逆転した世界で (班・損)
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前編

三話で終わらして見せる。


 教室に入ると、すでに登校していたクラスメイトの顔が一気にこちらに向けられた。煩わしいそれらの視線を無視して、自分の席に早歩きで向かう。途中で足を引っかけられたけれど、なんてことはない。椅子の上に何もないことを確認してから、そこに腰掛ける。そしてカバンから筆記用具を取り出し、更にそこから大きめの消しゴムを出した。

 

 ―――ブサイク、臭いから死ね、イキんな、金しか取り柄のない女、キモイ、ヤリ〇ン

 

 机には凡そ高校生の思いつきそうな言葉の数々が机に書かれていた。大丈夫、全て鉛筆で書かれている。これなら消しゴムでなんとかなる。チャイムが鳴る前に全部消せるだろう。手を必死に動かしてびっしり書き込まれたソレを取り除く。その間、笑いを押し殺すような声が耳に届いた。

 

 そうしてチャイムが鳴る三分前。ようやく全部消すことが出来た私に同級生の■■さんが近づいてくる。

 

 「ちょっとケシカスまき散らさないでよ。汚いでしょ」

 

 なるほど、確かに■■さんの言う通りだった。私の席の周りには消しゴムの黒いカスでいっぱいだった。しかしおかしいな。私はそうならないようゴミは机の上に一か所にしてまとめていたというのに。でもそんなこと、彼女に言っても仕方のないことだ。

 

 「ごめんなさい。すぐに掃除するから」

 

 教室の後ろにあるロッカーに向かい、そこから箒と塵取りを引き出そうとする。しかし塵取りの中にはチョークの粉が詰まっており、無理に抜き出そうとするとそれが飛び散るようになっていた。慎重に、チョークの粉をこぼさないよう塵取りを取り出そうとすると、不意に後ろから強い圧力がかかる。

 

 誰かに押されたのだと、すぐに分かった。

 

 とっさにバランスをとろうとして、私は塵取りを手から放してしまった。宙に舞った塵取りはチョークの粉を振りまく。そうして私は白い粉を頭からかぶった。またその際箒の穂先がかすったみたいで、頬から血が流れる。端から見ればロッカーに頭から突っ込んだ灰被りの豚がいることだろう。それはきっと面白いに違いない。現にその哀れな生き物を見たクラスメイト達は声を上げてげらげらと笑っている。

 

 暫く、動けなくかった。

 

 「……はは、みじめ」

 

 そんな言葉が、誰に届くこともなく、口から漏れたのだった。

 

 

 

 ★

 

 

 

 ひどい光景を見た。

 

 目の前で、あの清水さんが蹴られて上に粉をかぶっている。いやその前から机に落書きされてたり、それを懸命に消しゴムで消している彼女を見ながら何故か笑っているクラスメイト達がいたりとおかしな点はあった。しかし今のは決定的だった。

 

 息をのむ。彼女は文武両道という言葉を形にしたような女の子で、少し口うるさく厳しいところもあるかもしれないがそれ以上に優しいから皆に慕われている。そのはずだったのだ。

 

 なのに、それなのに、なんだこれは。これではまるでクラスぐるみで彼女をいじめているみたいじゃないか。

 

 俺があまりの非現実さに絶句している内に清水さんは駆け足で教室から出て行った。扉が閉まった瞬間、クラスでどっと歓声が沸いた。それが頭にきて思わず机を叩きながら立ち上がり、

 

 「何が面白いんだ! お前らがこんなに最低だったとは思わなかったぞ!!」

 

 そう大声で喚いてしまった。教室が静まる。視線が一気に俺の方に集まった。感情が高ぶるあまり俺の足は震えていた。それでも自分から謝るのは負けたような気がして、後ろから清水さんを蹴った犯人である■■さんをにらみつける。すると彼女はバツが悪そうに目をそらした。その反応は俺を更に苛立たせるのに十分だった。

 

 「人に言われて後ろめたくなるくらいなら最初からやるなよ」

 

 噴出しそうになる感情を抑え、その代わり自分でも驚くほど冷たい声で吐き捨てていた。■■さんは何かを言おうと口をパクパクさせ、しかし結局は何もいえないまま顔を俯かせ黙りこくる。肩を震わせ恐らくは泣いているのだろう。

 

 俺が泣かせた。女の子を泣かせたなんて、初めてのことだ。でもなぜだろう、不思議と彼女に対して謝る気が起きなかった。自分が正しいことをしているのだと自惚れているわけではない。ただ泣くだけで反論も弁明もしないことが気に入らないのだ。ある意味、俺は上から目線でいた。

 

 周囲の人間も何も言わず、静観を決め込むようだった。先ほどまで女の子一人に集団で嘲笑ってた割にはずいぶんと薄情なことである。

 

 「……先生には早退だって言っといてくれ」

 

 隣の席に座る女子にそのように伝える。居心地の悪いこの教室から一刻も早く出たいがための発言だった。彼女の返事を聞く前に俺はカバンを背負い足早に教室を出た。それと同時にチャイムが鳴った。

 

 廊下を歩く途中で担任の先生とちょうどそれ違い、「どうした」と聞かれたから「早退です」と簡潔に答えた。何か察してくれたのか先生もそれ以上のことは聞かずに帰宅を許してくれた。いつも通りの淡泊さに今日ばかりは感謝したい。

 

 「はぁ」

 

 少しばかり疲れてしまった。腹の底にたまった感情を吐き出すように息をつく。しかしちっともよくはならない。だから気を紛らわすために先ほどの出来事を頭の中で反覆させる。何かしてないとまたイラついて短絡的な行動をしかねないのだ。

 

 考えてみた結果、やっぱり自分があの場で憤ったことは広義的に見れば正常な反応であることを認識する。少し感情に身を任せすぎたことは否めないが。また、それと同時にクラスメイトの清水さんに対する行為が世間一般で言う『いじめ』に該当するであろうことも間違いではないと再認識する。逆にアレがいじめでなければなんだというのか。

 

 しかしそれでは疑問が残る。何故清水さんはいじめを受けていたのか。

 

 そもそもな話、清水さんはいじめとは無縁の人なのだ。正確にはいじめを受ける立場というべきか。むしろいじめの現場を目撃すれば全力で止めるような女子である。曲がったことが大嫌いとは彼女の言だ。

 

 それだけ聞くとお堅い人みたいに聞こえるかもしれないが、話してみると意外とそうでもないことが分かる。というのも割と俗的な話で笑うし、ちょっとした冗談も通じるのである。親しみやすい委員長とでもいえばニュアンスは伝わるだろうか。

 

 その上、容姿に優れており学年上位をキープし続ける頭脳も併せ持つ。才色兼備とはまさに彼女のためにあるのではないかと思わせるほどのハイスペック女子高生、それが清水さんだ。

 

 仮に清水さんの恵まれた数々の能力を妬んだいじめだというならば、それはあまりに脈絡がない。昨日まで彼女は確かにみんなの頼れる学級委員長だった。それは間違いない。ではあれはいじめではなく悪戯だったとか? それにしては悪辣すぎる。それじゃあ――――――

 

 「……あ」

 

 階段を下りた先の水道で髪を洗う清水さんがいた。

 

 

 

 




浮気中でござるよ。
でもきっと誰も気づかないでしょうなw


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