滅龍剣と謎のキグルミ (ケツアゴ)
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設定

絵心が欲しい 小学生から進歩なし


登場人物

 

・レヴァ・スルテス  名前の元 レーヴァティン

 

 アムリタ王国の騎士学校を卒業し、夢である騎士になる筈だったが故郷を滅ぼされた事で復讐の旅に出た少女。友人に心配されるお人好しであり、やや単純な性格。種族・人間 

 

 短く刈り揃えている少しくすんだ金髪は癖毛なのか所々カールしており、青い瞳の小柄な少女。

 

初登場 プロローグ

 

・アンノウン 

 

謎の喋るパンダ。ただしキグルミ

 

初登場 プロローグ

 

・グラム 名前の元 グラム

 

ポーシェル王国のトライデントの近くの山に住む魔剣を打つ鍛冶職人 アンノウンの居候先 種族・魔族

 

短く切り揃えた黒い髪を後ろで結び、頭に布を巻いて、細く絞まった肉体であると服の上からでも分かる。鋭い目つきは他者を威嚇する様。頭の両側から伸びた朱色の湾曲した角。先端を前方に向けている。

 

初登場 一話

 

・リューナ 名前の元 プリューナク

 

病気の妹の薬代を稼ぎに行った際に仲間を失った魔法使いの少女

 

肩まで銀の髪を伸ばした白い肌の華奢で小柄な少女。声に抑揚が少ない人形のような印象。一人称は僕。

 

初登場 第二話

 

・ラティ・フェイン  名前の元 ガラティン

 

赤い髪をした縦ロールの気品と騎士の風格を持つ少女であり伯爵気家令嬢。レヴァを親友でありライバルと認識している。

 

初登場・第三話

 

モンスター関連

 

 領域主  

 

 他のモンスターの縄張りさえも縄張りにしている強大なモンスター。支配範囲によって大陸主や列島主と呼び方が変わり、中には二つ名が付いている個体も存在する。

 

雷電虫 放電するカタツムリ

 

蜘蛛ネズミ 蜘蛛の巣を張るネズミ

 

アイスクラブ 氷に似た透明の甲殻を持つ蟹。美味な幼体は大人の拳ほどだが大人は二メートル程。ゴーシュ雪原に生息

 

凍烏賊帝リジル ゴーシュ雪原の領域主。地中を泳ぎ、地上の生物を蟻地獄の罠のように地面ごと補食する巨大な烏賊

 

魔龍聖母ロンギヌス 危険故に存在が秘匿されたドラゴン。天空主と呼ばれるが……。レヴァの故郷を滅ぼしたドラゴンはこのモンスターの先兵に過ぎない。

 

ギガントコックローチ 巨大なゴキブリ 炎や電撃を受けると仲間を呼ぶ。討伐依頼を受けたくないモンスターランキングの上位常連

 

 

 

 

 

種族

 

人間族。他の種族に比べて突出した力は無いが最も数が多く栄えている。

 

 妖精族。森の奥地に住み魔法に秀でたエルフや多くの者が想像する小さい体に羽が生えたフェアリーなど自然の中に住む種族が該当する。基本的に生活圏から出ないが、希に外に興味を持って旅に出る変わり者も存在する。

 

 亜人族。獣と人の特徴を併せ持つ獣人や山の奥地に住む小柄で逞しい体と器用な手先を持つドワーフが該当。身体能力に優れているので肉体労働力として重宝される。……良い意味でも、悪い意味でも。

 

 天人族。雲の上の国に住む白い翼と光の輪っかを持つ別名天使と呼ばれる種族。基本的に善良だが地上とは自ら関わらない。邪心に支配されると翼が黒く染まって堕天使と呼ばれる存在となり、天人族から外される。

 

 最後が魔族。魔法身体能力共に優れ、角等の特徴を持つ種族。堕天使も該当する。他の種族とは一番関わりを断っているが、数百年周期で『魔王』と呼ばれる存在が誕生する。産まれた時から魔王になるべき存在の自覚を持つ魔族が自動で与えられる知識に従って儀式を行う事で強大な力を手にし、他の魔族に邪心と力を与えるとして迫害の対象である。知識を与える存在が何者なのかは不明だが、邪神の仕業だとも伝わっている。

 

 




絵を書いて貰える人が羨ましいよねww


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プロローグ

思いつき一時間で何とか執筆!


 一寸先も見えない暗闇の中、その存在だけは日光の下にいるようにハッキリと見る事が出来た。黒と白が入り交じったズングリとした体型でオフィス用の椅子に座り此方に背中を向けている。その後ろ姿からパンダだと気付いた時、それは見られている事に気が付いたのか椅子を回転させ、此方を向く。間違いなくパンダだったが前足で腕組みをした上で脚をブラブラと動かしていた。

 

「やあ、読者の皆。知っている人には相変わらずの登場で、初めての人には初登場の喋るパンダのアンノウンだよ。……え? 正体知ってるし、お前はキグルミだろうって? はっはっはっ! この作品がオリジナルである以上、僕の正体は謎のまま、正体不明のアンノウンなのさ」

 

 アンノウンが得意げに前足を両側に広げた時、何処からか金鎚が飛んでくる。それを右前脚でキャッチしたアンノウンはそのまま金鎚を腹部に仕込んだポケットにしまうと椅子から飛び降りてポテポテ歩き始める。スポットライトが追っているかの様に先程まで座っていた椅子は闇に包まれ見えなくなり、アンノウンだけがハッキリと見えた。

 

「この世界での僕の玩具……お友達が急かしているし、お話を始めようか。舞台は中世位の文明に魔法が加わったファンタジーの世界。当然、モンスターだって居るし、魔王ってのも何度滅ぼされても現れる。まあ、今から始まる物語では……え? 早くしろ? って言うか僕なら何とか出来るんだろ? 気が短いし、今回僕は主役じゃないから打ち切りエンドでもない限り大活躍はしないさ。じゃあ、始まり始まり~」

 

 アンノウンが両前脚をぶつけると拍子木に似た音が響き渡り、アンノウンの姿も闇に消える。やがて地面に穴が開き、其処から遙か下の大地、小さな農村へと続く荒れ道を走る馬車へと近付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……三年ぶりかぁ。皆、元気にしてるかなあ」

 

 手綱を握り馬を急かしながら小柄な少女は懐かしそうに呟く。短く刈り揃えている少しくすんだ金髪は癖毛なのか所々カールしており、青い瞳は望郷の念からか僅かに涙が滲む。少しだけサイズがあっていないのか大きい服は所々縫い直された痕があるが、胸元に飾られた紋章、国立アムリタ騎士学校の卒業の証だけは誇らしげに輝く。

 

 少女の名はレヴァ・スルテス。先日騎士を養成する学園を卒業し、正式に部隊に配属される前に故郷の村へ報告に向かっていた。親は既に居らず、村人達が彼女にとって家族だった。村を襲った盗賊を撃退した騎士に憧れて学校に入りたいという我が儘を聞き入れてくれ、学費まで出してくれた村の皆の顔をレヴァが思い出して涙ぐみ手で涙を拭った時、村が見えてきた。

 

 

「おーい! 皆ー! ただいまー!」

 

 大きく手を振るレヴァに鍬を振るっていた老人が畑仕事を中断して同じく手を振る。その体を上空から飛来したドラゴンが踏み潰して血飛沫が舞い散った。

 

「……え?」

 

 思わず呆然となり手綱を手から落としたレヴァに背中を向けているドラゴン、大きさは小屋ほどもあり、鱗は黒く輝いている。鋭い牙の間からチラチラと炎が漏れ出している、そんな姿を見た馬がパニックを起こし来た道を暴走状態で駆け出す中、ドラゴンは気にする様子もなく村の方へと歩みを進める。この時間、畑仕事をする者以外は家の中で収穫した作物の仕分けなどの作業をしている者が多く、外から聞こえてきたパニックの声に気付かなかった。

 

 

「皆、山に逃げてっ!」

 

 暴走する馬を宥める暇はないと剣を握り締めて馬車から飛び降りたレヴァは気を引く為に足元の石ころ、拳ほどの大きさの石をドラゴンに投げつける。大きい石であったが騎士学校での訓練で鍛えられた彼女の腕は引き締まっており細く見えても力がある。見事に後頭部に命中し、ドラゴンは動きを止めて彼女に振り返った。

 

「グルル……」

 

「うっ!」

 

 僅かにドラゴンが唸っただけで少女の体に寒気が走る。学校の実地訓練でモンスターとの戦いはあったが集団であり、一人で生物の頂点とされるドラゴンに挑んだ事などない。いや、そもそもドラゴンは天災が命を持ったと評される存在、小さくなって物陰に隠れ、どうか居なくなってと願う存在だ。

 

 

「レヴァちゃん、逃げろっ!」

 

「人間が敵う存在じゃない!」

 

 口々に彼女に逃走を促す村人達。ドアを叩き、半鐘を鳴らし建物内部の者に危険を知らせながら逃げ惑う。レヴァも今すぐに逃げ出したい衝動に襲われる。だが、村人達の声に反応したのかドラゴンの視線が自分から逸れるのを見た時、竦んで動けそうになかった足を無理矢理動かし、剣を取り落としそうな程に震える手に力を込め、ドラゴンに挑み掛かっていた。

 

「はぁああああああああああああああっ!!」

 

 切っ先をドラゴンに向け、狙うのは鱗が無く肉の薄い首の部分。踏み込みの勢いを乗せた全力の突きを放とうと駆け出す。ドラゴンの口から一直線に炎が吹き出されたのをスライディングで避け、掠りもしないのに髪の一部が焦げたのを感じた。近くを通り過ぎただけで肌が焼け、肺の中が熱せられて玉のような汗が吹き出す中、ドラゴンの至近距離まで接近したレヴァの真横から長い尻尾が迫る。鞭のようにしなって襲い来る丸太の様な尻尾、それを彼女は飛び上がって避け、跳躍の勢いを乗せた突きを放つ。彼女の剣はドラゴンに届いた。

 

 

「……あれ? 嘘……」

 

 だが、それが何だと言うのだろう。確かに剣の切っ先はドラゴンの首の肉が薄い部分に届くも無慈悲に跳ね返される。そこが他に比べて弱いと言うだけでドラゴンの強靭な肉体の一部に変わりはない、ただそれだけの話だ。

 

 空中で体勢を崩すレヴァに鋭い爪が生えた前足が振るわれる。咄嗟に滑り込ませた剣は無惨に切り裂かれ、殆ど勢いを殺さずにレヴァの肩口から脇腹までに三本の赤い線が走り、血が吹き出すと同時に尻尾が馬小屋まで彼女を吹き飛ばす。レヴァが直撃し粉々に砕けた馬小屋に興味を向けずにドラゴンは動き出す。逃げ惑う村人にはドラゴンが嘲笑っている様に見えた……。

 

 

 

 

「うっ、あぅ……」

 

 崩れ去った馬小屋の中でレヴァは呻き声を上げる。剣が盾になって削いだ僅かな威力の差、馬小屋に居た馬がクッションになった事で一命を取り留めた彼女は教官から褒められた治癒魔法で傷を塞ぐと出血と痛みで朦朧とする意識を無理矢理保ちながら這い出る。応急措置にしかなっていない額の傷口から流れ出していた血を手で拭った彼女が目にしたのは焼け落ちる建物と、弄ばれたと一目で分かる村人達の死体。わざわざ見せつけるかの様に積まれた村人達の顔は恐怖と苦痛で歪んだまま固まっていた。

 

「あぁ、うわぁああああああああああああああああああっ!! 畜生っ! 畜生畜生っ!」

 

 まるで神が哀れんで火を消すべく降らしたかの様な豪雨が突如降りしきる中、レヴァは泣き叫び、何度も拳を地面に叩き付ける。彼女の慟哭は雨の音にかき消される事無く、村だった場所に響き渡るのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ドラゴンは災害そのものだ。大きな町が襲われん限り騎士団は動けん』

 

『諦めろ。この時代、村が滅びるのは珍しい事じゃない』

 

『討伐に力を貸せ? 貴女、正気!?』

 

 村人達を埋葬し、ドラゴンの事を報告した彼女に告げられたのは討伐隊は出ないという事だった。理性では理解している。ドラゴンがどの様な存在か、恐怖と共に歴史に刻まれているからだ。だが、レヴァは諦める事が出来なかった。彼女が騎士を目指したのは何よりお世話になった村人達の笑顔を守りたかったから。だが、それはもう無理だ。

 

 

 この日、レヴァは騎士になる夢を捨て村を滅ぼしたドラゴンを退治する事だけを生涯の目標と決めた。次は何をすべきか? それを思案した彼女はとある噂を思い出す。騎士学校で聞いた眉唾な噂。彼女の祖国であるアムリタ王国の隣の隣、ポーシェル帝国にドラゴンさえ切り裂く魔剣を創り出す鍛冶屋が居るという一笑に付される内容。当時の彼女も信じなかったが、それしか縋る物がない彼女は僅かな路銀を持って国を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

「……まさか本当に居るなんて。町の人は平然と話をしてたけど」

 

 半年、それが彼女が目の前の工房にたどり着くのに掛かった月日だ。盗賊やモンスターを退治して路銀を稼ぎ、嘘の情報に右往左往しながらも辿り着いた山の上の工房。山の下の町では噂通りにドラゴンの強靭な肉体を斬る事が出来る剣の鍛冶屋は子供でさえ平然と口にして、何より村を滅ぼしたドラゴンよりも弱々しく見えるがドラゴンの死体が普通に売られていた事が事実であったとの確信に変わる。

 

「……皆、待ってて」

 

 こみ上げてくる想いを押し殺しレヴァは工房の扉をノックする。ものの数秒で扉は開き、中に居た者と目があった。

 

 

「やあ。グッ君のお客さん?」

 

「……パンダ? って言うか喋った?」

 

 そう、目の前に居るのは紛れもないパンダ(ただしキグルミ)であった。だが、レヴァは何故かキグルミとは気付かない。じゃないと喋っても驚くはずがなかった。

 

「イエス! アイアム喋るパンダ!」

 

 この日の出会いをレヴァは忘れない。但し、良い意味とは言っていないが……。




感想待っています


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第一話

悪魔の店 とのコラボです ご協力ありがとう!


 これはレヴァが目的地である工房にたどり着く数日前、山中で偶々見掛けたお店に雨宿りで飛び込んだ時の事。そして、この決断が彼女の運命を大きく変える事になる……。

 

 

カランと鳴るはドアの音

コロンと鳴るはベルの音

 

「へぶしっ!」

 

 村を滅ぼしたドラゴンを倒すため、噂程度の情報を頼りに旅を続けること半年間近、一切の手掛かりも手に入らないまま山中で迷ったレヴァであったが運良く見つけた建物で暖を取ることが出来た。突然の土砂降りで冷えた体を煌々と燃える炎が暖め、濡れた髪をタオルで拭いて一息付ける。年頃の少女にあるまじき大きなくしゃみを恥じらいもなくした時、快く迎えてくれた男性、本人曰く店員が湯気の立つマグカップを差し出した。

 

「遭難のあげく大雨とは貴女も不運でいらっしゃる。これでも飲んで温まって下さい」

 

「何から何まですみません。……所でお店とお聞きしましたが、一体どんな?」

 

 ホットミルクを飲みながら店内を見渡すも商品らしき物は見当たらない。単に好奇心からの質問だが、ほんの一瞬店員がレヴァを見て笑った、そんな気がした。

 

「此処は願いを叶えるお店。訪れることが出来るのも願いを持つ方のみです。……まあ、多少の例外は御座いますが、お嬢さんも何か願いが有るのでしょう?」

 

「魔法使いの方ですか? たどり着くのに条件があるなんて余程高位の方なんですね! 実は……」

 

 店員が見た目通りの若さでその領域までたどり着いたのだと素直に感心しながらレヴァは事情を話し始める。お世話になった事もあり、馬鹿な噂を信じる間抜けだと思われるかもとの危惧がないわけでもないが、旅の恥はかき捨てと単純さから話し始めた。

 

「……成る程、ドラゴンさえ斬る魔剣が欲しいのですね。なら、わざわざ行かなくてもご用意……うっ!?」

 

 向かいに座っていた店員は立ち上がって奥に行こうと一歩踏み出した所で立ち止まる。何やら気付きたくなかった事に気付いてしまったかの様で、何故か胃の辺りを押さえて顔を僅かに青ざめざせると再び椅子に座り、隣にあった棚から一枚の地図を取り出した。

 

「この地図が目的地まで導いてくれるでしょう。ああ、お代は結構です。……貴女の今後には同情しますから」

 

「今後、ですか? それは予言的な力でしょうか? いえ、地図は有り難く頂きますが、先程わざわざ行く必要は無いと言って……」

 

「気のせいです。ええ、気のせいですとも」

 

 多少の強引さを感じさせる店員の気迫にレヴァは押し切られてしまう。何が何でも目的地に行かせたいとさえ思わせる態度を疑問に思わないでもなかったが、それはそうとして目的地までの地図をくれた恩人なのだからさほど疑う事はしない。……学生時代、友人にその内騙されそうで心配だと言われるほどのお人好しさによるものだ。

 

 

「本当に有り難う御座いました! ……あの、本当に代金の方は良いのですか?」

 

 店を出る時、レヴァは大きく頭を下げながら訊ねる。今までの会話で店員のことを凄腕の魔法使いだと認識しており、そんな彼が営む店の商品を無料で貰うのは気が咎めるのだろう。路銀が心許ないので大金を請求されても困るのではあるが。

 

「先程も言いましたがお代は結構です。忠告を聞いてさえくれれば。……いえ、無駄でしょうけど」

 

「忠告?」

 

 

 

 

 

 

 

「胃をお大事に。……頑張って下さい」

 

 店員の悲哀さえ籠もっている言葉に送り出され意気揚々と旅立っていくレヴァ。そんな少女の背中を見送っていた店員は店に戻ると棚から薬を取り出して飲む。ラベルには胃薬と書かれていた。

 

 

「彼女、アレと出会う運命を持っているとは大変ですね。恐らく彼女の世界における主人公の運命を持っているのでしょうが……アレが来ている時期に生まれるとは運がない。ですが、彼女に構っている間は私には……おや?」

 

 ラベルが剥がれ落ち、裏側に書かれた文字が目に入る。この時点で嫌な気がしながらも店員はラベルを拾い上げた。

 

 

『ジャッ君、やっほー! 胃痛とか大変そうだし、気分転換になると思って面白い効果を加えておいたよー! なんと一口ごとに主食主菜副菜飲み物デザートの味が入れ替わるんだ。一週間は効果が続くから食事を楽しんでね!』

 

「……あの馬鹿、何時か絶対殺す。……がふっ!」

 

 この瞬間、店員は胃に穴が空いたのを吐血と同時に悟る。どうやら世の中思い通りに行かないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「へー。君一人で登ってきたんだ。大変じゃなかった? モンスターに襲われたでしょ?」

 

 地図を頼りに辿り着いた街『トライデント』。その東にそびえ立つ山の頂上に存在する小屋こそがレヴァが探していた魔剣鍛冶のグラムの工房だった。中に入れてくれた喋るパンダ、アンノウンが言うように山は木々が生い茂って歩くのも困難だったが、何より行く手を阻んだのは生息するモンスターだ。

 

 粘着質な糸で作った巣に住み、かかった獲物だけでなく近くを通った生き物にも集団で襲い掛かる『蜘蛛ネズミ』。動きは鈍いが電撃を放つ蝸牛『雷電虫』。基本的にモンスターは縄張りから出ないので騎士学校で習った縄張りの見分け方の知識で避けられる戦いは避けたが何度かは襲われた。だが、レヴァに目立った外傷は存在しない。彼女はそれを誇示するように両手を広げてアピールしてみせた。

 

「この様な場所に住んでる事から分かっています。無事にたどり着けない者には打って下さらないのですよね? 私はこの通り無事にたどり着きました。試練は合格で宜しいですね?」

 

 幾ら何でも不便すぎる場所に住んでいる事、噂だけで現物を誰が持っているかも分からない事、それらからレヴァは辿り着く事が注文を受ける条件だと判断した。実際、名工と呼ばれる人は客を選ぶ傾向にあると聞いたことがあるのでそれが理由の一つでもあるだろう。

 

 

 

 

「え? 試練って何?」

 

 だが、返ってきたのは疑問符。ドヤ顔まで見せたレヴァはアンノウンの言葉に固まる。自信満々だっただけに恥ずかしかった。頬が紅潮し目を逸らして誤魔化しに掛かるが、アンノウンは顔を彼女に近付けて純粋無垢な声で追い討ちを掛ける。

 

「試練とか噂になってた? うわー、僕も初耳だよ。それにしても酷い噂だね。馬鹿馬鹿しくってお臍でお茶を沸かしそうだよ。そんな発想に至った時点で赤っ恥だよねでさ、なんでドヤ顔してたの?」

 

「忘れて下さい……」

 

「騒がしいが客か? 貴族の道楽目的なら帰って貰いな。……いや、違うな。久々の本物の客だ」

 

 レヴァが心から願った時、奥へと続く扉が開いて青年が姿を現した。短く切り揃えた黒い髪を後ろで結び、頭に布を巻いている。仕事をしていたのか熱せられた肌は赤く染まり汗ばんでおり、細く絞まった肉体であると服の上からでも分かる。鋭い目つきは他者を威嚇する様だが、何より特徴的なのは頭の両側から伸びた朱色の湾曲した角。先端を前方に向けたそれを見たレヴァは思わず呟き身構えた。

 

「……魔族」

 

 そう。彼は間違い無く魔族と呼ばれる種族であった。

 

 

 この世界の人種は大きく五種類に分けられる。

 

 人間族。他の種族に比べて突出した力は無いが最も数が多く栄えている。レヴァもこの人間族である。

 

 妖精族。森の奥地に住み魔法に秀でたエルフや多くの者が想像する小さい体に羽が生えたフェアリーなど自然の中に住む種族が該当する。基本的に生活圏から出ないが、希に外に興味を持って旅に出る変わり者も存在する。

 

 亜人族。獣と人の特徴を併せ持つ獣人や山の奥地に住む小柄で逞しい体と器用な手先を持つドワーフが該当。身体能力に優れているので肉体労働力として重宝される。……良い意味でも、悪い意味でも。

 

 天人族。雲の上の国に住む白い翼と光の輪っかを持つ別名天使と呼ばれる種族。基本的に善良だが地上とは自ら関わらない。邪心に支配されると翼が黒く染まって堕天使と呼ばれる存在となり、天人族から外される。

 

 最後が魔族。魔法身体能力共に優れ、角等の特徴を持つ種族。堕天使も該当する。他の種族とは一番関わりを断っているが、数百年周期で『魔王』と呼ばれる存在が誕生する。産まれた時から魔王になるべき存在の自覚を持つ魔族が自動で与えられる知識に従って儀式を行う事で強大な力を手にし、他の魔族に邪心と力を与えるとして迫害の対象である。知識を与える存在が何者なのかは不明だが、邪神の仕業だとも伝わっている。

 

 

「……ちっ! 珍しく大した怪我もなくやって来るって最低条件を突破したのかと思ったが。……おい、アンノウン。つまみ出せ」

 

「ま、待って下さい! ご不快に思ったのなら謝ります! ですから話をっ!」

 

 不快そうに舌打ちをすると彼は踵を返して奥へと向かっていく。慌てて追い縋ろうとした時、アンノウンが動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が食べたい? 干物? 揚げ物? あっ、生ハムが有ったからお酒はワインで良いかい?」

 

「誰が酒のツマミを出せって言ったっ! ああ、糞。怒る気も失せちまった。 ……おい、そこの女。話だけ聞いてやるが、剣をくれてやるかどうかは別だ」

 

「あ、有り難う御座いますっ!」

 

 渋々と言った様子で立ち止まるグラムに何度も頭を下げるレヴァ。この時彼女は気付かなかった。先程赤っ恥を掻いたアンノウンの言葉。試練など知らない、と、グラムの言葉が矛盾している事に。




感想お待ちしています

本日中に募集事項を活動中にあげる予定


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第二話

 トライデントとは大陸の真逆の位置に存在する大雪原、通称ゴーシュ雪原。夜になればオーロラが現れる事も多々あるその場所は正しく極寒。雪は水分を含んだベタ雪ではなくサラサラした手触りであり、雪山に存在する洞窟は万年氷を蓄える天然の氷室だ。

 

「おっし! このまま帰れば俺達は大金持ちだぜ!」

 

「生きて帰れれば、ですよリーダー?」

 

「そもそも此処に来た理由を忘れたのかしら? リューナの妹さんの薬代でしょ!」

 

 極寒の環境に適応できない生物の生存を頑なに拒む地にて四人の若者達が白い息を吐きながら疾走していた。各自が首から下げているのは一見すればクーラーボックスの様なマジックアイテムであり、効果も中の温度を一定に保つ上に丈夫な造りになっている。

 

 しっかりと蓋がされた内部に入っているのは氷のように内部が透けて見える甲殻を持った少々グロテスクな見た目の蟹。大きさは大人の拳程度であり、『アイスクラブ』と呼ばれるモンスターの幼体だ。見た目に反して美味であり、親と共に暮らすことから希少価値が高い。つまり高価で売れるわけで、リーダーらしい盾と片手剣の軽薄そうな青年が嬉しそうにするのは仕方がないだろう。

 

 

「皆、また増えた」

 

 そして、弓を背負ったエルフの青年と槍を持った猫の獣人の女が苦言を呈した理由は彼らが走っている理由と同じであり、肩まで銀の髪を伸ばした白い肌の華奢で小柄な少女の言葉が状況の悪化を知らせる。

 

『キシャアアアアアアアアアアアッ!』

 

 二メートル程の体躯を持つ大人のアイスクラブが群をなして子供を浚って逃げる不届き者達を抹殺せんと迫ってくる。先程から聞こえてくる鋏を打ち鳴らす音は金属をぶつけ合わす音に似ており、群れに属するアイスクラブが次々に合流し、今や小規模な雪崩の如しだ。

 

「……皆、僕の為にごめん」

 

「気にするなって、リューナ。それよりテレポートは使えねぇのか?」

 

 先程の会話からしてリューナと呼ばれた少女の妹の高額な薬の代金を賄う為にアイスクラブの子供を捕りに来たらしいが、逃亡しながら謝る彼女の頭をリーダーの青年が軽く叩いて笑いかけながら少しずつ距離を積めてくるアイスクラブ達に冷や汗を流す。

 

「僕だけなら兎も角、皆と一緒なら発動までの時間が足りない。一度発動したら止められないし」

 

 問いに対して答える時の彼女の声には抑揚がさほど無く、感情が薄いのもあって人形めいた印象さえ他者に与えることだろう。そんな彼女は何を思ったか振り返りバック走で逃げながら先端に宝玉のついた杖を向けた。

 

 

「サモン・土人形(ゴーレム)

 

 地面が盛り上がり、雪を押しのけて土で作られたゴーレムが五体現れる。大きさはアイスクラブの倍ほどで、腕を振り回しながら向かっていった。

 

「足止め時間は短い。早く逃げる」

 

 再び前を向いて逃げる彼女の背後では群がられ押し倒された一体が切り刻まれて消え去り、もう一体も鋏を叩きつけられて半壊状態だ。だが、僅かだが気を逸らせたのか距離が開き、一同は足に更に力を込めて走り出す。だが、獣人の女性が足下の雪に隠れていた岩を踏んで滑ってしまった。

 

「きゃっ!」

 

「ニーナ! 行くぞ、リード、リューナ!」

 

「了解です!」

 

「もう一度ゴーレムを……っ!?」

 

 仲間を見捨てる事など出来ぬとニーナに駆け寄ろうとした時、迫ってきていたアイスクラブの足元が崩落する。擂り鉢状に大きな穴が現れ、アイスクラブだけでなく少し離れていたリューナ達もまた流れる足場によって中心へと引きずり込まれそうになった。

 

「領域主……そんな」

 

 穴を囲う様に地面が数カ所盛り上がり、雪が津波が起きたように波打って巨大な触手が現れる。不気味な程に白いそれは烏賊の足が一番近いだろう。獲物を逃がさないと取り囲む触手の持ち主、そして穴の中央が何の口に通じているのか、リューナは即座に思い当たる。中心へと進む速度は徐々に上がっていた。

 

「皆、一か八かテレポートを……テレポート!」

 

 共に転移するには接触している必要があるからと呪文を唱え手を伸ばすリューナ。足元に魔法陣が出現し、後数秒で転移先のマーカーをしてある拠点の街に飛ぶ。だが、伸ばした手は握られる事は無かった。

 

「……あー、これは駄目だな。終わったわ」

 

「まあ、冒険者ですし死ぬ覚悟は出来ていましたよ」

 

「仕方ないわね」

 

 焦燥する少女の耳に入ってきたのは諦めの言葉の筈なのに悲観的な感情が感じられない仲間の声。何で、そう訊ねようとする彼女に仲間達は自分が持っていた荷物を投げ渡した。

 

「皆、早く……」

 

 無情にもテレポートが発動し、リューナだけがこの場から消え去る。残った三人は目前に迫った死を感じながら笑っていた……。

 

 

 

 

 

 

「皆、なんで……」

 

 眼前に広がるのは見慣れた町の景色。何時もの様に人の営みが繰り広げられている場所で少女は立ち尽くす。側にいるのは当然で、時に鬱陶しいと思っていた大切な仲間は側に居ない。もう、会うことは決してない。その事を悟ったリューナは膝から崩れ落ちる。目からは大粒の涙が溢れ出した。

 

「ああ、ああああああああああああああっ!!」

 

 もっと自分が優秀な魔法使いなら仲間は生きていた。そんな自分を責める考えが頭の中を支配する中、ドス黒い感情が湧き出してくる。仲間を殺したモンスターへの復讐心だ。

 

 

「……許さない。絶対に殺してやる」

 

 リューナはモンスターの名を心に刻み込む。復讐の相手を絶対に忘れない為に。仲間の仇を討つ為に。

 

 

 

 

 モンスターの名は凍烏賊帝リジル。ゴーシュ雪原全土を縄張りとする強大なモンスター。今の彼女では絶対に勝てない相手であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前の故郷を滅ぼしたドラゴンだが……諦めろ、絶対に勝てん」

 

「そんなっ!? 私は絶対に諦め……」

 

「領域主……騎士見習いだったなら知っているだろう?」

 

 レヴァは騎士学校を出たばかりの己の強さに絶対的な自信を持つほど自惚れてはいないが、それでも培ってきた物は確かにあると自負している。それ故に今後の可能性すら否定する青年の言葉に思わず立ち上がるも、続いて告げられた言葉に動きを停めた。

 

 領域主、と呼ばれる存在がある。通常、モンスターは同種族の同じ群れの仲間と縄張りで暮らすが、領域主はより広大な範囲を単独で支配する存在だ。故に強い。其れこそ縄張り内部のモンスターを一方的に補食出来るほどで、個体によっては二つ名が付くことも有る。

 

 通常は森や島一つを支配する程度だが、中には複数の領域主が存在する広大な範囲を縄張りにする大陸主や列島主と呼ばれる存在すら居るのだ。

 

「恐らくそのドラゴンは最強の領域主、何代も前の魔王の頃から存在し、危険故に秘匿されてきた存在の先兵……負の念を集める働き蜂に過ぎん。名を天空主『魔龍聖母ロンギヌス』。だから諦めろ」

 

「……私はっ! 私は絶対に諦めないっ! 何があっても奴を倒さなくちゃ先に進めない! このままじゃ死んでいるのと同じなんですっ!!」

 

「……そうか」

 

 グラムは拳を握りしめて叫ぶ少女の瞳を見て立ち上がり、部屋の奥から包みを取り出す。魔法陣が描かれた布と鎖で封印された何かを差しだし、こう告げた。

 

「これが俺の最高傑作だ。……これを見ても同じ事が言えるか?」

 

 真剣な眼差しで包みを開く。其処には……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大根?」

 

 立派な大根が入っていた。



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第三話

「……おい、アンノウン。これは何だ?」

 

「トッ君がくれた大根だよ。今日の晩ご飯はレモンクリームのタルトとチョコフォンデュの予定だったけど、烏賊型モンスター(トリアイナ)と大根の煮物にするね」

 

 レヴァの覚悟を試すような口振りで差し出された包みの中に入っていた大根。其れを片手にグラムは正座をさせたアンノウンを問い詰め、返答が終わるやいなや頭に向かって振り下ろす。瑞々しく太くて新鮮な大根は空中で輪切りになって黒子が差し出した鍋の中に入っていた。

 

「下茹でお願いね~。それで何を怒ってるのさ? 晩ご飯がスイーツでなくなった事以外には魔剣を大根とすり替えた事くらいしか怒られることしてないよ?」

 

「分かってんじゃねぇか、糞パンダ」

 

 こめかみに青筋を浮かべたグラムの指がアンノウンの額を締め上げようと迫り、モフモフの毛皮の中に沈んでいく。余りにフカフカし過ぎてアイアンクローが無効化される光景をレヴァは少しだけ羨ましそうに見ていた。

 

(良いなぁ。私も触りたい。でも、パンダって聖獣だし、無闇に触ったら罰が当たるよね? 其れにしても晩ご飯がスイーツだけって絶対あり得ないのに……)

 

 様々な人種が生きるこの世界には多くの宗教があり、最大宗教でレヴァも信仰しているニブルヘルム教では……いや、全ての宗教でパンダは守護聖獣に指定されている。何故か喋るし彼女は気付かないがキグルミであるのだが、容易に触っていい存在とは思っていない。

 

 其れは兎も角、流石に目の前の頑固な職人風の男が晩ご飯がお菓子オンリーを望んでいたなど、誰が信じるというのか。レヴァは冗談としては落第点だと一笑に付す。間違いなく魔剣を勝手に何処かに持って行った事だと確信した。

 

 

 

 

 

「両方に決まってんだろっ! 甘党舐めるな、馬鹿野郎!!」

 

「有り得た!? しかもそっちの方が比重が大きいっ!?」

 

「あぁ? 男が甘党だったら悪いってのか?」

 

「……いえ」

 

 悪いとは言わないが、何か釈然としない。複雑な心境のレヴァの目の前に先程の黒子が剣を差し出す。其れこそがグラムの最高傑作であると、言われずとも一目で理解させられた。

 

 

 

 

 

 

 

「ソウルイーター。斬り殺した相手の魂を食らい、契約者と己を強化する魔剣だ。……契約は簡単だ。刃に自分の血を吸わせて誓いを立てろ。この力で何を成すのかをな」

 

 レヴァの目にはその剣が脈動しているかに見えた。刃の色は漆黒、一筋の光も残さず塗り潰す夜闇の如し。柄は紫。触れるだけで命を奪う猛毒が在ると錯覚してしまいそうだ。柄頭には暴虐の化身たるドラゴンの装飾が成され、鍔には全てを呪い殺すが如き眼光を錯覚させる目があった。

 

「……俺の先祖が手に入れたロンギヌスの牙、それを代々試行錯誤を繰り返して加工法を探り、俺の代で漸く完成した。……お前にこれを振るう覚悟は有るのか?」

 

 グラムは静かに問いかける。返答を察していながら、止めておけと優しさから警告するように。同時に諦めも感じられた。この剣を出した時点でレヴァはどう答えるかを理解したからだ。力になってやりたいという想いと、これを渡すべきでないという想い。せめぎ合う彼の心中はレヴァにも通じ、それでも迷いなく刃で掌を切り裂いた。

 

 

 

 

 

「誓う! 私は絶対に魔龍聖母ロンギヌスを滅し、私と同じ悲劇を防いでみせると!」

 

 彼女は確かに復讐の為に騎士になる夢を諦め魔剣を求め旅に出た。だが、彼女の夢の根元にあったのは騎士への憧れ、誰かの助けになりたいという想いだった。仇の正体を知り、自分に起きた悲劇が名も知らぬ誰かに起きると知ってしまった。ならば彼女に迷いなど生じるはずも無い。

 

 手の平から滴る血が刀身に吸い込まれるように消えていき、同時に刃と手の平を繋ぐ血を通してレヴァの中に何かが入ってくる。鍔の目がギョロリと動きレヴァの瞳を見つめると数度瞬きをして瞼をそっと閉じる。グラムは静かに呟いた。

 

 

 

「……認められたか。認められない奴は即座に食われていたぞ」

 

 

 この時、レヴァは何も言われなくても理解した。自分が誓いを違えた時、自らの魂が食われるのだと……。

 

 

 

 

 

「いやー! 晴天晴天、絶好の旅日和だよねー!」

 

 ソウルイーターを腰に差し、残った路銀で買い求めた食料を荷物に積めたレヴァは揺られながら椅子に腰掛ける。貴族御用達の店に置かれているようなフカフカの座り心地は心地良くも落ち着かない。いや、落ち着かない理由はもう一つ有るのだが。

 

「……あの、彼は一体誰ですか?」

 

「僕の配下! ちなみに性格は僕にそっくりだよ!」

 

 レヴァが志半ばで倒れた時にソウルイーターを回収するためにと同行を申し出てきたアンノウン。それ自体は構わないのだが、乗り物として彼が用意したのは二人乗りの人力車であり、先程の黒子が無言で引いて走っている。車体を無駄に揺らさない見事な働きをする彼はアンノウンの言葉にショックを受けた様子だ。

 

「何かもの凄い勢いで首を横に振っていますけど……」

 

「うん、分かったよ。言い直そう。彼は僕と性格が凄く似ている親友さ!」

 

 レヴァの視線の先で黒子は明らかに意気消沈し、胃の辺りを押さえて足取りも重くなる。此処までの反応をされるなどアンノウンは一体何をしたのかと疑問に思った時、不意に黒子の足が止まる。一行の進路の先、目的地であるダッガスに続く森の入り口付近で黒い物が蠢いていた。

 

「……アレは」

 

 レヴァの背中に冷たい物が走る。カサカサと音を立て触角を揺らしながら動いているのはややシャープな体型をしたゴキブリ。掌サイズから一メートル越えまで大きさはバラバラなこのモンスターの名前は『ギガントコックローチ』。討伐依頼を受けたくないモンスターランキングの上位常連であり、炎や電撃を受けると仲間を呼ぶ習性を持っている。レヴァも生理的に嫌いだった。

 

「そうだ、レーちゃん。僕の強い所を見せてあげるよ。今後、別に一緒に戦わないけど」

 

「レーちゃんっ!?」

 

 別に構わないはずなのにアンノウンに渾名で呼ばれることに言い表しようのない寒気を感じるレヴァ。黒子が同情するように肩に手を置く中、アンノウンは両腕を天に向かって掲げた。

 

「偉大なる雷神よ、我が呼びかけに応え雷撃を怨敵に与えたまえ! サンダーレイン!」

 

「ストップ! 雷属性の魔法は……」

 

 咄嗟に止めようと手を伸ばすも意味を成さず、無慈悲にも魔法は発動する。ギガントコックローチの足下の地面が水分を多く含んだ泥へと変貌し、渦を巻いて次々に飲み込んでいく。最後の一匹が完全に地中に消えた時、何事もなかったかの様に地面は元の状態に戻った。

 

 

 

「えっと、雷属性じゃないんですか?」

 

「仲間呼ぶのに使う訳ないし、見るからに土属性じゃん。も~! そんな風に思いこみで動くから友達が一人も居ないんだよ、君はさ」

 

「い、居ます! 学生時代に競い合った友達が居ますもん!」

 

 心底呆れた声のアンノウンに抗議しながらレヴァは店員の言葉を思い出す。胃を大切に。キリキリ痛む胃がその意味を教えてくれた。

 

 

 

「所で直ぐ近くにロンギヌス以上の強さを持つ世界主が居るけど挑まないの? 僕は絶対に挑めないけどさ」

 

「無理ですよっ!? 何で挑むって発想に行き着くんですかっ!?」

 

「ノリ!」

 

 

 

 

 

 

 

 レヴァがアンノウンにツッコミを入れている頃、アムリタ王国伯爵領の屋敷にて優雅にお茶を飲む少女の姿があった。年の頃はレヴァと同じだが、全体的に芋臭く色気に重大な欠陥を持つ彼女と違い優雅さと艶やかさを併せ持っていた。赤い髪を縦ロールにした長身の少女であり、優雅さと同時に凛とした騎士の風格も持ち合わせている。服も黒のドレスだがお嬢様という呼び方が似合う反面、横に置かれたレイピアも違和感が感じられなかった。

 

「領域主の討伐ですか。まあ、私に相応しい任務ですわね」

 

 そんな彼女は騎士団に所属する事を示す紋章を胸元に付け、王の捺印がされた指令書を片手で持って優雅に呟く。その真横で給仕をしていたハシビロコウのキグルミが手近な場所にいるさほど強くない領域主の情報を差し出すも彼女はそれを手で制した。

 

「……貴方、私が誰か分かっていますの? 高貴なるフェイン家次期当主! ラティ・フェインですのよ! ……そうですわね。彼女……私と主席の座を争ったライバルにして親友、レヴァ・スルトス、彼女でさえ到底無理な相手の情報を持って来なさい!」

 

 この発言に周囲の使用人達が慌て、話を聞かされた父親が血相を変えて止めに来て一向に説得が進まない様子をハシビロコウは実に楽しそうに嗤いながら眺めていた。

 

 

 

 

 

 

「お父様と話していては何時までも出掛けられませんわ。行きますわよミョルニエ」

 

「了承。彼は話し合うにしては筋肉が足りない」

 

 その夜、屋敷を抜け出した彼女は従者である妖精族の女性と共に馬車に揺られていた。見た目以上に広い車内は魔法によってちょっとした小部屋に匹敵し、絨毯やソファー、ベッドまで豪奢な調度品が揃えられている。その馬車の手綱を引くのはハシビロコウであり、交代要員はウサギのキグルミだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「見ていなさい、レヴァさん。私との勝負からは絶対に逃がしません。必ず見つけだし、決着を付けますわ! ……それはそうとトライデントに寄りませんこと? 愛しのグラム様にお会いしたいですわ」

 

 この時、ラティの顔は完全に恋する乙女になっていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 




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第四話

ラティのコンセプト 誇り高い貴族令嬢


「レーちゃん、僕、重要な事を思いついたんだけど聞いてくれるよね?」

 

 近隣の町まで後少しといった街道近くでの野営中、レヴァは両手に抱えるほどに大きいマンガ肉にかぶりついていた。ブチブチという音と共に口の中に脂と肉汁が溢れ出し旨味が広がって行く。アンノウンの部下である黒子が何処からかで狩ってきたモンスターの尻尾を秘伝のタレで食べられる柔らかさにしたのだが美味しかった。

 

「えっと、何ですか? ……それにしても美味しいお肉ですが何の肉でしょうか……」

 

 この時点で胃がキリキリ痛み出すレヴァは絶対何かあると不安になりつつも肉の美味しさに救われる。尻尾を持って来た時、アンノウンにだけに聞こえる声で話す黒子に対してアンノウンが天空主だのエクスカリバーの唐揚げにしようだの聞こえたが聞かなかった事にした。

 

「ほら、これから情報収集とか旅費稼ぎのために冒険者になる予定だったでしょ? 前回の冒頭にも今後の展開で仲間になる冒険者の女の子が出て来たし」

 

 メタ発言をしながらアンノウンが差し出したのは複数の国にまたがって運営される冒険者組合の勧誘チラシ。モンスターの動きが活発化する今、少しでも多くの強者を集めるべく必死なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもファンタジー者で主人公が冒険者になったり、最低ランクだからって少し上の冒険者に絡まれて返り討ちにしたり、高ランクの冒険者の依頼になるようなモンスターを倒して特例で昇進したりとかテンプレは食傷気味だし止めておこう。って言うか報酬額とか考えるの作者が面倒臭いってさ。……ぶっちゃけ最近終了した別のオリジナルと反応が雲泥の差だしね」

 

「メタ発言にも程があるっ!? で、でも旅費はどうやって稼ぐんですかっ!?」

 

「大丈夫大丈夫。僕に任せておいてよ!」

 

 不安しかないレヴァであったが言っても無駄なので口にしない。胃がキリキリ痛む中、黒子が彼女に胃薬を差し出した……。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ無利子無担保無返却でお金貸ーして!」

 

「仕方有りませぬな。パンダは我々の神が定めた守護聖獣。幾らでもお貸しいたしましょう」

 

 翌日、辿り着いた街の貴族の屋敷を訪ねたアンノウンは難なく路銀を手に入れる。その様子を隣で見ていたレヴァは背後で黒子がコインの中央の穴に紐を通して揺らしているのを首を捻って眺めていた。

 

 

 

 

 

「客、か……」

 

 一方その頃、扉をノックする音が聞こえたグラムは丁度扉の近くに居たこともあって気怠そうにしながら扉を開ける。欠伸をかみ殺しながら客の顔を見た途端に扉を閉めようとするのだが、其れよりも先に至近距離まで詰め寄られた。

 

「グラム様ー! 私ですわー! 貴方のラティが来ましたわよー!」

 

「留守だ。今すぐ帰れ」

 

 至近距離、それも息が掛かる距離に顔を近付けうっとりとした表情を向けてくる美少女。レヴァとは違い胸も大きいので服ごしに当たっているがグラムにその辺を気にしている様子は無い。苦手極まりない相手と会った、そんな表情だ。

 

 反対にラティは見るからに発情し、優雅さ風雅さ全て見るも無惨に消え去っている。器用なことにグラムに密着したまま服のボタンに指をかけ、鼻息荒く息を吸い込んでいる始末。

 

「ああん! 相変わらずつれないお方。そして何より磨き抜かれた職人の肉体。……すーはーすーはー! 馨しい汗の香り。私、もう我慢が出来ませ……きゃんっ!?」

 

「お嬢様、全身の筋肉を休ませろ。過負荷ばかりがトレーニングではない。それと忍耐力も必要だ」

 

 背後からの綺麗な当て身でラティの意識を刈り取ったミョルニエは俵担ぎで主を持ち上げるとグラムに一礼して去っていく。一安心だと冷や汗を拭う彼であったが、此処で一つの疑問が生まれた。

 

「俺の居場所はあのパンダの結界で容易にわからねぇ筈だが……うん?」

 

 目を凝らしてミョルニエの向かった方向を見てみれば木に背中を預けグラムを見ながらサムズアップする者達の姿。その者達はハシビロコウとウサギのキグルミであり、そもそも別の土地に住んでいた時にラティと出会ってしまった時に見た覚えがあった。

 

 

 

 

「……何してやがるんだ?」

 

 それは魔族への迫害が鬱陶しいからと移り住んだ田舎での事。村近くの森に住み、偶に鍬やら鎌やらを打って食料と交換していたのだが何時の間にかアンノウンが居候として住み着いており、そうなった経緯は忘れたが気にしていない。そんなある日、アンノウンと黒子、そしてハシビロコウとウサギが浴槽を運び出していたのだ。

 

 

「これ? 今から寒冷地でソリ遊びに行くからソリに改造するんだ」

 

「誰がんなことを許した? ってか、俺はその間風呂をどうすればいいってんだよ」

 

「確かにグッ君って汗くさいからお風呂に入った方が良いよね。じゃあ、お土産に南国のフルーツを買ってくるから楽しみにしていてねー!」

 

 アンノウンが取り出したボタンを押すと浴槽の底からプロペラが出現して高速回転、あっという間にアンノウン達を乗せて空の彼方へと去っていく。但し黒子は途中で落ちた。頭から地面に突き刺さってピクピク痙攣していたがグラムは無視してその場を去るのであった。

 

「湖で洗うか……」

 

 既に仕事後で体中が汗臭いグラムは水浴びをしようと近くの湖の水にタオルを浸し、上半身裸になって拭いていたのだが背後から女の声がして振り向く。其処にいた者こそラティだった。

 

 

 

「悪いな嬢ちゃん。ちょいと風呂が使えなくて……」

 

 謝罪しつつも身なりや何か困惑した様子から何処ぞの貴族令嬢が魔族を見て戸惑っているのだと思ったのだが、彼女の口から発せられた言葉にグラムが困惑した。

 

 

 

 

 

「その筋肉、素晴らしすぎますわぁあああああああああああっ! 今すぐ私と結婚してくださぁああああああああああああああい!」

 

「……はい?」

 

「ああ、良いのですね。ふふふ、では今から夫婦の共同作業と参りましょう。……初めてが野外とは恥ずかしいですが、その筋肉はこの場でより映える物。さあ! 熱く燃え上がりましょう!」

 

「……暑さで頭がイかれたか?」

 

 何とかこの場は説得して凌いだが、婚約者からですね!、と勘違いされ逃げるために今の土地に引っ越したのだ。だが、結界でアンノウンが嫌がる相手はたどり着けない筈にも関わらず場所が知られてしまった。

 

「……あのパンダ、帰ってきたら絶対殴る」

 

 強くグラムが心に誓う中、レヴァも困った事態に陥っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこのキグルミの人、私を弟子にして」

 

(アンノウンさんはどう見てもパンダなのにキグルミとか……いや、彼女は冒険者みたいだし、きっと悲しいことがあって心が……)

 

 周囲にチョコクリームの臭いが立ちこめ蛇の身体を持つ獅子が納豆の沼に沈む中、雪達磨を頭に乗せた少女が木につり下げられながらアンノウンに弟子入りを志願するという事態に巻き込まれたレヴァは何かを察し、口を挟むのを止めるのであった。




……だったが急に変態にしたくなった


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