ダークエルフの弓使いにショタな弟子ができました (あじぽんぽん)
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第1話

主人公の生い立ち説明になります


 彼は穢れなき誇り高いショタコンであった。

 

 前世において、彼は結婚せず家庭を作ることをしなかった。

 理由は女よりも男、しかも幼い子供のほうが好きだったからだ。

 いわゆる重度のショタコン。しかし彼が自らの性癖を露にすることはなかった。

 村では武骨で無口だが頼れる男として信頼され、また彼自身も倫理観の高い常識人であったため、そのような欲望は悪と断じてイエスショタ・ノータッチを死ぬまで貫いたのだ。

 そんな彼の最後は魔物に襲われた子供たちを救うために鍬一本で勇敢に戦い……そして、命を落した。

 

 彼のおかげで子供たちは救われた。

 泣きじゃくる天使(ショタ)たちに囲まれ、彼は己の人生に満足して笑顔で逝ったのである。

 

 

 だが次の人生があった。

 彼が朧げだった自らの意識を取り戻したのは見目麗しい女性の胸の中だった。

 自分が小さい手足の幼子となり、褐色肌の女性に抱きかかえられていることに気がついたのだ。

 

「ああ、私の可愛いアルテ、あなたの名前は今日からアルテよ」

 

 あやしながら愛おしげに頬ずりして語り掛けてくる美しい女性。

 どうやら今の自分はアルテという名前で女性は母親だと理解できた。

 混乱はあったが彼は悟る……自分は生まれ変わったのだと。

 なぜ前世の記憶を思い出したのかはわからない……しかし孤児で天涯孤独な身の上だった彼は、この優しそうな母に尽くして大事にしようと思った。

 

 ただ、母の耳がやたらと長いことだけが気になった……。

 

 

 アルテは三歳になった。

 色々と分かってきた。まずは性別が女になっていた。

 これについて最初は衝撃的であったがもう慣れてしまった。

 むしろ今では男の頃の感覚を忘れつつあるくらいだ。

 次にここはダークエルフという希少種族だけが住む土地であること。

 もちろんアルテもダークエルフだ。

 不思議なことに村には女しかおらず男の姿は一人も見なかった。

 ダークエルフとは始まりの起源を一柱の女神とする姉妹たちであり、その契約の元に女しか生まれない女胎の種族だとしばらくしてから知った。

 では父親はどこにいるのだろう?

 

 一度だけ母に聞いたが悲しげな顔をされ、それ以降は尋ねることをしなかった。

 

 

 アルテは四歳になった。

 アルテが生まれる前から村の外に出ていたダークエルフが旅から戻ってきた。

 豊満な褐色の肉体を面積の少ない鎧で窮屈そうに包み、背中にはマントをつけバッグと弓を背負う旅装束。

 母が子守唄代わりに何度も聞かせてくれた旅するダークエルフの狩人そのものの姿だった。

 幼子の心をもつアルテは興奮して、この美しい女性にすぐ懐いた。

 彼女も種族の中で一番若い妹――アルテのことを良く可愛がった。

 あくる日、村の者に上手くいったのか? そう質問された女性は、ばっちり仕込んできたとサムズアップして答えた。

 不思議な顔をするアルテに女性は、近いうちにお前にも妹ができるからと優しく頭を撫でてくれた……そう言うことかと前世の記憶をもつアルテは納得した。

 

 それから数ヵ月後。種族に新たな妹が生まれアルテはお姉さんになった。

 

 

 アルテは五歳になった。

 頻繁に赤ん坊――妹を見に行くアルテに母が父親のことを語ってくれた。

 ダークエルフの使命を果たす旅の際に出会った人間の戦士であった。

 とても強く逞しく、そして優しい人だった。

 最後まで添い遂げたかったが当時出現した魔王との戦いで戦死した。

 まだあなたには難しい話ね、でもお父さんはあなたが何処にいても守ってくれるはずよ……そう告げられた。

 

 話を理解できる知恵をもつアルテは震える母の手を握りしめた。

 

 

 アルテは六歳になった。

 これといった出来事は起きていない。

 血の繋がらない妹は神のもとに帰ることなく無事に成長して名前がつけられた。

 

 彼女の名前はルナル。

 

 

 アルテは七歳になった。

 ルナルの面倒をよく見るようになった。

 アルテは生前から小さい子供の面倒を見ることは嫌いではなかった。

 ルナルは狩人ではなく女神に仕える巫女の資質があるらしい。

 いずれは一族を率いていく長老になるのだとか。

 アルテがルナルの母に懐いたようにルナルもアルテによく懐いた。

 他に年の近い姉妹もいなかったので二人はいつでも一緒だった。

 

 将来はアルテ姉さまと結婚すると言っているルナルをアルテは微笑ましく思った。

 

 

 アルテは八歳になった。

 ダークエルフたちが信仰する神は狩猟と貞潔をつかさどる月の女神である。

 アルテの名前もこの女神にあやかったものらしい。

 皆が見守る中、月の女神への誓いの儀式が行われ長老から一本の弓を授かった。

 月の女神は弓の名手でありダークエルフたちも例外なく優れた使い手だった。

 これからアルテは村一番の弓取りのルナルの母を師として、彼女の手ほどきで弓の修練をしていくことになる。

 それと母からブラジャーを贈られた。

 最近膨らんできたし、それまでパンイチだったのでそちらのほうがアルテには嬉しかった。

 

 村にいるダークエルフたちは例外なく食い込みむちむちビキニスタイルだった。

 

 

 アルテは九歳となった。

 師であるルナルの母に連れられて訓練も兼ねた狩りに来ていた。

 最近ようやく弓を引けるようになったアルテだが筋はかなりいいらしい。

 この分なら私をすぐに抜くね、そう彼女に褒められた。

 

 アルテにはそれがお世辞だと分かっていたが、尊敬する女性に言われるのは嬉しかった。

 

 

 アルテは十歳になった。

 相変わらず弓の修行に明け暮れている。

 前世ではこれといった取り得もなく、趣味らしき趣味もなかったアルテは弓の魅力にすっかりと憑りつかれ夢中になっていた。

 寝ても覚めても弓の話しかしないアルテに母も呆れ気味だ。

 寝室にまで弓をもちこみ抱いて寝るアルテには寛容な母も流石に叱った。

 

 アルテは珍しく怒りを見せる母に驚き、抱いて寝るのは三日に一回にした。

 

 

 アルテは十一歳になった。

 アルテの弓の腕はメキメキと上達し、かなりの腕前になっていた。

 百メートル先の小鳥にも当てられる驚異的な技術を習得していた。

 齢十一とは思えぬ神業。アルテには狩人としての天武の才があったのだ。

 年に一度行われる弓の狩り比べでは参加者の中でアルテが最も多くの獲物を仕留めた。 

 長老や村の者、そして母も驚き、アルテを月の女神に愛されし者と褒めてくれた。

 

 ルナルはアルテに抱きついて大はしゃぎだ。

 

 

 アルテは十二歳になった。

 ルナルにせがまれて二人っきりで狩りに来ていた。

 森に危険があることは分かっていたが、自分の腕なら問題ないとアルテは増長していたのだ。

 その結果、ダークエルフの村の周辺でもっとも恐ろしい熊の魔獣に出くわした。

 ルナルが逃げる時間を稼ぐためにアルテは必死になって矢を撃ったが、強固な毛皮をもつ熊には傷一つすらも負わせることができなかった。

 怯えるルナルを背中に庇い、あわやこでまでといったところで魔力をまとった矢が見えた。

 不死身に思えた熊の魔獣は頭部を吹き飛ばされ、あっさりと死んだ。

 放ったのは片膝立ちで弓を構える、険しい顔をした師であった。

 長老が危機を予見し村の者たちが助けに来てくれたのだ。

 アルテは安堵のあまり意識を失いルナルはその体に縋って泣きじゃくった。

 

 アルテがベッドで目を覚ましたとき枕元でルナルが泣き疲れて寝ていた。

 

 

 アルテは十三歳になった。

 弓に魔力を乗せる訓練を行っていた。

 ダークエルフは杖の代わりに弓を使って魔法を発動する。

 ダークエルフの弓には魔法発動用の媒体が封じ込められており、発動することにより弓そのモノを魔力の刃として使うことができる。

 また集中すれば魔力を矢に変換して撃ちだすことも可能なのだ。

 アルテとルナルを救った矢もこの応用であった。

 こちらのほうは習得にひどく難儀していた。

 落ち込むアルテに、これを習得できる者のほうが少ないから気長にやればいいさと師は慰めながら抱きしめてくれた。

 そばで見ていたルナルも慌てて抱きついてきた。

 

 次はこれ以外の技術も教えていくよ、その言葉にアルテはうなずいた。

 

 

 アルテは十四歳になった。

 弓を撃ちながら移動する戦闘術を教わっていた。

 近距離での射撃を可能にする訓練。狩りではなく戦うための弓の使い方だ。

 射撃しながらの回避術は一人で生きていくには重要な技術だろう。

 ただ側宙開脚しながらの射撃とか、胸を無意味に揺らしながらの射撃などには何の意味があるのだろうか。

 

 その質問に師は、獲物を捕まえる(・・・・・・・)のに最も重要な技術だと肉食獣のように笑いながら言った。

 

 

 アルテは十五歳になった。

 アルテの成人の儀式が行われた。

 といっても長老から注がれた酒を少し飲む程度の風習である。

 ダークエルフに酒を飲む習慣はない。

 そのためアルテになってから初めて飲んだお酒はひどく苦く不味い物で、もう二度と飲みたくないと言ったら母と村のみなに笑われた。

 

 ルナルはひどく羨ましそうにしていた。

 

 

 アルテは十六歳になった。

 アルテの弓の技術は村一番といってもよい腕前になったが、魔法の腕前は教わって以来あまり伸びなかった。

 戦闘に組み込んで使うにはまだまだ難しいだろう。

 師は、アンタの年でそこまで使えれば十分さと笑ったがアルテの気分は晴れない。

 アルテは熊の魔獣の一件以来、自身に完璧を求めた。

 

 最近はルナルも難しい年頃なのか、アルテと顔を合わすと逃げていく。

 

 

 アルテは十七歳になった。

 魔法の習得については相変わらずである。

 しかしそれ以外の技能は高い水準でまとまっており、長老から十八の年を迎えたら外の世界に出ることを許可された。

 アルテはダークエルフの狩人として一人前と認められたのだ。

 みな喜び、アルテを笑顔で祝ってくれた。

 

 ルナルだけが悲しそうな顔をしていた。

 

 

 アルテの十八歳の誕生日と旅立ちが近づいたある日、ルナルが行方不明になった。

 師によると朝から戻って来てないのだとか。

 長老の占いでは森にいることは確かだが、それ以上は探れないらしい。

 間の悪いことに熊の魔獣が繁殖で活発になる時期である。

 夜の深い闇の中、狩人たちが手分けして森を探すことになった。

 もちろんアルテも参加した。

 闇を見通すダークエルフの目でも捜索は難航し時間だけがじりじりと過ぎていく。

 そんなときに微かな悲鳴をアルテの長い耳が捉えた。

 その方向に風をまとい疾走をしたアルテが見たのは、大樹の洞で泣き声をあげてうずくまるルナルと引きずり出そうと暴れる巨体の熊の魔獣だった。

 ルナルは足に怪我を負って逃げることもできず、魔獣になぶられるように襲われていたのだ。

 

 怒りで目の前が赤く染まりアルテは獣のように大声で咆えた。

 

 だがその激情も、涼やかな音が聞こえた瞬間にすべて消えていた。

 何者かに操られるように、走った勢いのまま片膝をついて滑りながら弓を構える。

 矢をつがえてない弓の弦を引くと、先ほどの音色が、アルテの望む通りに魔力を導いてくれた。

 ナムサンと理解できぬ異界の言葉が口からこぼれおちる。

 明鏡止水――闇の風景の隅々まで、空気の流れすらも明確に見えた。

 無意識のまま()をそっと解き放つ。

 魔力で作られたそれは、ルナルを叩き潰そうとした魔獣の太い腕に突き刺さった。

 

 月の女神をその身に宿したアルテは、魔獣の上半身を根こそぎ吹き飛ばしたのだ。

 

 

 アルテは十八歳になった。

 旅立ちの日である。

 それはダークエルフとしての使命を果たすための旅である。

 正直な話、男としての前世の記憶をもつアルテにはあまり興味を惹かれる使命ではなかったが、早く仕込んで(・・・・)苦労をかけた母に孫を見せたいという気持ちはあった。

 長老が、母が、師が、村の者たちがアルテの旅立ちを見送ってくれる。

 村人の中からルナルが前に出てきた。

 アルテの首に紐にくくられたペンダントを着けてくれた。

 輝く石で作られた首飾り……あのとき、ルナルが危険な森に入ったのはそこでしか取れないこの石を探していたからである。

 

「アルテ姉様、私ずっと待ってますから。戻ってきたら二人(・・)で子供を育てましょう」

 

 アルテはルナルに口づけをされた。

 

 

 

 アルテは三百と十八歳になった。

 

 彼女は未だに使命を果たせずダークエルフの村にも戻っていない。

 その間には数多くの出来事があった。

 語るにはあまりにもで複雑で時間が足りない。

 ただ、今現在、確かなことは……。

 

「お師匠さまー、これはどこに持って行けばいいですか?」

 

 目の前には自分を母と、師と慕う、十二歳ほどの線の細い男の子。

 ある事情により赤子の頃より育てた血は繋がらないが我が子のような大切な存在。

 なのにアルテは忘れていたはずの性癖を、女の体となった肉欲と共に思い出してしまった。

 

 ――下腹部がじんじん疼くんですぅ♡

 

 

 ダークエルフの弓使いにショタな弟子ができました。




やっとショタに辿りついた……げふぅ


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第2話

前後編になっております
アルテの鎧はハイレグビキニアーマー
イメージは黒獣というエロゲのアレです(二次書く人いないかなぁ)
本当に申し訳ない、今回はコメディ要素なしなんだ


 その村の状況を一言でいうのならば『運が悪くて良かった』だろうか?

 

 辺境の小さな村は魔物の襲来に備えて早朝から緊張に包まれていた。

 罠を設置するために狭い土地を走り回っていた少年マオは、村はずれの柵の外に人の影があることに気づいて足を止めた。

 村人ならば注意する必要があるし、魔物ならばすぐにでも知らせる必要がある。

 微かな緊張に喉が鳴る……しかし音を立てぬように近づくと誰かはすぐに分かり、マオは息を吐きながら構えていた弓を背中に戻した。

 その人は世の些事など知らぬとばかりに空を飛ぶ鳥をのんびりと眺めていた。

 

 それは少年の育て親で武術の師でもあるダークエルフのアルテであった。

 

 気が抜けたマオは彼女の姿を何となくで観察しだした。

 女性として背は高いが弓を持ってたたずむ姿は美麗である。

 風に流れるままの白銀色の髪は淡く光り、まるで月の明かりのようだ。

 丸みを帯びた体は女としての弱さとたおやかさを持っているのに、同時にしなやかに地を駆ける獣の力強さも兼ね備えている。

 

 褐色の肌と笹のような長い耳は、月の女神の加護受けた種族の証。

 

 いつもは着けているマントは外しており、アルテの肢体は眩しさを増していく日の光の中で艶やかに輝いていた。

 長く整った手足をおおうのは竜の皮で作られた丈夫なブーツとグローブ。

 胸と股間だけを隠す鎧は種族の戦装束であり『如何なる者も我らに触れること叶わず』という傲慢で誇り高いダークエルフたちの自信の現れだと言われていた。

 アルテと長くいるマオだが彼女以外のダークエルフを知らない。

 ただ、アルテが深い怪我を負う姿など今まで一度も見たことがなく、彼女の肌に触れるのは至難の業だということはよく理解していた。

 

 それはそれとして異性を意識するようになった近頃のマオとしては、育ての親とはいえ匂い立つ肉体を窮屈に締めつける鎧は目の毒であり、また扇情的な姿を無防備にさらけだす彼女に対して複雑な心境にもなるのだ。

 師のことを見る男たちのだらしなく緩んだ表情を見れば間違った認識ではないとは思うが、そんな者たちを不快に感じるのもマオの立場と潔癖な年頃としては致し方のないことだろう。

 

 背をむける彼女にマオは歩み寄る。落ち葉を踏みしめる湿った音が鳴った。

 矢筒を背負うアルテの褐色の体――ほっそりとしているのに女性らしく程よい肉のついた腰回りと、大きいが引き締まったお尻が目に入る。

 鎧パンツの後ろは紐形状で、高い尻肉が作りだす深い谷に食い込んでいるので裸に近い。

 むしろ裸よりも惹きつけられるモノがあり、赤子のときからアルテと一緒にいるマオとはいえ思わず見入ってしまうことがあるのだ。

 

「マオですか?」

「ひゃ、ひゃい! そ、そうですお師匠さま!」

「ふふ、どうしたのですか、そんなに驚いて」

 

 マオが動揺を収める間もなく、アルテがゆったりとした動きで振り返った。

 彼女の涼しげな双眼は透き通る氷の蒼で、夜の精霊もかくやという神秘的な顔立ちと湖畔を思わせる静かな雰囲気は、語彙の豊富ではないマオには美しい以外の言葉が見つからない。

 少年の赤い瞳に映るアルテは三百を超える年を生きているというが、その容姿は二十より下の少女のものに思えた。

 

 目線が丁度当たる位置――緩やかに揺れる豊かな胸と谷間に半分ほど埋まった楕円形状の首飾りに、マオの視線は吸い寄せられてしまう。

 男ならば誰もが触れてみたい思う魅惑的な大きさと艶をもった双丘だった。

 マオの記憶には無いが赤子のときには彼女の乳房を要求し、おしゃぶり代わりに何度も口に含んだことがあるらしい。

 そのように年頃の少年にとっては羞恥でしかない数々の過去を、意外と空気の読めないところがある綺麗な養母(アルテ)は、にこにこしながら嬉しそうに語ることがあるのだ。

 

「マオ? ぼんやりとしていますが、具合でも悪いのですか?」

 

 ほんのりとした甘い香りがマオの鼻をくすぐる。

 音もなく、いつの間にか近くに来ていたアルテが少年の黒髪をかきあげ、自らの額を当て熱をはかろうとしていた。

 鼻先の距離にある心配そうなアルテの顔にマオの心臓は跳ねあがり慌てて距離をとった。

 

「だ、大丈夫です、お師匠さま! それと、罠は全部仕掛け終わりました!」

「……そうですか、ご苦労さまです、マオ」

 

 ダークエルフの美女は手を合わせ、にっこりと穏やかな微笑みを浮かべた。

 少年は頬を染めてうつむく。体を離す際に偶然つかんでしまったアルテの柔らく芯のある胸の感触と、それをまったく気にしない彼女の態度に子供扱いされた恥ずかしさがあったからだ。

 そして、どうして自分は赤子の頃のことを覚えていないのだろうと痛恨の思いが湧きあがる。

 再びアルテの顔をうかがうと、彼女はマオに美しい横顔を見せ、その視線は険しく村外の森の方に向いていた。

 

「お師匠さま?」

「……どうやら来たようですね」

 

 アルテが呟いたすぐ後に梯子を組んだだけの物見やぐらから、カーンカーンッと鐘を打ち鳴らす音が辺りに響いた。

 村に近づく魔物たちを村人が発見したのだ。

 途端に村中が騒がしくなり甲高い声と怒声が飛び交った。

 女子供老人といった村人たちが避難所と定めた頑丈な倉庫の中に大慌てで入っていく。

 近くに魔界から魔物を生み出すゲート――悪魔の目が出現していたことはすでに判明しており、たった数日とはいえ備えをする時間は十分にあった。

 

 二十人ほどの村の男たちが木を削っただけの粗末な槍を持って、慌ただしく村の入り口に集まって来ていた。

 彼らの表情はみな一様に不安げで、これから始まる戦いへの恐れが見て取れた。

 村に誘い込んだ相手への罠を利用した防衛戦である。有利に進められる戦いだが大地を耕すことを生業とする者たちにとっては慣れぬ命のやりとりだ。

 まして魔物に敗北すれば、村人は女子供までもが残酷な方法で虐殺されるのだから平常心ではいられないのだろう。

 

「ではマオ、予定通りにお願いします」

「はい! お師匠さまもご武運を!!」

 

 短い会話のあと、アルテはマオを抱擁すると少年の黒髪に口づけをする。

 二人にとって戦いとは日常茶飯事なので村人たちのような動揺もない。ただ、アルテの柔らかくて良い匂いのする胸の谷に顔を挟まれた少年は真っ赤になっていたが。

 そのようないつものやり取りをして師弟は別れる。

 マオは射撃ポイントとして確保していた建物の屋根に急いで登ると、村の外に歩いていく師の後ろ姿をじっと見送った。

 

 ――聞こえてくる獣の叫びと、離れていても感じとれる邪悪な気配。

 

 多くの足音が重なって響き、枝をへし折り葉をかきわけて、ゴブリン、オーク、オーガなど魔物が続々と姿を現した。

 濁った双眼と不潔な姿には生き物としての知性は無く、こぶだらけの醜い体と手に持つ武器には赤黒い粘液と腐臭がこびりついていた。

 男たちの悲鳴があがる。並みの神経であれば絶望を抱く光景だろう。森から出てきた魔物の数は目視しただけでも二百体以上はいたのだから。

 

 そんな魔物たちに対して立ち向かうのはダークエルフの女一人。

 恐るべき悪魔の軍勢を前にして手に持つのは、ねじくれた細い木の弓が一本のみ。

 裸体に近い姿は、常人からすれば生贄として身をささげる乙女以外の何者でもなかった。

 アルテを期待と情欲の目で見ていた男たちの視線は、疑念と深い失望に変っていく。

 

 村の近くで悪魔の目が発見されたときにはすでに手遅れで魔物が湧き出し徘徊していた。

 人の通りもない辺境の村では領主に伝え兵をだしてもらうにも時間がかかる。

 村を捨て魔物たちから逃げながら険しい山中を抜けるにしても、女子供や老人といった体力のない者が多すぎた。

 動けぬ者を見捨てて犠牲にするか、それとも残って兵が来るまで全滅を覚悟しても戦うか……無情な決断を迫られ悲嘆にくれる彼らの前に現れたのがアルテたちであった。

 村人にとってまさしく地獄に仏だったのだ。

 百年周期で出現する魔王との戦いを三度経験し、そのすべてにおいて高い武勲をあげた英雄。

 数々の逸話と伝説を打ち立てた月弓のアルテの名声は、辺境の村でもお伽話として語られるほど有名であった。

 

 だが実際には殺戮に特化した強大な魔物の群に比べて、あまりに小さくて頼りなく、まともな戦いになるとは彼らには到底思えなかったのだ。

 

 ウオオオオオオオオオォォォォォォォ!!

 

 魔物たちの殺戮を告げる歓喜の雄叫びは、戦いの始まりを告げる合図でもあった。

 

 走る先兵は百を超えるゴブリン。耳障りな嗤い声をあげながら村に迫ってくる。

 森と村の間は平地ゆえにゴブリンたちの移動速度はましらの如く速い。

 錆びついた剣や斧をかかげ、目を血走らせ涎をこぼして突進してくるおぞましい小鬼たち。黒々とした穢れた波に飲み込まれれば重装備の騎士だろうと一溜まりもないだろう。

 しかし一刀も耐えられそうにない身のアルテに焦る様子はなく、矢をつがえないままの弓を水平に構えると、調子でも確かめるように弦をスイッと引いた。

 するとどうだろう、リーンッという涼やかな音色と共に光輝く矢が生じた。

 アルテの表情が獲物を射る目になると、引いた弓の弦を静かに離す。

 放たれた矢は風を切って真っ直ぐに突き進み、ゴブリンたちの近くで異変を起こした。

 なんと、光の矢が何重にもぶれて分裂したのだ。

 十数本にもなった矢はゴブリンたちの進路を塞ぐように降り注ぎ、突き刺さって矮小な体を地面に深く縫いつけていく。

 恐るべきことにアルテは、たった一射で複数匹の小鬼を仕留めた。

 

『ギャ、ギャアアアアアアァァァ!?』

 

 知恵足りぬ身では不可思議な現象が理解できないのか、ゴブリンたちは怒りと戸惑いの入り混じった雄叫びをあげ、仲間を殺したアルテの元へと殺到した。

 彼女の手は止まらない。切れ長の目を細めるとハーブの演奏でもするかのように弦を引き、近づこうとするゴブリンたちを一歩も動かずに次々と射止めていく。

 無双するアルテの勇姿に男たちから歓声があがった。

 そしてマオは今まで何度も同じようなことがあったのに、やはり今回も見惚れてしまう。

 

 アルテの弓の撃ち方はひどく緩やかなのに速射で、極限までに無駄を省いた正確無二の美しさがあったからだ。



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第3話

アルテさんの行動は打算なしの天然です
戦闘シーンは苦手なんだ細かい描写は許せ


「ゴ、ゴブリンがきたぞぉ!!」

 

 村人たちの動揺の声。

 アルテの雨のような矢の攻撃を潜り抜け――あるいは必死に逃げてきたゴブリンたちが次々と村の中に侵入してくる。生き残りは三十ほど……修行によって鍛えられたマオの目はすぐに把握する。アルテがかなりの数を減らしてくれたようだ。

 

「落ち着いて! 罠を利用してください!」

 

 マオは簡潔に叫び屋根の上から膝立ち姿勢で流れるように弓を構える。そして一呼吸で矢を放ってゴブリンを地に転がした。

 その年にしてはかなりの腕前だがアルテの神業のあとでは見劣りする。

 しかし自分たちより年下の子供といえるマオの活躍に勇気づけられ、男たちはそれぞれ槍を強く握りしめて覚悟を決めた表情でうなずきあった。

 

「よ、よし、俺たちもやるぞ!!」

「ああ、負けちゃいられないぜ!!」

「おい、あっちの罠に引っかかっているぞ!!」

 

『ギャ、ギャ、ギャアァ!?』

 

 彼らは落とし穴にかかったゴブリンに駆け寄ると上から力任せに何度も槍で突いた。

 建物の間で響く叫びと雄叫び。血生臭い匂いが風に乗って辺りに広がる。村のあちこちで男たちとゴブリンの戦いが始まったのだ。

 マオは罠を抜けてくるゴブリンに屋根上から弓を撃ち、仕掛け罠にかかったゴブリンの位置を男たちに知らせた。

 師が誘導して村の中に小鬼を入れたので地の利は十分こちらにある戦場だ。

 

 しばらくすると動くゴブリンの姿が見えなくなり、その場には槍をもった村人だけが残った。

 深い安堵の声がもれて何人かは地面にへたり込む。

 流石に全員が無傷というわけにはいかないが、深い傷を負っている者はいないようだ。

 マオは屋根の上で立ちあがると遠くで戦っているアルテの姿を探した。

 

 心配はしていたが不安はなかった。彼女は健在で予定通りオークやオーガの群を一人で引きつけて戦っていた。

 

 本来、距離の取れない戦いは弓使いとしては不利なはずだが、疲れも知らずに動くアルテからは苦戦をしている様子はまったく見られなかった。

 乱戦である。繁殖のために健康で丈夫な牝を望むオークと、自らの闘争心を満足させる強者を望むオーガは、誘蛾灯に誘われる虫のように強く美しい女に惹き寄せられる。

 そんな醜い魔物達のおぞましい求婚をかわして疾走するアルテ。穢れた獣欲の声は美姫の心には一欠けらも響かず無縁のものであった。

 

 振り下ろされるオークの棍棒を片手で受け流し、鞭のような蹴りで太い首をへし折った。

 背後から大剣を持って迫るオーガには矢筒から抜いた矢を素手で投げ、筋肉に包まれた厚い胸板を心臓ごと背骨まで打ち貫く。

 繰り出される攻撃を柔軟に仰け反って避けると片腕をバネにしての後方宙返り。そのついでとばかりに天地逆さまで矢を放って命中させる。

 着地して、弓で魔力の刃を作ると近寄る魔物の首を無造作に切り飛ばす。

 魔物の体すらも足場にして高く飛びあがると、空中から矢を乱れ撃ち一方的に殲滅していく。

 そのアルテの強さに魔物たちは驚愕し、そして怒りの雄叫びをあげ襲いかかる。

 

 血霧を引き連れ、妖艶に微笑みながら、華麗に舞い続ける月弓のアルテ。

 

 まさに伝説の通り、求婚する男達を無下にし続けた傲慢で無慈悲な月の女神の化身である。

 彼女が複雑なステップを踏み、細い指が弦を一つ引くたびに、魔物の命が失われて亡骸がまた一つ生まれるのだ。

 

 アルテの優雅な立ち回りにマオは、ただ溜息をつくしかない。

 

 まずあるのは彼女に対しての深い称賛の心。次に思ったのは追いつき肩を並べて戦えるようになるには、いったいどれほどの時間が必要なのだろうという暗い気持ち。

 だが前向きなマオはすぐに考えを切り替えて師の動きから学ぶために目を凝らした。

 するといかなる神の采配かマオの赤い瞳に映ったのは、ゆるやかな側宙開脚しながら弓を引く逆さのアルテの姿であった。

 鷹並みの目をもつマオは遠距離でも細部を――アルテの関節のしわ(・・)までもはっきりと捉える。

 軽やかな身のこなしとは真逆に重量感をもって揺れる豊かな乳房と臀部、そして大きく開かれた太ももと女の柔肉に食い込む極少の鎧パンツ。

 

 マオ少年は「うっ」と呻いて膝をつきその場でしゃがみ込んだ。

 

 顔をリンゴのように染める純情な少年の葛藤をよそに、月の女神は死の舞いを踊り続け魔物たちを永遠の眠りへといざなっていく。

 魔物の雄叫びはやがて絶叫へと変わり、狭い平地に死屍累々とした屍の山が築かれる。

 戦いの興奮からさめて逃げだし始めた魔物たちも月弓は容赦なく狩りとっていった。

 最後のオークの額を射抜いた。

 アルテは手を広げ、緩やかにその身を回転させて低い姿勢で残心する。

 

 そうして、踊りの幕引きを知らせるかのように静かに弓を大地へと下ろした。

 

 彼女の周りで動くものは存在しない、それこそ月に広がる静寂の大地のように。

 アルテの戦う姿に引き込まれ半ば見惚れていた男たちは、終焉を告げる彼女の様子に顔を見合わせ、やがて手を取り合い飛び跳ねながら大きな歓声をあげだした。

 屋根からなんとか地面に降りたマオも近くにいた男に笑いながら背中を叩かれ、前かがみのまま引きつった笑顔を返したのだ。

 

 

 すぐあとにアルテとマオは村人の案内で悪魔の目の元まで行き粉々に破壊した。

 それから周辺を探索したが魔物が残っているような形跡はなく、辺境の村での戦いは一人も犠牲者を出さずに終わりを迎えたのである。

 

 

 ◇

 

 

 月明かりに照らされた小さな村は、お祭りのような騒ぎでいつにない活気に満ちていた。

 広場の中央では焚き木があがり若い男女や子供たちが腕を組んで楽しげに踊っている。手拍子とはやしたてる村人たちの笑顔と大きな歓声があがった。

 何処の地方でも邪悪な魔物との戦いが終われば、こうして厄払いの宴を開くのが習わしである。

 ましてや村の全滅も覚悟して挑んだ戦いだ、勝利の喜びはひとしおだろう。

 村は辺境ではあるものの貧しいわけではなく、沢山のご馳走と山の幸がテーブルにならび何個もの酒樽が開けられていた。

 

 そんな夜通しになりそうな宴の中、アルテは弟子のマオに声をかけ先に休むことにした。 

 

「すいませんがマオ、後のことはお願いします」

「はい、任せてくださいお師匠さま」

「マオもたまには羽目を外して楽しんできてくださいね」

「いえ、月弓のアルテの弟子として恥ずかしくない振る舞いをしますよ」

「もう、あなたは……」

 

 当然、宴にはアルテたちも誘われたが、種族の特性上(・・・・・・)あまり人付き合いが得意ではない彼女はこのような場はマオに任せきりになっていた。

 彼女の代役を果たそうと年不相応にしっかりとしているマオの姿は、育て親のアルテとしては誇らしく思う反面、無理をさせているのではないかと心配にもなるのだ。

 

 そしてアルテが宴を断るのには、育て子のマオにも言えぬもう一つの理由があった。

 

「では、おやすみなさいマオ」

「はい、おやすみなさいお師匠さま!」

 

 元気な返事にアルテは微笑み、マオのふっくらとした頬に口づけをした。

 そのまま村長の家に行くと与えられた部屋のドアを開け室内に入る。

 辺境の村に宿屋などというものはなく、この地を訪ねてきた客人は村長の家で世話になる。そのためか宿屋のような余所余所しさがなく、どこか家庭的な温かさを感じられた。

 アルテは注意深く室内を観察する……覗き穴や盗聴する魔道具などの類はないようだ。

 

「我は施錠する――」

 

 アルテはドアを魔力で固定する魔法を唱えた。

 これによりドアは壁よりも強固になり人力で開けるのは不可能になる。

 

「現れよ風の精霊よ、この場に沈黙をもたらせ――」

 

 アルテは透き通る羽をもつ風の精霊(シルフ)を召喚する。

 招きに応じて現れた小さな身、馴染み(・・・)の冷めた目のシルフはうなずくと、彼女の望みを叶えるべく力を振るった。シルフの能力の一つ、指定された範囲の音を遮断する沈黙(サイレンス)。これからしばらくの時間、この部屋で何が起きようと外に音が漏れることはないだろう。

 

 アルテは弓をテーブルに置き装備を脱いで全裸になる。

 そして深い溜息をつき、ベッドの上にうつ伏せになってそのまま動かなくなった。

 

 ダークエルフ美女の寝姿。細い首筋から背中、形の良いお尻、そして長い脚のラインは同性でも見惚れるほどに美しい。しかし、アルテはまだ眠りにはついていない。英雄と呼ばれる彼女だがひどく重たげな様子は戦いの疲労のせいなのか?

 

 静寂に包まれる室内……やがて一糸まとわぬアルテの褐色の肢体が小刻みに震えだした。

 

「きゃあああああああああああああああぁぁぁぁ!!」

 

 突如、月弓のアルテが黄色い悲鳴をあげた。

 

「可愛いの! 可愛いの! マオきゅん、本当にちょ~う可愛いのおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 枕に美麗な顔を深くうずめて抱きしめ、むっちりとした長い足をばたつかせて、ダークエルフの美女は大音響で絶叫した。

 普段の彼女をよく知っている者からすれば考えられない有様で、驚愕しドン引きものだが、マオ少年ならなんとか受け止められるだろうか?

 

「堪りませんっ! 堪りませんよっ! マオきゅん可愛い! マオきゅん可愛いよぅ! おっぱい触って恥ずかしがる年頃なマオきゅん最高に可愛いよぅ!!」

 

 戦いの前のマオとのやりとりである。アルテは平静に見えて、実はだだ漏れそうになる欲望を……心の叫びを押さえて良母な演技をするのに必死だったのだ。

 それこそ先ほどの魔物たちとの戦いなど鼻で笑えるレベルで。

 ダークエルフ美女の胸の柔肉が、たぷんたぷんとシーツの上で蠱惑的につぶれ肉感的な腰がリズミカルにベッドに打ちつけられる。

 誰がどう見たってアレな行為を思わせる滑らかで激しい腰使いは、女を知らぬ年頃の男子が見たらそれだけで鼻血をふきだす凄まじい妖艶(エロ)さであった。

 

 ベッドが軋む、マオ少年ならまだぎりぎり受け止められるはずだっ!?

 

「不安げになっている顔が可愛いの! 男の子らしいキリッとした顔も可愛いの! 不意におっききしちゃって私にばれないか焦っている顔も可愛いの! どこまでいっちゃうの!? どこまで私を喜ばすの!? 天使よぅぅぅぅ!! 私の天使マオきゅんなのよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 アルテさんの空腰がラストスパートだぜ! とばかりに速度と勢いを増し、大男が寝ても大丈夫のはずのベッドがスパーンスパーンと鳴って破壊寸前の悲鳴をあげている

 シルフの沈黙がかかって無ければ人が集まって来るほどのやかましさだ。

 その呼び出されたシルフはというと、埴輪のような悟った表情のまま無言で見守っていた。

 

 マオ少年……でも、これはちょっと厳しい案件である……。

 

「あきまへん! あきまへん! あきまへんよアルテはん! 天使マオきゅんに対してそんな邪な気持ちはあきまへんでっ! あ、あ、で、でも、お、お腹がじんじん! じんじんするぅ! マオきゅんに突撃ラブラブハートでキュンキュンしちゃうんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 前世、男時代の言葉使いがでてアルテの美しい両腕が妖しく激しくテクニカルに動いた。

 もうなんだか説明するのも嫌になるほどの大ハッスルっ!!

 

 そして――

 

「んほぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 普段は淑女のたしなみを忘れない楚々としたダークエルフの美女が、姿に見合わぬ野太い声で大絶叫をしたのである。

 

 

 ……ここで、アルテの痴態に対しての言い訳をさせて欲しい。

 

 アルテは確かに前世はショタコンという性癖(つみ)を背負っていた。

 しかし女の身になってからはそれがなくなり、むしろ子供(ショタ)たちに母性的な気持ちで接することができるようになって彼女自身が一番喜んでいたのだ。

 マオを育てるのだって打算などはなく、半ば押し付けられたものであったが純粋な気持ちで一人前にしようと思っていた。だがそんな女の身に起きた不幸がダークエルフの適齢期だった。

 

 身もふたもない言い方をすれば……発情期である。

 

 しかも悪いことは重なるもので、前世の性癖(ショタコン)が突然よみがえり、なんの因果か彼女好みのドンピシャな容姿をもつ者が成長した愛すべき息子のマオであった。

 血は繋がらぬとはいえ由々しき事態だ。

 もちろんマオには隠している……隠しているのだが、戦いの後だと生存本能が働いて子孫を残すことを強く欲するのか熱く火照ってしまうのだ。女体の色々な部位が。

 

 結果が先ほどのような桃色一人遊戯なハッスルスパークであった。

 

 アルテも知らぬことだが長寿であるダークエルフの発情期は始まると子を宿すまで続き、症状が酷いときは理性が吹き飛ぶほどだ。

 数の少ない種を存続させるための月の女神の呪いとも言われている。

 ダークエルフの使命である子作りを今だに果たせず、三百と十八歳の処女な母は食べごろの美味しい肉体を持て余していたのだ。

 

 それでも発情する対象(・・・・・・)に手をださないのは英雄としての矜持か、はたまた育ての親としての道徳心か、あるいは少年の生い立ちに対しての特殊な事情ゆえなのか……獣のような情欲に染まる彼女には判断がつかなかった。

 

 

 翌日……なぜかエビぞり首ブリッジの姿勢で目を覚ましたアルテは、自らの惨状に人知れず溜息を洩らすのであった。



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第4話

アルテさんは月が出ているときだけサテライトキャノンが撃てます
今回もシリアス多めなんだ……許して

またまた一部改稿しました


 それは、エルフの国におとずれた危機であった。

 

 エルフとは弓術に優れ、精霊との親和性も高く、地に降り立った神の末裔たち。

 世界樹を中心として繁栄を築きあげてきた彼らは、魔王との戦いにおいては人々に知を授け魔法をもって先頭に立ち、生きとし生ける者を導いてきた賢者の種族である。

 その偉大なる彼らが神代の頃から受け継ぎ、長い歳月をかけて作りあげてきた英知や神秘ですら厄災に対してはまったくの無力でしかなかった。

 

 現れたのは小山のような巨体の怪物。

 

 前触れもなくエルフの国に出現した漆黒の怪物は咆哮と共に火炎を吐き散らし、目につくすべてを踏みつぶし蹂躙しながら進んでいた。

 恐るべき魔獣である。それでもエルフの英知と神秘の力をもってすれば、この不遜な侵略者を討伐することは容易に思えた。しかし怪物の強さはエルフたちの想像を遥かに超えていた。

 

 魔王の兵団と互角の戦いができるエルフの国の騎士団が一刻も保たずに壊滅したのだ。

 

 怪物の強靭な鱗の前に、刃や矢では効果的な攻撃は望めず魔法も弾かれて意味をなさない。

 いかなる攻撃も受けつけない巨大な怪物には、聖剣のような高い切断力をもつ魔法武器で厚い外皮を切り裂いて、体内に直接魔力をぶつける以外に有効な手段がなかった。

 エルフの国にはそこまで強力な兵器はなく、また聖剣に頼ろうにも保管されているのは遥か遠い人族の国であり、力を引きだせる使い手も不在であった。

 

 エルフの知恵者たちが集まり、幾つかの手段が講じられたが怪物を止めることはできなかった。

 ことここに至って怪物の侵攻を止めるためエルフの国に総動員がかかる。

 エルフたちは誇りを捨て、エルフの国に滞在していた様々な種族の戦士たちにも協力を頼んだ。

 その要請に様々な種族の様々な攻撃が怪物に対して試されるも、怪物の体表を貫くことはできず微かな傷をつけることすらもできなかった。

 

 万策尽きた絶望的な状況である。だがエルフたちは逃げだすことができなかった。

 

 なぜなら、巨大な怪物の進む方角にはエルフに加護を与える世界樹が存在したからだ。

 聖なる大樹を破壊されればエルフの出生率は下がり、ゆるやかな滅びを迎えるだろう。種族の存亡がかかっている。例え勝ち目の薄い戦いでも引くわけにはいかなかった。

 怪物の悠々とした歩みはそんな決死の彼らを嘲笑っているかのようであった。

 怪物という厄災、しかも不運なことにエルフの国に襲いかかる脅威はそれだけではなかった。

 同時期に、まるで申し合わせたかのように悪魔の目が大量に出現し、魔界から魔物の大軍勢が現れたのだ。

 この難局に近隣の国々も軍を動かして支援をしたが、魔物の数はあまりにも多すぎた。

 

 エルフの国で好き放題と暴れまわる邪悪な魔物たち。

 いくつもの砦が無残に破壊された。

 いくつもの町や村が残酷に滅ぼされた。

 多くの力なきエルフたちが野に引き出され……虐殺された。

 

 慈悲深きエルフの王が逃げ遅れた者たちを救うために、その身に宿した高位精霊を開放して怪物を食い止めようとした。しかし力が弱ったところを魔物の群に狙われ命を落としてしまう。

 成すことのすべてが悪い方向へと向かった。

 怪物と魔物たちの前にエルフの国は風前の灯であったのだ。

 

 

 最終防衛線。世界樹の周辺を囲う城壁の上にエルフの王族である幼きリオンがいた。

 怪物との戦いが始まってすでに一ヶ月が過ぎている。

 その日は、空は雲でおおわれ月どころか星一つもでていない夜であった。

 リオンは引き留める家臣を振り切って兵士たちと運命を共にしていた。

 まだ幼ないとはいえ王族の端くれで精霊の力を使える。少しでも皆の力になりたい……そんな思いがリオンを突き動かしていたのだ。

 だが炎に照らされた怪物の姿を見た瞬間に、予見の力を持つリオンは理解してしまう。

 

 あの怪物は半神である、ただ群れるだけの人の身では絶対に勝つことのできぬ存在だと。

 

 遠くから、爆発する魔力が散発的に見えた。

 エルフの森へ迎撃に向かった者たちの命を賭けた最後の抵抗の光であった。

 それでも怪物の進みは一向に止まらない。大地を揺らす咆哮と木々が折られる悲鳴だけが響く。

 攻撃する者たちを歯牙にもかけず、怪物は世界樹を目指してゆっくりと近づいてくる。

 何度も何度も、五月蠅い小虫でも追い払うかのように怪物の口から火球が放たれた。

 炎……あちらこちらで業火が広がりエルフの森が燃えていく。

 焼かれる者たち……絶叫と共に消える命……失意の叫びと呻き声……。

 死の炎は激しい渦となってリオンのいる城壁までも流れこんでくる。

 すべて薙ぎ払い、地形を大きく変え、地獄を作りだし、爆炎と共に暴君が全身を現した。

 

 恐るべき異形、それは一頭のドラゴン。

 エルフの森の千年樹の木々すらも超える、巨大なエルダードラゴンであった。

 

 かつて、神代の神々の戦いにおいて邪神の先兵として猛威を振るった邪竜。

 そして、この世界においてもっとも神に近いとされる古竜種。

 幼きリオンは声をあげながら膝をつき涙を流す。予見の力があるゆえに視えてしまったのだ。

 怪物に焼かれて無残に折られる世界樹……放浪の民となり、魔物に襲われて失意のうちに滅びを迎えるエルフたちの過酷な定めを。

 今まで魔王の台頭を邪魔してきたエルフ族に対しての邪神の報復……あれはエルフを滅ぼすためだけに遣わされた邪悪な神の眷属であると。

 そのとてつもない悪意に幼き決意は呆気なく砕かれる。

 リオンは自らの力のなさを、勝てぬと分かっていても戦いにおもむいた王たる父の想いと覚悟に涙することしかできなかった。

 

 漆黒のエルダードラゴンが咆える。その体から神の力が灼熱の蒸気となってあふれだしていた。

 大樹のように太い脚が一歩踏みだすたびに周囲の草木が枯れて大地が砕け陥没する。

 すべてを蹂躙して破壊して食らい尽くす邪悪な生命体。

 誰もかもが明確に分かる終焉であった。絶対の死と滅びを前にして、一人、また一人、リオンと同じように絶望して膝をついた。

 

 だがそのとき、リオンは月の音色を聞いた。

 

 兵士たちから騒めきが起きる。高い城壁から難なく大地に飛び降りて、まるで散歩でもするかのようにエルダードラゴンの正面へと歩みでる者がいたのだ。

 正気の沙汰ではない。リオンは城壁に取りつき兵士たちが指さす方に視線を向けた。

 そこに見えたのは、裸に近い褐色の体とねじれた木の弓を持つ女だった。

 リオンは彼女を知っていた。つい先ほど、エルフ族のために一番最後にやって来た者だ。

 自分たちと似ているのにまったく違う、野を駆ける獣のしなやかさと神秘的な美しさを持ちあわせた女であった。

 

 エルフが崇める神と争っていたとされる月の女神の眷属。

 エルフと同じ神の直系で、エルフ以上に弓を使うとされる狩猟の一族。

 その豊満な体をわずかに隠す鎧。防具としてほぼ意味をなしていないそれは『如何なる者も我らに触れること叶わず』という彼女たちの傲慢な自信の表れだという。

 

 彼女はここに現れたときから言葉多くなかった。

 家臣たちに罵られ敵意を向けられても表情をまったく変えず、月の女神の眷属に相応しい気高さと孤高さでたたずんでいた。

 このようなときでさえ古き確執に囚われ、彼女を追い返そうとする家臣をリオンは咎めた。

 そしてリオンは彼女の助力に礼を言った。すると今まで無言だった彼女が微かに笑みを浮かべて自らの名前を名乗ったのだ。

 

 ――ダークエルフのアルテ、と。

 

 リオンは再びアルテを見る。やはりなにも語らぬ後ろ姿だ。

 しかし幼きリオンの胸は熱くなった。

 例え無謀や愚かしいと評されたとしても、自分を含めてすべての者たちが諦める中で、ただ一人、エルフ族のために邪竜と対峙する勇者がいたのだから。

 

 アルテは竜の前で止まると矢を一本だけ抜き矢筒を地面に落とした。

 長い剥きだしの脚を肩幅ほどに広げて構えた。

 弓と矢を持つ手は下がったままである。だが彼女は確かに構えを作った。

 

 立っている……それだけのなにげない姿。

 

 だからこそリオンは息を飲んだ。いやリオンだけではない、優れた弓の使い手であるエルフたち、そして武に欠片でも関わったことのある者たちは例外なく息を止めた。

 それほどにアルテの立ち姿は美しく完成されていたのだ。

 彼らは見ただけで悟る。厳しい修練を行い時間を費やせば得られる類のものではない、神に愛された才ある者たちの中でも、さらに一部の選ばれた者だけが辿りつける境地であると。

 

 リオンには、アルテはまるで天と地をつなぐ世界樹のようだと思えた。

 

 だが力なき者だけが理解する感動など、生まれつきの強者である邪竜には無縁のものであった。

 エルダードラゴンはアルテの姿を認識したと同時に無造作に火球を放った。彼にとってアルテは自らに五月蠅くたかる虫となんら変わることのない有象無象であったから。

 火球は直撃する。美しきダークエルフの女は炎につつまれて一瞬で燃えあがる。エルダードラゴンの炎はアルテごと大地を舐め尽くし地獄のような光景を作りだした。

 

 微かに灯ったエルフたちの希望は儚くも消されてしまう。

 幼きリオンは悲鳴をあげ、兵士たちからは悲痛な嘆きがこぼれた。

 

 だが、

 

 リ――ンっ。

 

 だが、音がした。

 

 リ――ンっ。

 

 風が爆発した。

 

 次の瞬間、清浄な風が吹き荒れて炎はわずかな欠片も残らずに消え去った。

 兵士たちは目を見張る。それはダークエルフのアルテの仕業である。

 どのようにしてかは不明だが、彼女はあれほどの炎を矢の一振りでかき消してしまったのだ。

 

 さらにアルテは、ねじれた弓を天にかざす。

 

 月光のように澄んだ声が広く広く響きわたる。途端に空間が震え、小さな体と透明な羽もつ風の精霊が次々と虚空から出現する。

 千を超える精霊の風羽が光り、夜の闇を、大地を星々のように瞬く照らしだした。

 アルテは城壁の前で、エルフの王が使役できる数以上の精霊を召喚したのだ。

 呼びだされた精霊たちは軽やかに踊り舞い、笑いながらエルダードラゴンの横をすり抜けて、エルフの森を焼き尽くそうとする業火をその風羽で吹き消しあっという間に鎮火してしまう。

 

 役目を終え消えていく精霊たちを見送り、再びアルテが矢を振るう。

 

 すると空の暗雲が一片も残らずに消え、煌く星と美しい満月がその姿を現した。

 信じられない奇跡に見守っている者たちから大きなどよめきがあがる。

 偉業を成し遂げたアルテはやはり無言で、火球を受ける前となんら変らぬ体で立っていた。

 

 そして彼らが見る真の奇跡はこれからであった。

 

 アルテが持つ弓の両端から、月光で編んだような二枚の長い羽衣が生じて宙をたゆたった。

 彼女の腕が、その指が、無駄一つない滑らかな動きで弓に矢をつがえて垂直に構える。

 舞う羽衣は弓をおおう翼と化し、矢には魔力の輪が形成され光を宿した。天地をつなぐ一本の線、一点の集中、氷の双眼を細めて狙う矢先は邪竜エルダードラゴン。

 

 月の弓を持つ美しき狩人――見る者は連想する。それは月の女神。

 

 兵士たちがアルテを指さして月の女神が降臨したと次々口にした。

 すべての者が高揚し歓喜の声をあげ、持つ弓を掲げ、持つ槍を掲げ、手を足を打ち鳴らした。

 荒々しい音はやがて原始の曲へと転じ、それはまるで月の女神へと捧げる賛美の歌のようだった。

 幼きリオンはアルテの姿だけを見つめた。

 天から降り注ぐ淡い月光に照らされて弓を構える彼女は、まさしく月から降り立った穢れなき女神であった。

 

 エルダードラゴンはアルテに、周囲の空気に、小さき者たちの猛りに驚愕し身じろぎする。

 彼は邪神の眷属として神々の戦いを生き抜いた力もつ邪竜である。それが虫けらでしかないはずの存在に危機感を覚えた。

 悠久の昔に自らの額に消えぬ傷を負わした者と同じ重圧(におい)を感じたのだ。

 

 グギャァァアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!

 

 記憶に刻まれた屈辱にエルダードラゴンは咆える。

 大きく息を吸うと前脚で大地を抉りながら先ほどよりも強い火球を生み出した。

 その熱量と小神にも匹敵する魔力は、アルテを百回殺しても足りうる炎であった。

 そう、唯の(・・)アルテであればだ。

 あるいは彼がそのときに全力で攻撃を仕掛けていれば、今のアルテとはいえ殺すことができたのかもしれない。しかしそこまでが邪竜の限界だった。

 害する者が皆無の長い生ゆえに本能の警告には従わず、所詮は虫けらとアルテを侮る慢心。

 そして自らに傷を負わした者が月の女神であったことを忘却した老いがあったのだ。

 

 エルダードラゴンから放たれる灼熱の火球。

 大地に小さい太陽が生じた。

 夜を昼のごとく赤く染めあげ、離れているリオンたちにまで伝わってくる絶死の炎。

 それを目前にしてもアルテはやはり動じない。

 

「ナム ハチ マン ダイ ボサツ」

 

 異界の言葉を、女神がつむぐ言霊(ウタ)をすべての生きとし生けるものが聞いた。

 アルテは迫る火球と輝きを増す光の中、氷の双眼をカッと見開き月弓の弦しぼる指を離した。

 

 リィィィィィィィィィィィィン――!!

 

 高まる月の音色。エルダードラゴンの放った火球とアルテが撃った光の矢は真正面から衝突し、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ拮抗した。

 

「逃げ足だけは速い臆病な邪竜(えもの)よ、次は逃さぬと私は(・・)言ったはずだ」

 

 弓を構えたままの月の狩人がエルダードラゴンにささやく。

 全てのものを射抜く、黄金(・・)の月光の瞳で。

 竜の若き頃の記憶が甦る。そして目の前に立つ存在が何者であるかにようやく気がつき、古竜は久しく忘れていた感情を思いだした。

 

 ……彼の感じたそれは紛れもない恐怖であった。

 

 アルテの矢は火球を貫き崩壊させ、逃げようともがく鈍重なエルダードラゴンの額に直撃する。

 奇しくもそれは神々の戦いの際に月の女神が邪竜に傷をつけた箇所。

 脆くなっていた鱗を砕き、硬い頭蓋すらも貫いて、矢に宿った莫大な月の魔力がエルダードラゴンの逃げ場のない頭部で開放された。

 

 ――――!!

 

 幕引きである。

 月の女神の化身は舞うように手を広げ緩やかに回転し、低い姿勢で残心すると大地に弓を置く。

 そのまま膝をついて動きを止め、静かにまぶたを閉じた。

 頭を吹き飛ばされて重たい地響きをあげながら横倒しになるエルダードラゴンを背に、彼女は戦いの終わりを告げたのだ。

 

 

 凄まじい振動と舞いあがる大量の土煙のあと、静寂だけがあった。

 その場にいた者たちは目の前の出来事を信じられず、口を開くどころか身動きすらできない。

 あれほどの恐怖と絶望の地獄をエルフの国で作りだしたエルダードラゴンが、あの恐るべき怪物が、呆気なく大地に倒れ伏しているのだ。

 誰もがダークエルフの女だけを見つめていた。

 幼きリオンも同じである。笑うことも叫ぶことも……喜ぶこともできなかった。

 ただ月明かりに照らされた美しい女神に見惚れ、夢なら永遠に覚めないでほしいと願った。

 やがて獲物への鎮魂を終えたのかアルテが立ちあがる。

 城壁にいたすべての兵士が彼女の動きに注目した。

 アルテの顔は無表情であった……しかし城壁の上から見つめる多くの者の視線に気がつき、わずかな動揺を見せ、そして溜息をつくと短く一言だけ声にだす。

 

「倒しましたよ」

 

 爆発したような大歓声が起こった。

 

 

 ◇

 

 

 リオンは寝室で目を覚ました。

 それは夢、二百と七十年前に実際起きた出来事を夢として見ていたのだ。

 

「ふふ、私はあのときから……」

 

 リオンがエルフの国の王となり二百と七十年である。

 思い出すのはリオンの一度目となった魔王の討伐戦。そこで月弓のアルテと再会した。

 アルテはリオンの成長した姿に城壁で出会った幼子とは気がつかなかったようだ。

 再会の感動。リオンは自分の中にあったアルテへの想いを再認識した。

 彼女と共に戦い交友を深めた。そのあと反対する家臣たちを押しきり、アルテをエルフの国に招こうとしたが当の彼女に断られてしまう。

 そこで親友のアドバイスに従い、アルテの心象を良くするため贈り物をすることにした。

 それには家臣たちも内心はどうあれ文句を言わなかった。

 本来なら邪竜の亡骸から得た莫大な富はすべて彼女のものだからだ。

 宝石やドレスから始まって武器や防具、アルテが喜び気に入りそうな物ならなんでも、近隣だけではなく遠方からも様々な貴重品を取り寄せた。

 しかしどのような贈り物もアルテには断られてしまう……旅には重くなるからと。

 ただ、エルダードラゴンの皮膜で作られたグローブとブーツだけは未だに着けているので、気に入ってもらえたようだが。

 

 二度目の魔王討伐でも再び一緒のときをすごした。

 魔物どもを片手間で捻りつぶす合間の至福の時間であった。

 そしてつい十数年前の三度目の討伐である……だがそのとき、そのあと彼女は……。

 

 リオンはアルテの強さに並ぶまではこの気持ちは秘めていようと思っている。

 そう、今はまだそのときではないのだから。

 

「アルテ、いずれ君を迎えに行くよ……君にはこの国の……私の妃になってもらう……ふふ、ふふふふふふ」

 

 エルフの王リオンは、王の寝室で誰にも聞かれずに呟いたのだ。

 

 

 ◇

 

 

「く、くしゅんっ!?」

 

 アルテはくしゃみをした。

 伝説とまでうたわれた英雄にしてはずいぶんと可愛らしいくしゃみである。

 

「風邪ですかお師匠さま?」

 

 日もだいぶ落ちた時間、アルテとマオの師弟コンビは深い森の中で野営をしていた。

 防寒も兼ねるマントに包まり、火の番をしていたマオは心配してたずねる。

 

「分かりません……分かりませんが体がゾクゾクします」

 

 アルテの体はマオきゅんでいつもムラムラと発情……発熱していたが。

 

「薬茶でも沸かしますか?」

「あ、あれは苦いのでちょっと……」

 

 マオはアルテの見た目に似合わぬ幼い発言に微笑んでしまう。

 彼女は子供舌らしく、極端に辛いモノや苦いモノは苦手なのだ。

 

「でも、風邪は予防が肝心と言いますし」

「う、うーん……あ、そうだっ!!」

 

 焚き火を挟んでマオの対面に座る美しい養母(アルテ)がニッコリと微笑み、いいアイディアとばかりに手の平を合わせてペチンと打ち鳴らした。

 マオは非常に嫌な予感がした。アルテがこのような顔と仕草をするときはマオの男心を打ち砕く無慈悲な提案をするからだ。

 

「マオ、今夜は私のマントに包まって一緒に寝ることにしましょう」

「え……ええぇぇ!?」

 

 マオは素っ頓狂な悲鳴をあげた。

 だがアルテは止まらない。

 

「それにマオの小さい体ではこの寒さはきついでしょう? 私もマオの体温を感じられて嬉し……暖を取れますし一石二鳥です」

「い、いやいや、お師匠さま、それはちょっと不味いというか、その、あの……」

「ほらほら、マオきゅ……マオきなさい、この母の許に。私は無駄に贅肉(・・)があるから体温だけは高いのですよ?」

 

 包まっていたマントの前を開いて子供みたいにパタパタするアルテ。

 フクロウ並の夜目を持つマオは、豪快に揺れるアルテの乳肉(・・)に目を奪われしまう。

 少年の喉がゴクリと鳴る。褐色の双丘にうつる炎の照り返しの陰影がなんとも淫靡だ。

 そして……。

 

「……お師匠さま、今夜はお願いします」

「はーい♡」

 

 マオ少年は敗北した。

 彼はアルテの熱と張りのある柔らかさを感じながら眠れない夜をすごすのであった。




 数日後、アルテさんがハッスルすることになるがまた別の話である


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第5話

アルテさんのクールなイメージが損ねる可能性があります
かっこいいアルテさんが好きな方はご注意ください

貰った感想などを反映させ、一部追加改稿しました


 凍る大気に空からは雪が舞い降りていた。

 

 白銀の世界。吹きあげられた結晶が舞う神秘的な光景。

 しかしその美しさは死と隣り合わせのもので、生命には厳しい極寒の大地である。

 そのような過酷な場所でも人の営みがあり、自然の恵みを利用した温泉と多くの旅人がおとずれる村が存在していた。

 

 そして、人いるところには……魔物も必ず出現する。

 

 

 

「お師匠さま、右です!!」

 

 猛烈な吹雪の中でも、マオの声だけはしっかりと聞こえていた。

 雪原を疾走するは美しきダークエルフ、月弓のアルテ。

 走る彼女は弟子の指示に無言で頷くとその方角に迷わず進んだ。

 剥きだしの褐色肌に鋭い氷雪が当たる。

 吹きつける風は激しさを増し、目の前ですら満足に見ることができない。それゆえに魔力の流れとマオの声、そして自らの感覚だけを頼りにする。

 

 捉えた穢れた魔力は……三つだ。

 

 アルテは目を閉じたまま三度、弓を鳴らした。

 

 ――グッギャアアアアァァ!?

 

 白い闇の中で叫び声が二度聞こえた。

 アルテの撃った矢が魔物と悪魔の目に命中したのだ。

 流れる濁った血は白雪に埋もれてすぐに凍りつく。足を止めたアルテの体からは衣のような蒸気が吹きあがった。

 

「マオ、次は?」

「そこから、真っ直ぐ十歩で撃てます!」

 

 アルテは再びマオの指示に従って移動を開始した。

 

 激しい吹雪の中での戦闘。闇を見通すダークエルフの目ですら視界はきかず、また積もった雪で足を取られアルテ本来の速さも封じられた状態である。

 突き進むアルテの格好はいつもの極小鎧。雪は肌に触れた瞬間に魔力によって蒸発し、弓を使うのに支障をきたすことはないが、それでもこの冷気は彼女の体力を少しずつ奪っていった。

 

 アルテは弦を引く――再び叫びが聞こえ穢れた魔力が六つ消失した。

 

「マオ、大丈夫ですか?」

「は、はい、平気です……次、お師匠さまの位置から左斜め方向です!」

 

 雪原では月弓のアルテですらこの有様だ。厚手の防寒着を着込んでいるとはいえ、ついてきているマオの疲労はもっと溜まっているだろう。

 それでも今ここでマオを休ませるわけにはいかなかった。この闇のような世界で唯一、見通せる目をもつのは育て子のマオだけなのだから。

 雪原地帯で大量発生した悪魔の目。連鎖して群生となったその数はゆうに二十を超えていた。

 まだ魔界との扉は開き切ってなく、尖兵となる魔物がうろついている程度。しかしすべての扉が完全に開けば、月弓のアルテとはいえ犠牲者なしで魔物を討伐することは難しくなるだろう。

 

 まさしく時間との勝負であった。

 

 

 

 アルテとマオが骨休めにと来た温泉村で、悪魔の目が出現したという知らせを聞いたのは宿を決め部屋に荷物をおろしてからのことだ。

 不安そうに話す宿の従業員に対して、月弓のアルテの助けは必要かとマオが聞いてみたところ大いに喜ばれ、街を防衛する衛兵たちと共に魔物退治を行うこととなった。

 

 

 そして討伐はアルテたちの活躍もあって、一人の死傷者もださずに終えることができた。

 

 

 夜、酒場で開かれる厄払いの宴にはいつも通りマオだけが参加していた。

 この村は街道の宿場でもある。百人以上が入れそうな酒場は人々の喜びの声で大いに賑い、室内には暖房器具が幾つも設置され、ストーブに乗せられた鍋からは湯気があがっている。

 外の寒さとは裏腹に保温の効いた建物内は非常に暖かいもので、過酷だった雪原での戦いとの落差にマオは安堵して溜息をつく。

 

「流石は月弓様とそのお弟子さんだ、本当にあなた方がいなかったらどうなっていたことか」

「いいえ、衛兵の皆さんが自らの危険を省みず尽力してくれたおかげです。お師匠さまと僕は走り回っていただけですから」

 

 村長の褒め称える言葉に、マオは謙遜したように返したが半分以上は本音である。

 衛兵たちが魔物の大部分を悪魔の目から引き離してくれたので、アルテたちは魔物に妨害されることなく自由に動け、速やかに悪魔の目を破壊して回ることができたのだから。

 その最中に吹雪に襲われたのはとんだアクシデントだったが。

 

「お、嬉しいことを言ってくれるじゃないか、お嬢ちゃん(・・・・・)。ほらチマチマしてないで肉食え、肉」

「ちょっ、ちょっと止めてくださいよ隊長さんっ!?」

「こらこら、女の子(・・・)に対して、あまり乱暴にしちゃいかんぞ隊長」

 

 遊ばれるマオに一緒に戦った衛兵たちからも笑い声があがる。マオの肩に乱暴に手を回し、骨付き肉をつきつけ勧めるのはこの村の衛兵隊長だ。

 討伐のために顔合わせしたときは、モコモコの防寒着を着てニコニコと笑顔を浮かべる子供のマオに驚き、その後ろで静かにたたずむ全裸のようなアルテの姿に眼を剥いていた。

 しかし、彼は打ち合わせどおりにきっちりと役割を果たしてくれた。

 無骨で頑固そうな見た目だが、アルテたちのような外の人間の意見も聞き入れる柔軟性を持つ人物である。これが己の名声や手柄ばかりを考える者なら少なくない犠牲者がでていただろう。

 それを今までの経験から知っているマオだから衛兵たちを立てるのである。

 

「お嬢ちゃんはもっと肉つけなきゃいかんな、将来いい男を捕まえられんぞ?」

「あ、ははは……」

 

 まだ成長期のマオは線が細く、整った顔立ちから女の子に間違われることが多々あった。

 

 厄払いの宴に関わらず、このような場で情報収集をするのはマオの仕事である。

 師であるアルテは世間一般では月弓、もしくは氷の美女とよばれている。その淑やかで静かな立ち振る舞いは、彼女をよく知らぬ者には孤高の英雄の名に相応しいものに映るだろう。

 幼い頃のマオの目にもアルテはそう見え、そして、そんな英雄が自らの育ての親であることを誇らしく思っていた。しかしアルテの仕事を手伝うようになってマオは気づいてしまった。

 

 アルテは無口で無愛想などではなく、とてつもない口下手の愛想下手ということに。

 

 マオの知らぬことだが、これは秘境に引きこもり、一族だけで過ごすダークエルフ種族全体の特性である。

 他種族に対しての対人恐怖症に近いそれが、事情を知らぬ者には傲慢で孤高な態度に映って、優れた弓術と相まってひどい誤解をされてしまう。

 アルテもそうである。魔物に対しては無類の強さを見せる彼女ではあるが、戦いや狩り関連以外のことだと幼子にも劣るのだ。

 マオとしてはそんな師を自分が支えなくてはと思えど、失望するような気持ちはまったくなかった……むしろ自分だけがその事実を知っていることに優越感にも似た気持ちを持っていた。

 

 そのようにマオが村長や衛兵たちと破壊した悪魔の目の処理について話をしていると、一匹の妖精が……風精霊が分厚い壁をすり抜けて酒場の一角に姿を現した。

 

「お、こりゃなんだ?」

「風精霊ですか……珍しいですねこんな場所で」

「うわ~小さくて可愛いね」

 

 風精霊は見つめる者たちをよそにマオを探し当てると、羽を震わせながら少年の頭上に飛んできて踊るようにくるくると回りだす。

 マオはその精霊がアルテがよく召喚する冷めた目の風精霊だと気がついた。

 

「どうしたんだい?」

「――――――!!」

 

 マオには精霊の言葉は聞こえない。

 しかし風精霊の慌ただしい様子にアルテになにかあったのかとすぐに察した。

 

「すいません村長さん、用事ができたので僕はここで失礼します」

 

 そう断りをいれマオは酒場の外扉に向かった。

 外に出た途端に突き刺さる冷気にマオは体を震わせる。ちらちらと天から舞い落ちる雪を少し見上げマオは宿へと急いだ。

 五分ほどの短い距離だが足場の悪い雪道を全力疾走したので僅かに息が切れた。

 宿に入り、軋む木造の廊下を通ってアルテの居る部屋にたどり着く。マオが見ると扉は封印の魔法で硬く閉じられている。

 

「お師匠さま、起きてますか?」

 

 扉越しに呼びかけたがアルテの返事はない。

 普段なら眠りについていても、マオが声をかければすぐ反応する師としては珍しいことだ。

 マオはひどい不安を覚えた。

 

「お師匠さま入りますね……我は解錠する……アルテの子、マオの名により……」

 

 決められた解除の言葉で封印を解除。

 そして扉を開けると室内では……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全裸のアルテが、綺麗なエビぞり首ブリッジを決めていた。

 

 

「お、お師匠さまああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 衝撃的な光景にマオは絶叫し、思考を停止させた。

 

 アルテは布団の上で白目を剥いて、どうやら気絶をしているようだ。

 マオの位置からはアルテの上半身――重力にも負けないで球体を維持するおっぱいが見えた。

 艶やかな褐色肌の見事な双丘である。

 その重量感たるや同性ならば敗北感に目を背け、異性ならば目を奪われるほど魅惑的であった。

 しかしマオの反応はそのどちらでもなく。

 

「お師匠さまが、襲撃されたっ!?」

 

 どうしてその結論に!? と、風精霊だけが突っ込んでいた。

 まず最初に最悪を想定するところから始めるのが慎重なマオの性格である。

 それにマオはアルテと一緒に数多くの修羅場を潜り抜けてきた。英雄とうたわれる月弓のアルテが、その名声と同じくらいに恨む者たちもいることをよく知っていたのだ。

 

「お師匠さま! だ、大丈夫ですかっ!?」

「う、う~ん…………」

 

 アルテの赤く染まる頬をペチペチ叩くと反応があった。

 マオはアルテの細い腰を軽々と抱え、アーチを描くブリッジを解いて布団に寝かせた。

 背の高いアルテ。しなやかな筋肉に包まれた肉体は平均的な女性と比べて体重があるほうだ。しかしアルテを片手一本で支えたマオには重たそうにする様子はまったくみられなかった。

 

「どう考えても普通じゃない……いったい誰がこんなことを?」

 

 それはそうだろう、こんなことをしていたアルテの頭が普通ではなかったのだから。

 このシュールな状況がなぜおきたのか、まともなマオ少年には分かりようもない。

 マオはアルテの体に毛布を掛けて辺りの気配をうかがう。冷静そうに見える少年だがその内心は穏やかではなかった。

 

(相手は魔族、あるいは魔王を信仰する邪教団の暗殺者だろうか? だが、お師匠さまを倒せるほどの手練れがそういるとは思えない。争った形跡はないし……このひどい発熱と発汗は、ま、まさか毒を盛られたのかっ!?)

 

 などと斜め上の勘違いをしてしまうくらいに。

 焦りながら慎重に辺りを探るマオに、風精霊の埴輪のようにクールな視線が向けられていた。

 薄闇の室内、マオの赤い双眼がほのかに光る。

 当然だが、少年の鳥並みの感知能力でも周囲に感じる気配はなかった。

 ここでマオは、ようやくアルテが病気なのではないかと思い至る……確かにある意味でアルテはひどい病気だ。

 普通ならすぐに考えつきそうなことであるが、大人と対等に渡り合える利発な少年が気づかなかったのにはそれなりの理由があった。

 アルテは華奢な見た目に反して野生動物並みに頑丈な女であるから。

 赤子のときから共に過ごし、それを誰よりも知っているマオにとってアルテの不調というのは想像しにくく、すぐに思い浮かばなかったのだ。

 

「マ、マオきゅ……? か、体が、熱いですぅ……」

 

 意識が戻ったのかマオの頬に手を伸ばし夢見るように呟くアルテ。

 マオはナデナデするアルテの手を優しく握りしめた。

 アルテの様子は発熱があって息が荒く脈もやたらと速い。下手な薬師より多くの知識をもつマオから見て彼女の症状は明らかに風邪だった。

 なぜ、エビぞり首ブリッジなどを決めていたのかは謎だが今はアルテの看病が先だろう。

 

 冷めた……というか呆れた様子で見ていた風精霊に、マオ少年は最後まで気がつかなかった。

 

 

 ガラス製の窓から見えるのは月に照らされた雪景色。

 火鉢の上に乗せた鉄瓶から、ゆらゆらとした蒸気が出ていた。この畳の部屋は外の風景とあいまってなんとも静かで落ち着ける空間である。

 なるほど、お師匠さまがこの村に来たがるわけだ……と、マオは思った。

 わびさびな風情というものを感じてしまうほど老成している若干十二歳(?)のマオ少年であった。

 

「ご、ごほっ、ごほっん!!」

「お師匠さま、喉によい飴を粉末状にしてみたのでどうぞ」

「いつもすみませんね、マオ」

「こんなときに水臭いことを言わないでくださいよ」

 

 マオは布団で寝ていたアルテの後頭部をそっと持ちあげ、スプーンに盛られた粉飴を少しずつ舐めさせていた。

 

「甘くて美味しいですぅ……」

 

 ささやくように呟いて、頬を染めほんのりと微笑むアルテ。

 彼女の氷色の瞳は潤み、笹の葉のような耳は力なく垂れ下がっていた。

 マオが滅多に見ることのない弱々しい師の姿である。

 

「お師匠さま、その服はどうですか?」

「なにか丸腰の裸のようで、ひどく不安になりますが着心地は悪くないですね」

 

 彼女が着ているのは戦闘用の鎧姿ではなく温泉宿の浴衣だった。

 体を冷やしてはいけないと思い少年が着せたのだ。

 

「いつもの格好のほうが裸に近いかと……」

「はい? なにがですかマオ?」

「あ、いいえ、なんでもありませんよなんでも……」

 

 キョトンっと真顔で聞かれたので、真顔で返答するマオ。

 どうやらダークエルフのアルテにとって、いつもの極小鎧はれっきとした正装らしい。

 

 マオが誤魔化すようにスプーンを差しだすと、それをチロチロと舐める薄桃色の綺麗な舌。

 先ほど見てしまったアルテの乳房を思い出して、マオは気恥ずかしいものを覚えた。

 それに気のせいだろうか。この養母(アルテ)、普段よりも露出が少ない格好のはずなのに、普段よりも色気(エロ)が増しているように感じられるのは。

 どんな格好をしていようと、存在そのものがエロいダークエロフ種族の特性のせいで、幼い少年の性癖が微妙な構築をされようとしていた。

 

 マオは桶から水をしぼった手拭を取りだし、アルテの前髪をかきあげて形の良い額に乗せた。

 

「ああ、気持ちが良い。私がひ弱なばかりに、あなたには迷惑をかけますね」

「ひ弱って……い、いいえ、そんなことを気にせずにゆっくり休んでください」

 

 ひ弱とか以前に吹雪の中を裸に近い格好で走り回っていれば風邪の一つもひきます。そう言いかけたマオだが賢明なことに口にはださなかった。

 あらゆる意味でピーキーな英雄と共に伊達に十年以上も旅をしているわけではないのだ。

 それに喜ばしいことでもある、風邪をひく師は決して馬鹿ではない、ただ少し天然なだけだと証明されたのだから。

 

「私は本当に幸せ者です。このような親孝行をしてもらえるのですから」

「お師匠さま……この程度でよろしければ、いつでも孝行しますよ」

「ふふ、ありがとうございます、マオ」

 

 どんな事情であれアルテに喜んでもらえるなら、マオとしてもそれに越したことはないのだ。

 

「早く元気になって……マオと……温泉……」

 

 アルテは子供のように無防備な微笑みを見せた。

 そして、うつらうつらと目を閉じると静かな寝息を立てだした。

 粉々に砕いた飴と一緒に舐めさせた苦い薬が効いてきたのだろうか、顔を見るとほてりが消え先ほどよりも良くなっているようだ。

 スヤスヤと穏やかな表情で眠る彼女を見つめるマオ。その少年の胸中は他の者にはうかがい知ることはできない。

 やがてマオはアルテの長い銀髪を一房手に取り、それを手の平で遊ばせながら微笑んで溜息をついたのだ。

 

 

 

 

 ガラス窓から差し込む朝の光にアルテは目を覚す。

 爽快な目覚め、布団をめくると小柄なマオがいた。

 アルテは自らの胸に抱きつくように眠る少年の頬に軽い口づけをした。

 感動を覚える。このシチュエーションは歌いだしたいほどに清々しい気分だ。

 

 アルテが夜中に目を覚ました際に自分の枕元で正座をしたまま寝ているマオを発見し、風邪をひいては一大事と布団の中に引きず……寝かせて、そのまま抱きしめて眠りについた。

 

 ……もちろん手はだしていないが。

 

「ありがとうございます。ありがとうございます。非常に堪能できました。我らを守護する偉大なる月の女神さま、本当にありがとうございます!」

 

 床に手をつき空に向かって綺麗なお辞儀をするアルテ。

 月の女神もこのようなことで祈られ感謝されたら困惑するだろう。

 それはともかく最近のアルテの持病、マオ少年に長いこと触れていないと発症する、マオきゅん欠乏症は解消できたようだ。

 ちなみに発病者はアルテしかいない奇病であるが。

 

「しかし、あの子ったら、どういうつもりなのか……」

 

 風精霊がマオを呼んで来たことだ。

 すでに察しているとは思うがアルテは別に風邪をひいていたわけではない。

 彼女は戦いのあと下腹部が疼き、いつも通りに一人桃色遊戯。マオきゅん欠乏症と相まって、いつも以上に激しくレッツエンジョイした。

 強烈な発情を限界を超えて我慢することによって、いい感じで頭が愉快になっていたのだ。

 アレなアレに意識を飛ばし、気がついたら不安そうに自分を抱きかかえるマオ少年がいた。

 そのときアルテがなにを思ったかは……想像にお任せしよう。

 親の威厳として本当のことを言うわけにもいかずアルテはマオに黙って看病されていた。

 

「ともかく、至福の時間でしたっ!!」

 

 両手を広げて小さく飛び跳ねながら、クルクルと回転するダークエルフの美女。

 残心の舞い、喜びバージョンである。

 良かった。アルテさんとても幸せそうだ。

 

 風精霊はアルテの度重なる痴態に嫌気がさしたのか、あるいは早くマオとくっつけとお節介おばさんの真似事でもしたのか、不明であるが結果として彼女の行動は良い方に転んだようだ。

 

 実のところ、アルテが温泉村に来たのもマオと家族水入らずでゆったりするためだった。

 最近は一人旅のときと比べると先のことをよく考えるようになった。

 マオの将来は分からないがダークエルフと人間では生きる時間の流れも違う。

 いずれマオはアルテの元を離れて自らの家庭を作るのかもしれない。

 その覚悟をアルテはしていたし、マオが独り立ちできるように自分が知る限りの知識と技術を教えているつもりであった。

 

 アルテにとってマオは、性癖(ショタ)の対象の前に可愛い育て子であるのだから。

 

 欲情しても幼いマオに手をだすことはアルテには決してできない。

 英雄、色を好むとは言う。

 例え今のアルテとマオが結ばれても世間がどうこう言うことはないだろう。

 あるいは祝福の言葉を掛けてくれるかもしれない。

 

 それでも、それでもと、アルテは耐えるのだ。

 

 

 まあ、この宿に来たおかげでアルテの長年の夢が一つ叶った。

 赤ちゃんができて悪阻に苦しむお嫁さんと気遣う優しい旦那さまプレイである。

 昨晩のマオきゅんの優しさはアルテにとってまさにそんな感じだった。

 なにそのニッチなプレイ?

 と、人が知れば思うだろうが、アルテさんは御年三百と十八の穢れなき乙女である。

 幾千もシミュレーションを繰り返した数々の夢の一つである。

 その溜め込んだ妄想(ゆめ)チカラは伊達ではないのだ。

 

「でも、いけません、いけませんよアルテ、これ以上は我慢しなくてはいけません」

 

 自戒するように呟くアルテ。

 すっきりとしたせいか養母としての理性も復活したようだ。

 

「ま、それはそれといたしまして……」

 

 おや?

 

「次はやはり、新婚さん一緒に入浴プレイですね♡」

 

 ああ、駄目かも。

 この人、やっぱり、そのうち手をだしそうである。




とりあえずよく分からなかったので、語尾にハートマーク入れておけばいいですよね?


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