ルリった! (HDアロー)
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一章 BW編
一話 「ルリになった」


 ルリった。

 

 何を言っているか分からないと思うが私にもわからない。

 7年前、一度死んだ私はルリとしてポケモンの世界に生を受けた。

 初めは困惑した。

 けれど今はこの世界にも馴染んで、うまく生きて行っていると思う。

 

 さて、ルリという少女の事を知っているだろうか。

 彼女はポケットモンスターBW2に登場するキャラクターである。

 一見すると、しおらしい少女だ。

 しかし実は売り出し中のアイドルという意外性も兼ね備えたキャラクター。

 

「だからこそ、直面している問題は早急に解決しないといけないんだよね」

 

「ん? ルリちゃん、何か言った?」

 

「ううん、なんでもないよ!」

 

 この少女、作中では主人公に恋することになる。

 まぁ、そこは問題ない。

 主人公はチャンピオンで町長でトップ俳優だ。

 まったく申し分ない。

 

 問題があるのはこの少女、ルリ。

 主人公が連絡を入れるだけで勝手に好感度が上がっていく。

 それだけでもヤバいのに、かなり主人公に依存している節もある。

 一部のプレイヤーからは『重い』や『ヤンデレ』と言われるレベルだ。

 

(さすがにその未来は回避したい……ッ)

 

 自分がヤンデレになると分かっていて素直に運命を享受する人がいるだろうか。

 否、いない。

 その為、私は主人公と出会う未来を拒否することに決めた。

 

(そのための分岐ポイントは大きく三つ)

 

 一つ、アイドルにならない。

 そもそも主人公はこのイッシュ地方で一番の有名人といっても差し支えないレベルの人物になる。

 それに対し、なまじアイドルなんて立場があるから主人公の横を歩けるんじゃないかと期待してしまうのだ。

 加えて付け加えると、アイドル業に対する悩みを主人公に打ち明けることで心を許してしまうというのもウィークポイントだ。

 

「でもこの選択肢は選ぶことができなかったんだよね」

 

「どうしたの? ルリちゃん」

 

「何でもないよ、続けよ!」

 

「うん!」

 

 隣の少女に心配されるが気にしないでと言ってレッスンを続ける。

 なんのレッスンかって?

 ダンスのだよ。

 そう、なぜか既にアイドル路線が確定しかけている。

 

 きっかけは、母親が出した一枚の書類。

 普通の七歳なら、決してアイドルになんてなれない。

 なら母親が出したの何の書類だったのか。

 そう、子役である。

 

 普通の幼児として生きて行くには私は大人び過ぎていた。

 小さい子供はすぐにぐずる。

 だから大人しくできるだけでも重宝される。

 

 加えて、感情というものを私は知っている。

 例えば二歳の子供が羞恥心を知っているだろうか、絶望を知っているだろうか。

 人見知り、恥ずかしいと思うことはあるかもしれないが、羞恥心とは少し違うだろう。

 思い通りにならなくて拗ねる事やぐずることがあっても、絶望とはまた異なるだろう。

 感情というのは成長とともに発達していくものだからだ。

 

 だが転生者の私は、「どういう心の状態がどういう名前の感情なのかを知っている」のだ。

 とうぜん、天才子役として囃し立てられた。

 

 当時からアイドルになるとヤバイことに気づいていた私は、それを知った上で役者としての人生を歩むことにした。

 役者になれば感情のコントロールもうまくなるだろうし、そう簡単にコロっと恋に落ちることもないだろうと思ったからだ。

 加えて理由を上げるとすればライブキャスターのイベントが発生しなくなるかもしれないからだ。

 これはまた後で述べる。

 

 問題はこの後、役者として大人気を得た私にアイドル会社が目を付けたことだ。

 

 この世界の俳優は、ポケウッドと呼ばれるところでポケモンを駆使して演技するのが一般だ。

 つまり、優秀なポケモントレーナーでなければ重要な役はもらえない場合が多い。

 まあ? 私は? 替えが効かないほどの天才子役だったから重要な役も結構演じたけれど。

 子役でなくなればこの業界から捨てられる可能性があったわけだ。

 

 そこに一手投じてきたのがアイドル会社。

 母は私に相談することなく二つ返事で了承。

 あえなく私は子供アイドルとして活躍することになった。

 

 ダンスに歌に、殺陣に演技。

 本当に時間が足りない。

 人生というのは何事もなさぬにはあまりに長く、何かを成すにはあまりに短いとはこのことか。

 とにかく時間が欲しい。

 休みを、私に休みを!

 

(まぁ、早い話、アイドルにならないって考えは失敗した)

 

 それでもまだ分岐ポイントは二つあるわけだが。

 

 一つはライブキャスターを落とさないこと。

 このライブキャスターを主人公が拾うことで縁ができる。

 ならば落とさないように気を付ければいい。

 

 最後の選択肢は、落とした場合にはチャチャっと回収してしまうことだ。

 回収した後にまた話し相手になってほしいなんて言うから恋に落ちることになるんだ。

 返してもらったらお礼を渡してさっさと手を切る。

 

(とはいえ、どちらも失敗する気がするんだよね)

 

 この世界、どうにもゲームで起きるイベントはある程度起きるようになっている。

 つい最近、カントー地方のマフィア、ロケット団が一人の少年に潰されたと聞いた。

 おそらくこの世界のレッドさんの仕業だろう。

 となれば観測される事象は収束すると考えた方がいい。

 

「もし、本気で運命から逃れようとするのなら、何か決定的に違う行動を選ばなければならない。そんな気がする」

 

「ルリちゃんカッコいい!」

 

「え、あ、あはは! そうでしょ!」

 

 わわわ、私だって何年も役者やってるんだ!

 このくらいで動じたりなんてしてない。

 してないったらしてない!

 

「何か、何か決定的な一手はないかな」

 

 隣で練習する女の子には聞こえないように、小声でつぶやいた。

 誰の耳に入るでもなく、弱々しく消えて行った。

 

「「お姉ちゃんおかえりー!」」

 

「うん、ただいま」

 

「ご飯できてるわよー」

 

「はーい」

 

 帰宅して、母が作ってくれた料理を口に運ぶ。

 うん、おいしい。

 

「ルリ、最近疲れてない?」

 

「え、うーん、どうだろう。寝たら元気になってるし」

 

 母には疲れているように見えたんだろうか。

 そんな自覚は全くなかったんだけれど。

 さすが子供というべきか、一日寝るだけで嘘のように疲労が吹き飛ぶ。

 だから毎日ダンスに歌にと練習しても生きていけてるわけだけど。

 

 でもさ、やっぱり思ってしまうわけですよ。

 休日をソファの上でダラダラ過ごしたいと。

 さんざん頑張ってきたんだ。

 少しくらい足を止めたって許されるさ。

 

「でもやっぱり、たまには休日が欲しいなとは思うかな?」

 

「うんうん。なるほどなるほど」

 

 満足げに頷いた母はこう切り出した。

 

「今度の一週間、アローラに旅行に行きましょう!」

 

「一週間!?」

 

 何ということだ。

 一週間も休んでもいいのだろうか。

 

「え、ええと、もしかして嫌だった?」

 

「そんなことないよ! ありがとうお母さん! 大好き!」

 

 まさか一週間も休みがもらえるなんて考えてもいなかった。

 まさかまさかだ。

 

 ん?

 学校?

 トレーナーズスクールだよ?

 ゲームで散々知識を付けた私には必要ないね!

 

 そういうわけだから、思いっきり羽を伸ばすぞ!

 アローラ!



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二話 「化けの皮」

 アローラ!

 久々の休日!

 最高!

 

 私達はカンタイシティというところに来ていた。

 弟がサーフィンやると言って聞かず、母は弟に付き添い。

 娘二人で行動させるのも危ないということで、私たちも一緒に海に来ていた。

 暁の水平線に勝利を刻みなさい!

 

「まてー! くそ! このッ!!」

 

「ミッキュッ!」

 

「あっち行ったぞー!」

 

 え?

 ミミッキュ?

 カンタイシティに?

 どうして?

 

「お母さん、ちょっと様子見てくるね」

 

「危ない目に合わないようにするのよー」

 

「はーい」

 

 なんだかんだ妹と弟はマンタインに乗ってキャッキャしている。

 母は私と一緒にパラソルの下にいたが、私が出かけるというとすぐに許可を出す。

 それが七歳にする言動かと疑問には思うが都合がいいことに変わりはない。

 日頃の行いってやつだね。

 

「さっきの鳴き声といい姿といいミミッキュだったと思うんだよね」

 

「おや、お嬢ちゃん。ミミッキュがどうかしたかい?」

 

「あ、さっき追いかけまわしていませんでした?」

 

 話しかけてきたのは海の男、船乗り。

 アローラにはいないのかと思っていたがいるのか。

 いや、他の地方から船に乗ってやってきたという可能性もあるか。

 

「ああ、俺も昨日聞いたな。なんでもピカチュウによく似た偽物らしい。ゴーストタイプで子供たちが怖い目に遭ったと泣いて叫んでいるそうだ」

 

「へぇ、そんなことが」

 

 この世界で生きてきて、気づいたことがある。

 ゲームほどゴーストタイプが受け入れられていないのだ。

 モンスターボールやボックスなど、現代日本でもびっくりな化学力を持ちながらこの世界は迷信が強すぎる。

 いまでも悪いことが起こるとゴーストタイプや悪タイプのポケモンの仕業だと思っている人が多い。

 まぁ、なまじ存在が確立されているから矛先にしやすいのかもしれないけれど。

 

「ゴーストタイプのポケモン達は生きにくいでしょうね」

 

「なんだい嬢ちゃん。あのポケモンの事を気にかけるのか。やめとけやめとけ、ゴーストタイプなんかと関わるとろくなことがないぞ」

 

「……失礼します」

 

 まあ、そんなものだ。

 人間、自分の意思を持っているようでいて、意外と集団の意見だったという場合が多い。

 ミーティングで誰も発言しなければ意見が出しにくいでしょ?

 何を言っても許される雰囲気だと軽口を叩けるでしょ?

 思っている以上に、周りからの影響力を受ける弱い生き物なんだよ。

 

 船乗りも、実際自分が恐怖体験にあったことは無いだろう。

 もしかするとあるかもしれないが、ポケモンの仕業だったという事例はないだろう。

 意外とポケモンっていうのは悪さをしない。

 人間が恐ろしい生き物だと分かっているのだろう。

 なんていったってボールに収められると一生服従だもんね。そりゃそうよ。

 

 だから、ミミッキュもきっと悪くないんだよ。

 

(だけど、ごめんね)

 

 私には、君を助けてあげるすべがないから。

 ごめん。

 ごめんね。

 

 あのあとビーチに戻った。

 母と、疲れ切った弟と妹と一緒にホテルに帰った。

 影縫いでも喰らったかのように、足が重かった。

 

(後悔、しているんだ)

 

 だけど、ミミッキュを追いかけてどうすればよかったというのか。

 トレーナーでない私はモンスターボールも持っていない。

 ポケモンフードも持っていない。

 ミミッキュの手助けをする手段なんて私は持っていないんだ。

 

(それでもできたことがあるんじゃないか)

 

 そんな声が頭に響く。

 かぶりを振ってそんな考えを追い払う。

 そんなことをしていると、みんなとの間に距離ができてしまった。

 

「ルリ、どうしたの? 調子悪いの?」

 

「お母さん」

 

 本当に、それでいいのか。

 

 そんな声が頭に響く。

 

 うるさいうるさいうるさい。

 

 ああもう! やってやろうじゃないか!

 

「私、やり残したことある! ホテルで待ってて!」

 

「え、ル、ルリ!?」

 

 母が私を呼び止める声を置き去りにして走り去る。

 伊達にダンスやら殺陣やらしていない。

 子供らしからぬ速さで駆け抜ける。

 

 私が向かったのは乗船所。

 ゲームだとプレミアボールをくれるNPCがいた。

 だから、もしかするとくれるかもしれない。

 私の願い通り、プレミアボールをくれた。

 これでミミッキュを捕まえることができる。

 

 その後は、昼間ミミッキュを見かけたビーチの方に走り出す。

 ミミッキュの事はよくわかる。

 何故なら私も前世はぼっちだったからだ。

 

 長い間ぼっちでいると、特殊なスキルを覚えるようになる。

 それはコミュ障やあがり症などのバッドステータスが多いが、時おり優秀なスキルも手に入る。

 例えば、気配を弱める能力、そして人気が少ないところを選ぶスキルだ。

 人と関わらずに済む場所を経験的に把握する能力が開花してしまうということだ。

 

 ミミッキュはおそらく、誰一人味方がいない状況だろう。

 そうなれば、人が立ち寄らないような場所に移動することが考えられる。

 人が立ち寄らない場所なんだから普通は気付かない。

 だけど、ぼっちにとっては、一番わかりやすい場所だ。

 

「そう、例えばビーチの裏側とかね」

 

「ミミッキュッ!?」

 

「ああ、慌てないで、落ち着いて聞いてほしいの。一緒にこの島を出ない?」

 

「ミ、ミミッキュ?」

 

 ポケモントレーナーでない。

 ポケモンブリーダーでもない。

 だけどそれは現時点でのことで、一生成れないわけじゃない。

 

「もし、ミミッキュが良ければ……」

 

「いたぞ! こっちだ!」

 

 背後から大声が響いた。

 心臓が跳ね上がる。

 背中から汗がドバドバと流れだす。

 錆びついたブリキのように、カクカクとした動きで後ろを振り返る。

 

「まぁ、女の子を連れ去っているわ!」

 

「やっぱりゴーストタイプのポケモンは悪いやつだったんだ!」

 

「な、ミミッキュは悪く……」

 

「お嬢ちゃん! 早くこっちに来るんだ!」

 

 大人が駆け寄ってくる。

 何故か自分が悪いことをしたようで、体が動かなかった。

 

「もう大丈夫だ。後ろのおじさんたちの後ろに隠れていなさい」

 

「いや、いやだ、ミミッキュ!」

 

「どうやら錯乱しているみてぇだな。やっぱりゴーストタイプなんて町に入れるべきじゃなかったんだ」

 

 大の大人に連れられて、ミミッキュが遠ざかっていく。

 布に描かれた表情に、変化なんて訪れない。

 だけど、悲しんでいるのが、泣いているのが分かった。

 仮面をつけて、自分を押し殺しているポケモンを、私は見捨てる事しかできないのか。

 

「……ばけのかわ」

 

 思い返すのはゲーム内におけるミミッキュの特性。

 どんな攻撃であろうと、一度だけ無傷にできる壊れ特性。

 だけど本来の意味は違う。

 

 私は何だ。

 アイドルか?

 違うだろう。

 今この場で私は――。

 

 ――役者になる。

 

「痛い! 腕が痛いよ!」

 

「あ、お嬢ちゃんすまねぇ」

 

 

 おじさんが慌てて腕を離す。

 私はよろめいたふりをして、反対の手で砂を掴むと巻き上げた。

 

「なっ!」

 

 人力の『すなかけ』だ。

 あれだけの量を不意打ちで喰らえばしばらく目が使い物にならないだろう。

 今のうちに急いでミミッキュに駆け寄った。

 

「ミミッキュ! 逃げるよ!」

 

「ミミッキュッ!」

 

「しまった! きっと操られているんだ!」

 

「くそ、なんて卑劣な奴なんだ」

 

 何とでも言うがいい。

 いくら足が速いといっても子供の足だ。

 普通に走って入ればすぐに追いつかれる。

 

「ああああ!」

 

 掛け声とともに海に向かって走り出す。

 

「お願い! マンタイン!」




ミミッキュって使うの難しくないですかね。
対戦相手はミミッキュと戦いなれてるから処理ルート決まっているけど、こっちはどう対策してるのか分からないわけじゃないですか。
私は使うの苦手ですね。


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三話 「一緒に帰ろ」

「お願い! マンタイン!」

 

 私がそう声を上げただけでマンタインが水面に顔を出す。

 飼育員たちの声色、声量、声調は昼間覚えた。

 あとは演じるだけ。

 

 つまりマンタインは、私と飼育員を勘違いしてやってきたのだ。

 

「行くよ!」

 

 そういってマンタインを走らせる。

 

「な、ライドポケモンを使いこなすだと?」

 

「いったいどうなってるんだ」

 

 とはいえ、流石にゲームみたいに隣の島まで移動したりはしない。

 ポケモン泥棒は気が引ける。

 まだ国際警察に手配されたくはない。

 浜辺沿いを高速で走らせる。

 

 浜辺の端までたどり着いたらマンタインにお礼を言って陸に上がる。

 体格が小さいから浅瀬でも膝上まで海水に飲まれた。

 そんなことを無視して走り出す。

 

 草の茂った岩垣を。

 木々の隙間を縫って走り抜ける。

 

「もっと早く、もっと前へ」

 

 肺が悲鳴を上げる。

 呼吸が荒ぐ。

 足が悲鳴を上げる。

 

「それでも、止まるわけには、いかない」

 

「ミミッキュッ……」

 

「あはは、大、丈夫。だから。安心、して」

 

 腕の中に抱きかかえたミミッキュに微笑みかける。

 意識が足先から腕の中に向けられる。

 私はよろめいて、岬から海に放り出された。

 

(あ、ダメだ)

 

 せめてミミッキュだけでも。

 そう思い、ぶん投げる。

 ここまで僅かコンマ数秒。

 崖の上に向かってボロ布が飛んでいく。

 

(ごめんね。やっぱり私じゃ、君の助けに成れなかったよ)

 

「ミミッキュッ!!」

 

 ミミッキュの内側から、黒い影が二本、こちらに向かって伸びる。

 その腕は私をしっかりつかんで受け止め、崖の上へと引き上げた。

 

「あ、ありがとう。ミミッキュ」

 

「ミミッキュッ」

 

 どこまで走ったのか。

 大人たちが追い付く様子はない。

 

「ねぇ、ミミッキュ?」

 

「キュ?」

 

「あなたはこの場所が好き?」

 

「……」

 

 意地悪い質問だと思う。

 七歳の、邪気の無い言葉ではなく、二度目の人生を歩む、意地悪な問いかけ。

 人目に隠れて、いつも怯えて過ごすこの場所が、心地よいはずがない。

 それでもミミッキュが、答えずに沈黙しているのはこう思っているからだ。

 

「どこに行っても同じ。そう考えてる?」

 

 ハッとしたようにこちらに向くミミッキュ。

 

「私と一緒にいて、楽しくなかった?」

 

「ミミッキュッ!」

 

 そんなことは無いという様にぶんぶんと首を振るミミッキュ。

 

「なら、私と一緒に来ない?」

 

 ミミッキュが固まった。

 自分を必要としてくれる存在なんていなかったんだろう。

 布越しに、目を丸くしているのが分かる。

 

「私はあなたと一緒にいたい。あなたは、私と一緒にいたくない?」

 

「ミ、ミ、ミミッキュッ……!」

 

 少しだけためらったようだが、私がやさしく微笑みかけると飛びついてきた。

 可愛いなぁ。

 プレミアボールを突き出す。

 ミミッキュはもう一度黒い影を伸ばすと、ボールの中心、開閉スイッチに触れた。

 

「よろしく、ミミッキュ」

 

 初めてのポケモン。

 きっと今よりずっと、仲良くなれるよね。

 

(さて、最後の一仕事と行きますか)

 

 持っていた目薬を取り出して差す。

 即席の涙の完成だ。

 

「うわあああああん! ミミッキュ! ミミッキュゥ!」

 

「! こっちだ!」

 

 近くはないが、遠くもないところまで来ていたようだ。

 結構ギリギリだったのね。

 近くにいなかったら延々泣き続けるつもりだから丁度よかったが。

 

「嫌だよ! ミミッキュー!」

 

「いた! 女の子だ!」

 

「ミミッキュはどこだ!?」

 

「わた、私を、私をかばって! 代わりに海に!」

 

 男たちが何だって! といって身を乗り出す。

 結構高さのある岬だ。

 この高さから落ちればただでは済まない。

 

「ミミッキュは優しいポケモンだったの! 悪いことなんてしてなかったモン! なのに、なのにィ……!」

 

 涙を拭って大人たちを睨みつける。

 悪いことをしたという自覚が現れたのだろう。

 ミミッキュを追い回していた時の威勢はどこへやら。

 誰も彼もバツが悪そうに顔を背ける。

 

「悪かった」

 

 一人の男が謝ってきた。

 私を掴んで、ミミッキュと引き離そうとしていた男性だ。

 

「俺たちが悪かった」

 

「でも、でもミミッキュは……!」

 

「……もう二度とこんなことが起きないようにする。本当にすまなかった」

 

「う、あ、わ、うわあぁあああぁん!」

 

 私は男性の中に顔を埋め込むと大声で泣いた。

 泣いたというより、鳴いたというほうが正しいか。

 天才子役と謳われた私だ。

 人を欺くなんてお茶の子さいさいよ。

 

 その後は、特に何が起こるでもなく、島々を移動しながら休暇を楽しんだ。

 

 メレメレ島では、メレメレの花園やショッピングエリアを回った。

 オドリドリもそうだが、一面に広がる山吹色の花畑はとても美しかった。

 

 アーカラ島では、せせらぎのおかとシェードジャングル、ヴェラ火山を回った。

 どこもかしこも自然の力がいっぱいでリフレッシュできた。

 ただヴェラ火山はもういいかなって思った。

 

 ウラウラ島ではマリエシティとカプの村に寄った。

 カプの村からメガ安跡地まで行こうと思ったけれど道中のトレーナーが邪魔で断念した。

 ごめんね、ミミッキュ。 

 

 ポ二島だけは訪れなかったので、いずれは行ってみたいと思う。

 ミミッキュは人目が付かないところでボールから出してあげてポケモンフードをあげたりした。

 今はイッシュに帰ってきていつも通り練習しているわけだが、一つ新たな選択肢を思いついた。

 

(もし、ライブキャスターを落としたときに、回収するのではなく買い替えれば?)

 

 もちろん、ライブキャスターは安くない。

 その為普通は買い替えたりしない。

 だけど、あるじゃないか。この世界には。

 元手無しで稼げる方法が。

 

「トレーナーバトル」

 

「ルリちゃん、トレーナーになるの?」

 

「……うん。決めた。私、ポケモントレーナーになる」

 

 今まで生きて行くのに精いっぱいで、全然考えつかなかった。

 折角ポケモンの世界に転生したんだ。

 知識を総動員すればチャンピオンだって夢じゃない。

 ならば手を伸ばしてもいいじゃないか。

 

 もしかすると、バトルしているだけで食べて行けるようになるかもしれない。

 そうすれば今のアイドル路線から離れられる。

 

 これからは少しずつ休みを取ってポケモンの育成に力を入れよう。

 そう決めた。




ルリは転生前はレート潜ってるレベル想定。
ただそこまでガチでやってなくて、ふとした時に一日がっつり潜るくらいを想定してます。


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四話 「ゆめのけむり」

 あれからパーティについて考えた。

 ミミッキュは問題ない。

 枠さえ空いていればパーティに入れといていい。

 レートではうまく使えなかったがこの世界では、『ばけのかわ』が周知されていないこの世界なら十分活躍できると思う。

 問題は、如何にパーティを組むかだ。

 

 例えば有名な構築にラティハッサムと呼ばれるものがある。

 ざっくり説明すると、ハッサムが苦手な炎タイプにラティオスを繰り出して高火力で負荷を掛け、ラティオスで突破できない耐久ポケモンをハッサムの剣の舞の起点にするものだ。

 確かにこの構築は強い。

 メガリング所有者なんて限られている。

 最強候補の一角といってもいいだろう。

 

 だが、ラティオスを捕まえられるトレーナーがどれだけいるのか。

 という問題点に陥る。

 伝説のポケモンだ。

 主人公レベルになってようやく捕まえられるポケモン。

 こういうパーティを組むのは良くないだろう。

 

 他に、バシャラグと呼ばれる構築がある。

 ラグラージでステルスロックやあくびをして相手をじわじわ削り、バシャーモで全抜きする構築だ。

 これもまた、アチャモやミズゴロウを連れているトレーナーがどれだけいるかという話である。

 ようするに、伝説ポケモン以外でも、簡単に手に入るポケモンとそうでないポケモンに分かれるということだ。

 

 そしてもう一つ、カバルドンやカビゴンを使った場合だ。

 この二匹を並べて察した人もいるかもしれない。

 そう、食費だ。

 

 お金を稼ぐためにバトルをする予定が、バトルをするためにバトルすることになってしまう。

 そんな戦闘狂染みた人間になるつもりはない。

 ヤンデレルート回避して戦闘狂ルートってなんだよって話だよね。

 

 そういえば本編ではノーマルタイプが好きと言っていたが私は言う程好きというわけではない。

 タイプ統一するならノーマルを選んでもいいかなっていうくらいだね。

 だから普通にバランスのいいパーティを組もうと思っている。

 

 とりあえずガルガブアローを使いたいなと思う。

 アゴギャラもチルナットも好きだったけどアゴギャラはアーゴヨンが捕まえれないし、チルタリスナイトを手に入れるならガルーラナイトが欲しいよね。

 あの頃のガルガブアローは強かったなぁ。

 

 ちなみに最初に思いついた並びはヤドクマッキュだった。

 けれどフラットルールが存在しないこの世界でトリックルームが機能するのか、火炎玉の入手経路などから判断してやめた。

 このロジックは五秒で解けますな。

 あり得ない。

 

 あとは夢特性をどうするかなんだよな。

 フカマルは夢島で捕まえれるけどヤヤコマは……待てよ?

 もしかして夢島で出るんじゃない?

 ゲームだとデータが存在しなかったから出てこなかったが、現実なら出てくる可能性は十分ある。

 

 いや、待てよ。

 夢島が出るのはもう少し後だったかな。

 BW原作が始まるのはカントーの一年後のはずだから……あと一年も待つの?

 どうしようか……。

 とりあえず行ってみようか。

 

 というわけでやってきましたサンヨウシティ。

 マコモさんこんにちはー!

 ゲームシンクさせてくださーい。

 え、何で知っているかって?

 あははー。なんでだろうね。私も分からないや。

 

「ごめんなさいね。何度か実験に成功してはいるのだけど、基本的に失敗ばかりなのよ。どうやら夢は夢でも正夢が関係しているみたいなのだけれど……」

 

 それをどう解決するかが今後の課題なのよねというマコモさん。

 これは使うしかないよね。原作知識を。

 

「ゆめのけむりって知っていますか?」

 

「ゆめのけむり?」

 

「はい。ムンナやムシャーナが吐き出すけむりなのですが……」

 

 夢の塊であること、夢を実体化させることを伝える。

 そしてそれでポケモンを眠らせてみたらどうかと。

 

「それだわ! ありがとう! さっそく貰ってくるわ!」

 

「あ、私が行ってきますよ」

 

「あら? 本当に? ありがとう」

 

 一回断るとかしないんですね。

 悪いですよー、みたいなの。

 まあサクサクでいいんですけどね。

 

「あ、やっぱり一緒に行きましょう。ここでじっと待っていられる気がしないわ」

 

「そうですか、なら一緒に行きましょう」

 

 二人で夢の跡地に向けて歩みだす。

 しかし都合いいところに都合いい建物があるよね。

 物語の進行上必要だから当然だけど。

 ん? もしかしてまずいの?

 

 本来プラズマ団を阻止するはずの主人公たちが会わなくなっちゃったら……。

 あわわ、どうしようか。

 あ、違うのか。

 あの時は結局ムシャーナが助けてくれたんだったかな。

 なら大丈夫でしょ。

 

 なんか普通に居たので普通に貰ってきました。

 ゆめのけむり、ゲットだぜ!

 

「マコモさん! 実験しましょう! 実験!」

 

「そうね! これで先に進めるわ! 君には感謝よ」

 

 急いで帰って実験した。

 結果は成功。

 無事私のレポートがミミッキュの夢から送信された。

 レポート……単位……留年……ウッ、頭が……。

 

「あれ? 夢の中で出会ったポケモンとはどうやって出会うんでしたっけ?」

 

「え? 夢の中で出会ったポケモンと出会う?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 ありゃ、これやばいんじゃない?

 

「たしか、ルリちゃんっていったわよね」

 

「いえ、ルッコラです」

 

「いいえ、ルリちゃんと聞いたわ。あなた、この研究の先を知っているの? どこで知ったの?」

 

「えと、あの、その……」

 

 落ち着け私。

 私はできる子。

 やればできる子。

 弁が立つ自分を演じ切るのよ。

 

「実は、この前ムシャーナと出会ったんです。その時、夢でゲームシンクの事を見て」

 

「ハッ! まさか最初にゆめのけむりの話題を持ち出したのも……」

 

「はい。夢でその方法を知ったからです」

 

「そんな! いえ、まさか予知夢? ムシャーナの夢にはそんな効果もあったの?」

 

 いいえ、無いです。

 そんな大発見みたいな表情やめてください。

 なんでそんなに素直に受け入れちゃってるんですか。

 

「分かったわ。それで、その夢だとどこかで夢で現れたポケモンが現実に現れることになっていたのね?」

 

「はい」

 

「なにか、思い出せることは無い? こう、風景とか」

 

「確か……森の奥……だった気がします」

 

「森、夢、現実、繋がる、もしかして、ハイリンクの森? 行ってみましょう!」

 

 ハイリンクに向かった。

 ワープでだ。

 この世界の化学力は本当にばかげていると思う。

 マサキなんてタイムマシンを開発してるからね。

 

「この奥ね! 行くわよ!」

 

「はい!」

 

 奥にはポケモンがいた。

 私のミミッキュが見た夢と、マコモさんの実験途中で現れた子だろう。

 ミミッキュはフカマルと出会っていた。

 ゲームだと少しめんどくさかったような気もしなくないけど、まぁ手に入るなら素直に手に入れよう。

 

 あ、ボール……はドリームボールがあるんだったね。

 よし! おいで! フカマル!

 

 ミッションコンプリート!

 逆鱗を覚えていたら完璧なんだよね。

 また今度確認しておこう。

 

 マコモさんの方は……ヤヤコマじゃん!

 羨ましい……。

 く、早くドリボで捕まえてくれ!

 私の理性が保っているうちに……!

 

 え?

 ヤヤコマを捕まえる気がない?

 このまま逃がすつもり?

 

「ください」

 

「え、ええ。いいわよ」

 

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

 フカマルとヤヤコマが仲間になりました。




想像以上に読んでくれている方がいらっしゃるみたいで本当にうれしいです!


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五話 「竜鱗」

 ヒュンと風斬り音が一つ。

 足払いが土ぼこりを巻き上げる。

 時に緩やかに、時に俊敏に。

 私は華麗に舞い続けた。

 

 また次の日曜日、近くの道路の、林の奥の、開けた草原に私たちはいた。

 アイドルとして練習したダンスと、役者として身に付けた殺陣の技術を惜しみなく使った最高の演技。

 演者は私。

 観客はポケモン。

 

「っていう感じ。ほら、やってみて!」

 

 何をしているかって?

 つるぎのまいを教えているんだよ。

 教え技の人とかいるじゃん。

 私にもできないかなって思ったんだよ。

 

 みんなが成長したときの手持ち、ミミッキュ、ガブリアス、ファイアロー。

 全員有効なワザだからね。

 覚えられるなら覚えておいて損はない。

 

「あ、フカマルはこっちね」

 

 フカマルの段階では剣の舞を覚えられない。

 ガブリアスまで成長したらその時また教えようと思う。

 

 ミミッキュとヤヤコマに適当に躍らせながらフカマルと一緒に技の確認を行うことにする。

 図鑑所有者はポケモンが覚えている技が分かるとかめっちゃアドバンテージだなぁ。

 図鑑所有者以外が主人公に成れないのはワザに対する知識量かもしれない。

 ポケモンが新しい技を覚えても、指示することができないからね。

 宝の持ち腐れってやつだ。

 

 近くの木から伸びる枝に、ロープで的を吊るす。

 うん。

 なかなかいい感じだ。

 

「よし! フカマル! たいあたり!」

 

「フカッ!」

 

 的に向かって一直線に向かっていくフカマル。

 カァーン、と乾いた音が一つ。

 思い切り弾き飛ばしてなお有り余る勢いを、フカマルは地面で殺して止まる。

 的は振り子のようにプランプランしている。

 

「うんいいね! 天才!」

 

「フカッ!」

 

 子供は褒めて育てるに限る。

 結局子供が努力する理由なんて承認欲求が一番なのだ。

 そこをくすぐるのが一番有効に決まっているでしょう?

 

「じゃあ、次はすなかけ!」

 

 フカマルは体を一回転すると左足で砂を巻き上げて的にぶつける。

 宙を舞う砂は的の中央を正確にとらえる。

 

「いいねいいね! じゃあ次はりゅうのいかり! できるかな?」

 

「フッカァ!」

 

 フカマルは小さな体を、転げるのではないかと思う程反らすと、バネの力と一緒に一撃を繰り出した。

 中央ではなかったものの、しっかりと的を捕らえていた。

 

「さっすが! じゃあ次は難しいよ?」

 

 何でも来いと言わんばかりのフカマルに、ちょっと待っておいてもらってミミッキュを呼びに行く。

 大丈夫だと思うけど、念のためだ。

 私と、フカマルや的の間にミミッキュを配置して準備完了だ。

 

「行くよ! フカマル! げきりん!」

 

「ガァアァァァァ!」

 

 瞳が赤く光る。

 バキリと、鈍い音が響く。

 弾丸のように飛び出し、的を粉々に粉砕した。

 フカマルは雄たけびを上げるとそのままミミッキュにとびかかった。

 

「ッ! ミミッキュ! つぶらなひとみ!」

 

 ミミッキュがフカマルを見つめると、フカマルの瞳から狂気が抜け行く。

 けれど勢いを殺しきれず、そのままミミッキュに飛び込むことになった。

 ノーマルタイプの技もドラゴンタイプの技もミミッキュには無効なので安心して任せられる。

 

 ぽふりとやわらかくミミッキュに受け止められたフカマルは、恐る恐るといった様子でこちらを窺っていた。

 考えていることは分かる。

 上手くできなかったことに対して、私がどう対応するのか。

 その事に不安を抱いているのだろう。

 

 私はあらかじめこの状況を予想していたので、優しく微笑んだ。

 

「ごめんね、フカマル。私がまだ未熟なのにあなたに無理させちゃった」

 

「フカ……」

 

 フカマルを抱きしめる。

 夢特性のさめはだが肌に擦り傷を付ける。

 それでも私は、腕の中から離さなかった。

 

「ごめん、ごめんね……」

 

「フカ」

 

 フカマルの短い手が私の服を引っ張った。

 フカマルの背中をさすり、頭をなでて、向きなおす。

 くりくりとした、かわいらしい二つの瞳が私を覗いていた。

 

「わたしと一緒にいてくれるのね。ありがとう」

 

「フッカ!」

 

「きっと、あなた達にふさわしいトレーナーになるから」

 

 もう無理な指示は出さない。

 

 あのあと、フカマルには休んでもらっておいて、ヤヤコマとミミッキュにつるぎのまいを教えた。

 いつかはあなたにも覚えてもらうからと言って、フカマルには見ておくように指示を出しておく。

 結果から言うと、二匹ともしっかりものにしていた。

 私の教え方が上手かったんだね!

 

 けれども、一つ問題があった。

 それは、攻撃力が倍になったかと言われるとうーん? となることだ。

 ゲームだと能力が一段階上昇する度に、実数値に50%の補正が掛かって言っていた。

 だからつるぎのまいを一回使うと攻撃が二倍、二回使うと三倍、三回で四倍といった風にステータスに補正がかかるはずなのだ。

 ちなみに下がるときはその逆数だね。

 

「もしかして、技の効果もゲームとは少し違う?」

 

 先ほどのフカマルの練習風景を思い返す。

 たとえば、りゅうのいかり。

 明らかに溜めの時間があった。

 

 ゲームであればターン性で、素早さに応じて行動が行われていた。

 けれど、この世界では?

 りゅうのいかりの溜め時間にスピードスターやソニックブームなどを受ければ?

 素早さの遅い敵の方が先に動くという可能性も十分にある。

 それどころかきあいパンチのように技がキャンセルされるかもしれない。

 

 また、げきりんの事を思い返す。

 ゲームだと敵を倒したら戦闘終了。

 あばれる状態が解除されることになっている。

 先ほどの例なら、的を壊した時点で理性を取り戻していておかしくないのだ。

 

 けれど、実際には次の標的を探し、見つけ、襲い掛かった。

 明らかにゲームとは違う動き。

 

「もっと言えば、ミミッキュのつぶらなひとみ」

 

「ミミ?」

 

 ミミッキュが呼んだ? といった風に首をかしげるが、何でもないよと微笑み返す。

 

 先ほど、ミミッキュのつぶらなひとみを受けたフカマルは、明らかに理性を取り戻していた。

 つまり、あばれる状態が解除されたということだ。

 ゲームでいえばげきりんを使っている相手につぶらなひとみを使ったら攻撃をキャンセル出来たという状況だ。

 

「この世界はゲームほどやさしくできていないってことね」

 

 つまり、原作知識に縛られない柔軟な立ち回り。

 それが要求されるということだ。

 波乗りを冷凍ビームで凍らせるとか、宿木の種を火炎車で焼き切るとか、そういったことができるんだろう。

 

(今、私どんな表情してた?)

 

 役者という仕事は、自分がどう映っているかを常に意識するものだ。

 カメラの位置を把握し、より輝ける立ち位置、角度で演技する。

 そういう仕事上、自分の表情、仕草はいつも意識していた。

 

 けれど、今の自分の表情が分からなかった。

 どうして私は、こんなにも楽しそうに笑っているのだろう。

 

(ああ、そうだ。なるほどね)

 

 それを自覚する。

 引きつったような笑顔は、口角を上げた獰猛な笑みに変わった。

 ポケモン達には見られないように、右手で覆い隠しながらだ。

 

(この世界には、私が知らない世界が広がっている。私はその世界を探求したいと望んでいる)

 

 いままで、ポケモンの世界とか楽勝だろ、そう、少なからず思っている私がいた。

 けれど、私はスタートラインに少し早めについたに過ぎなかったのだと、気づいた。

 まだまだ先がある。

 その事がたまらなくうれしい。

 沸き上がる高揚感に蓋をして、歪な笑みを消す。

 

「よーし、みんな! 次は実践だよ!」

 

 三者三様、けれどもやる気に満ちた声を上げた。

 おそらく、ゲームでいえば全員レベル10程度。

 経験値が圧倒的に足りていないのだ。

 模擬戦をしてレベリングを行うことにする。

 

「わー! すげー! ポケモンだ! お前ポケモントレーナーなのか!?」

 

 私と同じくらいの子供の、邪気の無い声が響き渡った。



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六話 「恋する乙女かッ! 私はッ!」

 私は気を抜いていたのだと思う。

 この広くも小さい世界で。

 十歳までは会うことがないなど、どうして思えたのか。

 後悔は尽きない。

 目の前が暗くなる。

 

「すげー! 見たことないポケモンばっかりだ!」

 

「え、うん。そうだね。イッシュ地方にはいないポケモンばかりかな」

 

「スッゲー!」

 

 パーソナルスペースなど知ったこともないと言ったように押し寄ってくる少年。

 一歩後ずさると一歩詰め寄ってくる。

 同じくらいの背丈の子供の威圧感にやられているというのか!?

 

「なぁなぁ! 触ってみていいか?」

 

「あ、うん。ちゃんと許可を取ったらね」

 

 分かった! と元気よく返事するとミミッキュの方に駆け寄っていく少年。

 けれどミミッキュは少年を忌避する。

 いいぞミミッキュ。もっとやれ。

 

「だー! どうして逃げるんだよ!」

 

「この子昔、大人たちに追いかけまわされて怖い目に遭ったの。それから他の人も怖がっちゃてるの」

 

「そんなことが……」

 

 ポケモンも人も、距離感を掴むのは大事なことなんだよ。

 と、すこし大人びた意見を押し付けて距離を取る。

 私が彼を避ける理由?

 分かるでしょ?

 

「なるほど。あ、なあ! お前、名前は?」

 

「そういうのは、自己紹介してから聞くものなのよ」

 

「そうなのか! 俺の名前は……」

 

 振り返り、今一度彼の容姿を見直す。

 青いランニングウェアにゆったりとした白のハーフパンツ。

 ぼさぼさとした髪にサンバイザーを付けた彼は。

 

「俺の名前はキョウヘイ! ヒオウギシティから来た!」

 

 そう。

 未来の初恋の相手だった。

 

 もーやだー!

 こいつと会いたくないからトレーナーになってライブキャスターを買い替えるくらいの財力を築こうと思ったのに!

 なんで出会っちゃうのさ!

 

 というのはおくびにも出さずに振る舞う。

 子役として私を育ててくれたすべての先生方に感謝だ。

 

「えっと、私はルリ。キョウヘイ君、お父さんかお母さんはどこにいるのかな?」

 

「…………アレッ!? ここどこ!?」

 

 血管が切れる音を聞いた気がする。

 ぷっつーんって。ぷってーんって。

 キョウヘイは涙目になっている。

 今にも泣きだしそうなのに、歯を食いしばって、必死に涙を押しとどめる。

 

(かわいい)

 

 ってちっがーう!

 落ち着け私!

 私はヤンデレにはならない。

 そう決めたはずだろう。

 こんなのでコロっと行ってしまってどうする。

 

「ルリちゃん……お母さんはどこぉ……」

 

「ッ!」

 

(あああああ! 一生の不覚! なんで名前呼ばれただけでときめいちゃってるのよ! どんだけちょろいのよ私!)

 

 訓練用に使っていた木に向かってヘッドバットをかます。

 降ってきたバチュルが大急ぎで去って行った。

 頭突きは金銀仕様なのか。

 ふぅ。だいぶ冷静な思考を取り戻してきた。

 

「お母さん捜すの手伝って……」

 

 木を両手で捕まえる私の裾を掴んで、彼が言う。

 

「もう、しょうがないなー」

 

 私はもうだめかもしれない。

 

「本当にありがとうございました!」

 

「ルリちゃんありがとー!」

 

「いえいえ、困ったときはお互い様です」

 

 結局あの後、キョウヘイ君と手を繋いでキョウヘイ君のお母さんを探すことになった。

 観覧車から探そうとか言いだしたけどそれは最期の理性でやめさせた。

 豆粒くらいにしか見えないからわからないよって。

 そのかわり、遊園地の迷子センターに連れて行って放送してもらった。

 

 その後すぐ母親はやってきて今に至る。

 変に意識してしまうせいで動悸が激しくなるという悪循環だった。

 長く苦しい戦いだった。

 

「そうだ! 連絡先交換しようぜ!」

 

「わ、わたしライブキャスター持ってないから……」

 

「あれ? 手首に付けてるのは?」

 

「こ、これは壊れてて……」

 

 まずいまずいまずいまずい。

 失敗した失敗した失敗した失敗した。

 さっさと帰ってしまうんだった。

 とにかく連絡先を知られるのはまずい。

 そんなことしたらヤンデレルート一直線だ。

 

「プルルルル プルルルル」

 

 絶望を告げる鐘が鳴る。

 だれだよ! このタイミングで連絡入れてくるとか!!

 

「なんだ、壊れてないじゃん! じゃあ……」

 

「うおらぁ!」

 

 ライブキャスターを付けた左手首に向かって右拳を振り抜く。

 マッハパンチもかくやという威力。

 ライブキャスターの通知音は止み、液晶にひびが入った。

 

「ね? 壊れてるでしょ?」

 

「え、いや、いま」

 

「壊れてるよね?」

 

「はい」

 

 乗り切った!

 私は乗り切ったぞ!

 想定外の事はたくさんあったが、私は自分の未来を切り開いたんだ!

 

「あらあら。じゃあこの子を見つけてくれたお礼に新しいのを買わせて頂戴」

 

「え、いや、その」

 

「うふふ、遠慮しなくていいのよ」

 

 なんなんだこの親子は!

 そんなに私をダークサイドに落としたいのか!

 

「いえ! そんなもの買っていただくようなことはしておりませんので! 私はこれで!」

 

 迷子センターから駆け出し、林に向かう。

 後ろからキョウヘイ親子がかけてくるが森は私のフィールドだ。

 殺陣の練習といってフリーランニングをしてきたのだ。

 もはや庭のようなものだ。

 

 木の根っこが飛び出し、整地されていない地面を最速で走り抜ける。

 キョウヘイ君は子供だし、母親は足を取られていて全然速度が出ていない。

 適当なところで九十度旋回し、どうにか撒くことに成功した。

 

「ああ、疲れたよ」

 

 まさかイベントが前倒しされてキョウヘイ君とは会うとは。

 しかしこれはバタフライエフェクトが起こったということ。

 未来は変えることができるという証拠だ。

 ならばあとはキョウヘイ君と会わないように意識するだけだ。

 

 そこまで考えて、気づいた。

 

「何がキョウヘイ『君』だよ! 恋する乙女かッ! 私はッ!」

 

 もう一度木に向かって頭突きをかました。

 今度はヤナップが落ちてきた。

 そのサル面にしてアホ面が異様に腹立たしかった。

 

「ヤヤコマ、つつく」

 

「ヤコマ!」

 

 ヤヤコマはヤナップの頭のブロッコリーみたいなところに突っ込んだ。

 それつつくやない。ついばむや。

 ヤナップはたまらないとばかりに逃げ回っている。

 まあいい。

 こっそりミミッキュをボールから出すとつるぎのまいを指示する。

 

「ヤナプー!」

 

「ヤヤコマ! でんこうせっかで回避!」

 

「ヤコッ!」

 

 反撃しようとしたヤナップに対してヤヤコマに回避するように言う。

 自由性の高い現実なんだ。

 攻撃技だからって補助技として使っていけないという縛りはないだろう?

 

 回避され、悔しそうにヤヤコマに向き直るヤナップ。

 けれど、もう終わりだ。

 

「ミミッキュ、かげうち」

 

「ミミッキュッ!」

 

「ヤナプー!」

 

 つるぎのまいを舞い続けたミミッキュのタイプ一致かげうち。

 無慈悲なる一撃がエテ公を打ち抜く。

 影は体力を削り切り、ヤナップは戦闘不能になった。

 

「ヤヤコマ、ミミッキュ、おつかれ! ナイスバトルだったよ!」

 

 そう言ってヤヤコマとミミッキュをボールに戻した。




ルリちゃんがちょろいのは本編と違って最初から意識してしまっているから。
本編だとライブキャスターを拾ってくれた人から話してて楽しい人になるまでに時間がありましたがその辺飛ばしている感じ。
ふと異性を意識してしまうと一挙手一投足が気になってしまうようなものですかね。


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七話 「夢の跡地」

nekuronさん誤字報告ありがとうございました!


「みんなー! 今日は集まってくれてありがとー!」

 

 私がそう言うと、会場の熱量が一段と増す。

 マイクを通した私の声が消し飛ぶほどの声量。

 主人公と邂逅してからおよそ一年。

 私はアイドルとして大成していた。

 

 次はジョウト地方で一世を風靡した『ラプラスに乗った少年』のカバーだ。

 

(おかしくない?)

 

 この熱量からあんなしんみりした曲とか。

 絶対曲順間違っていると思う。

 いや、違う。

 そうじゃない。

 おかしいのはこの会場の規模だ。

 

(ヤマブキドームより規模が大きい……?)

 

 BW2時点でルッコやテンマは売り出し中だったはずだ。

 ロケット団が壊滅した時期から考えて、まだ二年間は売れないと思っていたのに。

 

(どうしてこうなった)

 

 そんな考えを思考の隅に追いやり、最高のパフォーマンスを見せつけた。

 

「夢?」

 

 ライブも終わって自宅に帰る途中、マネージャーがそんなことを言い出した。

 

「はい。なぜかポケモンを手放さなければいけない。そんな夢を見るのです」

 

「ふーん」

 

「つまらない話でしたね。申し訳ございません」

 

「いいよ、私が何か話してって言ったわけだし」

 

 と、言いながら私は少し焦っていた。

 

「ところでさ、他にもそういう夢を見た人っているの?」

 

「えぇ、どうにも増えているらしいです。集団的な新しい病気ですかね」

 

「怖いこと言うのは止めてよねー」

 

 うん。

 間違いないね。

 トウヤ君かトウコちゃんか知らないけれど、しくじったな。

 いや、悪いのは私なんだけどさ。

 

 少し前、ゆめのけむりを手に入れに行った時の事を覚えているだろうか。

 本来ならあれは、BW主人公が取りに行くはずのものだった。

 たしかジムから出てくる主人公がマコモに見つかってお使いさせられるとかそんな感じ。

 その際、ゆめのけむりを悪用しようとするプラズマ団と接触。

 戦闘の末に撃退するという展開だった。

 

 正史においては。

 

 けれどこの世界では既にゲームシンクが完成しており、マコモはゆめのけむりを必要としていなかった。

 その結果、主人公は夢の跡地を訪れず、プラズマ団と接敵せず、ムシャーナも追い返すのに失敗したということだろう。

 

「はあ」

 

「どうされました?」

 

「世の中上手くいかないなぁって」

 

「その年でこれだけ人々から必要とされている天才少女の発言とは思えないですね」

 

 天才少女にだって悩みの一つや二つくらいあるのさ。

 

 そんなこんなで自宅まで送り返してもらった。

 いつものように抱き着いてくる弟と妹にただいまして、夕飯を頂いて眠る。

 そして夜中に抜け出す。

 

 クローゼットから全身を覆う程のローブを取り出すと上からはおる。

 前にスラム街の子役を行ったときの衣装だ。

 頂戴といえばくれた。

 子供って得だわ。

 とと、思い出に耽っている場合じゃないんだった。

 

「出てきて、ファイアロー」

 

「ぴょええええええ」

 

 窓からファイアローを繰り出す。

 次いで私が窓から身を乗り出し、そのかぎ爪を掴む。

 

「夢の跡地までお願い」

 

 ファイアローは分かったと大きく翼をはためかせると夢の跡地まで飛び立った。

 風景が後方へ流れていく。

 この光景が私は大好きだった。

 

 しばらくすると、夢の跡地についた。

 確信はない。

 けれど、悪さをたくらむならここなんじゃないかと思っていた。

 

 夢の跡地には殿堂入り後のみ入ることができる場所がある。

 そこに立てこもる。

 これ以上ないくらいの隠れ家になるだろう。

 

 怪力岩の向こう側に降り立つと裏側からお邪魔することにした。

 卑怯?

 何とでも言うがいい。

 そもそも空を飛ぶが秘伝マシンが無いと使えなかったり降り立つ地点が決まっているのがおかしいんだよ。

 

「ファイアロー、おにび」

 

「ぴょえええええええ」

 

 この鬼火は光源として使う。

 万が一見つかったとしてもこれならお化けの仕業になる。

 すまんゴーストタイプ達よ。

 

 地下への階段の前で耳を澄ます。

 わずかに人の声が聞こえる。

 話している内容は分からない。

 けれど、聞こえてくるのはゲスのような淀んだ声で、私はここがアジトだと確信する。

 

「でてきてガバイト、ミミッキュ」

 

 アイコンタクトでガバイトに合図を出す。

 やれ、と。

 ガバイトは頷くとその技を繰り出した。

 15番道路で回収してきた、威力100、命中100の地面技。

 『じしん』だ。

 

 どたばたと、研究員が階段を駆け上がってくるのが分かる。

 そんな優しく済むわけがないだろう?

 

「ミミッキュ、かげうち」

 

 地震によって照明は落ちた。

 階段に伸びる影を伝って、ミミッキュの攻撃が研究員たちの意識を刈り取っていく。

 研究員たちからしたら怪奇現象以外の何物でもないだろう。

 

 しばらくして、物音が聞こえなくなったので侵入を開始することにした。

 念のため、足音を立てずに階段を降りる。

 羽音が響きそうなファイアロー、足音を消せなさそうなガバイトはボールに戻し、ミミッキュだけを出した状態にしておく。

 足元に散らばる研究員たちを蔑視しながら下へ下へと進む。

 

「ッ!」

 

 あったのは吐き気を催すような光景。

 透明なカプセルに閉じ込められたムンナやムシャーナ。

 吐き出したゆめのけむりは機械上部の装置から回収されている。

 

 すぐにでも助けに行きたくなる気持ちを抑え、本当に人がいないかを確認する。

 床に耳を付けて足音を探る。

 

 ……多分大丈夫。

 行動は迅速にだ。

 カプセルに向かって駆け出す。

 

 非常電源が動いているのか、タッチパネルだけは稼働していた。

 それっぽいボタンを適当に押していく。

 

 プシュー、という音ともに、カプセルが開いた。

 ムンナやムシャーナはおびえたように逃げて行った。

 

 私が悪いわけじゃないんだけどな。

 まあそんなのは分からないよね。

 実際、野生のポケモンを助けるために悪人という人間を攻撃する狂人だ。

 私は私で危険性をはらんでいるので彼らの行動は正しい。

 

「さて、残っているサンプルと思しき試験管。これらは壊しておきましょう。ミミッキュ、きりさく」

 

「ミミッキュッ!」

 

 試験管が全て割れる。

 あとはこの装置を壊してひとまずは終わりかな。

 マネさんの様子を見る限り、それほど強い効果が出ていたわけではないみたいだし、もう一度同じことを繰り返そうとはしないだろう。

 

「ミミッキュ、ウッドハンマー」

 

 CPUやHDD、メモリなどがありそうな場所を重点的に破壊させる。

 さすがに復元できないだろうというレベルまでぶっ壊した後、私もその場を後にすることにした。

 

 後日の話。

 プラズマ団には、一つの噂が流れたらしい。

 

 曰く、この世界には悪魔、あるいは死神、それに類するものがいる。

 曰く、それは無機質な声をしており、泥のように濁ったひとみでこちらを見ていた。

 曰く、足音はなく、布のこすれる音だけが響いた。

 

 そんな恐ろしい存在が居ると、広まっていった。

 その噂が真実で、その正体が八歳の子供であることなど、誰も知らない。

 

 彼女は今日も化けの皮でルリを演じる。




ルリという少女の皮を被った転生者。
ミミッキュを出そうと思ったのはそういう経緯があるとか。


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八話 「シードラゴン」

どうもこんにちは。
ストックなんてないです。
ですが少しずつ更新するつもりなので緩く見守っていただければ嬉しく思います。
よろしくお願いします。


 レンガ造りの橋を行く。

 二百年も昔、イッシュができたころに作られた橋だ。

 人々とドテッコツ達が協力して築き上げた巨大な村。

 名をビレッジブリッジといった。

 

「こんな感じになっていたんだ……」

 

 橋の中央に立ち、そんな感想を抱く。

 町のあちこちから楽器の音色や歌が響き渡る。

 画面越しに見ていた世界に自分が立っていると思うと何とも不思議な気分になる。

 

「こんないいところだったんだ」

 

 瞼を閉じて耳をすませば暗闇に広がる世界。

 色とりどりに彩られた現実がどこまでも輝いている。

 そんな中に、胸を締め付けるような異音が混じっていた。

 

 衝動に駆られて走り出した。

 橋を越え、橋を潜り、上へ上へ。

 川の流れに逆らう様に、抗う様に駆け上がる。

 

 やがてそれは姿を現した。

 海のように蒼い体を岸に預けている。

 その体には切り傷が無数にあり、ワインのような赤色を零している。

 

「くぅ……ん」

 

「ラプラス!」

 

 川を唐紅に染め上げるような惨状に声を張り上げる。

 そんな私に気づいたラプラスはこちらをキッと睨みつけた。

 敵意、悪意、害意。

 そんな負の気持ちを警戒している、心を閉ざした瞳だ。

 

「落ち着いて、私は敵じゃないよ」

 

「くぅーん!」

 

 手を挙げ、害する意思がないことを示して一歩ずつ歩み寄った。

 そんな私をラプラスは拒絶した。

 冷凍ビームが足元に放たれ、氷柱が天に伸びる。

 

「お、いたいた。探したぜぇ?」

 

 川上から、足音が聞こえる。

 私からはラプラスが壁になって見えない。

 嫌な予感がした私はフードで顔を隠した。

 

「シードラゴンとも呼ばれる海の王者。我々の崇高さを思い知らせるのにお前ほど適した奴はいない。大人しく従うことだ」

 

「クゥーアァー!」

 

「キリキザン、ふいうち」

 

 攻撃しようとしたラプラスに、不意の一撃が決まる。

 首元から吹き出した赤が、私の頬に飛び散った。

 目玉が飛び出るのではないかと思う程目を見開いた。

 ガラスのような瞳には、倒れ行くラプラスが映っていた。

 

「おらよ! ダイブボール!」

 

「ファイアロー! ファストガード!」

 

 間一髪というのは、こういうことを言うのだろう。

 ラプラスに向かって放たれたボールは、ファイアローによって何とか防がれた。

 

「おいおい、人のポケモンを取ったら泥棒だって知らねえのかよ」

 

「このラプラスは野生のポケモンでしょ? 誰のものでもないわ」

 

「俺が先に目を付けてたんだよ、あとから来て掻っ攫って行こうとしてんじゃねえよ」

 

 ラプラスをかばうように前に躍り出る。

 視界が赤に染まる。

 紅の世界に相対する彼は、プラズマ団の団服を着ていた。

 

「……ポケモンの解放を謳っているあなたが、何故ポケモンを傷つけているのかしら?」

 

「より多くのポケモンを幸せにするために決まっているだろう?」

 

「……千匹のポケモンを助けるためなら、九百九十九匹のポケモンがどうなろうと知ったことではないと?」

 

「けっ、ガキはすっこんでろ」

 

 奥歯が奥歯を押し込む。

 フードから覗く瞳はきっと、赤く紅く燃え上がっているだろう。

 

「そんなの、私は絶対に認めない! ファイアロー、おにび!」

 

「チィッ、キリキザン! つるぎのまい!」

 

「ファイアロー! 続けてちょうはつ!」

 

 ファイアローの放った鬼火がキリキザンを火傷させる。

 火傷によるデメリットには攻撃力が下がるというものがある。

 それを打ち消すために剣の舞を選択したようだが、それは許さない。

 挑発をすることで剣の舞をキャンセルする。

 

「だぁ、めんどくせえなぁッ!」

 

 キリキザンにつじぎりを命令するプラズマ団。

 ちまちまと削っていくつもりかもしれない。

 それをかまいたちで迎え撃つ。

 不意に発生する斬撃で、互いにしのぎを削り合う。

 

「くぅーん」

 

「大丈夫だよ」

 

 背後から聞こえたラプラスの声に、振り返らずにそう返す。

 視界を外すことは許されない。

 一瞬のスキが、勝敗を決する。

 それほどまでに、互いの実力は拮抗していた。

 

「大丈夫。私があなたを守るから。安心していて」

 

 鬼火を受けていることを感じさせない。

 その強さはきっと、相手のキリキザンの方がレベルが高いことを意味している。

 はねやすめによる回復が間に合っていない。

 一度引いて立て直そう。

 

「ファイアロー、引いて!」

 

 私は、忘れていたのだ。

 ラティオスが環境から消え、それでもなお個体数を増やしたキリキザン。

 全抜きエースとしての役割を与えられた彼が、五世代においてどんなポケモンだったのかを。

 命を刈り取る技。

 

「今だキリキザン! おいうち!」

 

 本来、交換際に二倍のダメージを与えるわざ、おいうち。

 ゲームの世界ではそうだったが、こちらの世界では例によって仕様が変わっていた。

 撤退行動に出た際に、馬鹿げた火力を出す技。

 それがこの世界の追い打ちだった。

 

 後退しようとするファイアローの喉仏にキリキザンの爪が襲い掛かる。

 それは火傷を負ってなお、ファイアローに致命傷を負わせた。

 

「くぅ……ぅん!」

 

 突然の事だった。

 ラプラスが援護射撃をしてくれたのだ。

 ただし、波乗りである。

 全体攻撃である。

 

「ッ! ファイアロー! そらをとぶ!」

 

「キリキザン、ハサミギロチン」

 

 回避行動をとったファイアローに対し、キリキザンは正面から切り伏せた。

 波が真っ二つに裂ける。

 

「ファイアロー! 待機!」

 

 キリキザンがふいうちの構えをしていた。

 無策に飛び込めば、ファイアローは戦闘不能。

 ラプラスがいて、地震が使えないガバイトとフェアリータイプのミミッキュで戦わなければいけない。

 羽休めを挟もうにも宙空では使えない。

 

(どうするっ、どうすれば……)

 

 キリキザンの間合いの外からキリキザンを倒す。

 火傷による定数ダメージなんて微々たるものだ。

 普通に考えて火傷になったからって瀕死になったりしない。

 つまり、粘り勝つという手段は選べない。

 

 ふっと、脳に閃光が奔った。

 勝ちへとつながる方程式。

 

「ファイアロー!」

 

 私が伝達手段に選んだのはハンドシグナル。

 敵に作戦を悟られたくない場合を考慮して、手持ちのポケモンには叩き込んでいる。

 ファイアローは頷くと、じっとその機会を待った。

 

 膠着状態。

 緊張感が肌を突き刺す。

 いつか覚えた怒りさえ忘れて、ポケモンバトルにのめりこむ。

 

「今!」

 

「ぴょえええええええ」

 

 ファイアローが使った技。

 それは荒波を呼び出した。

 炎タイプのポケモンが水技を使う。

 プラズマ団としても意識の外側からの攻撃だったのだろう。

 ハサミギロチンではなく守るで対応する。

 

 守ったのは流石である。

 すべてのプラズマ団員がこれほどの手練れだというのなら、イッシュ地方は絶望だ。

 だけど、ことこの勝負に関しては私の勝ちだ。

 

「は? 第二波……だと?」

 

「それはラプラスの分だよ」

 

 波乗りの多段攻撃。

 そんな埒外の攻撃を遂に捌ききれず、キリキザンに大ダメージが入る。

 

「ファイアロー!」

 

「させるか! ふいうち!」

 

 さすがは高レベルというか、波乗りを耐えた上で反撃してきた。

 低速ポケモンとは思えぬほどの俊敏さを見せ、ファイアローの攻撃よりも先に打ち抜く――

 

 ――なんてことはさせない。

 

 ファイアローの攻撃が先に入ったことでキリキザンは不意打ちに失敗した。

 ファイアローの特性ははやてのつばさ。

 優先度なんて言う概念の無い世界だが、攻撃の速度にバフがかかる。

 

 キリキザンが最大限警戒し、万全の態勢で迎え撃とうとしていた少し前なら結果はどうなっていたか分からなかった。

 けれど、ラプラスの攻撃に体勢を崩された今なら別だ。

 

「ファイアロー! もう一度空へ!」

 

「キリキザン! 先にラプラスにとどめを刺すんだ」

 

 一巡前の攻防から反省し、ラプラスを先に片付けようとするプラズマ団。

 命中安定のおいうちをラプラスに放つ。

 既に息も切れ切れだったラプラスだ。

 威力の低い追い打ちでも倒せる。

 

「とでも、考えていたのかな?」

 

「なに!?」

 

「ラプラス!」

 

「くぅぅん!」

 

 ラプラスから吹雪が放たれた。

 川が凍り付き、空気中にダイヤモンドダストが巻き上がる。

 至近距離で放たれたそれを、キリキザンが避けるすべはない。

 

「そんな、さっきまで瀕死寸前だったのに……」

 

「ラプラスの特性は貯水でね、ファイアローの波乗りで回復したんだよ」

 

「! そうだ……貴様のその鳥! なぜ波乗りを使える!」

 

「波乗りなんて使えるわけないじゃん。ファイアローが使ったのは『さきどり』だよ」

 

 さきどり。

 相手が使おうとしている技を先に放つ技。

 それをラプラスに向けて放ち、ラプラスとキリキザンの両方に攻撃。

 ラプラスは特性により回復した。

 ということだ。

 

「さて、少しばかり痛い目に遭ってもらおうかな。おいで、ミミッキュ」

 

「ミミッキュッ!」

 

「ま、まて。待ってくれ!」

 

 そう後ずさるプラズマ団員に、一歩、また一歩と距離を詰めていく。

 

「悪かった! そいつはお前に譲る! だから見逃してくれ!」

 

「ミミッキュ……」

 

 ミミッキュと一度目を合わせる。

 私が話の通じる相手だと思ったのか、訳のわからないことをのたまうプラズマ団。

 何を言っているんだか。

 命乞い?

 受け入れるわけがないだろう。

 

「やれ」

 

「ミミッキュッ!」

 

 ミミッキュがプラズマ団を飲み込んだ。

 布越しに断末魔が起こる。

 ビレッジブリッジに楽器が一つ増えた瞬間である。

 

「あんたみたいなの、許すわけないじゃん」

 

 気を失ったプラズマ団員から賞金をむしり取った私はその場を後にした。

 

 ラプラスの鳴き声が、響き渡っていた。

 その日のビレッジブリッジの音は、いつもよりも悲しげだったという。




ラプラス?
食費がかかりそうだからパーティに入れられないよ。
なんでこんなに怒っていたかっていうと必要以上に傷ついていたから。
戦闘不能と瀕死と重傷は違って、ただラプラスを倒すのではなく無意味に傷つけるプラズマ団を許せなかった。
そんな感じです。


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九話 「迷狂止水」

金木犀さん誤字報告ありがとうございます!


「彼我戦力、考察、算出勝率……絶無。それなら……全力で命乞いを開始する」

 

 ――守り、見切り、身代わり堪える。

 圧倒的なレベル差を前に、ひたすら耐え凌ぐ。

 自分の意思を引き継ぐものが現れるまでの二百五十一秒。

 まだ、死ぬわけには……死ぬわけにはいかないの!

 

 何故あの時、一人で行動しようと思ったのか。

 二人でなら、勝てると思っていたのに。

 

 無暗な行いが、軽率な行動が、軽薄な振る舞いが、それがこの惨状だッ!

 

「死ねない……死ぬわけにはいかないのッ! 私のミスで……敗北なんてッ!」

 

 ――アンコール、いちゃもん、金縛り、挑発。

 圧倒的なレベル差を、小手先で誤魔化す。

 一秒が永遠に引き延ばされていく。

 実無限の時間の波をかき分け、虚数の彼方にある可能性を手繰り寄せる。

 

 何故あの時、彼を置いて来てしまったのか。

 ずっと一緒にいると、約束したのに。

 

「……このバトルは、私の負け」

 

 ついに身代わりを張るだけのHPがなくなった。

 守るも連続で使用。

 万策尽きた。

 

「でも、この戦いは、私の勝ち、……だよ」

 

 ピッタリ二百五十一秒。

 守り切った。凌ぎ切った。

 あとは、次に任せる。

 指輪を大事そうに抱きかかえ、彼女は眠りについた。

 長い長い、眠りだ。

 

「ルッコさん、クランクアップです!」

 

「この映画、どうなるんだ……」

 

「監督、お疲れ様です」

 

 問題です。

 私は今どこにいるでしょう。

 はい。ポケウッドです。

 

 アイドルに転向してから子役はあまりしていなかった。

 けれど監督さんがどうしても私を起用したいといい、久々の演技となった。

 

 それもポケモンを使う重要な役をだ。

 どこからか私がポケモントレーナーのようなことをしていることが漏れたらしく、それを監督が嗅ぎ付けたらしい。

 まだ八歳、トレーナーごっこの段階の子供だ。

 的確な指示ができるなんて思っていなかっただろう。

 それでも私を起用してくれたのは私の演技力を買ってくれたからだ。

 

 事実、台本にはやられるように書いてあった。

 圧倒的な強さを前に、弱さで立ち向かうなんて子供に出来るわけない。

 ほら、小学生の頃技スぺ全部攻撃技で埋めてたでしょ?

 補助技のことゴミだと思ってたでしょ?

 どっかの宗派だと大きくなっても無償降臨を許すゴミ技らしいけど。

 

 まあ、監督は私が耐えきることを想定していなかったらしい。

 けれど私は受け取ったポケモンを見て気づいてしまった。

 みがまも、いちゃアンコ、明らかに持久戦ができる技構成だっていうことに。

 可能な限り引き延ばしてほしいということは伝わってきた。

 ならばと全力で耐え凌いでみたわけだ。

 

 本来ならばもう一人の主演がたった一人の最終決戦に挑む筋書きが、私のアドリブによりたくさんの仲間と強敵に挑むように書き換えられるらしい。

 カルトエンド確定じゃん。

 これでバッドエンドなら笑うね。

 

 演技に関しては不安な部分もあった。

 けれどその辺りは演出家の皆さんがカバーしてくれた。

 確かにブランクはあったが、演じる役が徐々に心を知っていくというキャラだったのでリハビリをしながら望むことができた。

 シーンは順々に取られたわけではないが、最終場面に一番盛り上がる演技を合わせられたと思う。

 

「ルッコちゃん、トレーナーとしても凄腕じゃないの。戻ってこない?」

 

「そうですねぇ……」

 

 戻ってこない? というのは、役者の世界にということだろう。

 もともとトレーナーとして才能がなかった場合の事を考えてアイドルに転向させられたのだ。

 才覚をあらわにした以上、役者として生きて行くことも可能だろう。

 だけど、両方の道を選ぶのは難しい。

 

 映画の撮影は長期間にわたる。

 アイドル業と両方やろうと思えば絶対的に時間が足りない。

 ちょい役ならまだしも主演に据えての撮影は多方面に迷惑が掛かる。

 今回もそうだった。

 

「私は、私はどうしたいんですかねぇ」

 

「……」

 

「なんです? 監督。そんな顔してもおやつはあげませんよ」

 

「そんな表情してなかったよね!?」

 

 ここ最近シリアスが続いていたからふざけたくなったんだ。

 許して。

 そんな私に監督さんは吐息を零し、こういった。

 

「いや、ルッコちゃんでも悩みがあるんだな……そう思ってね」

 

「……最近よく言われますけど、私だって一人の女の子ですからね。そりゃあ悩むこともありますよ」

 

「そうだね。うん。また気が向いたらいつでも帰って来てよ。いつでも、いつまでも待ってるからさ」

 

「……ありがとうございます」

 

 私はクランクアップしたが、撮影はまだ続く。

 昔は打ち上げまで居座り続けていたが、今はそうも言ってられない。

 またアイドルとしての日々が始まっていく。

 

「私は……何をしたいんだろう」

 

 空を仰いでそうこぼす。

 どこまでも広く遠く大きい青に、雲がかかる。

 太陽を隠し、光を遮り、見通しのつかない陰だった。

 

(役者になりたかったわけじゃなかった)

 

 アイドルになりたくなかったから。

 そんな消極的な理由で選んだ。

 

(アイドルには、なりたくなかった)

 

 けれど幼い私の意見なんて通らない。

 自分で選んだんじゃなく、流されて、流れでこうなっただけ。

 

(なのにアイドルを続けている)

 

 役者としても、トレーナーとしても、優秀な部類に入れるのに、どうして?

 自分で自分が分からなくなる。

 そもそもここにいる私は私なのか。

 それとも、ルリを演じる役者なのか。

 

(私は、どこにあるんだろう)

 

 視線を戻し、ポケウッドを後にする。

 その場にとどまり続けていることがどうしようもなく不安だったからだ。

 何もしなければ、ヤンデレルートが確定している。

 それだけは回避したい。

 

 だから足を動かす。

 けれど、この身は前に進んでいるのだろうか。

 とどまっていても、動いていても、不安に押し殺されそうになる。

 

(まるで霧の中。前も後ろも、自分も分からない)

 

 その霧の中を進み続ける。

 気が狂いそうになる。

 何か一つ、たった一つでいいから。

 信じ抜ける確固たる光が欲しい。

 

 少女は独り、歩き続ける。

 暗闇の中をひたすらに。

 コツコツ、コツコツと。

 

「願ったのは、共に生きること――」

 

 テレビにCMが流れる。

 この間私が出演した映画の宣伝だ。

 既に放映は始まっている。

 

 私の久々の作品は大ヒットとなった。

 もともと人気のある監督だったが、今回の映画が最高傑作だと評判だ。

 インターネットにテレビにSNS、様々な経路で情報が拡散され、イッシュ中から人々が足を運び、海外でも翻訳放映が決まったそうな。

 恐るべし私。

 

 評判を呼んでいるのはやはり最後の最後、最終決戦の盛り上がりだ。

 全員にスポットが当てられ、まさに死闘と呼ぶにふさわしい内容で、話題を呼ばないわけがなかった。

 そして、もう一つの人気場面。

 それはやはりというか、私のバトルシーンだった。

 

 とても八歳とは思えない立ち回り。

 子供とは思えない感情表現。

 思わず感情移入してしまう叫び。

 全米が泣いたという。

 

 最近は映画の宣伝とかでバラエティー番組とかにも度々呼ばれる。

 正直楽しかった。

 そんなことを思い返していると、CMが終わってニュース番組が始まった。

 

「さ、先ほど入ったニュースです! ポケモンリーグを覆う様に、大きな建物が地下からせり上がってきたとのことです!」

 

 呼気を整える。

 瞳に炎を宿し、言葉を零す。

 

「始まった」

 

 私は空を飛ぶでポケモンリーグに向かった。




ノゲノラゼロを主軸にたった一人の最終決戦とCROWの最終章を突っ込んだ感じ。
最も新しい神話に繋がる導入話。


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十話 「最も新しい神話」

2018/9/25
ちょっと修正。大筋は大体一緒です。


 雷炎相対す。

 

 青い稲妻を放つのは黒色の竜。

 名前をゼクロムという。

 

 また、朱い炎を纏う白い竜が対立する。

 名前をレシラムという。

 

 元は一体のポケモンであったが、理想と真実の間に分かたれた彼ら。

 英雄とともにある二体。

 ならばこそ、従える英雄も二人。

 

 一人は緑色の髪を後ろで束ねた少年。

 ナチュラル・ハルモニア・グロピウス。

 Nと呼ばれるプラズマ団の王だ。

 

 もう一人はぼさぼさの茶髪の少年。

 トウヤというカノコタウンの少年。

 アララギ博士からポケモン図鑑を託された、図鑑所有者。

 

 これから始まるのはイッシュの命運を握る戦い。

 永遠に語り継がれる、最も新しい神話。

 割って入るものの介在しない、最終決戦にして最初の幕開け。

 それを観測するものが存在した。

 

 フード付きのローブで顔を隠し、城のさらに上から戦いの行く末を見守る。

 プラズマ団にて悪魔、あるいは死神と呼ばれる存在。

 フードからは綺麗なピンク色の髪をのぞかせ、吹き荒れる風にたなびかせている。

 

 そんな観測者の存在に気づくことなく、戦いの火蓋は落とされた。

 炎が雷を飲み込み、雷が炎を穿つ。

 イッシュを創設し、焼き尽くした、伝説と呼ばれる二体。

 彼らの一撃一撃が、地を焼き天を焦がす。

 

「私は、どうしたいんだろう」

 

 そもそも、私はなぜこの場にいるのか。

 Nもトウヤも、己の信念に基づいて行動している。

 自分というものを持ち、気持ちをぶつけ合う。

 そんな場に、私は不似合いだ。

 

 自分が何者かも知らない。

 何をなしたいのかも分からない。

 空っぽの自分。

 どうして私は、ここにいるのだろう。

 

 何かが心を打った。

 居ても立ってもいられずに、ここまで来た。

 だけどいざその場に立つと、自分の無力さを思い知るだけで。

 何もなく、何も望まなかった。

 

 二頭の竜が相打ちになり、それでも彼らは止まらなかった。

 残った手持ちを総動員して戦いあう。

 吹雪が舞い、稲妻が迸り、岩が突き刺さる。

 だのに、誰一人として、その目に宿す闘志を消すことは無かった。

 

 口の中に、鉄の味が広がった。

 そして自分の右手が、硬く握りしめられていることを知った。

 

「……?」

 

 自分というものが分からなくなる。

 自身を俯瞰することで感情を分析する。

 これは怒り? それとも哀しみ?

 いや、もっとこう、なんというか、そう。

 

「悔しい……?」

 

 口にしてみて納得した。

 しっくりした。

 けれど、何についてかは分からない。

 

(悔しがっている? 何に? 彼らに? この戦いに?)

 

 答えを手繰ろうと紐をほどこうとした。

 けれども結果は余計に絡まっただけ。

 何を悔しがっているのか。

 自分を探す自分は迷子になるばかり。

 

 エンブオーのもろはのずつきがアーケオスに突き刺さった。

 満身創痍になりながらも、最後に立っていたのはエンブオーとトウヤだった。

 ゲーム同様、英雄たちの戦いは、ポケモンと人の共存に収束して終焉を迎えた。

 

「それでもワタクシと同じ、ハルモニアの名前をもつ人間なのか?」

 

 というほど世界は単純じゃなくて、奴が現れた。

 Nの親にして、Nの傀儡子にして、プラズマ団を裏から支配する黒幕。

 名をゲーチスといった。

 彼の言はめちゃくちゃであった。

 

 曰く、Nは飾りの王様で自分が裏から支配するために作り上げた人形である。

 曰く、ポケモンの解放などただのお題目で、本心は自分だけがポケモンを支配することであると。

 曰く、その障害となるトウヤは邪魔であるためここで敗れてもらうと。

 

 トウヤのポケモン達は既にエンブオーを残して瀕死状態。

 そのエンブオーも重傷で、立っているのも不思議な状態だ。

 後ろから手持ちの全滅した元チャンピオンアデクと、トウヤの幼馴染のチェレンがやってくる。

 やってきただけであるが。

 

(チェレンに至っては戦いなさいよ)

 

 ゲーチスの一人舞台が始まった。

 この場に、彼と向き合えるものはもう存在しない。

 イッシュの未来はゲーチスが握ることになった。

 

(……それはなんか、嫌だな)

 

 ポケモンを解放する未来を想像する。

 ミミッキュに、ファイアローに、進化したガブリアス。

 いつか別れるかもしれない。

 そう思ってニックネームは付けなかった。

 別れが、苦しくならないように。

 だけど、いざ離別するという状況になると……。

 

「嫌だ」

 

 別れたくない。

 みんなと一緒にいたい。

 ずっと一緒に、いつまでもそばにいたい。

 

「ファイアロー」

 

「ぴょえええええええ」

 

 傍観を決め込んだ私が、決戦の場に踏み込んだ。

 

 ファイアローから飛び降り着地する。

 着地に合わせて間接を曲げて衝撃を逃がす。

 静寂に、私という存在が音を立てた。

 

 きっと後になって、愚策だったと後悔するだろう。

 作戦をことごとく潰されたゲーチスが伏兵を用意している可能性は大いにあるし、この場に降り立つこと自体がメリットに対してリスクが大きすぎる。

 それでも。

 

(今ここに、私はいる)

 

 これまで、主体的に動いたことがなかった。

 いままで、何をしたいのか分からなかった。

 ずっと、自分の存在理由を探し求めていた。

 

(みんなと一緒にいたい。みんなと生きて行く。その報酬のためなら、どんなリスクでも背負っていける!)

 

 曲げた関節を伸ばす。

 ゆっくりと立ち上がる。

 空からファイアローが徐々に下降してそばで空中浮揚する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「何者ですか。この神聖なる地を汚すのは」

 

「神聖なる地を、汚すものね……。それはあなたの方でしょう? ねぇ、ゲーチス・ハルモニア・グロピウス」

 

「ッ! キサマ!」

 

「フフ、そんなにお顔を真っ赤にして、お体に障りますよ?」

 

 手下を隠しているのかは分からない。

 ならば、煽り、冷静さを失わせ、正面から叩き潰す。

 回り出した時の歯車。

 もう後戻りはできないし、しない。

 それがこの場についてきてくれたみんなへの誠意、そして、私自身の決意表明だ!

 

「行きなさい! デスカーン」

 

「ファイアロー、ちょうはつ」

 

 最終決戦、第二部が始まった。

 

 切り裂き、叩きつけ、弾き合う。

 研ぎ澄ました信念の刃で切りつけ合う。

 あんな歪んだ思想に屈するわけにはいかない。

 思いの全てを、心の強さを技に乗せて穿つ。

 

 パーティ相性は私が有利。

 デスカーン、バッフロン、キリキザンがファイアローで止まり、サザンドラはミミッキュ、シビルドンはガブリアスで止まる。

 ガマゲロゲだけは明確に有利を取れるポケモンはいないが別に対面不利なポケモンがいるわけでもない。

 HDアローはスイクンやサンダーすら鴨にする。

 ガマゲロゲごときが敵う相手じゃない。

 

「すげぇ」

 

 トウヤが後ろでそう呟く。

 本来お前の仕事だからな?

 けど、まあ、感謝するよ。

 

(みんなと一緒にいたい。そう思う私は確かにここにある。共に生きることが私の存在理由であり、共に歩むことが私の信念だ)

 

 気づかせてくれたことに感謝しよう。

 私が私を見つめなおす機会をくれたことをありがたく思おう。

 一歩踏み出す勇気をくれたことにお礼を言おう。

 

「ミミッキュ! じゃれつく!」

 

「ミミッキュッ!」

 

 ひゅーんぽこぽこぽこにゃーん、と、ミミッキュがサザンドラにじゃれていき戦闘不能に落とす。

 

「馬鹿なッ! この私がッ、ただのトレーナーごときに!」

 

「馬鹿はあなたでしょ。二人の英雄が決めた勝敗に水を差す? 馬鹿なの? 死ぬの?」

 

 ガブリアスの爪をゲーチスの喉元に突き付ける。

 少し皮が切れ、血がチロチロと流れだす。

 

「待てッ! それ以上は」

 

 アデクに止められる。

 

 何をこんなに熱くなっているんだろう。

 熱源を見失い、むなしさだけが残った。

 冷めてしまった。

 

「戻って」

 

 ファイアローを残してガブリアスとミミッキュをボールに戻す。

 立ち去ろう。

 邪魔者は退けた。

 残る異物は、私だけだ。

 

「待て! お前は一体……」

 

 呼び止められて足を止める。

 けれど、アデクの口から先が紡がれることは無かった。

 私は待つのをやめて、再び歩を進めた。

 

 そうして、伝説のドラゴンが貫いた壁からファイアローとともに飛び立った。




チャンピオンを超えたNを下したトウヤを倒したゲーチスを完封したルリちゃん。


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閑話 掲示板回

日刊52位ありがとうございます!
掲示板ネタは一回やって見たかった。でももう二度とやらない。


【天才女優】ルッコちゃん最強説【降臨】

 

1:名無しさん

 本日、某監督の最新作が上映されることになった。監督自身、最高傑作と評する作品でCMなどの評判も良く、初日から大勢の客が足を運んだ。初日の興行収益は既に、歴代最高記録の『阿畑ー』を上回っている。

 

2:名無しさん

 ルッコちゃんマジ天使

 

3:名無しさん

 ルッコちゃんマジ天使

 

4:名無しさん

 ルッコちゃんマジ天使

 

5:名無しさん

 ルッコちゃんってアイドルじゃなかったの?

 

6:名無しさん

 ルッコちゃんマジ天使

 

7:名無しさん

 >>5

 ルッコちゃんはアイドルの前に子役やってた。

 

8:名無しさん

 >>7

 マジか。なんでアイドルになったの? 人気なかったの?

 

9:名無しさん

 ルッコちゃんマジ天使

 

10:名無しさん

 >>8

 逆。むしろ天才子役って囃し立てられてた。

 けどトレーナーとしての才能がない場合を考えてアイドルに転向させたらしいぞ。親が。

 

11:名無しさん

 >>10

 そうなのか。親最低だな。

 

12:名無しさん

 >>11

 なんかとんとん拍子に進んでいったしルッコちゃんもアイドルになりたかったんじゃね? 知らんけど。

 

13:名無しさん

 天才子役でトップアイドルでトレーナーとしての腕も優秀。

 神童っているんだな。

 

14:名無しさん

 それな

 

15:名無しさん

 >>13

 ルッコちゃんトレーナーとしても優秀なの?

 まだ八歳じゃないの?

 

16:名無しさん

 >>15

 まだ映画見てないのかよ。さっさと行ってこい。そしてルッコちゃんに貢げ。

 

17:名無しさん

 ルッコちゃんのバトルシーンくっそ感動した。あんなバトル子供ができるものじゃねえよ。

 

18:名無しさん

 やってることはただの遅延行為なのにな。めちゃくちゃ胸が熱くなった。

 

19:名無しさん

 涙腺決壊した

 

20:名無しさん

 まじか、そんなすごいのかよ。有給使えばよかった。

 

21:名無しさん

 社畜乙www

 

22:名無しさん

 社畜www

 

23:名無しさん

 そもそも有給がない俺は……

 

24:名無しさん

 あっ

 

25:名無しさん

 あっ

 

26:名無しさん

 あっ

 

27:名無しさん

 >>23

 元気出せって。ルッコちゃんの映画見て来いよ、元気出るから

 

28:名無しさん

 死体蹴りワロタw

 

29:名無しさん

 >>27

 もうやめて! とっくに>>23のライフはゼロよ!

 

30:名無しさん

 >>23

 社畜ワロタwww

 

31:名無しさん

 遅延行為なのに胸が熱くなるってどういうこと?

 

32:名無しさん

 >>31

 強敵を相手に時間を稼ぐシーンがあんだよ。ルッコちゃんの演技がもうほんと迫真の一言に尽きるの。あれで心が揺すられない人は心が死んでるね。

 

33:名無しさん

 >>23とか心死んでそうだよな。

 

34:名無しさん

 >>32

 じゃあ俺見ても意味ないじゃん

 

35:名無しさん

 >>34

 いや、見るべき。心が蘇生するぞ。俺は久々に感動しちまったよ。映画で泣いたのなんて何年ぶりかな。

 

36:名無しさん

 >>35

 それ単純に映画見る機会が少ないだけじゃね?

 

37:名無しさん

 >>36

 そうともいう

 

38:名無しさん

 演技もそうだけどさ、技の指示も的確だったよな。

 

39:名無しさん

 それな

 

40:名無しさん

 分かる

 

41:名無しさん

 あんなコンボ思いつかねえよな

 

42:名無しさん

 何があった?

 

43:名無しさん

 >>42

 映画見ろ

 

44:名無しさん

 >>42

 映画見ろ

 

45:名無しさん

 >>42

 補助技のタイミングに合わせて身代わり、補助技を使えないように挑発、攻撃をアンコール、いちゃもんで攻撃をキャンセルさせてわるあがきを身代わりで受ける。有効打は金縛りで封じる。

 

46:名無しさん

 >>45

 おい

 

47:名無しさん

 凄かったよな

 

48:名無しさん

 あ、すまん

 

49:名無しさん

 でもポケウッドってポケモンレンタルなんだろ? じゃあもともとそうできるようなポケモンが用意されてたわけじゃん。何をそんなに騒いでるの?

 

50:名無しさん

 見たらわかる。ルッコちゃんの読みレベルの高さが。相手の行動を完全に掌握してる。

 

51:名無しさん

 よく考えろ、子供の頃補助技を有用に使えていたか? お前は。補助技の効果を把握して、効果的に使える。どれだけポケモンに対する知識があるのかっていう話だ。

 

52:名無しさん

 レンタルポケモンってことは自分の慣れ親しんだポケモンじゃないんだよ。まあ人の指示をしっかりと聞いてくれるポケモンしかレンタルポケモンにはいないわけだが、逆に言えば指示に忠実すぎるんだよ。創意工夫はトレーナーの腕にかかっている。その点においてもルッコちゃんは天才だった。

 

53:名無しさん

 >>52

 指示に忠実すぎるって?

 

54:名無しさん

 >>53

 例えば万ボルなら万ボルを相手に打つだけなんだよ。それを指示を追加することでどういう風に使うかを指示する。スプリンクラーに向かって10万ボルト、とかな。

 

55:名無しさん

 草結びでできた穴に向かって吹雪とかな

 

56:名無しさん

 審判を盾にしろとかな

 

57:名無しさん

 >>56だけおかしい

 

58:名無しさん

 >>56はサイコパス把握

 

59:名無しさん

 じゃあ今日の吊りは>>56ということで

 

60:名無しさん

 人狼やってるんじゃねえよw

 

61:名無しさん

 まあみんなが言いたいことは分かったわ。けどさ、よく監督はそんな台本を渡したよな。

 

62:名無しさん

 確かに

 

63:名無しさん

 あ、俺それちょっと知ってる。監督業やってる伯父を仲介して聞いた

 

64:名無しさん

 >>63

 kwsk

 

65:名無しさん

 >>63

 kwsk

 

66:名無しさん

 なんかもともと台本だとやられる予定だったらしい

 

67:名無しさん

 は?

 

68:名無しさん

 は?

 

69:名無しさん

 え? どういうこと?

 

70:名無しさん

 だから、もともとルッコちゃんのトレーナーセンスは期待してなかったみたいなんだよ。そもそもそれが理由で子役やめたわけだし。監督としてはルッコちゃんが耐え凌ぐなんて想像もしていなかったわけだ。

 

71:名無しさん

 つまりルッコちゃんのアドリブ?

 

72:名無しさん

 そうなるな

 

73:名無しさん

 ルッコちゃんヤバすぎワロタwww

 

74:名無しさん

 アドリブの演技なのか!? あれが? うっそだろ!?

 

75:名無しさん

 ヤバイ、もう一回見たくなってきた

 

76:名無しさん

 お、いいじゃん行こうぜ

 

77:名無しさん

 ルッコちゃんに貢ごう。

 

78:名無しさん

 ルッコちゃんを世界一位にしよう

 

79:名無しさん

 >>78

 それは新子さん

 ルッコちゃんの作品を世界一位にしよう

 

80:名無しさん

 そういえば宣伝とかでバラエティ番組とかにルッコちゃん出てきてたじゃん?

 

81:名無しさん

 そうだな

 

82:名無しさん

 ルッコちゃん運動神経もよくない?

 

83:名無しさん

 それ思った。

 

84:名無しさん

 運動神経だけじゃねえだろ。クイズ番組とかでも無双してた。

 

85:名無しさん

 マジで?

 

86:名無しさん

 クイズ番組って言ってもポケモンに関わるものと、なぞなぞ的な奴だったけどな

 

87:名無しさん

 地頭もいいのか

 

88:名無しさん

 ・天才子役

 ・トップアイドル

 ・運動神経抜群(←New!)

 ・高IQ(←New!)

 

89:名無しさん

 何この完成された存在

 

90:名無しさん

 さすがルッコちゃんやで

 

91:名無しさん

 穢れの知らない綺麗な天使みたいな存在なんだろうなあ

 

92:名無しさん

 これで裏で脅迫とかやってたら面白いんだけどな

 

93:名無しさん

 面白くないしルッコちゃんはそんなことしない

 

94:名無しさん

 ルッコちゃんはそんなキャラじゃない

 

95:名無しさん

 ルッコちゃんは天使

 

96:名無しさん

 お、おう。すまんかった。

 

97:名無しさん

 許す

 

98:名無しさん

 許す

 

99:名無しさん

 許す

 

100:名無しさん

 お前ら優しいな

 

101:名無しさん

 ルッコちゃんの信者だぞ? 優しいに決まっているだろ

 

102:名無しさん

 >>100

 ルッコちゃんが悲しむようなことはしない

 

103:名無しさん

 行動理念にワロタ




よしんば私が世界二位だったら?!


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二章 BW2編
一話 「2 Years Later」


BW2編、はっじまっるよー
表紙絵描いたから良ければ見て行って

東風吹かばさん、N2さん、瑪瑙@趣味→誤字報告さん、nekotokaさん、誤字報告ありがとうございます!


 二年前が全盛期。

 どこかでそんな話を聞いた。

 けれど、仕方がないでしょう?

 背負うものの重さを知ってしまうと、元のようには動けない。

 その翼は、空を自由に飛ぶことができなくなった。

 

 その日私は、ポケウッドで映画の撮影をしていた。

 ゲーム内ではカルトエンドを試すために大量のバッドエンドを生成したが、ここは現実。

 不作一発ですら億単位の損失に繋がりえる。

 どう転ぶか分からない演技を避け、なるべく台本通りに演じる。

 それが今の私だった。

 

 確かに、私が出た映画は人気が出る。

 宣伝に私がいるかどうか。

 それが興行収益を決めると界隈では言われているくらいだ。

 だけど、私からすればそんなものはうざったいだけ。

 最強という言葉は、ただの足かせにしかならない。

 

 いつの時代も、どんな種目でも、挑戦者側の方が精神的にいい状態になる。

 ここ一番の勝負所で、攻めに転じるか、守りに入るか。

 その差は、実力をどれだけ発揮できるかに現れる。

 貪欲に勝ちを求めるものと、敗北が許されないもの。

 同じ行動をとるにしてもリスクが違う。

 その点、やはり挑戦者は質のいい選択を取りやすい。

 

 私は、失敗することを許されなくなった。

 監督やスポンサー、役者に観客。

 多すぎる人々からの過剰な期待と信頼。

 私には、勝ち続ける責務が負わされた。

 

「存在の怪しい最適解よりも、確実に存在する準最適解……ねぇ」

 

「……」

 

 目の前にいる監督に、冷たい視線を突き刺す。

 役者として長らくやってきた私のそれは、気温が下がったと錯覚する。

 監督はこわいこわいと言って、両手を上げた。

 

「ルッコちゃんには感謝してるよ? でも、ありきたりな芝居じゃなく、神がかった演技。それが見てみたいなぁ……って思うんだよね」

 

「……そうしたいと思うような脚本があればそうすると思いますよ?」

 

「ははは、こりゃ一本取られたね」

 

 挙げた右手を頭に当てて、参ったとのたまう監督。

 私が言った言葉は、多分本心じゃない。

 私が全力で演技に取り組むことがあるならば、それは一から出直す場合か、最後の一本くらいだろう。

 それ以外はリスクに対する見返りが割にあわない。

 

「ところでなんだけどさ」

 

 そう監督が切り出した。

 

「いつも通りNG無しで演じてくれたから、だいぶ時間に余裕ができたでしょ? ちょっとお願い事があるんだけど聞いてくれない?」

 

「聞くだけならいいですよ?」

 

「さすがルッコちゃん! お願い事っていうのは……」

 

 本当は帰って休むつもりだった。

 ほぼすべてのスケジュールが埋まっている私にとって、時短によってできた時間は貴重なフリータイム。

 それを浪費させられるのは歯痒くもあるが、私の時間を相手に売ったのだから文句は言えない。

 けれどお願いの内容は別に聞く必要はない。

 それはサービスであり、私には断る権利があるからだ。

 

「新人のオーディション相手をしてもらいたいんだよね」

 

「お疲れ様でしたー」

 

「早い!? ちょっと、待って!?」

 

 つったかつったか。

 踵を返して出口にすすむ。

 私が作った時間だ。

 誰にも渡さない。

 

「ルッコちゃん、最近心を打たれたのって、いつ?」

 

 ピタリと、足が止まった。

 思い返されるのは二年前、Nの城での出来事。

 あの日、自分の本心に触れた。

 触れて、成長したと思う。

 でも、それ以降は?

 

「その新人さん、長らく俳優を夢見ていたんだけど本職との兼ね合いで諦めていたんだよね。でも、なにかが切っ掛けになって俳優に挑戦することを決めたらしい。その思いと向き合ってみないかい?」

 

 何かが変わるかもしれないよ。

 そう監督は言った。

 二年前もそうだった。

 剥き出しの信念、情熱にあてられ、心動かされ、確かに自分の中にある熱源を感じた。

 

「……それもいいかもしれないですね」

 

 ここ最近、演技に対する熱というものを見失いかけていた。

 もしそのオーディションを受ける人が私の心を動かしてくれるほどの熱意を持っていたら。

 私はさらに成長できるかもしれない。

 

「よし、なら早速現場に向かおう。となりの撮影スタジオで待機してもらっているんだ」

 

 隣のスタジオにいたのは船乗りだった。

 聞くところによると船長らしい。

 なるほど。

 確かに船長となれば俳優をしていく時間もないだろう。

 

(はて、何か大事なことを忘れているような)

 

 思い出せないということは大したことではないのだろう。

 ということで普通に共演者と考えて演技してみる。

 けれど……。

 

(これはヒドい……)

 

 ポケウッドは『倒せ』、『やられろ』などの指示以外、つまり『セリフ』は自分で考えなければならない。

 だがこの船長、いくらなんでもひどすぎる。

 仕方がない、フォローしてあげるか。

 

「リオルマン! 私がついてる! 不安や悩みは全部預けて、全力全開のパワーを見せつけて!」

 

 大げさな演技。

 魅せることを意識したそれは、初心者であろうと物語の世界に引き落とす。

 私が主演を務めた作品が人気なのは、周りの演技のレベルも上がるから。

 実際ほら、彼はリオルマンと現実の自分との間に境界線を引いていた。

 その境界線を曖昧なものにし、こちらに連れ出す。

 

「すまないッ! うおおおお! 行くぞ、ハチクマン!」

 

 ……このハチクマンは、ギリギリプラス収支くらいだろう。

 まあ主演が新人でプラス収支なら上出来なんじゃないかな。

 しかしまあ、無駄な時間を過ごした。

 ハチクさんがいるなら私いらなかったじゃん。

 もういいや、帰ろう。

 

 私が帰ろうとした瞬間の事であった。

 

「ウェルカムトゥポケウッド! やー、キョウヘイさん! お待ちしておりましたよ!」

 

 なんで!?

 なんであいつがここにいるの?!

 

 ふぅ、落ち着け。

 よく考えればキョウヘイはトップ俳優として名を残すことになるんだった。

 つまりここにきていてもおかしくない。

 

(でもさすがに早くない?)

 

 Nの城での決戦が二年前。

 BW2がBW世界線の二年後。

 あら、ぴったりだった。

 

(なんでそんな大事なところ忘れるかなー!?)

 

 さっきの船長。

 あれはおそらくホミカの父親。

 たしかにあの酷い演技はホミカパパだ。

 

(とにかく、大事なのは今この場から立ち去ること)

 

 ファイアローを出そうとボールに手を掛けた時だった。

 

「そうだ! ちょうど今ルッコちゃんがいらっしゃっているんですよ! 彼女は我がポケウッドが誇る看板スターなの! そんな大スターの彼女と初々しいキミにピッタリな台本も用意してあるのよ!」

 

「ちょっと待って! なんで!?」

 

「どうしたのルッコちゃん?」

 

「いや、私がなんでそんな素人と演技する前提の脚本が存在しているんですか!?」

 

 思わず突っ込んでしまった。

 キョウヘイはびっくりしてこちらを呆然と見ている。

 とにかく、変なフラグは立てるべきではない。

 ここは逃げるが勝ちだ。

 

「いやいや、さっきも船長さんと共演したじゃないの。今回もたのむよー」

 

「さっきのでこりごりです! もうやらないですよ?」

 

「ルッコちゃんにも初出演があったでしょう?」

 

「私は初出演から天才だったので」

 

 初出演がエキストラとしてなのか、セリフがある役なのかというのはあるかもしれないが、どちらにせよ私は期待以上のものを演じていたはずだ。

 

「ならキョウヘイ君も天才かもしれないよ?」

 

「そんな低確率に賭けるほど私の時間は安くないんですよ」

 

「でもルッコちゃん、逆張りすきだよね」

 

「うぐぐ」

 

 好きです。

 敢えて定石を外した展開とか大好きです。

 私から言わせてもらえばキョウヘイが大ヒットすることなんて目に見えている。

 だから逆張りならキョウヘイがヒットしないパターンだ。

 けれどそれを証明することはできない。

 

(あれ? キョウヘイがヒットしない場合……?)

 

 夢の跡地以来、原作への介入はできる限り抑えてきた。

 けれど、ポケウッドに関してはサブイベント的な扱い。

 してもしなくてもいい。

 つまり、キョウヘイを潰しても問題ないのでは……?

 

「……分かりました。なら、全力で相手してあげますよ。天才だというのなら、ポケウッドの未来を背負うというのなら、これくらいこなせないといけない。それくらい本気で挑んであげます」

 

 だから……覚悟しろよ?




ルリちゃんは一応本業はアイドル。
時折映画撮影に赴く感じ。
その他ラジオとか声優とかもやっているらしいです。
時間足りるの?


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二話 「あんこくのみらいで」

サブタイはあれだけどポケダンは関係ないです。

GN-XXさん誤字報告ありがとうございます!


 崩壊した未来。

 人々の命運は襲来した宇宙人が握り、世界の支配構造は一新された。

 そんな宇宙人たちにあらがうべく、人類は立ち上がった。

 かつての自由を求めて。

 

 少年には、尊敬する人がいた。

 その人は自分と同い年でありながら、宇宙人と最前線で戦い、いつも被害をギリギリに抑えていた。

 人類が絶滅していないのは、その人のおかげだといってもいい。

 だが、少年はその人が苦しんでいることを知っていた。

 

「同じだ……。何回繰り返せば、この悪夢は終わるの……。あと何人、見殺しにすれば……。いつまで、延命措置を続けるの。永劫に苦しむことになると、分かっていながら」

 

 彼女は、いつも一人で泣いていた。

 最大多数の人を助けるために、最少寡数を切り捨てる。

 彼女が狂っていれば、壊れていれば、心が弱ければ。

 こんなにも苦しむことは無かった。

 だけど、彼女は正常を保ち続けた。

 異常に落ちないことが異常だった。

 

「私の手なんかじゃ……こんなに一杯の命を、掬いきれないよ……」

 

 少年は決意した。

 彼女の支えになることを。

 少年は覚悟した。

 彼女の為に命を捧げることを。

 少年はここに、絶対不破の誓いを立てた。

 

 そうして、二年の月日が流れた。

 少年は彼女の部隊に組み込まれ、かの日の誓いを守るべく精進していた。

 そうして、その日が訪れた。

 

「隊長! 俺も、俺も戦います! 俺はこの日の為に……!」

 

「命令よ、引きなさい。私の事を真に思うのならば、引いて、引いて次につなげるの。それが最善なのよ」

 

「未来の最善なんてくそくらえだ! 今、この一瞬の最善を、俺は選びます!」

 

「……キョウヘイ……」

 

 キョウヘイと呼ばれた隊員が、隊長に食い下がる。

 隊長である彼女は一筋の涙と、ほんの少しの笑みを浮かべた。

 けれど驚いて瞬きすれば、そこにはいつもの氷のような表情があるだけだった。

 

「あなたの思いは分かったわ。でも、あなたを連れて行くことはできない」

 

 彼女はボールを取り出すと、砂ザメを繰り出した。

 彼女の手持ちの特攻隊長。

 青い肌に鋭い鎌を持ったそのポケモンは、ガブリアスと呼ばれている。

 

「どうしてもというのなら、私を超えていきなさい」

 

 音を立てて空気が軋む。

 威圧、重圧、緊迫。

 なるほど、彼女こそ百戦錬磨と呼ぶにふさわしい。

 それは英雄の気迫。

 王者の風格。

 それを前に、逃げ出したくなる思いを堪えて、キョウヘイは前に踏み出した。

 

「分かりました。行きます! 頼んだぞ、オノノクス!」

 

 というのが大まかな台本。

 あとはキョウヘイがレンタルポケモンでどうにかしてガブリアスを倒すだけ。

 レンタルポケモンのオノノクスは、気合の襷を持ったカウンター型。

 こちらが地震などで攻めて、耐えて、返しの一撃で落とす。

 それがキョウヘイの勝ち筋。

 ……そんな手ぬるい行動、私がとると思った?

 

「ガブリアス! ダブルチョップ!」

 

「なっ! しまった! かわせ!」

 

「キャンセルしてすなあらし!」

 

 ダブルチョップは隙を生じぬ二段構え。

 迫りくる第一の刃を堪えても、次の攻撃が牙をむく。

 ゆえに回避行動は正解だ。

 だが、気合の襷を潰す方法なんていくらでもある。

 

「くっ、戻れ!」

 

 すなあらしはじりじりと相手の体力を削っていく。

 そうすれば気合の襷は意味をなさない。

 その前に引き、襷を温存したのは正解だ。

 あいてがガブリアスでなければ。

 

「ガブリアス、ステルスロック」

 

 キョウヘイのバトルフィールドにとがった岩が漂い始める。

 これで再びオノノクスを繰り出したときにはステルスロックが突き刺さり、襷が効果を失う。

 襷を残す方法は存在するけれど、キョウヘイは気付けるか。

 

「フォレトス! こうそくスピン!」

 

 ……やるじゃん。

 こうそくスピンにはステルスロックを取り除く効果がある。

 これですなあらしが切れるタイミングで再びカウンターを狙えばいい。

 確かに、勝ち筋は残っている。

 残ってはいるが、堂々巡りだ。

 

「ねぇ、いつまで続けるの?」

 

 何も変わっていない。

 なんどカウンターを試みようと、対面はダブルチョップかすなあらし、交換されればステルスロック。

 それを繰り返すだけでじりじりとキョウヘイの手持ちは削られていく。

 いつか来る終焉を先延ばしにしているだけだ。

 

「ずっと、ずっと憧れている人がいました」

 

 キョウヘイの独白。

 

「幾度となく人類を絶滅の危機から救いながらも、いつまでこんなことを繰り返すのか。決まった終焉を先延ばしにして、永劫に苦しむのかと、葛藤している人がいました」

 

 ポケウッドでは、セリフが重要な役割を担っている。

 キョウヘイの言葉選びは緻密で繊細で、的確だった。

 

「それでもその人は、絶対に諦めなかった。何があっても挫けなかった! 俺も、そんな人になるって、決めたんですッ! フォレトス、だいばくはつ!」

 

 大爆発は、いわゆる自主退場技に含まれる。

 他には三日月の舞や置き土産があり、相手の起点になることを回避、あるいはトリックルームや追い風などの時間制限のあるギミックを最大限生かすときに使われやすい。

 自らの命を、次に託す技。

 

「頼んだぞ! オノノクス」

 

 再び現れたオノノクス。

 特性闘争心を発揮し、ベストパフォーマンスのオノノクス。

 一方、大爆発を受け、大きく消耗したガブリアス。

 わざわざカウンターを打たずとも、急所に当てれば倒せる可能性が浮き上がる。

 そして彼は、そのごくわずかな可能性に賭けてきた。

 

「オノノクス! ドラゴンクロー!」

 

「ガブリアス!」

 

 ガブリアスはレンタルポケモンではない。

 ゆえに、わざわざ指示をしなくてもいい。

 ずっと一緒に戦ってきた、大切な仲間だ。

 ガブリアスの攻撃が、オノノクスに迫る。

 ダブルチョップのような連続技ではない、一撃に重みを置いた技。

 

「オノノクス! キャンセルしてカウンターだ!」

 

 オノノクスが無理やりその場にとどまり、カウンターの構えを取る。

 HPが削れていなければ気合の襷が発動する。

 完璧な一手。

 キョウヘイはここまで読んでいたのだろうか。

 急所に賭けたような指示は、演技。

 さすがはトップ俳優になる男だ。

 

「さすがね……でも、まだ足りない」

 

 それじゃあ届かない。

 首を取るに及ばない。

 ガブリアスが攻撃することを読んでいた?

 読まれる可能性を、私が、考慮していないとでも?

 

 オノノクスのカウンターがガブリアスを捕らえる。

 ただし、『ガブリアスの攻撃を受ける前に』だ。

 

「オノノクス!?」

 

「ドラゴンテール」

 

 ガブリアスの鮫肌に触れ、体力の削れたオノノクス。

 気合の襷は発動しない。

 深く、地面に突き落とす。

 

「そんな、どうしてカウンターが先に……?」

 

「ドラゴンテール、カウンターよりさらに遅い攻撃。カウンターは後の後に発動してこそ真価を発揮する。なら後の先を譲ればいい」

 

「そんな、ガブリアスの速さを殺すような技なんて……」

 

「でも、それもまたポケモンの可能性よ」

 

 ガブリアスをボールに戻す。

 キョウヘイの前から立ち去る。

 ふはははは、キョウヘイのスター生命を潰してやったわ!

 このルリ様を口説き落とそうなんて一万光年早いんだよ!

 

「お前のその勇気、その覚悟は一体どこからやってくる?」

 

「もちろん、あの惑星から!」

 

 楽屋にて、今回の映画をパソコンで見ていた。

 部下を地球に残し、敵の親玉と宇宙で最終決戦を繰り広げる。

 

「あそこには、守りたい人が大勢いる。一番、守りたい人がいる!」

 

 お互いがぶつかり合う。

 広い月に、ちっぽけで、強大な力を持つ二人。

 斬り、結び、弾く。

 その戦いは死闘と呼ぶにふさわしいものとなった。

 

 この時点でキョウヘイは主人公から落ちたと思ったんだけどなぁ……。

 

「ルッコ隊長!」

 

 なんでお前このタイミングでやってくるんだよ……。

 

 宇宙人は撃退した。

 けれど帰るすべを失い、一人月に残される運命にあった私。

 そんな私を、私が生きていると信じて、月までやってきたキョウヘイ。

 そんな幕引き。

 

「いやールッコちゃん! 今回の映画なんだけどさ、予想を超える展開にみんな大興奮! さすがルッコちゃんだって! キョウヘイ君も期待の新人として取り上げられてるよ!」

 

「……なんで、カルトエンド……」

 

「ルッコちゃん、何か言ったかい?」

 

「いいえ何も」

 

 映像を巻き戻し、最後のシーンを繰り返す。

 キョウヘイに抱きしめられて、頬を赤らめる私。

 

「~~~~~~ッ!」

 

 あんなやつに絶対靡かないんだから!




絶望への反抗!!とB★RSと武装錬金とノゲノラまぜた感じの映画。

カウンターにドラテ打ったらカウンターは不発だと思うけど、この世界微妙に技がゲームと違う仕様だから許して。


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三話 「海の王者I」

鬱ボット@さん、琳璋さん、木端妖精さん、啓也さん誤字報告ありがとうございます!

19日まで毎日更新します。

22:29追記
明日の分間違って投稿していました。
まだ読んでない方いられましたら大変恐縮ですが再読お願いいたします。


 キョウヘイとの共演が終わった後、船長さんは今の自分では銀幕のスターに成れないと自覚した。

 今は船長という仕事に集中して、いつかまたポケウッドに戻ることを決意した。

 キョウヘイはヒウンシティに渡航するらしい。

 そのわずかな距離を見送りしないのはどうかと思い、船着き場まで共にすることにした。

 

(……?)

 

 船着き場の物陰に、黒い何かが動いた気がした。

 ……そうだ。

 船に乗る前にプラズマ団が邪魔してくるんだ。

 あんまりプラズマ団と顔を合わせたくないんだよなー。

 戦闘が始まったらこっそり抜け出すかー。

 

「お、キョウヘイじゃねえか。お前もヒウンシティに行くのか?」

 

「ヒュウ!」

 

 あ、あれ?

 プラズマ団のイベントはこの後だったっけ?

 あんまり細かいところのストーリーは覚えてないんだけどさ。

 

「で、そっちの女の子は?」

 

「え、マジで言ってるの?」

 

「あはは……。舞台とかだと髪を掻き上げてるから……」

 

「髪をって……まさかルッコ!?」

 

「あはは……」

 

 芸能界とかに疎そうなヒュウにまで知られているのかー。

 一番のバタフライエフェクトは私本人だったりね。

 そんなわけないか。

 

「PWT見ました! サイン貰ってもいいですか!?」

 

「普通そっちじゃないよねッ?!」

 

「あはは……、トレーナーとしての私も私だよ。サインだったね。いいよ」

 

「俺はチケットを買ってくるよ」

 

 ヒュウがサインを強請り、キョウヘイがチケットを買いに行った。

 お金渡してないけど持っているのかな?

 と思ったけどポケウッドで出演料貰っているか。

 ならありがたく奢ってもらおう。

 

 ちなみにPWTにはレンタルポケモンで戦うトーナメントに参加した。

 ポケウッドでレンタルポケモンの扱いを習熟した私は見事優勝を果たした。

 ついでに言えばそのトーナメントが第一回で、つまり私は初代レンタルトーナメントチャンピオンだったりする。

 まあヒュウが芸能界に詳しいのはおかしいと思ったよ。

 

 ヒュウが取り出したプレミアボールにサインを入れる。

 球体にサインするのは難しい。

 書きなれた文字だが少し時間がかかる。

 私が苦戦していると、ヒュウが口を開いた。

 

「どうしたら、強くなれますか……?」

 

 ……そういえば、チョロネコがプラズマ団に奪われて、取り返しに旅に出ているんだっけか。

 サインを一度止めて、ヒュウの顔を見つめる。

 大事な話には、真剣に向き合う。

 

「どうして強くなりたいの……?」

 

「俺は……」

 

 質問を質問で返した。

 そう見えるかもしれない。

 けれど、どうして強くなりたいのか。

 これが強くなるための結論だと思っている。

 

 何のために強くなるのか。

 その強さを以て、何をなすのか。

 その後、その強さをどうするのか。

 強さとはこれを追求するものだと、私は思う。

 

 だからヒュウに問いかける。

 何のために強くなりたいのかと。

 無知であることを知る。

 そうすればあとは、未知を追い求める道が続くだけ。

 

「妹のチョロネコが、プラズマ団に奪われたんです。あいつら、ポケモンを解放するとか言いながら、その実態はただの泥棒だったんです。俺は、俺はチョロネコを取り返したい……ッ!」

 

 ハリーセンのような髪で顔が隠れる。

 けれど歯を食いしばっているのは、震える拳を見れば分かる。

 けれど、怒りに任せるだけが強さではない。

 

「その後は?」

 

「その後……?」

 

「そう、チョロネコを救い出した後。チョロネコを救った後、身に付けた力はどう扱うの?」

 

「……俺のように、ポケモンと別れ離れになって悲しむ人がいなくなるようにしたい」

 

「そういうことだよ」

 

 私はフッと笑って、ボールに視線を戻す。

 ヒュウはポカンとしているのだろう。

 見なくても分かる。

 

「あなたは目先の事にとらわれて、大局的な判断が出来なくなっている。先を見据えること、過去を見つめなおすこと、それらも強くなるために大事な要因なんだよ?」

 

「俺は、今すぐにでも強くならなきゃいけないんだ」

 

「強いっていうのは何かな。レベルが高い事? 指示が的確であること? 作戦を練る力の事?」

 

「全部必要なんじゃねえか?」

 

「そうだね」

 

 キュっとサインを終えて、ヒュウに返す。

 世界に一つだけの私のサイン入りのプレミアボールだ。

 

「誰かを思うことも、曲げられない信念も、折れることない心も、強さに必要なんだよ。そしてそれらを伸ばすためには、幅広い視野が必要なんだよ」

 

「……」

 

「今の君は焦って周りが見えてないんじゃないかな。立ち止まる必要はない。でも、削ぎ落しちゃいけない部分を見失っちゃいけない」

 

 なんてね、と。

 笑顔を向ける。

 ヒュウが赤くなり、顔をそむけた。

 かわいいやつめ。

 

「……礼は言っとく。ありがとな」

 

「ふふっ、どういたしまして」

 

「チケット買ってきたよ! ヒュウ、なんでそんなに顔赤いの!?」

 

「うるせぇ! 怒るぞッ!?」

 

「もう怒ってるよね?!」

 

 仲睦まじい様子を微笑ましく眺める。

 ……あれ?

 私は船で移動する必要ないじゃん。

 その事キョウヘイに伝えるの忘れてたな。

 んー、これ船の中でプラズマ団が襲ってくるんだっけ?

 ならさっさと抜け出したいんだけどなぁ。

 いや、スケジュールの関係で乗れないって伝えればいいか。

 

「キョウヘイ、ごめんなんだけど私……」

 

「あ、もう出発の時間だ! 急ごう」

 

「あ、ちょ……」

 

 そう言って私の手を取り駆け出すキョウヘイ。

 顔が沸騰しそうだ。

 駄目だ駄目だ、落ち着け私。

 結局、船でヒウンシティまで行くことにした。

 まあ、ファイアローで移動しても船で移動してもあんまり時間は変わんないからいっか。

 

 そんな私たちを追いかける影があった。

 

 海は好きだ。

 とくにこっちの海は潮風にあてられてもべたつかない。

 だから渡航も楽しい。

 

(あいつらがいなければなぁ)

 

 ゆったりとした動作で振り返る。

 よくある船だ。

 

(バレてないと思っているのかなぁ)

 

 超有名人の私にはストーカーも存在する。

 それもかなりの量だ。

 そういう人たちを対処しているうちに、人の気配に敏感になってしまった。

 転生前のボッチによる気配察知スキルに、転生後の視線察知スキルが合わさり最強に見える。

 まあ、ようするに、さっきから物陰でこそこそしてるやつらがいて不愉快なわけだ。

 

(どこかのタイミングで仕掛けてくるつもりなのかしらね。そうでないなら見張ってないで隠れておけばいいものね)

 

 まあ分かった上で放っておこう。

 ルッコとしてあまり彼らと関わるべきではない。

 

「ルッコちゃん! 向こうに面白そうな部屋があったんだ! 探検しに行こう!」

 

「主人公だねぇ」

 

「……?」

 

「なんでもないよ」

 

 キョウヘイが連れてきたのは食堂。

 ゴミ箱がたくさん並んでいる。

 どこかのゴミ箱にはスイッチが隠れているかもね。

 私はアイドルだからそんなことしないけど。

 

 と、その時、耳をつんざく爆音が轟いた。

 船が大きく揺れ、体を空中に放り出される。

 

「ルッコちゃん!」

 

 手を伸ばすキョウヘイを華麗にスルー。

 空中で半回転して地に足を付ける。

 キョウヘイが呆気に取られているがこちとら何年も殺陣をやってるんだ。

 この程度日常茶飯なんだよ。

 

 その後地面を蹴り甲板へと駆け抜ける。

 空に向けて、黒い煙をこくこくと噴出していた。

 そして、アナウンスが鳴り響く。

 

『エンジンルームに何者かが侵入しました。犯人はエンジンを爆破したようで、推進力を失いました。沈むことはありませんが、犯人は船内に隠れている模様です。みなさま、甲板にお集まりください』

 

 ……なんだろう、この違和感は。

 アナウンスに矛盾はない、はず。

 この煙と、先ほどの揺れ。

 エンジンルームがやられたというのは本当だろう。

 なら、何がおかしい?

 

 推進力を失ったが沈まない……。

 これは多分問題ない。

 しいて言うなら海流に流されるのが怖いが、位置情報は送れるから問題ない。

 別の何か、何かが違和感を起こしている。

 

 自室にいたのであろう老若男女が、一斉に甲板に飛び出してきた。

 我先にと、他人を退ける姿は人の醜さを表すようだった。

 いや、そんな事考えてる暇はないんだ。

 先の違和感は何だ、私の考えすぎか?

 

『えー皆様、お集まりいただきありがとうございます。この船は我々がジャックさせていただきました。生きて帰りたければ私たちの要求を聞いてください』

 

 ああ、そうか。

 情報を開示したこと、公表の仕方。

 それが違和感だったのか。

 

 私はひとり、頷いた。




年上に教えを説くルリちゃん十歳。


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四話 「海の王者II」

昨日間違って今日の分上げていました。
なので昨日の19:00~22:30頃に読んでから読んでないという方は一話前の話をお読みください。
大変申し訳ないです。

あと誤字報告してくださった皆さんへ。
確認する前に丸っと修正したので分かんなくなっちゃいました……。
もう一度読み直して修正したつもりですがまだ漏れてるよ!
っていうところがあればお手数ですがもう一度報告いただけると嬉しいです。
本当に申し訳ございません。


『えー皆様、お集まりいただきありがとうございます。この船は我々がジャックさせていただきました。生きて帰りたければ私たちの要求を聞いてください』

 

 違和感の正体にようやく気付き、今更感に苛まれる。

 わざわざ乗客の不安を煽るような言い方。

 そして甲板への誘導。

 これが違和感だったのか。

 

『乗客の中に、白いワンピースに白い帽子のピンク髪の少女がいる。その少女をこちらに引き渡していただこう』

 

 あれ?

 それ私じゃね?

 

「いたぞ! あいつだ!」

 

「わりぃな、俺にも家族がいるんだ」

 

 様々な弁明を述べられ、なされるがままに拘束される。

 私を捕らえようとするのはほんの数人。

 大多数は傍観を決め込んでいる。

 そりゃそうだ、自分の手を汚さずに助かる、一番いい選択だ。

 

 後ろ手に腕を縛られ、前に突き出される。

 キョウヘイとヒュウはこの人混みに捕まっているのが視界の隅に映っている。

 役立たずめ。

 

「ふ、ようやく捕まえたぞ。白い悪魔め」

 

「いやそれだとトゲキッスになっちゃうじゃん、ここはピンクの悪魔だろ」

 

「それだとラッキーじゃねえか」

 

「いやカービィだろ」

 

 かっこつけてプラズマ団が登場した。

 黒い服の、新生プラズマ団だ。

 アナウンスに使っていたマイクではなく、肉声でどうでもいい会話をしている。

 遠くの乗客に聞かれないのはいいが、この状態で放置されるのは流石に腹が立つ。

 

「私に何の用?」

 

「なんの用だと? しらじらしい」

 

「役者ですから」

 

 しかし本当に訳が分からない。

 この感じ、プラズマ団に私が敵対していることがばれている?

 はて、どこでミスったのか。

 

「二年前、まさにプラズマ団が世界を掌握しようというとき、妨害が入った。一人はカノコタウンの少年、こいつはわれらの王だったものを退けた」

 

「なるほど?」

 

「そしてそのカノコタウンの少年を退けたゲーチス様の邪魔をしたやつがいた」

 

「ふむふむ」

 

「お前だ! なんなんださっきからその適当な返事は! お前の立場が分かっているのか?」

 

 私の事だったのかー、と驚いた表情をしておく。

 ワンチャン勘違いだと思ってくれたらラッキーだからね。

 しかし、これは完全に顔が割れてるっぽいね。

 なんでなんだか。

 

「そいつはファイアローとガブリアスとミミッキュを使っていたという! お前以外にこんな手持ちのトレーナーはこのイッシュに存在していなかった!」

 

「へぇ?」

 

 貼り付けた笑顔を引っぺがし、正面から向き合う。

 しかしどういうことだろう。

 ガブリアスはポケウッドで、ファイアローは移動手段として人の目に付くところに出したことはある。

 けれどミミッキュの存在は徹底して秘匿してきた。

 レンタルトーナメントに参加したのも、ミミッキュを公の場に出さないためにである。

 

(いや、違うか。そもそもファイアローとガブリアスの両方を手持ちに入れているトレーナーが少ないんだろう)

 

 その上でゲーチスの前に現れた時の背丈、声色、立ち回り。

 そういったところでバレたのだろう。

 やっぱりあの時出て行ったのは下策だったか。

 うーん、ここからどうにか巻き返す手段はないか。

 あ、そうだ。

 

「ガブリアスもファイアローもポケウッドのレンタルポケモンなんだけど……」

 

「!?」

 

「だから人違いなんじゃないかなー?」

 

 ふふふ、どうだ私のポケウッドのレンタルポケモンです作戦は。

 作戦名が愚直すぎるって? 気にしない気にしない。

 だがまあ、これを嘘だと証明することはできないだろう。

 なぜなら彼らは、あの場にいなかったのだから。

 私の事は伝聞でしか知りえないだろう。

 

 それならまだ誤魔化しようはある。

 

「な、ならばミミッキュはどうだ!」

 

「ミミッキュ? どんなポケモンなの?」

 

「こう、ピカチュウの偽物みたいな……」

 

「何ポケモン? 何タイプ? 生息地は?」

 

「う、それは……」

 

 作戦セカンドフェーズ、問答法。

 もともと相手の無知を指摘するための手段をシラを切るために使う。

 天才過ぎる。

 さあ、知っている情報を洗いざらい話してもらおうか。

 

「ええい、そんなことどうでもいいのだ! 我々は今一度このイッシュを支配すべく乗り出すことにした。その先駆けに、理想を汚すお前をここで消す!」

 

「できると思ってるの? この負け犬風情が」

 

「この! ヒヒダルマ! サイコキネシス!」

 

 こちらルリ。

 作戦サードフェーズ、時間稼ぎは失敗に終わった。

 キョウヘイとヒュウが助けに来るまで耐え凌ぐことはできなかった模様。

 至急リカバリーを要請する。

 ……ふざけてる場合じゃないんだよなぁ……。

 

 ヒヒダルマ(ノーマルモード)が私にサイコキネシスを使う。

 いくら特攻種族値が低いとはいえ人体に使う技じゃないだろ。

 私の体は勢いよく甲板から放り出された。

 今になって私に憐憫の目を向ける乗客たち。

 

(まあいいよ、私は心が広いからね。すべてを許してあげる)

 

 ボールはバッグに入れている。

 ファイアローを取り出すこともできない。

 ゆえに、海に放り投げられるのは確定事項。

 決められた運命。

 

 荒波と荒波がぶつかり合い、飛沫をあげて遮蔽物となる。

 

 誰からも見えない場所で。

 

 私は独り。

 

 笑みを浮かべた。

 

「だから、どうしたっていうのさ。運命切り開くって言ってるでしょ?」

 

 海が盛り上がる。

 かつて出会った海の王者。

 その者の名前は。

 

「来いッ! ラプラス!」

 

「くうぅぅぅん!」

 

 衝撃を逃がしつつ、ラプラスの背中に降り立つ。

 体を捻り、ラプラスに指示をする。

 

「こおりのつぶて」

 

 私を拘束していたロープが切り裂かれる。

 ロープだけを器用に切り落とすあたり、知能の高いポケモンだよなぁと思う。

 

「くぅーん」

 

「分かった分かった! あとでかまってあげるから今は静かにしてくれ」

 

 首をひねり頭をこすりつけてくるラプラスを引き離す。

 覚えているだろうか、このラプラスの事を。

 かつてプラズマ団に襲われていたあのラプラスだ。

 実はあれ以来、ずっとストーカーされている。

 どうやって尾行しているのか気になったらコイツ、氷人形と同じような事してやがった。

 ポケスペ時空の技を持ち込んでくるなよと突っ込みたくなった。

 

 原作だと口紅でチェックを付けると氷の錠を掛けられる仕組みだったが、それが機能するかは恐ろしくて試せていない。

 分かっているのはGPSと同じ効果を持っているということだけ。

 そしてそのGPSを私に取り付けていたということだ。

 私のストーカーの中で一番質が悪いといってもいいかもしれない。

 

 ん?

 氷人形を壊さないのかって?

 そんな恐ろしいこと出来るわけないでしょう!

 人体とリンクしているかもしれないんだよ?

 氷人形を壊したら私の体もバラバラって可能性もあるのにそんな真似できないよ!

 

 さて、プラズマ団狩りと行きますかね。

 勝利条件はプラズマ団に私の存在を知覚されないこと、ラプラスのみで片を付けること、乗客に被害を出さずに一撃で葬ること。

 プラズマ団に察知されては奇襲のチャンスを不意にする。

 せっかく私と二年前の人物は別人説を提唱したんだから、ここでガブリアスやファイアローは出したくない。

 ワンチャンそのまま別の人間だと思ってくれれば儲けものだ。

 そして最後、乗客に被害を出さないのは当然だろう。

 

「楽勝過ぎるね」

 

 ラプラスに視線を送る。

 賢いこのポケモンは私の意図を汲んで頷いた。

 ラプラスの上で瞳を閉じ、船上をイメージする。

 俳優として生きてきて、視点を移動する術を身に付けた私には余裕過ぎる。

 

 ラプラスと心を通わせる。

 この二年間、強さを追求する過程で身に付けた技術。

 トレーナー自身が心の目で敵を捕らえた時、それはポケモンに伝わる。

 

 大げさな身振りはいらない。

 ただ一言、静かに言い放つ。

 

「ラプラス、ブリザードバーン」

 

 言い終わるや否や、ラプラスから凍てつく波動が放たれる。

 触れるよりも早く海を凍らせながら、目標に向かい一直線に突き進む。

 その先にいるのはあのプラズマ団たち。

 極寒の一撃はプラズマ団だけを飲み込み、戦いは幕を下ろした。

 

「ラプラス」

 

「くぅん」

 

 ラプラスに先を急がせる。

 船に背を向け、波に揺られ。

 脳内に流れるはラプラスに乗った少年。

 背中には視線が二つ。

 きっとキョウヘイとヒュウのものだろう。

 背を向けたまま、軽く右手を振ってお別れする。

 

「はぁ」

 

「くうぅん?」

 

「失敗したなぁ」

 

 そうかぁ、手持ちからバレるよなぁ。

 どれもこれもイッシュ図鑑に載らない外来種だもんなぁ。

 一応、私が二年前の人物でない可能性も考慮してくれる可能性もゼロではないけれど、まあ決め打ちしてくると考えた方がいいだろう。

 普通に考えてみんながレンタルポケモンじゃないのは分かるもんなぁ。

 

「それにしても、今更って感じがするけどなぁ」

 

 ガブリアスやファイアローは前々から使っていたからなぁ。

 もっと早く割り出されていてもおかしくないと思ったけれど。

 ……違う、逆なのか。

 

 今まで接触してこなかったのは組織がバラバラだったから。

 つまり、すでにある程度組織体制が整い始めている。

 そう考えればこのタイミングで仕掛けてきたことにも納得がいく。

 ということは、これから先も今のような事件に巻き込まれることが増えるかもしれない。

 

「いや、巻き込むかもしれないの方が適切かな」

 

 それは悪いなぁ。

 特にお世話になった人たちに迷惑をかけるのは気が引ける。

 ライブとかスケジュールが知られるようなことをすれば即襲撃を受けるよなぁ……。

 

 ライブキャスターを取り出し、事務所に報告する。

 プラズマ団に襲撃を受けたこと、これからも受けるかもしれないこと、ライブは危険だからやめる事、そして。

 

「アイドルやめます」

 

 このあとめちゃくちゃ叱られた。




ブリザードバーンはポケカのラプラスGXの技。
プラムちゃんかわいい。

海も凍らせたのは海流に流される確率を少しでも減らすためだとかなんとか。


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五話 「共同戦線」

暁 ののの!さん、GN-XXさん、誤字報告ありがとうございます!


 アイドルを辞めると言ったが、やめさせてもらえなかった。

 けれど船に乗った乗客たちの証言により、私が襲撃されたことは事実だと判明。

 事態を重く見て、無期限の活動休止が発表された。

 そんなこんなで突発的にライモン遊園地で一曲だけ歌うことになった。

 

 ライモン遊園地であることは突発的でも人が集まりやすい事、もともと警備が多い事、そして私の初めてのコンサート場所だったことからだ。

 開始三十分前にSNSで突然の発表だったが、多くの人が集まった。

 ルッコという少女がどれだけ愛されているかを知った。

 

 公演を終えて、髪を解き、ルッコからルリに戻る。

 無期限の活動休止と言いつつ、実際のところプラズマ団が殲滅されるまでが私の休止期間だ。

 ことは迅速に運ばなければならない。

 早々にプラズマ団を潰す。

 

「うへぇ、まだ一杯人がいるよ……」

 

 裏口から出れば、熱気の止まぬ観客たち。

 彼らはプラズマ団の事を知らない。

 だから危機感を持っていないのだろう。

 それは仕方ないと思う。

 

「だから最終公演とかもやりたくなかったんだよ」

 

 まあ終わってしまったことは仕方がない。

 何も起きないようにお祈りしよう。

 

 夕日が、空の境界に落ちる。

 空を赤く燃やし、朝と夜の入れ替わりを告げる。

 あれだけ大量に居た観客たちも、既に大多数が帰り、遊園地は平常通りの賑やかさに戻った。

 

「観覧車……」

 

 忌々しい記憶だ。

 こことは違う世界線での思い出。

 キョウヘイに依存し、ヤンデレになる未来。

 その未来を変えるために、小さい頃から走り回り、今の私がここにいる。

 

 思えば、この観覧車もずっと避けていた。

 もうしばらくここに来ることは無いだろうと思うと、それはそれで寂寥感があり、思い出として真下から仰いででみることにした。

 夕暮れ時で、気持ちが途切れていたのか。

 私は彼に気づかなかった。

 

「観覧車、美しい数式の集まり」

 

 飛び退き、地を蹴り、後ずさる。

 

「N……」

 

「やっぱり、君だったんだね」

 

 そこにいたのは旧プラズマ団の王、ナチュラル・ハルモニア・グロピウス。

 どうしてここに? と思ったが、こいつはよく観覧車の前に出没するんだったと思い出す。

 そして、Nの発言から察するに、二年前の人物であることは察知されているのだろう。

 くぅ、ポケウッドで使ったのは間違いだったなぁ……。

 いや、今回は不用意に名前を読んだ私が悪いのか?

 うーん、でも接触してくるってことはある程度確信があるんだろうしなぁ……。

 

「君の事はポケモンから聞いたよ。いつも君の手持ちのポケモンの事を思い、いつも寄り添い、いつも一緒だと。トレーナーのポケモンへのあこがれるポケモンがいるなんて、知らなかった」

 

 トウヤの時は何と言っていたんだったか。

 一緒にいたいとか、そんな感じだったか。

 あまり違わないと思うけどな。

 

「あのトレーナーの時も驚かされた。だから彼と最後に対峙することになる、それはなんとなくわかっていたし、それが当然だと思っていた」

 

 Nは幼少期、人の手によって傷つけられたポケモン達としか接することができなかった。

 そして歪んだ思想を植え付けることがゲーチスのたくらみで、Nは見事に人形の王として育った。

 けれど、ゲーチスの思惑から外れる出来事があった。

 それがトウヤとの出会い。

 彼と出会い、人と一緒にいたいというポケモンがいることを知った。

 

 知ってしまったら、無視することはできない。

 自分のしていることは本当に正しいのか。

 疑問に思ったことは、確かめずにはいられない。

 だからトウヤと正面からぶつかり合うことを選んだ。

 

「でも僕は負けた。僕の信念は、彼の思いに打ち負けたんだ。いや、彼らの、だね。だから僕は、ポケモンを解放することを強いることを止めようと思った。でも、あの人は違った。それでもなお、止まらなかった」

 

 虚空を見据えていた二つの瞳が、確かに私を捕らえる。

 なるほど、視線を感じなかったのは私を見ていなかったからか。

 そして陰キャよりだから気配も察知しづらいと。

 こいつ、私の天敵なのでは?

 

「君には感謝している。あの人を止めてくれてありがとう。でも、まだ終わってないんだ」

 

「……知ってる」

 

 つい先日残党たちに暴力振るわれたばかりなので。

 きちんと教育しておいてよね。

 私じゃなければ体力が切れておぼれていたよ。

 

「……観覧車には乗ったことはあるかい?」

 

「おあいにくさま、そんな相手いないわ」

 

「そうか、なら一緒にどうだい?」

 

 どうやら敵対心は抱いていないようだ。

 それなら別に観覧車に乗ってもいいのではないかと思う。

 いや待てよ。

 これだと恋人ができたからアイドルを辞めたみたいな感じに映るのでは?

 

(それは嫌だな)

 

「お断りするわ」

 

「そうか……なら、ここで打ち明けることにするよ」

 

「お断りするわ」

 

「……こっちは断らないで欲しいな……」

 

 嫌だよ。

 絶対面倒なことじゃん。

 あーもう! 分かった分かった!

 ラプラスみたいな顔しやがって。

 聞いてあげるからさっさと吐け。

 

「あの人は強力だ。僕一人では対処できないかもしれない」

 

「その時に、助けに入れと?」

 

「……そうだよ」

 

 大きなため息を吐く。

 両手をやれやれと言った風に持ち上げ、首を振る。

 

「それになんのメリットがあるのさ。団体行動を得意とするような人間じゃないでしょ。私も、あなたも」

 

「別にタッグバトルをしようというんじゃない。共通の敵だというのなら、同じタイミングで強襲を仕掛けたほうがいい」

 

「……あなたの口から明確に敵という言葉が出るとは思わなかったわ」

 

 Nの喉仏が動いた。

 息をのむというのは、こういうことを言うのだろうか。

 とにかく、はっきりしたことがある。

 

「嘘を、吐いたわね?」

 

「……君は鋭いね」

 

 Nは観念したといった風に佇まいをなおした。

 そうしてもう一度私の目をのぞき込む。

 そこに、一切の淀みは無かった。

 

「僕は、もう一度父さんと向き合いたいと思っている。異なる考えを受け入れ、共感し、ハーモニーを奏でる。その事のすばらしさを知った。きっと、父さんとも分かり合える」

 

 でも、と彼は続ける。

 

「今の父さんには、きっと僕の声は届かない。世界を支配することで頭がいっぱいになって、他の事に気を向ける余裕がない。だから、一度倒す必要がある。そうして、僕の思いを伝えなければいけない。ポケモンバトルを通して!」

 

「……ならなおさら、私はいない方がいいんじゃないかしら?」

 

「それじゃダメなんだ。ポケモンと分かり合えても、人と分かり合えなければいけない。人と向き合う必要性を、父さんには伝えられない」

 

 だからと、Nが手を差し出す。

 夕日がブレスレットを照らし、光り輝く。

 手を伸ばせば届くこの距離が、どうしようもなく遠く感じられた。

 

「すこし、考えさせてくれる?」

 

 彼女には、眩しすぎた。

 

 ゲーチスを止めようとしたわけじゃなかった。

 ただ自分のエゴで暴れまわっただけ。

 いまだに、人と向き合ったことは無かった。

 自分の中にあるのは、ポケモン達とともに生きる事。

 そこに人は含まれていなかった。

 

 彼女が彼の手を取るには、彼女はあまりにも独善的過ぎた。

 まだ十歳だといえばそれまでかもしれないが、十歳と言えば図鑑所有者たちの年齢だ。

 

 あるものはポケモンマフィアを潰し、またあるものは世界を破滅から救い、あるものは世界の終末を回避した。

 彼らは人の役に立った。

 けれど、自分がしたことは?

 

 二年前、あの場にいた五人を除いて、誰からも認識されない。

 記憶にも、記録にも残らない。

 それが人の役に立ったと言えるだろうか。

 私にはわからなかった。

 

「私は、あなたが思うような人間じゃないよ。自分の都合であの場を荒らし、自分がしたいようにしただけ。その付属効果としてゲーチスを止めることになっただけなんだよ」

 

「……それでもいいじゃないか」

 

 心臓が鼓動を刻む。

 頭を殴られたような錯覚を、衝撃を受ける。

 手に汗握る。

 彼は今、なんといった。

 

「途中式が異なっていたって構わない。人それぞれ、異なる関数を持つんだ。入力が同じでも、出力が異なるなんてのは当たり前の事さ」

 

 腰に付けたヴォイドキューブを外し、そういう。

 左手でくるくると回した後、顔の高さまで持ち上げる。

 

「逆に、出力が同じでも入力が異なるという場合もあり得る。君が君の行動を身勝手なものだと言っても、結果としてそれは、僕を救ってくれた。自分勝手に起こした行動が、誰かの役に立つこともある。だからこそ、この世界は面白い。解けない方程式。心と心の触れ合い。それでも、実行してみれば答えが得られる。動かなければ答えも分からない」

 

 再び腰にヴォイドキューブを取り付け、もう一度私に手を差し出す。

 

「もう一度言う。僕と一緒に戦ってくれ」

 

「……分かったわ」

 

 私の頬には、雫が滴っていた。

 演技ではない、そして演技で留めておくこともできない、涙だった。




Nがゲーチスに襲撃を仕掛けるタイミングにキョウヘイがいることを失念しているルリちゃん。


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六話 「縛りプレイ?」

 あの後、Nとはお別れした。

 もちろん情報交換や連絡手段としてライブキャスターの番号は交換した。

 だが、一緒に行動はしない。

 先にも言った通り、私もNも団体行動が得意な人種じゃない。

 それなら手分けして地盤を固めようという話だ。

 

「とは言ったものの、どうしますかねぇ」

 

 森の中に入り、開けた草原を探す。

 しばらくして見つけた草原に、人気が無いことを確認してからボールからガブリアス、ファイアロー、ミミッキュを繰り出す。

 うん。アイドルっぽくない手持ちだ。

 でも原作でもサイホーンとか交換に出してきたし別におかしくはないか。

 

「まず、これ以降やるべきことと、やっちゃいけないことを明確にしよう」

 

 大きな切り株を囲んでまるで円卓会議だなと思いながらそう呟く。

 

「ポケモンセンターの利用。これはやめておいた方がいいだろうね」

 

 ポケモンセンターを利用すれば、利用記録が残る。

 相手がハッキングを仕掛けてくる可能性が高いと考えているわけではないが、そもそも内通者とかがいる可能性は非常に高い。

 できる限り公共機関に立ち寄ったという記録は残したくない。

 

「そうなるとフレンドリィショップとかも使わない方がいいのかな」

 

 フレンドリィショップには監視カメラが取り付けられている。

 最悪の場合を考慮するなら、できる限り利用しない方がいいかもしれない。

 

「なにその縛りプレイ」

 

 最悪である。

 ここにきてポケモンセンター縛りとか……。

 まあこの辺に関してはゲームと違って自然治癒とかもあるしどうにかなるか?

 

「すべきことと言えばゲーチスの杖の対策だよねぇ」

 

 BW2にて、ゲーチスはその風貌を大きく変えることになる。

 頬は痩せこけ、息を切らせ、肉体的にも精神的にも疲れ切った様子であった。

 そんなゲーチスは杖をつくようになる。

 この杖が厄介だったりする。

 

「記憶にある杖の効果は二つ。一つはポケモンを支配する効果、もう一つは捕獲を妨害する効果」

 

 もしかすると、記憶から抜け落ちているだけで他にも効果があったかもしれない。

 他にも、私という異分子が混ざりこんだせいで他の機能がついているかもしれない。

 時空間を支配する効果とかあったらどうしようね。

 シンオウ地方でやってくれって文句言えばいいのかな。

 

「キュレムなんて捕獲するつもりはないけど、支配する効果っていうのが厄介」

 

 ゲーム内だとキュレムしか支配していなかった気がする。

 それがその杖の限界ならそれでいい。

 けれど複数体を同時に支配できる場合、あるいは同様の杖を複数用意してある場合。

 大事なポケモン達が奪われるという結末まで予想できる。

 それは絶対に許さないけれど。

 

「すぐにアイデアが浮かぶものでもないし保留にしておこうか。もう一つの問題点が」

 

 ガブリアス、ファイアロー、ミミッキュを順にみる。

 うん。パーティバランスおかしいよね。

 

「特殊アタッカーがいないこと、そして集団戦法に対して無策であること」

 

 これも結構な問題だったりする。

 プラズマ団と戦う上で厄介なことの一つに、数の暴力というものがある。

 夢の跡地ではこの問題を闇討ちという方法で解決した。

 けれど今回はそれを取れない。

 

 理由は二つある。

 まず一つ目は、こちらの存在が相手にバレていること。

 これより先はプラズマフリゲートを拠点にするだろうプラズマ団相手に、警戒された状態から奇襲をかけることは難しいだろう。

 もっとも、難しいだけでできないわけではないだろうが、それに最初から期待するのはやめておくべきだ。

 

 そしてもう一つの理由。

 それはNとの約束だったりする。

 共同戦線を張る以上、ある程度相手の事を重んじた行動をとりたいと思う。

 そういうわけだから不意打ちだとか辻斬りだとかそういう悪役っぽい行動はあまりとりたくない。

 

 ということで複数を相手にした場合の戦術を確立しておきたい。

 先に断っておくと一対多を想定した戦法なら複数ある。

 

 ガブリアスで砂嵐あるいは砂地獄を起こし、各個撃破する方法。

 岩雪崩や地震で全体攻撃をする方法。

 ファイアローに吹き飛ばしを指示し、相手の攻撃に指向性を持たせる方法。

 

 その他諸々あるが、おわかりいただけただろうか。

 全部無差別な攻撃手段なのだ。

 味方がいないからこそ使える対集団戦法。

 Nとともに戦うならばNのトモダチも傷つけることになる。

 それではNの、分かり合うという主張を私が邪魔することになる。

 

「どっちもこっちも鎖ばっかりじゃん……」

 

 だから単独行動は楽なんだ。

 仲間を心配する必要がないし、変な気を遣うこともない。

 だけど。

 

「誰かの役に立ちたい……。どれだけ大変な道のりでも、最後まで歩み切って見せるんだ……」

 

 それが、私の新しい願い。

 それを叶えるためなら、この程度の試練は甘んじて受け入れよう。

 

「まとめると公共施設を使わない、特殊アタッカーを育てる、杖への対抗策を用意しておく」

 

 そう呟いた時、ライブキャスターが鳴った。

 相手はNだった。

 さっき別れたばっかじゃん。

 

「はろー? どうしたの?」

 

「君に頼みたいことができた」

 

「断る」

 

「……断らないで」

 

 冗談だ。

 初手お断りは礼儀。

 

「で? 用件は何?」

 

「PWT、知っているよね」

 

「ええ、ホドモエシティの南にあるバトル施設でしょ? 私も参加したことがあるわ」

 

「そこでチャンピオンズトーナメントが開かれることになった。トウヤが、あのトレーナーが参加する可能性がある」

 

「ああ、何をしているのかと思ったら英雄の片割れを探しているのね」

 

 トウヤはBW2の時間軸では行方が分からなくなっている。

 チェレンは僕が捜すしかないとか言っていたが結局最後まで現れることは無かった。

 だから私はトウヤを探すことは最初からあきらめていたけれど、Nからすればトウヤはぜひとも味方につけたいと思っているのだろう。

 たしかにトウヤが味方に加わればNの目的も達成しやすいだろう。

 

「それで? 私に会場中を歩き回って探して来いって? 隠密行動したいのはこっちも同じなんだけど」

 

「いや、君にはそのトーナメントに参加してほしいんだ」

 

「はぁ?」

 

 話聞いてた?

 隠密行動したいのは私もなんだけど。

 何自分だけ陰でこそこそしようとしてるのか。

 ゲーチスか、ゲーチスに似たのか!

 おのれゲーチス、許すまじ。

 

「というか、チャンピオンはあんたじゃん。私は一般トレーナー。参加できないわよ」

 

「問題ない。君は初代レンタルトーナメントチャンピオンとして誘致されるはずだ」

 

「チッ、どこからその情報引っ張り出してきたのよ」

 

「……普通に公表されているじゃないか」

 

 おのれゲーチス、許すまじ。

 今度会ったら覚悟しろよ。

 

「それで、仮に参加したとしてあなたはその間に何をしたいのよ」

 

 問題はそこだ。

 私が公の場に姿を現すということはプラズマ団の襲撃というリスクを負うことになる。

 そんな危険を冒してまで、Nは何をしたいのか。

 それはリスクを負ってまですべきことなのか。

 

「二年前の手持ちで、トーナメントに参加してほしい」

 

「……なるほどね」

 

 ようやく合点がいった。

 つまり、トウヤに対して、あの時の黒ローブが私だとネタバレをすることで接触を謀ろうということか。

 確かにそれならトウヤを見つけられる可能性が上がるかもしれない。

 トウヤは実力的にぜひとも味方につけておきたい。

 

 けれどNは二年前の事件から、表舞台に出ることができない。

 だから私に頼んできたと。

 

 ちなみに二年前の事件に私の名前は載っていない。

 当時は謎の子供という認識だったし、そもそも世間的にはNとトウヤの決戦ということになっている。

 私が大会に出るのはいささかの後ろめたさもない。

 そして、普通に過ごしていてもトウヤが見つからないことを私は知っている。

 確かに彼を見つけようとすれば、これくらいの行動に出なければいけないかもしれない。

 

 だがそれは、あまりにもリスキーだ。

 

「あなた分かって言ってるの? それは同時に、ゲーチスにもあの時邪魔をしたのが私だと明示することにもなるのよ」

 

「……もうバレているだろう」

 

「……そうね、あなたの親だものね。あなたが私にたどり着いたということはゲーチスもまた気付いている……か」

 

 ということはチェレンやアデクも私の事に気づいているのだろうか。

 気づいていて放置していてくれている……。

 うん、彼らならあり得そうだ。

 けれどトウヤは気付いていない可能性が高い、と。

 そう言われればローリスクではある気もしてくる。

 せっかく別人説を仄めかしていたのが無駄になりそうだけど。

 

「あなた、プラズマ団が最近活動し始めたこと知っている?」

 

「……ああ」

 

「彼らはあなたですら敵だと思っているかもしれないわよ? 裏切者、とね」

 

「……分かっている」

 

 私のデメリットが小さくなった以上、Nの事も考えなければいけない。

 プラズマ団が襲撃してくる可能性が高まる以上、敵として相対する可能性が増すぞ、と。

 その時、戦う覚悟はできているのかと、私は問うた。

 画面の向こうの翡翠の瞳に決意が灯った。

 

「……分かったわ」

 

 Nの言葉を聞く前に、こちらから切り出す。

 わざわざ言語という不完全な体系に落とし込む必要はない。

 心の形は、心に留めておけばいい。

 

「その代わり、観客席を隅から隅まで探すこと。気づいてもらえても、接触してくるとは限らないんだから」

 

「僕はトーナメントに参加しなくてもいいのかい?」

 

「あんたが出てきたら大騒ぎになるでしょう。あなたはサポートに回ること。いいわね」

 

「すまない」

 

 そうしてライブキャスターを切った。

 チャンピオンズトーナメントか。

 懐かしいな。




ポケセン縛るはずが何故PWTに参加する事になってるんだ?
あの紅い人と会わせるためですよ


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七話 「赤髪のボンバヘッド」

N2さん誤字報告ありがとうございます!

ようやくNN付けれたよ!
タイミングが無くて困ったんだよ!


 PWTにやってきた。

 降り続いた雨は止み、空は青々と輝いている。

 ドーム状の建物が存在感を主張している。

 今、あなたの目の前で存在感を放つ……やめよう、なんか変なフラグが立つ気がする。

 要するにトーナメントを行う施設だ。

 

 私が参戦するのはチャンピオンズトーナメント。

 今回はシングルバトルのルールだ。

 私の手持ちが三匹しかおらず、それ以外参加できなかったから好都合だ。

 ラプラス? 知らない子ですね。

 

 ゲームと違い、様々な種類のチャンピオンがやってきた。

 まず、ゲーム通りの、各リーグのチャンピオン。

 そして私のように、ある程度名のある大会でのチャンピオン。

 その他トライポケロンのチャンピオンやポケスロン、虫取り大会のチャンピオンとかもいた。

 なんだ虫取り大会のチャンピオンって。

 

 参加人数は百人を超えている。

 ざっくり計算して七、八回勝ち抜けなければ優勝できない。

 試合時間も長くなる。

 絶対プラズマ団が来るじゃんヤダー。

 

 ちなみにベストエイトまでが予選リーグ、そこからが決勝リーグとなる。

 予選リーグは八ブロックあり、その優勝者だけが決勝リーグに進出できる。

 

 まあここまで来てしまった以上帰ることはできない。

 腹くくっていこう。

 

「……ふふ」

 

 今回はNが味方に付いている。

 誰かの手助けを受けられるっていうのはいいものだなぁと思った。

 受付を済ませ、控室へ向かう。

 個人個人に用意なんかできないから大部屋だ。

 

 ドアに手を掛ける。

 痺れが走ったような気がした。

 季節は夏。

 静電気が起きるような時期ではない。

 

(飲まれるな)

 

 正体は分かっている。緊張感だ。

 扉を開けて部屋に入る。

 掛ける思いは様々だが、信念を持つ強者のみが集うこの空間。

 当然、ピリピリとした雰囲気が漂っている。

 

(今回の目的はトウヤの目に映ること。最悪、トウヤがこの会場にいなくてもいい。テレビ中継でも何でも、私の事を見つけてくれればそれでいい)

 

 そうすると、当然多く試合をした方が見つけてもらう確率は高くなる。

 最初の方なんて第二第三、第四会場まで使って一斉に消化していくのだ。

 目に留まる前に敗退、っていうのは避けたい。

 最低でもテレビ中継が始まるベストエイトまでは残りたいものだ。

 

 しかし、あれだな。

 会場を四つ使ってもなかなか自分の番が来ない。

 こう何もしない時間が続くとそわそわしてくる。

 ん? もしかして私ワーカーホリックか?

 ……そんなことは無いと信じたいね。

 

「そうだ、ニックネームを付けておこうか」

 

 結局二年前からニックネームを付けてこなかった。

 いい名前を考えているうちにタイミングを逃して、そのままずるずると引きずってしまった感じだ。

 こういうのは良くない。

 今のうちに断っておこう。

 

「まずファイアロー、あなたはロアよ」

 

 ファイアローの入ったドリームボールに向かって語り掛ける。

 ボールが小刻みに震えた。

 ガラスの向こうでリアクションを取ってくれているんだろう。

 

 ロアっていうのは名前からっていうのもあるが、ガレット・デ・ロワからでもある。

 あれのロワって王達を意味するらしい。

 空の王者たれという意味が込められている。

 

「次にガブリアス、あなたはガブよ」

 

 本当はガブリールとかジブリールにしたかったけど。

 ジブリールだとガブ要素が薄れすぎるしガブリールだとドロップアウトしそうな気がする。

 分かりやすく、慣れ親しんだ名前が結局落ち着くというものだ。

 たとえフェアリータイプが環境を蹂躙しようと、私はあなたとともに挑み続けるよ。

 

「そしてミミッキュ、あなたはミーだよ」

 

 ミミッキュから一文字取ったミー。

 同時に一人称のミーでもある。

 化けの皮に身を隠し、外面を取り繕う。

 私たちは本当によく似ている。

 

「みんな、これからもよろしくね!」

 

 両手にボールを抱え、語り掛ける。

 さあ、バトルの時間だ。

 

「勝者! イッシュ地方のルッコ!」

 

「イエーイ、応援ありがとー!」

 

 こんな時もファンサービスは忘れない。

 会場が沸き上がる。

 地響きでも起きているのではないかと錯覚してしまうからその大声やめて。

 応援してくれるのはうれしいんだけどね。

 あとその辺、変な応援歌作るな。

 

「おつかれさん。今回も楽勝であったようだな」

 

「……アデクさん」

 

 入退場口から立ち去るとき、赤い髪のボンバヘッドに話しかけられた。

 イッシュ地方の元チャンピオン、アデクだ。

 二年前Nに敗れその座を譲ったがその実力は健在だ。

 

「おお、わしの事を知っておるのか」

 

「自分の地方のチャンピオンを知らないのが許されるのはトレーナースクール入学までですよ」

 

「先代とかになると知らない奴も多いけれどな。勤勉なようで感心感心」

 

「どうも」

 

 ちなみにNはチャンピオンの座につかなかったため、現チャンピオンはアイリスがしている。

 ほら、あの初手サザンドラの幼女だよ。

 褐色ロリ。

 思い出したかな?

 

「で、何の用ですか?」

 

「ん? どういうことかな?」

 

「あなたほどの人がこんな小娘に話しかけてきたんです。用がないわけないでしょう」

 

「今や世界中で有名なあなたがただの小娘とは、粋な冗談よのお」

 

 はあ。

 もういいや。

 腹の探り合いとか疲れるだけだし。

 多分この人は敵対しないだろう。

 したとしても、実力行使に入る前に、対話でどうにかしようとするだろうし。

 なんだかんだ甘い人だからね。

 その時点で適当に折れたふりをすればいいや。

 

「君は、二年前のあの人なのか?」

 

「……それが本題ですか?」

 

 立ち去ろうと、アデクから意識をそらそうとしたとき、そう語りかけられた。

 

「そうだな。二年前、私はプラズマ団に敗れた。イッシュを背負う英雄も満身創痍。その時、割って入ったトレーナーは君だったのか?」

 

「……最近、よくそう聞かれるんですよね」

 

 私は興味がないと言ったばかりにその場を立ち去ろうとする。

 

「私の手持ちと、その人が持っていたポケモンが一緒らしいですね。聞きましたよ」

 

「! 君はプラズマ団と接触しているのかッ!?」

 

 歩き出した私の腕をアデクが引き留める。

 思い切り引っ張られたので千切れるかと思った。

 

「アデクさん、痛いです」

 

「あ、ああ、すまない」

 

 すこしシュンとして、申し訳なさそうに腕を離した。

 チャンピオンとしての威厳のかけらもないな。

 そりゃチェレンに舐められるよ。

 

「だが、これだけは言わせてくれ。ポケモンと人を切り離すなんて、間違っている。今までそうだったように、これからも助け合っていくべきなんだ。我々は」

 

「……すこし、失望しました」

 

 流し目でアデクを見据え、そう語る。

 アデクは目を見開き、間抜け面を晒していた。

 

「私はこの子たちと一緒にいたい。だからあなたの考えは分かります」

 

「それなら!」

 

「けれど、人が持つ考えに、絶対的な正義や悪なんて存在しないでしょう? ましてこれから先の未来がどうなるかなんて、その時代を担う人々の選択でしかないです」

 

 アデクの言葉を切ってそう言う。

 私の知るアデクは、もっと他の考え方に対して寛容的だったはずだ。

 自分を絶対的な正義として考え、プラズマ団を悪と謗るのは意外だった。

 

「私の知るチャンピオンアデクは、自分自身の手で答えを見つけろというような方でした」

 

 言いたいことだけ言って、その場から立ち去った。

 アデクには、自分が責められたように聞こえたかもしれない。

 けれど、私が咎めたのは、私自身だった。

 

(何がアデクさんをこんな風にしたのかは分からない。けれど多分、私が二年前、あの場に飛び込んだことが原因だろう)

 

 些細な違いでも、未来は大きく枝分かれする。

 アデクをこうも弱くしたのは、私のせいだ。

 

「ごめんなさい」

 

 人気のない廊下で、誰にも聞こえない謝罪を零した。




ルリ「アデクさんなら、実力行使に入る前に対話でどうにかしようとするだろう」
今がまさにその最後の段階だということには気付かない模様。
アデクからはやべーやつ認定されてます。
具体的には二年前のチェレンと重ねて見られてます。
アデクが狭小な人間になったんじゃないです。
ルリの過去から今までを調べて、表向きの顔とゲーチスの首を取ろうとしたときの事を鑑みた結果、少しの事でダークサイドに陥ってしまうと思ってます。
その前にどうにかしたいと思って接触してきたということでした。


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八話 「VSアデク」

金木犀さん誤字報告ありがとうございます!


「Eグループトーナメント優勝は、イッシュ地方のルッコ!」

 

 会場が沸き上がる。

 溢れんばかりの熱量が、また新たな熱気を生み出す。

 私は両手を大きく振ってアピールする。

 今のでベストエイト入りが確定した。

 とりあえず第一目標は達成かな。

 

 この後は休憩が入る。

 今までのは予選リーグみたいなもので、ここからが決勝リーグのようなものだ。

 休憩時間中に対戦相手が決定する仕組みだ。

 

「その間どうしますかねぇ」

 

 ガブリアスとファイアローにオボンの実やヒメリの実を与えて回復させる。

 くぅ、ポケセン縛りだっていうのにこんなところで木の実を使う羽目になるとは。

 でも一番即効性があるからなあ。

 

 ちなみにミミッキュには与えない。

 なぜなら今まで一度も出していないから。

 手持ちを見せたくないという理由も一割くらいあるけれど、やはりゴーストタイプというのが大きい。

 他の参加者を見てもゴーストタイプを使っているトレーナーはほぼいなかった。

 それくらいゴーストタイプというだけで毛嫌いされている。

 世間のイメージ的に私が使うのはあまりよくない。

 

「こういうときって私から連絡入れるべきだよねぇ……」

 

 ライブキャスターを付けてNに掛ける。

 多分NはNで、私に連絡入れ辛いだろう。

 自分は選手でNは観客だからね、集中を切らす事とか考えると。

 

「もしもし?」

 

「はろー? どう? そっちは」

 

「まだ見つかってない」

 

「そう、何か他に問題は起きてない?」

 

「問題ない」

 

 そう、と言い渡し、お別れを告げて通話を切る。

 そうかぁ、見つかってないかぁ。

 ワンチャンあるならこのタイミングだと思ったんだけどなぁ。

 どうやってもトウヤはあの場に現れないのだろうか。

 

 まあ、まだ可能性はあるんだけどね。

 むしろ決勝トーナメントが本番だし?

 ぜ、全然凹んでないんだからね!

 

 さて、と。

 問題は後ろに立っているこの人だよな。

 

「どうも、さっきぶりですね。盗み聞きははかどりましたか?」

 

 振り返り、軽く微笑む。

 こちらは気づいた上で放っておけるほどの余裕があるぞ、と。

 ただまぁ、実際には表情が凍り付くのを抑えることになったが。

 アデクさんは、修羅のような表情をしていた。

 

「きみは、何故戦うんだ?」

 

「何故って、私のためですよ。私は私が望む未来の為に生きる」

 

「ならば、君の望みとは何だい?」

 

「距離の取り方が下手くそですね」

 

 今日初めてあった人に心の内を打ち明けろとは。

 まぁ、この人が私が知るように朗らかな性格で、私がよくいる十歳なら答えていたかもしれない。

 けれど目の前のこの人はどこか憔悴しており、あげく私を威圧している。

 そんな相手に願いを教えるわけがないだろう。

 

「あなたは自分の強さをはき違えています。そんな人の話なんて聞きません」

 

「……やはり、言葉では分かり合えないか。決勝トーナメント一回戦、そこで話を付けよう」

 

 そういってアデクは立ち去って行った。

 なんだったんだ。

 というかもう対戦相手決まったのね。

 ならそろそろ試合かしら。

 私も会場に向かおう。

 

「第一回PWTチャンピオントーナメント決勝リーグ! その記念すべき一回戦は奇しくもイッシュ地方出身同士の戦い!」

 

 入場口の前で口紐を縛りなおす。

 口元が緩むのが感じられる。

 なんだかんだポケモンバトルは楽しい。

 そこに試合前の緊張感と高揚感が混じり合い、最高潮のコンディションに繋がる。

 

「アイドルに俳優、声優にパーソナリティ! 様々な分野で活躍する天才少女! 初代レンタルトーナメントチャンピオン、ルッコ!」

 

 階段をあがりバトルフィールドに立つ。

 モンスターボールを腕を使って転がす。

 肘を使って宙空に打ち上げ、落ちてきたところをキャッチする。

 うん、コンディションは変わらず最高だ。

 

「ウルガモスとの思い出を胸に、強さを、優しさを伝えよ、アデク!」

 

 向かいの入場口からアデクがやってくる。

 まるで死地へ赴く兵士だ。

 いや、見たことないけどね、そんな人。

 あくまで例えだけれど。

 

「どれだけの肩書があろうと、この場に立った以上はトレーナー同士。言いたいことはバトルを通して伝える!」

 

「あ、はい」

 

 なんでこの人こんなに怒ってるの?

 なんかしたっけなぁ。

 

(この人にとっては恩人に当たるんじゃないの? 私って。なんでこんなに噛みつかれてるんだろ)

 

 そんな思考を置き去りにしてボールを構える。

 思考が澄み渡り、視点が高くなる。

 フィールド全体を俯瞰するような感覚。

 いわゆる鳥の目というやつだ。

 

「第一回戦! 試合開始!」

 

 私とアデクさん、お互いがポケモンを繰り出す。

 それと同時に土煙が巻き上がる。

 私が繰り出したポケモンはガブリアスのガブ。

 ボールから出たらすぐに岩雪崩を使うように指示しておいた。

 

「戻れ!」

 

 土煙が戻る前にアデクはポケモンを入れ替える。

 出し負けを隠そうとしたのだろう。

 実際ガブの岩雪崩はあるポケモン一点読みで、私から見ればまだボールのエフェクトが残った状態しか見えていない。

 土煙が晴れる前ならば私は初手が何のポケモンだったか分からないというわけだ。

 

(普通ならね)

 

 残念ながら私の視点は遥か高みにある。

 初手が読み通りウルガモスだったことは筒抜けだ。

 交換するタイミングに合わせてステルスロックを指示する。

 これでウルガモスは封じた。

 

「なんという幕開けでしょう! 試合開始直後ルッコさんのガブリアスの岩雪崩が炸裂! アデクさんの一体目は何かわからないままだ! これがチャンピオンたちの戦いなのか!」

 

「そうですね、立ち上がりから激しいものとなりましたね。ポケモンを繰り出す前に指示を出しておくのは通常リスクが高いと言われています」

 

「といいますと?」

 

「まず、読みを外した場合、隙を大きく作ることになりますからね。非常にリスキーな物であります。最大六体まで連れ歩けるトレーナー、一体を読み当てるのはなかなかに至難なものです」

 

「どうしてルッコさんはそんな博打に?」

 

「勝算があったのでしょう。野良のトレーナーバトルとは違い、手持ちは割れていますからね。メリットとデメリット、リスクをはかり、勝てると踏んだのでしょう」

 

 実況の人がなるほど、と言っている。

 この間、アデクは待っていた。

 観客の事を忘れないいいエンターテイナーだ。

 

「アデクさんの一体目は何だったのでしょうね」

 

「分からないですが、ウルガモスという可能性は低いでしょう。あの威力の岩技を受けて耐えていられるとは考えづらいですからね。しかし交換をしたあたりから岩技が弱点だったんでしょう。シャンデラかウォーグル、このあたりが本命でしょう」

 

 この解説使えないなぁ。

 アデクの一体目はほぼ間違いなくウルガモスだ。

 ガブの岩雪崩を耐えられたのはヨロギの実を持っていたから。

 これは岩技の威力を軽減する効果のある木の実で、だから一撃耐えた。

 

 そして耐えられるまでが私の作戦の内。

 あの状態でウルガモスを場に残すはずがない。

 タイミングを見てガブリアスに火傷を入れたり、羽休めで回復をする機会があるかもしれないからね。

 あの場で切るのは速すぎる。

 

 実際、裏にロアを控えさせているからそこまで怖くはないけれどミーとウルガモスだとウルガモスが有利だ。

 だから一番最初に倒しておきたかった。

 

 アデクとしては出し負けすればローブシンにでも引くつもりだったのだろう。

 ならその隙すら与えずに一撃を入れる。

 これが私が考えた対アデク戦必勝法。

 ……開幕ローブシンだった場合?

 ミーに頑張ってもらおうって思ってたよ。

 

 チュインチュインと、ガブが会場を動き回っていると、ようやくアデクは次のポケモンを繰り出した。

 やはりローブシンだった。

 

「ガブ! じしん!」

 

「ローブシン! しっぺがえしだ!」

 

 しっぺ返しは後攻で使えば威力が上がる技。

 ガブリアスを返しの一撃で落とそうという魂胆だろう。

 ガブリアスの地震程度、ローブシンなら余裕で耐えてのけるからね。

 肉を切らせて骨を断つというか、さすがはチャンピオンというか。

 それが普通のガブリアスなら正しい選択だったと思うよ。

 

「ろ、ローブシン、戦闘不能!」

 

「ローブシン!?」

 

 審判が驚いた様子でローブシンの戦闘不能を告げる。

 アデクは驚いてローブシンに駆け寄る。

 

 ああ、アニメみたいにトレーナーサークルとかないから。

 普通にフィールドにトレーナーが入ることは許されている。

 安全面からあまり推奨はされていないけれど。

 

「ローブシンを一撃とは……そうか!」

 

「あれ、分かっちゃいました?」

 

「つるぎのまい……ッ!」

 

 そう、解説がアデクの一体目の考察をしている間、アデクがその解説を待っている間、ガブはひたすら剣の舞を舞い続けていたのだ。

 積み技は実戦だと隙を作り過ぎでなかなか使うタイミングがない。

 今回私がガブに指示していた内容は隙があれば積んで行けというだけ。

 アデクがなぜか待ってくれて助かったね。

 

 さてさてアデクさん。

 後続はファイアローを受けられるシャンデラでしょう?

 疾く疾く出しなん。

 

 出さないの?

 ああ、また解説を待ってるのね。

 本当に、甘すぎる。

 

「ガブ」

 

 ハンドサインを送る。

 それを受けたガブは砂嵐を起こした。

 読み通りのシャンデラならば拘りスカーフを持っている。

 正直スカーフを巻いたくらいでうちのガブが抜かれるとは思わないけれど時間があるならば万全を期す。

 

「ぬぅ、いけ! シャンデラ!」

 

 アデクが繰り出したのは予想通りシャンデラ。

 初手に撒いたステルスロックが突き刺さり、その体力を削る。

 

「オーバーヒート!」

 

 アデクのシャンデラのオーバーヒートが炸裂した。

 ガブが生み出した砂嵐を切り裂き、フィールドを飲み込む。

 ガブの場所が分からないなら、丸ごと攻撃してしまおうという考えか。

 そういう大胆な作戦、私は好きだよ。

 

「シャンデラのオーバーヒートが炸裂ぅ! これには姿を隠していたガブリアスもきっと……!」

 

 実況がそこまで言って、会場がざわめく。

 オーバーヒートの熱が引いて行く。

 そこにガブリアスの姿はなかった。

 

「いけ」

 

 私の指示を待っていたかのように。

 地面がめくれ上がり。

 シャンデラを襲った。

 会場が沈黙を貫く中、解説が静寂を破った。

 

「あなをほる」

 

 正解だ。

 ガブに砂嵐をしたのは姿を隠すためではない。

 行動を隠すためだ。

 タイプ一致の効果抜群技をシャンデラは受け止められず、倒れ伏した。

 

「……降参だ」

 

 ここに私の勝利が決まった。




おかしい。
接戦にするつもりだったんだ。
なぜこんな一方的な展開に?
(作者がガブのこと好きだから)


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九話 「赤より紅い夢」

12さん、暁 ののの!さん、鬱ボット@さん、金木犀さん誤字報告ありがとうございます!
誤字多すぎワロター! いや笑い事じゃないんだけどね。

原点にして頂点のお通りだァ!
と、その前にもう少しだけアデクのターン


「私とバトルして、通じ合えましたか?」

 

 目の前のおじさんを煽る。

 ねぇねぇ今どんな気持ち?

 子供を諭そうとしてボコボコにされて。

 わたし、気になります!

 

「あれからさらに、強くなったんだな」

 

「いつからかはわかりませんが、まあ強くなりましたよ? でも、それだけじゃない」

 

 腰をついたアデクの前に立つ。

 手を差し伸べる。

 俳優として身に付けた笑顔。

 観客席からは私が言う言葉なんて予想だにしないだろう。

 

「あなた、弱くなってますよ」

 

 口の動きは変えておく。

 読唇術とか使われると厄介だからね。

 アデクを立たせて退場口から会場を後にした。

 

 ガブにヒメリの実を与えていると、アデクがやってきた。

 

「それだけの強さ、どう扱うつもりだ?」

 

「どうもこうも、自分の未来を切り開くための手段でしかないですよ。強くなるのはその過程の副次作用でしかないですし。それよりも」

 

 ガブをなでてからボールに戻す。

 鮫肌にも慣れたもので、昔みたいに切り傷だらけになることは無い。

 

「あなたは、自分の強さをはき違えている」

 

「試合前にもそう言っていたな」

 

 アデクに向き直りそう告げる。

 試合前の威圧感はもうない。

 こちらの方がアデクらしい。

 

「あなたの強さは優しさに起因するものでしょう? そんなあなたが力に任せて道を強制しようとする。だからいつも負けるんですよ。大事なところでね」

 

 アデクの顔が引きつった。

 いつとは言わない。

 けれどアデクには、二年前の事だと分かっているだろう。

 Nに敗れた、あの日の事だと。

 

「トウヤとNの戦いを、あなたは見ていなかったでしょう? あなたを負かしたNを彼は倒した。実力は拮抗していた。何が勝敗を分けたと思う?」

 

「……」

 

 アデクは沈黙を守る。

 あの場にいたのは私だと言っているようなものだが、もういいや。

 どうせバレることを前提にこの場に赴いたんだ。

 弱り切ったこの人相手に知られたところで別に痛手にならない。

 

「彼らの強さは彼らの信念だったのよ。拮抗していたのは、どちらにも譲れない信念があったから。分水嶺は迷いの有無よ」

 

 あくまで私の結論でしかない。

 それでも、私にとっての最適解であり、唯一解である。

 

「Nは最後に、自分のやっていることは正しいのかと自分を疑った。自分の信念に鈍りを生み出した。トウヤは最後まで自分の信念を貫き通した。実力が拮抗したとき、気持ちが強い方が勝つ。あたりまえでしょう」

 

 野球でもなんでも、最後の大会では最高学年が猛威を振るうということがよくある。

 それはひとえに、最後の大会という特別な思いを背負っているからだ。

 その重みを推進力に変えられるものだけが高みへと昇り詰めることが許される。

 

「あなたの信念は何だった? 人に高説を解くこと? 力で言うことを聞かせる事? そうじゃないでしょう。あなたの信念は、ポケモンとともに生きる事でしょう」

 

 豆鉄砲を食らった鳩のような顔をするアデク。

 だがまだ終わらせない。

 

「そんな不純物の混じった信念に、私は負けません」

 

 ニカっと。

 年相応の無邪気な笑みを浮かべる。

 アデクは憑き物が落ちたような、清々しい表情をしていた。

 

「君の信念を、教えてもらってもいいかな?」

 

 試合前と同じような質問。

 だけど、今なら答えてあげてもいいかなという気になれる。

 この誰とでも打ち解けられる雰囲気が、アデクという人物だ。

 

「一緒ですよ。ポケモン達といつまでも、どこまでも一緒に。それが私の望みです!」

 

 椅子から腰を上げ、会場へ向かう。

 そんな私を、アデクは孫のように見送った。

 

「チャンピオンズトーナメント! 準決勝戦! 最初に入場するのは彼女! イッシュ地方を代表する天才少女、ルッコだー!」

 

 私は帰ってきた。

 この血と汗と屍で築き上げられた戦場に。

 対戦相手は確認していない。

 まあ誰が来ても手持ちを変えられないし。

 せいぜい先発をだれにするかくらいだ。

 

 だから大事なのは、自分のコンディション。

 ルーチンワークをこなし、調子を確認していく。

 うん、絶好調。

 

 その時だった。

 

 向かいの入り口から、風が吹いた。

 ドーム状の、無風の決戦場にだ。

 

 私は覚悟する。

 なるほど、これが原点か。

 

 入り口から、紅色が姿を現す。

 

 私は意を決する。

 なるほど、これが頂点か。

 

 黒いグローブを赤い帽子のつばにかけ、彼は現れた。

 

「相対するはカントー地方からやってきたリビングレジェンド! レッド!」

 

 私の前に現れたのは、原点にして頂点だった。

 

 落ち着け。

 心音が耳を裏側から叩く。

 さすがの私でも、これは緊張するよ。

 

(これが、リビングレジェンド)

 

 纏うオーラが違う。

 一体どれだけの信念を持てば、どれだけの思いを背負えばその領域にたどり着くのか。

 私には分からない。

 けれど、気持ちで負けるわけにはいかない。

 

(先発の可能性として高いのは素早く火力も高いピカチュウ、あるいは場を荒らせるリザードン)

 

 どちらにも対応できるポケモンはガブだが、それ以外の四体には不利を取る。

 それでもガブから出さなければ下手すれば初手から試合が終わるという場合もある。

 選出を縛られるのはきつい。

 

「準決勝戦、開始です!」

 

 私とレッド、二人が一体目を繰り出す。

 レッドの一体目はリザードン。

 私の一体目は。

 

「お願い! ロア!」

 

 ファイアローだった。

 

「レッドさんの一体目はリザードン! 対してルッコさんの一体目はファイアロー! 奇しくも炎飛行対決! これをどう見ますか?」

 

「すこし意外な展開となりましたね」

 

「といいますと?」

 

「まずレッド選手の一体目。ここまでルッコさんはガブリアスとファイアローのみで戦ってきました。カメックスやラプラスであればどちらにも有利を取れます。そのためリザードンというのは意外と言えるでしょう」

 

 本当にこの解説は無能だ。

 初手のリザードンはあるあるだぞ。

 そして初手に出てくるリザードンは。

 

「こ、これは! レッド選手のリザードンが姿を変える?!」

 

 

 大体メガリザードンYだ。

 

 

「これは、メガシンカですね。絆の力で戦闘中のみ限界を超えた進化を可能にする、そんな技術があると聞いたことがあります」

 

「なんと、ここにきて切り札を切ってきたのか! さすがはリビングレジェンドだ!」

 

 日照りが大地を焼き焦がす。

 今回、ロアから出したのは空中戦にしようと思ったからだ。

 ゲームならば岩技を持っているガブリアスが有利だった。

 けれど実際問題、機動力を持った三次元的に移動する相手にそんな攻撃が当たるわけがない。

 いや、当たらないわけじゃないけれど、それを当てにするのは楽観的過ぎる。

 それならばこちらも空中機動に長けたポケモンで迎え撃とうという作戦だ。

 

「それにしてもルッコ選手のファイアローというのも分からないですね。レッド選手の手持ちで先発を任される可能性が高いのはリザードンとピカチュウ。ガブリアスならばどちらにも対応できますし、読まれた場合にも水タイプに対してはガブリアスもファイアローも不利である事に変わりはありません。わざわざファイアローから出した意図、それが何なのか気になるところですね」

 

 分かってるじゃん。

 この勝負、ガブリアスから出すのが一番妥当だ。

 リザードン相手でも岩技が当たるお祈りができるし、氷の威力を半減するヤチェの実を持たせておけば誰とでも渡り合える。

 だがガブリアスから出した場合、リザードンが引いてしまう可能性がある。

 

「それじゃダメなんだよねぇ」

 

 私のロアと、レッドさんのリザードンが空中戦を繰り広げる。

 お互いに指示はない。

 静寂を保つトレーナーと、激しくぶつかり合うポケモン達。

 このような場では珍しい光景だった。

 

「ロア!」

 

 先手を打ったのは私。

 このために仕込んでおいた初見殺し。

 その技を繰り出すように指示をする。

 

「しぜんのめぐみ!」

 

 至近距離から放たれた技が、リザードンを襲った。




レートだと使いづらい技を使うの楽しい。

実はレッドさんもルリと戦うのを楽しみにしていて、真正面から叩き伏せようと思って初手にリザードンを据えたというわけです。
一瞬でも躊躇いを見せるようなら、わずかでも気を抜くならば、即刻試合を終わらせるという宣戦布告です。


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十話 「化けの皮じゃない方」

金木犀さん誤字報告ありがとうございます!

つまり黄色い悪魔。


 ファイアローのロアが放った自然の恵み。

 これは持っている木の実によって威力とタイプが決まる技だ。

 変則的な目覚めるパワーだと思ってくれていい。

 こっちは物理技という点と、木の実を消費する一度きりの技という違いはあるけれど。

 

 今回ロアに持たせていたのはウイの実。

 体力が四分の一を切ると半分回復する木の実だ。

 これは自然の恵みで岩タイプになる。

 リザードンのタイプは炎飛行タイプ。

 四倍弱点をあの距離で受けたリザードンは大ダメージを受けていた。

 

 そしてそれだけダメージを負ってくれれば問題ない。

 ロアがもう一度攻める。

 引いて来れば次に出てくるときには機動力を失っており、つっぱって来ればこっちが先に削り切れる。

 私がファイアローから繰り出した理由。

 それはリザードンを逃がさずに狩るためだった。

 

 ガブリアスから出した場合、岩技を嫌って後続に引く場合がある。

 しかし、ファイアローであれば?

 通常ならば、お互いに決定打を持たない同士。

 そうなれば必ず、正面からぶつかってくると信じていた。

 

「リザードン、戦闘不能!」

 

 結局レッドはリザードンを切ることを選択した。

 そしてすぐさま次のポケモンを繰り出す。

 くぅ、アデクみたいにのんびりしてくれればまた剣の舞でイージーウィンだったのに。

 ボールエフェクトが切れて現れたのはカメックス。

 

「ここまでは考えていた中で一番理想的な展開」

 

 初手がピカチュウだったら一度ガブリアスに引いて立て直すつもりだった。

 水タイプから入ってきたらお手上げだった。

 考えうる限り、一番理想的に事が運んでいる。

 

「だのに、この不安、この悪寒、この恐怖……!」

 

 これが、王者か。

 

「カメックス」

 

 レッドが指示を出し、カメックスが攻撃モーションに入る。

 

「ロア! ブレイブバード!」

 

 ロアが一文字にカメックスへと向かう。

 今まさに、攻撃をしようとしている、カメックスに向かってだ。

 だからこそのブレイブバード。

 それゆえに勇猛果敢なる翼。

 

 カメックスの砲台から勢いよく水流が発射される。

 ギリギリまで引きつけてから、私は指示を出した。

 

「ロア! アクロバット!」

 

 ブレイブバードを強制的にキャンセルし、技を切り替える。

 水流が当たる軌道を避けてカメックスのどてっぱらに一撃をかます。

 アクロバットは持ち物を持っていなければ威力を増す技。

 自然の恵みを使用したことで、真価を発揮するようになっていた。

 

 少しだけ水を被ったが、許容範囲内だ。

 フィールドは、リザードンが残した日照りが続いている。

 日照り中は水技の威力が半減する。

 だからこその理想的な展開だ。

 

「ロア、ブレイブバード!」

 

「カメックス」

 

 ファイアローがカメックスに突撃しに行く。

 迷いのない、全身全霊を賭した一撃。

 カメックスが迎え撃つ準備をしている間に一撃を入れる。

 それでも、まだ足りず、カメックスの水砲を食らいロアは倒れた。

 

「ありがとうロア」

 

 ボールに戻してすぐに次を繰り出す。

 カメックスにある補助技なんてあまり考えてないけど、不要な危険は負う必要がない。

 雨乞い雨受け皿型とかあるかもしれないじゃん?

 

「思いを繋ぐよ! ガブ!」

 

 ガブリアスがカメックス、あるいはラプラスと対面する可能性は十分考えていた。

 だからこの二匹の場合のみ、前もって指示を出している。

 ガブリアスは正面からカメックスに向かって走り出す。

 

「れいとうビーム」

 

「ガブ!」

 

 レッドがカメックスに指示を出す。

 それを躱し、カメックスの裏を取らせる。

 散々ファイアローで正面からぶつかっていったのはこの時のための布石よ!

 

 カメックスのメインウェポンは、だいたい前方向を向いている。

 大体の攻撃手段が大砲か、口から放たれるのだから仕方ない。

 アクアテールなどの尻尾を使う技はレンジが狭く、扱いづらいという特徴があるのだ。

 

 だから、後ろから攻め立てる。

 

 私のそんな思いは、一瞬で崩れ去った。

 

 眼前に立つ最強が私に問いかける。

 お前の実力はその程度かと。

 

「こうそくスピン」

 

 刀を振り抜くように。

 氷柱が地面から生え、ガブリアスを貫いた。

 

「ガブ!」

 

「ガブリアス、戦闘不能!」

 

(まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいっ!)

 

 得意のポーカーフェイスで神妙な面して臆する自分を隠してみたものの、内心では焦りまくっていた。

 

 連結技について考慮していなかった……!

 

 連結技というのはポケモン不思議のダンジョンシリーズで登場する技能だ。

 正確には違うが、仕様が似ているため私はこう呼んでいる。

 冷凍ビームを使用しながら高速スピンを使う。

 そんな戦い方は考慮していなかった。

 

 先に断っておくと、私のせいじゃないと主張したい。

 私はこの世界に来て、技と技の連携や、効果的な使い方を調べてきた。

 多分ククイ博士のところで働けるくらいには詳しいはずだ。

 だが、私のように技の連結を考えているプレイヤーは今まで見なかったのだ。

 だから思考から抜け落ちていた。

 

(相手をだれだと思っていたの! 原点にして頂点よ? 私ごときが到達できる場所なんて、とうの昔に通り過ぎていることくらい予想できたじゃない!)

 

「ごめんね、ガブ」

 

 ガブリアスをボールに戻す。

 結局、ただの一撃も入れることなく、戦闘不能にしてしまった。

 

 強者が実力者を倒すとき、大きく二通りの戦い方が存在する。

 一つ目は、相手の得意分野で戦わないこと。

 例えば相手が技巧派ならば力技で、パワータイプならテクニックで翻弄する。

 そうして相手が全力を出せないままに完封する戦い方。

 

 そしてもう一つは、相手の全力を叩き潰す方法。

 私はトリックプレーやコンボ技を得意とするトレーナーだ。

 そんな私に意表を突く一手を投じてきたということは、敢えて私の得意分野で切り伏せるつもりなのだ、この頂点は。

 

 ……。

 できればミーは出したくなかった。

 だけど、そうも言ってられないみたいだ。

 

 かつて憧れた頂点が、真剣に自分と向き合ってくれている。

 そんな最高のフィールドを放り捨てて、どこでこの高揚感を味わえるというのか!

 

「行くよ! ミー!」

 

「ミミッキュッ!」

 

 ボールから出すと同時に影打ちを放たせる。

 この技はそこまで技後硬直がないので打ち得なのだ。

 そしてロアが削ってくれたカメックスなら倒せると踏んだ。

 そして目論見通りカメックスは倒れ、想定外なことにミミッキュの化けの皮がやぶれた。

 

「え?」

 

 ミミッキュにはボールから出た瞬間に技を使うように指示した。

 つまりあの頂点は、こちらが先制技でカメックスを落としに来ることを読んだ上で、ボールから出てくる前にアクアジェットを放ったと……?

 

「か、カメックス、戦闘不能!」

 

『おい、あれって……』

 

『今、何が起こったんだ?』

 

 会場がざわめく。

 だからミーは出したくなかったんだよ。

 悲しいかな。

 これがゴーストタイプに対する当たりだ。

 

 特性のばけのかわも、私の化けの皮も剥がれる。

 それでも、ミーを仲間外れにするようなことはできない。

 私たちは、みんなでひとつだ。

 

 会場がざわめいている理由はおそらくもう一つある。

 それはミミッキュが出た瞬間にカメックスが倒れたこと。

 おまけにミミッキュのばけたすがたについての知識を持っているものも少ないだろう。

 観客から見れば、技を放ったはずのカメックスが倒れた形になる。

 そこかしこからゴーストタイプの呪いだという声が聞こえてくる。

 

「ミー」

 

 心配しないで、と声を掛けるつもりだった。

 だけど、ミーがあまりにも力強くこちらを見つめるものだから、その言葉を飲み込んだ。

 勝つんだ、勝って、認めてもらうんだ。

 

「そうだね。行くよ!」

 

 遠い向こうに見える、紅色の頂点が、フッと笑った。

 

「ピカチュウ」

 

 レッドさんの三体目はピカチュウ。

 電気袋から溢れた雷がパリパリと弾ける。

 

「ミミッキュ! トリック!」

 

 まず相手の電気玉を奪う。

 そうすれば火力は半減。

 勝機を追うならそこからだ。

 

 私に残された勝ち筋は。

 

 か細い勝利への軌跡は。

 

 またも崩れ去った。

 

「失敗……?」

 

 ミミッキュの持ち物に変動はなかった。

 つまり、トリックは決まらなかったということ。

 

 トリックが成功しないパターンはいくつかある。

 お互いに道具を持っていない場合、相手の特性がねんちゃくの場合、相手が身代わりを使っている場合、叩き落とす状態の場合。

 だが、ピカチュウは上記のいずれにも該当しない、はず。

 だとすると……。

 

 一つの考えに至る。

 

「メールピカチュウ!?」

 

 メールを持たせておけば『すり替え』、『トリック』が効かなくなる。

 これを利用したハピナスがいたと聞いたことがある。

 ……そんなん考慮しとらんよ。

 

 だが、そんな考えすらも打ち砕かれる。

 

「1000万ボルト!」

 

 ドーム内に黒雲が立ち込める。

 七色の稲妻が迸り、その一条一条がミミッキュに牙をむく。

 過剰なオーバーキル。

 ああ、これが『本物』の実力か。

 

「ミミッキュ! 戦闘不能! よって勝者、カントー地方のレッド!」

 

 ミミッキュのもとへ歩み寄る。

 ごめんね。

 完全な実力負けだったよ。

 上手くいったのは最初の奇襲だけ。

 それ以降は完全に手の平の上だったよ。

 

「ごめん、ごめんねぇ……ッ」

 

 ミミッキュを強く抱きしめる。

 零れ落ちた涙が、ミミッキュの布を濡らしていく。

 

 そんな私の腕の中から。

 

 ミミッキュは。

 

 するりと抜けて、どこかへ走り去っていった。




ルリちゃんが際限なく強くなっていくから最強のトレーナーに出向いてもらった。
ピカチュウに憧れた偽物のミミッキュと本物のピカチュウっていう構図はいつか出したかった。そしたらなんかZ技使ってきた。さすがの私もびっくりだ。


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十一話 「re;start」

金木犀さん、佐藤東沙さん、月姫紗菜さん、寝る練る錬るねさん誤字報告ありがとうございます!

【だのに】はポケモンネタなんだ……許して。
コトバンクとかで【だのに】で調べていただければ……。


「ミー!」

 

 去り行くミミッキュに手を伸ばす。

 けれどその手は掠めることなく宙を切り、ミーは手の届かない場所へ逃げて行ってしまった。

 一体どうして。

 そんな疑問は、すぐに紐解かれることになる。

 

「ハッ、ゴーストタイプなんか使うからこういうことになるんだよ!」

 

「ゴーストポケモンを使うと不運に見舞われるっていうのは本当なのかもしれないねぇ」

 

「これに懲りたらとっとと逃がして別のポケモンでも育てるんだな」

 

 会場のあちこちから、私たちを罵る声が聞こえる。

 ミーは分かっていたんだろう。

 自分がバトルフィールドに立つ意味を。

 私と違ってミーは、もともとそういう環境で育ってきたから。

 

 だからミーは、私の元からいなくなった。

 私に迷惑が掛からないように。

 すべての悪意を自分に引き寄せることで、私へのヘイトをそらそうとして。

 

「……ふざけないでよ」

 

 怒気をぶちまける。

 心の中でうめき声をあげる灼熱に身を堕とす。

 渇ききった大地には誰の声も届かない。

 

「私が、そんなことをされて喜ぶと思ったの?」

 

 私はバトル後の挨拶をすることもなく、会場を後にした。

 対戦相手へのリスペクトを忘れた恥ずべき行為。

 だからどうした。

 今大事なことはそんな事じゃなく、ミーを追いかける事だろう?

 

 ライブキャスターを取り出し、Nに連絡を入れる。

 人手は多い方がいい。

 接続を試みる電子音が二度三度と鳴り響く。

 けれどその通信が繋がることは無かった。

 

「こんな時に何をしているのよッ」

 

 顔の見えない相手に怒りをぶちまける。

 ライブキャスターの通信を切り、走ることに集中する。

 風景が後ろへと流れていくが、どこまで行ってもあの影は見えない。

 

「ミー!」

 

 手を口元に当て、呼び掛ける。

 そんなことを、どれだけ繰り返したか。

 喉が裂けるような錯覚に陥る。

 足は鉛でできたかのように重くなる。

 どれだけ行けど、真っ暗な道。

 いつしか私は声を上げることを止め、足を止めていた。

 

「どうして……、私は、ただみんなと一緒にいられれば、それでよかったのに……」

 

 どこで間違えたんだろうか。

 キョウヘイを潰そうと、ポケウッドでガブリアスを出したとき?

 転生者というアドバンテージに調子に乗って天才子役となったとき?

 それとも、ゲーチスをこの手で倒したとき?

 

「こんな、こんなことになるならッ」

 

 天を仰ぎ、慟哭する。

 枯れきった涙が頬を伝うことは無い。

 焼け切った喉は声を届けることは無い。

 

「愛称なんて付けるんじゃなかったッ!」

 

 愛着がわくと、別れがつらくなる。

 だから、だから一線置いていたのに。

 ぽっかりと穴があいたような感覚に、自分を支えることができずに倒れ伏す。

 私は、こんなにも弱い人間だったのか。

 

「ミー……行かないで。ずっと、ずっと一緒にいてよぉ……」

 

 要するに、私は空っぽだったのだ。

 化けの皮は何も内包しておらず。

 ただの一撃で砕けるような抜け殻だったのだ。

 

「見つけたぞ、ラプラスの悪魔め」

 

 随分と高い位置から、声を掛けられる。

 ラプラスの悪魔か。

 たしか数学のラプラス変換が適用できない稀有なパターンの事だったかな。

 どちらにしろ私には関係がないことだ。

 

「随分と弱り切ってんじゃねぇか。こんなのがゲーチス様の障害になるなんて信じられんな」

 

「……プラズマ団?」

 

「ハッ、ただのプラズマ団と一緒にするな。我々は新生プラズマ団だ」

 

「……そう」

 

 どうやらラプラスの悪魔というのは私の事だったらしい。

 けれど、もうどうだっていい。

 もういい、もう疲れた。

 もう、休ませてくれ。

 

「チッ、どうにもやり辛いったら仕方ねぇ。そのまま無駄な抵抗せずにいろ。今楽にしてやる」

 

 プラズマ団はレパルダスを繰り出した。

 思い返されるのは、チョロネコを奪われたと言っていたヒュウの事。

 彼はポケモンがいなくなることを非常に恐れていた。

 今ならその気持ちが分かる。

 

「レパルダス、つじぎり!」

 

 そのしなやかな肉体が。

 鋭い爪が。

 私に迫るのを知覚しながら。

 世界がスローモーになっていき。

 『色あせた黄色』が視界を奪った。

 

「ミー……?」

 

 先ほど1000万ボルトを食らい、既にボロボロだった。

 そんなミミッキュが、レパルダスの辻斬りを耐えられるわけもなく、力なく鳴き声を上げる。

 

「どうして……」

 

「ミミッキュッ……」

 

 出し切ったと思った涙が零れ落ちる。

 ミミッキュは布の内側から黒い影を伸ばすと、それを拭い取った。

 ぽきりと折れた首を引きずりながら、私に一歩歩み寄り、崩れ落ちた。

 

「ミー!」

 

 抱き寄せる。

 力む腕を意識的に抑え、閉めすぎないように心掛ける。

 先ほど拭いきれなかった涙がミーに零れ落ちる。

 

「チッ、邪魔が入ったか。まあいい、次は殺す」

 

 立ち上がり、レパルダスとトレーナーを視界にとらえる。

 殺気をぶちまける。

 宙を舞う木の葉が感応し弾ける。

 

「な、何ができるっていうんだよ。既に手持ちは全員瀕死のお前に。なんで、なんでそんなに……」

 

 抗う手段がない?

 関係ない。

 無駄な抵抗?

 知ったことではない。

 

 ミーが繋ぎ止めてくれた命を易々とくれてやるものか。

 たとえどぶの中でも前のめりに死ぬ。

 私は私を貫く。

 私が私でなくなるまで、決して諦めてなんかしてやらない。

 

「レ、レパルダス! もう一回つじぎりだ!」

 

 重心を左にずらし、紙一重で避ける。

 プラズマ団は怯んだようだったが、もう一度と、何度でも指示を出す。

 何度となく迫りくる刃を、しゃがみ、バク宙し、受け流す。

 ポケモンがトレーナーに成れるなら、トレーナーがポケモンと渡り合えない道理はない。

 

 そうして何度となく死を回避した後だった。

 先日まで降り続いた雨でぬかるんだ地面に足を掬われた。

 

(しまっ――)

 

「レパルダス! 今だ!」

 

 ああ、今度こそ駄目だな。

 そう思った。

 私は、この子たちの親に成れただろうか。

 それを悔やんだ。

 

「イーブイ! こらえる!」

 

 私とレパルダスの間に、茶色の毛並みを持ったポケモンが割り込んだ。

 

「げぇ、リ、リビングレジェンドォ!?」

 

「イーブイ」

 

 レッドさんがそれだけ言えば、イーブイはコクりとうなずきレパルダスへと向かって行った。

 体力が少ないほど威力を発揮する技。

 じたばただった。

 

「く、まだだ!」

 

 プラズマ団は次のポケモンを繰り出そうとした。

 出そうとして、その動きを止めた。

 直接対峙したことがあるからこそわかる。

 レッドさんが放つ威圧感は、人のそれを超越している。

 

 結局プラズマ団は、覚えてろよという情けない声を上げて立ち去って行った。

 

「ミー」

 

 カバンからきのみジュースを取り出し飲ませる。

 あ、あれ?

 どこから飲ませればいいんだろ。

 

 いつもは木の実を渡したら影が伸びてきて内側に吸い込まれていったからなぁ。

 そうして私がわたわたしているとレッドさんが元気の塊を使用してくれた。

 元気の塊!?

 非売品ぞ!?

 

「み、ミミッキュッ!」

 

「ミー!」

 

 元気になったミーを好きなだけ抱きしめる。

 もう離さない。

 

「あ、あの、ありがとうございます!」

 

 私がお礼を言うと、レッドさんは手を振ってジェスチャーを返した。

 無口な人だ。

 ゲームだと大体三点リーダしか使わないからなぁ。

 

 そんな考えを隅に追いやり、ミーと見つめ合う。

 

「ごめんね。ミー」

 

 しわがれた声だっていい。

 ひしゃげた声だって構わない。

 今はこの思いを伝えたい。

 

「自分がいたら私に迷惑が掛かる、そう思ったんだよね……。でも、でもね。よく聞いて」

 

 まぶたをぎゅっと閉じる。

 握る力が強くなる。

 恐怖を振り払うように。

 強く強く、その手を離さないように。

 

「そんなの関係ない! 周りの人がなんて言ったって、たとえ世界中の人から嫌われたって、ずっと、ずっと一緒にいたいの!」

 

 声を振り絞る。

 この思いを届けるために、一粒たりとも零さず伝えるために。

 

「自己犠牲なんていらない! 今までも、これからも、私はずっとあなた達と一緒に過ごしたいの! だから、おねがいだから」

 

 声が震える。

 怖い。

 拒絶されることが。

 一緒にいたいと思っているのが、私だけなんじゃないかということが。

 

 でも、相手の気持ちを知らずにいるのはもっと怖い。

 いつか私の目の前からいなくなってしまうことが怖い。

 だから一歩を踏み出し、ミーに聞く。

 

「もう、二度といなくならないで……」

 

 ミーを強く抱き寄せる。

 もし、それでも一緒にいられないというなら、その時はさよならだ。

 腕が震える。

 そんな私を、ミーは恐る恐るといった様子だったけど、抱擁し返してくれた。

 

「これからは、ずっと、ずっと一緒だよ」




レパルダスとやり合うルリさん(10)
ポケモンがトレーナーになれるってのはミュウツーの事。
その後のトレーナーがポケモンとやり合えない道理はないっていうのはちょっと良く分かんないです()
ポケスペのルビーもポロックケースでキュウコンと戦ってたし……。

プラズマ団が一人しかいないのはこいつが独断で行動したから。
普通に考えて他のリーグチャンピオンが集まってる中騒ぎ起こそうなんてしないよねっていう話で。
プラズマ団の総意としては今回は手出ししないということでしたが、手柄を欲しがった下っ端が勝手なことした感じ。

レッドに負けたことで感想欄荒れてるけどこれだけは言わせてほしい。
だれも主人公最強なんて言ってないです。


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十二話 「遺伝子」

「すみません、お見苦しいところをお見せしてしまい」

 

 レッドさんに頭を下げた。

 

「大丈夫だよ。それより、お礼が言いたくてね」

 

「お礼……ですか?」

 

 はて、何かしただろうか。

 

「うん。君の出た映画、見せてもらったんだよ。最初は二年前だったかな。驚いたよ。僕よりも小さな女の子が、僕よりも優れた指示を出す姿に」

 

 レッドさんはからからと笑う。

 無表情な人だと思っていたけど、存外笑顔が似合う人だ。

 

「世界の広さを知ったよ。そして思った。まだ見ぬ強敵たちと戦いたいって」

 

 なるほど。

 レッドさんの強さはここにあるんだろう。

 どこまで行っても満ちる事の無い戦闘欲。

 いつまでも上を追い続ける姿勢。

 果てなき強さを問い続ける。

 

「君とも戦いたいって思っていた。何回も、何回も何回も、君とのポケモンバトルを思い描いた。君はどんなポケモンを使うのか。どんな立ち回りをしてくるのか」

 

 きらきらとした瞳が眩しかった。

 私のような、泥闇に濁った瞳とは違う、純粋な穢れ無き白。

 

「君は想像以上のトレーナーだった。どんな相手が来ても戦えるようにしていた。確かに後半は上手く作戦が噛み合ってくれたけど、ファイアロー一体にあんなに苦戦を強いられるとは思わなかった」

 

 この人もまた、ポケモンが好きなんだろう。

 そしてポケモンバトルも。

 だけど圧倒的な強さと、圧倒的なつまらなさは並行して訪れる。

 彼は自分を負かすトレーナーを夢見て、これからも戦い続けるのだろう。

 

「わくわくした。君と戦えてよかったよ」

 

「いつか」

 

 レッドさんの目を見据えて声を掛ける。

 勝負の時の威圧感はないけれど、とても大きく見える。

 

「いつか私があなたを倒します。その時までお礼は受け取りません」

 

 

 レッドさんが目を見開いた。

 そのあと、フッと笑ってみせて、楽しそうに笑って、こう言ったんだ。

 

 

「うん、そうだね。その時を楽しみにしているよ。イッシュまで来て良かった」

 

 レッドさんはベルトからボールを一つ取り出すと、私に手渡した。

 

「ラッキーポケモンだ。こいつが君の所へ行きたがっている」

 

 モンスターボールに入っているのは、さっきのイーブイ。

 

「次に会う時を楽しみにしているよ」

 

 そういって彼はリザードンに乗ってどこかへ飛んでいった。

 そんな生きる伝説を、姿が見えなくなるまで追いかけて。

 その後私は、思ったことをそのまま呟いた。

 

「遊戯王かよ」

 

 PWTはレッドさんが優勝したらしい。

 三位決定戦は私の不戦敗という結果になった。

 ちなみに私の対戦相手はあのシロナさんだったらしい。

 ガブリアスをガブでねじ伏せたかったなぁ。

 

 もう表彰式は終わっていた。

 レッドさんが去って行ったんだから当然か。

 

 覚えてもらえるのは三位まで。

 四位からは人々の記憶から消えていく。

 某素人が言っていたから間違いない。

 ここまで来ればもう少し頑張ってミミッキュを受け入れてもらえるまで頑張りたかったな。

 

 そういえば、レッドさんはミミッキュの事も普通に受け入れていたなぁ。

 

「遠く、高い壁だなぁ」

 

 それでも追いかけ続ける。

 たったの三歳差なんだ。

 いつか追い越してみせる。

 

 そう思っているとNから連絡が入った。

 まったく、あの大事な時に何をしていたんだか。

 文句を言ってやろうと思いながらライブキャスターに出る。

 そんな私の思いは、すぐに吹き飛ぶことになった。

 

「はろー?」

 

「トウヤに出会えた」

 

 今、なんて言った?

 トウヤに出会えた?

 

「本当に?」

 

「ああ、さっきは連絡に出られなくてすまなかった」

 

「……いいよ、謝ったし」

 

 怒る気も失せてしまった。

 

「それで、協力は取り付けられたの?」

 

「ああ、一緒に戦ってくれると言った。これなら父さんもきっと」

 

 Nが妄想の世界に入ってしまった。

 一人遊びばっかりしてたもんね。

 想像力が鍛えられたんだろう、悲しきかな。

 

 しかし、やっておいてなんだがトウヤが出てきてもいいのだろうか。

 この場合、キュレムはゼクロムと合体するの? レシラムと合体するの?

 ……そうか、遺伝子の楔を先に私が頂いちゃえばいいのか。

 

「なら私はすることができたからここを発とうと思うけど、あなたはどうするの?」

 

「そうだね、僕は僕の出来る事をしようと思うよ」

 

「分かったわ。また何かあったら連絡して」

 

 私はライブキャスターを切った。

 目指すはソウリュウシティだ。

 

 ブラックシティに降り立つ。

 ソウリュウシティはどうしたって?

 昼間は目立つからね、隠密に適さない。

 ただ盗むよりすり替えておいた方が有効そうだ。

 その為の偽物を用意する。

 

 ブラックシティはお金さえあれば何でも手に入る。

 今こそ稼ぎに稼いだお金を消費するとき。

 

 何件か店を巡り遺伝子の楔を探す。

 まあ本物はソウリュウシティにあるんだから、あっても贋作なんだけど。

 私の目的はレプリカを用意することなのでそれで問題ない。

 

「とは言ったもののさすがにないかー。特注品を作るかー?」

 

 一応その筋の腕のいい職人は知っている。

 あと一件回ってなかったらそっちに行くか。

 そう思った矢先だった。

 路地裏から、なんか電波を受信したんだよ。

 

 その謎の確信に連れられて、私は黒の町のさらに暗い部分へと足を運んでいった。

 

「おや、お嬢ちゃん。ここはあんたのような子が来る場所じゃないよ」

 

「へぇ、いろんなものを取り扱っているのね」

 

 商品棚を見渡す。

 見たことあるような骨董品がごろごろと存在する。

 紅色の珠っぽいやつとか藍色の珠っぽいやつとかね。

 これ全部偽物なのか、すごいなー。

 

 そしてお目当ての商品を見つけ出した。

 

「これ頂戴」

 

「話を聞かない子だねぇ。まぁこの町に来るんだからそれもそうか」

 

 ブラックシティの人たちは大体頭がおかしい。

 お金で何でもできると思ってる……のはまあ分かる。

 分かるけども、どこもかしこも物価の高いこの町で過ごせる経済力。

 そんな頭のおかしい人たちばかりの中で生きて行く異常性。

 この街にまともな人なんていないだろう。

 

 そんな街に来ようという人は、大まかに三択に分けられる。

 この町に住んでいたことがある人、狂人の中に紛れ込める狂人、そしてどうしても手にしなければいけないものがあるほど切羽詰まった人。

 普通に生きていればこの街に来ることは無い。

 だからこそ、この人は先ほどのような発言をしたのだ。

 

 遺伝子の楔(レプリカ)を購入する。

 クレジットカードで一括払いだ。

 満足して店から立ち去ろうとしたとき、その商品を見つけてしまった。

 

 ゲーム内の知識を総動員しても、そのアイテムと合致するアイコンは浮かばない。

 だけど分かってしまった。

 そのアイテムが何なのかを。

 

 もしかすると、私が察知したのは、遺伝子の楔ではなく、こっちだったのかもしれない。

 

「こっちもお願い」

 

 願わくは、使うことが無いことを。

 だけどなんとなく、なんとなくなんだけど。

 これが消費されることを私は予感していた。

 

 ブラックシティを後にする。

 町の外も既に夜の帳が落ち、宵闇が世界を覆っていた。

 

「さて、それじゃ動き出しますか」

 

 どっかのかませ犬が言ってた。

 策は二重三重に張り巡らせて初めて功を奏す。

 これはその第一段階。

 

 そこまでする必要があるのかって?

 あるんだよ、これが。

 

 二年前の事だ。

 あの場に私がいたから、結果的にプラズマ団が破れるという正史を辿ることになった。

 だけど私が居なければ?

 たったそれだけの事で歴史が大きく変わる可能性はあった。

 

 これだけならまだ、歴史は収束するように出来ていると考えられるかもしれない。

 が、今回、トウヤの参戦が確定している。

 未来が脆く、不安定であることが証明されてしまった。

 ならば万全を期す。

 一抹の不安も残さない。

 

 二年前同様に、黒いローブに身を包み、私はソウリュウシティへと忍び込んだ。




レッドさんは強さに憧憬を覚えた無邪気な少年が精神的に大人びたくらいのイメージ。
カントーとイッシュで言葉通じるのか疑問に思ったけど転生者のルリちゃんならきっと日本語くらいマスターしてるでしょ。


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十三話 「前夜祭的なアレ」

佐藤東沙さん誤字報告ありがとうございます!


 突然だが隠し穴について知っているだろうか。

 BW2のみに存在する隠しマップのような存在で、そこではアイテムや通常とは異なる特性を持つポケモンが手に入る。

 私は今、ジャイアントホールの隠し穴に来ていた。

 

 ん?

 遺伝子の楔?

 大丈夫、恙無くすり替えておいた。

 本当に何事もなく入れ替えられたから書くことが無いんだよ。

 

 まぁそこはいいんだ。

 私がここに来た理由は、メタモンをここに住まわせるためだ。

 いわゆる隠し穴マラソンというやつだ。

 

 洞窟に少しだけ体を忍ばせ、中の様子をうかがう。

 ゼラチン、あるいはジェルのような体質。

 紫色の体に気の抜けた表情。

 

「はー、ようやく出た」

 

 このメタモン、本当に出ない。

 まさか丸二日掛かるとは思わなかったよ。

 タチワキコンビナートで捕まえておいたコイルをリリース。

 これで下準備は完成だ。

 

 おまけで子宝のおまもりを投げつけておく。

 さて、お邪魔虫は退散しますか。

 

 数日後、ジャイアントホールにはコイルとレアコイルが大量発生していた。

 そんな様子を夜空から見下ろす、可憐な少女がいました。

 灼熱を思わせる鳥ポケモンに乗る、その少女は誰でしょう。

 そう、私です。

 

「計画どーりっと」

 

 満足満足。

 何をしたかったかって?

 ふふふ、レアコイルの図鑑内容は知っているかい?

 

『謎の 電波を 発信 しており レアコイルが 棲んでいる 場所では 精密機器が 故障してしまう』

 

 謎の電波は磁力線だったりまちまちだけど、レアコイルがいると精密機械は壊れるんだよ。

 これこそが私が考えたゲーチスの杖封じ!

 ただし、これすらも本命を隠すための陽動に過ぎない。

 本命はこっち。

 

「おいで、イーブイ」

 

 ボールからイーブイを繰り出す。

 あの後他のポケモンと顔合わせをした。

 するとガブリアスにだけ異様に怯えることが分かった。

 きっと特性が『きけんよち』なんだろう。

 ガブは瓦割りを覚えているからね。

 

 そして私はこのイーブイをエーフィに進化させるつもりだ。

 そう、特性マジックミラー。

 ほぼすべての補助効果を跳ね返すアビリティ。

 これが一番ゲーチスの杖を対策しうる解だと判断した。

 ここまで考えてレッドさんは私に託したのだろうか。

 いや、流石にそこまでは知らないだろうな。

 

「イーブイ、めらめらバーン」

 

 その辺のコイルやレアコイルを適当に狩ってレベリングする。

 このイーブイ、元はレッドさんのポケモンなんだ。

 好奇心旺盛の戦闘狂。

 ならば、分かり合うためには戦友になるのが手っ取り早い。

 

 そうやって少しした時だった。

 イーブイの体が光り輝きだした。

 

「え、ちょ、ちょっと待った! 早い早い早い! なんで!? なんでそんなに懐き度高いの?!」

 

 交換で手に入ったポケモンの好感度は七十じゃないの?

 懐き進化って二百二十以上じゃないの?

 いくら何でも早すぎるでしょ。

 

「バカな……早すぎる……」

 

 言うてる場合か!

 あわわ、どうしよ。

 今深夜だよ?

 ブラッキーになったらマジックミラーじゃないんだよ?

 というかブラッキーの夢特性って何!?

 

 しかし、いくらアドリブ力を鍛えられた私でも、図鑑もなく進化キャンセルができない今、為す術もなく進化をただ見届けるしかなかった。

 そうして光は収まっていった。

 くりくりとした目とピンと張った耳。

 二又に分かれた尻尾と、額に付けた深紅の宝玉。

 

「エーフィ……?」

 

 此は如何に。

 そう思っていると、エーフィが懐からアイテムを取り出した。

 

「もしかして、太陽のかけら?」

 

 受け取ったアイテムを手に取ると、ほんのりと暖かかった。

 そう、エーフィへの進化条件は実は二通りある。

 一つ目は懐いた状態で日の出ている間に進化させる方法。

 そしてもう一つは、たいようのかけらを持っている状態で懐かせて進化させる方法だ。

 XD闇の風ダークルギアだけに存在するアイテムだから知らない人も多いんじゃないかな。

 

「あ、危なかった……」

 

 思い出したけどブラッキーの隠れ特性って精神力じゃん。

 どうやって使えと?

 シンクロの方がずっと有効的じゃん。

 危うく取り返しのつかないことになるところだった。

 

「まさか、私がドジすることまで見据えて……?」

 

 もしそうならレッドさんはきっと未来視か何かを持っていると思う。

 まさか……本当に……?

 く、本当に高い壁だよ。

 

 何にせよエーフィに進化させるという第一段階の目標は達成された。

 あとは複数の相手と戦えるように慣らすだけだ。

 ジャイアントホールに、魔(私)の手が忍び寄る。

 

 ジャイアントホールで狩りを始めてしばらくしたころ。

 もう何日たったかもわからない。

 ジャイアントホールにはいまだにコイルやレアコイルが増え続けている。

 

「これがコイループ」

 

 そんなくだらない感想をぼやいた時だった。

 空から飛行船が降ってきたんだ。

 

「親方! 空から宙船が!」

 

 それに応える人はいない。

 あの船は見たことがあるぞ。

 プラズマフリゲート、プラズマ団のアジトにして移動手段だ。

 

 だけどどうしてこのタイミング?

 ソウリュウシティに行かなくてよかったの?

 

 そこまで考えてライブキャスターを取り出す。

 ……ぶっ壊れていた。

 

「しまった! そりゃこんだけコイルやレアコイルがいたらそりゃ壊れるよねぇ?!」

 

 ということはまさか、すでにソウリュウシティは襲撃されていて、最終決戦がすぐそこまで来ているということか!

 まずいですよ!

 これだとNと落ち合うことができない。

 っていうかあんな感じで落っこちてきたけど中の人たち大丈夫なのかな。

 あ、爆発した。

 

 その爆発した船から、絶対零度が姿を現す。

 かつて一体だったドラゴンが二人の英雄に呼応して。

 二匹に分かれた時に残った抜け殻。

 三体目の伝説のドラゴン、キュレム。

 ラスボスが姿を現した。

 

「ええい! どうしてレアコイルがこんなにいるのです! キュレム! おとなしく私に操られるんだ!」

 

 あ、ゲーチス出てきた。

 憎まれっ子世にはばかる、渋柿の長持ちとはこのことか。

 まあここで死なれたらNの活躍が無駄になるから私としては全然オッケーなわけだけど。

 

 そしてゲーチスの杖は普通に起動している。

 まぁそりゃそうだよね。

 アクロマとかめっちゃ精密な機械触っておきながら手持ちにレアコイル入れてたし。

 アクロマが手掛けた機械なら磁気の対策も出来ているだろう。

 無駄なことしちゃったなぁ。

 

 まあいいや。

 おかげでプラズマフリゲートは壊れたし、ゲーチスもだいぶ負傷したっぽいしね。

 全然問題ない。

 

「ルッコちゃん!?」

 

「ルッコさん!?」

 

 まて、お前らはお呼びではない。

 私に声を掛けてきたのは、ハリーセン頭のヒュウとサンバイザートップスターのキョウヘイ。

 完全に忘れていたぞ。

 そういえばこの物語の主人公だったじゃん。

 最終決戦に居合わせないわけがないよなぁ。

 

 流し目に存在を確認してその場を立ち去る。

 一旦Nと合流したい。

 しばらくはあんたらでどうにかしてくれ。

 

 私からは探せないがNからは探すことができる。

 ポケモンの声を聴けるからね。

 だからいろんなポケモンの目に留まるように移動する。

 ジャイアントホールの入り口のさらに上に立ち、Nが訪れるのを待つ。

 

 しばらくして、Nとトウヤが一緒にやってきた。

 Nはおそらく何回も連絡を入れたんだろう。

 少し不機嫌な顔をしている。

 ごめんって。

 故障したライブキャスターをNに投げつける。

 あ、余計に顔を顰めちゃったよ。

 

 そう思っていると、もう一人の英雄が口を開いた。

 

「あなたが、二年前の……」

 

「そう、私がやまおとこのナツミだ」

 

「!!」

 

 あいにく今は昔話に花を咲かす余裕はないんだ。

 軽くトラウマを引き起こしてやる。

 そのつもりだったんだけどトウヤはめちゃくちゃ震えてしまった。

 ……寒いもんなぁ、ここ。

 わかるよ。

 

 さて、あんまりうかうかしているとキョウヘイが凍える世界の餌食になってしまう。

 さくっと助けに入ろう。




まあトウヤとNがいたらゲーチスくらいどうとでもなるでしょって思ってるルリちゃん。
キョウヘイの事を失念する。


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十四話 「破壊の遺伝子」

佐藤東沙さん誤字報告ありがとうございます!


「キュレム! こごえるせかいです!」

 

 ゲーチスがキュレムに指示を出す。

 無数の、そして巨大な氷の柱がキョウヘイに襲い掛かる。

 

「ゼクロム! クロスサンダー!」

 

「レシラム! クロスフレイム!」

 

 それを、二匹のドラゴンが現れて食い止めた。

 

「来ましたか、N。人の心を持たぬバケモノよ。それと、もう一人の英雄様もいらっしゃったようですね」

 

「父さん」

 

「ゲーチス」

 

「……」

 

 弱り切ったゲーチスを見て悲しそうな顔をするN。

 かつての宿敵に出会い、警戒するトウヤ。

 頭数に含められずにふてくされる私。

 スルーしてんじぇねぇよオラ。

 

「心がない? 笑わせてくれますね。Nの顔見て同じこと言えるの? それとも盲目なの? モノクルとかつけて目悪そうですもんね、ウケるんですけど―」

 

「その声、その口調! やはりあなたでしたか!」

 

「ルッコちゃん!」

 

 判断基準! それでいいのか!

 キョウヘイは何が起きたか分からないという顔だったのに私を視認したとたん顔を綻ばせやがった。

 く、そんなのでときめいたりなんかしないからな!

 

「Nはあなたと分かり合える日が来ると、そんな日を夢見ていた」

 

「そんなものは無い。私はこの化け物を利用してイッシュを支配しようと思っただけ。そこに愛情などというあいまいな存在が介在する余地なんてない!」

 

「……たとえ物だと思っていたとしても、長く一緒にいれば愛着が湧くものじゃないの?」

 

「はっ、あなたのような小娘にはわからないでしょうね」

 

 ゲーチスが嘲笑う。

 ああ、そうだね。

 分かんないよ。

 あんたの考えなんて。

 でもね、分かったこともあるよ。

 

「はっきりしたね。人の心を持たないのはNじゃない。ゲーチス、あんただ」

 

「ふ、ふふふ、ふはははは」

 

 人差し指を突き刺し、宣告する。

 人を指さすんじゃありません?

 大丈夫大丈夫、こいつ人で無しだから。

 というか笑い出したんだけど。

 壊れた? ねぇ壊れた?

 怖いんだけど。

 

「私が、人でない。くはは、これは傑作です! そう、私はこのイッシュを支配する帝王。私はその辺の俗物どもとは違う!」

 

「ちっ、狂ってやがる」

 

「父さん、話を聞いてください」

 

 無駄だ、こいつは狂ってる。

 話が通じる相手じゃない。

 

「僕はこのイッシュが好きです。ポケモンと人がともにいることで奏でるハーモニー。異なる考えを受け入れあい、そうして未来は切り開かれていく。だからこそ世界は美しいんです」

 

「……素晴らしい。さすがは私が手掛けた王の素質を持つもの。ハルモニアの名を持つもの。だがN、私はお前を許しません。二年前、お前が勝っていればこんな暴力的な手段に出る必要はなかった。すべてあなたのせいです。そこで指をくわえて私がこのイッシュを支配するのを見ていなさい」

 

「……美しくない数式です。僕は認めない」

 

「認めさせますとも、この! いでんしのくさびを使って!」

 

 ほらね。

 結局こうなるのさ。

 ゲーチスが遺伝子の楔を天に掲げる。

 しかし当然、何も起きなかった。

 

「バカな、何故、なぜ何も起きないのですか!」

 

「ふふふ」

 

 Nとトウヤのさらに後ろ。

 ラスボス的立ち位置から、私は笑い声をあげる。

 ぶっちゃけンバーニンガガッとババリバリッシュで笑いそうになった。

 我慢した私を褒めてくれ。

 

「すり替えておいたのさ!」

 

 左手を腰に当て、右手を突き出して指さしながらそういう。

 超気持ちいい。

 古っ。

 気温が下がった気がするけど気のせいだ。

 キュレムがいるから仕方ないね。

 

 私が高笑いをしようとすると、リュックが持ち上がった。

 

「え、え? え!?」

 

 リュックに連れられて、宙に浮く。

 リュックの中が光り、輝きを増す。

 

「ルッコちゃん!」

 

 キョウヘイが手を伸ばす。

 けれどその手が届くことは無く。

 遺伝子の楔は、元あった場所に巻き戻っていくかのように。

 伝説の氷竜に取り込まれた。

 私ごと、だ。

 

「く、くく、くはははは! これは傑作だ! 散々私の計画を妨害してきたこと、決して許さないと思っていました。しかし、しかしです! 最後の最後にこのような喜劇を見せてくれるならば! 許して差し上げようではありませんか!」

 

 ゲーチスが高笑いを上げる。

 そんな様子を私は、キュレムの中から知覚していた。

 

(あーまずいなぁ)

 

 取り込まれたことは当然予想外の事だ。

 だが、まずいことは他にある。

 私がブラックシティで買ったもの、覚えているだろうか。

 そう、遺伝子の楔ともう一つ、別のアイテム買ったじゃないですか。

 

 私が取り込まれたということは、それも取り込まれているわけで。

 それは世界の終焉を告げることになる。

 

 キュレムの暴走が始まる。

 

 どうしようもない結末に悲観して、こう零した。

 

「破壊の遺伝子が、猛威を振るう」

 

 ジャイアントホールが姿を変える。

 虚空を表すような殺風景から、氷獄の停止世界に。

 

「な、制御が効かない? まだ吸収合体もしていないのに何故!」

 

「まさか、彼女自身が伝説のドラゴンと同等の能力を持っているというのか?!」

 

 おい誰だ今失礼なこと言ったやつは。

 怒らないから出て来い。

 いや、謝るんで出してください。

 

 キュレムに取り込まれたことで、キュレムの考えが流れ込んでくる。

 この後の展開が視える。

 はぁ、最悪のパターンだ。

 これも私が介入したことによるバタフライエフェクトだろうか。

 

「ヒュララララ!」

 

 キュレムの翼を覆う氷が砕ける。

 そこから紫電の二重螺旋が放たれる。

 レシラムとゼクロム、両方に向かってだ。

 

「レシラム!」

 

「ゼクロム!」

 

 二体のドラゴンが、伝説の竜がライトストーンとダークストーンに姿を変える。

 その二つの宝珠を取り込む。

 トクンと。

 心臓が跳ねる音が聞こえた。

 

 満たされていく。

 空っぽの器に、中身が補填される。

 すべてを失った虚空が、すべてを取り戻し原点に戻ろうとしている。

 これが、イッシュを作り上げた伝説のドラゴンの真の姿。

 

「オリジンキュレム……ッ!」

 

 絶対的強者が目を覚ました。




元々は用意した遺伝子の楔も実は本物で『遺伝子の楔が一つしかないと誰が言った?』ってやりたかったんですよね。
で、二つ使うことでオリジンキュレムに。
それの対抗策に破壊の遺伝子持ってきたんですけど、それ誰に使うの? っていう話になってこういう形になりました。

ちなみに名前候補として、
オリジンキュレム、カオスキュレム、ゲンシキュレムがあった。
ゲンシキュレムでもよかったなぁと思う今日この頃。


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十五話 「三千世界」

 声が聞こえる。

 どこか懐かしい、心温まる声だ。

 記憶の波に揺蕩い、弛緩した筋肉に力を加える。

 

 瞳を開けばそこは真っ白の空間。

 何もない。

 ああそうか。

 そうだった。

 

(私は、キュレムに取り込まれたんだった)

 

 あたりを見渡そうとする。

 すると首筋から、鎖のようなものが伸びていた。

 なるほど、これが遺伝子の楔か。

 ゼクロムとレシラムも、ここと似たような世界で同じようにとらわれているのだろうか。

 

「うわぁ、これはヒドい」

 

 キュレムと神経、あるいはもっと深い部分でつながっているからか、外の世界を知ることができる。

 そこには、ゲーチスを含めて満身創痍でボロボロになったみんなの姿があった。

 既に瀕死であるにもかかわらず、無謀にも果敢に攻め立てるみんな。

 だけど、どれもこれも致命的な一撃となるような技はない。

 それどころか、一撃一撃に躊躇いが窺える。

 

「もしかして、私のせい?」

 

 視覚情報だけでなく、聴覚まで接続する。

 私を呼ぶ声が聞こえた。

 

 キョウヘイの、Nの、トウヤの、私を呼ぶ声がする。

 全身の毛が逆立った。

 私の事を、必要としてくれている。

 私は何もないこの世界で、一人涙をこぼした。

 

 感情が制御できない。

 嬉しいのか、悲しいのか、辛いのか、苦しいのか。

 いろんな感情がないまぜになって、それを吐き出すように、私は声を上げた。

 

「あああああああああああああ!」

 

「ヒュララララ!」

 

 キュレムが天に吼えた。

 すると、奇妙なことが起きた。

 先ほどまで暴れ狂っていたこの暴君が、急に動きを止めたのだ。

 

「ウインディ! かぎわける!」

 

 なんとなく、予感がした。

 このチャンスはルッコちゃんが作り出してくれたものだと。

 

「続けてとぎすます! 行け! ウインディ!」

 

 千載一遇。

 その好機を、決して逃がさない!

 

「どろぼう!」

 

 ウインディがキュレムに突き刺さった遺伝子の楔に食らいつき、奪い去った。

 

「ヒュララララァッ!」

 

 大雨の日のマンホールのように。

 遺伝子の楔という栓を抜かれたオリジンキュレムからとめどない光があふれ出した。

 キュレムは苦しそうにのたうち回る。

 

「ヒュララララ! ヒュララララァ!」

 

 頭をぶんぶんと振り回し、自分で作り上げた氷山に何度となくぶつける。

 砕ける事の無い氷を砕き割り、炎と雷をでたらめに放つ。

 そうしている間も輝きは増していき、一人の少女が現れた。

 

「ルッコちゃん!」

 

 憧れ、恋い焦がれた少女がそこにいた。

 

「キョウヘイ……?」

 

 まばゆい光に包まれて、瞼を閉じて、また開いたら見知った顔があった。

 今にも泣きだしそうな、そんな顔だった。

 安心して力を抜きそうになるのを押しとどめて、起き上がる。

 

「ヒュララララ!!」

 

 目の前にいるのは白と黒をつぎはぎに繋ぎ止めたオリジンキュレム。

 

「キョウヘイ、今まで食い止めてくれてたんだね。ありがとう」

 

 ボールからエーフィを繰り出し指示を出す。

 

「Nとトウヤも、ありがとね。助かったよ」

 

 二人にお礼を言って、もう一度キョウヘイの方に向き直る。

 ……表情を作れ、セリフを言え。

 私に任せておけば大丈夫だと、安心できるように。

 そんなの、そんなのできるわけ……。

 

 それでもやらなきゃいけない。

 くしゃくしゃの、だけど精一杯の笑顔でさよならを言う。

 

「ルッコちゃん、何を言って……何をするつもりなの」

 

 嫌だと、涙を堪えられなくなったキョウヘイ。

 首を振り、一歩私に歩み寄る。

 私が何をするつもりなのか気づいたのかもしれない。

 でももう、これ以上君たちが傷つく様子を、私は見たくないんだ。

 

「そんな顔しないでよ。最初で最後のわがままだからさ。見送って」

 

 エーフィにテレキネシスを指示する。

 

 人が動くためには、抵抗が必要だ。

 地面を歩くなら、大地を押すときに現れる反作用。

 水を泳ぐなら、水をかき分ける推進力。

 空気にも抵抗は存在するが、人ひとりが動くには密度がスカスカすぎる。

 

 キョウヘイ、N、トウヤが空中でもがく。

 私が悪かったって。

 あやまるからさ、最後は笑って見送ってよ。

 

 私自身が、上手く笑えてはいないけれど。

 

「ありがとう、みんなと出会えて本当に楽しかった。一緒に戦えて本当によかった」

 

 エーフィに指示を出す。

 予定とは違うが、こういうことを想定して改良に改良を重ねた技。

 

「エーフィ、マジックルーム」

 

 私とキュレムだけが、空間から切り離された。

 

 実世界から切り離された世界で、絶対的強者を前にする。

 極彩色をグレースケールに変換したような世界で、私とキュレムが向かい合っていた。

 最後の戦いが幕を上げる。

 私はボールを取り出すとミミッキュを繰り出した。

 

「テラボルテージなのかターボブレイズなのか知らないけど、化けの皮を当てにするのはやめた方がいい。ミー、身代わり!」

 

 ミーに説明をしながら指示を出す。

 先にあげた二つは、相手の特性を無視して攻撃できるという特性だ。

 言ってしまえば型破り。

 そんな相手を前にして、まずは防衛手段を確保する。

 

「ミー、次いでのろい、その後いたみわけ!」

 

 私が今回キュレムに対してぶつける戦術は『呪いループ』。

 ミミッキュが壊れ性能と言われる要因の一つとなった最強戦術だ。

 呪いで減った体力をキュレムと分かち合い回復する。

 

「遅延行為は得意なんだよ!」

 

 二年前、天才と囃し立てられた映画。

 格上を相手に、耐え凌ぐ。

 そんなのは慣れっこだ。

 伝説のドラゴン?

 原始回帰?

 知ったこっちゃない。

 

「私を必要としてくれる人がいるというのなら、私は、全力でその人たちを守り抜く!」

 

 痺れを切らしたオリジンキュレムが行動に出る。

 クロスフレイムとクロスサンダーを掛け合わせた凍える世界。

 本来持っていた、オリジンキュレムの必殺技。

 名付けるなら三千世界とでも呼ぼうか。

 

 正面から、右から、左から。

 氷が、炎が、雷が襲い来る。

 このままだと身代わりなんて貫通するだろう。

 そう、ミミッキュ以外ならね。

 

「ミー、ものまね!」

 

 ミミッキュからも三千世界が展開される。

 けれど、流石は伝説のポケモンというべきか。

 

(押し負ける!)

 

 単純なスペックの問題。

 種族としての性能差。

 それらが如実に表れていた。

 

「くぅ、エーフィ! キュレムの右足だけにテレキネシス!」

 

 ほんの僅かだけ、キュレムの足が浮いた。

 バランスを崩したキュレムが、技の制御を失う。

 

「ミー!」

 

 そのわずかな差を。

 最高で最強の相棒が、私とぴったり呼吸を合わすように押し返す。

 三千世界でオリジンキュレムを飲み込む。

 私がキュレムから出てきたときのように、光り輝き。

 白黒の極彩色が砕け散った。

 ここに終焉へのカウントダウンは終止符を打たれたのだった。

 

「プラズマ団からキュレムを救ったんだろ? お前すげーよな!」

 

 ハリーセン頭が、サンバイザートップスターに話しかける。

 サンバイザートップスターはこう返す。

 

「俺は何もしてないよ。彼女が一人で場を荒らして、一人でおさめたんだ」

 

「なにやってんの?」

 

 ヒュウはキョウヘイを変なものを見るように見つめ、キョウヘイは苦笑いを零す。

 

「まあいいや。俺はチョロネコを妹に渡してくるよ。随分時間が掛かっちまったけど。お前はどうする?」

 

「俺は……」

 

 視線を落とす。

 手持ちのポケモンに囲まれてすやすやと眠る少女。

 ピンク色の髪に、白を基調としたワンピース。

 左目にある泣き黒子がほんのりとかわいらしさを醸し出している。

 

「俺は、彼女の前に堂々と立てるようになる」

 

 ずっと憧れだった。

 初めて会ったときは、ただポケモンを連れてる同い年くらいの女の子というイメージだった。

 でも、彼女を深く知って行けば、俳優やアイドルとして一線級の実力を有していて。

 背中を追いかけてるうちに声優やトレーナーとしても大成していて。

 自分では追いつけないんじゃないかと思うこともあった。

 

 でも、彼女がいたから、今の自分がいる。

 憧れだって構わない。

 いつか追いつき、共に歩みたい。

 

「そうか、ならポケモンリーグにでも行ってみたらどうだ?」

 

「ポケモンリーグか」

 

 彼女の隣を歩くなら、それくらいしないといけないかもしれない。

 手持ちのポケモンを確認する。

 みんながみんな、俺を信じていてくれている。

 一緒に頂点に立とうと言ってくれている。

 

「よし、最初の一歩だ! 待ってろ、ポケモンリーグ!」

 

 ゲーチスがダークトリニティに連れられて。

 Nがトウヤと立ち去り、

 キョウヘイがポケモンリーグに向かい。

 ヒュウがヒオウギシティに帰っていく。

 

 この戯曲の首謀者は。

 この物語の綴り手は。

 冷たい洞窟に放置された。




マジックルーム:アイテムの効果を無効にする→別空間に切り離す
ちゃうねん。
本当はこらえるとミラーコートの連結技で止めさそうと思ってたんよ。
それなのにエーフィミラーコート覚えないの。
特性マジックミラーでマジックコート覚えるならミラーコート覚えてもいいでしょ(暴論)。


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十六話 「告白」

金木犀さん誤字報告ありがとうございます!

BW2編ラスト!


「納得いかない」

 

 病院のベッドの上で目が覚めた。

 いや、正確には一度ジャイアントホールで目が覚めている。

 その時、既に周りには誰も居なかった。

 

「言っちゃえば私って今回の事件の立役者じゃん? なんでこんなぞんざいな扱いなわけ?」

 

 そもそも私が破壊の遺伝子を持ち込んだことが原因だとか知らない。

 そもそもNがトウヤを連れてこなければオリジンキュレムとかいう化け物にならなかったわけだし。

 ん? トウヤを引っ張ってきたのも私?

 はっはっは、何を言ってるか分かりませんね。

 

(それにしたって)

 

 キョウヘイあたりは私が起きるまで待ってくれててもいいだろうに。

 そんな言葉が出そうになった。

 でもそれを言うのは癪だったから飲み込んだ。

 偉い、わたし。

 

 腕に繋がれた点滴のチューブを辿る。

 

「そんなに重傷だったのかな?」

 

 あたりを見回してみると他の入院患者はいない。

 俗にいう個室とかいう奴だろうか。

 これが金持ちだけに許されるという……。

 とりあえず目が覚めたっていうことを連絡しようか。

 たしかどっかにナースコール的な奴があるはず。

 

「んー、これかな?」

 

 適当にそれっぽいボタンを押す、というより押そうと試みた。

 くぬぬ。

 力が入んない。

 

「ミー、いる?」

 

 最初に出来た友達を呼んでみる。

 返事はない?

 

「ガブ? ロア? エーフィ?」

 

 ひとりひとり名前を呼びあげる。

 けれど誰一人として私の声に反応してくれない。

 

「ああ、あア、アァァアァ!?」

 

 警報音が鳴り響き、視界が赤く染まる。

 そもそも、ここが病院だと、誰が言った?

 

(怖い恐いコワイコワイ助けて助けてタスケテ!)

 

 恐怖に駆られる。

 

「嫌だ嫌だ嫌だ、独りぼっちは嫌だ」

 

 布団をはぎ取り、点滴のチューブを引っぺがし、枕を放り投げる。

 真冬の川のように肌が冷え込む。

 その感覚が現実のものなのか、錯覚なのか。

 それすらわからなかった。

 

 気が付いた時には、部屋にガスが満ちていて。

 私の意識はもう一度途切れた。

 

「目が覚めたかい?」

 

「知らない天井だ」

 

「ふふっ、珍しいネタを知っているね」

 

 日本じゃ有名だったんだけどな。

 さっきのは夢だったのか。

 ここはどこだろうか。

 

「ここは?」

 

「ここはライモンで、いやイッシュで一番の総合病院だよ」

 

 冷静になって辺りを見回してみる。

 先ほど一人で暴れまわったときと同じ部屋。

 強いて違いをあげれば、壁に点滴の支えがぶつかった跡が残っているくらいか。

 つまり、夢じゃなかったってこと。

 

「なるほど。で、私の体におきた異変は何なんですか?」

 

「……君は聡明な子だね」

 

「よく言われます」

 

 ただの病院が睡眠ガスなんか使うはずがない。

 逆説的に、ただの病院じゃないことが伺える。

 

「下手に隠されると私不安で暴れちゃいます、どこかに素直に教えてくれる優しい人はいないかなー」

 

「ふふ、ルッコちゃんの棒読みなんて珍しいものを聞いてしまったな」

 

 医師は朗らかに微笑み口を割った。

 

「君の遺伝子に、ポケモンの遺伝子が混ざりこんだ。それも、かなり凶暴な奴だ」

 

「あー」

 

「……あまり、驚かないんだね」

 

「心当たりがあるんで」

 

 医師は『君が狂乱する最悪の場合まで考えていただけに拍子抜けだ』と言った。

 こちとら二度も世界の危機に駆けつけてるんだ。

 いまさら自分の体に異変が起きたくらいで錯乱なんてしてられないよ。

 

 しかしポケモンの遺伝子か。

 どっちだろうな。

 キュレムかミュウツーか。

 どちらにしろ嬉しくはないが。

 

「普通なら拒絶反応が起きるはずなんだ。既に内臓の一つくらい壊死していてもおかしくない。だというのに、なんというか、そう、むしろ適合してきている」

 

「はぁ」

 

「ありえないことだ。しかも、徐々に融和していっていて、もはや切り離すこともできない」

 

「そっかぁ」

 

 私の感想はそんなものだった。

 医師は悲しそうな顔をした。

 何故だ。

 

「すまない、私の実力不足だ。私にもっと技術があれば」

 

「ああ、気にしなくていいですよ」

 

 よく見ると、窓一つないこの部屋。

 今の話から推測するに、きっと隔離病棟なのだろう。

 見えない空を見上げて、瞼の裏に思い描く。

 

 あの時、すぐ隣に死の存在があった。

 それでも、大事なものを守るためにこの体は動いた。

 生と死の境界線で綱渡りをして、戻ってこれたんだ。

 そんなか細い可能性を、私は掴み取ったんだ。

 命があるだけでこの賭けは私の大勝ちだ。

 

「それより、みんなとはいつ会えますか? みんなと会いたい」

 

「ああ、そうだったね。今の君はだいぶ落ち着いているようだし、構わないかな」

 

 医師は無線機を取り出し、誰かに連絡を入れた。

 すると壁が開いて、モンスターボールが出てきた。

 白色のプレミアボールが一つ、ピンクのドリームボールが二つ、赤と白のモンスターボールが一つ。

 見慣れたボール並び。

 

 開閉スイッチをかちりと押し込み軽く投げる。

 それぞれのボールエフェクトが飛び散り、みんなが現れる。

 涙があふれそうになって、それを堪えることなく自由に零し、みんなに抱き着いた。

 

「ただいま」

 

 ガブのさめはだが、ロアの羽根が、エーフィの毛並みが、そしてミーの布の感触が、肌を通して伝わってくる。

 温もりが伝わってくる。

 

(死んでいたら、もう二度とみんなに会うことはできなかった)

 

 それでも、そんな未来を乗り越えて、今の私がいる。

 今日の私が明日を生きて行く。

 みんなと一緒に。

 

 しばらくして、経過観察という名の退院となった。

 もし症状が再発するようならもう一度入院する羽目になるらしいけど。

 まあ大丈夫だろう。

 みんながいれば、乗り越えていける気がする。

 

 これから毎月検診を受けなければいけないらしい。

 逆に言えば、一ヶ月は自由なのだ。

 とある理由から完全にアイドルを辞めることになったからね。

 女優業だけ休止してしまえば完全なオフだ。

 

 そういうわけで私はいま、フキヨセシティに来ていた。

 飛行機に乗って、他の地方を旅するのだ。

 

 エンテイはその炎で体内の悪しき細胞を焼き払うことができるという。

 シロガネ山の秘湯は、治癒効果が高いらしい。

 そういうところへ赴いて、一度この遺伝子と向き合おう。

 でないと、彼と会うこともできない。

 

「ルッコちゃん!」

 

 思わず振り向きそうになる体を止める。

 キョウヘイだ。

 やっぱり、来てくれた。

 

 顔を見たいという思いと、顔を見られたくないという思いが交錯する。

 でもやっぱり、見られたくないという思いの方が強くて、私は彼を拒絶した。

 

「何しに来たの?」

 

 抑揚のない声。

 興味がないと、察しろと、音だけで伝える。

 身振りはいらない。

 振り返らなくても、キョウヘイが怯んだことは手に取るようにわかる。

 

(だから、関わりたくなかったんだ)

 

 胸が苦しい。

 両手で掻きむしって、中身をぶちまけたいと思う。

 だけどそんなこともできず、押し堪えて鬱屈をためていく。

 恋がこんなに苦しいのなら、最初から知り合わなければ良かった。

 

「お、俺! イッシュ地方のチャンピオンになったんだ!」

 

「ふーん、すごいね」

 

 努めて冷静に、無感情にそう返す。

 彼が自慢をするような性格でないことは知っている。

 きっと、私に認めて欲しかったんだろう。

 でもそれに応えることはできない。

 合わせる顔なんてないんだ。

 もう、放っておいてよ。

 

 右手を頬にあてる。

 人肌ではない、硬いものに触れる感触がした。

 

「ずっと、ずっとルッコちゃんに憧れてた! でも今は違う!」

 

 やめて。

 聞きたくない。

 

「好きだ! ずっとそばにいたい! だから、どこにも行かないで欲しい!」

 

 違う、今の私は、そんな言葉望んでない。

 居ても立ってもいられなくなって、私は駆け出した。

 

「待って!」

 

 キョウヘイが追いかけてくる。

 追いかけてきてくれている。

 でも、今の私を見たら、その時。

 それでもまだ追いかけてきてくれるの?

 

「エルフーン、くさむすび!」

 

 足を取られた。

 顔面から地面に倒れ行く。

 やば。

 思わず両手で顔を隠した。

 

「わたほうし!」

 

 だけど私に伝わってきたのは、硬いアスファルトの感触じゃなく、やわらかい綿のそれだった。

 特性悪戯心か。

 本当に、主人公ってやつらはバトルセンスが高い。

 

「来ないで!」

 

 抑揚のついた声で、ハッキリと拒絶する。

 紛れもない私の本心。

 

「もう合わせる顔なんてないの」

 

「なんで!」

 

 キョウヘイは食い下がる。

 ……もういっか。

 どうせ終わった恋なんだ。

 私は服をずらして肩口を見せた。

 

「あの時、遺伝子の楔で取り込まれたときの弊害かな。私の体に、私以外の遺伝子が入り込んじゃったの。いつまで人の体でいられるかもわかんない」

 

 肩に見えるのは病的なまでに白い肌と、肥大化した神経。

 私に取り込まれたのはキュレムのものとミュウツーのもの、両方だった。

 このまま解決策が見つからなければその時は、人を辞めなければいけない。

 

「だからあなたの思いには応えられない。でも」

 

 首に巻いたマフラーを取って向き直る。

 首筋にはうっすらと、氷のような鱗ができていた。

 既に人の体をやめようとしてきている。

 

「私も、ずっとずっと、キョウヘイの事好きだったよ」

 

 がばりと。

 キョウヘイが私に抱き着いた。

 

「そんなの関係ない! 例えお互いの姿が分からなくなったって、お互いの言葉が通じなくなったって! それでも俺はルッコちゃんの事が好きだ!」

 

 キョウヘイのぬくもりが伝わってくる。

 頬を涙が伝う。

 

「……ありがと」

 

 キョウヘイの胸板を押し返す。

 目と目を合わせて思いを打ち明ける。

 

「いつか、元の姿に戻ってみせる。きっと。だから待ってて?」

 

「! 待ってる! いつまでもずっと、ずっとずっと!」

 

「ふふ、元気出た。ありがと」

 

 キョウヘイの腕を取り、ライブキャスターを操作する。

 私の新しいライブキャスターの連絡先を登録する。

 うん。

 

「じゃあ、またね」

 

「ああ、またね」

 

 キョウヘイと別れて空の旅に出る。

 行先はジョウト地方。

 多分フスベシティから東に進めばいつかシロガネ山に着くでしょ。

 そこで湯治してエンテイを探そう。

 

 空港の窓から空を見上げる。

 雲一つない、一面晴れ渡った空だ。

 

(昔思い描いた未来とは違うけど)

 

 ヤンデレになることを恐れて、子役として走り回って、結局アイドルとして歩み始めて、今はこの容姿で爪弾きにされて。

 いろんなことがあった。

 本当に、いろんなことが。

 

(でも、この未来も存外悪くないや)

 

 口元に微笑みを浮かべて。

 私は飛行機へと足を向けた。




今後の展開については19日の私が割烹に書いてるはず。


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番外編
「絶対に笑ってはいけないポケウッド」


更新再開だと思った?
残念、番外編でした!

(『ルリった!』五話分くらいあります。時間のあるときにどうぞ)


 ヒウンシティ、港、某日。

 彼女たちは集められた。

 

「ルッコちゃん、これってどういう企画なの?」

 

「え? うーん、私も詳しく知らないんだよね」

 

 ルッコという女性に声を掛けたのは、今ポケウッドで人気急上昇中の俳優キョウヘイ。

 その類稀なる容姿と運動神経、そして何より心を掴む演技から、既に多くのファンがいた。

 そして彼女、ルッコと呼ばれた少女。

 こちらはまさしく主人公«バケモノ»であった。

 

 彼女はポケウッドの頂点に立つ女優。

 彼女はイッシュで一番人気のアイドル。

 彼女はPWTレンタルトーナメント初代チャンピオン。

 彼女はPWTチャンピオントーナメントの第四位。

 

 歴史の表に現れる経歴だけを見ても、その異常性がうかがい知れる。

 だが、彼女の恐ろしいところは表に出ない部分、水面下の履歴だった。

 

 曰く、二年前の白の英雄対黒の英雄の立役者。

 曰く、悪事を企てたプラズマ団を一人で崩壊させた。

 曰く、世界を二度救った。

 

 恐ろしいのはこれらの話が全て事実であることだ。

 だがしかし、これらは決して人々の記録には残らない。

 彼女と、ごく一部のものだけがその真実を知っていた。

 

「そっかー、ルッコちゃんも知らないのか。ならヒュウに聞いても無駄っぽいね」

 

「んだとコラ!」

 

 キョウヘイが次に声を掛けたのは幼馴染のヒュウ。

 ハリーセンのような髪型が特徴の目つきの悪い男子である。

 

「え? ヒュウは知ってるの?」

 

「……いや、知らないけどさ」

 

 一応、彼もこのイッシュを巣食う悪に立ち向かったという実績はある。

 だがしかし、前二人と比べれば霞んでしまうものでしかなかった。

 

「俺は知らねえけど、トウヤさんなら知ってるんじゃねえか?」

 

「トウヤでいいよ。でも、ごめんね。俺も良く分かってないんだ」

 

 棘を体現したかのようなヒュウに、敬称付きで呼ばれた少年、カノコタウンのトウヤ。

 彼の正体は、二年前世界を掌握しようとしたプラズマ団にたった一人で挑んだ英雄その人であった。

 

「っていうことは、この場の誰もこれから起きることを知らないってことか……」

 

 誰が言ったか。

 その言葉を待っていたかのようにある人物が現れた。

 

「ハロー! ハロー! みんなよく来てくれたな!」

 

「あなたは……ッ!」

 

 彼女ら四人を前に唐突に表れたその人物。

 かつて映画界に歴史を立てたその男。

 今はポケウッドを経営するオーナー。

 名をウッドウと言った。

 

「ボクはウッドウ! ヨロシクね! 今回キミらには、映画撮影の体験をしてもらう」

 

「いや、私人生の大半をこの業界で過ごしているのですが……」

 

 何か危険を察知したルッコ。

 幾度となく死線を潜り抜けてきた彼女の本能が、この仕事を引き受けてはいけないと訴えかけていた。

 

「みんなに相応しい衣装を用意したからな。着替えてきてや」

 

「いや、あの」

 

 憐れルッコ。

 抵抗空しく企画に参加させられてしまう。

 他三人を見るも、未だに状況が飲み込めていない様子だった。

 

(あはは、まさか、ね)

 

 彼女の脳裏をよぎるのは、前世で何度か見た番組。

 かぶりを振って、それを否定した。

 

 

*着替え*

「ほいじゃあ左側から順番に出てきてな。最初はトウヤや」

 

「……どうも」

 

 現れたトウヤはウルトラ警備隊のような恰好をしていた。

 その衣装は、『侵略者』という映画で用いられるものだ。

 

「よう似合とるやん。ほな次、ヒュウや」

 

「……俺は今から怒るぜッ!」

 

 出てきたヒュウの格好は、黒装束の忍者衣装だった。

 こちらも同様、『Full Metal Cop』という映画で用いられる衣装だ。

 

「よう似合ってるからそんな怒らんといてや。次、ルッコ」

 

 そして彼女の出番が来る。

 彼女が、着替えボックスから一歩歩くたびに、その腕を振るうたびに。

 その美しさに、全員が見惚れた。

 

「よろしくお願いします。一生懸命頑張りますね!」

 

「おおお! さすがルッコちゃん! グレイトだよ!」

 

「おいコラ! 俺らの時と反応違いすぎんだろ!」

 

「うわ! 二人とも凄い恰好!」

 

「……放っておいてくれ」

 

 ルッコの衣装は『トレーナーとポケモン』という映画で採用されている衣装であった。

 街中で歩いていても、目立ちはするが浮きはしない衣装。

 前二人のコスプレとは内容が違った。

 

「最後や、キョウヘイ出て来い」

 

 しかしキョウヘイは出てこない。

 何かトラブルがあったのだろうか。

 そう思っていると、ウッドウさんが無理やり引きずり出した。

 

「うおおおお! やめてください! というか俺だけ確実に方向性違いますよね!?」

 

「いいからいいからッ!」

 

 無理やり引きずり出されたキョウヘイの姿は、『魔法の国の不思議な扉』という作品のものだった。

 ただし、女主人公用の。

 つまり今、キョウヘイの姿はお姫様だった。

 

「キョウヘイ……お前……」

 

「おいヒュウ誤解すんな! っていうかお前もたいがいな恰好じゃねーか!」

 

「キョウヘイ君……」

 

「待ってルッコちゃん! これには深いワケが……!」

 

 そう言ってルッコはキョウヘイから目をそらした。

 その行為にキョウヘイは意気消沈し、絶望に打ちひしがれたという。

 

(何この胸の高鳴り!? 静まれ静まれッ!)

 

 なお、当のルッコは自身の好感度メーターの制御に精一杯だったそうな。

 事実彼女の顔は、マトマの実のように赤くなっていた。

 その事はキョウヘイの反対側にいた二人、トウヤとヒュウだけが知っていたそうな。

 

「みんな着替えてくれたみたいやし、ほな行こか」

 

 これが、悪夢の始まりだった。

 ウッドウがやわらかく、薄暗くワラう。

 

「キミたちにはこれから、『絶対に笑ってはいけないポケウッド』をやってもらう」

 

 その言葉に一早く反応したのはルッコであった。

 その世界で初めての試みを、なぜ彼女は知ることができたのか。

 それはひとえに、彼女が転生者であったからだ。

 

「お疲れ様でしたー!」

 

 早々に見切りをつけ参加拒否の意を表明するルッコ。

 そんな彼女の前に、行く手を阻む者たちが現れる。

 その男たちは、今人気急上昇中のグループ。

 

 『やまおとこーず』であった。

 

(しかし回り込まれてしまった!)

 

 そこは『逃げきれなかった』じゃないのかとセルフ突っ込みを脳内で行うルッコ。

 行くも地獄、引くも地獄。

 彼女は企画参加を決めた。

 

「じゃあルールの説明をするで。一つ、これからみんなには映画撮影を研修してもらう。一つ、これから絶対に笑ってはいけない。一つ、笑ってしまったものにはキツイ罰が与えられる。どや、かんたんやろ?」

 

「笑ってはいけない?」

 

 疑問を投げかけるトウヤに、ウッドウはせやと答える。 

 

「説明は以上や、んじゃ行くで」

 

 そうして彼女たちは、タチワキ行きの高速船に乗り込んだ。

 こうして彼女たちの地獄の一日が始まった……ッ!!

 

 

*お仕置き*

 彼女たちは高速船のデッキに通された。

 タチワキに着くまではここで待機しておいてくれということだった。

 

「笑ったらキツイお仕置きねえ。要するに笑わなければいいんだろ?」

 

 楽勝じゃねえかと鼻で笑うヒュウ。

 そんなヒュウに、魔の手が襲い掛かる。

 

「ヒュウ、ヒュウ」

 

「どうしたキョウヘイ?」

 

「……べ、別にアンタのためじゃ、ないんだからね!」

 

「あっはっは!」

 

 キョウヘイはその容姿を利用してツンデレを演じた。

 そして笑ってしまったヒュウには魔の手が襲い掛かる!

 

『ヒュウ、アウトー』

 

「はっ! しまった!!」

 

 どこからともなく表れる一匹のマニューラ。

 ヒュウに後ろを向けとジェスチャーをする。

 後ろを向いたヒュウに放たれる一撃。

 

「うごふッ!」

 

 仕事を終えたと言わんばかりに立ち去っていくマニューラ。

 彼が放ったのは『だましうち』だった。

 

「キツイ罰ってこれか……まじかよ」

 

 戦慄する三人。

 中でもルリだけは、ケツバットではなくだまし討ちであることに恐れおののいていた。

 

(これが……、ポケモン時空……ッ!)

 

 

*乗客*

 その後仲間内での足の引っ張り合いはやめようという協定が結ばれた。

 そしてしばらくして、二人の男性ペアが入ってきた。

 

「おー見ろよレッド! 結構空いてるぜ!」

 

 彼らは伝説の二人組。

 

「レッドさんにグリーンさん!? 何やってるんですか!」

 

 世界的に有名な二人。

 マサラタウンという辺境の地から名を轟けた二人。

 彼らの名前はレッドとグリーンと言った。

 

「お、ちょうどいい感じに人がいるじゃん。ちょっと俺たちのネタ見てもらおうぜ」

 

「ネタ!?」

 

「」

 

「しゃべれや!」

 

 グリーンの発言に、小さくうなずくレッド。

 あんたこの世界線だと普通にしゃべってただろと突っ込むルッコ。

 ゲーム内のレッドを知っているのはルッコだけだ。

 故に、ルッコだけが笑った。

 

「あはは」

 

『ルッコ、アウトー』

 

「いや、それズルいじゃないですか……」

 

 こうしてルッコも身をもってこの企画の恐ろしさを知ることになった。

 ニューラではなくマニューラを用意した運営は潰すと心に決めた瞬間だった。

 

「すみません、俺ら芸人目指してるんですけど、ちょっとネタ見てもらってもいいですか?」

 

「芸人て、ふふっ」

 

『全員アウトー』

 

 あんたら芸人になる必要ないだろ。

 

「ありがとうございます、ほらレッド、行くぜ」

 

 一度上座の方向に向かっていくレッドとグリーン。

 こういうところ律儀だよなーと思うルッコ、気づかない三人。

 聞き覚えのある曲とともに、上座から二人が登場した。

 

「でんでんででんでんでんででんでん」

 

「あっはっは」

 

『ルッコ、アウトー』

 

(いや、前世のネタ持ってくるのズルいやん!)

 

「でん、でーでん! レッちゃんいつもの言ったげて!」

 

「おう聞きたいか俺のレジェン伝!」

 

「そのすごいレジェン伝言ったげて」

 

「俺の伝説ベストテン!」

 

 レッツゴー!

 

「一日三ミリ、バス停動かす」

 

「二年かけてぇ↑自宅の前へ」

 

「あっはっは」

 

『全員アウトー』

 

 しれっと『てぇ↑の人』ネタ混ぜて来るなよと恨むルッコ。

 誰も分からんだろ!

 どうやら前世ネタの分かる彼女には厳しい一日となりそうだ。

 

「しゃっきーん! は、鋼です……」

 

「あははははは」

 

『ルッコ、ヒュウ、アウトー』

 

 そこにつなげて来るな。

 今のはミカンという、ジョウト地方のジムリーダーの持ちネタだ。

 ヒュウが分かったのは彼がPWTのファンだからだろう。

 トウヤとキョウヘイはネタが分かってなかった。

 

 

*銅像*

(これは本当にヤバイ)

 

 レッドとグリーンが去ってから、ルッコは精神統一を図っていた。

 彼ら相手に何度罰を与えられたことやら。

 このペースでいけば今後の仕事に間違いなく支障をきたす。

 それは避けたいところであった。

 

 幸い、このペースでいけばこの話が何万字になるか分からないという創造主の不安により、船の上で襲い掛かる予定だった魔の手は退かれた。

 没になったプロット達に追悼を。

 アーメン。

 

「着いたで、ここがボクのポケウッドだよ」

 

「すげー!」

 

「そういえばトウヤは初めてだっけ?」

 

「うん。俺はずっと本土にいたから」

 

 タチワキシティにすら来たことがないということか。

 キョウヘイもヒュウもヒオウギシティ出身だから、必然的にここを通っていた。

 

「そしてこれが、ポケウッド創設者を祭った銅像や」

 

「あはははは」

 

『ルッコ、キョウヘイ、アウトー』

 

 そこにあった銅像は、ゲーチスのものであった。

 

「このスイッチを押すと音声も流れるんや。ここを開いた時のありがたいお言葉やからな、きちんと覚えていくんやで」

 

『ワタクシだけがッ! ポケモンを使えればいいんです!』

 

「あっはっは」

 

『全員アウトー』

 

「いやなんでヒュウも笑ってんだよ」

 

「わりぃ、なんかつられた」

 

 

*机ネタ(トウヤ)*

「じゃあ次呼ぶまでここの部屋で待っといてな」

 

 そういってウッドウさんに連れてこられたのは控室。

 いわゆる机ネタゾーンであった。

 

(この待ち時間には、必勝法がある)

 

 ルッコは知っていた。

 机の中身を探ってはいけないと。

 それはパンドラの箱だ。

 一度開いてしまったが最後、数多の絶望が襲い掛かる。

 

 ならば対処法は簡単だ。

 開けなければいい。

 たったそれだけだ。

 しかし、彼女以外はその事を知らない。

 

 しばらくの休憩時間の後。

 トウヤが口を開いた。

 

「机の中なんかあるのかな」

 

「あ、トウヤ待っ」

 

「なんだこれ、封筒?」

 

 ルッコが制止しようとするが間に合わない。

 もう、すべて、手遅れであった。

 

 封筒の口を切って中身を確認するトウヤ。

 そしてまたまた封筒に閉じ込め、引き出しに戻した。

 その顔はとても痛ましかった。

 

「えぇ! 何があったんですか!」

 

 声をあげたのはキョウヘイだった。

 しかしトウヤは力なく、『見てはいけないものだった』というだけだ

 

 見てはいけないと言われれば見たくなる。

 キョウヘイはヒュウとアイコンタクトをとると、封筒の奪取を試みた。

 

「行け! ヒュウ! ここは俺が食い止める!」

 

「任せろ!」

 

「あ、待て! やめろ!」

 

(あーあ……)

 

 キョウヘイがトウヤを抑え込み、ヒュウが机から封筒を取り出す。

 ルッコはそれが良からぬものであるということだけ知っていたので、その行為を傍観していた。

 

「……ふふっ」

 

『ヒュウ、アウトー』

 

 キョウヘイが戦慄した。

 トウヤは見て意気消沈したのに、何故ヒュウは笑ったんだ?

 

「キョウヘイ、見てみろよ」

 

 そういってヒュウがキョウヘイに封筒の中身を見せる。

 そこにあったのは、やまおとこに抱き着かれるトウヤの姿だった。

 

「あっはははは!」

 

『キョウヘイ、アウトー』

 

 地獄はまだ、始まったばかりだ。

 

 

*机ネタ(ヒュウ)*

 次いで行われた話し合いは、誰から机を開けていくかということだった。

 ただ一度の事例から結果を予測する能力は、人間が生き抜くために与えられた生存本能であった。

 故に机を開くことを忌避する。

 しかし机の中身に興味を抱く。

 

「おし、なら俺から行くぜッ!」

 

 動いたのはヒュウだった。

 机に手をかけ、開く。

 

 一段目、何もない。

 二段目、何もない。

 

 もしや、何もないのでは。

 そう思った時であった。

 少し大きめの三段目。

 そこにあったのは、一枚のDVDであった。

 

「DVD?」

 

「ちょうどそこにプレイヤーあるよ」

 

「いや、見るのやめとかない?」

 

「何言ってんだよルッコちゃん。ここで退いたら漢じゃないって!」

 

 ルッコは女だからその理屈は通らない。

 が、多数決によりDVDの視聴が決定した。

 この場においてルッコは野党であった。

 

「お、始まったぜ」

 

 DVDに映されたのは、ヒオウギシティ。

 キョウヘイとヒュウの生まれ故郷であった。

 

『お兄ちゃん! いつもありがとー!』

 

『ヒュウ、頑張ってるみたいだね』

 

「あ、ヒュウのお母さんと妹さんじゃん」

 

 カメラのシーンが変わり、ヒュウの家。

 そこで画面に向かって話しかける人たちが映されていた。

 いわゆる、ビデオレターという物だ。

 

『今日はいつも頑張ってるお兄ちゃんの為に、手紙を書きました。ぜひ最後まで聞いてください』

 

 そんなありきたりな、だけどとても心温まる始まりだった。

 

『お兄ちゃんへ。いつも私に優しくしてくれてありがとう。チョロネコが奪われたとき、私以上に悲しんでくれましたね。私以上に怒ってくれましたね。今でも覚えています。私が悲しめば励ましてくれて、私が楽しいときは一緒に笑ってくれました。お兄ちゃんがお兄ちゃんでいてくれて、私は本当にうれしいです』

 

「あれ? 俺の時となんか違うぞ」

 

 トウヤが少し不満げに声を漏らした。

 ルッコはある程度オチが読めていたので特に感想はなかった。

 

『ヒュウへ。あなたがチョロネコを取り返しに行くと言ったとき、本当は凄く不安でした。本当に一人で大丈夫なのか、いつもあなたの身を案じていました。けれどあなたは立派に取り返してきてくれましたね。あなたはお父さんによく似て、かっこよく育ってくれました。でも、たまにはうちに帰って来てね。いつでも、いつまでも、ここはあなたの帰る場所なんだから』

 

「おふくろ……」

 

「いい話じゃねえか……」

 

 ヒュウとキョウヘイの目に涙が浮かぶ。

 感動のシーン、というやつだ。

 だがそれも、ここまでだ。

 

『お兄ちゃん、ヒュウ――ブレイズキック!』

 

「!?」

 

 バン! という音とともに、一匹のポケモンが入ってきた。

 ホウエン地方の炎御三家、格闘タイプを兼ね合わせるポケモン。

 名前をバシャーモと言った。

 

「ちょ、待て! さすがにブレイズキックはヤバいって!」

 

「ぎゃはははは、ヒュウ、ブレイズキックって、あはははは」

 

「キョウヘイ笑ってないで助けろ!」

 

『キョウヘイ、アウトー』

 

 そして断末魔があがった。

 

 

*机ネタ(キョウヘイ)*

「おし、次はキョウヘイ、お前行け」

 

「よし、行くぜ!」

 

 キョウヘイが机を開く。

 一段目、何もない。

 二段目、スイッチが入っていた。

 

「スイッチ……?」

 

 机の上に置こうとするキョウヘイ。

 スイッチを持ち上げたとたん、机が小さい爆発を起こした。

 

「うおっ!」

 

「あっはっは」

 

『ルッコ、ヒュウ、トウヤ、アウトー』

 

 マニューラが現れてだましうちをしていく。

 とっくに感覚は麻痺し始めていた。

 

 机の上にスイッチを取り出したキョウヘイ。

 よく見ると、スイッチには注意書きのようなものが書いてあった。

 

 『絶対に押すな』

 

「キョウヘイ、カントーだがジョウトだかにはこんな格言がある。『絶対に押すなっていうのは押せっていう意味だ』ってな」

 

「いや騙されねーよ! それならヒュウが押せよ!」

 

「……よし、いいぜ」

 

 恐る恐ると言った様子で、ヒュウが押す。

 できるだけ身を引っ込めて、可能な限り手を伸ばして。

 手首のスナップで、スイッチを押す。

 

『ででーん、キョウヘイ、アウトー』

 

 スイッチから、そんな音声が流れた。

 

「あっはっは」

 

『ヒュウ、アウトー』

 

「はっは、キョウヘイこの野郎!」

 

 二匹のマニューラが入ってきて、ヒュウとキョウヘイを叩いて行った。

 

「なんで俺も!?」

 

 キョウヘイは笑っていなかった。

 だがしかし、スイッチから告げられた宣告も同様にアウトなのだ。

 

 それを受けてキョウヘイはスイッチを隠した。

 それを見たルリがキョウヘイに告げる。

 

「キョウヘイもうそれ押さないの?」

 

「押すわけないじゃん! こんな理不尽な装置!」

 

「でもさ、考えてみてよ。もしかしたらヒュウが押したからキョウヘイになったのかもしれないよ? キョウヘイが押したら、別の人になるかもよ?」

 

「そ、そんな甘言に……」

 

「へー、いいんだ、それで。ヒュウに仕返ししたいとか思わないんだ」

 

 キョウヘイがいつになく真剣な顔で悩む。

 その顔は、キョウヘイがチャンピオンに挑んだ時と寸分の違いもなかった。

 

「ま、押すも押さないもキョウヘイに任せるけどさ」

 

 キョウヘイは悩んでいた。

 もう一度叩かれるのは嫌だ。

 だけどこの理不尽を他の人にも味わわせたい。

 そんな接近回避型の葛藤の末、キョウヘイは押すことを決めた。

 

『ででーん、キョウヘイ、アウトー』

 

「あはははは!」

 

『ルッコ、トウヤ、ヒュウ、アウトー』

 

 そうしてみんなで仲良くだましうちを受けた。

 

 

*机ネタ(ルリ)*

「さて、残るはルッコさんだけだけど」

 

「仕方ないなー、ここまで来たらやってあげようじゃないか」

 

 なんだかんだとノリノリになってきたルリ。

 勢いよく引き出しを開ける。

 

「あ、鍵だ」

 

 机に入っていたのは、七番と書かれた鍵。

 室内を探して七番に対応する引き出しを探す。

 

「あ、ここっぽいよルッコちゃん」

 

 見つけたのはキョウヘイ。

 嫌だな嫌だなーと思いながら鍵を開け、中を覗いた。

 そしてキョウヘイと一緒に笑った。

 

『ルッコ、キョウヘイ、アウトー』

 

「え? 何があったの?」

 

 興味津々と言った様子のトウヤ。

 だましうちを食らった後、その引き出しからその人形を取り出した。

 

「あはははは!」

 

『トウヤ、ヒュウ、アウトー』

 

 そこにあったのは、なぜか首から上が回り続けるゲーチス人形だった。

 

 

*アーティとナツメ*

「みんな待たせたな。研修の準備ができたから移動するで」

 

 そう言ってウッドウが部屋に入ってきた。

 

「みんなにはこれからメイクの仕事を見てもらう。しっかり学んでいってや」

 

 ルリ達四人はウッドウの後を追いかけた。

 そして外に出て、メイクしているという現場にたどり着いた。

 

「それじゃあ今から先生を呼ぶからな。先生、お願いします」

 

「ぬぅん! もしかして呼んだ!?」

 

 呼ばれて飛び出たのはヒウンシティのジムリーダー、アーティだった。

 

「え、アーティさん!?」

 

(あー、こいつがメイク担当か……)

 

 ルッコ以外の三人はアーティと戦っている。

 戦っているから面識がある。

 だからここにアーティがいることに驚いていた。

 一方ルッコは妥当なところだなと及第点を与えていた。

 

「ほら、先生や。みんな挨拶してや。先生、このコたちが研修生です」

 

「よろしくねー」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 こうして最初の研修が始まった……!

 

「じゃあ早速メイクに移ろうか。こっちに来てくれる?」

 

「わかりました」

 

 そう言ってカーテンの向こうから現れたのは、ポケウッドのトップ俳優。

 普段はヤマブキシティのジムリーダーをしているナツメだった。

 

「えええ! ナツメさんまで!?」

 

 ルリは既に嫌な予感がしていた。

 そしてその予感はこれから現実となる。

 

「それじゃあメイクを始めるからねー」

 

 そういってアーティは絵筆と絵の具を用意し始めた。

 チューブから絵の具を取り出す、そこまではいい。

 その後、水で溶く代わりに別の水分で絵の具を溶いた。

 

「ちょっと待ってそれマトマの実じゃない!?」

 

「良く知っているね。そうさ、これはマトマの実を絞ってできた果汁さ」

 

 マトマの実。

 名前と形はトマトなのにその性質はハバネロによく似ているという木の実。

 その性質は、辛いだけじゃない。

 

「いあだだだだ」

 

「あっはっは!」

 

『キョウヘイ、トウヤ、ヒュウ、アウトー』

 

 その果汁は非常に強い刺激を持っている。

 ポケスペなんかだとサファイアの目が火傷にされていたはずだ。

 

 何と恐ろしい。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。さすがにそれはヤバいですって」

 

「大丈夫大丈夫! これはメイクだから、ね? ナツメさん」

 

「こひゅー、かひゅー」

 

「全然大丈夫じゃないじゃないですか!!」

 

 ナツメは力無くうなずいたが、声が既に大丈夫じゃなかった。

 余談だが、ナツメは未来予知ですでに何度もこの痛みを味わうという苦行を乗り越えていた。

 

「それじゃメイクを続けるよー」

 

 そう言い、アーティがナツメの顔に筆を走らせる。

 刺激からか、顔がぴくぴくと痙攣しだしていた。

 

「ふふっ」

 

『キョウヘイ、トウヤ、アウトー』

 

 こうしてメイクを学んだ四人は次の研修先へと向かった。

 

 

*ブロマイド*

「みんなメイクの研修はどうやった? いっぱい学ぶことがあったと思う。けど学ぶばっかりじゃ身につかん。そこでみんなにはこれからブロマイド販売を体験してもらう」

 

 そういって連れてこられたのはポケウッドの東側にあるブロマイド販売所だった。

 ポケウッドの頂点に立つルッコのものはもちろん、人気が出始めているキョウヘイのものもちらほらと並んでいる。

 

「とはいえやることは簡単や。欲しい番号のブロマイドを聞いてその番号を渡すだけや。簡単やろ? ほなしばらく頼むで」

 

 そう言ってウッドウはまたどこかへ行ってしまった。

 

「随分放任的なんだな」

 

「確かに」

 

 後ろでヒュウとトウヤがそんなやり取りをしていた。

 ルッコは前世の認識があるから違和感はなかったが、確かに初見なら疑問に思うかもしれない。

 まあ筋書きはきっちりしているんだろうけれど。

 

「すみませーん!」

 

「あ、いらっしゃい!」

 

「ブロマイド一枚、くださいな!」

 

 今回接客に当たったのはキョウヘイだ。

 お客さんは八歳くらいの子供。

 キョウヘイはきっと、気を抜いていたんだろう。

 

「はいはい、何番の奴が欲しいのかな?」

 

「んーとね、二十一番!」

 

「ちょっと待ってねー、二十一番二十一番……っとこれだ……、フフッ」

 

『キョウヘイ、アウトー』

 

 どこからともなくマニューラがやってきてだましうちをして去っていった。

 

「いやこんなんズルいじゃん。ルッコちゃんも見てよ」

 

「いやなんで私……フフッ」

 

『ルッコ、アウトー』

 

 おのれキョウヘイ許すまじ。

 そう心に誓ったルッコ。

 そのブロマイドに映っていた女性は、ナツメだった。

 

 ただし、初代赤緑の衣装のである。

 

(いや、鞭て、SM嬢じゃないんだから)

 

 ルッコは必死に笑いを抑えていた。

 

「すみませーん、俺もブロマイドが欲しいんです!」

 

「はい、ただいま!」

 

 次に接客に向かったのはトウヤだった。

 

「何番でしょうか?」

 

「んーとね、お、これこれ。七百二十三番だ」

 

「……? 七百? かしこまりました」

 

 トウヤの頭に、一瞬何かが引っかかった。

 引っかかったが、それが何なのか分からないままその番号を探した。

 それに気づいたのは、ルッコだけだった。

 

(七百二十三番……? もしかして)

 

「ヒェッ!」

 

 盛大にブロマイドをぶちまけたトウヤ。

 空中に飛び散ったうちの一枚をパシリと掴み、その内容を確認する。

 

「ふふっ」

 

『ルッコ、アウトー』

 

 七百二十三番……つまりナツミだった。

 分からない人向けに言えば、机ネタでトウヤに抱き着いていたやまおとこ本人さんだ。

 

「すみませーん。俺もくださーい」

 

「うっす、どれをお求めで?」

 

 次に出向いたのはヒュウだ。

 客が求めた番号を探しだす。

 

「おっと、これだな。……ふふっ」

 

『ヒュウ、アウトー』

 

 そこに映っていたのはキョウヘイのお母さんのコスプレ衣装。

 それも少し前に流行った魔法少女の衣装だった。

 

(いや、その年で魔法少女はきついぜ)

 

「すみませーん」

 

「いらっしゃいませ! どれにいたしますか?」

 

 最後に接客に向かったのはルリ。

 お得意の営業スマイルで応対する。

 

「おっふ」

 

 観客はその美しさに、セリフを忘れてしまったという。

 彼は後に、この出来事をこう表したという。

 『天使だと勘違いした』

 またひとつ、ここにルッコ伝説が刻まれた。

 

*撮影*

「みんなブロマイド販売おつかれやで。次は撮影現場を見てもらおうと思う。ほなついて来てな」

 

「お、ようやく映画っぽくなってきたな」

 

「ヒュウは元気だね」

 

 そういって私達がやってきたのはポケウッド撮影スタジオ。

 人の肌と反対側の色、緑色を背景にした撮影場所だ。

 これにより撮った映画をすぐに合成し、上映することができる。

 もっともルリが出演する作品は長編が多く、このスタジオを活用することは最近めっきり減っていた。

 

「こちらが今回の映画の監督や。監督、それではこいつらをお願いします」

 

「はーい、まかされました!」

 

「シキミさん!?」

 

 監督役はシキミだった。

 ルッコは豪勢だなーと思っていた。

 

「これがいわゆるグリーンバック。クロマキー合成……つまり合成をしやすいようにしているのね。それじゃあ撮影を始めましょう。スーツアクター君、お願い」

 

 白い煙と共に、スーツアクターがやってくる。

 その正体はッ!?

 

「アデクさん!?」

 

「くっはは」

 

『ルッコ、ヒュウ、アウトー』

 

 全身緑のスーツに包まれた男は、かつてのイッシュチャンピオンアデクであった。

 あのゴツイ老人が全身緑のスーツに包まれる絵面のシュールさときたら……。

 ルッコとヒュウのツボを攫って行った。

 

「それではスーツアクター君、任せたわよ!」

 

「……」

 

「……」

 

「……アデクさん、アクションを」

 

「えっ? ワシの番?」

 

「あっははは!」

 

『全員アウトー』

 

 どこからともなくやってきたマニューラが四人を叩いて去っていく。

 時折やってくるこの素のボケが、実はなかなかにきつい。

 

「スーツアクター君、お願い!」

 

 シキミがセリフを言いなおし、過去を無かったことにして先に進める。

 アデクが機敏な動きを見せる。

 アデクと言えば崖から飛び降りたり、ポケモンを鍛える際に自らの肉体を使っていることで有名だ。

 彼にとってスーツアクターは、簡単な仕事のはずであった。

 

「あがっ、腰が!」

 

 しかし寄る年波には勝てぬというか。

 結局アデクはぎっくり腰になって救急搬送された。

 何しに来たんだあんた。

 

 

*控室*

「それじゃあまたここで待機しといてな」

 

 そう言われて、彼女たちはまた控室に来ていた。

 

「あれ? ルッコちゃんどこ行くの?」

 

「んー、ちょっとお花摘み」

 

「あぁ」

 

「その察したような声やめい」

 

 そういってルッコは控室から出て行った。

 

「キョウヘイ」

 

「ん? どうしたの、ヒュウ?」

 

 キョウヘイをヒュウが呼び、ちょんちょんと指さす。

 その先にあるのはゲーチス人形。

 

「ふふっおま」

 

『キョウヘイ、アウトー』

 

「いやそうじゃねえ……」

 

 ヒュウはなんでお前が笑ってるんだよっていう顔をした。

 

「これをルッコさんの席に仕掛けようぜ」

 

「いや……えぇ……それはどうだろうか……」

 

「いいからいいから」

 

 どの辺に置こうか……。

 ここ、ここならちょうど顔だけちらっと映って……。

 それならこの角度にすれば座ったときにちょうど……。

 

 仕事をやり切ったという二人。

 席に着き、ルッコが戻ってくるのを待つ。

 

「ただいまっと」

 

 ルッコはその空気を感じ取った。

 わくわくやどきどきといった、子供が悪戯をするときによく感じる気配だ。

 彼女の妹や弟がよくそれをする。

 

「……どうしたの?」

 

「なにがー?」

 

 キョウヘイが惚ける。

 大根役者か、と突っ込みたくなるのを抑えて席に戻る。

 

「いや、言い直そっか。何をしたの……ふふふ」

 

『ルッコ、アウトー』

 

「ふぎゃん」

 

 キョウヘイとヒュウは必死に笑いを堪えていた。

 その事からルリは、このうちのどちらかの仕業だろうと予測した。

 

「どっちだ! これを仕掛けたのは! ヒュウか?」

 

「俺しーらね」

 

「ならキョウヘイ?」

 

「何のことか分かんないね」

 

 訝しみ、歩み寄るルッコ。

 キョウヘイの前に顔を寄せる。

 

(目を合わせたらバレる!)

 

 キョウヘイは、ルッコが瞳孔の収縮から嘘を見抜けることを知っていた。

 だから慌てて目を閉じる。

 

「キョウヘイ、あなた……」

 

(バレた……!?)

 

 冷や汗がキョウヘイの背中を流れていった。

 嫌われるかもしれないという不安が胸を襲った。

 

「あなた、鼻毛出てるわよ」

 

「ぶはっ」

 

「マジで!?」

 

『ヒュウ、トウヤ、アウトー』

 

 

*闖入者*

「はいどーん!」

 

「うおぉっ、びっくりしたぁ!」

 

 控室の壁をぶち抜いて、闖入者がやってきた。

 ガタイのいい肉付きに、長期の山籠もりが可能なそのリュック。

 そして震えだすトウヤ。

 かれこそが、やまおとこのナツミ本人であった。

 

「あれは二年前の夏だった……」

 

「はい没シュート」

 

 ルリがガブリアスを繰り出すと、マッハ二のスピードで山へ送り返してもらった。

 

「ル、ルッコざぁん!!」

 

「はいはい、こわかったね」

 

 泣きつくトウヤを優しく撫でる。

 この小説にBLタグは付いていない。

 そこから先のセリフを言わせるわけにはいかなかったんだ。

 憐れやまおとこよ、また会う日まで。

 

 

*会見*

「みんな、大変なことが起きたんや。あの有名俳優が会見を開くらしいから見に行こうか」

 

「有名俳優?」

 

 誰だろうと考えながら四人はついて行った。

 会見が開かれるという場所には、既に多くのインタビュアーやカメラマンが押し寄せていた。

 

『それではただいまより、俳優ハチクさんの緊急記者会見を始めたいと思います』

 

 パシャリパシャリとシャッター音が鳴り響き、けたたましいフラッシュが会場を包み込む。

 

『ああ! 全裸です! 映画界の大御所ハチクさんがッ、全裸です!』

 

「真っ裸ーニバル」

 

『なんか言っています!』

 

「ふふっ、ダメだこれ、あはははは!」

 

 既に笑いましたがそのまま続けます。

 

「映画ってなんかイライラする」

 

『ええぇぇぇ! ハチクさん映画嫌いなんですかァ!?」

 

「レートで不意に出てくるジャロゴーリの次に嫌いだ」

 

『嫌いの度合いが良く分かりませんよ!』

 

「すっぽんぽんぽこぽんぽこりーん」

 

 その後も司会とハチクさんの掛け合いは続いて行く。

 これ会見の形にする必要あったのか?

 

『全員アウトー』

 

 ぎゃふん。

 

 

*会見その二*

『えー、えっ! た、ただいま入った情報です! なんとこの会場に、極悪犯が入り込んでいる模様です』

 

 会場にざわめきが起こる。

 小さな波紋が、大きな波を作る。

 

『あっと、ここで警察の方が到着したようです。ささっ、どうぞ』

 

『ウーハー! 警視庁捜査一課のシバだ!』

 

(あ、この流れ知ってる)

 

 ハチクの会見が終わった後、続けて行われたイベント。

 掛け声こそ違うものの、あの人だろうとルッコは予想を立てていた。

 

『この会場に、極悪犯が忍び込んだ。目撃情報によるとその犯人は黒装束を身にまとっていたという!』

 

 ルッコは心の中で冥福を祈る。

 アーメン。

 

 隣のヒュウの顔が、みるみる青ざめていく。

 ごめんね、私に君を助けることはできないんだ。

 ルッコはそう心の中で謝罪した。

 

『これより犯人探しに入る。ん? なんだ。フム、犯人はハリーセンのような髪の毛をしているのか。ご苦労であった』

 

 シバが壇上からこちらに降りてくる。

 

「おいお前、黒装束を身にまとっているな」

 

「いや、その、はい」

 

「お前怪しいな……」

 

「お、おれは何もしてないッス!」

 

 ヒュウの全身から汗が流れ落ちる。

 さながらナイアガラだ。

 

「ほう、ならばその頭巾を外してみろ」

 

「っぃ、ぃゃです」

 

「ああん!? もっとはっきり喋らんか!」

 

「ヒェっ」

 

 ヒュウの体が音を立てて震えだす。

 すまないヒュウ、骨は拾ってあげるよ。

 そうルッコは考えていた。

 

「キョウヘイ、たす……」

 

「ごめんヒュウ、無理だよ、これ」

 

「おま……っ」

 

 ヒュウの目に、涙が浮かんでいく。

 なむなむ、化けて出てくれるなよ。

 

「ええい! おとなしくその頭巾を外せ!」

 

「あぁっ!」

 

 そういってシバは、力づくでその頭巾を外した。

 そしてそこには、しなびたヒュウの頭があった。

 

「ぶはっは!」

 

『ルッコ、キョウヘイ、トウヤ、アウトー』

 

 もうその衣装に着替えて長い時間が経過している。

 いつものとげとげヘアーではなく、しなびたヘアーがそこにあった。

 

「!? ほ、ほら! 犯人はハリーセンみたいな頭してるんでしょ!? 俺じゃないッス!」

 

 助かった。

 ヒュウは心からそう思った。

 そうして神に感謝を捧げようとして、悪魔に叩き落された。

 

「……いや、お前、見た目は忍者だったな。俺の住むカントーには、変化を得意とする忍者がいる。お前もそうなんだろ! こっちへ来い」

 

「そ、そんな無茶苦茶な!」

 

 嫌だ嫌だと駄々をこねるヒュウ。

 いや、実際理不尽故正しい反応なのだが、その様子は三人の心を震わせた。

 

「ふっふふ」

 

『ルッコ、キョウヘイ、トウヤ、アウトー』

 

 三人へのお仕置きを実行している間にも、ヒュウのデッドラインは刻一刻と迫りくる。

 

「ちょちょちょ、なんで足踏んでるんですか!」

 

「逃げるからだ、すべてわかっているんだ。お前がこの会場に忍び込んだ極悪犯だな!」

 

「違ーう! いや、違うんです! ほんとに俺は身に覚えがないんです!」

 

「あっはっはははは」

 

『ルッコ、キョウヘイ、トウヤ、アウトー』

 

 すでに笑いましたがそのまま続けます。

 

「なら何故頭巾を脱ぐことを拒んだ!」

 

「シバさんが怖いからです!」

 

「俺の地元には、こんな言葉がある。嘘吐きは泥棒の始まりであると」

 

「俺は嘘ついてないんですよ!」

 

 ヒュウが悲鳴を上げる。

 ヤメロー! シニタクナーイ!

 

「ヒュウ、もうやられてくれよ、ひー」

 

「ひー、ひー……、優しくしてくれますか?」

 

「お、ようやく覚悟できたか」

 

 窮鼠猫を噛むというか。

 ここにきてヒュウが怒った。

 

「だってビンタするんでしょう? あんた俺にビンタしたいんでしょう!!!」

 

「行くぞ」

 

 シバがその手を天高く上げる。

 それを遮るように、ヒュウが声を上げる。

 

「先に言っておく」

 

「なんだ?」

 

「……俺は今から怒るぜ」

 

「あっはははは!」

 

 バチコーン!

 

 それは、決して人の体からなってはいけない音だった。

 全身の骨が砕け散ったんじゃないか。

 そんな鈍い音とともに、ヒュウは倒れた。

 

 本来なら、宙を舞ってもおかしくない威力だった。

 だがしかし、足を踏まれていたせいで空中に勢いを逃がすこともできない。

 結果としてヒュウは、シバのビンタを余すことなくその身で受けることになった。

 その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 

「ウー! ハー!」

 

 そういってシバは去っていった。

 

 

*終幕*

「おお、みんなよく帰ってきたな。これで『絶対に笑ってはいけないポケウッド』は終了や」

 

 その喜ばしい宣言に反応するものはもはやいなかった。

 誰も彼もが、魂が抜けたかのような表情を浮かべていた。

 

*その後*

 布団をはじきながら、私は目覚めた。

 よほどうなされていたのか、衣服には大量の汗がびったりとついていた。

 服がべたつくのが気持ち悪かった。

 

「ここは……」

 

 異常なほど発汗しているという事実を受け止めた後、私は周囲を見渡した。

 見覚えのない天井、窓から見える知らない街並み。

 記憶が混濁していた。

 

 すると奇妙なことが起こった。

 先ほどまでまとわりついていたはずの汗が、みるみるうちに凍っていったのだ。

 その異常現象を前にして、私は思い出した。

 左手を回し、首筋に触れる。

 ヒトの皮膚らしからぬ、硬い感触があった。

 

「あはは、そうだ。キュレムに取り込まれて、DNAが逆流して、いつまで私で居られるかが分からなくなって……」

 

 それでジョウトまでやってきたんだった。

 ということはこの街並みは、コガネシティのものということだろう。

 

 汗が私の体温を奪っていく。

 酷く、酷く寒かった。

 肩が震え、体が震える。

 怖かった。

 このまま私が私でなくなることが。

 

「全部、夢だったんだ……」

 

 もうみんなに会えないかもしれない。

 そんな不安が作り出した、ただの幻想。

 

「そうだよ、よく考えれば、キャスティングからしておかしいじゃん……」

 

 あはは、と、渇いた笑みをこぼす。

 凍った涙が、零れ落ちて行った。

 

「行かなきゃ、シロガネ山に」

 

 私は、ふらふらとした足取りでコガネシティを後にした。




と言うわけでルリちゃんの中での楽しい思い出への願望でしたとさ。
Nがいないのはルリちゃんが人物像をつかめていなかったから。トウヤがちょくちょく消えるのは関わりがうすいから。前世ネタは記憶の世界だから。ゲーチスが散々ネタにされてるのはルリちゃんのなかでネタ枠だから。ナツメやらハチクやらレグリは他に印象の強かったネタに落とし込まれただけ、かわいそうに。
三人称なのはルリちゃん自身どこかで夢だと自覚していたから。三人称書けない……。原作沿い書けない……。無い無い尽くし。

2019年も良ければよろしくお願いします。


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