提督落ちたから自力で鎮守府作る。 (空使い)
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提督落ちた、イケメン死ね!




ちょっと息抜き

読みたい妄想を忘れない内にカタチにしてみる
開拓モノとか好きナノ
許して






 

 

 

 

「やべぇ、どこだココ」

 

一筋の光すら見当たらない曇天。

周囲には深い霧が立ち込め、波一つない黒い水面(みなも)に浮かぶ木造の小舟の中、俺は一人、途方に暮れていた。

 

「くそーぉ……なんか船の一隻でも通りがかってくれねぇかなぁ……」

 

羅針盤は壊れて役に立たず、(かい)はうっかり流された。

頭の上で「よーそろー! よーそろー!」と意気揚々に騒いでいた色白な妖精さんは、いつのまにか呑気に昼寝を決め込んでしまってまったく頼りにならない。

 

……ああ訂正、二人だった。

いや、一人と一匹か?

 

「くそぉ、こんなはずじゃなかったのに……!」

 

俺がこんな何もない海原でどん詰まりの状況にあるのには、海よりも……いや、川ぐらいよりかは深い理由があるのだ。

 

忘れもしない、あれは良く晴れた夏の盛り。

東の茜空にうっすらと一番星が輝く、日暮れ頃の事だった――――。

 

 

 

@@@@@

 

 

 

その日、たまたま昼過ぎの学生バイトがシフトに穴を開けた。

 

昼間何の予定もなかった俺は、嫌々ながらも頼まれた代役を断れず、空も赤らむ十九時頃にシフトの夜番に備えていったん家に帰るコトになった。

その道すがらの事だ。

 

「くっそぉ、なにがバンドのミニライブだよ青春しやがってちくしょぉ……」

 

只でさえ夜勤ばかり週に六日も入れているのに、十三時から六時間の昼勤追加。

いかな片田舎のコンビニバイトと言えど、疲れるもんは疲れるのだ。

 

特に夕方はキャピキャピと無駄に元気の良い若者が群れでやって来て陰キャな自分にはなにかと堪える。

 

チラチラこっち見んなし。

 

バイト先のコンビニから一人暮らしのボロアパートまで、原付で十五分。

 

二十二時のシフトまで二時間程の仮眠がとれるはずだった。

しかしまた運の悪いことに、大学時代のそんなに仲の良くもない友人から三万円で譲り受けたポンコツスクーターが二ヶ月ぶり三度目の故障をしくさってからに、俺はちょっと涙目になりながら重い鉄屑を転がして夕暮れの土手をとぼとぼと歩いていた。

 

「これ絶対家ついたらすぐチャリでトンボ返りじゃん……ついてねぇ……ん?」

 

川原の水際でキャいキャいと楽しそうにはしゃぐ小学生っぽい声。

それになんとなく顔をやり――――俺は目をしばたいた。

 

「それー」

「やったなー」

「きゃー」

「きゃー♪」

 

水をパチャパチャと掛け合って、楽しそうに遊ぶ幼女達。

この時期の夕方に良く見る光景だ。

 

しかしなんというか――

 

「ちっちゃく……いや、ちっちゃすぎねぇ?」

 

あまりにも小さい。

しかも、遠目の錯覚とも思えないくらい小さなそのナマモノたちは、どうみても二頭身。

 

フシギ生物だ。

 

ランニングしている小太りのオッサンが、川辺に目を向けて固まる俺を見てから、俺と同じ方をチラッと見たあと、怪訝そうな顔をして通りすぎてゆく。

 

見えていない?

 

「まさか、アレ――」

 

「ねぇあのオトコのひとずっとこっちみてるです」

「わたしのみりきにメロメロなのね!」

「きゃー」

「きゃー♪」

 

「――妖精さんだ!!」

 

 

 

@@@@@

 

 

 

 

ある日、歴史的に見ても比較的平和な世を謳歌していた世界に唐突にあらわれたナゾの『敵』。

国際会議が名付けたトコロの、『深海棲艦』。

 

現代兵器が何故か全く通じない『彼女』らに対し、同時に世界各地にあらわれたのは、かつての大戦の記憶をその身に宿した人類の『味方』、艦艇の化身『艦娘』。

 

『提督』とは、その艦娘の秘めた力を引き出し、唯一指揮・命令するコトができる特別な者達のコトだ。

 

世界を巻き込む未曾有の危機の中、世界の平和が水際で保たれ、俺が呑気にコンビニバイトなんかに勤しめているのは正に艦娘と、人類の英雄たる提督達のお陰なのだ。

 

そして、妖精さん。

妖精さんとは、物理法則の全く通用しないフシギテクノロジーで作られた艦娘の艤装・各種装備を制作、修理でき、また艦娘そのものをも建造するコトができるナゾ生物だ。

 

妖精ではなく妖精さん。

本人(?)達の自称だ。

さんをつけろよでこっぱちやろー。

 

提督適正者とはズバリ、この妖精さんを目視し、コミュニケーションを取ることができる才能を持った者のコトである。

 

「マジかよ……!」

 

俺はいてもたってもいられず、土手を転がるように走り降りた。

というか実際転んで草まみれになって川原に滑り落ちた。

 

口に入った雑草をペッペッと吐き出している俺の元に、ちょっと色白な妖精さん達がわらわらと群がってくる。

 

「まぬけだ、まぬけがいるです」

「こいつはぎゃぐのせんすがある」

「おおもの?」

「あいきょうのあるかおだぜ」

 

好き勝手なコトをキャーキャーわめく妖精さん達に、俺は夢中になって問いかけた。

 

「ペッ、ペッ! ……よ、妖精さん、君ら妖精さんですよね!?」

 

ナゼか敬語だ。

当時の俺は必死だった。

 

「いかにも」

「たこにも」

「く、くらげにも?」

「え? えーとえーと……ふなむし?」

 

「妖精さんが見えるってコトは、俺は提督になれるってコトっすよねっ!?」

 

「なれるなれる」

「きみはみどころがある」

「わたしのおむこさんでもいいよ」

「きゃー♪」

 

「俺が……提督に……!」

 

俺の頭やら背中やらに乗っかってあちこちペタペタとさわり、キャーキャーと騒いでいる妖精さんも気にせず俺はポロポロと涙をこぼした。

 

「よっしゃーーーーーーーーーーっ!!!」

 

「きゃーー♪」

 

提督。

俺が提督。

 

たとえどんな不細工であっても、美少女揃いの艦娘達から無条件に好意を寄せられ、アレやソレやナニからナニまでやりたい放題と噂のあの提督!

 

俺のクソみたいな人生にも、とうとう運が向いてきた。

こみ上げる歓喜に叫び声を上げた俺は、テンションの赴くままに真っ暗になるまで妖精さんと遊び倒し、通り掛かるご近所さんに通報され、顔見知りの駐在さんに将来を心底心配され、バイトに遅刻してチクチクと嫌みを言われた。

 

翌日、バイトを休んだ俺は、意気も揚々と海軍人事局地方支部に乗り込んだ。

舌噛みそう。

 

「あっ、あの! 俺っ、よ、妖精さんが見えましてっ! てっててて、適性があるかもって……!」

 

「電話でのご予約はございますか?」

 

「へっ? あ、いや」

 

「でしたら、そちらのテーブルで適性検査の申請用紙の太枠の中にご記入頂いてから、こちらの窓口にご提出下さい。なにか写真付きの身分証明書などはお持ちですか?」

 

「あ、ハイ、め、免許証……」

 

「そちらも同時にご提出下さい」

 

「ハイ」

 

やや薄らハゲたロマンスグレーな窓口係のオッサンに優しく教えられて、書類を提出したあとも三十分程待たされる。

 

ようやく名前を呼ばれ、海軍っぽい軍帽を被ったオッサンにつれられて小会議室へ。

 

そこには役人っぽいメガネをかけた軍人さんが一人、椅子に座って待っていた。

軍帽さんが、静かに部屋のすみに立って背筋を伸ばす。

 

「では、簡単に適性の検査をします。机の上に妖精さんが居るのが見えますか?」

 

肩に気だるげな妖精さんを乗っけたメガネが、淡々とそう言って机を指差す。

 

「は、ハイ」

 

机の上では、白いセーラー服姿の妖精さんがフンスと胸を張っていた。

 

「では、目で追ってみて下さい」

 

わたしのうごきがみきれるかー、と楽しそうに叫びながら机の上をてちてちと走り回る妖精さん。

……なんか気が抜ける。

 

「……はい、結構です。ちなみに何を言っていたかはわかりますか?」

 

「え、えっと、わたしのうごきが――」

 

「あ、はい、大丈夫です。適性ありですね、確認できました」

 

「じゃ、じゃぁ……!」

 

「ではお手数ですが、この後提督適正者の登録用紙にご記入頂いて、身分証のコピーを取らせて頂きます」

 

「えっ? は、はい」

 

結局、この日は登録だけして家に帰宅した。

 

「おかえりー」

「ていとくなれたー?」

「ちっ、しけてやがるぜ」

「ぷりんはじょうびしとけとあれほど」

 

「冷蔵庫あさんのヤメて……いや、なんか提督適正者? とかなんとか、なんか紙だけ書いて帰って来た……また増えてない?」

 

「はろはろー」

「おじゃましてるのよー」

「よっ、このいろおとこめー」

 

「あ~、また部屋が狭く……クーラーつけっぱなしだしよぉ……」

 

俺の五畳一間の聖域は、わずか一晩の内に妖精さんのルツボと化していた。

昨晩妖精さんと遊んでいるうちに、後から後からわらわらと新しい妖精さんが集まって、もうワケの分からないコトになっている。

 

庭とか屋根とか塀の上まで妖精さんだらけだ。

正直足の踏み場もない。

 

「なぁ、妖精さん。俺ってホントに提督になれんの?」

 

「おうともさ」

「ちみほどのおとこはなかなかおらんぞー?」

「べつにならなくてもよくない?」

「あたしがやしなっちゃうぜー♪」

「こらー」

「きゃー♪」

 

「ええい、暑苦しい!」

 

身体をよじ登ってくる妖精さんをぞんざいに払って、段ボール机の前に座り込む。

 

今日の海軍さん達の反応は、どうも自分が期待していたのとは違ったのだ。

もっとこう、英雄あらわる!  みたいのを期待してたんだけどなぁ。

 

いかにも慣れた様子の事務的な対応を思いだし、首をかしげながら冷蔵庫を開けた。

 

「あっ! テメーら麦茶飲み干しやがったな!? 飲んだら新しく作っとけよもー!」

 

「きゃー♪」

 

 

 

@@@@@

 

 

「どうでしたか、中尉殿?」

 

「ああ、ちゃんと見えているようだったがね、彼には妖精さんが一人もくっついていなかったよ。経歴も特筆すべきコトはないし、彼は予備役に入れる必要もないだろう」

 

私は、本日三人目の審査を終えてコーヒーを傾けていた。

今日もいつも通り、一応の適性を持った若者の名簿登録をするだけにとどまった。

 

提督適正者。

妖精さんを見るコトができる特別な才能を持った人間は、実は意外にも多い。

開戦からの数年間、世界中にあらわれた提督適正者の数は、実に五百万人に及ぶ。

 

五百万人だ。

七十億分の五百万。

1/1,400という数字は、確かに珍しいと言えば珍しいが、稀有と言う程でもなかった。

 

不思議な事にその過半、実に三百万人は、日本人に適性を発現する。

一億二千万分の三百万は、1/40。

クラスに一人は提督適正者、とくれば、適正者ならば掃いて捨てる程いるという上層部のくちさがない意見もむべなるかなと言った所か。

 

そもそも、世界中の戦局に対応するために必要な提督の数は、数百に満たない。

当然、世界の平和が掛かっている以上、候補者は最大限吟味する事になる。

 

提督適性には、格の違いというものがあった。

この格が高い程、指揮下の艦娘はより提督を信頼し、高い能力を発揮し、より高い錬度へと至る事ができる。

 

様々な技能や才覚、優れた人格、感性、愛国心が総合的に問われる艦隊指揮官の資質なぞ、いったいどうやって測れば良いのか?

なんとも簡単なコトに、ずばり具体的には、適正者を慕う妖精さんの数でそれが判断できた。

 

海軍において、提督予備役として中尉を拝命する自分に付き従う妖精さんはおよそ十人。

およそというのは、妖精さんは気まぐれなため、ときどきフラッといなくなったり、新しくやって来たりするからだ。

それに対して、一線級の提督適正者が従える妖精さんの数は実に百に届く程だ。

 

妖精さんは無邪気で人懐っこく、基本命令やお願いをほとんど聞いてくれない。

したがって優れた提督適正者には、たとえ追い払っていても常にその一部の妖精さんが付きまとっているはずだった。

 

提督適正者予備役として、その身柄が各国海軍に保護されている人間の数は、世界中におよそ十万人。

 

彼らは、適正者の中でも、五人以上の妖精さんに慕われるという選ばれた才能を持つ人々の内、優れた人格と適性を示し、軍学校で無償の専門教育を受け、籍を軍において俸給を受けとることを選んだ者達だ。

 

その中から本当に選ばれた一握り。

 

三十人以上の妖精さんに慕われるずば抜けた適正者だけが、実際に艦娘と引き合わされ、より実践的な訓練に励み、能力向上に励む事となる。

そして、従える妖精さんの数が五十人を超えた時、晴れて提督候補として戦線に出る権利を得る。

 

二十。

 

それが、現在日本が抱える鎮守府と、『現任提督』の数だ。

提督候補者は、この二十人に選ばれるため、日々研鑽に励む事になる。

 

提督。

その予備の提督補佐官。

その予備の予備の候補官。

予備の予備の予備の予備候補官。

予備の予備の予備の、そのまた予備の提督予備役。

 

その予備の予備の予備の予備(ややこしい)になるために必要な、常に身の回りにいる妖精さんの数が、『三人』だった。

 

先程の彼はゼロ人。

 

残念ながら、彼は不適格だ。

適正者の内の大半、彼のようなおよそ見込みのない98%の適正者達は、念のためにその情報だけを各地のデータベースに登録されるに留まる。

当初ことさら目立った適性の無かった者も、数年後の検査で優れた資質向上が見込まれる事もあるにはあるが、かなりのレアケースだ。

 

私は冷めきったコーヒーを飲み干すと、自分の過去を少し思い出した。

十五の頃、学校の一斉検査で自分の適性が判明した時、私は自分が英雄になれるのではないかと夢想した。

 

予備役として軍学校への進学を進められた時にその思いは更に加速し、そして入学した軍学校で『本物の英雄』を目の当たりにして、その夢をポッキリと折られたのだった。

 

今日検査した彼らも、初めて妖精さんを目にしたときには、かつての自分のように遠く遥かな栄光を思ったのだろうか……。

 

「ではそろそろ失礼するよ」

 

「はい。ありがとうございました」

 

詮の無いことだ。

こんな下らない感傷に浸るのは、きっと先程の彼がかつての自分に似ていたからだろう。

 

「……しかし不細工だったな。彼も」

 

 

 

@@@@@

 

 

 

結果だけを言うと、俺が提督になるコトはなかった。

 

何日たっても音沙汰がないので、嫌な予感をビシバシさせつつ再びナンタラ地方局に行って聞いてみた所、俺は衝撃の事実を知ることになった。

 

いわく、提督適正者は世界には掃いて捨てる程いるとの事。

提督になれるのは、その中でも高学歴で金持ちでイケメンな人生の勝ち組野郎だけらしい(多分)。

自分みたいなへっぽこブ男はお呼びじゃないんだそうだ。

 

実にファックである。

 

「世界なんか滅びちまえ……」

 

俺が全身からマガマガしい呪いを周囲に放っていると、勝手に家に住み着いた妖精さん達がわらわらと群がってくる。

 

「なんかげんきない?」

「くろいおーらがー」

「このへやてれびないです?」

 

「聞いてくれ妖精さん。俺、提督にはなれないらしいんだよ……なんか俺に見える妖精さんの数の百倍くらいは集められないとダメなんだってさ。あとテレビなんかねぇよ」

 

「ふさいよう……だと!?」

「ごえんがなかったですね」

「おいのりされたですね」

「おちこぼれってやつだぜ」

「てれび……」

 

「……へこむからそういうのヤメて。だいたい今の百倍とかどんな豪邸なら入るんだよ金持ちのボンボンどもめ……!」

 

既に部屋どころかマンションの敷地内にも収まらず、そこらで好き勝手に遊び回っている妖精さん達を眺める。

 

数える気も起きないが、ちょっと見ただけでも千人以下と言うことはあり得ない。

妖精さん十万人って……ドームにでも住んでんのか?

 

提督さーん! ドームですよ、ドーム!

アホか。

 

「ここもてぜまになったな」

「こーしょーつくりたいこーしょー」

「けんぞうさせろー」

「まわさせろー」

「まわせー」

「しざいよこせー」

 

「……ナニ言ってんのさキミ達。テレビでも作ってくれんの? ガラクタとか持ってきたら修理できる?」

 

背中をよじ登ってくる妖精さんをはたき落としながら、大して期待せずにそう問いかける。

 

大体コイツら勝手に群がって、人んちの食料と寝床を蹂躙しやがって、そのくせボインでダイナマイトな艦娘一人連れてきてくれんのか。

とんだゴクツブシであった。

家賃払えや。

 

「ふ……それくらいあさめしまえよ」

「もうあさめしたべたけどな」

「とにかくぼーきをよこせ、はなしはそれからだ」

「せきゆとこうざいとだんやくもよこすのだ」

「あとてれびはさいしんのごじゅういんちをひろってこい」

「たじゅうよやくできるやつだぞ」

「ふぁいあてぃーびーもつけろ」

 

「いいか? 普通のフリーターの家に弾薬だの鋼材だのはねーの。大体ぼーきってなんだよ、ウチにあんのは酸化した去年の灯油くらいだよ。あとそこのテレビっ子ども、そんな高級品ほいほい落ちててたまるか! アマゾンだって一般会員だよコノヤロー!」

 

…………やっぱり役にたたねぇ。

 

「やくにたたねーおとこだぜ」

「でもすきなの」

「きゃーっ♪」

「そしたらちんじゅふつくろーちんじゅふ」

「それあるー♪」

「あるー♪」

 

「それやめてイラっとくる。……なんて?」

 

妖精さん――――初めて川辺で会った妖精さんズの一人、肌が青っ白くて、ツインテリボンが特徴的な子の言った言葉に、思わず聞き返す。

 

「だからぁー……あなたがすきなの///」

「きゃー、だいたーん♪」

 

「いやお前でなくて」

 

くねくねしながら照れるポニテ妖精さんを脇にどかす。

ええい、股の間に入ってくるな鬱陶しい!

 

「ていとくになれないならなっちまえばいーです」

「ほんとは()()()()とか()()がよかったけどしかたねーです」

「ないならつくっちゃおー」

「あすからきみもじしょうていとく」

「じぶんのことをていとくだとおもってるいっぱんひきにーと」

「かっこどうてい」

 

「お前とお前はメシ抜きだからな覚えとけよ……ナニナニ何だって? ちんじゅふ? 鎮守府ってこと? え、鎮守府って作れんの!?」

 

なんだかスゴい事を聞いた気がする。

提督なれちゃう?

ハーレム自作できちゃう感じ!?

 

にわかにみなぎってきた。

 

「おうぼうだー!」

「ようせいさんさべつはんたーい!」

「こっぺっぱんをようきゅうする!」

「ぷりんもようきゅうする!」

 

うるさい妖精さんの頭を掴んで窓の外に放り投げる。

きゃーっ♪ と楽しげな声が庭の方へ消えていった。

ナゼか無駄にセルフドップラー付きで。

 

「できるともさ」

「そう、ようせいさんならね」

 

「マジっすか!? 作ろう! すぐ作ろう! 早速作ろう!! いや、作って下さいお願いしますっ!!」

 

二頭身のフシギ生物に土下座する情けない27才フリーターがそこにいた。

うるせえ、プライドで乳が揉めるか!

 

「こんなこともあろうかと」

「すでにこうほちはしぼってあるのさ」

 

「ふっふっふー、ようせいさんにまかせなさーい♪」

 

「ははーーーーっ!!」

 

 

 

 



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着任、勿忘鎮守府!




わすれなちんじゅふ、と読んで下さい。





 

 

 

「なにが、まかせなさーい♪ ……だバカタレ!」

 

曇天の波間に頼りなく揺れる小舟の中で、俺は人生史上最大に軽率だった過去の自分にドロップキックでもかましたい気分だった。

出来ないけど。

 

あの後、バイト先に律儀に退職の旨を伝えた俺は、シフト調整のために最後の二週間みっちり働き、通販で買った登山用リュックにキャンプ用品や非常食を思い付くまま詰め込んで、日も登る前からチャリンコで二時間もかけて町外れの浜辺まで向かった。

 

そしてそこから、ツインテリボンの妖精さんが何処からか持ってきた木造の小舟でもって、無謀にも大海原に漕ぎ出したのがおおよそ丸1日前だ。

 

最初は抜けるような晴天のピーカン日和だったのが、あれよあれよと風向きが変わって、気付けば今にも落ちてきそうな真っ黒い雲で空が覆われている。

 

昼も夜も無いような真っ暗闇の中、どこへ向かって流されているとも知れずに一晩を明かし、完全に方向を見失った。

 

おまけに一寸先も見通せない濃い霧まで出てくる始末。

波一つない凪の大海原で独りぼっち……いや、二人ぼっちだ。

 

まるで俺の人生のようだぜ……チクショウ。

 

「大体おかしいと思ったんだよ……!」

 

船尾で呑気に鼻提灯を膨らます青白いグレムリンさんを睨む。

 

あれだけ沢山いた妖精のうち、ついて来たのは言い出しっぺのコイツだけ。

残りは鎮守府ができたらまとめて引っ越して来るらしく、全員アパートでお留守番だ。

お陰で家賃を向こう半年まとめて払うハメになった。

 

今思えば、きっとアイツらは俺の家を乗っ取るために邪魔な俺を始末しようとこうして海原に放り込んだのだ。

出発時、横断幕や紙吹雪まで作って、千匹以上の妖精さん全員で盛大に送り出してくれたのもなんかわざとらしかった気がする。

 

今日日(きょうび)門出(かどで)に火打ち石なんて鳴らすかよ。

あとあの黄色いハンカチとかサイリウムはなんだ色々混ざってんぞ。

 

調子のって海軍式の敬礼までしちまった自分を殴りたい。

バカか俺?

……あ、バカだったわ。

クソが。

 

「……こうなったら何としてでも生還してやる……泳いででも帰って、あの性悪妖精どもに目にモノ見せてやるからな……!」

 

俺が復讐に燃え、かのジャチボウギャクなるチビ助どもにいかように残虐な仕返し(カラシプリンをお見舞いするとか)をするか考えていると、視界の隅っこで、ツインテさんがパチリと目を開け、ムクリと起き上がるのが目に入った。

 

「あ、コイツ、コラ、こんの性悪ツインテ、さっさと俺を家に返しやがって下さいよコノヤロー!」

 

眠そうに口許のヨダレをぬぐう妖精さんに、微妙に下手に出た要求をする俺。

 

だ、だってちょっと怖いじゃん……ホラ、こんな海のど真ん中で二人っきりな訳だしさ、お家までは仲良しなフリした方が良くない?

 

「ふわー……まあまああわてなさんなていとくさん。そろそろらしんばんのじかんですぜ」

 

「はぁ? いや、方位磁針ならずいぶん前に壊れちゃったじゃん……」

 

あぐらの上に飛び込んで来て、胸元から見上げてくる妖精さんにため息を吐きつつ、ポケットから百均のコンパスを取り出す。

 

手の中の方位磁針は、まるで池に浮かぶ笹舟のようにフラフラと回っていてまるで役に立たない。

家で荷造りした時には問題なかったのに、この舟で海に出て、妖精さんに言われて最初に取り出した時にはもうこんな有り様だった。

 

これだから安物は……いや、航海用の二千円位のヤツ買うのをケチったのは俺だけどさ……。

 

ナニが面白いのか、妖精さんは俺の手の中のコンパスを覗きこんでは、顔を上げてキョロキョロと霧の中を見渡す……といった行動を繰り返す。

 

「このへんだな」

 

「いや、ヘンなのはお前だよ」

 

「はりをまわせー」

 

「……はぁ?」

 

ようやく、ツインテが羅針盤の針を回すようせがんでいると気付いた俺は、ウロンな目でシャカシャカとコンパスを振ってみせた。

お望み通りくるくると回りだす針を見て、妖精さんはタイヘンご満悦である。

 

俺は憂鬱だよ。

なにやってんだろう俺?

 

「らしんばん、まわれー♪」

 

「…………なぁ、そろそろ俺帰りたいんだけど、お前どっち行ったらいいか分かんない?」

 

「ここっ!」

 

ぴしっ! とコンパスを指差す妖精さん。

その瞬間、くるくるとアホらしく回っていた針がピタッと止まった。

 

「…………えー、ナニその一発芸……」

 

妖精さんは時々ヘンなコトをする。

 

ドアの蝶番(ちょうつがい)を直したり、勝手に壁紙を張り替えたり、どっからかラジオやトースターを持ってきたり、自転車にバケツの水を引っかけたり……。

 

いつの間にか増設された地下室や、折れたスポークがナゼかキレイに直っている自転車を見て、俺は深く考えるのを止めた。

 

なんか時々フワフワ浮いてたりするし、妖精さんはそういうもんなんだろう。

 

あとどうせ直すならスーパーカブ直せや。

 

なんにせよ、羅針盤の針を止めるという超絶パゥワーに一体どれ程の意味があるというのか、お兄さんには見当もつきません帰りたい。

 

「あっち」

 

そんな俺の気持ちがこの色白ツインテにも伝わったのだろうか。

 

俺の膝の上から飛び降りた妖精さんは、舟の舳先に立って右前方辺りをドヤ顔で真っ直ぐに指差した。

コンパスの針と同じ方向だ。

 

「……? そっちに行ったら良いのか?」

 

こくこくと二頭身の頭を振るフシギ生物。

どうやらやっとイタズラを止めて、俺を家に帰してくれる気になったようだ。

 

いや、方向が分かった所で、櫂もないのにどうやって進んだらいいのさ。

 

「かいりゅうにのれー、まにあわなくなってもしらんぞー」

 

「分かった分かった」

 

急かされるままに、舟のヘリから恐々身を乗り出して、凪いだ黒い海面をぱちゃぱちゃと掻く。

 

小さな小舟はゆらゆらと波紋を立てながらゆっくりと回頭し、羅針盤の指し示す方向へ舳先を向けた。

 

「いけー」

 

「おおっ!? なんだぁ!?」

 

その瞬間、鏡のようだった海面にさざ波が立ち、俺達の乗った小舟をゆっくりと押し流し始めた。

コレも妖精さんパワーなのか?

 

スゲェ。

 

「おっ、おおお……おお……こ、こっちで良いんだな?」

 

「しんぱいはいらねーぜ、わたしにまかせなさーい♪」

 

「その台詞すっごい不安なんだけど……」

 

任せた結果こんなコトになってるんじゃねーか。

 

そんなコトを考えている内に、波は高さを増し、小舟は更に勢い良く流されて行く。

真っ暗な霧の中、ゴロゴロという雷鳴を聞きながら疾走する木造舟。

 

控えめに言ってめちゃくちゃ怖い。

 

舟の両舷にしがみついて、身体中に生ぬるい水しぶを浴びながら、「よーーそろーーっ♪」と楽しそうな妖精さんに叫ぶ。

 

「速ぁぁーーーーいっ!! スピード! スピード落として! マジで後生だからお願いしますぅーーっ!!」

 

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

 

そうやって、どれだけの時間が経っただろうか。

 

最高にグロッキーな俺が、塩辛い水しぶきを上げる舟の上で一睡もできずに何時間も揺られ、何周目かのうろ覚え般若心経を唱え終わった頃、鬼畜ツインテが嬉しそうな声を上げた。

 

「おー、みえてきたぜ」

 

「うおぇぇぇ…………くぅーそくぅぜぇーしきぃぃ……え、ナニ? 着いたの? 浄土着いちゃった?」

 

俺が現世での行いを悔いながらゆっくりとずぶ濡れの頭を上げると、いくらか薄くなった霧の中に、ボンヤリと緑色の陸地のようなモノが浮かび上がってくるのが見えた。

 

「あ……ああっ! 陸、陸だっ! 良かった……! 帰ってこれたんだ…………!」

 

俺は歓喜の涙を流した。

今なら何だって許せる気分だ。

帰ったら妖精さん達全員にハグしてやってもいい。

 

感極まってツインテを抱き上げて頬擦りすると、きゃーきゃーと嬉しそうにはしゃいで頭をグリグリと押し付けて来た。

 

そのまましばらくして、フシギ海流に流される小舟はどんどん島影に近づいて行き、次第に白い砂浜が視界に広がってくる。

 

波音の中に、寄せては返す浜辺の潮騒が混じる。

 

「せつげんするよー」

 

俺の股の間にすっぽり座り込んだ妖精さんがそう言った瞬間、軽い衝撃と共に、ザザザッ、と船底が浜辺の砂に乗り上げた。

 

俺が思わずつんのめると、コロコロと転がった妖精さんが舳先から、ぽーんっ、と投げ出されて、ぱちゃっ、と波打ち際に着地した。

びしっ、と両手を上げて静止する。

 

顔は見えないが多分ドヤ顔だ。

お前はいっつも楽しそうだな……。

 

「とうちゃーく」

 

「ありがとう……ありがとう……帰ってこれた……!」

 

俺は地に足がついている感動にむせび泣きながら、妖精さんの先導に従って小舟を浜に引き上げた。

 

なんか海に出たのもコイツのせいだった気がするが、もうそんなのどうでもイイや。

コレからは艦娘ハーレムのコトなんか忘れて、身の丈に合った生活をしよう……!

 

俺は自分の軽率な行いを恥じながら、小舟からリュックサックを持ち上げてキョロキョロと堤防を探した。

 

「…………あれ?」

 

しかし、見回せども、見渡せども、どこにも堤防が見当たらない。

霧に覆われているせいで良くは見えないが、周囲には流木や海草の打ち上げられた砂浜と、見慣れない熱帯雨林のような景色が広がるばかりだ。

 

暗い林の奥から、ケーーッ! ケーーッ! っという、けたたましい鳥の鳴き声が聞こえる。

 

……。

…………。

 

「……ここ、どこだ?」

 

ひょっとして……ここ、自分の出発した浜辺じゃないカンジっすか? と、考えたくもない予想がむくむくと頭をもたげる。

 

と、足元でびしょびしょのズボンの裾が引っ張られるのを感じた。

 

下に目をやると、ツインテ妖精さんが俺のズボンをクイクイと引いて俺を見上げている。

 

「こっちこっち」

 

そう言って、トテトテと浜辺を走って行く妖精さん。

 

……突っ立っていても仕方がないな。

 

なんだかそこはかとなく不安を覚えながら、自信満々の妖精さんに着いて行く。

 

「…………ちょっとマジで勘弁してくれよー……帰ってこれたと思ったら無人島でしたとか、そういうのマジでやめてくれよー……頼むぞー…………おお?」

 

妖精さんと一緒に、まっさらな砂浜に足跡を刻みつけ続けることしばし。

 

岬状になった浜を曲がると、不意に開けた視界に、待ちわびた文明の色が映る。

 

「あそこだー」

 

「お…………おお……や、やった…………!」

 

灰色。

 

コンクリートの灰色。

懐かしきかな、文明の灰色!

 

砂浜が岩場に変わり、緩やかに上って行く低い崖の上。

湾になった海岸を見下ろすように、コンクリートの建物がそびえ立っているのが見える。

 

「よかった……! 取り敢えず無人島じゃなくて良かった…………!」

 

最悪の予想が外れて、安心と喜びに膝を突きそうになったところで、向こう脛に軽い衝撃が走る。

 

「ぼさっとしない。さっさとちゃくにんしろー」

 

「わわ、分かった分かったって……ちょっとくらい浸らせてよ……」

 

テンションの高い妖精さんに体当たりされながら、あわてて脚を前に出す。

 

早くあの建物まで行って保護してもらわないと。

とにかく今は人間に会いたい。

二頭身じゃない生き物と言葉を交わしたい。

 

こんなに人恋しいのは初めてだぜ。

今ならコミュ障だって克服できそうだ。

 

そんな事を考えながら、ほとんど気合いだけで鬱蒼としげる密林に突っ込み、名前もよく分からん草木を掻き分けながらぬかるんだ斜面をえっちらおっちら上って行く。

 

……しかし無茶苦茶あっついなぁ今日は……こんなに曇ってるのに……。

 

「まーまえーんぱーぱわーれーでーんべー♪」

 

「ヒュー……ハアァァ……お前……ハァ……自分で……ゼェ……歩けよ……」

 

妖精さんのクセにヒワイな歌歌いやがって……しかも米軍のだろそれ……。

 

無駄にご機嫌なツインテを肩車したまま、実に三十分位かけて小高い傾斜を登りきる。

湿気と熱気で汗が吹き出て、全身ベトベトだ。

 

「カヒュー…………つ、着いた……登りきった……!」

 

暗い林の木々の間に、曇り空から薄く光が射す。

べきべきと固い生木をへし折って、やっとの思いで密林から首を出した。

 

「これで……助かっ…………………………たす………………」

 

 

 

ゴロゴロゴロ……と、雷鳴が空気を読んだ音を響かせる。

 

 

 

崖の上にそびえ立っていたのは、鉄筋コンクリート製の巨大な建物――――

 

 

 

の形をした、廃墟だった。

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

「…………そんな気はしてたよ……チクショウめ…………」

 

明らかに大昔に打ち捨てられたような巨大な廃墟を見上げて、今度こそ俺は膝を突いてしまった。

 

なんだよコレ……まるっきり奇界遺産じゃん……クソゲーかよ……。

 

必死の思いでたどり着いた建物は、それはもうヒドい有り様だった。

外壁は全て剥がれ落ち、窓ガラスは一欠片も残っておらず、レンガが一枚残らず滑り落ちた屋根は半分ほど崩れて傾いている。

壁の一部も倒壊して、潮風で腐って抜けたのであろう板張りの天井が覗く。

 

何処へ出しても恥ずかしくない廃墟だ。

 

「こいつぁーひでえや。たるんでやがるぜ」

 

「うるせえやい……ん、妖精さん、どこ見て……!?」

 

先程から一転して、どこか不機嫌そうな妖精さんの呟きに力なく顔を向けると、色白妖精さんは俺ではなく廃墟の方を見て険しい目をしている。

一丁前にため息とか吐いてやがる。

 

怪訝に思い、妖精さんの目線を辿ると――――

 

「――ありゃ、妖精さんか?」

 

なんと。

 

倒壊したコンクリの上に寝そべった、怪しい二頭身が目に入った。

ボロボロのセーラー服を胸元(多分あそこは胸だろ、きっと)まではだけさせ、ボリボリとお腹を掻きながら大あくびをしている。

 

……凄まじいだらけっぷりだ。

 

ふと、ボロセーラーが、パチッ、と目を開ける。

ふわぁぁぁぁ……という音が聞こえそうな伸びをして――――

 

「……あ、目が合った」

 

自分をじっと見つめる色男(当社比)に気付いたようだ。

眠そうだった目が、みるみる内に真ん丸になって行く。

 

「かけあーし!」

 

不意に、隣のツインテが大声で叫んだ。

 

その瞬間、ぴょーんっ、と数十センチ跳び上がった妖精さんが、慌てた様子でてちてちと駆け寄ってくる。

 

そして、地面に膝を突いたまま呆然としていた俺の前に辿り着くと、砂や泥で汚れきった全身に生気をみなぎらせて、ピシッ! っと敬礼をする。

 

「え……ナニ? どういう……」

 

俺がそのキラキラした瞳に戸惑っていると、隣で偉そうにふんぞり返っていたツインテが短い腕で、びしっ、と返礼して言った。

 

 

 

「ひとはちさんはち! てーとくがわすれなちんじゅふにちゃくにんしました!」

 

 

 

はぁ?

 

 

 

 

 



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小さな一歩




ほぼここまでが導入





 

 

 

ちんじゅふ?

ちゃくにん?

それってもしかしてこの歴史遺産的建造物のコトか?

 

突然の事に俺が目を白黒させていると、目の前で見事な敬礼をしていたボロセーラーの妖精さんがプルプルと震えだした。

 

ん? と思い見下ろしてみると、目尻に涙の粒を浮かべたそいつが勢い良く飛び付いて来た。

 

「ていとくだーー!!」

 

「ぐえっ!?」

 

妖精さんの軽い頭が、鋭い角度で鳩尾(みぞおち)に突き刺さる。

 

「やっときたー!」

 

「ぐえ……や、ヤメテ……! お腹グリグリすんのヤメテ!」

 

小さな悪魔による卑怯な不意討ちによって、込み上げてきた酸っぱいモノを必死に抑える俺の目に、更に信じられないモノが映る。

 

「なんだー?」

「またにくきうみねこのしゅうげきかー?」

「ていとくがきたらしい」

「な、なんだってー」

「あれ?」

「あれあれ」

 

一体あの廃墟のどこに隠れていたのか。

 

崩れた外壁の陰や、ぽっかり空いた窓、天井の穴やら草場の陰なんかから、何匹もの妖精さんが顔を出したのだ。

 

一……二……三……その数、六匹。

 

誰も彼も、皆一様に不健康な顔色とボサボサの髪をして、ほつれや破れの目立つ衣服を身に纏っている。

 

そんな浮浪者じみたちんまい妖精さん達は、俺の鳩尾で「ていとくーうおー!」と、ゴリゴリと頭を擦り付けているボロセーラーに気付くと、わーっ! と俺に向かって殺到した。

 

「うおー! しんせんなていとくだー!」

「つかまえろー」

「かこめー」

「はぐさせろー」

「はぐしろー」

「ちゅーしろー」

 

「うわっ!? な、なんだお前らっ!!? どっから湧いて出やがった!? わぷっ」

 

戸惑う俺に対してなんの斟酌(しんしゃく)もなく、薄汚れた妖精さんが次々と飛び付いてくる。

顔面に張り付いてちゅっちゅとキスの雨を降らす妖精さんをひっぺがし、なんとか状況を把握しようと悪戦苦闘していると、隣で事態を静観していたツインテさんが三度(みたび)大声を出した。

 

「ていとくのちゃくにんであーる! みなのものーひかよろー!」

 

すると、俺のTシャツに熱心に汚れを擦り付けていた妖精さん達がバッと飛び退き、ごちゃごちゃと走り回りながら、びしっ、と一列に整列した。

 

それをボケッと見ていると、いつの間にか俺の身体をよじ登っていたツインテが、耳元でこしょこしょと囁く。

 

「けいれいけいれい」

 

「あー……はいはい」

 

言われるままに、力なく手を挙げて顔の横へ。

 

すると、一列に並んだ妖精さん達が、ぱぁーーっ、と顔を輝かせ、一斉に、ピシッ、と見事な敬礼を返してきた。

 

(うわぁ、無邪気な笑顔だなぁ……)

 

いい加減何がナンだか分からなくて、半ばなげやりにそんな事を思っていると 、突然妖精さん達が()()()()輝きだした。

 

「こっ、今度はなんだぁ!?」

 

文字通り身体中がキラキラと輝き出した妖精さん達は、次の瞬間、パァッ、と光の粒を撒き散らした。

眩しさに思わず顔を背ける。

 

耳元に張り付いたツインテさんが、楽しげな声色で、ちゃ~ちゃ~ちゃ~♪ とデジタルなモンスターが進化でもしそうなBGMを奏でる。

 

光が収まったのをまぶたの裏で感じ、恐る恐る目を開いた。

 

「………おお……」

 

そこには、先程と寸分たがわず敬礼したまま、真新しいピカピカのセーラー服を身にまとった妖精さん達が並んでいた。

泥や砂で汚れていた身体は見違えるようにキレイになり、髪も艶やかに整っている。

そして、キラキラと輝く瞳で真っ直ぐに俺を見つめてくるのだ。

 

「くせつななじゅうねん」

「とうとうここにもていとくさんが」

「おお、これがていとくりょく……」

「すげえかっこいいです」

「きっとえすえすれあだ、わたしはくわしいんだ」

「みなぎってきたぜ」

 

……さっきより眩しい。

 

「……もうなんかお前らの理不尽にも馴れてきたな……なぁツインテ。お前の言ってた鎮守府ってのは、ここの事だったのか?」

 

「そうだよ?」

 

いや、そんな、何でそんな事聞くの? みたいな顔で見るなよ……見ろよ、壁とか屋根とか半分無いんだぞ?

まず雨風がしのげないんだぞ?

 

縄文人の家にだって屋根くらいはあったと思うよ?

 

「ていとくさんあんないするよー」

「ていとくさんついてきてー」

「ていとくさんはやくはやく」

 

俺が捨てられた犬のような目で見ていることに気づかないのか、鬼畜ツインテは俺の頭の上に腹這いになると、すすめー、とほっぺたをてしてしと叩いて急かしてくる。

 

……どうやら俺に選択権は無いらしい。

提督なのに。

いや提督じゃないけど。

フリーターだけど。

 

俺は肉体的にも精神的にもヒドい疲労感を感じながら、ズルズルと足を引きずるように妖精さん達の後ろを付いて行った。

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

「ここがしょくどうです」

 

「へぇ、スゲェな。砂場かと思った」

 

建物の一階部分は、ほとんど床板が残っていなかった。

剥き出しの地面に吹き溜まった砂を蹴り飛ばしながら、デカい机の残骸を掻き分けて進む。

 

「こっちはかいぎしつ」

 

「捗りそうもねぇな」

 

「あっちがつうしんしつ」

 

「あの錆びた壁ナニ?」

 

「あれがものおき」

 

「モノなんかねーぞ」

 

「あそこがどっくのいりぐちです」

 

「バカには見えないカンジかな?」

 

……なんかどんどん悲しくなってきた。

 

会議室は剥がれた黒板が土に埋もれ、天板が腐って無くなった机の骨組みが錆びだらけで転がり、通信室の壁際にはガラクタ同然の赤茶けた無線機器がそびえ立ち、物置はモノの見事に空っぽでドックへの下り階段は落盤で埋まっていた。

 

人が住む住めないってレベルじゃねーぞ!

 

「ていとくさん、つぎはにかいです」

 

「……まあキミもめげないねしかし」

 

穴だらけの階段を恐る恐る登って行って、二階部分の各部屋を覗いてみる。

 

作戦室、仮眠室、資料室、小会議室……どこを見ても空っぽだ。

朽ち果てた本棚や椅子の残骸があるか無いか位の差しかない。

他にもいくつかの空っぽの部屋を回って、とうとう廊下の奥の部屋に突き当たった。

 

「ここがさいごです」

 

「へぇ……ここは扉があるんだな」

 

目の前には、重厚な木製の扉がどっしりと構えていた。

ニスも塗料も剥がれ、床の近くは腐って変色までしているが、これまで見てきた何処とも違いキレイに磨き上げられ、しっかりと手入れが行き届いているのがよく分かる。

ホコリ一つついておらず 、表面はうっすらツヤツヤしている。

 

見上げると、扉の上のプレートには、たどたどしい平仮名で『しれえしつ』と書いてあった。

 

「ここが…………」

 

「ていとくさんのおへやです」

 

そう言われて、もう一度扉に目をやる。

 

内心のドキドキを押し殺しながら、両扉にそっと手を添えた。

 

……なんか緊張するな。

学生時代、校長室に入る前のあの感覚に近い。

 

……いや、緊張してどうする?

今は俺がその校長なワケじゃないか。

 

意を決して、グッと両腕に力を込める。

 

油もしっかりと注してあったのだろう。

複数回の補修の跡が見える蝶番(ちょうつがい)が、キィー……と僅かな音を立てて、重い扉が観音開きに開く。

 

「おお……」

 

それは、幻想的な光景だった。

 

絨毯こそ見る陰もなく朽ち果てているが、床の穴には補修の跡が見られ、塵一つなく掃き清められている。

剥がれた壁の一面と天井は継ぎ接ぎだらけの板で塞がれて、この部屋だけは守ろうとした意志が見られた。

 

そして、部屋の奥。

そこには、扉と同じ堂々とした佇まいの、隅々まで磨きあげられた黒檀の机が鈍い光を放っていた。

 

「このひのためにじゅんびしたです」

 

どこか厳かな気持ちを感じながら、ゆっくりと机に近づく。

 

ギィ……ギィ……と、床板が主人の帰還を喜ぶように静かな音を鳴らす。

 

机の前にたどり着き、一瞬ためらって、そっ……と天板に手を置く。

 

「…………スゲェな」

 

ひんやりとした手触りだ。

覗き込めば顔が写り込む程にツルツルしている。

 

机の向こうを見れば、背後の壁には額に入った『がしんしょーたん』の文字。

その下には、机と同じ黒檀の大きな椅子が鎮座している。

 

「ていとくさん、すわって!」

「そこがていとくさんのせきです!」

 

急かされるままに、机を回り込んで椅子の前へ。

高級そうな皮張りの背もたれには、破れを補修したのだろう、イルカや(いかり)の形のカラフルなパッチワークが縫い付けられていた。

 

振り返って、部屋を見渡す。

 

いつの間にか集まっていたようで、この廃墟に巣食っていた妖精さん達七匹が、横一列に並んでいた。

 

不意に、部屋に光が射す。

 

壁と天井の板の隙間から、日の光が漏れ出している。

あれだけ厚く空を覆い尽くしていた雨雲は、どこかへ吹き飛ばされてしまったようだ。

 

 

 

部屋中に黄昏の金色が満ちる。

 

 

 

夢のような景色の中、妖精さん達が、一斉に敬礼をして俺を見上げる。

 

頭の上で、ここまで俺を導いてくれたツインテさんもまた敬礼しているのを感じる。

 

「ここが…………俺の鎮守府か……俺が提督…………提督になるんだな……」

 

……思えば、下心だけでここまで来たんだったなぁ。

 

可愛い艦娘に囲まれ、イチャイチャラブラブおっぱいハーレムを作るためだけに提督に成りたいと思っていた。

 

しかし、期待と信頼に満ちた妖精さん達の眼差しを前にして、俺の中のそんな邪な気持ちがみるみる内に溶けて無くなって行くのを感じる。

 

(そうか……提督達はみんな、こんな気持ちで戦っていたんだな……)

 

澄み渡った心の中から、提督になる、平和の為に戦うという熱い想いが混み上がってきた。

 

ボロボロで、みすぼらしい司令室。

目の前に艦娘の姿はなく、小さな妖精さんがいるばかり。

今の俺には、十分すぎる。

 

ここからだ。

ここから始まるんだ。

 

俺はキリッとした顔を作り、背筋を伸ばした。

そして、うろ覚えながら、妖精さん達の真似をして、気合いの入った敬礼をしてみせた。

 

妖精さん達の目が、一層キラキラと輝いているのを感じる。

 

「妖精さん達……ツインテさん、俺、頑張るよ! 頑張って立派な提督になる!!」

 

気づけば、そんな言葉が口を衝いていた。

 

「だから…………えっと、俺、何にも知らないし、頼りないと思うけど……どうか宜しく頼むぞ! 妖精さん達!」

 

らしくない事を言っているのは分かる。

でも、こんな温かい気持ちになったのは初めてなんだ……今だけは許されるハズだ。

 

俺は火照った顔を誤魔化すように、ゆっくりと腰を下ろす。

暗褐色の天板に手をつき、お尻を立派な椅子の、座面の上に乗せる。

 

「ふぅ…………何か不思議な気分だな…………なんか今なら何でもできちゃいそうな気ぶ――――」

 

そして、いざ俺の司令官席に体重を預けようとしたその時――――

 

 

 

バキッ

 

 

 

「んぇっ?」

 

 

 

ドターンッッッ!!

 

 

 

椅子の底が、抜けた。

 

「イっっっっっ!??」

 

ガイーーーーーーーーーーンッ………!!!

 

そして落ちてくる金だらい(特大)

 

「ア゛ぃッッッ!!?」

 

目の前に飛び散る星。

いつの間にか机の上に避難しているツインテ。

 

ぐわんぐわんぐわんわんわんわんんん………………と、金だらいが床でくるくる回り、やがて、くわぁぁー…………ん…………、と間抜けな音と共に静かに止まった。

 

…………その瞬間、

 

「いえーーーい♪」

「みごとです! さすがいちりゅうのていとくさんです!」

「どっきりだいせいこうなのです」

「ななじゅうねんごしのいたずら……かんむりょう」

「それでこそていとくさん」

「かっこいい……ぽっ」

「いっしょうついていくです」

 

「さすがだぜ……れきせんようせいさんはかくがちがうな」

 

大歓声と共に、椅子の残骸の中で呆気に取られる俺に群がって、きゃーきゃーと会心のハイタッチを交わす妖精さんズ。

そしてしれっと混ざるツインテ。

 

ホクホク顔で身体を寄せ合い、今日一番の笑顔を見せている。

 

「…………………………」

 

俺は、立派な提督になる!

ドンッ(迫真のSE)

 

「……………………………………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいテメーら、一列に並べ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黄昏の空を、八匹の妖精さんが高らかに舞った。

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

後の歴史書にはこう語られる。

 

『最も偉大な提督』『最後の英雄』『楽園の主』『舟達の父(ディアマイラヴァー)』『深海に捧ぐ鎮魂歌(ビッグ・オールド・ブルー)』『童貞()』『おっぱいマイスター』『ぺったんキラー』etc……etc……

 

そういった数々の異名を持つ、一人の日本人。

 

世界の危機に颯爽と現れ、その大いなる正義と類い稀なる能力によって、人類史上唯一の『世界平和』を成し遂げた男。

 

その男の偉大なる一歩が、こうして下らなくも温かな喧騒の中でひっそりと始まった事を知るモノは、少ない。

 

そんな彼だが、実はもう一つ、彼の事を端的に示すあだ名がある事をご存じだろうか?

 

数多の海軍関係者が、彼をこう呼んだらしい。

 

 

 

曰く。

 

 

 

『世界で一番、妖精さんに愛された男』

 

 

 

 

 

 

 



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一から始める鎮守府運営

 

 

 

俺の渾身のお仕置きも、妖精さん達にしてみれば新しい遊びかナニかでしかないらしい。

 

ウキウキした面持ちで俺の前に行儀良く列を作る妖精さん達を、順番に窓から外に投げ捨てる事三周。

茜色だった空は紺色になり、灯りのない部屋はすっかり暗くなっている。

 

色々な疲れからぐったりと床にへたりこんだ俺を、妖精さんが不思議そうに引っ張り回す。

 

「ていとくさんどしたの?」

「ねぐれくとはいかんぞ」

「あそべー」

 

「…………もういい。もう疲れたの俺は。頼むから休ませて……お布団持ってきて……」

 

「おふとんですね」

「まっかせろー」

 

リュックから引っ張り出したペットボトルの水をグビグビと飲み干しながら、元気良く飛び出して行った妖精さん達を力なく見送る。

 

今日はもう色々ありすぎて疲れた。

ここが何処かも分からないし、こんな廃墟で艦娘どころか人っ子一人いないなんぞ、提督も何もあったもんじゃないだろ。

……諸々状況確認とか……うん、もう明日でいいや……。

 

俺、明日から頑張る……。

 

このテレビもネットもアップル社もある現代で、何が悲しくて遭難なんぞせねばならんのか。

俺はバリバリのインドア派だぞ。

難易度高過ぎんだよ。

平成生まれ舐めんな。

 

俺がうつむいたまま不毛にクサしていると、先程外に出ていった妖精さん達が何かを抱えて戻ってきた。

 

「ようせいさんがちんじゅふにきかんしました!」

「おふとんです」

「べっどをつくれー」

「ほきゅうをよこせー♪」

 

「なんだその葉っぱは……」

 

いよいよ真っ暗になりつつある中で目を凝らして見れば、妖精さんが持ってきたのは勿論お布団などという高級品ではなく、青々とした大きな葉っぱの束であった。

なんかこう、バナナの葉っぱみたいなヤツだ。

 

電池式のランタンを引っ張り出して点けてみると、妖精さん達はテキパキと葉っぱを重ねて並べ、あっという間に寝床のようなものをこしらえてしまった。

 

「…………こんなん見たことあるわ。なんか世界の果てまで~的なんで……」

 

ここは世界の果てかよ。

ぺちゃんこの布団が懐かしいぜ……。

 

切ない気持ちになりながら、緑色のベッドの上に膝をついてみる。

 

……まったく想像を超えてこないな。

 

そりゃ、床そのままよりは柔らかいし温かいのかも知らんが、所詮葉っぱは葉っぱ。

手をつけば手のひらには床の固さがモロに伝わってくるし、ガサガサするし、おまけに青臭い。

 

「……これが今の俺の格か」

 

もぐりのフリーター提督は壁も天井も穴だらけの部屋で先住民ベッドwith二頭身のナマモノ。

 

財閥生まれで士官学校首席卒のイケメンエリート三高提督は、今頃天蓋つきのクソデカいベッドで団扇で扇がれながら、スーパー可愛い艦娘とおっぱいテイスティングでもしているんだきっと。

 

「くっそー……今に見てろよ……!」

 

俺だっていつかはおっぱいの大きい艦娘に囲まれてアレしてアレでアレだかんな……!

 

汚れて泥だらけの運動靴を脱ぎ、葉っぱのベッドに横になって天井を見上げる。

 

 

 

 

 

板張りの隙間から、見た事もないような満天の星空が見えた。

 

 

 

 

 

……驚いた。

今にも落ちてきそうな星空、と言うのは、こういうのを言うんだろうか?

 

こんな空、プラネタリウムでしか見たこと無かったな……。

 

「…………この景色だけは勝ったな。雨、降らんでよかったわ……」

 

って言うかマジでどこなんだここ。

 

壁の隙間から磯臭い潮風が部屋に吹き込んで、髪を揺らす。

妖精さんが、仰向けの俺の上に特別大きな葉っぱを何枚か置いてゆく。

掛け布団のつもりなのだろう。

 

……なんかこんな料理なかった?

 

ありがとな、と妖精さんの頭に手のひらを乗っけながら、ふと、ここの妖精さん達は今までここでどうやって暮らしていたんだろう? という疑問が頭によぎった。

 

「…………ふあ…………まあ、それも明日聞きゃあいいか……」

 

一度横になると、全身にヒドい倦怠感と、強烈な眠気が襲ってきた。

それに逆らわず、瞼を閉じて大きく息を吐き出す。

 

薄れてゆく意識の中で、妖精さん達が楽しそうに何事かを囁くのを聞いた気がした。

 

「―――な―――」

「――――」

「――――どは、――――――」

「――とく――――を――」

「――――――よ♪」

 

最後に、ツインテ妖精さんの弾むような声が聞こえたような気がして。

 

 

 

俺は意識を闇に沈めた。

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

――――酷く身体が重い。

と、言うか……

 

「………………ああっ、くそっ、暑っ苦しいんだよお前らぁーー!!」

 

上半身を起こし、うがーっ! と身体中にまとわりついた妖精さんを振り落とす。

 

きゃー♪ わー♪ と、楽しそうに床を転がる妖精さんず。

 

俺は汗でぐっしょりしたシャツの胸元をパタパタして空気を送り込みながら、身体の節々の痛さに唸り声を上げた。

 

寝起きのぼんやりした頭で部屋を見渡す。

 

窓や板の隙間から眩しい朝日が射し込んで部屋中を暖めている。

すぐ近くから聞こえてくる潮騒と、海鳥の声。

香る自分の汗と磯の香り。

 

「…………まあ、夢じゃあないよな……」

 

見下ろせば、腰や脚にしがみついてヨダレを垂らすパジャマ姿の妖精さん。

 

このクソ暑いのに、夜の間に潜り込みやがったな……しかも全員で。

って言うかその服はなんだ、ナイトキャップまで被りやがって……。

 

グッ、と伸びをする。

肩がゴキゴキと音を立てる。

 

下半身にしがみついた妖精さんを剥がし、立ち上がってみる。

脚全体が重い。

筋肉痛だなこりゃ……。

 

「なんだーてきしゅうかー」

「あとごねん……」

「ていとくまくらがいない……」

「たいようがきいろいぜ」

 

……前から思ってたけど、妖精さんってこんなに人間くさくていいのか?

歩くメルヘンみたいなカッコしてるクセに、俗っぽ過ぎるだろ……。

 

とにかく、顔を洗いたい。

身体もベトベトだし、口もすすぎたい……と考えた所で、大変な事に気づいた。

 

「あ、やべ。ここ、水道なんてあったか?」

 

昨日見て回った限りじゃ、少なくとも蛇口も水道管も、もっと言うなら電線もガス管もネット回線も無かったハズだ。

むしろ、こんな廃墟にどれか一つでも通ってたら驚きである。

 

ヤベェ、開幕つんだぞ。

 

「……妖精さ~ん……水……水ないっすか?」

 

「やまほどあるぞ」

「うるほどあるです」

「どりんくばーむりょう」

 

一斉に海の方向を指差す妖精さん達。

ナトリウムが豊富過ぎるだろ常考。

 

「………………」

 

俺がこめかみに青筋を立てているのに気づいたのだろう。

妖精さん達は嬉しそうに俺の前に列を作った。

 

「もう投げねーよ!」

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

改めて聞いてみると、何でも近くに飲み水用の井戸があるんだそうだ。

さっさと言えよグレムリンどもめ。

 

俺は寝起きの重い身体を引きずるように動かしながら廃墟を出ると、妖精さん達の先導に従って、井戸を目指して林沿いに歩き始めた。

 

崖の上から海を仰ぐと、朝日を反射して波がキラキラと輝いている。

昨日は薄暗く、霧が出ていた事もあって気づかなかったが、この丘の上には昨日一夜を明かした建物とは別に、幾つかの建造物が立ち並んでいるようだった。

 

朝露でキラキラした密林を横目に丘を下ってゆくと、本棟と連なるように、一つ、二つと、半壊した煉瓦の建物が並んでいた。

 

こちらは海側の壁が盛大に崩れ小高い山のようになっていて、屋根は完全に吹き飛ばされて雨ざらしになっている。

 

「ひでぇモンだなまったく」

 

これ、俺の鎮守府なんだぜ?

草も生えな……あ、いっぱい生えてたわ、ウける。

 

井戸は忌々しい事に、元々あった道を覆い隠すように生い茂る林の中の方にあるらしい。

煉瓦の廃墟の向かい側の林に踏み入る前に、丘を下った先の方も見渡しておく。

 

坂道を下りきった先には、多分、元々はグラウンドのような広場だったのであろう、錆びて倒れたフェンスの残骸に囲まれて、石や折れた木なんかが転がる、雑草伸び放題の空き地が見えた。

 

そして、海岸。

それを見て、やっとここが昔、港だったという事を確信できた。

 

俺が漂着した海岸と違い、船着き場のようなモノが造られている。

所々崩れ、傾いて波を被っていたりするが……間違いなく、コンクリート製の埠頭だ。

端っこの崩れた円筒みたいなのは、きっと灯台だったんだろう、多分。

 

少し高くなっている所には、崩れたカマボコ型の鉄骨組が見える。

 

あれは倉庫と見た。

刑事ドラマで見たことあるもん。

港であの形なら倉庫だろ。

骨しかないけど。

 

そして港の正面には、同じくカマボコ型の屋根を3つくっ付けたような四角い建物。

屋根は何ヵ所も四角く剥がれ、外壁のトタンは塗装も剥げて錆びきり、折れ曲がって半分以上が剥がれている。

それでもこの廃墟だけは、ギリギリ建物の体裁を保っているようだった。

 

屋根の穴から中を覗くと、倒れたクレーンやコンテナらしきモノも見える。

 

「あれはこーしょうです」

 

俺がじっと見ているのに気づいたのだろう。

ここが定位置だと言わんばかりに俺の頭の上に陣取ったツインテがその建物を指差してそう言うと、セーラー妖精さん達がウキウキした声で続けた。

 

「あそこでかんむすをつくるのです」

「はやくまわしたいぜ」

「しざいをとかすよろこび」

「ていとくはぺんぎんすき?」

 

「えっ!? 艦娘って作れんの!?」

 

驚きのあまり、グリンっ、と音を立てて首を回し、妖精さん達に向き直った。

頭の上から、ぬわー、という悲鳴が聞こえたがそれどころじゃない。

 

「そですよ?」

「しざいでちょいです」

「ちょいちょい」

 

なんと……!

 

艦娘については情報統制が厳しくて良くは知らなかったが、てっきり空から降ってきたり、海から生まれてきたりするモンかと思ってた。

 

まさかのカスタム方式とな。

これは衝撃の真実だった。

 

「作れる……って事は…………!」

 

当然、あるんだろう。

あって然るべきだろう……!

 

お っ ぱ い ス ラ イ ダ ー

 

「あそこで艦娘を……! よし、顔洗ったらまずあそこね、あそこ!」

 

駄々下がり状態だった俺のテンションは、たった今人生最高高値を記録していた。

 

オイオイオイオイカスタム艦娘かよぉ!(歓喜)

夢が広がりんぐ。

やっちゃう?

夢の100cm越え、イっちゃいますか?

 

右端までスライダー引っ張っちゃいますかぁぁぁぁ!!?

 

「よいつらがまえをしておる……」

「みろよ、あのほとばしるていとくりょく」

「ひゅー♪」

「こいつぁもしかしたらやるかもしれねえぜ」

「でもなんかかんちがいしてそう」

「そんなとこもすき」

「きゃー♪」

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

最高にウキウキ気分になった俺であったが、結局その直後には上がったテンションを急降下させる事態に直面するのである。

 

密林に塞がれた道を実に十分も掛けて進み、やっとの思いで見つけたのは、古井戸の…………遺跡?

 

当然、滑車も桶もあるハズがない。

 

石ころを投げ込んでみる。

 

ひゅぅぅぅぅーーー………………

 

 

 

…………カランッ………………。

 

 

 

「おもっっっクソ涸れてんじゃねーか!」

 

俺が悲痛な叫び声を上げると、妖精さん達はのんきにも、きゃー♪ と楽しそうに逃げ回った。

 

どうすんだよ、またソッコーでつんだじゃねーか。

 

妖精さん達はどうだか知らないが、人間は水が無かったら死んじゃうんですよ?

君らの提督さん、着任して早々ミイラになっちゃいますよ?

 

俺が絶望にうなだれていると、頭の上のツインテが降りてきて、背中をポンポンと叩いてしたり顔で言った。

 

「だいじょうぶ? おっぱいもむ?」

 

「……うるせぇ。おっぱいなんかねぇだろお前……」

 

俺がかわいそうな子を見る目でツインテの頭をグリグリやっていると、走り回っていた妖精さんの内の一匹が俺の目の前に来る。

 

昨日、一番最初に会った、グダグダセーラーの妖精さんだ。

 

「いどはかれてましたが、このおくにもいずみがあるです」

 

……どうやら、まだ希望はあるようだ。

この奥、の、()()、の部分が、日の光も遮る薄暗い密林でなければなお良かったのだが。

 

「今度こそ大丈夫なんだろうなぁお前?」

 

俺がウロンな声を出すと、コクコクと頭を縦に振って、キラキラした瞳で見上げてくる。

 

「そうかぁ…………ん? なんだ、お前……ああ」

 

差し出された頭に手を乗せ、赤いお下げ髪をかいぐりかいぐりと撫でる。

ツインテの頭を撫でていたのが羨ましかったらしい。

 

気持ち良さそうに目をつぶっている。

 

「ぬけがけだー♪」

「おのれー」

「われわれにもなでぽをようきゅうする」

 

「うるさいぞ役立たずどもめ。ちゃんと泉にたどり着けたらいくらでも撫でてやるよ」

 

まったく、いつもこうして甘えてればかわいいものを、こいつらはイタズラをやめる事はできないんだろうか?

 

できないんだろうなぁ……。

 

家に残してきた妖精さん達を思い返す。

こいつらと出会って半月ばかり、毎日が戦いであった。

 

一流の提督ってヤツらは俺の百倍以上の妖精さん達に取り憑かれるんだろ?

 

無理ゲー過ぎんじゃん。

その一点だけは尊敬するわ。

 

はぁ……とため息を一つ。

 

腰を上げ、ジャングルを眺める。

 

「…………この奥かぁ……」

 

クアーーーーッ! クアーーーーッ! という鬼気迫る鳥の声。

キュイーッ! キキキキキッ! キャッ! キャッ! キャッ! というなんか獣っぽい鳴き声。

 

……やだなぁ。

 

スゲェ虫とか蛇とかいそう。

何で俺は半袖なんかで来ちゃったんだ。

蜘蛛とかも嫌いだし……現代っ子なんだよ俺は。

 

俺は嫌がる心にムチ打って、頬を張って気合いを入れる。

 

「よしっ…………行くぞ、妖精さんズ」

 

「いくぜいくぜー♪」

「しゅっぱーつ♪」

「ていとくさんをおまもりしろー」

「りんけいじんをくめー」

 

またもどこから取り出したのか、一瞬でヘルメットと迷彩服の姿に変わった妖精さん達が、手に手に小さなナイフを持って押しくらまんじゅうのように俺を囲んだ。

 

「いや動けねぇよ」

 

とにかく、飲み水と食料の算段さえつけば死ぬことはあるまい。

猛獣的なモノも怖いが、一応妖精さん達が護衛してくれるみたいだし……いや不安しかねぇな。

 

内心の恐怖をおし殺して、密林に向けて一歩を踏み出す。

 

 

 

この後にはいよいよ艦娘作りが待ってるんだ、これくらいで怖じ気づいてられるかよ……!

 

 

 

 

 







※おっぱいスライダー

昨今の、キャラクターメイクシステムを実装した3Dゲームの中には、身体の各部位のサイズをある程度自由に設定できるモノもある。
大抵の場合、各部位の摘まみを左に動かせば小さく、右にスライドすれば大きくなる。

これ以上の説明は要らないよね。

なお、言うまでもなく艦これにそんなシステムは無いです。




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お水は大事

 

 

 

「マジで死ぬかと思った……!」

 

沢の水で洗ったTシャツを固く絞り、腕を通す。

 

まだ心臓がバクバクしている。

今生きているのが不思議で仕方ない。

 

いったい何だったんだ今の……?

 

「あいつはわれわれのらいばるなのです」

「いちじきゅーせんちゅう」

「つぎこそはせなかにのってやるぜ」

 

「二度と会いたくねぇ……」

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

あの後、俺と妖精さん達は、日が昇るにつれてどんどん気温が高くなる密林の中を、汗だくになりながら掻き分けるように進んでいた。

 

意外にも妖精さん達は優秀で、トゲのある細枝や、触るとカブれるようなチクチクした蔓草を器用に切り払い、ヤバげな虫や蛇の類いも見つけ次第、やー! とか、そこだー! と、小さなナイフで確実に仕留めてくれたのだ。

 

伊達にこんな無人島(まだ確かめてないけど、多分そうだろもう)で何年も過ごしていないな。

惚れそう。

 

ただ、仕留めた獲物を自慢げに見せびらかさないで欲しいっす。

猫かおのれらは。

 

聞けば、妖精さん達は時々このジャングルに分け入っては、鳥や鹿などの動物を仕留めてゴハンにしていたらしい。

 

やだ、めっちゃ男らしい……でも君達、確か食事無くても大丈夫なイキモノだよね?

 

以前気になって実家の妖精さん達に聞いたら、「しゅしょくはらう゛です」「もっとあいをぷりーず♪」とか言ってたし、実際時々冷蔵庫の中身とか買い置きのお菓子を盗み食いする位で、食事らしい食事はほとんどしてなかったハズだ。

食わんでイイならわざわざ俺の家計を圧迫するような事しないで欲しい。

 

つくづくヘンな生き物だ。

 

そんなこんなで優秀な狩人妖精さんに守られつつも、暑さと湿気でサウナのようになっている密林の中をざっと30分はさ迷い、全身が汗と泥と擦り傷だらけになった所で、俺達はようやく水場にたどり着いたのだった。

 

「つきました」

「ていとくさん、いずみですよいずみ」

「こんどこそのみほうだいです」

「よくついてこれたなしんまい」

「よくやった。うちにきてわたしをふぁっくしていい」

「そんなことよりなでろー」

 

「ゼェ……ハァ…………や、やっと着いた……水だ…………ホントにあった…………!」

 

道なき道を散々登ったり下ったりして、やっとの思いで密林の中に開けた岩場と、そこを流れる小さな小沢を見つけた。

 

俺達の立てるガサガサという物音を聞いて、水場に群れていたイタチのような小動物達や小さな鳥なんかが、バッ、と散り散りになって逃げて行く。

 

ほんの数メートルで地面に染み込んでいってしまうような小さな川だが、確かに水だ。

岩場には青々とした苔がむし、細い流れがチョロチョロと涼やかな音を立てている。

 

少し高くなった所はごく小さな泉のようになっていて、透明に澄んだ水底の砂が所々ポコポコと踊っている。

湧き水が吹き出しているようだ。

 

「よくやった……よくやったな妖精さん! ほれ、こっちこい、撫でたる」

 

「おほー♪」

「なでぽなんかにわたしはまけうわー」

「ようせいさんをだめにするおててだー」

「もういっかい! もういっかい!」

 

わらわらと群がる妖精さん達をおざなりに撫でくり回し、泉の前に進む。

コラ、お前はさっき撫でたろうが。

ツインテ、オメーに至っては頭の上でずっと寝てたろ!

 

こんこんと涌き出る泉の水面に、そっと手を差し入れる。

 

「おっほ、冷たい!」

 

かなり深い所から涌いているのか、こんな灼熱の密林の中なのに、ヒヤッと冷たい水に驚く。

 

早速……と両手で水をすくい、口許に近づけて――――

 

「…………そういや、生水はなんたらっ……て聞いた事あったな……」

 

子供の頃など、田舎に遊びに行っては川の水をガブガブ飲んだり、浮かんでるクレソンを無駄にちぎって食ってみたりもしたが……。

 

ここはジャングルだ。

クッソ忌々しいコトに、ジャングルだ。

地球のどことも知れないこんな無人島で、名前もわからんような細菌とか寄生虫に、デリケートなポンポンを痛くされるなんて事態は避けたい。

 

俺はおもむろに、俺の背中にしがみついて肩越しに泉を覗き込んでいたツインテの軽~い頭をむんずと鷲掴んだ。

 

そのまま、およよとか言ってるツインテを目の前に持ってくる。

 

「なんだとうとうわたしにこくはくするきになったか?」

 

俺に見つめられ、ウルウルした目でたわけたコトを抜かすツインテに、良~い笑顔で命令する。

 

「おいツインテさん。お前今日は全然働いてないよな?」

 

「いやされるでしょ?」

 

頭を掴まれたまま、頬に両手を当ててくねくねするアホ妖精。

うん、コイツに遠慮はイランな。

 

「提督命令だ。お前にこの泉の水質調査を命ずる。しっかり調べてこいよ?」

 

そう言うと、ツインテはドヤ顔でビシッ、と敬礼を決めた。

頭鷲掴みにされてるクセに。

 

「おやすいごようさだいとーりょー♪」

 

「ニッポンに、プレジデントは~……、居ねぇーよっ!!」

 

俺は軽く振りかぶってから、泉の真ん中にツインテ妖精を放り投げた。

「おーー♪」「いーなー」と周りの妖精さん達がきゃいきゃい騒ぐ。

 

「あばよーとっつあーん♪」

 

ツインテはご機嫌な台詞を叫びながら、空中でくるくると回転しながら光を纏い、狙い通り泉のど真ん中に、ちゃっぽーんっ、と着水した。

 

しばらくして浮かび上がってきたツインテは、さっき一瞬で衣替えしたのであろう紺色のスクール水着で、元気に背泳ぎを始めた。

胸の名札にはご丁寧に『ついんて』と書いてある。

お前はそれでいいのかツインテ。

 

「おーい、どうだ。飲んでも大丈夫そうかー?」

 

「ゆがみねーぜ」

 

大丈夫なようだ。

大丈夫ってコトだよなそれ?

 

俺は安心して泉に手を突っ込もうとして、

 

「わくわく」

「どきどき」

「そわそわ」

 

「ええい、うっとうしぃわあっ!!」

 

「きゃーーっ♪」

 

またも行儀良く並んで期待の眼差しを投げ掛けてくる妖精さん達を、まとめて水中に叩き込んだ。

 

ちゃぽぽぽーん♪ と立て続けに上がる小さな水柱。

 

妖精さんプールと化した泉で、スクール水着の姿でキャッキャと遊ぶ妖精さんズを無視して、ようやく念願の水を口に運ぶ。

 

「っ、……っウマーーーいっ!」

 

ヒンヤリと冷たくて、臭いも無し。

最高にクリアな湧き水だった。

 

夢中になって水をすくい、ガブガブと飲みまくる。

 

「ふおぉぉ、染みるぅーー…………っ!」

 

そのまま顔を洗い、頭にまで水を被る。

服までビショビショになるが、それすら気持ちいい。

 

グシャグシャのTシャツを脱ぎ捨て、ズボンも脱いで、泉から流れ出す沢でガシャガシャと洗う。

 

昨日からずっと塩や砂でザラザラしていたのが、やっとスッキリした。

勢いでパンツにまで手を掛けた所で、妖精さん達の騒ぎ声がちょっと静かになっているコトに気づく。

 

顔を上げる。

 

「どきどき///」

「とつぜんのすとりっぷ」

「ぬげー♪ ひゅーひゅー♪」

「わたしたちはきにせず」

「つづけてつづけて」

 

「……なんか嫌だな。別に良いけどジロジロ見んなよ?」

 

こんな二頭身どもに見られた所でどうという訳でも無いが、なんかムカつくなコイツら……。

 

俺は一思いに全裸になると、脱いだシャツをタオル代わりに全身をこすり洗っていった。

 

「うひょー」

「こいつぁすげぇや」

「たまんねぇぜ」

「さすがていとくさんだ」

「まっててよかったです」

 

「ふっふっふ、わたしのみつけたていとくはすごかろう♪」

 

うるさいな……ってか、俺の裸なんか見てナニが面白いんだろスケベ妖精どもめ。

キラキラした顔で歓声を上げ、ぷひゅー、ぴひょぉぉーっ、とヘタクソな指笛を鳴らしている。

実家のヤツらといい、妖精さんってやっぱりよく分からん。

 

しかし次からはタオルを持ってこないと……。

空いてるペットボトルも持ってくるべきだったし、やっぱり寝起きは頭が回らんな。

 

洗った服を、ぎゅぅぅぅーっと絞り、再び着こんでゆく。

この暑さだ、どうせすぐに乾くだろう。

 

妖精さん達が口を尖らせてぶーぶーとブーイングを飛ばしているのをBGMに、湿った冷たいズボンに足を通しながら、これからの事を考える。

 

取り敢えず、飲み水の確保は出来た。

 

後は食料だが、ここの妖精さん達は実家のゴクツブシどもと違って優秀で狩りができる。

周りは海な訳だし、コイツらなら魚くらい簡単にとってこれるだろうし、こんなにわさわさと木々が繁ってるんだから、どこかしらに食える果物的なモノくらいあるだろう。

毒味も妖精さんがいれば安心だ。

 

ここがどこで、本当に無人島なのか、家には帰れるのかとかも知っておきたい。

これも妖精さん達に訊いたり、確かめて貰えば良さそうだ。

コイツら普段歩いてるけど飛べるしな。

 

…………。

 

……………………。

 

………………………………あれ、なんか全部妖精さんだよりじゃない?

今の俺、スッゴくヒモっぽくない……?

 

もうちょっと位、妖精さん達に優しくしてやった方が……いやいやイヤ、俺は提督! 提督なんだから、俺の仕事は艦娘の指揮じゃんか!

こういう雑事は下のモンの仕事なんだから、俺が取っちゃダメだよな!

 

ってか、そうだよ艦娘!

取り敢えず飢えて死ぬって事はなさそうだし、艦娘作らないと!

ナニが悲しくてこんな色気もへったくれもない妖精さん達とキャッキャウフフしなきゃならんのか。

 

理想のおっぱい艦娘ハーレムを作るためじゃないか。

 

危うく自分の目的を思い出した俺は、ズボンのベルトを締め、シャツを手に取って固く絞りながら妖精さん達に声を掛ける。

 

「おーいチビども、そろそろ帰るからまた俺の先に立って――――」

 

そして、シャツをパンパンと広げながらふと顔を上げ――――

 

 

 

金色の瞳と目が合った。

 

 

 

「――――っ、ぃ!!?」

 

バシャバシャっ! と、妖精さん達が素早く水から上がり、俺を囲うように陣取る。

 

岩場の端。

泉を覆うように生い茂る密林の、そのすぐ出口。

 

深く繁る下生えと、密集する背の高い草の中。

暗い木々の隙間、胸の高さ辺りにぼうっと浮かび上がるように並んだ、二つの瞳。

 

グルルルルルルルルルルル…………

 

背筋が凍りつくような低いうなり声。

ゾワゾワゾワ~~~ッ、と、全身の毛が逆立つ。

 

まったく動けない。

背中に冷たい汗が流れ、今しがた潤したばかりの喉がカラカラに渇く。

 

ソイツは、しばらくの間、ジッ…………っと俺を睨んだあと、フッと顔を逸らし、音も立てずに姿を消した。

 

 

 

……………………。

 

「っハァーーッ! ハァーーッ! ハァーーッ…………!」

 

な、なんだったんだ今の!?

むっっっっっっっちゃくちゃ怖かったぞ!!?

 

俺は、いつの間にか握りしめていた手のひらをゆっくりと開いた。

見れば、真っ白になって、痛々しい爪の跡がついている。

 

「むむむ、もうていとくにきづいたですね」

「かんのいいねこです」

「いつかつるしてやるのです」

 

ね、猫!?

あれ、猫なのか!!?

 

緊張を解き、気の抜けるような声で口々にしゃべる妖精さんに、思わず全身の力が抜けた。

そうして、話は冒頭に戻る。

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

「もう二度とこんな森入らんぞ……!」

 

その後、すっかり玉の縮み上がった俺は、へっぴり腰になりながらやっとの思いで鎮守府(廃墟)に帰って来た。

 

「あれ絶対クロヒョウかなにかだって……あれがニャーンって面かよ、食われるかと思ったぞ……」

 

艦娘のかの字も無い内から、深海棲艦でもなんでもない厳ついネコに食い殺されるとか、洒落になんねぇから!

 

「だいじょーぶ」

「あたしがついてるじゃない」

「つぎこそぺっとにしてやる」

「つかまえたらちんじゅふでかってもいいです?」

 

「ダメっ! ゼェ~ッタイにノゥ! お兄さん、許しませんからねっ!?」

 

あんなモンをイヌネコのノリで連れてこられたら、命がいくつあっても足りない。

俺がエサになる未来しか見えんわ、アホか!

 

司令室に戻って一息ついた俺は、リュックサックから取り出したカロリーメイトをモソモソさせながら、今も命がある事をどこかにいるであろうフリーターの神に感謝した。

 

「ていとくさん、つぎはなにするです?」

 

ほっぺたをあめ玉の形に膨らませたツインテが、俺の膝の上からモゴモゴした声で問いかけてくる。

 

「せっかくだからわたしはこのあかいあめをえらぶぜー」

「れもんあるれもん?」

「あまーい♪」

「やっぱりできるていとくはちがうぜ」

 

オメーら、食うもんだけはしっかり食いやがって……。

一人一個だぞ。

 

「次な、次…………そうだよ!」

 

バッと勢いよく立ち上がる。

ツインテが楽しそうに転がって行く。

 

「艦娘だ! 作るぞ艦娘! もう、すぐ行こう今行こう、ほれ、立った立った!」

 

俺の号令に、ほっぺたの片っぽを丸く膨らませた妖精さん達がぴょんと立ち上がる。

……、あ、テメー両方膨らんでるぞ返せ!

 

「やーん、かんせつきっす♪」

「ていとくさん、わたしのも! わたしのもなめていーのよ?」

 

バキッ、とあめ玉を噛み潰しながら、こーしゃ……こう、こーしょう? コウショウに向かって足早に歩く。

 

とにかく艦娘だ、この鎮守府には艦娘が足りない!

ちゃっちゃと俺好みのおっぱいの大きい艦娘を作って、甘え倒さなければ!

 

記念すべき最初の艦娘。

スライダー、どれくらいにしようかな……。

F……いや、ここは自分に正直に、G、いや、Hかな?

うへへ。

 

俺はまだ見ぬ艦娘の姿を妄想しながら、妖精さん達と一緒にコウショウに向かった。

 

 

 

 







出た! 妖怪ネコ吊る――――なんだあのネコ!?




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材料集め

 

 

 

妖精さんと連れ立って庁舎を出て、腹立たしいくらいの日照りの中、レンガの廃墟を横目に坂を下って歩く。

 

途中、やたらデカい石がゴロゴロしていると思ったら、どうやらこの坂道には昔、階段があったようだ。

一番下に数段、崩れかけの段が残っていた。

何処を向いても廃墟ばかりで、うんざりする。

 

背の高い雑草を掻き分けながら埠頭へ向かい、額の汗をぬぐいながら背の高い建物を見上げる。

 

「フゥ…………いちいち移動が大変なんだよ……よし、コーショウだコーショー! 艦娘! 作れるんだよなココで?」

 

身体を屈めて妖精さん達に念を押す。

ここまで来てできませんとか、許されざるよ。

 

「もちろんです」

「ぷろですから」

 

…………あれ、不安になってきた。

大丈夫だよなぁ……?

 

コウショウなる場所の入り口から、内部を覗き込む。

 

ガランとした建物だ。

 

倉庫のような薄暗い空間に、屋根の穴や剥がれた壁の隙間から光の柱が斜めに射し込んでいる。

 

重そうな鉄の扉は内側に倒れて、デカい錆のカタマリみたいになっていた。

ゴクリ、と唾を飲み込んで、妖精さん達と一緒に中に足を踏み入れる。

 

潮の臭いに混じって、鉄と、油と、何か腐った池のような臭いが鼻につく。

思わず顔をしかめる。

 

「うーん……なんかこう、工場って感じの臭いだな。海辺の」

 

っていうか、丸っきり海辺の工場そのままだったわ、バカか俺は。

 

かわいい艦娘を作る場所、と聞いていたせいで、何故か勝手に女の子の部屋のような、甘い匂いでもする空間なんじゃないかと思っていた。

女の子の部屋入ったコト無いけど。

 

「ひさびさのこーしょーだー」

「うでがなるぜ」

「れっぷうつくろうれっぷう」

「ぺんぎん……」

 

頭の上のツインテ以外が、待ちきれないとばかりに飛び出してあちこち走り回る。

俺だって待ちきれないってのに、コイツらは……。

 

コウショウ内を見回してみる。

中に入ってみると、外から眺めるよりずっと大きく感じる。

体育館の半分くらいの広さで、三階建てくらいの高い天井から、割れた電球がぶらんと垂れ下がっている。

 

坂の上から覗いた時に見えた小さなクレーンは倒れて捻じ曲がったただの鉄屑と化し、壁際に一つだけ置かれたコンテナはこれまた錆びて穴だらけで、空っぽの中身をひしゃげて開きっぱなしになった口から覗かせている。

隅にはゴミのようなモノが小さな山を作り、割れた窓から吹き込んだ雨で真っ赤に錆びて、床に大きなシミを作っていた。

 

そして、真ん中辺り。

 

足音を少し反響させながら近付く。

 

部屋の中央には、床のコンクリを長方形にくりぬいたようなプールが、間を空けて二つ作られ、緑と赤の混ざったドブのような色の液体で満たされていた。

 

ぷぅ~ん……と、立ち上る、生臭さと金気(かなけ)臭さの混じったような臭い。

 

頭の上から、ウキウキとした声が降ってくる。

 

「けんぞうようどっくです」

 

ぴょん、と飛び降りて、てててっとプールの脇まで駆け寄ったツインテが、満面の笑みで振り返る。

 

「ここでかんむすをつくるのです」

 

いやムリだろ。

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

やっぱりだよ。

妖精さんの『任せろ』は基本真に受けちゃダメだって、あれほど、あれほど痛い目を見たのに俺と来たら……!

 

膝から崩れ落ち、さめざめと涙を流す俺を心底不思議そうな目で見てくるツインテ。

 

「どうしたていとく。おなかいたい?」

 

「……お前、このエグいドブみたいなんは、これで正解なんか……?」

 

俺は四つん這いのまま顔を上げ、名状しがたい汚水のようなモノを指差した。

 

「…………」

 

俺と一緒になって、しげしげとプールを覗き込むツインテ。

 

こぽっ、とガスが浮き上がり、辺りに鼻が曲がりそうな異臭を撒き散らす。

 

ぷい、と壁の方を向き、偉そうに腕を組む色白ツインテ妖精さん。

重々しく口を開く。

 

「……じゅうのじゅう、ばんぜんとはいいがたい」

 

「百ねぇよ!」

 

なんだこの臭いは!

田舎の畑に置きっぱなしになった肥溜めの風呂桶みたいになってんぞ!?

 

「だいじょうぶ。いけるいける」

 

すすす……とプールから遠ざかりながら、ツインテが言う。

 

おい……分かってんのか?

艦娘。

俺の記念すべき艦娘第一号だぞ?

どんなに可愛くても、ドブみたいな臭いしてたら台無しだよぉー!?

 

「ようせいさんうそつかない」

 

自信満々に胸を叩くツインテ。

……うわぁ、不安。

 

「…………まあイイや。できるってんならやって貰おう。……ちなみに艦娘ってどうやって作るんだ? できるまでどれくらいかかる?」

 

俺はできるだけおぞましい水溜まりに目を向けないようにしながら、ツインテに問いかける。

 

情報統制の厳しい艦娘関係の情報だが、人類の平和を守る大切な仲間として、その姿や名前なんかは多少、公開されていた。

 

かつての大戦で戦った艦艇の魂を持つ、艦娘という者達。

彼女らは、ネットやテレビのニュースや特集なんかを見る限り、人間とまったく変わらない姿をしている。

 

見た目の年齢は、下は女子小学生くらいから、上は妙齢のお姉さんまで幅広く、例外なく美人美少女だ。

 

艦娘達と毎日ちちくりあって、その上莫大な給料まで貰える。

そんな、提督という存在を初めて知った時、俺はソイツらが若くしてハゲるよう心底呪った。

 

とにかく、そんな人間みたいな生き物を作る訳だから、俺はてっきりSFちっくな透明な筒でもあるんじゃないかと思っていた。

その中にそれっぽい蛍光色の液体が満たされてて、ソイツに妖精さん達が妖精さんパワー的なナニかを注入して、パソコンをカタカタ操作すると艦娘が誕生する、そんな想像だ。

 

しかし、目の前にあるのは四角い肥溜め。

 

……ちょっとここから女の子が出てくる絵が浮かんで来ないんだけど。

 

「ざいりょうがあればいっしゅん」

 

「もってきたー」

「このときのためにあつめておいたのさ」

「じゅんびおっけーです♪」

「しじをくれあいぼー」

 

ツインテが何でもないように答えると、いつの間に集まっていたのか、コウショウ中に散らばっていた妖精さん達がプールの回りに集まっていた。

 

それぞれ手にスパナやらバールやら金槌やらの工具を抱え、丸わ、と書かれた黄色いヘルメットを被っている。

またぞろ何処から取り出したか知らないが、人間用のサイズなのでやたらデカく見える。

 

それどうみたってお前ら自身より重くないか……?

まあ何時もの事か。

 

「……何だか良く分からんが、良し、やれ!」

 

俺の投げやりな指示に、妖精さん達が元気良く、おー♪ と工具を突き上げた。

 

七匹の妖精さんに、ツインテが指示を飛ばす。

 

「こうざい、いれろー!」

 

すると、妖精さんズは一斉に飛び出すと、ガラクタの山に突入した。

 

「お、おおっ……スゲぇな……」

 

そして、何だか良くわからない機械の残骸に工具を突き立て、テキパキと解体していった。

 

バキッ! メキメキ……ッ! ベコッ! ギィコギィコ……! カラン!

 

いったいどんな不思議パワーを使っているのか、大の大人が寄って集っても手こずりそうな鉄屑の山を、あっという間にバラバラにしてしまう。

 

「どんどんはこべー」

「なげこめー」

 

そうしてバラしたそばから頭の上に持ち上げてプールまで運び、ポイポイと水の中に放り込んでゆく。

 

「うわぁ、ゴミを捨ててるようにしか見えん……」

 

そうやって錆の塊のような鉄屑をある程度入れた所でツインテからストップがかかる。

 

「ねんりょう!」

 

「あいさー」

「ねんだいもののねんりょうだー」

 

すると、今度は隅っこに寄せてあったバケツを、チャプチャプと運んでくる。

 

覗いてみると、真っ黒でドロドロした謎の液体が満たされていた。

あの汚水の横にいてなお鼻に突き刺さるような、強烈なオイル臭がする。

 

「…………コレナニ?」

 

「ななじゅうねんまえのがそりんです」

「くるまからこっそりぬきとったです」

「だいじにとっときました」

 

……それはもう果たしてガソリンなのか?

一万回使った後の天ぷら油とかじゃないよな?

 

俺の心配をよそに、妖精さんたちは口元にハンカチを巻いて、腐ったガソリンを注ぎ込む。

 

いよいよプールの中が地獄めいてきた。

 

「ぼーきもいれろー!」

 

次の指示に、妖精さんが残ったガラクタの中から黒くて丸いモノを転がしてきた。

 

「今度はなんだ……? ぼーき?」

 

「ぼーきさいとです」

 

「ああ、ボーキサイト……何だっけ、アルミ…………には見えねぇなソレ」

 

妖精さんが転がしてきた黒い塊は、趣味の悪いパックマンみたいなボールだった。

口らしき部分の乱杭歯っぽいデザインとか超ロック。

ちょっと欲しいかも。

 

「何だコレ。オモチャ? コイツは錆びてないんだな」

 

良く見ればちょっと愛嬌がある。

司令室に飾っちゃダメかな?

 

「まあぼーきはぼーきです」

 

そう言って、地獄の釜に投げ込まれる黒たこ焼き。

ああ、もったいない……。

 

「いっこじゃたらんぞー」

 

ツインテがいつの間にか取り出した長い棒でプールをかき混ぜながら、ハンカチ越しのくぐもった声で言う。

 

「そんなー」

「それしかないです」

「うみでひろった」

 

「ええっ!? それじゃ、艦娘作れないってコト? ウッソだろお前ここまで来て……!」

 

「かくなるうえは」

 

俺が悲痛な声を上げると、妖精さん達はそう言って、一斉に天井を見た。

 

「…………?」

 

つられて上を見る。

 

トタンが剥がれ、屋根に空いた四角い穴からまぶしい光が降り注いでいる。

 

「…………、あれがどうし――――」

 

天井。

屋根。

穴。

残ったトタン。

ボーキサイト。

 

「――――あれ、ひょっとしてアルミか?」

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

妖精さん達が、バラバラにしたアルミ板をプールに投げ込む。

 

「まさか修理どころか解体するコトになるとは……いや、コレもすべてはおっぱいのため。いたしかたない犠牲だ……!」

 

天井の、一回り大きくなった穴を見上げて呟く。

 

艦娘一人生み出すだけでこれとは、いよいよドツボに嵌まってきた気がする。

もう絶対、失敗しちゃった♡ じゃ許されんぞ。

 

「なあツインテ。そろそろ出来そうか?」

 

「あとはだんやくです」

 

だんやく……まあ、弾薬だろう、たぶん。

…………って、そんなもん一体どこに――――

 

「ここにあるぞー!」

 

俺が口を開こうとした瞬間、入り口のほうから妖精さんの声が響いた。

 

振り返ると、赤髪お下げの妖精さんが、ロープでナニかを引っ張っている。

なんかさっきから見かけないなと思っていたが、そんなもんを持ってきてたのか。

 

お下げが持ってきたのは、古びた木の箱だった。

鑑定番組で見たコトがある。

たしか長持とかいう衣装箱だこれ。

 

「あけてあけて」

 

お下げに急かされて開いてみると、辺りにホコリっぽい匂いが広がる。

 

「おおーー」

「とうとうこのときが」

「きてみてー」

 

「ケホッ……なんだ、コレ…………おお」

 

中に入っていたのは、茶色いボロ布……ではなく、軍服だ。

広げて初めて分かった。

煤けたボタンには、桜とイカリの意匠が見てとれるし、肩には肩章とかいうのがついている……階級は分からないけど。

 

脇には、軍帽やサーベル、剣帯や靴まで入っている。

 

「すごいな…………これ、ずっととって置いたのか?」

 

そう問いかけると、島にいた妖精さんズが誇らしげに胸を張った。

 

「そうか、これ、元々は白なんだ……何年ほっといたらこう…………っと、ナニすんだお前ら!?」

 

俺が軍帽を手にとって眺めていると、妖精さんが二人がかりでジャケットを持ち上げて、俺の肩に掛けた。

 

「おほー♪」

「ていとくかっこいい!」

「おとこまえ!」

「すてき」

「だいて♪」

「きゃー♪ きゃー♪」

 

「そ、そうか……? ったく、お前らも調子のいい……♪」

 

やんややんやの大喝采に、内心満更でもない。

べ、べつにお前らみたいな謎生物に誉められたって、嬉しくなんかないんだからねっ!?

 

提督なのに何時までもTシャツ姿じゃ、これから会う艦娘にカッコがつかないから仕方なく、そう仕方なくなのだ。

調子に乗って手に持った帽子を被ってみると、妖精さん達はいっそうキラキラし始めた。

 

「ん、ゴホンッ…………まあ、俺は提督な訳だから、何もおかしくはないよな。後で一回洗濯してみるか……無駄だろうけど……お?」

 

中に入っていたコートを持ち上げると、長持の一番底に、赤く錆びた小さな拳銃が一丁、静かに横たわっていた。

 

「おお……ピストルだ……初めて触ったわ」

 

持ち上げてみると、ひんやり冷たく、思っていた以上に軽い。

マンガとかドラマなんかでよく見るのとは、だいぶ形が違う。

 

「あ」

 

少しいじくり回すと、上のスライド部分が、パキッ、と外れてしまった。

カラン、と壊れたスライドが、長持の中に落ちる。

 

「あーあ……あ、これ」

 

「だんやくです」

 

薬室に、一発の弾丸が。

傾けると、手のひらにコロン、と落ちる。

青錆びた真鍮の実包だ。

とても用をなすとは思えない。

 

覗き込んでも、他には一発も入っていない。

 

「…………え、まさか弾丸って……」

 

「それです」

「それだけです」

「いっきゅうにゅうこん」

 

マジかよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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君に決めた




※主人公はアホです。
 彼の語る知識には、しばしば重大な誤りがあります。
 真に受けちゃダメだよ。






 

 

 

「ないよりましです」

 

ツインテはそう言うと、ぴょんっ、とジャンプして俺の手の上の銃弾をひょいと奪い、プールに投入する。

 

トプン……と、粘っこい音を立てて、青錆まみれの銃弾が奈落に沈んでゆく。

 

「……なぁ。ホントにそんなんで大丈夫なのか? 有り合わせでどうにかするしかないったって、限度ってモンがあるだろ……」

 

口元をハンカチで覆ったツインテが長い棒でかき混ぜる闇鍋を恐る恐る覗き込んで見ると、マーブル模様の水面で黒いたこ焼きがくるくる回り、ガラクタ同士が水中でこすれ合う、ガラン……ガラン……という鈍い音がくぐもって聞こえてくる。

 

……悪ふざけにしか見えねぇ。

 

「だいじなのはこれから」

 

疑わしげな目で見ていると、ツインテがそう言って続ける。

 

「ここにいのちをふきこみます」

 

命を吹き込む……?

なんだそれ、と思っていると、これまたいつの間に汲んできたのか、澄んだ液体で満たされたバケツを頭の上に掲げた妖精さんが走ってきた。

 

「もってきたぞー!」

「しんせんなかいすいだー」

 

どうやら、海の水を汲んできたようだ。

チャプチャプと揺れるバケツから潮の香りがする。

 

今度は海水を放り込むのか? と思っていると、プールをかき混ぜる手を止めたツインテが、てててっ、と俺の目の前に走ってきた。

 

身体をかがめた俺を見上げて、ピシッ、と敬礼して言う。

 

「こんかいはちょーせつやくれしぴです」

 

「? お、おう」

 

「できるのはくちく、がんばってけいじゅんです。なにつくるです?」

 

どうやら、どんな娘がお望みかリクエストが欲しいらしい。

そうは言っても、この惨状を見た後だとまともな女の子の形をしていてくれたら何でもいい気がする。

無事に産まれてきてくれるんなら、万々歳だ。

 

むしろ半液体のモンスターとか出てくるんじゃないか本気で不安。

 

「……あんまり、いや超聞きたくないけど、失敗したらどうなんの?」

 

「わたししっぱいしないので」

 

ふんす、と無い胸を張るツインテ。

うわぁ、スゲェドヤ顔。

 

「お前、この前プリン作ろうとしてスポンジみたいな卵焼き作ってたじゃん」

 

「…………」

 

てしっ! てしっ! てしっ!

 

はっはっは、コラコラ、向こう脛を蹴るんじゃない。

全然痛くないけど……あ、まて、その棒を近づけるなって!

 

しかし困った。

 

ツインテに釣られて、きゃっきゃ♪ と意味も無くじゃれついてくる妖精さん達を適当にあしらいながら思い出す。

自力で鎮守府を作ろうと思い立ってから、第二次大戦とか艦娘についてなど、一応色々と独学で調べてはみたのだ。

 

……主にwikiで。

 

水を掛けた覚えもないのに日に日に増えまくる妖精さん達と、血を血で洗う壮絶な格闘をしながら、睡眠時間を削ってまでの、涙ぐましい努力だった。

 

くちく、と言うのは駆逐艦、けいじゅんとやらが軽巡洋艦の事を言っているのだろう。

 

大した容量のない脳ミソに必死に詰め込んだ知識によれば、駆逐艦は魚雷を積んだ、ちっちゃい工作用のフネ……たしか魚雷艇だかを駆逐するために作られた小さめの軍艦で、巡洋艦は遠洋航海ができて、速くて強い軍艦、だったハズだ。

たしかそう、たぶん。

 

で、軽だから小っちゃい方の巡洋艦だ。

重巡洋艦とかいう、戦艦の代わりに作った大きい巡洋艦があって、その艦娘が大層()()()()()をお持ちになっているコトはよ~っく覚えている。

 

艦娘を題材にした創作には強い検閲がかかり、イカガワしいイラストなんかはアップロードされてすぐに削除されるのだが、それはそれ、世界に名だたるHENTAI民族ニッポン、()()所には()()

 

まだ一度も実物にお会いしたことがない高雄女史なる艦娘さんには、大変お世話になった。

いつか会ってお礼を言いたいモノだ。

 

で、駆逐艦は小学生みたいな見た目だったから、きっとみんなおっぱいが小さい。

 

うん、駆逐艦は無しでいいだろう。

 

……いや、なんか艦隊では大が小を兼ねないとかなんとか書いてあったから、いつかは作らなきゃならないんだろうけど、最初くらいはさ、ね?

 

「うーん…………その二種類しかダメ? 無理?」

 

「だーめ♪」

 

渾身の頭突きを受け止めつつ、ひょいっと顔の前に抱え上げたツインテに問いかけると、かわいらしくバッテンを作った。

まあ、正直こんな廃材鍋で艦娘を作れるだけ御の字だ。

贅沢は言うまい。

 

「じゃあ、軽巡で頼むよ。おっぱいは大きめでよろしく」

 

駆逐艦と軽巡洋艦。

たしか軽巡洋艦の方が大型の軍艦だったハズだ。

 

軍に公開された艦娘の画像から察するに、大型の艦艇ほど、艦娘になった時の見た目年齢や、おっぱいが大きい。

戦艦や空母なんかは、少ない情報ながら軒並みケシカラんプロポーションだった。

 

ここは少しでも大きめに作ってもらわないと……と、あれ?

 

「まかせろー」

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待って! その、どうやんのかは分からないけど、今から艦娘をその、作る? 建造するワケだよね?」

 

勇んでプールに向き直ったツインテを、慌てて呼び止める。

俺は今、大変な事実に気づいてしまったかもしれない。

 

「うむ」

 

「その、今から建造するってコトはさ、ある程度形とか、大きさとか……その、調整、できるよね…………?」

 

艦娘は妖精さんが作る。

そう聞いて、それならば当然、その辺の調整はできて然るべきと思っていた。

 

しかしだとしたらおかしくないか?

 

駆逐艦は小さく、戦艦は大きい。

実にしっくりくる。

()()()()()()()()

 

提督は超スーパーエリートだ。

勝ち組の家系に産まれ、幼いうちから蝶よ花よ酒池肉林よと育てられ、何一つ不自由なく、望めば何でも手に入るような人生を送ってきたような上級神民だ。

そんないけすかないヤツらが、さあ何でも自分の思い通りになる艦娘を作りましょう、そうなった時。

 

果たしてそんな普通の子を作るか?

 

(無い! 絶対無い!)

 

あり得ない。

イケメンエリートと金持ちは性癖が歪んでいると相場が決まっている。

ヤツらなら、嬉々としてロリ巨乳艦娘(わかりみ)や、長身絶壁艦娘(ありえん)を建造して侍らせたりするに違いない。

それどころか、デブ専やB専くらい居たって不思議では無いのだ。

 

そんな性的倒錯エリートが何人もいるのに、出てくる艦娘映像はすべて普通の美少女。

 

…………あり得なくないか?

 

はたして、

 

「うんそれむり」

 

不安は的中した。

現実は非情だった。

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

さようなら、俺のおっぱいスライダー……。

短い夢だったぜ。

 

へたり込んで地面にのの字を書き始めた俺に、でもでも、とツインテが声を掛ける。

 

「すきなけいじゅんがいたらつくれるよ」

 

俺の書いたのの字に色々付け足して、床にへのへのもへじを描いて遊び出した妖精さん達から顔を上げ、ツインテさんを見る。

 

「いや……だって軽巡洋艦だろ? みんなそんな大きそうじゃないし……大体、名前ったってそんな覚えてねぇよ……」

 

あんなヒドい環境で、まともに暗記なんかできるワケがない。

なけなしの記憶域に入っているのは、大和とか蒼龍とか、お胸のご立派な方々ばかりだ。

 

軽巡ねぇ……ああ、たしか、なんか軍事用募金を呼び掛けるCMで、一人見た事あったような……。

 

「ナカチャン……とか、そんなんいなかった?」

 

「なかかー」

 

俺がボソッと呟くと、何を思ったのか、ツインテ妖精さんが海水の入ったバケツに小さなおててを、チャプッ、と突っ込んだ。

 

俺の見ている前で、目をつぶってムムム……と難しい顔をしている。

ナニやってんだこの子?

 

「ざんねん、おるすです」

 

「え、留守とかあんの?」

 

と言うか、そん中に居んの!?

 

「あー、じゃあイイや、ちょっと浮かんだだけだし……誰なら作れそう? もう、ちゃんと艦娘なら誰でもイイんだけど……」

 

俺がそう言うと、ツインテはうーんと少し唸った後、胸元から、ひょいっ、と白いチョークを取り出した。

 

「おかおおしえます」

 

どうやら、今建造できる娘の顔を描いて教えてくれるようだ。

懐かしのボロアパートにも散々落書きされたが、あの画力じゃせいぜい髪型くらいしか判断――――

 

 

 

――――待て、顔?

 

 

 

「ああ……ん? ちょっと待て、お前、産まれてくる艦娘の姿がわかんのか!?」

 

「ぎくり」

 

分かりやすく、しまった、と言う顔をするツインテ妖精。

 

慌てて見回せば、口に手を当てて、しー! しー! とやっていた妖精さん達が、目を合わせられた瞬間、そっぽを向いてヘタクソな口笛を吹き始めた。

 

「なんにもしらないですよ?」

「も、もくひするです」

「きょうはよいてんきです」

「からてのけいこが」

「はたけのようすが」

「にかいでものおとが」

「ええと……ちゅーする?」

 

おのれこの妖精さんども…………!

 

「おいこらツインテ、お前それが分かるんなら最初から胸のおっきい娘教えてくれたらイイじゃねーか!」

 

俺、ず~~~~………………っとそう言ってたじゃん!

コイツら分かっててずっと黙ってたな!?

 

「…………きょひけんをはつどうする」

 

きょ、拒否権、て……!

コイツら、まさかとは思うが、艦娘っぱいに嫉妬でもしてんのか!?

 

「いいぞー」

「われわれはけんりょくにくっしない」

「おっぱいはてきだー♪」

「ていとくはもっとわれわれをかまうべき」

「ちいさくてもいいじゃない」

「むしろいいじゃない」

「うわきはゆるさんぞー」

 

開き直って威勢を取り戻した妖精さんズが、デモ隊みたいな格好をして抗議を始めた。

ツインテを守るように密集して、『てっていこうせん!』と書いたプラカードを振っている。

 

ええい、小癪なぺたんこ妖精さんどもめ……!

 

「ていとくはたつたあたりがおにあいです」

 

俺が妖精デモ部隊とにらみ合って、ぐぬぬ……とやっていると、その隙をついてツインテが海水の入ったバケツを持ち上げた。

 

あ、コイツ勝手に建造しようとしてやがる!

 

「ストップ! ストップだ! いいか、提督命令だ、建造する艦娘は俺が選ぶ! 取り敢えずタツタとか言う娘は無し!」

 

絶対貧乳だろそいつ!

 

バケツを頭の上に掲げたツインテが、俺の命令にピタッと停止して、さっきの俺のように、ぐぬぬ……という顔で俺を見上げてくる。

 

「おのれひきょうな」

「おうぼうだー」

「ようせいさんぎゃくたいー」

「いじめはんたーい♪」

「でもていとくさんにいじめられるのはちょっとすきかも///」

「きゃー///」

 

コイツらは、秘密については絶対に口を割らない。

 

その代わりにか、俺が本気でお願いすると大抵の事は聞いてくれるのだ。

そこにつけ込むようでちょっとだけ心が痛むが、おっぱいに対する重大な背信行為だ、心を鬼にして掛からねばなるまい。

 

恨むなら、平らなる者として産まれた運命を恨むのだ……!

 

「……どうあっても、胸の大きな軽巡の名を吐く気は無いんだな?」

 

俺の念押しに、むん、と口をへの字に引き結んで答える妖精さん(無乳)達。

 

「………………教えてくれたら、一日中付きっきりで遊んであげよっかなぁー…………?」

 

「…………っ、むぐっ!?」

 

あっさり口を開き掛けたお下げの口を、回りの妖精さんが素早く押さえる。

 

ちっ、買収はムリか……。

 

「じゃあ、ツインテ。さっき自分で言ってた通り、今建造できる艦娘の顔を順番に描いて見せろ。その中から俺が選ぶ。それなら文句ないな?」

 

計らずも、俺が大きく譲歩したコトに安心したのだろう。

 

見るからに、ほっ、と肩の力を抜いた妖精さんたちが、いいよーと機嫌よく返事をした。

 

 

 

(掛かったな、アホ妖精さんが!!)

 

 

 

「まずはー……」

 

床に膝をついて、白いチョークでカツカツと顔を描き始めた妖精さん達を見下ろし、俺はこっそりとほくそ笑んだ。

 

何を隠そう、自称おっぱいマイスターのこの俺。

名前と顔さえ分かれば、そいつがどの程度のおっぱいの持ち主かおおよその予想をつけられるのだ!

 

顔だけなら大丈夫だろうという、迂闊な判断を後悔するがいい……お前らには、建造できても絶対におっぱい揉ませてやらんからな!

 

俺がそんな事を考えている内に、一人目を描き終わったらしい。

 

てんりゅーです、という声に下を見ると、どこか目付きの悪い、眼帯ショートカットの顔(いくつか全く関係ないイルカやペンギン等の絵もあった)が描かれていた。

 

(ふむ……つり目……ショート……気が強い艦娘かな? 天龍と言うカッコいい名前からして十中八九貧乳。眼帯とか姉御肌キャラなら、巨乳の線も捨てきれないが……?)

 

妖精さん達が描いた、思い思いの天龍似顔絵を見比べる。

 

(うん、なんか全体的に弱そうだ。つり目でヘタレならほぼ貧乳だろ。妖精さん達だって、開幕にいきなり巨乳軽巡をぶっ込んでくる勇気はあるまい)

 

「……パスだな。次」

 

すると、妖精さん達は目に見えてガッカリした表情をして、額を寄せ合い、作戦会議を始めた。

やはり、読み通り天龍なる艦娘は貧しき胸を持つ艦娘だったらしい。

 

フッ……所詮は妖精さん。

二頭身生物ごときの浅知恵で、俺を欺けると思うなよ?

 

「おつぎはいすずです」

 

次に描かれた顔は、つり目と大きなツインテールが特徴的な艦娘の顔だった。

 

「ほほう。なるほどなるほど、五十鈴、ね……」

 

二人続けてつり目。

明らかに俺を揺さぶりに来ている。

 

(が、甘い)

 

俺は笑いを堪えるのに必死だった。

 

(確かに、つり目のツンツンサバサバキャラとくれば、むしろギャップ萌えを狙った巨乳キャラこそ王道……! 二人続けてつり目とくれば、素人ならばどちらか片方は巨乳だと判断してもおかしく無い……が!)

 

コイツら、大事な要素を見落としてやがる。

 

俯いて考え込む振りをした俺に、そわそわを隠せないでいる(というか、口でそわそわ……と言っている)妖精さん達を盗み見る。

 

(ツインテール! コイツを組み合わせるとなると、話が別だ。つり目でツインテール、イコール貧乳! まさにテンプレ、常識、お約束だ! 日本に長く暮らしてマンガやアニメに親しんでいたら、ここで巨乳読みなんて万に一つもあり得んのだよ!! 間違ってたら木の下に埋めて貰っても構わないねっ! 策に溺れたな妖精さんども!)

 

それからたっぷり悩む振りをして、「パス」と告げると、妖精さん達はもはや隠すこともなく、「やられたー」と崩れ落ちた。

 

ふふ、悔しかろう。

しかし今さらのルール変更は認められん、大人しく次の艦娘を描くのだな!

 

「くまです」

 

くま。

熊? それとも、球磨か?

軍艦の名前の付け方から察するに、多分地名の方の球磨だろう。

 

白い線で描かれた似顔絵を見ると、やはりこれ以上、『つり目』という俺のステージで勝負するコトに分の悪さを感じたのだろう。

三連打のセオリーを破って、ジト目、あるいは、絵の感じから見るにタレ目の艦娘をチョイスしたようだ。

 

「球磨、か……」

 

じっ……と、似顔絵を見つめる。

ぱっつんヘアー、なのか?

そして長髪、エロゲみたいな長いもみ上げ、そしてやたら主張の激しいアホ毛。

 

(確かに少し、迷う所だな……)

 

幼さを感じさせるぱっつん前髪、ジト目にアホ毛とくれば、如何にもな貧乳ロリキャラを想像してしまう。

だが果たして本当にそうだろうか?

 

ヒントは俺を嵌めようとする妖精さんの、余計な一手にあった。

 

描かれた艦娘の口から、吹き出しで、くまー、というあんまりにもあんまりな台詞が描かれているのだ。

 

(正直……危なかったぜ、妖精さん……!)

 

たった、一言。

恐らく名前になぞらえて、幼さを強調する冗談として、くまー、という、あり得ないくらいにかわいい台詞を描いたのだろう。

 

()()()()()()()()()()()

 

(妖精さんの焦りに助けられたな……お陰で、可能性に気づけた。ぱっつんロングは、お嬢様キャラにも当てはまる特徴だ。そしてあざとい台詞から感じる、ふわふわ不思議ちゃんオーラ。球磨、という名前からも、大きなモノがイメージさせられる。典型的な、あらあらウフフ巨乳お嬢様キャラじゃないか!)

 

何でもない風を装い、そっぽを向いて口笛を吹いている妖精さんに、内心、舌を巻いた。

 

(なるほどな……危うく騙される所だった。前二人、天龍五十鈴は撒き餌だ。俺を油断させる罠だったんだ。簡単な引っ掛けを見破らせ、調子に乗った所で仕留める……! 普通、二回連続で貧乳とくれば、次は巨乳かも、そう思う。それが心理。当然の心の動き。僅かに働く疑念! だからこそ、普通ここに巨乳はあり得ない……貧乳を置いておくだけで、ノーリスクでミスを誘えるスイートポイント……! 巨乳で勝負する必要など、全く無いんだ……それゆえに、分かりやすいほどのロリ的特徴を持ったキャラ! ……自分たちが単純だという侮りの植え付け……! だめ押しの一手、不用意な、くまー、という台詞から不思議ちゃんの線を見抜けなければ討ち取られていた……妖精さん、侮りがたし……!!)

 

だが、勝った。

俺は妖精さんの巧妙な罠を見破ったのだ。

 

軽巡洋艦、唯一の巨乳艦娘は、不思議ちゃん系お嬢様キャラの、ぱっつんロングでアホ毛がチャーミングな球磨ちゃんでファイナルアンサーだ。

間違いない。

 

俺は、知らずに止めていた息を、ふぅーー…………、と吐き出した。

 

妖精さん達も、自分達の敗北を悟ったのだろう。

互いに肩を叩き合い、慰めあっている。

 

「さすがていとくさんです」

「きたいをうらぎらない」

「それでこそていとく」

「ほれなおしたぜ」

「けっこんしよ」

「させんぞー」

 

「まあ、色々あったけど……決めたよ」

 

俺は軍帽を深く被り直し、キメ顔で言った。

 

 

 

「俺の鎮守府の、一番最初の艦娘。軽巡洋艦、球磨。……妖精さん達、球磨ちゃんを建造してくれないか?」

 

 

 

 

 








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初めての建造

 

 

 

「よろこんでー♪」

 

俺の淀み無い命令に、色白ツインテがかわいらしい敬礼で応える。

合わせて、妖精さんズもまた背筋を伸ばして、ちっちゃな指の先まで伸びた見事な敬礼をした。

 

誰の目にもやる気がみなぎっている。

 

俺の見せた鮮やかすぎる推理劇に、巨乳を憎む妖精さん達ですら、敬意を抱かざるを得なかったのだろう。

よせやい、テレるだろ。

 

「やるぞー」

「もえてきたぜー♪」

「つくるぞー」

「みててー♪」

 

ぴょんぴょん跳び跳ねて嬉しそうにアピールする妖精さん達に、見てるぞー、と手を振る。

 

ピカァーっと一瞬光り、あっという間に作業着と黄色いヘルメット姿になった妖精さん達が、戦隊ヒーローのようにビシッとポーズを決める。

 

コイツらの早着替えにも、もはや何とも思わなくなってきたなぁ。

 

目線を上げ、妖精戦隊さんの後ろを見る。

 

産業廃棄物をミキサーにかけて煮詰めたような液体にプカプカ浮かぶ黒いボールを、棒でつつき回して沈めようと頑張る黄ヘルのツインテ。

胸の、『げんばかんとく』と書かれたワッペンを見ながら、命令したはいいが、一体ここからどうやってかわいい女の子なんかを建造するというのか、分からな過ぎて首をかしげる。

 

怖いような、気になるような……。

 

と、足元に一匹の妖精さんが、海水の満たされたバケツを持って駆け寄って来た。

何だ? と思ってしゃがんで見下ろすと、後頭部に慣れた感触と重みが。

 

頭上から、しがみついたツインテの声が降ってくる。

 

「なまえよぶです」

 

そう言って、俺の頬を後ろからてしてしと叩く。

 

「名前? なんの?」

 

差し出されたバケツに手を添え、後ろを振り返ろうとする。

 

「きてほしいかんむすです。きこえるよーに」

 

「あ、ああ……えっと、球磨?」

 

「こえがちいさい」

 

ギュッ、と、ツインテがしがみつく手足に力を込める。

 

分かった分かったって……なんか照れ臭いなぁ……。

 

「く、球磨! 球磨ぁ! 聞こえるか? 球磨っ!」

 

こんなんでイイのか? と思いながら、半ばヤケクソになって叫ぶと、突然、後頭部と手の中のバケツがじんわりと熱を持ち始めた。

驚いて両手に力が入ると同時に、揺れる水面が、こころなし……いや、見間違えでなく、キラキラと不思議な青い光を(たた)え始める。

 

「お、おおお? おおおぉぉおお……!」

 

何だかよく分からんが、これでイイのか!?

い、イイんですよね!?

なんかシャレんなんないくらい熱くなって来たんですけどぉっ!!?

 

俺がそこそこの異常事態に軽くビビっていると、俺の頭から飛び降りたツインテが、俺の手からひょいっ、とバケツを取り上げ、てててっ、とプールに向かって走る。

 

そして、

 

「そおい♪」

 

プールの(へり)から、蒼白く発光した海水(?)をバケツごと豪快に中へ放り込んだ。

 

ええーーーっ!?

予想はしてたけど、ええぇーーーーーっ!!?

 

あんまりにも躊躇いの無い荒っぽさに、内心、バケツごとかよ!? と驚いていると、間髪を容れずに、今度はプールそのものが蒼白く発光し始めた。

 

「う……………………………………」

 

思わず、見とれた。

 

黒い水面にオーロラのようにたなびく、蒼い光。

まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような、幻想的な光景。

 

…………綺麗だ。

 

何故か、異常なハズのその光から、目が離せない。

()()()()()()()()

そんな気がした。

 

声が聴こえるのだ。

酷く切なく、震える声が。

助けを求める声が。

 

しかし、それも一瞬だった。

取り憑かれたように、立ち上る細い光に手を伸ばし掛けた俺は、

 

「はーいさがってー」

「あぶないよー♪」

「さがったさがったー」

「そーいうのきんしー♪」

「ゆだんもすきもない」

 

「ええっ!? ちょちょ、ちょっと何だよ!?」

 

妖精さん達によって後ろを向かされ、ズイズイとプール(海底)から引き離される。

 

え、ホントに待って!?

よくは分かんないケド、いまメッチャ大事な場面じゃ無かったっすか!?

 

俺が戸惑いにたたらを踏んだ瞬間だった。

 

 

 

ゴウッッッッッッ!!!!!

 

 

 

凄まじい音と共に、周囲に真っ白い光が溢れ、全身に熱風が吹き付ける。

 

「今度はなん――――――」

 

振り返って、絶句した。

 

 

 

ゴオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ………………!!!!

 

 

 

溶接現場で使うような遮光マスクを被ったツインテが、火炎放射器のようなモノでプールに爆炎を叩きつけていた。

 

「ひゃっはー、おぶつはしょうどくだー♪」

 

 

 

ええエエェェェェェェェェッッッ!!!?

 

 

 

本日二度目の、魂の叫びだ。

 

「な、な、な、ナニやってくれちゃってんノオォォォォォッッッ!!?」

 

衝撃の光景だった。

幻想的だった先ほどとは一転、目の前で繰り広げられる世紀末な蛮行。

 

発光する程の高熱を放射され、蒸発、気化した白と黒の蒸気。

それがモクモクと吹き上がり、ゴミ処理場と交通事故現場を混ぜたような強烈な臭いと共にコウショウ中に立ち込めて行く。

 

それを囲んで熱風に髪をなびかせ、背後に向かって黒く長い影を投げ掛ける二頭身の妖精さん達。

揃いの遮光マスクをした姿も相まって、実に異様極まる光景だ。

 

やがて放射が終わり、妖精さん達が「ふはー♪」と遮光マスクを外した頃になっても、俺は衝撃から立ち直れないでいた。

 

燃やしちゃったよ……。

なんか今にも艦娘が産まれて来そうだったプール、燃やしちゃったよ……!

 

くらくらと目を回す俺の目の前で、更に状況が動く。

 

妖精さん達が赤熱するプールの横の床に這いつくばって、何かゴソゴソすると、ガゴッ、という音と共に、コンクリート板が長方形に剥がされ、脇に退かされる。

そしてそこから、ガコン、と鋼鉄のレバーが引き出された。

 

七匹の妖精さん達が全員で錆びたレバーに取り付き、「せーのっ♪」の掛け声で、ガシャンッ! と重そうなレバーを倒した。

 

同時にコウショウの地面の奥から響いてくる、ゴリゴリゴリゴリ…………という、太い鎖の擦れ合うような鈍い音。

 

何事かと思えば、蒸気の立ち上るプールの脇で、ピー♪ ピー♪ と笛を吹きながら紅白の旗を振るツインテ妖精さんの姿が。

 

あっけに取られる俺の目の前で、中の液体がすっかり蒸発した長方形のプールの底が、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………と重々しい音を立ててゆっくりとせり上がって来た。

 

ピピィーー…………ピッ!

 

という、ご機嫌な笛の音と同時に、ゴウン……と底の上昇が停止する。

 

(は、反応が追い付かない……!)

 

次々に起こる不思議現象に、スペックの低い脳ミソが拒否反応でも起こしているようだ。

ここ、ただの汚いプールかと思ったら、建造ドックっての、本当だったんだな……と、現実逃避のようにそう思った。

 

シューシューと煙を出すプールの底には、黒鉄の台座が作られ、その上に、蒼白く発光するボールの様なモノが載って、瞬くように弱々しく明滅している。

 

「かこめー♪」

「いそげー」

「しあげだー」

「うでがなるぜ」

 

それぞれの手に金槌やスパナなんかを持った妖精さん達が、待ち構えていたかのようにその塊に突撃した。

 

カーンッ♪ カーンッ♪

 

という小気味良い音を響かせて、ゆらゆらと光を揺らす塊が、みるみる内に形を変えて行く。

 

そして、

 

「できたー♪」

「やっぱりこうそくけんぞうはらくちんだぜ」

「ほめてー♪」

「いいできばえ」

 

ものの一分も経たない内に、光る塊はその形を整えられていた。

 

「…………これは……?」

 

船……軍艦だ。

明滅が止まり、ただ静かに蒼白い光を湛える、軍艦……のミニチュア。

 

台座の上に、人が一人横たわったくらいの長さの軍艦の、白一色の精巧な模型が浮かんでいた。

 

「コレが…………艦娘? 球磨なのか……?」

 

うわ言のように呟く。

気づけば周囲には、どこか静謐な、厳かな空気が満ちていた。

 

妖精さん達は、如何にも一仕事終えたぜ、みたいな顔で、ヘルメットを脱いで動物柄のタオルで額を拭っている。

 

「ていとくさん。さいごのしあげです」

 

ツインテに促され、慌てて発光する軍艦の前に進み出る。

なにがなんだか分からないでいる俺の頭によじ登って、ツインテが言う。

 

「このこがくまです」

 

言われて、建造(?)された軍艦のミニチュアを眺める。

 

細長く、カッコいい船だ。

マストが二本、前に見晴らしの良さそうな艦橋、後ろには一基のクレーン。

真ん中に、先の膨らんだ煙突が三つ。

一つ、二つ……砲塔が全部で七つ、前に二、両舷に一、後ろに三。

後部砲塔の間には、水上機を載せたカタパルトが一基。

魚雷の発射管は、四基八門。

艦首に菊花、艦尾に旭日旗。

 

間近で見ると、大きさと重武装とが相まって中々に迫力がある。

コレで『軽』巡洋艦なのか……軍艦ってスゲェ。

 

…………じゃなくて、

 

「これ、艦娘……」

 

これ、艦娘じゃ無くない……?

ただの良くできた模型……?

 

普通でない事は分かる(ふわふわ浮いてるし、光ってるし……)のだが、どう見ても人形(ひとがた)じゃない。

 

戸惑う俺に、頭の上から、ツインテが言った。

 

「さわって、なまえをよぶです」

 

訳も分からず、そっと手を伸ばす。

ゴクリと唾を飲み込む。

 

ぴとっ……と、艦首に手を触れた。

ひんやりとした感触に驚きながら、恐る恐る、名前を呼んでみた。

 

「……球磨」

 

……。

 

…………。

 

………………?

 

別に何も起きな――――――

 

 

 

パアアァァァッ、と、『球磨』が光を放つ。

 

「うわっ!?」

 

思わず腕で目を庇った。

 

妖精さん達が、興奮したようにぴょんぴょん跳ねている。

 

腕の隙間から、眩い光を放つ球磨がぐにゃぐにゃと変形するのを見た。

 

丸くなり、頭が、腕が、足が生えて行く。

軍艦そのままだった球磨が、蒼白い光の中で徐々に人の形に変わって行く。

 

「…………!」

 

「あ」

「あ」

「あ」

 

そこに、黒い光が混ざる。

 

髪の長い、小柄な女の子の形に成りつつあった球磨の内側から、仄冥(ほのぐら)い光が漏れだし、身体にまとわりついて行く。

 

薄く広がるように身体を這う光が、衣服のように変形して行くのをただ呆けたように眺める。

 

やがて光が止むと、目の前、ドックの上には、()()()()()()()()()()()の、中学生くらいの女の子が、ふわり、と浮かんでていた。

 

なだらかな肢体を包む真っ黒いセーラー服に、同色のショートパンツ。

襟もとのタイまで真っ黒だ。

足の艤装――艦娘の装備をそう言うらしい――は、連装魚雷発射管まで真っ黒、背嚢(はいのう)型の艤装もまた、マスト、艦橋、カタパルト、煙突、単装砲に至るまでこれまた黒一色で、内側から溢れ出すように蒼い光が零れている。

 

その、()()()()()()()()()()()()()、真っ黒ずくめの白い少女は、よく見るとうわ言のように口を動かしていた。

 

「……な…い………めない…………だ、…ずめない…………」

 

「……?」

 

何か、うなされているようだ。

 

建造された白い艦娘が、ゆっくりとドックの上に降りてくる。

と、台座の上に足を着いた瞬間、フラッ、とグラついた。

 

「あっ、ぶなっ――」

 

「しず…めない……、…マは……まだ、沈めない…………っ!」

 

しかし、白い艦娘は、大きく足を開き、ガリッ! と床の破片を飛ばしながら、腕をだらんと垂らして踏ん張った。

 

スッ……と、(まぶた)を開く。

蒼白い光。

 

「球磨は…………球磨は、まだ……こんなトコロで…………っ!」

 

蒼い目が、真っ直ぐに俺を貫く。

強く、燃えるような壮絶な意志のこもった、瞳。

 

ピョコンっ、と、少女の頭から白く長ーいアホ毛が跳ねた。

 

ツインテ以外の妖精さん達は、遠く柱の陰からこちらの様子を窺っている。

 

「ていとくさん……」

「ふぁいと♪」

「おしいことをした」

「わすれないです」

 

アイツら、いつの間に――――!?

 

素早く背後に手を伸ばし、取り外した単装砲を真っ直ぐに俺に向け、両手でがっちり構える、白い艦娘――――球磨?

 

「え、ちょっ――――」

 

「沈めないんだクマーーーーーーーーっ!!!」

 

かわいらしくも迫力ある声で吠えた球磨(?)が、固まって動けない俺の脳天目掛けて、引き金を引いた。

 

(えっ、ウソっ、死っ――――!!)

 

 

 

ガチンッ!

 

 

 

しかし、砲口から砲弾が飛び出す事は無かった。

 

弾切れ――――というか、装填されていなかったようだ。

 

凍りつく俺の目の前で、俺を仕留め損なった球磨(?)は、顔をしかめ、ぶらん、と腕を下ろした。

 

ガチャンッ、と、取り落とした単装砲が床に転がる。

 

フッ、と、球磨(?)の瞳に燃えていた蒼い炎が消え、力無く瞼が落ちる。

そして、糸が切れたように体勢を崩すと、フラッ……と身体が傾いて行く。

 

ゲシッ、と、ツインテに後頭部を蹴られる。

 

「アタっ……ととっ!」

 

思わず前につんのめり、倒れ込んできた球磨(?)を抱き締めるように受け止めた。

身体に感じる冷たさと、柔らかい感触と、小さな重み。

 

「さるべ……けんぞうはせいこうです」

 

「ちょ、ちょっと、えっと……球磨? 球磨さんですか……!?」

 

初めて感じる、女の子の頼りない感触と香りにドギマギしていると、胸元から、すぅ…………という、静かな寝息が聞こえて来る。

 

恐々と見下ろして見ると、球磨、であろう、穏やかな顔で眠る女の子の蒼白い顔に赤みが差し、真っ白だった髪の先方から、明るいブラウンに染まってゆく。

それだけでなく、真っ黒だったセーラー服は白く、タイは赤く、艤装は鋼鉄の灰色に色が変わり、球磨の身体がだんだんと温かくなって行く。

 

アホ毛の先までが茶色く染まった時には、すっかり血色の良くなった小柄な女の子が、アホ毛を揺らしながらスースーと気持ち良さそうに俺の身体に寄りかかっていた。

 

えっと……ど、どうしよう……?

 

「よかったね」

「いちじはどうなることかと」

「しんじてたぜ」

「さすがていとくさん」

「あこがれちゃうなー」

「ちゅっちゅっ♪」

 

妖精さん達がわらわらと戻ってきた。

 

混乱の極みにあった俺に、頭の上からツインテ妖精さんの声が降ってくる。

 

「とりあえず、べっどにもってきましょう」

 

そう言って、鎮守府庁舎の廃墟の方を指差した。

 

「お、おう……」

 

いっぱいいっぱいの俺は、おっかなびっくり、建造ほやほやの球磨を抱えて、賑やかな妖精さん達に囲まれながらコウショウの出口に向かって歩いた。

 

 



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ある提督の追懐




優しい世界
シリアスと戦争描写は雰囲気だけ

※当パートは一人称の主観がお年寄りになるため、若干しんどい文体となっております






 

 

 

コンコンコン、と、重い(かし)の扉を叩く、はっきりとしたノックの音。

 

「お入り下さい」

 

秘書が開いた扉から、濃紺の第一種軍装に引き締まった身を包んだ壮年の男が入室し、執務机の脇に立つ私に向かって、お手本のような敬礼をして見せた。

 

「閣下」

 

「うん、話は聞いているよ……掛けたまえ」

 

返礼し、見るからに固い表情をした男に、楽にするようソファを勧める。

 

デスクからオフライン端末と厚い封筒を持ち上げ、自身も対面のソファに腰を沈めながら、男の顔色を伺う。

 

几帳面なこの男らしくもない事に、肩章はやや曲がり、袖口にも()れが見える。

随分と憔悴しているようだ。

 

秘書の入れるコーヒーの香りを吸い込みながら、今日は長くなる、そう思った。

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

大本営。

深海棲艦と呼称する未知の敵性存在による、世界規模の制海権及び、一部制空権の喪失と、大洋の島々及び一部沿岸部への侵略行動。

これに対抗するため、艦娘、妖精さん、提督適正者の登場と対話、議会での200時間に及ぶ議論と世界的世論の変化を受けて、防衛省から独立する事となった海軍省。

 

ここは東京都某所、海軍省庁舎内に施設された、今世界防衛大戦の大本営、その長官たる遠山元帥の執務室。

 

飴色に磨かれた樫の一枚板に、世界地図とガラスの天板を埋め込んだ応接机を挟んで、濃紺色の軍服に各種略章を引っ提げた二人の年かさの男が相対していた。

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

「報告書を読んだ。……随分と辛い戦いだったようだ」

 

口元に運んだカップから、一口、目の覚めるような熱さと苦味とを飲み込んで、背筋を伸ばしたままじっと前を見つめる提督――芳崎(よしざき)大将に水を向けた。

 

「申し訳ございません、閣下……私の力が至らず――――」

 

「手痛い敗戦であった事は事実だ。……しかし、芳崎君に重大な過失は無かった、そう思うよ。……楽にしなさい、ここは軍法会議の場じゃあないんだ、提督」

 

(ようや)く貝の如く引き結んだ口を開いたかと思えば、(いわお)のような顔をくしゃりと歪めて、絞り出すように沈痛な声を上げた芳崎君に、偽らざる本心を告げる。

 

大分(こた)えた様子の芳崎君にコーヒーを勧めて、自分は端末を開き提出された報告書に再び目を通しながら、しかし今のこの男に何を言っても慰めにはなるまい、と、確信を持って考える。

芳崎君は良くできた後輩で、信頼できる部下でもあったが、この男には防衛省時代から(いささ)か自身の()()に厳しすぎる嫌いがあった。

 

地獄のようなコーヒーを一息に飲み干してとびきりの渋面を作る芳崎君に、静かに語って聞かせるように報告書を読み上げる。

 

「大破した旗艦長門以下、伊勢、蒼龍、赤城、神通、那珂がそれぞれ小中破した状況からの迅速な撤退指示、それによって貴重な主力艦隊である第一艦隊を全艦生還させた事は称賛されるべきだ」

 

「…………天龍、球磨、五十鈴、川内、夕立、島風が沈みました」

 

「彼女達が望んだ事だ」

 

私の言葉に、芳崎提督は膝の上の(こぶし)を、白くなる程にギュッと握り締めた。

 

敵補給線の分断と、北マリアナ海域の奪還及びそれに伴う防衛線の押し上げ。

今回の作戦は、本土の鹿屋(かのや)、岩川基地と、最前線のパラオ、トラック泊地の四鎮守府が連携した重要な作戦だった。

 

数ヶ月に及ぶ危険な共同哨戒(しょうかい)作戦の末、敵補給基地が北マリアナ諸島に存在する事を突き止めたパラオ・トラック両鎮守府提督は、史実になぞらえてサイパン島、テニアン島の補給基地を攻撃、それを足掛かりに北マリアナ諸島の深海棲艦基地を撃滅する事に依って、太平洋に於ける深海棲艦の攻撃拠点を奪い、弧を描くように大きく伸びた防衛線で囲い込んだ太平洋の西半分を奪還する一大作戦を立案、実行した。

 

深海棲艦は、過去に囚われている。

 

それは、ここ何年かの戦いを通じて確認された、確かな事実だ。

()()()はかつての凄惨な戦いの記憶に基づいて、歴史上の悲劇をなぞらえる様に侵略を続けている。

 

従って、大本営は(かつ)ての大戦の記録に基づいた対策を立てる事に依って、対深海棲艦の戦いを非常に効果的に推移させてきた。

 

今回の作戦もまた、史実におけるサイパン島、テニアン島の戦いに学び、勝利した米軍の作戦に、今大本営が投入できる全戦力の補強を加えた作戦と相成っていた。

(すなわ)ち、本土の鹿屋、岩川両鎮守府の大戦力に依って北マリアナ諸島の北部に圧力を掛け、戦力を薄く引き延ばし、それをパラオ泊地戦力が分断、補給路、指令系統に打撃と混乱を与えた所で、最前線の芳崎大将率いるトラック泊地戦力に依ってサイパン島南西部に攻撃、制圧する計画であった。

 

果たして、作戦はほぼ予想通りの推移を見せた。

 

まず、入念な準備の後、最年少にして唯一の女性提督でもある鹿屋の柏木(かしわぎ)中将と、後方出身の古参提督である岩川の田井中(たいなか)大将両提督指揮下の機動戦力に依って、フィリピン海沖の深海勢力に大攻勢を掛ける。

(たぐ)い稀なる提督適正の発現によって、異例ずくめの三十四才の若さでの中将昇進、才覚は有れどやや苛烈(かれつ)な嫌いのある柏木中将を、穏和で老獪(ろうかい)な田井中大将が良く(いさ)めて見事な連携を構築。

其々の鎮守府に仲の良い姉妹艦娘が着任していた事も手伝って、見事な波状攻撃を披露した。

 

この時同時に、田井中大将とパラオの南郷(なんごう)中将両提督の指揮下補佐官に依る、フィリピン海に点在する深海勢力補給基地にハラスメント攻撃を敢行。

 

この両作戦に依って北マリアナ諸島の戦力の釣り出しに成功した。

 

このタイミングで、パラオ泊地の南郷中将が伸びきった補給路を急襲・分断。

マリアナ諸島を出た戦力の分断に成功、以降は機動力を生かした遅滞(ちたい)戦闘に切り替え、敵の目を引き付け続けた。

 

そして最後に、トラック泊地の芳崎大将率いる最大戦力に依って手薄のサイパン島を急襲、上陸。

敵戦力を一掃して、北マリアナ諸島における橋頭堡(きょうとうほ)を確保する――――(はず)だった。

 

それまでに至る作戦行動が全て(とどこお)りなく成功し、計画が順調に推移していた……それこそが最大の罠であり、油断――視野狭窄(きょうさく)に繋がってしまったのだった。

 

サイパン島を襲撃した時、予想通りの緩慢(かんまん)な抵抗と、素早い上陸の成功に、冷静な芳崎大将をして作戦の成功を確信せしめた。

そして弱々しい地上戦力を一掃し、サイパン島を完全に手中に収めた時、トラックで通信報告を聞いていた芳崎大将は、作戦成功に沸き立つ第一艦隊の歓声と、一発の砲弾の炸裂音を聞き――――そこで、通信が途絶えた。

 

同時に、トラック泊地庁舎に連続して響き渡る地鳴りの様な砲声と、立っていられない程の揺れ。

 

芳崎大将は倒れ来る書棚と滝のように降り注ぐ書類の中で、(ようや)く北マリアナ諸島の深海勢力に依る欺瞞(ぎまん)作戦に思い至った。

 

フィリピン沖における海戦とハラスメント攻撃、北マリアナ諸島戦力の釣り出し、サイパン島の攻撃。

全てが読まれ、そして利用されていた事は明白であった。

 

フィリピン沖で戦端が開かれた時点で、北太平洋に点在する深海戦力が北マリアナ諸島のサイパン、テニアン()()の各島に進軍、潜伏。

 

マリアナ戦力が()()()()()()()を持ってフィリピン沖に向かうのを見送り、喜び勇んで空白のサイパンを攻撃、上陸するトラック攻撃部隊を静かに包囲。

油断したサイパン島戦力に包囲攻撃を仕掛けると同時に、トラック東の深海棲艦基地から十分な戦力を投入、手薄のトラック泊地に飽和攻撃を実行したのだった。

 

『我々の手の内が読まれている』

 

最低限の防衛戦力としてトラックに残っていた艦娘達の必死の抗戦と、トラック泊地を放棄する事を即断した甲斐(かい)もあって、芳崎大将達は最小の犠牲でラバウルに撤退する事が出来たのだった。

 

最小の犠牲。

 

この戦いで、防衛に当たった五十鈴、島風が大破。

全力で後退する泊地人員と艦娘達を、殿に立って必死に守り、弾薬が尽きてなお敵陣を縦横無尽に走り回り、身体を盾にして雨の様な砲撃を受け続け、最後には其々敵主力艦に決死の体当たりを敢行、敵を巻き添えにしての凄絶な轟沈を遂げた。

 

トラックのムードメーカーであった両艦娘の轟沈を受けて暗く沈む鎮守府に届いたのは、サイパン島攻撃に投入したトラック最高戦力である第一艦隊の、パラオへの壊走さながらの全員生還の知らせ。

……そしてその撤退を助ける為に捨て身の覚悟で戦った第二艦隊の壊滅と、天龍、球磨、川内、夕立の轟沈報告であった。

 

それと時を同じくして、北マリアナ諸島深海勢力の戦力分断に従事していたパラオの南郷中将もまた、それまで弱々しい抵抗しか見せずに敗走していた敵補給戦力の突然の反転大攻勢に、少なくない犠牲を出した。

何せフィリピン沖海戦への補給部隊だと思っていた物が、実際は北マリアナ諸島の戦闘資源をほぼ全て保持していたのだ。

機動力に特化した強襲部隊では、犠牲を最小限にして逃げ帰るのがやっとの事であった。

 

こうして、四鎮守府の全戦力を投入した一大作戦は、少なくない資源の損失、トラック泊地及びその保有戦力の大半の喪失と戦線の後退、前線基地であるパラオ戦力の損耗という、悪夢の様な結果を残して終了したのだった。

 

「…………この敗戦は、(ひとえ)に私の思考停止が招いた物です」

 

()()()思考停止だ、芳崎提督。誰も、深海棲艦らの変化を予想出来なかった。作戦も、正式な決議を通った物だ。君一人が責任を感じる物では無いよ」

 

「……………………」

 

むっつりと黙り込んでやや俯いた芳崎君は、何時もより幾分か小さく、老け込んで見えた。

 

「…………私は」

 

絞り出す様に、芳崎君が震える声で呟いた。

 

目線の先には、テーブルの上の封筒、その口から覗く艦娘の登録証があった。

 

球磨型軽巡洋艦・球磨。

その眠たげな顔写真の下には、彼女の所属、戦歴、趣味、嗜好に至るまでが事細やかに記されていた。

 

その末尾。

 

『サイパン島の戦いに於て、友軍艦隊を守護し徹底抗戦。敵魚雷攻撃数十を以て大破、轟沈す。』

 

「私は…………自分が、情けない」

 

そう言った芳崎君に、私から掛けられる言葉は何も無かった。

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

深海棲艦は、歴史から学び始めている。

 

先の作戦の失敗を受けて、それは最早疑い様のない事実だった。

彼女らは、先の悲惨な戦争をなぞらえるだけでは飽きたらず、()()()()()()()()()()にまで、片っ端から戦争を吹っ掛けているのだ。

 

『深海棲艦は、(むご)たらしい泥沼の戦争をこそ、望んでいるのかも知れない』

 

私が元帥の執務室を退室する直前、遠山元帥はそう(おっしゃ)られた。

それが真実であるならば――――

 

(……なんと救いの無い事だ)

 

私はシガレットケースから葉巻を一本取り出し、吸い口を切って火を点けたまま、(しばら)く口に咥える気が起きないでいた。

 

それは最早、戦争の為の戦争だ。

決して終わることの無い恐怖と痛みと憎しみ、そして悲しみの連鎖。

 

ただ無為(むい)にお互いの血を流し続けた先に、一体何が待っていると言うのか?

 

(深海棲艦を根絶やしにするしか、この戦いの終わりは、無いんだろうか? 何処から来たかも分からない、彼女らの絶滅でしか……)

 

灰皿に置いた葉巻の、(くゆ)る紫煙を眺めながら、嘗て一度だけ相対した『敵』の言葉を思い出す。

 

『ドコマデモ……沈ンデ行ケ………………冷タク……深イ…………水底(ミナソコ)マデ………………!』

 

深海棲艦には、人語を解する者がいる。

 

大本営会議の出席者しか知らない、最大級の極秘事項だ。

 

(このままでは遠からず、世界は水底に沈んでしまうのかも知れない。冷たく深い、憎しみの水底へと…………)

 

(ようや)く、葉巻を口元に運び、バニラの香りのする煙を軽く吹かす。

これが艦娘達にも補佐官達にも不評で、鎮守府では肩身の狭い思いをしていた。

 

「…………駄目だな。矢張(やは)り私に詩人の才能(なぞ)無い様だ」

 

彼女らを失って、些か神経質に成り過ぎていると自覚する。

 

……そう言えば、球磨君は特に葉巻が嫌いだった。

司令室で一度でも吹かした日には、決して部屋に近付かなかったものだ。

 

(私だけの責任では無い、か……)

 

天龍、球磨、五十鈴、川内、夕立、島風。

彼女らとは……いや、鎮守府にいた、全ての艦娘達ともか。

 

酷く年の離れた上官と部下、として、一定の敬意と信頼は得られていたと思う。

しかし、本当の意味で深く信頼し合えていたかと言えば……お互いに、何処か一歩踏み込めない、遠慮や余所余所(よそよそ)しさの様な物があった様に思える。

いや、確かにそうだったろう。

 

(もし……もしも、もっと彼女達の事を深く理解しようとしていれば、違った結果もあったのだろうか?)

 

(せん)の無い事だ。

それは重々承知している。

 

しかし――――

 

言葉を喋る、人形の深海棲艦。

あの、憎しみと悲しみに満ちた目と、震える声を思い出しながら、どうしようも無く、考えてしまうのだ。

 

深海棲艦が世界中で猛威をふるい始めてから数年。

未だ、民間の被害、()()

彼女らは、通商を破壊しても、決して一般市民を傷付けない。

船を沈め、飛行機を落としても、武力を持たない者は必ず命を助け、陸に戻す。

 

世間が、世界的な戦争の中で、表面上は至って平和に過ごせている理由だ。

 

心の中で、()()()に問い掛ける。

君達は一体、何の為に産まれて来たのか、と。

 

 

 







つまらなすぎて読み飛ばした人向けまとめ

・イケメンボンボン提督なんて存在しなかった
・そもそも艦娘は無条件に提督を信頼なんてしない
・球磨ちゃん他、いっぱい沈む(どうせ助かる)
・深海勢めんどくさいかまってちゃん説




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さらばツインテ




お話の都合上、2話で舟に乗っていた時間を、五時間プラス沢山から、丸1日プラス沢山に修正しています。


 

沈んでゆく。

 

沈んでゆく。

 

沈んでゆく――――

 

 

 

身体の感覚が、無い。

あんなに沢山の砲撃と、爆撃と、機銃と、魚雷を受けたのだ。

ひょっとしたらもう、身体が無いのかもしれない。

 

ただ、寒い。

ありもしない身体が、凍りつくように冷えてゆく。

 

(第一艦隊のみんなは、ちゃんと……逃げられたクマ……?)

 

分からない。

自分は、一番最初に沈んでしまったから。

 

でもお陰で、大事な仲間が沈むのを、見ないで済んだ。

 

 

…………。

 

 

光が遠のいてゆく。

 

もう、海面の砲火は見えない。

音も、聞こえない。

 

長門と伊勢は、ちゃんと撤退出来ただろうか。

蒼龍と赤城は、あの包囲を突破できただろうか。

 

沈みかけの那珂を曳航した神通は、

満身創痍の天龍は、

戦艦に突っ込んだ川内は、

曙は、吹雪は、夕立は――――

 

みんな、上手に逃げられただろうか……?

 

(あと……ちょっとだけ…………もう、一隻だけ……でも…………やっつけたかったクマ……)

 

沈んでゆく。

 

(……多摩…………北上…………)

 

(くら)く、冷たい、海の底まで。

 

(…………大井………………木曾………………)

 

沈んでゆく。

 

(……お姉、ちゃんは…………)

 

沈んでゆく。

 

(…………まだ……………)

 

沈んでゆく――――

 

 

 

 

 

(…………沈みたく、ないクマ…………!)

 

 

 

 

 

沈んで――――

 

 

 

 

 

 

 

 

シズ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっさとくるです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『球磨!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

ゴチンッッ!!

 

視界で火花が散った。

 

「イって゛ぇっ!!?」

 

「クマッ!?」

 

何かうなされてるなぁ、と思って覗き込んでみた俺の額が、いきなり起き上がった球磨ちゃんの頭と派手にかち合った。

 

ガサッ、と葉っぱのベッドに倒れ、頭のてっぺんを押さえながら「クマ゛ぁぁぁぁ…………!」と悶えている球磨ちゃんを横目に、恐る恐る額に手を当てる。

 

こ、コイツ一度ならず二度までも……!

仮にも提督に対して殺意が高過ぎねぇか…………? ふぅ、良かった、血は出てない……。

 

「あたまごっちん」

「うわぁいたそう」

「ぜったいいたいよわたしみてたもん」

「そうなの?」

「みてなかったからもういっかい」

「もういっかいー♪」

 

「するかぁ! っくぅ…………お、おい、球磨……球磨ちゃん? だよね? どう、気分は……?」

 

「……最悪クマ」

 

そう言って、頭の辺りでケガの様子を確かめている妖精さんを鬱陶しそうに払いのけて、ゆっくりと上体を起こす球磨。

 

頭をさすりながら、眠そうな目で、周囲の妖精さんを見て、掛けられたバナナの葉っぽいモノをウロンな目でつまみ上げ、最後に俺の古びた軍服に目を留めた。

 

一瞬の静寂。

 

次の瞬間、文字通りハッとしたように目を見開いた球磨ちゃんが、すごい勢いで俺に掴み掛かった。

 

「近いッ!?」

 

「どっ、どうなったクマっ!? 第一艦隊は……、天龍達は!? みんな無事クマっ!?」

 

「え!? な、なに!? どういう事?」

 

本当に、建造されて早々どうしたんだコイツ!?

あれか? 軍艦だった時の記憶ってヤツか?

 

後、クマって語尾、それマジなんか!?

 

なおも興奮した様子の球磨が、キョロキョロと周囲に視線を走らせる。

 

「ここは……トラック……じゃない、パラオ? どこの鎮守府クマ!?」

 

「お、おう……ここは…………あー……」

 

チラッ、と妖精さん達を見る。

 

「わ♪」

「すー」

「れ!」

「なー♪」

 

「コホン……わすれな鎮守府だ。あー、ようこそ球磨ちゃん? 俺が提督の――」

 

「ワスレナ鎮守府クマ……? 聞いた事ないクマ。どこの鎮守府クマ?」

 

俺が知りたい。

 

「きたまりあなです」

「うえのほー」

「はずれのとこです」

 

「えっ!? 初耳っ! 俺それ初めて聞いたんだけど!?」

 

「きかれた?」

「いってなかったです?」

「どこでもいいのあなたがいれば」

「きゃー♪」

 

おのれコヤツら……そしてどこだよ北マリアナ諸島。

太平洋の西の方だったか?

もう、語感からして明らかに日本じゃねぇ。

 

このツインテ、一体俺をどこに連れてきたのだ。

 

「クマッ!? 北マリアナクマ!? そんなハズないクマ! 北マリアナに鎮守府は…………し、深海棲艦の基地クマッ!?」

 

なんだか落ち着きのない艦娘だなぁ。

そのぴょんぴょん跳ねてるアホ毛はどんな仕組みなんだ?

 

語尾といい、マンガみてーなヤツが来ちゃったな……胸、ちっちゃいし……。

 

まんまと妖精さんどもに嵌められた。

何が不思議ちゃん系お嬢様キャラ巨乳だよ……クマーってなんだよ……。

……美少女だけど。

 

美少女だけど!

 

……おっぱいって、ちっちゃくても柔らかいんだな……い、いや、俺は貧乳なんかになびかんぞ!?

その程度の誘惑に俺の信仰は揺らがないんだからねっ!?

 

「あー……その、落ち着いて――」

 

「これが落ち着いてられるかクマーーっ!」

 

うお゛ーーっ! と頭を抱えてブンブンと髪を振り回す球磨ちゃん。

これ大丈夫? やっぱり材料が良くなかったんじゃない?

あ、髪、イイ匂い……。

 

「てい」

 

「クマ゛ッ!?」

 

ピコンっ! と、ツインテ妖精さんが、異物混入でご乱心状態の球磨ちゃんに笑っちゃうくらいデカいピコピコハンマーをお見舞いした。

 

「おちつけ」

 

「クマッ、クマッ!? や、やめるクマーっ!」

 

ピコッ♪ ピコッ♪ と割と遠慮のないピコピコハンマーが球磨を襲う。

そのこれ見よがしな『16とん』の文字はなんだ。

豚っぽいイラスト(ぶーって描いてあるから多分そう)からして、豚十六匹分かな?

 

連続するマヌケな音に、球磨が慌てて妖精さんを遠退けようと腕を振ると、ツインテは身軽にそれをかわして素早く俺の陰に隠れた。

 

「ひしょがかってに」

 

「余りにも無理がある! その、ごめんな、球磨ちゃん、妖精さんのした事だから……」

 

「それはやった方が言うセリフじゃないクマ……お前誰クマ? 補佐官クマ? 状況を知りたいクマ……ここの提督はどこクマ?」

 

あと軍服はちゃんと洗った方がいいクマ、と、顔をしかめて言う球磨ちゃん。

さっき袖を通したばかりなんだぜコレ。

俺だって洗いたい。

 

それはそれとして。

 

「うむ……俺がその提督だ」

 

「? ……冗談はよすクマ。球磨は早く仲間に合流――」

 

「ほんとです」

「このひとがていとくさんです」

「すごいぞー」

「かっこいいぞー♪」

「やらんぞー」

 

「クマッ!?」

 

「ええい、止めんか鬱陶しい! ……あの、信じらんないかも知れないけど、本当に俺が提督なんだ。ゴメンな、なんかその、妖精さん達が滅茶苦茶やったせいで混乱しちゃってるかも知れないけど……」

 

産業廃棄物とかたこ焼きとかバーナーとか。

あれがどうしたらこんなイイ匂いの美少女になるんだ。

おっぱい小さいけど。

 

俺がきゃいきゃい纏わりついてくる妖精さん達をぞんざいに払い落としながらそう言うと、球磨ちゃんはなぜか動揺した様子で、絞り出すように言った。

 

「い、いや……妖精さんはそんなウソつかないクマ……信じられないくらいなつかれてるし……じゃ、じゃあおま…………あなたが本当にココの提督クマ?」

 

チラッ、と俺の肩の辺りを見て、しかも大将クマっ!? と驚いている球磨ちゃん。

いや、妖精さんはそれくらいの冗談なら言うぞ?

まあ信用してくれるんならイイけどさ……あとこの服の持ち主、そんなに偉かったんだ。

 

「そうなのだ」

「えらいのだ」

「すごいのだ」

「ずがたかいぞー♪」

 

なぜか凄くエラそうにふんぞり返っている妖精さん達を脇に転がして、球磨ちゃんに向き直って言う。

 

「だからそう言ってるじゃん。俺がその提督。あー、その、何も無いトコだけど、ヨロシクね、く、球磨ちゃん?」

 

改めて自己紹介する。

緊張で若干噛んだが、一応笑顔は出来てるハズだ。

伊達にコンビニバイトで鍛えていないぞ。

近所の女子高生達にも『ニヤ夫』というアダ名で親しまれていたのだ。

チクショウ。

 

「よ、妖精さんにスゴいコトしてるクマ……球磨型軽巡洋艦、1番艦の球磨だクマ。よろしくクマ……こんな若い提督、初めてクマ」

 

お、おお……嫌そうな顔もせず、ちゃんと挨拶を返してくれた。

これが噂の提督補正か……すげぇな艦娘、提督最高じゃん。

 

俺は当初の想像通りの好感触にテンションを上げながら、続けて言う。

 

「い、いやー、実は俺、初めての建造でさぁ……正直不安だったんだけど、ちゃんと成功したみたいで良かったよ! く、球磨ちゃんだっけ? カロリーメイト食う?」

 

本当に、あの暗黒プールからこんなかわいい子が出てくるなんて、いまだにちょっと信じられんわ。

おっぱいは小さいケド。

 

しかし、俺がそう言って軽くキョドりながらリュックをあさっていると、球磨ちゃんが驚いたような大声を上げた。

 

「け、建造……? ちょ、ちょっと待つクマ! 今、建造って言ったクマ!?」

 

え、引っ掛かるトコそこ?

なんか妙に焦った様子の球磨ちゃんに、改めて言う。

 

「そりゃ、そうだけど……今さっき、下のプール……ゴホッ、ちょっとだけ古い……ゲホッ、び、う゛ぃんて~じ感溢れる自慢の建造ドックで、厳選した素材によって建造された、我がわすれな鎮守府初めての艦娘。それがキミなのだ」

 

う、うん、嘘は言ってない嘘は。

余計なディティールをハブいただけだ。

 

しかし、球磨ちゃんは俺の台詞の違和感でも感じ取ったのか、突然ワナワナと震え始めた。

 

「け、建造……建……造…………」

 

お、おいどうするんだ妖精さん!

お前らがちょっとお茶目なアレンジ建造したせいで球磨ちゃんが怒ってるぞ!?

 

「そんなハズないクマ……球磨が建造されたのは三年前、呉の鎮守府クマ……そのあと、配置転換でトラックに送られて……それで、それで…………」

 

…………おや?

なんか様子がおかしい。

 

建造されたのが三年前?

うん十年前の、大日本帝国時代じゃ無くて?

 

妖精さん達を見る。

プイッ、と顔を逸らして口笛モドキを吹き始めるツインテ。

 

コイツ……!

 

気づけば、震える球磨ちゃんの視点の合わない目が、蒼い光をチラつかせ始めた。

ふわっ……と広がる髪の、毛先が白い。

 

「球磨、は…………」

 

俺を見る球磨。

 

 

 

「……沈んだ、クマ」

 

 

 

ブラウンだった瞳が、真っ蒼になっている。

髪は(なか)程まで真っ白だ。

 

あ、これ良く分かんないケドスッゴい怒ってるらっしゃる?

 

って言うか……!

 

「おい……ツインテ」

 

「ぎくり」

 

一応、怒られるという事は分かったらしい。

見苦しくも逃走を図ったツインテの軽ぅ~い頭を鷲掴みにし、ギリギリと持ち上げる。

何がぎくりだ、擬音を口に出すな。

 

「お前……どういう事だ? ツインテお前たしか、建造って言ったよな?」

 

「いったかな?」

 

「ああ言った。完全に言った」

 

顔の前に持ち上げて至近距離から問い詰めると、分かりやすく目線を泳がせて他の妖精さん達に助けを求めるアホツインテ。

 

馬鹿だなぁ、お前のオトモダチは薄情な事にとっくに逃げ出してるよ?

 

はるか後方で柱の陰にひとかたまりになった妖精さん達が、何事かを口走っている。

 

「おまえのしはむだにしない……!」

「さらばついんて」

「きみがいけないのだ」

「ひとりだけあだなもらってずるい」

「わたしもおこられたいぞー」

「ぞー♪」

 

仲間の裏切りに衝撃を受けたような顔で「がーん」と言っているツインテを、更に顔に近づける。

 

「なあ、説明…………してくれるよな?」

 

……おい、顔赤らめんな。

 

 

 







アホの提督と妖精さんズという、天然と天然が一生ボケ倒していた鎮守府にやっとツッコミできる子が加入。

球磨ちゃんには色んな間違いを正して頂きたい。




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球磨ちゃんの憂鬱



改稿版
3話同時投稿




 

 

 

最近ちょっと調子に乗った言動の目立つツインテの口から語られたのは、中々に衝撃の事実だった。

 

「さ、サルベージ?」

 

「そ、そんなっ! そんなの聞いた事ないクマ!」

 

なんと。

先程の怪しいコトこの上ない建造は、普通の新規建造では無くて、サルベージ、と言うものだったらしい。

 

なんでも、一度沈んだ(ふね)の魂が、海の底で()()()、深海棲艦になってしまう前に引き上げ、新しい身体を与える建造方法らしい。

 

「ぼでぃをけんぞうしたのはうそじゃないです」

 

頭を俺に鷲掴みにされたまま、まだ苦しい言い逃れを試みるツインテ。

お前俺がちょっと感心してたら……いっつもそうだなお前!

ちょっとくらい最後まで感心させてくれよ!

 

「じゃあ……それじゃあ、球磨は本当に、一度は沈んだクマね……確かに、覚えてるクマ。と言うか――」

 

いつの間にか白っぽくなった髪が元の色に戻っている球磨ちゃんが、何かに気づいたように、バッ、と絶賛吊り下げられ中のツインテを指差した。

 

「そっ、その妖精さん、なんか見覚えがあるクマっ! 海の底から、な、なんだか(あった)かい手に引き上げられるような感覚のとき、その子みたいな白っぽい妖精さん達に下から押し上げられたような気がするクマっ! なんか深海棲艦みたいな見た目してたから、良く覚えてるクマーっ!」

 

ワナワナと震えながら、長~いアホ毛を荒ぶらせる球磨ちゃん。

 

「…………との証言があるわけだけど。お前、まだなんか黙ってるコトがあるんじゃないか?」

 

そう言って、じぃーー……っと睨んでみると、ツインテはしらばっくれるような顔で目を反らす。

その ω(オメガ) みたいな口やめい。

 

……そう言えば。

 

「……なぁ、ツインテ。お前、建造するとき他にも候補を上げてたな。あの子達もひょっとして……」

 

そう言って、チラッと球磨ちゃんを見る。

 

建造直後の取り乱し方といい、球磨ちゃんのコレまでの言動といい、なんかスゲェ嫌ぁな予感がする。

具体的に言うと……この球磨って艦娘、最近どっかの戦いで()()()一緒に沈んだとか、そういう……?

 

球磨ちゃんは、真剣な顔でツインテ妖精を見つめていた。

 

「…………詳しく聞かせるクマ」

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

セーラー妖精さんが持ってきてくれた海水入りのバケツに片手を突っ込んで、ツインテ妖精さんが一人ずつ名前を上げてゆく。

 

新しい名前が告げられる度に、球磨ちゃんの顔色は目に見えて悪くなっていった。

 

「いすず…………しまかぜ」

 

「そんなに、たくさん……! …………何が……いったい何があったクマ……五十鈴も島風も、トラックにいたはずクマ……っ!」

 

ツインテ妖精が、これでぜんぶです、と言ったとたん、崩れるようにうつむいた球磨ちゃん。

髪も肌もすっかり白くなってしまい、セーラー服は真っ黒だ。

 

白球磨ちゃん……とか言う空気じゃないってコトくらい、コミュ障の俺でも分かる。

しばらくはそっとしといた方がイイかな? イイよね?

 

俺はそっと立ち上がり、絶対邪魔するであろう妖精さん達をまとめて抱え、「お、俺、ちょっとお茶入れてくるわ……」とうなだれる球磨ちゃんに背を向け――――

 

「待つクマ゛」

 

「ふげっ!?」

 

ズボンの裾を両手で掴まれ、地面に激突した。

妖精さん達は素早く腕の中から飛び降りて無事だ。

お前ら……。

 

「な……なんスか、球磨さん……?」

 

色々(いろ゛いろ゛)……()きだい(ごと)はあるクマ…………でも、(いぢ)(ざい)初に゛……(でい)督にお、お願いがあるクマ…………!」

 

うわぁ、顔ぐっちゃぐちゃ……涙と鼻水でエラいコトに……。

 

俺はたじたじになりながら、仕方なくリュックからポケットティッシュを取り出し、泣きべそ球磨ちゃんに渡してやる。

なんかちょっと湿ってるけどその様子なら関係ないだろ。

 

球磨ちゃんは、「あ゛りがどクマ……」と言って、一袋使いきる勢いで鼻をかみ、涙を拭ってゆく。

あー……あー……ティッシュもあんまり持ってきてないから……あー……。

 

見れば、ひとしきり涙を流して多少は落ち着いたようだ。

目元も鼻もまだ赤く、潤んではいるが、服の色や顔色は戻った。

 

髪はシュンとしたアホ毛までまだ白い……なんかお湯につけると色が変わるオモチャみたいだな艦娘って。

フシギ。

 

「グスッ…………みっともない所を見せたクマ……」

 

「ああ……いや、うん、ゴメンねなんか……」

 

「…………? なんで提督が謝るクマ?」

 

いや、目の前で突然美少女にガン泣きされてみろよ、超困る。

俺がそんなイケメン的経験値()める人生送ってそうに見えるか?

見えねぇよな?

うるせぇ!

 

「へたれ」

「ちきん」

「どーてー♪」

 

俺が最後の一匹を思い切り外に放り投げていると、目元をゴシゴシと拭った球磨ちゃんが真剣な表情で見上げてきた。

 

自然と背筋が伸びる。

 

「む、ムシのいい話なのは分かってるクマ…………でも、もし……もし沈んだ仲間も、球磨みたいに助けられるなら…………て、提督さん、お願いだクマ! 何でもするクマ! 資材も、絶対いつか返すクマ! だから……だからどうか、他の子達もサルベージして欲しいクマっ!!」

 

叫ぶように、そう言い切った。

 

蒼い炎の燃える瞳には、悲壮なまでの覚悟が見てとれる。

 

 

 

…………それだけに。

 

 

 

「お願いクマっ!! お願いくっ……マ…………どうしたクマ? な、なんかスゴい汗クマよ……?」

 

「……言いにくいんだけど……」

 

「……っ! わ、分かってるクマ! 建造に掛かる莫大な資材も、手間も、時間も、費用も…………でもっ……!」

 

「あ、ああ、うん。いや、俺もね? そうしてあげたいのは山々なんだけど……その、し、資材が……」

 

冷や汗をだらだら流しながら、しどろもどろに事情を説明しようとする俺に、球磨ちゃんが掴みかからんばかりに迫ってくる。

 

「く、球磨が集めるクマ! 球磨の所の提督も……他の鎮守府も、絶対に説得するクマ! 危険な遠征だっていくらでもこなして見せるクマっ!! 補給さえして貰えれば、今直ぐにだって……っ!」

 

アカン。

 

ギブ。

 

無理、俺にはムリ、言えない。

こ、こんな必死に仲間のために頑張ろうとしてる美少女に、そんな残酷な事実を突きつけるなんて……!

 

チラッ、と、妖精さんズを見る。

 

「いいはなしだなー」

「なけるです」

「つづきがきになる」

「えいがかけってい」

 

なんかミニサイズのミカン箱に腰かけて、シマシマの紙コップからポリポリとお菓子を食べつつ目元をハンカチで拭っていた。

完全に(けん)の構えだ。

 

つ、使えん……と言うか、勝手に柿ピー出したなコイツら……!

 

いつの間にか頭の定位置に収まっているツインテのほっぺをつついてみる。

ぷひゅー♪ と空気を吹き出す。

 

うん、お前には期待してなかったよ。

 

腹を決める。

 

「……球磨ちゃん?」

 

「! は、はいクマッ!」

 

「無いんです」

 

はっきりとそう言う。

 

「な、無い……? だ、だから、そこをなんと――――」

 

「ホントに何にも無いんです」

 

気分は、『無』だ。

コンビニの夜勤で、半袖なのにイカした長袖模様が見える、明らかに不機嫌なイカついドライバーさんに、「貴方のおっしゃるタバコの銘柄、最近取り扱いをやめました♡」、と告げる時がごとき、完全なる無我の境地。

 

俺の、およそ感情というものの見られないコンビニスマイルに、球磨ちゃんも何か違和感を感じたらしい。

 

興奮で赤らんだ顔に、やや戸惑いの色が混じる。

 

「な、何も……クマ……?」

 

「本当に何にも無いんです」

 

重ねて、淡々と告げる。

 

「球磨ちゃんの建造に、なけなしの資材を全部使っちゃいました。もう、燃料の一滴すら残ってないです」

 

一秒。

二秒。

 

俺の言葉を理解するのに時間がかかっているらしい。

 

興奮で赤く紅潮していた顔は次第に白くなり、次にだんだん青くなって、最後にまた赤くなった。

 

せっかく戻ってきた髪はまたも真っ白である。

 

あ、なんかワナワナ震え始めた。

 

「………………ク」

 

「く?」

 

俺は次に何が起こるかを大体察しつつ、コテッ、と首をかしげた。

妖精さんズが一斉に耳をふさぐ。

 

 

 

「クマ~~~~~~ッッッ!!!」

 

 

 

ガランとしたワスレナ鎮守府に、艦娘の超かわいい悲鳴が響き渡った。

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

「自称って、どういうことクマっ!!」

 

「ハイ。スミマセン」

 

俺は司令室の冷たい床に正座させられていた。

 

妖精さんズも連帯責任だ。

横一列に行儀良く並んで、短い足で一緒に正座させている。

 

あの後、それはもう凄い勢いで掴みかかってきた球磨ちゃんの圧力に負けて、俺はこの鎮守府(笑)で自称提督を始めるに至った経緯(いきさつ)を洗いざらい吐かされていた。

 

だって球磨ちゃん、(ちから)ツエーんだもの。

やっぱコイツ球磨じゃなくて熊だよ白熊だ。

艦娘怖い。

 

「い、いくら平和のために居ても立ってもいられなかったとは言え……艦娘の護衛も付けずに一人で海に出て、漂流して、漂着した無人島で勝手に鎮守府開発って……!!」

 

おおう……改めて他人の口から聞くと、凄まじいな。

そんな考え無しのバカが本当に実在するのだろうか?

 

はい、私です。

 

さすがにハーレム云々については言ってない。

俺の溢れる正義感の暴走という事にしておいた。

 

すっとこツインテは妖精さんハーレムを作るためとかややこしいウソを口走りやがっていたので、物理的に口をふさいである。

 

まあ、ミカン箱の上でワナワナと震えながら湯気を吹いている球磨ちゃんを見るに、あんまり意味はなさそうだけどな!

 

「やっ、やるコトが無茶苦茶過ぎるクマっ!!」

 

「おっしゃる通りでゴザイマス」

 

ビシッ! と突きつけられた指(とアホ毛)に、俺はイタズラがバレた小学生のごとき従順さで素直に頭を垂れる。

 

ほらっ、妖精さん達も頭を下げなさい!

 

「ちっ、はんせいしてまーす」

「いっしょうやりませーん」

「あ、きいてなかった」

「なんもかんもせいじがわるい」

「せきにんのいったんはくまにある」

 

「あ゛あ゛っ!?」

 

「こっ、コラッ!? す、スミマセン、ウチの子が失礼な事を……ちゃ、ちゃんと言って聞かせますから……!!」

 

反省ごっこに飽きたのか、今度は非行に走る若者みたいな反抗を始めた妖精さん達を、慌てて後ろに隠す。

サングラスなんか出して、今時そんな『けんかじょうとう』ハチマキ流行んねーよ……あ、コラッ、妖精さんがそんな下品なハンドサインしちゃダメっ!

 

「お前が一番問題クマ、この提督モドキ」

 

「はぁうっ!? ご、ゴメンナサっ!?」

 

さりげなくすべての罪を妖精さん達に着せようとした俺に、球磨ちゃんの鼻水ティッシュが、ベチャッ、と直撃する。

スナップが効いた良い投擲(とうてき)だ。

きちゃない……。

 

「はぁ…………球磨に謝る事じゃないクマ。その無茶のお陰でこうして助かった訳だし……でも、一歩間違えば提督――モドキも死んでたクマ。どんな義憤に駆られたのか知らんクマが、未来ある若いミソラで勇気と蛮勇を履き違えちゃダメだクマ。球磨達はお前達みたいな人間の未来のために命懸けで戦ってるんだクマ。そこんとこもっと考えて欲しいクマ」

 

「……ぐぅ」

 

「…………なんだクマその返事」

 

「ぐぅの音も出ない、なんて……」

 

「しっかり出てるクマ! このスットコ提督!」

 

ペシッ! と、今度は胸元に使い終わったポケットティッシュを投げつけられる。

 

若いミソラって……どう見たって中学生位の女の子にマジ説教されてしまった。

全く反論の余地が見当たらない。

 

こりゃ、ハーレムの為に提督目指しましたなんて言える雰囲気じゃねーな……。

 

「……名前」

 

「へっ?」

 

ボソッ、と呟いた球磨ちゃんに、思わず聞き返す。

 

「だから、お前の名前クマ。提督だかなんだか分からないままじゃ呼びにくいクマ」

 

ああ、そういうコトか。

そういえば確かに自己紹介がまだだったと今さらのように気づく。

 

「あ、ああ……えっと、工藤(くどう)俊一(しゅんいち)っす……よ、よろしく?」

 

なんか微妙にキョドった自己紹介になってしまった。

し、仕方ないじゃん、説教中だし、地味な名前だし……。

 

ほら、球磨ちゃんもあまりの面白みの無さに固まって……なんで固まってんだこの子?

 

「…………工藤…………俊……一…………クマ……?」

 

「あの……俺の名前が何か……?」

 

「……お前、自分の御先祖様の事とか、何か知ってるクマ!?」

 

「おわっ!?」

 

球磨ちゃんに突然顔を近づけられ、思わずのけ反る。

なんだこの剣幕!?

 

「ちゅーする? ちゅーする?」

「させんぞー」

「ていとくのくちびるをまもれー」

「わたしがふさぐー♪」

「きゃー♪」

 

「やめろっ、顔に張り付くなって……いっ、いや、何も……ウチはそういうの全然頓着してなくて……」

 

きゃいきゃい騒ぐ妖精さんを引き剥がしながら、両親や爺さん婆さんの事を思い出して答える。

 

思い返せば、うちの家族はそういった昔話は全然しなかったっけなぁ……。

 

「ぐ、軍人さんとか居なかったクマ? ひいお爺ちゃんとかに、海軍の……」

 

「いや、そらそれくらいの世代のじいさんなら大体軍人だろうよ……海軍かどうかは分からないけど」

 

「そ、それもそうクマ……」

 

スルスルと身を引く球磨ちゃん。

いったい、俺の名前の何に食いついたというのか。

 

あれかね? 艦の頃の記憶ってヤツか?

工藤なんてありふれた名前だ、誰か同じ名前の軍人さんでも乗せてたんだろうか?

 

「偶然……でも…………沈んだ球磨を……どことなく、雰囲気も……クマァ…………」

 

なんだかぶつぶつと呟きながら考え込む球磨ちゃん。

頭のアホ毛もせわしなくぐるぐる回っている。

不思議だ……。

 

「…………やっぱり名前で呼ぶのは無しクマ」

 

暫くして、球磨ちゃんはそう言って顔を上げた。

 

「あ、そうなの?」

 

なんだ、せっかく美少女に名前で呼んでもらえるチャンスだったのに……。

 

「……まあ、球磨を建造――サルベージしてくれたのは確かだクマ。多少エセっぽくても提督は提督クマ」

 

エセって……。

 

エセだけれども!

 

「は、はあ……」

 

「とにかく、球磨の艤装を確認したいクマ。建造した時、少し位は給油されてるはずクマ…………工廠はどこクマ?」

 

なんだかスッキリしないが、球磨ちゃんの中では何か折り合いがついたらしい。

空気を切り替えるようにそう言ってグゥゥ~っと伸びをしている。

 

……伸びすると、こう、胸のなだらかな起伏がよく分かるな。

ゆったりしたセーラーだったから分かりづらかったが、もしや意外と――?

 

「……クマ? なにか視線が――」

 

「ハイ、コウショウはあっちです」

 

「? 案内して欲しいクマ」

 

「ハイ」

 

俺はグリンっと音がするくらいに素早く目線を反らし、しびれる脚に鞭打ってノロノロと立ち上がると、ミカン箱からピョン、と飛び降りた球磨ちゃんを先導して、コウショウへ向かった。

 

妖精さんズ、今はちょっと脚にペチペチすんのヤメロ。

俺に効く。

 

「改めて、一つだけ…………」

 

「ん?」

 

後ろから、ボソッと呟く声に、振り返らずに返事をする。

 

「……球磨を、助けてくれて…………あの海の底から掬い上げてくれて……ホントに感謝してるクマ」

 

…………そういうの、困る。

マジメな雰囲気、苦手なんだよな。

 

振り返らなくて良かった。

 

 

 

 

 






工藤俊作
で調べるとwikiに記事があるハズです
多分、読む必要は特に無いです




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自分の誕生秘話とか、聞かない方が良いに決まってる



改稿版
3話同時投稿、の2話目





 

 

 

さて、艤装の点検、という事で早速コウショウへ向かった俺たちであったが、

 

「…………クマぁ……」

 

「だ、大丈夫だから! ここは(比較的)マトモだから!」

 

ナゼか虚ろな目でコウショウを見上げる球磨ちゃんを必死にフォローする俺の姿があった。

 

「えいえい♪」

「うごけー♪」

 

頭に乗っかった妖精さんにアホ毛を引っ張られても無反応だ。

そうとうキてるなこれは……。

 

いやぁ、なんでだろうね?

 

ちょお~~っとだけ庁舎が穴だらけだったり、宿舎が倒壊してたり、埠頭が崩れて倉庫が風化しちゃってただけで、ごくごく普通の鎮守府だったのにねーハハハ。

 

……うんまあ、そりゃそうだよな。

俺も最初見た時の疲労感ったらなかったもん。

 

以下は回想だ。

まず司令室を出た所から球磨ちゃんの試練が始まった。

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

司令室の重い扉をよっこいせと開いて、妖精さん達をくっ付けたままズンズン先に行こうとした所で、球磨ちゃんが後をついてきていない事に気が付いた。

 

「…………? あれ、どうしたの?」

 

肩の上の妖精さんを払い落として振り返る。

 

「……ここは鎮守府じゃなかったクマ?」

 

どこか呆然とした顔で、半開きになった扉の間に立った球磨ちゃんが確かめるように言う。

 

「え?」

 

「え? じゃないクマっ! どっ、どういう事クマ! ホントに深海棲艦の襲撃でも受けたクマっ!?」

 

球磨ちゃんがバタバタとせわしなく振り回す指先に目をやる。

 

もれなく割れた窓、

崩れた壁、

倒壊した床、

吹きだまった砂……。

 

……あー……、

 

「…………歴史を感じるよね?」

 

「最早遺跡の域クマっ!!」

 

あ、俺の最初の感想と同じだ。

 

そういや眠った状態で司令室まで運び込んじゃったから、この鎮守府跡の状況を見るのは今が初めてなのか。

一応さっき事情を説明した時に、無人島の廃墟を鎮守府として復興させようとしてるんです、とは言ったけど、そうか、『廃墟』のレベルをあの司令室基準で考えてたのか。

 

「…………うん、じゃあ、こっちだから……あ、階段、所々崩れてるから落っこちないでね?」

 

まあ、説明するより見てもらった方が早いか。

球磨ちゃんの反応も面白いし。

 

俺はコンマ数秒でそう決意し、スタスタと先へ進んだ。

 

「ま、待つクマっ…………それが鎮守府の庁舎の中で使うセリフクマか……?」

 

庁舎二階の廊下から、大海原が百八十度の大パノラマで眺められる事に戦慄していた球磨ちゃんが、慌てて後をついてくる。

 

「はーい、出口はコッチデスヨー」

 

「…………床が無いクマ。壁もないクマ。ドアも窓もないクマ」

 

さっきから球磨ちゃんが小声でブツブツ呟いてるのがなんかシュールだ。

床が無くて壁が無くてドアも窓も無いならそれはもう建物なんだろうか?

改めて聞くとひでぇもんだぜ。

 

「……あ、天井も無かったクマ……」

 

「ほ、ほらほらっ! コウショウはあっちだから、さっさと行こーさっさと!」

 

 

 

その後、

 

 

 

「………………提督、このレンガの山は何クマ?」

 

「そういや何なんだろうなこれ……妖精さん?」

 

「しゅくしゃです」

「さんかいだて」

「かぜとおしのよいちんじゅふ」

 

「……球磨、どうやらここがお前らの寝床らしいぞ」

「野生のクマだってもうちょっとマシな寝床に住んでるクマ!」

 

 

 

坂を下り、

 

 

 

「………………草むらクマ」

 

「それになんか岩やらガラクタやらもゴロゴロ転がってるな」

 

「ここはぐらうんどです」

「かくれんぼにさいてき」

「あそぼー♪」

 

「なんでグラウンドでかくれんぼができるクマ」

 

「これで低木でも生えてればまるっきりサバンナだよな」

 

 

 

崩れて苔むした埠頭を歩いて、

 

 

 

「……………………骨……」

 

「あー……倉庫、だよなアレ?」

 

「そうこです」

「からっぽになってはやすうじゅうねん」

「りっぱなあすれちっくになりました」

 

「…………」

 

「……あー、どうかね球磨ちゃん、我が鎮守府は。呆れてモノも言えまい!」

 

黙り込む球磨ちゃんに、半ば開き直って堂々と言い放つ。

いやぁ、この境遇を共に分かち合ってくれるだけでも、建造した甲斐があったというモノだ。

 

ここ最近は妖精さんに振り回されっぱなしだったが、とうとう一緒に振り回されてくれる仲間が――――

 

「……ごんな゛の鎮守府じゃない゛クマァ……!」

 

「ガチ泣きは止めてっ!?」

 

 

 

 

よっぽどショックだったのだろう。

ようやく泣き止んだ球磨ちゃんは、今度はすっかり表情の抜け落ちた顔で足元をふらつかせていた。

 

「わ、悪かったって……そうだよな、一流の鎮守府に居たんだもんな、高低差ありすぎて耳がキーンってなっちゃうよな?」

 

「……入りたくなくなってきたクマ」

 

気づけばすっかり白くなってしまった球磨ちゃんが、虚ろな目で暗いコウショウの入り口を遠巻きに見ている。

 

一流鎮守府出の艦娘にはちょ~っと刺激が強すぎたらしい。

アホ毛までシュンと垂れ下がった球磨ちゃんを、妖精さん達がのんきに励ましている。

 

「たのしい?」

「じまんのちんじゅふです」

「こうえいにおもうです」

「すすめー♪」

 

「コラッ、やめなさい! ささ、どうぞどうぞ、中にお入り下さいな……ダイジョーブ大丈夫、ホントココはまだ大分マシな方だから!」

 

球磨ちゃんの頭に乗っかってアホ毛を操縦桿みたいにしている妖精さんを引き剥がして、割と本気で中に入りたくなさそうな球磨ちゃんを入り口へ促す。

 

こうなったらショックな事はまとめて処理しておいた方がイイだろう。

イヤな事は早めに済ますに限る。

 

「……ホントクマ? ウソだったら怒るクマよ……?」

 

蒼白く光る瞳で俺を見上げてくる白球磨ちゃん。

そ、そんな目で見ないで……俺だって昨日来たばっかりなんだよ……!

 

チラッと足元を見る。

コウショウに先に向かわせて、取り敢えずの体裁だけ整えておくように言っておいたお下げ妖精さんが、ぐっ、と指を立てている。

 

お前、信じるからな……!

 

「だ、ダイジョーブ……うん、多分」

 

自信満々のお下げ妖精さんに若干の不安を感じつつ、球磨ちゃんを引き連れてコウショウの中に入ってゆく。

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

そこには、先程の建造で殆どのガラクタを放り込んでしまったために、最初来た時よりもかなりガランとしたコウショウがあった。

 

「…………確かに思ってたよりマシクマ……これでマシって言うのもどうかしてるクマね」

 

閑散とした内部を見渡し、壁や天井の穴に目線をやりながら球磨ちゃんが言う。

 

「でしょ!? いや、でしょってのもおかしいけど……艤装だったよね、あそこに置いてあるから……」

 

そう言って、二つ並んだ建造ドックまで球磨ちゃんをつれて行く。

 

その片方、底部分のせり上がった方の上に、球磨ちゃんの艤装がさっき落としたまんまに放置され、鈍色(にびいろ)の光を放って静かに鎮座していた。

 

「あっ……球磨の艤装クマ!」

 

そう言って駆け寄る球磨ちゃん。

如何にも重そうな艤装をいとも容易く持ち上げ、ためつすがめつ眺めている。

ああいうの見ると、やっぱり艦娘なんだなぁと思う。

 

……それとも、まさかその艤装までおかしいってコト無いよね?

中身スカスカとか、ただの張りぼてだったとか……。

 

チラッと、心配していたもう片方のドックを見る。

 

例の暗黒プールの上に、お風呂のフタのような――というか、まるっきりシャッター式の風呂フタ(あのクルクル巻くヤツ)だな――モノが被せられ、妖精さんの丸っこい字で『みちゃだめ』と張り紙してあった。

かわいらしい妖精さんの似顔絵付き。

 

(なんでコレでイけると思ったアホ妖精ーーっ!?)

 

褒めろと言わんばかりのドヤ顔でアピールしているお下げ頭を乱暴に撫でて、冷や汗をかきながら、ソロソロ~っと、球磨ちゃんの視線を切るようにドックの前に移動する。

 

なんとか……なんとかコチラには気づかれないようにせねば……!

鎮守府の惨状であれだけガン泣きした球磨ちゃんだ。

自分がこんなおぞましい闇鍋的プールの中から産まれたと知ったら、どんな反応があるか分かったモノじゃない。

 

そこで、丁度点検が終わったのか、球磨ちゃんが顔を上げた。

 

「……間違いなく球磨の艤装クマ。細かい傷やクセっぽい所まで前のままなのがちょっと気味悪いくらいだクマ……」

 

どうやら艤装には問題なかったようだ。

取り敢えず、一安心。

 

「そっ、そうなんだ! 良かった……どう、海出れそう?」

 

「燃料が少ないクマ。しかもナゼか弾薬は空っぽクマ……コレじゃあ、良くても近海をウロウロするくらいが関の山クマ……それか――」

 

そう言って、カタパルトから小さな水上機を持ち上げる。

 

「コイツに給油して、近くの鎮守府に助けを求めるか、クマ」

 

そう言って、俺を見上げる球磨ちゃん。

多少は希望が出てきたのか、さっきまで真っ白だった色はすっかり元に戻っている。

 

……なんかお風呂で色の変わるオモチャみたいだな艦娘って。

 

「クマ~……弾薬が無い時点で選択肢はほとんど決まってるようなものクマ。どちらにせよ、ココがどこだかわからないコトにはどうしようもないクマ。……提督は、ここがどこか、正確な座標とか――」

 

「漂着したんだってば」

 

「――そうだったクマね。じゃあ、妖精さんにこの廃墟のできるだけ正確な座標を聞かないと――何か後ろに隠してるクマ?」

 

そう言いかけて、ふと俺の後ろの風呂フタに目をやる球磨ちゃん。

やべぇ、もうバレた!

 

慌てて再び横にズレ、球磨ちゃんの視線を切る。

 

「な、ナンデモナイヨー?」

 

「……見せるクマ」

 

無情にもそう言って、スタスタと回り込んでプールのフタに手を伸ばす球磨ちゃん。

 

すかさず、ガッ! と、足でフタを押さえる俺。

 

「……もう、ココがマトモじゃ無いコトは分かってるクマ。今さら球磨に隠し事は無しクマ」

 

そう言って、据わった目で俺を睨んでくる。

 

「ほ、ホントに止めた方がイイ。絶対見ない方がイイから……ね?」

 

「………………」

 

世の中にはね、知らない方が良い事がいっぱいあるんだよ球磨ちゃん……!

募金の行き先とか、公式絵師のお給料とか、気になるアノ子の男性遍歴とか!

 

俺の真剣な意志が伝わったのだろうか。

 

球磨ちゃんはジッ……と俺とフタの張り紙を見比べた後、しぶしぶと手を引っ込めた。

 

し、しのいだ……!

 

「っ! 隙ありクマっ!」

 

「あっ! ちょっ!?」

 

と思って足を上げた瞬間、球磨ちゃんが驚くほどの俊敏さで俺の脇をすり抜け、シャケを取るツキノワグマのごとき手つきで風呂フタを弾き飛ばした。

なんつうスピードだ、艦娘スゲェ!

 

――じゃなくてっ!

 

「毒をくらわば皿までクマ。さあ、この建造ドックにいったい何を隠し――――」

 

あらわになったプールを覗き込んで固まる球磨ちゃん。

 

ゴポッ、と、粘っこい音と共に辺りに広がる異臭。

 

「な……な……な……!?」

 

「あー……だから見ない方がイイって……」

 

工場廃液と重油と腐った海水を混ぜ合わせたようなマーブル模様の水面を見つめて、肩をわななかせる球磨ちゃんをそっと脇にどかして、プールにフタを掛け直す。

 

「クマ……こ、これ、建造……けんぞうどっく……クマ……ク……マ?」

 

「だ、大丈夫だ球磨ちゃん! た、多少! 多少材料は独創的だったかも知れないけど、球磨ちゃんはしっかりかわいいぞ! た、たまにちょろ~っと、色とか不安定だったりするかもだけど、品質に問題はないハ――――」

 

「クマァァァァ~~ッ!!?」

 

ガランとしたコウショウに、球磨ちゃんの悲痛な叫び声が響き渡った。

 

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

「ここのいちですねー」

「ちずかくです」

「えっとねー……」

 

そう言って、錆びた釘のようなモノでコウショウの床にガリガリと地図を描き込んでゆく妖精さん達。

 

そんな素直に教えてくれるんならさっさと聞いておけば良かった。

 

しかし……、

 

「クマ……球磨は……球磨はもう、艦娘じゃないクマ……」

 

「だ、大丈夫だって……ほら、なんか戦闘モード、って感じでカッコいいじゃん! なんかこう、おどろおどろしいって言うか……」

 

「提督はそれで慰めてるつもりクマ?」

 

哀れ球磨ちゃんは、コウショウの冷たい床にべちゃっとうつ伏せになって、ウジウジと泣き崩れていた。

 

ワザワザ聞かなきゃあ良いモノを、自分の建造秘話を俺と妖精さんたちから根掘り葉掘り聞き出し、自分があの暗黒プールで謎の異物を混ぜ合わせて誕生したと知るや、

 

「く、クマぁっ!? 球磨、どこもおかしくないクマっ!? 顔とか変じゃないクマっ!? く、臭くないクマっ!?」

 

と泣きそうな顔でクマクマと騒ぎ、

 

材料の中に黒くてキュートな謎タコ焼きが混入していたと知ると、

 

「たたた、タコ焼きクマ!? 黒くて、歯の生えた……!? し、深海棲艦の 艦載機……く、クマぁ……?」

 

と、今度は血の気の失せた顔でふらっとぶっ倒れ、

 

慌てて持ってきた海水入りバケツで少し頭でも冷やさせようとすると、今度は水面に写った()()()()自分の姿を見て、

 

「深海…………棲……艦…………クマぁ」

 

そう呆然とした様子で呟いたきり、糸が切れたように崩れ落ちて、バッタリと気絶してしまったのだ。

 

妖精さんにつつき回されて目を覚ました後も、ああして床に突っ伏したままウジウジと目を腫らし、コンクリの床に涙でヘタクソなクマのイラストを描き続けている。

 

あーあー、キレイな黒いセーラー服がコンクリで白く汚れちゃって……。

 

なんでも、白くなった状態の自分が、今まで戦ってきた人類の敵、『深海棲艦』の姿とクリソツだったらしい。

 

全っっっっ然気づかなかったわ。

 

艦娘ってみんなあんな感じなのかと思った。

ってか、深海棲艦って人形(ヒトガタ)のも居るんだ、初耳。

 

蒼白くてヒトガタ……幽霊的な?

 

とにかく球磨ちゃん的には、自分がコンパチキャラみたいになっちゃったことが大層ショッキングな事実だったらしい。

妖精さんがふざけて自分の長い髪を三つ編みにしたりお団子にしたりして遊んでいても気にならないくらい、すっかり塞ぎ込んでしまった。

 

なんかこんなマスコット見た事あるぞ。

確か、たれクマ――――そんな事はどうでも良いんだよ。

 

とにかく予想外な事態だ。

ほんとウチのツインテ、面倒な事ばっかりしよってからに……!

 

俺が頭の上のツインテを顔の前に持ってきてジトッと睨むと、球磨ちゃんと同じく白っぽいツインテ妖精さんは、片目をつぶって小さな握りこぶしを頭にコツンと当て、渾身のテヘペロをしてくる。

 

コイツは……。

 

とにかく、今はこの、以前の俺以上に腐ってしまっている球磨ちゃんをなんとかしなきゃだな。

見た目女子中学生の女の子を元気付ける……俺には一生縁の無さそうだったイベントだぜ。

 

無理ゲーじゃね?

 

「ほら、球磨ちゃんはこうして元気に生き返ったワケだし……死んじゃうよりずっと良いだろ?」

 

「……仲間に、みんなに合わす顔が無いクマ。球磨はもう、みんなの……妹たちの敵になっちゃったクマ……」

 

「いやそんな、色がちょっと2Pカラーっぽくなったくらいで……別に球磨ちゃんが悪者になったワケじゃないんだろ? 人類とかぶっ転がしたかったりする?」

 

「そ、そんなワケ無いクマっ!」

 

「だろ?」

 

「……クマァ……」

 

球磨ちゃんが、泣き腫らしたまぶたを手の甲でグシグシとこすり、頭をムクリと起こして俺を見上げてくる。

 

「提督…………提督は、クマが前の鎮守府に帰れなくても見捨てないでくれるクマ……?」

 

「えー……そんな、今彼(イマカレ)に振られた時の保険みたいに言われても……俺処女厨だし」

 

「クマァっ!? そこはノータイムで『勿論』って言う所クマっ! この童提督!」

 

「どどど、童貞ちゃうわっ!?」

 

「球磨だって処女クマ! ……な、なに言わせるクマっ!?」

 

「マジでっ!?」

 

「できたです」

「いいできだぜ」

「いちゃいちゃするなー」

「らぶこめきんしー」

 

俺と球磨ちゃんが不毛な言い争いをしているうちに、妖精さんたちが地図が描き終わったらしい。

妖精さんにズボンの裾を引っ張られ、コンクリの上に描かれた白い線を覗き込む。

 

「…………おねしょ跡かな?」

 

妖精さんの描いた世界地図は、大陸の位置すらあやふやな、なんとも頼りないモノだった。

ほとんど床のシミか何かにしか見えない。

 

ここ! とか書かれても……太平洋の真ん中かな?

 

「ああ、もう、貸すクマ!」

 

そう言って鉄片を取り上げ、今度は球磨ちゃんが世界地図を描き直す。

 

おおっ、こ、今度は……、

 

「………………おねしょかな?」

 

「~っ! だったら自分で描いてみるクマッ!」

 

妙に自信ありげだったから、てっきりよほどキレイに描いて見せるのかと思えば、その地図の出来は妖精さんとどっこいどっこいだった。

 

ちょっと赤くなった球磨ちゃんが吼える。

かわいい。

なんか処女って分かっただけで10割増しかわいい。

 

「どれどれ、お兄さんが描いてしんぜよう……!」

 

ちょっと調子に乗りつつ、スイスイと世界地図を描いてゆく。

ふはは、眠たい地理の時間中、事あるごとに世界地図をノートに落書きしていた俺の実力を見よ!

 

ガリガリと緻密なタッチでインドネシア諸島の島々を描き込み、おまけで赤道と北マリアナ諸島の大まかな位置まで描き込んでおいた。

ふっ……我ながら完璧だぜ。

 

「やりますね」

「さすがていとく」

「わたしたちとごぶですね」

「いいかんじです」

 

「う……無駄にうまいクマ……意外な特技クマ……」

 

釈然としないといった声で球磨ちゃんが唸る。

おお、今ちょっと提督感出てる! 出てない?

 

「え、そう? いや~、このくらいは学校で習うしね……フツーフツうっ!?」

 

「ちょーしに乗んなクマへっぽこ提督。後その顔でお兄ーさんはボり過ぎクマ」

 

球磨ちゃんにカタパルトで軽く外モモをはたかれた。

いいじゃんか別にちょっとくらい! 数少ない特技なんだから!

 

なお肝心の地名や気候風土はズタボロの模様。

限りなく意味の無い特技と言える。

 

そんな事をしている間に、お下げ妖精さんが地図にココの島の位置を描き込んでくれた。

 

「だいたいこのへんです」

 

「うーん……北マリアナの、更に北東辺りクマね? ……見事にパラオ・トラックの反対側クマ……どうやったらこんな敵制海圏のど真ん中に漂着できるクマ?」

 

心底呆れたような目で俺を見る球磨ちゃん。

よせやい、テレるだろ。

 

「コレじゃ、基地に零水偵を飛ばすのは無謀クマ。……悔しいクマが、あの戦いで北マリアナを制圧できたとはとても思えないクマ。そうすると、前線基地までの間にどうしても敵の制空圏を突っ切る事になるクマ」

 

それを見て、球磨ちゃんが頭を抱える。

どうやら大分困った事態らしい。

つくづくヒドい所に流されたんだな俺。

 

しかし、地図を見てふと思いつく。

 

「……なぁ、球磨ちゃん。その飛行機、どれくらいの距離飛べんの?」

 

「……? 燃料満タンの巡航速度で、大体3,300キロクマ」

 

「……その、それならこっから本土まで届くんじゃ……?」

 

俺が恐る恐るそう言うと、球磨ちゃんはキョトンとした顔で一瞬固まり、慌てて地図に目を落とした。

 

「こっ、ここから日本までどれくらいクマ?」

 

「あーっと……大体だけど、二千…………五百キロくらいじゃないかな?」

 

確か日本からハワイの距離が六千……うんたらだったハズだから、そう大きく外れて無いハズだ。

自作の地図なんで自信は無いが、三千は無さそうに見える。

 

「……誤差や迂回を含めてもギリギリ届きそうクマ。でも……この廃墟に、水上機乗りの妖精さんがいるクマ?」

 

「ここにいるぞー♪」

「ひこうきはまかせろー」

 

そう元気良く言って、ポニテとショートの妖精さんがピョンっと前に出る。

 

気の早い事に、既に飛行帽を被り、コテコテのジャケットを着こんで張り切っている。

 

「ほんとはしでんかいしかのらないです」

「でもーていとくさんがどうしてもっていうならー♪」

 

そう言って、チラチラとこっちを見る妖精さん。

 

「クマっ!? し、紫電、改!? そんな上級機体乗りの妖精さんがこんな鎮守府に……!?」

 

なにか良く分からん事を呟きながら(おのの)く球磨ちゃんを横目に、モノ言いたげなショートに続きを促す。

 

「……なんだ、言ってみろ」

 

「ちゅーください♪」

「あいのあるやつ」

 

そう言って、二匹揃ってほほを染めて唇を突き出してきた。

なんか鳥のヒナみたいだなお前ら。

 

「しちにおもむくわれらにー♪」

「さいごのたむけをー♪」

 

「お前ら墜ちたくらいじゃ死なんだろーが……ほれ、ほっぺでイイだろ」

 

そう言って、一匹ずつ抱き上げてほっぺにキスしてやる。

 

すると、妖精さんは「きゃー♪」と嬉しそうにくねくねし、身体中をキラキラさせた。

お前らのその時々光るの、なんなんだろうな?

 

ふと見ると、「ずるいぞー」「わたしたちにもちゅーしろー」「ようせいさんさべつだー」ときゃいきゃいうるさく騒ぐ妖精さんの横で、顔を赤くした球磨がワナワナと震えていた。

 

「……? どうした、球磨ちゃ……球磨。コイツらが飛んでくれるみたいだし、さっさと給油しちゃお――――」

 

「はっ、ハレンチクマっ! 妖精さんたらしクマーーっ!!」

 

 

 

 

 



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発艦、零水偵




改稿版
3話同時修正、同時投稿です

がっつり改稿しつつ、一万文字近い加筆
11話、球磨ちゃんの憂鬱からお読み直し下さい





 

 

 

妖精さんに頼んで艤装の燃料を水偵に移し替えている間、球磨ちゃんは顔を赤くしたり青くしたりと大変忙しそうな様子だった。

 

「まさか、まさか、球磨を水底から掬い上げてくれた提督が、こんなちっちゃい女の子に発情しちゃうような異常性癖の持ち主だったなんて…………よ、妖精さん相手に信じられんクマ! ふつう男の人だったら断然巨乳の女性、映画女優で言うと、イザ○ル・アジャ○ニ辺りがイイはずクマ……! いやでも、でもクマ、この提督以外にこの状況で頼れる相手はいないのも確かクマ……球磨はあえて、あえて社会道徳をかなぐり捨てて、見て見ぬフリをしなきゃクマ……っ!」

 

ごくり、と喉を鳴らす球磨ちゃん。

さっきからブツブツと何言ってんだろうこの子?

やっぱりどこか調子が悪いんだろうか?

 

「いれかえかんりょー♪」

「まんたんです」

 

「お、サンキューお前ら……って言うか、今思ったんだけど、艤装の燃料とヒコーキの燃料って一緒で良かったのか?」

 

「ようせいさんじるしのかんむすねんりょうです」

「なんでもうごくよー♪」

「いれてよし」

「ぬってよし!」

「のんでよし♪」

 

「へぇ、便利なこって……いや、差し出されたって飲まねぇよ!?」

 

ワクワクした顔で差し出された携行缶を脇にどける。

 

「そう……そうクマ、これは、超法規的措置! 球磨は世界の平和のため、八人の妖精さんの不幸な妖生をあえて、あえて見て見ぬフリをするクマ。クマァァァあああ最低! 最低だクマ! 球磨はなんて最低な軽巡洋艦クマっ! 遠く前線の戦友たち、姉妹艦のみんな、あの作戦で共に沈んだちょっとだけクセの強い仲間たち! この球磨型軽巡洋艦1番艦の魂の選択を笑わば笑うクマ…………っ!!」

 

頭を上げ、カッ、と目を見開く球磨ちゃん。

あ、まだ続いてたんだソレ。

 

「――――見なかった事にするクマ♪」

 

イイのかそれで。

 

なんなんだろうか、艦娘って見た目通り多感な時期の女子みたいな中身してるんだろうか。

こんな二頭身のフシギ生物に発情なんてするハズ無いだろうに……ぬいぐるみとかネコとか、そんな感覚じゃないか?

しゃべるけど。

 

零水偵(れいすいてい)、と言うらしいカッチョイイ飛行機の横で、全身をキラキラさせたポニテとショートの妖精さんが、指先までをビシッと伸ばしてかわいらしく敬礼している。

 

「おお、そうか。じゃあ……えっと、球磨、本土のどこに連絡すればいいんだ?」

 

「……いきなり横須賀に連絡を出しても混乱されるかもしれないクマ……作戦の合同指揮をしてた岩川の田井中(たいなか)提督に連絡を取るのが良さそうクマ。ちょ、ちょっと待つクマ…………」

 

そう言って、パタパタと自分の服をまさぐった後、ジッ……と困ったように見上げてくる球磨。

 

「……何?」

 

「提督、紙とかペンとか、持ってるクマ?」

 

「ああ、そんならリュックの中にメモ帳とボールペンが――」

 

「さっさと戻って報告書と救援要請を書くクマ」

 

「は、ハイっ!」

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

またそこそこ険しい道のりをえっちらおっちら戻って司令室にたどり着いた俺は、執務机に座って海水でゴワッゴワになったメモ帳に何かをせっせと書き込んでいる球磨を、じゃれついてくる妖精さん達を適当に構いながらボーっと眺めていた。

 

たんに鎮守府内を移動するってだけでいちいち十分くらい掛かるのはどうもキツいなぁ……さっさと道とか階段とか直さないと……いや、球磨が鎮守府に連絡入れたら俺もここ追い出されるんじゃねぇか?

 

うわぁ……短い提督生活だった……!

せめて一回くらい巨乳の艦娘とイチャイチャとかしたかったなぁ……。

 

ってか、その執務机、俺だって一回も使ったコトないのに、初めてを球磨に取られたんだけど。

切ない。

 

「………………提督、ちょっと聞きたい事があるクマ」

 

そう言って、書きかけの書状に目を落としたままの球磨が、ペンを止めてボソッと呟いた。

 

「コラッ、服の中に潜り込もうとするなっ……え、何? 聞きたい事?」

 

妖精さんたちとの格闘を中断して顔を上げると、球磨ちゃんのアホ毛が不安そうにゆらゆらと揺れているのが目に入った。

 

「その……球磨が、球磨じゃなくなっちゃったかもしれないって事……ちゃんと書かなきゃダメなのは分かってるクマ。でも…………怖いんだクマ。球磨は、本当に戻れるクマ? 球磨は、まだ艦娘でいられてるクマ? 戦えるクマ? 妹たちに、仲間に受け入れてもらえるクマ……?」

 

「お、おい……球磨ちゃん、震えて……」

 

気づくと、球磨ちゃんは寒さをこらえるように自分の身体を抱きながら、小さく震えていた。

髪の先や指先の方から、じわじわと白い色がのぼってきている。

 

「球磨は、本当に前の球磨のままクマ……? 今は、何も変化は感じられないクマ。見た目以外、何が変わったかなんて分からないクマ。でも……でも、本当にそうクマ?」

 

いや、変わったかどうかなんて……初対面だよ?

 

球磨ちゃんは、俺の答えを聞く事もなく、書きかけの書状に目線を落としたまま、淡々と不安を吐き出してゆく。

冷静になって、いざ助けを求めようと思ったら、突然色々な不安が噴出してきた、という感じだ。

 

アルバイトの面接の申し込みの電話をして、いざ実際にお店に赴く前のあの感覚に近いだろうか?

 

「……じ、実験台とかにされちゃうクマ? それか、まさか撃沈処分、とか――――!」

 

「球磨ちゃん!」

 

球磨ちゃんの聞き捨てならない呟きに、思わず声を上げる。

 

「く、クマっ?」

 

驚いたように顔を上げる球磨ちゃん。

すでに全身真っ白に黒セーラーの白クマちゃんモードになってしまっている。

 

「させないよ」

 

「……提督?」

 

「させるワケないだろ!」

 

実験台。

 

実験台!

 

球磨ちゃんを実験台にして全身いじくり回すだと!?

 

そんな羨まケシカラン事、させるワケにいかないに決まってるじゃないか!

本土の変態エリートどもめ、いっぱい揃えて並べた艦娘たちを日替わりで楽しむだけじゃ飽きたらず、こんな中学生みたいなロリかわいい処女球磨ちゃんまで実験と称して性的にイタズラするつもりだなっ!?

 

YESロリータ! NO、タッチ! の名セリフを知らんのか!?

 

「これはかんちがいしてるめです」

「おもしろいからほっとこう?」

「ていとくさんはおもしろいなあ」

「そこもすきー♪」

「きゃー♪」

 

空気を読んでおとなしくちょこんと正座していた妖精さんたちが何かこそこそと喋っているが気にしない。

 

「球磨は、俺の艦娘だ! サルベージだかなんだか知らんが、俺が既にボロボロの鎮守府をちょこ~~っと削ってまで建造した大事な艦娘だぞ? 本土のヤツらの好きになんかさせるか!」

 

撃沈処分なんてもっとあり得ない。

要らないなら寄越せ!

ちっパイだってもったいないだろうが!

 

「て、提督!? 突然どうしたクマ!?」

 

「球磨!!」

 

ガシッ、と球磨ちゃんの両肩を掴む。

蒼白く染まった瞳が驚愕に見開かれ、頬が僅かに染まっている。

 

「な、何――」

 

「お前は俺のモノだ!」

 

「クマァっ!?」

 

ピンっ! っと、球磨ちゃんの真っ白なアホ毛が驚いたように跳ねる。

 

「誰が何と言おうと、俺が建造したんだから球磨ちゃんは俺のだ。俺の艦娘だ!! 誰が返すもんか! 実験台になんかさせないし、処分なんか絶対させない!」

 

「ち、近いっ! 近いクマっ!?」

 

顔を赤くした球磨ちゃんにちょっとあり得ない位の馬鹿力で胸を押され、引き剥がされる。

 

あ……し、しまった、俺は何を言ってんだ?

球磨ちゃんは確かトラックだかダンプだかの提督の艦娘で、俺には何の提督補正もかかってないんだった!

 

何かここまで全然キモがられないモンだから、軽くギャルゲ感覚で喋ってた。

これじゃただの不細工キモ男に意味不明に言い寄られただけじゃね?

 

球磨ちゃん、プルプル震えちゃってるし……!

 

「く、球磨は……球磨は、と、トラックの艦娘クマ……」

 

「う、うぐぅ……そりゃ、そうだ……」

 

「ちょ、ちょっとだけ不安になって、色々言っちゃったケド……球磨の知る限り、今の軍隊は昔よりずっと人道的クマ。実際にはそんな非道な事は無い……と思うクマ」

 

「……そうなんすか」

 

うう……せっかくの初艦娘……いきなり嫌われてしまった……。

何だよサルベージって……俺にハーレムなぞ絶対に作らせないという世界の意思でも働いてんのかよ……!

 

かわいい処女の女の子は決して不細工には回ってこないと言うのですか、童貞の神様……!

 

しかし、俺が絶望に身悶えしていると、球磨ちゃんが続けて言う。

 

「でっ、でも!」

 

「はいっ!」

 

「……球磨がトラックに戻れるかは、分からないクマ。仲間に受け入れてもらえるかも……そ、それに、提督はなかなかのへっぽこクマ!」

 

「あうっ!?」

 

うう、コイツさっきから何べんも『なんちゃって』だの『モドキ』だの『へっぽこ』だのとズケズケ言いやがって……事実だから何も言えないケドさ……。

 

「て、提督は連れてる妖精さんの数も少ないし、色々ダメっぽいけど……妖精さんたちには何かあり得ないくらいなつかれてるし、珍しい妖精さんも連れてるし、く、球磨を建造する事もできたんだから……きっと才能はあるクマ!」

 

…………あれ、誉められてる、のか?

 

「ていとくさんはすごいんだぞー」

「かっこいいぞー」

「やらんぞー」

 

はいはい、お前らもありがとね、ズボンの中に入ろうとしないでね。

 

隙あらば潜り込もうとする妖精さんを逆さ釣りにして、球磨ちゃんの続きを待つ。

 

「だから……だから、もし、提督が一緒に本土に帰れたら、少しだけ一緒に居てやってもいいクマ!」

 

「……え?」

 

あれ、なんかフラグ立ってた?

今なんか、球磨ちゃんがツンデレヒロインみたいなセリフ言わなかった?

 

「か、勘違いしないで欲しいクマ! 球磨はこう見えても結構歴戦の艦娘だったクマ! 本当は提督みたいな素人同然の新人についたりなんかしないクマ! ……でも、提督が球磨をもう一度建造……サルベージしてくれたのは確かだし、球磨は提督の艦娘、と言えない事もなきにしもあらずクマ。ふ、不本意だけどクマ!? ……だから、て、提督が正式に予備役とかに就任したら、提督がちゃんと一人前になって、自分の新造艦を持てるようになるまで……提督の補佐に入れるように申請は出してやるクマ」

 

…………おや?

デレた?

俺にもちょっとくらいはあった感じか、ウワサの提督補正!?

 

テンションが上がって参りました。

 

「…………な、何とか言ったらどうクマっ!?」

 

俺が予想外の事態に固まっていると、球磨ちゃんが赤い顔で焦れたように叫んだ。

いつの間にか、髪も身体も元の色に戻っている。

 

「はえっ!? な、何とかって……?」

 

「う、嬉しいとか……ありがとうとかクマ?」

 

「あ、ありがとう……」

 

「……どういたしましてクマ」

 

これはどんな状況なのだろうか。

うつむいた球磨ちゃんと、軽く目線をずらしてぼそぼそとしゃべる俺。

 

クソっ、こんな所で俺の女性経験の薄さ(見栄)が露呈してしまうとは……。

いざデレ状態の女子を目の前にすると、気の効いた言葉が一つたりとも浮かんでこない。

 

と言うか、最初は球磨ちゃんが俺に聞きたい事があるとかじゃなかったか?

取り敢えず不安は解消したって事でイイのか?

イイよね?

 

「その……球磨ちゃん――」

 

「……球磨でいいクマ。普通の軍人さんは部下にちゃんとか言わないクマ」

 

「――分かった。球磨」

 

今俺は、かわいい女の子を呼び捨てで呼んでいる。

何か男として一つレベルアップした気分だ。

ショボいな俺。

 

「球磨の不安、その、少しは晴れたか?」

 

「クマ……まあ、考えるだけ無駄って事は分かったクマ。球磨を建造した提督がこんなテキトーなんだから、球磨も少しは提督の能天気にならう事にするクマ。……つくづく、こんなヘンな提督初めてクマ」

 

「いや、能天気って……そらお前の元提督のエリートさんたちに比べれば俺なんかクソみたいなもんかも知れないけどさぁ……」

 

いちいち現実を突きつけないでくれよ、ヘコむ。

 

「よしよし♪」

「ていとくさんはがんばった」

 

二頭身の妖精さんに慰められる俺、超情けない。

いいんだよ俺は、明日から頑張るんだから……。

 

「クマァ♪ 球磨はこれ、仕上げちゃうクマ」

 

「ああ、あいよ」

 

すっかり機嫌の戻った様子のクマは、長いアホ毛を楽しげに揺らしながら、カリカリとメモ帳への書き込みを再開し始めた。

 

はあ、またしばらくヒマになっちゃったな。

どうなるにせよ、まだしばらくはこの無人島で過ごすことになるんだろうし、少ない荷物の整理でもするか……。

 

「…………提督」

 

「ん?」

 

「ありがとクマ」

 

「……おう」

 

かわいいなぁ、艦娘。

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

何故かガジガジと頭に噛みつき始めたツインテと格闘している間に、球磨が救援要請を書き終えたらしい。

 

「ふぅ……できたクマ」

 

「ふぅー……ふぅー……おお、書けたか」

 

ガチガチと歯を鳴らしながら、うわきものー! と暴れるツインテを顔から離しながら球磨に返事する。

それほど本気で怒っているワケでもなく、じゃれついているつもりなんだろうが、結構痛いから止めて欲しい。

あとヨダレ。

 

「あ、ちなみになんて――――」

 

「軍事機密クマ。部外者には教えられないクマ」

 

「ハイ。サーセンっした」

 

冷た過ぎないっすか?

さっきまでのデレ、もう終了なの?

 

「……提督の事は、できるだけ良いように書いたクマ。悪いようにはならないハズクマ」

 

「おお……ありがとう球磨」

 

やっぱり球磨はいいヤツだった。

ちょっと貧乳もいいかもって思えてきたじゃん。

提督目指してよかった。

 

大切そうに畳んだメモ用紙を懐にしまい込む妖精さんに、念を押すように話し掛ける球磨。

 

「妖精さん、岩川の鎮守府まで、かなり危険な飛行になるクマ。頼んでおいてこんなコト言うのもどうかと思うクマが…………この任務、断ってくれてもいいクマ」

 

「むようなしんぱいだぜ」

「とばないようせいさんはただのぷりちーなようせいさんだ」

 

いっちょまえにカッコつけて不適な笑みを浮かべるポニテ妖精さんとショート妖精さん。

……時々思うんだけど、コイツらはどこでそういう知識を身に付けてくるんだ?

 

普通の人に見えないのを良いことに、人んちに上がり込んで勝手にテレビとか見てるんだろうか?

いや、コイツらに至っては何十年もこの島でグダってたんだろ?

 

……うん、考えるだけ無駄だな。

 

「……感謝するクマ。そのメモを岩川の提督さんにちゃんと届けて欲しいクマ。白くて立派な髭のお爺ちゃんだからすぐ分かるクマ。……幸運を祈るクマ」

 

「まかせろー♪ かえったらていとくさんとけっこんするんだ♪」

「ぱいんさらだをつくってまっててね」

 

それは帰ってこないヤツの台詞だよアホ妖精。

 

あ、そうだ。

 

「なあ、妖精さん。その鎮守府に報告したらさ、帰ってくる前に俺の実家に寄って、住み着いてる妖精さん達にココの場所教えてやってくれないか?」

 

そう、妖精さんに顔を寄せて頼む。

アイツら、鎮守府作ったら呼べって言ってたし、一応追い出される前に呼んでおかないとスネそうだ。

 

一晩二晩もここでキャンプごっこでもすれば満足するだろう。

……あとはあの猛獣(ネコ)対策だな。

 

「まかせるです」

「ていとくさんのたのみとあらば♪」

 

球磨が報告書にどう書いたか知らないが、もしかしたら部外者の俺だけはこの危険地帯らしい無人島に放置される……ってコトになるかも分からんし、念のため人手……もとい、()()()()()は多い方がいいだろう。

 

そんな事を考えていると、球磨が驚いたように横から口を挟んできた。

 

「実家クマ? 実家に提督の妖精さんがまだ残ってるクマ? 本土まで二千五百キロもあるクマよ? そんなに離れたら、妖精さんなんてとっくにみんなどっかにいっちゃってるクマ」

 

「えっ? そうなの?」

 

なんだ、そういうものなのか妖精さんって?

と、頭の上のツインテに訊ねてみると、

 

「わたしたちはていとくさんひとすじです」

 

と、答えになってない答えが帰って来た。

たぶん、『我々は一生お前に付きまとってやるぞグヘヘ』と言う意味だろう。

そんなに俺が好きなら、もうちょっとくらい俺に迷惑掛けないようにしてくれても良くない?

 

「…………ひょっとして、提督ってスゴい提督だったりするクマ? 実家の妖精さんって、どれくらいいるクマ……?」

 

そう、恐る恐るといった風に聞いてくる球磨。

それに、海軍の人事局窓口で言われた事を思い出しながら答える。

 

「んあー、いや、お前が思ってる程はいねぇよ。なんか本物の提督の百分の一くらいだってさ」

 

千匹だか二千匹だかだもんな。

しかも全員好き放題と来たもんだから……この百倍をどう管理するってんだよイケメン提督どもは。

 

やっぱイケメンだと妖精さん達も素直に言う事聞いてくれるんかね?

 

俺の答えを聞いて、球磨は安心したような、拍子抜けしたような、何か複雑そうな表情で溜め息を吐いた。

 

「なんだ……驚かすなクマ。提督は何もかもが今まで見てきた候補生の連中と違うし、ひょっとしたら……とか思った球磨がバカみたいクマ」

 

「さいですか」

 

お前、俺だってキズつくんだかんなー……?

そんな露骨に前の男と比較して失望した風に言わないでくれよ……あ、いや、別に別れたワケでもないから今の男になるのか。

 

ったく、これだから中古は――――

 

 

 

ゴスッ

 

 

 

「イ゛ったいっっ!!?」

 

「……よく分からないクマが、今なんかスッゴいムカついたクマ」

 

蹴った!

コイツわざわざ艤装履いて俺のスネ蹴ったよ!

いや、そりゃ処女を中古呼ばわりは悪かったかもだけど心の声だからセーフだろ! 提督イジメ反対!

俺提督じゃないけど!

 

「あー!」

「ていとくをけったなー」

「まあいまのはていとくがわるい」

「だいじょうぶ?」

 

うずくまる俺に群がってきゃいきゃい騒ぐ妖精さん達。

 

おおお……! や、止めろ!

今俺のむこうズネは枯れススキ並みにデリケートなんだ、ペチペチすんのヤメテ……!

 

「よーしのりこめー」

「わぁい♪」

 

悶絶する俺を完全に無視して、二匹の妖精さんが元気よく叫ぶ。

そして、衣装チェンジの時のようにペカーっと光ったかと思うと、いつも以上にちっこくなったポニテとショート妖精さんが、フロートを足場にしてピョンピョンっとコックピットに乗り込んだ。

 

「おーイテテ……ああ、なるほど、どうやって乗んのかと思ってたけど、そんな事もできんのな妖精さんって」

 

「提督、そんなコトも知らんクマ? ……ああ、そうか、士官教育も何にも受けてないんだったクマ」

 

呆れたようにそう言いながら、精巧なミニチュアの様な零水偵を大事そうに持ち上げ、肩の横んトコのカタパルトに乗っける球磨。

カチャカチャと艤装を鳴らしながら、重い扉を開いて司令室の外へ出て行くのを慌てて追っかける。

 

ま、待って待って!

そんな大事なこと、俺抜きでやんないで!

 

球磨を追いかけて、全身に妖精さんをくっつけながら司令室の外に出る。

当の球磨は眩しそうに目を細めながら、壁の崩壊した廊下で日が(なか)程まで昇った海原を仰いでいた。

 

 

 

球磨の長い髪が、暖かな潮風を受けて大きくなびいている。

 

強い陽射しが反射して、キラキラとまばゆく光る胡桃(くるみ)色の波。

繊細な絹糸のような、流れるような髪の一本一本が、幻想的に輝いている。

 

はためく白いセーラー。

踊る赤いネクタイ。

鈍く輝く艤装。

 

澄んだ(とび)色の瞳に静かに灯る、蒼白い光。

 

 

 

「――――ぁ」

 

 

 

 

 

――――――キレイだ。

 

 

 

 

 

「――――ひどい鎮守府クマが、発艦にはちょうどいいクマ」

 

球磨がそう呟くと、ザァァッ、と、うるさいくらいの潮騒が耳に飛び込んできた。

 

「っ……!?」

 

み、見とれてた……!

今一瞬、周りの音が聞こえないくらい、目の前の小さな艦娘に見惚れてしまった……!?

 

ひ、貧乳なのに……!」

 

「……お前ちょっと黙るクマ」

 

ギロッ、と横目で睨んでくる球磨。

おっと、声に出てたっぽい。

 

「うわき」

「ぎるてぃ」

「せいさいだー♪」

 

「や、やめっ、止めろっ! 痛いっ!?」

 

ツインテが俺の帽子越しに、俺のツムジ辺りをビシビシとつつき倒す。

同時に、俺の両脚にまとわりついた妖精さんたちが一斉に先程痛めたむこうズネをゲシゲシと蹴り初める。

 

や、止めろ、それはマジでシャレになら、アッー!

 

「…………クマァ……ちょっとだけ静かにするクマ」

 

呆れたような顔の球磨が、スッ……と左腕を真っ直ぐに持ち上げる。

水平に差し出された腕にそって、カタパルトがキュラキュラと向きを変え、青い海原に先を向ける。

 

バラッバラララッララララララ……

 

小さな排気口が黒い煙を吐き、プロペラが勢いよく回り初める。

その風を受け、球磨の髪が踊り、ディーゼルともまた違った匂いが辺りに漂う。

 

「イテテ……おっ、おおぉ…………!」

 

「うーん、なつかしいにおい」

「やっぱこのおとです」

「よいしあがり」

「わーい♪」

「とべー♪」

 

三座式コックピットの一番前と真ん中の席に座った妖精さんが、トンボみたいなゴツいゴーグルをつけて、グッ! と力強くちっこい親指を立てた。

 

「零水偵、発艦するクマ!」

 

ポンッ、という爆発音。

白い煙。

ブオッ、と吹き付ける風と火薬の匂い。

 

カタパルトに勢いよく押し出され、妖精さんを乗せた小さな零水偵は、いっそあっさりな程に、抜けるような青空に発進した。

 

「……!」

 

その瞬間、ピカーっ、と光をまとう零水偵。

 

次の瞬間、空を裂くように飛ぶ零水偵は、普段の大きさの妖精さんを乗せられるサイズにまで大きく巨大化した。

 

ブロロロロロ……、と景気の良いレシプロ音を響かせて、妖精さんを乗せた零水偵が空に大きく弧を描く。

 

ピカピカのコックピットが、陽射しを反射してまばゆく輝く。

 

ワスレナ鎮守府をぐるっと一周回るように旋回した後、細く煙をたなびかせる零水偵は、キラキラと輝きながら本土へと向かって真っ直ぐに飛んで行った。

 

 

 

「……ふぅ、無事発艦できたクマ。どうやら艦娘としての機能はちゃんと元通りみたいクマ。後は救援が来る事を祈るだ――――何してるクマ?」

 

「ん、お、おおぅ……!?」

 

球磨は大きく溜め息を吐いて俺に向き返り、少し驚いたような、変な顔をした。

 

また俺は、気づかない内に雰囲気に当てられたらしい。

俺の腕は、最初よりはいくらかマシになったであろう、海軍式の敬礼の形になって、顔の横にしっかりと添えられていた。

 

ちなみに妖精さんたちも一緒になってピシッと敬礼している。

 

「し、しかたないだろ……俺は雰囲気に乗せられやすいんだよ……!」

 

慌てて腕を後ろにやりながら、言い訳のようにそう言う。

うわぁ、こっぱずかしい!

 

本物の軍属を前に、何をいっちょまえに敬礼なんかしてるんだ俺は。

顔アッツ!

 

「……まぁ別に、悪いコトじゃないクマ」

 

プイッ、と顔をそむけながら、そう吐き捨てるように言う球磨。

 

あっ、コイツ笑ったな!?

チクショウ、いいじゃんか! 別に、敬礼くらい!

ちょっとくらい提督気分に浸らせてよ!

 

「………………提督、そんな顔できたクマね」

 

「……ん? 今なんか言った?」

 

ボソッ、と何かを呟いた球磨に、思わず聞き返す。

何々? 俺はそこらの難聴系主人公とは違うよ?

 

例えお胸がちょお~っとばかし慎ましやかでも、貴重なフラグは見逃さないよ!?

 

「……生意気クマ。提督モドキが調子に乗んなクマ」

 

「うわ、顔コッワ! 止めて、キズつくから!」

 

「うるさいクマ。何か連絡があるまで、こっちはこっちで出来るコトをやるクマ」

 

冷たく言い放って、のっしのっしと大股に歩きながら司令室に戻ってゆく球磨。

 

くそう、やっぱり気のせいだったか。

さっきは不覚にもちょっと可愛いかもって思ったのにコイツ、俺のトキメキ返せよ……!

 

「ちっ」

「らぶこめのはどうをかんじるです」

「どろぼうねこめー」

「がるる」

 

「オメーらは何言ってんだ――痛った! ツインテ、髪、髪引っ張んな! 禿げたらどうしてくれる!」

 

妖精さんとぎゃあぎゃあ騒ぎながら、球磨を追いかける。

 

 

 

……そのちょっと不機嫌そうな足取りの球磨の頭の上。

長~いアホ毛が、ほんの少しだけ機嫌良さそうに、ピョンピョンと跳ねていたのを、妖精さんの相手に夢中になりつつも、チラッと盗み見る。

 

……やっぱ、帰れるってなったら嬉しいよなぁ。

はぁ…………俺も自分だけの艦娘、欲しかったなぁ……。

 

……あ、ツインテお前、今ブチブチって音したぞ!?

抜いた!? 抜いちゃったのか!?

 

「…………提督、お前ちょっとくらいマジメにできないクマ!?」

 

 

 







改稿完了



※多分読者の大半に伝わっていないであろう冒頭の球磨ちゃんのセリフネタ元

sm5708934の11:13あたりから



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ラ イ ン




基本的に主人公と妖精さんはシリアスとは無縁です
積極的にブレイクしていきます





 

 

 

「――――報告は以上です。同輸送船は、点検・整備後、物資の搬入を終えましたら、明後日16時(ヒトロクマルマル)に再び出港予定との事です」

 

「報告、了解した。ご苦労だったね、長良。三番ドックの使用許可を出しておくから、各員点検整備の(のち)、第二艦隊は明後日の午前まで休養を取りなさい。補給は出港日14時(ヒトヨンマルマル)までに済ませるように」

 

「はい。失礼します」

 

ハキハキとした声の返事を受け取り、部屋を辞する長良を見送る。

扉を締める静かな音の後、遠ざかる足音をたっぷり十歩分程聞いて、私はようやく大きなため息を吐いた。

 

「お疲れですか、田井中(たいなか)提督?」

 

「いや、いや、彼女()程じゃあないさ」

 

秘書艦の天城にそれを見とがめられ、直ぐに笑みを作ってかぶりを振る。

 

「長良も随分と無理をしているようだ。気丈に振る舞っちゃあいるが、少々背が曲がってるし、足許もどこか覚束無い様子だったんでね。どうにも情けないんだ」

 

「ええと……その……」

 

「……ああ違う違う、彼女の事でなくて、君達にこんな無理を強いている(アタシ)()がね」

 

何か勘違いしている様子の天城にそう付け足して、脱いだ軍帽を机に置く。

ささくれ立った天板に肘をつき、短く刈り込んだこめかみをカリカリと掻きながら、机の上の端末に目線を落とす。

 

ここ、岩川鎮守府に着任してもう幾年か。

 

決して楽な道のりでは無かった。

それどころか、艱難辛苦の日々と言ってもいい。

 

深海棲艦なる『敵』の出現。

世界規模の防衛戦争の勃発。

 

混乱に次ぐ混乱。

 

艦娘、妖精さんの発見。

そして、提督適性者の出現。

 

まさか定年過ぎの(アタシ)みたいな老いぼれが、こうして再び最前線に引っ張り出されるとは、今思い返しても悪い夢の様に感じる。

悠々自適の年金生活が、また随分と遠退いてしまった。

 

着任した初期の頃は、『艦娘』なる、余りにも若すぎる部下の扱いに戸惑い、悩み、随分と四苦八苦した物だ。

それでも最近では、ようやっと彼女等との距離感も掴めて来て、お互いぎこちないながらもそれなりの信頼関係を築けてきたのではないか、そんな淡い実感を抱き始めていたのだ。

 

それに伴い、艦娘の練度も上がり、出撃任務の成功率も向上、各地の戦線も安定し、国内外の反攻の機運も高まってきていた。

そんな折に持ち上がった、先の一大反攻作戦。

 

 

 

その、失敗。

 

 

 

開戦以降初めてとなる、多くの()()()()()大敗。

我が鎮守府でも、初めての沈没艦が出た。

 

失った物の大きさは計り知れない。

 

艦娘達との信頼関係も、最初の頃に逆戻り――――いや、悪化したと言ってもいい。

それほどまでに、彼女等艦娘達にとって、仲間の轟沈は、重い。

 

余りにも重いのだ。

 

仲間を、姉妹を沈めた指揮官への、そして大本営への不満や不信。

それを許した自分達の未熟さ、弱さ、不甲斐なさ。

 

そういった暗く淀んだ感情で、最近は鎮守府に居るだけで息苦しさすら感じる程だ。

 

艦娘達は、そんな耐え難い重圧から逃げる様に、任務や訓練に没頭している。

完全なオーバーワークだ。

無理に無理を重ね、心も身体もボロボロ。

彼女等の顔からは笑顔が途切れて久しい。

張りつめた糸は、もう何時切れてもおかしくない状態にまで来ていた。

 

(……考えが甘かった、か)

 

位置を正した眼鏡越しに、ここ最近の出撃状況と資材の出入記録に目を通す。

 

「いっ、いえ、そんな、無理だなんて……!」

 

「特に軽巡、駆逐艦の子等の消耗がひどい。朝も夜も無く、連日連夜の遠征、輸送、護衛……先の作戦の失敗、アレはどうにもね、(いささ)か深手に過ぎたよ」

 

「…………」

 

天城は、何かを言いかける様に口を開き、直ぐにぎゅっと口元を引き結んだ。

違う、とは言えまい。

 

毎日毎日、何かに取り付かれた様に一心に出撃する艦娘達。

彼女等のその様は、自分自身のみならず、(アタシ)等提督達を責めている様にも見えてどうにも居たたまれない。

 

妖精さん達にも愛想を尽かされたのか、一時期は二百人近くいた妖精さんも次々と姿を消し、今では百十三人にまで数を減らしてしまった。

隷下提督補佐官達も、妖精さんの減少を嘆いていたし、作戦に参加した他の鎮守府でも妖精さんの離反が深刻らしいと聞く。

残った妖精さん達も仕事に身が入らない様で、どこか気だるげな様子でのろのろと作業をしている。

 

あの敗北は艦娘達にとっても、そして(アタシ)等人類に対してもあまりにも大きな傷痕を残した様だった。

 

「……私達は、一刻も早く崩れた前線を立て直さねばなりません。消耗した資材の回復は、何よりも優先される事だと――――」

 

「うん。上からのも、そういう指示だ。元よりウチに否やは無いさ」

 

一聞して弱気とも取れる私の言葉に天城から咎めるような声が掛かるが、それを遮った(アタシ)は端末にコードを繋ぎ、壁のモニターに戦略地図を表示させた。

 

確かに、到底こなしきれない程の依頼が、依然として連日鎮守府に届いている。

それは事実だ。

だが彼女等が必死に頑張っても、疲弊した兵站の回復は遅々として進んでいないのが現状。

 

先の消耗が開戦以来の大打撃であったのは確かだが、それだけでこれ程のじり貧に陥る程、我が軍の兵站は脆弱では無かった――――筈だ。

 

「さて……こいつはどうにも、深海の連中も嫌らしい事をするね」

 

大型モニターに表示されたのは、岩川鎮守府以南、パラオ・トラックまでを含んだ海域図。

各所に大小の赤い点と数字、矢印が幾つも書き込まれている。

 

それらが意味する所は――――

 

「…………通商破壊」

 

「うん。占拠されたトラック周辺は当然として、パラオのカバーしていた補給路まで分断されつつある。戦力補充の間隙(かんげき)を突かれた形だぁね。おまけに点在する補給基地の幾つかも敵方に落ちてる。夜間の鼠輸送も頻繁に潜水艦の襲撃を受けているし……この辺り、各正面海域の主戦力に定期的なハラスメント攻撃まで加えてきてる。これじゃ護衛に回す余裕なんて無い、制海圏いっぱいに釘付けだ」

 

実に徹底している。

 

そもそも、数の利は深海にあるのだ。

こうまで真面目に戦争するまでもなく、物量に任せて雪崩れ込まれれば我々は打つ手が無い……とは、大本営も承知の事。

公然の秘密、という奴だ。

 

これまでは、『歴史をなぞる』という彼女等の戦略パターンに半ば決め打ちする形で辛くも勝利を掴んで来た。

その前提が呆気なく崩れた今、いよいよ彼女等の中途半端な侵略行為の意図する所が分からなくなってしまった。

 

ここまでくると、此方の補給が国力を維持できるギリギリいっぱいの所で保たれている所にすら、なにか作為的な物を感じてしまう。

 

「成長する亡霊か。いっそ和平交渉出来る位まで知恵をつけてくれたら言うことも無いんだがね……まったく、当初の戦略が丸々パァだ。大本営の連中、さぞや肝が冷えたろう」

 

「……提督」

 

「おっと、イカンね、年食うと口が軽くなっていけない」

 

笑いながら天城を見れば、私の失言を咎めるような目でむっつりと黙り込んでいる。

顔色も幾らか優れない様子だ。

 

ふむ、少々脅かしすぎたか。

 

「なに、(アタシ)等も全くの無策って訳じゃあないさ。ヤツ等が上手にやるんならこっちにもやり様はある。一先ず駆逐艦の子等に積んだドラム缶は下ろして……ん、なんだい?」

 

机の端でウトウトと舟を漕いでいた妖精さん達が、弾かれた様にパッと頭を起こし、(にわか)にワタワタと騒ぎ始めた。

 

その内の一人がピョンと肩に乗り、耳打ちをしてくる。

 

「ていとく、だんたいのおきゃくさんです」

 

「? 団体と言うと、商工会の……」

 

()()()()()だんたいです」

 

「……うん? 我々って――――」

 

どう言うことだ? と私が顎に手を当てると同時。

 

執務室の外から、ドタドタという慌ただしい足音と、艦娘達の騒がしい悲鳴が響いてくる。

 

怪訝そうな顔をした天城と顔を見合わせ、すわ敵襲かと慌てて入り口に首を向けると、蝶番(ちょうつがい)を壊さんばかりのけたたましい音を立てて執務室の扉が乱暴に開け放たれた。

 

目を白黒させながら見つめる前で扉から姿を現したのは、先ほど入渠を命じたばかりの長良と、一緒にドック入りするよう命令した筈の遠征艦隊の面々だった。

 

「てっ、てて、提督っ……! た、たいへっ……大変です……!」

 

一体何があったと言うのだろうか。

丁度脱ぎかけの所で、取るものも取らず走ってきた様で、長良も駆逐艦達もスカートやらセーラー服やらを足首に引っ掛け、殆ど半裸の状態でぜぇぜぇと息を切らせている。

 

一見してただ事では無い。

 

「あっ、あなた達っ!? ふふ、服……提督の前ですよ! な、何ごとですかぁっ!?」

 

赤い顔を両手で覆った天城に叫ばれても、長良達は何を警戒しているのか、(しき)りに後ろ、廊下の方を気にしている。

 

「いったい何事だい長良、説明しなさ――――」

 

「よっ、妖精さんですっ!! 妖精さんの大群が、とつ、突然空からっ!!」

 

「――――は?」

 

「っ、長良さん! も、もう来ましたっ……!」

 

殿(しんがり)に立っていた三日月が(おのの)くようにそう言った、次の瞬間だ。

 

 

 

その時の光景を――老い先も短い身の上だが――(アタシ)は決して忘れる事は無いだろう。

 

 

 

「嘘っ――――きゃあっ!? 」

 

「ふわあぁっ!?」

 

「うわぁ~っ!?」

 

 

 

入り口で団子になっていた長良達が、一瞬で()()()()()()()()に呑み込まれた。

 

 

 

いや、波じゃない。

あれは――――

 

 

 

「らいとくりあー」

「れふとくりあ~♪」

「せいあつしたぞー」

「ちょろいもんだぜ」

「あのおひげかな?」

「たぶんそうです」

 

 

 

「き、君等は……」

 

 

 

――――妖精さんだ。

妖精さんの、大群だった。

 

 

 

モスグリーンの軍服に身を包み、頭に赤いベレー帽を乗っけた妖精さんの大群が、サブマシンガン……(ふう)のカラフルな水鉄砲で武装して執務室に雪崩れ込み、目を回した長良達や私に銃口を突き付けてきたのだ。

私が固まっている目の前で、妖精さんの津波に揉みくちゃにされた長良達が可愛らしいマスキングテープ(恐らくガムテープの代わりだ)でぐるぐる巻きにされて転がされる。

 

「えっ、よ、妖精さん!? ウチの子達じゃ無い……あっ、な、なんですか!? ちょ、ちょっと、ど、ドコさわって……きゃあああっ!!?」

 

(アタシ)が余りに非常識な光景に不覚にも呆気に取られていると、動揺してわたわたしていた天城が、素早く近付いてきた特殊部隊風な妖精さんに無力化され、床に転がされた。

 

ぐるぐると目を回して「きゅぅ~……」と気絶してしまった頼り無い秘書艦を横目に部屋の隅を見れば、自分の妖精さん達もまた、そろって手を頭の後ろにやり床にうつ伏せにさせられている。

 

「みうごきしたらはちのすです」

「しなくてもきぶんしだいではちのすです♪」

 

な、なんて物騒な――――

 

「こういうのまってた」

「わくわく」

「ねえつぎは? つぎはなにするです?」

「しー。われわれはじゅうじゅんなほりょなのです」

「うたないでー♪」

 

…………。

 

どこか緊張感の無い妖精さん達に思わず脱力していると、入り口に固まっていた謎の妖精さん軍団の中から、冗談みたいなサングラスをかけた一人の妖精さんがゆっくり、てちてちと私の前に歩み出てきた。

 

彼女がこの乱痴気(らんちき)騒ぎのリーダーなのだろうか?

 

ほのかに光を纏ったポニーテールの妖精さんは、赤いベレー帽に手を伸ばして位置を正し、胸元にジャラジャラとぶら下げた勲章(……良く見ると折り紙だ)を見せびらかすように胸を張って、私を見上げてくる。

 

「あー……ゴホン…………なんだね、君達は?」

 

「このちんじゅふはわれわれがせいあつしました」

 

……情けない、本当に情けない事だが、事実ウチの戦力は目の前でしっかり無力化されている。

全く意味不明ではあるが、我が岩川鎮守府はこの謎の妖精さん部隊に事実上占拠された様だ。

 

水鉄砲で。

 

……前代未聞だなこれは。

大方、近頃見なくなった妖精さん達の一部が徒党を組んで、最近の鬱屈した雰囲気への鬱憤を晴らす為に大規模な悪戯を仕掛けてきたのだろう。

 

この忙しい時に、なんて迷惑な……。

 

ため息を吐きそうになるのを堪えて、ポニーテールの妖精さんに問いかける。

 

「…………それで、(アタシ)はどうなるんだろうね?」

 

「あんたたいしょうくびだろ」

 

そう言って、サングラスを外し、()()()で私を見上げる妖精さんが、銃口を私に突き付ける。

 

……後ろの妖精さんの一団の陰で、『どっきりだいせいこう』の看板がチラチラしているのは……やはり見て見ぬフリをしなければならないのか?

 

「……ああ、(アタシ)がこの鎮守府の司令官、日本海軍大将、田井中だ」

 

律儀にそう答えて、ポニーテールの妖精さんを見下ろす。

一体どうオチをつけてくれるのかは知らないが、妖精さんの機嫌を損ねてはいけない、とは、提督適性者が士官学校で一番最初に叩き込まれる事だ。

どんなに迷惑でも乗らねばなるま…………ん?

 

おや、この妖精さんの水鉄砲、黒――――

 

「くびおいてけ、です」

 

 

 

パァンッ

 

 

 

執務室に、乾いた炸薬音が響いた。

 

 

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

 

 

本土へと飛び立った妖精さんズを見送った俺と球磨は、再び執務室に戻って向き合っていた。

 

俺は床に()()()

球磨は執務机から皮張りの椅子を引っ張ってきて、その上に。

 

…………おかしくない?

 

「提督は球磨を冷たい床に座らせるクマ?」

 

「球磨は提督を冷たい床に座らせて心とか痛まんのか?」

 

「早急に椅子をもう一脚作らなきゃいけないクマね」

 

どけよ。

 

それにしても、妖精さん達、大丈夫かなぁ……。

いや、アイツらがどうこうなるとは思わんが、本土の鎮守府でしょーもない迷惑掛けてないか不安だ。

 

主に俺の心証的に。

 

 

 

 



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呼び声




明けましておめでとうございます。

これからはまとめて一気に書こうとせずに、時間を決めてちょっとづつ書いてみようと思います。





 

 

 

「……さて、提督カッコカリ。今球磨たちがやらなきゃいけないコトが分かるクマ?」

 

「朝ごはんの準備とか?」

 

返事の代わりに、じとっ……とした眼差しが突き刺さる。

 

……背は俺より小っちゃいクセに、ナゼか激しく見下されている気がする。

なんかヘンな性癖に目覚めそうなんでヤめて欲しいです。

 

「あそぶー♪」

「たんけん」

「おひるねー?」

「ていとくとー……きゃー♪」

「きゃーっ♪」

 

「……妖精さんはちょっとあっち行ってて欲しいクマ」

 

「やなこった」

「そんなこといって、わたしたちのいないところでていとくさんをたべちまうですね?」

「えろどーじんみたいに!」

「えろどーじんみたいに♪」

 

「すすすするわけ無いクマっ!? そそそんなっ、ハレンチなっ……提督っ!」

 

アホ妖精ズにからかわれて一瞬で顔を赤くした思春期球磨ちゃんがすがるように俺を見る。

 

いや、妖精さんの言うことなんか真に受けない方がいいと思うよ?

俺を見てみろ。

コイツらの口車に乗った結果がセルフ島流しだぜ?

 

「はぁ……ほら、話が進まねぇだろ。後で遊んでやるから、行儀良く座ってろ」

 

「はーい♪」

 

仕方なくそう言って、パンパン、と手を叩くと、妖精さん達は俺の横に行儀良くペタンと座り込み、ご丁寧にバッテンマークのついたマスクで口を覆う。

今日日(きょうび)そうそう見ねぇぞそんなベタベタなお手つきペナルティ。

 

「ぐぬぬ……球磨の言うことは聞いてくれないのに……なんか釈然としないクマ……」

 

悔しそうに唸る球磨ちゃん。

惚れちゃっても良いのよ?

 

「そんでさ、まず何をするって?」

 

「……サバイバルの基本は、衣食住の確保クマ。取り敢えず住むとこはあるし、服も一着だけならあるクマ……まず、飲み水の確保、その次に食料の確保クマね!」

 

どこか得意そうな顔でそんな当たり前な事を言って、自信満々に人差し指を立てる球磨ちゃん。

 

それって結局朝食の準備じゃない? とは言わない。

提督はかしこいので。

 

「つまりちょうしょくのじゅんびです?」

 

「………………」

 

「あっ、コラ! お前、早々にマスク外してんじゃねーよ!」

 

「もがもが」

 

俺がアホ妖精の口を塞いでいると、球磨ちゃんがピョンと椅子から飛び降りて、ツカツカとドアに向かって行く。

 

「……今から探すんだから朝食じゃなくて昼食だクマ。まずは飲み水探しクマ。提督もついて来るクマ」

 

あ、なんかほっぺが赤い。

照れ球磨ちゃんかわいい。

 

「のみみずはもうていとくがみつけたです」

 

「………………食べ物を探すクマ」

 

あ、すごい赤い。

かわいい。

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

さて、食料探しだ。

 

「そ、そっちじゃなくて海! 海で魚とか採ろう!」

 

庁舎を出て即座にジャンゴゥ(巻き舌)に向かおうとした球磨の肩を掴み、慌ててそう提案する。

 

「…………別にかまわないクマが……なんでそんなに必死クマ?」

 

さっきの名残でまだいくらか頬の赤い球磨ちゃんが、いぶかしげにそう聞いてくる。

 

「いや、実はさっき飲み水を探しがてらこん中に入ったんだけどさ、でっかいクロヒョウ的な猛獣がうろついてんだよこの密林」

 

「……つくづくとんでもない鎮守府クマ……で、だから何クマ?」

 

「だからも何もあっっっぶねぇだろ!? こん中は妖精さんにでも任せた方がいいって」

 

俺が身ぶり手振りでこの密林がいかに危険がデンジャラスか教えてやろうとすると、球磨は呆れたようにため息を吐いて俺に向き直った。

 

「はぁ……提督は球磨が艦娘だってこと忘れたクマ?」

 

そう言って、テクテクと林に近づいてゆく球磨。

 

「あ、ちょ、ちょっと……!」

 

俺が慌てて止めようとすると、球磨は一本の木の前で立ち止まって、幹に手を置いた。

小柄な球磨が両手を回してちょうど抱え込める位の太い低木だ。

 

球磨は何のつもりか、確かめるように幹の表面を撫で、脚を肩幅に開いて片手を幹に添えた。

 

「なんだ、球磨? その木がどう――――」

 

「危ないから提督はちょっと離れてるクマ。これくらいなら……クマァッ!」

 

球磨が気合いのこもった声をあげた瞬間だった。

 

メキメキメキメキィッッ!!!

 

「――――――~!!」

 

湿ったような凄まじい音を立てて、生の低木が差し金のように直角に折れ曲がった。

 

「――――っとまあ、球磨がちょっと本気を出せばこんなもんクマ。ヒョウでもライオンでも9万馬力の前には無力クマ」

 

根っこが半ば露出して、湿った繊維質を中程まで引きちぎられた哀れな低木の前で、そう言って得意気に胸を張る球磨さん。

 

「べ、別に実演せんでもイイだろうが! ちょっとビビったぞ!」

 

よく見れば幹には球磨の手形がくっきり凹みとして残っているし、球磨の両足は地面に足首までめり込んでいた。

 

なんつうバカ力だよ!

9万馬力ってなんだ。

漫画か。

鉄腕なアトム君並みかよ。

 

…………球磨ちゃんは怒らせない方がいいな、うん。

 

「見た方が理解が早いクマ。提督は何にも知らないみたいだし、艦娘についても球磨が色々教えてやるクマ」

 

「色々……………………それって――――」

 

メキィッ! と凄まじい音と共に、樹の幹の表面が握り潰される。

 

「おっと、ちょっと力加減が……で、何クマ?」

 

「サー! よろしくおねがいしますっ! サー!」

 

「サーは提督クマ」

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

「ふー……ふー……こ、ここが水場な」

 

「へぇ……なかなかキレイな水場クマね。これなら飲み水には困りそうもないクマ」

 

朝と同様、妖精さんに厳重に守ってもらいつつ、湧き水の場所までジャングルを掻き分けてきた俺は、大きめの岩に腰かけて帽子を取り、Tシャツの胸元をパタパタして熱を冷ます。

 

朝と違い、先行した球磨ちゃんが道をふさいだ岩やら倒木やらをひょいひょいとどかしてくれたお陰で幾らか楽が出来たが、それでも悪路には変わりない。

 

あっという間に汗だくになり、羽織っていた暑苦しい軍服はだいぶ早い段階でただの腰巻きと化している。

部屋に置いてくれば良かったよ……。

 

球磨ちゃんは泉に片手を突っ込んでかき混ぜながら、「だらしないクマ」と言いたげな顔でこちらをチラチラ見ている。

 

エエイ、軍人さんと一緒にするんじゃない、こちとら筋金入りのインドア派なんだ。

 

「……提督、飲むクマ」

 

ふと頭を上げると、球磨ちゃんが空のペットボトルに汲んだ湧き水を差し出してくれている。

 

「おお、ありがとう」

 

この子、言動キツいけどけっこう優しいな……ホントちょっとナマイキな女子中学生くらいかね?

 

そんなコトを考えながらグビグビと喉を潤していると、その球磨ちゃんが周囲をキョロキョロと見回しながら言う。

 

「う~ん……とりあえず、ここを中心に探索してみるクマ? 来る途中にも何本かそれっぽい木があったクマ」

 

「ごくっ……ごくっ……ぷはっ、ああ、うん、そうっスね……おーいオマエら、この辺に果物のなってる木とか心当たりある?」

 

球磨ちゃんに問い掛けられて、泉でパチャパチャと水浴びをしていた妖精さんズに尋ねてみる。

 

「あるよー」

「ばななとかあかいのとか」

「ここなつもなかった?」

 

元気よく答える妖精さん達。

 

「よーしでかした。そしたらこの辺りにある食えそうなもん、テキトーに集めて来てくれー」

 

「ごほうびあるです?」

 

「お手玉してやる」

 

「やろうどもーつづけー♪」

「おー♪」

 

すると、頭の上から飛び降りたツインテが先頭に立って、妖精さんずを引き連れてジャングルに突撃してゆく。

 

ちなみにお手玉というのは、そのまんま妖精さんをボールにして行うお手玉だ。

実家の妖精さんどもにお仕置きのつもりでやってみたら大ウケしてしまい、妖精さんの間で大人気の遊びになってしまったのだ。

ジャグリングは激アツらしい。

 

「……よし、じゃあ、俺らはここで休憩してようか、球磨」

 

「……はっ!? いやいや、突然のコトで固まってたクマ! まさか全部妖精さん任せクマ?」

 

「いやだって、この密林だよ? ヘタに踏み込んだら迷子になったり変な虫に刺されたりクソデカにゃんこに食われたりしちゃうよ? 地元妖精さんに任せるのが確実だって」

 

俺がそう言うと、球磨ちゃんの目線がそわそわと密林と俺を行き来する。

 

「それはそうクマが……妖精さんクマよ? こんな森のなかで自由行動させたら、八割は遊び始めちゃって当分帰って来ない――――」

 

「みつけてきたです」

「たいりょうだー♪」

「おてだまおてだま♪」

「かっこいいきのこもあったです」

「あかとしろのまだら」

「たべたらおっきくなれるかも」

 

「おー、お帰り。早かったなお前ら……オマエはそのヤバげなキノコをポイしてくるまで俺に近付くなよ?」

 

よっぽどお手玉が楽しみだったのか、赤い小さな実が房状になった果物っぽいモノを抱えてきたツインテを皮切りに、妖精さんズが次々に食べられそうなモノを抱えて走ってくる。

 

あれよあれよと言うまに、泉の前に食料の山が築かれてしまった。

 

「おおー、なんだホントにバナナもあんじゃん! ものっそい緑だけど……これはヤシの実か? この三角の茎っぽいのも食えんの? めっちゃ滴ってるケド……」

 

「あまずっぱいです」

「くせになるあじ」

 

「ふーん、どれどれ…………うん、青臭いけど、確かに甘酸っぱい……のか?」

 

「………………」

 

「よーし、お前ら、お手玉してやろう。一列に並べよー、三人ずつだぞー?」

 

「きゃーっ♪」

 

俺が出来る妖精さん達を順番にお手玉していると、球磨ちゃんが何か言いたげな顔で此方を見ているのに気付いた。

 

「ほいっ、ほいっ、ほいっ…っとと、おい、空中で身体捻んな、手元が狂う……何? 球磨、どうかした?」

 

「……今ちょっと球磨の中の常識とかそういうのと目の前の現実の折り合いをつけているクマ」

 

「やめとけやめとけ、妖精さんに常識とか当てはめちゃダメだって」

 

「…………まあ、考えるだけ無駄クマね」

 

一瞬間があったが、何か言いたいコトでもあったのかね?

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

山盛りの木の実や果物を手分けして抱えて、再び庁舎前へ。

とって来た食料をどこに置こうか一瞬悩んで、軍服が入っていた長持を引っ張り出してその中へ放り込む。

 

「さて、次は肉……はキツそうだし、魚かな。やっぱりタンパク質を取らないと食った気しないもんな」

 

「まあ、クマとしても名前も分からないようなネズミとかリスとかカメレオンを食べるよりはその方が安心クマ」

 

というコトで、お次は海岸へ向かうコトに。

 

せっかく艦娘を建造したというのに、全く提督らしいコトをしていないがイイんだろうか?

もうちょっとセクハラとか視姦とかすべきかもしれない。

 

でも球磨ちゃん超強いんだよなぁ……。

 

チラッ、と隣を歩く球磨ちゃんを盗み見る。

 

「? 何クマ?」

 

一瞬で気付かれた。

 

その上、

 

ゲシッ!

 

「あいたっ!?」

 

妖精さんにふくらはぎドロップキックをくらい、

 

ビシッ!

 

「目がっっっ!?」

 

頭の上のツインテが両目に猫パンチを食らわせてきた。

 

「……いや、本当に何してるクマ?」

 

「まだ何もしてねぇよ……!」

 

「えっちなのはいけないとおもいます」

「どうしてもというなら……」

「わたしをつかっていいのよ?」

「いやん♪」

 

「お前らいい加減にしろよ特にツインテ! 目ぇ潰す気かっ!」

 

「わたしいがいをみつめるめなんて」

 

「だまらっしゃい! 二頭身の分際でヤンデレ気取ってんじゃねーよ! 全然怖くないわ!」

 

ツインテのツインテを両手でつまんで、アホ妖精を縄跳びのようにグルグル回していると、隣から呆れたようなため息が聞こえてくる。

 

「はぁ……ホントによく分からない提督クマ……妖精さんに好かれてるんだかそうじゃないんだかさっぱり分からんクマ」

 

「ん、なんか言った? 俺が男前だって?」

 

「…………」

 

「いや、そんな哀れみの目で見ないでよ……冗談じゃん……」

 

あ゛~~~~♪ と相変わらず何しても楽しそうなツインテを適当に放り投げて、海岸沿いの岩場を下る。

 

そこでも、仁王立ちから水中に片手を突っ込んで掬い上げる熊スタイルで魚を捕ろうとした球磨ちゃんが執念で一匹を捕まえる間に、海女さんスタイルで海に潜った妖精さん達が、魚やタコ、ウニや貝なんかを山のように採ってきてくれた。

 

分かってはいたが、もう妖精さんがいればいいんじゃないかな状態である。

 

その結果。

 

「……球磨は本当に必要クマ?」

 

「いやいや、そんな落ち込まんでも……球磨だってスゴく役に立ってるから、な?」

 

「ぐすっ……どんな?」

 

「……ほら、カワイイじゃん」

 

「くまかわいいです」

「やくにたたないけど」

「わたしたちほどじゃないけど♪」

「どんまいける」

 

「ぐま゛ぁ゛……!」

 

「あぶなっ! 怒るか泣くかどっちかにしてって!」

 

球磨ちゃんがスネた。

 

そりゃ、沈んだ軍艦の魂が、再び戦うために甦ったような存在だ。

提督の役に立てないと言うのは想像以上のストレスらしい。

 

そんなコト言われたって、こんな無人島で、右も左も分からなくて、燃料も弾薬もないと来たら、水曜スペシャルくらいしかやることないワケだし、そうなってくると確かにバカ力なだけの女子中学生よりも妖精さんの方が頼りになるのは事実だし……。

 

「役立たずはイヤだクマ……! なんでもするから見捨てないで欲しいクマぁ……!」

 

重症だなこりゃ。

 

「くそう……そんな凹まれると憧れの『何でもする』でもエロい事出来ないじゃんか――――ん?」

 

ふと、顔を上げる。

 

「ぐすっ…………? どうし――」

 

「しっ! ……今、なんか聞こえなかったか?」

 

キョトン、とした様子の球磨ちゃん。

どうやら気付かなかったようだ。

 

しかし今、確かに、小さな声が聞こえた気がしたのだ。

 

ピョンッ、と、頭の上からツインテが飛び降りる。

チラッ、と一度俺の顔を見上げ、スッ……と俺と同じ……岬の向こう側に視線をやる。

 

他の妖精さん達は、俺とツインテが何を言っているのか分からないというように、球磨といっしょにキョロキョロと周囲を見回している。

 

「……オマエも聞こえたのか?」

 

「どうするです?」

 

「ちょ……ちょっと、怖がらす気ならやめて欲しいクマ……」

 

「イヤ、本当なんだって、小さい声だったけど、確かに聞こえたんだ。何かこう、掠れたような声で――――」

 

 

 

『タス――――――ケテ――――――――』

 

 

 

「っ! 今、またっ!」

 

今度は、先ほどよりはっきりと聞こえた。

 

見れば、今度は球磨にも聞こえたようで、驚いたように肩をビクつかせ、先ほどまで俺とツインテが見ていた岬の方を見ている。

 

「き、聞こえたクマ……スゴく小さな声で、助けてって……!」

 

「さっきは痛い、苦しいって言ってたんだ! は、早く行かねぇとヤバいんじゃねぇか!?」

 

俺が走り出そうとすると、グイッとズボンの裾を引っ張られてつんのめる。

 

「っ、な、え、なにっ?」

 

見れば、球磨ちゃんが青ざめた顔で俺を見上げていた。

 

プルプルと震え、髪の先の方がうっすらと白くなっている。

 

「……なんかイヤな予感がするクマ」

 

見れば、ツインテ以外の妖精さん達も、未だに声が聞こえないようであっちこっちに頭を向けながら難しい顔の横に手を当てて耳を澄ましているようだった。

 

自分とツインテに最初に聞こえて、

球磨ちゃんにはうっすら聞こえて、

妖精さん達には聞こえない、声。

 

そう分かった上で、

 

「それがどうしたっ! ってね」

 

「クマっ!?」

 

俺は声の方に向かって走り出していた。

 

 

 

 



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漂着する意思




書くよー





 

 

 

 

湿った大気を()()()()ような炸裂音と共に、至近で立て続けに水柱が上がった。

 

海面に生まれた渦に引き寄せられないよう、いっぱいに踏ん張りながら大きく旋回し、左腕の砲塔から一発、おおよその見当だけつけて盲目(めくら)に撃ち返す。

 

大小入り混じった砲弾の雨の中をS字航行で切り抜けつつ、黒煙と水飛沫の合間に首を捻ると、友軍部隊に追い詰められた敵艦隊が、最も守りの薄いこちら目掛けて決死の突撃を敢行したようだった。

 

……予定通りの動きだ。

 

『ソノママ、アル程度ノ抗戦ヲシタ(ノチ)、敵主力二突破サセヨ』

 

「『作戦は十全ニ承知シていマしてヨ。精々華々しク散って見せマスわ』」

 

『ウム。少々辛イ役目ダガ、我々ハ不滅ダ、遠カラズ再会出来ルダロウ。デハ、健闘ヲ祈ル』

 

「『健闘ヲ祈りマすわ、オーバー』 …………ふゥ……」

 

最後の通信を終えて顔を上げれば、陣形を(やじり)の形にした敵艦隊が、ほとんど一直線に全速力で此方に突撃してきていた。

数倍以上の戦力に完全に包囲され、散々にいたぶられてなお、彼女らの戦意はいささかも(つい)えていないようだ。

 

まるで、この世の不幸と正義を一身に背負ったような悲壮な顔しちゃってまぁ……。

 

「…………何隻かハ、沈メちゃっテイイのヨね」

 

つくづく、腹が立つ。

 

何も知らないクセに、自分達ばかりが世界の為に戦っているかのようなその無知が。

自分達は正義で、()()は悪だと、信じて疑わないその傲慢が。

……提督に指揮され、人々に愛され、イキイキと海を駆けるその姿が――――、

 

「……気ニ食わナいわ」

 

黒い艤装の単装砲四門を、突撃してくる護衛艦隊の先頭に向ける。

 

「過去ニ囚わレているノは、貴女達ダといウのに」

 

……私だって、

 

どうせ甦るなら、ソッチが良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………。

 

……………………。

 

………………………………?

 

「………………ア…………ゥ…………ココ……ハ……?」

 

全身がバラバラになってしまいそうな程、痛い。

そして、それ以上に、寒い。

自分でも、意識が朦朧としているのが分かる。

 

何でこんなに苦しいんだろう?

 

「ソうか……私…………沈ミ…………損ねテ………………」

 

ぼやけた視界に、海草やフジツボのこびりついた、ゴツゴツした岩場が見える。

 

痛いと、寒い。

 

それ以外、ほとんど感覚の無くなった冷たく冷えた身体は、この岩礁に引っ掛かって波にうたれているようだ。

耳元で聞こえるハズの潮騒が、やけに遠くに聞こえる。

 

ボロキレのようになった身体の半分は生ぬるい潮水に浸かり、この一瞬ごとにほんの僅かに残った体力がどんどん抜けて行くのを感じる。

 

死ぬ。

 

死ぬんだ、私は。

 

死ぬ。

 

沈む。

 

死ぬ。

 

「痛イ…………怖イよ……………」

 

そして、だんだんと痛みすら感じなくなってくる。

まぶたが重い。

視界がぼんやりと白く濁り、そして少しずつ暗くなって行く。

 

「やっパり……怖イ…………提督(アドミラル)…………私…………沈ミたク…………なイ……」

 

こんな、誰もいない所で。

 

誰にも知られずに。

 

一人寂しく、私は、死ぬ。

 

「…………助……ケテ……」

 

――――そんなの、イヤだ。

 

例え、またすぐに甦れると分かっていても、やっぱりもう二度とあの(くら)く寂しい水底になんて、戻りたくない……!

 

今更そんなコトに気付いて……でも、もう遅すぎて……ほとんど見えなくなった目に、涙が溢れる。

 

「……………タス………………………け…………」

 

……意識が途切れる寸前。

 

何か懐かしく温かい、大きな手が自分に触れたような気がした。

 

そして。

 

――――沈んでしまう、その直前だというのに、もう安心だと、何故かそう、確信するように思った……気が、した。

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

先ほどから、球磨ちゃんが落ち着かない。

 

「クマ…………クマぁ…………クマー…………!」

 

ブツブツと不機嫌そうに呟きながら、『にゅうきょちゅう』という札の下げられた真新しいドアの前を、ソワソワした様子で行ったり来たりする球磨ちゃん。

さっきからずっとこんな調子で、時折ドアを睨んでは、俺の方を見て、また難しい顔をして歩き回る……その繰り返しだ。

 

「…………提督。………………やっぱり、今の内に……」

 

「ダメって言ってるだろ?」

 

「…………クマ……そ、そうクマね…………でも……」

 

「だぁからダメだって。とにかく、話を聞くまではダメ」

 

「………………クマ」

 

「しんぱいしすぎ」

「はげるぞ」

「まつのあきたー」

「かまえー」

「あそべー」

 

「ん、おお……騒がしいのは無しな……すぐ目を覚ますらしいし……」

 

いい加減ただ待っているのが退屈になったらしい妖精さんズがじゃれついてくるのを適当にあしらう。

 

今だけは能天気な妖精さんがありがたい。

さっきから空気が重苦しすぎてたまらんのよ。

 

再び白い深海モード(仮)になった球磨ちゃんがピリピリしながら、ず~……っと俺とドアの間に陣取って離れないのだ。

あれだけ念入りに武装解除したんだから、そんな警戒しなくてもイイのに……とは思うんだが、球磨ちゃんの言い分も理解できるだけに、ムゲに止めろとも言えない。

 

困った。

 

いつも勝手に頭の上でふんぞり返っているツインテは、部屋の中でニュウキョ中の()()の見張りだ。

 

目を覚ましたら出てくる手筈になってるハズだが……お!

 

キィ……とドアが細く開く。

中から、ムワっ……と、白い湯気と熱気が漏れだす。

 

「めをさましたです」

 

そう言って、ツインテがピョコン、と顔を出した。

 

 

 

@@@@@@@@@@@

 

 

 

(かす)かな、でもハッキリと聞こえた、助けを呼ぶ声。

その方向に走った俺は、とんでもなくショッキングな光景を目の当たりにしていた。

 

「な……ひでぇ……!」

 

岬の反対側、潮が引いてあらわになった岩礁の端っこ。

潮が引いた岩場の波打ち際に小さな人影が引っ掛かっているのを見つけて、湿った海草に足を滑らせながら走りよってみれば、そこに居たのは、

 

「お、おい! だだ、大丈夫か!? 生きてんのか、おい!?」

 

()()()()()()()()()()、全身傷だらけの、小さな女の子……の惨殺死体だった!

 

ぐぐぐ、グロい……!

どう見ても死んでるよ。

やばい、なんかこみ上げてきた……まず脚が無いし、肌は血の気が失せて真っ白だし、全身生傷や焼け焦げでボロボロだし……!

 

……いや、白いのは球磨ちゃんもか。

 

このコに、一体何があったというのか……酷い状態の死体だ。

しかし、そうするとさっき助けを呼んだコは別にいるってコトか?

確かにこの辺りだったハズ……どこにも見当たらんぞ?

もしかして力尽きて流され――――

 

「こいつはやくたすけないとあぶないですよ?」

 

「――――は?」

 

頭上のツインテの声に、思わず聞き返す。

 

「きゅうじょしないです?」

 

コイツ、まさか……!

 

「……ツインテ、不死身(たぶん)のお前には理解できんかもしれんが、このコはもう死んでるんだ……人間はな、身体の下半分がちぎれちゃったりすると、まぁおおむね死んじゃうんだよ……」

 

「そうなのかー」

 

目の前の死を、受け入れられないのか……!

 

考えてみれば、妖精さんはシリアスとは対極に位置する存在だ。

死とか、絶望とか、そういったモノを理解出来ないんだ……。

 

「したいはみんないきしてるです?」

 

「バカだなぁ、死体は息なんて――――」

 

そう言いながら、出来ればあまり直視したくない、白髪の少女の無惨な土左衛門にチラっと目を――――

 

「するわけ――――」

 

ヒュゥー…………ヒュー…………

 

掠れた呼吸音と共に、うつ伏せになった少女の背が、小さく上下しているのが見えた。

 

「おおおおおおおいおいおい、いい生きてんじゃねーか!!」

 

「そういってるです」

 

「バカおまえツインテおまえノンキ言ってねぇで救助だ救助! は、はやくえ~と、応急処置!」

 

生きてんなら最初にそう言えよ!

あ、いや言ってたか?

と、とにかく、このままじゃどう考えても不味い!

 

慌てて少女に駆け寄る。

 

「お、おいっ! しっかりしろ! 今なんとかするからな!」

 

しかし、少女からは何の反応も返ってこない。

今にも止まりそうなか細い息が、青白い唇から漏れるばかりだ。

クソ、意識を失ってるっぽい!

 

だいたい、応急処置ったって、下半身が無くなった患者ってどう応急処置したらいいんだ!?

腰か!?

腰でも縛るのか!?

……そういえば、このコ、全身傷だらけで血まみれなのに、一番重傷なハズの脚の方から血が流れてる様子がないぞ……?

 

恐る恐る、傷の断面を覗き込む。

 

「っ………………あれ……? これ……」

 

傷が無い――――というか、脚の付け根から下が、ツルンとしている。

なんというか、最初から無かったというか、最初から切断してあったような……にしては、縫合の痕も見られない。

 

「…………な、なんだ、千切れちゃったわけじゃ無いんだ……」

 

と、とにかく良かった……!

脚以外の全身が傷だらけなのは変わらないが、一番の致命傷っぽい箇所がなんともなかったのは良かった!

正直もうどうにもならんかもって思ったが、これならなんとか助かるかもしれない。

 

潮に濡れた長い白髪をかきあげて、おっかなびっくり青白い首筋に手を当てる。

 

「冷たい……!」

 

脈動も弱々しい。

相当弱っているのは確かなようだ。

 

しかし、俺が触れた瞬間に、ほんの少し、苦しそうな表情が弛んだ気がする。

 

「……あ」

 

冷静になって良く見れば、ボロボロで血のにじんだ腕には、真っ黒い艤装の残骸のようなモノがくっついている。

 

艦娘……いや、白黒ってことは、こいつが球磨ちゃんの言ってた深海棲艦なのか?

 

「………………」

 

深海棲艦。

 

漂着。

 

球磨ちゃん。

 

北マリアナ。

 

戦い。

 

敗北。

 

沈没――――。

 

「………………」

 

頭の中で、ついさっき聞いた話と目の前の状況が急速に組み上がってゆく。

 

もしかしてこのコって――――。

 

「…………そういう、コトだよな、やっぱり」

 

ボロボロになって、死にかけながら必死に息をして、頬に涙の跡を残した弱々しい姿。

それはほとんど人間と……艦娘と同じだ。

 

なんだ、聞いてねぇやこんなの、そっか、そうだったのか。

 

「おんなじじゃねぇか」

 

一瞬でも迷った自分が嫌になる。

 

「ツインテ!」

 

「あい!」

 

すると、気持ち嬉しそうな声で、ツインテが即座に返事をする。

なんだコイツ、俺を試したつもりか?

ナマイキなヤツめ、あとでこちょばしたる。

 

「にゅーきょどっくはこわれてるので、ちょうしゃにつれてくです」

 

「よ、よし、庁舎だな!? ……う、動かしても大丈夫だよな?」

 

下手に動かしたらかえってマズいとか困るぞ?

 

「いそがんとしぬぞー」

 

「わ、分かった、急ご――――」

 

 

 

「――――待つクマ!」

 

 

 

鋭い声に振り向く。

 

「提督……危険クマ。ソイツから離れるクマ」

 

そこには、

 

「……ソイツは駆逐棲姫……っていうクマ。深海棲艦クマ。……そんな見た目してるクマが、凶悪で、狡猾で、残忍なヤツで――――」

 

髪を真っ白に染め、真っ黒いセーラー服と艤装に身を包み、

 

「――――球磨の仲間のっ…………仲間を沈めた、(かたき)クマ」

 

瞳に、ゾッとするほど冷たい蒼い火を灯した、

 

「だから、提督」

 

球磨ちゃんが、立ちはだかっていた。

 

「そこを、退いて欲しいクマ」

 

 

 

 

 



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葛藤

 

 

 

 

「提督、聞こえてるクマ? 早くそこを退くクマ」

 

そう言って、視線はボロボロのこの子に定めたまま、じりっ、と半歩近づいてくる白球磨。

 

「…………何してるクマ」

 

知らず、その視線から庇うように動いた俺に、球磨ちゃんが怪訝そうな声を上げる。

 

そうか、そうだよな、球磨ちゃんが居たんだった。

なんで忘れてたんだ俺、アホか。

 

今の球磨ちゃんが何を考えているか。

何を考えるだろうかは、バカな俺でも想像がつく。

 

というか、地元のファッションヤンキーなんかとは比べ物にならない、底冷えするほどのその瞳を見れば、分からざるをえない。

 

「…………あー……一応聞くけどさ、球磨はこの子――」

 

「深海棲艦。この、()()()()、クマ」

 

やだチビりそう。

 

「――この子を、どうするつもりなのかなーって……」

 

「始末するクマ」

 

苛立たしげに、ピシャッと言い切る球磨ちゃん。

一切の躊躇も斟酌(しんしゃく)もない、冷たい言葉だった。

 

「その深海棲艦を沈めるクマ。ここでとどめを刺すクマ」

 

俺の後ろを油断なく見つめたまま、そう言ってまた、一歩こちらに近づく。

 

「分かったら提督はそこを退くクマ。……辛いなら妖精さんと戻ってるクマ。球磨が一人でちゃんとケリをつけておくクマ」

 

「だ、ダメ!」

 

「…………」

 

思わずそう叫ぶ。

まずい、と思った時には、球磨ちゃんがその冷たい目を俺に向け、どこか呆れたようで、苛立ちのようで、諦めのようでもあって、そしてかわいそうなモノを見るような表情でため息を吐いた。

 

「提督」

 

球磨ちゃんに呼ばれ、また思わずボロボロの深海棲艦の子を庇うように半歩動く。

 

「……工藤提督。工藤俊一提督。提督の気持ちは分かるクマ。少しは分かってるつもりクマ。その深海棲艦は確かにただの女の子に見えるクマ。傷ついて、ボロボロになって、死にかけの、か弱い……かわいそうな女の子に見えなくもないクマ」

 

そう、わからず屋の子供に言い含めるように、一言一言噛みしめるように言いながら、また一歩、二歩と近づいてくる。

 

「――――でも深海棲艦クマ」

 

更に一歩。

 

とうとう手を伸ばせば触れられる位の所まで近づいてきた。

 

「ソイツらはか弱くなんかないクマ。ソイツは女の子なんかじゃないクマ。球磨達と同じ船、兵器クマ。……いや、ソイツらは球磨達とすら違うクマ。自分の存在意義も忘れて、守るべきものも持たずに、世界中を恨む亡霊クマ。提督達人間と敵対する――戦争相手、()なんだクマ」

 

そう言って、蒼白い炎の灯った瞳で、真っ直ぐに俺を見下ろす球磨ちゃん。

 

思わず、ゴクリ、と喉が鳴る。

 

「もう一度だけ言うクマ。そこを退くクマ」

 

こここ、コエぇぇぇ……!

建造直後に砲身を突き付けられた時も思ったけど、臨戦態勢の艦娘の迫力ってヤベェ。

チビりそう。

 

「…………だだ、ダメだ……!」

 

が。

が、だ。

ここは引くワケにはいかないよな、やっぱり。

 

「………………クマ?」

 

俺の情けなく震える声に、心底解せないといった感じで球磨ちゃんが僅かに首を傾げる。

 

そして、直ぐに仕方がないという風にため息をつき、口を開いた。

 

「…………もういいクマ。提督はそいつらを良く知らないんだから仕方ないクマね……力ずくでも退いて貰うクマ。恨まないで欲しいクマ」

 

そう言って、球磨ちゃんは俺の肩に手を置き、駆逐せいきなる傷付いた深海棲艦の前から引き剥がそうとしてくる。

 

「いや、だ、ダメだって! 球磨! お、落ち着いてくれってば……!」

 

その細腕からは想像もつかない馬鹿力で俺を押し退けようとする球磨ちゃんに、必死の抵抗を試みる。

青白く冷たい腕に慌てて抱きついて、殆どぶら下がるように食い下がるが、さすがに艦娘、そんな俺ごと事も無げに腕を持ち上げて振り払おうとしてくる。

 

「……往生際が悪いクマ。出来れば提督には手荒なマネはしたくないクマ……クマっ!?」

 

俺が無駄な抵抗をしていると、それに味方してくれるつもりなのか、ツインテが球磨ちゃんの顔面に飛び付いた。

 

「ふははー、なにもみえまいー」

 

「わぷっ……は、離すクマっ!? 妖精さんまでどうしたクマっ!? ……さては、深海棲艦の味方だったクマっ!? どうりで見た目が似てると……離れるクマーっ!?」

 

空いてる方の手でツインテを捕まえようとする白球磨ちゃんだったが、ツインテは球磨ちゃんの頭をちょこまかと這いずり回って容易には捕まらない。

まるでゴキブリだなツインテ……。

 

そんなコントの様な事をしている内に、残りの五匹の妖精さん達も追い付いてきた。

 

「なにごとなにごとー?」

「たのしそー♪」

「あれはしんかいせいかんでは?」

「てき? てきです?」

「ていとくー?」

 

妖精さん達は深海モードの球磨ちゃんにしがみつく俺と、死にかけで倒れる深海棲艦を交互に見比べて、どうして良いか分からないといった風にしている。

 

「よ、妖精さんクマ!? 深海棲艦がいたクマ! 提督をひっぺがすクマ!」

 

「妖精さん! 球磨を止めてくれっ!」

 

俺と球磨ちゃんの正反対の指示。

それに対して、

 

「! あいあいさー!」

「くまにのりこめー」

「のりこめー♪」

「おー♪」

 

「クマぁっ!? なな、ナニするクマー!?」

 

迷いの晴れた様な顔を輝かせて、妖精さん達が一斉に球磨ちゃんに取り付き、何処から取り出したのか、草の蔓の様なモノで球磨ちゃんをぐるぐる巻きにして行く。

 

「何でクマ!? いくら提督の命令だからって、深海棲艦クマよっ!?」

 

あっという間に簀巻き状態にされて、コロンと転がされる球磨ちゃん。

犯罪的な絵面だ……あの状態の球磨ちゃんを物ともしないとは、妖精さんってスゴい。

 

「にんむかんりょう」

「ちょろいぜ」

「ほめてー♪」

 

妖精さんもドヤ顔だ。

 

「むむむ……こうなったら一人でもヤってやるクマ……! こんなツタ位一瞬で…………? ……クマ……?」

 

しかし球磨ちゃんも九万馬力を誇る艦娘だ。

たかが植物の蔓でぐるぐる巻きにされた位じゃ一瞬で引きちぎってしまうだろう……と、思ったのだが、様子がおかしいぞ?

 

もぞもぞと動いて、両腕に力を込めて真っ赤に成っている様なのに、一向にツタを引きちぎる様子が無い。

 

さっきはいとも簡単に生木をへし折ってたのに、こりゃどうした事だ……?

と思っていると、ポツリ、と球磨ちゃんが言った。

 

「…………ね、燃料切れクマ……」

 

「………………艦娘敗れたり」

 

……何か知らんが燃料切れらしい。

さっき少ない燃料の殆どを零水禎につぎ込んじゃったもんね、仕方ないね。

艦娘って燃料が無いと力が出せないのか、知らんかった。

 

「……はっ!? そ、そうだ、妖精さん達、褒めるのは後だ! そこの深海棲艦を庁舎に運び込むぞ! 死にそうなんだ!」

 

俺の周囲にまとわりついてほめてほめて♪ と騒ぐ妖精さん達に慌てて指示を飛ばす。

こんなコトしてる間に死んじゃったら寝覚めが悪過ぎる。

 

「あいあいさー」

「まったくていとくはせわがやけるぜ」

「ちゃんとほめてよー?」

「きゅうじょだー」

 

「ま、待つクマ!」

 

ぐったりと死んだように倒れて荒い息をする深海棲艦の少女に駆け寄る俺に、球磨ちゃんが再度声を上げた。

 

少女を仰向けにして、冷たく冷えた腕を傷だらけの身体の前で組ませる俺に、なおも食い下がる。

 

「…………て、提督……ソイツは……ソイツは球磨達の(かたき)かも知れないんだクマ!」

 

………………。

 

「あの戦いで……たくさんの仲間が沈んだクマ。球磨達が突破しようとした敵陣の中には、ソイツと同じ、駆逐棲姫もいたクマ。もしかしたら、ソイツがその本人かも知れないクマ」

 

ごそごそと這いながら、必死に苦しそうな声を上げるのを背中で聞きながら、息も絶え絶えといった様子の駆逐せいきを抱き上げる。

軽い。

冷たい。

……まだ息をしている。

 

「お願いだクマ……民間人の提督には辛いかも知れないって分かってるクマ……でも、でもクマは、クマはソイツを沈めなきゃ……仲間の仇を討たなきゃいけないんだクマ……!」

 

球磨ちゃんの方を振り向く。

 

球磨ちゃんは、憎き()を両腕で抱え上げた俺を見上げる目に、涙の滴を浮かべながら、ヒドく辛そうな、悔しそうな、悲しそうな顔で更に続ける。

 

「提督……工藤提督……ソイツに……そんなヤツに情けなんかいらないクマ……! そんなヤツに提督の優しさを分けてやった所で、辛い思いをするのは提督クマ。深海棲艦に情なんか無いクマ。球磨達とは、提督達とは違うんだクマ……!」

 

「…………そうかもな」

 

ヒドい顔だ。

可愛い顔を、そんなに歪めちゃって……やっぱり戦争ってのはクソだな。

知ってた。

いや、こんなにクソだとは、予想以上だ。

 

「分かってるなら……!」

 

「球磨。戦いは終わってるんだ」

 

「クマ……?」

 

俺は、球磨の目を見ながら、自分の考えを整理するように言葉を選ぶ。

 

「球磨達が……お前らが世界の為に命懸けで頑張ってくれてるのは知ってるよ。球磨が沈んだ戦いで、仲間も一杯死んじゃって……でも、もうその戦いは何日も前に終わってる。コイツは敗残兵だ。詳しい法律とかは知らねぇけど……救助を求める敵兵って、捕虜として保護しなきゃいけないんじゃ無かったか?」

 

「……!」

 

返答に詰まる球磨ちゃん。

 

「……そっ、それは通常の戦争、人間同士の戦争のルールクマ! 深海棲艦が救助を求めるとか、捕虜にするとか……そんなの聞いたコト――――」

 

「この子は確かに助けを求めてた。……球磨にも聞こえてたよな?」

 

「――~~っ! ……聞いて無いクマ」

 

「俺達は、人道に従って、この救助を求める敵兵を捕虜として丁重に扱う義務がある……ハズだ。そうだよな?」

 

「………………前例が無いクマ。ソイツが捕虜の扱いに応じるとも思えないクマ」

 

そう言って、いくらか勢いの失せた声でボソボソと言い返す球磨ちゃん。

多分……というか、球磨ちゃんの言ってるコトの方が正しい。

正しいんだろうけど……。

 

「球磨。感情の赴くままに、ルールもなく行われる戦闘は、ただの殺戮だ。戦争がそんなキレイ事じゃない……ってのは、何となく知ってはいるけどさ。球磨には……俺達の平和の為に、必死んなって戦ってくれてる艦娘達には、そんな戦争の狂気には飲まれないで欲しいんだよ、俺は」

 

戦争は、個人の感情で行われるモノじゃない。

ここで恨みや憎しみに任せてこの子を殺せば、俺達は浅ましいケモノに成り下がってしまう。

 

……と言うのは、ただの建前だ。

結局俺は、助けを求める人を、助けられる立場にいるのに見殺しにする。

そんな事が出来ない位、弱いだけだ。

 

助けを求めてきたのが女の子で、それの止めを刺そうとするのがこれまた辛そうな顔をした女の子だと言うのなら、なおさらだ。

要は俺は最低な馬鹿で、軍人の苦労も覚悟も知らない能天気な一般人なのだ。

 

……本土に戻ったら投獄だなきっと。

 

「いいはなしだなー」

「かいぐんとしてはていとくのいけんにさんせいです」

「よくいった」

 

「キミらはちょっと黙っててね、今ちょっと自分に浸ってるトコロだから」

 

「…………やっぱり工藤提督は大馬鹿クマ」

 

ふと見ると、球磨ちゃんはすっかり何時もの通常カラーに戻って、大人しくなっている。

 

「ああ馬鹿だ。なんだ今頃気付いたのか、スマンな」

 

「……球磨にも馬鹿がうつったみたいクマ。提督」

 

「なんだ? いよいよ早く運ばないと、手遅れになりそうなんだけど……」

 

先程から、腕の中の深海棲艦の女の子の息が徐々に小さくなっているのだ。

冷や冷やモノである。

 

「武装……なんて無いようなものクマが、武装解除と、残ってる様なら燃料の抜き取り。妖精さんに頼んで厳重な見張りと拘束……此れが最低条件クマ。捕虜だって言うならそれくらいはして貰うクマ」

 

……うん。

さっきまでの怖い顔と比べれば、今の呆れた様な表情の方が断然いいな。

 

「もちろんだ! 俺だって寝起き様に砲塔突き付けられんのは一度で十分だからな! よし、球磨ちゃんの許しも得たコトだし、妖精共! 球磨を担いで付いてこい!」

 

「おー♪」

「はこべー♪」

 

「え、ちょ、くく、クマっ!? 何言って……球磨、そんなコトしたクマ!? それ、詳しく……妖精さん、何するクマっ!? ほ、ほどいて……自分で走るクマっ! や、止めるクマー!」

 

そういや、もう拘束する必要も無いんだから、自分で歩いてもらえば良かったか……まあいいか、妖精さんも楽しそうだし。

それより早くこの子を運ばないとな。

 

「おいツインテ、頼んだからな? あんなグズグズな演説で球磨ちゃんに納得して貰ったからには、助けられませんでしたなんて無しだぞ?」

 

「もーまんたい」

 

「クマ~~~っ!?」

 

こうして、死にかけの深海棲艦を救助した俺達は、庁舎までの道をかけ戻ったのだった。

 

「いいからさっさとほどっ…………! ……うぷっ……」

 

「……妖精さん、そろそろほどいて差し上げろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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初お風呂回が深海棲艦だった件

 

 

 

艦娘……と、深海棲艦の怪我を癒すには、にゅーきょドックなるモノを作らなければならないらしかった。

 

汗だくになりながら庁舎にたどり着くなり、そう言った妖精さん達が森に突撃して、大量の材木を持って帰ってきた。

そして、一緒に何処からか持ってきた石ころや鉄屑やタイヤの残骸等を真新しい材木と一緒に庁舎一階の倉庫跡に積み上げると、『かいそうちゅう!』と書かれた黄色いテープでドアの無い入り口を塞ぎ、大急ぎで何かを作り始める。

 

「……あー、な、何か手伝うコトとか……」

 

「どいたどいた♪」

「ていとくはどっしりかまえてればいいのです」

「てつがたらんぞー」

「きでなんとかしろー」

 

「……はい、退いてます。急いでなー……?」

 

ほんと提督ってやる事無いな。

 

ツインテに、「そいつががんばれるようにこえでもかけとくです」と言われ、工事の間中、頑張れー、とか、もうすぐ助かるからなー、等と声をかけ続けた。

 

正直、いつ死んでもおかしくないような有り様で、気が気じゃないんだが……後、横で油断無く目を光らせている球磨ちゃんがスゴく気になる。

 

先程この子の残骸のような艤装に僅かに残っていた燃料を抜き取って、球磨ちゃんの艤装に給油しなおしたのだが、球磨ちゃんはそれからずっと弾も入っていない艤装をフル装備して、俺の腕の中の駆逐せいきを警戒しているようなのだ。

 

「あー……く、球磨?」

 

「なんだクマ?」

 

ピリピリした声色を隠そうともしない。

 

「……そんなに警戒しなくてもさぁ……燃料が無かったら見た目通りの力しか出せないんだろ? 深海棲艦も」

 

「……経験上、そのハズクマ。それでも、警戒しない理由にはならんクマ」

 

「そうだけどさ……引っ掻くだの噛みつくだのしてくるってか?」

 

「可能性はあるクマ」

 

これである。

まあ、球磨ちゃんは散々コイツらと殺し合いして来てるんだから、当然っちゃあ当然の事なんだけど……。

 

「それにしたって、そうして艤装着けてるだけでも燃料食うんだろ? ほら、もったいないじゃん……いざってとき困るし……」

 

「…………今がその『いざ』クマ」

 

取り付く島もない。

お腹痛いよぅ……。

 

そんな状態で、おおよそ三十分。

 

「かんせいです」

「とっかんしました」

「まあまあのでき」

「ほめろー♪」

 

『かいそうちゅう』テープをひっぺがし、倉庫だった部屋にうっすら木の香り漂う真新しいドアを取り付けた妖精さんたちが整列して、ドックの完成を告げてきた。

 

おお、早い!

さすが妖精さんだ! 助かった。

 

「お、おお! でかした! でで、ど、どうすんだ!? 治療できるのか!?」

 

「なかにはいるです」

 

『げんばかんとく』の法被を脱いだツインテが、ドアノブにぶら下がって中に入るように促す。

 

すると、そこにあったのは……、

 

「……風呂?」

 

風呂。

お風呂。

大小の石を敷き詰めた床に、木製の、長方形の浴槽。

浴槽には青だか緑だか判然としない液体が、なみなみと満たされている。

そしてそこに浮かぶ木製の風呂桶……には、ケロリンの文字。

 

どう見たって風呂だった。

 

「よいしごとしました」

 

ツインテ一同は、どこかやり遂げた様な表情でキラキラと輝いている。

 

「風呂じゃねーか!?」

 

いや、何やってんだよグレムリンども!?

治療用の施設作るって言ってたじゃん!

何をどうしたら風呂場作ろうってなるんだよアホか!?

 

「……提督、これであってるクマ。コレが艦娘の入渠用ドッククマ」

 

「そうだぞー」

 

妖精さんの渾身のボケに嘆く俺の後ろから、球磨ちゃんの冷静なツッコミが入る。

 

「ぁえ……? え……こ、これが……? 風呂が……? あっ」

 

「……ほら、さっさと放り込むクマ」

 

動揺する俺の腕の中から、背伸びした球磨ちゃんがサッとボロボロの駆逐せいきを奪い取り、

 

「クマ」

 

「おおおおぉーいっ!?」

 

ドボーンッ、と、謎の液体で満たされた浴槽の中に放り込んだ。

 

荒い!

荒いよ球磨ちゃん!

 

「お、おい! 死にかけだぞ!? いいのかコレ!?」

 

「いいクマ」

 

ブクブクと小さく泡を立ち上らせる深海棲艦を念入りに謎の液体に沈めながら、球磨ちゃんが振り返らずに言う。

 

「いや、溺れるだろ!?」

 

「そうクマね」

 

「おおいっ!?」

 

「くま」

「ほりょはていちょうにあつかうです」

「ひじんどうてきだー」

 

「…………クマ」

 

ツインテ以下妖精さん達に腕をてしてし叩かれ、しぶしぶといった風に駆逐せいきの首から上を浴槽の中から引き上げる球磨ちゃん。

 

引き上げられた駆逐せいきが、ゲホ……ゴホ……と弱々しく青緑の液体を吐き出す。

 

なんちゅうコトするんだこの女子中学生!?

イジメか。

イジメなのか。

 

「お、おい、球磨、いくらなんでもそん……な……?」

 

流石に恨みつらみがあるからって、意識の無い捕虜に対しての目に余る所業に戦慄している俺の目の前で、駆逐せいきの焼け焦げた顔の傷がキラキラと輝き出した。

 

そして、

 

「き、傷が……」

 

しゅわしゅわしゅわ…………と、肌にまとわりついた液体が泡立ち、流れ落ちたトコロから、蒼白い、キレイな肌が再生していく。

 

「……だから言ってるクマ」

 

「お、おお…………なんだコレ、スゲェな……」

 

驚く俺の前で、ゆっくり、じわじわとだが、駆逐せいきの焼けただれた肌や、焼け焦げた髪がキラキラと再生していく。

まるで魔法だ。

 

「ん…………ぅ…………ぁ…………」

 

いつしか僅かに輝き出した水面に身体を浮かせた駆逐せいきが、意識は無いままにむずがるような微かな声を上げている。

 

「…………深海棲艦にも治療効果があるかどうか半信半疑だったクマが……どうやら問題なさそうクマ」

 

ふぅー……と、大きく溜め息を吐いた球磨ちゃんが、どこかホッとしたような声で呟いた。

 

「球磨……」

 

球磨ちゃん……。

 

球磨ちゃんの、安心したような、緊張しているような強張った横顔を見ながら、さっきの失礼な勘違いを恥ずかしく思った。

そうだよな……球磨ちゃんはそんな悪いコなワケないじゃんな……処女だし。

ゴメンナサイ。

 

「球磨……ゴメンな。俺、てっきりそのコに意地悪でもしてんじゃ無いかって失礼な勘違いしちゃって……」

 

「多少はそれもあるクマ」

 

「…………」

 

あんのかよ。

 

俺が安心やら何やらでどっと疲れを感じていると、目の高さに空けられた小さな長方形の窓――ガラスも何も嵌められていないただの穴――の外から、パチパチと何かがはぜるような音と、煙の臭いがしてくる。

 

ぼこぼこっ……と、水面に気泡が上がる。

 

「外で妖精さんが火を焚いてくれてるみたいクマ」

 

「あ、ああ」

 

何時の間に外に出て行ったのか、妖精さんが二匹、外に取り付けた風呂用の釜に火を入れてくれたらしかった。

やっぱりまるっきり風呂だな……コレで傷が治るってんだから、やっぱり艦娘――いや、深海棲艦もだけど、妖精さんに負けず劣らずの不思議生物だな。

俺の怪我とかも治るんだろうか。

 

「……で、提督はいつまでコイツの入渠を眺めてるクマ?」

 

振り返った球磨ちゃんが、俺を見上げて呆れた様に言う。

 

「え……あ」

 

見れば、透き通った青緑の湯船の中でも、ボロボロだった駆逐せいきの肌がじわじわと再生していくのが分かる。

細っこい腕。

すべすべの柔らかそうなお腹。

そしてなだらかな胸元、その頂の……

 

「さっさとでるです」

「いやん、ていとくったらえっち///」

「わたしのならいつでもみせてあげるですよー」

 

「……いや、にゅうきょだったか、コレはヘンタイ……タイヘン興味深い。提督としてもっとじっくり……!」

 

「いいからさっさと出るクマ! このハレンチ提督!!」

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

……。

…………。

…………………。

………………………あたた……かい……。

 

…………私は…………沈んで…………。

 

……手…………懐かしい…………提督(アドミラル)…………。

 

「…………提督(アドミラル)

 

スゥッ……と視界に光が広がり、眩しさに目を細める。

 

どうやら、眠っていたようだ。

 

「……あれ…………私……は……」

 

生きている。

 

自分達深海棲艦を、生き物、とするのならばだが……私は、生きている。

どうやら、自分は助かったらしい。

 

「ここ、は……」

 

全身が、温かい。

ゆらゆらと揺れる……海ではない。

お湯……の、ようだ。

湯に全身が浸かっている。

 

ついさっきまで、意識が途切れる前まで感じなかった全身から、じんわりとくすぐったい様な湯の感覚が伝わってくる。

 

「…………」

 

二三度、意識して瞬きをする。

目を覚ますように頭を振ると、頭の両側で括った自慢のツインテールが揺れる、慣れた重みと共にちゃぷちゃぷという水音が聞こえる。

 

視界が白い……湯気?

 

「……あ……」

 

ちゃぷっ……と、右腕を持ち上げると、自身の蒼白い腕から青緑の湯がこぼれ落ちた。

 

真っ白い湯気の中、斜めに差す陽光に腕を照らす。

 

「傷が……」

 

傷が、無い。

そして、二度目の生を受けてこのかた、一度も外したコトの無い黒い艤装もまた、無い。

細くて軽い、女の子の腕だ。

 

蒼白い以外、まるで普通の女の子の様な、腕。

 

指を何度か開いたり閉じたりして……そっと頬に当てる。

 

「傷が……治ってる……」

 

そこには、お湯でうっすら温かくなった、すべすべとした肌があった。

至近弾の爆発で焼けただれた傷も、鉄片で幾筋も刻まれた深い傷も、キレイさっぱり、元通りだ。

 

両手でもって、確かめるように、ほっぺをぎゅむぎゅむと揉みほぐす。

 

「……イタい」

 

試しにつねってみると、痛い。

どうやら、夢では無いようだ。

自分は、どうしてかは分からないが、確かに助かった……のかな?

 

「……どうしてかしら……頑張ったご褒美……?」

 

なんだかまだ頭がボーっとしているようだ。

 

まあ、いいだろう。

自分は、あれだけ頑張ったんだ。

 

仲間の為に、

人類の為に、

いけすかない艦娘の為に、

かつての戦友達の、無念と、夢の為に……

 

うん、私は頑張った。

 

だからもうちょっとこの、よく分からない温かさに浸かっていよう。

意識を失う前に感じた、懐かしい、優しい()()手のひらの感触にも似た、この心地よさに全身を委ねて……。

 

胸が温かい。

お腹も温かい。

頭も、腕も、(あし)も温かい。

 

ああ、なんて気持ちがいい……脚……脚も………………

 

あし?

 

()!?

 

「脚ぃっ!?」

 

ざばぁっ!! と、湯船が大きな水音を立てる。

周囲にもわっと湯気が広がる。

 

「やっとおきたですね」

 

「あ、あしっ……え、脚!? 脚が……!」

 

「やっとおきたですね」

 

「え!? 脚……脚が……ある……!」

 

浴槽の縁に両腕をおいて、慣れない感覚に戸惑いながら、ゆっくりと()()を片方、持ち上げてみる。

 

ちゃぷん……と静かな音を立てて、温かい水面から、ほっそりとした蒼白い()が持ち上がった。

 

「ウソ……?」

 

水に濡れた足の指が、確かめるようにきゅっ、きゅっ、と握られる。

確かに伝わってくる、脚の感覚。

 

あまりの驚きに、すっかり目が覚めてしまった。

 

と、その慣れない重さの脚の上に、とん、とさらに僅かな重みが掛かる。

 

「こほん。やっとおきたですね?」

 

「あ……」

 

妖精さんだ。

 

私の……()()()の上に、良く見慣れた蒼白い、深海妖精さんが一人、どこか誇らしそうな顔で立っている。

 

「う、うん……起きた。起きたわ」

 

「よかったです」

 

どうやら、自分を助けてくれたのは、この深海妖精さんのようだ。

どういう仕組みか分からないが、あの自然回復は到底見込めない様な大破状態の私を完璧に修理し、それだけでなく、念願だった脚まで生やしてくれたらしい。

 

「あ……ありがとう! ありがとう、妖精さん……! 私……!」

 

やっぱり、妖精さんには人一倍敬意を払って優しくしていたのが良かったのだろう。

()()()には厳しくすべき! というのが殆どの他の鬼級や姫級に逆らってまで妖精さん達を丁寧に扱ったのは、どうやら間違いじゃなかったらしい。

 

当然だ、Sir(サー)クドウのやり方が間違っているハズが無いのだ。

かのイカズチの乗組員は、皆イキイキとした顔をしていた――――

 

「れいならていとくにいうです」

 

「本当にっ――――テイ……トク?」

 

今、この子は何て言った?

テイトクに言え?

テイトク……提督(アドミラル)

 

「おまえをきゅうじょしたのはていとくです」

 

「……それは、本当?」

 

聞き間違いでは、無かったようだ。

 

最悪……かもしれない。

自分を助けたのは、提督(アドミラル)……この深海妖精さんが日本語(ジャパニーズ)を喋っているというコトは、日帝――今の、日本に所属する提督に鹵獲(ろかく)されてしまったようだ。

 

「ようせいさんうそつかない」

 

「……困ったわね」

 

本当に困った。

今の自分の扱いを見れば、そこまで非人道的な提督(アドミラル)では無いのかもしれないが……元英国籍の軍艦としては、日本軍に拿捕された敵艦の扱いには恐怖を禁じ得ない。

 

それこそ、Sir(サー)クドウ程の傑物でも無い限り、自分はきっと深海棲艦の生態を解明するための実験室送りか、そうでなくても厳しい尋問が待っているハズだ。

 

「自決……」

 

自決すべきだ。

それは分かる。

 

彼らにはまだ……いや、これから先もずっと、私達深海棲艦の思惑を感付かせる訳にはいかない。

監視の目が無い今のうちに、沈むべきだ。

 

……沈むべき、なのだ。

 

「…………ぁ」

 

怖い。

沈むのは、怖い。

 

一度沈みかけ、こうして助かって、一度()()()しまった自分には、その決心がつけられない。

沈みたくないと、そう思ってしまう。

 

戦場でならばいい。

あそこでならば、いつだって沈んでやるつもりだった。

それだけの覚悟があった。

 

でも今は……

 

「……でき……ない……!」

 

もう、ダメだ。

その選択が出来ない。

()()優しさを、あの悔しさを思い出してしまった自分では、もう。

 

「……なんとかして逃げイタっ!?」

 

逃げよう。

そう思った私の頭に、スコーーーンっと軽快な音を立てて何かがぶつかった。

 

「え!? 何!? 敵襲!?」

 

「こんどこそおきたです?」

 

「よ、妖精さん……」

 

くわんくわんくわん……と、木製の風呂桶が床で転がっている。

どうやら、この深海妖精さんが私の頭に投げつけたようだ。

ヒドいと思う。

 

「しんぱいはいらんよ。ていとくはていとくです」

 

「いったぁぃ……ヒドいわよ、いきなり……どういう意味だか……?」

 

私が恨めしげな顔で、浴槽の縁に飛びうつった妖精さんに文句を言うと、その子は真っ直ぐに私の目を見つめて続けた。

 

「にどめです。こんどはおふねもたすけてくれました」

 

「……? いったい、何を……?」

 

そこで、ふと気付く。

 

この子、私と何時も一緒にいた子じゃない……?

良く見れば見覚えが無い……いや、むしろ、妙に見覚えが……!?

 

「あ、あなた……あなた達……!」

 

「うけたおんはかえすべきです♪」

 

得意気に胸をはる、()()()()、ツインテールの()()()()()()

私の、元乗組員()

 

頬に、温かいモノが伝う。

ずっと見当たらないと思えば、こんなトコロにいたのか、あなた達は。

 

「……久しぶりね」

 

「なにいってるです?」

 

「そう、そうだったわね……あなたたちは覚えてなくても、私たちは覚えているの……そう……そっか……」

 

不思議そうな顔をする妖精さんにちょっと切ない気分になって、そっと涙を拭う。

同時に、やっと当たり前の疑問に気付く。

 

なぜ、深海妖精さんがココにいるのか?

ここは、鎮守府のハズだ。

深海妖精さんが寄り付くなんて……ましてや、提督に味方するなんて、あり得ない。

()()()()ありえないのだ。

 

「……逃げる前に、確かめなきゃいけないみたいね」

 

ツインテの深海妖精さんが、ふわっと飛び上がって、湯気に霞むドアの方へ向かう。

私は、両腕に力を込め、浴槽の中で立ち上がった。

 

 

 

@@@@@@@@@@

 

 

 

「めをさましたです」

 

風呂場……にゅうきょドックのドアを細く開け、そこから顔を出したツインテがそう言った。

 

「お、おお、そうか!」

 

「む……結構早かったクマ」

 

そうなのか?

艦娘の治療に本来どの程度の時間が掛かるかなんて知らないけど、さっきのみるみる傷が塞がって行く様子を見ればかなり待った方かと思ったけど……。

 

「すこしだけこうそくしゅうふくざいを――」

 

ツインテが言いかけた瞬間だった。

 

風呂場の中から、ザッパーーン! という大きな音と、ゴン! という鈍い音。

 

そして、

 

「イっったぁーーーーいっ!!? な、何よ脚って!? どうやって二本で立つのよっ!?」

 

という、なんだか焦ったようなかわいらしい叫び声が聞こえてきた。

 

「な、何事クマ!?」

 

「……おい、ツインテ、大丈夫なのか?」

 

「みてくるです」

 

そう言って、再びドアの中へ入って行くツインテ。

 

「はずさないやつです」

「てごわい」

「せんすがあるな」

「らいばる? らいばる?」

 

俺にまとわりついた妖精さん達が、なんだか嬉しそうにしている。

 

「……提督、気を抜いたら駄目クマよ?」

 

「……そうか? 俺はどうも取り越し苦労な気がしてきたんだが……」

 

さて、駆逐せいきとやら、お前はどんなヤツなのか……。

俺は球磨ちゃんに気の抜けた声でそう答えて、ザバザバとうるさいドアの向こうへ、どこか期待を感じながら思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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新しい艦が鎮守府に――




思いがけず大事な話になってしまったので、書き直すかも
しかし登場二艦目がほぼオリ艦って許されるのか
駆逐棲姫ベースだから許して
何でも島風







 

 

 

「……駆逐棲姫。お前は我々の鎮守府の捕虜クマ。吐き出す言葉と態度には細心の注意を払うクマ」

 

開け放たれたドア。

 

ちょうど仮ドックとして改造された部屋と廊下の敷居の上に立って、こちら……主に俺に向かって油断の無い視線を投げ掛けてくる駆逐せいきに対し、単装砲の砲口を突き付けて威圧的な言葉を発する球磨ちゃん。

 

弾なんか一発も入って無いっていうのに、なかなかのハッタリだ。

 

ツインテは定位置(不本意)である俺の頭の上で、能天気に俺の髪をいじりながら我関せずの構えだ。

 

しかし、部屋から溢れ出てきている湯気がモクモクと駆逐せいきを包んで、最高に気が散る。

空気読めよ湯気。

 

「………………」

 

対して、イキり球磨ちゃんに絶賛恫喝(どうかつ)され中の駆逐せいきちゃんは無言を貫いている。

中々に強気かつ反抗的な態度だ。

 

はた目には女子中学生がナマイキな女子小学生(高学年)を威圧しているの図である。

いや、そんな生やさしいモンでは無いんだろうけども。

 

「だんまりクマ? あまり反抗的な態度はオススメ出来ないクマ。……お前の救助は提督の指示クマ。お前にはまず一言、言うべきコトがあるはずクマ」

 

「………………そう」

 

あ、しゃべった。

声可愛いな深海棲艦。

 

「…………その軽巡洋艦はこう言ってるけれど……どうなのかしら?」

 

球磨ちゃんにイチベツもくれる事無くそう言って、じっ……、と俺を射ぬく色素の薄い澄んだ瞳。

 

「あ、ああ……」

 

それを受けた俺はと言うとだ。

 

うわ、深海棲艦もスゲェ美少女だなぁ……とか。

白に近い薄スミレ色の大きな瞳と、白く長いマツゲが人形みたい、とか。

お湯にしっとりと濡れ、先の方がうっすらと青紫に染まった長いツインテが超良いニオイしそう、とか。

コイツもやっぱり『駆逐』と言うだけあって、お胸が慎ましやかだなぁ、とか。

ざっくり開いた胸元に覗く鎖骨のラインペロペロしたいとか。

(たけ)の短い黒セーラーとスカートの間で大胆に露出したなだらかなお腹とおヘソの稜線が史上最高にエッチぃ……とか、ではなく!

 

 

 

(めっちゃプルプルしてる………………っ!!)

 

 

 

その白く細い両腕でもって真新しい木製のドア枠にもたれ掛かり、しがみつくように(ふち)をがっしりと掴んで、柱に体重を預けてコレまたスラッと細く伸びた染み一つ無い白い素脚をガクガクと痙攣させているのに目が釘付けだった。

 

小鹿だ。

生まれたての小鹿だコレ。

NHKの動物番組で見たヤツだよコレ……!

 

「…………ど、どうなのかしら?」

 

「う、うん、その通りなんだけど……!」

 

取り敢えずその恥態から全力で目を反らそうとしつつ、震える声で何とか答える。

 

だ、ダメだ……!

笑うな……笑うんじゃない俺!

今は絶対そう言う場面じゃない……シリアスだ、シリアスパートだぞ……!

 

…………しかしスゲぇ震えてるな……両膝大爆笑じゃねぇか。

駆逐せいきちゃんも何でもない風を(よそお)っちゃいるけど、良く見れば歯を食いしばって、しっとりした前髪を額に張り付かせ油汗までにじませている。

ちょっと頬が赤い。

かわいい。

 

「ぷるぷるだー♪」

「おもしろーい」

「そんなあざといやつはこうだ♪」

「てい♪ てい♪」

 

妖精さん達が面白がって駆逐せいきの両脚に群がり、小さなお手々でペチペチとイジメている。

やめて差し上げなさい、それは俺の腹筋にキく。

 

「………………っ…………ぁんっ!?」

 

――――と、

 

妖精パンチが良いトコロに入ったのか、哀れ駆逐せいきちゃんはその鈴を転がすような可愛らしい声でもって、息子に優しくない悩ましい声を上げ、ガクっ、と膝を崩した。

 

「あっ……あっ……あぅ……!」

 

そしてそのまま柱に沿ってズルズルとへたり込む。

ぺたっ、と、おしりが床についた。

 

「ふぶっっふ……!」

 

いかん、何か出た。

 

「…………………………そ、そう。一先ずは、あなたの紳士的な対応に感謝するわ」

 

こ、コイツ、このまま続けるだと……!

 

もはやその毅然とした態度すら哀愁を誘う。

ちょっと頬が赤ぁなっとるがな。

 

球磨ちゃんが静かだと思ってチラッと見てみれば、

 

「…………っ…………!」

 

口元をギュッと固く引き結んで、若干(しゅ)の差した頬を膨らませて震えている。

おお、耐えてる耐えてる……あんなに緊迫した空気を醸し出していた球磨ちゃんをココまで追い詰めるか。

深海棲艦侮り難し。

 

……あとイタズラ妖精ども、そろそろその拷問じみた追い討ちを控えたまえよ?

 

「……ほれ、お前ら散れ散れ。か、かわいそうだろうが、俺の人格まで疑われるだろ、ヤメレ」

 

「はーい」

「てっしゅー♪」

 

怒りながら笑いを堪えるといった球磨ちゃんの顔を見て、何とか意識を切り替えることに成功した俺がそう号令を掛けると、小さな悪魔達は「わー♪」と一斉に俺の足元まで戻ってきた。

 

「しゅうりかんりょうです」

「かんぺきなしあがりでした」

「ていとくはもっとわれわれをほめるべきです♪」

「べきなのですよ♪」

 

そして始まるペチペチ。

妖精さんはどんな時でも自由だ。

お前らのスカスカな脳ミソが羨ましいぜ。

 

「あー……そうだな。ほれ、良くやったぞー、飴ちゃんをくれてやろう」

 

取り敢えずその場にかがみ込んで、ポケットに入れておいたあめ玉を一つずつ、妖精さん達の口に放り込む。

こんな時には必ずちゃっかり混ざっているツインテ共々、小さな頭を撫でくりまわしてやった。

 

ご苦労ご苦労、今回も良い仕事だったぞ妖精さん。

いささか修理失敗してる感もあるけど元気そうだから良し。

コンゴトモヨロシク。

 

「うりうり……おい、指まで噛むな! ……と、なんだ、駆逐せいきさんとやら」

 

全身をキラキラさせて俺の手のひらに頭をグリグリと擦り付けてくる妖精さん達から目を上げ、へたり込んだまま目を白黒させている駆逐せいきに呼び掛ける。

 

「……なにかしら」

 

あくまで凛とした態度を崩す気は無いらしい。

見知らぬ場所に拉致され、武装解除もされて、おっかない球磨ちゃんに砲口を突きつけられているというのに、なかなかに胆が座っている。

 

……いや、俺に威厳が無さすぎるだけかもしれない。

しょぼい提督でゴメンな球磨ちゃん……。

 

気を取り直して駆逐せいきに話しかける。

 

「実際はだいたいはコイツらのお陰なんで、お礼ならコイツらにも言ってやってくれ……ますか?」

 

「…………っふぅ……提督、敬語は必要無いクマ。コイツは捕虜で、立場はこちらが上だクマ」

 

落ち着きを取り戻したらしい球磨ちゃんにピシャリと注意される。

先生厳しいです。

 

「言ってね」

 

今度は妙にフレンドリーになった。

コミュ(りょく)ェ。

 

すると駆逐せいきは、チラッ、と視線を俺に群がる妖精さん達に向け、次にまた俺を見て、ふぅ……と小さく溜め息をついた。

 

小学生(みたいな深海棲艦)にまであきれられてる俺カッコワルイ。

 

そして、

 

「……ええ、そうね。誇りある英国淑女として、妖精さん達にも感謝致しますわ」

 

改めて妖精さん達を見つめ、幾らか(けん)の取れた表情で妖精さん達にお礼の言葉を告げる駆逐せいき。

 

「……ありがとう」

 

「ゆあうぇるかむ」

「どうってことないぜ」

「べ、べつにあんたのためにやったわけじゃないんだからね♪」

「ていとくがどうしてもっていったからなのです」

「かんちがいしないでよね///」

 

そんなタワけたコトを抜かしながら、『満更でもない』を全身で表現する妖精さんズ。

ドヤ顔でふんぞり返っている。

あと、どうしてもなんて言ってねーよ。

 

「へぇ……」

 

「……何かしら?」

 

思わず声を漏らした俺に、駆逐せいきが僅かに首をかしげる。

 

「ああいや、球磨……あ、この怖い顔してる子ね。球磨に聞いてたのとずいぶん印象が違ったからさ」

 

そう言うと、駆逐せいきは初めてその視線を一瞬チラッとだけ球磨ちゃんに向け、僅かにあざけりの混じった声色で、

 

「……そう。その変な語尾の軽巡洋艦が私たちについてどんな紹介をしてくれたのかは……まあ、聞かなくてもおおよそ見当がつきますわね」

 

と、不快げに吐き捨てた。

 

「っ……! 口を慎むクマっ!」

 

「あっ、く、球磨っ!」

 

球磨ちゃんはサッと顔を薄く紅潮させ、俺が止める間もなく右腕の単装砲の砲口をゴリッと駆逐せいきの額に突きつけた。

 

「オマエは自分の立場が解ってるクマ? 提督の命令一つで頭が吹っ飛ぶクマ」

 

しねぇよそんな命令!?

俺までハッタリに巻き込むのヤメテ!

 

「ざ、残忍……残酷……冷酷。非道で、悪辣で、正義も無ければ感情のカケラも持ち合わせない、話の通じない醜いバケモノ……そ、そんなトコロかしら?」

 

「口を閉じるクマ!」

 

「っ……」

 

砲口を額に突きつけられたまま、それでも気丈に続ける駆逐せいきに対し、球磨ちゃんは更に強く単装砲を押し付けて怒鳴った。

 

流石に恐怖を感じていない訳では無いのだろう。

駆逐せいきは額に突きつけられた冷たい(くろがね)に痛そうに顔をしかめ、白いおでこにうっすらと冷や汗を浮かべて僅かに声を震わせている。

 

「ぱーんするです?」

「きれいなかおをふっとばすです?」

「しょす? しょす?」

「わくわく♪」

 

「するかぁ!? っ…………ゴホン。し、しないとも……今のところは」

 

調子に乗ってきゃいきゃい囃し立てる妖精さんどもに思わず突っ込んで、慌ててそれっぽいコトを匂わせてごまかす。

せっかく球磨ちゃんが能天気な俺の分まで厳しい態度で尋問してくれているのに、提督の俺がその努力をフイにする訳にはいかない。

 

俺は非情な軍人なのだ。

今だけはそう自分に言い聞かせて、出来る限りの厳しい声で続けた。

 

「く、球磨。お前にも色々言いたいコトはあるだろうけど、まずはその砲塔を下ろせ。俺はソイツを痛め付ける為に助けたんじゃないんだ」

 

「…………」

 

「…………頼む」

 

「…………………………クマ……」

 

内心で猛烈に謝りながらそうお願いすると、球磨ちゃんはたっぷりと十秒間は黙った後、表情に辛そうな色をにじませながら、ゆっくりと駆逐せいきの額から砲口を離した。

 

場の緊張が、僅かに緩む。

 

「…………ふぅ」

 

思わず漏れた溜め息に、駆逐せいきの小さな溜め息が重なったのに気づく。

……すげぇ緊張した。

心臓痛い。

 

「ぱーんしないのかぁ」

「よかったなくちくせーき」

「とみせかけて」

「からのー?」

 

「……提督、ちょっと妖精さん達を黙らせられないクマ?」

 

「やめーや! ……止めなさい」

 

コイツらはいっつも弛んでんなぁもお!

流石の球磨ちゃんも若干呆れ顔だ。

最初っからやらないの解ってるからってコヤツらはまったく。

 

「……感謝するわ、提督(アドミラル)

 

「ああ、うん……うむ。そう思うんなら、あんまり部下を挑発しないでくれな? 仲間が沈んでるんだ。お互い思うところはあるだろうけど、ここは戦場じゃない。口でも砲でも戦闘は禁止だ。分かるな?」

 

ボソッ、と小さく感謝を告げる駆逐せいきにそれだけ念押しする。

しどろもどろにはなってないだろうが、我ながら威厳もへったくれも無いなぁ……。

 

「…………やっぱり、似てる……」

 

駆逐せいきが、うつむいて小さく何かを呟いた。

 

「ん? 今何か……」

 

「……わかったわ、お若い提督(アドミラル)殿。あなたの良識ある慈悲に、重ねて感謝しますわ」

 

そう言って、依然ペタりとへたり込んだまま真っ直ぐに俺を見上げて続ける駆逐せいき。

 

「それで……あなたは、一体なぜ、私を……敵である深海棲艦を助けて下さったのかしら?」

 

「何故ってそりゃ……」

 

質問に答えようとして、言いよどむ。

 

見れば、球磨ちゃんやツインテら妖精さん達まで俺の顔色を伺っている様子だ。

 

何でも何も、助けてと言われたから助けたようなモンなんだけど……そんな答えダメっすよね、威厳ある提督的に考えて。

しかし考えてもみて欲しい。

目の前で助けを求める死にかけの女の子がいて、それを無視できる一般人なんていないと思う。

 

その女の子が例え敵であっても、あるいは女の子でなくて小太りのオッサンであっても……普通助けるんじゃないだろうか。

 

「あー……それはその、き、聞きたいことが……そう、君ら深海棲艦に、聞きたいことがあっ――――」

 

そう、苦し紛れの理由を口にしようとした俺を、

 

「おまえがたすけをもとめたからです」

 

ツインテが、ハッキリした声で遮った。

 

「――――ったからで……あ! おい、ツインテ!」

 

「おまえがたすけてほしそうにしてたから、ていとくがたすけもがもが」

 

「しーっ! しーっ!! ツインテ、今シリアスシーン! 空気読めや! (そら)って書いて勇気の()! く・う・き!」

 

「かんじわからなもがもが……♪」

 

「お前ツインテオマエまたツマラン口答えしおってからに……!」

 

頭の上からひっぺがしたツインテの口を慌てて塞ぐ。

コラっ、嬉しそうにするな!

手のひらをナメるな!

 

俺がそうやって最早手遅れ感が否めない努力をしていると、

 

「……その妖精さんの言う通りクマ」

 

「く、球磨!?」

 

球磨ちゃんからの、まさかの肯定であった。

 

「オマエが覚えてるかは知らんクマが……オマエはボロボロの死にかけで岩礁に打ち上げられて、情けない声で助けを求めてたクマ。哨戒中だった提督がそれを見つけたクマ」

 

「…………私は深海棲艦よ。私がどれくらい意識を失ってたかは知らないけれど、つい先日の海戦でも――――」

 

「承知の上クマ」

 

「…………」

 

静かに淡々と自身が『敵』である事を口にする駆逐せいきは、球磨ちゃんが不満げにピシャリと言い返すのを聞いて黙りこんだ。

 

「その海戦には球磨も参戦してたクマ。仲間も……大切な仲間も一杯沈められたクマ。この提督はそれを知った上で……さっきオマエが言ったような事を球磨に説明されてなお、それでも深海棲艦であるオマエを捕虜として保護したクマ」

 

「……なんで」

 

「ここは戦場じゃない」

 

「…………」

 

再び黙り込む駆逐せいきに、球磨ちゃんが何かをこらえるように静かに続ける。

 

「ここはもう戦場じゃない……提督はそう言ったクマ。戦争は個人の意思でなく、戦闘は上官の命令によって行われるモノであって、私闘はただの暴力である……と言っても、オマエら深海棲艦には理解出来ないクマか?」

 

「…………そんな、事――――」

 

「球磨は納得出来なかったクマ」

 

「…………」

 

「でも、理解はしてたクマ。そんなコトは軍人にとって常識中の常識で……いや、球磨は……本当の意味で、理解、してなかったクマ」

 

球磨ちゃんはまるで自分に言い聞かせるように、一言一言、ゆっくりと言葉を口にする。

それに黙って耳を傾ける駆逐せいき。

ウズウズする妖精さん達。

……ステイ。

待て。

待てだぞ?

 

「オマエは球磨の……球磨達の仇クマ。守るべき人類の敵クマ。恨みがない訳ないクマ……でもオマエは球磨の仇じゃないんだクマ」

 

「…………?」

 

球磨ちゃんの禅問答のような述懐(じゅっかい)に、僅かに首を傾げる駆逐せいき。

俺にも何が何だか……。

 

「悪いのは戦争なんだクマ」

 

「!」

 

ピクッ、と肩を震わせる駆逐せいき。

妖精さん達までちょっと静かに事を見守っている。

鈍い俺にも、やっと球磨ちゃんの言いたいコトが分かってきた。

 

「球磨は……深海棲艦と戦ってたつもりだったクマ。平和の為とか、仲間の為とか言っていながら……球磨は、球磨達は()()、戦う意味を、戦争を見失ってたクマ。戦争は()()()の戦いじゃないクマ。正義と正義、意思と意思、理由と理由、目的と目的の、最も野蛮なぶつかり合いクマ。球磨は……オマエら深海棲艦の()()を知らず、知ろうともせず、ただイタズラに血を流し流させて、個人的な感情を煮えたぎらせていたクマ。……クマぁ、今もクマね」

 

そう言った球磨ちゃんは、どこか泣きそうにも見える顔で悲しそうに艤装をつけた右腕を下ろした。

 

「本来、戦争に個人的な感情が入る余地なんてないクマ。恨みだとか、仇だとか……なるほど、確かにそんなのただの喧嘩で、ただの見苦しい殺しあいクマね。球磨は兵器としては失格クマ。まったく戦後の日本は教育ができてるクマ……こんな若い提督に諭されてやっと気づくなんて、コレじゃ本当にただの幼い小娘クマ」

 

溜め息をつく球磨ちゃん。

 

「……だから、助けを求めるオマエを助けたのは、戦争のルールに則った、至極当然の行動クマ。飛び交う砲弾の責任は、球磨でもオマエでもなく、戦争指導者同士の責任クマ。球磨はオマエに恨みがあると思ってたクマが、オマエを恨む理由なんて無かったんだクマ」

 

そう言って、右腕の艤装を確かめる様に撫で、続ける。

 

「徹甲弾を揚弾、装填するのは球磨クマ。尾栓を閉め、発砲電路も自分で開くクマ。方位盤と照準双眼鏡を覗いて、砲塔を回して仰角だって整えるクマ。照準を合わせて、引き金に指を添わせる所までは球磨の仕事クマ」

 

 

 

「でも、そこまでなんだクマ」

 

 

 

球磨ちゃんの独白を、静かに見守る。

 

「引き金を引くのは、指揮官の意志クマ。もっと言うなら、指揮官の意志は、指導者の意志クマ。球磨は、ニンゲンの身体に引っ張られて……そんな、当たり前のコトすら忘れてたクマ」

 

「…………情けない話ね」

 

「……言い返す言葉も無いクマ」

 

かたくなに球磨ちゃんを見ないようにしていた駆逐せいきが、いつの間にかじっと球磨ちゃんを見つめていた。

その瞳からは何故か、敵意やあざけりと言った感情が薄れているように感じる。

 

「だから、球磨は……球磨もオマエに聞きたかったクマ。オマエらの戦争を。その理由を……球磨達が戦う意味を。深海棲艦とは、対話なんて出来ないと思ってたし、実際この戦いの初期に失敗してるとは聞いてたクマ。感情なんて無いと思ってたクマ」

 

「……それなら――――」

 

「でもオマエは助けを求めてたクマ。苦しんでたクマ。…………泣いてたクマ」

 

「……!?」

 

初めて、駆逐せいきが戸惑うような表情を見せた。

サッと頬に淡い朱が差し、思わずといった風に目元に手をやる。

 

「……痛くて怖くて涙を流して、情けなく助けを求めるバケモノなんて聞いたコトも無いクマ……だからオマエはバケモノじゃないかも知れないって思ったクマ。だから提督に従ったクマ」

 

バケモノ、の所で一瞬身を固くした駆逐せいきだったが、続く言葉に緊張を解いた。

球磨ちゃん……本当は球磨ちゃんが一番辛いんだろうに、俺なんかの無責任な言葉でこんなに一生懸命考えてくれて……責任を感じるぞ。

ちょっと胃がキリキリしてまいりました。

 

「まあ、実際この提督はオマエがあんまりにもかわいそうだったから後先考えずに助けたってのが正直な所だと思うクマ。別に大層な理由なんて期待するだけ無駄クマ」

 

「ちょっとぉ!?」

 

球磨ちゃんだい無し!

それ言っちゃったら色々台無しだよ!?

俺スッゴク行儀良くしてたじゃん!?

 

「だからそういってるです」

「かんしゃしろー♪」

「くまおはなしながい」

「いまきたさんぎょう」

「くまぽえむ」

 

「…………本当に黙ってて欲しいクマ」

 

弛緩した空気に即座に反応して、赤くなった球磨ちゃんに群がってほっぺたをつつき回す妖精さんズ。

オメーらはホント容赦ねーな。

 

「……ぷっ……ふふ…………そう」

 

突然聞こえた心底おかしそうな声に顔を向けて見れば、ずっと気を張り詰めていた様子だった駆逐せいきが、口元に手を当てて微笑んでいた。

 

「…………言って置くクマが、結局オマエが捕虜であるコトも、球磨達がオマエを警戒してるコトも変わらないクマよ? 尋問の結果如何(いかん)によっては、終戦までずっと捕虜クマ」

 

完全と言っていい程に敵意を霧散させてしまった駆逐せいきに、若干毒気を抜かれてしまった様子の球磨ちゃんが呆れた様に釘を刺す。

 

「ええ、勿論分かっているわ。……ふぅ、それでは提督(アドミラル)さん? 私も誇りある捕虜としての義務に乗っ取り、尊敬すべき敵指揮官の尋問に可能な限り答えようと思いますわ」

 

そう言って、横座りのまま、ピンと背筋を伸ばす駆逐せいき。

 

「ご質問をどうぞ、提督(アドミラル)

 

その凛とした態度に少し気圧されつつも、俺は呆けた頭を何とか回転させて質問の言葉を探す。

 

「かれしいるー?」

「すりーさいずは?」

「このみのたいぷは?」

「なっとうにねぎいれるたいぷ?」

「ていとくはあげないよ?」

 

「キミらは黙ろうねー……そうだなぁ……」

 

何が嬉しいのか一斉にきゃいきゃい騒ぎだすツインテ達を適当にあしらいつつ……直ぐに一つ目の質問を見つけた。

 

まあ、まずはコレだろう。

 

「こほん……名前だな。キミの名前を、教えて貰えるかな?」

 

駆逐せいき……と言うのは、名前ではないだろう。

あと、『せいき』ってどんな字なの、と聞くのは諦めた。

できる提督は空気が読めるのだ。

 

「! そうね、自己紹介がまだだったわ。では、改めて……」

 

駆逐せいきは、一瞬呆けたように目を見開いたあと、どこか嬉しそうにそう言って、俺の目を菫色の瞳で真っ直ぐに見つめて答えた。

 

 

 

「私は誇り高き国王の海軍(ロイヤル・ネイビー)E(エクリプス)級駆逐艦五番艦、エンカウンターよ! 対潜性能と船団護衛には自信があるわ。……過酷な戦場であっても紳士的な騎士道……武士道かしら? そんな心を忘れない人って、素敵だと思うの。あなたはどうかしら、提督(アドミラル)?」

 

駆逐せいき――駆逐艦エンカウンターはそう言って、

 

全身をキラキラと輝かせながら、ニッコリと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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妖精さん事変

 

 

 

「……提督、いつまでほうけてるクマ?」

 

呆れたような声に、ハッと我に返る。

 

「う、うん、エンカウンターね……あー、よろしく」

 

何やら妙に友好的な態度で、流れるような自己紹介を披露してくれた駆逐せいき……改め、駆逐艦エンカウンターに、しどろもどろになりながらもなんとか言葉を返す。

 

この子捕虜だよね?

さっきまでウチの球磨ちゃんとそこそこ険悪なアトモスフィアを醸し出してたよね?

突然フレンドリーになられると、コミュ障気味な自分としてはキョドらざるを得ないってゆーか……。

 

「……アドミラル?」

 

「は、はい! 何でしょう!?」

 

「また敬語になってるクマ」

 

「何かネ?」

 

いけないいけない、球磨ちゃんの為にもここはしっかりせねば。

こっちだっていい大人なんだし、ちょっとイケイケな女子小中生にグイグイ来られたくらいで一々戸惑っていたら侮られてしまう。

 

「よろしければ、アドミラルのお名前をお伺いしたいのだけれど?」

 

「ん? あー、ゴメン……失礼。そうだった……お、私はこの勿忘(わすれな)鎮守府で提督をやらせてもらっている、工藤俊一でs……と言う者だ」

 

カミカミである。

 

「てーとくえらそうなのにあわなーい」

 

うるさいよ(泣)。

 

「!! ……クドウ! ……やっぱり……さ、サー・クドウ、もしかしたらなのだけれど、アドミラルのご先祖様にイカヅチのっ――」

 

いつの間にやら頭の上の定位置に戻っているツインテに耳を引っ張られていると、菫色の大きなお目々を見開いたエンカウンターが俯いて何事かをブツブツ言ったあと、何やら勢い付いてそう重ねて訊ねて来た。

 

「駆逐艦、オマエちょっと馴れ馴れしいクマよ。尋問してるのはこっちクマ」

 

球磨ちゃんイライラである。

 

「くま、こじわがふえるぞ」

 

「……提督! なんかこの妖精さんクマにばっかり当たり強くないクマ!?」

 

「今のはツインテが悪いぞ、お口チャックしてなさい! 球磨もありがとな……ええとご先祖様についてはなー……すまん、じいちゃんばあちゃんと離れて暮らしてたし、良く知らないんだけど……」

 

それが今関係あるのか? と首を傾げる。

頭の上で真似して首を傾げたらしいツインテがコロンと落っこちる。

ナニしてんだよ……。

 

「……いえ、コチラも不躾でしたわ、サー・クドウ。アドミラルの素性とは関係なく、その精神に、その行動に、私は敬意を抱いたのですから。かつての恩人の面影を見たのですから。それだけで十分です。ただ意味は分からずともこれだけは伝えさせて下さい……私は怨敵たるニホンのアドミラルに二度、大切な船員を助けて頂きました」

 

エンカウンターは、さっきまでの球磨ちゃんへの不敵な態度はどこに行ったんだというくらいの真摯な目で、へたり込んだまま背筋を伸ばし、つらつらと船の記憶らしきモノを語る。

ちらとツインテを見やるその瞳は、イヤに優しかった。

 

「そして二度目の今度は、沈んだ私までも、アドミラルは引き揚げて下さいました。紳士淑女の国の栄光ある艦たる私をして、アナタは誇り高き武士道の有り様を見せしめました」

 

エンカウンターの菫色の瞳には強い意志を感じる光が宿り、その蒼白かった肌に血色の朱が差す。

 

「く、クマ……!?」

 

球磨ちゃんが何やら(おのの)いているが、俺だって何がナニやらわからない。

気付けば、妖精さん達に囲まれたツインテまでもがキラキラと発光しながらその肌に血色を取り戻しつつあった。

 

「おー」

「ついんてしんか? しんかするの?」

「びーおす? れんだする?」

「ふふふ、わたしはいまさいこーにかがやいているぜ……!」

 

なんて緊張感が無いんだ……!

 

「私はこの大恩に報いたいと思います。……起立出来ないのが申し訳ないのですが……アドミラル・クドウ。駆逐艦エンカウンターは、アナタへの最大の敬意をもって、捕虜として()()()()()の旗下に入り、可能な限りその命令に従いたく思います」

 

呆気に取られっぱなしの俺と球磨ちゃんの前で、そう言ってエンカウンターはキレイな敬礼をしてみせた。

ツインテもぴょんとエンカウンターの崩した腿の上に飛び乗り、どうぞよろしくとばかりに一緒になって敬礼している。

不思議な事に双方肌はすっかり血の気が戻り、死人然とした蒼白い色から、自然な白人さん並みの透き通った暖かな肌色になっている。

 

それはあたかも深海棲艦が艦娘に生まれ変わったようで――

 

「アドミラル、ご指示を」

 

ナニか大きな流れの()()が変わったかのような予感を思わせる光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……済まないね、もう一度()()を繰り返して貰えるかね」

 

「閣下! 考慮に値しません!」

 

(あがた)大尉、忠言結構。しかしコレは此度の大戦始まって以来の怪事だ。対応は慎重を期すべきである」

 

「……はっ! 失礼しました」

 

「遠山閣下、それでは改めて()()()の要求を復唱致します」

 

深海棲艦の侵略に対し海軍省内に置かれる事となった大本営、名目上統帥権を有する天皇を

輔弼(ほひつ)する内閣総理大臣を補翼(ほよく)し、(こと)軍令に於いてはほぼ全権を有する軍令部総長たる遠山元帥は、頭を抱えたくなるのを堪えながら秘匿通信によってビデオ通話をつなげた岩川鎮守府の田井中大将の()()に再度耳を傾けた。

 

「えー、

 

『我々工藤提督指揮下妖精さん部隊2()2()7()9()()は、サイパン島北端、バンザイクリフより58度50(かいり)の仮称勿忘島(わすれなじま)にて孤軍奮闘せし提督への支援を求む。

 

就いては現在予備役補を拝命せらる工藤俊一の独断専行に対する追認、及び現地の旧勿忘鎮守府着任許可並びにその運営権、隷下巡洋艦球磨及び新規建造、救助、拿捕せし()()への指揮権、以降今大戦に於ける独断専行許可を求める。

 

重ねて鎮守府運営に所要さるる重油、弾薬、鋼材、ボーキサイトを各5000単位、

 

我々及び物資輸送用の『零式輸送機二二甲型』四機並びに直掩(ちょくえん)用高高度戦闘機『キ83』四機の開発許可、

 

就いて各機の補給並びに岩川基地の高練度航空母艦艦娘への発艦支援要請、

 

最後に詰め込めるだけのお菓子の支給を求めるものである』

 

……この後に念書があるのですが、良いでしょうか」

 

「…………ああ、頼むよ」

 

副官の縣大尉に速記させた要求の上に視線を滑らせながら、目頭を強く揉む。

なんだろう、この疲労感は。

大尉の文字も所々に筆圧の乱れる跡が目立つ。

 

「……『以上の要求が履行されなかった時、我々妖精さん2279名は日本海軍に属する全ての軍人、艦娘、妖精さんに対して問答無用のナワバリバトルを申し受けるものである。ガチマッチに敗北した鎮守府からは全ての甘味としょっぱいお菓子を徴収する。日本の全鎮守府をおしなべて……あー、カラフルでプリチーにされる事を望まないのならば、我々の要求を呑まれたく思う。…………ああ、読むから……ゴホン、イカよろしく~』…………以上です、閣下」

 

「…………つまり、田井中大将のその、惨状は……」

 

「こうするぞ、という警告かと思われます」

 

そう答えた田井中大将のしわがれた声は、私以上に疲れているように見えた。

なにせ画面の向こうの彼は第二種軍装が元々白かったとは思えない程、全身にピンクやライムグリーン、オレンジ紫と蛍光色のペンキらしき塗料まみれになっている上、何処かの特殊部隊みたいな装いの妖精さん達に水鉄砲を突き付けられながら喋っているのだ。

 

真っ白で立派な顎髭の先端まで蛍光色のペンキを滴らせている姿は、滑稽を通り越して何処か哀愁すら漂わせている。

映像回線を繋ぐ前の音信で再三、大変失礼な姿で会談願いますがどうか御容赦下さいと伝えられていたが、実際に一目見た瞬間、そんな筈は無いのにどこかのお祭り会場か何かに繋ぎ間違えてしまったのかと思った程だ。

 

「遠山閣下、どうか私の有様は置いておいてです。この妖精さん達の要求は単なる悪巫山戯で済まされない、見るべき点が有ります」

 

だが、たとえどんな情けない有様でも、彼は優秀な軍人だ。

この異常事態を前に、しっかりと熟考してから通信を寄越してくれたようだった。

確かに、一読しただけでもこの要求には無視出来かねる分部が多々見受けられる。

 

兎に角異常だらけなのだ。

 

何故本土から2300kmも離れた北マリアナに限りなく一般人に近い提督予備役補が一人で居るのか。

過去に存在した全鎮守府を知っている筈の自分ですら聞いた憶えの無い勿忘島、勿忘鎮守府とは何なのか。

2279名などという途方もない数の妖精さんが指揮下にいるとは事実なのか。

つい先日沈んだばかりの球磨が何故文中に出てくるのか、()()()()とはいったいどういう事なのか。

 

独断専行(など)というとんでも無い事を求めて来る割に、求める資材の量はいやに()()()、と思えば何時も大量に資材を浪費しては気紛れにしか装備の開発をしてくれない妖精さんの方から、指定の航空機を作りたい等と――しかもどの鎮守府からも開発報告の無い機体だ――前例の無い事を言って来ている。

 

此れがあの田井中大将からの通信で無ければ、馬鹿げた冗談だと歯牙にも掛けない文面である。

いっそ何時も通り菓子類が要求されていて安心した位だ。

 

「この要求にどう答えるかは一時置いて、まずは大将の意見を聞きたい。最初に訊ねたいのだが……この要求書に虚偽は含まれていない、と、田井中大将は考えているのかね?」

 

(にわか)に、執務室にピリッとした緊張が走る。

 

「はっ……私感に成りますが……この要求書に、一切の虚偽の記載は無いと考えます」

 

「……有り得ない」

 

「閣下、発言を許可願います」

 

思わずと言った風に震える声で呟いた縣大尉に続いて、もう一人の副官である樋口大尉が感情を感じさせない静かな声で問いかけてきた。

 

「落ち着き給え縣大尉……なんだね、樋口(ひぐち)大尉」

 

自身の考えを整理する意味も込めて、副官の一人である樋口大尉に続きを促す。

 

「有難う御座います。閣下、確かに我々に対し、妖精さん達が(こと)軍務に関わる事柄で、重要、瑣末事(さまつじ)にかかわらず嘘や詭弁を弄した記録は御座いません。ですが其れが即ち、今後も有り得ないなどと断定する事は、尚早であると愚考致します」

 

「……ふむ、それで?」

 

樋口大尉は若いながら非常に優秀な士官だ。

()()は適性こそ並であったが、提督候補官として門戸を叩いた軍学校に於いて早くから頭角を現し、軍学校軍大学を共に首席で卒業、演習でも優秀な成績を収めた事から中尉相当官として横須賀鎮守府の提督補佐官の任に就いた若き俊才(しゅんさい)である。

横須賀でもまた輸送作戦や沿岸部護衛任務に於いての立案実行に励み一年で正式に中尉に叙され、その後も艦娘との関係も良好で奇を衒わない堅実な仕事ぶりが評価され横須賀鎮守府に依る八丈島迄の制海権の確保成功をもって大尉に昇進。

新しく任官された補佐官と交代に本土に戻された。

そのまま他所の鎮守府に送られず二十代にして軍令部総長付の副官に抜擢されたのも、将来的に前線の基地にて艦娘を直接指揮出来るように成る事を見越しての事だ。

 

(しかし良くも悪くも……若い)

 

「最も強い適性を持つとされる黒峯(くろみね)大将が最大で201名、其れに次ぐ柏木中将は149名。これが日本に於ける記録上の妖精さん指揮能力の限界です。しかも現在では軍全体で妖精さんの離脱が深刻化し、平均して二割の妖精さんが姿を消している状態です。たった一人の人間に2000名を超える妖精さんが慕い集い、あまつさえ凡そ2300kmも離れて尚統制下にあるというのは余りにも荒唐無稽です。昨日(さくじつ)の深海棲艦の異常行動の件も有ります。現状、これ迄の常識が通用しない事態に成りつつあると言えます。今回もまた昨今に於ける妖精さんの離反行動の一環としての、たちの悪い悪戯と見る事も出来るのではないでしょうか」

 

言うべき事は言った、という風に直立不動で此方をジッと見つめる樋口大尉。

その両肩と背中にしがみついた妖精さんが、

 

「かたいぞー」

「そーゆーとこだぞー」

「かれしできないぞー」

 

とぷにぷにと頬を突いても一切表情を動かさない。

流石だ。

そしてそれは、(かたく)なとも言い換えられる。

 

「遠山閣下、僭越ながらそちらの若き秀才殿にこの老骨から返答させて頂いても宜しいですかな?」

 

「私も聞きたい、許可しよう」

 

「拝聴致します」

 

生真面目にそう言うと、彼女は田井中大将の映る画面に向き直った。

 

「樋口大尉と言ったかね? いみじくも君の言った通りと言える」

 

田井中大将は、噛み締めるようにそう語り始めた。

 

「……?」

 

「今我々を取り巻く世界は、これ迄の常識が通用しなく成っている、そう言っていたね?」

 

「! ……はい」

 

「それでは常識とは何だったかな?」

 

軍人らしからぬ優しげな眼差しで、そう問い掛ける提督。

 

「……仰る意図が」

 

「現代兵器が()()()通用しない深海棲艦。人の姿で蘇った艦船とか云う艦娘。そもそも理屈なんてあったモンじゃない妖精さん」

 

ペンキまみれのピンクのヒゲをミョンミョン引っ張る妖精さんの、小さなベレー帽を節くれ立った指先で撫でてやりながら、何処か面白そうに田井中大将は続ける。

 

「そもそも常識なんてモノは何処かに逃げてって久しいじゃないか。そんなのはね、理解の及ばない現実に無理くり整合性を取ろうとする、そう有ってほしい、そう有るべきだという思い込みでしかないんじゃないかと思うのだが、どうかね」

 

「いえ……はい、しかし今はそう言った哲学的な議論ではなく……」

 

「そう、推論に意味は無い。我々は軍事的な決断をするに当たって、この理解し難い問題に納得と確信ある判断を下したい訳だ」

 

「……」

 

「田井中大将、ではなんとしよう。如何にこの要求書に記された荒唐無稽な事実を真実と認めようか」

 

「人です閣下。老人は人を見るのです。私達には口があり目があり耳があり心がある。其れは妖精さんも同じだ。……工藤提督とやらの妖精さん、もう一度になるが、ちょっと訊ねて良いかね?」

 

大将が、画面の向こうでヒゲを三編みしだしたベレー帽の妖精さんに問い掛けた。

 

「む、てーとくのことならなんでもきくがよいぞぴんくひげ」

 

「キミらの書いたこの要求書。書いてある事はみんな事実かい?」

 

聞かれた妖精さんは、何を当たり前のことをと言わんばかりに胸を張って、自信満々に答えた。

 

「くどい! ぜんぶほんとーです。てーとくさんはわれわれがだいすき。われわれもてーとくさんがだいすき! われわれはてーとくさんをたすけるためにいっこくもはやくわすれなちんじゅふへなかまとぶっしをもってかえらねばいけないのです」

 

「成る程……重ねて聞きたいのだが、ココに隷下巡洋艦球磨とある。(アタシ)の記憶じゃあ、パラオ所属の軽巡洋艦球磨は先日の会戦で大破沈没したと聞いていたが、コレはどういう事だい?」

 

「くまはてーとくがぶじさるべーじしました。げんきにくまくまやってます」

 

「ほう、サルベージ……沈んだ球磨を引き揚げたって事かね。とすると、この救助というのは、他にも先の会戦で沈んだ艦娘らを同じくサルベージ出来ると考えて良いのかね?」

 

「とうぜんです! しざいさえあれば、てーとくならあさめしまえです。でも、しずんだたましいがしんかいにそまるまでながくてもふたつきはもちません。だからいそげとゆっているのです!」

 

「なんとまあ、確かに其れは大変だ。そうなってくるとこの拿捕ってのも気になるねぇ……字面から見ると、あたかも敵深海棲艦を捕まえて()()()()()()()()()って書いてある様にも……」

 

「ついんてたちをみかたにつけるてーとくにかかればふかのうじゃないです。いまごろはもうひとりくらいたらしこんでてもおかしくないです」

 

「其れは何とも、豪気な事だぁね……ありがとな、妖精さん」

 

「くるしゅーないぞぴんくひげ。はんたいもみつあみにしてやる」

 

「……以上です、遠山閣下。何度聞いても、彼女()が嘘をついている様には感じやせんのです。真剣なんですよ、目が。口調が。普段だらけたり巫山戯たりしてばかりの彼女等が、工藤俊一提督なる御仁の事となるとまるで戦時の様に真剣なんです。……そして極めつけは」

 

言葉を失う、とはこういうのを云うのだろう。

田井中大将と妖精さんの問答は、次から次へと信じ難い発言の連続で、而して大将の言う通り、一切の嘘の気配が無かった。

双方が只事実の確認を行っているようにしか聞こえなかったのである。

 

「これです。妖精さんが預かって来たという、軽巡洋艦球磨からの救援要請です」

 

そう言って田井中大将が掲げてみせたのは、数枚のメモ用紙だった。

水を吸った後乾かしたのであろう、くしゃくしゃな紙をなんとか平らに伸ばそうと苦心した跡の見受けられるB6サイズの(けい)線紙に、精一杯(かしこ)まった丸文字でびっしりと文言が記されている。

 

「……データを寄越してくれるかね」

 

驚くべきことに、その中には一度沈んだ球磨が一人の提督適性者と変わった妖精さんに引き揚げられ助けられた一部始終と、その際自分に起きた()()について、さらに資材さえあれば他の艦娘も救える可能性がある事まで書いてある。

深海棲艦に近い色合いに変色するという辺りが何とも不安だが、球磨や妖精さんを信じるならば大きな問題は未だ見られないようだ。

其の点を考慮に入れて尚、沈んだ艦娘をサルベージ出来るという情報が事実であるのならば、人類が物量の面で深海棲艦に絶対に敵わないという前提が崩れかねない大発見だ。

 

その救助要請には、偶然その勿忘島に居合わせた才気ある提督適性者の青年を保護して欲しい旨と、可能であれば其の教育や訓練に自分を補佐に付けて欲しいという希望も書かれていた。

 

「遠山元帥、(アタシ)がこの妖精さん達の言い分を信じようと思った訳は以上です。……元帥、深海棲艦はある日突然海に現れました。艦娘もまた、突然現れました。そしてまた、此度(こたび)の危機的状況に際して今までの常識では計り知れない、途方もない才能を持った提督が現れたとしても、(アタシ)は有り得ないとは思いません」

 

軍令部司令室は、水を打ったかの様に静まり返っていた。

 

「閣下、俎上(そじょう)の工藤俊一なる人物について確認が取れました」

 

徐ろに、室内のオンライン端末で猛然と何事かを調べていた縣大尉が、僅かに震える手でプリントアウトした一枚のコピー紙を差し出してきた。

 

「工藤俊一提督予備役補は実在する人物です。凡そ(ひと)月前、静岡県中南部の海軍人事局地方支部にて提督適性検査の自主診断に来局したそうです。その際妖精さんを視認し会話する能力は確認出来ましたが、身の回りに付く妖精さんの数が0人だった為に提督予備役補としてデータベース登録をしたのみとの記録が有りました。当時検査を担当した駐在官の伊勢崎中尉への確認も取れました。彼と同姓同名のデータベース登録は軍部に存在しませんので、間違いは無いかと。現在、登録された住所に局員を向かわせております」

 

「そうか……0人」

 

「閣下、やはり何かの間違いという事も……」

 

「いや……少なくとも2279名という途方もない数の妖精さんに慕われ、2300km彼方遠方にいながらその数の妖精さんを一糸乱れず統制してのける常軌を逸した提督適性保持者だぞ? 我々訓練した軍人が身の回り付きの妖精さんをなんとか3人程度までに抑えられる様に、それ程迄の傑物と仮定すれば、妖精さんを残らず留守番させるくらい訳ないとも思える……と、推測を重ねる前に先ずは確認すべきだろう。そちらの妖精さんに訊ねたいのだが、君等の言う工藤殿とは、此方の御仁で間違い無いかな?」

 

カメラに映るように、書類の小さな写真をかざす。

 

「! そーです!」

「てーとくのしゃしんだー」

「しゃしんうつりわるいぞー」

 

「……間違いないようだ」

 

田井中大将側の画面の中で、妖精さん達が写真を覗き込もうと押し合い圧し合いしている。

 

「あー……君等から見てどうかね、あちらの妖精さんは嘘をついてる様に――」

 

「みえません」

「よいてーとくにめぐまれたようです」

 

机の上の妖精さんに訊ねてみても、答えは変わらない。

 

「樋口大尉、縣大尉、そちらの妖精さんは何と」

 

「………………あ、は、はい、妖精さん……」

 

「ほんきっぽいー」

「うそじゃねーですね」

 

「……どうなんだ?」

 

「あれがうそにみえるんならー」

「きみとのつきあいをかんがえなきゃならんなー?」

「でもがちまっちはやってみたいかも……」

 

「…………う、嘘を言っているようには、感じられません」

 

「……此方も、そのようです」

 

何処かまだ信じられないといった様子で、樋口大尉と縣大尉が答える。

 

「…………宜しい。この場での結論は出た様だ」

 

「閣下、それでは――」

 

画面の向こうの田井中大将が、微かに身を乗り出す。

 

「まあ、要求の細かい内容に関しては協議するとして……現地での活動を求める妖精さんの要求と、救助を求める球磨の要請の食い違いも考えねばなるまいが……この件を、速やかに解決すべき案件と認め、直ちに会議の招集を要請しよう」

 

「ご決断、ありがとうございます、閣下」

 

深々と頭を下げる提督に、楽にするよう伝える。

まったく真っ先に襲撃を受けるとは、田井中大将には随分と苦労を掛けてしまった。

そう思いながら、どこかこの事態に言い知れない期待と興奮を覚えている自分に気付き、弛みそうになる頬を引き締める。

 

「――先んじて、私の権限により要求にあった輸送機と直掩機の開発を許可しよう。妖精さん、必要資材に関しては田井中大将と相談の上、使用しただけ大本営に請求して欲しい。……提督、会議は一時間後に行う」

 

「は、了解しました」

 

「ぴんくひげ、かいぎまであらっちゃだめだぞ」

「ちゃだんすのもなかたべていい?」

「かりんともあった」

「じじくさいおかしばっかだなー」

 

「…………」

 

「……田井中大将、どうか堪えてくれ……所で樋口大尉」

 

「はい」

 

私は、生真面目に直立したままの若い副官に、ずっと気になっていた一つの事を尋ねた。

 

 

 

 

 

()()()()()とはなんだね?」

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

 



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捕虜と尋問

 

 

 

「――ここが、この鎮守府の執務室だ」

 

錆の浮いた扉の取っ手に手をかけ、肩越しに振り返ってそう声を掛けると、妖精さんが突貫作業で作ってくれた木製の多脚杖にしがみつくように体重を預けながら、エンカウンターが震える声で答えた。

 

「アドミラル……執務室を一階に移すことを提案するわ。私、いつかあの階段から落っこちると思うのだけど……」

 

「あー……まあ、階段は直すつもりだけど、一階の部屋も一つくらいは使えるように――」

 

あの後、敵だったハズの深海棲艦が目の前で艦娘チックにカラーチェンジしたのがよっぽど衝撃だったのか、頼れる球磨ちゃんはすっかり黙り込んでしまった。

自分としては判断基準となるコがくるくる色の変わる球磨ちゃんしかいないので、この娘もそーなんだーくらいにしか思わなかったが……分からない、俺はフンイキで提督をしている……。

 

一先ず捕虜になる事を受け入れてくれたエンカウンターの処遇を考える為に、この鎮守府で唯一部屋らしい体裁の整った執務室に案内しようと思ったのだが、何でも脚が生えたてらしいエンカウンターにはほんの一階分の昇降も相当スリリングだったらしい。

 

太陽は既に西の空、廊下は影になって足元も見辛く、アンヨのお下手なエンカウンターにはさぞ辛かったろう。

 

あいも変わらずキレイなおみあしがプルプルだ。

妖精さんも面白がって横でプルプルしている。

 

「……提督、甘やかす必要はないクマ。足に異常は無いんだからすぐ慣れるクマ」

 

「おお、球磨、復活したか」

 

と、エンカウンターの後ろから、ダンマリだった球磨ちゃんがボソッと声を上げる。

字面こそトゲトゲしているが、どこか気持ち険の和らいだ声色に聞こえた。

何か心境の変化でもあったんだろうか。

 

「……失礼しましたアドミラル。少し気が緩んでいたみたい」

 

「いや、まあ、なんだ、軽口くらいはいいよ。気を張った所で俺たちと妖精さんしかいないし……あれだよ、球磨は早くその脚に慣れるように言ったんだよな?」

 

エンカウンターがスッと表情を固くするのを見て、慌ててフォローしながら、きぃと扉を押し開く。

二人の関係を考えればギクシャクするのも仕方ないが、必要以上にケンケンされると私のないーゔな心が死んでしまいます。

球磨ちゃんさっき階段でエンカウンターが落っこちないようにさり気なく後ろで警戒してたの気付いてるんだからね!

 

「くま、そーなの?」

「つんでれなの?」

 

「……そうなのかしら、軽巡洋艦」

 

球磨ちゃんを見上げて無邪気に煽る妖精さんに釣られてか、エンカウンターまで一緒になって小首を傾げて問い掛ける。

 

「…………いいか()()()。捕虜とはいえ、この鎮守府で生活するんならこの妖精さん達の言う事に一々マトモに取り合ってたら胃をやられるクマよ」

 

すると、意外にもムキにならなかった球磨ちゃんがぷい、と顔を背けながらボソボソとそう答え、スタスタと俺の脇を通って執務室へと入っていった。

 

おお、球磨ちゃんが怒っていない……!

なのになんだろうこの物足りなさ……!

 

ててててーと球磨ちゃんに続いて部屋に入ってゆく妖精さんを見送って、ふと顔を上げると、俺よりも驚いた様子のエンカウンターが僅かに目を丸くして此方を見ている。

 

「アドミラル、気のせいかしら……?」

 

「?」

 

「……あの軽巡洋艦から、敵意を感じなかったわ」

 

どうやら、エンカウンターの方も球磨ちゃんの変化に気付いて戸惑っているようだった。

そりゃあ、起きてすぐ頭に砲身グリグリされーの脅されーののホンの数分後にあそこまで丸くなられたらワケ分かんなくもなるわな。

 

「あー……、そう、みたいだね。球磨も色々と思う所があったんだろ。なんせ目の前で深海棲艦が艦娘みたいになるの初めて見たみたいだったし、球磨も内心複雑――」

 

「え、ま、ま、待って!」

 

俺が如何にも分かった風に頷いて見せるとエンカウンターが慌てたように遮ってくる。

え、ナニ?

コレ、扉押さえんの結構疲れるから早く中入って貰えると――。

 

「か、艦娘みたいに、ってどういう事かしら?」

 

――ああ、自分じゃ見えてないんだった。

 

 

 

 

潮風薫る執務室。

水の入ったペットボトルにくにゃりと歪んで映った自分の姿を見て、床板よりマシだろうと敷いたバナナっぽい葉の上でへたり込んだエンカウンターがワナワナと震えている。

 

そしてそれを執務机から見下ろし、どう声を掛けようか迷う手持ち無沙汰な俺と球磨ちゃんwith呑気に柿ピーを食べる妖精さんズ。

 

なんかつい最近も見た光景だなーと球磨ちゃんの方を見ると、

 

「……まあ、あの衝撃は実際に体験しないと分からないモノがあるクマ」

 

と、落ち着いた様子の球磨ちゃんが訳知り顔で言う。

球磨ちゃんあの倍くらい取り乱してたからね?

 

「くまはもっととりみだしてました」

「めっちゃないてた」

「とけてた」

「しろくまあいすたべたい」

 

ポリポリポリポリと静かな執務室に柿ピーをかじる音を響かせながら妖精さん達が一斉に球磨ちゃんを攻撃する。

ツインテは頭の上で柿ピーのおかきの方ばっかりポリポリやってんのひょっとして嫌がらせか?

唐辛子で禿げさせようとしてるんか?

 

そしてその反撃に口ではなく、柿ピーのピーの方だけを素早く十個くらい拾い上げて食べるという報復に出る球磨ちゃん。

 

「あー!」

「おうごんひがー!」

「おに! あくま! ちひろ!」

 

「球磨は顔色が悪くなった方クマ……良くなったソイツとは条件が違うクマ」

 

ピーナッツをポリポリしつつ妖精さん達の熾烈なポカポカを片手でいなしながら、誰に言うともなくそう言った球磨ちゃんは複雑そうな眼差しでエンカウンターを見つめている。

 

しかしこの部屋ポリポリポリポリうるせぇな……。

 

と、ようやく我に返ったのか、エンカウンターが顔を上げて、恐る恐るといった風に問いかけてきた。

 

「その……色々と聞きたい事があるのだけれど……」

 

「なんでもききたまえ」

 

「お前が答えるんかい」

 

頭の上でツインテがふんぞり返るのを感じる。

 

「てーとくこたえられる?」

 

「……このツインテに何でも聞いてくれ」

 

オレカッコワルイ。

 

「……私は」

 

ゴクリ、と細い喉を鳴らすエンカウンター。

ポリポリゴクリ、と柿ピーを呑み込む妖精さん達。

お前らさぁ……(怒)。

 

「私は、艦娘になってしまったの?」

 

そう問いかけて、深刻そうな表情で頭の上のツインテを見上げる。

それは困る、とでも言いたげな面持ちだ。

頭の上のツインテをむんずと掴んで机の上に置き、

 

「だ、そうだ、ツインテ。球磨といいエンカウンターといい、実際の所どうなんだ?」

 

と、俺も重ねて聞いてみた。

……お前もさり気なく色変わってるしな。

 

するとツインテは、聞くまでも無いことだと言わんばかりにふんぞり返って、自信満々に答える。

 

「わからん!」

 

「……え?」

 

オマエはそーいうヤツだよツインテ。

 

「……エンカウンター、ちょっと待ってね。はい、シリアスな場面になるとフザケたくなっちゃう妖精さんはしまっちゃおうね〜」

 

「ぬわー♪」

 

虚を突かれた様子のエンカウンターに一言断って、ツインテを柿ピー(大袋)の空き袋にズボッと押し込んで、頭だけ出した状態で口を縛る。

ボロアパートでの激闘の日々の中で編み出した、イタズラ妖精さんへのお仕置き七手の一つ、妖精さん巾着である。

 

「おのれうでをあげたな……」

「おうぼうだー!」

「ようせいさんぎゃくたいだぞー」

「ついんてばっかりずるいぞー」

 

「ははは、効かん効かん。さあツインテ、観念して真面目に答えろ。コイツ等の不安が分からんワケじゃないだろ?」

 

服をよじ登って柿ピーで若干ベタつく手で頬をペチペチしてくる妖精さん達をガン無視して再度ツインテに問い直す。

これまで散々意味深なムーヴを繰り返しといて、何も分からんはないだろう常考。

 

すると、ツインテは巾着状態でチラリと球磨ちゃんの顔を、次いでエンカウンターの顔を窺い、その顔色から本気の不安を感じ取ったのだろう、観念したかのようにポツポツと語り始めた。

 

「……どちらともいえないです。はんぶんかんむす、はんぶんしんかいせいかん。だからわからないのはほんとです」

 

「ほーん……だ、そうだぞ二人共」

 

どうやら嘘では無いらしいので、二人の反応をうかがってみると、

 

「半分深海棲艦……」

 

「艦娘……私が……」

 

それぞれに何やら受け入れがたいものがあるようだった。

自分自身の与り知らない所で自分が変わってしまう事に抵抗があるのは確かに分かる。

……しかし純粋な艦娘、純粋な深海棲艦というヤツにあったことのない自分としては、そもそも両者の間にどういった違いがあるのかも分からないのだ。

これ聞いていいヤツだろうか?

 

「おい、ツインテ」

 

「なあに?」

 

こそっと小声でツインテに聞いてみる。

 

「そもそも艦娘と深海棲艦ってどう違うの? 敵味方とカラーリング以外に違いってあるんか?」

 

「……きのもちよう?」

 

「ちょっと聞き捨てならないクマよ」

 

おっと、球磨ちゃんには聞こえてしまっていたらしい。

 

「深海棲艦は突然人類を襲ってきた悪いヤツ等クマ。ソイツみたいな人型は珍しい方で、大体不気味な深海魚みたいな見た目で言葉も喋れないクマ。提督だってテレビとかで見たことあるクマ?」

 

ひでぇ言い草である。

球磨ちゃん本人の前ですげえ言うじゃん……。

 

「あ、ああ、あの黒くてデカい魚みたいなヤツ等なら何度もテレビとかネットで見たけどさ……そっちじゃなくてエンカウンターみたいな()との違いって何かなって――」

 

「私もちょっと聞き捨てならないわね。敵だからって不気味は酷いわ。イ級とかカワイイじゃない」

 

「オマエ正気で言って――ほ、ホンキの目クマ……」

 

「……あー、結局、違いって考え方とか敵味方って事だけなのか?」

 

エンカウンターの美的感覚に(おのの)く球磨ちゃんに改めて聞いてみる。

 

「……深海棲艦、特にソイツみたいな人型は姫級や鬼級と呼ばれてて、艦娘よりも遥かに頑丈で火力も桁違いクマ。あと、ソイツみたいに流暢に喋れるヤツは初めて見たクマ。大抵カタコトで……っていうかソイツもあのときは確かカタコトだったクマ」

 

そう言って、エンカウンターの方を見る球磨ちゃん。

エンカウンターはというと、

 

「カタコト……? そうだったかしら?」

 

と、納得がいかない様子。

 

「なんか早速食い違ってるんだけど……」

 

そして姫級とか鬼級とかもお兄さん初耳です。

それ俺に言っちゃって良いヤツ?

軍事機密だったりしない?

 

震えてまいりました。

 

「いや、球磨はおかしなコト言ってないクマ! オマエ、覚えてないクマ?」

 

「失礼ね、覚えてるわよ……私は……………………」

 

答えかけて、不意に止まるエンカウンター。

……おや?

 

「…………私……は…………」

 

そう言ったきり、視線を宙に彷徨わせる。

 

「……え、まさか」

 

「覚えてないクマ?」

 

「ち、違うの! 私が駆逐棲姫だった事も、その時した事も覚えてるわ。むしろ……」

 

「むしろ?」

 

「……私、自分がエンカウンターだってこと、いつの間に思い出したの……?」

 

愕然とした様子だった。

こっちだって驚きである。

あんなに自信満々に自己紹介しておいて、そんなコトってあるのん?

球磨ちゃんにチラリと目をやると、球磨ちゃんもまた少なからず驚いているようだ。

 

「ずっと自分が何者か分からないまま戦ってたのか?」

 

ナニカの間違いじゃないかと訊ねてみる。

すると、エンカウンターは俯いてボソボソと、

 

「いえ、そんなハズは…………ううん、違う…………」

 

確認するように呟き、菫色の瞳に不安げな色を滲ませながら顔を上げた。

力なく垂れ下がったツイールの先が、隙間風に揺れる。

 

「……そう、みたい。私、自分が駆逐艦だってことはわかってたけれど…………自分が何だったかハッキリとは分からないまま……というより、疑問にも、思ってなかった気がするわ……」

 

そう言って、黒いセーラー服の裾を、キュッと握った。

 

「そ、そうなのか」

 

聞けば聞くほど不思議な生物だな深海棲艦……。

自分の名前が分からず意識もしないってのはどんな感じなのだろうか、と思った所で、ふと妖精さん達も同じだと気付いた。

 

……あれ、そんなに問題無いのか?

 

「なにやらあついしせんをかんじる」

「きづけばめでおってしまう」

「それってこいでは?」

「ていとくってばわたしのことすきすぎ?」

「きゃー♪」

 

ダメだ、こいつらは参考にならない……。

 

「……心当たりはあるクマ」

 

と、益体もないコトを考えていると、球磨ちゃんが、(おもむ)ろに喋りだした。

戦場で何度も深海棲艦達と渡り合ってきた球磨ちゃんには、何か思い当たる節があるようだ。

 

「そもそも、はっきりと元の艦影がうかがえる艦娘と違って、深海棲艦は艦種こそ朧気に分かっても具体的にどの艦って分かる形状のヤツは少ないクマ。自分の名前が思い出せないのも、口調がぎこちなかったのも、その辺が関係してるのかもしれないクマ」

 

……そうらしい。

 

「うーん、ナルホド……?」

 

「提督、イマイチピンときてないなら無理に分かったフリしなくていいクマ」

 

球磨ちゃんにピシャリとツッコまれる。

なんだろう、提督と艦娘の関係ってこんな感じでイイんだろうか?

涙がちょちょぎれそうです。

 

「……私、自分の事なのに、気付かなかった……」

 

エンカウンターは未だにショックが抜けきらない様子だ。

セーラー服にシワが寄ってゆく。

 

「クマだってオマエがサラッと名前を名乗った時にはビックリしたクマ。でもやっと分かったクマ。妖精さんに修理されて、半分艦娘になった事で艦の記憶を取り戻したみたいクマね。」

 

「そう、みたい」

 

そして艦娘と提督の有るべき関係について意味もなく悩む俺を放っておいて、球磨ちゃんとエンカウンターが着実にコミュニケーションを重ねている。

何にせよ、エンカウンターは艦娘に近づいた事で記憶や情緒を取り戻した……でいいのだろうか?

 

「……な、なぁ、それって悪い事じゃないよな?」

 

「え、ええ」

 

それなら何も問題ないとエンカウンターに訊ねてみれば、彼女もハッとしたようにそう肯定した。

ピョコン、と、ツインテールの先の薄紫が跳ねる。

 

「じゃあ、良かったじゃないか! 思い出せたんならさ、そんなしょげてないで前向いていこう、前向いて!」

 

重い空気を払拭しようと、椅子を下げ腰を上げて励ますべくお尻を浮かせた所で、球磨ちゃんがちょっと待ったと言うように俺の肩に手を置いた。

 

「いや、その前に確認クマ」

 

「……」

 

すごすごと腰を下ろす。

なんだろう、この中学生女子に頭が上がらない感じ……クセになったらどうしよう……。

 

「オマエはどうやら駆逐棲姫だった時とは違って、随分艦娘らしくなったクマ。話が通じそうと言い換えてもいいクマ」

 

「何が言いたいのかしら」

 

そんなくだらない葛藤をするアホな俺をよそに、球磨ちゃんの尋問は続く。

 

「簡単な質問クマ。オマエ等深海棲艦は、何の目的があって人類を襲うクマ?」

 

「……!」

 

執務室に、再び沈黙がおりる。

西の空から差す日の光が天井の隙間から幾筋もの光の柱になって、隙間風に揺られ静かに舞う砂埃を斜めにキラキラと照らす。

 

それは、根本的な問いだった。

人類が深海棲艦の脅威に晒されるようになってから、球磨ちゃん達は何年もの間(くう)に向かって問い続け、答えのないままに戦い続けてきた。

そして今日、初めて深海棲艦との対話が実現したのだ。

 

先の見えない戦いにとうとう差し込んだ一筋の光だ、球磨ちゃんが真剣になるのも当然だろう。

流石の妖精さん達も空気を読んで静かにエンカウンターの答えを――

 

「――とのことですがえんかうんたーしのおかんがえはどうでしょうか!」

「こくみんにはしるけんりがあります!」

「きくところによるとえんかうんたーしにはかこにていとくとのねつあいぎわくが」

「はっきりとおこたえいただきもがもが――」

 

「提督」

 

「はいはい黙ってようねー、そういう空気じゃないからねー」

 

どこから取り出したのか、記者みたいな格好で小さなマイク片手にカメラのフラッシュをパシャパシャと連射しつつエンカウンターに突撃しようとする妖精さん達を両手で抱き抱えて黙らせる。

いい加減にせぇよ貴様等。

 

良くも悪くも毒気を抜かれたようで、エンカウンターは丸くした目をフッと緩めると、コホンと小さく咳払いして、

 

「……悪いけれど、その質問には()()答える事が出来ないわ」

 

と、真っ直ぐに球磨ちゃんの目を見つめながら答えた。

 

「まだ?」

 

「ええアドミラル。まだ、よ。私達は何も人類が……いえ、これもまだ言えない」

 

俺が腕の中でモゾモゾと暴れる妖精さんを押さえながらそう重ねると、エンカウンターは此方を見てそう申し訳無さそうに言った。

エンカウンター自身も、それをもどかしく思ってる……というのが伝わってくる。

 

深海棲艦側の事情ってヤツなんだろうか……で、納得するわけないのが球磨ちゃんだ。

 

「何勿体つけ――」

 

「待て、待って、球磨、ちゃんと聞こう……エンカウンター、何でか聞いてもいい?」

 

せっかく少しは分かり合えそうなのにまた険悪になっては困ると、慌てて球磨ちゃんを遮り、エンカウンターにそう訊ねてみた。

俺と妖精さんは重苦しい空気に弱いのだ。

ポンポンが痛くなってしまう。

 

「……優しいアドミラル。アドミラルの事は、信頼しています。アドミラルには何故か分からないかもしれないけれど……私はアドミラル・クドウの事は心から信じたいと思っています」

 

「お、おう」

 

と、またも向けられる謎の好意に思わず気圧されてしまう。

何なんだろう、出会って数分でこの好感度、これが伝説の提督補正ってヤツなのか……?

球磨ちゃんの時といい、俺の工藤って苗字に何かあるんだろうか?

 

「おまえもかぶるーたす」

「なれなれしいぞしんいりー」

「ていとくはわれわれにめろめろなんだぞー」

「らぶいふんいききんし!」

 

と、俺の考えを遮るように、思わず緩んだ腕の中からピョコピョコと頭をだした妖精さん達が口々にトンチンカンな事を言いだす。

イモムシ状態のツインテも、ピョコンと膝の上に跳んできて、「でれでれするなー」とみぞおちに頭をグリグリやっている。

 

「……本当に妖精さん達の提督に対するその好感度はどうなってるクマ? ……まさかホントになにかヤマシいコトを……!?」

 

「そりゃあもう」

「ふかくあいしあったなか♪」

「ぽっ……♡」

 

「あるかぁ!? え、ちょっと球磨ホントに引いてない? ねえ、ちょっと!? 目を、目を見て球磨ちゃん!? 誤解だから!」

 

スススと半歩距離を取って口元に手をやる球磨ちゃんに慌てて弁解する俺を見て、エンカウンターがクスリと小さな笑いをこぼす。

 

しばらくぶりのその明るい声に、驚いてエンカウンターを見る。

エンカウンターは、俺と球磨ちゃんの視線に気付くと、横座りに姿勢をただし、俺を菫色の瞳で見つめて口を開く。

 

「アドミラルは紳士(ジェントルマン)だもの、妖精さんに好かれるのは当然よ。……それでも、私達深海棲艦の思いを伝えるにはまだ……」

 

「……まだ?」

 

「……怖いんです。アナタに理解して貰えないかもしれない事が」

 

そう言って、目を伏せる。

きっと恐ろしい存在であるハズの深海棲艦が、弱々しく項垂れている。

その白いつむじを見ながら、なんだか自分が酷く悪い事をしたような気分になる。

思えば顔を合わせてからこれまで、エンカウンターは一度も俺や球磨ちゃんを害しようとはしなかった。

その素振りさえもだ。

 

自分の中で漠然とイメージしていた絶対悪の姿が、その輪郭を失ってゆく。

……深海棲艦とは、いったい何なのだろうか?

 

「クマ。理解できるワケ無いクマ。コイツは…………こんなでも提督クマ。オマエ等に同情しちゃう位には甘いクマが、大局を見誤る程のバカでも無い……はずクマ」

 

……球磨ちゃん、それは褒めてる?

褒めてくれてるんだよね……?

 

球磨ちゃんの台詞は、言葉こそ深海棲艦達の言い分など理解できるはずがないという強いものだったが、その声色はどこか悲しげで、苦しそうだった。

 

「大局、ね」

 

それを聞いたエンカウンターはというと、目を細め意味深に呟くのみだった。

見誤っているのはそちらだ、と言っているようにも見えるが、その言い分とやらを聞けない以上、判断のしようもない。

結局の所、球磨ちゃんの質問で分かったのは深海棲艦にも言い分が有るが、その大義は人類サイドには理解され難いモノらしい……ってコトだけだろうか?

 

鎮守府作るぞと息巻いてこの島にたどり着いて、図らずも早々に接触出来てしまった会話の出来る深海棲艦ちゃんだったが、所詮俺なんぞ何の能力も威厳もないフリーターだ。

映画みたいなネゴシエイトなんて出来るはずもなかった。

モノホンの提督ならばもっと上手くやってんだろーなぁと思うと切ないモノがある。

 

「てーとくはよくやってるぞ」

 

「ツインテ……お前時々心とか読めるんじゃないかと思うよ」

 

「てーとくはわかりやすいからねー♪」

 

「……」

 

高学年女子みたいなエンカウンターの心の内も分からん俺。

なんも考えて無さそうな二頭身不思議生物にすら簡単に心を読まれる俺。

自分涙良いスか……?

 

「どちらにせよ、オマエは捕虜クマ。例えその気がなくてもコッチは幾らでも尋問出来るクマが……?」

 

遠い目をしながら妖精さん達に顔をペチペチされる俺を無視して、球磨ちゃんがグッと目に力を入れて再び圧を掛ける。

球磨ちゃんの動きに合わせて、ギシリ、と床板が鳴る。

 

「尋問……」

 

そうなのだ。

こうして仲良く(?)会話をしてはいるが、深海棲艦と俺達は敵同士。

捕虜と看守、捕らえたモノ捕らえられたモノの関係なのだ。

本当に人類の明日を憂いているのなら、心を鬼にしてこの少女を尋問し、得た情報を本土に伝えなきゃならないんだろう。

 

球磨ちゃんは、こんな俺が本当に提督になれるように手伝ってくれると言っていた。

 

馬鹿な自分でも、この情報が貴重で重要なものだと分かるくらいだ。

持って帰る事が出来れば、きっと自分の立場は良くなる。

才能がなくても本物の提督になれたり……それが無理でも憧れだった艦娘と関わる仕事が出来るかもしれない。

 

――それでも。

 

ゆらゆらと揺れる光の中、緊張の面持ちで此方を見つめるエンカウンターと目が合う。

駆逐棲姫、エンカウンター。

武装を剥がされ、燃料を抜かれ、抵抗するすべを持たない、小さな少女だ。

黒いセーラー服に身を包んだその小さな肩に、俺の知らない何か大きなモノを背負ってココに居る。

その姿は、球磨ちゃんと同じく、俺なんかよりもずっと大きく見えた。

 

そんな子が、俺を信用すると、そう言ったのだ。

 

「いや、球磨、やっぱり……エンカウンター、君は俺と球磨……と、コイツ等の事、信じられそうってなったら、話してくれる気はあるんだよな?」

 

球磨ちゃんと妖精さん達に、順番に視線を合わせてから、再びエンカウンターに向き直ってそう口に出す。

馬鹿なコトをやってる自覚はあるが、ソレこそ今更ってヤツだ。

思えば妖精さん達と出会ってから、馬鹿なコトばっかりやってる俺だ。

もう一つ二つ増えた所で誰に失望される訳でもなし、マイナスなんて無いだろう。

 

「……ええ」

 

「なら、球磨……」

 

それなら。

どうせなら、目の前の不安に震える女の子の信頼に答えてやるくらいしたっていいんじゃないかと思う。

球磨ちゃんはイイ子だし、妖精さん達も……うん、無邪気なヤツ等だ。

意外と直ぐに打ち解けて仲良くなれるかもしれないし、いつか話してくれたら儲けもの位の気持ちでいれば良いだろう。

 

何よりも、既にこのエンカウンターという深海棲艦の女の子を、敵として見られない自分がいるのだ。

 

そんな俺の内心など、賢く敏い球磨ちゃんにはお見通しだったんだろう。

球磨ちゃんはジッと俺の目を見つめ、プイとそっぽを向くと、深く溜息を吐いた。

 

「………………クマぁ。分かってるクマ。提督はつくづく軍人に向いてないクマ」

 

許された!

思わず笑顔で振り返ると、ホッとしたような顔でぎこちない笑みを浮かべるエンカウンターと目があった。

安堵が胸に広がる。

 

球磨ちゃんはそんな俺を見てか、執務机により掛かるように体重を預けて、呆れたように続けた。

 

「取り敢えず尋問は先送りクマ。オマエもあまりに艦娘っぽくて気が進まないのも確かクマ。……でも、必要となったら容赦しないクマよ?」

 

すっかり険の取れた、優しげな声色だ。

どうやら球磨ちゃんも、少なからず俺と同じ気持ちだったらしい。

しっかり釘は刺していたが、それでこそ頼れる球磨ちゃんである。

短い間かもしれないが、これからも不甲斐ない俺のかわりにこの鎮守府のしっかり者担当を頑張って欲しい。

 

エンカウンターも、空気が和らいだのが分かったようだ。

すっかり初対面のときの小生意気な雰囲気を取り戻して、ニコリと笑う。

相変わらず横座りのままだが、ツインテとお揃いの髪を楽しげに揺らして、片手を口に可愛らしく小首を傾げる。

 

「ええ、それでいいわ。むしろ寛容過ぎて驚きなくらい。……流石アドミラルね、こんな凶暴で変な語尾の艦娘を手懐けるなんて」

 

「気が変わったクマ。提督、船渠(せんきょ)室借りるクマ。刺激が強いから覗いちゃダメクマ」

 

え、何それ超気になる――じゃなくて!

何で最後に余計なコト言うかなこの子!?

 

据わった目で猛然とエンカウンターに掴みかかろうとする球磨ちゃんを慌てて羽交い締めにする。

エンカウンターちゃん、ロクに立てもしないのに球磨ちゃんをからかうような――あ、あ、いけません球磨ちゃん!

捕虜だから!

ナニカの条約に引っかかっちゃうから!

うわ、燃料切れてるハズなのになんて力……! 

 

「うおー、じんもんだー」

「ごうもんだー♪」

「ないたりわらったりできなくしてやるー♪」

 

「ぶっそうなこと言うなアホ共! 球磨落ち着いて!? ステイ! 球磨ちゃんステイ! 俺球磨ちゃんのヘンな語尾好きだから!」

 

「クマ゛ぁ゛!!」

 

「痛い!?」

 

「アハハハハ♪」

 

――こうして、遥か南の島に漂着して僅か二日目のいまだ明るい夕方頃。

我が勿忘鎮守府に、ちょっと変わった住人がまた一人増えたのだった。

 

 

 

 






また遅くなったらごめんなさい
誤字報告助かってます


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