愛に生きる (かのん)
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Love is a waking dream

初めまして”かのん”と申します。

ハーメルンで度々投稿させていただいておりましたが、今回は今までと作風の異なる新しいものへと挑戦してみようと思い、あえて匿名で投稿させていただきました。

今回の試みは私としても初めての挑戦となるため色々と至らない部分も散見されるとは思いますが、今後の作品への参考とするつもりですので感想・批評などございましたら遠慮せずにおっしゃってください。

エタらないようにやっていきたいと思っておりますので1話5000字程度で週に1回ほどの投稿で進めていく所存です。
ゆっくりと暇つぶし程度で構いませんので是非ご一読いただけると幸いです。

本作は原作『緋弾のアリア』の物語に一人の”オリジナル主人公”を加え、原作の流れは否定せずに原作半分、サイドストーリー半分という形で構成していきます。一部作者なりの検証によって矛盾のないように設定を変更しているところもございますが、原作の本筋の影響は最小となるように配慮していくつもりです。

原作未読の方にも読んでいただけるよう工夫はしたいと考えておりますが、この1話だけは作者的にもかなりわかりにくく、原作を読み込んでいる方でないとなかなか理解が深まらないかと思います。
原作未読の方には最後までしっかりと通していただけたら全て繋がるように書く所存ではありますので、よろしければお楽しみください。

一応後書きに用語説明や私的な解釈も載せるつもりなのでので確認してから読んでいただくのもアリかとは思います。
長くなりましたが注釈は以上です。




サブタイトルは『Hope is a waking dream』-Aristotle-の格言から


「すまないが、お前の気持ちに応えることはできない」

 

 

地中海に映える夕日のオレンジの中で長い髪を海風に流しながら言う。

 

 

「お前の気持ちには気づいていた。いずれこうなるだろうことも予測していた」

 

 

悲しそうな、申し訳なさそうな、それでいてきっぱりとした言葉が私の耳を貫く。

 

ああ、この決意は変わらない。彼は何度も自問し考えた上で応えを決めたのだろう。

 

込み上げてくる悲しみや切なさの中にほんの少しだけ胸にスッと入るような納得も感じている。

無意識の中で予想はしていたのかもしれない。

 

それでも、やはり彼との別れを認めたくはない。

 

 

「お前には随分と助けてもらった。俺がこの国に来てから慣れない文化の中で落ち着けるようにと、苦を感じないようにと世話をしてくれた」

 

 

あらゆる方面で優秀だった彼は私のおせっかいもあまり必要なかった。言葉も、文化も、環境も、1週間も経つ頃にはすぐに順応して。

それでも遠く異郷の地から来た彼を放っておけなかったのはなぜだろうか。

彼のひたむきな姿にあてられたのか、彼にしかない二面性に惹かれたのか、それとも年上の持つ独特の色気に魅かれたのか。

 

 

「お前と過ごす日常をかけがえのないものだと感じていた。日々の刺激の中にある平穏が長く続いたらと考えたことも一度や二度ではない」

 

 

この気持ちを『恋』だと気づいてから、彼との日常にほんのりと色を添えて、時にはさりげなく時には大胆に、それでも彼が落ち着いて過ごせるように配慮して。

そうやって自身の考える理想の『女』を努めてみたのも間違いではなかったようだ。

事実、彼は私との1年足らずの日常をそんな風に捉えてくれていたらしい。

 

 

ただ、それでも……

 

 

「それでも、ここで停まることはできない」

 

 

それでも彼は征くのだろう。去ってしまうのだろう。

 

 

「討たなければならない『巨悪』がある。守らなければならない『社会』がある。帰らなければならない『場所(いえ)』がある」

 

 

なぜなら彼らは『義』の一族。

なさなければならない『使命』があるなら全身全霊を持って立ち向かいその生命を燃やす。

そこに彼らの都合などない。

それは彼らに定められた『天命』であり、彼らの目指す『人生(生き様)』なのだから。

 

 

 

 

「俺たちは『義』を全うする」

 

 

 

 

……ああ、これはやはりどうにもならないな。

 

 

滲んでいく視界と込み上げる嗚咽の中で目の前の彼が狼狽えているのが小気味よかった。

 

 

そうして私は14歳の夏の終わりに、人生初の失恋をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい夢をみた。

 

あの日、たかが14の小娘に人生の難所を経験させてくれた彼は未だに私のところへ出張してくるらしい。

ここ最近までは随分と御無沙汰だったのに、妙にはっきりとした苦い記憶が私を苦しめる。

もうかなり前に心の中では折り合いをつけたはずだったのに、夢から醒めた身体は微熱と速い鼓動をうったえている。

気づけば目の端にも涙が溜まり、今にも溢れてこぼれ落ちそうなほどだ。これを寝起きだ、あくびのせいだと決めつけられれば話は簡単なのに。

 

近々、彼の故郷(くに)への留学が決まったからなのか。

もう連絡も取っていない彼への、随分と前に捨てたはずの『初恋』が再燃してくるのを自覚した。

 

同室の娘を起こさないようにそっと寝室から抜け出し冷蔵庫に入れていたミネラルウォーター(Fiuggi)で身体の火照りを冷ます。

リビングの勉強机に置かれた古い燭台のような、良く言えば趣きのあるアンティークな香りのする灯りをつけて、暖かい暗闇の中、淡い甘さを孕んだ苦い(記憶)の余韻に浸る。

 

もう何年も前にこの部屋を去ってしまった彼女()の残り香はとっくに消え去り、新しい娘達の私物が部屋を新しく染め上げている。

あの頃は二人だけで、偶に自身の姉貴分も心配して訪ねてきてはいたが、その頃に比べて和気藹々とした空気を楽しく感じながらも彼女()の醸し出すあの穏やかな雰囲気をふとした瞬間に懐かしんでしまう。

 

自分の右手人差し指を縦に割る一本の線はここ最近消えずに残ってしまうようになり、そういえば彼女()もそうだったかなと朧気ながら記憶が蘇る。

これも少し彼に近づいたところかもしれない。消毒液と硝煙の匂いが手や髪に染み付いてしまうのもそう遅くはないだろう。バチカンで育った身としては当然のことではあるが、彼らの言葉で表せばこれも『天命』だということであろうか。

この身体に刻まれるなにもかもが彼と結びついているような気がして、勝手な思い込みではあろうけれど、そこに確かに彼との絆を感じてニヤけてしまう。

この想いが私の窮地を救ってくれた恩人へのものなのか、歩むべき道を示してくれた先輩へのものなのか、それとも初めて私の人生に色をさしてくれた男へのものなかか、あるいは何か他のものなのか、はたまたそれら全てを内包するものなのか、未だに判断はつかないが一度再燃した初恋は今度は色濃く私の心に巣食うつもりなのかもしれない。

 

そんなことをぼんやりとした頭で考えながら彼との思い出に浸っているうちに時計の短針はもう30度以上動いてしまっていた。もう少しこの夢の余韻に浸りたい思いはあるが、これ以上の夜更かしは明日以降の授業に響いてしまう。ここはお酒の力にでも頼ろうかと、バチカンの使徒には許されないと知りながら姉貴分がナイショで持ち込んだアマレットリキュールを流し込む。なに、バチカンが許さないだけで国は許してくれているのだ。恋に悩むイタリアの乙女が一時アルコールの力を借りることぐらい、主も大目に見てくれるだろう。

喉を通り抜ける熱と舌に残る甘い香りを味わってから灯りを消し、私は再びベッドに潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アテナ先輩、USAから国際郵便が届いてますよ〜。送り主は……Colt’s Manufactu……あれ?アテナ先輩ってベレッタ使ってませんでしたっけ。」

 

あの夢から1ヶ月、今日も衛生科の実習を終えバチカンに与えられたシェアルームの一室に帰ってきた私を同室の後輩のそんな言葉が迎えた。

微笑みながらお茶を濁し、包みを開封して中から発注してもらったものを取り出す。

コルトSAA(シングルアクションアーミー)、彼の使っていた愛銃だ。バチカン経由で取り寄せてもらおうと頼んだ時には、姉貴分を含めて皆が、あらあらまあまあとニヤケながらイラっとくる笑みを浮かべて了承してくれた。

そういえば彼らは彼女が女であると信じて疑わなかったな、と大変な誤解を受けたのを思い出す。いや、こう表現してみるとおかしなのは私の方なのだが、彼らから見たら私は同性の先輩に思いを馳せる世界を知らない乙女に見えたのかもしれない。

この銃が私の体に合うかどうかはわからない。それでも、彼の故郷()に旅立つ前に、どうしても彼との絆の証として持って行きたかった。

 

「あれっ?先輩……その銃って確か……」

 

一瞬にして彼らと同じことを思い浮かべたのか、ニマニマとした笑みを浮かべて

 

「いえ!大丈夫です!私は応援しますよ!」

 

と、後輩もそれ以上は踏み込んでこない。

物分かりの良い後輩を持ったことに感謝するべきか、それともこの大変な誤解を解くようにと努めるべきか。

私としては当然後者を選びたいのだが、如何せん彼はそれを明かすことを許さないだろう。この巡り合わせを嘆くべきなのだろうか。

 

誰にも言いません、と良い笑顔を浮かべながら弁明(?)する彼女を尻目に同封されていた45口径のロングコルト弾を確認して元に戻す。

この数で日本に旅立つ前に十分な撃ち慣らしをこなせるだろうか。

使い慣れた国産のベレッタ 92 とは口径も大きさも威力も弾も何もかもが異なるこの銃を十分に使いこなせるようになるには長い時間が必要になる。

そもそもオートマチック拳銃とリボルバー拳銃は素人が見ても全く違うものと判別できるくらいなのだから、きっとちょっとやそっとじゃなれないだろう。それでも、彼に無様な姿は見せられない。

憧れの人に自分を飾って見せるのは女の権利であり義務なのだ。恋に生きるローマの女がそれに全力を傾けるのは自然の掟に匹敵するくらい当然のことなのだから。

 

夢に彼が現れた日から私の日常は変わってしまった。彼の祖国では昔、夢に出てくる人は自分に会いたくて出てくるのだ、というなかなかに自信たっぷりな考え方があったという。日常の中で彼に教わった軽い雑学の一つ一つが大切な思い出となって蓄積されていたことを今日もまた実感する。

彼もそうだったらいいのに、と叶うこともない小さな希望を胸に抱いて主に祈る。

この想いが報われる日が来ますように、と。

 

 

 

++++++++++

 

 

 

彼女は祈る。いつの日か、あの健気な少女の儚い願いが叶うことを。カトリックの総本山、バチカンでは許されぬ願いだと知りながら、それでも彼女の想いがどのような形であっても報われることを祈る。

洗礼を受けてから、主を疑うことはなかった。ローマの娘にとっては最大級の不幸を身に纏い、自身の運命を、ひいては畏れ多くも主を恨んだこともあった。それでも主を疑うことはなく、試練だと乗り越えて、努めて、毎日欠かさず祈り続けた。

時には友軍の武運を、時にはバチカンの繁栄を、時には勝手ながら自身の女としての幸福を、願い祈り続けて来た。

そして今回も同じように、今までの祈りの多くが約束されて来たように、彼女の前途に幸あらんことを祈るのだ。

自身が半ば諦めてしまった道を、ふらふらと迷いながら進む彼女に自身の願いを重ねて、いつかは自身も報われると信じて祈り続ける。

 

 

日々の幸せと恵みに感謝を。我ら使徒の前途に光を。彼女の未来に幸せを。

 

 

叶わない願いを胸に抱いて今日も彼女は祈り続ける。

 

 

 

++++++++++

 

 

 

「アテナ・カレンダ、あなたに正式な辞令が下りました。来月4月を以ってバチカンより東京への出向を命じます。」

 

ついに私に指令が下りた。

あの夢から3ヶ月、未だにあの銃への慣れはつかめないままだが。ここ1,2週間でカンは得られたと思っている。まだまだ実践には程遠いが、どうせ私は前線で戦うような人材ではない。護身としては十分な腕だろう。そもそも、ベレッタ 92を使えばいいのだし。

 

「貴女にも伝わっているのしょうが、神託が下りました。近いうちに世界の均衡が一変し、また世が戦火に包まれる。かねてからの予測はありましたが、その中心地点、騒乱の渦は日本の関東地方に位置すると」

 

神託というのは滅多には下りてこない。よほど高位の聖女か神官が己の力を使い果たして、それでも10回に1回もなし得ない最高位に属する魔術だ。

その常識を覆してどうでもいいところでポンポンと神託を下ろす姉貴分のような規格外もいるが、そもそもあの人は例外なのだ。

 

「言語能力、人脈、環境への適応性、性格などあらゆる面から考慮した結果、貴女が最適だとの結論が出ました。知っての通り今のバチカンには手隙の人間があまりいません。ある程度の戦闘能力も必要となることが予測される以上、実戦経験もそれなりに豊富な貴女が第一陣としてはふさわしいと。追ってメーヤ・ロマーノも向かわせますが彼女はバチカンにとってもかなり重要な身、まずは貴女が先遣隊として向かってください」

 

なにやらややこしいことを神妙な顔で言っているが、皆の心は分かっているのだ。内心を隠しきれなかったらしい姉貴分のニマニマとした小憎たらしい微笑みを見た時点で。

 

「繰り返しますが、この辞令は神託に基づいたものです。バチカンの使徒である身としてよもや反意はありませんね」

 

どうせないだろうと分かっているのにそれをわざわざと確かめるような質問を。

ここにいる皆の内心はこちらにお見通しなのだ。なにせここにいる姉貴分を含めた上司全員のいる場であの銃の無心をしたのだから。

 

「はい。このアテナ・カレンダ。主とバチカンの名の下に必ず責を果たして見せます」

 

胸の前で十字を切り、跪く。

 

これを聖戦だというつもりはない。主の名の下でこんなくだらない思いを胸にして戦うなど一人の教徒として、バチカンの使徒としてあってはならないことだ。

だけど、そうであっても一人の少女としてはこの任務は立派な聖戦に値するのである。この3ヶ月の間に日に日に大きくなっていったこの思いを確かめながら、主の前で懺悔して祈りながら、あの姉貴分に告解室で自らの想いを告白しながら、決心を形作ったのだ。

 

ここ、この瞬間だけは、一人の女として、男と結ばれることを夢見る少女として、『恋に生きる』と決心したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして意気揚々と今にも弾けそうな想いを胸にして遠く異郷の地を踏んだ私の元に舞い込んだのはただ一つの情報(知らせ)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『2008年12月24日 浦賀沖海難事故 死亡 遠山金一武偵 (19)』

 

 

 

 

 

「……キン……イチ?」

 

 

 

思考は無に染まり、躰の芯から足の先まで凍えるような寒さが落ちてゆくのを感じた。




・バチカン

緋弾のアリアに登場するカトリック系の宗教組織。
彼らにとっての平穏を維持するための”魔術”中心の武力を有する。
規模や性格は特殊だが世界中に存在する秘密結社の一つとして考えても問題はない。
本作主人公はここに属する。


・Colt's Manufacturing Company

Colt Firearmsといってもだいたい通じるあの銃器メーカー

代表作として"Colt SAA" "Colt Python" "M1911" などが原作では登場している。
あの有名な"M16"や"M4 carbine"などのアサルトライフルも実はここの作品。


・Colt SAA

西部劇にによく出てくるアレ。正式名称はColt Single Action Army.
1870年代から今でも製造されているリボルバー拳銃。
普通にSAAといったら.45 LC弾を使用する「Peace Maker」のこと。
実は.44-40 Winchester caliberを使用する「Frontier Six-Shooter」も市販されているが知っている人はそこそこのマニアだと思う。知らなくていい。
原作では主人公の兄(たまに姉)の遠山金一が所持。


・ベレッタ 92

イタリアの銃器メーカーベレッタ社が開発した傑作オートマチック拳銃。
標準的な9x19mm Parabellum弾を使用する。
米軍がNATO標準に合わせるために前出の"Colt M1911"からこれに転換した。
日本では"ベレッタ M92"と表記されるが正式名称は"Beretta modello 92"でありイタリア語でモデルを意味する"modello"は表記しないのが正しい・・・が別に通じるし、日本だとほとんど"M92"表記なので気にしなくてもいい。
主人公はイタリア人なので会話の中では"ベレッタ 92"で表記。
原作主人公、遠山キンジが所持。


・遠山家

初代、遠山金四郎を始祖とする正義の一族。
詳しいことは知らなくてもいいが端的にいうと性的興奮により超人になる性質がある。変態ファミリー。


・遠山金一
遠山家の長兄でありキンジの兄(たまに姉)
性的興奮により超人になるという遠山家の体質を受け継ぐ。女性との性的接触だけでなく自らの女装によっても性的興奮を得られるという剛の者。むしろ業の者。
女装しているときはカナという完全に別人格の絶世の美女を演じる。
男の状態の時は女装をすることをひた隠しにしており、バラされると激怒する。

この作品中では東京武偵高の2年次の9月から、イタリアの新年度に合わせてローマ武偵高の3年に編入している。
原作中では短期留学・強襲科とあったが、おそらく医師免許を取得したタイミングがここであるため衛生科も兼科していたものとしている。また、医師育成過程の専門性・複雑性も鑑みるに東京武偵高時代から衛生科を兼科して優秀な成績を修めていたことが予測できる。

2008年12月24日に海難事故により行方不明となり捜査が打ち切られる。


・アテナ・カレンダ

本作の主人公。性別は♀。16歳。
ローマ武偵高の衛生科と探偵科を兼科している3年生。そこそこ優秀。
13歳の9月から14歳の8月までカナのルームメイトとして過ごした。

・アマレットリキュール
イタリアのお酒。結構甘め。食後などにデザートと一緒にロックで飲んだりもするが、決して寝る前に常習的に飲むものではない。結構好き嫌いが別れるお酒。
本作の知識をひけらかすと痛い目を見ます。



今回はこんなところで






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You'll never find love if you're looking down

書かずにはいられなかった……!!

1週間とはなんだったのか

というか文章とか後書きとかだんだんボロが出てってる気がする。普段の作品読んでくれてる読者ならわかるかも



サブタイトルは『You'll never find a rainbow if you're looking down』-Chaplin-の格言から


”武偵”つまり”武装探偵”とは一体ナニモノであるのか。

 

昨年の暮れから考えるようになった命題は今日も変わらず、頭の片隅から離れることはない。

 

 

”武偵制度”は近年の犯罪の凶悪化に対応して、警察以外の組織による捜査・逮捕を可能とさせた比較的新しい制度であるが、この制度がうまく機能しているかどうかに関しては、多大な批判・批評にまみれ未だ議論の渦中にあるという。

こんな調子の記事を読んだことがある気がする。

日本でも市民が銃砲を携帯することが許されたこのご時世で”武偵”は銃砲・刀剣の所持を義務付けられている。

若い頃から専門的な訓練を修めているため犯罪に関与した場合”武偵三倍刑”などという厳罰に処される。……が、これらの訓練などがむしろ犯罪を高度化させているのではないかというような批判的な意見もちらほらと耳に入る。

 

兄さんの事故からまるまる3ヶ月がたった今でもこの命題に対する答えは浮かばないが、俺、遠山キンジが足りない頭でつかめた結論がある。

 

イイモノかワルイモノか、そんなことは判断できない。けれども”武偵”が汚れ仕事を押し付けられた挙句、批判・非難の対象になるような損な役回りであることは間違いがない。

 

 

去年の暮れ、『浦賀沖海難事故』に居合わせた兄さんは乗客・乗員全員を安全に避難させた挙句、逃げ遅れて行方不明となった。本来ならば避難も誘導も全て乗員の仕事であるのにも関わらず率先してその役目を行っていたことが事件直後の乗客の証言から明らかになっている。

けれどその後、責任を追及されることを恐れた旅行会社は責任を兄さん一人に押し付けて『事件に居合わせたのに解決できず、被害を大きくした無能な武偵』と詰り非難した。”武偵制度”に批判的だったマスコミもその論調に食いつき、結局は世間が一丸となって、兄さんの所属していた武偵庁や遺族の俺に罵詈雑言を浴びせた。いくら貰い受けたのかはわからないが、助けられた乗客も居合わせた乗員も誰もかれもが受けた恩を忘れ散々に武偵を叩き続けた。

 

こんな扱いを受けるくらいなら、いっそこちらから武偵なんかやめてやろうと考えるのは当たり前だろう。

 

 

それで、こんな狂った立場から早々に抜け出して”普通”の人生を歩んでやろう、と今朝もしっかりと決意を固めて寮を出たのだ。

 

なのに、なんで俺はセグウェイ(UZI搭載)に追いかけられてるんだ?しかもケツの下にプラスチック爆弾というオマケ付きで。

 

 

はぁ、本当に狂ってる。

 

 

 

++++++++++

 

 

 

この国に足を踏み入れてから3日、東京武偵高から割り当てられた女子寮の一室に閉じこもっている。部屋の電気もつけないままに、送られてきた荷物の中から引っ張り出した布団に包まって、身体に響く凍えるような悪寒を耐える。

シャワーも浴びず、ご飯も食べず、水も飲まず、この悪夢のような時の流れに囚われながら夢から醒めるのを待ち続ける。

一度敗れた恋は憧れとなって燻り続け、それが時を経てまた恋となって再燃した。

想い人に逢う日を夢見て、期待を胸に抱き異国の地に足を踏み入れた少女に課す試練としては余りにも酷ではないか。

一番始めに目にした僅か一行の情報(しらせ)が、今の私を、私を構成するものを、その想いを完全に無に帰した。

 

これではまるで道化だ。

 

受け止め切れない現実を前に、自身の力では、それどころか時を遡らねば超えられない高い壁を前にして今日私は闇に籠もる。

 

 

 

++++++++++

 

 

 

ケツに張り付くセグウェイ(UZI搭載)と文字通りケツに貼り付くプラスチック爆弾をやり過ごし、さらに襲撃を重ねてきたセグウェイ7台をなんとかして処理し、その報告書を教務科に提出してやっと一息着くことができた。

なにもかもが適当な武偵高の始業式なんか別に出なくても問題はなかったが、新年度の初日からこんな事件に巻き込まれるなんて思ってもいなかった。

こんな調子で武偵を続けていたら一般高校に転校する前にコロッと死んじまう。

 

今朝、俺を窮地から救ってくれたピンクブロンドの髪をした少女のように化け物じみた実力を保持しているのならともかくとして、方法はあるものの自由にそれを使いこなせない俺が生き残るのは無理な話だ。

彼女の腕は『あの状態の俺』に匹敵するくらい狂気にまみれていた。拳銃の交戦距離の3倍以上離れた距離から相対速度100km/h超で、しかも足場がなく安定しないパラグライダーに吊り下げられて、二丁拳銃で全弾命中させるなんて正気じゃない。

その後に不覚にもナってしまって7機のUZIの銃口に銃弾を叩き込んだ俺が言うべきではないかもしれないが、人間の範疇を軽く超越している。

結局彼女には『あの俺』を見せてしまったし、新年度早々解禁してしまったことに悔いを感じてしまう。

面倒ごとに繋がらないといいなぁ、と半ば祈るような気持ちで自分の未来を案ずる。

 

 

「先生、私アイツの隣に座りたい」

 

 

そんなかわいそうな俺の願いはわずか数分後に彼女-神崎・H・アリア-本人の言葉によって破られた。

 

教室が一気に騒然となる。

 

俺が今朝、世にも珍しい『チャリジャック』に巻き込まれ始業式をサボったことを知る生徒は多いが、事件の詳細について知るも者はほとんどいない。なぜなら、事件に関する報告書はなぜか被害者の俺が命じられて作らされ、つい先ほど教務科に提出されたからだ。

そこには、自転車に密かに取り付けられた”速度を落とすと爆発するプラスチック爆弾”や”50km/hを超える速度で走る魔改造されたセグウェイ”、”セグウェイに取り付けられたUZI”などに関する記述がある。そして、神崎が女子寮の屋上からパラグライダーで滑空し、セグウェイを拳銃で破壊したうえで、そのまま俺を宙へと救出したとも書かれている。

そのあとに、同タイプのセグウェイに襲撃されなんやかんやあって俺が撃退したとも適当に書かれてはいるが、もちろんこれらの情報を教室内の生徒は知らない。

 

そんな状況で一人の可愛らしい女子生徒がある男子生徒の隣の席を所望してみろ、あとに残るのは強襲科の脳筋どもでも導けるような恋愛の構図だけだ。

 

俺の隣の席に座っていた大男の武藤剛気は何が嬉しいのか積極的に席を譲るし、この短い間で既にクラスのムードメーカー的な立ち位置を築いていた女子生徒、峰理子は面白がって俺と神崎の仲をからかい一大妄想ワールドを構築している。

 

そして、そのクラス中の混沌は神崎の握る2丁の"M1911"の銃声によってかき消された。

 

 

「れ、恋愛なんて……くっだらない!全員覚えておきなさい!そういうバカなことを言うヤツには……風穴あけるわよ!」

 

 

真っ赤になった彼女の勇ましい声がシンと静まったクラス中に響いた。

 

 

 

……ほんと、新学期早々ロクなことがない。勘弁してくれ。

 

 

 

 

 

 

喧々諤々とした自己紹介も終わり、始業式のみの今日は早めの解散となった。

強襲科の戦闘狂どもは嬉々として訓練場へと駆け出していったが、一般人を志す俺は何もせずに寮へと歩く。去年はあの中に自分が混じっていたことを考えると今でも恐ろしい。

 

始業式からいきなり無断欠席を強行した生徒も1名いたが、クラス中の誰もがほとんど気にしていなかった。俺のクラス、2年A組の担任となった高天原先生は不安そうな表情を浮かべていたが、その生徒とはまだ顔も合わせていないらしく「何か事情があったんでしょうか」とだけ。

先生曰く海外からの留学生だそうで入寮手続きは済んでいるのでこの島に来ているのは間違いないらしい。まぁ、国が変わっても武偵なんて志す生徒は頭のネジが1本どころか全て外れているような連中、さもありなん。

だいたい転入生との顔合わせすら済んでいないとはどう言うことだ。相変わらずの狂気の坩堝具合。東京武偵高の唯一の良心と言われる高天原先生だってそうなのだから、いかにこの環境が狂気にまみれているかを思い知らされる。

 

 

 

そのまままっすぐと男子寮に戻り、割り当てられた部屋の鍵を開け中に入る。高校生男子1人には広すぎるこの部屋だが、俺が1月という微妙な時期に転科したこと、寮住まいの他の探偵科の生徒が全て他の部屋に決まっていたことなどの影響で本来4人部屋のはずのところを一人で使わせてもらっている。

他の武偵もネガティブなイメージを醸し出す俺と同室なんて嫌だろうし、俺も自由に使うことができるのでラッキーといえばラッキーだ。

 

 

それにしても今日は疲れた。

 

 

新学期早々にチャリジャックなんていう、世界犯罪史上おそらく初めての所業に巻き込まれるし、忌避していた「あのモード」にはなってしまうし、今後も関わっていきそうなあの神崎とかいう女子生徒はトラブルの匂いをプンプンさせているし。

平和な日常を求めて探偵科という比較的安牌な学科に移ったのにこのままではどんどんと平和から遠ざかってしまう。同じく安全な学科として完全後方要員の救護科もあったがそもそも学力が足りず受け入れてもらうことは不可能だった。

偏差値45の武偵高で劣等生扱いの俺ってどうなのよ、と思わなくもない。

 

ソファに体を埋めて目を瞑り、体が求めてやまない休息に入る準備を整える。そのまま睡魔に身を委ねようというところでインターホンの音が部屋に響いた。

 

 

 

++++++++++

 

 

 

喉の渇きを感じ、体が水を求めて自然と動き出す。

そういえば布団に引きこもってから何も口にしていない。考えてみれば脱水症状の兆候も割と早くから出ていた気がする。

この日本では蛇口をひねれば水が飲めるというがイタリアではその習慣はない。イタリアの水道水も飲むことは可能だけど私たちイタリア人はこれはもう文化であるというレベルでミネラルウォーターを口にする。水道の水を飲むこともあるのだけれど基本的にはコーヒーを沸かす時に使ったりとそのまま飲むことは滅多にない。

それでも背に腹は変えられず蛇口をひねって手酌で一杯だけ飲み干す。

早いとこ水と食料を買い込んでまた引きこもろうと考えるが3日間布団にこもっていたのもあって、有り体にいえば臭う。

肌もベトベトだし、髪もボサボサ。残りカスのように残っていた女のプライドが理性のように働いてまずはシャワーでもと、届いたままにしていた段ボールの荷物の中からシャンプーとボディソープ、トリートメントなどをガサゴソと探し出して浴室に向かう。

 

酷い顔だな、と鏡の中で死んだ目をしているもう一人の自分に独り言ちる。ほんの1週間前には想い人を夢想してイイ女を保っていたのにこれでは台無しだ。もうそれを見せる人はいないけれど。

その陰鬱とした気分のままシャワーを浴びて、軽い化粧で酷かった顔色を幾分かはマシに戻して、寮監から預かった鍵と財布を持って部屋を出る。

 

 

「うわっ。酷い顔色だよ。大丈夫?」

 

 

目の前には下から見上げるようにして顔を覗き込んでくる小柄な女子生徒。私の背丈は170近くと平均的な日本人女性よりも随分高いのだが、相手の子も145行くか行かないかといった、日本人女性よりもかなり小柄な印象。焦点の微妙に定まらない目で顔を注視してみれば、私たちの見慣れたヨーロッパ系、ラテン系の風味が見え隠れする。髪も綺麗な金髪だしハーフかクォーターか、少なくとも向こうの血をいくらか受け継いでいるみたい。

家を出る前はマシだと判断した顔色だったがそんなによろしくないのだろうか。今の私の有り体は。

 

「いや、よろしくないっていうか今にも飛び降りそうな雰囲気っていうか……」

 

と、向こうの女性も困り顔。よくみれば微妙に通路の柵と私の間に体を挟んで警戒しているのがみて取れる。

 

随分と久しぶりのように感じた他人の心配というか、人の暖かさに触れて私の両目からは堰を切ったように涙が溢れ出してしまう。止めようと思っても止められずついには嗚咽までもが喉からこぼれ出てしまう。

 

「えっ、なになに!?理子なんかしちゃった!?」

 

オロオロと慌て出す彼女が滲んだ視界にぼやけて映るがもう止められない。喪失感と無力感を織り交ぜた悲しみを制御できずに崩れ落ちる私を、体格のせいか随分と苦労して隣の、おそらくは彼女の部屋に運び込んでくれる彼女に申し訳なさを感じることもできずに私はただ静かに泣きじゃくった。




用語解説

・遠山キンジ

原作主人公で金一の弟で現在16歳。遠山家の一員の例にもれず性的興奮で強くなるスーパーマン。まだこの頃は兄の金一に2歩も3歩も劣る程度の実力だがそれでも強化時には強襲科のSランクを取得するほどの実力者。
中学時代に HSSをクラスの女子にいいように使われていた過去を持ち女性に対して苦手意識を持っている。
今は探偵科に転科しており、ランク考査を受けなかったためEランクという最低ランクに位置している。
愛銃はベレッタM92で3点バーストとフルオート射撃が可能なように魔改造されている(通称キンジモデル)


・HSS

ヒステリア・サヴァン・シンドロームの略。
遠山家の人間が代々引き継ぐ神経系の体質。呼び方は人によって異なりHSS、ヒステリアモード、変對など。
性的興奮による神経伝達物質の増加やらなんやらが原因で簡単にいうと超人と化す。


・M1911

1話の用語解説にちょろっと出てきたコルト社製の傑作オートマチック拳銃。通称コルトガバメント。
米軍でベレッタ 92が採用されるまで長らく使われていた。とても頑丈。
.45 ACP弾を使用するため威力が高く、アメリカ人が大好きな硬い、強いを体現するTHE AMERICAな銃。
実際に米軍の一部ではベレッタ 92の9mm弾のマンストッピングパワーに満足できなかったのかガバメントと同じ.45 ACP弾を使用するH&K Mark 23(通称SOCOM PISTOL)が特殊部隊USSOCOMに配備されていたりする。


・UZI

一度でもFPSやTPSをプレイしたことがあるなら誰でも知っている短機関銃。開発はIsrael MIlitary Industries.
1950年代に開発された9mm口径の短機関銃で西側諸国の軍・警察機関などに採用されまくった傑作銃。
操作性や射撃速度に優れていて当時の短機関銃の中でも突出した性能を持っているが、作者的には部品の少なさと設計の簡易さこそが評価されるべきだと思っている。なぜなら整備・交換・生産が簡単に行えるから。お金がない中小国では今でもバリバリ現役。
ちなみに軍関係だと特殊部隊などを除いて大量に配備する必要があるから、一定の条件を満たしていれば安価な方が採用されやすい。米軍に採用されたベレッタ 92も実は競合していたSIG SAUER P226の方が性能は上だったとか。



用語解説書いてる方が筆がサクサク進むという事実。たのちぃ^q^
間違ってるとこあったら教えてね


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Alcohol is the cause and the solution to many of love's problems

お待たせいたしました。第3話投稿いたします。


サブタイトルは『Alcohol is the cause and the solution to many of life's problems』-Dan Castellaneta-の格言から


「落ち着いた?」

 

彼女が差し出してくれたミネラルウォーターのミニボトルをゆっくりと飲み干す。

この部屋に運び込まれてかれこれ15分ほどだろうか。もうとっくに枯れたと思っていた涙は体の水分を奪いつくすように流れ続けた。彼女が機転を利かせて部屋に連れ込んでくれなければ周りの住人に奇異の視線を注がれただろう。そんなことも考えに及ばないくらいには心を乱してしまったのだけど。

 

無くした水分を取り戻して安心したのか、それとも泣き疲れたのか、今度は体が空腹と眠気を求めてくる。私は子供か。

 

「それで、一体どうしたのさ。理子の顔見て泣き出すなんて」

 

彼女-峰理子-が訝しげに、それでいてこちらを安心させるような暖かさを孕んだ声音で訪ねてくる。

私の女性にしては立派な体格とラテン系の大人びた顔立ち、こちらを伺うような極東の血が混じった幼い顔立ちと小さな体躯、端から見たら私たちは姉妹のように見えるのかもしれない。実際の立場は全くの逆なのだけど。

 

「言いたくないなら無理にとは言わないけどさ、何か悩んでることがあるなら吐き出しちゃった方が楽だよ?」

 

私がそんなくだらないことを考えている間を躊躇いと受け取ったのか、無理に踏み込もうとせずにこちらに合わせようとしてくれる。

確かに進んで話したいことではないし、私もまだ事実を受け止めきれていない。彼女の善意には申し訳ないけれど、それを口にしたくはないのだ。

 

「ごめんなさい」

 

だから、誠意だけは見せることにした。今後私が事実を受け止めきれたら、想いを乗り越えられたら話そうと心の中で決めて、感謝の思いも乗せて口にした。

 

「いんや、理子も人に言えないことぐらいいっぱいあるからねえ。そもそも武偵なんてやってたら人に言えない悩みくらい抱え込むもんだよ。だからまぁ、その気になったら話してくれたら嬉しいかも」

 

こちらの思いを察してくれたのか、そんな言葉で言外に気にしていないと伝えてくれる彼女の優しさが身にしみる。

だからそれまでに自殺なんかしないでね、なんていたずらっぽく付け足して。

 

「そういえば外人さんだよね!?どこから来たの!?何年生!?」

 

目をまん丸にしてわざとらしく、それでいてどこか自然に感じるような仕草で話題を帰ってくる。部屋を満たしていた暗い雰囲気を一変するように。

元気いっぱいの笑顔がこの部屋が元来持つであろう明るさを取り戻す。

 

 

ああ、こんな風に笑える日が来るといいな、なんて思いながら3日ぶりのギクシャクとしながらも明るい日常をかみしめた。

 

 

2年生と答えた時の彼女の何か納得したような顔を、不思議に思いつつ、彼女の手料理を口にして。久しぶりのご飯が少しずつ荒んだ心を和らげてくれるのを感じて。

そうして、もう心配しなくてもいいかな、と彼女が判断するまで他愛のない話に興じてから部屋に戻った。

ほとんど話しているのは彼女で、こちらはただコクコクと相槌を打つだけ。たまにポツポツと言葉をこぼしてゆっくりと話す私に、彼女は、うんうん、と頷きながらこちらのペースに合わせて付き合ってくれた。

 

まだ全然ボロボロになった心は癒えないけれど、この異郷での日常をゆっくりと過ごしていけると思えるような不思議な安心感を与えてくれた。

 

 

そのうち、この悲しみを忘れずとも乗り越えることができる日が来るのだろう。

 

 

 

 

 

新しい地で暮らすにあたって色々とモノが足りないことに気付いたので、今日は一日、学園島内部やお台場周りを買い物がてら見て回ることにした。昨日彼女に慰めてもらって心が一息つけたのか、ようやく身の回りのことに目を向ける余裕ができてきた。

 

まず、家具がない。机もベッドも洗濯機も何もかも。武偵高が一般常識から外れているのはローマだけかと思っていたがそんなことはなかったらしい、むしろ東京武偵高(こちら)の方が酷い。というかなんで私は水を飲めてシャワーを浴びれたんだ。まさか電気と水はずっと通してたのか、なんて思うけど考えてみれば来日直後に入寮手続きは済ましていたんだった。何かもう随分と昔の出来事のようなふわふわとした感覚がある。

 

朝改めて確認した自分の顔は頬も軽くこけて、目の下にうっすらとクマも浮かんではいたが、十分に化粧でごまかせる感じだった。昨日は焦点の合わない目と意識でぼんやりと確認しただけだったが、かなりマシになったんじゃないかなとは思っている。

それでも同年代の少年少女が通う武偵高に登校して顔を晒す度胸はなかったので今日は一日買い物に費やすつもりでサボタージュを決め込んだ。第一印象は大切なのだから仕方がない。

連絡しようにも携帯がないから当然無断欠席だ。固定電話なんて設置されてなかったのだし私は悪くない。

 

 

 

春の陽気が降り注ぎ、そよ風に揺れる街路樹の新緑の中で遠く響く銃声と剣戟のに苦笑いを浮かべて学園島を練り歩く。

学園島の名の通り学生の住む街といった色に溢れ、筆記用具や家具などは3時間も歩いていればすぐに揃う。

新年度がすでに始まっているせいか新居用に備えられていた家具の部類が少し割安で売られていたのがありがたかった。生活費のほとんどはバチカンから支給されるお金で賄えるものの、やはり無駄遣いをしてしまうのは心が痛む。学費も出してもらっているのだし少しでも節約を心がけたい。

 

そうしているうちに時計の短針は頂点を通り過ぎ時刻はとっくに昼の2時。

遅めのお昼ご飯にでも洒落込もうかと思ったけれど、学園島内のファミリーレストランなどには私が支給されたのと同じ制服の少女たちや一緒にいる少年たちがチラホラと。

なんとなく今の自分を見られたくはなかったので一旦学園島の外に出てご飯を食べることにした。

業者の人たちが家具を設置しにきてくれるのは17時だし、食べた後に時間を潰して帰ったらちょうどいいくらいだろうか。

そういえばまだ携帯電話を契約していないし、その間にやっておこうか、なんて考えてお台場に向かって出るはずのモノレールの駅を探す。探すといっても1周5kmの小さな島だ。苦労しなくてもすぐに駅は見つかる。

駅へ向かう途中に弾痕で埋め尽くされた倉庫やら、何かの爆発で焼け焦げた土が残るグラウンドなども目にしたが、狂気しか感じない。少なくともローマ武偵高はここまで酷くなかったと思う。絶対にだ。

 

 

 

 

 

今日決めていた予定諸々が終わって、やっと一息つくことができる。設置された新品のソファに体を預けてちょっと前に頭の中に降りてきた問題と真正面から向き合う。

 

 

「連絡どうしよう」

 

 

絶対怒ってるよなぁ。日本きてから音信不通だったし。

怒られたくない。

子供か、なんて思うけど。怖いのだ。普段温厚な修道女の上司やホワホワしている姉貴分は、一度身内の不始末や戒律破りを目にすると烈火のごとく怒り出す。それはもう人が変わったかのように。

 

 

「ほんと、どうしよぅ」

 

 

新品の携帯を目の前の机に置いて頭をかかえる。彼女たちの連絡先は覚えているし、なんなら買った直後に登録までしたのだが、通話ボタンを押す勇気が微塵たりとも湧いてこない。

このまま時間が経てば経つほど私の罪が重くなるのはわかっている。それでも、骨の髄まで染み込んだあの拷問とも思えるような懲罰や、精神をゴリゴリと削ってくるお説教を私の体が拒んでしまっている。それはもう全力で。

携帯に伸ばす手は震え、触れる前に引っ込んでしまう。このサイクルをもうかれこれ30分も続けて、今はもう手を伸ばすことさえできない。

 

時刻はもう18時を回ってしまっている。ローマとの時差は7時間だからあちらはそろそろお昼だろう。人はお腹が減っていると怒りっぽくなるというし、もうこの際、あちらの食後に合わせて連絡することにしようか。少しでも気が緩んでお説教が短くなることを祈って。

 

多分お説教の後は何もする気が起きないだろうし、夜ご飯も済ませて、寝る準備をしてから地獄の扉を開こう。開き直ってソファから立ち上がり、いざ、最後の晩餐の用意でもとエプロンをして気合を入れ直したところでインターホンの音が部屋に響いた。

 

 

 

「アテナん、今日も来なかったけど大丈夫?」

 

扉を開けてみれば、昨日世話をしてくれた彼女の姿が。

確かに今日は休むと伝えていなかったが、なぜ私が休んだことを知っていたのだろうか。

 

「だって同じクラスだもん」

 

海外からの留学生てアテナんのことでしょ?と続ける理子。ちなみにアテナんというのは私のあだ名だ。昨日話している間、気づかぬ間に私の呼び名が決まっていた。

 

同じ学年だったのか。

昨日私が2年生に編入することは伝えたけど、彼女の学年は聞き流していた。そんなことを気にする余裕がなかったのだと言い訳したい。

小柄な体型と極東人特有のベビーフェイスのせいで1つか2つ下だと無意識のうちに決めつけていた。羨ましい。

 

「それよりご飯ちゃんと食べた?体調はどう?何か困ってることある?」

 

昨日の醜態を見たせいか、私を庇護しなければとでも思ったのだろう。まるで保護者のように世話を焼いてくれる。

今日は家具を揃えるために使ったのだと伝えて心配をかけたことを謝罪する。理由は如何にせよこうして私の身を案じてくれる隣人の好意を無下にするわけにはいかないから。

 

「なら良かった、心配したんだよ〜」

 

わざとらしく泣き真似をしながら私を抱きしめてくる。柔らかいプニプニとした体と小柄な体型に似合わない豊満な胸が押し付けられる。本当に羨ましい。

 

じゃあ復帰祝いに理子がご馳走してあげる、と抱きついた時に解いたのか私が身につけていたエプロンを剥ぎ取って身に付け、奪い返す暇もないうちにキッチンへとかけていく。隣の部屋も同じ間取りなのか迷うことなく一直線に。

 

「お〜お酒がいっぱい」

 

キッチンカウンターに並べられたウィスキーボトルの群れに目を輝かせて、ついで冷蔵庫の中身をチェックしていく。普段から料理もしているのか結構手際が良い。

20歳未満の飲酒が制限されている日本では窘められるかと内心ビクビクしていたが、アテナんも悪い子ですな〜、とか言って気にする様子もない。思い出せば昨日見た彼女の部屋にもちょこんとお酒が置いてあった。そういうことなのだろう。

 

テキパキとそこそこのスピードで調理を始めていく彼女をもてなすこともできずに、手持ち無沙汰になりながら手伝おうとすると、いいから座って待っててよ〜とキッチンから追い出されてしまう。この際だから彼女に甘えてしまおう。そう考えて再びソファに身を埋めてキッチンから漂ってくる安心する匂いに包まれた。

 

 

 

彼女の手料理に舌鼓を打って、ついでに並べてあったボトルの中からJack Danielsを持ってきて晩餐を楽しむ。やはり普段から料理を嗜んでいるようで結構美味しい。彼女なりのこだわりなのか具材の一つ一つが可愛くカットされていたりデコレーションされていたりと視覚的にも楽しめる夜ご飯だ。

 

酒豪なのか、酒癖が悪いのか、結構なハイペースでウィスキーボトルの中身を消費していく彼女につられてこちらのペースも上がっていく。

普段は酔いすぎないようにペースを抑えて飲むのだが、醸し出す安心感に気が緩んだのだろう。溜まりに溜まったストレスも手伝ってお酒が進み、どんどん気分が陽気になっていくのを感じる。

 

彼女もアルコールに引っ張られたのか、生来の陽気さを全開にして面白おかしく騒いでいる。

フランスの血が混じっているそうだし、この陽気さは私と同じラテンの気質だろうか。それにしては綺麗な金髪をしているがフランスはゲルマンも一定数いるからどこかで血が混じったのだろう。

ローマでも後輩たちと内緒でウィスキーボトルを囲んだりしていたが、酔いつぶれるまで飲まないのが向こうのマナー。

あちらでは経験しなかったこういう飲み方も結構楽しい。

 

キンイチとも飲んで見たかったなぁ、なんて想いが脳裏をかすめて一瞬気が落ち、それを振り払おうとロックでグイッと煽る。向こうも故郷の話の中で嫌な思い出が湧いて出たのか同じようにアルコールを流し込む。

お皿が空になってもボトルが空になるまで騒ぎは続き、結局ボトル1本を消費してお開きになった。

 

明日はちゃんとくるんだよ〜と理子がフラフラになりながら部屋を後にして、散らかったお皿とボトルをキッチンの流し台に積み上げて、このまま寝てしまおうと倒れ込んでからようやくバチカンへの連絡を忘れていたことに気づいた。

今なら余裕でイケる、とタガが外れた頭で通話ボタンをポチってローマに国際電話をかける。

 

 

「もしもし〜メーヤさん〜?」

 

帰ってきた怒号で体に回った酔いが瞬時に冷めた。

 




用語解説


・峰理子

東京武偵高探偵科2年生。武偵ランクはA。
金髪ロリ顔ロリ体型(ただし胸は覗く)のおバカキャラで無茶苦茶な言動をしているが情報収集や変装などに長けた優秀な武偵。
本作では主人公の隣の部屋に住んでいる。また、ファーストコンタクトの影響もあり、今のところ主人公相手には保護者的な立ち位置にいる。
メインアームはワルサーP 99。


・メーヤ・ロマーノ

主人公が最後にかけた相手。
ローマ武偵高殲魔科の5年生。
バチカンに所属している修道女でもあり、本作では主人公の上司的存在。


今回の解説はこんなところで。
銃器解説できないのが辛いんじゃ〜


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Those who live are those who love

3連休最高でした。3日間ゴロゴロして何もしなかった。


急に寒くなって来ているので皆さんお体にお気をつけてください。


サブタイトルは『Those who live are those who fight』-Victor Hugo-の格言から


「じゃあ、教室で待ってるよ」

 

ヒラヒラと手を振ってクラスへと向かっていく理子を見送って。教務科の扉を見据える。

昨晩メーヤさんにこってりと絞られ、倒れこむようにしてベッドに沈み、起こしに来た理子共々二日酔いで痛む頭を抑えて登校して来た。

 

失礼します、とドアを開いて瓢箪を煽る女性と据わった目をしてタバコをふかす女性を見てゆっくりとドアを閉める。

すがるようにドアの上に固定された表札を窺うも、そこにはしっかりと『教務科』の文字。それに弾痕と補修テープ。泣きそう。日本に来てから涙腺が緩くなった気がする。

 

恐る恐るドアの取っ手に手を伸ばし、深く深呼吸して覚悟を決めていると中から入れェ響く怒声。

仕方なくビクビクしながらドアを開けると顔面に向けてものすごい飛んでくる瓢箪。強襲科の過程で投擲物への対処を習っていたからよかったものの普通の人間では絶対に避けられない速度だった。

とっさに瓢箪を叩き落としたこちらを見て、放って来た2m近い大女、おそらく武偵高の教師は溜飲を下ろしたようにドカッと椅子に腰を下ろした。

こちらに注がれる一癖も二癖もある視線に身がすくんでしまう。

ここは戦場か。ローマ武偵高とは比べ物にならないほど殺気に満ちた空間。時代変動の渦の中心になるという神託通りの魔境具合だった。

 

「あ、あの……ローマ武偵高から、へん……ヒッ!?」

 

勇気を振り絞ってボソボソと要件を伝えようとするも、雰囲気に圧倒された体は「あア“ッ!?」と飛んで来た怒鳴り声に縮こまってしまう。

私が一体何をしたのか、いや、無断欠席キめたのか。

 

「あら、もしかしてローマからの転入生さん?」

 

救いを求めてオロオロとしていた私を救済してくれたのは後ろから届いた柔らかい声であり、その彼女の後ろには後光が差して見えた。

 

「心配していたんですよ〜、連絡も何もなかったから。何か問題でもありましたか?」

 

怒っていないメーヤさんを思わせるほんわかとした声にピンと張り詰めていた緊張の糸がついに切れへなへなと座り込んでしまう。一瞬本当の天使かと思ってしまった。

 

 

 

その後、ようやく自己紹介を済まし、始業時間に担任だったらしい彼女-高天原先生-とともにクラスへと向かう。東京武偵高はローマ武偵高とは異なり一般課程は専門と関係なく決められたクラスで学ぶらしい。大人数クラスで専門以外の生徒とも交流を持つことで卒業後の人脈づくりや知見を広げることを目的としているそうだ。

皆さん社交的な子達ばかりだから心配しないでくださいね、とこちらに向けてふんわりと笑いかけてくる。

 

聞けば私が所属することになる探偵科の専門教諭だそうで、私が東京武偵高に慣れるまでの期間を考慮して先生のクラスに配置してくれたらしい。

こんな先生ばかりだといいのに、という私の希望は「衛生科の教諭はちょっと……」という先生の言葉によって即座に砕かれた。

やっぱり東京武偵高はどこかおかしいんだと思う。

 

『2年A組』とこちらも補修跡が残るプレートのドアを開けて先生は教室の中に入っていく。時間に厳しい日本人の気質通り始業時間ちょうどに皆は席についていた。

私はそのまま先生の後について一段高い教壇の上に続く。

 

「今日は皆さんに転校生を紹介しますよ〜」

 

ほんわかとした先生の声が教室内に通って空気が変わったような気がしたがやはりここも武偵高、帯銃せずに机の上に杜撰に置かれた拳銃や弾倉が私の意識を戻す。

アレは多分強襲科の生徒か。荒っぽそうな雰囲気とか大雑把な武器の管理から間違いないと思う。あの几帳面そうなのは狙撃科か鑑識課あたりかな、と武偵高で身についた観察癖が意識せずとも視線を向けてくる学生たちを分析していく。

思った通り理子もいてこちらに笑いかけてくる。

 

あと、その近くにいる子は見たことがある。ホームズ家の……確かアリアといったか。去年の暮れから見ないと思ったら東京武偵高に転校していたらしい。こんなとこで元の学校の生徒に会うとは思わなかった。

私がじっと見つめているのに気づいたのか、向こうは首をひねって?と疑問符を浮かべている。ローマ武偵高でも有名人だったから私が一方的に知っているだけだし当然といえば当然か。

 

「じゃあ、軽く自己紹介お願いしますね」

 

と先生に言われて一歩前に出る。

 

「初めまして、ローマ武偵高から編入してきました。アテナ・カレンダです。所属は衛生科と探偵科、ランクは向こうでの考査ではどちらもBでした。しばらくはこちらで学ぶつもりですので皆さん宜しくお願いします」

 

ペコリと頭をさげてから顔を上げ、皆の反応を窺う。何もおかしなところはなかったと思うけど。

どうやら私の心配は杞憂だったようで皆は、外国人さんだとか、美人さんだとか、背高いねだとかそれぞれの反応を漏らして周りと話している。

 

「じゃあカレンダさんは空いてる席に座ってくださいね」

 

と、先生が言うので周りを見渡して席を探す。武偵高らしく体格が立派だったり武闘派な生徒が比較的多いせいか、どこの席が空いているのかがいまいちよくわからない。

空いている席も荷物が置いてあったり、椅子がなかったりとどこが誰の席なのかも判別しにくい。東京武偵高ではこれが普通なのか。広い教室で学ぶことは少なかったから戸惑ってしまう。

 

「先生!アテナん理子と隣の部屋だから理子が面倒見たげるよ!」

 

と、見かねた理子が助け舟を出してくれて、理子の近くの生徒もそれならと他の空いている席に快く移動してくれた。

なるほど、あの席は無人だったのか。全くわからなかった。

 

ありがとう、と理子に近づいて一声かけてから席に着くとすぐに右後ろ側から声がかかる。

 

「アンタ、ローマ武偵高の生徒だったのね。こっち見られてたから何かと思ったけど納得いったわ」

 

席から斜め前に体を乗り出してこちらに話しかけてくる。体を寄せられた男子生徒も迷惑そうな顔で離れようとしている。なんでこの子はこんなに偉そうなんだろう。

 

「神崎アリアよ。アリアでいいわ。おんなじ欧州組同士仲良くしましょう」

 

と手を差し出してくる。

こちらでは神崎で通しているのか。家名が重いと殊更に大変そうだ。と言うか隣の男子生徒がすごい目で睨んでるけど大丈夫なの。

 

「ええ、宜しくアリアさん。わたしもアテナでいいわ」

 

手を伸ばして男子生徒の机で握る。なんかすっごい迷惑そうな顔された。外見に自信はあったんだけどなぁ。

女子が苦手なタイプなのか、それとも彼の地雷を知らぬ間に踏んでしまったのか。

後でそれとなく謝って事情を聞いておこう。

 

 

そうしている間に朝のHRも終わり、早速の質問攻めにあう。外見に惹かれたのか、異文化に興味があったのかすぐに周りに人だかりができて次々と矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

 

「イタリア人だよね?」

「日本語上手!誰に習ったの?」

「彼氏は?」

「銃は何使ってるの?」

 

こう言う話題がサラッと出てくるのは東京武偵高でも変わらないみたい。

第一印象に気をつけながらその質問一つ一つに丁寧に答えながら、助けを求めて理子を探すと先ほどの男子生徒に呼び出されて教室を出ていくところだった。

 

 

 

ここは自力で乗り切るしかないか。二日酔いで痛む頭を抑えて飛んでくる質問の嵐に臨んだ。

 

 

 

++++++++++

 

 

 

「理子、あいつのこと何かわかったか」

 

騒がしい教室から理子を連れ出して、周りに人がいないのを確認してから開口一番に言う。

 

2日前に俺の部屋に神崎アリアが訪ねてきて、訳のわからない流れで奴隷にされそうになってからずっと俺の部屋に住み着いている。

武偵の戦いは情報戦だ。その日のうちに理子にアリアのことについて調べるように依頼して、今日までに一次資料をお願いしておいた。

だが理子は気まずそうな顔で頭を押さえて

 

「ごめんねキーくん、実はそれからトラブルが色々あってさ、まだできてないんだよね」

 

おい。

 

「なるべく早く欲しいと言ったと思うんだが」

 

顔を険しくして問い詰める。

 

「そんな怒んないでよキーくん。ホントに人命に関わることだったんだからさ。お詫びに報酬も少なくていいから許してよ、ねっ?」

 

拝むように額の前で手を合わせてくる。本当か?かすかにアルコールの匂いが漂ってくるんだが。

指摘するとギクッと肩を跳ねさせて苦笑いしながら誤魔化してくる。

まぁ、ない資料をねだっても仕様がないからな。ここは諦めて明日に期待しよう。

 

「そういえば理子。あの子とは知り合いだったのか?隣の部屋とはいえ結構親しそうに見えたんだが」

 

今日から登校してきた転校生について尋ねる。結構な美人だしヒス的に要注意人物の可能性が高い。できたら彼女についてもある程度知っておきたい。

すると理子は困ったように、キーくんなら悪用もしないだろうから大丈夫かなと呟いて

 

「実はさ、あの子なんか抱えているみたいで今にも死んじゃいそうだったんだよね。キーくんに頼まれた日の夜に寮の部屋から出てくるとこであったんだけどどうしても放って置けなくて」

 

それは……聞き捨てられないぞ。そんなに憔悴しているようには見えなかったんだが。

 

「ずっと理子が慰めてたんだよ。昨日お酒も飲んでようやく少し立ち直れたみたいでさ。だからねキーくん、仕事の遅れも許して欲しいな〜なんて」

 

チラッとこちらを見ながら続けてくる。

そう言うことなら仕方がないか。俺が一日多く我慢すればいいだけの話だ。いくら武偵がいやだと言っても俺も『義』に生きる一族の一員。無くなりそうな命を見逃すことは許されない。

 

できるだけ早く頼むと付け足してから理子と一緒に教室に戻る。

 

教室ではまだ彼女が質問の輪に囲まれて忙しそうだった。

こちらが教室を戻ったのを見ると、希望を見つけたとでも言うように顔を明るくさせ助けを求めてくる。……が、緊急時ならともかく綺麗な女子にはヒス的な意味であまり向かい合いたくない俺は理子に任せて武藤の席へと向かう。

俺の席は彼女を取り囲む人の壁に飲まれてとても休めるような状態ではなかったから。

 

「遠山くんは行かなくてよかったのかい」

 

同じく武藤の席の近くに座っていた優男が笑いかけてくる。

 

不知火亮。

強襲科のAランク武偵で1年の時はよく組んで任務に当たっていた。偏差値45を下回る武偵高で一般科目の成績も優秀であり、さらに人格者という武偵高では希少な男。

イケメンで人当たりも良く女子人気も高いのだが、なぜか浮ついた話を聞かない。

 

「うるせー。俺が女子苦手だってわかってて言ってんだろ」

 

俺のその言葉に笑顔を苦笑いに変えて隣に視線を逃す。こんな動作でもいちいち絵になる男だ。

 

「何言ってるんだキンジ。あんなキレイな子だぞ?男だったら是非ともお近づきになりたいじゃねえか」

 

不知火の隣にいた武藤が顔をズイッと近づけて威圧するように言う。暑苦しい。

じゃあなんでお前は行かないんだよ。

言動はガサツで大雑把、武偵高によくいる男子といった感じの武藤は全然モテない。武偵としては優秀だしそこまでバカではないのだから、ちゃんとしてればそこそこモテると思うのに。

そして今もコイツの机の上に大柄なコルト・パイソンが放置してある。危ないだろ。

それに毎回思うんだが武藤、その銃は武偵としてどうなんだ。

車輌科の生徒は銃なんかあまり使わないのかもしれないが、それでも適当に決めていいもんじゃないだろうに。

 

「でも不思議だよね。始業式の日には学園島に来てたはずなのに、なんで2日も休んでたんだろう」

 

「……」

 

それは……多分理子が言ってたことが関係してるんだろうけど、簡単に話していい話題じゃない。少なくとも又聞きで知った俺がわかったように言うのは違うだろう。

 

意味有り気に微笑を浮かべて不知火は引き下がった。

多分、気づかれたな。相変わらず勘がいい。

 

「そういえば彼女、神崎さんのことじっと見ていたけどどうしたんだろうね。神崎さんの反応からして知り合いってことはなさそうだけど」

 

「アリアはローマ武偵高がなんたらとか言ってたけどな、俺は知らん」

 

「てことは神崎さんもローマ武偵高に通ってたことがあるのかな」

 

さりげなく話をそらしてくれる不知火に感謝して乗っかる。

ホントにこいつは色んなところで気が利くよな。武藤にも見習わせたいよ。当の本人は気づいてすらいないのに。

 

 

 

 

 

++++++++++

 

 

 

 

 

「やばいっ。もう時間だよっ。」

 

「ホントだ、じゃあカレンダさん、これからよろしくねっ」

 

 

授業開始時刻の1分前くらいになって、ようやく私の席の周りから人が引いていく。

それと入れ替わりになるように私の右斜め後ろの席の男子生徒と、彼と話していた男の子たちがやってくる。

一人は愛嬌と凛々しさを併せ持つようなイケメンさん。もう一人はヨーローッパ人の私から見ても大柄な生徒。多分190あるんじゃないか。

 

「初めまして、カレンダさん。僕は不知火亮。強襲科所属だけどもし困ったことがあったら遠慮なく聞いてよ」

 

「俺は武藤剛気だ。車輌科のAランク。不知火とかそこにいるキンジとかとよく組んでる。任務とかで一緒になったらヨロシクな」

 

ちなみにこいつもAランクなんだぜ、と不知火くんの肩を叩いて言う武藤くん。

なるほど、どちらもエリートなんだな。Bランクの私とどれだけ違うんだろう。

専門も違うから比べられないと思うけど、強襲科の不知火くんは戦闘技能の面で参考になるかもしれない。

理子のランクとかは聞いてないけれど、多分この2人はクラスの中でもかなり優秀な武偵なんだろう。普通の武偵高生はせいぜいBランクで打ち止めなのだから。

てことは、武藤くんがキンジと呼んでいたこの男子生徒も優秀な武偵なのだろうか。武偵は実力が近い者同士が組んで仕事をすることが多いから、彼も冴えない風貌とは異なって優秀な武偵なのかもしれない。

 

私の見つめる視線を見て、彼は渋々といった感じで自己紹介をして来た。腫れ物には触るようなどこか怯えた雰囲気で。

 

 

 

「探偵科のEランク。遠山 キンジだ……よろしく」

 

 

 

…………ウソ、でしょう……?




用語解説

教務科(マスターズ)
武偵高の教師が屯しているお部屋。教員室だとでも思っておけばいい。
ただし武偵高の教師なんてアカンやつしかいないから東京武偵高の3大危険地帯の1つに数えられている。


・高天原ゆとり
2年A組の担任で探偵科の専門教諭。22歳独身。
おっとりしていて気が弱く、『武偵高の良心』と称されるほどの武偵高では珍しい人種。
ただし過去は傭兵として数多の戦場を渡り歩いて来た、とっても武偵高な人。
その頃の忌み名は『血濡れの(ブラッディ)ゆとり』


・専門科目
武偵高には一般課程とは別に武偵としての専門課程を修めるために様々な学科が設置されている。
生徒は一般に1つの学科に属し、高校卒業後、いわゆる『プロ』になるために基本技能などを修める。
学科は各武偵高によって様々であり、その国や地方の文化を反映しているものもある。


強襲科(アサルト)

犯罪者などを文字通り強襲逮捕するための技能を学ぶ学科。日本の武偵方では殺人が許可されていないため、殺しに来る犯罪者に対して不殺の構えで望まなければならない。
『明日なき学科』とも呼ばれ、卒業時生存率は97.1%
つまり100人に3人は在学中に訓練や任務などで死亡している。
所属している生徒は血の気が多い戦闘狂の人間も多く武偵高3大危険地帯のうちの1つ。
登場人物では、アリア、不知火、過去の金一などが所属。


狙撃科(スナイプ)

主に強襲科の援護や偵察任務などを担当する狙撃手を養成する学科。
技能の関係上、暗殺などのいわゆる『後ろ暗い任務』を任せられることもあり、所属している学生には過去海外での殺人経験がある者もいると噂されている。


諜報科(レザド)

主に犯罪組織への潜入捜査や工作任務を担当する学科。
変装術やトラップ、心理学などを学ぶ。
生徒の中にはキルトラップや対拷問訓練を受けている者もいる。


尋問科(ダギュラ)

主に逮捕した犯罪者や協力者からの尋問技術を学ぶ。武偵では後方要員に属する。
上記の諜報科と合同で尋問の訓練・実習などを行なっているため比較的仲のいいものが多い。
ドSの集団。


装備科(アムド)

主に装備の整備・改造・開発を担当する学科。
武偵高の生徒の装備のメンテナンスなどを有償で行なっている。
後方要員だが人によっては前線に出て来ることも。


車輌科(ロジ)

武偵のアシとして活躍する。所属する生徒はバイクからボート、電車、飛行機などの運転技術を学ぶ。
装備科と組んで主に兵站を担当するが、こちらはかなり前線よりの配置であるため戦闘技術もそれなりにある。
現時点での登場人物では武藤が所属。


探偵科(インケスタ)

文字通り犯罪捜査や人探しなどの探偵業を担当する。武闘派の犯罪者などを担当するのは強襲科や諜報科であるため武偵高としては比較的安全な学科。
登場人物では理子、キンジ、アテナが所属。専任教諭は高天原。


鑑識科(レピア)

警察の鑑識とほぼ同じ。基本的には後方要員。事件現場にとりあえず派遣されるため探偵科とだけでなく顔見知りは多いはず。


通信科(コネクト)

事件現場や戦闘地域における情報のやり取りなどを担当する。司令塔的な役割をこなすこともある。
また、音響捜査など高度な技術も取り扱う。
基本的には後方要員。


情報科(インフォルマ)

通信技術を駆使した情報捜査を行う。電子捜査(シギント)が専門。
立ち位置的には諜報科がCIA。情報科がNSA。
後方要員。


衛生科(メディカ)

戦場における高度な応急処置などを担当する。前線で機能するため所属している生徒は戦闘技能もそれなりに求められる。また、医学、薬学知識が必須となるため一般科目も成績優秀なものが多い。
登場人物ではアテナが所属。


救護科(アンビュラス)

完全な医者。武偵病院などの人員も基本的にはここから出ると思っていい。
多分医学部みたいなもん。


超能力捜査研究科 (SSR)

なんかすごいちからをつかってそうさするんだってー。へー。
真面目に説明すると一定数いる超能力者が各々の能力を用いて事件解決や解明に努める。力の方向性は人それぞれであり戦闘用から占術まで様々。一様化して何かを教えるのは不可能なので、能力の開発に全力を注ぐ。
不思議事件とか、どうしようもなくなった事件がここに持ち込まれる。


特殊捜査研究科(CVR)

女→男へのハニートラップについて学ぶ専門課程。技能のおかげで接待なども得意。
絶世の美女しか入れない学科。ある程度成熟した体でなくてはならないため俗に言う幼児体型、ロリはいくら美人でも入れない。
男子生徒にとっては天国。
所属生徒は体のケアなどに余念がなく、日焼けあとなどにも注意しているため格好がいちいち色っぽい。


以上が東京武偵高の学科。


・不知火亮

強襲科所属のAランク武偵。人当たりの良いイケメンの優男。
実力も確かで1年の頃は強襲科に所属していたキンジとよく組んでいた。
愛銃はH&K Mark 23


・武藤剛気

車輌科のAランク武偵。190近い背丈を持つ大柄な生徒で武術もそれなり。
乗り物であれば潜水艦から飛行機、果てはロケットまでなんでも操縦できる。
口癖は「轢いてやる」
愛銃はColt Python


・コルト・パイソン

Colt社が開発したリボルバー拳銃。コルトのリボルバーというとSAAとかコレが代表作として出て来る。(SAAには知名度として一歩劣るが)
.357マグナム弾を使用する高威力拳銃で命中精度なども同時代のリボルバーと比較すると劣ってはいない。作者も結構好きな銃ではある。
ただし、武偵の銃として見た場合、サプレッサーが装着不可能、装弾数が少ないなどの欠点を抱える。とはいえ、これはPythonに限った話ではなくリボルバー拳銃全体に言えること。
キンイチ?彼は超人だからSAAでも戦えるんだよ。2丁持ってるしね。


・武偵ランク

E~Aまであり、武偵の技能や専門、携わった任務などを考慮して格付けされる。
武偵庁の最低ランクがAだったりするのでAは完全に『プロ』の領域。
そう考えると高校生でたどり着けるのはBが限界なんじゃないかな、というのが作者の考察。
武偵大もあるしそんくらいが妥当だと思う。
ちなみにAの上にはSランクが存在し、結構別格。素行なども影響するため実力的にはSランクでもAランクに格付けされる人間はいる。


ちなみにこの上にさらにRランクが存在するが世界に10人といないので気にしなくてもいい。
生きる伝説レベル。





後書きが本文の5倍くらい時間かかった。そのせいで銃解説は結構端折ってます。
でもせっかく原作読み込んで整理したからちゃんと書きたい思いもあるジレンマよ。


間違ってるとこあったら指摘お願いします。

感想・評価もいただけると参考にできるのでお願いします。


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She who has never loved can never despair

意外と早く書きあがったので投稿します。


サブタイトルは『He who has never hoped can never despair』-Bernard Shaw-の格言から


 

東京武偵高では午前中に一般科目、午後に専門課程の授業が設けられているのだが、今日は4限の授業が終わってからすぐに帰ってきた。

周りには体調不良ということで通してきたが、まぁあまり変わるまい。なにせこのままではほとんど授業に身が入らないのだから。

普通科の高校と違って武偵高では気を抜いていると事故に直結するような授業がよくある。周りの生徒たちは心配してくれたが、今はとても授業を受けられる心境ではないのだ。

 

朝に自己紹介してきた彼を思い返す。

 

トオヤマキンジ。

 

あのトオヤマキンイチと同じ名字。日本でトオヤマというファミリーネームがどのくらい一般的かは知らない。

だが、同じ武偵、同じ名字、キンジとキンイチという似通った名前。果たして偶然の一言で片付けられるのか。

 

彼に弟がいることは聞いていた。イタリアと日本では新年度が始まる時期が異なるから同じ学年かはわからない。

そのせいか彼もいくつ離れているかは言っていなかったが、おそらく同じくらいの歳だろうとは思っていた。

 

…………もし、もし万が一、あの彼が金一の弟だとしたら、私はどうするべきなのか。

 

朝、彼の名前を聞いてから頭の一部を占め続けていた思考に未だ答えは見つからない。

 

愛した男の弟かもしれない人物。だけどその相手はすでに鬼籍に入っていて、まだその時から時間も経っていない。

彼は、彼だとしたら、どのような気持ちで武偵を続けているのか。

『義』に生きる一族の天命(さだめ)故か。

彼の事件について書かれたあの記事は一通り読んだ。途中何度も彼の記憶が蘇り、その度に涙しながら、時間はかかったが読み通した。

受け入れるためにも。この気持ちにピリオドを打つためにも。

 

事件を防ぎきれなかった武偵と、武偵制度に関する問題提起。

 

事件に関する詳しい経緯は未だ不透明で分かっていることは少ない。

それでも真冬の海における行方不明はそのまま死に直結し、それを考慮してか早々に捜索は打ち切られた。

 

親族が、血を分けた肉親が亡くなっても彼には武偵を続ける気概があったのだろうか。

私には想像できない。あのたった一つのニュースだけで自分の任務も忘れて3日間引きこもり続けた私には。

 

……ダメだな。これでは。

自嘲的な面に移り始めた思考を一度カットする。

そもそも彼が金一の弟であるかどうかだってはっきりしていないのにここまで考えても仕方がないのだ。

全くの別人であって、本当の彼の弟は未だ立ち直っていないのかもしれないし。というかその可能性の方が高い。

 

……遠山 キンジだ。

 

それでもやっぱり頭に残る彼の声。

 

……トオヤマ キンジだ。

 

バチカン所属なのにソッチ系の技能がテンでダメな私の耳に残るその言葉。

 

本当に、ただの偶然なのか。第六感とかオカルト方面に疎い私には判断できない。

メーヤさんに助言でもと思うけれど、彼女にはまだ金一の死についてすら話せていないのだからそうすることもできない。

何度も言うが、まだ全然受け止めきれていないのだ。

 

……わからない。わからないよ金一。

 

私は、一体どうすればいいの……

 

「たすけてよキンイチ……っ」

 

部屋に響く慟哭に答える声は、しかし当然のように何もなかった。

 

 

 

 

 

++++++++++

 

 

 

 

 

「大丈夫かなぁアテナん」

 

左隣に座る理子がふと漏らした声。

 

おい授業中だぞ、集中しろよ。

とは思うけれども、悲しいかな彼女は探偵科のAランク武偵。所詮Eランクの俺がどうこう言える立場ではないのだ。

とはいえコイツが上の空のこんな状態だと、アリアに関する情報の精度もロクなものにならないかもしれない。

多分しっかりとやってくれるとは思うんだが……。

 

というか、自分が集中しろキンジ。

こんなザマじゃ普通科高校への編入も上手くいかないぞ。ただでさえ悪い成績をこれ以上低下させるわけにはいかないのだから。

 

気を入れ直して教壇の上の高天原先生の授業に聞き入る。

去年の一月から探偵科に転科してきたせいで俺の知識の幅は他の探偵科の生徒よりもかなり狭い。

ここからどうにか成績を向上させて、普通科高校への内申をどうにか良くしなければならないのだ。

 

そういった俺の努力を、しかしどうやら神は認めてくれないのか、左隣の理子は授業に集中する俺の左脇腹をシャーペンでツンツンと刺してくる。

 

(……おい理子、やめろよ授業中だぞっ)

 

(だってさあ、キーくんは気にならないの?アテナん一日目からすぐ帰っちゃったんだよ?)

 

(気になるには気になるが俺にとってはこっちの方が大切なんだっ)

 

小声で理子と話し合うがそんな俺の努力はしっかりと先生に見咎められてたらしい。

見れば高天原先生はウルウルと目に涙を浮かべてこちらを見ている。こちらを見る生徒たちの視線も痛い。

 

「遠山くん、先生の授業はそんなにつまらないですか……?」

 

「いえっ、そうではなくて!そもそもこれは理子が!」

 

と隣を見るが、イネェ!?

 

いつの間にかポツンと姿を消していた理子に動揺する。

 

 

あの野郎、ゆとりちゃんを泣かせやがって。

ヤるか?

 

教室の至る所から耳に入る剣呑な言葉の群れに震える。

気づけば理子は教室の扉の外からこっちを見て、舌をペロッと出しながら頑張ってねと瞬き信号を送ってくる。

クソッ、ハメられた。

 

すいませんでしたと謝ってから針のムシロのような空間での授業に戻る。

こんなことではひたすらに地を這っている俺の内申がついには地面に潜り込んでしまう。

アイツ後で覚えてろよ、と負け惜しみのように内心でつぶやきながら、探偵科の授業に意識を入れ直した。

 

 

 

刺すような空気の授業も終わり、他の生徒からの殺気から早々に逃げ出した俺を途中退席していた理子が迎える。

神よ……なんでこんな奴がAランクなんだ?と思うも、任務になると突出して優秀な結果を叩き出すのだから仕方がない。

結果が重視される武帝の世界にはこういう奴も一定数いるのだから。

とはいえ、ここまで極端な奴は少ないだろう。

 

「おい理子っ、お前のせいで俺はなー」

 

「クフフッ、ゴメンねキーくん。でもキーくんも悪いんだよ?アテナんのこと気にもせずに過ごしてるんだから」

 

「そんなこと言ってもだな、俺にも俺の事情が「はいこれ」……?」

 

俺の胸にポンと押し付けられるA4用紙の束。

 

「これは?」

 

「アリアについてだよ。キーくんまさかもう忘れちゃったの?頼んだのキーくんなのに」

 

嘘だろ……?こいつが教室から抜け出してからまだ1時間も経ってないんだぞ?

ホントに任務になると優秀だなコイツは。なんで普段がああなんだ。

 

「さっきのお詫びに報酬は安くしてあげるっ。だからそんな怒んないで、ねっ?」

 

「お、おう」

 

胸を寄せて体の前で手を合わせる理子に若干ドキッとしながら、目をそらすために理子に渡された資料に目を通す。

 

「おいおい、マジかよこいつ……」

 

強襲科Sランク、ヨーロッパで解決してきた事件はわかっているだけでも99件。それに達成率100%だと!?

マジモンの化け物じゃないか。俺はこんな奴に狙われてるのか?

それに……

 

「あいつ貴族だったのかよ」

 

アリアの祖母がイギリスでDameの称号をもらっているらしい。家名のHに関しては書かれていなかったが。

 

「おい理子、アリアのH家ってなんなんだよ?お前ならそれくらいわかってるだろ?」

 

問いただすも

 

「それくらいキーくんで調べてよ。ちょっとイギリスのサイト調べればわかるくらい有名な家なんだから」

 

と鮸膠も無い。

 

「俺は英語が苦手なんだよ」

 

「武偵は自立せよ。武偵憲章にもあるでしょ?」

 

ぐっ……、それを言われると立場が無い。

 

「そんなんじゃアリアから逃げられないよ〜?まあちょっと昔のキーくんならわからないけどね」

 

双剣双銃(カドラ)って知ってる?と聞いてくる理子、それは初耳だ。

 

「アリアの二つ名だよ。ガバメントの2丁拳銃と小太刀の二刀流。優秀な武偵には二つ名が与えられるけどアリアの場合はソレって訳」

 

……確かにチャリジャックの件でアリアと体育倉庫で揉み合いになった時、2丁拳銃と二刀流で向かって来ていたな。あの時は俺がナッていたからなんとかなったものの。

 

「それで、どーするのキーくん?アリアの奴隷にされそうって言ってたけど今のキーくんじゃ逃げられるわけないよね?……あっ、もしかしてSMプレイってやつ?」

 

「……そんなわけないだろうが」

 

と呆れてみるが、確かにこんな化け物みたいな武偵相手に今の俺が逃げ切れるとは思えん。そもそも奴隷になれとはどういうことなのか。

 

「ねーねー、どうするのキーくん。強襲科に戻って鍛え直す?そしたら逃げ切れるかもしれないよ?理子も強襲科だった頃のキーくんの腕は認めてるんだから」

 

理子は俺を強襲科に戻すようなことを言ってくるが、……ダメなんだ強襲科(あそこ)は。

今の俺が戻って生き残れるようなヌルい場所ではない。こんな武偵に対して後ろ向きな感情を持ったままやっていけるような学科じゃないのだ。

 

「いや、どうにかして考えるよ。ありがとな理子、助かった」

 

それはこれから考えるしかないだろう。今の俺では到底思いつかないかもしれないが、あのモードになった俺ならば答えを見つけられるかもしれない。

今のアリアが居ついているあの環境ならば望まずともそうナれることもあるだろう。……全く、嬉しくはないことだが。

 

 

 

とりあえずありがとな、と言い残して家路に着く。

さて、今日はどうしようか。このまま家に帰ってもアリアがいるかもしれないし、依頼でも受けて時間を潰そうか。

クソッ、自分の部屋が寄りたくない場所になる日がくるなんて思ってもいなかったぜ。

 

 

 

 

 

「さーてさて、キーくんも強情だなぁ。さっさと諦めて戻っちゃえばいいのに。どうやってアリアとくっつけようかなぁ」

 

モノはつけた。今のキンジならこっそりと制服に忍ばせた耳にも気づくことはないだろう。あとは機を伺って考えようか。自分の目的を成すには、まずはあの二人をくっつけなければならないのだから。

 

 

 

俺が去った後に理子がそんな昏い笑みを浮かべているとも知らずに。

 

 

 

 

 

++++++++++

 

 

 

 

 

目がさめると部屋の中は真っ暗だった。

泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。本当に日本に来てから涙腺が脆くなったものだ。

部屋の明かりをつけてみれば時刻はそろそろ午後8時。訓練に身を入れている生徒たちももうすぐに帰宅してくる時間帯だ。

 

そういえば、理子が心配してくれていたな。隣に帰って来ていたら謝っておこうか。

 

隣の部屋をベランダから覗き込むも未だ明かりがついている様子はない。何か用事でもあるのだろう。

武偵なんてやっているのだからこういうことも別に珍しくはないのだ。

 

「なーに見てるのアテナん」

 

「Oddio!!」

 

驚いた。

見れば理子が外から私の部屋に登って来ていた。なんてとこから出てくるのかこの娘は。

 

「いやあ、アテナんの様子確認しようかと思ってさ」

 

驚いた?と眉を下げて笑いながら尋ねてくる。

驚いたなんてものじゃ済まない。思わず飛び上がってしまうところだった。

 

ゴメンね、と苦笑いしながらこちらの体調を訪ねてくる。心配かけてしまって申し訳ない。

 

こんなところじゃなんだからと理子に部屋に上がってもらって今度はしっかりともてなす。

コーヒーを淹れて、スティックシュガーを2本添えて理子のとこへと持っていく。彼女が甘いものが好きなことはわかっているから。

 

しっかりと2本分の砂糖を流し込んでティースプーンでカチャカチャと音を立てながらかき回す理子を見て、こちらも対面のソファに腰を下ろす。

 

しばらくコーヒーを啜る音だけが部屋を満たす。銃声も聞こえない穏やかな空間でやけにその音だけが耳に残った。

 

「それで?何かあるんじゃないの?」

 

コーヒーが半分くらいなくなってから理子の声が静寂を静かに破る。

こちらが何度もチラチラと理子の顔に視線を移して、ついでコーヒーに戻していたのは気づかれていた。

隠しているつもりもなかったのだから当然か。

 

正直、まだ話してみるかどうか決心はついていない。

そんなこちらの心情を汲んでくれてか、彼女は急かさずにこちらの口が開くのを待ってくれている。

 

彼女になら、話してもいいかもしれない。こんな心優しい彼女になら打ち明けても、弱みを見せても、大丈夫だ。きっと。

―でも、まずは、彼のことをはっきりさせなければ……

 

「ねえ、理子」

 

「ん?」

 

可愛く小首を傾げてこちらを見上げてくる。安心させるように、母性を孕んだ笑顔で。

 

「彼……、遠山キンジくんについて聞きたいのだけれど……」

 

意を決して口を開くと、なぜか理子は苦々しい表情を浮かべて

 

「あー、またキーくん理子の知らないところで女の子ひっかけちゃったのか〜」

 

と、もしかして恋仲なのだろうかとも疑うような顔で。

 

「いや、そういうことではないんだけれど……彼、遠山キンジくんに、その、……お兄さんは、いる?」

 

ついに核心に届く問いを、訊く。確かめるように、答えに手を伸ばす。

 

「っ……、うん。いる、いや、いた……かな」

 

ゴメン、詳しいことは理子の口から言うべきじゃないかも、と続ける。

私の質問にハッとした顔は隠さない。

 

これは……やはり、そういうことなのか。

念のために質問を重ねる。自分の巡り合わせに狼狽しながらも、どこか納得した心境で。

 

「その、彼のお兄さんの名前、……金一さん、だよね?」

 

これは間違いなく私に迫る試練なのだろう。

忘れようとしても、逃げ出そうとしても、逃げ道を塞ぐように立ち塞がる。

 

神が私に与えた試練なのだろう。

 

私は受け止めなければいけない。彼の死を。再び破れたその想い(ユメ)を。

 




話が進まない……


いるかわからないけど原作未読の読者様のために

Q, キンジの言う奴隷ってなによ?

A,2話の終わりあたり、インターホンがキンジを眠りから叩き起こした後


アリア「ーキンジ。あんた、あたしのドレイになりなさい!」

キンジ(何を言ってるんだこいつは……)

作者(何を言ってるんだこいつは……)


ん?説明になってない?
原作もこうなんだから仕方ない。一応わかるように書いていくつもりなので、そんなにお気になさらずに。



作者はなるべくエタらないように次の話を半分くらい書いてから投稿してます。
意外とそれだけでモチベーション続くから、結構オススメの方法ですよ。
1話5000字くらいなら半分なんてすぐ書けるしね。続き書いてる途中に書き直すこともできるから……

友人「書き直してこのクオリティなのか?」

黙れ。



評価・感想お待ちしております。


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If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever love, I wouldn’t deserve to be alive

お待たせいたしました。
前回の後書きであれだけドヤ顔で書き込んでおいて、投稿できたのは1週間後とは……

CUBE作戦走ってたなんて言えない。
まさか初の大規模イベントがあんな難易度になるとは思わなかったんや……
作者は無事グローザ姉さんをお迎えできました。
好きな銃だからそのうち出してみたいけど緋アリでARやらMGやらポンポン出すわけにもなぁ(白雪さんから目を逸らして)




サブタイトルは『If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive』-Raymond Chandlerの格言から


 

 

 

 

 

「――――――クソッ!!!」

 

部屋の隅に置いてあるビリヤード台に両拳を思い切り打ち付ける。

バゴッという台の一部が凹む音が部屋に響き、その音が冷静な思考を少しだけ呼び戻す。

 

なんなんだあの女は。なぜ、なぜ遠山金一を知っている。

表舞台から消え去ったはずの存在がまるで亡霊のように自分の体にまとわりつくのを感じた。

キンジと同じだ。本人にその気は無くても行く先々で女を無意識に惹きつける。

遠山家に課せられた呪いの血が今度は自分にまで及んでいる。

 

これからはあの女もキンジの周りに関わってくるようになるだろう。

金一の存在を追うように、彼が存在した証を求めるように、この世界の暗部へと入り込んでくるだろう。

たかが1人の武偵では決して関わることのない暗部へと踏み込んでくるだろう。

 

「――ッ!」

 

もう一度両拳を、今度は先ほどよりも幾分か弱く叩きつける。

これでこの台は廃棄決定だな。この部屋に入ってから使い込んでいた台を惜しみながら、けれど思うようにいかない現実に歯がゆさを感じて奥歯を噛みしめる。

これで計画がまた狂ってしまう。

もう当初の予定よりも遅れてしまっているのに。

全て彼女のおかげだ。あの少女に関わった日から、自分が思い描いていた計画の歯車が崩れて行く。

 

……あたしはしくじるのか。

 

望み続けた、手を伸ばしても、祈っても決して届かなかった自由を手にいれる念願のチャンスなのに。

 

……落ち着け、理子。

 

ふう、と息をつき深呼吸を繰り返してから思考の渦に戻る。

良い知らせもあるじゃないか。

ここに来てキンジがようやく折れた。

 

彼に忍ばせた耳から得られた情報。

 

ついにアリアの要求に折れたのか、一度だけ、一回だけ、事件を解決するために彼は強襲科に戻ってくる。

どんな事件でも1回。例え小さくても、大きくても。

骨伝導スピーカーから伝わったその約束はしっかりと脳に刻まれている。

 

キンジはいつもの自分でやり過ごすつもりなのか、そんな安易な考えでアリアの要求を飲んだのかもしれないが、そうは問屋が卸さない。

必ず本当の彼を、アリアの目の前で、白日の下に晒してやる。

彼女が求めて止まなかった、オルメスのパートナーと成り得るあの実力を。

 

……そうだ、たかが計画が2,3日遅れたからなんだ。予定外の因子が一つ入り込んだからどうしたというのだ。

 

私は耐えてきたじゃないか。たった一つのチャンスをつかみとるために何年も耐えてきたじゃないか。

今更、これくらいの予定外で諦める事では、諦められる事ではないだろう。

 

 

私は掴み取る。今こそ。求めて止まなかったその願い(自由)を。

 

 

紛れ込むというなら操ってやろう、見だすというなら練り直してやろう。ここから何度でも、棄て切らなかった怪盗の意地を見せてやろうではないか。

 

 

 

 

 

++++++++++

 

 

 

 

 

「遠山くん、お話があります」

 

アリアとの約束の翌日、午後から久しぶりに強襲科に戻ろうかという日の昼休み。

一般科目の授業が終わった直後に、決心を固めたような、覚悟を決め込んだような表情で左前の彼女が話しかけてくる。

 

表情は、いざカチコミをかけようかと逸る武偵のソレ。

 

「……なんだよ」

 

どうしても美人に対して態度が硬くなる俺は少々ぶっきらぼうになってしまうが、彼女は気にする様子もない。

というか、気にする余裕がないと言ったところだ。

 

「大事な話なんだけど……、他の人には聞かれたくないというか……」

 

周りをキョロキョロと見渡しながら困ったように言う。

一体なんだ。

 

周りでは聞き耳を立てていたらしい生徒たちが

まさか……、とか、またキンジかよ、とか、さすがイタリア娘……、とか色々密かに色めきだつ。

 

何だ?この状況から皆は何を想像したんだ。

首をひねってみるが、あいにくと俺にはカケラも理解できない。

 

クラスメイトに大事な話があると言って人目のないところに呼び出す。

そりゃ入ってきたばかりの編入生には縁遠いかもしれないが、そんなに騒ぐほどのことでもないだろうに。

一体、何の用だってんだ。俺と彼女の間に秘密にしなければならない事なんてないはずだ。

 

「ここじゃダメなのか?」

 

「そうよ!キンジは今、あたしの奴隷なの!あたしのいないところでなんか許さないわ!」

 

せっかく俺を確保したアリアも絶対に離さないとでもいうように話に割り込んでくる。

普段は邪魔でしかないがナイスプレーだ、アリア。こういう傍迷惑な奴でも役に立つことがあるんだな。

 

それを聞いた彼女は困ったように、でも……と少し考えるそぶりをして、スカートの下からではなく机にかけてあったカバンの中から1丁の銃を取り出した。

 

彼女はその白魚のような手で『ソレ』を俺の机の上に置く。

そしてサラサラとメモ帳に何かを書いて。

 

「もしコレに心当たりがあるのならば、後ほどそのアドレスに連絡をお願いします。……私はいつまでも待つつもりですから、心の整理がついてからでも構いません」

 

「っおい、この銃はまさか!」

 

ガタッと椅子を鳴らして立ち上がる俺をなだめるように彼女は続ける。

 

「安心してください。彼のではありませんから……」

 

私は何も残して貰えませんでしたから……と寂しそうに告げる。

 

確かに言われてみればこの銃は真新しい。何発も撃った形跡は残ってるが整備された、補修された後が少ない。

あまりのことに動揺して確認を、冷静な判断を怠ってしまった。これでは武偵失格だ。

では、待っていますねと言い残して彼女は教室の扉から出て言った。伝えたいことは伝えたと背中に残すように。

 

「……何よ、コレ。一体どういう意味なの?」

 

隣のアリアは困惑を隠さないが、それもそうだ。兄さんがこの銃を使っていたことなんて、知っている人間は極僅か。例え、あの事件を知っていたとしても。

俺と知り合って間もないコイツに、いや、このクラスにいる他の人間にもわかるはずがない。

 

つまり、これは彼女から俺に向けたメッセージ。俺のこと、そして兄さんのことを知っているぞという明確な。

 

……これは無視することはできないな。

正直、ここにアリアがいなければ今すぐにでもあの背中を追いかけたいくらいだ。

強襲科の訓練に参加した後、すぐに連絡を入れよう。

そう決めて逸る気持ちを抑えて午後の訓練に臨む。

 

こんなところで停まり続けてはいられない。

彼女が何を知っているかは分からない、それでも俺は手を伸ばさなければならない。

 

 

どうしてか、強くそう感じた。

 

 

 

「余計なことを……」

 

左隣の理子が苦々しげに呟いたのには終に気づかなかった。

 

 

 

 

 

戻ってきてしまった。

 

東京武偵高三大危険地帯の一つ、強襲科、通称『明日なき学科』。

困難な状況に耐えきるため、この時間は絶えず戦闘訓練が行われ数多の銃声がこだましている。

 

もうここには戻ってこないと思っていたのに。

 

途中、久しぶりにこの場所で会った連中が死ね死ね言うのに、律儀に死ね死ねと返していたら訓練場に着くまでに思った以上に時間がかかってしまった。

ちなみにアリアは俺のそのヒトが変わったような変化に少し引いている。

死ね死ねいうのがここの挨拶とはいえ、ある程度親しい中だけの話だ。俺は去年1年の積み重ねがあるものの、コイツは友達が少なそうだからな。

 

「おーう、遠山ァ、久しぶりやなぁ。その腑抜けた頭戻しに来たんか?」

 

強襲科の専任教諭である蘭豹が恵体揃いの強襲科でも圧倒的に目立つその姿を表す。

背には明らかに2mをこす斬馬刀、腰には象をも撃ち殺すと言われる巨大拳銃M500。どちらも扱えるのが世界にコイツしかいないんじゃないかと思えるほどの暴れ馬だ。

武偵高の教師の中でも突出した危険人物。できればコイツだけには会いたくなかった。

 

「なんや、お前が久しぶりに間抜け面晒しに来とるから顔見に来たんやで?」

 

つまらん奴やな……とこぼすが、お前に見込まれたら地獄の組手に付き合わされんだろうが。

一年の時に受けたアレは忘れんぞ。

 

とりあえず、蘭豹から逃げ出して射撃レーンに移る。ここ最近は探偵科の授業や依頼をこなしていたから銃にはあまり触れていない。

銃は訓練を続けないと簡単に腕が落ちてしまう。不殺を定められた日本の武偵は銃との会話を絶やさずに上手くその銃の持つクセと付き合って行かなければならない。

 

ショルダーホルスターに入れたベレッタM92を抜いてマンターゲットの肩、腕、手の6箇所を狙って引き金を引く。

久しぶりに手首や肩にかかる9mパラベラム弾の反動を懐かしみながら、全弾撃ち尽くすまで指を引き続ける。

 

狙った場所には撃てている。ただ、去年の俺と比べるとどうしても腕が落ちていることを実感してしまう。

狙い通りに撃てることはスタートラインでしかないのだ。

日本において武偵は不殺を義務付けられている。何があろうとも、例え犯人がこちらへ向けて機関銃を乱射してこようとも、その犯人を射殺してはいけないのだ。

これは元々警察や自衛隊であっても重武装化を忌避していた日本人が、武偵と言う職業を受け入れるための最後の妥協だったのかもしれない。

 

動かないマトに対して狙い通りに弾を撃ち込むなんてことは強襲科の生徒であれば誰だってできる。というか、これができないと任務を任せてもらえなくなってしまう。

だから、今俺がやったのはその最低限のラインを確かめることでしかない。

俺が強襲科に戻ることができるかどうか、アリアとともに事件に臨む資格があるのか、それを確かめるものでしかなかった。

 

ここから動く標的や民間人などを模した標的も混ぜて訓練を行い、失ったカンを取り戻さないといけない。

アリアと臨む、事件がやってくる前に。

アイツには俺の実力に失望してさっさと部屋から出て行って欲しいと思っているが、それでもこれは武偵として超えてはいけない一線だから。

 

まだ少し肌寒い春なのに額に浮かび始めた汗で前髪が貼りつくのを感じながら、懐かしい訓練に没頭した。

 

 

 

「今日のキンジちょっとカッコよかったよ」

 

帰り道でアリアが言う。

 

「いつもは根暗っぽいけど、強襲科のみんなに囲まれてた時のアンタはカッコよかった」

 

やめてくれ。あんなとこにいる自分を褒められても嬉しくない。

中身はともかく外見は可憐な美少女のアリアに言われると背筋がむず痒くなる。

 

「訓練の内容はこの前みた時のアンタとは全然違ったけど、やっぱりアタシは間違ってなかった。だって、強襲科のみんなから一目置かれてて……あれだけ歓迎されてたんだから」

 

みんな口では言ってなかったけどアンタが戻って来たこと喜んでた、アリアは続ける。

 

そんなことは言われなくてもわかっている。

去年の入学試験でヒステリアモードになってしまった結果、強襲科のSランク武偵として入学した。

逸材として期待され、育てられ、教務科から降りて来た特別任務もそつなくこなして来た。

周りの仲間たちからも一目置かれ、好かれて来たことも自覚はしている。

久しぶりに訓練に混ざって汗を流し、体と心が型にはまったように感じたのも事実だ。

 

「やっぱりアンタにふさわしい場所は強襲科(ここ)よ。今日のアンタはいつもと違ってイキイキとしてた。直接は話していないけど周りのみんなもそう言ってたんだから」

 

「アンタにどういう事情があったのかは知らないし、どんな気持ちで探偵科に移ったのかも知らないけど、アタシはアンタに戻って来てほしい」

 

縋るような、どこか焦りを感じさせるような声でそう伝えてくる。

 

「……一回だけって言っただろ」

 

そんな(少なくとも外見だけは)可憐な少女にカッコいいと、褒められ続けて恥ずかしさがあった俺はぶっきらぼうな口調で返してしまう。突き放すように。

 

「……そうね。でも諦めないから」

 

そう言って、この話はおしまいとでも言うように前に駆け出してしまう。

舞った髪からふわっと香るクチナシのような残り香はどこか寂しそうに感じられた。

 

「何ボサボサしてんのキンジ。早く帰るわよ!!」

 

この後は一刻も早く彼女と連絡を取って、昼の件について話を聞きたいと思っていたが、このまま彼女を突き放してしまうのにも罪悪感を感じてしまっていたので、ここは素直に従うことにする。

あの感じだと彼女も少しくらい待ってくれるだろうし、アリアとの事件が終わってからでも問題はないだろう。

 

ももまん〜ももまん〜と小刻みにステップを踏んでかけていくアリアの小さな背中を小走りで追いかけた。

 

 

 

 

 

++++++++++

 

 

 

 

 

――ここだ。

 

このぶんだとキンジがアテナんに接触するまで時間はある。キンジとアリアの仲も少しは近づいたようだし。

今なら仕掛けられる。

何日か遅れてしまったがこの程度であれば誤差の範囲として収束できるだろう。

上手くいけばアテナんの問題も一挙に片付けられそうだ。

 

彼女には少し申し訳ないけれど。それでも、自分の第一目標は変わらない。

 

「ごめんねアテナん」

 

かすかに残る申し訳なさに蓋をして。

 

 

 

 

 




用語解説


・ももまん

アリアの好物。ももの形をしたあんまん。……だったと思う。
別に知らなくても良いかと。


・M500

S&W M500。使用弾薬は.500 S&Wマグナムもしくは.500 S&Wスペシャル。
世界最強のリボルバー拳銃といっても間違いでは無いであろう有名な銃。
開発構想が「.454カスール以上の威力を撃てるリボルバー」であるため、基本的に射手のことは考えてない試作品みたいな銃。発射することが目的だったせいで構造にかなり無理があったりして集弾性とか反動とかはめちゃくちゃ。そもそも扱える人がほとんどいない銃。
これ以上のリボルバー銃も世界には存在するが、大きさからして「もうそれHand gunじゃ無いよね」ってやつばかりだから、実用的なリボルバー拳銃の中ではやっぱり世界最強。
これを実用的っていうと怒られるかもしれないけど、アメリカじゃ一般市場に出回ってるから、作者の中では許せる最終ラインに片足を踏み込んでるくらいの立ち位置。
実は銃身長別に4モデル程開発されていてM500ESとかは秘匿性もめちゃくちゃ高かったりする。護身用で持ってる人間なんか絶対いないけど。

他にトーラスのレイジングブルが.500 S&Wマグナム使ってたような気がするけどとっくに生産中止になってるから、やっぱりこの銃が最強(狂)


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The cruelest loves often told in silence



お待たせいたしました。
1週間間隔で投稿する予定だったんですが超過してしまい申し訳ないです。



全部PKがドロップしないのが悪いんです。
誰だ0-2走ってりゃ出るって言ったのは。200周しても落ちねーじゃねーかよぉ!!

スキンも報告書も資料もカプセルも揃えて待ってんのに本体だけが出ないのは何故?



ストレスで禿げそうになったんで執筆に戻ってきました。2話分投稿するので許してください。



サブタイトルは『The cruelest lies often told in silence』-Robert Louis Stevensonの格言から


 

―――piriririririri

 

強襲科に戻った次の日、朝部屋を出ようとしたところでポケットの中の携帯が着信音を奏でる。

 

誰だ、こんな時間に。

 

画面を見てみれば非通知でありかけて来た人間はわからない。こんな朝早くにかけてくる人間に心当たりはないし。

 

「はい、もしもし?」

 

どんな電話か判断できないので、念のため名乗らずに応答する。

イタ電とかなら情報を流さずに済むし、もし重要な用件でも確認してから名乗れば問題ないだろう。もっともこんな時間に非通知でかけてくるような用件がそうであるとは思えないが。

 

「もしもし、遠山くんですか?ごめんなさい、こんな時間に」

 

この声は、アテナ・カレンダか。なぜ彼女が俺の番号を知っている?と思ったが、大方理子あたりから聞いたのだろう。

今日のうちにこちらから連絡を取ろうと思っていたのだが、しびれを切らしてかけて来たのだろうか。

 

「今、お時間大丈夫ですか?」

 

「あー、すまないがこれからバスに乗って登校するところだ。学校着いてからで構わないか?」

 

先日のチャリジャックで愛車が木っ端微塵になってしまったのでしばらくはバス登校が確定してしまっている。

歩けない距離ではないが、朝から無駄な体力を消費したくはない。

 

「なるべく早い方がいいんですけれど……ほら、学校だとアリアさんもいるから」

 

なるほど。確かにアリアは用事ができたとかで早くから登校して行ったから、今ならば邪魔も入らないのかもしれない。

ただ……

 

「次のバス乗らないと遅刻しちまうんだよ、聞かれたくない話ならメールとかでもできるんじゃないか?」

 

「私は直接話したいのです。お兄さんの話は遠山くんも早く聞きたいですよね?それに……必要ならこれから車で送りますよ?」

 

なんだと、彼女は車まで持っているのか。貧乏な俺とは大違いだ。羨ましい。

でもそこまで言われたら断ることもないか。兄さんの話を早く聞きたいのは間違い無いのだし、彼女がそこまで配慮してくれるのなら断るのも申し訳ない。

 

「わかった。じゃあ男子寮の前まで来てくれ。念のため聞くけど男子寮の位置はわかるよな?」

 

――わかりました、これから向かうのでお待ちください。

彼女の声は途切れる。

 

携帯をしまうついでに左腕につけた腕時計を確認する。

まあ、この時間なら学校にも間に合うだろう。結構バスの時間もギリギリだったしラッキーだったのでは無いだろうか。

 

それにしても衛生科の武偵でマイカー持ちとは……結構儲かっているのだろうか。

しばらくまともな依頼をこなしていないせいで金欠が続いてしまっているのでそんな下賎なことを考えてしまう。

 

しばらく男子寮の前で待機しているとエンジン音が響いてくる。

この時間に男子寮を出る生徒はほとんどいないので目立つこともなかった。

ポツンと寮の玄関に突っ立っていた俺の前に1台の車、トヨタ・オーリスが停まった。

 

――お待たせしました。

 

後部座席のドアのロックが解除される音がしたので、そのまま後部ドアを開いて乗り込む。どこかで嗅いだことがあるような甘い女の子スメルが鼻を通過して脳天まで突き抜ける。呼吸を止めて匂いの元凶を恨めしい思いを込めて見つめるが、当然のように反応はなかった。

前部のシートは大きめの座席に改装されているようで、こちらからは彼女の体の一部しか見えない。運転席からこちらの様子も確認しにくいだろう。全ての窓にガッツリとスモークがかかっているし、どう考えても違法な改造にしか思えないんだが……これは武偵として注意すべきだろうか。

 

―出しますね、の声とともにゆっくりと車が発進する。こんな違法改造だらけの車の所有者とは思えないくらい丁寧な運転で。

俺も乗せてもらっている身ではあるし、今くらいは大目に見ようか。もしかしたらイタリアではこのくらいは普通なのかもしれないから。

下手に注意して機嫌を損ねてしまったら兄さんのことについて話してくれなくなるかもしれない。そんなことは起こり得ないと思うが、デリカシーの無さに欠けては世界レベルの遠山キンジ、用心するに越したことはないのだ。

 

そのままゆっくりと車の振動に揺られながら彼女が話し始めるのを待つ。朝早くから無理矢理コンタクトを取ろうとするくらいだから、さぞ急な、重要な要件だと思っていたが、予想に反して彼女が話し始める様子は無い。

もしや、まだ何か躊躇いがあるのか。内容は多分兄さんのことだろうから気持ちはわからなくない。それでもここに呼び出された人間としては早めに用件を確認しておきたいのだ。喉から手が出るほど欲しがっていた情報を知っているかもしれないのだから。

 

「で、こんな早くにどうしたんだよ?何か理由があったんだろ?」

 

信号で停車したタイミングでこちらから切り出す。このまま待っていても埒があかないと判断して、こちらからではよく見えない彼女の様子を確認しながら。

 

「ええ、でもまだ少し迷ってしまっていて……」

 

俺の予想通り、まだ何か躊躇いが残ってしまっているらしい。

困ったような声音で切り出すタイミングをはかるようにして。ただ……なんだ?しきりに時間を確認しているように見える。このまま行けば登校時間には十分間に合うとは思うんだが。

 

「もしかして、長くなるような話なのか?」

 

そうだとしたら、彼女がこの時間に俺と接触しようとした理由がわからない。

あの電話のタイミングだとどう考えても俺と話ができるのは15分やそこらでしか無いのだから。

こちらとしては、どんな話であっても早めに切り出してくれるとありがたいんだが。女子と二人きりの空間で静けさが満ちていると、なんというか、変なムードになりかねないし。彼女がヒス的な意味で危険人物であることは明確だから、できるだけ早く他の話に集中したい。

 

そんな俺の考えを組んでくれたのか、彼女は車が再び動き出すタイミングでポツポツと話始めた。

 

「……私は、金一さんにあったことがあるんです」

 

やはり。

彼女が昨日、コルトSAAを出した時からそのことは予想していた。

彼女はローマから来たと言っていたから、おそらく兄さんがイタリアに留学をしていた時に知り合ったのだろう。

 

「……それで?」

 

「向こうで何度かお世話になったことがあるのでお礼をしようかと思っていたんですが、いざ日本に来てみたら……その……」

 

兄さんの記事を見つけてしまった、か。

兄さんと彼女が向こうでどの程度関わりがあったのかは知らないが、知り合いがなくなっていたと聞いたらそりゃ動揺もするだろう。

 

ただ、この話にはどこか不自然さを感じる。

よほど深い関係であったのならばともかくとして、何度か世話になったことのある武偵の死でここまで落ち込むことがあるだろうか。理子の話では生きる気力もわかないくらい憔悴しきっていたようだった。

こう言っちゃなんだが、武偵業界では助けたり助けられたりといったことは割と頻繁に起こる。何か世話になるたびに一々礼を言ってられる状況では無いこともあり、受けた恩義は行動で返すのが一般的な武偵だ。向こうで彼女の意識を変えるほどの何かがあったのか。

 

でも、なぜそれを?

少なくとも緊急の用件として持ち出す話では無いだろう。こんなことはいつでも話せるような問題であって、わざわざ車を出してまで時間を作るほどのものでは無いのだから。今の彼女は何か別の用が、俺の予想が正しければ時間を稼ごうとしているようにしか思えない。先程からしきりにカーナビの時間を確認しているようだし、話もわざと小出しにしているように思える。

 

「その話のためだけに俺をわざわざ呼んだのか?」

 

兄さんの話をダシに使われてあまり良い気もしていなかった俺は少し強めの口調になってしまう。彼女が兄さんをどう思っているのかは知らないが、家族としてはその話題には軽々と触れて欲しく無いのだから。

俺の糾弾するような強目の口調で車内を気まずい静寂が満たす。エンジン音だけが走行する車内に響いてどちらも口を開こうとはしない。

もうあと少しで学校に到着してしまうところまで来て、この後どうしようかと、彼女から本当の要件を気き出すことができるかと不安になり始めた俺が口を再び開こうとした時に、ポケットの中の携帯が静けさを破って鳴り始めた。

 

「っ、すまん。出るぞ」

 

何も言わない彼女を無視して確認する。この番号は、アリアか?

 

「もしもs―」

 

「ちょっとアンタどこにいるのよ!」

 

不機嫌丸出しの俺の声をキンと響く声が切り裂く。うるせえ。

 

「どこって、もうすぐ学校の前だ。それよりお前朝っぱらから何の用だよ」

 

「事件よ!!今すぐC装備に着替えて強襲科の屋上まで来なさい!!5分以内に来なかったら風穴!!」

 

それだけ言い残して電話はブチッと切れてしまう。

事件だと?また嫌なタイミングで持ち込まれたな。ただ、この空気を一変させてくれたことはありがたい。

 

「すまん、とりあえず今日のところはこれだけにしておいてくれ。何かあるようだったらあとでもう一回連絡してくれればいい」

 

「わかりました。強襲科前まで送ります」

 

アリアの大きな声は前部座席まで届いていたのか、彼女はハンドルを切ってアクセルを踏み込んだ。一瞬体にかかるGを感じてさっきまでとは段違いのスピードで後方に通り抜けていく景色を見やる。このぶんなら1分もすれば強襲科には到着するだろう。着替えるのに1分とすると制限時間までには屋上にたどり着けそうだ。

今自分が所持している武器を軽く確認して、できればそんな大規模な事件じゃ無いといいんだがと願い、それでも先ほどのアリアの剣幕からくる不安が募る。

HSSになる時間も得られないだろうから、3ヶ月以上のブランクがある自分が大規模の事件に関わるのはかなり危険だろう。なったらなったで今度はアリアにターゲットされるから問題は残ってしまうのだが。正直、もう少し時間が欲しかった。

ある程度カンを取り戻した上で、通常の俺でも解決できるような事件が降ってくることを期待していた。そのつもりでアリアとの約束を結んだのに、なんもかんもが裏目に出てるじゃねえか。

 

 

 

お気をつけてください、という彼女の言葉を背にして強襲科棟に駆け込み訓練場の近くに放置してあったC装備の中から自分のサイズに合うものを手にとって装備する。

こういう備品の管理が杜撰なところは俺が所属していた時から変わらない。中には度胸試しとか言って普通の防弾制服だけで銃弾の嵐に飛び込むようなバカもいるから、こういった装備の管理体制はクソの一言で片付けられる。だけど今回はそのおかげで助かった。

ボディアーマーを制服の中に着込んでブレザーの上からベルトをきつく締めて、用意できるだけの予備弾倉を身につける。事件の規模にもよるがおそらく弾数は足りるだろう。アリアも人員を集めているだろうから、問題ないはずだ。

 

「行くか」

 

頭部を守るための防弾ヘルメットを脇に抱えて屋上へと続く階段を駆け上がり、扉を開ける。

そこには無線機に向けて怒鳴るアリアと、隅っこで体育座りをしてちょこんとまとまっている無機質な美少女-狙撃科の麒麟児レキがいた。

 

ロボット・レキ。

普段の生活における生物感を全く感じさせない無機質な態度と、機械もかくやという正確性で標的を撃ち抜く姿からつけられた渾名である。

狙撃科Sランクの超優等生であり、去年俺が強襲科にいた頃に教務科からの依頼を何度か一緒にこなしたことがある。普段のコイツは全てが謎に包まれているせいで俺も未だによく理解できていないが、その狙撃の腕だけは全面の信頼を寄せられる良き後衛だ。

必死の表情で無線に怒鳴り立てているアリアを他所に、まるで無関係とでもいうかのように頭にかけたヘッドホンに聞き入っている。

 

「レキ、お前も呼ばれたのか」

 

応答なし。愛銃のドラグノフを膝に抱え込んで座ったまま。

 

「へ・ん・じ・を・し・ろ!」

 

こっちを見ようともしない彼女の頭からヘッドホンを引き剥がして耳元で大声を出す。

 

一瞬小さく、本当に僅かに顔をしかめてからこちらを非難するように視線を上げてくる。ただし無表情。

本当にコイツは何を考えているのかわからん。コミュニケーションをとるのにも一苦労だ。

 

「アリアさんに呼ばれました。キンジさんもですか?」

 

「聞こえてたんじゃねえか」

 

レキはフルフルと首を降ってから、キンジさんの口の動きでと付け加える。いや、どちらにしろわかってたんなら返事をしろよ。

呆れた俺の手からヘッドホンを奪い取って再びカポッと装着する。これ以上話すことは無いって意思表示か。いつものことではあるがコイツと任務なんて大丈夫なのか?意思疎通がまともに取れないと連携なんてあったもんじゃ無いぞ

ハァ、とため息をついて募る不安を嘆く。

 

「アンタら、なにイチャついてんのよ!!」

 

「ウゴッ!?

 

ガインッ、と俺の後頭部に何かが直撃する。

恨みを込めて元凶を睨み付けるとそこには自分のヘルメットを投擲した後のポーズのアリア。

俺の悲鳴で溜飲を下ろしたのか、フン、と鼻息を履いて

 

「タイムリミットよ。この3人で行くわ」

 

「おいテメェ何しやがる!」

 

「事件はバスジャック!ほんの10分前に学園島内部を走っているバスの中から緊急コールが入ったわ!ほんとはもっと高ランク武偵が欲しかったのだけどみんな他の事件で出払ってた。だからー」

 

言葉から滲み出る絶望感とは裏腹に自信タップリの表情で彼女は言い放つ。

 

「3人だけで行くわよ。キンジ、腹括りなさい!!」

 

 

 




用語解説


・レキ

苗字は不明。狙撃科2年に所属するSランク武偵で武偵高生の中でもぶっちぎりに怪しい人。ミステリアス。
常に冷静沈着で感情を表に出すこともない、狙撃手として必要なスキルにすべての経験値を振り切ったような美少女。
ヘッドホンは常につけていて彼女曰く故郷の風の音を聞いているらしい。
おそらくモンゴル・ロシアあたりの出身でありそこらへんの言葉は話せると思われる。
メインアームはドラグノフ狙撃銃。キリングレンジの2051m以内であれば1mmもずらさずに標的を撃ち抜く天才。


・ドラグノフ狙撃銃

ロシア語のСнайперская винтовка Драгуноваを直訳するとドラグノフ式狙撃銃となる。
スナィペるスカヤ・ヴィントフカ・ドらグノヴァを英語対応させて頭文字をとったのがSVDでありこの略称も世間一般で通じる。ちゃんとロシア語発音できるとかっこいいからやってみよう。
ソ連で開発された狙撃銃でモシン・ナガンの後継的な立ち位置で設計されたセミオートライフル。
市街戦での使用を想定されて開発されているので遠距離における狙撃精度よりも速射性を重視して設計されているので有効射程は1km弱程度。ソ連軍では600-800m程度を有効戦闘距離にしていたけど、今のロシアがどういう風に運用しているのかは知らん。
そもそも狙撃精度を重要視するなら構造がシンプルなボルトアクション方式が採用されるはずであり、そこまで重要視されていなかった開発経緯が窺われる。WA2000?知らんな。
この銃で2000m級の狙撃ができるレキはマジモンの化物だと思ってる。
ソ連製銃器特有のバカみたいな耐久性と動作性はこの銃にも当てはまる。これは国土が広大すぎてどんな環境でも作動する銃が必要だったっていう背景があるから。AK-47とかPKもおんなじ。ベトナムで不良起こしまくったM16とかとは違うんよ。
使用弾薬は7.62×54mmRでこれはモシン・ナガンとかPKとかにも使われてる高威力弾薬。勘違いしてる人がたまにいるけどAK-47で使われてるのは7.62×39mmでこれとは別物。
精密狙撃用の後継弾で7N14とかが使われてるけど、触ったことないからどれだけ違うのかはわからない。多分レキはこの弾使って狙撃してるんだろうなぁと個人的に思ってる。





……長くなったけどストレス発散できたからええか。
書いてる最中に2話目の後書き面倒だなって思ったから諦める。多分今日の深夜か明日の午前中までには投稿しようとは思ってるんでお待ちください。




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Love means nothing without doing



午前中までには投稿すると言ったよな・・・まだセーフだ(15分遅れ)
とりあえず有言実行ってことで許しておくれ。





サブタイトルは『Imagination means nothing without doing』-Charlie Chaplinの格言から


 

 

学園島の全貌が見渡せる高度から目を凝らして下を見つめる。

アリアは手際よくアシをよこしていたようで、腹をくくる暇すらなく到着したヘリの機内に蹴り込まれた

晴れているため視界はいいのだが、どれが問題のバスなのかはこちらからではまだ判断できない、アリアは無線で地上と連絡を取り合っていて、さっきからヘリのローター音に負けないくらいのアニメ声が機内に響いている。こちらで探すよりも地上側から誘導してもらうのが得策だろうか。

 

ちょんちょんと肩を突く指に振り返ると目の前にはレキの端正な顔。

 

「どうした!」

 

会話もままならないヘリの機内で大声をあげて尋ねる。

すると、見つけました、というマバタキ信号。こいつが大声を出すとこなんて見たことないからな。注意しといて正解だった。

 

早いな。まだ俺の目からは車道を走る車でさえ満足に見えていないというのに。

レキが指を指す先にも勿論、問題のバスらしきものは確認できない。だが度々組んできてこいつの狙撃兵、偵察兵としての能力は信頼できる。

嘘なんてつかないやつだし、こいつの視界にはもうターゲットが確認できているのだろう。

 

「アリアァ!!見つけたぞ!!2時の方向に降下してくれ!!」

 

ローター音に負けないように操縦席の近くで席を覗き込んでいたアリアに大声で伝える。

 

「まだ何も見えないわよ!!冗談言ってる場合じゃないでしょ!!」

 

「俺じゃない!!レキだ!!目ぇ良いから見えるんだよ!!」

 

嘘でしょ?という表情を浮かべるが、俺とは違って一発で信用し、そちらに向けて降下するように操縦手に指示を飛ばす。

この信頼度の差よ、なんで俺は連れてこられたんだ。

 

指示が出てから30秒ほど降下すると確かに問題のバスらしきものが俺の目にも見えてくる。疑ってたわけではないけど、やはり信じられない視力だ。

 

「あれね!!」

 

アリアにも同時に確認したようで、今度はその方向に向かって正確にヘリが近づいて行く。

早めに交通規制をかけたのかバスが行くであろう進路には車が少ししか見えなかった。

まだ確認はできていないがバスに爆弾が仕掛けられたという話だから、おそらく警察や武偵庁がすぐに動いたのか。特に学園島は武偵庁が管轄しているようなところだから迅速に対応できたのだろう。

それにしても武偵がウヨウヨしている街でよく犯人は事件を起こそうと思ったな。このあいだの俺のチャリジャックの件もそうだが、武偵自体に恨みでもあるのだろうか。

 

「キンジ!!もう少し降りたらパラ降下でバスまで移るわよ!!準備しなさい!!」

 

アリアが投げ渡してきた緊急用の小型パラを受け取って、軽く確認してから背負いハーネスをきつく締める。パラなんてもう半年以上やってないから不安しかない。

頭の中で強襲科の訓練を思い出しながら、ヘリのサイドドアを開け放ち降下準備態勢に入っているアリアの後ろにつく。コースは正直わからない。だからこういう時は一番のベテランを先頭にして、一定の間を開けてついて行くのが定石なのだ。

アリアは強襲科のSランク、任せても問題はない。

 

「これが最初の事件ね」

 

「わかってるよ。最悪だ、クソッタレ」

 

覚悟を決めて悪態をつく。こうなったら手を抜いてとかは言ってられない。

多分、全力で臨まなければ生き残れないような危険な任務だ。緊張が顔に出てしまっていたのかアリアがこちらを向いて笑いかけてくる。

 

「安心しなさい。アンタがしくじっても絶対フォローしてあげるから。行くわよ!!」

 

その言葉を最後に表情を引き締めて縁を蹴る。

 

「やってやるよクソ!!」

 

後ろ側に落ちて言ったアリアに続いて、空中にダイブした。

 

 

複数人でパラ降下を使うとき、後ろの人間は前の人間がたどるコースをなぞるように降下しなければならない。こうすることで進路が安定し、また、降下後も必要以上の隙を晒すことなく戦闘に移行することができる。先頭の人間は自分でコースを設定する技量と隊員全てが降りきるまでにその場所の安全を確保するための戦闘力が求められる。

この点でアリアを心配することはない。どのくらいの腕なのかは詳しくわからないが強襲科のSランクならばそんなことは当然できるだろう。嘘か誠か、特殊部隊の1個中隊に匹敵するのが強襲科Sランクという称号なのだから。

後に続く側にも注意しなければならないことがある。前の人間との間隔が狭すぎると先のパラシュートに接触してしまい、傘開を妨げてしまう。これは即、その人間の死に繋がってしまう。それが理由で落下傘部隊は普段から降下訓練を頻繁に行い感覚を体に馴染ませておく。

だけど、3ヶ月近く強襲科を離れてしまっていた俺は必要以上に距離をとってしまい、結果としてバスの端、かなり危うい場所になんとか着地するという醜態を晒してしまった。

 

「アンタ、なにやってるのよ!真面目にやりなさい!!」

 

思ったよりも腕が落ちている。通常の俺でも昔ならもっとまともにできていたはずだ。ここにきてようやく、その事実を実感する。

奥歯を噛み締めて気合を入れ直す。ここで死んだら彼女と兄さんについてを話すことができない。

 

「悪い!」

 

「あんたは内部を確認しなさい!アタシは後ろから車体の下を確認するわ!!」

 

ヘルメットのインカムでそう言い残し、バスの屋根に鉤を食い込ませワイヤーを使って下に降りていった。アリアはあえて自分から危険なと役目を担ってくれている。これ以上足を引っ張ることはできない。

 

バスの屋根にへばりついてドアを開けてもらうためにガラスをノックしようとしたところで、一番近いバスのフロントドアが開く。

 

「早く入れキンジ!!」

 

中から響く声はねれ親しんだ男の声だ。

 

「武藤!!状況を説明しろ!」

 

屋根からぶら下がって内部に入るとともに通り抜けたドアが閉まる。運転席に座っていたのは車輌科の武藤。この非常事態で武偵が運転手と交代しているのか。

 

「遠山くん!?」

 

俺の思考を遮るつい先ほど聞いた声。

いや、待て、なんでアテナ・カレンダがここにいる!?

 

「おま、なんで……、さっきまで車に……」

 

驚きで途切れ途切れになった声に、彼女は不思議な顔をして首をかしげる。

いや、だって……ついさっきまで同じ車に乗ってただろ!?

 

「何イチャついてんだキンジ!!後ろの後輩だ!彼女の携帯から聞こえてきて俺が運転を代わったんだよ!」

 

要領を得ない説明でこいつも事態に焦っていることがわかる。バスの運転くらい目を瞑ってでもできるようなやつなのに、こいつがこんなに焦っているなんて。

 

「さっきから指示が面倒すぎんだよ!!交通規制が済んでない道ばっかりだ!!―っ全員捕まれぇ!」

 

とっさに運転席横のバーを掴むと急カーブのGが遅れて体にやってくる。武藤の巧みなハンドル捌きのおかげでまだ事故にはなっていないがこのままではすぐに限界がきてしまうかもしれない。車間をバスで通り抜けるとかいう無茶はいつまでも続かないだろう。いくらこいつの運転が神がかっていても物理的に不可能なところに追い込まれてはどうしようもないのだから。

見ればメーターをもうすぐ80km/hに届くところまでいってしまっている。

 

「もう少し堪えてくれ!」

 

叫んで、揺れる車内を這うように進み、問題の後輩、半泣きの女子生徒のところまでたどり着く。

彼女のことは気になるが、今はもっと優先すべきことが山ほどある。

 

「と、遠山先輩ぃ」

 

「何があった!説明しろ!」

 

「こ、声が、声が聞こえてきてっ、スピードを落としたら、ば、爆発するって……」

 

彼女の持つ携帯電話からは確かに声が聞こえてくる。携帯で出せるであろう最大音量で。

 

『次ノ交差点ヲ左折シナサイ』

 

変声機をかけたような声。

これは……俺のチャリジャックの時と同じパターンか。あの時とは声も口調も違うけれど。あの時はボーカロイドで同じ口言葉を繰り返すだけだったが、今度は人の声だ。変声機で誤魔化しているようだが、確かに人が直接指示しているのがなんとなくだが、わかる。

犯人は近くで監視しながら指示を出しているのか。

 

「確認したけれど車内にそれらしいものは見つからなかったわ」

 

後ろから彼女もどこか焦ったような声で付け足してくる。このバスに乗っているのはほとんどが下級生か低ランクの武偵。運転で手が離せない武藤の代わりに彼女が主導で捜索を行なっていたらしい。

 

『キンジ!!中はどうなってる!!』

 

インカムからアリアの声が響く。

 

「中には見当たらない!そっちはどうだ!?」

 

『さっきから……ゆ「全員捕まれ!!」キャッ!?……ック、揺れててなかなか確認できないのよ!!』

 

「キンジ!右斜め後ろ!お客さんだ!!」

 

武藤の声に言われた方向を確認すると、無人の座席に短機関銃を搭載したオープンカー、ルノー・スポールスパイダーが4台連なって接近してくるのが確認できた。

あの短機関銃はUZI。間違いない、この間と同じ人物の犯行だ。ゆっくりと回転しながらこちらに銃口を向けてくるのが見える。

 

「アリア!一旦左側面に退避!」

 

『何よ!っ、了解!』

 

「全員伏せろぉ!!」

 

タタタタタタタッ、と軽い発砲音とともに車体に9mm弾が当たって弾かれる音がする。

良かった、どうやらこのバスは防弾性みたいだ。普段から銃弾が飛び交う学園島内を走行しているからか、運営会社も最低限の備えはしてくれているらしい。

とはいえ、窓ガラスには軽くヒビが入っているし長い間持つとは思えんぞ。

 

「アリア!!大丈夫か!!」

 

『問題ないわ!!今ので一瞬しか見えなかったけど車体の下に爆弾っぽいものは見つけたわ!!大きさはわからない!!』

 

やはりか、そこが一番解除もしにくいし物を隠すことができるからな。

 

「解除はできるか!?」

 

『この揺れじゃ無理よ!安定しない!』

 

「武藤!車体を安定させてくれ!」

 

「無茶言うな!これでも精一杯だ!っ、揺れるぞ!」

 

武藤がアリアをかばうように、左側面を晒さないようにと車体を揺らして走行を続ける。クソッ、やっぱり解除は不可能か。

 

「後ろをなんとかしろキンジ!そいつらがいたらこっちじゃ無理だ!」

 

後部座席に乗っかって窓を開け、後ろについてくスポールスパイダーのタイヤを狙って9mm弾を弾倉1個分丸々撃ち込む。この安定しない足場からだと今の俺では正確に撃ち続けることもできず、弾はばらけてタイヤや車体に着弾した。

 

「止まらねぇ!防弾性だ!」

 

しかもクソッ、2台に別れて囲むような動きを見せてるぞ。俺一人じゃカバーしきれない。

 

「アリア!!そっちに行くぞ!気をつけろ!」

 

『無理よ!揺れ続けてるせいで上がれないわ!』

 

バスの屋根から吊り下げられるような体勢で車体下を覗き込んでいたアリアは未だに復帰できていないようだ。

このままではと言うところですぐ後ろから彼女が叫んだ。

 

「私が左側を!遠山くんはそのまま右をお願い!」

 

「わかった!アリア!アテナがカバーするからその間に上がれ!」

 

『了解よ!』

 

「それと遠山くん、こっち向いて!」

 

「そんなヒm、っー!?」

 

そんな暇ない、と言おうと首半分だけ右後ろに向けた俺の頭を強引に抱きかかえるようにして、キス、してきた。

 

「ごめんね、お願い!」

 

それだけ言って彼女は揺れるバスの中を中央のドアに向けて進む。こちらに背を向けて。

 

 

 

――なるほど。君は知っていたんだね。俺たちに流れる血の秘密を。

思考がクリアになっていって確かめなくても自分がナれてしまっていることを実感する。俺をこうするために、そのためだけに君はしてきたのか。

……だとしたらそれは、とても悲しいことだ。

熱くなっている体の中心とは別に冷えている思考がもう一つの真実にたどり着く。

 

今朝の彼女は、彼女本人ではない。

 

今キスした時に俺の鼻腔に届いた彼女の香りは、朝嗅いだものとは明確に異なっている。

誰かが、なんのためにか彼女に扮して俺を連れていたのか。いや、誰かがではない。おそらく、この事件の真犯人がだ。

その正体は気になるが今はそれよりもするべきことがある。といっても、今の俺には造作もないことだけどね。

 

揺れる車内から腕を出しこちらに銃口を向けてくる2丁のUZIに向け発泡する。1丁に一発、ちょうど二発だけ。

腕に反動を残して放たれた銃弾は正確に、そのUZIの銃口に飛び込んだ。

 

パガァンと音が響き9mm弾が内部からUZIを破壊したのがわかる。相変わらず2台のオープンカーは走行を続けているがこれで脅威度は大幅に低下した。

突っ込んでくることもできるだろうが、こちらは装甲済みのバスである。車体重量の差からして対した影響はないだろう。

残るは左側に移った2台。しかしそれもアテナとそろそろ復帰するであろうアリアが止められる。アテナの腕は把握していないがアリアは空中からUziを狙い撃ちして仕留めるほどの技量がある。バスの上から狙い撃つことなど簡単にできるだろう。

俺は角度的にUZIの銃口を狙い撃つことはできないし、俺とアテナの持つベレッタM92の9mm弾の威力では外から完全に破壊することができないかもしれない。

そして、この状況でアリアの火力だけに頼り切るのは分の悪い賭けかもしれない。

それでも俺には確信があった。

アリアの腕と、彼女のガバメントに込められている.45ACP弾ならば確実に接近してくる2機のUZIを破壊しきってくれると言う確信が。

 

――ガガガガンッ

 

ガバメントの発砲音と少し遅れた着弾音が俺の予想を覆すことなく、完膚なきまでにUZIを破壊したことを教えてくれた。

流石アリアだ。一発も外すことなく全てUZIの機関部に着弾させたのがヒステリアモードの視力に見て取れた。Sランクの称号は伊達ではない。

 

これでしばらく当面の脅威は去った。気づけば携帯から流れていた進路を支持する音声も途切れていてバスの無茶な走行も無くなってきている。

この調子ならアリアが今度こそ車体下部の爆弾を解除することができるだろう。

もし不可能だとしても人のいないところまでバスを導いて処理すればいいのだから。最悪の可能性ではあるけれども、そうすれば民間人への被害は少なくなる。このバスに乗っているのは、本来のバスの運転手だった彼を除けば、何時その命を散らしてもおかしくはないと覚悟している武偵のみなのだから。

 

「アリア!今のうちに爆弾の解除を!」

 

『わかっー「全員何かに捕まれぇーーーー!!!」

 

インカムのアリアの叫びを遮って車内に響く武藤の声。

直後に今までとは比べものにならない振動がバスを襲う。

 

咄嗟に振り返ったヒステリアモードの俺の目に見えたのは、ハンドルを全力できる武藤の姿と、

 

 

ものすごいスピードで横の信号から突っ込んでくる、トレーラーヘッドだった。

 

 

掴んだつり革のベルトが切れ、車内を真横に吹っ飛ばされて窓ガラスに背中から激突したのを感じて、俺の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 






理子ちゃんかなりプッツンしております。


まさか保護した対象が計画を遅らせて、その上アリアとキンジをくっつけるのを邪魔してくるとは……
これ以上の遅れを許容するほど、そしてできたばかりの友情を優先するほど彼女の自由への憧憬は軽いものではないはず。原作においてアリア以外に対しては甘く、死者が出ないようにと配慮していた彼女だけど今回の件での第一目標はアテナの戦闘不能に切り替わってるんだ。

原作においてキンジがバスにたどり着いた時点で車内の捜索などが全く進んでいなかった点、事件解決がそのままキンジたちに委ねられた点を考えるとバスに高ランクの武偵は乗車していなかったと考えられる……。この小説では晴れの中で事件が起こってるからね……ほぼ間違いないく下級生しか乗ってないはず。そんな中にアテナがいて、知り合いのキンジが事件解決に向けて活動したらどうなる?まず間違いなくアテナも行動するよね。
バスのドアは左側にしかついていなくてキンジを一方にとどめてしまえば、もう一方を担うのはアテナしかいないはず。そのためにクソみたいなコース指示してアリアの復帰妨げたんだから。
それで彼女を誘導したところにトレーラーヘッドをドンッ、と。正直死ぬ可能性も相当あるよ。理子は『武偵拐い』、アリア以外の武偵を始末することに抵抗はあったんだろうけど、逆に言えば目的が優先するなら殺しも厭わないくらいのメンタリティはあるんだろう。今回は散々邪魔された挙句、これ以上の妨害も予想できるってことで完全に切れちゃったんだろうね……


原作でバスジャックの時にバスにとんでもない爆弾しかけてたのと矛盾するんじゃない?て思うかもだけど、だとしたら原作内でも矛盾が起こっちゃう。だから作者としてはホームズならなんとかするだろうっていう歪んだ信頼の裏返しだったんじゃないかって考察。
この作品の理子はバスジャックに現在進行形で関わってるからね……ホームズに邪魔なんかさせない。アテナを潰すのが確定事項だから止まったら爆発する爆弾なんて仕掛けてないよ。そんなことしたらみんな死んじゃって自分が束縛から解放されないから。車体に攻撃しまくってアリアの邪魔したのはそんな理由もあるんだ。
だから、レキが狙撃で爆弾外せるような橋の上にバス誘導したりはしない。ヘリから車体の下狙撃するなんて同じ高度でもない限り不可能だし。それが無いように進行見ながら自分で誘導してたから音声もボーカロイドから変わってる。


事件概要が変わったところの解説というか言い訳というかはこんなところで……
いないと思うけど原作未読の読者はついてこれるのかな。

一応書いておくと、理子はホームズをある条件で始末すると自由になれるっていう契約を負ってるの。その条件がホームズをパートナーごと斃すってやつ。キンジをてっとり早くくっ付けようとしたけど邪魔されてるから元凶を消そうかなっていうのが彼女の思考なんだ。



あと、なんで武藤は晴れの日にバスに乗ってんの?て疑問に対して

武藤くん車輌科なんだから雨の日であってもバス乗る必要なんてないんだよ。なのに原作でバス乗ってたってことはなんらかの理由で車が使えなかったということ。どう考えても車検に引っかかったんだろうね。だって武藤くんだし……


Q.じゃあなんでアテナはバスに乗ってんの?初登校の時乗ってなかったじゃん

お前は二日酔いでバスに乗れるのか?作者は乗れない
彼女はこっちに来たばかりでアシも何もないからねバス利用すんのが普通なんじゃない?もしくは利用しなきゃいけない時間まで理子に構ってたとか




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