから、脱いで」

 

「ああ、そうだね」

 

シュテルは艦長帽を脱ぎ、次いで上着のジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを緩める。

 

しかし、そこでシュテルは力尽き、テント内の寝袋の上に倒れ、そのまま死んだように眠ってしまう。

 

「碇艦長‥もう、寝ちゃったんだ‥‥それほど疲れていたんだね」

 

眠っているシュテルを見て、相当疲れていた事が窺える。

 

しかし、

 

「あっ、碇艦長‥下も脱がないとしわになっちゃう‥‥」

 

シュテルはズボンはそのまま穿いた状態のまま眠っている。

 

「‥‥」

 

みほは周囲を確認し、テントの中に入ると、シュテルの穿いているズボンのベルトを緩め、次いでズボンのチャックに手をかけた。

 

「せ、制服をシワシワにしちゃいけないし、そ、それに、お、女の人同士だし、だ、大丈夫だよね?」

 

シュテルの制服のズボンを脱がしたみほは、顔を赤らめながらシュテルのズボンがシワにならないように丁寧に折りたたんだ。

 

疲れ切っていたシュテルはみほがズボンを脱がしていた事に気づかずに眠っている。

 

「‥‥」

 

シュテルの眠っている姿を見て、みほもなんだか眠くなってきた。

 

昨夜、秋山と交代しながら仮眠をとっていたとはいえ、やはり完全に眠気が無い訳ではなく、眼前で眠っているシュテルを見ていると、なんだか自分も眠くなってきたのだ。

 

「私も少し寝ようかな」

 

みほもシュテルの隣で横になる。

 

すると、

 

「うーん‥‥」

 

ギュっ

 

「ふぇっ!?」

 

シュテルがみほに抱き着いてきた。

 

突然のシュテルの行動に度肝を抜かれるみほ。

 

しかし、シュテルの行動はまったくの無意識の行動なので、決して意図があった訳ではない。

 

「はわわわわ‥‥」

 

眼前にシュテルの寝顔がある。

 

ちょっとクセがある茶色の髪に、長いまつげ、桜色の唇からは静かな寝息が聞こえる。

 

シュテルはギュッとみほを抱きしめて起きる気配がない。

 

シュテルの寝顔を見て、抱きしめられているこの状況下でみほの思考回路がグルグルと混乱していき、それと同時に眠気が襲い掛かり、瞼が段々と重くなってきた。

 

そして、いつの間にかみほの意識はブラックアウトした。

 

 

「う、うーん‥‥えっ!?」

 

重い瞼をシュテルが開けると、眼前にはみほの寝顔が映し出される。

 

「に、西住さん!?」

 

シュテルは当然、驚くがさらに、

 

「えっ?下‥ズボン穿いてない‥‥」

 

ここで下に違和感を覚え、自分がズボンを穿いていない事に気づく。

 

「えっ?寝る前、ズボン脱いだっけ?」

 

帽子と上着、ネクタイを脱いだ記憶はあるがズボンを脱いだ記憶はない。

 

困惑する中、みほが寝ているので声を上げる訳にはいかない。

 

時間が経てばみほも目が覚めるだろうから、シュテルはただジッとその時を待った。

 

そして、目覚めたみほが驚いたのは言うまでもなかった‥‥

 

「そ、その‥‥ごめんなさい」

 

「ん?」

 

仮眠をとり、シュテルが制服を着ている時、みほがシュテルに謝ってきた。

 

「いや、互いに疲れていたし、ズボンに関しても西住さんがシワにならないようにやってくれた行為だから、怒る理由はないから大丈夫だよ。気にしないで」

 

「あっ、う、うん‥‥」

 

その後、シュテルはみほからコーヒーを一杯ごちそうになり、寮へ戻った。

 

寮への帰り道の途中で、

 

「あっ、シューちゃん」

 

「もかちゃん」

 

もえかに出会った。

 

「シューちゃん、もうお昼は食べた?」

 

「まだ‥‥っていうか、さっきまで寝ていたよ。あれから、完徹だったから、港に着いた時はもう、フラフラだったからね‥‥もかちゃんは平気だったの?」

 

「うん、私は帰りに休むことが出来たから」

 

シュテルは完徹であったが、もえかは横須賀への帰路の中、仮眠する時間があったので、特に眠そうな様子はない。

 

完徹だったシュテルは泥のようにみほのテントで仮眠したが、みほと別れてから時間を確認しなかったが、時計を見てみると、時刻はもうすぐ十二時になろうとしていた。

 

「シューちゃん、もしよければお昼ご飯、私と一緒に食べない?」

 

「うん、いいよ」

 

特に今日の昼ごはんの予定を決めていなかったので、シュテルはもえかとお昼ご飯を食べることにした。

 

 

「ズルズル‥‥ムシャムシャ‥‥ゴクン‥‥うん、美味しい。蕎麦どくとくの香りと風味があって、コシもしっかりとしている」

 

シュテルはもえかが打った蕎麦を食べていた。

 

クラスの親睦会、そして歓迎祭の時、もえかは蕎麦を打っていた。

 

その為、今日のお昼はもえかの誘いを受けて駿河クラスが展示していた蕎麦屋の屋台で摂っていたのだ。

 

長野出身のもえかが打った蕎麦は美味しかった。

 

原料はかなり凝っており、長野県産100%の引きぐるみの蕎麦粉を使用し、高温のお湯で茹でた後、水道水ではなく、井戸水を使って蕎麦を洗う徹底ぶり‥‥

 

「それにこのそば汁との相性もいい‥‥十割そばだと、味が強いから、そば汁が薄かったりすると、蕎麦の味が強調しすぎて風味を壊してしまうけど、このそば汁は蕎麦の味に負けない濃さと味を持っている。お蕎麦屋さんでも食べていけるんじゃあないかな?」

 

「ふふ、ありがとう」

 

もえかが打った蕎麦を堪能し、再び寮への帰路につくと今度は、

 

「い、碇艦長」

 

「ん?」

 

シュテルは今度、真白に声をかけられた。

 

二人は海が見える桟橋近くのベンチに座る。

 

「要塞戦の時はお疲れ様。大変だったでしょう?」

 

まずは海上要塞との戦闘における晴風の活躍を労うシュテル。

 

要塞から出てきた時、晴風はメインマストの見張り台を無くした状態で、船体には銃痕や擦ったような傷が無数にあり、ドックへと曳航されていった。

 

「いえ、駿河艦長や碇艦長たち先輩方の協力があってこその戦果です。それに最後は碇艦長に助けていただきましたし‥‥」

 

「そう言えば、スーちゃんはあれからどうなったの?ミケちゃ‥岬艦長と一緒に居るの?」

 

「スーは、今回の事件でテロリストと行動を共にした時があったので、ブルーマーメイドで事情聴取を受けることになりました」

 

「‥‥」

 

ブルーマーメイドからの事情聴取と聞き、スーが逮捕されてしまうのかと心配になるシュテル。

 

「あっ、でも、スーはテロリストたちに利用されていた事が判明しているので、情状酌量の余地があるので、逮捕までとはいかないと思います」

 

「そ、そう‥よかった‥‥」

 

スー自身もテロリストたちに利用された被害者と言う立ち位置だったので、あくまでも事情を聞くだけであり、逮捕もしくは祖国へ強制送還に至らなかった。

 

「あ、あの碇艦長」

 

「ん?」

 

スーの現状を伝えた後、真白がシュテルに何やら真剣な表情で、

 

「碇艦長、貴女にとって艦長とは何ですか?」

 

昨日の午前中に行われた競技祭の最中にもえかに訊ねた質問をシュテルにも聞く真白。

 

「何かあったの?」

 

「は、はい実は‥‥」

 

真白は一昨日の夕方、古庄教官から比叡クラスへの移籍の話が出た事をシュテルに伝える。

 

「それで、宗谷さんは比叡クラスへ移籍するの?」

 

「いえ、学生中は晴風の副長としての職務を全うすることに決めました。それでも、学校を卒業し、ブルーマーメイドになりましたら、いつかは艦の指揮官を目指すので‥‥」

 

「なるほど‥‥実は昨日、もかちゃん‥駿河の知名艦長から、宗谷さんから艦長としての心構えを聞かれたと聞いてね‥‥その時の事だけど、知名艦長は私の事を艦のお母さんみたいだと言っていたよ‥まぁ、当たらずとも遠からずな表現だと思ったよ」

 

「お母さん‥ですか‥‥?」

 

「うん」

 

「知名艦長曰く、ウチの艦長はお父さんで、知名艦長自身はお姉さんになりたいと言っていましたが‥‥そうですか、お母さんか‥‥」

 

「ん?」

 

真白は一人で何だか納得している様子。

 

それから、二人は遊戯祭での世間話をした。

 

「へぇ~あの図上演習の決勝戦で岬艦長と‥‥」

 

「はい。今思えば、よく決勝戦まで行けたと自分でも驚いています」

 

「途中で、席を抜けて観戦できずにゴメンね」

 

「いえ、碇艦長と知名艦長の早期対策があったからこそ、事件を早期解決できたのだと思っていますから‥‥あっ、あと、私、夏休み中にスキッパーの免許も取ったんです」

 

「そう言えば、練習していたもんね」

 

「そ、それで、練習に付き合ってもらったり、今回の件で碇艦長には色々とお世話になったので、そのお礼も兼ねて、その‥‥こ、今度一緒に出かけませんか?」

 

「えっ?」

 

真白からのお出かけのお誘いを受け、一瞬唖然とするシュテルであるが、

 

「あっ、うん。構わないよ」

 

シュテルは真白とのお出かけを了承した。

 

「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!!」

 

真白はシュテルと一緒に出かけることを知り、華が咲いたような輝いた笑顔を浮かべ嬉しそうだった。

 

真白とのお出かけの約束をした後、寮に戻ったシュテルはクリスとユーリから一体何をしてこんなにも時間がかかったのか詰問されたのは言うまでもなかった‥‥

 



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139話

今回は、ましろとのお出かけ回です。

みほがシュテルに茨城県大洗にあるミュージアムを勧めました。

エキストラ扱いですが、ガルパンからのゲストも出演します。


横須賀の地で行われた遊戯祭の最中に起きた海上テロ事件‥‥

 

ブルーマーメイドとホワイトドルフィン、そして各海洋学校の学生たちの活躍により、解決することが出来た。

 

事件解決当日、シュテルは完徹で横須賀に戻った早々、出迎えたみほが泊まっていたテントにて休み、その後はもえかが打った蕎麦を食べ、真白とのお出かけの約束をした。

 

海上テロ事件と言うアクシデントがあり、競技祭が途中で中断してしまったが、ここまでの総合成績から今年の優勝は呉海洋学校となった。

 

図上演習の決勝戦では対戦相手が横須賀女子所属の晴風の艦長と副長だったので、どちらが勝っても図上演習においては横須賀女子にポイントが加算されていたが、それらの成績でも横須賀女子のポイントは呉海洋女子には及ばなかった。

 

呉、舞鶴、佐世保の学生たちが地元に戻る前、横須賀女子の講堂では、交流会が開かれた。

 

尾張級戦艦の艦長、副長の興味はやはり、要塞戦において活躍した晴風の艦長である明乃と駿河艦長のもえかに集中したが、舞鶴の阿部は明乃ともえかの他にメーヴェと噴進弾を使用していたヒンデンブルクの艦長であるシュテルにも興味があったみたいで、根掘り葉掘りメーヴェと噴進弾について質問をしており、何とか舞鶴の学生艦に搭載できないか交渉をしていたが、結局河野が阿部を引きずっていき、舞鶴との交渉は終息した。

 

交流会が終わり、翌日、各校の学生たちは母校へと戻って行き、今年の遊戯祭は終わった。

 

 

今回の事件の関係者であるスーは真白が言った通り、連日ブルーマーメイドからの事情聴取があり、ブルーマーメイドの他に入国管理局からも取り調べが行われた。

 

今回の事件でテロリストたちに利用されていたという事でブルーマーメイドからの事情聴取があることはわかるが、ではなぜ、ブルーマーメイドの他に入国管理局がスーに事情聴取をとっているのか?

 

それは、スーの入国方法に問題があると判断されたのだ。

 

何しろ、スーに仕事の依頼をして、日本へ手引きしたのがテロリストの一人だったので、テロリストがスーを日本へ密入国させたのではないか?

 

もしくは、テロリストが密入国を仲介するブローカーに頼んでスーを日本へ密入国させたのではないかと思われたからだ。

 

真雪の計らいで、スーは横須賀女子の寮の一室を借りることが出来、昼はブルーマーメイドからの事情聴取、夜は横須賀女子の学生と交流を深めていった。

 

スーの事情聴取が続き、明乃、もえか、シュテルら海上テロ事件に関係した学生艦の艦長にはやはりと言うか予想通り、戦闘報告書の提出が求められ、書類仕事が苦手な明乃はRat事件の時と同じく報告書の作成に悲鳴を上げていた。

 

そんな中、日にちは休日となりシュテルは先日に真白と一緒に出かける約束をしていたので、寮のロビーで待ち合わせをしていた。

 

(ちょっと、待ち合わせ時間早すぎたかな?)

 

(でも、今日行く場所が場所なだけに早めに出ないとな‥‥)

 

現在の時刻は朝の7時‥‥

 

待ち合わせ時間としてはかなり早めの時間だ。

 

しかし、この時間に待ち合わせ時間をしたのにはある理由が当然あった。

 

そもそも、真白と二人っきりでお出かけなんて、黒木あたりが知ったら発狂モノであろうし、逆にシュテルと二人っきりでお出かけなんて、シュテルを慕う者たちからしたら、真白が問い詰められそうだ。

 

だが、運よく?なのか、二人が一緒に出掛ける事は周囲には知られることはなかった。

 

真白としては自分がシュテルと二人っきりでお出かけすることを誰かに漏らしでもしたら、お祭り好き体質なクラスメイトらが着いてくるのは目に見えていた。

 

折角シュテルと一緒に出掛ける約束をとりつけたのだから、クラスメイトたちに邪魔されることなく二人っきりでお出かけしたかったのだ。

 

 

なお、この時のシュテルの格好はマリンキャップを被り、上はパーカーにTシャツ、下は黒いカーゴパンツに財布等が入ったボディーバッグを肩に掛けた出で立ちとなっている。

 

「お、お待たせしました」

 

やがて、待ち人である真白が到着した。

 

真白は名家の女性らしいワンピース姿‥‥ではなく、下はジーパンで上は白いプルオーバーを身に着け、肩にはショルダーバッグをかけると言ったシュテル同様、動きやすい服装であった。

 

「ごめんね、こんな朝早くに待ち合わせ時間を指定してしまって‥‥」

 

「いえ、この時間ならば、邪魔者は来ませんし‥‥」

 

「えっ?なんて?」

 

「な、なんでもありません!!」

 

「そう‥‥それじゃあ、行こうか?」

 

「はい!!」

 

こうして二人は寮を後にして出かけた。

 

「あ、あの‥私から言い出したことなのですが、今日はどこに行くんですか?」

 

真白はシュテルと出かける約束は取り付けたが、具体的にどこへ行くのか目的地を決めていなかった。

 

ただ、前日にシュテルから真白に今日のお出かけの行先について任せてほしいと言う連絡を受けていた。

 

「ちょっと、遠くになるけど、知り合いに茨城の大洗にあるアミューズメント施設のチケットを貰ったんだよ」

 

シュテルはみほから、茨城の大洗にあるとされるアミューズメント施設の入場チケットを貰っていた。

 

みほ曰く、

 

「日本に来たのであれば、絶対に行ってほしい!!」

 

と、力説されたのだ。

 

「千葉のネズミが主人公のランドや大阪にある映画のキャラたちの遊園地よりも楽しい場所だから!!」

 

と、千葉と大阪にある日本の二大アミューズメント施設よりもお勧めだと言う。

 

(大洗にそんな有名な所あったかな?)

 

と、当初シュテルは千葉と大阪にある日本二大アミューズメント施設についてはこの世界にも存在している事は確認できているが、前世でも茨城の大洗にそんな有名なアミューズメント施設があったなんて記憶にはない。

 

しかし、

 

(まぁ、この世界は前世と似た世界だから、この世界に合って前世にはないアミューズメント施設なのだろう)

 

と、割り切った。

 

電車と船を乗り継いで、茨城の大洗を目指す二人。

 

クラスも学年も違う二人‥‥

 

大洗を目指す道中、全くの会話がないと思いきや、意外と二人の会話はあった。

 

最初はたどたどしい様子の真白であったが、次第に自然な感じで会話をすることが出来た。

 

まぁ、真白の場合、大半は姉である真冬と明乃に対する愚痴であった。

 

「お姉さんの一人である真冬さんは確かにパワフルな印象があったなぁ‥‥ただ、初めてあった時、何故かウチの副長と砲雷長に銃を突きつけられていたけど、ウチのクラスメイトが失礼いたしました」

 

Rat事件の時、比叡を救助した際、座礁させた比叡の船体の曳航と乗員の救助に来たブルーマーメイドが真白の姉の一人である真冬だったのだが、シュテルがほんの一瞬、視線を逸らした後、再び真冬へと視線を向けると、何故か彼女はクリスとユーリの二人から蟀谷に銃を突きつけられていた。

 

シュテルとしては何故、そのような事態になったのか分からないので、真冬がその事を未だに気にしていないかちょっと気になったのだ。

 

「い、いえ、あの姉の事ですから気にしてはいないと思います」

 

「でも、なんで銃を突きつけられていたんだろう?」

 

(大方、碇艦長のお尻でも触ろうとしていたんだろう。あのバカ姉は‥‥)

 

この十六年家族として真冬と共に生活してきた真白には何故、真冬が銃を突きつけられていたのかは想像が簡単に出来た。

 

そして、真白の想像はまさしく的中していた。

 

「あっ、でも、一番上のお姉さん‥えっと‥‥真霜さん?だっけ?」

 

「はい」

 

「真冬さんよりも真霜さんの方が大変じゃない?一緒に生活していて」

 

「えっ?」

 

真白としては何故、真冬ではなく、真霜の方が大変なのかちょっと分からなかった。

 

一緒に生活をしていく中で、真白としては真霜よりも真冬の方が大変だからだ。

 

「いえ、そんなことは‥‥どちらかと言うと真冬姉さんの方が大変ですよ」

 

「そう?突然現れてはさらりと爆弾発言を残していったり、笑顔の下にどこか得体の知れないモノを隠していたりしてない?」

 

シュテルとしては前世で真霜と同じ声をしたリアル魔王と何度か邂逅した経験から、真霜も前世におけるあの魔王と同じ体質なのではないかと疑ってしまう。

 

「まぁ、怒ると怖いですけど、そこまで底の知れない性格ではありませんよ。実際に休日なんて、普段仕事をしている時とのギャップが激しいほど、ズボラで自堕落な休日を過ごしていますし‥‥ブルーマーメイドの人が見たらきっと驚きますよ」

 

(えっ?あの魔王ボイスの人が自堕落!?そ、それってある意味貴重な姿なんじゃないか!?)

 

シュテルとしては前世で魔王ボイスの人の自堕落な姿なんて想像できないので、休日の真霜の姿は物凄く貴重な姿なんじゃないかとさえ思えた。

 

しかし、真白の話から察するに真霜はあの魔王ボイスながらも陽乃とは違うみたいだった。

 

 

横須賀から大洗までそれなりの距離があったのだが、こうして会話をしていると、長い距離も気にならず、二人は目的地である大洗に到着した。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

大洗に着いて、シュテルがみほから貰ったチケットのアミューズメント施設‥‥ボコミュージアムと書かれているアミューズメント施設に二人は到着した。

 

しかし、そのボコミュージアムは千葉の浦安にある某ネズミさんの夢の国や大阪にあるアメリカ映画のキャラクターたちの遊園地と比べるとかなり見劣りする。

 

メインゲートには左目に青あざを作り、身体の彼方此方に包帯を巻いているクマが出迎えている。

 

「ここ‥で、間違いないんですよね?」

 

「うん、チケットには確かに『ボコミュージアム』って書いてあるし、メインゲートにもボコミュージアムって書いてあるし‥‥」

 

「で、でも‥営業しているんですか?」

 

真白が不安に思うのも当然で、二人の眼前にあるボコミュージアムは閉園しているのではないかと疑うくらい廃れている。

 

「一応、中から音楽が聴こえるから営業はしているはず‥‥それにゲートは開かれているし‥‥」

 

中からは音楽が聴こえるのでこのボコミュージアムが閉園しておらず、営業をしている事が窺える。

 

「と、とりあえず、入ってみようか?」

 

「そ、そうですね」

 

一応、目的地はここであるし、入園するための無料のチケットがあるし、営業もしている。

 

それに長い時間をかけて折角大洗に来たのだからこのまま帰るのはあまりにも勿体ない。

 

なので、二人はボコミュージアムに入ることにした。

 

チケットを見せて園内に入ると、すぐ近くに『ボコミュージアム名誉支配人 島田愛里寿 様 』と書かれプレートと共に一枚の大きな写真が壁にかけられていた。

 

写真は小学生くらいの女の子の姿が映し出されていた。

 

更に写真の近くには遊園地でよく見るコインを入れて動くクマの乗り物が置いてあり、そこにも看板があり、看板には『島田愛里寿 寄贈』とあり、クマにはこのボコミュージアムのクマの名前ではなく、『ヴォイテク』と名前が書かれたプレートが置いてある。

 

(何故、小学生が名誉支配人?)

 

(この園のイベントで一日支配人とかになったのか?)

 

シュテルは一日店長や一日署長みたいなイベントがこのボコミュージアムで行われたのだろうと思った。

 

園内に入ると、掲示板に『ボコミュージアムリニューアルオープン予定』と書かれているチラシが貼ってあった。

 

(へぇ~ここ今度、リニューアルオープンするんだ‥‥なんかタイミングが悪い時期に来ちゃったな)

 

近々リニューアルオープンするのであれば、リニューアルオープンした後にくればよかったと思うシュテルであるが、真白と一緒に出掛ける日取りの方を先に決めてしまっていたので、タイミングが悪かったとしか言えなかった。

 

近々リニューアルオープンするからこそ、園内は人が少なかったのかもしれないが、別の視点から見ると、シュテルと真白の二人と貸し切りみたいな感じだし、リニューアルオープンするのだとしたら、リニューアル前のボコミュージアムは今日で見納めであり、リニューアルオープン後には閉鎖してしまうアトラクションもあるかもしれない。

 

そう思えば、今日、リニューアルオープン前のボコミュージアムに来たのは正解だったのかもしれない。

 

「人‥あまり居ませんね」

 

真白が周囲を見て、休日の遊園地なのにあまり周囲に人が居ない事に気づく。

 

「今度、ここリニューアルオープンするみたい」

 

「えっ?そうなんですか?」

 

「うん、この掲示板にリニューアルオープンを知らせるチラシが貼ってある」

 

「まぁ、確かにメインゲートを見る限り、老朽化している印象がありましたからね」

 

「リニューアルオープンするから、人が居ないのかも‥‥でも、これはある意味お得かもよ」

 

「えっ?」

 

「だって、周り人が居ないって事は、私たち二人で貸し切っているみたいじゃん」

 

「そ、そうですね」

 

「折角来たんだから、早く色んなアトラクションを楽しもう」

 

シュテルは笑みを浮かべ、真白に手を差し伸べる。

 

「は、はい」

 

真白は差し伸べられたシュテルの手を握り、ボコミュージアムにあるアトラクションへと向かう。

 

 

イッツ・ア・ボコワールド

 

小型のボートでボコの町を見て回るアトラクション。

 

世界中の首都を意識した造りで世界の様々な民族衣装を着たボコが歌い、踊っている。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

(これ、浦安のディスティニーランドにあるあのアトラクションのパクリだよな‥‥よく、訴えられないな‥‥)

 

このイッツ・ア・ボコワールドの造りが某ネズミランドのアトラクションそっくりなことに運営会社から訴えられないのか不思議に思った。

 

 

ボコーテッドマンション

 

お化け屋敷という事でホラーやオカルトの類が苦手な真白であるが、看板に描かれているお化けのコスプレをしたボコを見て、大して怖くなさそうだと判断した真白はこのアトラクションに乗ることへの拒絶感はなかった。

 

むしろ、吊り橋効果を狙ってシュテルにボディータッチが出来ると思ったぐらいだ。

 

「つ、次はこれに乗りましょう」

 

「えっ?これ?‥‥でも、このアトラクション、お化け屋敷みたいだよ?宗谷さん、お化けとかホラーが苦手じゃなかったっけ?」

 

「ど、どうしてそれを!?」

 

「えっと‥‥明乃ちゃんから聞いて‥‥」

 

(あの人はもう~)

 

人の弱点を軽々と教えた明乃に呆れながらもこのチャンスを逃す訳にはいかないので、

 

「た、確かにホラーやオカルトの類は苦手ですけど、いつまでもそのままではいけないと思いまして‥‥」

 

「なるほど」

 

前世で雪ノ下は『変わることは逃げだ』と言ったが、変わるのもケースバイケースなのだろう。

 

「まぁ、宗谷さんが良いなら‥‥」

 

シュテルは真白が嫌がる素振りではなく、むしろ積極的にお化け屋敷に入ろうとしている点から特に断る理由でもないので、入ることにした。

 

このボコーテッドマンションもやはり、浦安のネズミランド同様に乗り物に乗ってお墓や幽霊屋敷を巡るアトラクションでそこにはお化けのコスプレをしたボコが来場者たちを脅かしに来るのであるが、正直幼稚園児でも怖がるのか微妙なアトラクションだった。

 

恐くないだろうと予想していたため、真白としては吊り橋効果も期待できず、シュテルとのボディータッチも無理だった。

 

その後も二人は、ボコミュージアムのアトラクションを回った。

 

スペース・ボコンテン ボコスタンリバー鉄道 ボコブの海賊 ボコラッシュ・マウンテン ボコー・オブ・テラー レイジングボコリッツ………etc.

 

(おいおい、本当にこの遊園地大丈夫か?)

 

(リニューアルオープンもやっぱり、あのネズミの国の運営会社から警告が来たからするんじゃあないのか?)

 

シュテルは敢えて口に出さないが、体験したすべてのアトラクションのネーミングや内容が某ネズミの国のアトラクションに似ていることにから、リニューアルオープンに関してもネズミの国の運営会社から警告が来たため、行うのでないかと勘繰ってしまう。

 

とは言え、キャラクター以外ではそのネズミの国のアトラクションとほぼ同じなので楽しむことは出来た。

 

しかも周りに人がおらず、並ばないことが最大の利点とも言える。

 

『まもなく、中央広場にて、ボコショーが開演いたします』

 

中央広場にある野外舞台にてこの遊園地のメインキャラクターであるボコのショーが開かれる方法が流れる。

 

(あのクマがなんでボコボコな姿なのかこのショーを見れば分かるのかな?)

 

シュテルはこれまで園内の彼方此方で見てきたボコがどうしてボコボコな姿なのかちょっと気になった。

 

「ね、ねぇ、宗谷さん。記念に見てみない?」

 

「えっ?ショーをですか?」

 

「うん。私、なんであのクマがボコボコな姿になっているのかちょっと気になって‥‥もしかしたら、ショーを見ればその原因が分かるかもしれないと思って‥‥ダメかな?」

 

「ま、まぁ、いいですよ。粗方アトラクションも乗りましたし」

 

客が少なく、並ぶ必要が無かったので、二人はボコミュージアムのアトラクションは粗方乗ったので、ショーを見ても構わないと真白は言う。

 

中央広場にある野外舞台にあるベンチに座る二人。

 

(あっ、あの子、確か出入り口の写真にあった‥‥)

 

シュテルがふと周りのベンチを見るとそこにはメインゲートに名誉支配人と書かれたあの小学生の姿があった。

 

やがて、ショーの開演時間となり舞台にボコが姿を現すと、

 

「ボコォォォ――――ッ!!」

 

「「っ!?」」 ビクッ!?

 

名誉支配人の小学生が声を上げる。

 

「おう! よく来たがったな、お前たち! おいらがボコさ!!今日もボコボコにしてやるぜ!」

 

舞台に上がったボコは観客たちに挨拶をする。

 

「ボコッ! ボコーッ!! ボコォォ――――ッ!!」

 

名誉支配人の小学生のテンションは物凄く高くボコの名前を叫んでいる。

 

「あっ、なんか出てきましたよ」

 

「ん?」

 

舞台の上にはボコの他に動物のキャラクターが登場する。

 

すると、動物たちが舞台を横切ろうとすると、ボコの肩にぶつかる。

 

「おい、今、肩ぶつかったぞ! 気を付けろ!」

 

「あぁ? なんだ?お前は?」

 

「お前がぼぉ~っと突っ立っていた所為だろう?」

 

動物たちはボコに非があると言う。

 

「何を言ってやがる! さっさと謝りやがれ!」

 

その動物たちの言動にボコはキレる。

 

「何言ってるんだ、こいつは?」

 

「生意気だぞ!」

 

「やっちまおうぜ!」

 

「いい度胸だな! 返り討ちにしてやる!」

 

ボコVS動物たちとの乱闘となるのだが、数の差かボコはボコボコにされる。

 

「口ほどにもない奴だ!」

 

「ウラウラウラウラッ!」

 

「ボコ! 頑張れ!」

 

ボコボコにされるボコに対して、声援をおくる名誉支配人の小学生。

 

「み、みんなー! おいらに力をくれー!」

 

(お前はド〇ゴン〇ールの孫〇空か?)

 

ボコのセリフを聞き、某有名な格闘ファンタジーアニメの主人公な印象を受けるシュテル。

 

「ボコ、頑張れ!!」

 

「えっと‥‥私たちも応援した方がいいのかな?」

 

「た、たぶん‥‥」

 

「「が、頑張れー!!ボコー!!」」

 

観客らの声援が送られるもボコは立ち上がってはボコられ、立ち上がってはボコられを繰り返す。

 

(これ、子供が見る舞台演出として大丈夫なのか?)

 

シュテルはボコの演出を見て、虐めを助長しないか心配になる。

 

「も、もう一度、力をくれ!!」

 

「ボコ、頑張れー!!」

 

「も、もっとだ! もう一度、おいらに戦う力をくれー!」

 

「「頑張れぇーっ!! ボコォー!!」」

 

シュテルがボコの演出が虐めを助長しないか心配になっていると、いつの間にか真白がボコに感情移入しており、ボコを応援している。

 

「む、宗谷さん?」

 

この短い時間で一体彼女の心情に何の変化があったのかは分からないが、真白は名誉支配人の小学生と共にボコを応援している。

 

「う、うおおおおおおぉぉぉぉっー!!」

 

倒れていたボコは観客の声援に応えて再び立ち上がった。

 

「おぉ‥‥!」

 

満身創痍ながらも立ち上がったその根性に思わず感嘆する真白。

 

「はぁ……はぁ……み、みんなの声援が再びおいらを甦らせたぜ! ありがとよ!」

 

「「ボコォォォ――――ッ!!」」

 

「こ、今度こそ返り討ちにしてやるぜ!!」

 

立ち上がるボコであるが結果は変わらず、結局動物たちからボコられて負けてしまう。

 

「口ほどにもない奴だ!!」

 

ボコをボコボコにすると、動物たちは舞台の袖に去って行く。

 

倒れていたボコはしばらくの間、動かなかったが、ピクッと動き出すと、

 

「ま‥‥また‥‥負けた‥‥!!」

 

「「っ!! ボコォォ――――ッ!!」」

 

「今度は………負けないぞ!!」

 

そして、ボコは片手を上げて締めの言葉を言い放った。

 

その姿はまるで、世紀末の覇者の如き雄姿を見せ舞台の幕が下りた。

 

ショーが終わり、会場を後にする二人。

 

なお、名誉支配人の小学生は三人の大学生くらいの女性たちと共に席を立った。

 

 

シュテルは真白にシューの中盤に何故、ボコを応援していたのかを訊ねる。

 

「宗谷さん」

 

「はい?」

 

「途中で、あのクマを応援していたみたいだけど、何か心境の変化でもあったの?」

 

「あっ、いえ‥‥最初は『何やっているんだ?あのクマは?』って思いましたが、あの諦めない姿勢には何か共感するモノがありまして‥‥」

 

「そうか‥‥」

 

真白は自身の不幸体質に何度もくじけそうになったことがあったが、その都度、なんとしてでもブルーマーメイドになるんだと言う夢を抱いて今日まで頑張ってきた。

 

ボコもまぁ、喧嘩の原因がボコ側にあろうとも、倒れても、倒れても何度も起き上がる姿勢と明日は必ず勝つと言う信念を持つボコに対して親しみを感じたのだ。

 

中央広場から土産屋へとくると、真白は早速ボコのぬいぐるみが売っている棚へと向かう。

 

元々、ぬいぐるみの収集が趣味である真白としては、親近感が沸いたボコのぬいぐるみは絶対にゲットしてきたかった。

 

「む、宗谷さん、そのぬいぐるみ買うの?」

 

「はい」

 

ボコのぬいぐるみはさまざまなサイズがあるが、真白が購入しようとしていたのはそれなりの大きさのぬいぐるみだった。

 

結果はどうあれ、真白にはこのボコミュージアムを楽しんだみたいだった。

 




ましろがボコのファンになりました。


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140話

横須賀女子で行われた遊戯祭の最中に起きた二つの海上テロ事件‥‥

 

テロ自体は大規模なモノであったが、ブルーマーメイド、ホワイトドルフィン、そして海洋学校の学生たちの活躍により一日で終息した。

 

その海上テロ事件が解決した後、シュテルは真白から一緒に出掛ける約束をした。

 

そして、海上テロ事件後の初めての休日にシュテルは真白と一緒に出掛けた。

 

お出かけ先はシュテルがみほから茨城県の大洗にあるミュージアム施設のチケットを貰ったので、二人は朝早くに横須賀女子の学生寮を出て茨城の大洗へと出かけた。

 

出かけた先は茨城県、大洗にあるボコミュージアム‥‥

 

メインゲートには包帯塗れのクマが出迎え、更に建物自体が老朽化している印象を受けたため、閉園しているかのような出で立ちのボコミュージアムに一抹の不安を抱いた。

 

中にあるアトラクションも千葉の浦安にある某ネズミの国にあるアトラクションのパクリみたいなアトラクションだらけだった。

 

しかし、来場客が少なかったので、二人は並ぶことなく園内のアトラクションに乗ることが出来た。

 

そして、中央広場にある舞台にてボコのショーが行われ、粗方園内のアトラクションを乗りつくした二人はそのショーを見た。

 

内容は、このボコミュージアムのメインキャラであるボコが他の動物に絡み、ボコボコに返り討ちに遭う内容であったが、真白はボコられながらも何度も立ち上がるボコの姿勢に共感してボコのファンになった。

 

園内にあるお土産屋にて、真白はボコのぬいぐるみを購入し、ご満悦な様子だった。

 

ぬいぐるみの他に真白はボコの着ぐるみと記念写真も撮った。

 

 

ボコミュージアムを後にした二人は次に水族館へとやってきた。

 

まず、最初にやってきたのは大水槽の中に様々な種類の海の魚が居る海水魚ゾーン。

 

「おぉ、中々大きな水槽」

 

「流石、茨城県の中でも有数な港町‥魚の種類も豊富ですね」

 

普段から海に接する機会が多い二人であるが、魚をこうして見る機会は意外と少なく、せいぜい、航海中に釣りで魚を釣る時か、食事に出た時ぐらいであり、こうして大きな水槽で泳いでいる魚の姿を見ると、なんだか心が現れると言うか妙に落ち着く。

 

「あっ、宗谷さん。見て、見て、ダイバーの人がこっちに手を振っているよ!」

 

「エサやりみたいですね」

 

大水槽の中には水族館の職員がダイバー姿で来客たちに手を振ると、魚たちに餌をやり始める。

 

すると、魚たちは職員の下に集まってきた。

 

「そう言えば、私、ダイビングってやったことが無いんだとね。海に出ているのに‥‥宗谷さんはダイビングをやったことある?」

 

「私は長期休暇中に何度か嗜む程度に‥‥って言うか、真冬姉さんに強制的に連れられて無理矢理やらされたことが‥‥」

 

シュテルはこれまでの人生の中で前世を含めてダイビングの経験がないが、真白は長期休暇中に真冬に連れられてダイビングの経験があった。

 

「でも、楽しそう」

 

「ま、まぁ、いい経験にはなりますが‥‥」

 

「あっ、こっちにはウミガメが居る」

 

「本当ですね」

 

「まるで、こっちに手を振っているみたい」

 

ウミガメの泳ぎ方から、まるでウミガメがシュテルと真白に向かって手を振っているようにも見えた。

 

思わず反射的にウミガメに手を振るシュテル。

 

水槽内の魚たちを見ながら二人はどんどん水族館の中を進んで行った。

 

多くの種類のクラゲがいる幻想的なクラゲが居る水槽と深海の生物や大陸棚に生息する生物の水槽が並ぶ深海の海ゾーン。

 

日本一の大きさを誇るマンボウ専用の水槽と種類の多さが日本一を誇るサメの水槽が並ぶ大型魚ゾーン。

 

海の生物のことを学べる海の生き物科学館が存在するミュージアムゾーン1。

 

アシカやアザラシの海洋哺乳類ゾーン。

 

数多くのペンギンたちを展示するペンギンゾーン。

 

茨城の川に生息する淡水魚やザリガニたちが並ぶ川ゾーン。

 

大きな水草水槽やクジラやアザラシ、海鳥の骨格標本、世界最大級のウバザメやウミガメ、イルカ、ペンギン、海鳥の剥製が並ぶミュージアムゾーン2。

 

ありとあらゆる海の生物達の姿と生態を目で堪能するシュテルと真白。

 

普段から海と接している筈なのだが、こうして意識して海に生息する生物たちと接すると、どの水槽も実に好奇心や興味をそそられる。

 

二人は水槽を食い入るように観覧し、海の生物や愛くるしい海獣やペンギンたちを見ては一挙一動に思わず表情が緩んでしまう。

 

やがて、二人は最後のゾーンにやってきた。

 

そこは‥‥

 

 

ザバアアアアアァァァァ――――ン!!

 

 

「「おおおおぉぉぉぉぉ――――っ!!」」

 

巨大な水槽から天井に達するかのような大ジャンプで姿を現した二頭のイルカに興奮と驚愕の声を上げたシュテルと真白。

 

このオーシャンアクアゾーンにあるオーシャンシアターではイルカやアシカのショーが催されている。

 

ボコミュージアムのショーも真白は楽しんだが、着ぐるみではなく、生のイルカによるショーもまた別の面白さがある。

 

イルカと調教師とのコンビネーションもばっちりだ。

 

二人は前列付近の席に座っていた。

 

はじめこの席に着いた時、真白は、

 

(きっと、ずぶ濡れになるんだろうな‥‥)

 

自身の不幸体質のこれまでの経験から水槽に近いこの席では、必ずイルカに水をぶっかけられると予感していた。

 

しかし、水族館側もちゃんとこのような場合を想定しているので、ショーの前に雨合羽が配られており、それを着ていた。

 

「「わぶっ!?」」

 

すると、真白の予想通り、一頭のイルカが水槽の縁の方から顔を出すように飛び出した途端、大量の水しぶきが二人を襲った。

 

前列にいたためモロに掛かってしまい、髪などがずぶ濡れになってしまった。

 

「あぁ~やっぱり‥‥ついてない‥‥」

 

雨合羽を着てもあまり意味がなかったことに真白は自身の不幸体質を呪う。

 

しかし、シュテルの方は‥‥

 

「アッハッハッハッハッハッ!!」

 

当初はいきなり海水を浴びて呆然としたままであったが、すぐに滑稽な姿の自分に思わず大笑いしてしまった。

 

「い、碇艦長?」

 

「いやぁ~笑っちゃうね。イルカさんとしてはちょっとしたサービスだったのかな?ある意味、こうしてイルカさんに水をぶっかけられたのはついているんじゃないかな?ハッハッハッハッハッ!」

 

「は‥ハハハハハ‥‥」

 

シュテルに釣られて真白からも笑みが零れた。

 

その後も、次々と繰り出すイルカのショーを堪能し、名残惜しくもショーはすべて終了してしまった。

 

一応、イルカから水をぶっかけられた二人は係員からタオルを借りて濡れた箇所を拭いた。

 

「はぁ~名残惜しいけど、すごく楽しかったね。宗谷さん」

 

「はい。イルカショーで水をかけられた時は、不幸だと思いましたけど、それを差し引いても十分に楽しめました」

 

「あっ、そろそろお昼ご飯を食べようか?」

 

時刻はまもなく十二時‥‥

 

お昼ご飯にするにはちょうどいい時間だ。

 

「そうですね」

 

二人は水族館内にあるレストランへと入った。

 

昼時という事でレストランはそれなりに混んでいた。

 

多少待ったが、二人は店員の案内の下、席に着きメニュー表へと目を通す。

 

しばらく悩んだ後、店員を呼び注文する。

 

注文した料理が届くまで、二人はお冷の水を飲みながら談笑に花を咲かせる。

 

やがて、注文した料理が届く。

 

「それじゃあ‥‥」

 

「はい」

 

「「いただきます!!」」

 

二人は手を合わせて食事前の挨拶をして、目の前の料理に手を伸ばした。

 

茨城の中でも有数の港町である大洗。

 

その地元である大洗漁港で水揚げされたばかりの、新鮮でおいしい魚をこうして刺身にしてホカホカの白いご飯の上に乗せて食べる‥‥

 

二人が注文したのは地元大洗で捕れた魚を使用した海鮮丼だった。

 

水族館で海鮮丼を食べると言うのはいかがなものかと思ってしまうが、それでもメニュー表に『地元大洗漁港直送!!とれたて海の幸を使用した海鮮丼』と書かれていては食べない訳にはいかない。

 

「このお刺身美味しい!!」

 

「生しらすとカツオもなかなかの絶品です!!」

 

「味噌汁も海老や貝の出汁が利いていて深みのある味になっている」

 

地元、大洗で捕れた海の幸を使用した海鮮丼に舌鼓を打ちながら食事をしていると、近くの海でスキッパーに乗っている人たちの姿が見えた。

 

どうやら、近くの港でスキッパーのレンタルをしているみたいだ。

 

何気なく海を見てスキッパーに乗っている人たちが目に入った真白は、

 

「あ、あの、碇艦長」

 

「ん?」

 

「その‥‥実は、私、夏休み中にスキッパーの免許を取りまして‥‥」

 

「あっ、そう言えば夏休み前にスキッパーの練習をしていたもんね」

 

「は、はい‥‥それで‥その‥‥食事は終わったら、一緒に乗りませんか?スキッパーに‥‥」

 

「えっ?スキッパーに?」

 

「はい。碇艦長に改めて私のスキッパーの腕を見てもらいたくて‥‥ダメでしょうか?」

 

「いや、いいよ。何事も経験と継続が力だからね」

 

「ありがとうございます!!」

 

スキッパーの免許を取ったら、初めての相手はシュテルと一緒に乗りたいと思っていた。

 

しかし、真白が夏休み明けにクラスメイトたちにスキッパーの免許を取得した事を伝えると、何故か納沙が目を輝かせ、真白が運転するスキッパーの後部座席に座り、真白との二人っきりの時間を楽しんだ。

 

初めての二人乗りは納沙になってしまったが、こうしてシュテルと二人っきりでお出かけをしたのだから、シュテルとスキッパーの二人乗りが出来るのは今日がまさに絶好のチャンスなのだから、この機会を見逃す手はなかった。

 

 

食事を終えると、二人は早速レンタルスキッパーがある港へ向かう前に此処でもお土産屋を覗く。

 

シュテルはイルカとウミガメのぬいぐるみを購入し、真白もイルカのぬいぐるみを購入した。

 

水族館を後にした二人はレンタルスキッパーがある港に来ると、レンタルスキッパー屋にて受付を行う。

 

受付では真白が自分の名前、住所を受け付け用紙に記入し、店の従業員にスキッパーの免許を提示する。

 

受付が終わると、二人はボコミュージアムと水族館で購入したぬいぐるみを受付で預かってもらい、二人は救命胴衣を受け取り身に着けるとレンタルスキッパーへと乗る。

 

スキッパーは、晴風やヒンデンブルクに搭載されているスキッパーと同型のスキッパーで運転席には真白、後部座席にはシュテルが座った。

 

「では、いきます」

 

「OK」

 

準備が整い、真白はスキッパーのエンジンを起動させた。

 

二人を乗せたスキッパーはエンジン音を奏で、白波を立てながら大洗の海を走りだす。

 

納沙を乗せた時もそうであるが、今このシーンを黒木が見たら発狂するだろう。

 

「上手いよ、宗谷さん。安定な運転をしている」

 

「は、はい。ありがとうございます!!」

 

後部座席からシュテルが真白の運転を褒める。

 

しかし、真白は一見冷静にスキッパーの運転をしているかと思いきや、内心はかなり緊張していた。

 

その理由が、

 

(い、碇艦長が私に抱き着いている‥‥碇艦長が私に抱き着いている‥‥)

 

スキッパーで二人乗りしているので、後部座席に座るシュテルは真白の腹回りに腕を回して、身体を密着させていた。

 

ボコミュージアムのボコーテッドマンションではその中身があまりにもチープで真白はシュテルとのボディータッチに失敗したが、スキッパーに乗ることでシュテルとのボディータッチを成功するに至ったのだった。

 

シュテルはまさか、真白がそんなことを思っているなんて知る由もなく大洗の海の風景を楽しんだ。

 

真白にとっては、まさに至高の時間であったが、楽しい時間というモノは短く感じられ、レンタルスキッパーのレンタル時間となってしまいレンタルスキッパーを港に返した。

 

 

真白とシュテルが大洗へ遠出して楽しんでいる頃、横須賀では‥‥

 

「シロちゃん、居る?」

 

横須賀女子の学生寮にある真白の部屋を明乃が尋ねた。

 

しかし、部屋の主である真白は留守だった。

 

「あれ?シロちゃん居ないの?‥‥うーん‥今日は休みだし、実家に帰っちゃったのかな?」

 

真白は、大抵休日は部屋で勉強しているか実家に帰省しているかのどちらかであった。

 

部屋に居なかったことから、明乃は真白が実家に帰省しているのかと思った。

 

そこで、管理人室へ出かけ、管理人に聞いてみた。

 

「宗谷真白さんですね、ちょっと待ってください‥‥あっ、宗谷さんは帰省ではなく、朝早くに出かけていますね」

 

「えっ?朝早くから‥‥わかりました」

 

(朝早くからお出かけなんて、シロちゃんにしては珍しいなぁ~)

 

真白が朝早くから出かけるなんて珍しいと思いつつ、明乃は真白に電話を入れた。

 

Prrrr‥‥

 

「ん?‥艦長から?」

 

大洗にいる真白に明乃から電話がきた。

 

「もしもし」

 

「あっ、シロちゃん?寮に居なかったから電話をしたんだけど‥‥」

 

「は、はい。ちょっと所用で出かけていまして‥それで、何か用ですか?」

 

「その事なんだけど、今日の夜、空いている?」

 

「えっ?今日の夜ですか?」

 

「うん」

 

「まぁ、大丈夫ですけど‥‥」

 

「じゃあ、ちょっと、付き合ってほしいんだけど‥‥」

 

「わかりました」

 

明乃は今日の夜、自分に付き合ってほしいと真白に頼む。

 

真白はこの時、以前、納沙と明乃に宿題を教えた事があったので、明乃が宿題か参考の書の問題が分からない箇所があるので、それを自分に聞きたいのだと思っていた。

 

そのため、今日の夜は明乃に付き合うことにした。

 

「電話、明乃ちゃんから?」

 

「あっ、はい。夜、付き合ってほしいみたいで‥‥きっと、宿題か参考書の問題で分からない所があるから聞きたいのでしょう」

 

「そっか」

 

「さっ、次に行きましょう」

 

「そうだね」

 

シュテルと真白は時間が許す限り、大洗の町を日帰り観光するように楽しんだ。

 

 

一方、真白と電話を終えた明乃はスマホをしまうことなく、別の誰かに電話をかける。

 

「あっ、きみちゃん?私、明乃‥うん、ウチの副長も参加できるって‥‥うん、そう‥‥じゃあ、夜にね」

 

と、明乃は時津風副長の長澤に電話を入れ、今日の夜になにかをやる様子だった。

 

 

そもそもの発端は昨日の夜に遡る‥‥

 

シュテルと真白が大洗へ遠出する前日の夜‥‥

 

時津風艦長の榊原がお風呂から寮の自分の部屋に戻ると、ベッドの掛け布団が変に盛り上がっていた。

 

「また‥‥」

 

榊原はベッドに長澤が隠れているのだと思い、呆れながらベッドに寄り、掛け布団を捲ろうとする。

 

これまでの学生生活で、長澤が榊原の部屋に隠れて彼女を脅かす行動は幾度もあり、今回もその類だと思ったのだ。

 

そして、いざ掛け布団を捲ろうした時、

 

「艦長~~!!」

 

カーテンの裏から長澤が飛び出してきた。

 

「そっち!?」

 

掛け布団の下に潜んでいると思ったら、長澤はカーテンの裏に隠れていた。

 

では、ベッドの掛け布団の下の盛り上がりは何なのか?

 

榊原が掛け布団を捲ってみると、そこには自分がこれまで編んだ毛糸のセーターが詰め込まれていた。

 

「いや~布団から登場程度ではっもう驚いてくれないじゃないですか」

 

「それはそれでどうかと思うけど‥‥」

 

長澤はカーテンの裏から登場した理由を榊原に伝える。

 

これまで何度も榊原を驚かせようと試行錯誤をしてきたのだが、掛け布団の下からの登場はすでにワンパターン化しており、何より掛け布団の下に隠れていては、掛け布団が盛り上がっていては簡単にバレてしまう。

 

榊原の意表を突くため、掛け布団にセーターを詰め込んで、囮にして自身はカーテンの裏に隠れ、榊原の目がベッドに集中した所でカーテンの裏から飛び出したのだ。

 

長澤の読みは当り、榊原の意表を突くことが出来た。

 

「それで、どうしたの?」

 

榊原は長澤に何故、夜に自分の部屋を訪れたのかをもてなしの紅茶を出しながら聞く。

 

「ああ~そうでした、そうでした。夏休み前にちょっと話したじゃないですか。あっ、紅茶、ありがとうございます」

 

「夏休み前って、色々話たからどの話なのか‥‥?」

 

夏休み前には色々話をした。

 

期末試験や夏休み中の予定など、話題は尽きなかったので、長澤が言う『夏休み前の話』と言われてもどの話題を指しているのか榊原は分からなかった。

 

「肝試しですよ、肝試し。ほら~夏休みの予定を話していた時に‥‥」

 

「ああ‥‥そう言えば、そんな話もしたわね」

 

「あっ、ちなみに今の『ほら~』は肝試しのホラーとかかっていますよ」

 

「気づきがたい‥‥」

 

長澤のダジャレは分かりにくかった。

 

「まぁ、それは置いておきまして‥‥あれから少しずつ話してみて人数が集まったので近々実行に移す形で進行中です」

 

「えっ?本当にやるの‥‥?」

 

長澤は肝試しをやる気満々の様子であり、榊原が知らぬ間に着々と準備を進めていた。

 

「安心してください。肝試しと言っても心霊スポットとかに行くわけじゃないですから。今のところの、分かっている参加メンバーはうち(時津風)と天津風、晴風のメンバーです。それで、脅かし役と探索側に分かれます。つまりオバケはみんな人間なので呪いとか祟りとかの心配はいりません」

 

肝試しの舞台は近場の森で決して心霊スポットではなく、しかも脅かし役のお化けも同級生たちがやるので、危険はないと榊原に説明する。

 

「そういう心配をしているわけじゃないけど‥‥肝試しなんて平穏な気がしないわ。ふぅ~‥‥」

 

「まぁ、まぁ、楽しいですよ。きっとちなみに私も艦長も脅かし役です」

 

「あっ、そうなのね」

 

「探索側がよかったですか?」

 

「どっちでもいいわよ。もう‥‥」

 

「それならよかったです。差し当たり、艦長に似合いそうな可愛い衣装を身繕いましょう!!」

 

「オバケ役よね?」

 

オバケ役なのに可愛い衣装とは?

 

榊原はなんだか、長澤が企画した肝試しが何だか心配になった。

 

「はぁ~楽しかった~」

 

大洗の町を堪能したシュテルと真白は現在、横須賀への帰路についていた。

 

その最中、真白は今日のお出かけの感想を呟く。

 

「朝早くから出かけたけど、大丈夫?疲れてない?」

 

「少し‥でも、それを差し引いても今日はとても楽しかったです。ありがとうございます」

 

「それは良かった。でも、無理はしないでね。この後、明乃ちゃんと勉強なんでしょう?」

 

「は、はい」

 

「眠くなったら遠慮しないで言ってね。流石にこの状況下では膝は貸せないけど、肩は貸せるから」

 

「はい」

 

朝、横須賀から大洗へ向かったので、時間がかかることは分かっていた。

 

それは復路も同じで、しかも復路は大洗の町を彼方此方見て回った事や朝が早かった事、更に横須賀行きの船の揺れが心地よく真白の瞼が閉じるのに時間はかからなかった。

 

 

「うっ‥うーん‥‥」

 

ふとした揺れで真白が目を覚ますと、真白は自分がシュテルの肩に頭を乗せている事に気づく。

 

シュテルは真白が目を覚ました事に気づかずにスマホの電子書籍を見ている。

 

「っ!?」

 

真白は慌てて飛び起きようとしたが、このシチュエーションを自ら放棄するのはあまりにもおしい。

 

横須賀に着くまでまだ時間がありそうだ。

 

それならば、ギリギリまでこうしてシュテルの匂いを堪能しながらもうひと眠りするのも悪くない。

 

真白は再び瞼を閉じた‥‥

 

 

「‥‥さ‥ん‥‥む‥ね‥‥さん‥‥宗谷さん、起きて」

 

耳元でシュテルの声が聞こえてくると、真白の意識が覚醒してくる。

 

「ん?‥‥うん?」

 

真白が目を覚ますと、先程と同じく自分はシュテルの肩に頭を乗せていた。

 

「もうすぐ横須賀に着くよ」

 

「えっ?あっ、は、はい」

 

シュテルから横須賀に到着する旨を伝えられ、真白はシュテルの肩から頭を退けた。

 

横須賀に着いた二人は学生寮へと戻るとロビーで、

 

「あっ、シロちゃん」

 

明乃と出会った。

 

「あっ、艦長」

 

「‥もしかして、シューちゃんと出かけていたの?」

 

「えっ?あっ、は、はい」

 

「ふーん‥‥」

 

明乃はなんか納得がいかない様な少し不満な様子。

 

「うぅ~‥‥」

 

真白としてはなんかちょっと気まずい。

 

「ま、まぁ、今日、宗谷さんとのお出かけは私の提案なんだよ」

 

気まずい空気を読んでシュテルが明乃に今日、真白を連れ出したのは自分であると言う。

 

「えっ?シューちゃんが!?」

 

「うん。知り合いの人にボコミュージアムのチケットを貰って、宗谷さんがボコ好きって言っていたから」

 

今日出かけようと言い出したのは真白であったが、行き先を決めたのはシュテルであり、ボコミュージアムのチケットを出したのもシュテルであったので、今日の予定を全て立てたのは自分にしたことにしたのだ。

 

「ボコ?」

 

どうやら明乃はボコの事を知らないみたいだ。

 

シュテルと真白も今日までボコと言う名のキャラを知らなかったので、明乃が知らなかったのも不思議ではない。

 

「あっ、これだよ」

 

シュテルは真白のボコのぬいぐるみを指さす。

 

「うわっぁ!!可愛い!!」

 

「えっ?」

 

真白に関しては今日、ボコミュージアムでボコのネバーギブアップ精神に感動してボコのファンになったのだが、明乃はボコのぬいぐるみを一目見ただけで可愛いと言う。

 

シュテルとしてはボコのどこが可愛いのか、理解できなかった。

 

「それで、艦長。この後の予定ですが‥‥」

 

真白は昼間に明乃からの電話でこの後、明乃と勉強するモノだと思っていたのだが、この後明乃から発する言葉に凍り付いた。

 

「あっ、実はこの後、時津風クラスと天津風クラスの人たちと一緒に肝試しをやるんだよ」

 

「えっ!?き、肝試し!?」

 

明乃が発した『肝試し』と言う単語に真白は驚愕する。

 

「ちょ、ちょっと待ってください艦長!!何で肝試しなんてするんですか!?」

 

「えっ?だって、今日の夜、付き合ってほしいって言ったら良いって‥‥」

 

「肝試しなんて聞いていません!!」

 

「だって、シロちゃん、肝試しなんて言ったら来てくれないと思って‥‥」

 

「当たり前です!!」

 

「でも、付き合ってくれるって‥‥」

 

「ぬぅ~‥‥」

 

「まぁ、宗谷さんも明けちゃんの要件を聞かなかったのも悪いし、明乃ちゃんも要件を言わなかったのも悪いよ」

 

「「は、はい」」

 

「‥‥そ、それじゃあ、碇艦長も一緒に来てもらえますか?」

 

「えっ?」

 

「うん、それがいいよ!!シューちゃんも一緒に来てくれない?飛び入りでも多分大丈夫だろうし!!」

 

明乃と真白からこの後の肝試しに来てくれと頼まれたシュテルはなし崩し的に肝試しに飛び入り参加することになった。

 



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141話

真白と共に茨城の大洗へ遠出した帰り、明乃たちは他のクラスのクラスメイトたちとの間で肝試しを企画しており、大洗から戻ってきた真白とシュテルはその肝試しに飛び入り参加する形になった。

 

「という訳で、肝試しでーす!!」

 

肝試し会場には天津風クラスの榊原と長澤、時津風クラスの高橋と山辺、晴風クラスでは明乃と真白、そして飛び入り参加となったシュテル。

 

今回の肝試しを企画した長澤は肝試しにもかかわらず、ノリノリな様子で肝試しの開催を宣言する。

 

「やるからには勝つわよ!!」

 

「肝試しの勝敗ってあるのかしら?」

 

「当たり前じゃない!!勝負には常に勝者と敗者が存在するのよ!!」

 

勝負ごとが好きな高橋は肝試しなのだが、気合十分。

 

「そもそも肝試しは勝負事ではない気がするが‥‥」

 

そんな高橋に対して、真白はボソッとツッコミを入れる。

 

「私、肝試しは初めてかも。シューちゃんとシロちゃんはやったことある?」

 

「肝試しは‥‥昔、真冬姉さんに何度か付き合わされたことがあります」

 

(肝試しも付き合わされたのか‥‥)

 

水族館で職員の人が水槽で魚たちに餌をやっている時、ダイビングの話となり、その時シュテルが真白にダイビングの経験があるかと訊ねると、真白は真冬に付き合わされたことがあると答えていたが、ダイビングの他に肝試しも真白は真冬に付き合わされた経験があるみたいだ。

 

「真冬さん、何か好きそうだよね、こういうこと」

 

「えぇ‥‥今回のように予め探索側と脅かし役を決めて行う事もありました。正直、私はやりたくなかったのですが‥‥」

 

真白は真冬に肝試しに付き合わされた時の事を思い出す。

 

 

あれは真白が中学生の頃‥‥

 

「船乗りたる者、一に根性、二に根性!!三・四も根性!!五も根性だ!!」

 

真冬は肝試しの前に真白や同級生たちの前に船乗りとしての心得を説く。

 

「今時、根性論なんて流行らないよ」

 

しかし、真白は冷静に真冬の根性論を否定する。

 

「おっ、言うようになったなシロ。だが、肝試しは根性論じゃない。いいか?まず、探索側は精神を鍛えられ、脅かす側は人知れず行動する。それは潜入・隠密行動の鍛錬になる。ブルーマーメイドになるには必要なスキルだ。肝試しどころかホラー映画にもビビっている様な奴は立派な船乗りにはなれねぇぞ」

 

真冬は肝試しの利点を真白に説く。

 

「むっ、昔の話でしょう!?」

 

 

「‥‥と、言う具合に‥‥まぁ、あの姉の事ですからやりたいことを実行するためにそれらしい理由を並べただけかもしれませんが‥‥」

 

「でも、確かにそう言う考え方もあるよね。どんなことも訓練として考えられるなんて凄いよ!!」

 

「そうでしょうか?」

 

明乃は真冬のポジティブ思考を褒める。

 

意外と明乃と真冬は気が合うのではないかと思う。

 

「明乃ちゃんは?小学校の林間学校とかで肝試しはやらなかったの?」

 

「うーん‥‥林間学校じゃなくて、私の時は臨海学校で、肝試しをやれるような場所はなかったから、肝試しはやっぱり今回が初めてかな?シューちゃんは?」

 

「私?私は‥‥まぁ、肝試しはオバケ役としてやったかな」

 

シュテルは前世で最後の夏休みの時に無理矢理参加させられた千葉村での林間学校の時の事を思い出す。

 

「それはそうと、参加者は私たちだけなの?」

 

高橋が企画者の長澤に探索役は自分たちだけなのかと訊ねる。

 

この場に居るのは時津風クラスの榊原、長澤、天津風クラスの高橋と山辺、そして明乃、真白、シュテルの計七人‥‥

 

肝試しの参加者にしてはやや少ない気がする。

 

「他の皆さんは脅かす側として参加されています。誰がお化け役かは分からない方が面白いと思うので秘密です」

 

長澤は他の自分のクラスメイトや天津風クラス、晴風クラスのクラスメイトがお化け役をしているのだが、その内、誰が今回の肝試しに参加しているのかは秘密だと言う。

 

「明乃ちゃんは誰が参加しているのか、知っている?」

 

「私も誰が参加しているのかは分からない」

 

晴風クラスの参加者も明乃は誰が参加しているのかは分からないみたいだ。

 

「では、ルールを説明します!まず、皆さんにはこちらを渡します」

 

長澤はコンビニのビニール袋から使い捨てカメラを取り出し配る。

 

「何よ?コレ?」

 

「使い捨てカメラみたいですね」

 

高橋は配られた使い捨てカメラヲ見て首を傾げる。

 

「これから皆さんには決められたルートを進むわけですが、もし道中、お化けが出たらそれで写真を撮ってください」

 

使い捨てカメラを配り終えた長澤がルール説明をする。

 

配った使い捨てカメラにて、道中遭遇するであろうオバケ役の同級生たちをこのカメラで撮れと言う。

 

「『もし』って、オバケ役がいるのだから、確実に出るんだろう?」

 

「最初から出るなんて言ったらつまらないじゃないですか。オバケ役は居ますけど、もしかしたら、全くでないかもしれませんよ?いるのに出ないって面白くないですか?」

 

「そういうことか‥‥」

 

つまり、オバケ役の気まぐれで出るか出ないかが分かれるみたいだ。

 

「‥‥えっと‥どこまで話しましたっけ?」

 

真白の質問に答えている間にどこまでルール説明をしたのかを忘れた長澤。

 

「お化けが出たら写真を撮るってところまで」

 

榊原が長澤にどこまで説明したのかを教える。

 

(なんか、お化けの写真を撮るシチュエーションって確かそんな内容のホラーゲームであったよな‥‥)

 

シュテルはこの肝試しのルールが某ホラーゲームを彷彿させるルールだと思った。

 

「はい、はい、そうでした。で、お化けには予め決まった点数があります。上手く写真に撮れればその点数が加算され、最終的にはその合計点で勝敗を決めましょう」

 

「本当に勝敗があるのか‥‥」

 

「はい。高橋艦長の意向を組んで勝負方式を採用しました」

 

勝負事が好きな高橋が参加sることから、このルールを設けたのだろう。

 

「オバケ役以外にも小ネタを用意してあります。これらもオバケと同じで点数は最後に発表しますので一か八か撮ってみるのもアリですね」

 

オバケ役以外にも探索者たちを驚かす仕掛けがあるみたいで、その仕掛けを写真に収めて点数に影響を与えるのも一つの手だと言う。

 

しかし、正確な点数は終わった後での発表なので、もしかしたら減点対象なのかもしれない。

 

「小ネタって何よ?」

 

「それも秘密です」

 

高橋が長澤に小ネタの正体を訊ねるもそれも秘密だと言う。

 

まぁ、確かに最初に正体をバラしては面白みが半減される。

 

「では、ルール説明はこれにて終了です」

 

ルール説明が終わり、後は肝試しを始めるだけとなる。

 

「ふむ、では‥‥肝試しを盛り上げるため、始める前に怖い話でもしますか‥‥」

 

シュテルが肝試しを盛り上げるため、探索へ行く前に怖い話をすると言う。

 

「いいですね!!ソレ!!」

 

長澤はシュテルの提案に賛成の様子。

 

「何か怖い話知っているの?」

 

「まぁ、それなりには‥‥ただ、こういう怖い話や肝試しをやっていると本物の幽霊とかが誘い出されるってこともあるから、安全だとしても気をつけてね。私は見ていないけど、実際に去年、文化祭でお化け屋敷を展示したクラスで出たみたいだから」

 

『えっ?』

 

シュテルのさりげない一言でその場が凍り付く。

 

「で、出たんですか?幽霊‥‥」

 

「うん‥‥用務員さんの話では、昔、文化祭前日に踏切事故で死んだ学生が居たみたいで、その事故の後、その学生の頭部が見つからなかったみたい‥‥そして、去年の文化祭でのお化け屋敷で頭部が無い学生の幽霊が出たって‥‥」

 

『‥‥』

 

シュテルの様子から嘘を言っているようには見えなかったので、その様子を見て高橋や真白はもちろんの事、明乃や長澤、榊原さえも顔色を悪くしている。

 

「それじゃあ、まず、肝試しの前座に怖い話でもしようか‥‥」

 

シュテルは改めて肝試しの前座として怖い話をすると言う。

 

「えっ?今のが怖い話じゃなかったんですか!?」

 

真白が確認するかのように言うが、

 

「あれはあくまでも注意点だよ。それじゃあ‥‥」

 

シュテルは真白に先程の話は決して怖い話ではなく、あくまでも注意事項であると言って、怖い話を話し始めた‥‥

 

 

 

 

その年は記録的な不漁が続いていた。

 

何処の海でも漁師たちが生活をかけた出漁を続けていた。

 

それは、この漁船も同じだった‥‥

 

『そーれい!!そーれい!!そーれい!!そーれい!!』

 

「こら新米!!しっかり網を引かんかい!!」

 

「は、はい!!」

 

とある海で一隻の漁船の甲板では漁師たちが声を上げながら底引き網を船の上にあげていた。

 

しかし、海での漁にもかかわらず奇妙なことに網には魚が一匹もかかっていなかった。

 

通常ならば、食べられない魚であっても網にかかっている筈なのに‥‥

 

「だめだ‥‥全くかかっていない」

 

「このままでは港に帰る訳にはいかんぞ!!」

 

魚一匹も捕まえることなく、ただ無駄に燃料を消費させただけで帰っては地元の漁師仲間に笑われてしまう。

 

「しかし、時化が来そうですぜ、頭」

 

「ちっ、ついてねぇなぁ」

 

魚が捕れないどころか天候も悪くなり始めた。

 

やがて低気圧が接近しているのか、海は荒れ始めた。

 

「こう時化ちゃあ、どうしようもない。引き返しましょうぜ、頭」

 

「そうだな‥しかし、だいぶ沖に出ちまったな」

 

天候が荒れては漁などできる筈もなく、その漁船の船長は港に帰ることにした。

 

船室では新人の漁師が項垂れながら口元を手で抑えていた。

 

今回、初めての漁を経験し、さらにこの悪天候‥‥

 

新人は船酔いをしてしまったのだ。

 

「おい、大丈夫か?新米」

 

そこへ先輩の漁師が声をかける。

 

「あ‥‥はい‥‥」

 

「初めての漁だし、この時化じゃあ、無理もない。まぁ、気分が悪けりゃ横になっていな」

 

「は、はい」

 

船室に居る他の漁師たちは先輩同様、酔っている気配はない。

 

やはり、海での経験なのだろうか?

 

漁船が港を目指していると‥‥

 

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

 

「何の音だ?」

 

海の彼方から風や波の音とは異なる変な音が聴こえてきた。

 

「サイレンの音の様だな‥‥」

 

「サイレン‥‥?こんな海のど真ん中でサイレンなんて‥‥」

 

「しかも沖の方から聞こえますぜ‥‥」

 

海のど真ん中でサイレンが鳴るなんてどう考えてもおかしい。

 

近くに他の船が居てサイレンを鳴らしているのかと思ったが、漁船のレーダーには近くに他の船舶が居ない事も確認できている。

 

ならば、このサイレンは一体何処から聞こえてくるのだろうか?

 

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

 

サイレンの音が鳴り止むことなく、ずっと鳴り続け、漁師たちを苦しめた。

 

ただ、一人‥新人の漁師は船酔いのため横になり、そのまま眠っていたのでサイレンの音には気付かなかった‥‥

 

 

『そーれい!!そーれい!!そーれい!!そーれい!!』

 

それから一体何時間経っただろうか?

 

新人の漁師が目を覚ますと仲間の漁師たちが甲板で網を引っ張っていた。

 

(なんだ‥‥港に帰ったんじゃなかったのか‥‥?)

 

眠る前、魚も捕れず、海は時化てきたので港に戻る話を耳にしたので、てっきり港に戻ったと思ったのだが、船は港に戻らずに引き続き海で漁をしていた。

 

「凄い手ごたえだ!!こりゃあ久々の大漁だぞ!!」

 

「おい、新米!!なにぼさっとしている!?早く手伝え!!」

 

「は、はい!!」

 

先輩の漁師に言われ、新人は慌てて網を引っ張る作業を手伝う。

 

確かに頭の言う通り、引っ張る網は前に引っ張った時と比べて重いことから網には何かがかかっている事が窺える。

 

『そーれい!!そーれい!!そーれい!!そーれい!!』

 

網を引っ張っていると、

 

「そーら魚が上がって来た!!」

 

やがて、網にかかったモノが水面から姿を現す。

 

誰もが魚だと思っていると‥‥

 

「っ!?」

 

水面から網に引っかかっていたモノは人の手であり、網が引き上げると、そこには何体もの人の腐乱死体が網に引っ掛かっていた。

 

「うわぁっ!!」

 

当然、人の死体を見た新人は悲鳴を上げる。

 

しかし‥‥

 

『そーれい!!そーれい!!そーれい!!そーれい!!』

 

頭や他の先輩の漁師たちは人の死体を見ても悲鳴を上げることなく、次々と死体を甲板の上に乗せている。

 

しかも‥‥

 

「見ろ!!見事なマグロだ!!」

 

「これで港に大手を振って帰れるぞ!!」

 

『ハハハハハ!!』

 

人の死体をマグロと言って喜び、笑いあっている。

 

「あ、あの‥先輩」

 

「なんだ?」

 

「これ、どうみても人の死体じゃないですか?」

 

新人は自分の頭が変なのか、一応、今あげたのがマグロではなく人の死体ではないかと先輩に訊ねる。

 

「何をバカなことを言っている。これは‥‥」

 

新人から指摘された先輩は甲板に上げられたモノを見る。

 

「‥‥」

 

すると、先輩は目を見開いて甲板上のものを見る。

 

「こっ、これは!?人間の死体だ!!頭!!」

 

そして慌てて頭に自分たちが引き上げたのがマグロではなく人の死体であることを頭に言う。

 

どうやら新人の見間違えではなかったみたいだ。

 

「えっ?何をバカなことを‥こ、これは‥‥っ!?」

 

やがて頭や他の漁師たちも引き上げたのがマグロではなく人の死体であることに気づく。

 

「ほ、本当に人の死体だ‥‥」

 

「なんでマグロに見えたんだ?」

 

そもそも、なんでこの海域にこんなにもたくさんの人の死体があるのかも謎であるが、問題はこの死体についてだ。

 

「ど、どうする?頭?」

 

「どうするって‥‥こんな腐乱死体、船においておけるか‥‥す、捨てちまえ」

 

人の死体とはいえ、腐乱しており、港までまだ距離があったので、船に置いておくわけにもいかず、死体は全て海に戻された。

 

その後、船は天候が回復していたので港に戻らず漁を続けたが、やはりこの日も空振りに終わった。

 

日が沈み船室にて、漁師たちは今朝の事を振り返る。

 

「いいか、今日の事は誰にも言うんじゃねぇぞ」

 

「わかっている」

 

流石に人の死体を海へ捨てたとしたら死体遺棄で警察に捕まるかもしれない。

 

しかし、目撃者はこの船に居た漁師仲間のみ‥‥

 

全員が今日の出来事を黙っていれば今回の死体遺棄が世間にバレることもない。

 

漁師たちは自分たちの保身のために今朝の出来事を黙っていることにした。

 

「しかし俺たちどうかしていたな‥‥魚と死体を見間違えるなんて‥‥」

 

「俺は朝から変だった…起きた時、海を見ると海水が赤く見えたんだ‥‥まるで血みたいに‥‥」

 

「えっ?お前もか?実は俺もそうだったんだ‥‥」

 

「どうもみんな感覚がおかしくなっているみたいだな。一体どうなっているんだ?あまりの不漁で頭が変になっちまったのか?」

 

「俺は昨夜のサイレンの音を聴いてからだ‥‥あの耳障りな音が‥‥ちょうど、昨夜の今頃の時間だ‥‥」

 

不漁のストレスと焦りから変になったのだと言う意見と昨日の夜に聞いたサイレンの音を聴いてから変になったと言う意見が出た。

 

そして、昨日、サイレンの音が鳴った時間‥‥

 

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

 

再び海の彼方からあのサイレンの音が聴こえてきた。

 

「うわぁぁっ!!」

 

「まただ!!またあのサイレンだ!!」

 

漁師たちは両手で耳を塞ぐ。

 

「せ、先輩、あのサイレンは一体‥‥」

 

「あ‥‥ああ‥‥妙に神経に触る音だ‥‥まるで俺たちを惑わせようとしているみたいだ‥‥もしかすると‥‥」

 

「もしかすると?」

 

「う、海には船乗りを惑わせる魔物が居て‥‥恐ろしい声で叫ぶと言う‥‥その声を聞いた者はみな頭が変になって海の中に引きずり込まれる‥‥新人!!絶対にあの音を聴くな!!耳を塞ぐんだ!!」

 

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

 

外では相変わらず海の彼方からサイレンのような音が鳴り続けている。

 

やがて、サイレン音以外にも音が聴こえてきた‥‥

 

バシャ‥‥バシャ‥‥バシャ‥‥

 

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

バシャ‥‥バシャ‥‥バシャ‥‥

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

バシャ‥‥バシャ‥‥バシャ‥‥

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

バシャ‥‥バシャ‥‥バシャ‥‥

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

バシャ‥‥バシャ‥‥バシャ‥‥

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

バシャ‥‥バシャ‥‥バシャ‥‥

 

 

サイレン音に交じって水音が聴こえてきた。

 

「おい、お前たち魚だ‥‥魚が跳ねているぞ‥‥網だ‥網を仕掛けろ」

 

『へーい』

 

サイレン音に交じって聴こえる水音は確かに漁師たちでは久しぶりに聞いた魚が跳ねる水音だった。

 

頭を始めとする数人の漁師たちは耳を塞ぐのを忘れ、船室から出て行くと海で跳ねているであろう魚を獲るために網の準備をする。

 

新人の漁師とこのサイレンの音を聴くなと注意した先輩の漁師は最後まで耳を塞いで船室に籠もっていたのだが、

 

「‥‥」

 

「せ、先輩‥‥」

 

等々、先輩の漁師もまるで何かに誘い出されるかのようにフラフラと船室を出て行ってしまった。

 

『そーれい!!そーれい!!そーれい!!そーれい!!』

 

サイレン音と水音が鳴り響く中、漁師たちは海に沈めた網を引き揚げている。

 

やがて、網が引き上げられると網に引っ掛かっていたのは魚ではなく今朝引き上げた人間の腐乱死体たちだった。

 

『そーれい!!そーれい!!そーれい!!そーれい!!』

 

「見ろ!!イキのいいマグロだ!!」

 

やはり、漁師たちは今朝の時と同じく腐乱死体がマグロに見えているみたいで、腐乱死体を次々と甲板に上げていく。

 

すると、腐乱死体たちはこのサイレンの音の中、まるで生き返ったかのように顔を上げ、立ち上がり始める。

 

「し、死体が‥‥死体が‥‥」

 

先輩漁師を追って船室から出てきた新人は腐乱死体が動き始めた事に息を呑む。

 

腐乱死体たちが動き始めた時、漁師たちも自分らが引き上げたのがマグロではなく腐乱死体であることに気づくが、腐乱死体たちは漁師たちを船の縁へと追い詰めていく。

 

「ひぃぃぃぃー!!」

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

やがて、腐乱死体たちは漁師たちを次々に海へと突き落としていく。

 

船の周りにも腐乱死体たちが居り、海に落ちた漁師たちを海の中へと引きずり込んでいく。

 

漁師たちを海へ落とした腐乱死体たちは船室に近くの新人に気づき、迫ってくる。

 

新人は慌てて船室に逃げ込む。

 

しかし、腐乱死体たちは船室の扉にあるガラスを叩き割り、扉を壊し船室になだれ込んできた‥‥

 

 

翌朝‥‥

 

周囲の海は波一つ立たず、空は快晴で平穏な海だった‥‥

 

そんな平穏な海を一隻の漁船が漂流しているかのように浮いていた。

 

そして、漁船の甲板から海に垂れ下がった網には漁師たちの死体がまるで網にかかった魚のように絡まっていた‥‥

 

 

「‥‥はい、おしまい」

 

『‥‥』

 

シュテルが肝試しの前座として語った怖い話を締め、参加者を見渡すと参加者全員が顔を青くしていた。

 

しかし、シュテルが話した怖い話は当然、フィクションである。

 

そもそも生存者が居ないのになぜ、漁師たちがサイレンの音を聴いた事をシュテルが知っているのか?

 

何故、その海に沢山の腐乱死体があったのか?

 

何故、腐乱死体がゾンビのように蘇生したのか?

 

これらの要素から作り話であることは少し考えればわかることなのだが、肝試しの前と言うこのシチュエーションにてシュテル以外誰もその事に気づく者は居なかった。

 

冷静でツッコミ気質な真白さえも気づかなかった。

 

このシチュエーションでなければ、真白は気づいていたのかもしれない。

 

「どうだった?」

 

フィクションであるが、怖い話を終えたシュテルが感想を皆に訊ねる。

 

「こ、怖すぎですよ!!」

 

長澤は肝試し開始前のテンションとは180度異なり顔を青くして震えている。

 

「ま、まぁ、怪談話としては及第点かしら?」

 

高橋は強がっているが足はガクガクと震えていた。

 

「艦長、足が震えていますよ」

 

山辺が高橋にツッコミを入れる。

 

「うるさいわね!!」

 

「でも、怖かったけど、なかなか面白かったよ」

 

明乃は顔色が若干悪いが参加者の中では一番マシな様子。

 

「でも、あまり縁起がいい話ではなかったですね‥‥」

 

「怖い話なんだから当然だよ」

 

フィクションであることに気づかない真白は船乗りとしては決して縁起が悪いと言う。

 

しかし、シュテルは怖い話なのだから当然、縁起がいい訳ではないと返す。

 

「‥‥」

 

榊原は笑みを浮かべたまま失神している。

 

「か、艦長?艦長?‥‥し、失神している!!艦長!!艦長!!」

 

長澤が榊原を揺さぶり彼女を起こす。

 

「ハッ、わ、私は‥一体‥‥」

 

「失神していたんですよ。さて、前座も終わったことですし、肝試しを始めましょう」

 

「この空気の中でやるの!?」

 

高橋はこの重い空気の中で肝試しをやるのかと訊ねる。

 

「当然でしょう。折角企画したんですから」

 

長澤はここまで根回しをして企画したのだから、此処まで来て中止なんて勿体無いので肝試しはこのまま予定通り行うと言う。

 

「さっ、最初は天津風クラスのお二人からです」

 

「えっ?私たちから!?」

 

一番最初という事で高橋の声は震えている。

 

「大丈夫ですって、セキュリティ面の方は我々の方でビシッと」

 

安全対策は大丈夫だと長澤は言うが、

 

「我々がビシッとじゃないわよ!!アンタに何ができるっつってんのよ!?何ができるのよ!?私たちをどう守るの!?アンタがどうビシッとできるの!?聞きたいよ!何をキミがビシッとセキュリティできるのよ!?守れっこないわよ!!アンタには!!」

 

高橋はそんな長澤に対してツッコミを入れる。

 

「まぁ、まぁ、艦長、このままでは逃げたと皆に思われますよ」

 

「べ、別に逃げる訳じゃあ‥‥」

 

「だったら行きますよ。ほら」

 

山辺は高橋の扱いに慣れているのか彼女の手を引いて森の中へと歩いて行く。

 

その肝試しの会場である森の中のとある地点では‥‥

 

「ボスから探索組スタートの報告だ」

 

「遅い、遅い!待ちくたびれたよー」

 

「さぁ‥‥子猫ちゃんたちを震え上がらせるぜ、ハードボイルドにな」

 

オバケ役の方もやる気満々な様子だった‥‥

 

 

「ん?」

 

その頃、寮に居たクリスも何かを感じ取っていた。

 

それは決してシュテルが何処かの誰かとフラグを立てたのではないかと言う予感ではなかった。

 

(何か嫌な予感がする‥‥)

 

クリスが感じ取った予感は決して縁起が良いモノではなく、心配になったクリスは寮の部屋を出た‥‥

 



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142話

時津風クラスの長澤が企画した肝試しに飛び入り参加することになった真白とシュテル。

 

まず、長澤が探索側のメンバーに使い捨てカメラを配り、今回の肝試しにおけるルールを説明し、次にシュテルが前座として怖い話をした後、いよいよ肝試しが始まった。

 

その頃、森の中にある探索路のある地点ではお化け役の二人の女子学生が居た。

 

「じゃあ、改めて段取りを確認しよう。探索組がココを通ったら‥‥」

 

隣にいるお化け役の相棒に語り掛ける天津風クラス所属の天津風砲術長である大指紀子(通称:のりちゃん)。

 

「お化け衣装に身を包んだ私たちが‥‥」

 

自分たちの役割の確認をするのは時津風クラス所属、時津風航海長の加茂つつじ (通称:かもちゃん)。

 

「「驚かす!!」」

 

「シンプル・イズ・ハードボイルド‥だぜ!」

 

「私がソッコーで驚かしてやるよ!!」

 

肝試しにハードボイルドを求める大指とやる気満々の加茂。

 

二人ともお化け役として気合十分だった。

 

しかし、そんな彼女たちの背後から‥‥

 

「あんたたちオバケ役?」

 

カシャ!!

 

大指と加茂に声をかけ、二人の姿を使い捨てカメラで撮影する高橋。

 

「これで早速、ポイントゲットね!!」

 

(オバケの格好をしていないけど、これ、ポイントになるのかな?)

 

「「‥‥」」

 

高橋はいきなりのポイントゲットで機嫌が良さそうだが、山辺は確かに大指と加茂はお化け役であるが、二人ともお化け役の格好をしていないので、ポイントに加算されるのか疑問に思った。

 

大指と加茂はそんな高橋の姿に唖然とする。

 

折角、肝試しのお化け役でやる気満々だったにもかかわらず、こうして出鼻を挫かれたのだから、唖然となるのも分かる。

 

「えっと‥‥のりちゃんと加茂さん。貴女たちも参加していたのね」

 

明乃が自分のクラスのクラスメイトの内、誰が参加しているのか知らないように山辺も自分のクラスのクラスメイトが一体誰が何人、参加しているのかを知らず、大指が参加していることに対して意外そうに言う。

 

「おやおや、舞台裏を覗くなんていけないぜ、ベイビー」

 

大指は呆れる様子で高橋と山辺に無粋だと注意する。

 

「何が舞台裏よ。と言うか、ここ開始地点から全然離れてない‥‥と言うより、ほぼ開始地点なんだけど‥‥」

 

そんな大指に対してツッコミを入れる高橋。

 

高橋の指摘通り、何と大指と加茂が隠れていたのは開始地点から目と鼻の先だった。

 

「そりゃあ、誰よりも脅かしたいからね。そのためには出来るだけスタート地点に近づかなきゃと思ったんだよ」

 

加茂は何故、この地点を選んだのか、その理由を高橋と山辺に伝える。

 

確かにこの地点ならば、他のお化け役のクラスメイトよりも先に脅かすことが出来る。

 

加茂も大指も探索側を少しでも驚かしたかったみたいだ。

 

「度が過ぎるでしょう!!」

 

「ある意味驚いたけどね‥‥」

 

やる気があるのはいいのだが、驚かす場所があまりにも開始地点に近すぎるため意味が無いように思える。

 

「それより大指!!今回はいいけど、次は晴風の艦長と副長、それからドイツの先輩が来るからその時はちゃんとやりなさいよね!!」

 

高橋はクラスメイトの大指に次に来るシュテルたちにはちゃんとお化け役としての役割を果たせと釘を刺す。

 

「OK。キャップ。任せときな」

 

「天津風クラスの実力を見せつけるのよ!!」

 

「仕切り直すぜ、ベイビー!!」

 

お化け役の大指と加茂、先発の探索側‥と言うか、高橋がワイワイと盛り上がっているが、大指と加茂の二人が居たのは開始地点のすぐそば‥‥

 

よって、

 

「もう少し離れたところでやってくれ‥‥」

 

開始地点で次の出発を待っているシュテルたちからも彼女たちのやり取りは聞こえており、真白はそんな天津風クラスのやり取りに対してツッコミを入れた。

 

 

「あの調子なら他のお化け役も大したことなさそうね」

 

のっけから全く恐くないお化け役を見たところから、この先で待ち受けているお化け役も大して怖くないだろうと判断した高橋。

 

意気揚々と探索路を歩いている。

 

「見つけ次第、撮って、撮って、撮りまくるわよ!!」

 

お化け役のクラスメイトたちを撮影してポイントを稼ぎ、勝利を目指す高橋。

 

「ダメよ。ちーちゃん」

 

しかし、山辺はそれに待ったをかける。

 

「‥何でよ。写真で点数が増えるんだから多く撮った方が有利じゃない」

 

「使い捨てカメラって最初から撮れる枚数が決まっているの。このカメラは二十七枚」

 

「二十七枚!?」

 

「折り返し地点まで行った証拠でそこでも一枚撮らないといけないから実質二十六枚」

 

「ぬぬぬ‥‥」

 

使い捨てカメラはデジカメと異なり、フィルムの枚数には限りがあるので、撮れる写真にも限りがある。

 

お化け役のクラスメイトたちが一体何人居るのか分からないし、点数配分も分からない。

 

その為、点数が大きそうなお化けを見極めて写真を撮らなければならないのだ。

 

「むやみに撮らないでちゃんと的を絞っていかないと」

 

山辺は高橋にこの肝試しのルールの本質を教える。

 

「それから、一枚撮る度にここのダイヤルを回して‥‥あと暗いとフラッシュ使わないと写らないよ」

 

「そう言う事はもっと早く言いなさいよ!!」

 

デジカメの場合、フラッシュ機能はちゃんと有しているが、設定である程度の暗さでもちゃんと撮ることが出来るが、使い捨てカメラを今回初めて使うのか、高橋は山辺の説明を聞いて声を荒げる。

 

「まさか、使い方を教える前に出るとは思わなくて‥‥」

 

山辺としても高橋に使い捨てカメラの使い方を教える前に大指と加茂が開始地点からあんなにも至近距離に居たのは予想外だった。

 

「さっきのは!?さっきのはちゃんと撮れているの!?」

 

高橋は大指と加茂の姿を映した時、フラッシュを焚いていなかったので、ちゃんとあの二人の姿が撮れているのか気になった。

 

折角のポイントゲットも真っ暗な写真では意味がない。

 

「まぁ、さっきのは写っていても写っていなくてもポイントにならないかも」

 

山辺は大指と加茂の二人を見た時の疑問からお化けの衣装を身に纏っていないので、例え写真に写っていてもノーカンになるだろうと予測した。

 

「意味ないじゃない!!」

 

一人熱くなっている高橋と冷静な山辺‥‥その背後には次なる刺客が二人を捕捉していた。

 

「おっ、来た、来た、あれは天津風クラスの艦長・副長コンビだね」

 

高橋と山辺を捕捉したのは晴風クラスの砲術員の三人だった。

 

「肝試しの定番コンニャク‥‥に限りなく近い温度と感度を再現したコンニャクモドキ(ヒメちゃん作)でバキューンとヒヤッとさせちゃうよー!!」

 

日置が釣り竿の糸の先に吊るしたコンニャクモドキを用意する。

 

「今更だけど、本物のコンニャクじゃダメだったの?」

 

武田が日置にコンニャクモドキではなくコンニャクを用意できなかったのかを訊ねる。

 

「ミカンちゃんがダメだって」

 

小笠原が武田に本物のコンニャクを用意できなかったわけを話す。

 

「この日の為に練習を重ねて思い通りの場所にコンニャクを飛ばせるようになった成果‥‥とくと見よ!!」

 

長澤から肝試しの企画を持ちかけられた時から日置は練習をしてきたみたいで、勢いよく釣り竿を振りかざす。

 

日置が振ったコンニャクモドキは狙い通り、高橋の背中の中に入る。

 

「ひっ!!‥‥ひゃぁぁぁぁぁぁー!!」

 

森の中に高橋の悲鳴が木霊する。

 

「なななななんか冷たくてツルツルしたものが背中にぃぃー!!」

 

「お、落ち着いて、ちーちゃん」

「取って、あゆみ!!早く取って!!」

 

「わかったから、暴れないで、服も脱がなくて大丈夫だから」

 

高橋は完全にパニック状態となっていた。

 

「「「大成功」」」

 

高橋のリアクションを見て、大満足な日置たちだった。

 

そして、日置たち三人の写真を収める高橋。

 

しかし、彼女の顔は不満そうだった。

 

「全然お化けじゃないじゃない!!」

 

三人がお化けの仮装をしていないので、先程の大指と加茂のようにポイントにならないのではないかと思ったのだ。

 

「ごめんねーでも、驚いていたじゃん」

 

「背中にコンニャク入れられたら誰でもああなるわよ!」

 

小笠原は高橋にナイスリアクションみたいに言うが、高橋としてはコンニャクを背中に入れられたら驚くし、悲鳴も上げると憤慨する。

 

「もっとこう‥パッと出たお化けをパパっと撮りたかったのに」

 

「でも、そう言うタイプもいるらしいよー」

 

武田がお化けらしいお化け役もちゃんといるとヒントを出す。

 

その時、

 

チョン、チョン、

 

高橋の肩が叩かれる。

 

「何よ、あゆみ」

 

高橋は山辺が自分の肩を叩いたのかと思い振り返ると、

 

フランケンシュタイン風のメイクを顔に施して額にお札を張った野間が木から逆さ吊りの状態で現れた。

 

「‥‥」

 

更に追い打ちをかけるように、

 

「マッヂィィィィ~」

 

お化けの仮装をした等松が現れた。

 

「ギャァァァァァァァァー!!」

 

再び高橋の悲鳴が森の中に木霊した。

 

 

折り返し地点‥‥此処でもお化けの衣装に身を包んだ二人のクラスメイトが居た。

 

虚無僧の衣装を着ているのは時津風クラス書記の西郷里乃亜 (通称:りのちゃん)

 

目玉とリボンがあしらわれたお化けの衣装を着ているのは時津風クラス電信員の塩崎佳弥 (通称:かやちゃん)

 

「お疲れ様でーす!!」

 

「にゃー?あっ、きみちゃん、つーちゃん、おつおつ」

 

「どうも」

 

塩崎は明るいノリでやって来た長澤と榊原に声をかけ、西郷は被っていた編み笠を脱いぎながら声をかける。

 

「問題ない?」

 

「はい。幽霊の一つも出ていません」

 

榊原が西郷に問題は無いかと訊ねると問題は無く順調だと返答する。

 

「さっきねぇ、天津風の艦長たちが来て折り返して行ったよー。つーちゃんたちは会わなかった?」

 

塩崎が二人に高橋がこの折り返し地点に来たことを伝える。

 

それと同時にこの折り返し地点に来た時に高橋たちとすれ違わなかったかと訊ねる。

 

「私たちは見回りをしつつテキトーに巡回しているレアキャラですからね」

 

「すれ違いだったみたいね」

 

長澤と榊原はちゃんと肝試しが安全に行われているのかチェックをしていたのだか、二人の巡回路では高橋たちとは会わなかったみたいだ。

 

「高橋艦長も面白い人だったなぁ」

 

「リアクションが素晴らしいですよね。あの人は」

 

塩崎はお化けの衣装を着た自分を見た時の高橋のリアクションを思い出し、長澤はお化け役のクラスメイトを見た時の高橋のリアクションを思い浮かべ、互いに笑みをこぼす。

 

「今度の艦内ラジオで今日のことをネタにしようかと思うんですけど」

 

「いいですねぇ。また私もゲストに呼んでください」

 

今回の肝試しにおける高橋の行動が時津風クラスのラジオで語られそうで、もし艦内ラジオで放送されたら、きっと時津風クラスの生徒から他のクラスに伝わり、高橋自身の耳に入るのも時間はかからないだろう。

 

「あの二人は盛り上がっているわね‥‥ふぅ~」

 

榊原は肝試しの中、盛り上がっている二人の様子を見て少し呆れる。

 

「そう言えば、りのちゃんもゲストで出たわね」

 

「おすすめ本の紹介で一度だけ‥‥」

 

長澤以外にも西郷も時津風の艦内ラジオでゲストに呼ばれたことがあるみたいだ。

 

「それでは、この後は晴風クラスのお二人とドイツの先輩が来ます。引き続きお願いしますね~」

 

「はいはーい!」

 

高橋たち天津風クラスに続いて、明乃と真白の晴風クラスとシュテルの三人が開始地点から折り返し地点を目指して森の中を進む。

 

「シロちゃんはホラーとか苦手だっけ?」

 

「へっ!?べ、別にそんなことはありませんが‥‥!‥艦長こそ、あまり得意ではないのでは?」

 

「確かに幽霊とかはちょっと怖いけど、キミちゃんも言っていたでしょう?お化け役はクラスの皆だって、だから楽しいかなって‥シューちゃんはどう?」

 

「あぁ~私の場合、経験則からお化けや幽霊よりも人間の方が怖いかな‥‥平気で人を利用し、裏切るし、一方的に理不尽なこと言って殴ってくるし‥‥おまけに人伝の噂を一方的に信じて真実を知ろうともしない」

 

「「‥‥」」

 

シュテルの発言を聞いて明乃も真白もなんだか重い。

 

「ん?」

 

その時、シュテルが何かに気づく。

 

「ど、どうしたの?」

 

「シッ!」

 

シュテルは唇に人差し指をあてる。

 

「「‥‥」」

 

「‥何か聴こえる」

 

「えっ?」

 

(ま、まさか‥例のサイレンじゃあ‥‥)

 

真白は肝試し前にシュテルから聞いた話で例のサイレンが聴こえたのかとビビるが、

 

「ううううう‥‥ううぅ‥‥」

 

「女の子の泣き声‥‥!?」

 

聴こえてきたのはサイレンではなく、女の子の泣き声だった。

 

「うううう‥‥ぴぇぇぇぇ‥‥」

 

「いや‥女の子というより、この声‥‥知床さんの泣き声じゃないか!!」

 

「あっ、ほんとだ!!」

 

「いや、ウチのユーリの声かもしれない」

 

真白はこの泣き声の正体がすぐに分かったようで怯えるどころか不機嫌そうにツッコミを入れる。

 

シュテルは鈴と声が似ているユーリの方かもしれないと言うが、あのユーリが泣くなんてちょっとありえない。

 

「リンちゃんに何かあったのかも」

 

「これも仕掛けの一つだと思いますが‥」

 

「でも、知床さん結構怖がりだし、一人で放置されているのかも」

 

「とにかく探しますか」

 

明乃とシュテルは鈴の身に何かあったのかもしれないとして、三人は鈴を探す。

 

すると、茂みの影にラジカセが置いてあり、鈴の泣き声はこのラジカセから流れていた。

 

「ラジカセから声が‥‥」

 

「よかった、泣いているリンちゃんは居なかったんだ‥‥そうだ、写真を撮っておかないと」

 

「これ、ポイントになるのかな?」

 

そもそも真白よりもビビりな鈴が肝試しに参加するわけがなかった。

 

彼女は小学校の時、肝試しに参加した際、あまりの恐怖からパートナーを墓地に置いて逃げ出してしまった過去があるので、そんな過去を持つ鈴が今回の肝試しに参加しているとは考えにくい。

 

明乃はラジカセの写真を撮るが変装していなかった大指と加茂と同じく、ラジカセの写真はポイントに加算されるのか微妙だった。

 

ラジカセの写真を撮っている明乃を見ているシュテルと真白。

 

そんな中、

 

「「っ!?」」

 

二人は背後から人の気配を感じた。

 

(な、なんだ?背後から気配が‥‥)

 

(誰か来たな‥‥)

 

三人が人の気配がする背後を見ると、そこには両手で顔を隠し、白いワンピースを着た山下の姿があった。

 

「や、山下さん‥‥?」

 

「あっ、しゅうちゃん!!」

 

(この人のあだ名、そっくりだな)

 

真白は恐る恐る山下に声をかけ、明乃は普通に声をかける。

 

そして、シュテルは山下と自分のあだ名が似ていると思った。

 

「‥‥」

 

山下は二人から声をかけられても返事をせずに両手で顔を覆ったまま‥‥

 

両手を退けるとそこには上目遣いで普段よりも目を大きく見開いた山下の顔があった。

 

「うわぁぁぁぁー!!」

 

目を大きく見開いた山下の顔を見て真白は反射的に悲鳴を上げ、明乃はカメラのシャッターをきる。

 

「二人とも、彼女は目を大きく見開いてだけだよ」

 

シュテルは冷静に真白に驚くことではないと伝える。

 

「あっ、そうでした‥‥」

 

「お疲れ様ぞな」

 

「バッチリ良かったよ」

 

すると、茂みから勝田と内田が姿を現す。

 

「あれ?知床さんは?」

 

晴風航海科の中で鈴の姿だけが見えなかったので、真白が鈴の事を訊ねると、

 

「ああ~リンちゃんは怖がりだから‥‥」

 

「肝試しのお誘いが来た時に涙目になって全力で断っていたぞな」

 

「だから、声だけならってことでラジカセに泣いている声を録音させてもらったの」

 

((やっぱりな))

 

何となく予測は出来たが、まさに予想通りの展開にシュテルと真白は納得してしまう。

 

「終わったら写真見せてね~」

 

晴風航海科のメンバーと別れ、折り返し地点を目指す三人。

 

「珍しい写真が撮れたね」

 

「まぁ、ある意味貴重な写真かもね」

 

目を見開いた山下の写真はシュテルの言う通りある意味では貴重なのかもしれない。

 

「これ、ポイントになるのでしょうか‥‥?とにかく、先を急ぎましょう」

 

ポイント配分が分からないので、山下の姿も果たしてポイントになるのか疑問に感じる真白だった。

 

その後も三人は、逆さづりになった野間やお化け役衣装の等松。

 

そして、お地蔵様が祀られている所に体育座りをしている時津風砲術長の槇村美春 (通称:みはるちゃん)と出会ったり、都市伝説の一つ、くねくね をモチーフにした同級生と出会い、折り返し地点にて、目印の看板を写真に収め、開始地点へと戻る。

 

その最中、茂みがガサっと揺れると茂みの影から五十六が姿を現した。

 

「わぁっ!!」

 

これに明乃も驚いた。

 

「なんだ、五十六かぁ~びっくりした~」

 

「こんな所に‥‥」

 

「肝試しももうすぐ終わりだし、カメラもあと一枚残っているから撮っちゃおう」

 

フィルムのラストは五十六に決めた明乃。

 

復路はどうせ、お化け役のクラスメイトたちも脅かしては来ないだろうと判断したのだ。

 

「完全に一枚無駄にしましたね」

 

「猫相手にフラッシュは危ないから、懐中電灯の明かりを照らして取った方がいいよ」

 

「じゃあ、私が照らします」

 

「ありがとう、シロちゃん」

 

こうして、五十六を撮り、あとは開始地点に戻るだけとなった三人。

 

明乃の予想通り、復路ではお化け役のクラスメイトたちからの脅かしはなく、夜の静寂な森が続いている。

 

「それにしても脅かし役が来ないと本当に静かだ」

 

シュテルが周囲を見渡しながら、夜の森の静寂さを口にする。

 

「え、ええ‥‥風に揺れる草や葉っぱ、それと虫の鳴き声しか聞こえませんね」

 

「ちょっと風流みたいな感じはするけど、静かすぎるって言うのもなんか怖いね‥‥」

 

「し、静か過ぎるのは、やはり‥‥」

 

「じゃあ、シューちゃん。何か他にも怖い話って知っている?」

 

「えっ?よりによってここで怖い話!?」

 

明乃はシュテルにこの状況下で怖い話をしてくれと言う。

 

真白はむしろ、何故この状況下で怖い話をするのかと声を上げる。

 

「うーん‥‥ただ、怖い話をするだけじゃなくて、クイズっぽい感じにしよう」

 

「クイズっぽい怖い話?」

 

「うん‥‥俗に言う『意味が分かると怖い話』ってヤツ‥‥意味が分からなければ、怖くないでしょう?」

 

「ま、まぁ‥それなら‥‥」

 

真白は完全に納得しては居ないが、意味を理解しなければ怖くないという事で渋々聞くことにした。

 

シュテルは歩きながら二人に意味が分かると怖い話を聞かせ始めた。

 

 

ある大学の山岳部のメンバー四人が、雪山を登山している最中に遭難してしまった。

 

夕方になって吹雪が強まり、四人があてもなく彷徨っていると、山の頂上に一軒の山小屋があるのを見つける。

 

助かったと思い、四人はその山小屋へと避難する。

 

しかし、その山小屋は無人でしかも暖房器具はおろか照明器具の類もない。

 

このまま夜を迎えれば睡魔に負けて眠りこけ、そのまま凍死してしまうだろう。

 

そこで四人は眠らないために一計を案じた。

 

ここで彼らを便宜上、A、B、C、Dと呼ぼう。

 

まず部屋の四隅に、A、B、C、Dの四人がそれぞれ陣取る。

 

まずAが壁を伝ってBの元に行き、Bの肩を叩く。それを合図にBは同様に壁を伝い、Çの元に行く。AはBが元々いた場所に残る。

 

Cの元に行ったBは、Cの肩を叩く。それを合図にCは壁を伝い、Dの元に行く。BはCの元々いた場所に残る。

 

Cに肩を叩かれたDは壁を伝って…

 

こうして順繰りに肩を叩きつつ、四角い部屋を壁沿いにぐるぐる回ることで睡魔を払い、彼らは無事に朝を迎え下山することが出来た。

 

後日、四人のメンバーの一人が友人にその時の体験談を話すと、その友人は青い顔をした。

 

その時、友人はこう言ったのだ。

 

「そんな‥バカな‥‥そんなことはあり得ない」

 

と‥‥

 

 

「さて、この友人は何故、青い顔をしてあり得ないと言ったのだと思う?」

 

シュテルが怖い話?をして、この話の中に登場する大学生の友人がどうして、あり得ない事だと言ったのかを明乃と真白に訊ねる。

 

「うーん‥‥」

 

明乃は意味が分からない様子で首を傾げる。

 

「‥‥っ!?ま、まさか‥‥」

 

一方、真白は考えなければいいのに、真面目な気質なのか、つい考えてしまい、答えが分かったようで、顔を青くする。

 

「あれ?シロちゃん。分かったの?」

 

真白の様子を見て明乃は、彼女はこの話の怖い点に気づいたのかと訊ねる。

 

「は、はい‥‥」

 

「えぇぇっー!!そうなの?ねぇ、教えて!!答えは何なの?」

 

明乃はまだ分からないらしく、答えが分かった真白に答えを訊ねる。

 

「えっ?本当に分からないんですか?」

 

「うん。だから聞いているんだよ」

 

「‥‥」

 

真白としては答えを口にするのも恐いが明乃がこうして正解を求めてきているのでこたえなければならない。

 

そこへ、

 

「じゃあ、解説しよう」

 

シュテルが真白に代わってこの話の解説を買って出てくれた。

 

シュテルはまず、地面に長方形を描き、それを山小屋に見立て、次に大学生四人を石で見立てる。

 

そして、その石を話の通り、動かしていく。

 

「ねっ、こうして動かしていくと、四人では一周で終わってしまう‥‥でも、話の中で大学生たちは朝までこの運動をして一夜を過ごしている‥‥この運動を続けるにはもう一人のメンバー‥五人目が必要なのさ」

 

「ホントだ!!」

 

「これは、降霊術の一つでもある『スクエア』と呼ばれる術で、霊能力の無い一般人でも霊を降霊させることが出来るとされているけど、大変危険な行為だから、絶対に真似はしないようにね」

 

シュテルは明乃に解説すると同時に、この真似は絶対にしないようにと注意した。

 

「ねぇ、ねぇ、他にはないの?」

 

明乃はシュテルにまだ他にも意味が分かると怖い話はないのかと聞いてくる。

 

「ま、まだやるんですか?」

 

真白としてはもう十分なのだか、明乃は怖がっている様子がない。

 

「だって、シロちゃんは答えが分かったけど、私は分からなかったんだよ。なんかちょっと悔しいし‥‥」

 

高橋の癖がうつったのか、明乃は意味が分かると怖い話の意味を解き明かしたい様子だった。

 

「えっ?それじゃあ‥‥」

 

明乃にせがまれ、シュテルは次の話を語る。

 

ただ、この時シュテルは、肝試しの開始時、自身が言った言葉‥‥

 

肝試しや怖い話をすると、霊が寄ってくる‥‥

 

その事をすっかり忘れていたのだった‥‥

 



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143話

時津風クラス所属の長澤が企画し、他のクラスメイトたちも参加し始まった肝試し‥‥

 

先発した天津風クラス所属の高橋、山辺コンビは既に折り返し地点を通過して開始地点に戻っており、次発の明乃、真白、シュテルの三人も折り返し地点に辿り着き、到達した証拠の写真を撮った後、開始地点へと戻り始める。

 

往路では脅かし役である晴風、時津風、天津風の各クラス所属のお化け役のクラスメイトたちは気合入れて探索側のメンバーを脅かしに来たが、復路ではその姿はなく、静寂な時間だけが過ぎていく。

 

夜の森は静かで聴こえる音と言えば時折吹く風とその風によって揺れる葉音、そして虫の声のみ‥‥

 

例え、この森が心霊スポットではなく普通の森だとしてもやはり外灯もない夜の森は不気味である。

 

そんな中、明乃がシュテルに怖い話をリクエストしてきた。

 

肝試し前に前座としてシュテルが怖い話を今回の肝試しの参加者に語ったが、その内容が船乗りである自分たちにとってあまり縁起がいいモノで無かったのだが、それでも明乃は怖いもの見たさなのかシュテルに怖い話をリクエストして来たのだ。

 

シュテルは真白がホラーやオカルトの類が苦手なことを考慮して、ただの怖い話をするだけではなく、意味が分かると怖い話を語った。

 

こうすれば、真白が意味を理解しなければ、怖くないだろうとシュテルなりの気づかいだった。

 

そして、シュテルが語った意味が分かると怖い話は、降霊術の一つであるスクエアを基にした山小屋の四人の話をした。

 

真白がオカルト・ホラーの類が苦手な事を配慮して語った意味が分かると怖い話であったが、肝心の明乃の方は、山小屋の四人の話の怖い部分の意味が分からず、逆に真白の方はすぐに話の意味が分かってしまった。

 

そこで、意味を理解出来ていなかった明乃にシュテルは山小屋の四人の意味を教える。

 

その後、明乃は再びシュテルに意味が分かると怖い話をリクエストしてきた。

 

開始地点まではまだ距離があり、明乃はこのまま放置してもせがみ続けてくるだろうから、シュテルはもう一つ、意味が分かると怖い話を話し始めた。

 

 

ある若者たちが怖いもの見たさで幽霊が出ると噂されるトンネルに肝試しに行った。

 

彼らは大雨が降る真夜中に、車で目的地の心霊スポットであるトンネルに向かった。

 

長く暗い山道をしばらく走っていくと、ようやく例のトンネルに到着した。

 

夜中で雨が降っているためか、若者たちの前に姿を見せた例のトンネルは噂以上におどろおどろしい雰囲気を醸し出しており、そんなトンネルを前にしてさすがの彼らも一瞬怖気づきましたが、意を決して彼らはトンネルの中を車に乗ったまま進んで行った。

 

 

(行くなよっ!! 引き返せぇ!?)

 

(何で、わざわざ幽霊が出るかもしれないと噂される心霊スポットなんかに行くんだよ!?)

 

真白はフィクションだと知りながらもシュテルの話を聞きながら、話の中に登場する若者たちに対して心の中でツッコミを入れる。

 

 

このトンネルの心霊現象は真夜中、トンネルの中でクラクションを三回鳴らすと心霊現象が起きるというモノだった。

 

若者たちはトンネルの中間地点で車を止めると、クラクションを三回鳴らす。

 

 

プッ――――!!

 

プッ――――!!

 

プッ――――!!

 

 

トンネルの中に車のクラクションが大きく木霊する。

 

若者たちは雨が降る中、トンネルの中で何か出ないか目を凝らして注意深く外を見つめた。

 

当初は本当に幽霊が出るかもしれないとドキドキしながら幽霊が出る瞬間を待つ若者たち。

 

しかし、意外にも彼らの前に幽霊どころか、特におかしい出来事もなくただ時間だけが空しく過ぎていく。

 

そして、それと同時に天候も回復することなく相変わらず車の天井には雨粒が当たっている。

 

いくら待っても幽霊も心霊現象も起きないことに対して若者たちは段々と白けてくると、時間も遅いことだし帰ろうと言うことになった。

 

 

「な、何もなかったんですか?」

 

真白が話の最中であるが、シュテルに質問する。

 

「うん、何もなかった」

 

「えぇぇー!!何もなかったの?」

 

シュテルの回答に明乃は何だか、物足りない様子。

 

「うん‥‥今の所ね‥‥」

 

「今の所?」

 

明乃が首を傾げる。

 

(本当は既に怖い部分を語っているんだけどね‥‥)

 

「話を続けるよ」

 

「あっ、うん」

 

「はい‥‥」

 

シュテルは再び口を開き、話を続ける。

 

 

結局、何も出なかったことに少しガッカリした若者たちであったが、それが却って気を良くしたのか、雑談をしたりして盛り上がっていた。

 

運転する若者はどうせ、この真夜中の時間帯に山奥のトンネルに自分たち以外の車は通らないだろうと思い、ノロノロ運転でトンネルの中を進んで行く。

 

そして、外の雨音だけに寂しさを感じた若者たちは、音楽を掛けて気を紛らわそうとする。

 

そんな中、若者の一人が急に運転する若者に声をかける。

 

「な、なぁ、早くこのトンネルを出ようぜ」

 

と‥‥

 

 

「「えっ?」」

 

此処まで聞いて、明乃と真白は息を呑む。

 

いよいよ、ここからがホラーな部分だと思ったのだ。

 

 

突然の言葉に全員がその若者を見ると、言葉を発した若者は顔を真っ青にして身体をガタガタと震わせて怯えている。

 

「お、おい、どうした?急に‥‥」

 

「なんだ?気分でも悪いのか?」

 

「それとも、俺たちをビビらせようとしているのか?」

 

他の若者たちは何故、その若者が顔色を悪くしているのか分からず、てっきり彼が自分たちをからかっているのかと思い、他の若者たちはゲラゲラと笑っている。

 

「いいから早く!!早く!!トンネルから出ろ!!」

 

突然の豹変ぶりに他の若者たちはその若者に何があったのか聞いても、その若者はただ早くトンネルを出ろとしか言わない。

 

やむなく、運転をする若者は車のスピードを上げてトンネルを出た。

 

 

「何が起きたんだろう!?」

 

「い、一体彼は何を見たんだ?」

 

明乃と真白は豹変した若者の様子が気になるみたいだ。

 

恐がっているという事は彼が何かを見たのだと思ったからだ。

 

若者たちの車はトンネルから出て、麓のコンビニに到着すると、顔色が悪い若者に事情を聞く。

 

するとその若者は、最初は顔色を悪くし、暫くの間は震えて黙っているだけであったが、意を決したのか恐る恐る口を開いた。

 

 

「「ゴクッ………」」

 

いよいよ、話のオチとなり、明乃と真白は思わず生唾を飲んで耳を傾ける。

 

一体彼は何を見たのだろうか?

 

この時点で明乃も真白もまだこの話の意味に気づいていなかった。

 

そして、シュテルはこの話のオチを口にする。

 

 

「なぜ、車に雨が当たっていたんだ!?」

 

と‥‥

 

 

「えっ?」

 

「ん?」

 

話のオチを聞いて、明乃は首を傾げ、真白は眉をひそめる。

 

二人はまだこの話の結末の意味をイマイチ理解出来ていない様子だが、少しして‥‥

 

「ああっ!?」

 

またもや、真白がこの話の意味を理解してしまった様で顔色を悪くする。

 

「も、もしかして‥‥」

 

「あれ?シロちゃんまた分かったの?」

 

「は、はい」

 

「ええーっ、何で?どうして?幽霊は出てこなかったんだよ?」

 

「か、艦長、気づいていないんですか?」

 

「何が?」

 

(やっぱり、気づいていない!?)

 

真白の問いかけに対してもやはり、明乃はこの話の怖い部分に気づいていない。

 

「艦長、話をよく、思い返してみてください」

 

「ん?」

 

「いいですか?まず、話の中に登場する若者たちは雨が降る中、幽霊が出るというトンネルに入って、何も無かったから引き返して出て行こうとした?ここまではいいですね?」

 

今度は真白が明乃に分かるようにシュテルが話した意味が分かると怖い話をかいつまんで説明していく。

 

「うん、そうだね。でも、幽霊は出てこなかったんでしょう?」

 

「‥‥幽霊を待っている時、若者たちの車はどこにありました?」

 

「えっと‥‥確かトンネルの中だっけ?」

 

「はい。そうです‥‥ただ、その時、車の天井には雨が当たっていましたよね?」

 

「うん‥‥でも、外は雨が降っていたんだし、車の天井に雨が当たるって普通のことじゃあ‥‥」

 

「艦長は、トンネルの中でも傘をさすんですか?」

 

「えっ?‥‥あっ!!そうか!!」

 

真白の説明を聞き、ようやく意味を理解した明乃。

 

「確かに雨が降っていてもトンネルの中じゃあ、雨は降ってこないよね!?」

 

「はい‥‥というよりも、雨が車の天井に当たるはずが無いですよ!?」

 

「じゃあ、車の天井には何が当たってたんだろう‥‥?」

 

「わかりませんし、知りたくもありません!!」

 

「まぁ、所詮はフィクションだから、二人とも、そこまで深く考えなくてもいいよ」

 

シュテルは二人に話しておいて何だか、あくまでもシュテルが知っている都市伝説と言うか、フィクションな話なので、若者たちの車の天井に一体何が当たっていたかなんて知る由もないし、真相は分からない。

 

「どうだったかな?意味が分かると怖い話は?」

 

そして、シュテルは二人に語った二つの意味が分かると怖い話の感想を訊ねる。

 

「私は意味が解けなかったから、怖いと言うよりも悔しかったかな」

 

明乃は怖がると言うよりも意味を理解することが出来なかったので、悔しそうだった。

 

「それは艦長の読解力がないだけでしょう」

 

(あっ、そう言えば、艦長は書類仕事が苦手でしたもんね‥‥)

 

真白は明乃とは違い、意味をいち早く理解してしまったので、怖い思いをしてしまった。

 

そして、明乃が意味を理解出来なかったのは明乃自身が文章の読解力が足りないことが原因であると言う。

 

「今度、もかちゃんに話してみようかな」

 

明乃は後日、もえかにもこの意味が分かると怖い話を語ってみようと思った。

 

「艦長と違って、知名艦長なら、分かると思いますけど‥‥」

 

真白は明乃とは違って、もえかは優秀なのだから、自分と同じくすぐに意味を理解するだろうと予測した。

 

「ねぇ、シューちゃん。他にはないの?」

 

明乃はシュテルに他の意味が分かると怖い話を知らないかと訊ねる。

 

「艦長、もういいでしょう」

 

真白は明乃にいい加減にしろと言う。

 

「碇艦長がいくら話しても艦長の読解力では、理解できませんよ、きっと」

 

「えぇぇーシロちゃん、ヒドイ!!」

 

真白としては明乃が意味を理解する前に自分が理解して怖い思いをするので、怖い話はもうやめようと言う。

 

そんな中、

 

ポタ‥‥ポタ、ポタ、ポタ‥‥ザァァー‥‥

 

怖い話の中で雨の話題を振ったせいか、突如雨が降り始めてきた。

 

「うわぁ、雨だ‥‥」

 

「ついてない」

 

肝試しが始める時、空は星が輝く快晴だったのに、いつの間にか空は曇っていたのか?

 

兎に角、その時シュテルたちは傘を持っていなかった。

 

「走ろう」

 

「うん」

 

「はい」

 

多少濡れるがこのまま歩いているよりは多少マシだと思い、開始地点まで走る三人。

 

「「「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」」」

 

しかし、いくら走っても何だか同じ場所をグルグルと回っている様な感覚で、一向に開始地点に辿り着かない。

 

(おかしい‥これだけ走っているのにまだ開始地点につかないなんて‥‥)

 

(道を間違るほど、入り組んではいなかった筈なのに‥‥)

 

いくら、夜道で雨が降って居るとは言え、道を間違えるほど、この森の山道は入り組んではない。

 

それに女子の足とは言え、まだ開始地点に辿り着かないなんておかしい。

 

シュテルの不安は当然、明乃と真白も感じていた。

 

「何か、おかしくないですか?」

 

「うん‥‥まだ、開始地点につかないなんて‥‥」

 

「それに、折り返し地点から開始地点までこんなに離れていたっけ?」

 

シュテルは自分が抱いた疑問を口にする。

 

「確かに‥こんなに離れてはいなかった筈‥‥」

 

この雨のせいで順路を間違えて森の奥深くへ、入り込んでしまったのだろうか?

 

「ひとまず、あの木の下で雨宿りしよう」

 

「そうだね」

 

「はい」

 

このまま走り回ってもただ濡れるだけなので、目に入った大きな木の下で一時雨宿りをして道を確認することにした。

 

「うわぁ~びしょ濡れ~」

 

「雨でベタベタするぅ~」

 

「まったく、肝試しを企画するなら、ちゃんと決行日の天気予報もチェックしておかないとは抜けているぞ」

 

三人は焼け石に水であるが、ハンカチで濡れた顔や髪を拭き、真白は今回の肝試しを企画した長澤に不満を零す。

 

「とりあえず、現在位置を確認して‥‥ん?」

 

シュテルはスマホを取り出して現在位置を確認しようとしたが、スマホの画面を見て眉をひそめる。

 

「どうしたの?」

 

「‥‥スマホが圏外になっている」

 

シュテルは二人にスマホの画面を見せる。

 

そこには確かに『圏外』と表示されていた。

 

「じゃあ、私がきみちゃんに電話をして‥‥あれ?」

 

明乃がシュテルに代わって企画者である長澤に連絡をとろうとすると、明乃も自分のスマホの画面を見て首を傾げる。

 

「どうしたました?艦長」

 

「私のスマホも圏外になっている‥‥」

 

シュテルのスマホが圏外だったように明乃のスマホも圏外になっていた。

 

「‥‥」

 

真白もポケットから自分のスマホを取り出し画面を見てみると、やはり二人のスマホ同様、真白のスマホも圏外になっていた。

 

「肝試しが始まる前は確かに使えたのに‥‥」

 

「同じ森の中に居るのに圏外だなんて‥‥」

 

「これでは、現在位置の確認も誰かに連絡することも出来ませんね」

 

「「「‥‥」」」

 

三人は圏外になっているスマホをポケットに入れ、雨が降りしきる空を見上げる。

 

しかし、雨は止む気配はなく、心なしか雨脚もなんだから強くなってきている。

 

木の下に居るとはいえ、雨脚が強くなると横殴りの雨となり木の下に居ても意味がなくなってくる。

 

このまま雨の中を突っ切って開始地点まで行きたいところだが、道が分からないのでは意味がない。

 

三人があたりを見回していると、

 

「ん?」

 

シュテルが何かを見つけたのか小さく声をもらし、目を細める。

 

「どうしたの?」

 

「何かありました?」

 

「‥‥あそこに何かある」

 

シュテルが何かを見つけ、その方向を指さす。

 

明乃と真白の二人もシュテルが指さす方向を見る。

 

すると、確かに何か建造物みたいなモノがそこにはあった。

 

「何かの建物みたいだね‥‥」

 

「あそこにあんな建物あったっけ‥‥?」

 

ここがどこなのか分からないが少なくともこの森にあんな建物があったなんて気づかなかった。

 

「ねぇ、雨も凄いし、あそこで雨宿りしない?」

 

明乃は雨の勢いも段々と勢いを増していくので、このまま此処に居るよりあの建物で雨宿りしようと提案する。

 

「「えっ?」」

 

明乃の提案を聞いて、一瞬唖然とするシュテルと真白。

 

「えっ?でも‥‥」

 

「雨、まだ止みそうにないし、このまま此処に居ても濡れるだけだよ」

 

「た、確かに‥‥」

 

明乃がいう事も最もであり、このまま此処に居てもいつ上がるか分からない雨に打たれ続けていると風邪をひいてしまう。

 

シュテルと真白の二人にとっては不本意ながらも明乃の提案に乗り、三人は雨宿りの為に森の中にポツンと佇む建物へと向かった。

 

バシャ‥‥バシャ‥‥

 

雨でぬかるんでいる森の中を走っていると、

 

ブチッ!!

 

「あっ!?」

 

真白の髪を止めていたリボンが突如、はち切れてしまった。

 

「シロちゃん、どうしたの?」

 

「り、リボンが」

 

真白が慌ててリボンの留め具を探すが、夜間の雨が降っている森の中で小さなリボンの留め具を探すのは難しく諦めるしかなかった。

 

「はぁ~ついてない‥‥」

 

「‥‥」

 

髪をおろした真白の姿はそこはかとなく雪ノ下に似ていた。

 

姉である真霜の声が魔王こと、雪ノ下陽乃に似ている事も髪を下ろした真白が雪ノ下に似ている要因でもあった。

 

「どうかしましたか?」

 

シュテルの視線に気づいた真白は困惑した様子。

 

「あっ、いや、なんでもない‥‥」

 

咄嗟にシュテルはお茶を濁すように口ごもる。

 

そして、ようやくついた目的地であるが、木の下でこの建物を見つけた時に明かりが確認できなかったから三人は何となく、予感していたようにこの建物は廃墟だった。

 

ただ廃墟と行っても一般家屋ではなく、建物は鉄筋コンクリート造りの二階建ての建物で、窓には鉄格子が着いていた。

 

(窓に鉄格子‥‥?)

 

(なんなんだ?この建物は‥‥?)

 

窓についている鉄格子を見て、不気味さを感じるシュテル。

 

三人は建物の出入り口に辿り着く。

 

玄関の構造と窓にある鉄格子からこの建物は研究所か精神病院の廃墟みたいだ。

 

「木の下で見つけた時から何となくですが思っていましたけど‥‥」

 

「うん、この建物は‥‥」

 

「廃墟みたいだね‥‥」

 

建物を見上げる三人はやはり、この建物が廃墟なのだと改めて認識する。

 

「こんな廃墟だと通常は出入り口が封鎖されて‥‥」

 

真白が廃墟を見上げながら出入り口は封鎖されているだろうと呟く。

 

まぁ、この出入り口の部分にも屋根があるので、木の下よりは風雨を防げる。

 

「あれ?開いているよ」

 

そんな中、明乃が出入り口の扉のノブに手をやると、この廃墟の建物は封鎖されておらず、開いていた。

 

そして、明乃は廃墟の中に入ろうとしている。

 

「ちょっ、艦長!!勝手に入ってはマズイのでは!?」

 

真白は明乃の行動に慌てて『待った』をかける。

 

いくら廃墟とは言え勝手に入っては住居不法侵入となる。

 

「でも、お化け役の皆も、もしかしたらここに雨宿りに来ているかも」

 

「そ、それはそうかもしれませんが‥‥」

 

確かにこの急な雨の中で肝試しのお化け役の学生たちも自分たち同様、開始地点まで戻る途中にこの廃墟を見つけて中で雨宿りをしているかもしれない。

 

スマホが使えない現状、連絡をとることも出来ない。

 

よって、この廃墟の中でお化け役の学生たちが雨宿りしているのかも確認できない。

 

だが、明乃の言う通りお化け役の学生たちがこの廃墟で雨宿りしているのであれば、心強い。

 

「見たところ、監視カメラは設置されていないし、警備会社のシールは貼っていないから入ったところですぐに誰か来るわけじゃ無いだろうし、明乃ちゃんが言うようにもしかしたら、お化け役の人たちも中に居るかもしれないし‥‥」

 

シュテルも明乃が言ったようにもしかしたら、お化け役の学生たちがこの廃墟で雨宿りしているかもしれないので、その確認くらいはどうかと思い明乃と共に廃墟に入ることにした。

 

一人でこの廃墟の出入り口で待つのは嫌なのか、

 

「ま、待ってください!!」

 

真白は慌てて二人の後を追った。

 

 

「うっ‥‥カビ臭いうえに妙にじめじめとして嫌な感じですね」

 

廃墟の中に入った三人。

 

廃墟は長年閉鎖されていたのか、内部は埃が溜まっており、カビ臭く、ジメジメしており、顔を顰めるような独特の臭いがする。

 

真白が明乃とシュテルが抱いた廃墟内の空気の感想を代表して口にする。

 

「うん、そうだね」

 

「あまり長居したくはないな」

 

スマホが圏外で連絡機能と位置情報機能が使用不可となっているがディスプレイの明かりは点くので、肝試しで配られたライトとスマホのディスプレイの明かりで周囲を照らす。

 

出入り口から入った場所は広く、長椅子がいくつも放置されており、病院のロビーみたいな印象がある。

 

(長椅子にこの内部の作り‥‥やはり、此処は元病院か‥‥)

 

ロビーの作りを見てシュテルは此処が病院の廃墟だと判断した。

 

(それにしても、廃墟ってなんでこんなにモノが残っているんだ?)

 

(引っ越す時にモノを持って行かないのか?)

 

前世を含め、廃墟の画像や映像を見て、今まさにこの廃墟でもモノが溢れている。

 

(廃墟となっているが、精神病院跡地なのか‥‥作りはがっしりとしっかりした造りになっている)

 

「さて、ちゃっちゃっと回って他の人が居ないか確認しよう。もしいなかったら、このロビーで雨が止むまで待とう」

 

シュテルが方針立て、まずはこの廃墟内を探索してここに雨宿りしているお化け役の学生たちが居ないかを確認して、居なければこのロビーで雨が止むのを待とうと提案する。

 

「そうですね」

 

「うん!!」

 

こうして方針を決めた三人は廃墟の中を探索し始めた。

 

廃墟の中ではコッ、コッ、コッ、と三人の靴音と外から聞こえる雨音だけが響いている。

 

廃墟ながら、窓ガラスはすべて割れている訳ではなく、所々窓ガラスが欠けているだけで、窓ガラスはほぼ窓枠にはめ込まれていた。

 

(こういう廃墟の窓ガラスはヤンキーや肝試しに来た人がイタズラをして残っていない事が多いのだけど、珍しいな‥‥)

 

(それに通路や壁は埃が溜まっているが落書きや壊された様子もなく綺麗なままだ‥‥)

 

窓ガラス同様、廃墟と言うとヤンキーがたまり場にしたり、肝試しに来た人が落書きをしたり、建物内を壊したり、ゴミを捨てて帰る者が居る為、荒れている事が多い。

 

しかし、今自分たちが居るこの廃墟には落書きもなければ壊されたところもなく、床にはゴミも落ちていない。

 

(つい最近に移転したのか?いや、それにしては作りが古いし、溜まっている埃から察するに随分と昔に廃病院になった印象だ‥‥)

 

シュテルは廃墟の造りや溜まっている埃の量からこの廃墟の状態に矛盾を感じた。

 

(はぁ~なんで、肝試しが終わったと思ったら、こうして肝試しの延長みたいなことをしているんだ?私は‥‥はぁ~ついてない)

 

一方、真白はやっと折り返し地点で写真を撮り終え後は戻るだけなのに、戻る途中で雨に降られ、リボンの留め具を無くし、さっさと終わらせたい肝試しの延長みたいなことをやらされている自分の運命を呪う。

 

「す、すみません」

 

「「ん?」」

 

真白はきっと自分の不運が突然の雨を呼び寄せたのではないかと思いシュテルと明乃に謝る。

 

「ど、どうしたの?急に‥‥?」

 

シュテルは真白に突然謝られたので、その訳を訊ねる。

 

「き、きっと、この雨も私の不運が招いたんじゃないかと‥‥」

 

真白はこの突然の雨は自分のせいではないかと思い謝罪した訳を話す。

 

「そんな訳ないよ。天気が人一人の運気に左右されたら、それこそ、その人は神を越えた超人だよ」

 

「そうだよ」

 

シュテルも明乃も決してこの雨は真白のせいではなく、あくまでも偶然の出来事であると言う。

 

二人のその言葉に真白は救われたような気がした。

 

「さっ、他の人が居ないか探索を続けよう」

 

「はい」

 

三人は廃墟の中を進んで行った‥‥

 



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144話

肝試し回、今回で終わらそうと思ったのですが終えることが出来ませんでした。

終了は次回に持ち越しとなりました。

三人が迷い込んだ廃墟はSIRENシリーズの宮田医院と犀賀医院を合わせたような造りをご想像してください。


時津風クラス所属の長澤が企画した肝試しにて、突然の雨に見舞われたシュテルたちは森の中にひっそりと佇む謎の廃墟を見つけ、そこで雨宿りすることにした。

 

自分たち以外にもお化け役の学生たちがこの廃墟で雨宿りしているのかもしれないと言う思いもあったからだ。

 

三人が入った廃墟は窓には鉄格子がはめ込まれており、内部は通常の廃墟と異なり、窓ガラスは割れておらず、壊されていたり、ゴミが落ちていることもなく、廃墟としてはキレイな状態だった。

 

通常、廃墟は年月が経ってもキレイな状態の廃墟はヤバいと言う噂がある。

 

それは、廃墟でも管理が徹底されているか、心霊現象が必ずと言っていいほど、起こるので肝試し等で人が寄り付かない為である。

 

この廃墟には監視カメラも警備会社のシールも貼られていないことからもしかしたら、後者なのかもしれない。

 

しかし、三人にその廃墟の噂を知るすべもなく、お化け役の学生たちが居ないか廃墟の内部を探索していた。

 

「窓ガラス、割れていなくて良かったね」

 

明乃が通路を歩きながらこの廃墟の窓ガラスが割れていなかったことに安堵する。

 

もし、割れていたら横殴りの雨で雨粒がこの廃墟内に入り込んでいたからだ。

 

自分たちがこれ以上濡れていないのは窓ガラスがあってこそだった。

 

「そうですね。廃墟と言うともっと荒れているイメージがありますからね」

 

真白も廃墟の画像や写真をこれまでの人生の中で見た事ぐらいはあり、廃墟=荒れている と言う固定概念があったが、この廃墟でその固定概念を改めることになった。

 

「階段‥‥この建物、地下もあるんだ‥‥」

 

通路を歩いて行くと上に行く階段と下に行く階段に出くわす。

 

「うーん‥‥雨宿りしているかもしれないとは言え、上の階や下の階に行くかな?」

 

シュテルは仮にお化け役の学生たちがこの廃墟で雨宿りしていたとしたら、この一階以外の階に居るかと考える。

 

「いえ、碇艦長。彼女たちの好奇心を侮ってはいけませんよ。もし、居たとしたら、きっと雨が止むまでこの建物の隅から隅まで探検していそうですから」

 

真白がもし、お化け役の学生たちがこの廃墟で雨宿りしていたとしたら、彼女たちは大人しく雨宿りをしている筈もなく、折角だから‥‥と言って、この廃墟を探索しているだろうと予測した。

 

「私もそう思う」

 

それは明乃も同じ意見だった。

 

「二階はほぼ病室かナースセンターでしょうから、好奇心旺盛な彼女たちが行くとしたら特殊な部屋がありそうな地下でしょうね」

 

真白はただの病室やナースセンターではなく、手術室や霊安室といった特殊な部屋がありそうな地下の方がお化け役の学生たちが先に行っていそうだと言う。

 

「じゃあ、まずは地下からだね」

 

三人は地下の階に続く階段を下りた。

 

地下へと行くにつれ一階よりも空気はよどんでおり、変な臭いもする。

 

荒らされていない廃墟とは言え、ネズミや虫が居そうだ。

 

地下は窓も当然なく、廃墟故に電気も通っていないので、完全なる闇が支配している。

 

懐中電灯やスマホの光源だけでは全てを照らすことは出来ず、三人は足元を注意深く照らしながら地下に続く階段を下りる。

 

すると、三人の行く手をまるで阻むかのように分厚そうな鋼鉄製の扉があった。

 

扉には『関係者以外立入禁止』のプレートが貼り付けられている。

 

「うわぁっ、おっきな扉」

 

「まるで、金庫だ‥‥」

 

コン、コン‥‥

 

「この扉‥かなり、分厚いな‥‥」

 

シュテルは扉を叩くと金属の固く鈍い音がする。

 

その金属音から察するにこの扉が分厚い造りとなっていることが窺える。

 

(でも、なんで、地下の出入り口にこんな銀行みたいな金属製の扉が‥‥?)

 

シュテルはまるで銀行の金庫室にありそうな分厚い金属製の扉を見て訝しむ。

 

ただ、廃墟となってしまった今では立ち入り禁止のプレートの効果はなく、行く手を阻むはずだった分厚い金属製の扉は開いていた。

 

扉の向こうに広がる地下の階層は真っ暗なトンネルみたいでその光景に三人は思わず生唾を飲む。

 

此処に来る前にシュテルが話した意味が分かると怖い話では、トンネルが舞台となった話があったので、そのせいかより一層緊張してしまう。

 

「い、行くよ」

 

「う、うん‥‥」

 

「は、はい」

 

話をしていたシュテルも緊張した面持ちで地下の階を進んで行く。

 

「ん?」

 

「ど、どうしたの?」

 

突然、先頭を歩いていたシュテルは歩みを止める。

 

「あの部屋に何か落ちている」

 

シュテルはとある部屋の床に何か落ちているモノを見つける。

 

シュテルがその部屋に入ると辺りを見渡す。

 

「‥‥この部屋、ゴミを燃やすための焼却炉がある‥‥焼却室か‥‥」

 

「地下に焼却炉があるなんて変わっているね」

 

「たしかに、普通は外にありますからね」

 

「じゃあ、それは焼却する前に落ちたゴミかな?」

 

「‥‥」

 

シュテルは床に落ちていたモノを拾う。

 

「‥‥」

 

スマホのディスプレイの明かりで照らすと、

 

「手紙みたいだ‥‥」

 

「手紙?」

 

「何て書いてあるんですか?」

 

「えっと‥‥」

 

落ちていたのは手紙であり、シュテルはその手紙に目を通しながら手紙の内容を口にする。

 

 

俺は狂っていない。

 

おかしいのはこの病院の奴等だ。

 

ここにいたら本当に俺は狂っていない、助けてくれ。

 

お前だけだ。狂っていない頼むここから出してくれ。

 

くるっていなくるって…

 

以下、解読不能

 

 

シュテルが拾ったのは入院患者が書き記した手紙でその内容はまるで入院患者が監禁されている様な内容だった。

 

「‥もう一通ある」

 

シュテルが拾った手紙は一通ではなく、もう一通あった。

 

三人はその手紙も見てみる。

 

 

頼む、院長に気づかれぬようにこの手紙を持ち出してくれ。

 

病院の外の人間にこの手紙を渡して欲しい。

 

決して病院関係者、俺の家族にだけは見つからぬように気をつけろ。

 

あいつらに騙されるな。

 

あいつらは俺の口を封じる為に俺をここに閉じこめた。

 

カセットテープにその証拠が録音されている。

 

テープを聞けばあいつが

 

早くしないと、俺は‥‥

 

以下、解読不能

 

 

「‥‥」

 

「な、何これ?」

 

「‥‥多分、入院患者が書いた手紙だ‥‥でも、この手紙を出す前に医者か看護師に見つかって没収され、焼却されそうになった時、ゴミ箱からこぼれたんだろうな‥‥」

 

「でも、内容が結構無視できない内容ですが‥‥」

 

「ここが精神病院跡地じゃないかと思っていたのは窓に鉄格子がついていることから何となく察しがついたけど‥‥」

 

この手紙を書いた主が精神異常者だったのか、それとも手紙に書いてある通り、健常者なのかは分からないが、この病院がシュテルの予測通り精神病院跡地であるのは間違いなさそうだ。

 

「ここには居ないみたいだ‥‥」

 

手紙をその場に置き、当りを見回すがお化け役の学生たちは居ないみたいだ。

 

三人は焼却室を出て再び地下の階を歩く。

 

「「「っ!?」」」

 

地下の階を歩いていると、三人はあるモノを見つけ、驚愕する。

 

「こ、これは‥‥!?」

 

「ろ、牢屋?」

 

「なんでこんなモノが此処に‥‥」

 

地下に広がる光景‥‥

 

それは、刑務所や留置所と同じ、鉄格子の扉で作られた空間‥‥

 

牢屋だった‥‥

 

初めて見る牢屋に明乃と真白は息を呑み、シュテルはジッと牢屋の一つを凝視する。

 

(確か都市伝説とかで昔の精神病院は、精神異常者を閉じ込めたり、人体実験をしたりしたって聞いたけど、この牢屋を見る限り都市伝説は満更嘘ではなさそうだな‥‥)

 

「ね、ねぇ‥シューちゃん。これって‥‥」

 

「ああ、どう見ても牢屋だ‥‥」

 

「で、でも、何で病院に牢屋何て‥‥」

 

明乃と真白は精神病院とは言え、病院にどうして牢屋何て物があるのか不思議だった。

 

「一昔の精神病院には、黒い噂があってね‥‥」

 

「黒い噂?」

 

「それってどんな噂なの?」

 

「‥‥昔の精神病院では、入院患者に人権何て存在しない‥‥あまりにも煩い患者や暴れたりする患者はこうした地下牢に閉じ込めたり、新薬の人体実験の検体にされていたって聞いたことがある‥‥」

 

「人体実験‥‥」

 

「検体‥‥」

 

「この病院も今は廃墟とは言え、営業していた時は健全かつ適切な治療を行っていたとはいいにくそうだな‥‥」

 

「なんか、とんでもない所に来ちゃいましたね、私たち‥‥」

 

まさか、この廃病院が訳アリな病院かもしれないことに明乃と真白顔色を悪くする。

 

「早くみんなが居ないか確認しちゃおう」

 

明乃はもし、この廃墟の中にお化け役の学生たちが居るのであれば、彼女たちとすぐに合流してしまおうと言う。

 

「そうだね。廃墟だからこそ、何らかのアクシデントに巻き込まれてしまうかもしれないし」

 

シュテルは廃墟だからこそ心霊現象以外‥むしろ、心霊現象以上に起こる可能性が高い壁や天井の崩落、床下への落下等の事故にお化け役の学生たちが巻き込まれないか心配だった。

 

牢屋が続く地下の階を進んで行くと、今度は手術室へと辿り着く。

 

「手術室だって‥‥」

 

「なんか、この地下牢を見た後ですと、何か嫌な予感しかしませんね」

 

「でも、この中に居るかもしれないし‥‥」

 

シュテルと真白はこの地下に続く地下牢を見た後、手術室なんて不吉な予感しかしない。

 

もしかしたら、この病院が営業している時、この手術室で人体実験が平然と行われていたのかもしれないし‥‥

 

とは言え、中を確認しなければ手術室の中にお化け役の学生たちが居ないか確認できない。

 

もし、居るのであれば部屋の前で待っていてもいいのだが、居るのか居ないのか不明なので、手っ取り早く証明するには中を確認しなければならない。

 

意を決してシュテルが手術室の扉に手をかけ、扉を開ける。

 

ギィィィィ~‥‥

 

長年、放置され油がさされていない為、手術室の扉からは鈍い金属音がする。

 

手術室の中に入ると、他の学生たちが居ないか、明かりを照らす。

 

やはり、作りが古いせいか、手術室の床はタイル張りとなっているが、血の痕は見られない。

 

「血塗れかと思いましたけど、杞憂でしたね」

 

「ああ、そうだね」

 

流石に血の痕は消していったようで、手術室台以外のモノはなかった。

 

当然、中は無人‥‥

 

「居ないみたいだね」

 

「そうですね」

 

「長居は無用、次に行こう」

 

三人は手術室が無人だと知ると、さっさと手術室を出て行く。

 

次に三人が来たのは、

 

「資料室‥だって‥‥」

 

資料室だった。

 

「資料という事は引っ越しの際、全て持って行ったのでは?」

 

真白は資料という事で引っ越しか廃業の際、全て持って行ったか廃棄したのではないかと言う。

 

「まぁ、中身が空っぽでも調べないとね」

 

先程の手術室同様、空っぽだとしても中に人が居ないか調べなければならない。

 

この資料室の扉も手術室同様、金属疲労しており、開けると鈍い金属音がして開けにくかった。

 

「あっ!?」

 

「本がいっぱい‥‥」

 

この資料室は手術室と違い、本棚には医学書やカルテがそのまま放置されており、床にも散らばっていた。

 

「美波さんなら、此処にある本や書類になんて書いてあるか分かるんだろうな」

 

「まぁ、美波さんは医学博士ですからね」

 

「それにしてもこの資料室結構広いな‥‥ここは別れて探そうか?」

 

「えっ?」

 

「そうだね」

 

光源は三人分、あるので、広い資料室を三人固まって探すよりは効率が良いので、三人は別れて資料室を探索することになった。

 

ただ、単独行動をすることになり、真白は気まずそうな顔をしたが、ここで何かを言えば、

 

「えっ?シロちゃん怖いの?幽霊とか信じてないとか言っているのに?」

 

「まぁ、宗谷さんは怖がりだからしょうがない、しょうがない」

 

と、二人から憐れみの視線を向けられるのが嫌なので、ここは怖いのを我慢して資料室を探索する真白だった。

 

光源はスマホのディスプレイの明かりしかない中、資料室を探索する真白であるが、動きはビクビクして挙動不審だ。

 

(な、なんでこんなことに‥‥はぁ~やっぱり、ついてない)

 

周りは本棚しかないのだが、物陰から何かが飛び出してくるのではないかと恐怖心が沸き上がってくるのだ。

 

ビクビクしながらスマホの光源を頼りに資料室を探索していると本棚と本棚の間に人体骨格標本があり、真白はソレをモロ直視してしまった。

 

心なしかしゃれこうべと目が合ってしまった様な気がした。

 

「ぎやぁぁぁぁぁー!!」

 

緊張の糸が切れ、人体骨格を見た真白は悲鳴を上げる。

 

真白の悲鳴を聞いてシュテルと明乃が急いで駆け付ける。

 

「シロちゃんどうしたの!?」

 

「大丈夫!?」

 

「ひぃ、ほ、骨‥人の骨‥‥」

 

真白は震える指で人体骨格を指さす。

 

「‥‥骨格模型だよ。ほら、理科室とかによくある」

 

シュテルは人体骨格を調べてこれが本物の人の骨ではなく、理科室によくある人体骨格の模型であると真白に伝える。

 

「もう、シロちゃんったら」

 

模型であるという事でホッとしたのか真白が深いため息を吐く。

 

「ん?」

 

シュテルは奥の棚にあるモノを見て、目を細める。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「何?何?」

 

「この先の棚は本だけじゃなくて、ちょっと気味が悪いモノがあるみたい‥‥」

 

「「えっ?」」

 

シュテルにならって二人も光源を棚に当てる。

 

すると、棚には医学書や図鑑だけではなく、ガラス瓶に入った標本がずらりと並んでいた。

 

よく、小学校の理科室ではカエルや蛇、魚の解剖した標本があったが、この棚においてある標本は全て人間の標本だった。

 

瓶の中には無頭児や単眼症などの奇形な生まれをした赤ん坊が入っていた。

 

「な、何これ‥‥?」

 

「気持ち悪い‥‥」

 

「これ、みんな作り物?」

 

「いや、先天性で生まれてしまった奇形児みたいだ‥‥」

 

「じゃあ、これってみんな‥‥」

 

「本物の赤ん坊?」

 

「ああ‥‥」

 

作り物ではなく本物の赤ん坊の人体標本を見て、二人は息を呑む。

 

「ここから先一緒に行く?」

 

シュテルは真白に行動を共にするかと訊ねると、

 

「は、はいお願いします」

 

「それじゃあ、明乃ちゃんも一緒にどう?」

 

「う、うん」

 

明乃もこんな気持ち悪いモノを見せられてしまい、怖くなったのか、ここから先は三人で資料室の探索をした。

 

棚には不気味な姿の赤ん坊の標本が並んでいる。

 

勿論、奇形児以外にも理科室と同じく様々な生物のホルマリン漬けも置いてある。

 

しかし、お化け役の学生は居なかった。

 

「なんか、きみちゃんの肝試しよりも肝試しっぽくなっちゃったね」

 

明乃は長澤が企画した肝試しよりもこの廃墟探索の方が肝試しっぽく感じられた。

 

資料室を出て通路を歩き続けると、壁に突き当たり、降りてきた階段とは別の階段があり、三人はその階段を上がり一階に戻る。

 

その階段の手前にもやはり、地下に下りてきたばかりの時に見た分厚い金属製の扉があったが、こちらも開いていた。

 

「地下には居なかったね」

 

「うん」

 

「そうですね」

 

「入れ違いになったのかもね」

 

明乃はもしかしたら、自分たちより先に地下を出て二階に行ってしまったのかもしれないと予測した。

 

声を上げてお化け役の学生たちが居るか居ないか確かめても良いのだが、不審者が居ないとも限らないので、声を上げたくともあげられなかった。

 

「さて、次は二階か‥‥」

 

シュテルはチラッと二階に続く階段を見る。

 

一階、地下室と空振りに終わったことから二階にもお化け役の学生たちは居ないのではないのかと思えてきた。

 

「本当に居るのか?」

 

真白もやはり、そう思えたのか疑問を口にする。

 

「でも、折角だし、二階にも行ってみよう」

 

地下で牢屋や奇形児や様々な生物のホルマリン漬けを見ておきながらも明乃は二階にはどんなモノがあるのか興味があったのか、恐怖よりも好奇心が勝っていた。

 

彼女にとって、二階にお化け役の学生たちが居ようが居なかろうが関係なかったのかもしれない。

 

「はぁ~分かりました」

 

「行ってみようか」

 

そんな明乃の天真爛漫な性格でこの場の空気が和み三人は二階へと向かう。

 

相変わらず窓には鉄格子がついているが、地下と異なり、二階は普通の病室にナースセンターだった。

 

(地下と異なり二階は普通の病室か‥‥まさに天国と地獄を体現しているな‥‥)

 

窓に鉄格子付きの点を除いた普通の病室と地下牢‥‥

 

どちらが天国であり、どちらが地獄かなのかは火を見るよりも明らかである。

 

地下と異なり、今度は明乃が先頭を歩き、シュテルが最後尾を歩く。

 

二階に上がると、やはりそこは普通の病室が続いている。

 

コッ、コッ、コッ、とコンクリートを歩く音窓ガラスを打つ雨音だけが響く。

 

病室には朽ちたベッドや椅子、テーブルが放置されている。

 

そして、ナースセンターには事務机や椅子、古めかしい医療器具が放置されていた。

 

「あっ、これって‥‥」

 

すると、明乃が何かを見つけた。

 

「どうしたの?」

 

「何かありましたか?」

 

「日記がある‥‥」

 

「日記?」

 

「看護師がつけた介護日誌かな?」

 

明乃は日誌を見つけた。

 

ナースセンターにあったので、看護師が患者の容態や様子を記した介護日誌かと思った。

 

地下牢やあの手紙の内容から、何か恐ろしい事‥‥人体実験の経緯や結果が記されているのかと思い、ドキドキしながら日誌の表紙を捲る。

 

 

7月29日(木)

この頃、先生の様子がいつもと違う気がする。

口数が少ないのはいつものことだけど、とても疲れているみたい。

時々、何も言わずにどこかにいなくなってしまうし……心配……。

 

 

7月30日(金)

今日も先生は何も言わずに帰ってしまった。

どこに行くの?って聞きたいのに聞けない。

だって何だか聞くのが怖い……。

先生と通じ合ったと思ったこの気持、私だけの勘違いだったらと思うと怖くて聞けない。

先生、今どこにいるの……?

 

 

7月31日(土)

昨日の夜、先生の後をこっそりと追いかけてしまった。

私って本当にバカみたい。

先生は地下の階に行ってただけだったんだもの。

個人的な研究をあそこで続けてるのかな?

本当に勉強熱心な先生……そしてバカな私……。

でも何で先生は地下にいることを皆に秘密にしてるのかしら?

 

 

8月1日(日)

明日は日勤だし勤務後にもう一度、地下の階に行ってみよう。

差し入れのお弁当を持って、先生を驚かしちゃう。

先代の院長夫人はあんな人だったから、先生は手作りの味をあまり知らないはずだし。

本当の先生をわかってあげられるのは私だけ。

私だけが先生のさみしさをいやしてあげられる。

 

 

「「「‥‥」」」

 

日誌の内容は三人が思っていたモノとは異なり、此処に勤めていた看護師の個人的な日記だった。

 

「なんか、思っていたのと違ったね」

 

「そ、そうですね」

 

「でも、この日記からあの地下の階は此処に勤めていた看護師でも一部の人間しか入れなかったみたいだ‥‥」

 

「「‥‥」」

 

シュテルの指摘を聞き、明乃と真白は改めて日記の内容を見る。

 

まるで、先程、シュテルが話した意味が分かると怖い話みたいだった。

 

日記を事務机の上に戻し、チラッと棚を見ると、入院患者たちのカルテもそのまま放置されていた。

 

(おい、おい、個人情報なんてあったもんじゃないな‥‥)

 

放置されているカルテを見て、シュテルはいくらなんでも閉院にするにしても転院するにしても入院患者のカルテの処置はちゃんとするべきだと思った。

 

(ただ、この病院にぶち込んだ家族や身内たちはぶち込んだ人たちの事をかなり疎ましく思っていただろうし、合法的に始末してくれることを望んでいたのかもな‥‥)

 

地下で見たあの牢屋や手紙を見る限り、病院関係者はもちろんの事、この病院に患者を入院させた者たちも普通に治療目的もあるかもしれないが、この病院が訳あり病院だと知っていたら、治療と称し合法的に患者を始末してくれると言う打算があったのかもしれない。

 

ナースセンターでは特に恐怖要素はなく、ついでにお化け役の学生たちも居なかったので、ナースセンターを出た。

 

ナースセンターを出て二階の通路を明乃、真白、シュテルの順で歩いて行くが、やはりお化け役の学生たちはおらず、病室がずらりと並ぶ風景が続いていく。

 

そんな中、

 

「っ!?」

 

一番後ろを歩いていたシュテルは突然歩みを止める。

 

「ん?どうしたの?シューちゃん」

 

「何かあったんですか?」

 

突然、歩みを止めたシュテルに明乃と真白は声をかける。

 

「あっ、いや‥‥その‥‥二人とも、先に行って‥‥すぐに追いかけるから‥‥」

 

「えっ?」

 

「どうして?」

 

「そ、その‥‥」

 

シュテルンの挙動は少し不審であった。

 

二人は何故、シュテルの挙動が不審なのか首を傾げるが、その理由はシュテルが今立っている場所で何となく察した。

 

シュテルが今、立っているのはトイレの前‥‥

 

しかもこのトイレ、扉が無く通路から内部が丸見えだった。

 

二人はシュテルがトイレに行きたいのだと思ったのだ。

 

しかもトイレの前扉が無い事で二人に見られるのがきっと恥ずかしいと思ったのだ。

 

「じゃあ、ゆっくりだけど、先に行っているね」

 

「本当に一人で大丈夫ですか?」

 

真白はシュテルに一人でトイレに入るなんて大丈夫なのかと訊ねる。

 

「だ、大丈夫‥‥だよ‥‥」

 

「‥‥」

 

真白にはシュテルの声が心なしか震えているように聞こえた。

 

しかし、そこは先輩としての面子で強がっているのかと思った。

 

「で、では‥‥」

 

真白は後ろ髪を引かれるような思いで明乃と共に先に行く。

 

「‥‥」

 

二人を見送ったシュテルは自分の足元を見る。

 

すると、シュテルの足を白い二本の手ががっしりと掴んでいた。

 

あの時、シュテルは二人に助けを求めれば求める事も出来たのだが、その際、もしかしたら二人にも危害が加わるかと思ったのだ。

 

しかし、この時シュテルが二人に忠告をすればこの先、明乃と真白が恐怖を体験することはなかったのかもしれないが、シュテル自身もこの時は恐怖とパニックで思考力が低下していたのだ。

 

パニックになっても叫ばなかったり、取り乱すことがなかったのは学生艦の艦長としての経験からであった。

 

そして、明乃と真白の二人がシュテルの足をがっしりと掴んでいる白い手に気づかなかったのは、ライトでシュテルを照らした時、上半身とトイレのプレートを照らして、足元を照らさなかったので、気づかなかった。

 

「‥‥」

 

シュテルが緊張した面持ちで自分の足を掴んでいる白い手を見ていると、

 

「っ!?」

 

横にあるトイレから無数の手が伸びてきた。

 

「むぐっ!!」

 

その内の一本の手がシュテルの口を塞ぎ、他の手はシュテルの四肢や胴をがっしりと掴んできた。

 

無数の手がシュテルの身体、手足を掴むと、足を掴んでいた手は消え、無数の手はシュテルをそのままトイレの中に引き釣り込んだ。

 

「い、碇艦長、やっぱり‥‥あれ?」

 

心配になった真白が振り返るとそこにはシュテルの姿は既になかった。

 

「もう、トイレの中に入ってしまったのか‥‥」

 

真白はシュテルがトイレに入ってしまったのかと思い明乃の後を追った。

 

そんな二人の姿をトイレの中から無機質な蒼い色の目がジッと見ているのを当然、二人は気づいていなかった。

 




はいふりコミック版の最新刊では、他校の先輩方の過去やアニメやアプリでは未登場のキャラも増えていき、比叡の艦長もようやく登場‥‥

劇場版にて武蔵航海長としての役職しか与えられなかった武蔵の航海長もいずれは名前を貰えるかもしれませんね。

この他にも武蔵を含め、時津風、天津風の生徒らもまだまだ登場する可能性があります。

ドラゴンボール超のようにアニメとは違いコミック版独自の路線がはいふりでも広がっていきそう。


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145話

ようやく肝試しが今回で終了となります。

次回は日常的な話に戻ります。


 

 

肝試しの最中、突然の雨によって森の中にひっそりとたたずむ廃墟へとやってきたシュテル、明乃、真白の三人。

 

三人はもしかしたら自分たち以外にも肝試しでお化け役を務めた学生たちも自分たち同様、この廃墟で雨宿りしているかもしれないと思い廃墟の中に入る。

 

この廃墟は窓には鉄格子がはめ込まれていた特殊な造りとなっており、その事からこの廃墟が昔は精神病院だとシュテルは予測した。

 

そして、三人はまず、地下の階へと赴きそこにお化け役の学生たちが居ないか探索した。

 

その地下にある焼却室では入院患者が書いたとされる手紙が二通落ちていた。

 

手紙の内容は家族に当てた内容ではなく、自分をこの精神病院から助けてくれ、出してくれと助けを求める内容だった‥‥それも二通ともだ。

 

焼却室から出た後、三人が見た光景は地下の暗闇の中に病院とは似つかわしくない鉄格子の扉の部屋‥‥牢屋だった‥‥

 

焼却室に落ちていた手紙には『この病院』と書いてあったことからこの廃墟が決して刑務所の類ではないことは確認済みだ。

 

牢屋や手紙の内容から、この病院がまともな経営、患者に対する治療が適切に行われているようには思えなかった。

 

牢屋が続く地下の通路を歩いて行くと手術室、資料室があった。

 

手術室は意外と何もなく、資料室では数多くの医学書、図鑑、カルテの他に奇形児のホルマリン漬けがあった。

 

しかし、地下の階にはお化け役の学生たちは居なかった。

 

そこで、三人は残る二階へと向かう。

 

二階は地下の階と異なり普通の病室だった。

 

まさにこの病院の光と闇を垣間見たような感じだった。

 

ナースセンターにはカルテや医療器具の他に勤務していた看護師の日記があった。

 

ナースセンターを出て二階の探索を続ける中、シュテルに異変が起きた。

 

明乃と真白の二人はシュテルが立ち止まった場所がトイレの前だったことから、シュテルがトイレに行きたいと思い、二人はシュテルの異変に気づかなかった。

 

二人が少し目を離した一瞬の隙にシュテルはトレイに引き釣り込まれてしまった‥‥

 

この廃墟の本当の恐怖が明乃と真白の二人に牙を向け始めた事に当然、二人は気づく筈もなかった‥‥

 

 

シュテルがトイレに行った事を考慮してゆっくりな足取りで二階の通路を歩いていた。

 

すると、背後にはいつの間にかシュテルが戻っていた。

 

「うわっ、シューちゃんいつの間に!?」

 

「気配なんて感じなかったですよ!!」

 

「‥‥」

 

いつの間にか戻ってきたシュテルは黙ったまま突っ立っているが、目は無機質で何だか人形のような、生気が感じられないようにも見えたが、明乃と真白の二人はその訳を‥‥

 

(艦長、碇艦長の様子‥なんか変じゃありませんか?)

 

(もしかして、トイレ‥大変だったのかも‥‥)

 

廃墟における女子のトイレ事情を何となく察してシュテルが沈んだ顔をしているのだろうと判断したのだ。

 

「あ、あの‥碇艦長。大丈夫ですか?」

 

「‥‥ダイジョウブ」

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

口では大丈夫と言うが、表情と口調から決して大丈夫ではなかったと察する二人。

 

そして、二人はそれ以上の事は踏み込まないようにした。

 

二階の通路を歩いて探索をするがお化け役の学生たちも居なければ、地下の階と異なり、病院の闇要素はなく、何事もなく終わった。

 

「結局、居ませんでしたね」

 

「そうだね‥もしかしたら雨が降る前にみんな、開始地点まで戻ったのかな?」

 

「しかし、折り返し地点に居た塩崎さんと西郷さんは少なくともこの雨に打たれたと思いますけど‥‥」

 

折り返し地点までの道中で出会ったお化け役の学生たちは兎も角、折り返し地点に居た塩崎と西郷は自分たちよりも後から開始地点を目指している筈なのでこの雨に遭遇している筈だ。

 

「じゃあ、かやちゃんとりのちゃんが此処に来るかもね」

 

「そうですね‥‥二人が来て入れ違いになると面倒ですから、ロビーで待ちましょう」

 

当初の予定通り、他のお化け役の学生が来ても直ぐに合流できるようにロビーで雨が止むのを待つことにした。

 

階段を下り一階に着いた‥‥と、思ったら、階数を示す表示は『1』ではなく、『2』と表示されていた。

 

「あれ?階数が『2』になっている‥‥」

 

「変ですね」

 

一階に着いたと思ったのだが、表示されていたのは下りてきた筈の『2』‥‥

 

その階を見てみると、そこは二階と同じく病室とナースセンターの光景‥‥

 

まさかと思い、ナースセンターへ行くと、そこには看護師が書いた日記が置いてあった。

 

その日記はまぎれもなく、最初にナースセンターに来た時に見つけて中を見た日記だった。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

背筋に寒気を感じた明乃と真白の二人は急いで階段へと向かい階段を下る。

 

しかし、下りた筈の階数表示は『2』‥‥

 

そのまま階段を下りても変わらず『2』のまま‥‥

 

「い、一体、どうなっているの?」

 

「なんで、一階に着かない!?」

 

流石の明乃もこの異常事態には焦っている。

 

そんな中、

 

「あれ?シューちゃんは?」

 

一緒に階段を下りてきたと思ったらいつの間にかシュテルの姿が消えていた。

 

「い、いつの間に‥‥い、碇艦長は何処に‥‥?」

 

周囲を見渡してもシュテルの姿は無い。

 

延々と続く同じ階‥‥

 

そこにシュテルが消えたこの事態‥‥

 

先輩であり頼れる筈のシュテルが消えた事で二人の不安は更に増す。

 

どうすれば一階に着くのか?

 

シュテルは何処に消えたのか?

 

このまま階段を下り続けて一階を目指すか?

 

それともシュテルを探すか?

 

二人が不安になっていると、

 

コッ‥コッ‥コッ‥‥

 

階段の上から靴音が聴こえてきた。

 

「靴音‥‥?」

 

「きっと、シューちゃんだよ」

 

二人はシュテルが階段を下りてきたのだと思って階段を見ると、

 

階段を誰かが下りてきた‥‥

 

しかし、それはシュテルではなかった。

 

階段を下りてきた人物は肝試しで山下が着ていたような白いワンピースを見に纏った背が異常に高い人物がゆっくりと悠々に階段を下りてきた。

 

「あれ?もしかしてしゅうちゃん?」

 

「えっ?山下さん?」

 

明乃は着ていた衣装から山下なのかと思い声をかけるが、その人物は返事をすることなく、不気味なうめき声をあげながらゆっくりと階段を下りてくる。

 

明乃と真白の二人が階段に光源を当てると、階段から下りてきた人物には頭部が無かった。

 

「「きゃぁぁぁぁぁぁー!!」」

 

その姿を見た二人は驚き、二階の通路を走り、別方向にあった階段から下に下りる。

 

「な、何あれ!?か、顔!!顔!!顔がなかったんだけど!?」

 

「わ、わかりません!!」

 

「もしかして、しゅうちゃんたちが肩車していたのかな?」

 

明乃は逃げながらさっき見たあの頭の無い人物は山下たちが肩車していたのかと思ったのだが、

 

「そんな訳ないでしょう!!」

 

しかし、真白はあっさりとそれを否定する。

 

どうみてもあの人物は人間ではないと本能的に直感できた。

 

階段を下りた二人であるが、やはり階数表示は『1』ではなく、『2』であった。

 

下りても、下りても延々と続く『2』の表示‥‥

 

恐怖とパニックで気が狂いそうになる。

 

「はぁ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥」

 

「い、いくらなんでも‥‥もう、追いかけて‥‥こないみたいですね‥‥」

 

後ろを振り返るとあの頭の無い人物は追いかけてくる様子はない。

 

滅茶苦茶に走った二人はその場にへたり込む。

 

「そう言えば肝試しの前にシューちゃんが言っていたよね‥‥去年の文化祭で首の無いお化けが出たって‥‥」

 

明乃はシュテルが肝試し前に話していた去年のキール校の文化祭で本物の幽霊が出た事を思い出す。

 

「ですが、それはドイツの話ですよ。此処はドイツから遠く離れた日本ですよ」

 

真白はシュテルの話はドイツでの出来事なので、さっきみたあの頭部の無い人物はドイツのキール校で出た幽霊とは無関係だと言い切る。

 

「それより、これからどうしましょう‥‥?」

 

幽霊のことよりも今はこの現状の打破を最優先にすることだと真白は言う。

 

「うん、そうだね‥‥はぁ~こんな時、シューちゃんが居てくれれば‥‥」

 

この事態の中でもシュテルが居てくれれば何か知恵を貸してくれるかもしれないと明乃はそう思ったのだが、その肝心のシュテルが未だに行方不明であり、まだ一階に辿り着けない。

 

あまりにも非科学的かつ非日常的で八方塞がりなこの現状‥‥

 

どうしたらいいのか二人には打開策が思い浮かばない。

 

声を上げて泣き叫びたいが、泣いたところでこの事態が解決する訳が無い。

 

その事実を分かっているからこそ、彼女たちは泣き叫ぶことはなかった。

 

だが、二人の空気が重いことは変わりない。

 

二人がどうすればいいのか悩んでいると、

 

コッ‥‥カララ‥‥コッ‥‥カララ‥‥

 

コッ‥‥カララ‥‥コッ‥‥カララ‥‥

 

通路の奥から靴音と金属がこすれるような事がする。

 

「「っ!?」」

 

また何か異形なモノが自分たちの前に現れたのかと思い、ゴクッと生唾を飲み恐る恐る光源を靴音と金属がこすれる音がする方向へと向ける。

 

すると、そこには異形なモノではなく、鉄パイプを手に持ち、ソレを引きずりながら自分たち近づいてくるシュテルの姿があった。

 

「シューちゃん!!」

 

「碇艦長!!」

 

行方不明となっていたシュテルの姿を見て、安堵しシュテルの下に駆け寄る。

 

しかし、相変わらずシュテルの目は無機質であったが、そんな中シュテルの目が髪を下ろしている真白の姿を見て、シュテルは目を見開く。

 

すると、先程まで無機質だった筈のシュテルの目は次第に怒りに満ちた目をして顔を歪めると、

 

「‥し‥た‥‥下‥‥雪‥‥下‥‥雪ノ下ぁぁぁぁぁぁー!!」

 

シュテルは突然、怒号を発する。

 

「「っ!?」」

 

突然のシュテルの怒号に二人はビクッと身体を震わせる。

 

「フゥー‥‥フゥー‥‥どいつもこいつも身勝手に!!俺を利用しておきながら!!俺が解決するのは当然で、俺が何もしなければ失望する!!やり方が気に食わなければ他に方法があっただろうと非難する!!ふざけるな!!俺はお前らの都合の良い道具じゃない!!」

 

「しゅ、シューちゃん?」

 

「な、何を言って‥‥」

 

「殺してやる‥‥ぶっ殺してやる!!」

 

怒りに満ちた顔で二人‥‥正確に言うと真白を見て、怒りを越え、もはや殺意に近い感覚だ。

 

「死ねぇ!!」

 

シュテルは鉄パイプを振りかざし、真白に襲い掛かる。

 

「ひぃっ!!」

 

間一髪、真白はシュテルが振り下ろした鉄パイプを避ける。

 

「い、碇艦長‥‥ひぃっ‥‥」

 

ギロッと殺意に満ちた目で睨まれ思わず悲鳴をあげる。

 

しかも自分は誰かと間違われているみたいだ。

 

「い、碇艦長!!落ち着いてください!!私は雪ノ下ではありません!!宗谷です!!」

 

「死ねぇ!!雪ノ下!!」

 

シュテルは真白の言い分も聞かず、再び鉄パイプを振りかざしてくる。

 

「シロちゃん!!」

 

明乃が真白の手を引いてまた階段を下りる。

 

「まてぇ!!雪ノ下!!」

 

シュテルは鉄パイプを振り回しながら追いかけてくる。

 

その様子からシュテルが決して悪ふざけで追いかけている様子ではなく、ガチで真白を殺しに来ている感じだ。

 

シュテルの怒号と鉄パイプがコンクリートに当たるカラ、カラ、カラと言う金属音が後ろから迫ってくる。

 

いくらおりても『2』の表示は変わらないが、シュテルが自分たちの前に現れることはなく、後ろから追いかけてくる。

 

二人はいくら階段を下りても『2』であるならば、階段を下りるのを止め、通路を逃げる。

 

すると、ある病室を通った時、病室から出てきた手が二人を掴み病室の中に引きずり込むと、二人の口を手で塞ぐ。

 

「「むぐっ‥‥んんんー!!」」

 

「しっ、静かに‥‥」

 

突然の出来事に二人は混乱し、声を上げようとするが何者かの手が口を塞ぎ声が出せない。

 

自分たちの口を塞いだ人物は二人に黙るように耳元でささやく。

 

その声は聞き慣れた声だった。

 

「どこだぁー!!雪ノ下!!出てこい!!」

 

病室の前をシュテルが通り過ぎて行くと、口を塞いでいた人物はようやく口から手を退ける。

 

「大丈夫?二人とも」

 

「えっ?ヒンデンブルクの副長さん!?」

 

「クリスさん!?どうしてここに!?」

 

意外にもそこに居たのは肝試しに参加していない筈のクリスだった。

 

「何か嫌な予感がして来てみたら、この建物を見つけてね。するとこの建物から邪悪な気配を感じて中に入ってみたら案の定だったみたいね」

 

「クリスさん、碇艦長はどうしちゃったんですか?私の事を雪ノ下って人と間違えているみたいですし‥‥」

 

「ふざけているようにも思えなかったよ‥‥」

 

「それに、階段を下りても、下りても、一階に辿り着けないんです。一体どうなっているの!?」

 

クリスに出会えた事から二人は彼女にこれまでの経緯を一気に話し、クリスに質問する。

 

「まずは落ち着いて、ほら、深呼吸して」

 

クリスは二人にまずは落ち着くように促す。

 

「さて、質問を一つずつ答えて行こう‥‥最初にこの廃墟は本来此処には無い廃墟なんだよ」

 

「此処には‥‥」

 

「ある筈がない?それはどういうことなですか?」

 

「この話はあまりにも荒唐無稽で信じられない話だろうけど、全て事実であり現実の出来事なのは信じてね」

 

「は、はい」

 

「うん」

 

「この精神病院は本来ならば、横須賀ではなく、××県三隅郡にあった筈の廃墟‥‥もっともその廃墟も異界に呑まれて異次元を彷徨っている筈だったのが、今回の肝試しで一時的に現世に転移してしまったんだ‥‥そして、この廃墟は廃墟になる前‥沢山の人たちを閉じ込め、拷問したり、新薬の効き目の人体実験にしてきた‥‥この廃墟にはそこで殺された人々の怨念が蠢いているの」

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

クリスの話を聞き、この廃墟の正体を知った明乃と真白であるが、俄かには信じられないが、地下牢や手紙などの証拠品からあながちクリスの言っている事が荒唐無稽な出鱈目な話とは思えない。

 

「それで、シュテルンの豹変した理由‥‥それは‥‥」

 

「「それは‥‥」」

 

「‥‥シュテルンはこの廃墟に巣食う怨霊に憑依されている」

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

シュテルの豹変した様子もクリスは二人に話す。

 

「そ、それで、碇艦長は元に戻るんですか?」

 

「シュテルンに憑依している怨霊を引きはがすことが出来れば‥‥それに一階に戻れない理由は、シュテルンに憑依している怨霊のせい‥だからその怨霊を何とかすれば、無事に一階に戻れる筈‥‥」

 

クリスはシュテルに憑依している悪霊をシュテルから引き剥がすことが出来ればシュテルは元に戻り、延々と続く二階の怪異も元に戻り、この廃墟を出ることが出来るらしい。

 

「まずはシュテルンの動きを止めないといけないな‥‥あっ、追加で言うと、シュテルンは憑依されている時の記憶は多分無いだろうから、後で責めないであげて」

 

「は、はい」

 

「わかりました」

 

シュテルを戻すにしてもまずはシュテルの動きを止めなければならない。

 

「怨霊に憑依されていると言いますが、姿が見えないのであれば、碇艦長から離れた後、私たちの誰かにまた憑依されませんか?」

 

真白は怨霊の姿が見えないのであれば、シュテルの身体から離れても自分や明乃、クリスの誰かに再び憑依されてしまう危険性があるのではないかと指摘する。

 

「ここは今、異界に近い状態‥だからここに居る貴女たちにも今は異能力が一時的に宿っているの‥‥強く意識して見てみると、その姿を見る事が出来ると思うわ」

 

「強く‥‥」

 

「意識‥‥」

 

クリスからのアドバイスを受け、憑依状態のシュテルの姿を強くジッと見てみることにした。

 

シュテルの様子が変だと思った時はトイレ事情に苦労したと思いシュテルの事を思い、シュテルの事をあまり見ていなかった。

 

そして、シュテルに追いかけられている時は、パニックと逃げる事で精一杯だった為、シュテルの事をジッと注意深く見る余裕などなかったので気づかなかった。

 

シュテルは相変わらず、鉄パイプで病室の窓ガラスを叩き割り、扉を蹴り飛ばしながら雪ノ下(真白)を探している。

 

そんなシュテルの姿を二人はジッと注意深く見てみると、最初はぼんやりとだが、次第とシュテルに憑依している者の正体が見えてきた。

 

「「っ!?」」

 

シュテルに憑依している者の正体を見て、二人は思わず声が出そうになり、慌てて自分の手で自分の口を塞ぐ。

 

シュテルの背後には巨大な体躯に何本もの太い腕や足、沢山の人の顔がまとわりついた異形な怨霊で、手や足はシュテルの身体にまるで寄生するように絡みついている。

 

「どうやら、二人とも見えたみたいね」

 

クリスの問いに二人は肯く。

 

「あれはこの病院で殺された人たちの怨念の集合体‥‥それがシュテルンに憑依している‥‥そして、理不尽に殺された無念・不満・怒りの負の念とシュテルンのある事情が同調してああなっているんだよ」

 

「ある事情?」

 

「それってどんな‥‥?」

 

「それは言えない‥‥人には誰しも口に出せない秘密の一つや二つはあるでしょう?」

 

「「‥‥」」

 

クリスの口ぶりから、シュテルのある事情をクリスは知っているようにも思える。

 

他の人には言えない秘密をシュテルはクリスだけには話したのだろうかと思うと、自分はシュテルからの絶大な信頼を得ていないのかと思うと寂しい。

 

「シュテルンの事情は私もシュテルンの口から直接聞いた訳じゃなくて、偶然にも知ってしまった事‥‥これまでのシュテルンとの付き合いの中でシュテルンがその事情を話したことはなかった‥‥きっと、この事情はシュテルンにとって他の人に知られたくない、話したくない事情なんだろうと思って私はこれまでの生活の中で事情を知らないフリをしている‥‥だからシュテルンが二人の事を信頼していない、信用していないとか、そんな事情じゃないから‥‥だから、シュテルンの事を見捨てないでほしい‥‥このとおり‥‥」

 

クリスは後輩にもかかわらず、明乃と真白に頭を下げて頼む。

 

「そうだったんですか‥‥」

 

「もちろん、私はそんなことでシューちゃんの事を嫌いに何かならないよ」

 

「私もです。それに碇艦長は私の命の恩人ですから」

 

明乃と真白はシュテルが抱える事情については分からないが、それを差し引いてもシュテルを救う事には変わりない。

 

それにシュテルを救わなければここから出られないのも事実だ。

 

「あ、あの‥クリスさん」

 

「ん?」

 

「碇艦長が私の事を雪ノ下と叫んでいましたが、碇艦長の事情にその雪ノ下って人が関係しているんですか?」

 

「‥‥」

 

「あっ、もし、話すのが無理ならば結構ですけど‥‥」

 

「‥‥詳しい事は言えませんが、関係しているかと言われると、関係しています」

 

「そう‥‥なんですか‥‥」

 

「ええ‥‥今の宗谷さんの姿と一番上のお姉さんが似ているので‥‥」

 

「その雪ノ下って人は、碇艦長に何をしたんですか?いくら怨霊に憑依されているとはいえ、あそこまでの殺意を抱くなんて異常ですよ。それに碇艦長が叫んでいた内容‥あれは入院患者のセリフとは思えませんでした」

 

「シュテルンはどんな事を叫んでいたんですか?」

 

「えっと‥確か‥‥身勝手にとか、利用しておきながらや、俺はお前らの都合の良い道具じゃない‥とか、言っていました」

 

「そうですか‥‥シュテルンがそんなことを‥‥」

 

やはり、クリスは何かを知っている様子だった。

 

「一つ言えることは、シュテルンは人との交流に臆病な所があるけど、人との交流に飢えながらも物凄く重んじているの‥‥だから私もユーリもシュテルンを裏切り、利用する奴は絶対に許さない‥‥」

 

「‥‥」

 

クリスの真剣な表情と声に真白は息を呑む。

 

「さて、シュテルンを元に戻さないとね」

 

「はい」

 

「それで、どうやって碇艦長を正気に戻しましょう?」

 

「うーん‥‥シュテルンに腹部に強い霊撃をくわえられたらその衝撃で引き剥がせるかもしれないけど‥‥今のシュテルン、鉄パイプ持っているからうまく近づけるか‥‥なるべく、シュテルン本人の身体には傷を付けたくないし‥‥」

 

「‥‥クリスさんなら元に戻せるんですか?」

 

「これはシュテルンにもユーリにも内緒にしていることだけど、私結構霊感が強い方なんだよ。まぁ、だからこそ、今回、此処に来れたんだよ」

 

「‥‥それなら、私が囮になります」

 

「「えっ!?」」

 

真白の提案にギョッとした表情で真白を見る明乃とクリス。

 

「今の碇艦長が狙っているのは私です。私が囮になり、気を惹き付けますから、その隙にクリスさんは碇艦長を正気に戻してください」

 

「それはいいけど‥‥でも、方法はどうする?流石に丸腰で、鉄パイプで武装しているシュテルン相手に真正面相手にするのは‥‥」

 

「じゃあ、こんなのはどうかな?」

 

すると、明乃が作戦を立案した。

 

「病院とは言え、それぐらいはあるかもしれないね」

 

「まずはシュテルンに見つからないようにソレを探しに行こう。それで、準備が整ったら作戦を決行しよう」

 

「「はい」」

 

こうして、シュテルを元に戻す為、三人は行動を開始した。

 

三人はまず、シュテルに見つからないように病室を出るとあるモノを探しに行った。

 

そして、準備が整うと‥‥

 

 

「どこだぁ!!雪ノ下!!出てこい!!」

 

シュテルを見つけると、

 

「私はここだ!!」

 

シュテルの居る通路で真白が声を張り上げる。

 

「見つけたぞ!!雪ノ下ぁ!!」

 

鉄パイプを振りかざし真白へと迫ってくる。

 

真白は踵を返し逃げる。

 

「まてぇ!!雪ノ下ぁ!!」

 

真白を追いかけるシュテル。

 

やがて、真白を追い詰めるシュテル。

 

「きひ‥‥ヒヒヒヒ‥‥覚悟しろ‥雪ノ下ぁ‥‥」

 

憑依されているとは言え、凶器と殺意に満ちているシュテルの顔は真白からは考えられないほど、禍々しく感じる。

 

(碇艦長、もう少しの辛抱です‥‥必ず貴女を救って見せますから!!)

 

真白は心の中でシュテルを救う事を決心する。

 

シュテルは鉄パイプを大きく振り上げると、一気に真白へと振り下ろす。

 

すると‥‥

 

ガシャーン!!

 

真白の姿が砕けた‥‥

 

正確に言うと真白の姿を写した鏡が砕けたのだ。

 

「クリスさん!!今です!!」

 

シュテルが鏡を砕いたことにより、一瞬だが唖然とした。

 

しかし、その僅かな時間さえもクリスにとっては十分すぎる時間だった。

 

「シュテルン!!」

 

本物の真白の背後からクリスが飛び出すと、シュテルの腹部に掌底打ちをすると、

 

『ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁあー!!』

 

手負いの獣の悲鳴のような声をシュテルが上げると、シュテルに寄生していた怨霊が勢いよくシュテルから弾き飛ばされる。

 

「岬ちゃん、宗谷さん、今の内にシュテルンを!!」

 

クリスは怨霊が引き剥がし、意識を失っているシュテルを再び怨霊に憑依されないように二人にシュテルを遠ざけるように指示を出す。

 

「は、はい!!」

 

「うん!!」

 

明乃と真白はぐったりしているシュテルを両サイドから肩を抱いて離れる。

 

『うぅぅぅ~‥‥コムスメ、ジャマヲするな!!そのムスメ、そのムスメの肉体をヨコセ!!』

 

怨霊は再びシュテルを狙うが、

 

「おっと、そうはさせないよ。お前の相手は私だ」

 

怨霊の前にクリスが立ち塞がり不敵な笑みを浮かべる。

 

『ぬぅ~ならば、貴様ノカラダをヨコセぇ~!!』

 

すると、怨霊はクリスに憑依しようとする。

 

迫りくる怨霊に対してクリスが手をかざすと、

 

『ぐぉっ!?う、ウゴケヌ‥‥こ、コムスメ‥貴様、何者だ!?』

 

怨霊は時間が止まったかのように固まる。

 

「哀れな魂の集合体よ‥‥今こそ、その長年の苦しみから解放しよう‥‥」

 

クリスの手が輝きだすと、怨霊本体も輝きだす。

 

『ぐっ、ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁー!!』

 

輝きだした怨霊は光の粒子となり消えていく。

 

「終わったよ、二人とも」

 

怨霊を消し去り、脅威が去ったことを物陰に隠れていた二人に伝えながら二人の下に向かう。

 

「終わったんですか?」

 

「うん、終わった。さっ、早くこの廃墟を出よう。ヤツを倒したから、此処がいつ異次元へまた転移するか分からない」

 

クリスはシュテルを背負い、明乃、真白と共に廃墟を脱出する。

 

「他のみんなは此処に来ていないかな?」

 

明乃はお化け役の学生がこの廃墟に来ていないか心配になる。

 

「大丈夫、今この廃墟に居るのは私たちだけだから」

 

「そうなんだなぁ~良かった」

 

クリスはこの廃墟に居る人間は自分たちだけなので、大丈夫だと明乃に言うと明乃はホッと胸をなでおろす。

 

階段を下りるとそこは『2』ではなく、『1』と表記されていた事から、クリスの言う通り怨霊は倒されたのだと認識した二人。

 

外の雨はいつの間にか止んでおり、それには月と星が輝いて、当りは虫の声が囀っていた。

 

「さて、私はシュテルンを寮に連れて行くから、二人は他の参加者の人たちに上手く誤魔化してもらえるかな?」

 

「わかりました」

 

「それじゃあ」

 

クリスはシュテルを背負い学生寮へと戻って行く。

 

「なんだか、不思議な人でしたね‥クリスさんって‥‥」

 

真白はシュテルを背負い遠ざかって行くクリスの背中を見ながら呟く。

 

クリスとはあの航海で何度か出会った事があるがこうして直に話すことは思えば初めだったかもしれない。

 

不思議な出来事を体験した事と、クリスとあまり行動を共にした事が無い故か、二人はクリスがミステリアスな人に思えた。

 

「そうだね。あの廃墟に来た事やシューちゃんを怨霊から助けた事なんか、どうやったんだろうって思った」

 

物影に隠れていた事から二人はどうやってあの怨霊を倒したのか見ていないので、クリスがどうやって怨霊を倒したのか色々気になったが、クリスに聞いたところで恐らくその真相は話してはくれないだろう。

 

そもそも、今回の自分たちの体験でさえ、他の人が信じはしないだろう。

 

「‥‥戻りますか?」

 

「そうだね」

 

スマホを見ると、圏外だった筈のスマホの電波はちゃんと入っており、明乃は長澤と連絡をとり、二人は開始地点まで戻ることが出来た。

 

「遅かったですね。どうしました?」

 

「それにドイツの先輩が居ませんね」

 

長澤と榊原が戻るのに遅かった事とシュテルが一緒で無い事を聞いてくる。

 

「シューちゃんは途中で気分が悪くなっちゃって、クラスの人に迎えに来てもらったの」

 

「なるほど、それで遅れたんですね?」

 

「あっ、後、途中で雨に降られちゃって」

 

「雨?」

 

「はい。戻る最中でかなり勢いが強い雨に降られてしまって‥‥」

 

「雨なんて降っていませんよ」

 

「「えっ?」」

 

長澤曰く、雨は降っていないと返してきた。

 

「それに、お二人とも雨に降られたと言いますが、服が一切濡れていない様に思えますが?」

 

「あれ?ホントだ」

 

「えっ?でも、確かにあの時‥‥」

 

木の下に避難した時、確かに自分たちの服は塗れていた筈だった。

 

それが今では、服は塗れた気配はなく、長澤に言われた通り、雨なんかに降られていない感じだった。

 

もしかしたら、あの雨も怪異の一つだったのかもしれない。

 

 

「うっ‥‥うーん‥‥」

 

クリスに背負われて学生寮のベットで横になっていたのだがようやく目を覚ました。

 

「こ、ここは‥‥?」

 

「学生寮‥シュテルンの部屋だよ」

 

「学生寮?あれ?私、肝試しをしていた筈じゃあ‥‥あれ?でも、記憶が曖昧でよく覚えていないんだけど‥‥」

 

「シュテルン、途中で体調を壊して倒れたんだよ。それで、晴風の艦長さんが私を呼んで、迎えに行って、寮まで運んだんだよ」

 

「‥‥そうなんだ」

 

寝起きのせいか、まだ寝ぼけ眼のシュテル。

 

「でも、何だか嫌な夢を見ていたような気がする‥‥」

 

「シュテルン、所詮夢だよ‥‥覚えていないならそのまま記憶の彼方に追いやって忘れちゃいな」

 

「‥‥そう‥だね‥‥」

 

「‥‥」

 

ボォっとしながら天井を見ているシュテル。

 

そんなシュテルを心配そうに見るクリス。

 

「‥‥シュテルン」

 

「ん?」

 

「今日、一緒に寝てあげようか?」

 

シュテルの不安を取り除くため、クリスは今夜、一緒に居てあげようと提案する。

 

「うん‥‥」

 

普段のシュテルならば断わりそうだが、やはり不安なのかシュテルは即答した。

 

この日、シュテルはクリスと寝床を共にした。

 

寝ている時、シュテルはクリスに抱き着く。

 

その姿はまるで、幼児が母親に甘えるようなしぐさで、クリスは声を出すのを我慢して布団の中で悶絶していた。

 

そのせいかクリスは寝不足となってしまった。

 

 

翌日‥‥

 

「さて、昨日行った肝試しの写真が現像できたのでこれから結果を発表したいと思います」

 

昨夜行われた肝試しの結果が発表された。

 

「楽しみだね」

 

「私が勝っているに決まっているわ!!」

 

明乃はどんな写真が写されているのかを楽しみにして、高橋は自分たちがぶっちぎりの得点で優勝していると確信しているようだった。

 

「まずは天津風チームの得点はこちら!!」

 

榊原が天津風クラスの得点が書かれているボードを参加者たちに見せる。

 

そこには210と書かれていた。

 

「いくつかマイナスポイントのお化けを撮ってしまいましたが、見つけにくい小ネタのビックリ箱などでそれなりに挽回した結果となりました」

 

長澤が得点配分を説明する。

 

「頑張って探してよかったね」

 

「当然よ!!」

 

「続いて晴風チームの得点はこちらです」

 

次に晴風チームの得点が書かれたボードが表示される。

 

そこには250と書かれていた。

 

「いきなり負けているじゃない!?」

 

この時点で天津風クラスの敗北が決定した。

 

それに対して高橋が声を上げる。

 

「実はギリギリまで天津風が勝っていたのですが最後の一枚がこの猫!!」

 

勝敗を決した写真を見せると、そこには五十六の姿が写しだされていた。

 

「これが隠しボーナスの50点だったので、一気に逆転しました」

 

「やった!!」

 

「五十六か‥‥」

 

「まさか、最後に取ったあの写真が決め手になるなんて‥‥」

 

真白は五十六の写真が決定打となるなんて意外そうだった。

 

「肝試しの写真で何で猫なのよ!?納得いかなわ!!」

 

高橋は納得できず、長澤にクレームを入れる。

 

「そんな高橋艦長に朗報があります」

 

「えっ?」

 

「私はポイントを決めるために予めすべてのお化けと小ネタを把握していたのですが‥‥実は高橋艦長が撮った写真の一つに私にも覚えのないモノが写っていまして‥‥」

 

「えっ!?」

 

長澤の告白に高橋は思わずドキッとする。

 

「つまり、本物の心霊写真という事か?」

 

真白が顔色を悪くして高橋が撮った写真は心霊写真なのかと問う。

 

「真相は定かではありませんが一応考えて実は万が一、本物の心霊写真が撮れた時のポイントも決めてあるんです」

 

「きみちゃん、そんなことまで決めていたの?」

 

「撮れたら撮れたで面白いと思いまして」

 

「そ、それでその写真は何点なの?」

 

「マイナス100点でした」

 

「ちょっと!!」

 

本物の心霊写真のポイントがまさかのマイナス点であることにまたもや高橋は声をあげる。

 

「あんた、さっき朗報って言ったのに何でマイナスなのよ!?悲報じゃない!!」

 

「まぁ、まぁ、こちらで決めていた本物の心霊写真の得点はですね、プラス100点かマイナス100点のチャンスボーナスだったんです」

 

心霊写真のポイント説明をする長澤。

 

「だから、プラスで逆転の可能性もあったんですけど、今二択のクジを引いてみたらマイナスだったので‥‥ざんねん」

 

「だったら、私に引かせなさいよ!!」

 

「心霊写真が足を引っ張る形になりましたね。幽霊だけに」

 

「何よ!?それ!!」

 

マイナスポイントの真相を知り、高橋は終始キレっぱなしだった。

 

しかし、心霊写真かと思われた高橋の写真であるが、後日解析を行ったところ、その正体は多聞丸がジャンプした瞬間の写真だった。

 



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146 話

体調不良のため、更新できずにすみません。

夏風邪は意外と長引きます。

皆様も体調管理にはお気を付けください。


テアの苦手教科が音楽という設定なので、楽器を吹けばおそらく万里小路みたいになり、歌えばジャイアンみたいな酷い歌声になると思い、今回は音痴つながりで某高校生の恋愛漫画ネタと絡ませてみました。


 

 

あまりにも非現実的な出来事が起こった肝試し‥‥

 

あれから真白が個人的に会場となった例の森を調べてみたところ、確かにクリスの言う通り、あの森には精神病院の廃墟なんて存在していなかった。

 

直接確かめに行った方が早かったのだが、やはりあの様な体験をした後なので、怖くて現場に行く勇気はなかった。

 

しかし、本来あの森に存在していない廃病院だったので、おそらくもう一度あの森に行っても例の廃病院は存在していないだろう。

 

 

学校に関してはまだあの海上テロ事件の余波が続いており、授業は自習となっており、スーは学生寮とブルーマーメイドの庁舎を行ったり来たりする生活を送っていた。

 

そんな中、ある日の放課後‥‥

 

~♪~~♪~~~♪ (←スコットランド民謡 故郷の空)

 

横須賀女子の校庭の一角からオカリナの音色が聴こえてきた。

 

「ん?」

 

そのオカリナの音をテアが聞きつけ、オカリナの音がする方向へと歩いて行く。

 

オカリナの音の先にはシュテルが居り、校庭の一角にあるテーブルに楽譜を置き、ベンチに座りオカリナを吹いている。

 

「シュテル」

 

「ん?ああ、テアか」

 

「オカリナの綺麗な音がしてな‥‥シュテルはオカリナもやるのか?」

 

「ううん、オカリナは最近やり始めたばかりなんだ。ゲームの影響を受けてね」

 

苦笑しながらオカリナを始めた理由をテアに語るシュテル。

 

「そうか‥‥いいなぁ‥‥」

 

「えっ?何?」

 

テアが何か呟いたがシュテルには聞こえなかったので、何を言ったのかを聞いてみるが、

 

「あっ、いや、何でもない」

 

テアは何でもないと言う。

 

「良ければ、このまま聴いていてもいいだろうか?」

 

「あ、うん‥いいよ」

 

テアはシュテルの真向かいのベンチに座り、耳を澄ます。

 

シュテルはオカリナに口をつけ、

 

~♪~~♪~~~♪ (← テルーの唄)

 

オカリナを奏で始める。

 

何曲かオカリナを吹いていると、いつの間にか太陽は水平線に沈みかけていた。

 

「やはり、シュテルが奏でる音楽はいいなぁ~」

 

「でも、私の音楽はアマに毛が生えた感じだし、やっぱり父や楽団の人の音楽とくらべるとね‥‥」

 

転生する際の特典としてシュテルは性別を前世と違う性別にしてくれと言う願いにしたが、転生後、音楽家の父親が居る為か、シュテルには演奏家としての才能も備わっていた。

 

しかし、テアの方はシュテルと同じ音楽家の家系なのだが、テアにはその才能は受け継がれなかった。

 

代わりに両親の海洋関係の手腕は十分に受け継ぐことが出来た。

 

シュテルの演奏家としての才能をこうして間近で見ていると、テアとしてはどうして自分には音楽家としての才能が受け継がれなかったのかとコンプレックスみたいなのを抱いた。

 

テアの苦手科目は音楽であるが、小等部、中等部、そして高等部でも音楽はブルーマーメイドを目指す中、必要ないモノだと判断し、これまで改善しようとすることはなかった。

 

だが、こうしてシュテルの演奏を聴いている内にもし、自分に音楽の才能があったら、シュテルと共にセッション出来たのかもしれない‥‥

 

 

現在、横須賀女子では先の海洋テロ事件の余波を受け、校長である真雪を含め教官たちは事件の事後処理に追われており、授業は自習期間が続いていたが朝礼はだけは行われていた。

 

大講堂では各クラスの学生たちが集まり、まずは横須賀女子の校歌斉唱から始まる。

 

それはドイツからの留学組も例外ではなく、朝礼に参加して横須賀女子の校歌を斉唱している。

 

留学生たちは日本語も話せるので横須賀女子の校歌も問題なく歌える。

 

シュテルの隣にはテアたちシュペークラスが並んでおり、先頭は艦長であるテアが立っている。

 

校歌を歌っている中、シュテルは隣に居るテアに違和感を覚える。

 

(ん?)

 

注意深くテアの様子を見てみると‥‥

 

(テア、口パクだ!!)

 

テアは校歌を歌わず口パクだった。

 

朝礼後‥‥

 

「テア、ちょっと聞きたい事があるんだけど‥‥」

 

「ん?なんだろうか?」

 

シュテルはテアを呼び止め、先程の朝礼での口パクについて聞いてみた。

 

「あの‥‥テア、さっきの朝礼で校歌を口パクで歌っていたよね?」

 

「っ!?」

 

シュテルの指摘にテアはドキッとし、気まずそうにシュテルから視線を逸らす。

 

「‥‥」

 

シュテル自身、これまで何度か朝礼があったはずなのに、今日初めてテアが校歌を口パクで歌っていた事に気づいた。

 

それほど、テアの口パクは完璧だったのだ。

 

「テア、日本語はペラペラだし、読み書きも出来るんだから校歌が歌えないなんて思えないんだけど‥‥」

 

シュテルとしては何故、テアが校歌を歌わなかったのか疑問だった。

 

学校が違うことからシュテルはテアが、音楽が苦手な事を知らなかった。

 

「い、いや‥歌詞は完璧に覚えているし、別に歌いたくないわけじゃないんだ‥‥」

 

テアは逸らしていた視線をシュテルに向け、横須賀女子の校歌は歌詞もちゃんと覚えているので、歌おうと思えば歌えるのだが、何か訳があるみたいだった。

 

「じゃあどうして……?」

 

シュテルが訳を訊ねるとテアはまた気まずそうに視線を逸らす。

 

「……ん…ち……だからなんだ‥‥」

 

「えっ?何?」

 

テアは歌わなかった訳を言うが、またもや声が小さくて良く聞き取れない。

 

「……ん…ち……なんだ‥‥」

 

「えっ?ウ〇チ?」

 

テアの口からまさかの汚物の単語が出て来るとは思えなかったが、聞き取れる文字がその単語に聞こえてしまったのだ。

 

「ちょっと音痴なんだ!!女子がそんな汚い言葉を口にしない!!」

 

「えっ?あ、うん‥‥」

 

テアは今度、大きく聞こえる声で自身が音痴であることを告白する。

 

ちょうどその時にミーナが通りかかった。

 

ミーナからの視点ではテアがシュテルに対して怒鳴っているように見えたので、何かただ事ではないと思いテアに声をかけた。

 

「艦長、どうしました!?」

 

「あっ、副長か‥‥いや、何でもない」

 

「でも、声を荒げているように思えましたが‥‥?」

 

「いや、シュテルに私が、音楽が苦手な事を話したんだ‥‥朝礼で此処の校歌を口パクしていた事に気づかれてな‥‥」

 

「あぁ~‥‥なるほど‥‥」

 

シュテルと違い、中等部からの付き合いがあるミーナは当然テアが、音楽が苦手な事を知っている。

 

なので、納得するミーナ。

 

「でも、ちょっとの音痴なら、練習次第では直るんじゃないかな?」

 

「そ、そうか?」

 

「うん。それに艦長が留学先の校歌を歌わないなんて知れたら‥‥」

 

「むぅ~‥‥」

 

テアの頭の中では、晴風クラスのクラスメイトから、

 

 

「テアちゃんって音痴なんだって」

 

「えぇー嘘!?」

 

「恥ずかしい~」

 

「姐さん、音痴なんですかい?」

 

と、笑われる姿を想像した。

 

 

「シュテル‥‥直せるんだな?此処の校歌を歌えるんだな?」

 

「ま、まぁ、ちょっとの音痴なら‥‥」

 

「それなら、是非直してくれ!!」

 

「う、うん分かった」

 

「で、ではワシも協力しよう!!」

 

シュテルだけでなく、ミーナもテアの音痴を直す事に協力すると言う。

 

しかし、中等部からの付き合いでテアが音痴であることを知っていながら今日までそれを放置してきた事にシュテルは気づいていなかった。

 

元々、ミーナが今回協力すると言ったのはテアとシュテルを二人っきりにしたくはないと言う理由が大きな要因だった。

 

そして、三人は音楽室へと行き、まずはテアの音痴具合を調べた。

 

その結果‥‥

 

「ボォォォエエエェェェェ~ボォォォエエエェェェェ~ボォォォエエエェェェェ~」

 

「「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア” ア”ア”ア”ア”~‥‥ギャァァァァァァァー!!グェェェェェー!!」」

 

シュテルとミーナは両耳を手で塞ぐが、テアの絶望的な歌声が軽々と突き破ってくるので、耳を手で塞いでもなんの意味はなかった。

 

「いやあああぁぁーっ!!助けてカマクラーっ!!」

 

「‥‥」

 

何故かカマクラに助けを求めるシュテル。

 

一方、ミーナに至っては立ったまま、白目を剥いて失神していた。

 

心なしか音楽室の壁に飾ってあるベートーヴェンやバッハなどの音楽家の肖像画も顔を歪めているように見えた。

 

テアの音痴に関してシュテルは『ちょっと』と言う言葉を信じた自身の甘い判断を呪い、ミーナに関しては分かっていたにもかかわらず、止めなかったり、付いてきたと言う自ら地獄へと突き進む愚行だった。

 

そして、テアが歌を止めると‥‥

 

「ど、どうだろうか?」

 

歌の感想を聞いてきた。

 

「はぁ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥う、うん‥‥ごめん、『ちょっと』のレベルではないかな‥‥ん?ミーナさん?ミーナさん?」

 

シュテルがテアの音痴度を指摘した後、ミーナに声をかけるが、彼女は無言のまま立っている‥‥

 

「ん?ミーナさん?‥‥っ!?し、失神している!?」

 

立ったまま失神しているミーナの姿を見て驚くシュテル。

 

「全く、副長も大袈裟だな」

 

テアは呆れるように言うが、

 

「‥‥一応、テアの歌声を録音していたんだけど、聴いてみる?」

 

シュテルはテアの先程の歌を録音していた。

 

「うむ、聴いておこう」

 

テアはイヤホンを付けて、シュテルが録音した自分の歌声を聴き始める。

 

すると‥‥

 

「な、何だ?これは‥‥?う、嘘だろう‥‥こ、こんなゴミみたいな歌声が私の歌声なのか‥‥?」

 

テアは自分の歌声を聴いて酷くショックを受ける。

 

「さ、最初は歌じゃなくてハミングで声帯を上手にコントロールしよう」

 

「ハミング?」

 

「ハミングはいわゆる鼻歌の事だよ。口を閉じた状態で鼻腔に響かせて歌うんだ。ハミングで歌うと、自分の歌っている音の響きが骨を伝わって耳に直に届くから、それで音程をとれるように練習しよう」

 

「わ、わかった」

 

シュテルがリズムを取りながら鼻歌を歌い、テアもそれに習って鼻歌を歌い始める。

 

「じゃあ、次は単音で正しい音を出してみよう。喉を締め付けずに声帯を使うことを意識して、声を出してみよう」

 

「う、うむ‥‥」

 

「まずはこんな感じで‥‥ソ~♪‥はい、テアも」

 

「う、うむ‥‥ソ(レ)~♪」

 

(き、気のせいか?ソがレの音で聴こえる)

 

シュテルが耳を澄ませて注意深くテアの声を聴いてみると、

 

「ソ(レ)~♪」

 

やはり、ソがレに聴こえた。

 

「て、テア、ちょっと待って、ソはこっち、レはこっち」

 

シュテルはピアノの鍵盤を叩いてソとレの違いを指摘する。

 

「う、うむ‥‥」

 

「じゃあ、私がソの音を出すから、よく聴いて同じ音を出して」

 

「同じ音?」

 

「そう‥ソ~♪」

 

「そ、そ~‥‥」

 

シュテルに習って、テアもソの音を出す。

 

そして、シュテルはソの音を奏でながら、黒板に「もっと高く」と書いてテアにアドバイスを送る。

 

テアもそのアドバイスに従って、徐々に高い音を出し始める。

 

やがて二人の出しているソの音がシンクロする。

 

ミーナが失神するほどのテアの歌声が今では嘘のように今ではハーモニーを奏でている。

 

「ま、まさか‥こんな事になるとは‥‥」

 

テア自身、歌えた事に驚いている。

 

「これが音を聴いて歌うってことなんだよ」

 

「あ、ありがとう。私は今日初めて、音楽を理解した気がするぞ」

 

「じゃあ、次は校歌を歌ってみようか?」

 

自信を持ったテアを見て、次は横須賀女子の校歌をピアノで弾くシュテルであったが、

 

「ホォォゲェェェー……ホォゲェェェ……」

 

「うっ‥‥音に酔った‥‥」

 

さっきはちゃんと音を出せたのに、歌を歌い出したら、テアの歌声は生半可に音を拾っている分、感覚を酔わせる歌声になる。

 

「ちょ、ちょっと、待って、テア」

 

シュテルはテアに歌を止めるように頼む。

 

「ん?なんだ?」

 

「さっきのは一周してなまこの内臓みたいな美しさはあったんだけど、今のは生半可に音を拾っている分普通にジャ〇アンって感じで音に酔った」

 

「‥‥やはり、私は口パクのままでいい‥‥私が歌うと周りに迷惑かかる」

 

テアはもう諦めた様子でがっくりと項垂れながら言う。

 

「い、いや、そんなことは‥‥」

 

シュテルとしてはテアを慰めようとするのだが、

 

「いや、そんなことあるんだ‥‥小等部の時は普通に音楽の授業があったのだが、その際、教師からは、"無理して歌わなくていいからね"って言われた」

 

「‥‥」

 

「合唱コンクールの時は、クラスメイトに、"お願いだから本番は口パクで"って‥‥それ以降、私は音楽の科目は選択せず、歌うときは口パクでやってきた‥‥今回はシュテルにはばれてしまったが、この学校の生徒にはバレていない‥‥シュペーの者たちには私が音痴であることは知っている‥‥何も恥ずべきことはない」

 

「テア‥‥」

 

テアは音楽が苦手で音痴であることは事実であり、それは今でも変わっていない。

 

しかし、テアの性格から当初はきっと音楽が苦手なのを克服しようと努力していたはずだ。

 

その努力を周りが否定し、テアはその努力を止めてしまった。

 

テアの同級生も教師もテアの努力を否定し、彼女一人を犠牲にしたのだ。

 

「私とて、本当は何も気負わずみんなと歌いたい。だけど、みんなに迷惑かかるなら‥‥」

 

「そのために今、私がここにいるんでしょう?」

 

「えっ?シュテル?」

 

「テアの音痴を直して、気持ちよく歌を歌う‥‥その依頼を受けたからにはきっちりとこなすよ」

 

シュテルはテアの手をぎゅっと握り、彼女が横須賀女子の校歌を歌えるようにすると言い、テアの音痴を直すために自分の知る限りの知識と方法を駆使した。

 

それから次の朝礼にて、テアは横須賀女子の校歌を歌うことが出来た‥‥

 

テアが声を出して歌を歌っていることにミーナをはじめシュペークラスの学生たちは全員驚いていた。

 

シュテルはテアが無事に歌えた事実に密かに歓喜の涙を流した。

 

 

朝礼後、テアはシュテルに横須賀女子の校歌を歌えたことに関して礼を言った。

 

「シュテル、おかげで校歌を歌うことが出来た‥‥ありがとう」

 

「ううん、テアが歌えたのはテア自身の努力の賜物だよ。此処の校歌が歌えたのだから、これからもいろんな歌が歌えるかもしれないね」

 

「う、うむ。そうだな」

 

今回、横須賀女子の校歌を歌えたことで音楽に少し自信がついたテアであった。

 

「あっ、そういえば‥‥」

 

「ん?なんだ?」

 

「この前の競闘遊戯祭の時の競技でソフトソードを使った競技があったでしょう?」

 

「うむ‥リーゼロッテには不運な事だったがな」

 

競技上の事とは言え、相手のソフトソードがリーゼロッテのビキニ水着の胸の部分をめくってしまうというアクシデントが起き、彼女は自ら海に飛び込みリタイアとなる結果となってしまい、リーゼロッテには黒歴史となった。

 

「それで、ウチの砲雷長と話していたんだけど、今度ヒンデンブルクとシュペーの乗員で白兵戦訓練をやらないか?って話が出たんだけどどうかな?」

 

「白兵戦訓練?」

 

「うん。あの海上テロ事件の余波でここしばらくは自習続きだし、いつまたあの事件みたいな出来事が起こるかわからないから、感覚を鈍らせないためにもどうかな?」

 

「ふむ‥‥」

 

テアはシュテルの提案を聞き、あごに手を当てて考える。

 

しばし、思案した後、

 

「ふむ、分かった。今夜にでもクラスの皆に話してみよう」

 

「うん。わかった」

 

まだ確定ではないが、シュテルからの提案でヒンデンブルククラスとシュペークラスとの間に白兵戦訓練の予定が組まれることになった。

 

放課後‥‥

 

テアの限定的とはいえ、音痴を直したシュテルはまたオカリナの練習をしていた。

 

~♪~~♪~~~♪ (←コンドルは飛んで行く)

 

そんな中、

 

「碇艦長‥‥」

 

「ん?」

 

オカリナを練習していると、シュテルはまたもや背後から声をかけられた。

 

声をかけてきたのは真白だった。

 

「あっ、宗谷さん。どうしたの?」

 

「いえ‥オカリナの音がしたので‥‥」

 

テアの時と同じくオカリナの音色を聞いてもしやと思い、真白は来たみたいだ。

 

「ああ、オカリナの練習をしていたんだ」

 

「サークルか部活動ですか?」

 

「いや、個人的趣味」

 

「あ、あの‥もし、お邪魔でなければここで聞いていてもいいですか?」

 

「あ、うん」

 

真白はシュテルの傍で、シュテルが奏でるオカリナの音色に耳を傾けた。

 

あれから何曲か演奏したころには太陽も水平線に沈みかけているいい時間帯になり、シュテルはオカリナの演奏を止めた。

 

真白は演奏を終えたシュテルに拍手を送る。

 

「とても素敵な演奏でした」

 

「どうもありがとう」

 

このまま寮に戻るのもなんだか勿体ない気分だった二人は近くのベンチに腰掛けた。

 

「そういえば、宗谷さん」

 

「はい?なんでしょう?」

 

「この前の肝試しの事なんだけど‥‥」

 

「あっ‥‥」

 

「その‥‥よく、覚えていないんだけど、なんか迷惑をかけちゃったみたいでごめんね」

 

クリスが言っていたようにシュテルは怨霊に憑依されていた時のことは覚えていないので、突然の体調不良で肝試しを途中でリタイアしたことになっていた。

 

シュテルとしては当然、よく覚えておらず体調不良と言うがその時のこともよく覚えておらず、なぜ体調不良になったのかも覚えていなかった。

 

しかし、途中でリタイアしたことにより真白と明乃に迷惑をかけたことは変わりないので、真白にこうして謝ったのだ。

 

「あっ、いえ‥突然の体調不良では仕方ありませんよ」

 

真白としてはあの時、シュテルが口走った『雪ノ下』という人物について聞きたいと言う思いがあったが、あの時のシュテルの様子からシュテルにとって『雪ノ下』と言う人物はシュテルにとって決して友好的な人物ではないことは容易に分かるので、シュテルに『雪ノ下』の事を訊ねるのは傷口に塩を塗る行為だと思い敢えて聞かなかった。

 

「ミケちゃ‥‥あっ、いや、明乃ちゃんにも迷惑をかけちゃったからあとで謝らないとな」

 

「艦長は特に気にした様子はありませんでした。それに後日、写真の結果発表で私たちが勝ったことで満足そうな様子でした」

 

真白は肝試し勝負の結果をシュテル伝えると同時にシュテルが明乃の事を渾名+名前で呼んでいたことにちょっとモヤっとした思いがあった。

 

考えてみればシュテルが自分の事を呼ぶとき、後輩にもかかわらず『宗谷さん』と呼んでくる。

 

一方、明乃は渾名か名前呼び‥‥

 

そりゃあ、自分と明乃とでは付き合った時間の長さが違うが、クラスメイト‥‥特に明乃からは入学当時、自分の事を『副長』か『宗谷さん』と呼んでもらいたかったが、なんだか疎外感を感じる。

 

そこで真白は、

 

「あ、あの。碇艦長」

 

「ん?」

 

「‥‥私の事も『真白』と呼んでもらえませんか?」

 

「えっ?」

 

突然の真白の頼みにポカンとするシュテル。

 

「ウチの艦長は名前呼びなのに、私は苗字とさん付けだとなんだかよそよそしくて‥‥それに私は後輩ですし‥‥」

 

真白は意を決してシュテルに名前呼びをしてくれと頼む。

 

「えっ?あっ、うん‥‥宗谷さ‥‥あっ、いや真白さんがそれでいいなら‥‥」

 

「『さん』付けでなくてもいいです」

 

「‥‥わかったよ。真白ちゃん」

 

「はい」

 

「じゃあ、私も『碇艦長』ではなく、シュテルって呼んでほしいかな」

 

テアの時みたいに名前呼びをするのであれば、自分も名前呼びをしてほしいと頼むシュテル。

 

「わかりました」

 

互いに名前呼びの関係になった真白とシュテル。

 

その日の夜、真白は物凄く機嫌がよかった。

 

明乃が、

 

「シロちゃん、なんか良いことでもあったの?」

 

と、訊ねるが、

 

「いえ、なんでもありません」

 

と、言って誤魔化していた。

 

しかし、やはりうれしいことには変わりなく、寮の部屋に戻った真白は枕に顔をうずめながらも顔はまるで恋する乙女みたいだった。

 



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147話

作中で明乃と真白が言っていたケーキやアイスをかけて戦った水鉄砲合戦は、自分の作品では描かれていませんが、公式ライトノベルである『ハイスクールフリート いんたーばるっ』の仁義なき水鉄砲合戦でその内容が描かれています。


「うわぁ~あっつぅ~」

 

「うむ、日本の夏は暑さの他にもジメっとした湿度があるからまいる」

 

シュテルとテアは横須賀女子の敷地内を歩いていた。

 

時期は九月の初旬でまだまだ夏の残暑が厳しい。

 

額に浮かぶ汗を拭いギラギラと輝く太陽を睨む二人。

 

二人は横須賀女子の食堂へ向かい先日シュテルが提案したヒンデンブルククラスとシュペークラスとの白兵戦訓練の話をしようとしていた。

 

流石に残暑が厳しい中、屋外で話し込んでいては熱中症になってしまう。

 

食堂へ向かう中、隣接する購買部にてシュテルはそこで販売している酒蒸し饅頭を見つけた。

 

(酒蒸し饅頭‥‥ん?そういえば、あの饅頭を変わった食べ方をしていた人が居たな‥‥)

 

前世でニュース番組の特集でかつて日本に酒蒸し饅頭を変わった食べ方をした海軍軍人が居た。

 

酒蒸し饅頭を見てそのことを思い出したシュテルは購買部で酒蒸し饅頭を二つ購入した。

 

「シュテル、それはパンか?」

 

「いや、酒蒸し饅頭‥‥和菓子だ」

 

「まんじゅう‥‥レオナが言っていたが、中にはアンコとか言う甘い具が入っていると聞いたが‥‥」

 

「そう。それで昔の日本海軍の軍人でこの饅頭を変わった食べ方をした人が居てね、確か甘さと冷たさの両方を兼ねそろえた食べ方だったと思う」

 

「どんな食べ方なんだ?」

 

「ちょっと実践してみようか?」

 

「うむ」

 

シュテルはお椀と氷水、そして大量のコーヒーシュガーを用意する。

 

「まずは、饅頭をお椀に入れて、そこに氷水をかける。最後に砂糖を上からたっぷりとかけて‥‥」

 

シュテルは砂糖の山ができるのではないかと思うぐらいのコーヒーシュガーをお椀の中の饅頭にかける。

 

「えっ?まんじゅうに砂糖を‥‥?」

 

テアは餡子と言う具が甘いことはレオナから聞いていたのだが、その餡子を具にしている饅頭の上に更に大量の砂糖をかけている事に不思議に思った。

 

「そうだよ。これで、甘さがマシマシになって、氷水で饅頭自体は冷たくなる」

 

「しかし、それでは食べにくくないか?」

 

スプーンで掬ったとしてもコーヒーシュガーを掬うだけになってしまうのではないかと思うテア。

 

「食べ方はスプーンでこうして砂糖を氷水に混ぜて、饅頭は潰して‥‥」

 

グチャ‥グチャ‥‥

 

シュテルはスプーンで饅頭を潰して氷砂糖水に浸す。

 

「そして、これを食べる」

 

「お、おいしいのか?それは‥‥?」

 

グチャグチャになった饅頭を見てテアはやや引いている。

 

確かに見た目は決して美味しそうには見えないからだ。

 

「うーん‥私も今日初めて食べるからな‥‥どうなんだろう‥‥パクッ‥‥」

 

シュテルは恐る恐るスプーンに饅頭と氷砂糖水を掬い一口食べてみる。

 

テアはその様子をドキドキしながら見ている。

 

「モグモグ‥‥うん、意外といける。ちょっと変わったかき氷みたい」

 

前世から甘党なシュテルにしてみれば、この水まんじゅうは食べられないモノではなかった。

 

「テアも一口どう?」

 

シュテルはテアにも水まんじゅうを勧める。

 

「‥‥で、では一口‥‥」

 

「はい、あーん」

 

シュテルはスプーンに水まんじゅうを掬うとテアの口元へと運ぶ。

 

「あーん」

 

テアはスプーンの上の水まんじゅうを口にする。

 

ただ、この時にシュテルは、

 

(あっ、やばっ、これって間接キスってやつじゃあ‥‥でも、まぁ、テアとはマウスチューしたから‥‥いいのか?)

 

テアが水まんじゅうを乗せたスプーンを口にした時に間接キスだと気づいたが、テアとは去年の交換留学の際、キスをしていたので今更間接キス程度と思っていた。

 

一方のテアも、

 

(シュテルとの間接キス‥‥役得、役得)

 

と、何気に惚気ていた。

 

「どうかな?」

 

「ちょっと甘すぎる気もするが、これはこれで、なかなか‥日本に来てから驚くことばかりだな‥‥やはり、日本は凄い国だ‥‥シュテル、これはなんて言うんだ?」

 

「確か水まんじゅうって名前だったと思う」

 

「水まんじゅうか‥‥」

 

「あっ、ただ同じ名前で葛粉を生地に使用した饅頭もあって、世間ではそっちが水まんじゅうで、新潟で言う水まんじゅうはこっちの方なのかな」

 

同じ名前の『水まんじゅう』であっても葛粉を生地に使用した方が本来の水まんじゅうであるとシュテルはスマホで水まんじゅうの画像を検索してテアに見せる。

 

「ゼリー寄せのような饅頭だな」

 

葛粉を生地に使用した水まんじゅうを見てテアはもう一つの水まんじゅうの感想を述べる。

 

後日、テアは今日食べた方の水まんじゅうをミーナたちシュペーのクラスメイトに勧めたところ、やはり最初はグチャグチャになった水まんじゅうの姿と砂糖をこれでもかと言うぐらいの量にドン引きしたが、親日家のレオナは美味しそうに食べていた。

 

ミーナはテアが食べている手前、自分だけ食べないわけにはいかず、水まんじゅうを口にしたが、あまりの甘さに苦心しながらも水まんじゅうを胃に流し込んだ。

 

 

 

 

水まんじゅうを食した後、二人は白兵戦訓練についての話に移る。

 

「先日、シュテルからの提案を受けた白兵戦訓練だが、我がシュペークラスで話したところ、やろうという話になった。特に副長はやる気満々だった」

 

「それは良かった。実はウチの副長もやる気満々だったよ」

 

シュテルもテアもそれぞれの副長が、それぞれの艦長を白兵戦訓練で獲物と認識していることを知らなかった。

 

互いのクラスメイトたちの白兵戦訓練の了承が得られたことでルールの草案を決めた。

 

使用するのはもちろん模擬弾頭であり、それぞれの艦に装備されている機銃は全て使用不可。

 

いくら模擬弾頭とは言え、機銃では威力が高すぎる。

 

勝敗は殲滅戦であるが、降参もありとする。

 

ゾンビ行為は反則とみなす。

 

倒した相手の武器の使用は可能とする。

 

などのルールの草案を作り、互いのクラスでの意見を聞きヒンデンブルククラスとシュペークラスと意見を交換したり、出し合ってルールを決めた。

 

その後、出来上がった白兵戦訓練の草案を横須賀女子の校長である真雪に提出し、許可をもらい、ようやく白兵戦訓練の日を迎える。

 

真雪としては模擬弾を使用するとはいえ、その模擬弾を発射するのはエアガンではなく実銃と言うことで渋々と言った様子だった。

 

最終的に許可出したのはドイツでは何度も今回のような白兵戦訓練を行っていると言う事実があったからだ。

 

 

岸壁では流れ弾が他の学生に当たるかもしれないのでその点を考慮してヒンデンブルクとシュペーは岸壁を離れ、横須賀女子の校舎から少し離れた海上で停泊し、両艦を二か所タラップで行き来が可能とした状態で舞台をセッティングする。

 

そして、二隻の周りにはヒンデンブルククラスとシュペークラスのスキッパーが待機している。

 

彼女たちは万が一海に落ちたクラスメイトたちの救助を担う役割であり、攻撃対象外となっており、反対に彼女たちは相手のクラスメイトを攻撃することもない。

 

 

「あれ?ヒンデンブルクとシュペーが出航していく‥‥」

 

「何かあったんですかね?」

 

明乃と真白が出航していく二隻を見つける。

 

自習が続く中、何の用事で二隻が出航していくのかわからず首をかしげる二人。

 

「ミーちゃんたちはどうやら白兵戦訓練のために岸壁から少し離れるみたいです」

 

そこへ、納沙がなぜドイツの留学生艦二隻が出航したのかを二人に説明する。

 

納沙は元々任侠映画という共通の趣味があるミーナと仲が良いので、今回の白兵戦訓練の話もミーナから聞いていた。

 

「白兵戦訓練?」

 

「それってどんな訓練なの?」

 

「それぞれのチームに分かれて、模擬弾を使用して艦内で銃を撃ち合い相手のチームを殲滅するルールみたいです。いわゆるサバゲーですね。ほら、私たちも以前、アイスやケーキをかけて水鉄砲でやったじゃないですか」

 

「ああ、あれね」

 

納沙に言われ、晴風でもかつて明乃が懸賞で当てた有名お菓子屋さんのアイスやケーキをかけて晴風クラスを二分して戦ったことがある事を思い出す。

 

獲物は今回シュテルたちが使用する実銃ではなく、水鉄砲であったが‥‥

 

「あのゲームは楽しかったよね。私たちもまたやろうか?」

 

明乃にとってはクラスメイトたちと遊んだいい思い出なのだが、真白にとっては、

 

「私はもう二度とやりません!!」

 

と、あの時の思い出はまさに黒歴史であった。

 

あれよ、あれよ、という間にリーダーに押し上げられ、チームメイトは不正をするし、しまいには同じチームメイトだった黒木の水鉄砲がその時着ていたビキニ水着のブラの部分を引っ張ったことで外れてしまいクラスメイトたちに自分の胸を晒すことになった。

 

あの時、周りに居たのが同性だったのが唯一の救いだったがまたあんな経験をするかもしれないなんてゴメンだ。

 

っていうか、あのゲームをやればあの時と同じかそれ以上の不幸な目に遭いそうだったので、真白としては全力で拒否した。

 

 

ヒンデンブルク、シュペーの学生たちは舞台のセッティングが終わると装備の確認を行う。

 

それぞれのクラスの所属がわかるようにヒンデンブルククラス、シュペークラスと異なる色のツナギを着て頭にはヘルメットを被り、目にはゴーグル、口にはマスク、そして腰にはベルトに弾薬盒と水筒をぶら下げる。

 

腕には万が一海へ落ちた時のための腕時計型の緊急避難具を着ける。

 

そして肘と膝にはプロテクターをつけ、足はブーツを履く。

 

「フッフッフッ‥‥みていろ、あのちびっ子め‥‥一発で眉間を撃ち抜いてやる」

 

ユーリは狙撃銃仕様のKar98kを握りしめながら不敵な笑みを浮かべる。

 

「おぉ、ユーリ、気合い十分だね」

 

「そりゃそうさ、長い月日に溜め込んだ因縁を今日、晴らせるんだからね」

 

「へ、へぇ~‥‥」

 

(ユーリって、シュペークラスの誰かに強い恨みを持っているのかな?)

 

シュテルはユーリの様子を見て不思議そうに首を傾げた。

 

一方、シュペーの方でも‥‥

 

「テアはワシが守らなければ‥‥そのためには必ず、あの艦長のタマをとらなければならぬ‥‥」

 

と、ワルサーP38のグリップをギュッと握りしめた。

 

やがて開始時間となり、ヒンデンブルククラス、シュペークラスの学生たちがタラップへと迫る。

 

しかし、最前線の学生は互いに丈夫そうな盾を装備している。

 

その訳は‥‥

 

ダダダダダダ‥‥ダダダダダダ‥‥ダダダダダダ‥‥

 

ダダダダダダ‥‥ダダダダダダ‥‥ダダダダダダ‥‥

 

ヒンデンブルク、シュペーの機銃、高角砲の影や艦橋の高所からは互いにグロスフスMG42機関銃の銃弾がタラップに近づく相手のクラスメイトを銃撃してくるのだ。

 

グロスフスMG42機関銃は1942年にドイツで開発・製造された汎用機関銃であり、構造が複雑であったラインメタル/マウザー・ヴェルケMG34機関銃の後継銃であり、プレス加工を多用して生産性を向上させるとともに整備性と動作安定性を高めている。

 

反動利用方式のショートリコイルを採用し発射速度は1200発/分とかなり速い。

 

MG34とは異なり、連射のみで単射機能はなく、MG34と比較すると命中精度は落ちたが、速射性能がその欠点を補っている。

 

まさに下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるを表現したような銃である。

 

しかし、このMG42の集中射撃により確実に互いの学生の足止めにはなる。

 

「弾が切れた!!早く次弾を!!」

 

「弾をくれ!!弾をくれ!!」

 

「弾運び急がんか!!急げ!!」

 

その一方でMG42は弾の連射速度が速いため直ぐに弾切れとなるので、給弾係りの学生は急いでMG42の弾を運ぶ。

 

そんなMG42機関銃の機銃手を黙らせるのが狙撃手である。

 

艦橋の一番上の展望デッキや高所からMG42を撃っている機銃手を狙撃していく。

 

ユーリもその腕を振るい物陰に隠れている機銃手を撃ち取っていく。

 

だが、お目当てのテアの姿をなかなか確認できない。

 

「来やがれ、ツラ見せろ。出て来い、57mm弾が待ってるぜ」

 

ユーリはスコープ越しからテアの姿を探していた。

 

互いにMG42の機銃手が狙撃で倒れたまたはMG42自体が弾切れとなると、シュペー、ヒンデンブルクの甲板はさながら戦場のような構図となる。

 

Kar98k、MP 40、StG44の銃声に学生たちの声が響く。

 

「進め!!進め!!進め!!」

 

「うわぁぁぁー!!」

 

「突撃!!」

 

ヒンデンブルクとシュペークラスの学生たちが混戦を繰り広げる中、シュテルはミーナと対峙していた。

 

ゴーグルとマスク、ヘルメットで顔はうまく判別できないが、ミーナには眼前に立つ人物がシュテルであると雰囲気で分かった。

 

(碇艦長‥まさかここまで来るとは‥‥しかし、これ以上先には‥‥テアの下には行かせん!!)

 

ミーナの手にはワルサーP38。

 

(この雰囲気‥‥ミーナさんか‥‥)

 

シュテルの手にはルガーP08 8インチ。

 

どちらもドイツが誇る名銃が握られていた。

 

周りの学生たちが戦闘している中、両者の周りはまるで別空間みたいに静かに感じた。

 

コッ‥‥コッ‥‥コッ‥‥コッ‥‥

 

コッ‥‥コッ‥‥コッ‥‥コッ‥‥

 

シュテルとミーナは互いにゆっくりとした足取りで近づいていく。

 

それはもうかなりの至近距離で銃なんて役に立たないくらいかと思うくらいだ。

 

互いに銃を向けた瞬間に長いような短い静かな空気は一変した。

 

ダン!!ダン!!

 

ガチャ、ガチャ

 

ダン!!ダン!!

 

ガチャ、ガチャ

 

シュテルとミーナは銃口を自身の持つ銃の銃身と銃を持たないもう片方の手で押しのけあいながら、銃を撃ち最小限の動きで相手の弾丸を躱していく。

 

しかも弾切れにならないようにここぞと言う時以外には発砲しない。

 

もっとも発砲したところで相手には当たらない。

 

シュテルとミーナとの戦いを見た周囲の学生たちは思わず自分たちの戦う手を止めて二人の戦いを見ていている。

 

「えっ?副長のあの動きナニ!?」

 

「あんな至近距離で銃を撃ち合っている‥‥」

 

「副長の相手ってヒンデンブルクの艦長さん?」

 

「すごーい!!」

 

周囲の学生が自分たちの事を口にしているが二人には周囲を意識する余裕などなく、眼前の相手に集中している。

 

互いに至近距離で銃を撃ち合っているため、援護したくても下手に撃てば味方に当ててしまうので、撃ちたくても撃てない。

 

(やはり、碇艦長‥手ごわい‥‥ますますテアの下に行かせるわけにはイカン!!何が何でも此処でタマを取る!!)

 

(流石、任侠映画を見ているだけあって戦闘能力も高い!!)

 

シュテルとミーナが戦っている中、ユーリも移動しながらテアを探していた。

 

狙撃銃仕様のKark98からMP 40に変え腰にはルガーP08 4インチが入ったホルスターをぶら下げている。

 

シュペーの艦内を警戒しながら進み、向かってきたシュペークラスの学生たちを返り討ちにしながらテアを探していく。

 

シュペークラスの学生を返り討ちにしていくうちにMP 40の弾が切れたので、腰のホルスターからルガーP08を取り出す。

 

そして、不意にユーリとテアは出会う。

 

「「っ!?」」

 

二人は出会い頭に銃を向ける。

 

「うわっ!?」

 

「くっ‥‥!?」

 

テアはワルサーppkの銃口をユーリに向け、

 

ユーリはルガーP08の銃口を向け、

 

引き金を引く。

 

しかし、射撃能力はユーリの方が上の様で、ユーリが放った弾はテアの腕を掠めた。

 

「うっ‥‥」

 

(ちっ、腕を掠める程度だったか‥‥)

 

出会い頭の遭遇戦だったので、射撃が得意なユーリでもテアをリタイアに追い込むダメージを与えることはできなかった。

 

「ちびっ子、腕はどんなだ?」

 

「こっちへ来て確かめろ」

 

「いや結構。遠慮させてもらうよ。ちびっ子、顔を出してみろ。一発で、眉間をぶち抜いてやる。同じ国のよしみだ。苦しませたくはない」

 

もはや完全に映画の悪役のようなセリフを口にするユーリだった。

 

 

この日、真冬は例の海上テロ事件の事後処理で真雪と直接会って話す事があったので、内火艇で横須賀女子に向かっていた。

 

そんな彼女の目に横須賀女子の校舎から少し離れた海域にドイツのヒンデンブルクとシュペーが停泊しているのが見えた。

 

「おっ?ドイツの留学生艦か‥‥こんなところで何しているんだ?」

 

現在、横須賀女子はあの海上テロ事件の事後処理で自習が続いている。

 

そんな中でドイツからの留学生艦が横須賀女子の岸壁から離れて中途半端な海域に停泊していることに違和感を覚えていると‥‥

 

ダダダダ‥‥

 

ババババ‥‥

 

留学生艦からは銃声が聞こえてきた。

 

「なっ!?銃声だと!?」

 

銃声を聞き、真冬は顔をこわばらせる。

 

「おい、針路変更だ。留学生艦に向かって現状を確認するぞ!!」

 

真冬は留学生艦で何かトラブルが起きたのだと思い横須賀女子へ行く前に留学生艦へと向かう。

 

留学生艦の近くまで行くと、二隻の留学生艦の周囲には緊急避難具のバルーンが浮かんでいるのが見える。

 

銃声に緊急避難具のバルーンを見てやはりただ事ではないと判断する真冬。

 

そして、内火艇が留学生艦の近くに到達すると、

 

「とおぅ!!」

 

相変わらず常人離れした脚力でほんの少しの助走で内火艇から留学生艦の甲板に着地する。

 

「えっ?」

 

「誰?」

 

「どこから来たの!?」

 

突然、甲板に降り立った真冬の姿を見て学生たちは戦っていた手を止める。

 

一方、真冬の方も甲板に降り立った後、周囲に居るヘルメットにゴーグル、マスクで顔を隠し手には銃を持っている学生たちをテロリストか海賊だと思い、

 

「おりゃあぁー!!」

 

「きゃああー!!」

 

ドボーン!!

 

近くに居た学生を掴み海へと落とした後、殴りかかる。

 

「な、何この人!?」

 

「いきなり殴りかかってきたわよ!?」

 

学生たちからしてみれば、いきなり甲板に来たと思ったら自分たちを殴りかかってくるのだからたまったものではない。

 

真冬の制服が通常のブルーマーメイド隊員の白い制服とは異なり黒い制服でさらにはマントを羽織っていたことが、真冬を一目でブルーマーメイド隊員と判断できなかったこともある。

 

一方、真冬の方も学生たちが白兵戦訓練で安全を考慮するため制服ではなくテロリストか海賊みたいな間際らしい格好をしていたために彼女らが留学生艦の学生と判断がつかなかったことも今回の混乱の原因にあった。

 

「あの人はブルーマーメイドの宗谷真冬さん!?」

 

クリスは突然の乱入者が真冬であることを見抜く。

 

「えっ?あの人、ブルーマーメイドの人なんですか!?」

 

「メイリン、急いで訓練中止の放送を流して、私はそれまであの人の足止めをするから!!」

 

「は、はい」

 

クリスはメイリンに訓練を中止するように頼むと真冬の下へ駆けていく。

 

「おら、おら、お前らそれでもいっぱしのテロリストかぁ!?」

 

真冬は相変わらず、学生たちをテロリストか海賊だと思い千切っては投げての一人無双をしている。

 

さらに真冬は服の上から胸部の膨らみから甲板に居る者たちが女だと判断し、さりげなくお尻をさわっている。

 

そんな中、

 

タッタッタッタッタ‥‥

 

「ふんっ!!」

 

真冬の拳を肘でガードする。

 

「おっ、なかなか骨のある奴がいるな」

 

自らの攻撃をガードした物が居たことに真冬は不敵な笑みを浮かべる。

 

真冬とクリスは互いに後ろに飛び、距離を取る。

 

「宗谷真冬さん‥貴女は何か勘違いしていませんか?」

 

クリスはゴーグルとマスクを外し、顔を晒す。

 

「私たちはヒンデンブルクとシュペー所属の学生です」

 

「えっ?そうだったのか?」

 

「そうですよ。今日はヒンデンブルクとシュペーの学生たちで白兵戦訓練をしていたんです」

 

クリスは真冬に今日の白兵戦訓練についての説明をする。

 

「なるほど、白兵戦訓練か‥‥」

 

真冬は納得するように頷く。

 

「と言うか、ブルーマーメイドの貴女がなんでここに居るんです?」

 

「かあさ‥‥いや、宗谷校長と直接する話が合ってな‥‥」

 

クリスの質問に答える真冬。

 

「それよりも‥‥だ‥‥」

 

「?」

 

「お前さん、よくよく見れば、胸はないが、なかなか形のいい尻をしているじゃねぇか」

 

「っ!?」

 

「ちょっとでいいから、触らせてくれねぇか?」

 

真冬は手をワキワキと怪しい動きをしながらクリスににじり寄ってくる。

 

「ちょっ、何言っているんですか!?貴女は!?」

 

「今は白兵戦訓練の真っ最中なんだろう?ならば、ちょっとしたハプニングだっておこるかもしれねぇじゃないか」

 

「‥‥」

 

真冬の言動に呆れるクリス。

 

そして、真冬がダッと駆け寄り距離を詰めてくる。

 

「くっ‥‥」

 

クリスも真冬を迎え撃つかのように駆け出す。

 

そして、両者がクロスしたその瞬間、

 

「スティール‥‥」

 

クリスはボソッと何かをつぶやいた。

 

そして、加速すると真冬からのお尻へのタッチを躱す。

 

両者は再び対峙するのだが、この時真冬は胸に何か違和感を覚えた。

 

「フフ、これ、なぁんだ?」

 

「えっ?」

 

クリスの片手には黒いブラジャーがあった。

 

「なっ!?」

 

真冬はその黒いブラジャーを見て、顔を赤らめ自らの胸に手を当てる。

 

すると、そこには確かに着けた筈のブラジャーの感覚がない。

 

「これは返しますね」

 

クリスはブラジャーを真冬に投げ、真冬はそのブラジャーをキャッチする。

 

「さあ、お仕事があるのでしょう?貴女は貴女の務めを果たしなさいな」

 

「ま、まさか、アタシからブラを掠め取るとは‥‥しかもあの一瞬で‥‥」

 

これまでの人生の中で数多の同性のお尻を撫でてきた真冬であったが、まさか自分からブラジャーを掠め取られるなんて初めての経験だった。

 

「艦長!!」

 

すると、内火艇から同僚の声がした。

 

「艦長!!この子たちは海賊やテロリストではなく、ドイツからの留学生です!!」

 

同僚はどうやら海上を浮いている学生かスキッパーに乗っている学生に聞いたのだろう。

 

「わかっているよ!!」

 

「それと、宗谷校長との約束の時間が押しています!!早く、行きませと!!」

 

さすがの真冬も甲板でブラジャーを着ける気にはならず、横須賀女子に着いたらトイレで着けるつもりで、ブラジャーをポケットに入れると甲板から海に浮かんでいる内火艇へ飛び降りて横須賀女子へと向かった。

 

クリスと真冬が甲板で戦っている中、クリスから訓練中止の放送を頼まれたメイリンは急いで艦内マイクの音量を最大にして訓練中止の放送をいれた。

 

「緊急事態により、訓練中止!!訓練中止です!!」

 

「「ん?」」

 

メイリンの放送を聞いて至近距離で銃を撃ち合っているシュテルとミーナ、シュペーの艦内でテアを追いつめていたユーリであったが、訓練中止の放送を受け、動きが止まる。

 

「緊急事態?」

 

「一体何があったんだ?」

 

「ちぇっ、もうちょっとの所であのちびっ子を撃ち取れたのに‥‥」

 

ユーリはテアを撃ち取れなかったことに物凄く不満そうだった。

 

 

真冬の乱入により訓練が中止になってから少し時間が経った頃、

 

その真冬は横須賀女子の校舎に着き、トイレでブラジャーを着け直した後、校長室で真雪と会ったのだが開口一番に、

 

「真冬、貴女よく確かめもせずにドイツからの留学生たちの訓練に乱入したみたいね」

 

真雪の下には当然留学生艦から真冬が訓練中に乱入してきた連絡が来ていた。

 

「しょ、しょうがないでしょう。あんな格好で銃を持っていたら誰でも見間違えるって!!」

 

真冬は真雪に理由を話す。

 

今日の白兵戦訓練は横須賀女子側に許可を取ったが、ブルーマーメイド側には何も通達していなかった事と留学生たちの服装と装備から真冬が留学生たちをテロリストか海賊と見間違えるのも仕方がなかった。

 

「まぁ、今日来る貴女に留学生たちの訓練の事を話していなかった私の落ち度でもあるけど‥‥でも、貴女単身で乗り込んだみたいね?」

 

「ん?ああ、そうだけど‥‥」

 

「貴女、このまえの海上テロ事件の時もプラント奪還の時、一人で突っ走ったみたいね?‥‥相手は凶悪なテロリストだったのよ。その猪突猛進なところを直しなさい」

 

(母さんが現役時代の時もアタシと同じような猪突猛進タイプだったと聞いたぞ‥‥なんか理不尽だ‥‥)

 

と、海上テロ事件についての話なのに最初はなぜか母からのお説教を受ける真冬だった。

 

一通り真雪からのお説教を受けた後、本題である海上テロ事件についての話し合いが行われ、話し合いが終わると、

 

「なぁ、母さん」

 

「なに?」

 

「今度、あの留学生たちとアタシの艦の連中との間で白兵戦訓練をやりたい」

 

と、ヒンデンブルクとシュペーの学生たちと真冬が艦長を務めるべんてんの乗員との間で今日、行われた白兵戦訓練みたいな訓練をやりたいと真雪に提案してきた。

 




ホットペッパーのCMを見て、アフレコキャラを作品のキャラに置き換えてみました。


明乃「今日の送別会三人しかいませんけど、まぁ楽しんで‥‥」

シュテル「おいおい、ちょっとまってくれ。おい、どうして私の送別会が三人なんや?ん?」

もえか「君、抜いたら二人や」



阿部 「あぁ~、今年の忘年会はね、皆さん無礼講で‥‥」

河野 「お前、無礼講言うてもな!親しき仲にも礼儀ありやぞお前!」

阿部 「‥‥社長(艦長)にお前言うな」


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148話

 

 

ヒンデンブルククラスとシュペークラスとの間で行われた白兵戦訓練は、訓練中の学生たちをテロリストか海賊と間違えた真冬の乱入により、一時中断する事態となった。

 

その後、真冬は本来の予定である横須賀女子へと向かい真冬との会談を終えると彼女にドイツからの留学生たちと自らが艦長を務めるべんてんの乗員たちとの間で白兵戦訓練を行いたいと提案してきた。

 

一方、真冬の乱入により白兵戦訓練の一時中断を余儀なくされたドイツからの留学生たちは‥‥

 

「どうする?仕切り直す?」

 

「さすがにこの状態から始めるのは無理があるからね‥‥」

 

この中断した状態からまた訓練開始はさすがに白けるし、中断前は優位だったのに再開することで不利になる状況になる者も居るかもしれない。

 

ならば、仕切り直して最初からやり直すのがベストだろう。

 

「じゃあ、装備の点検と負傷者の治療し、水分補給の後で仕切り直しで訓練再開にしようか?」

 

方針を立てた後、ヒンデンブルククラス、シュペークラスの学生がそれぞれの艦に戻ろうとした時、

 

「碇艦長、クロイツェル艦長、横須賀女子の宗谷校長から電話です」

 

メイリンがシュテルとテアに真冬から電話が入ったと伝えてくる。

 

「校長から?なんだろう?」

 

「やっぱり、訓練をやめなさいって連絡かな?」

 

「まぁ、真冬さんが乱入してきたからね」

 

真雪から電話が来たということでシュテルとテアは真冬の乱入の件を伝えたので、訓練の中止を要請してきたのかもしれないと思い、直接顔を合わせることのできるテレビ電話に出る。

 

「はい、なんでしょう?」

 

モニター画面の向こう側には横須賀女子の校長室に居る真雪と真冬の姿が映し出されている。

 

「先程は、訓練中なのに娘のせいで台無しにしてごめんなさい」

 

真雪は真冬の頭を手で強引に下げさせて二人に謝る。

 

「い、いえ‥‥」

 

「幸い負傷者は出ていませんし‥‥」

 

「本当にごめんなさい。それで実は真冬が、今回貴女たちが行っている白兵戦訓練をべんてんの乗員との間でやりたいって言ってきたのだけれど‥‥」

 

真雪はシュテルとテアの二人に真冬がシュテルたちドイツからの留学生組と真冬が艦長を務めるべんてんの乗員との間で白兵戦訓練をしたいという提案をしてきたことを二人に伝える。

 

「えっ?真冬さんが!?」

 

「ええ‥‥」

 

「べんてんの乗員ってことはブルーマーメイドの隊員たちと言うことですよね?」

 

「そうね」

 

(べんてんの乗員と言うことはあの時の海上テロ事件の際、プラントをテロリストから奪還した人たちだよな‥‥)

 

(この人と白兵戦訓練‥‥我が艦の乗員やシュテルがあんな目に遭うかもしれないということか?)

 

シュテルもテアも先の海上テロ事件の鎮圧に参戦していたのでべんてんの乗員の勇猛さは知っている。

 

テアなんて双眼鏡越しであるが、テロリストのリーダーが真冬の手によって子供には見せられないようなことをされているのを目撃している。

 

もし、真冬と白兵戦訓練を行えば自分を含めシュペークラスのクラスメイトやシュテルもあの様な目に遭うかもしれないと身震いする。

 

(経験はあちらが上ではあるが、訓練としての経験では正規のブルーマーメイドの隊員と戦えるのは貴重なことだが‥‥)

 

シュテルはプラント奪還に関しては参加していなかったのでテアが目撃したテロリストのリーダーの末路を当然知らない。

 

しかし、プラントを奪還したのはべんてんの乗員であることは事後報告で知っている。

 

そのプラントを奪還したべんてんの乗員と白兵戦訓練を出来るということは貴重な経験になるのではないかと言う思いもあった。

 

「この場では即答できかねないので、シュペー、ヒンデンブルク双方の乗員と話し合いってから結論を出すと言うことで良いでしょうか?」

 

シュテルはさすがに艦長二人の一存で決められない事なので、シュペークラス、ヒンデンブルククラスと話し合ってから結論を出すことにした。

 

「そうね。わかったわ」

 

真雪はシュテルの意見に理解を示しまずは両クラスの話し合いをすることにした。

 

「メイリン」

 

「はい」

 

「聞いての通りだ。一旦シュペークラスを含め全員をヒンデンブルクの講堂に集めてくれ」

 

「わかりました」

 

メイリンは放送をかけ、シュペークラスを含め全員をヒンデンブルクの講堂へ集合をかけた。

 

ヒンデンブルクの講堂に皆を集めたのはシュペーの講堂よりもヒンデンブルクの講堂の方が広く、ヒンデンブルククラス、シュペークラスの学生を全員入れることが出来るからだ。

 

 

ヒンデンブルクの講堂に集まったシュペー、ヒンデンブルクのクラスメイトたち。

 

壇上にてシュテルが皆の前で集合させた理由を話す。

 

「今回の白兵戦訓練にて、ブルーマーメイドの宗谷真冬さんの乱入と言うアクシデントにて訓練を一時中断することになった件について、先程横須賀女子の宗谷校長から謝罪の連絡が入った」

 

シュテルはまずは真冬の乱入と言うアクシデントについて真雪からの謝罪があったことを留学生組に伝える。

 

「その際に真冬さんらべんてんの乗員との白兵戦訓練を提案された」

 

そして、シュテルがべんてんの乗員との間で白兵戦訓練の提案を受けたことを伝えると講堂がざわつく。

 

「さすがに私とテアとの二人で返答を出来る案件ではないので、こうして皆に集まってもらったわけだ」

 

「みんなは今回の話、どう思うか意見を聞きたい」

 

テアが講堂に集まった学生たちに真冬からの提案をどう思うのか意見を求める。

 

「さすがに断ったからと言って成績や将来、ブルーマーメイドへの入隊試験に影響するとは思えないので、無理に受けなくても良いと思う。だが、正規のブルーマーメイドの隊員との間で白兵戦訓練を出来るいい機会だと私は思う」

 

シュテルは注意事項と自身の考えを先に述べた。

 

「うーん、シュテルンの言うことは最もだけど‥‥」

 

「相手はあの宗谷真冬さんだし‥‥」

 

確かにシュテルの言う通り、学生の内に正規のブルーマーメイドの隊員との白兵戦訓練を出来る貴重な機会であるが、その相手はあの海上テロ事件の際にプラントをテロリストたちから奪還した真冬率いるべんてんの乗員たち‥‥

 

強敵には違いないが、真冬のあの個性が強すぎて、彼女が艦長を務める艦の乗員全員が真冬と同じような性癖の持ち主なのではないかと不安視してしまう。

 

流石に学生相手なので本気を出さない。

 

もしくは、何かしらのハンデを持っての訓練だと予想される。

 

しかし、提案者の宗谷真冬を除くべんてんの乗員との間で白兵戦訓練‥‥

 

なんて条件は絶対に無理だろう。

 

様々な意見が飛ぶ中、最終的にやはり正規のブルーマーメイドの隊員との訓練は貴重な体験と言うことで今回の真冬の話を受けることにした。

 

今回の真冬の乱入の際、彼女に海へ落とされた学生の一部は真冬へのリベンジを誓っている者もいた。

 

ただし、話を受けるにあたってルールを決めることにした。

 

もっとも今回の白兵戦訓練のために学生たちはルールを策定していたので真冬へのルールの提出にたいして時間はかからなかった。

 

 

「宗谷校長先生、お待たせしました」

 

結論が出たので、シュテルは再び真雪へテレビ電話をいれる。

 

「ヒンデンブルククラス、シュペークラスの全員で話し合った結果、真冬さんの提案を受けます」

 

シュテルは真雪と真冬に留学生組とべんてんの乗員との間で白兵戦訓練を行う旨を伝える。

 

「いいの?」

 

「はい、正規のブルーマーメイドの方たちと訓練ができる貴重な機会ですし‥‥」

 

留学生組が自分の提案を受けたことに真冬は真雪の死角でガッツポーズをとっていた。

 

「ただ今回、自分たちが訓練前にルールを定めていたようにブルーマーメイドの方たちとの訓練前に改めてルールを定め、共有したいと思っています」

 

「わかりました」

 

白兵戦訓練のルールを改めて決めるため、

 

「時間より早いけど、今回の訓練はこれで終わりにしようか?」

 

「そうだな」

 

真冬の乱入とべんてんの乗員との間で白兵戦訓練のルール策定のため、時間よりは早いが訓練を終了にして横須賀女子へと戻った。

 

 

横須賀女子へと戻ったシュテルとテアは早速、真冬が居る校長室へと向かった。

 

コン、コン

 

「どうぞ」

 

「「失礼します」」

 

校長室には真雪と真冬の二人が待っていた。

 

シュテルの手には今回の白兵戦訓練で決めたルールが纏められた書類があった。

 

その後、シュテル、テア、真冬の三人でルール策定や日程の調整作業に取り掛かった。

 

「‥‥では、ルールはこれで‥‥会場である‥は‥‥」

 

「それはこちらで用意する。地図も事前にそっちへ送っておく」

 

「ありがとうございます」

 

ルール策定や訓練の舞台の設置等の話し合いを終え、シュテルとテアは校長室を後にする。

 

「「失礼しました」」

 

横須賀女子校舎の通路を歩きながらシュテルは、

 

「まさか、学生同士での訓練がここまで話が大きくなるとは思わなかったな」

 

シュテルが今回の件についてポツリと呟く。

 

「うむ、そうだな」

 

テア自身も当初は学生同士の訓練だと思っていたのだが、シュテルの言う通りまさかここまで大きなことになるとは思ってもみなかった。

 

「じゃあ、この後は人質役のエキストラさんたちを集めますか」

 

「うむ」

 

今回の白兵戦訓練はあの海上テロ事件の時のようにブルーマーメイドチームは人質救出で留学生組はテロリストとしてべんてんの乗員たちと訓練を行う予定なのだ。

 

そのため、留学生組以外の学生に人質役をやってもらおうという訳なのだ。

 

二人はまず、交流がある晴風クラスから声をかけた。

 

「えーっ!!真冬姉さんたちと訓練!?」

 

真白はシュテルからべんてんの乗員との白兵戦訓練の話を聞いて驚きの声をあげる。

 

「大丈夫なんですか!?相手はあの真冬姉さんなんですよ!?」

 

あの海上テロ事件やつい先程の白兵戦訓練の乱入からも真冬の体力や戦闘能力の高さが窺える。

 

そんな真冬相手に白兵戦訓練を行うのだから真白が驚き、心配するのも当然だった。

 

「ま、まぁ、そこは戦術と腕、そして運かな?」

 

シュテルはたとえ相手が真冬としても彼女も地球人類であることは変わりないので、戦術と運で倒すことも可能だろうと言う。

 

「それで、今回の白兵戦訓練の内容があの時の海上テロ事件みたいに人質救出する内容なんだけど、もしよければ人質役をやってもらえないかとこうして声をかけたんだけど‥‥」

 

「人質役‥ですか?」

 

「うん。あっ、人質と言ってもほとんど座っているだけか、救助に来たブルーマーメイドの人たちの指示に従うだけで、危険なことはないから」

 

「は、はぁ~‥‥」

 

「なんか、面白そうだね」

 

「いや、面白そうって‥‥」

 

真白は真冬相手に訓練をするシュテルたちのことを心配していたが、明乃は今回の訓練内容を聞いて面白がっている。

 

「ねぇ、シロちゃん。折角だし参加してみない?」

 

そして、真白に人質役として訓練に参加してみないかと言う。

 

「えっ!?」

 

「だって、人質役でもブルーマーメイドの人たちと一緒に訓練できるんだよ」

 

「ま、まぁ‥そうなんですが‥‥」

 

人質役で真冬やブルーマーメイドの人たちと直接戦う訳ではないが、間接的にブルーマーメイドの人たちと一緒に訓練に参加することが出来るので、これは真白や明乃にとってもある意味で貴重な体験となるだろう。

 

そういった面もあり、明乃は今回の訓練に参加することに積極的だったのだ。

 

明乃の誘いもあり、真白は人質役であるが今回の訓練に明乃と共に参加することにした。

 

その後もシュテルとテアは晴風クラスの生徒に声をかけ、

 

「宗谷さんが参加するなら私も参加するわ!!」

 

「クロちゃんがやるなら当然、あたしもやるぜ!!」

 

「姐さん、手を貸しますぜ」

 

と、晴風クラスのクラスメイトのほとんどが参加することになった。

 

まぁ、もともとイベント好きな彼女たちの性格を考えると高確率で参加するだろうと思っていた。

 

次にシュテルはもえかにも声をかけた。

 

やはり、もえかもブルーマーメイドの人たちと一緒に訓練できるということで参加してくれた。

 

晴風クラスやもえかの他にシュテルはみほにも声をかけた。

 

「西住さん」

 

「あっ、碇さん」

 

「ちょっといいかな?」

 

「うん、いいけど」

 

「実は西住さんに手伝ってもらいたいことがあって‥‥」

 

「えっ?何かな?」

 

「実は‥‥」

 

シュテルはべんてんの乗員との白兵戦訓練の話をして、訓練内容から人質役のエキストラを募集していることをみほに伝えた。

 

「えっ?ブルーマーメイドの人たちと一緒に訓練?」

 

「うん、そう‥‥それで知り合いの一年生の学生にも声をかけたんだけど、一年生だけではなく、同じ学年である西住さんにも声をかけたんだけど‥‥」

 

「いいよ!!私も参加する!!」

 

「そ、そう?ありがとう」

 

みほは目を輝かせながら訓練に参加する旨を伝えた。

 

「西住殿が参加するのであれば私も参加いたします!!」

 

そして、みほが参加するということで同じクラスメイトであり、西住殿の忠犬である秋山も当然参加した。

 

人質役の参加者の名前を手帳に記入し、ある程度の人数となり、次は作戦を練ることにした留学生組。

 

「今回の訓練の舞台の地図は先程、宗谷真冬さんから送られてきました」

 

「ありがとうメイリン。さっそくプリントアウトして」

 

「はい」

 

メイリンは早速送られてきた訓練会場の地図をプリントアウトし、留学生組は作戦案を練り始めた。

 

「やはり、ブルーマーメイドのキーマンとなるのが‥‥」

 

「宗谷真冬か‥‥」

 

「私たち、ヒンデンブルククラスはプラント奪還に参加していなかったけど、やっぱりあの人は凄かったの?」

 

「ああ、すごかった‥‥あれはとても子供には見せられないくらいにな‥‥」

 

「えっ?」

 

テアの発言を聞いて固まるシュテル。

 

(もしかして、今回の訓練を引き受けたのは間違いだったか‥‥)

 

ここでシュテルは今回のべんてんの乗員たちとの訓練はやるべきではなかったのかもしれないと思い始めた。

 

しかし、ここまできてやっぱり中止では後味が悪いし、流石に学生相手に真冬もテアが言うような、『子供には見せられない』 様なことはしないだろうと思いたかった。

 

「テアがそう言うくらいだから、やはり少人数の時、真冬さんと出会ったら‥‥」

 

「ああ、防衛ラインを下げてでも交戦は避けた方がいい」

 

「真冬さんを倒さなければ我々の勝利はないか‥‥」

 

留学生組はいかに真冬を倒すかを念頭にルールを見直しながら訓練のための作戦を練った。

 

一方、その対戦相手である真冬も自艦に戻り乗員たちにドイツからの留学生組との間で白兵戦訓練をすることを伝えた。

 

「‥‥って、訳で今度、ドイツから横須賀女子に留学している学生たちと白兵戦訓練を行うことになった!!」

 

『ええっー!!』

 

真冬の宣言にべんてんの乗員たちは思わず声をあげる。

 

「ん?なんだ?そのリアクションは?」

 

「で、でも相手は学生ですよ!?」

 

「しかも他国の‥‥」

 

べんてんの乗員たちは相手が学生と言うことで日夜テロリストや海賊相手に白兵戦をしている自分たちとでは相手にならないという空気が漂っている。

 

「お前ら、あいつ等をそこらの学生だと思ってナメてかかると痛い目に遭うぞ‥‥」

 

真冬の脳裏に自分が気づかぬ間に自身のブラジャーを掠め取ったクリスの姿が過る。

 

そして、まさかの真冬からのこの発言でべんてんの乗員たちは思わず固唾を飲む。

 

真冬にここまで言わせるのだからきっとすごい学生たちなのだろうと思わせる辺り、べんてんにおける彼女のカリスマ性が窺える。

 

「いいか、いくら訓練だからと言って決してナメてかからず、全力で行くぞ!!」

 

『応!!』

 

まさかのクリスの行動により、べんてんの士気をあげてしまったのだった。

 

 

こうして留学生組もべんてんも訓練当日まで自主的に訓練や作戦の策定を行った。

 

そして、訓練当日‥‥

 

横須賀女子の港湾区画には一隻の豪華客船が停泊していた。

 

この客船は今回の訓練の舞台であり、真冬が訓練のために手配した船だった。

 

そのほかにも港湾区画には横須賀女子の教官らも見学のためのテントが設置されている。

 

真霜たちブルーマーメイド関係者の姿もある。

 

「真冬も学生相手によくやるわね‥‥あのテロ事件であれだけ暴れたのにまだ暴れ足りないのかしら?」

 

真冬から今回の訓練の話を聞いた時、真霜はべんてんの乗員同様、あの真冬率いるべんてんの乗員相手に学生たちでは話にならず、訓練はすぐに終わるだろうと思っていた。

 

「真冬姐さん相手にどこまで頑張れるかしらね?」

 

「怪我無く終わってくれればいいけど‥‥」

 

福内や平賀も真霜と同じく訓練はすぐに終わると思っている。

 

 

舞台となる客船には、まず人質役のエキストラとなった学生たちが古庄教官の案内の下、乗船した。

 

「まずは、ブルーマーメイドの宗谷真冬艦長からメッセージがあります。『今回の訓練で人質役のエキストラを引き受けてもらい、感謝する。今回の訓練内容は客船がテロリストたちに占拠されたケースで、我々ブルーマーメイドは人質となった諸君らを救出する。そのため、人質役の諸君らには乗客として振舞ってもらいたいので、更衣室で用意した衣装に着替えてもらいたい‥‥』以上です」

 

真冬のメッセージを聞いて、

 

用意された衣装の部分に反応する学生が多かった。

 

「皆さんも先の海上テロ事件でべんてんの乗員たちによるプラント奪還と人質の救出を行ったことを知っているだろうと思う。今回の訓練もそれと同じに近い形にするため、皆さんには乗客として振舞ってもらいます」

 

古庄教官が人質役の学生たちを更衣室へと案内し、そこに用意されていた衣装に着替えるように伝える。

 

更衣室にはワンピースやパーティードレスの服が用意されていた。

 

しかし、靴に関してはヒールが高い靴は動く際に転倒してしまう可能性もあるので、靴だけは学生靴のままである。

 

人質役の学生たちは制服から用意されていた服に着替える。

 

「あの姉は形から入るタイプなんだから‥‥」

 

真冬の行動に呆れながらも真白は着替える。

 

着替え終わった真白はその名の通り白いワンピース姿となる。

 

「宗谷さん、とっても素敵よ」

 

「あ、ありがとう。黒木さん」

 

真白のワンピースを褒めた黒木は黒いワンピースを身に纏っていた。

 

「西住殿!!とっても似合っているであります!!」

 

「あっ、うん。ありがとう優花里さん。優花里さんもよく似合っているよ」

 

みほは白いゴスロリ風のドレスを着ており、秋山は‥‥

 

「うーん、私としては何やら複雑であります」

 

レディーススーツを身に纏っており、まさに男装の麗人みたいだった。

 

着替えが終わった学生たちは客船のロビーに集まり、次の指示を待つ。

 

「着替えが終わったみたいね。この後は訓練が始まるまで、皆さんにはレストランで待機してもらいます」

 

『はい!!』

 

ロビーからレストランへ移動する学生たち。

 

「なんかワクワクするね。これからテロリストたちが襲撃してくるわけだし」

 

「訓練とは言え、そんな悠長な‥‥」

 

明乃はこれから起こる訓練にワクワクしている様子であるが、真白はこの後、テロリストに扮する留学生たちが襲い掛かってくるとなると例え知っていても不安になる。

 

レストランにはバイキング形式で軽食やスイーツも用意されており、

 

『ご自由にお取りください』

 

と言う看板もあり、学生たちは訓練が始まるまで用意された軽食とスイーツを食べ始める。

 

学生たちはこれが訓練だと忘れかけたそのころ‥‥

 

ダーン!!

 

レストランに一発の銃声が鳴り響くと共に、

 

「動くな!!」

 

「全員、レストラン中央に集まれ!!そして、両手を頭の上におけ!!」

 

迷彩服にヘルメット、ガスマスクを装備し、ブーツを履き、手にはドイツ製の銃やライフルで武装したテロリストたちが雪崩れ込んできた。

 

訓練だと知っていながらもテロリストに扮する留学生たちの姿は本物のテロリストそっくりの迫力があった。

 

「もたもたするな!!早くしろ!!」

 

「変な動きをすれば撃つぞ!!」

 

「この船は我々が占拠した!!お前たちは人質だ!!大人しくしていろ!!」

 

テロリストに扮した留学生たちはレストランの中央に人質役の学生たちを集める。

 

「まずは、襲撃は無事に完了ってところかな?」

 

ガスマスクを取るシュテル。

 

訓練開始の第一段階としてレストランに居た学生たちを人質にとることに成功する。

 

「別動隊は?」

 

「作戦通り、船首、船体中央、船尾に銃座を設置しています」

 

「うん‥例の仕込み部隊の方は?」

 

「今、準備中です。人質を移動させている間に仕込みます」

 

「よし。では、早速移動させよう」

 

「了解」

 

シュテルは次に人質役の学生たちを船底部の倉庫へ移送した。

 

その際もテロリスト役に徹して、銃を突き付けていた。

 

「さて、これで準備完了か‥‥こういう時って映画とかだとテロリストは犯行声明を出すけど、訓練とは言え出した方がいいのかな?」

 

シュテルは犯行声明を出した方がいいのかと思い、クリスに聞いてみる。

 

「うーん、どうだろう?でも、ブルーマーメイドに客船が占拠されたことを知らせるためにやっぱりやった方がいいかもしれないね」

 

クリスは犯行声明を出した方が良いと言う。

 

「テア、やってみる?犯行声明」

 

「いや、私はいい」

 

「じゃあ、ミーナさんは?よく、ヤクザ映画見ているし」

 

「任侠とテロは別物じゃ!!それに艦長を差し置いてワシが目立つなんて‥‥」

 

(こういう時、ココが居ればな)

 

納沙が居ればきっと犯行声明を出す役に立候補していただろう。

 

しかし、その納沙は人質役で今は倉庫に閉じ込められている。

 

「じゃあ、私がやるか‥‥」

 

(確か、前の世界のネット界隈でシュ〇ちゃんの映画で有名なワンシーンがあったはず‥‥それをアレンジするか)

 

シュテルは前世の記憶からあるアクション映画のワンシーンを使うことにした。

 

「こんなこともあろうかと、ちゃんとカメラを用意しておきました」

 

メイリンがビデオカメラを用意していた。

 

「それ、バッテリーは十分?」

 

「はい、大丈夫です。映像を撮った後に教官たちのパソコンに転送しますね」

 

「うん。よろしく」

 

そして犯行声明の撮影が始まる。

 

「これはぁ、我ら真紅のジ〇ードの声明である。お前らは女や子供たちを殺したんだ‥‥我々の町に海から砲弾をばら撒いた。そのお前らが、我々を、『テ ロ リ ス ト』と呼ぶぅ!!だが今、迫害された者たちの手に、敵に反撃する強力な武器が与えられた。良く聞け、青人魚どもよ。ペルシャ湾全域から全ての艦艇を撤退させろ!即刻ぅ!そして永遠になぁ!真紅のジ〇ードは要求が通るまで日本の主要都市を毎週、ひ と つ ず つ !破壊していくことを宣言する。そして!!要求が入れられない時は、我らは迷うことなく、日本の主要な都市へのばぁくだん攻勢を開始するだろう!週に一つぅ!」

 

シュテルの犯行声明を録画し、それをパソコンに取り込み、テントの教官たちとブルーマーメイド隊員らのパソコンに転送された。

 

「さて、犯行声明を送られたことで、客船占拠事件がブルーマーメイドにも知れ渡った‥‥さあ、諸君‥‥戦争の時間だ‥‥」

 

こうして、留学生組と真冬たちべんてんの乗員たちの間の白兵戦訓練が始まった。

 




飛行機がないはいふり世界では、飛行機が登場するトゥルーライズは存在しない映画なので、はいふり世界の人はあの名言集を当然知らないので、シュテルが今回行った犯行声明が映画のセリフと知っているのはクリスと転生者だけでしょう。


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149話

遅くなり申し訳ございません。

何とか時間を見つけてちまちまと書いてようやくかけました。

今後も不定期な更新が続きますがよろしくお願いします。


 

 

ひょんなことから、横須賀女子に留学しているドイツからの留学生組は、ブルーマーメイドの宗谷真冬が艦長を務めるべんてんの乗員たちと白兵戦訓練を行うことになった。

 

白兵戦訓練の舞台は真冬が用意した豪華客船で、シチュエーションはその豪華客船が武装したテロリストにより占拠され乗客たちが人質になっており、真冬たちブルーマーメイドたちはテロリストの検挙と人質の救助である。

 

人質役はシュテル、テアの両名が声をかけて集めた横須賀女子の学生たちだった。

 

テロリストに扮する留学生組は何の抵抗もなくあっというまに豪華客船を占拠して人質役の学生たちを船底部の倉庫に閉じ込めた。

 

そして、今回の白兵戦訓練の様子を横須賀女子の港湾地区に設置されているテントに居る真雪たち横須賀女子の教官らと真霜たち一部のブルーマーメイドの幹部の下に犯行声明を撮影した映像を送った。

 

「留学生‥‥もとい、テロリストからメールが送られてきました」

 

メールの本文はなにも書かれていなかったが件名にはちゃんと『犯行声明』と書かれており、映像が添付されていた。

 

「随分と手が込んでいるわね」

 

教官たちや今回の白兵戦訓練を見学に来ているブルーマーメイド幹部宛てに宣戦布告とも言える犯行声明を送ってきた留学生組に真霜は肝が据わっていると思う。

 

「映像が添付されています」

 

「再生してみて」

 

「分かりました」

 

パソコンを操作している教官が添付されている映像を再生すると、テントに居る教官らとブルーマーメイドの幹部たちはパソコンの画面を覗き込む。

 

一体留学生組がどんな映像を送ってきたのか気になったのだ。

 

送られて来た映像が再生されると迷彩服に身を包んだ留学生たちが手に武器を持ち、豪華客船のレストラン内で録画した映像が流れる。

 

『これはぁ、我ら真紅のジ〇ードの声明である』

 

映像の中でシュテルが犯行声明を言い始める。

 

「真紅のジ〇ードってなに?」

 

「さ、さあ‥‥?」

 

平賀と福内が架空のテログループの名前に首をかしげる。

 

『お前らは女や子供たちを殺したんだ‥‥我々の町に海から砲弾をばら撒いた』

 

「いやいや、ブルーマーメイドがそんなことするわけないから」

 

シュテルが演説する内容に思わずツッコミを入れる真霜。

 

『そのお前らが、我々を、『テ ロ リ ス ト』と呼ぶぅ!!だが今、迫害された者たちの手に、敵に反撃する強力な武器が与えられた。良く聞け、青人魚どもよ。ペルシャ湾全域から全ての艦艇を撤退させろ!即刻ぅ!そして永遠になぁ!真紅のジ〇ードは要求が通るまで日本の主要都市を毎週、ひ と つ ず つ !破壊していくことを宣言する。そして!!要求が入れられない時は、我らは迷うことなく、日本の主要な都市へのばぁくだん攻勢を開始するだろう!週に一つぅ!』

 

そこで映像が終わった。

 

「ねぇ、のりりん」

 

「なんです?」

 

「敵に反撃する強力な武器って一体なんだろう?」

 

「いや、これはあくまでもそう言う演出なだけで、使用する武器については事前にルールで決められていますから」

 

平賀はやはり、シュテルの犯行声明の中の一部が気になっていた。

 

しかし、福内はあくまでもあれはシュテルの演出であり、実際は『敵に反撃する強力な武器』なんて無いことを強調する。

 

テントに居る教官、ブルーマーメイドの幹部にこの映像が送られたように今回の白兵戦訓練の相手である真冬たちの下にもこの映像は送られていた。

 

「へぇ~なかなか面白れぇことをしてくれるじゃねぇか」

 

タブレット端末に映し出されるシュテルの犯行声明を見て真冬は不敵な笑みを浮かべる。

 

「よし、犯行声明が届いたってことは訓練開始の合図だ!!行くぞ!!」

 

『応!!』

 

真冬もシュテルの犯行声明を見てこれが訓練開始の合図であることを察した。

 

 

「さて、そろそろあの犯行声明を見てブルーマーメイドの団体さんが来る‥‥メイリン」

 

「はい!!」

 

「監視カメラの映像にはプロテクトをかけて、相手には欺瞞情報を流して」

 

「はい!!ローザさん、アシストお願いします」

 

「了解」

 

先の海上テロ事件鎮圧に参加したシュテルはブルーマーメイド側がこちらの監視カメラ映像に欺瞞映像を流してくるだろうと予測し、自分たちの映像には強力なプロテクトをかけ、逆にブルーマーメイドの側の映像に欺瞞映像を流すように指示を出す。

 

映像管理についてはヒンデンブルクのメイリンとシュペークラスのローザが担当した。

 

「外部銃座、配置に着いた?」

 

「各銃座、配置につきました」

 

(こういう時、映画ではヘリからの降下シーンがあったな‥‥)

 

(この世界では飛行機やヘリは存在していないが飛行船は存在し、その飛行船をブルーマーメイドは装備している‥‥飛行船からの隊員の降下もありえるな‥‥)

 

「各銃座」

 

『はい』

 

「上空にブルーマーメイドの飛行船は確認できるか?」

 

「えっ?ブルーマーメイドの飛行船ですか?」

 

「そう」

 

「えっと‥‥」

 

シュテルからの問いに豪華客船の船首、船尾にいる同級生たちは豪華客船周辺の空を見上げる。

 

しかし、周辺の空にブルーマーメイドの飛行船の姿は見られなかった。

 

「こちら、船首銃座。飛行船の存在は確認できません」

 

「こちら、船尾。同じく飛行船はいません」

 

「了解。ただ油断せずに時折空の確認もお願い」

 

『了解』

 

訓練が始まってから時間をおいて飛行船から隊員を降下させてくる可能性もあるので、上空の警戒も緩めないように指示を出した。

 

そんな中、

 

「こちら、船体中央銃座。ブルーマーメイドの小型艇が接近してきます」

 

「おいでなすったか‥‥各銃座、射程圏内に入り次第射撃開始せよ」

 

『了解!!』

 

留学生組とべんてんの乗員たちの白兵戦訓練は始まろうとしていた。

 

 

ブルーマーメイドの小型艇が客船に接近していくと‥‥

 

ダッダッダッダッダッ‥‥!!

 

ババババババババ‥‥!!

 

客船に設置されたMG42の銃座が一斉に火を噴いた。

 

「HA,HA、HA、歓迎するぜ!!ク〇ッタレ!!」

 

「‥‥」

 

MG42の銃座の内、一つの銃座でMG42の引き金を引いている学生がブルーマーメイドの小型艇に向かって撃っているのだが、戦闘の興奮からかトリガーハッピー状態となっており、給弾している相棒の学生はちょっと引いていた。

 

側面から客船へ乗船しようとしていたブルーマーメイドの隊員たちはあまりにも凄まじい銃撃によりこれ以上の接近では乗船するまえに全滅するのが目に見えていたので、やむを得ず側面からの乗船を諦め、真冬たち突入組が銃座を沈黙させるのを待つため、退避した。

 

「ブルーマーメイドの小型艇、射程外へ退避しました」

 

「了解。周囲の警戒を怠らず、そのまま待機」

 

「了解」

 

銃座からの連絡を受け、ひとまず海からの牽制に成功した留学生組。

 

「問題は海よりも宗谷真冬だ‥‥」

 

「うむ。恐らく海上から接近して来た小型艇には乗っていないだろう」

 

「タラップは接舷したままになっているから、十中八九彼女はそこから船内に突入してくるだろうな‥‥」

 

「一応、通路にはバリケードを設置して、銃座もあるが‥‥」

 

「彼女の運動神経を鑑みてもあまり意味をなさないだろう」

 

留学生組同士の訓練中で垣間見た真冬の運動神経から常人ばなれした脚力や動きからしてみても通路のバリケードなんてひょいと飛び越えて来そうだ。

 

船内のバリケードの上にはMG42ではないが、銃口の近くに二脚を着けたラインメタルFG42自動小銃を設置している。

 

「まぁ、ボスが出るまでこちらはこちらの出来る範囲のことをやるだけさ」

 

「そうだな」

 

「では、各員各々の配置についてくれ」

 

『了解!!』

 

「メイリン、ローザさん。モニターチェックよろしく」

 

「はい」

 

「わかりました」

 

留学生組は各々の装備している武器を手にして客船のあちこちに散る。

 

その頃、

 

「行くぞ!!」

 

『応!!』

 

真冬たちブルーマーメイド隊員たちもタラップから船内へと突入してきた。

 

「まずは操舵室、機関室、そして人質の救助だ!!」

 

『了解!!』

 

真冬たちは操舵室、機関室、人質の救出の三つの部隊に分かれた。

 

操舵室、機関室までの通路にはバリケードもなく、テロリスト役の留学生組の姿もなく、あっけなく確保できた。

 

「こちら、機関室クリア。しかし機関室内には誰も居ません」

 

続いて操舵室へ突入したブルーマーメイド隊員であるが操舵室にも誰も居なかった。

 

「操舵室クリア」

 

「艦長。どういうことでしょう?」

 

「敵は中心部に集中的に防御を固めているな」

 

本来ならば重要拠点のはずの操舵室、機関室に誰も配置されていなかったことに隊員の一人が違和感を覚え真冬に訊ねる。

 

真冬はテロリスト役の留学生組は船の中心部である共有スペースに防御陣を強いていると判断した。

 

今回の訓練は客船を舞台にしており、船という構造から操舵室、機関室は重要な拠点であるが、それは船が航行している時の話であり、船は港にしっかりと係留されており動いていない。

 

よって操舵室、機関室は拠点としての価値は低かった。

 

船体中央のMG42銃座もあらかじめメイリンらのナビゲートで撤収していた。

 

真冬が操舵室に居る頃、

 

「こちら、救命艇デッキクリア」

 

「これより、上甲板へ向かう」

 

船体の両舷に設置されている救命艇デッキもやはりもぬけの殻でブルーマーメイドの隊員はテロリスト役の留学生たちの探索をしていた。

 

そんな中、

 

カタっ‥‥

 

「ん?」

 

最後尾の隊員が物音を聴きつけ、恐る恐る音がした方へと歩み寄る。

 

すると、

 

スタっ!!

 

上からシュテルが降ってきた。

 

「っ!?」

 

ブルーマーメイドの隊員は銃を向けるが、シュテルは銃をガシッと掴み、さらにその場にテアも参戦し、隊員の鳩尾に拳をたたきつける。

 

「うっ‥‥」

 

鳩尾に拳をたたきつけられた隊員は低いうめき声を出す。

 

そして、シュテルとテアは隊員の装備を奪い、物影に引きずり込んでいく。

 

「まず一人捕獲」

 

シュテルとテアが隊員を引きずり込んだ物影には他の学生の姿もあり、

 

「じゃあ、あとはよろしく」

 

「はい、任せてください」

 

「あっ、味方からの誤射には気を付けてね」

 

「はい」

 

シュテルとテアは意味深なセリフを言って、そこに居た学生に後を任せ、次の現場へと向かう。

 

 

客船の船底部にある倉庫では人質役の学生たちが居た。

 

一応、手足などは拘束されてはおらず、ただじっとブルーマーメイドの隊員が来てくれることを待っている状態の学生たちは手持ち無沙汰であった。

 

遠くから聞こえてくる銃声で留学生組とべんてんの乗員たちとの訓練が始まったと言うことはわかるがただそれだけであった。

 

スマホもタブレットもないこの状態は物凄く暇であり、人質なのだが、学生たちは互いに談笑をしていた。

 

「暇だねぇ~」

 

「うん」

 

「トランプでも持ってきたらよかったかな?」

 

山下が内田に声をかる。

 

彼女はあまりの手持ち無沙汰からか、分かっていたらトランプなどの暇つぶしになるようなものを持ってくればよかったと後悔する。

 

「いやぁ~訓練とは言え、すごかったねシューちゃんたち」

 

「え、ええ‥そうですね」

 

「あれはまさに迫真の演技だったね」

 

「ええ」

 

「本当にテロリストが来たのかと思っちゃったよ」

 

明乃が真白にレストランで乱入したて来たシュテルたち留学生組の迫真の演技の事を思い出しあれは演技とは思えないような迫力があったと感想を述べる。

 

「全く、訓練とは言え宗谷さんに銃を突きつけるなんて」

 

黒木は留学生組が真白に銃を突きつけることに不機嫌さを露にする。

 

「これが訓練じゃなかったら、私が叩きのめしていたのに」

 

「いや、訓練でなかったら下手な行動はかえって命取りになるからやめた方が良い」

 

真白は例えこれが訓練ではなく本物のテロリストの襲撃だとしてもあの場は下手に抵抗せずに言う通りにした方が賢明であると言う。

 

「黒木さん、考えてみて‥‥これがもし本物のテロリストの襲撃だとしたら当然持っている武器は殺傷能力がある武器で、他の人質が大勢いる中で暴れたら黒木さん本人はもとより、他の人質にも犠牲者を出していた。丸腰でテロリスト相手に立ち振る舞うことが出来るのはアクション映画の主人公かアニメ・漫画の世界だけだ。姉もあの場に居たらきっと下手には動かずにチャンスを待つ筈‥‥」

 

海上テロ事件で武装しているテロリスト相手に真冬は拳と蹴りだけで制圧した。

 

その姿はまさにアクション映画の主人公の様であったが、もし周りに人質となっている民間人が大勢居たらさすがの真冬も空気を読んでいた筈だ。

 

「宗谷さん、そこまで私の事を‥‥」

 

黒木は真白が自分の身を案じてくれたのだと思い彼女の行為に感激する。

 

 

「碇艦長は随分と幅広く声をかけたみたいですね」

 

談笑している晴風クラスの学生を見ながら秋山はみほに声をかける。

 

「うん。今回の訓練は実弾を使わないって言うだけで本格的な訓練みたいだからね。人質の人数もそれなりに必要なんだろうね」

 

自分たち二年生以外に晴風クラスら一年生にも声をかけ人質の人数を揃えていたことから、人質の人数が少ないとリアルな訓練にならないので、ある程度の人数が必要だったのだとみほはそう推測した。

 

機関室を確保したブルーマーメイド隊員たちはそのまま人質の救助へと向かう。

 

「ブルーマーメイドが人質の救出へと向かっています」

 

メイリンが監視カメラの映像からブルーマーメイドの動きを知らせる。

 

「欺瞞映像をあちらに流しているから人質がどこに閉じ込められているのかは、彼方はまだ分からないはずだ‥‥今のうちに少しでも相手の戦力を削るぞ」

 

 

一方のブルーマーメイド側も自分たちが把握している映像が欺瞞映像であることに気づいた。

 

監視カメラの映像で映っている筈の隊員の姿が映っていないことに気づいたのだ。

 

「学生にしてはなかなかやるじぇねぇか」

 

真冬は欺瞞映像の報告を聞き、不敵な笑みを浮かべる。

 

学生ながらまさかブルーマーメイドの自分らの欺瞞攻撃を躱し、逆に自分たちへ欺瞞映像を流してくる。

 

相手の学生にはよほどパソコン技術に特化した学生が居るみたいだ。

 

「そっちは任せる。映像の復旧を急げ!!」

 

「はい!!」

 

真冬は映像管理の隊員に映像の復旧を急がせた。

 

操舵室を確保した隊員らは船首の銃座を占拠して海からの増援を確保しようと船首へと向かう。

 

しかし、船首に設置されているはドイツが誇るMG42。

 

接近しようにも凄まじい弾幕で接近できない。

 

「さすがに軽機関銃の使用は不可にした方がよかったんじゃない?」

 

「そうね、まさかあんな旧型なのにここまでの発射速度があるなんて‥‥」

 

物影に隠れながら初めて見たMG42の威力に舌を巻く。

 

「そろそろ、弾の数が怪しくなってきたよ」

 

「そうね、此処の守備も潮時かしら?」

 

「せめて、相手に鹵獲される前に全弾撃ち尽くしておかないと‥‥」

 

相手の装備を鹵獲可能というルールがあるので、ブルーマーメイド側にMG42が取られないように弾だけは全て撃ち尽くしから船首倉庫の出入口へ退避しようとする。

 

「あっ、逃げた!!」

 

銃撃が止み恐る恐る物影から顔を出すと、船首に居た学生たちがMG42を放棄して船首部にある扉の中に逃げ込んでいく姿が見えた。

 

「でも、これで海からの増援も呼べるね」

 

「そうね」

 

船首を確保した隊員たちは無線で小型艇を呼び寄せた。

 

小型艇は船首から接近し甲板から客船の船首にある手すりへワイヤーを伸ばし、客船へ乗り込んできた。

 

その光景も監視カメラの映像で留学生組はちゃんと把握していた。

 

舞台となる客船に乗り込んできたブルーマーメイドの隊員たちはテロリストの姿を追い求め船内を捜索する。

 

未だに監視カメラの映像が回復しないので、隊員たちは手探りと人海戦術で探す他なかった。

 

そんな中、客室フロアーの通路で隊員の一人がテロリストに扮した留学生の一人を見つけ、追いかける。

 

「目標を発見!!」

 

「客室フロアー、エレベーターの近くです!!」

 

目標を見つけた隊員たちは当然追いかけてくる。

 

すると、通路の死角に隠れていたもう一人の留学生が先頭の隊員の腹部に蹴りを入れ、隙をつけるとその隊員を人質にした。

 

やがて、追われていた留学生が戻り、後続の隊員たちに銃を突きつける。

 

味方が人質に取られたことで、後続の隊員たちは発砲できない。

 

留学生二人はそのまま人質にした隊員を連れてエレベーターに乗っていった。

 

「二人目確保しました」

 

留学生二人は隊員を人質にしたまま拠点にしているレストランまでくる。

 

「では、さっそくお願いします」

 

「了解」

 

「ちょっと、こっちに来てください」

 

「えっ?あっ、ちょっと‥‥」

 

留学生は人質にした隊員を奥の厨房へと連れて行った。

 

 

その頃、機関室を奪取した隊員たちは船底部を捜索し、ようやく人質が監禁されているであろう倉庫を見つけた。

 

倉庫の前にはテロリスト役の留学生数名が扉の前に立っていたので、そこが人質の監禁場所だと判断したのだ。

 

「人質の監禁場所らしき倉庫を発見。これより人質の救出に向かいます」

 

「了解。ただ、こちらも味方が一人、テロリストに捕まった」

 

「えっ?本当ですか?」

 

「ああ、連中の拠点を襲撃する際は味方を撃たないようにしろ」

 

「了解」

 

バン!!バン!!

 

「うわっ!!」

 

「ぐわっ!!」

 

隊員たちは見張りのテロリスト役の留学生を倒し、倉庫前までやってきた。

 

倉庫内にも見張り役がいるかもしれないので隊員たちは注意深く扉を開けた。

 

ガチャ、ギィィィ~‥‥

 

金属質な音と共に倉庫の扉がゆっくりと開けられる。

 

「大丈夫?」

 

「助けに来たわよ」

 

倉庫に入った隊員たちは倉庫内にいた人質役の学生たちに声をかける。

 

ブルーマーメイドの隊員の姿を見た学生たちは救出されることよりも救出に来たブルーマーメイドの隊員の姿を見て、目を輝かせている。

 

そんな中、人質の学生の中で二人の学生は互いに頷き、誰にも気づかれないように隊員たちの近くへ移動すると、

 

ガチャ、バン!!バン!!

 

ガチャ、バン!!バン!!

 

ガチャ、バン!!バン!!

 

ガチャ、バン!!バン!!

 

『えっ?』

 

隊員に近づいた人質役の学生二人は両方の袖に仕込んでいた拳銃で救出に来た隊員たちを銃撃してきた。

 

「えっ?な、なんで?」

 

「どういうこと?」

 

訓練用の模擬弾なので撃たれても死なないが、人質の中から受けた突然の銃撃で撃たれた隊員たちはもとより、人質役であるはずなのに救出に来た隊員たちを撃った行為に人質役の学生たちも驚いていた。

 

「油断してはダメですよ。テロリストの中には人質の中に仲間を潜ませている可能性もあるんですから」

 

隊員たちを撃った人質役の学生・・もとい、テロリスト役の留学生は撃たれた隊員たちにネタ晴らしをする。

 

レストランで学生たちを襲撃し、レストランからこの倉庫に移動中にシュテルは監視役兼救助に来たブルーマーメイドの隊員を仕留める役としてドレスとウィッグで変装させた仲間を人質の中に潜ませていた。

 

人質役の学生たちからしてみれば卑怯な戦術に思えるが戦術としてはテロリストがとりそうな行為であった。

 

「ほぇ~まさか、私たちの中にテロリストが居たなんて‥‥」

 

「全然、気づきませんでした」

 

みほと秋山は意外な戦術に思わず感嘆の声をあげる。

 

「まさか、あんな作戦をとってくるなんて‥‥」

 

自分たち人質役の学生の中にまさかテロリスト役の留学生混ざっていたとは思ってもおらず、真白は思わずポツリとつぶやく。

 

晴風クラスら新入生から見たら、潜んでいたテロリスト役の留学生は上級生かと思い、逆にみほたち上級生にとっては後輩だと思わせるためにシュテルは今回の話を受け、作戦を立案した時からこの作戦を考えており、そのため人質役の学生には晴風クラスをはじめとする新入生とみほたち上級生の両方に声をかけていたのだ。

 

「くっ、やられた‥‥」

 

「くやしいぃ~」

 

撃たれ死亡判定を受けた隊員たちは悔しがった。

 

 

人質救助が失敗になった頃、

 

「大階段ロビーにてテロリストが防御拠点を築いています」

 

そんな知らせが無線に入った。

 

「艦長、どうします?」

 

「完全に築かれる前につぶさねぇとな‥‥一個隊を向かわせて防御拠点が築かれる前にたたき潰せ」

 

「了解」

 

真冬は完全に防御拠点を築かれる前にその拠点を潰すために急ぎ大階段があるロビーに攻略部隊を向かわせた。

 

しかし、大階段ロビーについた隊員たちが見たのは誰もいない大階段ロビーだった。

 

テロリスト役の留学生が居なければ、拠点らしきバリケードもない。

 

「い、いない‥‥」

 

「どういうこと?」

 

「確かに無線じゃあ、ここに拠点がある筈じゃあ‥‥」

 

警戒しながら隊員たちは大階段ロビーの中へと足を踏み入れる。

 

すると、

 

ガチャ、ガチャ、ガチャ

 

大階段ロビーの上の階からテロリスト役の留学生たちが銃を構え、下層にいる隊員たちに銃口を向ける。

 

『えっ?』

 

「撃て!!」

 

上からの銃撃で次々と倒されていく隊員たち。

 

この他にも、

 

「客室フロアーBデッキでテロリストがいました!!」

 

一人の隊員がほかの隊員たちに声をかける。

 

「なに!?どこだ!?」

 

「あちらの通路の先です!!」

 

隊員は通路の先を指さす。

 

「よし、行くぞ!!」

 

『了解!!』

 

隊員たちが通路を進んでいくと、十字路の通路で、待ち伏せに会う。

 

「っ!?しまった!!」

 

「ここは敵のクロスファイアポイントです!!」

 

「た、退避」

 

気づいた時には遅く、客室フロアーで通路がそこまで広くなかったため、身動きが取れないまま隊員たちは十字砲火を浴びて次々と倒されていく。

 

 

「艦長、各班からの通信が途絶えています」

 

「大階段ロビーへ向かった隊からも応答がありません」

 

「人質の救出に向かった隊からも応答がなく、人質救出の現状がわかりません」

 

「‥‥」

 

「艦長‥‥」

 

「なんだ?」

 

「私たちの相手は学生ですよね?」

 

「ああ、そうだ」

 

「でも、なんか本物のテロリストかゲリラを相手にしているようにも思えるんですけど‥‥?」

 

「‥‥」

 

各隊からの通信が途絶え始めた現状を見て、真冬は現状の把握が困難になっていた。

 

ここは未開地の密林ではなく、一隻の客船の船内にもかかわらず、真冬たちは見えない敵と戦っているような錯覚を感じた。

 



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150話

今年も残りわずかですね。

一年早いものです。

この150話が今年最後の投稿となります。

来年もよろしくお願いします。


宗谷真冬をはじめとするべんてんの乗員たちとドイツからの留学生組との間で行われた白兵戦訓練。

 

当初の予想では学校側も見学に来たブルーマーメイドの幹部たちもべんてんの乗員たちの圧勝で終わるものだと思っていた。

 

それは実際に白兵戦訓練を行うべんてんの乗員たちも同じ思いを抱いていただろう。

 

しかし、戦況は予想に反して留学生組は奇策を駆使してべんてんの乗員たちを翻弄して次々と撃ち取っていく。

 

べんてんの乗員たちは学生相手の筈なのにまるで密林に潜むゲリラを相手にしているかのような錯覚に陥っていた。

 

 

「仕込み組に状況連絡」

 

「はい‥‥繋がりました」

 

「そちらの状況はどう?」

 

シュテルは人質役の学生たちの中に紛れ込ませた同級生に連絡を取る。

 

「先ほど、救助に来たブルーマーメイドの方々を始末しました」

 

「了解‥‥では、第二段階‥‥例の策を実行して」

 

「分かりました」

 

人質役の中に紛れ込んでいた留学生組は人質役の学生たちを閉じ込めていた倉庫から出る。

 

もちろん、本格的な訓練なので倉庫の扉を閉めることも忘れない。

 

「いくよ」

 

「うん」

 

ドレス姿の留学生たちは船内を駆け抜け、

 

「た、助けてください!!」

 

ブルーマーメイドの隊員を見つけると駆け寄る。

 

「人質を発見!!‥大丈夫ですか?」

 

ブルーマーメイドの隊員は当然、人質役の学生に近づく。

 

すると、人質役の学生はブルーマーメイドの隊員に抱き着く。

 

「どうしてここに?それになんで一人なの‥‥?」

 

「見張り役の隙をついて逃げてきたんです。他の皆はまだ監禁されていて‥‥」

 

隊員に抱き着きながら訳を話す人質役の学生。

 

しかし、その背後から

 

ガチャっ

 

ライフルを構えるテロリスト役学生‥‥かと思いきやドレス姿の学生がいた。

 

「なっ‥ど、どうして‥‥?」

 

隊員はドレス姿なのだから人質役の学生だと思った。

 

それが何故、自分に銃器を突きつけているのか困惑する。

 

「残~念~こういう事なんですよ~」

 

すると、抱き着いてきた人質役の学生も隊員から離れると彼女の手には銃が握られていた。

 

 

「もう一人、追加で捕獲しました!!」

 

テロリスト‥もとい、留学生組が拠点としているレストランに連れてこられたブルーマーメイドの隊員とドレス姿の留学生。

 

「じゃあ、さっそく準備して」

 

「はーい!!」

 

そして奥の厨房へと隊員を連れていく。

 

「「あっ‥‥」」

 

そこにはなぜかジャージ姿の同僚が居た。

 

「貴女も捕まったんだ‥‥」

 

「‥‥う、うん‥‥でも、貴女どうしてジャージ姿なの?」

 

捕まったばかりの隊員は先に捕まった同僚がどうして白兵戦装備の隊服でないのか不思議に思った。

 

「じゃあ、これに着替えて下さい」

 

「えっ?」

 

そう言って留学生が渡してきたのは同僚が着ているタイプと色違いのジャージだった。

 

言われるままジャージに着替える隊員。

 

すると、隊員が着ていた隊服を今度は留学生が着始める。

 

「では、行ってきます」

 

「ええ、気を付けて」

 

留学生組が隊員をなるべく生きて捕獲していたのは隊服を奪い、スパイとして相手チームに潜り込ませるためだった。

 

ブルーマーメイドの隊員に化けた留学生は嘘の情報をブルーマーメイド側へと送り、仲間が待ち構えている場所へ誘い込み討ち減らしていくゲリラ戦法をとっていた。

 

しかし、そんなゲリラ戦法をもってしてもブルーマーメイドの淫獣‥‥もとい、暴走機関車ともいえる真冬の進撃を止めるには不十分だった。

 

真冬は一気にテロリストの拠点を叩こうと、まさに特攻ともいえる突撃を敢行し、仲間の隊員の屍を乗り越えながら拠点である客船のレストランへと迫ってくる。

 

通路に設置されたバリケードも人間離れした真冬の身体能力の前に次々と突破されていく。

 

真冬の防衛網突破の知らせは当然、シュテルたちにも伝わる。

 

「宗谷真冬がついにきたか‥‥」

 

「今までの戦法がどうやら彼女の闘争本能に火をつけてしまったみたいで‥‥」

 

「仲間の犠牲も顧みずにこちらへ迫ってきているみたいです」

 

「彼女がここに来るのも時間の問題かと‥‥」

 

「どうしますか?艦長」

 

「‥‥」

 

「シュテルン」

 

「ん?」

 

シュテルとクリスが目を合わす。

 

「‥‥クリス‥行ってくれる?」

 

「ご要望とあらば‥‥」

 

「ならば、命ずる。クリス、宗谷真冬を見事討ち取ってみせよ」

 

「承知しました」

 

クリスはシュテルに敬礼し、その場を後にした。

 

「大丈夫でしょうか?副長一人で‥‥」

 

「下手に大人数で行くとフレンドリーファイヤーを誘発するかもしれないし、二人の戦いの邪魔になってしまうしね」

 

「でも、副長が負けたら‥‥」

 

「その時は、頭をかいてごまかすさ」

 

シュテルはあっけらかんとした様子で言うが内心ではクリスのことを心配していた。

 

自分でもあの宗谷真冬を討ち取れなんて無茶な命令だと自覚していたからだ。

 

 

その頃、真冬はレストラン前の最終防衛ラインを突破して留学生たちが拠点としているレストランまで目前まで来ていた。

 

ここまでの戦闘で彼女のトレードマークでもある黒マントは既に失われていたが、それでもテロリスト役の留学生らを鎮圧できる自信が真冬にはあった。

 

だが、レストラン前のロビーにて真冬の前に立ちはだかる者が居た。

 

「お、お前は‥‥」

 

真冬の前に立ちふさがったのはクリスだった。

 

「‥‥」

 

クリスは手に銃などの武器は持たず、ギュっと革手袋を装着する。

 

「へぇ~そういう事か‥‥」

 

真冬はクリスのその行為を見てすぐに察する。

 

クリスは武器など使わず拳だけで戦おうと真冬に口ではなく態度で示す。

 

「いいだろう。その誘い乗ってやるぜ。お前さんとは拳でやりたかったからな‥‥あの時の借り、ここできっちり返してもらうぜ!!」

 

真冬は不敵な笑みを浮かべ、ファイティングポーズをとる。

 

彼女としてはあの時のリベンジマッチをするいい機会だった。

 

この白兵戦訓練の目的の一つとしてクリスと再戦し、彼女を打ち破ることが含まれていた。

 

互いに戦いの準備が出来たと同時に二人はダッと駆け出し、距離を詰める。

 

クリスは真冬にまずはジャブ程度の拳を繰り出すが、真冬はひらりと躱すが、その直後に真冬のボディにクリスの蹴りが繰り出される。

 

「ぐっ‥‥」

 

突然の蹴りに真冬は思わず顔をしかめる。

 

クリスは追撃を止めず、肘打ちともう一度ジャブを繰り出すが、真冬はこの二連撃を掌で防御する。

 

真冬もこのまま一方的にやられるわけにはいかず、クリスにジャブを繰り出すが、クリスは手でジャブの軌道を逸らす。

 

その後は互いに拳と蹴りの激しいラッシュが続く。

 

しかし、拳と蹴りを繰り出しながらも互いに顔面には入れないあたり二人のレベルの高さを物語っている。

 

「へへへへっ、年を取ったな、てめぇは老いぼれだ。やあぁっ!」

 

「ふんっ!」

 

「やぁぁ!」

 

「気分いいぜぇ。昔を思い出すぁっ、はははっ」

 

「ふざけやがってぇぇぇ!!」

 

「フンッ! フンッ! フンンッ!」

 

「テメェの仲間を殺ったときの悲鳴を聞かせたかったぜ!」

 

戦いが続くにつれて互いに興奮状態になっているのか結構物騒なセリフを吐く。

 

真冬がクリスの背後にまわり、羽交い締めにしようとするが、クリスは肘打ちで逃れ真冬の片腕を掴みそのまま一本背負いで投げ飛ばし、倒れた真冬に腕ひしぎ十字固めを決める。

 

「うっ‥‥ぐぐぐ‥‥」

 

真冬は苦痛で声を漏らしながらも十字固めを決められている腕を持ち上げ、クリスの後頭部を床にたたきつける。

 

「ぐはっ‥‥」

 

クリスはその痛みと衝撃で真冬から手を放してしまう。

 

この隙を真冬は見逃さずに立ち上がり、

 

「はぁ‥‥はぁ‥‥ち、ちくしょおぉぉっ! 眉間なんか撃ってやるものかぃ! ボールを吹っ飛ばしてやるぅぅ!!」

 

懐から9㎜拳銃を取り出し、クリスにその銃口を向ける。

 

とはいえ、装填されているのは模擬弾なのでくらっても死にはしないがリタイアとなってしまう。

 

「くっ‥‥」

 

クリスは反射的に真冬の手に蹴りをいれると、真冬はその痛みと衝撃で拳銃を弾き飛ばしてしまう。

 

床に落ちた真冬の銃を拾いにかかるクリス。

 

だが、真冬も弾き飛ばされた拳銃を拾おうとするが、クリスが悪あがきのように蹴りで牽制し真冬よりも先に拳銃を拾い真冬に銃口を向ける。

 

しかも拳銃を拾いにかかっていた勢いで銃口は真冬の胸部に密着するかたちとなる。

 

「うぅ~‥‥」

 

下手に先へ進むことも引くことも出来ずに苦悩した声を出す。

 

「‥‥ぱんっ!!」

 

さすがにゼロ距離で撃つと模擬弾とはいえ、ろっ骨を折るかもしれないので、クリスは銃声を口で言う。

 

例え、模擬弾で被弾しなくともこれはルールで死亡扱いとなり、ブルーマーメイド側の切り札とも言える宗谷真冬を撃破することに成功した。

 

「うぅ~くそぉぉ~!!」

 

真冬は悔しそうな声を出して床に大の字に倒れる。

 

真冬の撃破によってブルーマーメイド側の士気は大きく落ちた。

 

それでも一部は『真冬姐さんの仇だ!!』と最後まで戦う隊員たちもいたがブルーマーメイド側に変装・潜入した留学生たちの手により攪乱されてとうとう最後の隊員が留学生側に討ち取られてしまった。

 

ブルーマーメイド側が全滅し、訓練が終わったことを報告するためにシュテルが客船のタラップに出ると、

 

「すみませーん‥‥勝っちゃいました‥‥」

 

ちょっと気まずそうに今回の訓練をテントで見学していた真雪、横須賀女子の教官ら、真霜たちブルーマーメイド幹部に報告する。

 

「「ええええっー!!」」

 

平賀と福内はまさか学生たちが真冬たちべんてんの乗員が負けるなんて信じられずに思わず声をあげる。

 

「まさか、あの子が負けるなんて‥‥」

 

真霜も大きな声はあげずともやはり福内や平賀同様、真冬が学生相手に負けるなんて信じられない様子だった。

 

 

勝敗がつき、訓練が終わったので、はい解散‥‥なんてことはなく、訓練終了後は客船のあちこちに散らばっている模擬弾の掃除となる。

 

「白兵戦訓練の後のこの掃除が結構めんどいんだよなぁ~」

 

「いい気になって銃弾をばら撒かなきゃよかった」

 

「ほんとにね‥‥」

 

「撃っている時はハイになっているから後の掃除のことを考えずに撃っていたからね」

 

訓練中に打っている時は訓練とはいえ戦闘による興奮状態で西崎や立石みたいにトリガーハッピー状態となっていたのだが、こうして掃除時間になると冷静になり、後々の掃除で大変な目に遭うことは分かっているのになんであんなに銃弾をばら撒いたのだろうと後悔する。

 

「なんで?貴女たちジャージなの?」

 

「き、聞かないで‥‥」

 

捕虜となった隊員たちは当然、同僚からジャージ姿なのかと訊ねられるが、まさか学生相手に捕虜になったなんて恥ずかしくて言えない。

 

箒と塵取りで模擬弾を掃除するべんてんの乗員たちと留学生組。

 

人質役の学生たちはレストランにて訓練冒頭で行っていたお茶会が開かれていた。

 

ブルーマーメイドや留学生組たちが船内の掃除をしている中、自分たちはお茶会なんてしていても良いのか?とちょっとした罪悪感があったが、折角用意したスイーツや軽食を無駄にするのもこれらの食べ物を作った料理人にも申し訳がない。

 

そして、ようやく船内の清掃が終わり、べんてんの乗員たちと留学生組がレストランへと戻ってくる。

 

レストランには人質役の学生たちの他に真雪たち横須賀女子の教官や今回の訓練を見学しに来た真霜たちブルーマーメイドの幹部らの姿もあった。

 

訓練が終わり、ブルーマーメイドと学生たちは交流の機会となった。

 

「まさか、貴女が負けるなんて意外だったわ」

 

「ええ、私も真冬姐さんが負けるなんて信じられませんでした」

 

「まぁ~真冬姐さんも人の子だったってことですね」

 

一つのテーブルには真霜、真冬の宗谷姉妹に平賀、福内が座っており、先ほどの訓練で真冬が負けたことが今でも信じられない様子だった。

 

「むぐっ‥‥モグモグ‥‥アタシだってドイツの学生があそこまでやるとは思ってもみなかったんだよ」

 

真冬は負けたのが悔しかったのかケーキをやけ食いしている。

 

「でも、今回は訓練だったからよかったけど、相手が本物の海賊やテロリストだったら、貴女たちは殺されていたか人質に取られていたかもしれないのよ」

 

「わかっているよ」

 

「それに貴女、前回のテロ事件でも今回の訓練でもヘルメットや防弾チョッキを着ていないでしょう?」

 

真霜は白兵戦での真冬の装備について指摘をする。

 

「あんな、重たいものを着けていたら機敏な動きが出来ないんだよ」

 

「それでも、今度からは訓練でもちゃんと着けなさい。それが嫌なら艦に残って指揮を執りなさい」

 

「で、でも‥‥」

 

「でもじゃないでしょう。私は貴女のことを思って言っているのよ」

 

「は、はい‥‥」

 

宗谷姉妹のこのやりとりを見ていたシュテルは、

 

「あの宗谷真冬をぐぅの音が出ないくらいに叱るとは‥‥やっぱりあの人は魔王だ‥‥」

 

陽乃と同じ声をもつ真霜に対して真冬以上に警戒心を抱くシュテル。

 

「それにしても、碇艦長。よく、真冬姉さんに勝てましたね」

 

真霜たち同様、真白もシュテルたち留学生組が真冬たちに勝てたことを意外に感じていた。

 

「まぁ、実際に真冬さんを討ち取ったのはウチの副長だし、勝てたのは運の要素があったからね‥‥次にもう一回やれと言われたら負ける可能性が高いよ」

 

シュテルはそう言ってミルフィーユをフォークで刺し、口へと運ぶ。

 

「それで、どんな作戦をしたの?」

 

もえかは一体どんな作戦でシュテルたち留学生組が真冬たちブルーマーメイドの隊員たちに勝てたのかを訊ねる。

 

「白兵戦としては外道な部類にはいるけど、あの真冬さんを相手にする以上正攻法では勝てなかったからね。まずは‥‥」

 

シュテルはもえかや真白たちに今回の訓練で自分たちがとった作戦を教えた。

 

「そ、それは‥‥」

 

「確かに奇策というか‥‥」

 

シュテルから今回の作戦を聞いて、真白ももえかも若干顔を引き攣らせる。

 

「それに今回はテロリスト役としてその役に徹したつもりだったからね。あの海上テロ事件でも、奴らはスーを利用したように手段を選ばないし、日本に来る途中で南シナ海でも海賊に襲われた商船と出会った‥‥船内に入った同級生の話ではまさに地獄絵図のような光景だったらしい」

 

「「‥‥」」

 

シュテルの話を聞いてもえかも真白も思わず生唾を飲み込む。

 

「ブルーマーメイドは確かに華やかに見えるけど、海に出て救助の他に治安維持活動をするのであれば、命の危険や惨い惨状の現場も見ることになるだろう‥‥ブルーマーメイドを目指すのであればそれを覚悟した方がいい」

 

「は、はい」

 

「そうだね」

 

もえかとしてはかつて、母を亡くし、真白もゴールデンウイークにて誘拐事件に遭遇したことからシュテルの言葉には重みと現実味を帯びていた。

 

「あぁ~いいなぁ~留学生組はぁ~」

 

「うぃ」

 

別のテーブルでは西崎がぐてぇ~と両手をテーブルに伸ばしており、立石はジュースが入ったコップをストローでチビチビと飲んでいた。

 

「私たちも思いっきり銃器でドンパチやりたかったなぁ~」

 

「うぃ」

 

西崎と立石は今回の訓練では人質役であったが、本音を言えばテロリスト役でもブルーマーメイド側でもいいから船内で思いっきりドンパチをやりたがっていた。

 

 

お茶会が進んでいく中でふと、もえかが、

 

「ねぇ、シューちゃんはヴァイオリンが上手だって聞いたけど、ピアノは出来ないの?」

 

と、質問してきた。

 

「ん?ピアノは従兄弟が専門だけど、全くできないわけじゃないよ」

 

小さい頃、シュテルはカナデとピアノを弾きあうこともあった。

 

今はカナデはピアノ専門に進んでいるが、シュテルは器用貧乏に二流の腕前で様々な楽器に手を出している。

 

その中でヴァイオリンが一番手にしっくりくるのだ。

 

「じゃあ、一曲聞かせてくれる?ちょうど、ピアノもあるし‥‥」

 

もえかはレストランの片隅にあるグランドピアノをチラッと見る。

 

「‥‥」

 

真白も口にはしないが、なんだか期待する目でシュテルを見ている。

 

「‥‥ぬぅ~‥‥従兄弟と違ってあまり、人に聴かせるほどの腕前じゃないんだけどな‥‥」

 

もえかと真白の二人だけならば良いが、今ここでピアノを弾けばレストランに居る全員に聴かせることになる。

 

「余興ってことで受け流してくれるよ。コンテストじゃないんだから」

 

「わ、私も聴いてみたいです。碇艦長のピアノ」

 

もえかと真白にせがまれて折れたシュテル。

 

八幡の頃からどうも押しに弱いのは直らないのかもしれない。

 

渋々ながらシュテルはグランドピアの下へと近づく。

 

「あれ?シューちゃん。ピアノ弾くの?」

 

明乃が気づいてシュテルに声をかける。

 

「う、うん‥もえちゃんと真白ちゃんに頼まれて‥‥」

 

「へぇ~‥‥」

 

シュテルはグランドピアノの椅子に座り高さを調節し、蓋を開ける。

 

そして鍵盤に指を滑らせて音を確かめる。

 

レストランに突然、鳴り響くピアノの音色にレストランに居た皆の目がシュテルに集まる。

 

(ふむ、ちゃんと調律はされているな)

 

客船に設置されているピアノだけあってちゃんと調律はされていた。

 

(では‥‥いくか‥‥)

 

調律されていることを確認したシュテルは鍵盤に指を走らせる。

 

「~♪~~♪~~~♪」 (← さよならの夏~コクリコ坂から~)

 

カナデとはよく語り弾きをしていたので、癖なのか語り弾きをするシュテル。

 

一曲を語り弾き終えるとレストランには拍手で包まれる。

 

シュテルとしてはこの一曲で終わらせるつもりだったのだが、その後もアンコールをもらい、幾つかの曲を語り弾きすることになった。

 

だが、楽しい時間と言うはあっという間に終わってしまい、そろそろお開きの時間が迫っていた。

 

「‥‥では、この曲で最後にしようと思います。今日の出来事をこの後何年か先に『あの時、ああいう事があったね』と、懐かしい思い出となるように‥‥」

 

シュテルはそう言うが、真冬や捕虜にされたブルーマーメイドの隊員たちにしてみれば、黒歴史になった今回の訓練だったかもしれない。

 

そんな真冬たちの心境を知る由もなくシュテルは鍵盤を弾き始める。

 

「~♪~~♪~~~♪」 (← 時には昔の話を)

 

シュテルがラストに語り弾きした曲は平成生まれ組にはただの曲であったが、激動の昭和という時代に生まれ、経験した真雪には刺さったのか昔を懐かしむかのように目を閉じ聞き入っていた。

 

 

 

 

「‥‥っと、言うことが先日ありました」

 

「へぇ~さすがは留学生組の先輩。すごいですね」

 

真白の姿は今、横須賀のとある総合病院にある病室の一室にあった。

 

そして病室のベッドには比叡艦長‥‥いや、正確には元艦長である前田聖理 (まえだ ひじり)が居た。

 

競闘遊戯会の時、前田が学校を病気により休学するため、真白に比叡艦長の移籍話がきた。

 

競闘遊戯会の最中で起きた海上テロ事件の中で真白は自分なりに考え、未来の艦長像のビジョンを思い浮かべ、最終的に出した結論が今回の移籍話を断り、晴風の副長の道を選んだ。

 

事件後、真白は前田に移籍話の件で彼女が入院している病院へ報告兼見舞いへと赴いた。

 

その時に前田になぜ、自分を比叡の艦長へ推薦したのか?

 

繰り上げで比叡の副長を艦長にするのではダメなのかと前田に訊ねた。

 

前田曰く、比叡の副長は前田も認める優秀な学生であり、通常通り彼女を自分に代わって比叡の艦長職を継がせても良かったのだが、その副長自身がラット事件により自信喪失をしてしまったので、ヒンデンブルクと共にラット事件の解決に一役買った晴風の№2である真白に白羽の矢が立ったのだ。

 

真白は元々、艦長職を望んでおり、家柄もブルーマーメイドの中でも名門である宗谷家の出身であったことも推薦の一因であった。

 

真白は比叡の副長の気持ちを理解するとともに前田と話し、彼女に比叡の副長に腹を割って話してみることを勧めた。

 

前田は真白の勧めで早速、比叡の副長に電話を入れた。

 

その後、比叡の副長は前田との話し合いで比叡の副長は、比叡艦長へ就任する決心がついた。

 

真白と前田はそれからもこうして交流をしていた。

 

前田本人はそこまで重病ではないと言うが、真白としてはやはり、気がかりであったのだ。

 

そして、今日は留学生組と自身の姉が艦長を務めるべんてんの乗員との間で先日行われた白兵戦訓練の話を土産話として前田の下を訪れたのだ。

 

「それで、碇艦長にピアノを演奏してもらいました」

 

「碇艦長ってドイツからの留学生の?」

 

「はい。碇艦長は最初、ピアノ演奏はあまり自信がないように言っていましたが、歌も演奏もなかなかのモノでした」

 

「へぇ~私もいつか聴いてみたいな」

 

真白は面会時間が許す限り、前田と交流の時間を過ごした。

 

 

 

真白が前田の病室を訪れている頃、横須賀女子の校長室では‥‥

 

「校長、ドック入りしていた赤城、山城をはじめとする艦艇がドック明けいたしました」

 

教頭が真雪にドック入りしていた横須賀女子の主要艦艇がドック明けしたことを報告する。

 

「予定より少し早かったわね」

 

ラット事件の際、ドック入りしていた艦艇はどんなに急いでも半年‥‥つまり、来月にドック明けの予定だった。

 

それが一ヶ月程、ドック明けが早くなっている。

 

「はい。ラット事件及び例の海上テロ事件の影響で、学生艦‥特に戦艦クラスの必要性が重視されたということでドック作業を急ピッチで行ったそうです。もちろん、安全性は保障されています」

 

ドック明けが予定より早く終わったからと言ってドックの整備士たちが手を抜いて整備をしたわけではなく、休日返上をしてまでもドックでの整備期間を短くしてくれたのだ。

 

「ドックの方々には感謝してもしきれないわね‥‥教頭先生」

 

「はい」

 

「実は、千葉の高校からこれが送られてきたの」

 

真雪は机の引き出しを開け、教頭に一枚の手紙を見せる。

 

「拝見します」

 

手紙を受け取り、その内容に目を通す教頭。

 

「校長先生、これは‥‥」

 

「ドック明けした艦のクラスには丁度いいと思うの?どうかしら?それにラット事件の際には周辺の学校には迷惑をかけてしまったし‥‥」

 

「そうですね。私も賛成です」

 

「では、この話を受けるとして、後日、生徒たちには説明しましょう。先方には私から了承の連絡をいれておきます」

 

真雪が引き出しから取り出した手紙には横須賀女子と千葉にある海洋科の高校との合同演習の提案が描かれていた。

 

参加する千葉の高校の名前には、

 

海浜総合高校 海洋科

 

総武高校 海洋科

 

と、書かれていた。

 




クリスと真冬のガチバトル‥二人ともまだ理性があったので、大事にはなりませんでしたが、理性をなくしたらおそらくブラックラグーンのロベルタVSレヴィみたいな殴り合いに発展していた事でしょう。


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151話

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

千葉での合同演習の前に思いついたネタがあったので、合同演習前に描くことにしました。


「えっ?」

 

「人魚?」

 

「は、はい‥‥」

 

ある日の昼食時、横須賀女子の食堂で鈴は明乃と真白の二人に対して人魚についての意見を求めてきた。

 

「えっと、鈴ちゃん‥‥人魚ってあの人魚?」

 

「は、はい。ブルーマーメイドのロゴにもなっているあの人魚です」

 

「それで、人魚がどうかしたのか?」

 

「その‥‥人魚は実在するでしょうか?」

 

「「えっ?」」

 

鈴は明乃と真白に人魚がこの世界に存在するのかと聞いてきた。

 

彼女の突拍子のない疑問に明乃と真白は一瞬唖然とする。

 

「えっと‥‥」

 

明乃は返答に口ごもるが現実主義な真白は、

 

「知床さん。現実的に考えて人魚は存在しないと思うけど‥‥」

 

真白は鈴に人魚なんて存在しないときっぱりと言う。

 

「で、ですよね‥‥」

 

真白の回答を聞き、鈴も内心『当たり前じゃないか』と思う表情で肩を落とす。

 

「あっ、でも、シューちゃんなら何か知っているかも」

 

すると明乃がシュテルなら人魚について何か知っているんじゃないかと鈴に言う。

 

「えっ?碇艦長が‥ですか?」

 

「うん。ほら、シロちゃん。シューちゃん肝試しの時に色々と怖い話を知っていたじゃない?それなら人魚についても何か知っているんじゃないかな?」

 

「ですが人魚と怖い話は別物のような気もしますが‥‥うーん‥‥でも碇艦長ならまぁ、何かしらの情報は知っていそうですね」

 

真白は人魚の存在に否定的であるが、それでもあのシュテルなら‥‥と言う思いから一応、シュテルに人魚について何らかの情報をもっているかもと思った。

 

「じゃあ、放課後に会えるかちょっと聞いてみるね」

 

明乃はスカートのポケットからスマホを取り出して早速シュテルに今日の放課後に会えないかとメールを送る。

 

すると、すぐに『大丈夫』と言う返信があり、明乃は放課後、図書室で待ち合わせをすることにした。

 

「シューちゃん、大丈夫だって。放課後に図書室で待ち合わせをしよう」

 

「なぜ、図書室なんですか?」

 

「図書室なら本がたくさんあるからそこにも人魚の本があるかもしれないよ」

 

「は、はぁ‥‥」

 

放課後にシュテルと会う約束をとりつけ、昼食を済ませた三人。

 

そして、午後の授業が終わると三人は放課後に図書室へと向かう。

 

「やあ、お待たせ」

 

三人が図書室の出入り口でシュテルを待っていると、待ち人であるシュテルもやってきて三人に合流する。

 

「それで、話ってなにかな?」

 

図書室にある椅子に座り、シュテルは三人に要件を訊ねる。

 

「シューちゃんは人魚って信じる?」

 

「えっ?人魚?」

 

「うん」

 

明乃はシュテルに放課後、待ち合わせた要件を訊ねる。

 

「人魚ってあの上半身が人間で下半身が魚のあの人魚?ブルーマーメイドの人じゃなくて?」

 

「そう、ブルーマーメイドの人じゃなくて、魚の方の人魚」

 

「どうして人魚について知りたいの?人魚に会いたいの?」

 

「鈴ちゃんが、『人魚が存在するのか?』って聞いてきて‥‥シューちゃんは何か人魚について知っていないかな?って思ったの」

 

「人魚ね‥‥」

 

人魚‥‥それは、ブルーマーメイドのロゴに描かれている上半身が人間で下半身が魚の姿をし、水中に生息すると考えられた伝説の生物である。

 

しかし、人魚は架空の生物とされながらも世界各地に類似の生き物の伝承がある。

 

「有名なのはドイツのライン川に住むとされるローレライだね」

 

「「「ローレライ?」」」

 

「うん。セイレーンとも言われる人魚で、ライン川を通行する舟に綺麗な歌声を聴かせて、船乗りを惑わせ舟を遭難させる魔物とされ、救急車やパトカーとかに取り付けられているサイレンの語源とされているんだよ」

 

「「「へぇ~」」」

 

(サイレンの語源‥‥)

 

明乃と真白の思った通り、人魚についての雑学も知っているシュテル。

 

そして、その話を聞いて鈴は一人、神妙な面持ちとなる。

 

「日本にも有名な人魚伝説がある筈だよ」

 

「えっ?日本にも!?」

 

「うん」

 

「それは一体どんな話なんですか?」

 

「八百比丘尼伝説って言うんだけど‥‥」

 

「「「やおびくに?」」」

 

三人は『八百比丘尼』について知らないみたいだ。

 

「昔、とある漁村に住む若い娘が浜辺を歩いていると漁網に引っかかった人魚を見つけて助けるんだ」

 

「ふむふむ‥‥」

 

「それで?」

 

「助けてもらった人魚はお礼にその娘に自分の肉の一部を差し出してこう言うんだ。『助けていただいたお礼に私の肉をあげます。食べれば貴女は不老不死になれます』と‥‥若い娘は人魚の言葉に懐疑的だったけど、当時はお肉なんて滅多に食べられるものじゃなかったから若い娘はよろこんで人魚の肉を食べたんだ」

 

「人魚のお肉‥‥」

 

「ど、どんな味だったんだろう?」

 

「魚肉ソーセージみたいな味なのかな?」

 

真白は人魚の肉と聞いて顔をしかめるが、明乃と鈴は人魚の肉が一体どんな味なのか気になる様子。

 

「味は分からないけど、人魚が言う通り、その肉には不老不死の力があって、娘は何十年経っても年を取らず、肉を食べた時と変わらない姿のままだった。娘は年を取らないが周りの人たちは年を取り、次々と天寿を迎え死んでいく‥それはその娘の両親や恋人も例外ではなかった‥‥」

 

「「「‥‥」」」

 

三人は無言のままシュテルの話を聞き入っている。

 

「娘は肉親や恋人を失い、周囲の人からも奇異の目で見られ、人里を離れて女の僧‥尼さんになって八百年も生きたと言う話さ」

 

「「「‥‥」」」

 

八百比丘尼伝説を聞いて話のオチ聞いて神妙な顔つきの三人。

 

「人魚のお肉にそんな力があるなんて‥‥」

 

「不老不死って聞こえはいいですけど、考えさせられる話でもありますね」

 

「う、うん‥‥」

 

人間ならば誰しも夢見る不老不死。

 

しかし、自分だけが生き残り、周りの家族や親友が死んでいく孤独に自分たちは耐えられるだろうか?

 

明乃自身、海難事故で両親を失い自分だけ生き残ってしまった辛さを既に経験している。

 

「で、でもこれはあくまでも伝説‥‥昔話だから‥‥」

 

しんみりした空気となりシュテルは三人にフォローを入れる。

 

「他にも各地には人魚のミイラとされる奇形生物のミイラが残されている」

 

「に、人魚の‥‥」

 

「ミイラ‥‥」

 

「それ本物の人魚のミイラなんですか?」

 

人魚の肉を食べた人物の伝説の他に人魚本体のミイラの存在にやはり真白は懐疑的だ。

 

「いや、大半が猿の上半身に鮭などの大型魚の下半身をくっつけて日干しにした偽物だよ。主に長崎の出島に来ていたオランダ人相手に売っていた日本土産とされている」

 

「そんな偽物とは言えミイラをお土産にするなんて‥‥」

 

「趣味が悪いですね」

 

「ヨーロッパでも人魚の肉や骨は貴重な薬とされていたからね。でも、偽物のミイラが多くある中、もしかして本物の人魚のミイラじゃないか?って思われるミイラも存在しているんだよ。だから、一概に人魚が存在していないとは言い切れないかもしれない」

 

「それはどういうことでしょう?」

 

「恐竜のような古代生物みたいに昔はこの地球上に存在していたが、環境の変化や他の生物との生存競争に敗れて絶滅してしまったって言うケースがあるかもしれない。実際に人魚と間違われてジュゴンやマナティーと言った海洋哺乳類が乱獲された歴史もあるしね」

 

シュテルが自分の知っている人魚の情報を三人に教える。

 

「それで、碇艦長は人魚が存在していると思いますか?」

 

「私は信じているよ」

 

「えっ?どうしてですか?」

 

「見たことあるの?」

 

「いや、見たことはないけど、だからと言って人魚がいないとは言い切れないし、実際に人魚と思われるミイラも存在しているし‥‥人魚が居た‥もしくは居るって考えた方がなんかロマンがない?」

 

シュテルは人魚の存在に関しては肯定派みたいだ。

 

「知床さんはそれで、なんで人魚の存在について二人に訊ねたの?」

 

そして、シュテルは鈴になぜ人魚の話を持ち出したのかを訊ねる。

 

「そ、それは‥‥」

 

すると、鈴は気まずそうな顔をして俯く。

 

(何か訳ありだな、こりゃ‥‥)

 

鈴の表情を察して彼女が人魚の話を持ち出したのはただ単に人魚を見てみたいなんて簡単な理由ではなさそうで、あまり人には言えない理由がありそうだ。

 

「‥何か訳がありそうだね」

 

「そうなの?鈴ちゃん」

 

「い、いえ、そんなことは‥‥」

 

この時、鈴はシュテルたちに訳を話さず口ごもってその場を切り上げたが、シュテルとしては気になった。

 

そしてその日の夜、寮にて鈴に声をかけた。

 

「知床さん」

 

「あっ、碇艦長」

 

「ちょっといいかな?」

 

「‥‥」

 

シュテルの誘いに鈴は無言で頷き付いてきた。

 

「どうぞ」

 

シュテルは学生寮にある自室に鈴を招待して、彼女に持て成しの為のマッ缶を差し出す。

 

「ど、どうも」

 

シュテルからもらったマッ缶に口をつける鈴。

 

(あ、甘い‥‥)

 

鈴は初めて飲んだマッ缶の甘さに驚いた。

 

しかし、マッ缶を飲みなれているシュテルは平然とした様子でマッ缶のコーヒーを飲んでいる。

 

「それで、昼間のことだけど‥‥」

 

「‥‥」

 

シュテルが早速、鈴に昼間の件について訊ねる。

 

すると鈴としてはやはり気まずいのか顔を俯かせる。

 

「‥‥やっぱり、何か訳があるんだね」

 

「は、はい‥‥」

 

「‥もし、よければ何があったのか、訳を聞いてもいいかな?」

 

「‥じ、実は‥‥」

 

そして鈴はようやく重い口を開いた。

 

「従兄のお兄さんが‥‥?」

 

「は、はい‥‥」

 

鈴の話では彼女の従兄が先日、突然失踪してしまったのだと言う。

 

もちろん、失踪ということで置手紙もなければ、連絡も今日までない。

 

鈴としてはなぜ、従兄が失踪してしまったのか見当がつかなかった。

 

「その従兄の人は学生?」

 

「いえ、学校は卒業しています」

 

(ふむ、となると学校で虐められていたわけではなさそうだが‥‥)

 

シュテルは前世の自分のように学校で虐められ、失踪した後、自殺したわけではなさそうだが、社会に出てもパワハラ・セクハラ、職場での人間関係など様々な理由がある。

 

(もう少し、話を聞いてみるか‥‥)

 

「その従兄のお兄さんが失踪する前にお兄さん自身やお兄さんの周りで何か変わったことはなかった?」

 

「変わったこと‥ですか‥‥?」

 

「そう‥学校を卒業したってことは社会人なんでしょう?職場での人間関係に悩んでいたとか、どこかに旅行へ行くとか言っていなかった?」

 

「うーん‥‥」

 

シュテルの指摘に鈴は行方不明になった従兄について何かなかったかと従兄の様子について思い出す。

 

「お兄さんの失踪について関係があるかわかりませんけど、そのお兄さんには昔、お姉さんも居たみたいなんです」

 

「居たみたい?」

 

まるで、過去形みたいな表現をする鈴。

 

「私が生まれる前にそのお姉さんは病気で亡くなったみたいですけど、小学生の時、お正月に会った際にお兄さんはそのお姉さんについて病気で亡くなったんじゃなくて人魚になった‥‥って、言っていたことがあって‥‥」

 

「人魚になった‥‥?」

 

「はい」

 

「お兄さんのお母さん‥‥親戚の叔母さんはあくまでも『お姉さんは病気で亡くなった』の一点張りで、なんかその話題に触れてほしくなかった印象を受けました」

 

「まぁ、自分の娘が亡くなった訳だし、その叔母さんの言うことも分からなくはないけど‥‥他には何か変わった様子はなかった?」

 

「実はお兄さん、高校を卒業した後で大学へは行かず、工場に就職したんですけど、三ヶ月くらいでその工場を辞めてしまって‥‥」

 

「たった三ヶ月で?」

 

「はい」

 

「それはリストラや工場での人間関係が原因で?」

 

「いえ、そうじゃないと思います。その後も色んな会社や工場に入ったんですけど、すぐに辞めてしまって‥‥」

 

(おいおい、いくらなんでもすぐに入ってすぐに辞めるなんて、その人はガラスのハートなの?豆腐メンタルなのか?)

 

「最後に会った時は鬱病になってしまったみたいで精神科でお医者さんのカウンセリングを受けていたみたいです」

 

「鬱病ね‥‥」

 

(やっぱり、豆腐メンタルな人だったのか‥‥それに鬱病となると‥‥多分その人はもう‥‥)

 

鈴の話を聞いてその従兄はおそらく前世の自分同様、既に自殺しているのではないかと思った。

 

「私が小さい頃は、そのお兄さんにはよく遊んでもらって学校でもすぐに人と仲良くなれる‥‥岬さんみたいな人で‥‥そのお兄さんが鬱病になって、ましてや失踪するなんて私にはちょっと信じられなくて‥‥」

 

(まぁ、確かにミケちゃんが鬱病や失踪なんて考えられないよな‥‥)

 

鈴曰く、失踪した従兄は男版明乃みたいな性格の人物だったらしい。

 

「知床さんは従兄のお兄さんの話を聞いて人魚の存在が気になったの?」

 

「は、はい。もしかしてお兄さんの失踪に人魚が関係しているんじゃないかと思って‥‥」

 

自身の姉の失踪に人魚が関わっていたと思っていた鈴の従兄。

 

その話を聞いて鈴も従兄の失踪には人魚が関係しているのではないかと思い今日、明乃と真白に人魚について訊ねたのだ。

 

「‥‥」

 

シュテルは鈴の話を聞いて顎に手を当てて考える。

 

「鬱病って言うけど、その鬱病になったのも何かきっかけがあるの?」

 

「うーん‥‥これも関係があるのかわかりませんけど、強いてあげるならサイレンが関係あるのかもしれません」

 

「えっ?」

 

「お兄さん、初めて務めた工場でお昼休憩や仕事の終わりに鳴るサイレンの音を聴くと気分が悪くなっていたみたいで、最後に会った時は救急車のサイレンの音にも過敏に反応していました‥‥」

 

「サイレンの音‥‥」

 

「はい。今日の放課後、サイレンの語源が人魚のセイレーンって碇艦長の話を聞いて、やっぱり、お兄さんの失踪は人魚が関係しているとますますそう思えてきて‥‥」

 

「なるほど‥‥」

 

「それで、夕食前に親戚の叔母さんに電話をしてみたんですけど‥‥」

 

「冷たくあしらわれた?」

 

「はい。お兄さんの行方に関して『知らない』って言うばかりで‥‥」

 

「警察には捜索届けは出したの?」

 

「それが叔母さんの話では警察にも届けは出していないみたいなんです」

 

「届けを出していない?」

 

「はい」

 

「変だな‥自分の子供が失踪したのに捜索届けを出さないなんて‥‥その従兄と叔母さんを含め家族仲が悪かったの?」

 

「叔父さんもお兄さんが小さい頃に亡くなっていたので、お兄さんと叔母さんの二人暮らしだったんですけど、仲が悪いようには見えませんでした。ただ‥‥」

 

「お姉さんの死について、その叔母さんは何か隠している‥と‥‥」

 

「はい。それに今回のお兄さんの失踪にも‥‥」

 

「‥‥もしかして、その叔母さんがお兄さんの失踪に何か関係があるのかもしれないね‥‥」

 

「私もそう思います」

 

「とは言え、素直に教えてくれそうにないし、手がかりも無しか‥‥うーん‥‥」

 

日本では毎年約七万人‥‥一日当たり200件以上の失踪届けが出ている。

 

手がかりがない中で鈴の従兄を捜すのはあまりにも困難なことだ。

 

ましてや自分たちは警察の人間ではなくごくごく普通の学生。

 

身体は子供、頭脳は大人などこぞの高校生探偵や祖父が名探偵の孫でも見つけられるのは難しい案件だろう。

 

しかしそれでも鈴は従兄の行方を知りたがっている。

 

「うーん‥‥とりあえず人魚に関係していそうな場所、調べてみるか‥‥」

 

シュテルはノートパソコンを起動させ、インターネットを駆使して日本における人魚伝説がある都道府県を調べてみる。

 

人魚の肉を食べたとされる八百比丘尼が生まれたとされる新潟県佐渡市、愛知県春日井市、栃木県栃木市に同じく八百比丘尼の終焉の地とされる福井県小浜市。

 

広瀬川の“龍宮”という所から持ち帰った魚を食べ不老不死の力を得た村人が居たとされる群馬県前橋市。

 

ほかにも京都府京丹後市にも人魚の肉を食べたとされる娘の記録もあった。

 

「こうしても見ると日本のあちこちに人魚に関係した場所があるんですね」

 

改めて日本の人魚や八百比丘尼について調べてみると各地に人魚に関連する記録や八百比丘尼の生誕の地とされる場所があることに鈴は意外性を感じる。

 

「でも、どれもこれもかなり昔の記録だから知床さんの従兄とは無関係っぽいね」

 

「はい」

 

記録の信憑性は兎も角、あまりにも残されている記録が古すぎて鈴の従兄の失踪にはどう考えても無関係そうなものばかりだ。

 

「従兄のお兄さんは海外旅行へ行ったことはある?」

 

「いえ、私の知る限り海外に行ったことはないはずです」

 

「じゃあ、ドイツのライン川も無関係か‥‥」

 

念のため、日本国外にも目を向けてみたが、鈴の話では従兄は海外渡航の経験がなさそうなので、少なくとも海外に出た形跡はなさそうだ。

 

「その叔母さん以外に従兄の事をよく知っている人は他に誰かいる?」

 

「私のお母さんなら、詳しいかもしれません」

 

鈴は叔母に冷たくあしらわれた後、自分の母に従兄について訊ねようと思っていた時にシュテルに声をかけられたので、まだ母親に確認を取っていなかったのだ。

 

「じゃあ、聞いてみてもらえるかな?」

 

「は、はい」

 

鈴は早速、スマホで実家へと電話を入れる。

 

『はい、知床です』

 

「あっ、お母さん。私、鈴」

 

『あら?鈴、どうしたの?』

 

「あの‥従兄のお兄さんの件で‥‥」

 

『‥‥』

 

鈴が従兄の件を話すと鈴の母親はしばし無言となる。

 

「ねぇ、お兄さんはどこに行っちゃったの?さっき、叔母さんに電話をしてみても『知らない』の一言だし‥‥」

 

『鈴、お兄さんのことはもう諦めなさい‥‥多分、あの人はもう‥‥』

 

鈴の母親もシュテルの予測同様、従兄は既に死んでいるだろうから忘れろと言う。

 

「それでも、私は知りたい‥‥お兄さんが失踪した理由を‥‥」

 

鈴にしては珍しく自分の意思を突き通そうとしている。

 

「ねぇ、お母さん。何か知らない?どんな些細なことでもいいから」

 

『‥‥』

 

「お兄さん‥サイレンや人魚で苦しんでいたんだよ‥‥私は例えお兄さんがもう亡くなっていても真実を知りたいの‥‥お願い!!」

 

『‥‥わかったわ。私の知っていることは教えてあげるけど、絶対に危ないことはしちゃダメよ』

 

「ありがとう。お母さん」

 

鈴の母親としても内気で辛い出来事から逃げてばかりだった娘がこうして意思を貫こうとしているのが嬉しかった。

 

とは言え、危ないことはしてほしくはなかったのだが、話したところで恐らく徒労に終わるだろうと思い自分が知っていることを娘の鈴に話した。

 

失踪した従兄には確かに姉が居た。

 

しかし、その姉も実は弟同様、失踪していた。

 

だが、それは鈴が生まれる前の出来事であり、鈴の母親も詳しいことは知らず、なぜ失踪したのか理由はわからなかった。

 

鈴の叔母が娘の失踪を病死と偽ったのは世間体を考えての事だと思ったらしい。

 

警察に捜索届けを出さなかったのもどうせ見つからないだろうと判断して届けを出さなかった。

 

「それで、お兄さんが行きそうな場所にどこか心当たりはある?」

 

『‥‥もしかしたら、昔住んでいたあの村に行ったのかもしれないわね』

 

「あの村?」

 

鈴の母親の話では従兄の一家は昔、とある地方の漁村に住んでおり、鈴の叔父はその漁村で漁師をやっていた。

 

しかし、叔父が漁の最中に事故で亡くなり、娘が失踪してから従兄と叔母はその漁村を出て東京へ引っ越したらしい。

 

従兄が行くとしたらその漁村くらいしか心当たりがないと鈴の母親は言う。

 

「わかった。ありがとう」

 

『いい、くれぐれも危ないことをしてはダメよ』

 

従兄が行きそうな場所を教えてもらい鈴は電話を切った。

 

そして、鈴はシュテルに従兄が行ったかもしれないその漁村について話す。

 

「瓜生ヶ村(うりゅうがむら)?」

 

「はい。お母さんが言うにはお兄さんは昔、その村に住んでいたみたいで、行くとしたらその村じゃないかって‥‥」

 

「瓜生ヶ村ね‥‥」

 

鈴から聞いた話でシュテルはネットで早速、その村について調べてみる。

 

「何かわかりましたか?」

 

「‥‥うーん‥かなりの田舎だね。山と海に囲まれた村で名産もなく目玉となる観光資源もないみたい。近々近隣の市か町に統廃合されるか過疎化で廃村になりそうな村だな」

 

ネットに表示された写真から村の印象を口にするシュテル。

 

「た、確かに…」

 

鈴もパソコンの画面を見てみるが、シュテルの言う通り寂れた村だった。

 

「でも、この村にお兄さんが‥‥」

 

「行ったかもしれないって言う可能性であり、この村にお兄さんが確実にいるとは限らないよ」

 

「はい」

 

「それで行くの?この村に‥‥」

 

「はい。今度の休みに行くつもりです」

 

「そう‥‥分かった。じゃあその時は私も一緒に行くよ」

 

「えっ?」

 

「この村で従兄のお兄さんが失踪したかもしれないんでしょう?ただ単に家出をしてこの村で普通に生活しているならいいけど、もし、村ぐるみでお兄さんの失踪に関係しているとなると一人で行くのは危ないよ。閉鎖的な村は余所者には冷たいか攻撃的らしいからね」

 

「わ、分かりました」

 

従兄の行方を捜す為、今度の休みに鈴と共にこの寂れた漁村へ行くことにしたシュテル。

 

「ただ、この村に行く前に装備を整えていこう。こういう時の悪い予感って当たるんだよね‥‥これまでの経験上」

 

取り越し苦労だと思って用意したことがこれまでの経験上すべて無駄になったことがなく、シュテル本人としては取り越し苦労、無駄になってほしかった。

 

「装備‥ですか?」

 

「うん。経費はこっちで持つから、知床さんは使い方を覚えて」

 

「つ、使い方って‥まさか、拳銃‥ですか?」

 

鈴はラット事件の最中、四国沖の海上ショッピングモールにてクリスとユーリが本物の拳銃を装備していたことを思い出す。

 

「いや、さすがに拳銃じゃないよ」

 

シュテルが拳銃でないと言うと鈴はホッとした様子。

 

翌日の放課後、シュテルは鈴を連れて東京の秋葉原へと向かった。

 

「ほぇ~‥‥」

 

鈴はこの年で初めて秋葉原へ来たみたいでカラフルな看板だらけのビルを見て呆然とする。

 

(前世では材木座に連れられて来たが、やはり地盤陥没しているだけあって地形が違うな)

 

異なる歴史を辿っているためか前世の秋葉原と後世の秋葉原とは地形も店舗も異なっていた。

 

それでも、売っているモノは大して変わりはなく、同人誌、フィギュア、ゲーム、カードなどの他にパソコン、家電製品等の電化製品が売っている。

 

「い、碇艦長。ここで何を買うんですか?」

 

そんな中、二人は防犯グッズを販売している店に来ていた。

 

「ん?これだよ」

 

「これは‥‥なですか?」

 

「これはね‥‥」

 

シュテルはこの店で購入したモノについて鈴に教える。

 

「へぇ~‥これが‥‥」

 

「拳銃より頼りないけど、まぁ、万が一のための護身用にね」

 

シュテルはこの店で一番強力なある護身グッズを購入し使い方を鈴に説明した後、彼女に持たせた。

 

だが、シュテルの予測通り、この時に買ったこの護身グッズが後々に二人の危機を救うことになった。

 



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152話

後半にとある生徒会役員たちがゲスト出演しています。


 

 

晴風航海長である知床鈴の従兄が突然失踪した。

 

そして、彼の姉も鈴が生まれる前に失踪していた。

 

鈴が失踪した従兄と最後に会った時、彼は鬱病を発症しており、何故かサイレンの音に過敏になっていた。

 

更に彼は鈴が小学生の時に周囲の親戚たちが自分の姉が病死したと言われる中で、鈴に『姉は人魚になった』と呟いていた。

 

ただ、鈴は鬱病になる前の従兄の人柄をよく知っていた。

 

鈴にとって従兄が鬱病となった事が信じられず、ましてや失踪するなんてとても信じられなかった。

 

鈴は従兄の失踪に人魚が関係しているのではないかと思い、彼女は同級生の明乃と真白に人魚についての意見を求めた。

 

明乃と真白の二人は人魚の存在についてやや懐疑的だった。

 

女子にとってあこがれの職業であるブルーマーメイドのロゴにも採用されている人魚は一般的に考えても人間が思い描いた架空の生物であり、この地球上に存在するのか?と言われると確かに人魚なんて存在しないと思うのが普通である。

 

しかし、ドイツからの留学生で上級生であるヒンデンブルク艦長のシュテルは意外にも人魚の存在に関して肯定的だった。

 

そして、シュテルは自身の観察眼で鈴が何か悩んでいると見抜き、鈴から訳を聞いて、彼女の従兄捜しに協力した。

 

鈴の母から失踪した従兄の手がかりとして、彼が生まれ故郷である漁村にもしかしたら従兄が居るか、何かしらの手掛かりがあるかもしれないということで休日に鈴とその漁村へ向かうことになった。

 

ただ、二人は現地に行く前に事前準備をした。

 

秋葉原の防犯グッズ店でとある防犯グッズを買い、目的地である漁村についてもネットで情報を集めた。

 

しかし‥‥

 

「観光地じゃないから情報があまりないな‥‥」

 

ネットの検索サイトで目的地の漁村である瓜生ヶ村についての情報を集めたのだが、どうもその村は特に目立つような特産品も観光の目玉となるようなスポットもない寂れた漁村だったので情報が中々無い。

 

偶然、その漁村の駅でぶらり途中下車した観光客が暇つぶしに写真を撮り、自分のTwitterやSNSにその写真をあげているぐらいだ。

 

「情報が少なすぎるのはやや不安が残るな‥‥」

 

「で、でも、この写真を撮った人はこの村から無事に帰ってきているみたいですし、そこまで警戒することはないんじゃないでしょうか?」

 

「‥‥」

 

一抹の不安を抱きつつもやがて、週末となり鈴はシュテルと共に従兄の生まれ故郷である瓜生ヶ村へと向かった。

 

ただ、その村に従兄が居ると言う保証も失踪の手掛かりが絶対にあると言う保証はない。

 

でも、現状その瓜生ヶ村以外に手掛かりがないのでどうしようもなく鈴にとっては居ても立っても居られなかったのだ。

 

連絡船と陸路の鉄道を乗り継いでやってきた瓜生ヶ村。

 

「やっぱり無人駅か‥‥」

 

改札を出る際、駅舎は屋根と待合室があったが、駅構内や改札口に駅員の姿はなかった。

 

「電車の本数もすごく少ないですね」

 

鈴が駅構内にある時刻表を見て呟く。

 

シュテルも時刻表を見てみると上りも下りも電車の本数が少なく、数時間に一本で最終は午後五時代だ。

 

「宿もとっていないし、最終電車が出る前に調査を終わらせよう。この様子じゃあ、村に宿なんて無さそうだし」

 

「そうですね」

 

こんな寂れた漁村では宿なんて無さそうだし、最終の電車を乗り遅れたらこの村で野宿になりそうだった。

 

流石に野宿は勘弁なので、シュテルと鈴は早速、従兄の手掛かりを求めて村人に聴きまわることにした。

 

「そういえば、従兄のお兄さんの名前はなんて言うの?」

 

「三上修一です」

 

「その人の写真や画像はある?」

 

「ちょっと昔の頃の写真ですけど‥‥」

 

鈴は以前撮った従兄の写真をショルダーバッグから取り出す。

 

「この人です」

 

ショルダーバッグから取り出した写真はお正月の時に親戚みんなで撮った写真で、鈴はその中から一人の男性を指さす。

 

(可もなく不可もなく、いたって普通の人だな)

 

鈴の従兄である三上は葉山のようなイケメンではなく、逆に前世の自分のように腐った目をした様な男でもなく、どこにでもいそうな平均的レベルな顔つきの男が写っていた。

 

「じゃあ、早速聞いて回ろう」

 

「はい」

 

村を回り、そこにいた村人に『この人、知りませんか?』 『見ていませんか?』と聞いて回るが、『知らない』 『見たことない』 の返答ばかりで、中には無視する村人も居た。

 

鈴の母親から聞いた従兄の生家も訪ねてみたが、そこは空き家で長い間人が住んでいた形跡がなく、当然従兄の姿もなかった。

 

「浦島太郎じゃあるまいし、三上さん一家の事をすんなりと忘れるモノだろうか?」

 

「え、ええ‥‥叔母やお母さんの話では、叔父さんはこの村で漁をしていた時に事故で亡くなったって聞いたんですけど、その事故の事さえも忘れるなんてちょっと妙です」

 

鈴の言う通り、こんな辺鄙な村で、十六年以上前のこととは言え、人が死ぬほどの事故が起きれば人々の記憶に残りそうなものである。

 

「村八分にでもあっていたのかな?」

 

「いえ、そのようなことは‥‥」

 

三上一家がこの村で村八分状態であったら、村人が三上一家について『知らない』と答えるのも分かるが、鈴の話では決して三上一家は村八分にあっていた様子はなかったと答える。

 

瓜生ヶ村には裏側に山もあるが、従兄が人魚について口走っていたので、山には従兄の手掛かりはないだろうと判断し、海側を捜した。

 

そして、二人は海岸へとたどり着く。

 

テトラポットや防波堤、岸壁が整備された漁港とは違い波が打ち寄せる砂浜だけの海岸であるが、サーフィンや潮干狩りをしているような人はおらず、人っ子一人いない寂しい海岸であり、真夏でもきっと海水浴場として機能はしていないだろう。

 

「やっぱり、手掛かりがないね‥‥」

 

「はい‥‥」

 

海岸にあった岩に座り、海を見ながら従兄本人はもとより、従兄の行方を知る手がかりも見つからないことに鈴は落胆の色が窺える。

 

わかっていたことなのだが、やはり現実を直視すると落胆もする。

 

しばらく、波音とカモメの鳴き声を聴きながら海を見ていると、

 

「ん?」

 

シュテルは砂浜で何かを見つけ、岩から立ち上がる。

 

「碇艦長?」

 

突然立ち上がったシュテルに鈴は怪訝な顔をする。

 

しかし、シュテルはそんな鈴の様子に気づかず浜辺に打ち上げられたソレに近づく。

 

人は居ないがゴミもない綺麗な砂浜だったので、打ち上げソレが目立ったのだ。

 

そして、鈴も一足遅れてシュテルの後をついてくる。

 

「‥‥これ‥‥男物のジャケットだ‥‥」

 

浜辺に打ち上げられたのは一着の男物のジャケットだった。

 

「どうしたんですか?」

 

「これが打ち上げられていた」

 

シュテルは一足遅れて来た鈴にジャケットを見せる。

 

「上着‥‥ですか‥‥?」

 

「ああ‥‥でも、全体的に所々が破れているし、血みたいなシミもある」

 

打ち上げられたジャケットは腕の部分をはじめ所々が強い力で引きちぎられた様に破れており、さらにその近くには赤黒いシミがある。

 

ジャケットの破れ方を見て赤黒いシミは血液によるシミだとわかった。

 

「さ、サメにでも襲われた人の服でしょうか?」

 

鈴はサメにでも襲われた人が着ていた服ではないかと言う。

 

確かに状況的に鈴が言うように船から落ちた人が海でサメに襲われその人が着ていたジャケットが偶然この村の浜辺に漂流したとも言い切れる。

 

「ん?これはっ!?」

 

ジャケットを調べていたシュテルはジャケットの持ち主を調べるためにポケットを調べていたが、その最中で裏地に刺繡されていた持ち主の名前を見て思わず声をだす。

 

「ど、どうしました?」

 

「‥‥これ」

 

シュテルは鈴にジャケットの裏地に刺繍された名前を見せる。

 

「っ!?こ、これ‥‥」

 

ジャケットの裏地には『三上』と刺繡されていた。

 

「み、三上って‥‥も、もしかしてこのジャケットの持ち主は‥‥」

 

「‥‥」

 

失踪した従兄と同じ苗字が刺繡されていたジャケットが破れ、しかも血が付いた状態でこの浜に打ち上げられていた。

 

しかもこの浜は従兄の生まれ故郷の漁村の浜辺‥‥

 

ジャケットに刺繡されていた名前と地理的な要因からこのジャケットの持ち主が鈴の失踪した従兄じゃないかとシュテルも鈴もそう思えてくる。

 

いや、それ以外に考えられなかった。

 

「「‥‥」」

 

シュテルはジャケットを持ったまま、そして鈴はジャケットを見たまま固まる。

 

そんな中、

 

〈鈴‥‥〉

 

鈴の耳に一人の男の声が聞こえた。

 

「っ!?お兄さん!?」

 

鈴の耳に聞こえてきた男の声は捜し人である従兄の声によく似ていた。

 

「どうしたの?」

 

しかし、シュテルには先ほど聞こえた従兄の声が聞こえてはいない様子。

 

「い、今、男の人の声が‥‥お兄さんの声が聞こえたんです!!」

 

「えっ?」

 

鈴は周囲を見ながらシュテルに捜し人である従兄の声がしたことを伝える。

 

シュテルも鈴に習い、周囲を見渡すが辺りには人の姿は見えない。

 

「すみません、気のせいだったのかもしれません」

 

鈴は気のせいだと判断し、とりあえずシュテルはこのジャケットは失踪した従兄の手掛かりでもあるし、もしかしたら彼の遺品になるので、小さく折りたたんで背中に背負っていたリュックに入れた。

 

その後、二人は浜辺を歩いていくと、海岸線の崖下に洞窟のような洞穴があった。

 

しかもその洞窟の手前には鳥居と頑丈そうな柵がある。

 

「あんなところに洞窟がある」

 

「それに鳥居も‥‥」

 

「鳥居ってことは洞窟の中で何かを祀っているのかな?」

 

「でも、手前には頑丈そうな柵もありますよ」

 

「普段は立ち入り禁止ってことかな?」

 

二人が柵に近づき、奥にある洞窟を見ていると、

 

「おい、そこで何をしている!?」

 

「「っ!?」」

 

不意に怒鳴り声が辺りに響いた。

 

「そこに近づいちゃいかん!!」

 

二人は声がした方を振り向くと、そこには袴姿の男が一人立っていた。

 

身なりからして神職関係の人物だと一目で分かった。

 

「あっ、すみません。あの洞窟は何かな?と思って‥‥」

 

「あそこは奥宮だ。君たち、この土地の者じゃないな?」

 

「は、はい。横須賀から来ました」

 

「なるほど、この土地の者ならばあそこには近づかないからな。観光かね?」

 

「えっ、ええ‥まぁ‥‥」

 

「あ、あの奥宮というと神社なんですか?」

 

「そうだよ。あそこにある蛭ノ塚神社の奥宮だ。私はあの神社の宮司を務めている」

 

宮司の視線の先には小高い丘に建てられた鳥居と神社らしき建造物の屋根が見えた。

 

「普通柵があれば近づこうとしない。一体何をしていたんだね?」

 

「あっ、いや、本当にただ気になっただけです」

 

宮司の質問にシュテルは事実を話すが、宮司の目つきを見る限りあまり信用されていない。

 

「あ、あの‥‥」

 

「ん?なんだね?」

 

そんな中、鈴は恐る恐る宮司に声をかける。

 

「宮司さんはこの村でずっと宮司を務めてきたんですか?」

 

「そうだが?」

 

「それじゃあ、三上修一って方を知っていますか?」

 

「三上修一?」

 

「は、はい。この人で、十六年以上前にこの村に住んでいた三上って家に居た男の人なんですけど‥‥」

 

鈴は宮司に従兄の写真を見せながら行方を知らないか訊ねる。

 

「三上?‥‥三上‥‥?」

 

宮司は顎に手を当てて思い出そうとする仕草をとる。

 

「その三上さんのお父さんはこの村で漁の最中、事故で亡くなり、お姉さんは失踪したみたいなんです」

 

シュテルは三上家の内、一人が亡くなり、一人が失踪していることを宮司に伝える。

 

「何か知りませんか?失踪したお姉さんの名前は三上百合江って言う名前なんですけど‥‥?」

 

鈴は従兄の姉の名前を宮司に伝える。

 

「いや、覚えていないな‥‥なにせ十年以上前のことなんだろう?」

 

「は、はい」

 

「失踪と言うが、もしかしたら波にさらわれたのかもしれないな」

 

「波に?」

 

「うむ。その娘さんもこの村に住んでいたのだろう?」

 

「はい」

 

「となると、彼女もこの海岸に来たかもしれないな。ただ、この海岸はけっこう危険な場所でね。見てみなさい」

 

宮司は崖下の近くを指さす。

 

「今は上の方に道が通っているが、この村はかつて陸の孤島でね、その断崖の下を磯伝いに行くのが唯一の道であとは船以外に村を出入りする道がなかった。あの道も引き潮の時だけ通れるだけで、満ち潮になると海に沈んでしまう。だから、歩いている途中で満ち潮になり波にさらわれた人もいたらしい」

 

「「‥‥」」

 

二人が宮司の説明を聞き、崖下を見ていると、

 

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

 

サイレンの音が聴こえてきた。

 

「サイレン?」

 

「ああ、満ち潮を知らせるためのものだ。今話した通り、満ち潮になると通れなくなるからね。昔は櫓を立てて見張り役を置き、満ち潮の時には半鐘を鳴らして知らせていたんだ。その後、サイレンが使用され、交通網が整備されあの道は使われなくなったが、数少ない村の習慣として今でも満ち潮の時にはサイレンを鳴らしているんだ」

 

どこからともなく流れてくるサイレンの音は昼間なのだが少し不気味に感じる。

 

「それじゃあ、私は用があるから失礼するが、くれぐれもあの洞窟に近づいちゃいかんよ」

 

そう言い残して宮司は去っていく。

 

宮司の説明に若干の疑問を感じたが、満ち潮となり、あの洞窟への道が閉ざされては物理的に行くのは不可能なので、二人は宮司が務めている神社へ行ってみることにした。

 

「ここが、蛭ノ塚神社‥‥」

 

「祀っている神様は恵比須様と神社姫か‥‥」

 

シュテルは神社の境内に設置されている看板を見て、この神社に祀られている神を知った。

 

「普通神社って一人の神様を祀るんじゃないの?」

 

「いえ、二人の神様を祀る二柱神社もありますよ」

 

「へぇ~‥‥」

 

蛭ノ塚神社に祀られている神は二人居り、一人は恵比須。

 

七福神の一柱であり、狩衣姿で右手には釣り竿を持ち、左脇に鯛を抱える姿が一般的に知られており、古くから漁業の神として知られていたので、漁村の神社として祀られる神としては不思議ではない。

 

そして、もう一人祀られている神、神社姫。

 

神社姫は江戸時代から日本に伝わる妖怪で、その見た目は長髪で人のような顔にニ本の角、細長い胴体に三股の尾ビレがついた人魚のような姿をしているが、これは人魚というよりは人面魚に近い姿をしている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

神社姫は『予言獣』という妖怪の一種で、豊作や疫病の流行など未来の出来事を予言し、厄除けの方法を伝えたと言われている。

 

神社姫の他にも件(くだん)と呼ばれる人面牛も同じく『予言獣』の一種である。

 

(さっきの宮司が居ないな‥‥さっき用があると言っていたが、まだ戻っていないのか‥‥)

 

境内を見渡すが先ほどの宮司の姿はなかった。

 

「恵比須さまは漁業の神様だから、漁村であるこの村の神社に祀られる神様として分かるけど、神社姫は‥‥」

 

「なんか祀られる神としては変わっていますよね」

 

社務所の室内に飾られている神社姫の絵を見て、祀る神としては疑問を感じる。

 

「しかも、恵比須さまよりも神社姫の方をなんか贔屓してない?」

 

「確かに‥‥」

 

社務所には神社姫の絵ばかりで恵比須の絵は小さいお札サイズの絵が数枚あるだけだった。

 

いくら神社姫が予言獣であるとはいえ、この村は漁村なのだから漁業の神である恵比須の方を優遇すると思った。

 

あの宮司はその後も戻ってこなかったが、特にこの神社には怪しい所はないので、二人は神社を一回りして海岸へと戻った。

 

「そろそろ潮が引く時間だけど‥‥むっ!?」

 

「どうしました?」

 

「しぃっ‥‥」

 

シュテルは鈴に静かにするようにジェスチャーをとると、岩陰からこっそりと洞窟を窺う。

 

すると、洞窟前に設置されている柵の近くに作業着姿の男が座っている。

 

「どうやら見張りがついたみたいだ‥‥」

 

「えっ?」

 

「ほら、あそこ‥‥」

 

「あっ‥‥で、でも、どうして奥宮の洞窟に見張りなんて‥‥さっきまでいなかったのに‥‥」

 

「よほど、余所者に見られたくない秘密があるんだろう‥‥あの宮司が言ってた用事は多分、私たちの事を村中に知らせるためだったんだろうな」

 

「ど、どうします?」

 

「あの洞窟に近づかなければ、これ以上警戒されることはないだろうけど‥‥知床さんはどうしたい?」

 

「えっ?」

 

「従兄のお兄さんのジャケットは見つけることが出来た。そして、そのジャケットの状態から多分、生存している可能性は非常に低い‥‥お兄さんの生死を確かめたいというのであれば、調査はこれで終わり。でも、なんでお兄さんが失踪し、亡くなったのか?その過程と真実はこのまま闇に葬られる」

 

「‥‥」

 

「あそこまで警戒するんだ。お兄さんの死の真相はあの洞窟が関係しているかもしれない。ここで止めるか、それともあの洞窟の中を見るか?その判断は知床さん次第だよ」

 

「わ、私の‥‥」

 

見つけたジャケットの状態から確かにシュテルの言う通り、従兄が生存している確率は低そうだ。

 

従兄がもうこの世に居ない事は分かった。

 

遺体もおそらく見つかることはないだろう。

 

シュテルの言う通り、生死の確認だけならば、調査はもうこの時点で打ち切った方が危険はないだろう。

 

だが、どうして従兄は失踪し、死ななければならなかったのか?

 

その真相はまだわかっていない。

 

ここで止めて横須賀に戻る?

 

それとも調査を続けて従兄の死の真相を解き明かすか?

 

これは自分の問題であり、シュテルの問題ではない。

 

「わ、私は‥‥知りたい‥です‥‥どうして、お兄さんが‥‥こ、こんな目に遭わなければならなかったのかを‥‥」

 

鈴自身、正直に言えば怖いし逃げ出したい。

 

でも、以前シュテルに言われた『人生の中にはどうしても逃げてはダメな時もある』という言葉。

 

鈴には今がその逃げてはダメな時なのだと確信した。

 

鈴は自分にそう言い聞かせて、調査の続行をシュテルに言ったのだ。

 

「わかった。知床さんがそう言うなら、付き合うよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ただ、休日は明日までだから、明日中には何とかあの洞窟の中に入る算段をつけよう」

 

「はい」

 

「それと、さすがに横須賀からまたこの村に来るルートでは時間がかかりすぎるから、この村から一番近い宿を取ろう」

 

シュテルは洞窟から少し離れ、スマホでこの村から一番近くにある宿を探して今日はその宿に泊まることにした。

 

もちろん、寮の管理人には外泊する旨を伝えた。

 

理由は『日帰りで観光に言ったら、最終電車を逃して帰れなくなった』‥‥である。

 

 

駅に向かっている最中、あちこちからこちらを窺う視線のようなものを感じる。

 

そして、駅舎にて電車を待つ間も一人の男が時折チラチラと二人の様子を窺う仕草をとっていた。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

(やっぱり、村ぐるみで何かを隠しているな)

 

(一体あの洞窟にはどんな秘密があるんだ‥‥?)

 

これらの村人の様子や仕草から鈴の従兄の失踪と死亡の原因にはやはりあの洞窟が関係している可能性が高いとシュテルはそうにらんだ。

 

男の視線に気づきながらも下手に騒動を起こさないように敢えて無視を決め込む。

 

やがて、電車がやってきて車両に乗るが、駅舎に居たあの男は電車には乗らず、電車が出発すると同時に駅舎から出て行った。

 

(バレバレだ‥‥尾行や監視をするならもう少し上手くやれよな)

 

男の様子から、どうみてもあの男が海岸の作業着姿の男同様、自分たちを監視していたのがまる分かりであり、シュテルは内心呆れた。

 

村から一番近くにある宿の町の駅についたシュテルはまず、宿に向かう前に本屋へと向かうことにした。

 

「知床さん」

 

「はい」

 

「宿につく前に本屋によってもいいかな?」

 

「えっ?本屋にですか?」

 

「うん。この周辺の地図を手に入れたい」

 

「地図を?」

 

「あの洞窟へのルートが他にないか調べるためにね」

 

「あぁ~なるほど」

 

シュテルは鈴に本屋へ寄る理由を話すと彼女も納得し、二人は駅前にあった本屋に向かった。

 

「えっと‥‥地図‥‥地図‥‥地図‥‥」

 

地図の本が売っている棚でこの地域の地図を探す。

 

「あっ、これじゃないですか?」

 

「ん?」

 

鈴がそれらしき地図の本を見つけ、パラパラとページを捲ると確かに鈴の言う通り、その本はここ周辺の地図を表示していた。

 

「うん、間違いない」

 

地図の本を購入し、二人は今度こそ、予約した宿へと向かった。

 

宿のロビーにてチェックインをしようとした時、フロントには先客がいた。

 

四人の女性に一人の男性客で、その内二人の女性と男性は自分たちと変わらない年齢であり、男性は眠っている女性を背中に背負っていた。

 

「お部屋は三階の白梅の間です」

 

「お姉ちゃん、お風呂二十四時間使えるって」

 

「そうか」

 

女子二人の会話が聞こえたのだが、

 

(姉って‥‥あまり、変わらない年齢に見えるし、姉妹にしてはなんか似てないように思えるが‥‥)

 

シュテルはこの二人の会話にやや疑問を感じた。

 

「ほんと、一部屋とは言え、取れてよかったわね。お・に・い・ちゃ・ん。フフフフ‥‥」

 

最後の一人の女性‥‥というか小学生くらいの子は不機嫌そうにジト目で口元を怪しげに歪ませながら男の人に言い放つ。

 

「ごめんね。お兄ちゃんで、ごめんね」

 

男性はなんだか申し訳なさそうに小学生の女の子に謝っている。

 

(本当にあの人たちは家族なのか?)

 

あまり似ていない姉妹に不仲に見える兄妹‥‥

 

これらの様子から本当に目の前の先客が家族なのかとますます疑問が深まるが、

 

(まぁ、色々事情がある家族なんだろう)

 

あの人たちが『家族』だと言うのだから、家族なのだろう。

 

特に事件性もなさそうだし、他人の家庭環境や問題に首を突っ込むのは野暮なので、シュテルはスルーした。

 

チェックインを済ませ、夕食と明日のルート確認の前にまずは温泉で今日の疲れを癒すことにした。

 

シュテルは身体に残る銃痕を気にして周囲に人が居ない事を確かめ手早く身体にバスタオルを巻きつける。

 

「ふぅ~‥‥」

 

先に湯船につかっていると、

 

「お、おまたせしました」

 

自分と同じく身体にバスタオルを巻いた鈴もやって来た。

 

(知床さん、結構胸があるんだ‥‥)

 

鈴が隠れ巨乳であることは晴風クラスでは結構知られているのだが、シュテルは今日初めて鈴の胸を見て、彼女が隠れ巨乳であることを知った。

 

(ユーリっぽい声の人はみんな胸がでかいのか?)

 

ユーリと鈴は声が似ていることから、声が似ていると胸もでかくなるのかと思うシュテルであった。

 

湯船につかっていると先ほどの先客の女性たちも温泉に入ってきた。

 

ただ、男性の背中に居た女の人は居ない。

 

恐らく部屋で寝ているのだろう。

 

「いい気持ちだねぇ~そう、そう、ここの旅館、混浴もあるらしいよ」

 

「らしいですね」

 

「男の人と入浴なんてドキドキするね」

 

「ならば混浴に行くか」

 

「えええー!!い、いや、待ってください。心の準備が‥‥」

 

小学生の女子が狼狽えている。

 

「そうか‥‥ならば、私が偵察に行こう」

 

すると、提案した女性が混浴の湯へと偵察に向かう。

 

しかし、すぐに戻ってくる。

 

「どうしたの?」

 

「いや‥‥その‥‥お取込み中だったようで‥‥」

 

「「っ!?」」

 

偵察の報告を聞き、待機していた二人の女性は興味津々な様子で混浴の湯へと向かう。

 

(小学生なのにませているな)

 

高校生くらいの女子の他にさっきまで混浴の湯へ行くことに狼狽えていた小学生の女子も混浴の湯へ覗きに行く。

 

そして、偵察をした女性もやはり気になるのかもう一度混浴の湯へと向かって行った。

 

(風呂場でナニやっているんだか‥‥)

 

(リア充め、爆ぜろ)

 

彼女たちの会話が聞こえたシュテルは混浴の湯でいちゃついている男女に対してツッコミを入れた。

 



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153話

今回の後日談は次回の冒頭で描きます。


 

晴風航海長の知床鈴の従兄が突然失踪したのだが、鈴は従兄の失踪に人魚が関係していると思いクラスメイトの明乃と真白に人魚についての意見を求めた。

 

明乃と真白はシュテルならば人魚についての情報を知っているかもしれないと思い、シュテルから人魚に関する情報を求めた。

 

シュテルは三人に世界や日本各地に伝わる人魚伝説について教えると同時に鈴が何か悩んでいることを見抜き、鈴の従兄の失踪を知った。

 

そして、鈴と共に休日を利用して鈴の従兄の生まれ故郷であるとある田舎の漁村へとやってきた。

 

しかし、従兄がその漁村から東京へ引っ越してから十年以上の月日が経過しているせいか村の住人たちは誰も従兄の存在に対して『知らない』 『見たことない』と言う反応を示す。

 

だが、村民の様子から何か隠している印象を受けたシュテルは普段は立ち入り禁止となっている満ち潮で消える洞窟に何か手掛かりがあるのではないかと思い、その日は漁村から一番近い町にある旅館で一泊することにした。

 

チェックインの際、自分たちより先に妙な一団を見た。

 

年は自分らとあまり変わらない男女なのだが、あまりにも似ていない兄妹たち‥‥

 

しかし、人には何かしらの事情があるのだろと察し深くは追及せずに旅の楽しみの一つである温泉へと浸かる。

 

すると、混浴の露天風呂では何やら一組のカップルがお楽しみ中だったらしい。

 

「お取込み中って‥‥掃除でもしているんでしょうか?」

 

鈴はお取込み中の意味を清掃と勘違いしている様子。

 

「知床さんはまだ知らないほうがいいよ」

 

「?」

 

シュテルは『お取込み中』の意味を知らない鈴に対して、まだその意味を知らずに無垢のままでいてくれと言うと鈴は首を傾げた。

 

「ふぅ~‥‥」

 

「いいお湯でしたね」

 

「うん。やっぱり、日本の温泉は最高~」

 

二人は風呂からあがり、通路にある椅子に座り、自動販売機で買ったフルーツ牛乳を飲みながら湯冷ましをしていると、

 

「ん?あの人たちは‥‥」

 

「いい湯でしたね。会長」

 

「こら、ここでの私たちの立場を忘れるな。畏まって話してはダメだ」

 

フロントで小学生の妹から怪しげな笑みを向けられ、謝っていた青年と姉?らしき人が会話をしながら歩いていた。

 

(会長?立場?やっぱり何か訳ありみたいだ)

 

二人の会話の声がそれなりに出ていたので、聞こえてしまい益々あの一団が家族ではなく何かしら訳ありな一団であることが窺える。

 

「ああ、はい。そうでしたね。いや~いい湯だったね、姉ちゃん」

 

「そうだな~今度は一緒に混浴するか?」

 

「そうだね~姉ちゃん」

 

「よし、今から行くか?」

 

棒読みなセリフを言いながら姉?が弟?の青年を混浴に誘う。

 

「えっ?ちょっ、どこまでが演技?」

 

混浴に誘われて戸惑っている弟?の青年。

 

その背後に一人の女性が無言のまま立っていた。

 

女性も自分たちと変わらない年齢な印象を受ける。

 

「「「‥‥」」」

 

そして、その女性の姿を見て固まる二人。

 

そんな固まった二人をジッと無言のまま見ている女性。

 

女性の姿を見て固まったと言うことはあの二人と女性は知り合いの可能性がある。

 

「あの~‥‥なぜ、ここに?」

 

「私は新聞部のプチ旅行でここに訪れているのですが‥‥まさか、お二人が姉弟プレイをする仲だったとは‥‥」

 

「「あの‥‥これは‥‥」」

 

二人は事態について弁解しようとする。

 

「安心してください。私、口は堅いですから」

 

女性はグッと親指を立てたかと思ったら、今度は卑猥な表現の指の形をして、

 

「記事にするまでは情報は漏らさない。マスメディアとして当然です」

 

(記事にするまでってバラす気満々じゃないか)

 

近くに第三者であるシュテルが居るにもかかわらず、まるで見えていないかのように話をしている三人。

 

「別にやましいことはないですけど、騒ぎになると色々と面倒なんで、黙っていて下さい」

 

「‥‥どうしようかな~‥‥なんだか喉が渇いた気がする。お風呂上りだからかしら?」

 

女性は自動販売機をチラッと見る。

 

青年は口止め料としてコーヒー牛乳をその女性に奢った。

 

(新聞部なんて部活があるのか‥‥しかし、あの態度から『口では言っていません。記事しただけです』なんて、屁理屈であの二人の事をバラしそうだ)

 

青年と女性のやり取りを見て、あの新聞部の部員は絶対にバラすだろうと判断したシュテルであった。

 

一応、あの場にはシュテルと鈴の二人が居たのだが、あの二人にとってシュテルと鈴は全くの見ず知らずの赤の他人だったので、二人は特に慌てふためく様子はなかったが、若干気まずそうな感じはあった。

 

「い、碇艦長」

 

「ん?」

 

「さっきの女の人がしていたこれって何の意味があるんですか?」

 

鈴は先ほどの女性が行っていた卑猥な指の形をとっていた。

 

「知床さん、それは人前では絶対にやってはいけません。銃を持ったアメリカ人に対して中指を立てるのと同じように危険な行為ですよ」

 

「えええーっ!!そうなんですか!?」

 

鈴は慌てて卑猥な指の形を解いた。

 

「さて、そろそろ夕食を食べて明日の予定をたてよう」

 

「は、はい」

 

夕食は海の幸と山の幸をふんだんに使用したなかなか豪華な料理だった。

 

「凄い料理ですね」

 

「うん。タッパーに詰めて持ち帰りたいぐらいだ」

 

「なんだか、みんなに悪いですね」

 

二人は豪華な料理に舌鼓を打った。

 

夕食後、二人は明日の捜索のための作戦を練ることにした。

 

「知床さんは今日、あの村を見てどんな印象を持った?」

 

シュテルは鈴にまずは今日赴いたあの漁村の印象を訊ねる。

 

「うーん‥‥なんだか、他所から来た人に対して冷たい印象でした」

 

「その通り、そしてあの村の人たちは何かを隠している」

 

「はい」

 

「まずは知床さんの従兄のお父さん‥‥親戚の人が言うには、お父さんはあの村に居る時に事故で亡くなったんだよね?」

 

「はい。そう、聞いています」

 

「知床さんの親戚の人が言うことも全て信用できるわけではないけれど、もしその人が言っていることが正しければ、事件や事故とはほぼ無縁なあの村で人が亡くなる事故が起きたのだから、例え十六年の時が経っても人々の記憶に残るんじゃないかな?」

 

「た、確かに‥‥」

 

「それと、従兄のお姉さん‥‥親戚の人が言うには病死なんでしょう?」

 

「はい」

 

「でも、宮司さんは病死ではなく、波に攫われたと言っていた‥‥従兄の人たちはお父さんとお姉さんが亡くなってから東京へ引っ越したのだろうけど、もしお姉さんが病気で亡くなったのであれば、近所の人伝いで広まっていそうだけど、あの宮司は知らなかったことから、あえて知らないふりをしたのか、親戚の人が嘘を言っていたかのどちらかだ」

 

シュテルは鈴の親戚の人かあの村の宮司のどちらかが嘘を言っていることを指摘し、

 

「現状どちらが嘘を言っているのか確認できない以上、両者の発言は信じない方がいい」

 

「そうですね」

 

「さて、次は侵入路か‥‥」

 

シュテルは宿に着く前に本屋で買ったこの町周辺の地図を広げる。

 

「あの様子だと、当然海岸側の出入り口は明日も見張りがいるだろうから、別ルートからじゃないと。あの宮司が海岸線の道は昔、交通路になっていたらしいから、あの海岸線には別方向からの道がある筈だ」

 

「はい。あっ、ここじゃあないでしょうか?」

 

鈴が地図の一角を指さし、別方向の侵入路を示す。

 

「うん。それっぽいね。それじゃあ、明日はこの方向から向かおう。駅も今日降りた駅の一つ奥だから駅で村人に尾行される心配はないが念のため、軽めの変装だけはしていこう」

 

「軽めの変装?」

 

「ああ、まずは髪型を変えて近くの服屋で上着と伊達メガネ、帽子を買って行こう」

 

「はい」

 

いくら、村の駅よりも一つ奥とは言え、あの村の近くに行くわけなので念のため変装をして行くことにした。

 

「それと、宮司の話だとあの道は満潮になると海に消えるみたいだから明日の満潮時間も考慮しないとね」

 

親戚の姉については信じられないが、満潮になると道が海に消えると言う話は実際にシュテルと鈴が見ていたので、本当の事なのだと判明していた。

 

明日のルートを確認すると、シュテルはショルダーバッグの中からワルサーPPK/Sを取り出す。

 

「えっ?碇さん。それってもしかして‥‥」

 

「ショッピングモールの時、クリスやユーリーが使ったって聞いたけど、ワルサーPPK/S。ドイツが誇る銃器メーカーワルサー社の小型拳銃。デリンジャーよりも弾数が多いし、小型だから携帯しやすいから持ってきた‥‥本来なら此奴の出番が来ないといいけど、念のためにね」

 

シュテルは部屋の窓を開け、ガンオイルを取り出し、手慣れた手つきで銃をバラしていく。

 

窓を開けたのは手入れをする際にオイルを使用するので、部屋がオイル臭くならないようにするためだった。

 

「ちょっと、手入れをするからオイルの臭いがしちゃうけど、ごめんね」

 

「い、いえ‥‥」

 

慣れた手つきで銃をバラしているシュテルの姿を見て、鈴は呆然というか啞然としたような顔で見ている。

 

「い、碇さんは銃の扱いに随分と慣れていますね」

 

「日本のカリキュラムじゃあ、取り扱わないけど、ドイツでは普通に銃を使う授業があったからね。でも、この銃は私が愛用している銃じゃないから手入れはしっかりしておかねいとね」

 

バラした銃をオイルで拭いて再び銃を組み立てていく。

 

 

翌朝、宿をチェックアウトした二人は駅前にある服屋にて上着と帽子を購入して着替えると目的の駅を目指した。

 

そして、昨日降りたあの村の駅をチラッと見ると、やはりホームには見張り役なのか挙動不審な村人の姿があった。

 

(やはり、警戒しているな)

 

気づかれる前にシュテルは視線を逸らす。

 

そして、目的の駅に着いた際にシュテルは周囲を見渡す。

 

しかし、先ほどの駅に居た挙動不審な村人のように電車から降りて来た客を見張るようなしぐさをする怪しい人物はいなかった。

 

(どうやら、この駅には村の住人は居ないみたいだ)

 

「怪しい人は居ないみたいだ。さっ、行こう」

 

「はい」

 

駅を出て二人は地図を頼りに海岸へと向かった。

 

「地図によるとこの道が昔、瓜生ヶ村へ続いていた海岸線の道みたいです」

 

「満ち潮の時間までに急がないとね」

 

「はい。行きましょう」

 

満ち潮までと言う制限時間があるので、二人は急ぎ海岸線の道を渡る。

 

「うわっ!?」

 

「これじゃあ、確かにこの道は誰も使っていないな」

 

順調に進んでいた二人であるが海岸線の道の途中が崖崩れでもあったのか岩で塞がれていたが、登れない高さではなかったので、二人は岩を登って先を急ぐ。

 

そして、昨日来たあの鳥居が見える位置までやって来ることが出来た。

 

「あそこですね」

 

「ああ‥‥でも、柵の前で見張りが居るかもしれないからなるべく物音を立てないように行こう。フナムシを見ても声をあげないように」

 

「は、はい」

 

そして例の柵の前にはやはり、村の住人が見張っているが、反対側には誰も配置していない。

 

(警戒するにしては詰めが甘くないか?まぁ、それだからこそ、来れたんだけどな)

 

侵入路があの柵側だけではなく、もう片方にもあるにもかかわらず、村の住人は柵側や村の駅のみ警戒している。

 

今は使用されていない道でしかもその途中が崖崩れを起こしていたので、誰も反対側から侵入してくるとは思わなかったのだろうか?

 

村の住人の詰めの甘さを指摘しつつもその甘さがあったからこそ、ここまで入れたので、村の住人の甘さに感謝しつつ二人は鳥居の奥にある洞窟へと入る。

 

「また柵ですね」

 

洞窟へ入ると、すぐに柵が出現した。

 

「結構頑丈に出来ているな‥‥それに海に浸かっているにしては錆が全然ない。定期的に交換しているのか?」

 

満潮時には海水に浸る部分の柵がまったくさびておらず、ピカピカの状態からこの柵はつい最近になって新しいものと交換されたことが窺える。

 

柵を乗り越えて洞窟の奥へと進んでいく二人。

 

洞窟内と言うことでスマホのライトで足元を確認しながら歩いていくと、

 

バシャ‥‥バシャ‥‥バシャ‥‥

 

「ん?水音?」

 

洞窟の奥から水音が聴こえてきた。

 

「この水音‥‥滝みたいに水が流れ落ちる音じゃない‥‥なんだか水しぶきみたいな音だ」

 

洞窟の奥から聴こえてくる水音は、滝から水が流れ落ちるような規則正しい音ではなく、魚が跳ねる様な‥水に入った人が手で水を掛け合う様な不定期な間隔の水音だ。

 

「お、奥に大きな魚でもいるんでしょうか?」

 

「魚ならいいけどね」

 

こんな洞窟の奥から水しぶきのような水音‥‥

 

鈴の言う通り大きな魚が飛び跳ねているだけとはとても思えない。

 

水音を聴き、何か嫌な予感を感じるシュテルであるがこの水音の正体が今回の失踪の件と何か関係しているかもしれないと思い、警戒しつつ進んでいく。

 

やがて、洞窟内に出来た天然の生簀みたいに比較的に広い水場のある場所へと出ると、その水場には自分たちと同年代くらいの女子たち数人が泳いだり、水を掛け合ったりしていた。

 

「お、女の子!?な、なんでこんな所に‥‥?」

 

鈴は泳いでいる女子たちの姿を見て声を殺して驚く。

 

とても観光客の女子がインスタ映えや動画配信の再生数を稼ぐために泳いでいるわけではなさそうだ。

 

女子たちは泳いでいるわりには水着もウエットスーツも身に着けている様子もない。

 

流石に誰かが来るわけではないが、それでも全裸でこんな場所で泳ぐなんてあまりにも不自然だ。

 

「‥‥し、知床さん‥‥彼女たちは人間じゃない」

 

シュテルは震える声で鈴に目の前で泳いでいる女子たちが人間ではないことを告げる。

 

「えっ?それってどういう‥‥」

 

「彼女たちの下半身を凝視してみて」

 

「下半身?‥‥っ!?」

 

シュテルに指摘されて鈴は言われた通り、泳いでいる女子の下半身を凝視してみると鈴の目が大きく見開かれる。

 

なんと、女子の下半身は人間の足ではなく、鱗に包まれた魚の様な尻尾だったのだ。

 

「さ、魚の尻尾!?も、もしかしてあの子たちは‥‥」

 

「ああ‥‥人魚みたいだ」

 

信じられないが、今二人の目の前には架空の生物とされる人魚が居た。

 

すると、泳いでいる人魚たちはシュテルと鈴の存在に気づき、ピタッと動きを止めてジッと見てくる。

 

「あ、あれ?あの人魚さんたちの目、何か怖いんですけど‥‥」

 

鈴は人魚の目つきを見て、怯えたような声を出す。

 

鈴の言う通り人魚たちの視線は年頃の女子の目線ではなく、まるで血に飢えた獣みたいな目つきだった。

 

「あ、ああ。確かに‥‥この目つきはまるで猛獣だ‥‥とても絵本に登場する人魚姫みたいに人間に対して好意的とはとても思えない」

 

「い、碇さん。そろそろ満潮の時間になります」

 

時計を見た鈴がシュテルに満潮の時間が迫っていることを告げる。

 

「いったん外に出よう。この人魚たちは知的な存在とは思えない」

 

満潮で洞窟内が海水で満たされたり、水かさが増して飛び掛かってきたら、水の中に引きずり込まれるかもしれない。

 

あの柵の所まで行けば、人魚も追っては来れないだろう。

 

二人は洞窟の外へ出ようとした時、

 

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

 

洞窟内にサイレンの音が鳴り響く。

 

満潮時が近いのでサイレンが鳴るのは分かるが、洞窟内にいるにもかかわらず、外に居る時よりもサイレンの音が大きく聴こえる。

 

人魚たちは慣れた様子で洞窟内の水中を泳ぎ、シュテルと鈴の後を追いかけてくる。

 

「やれやれ、あれだけ警告したにも関わらず、此処まで辿り着くとは全く愚かな連中だ」

 

すると、洞窟内に第三者の声が響く。

 

洞窟の上の方にはあの宮司が立っていた。

 

そして、その傍にはサイレンの音を出しているスピーカーがあった。

 

(出入り口は鳥居がある場所以外にも他にもあったのか‥‥)

 

宮司が洞窟の上部に立っていることから、この洞窟にはあの鳥居がある出入り口以外にも出入りできる場所があるみたいだ。

 

「一応、約束してね。『真相を明らかにする』って」

 

「そうか。それで?真相は掴めたのかね?」

 

「いや、まだだ‥‥ただ、何となくだが、推測はできた」

 

「えっ?分かったんですか?」

 

シュテルは鈴の従兄の失踪についての真相が何となくだが分かってきた。

 

「ほぅ~聞かせてもらってもかまわないかね?」

 

「ああ‥‥あの人魚たちを見て、分かった。昨日写真で見せた男の人‥‥この洞窟に来たんだろう?そして、人魚たちに食われたんだろう?」

 

「っ!?」

 

シュテルが話した問いに鈴は思わず目を見開く。

 

「‥‥よく、分かったな。確かにあの男は此処へ来た‥‥自分の姉の失踪を確かめるためにな」

 

「お兄さんのお姉さん‥‥」

 

「病死したって聞いたけど、まさか‥‥!?」

 

「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」

 

「えっ?どういうことですか?碇さん」

 

「従兄のお姉さんも人魚に食われた‥‥そうだろう?」

 

「ハハハ、よくぞ真相にたどり着いた。しかし、君たちがその真相を外部に漏らすことはないだろう。第一、人魚が居たなんて言ったところで誰も信じないし、そもそもこの洞窟から出ることもない」

 

「それはどういう意味ですか!?」

 

鈴がやや覚えたような声で宮司に訊ねる。

 

「そのままの意味だ。見たまえ」

 

宮司はシュテルと鈴に迫ってくる人魚たちを指さす。

 

「彼女たちは今、物凄く腹を空かせている。ああ見えて彼女たちは物凄い大食でね、普段から与えているエサでは満足できんのだよ。だが、今日は久しぶりに、彼女たちの空腹を満たせそうだ」

 

「それってつまり‥‥」

 

「そう、君たちには、ここで彼女たちの餌になってもらう。そこの君はあの姉弟の身内みたいだね?身内同士仲良く彼女たちの糧になるがいい」

 

「随分と詳しいじゃないか。その口調では、まるでその場面を見ていた様に聞こえたけど?」

 

「もちろん。私はこの場から見ていたのだからね。そう今の君たちを見下ろしているのと同じように」

 

「「っ!?」」

 

宮司は鈴の従兄たちが人魚に食べられている現場を見ていたにもかかわらず助けることもなく、静観していた。

 

「人魚たちに襲われている所を見て、助けなかったんですか!?」

 

鈴にしても珍しく怒気を含む声で宮司に問い詰める。

 

「彼女たちの存在はこの村の中では重要な秘匿事項だ。それを見た人間を生かして帰すと思っているのかね?」

 

宮司の話を聞き、シュテルと鈴は胸糞が悪くなる思いとなった。

 

「で?その重要な秘匿事項であるこの化け物共を何故飼っている?市場には人魚の肉なんて出回っていないと思うけど?」

 

「好奇心は猫を殺すと言う言葉を知らんのかね?まぁ冥土の土産として教えてやろう」

 

宮司は優越感に浸っているかのように何故この村で人魚を飼っているのかを話した。

 

それによると、人魚を飼っている理由として、やはり彼女らの血肉が目的だった。

 

人魚の血肉には伝承の通り、不老不死ないし、不老長寿の効能があるとされている。

 

人間は誰でも老いてやがては死を迎える。

 

だが、権力者と言うのはその老いや死を何よりも恐れる。

 

そんな権力者にとって不老となりうる人魚の血肉は喉から手が出る程欲しがる一品である。

 

それを手に入れるためならば、連中は幾らでも金は払うだろう。

 

だからこそ、宮司たちは此処で人魚の養殖をしていた。

 

しかし、人魚の発育と言うのは他の生物と違い物凄く遅いらしく、それが人魚の血肉に不老不死、不老長寿の力が宿っていると言われる所以なのだろう。

 

人魚は年頃になっても子供を産むのは数十年に一度と出産する回数も少なく、魚と違い一度の出産には一体しか産まず、育成には年月もかかる。

 

生まれたばかりの個体は不老不死ではなく、ある一定の年数が必要らしく、成長の過程で死んでしまう個体が多く、現存する人魚では、あっという間に品切れとなってしまう。

 

だからこの村の宮司たち、一部の村の人間は先祖代々から秘匿しながら人魚を養殖してきた。

 

とても時間と年月がかかる計画だが、それでもいつかは自分たちの子孫には莫大な財産を残せる。

 

引いてはその権力者達とコネを作る事も出来る。

 

それを見越しての人魚養殖計画だと言う。

 

「それとそのサイレン、疑問に思ったんだけど、本当にそれは満潮を知らせるためのサイレンなの?満潮を知らせると言うのは、あくまで表向きで本当は、別の目的のサイレンなんじゃないの?」

 

シュテルがサイレンの正体について宮司に質問する。

 

「ハハハハハ、なかなか鋭いな君は‥その通り、満潮を知らせると言うのはカムフラージュにすぎん。本当の意味は彼女たちに食事を知らせるための合図だ」

 

「あっ、そう」

 

「さて、お話は此処までだ。では、そろそろ彼女たちの成長の糧になってくれたまえ」

 

宮司が人魚養殖計画の全容とサイレンの意味を話すと、タイミング良く?人魚たちは水面から上がり、二人に襲いかかろうとした。

 

「くっ‥‥」

 

シュテルは鈴を庇うように自らの背中へ隠し、銃を取り出すと飛び掛かってくる人魚に向けて発砲する。

 

銃弾を受け命中した人魚たちは衝撃で海へ落ちるが、

 

「っ!?」

 

銃痕はまるで動画を逆再生するかのように再生していく。

 

「彼女たちは不老不死だぞ。そんな玩具で倒せると思っていたのか?」

 

退路は既に満ち潮で水没している。

 

「知床さん、そこの岩へ上って」

 

「は、はい」

 

シュテルと鈴は岩に登り、水から‥‥人魚から距離をとる。

 

「ふん、無駄なあがきを」

 

高みから宮司はほくそ笑んでいる。

 

「知床さん、アレ持ってきている?」

 

「は、はい。持ってきています」

 

鈴は鞄からある物を取り出す。

 

「貸して。それと、髪留めのゴムも一つ貸して」

 

「ど、どうぞ」

 

鈴から髪留めのゴムとある物を受け取ると、それを岩の下に放り投げる。

 

すると、

 

「「「ぎぁやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!」」」

 

洞窟内にこの世のものとは思えない絶叫が響く。

 

すると、水面にはピクリとも動かない人魚たちが浮いている。

 

「そ、そんな‥‥バカな‥‥くっ‥‥」

 

人魚が倒され、宮司は信じられないと言わんばかりな表情を浮かべその場から逃げていく。

 

「や、役に立ちましたね。スタンガン」

 

そう、この村に来る前に秋葉原で購入した『ある物』とは、スタンガンだった。

 

人魚が不老不死と言われており、銃で倒せるとはシュテルも思ってはおらず、そこで、水の中の生物と言うことで電気には弱いかもしれないと思い、スタンガンを購入していた。

 

スタンガンならば、対人でも相手に心臓疾患がない限り、非殺傷の武器でもあるからこの村に来る前、鈴に持たせていた。

 

そして、スタンガンはボタンを押している間、電流が流れるので、鈴の髪ゴムでボタンを押している状態に固定して投げ入れたのだ。

 

「た、倒したんですか?」

 

「いや、分からない。まだ生きているかもしれない‥‥服が濡れるけど、今の内にここを出よう」

 

引き潮になったら、あの宮司が大勢の村人を連れてここへ来るかもしれない。

 

その前にこの洞窟から脱出しなければならない。

 

今なら人魚たちもダウンしている。

 

スマホをカバンに入れ、そのカバンを頭の上に置き、海水につかりながら洞窟を脱出した二人。

 

海岸の道も崖を這うように来た道を戻る。

 

そして、ようやく一息つける場所へと出た。

 

「うわぁ~ずぶ濡れ」

 

「え、ええ‥‥」

 

鈴は従兄が人魚に食い殺されていたことにやはり意気消沈していた。

 



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154話

遅れて申し訳ありません。

今回の話の後半は八幡の世界での出来事で、とあるスパイ一家がゲスト出演します。

ただ、小町が酷い目にあっているので、小町ファンの方は注意してください。


失踪した従兄の行方を捜しにとある地方の漁村へとやってきた鈴とシュテル。

 

捜索する中、従兄の生存を諦めかけていた鈴であったが、現実は非情であり、彼女の従兄はやはり生存はしていなかった。

 

死因が事故や自殺、病死ならば鈴も納得できるところがあったんかもしれないが、従兄の死因は人魚に捕食されたと普通では信じられない原因であった。

 

しかも、その人魚たちは漁村に住む一部の人間たちが将来、己の地位と権力を高めるための商売道具に過ぎず、従兄の姉も人魚たちの餌食になっていた。

 

漁村にある神社の宮司は鈴とシュテルも人魚たちの餌食にしようとしたが、事前の準備とシュテルの予測により、人魚たちからの牙を逃れ無事に脱出に成功した二人。

 

二人が人魚たちが養殖されていた洞窟から出て行った後‥‥

 

「まさか、本当に人間たちが人魚を養殖しているなんて驚きだわ」

 

洞窟内に女子の声が小さく木霊する。

 

人魚の洞窟に居たのはクリスでスタンガンの電流をくらって未だに痺れている人魚たちを見下ろしている。

 

「人魚の血肉‥‥これはあまりにも人間たちの手に余る代物だわ」

 

そう言ってクリスは人魚たちに手をかざす。

 

すると、

 

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

「ぐえぇぇぇぇぇぇぇぇー!!」

 

人魚たちは青い炎に包まれ断末魔の悲鳴を上げると、体がボロボロと崩れていき青い炎が収まる頃には人魚たちの姿はもうどこにもなかった。

 

「‥‥念のため、この洞窟も塞いでおきますか」

 

クリスは次に洞窟の出入り口へ手をかざす。

 

すると、

 

ゴゴゴゴゴゴゴ‥‥

 

ガラガラガラガラ‥‥

 

天井部の岩が崩れ始めた。

 

洞窟が落盤する中、クリスの姿はいつの間にか消えていた。

 

 

引き潮と共に宮司は漁村に住むガタイの良い男たちを引き連れてやってきた。

 

男たちの手には木刀や鉄パイプが握られていた。

 

シュテルの予測通り、彼らは人魚の目撃者である鈴とシュテルを口封じのために引き潮を待って洞窟へ戻ってきたのだ。

 

だが、彼らが見たのは見慣れた洞窟がある光景ではなく、落盤によって塞がれた洞窟の姿であった。

 

 

「ふぅ~‥‥海風が‥‥濡れた身体に纏わりついてなんだが気持ち悪い」

 

「そうですね」

 

海水に濡れた服を乾かすため、シュテルと鈴の二人は上着を近くの岩場に干して、服が乾くのを待っているのだが、時折吹く海風が海水に濡れた身体に当たってなんだか不快な気分になる。

 

「‥‥その‥‥従兄のお兄さんの事は‥‥」

 

「‥‥大丈夫です。私も心のどこかでお兄さんの事は諦めていたところもありましたから‥‥」

 

「‥‥」

 

鈴はそう言うが、意気消沈しているのが分かる。

 

二人が無言のまま、海を眺めていると遠くから大きな音が聴こえた。

 

「ん?」

 

「な、なんでしょう?」

 

「崖崩れかな?」

 

轟音はあの人魚の洞窟の方から聴こえてきた。

 

「まさか、あの洞窟が落盤したのか?」

 

「じゃあ、あの人魚たちは‥‥」

 

「もう、外の世界へ出ることはないだろう」

 

何らかの原因で人魚の洞窟が落盤したのであらば、恐らく洞窟内に居た人魚たちも落石により圧死した可能性が高い。

 

「でも、ちょっと勿体なかったかな?」

 

シュテルは海を見ながら呟く。

 

「えっ?勿体ない?」

 

鈴はそんなシュテルの発言に首を傾げる。

 

「伝承やあの宮司の言っていることが本当ならば、人魚の肉には不老不死の力が宿っていることになる。あの人魚の肉片を一口でも食べれば私たちも不老不死になれたかもよ」

 

「わ、私は不老不死なんて‥‥」

 

鈴は此処へ来る前に八尾比丘尼伝説をシュテルから聞いており、不老不死になった八尾比丘尼の苦悩を知っており、もし自分が不老不死になったとして家族やクラスメイトたちが天寿を迎えていく中で一人取り残されていく孤独には耐えられない。

 

だからこそ、鈴は不老不死の肉体に興味が湧かなかった。

 

「‥‥私も同じ」

 

人魚の肉について話題をふったシュテル自身も鈴と同じく不老不死の肉体には興味がなかった。

 

服が乾くと二人は横須賀へと戻って行った‥‥

 

 

後日、この漁村がある地方紙にて、

 

『蛭ノ塚神社宮司水死体で発見』

 

と、あの神社の宮司の死亡記事が小さく書かれていた。

 

彼が何故死んだのかその理由は分からない。

 

これまでの順調に進めていた人魚養殖計画が失敗したことに責任を感じ自殺したのか?

 

それとも、志を半ばに計画が失敗した責任を取らされ同志に粛清されたのか?

 

いずれにせよ表向きに人魚の養殖計画を台無しにした鈴とシュテルの顔を知っているのは死んだ宮司だけなので、二人が村人に狙われることはなかった。

 

鈴の従兄が亡くなっていた事、

 

そして、宮司の死‥‥

 

なんとも後味が悪い結末となってしまった。

 

 

横須賀へ戻ったばかりの鈴はやはり、従兄の死を少し引きずっていたが、明乃や真白たちがフォローしたことで何とか持ち直すことが出来た。

 

シュテルが鈴の従兄を捜す為に漁村へ行ってから少ししてから、二年生の艦長職の学生たちが校長である真雪から呼び出された。

 

その中には留学生ながらも一応、高校二年生のシュテルとテアも横須賀女子の二年生の学生と同じく呼び出されていた。

 

講堂に集められた二年生の学生たちは一体何故呼び出されたのか心当たりがなく、ザワついていた。

 

「二年生だけって何の用だろう?」

 

「何か聞いている?」

 

「ううん」

 

二年生の学生たちがザワついていると、真雪が講堂に姿を現すと学生たちはピタッと静かになる。

 

「皆さん、突然の呼び出しに困惑しているかと思われますが、今日二年生の皆さんを呼んだのは今度、他校の生徒さんたちとの演習に参加してもらいたいからです」

 

「他校‥‥」

 

「どこの学校だろう?」

 

「呉海洋とか?」

 

真雪の言う『他校の生徒』と言う単語に再びザワつく学生たち。

 

まっさきに思い浮かんだのは、先に行われた遊戯祭で横須賀女子へやってきた呉海洋女子だった。

 

「せ、先生。その演習相手の学校って呉女子海洋学校ですか?」

 

一人の学生が真雪に質問する。

 

「いえ、今回の演習の相手は呉女子海洋学校ではありません」

 

「えっ?」

 

しかし、以外にも真雪の口からは演習相手が呉女子海洋学校ではないことが告げられる。

 

「今回、皆さんの演習相手の学校は千葉にある海浜総合高校と総武高校の海洋科の生徒さんたちです」

 

「総武‥‥」

 

真雪の口から告げられた高校の名前を聞き、シュテルはピクッと反応する。

 

そんなシュテルの様子に気づくはずもなく真雪は演習についての説明を行うがシュテルにはその説明のほとんどが耳に入らなかった。

 

一方、総武と聞いて反応したのはシュテル以外にもう一人居た。

 

(えっ?総武って確か雪ノ下さんが居る学校だよね‥‥)

 

(って、ことは演習相手には雪ノ下さんが居るってことだよね‥‥)

 

(うぅ~雪ノ下さん苦手なんだよなぁ~)

 

みほが雪ノ下と出会ったのは西住家主催のパーティーでの一度きりだったのだが、最初の邂逅がみほにとってはけして芳しくはなかったので、みほは雪ノ下に対して苦手意識があった。

 

(で、でも、今回の演習にはシュテルさんもいるから心強いよ!!)

 

(シュテルさんと一緒に戦う訳だから私も頑張らないと!!)

 

(格好悪い所を見せるわけにはいかないよ!!)

 

みほは演習相手が雪ノ下が居る総武高校だと知り、当初は憂鬱な気持ちになりかけたみほであるが、友軍としてシュテルが居るとなると、彼女の手前、弱気になったり、無様な姿を見せるわけにはいかないと奮い立った。

 

ただ、真雪が今回、海浜総合高校と総武高校の海洋科との演習の話を受けたのはやはり、春に起きた例の事件により周辺の学校へのカリキュラムに大きな影響を与えてしまったと言う負い目があったからなのだ。

 

生徒たちにあの事件の尻拭いをさせてしまう様な形で申し訳ない気持ちであるが演習によって得るものもある筈だと心の中でそう思ってもいた。

 

 

横須賀女子で海浜総合高校と総武高校の海洋科の学生たちとの演習の説明が行われている頃、演習相手である総武高校でも説明会が行われていた。

 

「と言うことで、海浜総合高校と横須賀女子海洋学校との演習が決まりました。春に横須賀で起きたパンデミック事件により、当校も海浜総合高校もカリキュラムに後れを生じる結果となりましたが、二年生の皆さんには今回の演習を成長の糧にして頂きたい」

 

(横須賀女子‥‥あの西住みほがいる学校‥‥あの時の屈辱を私は決して忘れていないわよ‥‥今度こそ完膚なきまでに叩き潰してやる!!)

 

横須賀女子との演習の説明を聞き、雪ノ下はその演習相手にみほが居る事で密かに闘志を燃やしていた。

 

 

「‥‥と言う訳で今度、千葉の学校との演習が行われ私たちヒンデンブルクもその演習に参加することが決まりました」

 

講堂から戻ったシュテルはクラスメイトたちに今度行われる海浜総合高校と総武高校との演習を伝える。

 

「横須賀女子からは私たちと同じ二年生の学生たちとシュペーが千葉に赴いての演習になる。各自、準備を怠らないように。では、次に演習の内容を説明する」

 

シュテルは講堂での説明会に配られた資料に書かれていた演習の内容と予定を説明する。

 

クラスメイトたちはシュテルの説明をメモして演習の内容を頭に叩き込んでいった。

 

その日の夜、横須賀女子の学生寮にて、

 

「あっ、もしもし。一色さん?私、シュテル」

 

「あっ、せんぱい。どうもです」

 

シュテルは遊戯祭で知り合ったいろはに電話をいれた。

 

「それで、今度横須賀女子と総武、海浜総合と演習をすることになって、私のクラスも千葉に行くことになったの」

 

「あっ、その話なら聞いています。一年生の私たちも一部参加するって‥‥」

 

「ええ、資料には一年生のカッター漕ぎの演習に私たち二年生は監督生として参加するみたい」

 

「せんぱい、もし私たちのクラスの担当になったらその時は諦めてください」

 

「えっ?どういう事?」

 

「私たちのクラス、カッター漕ぎが滅茶苦茶下手で弱いです」

 

「そ、そうなんだ‥‥」

 

その後、いろはの近況を訊ねると、遊戯祭の後でシュテルの忠告にしたがって以前のあざとさはナリを潜めて普通の女子高生の生活を送っている。

 

いろはが態度を改めたと言うことで、次第に彼女に心を許す同性も居たが、やはり彼氏をいろはに取られた者は未だにいろはの事を敵視している者もいるが、着実にクラスメイトとの関係性は改善されつつある。

 

「それで、この前頼んでいた事だけど‥‥」

 

「あっ、はい。総武に居るかもしれない男子高校生ですね?」

 

「うん。それでどうだった?」

 

シュテルはいろはにこの世界に前世の自分である『比企谷八幡』が総武に在籍しているのかを頼んでいた。

 

そして、その結果を今日訊ねた。

 

「それが、せんぱいの言う『比企谷八幡』って人は二年に在籍していませんでした」

 

「えっ?」

 

いろはの返答にシュテルは一瞬、声を失う。

 

(総武に比企谷八幡‥‥前世の俺が在籍してない‥‥だと‥‥)

 

今年の総武の文化祭が中止になった時から違和感を覚えていた。

 

もし、この後世で比企谷八幡と言う男子高校生がいたのであれば、きっと前世の自分と同じく二年生の現国の作文で奉仕部に問答無用で放り込まれ、理不尽な依頼を無理矢理やらされていた筈。

 

それはきっと文化祭も前世の自分と同じようなことをして、相模のふざけた提案に乗っかって文実の仕事をサボる委員たちに暴言を吐いて、自分にヘイトが集まるように誘導し文実の仕事に来させた筈だ。

 

だが、結果的にこの後世では今年の総武の文化祭は中止になっていた。

 

その理由が、総武高校に『比企谷八幡』と言う男子高校生が在籍していない結果だったからだ。

 

(そうか、だから今年の総武の文化祭は中止になったのか‥‥)

 

(となると、この後世の俺はどこの高校に行ったんだ?まさか、折本と同じ海浜総合に行ったのか?)

 

総武でないとすると次に近い高校はこれまた今度の演習相手の一校である海浜総合高校である。

 

(あの折本と同じ高校へ‥‥うーん‥‥だが、それもなんだが考えにくいような気もするが‥‥)

 

前世の経験から、中学生時代に折本に告白し見事玉砕。

 

ただ告白してフラれただけならば、中学生時代のほろ苦い思い出の一ページで終わったのだが、問題はその後に起こった。

 

折本本人が言いふらしたのか、それとも告白場面を覗いていた誰かなのか、翌日クラスの黒板にはデカデカと八幡が折本に告白したことが書かれていた。

 

それが原因で八幡は中学卒業まで虐めを受けた。

 

虐めの原因の一端を担う折本が進学した高校へ行くだろうか?

 

それともこの後世では折本は自分の告白をOKしたのだろうか?

 

もし、この後世で折本が自分の告白をOKしたのであれば、折本が進学した海浜総合へ進学したかもしれない。

 

だが‥‥

 

(いや、ないな‥‥)

 

しかし、シュテルはその可能性を即座に否定した。

 

(あの折本が前世と同じく腐り目の男の告白を受けるわけがない)

 

自虐であるが、前世の自分の容姿が異性受けがする容姿でないことは自分が一番よく知っているからだ。

 

(しかし、なんにせよ総武に居ないのであるならば、秋の修学旅行で嘘告白することはないだろう)

 

総武高校に居ないのであるならば、当然奉仕部に強制入部している筈もなく、この先に控えている総武高校の修学旅行へ行くこともなければ、絶対に失敗しない告白と告白の阻止なんて矛盾した二つの依頼を受けることもなければ、告白場面に乱入して噓告白をすることもない。

 

噓告白をしなければ、高校で虐めを受けることも家族から拒絶されることもない。

 

そうなれば当然自殺することもない。

 

いろはからの報告を聞いて、ちょっと胸の中がホッとしたシュテルであった。

 

 

シュテルがいろはと電話をしている頃、横須賀にあるみほの実家である西住家では、西住家に連なる親族たちが集まっていた。

 

ただその中に分家である雪ノ下家の者は居なかった。

 

「それで、現状雪ノ下家を見るにどう思うか皆の意見を聞かせてほしい」

 

西住家当主である西住しほが親族たちに雪ノ下家の動向を訊ねた。

 

「最近の雪ノ下家の動向にはやや目に余るものがあります」

 

「左様。使途不明金の動きが活発化しており、それはどうも千葉県警にも広がっているみたいです」

 

「そのほかの情報では、ご息女である雪乃さんは学校ではまさに傍若無人なふるまいをしており、問題が起きても雪ノ下家の顧問弁護士である葉山氏が握りつぶしているようです」

 

「‥‥」

 

親族から次々とあがる雪ノ下家の不正情報‥‥

 

親族から知らされる情報をしほは目を閉じて聞いている。

 

「西住さん。これ以上雪ノ下家の不正に目を瞑っていては名家である西住に泥を塗ることになるのではないでしょうか?」

 

「ここはやはり、早々に手を打った方が良いのでありませんか?」

 

「‥‥やむを得ないわね」

 

しほは親族からの報告を聞き、一つの決断を下した。

 

それは分家である雪ノ下家を切り捨てる決断であった。

 

「ただ、横須賀女子では今度、雪ノ下家の令嬢が在籍している総武高校との演習があるみたいです。せめてもの情け‥‥その演習が終わるまで待ってあげましょう」

 

しほは雪ノ下家を潰すにしても今度の演習が終わるまで待つつもりであった。

 

その心情は‥‥

 

(家の娘相手にどこまで戦えるかしらね)

 

しほはみほの実力を十分に買っており、横須賀女子‥引いてはみほの勝利を信じていた。

 

 

 

 

ここで視点は、シュテルが八幡だった頃の世界へと移る。

 

 

某県にある女子刑務所にて、

 

「004047番出ろ」

 

女性刑務官が一つの房に収監されている女性囚人を房から出す。

 

房から出てきた女性囚人は囚人服ではなく、私服を身にまとい、両手には大きな紙袋を持っている。

 

そして、刑務所の正面出入り口で、

 

「もう、戻ってくるなよ」

 

「‥‥はい‥お世話になりました」

 

刑務所を出所した女性は刑務官に深々と頭を下げた。

 

今日、刑務所を出所した女性の名前は比企谷小町‥‥

 

八幡の妹で比企谷家では蝶よ花よと可愛がられた少女であった。

 

しかし、彼女の人生は中学三年の時に狂った。

 

最初のほころびは兄である八幡が修学旅行にて、部活に持ち込まれた依頼を無視して本来告白する相手を差し置いて告白した。

 

兄の同級生でクラスメイトの由比ヶ浜から知らされた一報は小町を憤慨させた。

 

その後、兄を拒絶し、すれ違いの生活が始まった。

 

しかし、姿を見せずすれ違いの生活をしているだけと思っていた小町であったが修学旅行のすぐ後に兄が失踪している事を後に知る。

 

次に兄が在籍していた高校からの助っ人依頼。

 

クリスマスに幕張のコミュニティセンターで総武高校と他校との合同イベントをやる予定だったのだが、当日になっても出し物が決まらず中止になり、その原因が総武側にあるとされた。

 

そして、同時期に自身の学力の結果を知ることとなる。

 

第一志望である総武高校の合格率が絶望的だと知ったのだ。

 

だが、受験まで時間もなく、両親からの過度な期待で志望校を変更することが出来ず結果的に高校受験は大失敗となり、以降比企谷家は崩壊する。

 

両親は離婚し、自身は引きこもり。

 

更には兄が失踪している事をここで知り、近所には自分たちが兄を殺したのではないかとあることないことを噂され白い目で見られた。

 

引きこもり当初は父親がまだ働いていたからその給料で生活できたが、やがて父親が退職し年金暮らしになると使えるお金も減り、小町はよく癇癪を起した。

 

やがて、父親が死ぬと等々収入が無くなり生活は困窮した。

 

打開策として小町は窃盗と言う犯罪に手を染めた。

 

しかし、長い間引きこもり生活で食っちゃ寝の生活の為、学生時代はスマートな体系も力士の様なブクブクした体系では逃げきれずにすぐに捕まり、小町は刑務所を出入りしていた。

 

ただ、刑務所の規則正しい生活と食生活の為、体系が改善されたのは良いが、刑務所を出ても離婚後、母親とは音信不通となり、どこにいるのかさえも分からず、実家も小町が窃盗に入った家に慰謝料を払うために売りに出した為、家族も家も失っていた。

 

刑務作業で出た僅かなお金もやはり慰謝料の支払いで消えている。

 

「はぁ~これからどうしよぉ~‥‥」

 

小高い丘にある公園のベンチでうなだれる小町。

 

「今日の宿もあるし‥‥コンビニで万引きするかファミレスで食い逃げでもすれば刑務所に行かないまでも警察の留置場行きで泊まれるかな」

 

万引きか食い逃げをして警察の留置場を今日の宿にしようかと思っていたその時、

 

「ちち、はは、見て、見て、人がゴミのようだ」

 

「どこで覚えた?」

 

「アニメ」

 

「うん」

 

「観光名所ではありませんが、こうした公園もいいですね」

 

「アーニャも人いっぱいより好き!」

 

公園の展望台で一組の家族が下に広がる街を眺めていた。

 

その声は小町にとって昔、聞き慣れた声だった。

 

(お、お兄ちゃん!?それにあの女の人の声は雪ノ下さん!?)

 

(そ、そんな、雪ノ下さんは確か死んだ筈じゃあ‥‥)

 

小町がその家族を注意深く観察しているとやはり、男性の声は失踪した兄の八幡、女性は死んだと聞かされた雪ノ下の声そのものだった。

 

(はっ!?ま、まさか‥‥)

 

小町の中である仮説が導き出される。

 

兄の失踪‥‥それは、雪ノ下との駆け落ちだったのでないだろうか?

 

兄が最初に失踪し、潜伏先での生活基盤を整えた後、雪ノ下が兄と合流しそこで生活をする。

 

そもそも自分は雪ノ下たちが死んだと聞かされただけで、葬式に参列していないから雪ノ下の死体を見たわけではない。

 

雪ノ下家はかなりの金持ちなので、娘が駆け落ちしたなんて事実を恥ずかしくて公表できず、雪ノ下は死んだことにして勘当したのではないか?

 

そんな仮説が導き出されると同時に小町の中には兄や雪ノ下に対する憎悪が沸き上がる。

 

(小町がこんなにも苦しい思いをしているのにあのごみぃちゃんたちは幸せそうに家庭を築くなんて許さない‥‥絶対に許さない!!)

 

小町は荷物の中に入っていたカッターナイフを取り出す。

 

(髪の毛を金髪に染めて、それで変装しているつもりなの?)

 

カチ、カチとカッターナイフの刃を出し、兄の一家と思われる家族に近づく小町。

 

最初はゆっくりとした足取りで近づくが次第に足の速度は速くなっていく。

 

そして、

 

「死ねぇぇぇぇー!!ごみぃちゃぁぁぁぁん!!」

 

兄と思われる男性をカッターナイフで刺そうとしたその瞬間、雪ノ下と思われる女性が振り向き、自分に近づいてくる。

 

そして、カッターナイフの突きを躱すと額に左手の中指と人差し指、腹部に右手の中指と人差し指を突き立てると、小町の身体に電流の様な痛みが走り、彼女の身体は空中を一回転して地面にたたきつけられた。

 

「ぐぇっ!!」

 

カエルが潰れたような声を出す小町。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

一連の女性の動きを見て、男性と娘らしき少女は若干引いており、公園に居た他の人たちも唖然としている。

 

「はっ!?い、いや違うんです!昔ヨガ教室で動きを止める秘孔を学んだことがありまして!」

 

反射的に動いたのか、女性はしどろもどろになりながらも訳を話している。

 

そうこうしているうちに他の人が警察を呼んでくれたみたいで、小町は現場に到着した警官に捕まり、パトカーに押し込まれ、警察署へ連行された。

 

「日本は平和な国と聞いていたのですが、まさか公園で暴漢が出るとは思いもよりませんでした」

 

「ま、まぁ、アーニャやヨルさんに怪我がなくて何よりだ。さっ、気を取り直して観光を続けよう」

 

「そうですね」

 

警官からいくつかの事情聴取を受けた一家であるが海外からの旅行者であり、しかも被害者側で犯人である小町とも面識がないため、一家はすぐに解放され本来の目的である観光へと戻っていった。

 

 

一方、警察署へ連行された小町は警官にあの一家の男性は自分の兄であり、女性は兄の同級生である雪ノ下雪乃だと主張した。

 

「こちらで調べたが、君のお兄さんである比企谷八幡さんは失踪宣告が受理されて、死亡扱いになっているし、雪ノ下雪乃さんに関しても交通事故で死亡していることが判明している。君が襲った人たちは海外からの観光客だ」

 

「嘘だ!!あの声は確かにごみぃちゃんだ!!」

 

「はぁ~あのねぇ、そもそも君のお兄さんが仮に生きていたとしても君が刺そうとした男性と年齢が合わないでしょう」

 

「それはきっと整形をして若作りを‥‥」

 

「だから‥‥」

 

警官がいくら説明しても小町は受け入れず、あの一家が八幡と雪ノ下であると主張し続けたのであった。

 

そして、小町の願い通り、この日小町は警察の留置場でお世話になることになった。

 




小町を投げ飛ばしたヨルさんの動きはSPY×FAMILYアニメ4話の牛を投げる動きをイメージしてください。


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155話

 

 

「出航!!」

 

出航を告げるラッパ音と共に錨を巻く鎖の音、そして汽笛を鳴らし、横須賀女子の二年生とドイツからの留学生組は横須賀女子の港湾地区を出航していく。

 

目指すのは東京湾を挟んだ反対側に位置する千葉県。

 

今回、横須賀女子の二年生は千葉にある総武高校と海浜総合高校の海洋科二年生の学生との演習を行うために千葉へと向かう。

 

(総武ってことは、雪ノ下や葉山、由比ヶ浜の奴が居るよな‥‥)

 

(でも、前世では雪ノ下は国際教養学科、葉山と由比ヶ浜は普通科だったから校舎内ですれ違うことがあってもそこまで深く関わることはないだろう)

 

(それに平塚先生も普通科の現国担当だったから絡むこともないだろう)

 

この時、シュテルは雪ノ下たちが前世と同じ科だと思っており例え校舎内ですれ違っても今の自分は比企谷八幡ではなく、ドイツからの留学生のシュテル・H(八幡)・ラングレー・碇なのだから深く関わることはないし、容姿も性別も異なるのだから話しかけられることもないだろうと思っていた。

 

そして、理不尽に殴られたり、揉め事を押し付けてくるあの教師にも絡まれることはないと思っていたのだが、千葉に着くとそれが間違いであったことに気づかされた。

 

総武高校と海浜総合高校の二校では、総武高校の方が普通科、国際教養科、海洋科と三つの科を有している学校でその規模も海浜総合高校よりも大きかったことから、集合場所は横須賀女子、海浜総合高校共に総武高校となった。

 

千葉の方もやはりこの後世世界では地盤陥没により前世よりも地形が異なっていた。

 

シュテルは日本に来てから何度か、後世世界の自分を捜しに千葉へ来ていたが、総武高校へ赴くことは無意識的に避けていたので、後世世界の総武高校へ来るのは今回が初めてであった。

 

(これがこの世界の総武高校‥‥確かに地形が変わっているだけあって前世の総武高校よりも少し違うな‥‥)

 

(はぁ~雪ノ下たちに絡まれることなないとしても三浦と付き合っている戸塚の姿も見ることになるかもしれないのか‥‥)

 

前世と異なり、この世界では戸塚と三浦が彼氏彼女の仲となっている。

 

あの二人も普通科の生徒だろうから会う機会は少ないかもしれないが、それでも戸塚と三浦がイチャイチャしている姿を見るのは、やはり失恋した側としては見るのは辛い。

 

(なるべく普通科や国際教養科の棟に近づかないようにしよう)

 

戸塚と三浦のいちゃつく姿を見ないため、そして前世では自分を利用し拒絶した由比ヶ浜、葉山、雪ノ下となるべく会わないように普通科と国際教養科のクラスが入っている棟には近づかず、なるべく艦に留まっていようと決めたシュテルであった。

 

しかし、この後シュテルはこの前世と後世世界との違いをまたもや体験することになる。

 

シュテルたち留学生組を含めた横須賀女子組が総武高校へ向かっている中、総武高校では先に着いた海浜総合高校のメンバーの代表が総武の代表である雪ノ下に挨拶をしに来た。

 

その人物が‥‥

 

「今回の合同演習の話を受けてもらって良かったよ。今回の演習を通じてお互いリスペクトできるパートナーシップを築いてシナジー効果を生んでいこう」

 

前世のクリスマスイベントにてイベント失敗の全責任を総武側にあると主張した海浜総合高校生徒会会長の玉縄だった。

 

玉縄の姿を見た雪ノ下は前世で味わった屈辱を思い出し一気に嫌悪感が沸き上がる。

 

(よりにもよって、この無能が海浜の代表?)

 

(やっぱり、海浜は海浜ね。前の世界でもそうだったけど、所詮海浜は総武の滑り止めレベルの底辺高校‥‥この程度の無能が海浜の代表って言うだけでそのレベルの低さが一目で分かるわ)

 

(今回の演習でもまたその下手なビジネス用語で足を引っ張りそうだけど、その時は捨て駒程度には利用してあげるわ)

 

しかし、雪ノ下は嫌悪感を表には出さず、内心で見下しながら玉縄を見る。

 

「ええ‥‥よろしく」

 

玉縄との挨拶も一言で済ませその場を後にする。

 

これ以上玉縄の姿を見て、彼の声を聞いていると思わず手を出してしまいそうだったからだ。

 

前世ではクリスマスイベントの失敗の責任を押し付けられたが、流石にこの後世世界では玉縄と今回が初邂逅なので、いきなりビンタすれば自分の評価に傷がつくので雪ノ下は必死に理性で抑え込んだ。

 

総武、海浜の学生が集まり、横須賀からも横須賀女子二年生+ドイツからの留学生組も到着した。

 

そして、シュテルは会ってしまった‥‥

 

(なんで、雪ノ下も由比ヶ浜も葉山も海洋科なんだよ!?)

 

総武高校の体育館で一同の顔合わせの時、そこに居たのは会いたくない人物たちでと‥‥

 

(あの独神暴力教師も今回の演習担当教官だと!?)

 

前世で自分の事を理不尽に殴りつけてきた独神こと、平塚先生も海洋科の担当教師であった。

 

葉山が海洋科の学生と言う事で当然、同じクラスの戸塚と三浦も海洋科の学生であることを失念しているシュテル。

 

 

シュテルが会いたくもない人物らと演習しなければならない事に憂鬱さを感じている中、

 

(あっ、あの泥棒猫!!)

 

由比ヶ浜もシュテルの姿を見つけ、くすぶっていた嫉妬の炎を再び燃やし始めた。

 

壇上で平塚先生が今回の演習についての日程などの説明をしている中、

 

(どこからか、視線を感じる‥‥多分由比ヶ浜の奴だな)

 

体育館で説明を聞いているとシュテルはどこからか視線を感じた。

 

そしてその視線の主は由比ヶ浜だと確信していた。

 

何しろ雪ノ下、葉山、由比ヶ浜の三人の内、邂逅したのは由比ヶ浜だけだったからだ。

 

しかも、由比ヶ浜は身内のカナデにストーカーまがいな行動をとり、自分に対して完全に敵視している感じだったので、その敵視している自分が居るのだから睨むのも分かる。

 

故に面識のない雪ノ下と葉山が自分を睨むなんて事はないし、略奪愛をしたわけではないのでブルーマーメイドフェスタで出会った戸塚と三浦が睨む理由もない。

 

 

説明が終わり、一同が解散になると由比ヶ浜は急ぎ雪ノ下の下へと向かう。

 

「ゆきのん」

 

「あら?由比ヶ浜さん。どうしたの?」

 

「ゆきのん、見つけた!!見つけたの!!」

 

「見つけた?何を?」

 

「例の泥棒猫!!」

 

「泥棒猫?」

 

「そう、私からカナカナをとった泥棒猫」

 

「あぁ‥‥いつか言っていた人ね。その人が居たの?」

 

「うん。横須賀から来た人の中に居た」

 

「横須賀‥‥」

 

由比ヶ浜曰く、自分が想いを寄せている人を取った人物が横須賀女子の生徒だったらしい。

 

(まさか、その人‥西住みほじゃないわよね)

 

雪ノ下は由比ヶ浜の言う泥棒猫が西住みほではないかと勘繰る。

 

(もし、西住みほならそれはそれで潰しがいがあるわね)

 

そして、もし由比ヶ浜の言う泥棒猫が西住みほだったら遠慮なく潰してやると息巻く。

 

「由比ヶ浜さん、案内してもらっていいかしら?」

 

「えっ?」

 

「その泥棒猫にガツンと言ってやるんでしょう?だったら私も加勢するわ」

 

「ゆきのん‥‥ありがとう!!」

 

由比ヶ浜としたら、秀才の雪ノ下が自分の味方になってくれればシュテルに対してギャフンと言わせ、カナデと別れさせることも出来るかもしれないと思い二人でシュテルの下へと向かった。

 

そのシュテルの方は由比ヶ浜に絡まれたり、雪ノ下、葉山と会う前に自分の艦に戻ろうとしていると、

 

「ちょっと待つし!!泥棒猫!!」

 

シュテルは背後から声をかけられた。

 

(この声、由比ヶ浜‥‥)

 

シュテルは自分に声をかけてきた人物の声を聞いて誰が声をかけてきたのかすぐに察しがついた。

 

(くそっ、逃げ損なったか‥‥)

 

由比ヶ浜に絡まれる前に自分の艦に逃げ込みたかったが、戻る前に由比ヶ浜に捕まってしまった。

 

このまま無視をして去りたいところだが、既に由比ヶ浜にロックオンされているので、この場から逃げてもしつこくついてくることは目に見えている。

 

めんどくさいと思いながらも振り返ると、そこには案の定息を切らしてやや血走った眼をした由比ヶ浜と‥‥

 

(げっ!?雪ノ下!?なんでこいつも‥‥)

 

何故か由比ヶ浜と一緒に会いたくない人物の一人である雪ノ下も居た。

 

由比ヶ浜と二人一緒に居る事から大方由比ヶ浜に流されて付いてきたのだろうと判断した。

 

あの修学旅行の件も由比ヶ浜一人がノリノリで引き受け、雪ノ下は彼女の勢いに押されてあの依頼を受けたので、今も由比ヶ浜に「一緒に来てくれ」とか言われてき来たのだろう。

 

「なにか?」

 

とは言え、少なくとも自分と雪ノ下はこの世界では今回が初邂逅なので、シュテルは嫌悪感をなるべく出さずに対応する。

 

「『なにか?』白々しいし!!この泥棒猫が!!」

 

いきなり声を荒げる由比ヶ浜。

 

「はぁ?泥棒猫?いきなり何を言っているの?」

 

「ふざけるなし!!私とカナカナの仲を引き裂いた癖に!!さっさとカナカナと別れろし!!」

 

「カナデはお前のストーカー行為に参っていた。犯罪者紛いが私を泥棒猫?ふざけているのはお前の方だろう?」

 

前世では常に諦めモードな性格だったから、由比ヶ浜のバカな発言も雪ノ下からの罵倒も受け流してきたが、今回は身内であるカナデも関係しているので言い返すシュテル。

 

「す、ストーカー!?私をストーカーなんて犯罪者扱いするなんてメーヨーキソンで訴えるし!!」

 

(へぇ~名誉毀損なんて言葉知っていたんだ‥‥)

 

由比ヶ浜とシュテルの言い合いを静観していた雪ノ下は、

 

(西住みほではなかったのね‥‥)

 

由比ヶ浜の言う泥棒猫がみほでなかったことにちょっと残念そうだった。

 

「ちょっといいかしら?」

 

とは言え、このまま黙って静観している訳にはいかず雪ノ下はシュテルに声をかける。

 

「なんでしょう?えっと‥‥」

 

一応、この世界では初対面なので、敢えて雪ノ下の名前を知らない振りをするシュテル。

 

「あぁ、失礼。私は雪ノ下雪乃。総武高校の総代を務めているわ」

 

「ご丁寧にどうも。私はドイツ・キール校のシュテル・H(八幡)・ラングレー・碇と申します。こちらはクラスメイトのクリス・フォン・エブナーです」

 

「どうも」

 

シュテルに紹介され雪ノ下に一礼するクリス。

 

(八幡!?あのクズは葉山君が得点で存在しないことになっているのに、まさかあの忌々しい名前を聞くなんて‥‥)

 

雪ノ下はこの世界に比企谷八幡が存在しないことを葉山から聞いており、実際に総武高校に比企谷八幡と言う男子高校生は存在していない。

 

それにもかかわらず、八幡の名前が含まれる女子高生が眼前に存在している事に対して無性にイラついた。

 

しかし、流石の雪ノ下も目の前に居るドイツから来た女子高生が八幡の生まれ変わりとは知る由もなかった。

 

「ハチマンだなんて、女子にそんな名前を付けるなんて、貴女の親は一体どんなセンスをしているのかしら?品性を疑うわね」

 

その為、雪ノ下の口から出てきたのはシュテルの親を貶す言葉だった。

 

(世界は変わっても雪ノ下は雪ノ下だったか‥‥)

 

最初に奉仕部の部室へ連れて行かれた時も雪ノ下の口から出てきたのは自分に対する罵倒だった。

 

流石に女子になったこの世界では 『そこのぬぼーっとした人は?』 『そこの男の下心に満ちた下卑た目を見ていると身の危険を感じます』 などの罵倒ではなかったが、まさかこの場に居らず、関係ない自分の親を貶してくるのは予想外であったが、雪ノ下の口の悪さは前世でも後世でも変わらないと実感する。

 

『日本の女性は御淑やかな人だと思ったのだけど、まさか初対面の人の親を貶してくる非常識で野蛮な人もいるんだね』 (ドイツ語)

 

『多分、この人シュテルンの親がどんな人か知らないんじゃない?無知は罪だね』 (ドイツ語)

 

シュテルとクリスがドイツ語で話すと、

 

「ちょっと、何訳の分からない言葉言っているし!!マジ、キモイ!!」

 

由比ヶ浜が嚙みついてきた。

 

しかし、雪ノ下は何も言ってこなかったことを見ると、雪ノ下は日本語と英語は出来てもドイツ語は分からないみたいだ。

 

「はぁ?私たちはドイツ人だよ。ドイツ人がドイツ語を話して何がいけないの?貴女だって日本語をベラベラと喋っているじゃない」

 

流石に由比ヶ浜の態度にイラッと来たのかクリスが反論する。

 

「貴女のさっきの言葉を返すなら、ドイツ人から見た私たちにすると、『何、ベラベラと日本語を話しているの?マジキモイ』になるんだけど?」

 

「日本人なんだから日本語を喋るのは当たり前だし、アンタバカなの?」

 

「由比ヶ浜さん‥‥」

 

由比ヶ浜の発言は完全にブーメランであり、それについては呆れる雪ノ下。

 

「じゃあ、ドイツ人がドイツ語を話してどこがキモイの?ねぇ、言ってみてよ。教えてよ」

 

「う、うるさいし!!そんなの今は関係ないし!!」

 

由比ヶ浜は流石に自分の言い放った言葉がブーメランになり、自分の旗の色が悪くなったと思ったら、大声を上げてこの話題を逸らそうとした。

 

「大体、公海上での公用語は英語よ。貴女の言動から大して頭が良さそうには見えないけど、英語で通信をする際も貴女は『何英語なんて喋っているの?マジキモイ!!日本語で話して』なんて言う気?」

 

(此奴なら言いそうだな)

 

(由比ヶ浜さんなら言うかもしれないわね)

 

クリスの指摘にシュテルは勿論のこと、雪ノ下も心の中ではクリスの指摘に頷く。

 

何しろ、由比ヶ浜の英語の試験は雪ノ下が教えているにもかかわらず毎回赤点ギリギリの点数だ。

 

紙に書くテストで赤点ギリギリなのだから、英会話なんて由比ヶ浜にしてみれば相手が何を言っているかなんてとても理解できず、逆ギレして『日本語で話せ』なんて言う光景は簡単に想像できる。

 

「いいもん!!英語なんて話せなくたって、ゆきのんがいれば英語なんて簡単だよ。そうだよね?ゆきのん」

 

「えっ?え、ええ‥そうね」

 

(此奴も雪ノ下同様、この世界でも変わらず、他人に厄介事を任せるトラブルメーカーだな)

 

(大体、四六時中雪ノ下と一緒に居るつもりか?)

 

由比ヶ浜の発言を聞いて、困ったことがあれば雪ノ下が何とかしてくれると思っていいる彼女の思考回路は雪ノ下同様、前世でも後世でも変わっていない。

 

(この分じゃあ葉山の奴も相変わらず『みんな仲良く』とか言って、自分が気に入らない奴を省いたり、ソイツを嵌めたりしているんだろうな)

 

雪ノ下も由比ヶ浜も前世と変わっていない事から、自分を嵌めたもう一人の人物‥葉山もきっと前世と変わらず、「みんな仲良く」とか言っているにもかかわらず、その「みんな」は自分が嫌っている人物以外の「みんな」と言う矛盾した思想を持っているのだろうとシュテルはそう直感した。

 

「それにその腰の刀、じゅーとーほう違反じゃない!!警察に言いつけてやるし!!」

 

由比ヶ浜はシュテルが腰に帯びているサーベルを指さし、銃刀法違反なので、警察へ通報してやると言ってくる。

 

「このサーベルの帯刀はドイツ大使館から許可を得ているし、すぐに抜けないように厳重に革紐で結んでいるから問題ないんだよ。残念だったね」

 

「むぅ~‥‥」

 

警察に通報してもシュテルを銃刀法違反で逮捕できないと言われ頬を膨らませ悔しがる由比ヶ浜。

 

 

「クリス。こんなバカを相手にしていると時間が無駄だから行こう」

 

「そうだね」

 

クリスと共にこの場から去るシュテル。

 

「ちょ、ちょっと待つし!!誰がバカだし!?」

 

由比ヶ浜は呼び止めるが、

 

「それさえも理解できないなんて、幼稚園からやり直したら?」

 

シュテルはそんな由比ヶ浜に捨て台詞を残しクリスと共に歩いていく。

 

「なっ!?」

 

「ちょっと、貴女。それは言い過ぎじゃない?」

 

「先に泥棒猫呼ばわりしてきたのはそっちでしょう?それに初対面の人の両親を貶してくる非常識な人とこれ以上会話をする意味もないでしょう?」

 

シュテルは雪ノ下をギロッと睨みつける。

 

「ひぃっ‥‥」

 

「っ!?」

 

高校生ながらも見た目は子供、頭脳は大人なバーロな探偵や名探偵の孫の男子高校生みたいにこれまで様々な修羅場をくぐり抜けてきたシュテルの一睨に由比ヶ浜と雪ノ下は完全に怯む。

 

二人が怯んでいる隙にシュテルとクリスはそそくさと去っていく。

 

(絶対に許さない‥‥演習でボコボコにしてやるんだから!!)

 

雪ノ下はみほに、そして由比ヶ浜はシュテルに怒りの炎を燃やした。

 

 

 

 

おまけ

 

 

とある日、クリスとユーリが市街地を歩いていると店先にガチャガチャを出している一軒の駄菓子屋を見つける。

 

何気なく横を通りながらガチャガチャに目をやると、

 

「ん?あっ、ウルトラボールだ!!うわぁスッゴイ!!」

 

一つのガチャガチャを見たユーリが思わず声を上げる。

 

「どうしたの?ユーリ。ん?ウルトラボール?‥‥何これ?」

 

「これは、スーパーボールあるじゃない?」

 

「うん」

 

「確かテレビのCMでやっていたんだけど、スーパーボールの30倍跳ねるって言ってた」

 

「それ本当?デマとかじゃないの?」

 

「本当だって。私が一個買って証明してあげるよ」

 

そう言ってユーリは財布から100玉を一つ取り出しガチャガチャに入れるとハンドルを回す。

 

すると、商品が入ったカプセルが出てくる。

 

ユーリは早速カプセルを手に取ってカプセルを割る。

 

そして、中身を見ると、

 

「あれ?‥‥えっ?何だ?これ?あれ?」

 

困惑した声を出す。

 

「どうしたの?」

 

「えっ?‥‥クリス、私ウルトラボールのガチャガチャをやったよね?」

 

「そうだね」

 

「えっ?」

 

カプセルの中身とガチャガチャの表紙を見てますます困惑するユーリ。

 

そこで、

 

「おじさーん」

 

駄菓子屋の店主を呼ぶ。

 

しかし、店主は現れない。

 

なので、

 

「おじさーん!!あれ?‥‥おじさーん!!」

 

声のボリュームを上げて叫ぶ。

 

すると、

 

「はい、はい、はい、もお~‥‥なんじゃ騒々しい」

 

ようやく店主が現れた。

 

「いや、騒々しいじゃないよ。コレどういう事よ?」

 

そう言ってユーリは店主にカプセルの中身を見せる。

 

ユーリの手にはウルトラボールではなく、爪楊枝と画用紙で出来た小さな旗が握られていた。

 

「これ、お子様ランチのチキンライスに刺さっている旗でしょう?しかもなんか刺さっていた痕が残っているし‥‥」

 

ユーリの指摘通り、彼女が持っている小さな旗の爪楊枝は半分が薄っすらとチキンライスに刺さっていた痕跡‥‥ケチャップの痕があった。

 

「‥‥」

 

ユーリの指摘を受けても店主は無言のまま‥‥

 

反論しないと言う事はユーリの指摘通りなのだろう。

 

「‥‥いや、何とか言いなよ」

 

「‥‥自分の思い通りにならんこともあるじゃろが。当たり外れがあるのが人生の醍醐味じゃないんか?そうじゃろう?」

 

「‥‥何言っての?だったら、ウルトラボールの色や柄、大きさや違うなら兎も角、これは反則でしょう?」

 

「あぁ~わしが子供の頃だったなら大喜びしとったがのう~今の子はやれテレビゲームや何やら‥‥」

 

「いや、いくらおじさんが子供の時でもさぁ、このイギリス国旗はないでしょう?」

 

「お嬢ちゃんはイギリス好きか?」

 

「えっ?」

 

「君はイギリスが好きかと聞いておりんじゃ」

 

「うーん‥‥大して意識してないけど、好きか嫌いかと言われると、あまり好きじゃない。去年、ダートマス校の人と半ばガチバトルしたし、料理も美味しくないって聞くし」

 

「そうか‥‥それは残念じゃ‥‥」

 

そう言って店主は再び店の中へと戻って行く。

 

「いや、だから何?ちょっと、おじさん!!ねぇ、おじさん!!」

 

「ユーリ、放っておいて映画館に行こう。上映間に合わなくなっちゃうよ」

 

このまま駄菓子屋で時間を潰すわけにはいかないのでクリスは店主を呼び止めているユーリに声をかける。

 

「あの野郎‥‥」

 

ユーリはズーンと沈んだハイライトオフな目で店主の背中を見ていた。

 




おまけは紙兎ロペが元ネタであり、作者が初めて見た話です。


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156話

 

 

横須賀女子の二年生が千葉県にある総武・海浜総合高校、両校の海洋科の学生たちとの合同演習に参加することになり、同じく二年生であるヒンデンブルク、シュペーのドイツからの留学生組も同じく千葉へと向かうことになった。

 

シュテルにとって千葉‥特に総武高校は前世の経験から関わりたくはなかったが、個人的な事情でエスケープする訳にはいかない。

 

それに今の自分は比企谷八幡ではないし、前世では雪ノ下は国際教養科、由比ヶ浜、葉山は普通科の学生だったので、気を付けて行動すればこの三人と出会うことがないだろうと高を括っていたが、この世界では、三人とも海洋科の学生であり、今回の演習相手であった。

 

会場でこの世界における総武高校に到着し、今回の演習に参加する横須賀女子+留学生組と総武・海浜総合高校の学生たちの顔合わせの時、シュテルは運悪く由比ヶ浜に見つかり、彼女は雪ノ下と共にシュテルの下に来ると、シュテルを自分から彼氏を取った泥棒猫と罵り、雪ノ下はシュテルの名前の中に『ハチマン』と言う単語がある事に対して、シュテルの両親を貶した。

 

お互いに転生同士なのだが、八幡が性別、出身地が前世と全く異なる事から、雪ノ下と由比ヶ浜が目の前に居るドイツからの留学生が比企谷八幡である事に気づく筈もなく、またシュテルの方も目の前の雪ノ下と由比ヶ浜が自分と同じ転生者である事にも気付かなかった。

 

それほど、雪ノ下と由比ヶ浜は前世とまったく変わっていなかったからだ。

 

シュテルとしてはこれ以上二人の声を聞き、二人の相手をしていると前世の胸糞悪い経験を思い出して悪酔いしようなので、クリスと共にその場を急いで後にした。

 

「やあ、雪ノ下さんに結衣‥ん?どうしたんだい?なんか不機嫌そうだけど?」

 

シュテルとクリスが去った後、葉山が雪ノ下と由比ヶ浜の二人を見つけ声をかけた。

 

すると、二人は不機嫌そうに顔を歪めていた。

 

「ゆきのん、今回の演習、絶対に勝とうね!!」

 

「ええ、もちろんよ、由比ヶ浜さん」

 

(二人とも随分と気合が入っているな‥‥)

 

葉山は雪ノ下と由比ヶ浜の二人が今回の演習に気合を入れていると勘違いした。

 

由比ヶ浜としては自分から彼氏を奪った(と思い込んでいる)シュテルに一泡を吹かせるために‥‥

 

雪ノ下は以前自分に屈辱を与えた横須賀女子に通う本家の少女とついさっき会ったばかりの鼻持ちならないドイツからの留学生を完膚なきまで打ちのめすために気合だけは十分であった。

 

しかし、今回の演習は個人の能力だけではなく、クラスメイトとの信頼とチームワークが必要不可欠だった。

 

「はぁ~あいつら一体何なの?いきなり絡んできて‥‥薬でもやっているの?」

 

(うわぁ~かなり不機嫌‥‥まぁ、当たり前か‥‥)

 

雪ノ下と由比ヶ浜も不機嫌であったが、絡まれたシュテルの方も当然不機嫌であり、クリスは同情していた。

 

「でも、あの場にユーリが居なくて良かったんじゃない?」

 

「ん?」

 

「あの場に居たら、きっと単色の目でさっきの二人をジッと見てホルスターに手を伸ばしていたよ」

 

「ああ、そうだね」

 

クリスの予測をシュテルは肯定する。

 

確かについさっきの場にユーリが居たら、銃を使って二人に圧をかけていただろう。

 

ユーリ自身、シュテルが悪く言われるのは勿論の事、シュテルの両親もお隣さんと言う事で小さい頃からお世話になっているので、シュテルの両親を貶す行為もユーリの逆鱗に触れるのだ。

 

とは言え、流石に演習前に騒ぎを起こすのは多くの学生たちに迷惑をかけるので、クリスの言う通りあの場にユーリが居なくて良かったのかもしれない。

 

「シュテル」

 

「あん?」 ギロッ

 

「ひぃっ‥‥」

 

「あっ、テア、ゴメン」

 

シュテルは背後から呼ばれた時、まだ雪ノ下と由比ヶ浜に対するイライラが収まっていなかった為、無意識のうちに睨んでしまった。

 

そして、シュテルに声をかけたのはテアであり、シュテルの眼光にテアは思わず後ずさる。

 

「い、いや‥‥それにしても不機嫌そうだが、何かあったのか?」

 

「ん?実は‥‥」

 

シュテルはテアに先ほど、雪ノ下と由比ヶ浜に絡まれた事を話した。

 

「はぁっ!?何だ?そのふざけた奴らは!?」

 

テアとしてはユーリ同様、シュテルを貶されることに対しても怒りが沸くし、同時にシュテルの父であり、一ファンでもあるシンジを貶されたことに対しても憤慨した。

 

「シュテル!!そんなふざけた奴ら、私たちがボコボコにしてやろう!!ドイツの‥鉄血魂をそいつらに見せつけてやろうじゃないか!!」

 

「あ、ああ。そうだね」

 

いつの間にか自分よりもテアの方が雪ノ下と由比ヶ浜に対して憤慨してくれたので、シュテルは冷静さを取り戻すことが出来た。

 

「それで、テア。何か用があったんじゃない?」

 

「うむ、そのことなんだが、各艦の艦長による合同写真を撮りたいとの事だ」

 

「分かった。クリス、先に戻ってくれるかな?」

 

「了解」

 

シュテルはテアと共に集合写真を撮りに行ったのだが、そこには当然、総武高校の主席である雪ノ下が居た。

 

雪ノ下に嫌気を指しているのはシュテルとテアの二人であるが、彼女に嫌悪とはいかないまでも苦手意識を持っているのが、みほである。

 

みほも赤城の艦長と言う事でこの写真撮影会場に来ているのだが、雪ノ下に見つかり、彼女から睨みつけられている。

 

「西住さん」

 

そこへ、みほにとっては救いとも言える人物‥シュテルがみほに声をかける。

 

「あっ、碇艦長」

 

雪ノ下の眼光なんて無かった様子でみほはシュテルの傍に駆け寄る。

 

「何かあったの?」

 

「あっ‥その‥‥実は‥‥」

 

みほは一年前、みほの高校入学祝いで開かれたパーティーで雪ノ下とシミュレーションバトルをした結果、雪ノ下に完勝をし、それが原因で雪ノ下から目の敵にされている事をシュテルに教えた。

 

「それはただのやっかみ。彼女が出来るのはただ睨みつけるだけなので、気にしなくてもいいですよ。アイツに睨みつけられたところで、防御力がダウンするわけではないのですから、大丈夫ですよ」

 

「そ、そうかな?」

 

「ええ、相手にするだけ時間の無駄ですから、さあ、行きましょう」

 

シュテル、テア、みほは雪ノ下の視線を無視する。

 

(あいつがシュテルを貶した無礼者か‥‥)

 

その際、テアは横目で雪ノ下を見て、今回の演習においてぶちのめす相手として顔を覚えた。

 

雪ノ下を無視していると、

 

「やあ、君たちは横須賀から来た学生たちかい?」

 

「「「ん?」」」

 

総武高校とは異なる制服の男子が三人に声をかけてきた。

 

「えっと‥‥」

 

「どちら様ですか?」

 

「‥‥」

 

突然男子に声をかけられ、みほはギョッとし、シュテルは冷静にこの男子生徒に対して己が誰なのかを問い、テアは興味なさげな目で男子生徒を見ている。

 

「僕は玉縄。海浜総合高校の代表さ」

 

「はぁ‥‥」

 

「それで、海浜総合高校の代表さんが何の用ですか?」

 

「いや、今回の演習を機にお互いリスペクトできるパートナーシップを築いて、シナジー効果を生んでいけないかなって」

 

「えっ?」

 

玉縄の言葉にみほは唖然とする。

 

「ゲーミエディケーションっていうのかな、ああいうふうに楽しみながらお互い演習を行い学んでいこう」

 

「‥‥」

 

「今、僕らに求められているのは若者ならではのフレキシブルで柔軟な発想だろうから、今回の演習でそれを存分に発揮し、グランドデザインをみんなと共有していこうじゃないか」

 

「‥‥」

 

「ビジョンを共有すれば、もっと一体感を出せると思うんだ」

 

「‥‥」

 

「イメージ戦略の点でも合同演習の大枠はマストなんじゃないかな?合同でやることでグループシナジーを生んで今後もアライアンス活動を継続していきたいね」

 

「は、はぁ‥‥」

 

「今回の合同演習はそう言った意味でもこれってビジネスチャンスでもあるよね?今回はそういうグローバリゼーションを意識したほうがいい」

 

「え、ええ‥‥」

 

玉縄の訳が分からない言葉にみほはタジタジ。

 

「シュテル、こいつは何を言っているのだ?って言うか日本語なのか?」

 

「ビジネス用語を意味も分からずに使って『俺ってカッコイイ』と思っている意識高い系男子なんだろう?実際に言っている言葉の意味が滅茶苦茶だし‥でも、さっきの話した雪ノ下や由比ヶ浜とは違った意味で面倒な奴だな」

 

「だが、こちらに敵意がない分だけ多少マシじゃないか?」

 

「まぁ、そうだね」

 

雪ノ下や由比ヶ浜も面倒ではあるが、この玉縄と言う男子もある意味で面倒な人物であると認識した三人であった。

 

それから写真撮影となったのだが、シュテルと雪ノ下は何の因果か隣同士となり、互いに顔を合わせたくもないのか、席に座っても顔を合わせないように顔を背負向ける形で写真撮影となった。

 

出来上がった写真は、中央の二人が互いにそっぽを向いていると言う妙な写真となった。

 

写真撮影後、最初の演習は横須賀で行われた遊戯祭の演目と同じシミュレーションバトルとなった。

 

ただし、個別では時間がかかるので、クラス対抗と言う形で行われた。

 

第一試合はテア率いるドイツ・ヴィルヘルムスハーフェン校、シュペークラスと雪ノ下率いる総武高校、総武クラスの対決となった。

 

「ふむ、アイツのクラスか‥‥見せてもらうか?その実力を‥‥」

 

テアとしてはシュテルを貶すぐらいなのだから、雪ノ下と彼女のクラスの実力も当然、それに釣り合うくらいの実力があるものだと思っていた。

 

「副長‥‥」

 

「はい、艦長」

 

「絶対に勝つぞ」

 

「はい!!連中にヴィルヘルムスハーフェン校、シュペークラスの実力を見せつけてやりましょう!!」

 

「うむ。我が校のため‥‥そして、シュテルのためにも絶対にこの戦いは負けられない!!」

 

(うっ‥‥確かにこの戦いには我がヴィルヘルムスハーフェン校の名誉も関わるがそれと共に碇艦長のためとは素直に喜べない‥‥)

 

(し、しかし、大勢の学生が居る中でテアに負け姿を見せる訳にはいかない)

 

ミーナとしては自分の通う学校の名誉の為は勿論なのだが、そこにシュテルが関わって来る理由は、シュテルの前で敗北する姿を見せまいとテアが頑張ろうとする姿勢なのだと判断したが、横須賀、総武、海浜総合、ヒンデンブルククラスの学生たちが居る中で、テアの判断は当然であり、ミーナ自身もテアに無様な姿を晒す訳にはいかないと気合を入れた。

 

「皆、我がヴィルヘルムスハーフェン校の名誉の為!!アドミラル・グラーフ・シュペーの為!!第一戦からいきなり敗北する訳にはいかん!!学科問わず、思ったことを意見してもらいたい!!この戦い絶対に勝つぞ!!」

 

口下手のテアに代わり、ミーナがシュペークラスのクラスメイトたちを鼓舞した。

 

『オォー!!』

 

ミーナの鼓舞を受け、シュペークラスの士気は高かった。

 

一方、対戦相手の総武の方は‥‥

 

「あの時のリベンジをしたかったけど、仕方ないわね」

 

雪ノ下としては一年前に行われたみほとのシミュレーションバトルのリベンジをしたかったが、シュペークラスが対戦相手に決まり若干残念そうだった。

 

しかし、元々負けず嫌いな性格の雪ノ下。

 

「いい?最初の演習で負けるなんて無様な事はしないで、ちょうだい。貴女たちは私の駒なのだから、ただ私の指示に従って動けばいいの。考える必要は一切ないわ。いいわね?」

 

『‥‥』

 

シュペークラスの士気の高さと比例するかのように総武の士気は低かった。

 

シミュレーションバトル第一回戦がまさに始まろうとしている頃、横須賀では‥‥

 

「そう言えば、今朝シューちゃんとテアちゃんが艦長をやっているドイツ艦が出航して行ったね」

 

「ええ、赤城や加賀をはじめとしたドック明けしたばかりの学生艦も何隻か一緒に出航して行きましたね」

 

明乃は横須賀女子の港湾地区にドイツ艦が停泊していない事を口にし、その他にドック明けしたばかりの学生艦も同じく出航していった事を真白は付け足す。

 

「何かあったのかな?」

 

「赤城や加賀はドック明けの試験航海‥‥ってところでしょうけど、ドイツ艦は‥‥一体なんでしょうね?」

 

ドック明けしたばかりの艦は性能の確認の為、試験航海をするのは分かるが、ドイツ艦が出航した理由に心当たりがない。

 

「また白兵戦闘訓練でもやるのかな?」

 

以前、ヒンデンブルクとシュペーの二艦で白兵戦闘訓練を行い、その訓練中に真冬が乱入した事でドイツからの留学生組と真冬たちべんてんの乗員たちによる白兵戦闘訓練が行われまさか、まさかの真冬たちが敗北する結果となった事に真白は驚愕した事は記憶に新しい。

 

「それか‥‥考えたくはないのですが‥‥」

 

「えっ?なに?なに?シロちゃん、何か心当たりがあるの?」

 

「その‥‥帰国‥‥とか?」

 

「えっ?」

 

真白の言葉に明乃は一瞬の間であるが、唖然とする。

 

入学したばかりの頃に起きたRAT事件、夏休み、遊戯祭、そして海上要塞占拠事件と波乱の出来事ばかりの半年であったが、その出来事の中でシュテル、テアが自分たちの傍に居り、もはや居る事が当たり前と化していたが、シュテルもテアもドイツからの留学で日本に来ており、横須賀女子に入学しているわけではない。

 

留学生なのだから、ずっと日本にいるわけではない。

 

シュテルもテアもいつかは母国であるドイツへ帰国しなければならない。

 

もしかしたら、その帰国する日がきょうなのではないか?

 

そんな考えが明乃と真白の脳裏を過ってもおかしくはない。

 

「そ、そんな、私‥シューちゃんからもテアちゃんからも何も聞いてない‥‥」

 

シュテルが自分に黙って帰国するなんて考えられない。

 

「い、いえ、まだ碇艦長たちが帰国したと確定したわけではないですから‥‥もしかしたら、知名艦長か納沙さんなら何か知っているかもしれませんよ」

 

ドイツからの留学生たちが一体何の目的で出航したのか?

 

もえかか納沙ならば情報通なので、何か知っているかもしれないと真白が明乃に言うと、

 

「じゃあ、早速聞いてみよう」

 

気になったのか明乃は早速、もえかか納沙の下へ行き、ドイツからの留学生たちが何故出航したのかを聞きに行った。

 

「えっ?ミーちゃんたちが出航した理由ですか?」

 

「うん」

 

「何か聞いていないか?」

 

明乃と真白は納沙を見つけ、ドイツ艦が出航した理由を訊ねる。

 

情報通の他に納沙はミーナと仲が良いので、ミーナから何か聞いていないかと思ったのだ。

 

「うーん‥‥ミーちゃんからもテアの姐さんからも特に聞いてはいませんねぇ~」

 

納沙もミーナやテアから今日何故、出航していったのかその理由を聞かされてはいなかった。

 

「納沙さんも知らされていないのであるならば、やはり帰国と言うのは考えにくいのでは?」

 

納沙とミーナの仲の良さは晴風クラスの学生ならば周知の事実であり、そのミーナが納沙に帰国の報告をせずに黙ってドイツげ帰国するなんて考えられない。

 

「えっ?帰国ってどういうことですか?ミーちゃん、私に黙ってドイツへ帰国しちゃったんですか?」

 

明乃に言ったのだが、納沙が真白の留学生組の帰国しかたもしれない説に食いつく。

 

「いや、あくまでも可能性の一つの話だ。それに納沙さんの言う通り、ミーナさんが納沙さんに何も言わずにドイツへ帰国するのは合点がいかないだろう?」

 

「そ、それはそうかもしれませんが、もしかしたらミーちゃんが私との別れを惜しんで黙って帰ってしまったのかも‥‥」

 

真白は留学生組の帰国を否定するも納沙は不安が拭い切れない。

 

「やっぱり、もかちゃんにも聞いてみよう」

 

「そうですね」

 

「あっ、ちょっと‥‥もう‥‥」

 

明乃は次にもえかに訊ねる事にすると、納沙も明乃と共にもえかの下へと向かう。

 

当然、真白も二人の後を追った。

 

「もかちゃん!!」

 

「ん?あっ、ミケちゃん。どうしたの?」

 

「あ、あの‥シューちゃんたちが今朝、どこかに出航して行ったみたいなの」

 

「うん。私もヒンデンブルクとシュペーが出航していくのを見たよ」

 

「それで、どこに向かったのか知らない?」

 

「えっ?ヒンデンブルクとシュペーがどこに行ったか?」

 

「うん」

 

「うーん‥‥私は知らないかな。シューちゃんたちは二年生だし‥‥」

 

「そ、そう‥‥」

 

流石のもえかもヒンデンブルクとシュペーがどこへ出航して行ったのかは知らなかった。

 

「どうしたの?」

 

もえかは明乃や納沙が落ち込んでいるように見えたので、その理由を訊ねた。

 

「もしかしたら、シューちゃんたちがドイツへ帰っちゃったと思って‥‥」

 

「うーん‥それは無いと思うよ」

 

もえかは留学生組の帰国を否定する。

 

「もし、シューちゃんたちがドイツに帰るなら、学校から私たちに知らせる筈だよ」

 

もえかは明乃たちに留学生組がいくらなんでも何も言わずに帰国するなんて考えられないと言い、ドイツへ帰国するにしても学校側が自分たち生徒に知らせる筈だと指摘する。

 

「だから、言ったでしょう。きっと取り越し苦労だですって」

 

もえかの指摘を受け、帰国の可能性を口にするも、やはり留学生組の帰国に否定的だった真白は取り越し苦労だと言う。

 

「そんなに心配だったら教官に聞いてみたらどうかな?」

 

もえかは留学生組の行方が気になるのであるならば、教官に聞いてみれば一発だとアドバイスをする。

 

「そうだね」

 

「早速聞いてみましょう」

 

もえかのアドバイスを受け、三人は今度古庄教官の下へと向かう。

 

「古庄教官」

 

「あら?岬さんに納沙さん、宗谷さん、どうしたの?」

 

「あ、あの‥今朝、ドイツ艦が出航して行ったんですけど、教官はどこへ出航して行ったか知っていますか?」

 

明乃が古庄教官にドイツ艦の行方を訊ねる。

 

「えっ?ドイツ艦がどこへ出航したかですって?」

 

「はい」

 

「ドイツからの留学生たちは二年生の学生たちと一緒に千葉にある海洋科の高校と合同演習をする為に千葉へ行ったのよ」

 

古庄教官は明乃たちに留学生組がどこへ出航して行ったのかを教えた。

 

「それじゃあ、シューちゃんたちがドイツへ帰国した訳じゃあないんですね?」

 

「ええ‥‥春に起きたRAT事件の影響で他校の実習に影響が出たからその遅れを取り戻すために協力をしているのよ」

 

RAT事件は横須賀女子のせいで起きた訳ではなく、むしろ事件に巻き込まれた横須賀女子の新入生たちは被害者なのだが、事件の影響が他校のカリキュラムに影響を与えたのは事実なので、横須賀女子は今回千葉の教育委員会からの要望に答えざるを得なかった。

 

「もし、帰国するのだったら、学校側からちゃんと知らせるので大丈夫よ」

 

古庄教官は留学生組が帰国する場合は、学校側から在校生たちにちゃんと知らせるので、留学生組が黙って帰国することはないと明乃たちに伝える。

 

「そうだったんですね。よかった~」

 

「はい。ミーちゃんが黙ってドイツへ帰ってしまったと思うと不安でした」

 

「だから取り越し苦労だと言ったのに‥‥」

 

古庄教官から留学生組の行方を聞いて明乃と納沙はホッとし、真白は若干呆れるも内心ではホッとしていた。

 

 

その千葉にある総武高校で行われている合同演習では、シュペークラスと総武クラスのシミュレーションバトルが行われ、勝負の勝敗はシュペークラスに軍配が上がった。

 

シュペークラスは学科問わず意見を述べ、採用できる意見は積極的に採用していくが、総武クラスの場合は全て雪ノ下一人で判断し、クラスメイトに指示を出すので、タイムラグが発生したりして、雪ノ下の指示が活かせない場面もあり後手、後手に回りシュペークラスの電撃戦に対処できずに包囲殲滅され大半の艦隊を失うと、最後は各個撃破されて全滅と言う結果になった。

 

つまり今回のシミュレーションバトルはシュペークラスVS雪ノ下の多勢に無勢な勝負だった。

 

負けず嫌いで自分の行いが常に正しいと思い込んでいる雪ノ下は当然今回のシミュレーションバトルの敗因を自分ではなくクラスメイトのせいだと言い張った。

 

「貴女たちが私の指示を正確に直ぐに実行しなかったせいで負けたのよ、分かっているの?」

 

『‥‥』

 

「まったく、こんな無能な人たちがなんでこのクラスに在籍出来たのか、理解できないわ。裏口入学でもしたんじゃないの?」

 

『‥‥』

 

雪ノ下からの罵詈雑言をクラスメイトたちはただひたすらに耐えた。

 

クラスメイトを罵倒している雪ノ下を見てシュテルは、

 

(あいつの性格、前世よりも最悪になってないか?)

 

前世の雪ノ下も平気で罵倒してきたが、この後世世界における雪ノ下は前世よりも歪んでいるように見えた。

 

「うわぁ~あの人と同じクラスメイトの人たち可哀そう‥‥」

 

雪ノ下の様子をシュテルと共に見ていたクリスは雪ノ下に罵倒されているクラスメイトに対して同情する。

 

「あそこまでクラスメイトを罵倒して貶しているのに学校側はなんで何も対処しないんだろう?あの様子から今回が初めてって感じじゃないと思うんだけど‥‥」

 

「それは多分、あの人の実家が影響しているんじゃないかな?」

 

「ん?雪ノ下の実家?」

 

「ええ、雪ノ下建設は千葉では知らない人がいないというくらいの大企業で、あの人はその大企業の御令嬢‥‥下手に苦情をいれたら社会的制裁を受けるんじゃないかって思っているから誰もあの人に強くは言えないんじゃないかな?」

 

「雪ノ下建設ってそんなに凄い会社なの?」

 

「千葉の海上都市の建設業の八割~九割を雪ノ下建設が占めているらしいよ」

 

「へぇ~‥‥」

 

(前世では普通の建設会社だったが、この世界では前世以上にデカい会社になっていたんだな)

 

前世で雪ノ下建設なんて会社の名前は高校に入り、雪ノ下と関りをもってから知り、中学、高校一年の時には雪ノ下建設なんて会社の名前は知らなかった。

 

しかし、この後世世界では千葉県に住んでいれば雪ノ下建設と言う会社の名前を知らない人はいないと言われるくらいの大企業‥‥

 

そんな大企業の家の子であることから学校側も雪ノ下のクラスメイトたちも雪ノ下に対して苦言を呈したら彼女の実家からどんな社会的制裁を受けるか怖かったからこそ、クラスメイトたちは雪ノ下からの理不尽な罵倒に耐え、学校側は雪ノ下がやらかした問題行動に目を瞑っていた。

 

(前世よりも性格が歪んでいるように見えたのはやっぱり間違いじゃなかったか‥‥)

 

(今回の演習‥やっぱり厄介だ‥‥)

 

前世よりも実家が強大な権力を持っている事から、前世よりも歪んだ性格を持っている雪ノ下がいる総武高校との演習に厄介さを感じると共にさっさと終わらせたいと思うシュテルであった。

 



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157話

総武高校・海浜総合高校に所属する学生艦は各校所属の学生艦に記載されています。


 

 

千葉にある総武高校にて横須賀女子+ドイツからの留学生組と総武高校と海浜総合高校の海洋科の学生たちによる合同演習にて行われたシミュレーションバトル。

 

第一回戦はドイツ・ヴィルヘルムスハーフェン校、シュペークラスと雪ノ下率いる総武高校、総武クラスの対決はテア率いるドイツ・ヴィルヘルムスハーフェン校、シュペークラスの完勝と言ってもいいくらいの戦いと戦果であった。

 

「ゆ、ゆきのんが負けた‥‥」

 

「し、信じられない‥こんなことが‥‥」

 

シュペークラスと総武クラスの戦いを観戦していた由比ヶ浜と葉山は雪ノ下の総武クラスが負けたことが信じられなかった。

 

「雪乃ちゃんの艦の動きは決して不味い手ではなかった‥ただ、周りの他の艦の動きが鈍く、相手の艦の動きについていけていない感じだった‥‥」

 

「だったら、ゆきのんのクラスが負けたのって、ゆきのん以外のクラスメイトのせいじゃない?」

 

葉山は雪ノ下が担当する艦の動きに関しては相手の動きに十分対応できているように思えたが、その他のクラスメイトが担当する艦の動きが鈍く、相手の動きに対応しきれていない様に見えた印象を抱く。

 

すると、由比ヶ浜は葉山の言葉を聞いて、雪ノ下のクラスがシュペークラスに負けた敗因は雪ノ下のクラスメイトが雪ノ下とうまく連携出来ずに後手、後手に回ったせいだと指摘する。

 

「そうだな、結衣の言う通りだ。まったく雪乃ちゃんの足を引きずるなんて‥‥」

 

「あんなんで総武の上位クラスだなんてホント信じられない。お金を使って裏口入学でもしたんじゃないの?マジムカつく!!」

 

「案外そうかもしれないな。この演習が終わったら、父さんに言って徹底的に調べて、総武に‥‥雪乃ちゃんのクラスにふさわしくない不要物は追い出さないと」

 

葉山は由比ヶ浜の言葉を真に受け、雪ノ下のクラスメイトたちが全員とは言わないが、何人かが金で裏口入学でもしたのではないかと勘繰り、演習後に父親に頼んで裏口入学をした不届き者を総武高校から追放しようと決めた。

 

「雪乃ちゃんが負けてしまったからには俺たちが頑張るしかないぞ、結衣」

 

「うん、そうだね」

 

そして、雪ノ下の仇を討つべく気合を入れた。

 

しかし、実際は由比ヶ浜の予想とは異なり、雪ノ下は自分の艦以外にクラスメイトの意見など求めていなかった為、クラスメイト全員の艦を動かすよう考えなければならず、タイムラグが生まれ雪ノ下以外の艦の動きが鈍かったのだ。

 

雪ノ下の艦以外の艦の動きが鈍かったのはこうした理由があったからだ。

 

その後もシミュレーションバトルは続き、互いに勝ったり負けたりして試合が続く。

 

やがて、みほ率いる横須賀女子所属の赤城クラスと玉縄率いる海浜総合高校の幕張クラスとのシミュレーションバトルとなった。

 

先攻は赤城クラスとなり、赤城クラスのクラスメイトたちは自分が担当する艦を動かす。

 

次に後攻の幕張クラスのターンになるのだが、

 

「さて、まずは初手だがどう動くか‥‥その点を皆で話し合おうじゃないか」

 

「最初、こうはどうかな?」

 

「いや、いや、ここはロジカルシンキングで論理的に考えるべきだよ」

 

「これはフラッシュアイディアなんだが、さっきの提案へのカウンターとして、こうするのはどうかな?」

 

「それだとイニシアティブがとれない」

 

「でも、ステークホルダーとコンセンサスを得るにしても、ぶれないマニフェストをはっきりサジェスチョンすることができるんじゃないか?」

 

「じゃあブレストを重ねて、結果にコミットしよう。考える時間は有るのだからね」

 

「セパレートするとシナジー効果が薄れるし、ダブルリスクビジョンを共有すれば、もっと一体感を出せると思うんだが?」

 

『‥‥』

 

最初の一手を打ち出すのに幕張クラスは玉縄と初邂逅した時同様、訳の分からないビジネス用語を用いて作戦会議をはじめる。

 

そんな幕張クラスの様子を見てみほたち赤城クラスは唖然とする。

 

やがて、考慮時間終了ギリギリでようやく動き出したのだが、動いたのは玉縄が担当する艦一隻だけであとの艦はその場から一切動かなかった。

 

相手チームのこの行動に呆れると言うか、動揺したのは対戦相手である赤城クラスだった。

 

「あら?一隻だけしか動きませんわね」

 

動揺する赤城クラスの中で、五十鈴だけは動じずに相手の手を口にする。

 

「えっ?あれだけ時間を使って動かしたのはたったの一隻?」

 

武部は動いたのが一隻だけだったことに驚き、

 

「な、何かの罠でしょうか?」

 

秋山は考慮時間を終了ギリギリまで使い、動かしたのがたったの一隻だけだった事に相手の罠ではないかと逆に勘繰る。

 

「いや、そこまで勘繰る程か?相手の様子を見る限り、時間が無くなりそうだったから適当に動かした感じに見えたのだが?」

 

冷泉は相手が考えもなく、考慮時間終了間近だから適当に動かしたように見えた。

 

「‥‥」

 

みほは秋山の言う通り、相手は何か罠を張り巡らしているのか?

 

それとも冷泉の言う通り、考慮時間終了間近だから適当に動かしたのか?

 

どちらの言っている事が正しいのか判断が難しい。

 

例え冷泉の言う通りでも一隻だけしか動かしていないと言う事は、その他の艦は開始時のまま動いておらず、相手の懐に深く進めば集中砲火を浴びる可能性がある。

 

とりあえず、みほは相手の動きを見るため、速度の速い駆逐艦を前面に出して相手の動きを見る事にするのと同時に戦艦部隊を相手の射程ギリギリまで詰める指示を出した。

 

次の幕張クラスのターンでは、先ほどと同じ様にビジネス用語を用いた作戦会議が再び繰り広げられる。

 

『‥‥』

 

みほたち赤城クラスはそんな様子を見て呆れる者、唖然とする者に分かれた。

 

「うわぁ~西住さん、やりにくそう‥‥」

 

「見ているこっちも退屈しちゃうよ」

 

観戦していたシュテルは相手の動きが全く読めない幕張クラスを相手にしているみほが気の毒になり、クリスは考慮時間を目一杯使う幕張クラスに対して退屈さを感じる。

 

「あのクラスの人たち、正直に言ってブルーマーメイドやホワイトドルフィンには向いていないね」

 

「ああ、全くだ。考慮時間の使用に関しても評価されれば、あのクラスはコールド負けになるだろうな」

 

「判断力無さ過ぎ」

 

ユーリは幕張クラスの学生たちはブルーマーメイド、ホワイトドルフィンの適性がないのではいかと指摘する。

 

シュテルとクリスもユーリの指摘に関して同意する。

 

ブルーマーメイド、ホワイトドルフィンの活動の中には救助活動がある。

 

幕張クラスみたいに救助に行こうとする中であのように無駄に時間を使っては救助できる者も救助出来ずに死なせてしまう。

 

天狗の面をかぶった育手が見たら、あのチーム全員はきっと、『判断が遅い』と怒鳴られて頬に平手打ちを喰らうだろう。

 

そして、最初のターン同様、考慮時間終了ギリギリで動いたのだが、やはり動いたのは一隻だけ。

 

「に、西住殿‥‥」

 

秋山はやはり相手の動きが読めず、みほにどう動いたらいいのか指示を求める。

 

「向こうのチーム、やる気あるのかな?」

 

武部も相手チームの動き‥‥と言うか、艦を動かすために繰り広げられるビジネス用語が含まれた作戦会議に対してイラついている様子。

 

「ね、眠い‥‥」

 

無駄な時間をかけられている事に冷泉は眠気を催してきた。

 

「まるで将棋かチェスを指しているみたいですね」

 

このシミュレーションは1ターンに一隻しか動かせない訳ではなく、クラスメイトが担当する艦全てを動かすことが出来るのだが、相手チームは数ある艦の内、動かしているのは一隻のみ‥‥

 

こんな相手の動きに対して五十鈴は相手の動きが将棋かチェスみたいだと口にする。

 

それから数ターン経過しても幕張クラスは相変わらず一手決めるのに考慮時間終了ギリギリまで使い、動かすのは一隻ずつの構図が続き、その間にも赤城クラスは駆逐艦・軽巡洋艦は水雷攻撃の態勢に入り、重巡洋艦は中距離からの砲撃距離を保ち、戦艦は遠距離からの砲撃距離を確保する。

 

ここまで包囲されている状況下でも、相手の幕張クラスは大した動きを取ろうとはせずに考慮時間にビジネス用語を使った訳の分からない作戦会議をグダグダと行っている。

 

そして包囲網が完全に整った赤城クラスのターンに駆逐艦・軽巡洋艦からは魚雷が迫り、重巡洋艦と戦艦は砲撃を行う。

 

開幕からほとんどの艦艇が開始位置に留まっていた幕張クラスの艦艇は次々と被弾し撃沈判定となり、赤城クラスと幕張クラスのシミュレーションバトルは赤城クラスの完勝となったが、無駄な作戦会議に付き合わされた赤城クラスのクラスメイトたちは別の意味で疲労していた。

 

疲労している赤城クラスのクラスメイトと異なり幕張クラスのクラスメイトたちは何故自分たちが敗北したのかさえ分からない様子だった。

 

「ふん、前世と同じくあの無能者は無能だったわね」

 

赤城クラスと幕張クラスのシミュレーションバトルを観戦していた雪ノ下は玉縄たち幕張クラスの体たらくさに呆れていた。

 

幕張クラスが考慮時間をたっぷり使用したせいで時間が押し、午前中の演習はこれにて終了となり、昼食となった。

 

「私たちのシミュレーションは午後になったね」

 

「ああ、少なくとも雪ノ下やあの幕張クラスとシミュレーションをすることはないだろうが、さっきの幕張クラスみたいに時間を無駄にかけるチームとはやりたくないな」

 

「確かに」

 

既にシミュレーションバトルを行った雪ノ下のクラスや先ほど、みほたちとバトルした幕張クラスとシュテルたちヒンデンブルククラスはバトルすることはないが、幕張クラスみたいに考慮時間を無駄に使用するクラスとは相手にしたくはなかった。

 

学生たちが午後の演習に備えて昼食と昼休憩をとろうとしている中、横須賀市内にある某喫茶店にあるテラス席では‥‥

 

「お待たせしましたー」

 

テラス席に三人の女性客がおり、そのテーブルに店員が注文された品を運ぶ。

 

店員が運んできた品は分厚い三段のパンケーキで、ただ分厚いだけではなく、パンケーキの上には大量の生クリームとチョコレートソースが掛けられており、その他にもブルーベリーとラズベリーがカラフルな色合いとして備え付けられている。

 

「「‥‥」」

 

テーブルの上に鎮座する圧倒的存在感を放つパンケーキを前に、このカロリーの化け物パンケーキを注文した一人の女性は笑顔なのだが、残る二人の女性は唖然としていた。

 

「すごいでしょー?このパンケーキ、一度食べてみたかったんだよねー」

 

この存在感満点・カロリーの化け物パンケーキを注文したのはブルーマーメイド保安監督隊所属の寒川高乃であり、唖然としてパンケーキを見ているのは寒川の同僚である志度琴海とみくら艦長の福内典子だ。

 

「た、確かに凄い‥‥これ、一人じゃあ食べきれないんじゃない?」

 

福内は寒川にこの圧倒的存在感を発するパンケーキを一人で食べきれるのかを訊ねる。

 

「もしかして私たちを誘ったのって‥‥」

 

志度は寒川が自分と福内をわざわざ非番の日に呼んだのはこの圧倒的存在感を放つパンケーキをシェアするために呼び出したのかと訊ねる。

 

「もちろんシェアするためよ。一人じゃあ大変なのは分かっているしー」

 

志度の予想通り、寒川が二人を呼んだのはこの化け物パンケーキを皆でシェアして食べるためだった。

 

そんな中、

 

「おまたせしましたー」

 

店員が新たに注文の品を三人が座っているテラス席へと運んできた。

 

「ご注文のチーズケーキとガトーショコラです」

 

店員は福内にチーズケーキを、志度にガトーショコラを提供する。

 

「あっ、ありがとうございます」

 

「えっ?ええっ!?」

 

福内が店員に礼を言う中、寒川は予想外のチーズケーキとガトーショコラの登場に困惑する。

 

「な、なんで二人まで注文しているの!?」

 

「いや、だってそんなの来るなんて聞いてないし‥‥」

 

「もう、これじゃあ誘った意味ないじゃない!!」

 

寒川は折角シェアをして分け合ってパンケーキを食べる予定の筈が、福内と志度が自分の知らぬ間に別の商品を注文していた事で予定が狂ってしまい思わず声を上げる。

 

「そこまでいう事?」

 

そんな寒川に対して志度はまさか、彼女が注文した品がこんな化け物パンケーキとは知らず、てっきり自分や福内の様にカットケーキを注文したモノだと思っていた。

 

「まぁ、さっきは食べきれないって言ったけど、頑張れば無理でも食べきれるんじゃない?すごく頑張れば‥‥」

 

福内は絶対に食べきれない量ではないのではないのかと寒川に訊ねる。

 

「そりゃあ、食べきれないこともないけど‥‥」

 

福内の言う通り、寒川自身も何とか頑張ればこの化け物パンケーキは食べきれることが出来るみたいであるが、

 

「こ、これを全部食べたら‥‥」

 

「食べたら?」

 

なんか煮え切らない様子の寒川に志度は首を傾げ理由を聞く。

 

「‥‥さすがに太るかと‥‥」

 

寒川は煮え切らない理由を二人に話す。

 

「まぁ‥‥」

 

「ねぇ‥‥」

 

流石にこの化け物パンケーキは見るだけでもカロリーがかなりの量だと一目瞭然であり、そんな化け物パンケーキを一人で食べたらやはり体重が気になる。

 

「っていうかそっちはそれぽっちなんだから、食べるのを手伝ってよ!!」

 

「いや、小さくても秘めたエネルギーは結構なものだから」

 

寒川は志度と福内に二人は普通サイズのカットケーキなのでそれを食べても十分に余裕があるのだから、当初の予定通りにこの化け物パンケーキの消費を手伝ってくれと頼む。

 

しかし、志度は例え普通のカットケーキでもそれなりのカロリーはあるし、彼女自身もやはり自分の体重が気になるので、寒川が注文した化け物パンケーキは手伝えないと言う。

 

そこへ、彼女にとって救世主とも言える三人目の人物がやって来た。

 

「おまたせー遅れてゴメン」

 

三人が居るテラス席にやって来たのは平賀だった。

 

「救世主!!」

 

「?」

 

突然寒川に『救世主』と呼ばれた平賀は首を傾げる。

 

「いらっしゃいませ」

 

新たにやって来た平賀に店員はお冷を用意する。

 

「あっ、ナポリタンください」

 

平賀は喫茶店へ来る前にあらかじめ何を食べるのかを決めていたみたいで、お冷を持って来た店員にナポリタンを注文する。

 

「待って!!待って!!オーダーストップ!!オーダーキャンセル!!」

 

寒川はここで平賀がナポリタンを注文して、ナポリタンを食べてしまったらこの化け物パンケーキを自分一人で食べることになるので、慌てて平賀が注文したナポリタンをキャンセルさせる。

 

「えー!?じゃあ、ミルクティーを下さい」

 

寒川が急にナポリタンをキャンセルさせたので、代わりに飲み物としてミルクティーを注文した。

 

「今、ナポリタンの気分だったのにー」

 

平賀はナポリタンを食べる気満々だったのに、寒川が慌ててナポリタンをキャンセルしたので、頬を膨らませる。

 

「ごめんなさーい。それよりも平賀さん、これ!これ食べて!!」

 

寒川はナポリタンをキャンセルさせてしまった事に対して平賀に謝ると自分が注文した化け物パンケーキをシェアしてもらいたいと思い例の化け物パンケーキを平賀に勧める。

 

「うわ、すごい!!食べて良いの?」

 

平賀は化け物パンケーキを見て唖然とはせずに、食べて良いのかと逆に訊ねてきた。

 

「どうぞ、どうぞ」

 

そんな平賀に対して寒川が食べて構わないと言う。

 

「いただきまーす」

 

「ふぅ~これで一安心」

 

化け物パンケーキをシェアしてくれる平賀の登場に安心する寒川。

 

これであの化け物パンケーキを一人で食べる事にはならなくなりそうだ。

 

「私も少しくらい食べてみたかったけどなー」

 

平賀の食べっぷりを見て志度もこの化け物パンケーキの味が気になったようだが、

 

「あー今更そんなことを言う!?あげませんよーだ!!」

 

当初は協力してくれなかったのだから、志度に分ける義理は無いと言って、

 

「さーて、じゃあ私も‥‥」

 

寒川が平賀と共に例の化け物パンケーキを食べようとしたら、

 

「ごちそうさまでしたー」

 

「ええええ!?」

 

平賀はあの化け物パンケーキを既に完食していた。

 

「ぜ、全部食べちゃった!?」

 

「えっ?ダメだった?」

 

平賀は寒川からあの化け物パンケーキを食べて良いと言われたので、食べたのだが、寒川のリアクションから食べて不味かったのかと思い訊ねたのだ。

 

「ダメって言うか‥‥」

 

「よく食べきれたね。太る心配とかないの?」

 

志度は寒川が心配していた体重問題について平賀に訊ねる。

 

「ん――‐食べた分は、ちゃんと運動するし、大丈夫、大丈夫」

 

平賀はミルクティーが入ったカップに口をつけ、ミルクティーを一口飲んだ後、体重問題について食べた後はちゃんと運動するので特に気にしていない様子だ。

 

「そう言えば、この子。昔からその理論で食べる量をセーブしないのよね‥‥」

 

横須賀女子の同期だった福内は志度に学生時代の平賀の食生活を教える。

 

「強い‥‥」

 

「でも今からナポリタンは流石に入らないかな~」

 

あの化け物パンケーキを完食した平賀でもそこから更にナポリタンは無理だと笑顔で言う。

 

「私、まだ一口も食べてなかったのに~!!」

 

元々あの化け物パンケーキを食べるためにこの喫茶店に来たのだが、そのパンケーキを平賀に食べられてしまった寒川は涙目で悔しがっている。

 

「出遅れたのが悪かったね」

 

平賀の食べるスピードを甘く見た寒川の判断ミスだ。

 

「むむむむ‥‥」

 

寒川は悩んだ末に近くに店員が居る事に気づき、

 

「すみません!!同じものをもう一つ!!」

 

追加の化け物パンケーキを注文するが、

 

「やめな―――‐!!」

 

「やめなさい!!」

 

志度と福内が止めた。

 

パンケーキ騒動が一段落し、結局寒川は別のカットケーキを注文し、ブルーマーメイドのプチ女子会が再開される中、

 

「そう言えば、この前真冬姐さんが白兵戦闘訓練をやったって聞いたんだけど?」

 

「あっ、その噂私も聞いた」

 

志度が先日行われた真冬たちべんてんの乗員たちが白兵戦闘訓練をした話題を平賀と福内に振る。

 

「うん。やったよ」

 

平賀は真冬が白兵戦闘訓練を行ったことを肯定する。

 

「えっ?相手は誰なの?」

 

「まさか、横須賀女子の学生相手にやったの?」

 

あの時の白兵戦闘訓練の相手を知らない志度と寒川は一体誰が真冬と白兵戦闘訓練したのかを訊ねる。

 

「えっと‥学生と言えば学生だけど、横須賀女子の学生たちじゃなくて、横須賀女子に留学しているドイツからの留学生たちだよ」

 

平賀が寒川と志度の二人に真冬が誰と白兵戦闘訓練をしたのかを教える。

 

「えっ?ドイツからの留学生たち?」

 

「それって、もしかしてヒンデンブルの学生たち?」

 

「う、うん‥‥」

 

「ヒンデンブルククラス以外にもヴィルヘルムスハーフェン校のシュペークラスも合同でやっていたわね」

 

福内が追加でヒンデンブルククラスの他にもシュペークラスも一緒に参加している事を伝える。

 

「ヒンデンブルククラスってことは‥‥」

 

「あの子も参加したのよね?」

 

「ん?あの子?」

 

寒川と志度はヒンデンブルククラスの学生と出会った様子であるが、福内はそんな二人の様子を見て首を傾げる。

 

「あっ、のりりんは知らなかったっけ?私と高乃ちゃんと琴海ちゃんはオーシャンモール四国沖支店でヒンデンブルククラスの学生とちょっと戦ったことがあってね‥‥」

 

平賀は福内にオーシャンモール四国沖支店での出来事を教える。

 

「私と琴海ちゃんなんてあっという間にノックアウトさせられちゃったし‥‥」

 

「私もあの子に殺されるんじゃないかって思った‥‥」

 

(あの時のあの子の迫力はそれこそ、本気で怒った宗谷さんや真冬姐さんよりも怖かった‥‥)

 

寒川、志度、平賀の三人はクリスに一方的にやられた経験があるので、三人はクリスに対して軽いトラウマがあるみたいだ。

 

一方、クリスの方も胸の大きさから平賀に対して物凄い嫉妬心を抱いていた事が本人は知らない。

 

「あの子の他に金髪の子も射撃の腕は凄かったよ」

 

クリスが合流する前に自分の相手をしていた金髪の子‥もといユーリの射撃センスを褒める平賀。

 

「それで、どっちが勝ったの?」

 

「やっぱり、真冬姐さん?」

 

志度と寒川は真冬たちとドイツからの留学生たちの白兵戦闘訓練はどちらが勝ったのかを訊ねる。

 

大方の予想は真冬たちの方だと思っていたが、平賀からの返答は二人の予想外であった。

 

「ドイツからの留学生たちよ」

 

福内が二人に白兵戦闘訓練の勝敗結果を伝えると、

 

「えっ?ドイツからの留学生たち!?」

 

「まさか、真冬姐さんが負けたの!?」

 

「うん」

 

「えっ?なんで?なんで?」

 

「あの真冬姐さんが負けるなんて信じられない‥‥」

 

二人はどんな経緯があってあの真冬が負けたのかを訊ねる。

 

「私たちは外のテントで観戦していただけなんだけど‥‥」

 

「実際に白兵戦闘訓練に参加したべんてんの人たちの話だと‥‥」

 

平賀と福内は志度と寒川の二人にべんてんの乗員たちが経験したドイツからの留学生たちとの間で繰り広げられた白兵戦闘訓練の内容を自分たちが知る限りの内容を教えた。

 

「そ、そんな方法で‥‥」

 

「確かに私でも騙されちゃいそう‥‥」

 

「実際にべんてんの人たちも留学生たちに翻弄されていたみたいだからね」

 

「それにしてもあの真冬姐さんを倒すなんてやっぱりあの子は凄いわね‥‥」

 

真冬はクリスとの一騎打ちの末、討たれたのだが、真冬の格闘戦センスの高さはブルーマーメイド内では有名であり、その真冬を一騎打ちで倒すのだからクリスに関心が向くのは当然のことだった。

 

「彼女たちが将来、ブルーマーメイドになったら真冬姐さんやそのお母さんである『来島の巴御前』の異名である宗谷真雪さんみたいになるかもね」

 

一度とは言え、あの真冬に白兵戦闘訓練に勝ったドイツの留学生たちが将来ブルーマーメイドになったら、真冬やその母親である真雪みたいに活躍するかもしれないと平賀たちは思った。

 

未来の後輩たちの活躍に期待をしつつブルーマーメイド女子たちのプチ女子会は続いた。

 

 

横須賀の某喫茶店でブルーマーメイド女子たちのプチ女子会が行われている頃、合同演習が行われている千葉の総武高校では、午後の部に突入し、午後一で行われるシミュレーションバトルの対戦チームが発表された。

 

対戦するのはシュテルたちドイツ・キール校のヒンデンブルククラスと総武高校の由比ヶ浜と葉山が在籍する総武高校海洋科二年F組だった。

 



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158話

劇場版のはいふりの作中で行われたシミュレーションバトルではモニターにサイコロが表示されて、その出目によって攻撃判定が行われていたので、今回の総武で行われているシミュレーションバトルでもサイコロの出目によって移動判定の成功、攻撃判定の命中とうが行われている設定です。

サイコロの出目を出す振りはアソビ大全に収録されている『ヨット』でサイコロの出目を出す感じです。


 

 

総武高校で行われている合同演習にて、総武高校二年生海洋科の主席クラスとも言える雪ノ下が在籍するクラスはテアが率いるドイツ・ヴィルヘルムスハーフェン校、シュペークラスに完敗した。

 

プライドが高い雪ノ下は流石に会場で大騒ぎすることはなかったが、控室となっている教室にて、雪ノ下はクラスメイトたちを罵倒した。

 

雪ノ下のクラスとドイツ・ヴィルヘルムスハーフェン校、シュペークラスとのシミュレーションバトルを見た葉山と由比ヶ浜は雪ノ下のクラスが負けたのは雪ノ下本人ではなく、雪ノ下のクラスメイトのせいだと決めつけていた。

 

本当の敗因の原因は雪ノ下自身だとは知らずに‥‥

 

その後もシミュレーションバトルの試合は続き、次の試合は葉山と由比ヶ浜が所属するクラスとシュテルたちドイツ・キール校、ヒンデンブルククラスのシミュレーションバトルとなった。

 

「相手はあの泥棒猫のクラス‥‥隼人くんこの試合絶対に負けられないよ!!」

 

「あ、ああ‥‥そうだな。雪乃ちゃんの為にも負けられないな‥‥」

 

由比ヶ浜は対戦相手がシュテルのクラスだと言う事で気合が入っており、葉山はそんな由比ヶ浜にちょっと引いてはいたが、自分たちが勝って雪ノ下に仇を討ったと言える状況を作ろうと思った。

 

由比ヶ浜と葉山は絶対に勝ってやると言う意気込みで今回のシミュレーションバトルに臨む勢いであったが、二人以外に今回の対戦相手を知った戸塚と三浦の場合は‥‥

 

「あっ、対戦相手はブルーマーメイドフェスタで乗艦したドイツのクラスの人たちなんだ‥‥」

 

「ああ、ヴァイオリンを弾いていた子ね‥‥あの子、あれから新しい恋をすることが出来たかな?」

 

ブルーマーメイドフェスタで戸塚と再会したシュテルであったが、この後世世界では戸塚は三浦と彼氏・彼女の仲になっており、前世では恋心を抱いていた筈の葉山に対しては嫌悪感を抱いていた。

 

シュテルから葉山の事を聞かされた三浦は以前、テニス部における昼の練習中で乱入してきた葉山たちの事を伝えたのだが、シュテルとしては戸塚が三浦と付き合っている事の方が衝撃だった。

 

しかし、三浦と戸塚はシュテルが葉山に一目惚れをして三浦の口から葉山の本性を知りショックを受けたのだと勘違いした。

 

三浦はシュテルが未だに葉山の件を引きずっていないかと心配していた。

 

一方、対戦相手であるシュテルの方はと言うと‥‥

 

「葉山と由比ヶ浜を合法的にボコボコに出来る機会なのだが、対戦相手に戸塚が居る‥‥戸塚が乗る艦を沈めろと言うのか!?この私に!?」

 

「いや、沈めるって言ってもシミュレーションなんだから、実際に海へ沈める訳じゃないからね」

 

シュテルの苦悩に対してツッコミを入れるユーリ。

 

「でも、仮想とはいえ、戸塚を撃つんだぞ‥‥わ、私には‥‥」

 

「そんな屁理屈でまさか負けるつもり?」

 

ジト目でシュテルに顔を近づけるユーリ。

 

「ちょっ、ユーリ、近い、近い」

 

「でも、ユーリが言っている事は最もな事だよ、シュテルン」

 

ジト目なユーリに圧力を受けている中、クリスもユーリが言っている事は正しいと言ってくる。

 

「分かった、分かったから‥‥」

 

ユーリとクリスから正論を叩きつけられて折れるシュテルであった。

 

やがて、葉山、由比ヶ浜、戸塚、三浦が所属するクラスとシュテルたちヒンデンブルククラスのシミュレーションバトルが開始された。

 

「陣形を保ちつつ、この海域まで進出して、相手の出方を見る」

 

『了解』

 

相手の実力が未知数なので、シュテルは手堅く陣形を組みまずは相手側の出方を窺うヒンデンブルククラス。

 

一方、総武高校側は‥‥

 

「向こうも近づいてくるな‥‥」

 

「陣形はこれでいいの?隼人君」

 

「あ、ああ、一先ずこれで相手の動向を窺う」

 

葉山たちもシュテル同様、陣形を組みつつ相手の出方を窺う事にした。

 

「ふむ、相手もこちらと同じく出方を見る形で来たか‥‥」

 

シュテルは総武側の動きを見て、総武側も自分たち同様一先ず陣形を組み、相手の出方を見る慎重な戦法だと見る。

 

「ふむ、ではこちらから仕掛けてみるか‥‥」

 

互いに後手、後手では進まないのでシュテルは仕掛けてみることにした。

 

「クリス」

 

「はい」

 

「君の軽巡洋艦で此処まで進出して相手を引きずり出してもらえる?」

 

「了解」

 

このシミュレーションバトル前にクラスメイトたちはそれぞれどの艦を担当するか話し合いが行われた。

 

クリスはヒンデンブルクの副長‥つまり、艦における№2にあたるので、通常ならば戦艦を担当するのだが、何故か彼女は今回のシミュレーションバトルでは軽巡洋艦を担当すると言ってきたのだ。

 

軽巡洋艦は駆逐艦程ではないが、速力があり火力は駆逐艦以上あり、その為水雷戦隊や護衛船団の旗艦を務める事がある。

 

ただし、装甲は駆逐艦よりは厚いが、やはり艦船では薄い方なので同じ巡洋艦クラスでも重巡洋艦でも脅威となる。

 

しかし、クリスはそんな事はお構いなしと言わんばかりに前進していく。

 

クリスが担当する軽巡洋艦の動きは当然、総武側でも把握する事となる。

 

「隼人君、相手の艦が一隻近づいて来たよ」

 

「一隻?艦種は?」

 

「えっと‥‥軽巡洋艦が一隻」

 

「一隻?他に艦は?」

 

「居ないみたい」

 

(軽巡洋艦が一隻で近づいてくる?)

 

(何かの罠か?)

 

(しかし、この演習には潜水艦はいないし‥‥)

 

(ただ単に一人先走っているだけのバカか?)

 

葉山がクリスの軽巡洋艦の動きに対して悩んでいると、

 

「隼人君、ここは俺に任せるっしょ!!」

 

戸部が葉山にクリスの軽巡洋艦の対処を任せてくれと言う。

 

戸部が担当しているのは重巡洋艦で軽巡洋艦よりも速力は劣るが火力は勝っている。

 

砲撃を加えれば撃沈までは至らなくても相手に損傷を与える事は出来る。

 

そうなれば、先手を得ることが出来、相手の士気を下げることが出来るかもしれない。

 

「うーん‥‥しかし、軽巡洋艦が一隻だけ行動するには何か罠のような気も‥‥」

 

葉山はやはり、クリスの真意が分からずなかなか決断を下せない。

 

「大丈夫だって、相手は一隻なんだし」

 

一方の戸部は例え罠だとしても軽巡洋艦一隻ではどうせたいした罠ではなく、火力で勝っている自分の重巡洋艦ならば、勝てると思っている。

 

「‥‥分かった。ただ大岡、君も戸部と一緒に向かってくれ」

 

戸部に促され、葉山はクリスの軽巡洋艦の対処を任せた。

 

しかし、念のために戸部一人ではなく、大岡も一緒に向かわせた。

 

「おっ、釣れたな」

 

総武側の動きを見て、呟くクリス。

 

戸部と大岡の艦は最大速力でクリスの軽巡洋艦へと接近した後、主砲で攻撃する。

 

攻撃の判定はサイコロによる判定でまず命中したかの判定を行い、命中した場合、再びサイコロを振り、ダメージ計算となる。

 

戸部と大岡の重巡洋艦はクリスが担当する軽巡洋艦を主砲の射程ギリギリまで距離を詰め、攻撃を選択し、サイコロを振る。

 

しかし、二人のサイコロの結果は、外れ。

 

「くっそ」

 

「次は当てる」

 

「初弾は外したか‥‥」

 

「まぁ、初弾だし‥‥」

 

肝心な最初の攻撃が外れた事で戸部と大岡は思わず舌打ちするが、葉山や由比ヶ浜は初弾だし絶対に当たるとは思ってはおらず、この時は特に気に留めてはいなかった。

 

最初のターンは両陣営共に被害なく終わり、次のターン‥‥

 

クリスは搭載されていた魚雷での雷撃を選択する。

 

魚雷攻撃の判定は成功し、魚雷は戸部と大岡の重巡洋艦へと迫る。

 

次いで、戸部と大岡は迫りくる魚雷を回避するための判定を行う。

 

その結果、戸部は何とか魚雷の回避に成功するが、大岡は失敗し魚雷攻撃を受けてしまう。

 

しかし、魚雷の一、二本程度の雷撃程度では大岡の重巡洋艦を沈めることは出来なかった。

 

クリスは攻撃した後、その場から移動する。

 

魚雷攻撃を受けた戸部と大岡としては当然黙っている筈もなく、クリスの軽巡洋艦を追いかける。

 

「こいつ!!」

 

「逃がさないっしょ!!」

 

「戸部、大岡、あまり深追いはするなよ」

 

クリスの軽巡洋艦を追いかける戸部と大岡だが、葉山はあまり深追いするなと注意する。

 

深追いをして相手の軽巡洋艦が味方の艦隊に合流されると戸部と大岡の艦が袋叩きに遭う。

 

味方の本隊と距離が離れすぎていると援護が難しくなるからだ。

 

「分かっているよ、隼人君」

 

葉山の忠告を一応は聞く戸部と大岡だった。

 

そして再びクリスの軽巡洋艦を主砲の射程に捉えた。

 

「よっしゃー!今度は当ててやるっしょ!!」

 

「だな」

 

次こそは命中させてみせると意気込んだ戸部と大岡であるが、サイコロの結果は‥‥

 

「またかよ!?」

 

「くっ‥‥」

 

命中する事はなかった。

 

「二隻の重巡洋艦から砲撃を二度も躱すなんて‥‥」

 

初弾は兎も角、二回目も外れた事に葉山は違和感を覚えた。

 

「戸部、大岡そいつはもういい、戦列に戻れ」

 

当初は何かの罠かと思ったが、特に罠が仕掛けられている様子がなく、これ以上、戸部と大岡が離れてしまっては本当に援護が出来なくなってしまうので、葉山は二人に戦列に戻るように伝える。

 

「で、でも隼人君」

 

「このまま逃がすのは‥‥」

 

戸部と大岡はこのまま敵の軽巡洋艦をみすみす逃すのは何だか負けた様な気分だった。

 

戸部は兎も角、大岡は魚雷攻撃を受けているので、この屈辱は晴らしたいと言う思いがあった。

 

「いいから、これ以上距離が開くとこちらから援護が出来なくなる!!」

 

「わ、分かったよ」

 

「うむ‥‥」

 

葉山に促され、渋々と言った様子で戸部と大岡は戦列に戻ろうとする。

 

「あっ、こら、こら、着いて来ないとダメでしょう」

 

反転する戸部と大岡の艦を見て、クリスは艦を反転させ、届かないと分かりつつも主砲で戸部と大岡の艦を砲撃して挑発する。

 

「なっ、コイツ!!」

 

「軽巡の癖に挑発してきやがった!!」

 

クリスの挑発行動にモヤモヤした思いを持っていた戸部と大岡は再び反転してクリスの軽巡洋艦を追う。

 

「おい、戸部!!大岡!!」

 

「隼人君、やっぱ此奴を沈めたいっしょ!!」

 

「だな」

 

「ダメだ!!戻ってこい!!」

 

「でも、罠なんかなかった訳だし結局此奴がバカみたいに突出しただけしょっ!!」

 

「だな」

 

戸部と大岡は、クリスの行動に罠などはなく、クリスがただ単に突出しただけだと言い張り、味方の戦列に戻るのを止めてクリスの軽巡洋艦を再び追撃し始める。

 

(あのバカ共が‥‥)

 

自分の指示に従わずにクリスを追いかける戸部と大岡に対して葉山は内心毒づく。

 

「ど、どうする?隼人君」

 

「戸部と大岡の後を追いかける?」

 

クラスメイトたちが葉山の指示に従わなかった戸部と大岡の後を皆で追って、彼らの孤立を防ぐかと問う。

 

(くそっ、此処で二人を見捨てれば皆からの心象が悪くなる)

 

(しかし、相手の艦の動きを見るからに明らかにアレは罠だ)

 

(くそっ、あのバカ共が!!)

 

(俺の引き立て役の分際で俺の命令に逆らうなんて‥‥)

 

(バカ二人が俺の命令に従っていれば‥‥)

 

戸部と大岡の二人はクリスの艦の動きに対して罠とは思っていなかったが、葉山の方は罠であると読んだ。

 

罠があると知りながら、皆で突っ込めば忽ち全滅してしまう。

 

しかし、葉山は前世同様、自分のクラスでは『皆の葉山隼人』で通っている。

 

そんな『皆の葉山隼人』が戸部と大岡を見捨てればクラスメイトからの信頼を失うのではないかと思い葉山は判断に迷った。

 

その間も戸部と大岡の艦はクリスの艦を追いかけていく。

 

(くそっ、やむを得ない‥‥)

 

(このままではあのバカ二人が敵の罠にかかってしまう)

 

(あいつらよりも重巡洋艦二隻を失う事の方が厄介だ)

 

葉山はやはり『皆の葉山隼人』を捨てきることが出来なかった。

 

しかし、内心は戸部と大岡の事よりも戸部と大岡が担当している重巡洋艦二隻を失う事の方が大事だった。

 

「このままだと二人が敵の罠にかかって一方的にやられてしまう可能性がある。駆逐艦なら速力が速いから追いつけないかな?」

 

「計算してみる」

 

クラスメイトが自陣の駆逐艦の速力と戸部と大岡の位置から援軍として間に合うか計算する。

 

「ギリギリ‥‥判定次第では追いつけないかも‥‥」

 

駆逐艦を援軍に送っても間に合うか分からない。

 

総武側の現状を見てシュテルは、

 

(あいつはこの後世世界でも『皆の葉山隼人』を演じている筈だ‥‥)

 

(となると、クリスの罠にかかったクラスメイトを助けようとして援護する艦を出してくるだろう‥‥)

 

(艦種は速力が速い駆逐艦‥‥)

 

「クリス、相手は駆逐艦を援軍に送って来る事が予想されるが、こちらからも援軍を送ろうか?」

 

前世からの葉山からの付き合いでシュテルは彼が戸部と大岡を見捨てる事は無いと判断し、総武側の本隊と戸部と大岡の艦の位置から援軍として間に合いそうなのは速力が速い駆逐艦だったので、クリスに援軍を送るかを訊ねる。

 

「ううん、大丈夫」

 

しかしクリスは、援軍は不要だと返答する。

 

「えっ?本当に大丈夫?」

 

「うん。私は運が良いからね。相手が増えても切り抜けてみせるよ」

 

「そ、そう‥‥」

 

(まぁ、確かにクリスは昔から運が良いからな‥‥)

 

シュテルはクリスとの付き合いから彼女が異常と言う程、運が良い事を知っているので、クリスを信頼してこの任務を任せたのだ。

 

「分かった。ただ無理はしないでね」

 

「了解」

 

そしてシュテルの予測通り、総武側は戸部と大岡の援軍として駆逐艦群を送って来た。

 

総武側の駆逐戦隊の移動判定は成功し、次に攻撃を選択する。

 

駆逐艦の主砲ではクリスの軽巡洋艦まで届かないので、攻撃射程が長い魚雷を選択し、サイコロを振っての攻撃判定が行われる。

 

だが、駆け付けた駆逐艦全ての魚雷攻撃が失敗判定となる。

 

「ちょっ、いくら何でも全部失敗なんておかしいし!!」

 

この判定に思わず声を上げたのは由比ヶ浜だった。

 

「さっきの戸部っちたちの砲撃も全部外れていたのも変だと思ったけど、何かインチキをしているんじゃないの!?」

 

サイコロの采配に対して、由比ヶ浜はクリスにいちゃもんをつけてきた。

 

「電子機器のサイコロにどうやっていかさまを仕掛けるの?」

 

若干興奮している由比ヶ浜に対して冷静に切り返すクリス。

 

「そ、それは‥‥」

 

実際のサイコロならば、いかさまをすることは可能だろうが、このシミュレーションバトルで使用しているサイコロはモニターの中にあり、任〇堂のwiiリモコンのようなリモコンを振っているので、サイコロの出目は完全に運任せとなっている。

 

それは実際にバトルに参加している由比ヶ浜自身も知っているので、いかさまなんて出来ない。

 

「出来もしない事を大声であげるとかえって恥をかくわよ」

 

「くっ‥‥」

 

クリスの指摘に由比ヶ浜は悔しそうに顔を歪めた。

 

「そもそも遠くから駆け付けて及び腰で撃った魚雷なんて援護どころか気休めにもならないわよ」

 

命中判定失敗の要因はサイコロだけでなく距離の問題もあると指摘するクリス。

 

由比ヶ浜はもはや何も言えず、ただクリスを睨みつけるしか出来なかった。

 

(まっ、異世界じゃあ『幸運の女神』として崇められているからね‥‥)

 

(それは電子機器でも例外じゃないって事だからいかさまと言えばいかさまになっちゃうけどね‥‥)

 

クリスは自分の能力と正体からサイコロの出目はある意味ではいかさまであると自覚していたが、これはどうしようもなかった。

 

クリスと対戦相手になった由比ヶ浜たちに運が無かったのだ‥‥

 

「ど、どうする?葉山君。駆逐艦の魚雷撃ち尽くしちゃったけど‥‥?」

 

「‥‥」

 

「駆逐艦も戸部たちの後を追わせる?」

 

魚雷を撃ち尽くした駆逐艦に装備されている武装は主砲のみとなるが、射程が重巡洋艦よりも短いので、主砲を当てるには相手との距離を詰めなければならない。

 

このままみすみす援軍に送った駆逐艦群も相手の罠にかかって全滅すれば味方の数を大幅に減らすことになる。

 

葉山が判断に迷っていると戸部と大岡の前方にはクリスが担当する軽巡洋艦の後方にヒンデンブルククラスの本隊が迫っていた。

 

クリス以外のヒンデンブルククラスのクラスメイトたちは陣形を維持しつつクリスの動きに応じて移動していた。

 

一方、総武側は葉山の指示を頼りにしていたので、陣形は維持していたが、葉山の指示なしでは動けなかった。

 

その葉山は戸部と大岡の動きと指示ばかりで他のクラスメイトに指示を出していなかった。

 

葉山のクラスはある意味で玉縄のクラスと同じ様な形になっていた。

 

「や、やべぇしょっ!!隼人君!!」

 

「俺たち、敵に囲まれそう!!」

 

「だから言っただろうが!!」

 

此処に来てようやく戸部と大岡は葉山が言っていた事が正しかったのだと自覚した。

 

普段は葉山のイエスマンだったのが、シミュレーションとは言え、戦って挑発を受けた事から彼らは軽い興奮状態になっていたので、彼らにしては珍しく葉山の指示を聞かなかったのだ。

 

そんな愚かな行為をした二人に葉山は怒鳴る。

 

「隼人君、急いで助けに来てくれ!!」

 

「頼む!!」

 

戸部と大岡は葉山に助けを求める。

 

「どうする?葉山君」

 

「此処からだと距離があるから間に合うかどうか‥‥」

 

「相手には戦艦も居るんでしょう?」

 

「援軍に向かわせた駆逐艦だけじゃ無理じゃない?」

 

「ここは駆逐艦だけでも引き返して被害を最小限にした方が良いでしょう?」

 

「そう、そう、今二人の所に行ったら、私たちもやられちゃわない?」

 

「敵に囲まれたのもあの二人の自業自得じゃん」

 

「そうだよね。元々隼人君は『戻れ』って言ったのに戻らなかったのはあの二人だもん」

 

クラスメイトの中には戸部と大岡の二人を見捨てようと言う意見も出た。

 

葉山としては好都合な展開であった。

 

自分の命令を聞かないバカ共に対しては良い薬になり、戸部と大岡の二人を見捨ててもクラスメイトからの信頼を失う事は無い。

 

例え見捨てたとして、戸部と大岡の二人からの信頼を失うかもしれなくなっても敵の攻撃を受けて沈められたのはあの二人の自業自得であり、戸部と大岡の二人以外のクラスメイト全員が自分を弁護してくれる筈だ。

 

「戸部、大岡‥すまない‥‥今から向かうにしても距離がありすぎる‥‥それにそこに行けば他の皆も被害を受ける可能性が高い‥‥」

 

葉山は戸部と大岡の二人にやんわりと見捨てる事を告げる。

 

「そ、そんなっ!?」

 

「それはないっしょ!!隼人君!!」

 

大岡は葉山たちが助けに来てくれない事に愕然とし、戸部は思わず声をあげる。

 

「だが、俺が『戻れ』と言ったにもかかわらず、戻らなかったのは二人の方だろう!?あの時、戻っていればこんなことにならなかった筈だ!!」

 

「そ、それは‥‥」

 

「‥‥」

 

葉山からの指摘でぐぅの音も出ない二人。

 

葉山は駆逐艦群には味方の戦列に戻るよう指示を出した。

 

駆逐艦をそれぞれ担当しているクラスメイトたちは戸部と大岡とは異なり葉山の指示に従い戦列へ戻って行った。

 

しかし、戸部たちは反転出来ずにいた。

 

此処で反転しても送り狼になるし、追撃を受ける中で無傷のまま味方と合流できるとは限らない。

 

大破した状態で味方に合流すればかえって味方の足手纏いになる。

 

戸部と大岡の二人が出来るのはこの場で敵を引き付ける事ぐらいしかない。

 

しかし、ヒンデンブルククラスの戦艦群による遠距離射撃を受け、戸部と大岡の艦はあっという間に被弾し轟沈判定を受けた。

 

特にユーリが担当している戦艦の命中判定が高かった。

 

「戸部と大岡の艦が‥‥」

 

「沈んだ‥‥」

 

「やっぱり、あの時葉山君の言う通りにしていれば良かったのに‥‥」

 

轟沈判定を受けた戸部と大岡の二人はクラスメイトから白い目で見られた。

 

「「‥‥」」

 

葉山の指示を無視した結果、轟沈判定を受けた事により戸部も大岡も俯き黙ってしまう。

 

「まぁ、まぁ、皆。戸部も大岡も頑張った訳だし、実際に相手が罠を仕掛けていた事も実証できたんだ。二人の艦を失ったのは痛手だけど、まだまだ逆転できる。最終的に相手に此方以上の被害をだしてやれば良いんだよ」

 

葉山はシミュレーションバトルでは戸部と大岡を切り捨てたが、クラスメイトとしての縁を切るのは早すぎると判断し、戸部と大岡を弁護する。

 

「まぁ、葉山君が言うなら‥‥」

 

「戸部、大岡、隼人君に礼を言いなよ」

 

「隼人君‥‥」

 

「ありがとう‥‥」

 

クラスメイトたちから総スカンを喰らえば大和や相模の様な目に遭うと実際に目の当たりにしてきた戸部と大岡にとってクラスメイトたちを宥めた葉山はまさに神か仏に見えただろう。

 

「さあ、皆!!勝負はこれからだ!!」

 

葉山がクラスメイトたちを鼓舞する。

 

「あらら、思ったより向こうの士気は落ちなかったな」

 

味方の重巡洋艦二隻を沈められたにもかかわらず以外にも総武側の士気は落ちていなかった。

 

(葉山のカリスマ性を侮っていたか‥‥?)

 

シュテルは後世世界の葉山のカリスマ性が前世よりも高かったのかと思った。

 

(三浦からの情報ではクラスメイトから嫌われているかと思ったが‥‥)

 

戸塚や三浦の様に葉山の本性を知り、嫌悪している者もいるが、それはごく一部であり、クラス内ではまだまだ葉山のカリスマ性は健在であった。

 

シュテルとしては珍しいミスでもあった。

 

「クリスの艦を隊列に戻して、陣形を再編成する。恐らくもう相手を釣る事は出来ないだろうからな」

 

「了解」

 

シュテルはクリスに戦列へ戻るように指示を出す。

 

「ユーリ‥‥」

 

「ん?」

 

「次の作戦は‥‥こうする」

 

「えっ?でも、それじゃあシュテルンの艦は‥‥」

 

「賭けではあるが、相手を油断させることは出来る筈だ。相手が慢心したところに‥‥」

 

「私の出番って事か‥‥」

 

「ああ、そうなる。期待しているよ、ユーリ」

 

「うん。任せて」

 

シュテルはこの後の作戦をユーリに伝える。

 

総武側は戸部と大岡の援軍として送った駆逐艦群が戦列に戻り、ヒンデンブルククラスはクリスの軽巡洋艦が戦列に戻ると互いに陣形を再編成した。

 

 

ヒンデンブルククラスは同戦力の艦隊を二組作った。

 

「まずは私たち第一戦隊から先行する」

 

「じゃあ、私の第二戦隊はその後ろに着けるよ」

 

先鋒はシュテルたちが務める。

 

「来た、敵の主力だ」

 

「どうする?葉山君」

 

「相手は砲撃戦を仕掛けるようだな‥‥このまま陣形を維持、一気に相手との距離を詰める」

 

「えっ?ああ、うん‥‥でも、それでいいの?」

 

「危険じゃない?」

 

「他に何か手が?相手が砲撃戦を仕掛けてくるならば、それを迎え撃つだけさ。それに駆逐艦群は既に魚雷が無い‥‥駆逐艦が攻撃するのなら相手との距離を詰めなければ攻撃が出来ないしね」

 

「ああ、なるほど」

 

葉山の説明にクラスメイトは納得した様子。

 

葉山、由比ヶ浜たち総武とヒンデンブルククラスの戦いは第二ラウンドへと突入しようとしていた。

 



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159話

 

 

総武高校で行われている合同演習で、シュテルのクラスは葉山・由比ヶ浜とのクラスとシミュレーション演習を行う事になった。

 

序盤ではクリスが操る軽巡洋艦が疑似突出をして相手クラスの艦を吊り上げる作戦を取った。

 

その結果、戸部と大岡の艦が罠だと気づかずにクロスファイアポイントまで引きずりだされた。

 

当初、二人を助けようと葉山は駆逐艦群を送り、クリスの軽巡洋艦に魚雷攻撃を仕掛けるも全魚雷は外れ、戸部と大岡の艦は集中砲火を浴びて撃沈判定となった。

 

葉山と由比ヶ浜のクラスは二隻の艦と魚雷全てをうちつく結果となった。

 

だが、これで疑似突出の戦法はもう相手には通じず、シュテルは次の策を打ち出す。

 

(同戦力の艦隊を二組作り、交代で対処‥‥)

 

(うまくいけば相手を挟み撃ちにすることが出来るが‥‥)

 

(先鋒を務める私たちは相手の砲撃の雨を通る事になる‥‥)

 

(どれだけ被害を抑える事が出来るか‥‥)

 

(これは賭けだな)

 

シュテルたち第一戦隊は相手との距離を詰める。

 

「来た‥‥」

 

「どうする?隼人君」

 

「距離3000までギリギリ引き付ける。それから砲撃開始だ」

 

葉山たちはシュテルたちを待ち受ける体制をとる。

 

「このままいけば予定通り、相手の針路を第一戦隊が斜めに遮る形になる」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「そうすると、こちらは主砲と左舷側の全砲門が使えるけど、相手は正面の主砲しか使えない」

 

「すれ違うと同時に相手の主力艦へ攻撃する。当然相手の反撃は予測される。そしてそれは先頭を走る私の艦だけど、逆に考えれば第一戦隊の中で攻撃力・防御力が一番高いのは私の艦だ。私の艦が相手の攻撃を引き受けるから皆はその隙を突いて相手を攻撃して」

 

「う、うん」

 

「分かった」

 

「よし、このまま突っ切るぞ!!全艦、全速前進!!」

 

シュテルたち第一戦隊は葉山・由比ヶ浜のクラスの艦隊との距離を詰める。

 

「来たぞ‥先頭艦は有効射程に入り次第砲撃、後続艦はギリギリまでひきつけて確実に狙って撃て」

 

「わ、分かった」

 

(先頭はあの泥棒猫‥‥)

 

(私の手であの泥棒猫の艦を絶対に沈めてやる!!)

 

迎え撃つ葉山たち‥特に由比ヶ浜に関してはやる気満々であった。

 

「葉山君、相手の先頭艦が有効射程に入ったよ!!」

 

「よし、撃て!!」

 

シュテルの艦が有効射程に入った途端、葉山クラスの艦は一斉に攻撃を開始する。

 

すると、初弾が命中判定となる。

 

その後も後続艦は発砲し、シュテルの艦は次々とダメージを負うが、シュテルたちも反撃をする。

 

「撃て!!撃て!!」

 

葉山たちは後続艦よりも先頭を進むシュテルの艦に対して集中砲火を浴びて来る。

 

これはシュテルの艦が戦艦である事だけではなく、先頭艦を潰せば後続艦は衝突するか、沈んだシュテルの艦を回避しようとして陣形が乱れ混乱する事を予測しての行動であった。

 

「沈め!!沈め!!沈んでしまえ!!」

 

若干一名は私怨が交じっているようだ。

 

「凄い砲撃だ‥‥しかも命中率も高い‥‥」

 

「そりゃあ、集中砲火をしているんだから命中率だって上がる‥‥」

 

「でも、こちらの砲撃だって相手に当たっている。向こうだって無傷じゃない筈だ」

 

「で、でも‥‥艦長の艦がボロボロだ‥‥」

 

「‥‥」

 

シュテルの艦は中破状態となり、ギリギリ航行と戦闘は可能となっているが、やはり損傷の為に能力は低下している。

 

「大丈夫!!此処までは概ね作戦通りだ‥‥私たちにはユーリたち第二戦隊が居る!!何も私たちだけで相手を全て殲滅する必要はない!!それにダメージを受けていても私はまだ戦える!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

シュテルは士気が落ちそうな中、クラスメイトを鼓舞する。

 

「針路変更、面舵一杯!!」

 

シュテルたち第一戦隊は砲撃をしつつ右側へ針路を転進する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

その様子に葉山たちは、

 

「あっ‥‥」

 

「相手は針路を右に転進した」

 

「逃げ出したのか?」

 

「そりゃあ、あの砲撃をくらったらな」

 

「意外とだらしないな」

 

「どうする?隼人君。追撃する?」

 

クラスメイトたちはシュテルたち第一戦隊の動きを見て、逃走したのだと判断するが、

 

「ん?あれ?ちょっと待って‥相手の艦隊‥数が少なくないか?」

 

此処に来て葉山は対戦相手の艦隊数が少ない事に気づく。

 

「あっ、確かに‥‥」

 

「半分くらいか?」

 

「じゃあ、残る半分は何処に?」

 

葉山の指摘を受けてクラスメイトたちも相手の艦隊数が少ない事に気づく。

 

すると、先ほどの第一戦隊が通って来た後ろから無傷の艦隊が出現する。

 

これは、ユーリが率いる第二戦隊であり、第二戦隊は葉山たちの針路を塞ぐ針路をとっている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ユーリ、バトンタッチだ。こっちは相手の尻に食らいつく、頭は任せたよ」

 

「了解、シュテルン。シュテルンの仇は私たちが取るよ」

 

「まだ沈んでないって‥‥針路を中央に‥‥その後、相手艦隊の後方へ回り込む。私の艦は速力が低下しているから途中で落伍するかもしれないが、気にせずに進め」

 

シュテルたち第一戦隊は針路を中央に戻し、その後左に針路を変更し、葉山たちの後背を突く。

 

その間、ユーリたち第二戦隊は葉山たちの頭を抑えにかかる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ちょ、葉山君、これは不味いよ!!」

 

「こっちはさっき一戦交えたばかりで、砲弾も少なくなっているし、被害だって受けているんだよ?」

 

「それにさっきの艦隊は後ろから迫ってきている」

 

「これじゃあ挟み撃ちにされちゃうよ!?」

 

「まともに戦り合ったら消耗戦になる‥‥」

 

「どうする!?隼人君」

 

「こうなれば強行突破だ。なんとかこの陣形を突破してその後で陣形を立て直す。速力が速い艦を先頭にしてこの包囲網から離脱する!!」

 

完全な包囲網が敷かれる前に葉山たちは離脱を試みる。

 

 

「相手は逃げにかかったか‥‥」

 

「ユーリ」

 

「分かっている。一隻も逃がさないよ」

 

相手が追えば退き、相手が退けば追いの行動をとり更に挟撃状態となっている葉山たちは混乱し、どの方向へ逃げればいいのか判断がつかず、着実に味方の数を減らしていく。

 

そして‥‥

 

ビィー!!

 

『演習終了。勝者、ドイツ・キール校』

 

葉山たちのクラスで無事だったのは僅か三隻だけであり、その他の艦は撃沈・大破判定を受けて戦闘続行は不可能となり演習は終了した。

 

「く、くそっ‥‥」

 

「あ、あんな泥棒猫なんかにぃ~‥‥」

 

演習が終了し、葉山と由比ヶ浜は当然悔しがった。

 

「ふぅ~何とか勝てたな‥‥ユーリたちもありがとう。ナイスアシストだったよ」

 

「でも、シュテルンも際どい作戦をとったね。シミュレーションとは言え、シュテルンの艦の乗員には多数の死傷者が出たんじゃない?」

 

「そうだね‥‥シミュレーションだから実際の身体には何の問題もないけど、実際の戦闘を考慮すると私は今回の演習で大勢の乗員たちを殺した事になる‥‥そう言った点も反省すべき点だね」

 

勝負にかったとしてもちゃんとその勝利の中にある反省点も考慮して次の演習に生かさなければならない。

 

そうでないと演習の意味がない。

 

シミュレーション演習が終わり、次なる演習項目は艦長と副長の指揮能力を図る目的として総武高校に通う一年生が漕ぐカッター演習である。

 

とは言え、他校生との顔合わせや練習の関係上からカッター競技は数日後となる。

 

その間に総武高校海洋科の教師たちは今日の演習結果を基に他校の艦長・副長の生徒をどのクラスに当てはめるかの選定も行う。

 

まぁ、男子に関しては総武と海浜総合だけなので、割とすぐに選定は出来そうだが、女子に関しては人数が多いので、選定をする教師も大変だ。

 

カッター演習が行われるまで、海浜総合、横須賀女子、キール校、ヴィルヘルムスハーフェン校の生徒たちは総武高校の校舎で授業を行い、学生艦で食事、寝泊まりをする事になる。

 

 

シミュレーション演習が行われた放課後‥‥

 

奉仕部の部室にて、雪ノ下、由比ヶ浜、葉山たち奉仕部メンバーが集まり今日の演習について愚痴っていた。

 

「もう!!あの時もう少し弾が当たっていれば、あの泥棒猫の艦を沈める事が出来ていた筈だったのに‥‥」

 

「ああ、確かにあれはもう少しだったな」

 

「そもそも戸部っちと大岡君が撃沈判定されていなければ、魚雷だって撃ち尽くさなかったんじゃない?それにあの二人の艦が居れば、絶対に勝敗は違っていたよ!!」

 

「それは‥確かに結衣の言う通りだな」

 

「あの時、隼人くんが『追いかけるのは止めろ』って言っていたのに、それを無視して追いかけて皆に迷惑をかけてホント、マジあり得ない!!マジキモイ!!」

 

由比ヶ浜は自分たちのクラスが負けた原因は戸部と大岡の二人のせいだと決めつけて悔しがる。

 

葉山も本人たちが居ない事を良いことに否定はしていなかったので、彼自身も今日の演習の敗因はやはり戸部と大岡の二人が自分の命令を無視した挙句、突出して返り討ちにあったせいだと思っていた。

 

「ゆきのんだってそうじゃない?ゆきのん以外のクラスの人が、ゆきのんの足を引っ張ったせいで負けちゃったんでしょう?」

 

「そうだな。ゆきのんちゃんがあんな無様に負ける訳がないもんな」

 

「そうね。全く使えないクラスメイトを持つと苦労するわ」

 

「この世界の総武高校のレベルは前の世界よりも下なんじゃないか?」

 

「ええ、全くもってそのとおりね。こんなレベルで進学校を謡うなんて、教員レベルさえも疑わしいわね」

 

葉山も雪ノ下もこの後世世界と前世を比べると前世の頃に通っていた総武高校の方が、レベルが高いと思っているようだが、それは間違いである。

 

そもそも今、自分たちが在籍している学科は前世では存在しなかった学科であり、その学科自体も専門の海洋学校の言わば滑り止めであり、普通学科、国際教養科は前世同様、レベルは進学校並みに高いのだ。

 

「それで、次の演習は確か一年生と一緒にボートに乗るんでしょう?」

 

由比ヶ浜が次の演習項目を確認するかのように雪ノ下と葉山に訊ねる。

 

「ええ。私と葉山君は艦長だからその演習に参加することになるわね」

 

「へぇ~それで、どのクラスの人たちと一緒に乗るの?」

 

「それはまだ分からないわ。明日の朝一には発表されるんじゃないかしら?」

 

「でも一年生との交流はまだないし、もしも今回の様に不良品のクラスと組まされたら‥‥」

 

「確かにそれはちょっと不味いわね」

 

プライドの塊ともいえる雪ノ下からしてみれば、これ以上他校の生徒たちに負ける姿を見せたくはない。

 

ましてや今度のカッター演習にはあの西住みほも参加するのだから、これ以上の敗北は自分のプライドが許さない。

 

「そうと決まれば手を打っておきましょう」

 

「えっ?手を打つって?」

 

「どうやって?」

 

「多分、今頃職員室では平塚先生あたりが組み合わせを考えている筈よ。だから意見を言いに行くのよ」

 

雪ノ下はそう言い残して職員室へと向かった。

 

気になった葉山と由比ヶ浜は慌てて雪ノ下を追いかけた。

 

その頃、雪ノ下たちが向かっている職員室では、雪ノ下の予想通り教職員がカッター演習における総武高校の二年生と他校の生徒たちの組み合わせを行っていた。

 

「うーん、それにしても我が校の成績はあまり芳しくないな‥‥」

 

平塚先生は今日の演習結果を見て、総武高校の結果は負けが多かった。

 

「ドイツの留学生組は二組しかないが、どちらも勝っている‥‥しかも雪ノ下のクラスに勝つとは‥‥それに葉山のクラスまでもがドイツからの留学組に負けている」

 

平塚先生としては横須賀女子、ドイツからの留学組に勝つことで総武高校の海洋科の名前を世間に知らしめようと言う思いがあった。

 

横須賀女子、そしてドイツからの留学組を倒したと言う実績があれば、世間で思われている『海洋学校の滑り止め』と言う総武高校海洋科の印象も拭える。

 

そうなれば、来年の受験人数は増えて自分の功績となれば、教師としても有名になれる。

 

まだ演習項目はあり、演習は続く。

 

と言う事はまだ挽回は出来る筈だ。

 

(残る演習で、何とか総武高が勝てば‥‥)

 

平塚先生は残る演習項目で総武高校が勝つ方法を考える。

 

そんな中、

 

「失礼します」

 

雪ノ下たちが職員室へとやって来た。

 

「平塚先生はいらっしゃいますか?」

 

「平塚先生ならデスクに居るよ」

 

「ありがとうございます。平塚先生」

 

「なんだ?雪ノ下たちか‥‥見ての通り今は、仕事で忙しいのだが?」

 

平塚先生は若干顔を歪めて雪ノ下たちを出迎える。

 

そんな平塚先生のデスクの上にあるパソコンの画面には雪ノ下の予測通り、カッター演習についての選定をしている所だった。

 

雪ノ下は自分の予測通りだった事態にほくそ笑む。

 

「先生。見た所、次のカッター演習についての組み合わせをしているみたいですけど?」

 

「分かっているなら、つまらない要件で時間を無駄にしないでくれ」

 

「それについてですが、カッター演習の組み合わせについて少々意見を言わせて下さい」

 

「なに?意見だと?」

 

「はい」

 

平塚先生は雪ノ下の言葉に眉をひそめる。

 

「今日の演習結果ですが、残念ながら私と葉山君はクラスメイトに恵まれていなかった為に他校相手に敗北しました」

 

「うむ、それは分かっている」

 

「それでしたら、私と葉山君の担当する一年生のクラスを優秀なクラスに割り当てて下さい」

 

「は?それはつまり、私に梃入れをしろと言うのか?」

 

「優秀なクラスの指揮は優秀な人物が指揮を執るべきだと思いますが?」

 

「‥‥」

 

「それに、今日の演習結果では総武高校は大した結果を残せませんでした」

 

「うむ、そうだな」

 

「残る演習項目も決して多くはありません。となると、残る演習で総武高校は結果を残さなければなりません」

 

「あ、ああ‥‥」

 

「であるならば、平塚先生には総武高校が勝てる采配をしなければならない義務があると思うのですが?」

 

「だ、だが‥‥」

 

雪ノ下の提案はまさに不正に近い行為だ。

 

しかし、その反面雪ノ下が言う事は最もだ。

 

「先生は権力を持っているんですから、その権力を行使しなければ勿体ないと思いませんか?」

 

「そうですよ、平塚先生」

 

「僕たちは勝ちたいです」

 

「‥‥」

 

「平塚先生、もしも総武高校がこの後の演習で結果を残せれば、総武高校の名前も有名になれますよ。『演習にてあの横須賀女子を圧倒した高校』と‥‥」

 

雪ノ下のささやきはまさに平塚先生が思っていた事を言い当てていた。

 

「例え先生が私の意見を基にチームを作成したとしてもそれは教師の仕事なんですし、私の意見を採用した何てバレはしませんよ」

 

「そ、そうか‥‥それもそうだな」

 

平塚先生は雪ノ下のささやきを納得したかのように雪ノ下と葉山が指揮する一年生のチームは一年生でも優秀なクラスに配置することにした。

 

「あっ、平塚先生‥‥」

 

すると、由比ヶ浜は何かを思い出すかのように平塚先生へ声をかける。

 

「なんだね?」

 

「ドイツ人のチームはなるべく弱いクラスにしてください」

 

由比ヶ浜はシュテルとテアが担当する一年生のクラスは実力が低いクラスへ配置するように頼んだ。

 

「ん?何故ドイツの留学生限定にしているのかね?」

 

「それは‥‥えっと‥‥」

 

まさか、シュテルに恥をかかせたいからとは言えず、口ごもる由比ヶ浜。

 

「ドイツからの留学たちは今日の演習では好成績を残しました。これでカッター演習でも好成績を出されでもしたら、総武高校どころか日本の海洋高校の立つ瀬がなくなります。総武高校の名を世間に知らしめたいと言うなら、総武側だけでなく、他校の生徒の配置に対しても考慮しなければなりませんよ」

 

「そ、そうか‥‥そうだな」

 

「では、よろしくお願いします」

 

「ああ、任せておけ」

 

雪ノ下たちは平塚先生に忖度を任せて職員室を出る。

 

 

職員室から奉仕部の部室に戻る中で、由比ヶ浜は機嫌よく雪ノ下に声をかける。

 

「これで、次のカッター演習は勝ったも同然だね」

 

「ええ、そうね」

 

「よかったね。ゆきのん」

 

「でも、私と葉山君の二人が勝っても他のクラスが勝たないと意味はないかもしれないわね」

 

「いや、確かに雪乃ちゃんの言う通り、僕と雪乃ちゃんの二人が勝っても他のクラスが負ければ意味がない。しかし、二年生の主席である雪乃ちゃんが勝てばそれだけでも総武高校と雪乃ちゃんの名は知れ渡ることになるんじゃないか?」

 

「そうだね、隼人君の言う通りだよ、ゆきのん」

 

「そう‥なるのかしらね」

 

「そうだよ。私は次の演習には参加できないけど、ゆきのんたちを応援しているからね」

 

「ありがとう。由比ヶ浜さん」

 

こうして、総武側は平塚先生が雪ノ下の意見を採用して若干総武側に有利な割り当てになる事となった。

 

翌日の朝には掲示板にカッター演習に参加する生徒の割り当て表が掲示された。

 

そして雪ノ下と葉山は一年生の主席クラスの男女を担当する割り当てになっていた。

 

一方でシュテルは‥‥

 

(ん?一色いろは‥‥ああ、私とクリスは一色のクラスを担当か‥‥)

 

いろはが在籍する女子を担当する事になった。

 

掲示板にはカッター演習に参加する二年生の学生以外に上級生から指揮を受ける一年生たちも集まって、誰が自分たちを指揮するのかを確かめに来ていた。

 

「あっ、碇先輩」

 

シュテルが掲示板を見ていると同じくいろはも掲示板を見に来ていたみたいで、シュテルを見つけて声をかけてきた。

 

「ん?ああ、一色か‥‥掲示板を見に来たのか?」

 

「はい。それで先輩はどのクラスを担当する事になったんですか?」

 

どうやらいろははまだ掲示板をよく見ていないようだ。

 

「私は一色のクラス担当になったよ」

 

「えっ?マジですか?」

 

「うん。マジ」

 

「‥‥」

 

いろははソレを聞き、顔を引き攣らせる。

 

「ん?どうしたの?」

 

「あぁ~‥‥先輩、運がなかったですね」

 

「えっ?それはどういう事?」

 

「ウチのクラス、カッター演習に関してはマジで弱いですよ」

 

「えっ?そうなの!?」

 

「はい。一年生同士でのカッター演習では毎回ビリですし‥‥」

 

「そ、そうなんだ‥‥でも、演習まで時間はあるから、ひとまず今日の放課後、一色のクラスの実力をみたい」

 

「わ、分かりました。でも、本当に期待しないでくださいよ」

 

「そこまで言う?」

 

「いや、冗談抜きで弱いですから‥‥それじゃあ、放課後に‥‥」

 

「あ、ああ‥‥」

 

いろはの言葉に不安を抱きつつも彼女のクラスの実力に関しても興味を持ったシュテルであった。

 

 

そして放課後‥‥

 

 

カッターが泊めてある桟橋には一年生と総武高校、他校の艦長・副長を務める生徒たちが集まり、カッターの練習をしていた。

 

『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!』』』

 

『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!』』』

 

一年生たちは声をあげ櫂を漕ぎ、艦長の生徒は同じく声をあげながら針路を選定し、副長はカッターの舵を取る。

 

「さて、それでは私たちも練習をやろうか?」

 

『は~い』

 

シュテルとクリスもいろはのクラスの女子たちと共にカッターの練習を行うが、一年生のクラスはどうもやる気が感じられない。

 

おそらくこれまでずっとカッター演習でビリばかりの成績を叩き出していた事から既に諦めモードに入っていた。

 

『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ~』

 

「‥‥」

 

一年生たちは櫂を漕ぐが、皆バラバラに漕いでいる為、うまく進まない。

 

このチームワークの無さがこのクラスをビリにしている原因の一つだろう。

 

「ねぇ、シュテルン。このクラス大丈夫かな?」

 

舵を操りながらクリスがシュテルに話しかけてくる。

 

「ん?」

 

「やる気もそうだけど、リズム感もバラバラだからカッターが進んで無いよ」

 

「一色が自分のクラスが弱いって言っていた理由がよく分かったよ」

 

「どうする?このままだと本番もビリになるかも‥‥」

 

「とは言え、彼女たちの弱さが技術以前の問題だからな‥‥」

 

リズム感は何とかなる。

 

実際にシュテルはテアの音痴を矯正した事がある。

 

しかし、やる気に関しては彼女たち自身の問題だ。

 

(平塚先生の采配通り、どうやらあのクラスはかなりの落ちこぼれのクラスみたいね)

 

雪ノ下は自身が担当する事になった一年生の主席が漕ぐカッターの上からシュテルたちの様子を窺いながほくそ笑む。

 

シュテルは今日の練習についてはいろは以外のクラスメイトとの顔合わせとそのクラスの実力を見る為であり、その二つは果たしたが、更なる問題が浮上した。

 

「だから言ったでしょう?先輩。私のクラス、カッター演習はめちゃくちゃ弱いって‥‥」

 

「ああ、そうみたいだ。リズム感とやる気が問題だな」

 

練習後、いろはが自分のクラスの実力をシュテルに改めて説明する。

 

「まぁ、これまでずっとビリでしたからね。今更って感じなんですよ」

 

「でも、このままだと今後もずっとビリなんじゃないの?」

 

「半ば諦めていますから‥‥」

 

シュテルといろはが呆然としながら海を眺めていると、

 

「あら?そこに居るのは人間性が底辺の劣等種じゃない。此処は学校と言う知性の場よ。野生動物はさっさとジャングルに還りなさい。迷惑だわ」

 

雪ノ下が来て、息を吐くかのように毒を吐く。

 

(ん?そこに居るのはもしかして、一色さん?となると、あの不良品のクラスには一色さんが在籍しているのかしら?)

 

(まぁ、前世では私が生徒会長になるための踏み台になってもらったけど、不良品ばかりのごみ溜めに居ると言うのなら、今回も私の為の踏み台になってもらうわね)

 

「おい、劣等種だってよ。一色」

 

「えっ!?今の罵倒、私に言われたんですか!?」

 

「そうじゃないか?私はこれでも母校では主席だし、昨日の演習では、総武高校の生徒に勝っているからな。仮に私に向けて言った場合、私に負けた総武高校の生徒は劣等種以下の存在になってしまうからな」

 

「ちょっと最後に致命的な欠陥が聞こえたのだけれど……そんなことを自信満々に言えるなんてある意味すごいわね。変な人。もはや気持ち悪いわ。だいたい成績だの表層的な部分に自信を持っているところが気に入らないわ。はたから見ればあなたの人間性は余人に比べていちじるしく劣っていると思うのだけれど?」

 

「えっ?もしかして、私に言っていたの?」

 

「それに気づかないなんて‥人の言語が理解できないのかしら?気づかなくてごめんなさいね。あなたの様な劣等種生態系に詳しくないものだから、ついつい類人猿の威嚇と同じものにカテゴライズしてしまったわ」

 

「先輩、この人になにしたんですか?ここまで言われるなんて、相当酷い事をしたんじゃないですか?」

 

いろはは、他校の生徒であるシュテルが何故此処まで罵倒されるのかその理由を訊ねる。

 

「私の知り合いがこの毒舌まな板に完膚なきまでに叩きのめされたみたいで、ついでにこのまな板の友達?も私の従弟のストーカーで、敵視しているから、その繋がりで私の事も敵視しているんだよ」

 

「ストーカーってその従弟の人、大丈夫なんですか?」

 

「一応、警告はしてある」

 

「ちょっと、人を無視して話を進めないでくれない?」

 

「ん?まだ居たの?別に私たちは貴女に用はないから、貴女の言う私たちに負けた優等種サマの所にでも行ったら?」

 

「‥‥」

 

完全にシュテルから相手にされずにあしらわれた雪ノ下はシュテルを睨みつける。

 

「ちょっと、先輩。この人睨んでいますよ」

 

「睨みつけるはこの毒舌まな板の得意技だ。ただの負け犬の睨みつけだ。気にする事は無い」

 

「ふん、せいぜい今のうちイキっていなさい。カッター演習では無様な姿を晒すが良いわ」

 

そう言い残して雪ノ下は去って行った。

 

「何か、厄介な事になりましたね」

 

「ああ‥‥ただ、この後のカッター演習‥アイツには負けたくはないな‥‥」

 

「そうですね。私も同じです」

 

雪ノ下が挑発をした事でシュテルといろははカッター演習で雪ノ下だけには負けたくないと言う思いが込み上げた。

 

雪ノ下は自らの行為で眠れる獅子を叩き起こした事をこの後のカッター演習で知る事になるのであった。

 



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160話

 

 

総武高校で行われた海浜総合、横須賀女子、キール、ヴィルヘルムスハーフェンの合同演習。

 

演習に参加した学生たちは、演習プログラムを次々と消化して行き、次の演習項目は各艦の艦長・副長が総武高校の一年生のクラスが漕ぐカッターを指揮するカッター演習となる。

 

シュテルとクリスが担当する一年生クラスはいろはが在籍するクラスなのであるが、彼女のクラスは一年生の中でも最弱のクラスであった。

 

一応、クラスの実力を知る為にカッターを漕いでもらったが、いろはのクラスメイトたちはリズム感がなく、やる気も感じられなかった。

 

これではいくら練習をしてもビリであるが、こうして練習に参加してくれるだけでもありがたい感じだ。

 

一日目の練習が終わり、本番を迎えるにあたってどうすればいいのか考えていると雪ノ下が現れ、後世でも恒例の毒舌をシュテルに見舞う。

 

しかし、彼女の毒舌がシュテルといろはの闘志に火をつける事になった。

 

 

翌日の放課後‥‥

 

この日も放課後、各クラスはカッターの練習をしていた。

 

そしてそれはいろはのクラスも例外ではなかったのだが、集まったいろはのクラスメイトたちは相変わらず面倒くさそうな様子だ。

 

「せんぱ~い、こんな練習何てやったところで無駄ですよ~」

 

「そうですよ~やるだけ時間の無駄なですから、練習なんてやめません?」

 

いろはのクラスメイトたちからしてみると、練習をしても勝てない勝負、

 

他校の先輩から指図を受ける事に不快感を覚えているのかもしれない。

 

「まぁ、やりたくないならやらなくてもいいけど‥‥」

 

「「えっ?」」

 

意外にもシュテルは練習をやりたくないならやらなくても良いと言う。

 

そんなシュテルの言動にクリスもいろはも唖然とする。

 

しかし、シュテルは言葉を続ける。

 

「ただし、君たちは将来、ブルーマーメイドに入った時、不良品の烙印をいきなり押し付けられる可能性があるけどね」

 

「はぁ?」

 

「えっ?」

 

「いきなり何を言っているんですか?」

 

「今回の演習には他校の生徒たちが沢山参加している。横須賀女子、ヴィルヘルムスハーフェン、そして私が在籍しているキールのOGはそのほとんどがブルーマーメイドへ就職している。そんな先輩たちが参加しているこの演習でやる気の無い態度で演習に臨めば当然、他校にも君たちの情報が伝わる」

 

『‥‥』

 

「演習後に参加した生徒たちは報告書の作成が学校側から要請されるからね」

 

シュテルの言葉に先ほどまでやる気を出していなかったいろはのクラスメイトたちは表情を硬くする。

 

「勝負故にどこかのクラスは必ずビリになる。しかし、たとえビリだったとしても一生懸命にやった結果でビリになるのと、やる気も無く、最初から勝負を諦めてダラダラとした様子でビリになるのでは、全く印象が異なる」

 

『‥‥』

 

続いていろはのクラスメイトたちは気まずそうに視線をシュテルから逸らしたり、下を向く。

 

「当然、他校に君たちのやる気の無さが伝わるのは勿論だが、総武校でも君たちは三年間笑い者として残りの高校生生活を過ごし、ブルーマーメイドでも笑い者として過ごすのと、栄冠を勝ち取るのとどちらがいい?」

 

シュテルがいろはのクラスメイトたちを見渡す。

 

「わ、私は勝ちたいです!!」

 

すると、いの一番にいろはが声をあげる。

 

「い、一色さん?」

 

「でも、あの先輩が言っている事は本当にそうなるのかな?」

 

シュテルに指摘された将来が本当に訪れるのか疑問視するクラスメイトも居た。

 

「多分、本当だと思う」

 

そんなクラスメイトの疑問に対して、いろははシュテルの言う事は事実だと言う。

 

「えっ?」

 

「本当?」

 

「う、うん。昨日の練習の後で、総武校の先輩が来て碇先輩をディスっていたけど、その中で『カッター演習では無様な姿を晒すが良いわ』なんて言っていたから、この演習でビリになったら総武はおろか、他の学校でも笑い者になるのは間違いないと思う」

 

『‥‥』

 

いろはの言葉から愕然となるクラスメイトたち。

 

「じゃ、じゃあ、次の演習でもしもビリになったら‥‥」

 

「わ、私たちずっと笑い者になるわけ!?」

 

「そ、そんな‥‥い、嫌だよ」

 

「まぁ、まぁ、まだ練習する時間はあるし、本番でビリにならなければ言い訳だし、今からそんなに絶望しなくても大丈夫だよ」

 

落ち込んでいるいろはのクラスメイトたちを励ますシュテル。

 

(まさか、やる気を出す為に言ったが、凹ませすぎたか?)

 

(でも、昨日の雪ノ下の罵倒で現実味を抱かせたみたいだ。その点に関してはアイツには感謝かな?)

 

実際あの場に雪ノ下が来て、シュテルに対して罵倒しなければいろはのクラスメイトたちはシュテルが言った将来性に対して実感を持たなかったかもしれない。

 

そう言う意味では雪ノ下があの場に来て、シュテルといろはの前で罵倒した事は、いろはのクラスメイトたちのやる気を引き出す結果となった。

 

『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!』』』

 

『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!』』』

 

やる気を出してくれたのはいいが、相変わらずいろはのクラスメイトたちのリズム感は滅茶苦茶で、力が分散してしまいカッターは上手く進まない。

 

「シュテルン」

 

「ん?」

 

「やる気を出してくれたのは良いけど、リズム感‥と言うか、この滅茶苦茶な漕ぎ方についてはどうするの?」

 

シュテルと共にカッターに乗っているクリスがいろはのクラスメイトたちのリズム感の無さについての修正方法を訊ねてくる。

 

「一応方法は考えて有るけど、もう少しだけ彼女たちの様子を窺って見てから伝えるよ」

 

「?」

 

シュテルには既にいろはのクラスメイトたちのリズム感の無さを修正する方法があるみたいであるが、それがどんな方法なのかが分からないクリスは首を傾げる。

 

こうして各クラスが放課後にカッターの練習をしている頃、由比ヶ浜は艦長でも副長でもないので、次のカッター演習には参加せずに見学なので、彼女は普段通り奉仕部のある特別棟の通路を歩き、奉仕部の部室を目指していた。

 

そして、部室の扉を開けるとそこには雪ノ下が紅茶を片手に読書をしていた。

 

「えっ?あれ?ゆきのん!?」

 

部室に居る雪ノ下の姿を見て由比ヶ浜は驚く。

 

「確か艦長と副長の人はカッターの練習に行っていると思っていたけど、今日は練習が休みなの?あっ、でも隼人君は練習に行っていた気が‥‥」

 

自分のクラスの葉山がカッターの練習に行っているのに雪ノ下はこうして奉仕部の部室に居るので、由比ヶ浜は困惑する。

 

「練習については一年生の自主性に任せてあるし、監督に関しても私の艦の副長に任せてあるわ。いい加減、一人前に指揮を取れないと将来やっていけないしね」

 

(放課後の貴重な時間を潮風と日差し、更には肉体労働なんて正直、私のやるべき事じゃないわ)

 

(なんで、カッター演習なんて面倒で肉体労働な演習項目を入れているのか理解できないわね)

 

(今後の演習にはそういった肉体労働な演習項目は外すように平塚先生には言っておかないと‥‥)

 

(私の様な優秀な人間は身体を動かす事も汗水垂らすことなく、優雅に仕事を熟なないとね)

 

「な、なるほど」

 

雪ノ下は由比ヶ浜には自身が艦長を務める艦の副長の成長の為だと言うが、内心は身体を動かすのが面倒だった為にカッター演習における自分が指揮を執る筈の練習をサボっていたのだ。

 

もしこれが椅子に座っての事務仕事ならば、文化祭実行委員会の様に出席していただろう。

 

しかも雪ノ下はこの後のカッター演習本番まで練習に顔を出す事はなく、奉仕部の部室にて悠々と午後のティータイムを由比ヶ浜と共に楽しんでいた。

 

しかし、雪ノ下がちゃんと練習に顔を出していれば、この後の彼女の運命は若干でも変わっていたのかもしれなかった。

 

更にもう一つの不運は、男子と女子のカッター練習場がそれぞれ別の場所であることだった。

 

もしも、練習場が男女同じ場所であったら、葉山から雪ノ下へと情報が伝わっていた事だっただろう。

 

『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!』』』

 

『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!』』』

 

「ストップ!!」

 

暫くの間、いろはのクラスメイトたちの様子を窺っていたシュテルは漕ぐのを止めさせた。

 

「昨日と今日、皆の漕ぐ様子を見てみたけど、リズムが合っていない‥‥皆バラバラに漕いでいることから力が分散してしまってカッターが上手く進めていない。多分、それがこれまでのカッター演習で皆が勝てなかった理由だと思う」

 

そして、シュテルはいろはのクラスメイトたちへこれまでのカッター演習で勝てなかった理由を話す。

 

「皆の場合、櫂を漕ぐ掛け声が『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ』では、あまりにも短すぎて息が合わなかったように見える」

 

「じゃあ、どんな掛け声なら、息が合うんですか?」

 

「うーん‥‥『よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ』でワンクールにして漕いでみよう」

 

新たな掛け声と共に櫂を漕ぐ仕草で説明するシュテル。

 

「えっ?」

 

「なんかその掛け声、ダサくないですか?」

 

シュテルの提案した掛け声に若干引き気味の後輩たち。

 

「でも、格好を気にしていられる余裕があるの?」

 

「そ、それは‥‥」

 

「で、でもやっぱり恥ずかしいし‥‥」

 

「勝ってしまえば、そんな格好なんて誰も気にしないし、むしろ流行らせることが出来るかもしれない。そうなれば、君たちはそれを流行らせた洗堀者になれるんだよ?」

 

『‥‥』

 

シュテルの言葉に顔を合わせるいろはのクラスメイトたち。

 

「まぁ、この掛け声で一回だけやってみよう。それでダメなら別の掛け声を考えてみるから、さあ、櫂を構えて」

 

いろはのクラスメイトたちは渋々と言った様子で櫂を持ち始める。

 

「クリス、舵はよろしく」

 

「あっ、うん」

 

カッターの舵をクリスに託してシュテルはカッターの甲板に立ち、

 

「では皆、声と力を出して‥‥はい!!よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ!!」

 

『よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ‥‥』

 

「声が小さい!!お腹から声を出して!!はい!!よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ!!」

 

シュテルも大声を出して掛け声と共に後輩たちを鼓舞する。

 

『よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ!!』

 

「よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ!!」

 

いろはのクラスメイトたちも自棄なのか声を上げ、櫂を漕ぐ。

 

シュテルも負けじと大声を出す。

 

(ん?なんか、皆の櫂を漕ぐ行為が一致しはじめてきた)

 

舵を操舵していたクリスはいろはのクラスメイトたちの櫂を漕ぐ息が合ってきているように見えて来た。

 

『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!』』』

 

『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!』』』

 

『よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ!!』

 

「ん?」

 

シュテルとクリスの様にテアとミーナも自分たちが指揮する総武校の一年生クラスのカッター練習を当然、行っていたのだが、自分や周囲のクラスとは異なる掛け声が何処からともなく聴こえて来た。

 

そこで、テアが周囲を見渡すと、

 

『よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ!!』

 

シュテルとクリスが指揮をするカッターの後輩たちが周囲のクラスとは異なる掛け声をあげながら櫂を漕いでいた。

 

「あれは‥‥シュテルたちのカッターか‥‥」

 

「なんか、妙な掛け声をかけていますね」

 

「でも、昨日と比べてあのカッターのスピード、なんか速くなっていないか?」

 

「そうですか?」

 

「うむ、シュテルたちの事が気になって見ていたが、昨日は櫂を漕ぐタイミングがバラバラであったが、今の状況は明らかに昨日と比べ櫂を漕ぐタイミングもあっているし、速度も出ている」

 

(艦長、昨日からわしらの担当するカッターではなく、碇艦長のカッターをみていたんですか?)

 

テアの発言を聞き、ミーナは自分たちが指揮を担当しているカッターの指揮よりもシュテルの様子を気にかけていた事に顔を引き攣らせる。

 

「副長」

 

「なんでしょう?」

 

「我々の掛け声もシュテルたちの掛け声と同じにしてみるか?」

 

「えっ?」

 

「副長も晴風の書記係の子とあのような声を出す映画を見ているではないか」

 

「任侠モノとは若干異なりますから!!」

 

テアの言葉に思わずツッコミを入れるミーナであった。

 

テアが気づいたようにみほも当然、シュテルとクリスが担当するカッターの掛け声が違う事に気づく。

 

「ん?碇艦長のカッター、変わった掛け声をしているね」

 

「そうですね」

 

「なんか、お御輿を担いでいるみたい」

 

みほは笑みを浮かべながらシュテルたちのカッターを眺めていた。

 

「ごめんね、本当はカッター演習に参加する訳じゃないのにこうして練習につきあってもらって‥‥」

 

「ううん。どうせ雪ノ下さんに無茶ぶりな事をまた言われたんでしょう?」

 

練習するカッターの中には当然、本来雪ノ下が監督を務める総武高校のカッターもあり、コロラド級大型直接教育艦、総武の副長を務める生徒が航海長の生徒を呼んでカッターの練習に付き合ってもらっていたのだ。

 

航海長は本来カッター演習に参加はしないが、副長一人で練習の監督が難しかったので、こうして航海長を呼んだのだ。

 

航海長の生徒も雪ノ下の横暴と副長の苦労を知っているので、快く練習の手伝いに来てくれたのだ。

 

「それにしても雪ノ下さんの横暴は目に余るよね」

 

「そうそう、千葉で有名な会社の社長令嬢だからって調子に乗っちゃってさ」

 

これまでの高校生活で雪ノ下の傍若無人な態度はクラス内でヘイトを溜めていた。

 

雪ノ下のクラスはいわば無数の信管を突き刺した爆薬状態となっており、ほんの些細な出来事で爆発する事が予測された。

 

『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!』』』

 

そして、他のクラス同様、カッターの練習をしていると、

 

『よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ!!』

 

「「ん?」」

 

聞き慣れない掛け声が聞こえて来た。

 

テアやみほが聞いたように当然他のクラスでもこの変わった掛け声は聞こえていたのだ。

 

「あのクラスのカッター、なんか変わった掛け声で漕いでいない?」

 

「そうね‥‥」

 

「なんであんな掛け声なんだろう?」

 

「さ、さあ‥‥」

 

「どうする?雪ノ下さんに伝える?」

 

「いいんじゃない?伝えなくても」

 

「いいのかな?」

 

「いいでしょう?伝えたところで、『そんな下らない報告を一々伝える暇があったら、少しでも勝てるように練習をしたら?そんな事も分からないのかしら?』‥なんて言ってくるのがオチだよ」

 

「そうだね」

 

雪ノ下の日頃の態度からここでも雪ノ下に情報が伝わる事もなかった。

 

『よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ!!』

 

「なにあの掛け声、ウケる!」

 

海浜総合から総武に演習に参加していた折本もシュテルたちのカッターの掛け声を聞きゲラゲラと馬鹿笑いをしていた。

 

しかし、そんな変わった掛け声を出しているカッターのスピードがなかなかの速さであることを見抜けてはいなかった。

 

やがて、今日の練習時間が終わり、

 

「お疲れ様~」

 

『お疲れ様でした!!』

 

「今日の練習を見て、皆の息が合い始めていたし、カッターを漕ぐスピードも速かったよ。もしかしたら本番でも好成績を残せるかもしれない」

 

「えっ!?本当ですか!?」

 

「私の目から見てもこの短時間で練度は爆発的に上がっていると思うよ。慢心せずにこのままの勢いを保っていけばシュテルの言うようにいい所までいけるかもね」

 

クリスもいろはのクラスメイトたちの成長にお墨付きを与える。

 

シュテルとクリスから褒め言葉を言われ、いろはのクラスメイトたちはやる気を見出した様子で寮へと戻って行く。

 

「さて、私たちも艦に戻ろうか?」

 

「そうだね」

 

シュテルとクリスもヒンデンブルクに戻ろうとした時、

 

「シュテル」

 

「碇さん」

 

「「ん?」」

 

シュテルはテアとみほに呼び止められた。

 

「あっ、テアに西住さん。どうしたの?」

 

「さきほどの練習で気になる事があってな」

 

「ん?気になること?」

 

「うん。さっきの練習の掛け声なんだけど‥‥」

 

テアもみほもシュテルたちのカッターの練習を見ていた中で、掛け声が通常のモノと異なっていたことから、何故、通常の掛け声ではなく、異なった掛け声をかけていたのか気になったので、こうしてシュテルに声をかけてきたのだ。

 

「ああ、あの掛け声ね。実は‥‥」

 

シュテルはテアとみほに何故通常の掛け声ではなく、あのような掛け声を掛けて練習をしていたのか、その訳を話す。

 

「私とクリスが担当する一年生のクラスの皆はどうもリズム感がないクラスでね」

 

「‥‥」

 

リズム感が無いと言う言葉にテアは気まずそうな顔をする。

 

音楽家な一族に生まれながらも自身はとんでもなく音痴なので、シュテルとクリスの苦労を察したのだ。

 

何しろ、横須賀女子の校歌を上手く歌えるようになるためにシュテルが協力した経緯があるのだから‥‥

 

「それで、通常の『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ』の掛け声だと感覚が短くて、個人差が出て力が分散してカッターが上手く進めなくてね。その結果、クラスメイトたちはやる気をなくしていたんだけど、掛け声を変えてみて息もあってカッターを漕ぐスピードも上がっていたから効果覿面ってやつだったね」

 

「なるほど‥‥」

 

「へぇ~そんな方法が‥‥」

 

「あくまでも私とクリスが担当するクラスに該当する感じだったから、テアと西住さんが担当するクラスでも適応するのか分からないから、掛け声を変えるのは副長や担当する一年生のクラスの人たちと相談した方がいいよ。それに掛け声についても、ちゃんとリズム感がある掛け声にしないと意味を成さないからね」

 

「わかった」

 

「了解だ」

 

シュテルの話を聞いてみほとテアも納得した様子で自分の艦へ帰って行った。

 

カッター練習の最終日、

 

「掛け声についてだけど、元に戻してみる?」

 

と、本来の掛け声に戻してカッターを漕いでみた。

 

『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!!』

 

すると、櫂を漕ぐリズムがバラバラでスピードが全然上がらず、前にもなかなか進まない。

 

「ごめん、やっぱりあの掛け声にしてみよう」

 

そこで、掛け声を前日までの方に戻した。

 

『よい、よい、よい、やっさ、よい、やっさ!!』

 

戻してみると、櫂を漕ぐリズムが戻り、カッターが進んだ。

 

「先輩、なんか私たちもうこの掛け声じゃないと無理みたいです」

 

「そ、そうみたいだね」

 

(これも慣れってやつなのかな?)

 

当初は恥ずかしがっていたのだが、今ではこの掛け声でないと上手く漕げない状態となっていた。

 

それに上手く漕げると言う事で、いろはのクラスメイトたちはこの掛け声を恥ずかしがることなく声を上げて、この掛け声を上げていた。

 

そして、いよいよカッター演習の本番の日を迎えた。

 

本番の会場は男女共通となっており、男子の部、女子の部と分かれていた。

 

男子の部は総武と海浜総合の二校で、女子よりも人数が少ないので、演習は男子の部から行われた。

 

カッターに乗る二年生の艦長、副長以外に見学は自由だったので、会場には沢山の生徒が演習を見学していた。

 

『HA・YA・TO! フゥ! HA・YA・TO! フゥ!』

 

総武の生徒の大半は葉山を応援している。

 

これまでの奉仕部の不祥事は葉山家と雪ノ下家が揉み消していたので、学校であまり葉山の悪い噂は流れていないし、葉山は前世と同じルックスなので、人気があり、中には演習相手の海浜総合の女生徒も葉山の応援に回る者も居た。

 

「他校の生徒を応援している人も居るよ」

 

ユーリはそんな海浜総合の女生徒に若干引いている。

 

「シュテルンはどう思う?」

 

「ん?なにか?」

 

「あの金髪の男子の事」

 

「ああ言う胡散臭い笑顔の奴は信用できない。土壇場で自分の保身のために平気で仲間を裏切りそうだ」

 

前世の出来事からシュテルは葉山をそう分析するが、実際に葉山はこの後世で起きたチェーンメールと文化祭実行委員会の件でグループのメンバーを切り捨ているので、シュテルの分析は当たっていた。

 

その為、海浜総合は完全にアウェー状態となっていた。

 

『では、カッター演習、男子の部をこれより開始する!!全員、怪我の無いよう、全力を出して競い合ってもらいたい!!』

 

男子の部に参加する総武、海浜総合の男子生徒たちがカッターに分乗していく。

 

『位置について、よ~い‥‥スタート!!』

 

パン!!

 

準備が整い、教官が競技用ピストルを打ち鳴らすと男子たちは声を上げながら櫂を漕ぐ。

 

『ウォォォォォォー!!』

 

『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!!』』』

 

『HA・YA・TO! フゥ! HA・YA・TO! フゥ!』

 

櫂を漕いでいるのは総武の一年生なのだが、見学席からは葉山への声援が聞こえる。

 

その声援のおかげなのか、カッター演習男子の部は葉山が指揮を執るカッターが一位を獲った。

 

『ワァァァァァァー!!』

 

『ウォォォォォォー!!』

 

『HA・YA・TO! フゥ! HA・YA・TO! フゥ!』

 

「流石、隼人君!!」

 

「マジパネェ」

 

一位を獲った葉山には称賛の嵐が送られた。

 

そして男子の部が終わり、いよいよ女子の部に移る。

 

「せ、せんぱい」

 

「ん?」

 

「私たち、勝てるでしょうか?」

 

いろはが不安そうにシュテルに訊ねる。

 

他のクラスメイトたちも不安そうだ。

 

「大丈夫。これまでの練習を見て来たけど君たちは十分に成長した。これまでの練習の事を思い出し、あとは精一杯やるだけだ。私は君たちの力を信じている」

 

『はい!!』

 

男子の部同様、カッターにそれぞれ分乗し、

 

『では続いて、カッター演習。女子の部を開始する!!男子同様、怪我の無いよう、全力を出して競い合ってもらいたい!!位置について、よ~い‥‥スタート!!』

 

教官が競技用ピストルを鳴らし、一斉に櫂を漕ぎだした。

 

『『『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!!』』』

 

男子同様、声を上げて櫂を漕ぐ。

 

見学席からは自分たちが所属する高校を応援する声援が聞こえる。

 

そんなカッターの中から突出し始めたのは雪ノ下が指揮するカッターであった。

 

とは言え、舵は副長の生徒が執っていたので、雪ノ下はただカッターに座っているだけである。

 

『イチッ、ニッ、サンッ、シィッ!!』

 

実況放送で自分のカッターが優勢になっている事に雪ノ下はほくそ笑む。

 

しかし、その後ろからじわりじわりと追い上げてくるカッターがあった。

 



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