dark legend (mathto)
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第1章
1


魔王はモンスターを引き連れ

世界を支配し闇で覆うため人間達を襲い始めた。

この危機に王様は勇者を呼び出し魔王を倒すよう頼んだ。

勇者は仲間と共に激しい戦いを繰り広げついに魔王を倒した。

そして世界に平和が訪れた。

 

それから300年後...

 

 

とある山奥に小さな村があった。

その村はモンスターに襲われることもなく、戦争に巻き込まれる

こともなく人々は毎日平和に暮らしていた。

「こらっ、ジル。またリンゴを盗みおって。」

「盗られる方が悪いんだよ。」

怒っている村の農家を尻目に

紫がかった黒髪の少年ジルは手にしたリンゴをかじりながら走っていった。

ジルが走った先に一人の女性が手を腰にあて待ち構えていた。

「げ、母さん。」

ジルは止まれず母親に突っ込んでいくと母親はジルにラりアット

をかまし地面に倒した。

「あんたはいつもいつもどうしてそんなくだらないことをするの。

さぁ早く謝りに行くわよ。」

母親はジルを引きずりながらリンゴ農家のところへいった。

「ごめんなさい。」

「もういいかげんにしてくれよ。いったいこれで何度目なんだ。」

「パウロさん、本当に申し訳ありません。家でもちゃんと言い聞かせますから。」

「代金も払ってくれたから今日はもういいけど、これで終わりにしてくれよ。」

パウロは渋々許して2人は家へと帰った。

「マーサさんも大変だな。あんなやんちゃな息子をもって。」

パウロは2人が帰った後、一人呟いた。

その夜、マーサはこの村の長老の家へ相談に行った。

「長老、あの子はもう16になるというのにつまらない悪さばかりして

村の人たちに迷惑ばかりかけてるんです。いったいどうしたらいいのでしょう?」

「ふーむ、もともとジルはとても素直な子だったから

おそらく退屈でしかたなくやっていると思うのじゃが。

ジルは何か将来なりたいかとかいったことはないか?」

「あります。剣士になりたいと。でも私が危険だからと反対したんです。

私は農家とか商人とか安全な職業について欲しいと思って。

それ以来言わなくなりましたけど。」

「どうじゃろう?ジルを旅に出してやりたいことをやらせてみては。

息子を心配する気持ちも分かるがもっと信じてやってもいいのではないか。」

「分かりました。明日、ジルにそう言ってみます。」

マーサは覚悟を決めた顔をし長老の家をあとにした。

次の朝、

「ジル、話があります。」

「何だよ、母さん。急に改まって。」

「あなた、前に剣士になりたいって言ってたでしょ?」

「うん、そうだけど。」

「なってもいいわよ。」

「え、あんなに反対してたのに。やったー。

ということは村を出てもいいの?」

「そうよ、この平和な村じゃ修行は出来ないものね。それからこれは餞別よ。

剣士が剣を持ってないなんてかっこ悪いわ。安物だけどないよりはましでしょ。」

「ありがとう、母さん。」

マーサに礼を言うとジルは喜び、急いで準備を整え村を旅立った。



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2,3

剣士になるべく旅立ったジルは、

町に向かって歩いていた。

 ガサゴソ、ガサゴソと突然、草むらからオークが現れた。

「ガルルルゥ。」

オークは棍棒を手にし、やる気満々で待ち構えていた。

「おっ、さっそくモンスターが現れたな。

よし、俺の力を見せてやる。」

ジルは剣を鞘から抜き、オークに斬りかかった。

ガキィィン!

「あっ、剣がぁぁぁ。」

ジルの剣はオークの棍棒により弾き飛ばされた。

「く、くそぉ。」

ジルは情けないと思いつつもいそいそと剣を拾いに行き再び構えた。

「普通に斬りかかってもダメだな。どうしよう?

あっ、そうだ。こっちの剣の方がリーチが長いんだから

突いていけば、反撃されずにすむぞ。」

そして、勢いよくオークに向かっていき

オークの腹のあたりを狙って突いた。

ガシッ!

またしてもオークに払いのけられた。

オークは勝ち誇ったような表情をしている。

「そんなバカな。どうすりゃいいんだ。

もう考えたって分かんねぇよ。

ええぃ、当たって砕けろだ。」

ジルは何も考えずオークに向かって

剣を無茶苦茶に振り回したがあたることなく

逆に大きな隙ができてしまった。

ボコッ。

オークの棍棒がジルの腹に直撃した。

「げほっ、げほっ。」

ジルは左手で腹をおさえてしゃがみこんだ。

そこへオークの棍棒がジルの頭に振り落とされる。

「(やられる。)」

 

 

「ぐはっ...」

オークはドスッと地面に倒れた。

「う、うぅ。どうなったんだ。確かオークに

やられそうになって。あれ?

オークが倒れてる。もしかして俺が勝ったのか。」

ジルはどうやって倒したのか記憶に残っていないことを

疑問に思いながら、再び歩みを進めることとなった。

 

 

 

ジルはとことこと歩いているとようやく町に着いた。

「やったー、ついたぞー。」

喜びと期待を胸に抱きながら、

さっそく町の中を見てみることにした。

「町ってすっごい賑やかだな。」

今まで村から出たことがなかったジルは町の様子を

きょろきょろと眺め、ただただ驚いた。

人の往来は絶えることなく

あちこちに並ぶ露天商では果物、惣菜、装飾品といったものが

売られ活気を生み出していた。

「君、この町は初めてですか?」

突然一人の少年が横から声をかけてきた。。

「わぁ、ビックリしたなぁ。この町は初めてだぜ。」

「いや、驚かしてごめんなさい。私の名前はマルクっていいます、

よろしく。君がこの町を珍しそうに見ているから声をかけてみたんです。

私は魔法使いの修行中なんですが今はこの近くの診療所でお手伝いを

してるんですよ。もう少しで日も暮れますし、

寝る場所もあるんでよかったら来ませんか?」

気がつけば空は少し赤みがかり日が落ちつつあった。

マルクと名乗る少年は年はジルと同じくらいのようだが、

顔は穏やかで落ち着き丁寧な態度が幾分大人びた雰囲気をかもしだしていた。

白いローブで身を包み魔法使いであることは誰の目にも確かだった。

「うーん、じゃお言葉に甘えちゃおうかな。俺の名はジル。

剣の修行をしようと旅に出たばっかりなんだ。こっちこそよろしく。」

「そうですか、それでは案内しますよ。」

診療所にはすぐ着いた。中にはヒゲがモジャモジャと生えた

白衣を来た中年の男が椅子に座っていた。

「お、お客さんか?」

「いや、違うんですけど。この人をここに泊めてもかまいませんよね?」

「友達か。あぁ、お前が使っている部屋はもう一人寝れるからな。

別に構わんよ。俺の名前はアンセルっていうんだ、よろしくな。」

「俺の名前はジルです。お世話になります。」

「そうだマルク、お前がここに来てからそろそろ半年だ。

そろそろ別の所へ行って修行したほうがいいんじゃないか?

見たところ連れの奴も修行中だろう。いっしょに行ったらどうだ?」

「えっ、急にそんなぁ。少し考えさせてください。」

「俺は別にいいぜ。おもしろそうだし。」

「もう二人とも気が早いです。」

「はははははっ。」

焦るマルクを見てあとの二人は大笑いしていた。

その夜、ジルは楽しい一日を終えてぐっすりと眠った。

 



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4,5

「ふぁ~あ。」

朝になりジルは目を覚ました。

「よく眠れましたか?」

マルクはもうすでに起きていた。

「あ、早いな。」

「いえ、さっき起きたところですよ。

それより今日はこの町の案内をしようと

思うんですけど、どうですか?

来たばかりでまだ全然知らないでしょう?」

「嬉しいけど、手伝いはしなくていいのか?」

「ええ、今日は休みですから。」

「そっか、じゃあよろしく頼むよ。」

 

朝ご飯を食べた2人はさっそく町へ出かけた。

 

「ええと、ここは預かり所です。アイテムとかお金とか

を自由に預けることが出来るんですよ。」

「それは便利だな。」

 

「ここは道具屋です。薬草や傷薬なんかを売ってますね。」

「村にはよろずやが一軒あってさ、薬草だけじゃなく武器とかも

いろいろあったけどここより品物の種類がずっと少なかったな。」

 

そのあともマルクの案内は続いた。

...

 

「いやー、この町のことがよく分かったよ。ありがとう。」

「どういたしまして、私も楽しかったです。」

 

案内も一通り終わり2人が一息ついたとき、

2人の目の前に大きな人だかりが出来ていることに気づいた。

 

「ん?なんだろうな?」

「さぁ、たしかあそこは町長の家だったはずですけど...

見に行ってみますか?」

「そうだな。」

 

群集に近づいていくと一頭の馬が待っていた。

「この馬がなんかあんのか?」

「そうじゃないみたいですよ、みんな家の中を気にしてますから。」

「ねぇ、何で集まってんの?」

ジルは群集の一人に聞いてみた。

「カフィール様がここに来てるんだよ。」

「カフィール?誰それ?」

「知らねえのか、名門シュトラウス家の出の聖騎士様だよ。

モンスターの大群をたった一人で全滅させたこともあるらしい。

馬に乗ったときのあまりに速く強いさまからついた異名が’白銀の狼’。」

「へぇ~、すごい奴なんだな。」

と感心しているとドアが開き一人の男が出てきた。

「よく見えねえな。」

その男は地面を一蹴りし馬にまたがった。

「あ、見えた。あいつがカフィールか。」

銀色をした長髪にきれいに整った顔。まさに美青年といった感じだ。

それでいて目は鋭く周りを寄せつけない凄さをかもし出していた。

ジルはじっとカフィールを見つめているとふと目が合った。

「(こいつは、まさか...)」

カフィールはジルに何かを感じとっていた。

ジルはただただ圧倒されていただけであった。

そしてカフィールは立ち去っていった。

「それにしてもカフィール様はここで何してたんだろうな?」

「そりゃ、町長に用事があったんだろうよ。」

「分かってるよ、問題はどんな用事かってことだよ。」

「さあな、俺達に関係あることなら知らせてくるんじゃねえか。」

群集の中の二人が会話をしていると家の中から中年の男が一人出てきた。

 

 

 

出てきた男は周りを見渡し、たくさんの人々が集まっていること

を確認すると、大声で皆に向かって喋りだした。

「ご存知の通りかもしれぬが、わしはこの町の町長である。」

「へぇ~、あの人が町長か。」

ジル達を含め全員が町長に注目していた。

「カフィール殿の情報によると、

この町は今ゴブリンどもに狙われており、明日にも攻めてくる

かもしれない。その数、およそ300匹。

そこでこの町を守るために戦ってくれる勇敢な

戦士を募る。もちろん働きに応じて礼金を支払うつもりだ。

戦う意志のあるものは日が沈むころ

もう一度ここに集まってもらいたい。

出来るだけたくさんの者が集まることを願う。」

と最後まで伝えると、すぐに家の中へと戻っていった。

突然の町長の知らせに群集は動揺し

ざわめきは大きくなるばかりだった。

この知らせは一気に町中に知れわたり、

あるものは恐怖で家に閉じこもり、あるものは

戦闘のための準備を整えていた。

そしてジルは...

 

「当然、参加するよな!」

「そうですよね。この町を守らなければいけませんからね。」

「それにお金がもらえるっていうし。」

「そっちですか!」

「冗談だよ、冗談。そうだそろそろ日が沈むから行こうぜ。」

「はいっ!」

そうしてジル達は再び町長の家の前にやってきた。

もうすでに剣や斧などの武器を手にしたいかつい男達が10数人ほど集まっていた。

間もなく町長が家の中から姿を現した。

「ふむ、これだけの戦士が集まってくれたか...

もう少し多いほうがよかったが、何分急なことだ。仕方あるまい。

さっそくだが、これから作戦会議を行う。皆の者、家の中に入ってくれ。」

家の中は意外と広く全員が入ってもかなり余裕があるくらいだった。

どうやら町の会合に使われているらしく大きな円形のテーブルに

たくさんの椅子が備え付けられていた。皆が席につくと町長は

再び話し始めた。

「さて敵であるゴブリンについてだが、一匹の力は弱く見習い剣士であっても

十分倒せるだろう。だが今回の場合は群れていてその数が巨大である。

熟練の戦士が一人いたところで勝つことは難しい。そこで罠を張る。

落とし穴だ!」

「おいおい、そんなもんにひっかかるのかよ。」

すかさず突っ込みが入る。

「ふむ、そう思うのも無理はないな。だがゴブリンは集団行動をとるとは

いえ、知能は我々人間よりも劣る。落とし穴があることを予想したり

怪しんだりするようなことはないだろう。これはかなり成功率が高いと

読んでおる。」

「ちょっと待って下さい。この作戦には2つ疑問点があります。

一つはこの時間の無い中でどうやって落とし穴を掘るかということ。

もう一つはどうやってその落とし穴へゴブリンを誘い出すかということです。」

「第一の質問についてはすでに解決しておる。戦うことは出来ないが

協力したいという町の者達が大勢いてな、今も作業をしている。明日までには

完成する。そして第2の質問についてだが、それについてはこの中から

足の速さに自信があるものに囮をしてもらおうと思うのだが、誰かいないか?」

「それなら、この俺ザインが引き受けるぜ。足にはちょっと自信があるんだ。」

細身で目のつりあがった男が答えた。

「ザインには後で落とし穴の仕掛ける場所を印した地図を渡そう。

さて、これで作戦会議は終わろうと思うが何か質問はないか?」

皆、なんとか納得した様子で質問はなかった。

会議は終了し、その日は町長が用意した宿屋で一泊することとなった。

 



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6,7

次の朝、対決の場である村のすぐ近くの原っぱへ集合することになった。

「よーし、みんな気合入れていくぞ!」

「おー!」

誰からともなく威勢のいい声があがり、

みんなの士気が一気に高まった。

「いよいよだな、マルク。魔法使いとしてのお手並み拝見といかせて

もらおうかな。火の玉とか出せるんだろ?」

「いえあの、私は攻撃するの好きじゃないんです。回復魔法が

専門でして。」

「えっ、そうなの。まぁそういうことなら俺が怪我したときは

頼むな。」

「はい、まかせてください。」

ザインは数百メートル先でゴブリンたちが来るのを待っていた。

「来た!」

棍棒を手にしたゴブリンたちがズンズンとやってきた。

そしてザインを見つけると勢いよく走り始めた。

ザインはゴブリンとの距離が近づきすぎないようまた

離れすぎないよううまく調節しながら落とし穴へと

うまく誘い出した。

結果、ドス-ン!

ゴブリン達は狙い通り落とし穴へと落ちていった。

穴は一晩で作ったとは思えないほど深く掘ってあり、

落ちたゴブリンが這い上がってくることは不可能な状態だった。

「やったぜ、これで3分の2は減ったぜ。」

ザインは大喜びでジル達がいる本陣のところまで戻ってきた。

「残り約100体。いけるぜ。」

そして誰もが楽勝と心に思いながらぶつかることとなった。

勢いづいた戦士達は次々にゴブリンを倒していった。

しかし、その勢いは徐々に下がってきた。

一度に多人数を相手にすることは予想以上にきつく

じわじわと体力を奪っていったからだ。

「ぐ、くそう。」

一人がゴブリンに背後から襲われ傷を負った。

そこからなんとか後方へと逃れてきた。

「大丈夫ですか?今すぐ癒しますから。

『ホワイトウィンド』」

白くてやさしい竜巻が傷ついた男を覆った。

そして傷はみるみる癒えていき元気になった。

「サンキュー、助かったよ。」

「やるじゃん、マルク。」

近くで戦っていたジルはその様子を興味深く眺めていた。

 

そして険しい戦いであったが、なんとかゴブリン達を

全滅させることが出来た。

 

 

 

「はぁ~、もうヘトヘトだぜ。」

「いやぁ、誰も死ななくてよかったです。」

「それはマルクのおかげだよ、マルクがいなかったら

ここまで戦えなかったもんな。」

戦いを終えた戦士達は皆笑顔で町長の家へと戻ってきた。

遠くから戦いの様子を見ていた町長は戦士達にねぎらいの言葉をかけた。

「みんな、よく戦ってくれた。本当に感謝する。」

そして人数分の金貨の入った袋を配った。

「えっ、こんなにいいんですか。」

「ああ、わしからの気持ちじゃ。快く受け取ってくれ。

それから、ジル君とマルク君だったかな?

若いのによく頑張ってくれた。これからのよりよき

活躍を祈っておるよ。」

「ありがとうございます。」

そう言って二人は町長の家を後にした。

 

「なぁ、これだけお金が手に入ったんだ。

そろそろ新しい土地へ旅立ってもいいんじゃないかと思うんだが。」

「そうですね、アンセルさんに話してみましょうか?」

そして診療所へと帰り、アンセルに説明した。

「おめぇらなかなかやるじゃねぇか。見直したぜ。

旅立つだって、おう行け。どんどん行け。

俺はお前達をずっと応援してるからな。

頑張れよ!」

「ありがとう、アンセルさん。」

その日はアンセルに精一杯のもてなしを受け、

次の日、旅立つこととなった。



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8,9

「そういえば、どうしてゴブリンは町を襲ったんでしょう?」

「そりゃ、モンスターだから人間を襲うんじゃないの?」

「それにしても今回のは不思議ですよ。

知能の低いモンスターが徒党を組んで遠くから

狙ってくるなんて。まるで何者かによって

操られているかのような感じがしましたが、」

「考えすぎだと思うけどな。それより俺はカフィールが

どうやってゴブリンの襲撃を予測できたのかと

どうしてあいつがゴブリン退治に参加しなかったのか

が気になるけどな。」

「さあ、私には分からないですけど何か事情があるんでしょうね。」

 

一方、とある洞窟の奥にて、

「くそ、ゴブリン達がやられてしまった。」

「そいつは残念だったな。」

「何故だ。何故ゴブリンやワシの存在が分かったのだ?」

「簡単なことだ。あれだけの数のゴブリンだ。

移動してれば、誰かしら気付くものだ。

そして、そこから感じられる魔力。それをたどって

ここに辿り着いたというわけだ。家柄でそういうことには

敏感なんでな。」

「お前はまさか’白銀の狼’カフィールか。く、だが

ここで死んでもらうぞ。いでよゴブリン達よ。」

魔道士の後方より数十匹のゴブリン達がぞろぞろと現れた。

「いけぇ、ゴブリンよ。カフィールを倒すのだ。」

ゴブリン達は一斉に襲い掛かった。

「ふ、こんなもので俺を倒せると思っているのか。」

カフィールは剣を振るいあっという間に片付けた。

「ぐ、ぐぬぬ。カフィールめ。

だが、我ら暗黒魔道士の力はこんな物ではないぞ。

ワシはただの下っ端にすぎん。

貴様など我らの前では無力であるということを

いずれ思い知ることになるだろう。

ふははは....うっ。ぐはっ。」

カフィールは剣でその暗黒魔道士の胸を貫いた。

「ふぅ、これからやっかいなことになりそうだな。

とりあえず一度家に戻るか。」

そう言ってカフィールは洞窟を後にした。

 

 

 

ジルとマルクが旅立って数時間経ったが、

モンスター一匹出てこず平坦な道がずっと続いていた。

周りは草木が生い茂り近くには小さな湖があり、

小鳥の囀りが聞こえていた。

「なぁ~、マルク。何か退屈じゃねぇ?

歩くばっかでさぁ。」

「それだけ平和ってことじゃないですか、

いいことでしょう。」

「こうものすごいでっかいドラゴンとか現れてさあ、

口から炎とか吐いちゃうやつ。それで剣を持って

立ち向かうんだ。最後にはバシバシッとやっつけるんだ。

あぁ~、あこがれるなぁ~。」

「私達はまだ冒険の初心者ですよ。もしいきなり

ドラゴンなんて現れたらあっという間にやられてって、、、え。」

バサッ!

突然強い風が吹いたかと思うとジルの背後に巨大なドラゴンが

舞い降りきた。

「ド、ド、ドラゴン!」

「おいおい冗談だよ。ドラゴンが急に現れるわけないって

ことくらい分かってるよ。」

「う、後ろ後ろ。」

マルクは声を震わせながら言った。

「おかしな奴だな。後ろがなんだって言うんだよ。」

そう言いながらジルは後ろを振り向くと

「えぇぇぇぇ!ドラゴンだぁぁぁぁ!

逃げろぉぉ!」

ジルはマルクを引っ張り必死でその場から逃げ出した。

しかし少し気になってドラゴンの様子を伺ってみると

ドラゴンはじっとした様子で追いかけてくる気配

は全く無かった。

「あれ?」

二人は同時に首をかしげた。



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10,11

ジルとマルクの前に突然現れたドラゴン。

しかし、そのドラゴンは2人を襲う様子がなかった。

「う~ん、どうしたんでしょう?」

「もしかしたら俺達なんて気にしてないってことか?

ちょっと近くまで行って様子を見てみようか?」

「え~、危ないですよ。止めておきましょうよ。」

「ちょっとだけだよ、いいだろ?」

「うーん、分かりました。ちょっとだけですよ。」

二人は恐る恐る近づいていった。それでもドラゴンは

全く反応せず二人はすぐそばまで来てしまった。

「どうもこれは疲れきってるという感じですね。

しばらくは動けないでしょう。そうとう

辛そうな顔をしてますから。」

「なぁんだ、じゃあ俺達がやられる心配は無いじゃん。

逆にこいつを倒せるんじゃねぇ?」

「ダメですよ。無抵抗の生き物に攻撃するなんて。

助けてあげましょうよ。」

「マルクはお人よしだな、別にいいけど。じゃあ俺は

近くの湖で水を汲んでくるよ。」

「お願いします。私は回復魔法をかけてみます。」

 

2人の世話のおかげでドラゴンの様態は少しよくなった。

 

 

「ははは、遂に見つけたぞ。ドラゴンめ。」

目の鋭い、槍を持った男が現れドラゴンの前までやってきた。

そして2人を見て、

「なんだお前ら、まぁいい。こいつは

俺様の獲物だからな。手を出すんじゃねえぞ。」

「何を言ってるんですか?このドラゴンは弱っているんですよ。

そんなとこを襲うなんて卑怯じゃないですか!」

「へん、そんなことは関係ねえんだよ。ドラゴンを倒したって

事実だけあればそれでいいのさ。ドラゴンを倒したっていやぁ

どこでも英雄扱いだぜ。それともお前らは俺様の邪魔をするって

言うのか?それならお前らごといっしょにやってやるぜ。」

そういうと持っていた槍をマルクたちに向けて素早く何度も突く

しぐさを見せた。2人ともそのスピードに目がついていけなかった。

「(こいつ、強い、、)」

「さあ、どうするんだ?」

「うぅぅ、、、」

じりじりと後ろに追いやられていく2人。

ガチャ、ガチャ。

金属の鳴る音とともに現れたのは全身を真紅の鎧兜で覆われた戦士だった。

「悪いが、このドラゴンには手を出さないでもらおうか。」

「貴様、何者だ!」

「俺は竜騎士ゼムル。このドラゴンは一緒に竜の谷で育った

俺の仲間なんでな。悪いが他のドラゴンを探してくれ。」

「竜の谷の竜騎士..聞いたことがある。

ドラゴン並みの力を秘めた地上最強の戦士

という伝説がある。だが、伝説は伝説。

現実を誇張していることはよくある。貴様が強いという保証はない。」

「ほう、なら試してみるか?」

「望むところだ!」

ゼムルも手にもっていた槍を構え男に対峙した。

 

「ねえ、ジル。私達ってなんか存在感無くなってませんか?」

「しょうがないんじゃないの、この状況じゃ。

しばらく様子を見とこうぜ。」

 

「倒す前にお前の名前を聞いておこうか。」

「ああ、聞かせてやるぜ。俺様はなあ、ドラゴンハンターの

デロスだ。まあもっとも貴様はここで死ぬから名前を聞いても

意味はないがな。」

「お前のほうこそ口だけじゃないのか。ドラゴンハンターなんて

言ってるがどうせまだドラゴンと戦ったことなんてないのだろう。」

「くそ、いいやがって。行くぞっ!」

 

 

 

ゼムルとデロスの戦いが始まった。

デロスがゼムルに向かっていき槍を何度も突き出した。

「やっぱすげえな。」

少し離れたところからジルは感心して見ていた。

だが、ゼムルは攻撃を軽やかにかわしていく。

デロスの槍はゼムルにかすりさえしなかった。

「なかなかいい槍を使っているな。三叉の槍、トライデントか。

しかし使用者の力量がこの程度ではな。」

「なんだとお、これが俺の本気だとでも思ってるのか。

なら見せてやる。俺の必殺技『スプラッシュハリケーン』!」

デロスは槍をクルクルと回転させ竜巻を発生させた。

「はははっ、この真空波に飲み込まれれば貴様の体

はぼろ雑巾のように切り刻まれるのだ。」

ゼムルは向かってくる竜巻に対してまったく逃げようとは

しなかった。そして口元に軽く笑みを浮かべ竜巻がゼムルを

包み込もうとした瞬間、

「はっ!!」

ゼムルは気合で竜巻をかき消した。

「そ、そんなばかな。」

デロスはもはや戦意をほとんど失っていた。

「次はこちらの番だな。」

ブシュッ!

一瞬だった。

ゼムルの槍はデロスの腹を突き刺し、

それを引き抜くとバタリとデロスは倒れてしまった。

「さてと、」

ゼムルはジルたちのほうを向き尋ねた。

「君達はここで何をしてたんだ?」

「いや、その、、、」

激しいバトルを見たあとで2人は気後れしていた。

「グオグオーン。」

ドラゴンがゼムルに話し掛けた。

「なるほど。君達はこいつを助けてくれたんだね。

ありがとう。いつか君達が助けを求めてきたときには

喜んで協力するよ。それじゃ帰るよ。」

「え、でもこのドラゴンはまだ完全には回復してないですよ。」

「ああそうだったな。だが大丈夫だ。エリクサ-を持ってきた。

これを飲ませれば体力は全快するはずだ。」

ゴクゴク。

エリクサ-を飲んだドラゴンはみるみる元気になった。

ゼムルはドラゴンに乗り大空へ飛び去っていった。

 

「俺達ってさあ、なんかちっぽけな存在に感じちゃったな。」

「同感です。でも私達はこれから頑張ればいいんですよ。」

「だな。さあ前にある道を進もうぜ。」

2人はまた前へ前へと歩き出した。

 



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12,13

ジルとマルクがいつものように歩いていて

やがて日が暮れてきたとき、一つの村が見えてきた。

「よしっ、今晩はあそこで泊まろう。」

「ええ、歩き疲れましたしねぇ。」

2人は早く休みたい気持ちを抑えきれず

村まで駆けていった。

すると、

「ようこそ、ジーバ村へ!

さ、さ、歓迎の準備だ、準備だ。」

と杖を持ったお爺さんがうれしそうに寄って来た。

それだけではなく、他の村人までいっしょに出迎えに来ていた。

「わしはこの村の村長しとりますアムニいいます。

この村によその人が来るのは珍しいんでみんなはしゃいどりますだ。」

「そうなんですか。」

そうこうしてるうちに目の前に2人のための机、椅子が用意され机の

上には次々とご飯や果物がのせられていった。

「お、もう宴の準備が出来たようですな。さぁさお二人さん、

席のほうへどうぞ。」

「うん、なんか悪いなぁ。」

2人は少し遠慮気味になりながら席についた。

「どうぞ、お好きなだけ召し上がってください。

こんな田舎料理が口に合うかは分かりませんが。」

「いただきまーす。」

2人は手を合わせ料理を食べ始めた。

「うん、なかなかいけるな。」

「はい、おいしいです。」

「そうですか、気に入ってもらえて光栄ですじゃ。」

お腹が空いていたこともあって目の前にあった料理を

パクパクとたいらげた。

「ところでさぁ、この村で泊まれるとこってあるのかな?」

「それでしたらわしの家に泊まればいいですじゃ。

空き部屋かありますから。」

「えっ、いいんですか。そんなにお世話になって。」

「もちろん。大切な客人をもてなしたいですからな。」

「よかったな、マルク。」

「ええ。」

そして2人が食事を終えた頃周りにたくさんいた村人達は

いつのまにかいなくなり村長一人となっていた。

「お二人は、冒険者ですかな?」

唐突に質問してきた村長の表情はさっきまでのうれしそうな顔

とは全く違う神妙な面持ちになっていた。

「そうですけど、何か?」

「いや実はな頼みたいことがあるんじゃ。」

「まぁ、話を聞くだけ聞いてみるよ。出来るかどうか

分からないし。」

「そうか、では...」

村長は重い口を開き始めた。

 

 

 

「この村の大切な物が盗まれてしまったんじゃ。」

「それは宝石かなにかですか?」

「いいや、漬物石じゃ。」

「はぁ、漬物石?そんなもん代わりを探してこいよ!」

「まぁまぁ、ジル。落ち着きましょうよ。」

「ただの漬物石じゃないんじゃよ。その漬物石でつけた

漬物は格別でのう。」

「ちょっと待て、じいさん。いい加減にしとかないと怒るぞ。」

「ジル、失礼ですよ。で、村長さん。誰に盗まれたか

っていう情報はないですか?」

「ああ、それなら分かっとるよ。村のはずれの小屋に

住む魔道士に間違いない。」

「誰かが盗む所を見たんですか?」

「いや、だがこの村中を調べたがどこにも見つからなかったし

盗まれた時期と魔道士がやってきた時期がかなり近い。

あいつしか考えられん。」

「なるほど、分かりました。ごちそうになって

宿の世話までしてもらったし、私達も調べてみますよ。」

「おお、引き受けてくれるか。ありがたい、頼んだよ。」

「おい、マルク!何勝手に引き受けてるんだ...うぐ。」

マルクは笑顔でジルの口を手で塞いで、

村長に礼をして泊まる部屋へ案内してもらった。

そして2人になり、

「どういうつもりなんだ。たかが漬物石のために。」

「村の人が困ってるのだから助けてあげましょうよ。」

「まったく、お人よしだなぁ。

まぁ、急いでる訳でもないからいいけど。」

「すいませんね、わがまま言って。

今日は早く寝て、明日がんばりましょう。」

「おう!」

そうして2人は眠りについた。



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14,15

「ふぁ~あ。もう朝か。なんだかのどかな村で

気持ちが高ぶらないよな。」

天気もよく小鳥が囀り気持ちのいい朝で

2人は部屋でのんびりとしていた。

「そこがこの村のいいとこなんじゃないですか。」

「これから魔道士と対決するかもしれないっていうのにな。

ちょっと不安だな。」

「でも魔道士もこの村を襲ったりしてないし

案外悪い人じゃないかもしれませんよ。」

「いやー、それは無いと思うけどな。」

「お~い、お二人さん。ご飯の用意が出来たぞー。」

村長が朝ご飯の支度をしてジル達を呼んだ。

「悪いね。朝ご飯の用意までしてもらって。」

「いやいや、ここにいる間はいくらでも面倒を見させてもらうよ。」

朝ご飯は昨日のようなごちそうではなく普通の食事であったが

ジルとマルクはおいしく頂いた。

「さて腹ごしらえも出来たしさっそく行くか。」

2人は家を出、魔道士が住むという小屋へと向かった。

村から少し離れた所の林の中にそれはあった。

「どうする?いきなり乗り込むか?」

「はっきりした証拠はないですから探るような感じで

聞いてみたらいいんじゃないですか。」

「そうだな。マルク、聞いてみてくれる?」

「はい。」

トントン。マルクは小屋のドアを軽くノックした。

「すいません。」

「誰じゃ。」

小屋の中からしゃがれた声が聞こえた。

「あの、村の使いでやってきたのですが漬物石を知りませんか?」

「とりあえず中にお入り。」

言われるままに2人はドアを開け小屋の中へ入っていった。

中には黒いローブを着た老婆が立っており、その傍にある

机の上に大きな石が置いてあった。

「あっ、きっとそれですよ。返してくれますよね?」

「どうぞそれはもともと村の物。返すのが当然じゃからな。」

「ね、悪い人じゃないでしょ?」

マルクは笑顔でジルに顔を向けた。

「ああ、マルクの言った通りだったな。」

「じゃあ私が持っていきますよ。」

マルクが石に近づいたとき魔道士は右手の掌をマルクにスーと

向けて口をニヤッとさせた。

「ん?」

ジルはそのしぐさに注意した。

そして魔道士の掌はボゥッと光り出した。

バチッ!

魔道士から電撃がマルクへと発射された。

「危ない!」

ジルは跳んでマルクを突き飛ばし電撃をくらってしまった。

「うぅ、この何するんだ!」

ジルは体の痺れに耐え魔道士を睨みつけ叫んだ。

 

 

 

「フォッフォッフォ。盗った物を何で簡単に返す

と思うか。お前達はこの石の価値を知っておるのか?」

「石の価値ってどうみてもただの石じゃないか。」

ジルは不思議がりながら答えた。

「バカな奴じゃな。あの村の奴らと同じか。

せっかくだから教えておいてやろう。この石はな

魔力が秘められておるのじゃよ。それほど強力とは

言えないが所持者の力を増幅させることができるんじゃ。」

「なんだって!それじゃあ、その石を売ったら

けっこうな金になるんじゃないか。」

「何考えてるんですか、ジル。」

マルクはジルを睨む。

「冗談だってば、もう。取り返しても全然売る気なんかないって。」

「それならいいですけど。とにかくあなたにその石の力を

使わせる訳にはいきませんよ。さっきの電撃の威力から

あなたの力はそれほど強くないことはわかってますしね。」

「分かっとらんな。この石の力を使えば電撃の威力は

さっきの比ではないぞ。貴様らを死に至らしめることだって

できるんじゃからな。」

魔道士は石に手を置き魔力を溜めだした。

「なぁ、マルク...ボソボソボソ。」

ジルはマルクの耳に小声で話した。

「分かりました。」

マルクも小声で答えた。

魔力を十分に溜めた魔道士はさっきと同じように

電撃を放とうと構えた。

「さぁこいよ。」

ジルは魔道士を挑発するかのように言った。

「どうやら先に死にたいようだな。いいだろう。」

魔道士はジルに光った掌を向けた。

「今だっ!」

ジルの掛け声と共にマルクは小屋に置かれていた壺を

両手で魔道士目掛けて投げつけた。

「わっ。」

魔道士は突然のことで慌てて避けた。

そして次の瞬間、

 

ブシュッ。

 

ジルが魔道士の腹に剣を突き刺した。

「ぐはっ、まさかこんな子供だましの手に

引っかかるとは油断したか。だがお前達も強い力を

目の前にすればそれを欲するときがくるだろう。

強い力があれば自分の思い通りに事を進めることが

容易に出来るからな。つまりお前達も私と同類だ...

ガクッ。」

魔道士は床に倒れた。

「何を言ってるんだ。同じなわけ無いだろう。」

「この魔道士は人間誰でも力への執着があるという

ことを言いたかったんでしょう。でも力を求める気持ち

と善悪とは重なる物ではありませんよ。」

「難しい話だな。とにかくこの石を村に持って帰れば

万事解決ってことだろう?」

「ええ、そうです。早く帰りましょう。」



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16,17

魔道士を倒し、村の漬物石を取り戻したジルとマルク。

「どうやってこの石持って帰る?転がしていこうか?

重そうだしな。」

「ダメですよ、転がしたりしたらどこかにぶつかって

割れてしまうかもしれませんよ。ちゃんと手で持って

帰りましょう。」

「じゃあさ交代で持って帰ろう。」

「はい。」

というわけで2人は途中、休憩をしたりしながら、

ゆっくりと村へと帰っていった。

着いた頃にはもう日が沈みかけていた。

ギィ...

村長の家の扉を開いた。

「お帰り。遅かったのぉ。」

村長が笑顔で迎えてくれた。

「あ、それはまさか..漬物石じゃないか。

取り戻してくれたんじゃな。ありがとう。

本当になんとお礼を言っていいものやら。うぅぅ。」

村長は嬉しさのあまり突然泣き出してしまった。

「そんな喜ばれるとちょっと恥ずかしいけど、

まぁよかったかな。」

「そうじゃ、せっかくじゃからこの石で漬けた漬物

を食べてみなされ。」

そういって村長は夕食といっしょに漬物を2人に出した。

「あ、けっこううまいな。」

「ホントに普通の漬物とは違う感じがしますね。」

「そうじゃろ、この味はこの石を使わないと出ないんじゃ。」

こうして和やかな雰囲気のまま夜が更けていった。

 

 

 

チュンチュン

朝になり外では小鳥が囀りをしている。

「さてお二人さん。これからどうするのかな?」

朝食を食べてる所で村長が尋ねた。

「どうって何も行くあてがないんだな、今のところ。」

ジルが開き直ったように答えた。

「そうくると思って、情報を用意しておいたよ。」

いっしょに食事していた村人が口を開いた。

「お前達がやってきた道の反対側をず~と進んでいくと

クラレッツ城がある。そこに行くのが一番いいだろう。

あと、これは別に進める気はないが、あっちの山の方向にある

森の奥にガイコツのお化けが出るって噂だ。あそこは

食べれるきのこが採れるんだが噂が広まってからは

誰も森に近づかなくなったよ。で、どうする?」

「城の方は後からでも行けそうだし、森のガイコツを

倒しに行こうぜ。なぁ、マルク。」

ジルは話を聞き、気持ちが昂ぶってきた。

「えぇ、森に行くんですか?お化けですよ。そんな得体の

知れないもの危ないですって。」

マルクは恐がって少し体を震わせていた。

「なんだよ、石を取り戻しに行くときはあんなに

やる気出してたくせに。じゃ俺一人で行ってみるよ。

危なくなったらすぐ逃げて帰ってくるから安心しろよ。」

「分かりました。私は村で待ってますよ。いいですか、

村長さん?」

「ああ、かまわんよ。お主らは恩人じゃしいつまで

いても面倒みさせてもらうぞい。ただ待ってるだけじゃ

退屈じゃろう。畑仕事でも手伝ってみんか?」

「喜んで。」

マルクは快く答えた。

「よし決まりだな。俺はさっそく森に行ってみるよ。」

こうしてジルは一人で森に向かっていった。



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18,19

森の中に入ったジル。

「くそー、全然道が無いじゃんか。

草が生い茂ってて進みにくいったらありゃしないぜ。

これで何もなかったらショックだな。」

ぶつぶつと文句をいいながらもたくさんの木が立ち並ぶ中で

長く延びた雑草を押しのけながら奥へ奥へと進んでいく。

「こんなんじゃ疲れても休むことが出来ないな。ん?」

少し離れたところの一部分だけ雑草が伸びていないところがあった。

不思議に思い、ジルは近づいてみた。

「わぁっ!これは人の頭蓋骨じゃないか。誰かがここに

迷い込んで餓死したとかかな。ガイコツのお化けの正体

はきっとこいつのことだろうな。謎も解けたしそろそろ

帰ろうか。って俺どっちから来たんだっけ?

まさか道に迷ったとか。勘弁してくれよ。

大丈夫、たぶんこっちに進めば戻れるはずだ。」

全く適当であったが無理やり正しい道と信じ込ませ

進んでみた。

「あれ、来たときこんな景色だったっけなぁ。

くそぉ、さっきの頭蓋骨みたいになるのだけは嫌だからな。」

森から出ることを願い、がむしゃらに進んでいると

とうとう森から抜け出ることが出来た。

「やった、森から出れたぞ。だけど、だけど

村から見てた山がこんなに近くにあるなんて

思いっきり反対に進んでたんじゃん。

まあいいか。これをまた逆に行けば村に戻れるって

ことだし。ちょっとこのへんで休憩しようかな。」

ジルは近くにあった座るのにちょうどいい大きさの岩に

腰をかけた。

「なんか変な感じがするな。」

と腰を上げたジルは岩をよく見てみた。

するとそこには溝があった。

「剣がちょうど突き刺さりそうな溝だな。

ちょっと刺してみるかな。どれ。」

ザクッ。

ジルは持っていた剣を突き刺した。

ピカッ。

岩から強烈な光が発せられジルを包み込んだ。

 

 

 

岩から発せられた光に包まれたジル。

一瞬気を失い、意識が戻ったときには

どこかの洞窟の中に立っていた。

太陽の光は無く、明かりも

見つからなかったが、妙に明るかった。

「ここは、どこだ?森を抜け出たとこまでは

覚えてるんだけど...そうだ!岩に剣を

突き刺したらすごい光が出て...ダメだ。

そっから記憶が飛んじまってる。

しかし、これからどうするか。どうなってるのか

分からないけど、とにかく出口を探さないとな。」

ジルは周りを見回した。

「後ろは行き止まりだから前に進むしかないな。」

少し不安を抱きながら進んでいく。

すると明るい洞窟の中でも真っ暗で底が見えない

大きな穴が道いっぱいに広がっていた。

その中央には人の片足の幅より少し広い程度の

細い床が一本橋のように延びていた。

「まさかこれを通れと。落ちたら死んじまうのかな。

それよりこんな細い道、途中で崩れたりしないかな。」

心の中の不安は増大したが、覚悟を決め進むことにした。

「行くしかないよな。ゆ~っくり、ゆ~っくりと。」

慎重に片足から一歩ずつすり足のようにして進んでみる。

冷や汗を額に浮かべてバランスをくずさぬように。

そしてついに

「やったー、渡りきったー。もう疲れた。

ちょっとここで休憩しよ。」

神経を使い切ったジルは地面に倒れこんだ。

 

「さて休憩もしたしそろそろ行くか。」

狭い通路を抜けると、大きな広間に出た。

「わっ、なんだこりゃ。何にもない広い空間だ。

向こうに人がいるのか?いや違う。あれはスケルトンナイトだ。」

目の前に3体のスケルトンナイトが片手に剣を持って現れた。

「戦うしかないな。」

ジルは剣を抜いて構えた。

ところがスケルトンナイトは3体の内2体が立ち止まり、

残りの1体だけが剣を構え近づいてきた。

「1体で十分ってことか?おもしろい、やってやるぜ。」



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20,21

「先手必勝だ。」

ジルはスケルトンナイトに素早く斬りかかる。

カキ-ン、カキ-ン、カキ-ン。

何度も斬りかかるがことごとく簡単に受け流されてしまう。

「くっ、こいつかなり強い。」

そしていつのまにかスケルトンナイトに押されて受身に回されてしまう。

「ぐっ、くそぅ。」

尚も攻めてくるスケルトンナイト。

そしてついに

「わっ!」

スケルトンナイトの剣がジルを貫こうとした瞬間、

ジルの目の前で剣の動きが止まった。

「あれ?どうなってるんだ?」

スケルトンナイトは一旦その場から離れ構え直した。

「もしかして遊ばれてるのか?それとも...」

不思議な気持ちでいっぱいになりながらも再び立ち向かっていく。

するとまたとどめをさされる瞬間に手が止まる。

何度も何度もそれが繰り返された。

「ダメだ-!勝てねーよ。」

疲れて地面に腰をつく。

「それにしても腹が減ったな。そういや朝食べてから

何も食べてなかったな。よく分からないけど

かなり時間が経ってるんだろうな。」

そう言ってお腹をおさえながらスケルトンナイトの方を

見てみると、何かを指差してる様子。

その先を追ってみると、

「きのこがいっぱい生えてる。これ食えんのかな?

まさか毒キノコなんてことはないだろうな?」

恐る恐るきのこをとってみる。

「全然得体が知れないけどこのままだったら餓死するかも

しれないし。食べてみるか。」

手にしたきのこを少し裂いて目を瞑って口の中に放り込んだ。

「う、うまい。なんか薄味だけど食べれるぞ。それに

なんだかお腹も膨らむような感じがするし。

なんか俺って原始人みたいだな。

正式名がなんていうか知らないけどとりあえずこのきのこを

『マジックキノコ』と名づけよう。」

きのこを食べて元気になり、また戦い始めた。

カキ-ン、キンキン。

 

疲れては休み、腹が減ればきのこを食べ、そして寝る。

そうして時間がどんどん流れていった。

 

 

 

ジルは休憩中、デロスとゼムルの戦いであまりの力の差に

何も出来ず、ただただ圧倒されている自分を思い出した。

「強くなりたい。」

その思いが心の底から溢れていた。

 

スケルトンナイトと戦い続けるうち、

徐々に互角へと近づき、しだいにジルが押していく

ようになった。

そしてついにジルの剣がスケルトンナイトの喉

に突きつけられた。

「やったー、勝ったぞ!」

ジルはこれまで負け続けたこともあり、

心から喜んだ。

今までほとんど動かなかった2体のうちの1体が

動き出した。そしてさっき勝ったスケルトンナイト

と共に構えだした。

「やっぱりだ。こいつらは弱い俺と遊んでるんじゃない。

俺を鍛えようとしてるんだ。理由は分からないけど。

食べれるきのこを教えてくれたことといい

こいつらは悪いモンスターじゃないんだ。」

そう自分を納得させ、2体のスケルトンナイトに向かっていった。

カキ-ン。

1体の剣を受けたと同時にもう1体の剣が突きつけられる。

「そうか、さっきまでといっしょじゃ全然ダメなんだ。

今度は両方の動きを確認しながらでないとな。」

 

そしてまた

戦い、休息、食事、寝るの繰り返し。

 

キンキン。

「おりゃ!」

カコーン。

1体に剣を突きつけたすぐにもう1体の剣を弾き飛ばした。

「よし、2人クリアーだ。」

そして最後の1体も加わることとなった。

 

しばらくして、

「やったー、完璧に勝ったぞー。」

ついに3体のスケルトンナイトに勝つことが出来た。



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22,23

「ありがとう。」

ジルは自分を鍛えてくれたスケルトンナイト達に

感謝の気持ちを表し、握手しようと手を差し延べた。

シュゥゥゥ。

スケルトンナイト達の体が急に薄くなりだした。

「え、どういうこと?」

そしてみるみるうちに消えてしまった。

最後の瞬間、表情のないスケルトンナイトたちが

僅かに笑みを浮かべているように見えた。

「ちょっと待てよ、やっと勝ったと思ったら

いきなり消えちまうのかよ。そりゃないだろう。

そんな...」

ジルは瞳を潤ませてつぶやいた。

しばらく呆然と立ち尽くしていたが、

気持ちを改め歩き始めた。

「こんなとこでくよくよしててもしょうがないしな。先に進もう。」

進みつづけると目の前に扉が現れた。

ジルがその扉を開けると、

ピカッ。

いきなり強烈な光が飛び込んできた。

気がつくとジルは元いた森の中にいた。

そこにはもうあの不思議な石は見当たらなかった。

「早く帰ろうか。何日も経っててマルクも心配してるだろうし。」

今度はすんなりと村まで帰ることが出来た。

「お帰りー。ちょっと遅かったですね。」

畑仕事を手伝っていたマルクと村の人たちが笑顔で迎えた。

「いやー悪いね。長い間、帰れなくて。」

ジルが申し訳なさそうに話すとマルクは少し不思議そうな顔をして、

「ジルが森に向かったのは昨日のことですよ。別に気にするような

ことじゃないですよ。」

「えっ!(じゃああの洞窟の出来事は何だったんだ?

もしかしてただの幻か夢を見ていただけなのか?

このことはマルクには話さないでおこう。)」

そうしてジルは今回のことを心の中にしまい込んだ。

「で、森はどうでした?ガイコツのお化けはいました?」

マルクは興味深そうにジルに聞いた。

「いや、いなかったよ。」

「そうですか。まぁ、よかったですね。これで村の人も森に

安心して出かけることができるでしょうね。」

「あぁ、そうだな。」

「今日はまた村で休んで、明日いよいよクラレッツ城に出発

しましょうか?」

「もちろん。」

そうして2人は眠りについた。

 

 

 

翌朝、

「本当にこの村にはお世話になりました。さようなら。」

マルクは村人達にお礼と別れの挨拶を言った。

「いやいやお主らのような若い旅人がやってきてくれて

こっちの方こそ楽しいときを過ごさせてもらったよ。

またよかったらいつでも戻ってきたらいいでな。」

「最初は何も思わなかったけどいざ別れるとなると

やっぱ寂しいもんだな。」

「あれジル、泣きそうですか?」

マルクがジルの顔を覗き込み笑みを浮かべる。

「バカ、泣くわけないだろう。ほら行くぞ。」

ジルは顔をうつむけながら早足で進み始めた。

 

一方、暗黒魔道士のアジトにて。

暗黒魔道士達は会議を開いていた。

「ムールがやられたそうだな。」

「あんなゴブリン使い。やられたところでたいした影響はない。

それより計画の方はどうなっている?」

「すでに刺客を放っている。計画実現は時間の問題だろう。」

「あとは待つだけか...フハハハハハハ。」

「人間共め、思い知れせてくれるわ。」

 

また一方、シュトラウス家では。

「父上、まだ我々は動かないのか?」

カフィールは少し焦りを感じていた。

「奴らはアジトによほど強力な隠れ蓑を使っているようだ。

奴らの魔力が感じられんとなれば、動きようがない。

今は待つしかない。」

カフィールの父、レオンは答えた。

「しかし、人々に被害が出てからでは遅い。」

「どうしたカフィール?いつも冷静なお前らしくないぞ。

焦っていては奴らの思うつぼだぞ。」

レオンがカフィールをなだめるように言った。

「いや、ちょっと気にかかることがあったから。」

「ふむ。お前の勘はバカにできないからな。奴らが動きだしたのも

何かもっと悪いことが起こる前兆かもしれん。

探りを強化する必要はあるな。」



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24,25

森の間を進んでいくジルとマルク。

ガサガサ。

「待って。なんかいるぞ。」

ジルはマルクに注意を促しとめた。

「なんでしょう?」

ガサガサガサッ。

現れたのは大イノシシだった。

「あれはイノシシですね。村で聞いた話では、

イノシシは人間を恐がってあまり近づかない

んですよ。人が寝てる夜や早朝に畑を荒らす

ことは多いそうですが。人間がえさを与えたりして

慣れが出なければ人を襲うことは少ないと思いますよ。」

「詳しい説明サンキュ。だけど、こいつは例外みたいだな。

見ろよ、興奮して俺達を襲う気満々だぜ。やるしかないな。」

ジルは剣を構える。

大イノシシは鼻息を荒くしてジルとマルクを狙っている。

「マルク、下がってろ。危ないからな。」

「はい、でも大丈夫ですか?ジルも危ないんじゃ?」

「心配するなって。」

大イノシシは勢いよく突進してきた。

ジルはその攻撃をさっとかわした。

まるで闘牛士のように。

「速い!」

マルクはジルの動きに少し驚いた。

「(いける。)」

ジルは大イノシシの方を向き剣を構え直した。

再び突進してくる大イノシシ。

グサッ。

突進をかわした瞬間、ジルは大イノシシの横腹に剣を突き刺した。

大イノシシは刺された反対側にバタッと倒れこんだ。

しばらくは暴れていたが、まもなく動きが止まった。

「やったー!勝ったぞー。」

「どうしたんですか。以前よりも強くなってるじゃないですか。」

「え、そうかな。ありがとう。そうだこのイノシシ食べちまおうぜ。」

2人はイノシシを丸焼きにして食事をした。

「調味料とかあったらよかったですね。」

「そうだな。これじゃまるっきり原始人だもんな。

でも味はまあまあかな。さっきまで生きてたから新鮮だもんな。」

 

 

 

「ダメだぁ。もう動けねぇ。」

ジルは地面に座り込んだ。

「あんな大きなイノシシ、全部食べようとするから。

お腹が張って動けなくなるのは当然ですよ。」

マルクは呆れた顔でジルに言った。

「いや~、なんかもったいなくてさぁ。」

「今夜はここで野宿ですね。」

「え、だってまだ日は落ちてないぜ。」

「じゃあ、これから動けるんですか?」

「そう言われるとちょっと...

もしかして怒ってる?」

「別に怒ってないですよ。そんなに旅を

急ぐ必要もないですし。」

「全くだ。」

ジルは素直にマルクの意見に従った。

 

そして次の朝。

「うん、体調万全。これなら今日中に

城まで辿り着けそうだ。」

ジルは元気一杯に体操をした。

「あんまりはしゃぐとまた疲れますよ。

でも、今日中に城まで辿り着くのには

賛成です。頑張りましょう。」

2人はまだまだ道のりは遠いと覚悟してたが、

歩き始めてすぐに城の姿が遠くから確認できるようになった。

「あれがそうじゃないですか?」

「え、そうなの?遠くからじゃよく分からないけど、

けっこう近くまできてたんだな。」

「もう一息ですね。」

そしてさらに歩きつづけること数十分、

城が目の前に見える城下町に到着した。



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26,27

「これがお城かぁ。ちッさいとき絵本では見たこと

あったけど実際に見たの初めてだなぁ。

こんなでっかかったんだ。」

ジルは生まれて初めて見る城を興味深く眺めていた。

「私は昔、魔法の先生に何度か連れられて入ったことが

ありますよ。」

マルクは少し昔のことを思い出していた。

「へぇ~、そうなんだ。ま、とにかくささっそく

中に入って見物してみようぜ。楽しみだなぁ。」

そしてジルは興奮した気持ちを抑えきれず早足で

門の前までやってきた。そこには槍を持った門番が

2人立っていた。

「俺達、城の中をちょっと見学したいんだけど

入っていいよね?」

ジルは元気よく答えた。しかし、

「今は厳戒態勢だから一般の者は入れないぞ。」

と門番はそっけなく答えた。

「そうなの?厳戒態勢って何かあるの?」

ジルは納得がいかない様子で門番に尋ねた。

「ええい、面倒くさい。そんなことは自分で調べろ。」

門番はそう言った後、2人を追い返した。

「ちぇ、もうちょっと親切にしてくれてもよさそうなのにな。」

ジルは不満がたまっていた。

「しかたないんじゃないですか?何だかピリピリした

様子でしたし。」

マルクはジルをなだめるように言った。

「それにしてもさぁ、、、ん?何だあれ?」

ふと目をやると近くに大きめの木の立て札が立てられていた。

「何でしょうね?見に行きましょうよ。」

すぐに見に行った札にはこう書かれていた。

『警備兵募集中。クラレッツ城主、ラゴズ。』

これを見たジルは目を輝かせた。

「これだ!」

 

 

 

再び門の前まで来たジルとマルク。

「あの立て札見たんだけど、今も募集してんの?」

「警備兵をやりたいのか?それなら中に入りなさい。

すぐに係りの者が案内するから。」

そうして2人は門を通された。

「意外なほどあっけなく中に入れたな。」

「そうですね。」

2人が立ち止まっていると一人の兵士が近づいてきた。

「警備兵の志願者だな。私の後についてきなさい。」

案内役の兵士に着いていくと広間に到着した。

「指示がでるまでここで待機してなさい。」

そう言うと兵士はどこかへ行ってしまった。

広間にはすでに数十名の志願者が集まっていた。

鎧兜を身に付けいかにも戦士らしいといった感じ

の者がほとんどだった。

「いっぱいいるなぁ。」

ジルは周りを見回して言った。

「ええ、ランターナの時よりも明らかに多いですよね。」

「ん?ランターナって?」

「私とジルが出会った町ですよ。」

「そういえば町の名前聞いてなかったな。」

ジルはしみじみとランターナでのことを思い出した。

「おい、知ってるか?ここの城主はかなりのケチらしいぜ。」

近くにいた別の戦士達が話をしている。

「なんでもこの城の兵士達の給料を下げたり、

支払いが滞ったりでどんどん辞めていったって話だ。

それで兵士が足りなくなって俺達みたいな見ず知らずの

者を雇おうとしてるらしいぜ。」

「おいそれじゃ俺達の報酬も危ういんじゃないのか?」

また別の所で、

「ここの住民はかなり苦しんでるらしいぜ。城主が

かなり重い税金をかけて、自分はその集めた金で珍しい宝石を

世界中から買い漁ってるんだとよ。」

「そりゃ、住民もたまんねぇな。出て行こうとか思わねぇのか?」

「他の土地へ行くっていうのもかなり大変なことだからな。

でもここの城主に不満が溜まってることは確かだな。」

周りの話を聞いたジルとマルク。

「ここの城主、かなり評判悪いみたいだな。」

「実際に見てみないことには。

噂話だけではなんとも言えませんよ。」

「そんな気にすることないって。俺達の

目的はあくまで城の見学にしとけばいいんだよ。」

「気持ちの持ちようってことですね。本当に悪い城主だったら、

その人のために働くなんて嫌ですもんね。」

2人が話していると、奥の扉から一人の男が現れた。

その男は全身を煌びやかな宝石が散りばめられた豪華な服

で身を包んでいた。



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28,29

大勢の志願者の前に現れた豪華な服を着た男。

すぐ傍には背の低い初老の男が立っていた。

そしてその背の低い男が喋りだした。

「私はこの城の執事を務めるトネリオと申します。

隣におられる城主様の代わりに私から皆さんに

説明させてもらいます。

 一週間前のことです。城主様に一通の手紙が届きました。

そこにはこう書かれていたのです。

『7つ太陽が沈むとき、貴公の持つ宝石レッドエメラルド

を頂きに参ります。盗賊団シャドウラビッツ』

と。そこで皆さんには城内の見回り及び盗賊団の

捕獲をお願いしたいのです。」

城主が手紙を持ち出しそれを叩いて大声で喋りだした。

「お前らぁ!こんなふざけた手紙をよこしたウサギ野郎を

絶対に引っ捕らえろぉ!殺しても構わん。

奴らに二度と太陽が見れないように酷い目にあわせてやれ。」

これを聞いたジルとマルクは

「おいおい、『殺しても構わん』ってずいぶんだな。」

「どうやらあの噂話は本当のようですね。」

城主が奥へと戻っていくとトネリオが再び説明を始めた。

「皆さんにはこの城の簡単な見取り図を配ります。

そこに皆さんに警備してもらう部分なども記してますので

よく見ておいて下さい。」

説明が終わると、トネリオは指をパチッと鳴らした。

すると兵士が何人か現れ皆に見取り図を配りだした。

「それでは私はこれで失礼します。みなさん明日の朝まで

よろしくお願いします。」

そう言ってトネリオも部屋を出て行った。

 

ジルは配られた見取り図を見て、

「なるほど。宝石のある部屋とその扉の前には信頼できる近衛兵を

置いて俺達には廊下や外側の部分を当てているのか。

俺達の中に盗賊が紛れ込んでいるとも限らないから用心してるんだな。」

「問題は私達2人はどこを警備するかですよね?」

「うん、この図には細かい配置は書かれていないから決められた

範囲ならどこでもいいってことだろうな。」

「外から見た感じではこの城には人が入れる程の大きさの窓は全くありませんから

入るとすればただ一つある正面の門からの入り口だけですよ。」

「じゃ、入り口を入ったすぐのとこで決まりだな。」

2人はさっそく入り口近くまで行ったが、すでに大勢が同じことを

考えてかそこに集まっていた。

 

 

 

「うわぁ~、雇われた奴ほとんどここに

いてるんじゃねぇの?」

ジルは周りを見回して呟いた。

「どうします?別のところに移りますか?」

マルクはジルに聞いてみた。

「いまさら別のところに行ってもねぇ...

元々やる気あんまりないしここでいいよ。」

「そうですか、まぁ盗賊もこれだけの兵を

見れば諦めて帰るかもしれませんよ。

そういえば城の見学はもういいんですか?」

「そうだった。まだ日が沈むまで時間も

ありそうだしいけるとこは行っておくか。」

そうして2人は日が沈むまで城の中をうろうろと

回り歩いていた。

 

一方、クラレッツ城の地下室にて。

「おい、ここは城主様以外立ち入り禁止だぞ。」

ある部屋の扉の前に立つ番兵の前に黒いローブに

身を包んだ男が現れた。

「愚かな。きさまには闇の世界を見せてやろう。」

そういうと男は手を番兵の顔に当て、

掌から妖しい光が発せられた。

「う、うわぁぁぁ!」

番兵は恐怖で顔をゆがませ意識を失った。

「もう目覚めることはあるまい。」

そう言い捨て男は扉の奥へと足を進めた。

そこには一つのなんの変哲もないコブシ大の石が

ぽつんと置かれていた。

「これだな。ではさっそく..」

バチッ!

男は手から電撃を出し石を砕いた。

そして誰にも知られることなく城を後にした。



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30,31

時間が刻々と過ぎていき、

やがて太陽は地平線の向こうに沈んでいった。

辺りは暗くなり灯りが燈るクラレッツ城では

緊張感が高まっていった。

「いよいよっていう感じですね。」

「ああ、もうみんな盗賊を捕らえる気

満々だもんな。」

 

ドッカーン!!

 

近くで大きな爆発音が聞こえた。

 

「何だ、何だ!」

「まさか壁を爆破して中に侵入したのか!」

「こうしちゃいられねぇ。早く爆破したとこに

行かねぇと。」

そうしてみんなは突然のことに驚き騒ぎながら

爆発音のした方へと駆け出していった。

「え、え。」

そんな中、ジルとマルクだけが状況を把握出来ず

ポツンと残っていた。

「なんか取り残されてしまいましたね。」

マルクが話し掛ける。

「ああ、これからどうしよう?俺達も追いかけるか?

でも今更行っても誰かがもう捕まえてるだろうけどな。」

「ウ~ン...」

2人はしばらく悩みその場に突っ立っていた。

ギィィィ。

正面の扉が静かに開いた。

音に反応し2人が扉に注目していると、

小さな眼鏡を鼻に掛けた男が入ってきた。

「あ!」

「あ!」

お互いに一瞬驚きながらも城の中に入ってきた男は

すぐに冷静を取り戻しかすかな笑みを浮かべた。

「ふっ、爆発に気を取られてここには誰もいないと思ったが

少しは利口な者もいたようだな。」

「(ただみんなに乗り遅れただけだ。)」

ジルは少し恥ずかしそうにし心の中で呟いた。

「ご褒美に俺の名前を教えてやるよ。俺はシャドウラビッツ

のリーダー、ジャック=クローバーだ。覚えときな。

それじゃ通させてもらうぜ。」

ジャックはつかつかと前へ歩き出した。

 

 

 

「ちょっと待てぇ!俺達が何のために

ここにいてるか分かってんだろう?

おとなしくここを通すとでも思ってるのか。」

ジルは剣を抜き戦闘態勢を整えた。

「ほぉ、この俺とやる気か。」

ジャックも腰に挿していたナイフを手にした。

マルクはこの状況をドキドキしながら見守っていた。

ジャックはジルに向かって突っ込んできた。

「こ、来い!」

ジルは緊張が高まりならがら待ち構えた。

そしてジャックがジルの目の前まで近づいてきたとき、

「一つ教えてやろう、戦うだけが能じゃないってな。」

と言って、空いているほうの手で小さな玉を取り出し

それを床へと投げつけた。

 

ボワ~ン。

 

辺りを煙が覆い尽くしお互いの姿が

全く見えなくなってしまった。

 

すぐに煙は晴れてきたがそこにジャックの姿はなかった。

「ゴホ、ゴホッ!あいつはどこだ。」

ジルは咳き込みながら周りを見回した。

「き、消えた。」

マルクは何が起こったのか理解できずきょとんとしていた。

「そんなはずはない。煙が出てる隙に宝の部屋

へ行ったに違いない。すぐ追いかけるぞ。」

ジルはマルクの手をとって走り出した。

宝の部屋の前に来ると2人の槍を持った衛兵が立っていた。

「はぁ、はぁ。なぁ、ここに盗賊が来なかった?」

ジルは少し息を切らして衛兵に尋ねた。

「おい、ここは君ら傭兵の守る場所じゃないぞ。

それにここには君ら以外誰も来てないぞ。」

「えっ、それじゃあ...もしかしてあんたらの内

どっちかが化けてるってことはないよな。」

といいながらジルは片方の顔をつねってみた。

「いてて、いい加減にしろっ!」

とつねられた衛兵がジルの胸倉を掴んだとき、

「ぎゃ~!!」

離れた所から大きな叫び声が聞こえた。



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32,33

「今のは城主ラゴズ様だ。私達はどんなことが

あってもこの場を離れないよう言われている。

君達、すぐに行ってくれないか。」

「もちろん。」

ジルとマルクは声を揃え快く承知し

ラゴズのもとへ駆けつけた。

城主の部屋に入ると、先ほど集まった傭兵達

の前での強気な態度とは違って驚き疲れ

放心状態に近い様子でベッドに座っていた。

「あ、あ、わしのレッドエメラルドが...」

「どうしたんですか?一体何があったんですか?」

マルクはラゴズに正気を取り戻すよう両肩をゆすって尋ねた。

「そうだ。盗賊がやってきてわしが肌身離さず

持っていたレッドエメラルドをスッと奪っていったんじゃ。」

ラゴズは正気を取り戻した。

「宝石は宝の部屋にあったんじゃないの。」

2人はまだ状況をうまく把握出来ずにいた。

「ふん、自分自身が持っているのが一番安全なんじゃ。

お前ら、何をしている。早く盗賊から宝石を

取り戻しに行かんか!」

ラゴズは右手をグーにして振りかざし

今にも2人を殴りつけようとしていた。

「わぁ~。」

2人は急いで部屋を出、盗賊を探したがもうどこにも

その姿は見つからなかった。

 

一晩があけて、雇われた傭兵達はまた一つの部屋へ

集められた。そこにラゴズが現れた。

「昨夜はご苦労だった。...と言いたい所だが、何だ!

これだけの人数がいながら宝をあっさり盗られてしまう

とは。お前らに払う金などないわ!

さっさと帰れっ!」

「なんだとぉ!俺達を舐めるのもいい加減にしろよ!」

傭兵達はラゴズの言葉に怒りが込み上がり

大きく騒ぎ始めた。

「おい、マルク。この雰囲気、やばくねぇ?」

「出て行ったほうがよさそうですね。」

2人は相談し、この騒ぎの中から城を抜け出した。

 

その後、城では。

「ラゴズを縛り上げちまえっ!」

大勢の傭兵たちがラゴズの元へ押し寄せてきた。

「おい、トネリオ。近衛兵はどうしたんだ?」

「それが...全員給料が滞っていることを理由に

辞めていきました。」

「な、なにぃ。」

「それで私も辞めさせて頂きます。」

そう言ってトネリオはラゴズから離れ城から出て行った。

「うわぁぁぁ!」

ラゴズは家来に見捨てられ怒った傭兵たちにボコられることとなった。

 

 

 

クラレッツ城を後にしたジルとマルク。

グ~~。

「そういえば昨日から何も食べてないから

お腹が空きましたね。」

「そうだな。早く町に着かないかな。」

2人は空腹のため力が出ず、ふらふらと歩いていた。

「あっ、城が見えますよ。」

「本当だ。ついさっきクラレッツ城から離れた

ばっかりなのに近いな。」

2人はその城に向かって進んでいくと城の元に町が

広がっていた。

「早く、飯だ飯だ。」

一目散に町の食堂に入った。

 

バクバクバクバク。

「いやー、うまいな。」

2人はぺろりとご飯を平らげるとようやく一息ついた。

「お腹もいっぱいになったことですし

次は何をしますか?」

「やっぱりまずは城に行ってみる?」

「また門前払いされるかもしれませんが

行ってみる価値はありますよね。」

というわけで城の前までやってきた。

そこには門番が笑顔で立っていた。

「なんかクラレッツ城とは雰囲気が違いますね」

「あそこは偉そうにしてたからなぁ。」

などと話していると門番が声をかけてきた。

「ようこそランドール城へ。このランドール王国

を治める王様ハンスⅢ世はとてもいい方です。

是非会われてみてはよろしいかと思います。」

「城の中に入ってもいいの?」

「どうぞ。」

ジルとマルクは親切な門番に気持ちよくなりながら

城の中へと入っていった。



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34,35

ジルとマルクは城の中に入ると

きれいな花が生けてある花瓶があちこち

に見られ華やかな雰囲気が漂っていた。

「きれいですね。」

「それにしても多いよな。よっぽど

花好きな人がいるんだろな。」

2人は様々な花を眺めながら

王様がいるという玉座の間へと足を踏み入れた。

「ドキドキするな。王様って偉い人だろ。

そんでもって立派なヒゲとか生やしてたりする

ような。でも門番がいい人なんだから

王様もきっといい人だろうな。」

「私もすごい緊張してきました。」

2人は不安と期待を胸にしながら王様のもとへ

やってきた。

「え、これが王様。な~んだ、ただの子供じゃん。

王子の間違いじゃないの。しかも首にそこらへんに

落ちてるような石ころぶら下げて。緊張して損したな。」

「ダメですよ、ジル。失礼ですよ。」

マルクは冷や汗を流した。

「む!王に対してその態度はなんと無礼な。

この者達を地下の牢屋にぶちこんでおけっ!」

傍にいた老臣がジルの態度に怒りを爆発させた。

それを見た王、ハンスは老臣をなだめるように

「よいのだ、セバスチャン。私は若いしまだまだ力が

足りないのだから見下されてもしょうがない。」

「しかしですな。このようなことを黙っていては

王の威厳が損なわれてしまうことに...」

次にハンスはジルの方を見て

「実は先代の王である私の父は病によって

2年前に亡くなったのだ。それで私が王と

なっている訳なんだ。まぁ王とは言っても

実際の政治などは隣にいるセバスチャンが代わり

に指示してくれているのだ。あと石のことは、

この国の王が身につけるしきたりになってるんだ。

気にしないでくれ、」

「そうだったのか。そうとは知らずさっきは失礼な

態度をとってしまってすいませんでした。」

ジルはハンスに素直に謝った。

「もういいと言っただろう。それよりせっかく

この国に来たのだから楽しんでいってくれたまえ。」

「ありがとうございます。」

ジルとマルクはハンスに礼を言って城を後にした。

 

 

 

城から出てきたジルとマルク。

「ちょっと若すぎのような気もするけど

なかなかいい王様だったな。

それじゃ、次は城下町の探索と行きますか。」

「そうですね。ん?あれは?」

そう言ってマルクは離れた城の側面から

少し離れた筋違いの道を2人と同じ方向に

歩いている少年を指差した。

「ちょっと遠くて分かりにくいけど

あれって王様じゃねぇ?どうしたんだろ?

さっきと違って普通の人っぱい格好して

帽子かぶったりして。」

「どうも町に向かってるようですね。

もしかしてお忍びとかいうものですか?」

「なんかおもしろそうだな。

後をつけてみようぜ。」

「やめときましょうよ。こんなストーカー

みたいなこと。」

マルクはジルを止めようとしたが、

「でもさマルクも気になるだろ?」

「それは...」

「だろ。」

ジルに無理やりマルクを説得し

2人は物陰に隠れながら少年の跡をつけた。

少年は町の中の一つの花屋を訪れた。

花屋では可愛らしい少女が出迎えていた。

少年は恥ずかしそうに顔を赤くし

うつむき加減になりながら花を買って

花屋をあとにした。

少年が人の気配がほとんどしない道まで

来たとき、ジルがそーっと後ろから声をかけた。

「お~さま。」

「わぁっっっ!!」

少年は驚いてビクッと肩を震わせながら

後ろを振り返った。



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36,37

「やっぱりハンス王だ。どうして

こんな格好を?」

「いや、城にいるときのあの格好だと町が騒がしく

なってしまうから。」

「城を留守にしたりしても大丈夫なんですか?」

マルクも尋ねた。

「ああそれは影武者がいるから問題ないよ。」

「へぇ~、ところであの花屋の女の子が

好きなんですか?」

ジルが核心をついた。

「えっ!まさか見てたのか?」

ハンス王は急に顔を赤らめた。

「ええ、バッチリと見とりました。

それで、どうなんですか?」

ジルはハンス王にぐいっと近づく。

「いやその...なんていうか...気になると

いうか......実は、好きなんだ。」

ハンス王はもじもじしながら答えた。

「よしここは俺達が人肌脱ぎましょう。

この愛のキューピット、ジル様がいれば

カップル成立間違い無しですよ。」

「誰が愛のキューピットですか!そんなの

初めて聞きましたよ。」

「まあまあ、細かいことは気にしないで。

それじゃあいってみよう、やってみよう。

名付けて『ラブラブ大作戦』!」

ジルのテンションはさらに上がった。

「くはぁー。」

マルクとハンス王は恥ずかしくて

顔が真っ赤になった。

「その『ラブラブ大作戦』っていうのは

どうかと思うんですけど。」

「ん?分かりやすくていいと思ったんだけど。

『LOVE×2大作戦』の方がいい?」

「そういう問題ではなくて。表現が

ストレートすぎるでしょ。もっと

『花屋娘恋愛成就作戦』とか、ねぇハンス王。」

「その名前もどうかと思うが...」

「もう名前なんてどうでもいいよ。」

ジルはボソッと言い放ち話を投げ出した。

「ええぇー。」

自分から言ったことなのにと思う反面、

変な名前がつかなくてほっとするマルクとハンス王だった。

 

 

 

「あの~、そろそろ

作戦の中身の方を教えてくれるかな?」

すっかり落ち着いたハンス王が尋ねた。

「そうでした。まかせてください。

ちゃ~んと考えてありますから。

ところで相手の女の子のことで

知っていることを教えて

もらえますか、ハンス王。」

「いや、ほとんど喋ったことがないから

何にも、名前すら知らないんだ。」

「そんなことだと思いましたよ。

ハンス王の様子を見てたら。

そこで、

『作戦その1』

まず俺が客のふりをして花屋まで

行き、話をし相手の女の子の情報を

聞き出します。」

「へぇ~。」

マルクの顔が不安から笑顔に変わる。

「なんだよ、マルク。」

「最初ふざけてたから、いきなり

告白させたりとか思い切ったこと

するのかと思ってたんで、

意外だなーと感心しました。」

「ちょっと照れるだろ。やめろよ。

で、ハンス王には今日は何もやってもらうことは

ないのでまた明日の朝この辺りに来てください。」

「うむ、分かった。」

そう言ってハンス王は城へと帰っていった。

「それじゃ俺が探りに行ってくるよ。」

「私はいっしょには行かないのですか?」

「ああ、マルクには明日頑張ってもらう予定だから

今日はもう休んでていいよ、ふふふふ。」

ジルは不気味な笑みを浮かべて言った。

「なんか少し恐いんですけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫だから今晩泊まる宿屋でも探して

おいてよ。そんなに時間はかからないはずだから

見つかったらすぐ花屋の近くまできたらいいよ。」

「分かりました。くれぐれも気をつけて。」

マルクに見送られ、ジルは一人で花屋に向かった。



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38,39

「いらっしゃいませ。」

花屋を訪れたジルを迎えたのは少女ではなく

きれいな大人の女性だった。

「俺と結婚してください!」

ジルは突然、告白した。

「あら、困ったわねぇ。私、結婚してて

娘も一人いるのよ。ごめんなさいね。」

「そんな、気にしないでいいっす。

こっちこそ突然変なこと言ってすいません。

ところで、娘さんってこのお店を手伝ったり

してますか?」

「そうよ。ミウっていうの。

でもどうして?」

「いえ、この辺りを通りかかったときに

見かけたもんで。ミウちゃんですかぁ、

いい名前ですね。俺の知り合いでミウちゃん

くらいの年の男の子がいるんですけどね、なんか

好きな子がいるって言うんですよ。最近の子供

はそういうのが早いみたいですね。

ミウちゃんはどうですか?」

「そうね、うちのミウは好きとまでは

言わないけどちょっと気になる子がいるみたいね。

よく花を買いに来る男の子。恥ずかしそうにして

ほとんど喋らないんですけどね。花好きな男の子

なんて珍しいでしょ。ミウも花が大好きだから

気が合いそうって思ってるらしいわ。」

「なるほど。」

ジルは満足そうな顔をして話を聞いた。

「ところで、何の用だったかしら?」

ジルは思わぬ質問に慌てた。

「え~と、そうだ。友人の誕生パーティーがあって、

花束でも持っていこうかと思って。」

「そう、それじゃあ適当に選んで包んであげるわね。」

ジルは花束を代金と引き換えに受け取り、店を出た。

そこにちょうどマルクが宿屋を探してやってきた。

 

 

 

「ジル、いい宿屋が見つかりましたよ。

そっちはどうでした?」

「まだちょっとやることがあるんだけど

今日のところはまずまずかな。」

ジルは満足そうな顔でマルクに答えた。

2人はまっすぐにマルクの見つけた宿屋へと向かった。

宿屋では髭を生やした主人が出迎えた。

「さきほど予約しておいたマルクといいますが...」

「ああ。ちゃんと部屋を用意してあるよ。

うちはレストランもいっしょにやっているが

夕食はここで食べるか?」

「はい、お願いします。」

「ところで、マスター。この辺りにいい雰囲気の

公園かなんかはあるかな?」

ジルが尋ねた。

「それだったらフォンダル公園がいいと思うぞ。

よくカップルがデートしてたりするからな。」

「サンキュー、マスター。」

ジルとマルクは夕食をとり、寝床についた。

 

...シュトラウス家では、レオンとカフィールが

地図の上に水晶をかざし、真剣な表情で話し合っていた。

「ここに感じられる魔力は僅かなものだが悪しき気配が

感じられる。お前はどうだ、カフィール?」

「私の体にもひしひしと邪悪な気が感じられる。」

「ふむ、やはり奴等がここで『隠れ蓑』を使ってアジトに

しているとみて間違いはなさそうだな。」

「では、いよいよ出撃を?」

「うむ、だが奴等の策略が動いているとなるとそれを

止めにも行かねばならん。」

「2手に分かれるのか。」

「そうだ。奴等の策略を放っておくわけにはいかんが

止めればすぐに次のが動き出さないとも限らんからな。

お前は策略を止めに行ってくれ。場所はこの魔力が

にじみ出ている...」

「分かっている、...だからだろ?」

「その通りだ。ではわしは仲間を集めすぐに

アジトへ向かう。」

レオンとカフィールはすぐに準備をし、外に出て馬にまたがった。

「父上、死ぬなよ。」

自分を心配するカフィールの言葉にレオンはうっすら笑みを浮かべた。

「お前こそ油断するな。」

2人の乗った馬は違う方向に向かって駆け出した。



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40,41

翌朝、

「ふぁぁ。おはよう、マルク。」

「おはよう、ジル。」

「相変わらずお前は起きるの早いな。」

「そんな変わらないですよ。それより作戦の

方は大丈夫ですか?」

「うん、ハンス王次第なところが大きいんだけどな。

ま、なんとなるよ。」

2人は朝ご飯を食べ終えると、ハンス王との

待ち合わせ場所へと向かった。

まだハンス王は来ていなかった。

「私の仕事をまだ聞いてなかったんですけど、

そろそろ教えてくれませんか?」

「ああ、そうだったな。実はな...」

ジルはマルクの耳元で囁く。

「え~っ!悪いチンピラの役ぅ?

私と性格が全然違うじゃないですか。」

「ほんとだったら、俺がやるところなんだけど

ほら昨日店に行って母親にあってるだろ?

万が一出てきたらさ変装しててもばれるかも

しれないじゃんか。頼むよ~。」

ジルはマルクに手を合わせて頼み込んだ。

「ま、頑張ってはみますけど。どうなっても

知りませんよ、もう。」

マルクはいやいや引き受けることにした。

そうこう言ってる内にハンス王が周囲を気にしながら

やってきた。

 

 

 

「おはよう。ジルとマルクだったかな?」

「おはようございます、王様。」

お互い軽く挨拶をするとすぐに本題へ入った。

「作戦とかは大丈夫なのか?」

「はい、もちろん。ただその前に聞いておきたい

ことがあるのですが...」

「なんだ、言ってくれ。」

「王様は花については詳しいんですか?」

「それは買ってすぐに枯らせてはいけないと思うから

花の長持ちさせる仕方とか花の名前くらいは

知っているが。」

「う~ん、少し心許ないか。

それでは王様。午前中は花の本を読んで

出来るだけ多くの知識を詰め込んでください。」

「分かった。」

自信のある顔をしているジルを見て、

ハンス王は素直に花の本を読みふけった。

 

そして、午後。

「遂に準備が整いました。これより作戦を実行

に移したいと思います。」

ジルが指揮官のようにハンス王とマルクに話す。

「作戦はこうです。まず花屋にミウちゃんがいることを

確認したら、マルクがチンピラとして絡みに行きます。

そこへハンス王が飛び出しミウちゃんを助ける。

この時きっとハンス王にドキッとなるはずです。

そこを狙ってフォンダル公園へデートに誘います。

デートでは花の話をしながら少しずつ恋愛の話へと

もっていく。その辺は難しいですが、要は気持ちが

伝わるかですからそんなうまく喋れなくても大丈夫。

最後に告白で完了です。」

「頑張りましょうね、ハンス王。」

「悪いな。こんなにしてもらって。」

「いいんですよ。楽しんでやってる部分もありますから。」

「そういってもらえるとうれしいよ。」

ハンス王は笑顔になった。

「それじゃ行きますね。すぐ後に来てくださいね。」

そう言ってマルクは花屋へと向かった。



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42,43

花屋にて、

「よお、お嬢ちゃん。お兄ちゃん、お金落として

困ってるんだよ。なぁ、ちょっと貸してくれよ。

あるんだろ?店の中に。」

「え、そんなぁ。あの、その...」

チンピラマルクが、一人で店番をしていたミウに絡んでいた。

ミウは怖くてどうしたらいいのか分からず泣きそうに

なっていた。

そこにハンス王が近づいてきた。

「こら、その子をいじめるとこの私が許さないぞっ!」

ハンス王は声を張り上げた。

「なんだ、てめぇ。関係ねぇだろ。引っ込んでろ。」

そう言ってチンピラマルクはハンス王に殴りかかる。

「わぁ!」

びっくりしたハンス王は手を前に出し身を守るようにして

目をつぶった。

ドン!

チンピラマルクはハンス王の手によって弾かれたかのように

後ろに倒れた。

「くそぉ、やりやがったな。覚えてろよ。」

そう言って、チンピラマルクは逃げるように立ち去った。

「あ、えーと、大丈夫か?」

「ありがとう、助けてくれて。」

ハンス王は恥ずかしがりながらもミウに話し掛けた。

「こ、こんなときでなんなんだけど、その、

君をデートに誘ってもいいかな?」

「うん。」

ミウは顔を赤らめながら答えた。

「あの、ママがもうすぐ帰ってくるから、

ちょっとだけ待っててね。」

ミウは一言付け加えた。その言葉通りミウの母

はどこからか帰ってきた。

「ママ、これから、その、デートなんだけど...いいかな?」

ミウは恥ずかしそうに言った。

「そう、じゃあ店はいいからいってらっしゃい。」

ミウの母は笑顔で送り出した。

 

 

 

ハンス王とミウはいっしょに歩き出した。

「ねぇ、どこに行くの?」

ミウは尋ねた。

「フォンダル公園に行こうと思うんだ。」

「すてきね。」

そうこう言いながら歩いているうちに公園に着いた。

「あそこのベンチ空いてるから座ろうか。」

ハンス王は持っていたハンカチをベンチに敷いて、

そこへミウを先に座らせた。

「ありがとう。」

ミウはハンス王の心配りにお礼を言った。

「そういえばまだ名前を言ってなかったな。

私はハンスだ。誰に聞いたのだったかな?

確かミウだったかな。」

「うん。」

「ミウは花が好きなのか?」

「うん。ハンスも?」

「ああ、もちろんだ。花はいいな。

きれいな花を見ていると気持ちが豊かになるよ。」

「フフ。私も花を見ていると幸せな気分になるの。」

ミウはハンスが同じ様に花が好きなのを

嬉しく思い少し笑った。

 

2人の様子を草陰から見守るジルとマルク。

「順調だな、ハンス王。」

「そうですね。」

「それにしてもマルクの不良っぷりはなかなかよかったぞ。」

「やめてくださいよ。自分の中じゃもう一杯一杯だったんですから。」

「ハハハ。そいつは悪かった。

おっと静かにしないと気づかれてしまう。

さて、これからどうなるかな?」



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44,45

ハンスとミウは花の話で盛り上がっていた。

「バーベナってかわいいよね。」

「ああ、なかでも赤色のが好きだな。」

最初はお互いに緊張していた部分があったが、

かなり和らいできた。

...それからしばらくして、

「あ、えーと。ミウはどんな男が好きかな?」

ハンスは思い切って聞いてみた。

ミウはドキッとして急に顔が赤くなった。

「優しい人。ハンスのような。」

ミウは少し下向き加減で答えた。

「えっ!」

ハンスも顔を赤くした。

「私はミウのことが好きだ。」

ハンスはついに告白した。

「私も好き。」

ミウはハンスの告白をすぐに受け入れた。

しばらく2人は寄り添って座り続けた。

 

「もう日が暮れる。帰ろうか。」

「うん。また会えるよね。」

「もちろんだ。」

ハンスはミウを手を振って見送った。

ミウが見えなくなるとジルとマルクが草むらから出てきた。

「やりましたね、ハンス王。」

ジルとマルクは声を揃えて祝福した。

「これも全てジルとマルクのおかげだ。ありがとう。」

ハンスは2人に心から礼を言った。

「そんなことはありませんよ。ハンス王が頑張った結果ですよ。」

マルクがハンスにそう言葉をかけると、

「そうだ。今晩、城に泊まっていかないか?歓迎するぞ。」

「え、いいんですか?それじゃお言葉に甘えまして。」

ジルは飛び切りの笑顔で答えた。

そして3人は城へと向かって歩き出した。

 

 

 

ハンスとジルとマルクが一緒に城に

向かって歩いていると、

ブンッ!

突然、目の前に黒いローブを着た男が現れた。

「まさか王が肌身離さず持っていたとはなぁ。

いくら城の中を捜しても無いはずだ。」

黒ローブの男は独り言を言った。

「誰だ、お前!」

ジルは思わず叫んだ。

「私の名はカルトル。さぁその首に下げてる

石をもらおうか。」

カルトルはハンスの胸にある石の首飾りを

指差した。

「この石に何があるのかは知らないが、

お前にやる義務はない。」

ハンスは妖しいカルトルを見て、断った。

「お前に選択する権利など最初からないのだ。」

そう言うとカルトルは掌をハンスに向け、

電撃を発した。

バチッ。

電撃はハンスの石に直撃し、砕け散った。

「うわぁぁぁ。」

電撃の衝撃でハンスは後ろに倒れこんだ。

ジルとマルクはすぐにハンスに駆け寄った。

「大丈夫です。命に別状はありません。」

マルクはハンスの容態を見て言った。

「てめぇ、何しやがるんだ!」

ジルはカルトルに対して吼えた。

「最後の封印はエトールか。」

カルトルはジルたちを無視しフッと姿を消した。



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46,47

「う、うぅぅ。私はいったい。」

「ハンス王、気がつきましたか。」

「ああ、確か黒いローブの男の

電撃を受けたんだったな。」

「ええ、カルトルとかいった奴です。

それにしてもあの石は何なんですか?

封印とかエトールとか。」

「封印?何のことかさっぱり分からない。

あの石はただの慣習でつけているものだと

思っていたし。エトールというのはクラレッツ

と同じように我が国のすぐ近くにある国だが。」

「とにかくエトールに行かないと謎は解けないって

訳か。急いで追いかけよう、マルク。」

「しかし、王様を放っては...」

「私のことなら心配ない。どうも嫌な予感がする。

急いでいってほしい。十分気をつけてな。」

ジルとマルクはハンスを置いて、エトールへと

向かった。

 

エトールでは。

「これが最後の封印石か。これを破壊すれば...」

カルトルは広場の中心にある。大きな石の玉を見て言った。

「待ちなさい。それを破壊させる訳にはいきません。」

「誰だ?」

カルトルの目の前にドレスを着た美しい女性が現れた。

「私はエトールの王女、レナです。邪悪なあなたの

思い通りにはさせません。」

レナは毅然とした態度で答えた。

現れた王女に周りにいた人々は注目しだした。

「皆さん、ここは危険です。しばらくの間、ここから離れた

安全な場所に避難してください。」

レナは周りの人々にむかって大きな声で注意を促した。

人々は事情が分からず戸惑いながらも王女の一言に

素直に従い、遠くへと避難していった。

 

 

 

巨大な石を間にし向かい合うカルトルとレナ。

「どうやらこの石のことを知っているらしいな。

だが、おまえに何が出来るのだ。」

カルトルは手を石に向け電撃を放った。

バンッ。

電撃は石に届く前で弾かれた。

「バリアーか。」

レナは両手を前に出し、自分だけでなく石を覆う

ほどの大きさのバリアーを作り出していた。

「だが、いつまでもつかな。」

カルトルは再び電撃を発した。

「きゃぁっ!」

レナは衝撃でバリアーが解けそうになった。

バリバリッ。

カルトルは電撃を石に向けて送りつづける。

「(くっ。なんとしても耐えなければ。

きっと助けが来てくれるはずだから)」

レナは苦しい表情をしながらもバリアーを

張りつづける。

 

暗黒魔道士アジト近くで。

「急げっ。奴らのアジトはもうすぐだ。」

数人の仲間を連れたレオンは馬を飛ばしていた。

そこで黒いローブを着た者が多数現れた。

レオンたちはそれを見て慌てて馬を止めた。

「これはお揃いでようこそ。私の名はタムト。

ここのリーダーといったところかな。」

中心にいた老人が不気味な笑みを浮かべて

レオンに話し掛けた。

「まさか気づいていたのか。」

レオンは驚きの表情で言った。

「当然だよ。君たちが私たちの事を探るのと

同じように私たちも動きに注目していたからな。

隠れ蓑なんて最初に気づいてたら何の役にも

立たないよ。」

「そういうことか。ならばここで決着をつけるまで。」

レオンと他の仲間たちは馬から降り馬を遠くに避難させ

落ち着きを取り戻し、士気を高めた。



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48,49

暗黒魔道士の軍団と対峙したレオンとその仲間。

「決着を着けるだって?結果は見え見えだよ。

君たちはここに私たちがいることを知らなかった。

そして私たちは君たちがここに来ることを知っていた。

その差は大きいよ。どう殺そうかじっくり

考えていられたからね!」

タムトが喋り終わると同時に他の暗黒魔道士達に

攻撃の合図を送った。

暗黒魔道士達は掌をレオンたちに向け、

黒き矢の魔法を放った。

「いかん、『マジックシールド』。」

レオンはすぐに目の前にシールドを張った。

「無駄だよ。」

タムトがそう言うと、黒き矢はシールドを避けるかの如く曲がり、

側面からレオンたちに突き刺さった。

「ぐはっ。」

その攻撃でレオン以外は全員倒れてもう二度と動かなくなった。

レオン自身もかなりのダメージを受け片方の膝をついて

立ち上がることすら出来なかった。

「すまない、みんな。」

倒れた仲間たちに向かってレオンは詫びた。

「ずいぶんあっさりと決着が着いたようだね。

もう少し楽しませてくれると思ったんだけどね。」

余裕の表情でタムトは呟いた。

「まだ終わってはいない。わが身滅びようとも

決して悪に屈したりはしない。さらばだ、カフィール。」

レオンは決死の力で立ち上がると、胸につけた十字架の

ペンダントが光り始めた。

「いったい何をする気だ。」

暗黒魔道士たちは警戒した。

「いくぞ、『メルトクロス』!」

レオンは胸を張り、ペンダントからの光は十字状になり

どんどん大きくなっていった。

 

 

 

レオンのペンダントから発せられた十字の光はさらに大きくなり、

暗黒魔道士達を全て包み込んだ。

「ぐぁぁぁぁぁぁ!」「ぐぎゃぁー。」

「あぁぁぁぁ。」

暗黒魔道士たちは体が焼けドロドロに融けていく。

「ぐぬぅぅ。まさか自爆技でこっちも全滅するとは。

しかしこれで勝ったと思わないことだ。

我ら暗黒魔道士の頂点に君臨する大魔道カーラ様が

いる限りお前たち人間に未来などないのだからね。」

最後の言葉を残し、タムトも生き絶えた。

「だ、大魔道カーラとは。だが私と同じ意思を持つ

者がいる限り心配は...な.....い。」

ばたんっ。

命を燃やし真っ白になったレオンは意思を継ぐ者がいることを

確信し安らかに息を引き取った。

 

その頃カフィールはエトールに向かって馬を飛ばしていた。

「この胸騒ぎは。やはり父上は...」

 

エトールでは、カルトルの攻撃にまだレナは耐えていた。

「もうそろそろか。足にきてるな、お姫様。」

「(早く誰か来て、お願い。)」

レナの魔力が尽き、バリアーが消えた。

「終わりだ。」

バチッ。

巨大な石の一部がかけて斜めに大きなひびが入った。

そのひびに沿って石の上部分がずれ落ちていく。

ドシーン。

石は2つに分かれた。

「はぁはぁ。やっと追いついたぞ、カルトル。」

そこへジルとマルクが息を切らしながら走って現れた。

「はっはっはっ。助けに来たのがこんな未熟な奴らとはな。

残念だったな、お姫様よ。それにもう遅い。封印はすでに解けた。」

カルトルがそう言うと石の辺りからプシューと

黒い煙が噴出した。



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50,51

石から出た煙はやがて集まり一つの物体を作り上げていく。

「なんだ、なんだ?」

「なんですか、あれは?」

ジルとマルクは何が起こっているのか分からず

混乱していた。

「早く、逃げて。」

レナはその正体が分かっているらしく恐怖の表情を

浮かべジルとマルクに向かって言った。

「何言ってんだよ、きれいなねーちゃん。

俺はあいつを倒すためにわざわざ来たんだぜ。」

ジルはカルトルを指差して言った。

「ふははは。甦るぞ、古の魔獣『ラクシャーサ』が。」

カルトルはジルたちを無視し喜び震えていた。

煙だったものは4本足に人型の上半身をした大きなモンスター

へと姿を変えた。その顔はまさに鬼のようで全身から

鋭い爪や牙が突き出していた。

甦ったばかりのラクシャーサは、

手を握ったり開いたりを目で見て

じっくりと自分の体の動きの感触を確認していた。

「これは...。」

ジルとマルクはあっけにとられている。

「もう終わりよ。」

レナは顔を手で覆い、現実から目を逸らしたくなった。

「さあ、行け。ラクシャーサよ。人間どもに地獄を

見せてやれ。」

カルトルがジルやレナたちを指差して言った。

「うるさい、俺に指図をするな。」

ぐしゃ。

カルトルの頭部がラクシャーサの手によって握り潰された。

「え。」

それを見ていた3人は驚きを隠せなかった。

 

 

 

「俺をつまらん石に封印しやがって。人間どもめ、許さん。

皆殺しにしてやる。」

ラクシャーサは怒りで自分の手を強く握り締めた。

そして視界に入った3人を見て激しく睨みつけた。

「あなたたちは早く逃げて。」

レナは自分を犠牲に2人を逃がす覚悟をした。

「あなたはどうするんですか?」

マルクがレナに尋ねた。

「私はこの国の王女。どんなことがあろうとも国民を

放って逃げる訳にはいきません。」

レナがそう答えるとすぐにジルが、

「おい勝手に決めるなよ。なんで敵が目の前にいるのに

逃げなきゃいけないんだ?倒せばいいんだよ。」

と言って剣を構えると一直線にラクシャーサに向かって

いった。

「(よし、いける。)」

ジルはラクシャーサに素早く斬りかかった。

パキン。

「げ、うそ。」

ジルの剣がラクシャーサの腕に当たった瞬間にあっさりと

折れてしまった。ショックを受け動きの止まったジルを

ラクシャーサはその手の鋭い爪で切り裂いた。

「うぎゃぁぁ。」

ジルの腹から血を流し大きなダメージを受けて倒れた。

さらにラクシャーサはジルにとどめを刺そうと腕を振り上げ

爪をジルの心臓目掛けて突き刺そうとした。



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52,53

ジルはラクシャーサによって命を奪われようとしていた。

「王女様、動けますか。」

「魔力は尽きてしまいましたが、体は大丈夫です。」

「それではジルを助けてもらえませんか?魔獣は

私がひきつけますから。」

「ええ、わかりました。」

マルクはジルのことをレナに頼むと

ラクシャーサに片手でぎりぎりもてるくらいの大きさの

石を力いっぱいぶつけた。

当てられたラクシャーサはマルク見た。

「先に死にたいらしいな。」

そう言うと口を開け炎を吐いた。

「ウインドガード。」

マルクは自分の前に魔法で風の壁を作った。

しかし強烈な炎を防ぎきることが出来ずマルクの体が

炎に包まれる。

「うわぁぁぁぁ!」

マルクは地面に転がりなんとか火を消したが、

あまりの火傷の苦痛に意識を失った。

「む、何をしている?」

ラクシャーサはジルの肩を持ち引きずりながら

運ぼうとしているレナに気づいた。

ビッ!

ラクシャーサは目から光線を出し、

レナの体を貫いた。

「きゃぁぁぁっ!」

レナはジルとともに地面に倒れた。

「う、うぅ。」

その倒れた衝撃でジルは意識を取り戻した。

「体中が痛え。あれ、どうなってるんだ?

お姫様が隣で血を流して倒れて、

マルクはどこだ?あっ、酷い火傷をしてるじゃないか。

お前が... 」

ジルは立ち上がりラクシャーサを睨んだ。

 

 

 

「まだ立ち上がれるとはな。俺の力も

ずいぶん落ちたもんだな。だが、安心しろ。

すぐに地獄へ連れてってやる。」」

ジルは怒りで深い傷口の痛みを忘れて、

近くに落ちていた自分の折れた剣を拾った。

「うおぉぉぉぉぉぉ!」

ジルは我を失い吼えると同時に体が黒いオーラで

包まれた。そのオーラは折れた剣先を補うように

剣状に伸びていた。

「なんだ、その邪悪な闘気は。貴様は人間じゃ...」

「ぐおぉぉぉ!」

ジルはラクシャーサにものすごい勢いで斬りかかった。

ズバッ。

オーラの剣はラクシャーサの左腕を切り落とした。

「うぎゃぁぁ。」

苦しむラクシャーサの体にさらに剣を突き刺す。

この攻撃でラクシャーサのコアと呼ばれる人間の

心臓にあたる部分に亀裂が入った。

しかしそこでジルは体力を使い果たし力尽きた。

「はぁはぁ、手間取らせやがって。」

ようやく到着したカフィールは傷つき倒れている王女と

2人の少年を見て

「すでに犠牲者が出ていたか。まだ生きていればいいが。」

と呟き、一番近くにいたマルクの容態をよく見ようと近づいたとき

「まだ人間がいたか。人間はどいつもこいつも殺してやる。」

フラフラのラクシャーサがカフィールに向かっていった。

「どういうことだ、これは?」

魔獣を見るとすでに瀕死の状態であることに驚いた。

「すこし待ってろ。すぐ終わらせる。」

カフィールは剣を抜いて構えた。

「『ホーリーファング』。」

カフィールの剣は聖なる光を帯びて先ほどジルが突き刺した

個所に再び突き刺しコアを完全に破壊した。そしてコアを

失ったラクシャーサの体はボロボロと崩れ落ちた。



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54,55

「終わったか。」

カフィールはフッと一息つくとすぐにマルクの

もとへ駆け寄った。

「酷い火傷だが、まだ生きている。」

カフィールはマルクの体に手を当て

「『ヒール』。」

と魔法を唱えると手がぼんやり光りマルクの火傷

が消えていく。

「意識もすぐに取り戻すだろう。」

そう言ってカフィールは次にレナのもとへいった。

「王女も生きていたか、よかった。何かで体を貫かれた

ようだが、心臓には当たらなくて助かったんだな。」

レナもマルクと同様に魔法で傷を癒した。

「最後はあいつか。」

そう言ってジルに近づいたとき

「(あのときの...。魔獣を瀕死に追いやったのは

こいつか。やはり...。しかし今はまだ自覚していない

ようだ。とりあえず回復させるか。)」

ジルも傷が治っていった。

「あ、あなたはカフィール様。危ないところを助けていただき

ありがとうございました。魔獣を倒してくださったのも

あなたですね?」

意識を取り戻したレナはカフィールに礼を言った。

「いや、止めは俺が刺したが倒したのはそこに倒れている男です。

礼ならそいつに言って下さい。王女、それではお気をつけて。」

カフィールは指を口に入れピーと鳴らした。すると馬が走ってきて

カフィールはそれに乗り去っていった。

「う、ううん。」

カフィールが去った後、ジルとマルクも目を覚ました。

「は、魔獣は?」

「魔獣は死にました。」

「え、どうやって?」

「さぁ、私にもよく分からないのですが、カフィール様は

あなたが倒したと言われました。」

レナはジルの方を指した。

「カフィール?それより俺が倒したって?」

 

 

 

「ジルが本当に倒したんですか?

最初の一撃で重症に陥っていたのに。」

マルクはあのときの状況を思い出し理解が出来なかった。

「さぁ、でも人間は死の淵に立たされたとき

思いもよらない力を発揮することもありますしね。」

レナは無理やり納得しようとした。

「まぁ優れた資質っていうのかな。隠された実力が

出たんだろうね。」

ジルはレナの言葉にすっかり調子づいてしまった。

「絶対違うと思います。きっとカフィールさんが

手柄をジルに譲っただけですよ。」

マルクはジルの態度にむっとなり必死に否定した。

険悪な雰囲気になりそうなところでレナが割ってはいる。

「お2人とも落ち着いて。魔獣が死んだことは事実

なんですから、もっと喜びましょうよ。」

「そうだな。って、そういえば、あんた誰?」

ジルが思い出したかのようにレナに尋ねた。

「申し遅れました。私はこの国エトールを治めている

王女レナといいます。あなたたちは?」

「きれいな人だと思ったら王女か。また失礼な事いっちまったかな、

謝ります。俺は剣士目指してるジルでこっちが魔法使い見習のマルク。

隣のランドールで王様がカルトルに攻撃されたので

急いで追いかけてきたんだけど、何がなにやらさっぱりで。」

「そうでしたか。それでは魔獣のことは何も知らなかったんですね。

よければ説明しますが。」

「封印がどうとかは聞いたのですが、意味がわからなくて。

説明をお願いします。」

「分かりました。そう、昔このあたりには国などなくいくつかの集落が

点在していました。そこに突然現れたのが魔獣ラクシャーサなのです。

魔獣は暴れまわり、たくさんの人々が苦しみ死に追いやられました。

そのことを知った3人の神官は魔獣の前に現れ、大中小3っつの石に

魔獣を封印したのです。そして3っつの石を生き残った集落の代表3人に

託したのです。託された3人は動かせない大の石を基準にこのあたりを

3等分しそれぞれが国を作り代々石を管理してきたのです。しかし

クラレッツとランドールではしだいに封印石ということは忘れられ

ただ大切な石として扱われるようになりました。」



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56,57

「クラレッツのラゴズは城主って名乗っていましたけど、

王ではないのですね。」

レナの話を真剣に聞いていたマルクが質問をする。

「はい。クラレッツでは王族が絶え、城はあっても国という形

は崩れていました。そこへ野蛮なラゴズが城を我が物としたのです。

民衆はラゴズに悪政を強いられました。私は改善するようにと

手紙も出したのですが、無視されているようで。とても心苦しいことです。」

「それなら大丈夫かもしれませんよ。」

「え?」

ジルとマルクはクラレッツ城でのことを説明した。

「そうでしたか。人々の反感を買って騒動が。

いつかそうなるのではと思っていました。」

そこへ身の軽そうな男が一人現れレナの前へやってきた。

「あなたはエトールの王女ですね?」

「はい、そうですが。」

「私はクラレッツからの使者です。この度、

クラレッツは民主国家へと生まれ変わることに

なったことをお伝えにやってきました。

今はまだ暫定的なものですがいずれは正式な政府を

組織していきたい所存です。」

「いい国になるといいですね。」

レナは笑顔で答えた。

「はい、それではまた。」

「あ、ちょっと待って。ラゴズってどうなったの?」

ジルはクラレッツの使者に尋ねた。

「あいつなら処刑されたよ。それだけの酷いことをして

きたんだから、まぁ当然だろうね。」

使者はそっけなく言って、またクラレッツへと帰っていった。

「そっか。自業自得ってやつかな。」

「仕方がありませんね。ところであなたたちはこれから

どうするのですか?」

「そうですね、とりあえずランドールに戻って王様に

会おうと思います。大丈夫でしょうがまた元気な姿を

見たいですから。ねぇジル。」

「うん。」

「そうですか。それではハンス王に私からも

よろしく言っておいてください。あとまたいつでも

エトールに来てくださいね。」

2人は王女に手を振ってランドールへと戻っていった。

 

 

 

ランドールの城へと戻ってきたジルとマルク。

「俺たちのこと忘れてたりしねぇかな?」

「まさかそんなことはないと思いますよ。」

と喋りながら玉座の間へやってくると

王様がいつも通りに座って出迎えた。

「よく来てくれた。」

王様は2人に挨拶をした。

「(ほらな。ちゃんと覚えてるだろ。)」

ジルはマルクに小声で話し、マルクはそれに頷いた。

「ところで2人はこの国は初めてかな?

まぁゆっくりしていってくれたまえ。」

「え!!えええぇっ!!!!!」

マルクは大声を出して驚いた。

「こらっ!王の前で失礼じゃろう!」

傍にいたセバスチャンが怒った。

「王様、本当に覚えてないんですか?俺たちのこと?」

ジルも驚いた表情を見せながらハンスに尋ねた。

「覚えている??俺たち???2人の若い男。あっ!

君たちはジルとマルクか?」

2人は王様の言葉を不思議に思いつつ頷く。

「ハンス様から聞いているよ。言い忘れたが、私は

影武者だよ。」

「あぁ。そういうことか。」

2人はようやく納得できた。

「それでハンス様に会いに来たんだろう?今、ハンス様は

疲れて寝室で休息をとっておられる。君たちは特別に通すことを

許されているから案内させるよ。」

2人は兵士に案内されハンスの寝室へ入った。



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58,59

王の寝室ではハンスは豪華なベッドですやすやと眠っていた。

「せっかく来たけど無理やり起こすのも悪いよなぁ。」

「そうですね。残念ですけどまた来ればいいことですし。」

そういいながら2人が部屋を出ていこうとすると、

「むにゃむにゃ...」

ハンスがまだうつろな眼でジルとマルクを見た。

「ん、ジルとマルク?」

ハンスの呟きに2人は反応し振り返った。

「あ、やっぱりジルとマルクじゃないか!」

ハンスは一気に目を覚まし喜びの表情を浮かべた。

「王様!」

2人はハンスのもとへ駆け寄る。

「元気そうでよかった。心配して来たんですよ。」

「それはすまなかったな。それにしても

どうしたんだ、2人とも。服がボロボロじゃないか。」

「いや、実は...。」

 

2人は今までのことをハンスに話した。

 

「そうだったのか。それは大変だったな。それにしても

あの石が重要な物だったとは...。知らなかった自分が

恥ずかしい。」

ハンスは少し下を向いた。

「そんなことはないですよ。昔の話なんですから。

知らなくても無理はないですって。」

マルクはハンスを励ますように言った。

「ありがとう。そう言ってくれると気持ちが楽に

なるよ。...あれ?ジル、剣はどうした?」

「ああ、言ってなかったですね。折れちゃったんで

捨てたんですよ。」

「なんだそれならこの国の...。」

「(これは伝説の宝剣をもらえる!?)」

ジルは大きな期待をした。

「兵士達が愛用している鋼の剣を差し上げよう。」

ジルは期待を裏切られがっくりした。

「あ、ありがとうございます。」

力ない声で礼を言う。

「なにか元気がないようだが?」

「いーえ!そんなことはありませんよっ!」

ジルは空元気を出して答えた。

 

 

 

「あの、私たち修行中ですのでまた

どこかに行こうと思うのですが。どこに

行けばいいのか分からなくて。

教えていただけませんか?」

「もう行くのか?もっとここでのんびり

していってもいいのだぞ。宿の面倒とかは

見てもいいのだし。」

「えっ!いいの。じゃあお言葉に甘えて。」

グニッ

「痛っっってぇぇー!」

マルクがジルの足を踏む。

「いいえ、そう甘える訳にはいきませんので。」

「そうか、しかしまぁそういうことなら。

ここから船に乗って港町ポートルに行くのが

いいだろうな。そこは世界中から船が行き来

してるからどこへでも行けるだろう。

またそこから歩いて旅してもいいしな。」

「ありがとうございます。それでは失礼します。」

マルクはハンスに礼を言って不満な顔をするジルを引っ張る。

「君たちには本当にいろんな意味で感謝している。

もし困ったことがあり協力できることならば

いつでも助けになろう。」

「はいっ!ありがとうございます。」

ハンスの言葉に2人揃って笑顔で礼を言って部屋を出ると

兵士から鋼の剣を受け取って城を出た。

 

「おい、マルク。なんでさっき王様の申し出を断ったり

したんだよ。別に2,3日ここにいてたって全然かまわないだろう?」

「邪魔をしたら悪いかなぁと思ったもので。」

そういいマルクはジルの後ろを指差す。

「なんだよ。何があるって...。」

ジルが振り返った先には城へと向かう一人の少女の姿があった。

それを見て不満な顔を一転して納得した面持ちに変わった。

「なるほど。王様とミウちゃんの仲を邪魔しちゃ悪いもんな。

さっきは悪かったよ。」

「いえ、気にしないで。さぁ、行きましょう。」

「おう。」

2人は仲直りし船着場へと向かった。



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60,61

船着場へとやってきたジルとマルク。

「なぁ、俺たちまだ金あったかなぁ。」

「ええ、十分ありますよ。」

そう言ってマルクは金の入った袋を取り出し

ジルに見せる。

「じゃあ、船代も大丈夫だな。」

「はい。」

2人は受け付けに行った。

「ポートルまで2人で100G(ゴールド)ね。」

「はいはい。」

マルクは受付のおじさんに代金を払うと、

船まで案内された。

「それじゃこっから乗ってね。落ちないように

気をつけて。すぐ出るから。」

さっそく2人は乗り込んだ。

「おーい、船が出るぞ。」

2人が乗り終わるとすぐ受付のおじさんが大声で叫んだ。

船に掛けられた乗り込むための板が外され

船はゆっくりと動き出した。

2人は甲板にて海を眺めていた。

「ジルは船に乗るのも初めてでしょう?」

「ああ、これが船かぁ。結構でかいよな。

マルクは何回か乗ったことある?」

「ええ。メンデル先生にいろいろなところに連れて行って

もらいましたからねぇ。」

「メンデル先生?」

「あ、メンデル先生は私に魔法を教えてくれた人です。

先生は旅をしながら困っている人を助けているんですよ。」

「なるほど。それでマルクはその人とはぐれてしまったと。」

「違います!『これからは私から離れて修行しなさい。』

とあるときに言われたんですよ。」

「へぇ~。きっと先生に力を認められたんだろうな。」

「いえいえ、まだまだですよ。」

マルクは少し照れ笑いをした。

 

 

 

甲板の上で海を見ながら話をするジルとマルク。

「この静かな海を見てると心が穏やかになりません?」

「あー、なんか分かるな。気持ちが落ち着くっていうのかな。」

「そうそう。なんか海って不思議ですよね。」

「きっと海底には不思議なお宝が眠っていることもあるんだろうな。」

「またそれですか。不思議なのは海そのものとか

海にすむ魚などの生き物ですよ。」

「分かってるって。相変わらず冗談が通じないんだから。」

「全然、冗談に聞こえないんですけど。」

「まぁまぁ、これでも食べて機嫌を直そうぜ。」

ジルは持っていた袋からクッキーを取り出しマルクに手渡した。

「これは?」

「剣をもらったときにいっしょにくれたんだよ。

細かいことは気にしないで食べようぜ。」

「ありがとう。」

2人は仲良くポリポリとクッキーを食べた。

「ところでさぁ、俺たちの旅って全然女っ気がないよな。」

「えっ。」

マルクは突然のジルの発言に驚いた。

「いや、でも、そういうのは成り行きとか

いろいろあるでしょ。」

「そうだな。エトールの王女様は美人だったけど

口説いたりできるような状況じゃなかったもんな。」

「そのうち、チャンスが訪れますよ。」

マルクはジルを慰めるように言った。

「よーし、次のポートルではかわいい女の子を探すぞ。

そして仲間にしてあんなことやこんなことをしてもらうんだ。」

「あんなことやこんなことって何考えてるんですか。

まぁ、かわいい女の子はともかく仲間が増えると賑やかで

楽しいですよね。」

「おーい、もうすぐ着くぞー。」

船員の一人が乗客全員に聞こえるように叫んだ。

「もうすぐ着くってさ。あ、あれかな。町が見えてきた。」

遠くに見える陸地に家などの建物がたくさん並んでいるのが

船が進むにつれて徐々に大きくなっていった。



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62,63

「着いたー!」

船がポートルに着くや否や真っ先に降り立つジルとマルク。

「やっぱり新しい町はわくわくするな。」

「さっそく町の中を見て歩きましょうよ。」

走って港から町へと入っていく2人。

「世界有数の港町だけあって大きいですね。」

「あの酒場に行ってみようぜ。」

「酒場ってお酒飲むんですか?」

「違うって。仲間を探したり情報を集めるには酒場が

一番だって相場で決まってるだろ。」

「そういうことでしたか。行ってみましょう。」

「町が大きいと人も多いよな。」

2人は大勢の人が行き交う通りから酒場へとやってきた。

酒場の中では酔っ払いのオヤジ、鎧を身に着けた戦士など

様々な人が思い思いに酒を飲んでいた。

「う~ん。いないかな。かわいい子。」

「あの人なんてどうですか?」

マルクは一人で酒を静かに飲んでいる魔法使い風の

大人っぽい雰囲気を出している女性を指差した。

「なかなかよさげじゃん。顔がはっきり分からないけど。

声かけてみようか。」

ジルとマルクはその女性に近づく。

「おねーさん、俺たちといっしょに旅しませんか?」

「はい?」

ジルの呼びかけに反応して女性が顔を向けたとき、

「(ゲ。これは酷い顔だ。)」

ジルはショックを受けた。

「ごめんなさい。人違いでした、さようなら。」

そう言ってすぐに女性から離れた。

「なんなのかしら、もう。」

女性は少し気分を害したがすぐにさっきと変わらず

静かにお酒を飲み始めた。

 

 

 

酒場で突っ立って周りを見回すジルとマルク。

「ふぅ~。さっきは危なかった。ちゃんと

声かける前に見た目は確認しとかないとな。」

「見かけなんてあまり気にしなくていいと

思いますけどね。実際は気が合うかどうかとか

の方が大事ですよ。」

「いいや。俺はルックスを重視する。不細工な

女と旅するなんて俺のプライドが許さねぇ。」

「なんか言ってることすごい酷いですよ。」

「酷いのはさっきの顔。俺は正直なだけだ。」

「ねぇ。」

声の主はジルの服を下から引っ張り目を向けさせた。

見てみると8、9才位の少女が手を後ろに回して

笑顔で立っていた。

「お嬢ちゃん、ダメだよ。一人でこんなとこにきちゃ。

迷子になっちゃったのかな?お兄ちゃんがお父さんか

お母さんを探してあげようか?」

ジルは優しく少女に声をかけ一緒に酒場の外へ出た。

「お兄ちゃん達、仲間を探してるんでしょ?」

「そうだけど。」

2人は不思議そうな顔をする。

「私が仲間になってあげる。」

「さーて、早く親を探してあげないとね。」

ジルはさっきの少女の言葉をなかったことにした。

「もうっ、無視しないで。」

「お嬢ちゃん、名前は?」

今度はマルクが少女に質問した。

「私、パティ。」

「それじゃパティちゃん、お父さんとお母さんは?」

「親には旅に出てもいいって言われたよ。」

「それじゃいいんじゃないんですか。仲間に入って

もらって。パティちゃん、かわいいし。」

「ダメだ、ダメだ。こんなお子ちゃまは連れて行けねぇ。」

ジルの言葉にムッとしたパティは杖を手にし地面に何かを

描き出した。



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64,65

「パティちゃん、何書いてるのかな?」

ただ落書きをしていると思ったジルがパティに尋ねる。

「魔法陣。...よし、できた。」

書き終わると杖を地面に突き立て魔法陣が光る。

「出でよ、ミニマン。」

ボワッン。

魔法陣の上に煙と共に大人の手の平位の小人が現れた。

「ミニマン、あいつをやっちゃって。」

パティがジルを指差すとミニマンは素早く動き

ジルの体にくっついた。

「な、なんだよ、こいつ。」

ジルが手でくっついたミニマンを引き剥がそうとした時、

ミニマンはジルをくすぐり始めた。

「うわはははは。ぎゃははは。く、くすぐったいよ。」

くすぐりはさらに激しくなっていく。

「はははは、もうだめ。勘弁して。」

「じゃあ、仲間にする?」

「ははは、いいよ...是非仲間になってください。」

「分かった。もういいよミニマン、ありがとう。」

使命を終えたミニマンはボンッと消えていった。

「はぁはぁ、死ぬかと思った。とんでもねぇな。この子は。」

くすがれて疲れたジルはパティに少し恐怖を覚えた。

「召喚士。パティちゃんは召喚士なんだね?」

マルクがパティに聞いた。

「うん、そうだよ。まだあの子しか呼び出せないけどね。」

「マルク、召喚士って?」

「召喚士っていうのはですね、簡単に言えば自分の魔力を使って

異世界からモンスターなどを呼び出すことが出来るんですよ。」

「それってすごいじゃん。パティちゃん、さっきは俺が悪かったよ。

改めて、これからよろしくな。」

「へへ、ありがとう。それから私のことパティって

呼び捨てでいいからね。」

こうして召喚士パティが仲間になった。

 

 

 

「ねぇ、お兄ちゃん達の名前は?」

「そういえば私達の名前を言ってませんでしたね。

私はマルクでこっちがジル。仲間になったんだし

一応パティの両親に挨拶しておいた方が

いいですね。案内してくれますか?」

マルクがパティに尋ねる。

「いいよ、こっちこっち。」

パティに案内されパティの家の前へとへとやってきた。

「うち、ちょっと変わってるけど大丈夫?」

「変わってる?よく分からないけど大丈夫、大丈夫。」

「それじゃ、開けるね。」

そういってパティが戸を開けると、中は少し薄暗く

怪しげな儀式などに使いそうな置物などがたくさん置いていた。

「こ、これは...」

ジルとマルクは不安になった。

「ハンジャカ、ホンジャカ、ミトローネ...。」

奥のほうからなにやら不気味な呪文のような声がした。

「出よう。」

ジルが平静を装いながらみんなに言った。

マルクもパティも納得して同意した。

3人が家を出ようと扉に体を向けたとき、

「あら、いらっしゃい。」

奥の方から地味な黒いドレスに大きなつばのとんがり帽子を

かぶった女性が現れた。

「私のお母さんよ。」

パティが紹介する。

「こちらは?」

パティの母が尋ねる。

「こっちがジルで、こっちがマルク。仲間になったの。」

「それは、それは。この子のことよろしく頼みますね。」

「は、はい。」

ジルとマルクはパティの母に圧倒されている。

「そうだ。今日はここに泊まっていったらどうかしら?

ちょうど生トカゲの刺身を作ろうと思っていたところよ。」

「(ひぇぇぇ。)いえ、気持ちだけで十分です。」

そう言って急いでパティの家を出た。

「い、いいお母さんじゃないか。」

「ありがとう。お父さんはもっとすごいんだけど今は出かけてるのよ。」

「そうなんだ。ハハハ。(よかった、出かけてて)」

ジルとマルクは世の中危険がいっぱいであることを思い知らされた。



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66,67

カフィールはとある山奥にぽつんと佇む小屋へと

やってきた。

「おお、カフィールか。よく来てくれたな。

ゆっくりしていけ。」

中には老人が1人椅子に座っていた。

「お久しぶりです。エトワール様。」

「どうした、ピリピリした顔をして。」

「実は...」

カフィールはエトワールに一連のことを話した。

「レオンが死んだか。惜しい男をなくしたな。

レオンの命と引き換えにしばらくの平和を得たわけか。」

「しかしいつまた新たな敵が現れるとも限りません。

どうすればいいでしょうか。かつての勇者エトワール=シ―ルダー

としてのあなたの意見を伺いたい。」

「はっはっは。勇者はわしの先祖じゃ。わしはただの

人じゃ。」

「しかし勇者の子孫として数々の邪悪なモンスターを

倒していた時期もあったでしょう。」

「それにな、勇者なんてのは血筋ではない。世界の平和

のために力を振るった者こそが勇者じゃよ。

わしの孫なぞ勇者の子孫であることを自慢してる

ただのばか者じゃ。まぁ孫のことはどうでもいいが。

とにかくこの老いぼれが今更意見を出すようなことも

あるまいて。すでにお前にはやることが分かっておろう。」

「それは...。」

「お前の信じる道を突き進めばいい。お前にはそれが出来る。」

「ありがとうございました。」

カフィールはエトワールに礼を言って家を出ていった。

エトワールは穏やかな笑顔で見送った。

 

 

 

「町を案内するわ。」

「ありがとう、パティ。」

パティがジルとマルクの前に出る。

「酒場はもう知っているよね。」

「ああ。」

ジルが返事をする。

3人は酒場の前を通り過ぎる

「ここ、宿屋。」

パティがジルとマルクに説明をしながら町を

案内していく。

「ここが武器屋で隣が防具屋。

大体こんなものよ。あとポートルは

世界中とつながってるからいろんな物が

集まってるの。露店がたくさんあって

よく見ると珍しいものがけっこうあるよ。」

「なるほど。よく分かりましたよ。

あれ、あの店は?」

「あれは占いの館よ。」

「なんか面白そうじゃん。行ってみようぜ。」

「あんまり行きたくないな。」

「どうしてですか?女の子は占いが好きってよく

聞きますけど。」

「占いは好きよ。でもあそこはなんか気味が悪いって

いって町の人はほとんど近寄らないのよ。」

「(パティの家の方がよっぽど気味が悪いと思うが...。)」

ジルとマルクは心の中で呟いた。

「でも実際に見てみないと分かりませんし。

とにかく一度行ってみては。」

「そこまで言うなら行ってもいいけど。」

パティは少し嫌がりながらも

3人は占いの館へやってきた。



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68,69

占いの館へやってきた3人。

「じゃ、入るぞ。」

ギィィィ。

ジルは占いの館の扉を開いた。

店の中は窓がないせいで暗くランプが明かりを灯していた。

「ヒッヒッヒ。いらっしゃい、ようこそ占いの館へ。

わしは大占い師ブランゼじゃ。」

入った正面に老婆が水晶玉を目の前に置いて座っていた。

「ひっひ、突っ立っとらんで座ったらどうじゃ。」

3人は言われるままに椅子へと座った。

「思ったより普通だね。」

小声でジルとマルクに話し掛ける。

入る前までは嫌がっていたパティだったが中の様子を見、

すっかり落ち着いていた。

「で、何を占って欲しいのじゃ?」

「2人はなんか占って欲しいことある?」

ジルがマルクとパティに聞いてみる。

「私はちょっと思いつきませんね。後でいいです。」

「じゃ、私占ってもらっちゃおっかな。

立派な召喚士になれるかな?」

「はいはい、元気な譲ちゃんだねぇ。

召喚士か、どれどれ。」

ブランゼは水晶玉に手をかざして真剣な面持ちになった。

「よし、見えたぞ。」

「何々?何て出たの。」

パティは興味津々で水晶玉を覗き込もうとする。

ブランゼはパティに顔を向け喋り始める。

「ふむ、いずれ大きな試練が待ち受けるじゃろう。

それは厳しいものじゃが、乗り越えたときには

飛躍的な成長を遂げることになる。」

「試練か、何だろう?楽しみだな。」

パティは占いの結果を聞き、少し興奮した。

 

 

 

占いの館にいる3人。

「次、マルク占ってもらえよ。」

「そうですね。それでは私もパティと同じで

立派な魔法使いになれるかを見てください。」

「よし、分かった。」

再びブランゼは水晶玉に手をかざした。

「どうでしょう?」

「ふむ、お主の場合はさっきの子のように

一つの大きな試練というものはないな。

ただ山がいくつも続いていくじゃろう。

その山を一つずつ着実に登っていくことじゃな。

要は地道な努力が大事ということじゃ。」

「そうですか。ありがとうございます。」

マルクはブランゼに礼を言った。

「じゃ、最後は俺が。」

ジルはパティとマルクが占ってもらうのを見て

期待が膨らんでいた。

「お主は何を?」

「そうだな。彼女が出来るかどうかってどう?」

「え、立派な剣士になれるかじゃないんですか?」

マルクが驚いてジルに尋ねる。

「みんな同じようなこと聞いてもおもしろくないかな

と思ってさ。」

「それはそうですけど、本当にいいんですか?」

「もちろん。」

「では、占うぞ。」

またブランゼは水晶玉に手をかざした。

「よし、見えたぞ。」



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70,71

占い師ブランゼに占ってもらっているジル。

「で、どうなの?」

ジルはわくわくした表情でブランゼに尋ねる。

「ふむ、その子に負けないくらいの元気な女の子が見える。

歳はだいたいお前と同じくらいか。」

ブランゼはパティを指差しジルに言う。

「やったー!彼女できるんだ。どんな子?

かわいい?」

「そうじゃな、かなりの美人じゃと思うぞ。

まぁ好みは人それぞれじゃから一概には言えんがな。」

「よし、もう完璧じゃん。」

「はっはっは、よかったな。ん?なんじゃ、これは?」

ブランゼは水晶玉を覗き込む。

「どうかした?」

「いや、なにやら黒いものが映っておるのじゃが...。

ヒイィィィ。悪魔じゃ、とてつもない悪魔じゃ。」

ブランゼは恐怖の表情を浮かべる。

「どういうことだよ、一体?」

「わ、分からん。ただ言えることは悪魔がお主と何らかの

つながりがあるということだけじゃ。その悪魔は世界を

滅ぼす危険性がある。十分に気をつけるのじゃぞ。」

「気をつけろと言われてもなぁ。どうしたらいいんだろ?」

ブランゼの言葉に戸惑うジル。

「今は何もせんでいいよ。そのときがくれば分かることじゃ。

このことは記憶の片隅にでも置いておけばいい。」

「何だ、それを早く言ってよ。ずっとそのことで悩まなきゃ

いけないのかと思ったよ。ま、とにかくさ面白かったよ。

ありがとう、じゃあ。」

そう言ってジルは占いの館を後にした。マルクとパティも

続いて外へ出た。

「あのジルとやら、重い運命を背負っておるのかも知れんな。」

一人になったブランゼが呟いた。

 

 

 

「次はどこ行く?」

ジルがパティに話し掛ける。

「うーん、もう大体町の中は行き尽くしてるかなぁ。

あと行ってないのって露店くらいだけど、行く?」

パティはジルとマルクに尋ねる。

「もちろん、行きますよね。」

「ああ。」

こうして3人は露店が立ち並ぶ通りへと訪れた。

「いらっしゃい、いらっしゃい。」

何人もの露店の店員が声を張り上げている。

店も人通りも多く賑わっていた。

「本当にいろんな物が売ってますね。」

マルクは品物の種類の豊富さに驚いていた。

「みんなで欲しいものあったら買おうぜ。

まだ金残ってるだろ。3等分にしてさ。どう?」

「いいんじゃないですか。では...。」

そう言ってマルクが金の入った袋を取り出したとき、

パッ!

通りを歩いていた一人が突然マルクの手にあった袋を

奪って走り出した。

「あ、待て。この泥棒!」

ジルが走って追いかける。だが泥棒の足は以外と遅く、

あっさりとつかまった。

泥棒は小柄で茶色い布で全身を覆っていた。

「このやろう。正体を見せろ。」

ジルが泥棒を覆う布をめくって顔を確かめる。

そこに現れたのはパティと同じ年くらいの小太りの

少年だった。

「何だ、ガキかよ。ほら盗んだものを返せ。」

そう言ってジルは少年の手から盗まれた袋を取り返す。

「ガキとは失礼な。俺は勇者の子孫、ダニエル=シ―ルダー様だぞ!」

少年は少し怒りながら言った。



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72,73

泥棒の少年ダニエルは勇者の子孫であると主張した。

「はいはい、それじゃダニエル君。

親のところに連れてってもらおうか。」

ジルはダニエルの言葉の内、名前以外は聞かなかった

ことにした。

「お前、俺の事信じてないな。」

ダニエルはジルに突っ掛かる。

「じゃあ、勇者の子孫が何で引ったくりなんて

するんだ?」

ジルはダニエルに問い詰める。

「それはだな、えーと...。そうだ。お前達が冒険者

みたいだからその力を少し試してやろうと思ったんだ。」

ダニエルは苦しい言い訳を言った。

「嘘をついてるみたいですね。」

「どうせ勇者の子孫ってのも嘘なんでしょ。」

マルクとパティが呟く。

「む、貴様らまで疑っているのか。なら俺が

勇者の子孫である証拠を見せてやる。」

ダニエルが体を覆う布を脱ぐと背中から剣が表れ

それを抜いた。その剣の見た目は明らかに他とは違い、

芸術品としての美しさと武器としての力強さを

兼ね備えていた。

「これぞ、勇者の持つ『聖剣エクスカリバー』だ!」

ダニエルは自慢気に剣を天にかざす。

「ほう、それが伝説の聖剣か。それじゃさっそく頂こうか。」

ジルの目の色が変わる。

「お、お前、何言ってんだ?渡すわけないだろう。」

ダニエルはジルの言葉に少し恐怖を感じ剣を構えた。

「そういうことなら。」

ジルも剣を構えた。

 

 

 

聖剣エクスカリバーを賭け対峙するジルとダニエル。

「今の状況見たらジルが悪者みたいじゃない?」

「ジルはたまに欲深いところがありますからね。」

「止めなくていいの?」

「ま、大丈夫ですよ。」

不安げに見守るパティと普通に見つめるマルク。

「別にそっちからきてもいいんだぜ。」

ジルはダニエルを挑発するがダニエルは構えたまま

一向に動かない。

「ならこっちからいくか。」

ヒュンッ!

ジルは剣をダニエルに振り落とす。

「ひいぃぃぃ。」

ダニエルは怖くなり目を完全につぶってしまう。

「やっぱやーめた。」

ジルはダニエルに当たる直前で剣を止めた。

「ガキ相手にマジになることもないよな。

エクスカリバーをこんな形で手に入れても

全然嬉しくないしな。」

ジルは正気を取り戻したかのように冷静に言った。

「(じゃあ、最初からするな。)」

パティは心の中で呟いた。

「ね、大丈夫だったでしょ。」

「まぁね。マルクはジルのことすごい分かってるんだね。」

マルクとパティが話している。

「う、う、うわぁぁぁぁ~ん。」

ダニエルは緊張の糸が切れたように突然泣き出した。

「悪かったな。大人気ない事して。大丈夫か?」

ジルはダニエルの肩に手をかけやさしく言う。

しかしダニエルはその手をはじく。

「くっそー!覚えてろよ。」

そう言ってダニエルは涙を拭きながら走り去っていった。



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74,75

去っていくダニエルを見送るジルたち。

「なんだかなぁ。よく分からない奴だったな。」

ジルが呟く。

「それはこっちのセリフよ。何なのさっきのは。

謝らせて帰したらそれで終わりじゃないの?」

パティがジルに文句を言う。

「いやぁ、あんないい剣見たら誰だって欲しくなるだろ?

世界に1本しか存在しない伝説の聖剣だぜ。

それに結局とらなかったんだしもういいじゃん。」

ジルは誤魔化そうとする。

「『いいじゃん』ってねぇ、こういうことははっきりと...。」

マルクがパティの口を塞ぐ。

「ムグ...。」

「あんまり仲間で争いごとはやめましょうよ、ね、パティ。」

マルクはパティに優しく微笑みかける。

マルクのおかげでパティの気持ちがすっかり落ち着いた。

「そうだね。仲間は仲良くしないとね。

それにしてもさっきの奴もなんで泥棒なんかしたのかな?」

パティが疑問に思った。

「そんなの出来心ってやつだよ。若いんだからさよくあることだよ。

俺だって生まれ育った村ではかなり悪さしたもんだぜ。」

「ジルが言うと説得力がありますね。」

「納得。」

ジルの言葉にマルクとパティが頷く。

「それよりさ、もう腹減ってきたろ。どっか泊まるとこ探そうぜ。」

「あ、もうそんな時間ですか。そう言われたらもうすぐ日が

落ちそうですね。」

「じゃ、私の家は?」

「却下。」

「却下です。」

そして3人は手頃な宿屋を探しそこに泊まった。

 

 

 

「ふぁぁぁ、おはよう。」

パティがあくびをしながら目を覚ます。

「ゆっくり寝れた?」

傍に座っていたジルが話し掛ける。

「うん。昨日はいろいろあって疲れたけど

楽しかったよ。」

「それはよかったですね。まだ朝ご飯まで

時間はありますからゆっくりしてて下さいね。」

「あれ、マルクはもう出る準備出来てるの?」

パティはマルクが服を着てすでに荷物を

まとめているのに驚いた。

「ああ、マルクはいつも朝早いから気にしなくていいよ。」

「そういうことです。」

着替えなどをして穏やかな朝が過ぎていく。

 

「さて、朝飯も食ったしそろそろ行くか。」

3人は宿を出た。

「もうこの町は殆ど見尽くしましたよね。」

「そうだな。じゃ、次の町へ向かおうか。

パティ、場所とか分かる?」

「うん。カルコームの町だね。」

「どれくらいかかりそうですか?」

「歩いて半日くらいだよ、大丈夫?」

「いいよ、時間かかったって。のんびり行こうぜ。」

「それよりパティは本当にいいの?この町を出ても。

もしかしたらしばらくお母さんに会えないかもしれないよ。」

「うん、いいよ。だって別に一人じゃないから寂しくないもん。」

「まぁもし帰りたくなったらさ、いつでも帰れるように

したらいいんじゃないの。」

「それもそうですね。」

そうして3人はポートルを出て一路カルコーム

に向かって歩き出した。



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76,77

ポートルを出て野道を行くジルたち3人。

「なんか町を出ると冒険って感じでわくわくするね。」

パティが笑顔で2人に話し掛ける。

「最初は俺もそうだったよ。」

そう言ってジルは旅立ちのときを懐かしんだ。

ガサガサ。

草むらからざわめく。

「モンスターか。」

ジル達は警戒する。

ひょこっ。

ジル達の目の前に一角ウサギが現れた。

「かわいい~。」

パティは笑顔で一角ウサギに近づき抱きかかえた。

一角ウサギはパティの腕に噛り付いた。

「いたっ。」

パティは痛さで思わず一角ウサギを放す。

放された一角ウサギはパティ達を敵対視して構えている。

「パティ、危ないですよ。一角ウサギは気性が荒くて

人間にはなつかないんですよ。」

マルクが注意を促す。

「大丈夫だよ、こんなにかわいいんだもん。

ほら、怖くないからおいで。」

パティはしゃがんで一角ウサギを優しく誘う。

一角ウサギはしばらく警戒して身動きを取らなかったが

パティに敵意がないことを理解し、徐々に近づいていった。

 

そして...。

「うそ、一角ウサギが人間になついてるなんて。」

マルクが驚いて見る先には、パティと一角ウサギが楽しそうに

じゃれあう姿があった。

「いいじゃん。仲がいいんだからさ、細かいこと気にするなよ。」

「ねぇ、ジル。この子連れてってもいいよね?」

「ああ、別に構わないぜ。そいつに名前を考えないのか?」

「そうだね。え~と、ぴーちゃんに決めた。」

 

 

 

「こっちだよ。おいで、ぴーちゃん。」

パティの呼び声に応えてパティの元へ走りだすぴーちゃん。

「よしよし、いいこいいこ。」

パティのところまでたどり着いたぴーちゃんをなでなでする。

パティは一角ウサギのぴーちゃんとその場で遊びつづけていた。

「あのぉ、お楽しみのところ悪いんだけどそろそろ

先に進みたいんだけどいいかな?」

待ちくたびれたジルがパティに催促する。

「ごめん。カルコームに行くんだったね。」

パティが謝りカルコームに向かって歩きだそうとしたとき、

ガサゴソガサゴソ。

草むらから少し大きな物音がする。

「今度は何だ?」

再び警戒するジル達。

ひょこひょこっ。

一角ウサギの集団が現れた。

一角ウサギ達は敵意を剥き出しにし今にも飛び掛らんと

する様子だった。

「この一角ウサギ達ってぴーちゃんの仲間じゃないですか?」

「え、うそ。ぴーちゃんは私とずっといっしょだもん。」

「放してやれよ、パティ。こいつは仲間といっしょにいた方が

幸せなんだよ。分かるだろ?」

パティはうつむいたまま黙って腕の中にいたぴーちゃん

を放した。ぴーちゃんは一目散に集団の元へ行った。

一角ウサギ達は何かを話しているような動きをしたかと

思うと先ほどの敵意は消え、おじぎをしてまた草むらの中へと

去っていった。

「これでよかったんだね。」

パティは目に涙を浮かべながら2人に言った。

「そうだよ。ぴーちゃんはきっとパティに会えてよかった

と思ってるよ。」

ジルがパテイを慰めるように言う。

「見てください、2人とも。」

マルクが指差す先にはたくさんの木の実が置かれていた。

「きっとあいつらからのプレゼントだぜ。」

「そだね。」

パティは笑顔を取り戻しまた歩き出した。



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78,79

カルコームの町へ向かうジル達3人。

「あっ、何か町らしきものが見えてきましたよ。」

「もうすぐだな。」

そう言って町へと近づく。

すると、

「何だよ、この匂いは。」

異様な匂いが町の方から流れ出ていた。

血の匂いと腐臭が混じりあったような匂いだった。

「何か嫌な予感がするな。」

3人の足が止まる。

「でも行くんでしょ?」

パティが尋ねる。

「俺が一足先に行って様子を見てくるよ。

マルクとパティはここら辺で待っといてくれよ。」

「分かりました。」

マルクはジルが一人で行くことに不安だったが頷いた。

「でも大丈夫?一人で行ったら危険かもしれないよ。」

パティは心配そうにジルを見つめる。

「バーカ、危険だから一人で行くんだよ。別に怪物を

倒しに行くわけじゃないんだ。もし本当に危なかったら

逃げてくるからさ。そんな心配すんなよ。」

ジルはマルクとパティの不安や心配を吹き飛ばすかのように

笑顔を作り、手を振って町の中へと向かった。

 

「うえっ、町の中は匂いがさらにきついな。

気持ち悪い。う、うえぇぇぇ。」

あまりの悪臭のきつさにジルは思わず吐いてしまった。

「死体があちこちに転がっている。匂いの原因はこれに

違いないが。一体どうしてこんなことに...。」

町の中は無残な血まみれの死体で溢れていて

暗く静かな雰囲気が町全体を覆っていた。

 

 

 

死体で溢れるカルコームにいるジル。

「おーい、誰かいないのか。いたら返事

してくれー。」

ジルは大きな声を張り上げてみたが返事は無かった。

「とりあえず建物の中も調べてみるか。

もしかしたら生きてる人がいるかもしれないし。」

家や店らしき建物を調べてみたがやはり生存者は

なく、あるのは死体だけだった。

「くそっ。ここには誰もいないのかよ。」

ジルは壁に拳をぶつけて悔しがる。

「おや、この町を訪れる者がいるとはね。」

ジルの後ろから誰かの声が聞こえた。

「生存者か!」

ジルは喜ぶ表情をして振り返った。

しかしそこにいたのは真っ黒のローブを纏い

道化師の面を被っていてその手には大きな鎌があった。

その姿はまさに死神そのものだった。

それを見たジルは険しい表情に一変した。

「誰だ、お前は?」

「人に名前を聞く前に自分から名乗ったらどうだい?」

「俺はジルだ。」

「ジルか、いい名前だ。僕はジョーカー=アズストロ。

人は僕のことを『死神』と呼ぶけどね。」

「(こいつ、かなり強い。こうして向き合ってるだけで

恐くて逃げたくなる。しかしそんな訳にはいかない。)

お前がこの町の人を殺したのか?」

ジルは全身が恐怖に包まれながらも声を絞り出した。

「そうだよ、退屈だったからねぇ。ただの暇つぶしさ。」

「人の命を何だと思ってるんだ。」

「くく、人間なんてほっとけばいくらでも増えるんだよ。

君も殺してあげようか?」

ジョーカーはゆっくりと歩きジルに近づいてきた。



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80,81

「くく、恐ければ逃げてもいいんだよ。僕から

逃げ切れるかは分からないけどね。」

「くっ。」

ジルは剣を抜いて構える。

「ほぉ、僕とやるのかい?なかなかいい顔をするじゃないか。

さぁ、来てごらん。」

ジルは誘いに乗り、ジョーカーに斬りかかった。

スッ。

ジルが剣を振り落とすと同時にジョーカーの姿が

目の前から消えた。

「動きもなかなかだ。でもまだまだ僕には届かないねぇ。」

ジョーカーがジルの背後に現れる。

そしてジルの首元にジョーカーの大鎌が当てられる。

「(殺される。)」

ジルは自らの死を予感した。

「ん?君は......。ははははは、これは愉快だ。

これからしばらく退屈しないで済みそうだ。」

そう言うとジョーカーはジルに止めを刺さずに

あっという間に去っていった。

ジルは恐怖で頭が少し混乱していた。

「マルク達のところへ戻ろう。」

なんとか正気を保ちながらマルクとパティの待つ

町の手前まで戻ってきた。

「あっ、戻ってきましたね。」

「よかったね。」

戻ってきたジルに2人は喜んだが、ジルの様子を

見ると一変した。

「どうしたんですか?汗びっしょりで。」

「それに顔色が無茶苦茶悪いよ。」

「はぁはぁ、少し休ませてくれ。」

疲れきっているジルの言うとおりに2人はしばらく

何も話し掛けずに休ませた。

 

 

 

「ふー。やっと気分もよくなってきた。

マルク、パティ、心配かけて悪かったな。」

しばらく木陰で座って休んでいたジルが口を開いた。

「いえ、私達のことはいいです。しかし、この町で

何があったんですか。戻ってきたすぐのジルは

普通じゃなかったですよ。」

「うん、あたしもそれが知りたい。」

「ああ、そうだな。それは言っておかないとな。」

ジルはカルコームの中で見たもの、体験したことを

小さいパティが出来るだけショックを受けないように

死体の状態などの細かい部分は削って話した。

「酷い。」

それでもパティのショックは大きかった。

「私達はどうしたら...。」

マルクは戸惑っている。

「何も出来ないさ。ただ通り過ぎるだけだ。」

ジルはさらって言った。

「そんな冷たいよ、ジル。せめて町の人たちの

お墓を作ってあげようよ。」

「そんなことをして何になる?世界中の死体という

死体の墓を作って回るとでも言うのか?」

「そんなことは分からないよ。でも今はそうしたいの。」

「それに耐えられるのかこの匂い。町の中はもっと

匂いがきついし、無残な光景を目の当たりにする

ことになるんだぞ。それでもやるのか?」

ジルは事が事だけにきつめに問い詰めた。

「うん、それくらい我慢してみせるよ。」

パティは決意を固めて答えた。

「マルクはどうする?」

「もちろん、やりますよ。」

「分かった。じゃ、町の中に行くぞ。」

3人は揃って町へと入った。



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82,83

町に入った3人。マルクとパティは入ったときこそ

気持ち悪さに耐えられず吐いていたが、耐えて

死体を集める作業をしだした。空き地に一人ずつ

埋めて簡単な墓を作ってやった。

「これで死んだ人たちの魂が少しでも

救われればいいのですが...。」

「うん。」

3人は墓を前に手を合わせて拝んでいた。

「うっ、うっ。」

ジルは一人泣いていた。

「ジル、どうしたんですか?」

マルクが心配して尋ねる。

「俺、情けないな。」

ジルは続ける。

「たくさんの人が死んでて、殺した張本人が

目の前にいたんだ。そいつをやっつけて

敵をとってやりたいって普通なら思うよな。

でも恐くなって逃げたい気持ちを抑える

だけで精一杯だったんだ。」

マルクとパティは笑顔でジルを慰める。

「私達に出来ることからやっていきましょうよ。

今は大した事は出来ないかもしれませんが

すぐにたくさんの人を助けられるように

なりますよ。」

「そだよ。泣いてたって先には進めないんだよ。」

ジルは2人の慰めの言葉に涙を拭いて笑顔を取り戻す。

「はは、まさかパティにまで慰められるとはな。」

「それどういう意味?」

パティはジルの言葉に軽く怒る。

「ま、くよくよしててもしょがないか。」

ジルは気持ちを吹っ切っった。

「さぁ、行きましょう。」

こうして3人はカルコームを後にした。

 

 

 

「ところで次の町まではどのくらいかかりますか?」

マルクがパティに尋ねる。

「さぁ、私も行った事ないからわからないわ。

あ、あそこに立て札があるよ。」

3人は立て札の前へやってきた。

「結構古い看板ですよね。」

「そうだな。えーと、俺達が来た方向の矢印にカルコームって

書いてるからその反対のミッフェンってのが次の町だろうな。」

「『いざ、ミッフェンへ』だね。」

3人は目的地を確認し再び歩き始めた。

3人は歩いている。

3人は歩いている

3人は歩き続けている。

「いつになったらたどり着くんだよ。

もうすっかり夜だぜ。」

「おかしいですね。確かに立て札の方向に

まっすぐ進んでいるのに。」

それから少し歩くと町に到着した。

「ふぅ、やっと着いたな。疲れたぁ。」

「早く、宿屋を探そうよ。」

「そうですね。今日はゆっくり休みたいですね。」

そうして宿屋を見つけたが宿屋は閉まっていた。

「そんなばかな。遅すぎたってことか。」

「えー、ここまできて野宿したくないよ。」

ジルは宿屋の扉をドンドンと叩いたが反応が無かった。

「まさかここもカルコームと同じで...。」

マルクは顔が青ざめる。

「そんな訳ねぇよ。ほら見ろよ。この扉カギが掛かってるぜ。

人が中にいてる証拠さ。それにこの町の明かりはどこも

点いてないけどさ、人の気配は十分感じられるぜ。

絶対いるはずなんだ。」

今は夜ですし人が出ないのは当然かもしれません。

民家で泊めてもらえないか聞いて回ってみましょう」



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84-86

ジル達は町には着いたが泊まるところがなく困っていた。

「何でどこも反応ないんだろう。」

「町の人はみんな早く寝るってこと?」

「もしくは『何かを恐れて閉じこもっている』

でしょうか?」

ジャキジャキ。

金属が擦れ合う音が聞こえた。

「この音は?」

音の原因を探していると一人の男がいた。

その男は両腕に長い金属の爪がついた手甲をつけていた。

「キーヒッヒッヒ。」

男は金切り声を出して笑いジル達に近づいてきた。

「どう見ても親切な町の人って感じじゃないよな。」

ジルは剣を抜く。

ピュッ。

一瞬にして男はジルに接近しその頬に爪で傷をつけた。

「速い!」

男はすぐまた離れた。

「マルク、パティ、危ないから下がってろ。」

「ちょっと待って。私、お菓子少し持ってたんだ。

ジル、けっこう疲れてるでしょ。あげる。」

ジルはパティからお菓子をもらって口に入れる。

モグモグ。

「うん、うまい。サンキュー、パティ。」

そしてパティとマルクは少し下がった。

「おい、切り裂き魔!俺は今かなりむしゃくしゃしてんだ。

悪いけど容赦しねぇぜ。死んでも恨むなよ。」

ジルは剣を構えた。

ジャキジャキ。

切り裂き魔は両手の爪を擦り合わせている。

 

 

 

ミッフェンにてジルは切り裂き魔と対峙していた。

「こいよ。」

ジルが攻撃を誘う。

「キーヒッヒ。」

ピュッ。ピュッ。

ジルは切り裂き魔の速さにほとんど身動き出来ないまま

体を傷つけられていく。

「ジルっ!」

マルクとパティが思わず名前を叫ぶ。

「大丈夫だ、傷は浅い。(爪の切れ味はなかなかだな。

それよりもこのスピードにはとてもついていけそうにない。

致命傷を避けることでやっとだ。さてどうするか...)。」

ピュッ。ピュッ。ピュッ。ピュッ。

切り裂き魔の攻撃は激しさを増してくる。

「グッ。」

ジルにダメージが蓄積されていく。

「私が回復魔法を。」

マルクがジルに近づこうとする。

「はぁはぁ、待てよ。すぐに倒してやるからさ。

回復はその後に頼むよ。」

ジルはマルクを止める。

「でも。」

「こいよ、切り裂き魔。決着をつけようぜ。」

「キーヒッヒ。」

ピュッ。ピュッ。グサッ。

ジルは切り裂き魔の攻撃を受けたが、同時に

切り裂き魔の腹に剣を突き刺し致命傷を負わせた。

「よしっ。肉を切らせて骨を断つってね。」

ジルは手ごたえを感じ、気持ちが高ぶった。

「やったー。」

離れて見ていたパティが喜んだ。

 

 

 

ついに切り裂き魔に剣を刺したジルは剣を引き抜く。

「ぐ、ぐぐうぅ。」

切り裂き魔は腹をおさえて苦しむ。

「ジル、早く回復を。」

マルクがジルに駆け寄る。

「『ホワイトウィンド』。」

ジルの傷が癒えていく。

「ありがとう、マルク。もうどこも

痛くないよ。服がぼろぼろになっちゃったけど

まぁいいか。助かったよ。」

ジルがマルクに礼を言う。

「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

切り裂き魔は突然屈んだかと思うと、口から

煙の塊のようなものを吐き出した。

そして次の瞬間、切り裂き魔は全身が灰となり

跡形もなく消え去った。残ったのは切り裂き魔

が装備していた爪だけであった。

「えっ、どうしてあいつ消えちゃったの?」

パティはただただ驚いていた。

マルクが落ちていた爪を拾ってじっとみる。

「これのせいかもしれませんね。かすかに魔力を

感じます。使用者に何か影響を与えていたの

ではないかと思います。良くも悪くも。」

「確かにそう考えると今までのことも理解できるな。

あいつの動き、速かったけど直線的でなんかこう

力をうまく使えずに振り回されてるって感じがしたから。」

「じゃあ、その爪が切り裂き魔に力を与える代わりに

生命力を吸収してたってことなの?」

「正確には爪を通して生命力を力に変えていたというのが

正しいと思います。まぁ確証はもてませんが。」

「とりあえず俺が預かっておくよ。(もしかしたら高く売れるかも)。」

「ジル、言っておきますけどこれは呪われたアイテムかも

しれないから安全だと分かるまで売ることは出来ませんよ。」

マルクはジルの心を見透かすかのように忠告する。

「わ、分かってるよ。こんな危ないもの売るわけ無いだろう。

ハハハ...。」

ジルは笑って誤魔化した。



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87,88

ミッフェンにいるジル達3人。

「夜も遅くなってしまいましたね。町の人はもうみんな

寝てるでしょうね。」

「こうなったらドアを叩き壊してでも中に入ってやる。」

「ダメですよ。」

マルクは家のドアを蹴ろうとするジルを抑える。

「でもよう、見てみ。」

そういってジルが指差す先には、家の壁にもたれ掛かり

眠っているパティの姿があった。

「あ、いつの間に。ついさっきまで起きていたのに。」

「無理もねぇよ。この歳で今日のことは相当辛かった

はずだぜ。溜まった疲れが一気に出たんだろう。」

「でもこのままだと風邪をひいてしまいますよ。」

「だから無理にでもどこかで泊めてもらわないと

いけないんだろ。」

「分かりました。私も頑張りますよ。」

そして2人は一軒の家のドアを壊れそうなほど思い切り

叩いて中の人をよんだ。

ドンドン、ドンドン。

「誰かいませんか?お願いします、開けてください。」

寝てる人の迷惑になることも考えず必死に叫んだ。

「やめてくれー。命だけは、命だけは助けて。」

中から初めて女の人の声が聞こえた。

「何を言ってるんですか?私達は何もしませんよ。」

「え?切り裂き魔じゃないのか?」

「もちろん。」

「本当?まさか騙しているんじゃ...。」

「そんなことしませんって。」

「分かった。じゃあ開けるよ。」

中からカギが外され恐る恐るドアが開かれる。

 

 

 

家のドアがようやく開かれた。

中から出てきた中年の女性は警戒をしていたが

ジルとマルクは喜びの笑顔がもれた。

「よかった、やっと人に会えた。」

「あんた達こんな夜中に現れて何なんだい?

夜には切り裂き魔が出るっていうのに、

そんな小さい女の子も連れて。」

2人は女性にこの町に来てからのことを話した。

 

「えっ、切り裂き魔を倒した!?本当かい。

小さい子がいるんだ。早く家に入んな。」

ジルは眠っているパティを抱え、マルクといっしょに

家の中へと足を入れた。

パティは女性に用意されたベッドに寝かされた。

「さっきも聞いたけど、切り裂き魔を倒したってのは

本当なのかい?」

「もちろん。この爪が証拠だ。」

そう言ってジルは持っていた爪を見せる。

「そんなものしまっとくれ。しかしそれはよかった。

あいつが現れたのは最近のことなんだがね。

夜になると道を歩く人たちを誰それ構わず攻撃していくんだ。

そしてこの町の人はみな日が暮れるとビクビクしながら

家に閉じこもってたんだ。これで夜も安心して眠れる。

ありがとう。あんたたちも疲れてるだろ、ゆっくり休みなよ。

ベッドはもう空いてないけど毛布はいっぱいあるからさ。」

「ありがとうございます。」

2人は女性の世話になりようやく眠りにつくことが出来た。

「今日はホント疲れたよな。」

「ええ。でも親切な人に会えてよかったですね。」

「そうだな。さあ早く寝よ。」

2人は一言交えるとすぐに熟睡した。



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89,90

「ん、んん。朝か。」

ジルが目をこすりながら起き上がる。

「ふぁぁぁ。おはようございます。」

マルクも続いて目覚める。

「お2人さん、間違ってるよ。もうお昼だよ。」

もうすっかり元気に動き出しているパティの姿があった。

「あ、パティ。もう起きてたのか...って昼!」

「やはり随分寝てしまいましたね。」

ジルとマルクは顔を洗ったりして出発の準備をした。

「それではお世話になりました。」

「ありがとう、おばさん。」

3人は礼を言って外へ出た。

外は明るく人通りもあり、昨夜の町とは一転していた。

「やっぱり町はこうで無くっちゃな。」

ジルの言葉にマルクとパティも頷く。

「ねぇ、さっそく情報を集めようよ。」

「そうだな。」

3人は聞き込みを始めた。

「あの―...。」

ジルが道行く人に声をかけたが無視して通り過ぎていった。

「すいませーん。」

「あ、ちょっと急いでるから。」

今度は断られた。

「もっと暇そうな人に聞いてみたら?」

パティが横から言った。

「そうだな。あそこのベンチに座ってる人にしよう。」

パティの意見を取り入れベンチでゆったりと本を読んでいる男性に

声をかけた。

「すいません。」

「はい?」

「ここら辺で何かおもしろい情報とかはありませんか?」

「情報ねぇ。そうだ、この町の離れに妙な博士が住んでいる

らしいよ。町の者は気味悪がってあまり近づくことはないが、

何かおもしろいことがあるかもしれないから行ってみるといい。」

3人はその博士が住むという家に向かった。

 

 

 

「ここが博士の家か。」

「ねぇ、さっそく入ってみようよ。」

トントン。

「はーい、どうぞ。」

中から子供の声が聞こえた。

「誰でしょう?」

「きっと博士の家族とかだろ。」

3人はドアを開き中へ入った。

そこへ現れたのは大きなメガネにぶかぶかの白衣を

着た男の子が立っていた。

「いらっしゃい。」

男の子は3人を笑顔で出迎えた。

「私より小さいね。」

「そうだな。それより俺達、博士に会いにきたんだけど

いてるかな?」

「はい、それは私のことです。」

「え。」

「自己紹介しましょう。私、ヒヨルド博士です。」

「えーっ!だって子供だろ?。」

ジル達は驚いた。

「いやー、実はある実験で失敗して子供の体に戻って

しまったんですよ。本当は78歳なんです。」

「まじで?それじゃジジイじゃん。」

「ジル、それは失礼ですよ。」

「ははは、構いませんよ。歳をとると心が穏やかに

なるもんでしてね。ちょっとしたことくらいでは

腹が立ったりしなくなりましたよ。」

「へぇ~、ヒヨルド博士って見た目は年下なのに

中身は随分大人なんだ。すごいなぁ。」

パティが感心して言った。

「いやぁ、そういうことを言われると照れますね。」

ヒヨルド博士は頬をポリポリと指で掻いた。



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91,92

「ところで私に何の用で来たのですか?」

ヒヨルド博士がジル達に聞いた。

「いやぁ、町の人がここに来たらおもしろい

ことがあるかもしれないって言ってたもんで。」

「なるほど、ということは私の発明品を見に

来たということですね。まぁとりあえず中へどうぞ。」

ジル達はヒヨルド博士に居間へと案内され

勧められるがままに椅子へと座った。

「何が出てくるのか楽しみだね。」

パティはうきうきした気分で言った。

ジルとマルクも楽しみに待っていた。

「はい、ではまずこちらの箱。

これを開けると...。」

びょ~ん。

「中から人形が飛び出たね。あ~びっくりした。」

ヒヨルド博士は自分で場を盛り上げようとした。

「(げ。つまらない。)」

3人はがっかりしてテンションが一気に落ちてしまった。

「あの、そろそろ失礼しようかと思うんですが...。」

「え、もう帰るのですか?残念ですね。まだ他にも

親指人形や伸び縮みする付け鼻とか見せたかったのですが。」

「(どれもつまらなそう。)それはまた今度来たときに

見せてよ。(2度と来ないと思うけど。)」

「それではまた来てくださいね。...あれそれは?」

ヒヨルド博士はジルの持っていた爪を指差す。

「これがどうかした?」

「おお、間違いない。私が作ったものですよ。」

「ええー!」

さっきの発明品にがっかりしていた3人は驚いた。

 

 

 

ヒヨルド博士はジルが持っていた切り裂き魔の爪を

自分が作ったと言った。

「うそだろ。あんなしょうもないものを作って、

いや全然違う系統のものを作っててこんなの

作れる訳無いだろ。」

「いえ、本当です。それは今開発中のアブソーブシリーズ

、試作品1号『俊足の爪』ですよ。」

「『俊足の爪』、まさか!?アブソーブシリーズって

いうのは?」

マルクは名前にピンときて顔色が変わった。

「アブソーブシリーズというのはですね、使用者の

生命エネルギーを吸収して魔力に変換。それを

利用して様々な効果を起こすというものなのです。

そして『俊足の爪』の効果は出すね...。」

「使用者の足の速さを何倍にもするってか。」

「あ、そうですそうです。もしかして使ったんですか?」

「使ったんですかじゃねえよ。俺達がこいつのせいで

どんな目にあったと思ってるんだ、このバカ博士が。」

 

ジルは怒りながら切り裂き魔のことをヒヨルド博士に話した。

 

「そうでしたか。いやー、実はアブソーブシリーズは

以前、強盗に盗られましてねぇ~。それと『俊足の爪』は

最初に作ったもので生命エネルギーの吸収力が大きすぎて

使用者の負担がとても大きいのですよ。その分効果も大きく

なるのですが、本来の能力を大きく超えてしまうと気分がよく

なって麻薬的な効果が働いてしまうのです。つまり外したく

なくなりどんどん生命力が落ちていくのですよ。まあこれで

生命力が尽きたら普通の死に方はしないでしょうね。」

ヒヨルド博士はジル達や町の人たちが苦しんだことを聞いても

全く反省する様子はなく自慢げに『俊足の爪』の説明をした。

このヒヨルド博士の態度にジルの怒りは頂点に達しようとしていた。



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93,94

「あー、よーく分かったよ、こいつの説明はな。ついでに

神様への懺悔もしたらいいんじゃねえか。俺が天罰を喰らわす前にな。」

ジルが右手に思い切り力を込めヒヨルド博士を殴ろうとしたが

マルクとパティが必死になってなんとか取り押さえた。

「ジル、気持ちは分かりますが落ち着いてください。」

「放してくれ。俺はこいつをぼこぼこにしないと気がすまねぇんだ。

このマッドサイエンティストをな。」

「ダメだよ、ジル。この人が直接町で暴れたわけじゃないんだよ。」

「それに誰かが包丁で人を刺したとして包丁を作った人を

責めますか?」

「そう言われるとそうだが。」

ジルはマルクとパティの説得でようやく平静を取り戻した。

「ヒヨルド博士。」

マルクが厳しい表情でヒヨルド博士を呼んだ。

「何ですか?」

「さっきアブソーブシリーズとか試作品1号とかいいましたが

他にも同じようなものがあるんですか?」

「もちろん。『俊足の爪』の他にあと3っつの試作品があります。

それらはもう少し完成度が高いので麻薬性は抑えられていますよ。

全て強盗に盗られてしまいましたがね、はははは。」

笑いながら喋るヒヨルド博士にジルの怒りが甦る。

「こいつ絶対殺す。」

「まあまあ、今は残る3っつのアブソーブシリーズを強盗から

取り戻すことが先決です。第2の切り裂き魔が現れないとも

限らないわけですからね。」

「え、取り戻してくれるのですか。それならいいものを

あげましょう。」

そう言ってマルクに渡されたのはワラの盾だった。

「何だよこれ。パンチも防げないだろ。」

「きっと役に立ちますから。あと強盗たちのアジトは西の森に

あるらしいですよ。」

「信じましょうよ。」

「そうだよ。文句ばっか言ってたっていいことないよ。」

「なんか俺だけ子供みたいじゃないか。えーい。

こうなりゃやけだ。強盗全部倒してやるよ。」

ジル達は博士の家を出て西の森へと向かった。

 

 

 

「たぶんこのあたりだと思うんだけど。」

西の森へと入ったジル達。

ビュッ!

「いってぇぇ。」

ジルの左腕に矢が突き刺さった。

「どこだ!」

ジルは刺さった矢を抜きながら敵を探す。

「あ、あそこじゃない?」

パティがそう言って指差した先は遠く離れた

大きな木の上にかすかに見える人の姿だった。

「そんな、あんなに離れた場所から正確に当てるなんて。」

マルクは驚く。

「まぐれに決まってる。2度は喰らわないさ。」

遠くにいる人ところが一瞬光る。

「2本目か。ここを狙ったとしても遠く離れてる分

余裕で避けれるぞ。」

3人は今いる場所から後ろへと下がった。

そして放たれた矢は3人が今さっきいた場所に向かって飛んできた。

「よし、大丈夫だ。」

3人は矢をかわしたと安心したが、突然矢がジル達に向きを変え

襲ってきた。

「な、ばかな。」

ジルは思わず剣を抜き矢を切り払った。

「これは間違いなくアブソーブシリーズですね。

『追撃の弓矢』というところでしょうか。」

「どうすんだよ。絶対に避けられないぜ。」

その間にも矢はこちらに向かって再び放たれる。

「そうですね。はっ、そうだ。これを使ってみては。」

そう言ってマルクはヒヨルド博士にもらったワラの盾をジルに渡した。

「これでどうしようって。あっ。」

矢がワラに突き刺さる。

「そうか。これで防げるってことか。よぉし反撃開始だ。」



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95,96

「あの反撃はいいんですけどどうやって倒すん

ですか?敵は木の上にいますよ。盾を持ったまま木に

登れませんし木を蹴って揺らして落とすには木が

大きすぎて無理ですよ。」

マルクがジルに問い掛ける。

「それなんだけど、パティちょっと。」

ジルはパティを呼んでパティの耳元で話をする。

ぼそぼそ。

「うん、いいよ。まかせといて。」

「一体何を?」

話を聞いていないマルクは何のことかさっぱりという

感じだった。

「頼んだぞ、パティ。それじゃ俺も行きますか。

と、その前にマルクさっき矢が刺さったとこが

ちょっと痛いんだけど治してくれる?」

「もちろん。それにしても今までよく我慢してましたね。」

「それはもう気力でカバーしてたさ。」

「冗談ですね。」

「さすが分かってらっしゃる。実際のところはさ、

血は出てるけど針を刺したようなくらいの痛みだから

矢の攻撃力自体はそれほどでもないってことだな。」

マルクはジルの怪我を魔法で回復させた。

「サンキュー。あとは見守っててくれよ。

案外あっさりと終わると思うぜ。」

ジルはワラの盾で矢を防ぎながらゆっくり敵に近づいていく。

マルクはその様子をじっと見守る。

敵はジルがワラの盾で防いでいるのを見てか矢を射る間隔を

不規則に変えた。攻撃が終わったと思わせ盾を下ろさせる

のが狙いのようだった。しかしジルはそんなことを気にせず

ひたすら盾を前に構え歩いて近づいていく。

バサッ。

敵が登っていた木から大きな音がした。

 

 

 

バサバサバサッ。

ドサッ。

「あ、敵が木から落ちた。どうして?」

「すぐに分かるさ。よし、マルク走れる?」

「ええ、走れますよ。」

ジルは敵のいた大きな木に向かって走り出した。

マルクもそれについていった。

「はぁはぁ。ジル、速いですよ。」

「悪い悪い。でもほら」

すでに木の根元に着いていてそこには弓矢を持つ男が気絶していた。

「あれ、パティがどうしてここに?」

「えへへ。」

シュー-。

木の上からパティの召喚したミニマンが降りてきた。

それを見たマルクは全て理解した。

「そういうことだったんですか。」

「そういうこと。さてここでのびてるこいつをどうするか。

止めをさしてもいいんだけど...。」

ジルは言葉をとめ少し考える。

「弓矢を返してもらったらそれでいいんじゃないですか?」

「あと仲間のことを聞いてね。」

そこへマルクとパティが意見を出す。

「だな。とりあえずこいつが起きるの待つか。」

男の持っている弓矢を取り上げてしばらくすると、

「う、ううん。」

男ははっとして周りを見回すと3人が取り囲んでいた。

「起きたところ悪いんだけど仲間のこと教えてくれる?」

男は起き上がるとジルの質問を無視し一番弱そうなパティを

ドンと横から押して走り去った。

「あらら、逃げちゃったか。パティ、大丈夫か?」

「うん、ちょっとお尻打っただけだよ。」

「それはよかった。そんじゃ仲間のとこまで案内して

もらおうか。」

ジル達は男が走っていった方向を追いかけた。



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97,98

「はあはあ、あ、兄貴。やられました。」

ジル達から逃げてきた男がやってきた洞窟の中には

2人の男がいた。一人はがっしりとした肉体で無精髭を

生やした男が腕を組んで椅子に座っていた。もう一人は

さらに大きな体をした丸坊主の男で軽くトレーニングをしていた。

「ポラ、どんな奴だ?」

座っていた男が落ち着いて口調で尋ねる。

「小僧2人と子供が1人なんですが...。」

「ひよっこにやられて武器も奪われ逃げてきたと。」

「いや、その...。」

逃げてきた男ポラはなんとも歯切れの悪い返事しか出来なかった。

ドゴッ!

トレーニングをしていた男が突然ポラの顔面を殴った。

ポラの首から上は吹っ飛んでしまい即死だった。

「ぐへへ、このナックルは最高だぜ。硬い岩でも粉々

にするのは簡単だ。俺らノブル兄弟に敵はないぞ、兄者。」

「おい、必要ないときははずしとけ。つけてる間は生命力を吸われ

続けるんだ。ほっとくとあいつみたいにおかしくなっちまうぞ。」

「ああ、爪をつけたらすぐに理性がなくなって

昼間は苦しみ続け夜は獣のように暴れてたあいつか。」

「しかしこの武器の力はよく分かった。こいつがあれば

もうこそこそとケチな強盗をせずとも町一つくらいなら支配できる。」

ジル達はポラの後を追いノブル兄弟のいる洞窟に到着した。

「こんなところに洞窟が。きっとここが奴らのアジトだろうな。」

3人は恐る恐る奥へと入っていく。

「きゃあああ。」

横たわるポラの遺体を見たパティが叫び声を上げる。

「こいつはさっきの...。」

ジルは目の前にいるノブル兄弟を見る。

「お前らの仲間じゃなかったのか?」

「仲間?俺達に役立たずの仲間はいねえよ。なぁ、兄者。」

「ははは、全くだ。それにしてもこんなガキ達にやられたとはな。

情けない奴だ。」

「この野郎。今の言葉後悔させてやるぜ。」

ジルは剣を抜いた。

 

 

 

「俺が一人で3人まとめて相手してやるぜ。」

坊主頭のノブル弟が一歩前へ出た。

「この2人は応援だ。俺一人で十分。」

「すぐにその減らず口を叩きのめしてやるぜ。」

ノブル弟はナックルを手につけ威嚇するように

近くにあった大岩を簡単に砕いた。

「どうだ、びびったか?」

「全然、どうってことないさ。(げ、どうしよう。

あんなのくらったら即死じゃねえか。)」

「『破壊の拳』というところですね。ただ攻撃力が

上がるという分かりやすい効果です。」

「ジル、頑張れー。」

後ろで2人は楽観的に見守っていた。

「頑張れって言われてもな。」

「どうした、怖気づいたか?ならこっちから行くぞ。」

ノブル弟はジルに勢いよく殴りかかってきた。

「ワッ。」

ジルが間一髪のところでかわすとノブル弟の拳は壁をえぐっていた。

「よくかわしたな。」

「(こいつ体の割になかなか素早いな。)」

そしてノブル弟の攻撃は止まらずジルは攻撃をかわすだけで

なかなか反撃に移れなかった。

「逃げてばかりじゃ勝てないぞ。」

「分かってるさ。ちょうどお前を倒す方法が思いついたとこさ。」

「面白い。出来るものならやってもらおうか。」

しかし状況は一向に変わらなかった。むしろ悪くなっていて、

ノブル弟の攻撃がもう少しで当たるというギリギリのところにいた。

洞窟にはドンドンと大きな穴が開いていく。

「ねぇ、大丈夫かな。一方的な感じがするけど。」

「そう私もそう思うんですがジルの顔には余裕の表情が浮かんでるんですよ。」

「ははは、疲れてきたのか。動きが鈍くなってるぞ。

そろそろ止めを刺してやろう。」

ノブル弟は右手の拳に力を込めて全力でジルに殴りかかった。

ドゴオォォォォ!

洞窟全体に響き渡るような大きな衝撃音で、その震源には砂煙が

舞って回りからは見えなくなっていた。



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99,100

「ゴホゴホ。ジ、ジルは?」

砂煙の中のジルを探すマルクとパティ。

「ふー。危ねえな。さすがにあいつの全力をかわすの

は冷や汗ものだぜ。」

ジルはマルクとパティの傍へ回避していた。

「ジル!」

2人は喜んだ。

「驚いたぜ。今の攻撃をかわすとはな。」

ミシミシ。

「(ん?妙な音が。)」

ノブル兄は洞窟の異変を感じていた。

「さて、仕上げといこうか。」

そう言うとジルは足元に落ちているコブシ大の石を拾った。

「そんなもんで俺を倒せると思っているのか。

こりゃ笑いもんだぜ。」

「どうかなっ。」

ジルはノブル弟の方に向かって思い切り石を投げつけた。

が、石ははずれ洞窟の壁に当たっただけだった。

「どこ投げてんだ。こんな距離で当てることも出来ないか。」

ジルは笑みを浮かべた。

「まさか。」

ノブル兄は何かに気づいた。

「そこから離れろっ。」

「え、兄者。何だって?」

ドゴゴゴゴゴォーーーーン。

ノブル弟のいた部分の天井が崩れ落ちた。

「うわぁぁぁぁ。」

突然のことだったため避けられず岩の中へと埋もれてしまった。

「これからは周りのことにも気をつけろよ。タフそうだし

死んではいないだろうな。助けてやるか。」

ジルがノブル弟を助けるため近づこうとしたら

「ぐおぉぉぉ。」

ノブル弟は『破壊の拳』と高い気力のおかげで岩の中から抜け出した。

そこで力が尽きたのかすぐにバタリと前に倒れた。

「やっぱりタフだな。ま、これで『破壊の拳』は取り戻したと。」

ジルはノブル弟の手から『破壊の拳』を取り外した。

 

 

 

「弟の力を利用し洞窟の一部を崩壊寸前にし石を投げて

弟を巻き込むように崩すか。思いついたとしてもそれを

気づかれぬよう実行するのはそれなりの技術が必要に

なってくる。なかなかやるな。ならばこちらも地形を

利用させてもらおうか。この斧でな。」

ノブル兄は椅子から立ち上がり、おもむろに斧を取り出した。

「ジル、あの斧が最後のアブソーブシリーズですよ。」

「分かってるよ。(地形を利用する?果たしてあの斧にどんな効果が?)」

ジルは警戒して動けずにいた。

「どうした?また様子を見て作戦でも考えているのか?

いくらでも考えるがいい。我が攻撃を受ければ、逃げる

という選択肢しか選べないと分かるだろう。」

ノブル兄はジル達と離れた位置にいながら、斧を持つ腕を

ゆっくりと上げると一気に振り落とした。

ビュウウウゥゥゥ!

「うわぁ。」

強い風がジル達を襲う。

「大丈夫か?みんな。」

「ええ、強いけどただの風ですから。」

ピュッ。

「え。」

マルクの頬に血がたれる。頬以外にも体中に小さな切り傷が

出来ていた。ジル、パティも同じだった。

「後から体中が痛くなってくるよ。これ何?」

パティは痛みを押さえるように両腕で体を抱いた。

「これはかまいたちです。真空の刃を発生させ相手を切り裂くという。」

「そう。これが『風切りの斧』の効果だ。さあどんどんいくぞ。」

ノブル兄は再び斧を持ち上げた。

「させるかっ。」

ジルは剣を手にノブル兄に接近する。

「遅い。」

ジルがノブル兄にたどり着く前にノブル兄は斧を振り下ろす。



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101,102

「うわぁぁぁ。」

ジルは強風で押し戻され、さらにかまいたちでダメージを受けた。

「痛っー。」

マルク、パティも同時に体を傷つけられる。

「パティ、大丈夫ですか?」

「うん、まだなんとか。」

「今は私の後ろにいたほうがいいですよ。」

「ありがとう、マルク。」

パティはマルクの言うとおりに後ろに隠れた。

「(強風で近づけないようにし、さらに攻撃も出来るか。

横か後ろに回ることが出来れば...。はっ。)」

「その顔は気づいたようだな。地形を利用するという意味を。」

「この洞窟の横幅は狭く奥にお前がいる。つまり横、後ろからの

攻撃がしかけられず正面から攻めるしかない。しかし、斧が起こす

風の攻撃は正面にいるものを寄せつけずに確実にダメージを与えていく。

完全な攻撃。」

「分かったか。そして逃げるしかないということを。」

「そいつはどうかな。」

ジルは先ほど取り戻した『追撃の弓矢』を取り出した。

「まさか。」

「そう。これなら接近せずに攻撃できる。」

ジルはノブル兄に向けて矢を放ち肩に命中した。

「やったか。」

しかし、ノブル兄はダメージをほとんど受けずに再び攻撃をしてきた。

「くっ、失敗か。」

「お前も攻撃を受けたなら知っているだろう。そいつの攻撃力の低さを。

その矢で俺を倒すことはできん。他を考えるんだな。」

ジルはチラチラとマルクの方を見る。そのことにマルクが気づく。

「は、そうだ。私の魔法で防げるかも。ジル、こっちへ。」

「よし。」

ジルはマルクの元へ駆け寄る。

その間にもノブル兄の攻撃は続けられる。

「いきます。ウインドガード。」

マルクが魔法で作り出した風の壁が『風切りの斧』が起こした

強風だけでなくかまいたちも受け流した。

「やった。成功だ。」

ジル達3人は喜びの笑みを浮かべた。

 

 

 

攻撃を防がれたノブル兄はさっきまでの余裕の表情は

すっかり消えていた。

「まだだ。まだ勝負はついてはいない。」

ノブル兄は斧を限界まで力いっぱいに握り締めた。

「くらえ、俺の全力を。」

「ウ、ウインドガード。」

マルクは慌てて魔法を唱えた。斧が起こす強風は

さきほどまでとは明らかに強くなり暴風といっていいくらい

だった。その暴風はマルクの風の壁を簡単に吹き飛ばした。

「な...。」

後からくるかまいたちも大きくなりジルとマルクを深く

傷つけた。パティはマルクの後ろにいたおかげで2人のような

重症からは免れることが出来た。

「ぐっ。」

ジルとマルクはあまりのダメージに立っていられず膝を地面に

ついてしゃがみこむ。

「ジル、マルク!」

パティが心配して叫ぶ。

「はぁ、はぁ、はぁ。」

ノブル兄も斧に狂ってしまう一歩手前まで生命力をつぎ込んだ

せいで斧を持つのがやっとというほど疲れきっていた。

「み、見ろよ。あいつももう力はほとんど残っちゃいないようだぜ。

マルク、休んでてくれよ。今、あいつと決着をつけてくるから。」

ジルはボロボロの体をおして立ち上がり剣を構えた。マルクは

座り込んでもう回復の魔法を唱える力が残っていなかった。

ジルはノブル兄に斬りかかった。ジルのスピードは元気な状態のとき

に比べずっと遅かった。それはノブル兄も同じだった。

2人は一歩も引かず一方が斬りかかっては受けるまたは避けるという

繰り返しだった。そしてまた剣と斧が重なり金属音が響いたとき、

ドスッ。

「そ、それは、弟が付けていたナックル。いつの間に。」

ジルは左手に『破壊の拳』をつけ右手の剣で斧を防ぎながらノブル兄

のわき腹を殴ったのだった。ノブル兄は攻撃を受けるとすぐにその場に

倒れた。



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103,104

「か、勝ったんだ。でも傷ついた体でアブソーブシリーズを

使ったのはやはり相当きついな。あ、頭がくらくらす、する...。」

ジルも力尽き倒れてしまった。

 

「うーん。」

ジルは目を覚ました。傍にはマルクとパティが見守るように座っていた。

「あれ、あいつらは?」

「どっかいっちゃったよ。あのはげ頭がさ、もう1人つれてさ。

でもアブソーブシリーズは置いてってくれたんだよ。よかったね。」

「そうか。」

「去る前に持っていた傷薬も私達の前に置いていってくれたんですよ。

それで私達助かったようなものですよ。もしかしたら根は悪い人では

ないのかもしれませんね。」

「まあ、あいつら仲間を殺したくらいだから酷い奴には変わりないと思うが

少しは良心が残ってたってところなんだろうな。それじゃ行こうか。うっ。」

ジルは立ち上がろうとしたが傷はまだ酷く痛んだ。

「もう少し休んだ方がいいですよ。」

「そうよ。急ぐこと無いんだし。」

そうしてしばらく体力の回復を待った後、ジル達はヒヨルド博士の元へ戻った。

 

「いやー、お帰りなさい。って酷い怪我ですね。これはいけない。

どうぞこちらへ。私が作った回復薬を飲んでください。」

そう言ってヒヨルド博士は3人を椅子に座らせ、怪我の酷いジルとマルクに

紫色をした小さな丸い薬と水を渡した。

「おい、マルク。この薬、怪しくねぇ?」

「いや、でもせっかくですから飲まないわけには..。」

2人は目をつぶり一気に飲み込んだ。

「くそまじいな。なんか吐き気がする。」

「ええ、舌がぴりぴりするような感じがします。」

「薬がおいしいわけないですよ。ほら苦い薬ほど効くって言うでしょう。」

ヒヨルド博士は自己弁護をした。

「あ、体が楽になりました。」

「ほんとだ。傷が治ってる。」

ジルとマルクは薬によって回復した。

 

 

 

「どうですか?私の発明品も捨てたもんじゃないでしょう?」

「まあな。って自分でもダメだと思ってたんだろ。」

「いや、はは。ところでアブソーブシリーズの方はどうなりました?」

ヒヨルド博士は話を変えて誤魔化した。

ジルは顔をにこっとして取り戻したアブソーブシリーズ3個を

ヒヨルド博士の前に出して見せた。

「これは...信じられない。あの凶悪な強盗たちから全て

取り返してくれたんですか。あなたたち強いんですね。

本当に驚きました。名前を教えてもらってもいいですか?」

「そういえば名前言ってなかったっけ。俺がジル。こっちがマルク。

そしてこっちがパティ。取り戻すの苦労したぜ。博士からもらった

ワラの盾もちょっとは役に立ったんだけどな。」

「で、アブソーブシリーズはどうでした?戦ったときの

ことを詳しく教えてもらえませんか。どれだけの威力があったか、

どんな弱点があったか等これからの研究に役立てたいので。」

ヒヨルド博士はすでに自分の発明で頭が一杯でその目には

発明品に対する情熱で輝いていた。

「このマッドサイエンティストが。もうちょっと俺達をねぎらえよ。

まあいいか。俺達の活躍ぶりをたっぷり聞かせてやるよ。」

そして、ジルはヒヨルド博士に全て話した。

「そうでしたか。アブソーブシリーズがそれほど強力だったとは。

もっと深く研究していく価値がありそうですね。ありがとうございました、

大変貴重なデータが得られましたよ。お礼といっては何ですが、

このミラージュナイフを差し上げますよ。」

「これは?」

「これはアブソーブシリーズとは少し違うものでして、

使用者の生命エネルギーを吸収したりするような悪い作用はありません。

代わりに力や精神を写し出す鏡のように使用者によって全く違う刀身

となります。例えば熱血的な人が持てば赤色のナイフになるということです。」

「それは持つ奴によって形や色が変わるだけで武器としての攻撃力

とかは変わらねえの?」

「基本的には変わりません。ただ可能性は低いですが、使う人によっては

特別な効果が付加されることもあります。武器の攻撃力としては鋼の剣ほどは

ありますので持っていて損はないかと思います。」

「分かった。ありがたくもらっておくよ。じゃあな。」

「それではお気をつけて。また何かありましたらいつでも来て下さい。」

ジル達はヒヨルド博士に別れを告げてミッフェンへと戻った。



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105,106

「さっそく俺だけのナイフとやらを見てみようか。」

「ドキドキするね。」

「楽しみですね。」

マルクとパティが興味津々で見つめる中、ジルは鞘から

ミラージュナイフを抜いた。

「おおっ。...げっ。」

「わあ、とんがった黒いナイフだ。」

「これはジルが腹黒いって...」

ドスッ。

「いったー。」

ジルはマルクの腹を一発ひじで強く押してマルクの言葉を止めた。

「きっとこいつは欠陥品なんだよ。まあヒヨルド博士が

作ったものだからな。しょうがないさ。」

「うそー。じゃあ私に貸してみてよ。」

「はいはい。」

ジルはパティにナイフを渡した。するとたちまち色はピンクに

形はグニャグニャとして不規則なものに変わっていった。

「女の子だからピンク、そして召喚士で未知なエネルギーを扱う

から不規則な形になったんですね。」

「すごーい。私にぴったりってこと?」

「いや、これはただのまぐれだ。マルクも持ってみろよ。」

そう言ってパティからナイフを取りマルクに渡した。

すると今度は色は薄い青、形は丸みを帯びたものへと変化した。

「マルクは風の魔法を使うから薄い青、優しいから丸みがあるんだね。」

今度はパティが解説する。

「いやー、なんだか照れますね。」

「何でだ。何で俺だけ嫌な色なんだよ。えーい、こんなもの売ってやる。」

そう言ってジルは武器屋へ走った。マルクとパティも仕方なくついていく。

「おっちゃん、これ売りたいんだけど。」

ミラージュナイフを武器屋の店主に差し出す。

「どれどれ。えーと...。」

店主はまじまじと鞘に入ったミラージュナイフを見た。

そして鞘からナイフを抜いてみる。そこに表れたのはごく普通の鋼のナイフだった。

「うーん。ただのナイフみたいだが一応『魔法の虫眼鏡』で見てみようか。」

店主は奇妙な柄の縁をした虫眼鏡を取り出して覗いた。

「それほど強くはないけど魔力が宿ってるね。呪いとかはないようだ。

どうも効果がよく分からないね。有名な武器とかじゃないみたいだし

こういう得体の知れないものはうちではちょっと引き取れないね。」

「がーん。」

ジルはショックを受け武器屋を出た。

 

 

 

「どうしようか、このナイフ。」

ジルはミラージュナイフを手に取り悩んでいた。

「別に呪われてる訳じゃないんだし持ってたらいいじゃん。」

「そうですよ。せっかくもらったものを大事にしないと。」

「じゃ、これマルクにやるよ。」

「え、そんな、困りますよ。」

「持っとけって。きっと何かの役に立つから。ほら護身用とか、

嫌いな奴を後ろからプスッと刺したりとか。」

「しませんよ。でもそんなにジルが嫌なら持っておきますよ。」

ジルは快くマルクにミラージュナイフを手渡した。

「ねえ、2人とも。ナイフはいいけどその服どうにかした方が

いいよ。ボロボロだよ。」

「そういえばすっかり忘れてたな。とりあえず服を買いに行こうか。」

「あっ!」

「どうしたマルク?急に大きな声を出したりして。」

「大変です。お金がとうとう底を尽きました。」

マルクはお金の入っていた袋が今は空っぽになっていることを2人に

よく見せた。

「なんてこった。これじゃ俺達毎日、食べれる野草を探して夜は

野宿の野性的な生活を送らないといけないじゃないか。」

「そんなの絶対いや。この町に仕事の斡旋屋さんがあるはずだからすぐに探そうよ。」

パティは2人の服を引っ張って急かす。

「そうですね。野宿じゃパティがかわいそうです。」

「んじゃ、探しますか。」

3人は町の中を歩いて探した。

大きな看板と壁にたくさんの張り紙が貼っていて、店は目立ちやすく

すぐに見つかった。

「ここか。『地域密着型求人案内所パーラム』、『世界で100店舗以上展開中』

『親切、丁寧をモットーに』、『誰でも今すぐ仕事が見つかります』と。」

「信頼できるような、うそ臭いような微妙な感じがするね。」

「確かに。でも入ってみないと分かりませんからね。」

3人はとりあえず中へ入ってみた。

「いらっしゃいませー。」

若い女性が元気な声で出迎えた。店の中もとても明るい感じだった。

店内の壁には何枚もの求人票が張ってあり、仕事の応募や相談等をする窓口が

2つほどあり店員が笑顔で座っていた。

「ここは初めてですか?」

「ええ。(どっかで聞いたことがあるようなセリフのような気が)」

「それでは簡単に利用の仕方を説明させてもらいますね。仕事を依頼したい場合は

こちらの求人票の方に依頼内容、報酬、条件等を書いていただきます。そして応募者が

現れたら紹介表を書いて持たせ派遣するという形になります。仕事をお探しの場合は

後ろの求人表で気に入った仕事を見つけていただきこちらに申し付けください。

条件等に合っているか確認した後、紹介状を書いてお渡しします。そこからは求人票に

明らかな虚偽がある場合以外我々は依頼者との問題が起きても関与いたしませんので

ご注意下さい。以上で説明を終わりますが、何か分からない事はありませんか?」

「何を言ってるかさっぱりだ。もう一回最初から説明してくれる?」

ジルは頭がいっぱいいっぱいだった。

「え。」

笑顔の店員が困った顔になる。

「いいです、いいです。私から説明しときますからありがとうございました。」

マルクは困った店員に気づかった。



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107,108

「2人ともさっきの説明分かってないでしょう。」

マルクは2人をバカにしたりはせず優しく言った。

「うん、何か言い方とかが堅苦しくてね。」

パティもうまく理解できないでいた。

「そうですね。分かりやすく言うと道具屋で欲しいもの

があったら店の人に言って買うでしょう。それとほとんど

同じですよ。いい仕事を壁に張ってる紙で探したら

店の人に言ってやらせてもらうということです。」

「ああ、なんだそんなことか。何も難しいことないじゃん。」

「うん、分かる分かる。」

マルクの説明に2人も理解できた。そして3人はばらばらに

壁に張られている求人票を見回した。

「えーと、『家政婦募集』、『ベビーシッター募集』違うな。

『ゴブリン退治依頼』。うーん、今更ゴブリン退治もなぁ。

一応候補に入れとくか。」

「ねぇ、ジル、マルクこっちこっち見て。」

「どうしたんですか?」

「これすごいよ。『我が家の警備依頼』『成功報酬10,000G(ゴールド)』

だって。」

「何!10,000Gだって。初めてお金の単位出てきたな。すごいのか?」

「ジル、何言ってるんですか。10,000Gっていったらそれはすごい大金ですよ。」

「じゃ、これに決めようか。」

「一応詳しい依頼内容も見ておきましょうか。」

「えーとね、『我が家の宝石を狙う盗賊から守りきって下さい』ってさ。」

「盗賊。マルク、まさか。」

「あのときのシャドウラビッツかも知れませんね。」

「この仕事はやめとこう。報酬が高いのはいいけどなんだか嫌な予感がする。」

「何、シャドウラビッツって?気になるな。」

「せこい手段使う汚い奴らだよ。あ~、思い出したくもない。」

ジルのイライラした態度にパティもそれ以上は聞かないことにした。

「あ、これなんかどうですか?『怪物退治依頼』」

「うん、なかなかよさそうだな。内容は?」

「ええと、『シュガーマウンテンに現れた一匹の怪物を倒して欲しい』と。」

「怪物がどんな奴かよく分からないけど面白そうだな。これにしよう。」

ジルはその求人票を窓口へと持っていった。

 

 

 

「すいませーん、これをお願いします。」

ジルは求人票を店員に渡す。

「それでは確認させてもらいますね。依頼内容は

シュガーマウンテンにいる怪物を退治して下さいというものです。

期限はありません。依頼主はこの町の町長です。

報酬は3,000G。その他雇用条件等はございません。

以上でよろしければ紹介状と依頼者の家の地図をお渡ししますが

どうしますか。」

「もちろん、お願いします。」

「分かりました。それではしばらくお待ちください。」

少し待つと店員が紹介状と地図を持ってきてくれた。

3人はそれを受け取ると地図を見ながら依頼主である町長の家へ向かった。

「着いたー。けどここってさ最初の晩に泊めてもらったおばさんちだよな。」

「そうですね。でも地図は間違ってないようですよ。」

「ねー、悩むより聞いた方が早いんじゃない?」

「パティの言うとおりですね。ここで合ってるか聞いてみましょう。」

トントン。

マルクがドアをノックする。

「はーい、今、手が離せないから勝手に入って。」

無用心だなと思いながら扉を開け中へと入った。

「こんにちは。」

女性は声がする扉の方を見る。

「おや、あんた達かい。暇だから遊びに来たとか?」

「いや、俺達町長を探してるんだけど知ってる?」

「知ってるも何も私がこの町の町長だよ。」

「そうだったんだ。なら話は早いや。求人票見て来たんだけど。」

ジルは町長に紹介状を渡す。

「ああ、シュガーマウンテンの怪物退治だね。助かるよ。切り裂き魔を

倒したあんた達ならきっと出来るよ。」

「いやー。」

ジルは照れた。

「それよりももう少し詳しく説明してもらえませんか?」

「そうだね。シュガーマウンテンていうのはこの町の近くにある一際とんがった

山なんだ。昔は上質の砂糖が取れてポートルを通して世界中に輸出してたんだけど

いつのまにか凶暴な獣が住みついて誰も山に近寄れなくなったんだよ。

最近では獣がいるか様子を見に行く人もいなくなったから山がどうなって

いるかはよく分からないんだ。そういうわけでどんな怪物がいるかは分からない

し、もしかしたらもうどっかに行ってしまったのかもしれない。

それでもシュガーマウンテンに行ってくれるかい?」

「もちろん。」

3人はシュガーマウンテンに向かった。



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109,110

「ここがシュガーマウンテンか。」

「立て札たってますし間違いありませんね。」

ジルとマルクは警戒しながら足を進める。

「わーい、山登り山登り。」

パティは1人遠足気分で楽しんでいた。

「おいパティ。俺達何のためにこの山登ってるか分かってるか?」

「いいじゃないですか。もしかしたら何もいないかもしれないわけですし。」

3人は上へ上へと山を登っていく。

「これが砂糖の元になる植物ですね。」

マルクはしゃがんで興味深く一つの植物を見つめる。

「へ~、これが砂糖になるんだね。持って帰ろうかな?」

「俺達の目的はそんなことじゃないだろ。それにしてももうすぐ頂上だぜ。

獣どころかリスとかの小動物もいやしないぜ。」

「ジル、どうしたんですか?いらいらしすぎですよ。」

ぷにー。

パティが笑顔でジルのほっぺを両手で軽く引っ張る。

「なひすふんだ(何するんだ)パティ。」

「ジルの顔がこわばってたからほぐしてあげようと思ってさ。

そんな顔してたら旅がつまらなくなるよ。」

ジルはパティの言葉を聞き考え直した。

「パティの言うとおりだな。俺が悪かったよ。どうせ何もいないんだし砂糖

の植物一杯持って帰って売ってしまうか。報酬ももらえて一石二鳥だ。

フフフフフフ。」

「ジル、さっきと違う意味で顔が恐くなってますよ。」

「でもさっきよりはずっといい顔だと思うよ。ジルらしい感じがすごいする。」

「俺らしいって?」

ジルは2人に聞く。

「お金に汚い。」

マルクとパティが真顔で声を揃えて答える。

「そんな目でずっと見てたのか...。なんか落ち込むな。」

「落ち込むこと無いですよ。それはほんの一面でジルのいいところは他に

たくさんありますから。」

「ほらもう先に進むぞ。」

ジルは話を変えて照れ隠しをした。

 

 

 

ジル達3人はすっかりハイキング気分で山を登っていた。

「山の空気は町のとは違ってすがすがしくて気持ちいいな。」

「全くです。登山もなかなかいいものですね。」

「ねえ、もう山頂だよ。私が一番乗りしちゃおう。」

パティはゴールを目前に高まる気持ちを抑えきれずに走り出した。

「負けないぞー。」

ジルも対抗して走り出した。体力の差ですぐにパティを抜き

一番に頂上へ到着した。

「はぁはぁ、ちょっとはしゃぎ過ぎたかな。」

ジルは膝に手をつき前かがみで息を荒くさせた。

「ジル、速いですよ~。」

マルクとパティも少し遅れてやってきた。

「わっ!」

ジルが驚きの声を上げる。

「どうしたんですか、そんな声を上げて...え。」

ジルの視線の先にいたのは熊のように大きな狼だった。

「で、でたな怪物め。」

ジルは剣を抜き構えた。

「(この威圧感は何だ?体が大きいからじゃない。何かこう

内側から発せられているような感じがする。)」

「お前達、俺を狩りに来たのか?」

「そ、そうだ。(マルク、喋ったぞ。)」

「(かなり知能の高いモンスターのようですね。)」

「悪いことは言わん。さっさとこの山から帰れ。」

「ねぇ、どうしてこの山にいるの?」

パティが前に出てモンスターに質問する。

「おい危ないぞ、パティ。」

「ほう、俺を怖がらないとはな。俺は幻獣フェンリル。

幻獣界からはぐれてここに来てしまったのだが、戻るには2つの方法が

ある。一つは幻獣界へ通じるゲートを探し出すこと。もう一つは召喚士と

契約を結ぶこと。出来れば幻獣界に戻りたいのだがゲートはいつどこで開くか

分からないからな、ほとんど諦めているのだ。」

「そっか、じゃあ私と契約しようよ。私、召喚士のパティ。

そしたらさフェンリルも幻獣界に戻れるし町の人も砂糖を取りにこれて

全部解決するよ。」

「お前と契約か。そうだな。それも悪くないかもしれん。よかろう、

このフェンリル、お前の力になってやろう。」

ヒュンッ。

フェンリルは光を放ちながらその姿を消していった。



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111,112

パティは幻獣フェンリルと契約を交わした。

「パティってすごいなって改めて思ったよ。」

「いやあ、照れるよ。モンスターでも話せば分かる

こともあるってことだね。」

「言うのは簡単ですが目の前にして実際に話し掛けるのは

とても勇気がいることだと思いますよ。」

「もう2人とも誉めすぎだよぉ~。さあ戻ろうよ。」

パティは顔を少し赤くしながら早足ですたすたと戻り始めた。

ジルとマルクも笑顔でパティの後に続いた。

 

そしてちょうど夕日が沈む頃、町長の家に帰ってきた。

「お帰りー。」

町長はいつもの調子で明るく出迎えてくれた。

「どうだった?ってその顔だとよかったんだね。」

「うん。もう砂糖取りに行っても大丈夫だよ。」

「今日はもう家に泊まってくだろ。よかったら詳しい話とか

聞かせておくれよ。」

「もちろん。」

3人は山でのことを詳しく話した。

「へぇ~、幻獣と契約するとはね。やっぱりあんた達

只者じゃないと思ってたよ。さすがだね。」

「今回は本当にこのパティのおかげですよね。

あれ、寝てる。」

「山登りが疲れたのかな?ベッドまで運んでやろう。」

ジルはパティを抱えてベッドに寝かせた。

「ふぁあぁ~あ。俺達も眠くなってきたな。」

「そうですね。」

2人も目がとろんとしてそのまま眠ってしまった。

「みんなお疲れさん。ぐっすり眠りな。」

町長は2人に毛布をかけてやり自らも眠りへとついた。

 

翌朝、

「どーも、お世話になりました。」

「そうだ報酬をちゃんと渡さないとね。はい、3000G。

それからジルはもっと仲間に気を使ってやりなよ。」

「もう分かってるよ。わざわざ別れ際にそんなこと言わなくてもいいだろ。」

ジルは少し決まりが悪そうにしながら答えた。

「そうそうこれを『求人のパーラム』に持ってってくれよ。

あんた達がちゃんと依頼をこなしてくれましたよって手紙さ。」

「分かりました。」

マルクが受け取ると3人はパーラムへ向かった。

 

 

 

パーラム窓口にて。

「はい、たしかに依頼完了の届け受け取りました。

ありがとうございました、またのご利用お待ちしております。」

 

「さ~て、金も手に入れたことだし新しい場所へ向かおうか。」

「ねぇ、ジル。あの『我が家の警備依頼』の張り紙。」

パティはジルの服を引っ張り

「何だ。まだあるのか。俺達はやらねぇぞ。」

「報酬が...20,000Gになってるよ。」

「何ぃ!20,000Gだって。」

ジルは驚きながら張り紙を食い入るようにじっと見た。

「ほ、ほんとうだ。本当に20,000Gだ。」

「ねぇ、ダメもとでやってみたらいいんじゃない?」

「勧めなくてもジルはやる気みたいですよ。」

ジルの目は金になっていて拳に力が入る。

「おねーさん、これお願いしまっす。」

ジルは求人票をもってすごい勢いで受け付けにきた。

「そ、それでは確認させてもらいますね。」

店員はジルの勢いに少し引きながらも淡々と説明をした。

ジルは説明をろくに聞かず頷きつづけ依頼を受けることに了解した。

 

そして依頼主の家の前へとすぐにやってきた。

「ここが大富豪の家ですか。もっとすごい豪邸かと思いましたが

意外と普通な感じがしますね。」

「私ももっと大きな屋敷とか期待してたのになちょっとがっかりだな。」

「な~に、本当の金持ちってのは見えないところにすんごいお金をかけてたり

するもんなんだぜ。」

トントン。

ジルはドアをノックする。

「どなたですか?」

ドアの向こうから老人の声がする。

「あの、依頼を受けたいんですけど。」

「そうですか、分かりました。」

ドアが静かに開けられた。



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113,114

家の中では年老いた男が整った服装で出迎えた。

「どうぞ、中へお入りください。」

3人は言われるままに中へと足を踏み入れる。

「うわぁっ。すごい豪華だ。」

家の外からは想像できないほどの豪華な家具や内装

が目に飛び込んできた。

「それでは旦那様をお呼びしますのでこちらで少し

お待ちくださいませ。」

そう言うと男は奥の部屋へと入っていった。

「やっぱ金持ちは違うよな。」

「見てください。このライオンの置物。金で出来てますよ。」

「すっごいね。」

3人は高価な物を目の前にはしゃいでいた。

ガチャッ。

先ほどとは別の男が現れた。中年で髭を生やし地味ではあるが

高そうな服を着ていた。

「何だ、若造じゃないか。こんなんで大事な宝石を守れるのか。」

ジルは少しムッとしたが高額な報酬のためと我慢した。

「私達、若いですがこれまでいくつかの戦闘も経験しているんですよ。」

マルクは弁解するように男に言った。

「そのようだな。その血のついたボロボロの服を見れば苦難を経験している

ことは分かる。まぁこの町は冒険者が訪ねることが少ないし、どうみても

警備を装って盗もうとしたりはしそうにはないから君達に頼むとするか。」

「やったー!」

「ただし、ボロボロの服を着た2人。新しい服に着替えてきてくれよ。

そんな格好でこの家を出入りされるのは恥ずかしいのでな。」

「すいません...。」

「それじゃ執事をつれて服屋へ行きなさい。服代くらいはサービスで

出してあげよう。」

「え、いいんですか。ありがとうございます。」

3人は執事と呼ばれた先ほどの年老いた男に連れられ服屋にやってきた。

「あちらの椅子に座って待ってますので決まりましたらまたお呼びください。」

「はい。」

ジルとマルクはさっそく服選びにかかった。

「あのじいさんが待ちくたびれないようにぱっぱと選んじまおうな。」

「そうですね。あんまり待たせると悪いですもんね。」

「ところでパティも服見るのか?別にきれいだからいいんじゃないの?」

「もう、女の子なんだから服ぐらい見てもいいでしょ。」

「分かったよ。じゃあ気に入ったのがあったら財布持ってるマルクに言うんだぞ。」

「え、買ってもいいの?」

「なぁ、それぐらいはいいよな。」

「ええ、もちろん構いませんよ。」

「やったー。」

パティは飛んで喜んだ。

そして3人は思い思いに服を探し始めた。

 

 

 

「おーい、みんな決まったか?」

「は~い!」

「はい、決まりました。」

ばらばらに服を見ていた3人が集まった。

「それじゃ1人ずつ発表していこうか。まずはマルクから。」

「え、恥ずかしいですね。私は基本的に今の服と同じようなもの

をと思って探したんですけどどうでしょうか。」

マルクが選んだ服を2人に見せる。白いローブ風でシンプルながら

おしゃれな模様が入っていた。

「あっ、すごいいい。」

「マルク、結構センスいいんだな。」

「いえいえ、そんなことは...。それより次パティいきましょう。」

「わ、私。なんか緊張しちゃうね。私のはこれ。一応召喚士だし

そういう感じもしなくちゃって思ってこれにしたんだけど。」

薄い緑色で生地が幾重にも重なったスカート付の服だった。

「いいじゃん。女の子らしさがよく出ててさ。」

「パティにぴったりですよ。」

「ありがとう。最後はジルだね。」

「よーし、あまりのかっこよさにビックリするなよ。俺のはこれだ。」

ジルが自身満々で選んだ服を見せる。

「変。」

「変ですね。」

「な、何言ってるんだお前ら。かっこいいセンスというものが分からないのか。」

「っていうかなんで破れたズボンとか選ぶの?服がボロボロだったから新しいの

買うんでしょ。意味無いじゃん。」

「これがおしゃれってやつだろ。わざと破っているんだぞ、自然に破れたものとは

わけが違うんだからな。」

「同じだと思いますが。それよりその上の服は何ですか。ただの汚い布切れじゃないですか。」

「これはズボンといっしょにワイルドさが必要だと思ってだな。」

「いりません。特に今回は清潔感を出した方がいいですよ。」

「む、それだったらマルクが選んでくれよ。」

「私がですか。それはちょっと。」

「いいじゃん。やってみたら。」

パティも後押しする。

「分かりました。やってみましょう。」

マルクは覚悟を決めてジルの服を選び出した。

「え~と、これと、これで。」

服を選び終えジルとパティの元へ戻った。

「あまり自信がないですが選びました。これです。」

マルクは選んだ服とズボンを取り出した。

「な、これは。動きやすいカジュアルな服装でありながら剣士に合う

気高いかっこよさも兼ね備えている。」

ジルは驚きながら感動の涙を流している。

「それで決まりだね。マルクってセンスいいね。」

「いえいえ、そんなこと無いですよ。」

マルクは後頭部を少しかきながら照れた。



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115,116

「みんな決まったし執事さん呼びにいこうよ。」

「そうだな。」

3人は執事が座っていた椅子のところにきた。

スースースー。

執事は眠っていた。

「時間かかりすぎましたかね。」

「なんか起こすのも悪いような気もするんだけど

起こさないわけにもいかないししょうがないな。」

パティが優しくゆすって起こした。

「う、うん。はっ。これは失礼しました。」

執事は目を覚ますと慌てて3人に謝った。

「いえいえ、気にしないで下さい。こっちが待たせすぎた

せいでしょうし。謝るのはこっちの方ですよ。」

「服は決められたのですね。それではいきましょうか。」

「あ、そうだ。このパティも服を買うんだけどその分は俺達で出すから。」

「いいえ、2人も3人もそれほど変わりませんのでいっしょにお支払いしますよ。」

「え、いいの。ありがとう、おじーちゃん。」

「パティ、おじーちゃんはちょっと失礼だと思いますよ。」

「本当に構いませんよ。ハハハハ。」

3人は笑顔の執事を連れて買い物を済ます。

 

4人は家まで戻ってきた。

「ほう、みんなそれなりの恰好になったじゃないか。

見違えたぞ。それでは依頼について詳しく話そうか。」

ジル達は応接室の椅子に座り話を聞くこととなった。

「まずは盗賊に送られてきた手紙を見てもらおうか。」

主人から一枚の手紙を渡され見てみる。

『月満ちるとき、貴公の持つ宝石グリーントパーズを

頂きに参ります。盗賊団シャドウラビッツ。』

「やっぱりシャドウラビッツか。」

「月が満ちるとき、つまり満月になるのが明日の夜なのだ。

奴らが狙っているグリーントパーズは我が亡き妻の形見。

どうしても盗られるわけにはいかんのだよ。絶対に守りきってくれ。」

主人はジル達に懇願した。

「まぁまかせてくれよ。俺達あいつらとは一度会ってるからな。

前は負けたけど今度はそうはいかないってことを思い知らせてやるさ。」

「それは頼もしいな。期待してるよ。」

3人は一旦、家をあとにした。

 

 

 

「依頼者の前だから自信を持って言うのは分かるんですけど本当に

大丈夫ですか?」

「大丈夫かって言われると自信ないんだけど、勝算が

無いわけじゃないからな。」

「それで明日の夜までどうするの?」

パティはわくわくしながらジルに聞いた。

「今日は俺と別行動をして欲しいんだけど...。」

ジルはマルクとパティに予定を説明した。

「分かりました。」

「まかせといてよ。」

「んじゃ、頼んだぜ。」

ジルは1人で歩いていった。

「それでは行きましょうか。」

「うん。」

マルクとパティも動き出した。

 

トントン。

「すいませーん。」

マルクとパティがやってきたのは依頼主の家だった。

「どうしました?何か忘れ物でもしましたか?」

出迎えた執事が尋ねる。

「ええ、まあそんなところです。」

「まあ、中へどうぞ。」

2人は中へと入った。

「聞きたいことがあって戻ってきたのですが...。」

「はい、何でしょう?」

「この家の見取り図とかってありますか?」

「どうですかね。私は存じませんが旦那様に聞いてみましょうか?」

執事は主人のいる奥の部屋へ入り、しばらくして戻ってきた。

「ええ、大して広くもない家なのでそんなものはないと言われました。」

「そうなんだ。」

パティは少しがっかりしたように言った。

「あ、もしよろしければ簡単に書かせてもらいますがどうしますか?」

「いいんですか!よろしくお願いします。」

執事は紙にさらさらと書き上げマルクに渡した。

「ありがとうございます。」

「いいえ、奥様の形見を盗られることは私にとっても耐え難きことです。

出来る限り協力はさせてもらいたいですから。」

マルクとパティは執事に礼を言って家を出た。

「ほんと、いいおじーちゃんだね。」

「ええ、そうですね。それでは私達は一足早く宿へ行きましょうか。」

2人は宿屋へ行きジルの帰りを待った。



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117,118

「着いた着いたと。」

ジルはヒヨルド博士の家にやってきていた。

「おやジルさん、いらっしゃい。遊びにきてくれたんですか。

ちょうど今おもしろいものを発明したところですよ。

見てください、このメガネをかけずに目の前で前後させるとですね、

なんと!目がとっても大きくなるんですね。」

「いやそれは度がきついだけだろ。それはいいからさ

実は欲しい物があるんだけど...。」

「なるほど、煙幕を無効化するような物ですか。

『風切りの斧』では風で煙を飛ばしても家まで破壊してしまい

かねませんしね。残念ながらそのような物はありませんね。」

「無いのか。じゃあさ、そういうのを今から作ってくれよ。」

「そう言われましてもねぇ。」

「そこを何とか。よっ、天才博士!」

「へへへ。そこまで言われると何とかしないわけにはいきませんね。」

「やった。」

「しかしあまり研究したことがないので難しいですね。う~ん。

あっ!いいものがありますよ。」

ヒヨルド博士は部屋の奥へといくと何やらガチャガチャゴソゴソと

大きな物音を立てながら探し物をした。

「あったあった。」

ほこりまみれになって戻ってきたヒヨルド博士が持ってきたのは

一枚の大きなうちわだった。

「でかいうちわみたいだけど、これって何?」

「これはですね、風の精霊が持っていたとされる『精霊のうちわ』ですよ。

これに気持ちを込めて一振りすればたちまち大きな風が吹いてしまう

という代物ですよ。これなら安全に煙幕も吹き飛ぶこと請け合いですよ。

どうぞ持っていってください。」

「悪いな、サンキュー。」

「どういたしまして。そういえばミラージュナイフの使い心地は

いかがですか?」

ジルはギクッとした。

「あ、あれね。もうそれは大活躍だよ。あんないいものもらって悪いと思ってるよ。」

「そうですか。それはよかった。是非詳しく使用感など教えてもらえませんか?」

「じゃ、急いでるからこれで。」

「残念ですね。もっとゆっくりしていってもらおうと思ってましたのに。」

ジルは慌ててヒヨルド博士の家を後にした。

 

 

 

「ただいまー。」

ジルはマルクとパティが待つ宿屋へとやってきた。

「お帰りなさい。で、ジルの方はどうでした?」

「ばっちりだよ。マルクは?」

「こちらも問題ナシです。」

「それはよかった。それじゃ対策を考えるか。」

ジル達は部屋の机を中心に話し合った。

「やはり家はそれほど広くないんだな。」

「はい、長年仕えている執事さんの情報だから間違いはないかと

思われます。一つずつの部屋は広めですが無駄な部屋は要らない

ということで部屋数は少なめで全体としては普通の家より少し

大きいくらいです。」

「人が出入りできるのは玄関一つと勝手口だけ。窓は小さく

とても大人が出入りは出来ないということか。」

「やっぱり盗賊なんだし裏の勝手口から入ろうとするんじゃない?」

「パティはあいつらのことを分かってないな。あいつらはその裏を

かいて正面の玄関からやってくる。そういう奴だよ。」

「問題はよく分からない仲間のことと爆破をしないかということですね。

この前はリーダーしか会ってませんもんね。」

「それは大丈夫だろ。この家の狭さを考えたら仲間が必要とは考えない

だろうし爆破したらせっかくのお宝までとんじゃう可能性があるからな。

リーダーとの対決と考えていいだろう。」

「あとは明日依頼主との打ち合わせをするだけですね。」

「ねぇ、私は?」

「パティは俺達の切り札だよ。」

「えへへ、なんか緊張するね。」

「話も終わったしそろそろ寝ようか。」

3人はすぐに眠りへとついた。

 

翌朝、3人は再び依頼者の元へ。

「おっはようございま~す。」

パティが元気よく挨拶する。

「おや早いじゃないか。また何か用事でもあるのかね。」

出てきた主人が不思議に思いジル達に尋ねる。

「はい、少し打ち合わせをと思いまして。」

「そうか。では応接室で話そうか。」

3人は応接室の席につく。

「で、何かすることがあるのかね?」

「いえ、特にはありませんがただお願いが一つあります。」

ジルがまじめに話す。

「ほう、お願いとは?」

「宝石を変に隠したりしないで私達の近くにいて持っていてもらいたいのです。

隠していてもすぐにばれてしまい返って盗みやすくなってしまうんです。」

「分かった。その通りにしよう。あとは?」

「それだけ守ってもらえれば十分です。あとは窓を開けて換気を

よくしたら盗賊を待つだけです。」

3人は家中の窓を開けたあと、家の中で盗賊がくる夜まで待つことにした。



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119,120

「やったー。また勝ったー。」

両手を上げて喜ぶパティ。

「パティはばば抜き強いですね。」

「あ~、これで6連敗かよ。」

ジルはカードを投げて悔しがる。

「ジルは弱いね。」

「いや、これはだな。パティに華を持たせようと

わざと負けてるんだよ。」

「嘘ばっかり。でも次は頑張ってね。」

「む、余裕こいて俺が本気を出せば10連勝は固いんだぞ。」

「さあ次いきますよ。」

マルクがカードを配りだす。

「こいこい。」

ジルは念を込めてカードを見る。

「げ、一組しか捨てるのがない。」

そして、

「くそ、また負けた。」

「ジル、弱すぎますよ。」

「カード運がないんだね。」

「え~い、次だ次。」

ジルは半分やけくそになっていた。

「あのー、君達。盛り上がっているところ悪いんだが、

そんなトランプ遊びをしていて本当に大丈夫なのか?」

「もちろんですよ。」

ジルはさっきまでの様子とは違って自信に満ちた様子で言い切った。

「ならいいんだが。(あー、不安だ。こんなことならもっと遠くまで

募集を出して頼れる者を探すべきだったかもしれない。)」

主人はものすごく不安に駆られた。

「また、負けたー。もう次こそは勝つぞ。」

ジルはトランプにはまり熱くなっていた。

「あ~~。」

まだ宝石を盗られていないのに主人は頭をかかえ落ち込んでいた。

そんなこんなで夜がやってきた。

「まさか夜までばば抜きを続けるとは思いもしませんでしたね。」

「ジルが一回も勝てないなんて。違う意味ですごいよね。」

「もうばば抜きなんて2度とやらねぇ。ええい、早く来いよシャドウラビッツ。」

ジルは完全にやけくそだった。

「水でも飲んで落ち着きなさい。そんな状態では盗賊につけこまれるよ。」

覚悟を決めてすっかり落ち着いた主人がジルに水の入ったグラスを差し出す。

「あ、すいません。」

ジルは水を一気に飲み干す。

「ふー、なんとか落ち着きました。ありがとうございます。」

落ち着いたジルを見て主人は少し笑みがこぼれた。

 

 

 

トントン。

外から誰かがドアをノックする。

「はい、どちら様ですか?」

執事がドアに近づき応対する。

「すいません、町長の使いでこちらの主人に伝えることが

あって来たのですが中へ入れてもらえませんか?」

執事は後ろを振り返る。

ジル達はドアを開けるよう頷いて合図する。

それを見て執事がドアを開けると、

プシュゥゥゥ。

執事は現れた男にスプレーを吹きかけられてその場に倒れてしまった。

「シャドウラビッツのリーダー、ジャック=クローバー登場っと。

おや、お前達はあのときの...。偶然とは怖いな。

それじゃまた同じように盗らせてもらおうか。」

「今度はそううまくいくかな?たった一人の盗賊団さん。」

「どうして1人だと?」

「この家の大きささ。この前の城に比べればここは狭い。

仲間を呼ぶほどのことはないってことだろ。」

「なるほど。」

「おい、こいつが本当に盗賊なのか?こんなに堂々としかも

普通の格好で。」

「別にこのスタイルにこだわりはないが割とうまくいくんでね。

それより宝石を隠さないとはいい度胸だ。探す手間が省けた。」

「手間が省けただって?増えたの間違いだろ。間には俺達がいるんだぜ。」

「はっはっは、それは大きな障害だ。」

ジャックはジル達を気にせず笑いながら歩いて近づいてくる。

そしてジルの目の前まで来たとき

「この前とどう違ってるのか見せてもらおうか。」

ジャックはそう言うと同時に煙幕弾を床にぶつけた。

煙が一気に部屋全体に広がり誰も見えなくなる。

「甘いぜ。」

ジルはヒヨルド博士にもらった精霊のうちわを取り出し大きく上下に振った。

ぶぅおおぉぉん。

ものすごい大きな風が起こり部屋の煙はすでに開けられていた窓や玄関を抜けて

吹き飛んでいった。

「な、なんて風だ。」

ジャックが一瞬驚く。

「しかし俺の足の速さにお前らではついてこれないはずだ。

黙って盗られるところを見てるんだな。」

「パティ、今だ!」

「もう呼んでるよ。」

「なにぃ!」

パティは部屋の中で手にした杖で魔方陣を描きフェンリルを呼んでいた。

フェンリルは素早くジャックに襲い掛かる。

「速い!」

ジャックは避けきれずフェンリルに押さえつけられた。



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121,122

「やったー、盗賊に勝ったー。」

「やりましたね。」

みんな大喜びの中、ジルは異変に気づいた。

「いや、ちょっと待て。よく見てみろ。」

みんながフェンリルに押さえられた盗賊ジャックをよく見ると、

「これは服だけですね。」

盗賊の姿はなく上着の服のみがそこにあった。

「そんな、どうして?」

「ちっ、逃げられたか。」

「はっはっは。」

家の外からジャックの声がする。

「以前からは想像もつかないほどやるじゃないか。そのがんばりに免じて

その宝石は諦めよう。狙っていたものとは違っていたしな。もしまた

会うようなことがあれば今回のようにぬるくはない本気の俺を見せてやるよ。」

そう言い残すとジャックは去っていったようだ。

「ふん、あんなのただの負け惜しみだよね。」

「どうでしょう?」

「いや、はったりじゃないかもしれないぜ。」

ジルは真剣な顔で言った。

「とにかく、君たちは約束通り宝石を守ってくれた。ありがとう。

本当はもう盗られることを覚悟していたから本当に嬉しいよ。

報酬は執事から受け取ってくれたまえ。今日はもう疲れた。君たちも

今夜はうちで泊まっていっても構わんぞ。」

主人は緊張がとれ疲れがどっと出たらしく寝室へと行ってしまった。

「私達も休みたいところですが、この状態を放っておくわけにはいきませんよね。」

部屋の中はまさに嵐が通り過ぎた後という感じでグチャグチャになっていた。

「いいえ、これを片付けるのは私の仕事です。仕事を取られては私の立場が

なくなります。皆さんは応接室でもうゆっくりと休んでください。

それからこれが報酬の20,000Gです、どうかお受け取りください。」

「そう?何か悪いな。」

「おじーちゃん、お休みなさい。」

3人は執事に悪いとは思いつつも気づかいに感謝して眠った。

翌朝、執事に見送られて3人は家を出た。

 

「さ~て、この町もそろそろ飽きたしポートルに戻って新しい土地に行こうか。」

「飽きたっていうのはどうかと思いますが新しい土地に行くのはいいですね。」

「わーい、すっごいわくわくしてくるね。」

3人はミッフェンを後にしてポートルへと向かった。

 

 

 

「カフィール、ま、待て。落ち着いて話せば分かるはずだ。」

「悪しき暗黒魔道士などに聞く耳など持っていない。」

カフィールはある町のある家の中で暗黒魔道士を追い詰めていた。

「ぐぬ、私がいったい何をしたというのだ。」

「何かをした後では手遅れということもある。災いの種は芽が出ないよう

早めに摘んでおかねばならない。」

「貴様、何様のつもりだ。神にでもなったつもりか。こんなことを

してただで済むと思っているのか。」

「フ、俺は神ではないが神の意志に従い悪を滅する。もし俺の

していることが神に背く行為ならば俺自身に神の天罰が降るだろう。

しかし今は己の信じる道を突き進むのみ。」

暗黒魔道士はもはや言い返す言葉が見つからず、自らの死期を悟った。

カフィールは手にしていた剣で暗黒魔道士に止めを刺し家を出た。

「きゃああああ!通り魔よ。」

外に出たカフィールの目に飛び込んできたものは男が白昼に女性を

ナイフで刺して喜んでいる光景だった。

カフィールはすぐに刺されて倒れている女性の元に駆け寄った。

「む、出血が酷いな。すぐに回復させなければ。『ヒール』」

カフィールが魔法を唱えると女性の傷口は癒えていった。

「キヒヒ、次は貴様の番だ。」

狂った男はカフィールの腕にナイフを突き刺した。

しかしカフィールは腕から血が出ていることを気にせず男の顔を手で掴んだ。

「邪悪な魂よ消え去れ、『ディスベル』」

掴んだ手から光が発せられると男の顔から黒い煙がボッと浮かんで消えた。

「は、私はいったい何をしていたのだろう?あっ、カフィール様。

どうしたんです、その腕の怪我は?」

男は正気を取り戻した。

「お前は悪魔に憑かれてその女を刺したのだ。自分の意思ではないとはいえ

自制できなかった罪は重い。教会で懺悔し心の修練を積むことだな。

そして刺した女には誠意ある謝罪をするのを忘れるな。」

「ははっ、申し訳ありませんでした。」

「俺に謝ってもしょうがない。」

「う、ううん。わ、私は確か刺されて...。きゃあ!」

意識を取り戻した女性は男がまだ傍にいることに恐怖で思わず叫んだ。

「女、そいつを許すかどうかは勝手だがそいつが悪魔に操られていたことは

理解してやれ。」

そう言うとカフィールはその場を去っていった。

残された男は女性にひたすら土下座して謝っていた。

「人間に悪い影響が出始めている。いまのやり方を続ければ奴らが組織として

まとまるようなことはないだろうが、いつかは根を断たねばならないときが

くるかもしれないな。」



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123,124

ジル達3人はポートルに戻ってきた。

「はぁ~、やっと着いた。」

「一晩野宿をすることになりましたしね。」

「もう何よ。こっちが近道とか言って道に迷うんだから。」

「悪い、悪い。近道があるのは聞いてたのに詳しい道

は聞いてなかったからな。」

3人は疲れていたが決して暗くはなっていなかった。

「ねぇ、疲れてるし家で休もっか。」

「え~、パティの家か。」

「いいじゃないですか。パティだって家族に会いたいでしょうし。」

「まぁな。じゃあんまし気が乗らないけど行きますか。」

「うん、行こう行こう。」

3人はパティの家に向かった。

「たっだいまー。」

家の中に入ると以前と変わらずオカルトティックな雰囲気で一杯だった。

「あらお帰りなさい。意外と早かったのね。」

魔女風の格好をしたパティの母が現れた。

「こんにちは。(やっぱりこの雰囲気は苦手だな。)」

ジルとマルクは作り笑いで挨拶をした。

「いらっしゃい、パティがお世話になってます。

どうぞゆっくりしていってね。」

ジル達はパティの母に勧められ机に座ってお茶を飲むことになった。

「どうぞ。」

「あ、頂きます。」

ごくっ。

「なんだかすっきりしてておいしいですね。」

「うん、やっぱりおいしいね。お母さんの入れるミントティーは。」

「意外と普通なんすね。もっとえげつないものが出るのかと心配してたんですが。」

「ジル、それは...。」

「はっ、すいません。今のはなかったことに。」

「いいのよ、全然気にしなくて。さあおやつのトカゲの尻尾揚げをどうぞ。」

ブッ。

ジルは思わず吹き出した。

 

 

 

「おーい、母さん、パティ帰ったぞ。」

みんなの前に現れたのは明るく若作りをした男だった。

「誰、このおっさん?」

「私のお父さんよ。」

「ええぇ~!」

ジルとマルクは驚いた。

「え、だってパティのお父さんてお母さんより変だって

前に言ってなかったか?見た目はあまりおかしくないと思うけど。」

「うん、ちょっと中身がね。」

「おお、パティ。父さんやったぞ。ついに見つけたんだ。」

「何を見つけたの?」

パティの父は高ぶる気持ちを押さえきれない感じで喋りだした。

「幻獣界への入り口だよ。なんていう偶然なんだろう。

探し続けても一生見つけられないのが普通だというのに。

私はなんて幸せ者なんだ。この幸せを誰かに分けてあげたいよ。

おや、君たちは誰だい?初めて見るね。君たちにもこの嬉しさを

味わって欲しいよ。そうだ母さん、今夜はごちそうにしてくれよ。

君たちももちろん食べていってくれよ。」

「パティ、あなたのお父さんがテンションが高いのは

今日たまたまですよね。」

「ううん、いつもこんな感じだよ。」

「変っていう意味がよくわかったよ。」

「ねぇ、お父さん。幻獣界の入り口を見つけたのは分かったけど、

それをどうするの?」

「どうするってもちろんお前をすぐに連れて行くんだよ。入り口、

ゲートとも言うがこいつはいつ閉じてしまうか分からないからな。

ああもうごちそうを食べてる場合じゃないな。早く行かないと。

パティ、すぐに準備をしなさい。」

「ちょっと待ってよ。どうして私が行くの?」

「それはお前が召喚士だからさ。召喚士と幻獣は切っても切れない関係で

『強力な幻獣を呼び出せる=召喚士としてのレベルが高い』だからな。

幻獣界に行けばたくさんの幻獣がいる。そいつらと仲良くしたり力を認めさせて

契約をすることこそが召喚士の修行なんだぞ。分かったか。」

「じゃ、ジルとマルクもついてきてくれるの?」

「ん?ジルとマルク?お前らか?一体うちの娘とどういう関係なんだ?」

「え、俺達...。」

ジルとマルクは急な話の展開に戸惑う。

「私の仲間だよ。ね、一緒に行っていいでしょ?」

「いかん。幻獣界にはパティ1人で行かなければ。余計な人間が行けば幻獣達は

敵が攻めてきたと思い警戒してしまう。頼む!ジル君、マルク君、娘を行かせて

やってくれ。」

パティの父は熱くジルとマルクに頼み込んだ。

「いやだ。みんなと別れるなんていや。1人で行けって言うんなら私絶対行かないもん。」

嫌がるパティにジルがポンと肩に手を乗せる。

「パティ、俺達は仲間だろ。それは離れてても変わることはないんだぞ。

お前が修行を終えて帰ってきたらそのときはまた一緒に旅が出来るんだ。

行ってこいよ。俺達いつまでも待ってるからさ。」

「ありがとう、ジル。私、私...。」

パティはジルの胸の中で泣き出した。

そしてパティはジルとマルクに手を振ると父親に連れられ幻獣界へと向かうこととなった。

「いっちゃいましたね。それにしてもさっきのジルのセリフ、かっこよかったですよ。」

「さあ、何て言ったか忘れちゃったな。それより俺達も行こうぜ。」

ジルとマルクは港へと向かった。



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125,126

ポートルの港へとやってきたジルとマルク。

「さすが世界一の港、やっぱ人の多さが違うよな。」

「そうですね、世界中のいろいろな人が利用してますからね。」

ポートルは世界のほとんどの港とつながっていて乗り継ぎで立ち寄る

人が大勢いた。

「おっ、かわいい子がいっぱいいるぜ。声かけてみよっか?」

「私はそういうのは苦手なんでやめておきます。」

ジルは喋りながら歩いている若い女性の集団に近づいた。

「よー、ねえちゃん。俺とお茶しない?」

ジルは軽く話し掛ける。

「何それ?ナンパしてんの?チョーダサイんだけど。」

「こいつきもーい。行こ行こ。」

しかし女達は全く相手にもせず過ぎ去っていった。

このことでジルは膝と手を地面について落ち込んだ。

「ガーン。俺ってそんなにいけてなかったのか。」

「(どうしてジルはやり方がいつも古いんだろう?

もしかして田舎育ちのせい?)」

マルクは少し呆れながら考えていた。

「まあ、気にしないで行きましょうよ。女の子なんて他にもいっぱい

いるんだし。たまたま合わなかったって考えた方がいいですよ。」

「そう?そうだよな。さあ次探そうか。」

「まだナンパするんですか。もう先に進みましょうよ。

ん?あ。あぁーーーー!」

マルクは何かを見て突然嬉しそうに走り出した。

「何だよ。マルクもナンパか。」

マルクの向かった先には1人の男が立っていた。

「ワーグバーグさんじゃないですか。お久しぶりです。」

「何だよ、マルクの知り合いか?」

「はい、私の兄弟子で優秀な土の魔法使いなんですよ。」

「へぇ~、あ、初めまして。俺、ジルっていいます。マルクの友達です。」

喜ぶマルクとは対照的にワーグバーグの表情は怒りに満ちていた。

「マルク、お前ちょっと表に出ろ。」

「え、表って?」

「人のいない町の外に出ろってことだ。いいから早くしろ。」

「(おい、お前の兄弟子っていかつい顔してるけどやばい人なのか?)」

「(いえ、面倒見のいい人だったはずなんですが...。)」

マルクとジルはワーグバーグの言うとおりに街の外へと出た。

 

 

 

マルクの兄弟子ワーグバーグに言われ街の外へと出たマルクとジル。

「どうしたんですか?こんなところに呼び出したりして。」

「『どうしたんですか?』だと。ふざけやがって。お前の顔を見てると

いらつくんだよ。」

「私が何か悪いことでもしたんですか?気づかずに酷いことをしていたなら

謝りますよ。」

「いい子ぶりやがって。そうやってメンデル先生にも付け入ったんだろう。」

「何のことですか?」

「とぼけるな。メンデル先生がお前を後継者にしようとしていることだよ。

魔力も強く優秀な俺ではなくお前にとな。」

「そんな。私は何も聞いていませんよ。」

「貴様を殺せば先生も俺を後継者にせざるを得ないはずだ。」

「おい、ちょっと待てよ。兄弟子だかなんだか知らないが殺すっていうのは

やりすぎじゃないのか。」

ジルが2人のやり取りに割ってはいる。

「関係ない奴は黙ってろ。いくぞ、マルク。『ストーンアロー』。」

ワーグバーグが魔法を唱えると地面に落ちていつ小石が一つ浮かび上がり

マルクに向かって飛んでいった。

「いたっ。」

石はマルクの顔に当たった。

「何だよ。ただ石ころぶつけてるだけじゃん。優秀とかいうからもっと

すごい魔法使うかと思ったのにがっかりだな。」

「ジル、なんてこと言うんですか。あれはただの肩慣らしみたいなものですよ。」

「分かってるじゃないか。次いくぞ。」

そう言うと今度はワーグバーグの周りにあった数十個の石が浮かび上がり

マルクに襲い掛かる。

「『ウインドガード』。」

マルクは風の壁を作り石の攻撃を防いだ。

「ほう、俺の攻撃を風の壁で防ぐとは。少しは成長したな。だがこれならどうだ。」

ワーグバーグはまた複数の石を浮かび上がらせると今度はマルクを取り囲む

ようにしてゆっくりと移動させた。

「ははは、お前の全方位を取り囲んだ。これでは風の壁で防ぐことは出来まい。」

「いい加減にしろよ、お前。今すぐ攻撃を止めろ。さもなければお前の首を切り落とす。」

ジルはワーグバーグの背後に忍び寄り剣を首につきつけていた。

「貴様、いつの間に。...分かった、攻撃は止めよう。」

マルクを取り囲んでいた石がボトボトと地面に落ちる。それを確認したジルは

警戒しながらワーグバーグから離れた。

「ふん、仲間に助けられたな。今回はこれで退いてやる。」

それだけ言い残すとワーグバーグは去っていった。



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127,128

「どうしてこんなことになったんでしょうか?

いっしょに魔法を学んでいた頃はもっとやさしい人だったのに。」

マルクは兄弟子が襲ってきたことに悩んでいた。

「しょうがないさ。月日が人を変える事もあるってことさ。」

「いいえ、きちんと話をすればきっと分かってくれるはずです。」

「話をするって何言うんだ?お前を憎んでいる理由は大体分かってるんだろ?」

「そうですね。まずはメンデル先生に会いにいって詳しい話を聞くことが

必要かと思います。」

「会いに行くのはいいけどその先生が今どこにいるかって分かってるのか?」

「サンアルテリア王国。そこにいるはずです。」

「サンアルテリア王国?どっかで聞いたことがあるような...。」

「サンアルテリア王国と言えば文化、芸術、経済の世界の中心ですよ。魔王が世界を征服

しようとした300年前よりも古くに建国。今では王族は政治には関わらず民主国家となって

いますが国民から親しまれ王国のままになっています。そしてこの国の中に魔道連盟という

魔法使いの組織があり、私の先生は最高の位である五大司祭の1人なんです。」

「なんか凄いな。とにかくそこに行ってマルクの先生に会えば解決するかもしれない

ってことだな。」

「ええ、そうですね。」

2人はさっそくサンアルテリア王国行きの船を探す。

しかしいくら探しても見つからないので道行く人に聞いてみた。

「サンアルテリア王国は内陸にあるから近くの港町サンマリーノを通っていくことに

なるよ。」

「ありがとうございます。」

2人はサンマリーノ行きの船を改めて捜した。

「あったあった。」

船賃を払って船に乗り込む。

「よっと。」

2人が乗ってしばらくすると船は動き出した。

「世界の中心ってのは伊達じゃないな。見ろよ、乗ってる人の数。

ほとんど満員だぜ。」

2人は甲板にいた。

「...。」

「マルク、どうした?」

「え、あ、いや。ちょっと昔のことを思い出していたもので。」

「昔のことって、メンデル先生とかあのワーグバーグのことか?」

「ええ、みんなが一緒だった頃は本当に楽しかったですよ。あ、いや別に

今が楽しくないわけじゃないですよ。」

「分かってるって。」

「私は今のようには魔法を使うことがなかなか出来なかったですが、誰もそれを

責めたりせず励ましてくれました。特にワーグバーグさんはどうしてうまく

出来ないのかをいっしょになって考えてくれたんですよ。」

「いい人だったんだな。まあきっといつか仲直り出来るさ。」

「はい、私もそう信じてます。」

船はそんな2人を気にすることなく進んでいった。

 

 

 

「ここからだと到着まであと数日はかかるでしょうから

部屋で少し休みませんか?」

「結構遠いんだな。よし休もう。」

そう言って2人が部屋へ向かおうとしたとき、

「おい、あれは何だ?」

「何だよ。ただの船だろ。」

「こっちに向かってくるぞ。」

「ちょっと待て。あれは海賊船じゃないのか?」

「あのドクロマーク。間違いない海賊だっ!」

「うわぁぁぁぁ!」

甲板上にいる人たちが騒ぎ出した。

海賊船はジル達の乗る船に一気に近づく。

ドカッ!

ぶつける形で隣接すると頭に布を巻き曲刀を手にした海賊達が

次々にロープを引っ掛け乗り込んできた。

「ひゃっほう。いるいる。」

「さすが、サンアルテリア王国方面への船だぜ。」

海賊達は楽しそうに乗客を眺める。

「さーて、橋を渡してと。」

海賊が2つの船を結ぶ橋を架けると、鼻の下に薄く髭を生やし

ボロボロの服や帽子で着飾った初老の男が杖をつきながら乗り込んできた。

「どうぞ、ハーツ船長。」

海賊の1人がその初老の男を船内にいるものを全て見渡せるところへと

案内した。

「うむ。」

ハーツ船長は杖をつき直し一呼吸を置いてみんなに大声で喋りだした。

「見てのとおり、俺達は海賊だっ!命が惜しけりゃおとなしくしてろよ。」

ハーツ船長が合図を出すと海賊達は次々に乗客を縛り上げていく。

 

「何すんだよ!」

ガコッ。

ジルが捕まえようとしてきた海賊を殴り飛ばした。

「何だ、どうした?」

他の人たちを捕まえ終えた海賊達が集まってきた。

「お前らもこいつみたいにやられたいのか?」

ジルは海賊達を挑発する。

「この野郎!調子に乗りやがって。」

海賊達はジルに襲いかかろうとした。

「待て!」

ハーツ船長がそれを止める。

「へへ、俺達海賊に逆らうなんて見上げた根性じゃないか。

しかしな。お前が暴れるとここにいる乗客達の命の保証はないぞ。

それでもいいのか?」

「ぐ。」

ジルはマルクと共におとなしく海賊に捕まることとなった。



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129,130

海賊を殴ったジルとその仲間であるマルクは海賊船内の牢屋に入れられていた。

「ふぁ~あ、俺達どうなるんだろうな?」

「困りましたね。」

「くそっ、あいつら汚いことしやがって。船を乗っ取るだけでなく

乗客の金品まで奪うんだもんな。おかげですっからかんだぜ。」

「お金もそうですがこの状況をなんとかしたいですよね。」

「う~ん。」

2人は悩んでいた。

「おい、お前ら。飯だぞ。」

見張りの海賊が2人の食事を運んできた。

「へぇ~、パンとミルクですね。食事を用意してくれるなんて

意外といい海賊かもしれませんね。」

「海賊にいいも悪いもあるかよ。きっとまだ俺達を何かに利用しようか

と考えてるんじゃねぇの。」

「聞こえてるぞ、お前ら。いいか、海賊にもポリシーって奴があるのさ。

俺達は毎日行き来する船の中からいくらかの利益を得れればそれでいいんだ。

強奪はするが人殺しは好んですることはないってことだ。

あ~あ、俺が見張り番じゃなけりゃ今ごろ上のどんちゃん騒ぎで

わいわいやれたのによ。ついてね~な。」

 

そのころ甲板では、

「酒が飲める、飲め~るっと。」

「おい誰か芸でもやれ―。」

「じゃ、俺が刀でジャグリングやりまーす。」

「おっ、いいぞ。やれやれ。」

「わっはっは。」

海賊達が酒やご馳走を囲んでおもしろおかしく騒いでいた。

「ハーツ船長、今回の収穫はなかなかでしたね。」

「ああ、大型船一隻に30万Gもの金や宝石が手に入ったんだからな。

これで当分は何もしなくても遊べるな。」

「またまた。ハーツ船長はこんなんで満足したりする人じゃないでしょ。」

「はっはっは。お前も分かってるな。そうだ、俺はもう年だがまだ夢を諦めたわけ

じゃねえ。あの大海賊キャプテンホークの隠した財宝を手に入れるまではな。」

「しかしその財宝は本当にあるんですかね?海賊仲間でも信じてる奴は3割にも

満たないっていいますよ。」

「ある。少なくとも俺は必ずあると信じている。お前らはそんな俺を信じて

ここにいるんじゃないのか?」

「そうでした。聞くまでもなかったっすね。」

ハーツ船長も話をしていた海賊も笑顔になってまた楽しく酒を飲みだした。

 

 

 

「ところでこの船ってどこに向かってるんでしょうね?」

マルクが呟いた。

「海賊同盟のアジトだ。そこで奪った船などの売買が行われる。」

「海賊同盟?」

ジルが横から尋ねる。

「海賊は好き勝手やってると思われがちだが、実際はそうじゃねえ。

そんなことして海賊同士が争ったりしてたら商売上がったりだ。

そこで海賊同士が出来るだけ争わないように最低限のルールを

作ったり情報交換したりするために出来たのが海賊同盟ってわけさ。」

「それで海賊達の利益と海でのある程度の秩序が保たれるという

わけですか。」

「まあそういうことだな。」

 

一方、甲板では。

ザッバーン。

体長5mほどの大王イカが現れた。

「ハーツ船長、大変っす。モンスターが出てきたっす。」

「分かってるわ。さっさと倒さんか。」

「へ~い。」

海賊達は自慢の曲刀を振り回して大王イカに向かったが触手によって

弾き飛ばされた。

ドーン。

「お前ら何やってる。目を狙え。そうすればモンスターはこっちに狙いを

つけづらくなるはずだ。」

「へい。」

海賊達はハーツ船長に言われるままに曲刀を大王イカの目を狙って投げつけた。

グサッ、グサッ。

うまく目に刺さり大王イカは痛みで暴れだした。

「ハーツ船長。やばいっす。モンスターが暴れて船が砕けそうっす。」

「ええい、いちいちひるむな。モンスターから遠ざかるように船を移動させろ。

向こうはこっちの位置はもう分からないんだ。攻撃範囲から逃げるまでは

船はもつはずだ。」

「へい。」

ハーツ船長の指示通り船を急いで移動させるとどうにか大王イカから遠ざかった。

「ふぅ、なんとかしのぎやしたね。」

「まったく。お前ら、情けないぞ。これくらい昔の俺なら屁でもなかったぞ。」

このハーツ船長の愚痴りながらも船は元の航路に戻り進みだした。



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131,132

海賊船がとある岸について止まった。

ハーツ船長が捕らわれた一般の乗客の前に出た。

「俺は寛大な男だ。お前らをここで解放する。

ここから少し歩けば町に着く。そっからはお前ら次第だ。

助けを呼ぶもよし、自力で元に戻る方法を考えるのもよしだ。」

ハーツ船長の指示で海賊達は縛っていた縄を解き、船から橋をかけ

乗客たちを解放した。解放された乗客たちは解放された喜びと

これからの不安とが入り混じった複雑な気持ちで町へと向かっていった。

 

「マルク、なんか上がバタバタしてねぇ?」

「そうですね。あと船が止まってますよね。どうしたんでしょうか?」

ジルとマルクが異変に気づく。

「ああ、今ちょうど乗客を解放して下ろしてるとこだろうな。

うちの船長はそういうとこ優しいからな。」

見張りの海賊が答える。

「それじゃあ、私達も解放されるんですか?」

マルクが希望をもって尋ねる。

「そいつは無理かな。お前らは俺達に歯向かったわけだし、

まあこのまま行ってどっかに奴隷として引き渡されるか、最悪

の場合見せしめに処刑されるなんてことになるかも知れないな。

...って今のはジョークだぞ。」

横を向いて喋っていた海賊がジル達の方を向くと、

最後の言葉を聞かず悲壮な顔で酷く落ち込んでいる2人の姿があった。

「俺達、もう終わりだな。」

「こんなところで死ぬなんて。」

「おい、お前ら。ちゃんと話を最後まで聞けよ。あれくらいで殺したり

しないから安心しろよ。大丈夫だから。」

海賊は焦って、必死に2人を励ました。

「え、そうなんですか?」

2人は下を向いていた顔を海賊に向ける。

「そ、そうだよな。まさか殺したりはしないよな。」

2人に笑顔が戻る。

「(変な奴らだな。)まあ実際はうちの船長は悪いことしてるけど残酷なことは

しないタイプだから。奴隷ほどじゃないがちょっとの間こき使われたら帰される

ことになると思うぜ。」

「よかった。」

「少し安心しましたね。」

そうした中、再び動き出した海賊船はついに海賊同盟のアジトへと到着した。

 

 

 

海賊同盟アジトの港に停まったハーツ船長の海賊船。

「ふ~、やっと休めるっすね。」

「ばかものっ!休む前にやることが山ほどあるぞ。

ほら、さっさと動け―。」

「へ~い。」

気の緩んだ海賊達はハーツ船長に喝をいれられ慌しく動き始めた。

 

「よう、ハーツ。今日は大漁だな。こんないい船手に入れて。

こいつは高く売れるぞ。」

ハーツ船長に小太りで背の低い男が話し掛けた。

「まあな。お前の方は相変わらずか?」

「ああ、俺は強奪よりは漁の方が性にあってるんでね。

昨日はすげえでかいのが釣れたんだぜ。そうだ、後で

捕った魚を少しお前にも分けてやるよ。」

「そいつは楽しみだ。」

ハーツ船長に笑顔が浮かぶ。

「それから、今日の夜は臨時会議があるぜ。」

「臨時会議ってことは、いよいよか。」

「いよいよだな。」

2人は真剣な面持ちで考え込んだ。

 

一方、海賊船の中の牢にいるジルとマルクは。

「なあ、もう着いたんだろ?とりあえず俺達を降ろしてくれても

いいんじゃねぇの?」

ジルが見張りの海賊に聞いた。

「ハーツ船長から指示が出るまではこのままだな。」

「そんなぁ、もう陸が恋しいのに。」

「何、女みてえなこと言ってんだ。お前ら、ホント変わってるよな。

捕まってからこんなにおとなしくしてるなんて珍しいぞ。

何とか逃げ出そうとか思わなかったのか?」

「そう言われてみれば...。」

「何も拷問されたりするような酷い仕打ちがなかったですからね。」

「まあ、飯も普通に出してくれたし。そんな悪い海賊とは思えない

部分があったからかな。」

「ふん、誉めても何も出てこないぞ。」

海賊はそう言いつつも少し照れていた。



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133,134

夜になり、海賊の船長達は円卓のある部屋に集まった。

全ての席が埋まったところで議長が話し始める。

「えー、全員集まったようだな。それではこれより臨時会議を

開く。議題は海賊『ジャバー』についてだ。すでにみんな知っている

と思うが、奴らは俺達と協力しようとはせずに好き勝手に海を荒らしている。

さらに略奪の際に無抵抗の者でも残酷に殺して楽しんでいるという。

このままでは俺達海賊の名に傷がついてしまう。そこで奴らを潰そうと

思うが、誰か反対の者はいるか?」

議長の問いに回りはシーンとしていた。

「反対はないということでいいな。では次に具体的にどうやって

奴らを潰すかということだがみんなの意見は?」

「親玉の首を取った者には懸賞金を出すってのはどうだ?」

「しかしそれでは手柄を取り合って仲間割れが起こる恐れもあるんじゃないか?」

「それじゃボランティアでも募集するってか。一体、何人集まるかね?」

「おいおい、争ってる場合でもないだろ。」

「金の話は一旦置いといて、まずは全員で一気に叩くか、限られたメンバーで行くかを決めるか。」

議長がみんなに聞いた。

「全員で行くともし罠でも仕掛けられてたら一発で終わっちまうかもしれねぇぜ。」

「そうだ、メンバーを決めて行ったほうがいいだろ。」

誰もその意見に反対するものはなくあっさりと決まった。

「次にそのメンバーだが、どうやって決める?」

「それには金の話をはっきりしといた方がいいんじゃねぇの。」

「懸賞金として出すよりは戦うための資金としてメンバーに配った方が

俺はいいと思うが。まさか金だけもらってさぼるような奴も俺達の中にはいない

だろうしな。」

その意見に皆も納得した。そして議長が話を戻す。

「メンバー選びだが、立候補、抽選、推薦と大体分かれると思うがどうする?」

「抽選でいいだろ。下手に立候補とか推薦とかするとまたもめるかもしれないからな。」

こうして抽選で選ぶこととなった。抽選はあみだくじで3組が討伐にいくメンバーに

選ばれる。船長がそれぞれくじの頭に自分の名前を書いて紙をまわしていった。

 

議長が戻ってきた紙の隠していた下部分を出して一つずつ辿っていった。

そして全て確認した後みんなに発表した。

「結果は、シャップ、ブッチャ―、そしてハーツのメンバーに決定した。

明日は選ばれなかった者も準備に手伝って明後日出発とする。

今日の会議は以上だ。解散。」

こうしてみんなはまたそれぞれの船長はばらばらに散っていった。

 

 

 

「ふ~、準備っていっても食料の積み込みくらいなもんですよね。」

「おい口より体動かせ、体。」

海賊同盟アジトにて海賊ジャバーの討伐準備が進められていた。

「まーったくうちのやつらは相変わらずだな。」

ハーツ船長がぼやいていた。

「いいじゃねぇか。心にまだゆとりがある証拠だ。あんまりきちきち

しすぎると軍隊みたいで海賊らしくなくなるぞ。海賊はあくまで楽しく

気ままにやらなきゃいけないぜ。」

1人の男がハーツ船長に話し掛けた。

「ブッチャ―か。お前はいい加減すぎるんだ。どうせ今回選ばれても

全然戦う気なんかないんだろう?」

「はは、まあな。一応行くこたぁ行くが後ろで見物させてもらおうと

思ってな。まあ補給とか負傷者の救出くらいはするつもりだがな。」

「せいぜいお前の世話にならんように頑張るか。こっちには秘密兵器も

あることだしな。」

「秘密兵器?何だよ、そりゃ。」

「まあ、見てのお楽しみってやつだな。はっはっは。」

ハーツ船長は笑いながら自分の船へと戻った。

 

「もういつになったらここを出られるんだよ!いい加減にしろよ。」

いまだに海賊船の牢にいることにジルは爆発寸前だった。

「もしかして船長さん。私達のことすっかり忘れているんじゃ...。」

マルクが不安げに言った。

「こうなったらこの船ぶっ壊してでも出てやろうか。」

ジルは興奮して壁に狙いを定めて剣を抜いた。

「わ~、ちょっと待て。俺がハーツ船長に聞いてきてやっから。

船を破壊するのは止めてくれ。」

見張りの海賊が必死にジルを説得した。

「俺に何を聞くって。」

ハーツ船長がジル達に前に現れた。

「おっさん、俺達を早くここから出せ!」

ジルは牢の鉄棒をつかみハーツ船長に叫んだ。

「はっはっは。今にも噛み付いてきそうだな。閉じ込めたかいがあったかな。

どうだ小僧、一暴れしてみないか?」

ハーツ船長はジルの顔をじっと見て言った。



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135,136

「は?」

突然のハーツ船長の言葉にジルとマルクは理解が出来ずにいた。

「俺達といっしょに敵を倒してくれないかということだ。もし協力してくれたら

すぐに自由にしてやる。どうだ?」

「敵というのはあなた達にとってのもので私達には関係はないのでしょう?」

ハーツ船長の話を聞いたマルクが質問した。

「まあな。だが、奴らは俺達より酷いことは確かだと思うぞ。むやみに人を殺したり

しない俺達に対して奴らは殺すことを一つの楽しみにしているからな。お前達も

奴らを倒して損はないと思うがな。」

ジルはう~んと少し考えこんだ。

「今なら海の幸食べ放題だぞ。」

ハーツ船長が悩むジルに何とか頷かせようと自分でも似合わないセリフだと思いながらも言った。

「え、何だって。う、うみのさちが、食べ放題。」

ジルの頭の中で豪華な海鮮料理を食べている姿が浮かんだ。

「やります。是非、やらせてください。」

「ジル、絶対嘘ですよ。戦いに行くのにのんびりご飯なんて食べられないですよ。」

ハーツ船長も内心ドキドキしていた。

「いや、俺は信じる。」

ジルにはマルクの言葉はほとんど耳に入らなかった。

「まあ、ジルがやりたいなら無理に止めることはしませんが...。」

「マルクには危険な目には合わせないって。なあ、おっさん。」

ハーツ船長に同意を求めた。

「ああ、マルクとやら。お前は安全なとこでゆっくり休んでくれればいい。」

「そういうわけにはいかないですよ。私が戦うことは出来ませんが何か手伝い

くらいはさせてもらいますよ。ご飯も頂いてることですし。」

マルクも渋々協力することに決めた。

「よし、決まりだな。明日出発だから気持ちの準備とか今のうちにしとけよ。

それからもう牢から出てもいいぞ。少しの間でも仲間になるんだからな。

あんまり勝手なことされても困るが明日までは出歩いても構わんぞ。」

そう言ってハーツ船長は出ていった。

「やった~!」

ジルとマルクは久々に牢から解放されて大喜びした。

見張りの海賊に牢のカギを開けてもらうと2人は船を下りて様々な海賊達や

船を見てまわった。

「ここにいるのって全員海賊だろ?へぇ~、海賊って言ってもいろいろ

いるんだな。荒々しい奴とか釣りが好きそうな奴、それに商人みたいな奴までいるぜ。」

「海賊のアジトっていうからもっと殺伐とした感じかと思いましたが、

意外と賑やかですよね。まるで一つの町ですよね。」

2人は海賊同盟のアジトが思っていたものと違っていて驚いた。

「よし、そろそろ戻るか。」

「そうですね。」

2人はある程度見回ると船に戻って休みをとった。

 

 

 

翌朝、ハーツ船長達の船はジャバー討伐に向け出航した。

ジルとマルクはハーツ船長の傍にいた。

「ところで、おっさん。敵ってどんな奴らなの?」

「実は詳しいことは分からんのだ。俺達は『ジャバー』と呼んでいるが

それも勝手にこっちがつけた名前だからな。なんせ奴らは出会った者を

皆殺しにしている。奴らを見て生きている者がほとんどいない。

情報はほとんど噂に過ぎない。ただ、その噂によれば奴らは俺達でも滅多に

手を出さない武装商船団の船十隻を沈めたという話がある。もしそれが

事実なら俺達に勝ち目は無いだろう。まあそれはさすがに誇張されている

だけだろうがな。」

「噂だけなのにどうしてそんなに存在をはっきりと確信しているんですか?」

マルクがふと疑問に思い尋ねた。

「いくつかは確実な情報があるんだ。俺達以外の仕業で一般の旅客船が

沈められたってな。」

「それは嵐とか津波など自然の仕業とは考えられないですか?」

「その船の消息を絶った場所ってのはいつも穏やかでとても自然の力で

とは考えられないのさ。となれば海賊の仕業としか考えられねえだろ。

そしてそこが俺達の縄張りで俺達は誰もやっていないとなれば容易に

想像つくだろ。まさか俺達『海賊同盟』の中で嘘をつく理由がないしな。」

「なるほど。」

マルクは納得した。

「とにかく得体が知れない分、油断は出来ないってことだ。お前らも

分かってるだろうな!」

ハーツ船長は周囲の海賊達に言い聞かせた。

「まったくとんだとばっちりだよ~。」

ハーツ船長は、はぁとため息をついてそれ以上は喋れなかった。

 

夜になるとジルとマルクの2人は与えられた個室のベッドで横になっていた。

「なあ、マルク。」

ジルがマルクの方を向いて呼んだ。

「何ですか?」

その呼びかけにマルクもジルの方を向いた。

「海賊ってなんか楽しそうだよな。」

ジルがふと言った。

「何言い出すんですか、突然。まさか海賊になろうとか言いませんよね。」

マルクは急に表情が真剣になった。

「そうじゃないけどさ。ただちょっと海賊もいいかなって思っただけさ。」

「ダメですよ。あの人たちはいい人かもしれませんが、海賊なんて悪い職業ですからね。

それにジルは立派な剣士を目指してるんでしょ。簡単に夢を変えたりするのは

よくないですよ。」

マルクは少し早口で強く言った。

「分かってるって。そんなに言わなくてもいいだろ。」

「すいません。ちょっと言い過ぎましたね。」

マルクは自分が興奮し過ぎたと反省した。

「でもさ、今回はもう決めたことだし、いいだろ?」

「そうですね。楽しく頑張りましょう。」

2人はすぐに仲直りして気持ちよく眠りについた。



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137,138

数日間の船旅の末、ジルとマルクを乗せたハーツ船長の船たちは

ついにジャバーの出現ポイントといわれる場所にもうすぐという

ところまで近づいていた。

「ハーツ船長、前方に船らしきものが見えてきたっす。」

望遠鏡で前を見ていた海賊がハーツ船長に報告した。

「船は何隻か分かるか?」

「はい、船は一隻っす。」

「そうか。十分警戒して進め。」

次第に船の形が肉眼ではっきりと見えてきた。

「あの船、帆に角が生えたドクロマークが書いてるっす。」

「確か、ジャバーの船はそんなマークだったって情報もあったな。

みんな戦闘の準備をしておけよ。」

ハーツ船長は全員に大声で言った。

「ハーツ船長、シャップの船がどんどん前に出てます。」

仲間の海賊シャップの船は我先にと船の速度を上げていた。

「あいつめ、やる気まんまんじゃねえか。」

「俺達も急ぐんすか?」

傍にいた海賊がハーツ船長に聞いた。

「いや、このままで構わん。別に手柄を取り合う必要もないしな。」

ハーツ船長は落ち着いてジャバーの船を見た。

「む、」

ジャバーの船からシャップの船に向けて大きな何かが飛ばされた。

「ハーツ船長、イカリがシャップの船に投げ込まれました。」

「イカリを投げる?何だと!」

「かなりの大男っす。恐らく奴らのリーダーじゃないすか?」

鎖のついたイカリで繋がれたジャバーとシャップの船は引き合うようにして

ついにぶつかった。するとすぐにお互い武器を手にし戦いが始まった。

「まずいな、あの大男のせいで完全にシャップが押されている。

おい、急いで応援にいけるか?」

「い、いけますがホントにあんな奴と戦うんすか?絶対無理っすよ。

あいつ全然攻撃を受けつけてないんすよ。」

「なら逃げるって言うのか?このまま仲間を見殺しにするのか?」

「それは、その...。ええい、こうなったらやけくそだ。みんな死ぬ気で行くぞぉ!」

「おぉぉ!」

海賊達は追い詰められてやる気を出した。

 

 

 

「なあ、おっさん。俺にあの大男をやらせてくれよ。」

ジルはハーツ船長に頼んだ。

「ほう、あいつを倒す自信があるのか?」

「自信はないけど今まで怪物と戦ったこともあるしな。

やってみたいんだよ。」

ジルの真っ直ぐな瞳を見てハーツ船長は目を閉じて答えた。

「俺は最初からそうするつもりだったぞ。」

「よしっ!」

ジルは喜びの笑顔を浮かべたがすぐに真剣な顔で敵の方を見た。

そしてついに2つの船がぶつかる戦場にやってきた。

「グヒヒヒヒ。」

グチャ。

大男が大金鎚でシャップの仲間の頭を裂き中の脳みそが

周りに飛び散った。そこにはたくさんの死体が転がっていた。

「これは、酷い。酷すぎます。う、うえぇっ。」

この状況を見たマルクは悲しみの涙を流しながら吐いてしまった。

「く、遅かったか。まさか全滅とは。」

ハーツ船長は顔をしかめた。

「船長、かたきをとりやしょう。」

海賊の1人が勇ましく言った。

「お前らいい顔になってきたな。よし。大男はジルが、それ以外は

お前らぶっ倒して来い!マルクは下がってろよ。」

「みんな無理しないで下さいよ。」

マルクは心配しながらみんなの後ろへと下がっていった。

「やるぞー!」

海賊達は曲刀を手に斧を持ったジャバーの連中に向かっていった。

「グヒヒヒヒ。また殺されに来たのか。」

大男が血のついた大金鎚を舐めて不気味な笑みを浮かべた。

「お前の相手はこの俺だ。」

ジルは大男の前に立った。

「グヒヒヒヒ。すぐにあの世へ連れてってやるぞぉ。」

そう言うと大男はジルに向かって大金鎚を振り落とした。



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139,140

ガッシャーン!

船の甲板が大きく砕けた。

「そんな攻撃じゃ俺には当たらないぜ。」

大男の攻撃をかわしたジルは剣で反撃した。

「な、ばかな。」

剣は大男の胸に当たったがかすり傷1つ与えることが出来なかった。

「グヒヒヒヒ、俺の体は鋼のように鍛えてある。そんなくらいじゃ

痛くも痒くもねえぜ。」

ドカッ!

大男がジルを蹴飛ばした。

「ぐはっ!」

ジルは大きく後ろに飛ばされ壁にぶつかった。

「グヒヒヒヒ、今ので死なないとはたいしたものだな。」

「ジル!今、回復に。」

マルクがジルの元へ駆け寄ろうとした。

「マルク、俺は大丈夫だ。それより他のみんなを。」

ハーツ船長の海賊はジャバーに苦戦していて、ダメージを受けている者も

少なくなかった。マルクはそのジルの言葉に従い海賊達の介抱に向かった。

「ホワイトウィンド。」

マルクは海賊達の傷を癒していった。

海賊達は元気を取り戻し徐々にジャバーを押していった。

「しょうがない、あれを試してみるか。」

ジルは少しふらつきながら剣を構えなおした。

「グヒヒ、試す?おもしろいやられ方でも思いついたのか?」

ジルは大男の言葉を無視し剣の構え方を変えた。

「あんまり気が乗らないんだけどなっ!」

ビュッ!

ジルは大男に刺さるように剣を思い切り投げつけた。

「何をしようが無駄だ。」

カーン。

大男はジルが投げた剣を右手で払いのけた。

ジルの剣はくるくると回転しながら転がっていった。

プスッ!

ジルはミラージュナイフで大男の腹を刺していた。

 

 

 

「こいつ、姑息な真似をしやがって。」

大男は怒ってジルに殴りかかろうとしたが、ジルはすぐに

身を引いた。

「元々が鋼の剣と同じ位の攻撃力って言ってたからちょっとは

強くなってるって事か。まあ、使えなくも無いってことかな。」

ジルは冷静に分析した。

そこへ大男が大金鎚を振り回しジルに襲い掛かるがさっとよけた。

「お前の攻撃は不意でも突かれない限り当たらねえよ。

......ん?」

ジルは大男の僅かな異変に気づいた。

大男は動きを止め体を震わした。

次の瞬間、

「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

大男は突然屈んだかと思うと、口から

煙の塊のようなものを吐き出し倒れた。その姿は

見る見る灰へと姿を変えついには完全に消えてしまった。

「こ、これは...。」

ジルは呆然と立ち尽くす。

「切り裂き魔の最後と同じですね。」

マルクも驚きの表情を隠せなかった。

「あ、悪魔だ。ひえ~。」

この様子を見ていたジャバーの連中は恐怖し次々に降伏していった。

こうしてジャバー討伐は終わった。

 

海賊同盟アジトへ戻る途中、勝ったことで船上はみなお祭り騒ぎだった。

「いや~、お前すごかったな。ナイフに毒でも仕込んでたのか?」

「え、いやまあ。」

ジルは適当に答えて逃げるようにその場を離れた。

「ジル、どうしました?」

マルクが少し心配そうに話し掛けた。

「なんか勝った気がしなくてな。」

「ミラージュナイフの効果ですか?」

「ああ。あのバカ博士の野郎、こんな効果があるなんて聞いてないぞ。」

ジルは怒りが込み上げてきた。

「確かに。使う人によって付加能力が加わることもあると聞きましたが

それほど強力なものではないと言っていましたよね。」

「今度会ったらこいつで刺してやる。あ~、むしゃくしゃする。もう寝よ。」

「そうですね。寝れば嫌なことも忘れられるかもしれませんしね。」

その日2人はすぐに眠りについた。



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141,142

次の朝。

「おい、お前ら。昨日はどうしたんだ?お前らがいないから

宴の盛り上がりも今ひとつだったぞ。」

ジルとマルクにハーツ船長が話し掛けた。

「いや、昨日はちょっと疲れてて...。」

「そうか、そいつは悪かったな。気づいてやれなくて。

まあとにかく昨日は2人ともよく頑張ってくれたな。

一度アジトに戻って報告したら約束どおりすぐに返してやるからな。」

「やったー。」

「よかった。これで解放されるんですね。」

ジルとマルクは素直に喜んだ。

「まあ残りの船旅は観光気分で楽しんでくれ。戦わずに見物してた

ブッチャ―からの補給も受けたし、これから帰るまでの間は心配することは

ないからな。」

そう言ってハーツ船長はその場から離れていった。

「観光気分か...。俺達今までもほとんどそうだったよな。」

「それを言ってしまったら身もふたも無いですよ。

ま、ゆっくりしときましょうよ。」

「だな。」

そうして2人はゆっくりと休みながら船旅を楽しんだ。

 

数日後、ハーツ船長の船はアジトへと戻ってきた。

ハーツ船長、ブッチャ―は会議にてジャバー討伐の報告をした。

それから皆で死んだシャップに黙祷を捧げると勝利の宴の準備が進められた。

その準備の様子を見てジルは、

「海賊って好きだよな、こういうの。」

「飲んで、騒いで。自由で楽しそうですよね。」

「あ。もしかしてマルク、海賊が好きになったのか?」

ジルはニヤッと笑いながら聞いた。

「そんなわけありませんよ。そんな海賊なんてとんでもない。でも...。」

「でも?」

「今日だけはいっしょに楽しんでもいいですよね。」

「うん、もちろん。」

夜になり2人は海賊達といっしょに宴を楽しんだ。

 

 

 

「ジル、起きてください。」

海賊同盟アジトの中の宿屋にてマルクが寝ているジルをゆすって起こした。

「ふぁ~あ。もうちょっと寝かせてくれよ。」

「何言ってるんですか。もう出発ですよ。」

「出発って?」

「何寝ぼけてるんですか。今日はハーツ船長に送ってもらうんでしょ。」

「そうだったっけ。...あ、痛たた。」

ジルは少し苦しい顔で頭を抑えた。

「もう、慣れないお酒なんか飲むからですよ。」

「いや~、でもものすごい勧めてくるんだぜ。あの雰囲気で断るほうが

難しいって。あたたた。」

「顔でも洗ってさっぱりしてくださいよ。」

「分かったよ。」

バシャバシャ。

ジルはマルクの言うとおりに顔を洗った。

「うーん、ちょっと頭痛もましになったな。」

「おい、お前ら準備は出来たか?」

ハーツ船長が2人を呼んだ。

「は~い。」

2人とも元気よく返事した。

そして急いで準備を整えて船に乗り込んだ。

 

2人が乗るとすぐに船は出航した。

船上では海賊たちにすっかりなじんだ2人の姿があった。

「ジル、よ~く見てろよ。」

海賊の一人が曲刀を使ったジャグリングを見せた。

ジルは手元で海賊の動きを再現しようと凝視した。

「どうだ。やり方は分かったか?」

「う~ん。」

「ゴム製の刀があるから、まずはそいつで練習してみな。」

ジルは海賊からゴム製の刀を受け取るとさっそく練習を始めた。

「よ~し、えい!」

バタバタバタ。

「はっはっは。戦うのは得意でもこういうのは別か。」

ジルは少し落ち込んだ。

「まあ気にするな。すぐに出来なくて普通なんだから。。

一本だけ投げてみて感覚を少しずつ覚えていけばいいさ。」

ジルは言われたとおり一本だけ投げて受け取ることを繰り返した。



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143,144

ジルとマルクを乗せた海賊船はサンアルテリア王国に向けて進んでいた。

「マルク、退屈そうだな。」

船の舵をとっている海賊がマルクに話しかけた。

「い、いえ、そんなことはないですよ。」

明らかに気をつかって否定していることが分かり海賊は続けた。

「どうだ。船の操縦の仕方を覚えてみねえか?」

「えっ、そんな無理ですよ。私なんかに。」

「ま、そう言わずにさ。出来なかったらしょうがないと思ってさ。

やるだけやってみろよ。」

「そう言ってもらえるなら...やってみます。」

「じゃ、こっち来いよ。」

マルクは海賊の傍へ行くと、舵を握らされた。

「いいか。最初は操縦する気持ちを持つことが大事だ。

今は何も方向を変えたりする必要はないから軽く左右に振って

みればいい。」

「はいっ!」

マルクは恐々と舵を動かしてみる。

「おいおい、そんなに硬くならなくていいんだぞ。リラックス、リラックス。」

「はいっ!」

最初は肩に力が入り固まっていたマルクだったが徐々に慣れていった。

「どうだ?」

「なんだかすごい楽しいですね。この大きな船を果てしない海の上で

走らせているのが自分の力のように感じられて。」

「そうだろ。そいつが船の舵取りの醍醐味ってもんだ。

まあもうしばらくやってみな。疲れたら代わってやるから。」

そう言うと海賊はその場から離れていった。

しばらくして。

「ちょっと退屈になってきたかな。いや、そんな事を考えていたら

いけないですね。もっとまじめにやらないと。」

さらに時間が過ぎて。

「私がジルと出会って、旅に出て、いろいろなことを経験してきましたね。」

マルクは少し過去を振り返った。

 

 

 

マルクは船の舵を握りながら暗い表情で過去を振り返っていた。

「ジルは旅をしていく中で剣の使い方とかいつの間にか上手くなって

強くなっているというのに、それに引き換え私は一体何をしているん

だろう。私ときたらジルと出会ったときから...。」

「『ほとんど成長していない。』ってか。」

マルクの横からジルが突然現れた。

「わっ!急に出てきて驚かさないでくださいよ。」

「わりぃ、わりぃ。ちょっとマルクの様子が気になってさ。

ところでさっきの言葉の続き、あってた?」

「えっ!」

マルクは内心ドキッとした。

「やっぱりあってたのか。」

「どうして分かったんですか?」

「何をいまさら。短い付き合いじゃないんだから少しくらい考えてること

は分かるさ。」

「そうですか...。」

マルクは納得するとまた表情が暗くなった。

「マルク、お前は分かってねーな。」

「ジルの考えていることをですか?」

「そうじゃねえよ。おまえ自身のことだよ。」

「私自身?」

「そう。お前は俺と出会ってから成長してないとか考えてたんだろ?」

「ええ。私は魔力が強くなったわけでもないですし、新しい魔法を

覚えたりもしていませんから。」

「じゃあさ、マルクはこの旅で何かを感じたり、思ったり、

考えたりしなかったのか?今までのことはマルクにとっては意味のない

ものだったのか?」

ジルは強くマルクを問い詰めた。

「そんなことはありません。たくさんの人に出会い、それぞれいろいろな

思いを持って生きていることを感じました。今まで知らなかった世界も

知りました。みんな私にとっていい意味でも悪い意味でも影響を与えられました。

意味がないなんてことは決してありません。」

マルクはジルに熱くなって答えた。



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145,146

船の舵を握るマルクにジルが話しかけていた。

「ならいいじゃねえか。マルクは精神的に成長してるってことだよ。

ただ力が強くなるよりずっと大事なことだと思うぜ。」

「そうでしょうか。」

「そうだって。」

「分かりました。少し気持ちが楽になりましたよ。」

「いいって。それにさ、俺と出会った時点でマルクのレベルは高かったぜ。

だから鍛えたりする必要とかなかったんだよ。じゃ、俺は少し休むよ。

マルクも疲れたら休めよ。」

そう言ってジルはマルクの元から離れていった。

「ありがとう、ジル。」

表情の暗かったマルクに笑顔が戻った。

「(完全には納得してないみたいだったけど、マルクも弱い人間じゃないし

大丈夫かな。)」

ジルは歩きながらマルクのことを考えていた。

 

次の日。

「マルク、そろそろ次の段階へ進んでみるか。」

「はいっ。」

「おっ、今日はやる気あるな。それに前より明るくなったような

感じもする。」

「えっ、そうですか。それより今日は一体何をするんですか?」

マルクは照れ笑いをした。

「今日は今いる船の位置の確認だ。」

「船の位置の確認?」

「そうだ。こいつはかなり難しいからな。お前らの目的地に着くまで

やっても自分のものに出来る可能性は低いと思っといた方がいいぞ。」

「分かりました。」

「素直でいいな。で、やり方だがな、こいつを使う。」

そう言って海賊が取り出したのは方位磁針と地図だった。

「まずこの航海地図を見るんだ。ここが俺たちのアジト。

そして今現在の位置がこの辺りだ。」

「ん?どうして今いるところが分かるんだって顔してるな。

それはな、船の速さと進んでいる時間と方向で考えるんだ。

他にももっといろんなことを考えるんだがそこまで言ったら

頭がパンクしちまうからやめとこうな。まあ俺らほど経験をつめば

感覚とかで大体わかっちまうけどな。大丈夫か?」

「ええ、なんとか。」

「まあ、硬くならずに言われたとおりにしようなんて思わずやりたいように

やってみな。」

「ありがとうございます。」

マルクは落ち着いて地図を見ながら船がどう進んでいるか考え始めた。

 

 

 

ジルとマルクを乗せた海賊船がサンアルテリア王国にかなり近づいた頃、

「よっ、おっ、おっ。よしっ。

やったー!ついに出来たぞぉー。」

ジルは初めて3本の曲刀を使ったジャグリングに成功した。

「限られた時間の中で出来るようになるとはやるじゃねぇか。」

「ほんとによ。まさか3本で成功するとはたいしたもんだ。」

「いや~、それほどでも。」

ジルは周りの喝采に少し照れた。

一方、マルクは

「ほえ~、すごいなお前。こんな短期間で船の操縦を

マスターするとはな。」

「ありがとうございます。自分でも少し驚いています。」

「後は経験をつんで海の状態を読めるようになりゃいい船乗りに

なれるぜ、きっと。俺が保証してもいい。おっと、もうそろそろ

着きそうだな。よしハーツ船長を呼びにいってくるか。」

マルクについていた海賊は船長室にいるハーツ船長を呼びにいった。

「ハーツ船長、そろそろ到着っす。」

「分かった。すぐ行く。」

そしてハーツ船長はジルとマルクの前に現れた。

「ジル、マルク。」

「はい。」

「何だよ。」

「お前らに渡しておくものがある。」

そう言ってハーツ船長は2人に大きめの袋と小さな箱を一つずつ渡した。

チャラチャラ。

ジルが受け取った袋を揺すると金属の擦れ合う音が聞こえた。

「これはもしかして金?」

ジルはハーツ船長に尋ねた。

「そうだ。お前たちが持っていた20,000Gだ。」

「え、ほんとにいいの?」

ジルは思わず聞き返した。

「何を言ってるんだ。もともとお前らの物だろ。」

「そうですけど...。ところでこっちの箱は何ですか?」

今度はマルクが尋ねた。

「開けてみろ。」

そう言われてマルクが箱を開けてみると中には大きな青色の宝石が入っていた。

「そいつはブルールビーという珍しい宝石らしい。よくは知らないが見る人が見れば

一生遊んで暮らせるほどの価値があるって代物らしいぞ。」

「ええぇぇぇぇ!」

2人は話を聞いて驚いた。

「ど、どうしてそんなすごい物を私達に?」

「こいつは活躍してくれたお前たちへの礼だ。」

「それにしてもこれはもらえないですよ。」

「いいんだ。俺たちはこの宝石よりももっとすごい宝を狙ってるからな。」

「ハーツ船長、それってまさか...。」

海賊の一人が喋ろうとするところをハーツ船長がとめた。

「何々、この宝石よりすごいお宝って?俺たちも手伝うぜ。」

ジルが話に入ってきた。

「いや、これは俺たちだけでやらないとダメなんだ。悪いが諦めてくれ。」

「ちぇ、まあいいや。次に会うとき、そのお宝を見せてくれよな。」

ガタッ。

船は何もない岸へとたどり着いた。

「もちろんだ。さて着いたようだな。海賊船だから港町にはいけないが、

ここから少し歩けば一つの村に着く。そこから進んでいけばサンアルテリア王国

にいけるだろう。道は分かりやすい一本道だから迷うこともないだろう。」

「ありがとうございました。」

「いろいろあったけど楽しかったぜ。」

ジルとマルクは海賊たちに礼を言って船を降りた。。



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147,148

「いきましたね。」

海賊たちは船上からジルとマルクの歩いている姿を眺めていた。

「ああ、なかなかおもしろい奴らだったな。」

「そうっすね。ところでさっきのお宝の話ってやっぱり

キャプテンホークの財宝っすか。」

「そうだ。お前たちさえ反対しなければの話だがな。」

「それはもちろん...。」

「行くに決まってるじゃないすか!」

海賊たちは声をそろえて答えた。

「半端な気持ちじゃ辿り着けんぞ。なんせ財宝があると言われてる

場所は危険な場所だ。」

「分かってるっすよ。あの世界最悪、魔の海域デビルレーンっしょ。

俺たちで攻略してやりましょうよ。」

「はっはっは。あんなにやる気がなくだらしないお前らが

こんなに気持ちよく応えてくれるとは、これもジル達の

おかげかもな。」

ハーツ船長達はアジトに戻り準備を整えることとした。

 

「ふぅあああぁぁぁ...。何か海賊船降りたら急に気が抜けたな。」

ジルは歩きながらあくびをすると首を下に振ってだらだらとした歩き方になった。

「そうですけど...。でもダメですよ、もっと元気を出さないと。

はら走ってハーツ船長の言ってた村までいきますよ。よ~い、どん。」

マルクは一人でいきなり全速力で走り出した。

「お、おい、待てよ、もう。」

ジルもマルクを追いかけて走り出したがマルクはすぐに石につまずき前へ倒れた。

「似合わないことをするから。大丈夫か?」

「ええ、ただ転んだだけですから。それより、ジル。

さっきよりは元気が出たんじゃないですか?」

「まあな、お前のおかげだよ。ほら暗くなる前に村へ行こうぜ。」

ジルは起き上がろうとするマルクの手を引っ張って立たせた。

そして2人は村へと向かって歩き出した。

 

 

 

「あ、家らしき建物が見えてきましたね。」

「よし行こう。」

2人は村へと到着した。

そこでは子供たちが楽しそうに走り回って遊び、大人は畑仕事に精をだして

いる姿があった。

「のどかな田舎という感じですね。」

「俺が住んでた村と結構似てるかな。」

「ジルの村もここみたいに平和で穏やかだったんですか?」

「そうだな。昔からモンスターもほとんど現れなかったし他からの争いに

巻き込まれることもなかったからな。本当に毎日が退屈で仕方ないくらい

平和だったぜ。」

ジルは自分の村での生活を少し思い出しながら言った。

ぐうぅぅ~~!

2人のお腹が同時になった。

「お腹、空きましたね。」

「この村、店らしきものが一つも見えねえんだけど。ちょっと聞いてみるか。」

2人は畑を汗かきながら耕している男性に声をかけた。

「すいませーん。」

「ん、お前らこの村のもんじゃねえだな。」

男は珍しい2人を少し怪しげに見てきた。

「あ、俺たち知り合いの船で近くの岸まで送ってもらったんすよ。」

「(海賊のことは伏せといたほうがいいよな。)」

「(ですね。)」

ジルの説明を聞いて納得した男は疑いの表情が晴れ笑顔になった。

「そうだか。この村はサンアルテリア王国の近くだけんど、立ち寄るものなんて

滅多におらんからな。たまにいたと思ったら野菜泥棒だったりするもんで警戒

してただよ。悪かっただな。で、何か用か?」

「私達、お腹を空かせているのですがこの村に食堂かどこかご飯が食べれる

ところはありませんか?」

「そったらことなら家にくりゃええ。ちょうど昼飯時だでな。」

「ありがとうございます。」

ジルとマルクは喜んで男の家へと案内してもらった。

「お帰りー。って、あれ?その人たちは?」

男は出迎えてくれた妻にジルとマルクを紹介した。



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149,150

「あ~、そういうこと。2人ともゆっくりしてったらいいよ。」

男から話を聞いた妻はジルとマルクを快く迎えてくれた。

「あ、どうも。」

2人は勧められるままにイスに座り、昼ご飯をごちそうになった。

「『味はどう?』って聞くまでもないみたいだね。」

料理を作った妻はバクバクと食べているジルとマルクを見て言った。

「田舎料理だから口に合うかちょっと心配だったけどよかった。」

妻は満足そうだった。

「ぷは~。食った、食った。おばちゃん、おいしかったよ。」

「ごちそうさまでした。すごくおいしかったです。」

「ありがとう。ところでそっちの子は物騒なものを持ってるけど、

ただの旅行とかじゃないの?」

妻はジルの持つ剣を見て尋ねた。

「俺、一人前の剣士目指してるんだ。そしてこっちのマルクは

魔法使い。俺たち修行の旅をしてるって感じかな。」

「結構普通の観光旅行みたいになってるとこもありますけどね。」

「へ~、そうなんだ。」

男と妻は珍しそうに2人を見た。

「そういえば昔、最強の剣士っていう人がいたっけな。」

男が思い出すように言った。

「あ、俺も知ってる。」

ジルはうれしそうに言った。

「確か名前はニムダとか言ったかな。」

「あれ、そんな名前だったっけ?確か俺が小さいころ本で見たのは

別の人だったと思うけど...。」

「そのニムダって人はまだどこかで生きてるらしいから探して弟子入り

してみたら一人前の剣士ってのになる一番の近道じゃないかな。」

「そっか。考えとくよ。とにかくありがとう。」

「ありがとうございました。」

ジルとマルクはお礼を言って家を出るとサンアルテリア王国へ向かって

歩き出した。

 

 

 

ジルとマルクはサンアルテリア王国が少し見える所までやってきた。

「ふぅ~。意外と早かったよな。」

「そうですね。これなら暗くなる前に十分着きますね。」

そこから少し歩いたとき、ジル達の前に獣型のモンスターが現れた。

「ウェアウルフですね。」

マルクが言い当てた。

「グルルルゥゥゥ。」

ウェアウルフは2人を睨み低い音で吠えている。

「完全に俺たちのこと敵として見てるよな。」

「見てますね。」

「じゃ、戦うしかないか。」

ジルは剣を構えた。

「気をつけてください。ウェアウルフは素早く攻撃力も高いですよ。」

「分かった。」

ジルが返事するとほぼ同時にウェアウルフはマルクに襲い掛かってきた。

「お前の相手はこの俺だ。」

そう言うとジルはマルクを守るようにモンスターとの間に入り、

爪による攻撃を剣で防いだ。

「ぐ。確かに攻撃力はけっこうあるな。ちょっと手がしびれたぜ。」

ウェアウルフは体勢を立て直しジルに素早く攻撃をした。

「素早さなら俺も負けてないはず。」

再びウェアウルフの爪とジルの剣がキンと音を鳴らし重なり合う。

そこからウェアウルフは牙でジルに噛みつこうとした。

「危ない!」

見ていたマルクが叫んだ。

ジルは一旦後ろに飛んでウェアウルフから離れた。

「(こいつ思ったより強い。いや俺がまだ弱いのか。

でも、こんなとこで負けるわけにはいかない。)」

ジルは気を引き締めウェアウルフに向かっていった。

ウェアウルフもそれを迎え撃とうとした。

シュンッ!

ジルの右腕に傷口が走る。一方、ウェアウルフは胴体に一撃を受け

血が吹き出るとバタリと倒れた。



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151,152

ウェアウルフを倒したジル。

「お見事。」

マルクが拍手してジルをねぎらう。

「いや~、それほどでも。」

ジルは頭をかいて照れた。

「よーし。勢いも付いたところで一気に行くか。」

「はいっ。それにしても道中とはいえ大国のすぐ近くに

モンスターが現れるなんて不思議ですね。」

「迷い込むような感じでたまたま出てきたんだろうな。」

「なるほど。きっとそうに違いありませんね。では改めて

行きましょうか。」

マルクが納得したところで再び歩き出した。

 

そして遂にサンアルテリア王国へと到着した。

「やったー!」

2人は両手を思いっきり天に上げて喜びあった。

目の前に広がる光景は、見渡す限りに立ち並ぶ様々な店や家、

道を埋め尽くすほどの行き来するたくさんの人、

そして国の中心に位置する大きな城と周りを取り囲むようにそびえ立つ

幾つかの塔などの巨大な建物。それは他ではまず見られないという

感じのものであった。。

「これがサンアルテリア王国か。ものすごいデカイんだな。

すっげー、すっげー、すっげー。」

ジルは興奮しっぱなしだった。

「世界一の大国ですからね。現在、国の広さは普通の国の4倍はあると

いいますよ。」

「現在?」

「ええ、この国は内陸にあると同時に発展や人口の増加に伴い周りに

広がっていけるように設計されているのです。昔、私が連れてきてもらった

時よりも少し大きくなっているみたいです。」

「へ~、マルクはよく知ってるよな。」

ジルはマルクの説明に感心した。

 

 

 

「さあ、それでは中に入りましょうか。」

「おう。」

ジルとマルクはサンアルテリア王国の中へと足を踏み入れた。

すると2人の方に向かって歩いてくる者がいた。

「あ。」

「む。」

ワーグバーグだった。

「マルク。貴様、また性懲りもなくメンデル先生に取り入ろうと

しにきたのだな。」

ワーグバーグの表情はすぐに怒りに満ちていった。

「おっさん、マルクにひがんでんじゃねえよ。」

ジルが反発して言った。

「この前は邪魔されたが今回はそうはいかんぞ。

出でよ、岩の牢よ。」

ワーグバーグが右手をジルに向けて魔力を込めると

ジルの周りの地面から岩の柱が数本現れ、ジルが身動き

出来ないように取り囲んだ。

「ぐ、ぐ。な、何だよこれ。動けねえよ。」

「わっはっは、これで邪魔者はいなくなった。今日こそお前を

殺してやる。」

「待ってください。私はメンデル先生に真意を聞くためにここに

来たんです。」

「何をいまさら。しらじらしい。俺が会いに行ったら、『お前は

他の自分だけの道を探せ。』と言われた。どういうことか分かるか。

俺はメンデル先生に見捨てられたんだよ。」

「そんな...。きっと先生には何か深い考えがあって言われたことだと

思いますよ。」

「ええい、黙れ黙れ。自分は後継者に選ばれたからって余裕ぶりやがって。

そういうところがむかつくんだ。今日こそは息の根を止めてやる。」

ワーグバーグは戦闘体制をとった。

「わ、わ、ちょっと待ってくださいよ。」

「『ロックスピア』。」

地中から岩の槍が現れた。



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153,154

マルクに怒りを燃やすワーグバーグ。

「いくぞ。」

ワーグバーグが出した岩の槍はマルクに向かって飛んでいく。

「マルク、よけろっ!」

ジルが叫んだ。

「無駄だ。ロックスピアはどこまで逃げても追いかける。

自慢の風の壁で防いでみろよ。出来るものならな。」

激しいワーグバーグとは対照的にマルクは穏やかな表情をして

何も言わずに立っていた。

「何だその顔は。どうした?なぜ、何もしないでつっ立ってるんだ?」

ワーグバーグはマルクの態度に動揺した。

そして放たれた岩の槍はマルクの腹に突き刺さった。

「ぐはぁぁ。」

マルクは腹から大量の出血をし、口からも血が噴き出た。

「マルクっーーーーーーー!」

ジルは思い切り叫んだ。

マルクは受けたダメージの大きさでバタリと前へ倒れたが、辛うじて意識を保ってはいた。

「は、は、は。いい気味だな。これでお前も終わりだ。」

ワーグバーグは勝利を確信したがどこか歯切れが悪かった。

ドカッ!!!

岩が砕け散るとても大きな音がした。

ワーグバーグはその音のした方を見た。

「な、何だ。これは?」

岩の破片が転がっている中、黒いオーラを身にまとったジルの姿がそこにあった。

ジルの目にはとても正気とは思えないほどの殺気に満ちていた。

「うおおおぉぉぉぉぉ!」

ジルは剣を握りワーグバーグに走って向かっていった。

ワーグバーグは鬼気迫る様子のジルに恐怖し、次の行動に移れないでいた。

今にもジルがワーグバーグに斬りかかろうとしたとき、

「『ウインドカッター』。」

ジルの目の前、鼻の頭辺りを風の刃がかすりジルの動きを止めた。

そのことでジルは正気を取り戻し黒いオーラは消えていった。

「何すんだ、マルク。」

ジルは怒って言った。

 

 

 

「その人は.攻撃しては..いけな..い...。」

そう言うとマルクは気を失ってしまった。

「どうしてだよ。お前を殺そうとした奴だぞ。」

ジルはマルクの気持ちが理解できずどうすればいいか分からなくなった。

「攻撃魔法だ。マルクが初めて攻撃魔法を使うところを見た。

あんなに使うのを嫌がっていたのに。どれだけやれと言っても

誰も何も傷つけたくないと頑として断り続けていたのに。

しかもそれを俺ではなく仲間に使うなんて...。

なぜだ?なぜなんだ!?」

ワーグバーグは苦悩しながらマルクに叫んで問いかけた。

「本当だ。マルクの攻撃魔法だ。俺も見たの初めてだ。」

ジルもワーグバーグの言葉ではっと気づいた。

そしてワーグバーグに向かって言った。

「なぜマルクがあんたじゃなく俺を攻撃したか。それは

あんたをとても大事に思ってるからじゃないのか?」

「そんな、マルクは俺を出し抜いて先生に取り入り後継者の座を

得ようとしているんじゃないのか?まさか、マルクは本当に、

本当に...。」

ワーグバーグは自分の出した結論に大きな戸惑いを抱いた。

「く、ええい。『アースヒール』。」

ワーグバーグはマルクに手のひらを向けて魔法を唱えた。

マルクが横たわる地面の辺りが淡い黄緑に光り、その光はマルクを一気に包み込んだ。

するとマルクが負った深い傷がみるみる癒えていき完全に回復した。

「す、すげえ。」

ジルはワーグバーグがマルクを傷つけたことを忘れてワーグバーグの

ほぼ一瞬で回復させる魔力の強さに驚いた。

「回復魔法はマルクだけの専売特許じゃねえよ。おい、ジルと言ったか。

マルクは今、気絶してるだけだが疲れているだろうから早く宿屋かどっかに

連れて寝かしてやれ。」

「あんたは?」

「俺は『俺だけの道』とやらを探しに行くさ。」

ワーグバーグはそう言い残して去っていった。



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155,156

「ん、ここは?」

目を覚ましたマルクは見知らぬ部屋のベッドの中にいた。

「ふぅああぁぁ。お、マルク、起きたのか。

気分はどうだ?」

そばでイスに座っていたジルがあくびをしながら聞いた。

「ええ、大丈夫ですけど。」

「そうか、よかったな。ふぁぁあぁぁ。俺、ちょっと眠いから

悪いけど眠らせてもらうな。」

ジルはマルクのベッドに倒れこむように眠りについた。

「えっと。私は確か...。そう、ワーグバーグさんの攻撃を

受けて倒れたんだった。それをジルがここ宿屋でしょうか、

とにかく運んできてくれたんですね。あれ、でも私はとても

深い傷を負っていたはずですが。傷がなくなっている。全然

痛くない。治っている。でも一体どうやって?ジルは回復薬は何も

持っていなかった。それではワーグバーグさんが...。

きっとそうですよね。」

マルクはうれしさがこみ上げてきた。

「今日はジルにはとても悪いことをしてしまいました。

明日はちゃんと謝らないといけないですね。」

マルクは傍で寝ているジルを隣にあるベッドへと運んで寝かせてやった。

「今はまだ夜ですし私も寝ますか。」

そう言ってマルクは再び眠りへとついた。

 

次の朝。

「ふぁああ、おはようマルク。」

ジルがまだ少し眠たげにしながらマルクにあいさつした。

そして身支度を少し整えたところを見計らってマルクが話しかけた。

「ジル。昨日は本当にごめんなさい。」

「謝るんなら最初からするなよ。」

「ええ。」

マルクはジルの反応に当然のことだと思いながらもう一度謝ろうとした。

「あの。」

「嘘だって。お前の思いだってある程度は分かってるから。

もう気にすんなよ。それより早くマルクの先生に会いに行こうぜ。」

「ありがとう、ジル。」

マルクは目にうっすらと涙を浮かべた。

それからしばらくして2人は宿を出た。

 

 

 

「で、マルクの先生はどこにいるんだっけか?」

「ええとですね、メンデル先生のいる魔道連盟の本部は

国の中心にあるセントラルキャッスルのすぐ近くのはずですが。」

「ああ、こっから見えるあの城だな。じゃ、さっそくいきますか。」

2人はまずセントラルキャッスルを目指して歩き出した。

途中にある数々の興味深い店などには目もくれずに少し急いだ様子で。

 

「ふぅー、やっと着いた。思ったよりずっと遠かったな。」

ジルとマルクがセントラルキャッスルに辿り着いたときすでに

太陽が真上にあった。

「もう昼過ぎですよね。どこかでご飯を食べましょうか。」

「そうだな。おっ、あそこにしようぜ。『高級レストラン、ゲロゲロ』」

ジルが指差したところはこじんまりとした薄汚れた一軒の食堂だった。

「とってもまずそうな気がしますが。」

「なーに、イメージと実際とはけっこう違うもんさ。」

ジルは不安そうなマルクを無理やり連れて店へと入った。

「いらっしゃい。」

店の中には不精ひげを生やしたオヤジが一人いるだけで客は全くいなかった。

「うわ。何か変な臭いがしますよ。やっぱり別の店に変えたほうがいいですよ。」

「そんなこと言ったらオヤジに失礼だろ。」

「しかし。」

「お客さん、何にする?」

店のオヤジは2人の会話を気にすることなく注文を聞いた。

「そうだな。この店のおすすめとかあるの?」

「メニュー全てがおすすめだが、特にあげるとしたらうちの看板料理

『カエルの姿焼き』かな。好きなやつは毎日のように食べにくるね。」

「じゃ、それを2人前お願い。」

「はいよ。」

「カエル料理ですか。ゲロゲロってそういう意味だったんですね。

私はてっきり吐くほうのゲロゲロかと思ってしまいました。」

「おい、マルク。ちょっと失礼すぎるって。」

「あ、ごめんなさい。」

マルクははっと気づき店のオヤジに謝った。

「なぁに、気にすんな。そういう客も結構いてるから慣れてるよ。」

店のオヤジは笑ってマルクに言った。



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157,158

「へい、『カエルの姿焼き』おまち。」

2人の前にカエルの皮を剥いでそのまま

味付けして焼いたものが出された。

「ほんとうにカエルそのままですね。」

「そうだな。食べてみるか。」

2人は恐る恐る口にしてみた。

「うん、おいしい。」

「いけるじゃん。」

「そうだろ。うちは極上のカエルを使ってるからな。

味にはちょっと自信があるんだ。お客さんのそういう反応が

楽しみでね。」

2人はパクパクと普通に食べだした。

「それにしてもこの辺はでかい建物とか多いよな。あのセントラルキャッスル

もすごいしさ。」

「セントラルキャッスルに関しては昔、大きすぎるとか豪華すぎるとか

批判があったらしいですよ。でも今はサンアルテリア王国を中心とした

数多くの国が集まって出来たアルテリア連合が平和や経済の協力などを

話し合っていくための議会場として使われるようになってからは魔道連盟

のような世界的な組織の本部が出来たりしてこの国のさらなる発展の

きっかけとなったというわけです。」

「へ~、そうなんだ。よく分からないけどすごいんだな。」

マルクの説明にジルはとても感心した。

「ところでさ、オヤジ。この辺に魔道連盟の本部があるらしいん

だけど詳しい場所とか教えてくれない?」

「何だ。魔道連盟の本部を探してるのか?それならこの店の右隣に

ある塔がそれだよ。たまに出前を持ってったりしてるから間違いないぞ。」

「えっ、そうだったんですか。気づきませんでしたね。」

「ちゃんと塔の前に看板もあるぞ。」

「灯台もと暗しってやつかな。サンキュー、オヤジ。」

2人は食事を済ませると店の右側を見てみた。

「ホントですね。確かに『魔道連盟本部』と書いています。」

「入っていいのかな?」

「入らなきゃ何も前に進みませんよ。行きましょう。」

2人は塔の中へ足を進めた。

 

 

 

2人が塔の中に入ると、受付があり女性が一人座っていた。

マルクはすぐにその女性のところまでいき話しかけた。

「すいません、こちらにメンデル先生はいらっしゃいますか?」

「メンデル先生?ああ、メンデル司祭ですね。ただいま出張したところで

5ヶ月は戻られないと聞いております。何か伝えておくことが

ございましたらお聞きしておきますが、どうなさいますか?」

「マルク、何か言っといたほうがいいんじゃねぇの?」

「それでは、私マルクがメンデル先生に話がしたくて来たと

伝えてもらえますか?」

「かしこまりました。そのようにお伝えします。」

受付嬢は紙にマルクの言葉を書きとめた。

「よろしくお願いします。」

そう言っておじぎをするとマルクとジルは塔を出た。

「5ヶ月か...。長いな。まあこの国の広さを考えれば待っている間、

退屈したりとかはないだろうけどな。大丈夫か、マルク?」

「え、何がですか?」

「俺はいいけどお前は今すぐにでも先生に会いたいはずだろ。

それで5ヶ月は長すぎて待ちきれないんじゃないかと思ってさ。」

「ああ、そういうことですか。大丈夫ですよ。焦ってもしょうがないこと

ですからね。」

「そうか。分かってるんだったらもう何も言わないよ。

ならもうさ、この国のいろんなとこ見て回ろうぜ。」

「はい。」

あてもなくブラブラと歩いていく2人。

「は~い、そこのかっこいいお兄さん。寄っていってー。」

きれいな女性が店先から道を歩くジルに声をかけてきた。

「はいー!」

ジルは元気よく返事をして女性の方に向かった。

「お兄さんにぴったりの帽子があるのよ。ほらこれなんかいいでしょ。」

そう言って女性はジルの頭に勝手に帽子をのせた。

「うん。やっぱりすんごい似合う。いいわー。かっこいい。」

女性は手を合わせてジルを褒めまくった。

「え、そう?」

ジルは手で頭の後ろをポリポリと掻きながら照れた。

「そうよ。もうこれかぶってたら女の子の方からあなたに

寄ってきてもうモテモテよ。もう買うっきゃないって感じでしょ。」

「買います。」

ジルは女性の言葉に即答した。

「わー。ちょっと待ってください。すいません、買いませんから。」

後ろから心配そうに見ていたマルクが割って入ってジルを連れ出した。



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159,160

「何だよ。せっかくきれいなお姉さんが勧めてくれたのに。」

ジルはきれいな女性店員から無理やり引き離されて少し機嫌が悪かった。

「何だよじゃありませんよ。もう5回目ですよ。同じように

声かけられてすぐ買おうとして。あの人たちはジルに商品を売って

お金が欲しいだけなんですよ。そのためにジルを喜ばすような事を

ウソでも平気で言うんですよ。そんな言葉巧みなセールストークに

騙されないで本当に必要な物だけ買いましょうよ。」

マルクはジルの目を覚まさせようと必死に説得した。

「ほう、俺がかっこいいとかはウソだと。」

ジルの顔の表情が怖くなった。

「い、いや、その帽子がすごく似合うとかどうとかってところが

ウソなわけで、かっこいいとかはってジルは自分で自分のことを

かっこいいと思ってるんですか?ああ、もう私も何を言ってるんだろう。」

「自分がかっこいいと思ってるかって?もちろん。」

ジルは自信を持って言った。

「ダメですよ。そういうのは人から言われるものであって自分から

言うっていうのは3枚目の人がすることですよ。」

「そうか。う~ん...。分かったよ。俺は2枚目だからな。」

「(全然分かってない。)」

マルクは半ばあきらめ気分でまたジルと歩き出した。

「どうぞ。」

ジルとマルクは明るいチラシ配りの少年から一枚のチラシを受け取った。

その内容は、

『恋愛教室、受講生募集!これであなたも彼氏、彼女が必ず出来る。

恋愛の達人、人生の大先輩であるエルフの貴公子ディリウスが

親切、丁寧、狂気をモットーに指導します。詳しくは看板のお店まで。』

「(これはまずいことになりそう。)」

マルクは大きな不安がこみ上げてきた。

「これだ!これしかない。」

ジルは声を張り上げた。

「(やっぱり。)」

ジルの反応にマルクはため息をつくしかなかった

 

 

 

「よし、マルク行くぞ。」

ジルは恋愛教室のチラシを見てやる気満々だった。

「絶対おかしいですよ。ほらよーく見てくださいよ。

親切、丁寧の後に狂気って書いてますよ。怪しすぎますよ。

それにエルフっていうのは確かに人間に比べてずっと長生き

しますけど普通は山奥なんかの田舎でひっそりと暮らしている

ものでこんな教室を開いたりしないと思いますよ。ね、

やめときましょうよ。」

マルクはダメもとでジルを説得しようとした。

「狂気って言うのはほんの冗談だよ、きっと。そんなこと本気で

書いてる奴の教室なんて誰も行かないに決まってるだろ。それにエルフが

全て純朴な奴とは限らないさ。中には人間の華やかな世界に興味を

持ってものすごく詳しくなっていることだって十分考えられるだろ。」

ジルはマルクにやさしく反論した。

「確かにそうですけど。でもなんか会ったこともない人を

いいように取りすぎてませんか?」

「そんじゃさ、実際に会ってみて嫌な奴だったらさっさと

出ていくってことにしといたらいいんじゃねえ?」

「それならいいですけど。」

マルクはまだ納得いかない様子だったが渋々了解した。

「さてと、看板の店はと。」

ジルが辺りを少し見回した。

「お、あった、あった。この階段を上ったところにあるんだな。」

2人はゆっくりと階段を上りその先にある扉を開いた。

「やー、ようこそ恋愛教室へ。私が講師を務めますディリウスです。

堅い話は抜きにしてさあ入って入って。」

中で待っていたのは妙にテンションの高い尖った耳をした男だった。

人間で言えばジルとマルクより5つくらいは年上のような身なりだった。

ジルとマルクは言われるがままに部屋の中へ入った。部屋の中はいかにも

教室といった雰囲気で木の机と椅子、そしてその前の壁には黒板が

備え付けられていた。



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161,162

恋愛教室へとやってきたジルとマルク。

「さっそくだけど名前を教えてくれるかな?」

講師というディリウスが2人に尋ねた。

「俺、ジル。」

「マルクです。」

ジルは元気よくマルクは仕方なくといった感じで返事をした。

「うん、ジル君とマルク君だね。とてもいい名前だ。

すばらしいよ。しかも2人ともルックスがいい。名前や見た目と

いうものはもてるためにはとても重要な要素だからね。いくら中身が

すばらしかろうと見た目が獣のように醜ければ一部のマニア

を除いてはもてることは出来ないからね。君たちならすぐに

彼女が出来てしまうよ、私の講座をしっかりと受ければね。」

「受けます。」

またしてもジルは即答した。

「待ってください、そんなにすぐに決めないほうがいいですよ。

(何だろう、この人は?何か嫌な感じがする。

耳は尖っているけど本当にエルフなんだろうか?)」

マルクはどうもディリウスを信用できずにいた。

「マルク君のいうことはもっともだと思うよ。どうかな、今日一日

無料体験講座を受けてみるっていうのは?それから決めてもらうのが

一番いいと思うんだけど。」

「まあそれならいいですけど。」

マルクはディリウスの意見に反対することが出来なかった。

「よし決まりだね。じゃさっそく席について。」

2人は言われたとおり席に着いた。

「それではこれから講義を始めまーす。恋愛ではいろいろなテクニック

があるとうまくいきやすいってこともあるんだけど、最初はまあ普通な

感じでいきたいと思うんだ。」

「ふむふむ。」

ジルは冷めた目で見るマルクをよそに熱心に聴いていた。

「まず女の子にはやさしくすること。そっけない人に惹かれるって子も

中にはいるけどほとんどはやさしくないと嫌っていうよね。」

「(当たり前のことじゃないですか。)」

マルクはディリウスの言葉に失望した。

 

 

 

ジルとマルクはディリウスの恋愛講義無料体験中。

「続けるよ。で、女の子にやさしくするんだけど、

それには下心をちらちらと出してはいけない。そんなことをしたら

女の子はたちまち引いてしまうからね。出来るだけ自然にすることが

大事なんだ。そう。必要以上に何かするということはしないで、

助けを必要としているとき、こうすれば素直に相手が喜んでくれる

と思ったときだけやさしくする。それは自分が辛いときや

苦しいとき落ち込んでいるときでも出来なくちゃいけない。」

「(へぇー。意外といいことを言いますね。)」

マルクはさっきまでとは一転、感心した。

「う~ん、もう言ってること理解するので一杯一杯だ。」

ジルがディリウスの話を聞いて頭から煙が出てパンク寸前だった。

「ああ、ごめん、ごめん。飛ばしすぎちゃったね。

今日はこのくらいにしておこうか。マルク君は最初、

大したことないといった感じで聞いてたみたいだけど

どうだったかな、今日の無料体験は?」

ディリウスはマルクに顔を向けて尋ねた。

「(見透かされている!態度に出ないようにはしてたのに。)

ええと、よかったと思いますよ。」

「そう。それは僕の方としてもよかったよ。ジル君は?」

「う~ん、難しい部分もあったけどためになったと思うよ。」

「まだまだ僕の教え方が下手なんだね。もうちょっと分かりやすくなる

ように考えてみるよ。それで2人は本講義を受ける気はあるかい?」

「もちろん受けます。絶対もてたいから。」

ジルは力強く答えた。

「私はやめときます。やはりいまいち興味を持てなかったので。」

マルクは少し申し訳なさそうに言った。

「(え、じゃあどうすんの?俺も受けんなってこと?)」

ジルがマルクに小声で聞いた。

「(いえ、私が受けないだけです。この人はそんなに悪い人にも思えなかった

のでジルは受けたらいいと思いますよ。)」

ジルはマルクの言葉を聞いてほっとした。

「そうか。マルク君は残念だが仕方ないね。ジル君、ありがとう。

さっそくだけど入会の説明をさせてもらっていいかな?」

「はい。」

ジルは少しあわてて返事をした。



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163,164

「まず3ヶ月集中コースとじっくり1年コースと不定期コースの

3種類があるんで選んでくれるかな。1年コースは週2回、

基本からゆっくりと学んで恋愛の上級者になるコース。

3ヶ月コースは1年コースから受ける人に合わせて不必要な

部分を削って週6で一気にもてるようになってしまおうって

コース。不定期コースは週1で最近の女性に向いた口説き方、

付き合い方など恋愛に関して最も新しい事を勉強していこうという

云わば上級者向けのコースだね。初心者向けは3ヶ月コースか

1年コースだよ。どれにする?」

恋愛教室講師ディリウスはジルに入会案内をしだした。

「俺、ちょっと時間無いから1年コースは難しいな。3ヶ月集中コース

でお願いします。」

「そしたら授業料は唯今キャンペーン価格5,000Gの一括前払いだよ。

それと講義を受けてる間は生徒には強制で寮に入ってもらうからね。

寮費も授業料に含まれてるから心配はいらないよ。」

「授業料は大丈夫。って、ええ。寮に入るの?それってマルクも

一緒に入れるのかな?」

「それはダメだよ。この寮は講義を受けてる人だけだからね。

そもそも目的が恋愛を勉強する人のために他の事が気にならない

よう入ってもらうんだからね。」

ディリウスはさらっと否定した。

「えー、それじゃどうしよう。」

ジルは困った顔をした。

「私なら他のところを探して泊まりますから構いませんよ。別に

休みの日には会えるでしょう。それほど寂しくはないでしょう。」

「そう言ってくれると助かるよ。俺はいいけどマルクは3ヶ月暇だな。」

「私も何か探してみますよ。心配しないでください。」

「よし決まりだね。それじゃジル君には寮の部屋を案内するよ。」

「じゃあな、マルク。泊まるとこ決まったらここに教えに来てくれよ。

休みになったら会いに行くからさ。」

「分かりました。ジルも無理しないでがんばって下さいね。」

そうして2人は一旦別れた。

 

 

 

「ジル君、ここが君の部屋だよ。今日はもうゆっくりしといて。

講義は明日からにしよう。」

ディリウスはジルを少し古いがきちんと掃除をされた小部屋に

案内した。

「はい。」

さっきまでとは違いジルの返事は気が抜けていた。

「ん?どうした?マルク君と分かれて寂しくなったかな。」

「うん、そうかもしれないな。」

ジルは素直に答えた。

「ジル君にとってマルク君は大切な存在なんだね。」

「ずっといっしょに旅してきた仲間だからな。」

ジルは笑顔で言った。

 

「う~ん、私はこれからどうしましょう?何のあても

ありませんからね。またどこかの治療院でお世話になりましょうか。」

マルクは悩みながら街中を歩いていた。

しばらくして一つの大きな建物に目が留まった。

「国立図書館ですか。入ってみましょうか。」

マルクは国立図書館と書かれた立派な看板の建物の入り口を入っていった。

「うわぁ、すごい広くて大きいですね。」

図書館の中はとても広く人の身長の3倍はありそうな高さの本棚が整然と

立ち並び、とても一人では一生かかっても数え切れないほどの本が収まっていた。

ところどころには上の方にある本をとるためのはしごも置かれていた。

マルクはその様子を見て驚きながら胸を躍らせた。

「ああ、どうしたらいいのでしょう。勝手に本を読んでもいいのでしょうか。」

マルクは勝手が分からず入り口付近をうろうろしていた。

「何かお困りですか?」

マルクにメガネをかけた長身の男性が穏やかな笑顔で声をかけてきた。



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165,166

マルクに声をかけた男は挨拶をした。

「初めまして、私はこの図書館の館長をしているリットンと

言います。」

「あ、私はマルクです。ど、どうも初めまして。」

「そんなに緊張しなくていいですよ。マルクさんはこの図書館は

初めてのようですね。」

「はい。」

「それではそこの受付にある館内利用案内のところにいる女性に聞いて

みるといいですよ。それではまた。」

リットンはそれだけ教えるとマルクから離れていった。

「(親切な人ですね。)」

マルクはリットンに好印象を持ちながら受付へ向かった。

「あのー、すいません。」

リットンに言われたとおり館内利用案内の女性に声をかけた。

「初めての方ですね。それでは当館の利用の仕方を説明させてもらいますね。

当館ではこの国の国民に限らず訪れる全ての人に本を読んで頂けるように

なっています。ただし本を借りて外で読みたいような場合は登録申請をして

ください。貸し出しカードを即日発行いたします。もちろん無料で行えます。

貸し出し期間は2週間ですが次に借りたいという方がいない限り何度でも

借りることができます。一度に借りられるのは5冊までです。

最後に本によっては魔力を持った物もありますが、危険なものは別の場所に保管して

いますので安心してご利用ください。」

「説明ありがとうございます。」

受付の女性に礼を言うと本棚の前へ来た。

「(何か分からないけど読んでみよう。)」

マルクは本棚から無作為に一冊の本を抜いて開いた。

ボワッ!

本から煙とともに子供くらいの大きさの怪物が現れた。

「キヒッ、おいら悪魔じゃん。本を開いた奴の命をもらっちゃうよーん。」

 

 

 

マルクの前に開いた本から悪魔が現れた。

「わ、どうしよう。」

「おいらの爪でお前の体を切り刻んでやるよー。」

悪魔は爪をシャキーンと鳴らして見せた。

「すいませんね、マルクさん。」

そこへリットンが突然現れた。

「リットンさん!」

「お前もおいらに殺されたいのー?」

「低級な悪魔め。すぐに闇へ返してやろう。

”出でよ我が本よ。”」

ボンッ。

リットンは体の前に出した手より一冊の本を出した。

「さて悪魔退治の章はと...。」

そう言いながらリットンは本をめくり始めた。

「ヒヒッ。」

悪魔はリットンに向かって爪で攻撃を仕掛けてきた。

リットンはそれをさっとかわしながら本をめくっていた。

「お、あったあった。”悪魔は天からの光によって無に帰る。”」

リットンが本を読むと悪魔の頭上に小さな光の球体が現れて

悪魔に光を照らした。

「うぎゃああ。」

悪魔は光によって苦しみ喘ぎ遂には光に包まれその姿を消した。

パタン。

「ふぅ。」

リットンは本を閉じると一息ついた。リットンの本はまたシュンと消えた。

「マルクさん、怪我はありませんでしたか?」

リットンはマルクを気遣った。

「はい、すぐにリットンさんが来てくれましたから。」

「そうですか。それはよかった。。全ての本をチェックしていますが稀に

見逃してしまうことも恥ずかしながらあるのですよ。本当にすみませんでした。」



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167,168

マルクの前に現れた悪魔を倒してくれたリットン。

「あなたは魔法使いですね。」

「はい、そうですが何か?」

「魔力を持つものは悪魔などを引き寄せやすいという一面もあるのですよ。」

「へぇ~、そうなんですか。リットンさん、さっきの本は魔法でしたよね?」

「そうですよ。この図書館を管理するのに必要なものなんです。」

「本を媒体としてるってけっこう珍しいですよね。」

「そうかもしれませんね。あなたはどうな魔法を?」

「私は風の魔法です。あの、もしよろしければ私にもその魔法を教えてもらえませんか?

今は修行中なんです。少しでも何か自分にプラスになるものを得たいんです。」

マルクは少しためらいながらもリットンに頼み込んだ。

「それは無理です。」

リットンは即答で断った。

「私の魔法とあなたの魔法では種類が全然違います。そもそも私の魔法は

誰もが覚えられるというものではありません。小さいころから魔法の本も

含めてたくさんの本を親しみ読んで勉強していくうちにいつの間にか今の形の

魔法が使えるようになったわけです。ですから人に教えられるというものでは

ないんですね。」

「そうですか、無理言ってすいませんでした。」

マルクは落ち込んだ。

「私と同じ魔法を教えるということは出来ませんが、あなたの修行の

手伝いになるようなことは出来ると思いますよ。」

「どういうことですか?」

マルクは不思議そうにリットンに尋ねた。

「あなたが風の魔法を使うというのなら風の魔法に関する本を紹介しましょう。

それを読めばあなたの修行に何らかのプラスになる可能性が高いはずですよ。」

「ああ、そういうことでしたか。よろしくお願いします。」

「少し待っててくださいね。探しますから。」

リットンは本棚に向かって本を探し始めた。

「ちゃんと分類してますからすぐに見つかりますよ。ここは魔法のコーナーでして、

風の魔法だから自然魔法のところを見ればと...。これだな、きっと。」

リットンは一冊の本を抜いてマルクに渡した。

 

 

 

マルクはリットンに手渡された本を見た。

「『風の記録』。リットンさん、中を見てもいいですか?」

「どうぞ。」

マルクは『風の記録』最初の1ページ目をめくって読んでみた。

「『一月一日、晴れ。今日の風は北東からゆるやかに吹いた。』

『一月二日、曇り。今日の風は東から湿った感じで吹いた。』

『一月三日、......。』...。これは...。」

マルクは本の内容に戸惑いを感じた。

「(は、しまった。関係の無い本が混ざっていました。

どうしましょう。本当のことを言って素直に謝りましょうか。しかしそれだと

私のこの図書館の館長としての威厳に関わってこないでしょうか。いっそこのまま

風の魔法の本だとマルクさんに信じ込ませてしまいましょうか。いや、いけませんね。

それではマルクさんの修行のためにならないじゃないですか。やっぱり本当の事を

言いましょう。)あの、マルクさん。」

リットンがマルクに話しかけようとしたとき、同時にマルクも喋りだした。

「リットンさん。この本はとても奥が深そうですね。じっくり読んで

考えてみたいと思います。」

「え、そうですか。それはそれは、がんばって下さい。」

リットンは嫌な汗をかきながらマルクを励ました。

「ありがとうございます。」

マルクはリットンにお礼を言うと受付にて本を借りる手続きをした。

「さて、後は宿を探すだけですね。いいところが見つかるといいですが。」

「それなら私の家に泊まるといいですよ。」

リットンが後ろからいきなり声をかけた。

「わっ!びっくりした。」

「ごめんなさい、驚かすつもりはなかったんです。でも何かマルクさんの

助けになれることはないかと考えていただけだったんですよ。(もし、あの

本を読んでいくうちにつまらないなんて言われたら私の立場がありませんからね。

なんとかして言わせないように誘導していかなければ。)」

「リットンさんは本当にいい人ですね。今日初めて会った私のためにそこまで

してくれるなんて、普通じゃ考えられないですよ。」

「いやぁ、そんな当たり前のことですよ。」

リットンは素直に喜んでくれるマルクの姿を見て心が痛くなった。



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169,170

「...というわけでして、今はリットンさんのところに厄介になって

いるんですよ。」

「へ~、マルクはまたいい人に出会えたんだな。」

ジルとマルクは酒場で2週間ぶりに会い話していた。

「それでそのリットンさんに勧めてもらった本がこれです。」

そう言ってジルにその本を渡す。

「へ~、『風の記録』ねぇ。俺あんまり本とか興味ないんだけど、

どれ...。」

ジルは本をパラパラとめくってみる。

「(こ、これは...。しょうもな過ぎる。もしかしてマルクは

リットンって奴に騙されているんじゃ...。)」

ジルは本の内容を見て黙りこんだ。

「どうしました?」

マルクはジルの顔をを心配そうに覗き込んだ。

「いや、俺はちょっと分からないな。」

そう言って思ったことをマルクに言えないまま本を返した。

「私も実はあまり理解してないんですよ。でもきっと奥深いものが

書かれていると考えています。」

「そうだといいな。」

「ジルの方はどうですか?」

「俺か?俺は楽しくやってるよ。ディリウス先生はおもしろい話とか

いっぱいしてくれるんだよ。」

「へぇ~。例えばどんな話ですか?」

マルクは興味津々で聞いた。

「そうだな。たとえば、この国には女の人が服を脱ぎながら踊りを

見せてくれるって店があるらしいとかかな。今度、連れてってもらう

約束をしてるんだ。」

「やめてください!それって風俗店じゃないですか。いかがわしい。

ディリウスって人に一体何を教えてもらっているんですか。」

マルクは顔を赤くして怒りながらジルに言った。

「そんな怒らなくても。他にもいっぱい教えてもらってるんだぜ。」

「(ああ、心配だなぁ。このままジルをディリウスにまかせていいんだろうか。

すごい悪影響な気がしてきました。ああ、どうしよう、どうしよう。)」

マルクは顔を下に向けてものすごく不安になってきた。

 

 

 

「あ、その顔はろくなこと教えてもらってないって顔してるな。

世界のこととかも教えてもらったんだぜ。」

ジルは自信を持って言った。

「え?」

マルクは下に向けていた顔を上げてジルを見た。

「この世界は『テラ』と呼ばれ、今いる大陸が『パネテグラ大陸』で

この大陸が世界の半分以上を占めている。あとは『コルナッカ大陸』と

『ロドニエル大陸』、その他たくさんの島々で『テラ』は出来ている。」

「へ~。」

マルクは感心して聞いている。

「『コルナッカ大陸』は俺が住んでた村、マルクと出会ったランターナ、

そしてクラレッツ、ランドール、エトールの3国があった大陸だ。

『バネテグラ大陸』で最大の勢力を誇るのがご存知ここ

サンアルテリア王国を中心としたアルテリア連合。そして今最も勢い

が強く急速に領土を拡大してるのが『ヴェロニス帝国』。先代の初代皇帝

が建国したときには田舎の小国だったらしいが息子の『キルヒハイス=ヴェロニス』

が跡を継いでから急に変わったって話だ。まあそんなところかな。」

ジルの話が終わった後、マルクはぽかーんとしていた。

「ん?どうした、マルク。」

ジルが不思議そうに聞いた。

「い、いえ、私もあまり知らないことだったので少し驚いたんです。」

「俺もこれ覚えんのすごい苦労したんだぜ。ディリウス先生がさ、

これは大事なことだからって何度も繰り返して言ってくるんだよ。

耳にたこができるかと思ったぜ。恋愛には関係ないと思うんだけどな。」

「(短期間にこれだけのことをジルに教えるなんて、やはりディリウスって人は

ただものじゃありませんね。)」

「で。ものは相談なんだけどさ、マルク。」

「何でしょう?」

「俺たち、しばらく会わない方がお互いのためにいいんじゃないかと思ってさ。」

「いいですよ。」

マルクは素の顔で即答した。

「いいのか?ほんとに?理由とか聞かないのか?」

ジルはマルクの反応が意外で驚いた。



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171,172

「私だってジルのことを少しは分かってるつもりですよ。

それに実は私も同じことを言おうとしていたんですよ。

久しぶりにあったときのジルの変わりっぷりとか見てみたい

ですからね。」

マルクは笑顔で言った。

「何だよ、もう。拍子抜けだよ。俺はてっきりマルクは反対すると

思ったからどう説明しようかとかいろいろ考えてたのにな。」

ジルは気が抜けたように椅子にもたれかかった。

「ははは、その説明も聞いてみたかったですけどね。

お互いがんばりましょう。」

「おうよ。」

ジルとマルクは手を握って互いの健闘を祈った。

「ま、今日だけはゆっくりしようぜ。」

「はい。」

その後も2人はとりとめもない話を楽しく続けていた。

 

ジルとマルクが喋っている酒場に、肌が完全に見えなくなる程の

大きさで緑を基調とした布を纏った人物がいた。それは吟遊詩人だった。

吟遊詩人はゆっくりとした動作でギターを手にし、弾き語りを始めた。

「時は今から300年前。太古の神々が作りし大地『テラ』。

人々は時々争いあうこともあるが穏やかに日々を暮らしていた。

そんな中、魔界より突如魔王が現れる。魔王は引きつれてきたモンスターを

使って人間を襲い始めた。モンスターは人を虫けらを扱うが如く

肉を切り裂き、罪無き人々の血が流れ続けた。

各地で勇敢な戦士たちがモンスターと戦っていたが圧倒的な数に

次第におされていき、1人、また1人と倒れていった。

人々は無力を感じ絶望を感じるようになるまでにそう時間はかからなかった。

この危機に、当時まだ小国ではあったが魔王の居城から離れていたため

被害を免れていたアルトリア王国の国王オルグ3世は、

将来有望とされている見習い騎士アルス=シールダー

を呼んで頼んだ。『魔王を倒して世界に平和を取り戻してくれ』と。

アルスは承知して旅に出ることとなる。

街中で、戦士ロドニー、僧侶サラ、魔法使いクライムと出会う。

彼らと共にモンスターを倒していきアルスは成長していく。

一方、アルスたちの活躍によってモンスターの脅威から開放された

人々は希望と生きる力を次第に取り戻していった。

アルスたちは立ちふさがる強敵を次々倒し、遂に魔王の前までやってきた。

激しい戦いの末、アルスは神々の力を借りて手にした聖剣エクスカリバーで

魔王に止めを刺した。再び人々に穏やかな日々が訪れた。

...その後アルスは勇者として人々から褒め称えられたという。」

 

 

 

「ほえ~。」

いつのまにかジルとマルクは吟遊詩人の詩に聞き入っていた。

そんなジルとマルクに演奏を終えた吟遊詩人が近づいてきた。

「初めまして。ジルさんとマルクさんですね。」

先ほどの詩からは分からなかったが喋る声はジルたちよりも幼かった。

「え!?どうして俺たちのことを?」

2人は吟遊詩人の言葉に驚いて立ち上がった。

「エトールにいたという人から話を聞いたんですよ。何でも恐ろしい魔獣と

戦われたとかで。本当にお会いできて光栄です。」

吟遊詩人はペコリと頭を下げた。

「へぇー、そうなんですかぁ。」

マルクは相づちをうった。

「いやあ、俺たちもとうとう有名人になったってことかな。」

ジルは嬉しそうに言った。

「それで、もしよろしければ詳しく話を聞かせていただけませんか?」

吟遊詩人の顔は布で隠れて見えないが笑顔のようだった。

「ええ。喜んで。」

「もちろん。」

2人は快く了解した。

3人は席に着くと吟遊詩人にエトールのことだけでなくこれまでの

旅のことも全て話した。

 

そうして話もちょうど終わったころ。

「ありがとうございました。とても興味深いお話を聞かせて頂きました。」

吟遊詩人は席を立つと2人に再び頭を下げた。

「いえいえ。」

そう言ってジルとマルクも席を立った。

「そうそう、お礼といってはなんですがこれを差し上げます。」

吟遊詩人はジルに透明なケースに入ったカードを渡した。

「何これ?なんかきれいな絵が描いてある。」

「私にも見せてくださいよ。」

そういってマルクがジルが手にしたカードを覗き込んだ。

「なんだか神々しい感じがしますね。」

「本当にこれもらっていいの?」

「ええ。私にとってはあなたがたの話の方が価値がありますから。」

「ありがとう。」

ジルは吟遊詩人に礼を言ってカードをしまった。

「そんじゃ、そろそろ行きますか。」

「はい。」

ジルの呼びかけにマルクと吟遊詩人は応じ、3人は店を出ると方々へ別れた。



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173,174

ジルとマルクがそれぞれの勉強をしているとき、

海では。

 

「ハーツ船長。ここまでは順調っすねぇ。」

「そうだな。」

ハーツ船長はそっけなく答えた。

「あ、今日はやけにあっさりしてるっすね。」

「見ろ。」

ハーツ船長は前方を指差した。

「な、なんすかあれ!!」

海賊が驚く先には空は暗く、雷が鳴り、波は荒れ狂い、

さらに海上に浮かぶ無数の巨大な竜巻の姿があった。

ブオオオォォン!ブオオオォォン!

竜巻の凄まじい勢いはその音だけでなく威圧的な雰囲気を発していた。

「これが魔の海域デビルレーンってことか。ここから先は未知の領域だな。」

ハーツ船長の落ち着きはすでに覚悟をしているところからきていた。

「マジでこんなとこを進むんすか?間違いなく自殺行為っすよ。」

海賊たちは皆デビルレーンに圧倒されていた。

「なら、ここから引き返して、何も得ないまま尻尾をまいて帰るか?」

ハーツ船長は皮肉っぽく言った。

「い、いくっすよ。もうここまで来て帰るなんて馬鹿じゃないすか。

なあ、みんな。」

「おう!」

「こうなったら死んでも突破してやろうぜ。」

「死んだら意味無いっつうの。」

「はっはっはっは。」

海賊たちは大声で笑って騒ぎ出した。

「まったくお前らは本物の海賊だよ。こんな危険な状況が目の前にあるって

いうのに笑いやがって。もうお前らに言うことは何も無いな。」

ハーツ船長はそう言うと神妙な顔から笑顔へと変わった。

「さあ、お前らいくぞぉぉ!」

「おーー!!」

海賊たちはコブシを上げて大声を張り出した。

 

 

 

ハーツ船長たちが乗る船はデビルレーンへと入った。

近づいて見る竜巻の群れは一層迫力を増していた。

「正面から来てるぞ!右へ避けろぉ!」

「面舵いっぱーい。」

正面から迫ってくる竜巻を右へと船を旋回させて避けた。

「ふぅー、何とかこらえたか。」

ハーツ船長と海賊たちはほっとした。

「船長、大変っす。囲まれてるっす!」

気が付けばハーツ船長らの乗る船は大きな3っつの竜巻に囲まれていた。

「ええい、竜巻の間を抜いていけぇー!」

つかの間の安堵も消え去り皆に緊張が走る。船は何とか竜巻の間を

進もうとするが、竜巻はその抜け道を塞ぐように動いていった。

「無理っす。狭くなって抜けれません。」

「無理でもいくしかないだろー。」

諦めかけている海賊たちにハーツ船長は檄を飛ばした。

それでもなお竜巻は船に迫っていた。

バリバリバリッ。

強風によって船の帆が折れた。

「まだだ。まだいける。」

ハーツ船長の声と共に海賊たちも必死でこらえようとした。

ガンッ、バリバリバリバリバリッ!

遂に船体に竜巻が直接当たり砕け始めた。

「船長、もうもちません。」

「最後まであきらめるな。」

しかし必死に粘ろうとする海賊たちとは裏腹に確実に船は砕けていった。

船体の中央に亀裂が入った。

バキッ!

亀裂は一気に広がり船は2つに分かれた。

そしてそのまま海の中へと沈んでいった。

「うわぁぁぁぁぁ!」

海賊たちは叫びながら船と共に海の中へと落ちていった。



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175,176

「ううぅうぅぅ....」

ハーツ船長は砂浜で倒れていた。

「ここは...、天国か、それとも地獄か?」

ハーツ船長は意識を取り戻すと体を起こして周りを見回した。

濃い霧がかかっていて周りはよく見えなかった。

ハーツ船長はゆっくりと立ち上がってふらふらと歩きながら叫んだ。

「おーい、誰かいないのかーー!」

「あ、これはハーツ船長の声。ここっす、ここにいるっすよ。」

ハーツ船長の呼びかけにあちこちから海賊たちの返事が聞こえた。

やがて、霧が薄くなり見えてきた人影に皆が集まってきた。

「なんだ、なんだ。全員揃ってるじゃねえか。お前らも俺と同じで

悪運が強いな。」

ハーツ船長は内心ほっとして笑顔をこぼしながら言った。

「へへへ。」

「簡単には死ねませんて。」

海賊たちも生きていることを笑いあった。

「ところでここはどこっすかね。」

海賊の1人がハーツ船長に尋ねた。

「俺たちはデビルレーンの中へと入ってここに辿りついたんだ。

ということは...。」

「ここはキャプテンホークの財宝が眠る場所!」

海賊たちが口を揃えて言った。

「まず間違いないだろうな。情報がデマでさえ無ければだが。」

「でも仮に財宝を見つけたとしてどうするんすか?俺たちはなんとか

生きてるけど船は完璧に沈んだんすよ。帰ることが出来ないっす。」

「ここは島だろ。なら木とか生えてんじゃねぇの。それを材料にいかだ

とか小さな船を作るとかしたら脱出出来るだろー。」

「おいおい、そんなもんでまたデビルレーンを越えようってのか?

竜巻どころか荒波だけでも砕けちまうぜ。」

その後もあれやこれやと意見が出たが結局納得できるものは一つもなかった。

「ええい、とにかくここに食料があるかどうかを探すのが先だ。

お前ら、行けー!」

ハーツ船長は怒鳴ると海賊たちは慌てて探しに行った。

 

 

 

「船長ーーー!」

食べるものを探しに行った海賊が大声でハーツ船長を呼んだ。

「どうした?なんかうまそうなものでも落ちてたか?」

ハーツ船長はゆっくりと歩いて呼ばれたところへと向かった。

「あれ、あれ、あれ...。」

ハーツ船長がやってくると海賊は驚きながら何かを指差していた。

「一体どうしたっていうんだ。」

ハーツ船長はやれやれといった感じで指差していた方を見ると

顔が一変した。

「これは...。」

ハーツ船長の目の前にあったのは巨大な船だった。

「何でこんなとこに船があるんすかね?」

「これはおそらくキャプテンホークの船『ブラックシャーク号』だろう。」

「ブラックシャーク号ぉ!ていうかキャプテンホークってかなり昔の人っしょ。

なんでそんな人の船が今もこんなきれいな状態で残ってるんすか。」

「それを言うならあのデビルレーンを越えて無事な船があるっていう方が

不思議じゃねえか。」

「そう言われてみればそうっすね。」

「何か秘密があるかもしれん。」

ハーツ船長は食料を探している他の海賊たちを一旦集めた。

「どうしたんすか?」

「なんすか?」

「あっ、これはすごい立派な船じゃないっすか。」

集まった海賊たちは船を見るなり騒ぎ出した。

「静かにしろ。みんなでこいつを調べるぞ。」

ハーツ船長と共に海賊たちはこの得体の知れない船に乗り込んだ。

「船長、何か変な感じがするっす。」

「ああ、俺もさっきから何かを感じる。」

「まさか幽霊?」

「違う。そんなもんじゃない。この感じは魔力だな。この船には何かの魔法が

かかっているということか。それならあのデビルレーンを越えて無傷なのも、

古くてもきれいなままということも納得がいくな。」

「へ~、そうなんすか。ということはやっぱりこの船がキャプテンシホークの財宝

ってことっすか?」

「そうだな。」

「でもこれで生きて帰れるってことっすよね。やったー。」

「待て。まだここから出れると決まったわけじゃない。まずはこの船が動くかを

確かめてからだ。」

「分っかりましたー。」

海賊たちは喜びながら配置についていった。

「船長、動きます。」

船はその海賊の言葉と共にゆっくりと動き出した。

「よし、そのまま進めー。」

船が進んでいくと霧がかかった景色から暗く荒々しい海へと変わっていった。

そしてまたいくつもの竜巻が勢いを発していた。

「ここを越えれるかどうかで俺たちの運命が決まるんすよね?」

「ああ、そうだ。だがお前らの予想は決まってるんだろう?」

ハーツ船長はにやっと笑って聞き返した。

「もちろんすよ。俺たちは今、伝説の船に乗ってるんすよ。」

「今の俺たちに不可能はないっす。」

「はっはっは。お前ら、行くぞー。」

船はハーツ船長の掛け声で竜巻の群れの中へと入っていった。

「す、すごいっすよ。竜巻がこの船を避けるかのように遠ざかっていくっす。」

「これがこの船の力か。よしこのままデビルレーンを突破するぞ。」

ハーツ船長と海賊たちを乗せた船はデビルレーンをそのまま難無く乗り越えた。

「やったー。」

海賊たちは互いに手をたたいて大喜びをした。



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177,178

ジルが恋愛教室に入ってから3ヶ月が経とうとしていた頃、

マルクはリットンから薦められた『風の記録』を何度も

読み返していた。

「いい。うん。よく分からないけど全てが分かる。

そう、言葉では言い表せないような何かが分かった気がする。

リットンさん。」

マルクは隣に座っていたリットンを突然呼んだ。

「は、はい。何ですか?」

リットンはビクッとなって答えた。

「こんないい本を薦めてくれてありがとうございました。」

「へ?いい本?ああ、その本ね。当然ですよ。私が選んだ本なんですから。」

リットンはまた嫌な汗をかきながら言うと、ほっとして肩を撫で下ろした。

「よしこの本を返したらジルのところへ行きましょうか。」

「ジルというのはよく話してくれたマルクさんの友達ですよね。

私からよろしくいっておいてください。」

「はい。リットンさん、今まで本当にお世話になりました。

ありがとうございました。」

「いえいえ、私も楽しかったですよ。お気をつけて。」

マルクはリットンに見送られ、図書館に寄ってからジルの元へ向かった。

 

その頃、

「...女性との付き合い方では強気になって男らしくみせるか、

女性を優先して紳士らしくみせるかをよく選ばないといけない。」

「はい。」

ジルは椅子に座り真面目にディリウスの講義を受けていた。

「さて、これで3ヶ月コースの講義は全て終了だよ。」

「あ、もう3ヶ月経ったんだ。なんだかあっという間に過ぎた感じだ。」

ジルはふぅと一息ついた。

「最後に今まで学んだことを自然に生かせるように軽い催眠術をかけよう。」

「催眠術?」

「そう。今まで色々と覚えたと思うけど、頭の中では分かっていても

実際に行動するのはまた別。なぜなら人が思うとおりの自分に変わること

は簡単なことではないからね。だけど催眠術を使うことによって一時的に

ではあるけど変えることが出来る。どれだけその状態でいられるかは

君次第だけどどうする?」

「もちろん、お願いします。」

ジルはディリウスに頭を下げた。

「そうこなくちゃね。じゃ、部屋を変えるよ。」

そう言われて案内された部屋にジルは引いた。

「何、ここ?」

部屋の中は暗く締め切られロウソクの炎だけがぼんやりと明かりを灯していた。

中央の床には魔法陣が描かれていて、悪魔の彫像や怪しげな道具が周りを飾り

正にオカルトティック全開という感じだった。

「少し驚かせたかな。実は催眠術というのは人によってかかりやすいかかり難い

があってね、必ずかかるとうものではないんだ。だからこういう雰囲気のある

場所でやってすこしでも成功率を上げようというわけだよ。大丈夫?」

不安そうなジルを安心させるようにディリウスは言った。

「もう全然大丈夫すよ。早くやりましょう。」

ジルはディリウスの言葉でやる気を取り戻した。

 

 

 

もてるようになるためディリウスに催眠術をかけられることになったジル。

「催眠術って大袈裟な感じがするかもしれないけど、別に何もすることは

ないんだ。ただそこの魔方陣の上にリラックスして立っているだけでいいんだ。」

ジルは言われたとおりに魔方陣の上に立った。

「うん。それでいいよ。そしたらちょっと目をつぶってみようか。」

ジルはゆっくりと目をつぶった。

「そうそう、あとは肩の力を抜いて。」

ディリウスはジルの肩をやさしくさすって、また言葉を続けた。

「ほ~ら、少しずつ肩の力が抜けてくるよ。だんだんだんだん肩の力が

抜けてくるよ。だんだんだんだん肩の力が抜けてくるよ。もっともっと

肩の力が抜けてくるよ。はい、もう肩の力はすっかり抜けてきた。

もう肩の力が抜けて腕を思うように動かすことも出来ない。」

ディリウスがジルの腕を軽く触れると肩の骨が脱臼してるかのように

腕がプランプランと揺れた。

「肩の力は抜けた。力はまだまだ抜けていく。体中の力が抜けていく。

どんどんどんどん抜けていく。足、首、腹、腰、口、目、体の全てが抜けていく。

全ての感覚が抜けていく。もう何も動かすことは出来ない。」

ジルは体中がふらふらになり立つことも出来なくなり、体がふっとしゃがみこむ

ように下に落ちる。ディリウスはそんなジルを傍にあった椅子にさっと座らせた。

ジルは口をだらしなくあけて崩れ落ちそうな体制で椅子に座っていた。

「体の感覚は全て消え去った。そして残ったのは意識だけ。意識だけははっきりと

してくる。この声を、この言葉を染み込むように吸収していく。この声が意識。

意識はこの声にある。この声が全て。この声と一体となる。」

ディリウスの顔つきが穏やかな表情から少し力が入ったものへと変わっていく。

「学んだことを全て覚えた。覚えたとおりに行動できる。女性の気持ちが

理解できる。女性を喜ばす方法が分かる。女性の気を引く術を手に入れた。

女性に惚れさすことが出来る。女性からもてる。」

ジルは意識の中でディリウスの言葉を輪唱し、感覚がなくなったはずの口から

そのとおりに声を発していた。ジルの意識の隅にかすかに残る理性や抵抗力は

ジル自身が望む言葉に侵され、消されていった。

ジルの様子を見たディリウスはニヤリと不気味な笑みを浮かべた。

「心の奥底に閉じ込められたもう一つの魂のかけらよ。

古の神々に忌み嫌われ封印された不遇の魂よ。

素晴らしき力を持ちながら活かすことを許されなかった無念の魂よ。

閉じ込めた心の牢獄を解き放ち、今こそこの世を混沌と恐怖で満たす

秘められし力をここに示せ。」

ディリウスが言葉を終えると、ジルの足元にある魔方陣がぼんやりと紫色に光りだした。



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179,180

ディリウスによって催眠術をかけられたジル。

そのジルに異変が起き始めた。

体から黒いオーラが噴き出し全身を覆った。

ガタッ。

ジルは白目をむいて目をあけると椅子を後ろに倒して立ち上がった。

「グ、グオォォォォォォォォォ!!!!!」

ジルは獣のように大声で吼えた。それと同時に黒いオーラが上へ伸び

天井を一気に突き破って空へと昇った。

ディリウスは口元に笑みを浮かべながらジルの様子を黙って見ていた。

ジルは尚も叫びながら今いる2階の部屋の壁に体当たりするとボコッという

大きな音を出して砕けた。そしてそのまま外へ出て下へと落ちていった。

ダンッッッ!!!!!

衝撃音と共に現れたジルに周囲にいた歩行者たちは驚き注目した。

「きゃー。」

「どこから現れたんだ?」

「あ、あそこよ。あんな高いところから。」

「どうしてあんなとこから?」

「何者なんだ?」

周りがざわざわとしだしていた。

ジルは顔を天に向け再び吼えると周囲を少し見回した。

そして正気を失ったままの状態でニヤリと笑った。

次の瞬間、平然とした町並みが一変し地獄となる。

無残に体のあちこちの肉をもぎ取られた男性の姿があった。

その男性の全身から血が四方に噴き出しその場に倒れた。

ジルの手は真っ赤に染まりポタポタと赤い滴を垂らしていた。

ジルは今までに無いくらいの恐ろしい速さでさらに人々を襲いだした。

腹の中に手をグチャリと突っ込み臓器を抜き出したり、手足を骨ごと

バラバラにしたり、頭を一撃でつぶしたりした。

恐怖の叫びが響く中、次々に広がる血塗られた道。

離れたところから見ていた人々は大慌てで逃げようとするも今のジルから

逃げ切ることは出来ず殺されていった。

もう路上にジル以外の生存者はいなくなり、あるのはまだ生暖かい死体

とそこから漂う血の臭いだけだった。

 

 

 

黒いオーラを発するジルはたくさんの死体に囲まれ満足そうな顔をしていた。

そこへマルクが再会しようとやってきたが、死体があちこちに散らばっていて

その中心にジルが立っている異様な様子に声が出ないほど驚いた。

「これがジル?まさかジルがこんなひどいことをするなんて信じられない。」

マルクは、正気を失い黒いオーラを発しているジルを見て自分の目を疑った。

そして少し落ち着くとジルの様子をじっと観察した。

「今、ジルから黒い煙、霧、いやなにかこうオーラっていうようなものが出ている。

黒。は、もしかして...。」

マルクは思い出した。ジルが心を映し出すミラージュナイフを持ったときナイフは

黒く変化したことを、ポートルの占い師に見てもらったとき水晶玉に黒い悪魔が

映し出されたと言われたことを、そしてワーグバーグによって瀕死に陥ったときジルが

今のような状態になっていたのがかすかに見えたことを。

「ジルは恐ろしい悪魔に取り付かれているのでしょうか。

私はどうすれば...。」

「殺すしかないな。」

「え。」

声がどこからか聞こえた。

「この声は聞いたことがある。」

マルクの横に現れたのはカフィールだった。

「こいつは人を殺しすぎた。いかなる理由があろうともこのまま放って

見逃すわけにはいかない。」

カフィールは剣を手にジルに近づこうと歩き出した。

「そんな。」

マルクは落ち込んでいたがどうにかしたかった。

そんな中、

「彼を殺してもらっては困るよ。」

ジルが壊した建物2階の壁からずっと座ってみていたディリウスが

ストッと飛んで降りてきた。

「これはこれはカフィール君、久しぶりだね。」

ディリウスは笑ってカフィールに挨拶した。

「貴様は魔界のプリンス、ディリウス。」

カフィールはディリウスを見ると険しい表情になった。

「覚えてくれていたとは光栄だ。」

「え、え、魔界のプリンス?だってエルフって。」

マルクは驚いていた。

「ははは、本当に信じてたのかい?おもしろいな君は。」

ディリウスは腹を抱えて笑っていた。



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181,182

「ディリウス、これは貴様がやったことか。」

カフィールが笑っているディリウスに問い詰める。

「それは君がよくわかっているんだろう?彼の正体を。」

「彼の...正体...?」

マルクにはディリウスの言葉がさっぱり理解できなかった。

「ああ。だがここまで目覚めるのは不自然だ。」

「ははは、よくお分かりで。確かに私が手助けをしたことは確かだね。

で、カフィール君はジルを殺すと。」

「当然だ。」

「なら私はそれを邪魔させてもらうだけ。2対1で勝てると思うのかい?」

「フ...。」

カフィールは口元に笑みを少し浮かべると、ジルに向けて指を十字に切り呪文を唱えた。

「邪悪なるものの動きを封じる。『セイントチェーン』」

するとジルの体に光の鎖が巻きつき動けなくしていた。

「グ、グウウ。」

ジルはもがくが動けない。

「へぇ~、そんなことができるんだ。私も魔法を使えばそれを

解くのは簡単なんだけど、今は使いたくないんだな。今使うといろいろと

ややこしくなるから。まだこっちでのんびりしたいんでね。」

「魔法を使わないでどうする気だ。」

「ま、なんとかなるでしょ。」

ディリウスは相変わらず余裕の表情を浮かべていた。

「なら見せてもらおうか。いくぞっ。」

カフィールは剣を抜きディリウスに斬りかかった。

「よっと。」

ディリウスは剣先を見切って寸でのところでさっとかわした。

しかしカフィールは気にせず攻撃を続ける。

そのうちにカフィールは逆にディリウスの動きを読み、

軽やかにかわしていたディリウスに余裕がなくなっていった。

「(2人が戦っている今のうちにジルをなんとかしなければ。)」

マルクはカフィールとディリウスの動きに気をつけながらジルの元へ走った。

 

 

 

シュッ。

カフィールの剣がディリウスの腹をかすめた。

ディリウスの服の斬られたところがじわっと緑色に染まった。

「おやおや、こっちの生活が長いから体がなまってるのかな。

しょうがない、これを使うか。」

そう言ってディリウスが取り出したのはごく普通のくだものナイフだった。

「そんなものでどうしようというんだ。」

「さあてね。」

カフィールが再び攻撃をしかけるとディリウスはよけようとはせずに

手にしたナイフを剣に合わせて攻撃の向きを変えさせた。

「これは...。」

「今の状態なら、君の攻撃を避けるよりは逸らしたほうがよっぽど

簡単ってことだよ。」

「く。」

カフィールはやみくもに攻撃を続けるがディリウスはすっかり

落ち着きを取り戻し余裕で軽く受け流していった。

 

マルクはカフィールの魔法によって動きを封じられたジルの傍へきた。

「グウウ。」

ジルは正気を失ったままもがいていた。

「ジル!しっかりしてください。今のあなたは本当の姿じゃないはずです。」

マルクが必死に呼びかけるもジルに変化は無かった。

「こうなったら魔法を使うしか...。しかし私に今のジルを治せるほどの

力があるだろうか......、でもやるしかない。」

マルクは目を閉じて深呼吸をし気持ちを落ち着けると目を開けた。

「風が見える。風の流れ、匂い、温もり、全てが手に取るように分るようだ。

いけそうな気がする。『イエローフローラル』。」

マルクが呪文を唱えるとジルを黄色いそよ風が包み込む。

するとジルから発せられていた黒いオーラはみるみる消えていき、

カフィールの光の鎖も同時に解き放たれた。ジルは体の力が一気に抜け落ちた

ように気を失いガクッとその場に倒れた。

「ん、何だ?」

カフィールとディリウスがマルクのことに気づいた。

「おや、ジルを元に戻すとはなかなかやるね。そろそろ私も姿を

消してもいいころかな。封印はすでに解けたことだしね。」

ディリウスはカフィールから少し離れた。

「待て、貴様は逃がさん。」

カフィールがディリウスに近づこうとしたとき、

「世の中には便利な物があるね。これ『ロックチョウの羽』っていうんだ。

これをこう上に放り投げると...。」

そう言ってディリウスが取り出した羽を上空に投げると、羽がぱっと光って

ディリウスと共にビュンと光の弧を描いて遠くへと消えていった。



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183,184

「くそ。」

カフィールはディリウスを逃がした自分に怒りを感じていた。

「いかんな。あまり冷静さを失っては。とにかく今出来ることを

しなくては。さて。」

カフィールはジルのところによってきた。

そして、まだ気を失ったままのジルに剣を突き刺そうとした。

間へマルクが割ってはいる。手を広げてジルを守るように立ちふさがった。

「ジルを殺すなら私も殺してください。ジルは私の大切な仲間です。

ジルのしたことはとても許されることではないかもしれません。

それでも私はジルをかばいたいんです。」

カフィールはマルクの言葉を聞くと剣を収めた。

「ちっ。おい、マルクと言ったか。そっちのジルに言っておけ。

『しばらく時間をやる。ここで死んだ人々を生き返らせる方法を

見つけろ。そうすれば命だけは助けてやる』とな。」

カフィールはそう言ってマルクに背中を向けた。

「え、でも生き返らせることは...。」

マルクがカフィールに聞こうとしたとき、カフィールは振り向き、

「あ、そうそう、死体は俺が冷凍して保存しておくから方法が

見つかったら俺のところへ来ればいい。」

と一方的に言い残し去っていった。

まもなくたくさんの馬車がやってきてあたふたするマルクをよそに

淡々と死体を積み込みどこかへと持ち去っていった。

 

「もっと力が必要だ。ディリウスごときに負けないくらいの。

そして、自分の正義を貫くために。」

マルクとジルの元を去ったカフィールは強い思いを抱いていた。

 

「ふああぁぁあ。」

ジルは寝ていたベッドから手を上に上げあくびをしながら目覚めた。

そばにはマルクが座っていた。

「よかった、目を覚まして。体は大丈夫ですか?」

マルクはうれしそうにジルに聞いた。

「う、うん。まあ。あれ俺何してたんだっけ。」

ジルは自分の記憶を探った。

「ん?ちょっと待てよ。こんなことが前にもあったような...。」

マルクはドキッとした。

「マルク、その顔は何か知ってるな。教えろよ。」

「え、いえ、べ、別に何も、あ、ありませんよ。」

マルクはしどろもどろに答えた。

「嘘つくな。いいから言えよ。」

もう誤魔化せないと感じたマルクは全てを包み隠さずジルに話した。

 

 

 

「なんてこった。占いのときやミラージュナイフの

ことはこのことを表していたのか。俺は一体なんなんだ。」

ジルはマルクから話を聞いてショックを隠せなかった。

「俺はこれからどうすればいいんだ...。」

ジルは頭を抱えて苦悩に満ちた表情になった。

「...でも、それはジルではなく取り付いている悪魔が

したことなのでは?」

マルクはなんとかジルの気持ちを楽にしたかった。

「だからって俺に責任がないってことはないだろ。

俺の中の悪魔を抑え切れなかったんだから。」

「ならどうするんですか!死んでお詫びするとでも言うんですか!!」

マルクはいつまでもうじうじしているジルに切れ気味で言った。

「いや、その...。」

ジルはマルクの迫力に言葉が詰まった。

「え、どうなんですか!」

マルクはさらに迫る。

「マルク、悪かったよ。とにかく俺に出来ることを考えるよ。確か

カフィールは俺が殺した人を生き返らせろって言ったんだよな?

ならそれをやるのが先だな。殺してしまった人のために。」

ジルはマルクの言葉に立ち直った。

「その生き返らせるってことなんですが、私が知る限り方法は

ありません。」

「え、だってカフィールは言ったんだろ?」

「私にもカフィールさんがどういう考えでそう言ったかは分りません。

死者蘇生の魔法があるという噂は聞いたことがあります。しかし、

それを実際に使える人はメンデル先生を含めた魔道連盟の最高峰

5大司祭にもいないということです。もしかしたら世界にその魔法を

使える魔法使い、もしくはその類のアイテムが存在していて私たちは

まだそれを知らないだけかもしれません。まぁ、簡単に人を生き返らせることが

出来たら命の輝き、大切さも感じられなくなりますからね。」

「確かにマルクの言うとおりだ。とりあえずこの問題は置いておくか。

今いくら考えたって答えが出ないことは目に見えているしな。

でもそうすると次にすることがなあ、マルクの先生が帰ってくるのって

まだもう少し先だろ。」

「私、ちょっと行ってみたいところがあるんですけどいいですか?」

「行ってみたいところ?うん、いいけど。」

ジルはマルクについていった。



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185,186

「ここです。」

そういってマルクが連れてきたのは大きな建物の前だった。

「ん?ここって前に言ってた図書館ってとこ?」

「いいえ、ここは美術館なんです。」

「え、美術館て絵とか見るとこだろ?」

「そうです。なんでも世界に一つしかないとても珍しいものが

今展示されてるって聞いたので来たかったんですよ。」

「へぇ~、それは楽しみだな。」

2人は入館料を入り口で払うと中へと入った。

「おお、広々してるな。」

「結構人がいますね。」

2人は展示してある絵画をゆっくりと見て回った。

「ふぁぁああ。なんか退屈だな。こんな絵見てても全然おもしろくねぇよ。」

「な、何言ってるんですか。どれもいい絵ばかりですよ。

ほらこれを見てくださいよ。あのノワールの名画『太陽』ですよ。」

そう言ってマルクが見た絵は橙色の渦がぐちゃぐちゃとした感じのものだった。

「なんだよこれ。こんな下手くそな落書きみたいな絵。俺でもかけそうだぜ。」

「いえ、これは抽象画と言ってですね。見たものをそのまま鏡に写したように

描くのではなく、もっと内面から感じたままに描いたものです。硬さややわらかさ、

明暗、暑さや寒さ、喜びや悲しみ等様々な感情、感覚を表したものなのです。」

「ふーん。俺にはよく分らないけど奥が深いんだな。」

さらに見て回る中、ジルは一枚の絵の前で足を止めた。

「ん?この絵は...。」

「この絵がどうかしましたか?」

それはありふれた感じのする緑の風景画だった。

「いや、何か気になるというか、結構いいような気がするんだけど。」

「そうですか?ええと作者はと...、シャリル=ポー。聞いたことがありませんけどね。」

「あのぉ。」

ジルとマルクの後ろから声をかけたきたのは2人よりも年がひとまわり上に見える女性だった。

「はい、何でしょうか?」

マルクが呼びかけに答えた。

「実は...、その絵を描いたの私なんです。」

「ええ!」

2人は驚いた。

 

 

 

美術館で絵を鑑賞していたジルとマルクが一つの絵を見ていると、

それを描いた女性から声をかけられた。

「驚かしましたか?ごめんなさいね。私、運がいいというか偶然が重なって

こんな大きな美術館で展示してもらえることになったんだけど。

見てる人がどういう風に思うのか気になって気になって。で、私の絵はどう?」

「結構いいんじゃないの。」

「いいと思いますよ。(描いた本人を前に変なこと言ったら悪いですしね。)」

「ありがとう。2人でもいいと言ってくれる人がいて本当に嬉しいわ。

私が絵描きになったきっかけっていうのがね、たまたま外でこんな風景画を

描いていたときに道を歩いていたおじいさんに『上手だね』って声をかけられたの。

そのときももう嬉しくなってさ、私これでご飯を食べていこうって決心したの。

でも生活が大変なのよね。こういう分野だと一部の世間から認められた天才だけが

たくさんのお金を手にすることが出来るの。それ以外のほとんどの人は私も含めて

貧しい暮らしをしているわ。絵だけでは生活できないから喫茶店でバイトをしたり

してね。だからこんなたくさんの人に見てもらえるチャンスで注目を集めて有名に

なれたらとか思ったりもしたんだけど、大体の人は素通りしていくのよ。まあ、

仕方がないわよね。そんなところへあなたたちが来たってわけよ。私、初心に

帰って純粋に作品を見てもらいたくなったの。」

シャリルは2人を気にせず一人しゃべり続けた。

「(なあ、マルク。)」

ジルがマルクに耳打ちした。

「(何ですか?)」

「(この人の話、長くてうざくねえ?とっととここから離れようぜ。)」

「(え、でもそれはシャリルさんに失礼ですよ。)」

「(いつまで聞いてるんだよ。俺たちだって暇じゃねぇぞ。)」

「(まあ、もう少しだけ聞いてあげましょうよ。)」

「(分ったよ。)」

2人は困った顔をしながらも我慢して聞いていた。

「そうそう、私が働いている喫茶店でね、すっごいおいしいパフェがあるのよ。

アイスクリームにバナナがのっててその上にチョコーレートがかかってるの。

さらに生クリームがたっぷりついてて、アイスクリームの下にはブルーベリーソースが

混ざったヨーグルトが入ってるの。絶妙のハーモニーを奏でているように全てが

マッチしているの。もう一度食べたらやめられない味で、店では大評判なのよ。ただちょっと

値段が高いのが難点かな。他のパフェの1.7倍もするからね。」

シャリルの話はまだ続いていた。



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187,188

「あ、おすすめの料理といえばランラン食堂のハンバーグが最高よ。

肉は直接契約した牧場からの新鮮なものを使っててね、

口にするとジュワ~って肉汁があふれてきてすごいおいしいの。

しかも定食だとライスにスープ、サラダがついてて値段もリーズナブルに

抑えてあるのよ。ランラン食堂に行くことがあったら是非食べてみて。」

「(なあ、マルク。ホント終わりそうにないぞ、この人の話。

もうすでに絵の話からかけ離れてるし。)」

「(そうですね。さすがにこれ以上は聞くのがつらいですよね。)

あの、シャリルさん。」

「あ、言い忘れてた。この絵のことなんだけどね、題名が『森』になってる

でしょ。これはいろんな人に見てもらうのに都合が悪いからあえて名前を

変えているのよ。あなたたちなら言っても大丈夫そうだから言うわね。

本当の題名は『魔界の森』なのよ。」

「えっ。」

ジルは耳がピクッと動いた。

「今私たちがいるこの世界がテラっていうのは知ってるかしら?」

シャリルの問いかけにジルとマルクが頷く。

「それでね、この世にはテラの他にも世界があるのよ。それが魔界と幻獣界。

テラを支配するのが人間だとしたら、魔界はモンスターと魔族、幻獣界は幻獣が

それぞれ支配しているといっていいわ。テラ、魔界、幻獣界は横並びにつながって

いるものではなくて別の次元にあるっていうのかしら、とにかく普通に歩いたりしても

違う世界には決して行けないっていうことなの。じゃあ違う世界を行き来することが

不可能かって言ったらそうじゃないの。」

「もしかして『ゲート』ってやつを使う?」

「そう。よく知ってるわね。ある日、私が道を歩いていたら突然目の前の地面の

一部分から光が立ち上りだしたの。それがゲートだったのね。怖かったんだけど

興味の方が勝っちゃって光の中へ思い切って飛び込んだの。そしたら景色が一変して

この絵の森にいたわけよ。近くにモンスターが我が物顔でぞろぞろいたからすぐに

魔界だって分かったわ。さすがにすぐ怖くなってすぐにゲートからこっちに戻ってきたの。

すごい短い時間だったけどあんまり印象的な光景だったから目に焼きついてね。

こうして絵にしたわけなのよ。」

「へぇ~。」

ジルとマルクは興味深く話を聞いていた。

 

 

 

「『魔界の森』かぁ。どんなとこだろうな。」

「ええ。一度は実際に行って見てみたいですね。」

ジルとマルクはまだ喋り続けているシャリルの元から離れていた。

「さすがにこれ以上聞いてたら日が暮れて他のとこがもう見れなく

なるよな。」

「シャリルさんもそれは分かってくれるでしょう。

それでは一番の目玉を見に行きましょうか。」

「意外とあっさりしてるな。俺はこういうとき後から悪いかなとか

思ったりしてしまうんだよな。」

「でも早くしないと閉館してしまいますよ。」

「そりゃやべえな。急ごう。」

2人はあわてて一番人が集まっているところへと向かった。

「お、ここだな。すげえ人だ。」

「ジル、早く早く。」

マルクはジルの手を引っ張り絵の見えるところへやってきた。

「こ、これが絵...。」

「すごい。実物そのものとしかいいようがない。」

2人の目の前にある作品は確かに人が描いたものだったが、

限りなく現実に近いものであった。

「ホッホッホ。お主等もこの絵はすごいと思うか?」

後ろからスーツ姿のお爺さんが声をかけてきた。

「じいさん誰?」

ジルが尋ねた。

「ホッホ、わしはこの美術館の館長じゃよ。この絵はとても精密に

描かれておる。まるで景色をそのまま切り取ったみたいじゃ。

この絵を見に来た人は皆すごいと驚いて褒め称えておるよ。

ただ専門家の間では意見が分かれておってな、世間の人々と同様に

賛美する者とこの絵には作者の気持ちや思いが込められていない

うすっぺらなものと非難する者がおるのじゃ。わしにはこの絵の

作者は気持ちを押し殺して描いたように感じるのじゃが、不幸にも

この絵のタイトルはおろか作者も誰か分かってないのでな、聞く

ことも出来ないのじゃよ。ま、作品の良し悪しは各々が決めれば

いいことかもしれないがな。今日は閉館時間を遅くするから、

ゆっくり見ていてかまわんよ。」

そう言って館長はジルたちの元から離れていった。



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189,190

「館長さんの言葉に甘えてもう少しみてましょうか。」

「うん、そうだな。」

美術館にて絵を見ているジルとマルク。

「さすがだ。すごいと思うだろ、お前らも?」

ジルたちにまた一人声をかけてきた。

「(またかよ。)」

ジルは少しうんざりしていた。

「はい。ってこの声、どこかで聞いたような。」

と言ってマルクが声の主の方を見ると、

そこには盗賊団シャドウラビッツのリーダー、

ジャック=クローバーの姿があった。

「あっ!盗賊のジャッ...。」

マルクが大声で叫びそうになったところをジャックが

口を塞いだ。

「シッ。ここは美術館だぞ。静かにしてろよ。」

「いったいここに何しにきたんだよ。はっ。まさかこの絵

を盗みに来たのか?」

ジルが周りを少し気にして小声でジャックに尋ねた。

「ははは、まさか。仲間が描いた絵を見に来ただけさ。」

ジャックはジルの問いかけを笑い飛ばした。

「仲間?」

今度はマルクが聞いた。

「そう。シャリルって女さ。別のところには名前が載ってる

絵もあるんだぜ。タイトルは確か『森』だったな。」

「え、ええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」

マルクは驚きの声を上げた。大きな声に周囲の人はビクッとなった。

「あ、すいません。すいません。」

マルクは周囲の人に気づくと顔を赤くして誤り倒した。

他の人を気遣って3人は絵から少し遠ざかった。

「シャリルさんて、すごくよく喋る人ですか?」

「そうだな、喋りだしたら半日はとまらないなんてよくあるな。」

「う、うそだ。今の絵とさっき見た『森』の絵は全然描き方が違ってるぞ。」

ジルが反論した。

「こっちの絵は俺たちの仕事用のものでな、たまたま流出しちまったもんだ。

『森』の方はあいつの趣味だな。あいつが想ったものを好きなように描いて

いる。あいつにとっちゃ趣味の方が大事みたいだ。ま、盗みも芸術の一つ

だからな、同じって言えば同じだがな。」

「いいえ、盗みは芸術とは違います。芸術はすばらしいものですが、

盗みはよくないことです。」

マルクは少しむきになった。

「分かってないな、盗みのすばらしさを。厳重に守られたところから

頭脳や力を駆使し計算しつくし計画通り事を運びさっと華麗に貴重な宝を

自分の物とする瞬間というものは、何事にも変えがたい喜びを与えて

くれるものだ。入手難度が高ければ高いほど手にしたときの満足感は

増していく。」

「しかし、それを大事だと思うほど盗られた人は悲しむはずです。」

マルクはまだ言い下がる。

「悲しむ?そんなことは知ったことじゃねえな。人はそれぞれ物を欲しい

気持ちを持っている。その気持ちが他の人と重なることはよくあることだ。

お前の言葉を借りて言えば、それを大事だと思うほど人から奪ってでも

手に入れたいってことだ。ま、こんなとこで論議するのもばからしいから

この辺でやめとこうか。美術館は静かに展示物を見て楽しむところだからな。

じゃ、俺はそろそろいくか。また機会があったら会うかもしれないな。」

そういい残してジャックはジルたちの前から立ち去った。

「さて俺らもそろそろ出ようか。」

「そうですね。」

ジルとマルクは美術館から出た。

 

 

 

「マルクの先生に会えるまでまだ2ヶ月弱あるんだな。

それまでどうしようか?」

「そうですね、もうゆっくりすごしてていいと思いますが。

ずっとというのは退屈ですよね。町をじっくり見て回るの

はどうですか?」

「いいね、それ。とりあえず今日はゆっくり休んで明日から

ぶらぶらしてみようか。」

2人は宿屋へ行き、眠りについた。

 

次の朝。

「じゃ、行くか。」

「はい。」

ジルとマルクは宿を出て町を歩き出した。

「こうして見ると、やっぱりいろんな店があるよな。」

「よく考えたら今までこんな風にゆっくり見ることなかった

ですよね。」

2人はしみじみ言った。

「ほら、あそこに露店がありますよ。」

マルクが指差す先では、

「いらっしゃい、いらっしゃい。よってらっしゃい、みてらっしゃい。

ここにあるのは世にも珍しい一品ばかり。ここを素通りするのは損だよー。」

少年が商品を並べ、売っていた。

「あ、あいつは。」

ジルは少年を見て思い出し、近づいていった。

「よっ、そこのきれいなお嬢さん。この聖なる首飾りはどう?

これさえ身につけていれば、邪悪なモンスターはおろか悪い男も

近づいてくることはなくなるよ。」

ドカッ!

少年が女性に首飾りを勧めていたとき横から衝撃が走った。

「痛ってー、なにすんだー!!」

怒って少年が振り返った先にはジルが少年に足をかけて立っていた。

「てめえ、ダニエルだろ。こんなとこで何してんだ?」

「む、お前はいつかの強盗ではないか。またこの聖剣エクスカリバー

を狙ってきたのか?」

そう言ってダニエルは背中に手をやり警戒した。

「ちゃんと俺の質問にこ・た・え・ろ。」

ジルはダニエルのこめかみをコブシでぐりぐり力を入れた。

「痛ってー、ここで商売してるだけだろ。」

「最初から素直にそう言え。」

ジルはダニエルを放した。

「それから言っとくが俺は強盗じゃないぞ。剣士ジルだ。覚えときな。」

「くそジル...。」

ダニエルはボソッと言った。

「おい、年上への言葉使いには気をつけよ・う・な!」

ジルは再びダニエルにぐりぐりをした。

「いったー!ジル様、ごめんなさい。私はあなたの僕です。

なんなりとお申し付けください。」

ダニエルは痛みをこらえながら叫んだ。



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191,192

ダニエルを捕らえているジル。

「ジル、何もしてないのにちょっとやりすぎでは?」

「でも、マルク。こいつ生意気だからむかつくんだよ。」

「そう言わずに。ちゃんと商売をしてるみたいだし。」

マルクは先ほどダニエルが勧めていた聖なる首飾りを手にとった。

「あれ?この首飾り。」

「どうした、マルク?」

「いや、私は専門家ではないのではっきりしたことは言えませんが

この首飾りから魔力のかけらも感じないただのおもちゃのような

感じがするんです。」

「何だって!おい、こら。どういうことだ!」

ジルはダニエルを問い詰めた。

「ちっ、ばれたか。」

「ばれたかじゃねえよ。てめえ、いい加減にしろよ。」

「俺の商売の邪魔をしやがって。ただじゃおかねえからな。」

「ほう、どうただじゃおかないんだ?」

ジルは腕をならしダニエルに近づく。

「お前ら、調子に乗るのもここまでだ。勇者の血を引く俺の

力をみせつけてやる。」

ダニエルはそう言うと目を閉じて何かをぶつぶつと唱え始めた。

ダニエルの体がうっすらと光を放ちだした。

「何だ?何が起こってるんだ?」

ジルとマルクはダニエルの様子に少し驚いた。

ダニエルが目を開けた。

「くらえっ!光魔法『ライトボール』」

「うわっ!」

「まぶしい!」

ダニエルから眩い光の玉が2つ発されジルとマルクを襲った。

「ぐわっ。」

ジルとマルクはダメージを受けた。

「どうだ。俺の魔法の力は?」

ダニエルは勝ち誇った。

「う、ううん...。結構効いたな。」

ジルとマルクはダニエルの攻撃から立ち直れず動きが鈍かった。

「ははは、2発目いくぞ。」

ダニエルは再び目を閉じ、呪文を唱えだした。

 

 

 

ダニエルは呪文を唱えている。

「おい、マルク。これってちょっとやばくないか?」

「ええ、さっきの攻撃でまだ体が言うことをききませんね。」

ダニエルの体は再び光りだし目を開けた。

「さあ、いくぞ。『ライトボール』。」

「ぐっ。」

ジルとマルクはダニエルの攻撃に構えた。

シュン...。

ダニエルから光が消え、何も起こらなかった。

「え。」

「え。」

お互いにあっけにとられた。

「どうなってるんだ?」

ジルは状況が理解できなかった。

「あ、分かった。きっとダニエル君の魔法力が尽きたんだ。

それで魔法を発動できなかったと。」

「なるほど、要はまだ修行不足ってことか。納得。」

ジルはマルクの説明を聞いて不気味な笑みを浮かべた。

一方、ダニエルは顔が青ざめる。

「あ、あ...。」

「さ~て、ダニエルちゃん。どうしてくれようか?」

ジルは指をポキポキと鳴らしながらダニエルに近づく。

次の瞬間、ダニエルはジルにぼこぼこに殴られた。

マルクはあまりのひどさに目を背けていた。

「ふぅ~、すっきりした。」

ジルはパンパンと手を払って満足そうな笑みを浮かべた。

ダニエルは殴られて元の顔が分からないほど腫れ上がっていた。

「ご、ごのやろう。よぐもやりやがっだなぁ~。」

「お、まだやるのか?」

「う...。お、覚えてろよー!」

そういい残すとダニエルは走り去っていった。

「がんばって修行しろよー。」

ジルは笑顔で見送った。

「ジル、さっきのはやりすぎですよ。あれじゃただのいじめっ子じゃないですか。」

マルクは少し怒っていた。

「悪い悪い。あいつ見てるとなんかああなっちゃうんだよな。

でもあいつ、ほんとに勇者の血を引いてるんだな。光魔法が使えるなんて。」

「あ、そうですよね。光魔法といえば勇者が得意とする魔法でしたね。

しかも光魔法は火、水、風、土を含めたあらゆる自然の力を扱えます。

それはまるで神の力を借りるように。だからこそ強力な闇魔法、暗黒魔法に対抗出来、

魔法使いの中ではこの世で最高峰の魔法と言う人もいます。」

「へぇ~、俺もそこまでは知らなかったよ。あいつ意外とすごいのかもな。

まあ、今は俺の足元にも及ばないけどな。ははははは。」

ジルは自慢げに笑い出した。



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193,194

「はははって笑ってる場合じゃないですよ、ジル。

最近、全然修行してないでしょう。」

マルクは少し怒り気味で言った。

「いや、まあ俺は実戦もそれなりに積んでるし、そこそこの

レベルにはもう達していると思うんだ。だから剣士見習いじゃなく

普通に剣士でいいと思うしわざわざ修行する必要もないんじゃ

ないかな。」

「だ・め・で・す!一人前の剣士はそんなのぼせ上がったようなこと

は絶対言わないはずです。まだまだジルは修行が必要です。

さあ、今から剣術道場を探しに行きましょう。」

そう言ってマルクはジルを無理やり引っ張り出した。

「ええ~、やだよ~。」

と嫌がるジルに対し、

「いやもへったくれもありません。さあ。」

マルクはさらに強気にでた。

 

そうして、ジルを連れたマルクは一軒の剣術道場を見つけた。

「『ニムダ剣術修練所』。ここで間違いないですね。

ジル、入りましょうか。」

「ちょっと待てよ。まだ俺は入るって決めてないぞ。

あれ『ニムダ』って聞いたことがあるようなないような。

え~と、何だったけな......。

あっ!思い出した。この国に来るまでの村で聞いた最強の剣士の名前だ!」

「ならいいじゃないですか。最強の剣士に剣を教えてもらえば立派な剣士に

すぐになれますよ、きっと。」

「う~ん。でもなあ...、なんか気が乗らないんだよな。」

「(ええい、こうなったら)ジル、ここで強くなって有名になれば

女の子にモテモテですよ。」

「な、なんだって。そ、そんな理由で俺に剣を修行しろっていうのか。」

「(あれ、失敗しましたか。)」

「俺は立派な剣士になりたいから修行するんだよ。行くぞ!」

「え、ええええぇ!」

ジルの急な態度の変化に戸惑うマルクだったが、2人は『ニムダ剣術修練所』

の中へと足を入れた。

「せいっ!」

「やっ!」

中ではたくさんの練習生が威勢のいい掛け声とともに木の刀を交えあっていた。

皆集中していて入ってきたジルとマルクに誰も気づいていなかった。

そこでジルは練習を腕を組んで見守る先生らしき男に声をかけた。

「あの~、すいません。」

「何だ?」

「俺、ここで修行したいんですけど。」

「あ、もうすぐ休憩だからちょっと待ってろ。」

そう言われてジルとマルクは素直に待つことにした。

 

 

 

ジルとマルクが剣術道場で少し待っていた。

「よし、ここで休憩だ。」

先生らしき男が大声でみんなに言うとみんなは手を止め床に座りだした。

「それで何の用だったかな?ああ、そうだ。ここで修行だったな。」

「はい!」

ジルは元気よく答えた。

「そっちの方もか?」

「いえ、私はついてきただけです。」

「そうか、まあいいだろう。私はここの師範をやっているロンだ。

ではいきなり人と組むのもあれだから、とりあえず素振りを

100回やってみろ。」

ロンはジルに木の剣を渡した。

「えー、いまさら素振りぃ。」

ジルはとても不満そうに言った。

「なんだと。素振りは剣術の基本だぞ。それをおろそかにするような

ことでは剣術を使う資格はないぞ。」

ロンはジルの態度に怒った。

「おい、新入りかよ。どれだけ強いか俺とちょっと勝負してみないか?」

そう言ってきたのは大柄な太った男だった。

「おっさん、後悔するぜ。」

「ほう、大した自信だな。それから俺はおっさんじゃない、ベックだ。」

こうしてジルはベックと対決することになった。

他の練習生が注目するなかジルとベックは木の剣を握り向かい合う。

「こっちからいくぞ!」

ベックが勢いよく剣を振ってきた。ジルは思ったより速くて剣に

あたりそうになった。

「(体の割にいい動きするんだな。でも、)」

さらに向かってくるベックに対してジルは真剣な表情になった。

「俺の方が上だ。」

ジルはベックの攻撃をさっとかわすとベックの頭にトンと剣をゆっくり当てた。

「勝った。」

ジルは静かに勝利を喜んだ。

「く、くっそー!」

一方、ベックは床を叩いて悔しがった。

「ほう、この道場で実力№2のベックを倒すとはやるもんだな。俺の名はハス。

№1の男だ。今度は俺と勝負しようぜ。」

細身で長身の男が出てきて言った。

「いいよ。」

ジルはあっさりと了解した。

そして、2人は剣を持って向かい合う。

「今度はこっちからいかせてもらうぜ。」

ジルの方からハスに向かっていった。

「やあぁぁぁ!」

「(速い!)」

カンッ!

互いの剣がぶつかり合う。

「ぐううぅぅ。ええい。」

ハスは力を込めてジルの剣を一旦離した。

「てえぇい!」

ジルが再び攻撃をしかける。

「(さっきと攻撃は同じ。ならば、)」

ジルの剣をハスが剣で受けた次の瞬間、スーっと力がぶつかることなく

剣がずれていった。

「(はっ。しまった。)」

ジルは予想外のことに体勢が崩れた。

「出た。ハスの得意技『受け流し』。」

観戦していた練習生から盛り上がりの声が上がる。

「もらった!」

ハスがジルを仕留めにかかる。

「このままやられるかぁ!」

ジルは足を踏ん張り体勢をなんとか保つとそらされた剣で迎え撃つ。



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195,196

カランコロン。

一本の木の剣が床を転がり流れていった。

動きを止めたジルの手にはしっかりと剣が握られていた。

「ば、ばかな。信じられん...。あんな体勢から反撃に

移れるなんて。」

ハスには負けた悔しさよりも驚きのほうが大きかった。

「底力ってやつかな。まああんたも強かったと思うぜ。」

「そいつは光栄だな。またいつか手合わせ願いたいもんだ。」

「喜んで。」

ジルは満足そうな笑みを浮かべた。

「ジル、ほんとに強いんですね。知らなかった。...いや知っていたけど

気づかない振りをしていたのかもしれません。そう思うとジルの存在が遠く

なるような気がして。」

「ジルというのか、あいつの名は?」

師範ロンがマルクに聞いた。

「そうです。」

「ジルはどこかで修行していたのか?」

「いえ、全て自己流で修行という修行はしていないはずです。

実戦の方は少なからず経験はしていますけどね。」

「そうか。ジルはまだ動きに荒い部分があるが相当鍛えられている感じがする。

よほどいい経験をしてきたのだろうな。これからまだまだ強くなるだろう。

そのためにはここで修行するよりもニムダさんを探して教えを乞うほうがいい。」

「あれ、ニムダさんはここにいるんじゃないんですか?」

「ああ、きっと『ニムダ剣術修練所』の看板を見てきたんだな。名前は偶然本人に

会ったときに使用の許可をもらったが全然指導には関係していないんだ。

ただ真面目に剣術を学ぶ場として使うという条件でお墨付きをもらったということだ。」

「へぇ~、そうなんですか。」

マルクは意外そうに返事した。

「お前、ジルっていうのか。なかなかやるじゃねえか。」

「えへへ。」

ジルは練習生達に褒められ照れていた。

「次は私と勝負しましょう。」

そう言って前に出てきたのは仮面を被った細身の女性だった。声はきれいで

まだ若い印象だった。周りはなぜかざわざわと心配そうに見つめだした。

「ここの№1を倒したんだぜ。俺が勝つに決まってるだろ。

それに連戦で疲れてんだ。勝負するわけないだろ。」

「あ~、負けるのが怖いんでしょう?」

女性はジルを挑発する。

「な、ばかにするなよ。てめえなんて一撃で仕留められるぜ。」

「なら、勝負を受けるということでいいのね?」

「ああ、すぐに終わらせてやるよ。」

ジルと女性剣士が戦うこととなった。

 

 

 

ジルと女性剣士が木の剣を持ち向かい合う。

「そっちからこいよ。」

今度はジルが挑発するように言った。

「あの女性もここの練習生なんですか?」

マルクが師範ロンに尋ねた。

「いや、あの方は...。」

ロンが言い出そうとしたとき、試合が始まった。

女性が勢いよく剣を振り出す。

ジルは全力で避けたが女性の動きが速く女性の剣が服をかすめた。

ジルは余裕の表情から真剣な顔へと変わった。

「あら、どうしたの。」

女性は少し口元に笑みを浮かべ言う。

「思ったよりも出来るみたいだな。」

ジルも少し笑いながら言った。

「いくわよ。」

女性はさらに攻撃をしかけていく。ジルは女性の素早い動きに

翻弄され防戦一方だった。

「(悔しいがこいつの方が俺より動きが速い。しかし...。)」

ジルは相手の動きを読み、反撃を狙う。

「攻撃が軽いっ!」

2人の剣が合わさった瞬間、ジルは女性ごと力で吹き飛ばした。

「きゃあぁぁぁぁ!」

女性はドタッと床に倒れた。

「大丈夫か?」

ジルは女性の傍へ歩み寄り手を差し伸べた。

「あら、やさしいのね。」

女性は素直に手を握り立ち上がった。

「ありがとう。楽しかったわ。」

「別に、礼を言われる筋合いはねえよ。」

「素直じゃないのね。ふぅー。」

女性は被っていた仮面を外した。

中からパサッと長い金色の髪が広がると同時にとても美しい顔が現れた。

年はジル達とあまり変わらないくらい若かった。

「(すごいきれいな子だ。)」

マルクは思わず見とれてしまった。

「(こんな子を見たらジルはきっと...。)」

マルクは不安を抱きながらジルの方を見る。

「マルク、行くぞ。」

ジルは女性に特に反応せずに剣術道場を後にしようとした。

「あれ?」

マルクはジルの態度が意外だった。

「口説いたりしないんですか?」

マルクは率直に聞いてみた。

「顔は好みだけど、自分から勝負しようとする性格が嫌なんだよな。」

ジルはそっけなく答えた。

「あなたたち旅をしてるの?」

女性が尋ねる。

「ええ、そうです。今は訳あってこの国に長い間いますが。」

「じゃあさ、私を仲間に入れてよ。」

「おい、さっきの俺の言葉聞いてなかったのか?お前のそういう

でしゃばった態度が気に入らないって言ったんだよ。」

「ええ、聞いてたわよ。私、そういう風に正直にはっきり悪く言われたこと

なかったから嬉しいの。」

「悪く言われて嬉しい?おかしな奴だな。」

「こら、さっきから失礼だぞ。この方を誰だと思ってるんだ。この国

サンアルテリア王国の王女メアリー様だぞ。」

師範ロンがもう我慢できないといった感じでジルに言った。



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197,198

「え、そうなの。」

ジルとマルクは少し驚いた。

「もう、そんなこと言わなくていいのに。王女と聞いたら

みんな気をつかって普通以上に私を持ち上げたりして

私のいる前では悪口は言わないし、この仮面だって私が

どうしても剣術を習いたいって言ったら絶対に被らなきゃ

ダメって言われて仕方なく着けてるのよ。他の人はしていない

のにね。こんなんだから周りの人の本当の心が全然分からなく

てすっごい嫌だったのよ。」

メアリーは切実に心のうちを語った。

「そういうことだったのか。どうする、マルク?」

「私は構いませんが、本当にいいんでしょうか?」

マルクは周りを見回してみる。

「い、いけません、メアリー様。あなたはこの国の王女。この国の民

の心のよりどころともいえる象徴なのですよ。そんな勝手なことが

許されるわけありませんよ。」

師範ロンがあわてて否定した。

「だそうだ。これはいっしょに旅するのは無理だな。」

ジルはメアリーに諦めさせるように言った。

「私が自分で行くって言ってるのよ。誰に反対されても関係ないわ。

2人が嫌って言っても無理やり付いていくからね。」

メアリーは強く訴えた。

「しょうがなさそうですね。」

「そこまで言うんだったらな。」

ジルとマルクはメアリーの強い思いを受け仲間にすることにした。

「やったー!ジル、マルク、これからよろしくね。」

メアリーは大喜びでその場を何度も飛び跳ねた。

「あ、それからロン。このことはあなたの好きなように王室の人に

言っといて。あなたには何の責任もないからね。」

「分かりました。お気をつけて。」

ロンは3人を丁寧に送り出した。

そして、剣術道場を後にした3人は。

「それでこれからどうするの?」

メアリーは興味津々で2人に聞いた。

「まだしばらくはここにいてないといけないんだけど、

やることがないんだよな。」

「ええ。」

2人は少し困ったように言った。

「なら私が知ってるとこに連れて行くよ。」

メアリーはジルとマルクを連れて歩き出した。

 

 

 

「全く何なんだよ。さっきの店は!料理は食いにくいは

値段は高いは最低だな。」

ジルは不満を募らせ怒っていた。

「最低なのはあんたたちのテーブルマナーよ。

ナイフとフォーク使ったこと無いんじゃないの。

ステーキを切るのにあんなにガチャガチャ大きな音立てて。」

メアリーもジルとマルクの2人に怒っていた。

「すいません。今まで私たちああいう立派なお店に行ったことが

なかったので慣れてないんですよ。」

マルクは謝り気味に言った。

「マルク、こいつに謝ることなんてないからな。勝手に自分の

好みの店に連れてっただけなんだぞ。」

「しかし...。」

マルクは困った。

「何よ。あの店は本当にいい店なのよ。有名なレストランの案内書

にも三ツ星で紹介されてるんだから。せっかく喜んでもらおうと思って

連れてってあげたのになんなのよ!もうあんたたちにつきあってられ

ないわ。ここでお別れしましょう!」

メアリーは強気で言った。

「じゃあ、さっさといけよ。いっしょにいこうなんてこっちは一言も

言ってないんだから。王室に帰って周りの機嫌取りに頭をよしよしって

撫でてもらえばいいんだよ。」

ジルも負けずに言い返した。

「な、何よ。何よ、何よ、何よっ!そこまで言わなくてもいいじゃない。

う、うううぇぇえーん。」

メアリーは顔を下に向け両手で覆うようにして急に泣き出してしまった。

「ジル。」

マルクはジルを責めるように見て言った。

「ああ、めんどくさいな。俺が悪かったよ。お前の気持ちは分かった

からもう泣くなよ。」

ジルは嫌々ながらメアリーに謝った。

「心から謝ってない...。」

メアリーはボソッとそういうとまだ沈んでいた。

「ええい、本当に悪かったよ。このとおりだ。許してください、メアリー様。」

ジルは思い切ってメアリーの前で土下座した。

「本当にそう思ってる?」

「もちろんだよ。メアリーのような美人が仲間になってホントに嬉しいんだ。

頼むから泣かないで笑顔でいてくれないか。」

ジルはもう必死になっていた。

「うーん、そこまで言ってくれるなら許してあげようかな。」

メアリーは顔を上げると満足そうな表情をしていた。



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199,200

メアリーのことでジルとマルクはこそこそと話し合っていた。

「(おい、マルク。こいつ王族だから周りの人間に

ちやほやされるって言ってたけど、絶対自分から

そういう風にもっていってたんだぜ、きっと。)」

「(それはそうかもしれませんが本人に悪気があって

やっているわけではないからいいんじゃないですか?)」

「(悪気なくて人に迷惑かけるなんてよけい酷いだろ。

やっぱ一緒に旅すんのは無理なんじゃないか?)」

「(今は住み慣れた場所を離れて戸惑っているところだと

思いますよ。その辺は徐々によくなっていくものですよ。

だからもう少し長い目で見てあげましょうよ。)」

「(全くマルクは物分りがよすぎだぜ。そこがマルクの

いいとこでもあるんだけど。...分かったよ。しばらく

俺が我慢するよ。)」

「ねえ、何2人でこそこそ話してるの?あ、もしかして

あんたたちってホモなの?」

メアリーがジルとマルクを不審そうに見て言った。

「な、そんなわけないだろ!俺たちはお前のためにこれから

どうしたらいいかとか相談してたわけだよ。なあ、マルク。」

ジルはすぐに反論した。

「え、そ、そうですよ。メアリーのために相談していました。」

マルクはジルに合わせて答えた。

「ホントに?なんか隠してそうだけど。ま、いいか。」

メアリーはまだ2人を疑いながらも気にしないことにした。

「(ふう、なんとかおさまったか。で、これからどうする?)」

「(一度メアリーを喜ばすようなことをしてみては。)」

「(例えば?)」

「(服を買いに行くとか女の子なら喜ぶと思うんですけど。)」

「(待てよ、あいつの服見てみろよ。王族だからかかなり高そうなもん

着てるぞ。もし買い物にいってみろよ。俺たちの金すぐになくなっちまうぞ。

ただでさえこの国の滞在期間が長くて金使ってるっていうのに。)」

「(それだったら仕事を探すっていうのはいいんじゃないですか。

もし仕事できついと思ったら自分で帰りたいって言うかもしれませんし。)」

「(お、それいいじゃん。失敗して金が手に入らなくてもあいつがいなく

なってくれるかもしれないってことか。よし、やろう。)」

「なーに?これからどうするの?」

メアリーが楽しそうに尋ねた。

「俺たちは冒険者だ。だからいろいろと仕事を探しながらお金を稼いで

旅をしてるんだ。町の人々を苦しめるモンスターを倒すとかさ。

分かるだろ?」

ジルはメアリーに説いた。

「うん、分かる分かる。私、そういうの憧れていたのよ。これから仕事を

探すのね。」

「そういうことです。」

「よーし、私がんばるわ。」

メアリーはジルとマルクの思惑に気づかずに喜んでいた。

 

 

 

ジルたち3人は仕事の斡旋屋へとやってきた。

「『地域密着型求人案内所パーラム本店』ここだな。」

「へぇ~、ここが本店になるんですね。」

「本当にここでいいの?なんか宣伝の張り紙がいっぱい

張ってあってちょっと怪しいわよ。」

「大丈夫ですよ。前にも他のところで利用したことが

ありますから。意外と中はちゃんとしてるんですよ。」

「それならいいけど。」

メアリーも納得して3人、足を揃えて中へと入った。

「いらっしゃいませー。」

若い女性が元気よく挨拶してきた。

「ホントだ。中はしっかりしてるのね。」

「そうだろ。それにしてもさすがに田舎町と違って広いな。」

ジルは周りを見回した。

「さっそく求人票を見ましょうか。」

3人は求人票を張っている壁にやってきた。

「すっごい量だな。」

「この大きな壁一面にびっちり張られてますね。」

「どれにするか迷っちゃうよね。」

求人票の多さに3人共驚いていた。

「(マルク、分かってるな。)」

「(とにかく出来なさそうなものですよね。)」

2人は小さい声で話した。

「ん、何か言った?」

「何でもない、何でもない。」

ジルはドキッとしながら慌てて否定した。

「んー。」

メアリーはやりたい仕事を探してゆっくりと求人票を見ていく。

「どれがいいのかよくわからないなぁ。」

「(ジル、これ。)」

マルクが一枚の求人票を指差し小声で言った。

「(お、いいじゃん。)...これだっ!」

「え、何々?」

ジルが大きな声を出すとメアリーはジルに注目した。

「『超凶悪モンスター退治依頼』。これしかないな。」

「へぇ~、おもしろそうだね。やろうよ。」

メアリーは快く賛成した。

求人票を受付へ持っていき、手続きをすますとさっそく依頼者の

ところへと出かけた。



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201,202

「えーと、パーラムでもらった地図によると依頼人の家は

この辺りなんですが。」

マルクは地図を見ながら辺りを見回した。

「おい、ちょっと待てよ。ここって町のど真ん中だぞ。

こんなとこに凶悪なモンスターに悩まされてる人なんか

いるのかよ。」

ジルはこの依頼に疑問を抱いた。

「そうよね、どうなってるのかしら?」

「あ、ありました。ここで間違いないですね。どういうことかは

依頼者に聞けばすぐに分かりますよ。」

マルクはドアとトントンと叩き家の中へ入った。

中には気難しそうな初老の男が一人椅子に座っていた。

「遅い!いつまで待たせたと思っておるのじゃ!わしがどれだけ

苦しい思いをしているか分からんのか!」

老人はいきなり怒り出した。

「(きっと依頼を出してから俺らがくるまで誰も受けずに長い時間が

経ってたんだぜ、きっと。)」

「(そうですね。)」

ジルたちは老人の状況を想像した。

「モンスターは向かいの家の中じゃ!さっさと倒して来い。」

老人は怒りながら言って3人を家から追い出した。

「せっかちなじじいだな。自分の名前も言わずに。」

「結局、詳しい話はわからなかったね。」

「向かいの家へ行くしかありませんね。」

マルクがまたドアをノックした。

「はい、どうぞ。」

中から男の声が聞こえた。

3人は中に入ると、中年の男が立っていた。

「えーと、誰かな?」

男が聞いてきた。

「俺たち、向かいのじいさんの依頼でここにいるというモンスターを

退治しにきたんですけど。」

「はっはっは。あのじいさん、そんな依頼出してたのか。

悪いねえ、ここにはモンスターはいないんだよ。いるのは...。」

そういって男はパンパンと手を軽く叩くと奥からすごく大きな犬が出てきた。

「このペットのジョンだけだよ。ジョンがじいさんの家の前におしっこを

してからじいさんずっと怒っててね。ちょっと困ってるんだよ。」

「おっきいけどかわいいね、ジョン。」

メアリーはジョンの頭を撫でてやる。

「こいつはおとなしくてな、なかなか吠えたりしないんだよ。」

「そう言われてもな、俺たちどうしたらいいか分からなくなったな。」

ジルは目的を失って困った。

「じゃあさ、ジョンとじいさんを仲直りさせるっていうのはどう?」

「いいですね、それ。」

メアリーの提案にマルクは賛成した。

「ちょっと待てよ。そんなの絶対無理だって。ただの骨折り損になる

だけだぞ。あのじいさんをどうやって変えるっていうんだよ。」

ジルは強く反対した。

 

 

 

「無理無理って言ってたら何にもできないでしょ!」

「ジル、やる気なさすぎますよ。」

反対するジルにメアリーとマルクは反発した。

「な、マルクまで。分かったよ、やりゃいいんだろ。

でもどうやるかは決めてるんだろうな?」

渋々納得したジルが念を押すように聞いた。

「それは、決まってるわよ。ジョンをじいさんのとこに連れて

仲良くするように説得するのよ。」

「バカか、そんなことして素直に仲良くすると思ってるのかよ。」

「じゃ、どうするのさ?」

「それはだな。じいさんをまず瀕死に追いやってから、ジョンに

助けにいかせるんだよ。」

「人の不幸につけこむようなやりかた、よくないね。」

「分かってないな。これが一番効果的なんだぞ。人が穴に落ちたとき

差し出された手があったら絶対つかむだろ。そして助けてもらったら

普通恩に感じて助けてくれた人を好きになるんだよ。」

「だからってわざわざ穴に落とすのはヒドイわよ。」

「もう勝手にしろよ。俺は何もしないで見てるだけだからな。」

メアリーと意見が食い違いジルはふてくされた。

「まあまあ、ここで2人が言い争っててはジョンとおじいさんを仲良く

させることも出来ませんから。とりあえずジョンを連れておじいさんの

ところに行ってみましょうよ。意外ともうなんとも思ってないかもしれ

ませんしね。」

「それは、ないな。」

「ないね。」

ジルとメアリーは声を揃えて否定した。

「なんでそんなとこだけ意見が合うんですか。もう、行きますよ。」

3人はジョンを連れ、依頼人の家へ戻った。

 

「やっと終わったのか。随分遅かったな。」

老人が振り返ると、怒りが爆発した。

「貴様ら、モンスターを連れてきて裏切ったな!わしを殺しに来たのか!」

「じいさん、ちょっと待ってよ。話を聞いてよ。」

メアリーは怒る老人に訴える。

「お前らの話なぞ聞くまでもないわ。さっさと出ていけ。」

「ま、予想通りの展開だな。もう打つ手なしか。」

ジルはメアリーの後ろから冷めた態度で言った。

「ジルは黙ってて。」

メアリーは苛立ち始めた。

「ええい、出ていかんのなら...。」

老人は台所から包丁を持ち出し構えた。

「こいつで切り刻んでやるぞ!」



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203,204

老人は包丁をブンブンと振り回し始めた。

「ちょ、ちょっと、そんなことしたら危ないじゃない。もう~っ!」

メアリーの苛立ちは頂点に達し遂に切れた。

「借りるわよ。」

そう言ってメアリーはジルの剣をパッととった。

そしてジルの剣ですぐに老人の持つ包丁を払い飛ばした。

飛ばされた包丁は床に突き刺さる。

「あ。」

老人は驚き一瞬動きが止まる。

「『あ。』じゃないわよ。一体何考えてんのよ、このくそじじい。」

「く、くそじじい...。」

老人はメアリーの勢いに少しひいている。

「確かにジョンは悪いことをしたわ。でもそんなのどこの犬でも

するような些細なことでしょ。それでモンスター扱いまで

するなんて頭がおかしいんじゃないの!あんた今までの人生

何を学んできたのよ。いい歳こいてしょうもないことに腹立てて

みっともないと思わないの?え、どうなのよ!」

メアリーはすごい勢いで老人に迫る。

「ふん、わしは今までこうして生きてきたんじゃ。小娘に説教

される覚えはないわ。」

老人はそっぽを向いてメアリーの言葉に反発した。

「随分とえらそうな口の利きかたをするじゃない。それは私を

メアリーと知ってのことなんでしょうね。」

「メアリー?それが何なん...、あっ!ま、まさかメアリー姫か。

目をつけられたものは死ぬよりもつらい恐怖を与え続けられるという

あの泣く子も黙るメアリー姫か。」

老人は急にぶるぶると震えだした。

「よく覚えていたわね。そうよ、私はこの国の王女メアリーよ。」

メアリーの目つきが冷淡なものへと変わっていく。

「あ~あ、この犬と仲良くすればいいだけの話なのに拒むなんてね。

どうしてあげようかしら。とりあえずこのことは近所の人たちには

全部言ってあんたが悪いってことを広めてあげるわ。それからあんたは

どこかへ逃げることも出来ずにここで孤立していくのよ。」

「そ、そんなことくらいは屁でもないぞ。」

老人は少し動揺したが、まだ強気を保っていた。

「あら、それで終わりなんて言ってないわよ。ここからが本番よ。

あなたはあらゆる店からも無視され食べ物も手に入れることは出来ない。

かといって死ぬことも許さない。常に監視して自殺を防ぎながら、餓死しない

最小限の食べ物だけを与える。いやがらせを昼も夜も毎日毎日繰り返す。

どうかしら?もしかしてこんなんじゃ生ぬるい?」

「ひ、ひぃぃぃい。申し訳ありません。許してください、メアリー様。

ジョン様とは親しくさせて頂きますのでなにとぞ~。」

メアリーの言葉を聞いて老人は顔が青くなり土下座をして謝りだした。

「分かればいいのよ。これからは気をつけることね。」

メアリーは上から見下して告げた。

そうしてメアリーら3人は老人の家を後にした。

 

 

 

「ふ~、すっきりした。お金にはならなかったけどなかなか

おもしろかったわね。」

メアリーは満足そうな顔をした。

「なあ、メアリー。さっきのじいさんに言った話って単なる

脅しで実際には出来ないことだよな。」

「あら、どうして?」

「今の王族は政治や権力からは遠ざかっていると

聞いてますから。」

「そうね。確かにそういう力はないわ。でも私、意外と人脈とか

あるのよ。貧しい子供たちに食べ物を配ったりお話したりとか

して仲よくなったりとかして。そんな子たちはいろいろと私の言う

こととかよく聞いてくれたりするの。」

メアリーはさらっと言った。

「(なあ、マルク。俺たちとんでもない奴を仲間にしたんじゃねえか?)」

「(かもしれません。)」

ジルとマルクはメアリーに恐怖した。

「さあ、次の仕事探しましょうか。」

メアリーは上機嫌でパーラムに向かった。

 

その後3人は2つの仕事をこなした。

仕事を通じてメアリーはすっかりジルとマルクの中になじんでいた。

「あなたたちと一緒にいると楽しいわね。」

メアリーは笑顔で言った。

「(おい、マルク。やばいぞ。俺たちのあいつを王宮に帰す計画

がダメになる。)」

「(これはこれでいいんじゃないですか。彼女はよくできますし

仕事が成功してお金が入りましたから。)」

「(それはそうだが、う~ん...。)」

ジルは複雑な気持ちだった。

「(それに彼女、すごい美人ですよ。)」

「(そうだな。あれだけの顔はなかなかいないよな。それに性格も

耐えられないほど悪いってわけでもないか。よし、仲間として

認めるか。)」

「(はい。)」

こうしてジルはメアリーを仲間として受け入れることとした。

 

メアリーがジルたちの仲間になって1ヵ月が経とうとしていた。

「マルク、そろそろだな。」

「ええ、そうですね。」

マルクの顔つきが真剣になる。

「え、何々?何があるの?」

「マルクの先生に会いに行くんだよ。」

「そう言えば、なんか言ってたね。大事な用があるとかって。」

「はい、先生にどうしても聞かなければいけないことがあるんです。」

「じゃ、行くか。」

マルク達はメンデルに会うため魔道連盟本部へと向かった。



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205,206

魔道連盟本部へとやってきたマルクたち3人。

「メンデル先生はいらっしゃいますか?」

マルクが受付で聞く。

「ああ、マルクさんですね。メンデル司祭から

来たら案内するように言われています。どうぞ。」

受付の女性に案内されてついていく。

魔道連盟本部は巨大な塔で中は広く階段が

入り組んでいて、慣れたものでも迷うことがしばしば

あるような構造になっていた。

「すごいよな。これ絶対一人で歩いてたら迷子になるぜ。」

ジルたちは目を回しそうな塔の内部に驚いていた。

「この塔には魔力がかけられていまして普通のシンプルな塔の

内部を複雑で分かりにくいものへと変えているんですよ。

理由はもちろん不法侵入者を自由に行動させないためです。」

「へ~。」

3人は説明を聞いて感心した。

「はい、着きました。こちらの部屋になります。」

受付嬢がトントンとドアをノックする。

「メンデル司祭、マルクさんがおいでになっています。」

「はい、どうぞ。」

部屋の中から優しそうな男性の声が聞こえた。

受付嬢はドアを開けるとジルたちに礼をして受付のところへ

戻っていった。

「失礼します。」

マルクを先頭に3人は部屋の中へと足を入れた。

中ではメガネをかけた物腰柔らかそうな男性が椅子に座って出迎えていた。

「よくきたね、マルク。随分久しぶりだ。おや、後ろの2人は友達かい?」

「あ、はい。」

「まあ、立ちっぱなしも疲れるだろうからそこのソファに座りなさい。」

「あ、はい。」

マルクたちは緊張しながらソファへ腰を下ろした。

「(マルクの先生って優しそうな人だな。)」

「(ええ、本当に優しい人ですよ。)」

「私の元を離れてから成長したようだね。君の顔つきを見ればよく分かる。

私を追い抜くのもそれほど遠くはなさそうですね、ははははは。」

メンデルは嬉しそうに言った。

「先生、実はどうしても聞きたいことがあるんです。」

マルクは思い切って言った。

「ワーグバーグのことでしょう?」

メンデルはマルクの心を見透かしたように言った。

「は、はい。でも、どうして...。」

「分かりきったことですよ。しばらく会っていなかったとはいえ

短い付き合いじゃありませんから。よろしい、いい機会だから

少し話しておきましょうか。」

 

 

 

マルクたちは座ってメンデルの話を聞く。

「まず、マルク。あなたの思いを聞いておきましょうか。」

「え、私ですか。...ええと、ワーグバーグさんは魔力が

強くて頭もいいとても優秀な魔法使いです。

だから、メンデル先生の後継者はワーグバーグさんしか

いないと思っています。」

マルクは素直に答えた。

「ふむ、そうですね。確かにワーグバーグは強力な魔力を

持っていて、魔法を含めた様々な知識をすぐに身につけ

られるほど頭もいい。しかし、今マルクにあってワーグバーグ

にはないものがあります。」

「え!そんなものありませんよ。」

「いえ、あります。それは人を思いやる心、もっと広く言えば

精神的な強さです。」

「(なるほど。)」

黙って横で聞いていたジルはメンデルの言葉に納得した。

「魔法使いにとって精神的な強さというのはとても重要なもの

なのです。それは魔力と精神力が大きな関わりを持っている

からです。だから強い魔力を持っている者ほど強い精神力が

魔法使いとしてのバランスを保つため必要となります。」

「え、え、すいません。どういうことかちょっと分かりません。」

マルクはメンデルの説明で頭が混乱していた。

「あ、私の方こそすいませんね。分かりにくかったですね。

では、詳しく話していきます。まず魔法使いとしては

修行してより強力な魔力をもつこと、強力な魔法を覚えること

というのが大事というのは分かりますね?」

「はい。」

「しかし魔法は時に武器ともなる危険なものです。

精神力の弱いものはつまらない感情で魔法を制御

できなくなり大切な人や物を傷つけたり壊したりしてしまう

こともあります。だからこそ何のために、誰のために魔法を

使うかをよく考えられる強い精神力というものが必要なのです。

強い魔法を使うものほどより強い精神力が必要というのが

分かるでしょう?」

「はい。」

「その点でワーグバーグはまだ未熟なのです。つまらぬ地位

にこだわっているようでは真の魔法使いとは言えませんよ。」

「だからといってワーグバーグさんを見捨てるというのは

厳しすぎませんか?」

「ワーグバーグがそう言ったのですか?まあ今の彼ならそう

受け取ってもしかたありませんね。確かに私はワーグバーグに

『自分だけの道を探しなさい』と言いましたが、それは見捨てる

ようなつもりで言ったわけではありませんよ。」



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207,208

マルクとメンデル司祭との話が続く。

「え、ワーグバーグさんを見捨てていないということは

やはり深い考えあってのことなんですね。」

マルクは希望する答えを嬉しそうに待った。

「もちろんですよ。マルクには悪いですが、ワーグバーグの

方がより大きな素質を秘めていると私は考えています。

一見、完成されているように見えるワーグバーグの力ですが

精神的成長をすれば今よりずっと強い力を得るでしょう。

それこそいずれは世界の五本の指に入るほどの魔法使い

にもなれると。ただ私の教えのもとで私の後継者に育てるような

ことをしても今以上の成長をすることは非常に難しい。

だからワーグバーグ自身が進むべき道を考え、選び、

突き進むことが必要なのです。彼はああ見えてとても努力家

なんです。きっとたどり着くべき場所にいけるでしょう。」

「そうだったんですか。よかった。先生がワーグバーグさんの

ことをそんな風に大事に考えていて。私が信じていた通りでした。」

「それよりもマルク。あなたは人の心配をしている場合では

ありませんよ。あなたは確かに成長しました。しかし一人前の

魔法使いとしては魔法力がまだ不足しています。

そこで、これを渡します。」

そう言ってメンデルはマルクに2個の腕輪を手渡した。

「先生、これは?」

「これはアグニの腕輪です。」

「アグニの腕輪?」

「はい、赤い玉のついている方が右腕に、青い玉のついている方を

左腕につけるのです。魔法の力は精神状態によって左右されることは

言いましたね。アグニの右腕はその精神状態の振れ幅を大きくするのです。

感情の昂ぶったときに使えば魔法力は通常以上になるということです。

そしてアグニの左腕は使用者にダメージを与えることと引き換えに

強い魔法が使えるというものです。どちらも一長一短のある諸刃の刃です。

常に冷静で安定した力を求められる魔法使いにとってこれは邪道と

いえるかもしれません。しかしうまく使えば大きな力になるでしょう。

マルク、あなたならきっと使いこなせると信じています。」

「ありがとうございます。大事に使いたいと思います。

ところでワーグバーグさんが先生の後継者にしないわけは

分かりましたが、どうして私が?」

マルクは残った疑問をメンデルにぶつけた。

 

 

 

魔道連盟本部にてメンデルと話すマルク。

「私があなたを溺愛しているというような理由で

後継者に選んだとでも思っているのですか。」

「い、いえ。」

少し怒り気味で答えるメンデルにマルクは身を

縮めて言った。

「今はまだ未熟ですが、いずれは私の後継者として

ふさわしい立派な魔道士となることは間違いないと

考えているのです。あなたはワーグバーグのような

天才ではないです。しかしまだこれからもっともっと

成長していくでしょう。その成長に私は期待したいの

です。」

メンデルは熱心にマルクに言い聞かせた。

「ありがとうございます、本当に。こんなに嬉しいことは

ありません。私、がんばります。」

マルクは感激の涙をツーと流しながらメンデルの両手を

握り礼を言った。

「ははは、あまり重く考えないでいいですからね。あと

もしこれからやるべきことがないのなら風の精霊を探して

みるといいかもしれませんね。精霊と仲良くすれば魔法の

こともよく分かりますから。話はそれくらいですかね。

それではまた何かあったらいつでも来てください。と言っても

私が用事などで不在のときが多いかもしれませんが。」

「はい。」

マルクたちは元気よく返事をしてメンデルの部屋を後にした。

「マルクの先生っていい人だよね。」

メアリーが感心して言った。

「そうだよな。ああいう人なら尊敬できるよな。」

ジルもメアリー同様感心していた。

「はい、今の私があるのもほとんど先生のおかげですよ。」

「いいよなー、俺もあんないい師匠がいればなぁ。」

ジルは物欲しそうに言った。

「じゃあ、私がなってあげようか?」

メアリーがおもしろそうに言った。

「お前が俺の師匠に?いらねえよ。でも弟子入りするのは

悪くないかもな。」

「ということはニムダさんを探すんですか?」

「ま、そういうことだな。」

「ねえ、ニムダって剣士のニムダ?」

メアリーが2人の会話に入る。

「そうだけど。」

「私、知ってるよ。」

「え。」

「小さいとき、たまに遊んでもらったことがあるのよ。たぶん

今も住んでるとこは変わってないはずだからいけるよ。」

「よかったですね、ジル。探す手間が省けて。」

「まあな。メアリーって意外と役に立つな。」

「意外とは余計よ。ニムダの住んでるところはこの国から少し

離れた山小屋にあるから着くまでちょっと時間がかかるわよ。」

「大丈夫。」

「大丈夫です。」

「分かったわ、それじゃ行きましょうか。」

メアリーの案内でニムダのいるという山小屋へと向かった。



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209,210

ジルたちがニムダが住む山小屋へ向かっていたとき、

カフィールは再び勇者エトワール=シールダーの元へ

やってきていた。

「おお、カフィールか。最近のお前はいつも

深刻そうな顔をしているな。」

「エトワール様、俺をここで修行させてもらえないでしょうか?」

「はっはっは。何を言い出すかと思ったらそんなことか。

お前は十分強い。わしが鍛える必要もなかろうて。」

「いえ、俺にはまだ力が足りない。意志の強さだけでは

どうしても越えられない壁が今あるのです。」

「ほう、お前に越えられないと言わせるとはよほどの

相手と見えるな。誰じゃ?」

「ディリウスです。」

「魔界のプリンスか。そいつは確かにやっかいな相手じゃな。

奴の魔力は父親の魔王に勝るとも劣らないというしの。」

「はい。俺はあいつを圧倒できるだけの力が欲しい。これ以上

あいつを放っておけばこのテラに混乱を招く。」

「そうか、お前の気持ちはよく分かった。しかし今のわしと

お前とではそう力の差はないだろう。お前がより強い力が

必要と言うのならわしの孫が持っているエクスカリバーを

奪うがいい。エクスカリバーは持つべきものが持てば絶大な

力を発揮するだろう。」

「それでは、お孫さんが...。」

カフィールは言いにくそうにしている。

「構わんよ。あいつが持っていてもただの飾りにしかすぎんよ。

今もどこをほっつき歩いていることやら。」

 

「ヘックション!」

ダニエルが野道でくしゃみをした。

「また誰かがうわさしてるな。もう人気者はつらいなぁ。」

そう言うとダニエルは指で鼻をかるくふき、また歩き出した。

 

「ダニエルは全くろくなことをせんからな。お前に使われる方が

聖剣も喜ぶじゃろうて。」

「わ、分かりました。あなたがそう言われるのならば。」

カフィールは了承しエトワールの家を出た。

「さて、どういうことになるかこれから楽しみじゃな。」

カフィールが去った後、エトワールはゆったりと椅子に座り、

笑顔で呟いた。

 

 

 

「着いたわ。ここよ。」

メアリーたちの前にごく普通の小屋があった。

「メアリーって結構土地勘あるんですね。」

「ここまで全然迷わずこれるなんてすごいよな。」

「まあね。小さいころから国中をうろうろしてたからね。

ここで迷うようなことはまずないわね。」

メアリーはさらっと言った。

「あともうちょっと性格がかわいければなぁ。」

ジルがぽつりと言った。

「ん?何か言った?」

メアリーが威圧するように言った。

「いや、何でもない何でもない。」

ジルはすぐにごまかした。

「そう?じゃ、入ろうか。」

メアリーがトントンとドアをノックした。

「誰じゃ?」

中から年老いた男の声が聞こえた。

「私、メアリー。遊びに来たの。」

「ほう、そうか。どうぞお入り。」

扉を開けるとふらふらと足元がおぼつかない老人が

杖をついてジルたちを出迎えた。

「わあ、ニムダだ。」

そういってメアリーはニムダに抱きついた。

「ほっほっほ。本当に久しぶりじゃな。前にあったのは

いつだったか...。すごく小さいときじゃったな。」

ニムダはしみじみと昔を思い出すように言った。

「きゃっ!」

メアリーが思わずニムダから離れた。

「どうした!?」

ジルがメアリーを心配して声をかけた。

「ニムダ、私のお尻触ったー。」

メアリーが怒りながら言う。

「このエロジジイ。なにしてんだ、よ。って、え。」

「ニムダ、よくもやってくれたわね。こんなことをしてただですむ

と思ってるのかしら。」

メアリーは剣をニムダの首元につきつけ冷たく言い放った。

「ほっほっほ。相変わらず激しいのぉ。前来たときもパンツを

見たら宮廷騎士団を呼ばれて囲まれたものじゃよ。」

「(ニムダさん、違う意味でも強いですね。)」

「(ああ、メアリーにセクハラとはやるよな。)」

「殺す。」

メアリーの目は殺意に満ちていた。

「わぁー。メアリー、ダメですよ。」

マルクとジルは慌ててメアリーを止める。

「何よっ!邪魔するならあんたたちも殺すわよ。」

「いい加減にしろっ!」

バチッ。

ジルはメアリーの頬を叩いた。



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211,212

「お前、ちょっとやりすぎなんだよ。」

メアリーはひっぱたかれた頬を手で押さえながら

黙ってジルの言葉を聞いた。

「ほう、メアリーを本気で怒れるものがおるとはな。

なかなかたいしたものじゃ。ま、もっともメアリーに

簡単に殺されるほどわしもおいぼれてはいないがな。

はっはっは。」

ニムダは大笑いをして言った。

「このじじい。やっぱ殺したほうがいいかも。」

ジルはメアリーを止めたことを少し後悔した。

「ところでお主らはここに何しに来たんじゃ?遊びに

来ただけか?」

ニムダがジルたちに尋ねた。

「あ、そうだ。このジルはね剣士なのよ。それでニムダに

剣術を習いたいってさ。いい?」

メアリーが簡単にニムダに説明した。

「いいよ。」

ニムダは即答した。

「ええ~。そんな簡単にOKしていいんですか。」

マルクがあまりにあっさりといい返事をしたニムダに驚いた。

「なんじゃ?なんかわしが教えるための条件が欲しいのか?」

「マルク、よけいなこと言わないでいいよ。じいさん機嫌が

いいんだから、そのまま話を続けようぜ。」

「わしのところに教えを乞いにくるものは意外といなくてな。

お前のような奴は珍しい。わしも暇じゃし、おもしろそうじゃから

つきあってやろうと思ったのじゃ。」

「へ~、俺ってもしかしてラッキーかな。」

ジルは少し喜んだ。

「もちろんじゃよ。この剣聖ニムダが剣を教えれば必ず

世界でトップクラスの剣士になれることは間違いなしじゃ。」

「でもじいさん、こんなヨボヨボなのに大丈夫か?」

「ジル、いくらなんでもそれは失礼ですよ。」

「はっはっは。ジルは正直な奴じゃな。気にいったよ。

わしはたしかに体力的には随分落ちているじゃろうが

人に教えるのはまた別じゃからな。問題はないよ。」

「そうなんだ。」

「で、いつからやるんじゃ?今からか、明日からか、それとも

もっと先か、わしはいつでも構わんよ。」

「そうだな。今日はゆっくりして明日からでいい?メアリーも

じいさんに久しぶりに会えて積もる話もあるかも

しれないし。」

「分かった。ではそのつもりで気持ちの準備をしておこう。」

その日、メアリーはニムダといろいろ話をしてジルとマルクはのんびりと

一日を過ごした。

 

 

 

次の朝。

「さて、始めようかの。ジル、準備はいいか?」

「もちろん。」

いよいよニムダによるジルの修行が始まる。

「一体、どんなことをするんですかね?」

マルクが横にいるメアリーに尋ねた。

「さあ、私もニムダのことは知ってるけど剣を握ってる

ところを見たことがないから本当に強いのか

も知らないのよね。だからこれからどんなことをする

のか結構興味があるのよ。」

マルクとメアリーはジルとニムダをじっと見ていた。

「で、これから何をすればいいんだ?」

「そうじゃな、まずは心の修行じゃ。」

「こころのしゅぎょう?」

「そう、修行をして心の内にある邪気を打ち払うのじゃ。」

「俺は邪気なんかないけどな、修行ってどうやんの?」

するとニムダは床に座り、足を組んだ。

「こうやってじっとしてるんじゃ。座禅という。

ほれ、お前もやってみい。」

「なんか退屈そうだな。まあやってみるか。」

ジルもニムダに習って座禅を組んだ。

「意外と普通ですよね。剣聖と呼ばれる人の修行だから

もっととんでもない過酷なものかと思っていましたが。」

「そうね。でもこういうことってすごく大切なことだと

思うわ。立派な剣士っていうのはただ剣の腕が強いだけ

ではなれないもの。」

しばらくマルクとメアリーはジルの様子を見ていたが、

「ふぁ~あ。なんか見ててもおもしろくないわね。私たちは

どこか行きましょうか。」

「そうですね。私たちがここにいてもジルの修行の邪魔に

なるだけでしょうしね。」

そういってマルクとメアリーがニムダの家を出ようとしたとき

ジルに異変が起こった。

「あ~、もう我慢できねえ。こんな退屈な修行俺には合わねえよ。」

ジルは組んでいた足を崩した。

「こら。まだ修行は終わっておらんぞ。やり直せ。」

「なあ、じいさん。こんな修行はいいからさ剣を使って

教えてくれよ。いいだろ、そのほうがさ絶対盛り上がるからさ。」

「バカモノッ!今のお前が剣を持って修行するのは10年早いわっ!」

「じゅ、10年。まさかそれまでずっとこの修行ってこと?」

ジルは顔が少し青ざめる。

「その通りじゃ。」

ニムダははっきりと言った。

「やめた。や~めた。こんなかったるいことやってられるかよ。」

ジルは投げ出すように言って立ち上がった。



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213,214

「おや、わしの修行をもう受けないというのか?」

「ああ、そうだよ。じいさんの修行を受けなくたって俺は

十分強いしな。」

「ほう、そうか。もしまたわしの修行を受けたいなどと

言ったら今度は厳しい条件を課すぞ。それでもいいのか?」

「いいに決まってるだろ。しつこいなぁ。じいさん、俺のこと

好きなのかよ。」

「いんや、お主のためにと思って言っとるだけじゃよ。

もしお前がここで辛抱すれば間違いなくいい剣士に

なれる素質があると思ったからな。」

「またそんな話かよ。おい、マルク、メアリー行くぞ。」

ジルは2人を呼んでニムダの家をばたばたと出て行った。

「え、ちょっと待ってくださいよ。」

マルクは慌ててジルの後を追う。

「ごめんね、ニムダ。あいつちょっと頭悪いからさ。」

「はっはっは。お前が謝ることではない。まだ若いから

そういうこともあるじゃろうて。気にするな。ほれ行ってやれ。」

「うん、ありがとう。また来るわ。」

メアリーもニムダに挨拶するとジルを追った。

 

「もうなんであんなことするわけ?」

ジルに追いついたメアリーが言った。

「だってよ、あんなこと10年も続けるとか言うんだぜ。

お前らだってあんなことばっかりの修行なんて嫌だろ。」

「それはそうですけど修行は大変なものですから好き嫌い

を言っていたら何も成長しないと思いますよ。ましてや

剣聖ニムダさんの修行だったら間違いはないと思いますけどね。」

「俺だって嫌だからだけで言ってるんじゃないんだぜ。

こだわりってもんがあるんだよ。俺は実戦派だからな。

強い奴と戦うことで強くなるみたいな。」

「強い奴と戦うことで強くなる?何適当なこと言ってんの。

ばっかじゃない。」

メアリーがジルをばかにして言った。

「なんだとぉ!」

ジルはメアリーの態度に怒った。

「(何でメアリーは私たちと一緒に旅しようと思うんだろう?)」

マルクはジルと喧嘩しているメアリーの様子をみて不思議に思った。

が、すぐに2人の喧嘩を止めに入った。

「もう2人ともやめてください。仲間同士争ってたって前に進めないでしょう。

それより次どこへ行くか考えましょうよ。」

「マルク。」

ジルが喧嘩を止め、マルクの方を向いた。

「お前、いいこと言うよな。悪かったな、メアリー。」

ジルはメアリーに素直に謝った。

「そう素直にこられると、許さないわけにはいかないけど。」

「よかった。これで仲直りですね。」

マルクはほっとした。

 

 

 

「ニムダの修行を蹴ってこれからどうするの?」

メアリーがジルに尋ねる。

「どうすっかなぁ。やっぱマルクの精霊探しをやるか。

でもどこにいるかとかの情報が何にもないんだよな。」

「やっぱりそんなことだと思ったわ。そしたら情報屋に

行きましょうよ。」

「情報屋?」

ジルが聞く?

「そうよ。お金を出して貴重な役に立つ情報を買うのよ。」

「へぇ~。そんなところがあるんですか。」

マルクが感心して聞いていた。

「情報屋っていうのは結構隠れた場所とかにいて

きちんと信頼の出来る情報を持ってる人を探すのって

大変なのよ。でも私、知り合いの子で情報屋と繋がりが

あるって子がいるの。その子に頼めば大丈夫だから。」

「決まりだな。」

ジルはマルクとメアリーの顔を見て確かめるように言った。

 

ジルたちはメアリーの知り合いという子に会いに行った。

「え、この子?」

マルクは自分の目を疑った。

そこにいたのは言葉がようやく普通に喋れるようになった

ばかりというくらいの小さな男の子だった。

「この子シャムはこう見えてもすっごく利口なのよ。孤児だけど、落ちたもの

とか絶対拾って食べたりしないのよ。」

「お姉ちゃん、そんな恥ずかしい話はしなくていいよ。

もう早く用件を言ってよ。」

「ごめん、ごめん。あのね、私たち情報が欲しいの。」

「どんな?」

「それはね、...。」

メアリーが喋ろうとしたとき、

「ちょっと待てよ。こいつに聞くのか?こいつが情報屋を

紹介してくれるとかじゃないのか?」

「こいつって言うな。僕にはシャムって名前があるんだぞ。」

「分かった、分かった。それで、こいつ、いやシャムが情報屋

なわけじゃないんだろ?」

ジルは落ち着いてメアリーに質問した。

「情報屋もいろいろと危険なところから情報を仕入れてたりして

いきなり直接会うっていうのは出来ないのよ。そこでシャムが

仲介として依頼主と情報屋の間に入るの。」

「でもシャムがきちんと聞いたことを覚えて伝えること

が出来るのか?」

シャムは少しむっとした顔をしてジルとメアリーの会話を聞いている。

「だからシャムは利口って言ったでしょ。間違いなく正確に伝えてくれるわ。」

「そうか。なら別に言うことはないよ。悪かったな、シャム。

疑うようなこと言ったりして。」

「もう。僕の機嫌が悪いときだったらここでかえってるからね。」

「話、戻していい?」

メアリーがシャムに聞く。

「いいよ。」

「このジルは剣士なんだけど修行できるようなところはないかって

いうこと。それとこっちのマルクは風の魔法使いでもっと魔法のことを

知るために風の精霊を探したいの。それでどこにいてるかを知りたいの。」

シャムは頷いて聞いていた。

「うん、分かった。聞いてくるよ。あさってまたここに来てね。」

そう言うとシャムはどこかへ走っていった。



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215,216

ジルたちはメアリーの知り合いの少年シャムを通じて

情報屋から情報を得ようとしていた。

「明後日か。すごい早いんだな。」

「うーん。まあ簡単なことだったらすぐに教えてくれると

思うんだけどね。難しいことの場合、そのときに情報の

値段だけ言ってまた後で情報を渡す日とかを決めるだけとか、

とりあえず前金を払って、情報の一部だけを教えてもらうとか

あるみたいよ。」

「すぐに教えてくれるといいですね。」

 

2日が過ぎ、シャムに再び会った。

「どうかしら?」

メアリーがシャムに結果を聞く。

「うん、割と簡単だったみたいだね。お金と引き換えで

すぐに伝えられるよ。剣士の修行の情報は

1000G、精霊の情報は1300G、合わせて2300Gだよ。いい?」

ジルたちは了解しシャムにお金を渡した。

「まいどあり。それじゃ話すね。まず剣士の方だけど、最北の国

ノーザンランドに行ってみたらいいってさ。そこにはかつて最強の剣士

と言われたジークフリードの伝説が残ってるんだ。」

「あ!俺、知ってる。ジークフリードって小さいころ読んだ本に書いていた

世界一の剣士だ!」

ジルは思い出してテンションが上がった。

「ジークフリードはもう150年も前に亡くなったらしいんだけど、

彼にまつわる物品とか彼に関する話とかもあってそれを見たり聞いたり

するだけでも剣士として何か得るものがあるだろうってさ。」

「ほうほう。」

ジルは興味深くシャムの話を聞いていた。

「それから、精霊の方だね。ロドニエル大陸って知ってる?」

「はい、知ってます。ロドニエル大陸は未開の地で人はほとんど

住んでいないと聞いていますが。」

マルクが真剣な顔で答える。

「そのロドニエル大陸に精霊がいるんだって。ただロドニエル大陸は

テラの中で最も魔界に近い場所とも言われていて危険なモンスター

に出会う可能性があるんだ。行くなら少し覚悟しといた方がいいかも

って話だよ。これで情報は全てだよ。」

シャムはそこで話を終えた。

「ありがとう、シャム。また何かあったら頼むね、バイバイ。」

メアリーはシャムに礼を言うとシャムは嬉しそうに走って帰っていった。

 

 

 

「ノーザンランドとロドニエル大陸、どっちに行くの?」

メアリーがジルとマルクに聞いた。

「なぁ、マルク。悪いんだけどさノーザンランドに

行ったらダメかな?」

ジルが少し遠慮気味にマルクに言った。

「え、私は全然構いませんよ。」

マルクはジルの態度に少し戸惑った。

「ありがとな。何と無くなんだけど行かなきゃいけない

気がするんだ。メアリーもいいか?」

「うん、いいわよ。私はどっちでもよかったから。」

「ほんと、感謝するよ。」

ジルはマルクとメアリーに心から礼を言った。

そして、3人はノーザンランドを目指すこととなった。

 

ここはとある森。

「見つけたのはいいがここからどうするか。」

ダニエルを見つけたカフィールが木の陰から様子を伺っていた。

ダニエルは木にもたれかかって眠っている男の傍へと歩み寄った。

そして、男が完全に眠っていることを確認すると男の荷物を探り出した。

パシッ!

カフィールは荷物につっこんでいるダニエルの腕をつかんだ。

「何をしている。」

急に腕をつかまれビクッとなったダニエルはカフィールの顔を見て

さらに驚いた。

「カ、カフィール!ど、どうしてこんなところに。」

「勇者の子孫が盗みとは。恥ずかしいとは思わないのか。」

カフィールは軽蔑を込めて冷たく言った。

「いや、その...。」

ダニエルはカフィールを前にして言葉につまる。

「来い。」

カフィールはダニエルを無理やり引っ張り出して広い原っぱまで

やってきた。

「何なんだよ、もう。」

訳が分からず連れられたダニエルは不満を言った。

「剣を抜け。」

「は?」

「いいから言われたとおりにしろ。」

カフィールが怒り気味でそう言うと、ダニエルはしかたないと

いった感じで背中に背負っているエクスカリバーを鞘から抜いて

手にした。カフィールも同じように剣を手にした。

「これでかかってこいってこと?」

ダニエルが状況を考えカフィールに尋ねた。

「そうだ。」

カフィールが短く返事すると、ダニエルは半ばやけくそでカフィールに

向かっていった。

「やああぁぁぁぁ!」

カキーン。

ダニエルのエクスカリバーはカフィールによっていとも簡単に

弾き飛ばされた。

 



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217,218

「もう終わりか?」

カフィールがダニエルを見下して言った。

「く、くっそー!」

ダニエルは悔しがり剣を拾いにいくとすぐまたカフィールに

向かっていった。しかし何度やっても変わりなく弾かれ続けた。

「はぁ、はぁ、はぁ...。」

もう日が沈みかけてきたころ、

ダニエルは膝に手をついて息を切らせ、もう動ける状態ではなかった。

「今日はこれで終わりだ。明日も明後日も食事と睡眠以外は

今日みたいに俺と剣術の訓練だ。俺がもう十分と判断するまでは

ずっと続ける。いいな。」

カフィールの言葉にダニエルは反論する力も残っておらず、

ただ早く休みたいと思うだけだった。

カフィールが用意した夕食を口にすると、ダニエルはすぐに

眠りについた。カフィールはダニエルに毛布をかけてやると、

少し考え事をしながら横になった。

 

次の日もその次の日もカフィールによるダニエルの訓練は

続いていた。ダニエルは疲労が溜まっていき、もはや剣を

振るだけで精一杯という感じだった。それでもカフィールは

ダニエルを動かし続けた。

 

さらに数日が過ぎるころには、ダニエルの頬がこけてきた。

「今日は休んでいいぞ。」

カフィールがそう言うと、ダニエルはほっとしたような表情を浮かべ

ゆっくりと休もうとした。しかし、すぐに苦しそうな顔になった。

するとダニエルは立ち上がり剣を握った。それを振ろうとしたとき

ダニエルは力尽き倒れた。

「いい傾向だな。休むことに落ち着きを感じなくなってきた。」

カフィールはその日はダニエルをそのまま休ませてやることにした。

 

ダニエルは体をボロボロにしながらもカフィールに向かって剣を

振るい出す。そんな日々が毎日続いていった。

 

 

「お前なぁ、何で一番高い奴を選ぶんだよ。」

「仕方ないでしょ、これが一番あったかそうだったんだから。」

ジルとメアリーが分厚い防寒コートを着て船上で喧嘩をしていた。

 

 

 

「まあまあ、2人とも落ち着いてください。防寒具は極寒のノーザンランド

に行くのには必要だったんですし多少の安い高いは気にしなくて

いいと思いますよ。」

マルクがなんとか仲をとりもとうと気をつかっていた。

「多少?こいつの着てるやつは俺の着てるやつの2倍の値段だったんだぞ。

見た目は大して変わらないくせに、無駄なんだよ。」

ジルの怒りはなかなか冷めなかった。

「もう男のくせに細かいことにうるさいわね。そんなんだからもてないのよ。」

「何だと!それとこれとは関係ないだろ。もうそんなに俺のことが気に

いらないんだったら俺たちから離れてとっとと国に帰れよ!」

「...。」

このジルの言葉を聞いて、メアリーは言葉を失い下を向いた。

ジルもメアリーの様子を見てしまったと思った。

「(ジル、今のは言いすぎですよ。)」

マルクがジルに小声で注意した。

「(分かってるよ、もう。)なあ、メアリー。その、ちょっと言いすぎたよ。

悪かったな。」

「私なんてどうせ邪魔者なんでしょ。早くいなくなって欲しいって思ってる

のよね。」

メアリーが暗い表情で言った。

「そんなことない!俺はメアリーを大事な仲間だと思ってる。

それに俺はメアリーのことを...。」

ジルは必死でメアリーに訴えかけたが途中ではっとして言葉を止めた。

「『俺はメアリーのことを』、何?」

メアリーが尋ねる。

「いや、それはその...。」

ジルは言葉に詰まっていた。

「もしかして『愛してる』とか言おうと思ってた。」

メアリーはさっきまでの暗い顔から一変、ジルに好奇心一杯の

明るい表情になっていた。

「ばか、そんなんじゃねえよ。もう何をいいたかったか忘れちまったよ。

もういいだろ。ほらまだ到着まで時間はあるんだからゆっくり休んどけよ。」

ジルは恥ずかしがりながら適当に誤魔化した。

「いいわ、今回はそういうことにしといてあげる。またいつか続きを

聞かせてね。」

メアリーは笑顔で寒い海を眺めていた。



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219,220

「はぁはぁはぁ。」

ダニエルは剣を手にして息を切らしていた。

「うがぁぁー。」

カンカン。

ダニエルは力を振り絞りカフィールに剣をぶつけた。

カフィールはダニエルの剣が力強くなっているのを感じた。

「よし休憩だ。」

2人は剣を鞘に収め、地面に座った。

「はぁはぁ、ふぅー。」

ダニエルはなんとか息切れをおさえて落ち着くことができた。

「カフィール、ちょっと聞いてもいい?」

「何だ?」

「カフィールはじいちゃんに言われてこのエクスカリバーを

取りにきたんじゃないのか?だってじいちゃんに会いに行ったら

いつも言うんだぜ。『今のお前にその剣を持つ資格はない。』

ってさ。きっとじいちゃんなら『カフィールならその資格がある。』

って言うと思うんだ。俺もその方がいいんじゃないかって思う。」

そう言うとダニエルは鞘に入ったエクスカリバーをカフィールに

差し出した。

「確かに言われたな。だが俺はお前にエクスカリバーを持つ

資格があるかないかはまだ分からない。これからその剣を持つに

ふさわしい男になれるかもしれないと思って今お前を訓練している。

もしどうしようもないと判断したそのときは頂いていくことにする。」

そう答えたカフィールは差し出された剣をダニエルに戻させた。

「休憩は終わりだ。」

そしてまたダニエルの訓練が再開された。

 

一方、ジルたちはノーザンランドを目の前にしていた。

「やっぱノーザンランドってめちゃくちゃ寒いところなんだな。

体は防寒具着てるからまだましだけど顔が痛いほど冷たいな。

口を動かすのもつらいくらいだ。」

「ほんとよね。ここに住んでる人ってすごいと思うわ。」

「くしゅん。ああ、鼻水が止まりませんね。」

「おい、マルク大丈夫か?なんだったらついたらすぐにマルクだけ

帰って待っててくれてもいいんだぜ。」

ジルがマルクを気遣う。

「大丈夫です。すぐに慣れると思いますから。すいませんね、

心配かけて。くしゅん。」

「マルク、風邪ひいたんじゃないの?本当につらくなったら

言ってね。無理しても何もいいことないからね。」

「ありがとう、メアリー。本当に大丈夫ですから。

あ、もう船が港に着きますね。降りる準備をしましょうか。」

マルクは心配してくれるジルとメアリーに悪いと思いながらも

内心はとてもうれしかった。

そして船が岸へと着くと、3人は北の大地に足を下ろした。

 

 

 

ノーザンランドへとやってきたジルたち3人。

「これからどうしようか?」

ジルがマルクとメアリーに聞いた。

「まずは宿を探しましょうか。」

「それだったら他の乗客についていったら分かるん

じゃないかしら。」

そういうわけで3人は他の人が歩く方向に進み、

ホテルへとやってきた。

ホテルの中へ入ると、そこはあったかく外と比べると

まさに別世界、楽園と思えるほどであった。

「ふぁああ、生き返るぅ~。」

3人が口を揃えて言った。

「さ、受付にいきましょうよ。」

メアリーに言われ、3人は受付のロビーへ行った。

「3名さまですね。すぐに部屋へ案内させます。」

感じのいい受付の男性が出迎えた。

「あのさ、ここにジークフリードの伝説があるって

聞いてきたんだけど誰に聞いたらいいの?」

ジルが前に出て受付の男性に聞いた。

「それでしたら『ジークフリード資料館』に行かれては

いかがでしょう。こちらに地図がありますのでお持ちください。」

「サンキュー。気が利くな。」

ジルは受付の男性に礼を言うとまた別の男性に案内されて

部屋へと入った。

「すごいいいホテルだよな。こんなホテルがあるってことは観光客が

多いってことだろ?ジークフリードのファンってそんなにいるのかな。」

ジルは少し不思議に思った。

「違うわ、このノーザンランドはこの時期オーロラが見れるかもしれない

からたくさん観光客がくるのよ。」

メアリーが説明した。

「オーロラ?」

ジルは知らなかったので聞き返した。

「あ、オーロラっていうのはですね、こういうすごく寒いところで見れる

空に浮かぶ光のカーテンみたいなものですよ。」

今度はマルクがジルに説明した。

「へぇ~、どんなのか見てみたいな。」

「まあ、運が悪いと何日いても全然見れないんだけどね。

それより今日は疲れたわ。ゆっくり休んで明日でかけましょうよ。」

ジルとマルクも賛成してゆっくり休むことにした。



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221,222

「ふぁ~、おはよ。」

メアリーが目をこすりながら、起きてきた。

「『おはよ』じゃねえよ。遅いんだよ、お前。」

ジルはすっかり身支度を整え出かける準備をしていた。

「何よ、朝っぱらから怒らなくてもいいでしょ。

私だってゆっくり寝たいときもあるわよ。」

「もう、分かったからさ。早くしてくれよ。」

「はいはい。」

しょうがないといった感じでメアリーは返事をし、

急いで準備をした。

「さ、行きましょうか。」

メアリーは元気よく先頭に立ち歩き出した。

「(よく我慢してますね。)」

マルクはジルにそっと話しかけた。

「(俺だっていつまでも子供じゃないしな。)」

ジルはさらっと答えた。

「(う~ん、ジークフリードと聞いてからジルが少し

変わってきている気がする。一体ジークフリードって

どんな人なんだろう?)」

マルクは不思議に思いながらジークフリードのことを

考えた。

そうこうしているうちに地図に書かれている

『ジークフリード資料館』の場所へとたどり着いた。

「え~と、これかな?」

「これでしょうか?」

「これしかないわよね...。」

3人が首をかしげる先にはさびれた一軒の大きな建物

がぽつんと建っていた。

「ま、とにかく入ってみようぜ。」

ジルは気持ちを改め、3人は建物の中へと入ることにした。

ギイィィ。

軋む扉を開けると、中は暗くはっきりしなかった。

「いらっしゃい。」

少し不気味な弱々しい声が横からすると、ろうそくの灯りと

共に腰の曲がった老人が姿を見せた。

「きゃああぁぁぁ!」

メアリーが大きな悲鳴を上げる。

「大丈夫かな?」

老人がメアリーを心配して聞いた。

「ごめんなさい、いきなり現れてお化けかと思ったもので。」

「ホッホッホ。無理もないの。こんなにボロボロではな。

言い遅れたが、わしはここの館長じゃよ。」

「そうだったんですか。でもどうしてこんな風になってるんですか?」

マルクは入館料を館長に支払いながら尋ねた。

「人の記憶とはすぐに薄れいくものじゃよ。わしがまだ若いころは

ジークフリードと言えば歴史的英雄でこの資料館も毎日たくさんの

人で賑わっておった。ところが剣聖ニムダ、勇者エトワール、

聖騎士レオンといった新しい英雄が現れるに従って訪れる人の

数がみるみる減っていったわけじゃよ。」

館長は昔を思い出すようにしみじみと寂しそうに言った。

「そんなことはないっ!」

ジルが突然大声で言った。その声で他の3人はビクッとなった。

「ジークフリードは俺の中でいつまでも世界最強の剣士だ。

他にどんな強い奴が現れたって決して変わることはない。」

 

 

 

ジークフリード資料館にて、ジルはジークフリードへの

想いを熱く訴えるとマルクたちは少しひいていた。

「ほっほっほ。そこまで想っている者がまだいたとは。

長くこの仕事をしてきたかいがあったわい。

まあ、ゆっくり見ていきなされ。」

館長は満面の笑みで言いながら館内の灯りのランプに火を

つけていった。明るくなると人がいないせいで寂しい感じが

漂ってはいるもののきれいに掃除はされていて、建物の古さが

いい情感を出していた。

ジルは興奮して展示物まで走って見に行った。

マルクとメアリーはゆっくり歩いてついていく。

「あー!これはジークフリードがホークブリザードと戦っている絵だ。」

また別の展示物のところまで走っていき、

「すげえ!ジークフリードが倒した一角獣の角じゃん。」

ジルは見るもの全てが宝石のように輝いて見えた。

「ジル、子供みたいにはしゃいで本当に嬉しそうよね。」

メアリーが見守るように言った。

「ええ、それだけジークフリードに思い入れがあるんでしょうね。

それにしても変ですね。」

「何が?」

「ここにあるのはジークフリードの戦っている姿を描いた絵と

倒したモンスターの体の一部ばかり。少しは本人が身につけていた

物とか遺品があってもいいものだと思うのですが。」

「そういえばそうね。館長さんに聞いてみましょうか。

すいませーん。」

メアリーは館長を呼んで事情を聞いた。

「ほっほっほ。お主ら、なかなか鋭いのお。確かにここには

ジークフリードの遺品は一つもない。しかしそれにはわけが

あるんじゃよ。」

「何々?何の話?」

ついさっきまで展示物を見回っていたジルが話に入ってきた。

「ほっほっほ。お主のような者には教えてもいいな。」

とジルを見ながら館長は言った。

「実はな、ジークフリードは氷づけにされているんじゃよ。」

「えっ!」

3人は同じように驚いた。

「そう、このノーザンランドで最後で最強のモンスター、

フローズンマンモスを倒したとき、敵の死に際の攻撃で氷づけに

なったというわけじゃ。わしらはあまりそれを見世物には

したくなかったから観光客にはめったに言わないんじゃ。

もう生きてはいないが英雄を粗末に扱いたくないから

人目につきにくい場所に今も大切に安置してあるよ。

場所を教えるから今から行ってみるといい。」

ジルは大まかな場所を書いた地図を館長から受け取った。

「あ、それから昨日一人ここを尋ねた男がおったんじゃ。

全身を黒いローブで覆ってどんな顔か全くわからんかった。

こっちが話しかけても何にも言わん怪しい男じゃった。

当然、ジークフリードの場所も教えてはいないが嫌な予感が

する。十分気をつけるんじゃぞ。」

「サンキュー、じいさん。じゃ、行くな。」

ジルたちは館長に別れを告げ、氷づけにされたジークフリードの

いるという場所へ向かった。



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223,224

「こ、これが本物のジークフリード...。」

ジルがそう言って見た先には、剣と盾を手にし

目をつぶったまま立った状態で凍らされた男の姿があった。

「すごい美青年よね、ジークフリードって。

私、ちょっとファンになりそうだわ。」

メアリーが嬉しそうに言った。

「伝説の人物が目の前にいるなんてすごいですよね。

なんだか拝んでみたい気分ですね。」

マルクも少しテンションが上がっていた。

「やっと見つけた。」

3人の後ろで低い男の声が聞こえた。

ギュッギュッ。

黒いローブを着たその男は雪を踏みしめながらジークフリード

の元へ近づいてくる。

「邪魔だ!」

「きゃっ。」

男はメアリーを手で押し飛ばして、メアリーは地面に倒れた。

「おい、何すんだよ。」

ジルがその様子を見て男に言った。

男は全く気にも留めず氷づけのジークフリードを眺めた。

「今、蘇らせてやる。」

男は口元にうっすら笑みを浮かべると、両手をジークフリードに

向けて前に出した。

「アウドラ ライラ アウドラ ライラ...。」

男が呪文のようなものを唱えだすと手から紫色をした光が

ジークフリードに向かってゆらゆらと伸びだした。

氷の中のジークフリードまで光が届くと、突然氷から水滴が

垂れだしすごい勢いで氷が溶け始めた。そして氷が完全に

溶けきったとき、ジークフリードは体から湯気を立ち上らせ

水滴がぽたぽたと落ちていた。

「さあ、目覚めろジークフリードよ。」

男がそう呼びかけるとジークフリードは目をカッと開いた。

だがジークフリードの目つきは悪く、いかにも悪人という風な

表情をしていて体からは紫色のオーラを発していた。

「殺す、殺す、殺す。」

ジークフリードはそうつぶやくとジルの方を見た。

「え。」

戸惑うジル。

「うおぉぉぉぉお!」

ジークフリードは左手で持っていた盾を背中にしょって

右手の剣を両手で持ち替えジルに襲い掛かってきた。

「ジル、剣を抜いてください。」

マルクがそう叫ぶと、ジルは慌てながら剣を抜いて

ジークフリードの剣を受けた。

ガンッ!

強い衝撃が剣を通してジルの手に伝わる。

 

 

 

「ちょっと待ってください。俺はあなたとやりあう

つもりはないんです。」

ジルはジークフリードに呼びかけたがジルの声は届かず、

ジークフリードの剣に力が入る。

「ぐぅぅぅ...。はっ。」

ジルは重なった剣を一旦はじいて少し体を後ろへ下げた。

ジークフリードは尚もジルに近づき剣を振るう。

カンカン。

ジークフリードの連続した攻撃を受けるジル。

「ふふふ、いいぞ。」

黒ローブの男はジークフリードの様子を見て満足そうな顔をしていた。

ジルとジークフリードの剣は再び重なり、ジークフリードは剣を押そうと

前に出てジルと体がつきそうなほど近づいた。

「俺が、俺が小さいときから憧れてきたジークフリードの強さは

こんなもんじゃない。俺なんかが全然相手にならないくらいに

ずっとずっと強いはずなんだ。こんなのはジークフリードじゃない!」

ジルは涙を流しながらそう叫んだ。

するとジルの声が届いたのかジークフリードは剣を押す力を

ゆっくりと抜き、ジルの剣から離した。そしてその剣を右手で

持って下に向けた。それと同時に目つきは普通になり紫色の

オーラは消えていった。

「俺は一体...。」

ジークフリードはそう言うと状況を理解しようと考えた。

「俺は確かフローズンマンモスの死に際の一撃で氷づけにされて

死んだはず。なのにどうして?おや、君は誰だ?」

目の前にいるジルに尋ねた。

「俺、ジルっていいます。あなたのファンです。ええと、その、あの

あ、何を言えばいいんだろう。」

ジルは緊張して早口でそう言うと頭が真っ白になり次の言葉が出てこなかった。

「ありがとう。俺のファンだなんてうれしいよ。」

ジークフリードはジルに笑顔を見せる。

「それにしてもどうして俺は生きてるんだ?」

ジークフリードは不思議に思った。

「おい、何をしている。お前の目の前にいる人間を早く殺せ。」

黒ローブの男がジークフリードを急かす。

「お前は誰だ?」

ジークフリードは今度は黒ローブの男に尋ねた。

「私の名はバナック。お前を殺人鬼として蘇らせてやった恩人だ。

これからお前は人を殺すことに喜びを感じる剣士となるのだ。」

バナックはジークフリードに答えた。

「なるほど。今のお前の言葉で大体分かったよ。俺が生きている訳が。

そしてお前がどういう奴なのかが。」

ジークフリードはバナックの言葉を聞いて全てを理解した。

「どうやらお前を倒さなければいけないようだな。」

ジークフリードはバナックの方を向いて剣を構え鋭い目つきへと変わった。

「おい。私に逆らったり私を殺したりしたら、お前はまた死ぬ

ことになるんだぞ。それでもいいのか?」

バナックは少し慌てた。

「構わん。元々失った命、惜しくはない。それよりも目の前にいる

悪を倒すことが俺にとっての使命だ。ジルと言ったな、よく見ておけ。

これがジークフリードだ。いくぞっ!」

ジークフリードは体から金色のオーラを発しながらバナックに突撃する。

「く、くそっ。」

バナックは両手を体の前に出しジークフリードの魔法を解こうとする。

「くらえっ、『ギガスラッシュ』!」

ジークフリードの剣はとてつもなく強烈な光を放ちながらバナックを

真っ二つに切り裂いた。

切り裂かれたバナックの体は一瞬にして灰となった。



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225,226

「す、すげえ、本当にすげえよ!」

ジークフリードの戦いぶりを見たジルは興奮し

テンションが最大まで上がっていた。

敵を倒したジークフリードがジルに近づく。

「俺はあいつに操られていたんだろう。しかしかすかに

記憶が残っている。ジル、君の想いを込めた言葉の

おかげで俺は正気に戻れたんだ。礼を言う、ありがとう。」

ジークフリードはジルに言った。

「いえ、そんな俺は何もしてないっすよ。」

ジルは照れた。

「君は俺に憧れて剣士に?」

「はい、そうです。俺、いつかあなたのような世界一の剣士に

なるのが夢なんです。」

「はっはっは。君はいい瞳をしている。きっといい剣士に

なれるよ。おっと、あいつの魔法がそろそろ切れるころらしい。

ここらでお別れしよう。最後に君のような人に出会えて

嬉しかったよ。」

ジークフリードの体が足元から煙になって消えだした。

「そ、そんなせっかく出会えたのにこんなにすぐにお別れ

なんて俺、嫌だよ。」

ジルは泣きながら言った。

「泣くな、男だろ。俺は死んだ時点でもう過去の人間。

今の時代に存在してはいけないのさ。」

ジークフリードは体が消え行く中、ジルに言葉をかける。

「お前の剣の受け方、なかなかよかったぜ......。」

そういい残すとジークフリードの姿は完全に消え去った。

「うわあああああぁぁぁぁぁん!」

ジルは天を仰ぎ大声を出してしばらく泣き続けた。

マルクとメアリーは何も言わずにそんなジルを見守っていた。

そして、ようやく泣き止んだころ、

「行こうか、ジル。」

メアリーがそっと声をかけるとジルは黙って頷きホテルへと帰った。

 

ホテルで一泊した後、3人はジークフリード資料館の館長に

会いに行った。

「実は...。」

ジルは館長に昨日のことを説明した。

「ほう、そうなことが...。よし、そこにジークフリードの墓を

立てよう。そしたらお主らもまた墓参りに来ることが出来るじゃろう。」

「サンキュー、館長。じゃ、俺たち行くな。」

ジルたちは館長に別れを告げ、港へと向かった。

「ほら、ジル。船に乗るよ。」

もうすぐ船が出発するのでメアリーがジルを急がす。

「ああ、分かってるよ。ちょっと待ってくれよ。すぐに行くからさ。」

船を目前にしたジルはふと町の方を振り返った。

「(ジークフリード、俺絶対世界一の剣士になってみせるよ。

そしたらさちゃんと墓参りに来て報告するよ。ありがとう。)」

ジルたちの乗せた船はサンアルテリア王国近くの港

サンマリーノへと戻っていった。

 

 

 

カキーン、カキーン、キーン。

剣がぶつかり合う時の金属音が野原に響きわたる。

「うおりゃぁぁぁああ!」

ダニエルが勢いよくカフィールに斬りかかった。

カフィールも真剣にダニエルの剣を受けた。

そしてすぐにダニエルの剣を逸らしてダニエルの腹部に

剣を突きつける。

「よし、休憩するか。」

2人は剣を収め、地面に腰を下ろした。

「ここで会った最初のころに比べたら見違えるほど

いい顔になったな。お前の剣は勢い任せで技術的には

まだまだ未熟だ。しかし精神的には随分成長した。

もう盗みなどせず、逆にしようとしてる奴がいたら止められる

くらいになっているだろう。俺はお前がエクスカリバーを持つに

ふさわしいと確信した。これから自分の成すべきことを考えて

行動するんだな。じゃあな。」

カフィールは立ち上がり、ダニエルから去るように歩き始めた。

「え、カフィールはどこへ?」

ダニエルは突然のことに驚いていた。

「俺はエクスカリバーとは別の力を手に入れに行く。少しあてが

あるんでな。また縁があれば会うこともあるだろう。」

「カフィール、ありがとう!」

ダニエルは大声で言った。

カフィールは森の中へと入り、ダニエルと別れた。

「まずいな。俺がダニエルを鍛えている間に闇が大きく動き出している。

しかし今の俺ではディリウスのような奴を簡単には倒すことが出来ない

のが事実。急いだほうがよさそうだな。」

カフィールは口笛を鳴らし馬を呼び、それに乗って駆けていった。

 

それからしばらくして。

ジルたちはサンアルテリア王国の玄関港であるサンマリーノへと

戻ってきた。

「ふぅ~、長い船旅だったな。」

船を下りたジルは肩を撫で下ろした。

「かなり疲れたね。それでこれから精霊探しにロドニエル大陸に向かう?」

メアリーはマルクとジルに尋ねた。

「そうですね。でも私たちも疲れてますしとりあえず今日はここで

一泊してからでいいんじゃないですか。」

マルクはジルに確認するように言った。

「...うーん。ロドニエル大陸には2人で行ってくれないかな。」

「え!何言い出すんですか、ジル。」

ジルの発言にマルクが驚く。

「俺さ、もう一回ニムダのじいさんとこ行ってみようと思うんだ。

やっぱりちゃんと修行した方がいいと思ってさ。」

「でもそれじゃ離れ離れになるってことでしょ。せっかく仲間なんだから

一緒にいたほうがいいんじゃないの?」

メアリーが不満そうにジルに聞いた。

「俺が修行してる間、お前らはすることなくて退屈になるだろ。

それにもう2度と会わないとかいうわけじゃないんだし

いいと思うんだけどな。」

「そうですね。ジルのためには今はそれが一番いいの

かもしれませんね。分かりました、そうしましょう。」

マルクはなんとか納得した。

「うー、分かったよ。修行終わったらすぐに来てね。私たちも

何かあったらジルのところに会いに行くからさ。」

メアリーも納得することにした。

「悪いな、2人とも。いつもわがまま言っちまってよ。

俺がんばって修行するよ。」

ジルが2人に謝るようにして言うと、それぞれ別れた。



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227,228

ジルはニムダの小屋へとやってきたが、

ドアを前にしてなかなか動けずにいた。

「なんか緊張するな。ふぅ~。」

息を吐いて気持ちを落ち着かせると

トントンとドアをノックした。

「誰じゃ?」

小屋の内側よりニムダの声が聞こえた。

「俺、ジルです。前にも来たんすけど。」

「知らんなぁ。さっさと帰れ。」

ニムダは少し怒り気味で言った。

「俺、修行したいんです。前みたいに弱音吐いて

逃げ出したりしませんから、お願いします!」

ジルは気持ちを込めてニムダに頼んだ。

「ふん、どうだかなぁ。」

とても不機嫌そうにニムダは言いながらもドアを開けた。

「ありがとうございます。」

ジルは大きな声で礼を言った。

「わしはまだ修行させるとはいっとらんぞ。」

ニムダはすぐに椅子に座った。

「どうしたら修行さしてくれるんですか?」

ジルが聞いた。

「どうしたら?そんなものは知らん。自分で考えろ。」

ニムダはそれきり口を閉じた。

「なあ、もういいだろ。修行させろよ、じいさん。」

ニムダは無視した。

「ちぇ、分かったよ。こうなったらとっておきを。」

ジルがそう言ってとりだしたものは女性ものの下着だった。

「な、それはまさか...。」

ニムダが興味深そうに見つめる。

「そう、メアリーがつけてたやつだよ。(本当は町で買った

誰のか知らない使用済みの下着だけどな。)」

「お、おお。それをわしにくれるのか。」

「ま、修行させてくれるっつうんならやってもいいかな。」

ジルは思わせぶりに言った。

「よし、分かった。お前を世界一の剣士にしてやろう。」

「やったー!」

ジルは大喜びでニムダに下着を渡した。

「ふむ。それじゃこの前の続きじゃ。これに耐えれんようでは

いくらわしでもどうしようもないぞ。」

ニムダに言われて、ジルは座禅を組んで目を閉じた。

最初、今までの旅のことをいろいろと感慨深く思い出していた。

しかししだいに何も浮かばなくなり退屈で退屈でしょうがない

といった感じになっていった。とても苦しくなりもうやめてしまおう

と思うようになった。そんな時間がしばらく続く。

その様子をニムダは時々気にしながらもジルから受け取った

下着をじーっと見たり匂いを嗅いでみたり頬ずりしてみたり

うれしそうにしていた。

 

 

 

目をつぶったまま座禅をしているジルはあまりに退屈で

眠たくなってきた。眠気でコクンコクンと首が下向きに

なったが、はっとして首を横にブルンブルンと振った。

「(ダメだ、もう我慢できない。やっぱ無理か。)」

そのときジルはふとジークフリードのことを思い出した。

「(いや、ここで諦めるわけにはいかない。ジークフリードへの

誓いを守るために。)」

ジルは思い直し再び座禅に取り組んだ。

それから何度もくじけそうになったが、やめることはなかった。

「(ほう、今回はちょっと辛抱強いな。だがまだまだ集中力が

なっとらんな。気が散りまくっておるのが見ていてすぐに

分かる。これでは次の段階には進めんな。)」

ニムダはもらった下着はしまってジルの様子を真剣に見ていた。

さらにしばらくすると慣れてきたのか眠気はなくなっていた。

「(あ~、お腹減ったな。)」

ジルは考えることもなくなってきた。

さらに時間が経つと、何も考えなくなっていた。

「(ふむ、最初見たときは元気はあるが、がさつで飽きっぽそうで

とても無理だと内心思っておった。だがこうして見るとなかなか

見所がありそうじゃな。久々に楽しくなりそうかな。)」

「(なんだろう、不思議だ。食い物、金、女、地位、名誉、命、

あらゆるものから遠ざかっているみたいだ。そして心の中は

からっぽのはずなのに落ち着くような感じがする。今までに

なかった気持ちだ。汚い心がきれいになったような気さえする。)」

「よし、終わりじゃ。」

ニムダが手を一回パンと叩き突然大きな声で言った。

ジルは突然のことでビクッとなった。

「え、どうしたんだよ。じじい。」

「第一段階は終了ということじゃよ。」

「第一段階?」

「そうじゃ、これから違う修行を始めるぞ。」

「え、違うこと出来んの。やったー!」

ジルは喜んだ。

「今まで足りなかった集中力がちょっとは身についたようじゃしな。

(それにしても前に来たときとは何か顔つきが変わったというか

心構えが違うようだ。だからこそこんなに早くこの修行をクリアする

ことが出来たのじゃろうが。一体、何があったのか?

しかし、こやつから感じるものはなんじゃ?どう見ても悪意は

見られんのに心の奥底からかすかに邪悪なオーラを感じる。

それもとびきり強いものじゃ。まるで心の中に悪魔を飼っている

かのように。まさかこやつは...。いや、今は考えん方がいいか。)」

「ん?どうかしたか、じいさん。」

「いいや、何でもない。それじゃ次の修行に移るぞ。」

「待ってました。」

ジルはドキドキしながら期待していた。



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229,230

ニムダの修行を受けるジル。

「次の修行はかなり時間がかかると覚悟しとけよ。」

「はい。」

ジルは元気よく返事した。

「優れた剣士というものは自ら強力なオーラを身に

まとっているのじゃ。ジル、オーラとは何か分かるか?」

「う~ん、なんとなくは分かるような気がするけど。

はっきりとは説明出来ないな。」

「まあ、そうじゃろうな。オーラというのは別に特別な人間

だけが持っているいるというものではなく生きているものなら

子供でも獣でも草や花にでもあるものじゃよ。普通は体の

内側に隠されていてなかなか気づくことはないが。

少し言い換えればオーラとは生命エネルギーとでも

言うかな。元気なときは多くなり、疲れたときは少なくなる。

そしてオーラがなくなったとき人は死ぬ。」

「へ~。」

ジルは感心して話を聞いていた。

「これからお前にはこのオーラを感じてもらってから

それを出来る限り増やす訓練をしてもらう。」

「で、どうやったらいいの?」

「それは自分で考えるのじゃ。」

「え、えぇー!」

ジルはニムダの言葉に驚いた。

「(何をどうしたらいいのか全然わからねえよ。このじじい、

ホントに教える気あるのかよ。)」

ジルの不満そうな顔を見て、ニムダは

「なんじゃ、やる気がないならもうやめてもいいぞ。だが

これを乗り越えなければ一流の剣士になることなど夢のまた

夢になってしまうがの。」

と皮肉って言った。

「(くそ、このじじい。)分かったよ、やってやるよ。

絶対オーラを自分のものにしてみせる。」

ジルはむきになって言った。

「(ほっほっほ。なかなかおもしろいことになるかもしれんな。)」

言ってはみたものの何をすればいいのか分からないジル。

「う~ん。」

ジルは悩んだ結果、座禅の格好に戻った。

「ほお、それでいいのか?」

ニムダは試すように尋ねる。

それに対してジルはすでに集中していて耳に入っていなかった。

「(こうしていると落ち着く。でもこのままじゃダメだ。何かを、

俺の中にある何かを感じ取らなければ。)」

ジルは何も感じ取れないまま時間だけが過ぎていった。

 

 

 

「(もっともっと自分の奥深くにあるものを感じなきゃ。)」

ジルは座禅を組み自らを掘り下げるように考えていた。

 

「(・・・殺せ。殺せ。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ

殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ

殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ

殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ

殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ

殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ

殺せ殺せ殺せ・・・・・・・・・・・・・・・。)」

 

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

ジルは急に立ち上がって大声で叫びだした。

「ど、どうしたんじゃ?!」

ニムダはジルの様子に驚く。

ジルからは黒いオーラが吹き出していた。

「グオォォォォ。」

ジルは小さく獣のような声を出した。

「い、いかん。なんとかせねば。」

ニムダは自分の剣を手にし鞘から抜こうとした。

「だ、だめだ。お、俺はもう、意味もなく人を殺すのはもう

いやだー!」

ジルは頭をかかえてしゃがみこんだ。

「やめろ、やめてくれ。誰だ、誰なんだ?俺に殺させようと

するのは?」

ジルは横に大きく頭をふって混乱していた。

「落ち着け!誰もいやせん。よく周りを見てみろ。」

ニムダは剣を置いてジルのそばに来た。

「誰も..いない...。はぁはぁはぁ...。」

ジルはニムダの言葉で少し落ち着きだした。

ジルの体から出ていた黒いオーラも消えていった。

「はぁ、はぁ...。じいさん、俺の中になんかいるんだよ。

そいつが俺に殺すように言ってくるんだ。俺、頭がおかしく

なりそうだよ。」

ジルはニムダの肩を両手でつかみ、必死で訴えた。

「うん、うん。わかっておる。お前には悪魔がとりついて

いるんじゃよ。」

「悪魔。どうしたら追っ払えるんだよ。教えてくれ。」

「(今はまだ本当のことは言えんな。)うーん、そうじゃな。

普通は悪魔祓いをしてもらうのじゃが、お前の場合は

難しいかの。なんと言うかお前にとりついているものは

相当根深くて強力なんじゃよ。だから今は追い払うことは

考えん方がいいじゃろう。それより自分で悪魔を表に出さ

ないように制御することが大事じゃ。今出来たみたいにな。

それとお前は魔法が使えるか?」

「いや、俺剣士だから魔法はさっぱりだけど。」

「そうか。それならこの際、ついでだから教えておこう。魔法を

使えないお前が魔法使いと戦うときに気をつけなければ

いけないことは何か分かるか?」

「う~ん、そうだな。やっぱ飛び道具系の攻撃魔法を離れたとこ

から使われたら一番きついかな。」

「ふむ、確かにそれもある。しかしもっと危険なことがあるのじゃ。

それは精神操作じゃよ。」

「精神操作?」

ジルはピンとこなかった。



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231,232

「さよう。魔法によってお前自身が操られてしまうことじゃ。

いくら剣の腕が一流になったとしてもこれをされては何の意味もない。

仲間がいた場合はさらにたちが悪い。仲間を自分が傷つけてしまう

ことになるのじゃからな。それで『どうすればいい』って思うじゃろう。

当然、その対策法はある。対策法がなければそんな相手には

絶対勝てないことになるからな。で、その方法は自分で精神制御を

することじゃ。さっきお前が悪魔の支配から逃れたようにな。

これを自制という。この自制をより完全なものにすることで

剣士として真の一流に近づくことになるのじゃよ。分かるな。

自制をするのじゃ。」

ニムダはジルに言い聞かすようにして説明した。

「自制か。分かった。俺、がんばるよ。...あ、それと

一つ聞きたい事があるんだけどいい?」

ジルは思い出してニムダに聞いた。

「なんじゃ?」

「人を生き返らせる方法って知らない?」

「どうしてそんなことを?」

 

ジルはニムダに自分が人をたくさん殺してしまったことから

それに関係することを詳しく話した。

 

「なるほど、そういうことか。ジークフリードを魔法で蘇らせた者が

いたか...。」

「そうなんだ。マルクには方法はないって言われたんだけどさ。

ジークフリードのは違うのかなって思ってさ。」

「結論からいうと違うな。術者が死んだら魔法の効果が切れたという

ことじゃからな。それは生き返らせるとは言わんよ。近い言い方をする

とすればそれは操り人形のようなものじゃな。本来なら術者の思いの

ままに動くはずだったということじゃ。そこでジークフリードが自らの

意思を取り戻したのは奇跡だと思ったほうがいい。お前さんが望んで

いるものは死んだ人間を操り人形にすることではなかろう?」

「ああ。ということは、やっぱり生き返らせる方法はないってこと?」

ジルはがっかりしながら聞いた。

「あるよ。」

ニムダは軽い感じで答えた。

「え、えええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!教えて、教えて。」

ジルは驚いて一気にテンションが上がっていった。

「ふむ。(すごい喜びようじゃな。ここはよし...。)

しかぁし、そんなすごいことをただで教えるのはなぁ...。」

ニムダは出し渋るように言った。

「何、金がいるのか?いくら?いくら?」

ジルはテンションが上がりきった状態でニムダに聞いた。

「金などいらん。そのかわりに。」

ニムダは真剣な顔で言う。

 

 

「そのかわりに。」

ジルはニムダの言葉を復唱する。

「メアリーちゃんのお尻を触らせてくれ。」

ニムダは急にゆるみきった顔に変わった。

「(く、このエロじじいめ。)」

ジルは拳に力がこもった。

「なんじゃ、その顔は?別にわしは教えなくてもいいんじゃがな。」

「え、そんな、ちょっと待ってくれよ。

......うーん、分かったよ。その条件、呑むよ。

(俺、メアリーに殺されるかも。)」

ジルは覚悟を決めた目で承諾した。

「よし、約束じゃぞ。それじゃあ教えようかの。実は一般的には

ほとんど知られていないが、人を生き返らせるというアイテムが

あるのじゃ。それは世界に一つだけしかない世界樹の葉じゃよ。」

「その世界樹のある場所は?」

ジルは真剣に聞いた。

「世界樹はロドニエル大陸にあるコナル山の頂上に立っている。」

「ロドニエル大陸!マルクたちが行っているところだ。」

ジルは少し驚いた。

「ただコナル山は『天国に一番近い山』と言われていて

その高さは世界一じゃ。人間で登れたものはまあわしを

含めて4人だけじゃな、知っているのは。」

「それだけ登るのが大変ってことか。よ~し、やってやろうじゃねえか。

見てろよ、カフィール。すぐに俺が殺してしまった人全員生き返らせて

やるからな。」

ジルはやる気を出していた。

「とりあえず今は自分のオーラを感じるようにならねばな。

そこまで出来れば一旦、修行は中断して世界樹の葉を取りに

行くがいい。」

「はい!」

ジルは元気よく返事して修行を再開しようとした。

「あ、それとお前はこのままだとまたさっきみたいなことに

なりかねんから、一つアドバイスしておこう。オーラは体の奥深くにある

というより全身にあると考えたほうがいいかもしれんぞ。」

「分かった、やってみるよ。」

ジルはニムダに言われた通りに考え直して再開した。

「(カフィールか。あやつは素晴らしい素質を持った聖騎士じゃな。

正義のためにまっすぐに強い力を振るい続ける。もし今の世に

魔王がいれば間違いなくあやつが倒して勇者や英雄ともてはやされる

ことだろう。しかしジルは重い運命を背負っておるな。本人はまだ

はっきりとは気づいてはいないがすぐに自らの運命によって試練の

道へと導かれることになるだろう。果たしてそれを乗り越えられるか

どうか?)」

ニムダは心の中で深く考えていた。



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233,234

「(体全体からオーラを感じるんだ。)」

ジルは座禅を組んで体の中のオーラを探っていた。

「(ふむ、かなり自然な形で座禅を組めるようになってきたな。

オーラを感じるようになるのもそう遠くないじゃろう。)」

ニムダはジルの様子を少し感心しながら見ていた。

 

それから3日が経とうとしたころ。

「体が何か温かいもので覆われているみたいだ。

不思議だ、布やお湯とかじゃない変なものが全身を

包んでいるっていうのかな。何ていうんだろ?

そうだ、あえて近いものを挙げるなら蒸気なんだ。

それが体中を巡ってるんだ、きっと。」

ジルは不思議に思いながらあれこれと考えていた。

その体からは薄っすらと白いオーラが発せられていたが、黒い筋上の

オーラもいくらか出ていた。

「よし、合格じゃ。よくそこまで気づけるようになったな。

たった3日でクリアするとは大したもんじゃわい。

これで一旦修行を終了する。今はお前にもやるべきことが

あるじゃろう。それを全て終わらせて暇になるか、もっと修行を

する必要が出てくるかしたときにまた戻ってくるがいい。」

ニムダはジルを笑顔で褒めた。

「サンキュー、じいさん。俺、じいさんのおかげですごい

成長できた気がするよ。」

「ばかもの。成長はこれからもっと今まで以上の経験を積んで

初めてするものじゃ。わしが教えたのはほんのさわりだけじゃ。

くれぐれも自惚れるんじゃないぞ。」

ニムダは舞い上がるジルに釘を刺すように言った。

「わ、分かってるよ。じゃあな、じいさん。またくるぜ。」

ジルはニムダの小屋を出ようとドアを開いた。

「あ、そうそう。絶対にメアリーちゃんのお尻さわらせてもらう

こと忘れんじゃないぞ。」

ニムダはさっきまでしていた真面目な顔を一気に崩して

力の抜け切ったような表情になった。

「(このエロじじい。せっかくのいいムードを台無しにしやがって。)

はいはい、じゃあな。」

ジルはさっさと小屋を出て行った。

「結局自分自身のオーラの中にも黒いオーラが紛れ込んでいた。

人格を変えるほど表には出てはおらんかったが、このままこれ以上修行を続けるのも

危険じゃしな。まぁ、直に解決の方向に向かうじゃろう。運命がそのきっかけを

与えるはず。それが険しいものかどうかはまだわしには分からんが。」

ニムダはジルに対して思いを馳せた。

「よし、これからマルクたちと合流するか。」

ジルはマルクたちがいているはずであるロドニエル大陸へと向かうこととした。

 

そしてジルがロドニエル大陸行きの船に乗って数日が経ったころ、

「やったー。着いたわね。」

「そうですね。」

メアリーとマルクはロドニエル大陸にたどり着いていた。

「うーん、2人だとなんか静かで落ち着くわね。」

メアリーは少し寂しそうに言った。

「メアリー、ジルがいなくて物足りなさそうですね。」

「何言ってんのよ、マルク。それじゃまるで私がジルのことを好き

みたいじゃない。冗談じゃないわよ、誰があんな奴!

ほんとに真面目に修行してるのかしらね。」

メアリーはむきになってマルクに言った。

「心配はないと思いますよ。ジルは飽きっぽいとこもありますが

やるときはやる人ですから。」

「マルクってジルのこと信頼してるんだね。」

メアリーは笑顔で言った。

 

 

 

メアリーとマルクが船から降りた先には小さい町があった。

「ロドニエル大陸ってさ、無人島みたいなとこかと思ったら

町があるんだね。」

「そうですね。ここは謎に満ちた神秘の大陸ですからね。

いろいろなものを探しに来る人が多くて自然と出来てきたの

かもしれませんね。」

「へ~、そうなんだ。なんだかちょっぴりわくわくしてきたね。」

「そうですね。それじゃあ、まずはここで情報を集めましょうか。」

「賛成。」

こうしてマルクとメアリーは精霊についての情報を聞いて回った。

「すいません、精霊がどこにいるか知りませんか?」

「精霊?それなら精霊の森に行けば会えるよ。ただ、今精霊の森は

大変なことになっているがね。まあ行ってみれば分かるよ。」

一人の男が情報を提供してくれ、マルクたちは

「ありがとうございます。」

と礼を言った。

「それでは、精霊の森へ行きますか。」

マルクと、メアリーは町の外へ出ようとした。

「で、精霊の森ってどこにあるのかしら?」

「あ!どこでしょう...。」

マルクははっと気づいた。

「もう、しっかりしてよね。どうして森の場所までちゃんと

聞いとかないのよ。」

メアリーは少しあきれ気味で言った。

「すいません。」

マルクは反省して謝った。

「ちょっと待って。あそこに矢印のついた看板があるわ。」

メアリーがそう言うと、2人は看板に近づいた。

看板には『精霊の森』と書かれていた。

「この矢印の方向に進めば、精霊の森へ辿りつけるということですね。」

「そうね、さっそく行きましょうよ。」

2人は精霊の森へと向かった。

「こ、ここが精霊の森......?!」

2人の目に前にあったのは枯れかけた木々が立ち並び、精霊はおろか

小動物たちも見当たらなかった。そして辺りは異様な空気を漂わせていた。

「ここって死の森の間違いじゃない?」

「そんな感じですよね。空気がすごく悪いですよね。」

2人は困惑していた。

「情報をくれた人が言ってた大変なことというのはこのことでしょうか。」

「こうなったら原因を突き止めてやりましょうよ。」

メアリーはやる気を出していた。

「もっと先に進んでみましょうか。」

2人は森の奥へと足を進めた。



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235,236

精霊の森の奥へと足を踏み入れたマルクとメアリー。

「な、何これ...。」

メアリーが驚いて見る先には奇妙な形をした大木がそびえ立っていた。

「どう考えてもこれがこの森の元凶って感じですよね。」

「そうなんじゃよ。」

横から老人の声が聞こえた。

「え?」

マルクとメアリーはその声のした方を向いた。

そこには赤ちゃんくらいの大きさの老人が宙に浮いていた。

「誰ですか?」

「わしはこの森を見守る地の精霊ノームじゃよ。残念ながら今は

見てのとおりひどい状況に陥っておるが。」

精霊ノームは少し暗い感じで自己紹介した。

「わぁ、これが精霊!初めて見た。」

メアリーのテンションがあがった。

「あのよろしければどうしてこうなったかを教えて頂けませんか?」

マルクが心配そうに尋ねた。

「実はこの木は偶然に魔界からきたサクションツリーというモンスターでな。

周りの植物から土を通じて栄養分を吸い取って成長するんじゃよ。

魔道連盟の計らいで結界が施されているので今は被害の拡大は

防げているのじゃが、すでにこの森の栄養で成長しきっていて

どうにも倒すことが難しいらしい。それでこの状態というわけじゃよ。」

ノームは困った顔で2人に説明した。

「どうして?こんなの燃やすとか、切り崩しちゃえばいいんじゃない。

私、王室で魔法の勉強させられて火の魔法が少し使えるのよ。

それでこの化け物の木を燃やしてあげる。少し下がってて。」

「え、魔法、あ、分かりました。」

マルクは突然のことに少し驚きながらもメアリーの言葉に従い、

後ろに下がった。同様にノームも後ろに下げさせると、メアリーは

右手を前に出して手のひらを上に向けた。

ボッ。

右手の上に火の玉が現れた。

「いくわよ、『ファイアボール』!」

メアリーは火の玉を投げるようにしてサクションツリーにぶつけた。

「やった?」

火の玉はサクションツリーに命中したが少し煙を残しただけで

まったく焦げつきもしなかった。

「あら、全然効いてないのね。なら今度は本気でやってみましょうか。」

メアリーは両手を前に出した。

「『ファイアウォール』!!」

メアリーが呪文を唱えると、サクションツリーの足元から大きな炎が

立ち上った。

 

 

 

「ふふん、これなら燃えるでしょう。」

メアリーは自慢げに炎に包まれるサクションツリーを見ていた。

炎はしばらく燃え続けていたが、やがて小さくなり消えていった。

サクションツリーは多少黒く炭になっている部分もあったが、

ほぼ無傷なままで変わらずそびえ立っていた。

「うそ、あの炎でもほとんど燃えないなんて...。」

メアリーはショックを受けた。

「お嬢さん、言ったろう、このサクションツリーは成長しきっていると。

じゃから相当強い魔法でも燃えないし、斧などで切り倒すことも出来ない。

それで魔道連盟は手がつけられなかったというわけじゃよ。」

ノームはあきらめたような感じで言った。

「ノーム、このモンスターを倒す方法はもうないんですか?」

マルクが真剣に聞いた。

「...一応あることはある。この世界で最強の火の魔法使いがいる。そいつなら

この成長しきったサクションツリーでさえ燃やせるだろう。ただ、そいつはかなり

気難しいらしい。それで魔道連盟はそいつとの交渉に失敗しておるのじゃ。」

「ねぇ、そいつの名前って?」

メアリーが難しい顔でノームに尋ねた。

「そいつの名は『グレン=ノワール』。世間では”炎魔貴族”とも呼ばれておる。」

「炎魔貴族グレン=ノワール!」

メアリーは驚いてその名を叫んだ。

「メアリー、知っているんですか?」

「ええ、知っているわ。パーティーで見かけたことがあるの。彼は有名な画家であった

祖父の莫大な遺産を受け継いで裕福な暮らしをしているみたい。彼は一見とても

紳士的な男。でもギャンブルなどの勝負をするのがすごい好きでね。彼に頼みごと

をするなら彼に勝負をして勝たなければいけないらしいわ。」

メアリーは暗い表情で言った。

「なら、話は早いのでは?彼と勝負して勝てば解決するんでしょう。」

「ところがそううまくはいかないの。彼は勝負に対してまるで魔人のように

無敵の強さを誇っていてね、今までに勝負を挑んで勝った人はいないという

話よ。そして勝負に負けたものは彼の言うことを何でも聞かなければならない。

もし断れば彼の操る炎で焼き殺されるらしいわ。それが炎魔貴族と呼ばれる

所以よ。」

「は、はは、とんでもない人ですね。」

マルクはメアリーの話を聞いて少し怖くなった。



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237,238

「で、どうするの?グレンに会いに行ってみる?居場所なら

分かるわよ。ここからすごい遠いけど。」

メアリーはマルクに問いかける。

「うーん、その前に一度ジルと合流しませんか?ここから勝手に

動いたらなかなか会えなくなってしまうかもしれませんよ。」

「それもそうだけど、ジルの修行が終わるのはいつになるか

分からないわよ。もし何ヶ月もかかってたりしたらどうする?」

メアリーはマルクに反論した。

「一週間とか待つ時間を決めて、もしそれで来なかったら

何かジルがここに来たとき分かるようにして出発するというのは

どうですか?」

「うん、それでいいわね。後からジルが追っかけてこれるように

してたら別に問題ないものね。決まりね。」

 

マルクとメアリーは町でジルを待つことにした。

 

それから一週間が過ぎようとしたころ、

「あ~、もう退屈で死にそ~。」

メアリーが宿屋のベッドの上で手足をバタバタしていた。

「今日も港に行ってジルがこなかったら行きましょうか。」

というわけで2人は港へと向かった。

ザッザー。

大きな波の音と共に船がやってきた。

数人の乗客が降りてくる中、ジルの姿がそこにあった。

「あっ、ジル!」

メアリーはジルを見つけて思わず大声を出した。

「おっ、お前ら。どうしたんだ?待っててくれたのか?」

ジルは最初意外そうな顔をしていたがやがて喜びの表情に変わった。

3人は久しぶりの再会を食事をしながら楽しむこととした。

「ジルがいない間、メアリー少し物足りなさそうにしてたんですよ。」

「へぇ~、メアリーは俺がいなくて寂しがってたのかぁ。」

ジルはおもしろそうにメアリーの顔を覗き込んだ。

「バカッ。そんなわけないでしょ!死ね。」

メアリーはむきになって言った。

「メアリー、また言葉が悪くなってますよ。」

マルクはメアリーに注意した。

「もうそんなことよりもっと大事な話があるでしょ。」

メアリーは恥ずかしくてすぐに話を逸らそうとした。

「俺の方からいわせてもらおうかな。修行はまだ完璧ってわけじゃ

ないんだけどさ、キリのいいとこまでは出来たってわけで来たんだよ。

で、修行中にじじいに聞いた話なんだけどよ、世界樹の葉ってのを

使えば人を生き返らせることが出来るんだってさ。」

「えっ!人を生き返らせる方法が見つかったんですか!?」

ジルの話を聞いてマルクが驚いた。

「そうなんだよ。どうもこの大陸にそのアイテムがあるって話でさ。

すぐにでも探しに行きたい気持ちもあるけど、今回はマルクの方を

優先させようと思ってさ。精霊探しはどうなった?」

 

 

 

「風の精霊はまだですが、土の精霊ノームに会うことが出来たんですよ」

「やったじゃん。そのノームって奴を締め上げれば風の精霊のことも

吐くんじゃね。」

ジルは嬉しそうに言った。

「だ、ダメですよ。何ですか、その締め上げるって発想。

ばちが当たりますよ。それより今、ノームが守る精霊の森が

大変なことになっててですね...。」

マルクはジルに事情を説明した。

「へー、そうなのかぁ。とにかくそのグレンってやつに勝負して

勝てば全て解決ってことなんだな。」

ジルはさらっと言った。

「勝てばって簡単に言うけどね、グレンをどんなやつか知ってるの?」

メアリーは強い口調で言った。

「知ってるって今、どんな奴か聞いたよ。だけどさ、実際に会って

みないと分からないだろ。勝負して勝てるかどうかなんてさ。」

「確かにそうだけど...。」

メアリーは歯切れが悪そうに言う。

「なんかメアリーらしくないよな。もしかして昔そいつにいじめられた

ことがあるとか。それがトラウマになってて絶対に会いたくないって

理由かな。」

「何、その無理やりな設定は。私はグレンと喋ったことはないんだから

いじめられることもないでしょ。ジル、ニムダのところ行って頭ちょっと

おかしくなったんじゃないの?もう行くわよ、行けばいいんでしょ。」

メアリーは軽くキレていた。

「頭おかしいとか言うな。でも行くのは賛成だな。マルクは?」

「ええ、こうなったら行きましょう。やってみなければ出来るかどうか

は分かりませんからね。」

3人は気持ちを合わせ?てグレンに会いにいくことに決めた。

「それで、グレンってやつはどこにいるんだ?」

ジルがメアリーに聞いた。

「今は帝国領に含まれている都市、バトラスよ。」

「よし。ならすぐにバトラスに行こうぜ。」

ジルはグレンの居場所を聞いて意気込んだ。

「帝国領ですか、となると少し面倒なことになるかもしれませんね。」

マルクは少し心配そうな顔をして言った。

「帝国領だと面倒?どういうこと?」

ジルは不思議そうに尋ねた。

「ジルは知らないのね。ヴェロニス帝国って今すごい勢いで領土を

広げているの。後1年もすればサンアルテリア王国を中心とした

アルテリア連合に匹敵するほどになるだろうって言われてるくらいよ。

でもその領土の広げ方はかなり強引でよく思っていない人も多いわけ。

それで帝国内で反乱活動をしようとしてる人が出てきてるらしいわ。

当然、帝国側はそれを取り締まるよね。だから帝国領に出入りする

のは厳しいって話なのよ。」



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239,240

メアリーはジルにヴェロニス帝国について説明した。

「なるほどな、状況が理解できたよ。」

ジルは説明を聞いて納得した。

「それに私、政治には全然関わっていないけど一応サンアルテリア王国

の王族じゃない。よけい難しいと思うのよ。」

「う~ん。......そうだ、いい考えがあるぞ。」

ジルはしばらく考えた後、ある考えが浮かびついた。

「何々?いい考えって?」

メアリーは興味津々でジルに尋ねた。

マルクもジルの説明をじっと待った。

「それはな、.........。」

 

一隻の船がヴェロニス帝国の玄関港サウスポートへとやってきた。

港から船へ渡し橋がかけられると乗客が一人ずつ降りてくる。

乗客が降りた先には2人の兵士らしき男と女が待ち構えていた。

2人は降りてきた乗客を一人ずつ止めて、荷物を探り体を触って

検査をした。検査を通ったものはその先の簡素なゲートをくぐらされ

横にいるもう一人の兵士が異常がないか確認していた。

この3人は帝国の検査官だった。

「お前らの職業は?ここに来た目的は?」

茶色く汚れた大きな布で全身を被ったうす汚れた老人が男の検査官に質問される。

「へぇ、わしらは便所掃除をして飯をくってるもんでさぁ。今まで住んでた

とこで仕事がなくなっちまったんではるばる探しにきたわけだぁ。

帝国さんとこは今、大きく発展していて仕事もたくさんあるつう噂

聞いたけえ。」

老人はゆっくりとした口調で説明した。

「後ろの女はお前の仲間か?」

検察官はすぐ後ろで老人と同じような身なりの若い女に目をやって尋ねた。

「そうですぅ。この子は身寄りがなくてわしが引き取ったんだ。まあ

家族みたいなもんだけえ。」

「その荷物は何だ?」

老人の横には車輪のついた巨大なトランクケースがあった。

「へぇ、これはペットの大ニワトリが入れてあるだ。この子が卵を産んで

ずいぶん助かっとります。」

「調べさせてもらうぞ。」

「へぇ。」

老人の顔から汗が一滴流れ落ちた。検査官はトランクを開けた。

そこにはこれまた大きな袋が入っていた。

「これか?」

検査官が袋を触ろうとしたとき、

「コゲー、コッコッコ。コケー、コッコッコ。」

大きな鳴き声が聞こえると同時に袋が激しく動き出した。

「うわっ!」

検査官は驚いて後ろへ下がった。

「急に動かされてニワトリもびっくりしただな。」

「まあいい。袋を開けるまでもないだろう。よし次に行っていいぞ。」

そう言われて老人と女性はゲートをくぐった。

トランクケースを押して通った老人は何もなかったが、女性が通ると

ビー。

と音が鳴った。

「おい待て。これは魔力のあるものに反応するものだ。お前には強くはないが

魔力があるな。魔法使いか?」

そこにいた検査官が女性に質問する。

「ははぁ、この子はちんさいころから幽霊だとかおかしなもんが

見えるとかで困ってるだ。たぶんそったらことが影響しとるんじゃないかと

思うんじゃが。」

「ふーん、まあいいだろう。魔法使いでなくてもこのくらいの魔力のものは

いなくはないからな。よし、もういっていいぞ。」

こうして老人と女性はようやく町へと進むことを許された。

 

 

 

「ふぅー。」

女性が身を纏っていた布を脱ぎ払った。

「なっ。うまくいっただろ、メアリー。」

ベリッと付け髭を取り払ったジルが元気に話しかけた。

「もう、いいですかぁ?」

トランクケースの中からこもった声が聞こえた。

「悪かったな、マルク。」

そうジルが言うと、急いでトランクケースとその中の袋を開けた。

「ぶはぁぁ。やっと思いっきり空気が吸えます。本当に苦しかった。」

袋の中からマルクが出てきた。

「もう、他にいい方法なかったの。疲れたわよ。」

わざと汚していた顔をタオルで拭きながらメアリーが言った。

「本当に私がにわとりのふりをするなんて意味があったんですか?」

マルクが不満そうに言う。

「まぁまぁ、お2人さん。ほらさ、あんまり目立たないようにしないと

いけないからさ。汚い格好だとあんまり誰も見たくないと思うだろ。

それに俺らが3人で動いているところ見られてもここで2人だと

思わせてたらどこから入ってきたか分からなくなって有利だろうと

思ったんだよ。成功したんだしいいじゃん。」

ジルは軽く言った。

「いいじゃんってね。あんたこれ帝国から出るときもやるわけ?」

メアリーが怒り気味で言った。

「え、そのときはまた考えるさ。さあ早くグレンに会いに行くぞ。」

ジルはその場をうまく誤魔化した。

 

3人はグレンのいる都市、バトラスへ向け歩き出した。

バトラスはかなり内陸にあり、いくつかの町を経てようやく辿りついた。

「疲れましたね。」

マルクが息を切らしながら言った。

「ほんと、もう歩くの嫌。今度からは馬車とか使おうよ。」

「だな。俺もなんか疲れた。」

3人はバトラスの宿で一晩休んでからグレンに会いに行くことにした。



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241,242

次の朝、ジルたち3人は道行く人にグレンの居場所を聞いた。

「すいません、俺たちグレンって人に会いたいんすけど。」

「グレンに会いに?ああそれならあそこを左に曲がって

真っ直ぐ行った突き当りを右に行って、しばらく歩いていると右手に

赤いレンガの建物があるからそこへ入るといいわよ。」

女性は少し早口で手を使ったりして3人に教えた。

「え、ええとすいません。もう一回言ってもらえますか?」

3人はうまく覚えられなかった。

「うん?だからあそこを左に曲がって真っ直ぐ行った突き当りを

右に行って、しばらく歩いていると右手に赤いレンガの建物が

あるからそこに入ればいいって言っているのよ。」

女性はまだ理解できていなそうなジルたちを見て言い直した。

「えーと、とにかくあっちの方の赤い建物を探してみなさい。」

ジルたちは言われた通りの方向に進んで赤い建物を探した。

「あった。」

ジルが見つめる先に赤いビルがそびえ立っていた。

「何か建物の前に立っているだけなのに圧迫感を感じるのは

気のせいでしょうか。」

マルクは建物の中から何かを感じていた。

「なに言ってんだよ。ここまで来たら入るしかないだろ。」

バン!

ジルは勇み足で建物の中へと足を踏み入れた。

中は正面に大きな階段がある広々としたホールだった。

暗いながらもほこりなどはなくきれいで外観とは違い落ち着いた

雰囲気になっていた。

「......客か?」

階段の上から一人の男が姿を現した。男は全身を真っ赤な服、ズボンで

身を包みその髪も赤く逆立っていた。

「お前ら、何の用だ?」

男はジルたちに問いかける。

「グレン、あなたに頼みがあってここに来たの。」

メアリーはグレンに話しかけた。

「頼みごとか。俺を知っているのなら分かっているんだろうな?」

「ええ。頼みを聞いてもらうにはあなたとの勝負に勝たなければいけない。」

「分かっているじゃないか。なら部屋に案内しよう。」

ジルたちは階段を上って右手の部屋へ案内された。

「何だこの部屋?」

ジルたちは中に入って戸惑った。部屋の中には天板が緑の布地の

白い線で枠や数字などが書かれている机がいくつか置かれていた。

「これは俺の趣味の部屋、『カジノルーム』だ。」

「カ、カジノルーム!」

「そう、ここは遊びの場所であり、真剣勝負の場でもある。

まずはそこの席に座りたまえ。」

グレンはジルたちを一つの机の前に並んで座らせた。

 

 

 

「勝負の方法についてだが、このルーレットにする。」

グレンはそう言って目の前の円状の盤を指差した。

「お前らは素人のようだからルールは簡単にしよう。

この盤には赤と黒のマス目がある。今から投げ入れる玉が

どちらのマス目に入るかを当ててもらう。いいな?」

「ああ、分かった。」

ジルは緊張から重い返事をした。

「では、どっちに賭ける?」

グレンはじっとジルを見つめ問いかける。

「赤だ!」

ジルは思い切って答えた。

「回すぞ。」

そう言ってグレンはルーレットを回しだした。

そしてすぐに玉を投げ入れた。

ルーレットはビュンッと勢いよく回っている。

その様子をジルたち、そしてグレンは真剣に見守る。

ルーレットは徐々にスピードを落としていき、玉がコロコロと

回っているのが見れた。

いよいよ玉がマスに入ろうとしたとき緊張が走った。

カラッ。

玉がマスに入ってその動きを止めた。

「赤だな。」

グレンはそっと呟いた。

「え、赤?やった!勝ったぞー!」

ジルは赤いマス目に入っている玉を確認すると一気にテンションが上がり

大喜びをした。

「やりましたね。」

マルクもいっしょになって喜ぶ。

しかし、メアリーはなぜか浮かない顔をしている。

「どうした、メアリー?」

ジルが不思議そうに尋ねる。

「ううん、なんでもないわ。よかったね、ジル。」

メアリーは作り笑いをして答えた。

「さて、頼みごととやらを聞こうか。」

グレンは落ち着いて言った。

 

ジルはグレンに事情を説明した。

 

「なるほど、そういうことか。いいだろう、ロドニエル大陸に行ってやろう。」

「ちょっと待って。どうして?あなたならさっきのルーレット、勝つことが

できたんじゃないの?それを簡単に私たちに勝たせていいわけ?あなたの不敗神話

に傷がついちゃうのよ。」

メアリーは腑に落ちないといった表情でグレンに問い詰める。

「ハッハッハ。おもしろいな、サンアルテリアの王女は。」

グレンは顔を上げて笑い出した。

「え!私のこと知ってたの!?」

メアリーは驚く。

「当然だ。ドレスを着ていなくてもその顔を見ればすぐにわかる。

パーティーで一度見かけただけだが、記憶力はいいほうだからな。

まあ退屈してたしな、初心者のお前らを相手に遊んでやったってとこだな。

勝負だから負けるときは負ける。但し、俺は絶対に勝つと決めた真剣勝負では

まだ不敗神話は続いている。これで納得したか?」

「ええ、まあ。」

メアリーは頭の中では納得していたが気持ちが少しついていけていないという

感じだった。



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243,244

「もういいじゃん。来てくれるっていってるんだしさ。細かいこと

気にすんなよ、メアリー。」

ジルは軽い感じでそう言うとメアリーの頭をポンポンと叩いた。

「『いいじゃん』って...。ジルは楽観視しすぎなのよ。」

メアリーは怒って言い返した。

「まあまあ、ここはとにかく来てもらいましょうよ。あくまでも

気を許さないように気をつけながらで、ね。」

マルクがジルとメアリーを取り持つように話に入ってきた。

「うん、分かったわ。今はそうするしかないものね。」

メアリーはマルクの言葉でようやく自分を納得させることが出来た。

「話し合いは済んだか?こっちはすぐにでも出られるがいいか?」

横で3人の様子を見ていたグレンが言った。

「もちろん。」

ジルたちは元気のいい返事をした。

「よし、俺の高速船を使おう。普通の旅客船の倍のスピードが

出せるからな。俺の船を使えば面倒な出国検査とかもなくなるしな。」

ジルたちはグレンに従い、港まで行くとグレンの所有する高速船へと

乗り込んだ。

 

グレンの高速船はさすがに早く、来たときよりもずっと短い日数で

ロドニエル大陸へとジルたちは戻ってくることが出来た。

そして、ジルたちはグレンを精霊の森へと案内した。

「ふぅ、たまには自然の中に身を置くのもいいものだな。」

グレンがふと呟いた。

「本当にこいつにまかせて大丈夫かな?なんかちょっと不安になってきた。」

ジルがマルクとメアリーにこそっと話す。

「まぁ、この人が本気で私たちに協力してくれるっていうんだったら

全然問題ないと思うわ。魔道士としての腕は世界でも指折りという話は

有名だからね。」

「ここまで来てくれているのに私たちを騙すというのはないと思いますけど。」

メアリーとマルクが意見を出し合う。

「何だ?また話し合いか?」

グレンは少しうんざり気味で言った。

「いや、大丈夫。問題の木はもうすぐよ。」

グレンの言葉にビクッとなったメアリーがあわてて答えた。

そこから歩き出してまもなく精霊の森に寄生したサクションツリーの

前までやってきた。

 

 

 

「これか?」

グレンがサクションツリーを指差してメアリーに尋ねた。

「そうよ。」

メアリーは真剣な表情で答えた。

「何だ、こんなものも処理できないなんてな。魔道連盟もたいした

ことはないな。それともこんなものにはかまっていられないほど

忙しい事情でもあるのかな?」

グレンは皮肉っぽく言った。

「魔道連盟がたいしたことない!?」

「こんなもの!!?」

マルクとメアリーはグレンの言葉に驚いた。

「さて、約束だからな。さっさと焼いてしまうか。」

グレンはそう言うと右手を広げて体の前に出した。掌はちょうど

サクションツリーの立つ方向に向いていた。

「『ファイアボール』。」

グレンの掌から火の玉がサクションツリー目掛けてボンッと放たれた。

火の玉がサクションツリーに当たると一気に全体をゴオォォォという

大きな音と共に燃え上がらせた。そしてすぐに真っ黒な炭となって

崩れ落ちていった。

「す、すげえ...。」

「すごい...。」

ジルとマルクはただただグレンの魔法の力に驚いていた。

「うそ...。私の『ファイアボール』じゃ焦げることもなかったのに。

魔力の次元が違いすぎるわ。」

メアリーはグレンとの圧倒的な力の差を感じていた。

「まあ、ひまつぶしにはなったか。それじゃ、俺は一足先に帰らせてもらおう。

お前らはまだここに用事があるみたいだしな。」

グレンはそう言い残すとさっと帰っていった。

 

「行っちゃいましたね。」

「ああ、意外とあっさりしてたな。」

「うん、一時はどうなるかと思ったけどよかったわね。」

3人はそれぞれ感想を言い合った。

「いやー、よくやってくれた。これでこの森も元の姿に戻っていくことじゃろう。」

「わっ!」

突然の精霊ノームの言葉に3人はびっくりした。

「いるならいるって言ってくださいよ、もう。心臓に悪いですよ。」

「そうよ、そうよ。」

「いやー、すまんかったな。最初からじっと様子を見ていたがなかなか

出るきっかけがつかめんでな。」

「へぇ~、こいつが精霊かぁ。本当に小さいんだな。えいっ。」

ジルはノームの耳を引っ張ってみた。

「いたっ!これ何するんじゃ。この罰当りめがっ!」

ノームは急に怒り出した。

「おもしろいな、これ。」

そういってジルはさらにノームをいじった。

「こらぁー!やめんか。せっかく風の精霊を探してきたというのに

もう会わせんぞ。」

「えっ、風の精霊。」

ジルはすぐにノームから手を放した。



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245,246

「ふぅ、まったく...。この森を救ってくれたらその礼を

込めてと考えて探しておったというのに...。」

ノームは気分を害しながら言った。

「ありがとうございます!」

マルクは元気よくノームにお礼を言った。

「ふむ、まぁいいじゃろう。おーい、ルービンや。」

「はーい。」

ノームが声を大きくして呼ぶと返事と共にノームと同じ

大きさの少年が現れた。

「君が風の精霊なの?」

マルクが風の精霊ルービンに尋ねた。

「うん、そうだよ。ねえ、お兄ちゃん、いっしょに遊ぼう。」

ルービンは無邪気な笑顔でマルクに言った。

「え、遊ぼうって...。」

マルクは戸惑う。

「遊ぼう、遊ぼう、遊ぼう遊ぼう……。」

ルービンは駄々っ子のように同じ言葉を繰り返した。

「いいんじゃない。マルク、遊んであげたら。」

メアリーが笑顔で言った。

「うん、俺たちは別にいいからそいつにちょっとつきあってやれよ。」

ジルもメアリーと同じ意見だった。

「ありがとう。そしたら少し遊んできますね。」

マルクはジルとメアリーに感謝して精霊ルービンに向き合った。

「ルービンくん、何して遊ぼうか?」

マルクがやさしく聞いた。

「こっちこっち。」

ルービンはそう言うとピューっと森の奥へと飛んでいった。

「えっ。」

マルクは突然で少し戸惑ったがすぐにルービンの後を追って走り出した。

「ちょ、ちょっと待って。」

マルクは全力に近い速さでルービンを追いかけたが一向にその差は縮まら

なかった。

「はぁ、はぁ、はぁ...。ほんとに待って...。」

マルクはすぐに息切れを起こし走るスピードも少し落ちた。

「ん?あれ?」

そのときある異変に気づく。

「景色がすごい速さで流れている...。これは...。

まるで風の中にいるみたいだ。」

程なくして景色が流れる速さはゆっくりになっていき周りが確認できる

ようになってきた。

「え、ここはランターナ!間違いない。でもどうして?」

「これ、『エアループ』っていう魔法。風に乗ってここまで来たんだ。

風の魔法使いなら使える魔法だよ。そうお兄ちゃんはもう使えるはずだよ。」

「え、私が風の魔法使いって言ったかな?」

「匂いで分かるんだよ。」

ルービンは当然といった表情でマルクに言った。

 

 

 

「もしかして遊ぶためじゃなくて、私に『エアループ』を教えるために

ここへ連れてきてくれたの?」

「う~ん、半分半分かな。僕自身も楽しみたいし、お兄ちゃんが

そのために僕を探してたみたいだったしね。そしたらもう一つ

お兄ちゃんのために魔法を教えるよ。」

「もう一つ?」

「うん、お兄ちゃんにとって最強の魔法になると思うよ。今はまだ

魔力が足りなくて使えないかもしれないけど、いつかきっと役に立つよ。

あんまり時間をかけたくないからお兄ちゃんの中に直接伝えるよ。」

「中に直接伝える?」

マルクはルービンの言葉を理解しきれなかった。

「うん。」

ルービンはそう言うとマルクにすっと近づいてきた。

「いくよ、えいっ!」

ルービンは両手をマルクに向けると両手から光を放ちマルクにぶつけた。

「わっ。」

マルクは突然のことで驚く。

「あれ、なんともない。」

マルクは自分の体を見直したが全く変化はなかった。

「これで伝わったはずだよ。後はその時が来れば自然に使えるはずだよ。

じゃあ、みんなのとこに帰ろう。さあ、『エアループ』を使ってみて。」

ルービンはマルクに魔法を促す。

「使ってみてって言われても。どうやればいいのか?」

マルクは少し戸惑った。

「行きたい場所を念じながらさっきの風を再現するんだよ。」

「さっきの風...。そうか魔法であの風の流れを作り出せばいいんだ。

よし、やってみよう。『エアループ』。」

マルクは目に力をいれて、いつも使っている魔法と同じ要領で風を操ろうとした。

するとマルクとルービンの周囲の景色が少しずつ流れ始めた。

流れは速くなっていき、すぐに周りがどこか分からないほどになった。

しばらくその状態が続くとまた流れの速度は落ちていった。

景色が認識できるほどになるとジルやメアリーの顔が見えた。

「ふぅ...、できた。」

マルクは一息ついた。

「おかえりー。」

メアリーとジルは笑顔でマルクを迎えた。

「ただいま帰りました。すいませんね、2人とも待たせてしまって。」

「気にすんなって。じゃ、マルクも戻ってきたし行くか。」

「行くってどこに?」

マルクはジルに問いかける。

「決まってんじゃん。世界樹の葉を取りにコナル山ってとこに

行くんだよ。俺が殺してしまった人を生き返らせなきゃいけないだろ。」

「ああ、そうでしたね。」

マルクは納得した。

「もう、忘れてたのかよ。」

ジルはやれやれといった表情をした。



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247,248

「ちょっと待って。そのお兄ちゃん、世界樹の葉を取りにいくの?」

突然、ルービンが話に入ってきた。

「そうだけど、何か?」

ジルが聞き返す。

「それだったら僕、いっぱい持ってるからあげるよ。ほら。」

そう言ってルービンはジルにたくさんの葉を渡した。

「え、えええぇぇぇ!こんなに簡単に手に入れてしまっていいのかな。

ま、とにかくルービン、ありがとう。」

ジルは驚きを隠せずにいたが素直にルービンに礼を言った。

ルービンは少し照れていた。

「となるともうサンアルテリア王国へ帰れるね。」

メアリーが嬉しそうに言った。

「そうだな。じゃ船に乗って帰るとするか。」

「ちょっと待ってください。」

「何だよ、マルク。まだここに用があるのか?」

「いえ、そうではなくて魔法を使って帰りましょう。」

「魔法って?」

「さっきルービンに教えてもらったんですよ。その魔法を使えば

行ったことのある場所へすぐに戻れるんです。」

「すごいじゃないか。なんて便利なんだ。じゃ、さっそく頼むよ。」

「はい。ルービン、ノーム、またね。『エアループ』。」

マルクはルービンとノームに別れを告げると魔法を唱え、

ジルとメアリーを連れてサンアルテリア王国へと戻ってきた。

「すごおーい。ほんと一瞬で戻ってこれるんだね。」

メアリーはマルクの魔法に驚いていた。

「ほんと、マルクは役に立つなぁ。それに比べてメアリーは...。」

「何よ、それ。一番役に立ってないのはあんたでしょ、ジル。」

メアリーは怒って言った。

「なんだとぉー。俺はこう見えないとこで頑張ってるんだぞ。」

「あら、どうかしらね。」

「くっそー、むかつくこの女。絶対仲間から外す。」

ジルは拳を握り締めて言った。

「ふーんだ。あなたにそんな権利はないのよ。」

メアリーもむきになって言った。

「もう2人とも落ち着いてください。」

マルクはジルとメアリーの間に入った。

「だってこいつが。」

ジルとメアリーはお互いを指差しながら声を揃えて言った。

「ああ、一人でどこか遠くに行きたい気分です...。」

マルクは頭を抱えた。

「あーーーっ!ジルさんじゃないですかぁ。」

遠くから子供が大声で呼ぶ声がした。

「な、なんだ。この俺を不愉快にするような声は?」

その声はメアリーとケンカをしていたジルの苛立ちをさらに掻き立てた。

 

 

 

ジルに近づいてきたのはヒヨルド博士だった。

「いやー、お久しぶりですね。会えて嬉しいですよ。」

ヒヨルド博士は怒っているジルとは対照的に満面の笑みを浮かべていた。

「このマッドサイエンティストが。会ったら絶対ボコボコにしてやろうと

思っていたんだ。おい、マルク。ミラージュナイフを出せ。」

「は、はい。」

マルクはジルの勢いに負けてあわてて荷物からミラージュナイフを

取り出し、そしてジルに渡した。

「ミラージュナイフがどうかしましたか?」

ヒヨルド博士は平然と聞いてきた。

「『どうかしましたか?』じゃねぇよ。とんでもねえもの渡しやがって。

この殺人ナイフでお前を刺してやる。」

ジルはミラージュナイフを鞘から抜いてヒヨルド博士に向けて構えた。

「わー、待ってください。ジル、少し落ち着いてくださいよ。」

マルクが割って入る。

「殺人ナイフ?どういうことですか?」

ヒヨルド博士は不思議そうに尋ねた。

「実は...。」

まだ落ち着けないジルに代わってマルクがヒヨルド博士に説明した。

「なるほど、そんなことが。しかしそれはミラージュナイフのせいと

いうよりはジルさんのせいでしょうね。

このミラージュナイフは確かに持つ人に反応して特別な力を出すこと

はありますが確かにナイフ自体には珍しい力を与えたり、持つ人の力

を増幅させるようなことはありませんからね。

特殊な効果が現れたとすれば、それは持つ人の力がよほど大きかった

ということでしょう。」

ヒヨルド博士は相変わらず冷静に分析した。その様子を見ていてさすがの

ジルも呆れて怒りも消えていった。

「もう、いいよ。そいつは返すからまた研究にでも使ってくれ。」

「え、いいんですか。本当に助かりますよ。」

ヒヨルド博士は大喜びをした。

「実はつい最近、非常に珍しい鉱物を発見しましてね。それで世界最高の

剣を作ろうと考えているんですよ。ただ、今はまだいろんな物が足りなくて

完成にはほど遠いわけなんですが、このミラージュナイフをその剣のコンセプト

の参考にでもさせてもらいますよ。」

「へぇ~、世界最高の剣か。興味深いな。一体何が足りないんだ?」

剣士であるジルにとって気にならないはずがなかった。



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249,250

「そうですね、まずはきちんとした剣にしてくれる鍛冶屋ですね。

それと何か特別な能力をつけたいと思うのですがそのための

エネルギー源ですか。とびきり強力なものが欲しいですね。」

「ふーん、そうなのか。まあ俺たちもちょっと探しておくよ。」

「本当にジルさんはいい人ですね。」

「いや、そう言われると照れるなぁ。」

「その世界最高の剣がもし完成したら欲しいんでしょう?」

メアリーがジルにいじわるっぽく言った。

「え、そりゃまあな。剣士としてそういうのを手にしてみたい

ってのは確かにあるよ。」

ジルは素直に言った。

「ええ、かまいませんよ。別に誰かの為にと考えていたわけでは

ないですからね。」

「ホントか。ホントにいいんだな?」

ジルは一気にテンションを上げて念入りにヒヨルド博士に聞いた。

「もちろんですよ。」

「サンキュー。」

ジルはヒヨルド博士の手を取って礼を言った。

「ホント、げんきんなもんね。ついさっきまであんなに怒っていた

くせに。」

メアリーは皮肉っぽく言った。

「何だって。」

ジルが少し怖い顔をする。

「いいえ、別に。それにしてもヒヨルド博士はどうしてここに?」

メアリーはこれ以上ジルを怒らせることを避けるように話を逸らした。

「あっ、そうだ。忘れてました。私、カフィールさんに頼まれてたんです。

ジルさんたちが人を生き返らせる方法を見つけたら、死んだ人たちが

いるところへ案内するようにと。」

「グッドタイミングじゃん。俺たちちょうどそのことでここに戻って

きたんだよ。それにしてもいつ戻ってくるか分からない俺たちを待ってた

なんて暇なんだな。」

「いえいえ、ここは私の研究には事欠かない情報や物が揃ってますからね。

退屈はしませんでしたよ。もうすでに第二研究所をつくったくらいですからね。」

「それにしてもカフィールさんとはどういった縁で?」

ふと不思議に思ったマルクが尋ねた。

「前に魔力探知器を作ってあげたんですよ。そのときからその魔力探知器の

メンテナンスやら情報交換やらで親しくしているというわけですよ。」

「へぇ~、ヒヨルド博士ってただのマッドサイエンティストかと思ったら

意外と交友関係あるんだな。」

ジルは少し驚いていた。

「それは褒めてるととっておきますよ。それではさっそくですが案内しましょうか。」

ジルたちはヒヨルド博士に連れられていった。

 

 

 

ヒヨルド博士はジルたちをある一軒屋へと連れてきた。

「ここです。中は散らかってますが気にしないでください。」

ガチャと開けて入った先にはいろいろな道具が無造作に床に置かれていた。

「またいろいろなものが置いてありますね。」

マルクはヒヨルド博士に話しかけた。

「また後でゆっくり見ていってくださいよ。」

ヒヨルド博士は少し嬉しそうな顔をした。

「こっちに地下への階段があります。来てください。」

ジルたちはヒヨルド博士に言われるままに地下へと降りていった。

「どうぞ。」

ひんやりとした地下室には人が入ったカプセルのようなものが

たくさん並べてあった。

「これは...。」

ジルたちは驚いた。

「『人体冷凍保存装置』ですよ。これに入れば生きた人間が

老いることなく何百年も生きることだって出来るんですよ。まあ

これに入っている間は何も出来ませんがね。今回は死んだ人の

腐敗していくのを防いでいるわけです。」

「すごいわね。」

メアリーは感心していた。

「確かに。まさかこんなまともなものを作れるなんて見直したぜ。」

「ヒヨルド博士ってすごい人だったんですね。」

ジルとマルクもヒヨルド博士を褒めた。

「まあ、私的にはあんまりおもしろい発明ではないんですけどね。

ただ頼まれて作ったというだけのものですから。それでもこうして

褒められるのはうれしいことです。」

ヒヨルド博士は冷めたような口調で答えた。

「それじゃさっそく始めようぜ。おい、マルク。」

「はい。」

マルクは荷物の中から世界樹の葉を取り出しジルに渡した。

「で、これってどうやって使うんだろう?」

世界樹の葉を手にしてはみたが使い方が分からず戸惑うジル。

「えーと、どうするんでしょう?」

マルクも困っていた。

「それって死んだ人の上に乗せればいいんじゃないですか?

ちょっと待って下さい。今カプセルを開けますから。」

ヒヨルド博士はそう言って装置のボタンを押してカプセルを開けてまわった。

「さあ、どうぞ。」

ジルはヒヨルド博士に言われた通りにカプセルの中の人々の上に葉を

乗せてみた。

ボワーッ。

葉は淡い緑色の光を発しながらその下にいる人の中に潜り込んでいった。

すると人々の深い傷口がふさがり、一斉にパチンと目を覚ました。



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251,252

「私は一体、どうしたのかしら?」

「俺はどうしてここに?」

人々は困惑していた。そしてジルの姿を見ると怯えだした。

「きゃあぁあ!!」

「この殺人鬼め!俺に何をしたんだ?」

人々は大声でわめきだした。

「ちょっと落ち着いてください、皆さん。」

マルクは必死に人々に訴えた。さらに続ける。

「今の自分の体を見てください。どこか痛むところはありますか?」

「あ、そう言われれば...、どこも痛くない。」

「あれ、どうして?」

人々は自分の体がどこも悪くないことを確認すると、少し落ち着いてきた。

そこでジルは少し前に出た。

「皆さん、申し訳ありません。俺は確かにあなた方を何の理由もなく殺しました。」

人々はジルを恐怖と怒りの混ざった複雑な心境で見ていた。

「しかし、俺はそのことにすごく後悔をしました。そして反省の意味を込めて

生き返らせる方法を探し、見つけ、こうして皆さんを生き返らせたんです。」

ジルはゆっくりと気持ちを込めて人々に説明した。目にはうっすらと涙を浮かべていた。

「え、ええぇと...。」

人々はジルの謝罪に戸惑いを感じていた。

「まあ、みなさん。これでも飲んで冷静に話しましょう。」

ヒヨルド博士はそう言って人々に水の入ったコップを渡していく。

人々は皆、のどの渇きを思い出したようにすぐに水を飲み干した。

「...あれ。俺は何をしてたんだ?」

人々はジルの謝罪に対する戸惑いから、目覚めたときと同じ自分の状況

が分からないことに対する戸惑いへと変わっていた。

「?!」

ジルたちはその様子の変化に理解できないでいた。

「みなさん、ここはあなた方の家ではありませんよ。さあさ、出口は

こちらです。出ていってください。」

ヒヨルド博士は戸惑っている人々を半ば無理やりに外へと追い出した。

追い出された人々は訳が分からないといった表情で自分の家へと帰っていった。

「ヒヨルド博士、これはどういうことですか?」

マルクは思わず尋ねた。

「簡単なことです。あの水に最近の記憶を無くす薬をいれていたんですよ。

死んでからずっと眠っていたあの人たちにとってジルさんに殺されたことも

最近のことに入っているはずですからね。」

「それっていいのかな、なんか俺のした悪いことを隠しただけって感じで

かなり後味が悪いと思うんだけど...。」

ジルは複雑だった。

「たまにはいいんじゃないですか。要は被害者の気持ちを苦しみから

救うことが大事なんですから。そういう意味では問題ないでしょう。

ジルさんの後味の悪さは、これからの人生を償うような気持ちで生きて

いけばいいと思いますよ。」

ヒヨルド博士のこの言葉にジルは泣き出した。

「おいおい、それってお前のキャラに合ってねえよ。なんて優しい言葉

なんだ。泣けてくるじゃねえか。」

ジルは目から流れる涙を腕で拭う。

「ヒヨルド博士ってけっこういい人なんだね。」

メアリーが横にいたマルクに呟いた。

「それにしてもさっきの薬、初めて人に使ってみたんですが副作用がないか

調べられないのが残念ですねぇ。前の失敗作では試験用のネズミがご飯を

食べることを忘れて餓死してしまいましたが、さっきの状況では仕方ないですね。」

ヒヨルド博士は残念そうにしながらも笑って言った。

「ちょっと待て。それ試作品だろ。何使ってんだよ。お前、もしあの人たちに何か

あったらどうすんだよ。」

「なぁに、私がやったことはばれませんよ。はっはっは。」

「このやろう。絶対いつか罰が当たるぞ。さっきの涙を返せ。」

さっきまで泣いていたジルはヒヨルド博士に泣かされたことを悔やんだ。

「何だか、私ついていけないわ。」

「いや、ここはむしろ関わらないほうがいいと思いますよ。」

マルクとメアリーはジルとヒヨルド博士を遠目に見た。

「もういいよ。いつものことだ。俺はあの人たちに何もないことを祈っとくよ。

じゃあな。」

ジルはすぐに冷めて、この場を去りたくなった。

「そうですか...。これから私の新しい発明を見てもらおうかと思っていたの

ですが...。またいつでも来てくださいね。当分はここにいてるつもりですから。」

「はいはい。」

ジルは適当な返事をしてヒヨルド博士の研究所を出た。

 

 

 

「これでジルのやるべきことは終わったってことよね。」

メアリーがジルに話しかける。

「そうだな。なんか終わったって思ったら急に気が抜けてきたな。

しばらくのんびりしてようかな。なあ、マルク?」

ジルが穏やかな笑顔で言った。

「いいですね。私も賛成です。」

ジルたちはしばらくゆっくりと休息をとることにした。

 

ここは国立図書館。

「カフィールさまですね。特別閲覧室の入室許可手続きでよろしいですか?」

「ああ。」

カフィールが受付で手続きをしていた。

「それではこちらの用紙に必要事項を明記の上、提出して下さい。

審査が終わりましたら許可がおりたかどうかお知らせします。

審査には約一ヶ月程かかりますのでそれまでお待ちくださいませ。」

受付の女性が説明する。

「一ヶ月か...。もっと早くできないか?」

「そう、言われましてもねぇ。そういう決まりになっていますから。」

受付の女性は困った顔をして言った。

「いいんじゃないですか。許可を出しても。」

横から現れたのは国立図書館館長リットンだった。

「館長、何勝手なことを言ってるんですか!公共の施設で一人だけを

特別扱いするようなことは許されませんよ。」

受付の女性は少し怒って言った。

「まあまあ、いいじゃないですか。審査というのはその人が怪しくないか

調べるためのものですから。聖騎士カフィールなら何も問題はありませんよ。

それに審査の最終的な判断を下すのは私です。私がいいと言っているのだから

構わないでしょう。」

「しかし...。分かりました、何かあったら館長が責任を取ってくださいね。」

受付の女性はまだ不満は残るものの渋々承知した。

「すいませんね、無理を言って。ではカフィールさん、どうぞ行ってください。」

リットンは受付の女性に謝って、カフィールに入室を許可した。

カフィールは特別閲覧室の扉をギィィと開けた。

部屋の中は人の気配がなく、外とは少し違う空気を漂わせていた。

「さて、あの本はどこだったか...。」

カフィールはある本を探し始めた。

「これはこれはカフィールじゃないか。珍しいな、こんなところで。」

カフィールの前に黒いローブに紺色の髪をした若い男が現れた。

「エウドラか。世界最強の魔道士がまだ何か勉強することでもあるのか?」

カフィールはわずかに笑みを浮かべて言った。



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253,254

国立図書館の特別閲覧室で向かいあうカフィールとエウドラ。

「はっはっは。カフィールにそう言ってもらえるとは光栄だな。

だが今俺が知りたいのは魔法じゃなくて兵法だ。どこかの国の軍師でも

やろうかと思ってな。その手の本を探しに来てたというわけだ。まあ、

完璧ではないが結構参考にはなったよ。」

「恵まれた才能があるのにそれ以上望んだら、失敗するぞ。」

「そういうお前こそ何を望んでここへ来たんだ?俺と同じじゃないのか?」

「俺は力が欲しい。俺の正義を貫くことができるだけの。」

カフィールは力を込めて言った。

「なるほど。よほどの敵が現れたってところだな。それで狙いは

『太古の神剣』か。」

「さすがに勘がいいな。それとも俺の未来でも見えたか?」

「ははは、お前の未来までは見えないさ。だが近い将来、戦争が

起こる予感はする。そうなったら俺やお前なんかは確実になんらか

の形で関わることになるだろう。そのときにどう関わりたいかって

ことだ。俺は大局的に戦争を見てみたいっていうのがあるから軍師

をと考えているってとこだな。」

「なるほどな。お前の予感は下手な占い師よりも当たるからな。

ただ道楽で軍を動かしたいってわけでもないんだな。それじゃあな。」

「あ、ちょっと待て。お前に一つ魔法を教えておくよ。時間がもったいない

からお前の体に覚えさせるぞ。お前ならそれで使えるようになるだろう。」

別れようとしたカフィールを引きとめたエウドラは、カフィールの手を掴み

そこからボワッと緑色の光を放った。

「手をかざしたところから異空間につながる穴を作って物を出し入れする

魔法『イルパ』だ。長旅が楽になって便利だぞ。」

「どうして俺に?」

カフィールは顔つきを変えずにエウドラに尋ねた。

「お前の父上には昔、世話になったことがあってな。その恩返しかな。

それと俺がお前に追い込まれるようになったとき見逃してくれるかも

しれないからな。」

エウドラは少し笑いながら答えた。

「フ...。素直にこの恩、受け取っておこう。じゃあな。」

「ああ、また会おう。」

カフィールとエウドラは別れた。

 

 

 

「...これか?」

カフィールは本棚から一冊の本を抜き取った。本のタイトルは

『古代の神々』だった。

「ええと...。」

カフィールは本をパラパラとめくり始めた。

「あった。『古の神々の一人、エクスデスは自らの力を

一本の剣へと閉じ込めた。その剣は天を震わせ、大地を

割り、海を裂く。持つべきものに大いなる力を与え、

世界を思いのままに変えることが出来るという。

しかしあまりの強大さ故に人々に恐れられ、他の神々により

ある場所へと封印された。』か。」

カフィールは本をパタンと閉じてまた本棚の元の場所へと戻した。

そしてまた本を探し出した。

「これか。」

カフィールが再び手にした本のタイトルは『世界の秘跡』だった。

本をバッと開く。

「『コナル山・・・断崖絶壁のその山は通常人間が登るのは到底

困難とされる。頂上にはこの世に一つだけの世界樹の木が大きく

そびえ立つ。』...違うな。」

パラパラとページをめくっていく。

「『試しの洞窟・・・神々が人間の力を試すために作ったとされる

洞窟。それは地面の下深く底なしに続いており、神々の遺産が神の

用意した試練と共に眠っている。その最下層には神の力そのものとも

言える一本の剣が封印されているという。』...これだな。」

カフィールはさらに続きを読む。

「『その場所を探すことが一つ目の試練である。見つけにくいようで

見つけやすい。そんな場所に存在する。』...場所に関する情報は

これだけか。やはり本だけではこれが限界か...。あとは勘に頼り

ながら地道に探していくしかないな。」

カフィールは本を戻して、特別閲覧室から出た。

「おや、カフィールさん。お探しの本は見つかりましたか?」

リットンが話しかけてきた。

「まぁな。」

「それはよかった。たくさんの本がありますから

それなりにきっちりと分類して探しやすくはしているつもり

ではいてますが、ここを訪れても目当ての本を見つけられずに

がっかりして帰っていく人もたくさんありますからね。」

「そうか。」

カフィールはさらっと答える。

「あ、そうそう。実は最近気になる本を見つけましてね。よかったら

読んでみませんか?」

そう言ってリットンは一冊の本をカフィールに差し出した。

「『正しき思想』?」

「はい、L=クラプターという方が書かれた本なんですがなかなか

興味深いとは思いますよ。差し上げますからもし気が向いたら読んで

見てください。」

「分かった。ありがたくもらっておこう。」

カフィールは本を受け取ると国立図書館を後にした。



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255,256

ジルたちはオープンカフェでジュースを飲んでいた。

「ふぁ~ぁあ、暇だなぁ。」

ジルが大きくあくびをした。

「暇だなぁって。まだ休みだして3日目よ。」

メアリーは呆れたような口調でジルに言った。

「そんなこと言ったって。もう俺退屈で死にそうなんだもん。」

ジルはちょっと甘えるような感じで言った。

「何よ、その言い方。気持ち悪いわね。」

「何だって。」

ジルとメアリーはお互いにらみ合う。そんな険悪な2人の間に

マルクが入る。

「まぁまぁ、2人とも落ち着いて。それじゃあ、また仕事を探しに

行ってみましょうよ。そうすれば退屈もなくなるでしょ。」

「あ、それいいかも。」

「うん、別にいいわよ。」

ジルとメアリーはマルクの提案を素直に賛成した。

「問題はどういう感じの仕事を探すかよね。」

メアリーは少し考え出した。

「そうだな、とりあえずは暇つぶしでやるような軽めの仕事

を探せばいいんじゃないか。」

「うん、そうよね。」

ジルの意見にメアリーとマルクはうなずいた。

 

3人は仕事の斡旋屋パーラムへやってきた。

「ええと、ちょうどいいのはあるかな?」

3人はそれぞれ求人票を見て回る。

「ゴブリン退治とかそんなんでもいいんだけどなぁ。」

ジルはそうつぶやきながらボーっと眺めていた。

「あ、これいいんじゃない?」

メアリーが一枚の求人票を指差してジルとマルクを呼んだ。

「『用心棒募集。腕っぷしの強い方希望』か。」

ジルが求人票を読み上げる。

「場所以外の詳しい説明は書いてないな。まぁ行ってみれば分かるかな。」

ジルたちは受付で手続きを済ますとさっそく依頼者の元へ向かった。

 

ガッチャーン!!

ジルたちが依頼者の家に近くまでくるといきなりガラスの窓が割れる大きな音がした。

「なんだろう?」

ジルたちは急いで家へと向かった。そこには男がわめきちらす野太い声が響いていた。

「オラオラ、調子に乗ってんじゃねぇぞ!コノヤロー!!」

「ほらぁ、さっさと売却を考えられてはいかがですか?こちらもあまり

手を煩わしたくありませんからね。」

家の中に入ると1人の女性に詰め寄る男が2人いた。1人は野蛮そうな大男。

もう1人はスーツ姿の一見紳士的な男だった。

 

 

 

「お前ら、何やってるんだ!」

ジルは思わず男たちに向かって叫んだ。

「おっと、お客さんか。それじゃ今日はこの辺で引き上げましょうか。

この次はいい返事が聞けることを期待していますよ。ほら行くぞ。」

紳士的な方の男がもう1人を連れて出ていった。

男たちが去った家の中はまるで嵐に襲われた後のように散らかっていた。

「これは酷いですね。」

マルクが一言感想をもらす。

「おばさん、さっきの連中は一体何なの?」

メアリーは怒りをおさえながら突っ立っている女性に尋ねた。

「あれは地上げ屋よ。私の家を安く買い叩いて儲けようって魂胆なのよ。」

女性も怒りに震えながら言った。

「それじゃ、この家を荒らしたのはあいつらってことかよ?」

ジルが女性に尋ねる。

「そうよ。毎日のように来ては脅してきて家を荒らしていくのよ。

もうこんな生活、うんざりよ。ところであんたたちは誰?」

「俺たち、用心棒募集の求人票見てここに来たんですよ。俺は、ジル。こっちが

マルク。そしてこっちがメアリー。」

ジルは女性に自己紹介した。

「そうなの。若いからなんだか心配ねぇ。でも今はあんたたちに頼るしか

ないわね。私はナンシー。よろしくね。」

「はい、こちらこそ。」

お互いに挨拶が終わったところでナンシーは本題に入る。

「それじゃあ、依頼内容の説明をしようかしら。もう分かっていると思うけど

この家はさっきの地上げ屋の奴等に狙われているの。だからそいつらがもう二度と

よりつかないように追っ払って欲しいのよ。」

「この国の治安隊には頼まなかったの?」

メアリーが尋ねる。

「頼んだけど全然力になってくれなかったのよ。あいつらと治安隊は裏で繋がって

いるからね。」

「そんなぁ。」

メアリーはショックを受ける。

「なぁ、メアリー。治安隊って何?」

ジルが横からメアリーに聞いた。

「もう、そんなことも知らないの?この国での犯罪を解決、防止するために作られた

組織よ。この国は人が多いから問題も多いのよ。だから治安隊は平和を維持するには

とても重要な存在なのよ。それが力になってくれないなんて。この国も危ないわね。」

メアリーは説明しながらも困惑していた。

「それが何故かっていうとあいつらの後ろにはビルドー不動産がついているのよ。」

 



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257,258

「ビルドー不動産ってあのビルドー不動産?この国で最大手の不動産屋よね。

いい物件を他より安く売るって評判のいいところって聞いてるわ。」

メアリーが少し驚きながら言った。

「それはビルドー不動産が情報操作をしているからよ。会社にとって

不利になるような悪い噂が世間に流れないように徹底しているの。

私たちのような被害者を脅しで口止めする。ひどい時には殺すことだって

あるらしいわ。実態はいい物件を見つければそこに人が住んでいようと

とにかく安く売らせようとするの。断れば強行な手段を使う。

治安隊の偉いさんをその資金力で抱え込んで多少のことは目をつぶらせて

いるっていう話よ。」

「そんな...この民主国家で。」

メアリーはショックで力が抜けてしまった。倒れそうになるところを

マルクが支える。

「メアリーはこの国の王族。だからよけいにショックが大きいんですね。」

「民主国家だからこその腐敗ってやつかしらね。私は亡くなった主人と

暮らしたこの家を守りたいだけなのに...。そんな小さい願いを叶え

られない国なのかしら、ここは。」

ナンシーは涙をポロリと流しながらジルたちに訴えた。

「ナンシーさん、まかせて。私たちがあいつらをやっつけてやるから!」

なんとか立ち直ったメアリーは力強くナンシーに言った。

というわけでジルたちはナンシーの家に泊まりこみで守ることにした。

 

ここはビルドー不動産本社。

「おい、ピピン。あの土地は手に入れたのか?」

暗がりで姿がはっきりしないが椅子に座った男の低い声が部屋の中に響く。

「いえ、まだ少し手間取っていまして。社長、すいません。

すぐに手に入れられるように手配しますので。」

紳士的な格好した男ピピンは汗をびっしょりとかきながら弁解した。

「何のためにお前らの面倒をみてると思ってるんだ。あの土地は

新しい都市計画を完璧にするためには必要なんだ。

絶対に手に入れろ、いいな!」

社長ビルドーは脅すようにしてきつく言った。

「は、はいっ!」

ピピンは緊張で肩をピンとのばし焦りを感じながら返事をし、

部屋を出た。

「く、急がなければ。あの邪魔に入った奴等は用心棒か?

若造で大したことはないだろうが、こちらも念をいれておくか。

あの土地を手に入れるまでは戻れないな。」

ピピンは早足で夜の街へ出かけていった。

 

 

 

「まあ、所詮は町のチンピラみたいなもんだろ。俺らにとっちゃ

楽勝な仕事だよな。今回は。」

依頼人ナンシーのいないところでジルが言った。

「そうでしょうか?私はそんなに簡単にはいかないような気も

しますけど。」

マルクは一抹の不安を感じていた。

「簡単にいこうがいかまいがあいつらは許せないことに変わりは

ないわ!絶対やっつけてやるんだから。」

メアリーの言葉に熱が入る。

「メアリーはちょっと力入りすぎじゃないか。もう少し冷静になった

方がいいぞ。」

ジルがメアリーのことを少し心配する。

「ありがとう。でも大丈夫だから心配しないで。」

メアリーはジルの言葉を聞きつつも気持ちに変化はなかった。

 

数日後。

「なんだよ。あいつら全然こねえじゃん。もう諦めたのかな。」

ジルは待ちくたびれた様子で椅子にダランと座っていた。

「もう、そんなだらけた状態であいつら来たらどうするのよ。

ほら、ナンシーさんを見てよ。いつくるかって不安がっているでしょ。」

精神的に疲れているナンシーの横でメアリーは苛立ちを覚えていた。

ドカッ!!

「邪魔するぜぇ~。」

玄関のドアを蹴り飛ばしてこの前の大男とピピンがやってきた。

「奥さん、今日こそはいい返事を聞かせてもらいますよ。」

ピピンがナンシーに話しかける。

「おっと、そうはいかないぜ。ナンシーさんはここを売る気はないってさ。」

ジルが間に割ってはいる。

「君たちは何者ですか?」

「俺たちはナンシーさんに雇われた用心棒だ。」

「はっはっは。こいつはおもしろい。こんな若造君が用心棒とは。

おい、ベック。やってやれ。」

ベックと呼ばれた大男が前に出てきた。

「なんだよ。こんなんが相手じゃ張り合いがねえな。」

ベックはやれやれといった感じでジルの前にくる。

「いつでもいいぜ。かかってこいよ、おっさん。」

ジルはベックを挑発する。

「威勢だけはいいな。その言葉後悔するぜ!」

ベックはそう言うといきなりジルに殴りかかった。

ブンッ

ベックの拳はジルにさっとかわされ空回る。

その様子にピピンは目を見張った。

「ま、こんなもんだろうな。」

ジルは攻撃をかわされ驚いているベックに肘鉄を食らわす。

ドゴッ。

ジルの攻撃は見事にわき腹深くに命中した。

「ぐはぁぁ...。」

ベックは大きなダメージを受け床に倒れこんだ。



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259,260

「(く、やはりこいつらできるみたいだな。ここはあいつを

呼ぶしかないな。)君たち、なかなかやるじゃないか。」

ピピンは少し汗をかきながら言った。

「次はお前の番だぜ。」

ジルはピピンを指差す。

「そう言っていられるのも今のうちかもしれませんよ。

先生、どうぞー!」

ピピンが大声で呼ぶとゆっくりと家の中にまた1人の男が入ってきた。

片目に黒い眼帯をしたその男は体つきから一目でよく鍛えられていることが分かった。

「こいつらが俺の相手か。ほぉ...。」

男はジルたちをじっと見た。

「先生、こいつらを甘くみないほうがいいですよ。」

ピピンは男の後ろに隠れるように下がった。

「分かってる。こいつはなかなかの上物じゃねぇか。腕がなるぜ。」

男は指の関節をポキポキとならした。

「あっ!私、こいつ知ってる。確か有名な傭兵ダインよ。金のためなら

どんな悪い仕事でも引き受けるって噂の。」

メアリーが思い出して言った。

「俺のことを知ってるやつがいるとは光栄だねぇ。どうだ、こんな狭い

室内じゃなくて外でやらねぇか。」

「ああ、かまわないぜ。」

ジルはダインの誘いに乗りみんな外に出た。

「真剣勝負でいこうか。」

ダインは腰につけていた剣を抜いた。

ジルも剣を抜こうとしたとき、

「ちょっと待って。ここは私にやらせて!」

メアリーが前に出てきた。

「おい、メアリー。何言ってんだよ。」

「お願い。私、こいつらが許せないの。だからこの手でやっつけてやりたいのよ。」

メアリーは熱を込めてジルに頼み込んだ。

「分かったよ、もう。絶対に無理すんなよ。」

ジルは仕方なく下がることにした。

「ありがとう、ジル。」

メアリーはジルに礼を言って、剣を構えた。

「お譲ちゃんが相手か。女だからって手加減はしねぇぜ。」

「当然よ。さあ、かかってきなさいよ。」

「それじゃあ、遠慮なく...。」

ビュンッ!

ダインは一気にメアリーとの間合いを詰める。

「速い!」

ジルたちはダインの動きに驚く。

「スピードなら私だって負けないわ。」

メアリーはダインの動きを目で捕らえて攻撃に移る。

カンッ。

メアリーとダイン。お互いの剣がぶつかり合う。

「スピードはなかなかだな。だが俺にはかなわない。」

ダインは右から左からと次々に攻撃をくりだす。

メアリーはなんとか剣で受けて防御するのが精一杯だった。

「おらおら、どんどんいくぞ。」

ダインの攻撃は激しさを増していく。

「きゃっ。」

メアリーの剣がはじき飛ばされ思わずひるむ。

「ふんっ。」

ズバッ!

ダインの剣がメアリーの横腹を切り裂く。

 

 

 

「きゃぁぁぁ!」

メアリーの腹から血が一気に噴き出して倒れた。

「メアリー!!」

ジルとマルクは思わず叫んでメアリーのもとへかけよる。

「傭兵はスピードが命だ。俺に勝つには力不足だったみたいだな。」

ダインは突っ立ったままそう言い捨てた。

「大丈夫か、メアリー。」

ジルがメアリーの体を抱えて呼びかける。

「ご、ごめんね、ジル。せっかく心配してくれてたのに。私、

やっぱり冷静じゃなかったわね。自分の力量を計れないでいたみたい...。」

「いいから、今はしゃべるな。マルク、早く回復魔法を。」

「分かってます。『ホワイトウィンド』」

マルクが魔法を唱えるとメアリーの傷はゆっくりと癒えていく。

「傷は治りましたが、体にダメージが残っているはずです。安静に

してください。」

「ありがとう、マルク。」

メアリーは座った状態でやさしい笑顔をして礼を言った。

「ダイン、お前は許さねぇぞ。」

ジルは怒りに燃えていた。

「真剣勝負と言っただろ。生きるか、死ぬかの勝負が当たり前だ。

それをわざと急所を外して生かしてやったんだ。その魔法使いが回復魔法を

使えることも考えてな。礼を言ってほしいくらいだぜ。」

ダインは顔色一つ変えることなく答えた。

「勝負はメアリーが剣を手放したところでついていたはずだ。それを、お前は。」

「へ、これはとんだ甘ちゃんだな。お前をただものじゃないと感じたのは

勘違いかな?」

「勘違いかどうかはこれから分かる。」

ジルは怒りに燃えながら剣を構えるとすぐにダインへ斬りかかった。

ブンッ!

ダインはさっと交わす。

「やっぱりお前もその程度か。がっかりだな。」

ダインは交わしてすぐにジルに反撃をしかけた。

「もらった。」

ガキッ!

「何っ!」

ジルはダインの剣を体勢を崩しながらも受け止めた。

「お前は許さないと言っただろぉぉ!」

ジルは受け止めた状態からダインを力で押し離した。

「ハハハ。いいぞ。これで俺も全力を出せそうだ。」

ダインはさっきのメアリーとの戦い以上に素早く激しい攻撃を繰り出してきた。

ジルは全て押されることなく防いでいく。

「どうした?防御だけで精一杯か?」

ダインは戦いに胸踊りながらジルをさらに挑発する。

「ううぅぅぅ...、ガァア!」

ジルはダインの攻撃をはじいて攻勢に移った。

「うおぉぉ。」

互いの剣がぶつかり合う。

 



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261,262

「(こいつ、思っていた以上に強い。)」

ジルとダインは共に同じ思いを胸に抱いていた。

「すごい。私と戦ったときよりも動きがずっといいわ。」

メアリーはダインと互角に渡り合うジルに感心していた。

2人は一旦離れて間合いを取る。

「俺とここまで対等に渡り合えるとはな。誉めてやるぜ。

だがここらでケリをつけさせてもらうぜ。

いくぞ!必殺『ライトニングアタック』」

ダインの体がぼんやりとした光に包まれると、すごい速さで

ジルに近づいた。ジルは今までとくらべものにならないスピードに

ついていけず全く反応できなかった。ダインはそんなジルを攻撃した。

次々に繰り出される攻撃にジルの体は切り刻まれていった。

「ぐあああぁぁぁ。」

ジルの全身から血が流れ出ていた。

「あいつわざと急所を外して攻撃してるわね。」

メアリーがジルがやられている様子を冷静に見ていた。

「えっ、それは相手が手加減をしているということですか?」

マルクは思わず尋ねる。

「違うわね。次の攻撃に移りやすいように浅く斬って

ダメージを蓄積させようっていう狙いよ、きっと。」

メアリーは冷静に戦いを見ていたが、急に両手を口の前に

もってきて、

「こらっ!ジル。何やってんのよ。そんなやつ一発で

のしちゃってよ!」

「(そんなこと言われても。こっちだってなんとかしたいのに...。)」

ジルが苦しんでいる中、マルクもメアリーと同じように大声を出した。

「ジル!そいつに勝ったらメアリーがキスしてくれますよ!」

「な、なんだって!」

今まで喋ることも出来ないダメージを受けていたジルが驚きの声を

出すと同時に体の内から力が戻ってきて手放しかけていた右手の剣を

しっかりと握り締めた。

「ふふ、ふふふふふ。いくぞっ、ダイン。」

ガキッ!

ダインの剣にジルの剣が重なりダインの攻撃を止める。

「何っ!ばかな。」

ダインは驚きを隠せない。

「反撃開始。」

ジルはさっきまでとは打って変わってダインを攻撃する。

勢いにまかせてだがダインは防戦一方となる。

「ぐ、こんな。さっきまでとはまるで別人だ。どこにこんな力が。」

「さて、そろそろきめようか。必殺『デストロイバスター』」

ジルが力一杯に振った剣は受けようとしたダインの剣を打ち砕いた。

その瞬間、勝負は決まった。

「好きにしな。」

ダインは無防備になりジルに委ねた。

「へん。俺は弱いやつには興味ねえよ。さっさといきな。」

「なんだと!...そういうことか。これは借りにしといてやるよ。じゃあな。」

ダインは怒ろうとしたがジルの笑顔を見ておさまった。ダインは去り際、

口元に笑みを浮かべていた。

 

 

 

「ばかな、ダインほどの男がやられるとは。そんな...。」

後ろでずっと見ていたピピンは計算外ということが顔に隠せなかった。

「お前はどうする?ここでやりあうか?」

ジルはピピンに対して戦闘体制をとった。

「く、覚えてろよー!」

ピピンは苦し紛れに捨て台詞を言い放つと全力で走って逃げていった。

「ひとまず終わったな。」

ジルは肩を撫で下ろして言った。

「あの地上げ屋さんはどうするんですかね?もうこのまま諦めて

くれるといいですけど。」

マルクがジルの傷を魔法で癒しながら言った。

「もう来ないに決まってるだろう。あれだけ向こうのやつをやっつけて

やったんだ。力押しでは無理なことが分からないくらい馬鹿でもないだろ。」

「そうよね。これでナンシーさんにも平穏な日々が戻ってくるのわね。」

メアリーはうれしそうに言った。

「それにしてもさっきの『デストロイバスター』って何?必殺技?

だっさいわね。もっとましな名前は思いつかなかったわけ?」

「なんだと。抜群のネームセンスじゃないか。」

「私もあまりかっこいいとは思えませんでしたが。」

「な、マルクまで...。ショックだな。」

「それと私とキスできるって言われたとたんのあの力の入りよう。

もしかしてジル、私のこと好きなの?」

メアリーはニヤッとしてジルに聞いた。

「そ、そんなことあるわけないだろ。こ、この性格ブス。」

ジルはあわてて必死で否定した。

「ジル、なんだかうれしそうですよ。」

マルクは笑いを抑えながらジルの顔を見て言った。

「もうマルクまでからかうなよ。」

「ねえ、ジル。」

マルクの方を向いていたジルがメアリーの声で振り向くと、

 

チュ。

 

メアリーはジルの頬にキスをした。

「いや、あの。これは。」

ジルは顔を真っ赤にしてすごく動揺した。

「ごほうび。」

メアリーはそれだけ言うと顔を赤くして下を向いた。

マルクはそれを微笑ましく眺めていた。

「さ、2人とも家の中で不安がっているナンシーさんを安心させて

あげましょうよ。」

マルクの呼びかけにジルとマルクは笑顔でうなずきナンシーの家の中へと戻った。

 



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263,264

「ナンシーさん、喜んで。あいつらやっつけたから。

これでもう安心して生活できるのよ。」

メアリーがナンシーに嬉しそうに言った。

「え、あいつらを倒してくれたの?ありがとう。そうよね、

これからは平和に暮らせるのね。でも、でもまだなにか不安が

心の中に残ってるの。まだ何か悪いことが起こりそうな

嫌な予感が。」

ナンシーはメアリーの朗報を聞いてもまだ安心できずにいた。

「それだったらさ、しばらくの間は俺たちここにいてるよ。

そしてそのうちナンシーさんがもう安心できるようになったら

出ていくようにする。どう?」

ジルがみんなに聞いた。

「いいんじゃないですか。」

マルクは同意した。

メアリーも笑顔でうなずいた。

「あなたたち、本当にいい子たちね。ありがとう。」

不安がっているナンシーもジルたちに感謝して笑顔で礼を言った。

ジルたちはナンシーの家にしばらく居続けることとなった。

 

それから数日が経ったある夜。

ガサゴソ、ガサゴソ。

誰かがナンシーの家の中をあさっている音がした。

「ん?」

ジルがその音に気づいて布団から眠い目をさせながらゆっくりと

起きだし、音のする方へ向かう。

暗闇の中で何者かは確認できなかったが確かに人影があった。

「誰だ!」

ジルは人影を見ると急に目が覚め大声を出した。

「え、なに、なに...?」

ジルの大声でメアリーやマルクも目を覚ます。

人影もそれに反応するように窓をガシャーンと割って急いで

逃げていった。

「もう一体何なの?」

ナンシーが部屋の明かりをつけて迷惑そうにジルに尋ねた。

「今、ここに誰かが忍び込んでたんだ。きっと泥棒だ。

すぐに追いかけなきゃ。」

ジルはあわてて外に出ようとする。

「待って。もう遅いわよ。泥棒つかまえるならどうしてあんな

大声出すのよ。あれじゃ逃げてくださいって言ってるようなものよ。」

メアリーが不満そうに呟く。

「そんなこと言ったってさぁ。あれ見たら思わず叫んじまうって。」

ジルは仕方なかったという風な表情をする。

「今はまず何を盗られたか確かめるほうが先だと思いますが。」

マルクの意見に従い、ナンシーは金銭等の貴重品をまず確かめた。

「こっちは大丈夫みたいね。」

「あと大事な物は?」

「あとはここの土地、建物の権利書くらいだけどまさか...?!」

ナンシーはあわてて探し出す。

「...あった。」

権利書があることを確認してほっと胸を撫で下ろす。

「一瞬、あいつらの仕業かと思ったけど違ったみたいね。」

ナンシーもほっとする。

 

 

 

さらに1週間が過ぎ。

「あなたたち、ありがとう。もう大丈夫よ。やっと気持ちも

少し落ち着いてきたわ。」

ナンシーが穏やかな顔で言った。

「そうですか。それはよかったです。」

マルクはうれしそうに返事し、ジルとメアリーも笑顔で聞いていた。

「郵便でーす。」

和やかな雰囲気の中で、外から声が聞こえた。

「はーい。」

元気を取り戻したナンシーは自分から進んで外へ出た。

外では物騒な男ではなく明るい郵便局員が立っていた。

「ナンシーさんで間違いはありませんか?」

「はい。」

「ではこちらにサインをお願いします。」

ナンシーは言われるままにサインをして手紙を受け取った。

それを持って家の中に戻るとさっそく封を開けた。

「な、何これ!

『         訴状             

原告 ピピン 

被告 ナンシー

 

請求の趣旨

現在、被告が不法住居している建物より速やかに退去すること。

 

その建物及び土地を原告に引き渡すことを求める。

 

請求の原因

土地、建物の所有者であった被告の亡き夫は原告にその所有権を示す

権利書を譲った。

 

再三にわたる退去要請を拒み続けている。

 

証拠方法

被告の亡き夫と原告が交わした誓約書及び土地、建物の権利書。』」

 

ナンシーは驚き慌てふためいた。

ジルたちは何のことかさっぱりわからないといった風でどうしたらいいのか

分からないでいた。そんな中でメアリーが口を開く。

「私の知り合いの弁護士ポーに相談してみましょう。話はそれからよ。」

ナンシーは家で待つこととして、メアリーの案内でジルたちは

ポー弁護士事務所へと足を運んだ。

トントン。

「どうぞ。」

メアリーがドアをノックすると中から物腰やわらかそうな男の声が聞こえた。

ギィィ。

ドアを開けると机の向こうに椅子に座って分厚い本を読んでいる人が見えた。

「ようこそいらっしゃいました。どうぞそちらの椅子にお掛けください。」

男はいつもの調子で来客に声をかけると立てて読んでいた本を机の上に置き

客の姿をよく見た。

「こ、これは姫ではありませぬか。ご機嫌麗しゅう、いかがですか?」

男はメアリーの姿を確認すると驚いて椅子から立ち上がり床に片ひざをついて

挨拶をした。

「ポー、そんなめんどくさいあいさつはいいからこっちの話を聞いてよ。」

メアリーは聞き飽きた挨拶にうんざりして言った。

 



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265,266

「まずは座ってください。」

ポーは手を前に出しメアリーらにソファに座らせた。

「それで話というのは?」

ポーはメアリーたちが座った反対側のソファに腰掛けて

両手を体の前で組み、落ち着いた感じで尋ねた。

「知り合いのナンシーという人のところに変なものが

送られてきてね。これなんだけど...。」

ナンシーより預かってきた訴状、そして権利書をポーに見せた。

「ふむ。」

ポーは訴状の方をじっくりと読み出した。

次に権利書の方を見だした。

メアリーたちは緊張してその様子を眺めていた。

「ふ~。これは裁判を起こされたということですね。

そしてこの権利書、偽物です。ここに押されている役所の判が

本物と違っています。」

そう言ってポーは権利書の判を押してあるところを指差す。

「おそらくはこの原告のピピンという人に権利書を本物と

偽物を摩り替えられたと考えるのが適当かと思われます。」

「あっ、きっとあの夜だ!」

ジルが思わず大声を出した。

しかしポーはあまり気にせずに話を進めた。

「あちらが本物をもっている以上、裁判に勝つことは難しいでしょうな。

摩り替えられたということをきっちりとした証拠をあげて

証明出来れば話は別ですが...。」

ポーは言葉につまる。

「そう言われてもどんなやつが摩り替えにきたのかもさっぱり

分からなかったわ。」

メアリーは困った顔で言った。

「でしょうね。誰が摩り替えたか分かればそこからピピンという人に

辿りつけた可能性もあったでしょうがね。」

ポーは少しため息をついた。

「それじゃあどうなるの?もしかして裁判に負けてナンシーさんは

家をとられちゃうっていうわけ?」

メアリーは不安な顔をしながらも声を大にして尋ねた。

「その聞き方からすればおそらく残酷な答えになってしまうでしょうが

かなり高い確率で裁判で負けますね。」

ポーはあくまで落ち着いた口調で答えた。

「そんな...。」

メアリーはショックを隠せない。

「助けになれるかは分かりませんが、もしよろしければ事情を

詳しくお話していただけませんか?」

メアリー、ジル、マルクはポーに今までのことを順を追って

説明していった。

「なるほど、そういうことでしたか。それは何としてでも

守りたいですよね。しかし証拠物件に関してはあちらに相当有利な

ようですから、論理的な論戦になれば勝ち目は薄いでしょう。

こちらを有利に持っていくには裁判官の精神面に訴えることでしょうね。

いかにこちらの方が被害者であるかを強く訴えること、

それだけでしょうね。そのために証人がいればまだましですが。

それでもこちらが不利なことには変わりありません。

私が法廷に立つことを望まれるならば、そこまでのことしか出来ません。」

ポーは感情を少し込めながらも穏やかに説明していったが次の一言では

全く穏やかさはなかった。

「だが、どんなことをしてでも裁判に勝ちたいと言われるならば

私は法廷に立つことは出来ませんが一つ方法があります。

それは...。」

ポーは手招きをしてメアリーら3人の顔を近づけさせて小声で話す。

 

 

 

ジルたちが裁判までの手続きを済ませ、数日が経つ。

 

そして裁判当日。

裁判所を前にするジルたち一行。

「ねぇ、ジル。本当に大丈夫?」

メアリーが不安そうに尋ねる。

「まあ、俺にまかせてみてよ。しっかりと準備もしてきたことだしな。」

というジルは緊張で体が少しかたくなっていた。

「私とメアリーはただ見物してるだけでいいんでしょうか?」

マルクも不安そうにジルに聞いた。

「弁護人は1人が普通だろ。俺だってナンシーさんのために

がんばってみるよ。」

緊張は高まるばかりだが、力強く言った。

「あなたたち、本当にありがとう。でも無理しないでね。

私だってある程度はもう覚悟してるから。」

ナンシーは気弱に言った。

「ナンシーさん、悪いのはあいつらなんですから。

とにかくあいつらに酷いことをされたという悲しい顔で

いてください。ポーさんの話ではそういうところも判決に

影響するらしいですから。」

ジルはナンシーの気持ちを固めさせるように言った。

「わかっています。言われたとおりにします。」

ナンシーは真剣な顔でうなずいた。

 

「これより裁判を始める。原告前へ。」

ピピンが法廷の中央にあるテーブルまでゆっくり歩く。

そして裁判長に体を向け、

「私はこの法廷で嘘偽りなく、真実のみを述べることを誓います。」

被告人であるナンシーも同様に呼ばれて宣誓をした。

ジル、ナンシーとピピンが向かい合う。

「(ほう、あいつが弁護人とはな。あまりに不利な状況で引き受ける

弁護人もいなかったってところだろうな。弁護士に入れ知恵されてる

かもしれんが、所詮は素人だ。腕力だけではどうにもならないということ

をここで知らしめてやる。)」

ピピンは余裕の笑みを口元に浮かべていた。

「(あっちはピピン1人か。おそらくはこういうことを今までに経験

しているのだろうな。ピピンは俺が素人だと思って甘くみているだろう。

それならそれでやりやすい部分はあるかもしれない。)」

ジルは緊張とやる気の入り混じった気持ちの昂りを感じていた。

 

こうして裁判は幕を上げた。

 



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267,268

ピピンが壇上に立つ。

「私はナンシー氏が現在住まわれている土地、家屋を早急に

引き渡してもらいたい。事前に提出したナンシー氏の亡き夫に

書いて頂いた誓約書にもあるように私がお貸しした金銭の返済が

困難なため担保としていた家を譲るという理由からです。」

ピピンは堂々と喋っていた。

「うそよ!そいつからお金を借りたなんてうそに決まってるわ。

私たちはお金を借りなければいけないほど生活に困ってはいなかったわ。

(こ、これでいいのかしら?)」

ナンシーは頭の中でジルたちとの打ち合わせを思い出しながら

声を荒げて叫んだ。ジルはうんうんとうなずいていた。

「しかし、誓約書に書かれた亡き夫の字は筆跡鑑定もしてもらって

本物だと断定されているのですがね。」

ピピンはナンシーの叫びに全く動じることなく言葉を続ける。

「そしてもう既に土地及び家屋の権利書は預かっています。

つまり、ナンシー氏は私の家を不法に占拠しているという事実です。

私は何度も足を運び、退去するようお願いしてまいりましたが

残念ながら聞き入れてもらえず今日に至っているわけです。」

そこまで言うとピピンは勝ち誇ったように原告席へと戻っていった。

「(ふふん、これに反論などできるわけがあるまい。)」

ジルが壇上へと向かう。

「えー、初めに言っておきます。ここにいる原告のピピンは地上げ屋です。

ナンシーさんが住んでいる地域が再開発されるということで無理やりに

ナンシーさんの家を奪おうとしているに過ぎません。」

ジルはゆっくりと自分の気持ちを落ち着かせるように喋った。

「なんて失礼なことを言うんだ!名誉毀損で訴えるぞ!」

ピピンはさっきまでの落ち着き勝ち誇った顔から一変、逆上して叫んだ。

「(ふむ、意外と簡単かもしれないな。)」

ジルはピピンの感情むき出しの様子を見て、さらに冷静になる。

「こちらにピピン氏が関わったナンシーさんの家付近で買収をおこなった

別の家々のリストがあります。これを証拠として提出します。」

「提出を許可します。」

ジルは裁判官に数枚の書類を渡した。

「裁判長!」

ピピンは手を上げると声を荒げて呼んだ。

「はい、原告ピピン君。」

「私の仕事は主に不動産の売買です。金銭を貸すというのはあくまで副業の

ようなものです。確かにナンシー氏付近の家々を再開発のされるということで

先方よりの依頼により買収をおこないました。しかし、それらは正当な手続きに

よるものでありまた本件のこととは偶然重なったに過ぎません。」

ピピンはなんとか気持ちをおさえるようにして言った。

 

 

 

「裁判長、よろしいでしょうか?」

ジルが手を上げて再び喋ろうとした。

「よろしい、弁護人ジル君。」

「はい。では続けさせてもらいます。ピピン氏はナンシーさんの

家を譲るように何度も伺いに来ておりますが、その行動はあまりに

酷いものでした。暴力、いやがらせ、脅しあらゆる手段を使って

奪おうとしたのです。ナンシーさんはそのことで精神的に大きな

ダメージを追ってしまいました。こちらに証人としてその様子を

見たことがある近所の方をお呼びすることを許可していただきたい。」

「許可します。」

裁判長の声とともに1人の中年女性が壇上に現れた。

「私は再開発の地域からわずかに離れたので何もされませんでしたが

ナンシーさんの家は酷いものでした。ガラス窓は割られ、そこにいる

ピピン氏と共に恐い男の人がやってきては怒声を上げて暴れている

のがよく分かりました。」

女性は恐がりながらもしっかりと聞こえるように伝えた。

「ありがとうございました。もういいですよ。」

ジルが感謝の言葉を女性にかけると女性は早足で法廷から退出した。

「さ、裁判長!」

ピピンはまた慌てて手を上げる。

「はい、ピピン君。」

「さっきの女性も含め被告人側はうそをついています!私が暴力を

振るったのなら治安隊が止めにきてその暴行の記録が残るはずです。

しかし、そのような記録は一切残っていないはずです。それがないのは

被告人がうそをついているからに他ならないのです。」

ピピンが声を再び荒げると、ジルがまた手を上げる。

「弁護人ジル君。」

「はい。私にもなぜ治安隊が動かなかったのかは分かりません。

しかし、治安隊が動かなかったから全てがうそだというのは考えが偏り

すぎているように思われます。治安隊にも何か事情があったのかもしれませんし。」

ジルはピピンの全否定を打ち崩す。

「裁判長!弁護人のいうところは全く確証のないものです。

ただ被告人を有利にするために考えを誘導しているに過ぎません。」

「原告、弁護人ともに事実を確認できないことは言わないように。」

裁判長が注意した。

「(く、暴行によってナンシーさんが被害者であることを証明することは

難しいか...。だが、まだ流れは崩れてはいない。)」

ジルは少し険しい顔をした。

 



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269,270

「(こうなったらポーさんが言っていた一か八かの

最後の手段を使うしかない。。やつの証拠を確証の

ないものにしてやる。)」

ジルの目つきが変わる。

「はい!裁判長。」

ジルが手を挙げて裁判長を呼んだ。

「はい、弁護人ジル君。」

ジルはある紙を持って壇上に向かった。

「ここに、ナンシーさん宛てに亡き旦那さんからの手紙が

あります。遺書とでもいうものでしょうか。」

ジルは紙に書かれていることを読み出そうとする。

「(そんな、馬鹿な。何度も夜に探らせていたがそんなものは

一切なかったはずだ。)」

ピピンは驚きを隠せずにいた。

「『私はピピンとその仲間に脅されて家を譲るという誓約書を

書かされた。すまない、ナンシー。こうしなければお前を殺すと

言われて仕方なくしてしまったんだ。お前もこれから苦しい思いを

することになるだろうがなんとかがんばって幸せを掴んで欲しい。

今までありがとう。』」

それを聞いていたナンシーは涙をポロリと流していた。

「うそだ!うそだ!そんなものが存在する...。」

「はずがないと?」

ジルはピピンの言葉の続きを自分の口から言って遮った。

「なぜ、そんなことが言えるのですか?これについても筆跡鑑定は

すでに済ませており確かな証拠として扱えるのですよ。」

「ぐぬぬ...。」

ピピンは言い返す言葉が見つからず口をくいしばる。

「......しかし、これは確かに偽物です。筆跡鑑定をして

頂いた方にお聞きしました。普通の人なら大抵の場合、細かい癖

などがたくさんあり真似をしようとしても微妙に違ってくるものだ

そうです。ところが、ナンシーさんの旦那さんの字は細かい癖という

ものがほとんど見当たらず、何度もよく見て練習すれば比較的

真似をすることがしやすいと。つまりこの裁判でナンシーさんの

旦那さんが書かれた書類は証拠としてあてにはならないということです。」

ジルは最後まで気を抜かずに喋って壇上から席に戻った。

「俺の証拠である誓約書が無効になるだと。ふ、ふざけるな!こっちは

ちゃんと権利書も握っているんだぞ!あの土地は俺たちのものだ!

そうだ!そうに決まってる!」

ピピンはもはや冷静でいられなくなっていた。

「原告ピピン君、勝手に喋ることは禁じられています。注意してください。」

裁判長は冷静にピピンに注意する。

 

 

 

「はい、裁判長。」

ジルが手を挙げる。

「どうぞ、弁護人ジル君。」

「こちらのナンシーさんも権利書をもっています。それは偽物で、今ピピン氏が

証拠のひとつとしてあげている権利書が本物なのですが、その偽物というのが

ですね...。」

ジルは裁判官や傍聴している全ての人に分からないようにして口元を

わずかにニヤッとさせた。

「ピピン氏の筆跡とほぼ一致したとのことなのです。これはピピン氏が

いつのまにか摩り替えたといっていいのではないでしょうか?」

ジルは言い終えると高鳴る気持ちを必死でおさえて平然とした顔でいた。

それを聞いたピピンは顔を真っ赤にし、完全に切れてしまった。

「き、貴様!絶対に殺してやる。殺してやるぞ!」

原告席から今にも殴りかかろうする表情でジルに近づこうとするピピンを

警備員が出てきて押さえにかかった。

「原告ピピン君。落ち着きなさい。」

裁判長はあくまでも冷静に注意する。

 

それからピピンがなんとか原告席に戻って多少落ち着いた後、

裁判長と裁判官たちは別室で審議が行われた。

それから数時間後、再び法廷に全員が戻ったとき、

「それでは、これより判決を申し上げる。」

裁判長がタンタンと小槌を打ち叩く。

ジルとナンシー、ピピン、そして傍聴席にいるメアリーとマルクは

ゴクッと息を呑んで裁判長の次の言葉を待った。

「原告ピピンが被告人ナンシーの家の所有権を主張し、

引渡しを求めた本件において原告側の所有権を示す証拠には

疑わしい面が多数あり、これを法廷にて認めることは出来ない。

また、原告側が被告側に行った行為については証人の

発言に真実性があり非常に獰猛かつ卑怯なものであると認める。

よって、被告側は無罪とし、原告側に禁錮10年の刑罰を与える

ものとする。

以上を以って、この公判は閉廷する。」

裁判は終わった。

「(よしっ!)」

ジルは小さくガッツポーズをして勝ち誇った表情になった。

「やった!」

メアリーとマルクは法廷であることから小声ではあるが大きな

喜びを隠せず、お互いの手を合わした。

ナンシーは疲れきった顔をしながらもほっとしたという感じで

安堵の笑みをこぼした。

「な、ばかな。そんなはずがあるわけない。俺が負けた。

完全にこちらが有利な条件を握っていたはずだ。それがなぜだ!」

ピピンは信じられないという顔で頭を抱えて叫んだ。



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271,272

ナンシー宅に帰ってきたジルたち一行。

「いやー、ほんとよかったよ。俺、涼しい顔するように

心がけてたけど内心はハラハラドキドキだったよ。剣を振ってる

方がよっぽど落ち着くよ。」

ジルは緊張の糸が切れたように椅子の上でぐたっとなった。

「でも、まさかあんなにうまく出来るとは思わなかったわ。

ジルのこと見直しちゃった。」

メアリーがジルをかわいい顔をして見つめる。

「あ、ジル。また顔が赤くなってますよ。」

マルクがちゃちゃを入れる。

「もう、マルク。よしてくれよ。」

ジルは恥ずかしそうにしている。

「それにしてもナンシーさん。ほんとによかったですね。

訴状が届いたときはどうしていいか分からないという感じ

でしたが、こうして無事裁判に勝てたわけですしね。」

マルクは穏やかにナンシーに話しかける。

「あなたたちにはなんてお礼を言っていいのか分からないわ。

報酬は一生かけてでもお支払いするつもりよ。」

「そんな、いいのよ。ナンシーさん。私たちあいつらが

許せなくて手伝った部分もあるわけだし。それよりまた

別のやつらがここを狙いにくるということはないのかしら?」

メアリーは少し不安になった。

「大丈夫だろ。裁判でみんなが注目してるような物件に

ちょっかいかけてくるような奴らはいないだろ。これで

本当に終わりだよ。」

ジルはナンシーを安心させるようにはっきりと言い切った。

「ありがとう。もし私にできることがあればいつでも言ってね。

できる限りのことはさせてもらうつもりよ。」

「サンキュー、ナンシーさん。それじゃお言葉に甘えて当分

ここにいさせてもらおうかな。」

「こら、もう解決したんだからいいでしょ。それじゃあね、

ナンシーさん。お元気で。」

メアリーはナンシーに別れの挨拶をすると、ジルを引っ張りだして

ナンシーの家を後にした。

マルクもナンシーに礼をすると後を追うように家を出た。

 

 

ここは刑務所。

「くそっ!あんなやつらに論戦で負けるなんて。信じられん。

悪夢だぁ!」

ピピンは部屋で頭を抱えていた。

ガチャ。

誰かがドアを開け、ピピンのいる檻の前までゆっくりと歩いてくる。

やってきたのは黒ずくめの男だった。

「だ、誰だ、お前は?」

檻の中のピピンは正体不明の来客に戸惑い、立ち上がり後ろに一歩下がる。

「失敗には死を。」

男はそれだけ言うと檻の外からナイフを投げ、ピピンの心臓を突き刺した。

「ぐふっ...。」

ピピンは腹を抱えてしゃがみこむとすぐにばたりと倒れた。

それを見た黒ずくめの男はさっと部屋を後にした。

 

 

 

「ピピンは殺しました。」

黒ずくめの男がビルドー不動産社長ビルドーに報告をする。

「そうか。それで?」

社長は暗がりではっきり姿を見れないないがその声には存在感が

あった。

「はい。裁判も傍聴していましたがわがビルドー不動産との関わりは

一切出てきてません。わが社の黒い噂は買収を拒んだものの間では

広がりつつありますから、ジルとかいうやつらが知らないということはない

でしょう。ただ、そのことを実証して裁判官たちを納得できるほどの証拠

がなかったということだと思われます。」

黒ずくめの男は淡々と説明した。

「ノーブル、分かった。もう下がっていいぞ。」

ビルドーがそういうと、黒ずくめの男ノーブルはすぐに姿を消した。

「あの土地だけは手に入れられなかったか。まあいい。

あそこは都市計画を完璧にするためのものだが、なくても

計画が中止になるほど重要なものでもないからな。

ジルか...。ピピンに勝ったくらいではまだ注意する必要も

なかろう。」

ビルドーはふぅとタバコを吸っていた。

 

 

「今回の依頼はすごい達成感があったよな。」

満足気にジルが言う。

「そうね。ジル1人すごいがんばったって感じよね。」

メアリーは笑顔で言った。

「私は特に何もしてない気がしてジルと同じ気持ちにはなれませんね。」

マルクが残念そうに言った。

「そんなことないわよ。私を助けてくれたでしょ。

マルクがいなかったら私、本当に死んでたかもしれないもの。

感謝してるわよ。」

メアリーはマルクをかばうように言った。

「そう言われるとちょっとうれしいです。」

マルクも笑顔になった。

「それで次の仕事を探しますか?」

マルクが2人に聞いた。

「次にすることは決まってるよな。」

ジルは同意を求めるようにメアリーの顔を見た。

「もちろん。」

メアリーはうなずく。

「ビルドー不動産をぶっつぶす!」

ジルとメアリーは声をそろえて力強く言った。

「え!?」

マルクは思わぬ意見に驚いた。

「ビルドー不動産ってのが相当悪い会社だってことを知ったからには

ほっとけないだろ。」

「そうよ。世間にはいい顔しといて、裏で汚いことやってる最低の会社

はこの国に全く必要ないわ。」

2人の意見に少し戸惑うマルクだったが、

「そうですよね。ナンシーさんのようにビルドー不動産のせいで酷い目に

あった人たちがたくさんいてるはずですからね。ほってはおけませんよね。」

マルクも2人の意見に賛成した。



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273,274

「しかし、何か方法はあるのですか?」

マルクはジルとメアリーに聞いてみた。

「そ、それは...。」

2人とも言葉がつまる。

「う~ん、難しいですよね、実際ビルドー不動産を倒すと

言っても。」

3人はいい方法がないか考え込んだ。

そのとき、

「君たち、俺に力を貸してくれないか?」

ジルたちにそう声をかけてきたのはどう見ても金持ちという風な

高価な服を着飾った男だった。

「あなたは誰ですか?」

マルクがすぐに聞いた。

「そうだな、自己紹介をしよう。俺はニクロム商会会長のニクロムだ。

よろしく。」

ニクロムが簡単な自己紹介をした。

「メアリー、この人知ってる?」

ジルがメアリーの顔を見た。

「うん。ニクロム商会って有名だよ。道具屋業界の大手だからね。

でもそんなニクロム商会が私たちに何の用なの?」

メアリーはニクロムに率直に尋ねた。

「実は今、不動産業界に進出することを考えているんだよ。それで

この国最大のビルドー不動産のシェアをある程度奪えないかと考えているんだ。

その手伝いを君たちに頼みたいというわけだ。」

ニクロムは少し声を小さくして3人に言った。

「どうして私たちに?」

今度はマルクが尋ねた。

「君たちの裁判をしっかりとみさせてもらったからだよ。あれだけの

ことが出来れば十分私の力になってもらえるだろうと踏んでこうして

声をかけたというわけだ。ビルドー不動産は君たちにとって敵といっても

過言はないだろう。成功すれば報酬も出すし、悪い話ではないと思うがな。」

ニクロムの言葉には少し熱が入り、目が輝いていた。

「う~ん、いい話だとは思うんだけど...。」

ジルたちは急な話で戸惑っていた。

「少し時間をくれないかしら。」

メアリーが提案をする。

「そうだな、君らも考えたいことがあるだろう。

とは言っても、あまりゆっくりもしていられないんでな。

明日、またここに来よう。そのときに返事をしてくれるか。」

ニクロムも納得して言った。

「はい。」

3人は声を揃えて返事した。

「いい返事を期待している。」

ニクロムはそう言い残して帰っていった。

 

 

 

「それで、どうするんですか?」

ニクロムが去った後にマルクがジルとメアリーに聞いた。

「ニクロム商会がビルドー不動産のシェアを奪えば確かに

痛い目にあわせることにはなるんだろうけど、俺たちの

目的はあいつらをぶっつぶすことだからな。ニクロム商会に

協力してそこまでいけるかどうかはけっこう微妙だよな。」

ジルはそう言って、また考えこんだ。

「それにニクロム商会って大きいから有名だけどいい噂も

悪い噂もほとんど聞かないのよね。だから、ニクロム商会が

ビルドー不動産と中身が変わらないなんて可能性も十分あり

えることなのよ。もし本当にビルドー不動産と変わらないん

だったらシェアが動こうが何もいいことはないわけだしね。

悩むわね。」

メアリーはジルに考えを求めるように顔を見た。

「そうだな。とりあえずニクロム商会に協力する形にして

おくっていうのはどうだろう?そうすればニクロム商会が

いい会社か悪い会社かってのはある程度分かってくるだろうし。

悪い会社って分かったら、そこで協力をやめるだけのこと。

それにビルドー不動産にダメージを与えるようなことをしてれば

ビルドー不動産をつぶす糸口も見つかるかもしれない。」

「つまりは様子を見るってところね。いいんじゃない。

今の状況だときっちりと決めることは無理だしね。」

「私もいいと思いますよ。私たちだけでは今のところ

ビルドー不動産に何も出来ないですからね。やはり協力者がいると

いうことはそれなりにメリットがあるでしょうし。」

メアリーとマルクはジルの意見に賛同した。

「決まりだな。」

 

次の日、ジルたちのところへ再びニクロムが姿を現した。

「さあ、返事を聞かせてもらおうか。」

ジルたちは顔を見合わせ、頷いた。

「協力しましょう。」

3人はまじめな顔で声を揃えて言った。

「そうか、よかった。」

ニクロムに笑顔が浮かぶ。

「ただし、条件があります。」

「ん?何かな?」

ニクロムの問いにジルが言葉を付け加える。

「俺たちがもしあなたにもう協力できないと思ったときには

何も言わずに抜けさせてもらいます。」

「まだ完全には信用していないということか...。

突然のことだ、それも当然だろう。信用はこれから少しずつ得れば

いいしな。分かった。その条件を呑もう。それでいいんだな?」

「はい!」

ジルはさっきまでとは違い笑顔で元気よく返事した。

 



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275,276

ニクロムに協力することにしたジルたちは

ニクロムに呼ばれて、ニクロム商会へと足を運んだ。

「意外と小さいんだな。」

そこは一般の家と変わらない大きさの建物だった。

「たぶん支店とかそういうのじゃない。きっと本店は

大きいはずよ。有名どころなんだし。」

メアリーがフォローするように言った。

そして、さっそく3人は中へと入る。

中ではニクロムが座って待っていた。

「ようこそニクロム商会へ。ここはもともと最初に出した店だ。

今はこうして話し合いの場としてたまに使っているわけだが。」

ニクロムは机に肘をついて手を合わせながら簡単に挨拶した。

ジルたちは用意された椅子にそれぞれ座った。

「それではビルドー不動産からシェアを奪うための

これからの流れを簡単に説明しよう。」

ニクロムが説明を始める。

「まず我々はビルドー不動産の割安な目玉物件を買い占める。

そしてそれを適正な価格で売り出す。そうすればビルドー不動産には

大きな利益が生まれるが、我々には労力に見合う収益は得られない。

一見無意味なことに見える。しかし、そうすることによって

ビルドー不動産は大事な売り物件を失い、我々は得ることができる。

いくら有名な会社だろうがいい物件を抱えていない不動産屋など

ただの箱会社にすぎない。逆にいい物件を抱えていれば名前は一気に

上がるものだ。ここで出てくる赤字は宣伝費用と考えればいい。

その間にニクロム商会の子会社としてのニクロム不動産を大きく

店舗展開をしていく。後は市場価格にのっとって不動産の売買を

続けてシェアを確保するという手法だ。そして...。」

「ちょっと待って。話がよく分からないんだけど。」

ニクロムの説明の途中にジルが割ってはいる。

「それでうまくいくのか知らないけど、仮にうまくいったとして

ビルドー不動産は何もしてこないはずはないだろう?」

ジルはニクロムに疑問をぶつける。

「その通りだ。だがやつらがしかけてこそうなことは多少は予想が

できる。我々自身、そして我々の購入した物件やその他関係のあるところ

に対して、腕力のあるチンピラや傭兵を使っての嫌がらせが一番に

考えられる。君らがすでに経験しているようなことだ。そこで君たちに

またそれを防いでもらおうというわけだ。分かりやすいだろう。」

「ええ、まぁそうよね。」

メアリーは理解に必死で頭がパンクしそうになりながら答えた。

ジル、マルクも頭から煙が出てきそうになっていた。

 

 

 

ニクロムは説明を続ける。

「さらに裁判といったことも予想できるがそれに関しては

奴等の様子を見ない限り、対策は立てられないので

おいておく。但し、一応の考えられる可能性のあることは

出来る限り想定して対応を決めておく必要がある。その辺は

こちらでまた考えよう。」

「つまり俺らはまた用心棒をやればいいってことだな。

意外と簡単そうじゃん。」

ジルは余裕の笑みを浮かべる。

「まぁ、奴等の出方しだいではもっと他のことを頼むかもしれないがな。

あ、それとそっちの2人にはビルドー不動産の物件の購入に

参加して欲しい。ジルは奴等の末端と裁判をしているからそこに

関わればまずいかもしれないが君らなら問題ないだろう。今は

1人でも人がいるときだからな。」

「了解。」

「了解しました。」

メアリーとマルクは頷いて返事した。

「これで説明は終わりだ。具体的に動いてもらうときにはまた

連絡をする。」

 

ジルたちはニクロム商会を出て、宿へと戻った。

「なぁ、どう思う?」

ジルが漠然と2人に尋ねる。

「う~ん、ビルドー不動産が大きなシェアを持ってますから最初から

普通に不動産の売買をしても難しいというのは分かるんですけどこの作戦

はホントに効果があるのでしょうか?どうもかかる費用に見合う宣伝効果

とかが得られないような気がするのですが...。」

マルクが少し悩みながら答えた。

「それにその費用の出どころも少し謎よね。ニクロム商会が大きいと

言っても、こんなにお金のかかることを単独で出来るとは思えないわ。

不動産を買い占めていくようなことちょっとやそっとのお金じゃ全然

足りないもの。とは言っても政府の人間は一部だろうけどビルドー不動産に

ついているのよね。反対派でもいて、その人たちがニクロム商会に協力

か依頼をしているって考えられないかしら?」

「うわぁ、なんか頭がこんがらがってきそうだな。もう考えるのは

よそうぜ。とにかく今は悪いビルドー不動産を痛い目にあわすために

ニクロム商会の言うとおりに協力する。それでいいだろ。」

「まぁ、あまり考えすぎてもしょうがありませんしね。」

「気にはなるけど、情報がないものね。仕方ないわ。」

ジルたちは議論を終えることとした。



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277,278

暗闇の会議室。

三つの人影が月明かりに浮かび上がっていた。

「都市計画は順調なんでしょうな?」

「土地の確保は既に終了している。さらに建設会社にも

準備を進めさせている。」

「ということはビルドー不動産はもう用済みということだな。」

「もう処分のために動かしている。ビルドーには最後の

役目を果たしてもらうだけだな。」

 

一方、ニクロムの書斎にて。

「考えれる全ての裁判への対策はできた。あとは暗殺者への

対策だが...。ジルは用心棒として使うから外すとして、

あと使える人間と言えばあいつくらいか...。」

 

夜が明けると、ニクロムの作戦は開始された。

メアリーとマルクは物件の購入に参加し、ジルはニクロム不動産にて

待機することとなった。

メアリーは渡されたメモに従って、ビルドー不動産の営業所に行き、

指示された物件を買おうとしていた。

「いらっしゃいませ。」

若い男性の店員がさわやかな笑顔でメアリーを出迎えた。

メアリーは慣れていないという感じで店の中を見回す。

「どのようなご用件でしょうか?」

社員教育が行き届いているのか営業所の店員は丁寧な口調でメアリーに

話しかける。

「ええと、チラシに載っていたこの家を買いたいんだけど。」

メアリーは持たされたチラシを店員に見せる。

「ええ!お嬢さんがですか?」

店員はまだ若いメアリーを見て驚く。

「うん。お父さんからお金とか必要な書類は預かってきてるから大丈夫。」

そう言ってお金の入った布風呂敷を広げて見せた。

「ああ。そういうことでしたか。わかりました。面倒な手続き等は

こちらで済ませておきましょう。帰ったらお父さんによろしくお伝えください。」

メアリーは店員のおかげで簡単にしてもらった手続きを済ませ、

領収書等を受け取ると礼をして店を出た。

「ありがとうございました。」

店を出るメアリーにうれしそうな店員の声が聞こえた。

「ま、こんなもんかしらね。さぁ、一旦戻りましょうか。」

メアリーは普段通りの素行に戻した。

「それにしても他人にこんな大金をもたすなんてね。ニクロムってやつも

かなり冒険家よね。だからこそみんなに監視をつけているんだろうけど。」

メアリーは自分を見ている人の気配を感じながらニクロム商会へと戻った。

 

 

 

メアリー同様にマルクや他の雇われた人もビルドー不動産の

物件の購入を円滑に進めていった。1人、1営業所につきひとつの

物件を購入するにとどめ、偽名や偽造書類を使って作戦がばれにくい

ようにと考えられた。

案の定、ビルドー不動産では。

「社長、大変です。ここ数日の売り上げがかつてないほど

上がっています。」

社員がビルドーに興奮しながら報告する。

「何か問題でもあるのか?」

ビルドーの低い声が響く。

「いえ。物件が飛ぶように売れているという状況以外は何も

おかしいことはありません。しかし、その原因が全く分からないのです。

不思議としか言いようがありません。」

「気にするな。我々の会社が人々に受け入れられていると思え。

売り上げが上がっているなら結構なことじゃないか。どんどん

上がるように努力しろ。」

「はい!」

社員は元気よく返事をして社長室を出た。

1人になったビルドーは笑みを浮かべていて、このときはまだ

ニクロムの作戦に気づくことはなかった。

 

「よし。これより第2段階に移る。」

ニクロムは複数のニクロム不動産営業所を開店させて、

ビルドー不動産から買い占めた目玉物件をチラシなどで

大々的に宣伝し、客を呼んだ。

いい物件を安く売るビルドー不動産に対して、ニクロム不動産は特別安い

わけではない一般的な市場価格での販売を行った。しかし物件の質のよさ

から一気に人気が出て瞬く間にビルドー不動産に次ぐ不動産会社へと

名乗り出た。

さすがにこれで気づいたビルドーは怒りを顕にしていた。

「ニクロムめぇ!ふざけた真似をしおって。わが社の物件を自分の

物にして堂々と販売するなど!」

「し、しかし社長。我々のやり方にニクロムが勝てるとは思えません。

今は新しいということで注目されているだけですぐにやつらのシェアは

落ちていくものと思われます。我々には長く続けてきた実績と大切に

してきたいい世間のイメージがあります。それほど心配される必要は

ないかと思われますが...。」

座っているビルドーのそばに立っていた社員がなだめるように言う。

 



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279,280

「社長!大変です。わが社の不動産仕入れが邪魔されています!」

勢いよく社長室に飛び込んできた別の社員が慌てた口調でビルドーに

報告する。

「誰にだ!」

ビルドーは怒りが頂点に達しそうになりながら問いただす。

「やり手の傭兵たちが我々の目をつけたところを守っていて手が

出せないんです。同じような状況がいくつも重なっていて

とても家主の依頼で動いているとは思えません。誰かが裏で...。」

「誰かじゃない!ニクロムに決まっている。奴め、こんな手の

こんだことまでしおって!

許せん!ニクロム不動産をつぶしてやる。その後でニクロムを

血祭りにあげてやる。」

ビルドーの怒りは頂点に達していた。

「社長、あまり暴力事を表立ってしてしまうとわが社のイメージが...。」

「分かっている。裁判だ。裁判で奴等をぼろぼろにしてやる。

いますぐに奴等の弱みを調べ上げろ!無理やりでもいい。

ちょっとでもダメージを与えられそうなことは全て取り上げるんだ。

いいな!」

「はい!」

ビルドーは社員にすごい形相で睨みつけると社員はすぐに

裁判の準備に取り掛かった。

 

「はぁ~、なんか張り合いがないよな。大したやつこねぇんだもんな。」

用心棒をして帰ってきたジルがため息混じりにもらした。

「私もよ。すごい裏方って感じがするわ。あんな頼まれ方したから

もっと大変な役かと思ってたのに。」

「まぁまぁ、2人とも気を落とさないで。こういうことも大事な仕事

だと思いますよ。だからニクロムさんもああいう風に頼んできたん

ですよ、きっと。」

マルクはジルとメアリーをなだめるようにして言った。

「そうかなぁ、マルクはいいように考えすぎなところがあるからなぁ。」

「いや、違うわ。こんな仕事、私たちには向いてないわ。

こうなったらビルドーを私たちで殺しにいけばいいのよ。」

「殺しにって...。いくらビルドーが悪い人でもそれはダメですよ。

ビルドーの悪い行いはいずれこの国に裁かれる。そうでしょ、メアリー。」

「う~ん。それが本当は一番いいんだけど。まどろっこしいっていうのかな、

もっと悪い奴はバッサリとすぐにやっつけられるようにしたいのよね。」

「それは俺にもなんとなく分かるよ。悪い奴っていうのを分かってて

証拠とか法律の知識とかないと手を出せない。それで悪いやつが

悪いことを続けて普通に生活している。そういうの悔しいよな。」

「私も同感です。考えるとどうしようも出来ない自分の無力を感じますよ。」

「う~ん。...って最近俺らの話いい結論出ねぇよな。」

「それだけ難しい話をしているんですよ。」

「もう今日はやめにしてゆっくり休みましょ。ね。」

メアリーが笑顔で言うと、ジルとマルクも笑顔で頷いた。

そうして3人は休息をとることとした。

 

 

 

しばらくして、裁判の準備を整えたビルドー不動産は

ニクロム不動産に対して次々に訴訟を起こしていった。

しかしニクロムは起こされそうな訴訟に対して全て

対応策をあらかじめ考えていたことと有能な弁護士を

ニクロム不動産側が押さえていたことにより裁判は

ことごとくニクロム不動産の勝利に終わっていった。

ビルドー不動産側からの裁判が一旦落ち着いてきた頃、

ニクロム不動産側からビルドー不動産へ名誉毀損などの

訴訟を起こし始める。その裁判の中でビルドー不動産のこれまでの

悪事が次々と世間に明らかになりビルドー不動産のイメージは

ガクッと落ちた。ニクロムの作戦によりいい物件を失い

安いだけが取り得となったビルドー不動産は裁判でのイメージダウン

とつながり世間では3流以下の不動産会社と見られるようになる。

当然ビルドー不動産の業績は悪化し営業所はどんどん閉店していく。

「社長、また一店舗閉店せざるを得なくなりました。」

社員が苦しい顔でビルドーに報告する。

「分かっている。くそー、このまま終われるか。」

ビルドーは悔しい顔をしながら頭を両手で抱えていた。

 

そして裁判は遂にビルドーの逮捕へと結びついた。

ビルドーの出頭は町中の注目を集めていた。

このころにはビルドー不動産はビルドー自身がいた本社を

残すのみとなり数名の社員がいるだけだった。

残された社員はビルドーが戻ってくることを信じて必死に

会社を盛り上げようとした。

完全に裁判に負けたビルドーは刑が確定し刑務所に入る。

そこでビルドーは入所2日目にして看守5人を殺害し逃亡。

国から指名手配にされる。

 

ジルたちはニクロムに呼び出された。

「君たちも知っていることだろうが、ビルドーが刑務所から逃げ出した。

それを捕まえてくれないか。」

「まさかここまでなることを最初から予想していたんですか?」

マルクが驚きの表情でニクロムに尋ねた。

「いや、最初は確かに不動産業界である程度のシェアをビルドー不動産

から奪えればいいと思っていただけだ。だが、流れの中で奴等の方から

ぼろぼろと崩れていってくれたんでな。うれしい誤算というものだ。

奴等とつながりのあった政治家も縁を切ったという話だ。

おかげでこの通りビルドー不動産に成り代わるほどになれた。もちろん

君たちの協力が大きな助けとなったわけだが。」

ニクロムは少しうれしそうに言った。

「いやぁ、俺たちは大した活躍はしてませんよ。」

ジルは頭をぽりぽりとかきながら照れて言った。

「ジル、そんなにほめてませんよ。」

マルクがジルに小声で言う。

「で、ビルドー追跡はどうする?」

ニクロムはジルたちに返事を求める。

「もちろん。絶対私たちの手で捕まえてやるわ!」

メアリーが力を込めてニクロムに答える。



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281,282

「君たちは期待通りの返事をしてくれる。俺はうれしいよ。

では、少し説明させてもらおう。まずビルドーを捕まえる

際のことだが。別に無傷で押さえる必要はない。ビルドーは

刑務所では殺人も犯している。当然捕まえようとすれば抵抗

してくるだろう。だから、傷つけることはもちろん殺しても

構わない。それはビルドーがこちらを攻撃してきたための

正当防衛ということで成り立つ。とにかく捕まえることが大事

なんだ。犯罪者をのさばらせておくのは一般の人に危害が

及ぶ可能性があるからな。とにかく早くしなければいけない。」

ジルたちは『殺しても構わない』という部分で息をのんだ。

「そしてもう一つ。もう1人ビルドー追跡を頼んだやつがいる。

そいつと協力しても独立して動いてもらっても自由だが一応

紹介しておこう。」

そして奥から1人の男が現れる。

「よぉ、久しぶりだな。」

「お前はダイン!」

ジルたちは驚きを隠せない。

「どうして?あんたはビルドー側じゃなかったの?」

メアリーは聞かずにはいられなかった。

「別に俺はビルドー不動産の社員じゃねぇからな。たまたまあの仕事

を引き受けただけだ。仕事が終われば関係もなくなる。傭兵ってのは

そういうもんだ。」

「『そういうもんだ』って言われましてもどういう反応をしていいのか

分かりませんよね。」

マルクが率直に思いを言った。そこにまたニクロムが喋りだした。

「俺からの説明は以上だ。逃亡中のビルドーをニクロム不動産が押さえた

となればいよいよニクロム不動産の業界トップの座を確実なものとする

ことが出来るんだ。頼んだぞ。」

ジルたちとダインはそろってニクロムの事務所を出た。

「協力するったって分かれて探した方がいいよな。」

ジルがダインに言った。

「お前らはビルドーをどうやって探すつもりだ?」

ダインが尋ねる。

「それはもう街中手当たりしだいじゃないの?」

ジルが答える。

「バカか。そんなことをしていたら一生見つからないぞ。

まずはビルドー不動産本社へ行くんだ。ビルドーはいないだろうが

その手がかりになるものが見つかるかもしれん。」

「なるほど。あんた意外と頭いいね。」

メアリーがダインを褒めた。

「はぁ~。俺はこんなやつらと組むのか。」

ダインはため息をついた。

 

 

 

ビルドー不動産本社に来たジルたちとダイン。

「大きい建物だけに社員が少ないと淋しいわね。」

メアリーが呟く。

「とにかく中へ入ろうぜ。」

ジルたちは建物の中へ足を踏み入れる。

「ようこそ、ビルドー不動産へ。どのようなご用件でしょうか?」

受付の女性社員はこんな状況にもかかわらず元気で明るい顔を

してジルたちを迎えた。

「ビルドーはどこにいてんの?」

ジルは率直に尋ねた。

「申し訳ありません。社長の所在は不明でして私どもの方でも

捜索中でございます。」

受付の女性は動じることなく丁寧に答えた。

「ウソはいってないでしょうね。治安隊もやってきて中を調べつくして

いるはずだし。」

メアリーは言った。

「それでは収穫はゼロということですかね。」

マルクが残念そうに言う。

「いや待て。ビルドーがいない今、誰か代わりのやつが社長の代理として

指揮をとっているはずだ。そいつに会わせろ。」

ダインが口を挟んで受付に言った。

「いえ、しかしパートンさんは多忙の身。アポイントなしで会わせる

わけにはいきません。」

これには受付の女性も少し動揺し言葉がこもる。

「俺たちは急いでるんだ!いいから言うとおりにしろ。」

ダインは語気を強める。

「は、はい。分かりました。」

受付の女性はすぐに階段を駆け上がりまた戻ってきた。

「はぁはぁ。パートンさんに了承を得ました。どうぞ、最上階の4階まで

お上がりください。」

ジルたちは言われたとおり4階へと上がった。そして扉を開くと

そこにはごく普通の社員といった30代くらいの男が立っていた。

「どうぞお座りください。私が現在社長代理を務めているパートンです。」

パートンは簡単に自己紹介を済ますと自分も席に着いた。

「社長をお探しなのですね。しかしそれは私どもも同じです。

世間に悪いことをしたのならそれを償って帰ってきて欲しいと

今残っている社員は思っています。役に立つかどうかはわかりませんが

我々の知っている情報を教えましょう。」

その言葉でジルたちはやったという気持ちで笑顔になる。

「社長は1人の暗殺者を飼っておられた。敵対する不動産会社の社長なり

重役を暗殺するためです。その暗殺者の住居は社長が用意されていたみたいで

もしかしたらそこに社長もいてるかもしれません。その場所がどこか分かれば

私どもも探して回るのですがそれは社長しか知らないことだったようです。」

それだけ聞くとジルたちはビルドー不動産本社を後にした。



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283,284

「あ~あ、肝心なのは場所なのになぁ。もっといい情報は

手に入らないかなぁ。...って情報!」

ジルは何かに気づいたように言う。メアリーとマルクも同じことに

気づいた。

「情報屋!」

3人が口を揃えて言った。

ジルたちはさっそく情報屋の仲介をする少年シャムに会いに

行き、事情を説明した。

「ふ~ん、そうなんだ。分かった。そしたらまた

明日ここにきてね。」

ジルたちは一旦ダインと別れて宿屋へと帰ってきた。

「ニクロムは暗殺者を倒すことを考えて、俺やダインに依頼

したのかな。」

ふとジルが言う。

「違うと思うわ。ほらこの週刊誌見て。ビルドーは牢獄を素手で破って

看守5人を一瞬にして殺したって書いてる。周りの人間はそれを見て

恐怖から身動き取れなくなったの。ビルドー自体が化け物なのよ。

だから私たちに依頼したのよ、きっと。」

「へぇ~。」

ジルはメアリー意見に納得してベッドへと入った。

 

 

同じころ、ビルドーは暗殺者のところにいた。

「ノーブル、お前に最後の命令をする。ニクロムを殺せ。」

「『最後の』というのはどういう意味ですか?」

「この仕事を終えればお前は自由だ。俺の隠し財産を

好きに使っていい。俺にはもう不要なものだ。」

「社長はどうされるおつもりで?」

「俺は魔界に行こうと思う。こっちでこれ以上活動するのは

限界みたいだからな。魔界との契約を結んでいる俺には

そっちの方が似合っている。」

「分かりました。社長、どうかお元気で。」

暗殺者ノーブルは部屋を後にした。

「暗黒魔道士の話だと魔界へのゲートが開くのは3日後。

それまではここにいてるか..。」

ビルドーはふぅとため息をつき壁にもたれた。

 

真っ暗闇の中、ノーブルはニクロムの寝室のドアを静かに開けて

中に入る。

「おや、ノックもしないで部屋に入るなんて無礼じゃないかい?」

ノーブルが入ったすぐそばに立っていたのは死神ジョーカーだった。

「んんmm。」

ノーブルは驚きの色を隠せない。思わず声を出しそうになるのを片手を

口に抑えて防いだ。

「喋っても問題ないよ。だってニクロムはさっき僕が起こしたからね。」

ジョーカーがそう言うと、寝たふりをしていたニクロムが起きだした。

「どうして死神がここにいるんだ!?」

ノーブルは聞いた。

「暇つぶしみたいなもんだよ。ニクロムのボディガードなんて

ガラじゃないんだけどね。さぁ、たっぷり待ってたんだ。

僕を楽しませてくれよ。」

死神は大きな鎌を手にする。

戦うことを避けられないと理解したノーブルは剣を抜いた。

 

 

 

死神ジョーカーと向き合うビルドーの暗殺者ノーブル。

「さぁ、どこからでもどうぞ。」

ジョーカーの仮面の下からは余裕が見られる。

ノーブルは何も言わないまま覚悟を決めて動き出す。

ノーブルの俊敏な動きは一瞬にしてジョーカーに詰め寄り

剣を喉に突き刺そうとする。

しかし、剣が刺さる直前にジョーカーの姿は消えた。

「まぁ、こんなもんだろうね。暗殺者といっても。

僕との力の差は歴然だよ。せっかく長い間待ってたって

いうのにがっかりだ。さようなら。」

ジョーカーはノーブルの背後からそう言うとすぐに

手にしていた鎌でノーブルの首を刈った。

ノーブルの頭はゴロンゴロンと床を転げ、胴体の首の部分からは

大量の血を噴き出していた。地獄のような光景にニクロムは

恐怖を胸にして黙っていた。

「さて、仕事も終わったし帰ろうか。じゃあね。」

ジョーカーはそれだけ言ってニクロムの前から消えていった。

ニクロムは全身に脂汗をかいて少し前のことを思い出していた。

 

『「あとは暗殺者への対策だが...。ジルは用心棒として

使うから外すとして、あと使える人間と言えばあいつくらいか。

ダインに頼むとするか。」

ダイン宛に依頼の手紙を書こうとしたとき、

「僕が協力してあげようか。」

ニクロムのそばにふっと死神ジョーカーが現れた。

「し、死神が何の用だ。」

ニクロムは平静を保とうとしながら言った。

「君のボディーガードを買って出てあげるっていってるんだよ。

悪くないだろう。」

ジョーカーは愉快そうに言う。

「な、何を企んでいるんだ。」

「別に何も。僕はきまぐれなんだ。素直に僕の申し出を聞いとかない

と君の命をうばっちゃうかもしれないよ。」

「分かった。お前に暗殺者からのボディーガードを頼もう。」』

 

「ああしてボディーガードを頼んだが俺にはいつ死神が俺の命を奪う

のか気が気でいられなかった。あとビルドーが捕まれば俺はやっと

安心して眠れるようになるのだろうか?それとも死神の力を借りた俺は

地獄へと足を踏み入れることになるのか。この俺が弱気になるなんてな。

だが、俺は今の地位を守り抜いてみせるぞ。」

ニクロムは大汗をかきながら力強く言った。



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285,286

次の朝、ジルたちはダインと再び合流して情報を聞くため

シャムの元へと向かった。

「思ったよりも早かったね。そんなに急いでるんだ。

じゃあ、さっそく。ビルドーの居場所なら20,000Gで、

暗殺者の隠れ家なら5,000G。どうする?」

シャムはジルたちの様子を見ていきなり本題に入った。

「ちょっと待て。ビルドーの居場所と暗殺者の家は別なのか。」

ジルが思わず聞いた。

「情報としては別になるね。ビルドーの居場所を知りたがってる人は

他にもいるからね。中身は同じかもしれないし、違うかもしれない。

決めるのはお兄ちゃんたちだよ。」

シャムが決定を求める。

「まぁ、暗殺者の方を聞いて違ってたらビルドーの居場所を

直接聞くってのが普通だろうな。」

ダインが意見を言う。

「安いにこしたことはないしね。」

メアリーとマルクもその意見に賛成して、シャムに5000Gを払った。

「まいどあり。それじゃ、これが暗殺者の隠れ家への地図。

ここからそう遠くないね。」

シャムはジルに一枚の地図を渡す。

「それから正解だったね。今はここにビルドーがいてるよ。」

シャムが笑顔でそう言うと、ジルたちはその地図の場所に急いで向かった。

 

「ここか。」

そこは地味なマンションの地下だった。

ジルたちは緊張気味でビルドーのいるという部屋の扉を開けた。

「誰だ。」

中から低く重いビルドーの声が聞こえた。

部屋は狭くすぐにお互いの姿を確認できた。

ビルドーはジルたちを見ても全く動じず椅子に深く座っていた。

「治安隊の者ではなさそうだな。ということはニクロムの差し金か。

まあ、どっちでもいい。見逃してやるからさっさと帰れ。」

「『見逃してやる』?それはお前が俺たちに求めるセリフだろう。」

ジルが怒りを込めていった。

「待て、ジル。こいつは本気でそう言ってるんだ。

忘れたか。刑務所で看守を一瞬の内に5人殺してるんだぞ。

こいつビルドーにはどんな強いやつが捕まえに来ても絶対に

自分の方が強いという自信があるんだ。」

ダインはジルにそう言ってビルドーへの警戒を強める。

「ほぅ、お前がジルか。覚えているぞ。ピピンを倒したやつか。

そのときは大したことはないだろうと思っていたが、ニクロムの

手のものだったとはな。人は侮れんな。」

ビルドーはジルの方をじっと見る。

 

 

 

「お前が何と言おうが絶対に捕まえて帰ってやる!」

ジルが力を込めて言った。

「この俺に力ずくでくるつもりか?おもしろい、かかってこい。

魔界との契約で手にしたこの力、見せてやろう。」

ビルドーは立ち上がると体に異変が起こり始めた。

体が大きく膨れ上がり服を破り肉体は緑色に変色を始めた。

爪は鋭く長く伸び、歯は太く尖った牙となる。

「モ、モンスター!」

ジルたちは変身したビルドーに驚く。

「はっはっは。俺は魔人になったのだ。

この姿を見て、生きて帰れると思うなよ。」

ジル、ダイン、メアリーの3人は剣を抜いて構える。

マルクは後方で3人を見守る。

「メアリー、下がってろ。こいつはお前のかなう相手じゃない。」

「でも...。」

メアリーも自分に無理なのは分かっていたが、ビルドーを

倒したい気持ちをなかなか抑えることが出来ずにいた。

「メアリーの気持ちはジルにしっかり伝わってるはずです。

自分の手でと思ってるでしょうがここはジルに託しても

いいと思いますよ。」

マルクがやさしくメアリーに言う。

「...うん、分かったわ。がんばってね、ジル。」

メアリーは剣を戻して後ろに下がった。

「ありがとう。見てな、すぐにぶっ倒してやるからな。」

「いくぞ、ジル。」

「ああ。」

ジルとダインは同時に魔人ビルドーに攻撃をしかけた。

ガキイィン。

剣がビルドーにぶつかると大きな金属音を発した。

「ちぃ。こいつの体、鋼鉄みたいになってるのかよ。」

ダインが悔しそうに言う。

「お決まりのパターンって感じだな。」

ジルが独り言を呟く。

「何だよ、そりゃ。こうなったら俺の最強の攻撃をぶつけてやる。

いくぞ、『ライトクラッシュ』!」

ダインは体から光を発するとその光を剣に集中させる。

そして力いっぱいに光に包まれた剣でビルドーに斬りかかる。

ザクッ。

ダインの剣がビルドーの腕に突き刺さる。

「!?」

ダインの剣はビルドーの腕の途中まで刺さったまま動けなくなっていた。

「残念だったな。」

バシュッ。

ビルドーはもう片方の手にある爪でダインの腹を裂いた。

「ぐはっ。」

ダインは口からも血を吐き、剣を手放して倒れた。

そのダインをジルはすぐに後ろへ抱えて移動させた。

「マルク、頼むぞ。」

ジルはまたすぐにビルドーに向かい合って剣を構えた。



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287,288

「『ホワイトウィンド』。」

マルクは魔法でダインの傷を癒していく。

そして苦しんでいたダインの表情が少し和らぐ。

ビルドーは腕に刺さった剣を引き抜き床に捨てる。

「く、化け物め。俺の最高の攻撃を肉で止めるなんて

信じられん。ジル、いくらお前が強くてもそいつには

勝てない。一旦、引くぞ。」

「そうよ。こんなやつ普通じゃないわよ。ここは一回

戻って何か考えましょ。」

メアリーも弱気になり、ジルの戦いを止めようとした。

「おい、悪いやつを目の前にして逃げるのかよ。

メアリーがあんなに憎んでいた相手だろ。それに

さっき言っただろ。『ぶっ倒してやる』ってな。

まだ負けてないんだ。いくぜっ!」

ジルは思い切り踏み込んでビルドーに剣をぶつけた。

ガキン。

やはり、先ほどと同じで金属音と共にはじかれる。

バシュッ、バシュッ。

そこにビルドーの反撃で両手の爪の攻撃がジルを襲った。

ジルは一瞬にして血だらけになり大きなダメージを受けた。

「はぁ、はぁはぁ...。」

ジルは剣を床に刺して体を支える。

「もう無理なの分かってるでしょ、やめてぇ!」

メアリーはジルのぼろぼろの姿を見て、泣きそうになる。

「まだ終わっちゃいねぇよ。こうなったら奥の手いってみるか。

本当は使いたくなかったけどよ。出来るかどうかもわかんねえし。」

ジルの体は立っているだけでやっとの状態だったが、

目に浮かぶ闘志は全く失われていなかった。

「何をぶつぶつ言ってるのかはしらんが、そろそろ終わりにしてやろう。」

ビルドーは腕を振り上げ、爪でジルの心臓を突き刺そうとした。

「きゃあ、マルク。早くジルに回復魔法を。」

「駄目です。間に合いません。」

そんな中、ジルは体を奮い立たせて目を閉じた。

「(俺の中に眠る悪魔よ。目覚めろ!)」

ジルは目を見開くと体から黒いオーラが一気に放出された。

「な、なにぃ。」

ビルドーは驚き、攻撃の手が止まる。

「グゥゥゥゥ。」

ジルは獣のような声をあげ、完全に正気を失っていた。

「こ、これはあのときの...。」

マルクは驚きながら前のことを思い出す。

「な、何よ。これって。」

「おいおい、やばいんじゃねぇのか。」

皆が驚いている中、ジルの心の中では。

 

【自制をするのじゃ】

 

ニムダの声が浮かび上がる。

「(そうだ、俺はもう2度と自分を失って関係のない人を

傷つけたりはしない!)」

ぱっとジルの意識が体に戻る。

 

 

 

ジルは正気に戻ったが体からはまだ黒いオーラが変わらずに

出ていた。

それを見て、ビルドーは身構える。

「力がみなぎるようだ。さっきまでの痛みを感じなくなっている。

さぁ、ここからが本番だ。いくぞ、ビルドー。」

ジルは一直線にビルドーに向かって剣を振るう。

ガキン。

ジルの剣とビルドーの爪がぶつかるとビルドーの爪は

割れとび床に落ちる。

そしてジルはすかさず次の攻撃に移った。

バシュッ。

ジルの剣はビルドーの腹を鮮やかに斬り、ビルドーから

緑色の血が吹き出る。

「さっきと比べて遥かにパワーが上がっている。」

ダインは驚きの目をジルに向ける。

メアリーもダインと同じように見ていたが、マルクは1人

心配そうに見つめる。

「そんな馬鹿な。この俺が完全に力負けしている。

ジル、まさか貴様も魔界との契約を?」

ビルドーは驚きながらジルに問いただす。

「契約?そんなもんした覚えはねぇよ、俺は。

だが、お前を倒すためなら魔人でも悪魔でもなってやるよ。」

「ぐ、化け物め。」

「それはお前もだろ。緑色の血を流しやがって。決着をつけるぞ!」

ジルとビルドーがお互いに全力でぶつかる。

もはや力で圧倒的に上回っているジルはビルドーの腕を切り落とした。

ビルドーも意地になり残された腕でジルの顔を殴る。いつもの状態なら

吹っ飛んで気を失うようなダメージを受けるが、今のジルはダメージを

感じてもその場でこらえることが出来た。そこから反撃でビルドーの

残された方の腕も斬った。

「ぐぎゃあぁぁ!」

ビルドーは獣のような悲鳴を上げた。

「まだだ、まだおわらんぞ。」

ビルドーは最後のあがきで牙による攻撃をジルにしかける。

だがその攻撃はかわされ、ビルドーはジルの剣で胸の中心を貫かれた。

「ぐばっ。」

ビルドーは口から大量の血を吐いた。

ジルはすっと剣を引き抜く。

「終わりだ。」

ジルはビルドーに冷たく言い捨てた。

ビルドーはバタッと倒れてそのまま動かなくなった。

「ふぅ。」

ジルは一息つくと黒いオーラがすうっと消えた。

「さて、帰るか。」

ジルは振り返って笑顔で言った。

みんなはどういう反応をしていいのか分からないでいた。

 



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289,290

「ん?どうした、みんな。あっ、いってー。さっきまでのダメージが

今頃効いてきたのかな。マルク、回復頼むよ。」

「あ、はい。え~と、『ホワイトウィンド』」

マルクは思い出したように急いでジルを回復させる。

「あれ、なんか傷が完全にはふさがらねぇな。ま、いいか。

もうそんな痛くねぇし。」

ジルは小さな腕の傷口を見ながら言った。

「(あれ、おかしいですね。私の魔法力はまだ残っているのに

回復が完全じゃない。ジルの傷がそれほど深かったのか、

それともやはり...。)」

「ねぇ、ちょっといいかしら。」

メアリーが恐る恐るジルに聞く。

「何?」

「大丈夫なの?」

心配そうに尋ねる。

「傷なら大丈夫だろ。ま、そのうち治るさ。」

ジルは笑顔で答える。

「そうじゃないわよ!さっきのビルドーと戦っていたジル。

普通じゃなかったわよ。」

「そのことか...。」

ジルの顔が真剣な表情に変わる。

「マルクは知っていることだけど俺の中には悪魔のような

ものがいるんだ。そいつのせいで罪もない人々を殺したこと

もある。だが、その悪魔には今の俺にはない強い力があるんだ。

だからビルドーを倒すためにそいつに賭けてみたんだよ。

ニムダのじいさんに修行してもらったおかげでなんとか自分を

失わずに済んだってところかな。」

「しかし、危険なことには変わりないですよ。」

マルクも心配顔でジルに言う。

「なぁに、心配するなって。もっと修行して俺の中の悪魔を

完全に飼いならしてみせるから。それに俺自身が強くなれば

そんな悪魔に頼らなくてもいいようになるかもしれないし。」

ジルはみんなの心配を吹き飛ばそうと無理やり笑顔を作った。

「俺にとっちゃお前が敵じゃなければどうでもいいことだがな。」

ダインが後ろから口を出した。

「そんなことよりニクロムにビルドーを倒したこと報告してこいよ。」

「『してこいよ』ってダインはいかないのか?」

ジルが不思議そうに尋ねた。

「ああ。こいつはお前らの手柄だ。だから報酬は俺の分ももらっといてくれ。

俺はここの後片付けだけすませて、また雇い主をさがすからよ。」

「へぇ、あんたって意外といいやつね。」

メアリーが感心して言った。

「ほら、さっさといけよ。日が暮れちまうぞ。」

ダインはジルたちを急かすように言った。

「はい。ありがとうございます。」

マルクがダインに礼を言うとジルたちはニクロムの元へと向かった。

 

 

 

「行ったようだな。」

床に落ちている自分の剣を拾いながらダインは言った。

「ここはニクロムの名で治安隊に知らせればいいだろう。

ジルは俺が思っていたよりもずっととんでもない

奴なのかもしれないな。あの力を自在に操れるように

なれば世界一の剣士になれるだろう。しかし傭兵の俺も

一人の戦士。このまま力の差を見せつけられたままで

終わるわけにはいかんな。努力なんて言葉は嫌いだが

一度鍛えなおすか。」

ダインは治安隊にビルドーのことを伝えるとどこかへ行ってしまった。

 

ニクロムの事務所へ戻ってきたジルたち。

「ついさっき政府からビルドーの死体を確認したと連絡が

あった。君らがやったのだろう。感謝する。」

「え、もう連絡が入ってるんですか?早いですね。」

マルクが少し驚いて言った。

「うむ、これで全て片付いたということだ。それでは今回の

報酬を渡そうか。おや、ダインの姿が見えないようだが?」

「ダインは俺たちに報酬を譲ると言っていました。」

ジルがニクロムの疑問に答える。

「そうか。別にこちらとしてはそれで何の問題もない。」

そう言ってニクロムはお金の入った袋をジルたちに渡した。

「やったー!」

報酬を受け取り喜ぶジルたち。

「それともう一つ。これをあげよう。」

ニクロムは一つの指輪を差し出した。

「これは『身代わりの指輪』。身につけているものが戦闘で

死に直面したとき、この指輪が代わりに砕けて命を救ってくれる

というものだ。原理としてはエリクサーを利用して生命力がなくなる

寸前に回復させるというもので、ニクロム商会とヒヨルド博士との

共同研究で作った試作品だ。」

「あいついろんなとこに絡んでやがるな。」

ジルが呟く。

「俺からは以上だ。君たちへの依頼は完了した。君たちは俺の

期待通りの働きを見せてくれた。感謝する。これから俺は

ニクロム不動産の安定した地位の確立に努めることにする。

ビルドーの二の舞にはならないように正当な売買を続けていく

つもりだ。」

「ありがとう、ニクロムさん。」

メアリーはその言葉を聴いて安心した。

「さぁ、行くか。」

ジルの呼びかけにマルクもメアリーも笑顔で頷いた。

そして、ジルたちはニクロムの事務所を後にした。

 

「ふぅ~、なんかすっきりしたわね。」

「ええ。これでこの国の不動産業界は健全なものに変わって、

もうナンシーさんのような被害者が出なくなるといいですね。」

「ふぁ~あ。なんか今日は疲れたな。早く宿に帰って休もうぜ。」

「そうね。ジルは一番がんばったわよね。よしよし。」

メアリーがジルの頭をなでる。

「なんだよ、これ。子供扱いかよ。」

「ははははは。」

メアリーとマルクが笑い出すとジルも笑顔になった。

3人は宿へと帰り休息をとることにした。



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第2章
291,292


ジルがビルドーを倒した2日後、そのビルドーが倒れた部屋にて。

 

バチバチバチッ!

 

ブーン。

 

激しい電撃と共に大きな黒い穴が現れた。

その穴からは1人の黒ローブの男がすっと出てきた。

「ここが『テラ』か。すぐにカーラ様の命令を遂行

しなければ...。」

男は部屋を後にした。

 

 

「ねぇねぇ、これかってー。」

メアリーが店の中で売られている服を引っ張る。

「おい、メアリー。昨日買ったとこだろ。そんなにバンバン

金使ってたら一気になくなっちまうぞ。」

ジルがメアリーを咎める。

「だって~、見てると欲しくなるんだもん。

ねぇ、おねがい。」

メアリーはかわいい笑顔を作ってジルにねだる。

「(かわいい。)よししょうがないなぁ、これで最後だぞ。」

そう言ってジルがお金をだそうとすると、

「ダメです。これはさすがに買いすぎです。もっとお金を

大事にしてください。」

マルクがジルから財布を取り上げた。

「ケチー。」

「けちー。」

ジルとメアリーがマルクに不満そうに言う。

「(この2人いつの間にこんな息が合うようになったんでしょう。

仲がいいのはいいですが、金遣いが荒くなるのは危険ですね。

ここは私がしっかり管理しなければ。)」

マルクは堅く決意をした。

 

「はぁ~、今日も楽しかったな。」

ジルが宿屋で満足そうな顔をして言う。

「そうね、こういうのが毎日続いたらいいのにね。」

メアリーもうれしそうに言う。

「2人とも。ビルドー不動産のことがあったからしばらくは

ゆっくりとしててもいいですが、仕事をしないままで遊び

続けてたらお金なんてすぐになくなってしまうんですよ。

分かってるんですか?」

マルクは強い口調で言った。

「わ、わかってるよ。でも今はこの時間を楽しく過ごすことを

考えようぜ。情報屋からもニクロム不動産はおかしなことを

してないって聞けて安心したんだし。この平和をじっくりと

味わおうぜ。」

「さんせーい。」

ジルの言葉にメアリーがのっかかる。

「(はぁ...。私の力ではこの2人を抑えられないかも

しれない。これから先がすごい不安です。)」

マルクはため息をついて落ち込んだ。

「どうした、マルク。なんか嫌なことでもあったのか?

もう夜だし。眠っちまえば忘れられるかもしれないぜ。」

ジルはマルクを気遣うように言う。

「いえ、なんでもありません。」

マルクはさっきまでの不安が消え、穏やかな笑顔になった。

その晩、3人はぐっすりと眠ることが出来た。

 

 

 

喫茶店でジュースを飲むジルたち。

「さぁ~て、今日は何をして遊ぶかな。」

ジルが楽しそうに言う。

「買い物もちょっと飽きてきたわね。」

そう言うとジルとメアリーは考えだした。

「あの、それでしたらまた仕事を探すというのは

どうですか?」

マルクは意見を言う。

「却下。」

「却下ね。そんなにすぐに働きたくないものね。」

ジルとメアリーはそろって拒否する。

「そしたら演劇を見に行くというのはどうですか?」

マルクは再び意見を言う。

「ん?それはけっこういいかもしれないわね。」

「うん、いいじゃん。行こうぜ。」

2人はその意見には賛成した。

「演劇場の場所はたしかあっちの方よね。」

メアリーが指差して言う。

「じゃ、さっそく行きますか。」

ジルたちは演劇場に向かって歩いていく。

 

ジルたちが歩いている途中、目の前に黒ローブの男が現れた。

ジルはその雰囲気から怪しいものを感じていた。

「何か用か?」

ジルは男に警戒しながら尋ねた。

男はジルの問いには答えず、右手を前にかざして手のひらより

少し大きい程度の紫色に光る球体が出現させた。

「暗黒魔法『悪夢の檻』。」

男が呪文を唱えるとメアリーが光る球体に吸い込まれた。

「きゃああぁぁ!」

「おい、てめぇ。メアリーになにしやがったんだ。」

ジルは怒りを込めて言う。

男はメアリーを閉じ込めた球体を片手で持ったまま

ジルたちの前から走って逃げ去ろうとした。

「おい、こら待てよ。」

ジルとマルクは男の後を追う。

男とジルたちの距離は近づかず離れずといった感じで街中を

走り回る。

そして、男の動きが止まり行き着いた先はビルドーの部屋だった。

そこへジルたちもやってくる。

「やっと追いついたぞ。さぁ、メアリーを返してもらおうか。」

「あの、ジル。あれは!?」

マルクの視線の先は黒ローブの男の背後にある大きな黒い穴だった。

「この娘返して欲しくばこっちにこい。」

男はそれだけいうと穴の中へメアリーを連れて入っていった。

「マルク、いくぞ!」

「はい!」

ジルとマルクはためらうことなく黒い穴へと飛び込んだ。



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293,294

メアリーを追って黒い穴へと飛び込んだジルとマルク。

ビュ~~~ン。

「うわぁー!」

ジルとマルクの体が異空間を流れる。

 

シュンッ。

ジルとマルクはとある森にたどり着いた。

「ここはどこだ?メアリーはいるのか?」

ジルとマルクは周りを見回す。

「ここの空気なんだか異様な感じがします。臭いとか

ではないんですが、なんだか少し気持ち悪いというか

落ち着かないですね。」

マルクが嫌な顔をする。

「そうか?俺はそんなに気にならないけどな。

それにしてもここの風景、どっかで見たことがあるんだよな。

どこだったかな?」

「そう言われてみれば、どこかで見たことありますね。

え~と...。あっ!思い出しました。美術館で見たシャリルさんの

絵ですよ。たしか題名は..。」

「『魔界の森』!」

ジルも思い出してマルクと声を揃えて言った。

「ということは、ここは魔界ってことか。それで、さっきの黒い穴は

テラと魔界をつなぐゲートだったってわけだな。」

「間違いないでしょうね。」

マルクはジルの考えに頷いた。

「しかし、さっきのメアリーを連れ去った男の姿が見えませんね。

この魔界の中にはいるはずなんですが。」

「もしかしてメアリーを取り戻すために魔界中を探し回らなきゃ

いけないのか?」

「そうなりますよね。何か手がかりでもあればいいのですが...。」

「手がかりねぇ...。」

2人は考え込む。

「ん?」

マルクは足元にあった一枚の紙を拾った。

「なんでしょうか、これは?」

その紙には上に3つに枝分かれした赤に緑の丸がある模様が描かれていた。

「これを手がかりにするしかないみたいだな。」

「ええ。難しいですががんばるしかないですね。大切な仲間を

取り戻すためですから。」

「ま、まぁそうだよな。」

ジルは少し照れくさそうにしばらくしてたが、覚悟を決めた表情に変わる。

「さぁ、行くか。ここでじっとしててもメアリーは取り戻せないからな。」

「はい!」

ジルとマルクは魔界の森の中を歩き出した。

 

一方、テラでは。

「ジルの気配がふっと消えた。魔界に発ったということか。

魔界は強いものだけが生き残る弱肉強食の世界。

そこで目的を遂げようと思えば茨の道を通ることになろう。

次に会ったときにどのように変わったかみるのが楽しみじゃな。」

ニムダは独り言を呟いていた。

 

 

 

魔界の森の中を歩くジルとマルク。

「なんか腹が減ってきたな。食べるもんとかどっか落ちてないかな。」

ジルがおなかをおさえて言った。

「そうですね。森の中ですから何か果物とかあればいいのですが。」

そう言ってマルクは木の枝を見上げる。

ガサッ。

シャーシャーシャー!

果実の形をしたモンスターが大きく牙のある口を開けて上から

マルクに襲い掛かろうとした。

「わぁぁっ!」

マルクが慌てて飛びのく。

「魔界の森の果物って根性あるんだな。」

ジルは冷や汗を流して森の果物は諦めることにした。

 

「はぁ~、魔界で食料ってどうやって調達するんだよ。

このままじゃ俺たち飢え死してしまうぜ。」

ジルとマルクは空腹でふらふらになりながら森の中を歩いていた。

「それじゃ俺たちがお前らを食ってやろうか。」

2人の前に剣を手にしたリザードマンが3匹現れた。

「おっ、モンスターだ。」

ジルはなにやら少し嬉しそうに言った。

「何だ、こいつら。人間のくせしやがって俺たちが怖くねぇってのか。」

「おい、すぐにやっちまおうぜ。」

リザードマンはすぐに剣を振り上げてジルに向かってきた。

 

一分後。

 

「ひぃぃぃ、すいませんでした。どうか命だけは助けてください。

ジルにボコボコにされたリザードマンたちが膝をついて許しを乞うていた。

ジルはそれを見てにっと笑った。

「そんじゃさ、俺たちが食えそうなもの探してくんないかな。」

「へぇぇ。人間が食べるものならこの森にもたくさんございますよ。」

「すぐに案内します。」

リザードマンたちにジルとマルクは案内される。

連れられた場所では木々に赤い実がたくさんついていた。

もちろん人を襲うための口などついていない。

「この実ならあなたの口にあうと思います。」

少し疑いの目をして戸惑うジルをよそにマルクはその実を一つ口に入れてみた。

「うん、いけます。しかもここには2人では食べきれないほどなっています。

よかったですね、ジル。これで飢え死にしないですみそうですね。」

笑顔でジルに言った。

「よくここで疑わずにすぐ食べれるな。まずいかもしれないだろうに。

マルクには感心するよ。」

「あのぉ~、俺たちはそろそろ帰らせてもらってもいいでしょうか?」

リザードマンが聞きにくそうにしながら尋ねる。

「ああ、いいよ。ありがとな、ちゃんと案内してくれて。

あ、そうだ。これちょっと見て欲しいんだけど...。」

そう言ってジルはリザードマンたちに先ほどの紋章が描かれた紙を見せた。

「こ、これは...。ひぇぇぇぇぇぇぇ!!」

リザードマンたちは紋章を見た途端に恐れるように走って逃げていった。



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295,296

「あ~ぁ、いっちまった。これについて知ってたら聞きたかったんだけどな。

仕方ないか。また次のモンスターが現れたときに聞くか。」

ジルは木の実を食べながら呟いた。

「今のところ手がかりはそれだけですからね。

がんばりましょう。」

マルクが元気よく言った。

「おう。」

ジルも声を上げて返事をした。

2人はお腹がふくらむまで木の実を食べると、それを袋につめて

歩き出した。

 

 

しばらく歩くとようやく森を抜けて広い原っぱへと出ることができた。

「ふぅ~、やっと出れたな。」

ジルが一息ついて言った。

 

トン。

 

それは突然現れた。

体を白い毛で身を包み背中には翼を生やした男だった。

「よぉ、お探しの女は見つかったか?」

「お前は誰だ!」

うっすらと笑いを浮かべる男とは対照的にジルは警戒心をむき出しにして言った。

「ジル、あれ。」

マルクが指差したのは男の額だった。

「あれは紙に描いていたのと同じ模様だ。」

「自己紹介をしようか。俺の名は堕天使グラビル。イデア教四魔人の1人だ。

この額の紋章はイデア教のシンボル。そこらの雑魚モンスターはこの紋章を

見ただけで逃げ出すだろうな。」

「グラビル。お前らは何の目的でメアリーをさらった?」

ジルは率直に聞いた。

「ふん。それを知りたければ俺らの神殿に来い。」

「力づくで聞かなきゃダメってことか。」

ジルが剣を構える。

「俺とやるつもりか、おもしろい。お前の力をみてやろう。」

シュンッ。

グラビルが手を広げると爪が大きく伸びた。

「行くぞっ!」

ジルから攻撃を仕掛けた。

グラビルはその攻撃をさらっとかわす。

「所詮、人間の力はこんなもんか。がっかりだな。」

グラビルはそう言うとジルの腹に爪を突き刺した。

「グフッ...。」

ジルは苦痛に顔を歪ませ膝をついた。

「さて、そろそろ帰るか。」

グラビルがジルに背中を見せたとき、

「...おい、待てよ...。」

グラビルが振り返った先にはジルが力を振り絞って立ち上がっていた。

「ほう、まだ力が残っていたか。」

「...まだ終わってねぇんだよ!」

ジルから黒いオーラが吹きだした。

「む。(これはもうすでに目覚めているというのか。)」

グラビルはジルの様子を観察する。

「さぁ、行くぞ。」

ジルが再びグラビルに剣を振るう。

グラビルはそれも難なくかわす。

「(ほぅ、この状態でも自分を保ち続けるとはな。だが...)」

グラビルはカウンターで膝蹴りをジルの顎にくらわす。

「まだまだだな。」

地面に倒されたジルはかろうじて意識を失わずにいたが、

動くことが出来なかった。

 

 

 

「(これはおもしろいことになるかもしれんな。)

おい、ジル。また会うときを楽しみにしとくぞ。

それまでにせいぜい強くなれよ。」

グラビルは不敵な笑みを浮かべて飛び去っていった。

「ぐ、ぐぅぅ...。」

ジルは去り行くグラビルに何も言い返せなかった。

「はっ、すいません。早く回復させなきゃ。」

マルクはあわててジルに回復魔法をかける。

「くそっ!!」

回復したジルは拳を地面に叩きつけて悔しがった。

マルクにはかける言葉が見つからなかった。

「マルク、俺は強くなる。もっともっとな。このままで済むと

思うなよグラビル。」

立ち上がったジルは拳を握り締め闘志を燃やしていた。

「そう、その意気ですよ。がんばりましょう。」

マルクはジルにわずかに恐れを感じながらも励ました。

 

それからジルは現れたモンスターを次々に倒していった。

それは強くなるためであったが、マルクには先ほどの憂さ晴らし

をしているようにも見えた。

「ジル、少し休みましょう。」

マルクが優しく声をかける。

「まだだ、俺の力はこんなもんじゃねぇはずだ。」

ジルは殺気立ちマルクの意見を受け入れなかった。

その様子にマルクは、

「(仕方ない。)『イエローフローラル』」

マルクはジルに魔法をかけた。

するとジルからは殺気が消え、いつもどおりに戻っていた。

「どうですか?落ち着きました?」

マルクが笑顔で尋ねる。

「うん、悪いな、マルク。俺ちょっと焦ってたのかもしれないな。」

「いいんですよ。早く強くなってメアリーを助けたい気持ちは

分かりますが慌てずにいきましょう。」

「そうだな。」

ジルも笑顔になった。

 

一方、グラビルは神殿へと戻ってきていた。

「お帰り。」

1人の女性が柱にもたれかかってグラビルを出迎えた。

「シェラハか。」

グラビルは素っ気無く言った。

「で、どうだったの?『封印体』ってのは?」

「さぁな。」

「何なのよ、それ。ちゃんと見てきたんでしょうね。」

「ああ、一戦交えた。あの程度ではただの雑魚と変わらないな。」

「な~んだ。そんなもんなんだ。」

「今はな。だがこれからどう変化するかが楽しみだ。」

グラビルは笑みを浮かべる。

「あなたが笑うなんて珍しいわね。私もジルに会いにいこうかしら。」

「勝手にしろ。」

そう言うとグラビルは神殿の奥へと消えていった。



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297,298

「ふぁ~あ。」

ジルが口を大きく開けてあくびをした。

「なんか眠たくなってきたな。」

「そういえば、魔界ってずっと薄暗い感じですよね。

朝とか夜とかってあるのでしょうか?」

「さあなぁ、どうだろう。そういうことは考えても分からない

からな。とにかく寝るとこを探そうぜ。」

しばらく探して歩いていると一つの大きな洞穴を見つけた。

「ここならゆっくり休めそうだな。」

「待ってください。もしかしたら奥にモンスターが潜んで

いるかもしれませんよ。」

マルクが警戒してジルを止める。

「ならそいつを倒してやるまでだぜ。」

ジルは剣の柄に手をやって洞穴の中へと進む。

マルクも恐る恐るジルの後についていく。

ジルとマルクが洞窟の奥へと進んでいくと、

何やら小さな物音がし明かりが見えてきた。

「やっぱりなんかいるみたいだぜ。」

ジルは剣を手にして警戒する。

「えっ、人!」

明かりの元は焚き火ですぐそばに男性が1人うずくまっていた。

「おや、君たちもここに迷い込んだのかい?」

男性がジルたちに問いかける。

「いや、俺たちはちょっと目的があって来たんすけど。」

「え!それじゃ、もしかして帰り方を知っているのか!?」

男性は驚き立ち上がりジルに聞いた。

「帰り方?あっ!考えてなかったな。」

ジルは大事なことに気づいて慌てた。

「そうか...。君たちも分からないんだね。」

男性はがっかりしてまた座ってしまった。

「なぁ、マルク。俺たちメアリー助け出したらどうやってテラに

戻ったらいいんだろ?」

ジルはマルクに尋ねた。

「そうですね。私たちがこちらに来たときと同じように誰かに

ゲートを開かせるか、偶然近くでゲートが開くのを待つか、

あと常に開いているゲートがあるか探してみるかのどれか

でしょうね。」

マルクは考えて答えた。

「方法は3つか...。その中の偶然を待つってのは完全に

運任せになるよな。あと2つも運が必要だけど、まだ可能性は

高いかな。人を探すか、物を探すかってことだな。どっちも

難しそうだな。マルクがそういう魔法を使えたらなぁ。」

と言いながらマルクの方をちらっと見る。

「え、私がですか?そんな無理ですよ。」

マルクは困った顔をして答える。

「そんなこと言わずにさぁ、一回やってみようぜ。

ダメならダメでいいじゃん。ダメでもともと出来たら

もうけもんみたいな感じでいいからさ。」

ジルは説得してみる。

 

 

 

「そこまで言われるとやってみるしかないですね。

分かりました。期待しないで見ててください。」

マルクは目を閉じて集中しだした。

「(ゲートを潜ってテラから魔界へやってきたときのことを

思い出す。あの感じを風で再現する。)」

マルクは風を感じると目を開け風を魔法で操りだす。

ビュウウゥゥゥゥ!

風は一点へと集まりだし空間を作り始めた。

しかしそれはすぐに消えてしまった。

「...はぁ。やっぱりダメでした。」

マルクは少し疲れたようになって言った。

「そうか。悪かったな、無理言って。」

ジルはがっかりしながらもマルクをねぎらうように言った。

「いや、ちょっと待ってください。もしかしたら...。」

マルクは腕にしている腕輪を見直す。

「メンデル先生にもらったこのアグニの腕輪を使えば

いけるかもしれません。」

マルクは左腕につけている方の青い玉のついた腕輪に魔力を

通わせる。すると青い玉は光り出しマルクの魔力が増幅されていった。

そして先ほどと同じように風を操る。

ギュウゥゥゥゥン!

風はさっきよりも勢いよく流れ出す。

それは再び一点へと集まり完全な空間を作り出した。

メアリーをさらった男が作ったと思われる黒いものではなく

大きな緑色をした穴だった。

「す、すげぇ...。ホントにできた。」

ジルは心から驚いた。

「き、きみたち。これで本当にもとの世界へ帰れるのかい?」

「おっさん!マルクの魔法を信じられねぇのか!」

ジルは男性の疑いの言葉に怒りだした。

「いや、そういうわけじゃないんだが初めて出来た魔法の

ようだし。どうも怖い気持ちがあって。」

「よし、分かったよ。そんなに言うなら俺が先に試してやるよ。」

「いいんですか?私もあまり自信はありませんよ。」

「大丈夫だって。いいか、見てろよ。」

ジルはためらうことなくマルクの作り出した穴へと飛び込んだ。

「私も信じるよ。」

ジルの姿を見て男性も続いて穴へ飛び込む。

「それでは私も。」

マルクも最後に飛び込んだ。

 

穴に飛び込んだ3人の行き着いたところは穏やかな平原だった。

「う~ん、この新鮮な空気。間違いない、元の世界に戻ってきたんだ。」

男性は深呼吸をして喜びの声をあげる。

「あ、あっちに見えるのはサンアルテリア王国じゃないですか。」

マルクが指差して言った。

「そうだよ。やったな、マルク。大成功じゃん。」

「よかったです。」

マルクはうまくいけてほっとした。

 



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299,300

「ありがとう。君たちのおかげで本当に助かったよ。」

男性はマルクの手をとって礼を言った。

「あ、そうだ。お礼といってはなんだけどこれを

あげよう。」

そう言ってさしだされたのは赤い石だった。

「これは『火炎石』といってね、火を出せる魔法石だよ。

込められている魔力がそんなに強くないから

戦闘には不向きだけど、焚き火をしたりするときに

簡単に火をつけられるから結構便利だと思うよ。」

「ありがとうございます。」

マルクは男性から火炎石を受け取った。

男性は2人に頭を下げて礼をするとサンアルテリア王国の方へ

と向かって歩いていった。

「さて、俺らも一度戻るか。なぁ、マルク...。ん?」

ジルはマルクの異変に気づく。

マルクは疲れきった表情をしていた。

「どうしたんだ、マルク!」

次の瞬間、マルクの体中から血が噴き出してマルクはその場に

倒れてしまった。

「おい、しっかりしろ!」

ジルは倒れたマルクに駆け寄り声をかける。

「は、はは...、どうもさっき使ったアグニの腕輪の副作用が

後からきたみたいです。すいま.せ..ん...。」

マルクはそれだけ言うと意識を失ってしまった。

ジルは慌ててマルクを背負ってサンアルテリア王国へ急いだ。

到着するとまた急いで病院を探しだし医者にマルクを診せた。

「ふむ、命に別状はありません。出血ももう止まっていますし、

簡単な処置だけしてあとはベッドで休ませましょう。

しばらく休めば治るでしょう。これは外部からの傷ではなく

内部からのもののようです。どうやら体に大きな負担が

かかるようなことをしたみたいですね。あまり無理を

しないように言ってあげてください。」

「先生、ありがとうございます。」

ジルは病室のベッドに運ばれるマルクについていった。

マルクはしばらくすると目を覚ました。

「私はたしかアグニの腕輪の副作用で倒れてしまったのですね。

またジルに迷惑をかけてしまいました。」

マルクはジルに申し訳なさそうに言った。

「何言ってんだよ。全然気にすることなんてないぜ。」

「そう言ってもらえるとありがたいです。」

マルクは穏やかな笑顔になった。

「それにしてもマルクの先生もきついよな。こんなアイテム

渡すなんてよ。」

ジルは不満そうに言った。

「いえいえ、メンデル先生も考えて渡して下さったはずです。

ただ単に私が未熟で使いこなせないというだけだと思いますよ。

現にこうやってテラに戻ることが出来たのですから役に立つこと

は間違いないです。」

「まぁ、それはそうだけど...。俺がやらせといてなんだけど

マルクもあんまり無理すんなよ。とにかく今日はゆっくり休んでくれ。」

ジルはマルクに気をつかうように言った。

「ジル、ありがとう。」

マルクはジルの気持ちに心から喜び感謝した。

 

 

 

次の朝、マルクはすっかり元気になっていた。

しかしジルはまだ心配してなかなか出発を言えずにいた。

「さぁ、行きましょうよ。じっとしててもしょうがありませんから。」

マルクがジルに出発を促す。

「本当に大丈夫か?もうちょっと休んでてもいいんだぜ。」

「大丈夫です。早くメアリーを助けにいきましょうよ。」

「そう言ってくれるとうれしいけどなぁ。絶対に無理はするなよ。

約束な。」

「はい。」

マルクは笑顔で返事をした。

2人は街中へと出た。

「まずは準備だな。道具屋に行くか。」

道具屋に着くとジルは回復アイテムを大量に買いこんだ。

「そんなに必要なんですか?」

マルクがその量に驚く。

ジルは両手で抱え込んでやっと持てるほどたくさんだった。

「そりゃ、そうだろ。また魔界にいくためにはマルクに頼らなきゃ

いけないんだから、これくらい用意しとかないとまた病院送りに

なっちまうぞ。」

「私のために...。すいません、私がまだ未熟なもので。」

「気にすんなよ。こいつは俺のためでもあるんだからさ。」

謝るマルクに気を使わせないように言った。

ジルは袋にアイテムを詰め込むと片手でそれを担いだ。

「よし、これで準備もいいだろ。」

「それでは、いざ魔界へ。」

「ちょっと待てよ。こんな人が多いところで魔法使ったら

みんなびっくりするだろ。とりあえず人がいないとこへ行こうぜ。」

「それもそうですね。」

2人はひと気のない路地裏へ移動した。

「ここなら問題ないな。」

「では行きますね。『ゲート・オブ・ウインド』」

マルクはアグニの腕輪を使って風の穴を作り出す。

2人はそれをくぐり再び魔界へとやってきた。

「さっ。早く回復、回復。」

ジルは手早くマルクに回復アイテムを使っていく。

「ふ~。これで大丈夫です。ジル、ありがとう。」

マルクは回復アイテムのおかげでアグニの腕輪の副作用

を回避できた。

「これからが本番だぞ。気合入れろよ。」

「はい。」

ジルとマルクは魔界の地を歩き出した。

 



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301,302

一方、囚われのメアリーは。

「もぉ~、いつまで私をこんな狭いところに閉じ込めて

おく気なの。いいかげん出しなさいよ。」

メアリーはトイレと簡素なベッド、それとローソクがあるだけの

牢に入れられていた。そこへ見張り番兼世話役の

モンスターが食事を持ってやってきた。

「いいかげんおとなしくしたらどうだ。お前の命はすでに

俺たちの中にあるんだからな。」

「何よ!だったらすぐに殺したらいいじゃない。

あなたたちには私を生かしておく理由があるから

ここに閉じ込めているんでしょ。」

「(く、この女。分かっているのか。)

し、しかしだな。おとなしくしてた方がここでの待遇も

かわってくるとは思わないか。」

「あら、あなたたちモンスターがそんなことを気にするものなの?

あなたに気をつかえばここのまずい食事もおいしくなるかしら?」」

メアリーは意地悪そうに言う。

「かわいげのない人間の女だ。お前のようなやつを助けに

来る奴が本当にいるのか疑わしいものだな。」

モンスターは皮肉ってメアリーの前から去っていった。

「(来てくれるわよね、ジル。)」

メアリーは悲しげな表情をしてローソクの火をじっと見ていた。

 

 

「あそこも違ったか。」

船に乗るカフィールが1人呟いた。

「(人がいかないような秘境という秘境はもうほとんど行き尽くしたと

思うが、本当に俺の捜し求めているものが存在するのか。)」

カフィールに迷いが生じていた。

「(...ん、待てよ。もしかして...)」

カフィールは何かを思いつき考えていた。

 

それから数日が過ぎて。

カフィールは馬に乗って父レオンが散った暗黒魔道士のアジト跡

の近くに来ていた。

「今まで気づかなかったがここも人が寄り付かない場所だ。

荒地と岩山からなり常に不安定な魔力で包まれるこのカナンなら

本当に伝説の洞窟、そして神の剣があるかもしれない。」

そしてかなりの時間探し回った後、一つの洞穴を見つけた。

「ここなのか。いや、まだ分からない。とにかく進んでみよう。」

カフィールは洞穴の中へと慎重に足を進めていった。

中に入るとすぐに地下へと延びる階段があった。

カフィールはその階段を降りていった。

降りた先でカフィールが少し驚く。

「これは...。照明となるものは何もないのにやけに明るい。

間違いない、ここが『試しの洞窟』だ。」

カフィールはそう確信した。

 

 

 

試しの洞窟に入ったカフィール。

「!?」

カフィールの目の前には槍が天井と地面から素早く

突き出たり戻ったりを繰り返していた。

「これが第一の試練ってとこか。」

カフィールはしばらく槍の動きをじっと見ていた。

「今だ。」

カフィールは槍の動きを読み、走って槍が戻ったところの

隙間をぬって突き進んだ。それは紙一重のところでもう少しで

槍に串刺しにされそうなものだった。

「最初からこんなものが仕掛けてあるとは。簡単にいくものでは

ないな。」

そこから歩いて先に進んでいくとまた下へと延びる階段があった。

カフィールはそこを降りていく。

降りた先にはただの道が続いていた。

「ここは何もないのか。」

そう言って再び足を進めたとき、

ズボッ。

いきなり足元の地面が崩れ落ちた。

「落とし穴か。」

カフィールは間一髪片手を地面にかけて落とし穴から落ちずにすんだ。

カフィールは片手に力を込めて体を引き上げた。

「古典的な。しかしこの穴に落ちれば一気に下へといくことが出来るのか?」

地面に落ちた石を拾って穴へ落としてみる。

しかし石が地面に落ちる音は聞こえずその穴が底なしに深いことを

分からせた。

「この洞窟には魔力がかかっている。ここが近道ということはなさそうだな。」

それから他にも落とし穴が仕掛けられていないか慎重に足を進めた。

「ふぅ、階段か。ということは落とし穴はこれで終わりか。」

次に待ち受けていたのは全身を鎧で身を包んだ剣士だった。

その剣士は剣を手にしてすでに戦闘態勢をとっていた。

合わせてカフィールも剣を抜く。

「人の気配は感じられない。おそらく人形の類だろう。」

カフィールと鎧剣士はすぐに剣を交えたがあっさりと勝負はついた。

敗れた鎧剣士は鎧がボロボロと崩れ落ちあとには何も残っていなかった。

鎧もすーっと消えていった。

カフィールはそのことに大して気にもとめなかった。

その後も試練は続いた。

針天井、岩雪崩、より強力な鎧剣士等等、下に降りていくにつれて

試練は徐々に厳しくなっていった。

そして今カフィールの目の前には巨大な石のゴーレムが立っていた。

「こいつは一筋縄ではいかなさそうだな。」

カフィールは剣を抜いて構える。



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303,304

カフィールの目の前に立ちふさがるゴーレム。

「こいつに普通の攻撃が通用するとは思えないがやってみるか。」

カフィールの剣に光が宿る。

「『ホーリーファング』。」

剣がゴーレムにぶつかるとガキンという大きな音がしたが、

ゴーレムの体がわずかにかけただけで全く効いていなかった。

「駄目か。なら仕方ない。こいつは体力の消耗が激しいから

あまり好まないのだが。」

カフィールは剣を両手で握り、剣先をゴーレムへと向けた。

「『ホーリーブライトン』」

剣先から光がすごい勢いで帯状に飛び出しゴーレムを貫いた。

ゴーレムは胸の中央がぽっかりと空いた状態になり、

その場へバタリと崩れ落ちるように倒れた。

「少し休憩するか。」

さっきの攻撃で汗を少しかいたカフィールはその場に座り込んだ。

 

休憩を終えたカフィールはまた進み続けたが、

いくら下へ下へと降りていっても最下層にたどり着けずにいた。

「く、一体どこまで続いてるんだ。」

なかなか終わりが見えないことに不安と苛立ちを感じていた。

 

それからかなりの時間が経った。

「ま、まだ最下層に着かないのか。もう何百階と降りてきたはずだぞ。

ずっと洞窟の中だから何日経ってるか全然わからないな。

あぁ、喉が渇いてきた。」

カフィールは衰弱してきて、体はふらふらだった。

それでもなお進んだ先に待っていたものは金色の竜だった。

「ゴールドドラゴンが出てくるとはいよいよ俺の考えが正しい

ということだろうな。とにかくこのままじゃ戦えないな。」

と言って腰につけていた袋から回復薬を取り出して使用した。

「ふぅ、これでなんとかいけるか。」

カフィールはゴールドドラゴンに向けて剣を構えた。

「グオォォォォォン!」

ゴールドドラゴンは大きな雄叫びを上げる。

そしてカフィールの立っている地面に炎のブレスを吐き出した。

ゴォォォォォ。

カフィールはそれを避けるように上へとジャンプしてゴールドドラゴンに

剣を斬りつけた。

「!!」

剣はゴールドドラゴンにぶつかるとカキンと折れてしまった。

「剣にこれまでのダメージがたまっていたのか。」

カフィールはゴールドドラゴンを蹴って、反撃を避けるように後ろに

飛んで下がった。

「ならば。」

カフィールは剣を捨て、右手を開いて体の前にもってきた。

 

 

 

「エウドラ、お前に教えてもらった魔法使わせてもらうぞ。

『イルパ』。」

カフィールの右手の先に小さな黒い穴が開く。

その中から一本の槍が現れ、それを手にした。

「『シルバーランス』。俺のもう一つの武器。

俺は聖騎士である前に一人の戦士。

こいつで戦士としての俺の力を示す。」

ゴールドドラゴンは爪や牙による攻撃をしかけてきた。

カフィールは槍を使って攻撃を受け流していく。

その中でゴールドドラゴンの一瞬の隙を見つける。

「『サウザンドペイン』。」

カフィールの槍は瞬時にゴールドドラゴンの体に無数の穴を開ける。

ゴールドドラゴンは体中から赤い血を噴き出させてもがいていた。

カフィールはゴールドドラゴンを気にも止めずその横を

歩いていく。そしてゴールドドラゴンがちょうど背中に来たとき、

ゴールドドラゴンはばたりと倒れた。

 

「これがおそらく最後の階段だろう。」

カフィールは目の前の階段を前にしてそう感じていた。

暗い小さな部屋に剣が突き刺さっていた。

人の背丈ほどある巨大な剣だった。

「これが...。」

カフィールは剣を見て気持ちが昂った。

『汝、力を欲するものか?』

どこからともなく声が聞こえた。

「そうだ。」

カフィールは返事をする。

『ならばこの剣を手にするがいい。』

声の主に従いカフィールがその剣を引き抜くと、

剣は眩い光を放出させた。

「重い、それよりもあふれ出てくる力の強さを感じる。

これが神の剣...。」

両手で剣を持ちその感触を実感していた。

『誰もここに来る者はいないのかと思っていたがようやく現れたか...。

私はこの剣を作り、この剣に宿る者。かつてはエクスデスと名乗っていた。

今はこの剣『エクシード』そのものと言える。』

「『エクシード』...。俺はカフィール=シュトラウス。

我が正義のため、お前の力貰い受ける。」

『正義のためか...。それは主の自己満足だな。

正義なんてものは人それぞれ、自分が正義と思っていることが

他人には悪に見えることはよくあるからな。」

「そうかもしれない。だが、俺は信じる道を進むと決めたからな。」

『ならば何も言うまい。私が最強を目指して作った力、

主に託そう。』

剣から放出される光は辺り一面に広がり、気が付くとカフィールは

洞窟の入り口の前に来ていた。

カフィールは魔法でエクシードを穴の中へ収めこの地を後にした。

 



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305,306

「おい、マルク。見ろよ、あんなところに町、いや国があるぞ。」

ジルとマルクは崖から下を見下ろしていた。

そこから見えたものは城から下手へと町が広がっている光景だった。

「魔界にも国があるんですね。しかしあそこにいるのはモンスター

だけでしょうね。」

マルクはその国にいるのが人間だったらと願いたかった。

「まぁ、そうだろうな。でも国を作るくらいだからそれなりに知能の

高いモンスターだろう。もしかしたら何か情報を聞けるかも

しれないぜ。」

「あそこにいるのが知能の高いモンスターであることは

間違いないでしょうし、役に立つ情報を持っている可能性も

充分あります。ただモンスターが私たちに素直に情報を

くれるでしょうか?」

「そこは力ずくでいってみるか。」

「モンスターの国を相手に2人でですか!?それは無謀

というものでしょう。」

マルクはジルの意見に驚いて反論する。

「それは冗談だよ。でもさ近くに行って様子を見てみるのは

悪くないと思うぜ。モンスターにあんまり気づかれないように

してさ。」

「そうですね。少し危険ですが、情報を得る機会を全く

諦めるというのももったいないですよね。」

これにはマルクも賛成した。

2人は目立たないようにその国の方に近づいていった。

 

ジルとマルクはこっそりとモンスターの国と思われる中へと入った。

「うっわー、ゴブリンばっかりだぜ。」

「ここはゴブリンの国ということですね。」

人目のない路地裏からこそこそと話す2人の目に映ったのは

町中を行きかうゴブリンたちの姿だった。

ゴブリンたちは服を着てそれぞれが人間とそう変わらない生活を

送っていることが見て取れた。

「これからどうしますか?」

マルクは何の考えもなくジルに問いかける。

「どうするって言ってもなぁ。そこら辺を歩いてる奴をこそっと

捕まえて情報を聞いたって何もなさそうだからなぁ。城の中に

いる偉いやつを捕まえて聞くってのが一番いいんだけどなぁ。

それすると、このゴブリンの国全てを敵に回すことになりそうだし。

う~ん、悩むなぁ。」

そうやって2人が考え込んでいると、一匹のゴブリンに偶然発見された。

「あっ、人間がいる。大変だ!」

そのゴブリンは急いで人を呼びに行った。

「やべぇ、見つかっちまった。マルク、逃げるぞ。」

「はい。」

ジルとマルクはすぐにその場から離れようとした。

だが、すぐにやってきたゴブリンの兵たちに取り囲まれてしまった。

 

 

 

ゴブリンの兵たちに囲まれたジルとマルク。

「マルク、こうなりゃ正面突破で行くぞ。」

「はい。」

ジルは剣を抜いて、ゴブリンの国の外の方へ向いた。

「マルク、すぐ後についてこいよ。」

マルクは真剣な表情で黙って頷く。

「ものども、いけぇー!」

兵隊長のゴブリンが掛け声を上げるとゴブリンたちはジルたちに

向かって一気に襲い掛かってきた。

ジルは進行方向からくるゴブリンたちを次々に斬っていった。

すぐにゴブリンたちの包囲は破られようとしていた。

「絶対に侵入してきた人間を取り逃がすなぁ!道をふさげ!」

兵隊長の指示で周りを取り囲んでいたゴブリンたちはジルたちの

逃げようとする方向へ集まりだす。

その動きにジルはなかなか前へ進めずにいた。

「く。」

「よし。奴等を足止めしている隙に弓兵隊射てー。」

10数匹のゴブリンが弓を構えジルたちを狙う。

バシュッ。

矢は一斉に放たれる。

「危ない!」

そのときマルクの右腕についたアグニの腕輪の赤い玉が光る。

「『ウインドガード』。」

マルクの前に大きな風の壁が現れ、向かってくる矢をはじき飛ばした。

それを見た兵隊長は慌て驚いた。

「皆のもの、やめぇー!皆のもの、やめぇー!」

兵隊長の繰り返される攻撃中止の合図に激しく戦っていたゴブリンたちは

静かに攻撃を止めた。

ジルたちは逃げる好機だったが突然のことに戸惑いその場にじっとしていた。

兵隊長がゆっくりとジルたちの元へ歩み寄る。

ジルとマルクは警戒しながらも兵隊長に向き合う。

「お前らは侵入者だ。だから攻撃をした。しかし、このまま目的も

分からないままただ徒に兵を失ったまま取り逃がしたとあっては

この国の危機に関わってくるかもしれん。

一つ尋ねる。お前たちは何の目的で我らの国へ侵入した?」

「俺たちは情報が欲しいんだ。偶然この国を見つけてもしかしたらと思って

近づいてきた。」

「ほう、それはどんな情報だ?」

「俺たちの大事な仲間をさらったイデア教の奴等に関してだ。」

「何!?イデア教だと...。イデア教といえばかつての魔王に次ぐ

勢力を誇る奴等だぞ。そんな奴等から仲間を取り戻すなど無理に

決まっている。」

「無理だろうがなんだろうが俺たちは諦めないぜ。」

ジルは固い意志をその目に宿して言った。



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307,308

「そうか。ならば王に会えるよう頼んでやろう。

王ならば何か情報を持っているかもしれん。」

「兵隊長!何を言ってるんですか!?こんな奴等を

王に会わせるなど危険です。」

兵隊長の言葉に兵たちは騒ぎ出した。

「何を言っている。それを決めるのは王だ。俺たちには

王へ報告の義務がある。そのついでだと思えばいいだろ。」

兵隊長はきつい口調で言ったため、兵たちも少し鎮まる。

「兵隊長がそういうのなら...。」

兵たちは渋々納得する。

 

そうしてジルとマルクはゴブリンキングがいる城へと案内される。

 

「いいか、ここで待ってるんだぞ。これから頼んできてやるからな。」

ジルとマルクは言われた通りに王の間の扉の前でおとなしく待つことにした。

 

「王、報告があります。人間が2人この国に侵入してきました。」

兵隊長は王座に座り頭に王冠をのせたゴブリンキングへ淡々と言った。

「それで当然殺したのだろうな。」

「それが我が隊が全く敵わなくて...。」

「逃がしたのか!」

ゴブリンキングは声を荒げた。

「いえ、実はその人間に事情を聞いてみたところ、どうやら

イデア教の情報が欲しいとのことです。」

「イデア教か。何度も使者がやってきている。一応布教の協力は

するということで納得はさせているが...。いずれは力ずくで

この国を支配しようとするかもしれん。人間がやつらを始末してくれれば

そんなおもしろいことはない、ということか。」

「はい、我が隊を寄せ付けない強さを持っています。うまくいけば

イデア教の勢力を落とすきっかけになるかもしれません。」

「むぅ...。」

ゴブリンキングは考え込む。

「しかし、どれほどの力をもっているか計りかねるな。一度、その実力を

試してみたいところだ。よし、とりあえず会ってやろう。」

「分かりました。」

 

ここでジルとマルクが兵隊長に呼ばれ王の前へ案内される。

ゴブリンキングに他のゴブリンとは違う威圧感を感じたジルとマルクは

緊張していた。

「お前たちか、侵入してきた人間というのは。」

「はい。」

ジルは簡単に返事をした。

「イデア教の情報が欲しいそうだな。どうだ、情報と引き換えに

一働きしてみるというのは。」

「働くというのは?」

マルクが尋ねる。

「この国に時々ちょっかいをかけてくる

怪物がいてな。そいつを倒してくれれば情報を教えよう。どうだ?」

「やります。」

ジルは即答した。マルクもジルと同じ気持ちでいた。

 

 

 

「話が早いな。怪物については兵隊長から聞いてくれ。」

ゴブリンキングはそれだけいうとジルとマルクは王の間を出た。

 

「怪物の名はヒドラ。頭が九つある巨大な蛇だ。

ここから東にある森をねぐらにしているみたいだ。」

ジルとマルクは兵隊長から怪物の情報を聞くとすぐに

東の森へと向かった。

 

東の森に着いた2人は只ならぬ気配を感じていた。

「いますね。間違いなく何かが。」

「ああ。」

2人の間で緊張が高まる。

ミシミシ。

木が折れそうな音がすぐ近くで聞こえる。

「来るぞ、マルク。」

「はい。」

2人は警戒して後ろへ下がる。

バキッ。

目の前の木が折れ横方向へ一気に倒れた。

枯葉や土が煙のように舞い上がる向こうに大きな影が浮かび上がる。

ジルは剣を抜いた。

2人の目の前に緑がかった褐色の巨大な蛇ヒドラが現れた。

「マルク...。」

「はい。」

「逃げるか。」

「え、えぇぇぇぇ!!何言ってるんですか、ここまで来て。

このヒドラを倒してゴブリンキングからイデア教の情報を聞くんでしょ。」

「だってさ、こんなやつさすがの俺も倒せねぇよ。ここで命を捨てる

くらいなら逃げて別のチャンスを探す方がいいと思わねぇか?」

「まだ何もしてないうちに弱音を吐いてどうするんですか。

もしどうしても駄目だったらそのときは考えましょうよ。」

「いや、だからダメなときにはもう死んでると思うんだけどな。

でもまぁ、やれるだけのことはしてみっか。」

ジルは剣を構えてヒドラに切りかかった。

ガンッ!

剣はヒドラの厚く硬い表皮に傷つけることが出来なかった。

「マルク、ダメだった。」

ジルはすっかり諦めモードに入っていた。

「ちょっと待ってくださいよ。私がサポートしてみますから。」

マルクはヒドラから逃げようとしていたジルの腕を引っ張った。

「サポートって?」

「魔法でジルを強化するんですよ。」

「強化?ホントに出来んの?」

ジルはマルクの言葉に目を丸くした。

「分かりません。しかし試してみる価値はあると思います。」

「分かったよ。そこまで言うならやってみてくれよ。」

「はい!」

うれしそうに返事するとマルクは目を閉じて風を感じ始めた。

「行きます。『エアロスピード』。」

マルクが魔法を唱えるとジルの体に青い風がまとわり付く。

「よし、いってみるか。」

マルクの魔法の風がジルの動きを速めていて、いつもの2倍の

速さでヒドラに迫った。

ジルはその状態でヒドラに斬りかかった。



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309,310

シュッ。

ジルの剣がヒドラの体を切り裂く。

「ちっ、浅い。」

手ごたえのなさを感じてジルはヒドラが2つの頭から牙による反撃を

しようとするより前に一旦後ろへ下がった。ヒドラの攻撃は空を舞う。

「ダメだな、これじゃ。」

「やっぱり無理でしたか。すいません、とりあえずここは逃げて

作戦を考えましょうか。」

今度はマルクが諦めモードに入ろうとしていた。

「いや、ちょっと待ってくれよ。俺も試してみたいことがあるんだ。」

「試したいこと?」

マルクが聞き返す。

「うん。俺の必殺技を考えてるところでさ、ここらで一回

やってみたいんだよ。」

「必殺技ってあの...。」

「前のとは違うよ。ただ雰囲気的には近いかもしれないけどな。

ま、とにかくやってみるよ。マルクの魔法がかかっている間は

ヒドラからの攻撃は避けられそうな感じだし。」

「が、がんばってください。」

「さて、いくか。」

ジルの目は先ほどよりも真剣になり魔法の風を纏った体から

さらに黒いオーラを発した。その様子をマルクは少し心配そうに見守る。

「一発で決める。」

ジルは一気にヒドラに接近し、剣を両手で持って大きく構える。

「『オーラブレイク』」

ジルは黒いオーラを剣に集中させてヒドラに斬りかかった。

ズバッ!

ジルの剣は電撃を発してヒドラの頭の一つから胴体までを真っ二つに切り裂いた。

残りの8っつの頭がもがきながらジルに攻撃をしかける。

しかし、ここでマルクの魔法が功を奏して素早くなったジルは

攻撃の隙間を縫って余裕で交わし続けた。

そのうちにヒドラは力尽き倒れた。

「や、やりましたね。」

マルクは驚きと嬉しさにあふれていた。

「まあな、必殺技もまあまあってと.こ.ろ.だろ...。」

ジルは必殺技で力を使いすぎてその場に倒れてしまった。

「ジル!」

マルクは慌ててジルに駆け寄るが、ただ疲れているだけと

いうことが分かってほっとした。

「少し休んでからゴブリンの国に戻りましょうか。」

マルクはジルが気が付くまでそばに座っていた。

 

 

 

「う~ん。俺は一体...。」

ジルは寝ぼけた感じで起き上がった。

「ジル、すごいですよ。あのヒドラを倒したんですよ。」

おとなしく横で座っていたマルクはさっきの興奮が甦ったように言った。

「そうか。そうだったな。やったな、俺たち。あんなでかいヒドラを

倒したんだぜ。」

「はい。ではゴブリンキングのところに戻りましょうか。」

2人は喜びを分かち合いながら、ゴブリンの王国へと戻ることにした。

 

「...というわけでヒドラを倒しました。」

ジルはゴブリンキングに報告する。

「ふむ、監視させていた者にも確認は取れている。

よくやってくれた。」

「(おい、俺たち監視されてたのかよ。信用ねぇな。)」

「(仕方ありませんよ。ここは魔界なんですから人間を信用できる

方が変わっていますよ。)」

「(それもそうか。)」

「それではイデア教について教えよう。」

「(お、来た来た。)」

「イデア教は我が国にも布教をしにきたことが何度かあってな。

その時に聞いた話だが、イデア教は邪神を崇拝しているという

ことだ。邪神なんてものはただの昔話だと思っているが、

敵に回したくないので一応協力する形をとっている。

イデア教の奴等はその教えを真っ向から反対するものや布教活動を

拒むものを徹底的に攻撃する。そうやって

イデア教はここ十数年の間に勢力を急拡大してきた。

組織としては大魔道カーラを頂点にイデア教四魔人を従えている。

さらにその下に入信したモンスターたちがたくさんいるらしい。

あとイデア教本部の神殿がある場所が分かる簡易な地図を渡してやろう。

いまいちはっきりしないと思っているかも知れんがわしが知るところは

そんなところだ。」

ジルとマルクはゴブリンキングの話を熱心に聴いていた。

「これでいいか?」

「はい、ありがとうございます。」

ジルとマルクはゴブリンキングに礼をして王の間を出て行こうとする。

「待て。」

ゴブリンキングの声に2人が振り返る。

「もしお前らがイデア教を倒すというのなら協力をしたいところだ。

しかし、イデア教から命令があればお前らと敵対することも考えられる。

わしもこの国を守りたいからな。そこのところを分かっていてくれ。」

ジルとマルクは笑顔で頷いて王の間を出た。

 



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311,312

「これが地図だ。」

ジルとマルクは兵隊長からイデア教本部の神殿がある

場所を示した地図を受け取った。

「お前らの仲間、救えるといいな。」

「絶対助けてみせるさ。」

兵隊長の言葉にジルは決意を新たに言い切った。

ジルは兵隊長に手を振って別れ、ゴブリン王国を出た。

 

「なぁ、マルク。俺さ、モンスターっていっても悪い奴ばかりじゃない

って今回思っちまったよ。これって変かな?」

「いえ、私もです。モンスターも人間と変わらないところが

あるのかもしれませんね。」

「!!」

目の前にモンスターが一体現れた。

細い褐色の体をした人型のモンスターはまるで生きているということが

感じられなかった。そうただの人形という言い方が相応しかった。

「このモンスターも悪い奴じゃない...って思うか?」

ジルがマルクに聞いてみる。

「いえ、分かりません。」

モンスターが右腕をジルの方を向けて上げる。

そしてニュッと腕が伸びだしジルに向かっていく。

「わっ。」

ジルは慌ててそれを避けた。

伸びた腕はジルの後ろにあった岩をガコーンと打ち砕いた。

そして伸びた腕は元の長さにシュルシュルと触手のように戻っていく。

「げっ、あぶねぇあぶねぇ。こりゃ完全に戦わなきゃいけない状況だな。」

ジルは剣を抜いて構える。

「とても話し合いが通じそうな相手ではなさそうですしね。」

マルクもジルの後方に下がって2人は戦闘態勢を取った。

モンスターは両手を上げる。

「来るぞ。」

ジルはさらにマルクを後ろへ下がらせてモンスターの攻撃を待ち構える。

モンスターの両腕が同時に伸びてジルを襲う。

「お前の好き勝手にやられてたまるかよ。」

ジルは伸びた腕を切り払おうとした。しかし、腕はそれを避けるように

グニャリと曲がってジルの体を貫く。

「ぐはっ。」

ジルの貫かれた胴と口から血が吹き出た。

「ジル!『ホワイトウインド』。」

マルクは離れたところからジルを回復させる。

「サンキュー、マルク。」

モンスターはさらに攻撃をしかけようとする。

「そう何度も食らってたまるかよ。」

ジルはモンスターに接近し、剣を振るう。

不意を突かれたモンスターはボトッと両腕を斬り落とされた。

 

 

 

モンスターの腕は土に還り消えた。

「やった。」

ジルは勝利を確信しガッツポーズをする。

しかし、次の瞬間。

ニュルニュルニュル。

モンスターの腕を切られた部分から新たに腕が生えてきた。

「マジかよ。」

「再生能力があるんですね。」

モンスターは再び攻撃をしかけようと腕を上げた。

「ええい、こうなりゃ再生できないくらいに切り刻んでやるぜ。」

ビュンッ。

ジルは剣を両手で持って頭を横に切る。

さらに攻撃を続け腕、足、胴とモンスターの全身をバラバラにした。

「はぁ、はぁ、はぁ、これでどうだ。」

息を荒げてジルがモンスターの様子を伺うとモンスターは

再生も身動きもせず完全に沈黙した。

「これは倒したんじゃないですか。」

マルクが注意しながらもモンスターの傍にいるジルに近づく。

ジルもじっとモンスターの様子を見続けるが一向に動く気配

を見せないのでふぅと一息ついた。

「何だったんだよ、こいつは。土人形ってとこか?」

「これは野生のモンスターというより魔法使いか誰かに造られた

という感じがしますね。まぁ魔界ですからこういうのがいても

不思議がないと言えばないのですが。」

2人はこの土人形のことを少し謎に思いつつも先に進むことにした。

 

「いかがでしたか、カーラ様。マッドパペットの出来栄えは。

材料はただの土、それに多少の魔力を込めるだけであれだけの

動きを見せます。ずば抜けた攻撃力などがないことは否めませんが

それでもとても効率のいい兵と思えます。」

暗がりの中、背の低い腰の曲がった男がもう一人の男に言った。

もう一人は黒いローブに大きな黒頭巾を深くかぶり堂々とした格好で

水晶玉の中の様子を見ていた。さらにその傍にはメアリーをさらった

魔道士の姿もあった。

「むぅ、ゴブリンやリザードマンなどよりは役に立ちそうだな。

Dr.サッカー、これよりこのダグラスと共にマッドパペットの大量生産を

開始しろ。」

「は。」

Dr.サッカーはカーラに敬意を示してダグラスと研究室へと向かった。



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313,314

ジルとマルクの進む先に一軒の小屋があった。

「ジル、あそこに小屋がありますよ。」

「なんか不気味だな。」

「確かにそうですね。モンスターの罠かもしれません。」

「でも気になるからちょっと覗いてみようか?」

「はい、充分注意してですけどね。」

2人は恐る恐る小屋に近づく。

「うわぁー、何だよこの臭い。」

「ものすごく臭いですね。何かが腐ったような感じです。」

あまりの悪臭に2人とも指で鼻をつまむ。

そのため近づくのをやめようかとしたとき、小屋のドアがギィと開いた。

2人は息を飲んでそのドアに釘付けになる。

「おや、これは珍しい。人間じゃありませんか。」

中から現れたのはごく普通の男性だった。

「どうです、少し休んでいかれては?」

2人は悪臭のため近づきたくはなかったが、興味が勝ち

男性の言われたとおり小屋の中で少し休むことにした。

「げっ!」

中に入って驚いた。

椅子に一人のゾンビが座っていたからだった。

人間の女性だが顔や腕の肉がただれていて腐っているのがよく分かる。

ジルは思わず剣を抜く。

その様子に男性は慌てて止めようと間に割ってはいる。

「ちょっと待ってください。彼女は何も危害を加えたりしませんから。」

女性のゾンビも全く攻撃の気配は見せずおとなしく座ったままだった。

ジルは拍子抜けをして剣を鞘に収めた。

2人は男性に勧められて椅子に座るとお茶を出された。

「どうぞ、召し上がってください。」

お茶を飲んでみるがどうにも気まずい微妙な空気が流れる。

そんな空気の中でマルクが口を開く。

「あのぉ、お二人?はどうしてここに?」

「ええ、それは当然気になることですよね。実は彼女は一度死んでしまった

のです。しかしどうしても彼女を生き返らせたい私はその方法を探しました。

必死であらゆる本を読んだり、情報屋に求めたりしましたが一向に見つかり

ません。それでも諦めずにいたところ一人の魔法使いの方に出会いました。

その方のおかげで彼女は生き返ることができ、ここにいられるように

取り計らって下さったというわけなんです。」

男性は穏やかに説明した。

「しかし、彼女は...。」

マルクは言いにくそうにする。

「分かっています。彼女はもう喋ることは出来ず肉体は腐りつつあります。

それでも私は彼女とこうしていられることに幸せを感じています。

それで充分なんです。」

男性は満足そうに言う。

「あなたはそれでいいかもしれません。しかし彼女はこんな姿でこんなところに

いることをかわいそうとは思わないのですか。」

マルクの言葉に熱が入る。

 

 

 

「かわいそう?そんなことを思っていたら一緒にはいられないですよ。彼女だって

私と一緒にいれて幸せと思ってくれているはずです。喋ることは出来なくても動く

ことは出来ます。もし嫌ならここを出て行くとか自殺しようとするでしょう。

彼女はそれをせず、私にお茶を入れてくれることもあるのです。それは私が彼女を

愛しているのと同様に彼女もまた私を愛してくれている証拠です。」

「それはあなたが勝手に思っていることで彼女は仕方なくここにいてる

とは考えられないのですか!?」

マルクと男性は堂々巡りのような会話になってきた。

「おい、マルク。もうやめとけよ。」

ジルは弱くではあるがマルクを止めに入る。

「しかし...。」

「いいから。」

ジルはマルクを引っ張って小屋の戸から出ようとする。

「あ、すいませんでした。何だか嫌な思いさせてしまって。

休ませてもらってどうもありがとうございました。」

ジルは男性に謝罪と礼を言ってマルクと共に小屋から出た。

「どうしてですか?」

マルクは思わず尋ねる。

「マルクの方こそ勝手な意見なんだよ。あの彼女が幸せかどうかなんて

いくら俺たちが考えたって分かりっこねぇんだよ。それにそもそも

これはあの2人の問題だ。俺たちが首を突っ込むようなことじゃない。」

「私はあんなことをするのは絶対に間違っていると思います。

死んだ人を成仏できるように願ってあげるのが本当の愛なんじゃ

ないですか。そして生きている人は死んだ人の分まで一生懸命生きる。

それが正しい生き方というものでしょう。」

「だからそれが勝手だって言ってるんだよ。自分の考えを人に押し付ける

なよ。それが正しいなんてのはマルクが出した結論であって人が全てそう

思っているわけじゃないだろう。マルクは神様にでもなったつもりかよ。」

「そんなつもりはありませんが...。すいません。」

マルクはジルにきつい言葉を言われて小さくなって謝る。

「いや、そんなマルクを責めたいわけじゃないんだけどさ、あの人たちは

そっとしてあげた方がいいと思ってさ。もし間違いだとしたらいつか

気づくと思うし、あの人たちにとって正しいのだとすれば幸せでいられる

んだから。幸せかもしれないものをわざわざ壊すこともないじゃん。」

ジルはマルクに理解してもらおうとやさしく言った。

「確かにそれはそうですよね。私もまだまだ考えが足りないみたいです。

このことについてはまた考え直してみます。」

「うん、それでいいと思うぜ。じゃ行くか。しかし、俺が殺した人を生き返らせる

ときにあの人もいればよかったのにと思ったりもするな。」

「はい。確かにそうも思えますが、人が死ぬのは自然なことでもありますからね。

ジルの場合は特別だったと考えるのがいいかもしれません。」

「う~ん。生と死の話は難しいな。この話は一旦置いておこう。」

「そうですね。」

ジルとマルクは仲直りをして歩き出した。



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315,316

ズルッ。

ジルが鼻水をすする。

「なぁ、マルク。なんか寒くねぇ?」

腕を両手で抱えて体を温めるようにして言った。

「確かにそうですね。」

マルクも手を擦りながら寒さを感じていた。

そこへ雪がひらひらと空から落ちてくる。

「雪...ですね。」

「どおりでさむいわけだぜ。...っておい、あれ...。」

ジルが指差す先にはうっすらと青い氷の城が聳え立っているのが見えた。

「この辺りを治めているモンスターがいるということでしょうね。」

「行ってみるか。」

ジルが軽く言ってみる。

「はい。でもその前に防寒具を身に着けないと寒さで死んでしまいますよ。」

「そういえばノーザンランドに行ったときのやつってどうしたっけ?」

「あぁ、あれはサンアルテリア王国の預かり所に預けてありますよ。

だから取りにいかないと。」

ジルとマルクは魔法でテラへと戻ると防寒具を取りにいった。

「マルク、大丈夫か。魔法を使って随分疲れているんじゃないか?」

ジルがマルクを気遣う。

「大丈夫ですよ。少しずつですが私の魔力も上がっているみたいですから。

もうこの魔法で倒れるようなことはないと思いますよ。」

「それならいいけど無理はすんなよな。」

ジルは念を押して言った。

「はい、ありがとうございます。」

マルクのために少し休憩してから魔界へと戻った。

「さぁ、行くか。」

防寒具を着た2人は氷の城に向かって歩き出した。

すると目の前に大きな雪だるまが現れた。

雪だるまは何も言わないまま大きくジャンプしてドスーンと

2人を押しつぶそうとした。

2人は難なく避けることが出来た。

「動きは鈍そうだから攻撃を避けるのは簡単そうだけど...。」

「どうやって攻撃するかですよね。」

「こいつに普通の剣が通用するのかどうか...。」

ジルは考えながらゆっくりと剣を抜いた。

「とにかくやってみるか。」

ジルは雪だるまに向かって剣を振った。

ズバッ。

ジルの剣は雪だるまの腹を斬った。

しかし血などは一切出ず、斬ったところはすぐに塞がった。

「やっぱ効かないかぁ。どうしよっかな。」

ジルは雪だるまを前に再び考え出した。

 

 

 

「こうなりゃあれを使うか。マルク、火炎石だ。」

「えっ、火炎石。でもそれは戦闘には向いていないと...。」

「いいから渡してくれ。」

理解できずにいたがしょうがなくマルクはジルに火炎石を投げて渡す。

「どうなるかな。」

ジルは剣を収めて火炎石を右手に握りしめる。

「行くぜ、雪だるま。」

ジルは地を蹴り雪だるまの顔の前まで飛び跳ねた。

そこで右手にある火炎石を前に出す。

ボッ。

石から火の粉が前に飛んだ。

火の粉によって雪だるまの顔が僅かに溶ける。

「やっぱこんなもんか。」

地面に戻ってきたジルが残念そうに言う。

「でも溶けたところの再生とかはないみたいだな。溶けたままに

なってる。よし、こうなったら根気よくいってみるか。」

ジルは雪だるまの攻撃を交わしつつ少しずつ少しずつ

雪だるまの体を溶かしていった。

 

かなりの時間が経って。

雪だるまは虫食いにあったかのように体のあちこちが欠けていた。

そのせいか動きは初めよりも遅くなっていた。

ジルたちは雪だるまの攻撃をいとも簡単に交わせるようになり、

さらに雪だるまの体を溶かしていく。

 

さらに時間が経つと、雪だるまは体中がえぐられて見るも無残な

姿となっていた。

ドサドサドサァー。

ついに体を保つことが出来なくなり雪だるまは崩れ落ちた。

「ふぅ~、やっと終わった。だるいなぁ、これからずっとこんなやり方で

戦うなんて出来ないぞ。なんか方法ないかなぁ。」

ジルはちまちまとした攻撃を続けなければならなかったことに

倦怠感を感じていた。

「炎の剣でもあればなんとかなるかもしれませんけどね。」

マルクが横で呟く。

「それだ!」

ジルが閃いたように大声を出す。

「どうしたんですか!?」

マルクは驚く。

「あいつに頼むんだよ、あのマッドサイエンティストに。」

「ヒヨルド博士ですか。なるほど、あの人なら作れるかもしれませんね。」

2人は一路ヒヨルド博士の研究所へと向かった。



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317,318

ジルとマルクはヒヨルド博士の第2研究所前に来ていた。

「お邪魔しまーす。」

マルクがそう言って中へ入る。

しかし、部屋の中には人の気配がなかった。

「あれ、いねぇな。もしかしてミッフェンの方に戻ったかな?」

2人が立ち尽くしているところへヒヨルド博士が外から戻ってきた。

「あれ、ジルさんとマルクさん。どうしたんですか?

あ、もしかして私の発明品を見にきたんですか?でもあいにく

今は新しい発明はないんですよ、すいませんね。

ただすごい鍛冶屋さんを見つけたんですよ。剣を作るための。」

「何!じゃあ剣が作れるってことか。」

ジルは期待を膨らませる。

「ええ、そうなんですが...。その鍛冶屋さんが今は行方不明

になっていまして...。」

「そうか...。俺たちも剣のことでここに来たんだけどな。」

ジルはさっきと一転してがっかりした。

「というのは?」

3人は席についてジルが事情を話した。

「...炎の剣ですか。それだったら出来ないことはないと思いますよ。

何か炎の魔力が込められている物などはありませんか?」

「ああ、それでしたらこれはどうですか。」

マルクがヒヨルド博士に火炎石を渡した。

ヒヨルド博士は虫眼鏡のようなもので火炎石をじっと分析した。

「これですか。そうですね、これ自体の魔力は弱いですが増幅装置を

組み込めばなんとかいけそうですね。う~ん、一週間ほど待ってください。

それで完成させましょう。」

「やりましたね、ジル。これでいけますね。」

「そうだな。こいつに頼らなきゃいけないのがちょっと癪に障るけどな。」

そうしてジルとマルクは炎の剣の完成を待つことにした。

 

一週間が過ぎて、2人はヒヨルド博士の研究所にやってきた。

「あ、いらっしゃい。出来てますよ、炎の剣。」

ヒヨルド博士はそう言ってジルに炎の剣を見せる。

まさしく燃え上がる炎をそのまま剣にした形で剣の中央に火炎石が

埋め込まれていた。ジルはその出来栄えに満足そうな表情を浮かべる。

「サンキュー。これで十分戦えそうだな。」

ジルは剣を受け取り気持ちを昂らせていた。

「これはこの辺にいる普通の鍛冶屋さんに頼んだので特別攻撃力が

高いということは期待できません。私が見つけた鍛冶屋さんは

帝国領のバトラスにいたらしいのです。もしそこに行くことがあって

鍛冶屋さんが戻っていたら頼んでみてもらえませんか?」

「ああ、でも随分やっかいなところにいたんだな。俺たち一回行ったこと

あるけどちょっと大変だったぜ。」

「そうなんですか。私は帝国から入国許可証を頂いているので自由に

行き来が出来ますよ。」

「そんなものがあるのか。やっぱりそれは帝国に協力した見返りなのか。」

「よく分かりませんが、確かに帝国に発明を依頼されたことがありますね。

もし帝国に行くことがあるんでしたらジルさんたちの分も頼んでおきましょうか。」

「いいんですか?出来るなら頼んでおいた方が後々使えるかもしれませんけどね。」

「じゃ、頼むよ。」

「分かりました。」

こうして2人は研究所を後にして、魔界に向かった。

 

 

 

魔界の氷の城がはっきり見えるところへやってきたジルとマルク。

「行くか。」

炎の剣を手にしたジルが氷の城へと近づくように前へ進む。

マルクもその後をしっかりとついていく。

行く先には雪だるまの大群が待ち構えていた。

「前よりは楽に倒せるはず。」

ジルは飛び跳ねて雪だるまの頭上から剣を振り下ろす。

ズバッ。

一直線に剣が走る。

スタッ。

ジルが地面についたとき、

ゴオォォォォ!

雪だるまから一気に炎が舞い上がり全身を包んだ。

その炎で雪だるまはすぐに溶け出しあっという間に水たまりへと姿を変えた。

「マジかよ。威力ありすぎだろ、これ。」

ジルは炎の剣の威力に驚く。

「ヒヨルド博士は増幅装置を組み込んだって言ってましたけど...。

これってあの火炎石を増幅したなんてもんじゃありませんよ。

全くの別物じゃないですか。」

「あのマッドサイエンティストめ。危ないもん作りやがって。

でも今回はこいつのおかげで楽勝だな。」

ジルはそう言うと、雪だるまを次々と斬って水へと溶かしていく。

雪だるまの大群は瞬く間に全滅した。

「やりましたね。」

「あぁ、やったな。この炎の剣があればこの氷の土地は制覇したも同然だな。」

ジルとマルクは喜びを分かち合った。

 

一方、氷の城では。

「女王様、大変です。雪だるまが敵に全滅させられました。敵は強力な炎の剣を

持っています。我々では勝ち目はありません。」

氷の兵が玉座に座る氷の女王に向かい慌てて報告をしていた。

「落ち着け。炎の剣ごときに我が国は滅ぼせぬ。耐炎の剣と盾があるだろう。

それを全兵士に持たせろ。敵と十分戦えるはずだ。」

「はっ、かしこまりました。」

氷の兵は女王の間を出るとさっそく兵士たちに耐炎の剣と盾を持つよう連絡して

回った。

「おのれ!私のかわいい雪だるまを潰しおって。誰だか知らんが許さんぞ。」

氷の女王は静かな怒りに燃えていた。



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319,320

雪だるまを倒したジルとマルクは氷の城のすぐ近くまで来ていた。

「こんな城があるということはこの辺は氷の国ということでしょうね。」

マルクは緊張した面持ちで言った。

「気楽に行こうぜ。この剣があれば負けることなんてないんだし。」

「そ、そうですよね。」

そんな2人の前に氷の兵が一人現れる。

「お、さっそく出てきたな。俺の力を見せてやるぜ。」

ジルは剣を構える。

氷の兵は何も言わないままジルに攻撃を仕掛ける。

「行くぜ。」

カンッ。

ジルは氷の兵と剣を交えた。

「あれ?」

剣を交えても炎が発動しないことに不思議に感じられた。

その中で剣が何度もぶつかり合う。

「おい、こいつの剣は氷で出来てないのか?ちぇっ、体に当てるしか

ないのか。」

ジルは仕方なく体を狙って剣を振るう。

しかしジルの攻撃は盾によって防がれる。

「なんだよ、こいつ。これじゃ普通の戦いと変わらねぇじゃねえか。」

ジルは苛立ち始めていた。

「ジル、落ち着いてください。ジルなら普通にやっても勝てますから。」

「サンキュー、マルク。ちょっとこの国を甘く見ていたかもしれないな。」

ジルはマルクの声援で苛立ちを抑えられ戦いに臨んだ。

落ち着いたジルの攻撃は氷の兵が持つ盾では防ぎきれなくなり、

ついに体に一撃を当てた。

その瞬間、炎が発動し氷の兵の体は水へと姿を変えた。

「当たれば勝てるんだな。しかし思ったよりも手ごわいみたいだな。

もうちょっと気を引き締めた方がよさそうだな。」

ジルは敵を甘く見ていたことに対して反省した。

「ふぅ...。さぁ、いくか。」

ジルが一息ついて先に進もうとしたとき目の前にたくさんの氷の兵が現れた。

「げっ。」

「ジル、ざっと100以上はいますよ。」

2人は数の多さに驚く。

「おい、俺ら2人にこの数は反則だろ。」

しかし、氷の兵たちは2人の方に向かってやってくる。

「戦うしかないのかよ。」

ジルは剣を構えなおした。

「大丈夫です。私がサポートしますから。」

「マルク。頼りにしてるぜ。」

ジルとマルクの2人に氷の兵たちが襲い掛かる。

ジルは気合を入れて、氷の兵の体を狙っていく。

次々に水と蒸気に変わっていく兵たち。

 

 

 

「要領さえ掴めばなんとかなるもんだな。」

ジルは無傷で氷の兵たちをどんどん倒していく。

「これなら私の出番はなさそうですね。」

マルクがそう言ったとき、一体の氷の兵がマルクに攻撃を仕掛ける。

「はっ。」

「しまった!」

ズバッ。

マルクは一撃をくらった。

「マルク!」

ズバッズバッ。

マルクを気にしていたジルが氷の兵の攻撃を受けてしまった。

それでも急いでマルクを攻撃した氷の兵をすぐに倒しにいった。

マルクは左腕をジルは腹と右腕から血を流していた。

「くっ、油断したつもりはなかったんだけどな。」

「すいません、私のせいで...。」

「気にするなよ。そんなことより早く回復を。」

「はい。『ホワイトウインド』」

ジルとマルクは白い風に包まれ傷が癒えていく。

「全然大丈夫じゃん。まだまだいけるぜ。」

ジルはさらに攻撃の速度を上げていき氷の兵たちの半数以上を

すでに片付けていた。

マルクも敵の攻撃に気をつけながらジルを気遣う。

 

「はぁ~、疲れた。」

ジルは地べたに座って手をついていた。

「大変でしたね。でもあれだけの数を倒したってすごいですよね。」

「まぁな。それもマルクのおかげだけどな。さすがにしんどいな。

ちょっと休憩するぜ。」

「はい。」

2人はしばらくその場で休憩することにした。

 

そして、氷の城では氷の女王が玉座に座り考え事をしていた。

「耐炎の剣と盾を持った氷の兵たちもやられたか。敵はただ炎の剣に

頼っているというわけではなさそうだな。ならばその実力、次の門番によって

推し量れよう。」

氷の女王は水晶を取り出して外の様子を伺いだした。

 

ジルとマルクはついに氷の城の前までやってきた。

「でかいな。」

そう言うジルの目線には大きな氷の像が立っていた。

2人がしばらく眺めていると急に像が動き出した。

「これはこの城の門番、アイスゴーレムといったところでしょうか。」

「城に入るならこいつを倒せってことか。お決まりのパターンだよな。

まぁ、いいか。行くぞ。」

ジルは炎の剣でアイスゴーレムを攻撃した。

カキン。

「ちぇ、こいつの体もさっきの奴等の剣や盾といっしょで氷なのに炎が

発動しないのか。こうなりゃいきなり全力出すか。」

ジルは真剣な表情になり体から黒いオーラを発した。

「いくぞ!『オーラブレイク』」

ジルの一撃を受けたアイスゴーレムは電撃を全身に受けてガラガラと

崩れ落ちていった。

「よしっ。」

ジルはガッツポーズをした。



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321,322

「ばかな、アイスゴーレムが一撃で倒されるだと。しかも人間ごときに。」

水晶から先ほどの戦いを覗いていた氷の女王は驚きを隠せなかった。

「これでは力押しは通じないな。ならば...。」

 

氷の城の中へと入ったジルとマルク。

「どんなボスが待ってるんだろうな。」

ジルはわくわくしていた。

「あまり油断はしない方がいいと思いますが。」

マルクは少し心配していた。

「相変わらず心配性だな。ここまで来たらなんとかなるって。」

2人が進む先には毛むくじゃらな人型の獣の姿があった。

「お、雪とか氷で出来てない奴もいるんだな。」

「これは雪男。どう見ても力で押してくるタイプでしょうね。」

「それならさっき同じタイプのアイスゴーレムを倒したから

こいつも...。」

 

「『倒せるはず』と言うだろうな。」

氷の女王は不敵な笑みを浮かべる。

 

雪男は大きく息を吸い込むとブゥーっとすごい勢いで息を吐いた。

それは氷のブレスとなり2人を攻撃する。

「うわっ、やべぇ。」

「寒くて顔が痛いですね。」

2人は目を開けられず痛いほどの寒さに耐えた。

雪男の氷のブレスはすぐに止んだ。

「今度はこっちから行くぜ。」

ジルは剣を構えようとしたとき、

ピキピキ。

ジルの足元が凍りついた。

「何!」

「わ、わ、私もです。さっきの攻撃のせいですよ、きっと。」

マルクの足元も同様に凍りだしていた。

2人が完全に身動きが取れなくなったところに雪男が巨大な石の棍棒を手にし

近づいてくる。

「ぐ、こうなったら炎の剣で足元の氷を溶かしてやるよ。」

そう言ってジルが炎の剣を見ると、剣も凍りついていた。

「げ、まじかよ。」

「ジル、これはまずいですよ。」

 

「はっはっは、これでこの人間も終わりだな。」

氷の女王は手を口にあて笑った。

 

雪男が間近に迫る。

「(やられる。)」

ジルとマルクは絶体絶命のピンチに目をつぶってしまった。

「(力の使い方を教えてやろう。)」

「誰だ!」

ジルは知らない声に思わず叫んだ。

「ジル、どうしたんですか!?」

マルクは突然のことに驚いた。

「(心を私に委ねろ。)」

「何言ってるんだ!」

「(死にたくなければ言うとおりにしろ。心をからっぽにして何も考えなければいい。)」

「くそっ。」

ジルはこの状況で仕方なく声の言うとおりにした。

 

 

 

ブゥオオオォォォォ!!

ジルの体から黒いオーラが今までになかったほどのすさまじい勢いで

噴き出していた。

「ジ、ジル...。」

マルクはそれ以上声も出なかった。

ジルの目、表情は邪悪そのものといった感じに変わっていた。

それでいて意識を失ってはおらず真っ直ぐに敵である雪男を見つめていた。

「大しておもしろくなさそうだが、まぁいいだろう。」

バキッ!

邪悪なジルは足を固めていた氷を意ともせずに砕いて足を動かす。

雪男はそのことには気にも留めずジルにめがけて棍棒を振り落としてきた。

ブンッ。

棍棒は空回る。

ジルは剣を地に捨て、雪男の懐に飛び込んでいた。

ジルが邪悪な笑みを浮かべた次の瞬間、

グチャリ。

雪男は血まみれの肉片のかけらと化して回りに飛び散った。

ジルの指には雪男の血がベットリと流れている。

これを見たマルクには助かったという安堵感は一切なかった。

それよりも次にやられるのは自分であるという恐怖に覆われていた。

 

「な、何なんだ、これは、一体...。」

ついさっきまで勝利の確信をしていた氷の女王も一変して恐怖した。

「ば、化け物だ。こんな奴に勝てるはずがない...。」

氷の女王の体全体が震えていた。

 

「やはりこの体は馴染まないな。まぁいい、体の目星は大体つけてあるからな。」

シュ~っと黒いオーラが消えていくと、ジルは意識を失いパタンと前に倒れた。

マルクが回復魔法をかけたりして少し休ませていると、いつものジルが意識を

取り戻した。

「終わったんだな...。」

「はい...。」

2人は静かに言葉を交わす。

どちらも状況は理解していた。ジルが危険な賭けに出たことを。

それがかろうじて成功したことを。それはこれからもつきまとうであろうことも。

「よし、行くか。」

ジルは胸に抱える不安を消し去ろうとするかのように元気よく言った。

「そうですね。」

マルクもその気持ちに応えるように控えめながら明るく返事した。

そして2人は女王の間へと辿り着いた。



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323,324

「よく来たな、侵入者よ。」

氷の女王は先ほどの恐怖を押し殺して冷静を装った。

「先ほどまでの戦い、見せてもらった。わが兵たちを全滅させる力、

見事であった。私に戦う意思はない。お前たちの望みを聞かせてもらおう。」

氷の女王はあっさりと降参をした。

「実は聞きたいことがあるのですが...。」

マルクが氷の女王に言いかけたとき、

「きれいだ...。」

ジルがぽつりと呟く。

「え。」

マルクと氷の女王は驚いた。

「あの、お姉さんすごいきれいです。俺ジルって言います。俺と付き合ってください。」

「な、何を言っているんだ。」

氷の女王は顔を赤くして困っていた。

「そうですよ、一体何を言ってるんですか。ジルにはメアリーがいるでしょ。」

マルクは少し怒り気味に言った。

「だってメアリーとは別に付き合ってるってわけじゃないしな。

それにこんなきれいな人を前にして口説かないのは失礼じゃないか。」

「そんなことを聞いたらメアリーが悲しみますよ。」

「お、お前ら私をからかっているのか。」

氷の女王は怒っていいのかどうか戸惑っていた。

「そんなことはないですよ。」

ジルは氷の女王の両手を包み込むように握った。

「な、何をする。やめろ。そんな熱い手で私に触るな。」

氷の女王は顔を真っ赤にしてジルの手を放そうとする。

「俺のこと、嫌いですか?」

「好きとか嫌いとかの問題じゃない。お前らは私の敵だ。

一体、ここへ何しに来たんだ?」

「それはあなたに会うためじゃないですか。」

「もうそれ以上喋るな。虫唾が走る。」

「ジルはもう黙っててください。私が説明します。実は私たちイデア教の

ことを知りたいのです。それでここを訪れたというわけです。話すことが

出来なかったので戦うことになりましたが、別にあなたと争う気はありません。

もしもあなたが今までの戦いで争いを止められないというのであれば

仕方がありませんが。」

マルクはジルの口を塞いで説明をした。

「そういうことか。なるほどな。しかし、私もイデア教について知ることは少ない。

悪いが力にはなれないだろう。」

氷の女王はなんとか落ち着きを取り戻して答えた。

 

 

 

「しかし、お前らは一体何者だ?特にそっちの頭のおかしい奴。

さっきのお前の戦いは人間とはかけ離れたものだった。

イデア教四魔人とも互角以上に戦えそうな感じだったぞ。」

氷の女王がジルに疑問をぶつける。

「ふぅ~、そんなこと聞かれたら熱も冷めちまったな。いいよ、

教えるよ。俺の中には悪魔が住んでるんだよ。そいつがさっきは

表に出てきたってわけだ。」

ジルも冷静になって氷の女王に答えた。

「悪魔...。(まさかイデア教の目的は...)」

「さぁ、マルク。もう行こうか。このお姉さんは何も知らなさそうだしこれ以上

ここにいててもしょうがないだろう。」

「ええ、まぁ。」

「ちょって待て。」

女王の間を出ようとしたジルとマルクを引き止める。

「まだ何かあるの?」

ジルが尋ねる。

「イデア教の目的はおそらくお前、ジルとやらにある。それは...。」

ビッ。

氷の女王の腹を後ろから一筋の黒い光が貫く。

「ぐふっ...。」

氷の女王は口から青い血を吐き出す。

「困るな、魔界の者が人間に協力するようなことは。」

そこに現れたのは黒ローブの男だった。

「お、お前はメアリーをさらった奴。」

ジルとマルクは警戒心を一気に高める。

「覚えていたか。私はイデア教四魔人の一人、ダグラス。

大魔道カーラ様に従って行動する。」

ダグラスがそう言うと懐から紫色をした石を取り出した。

「氷の女王、お前を魔界の住人としての本来の姿に変えてやろう。」

ダグラスが紫色の石を氷の女王の腹の傷口から入れ込む。

「ぐ、ぐあああぁぁぁ!」

氷の女王が苦痛の悲鳴を上げると同時に蒸気が氷の女王から吹き出る。

蒸気はすぐに霧状となり、氷の女王の姿を一時的に消した。

霧が晴れてきたところに現れた氷の女王は正気を失っていた。

「グォォォ...。」

氷の女王は手から青白い光を放った。

「うわっ。」

ジルとマルクは慌てて後ろに下がってよけた。

「ふははは、これでいい。それでは私は戻るとするか。」

「おい、ちょっと待てよ。」

ジルの止める声も聞かずダグラスは黒い光に包まれ消えていった。

 



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325,326

「くそっ、ダグラスのやろう。」

「ジル、それより今は...。」

怒るジルにマルクは氷の女王を指差して見せる。

「こっちを先に片付けなきゃいけないんだな。」

ジルは氷付いた炎の剣を握って黒いオーラを放つ。

「こんなもの。」

ジルは剣にオーラを込めると剣は氷を一気に溶かした。

「よし、これで戦える。」

氷の女王はすぐさま青白い光を手から放ち攻撃してきた

「ええい。」

ジルは剣を振って光を切り裂く。

「すごい。ジル、いつの間にそんなことを。」

「さぁ、わかんねぇ。でも俺、強くなった気がする。いくぞ。」

ジルは氷の女王に突っ込む。

氷の女王が今度は両手から強烈な冷気を発した。

ジルはそれを飛び上がってかわし氷の女王の目の前にきた。

「悪いな...。」

ジルは優しく言い放つと氷の女王の腹に剣を突き刺した。

「ぐああぁぁl。」

氷の女王の全身を炎が包み込む。

その攻撃でダグラスに埋め込まれた紫の石が飛び出した。

それと同時に氷の女王は正気を取り戻した。

氷の女王は残った魔力による冷気で自らを焼く炎をかき消す。

「私はイデア教の奴に理性を失わされ...。そうかお前が私を救ってくれたのか。

ありがとう。」

氷の女王は疲れきっているが穏やかな笑顔でジルの顔に冷たい手をあて、

頬に軽くキスをした。

それで力尽きた氷の女王はジルの顔から手がだらんと下がり、

体が崩れ落ちるように倒れた。

「うわぁぁぁぁぁ!」

ジルはこのとき悲しみとやるせない怒りの中にいた。

「ジル、絶対にイデア教を倒しましょうね。」

マルク自身もジルと同じ気持ちを胸に秘めていた。

「ああ。」

ジルは力強く返事した。

ゴオオオオォォ。

大きな物音と共に城が崩れ始めた。

「大変です、氷の女王が死んだからその魔力で出来たこの城もなくなろうと

しています。」

「早く、脱出するぞ。」

ジルとマルクは走って城の外へと急ぐ。

ジルは女王の間を出る前に一瞬振り返り倒れている氷の女王を悲しげな表情で見つめる。

そして2人が外へと出たとき、城は大きく崩れて後には氷の残骸しか残っていなかった。

「(氷の女王、お前の敵は必ずとってやるからな。)」

ジルは決意を新たに歩き出した。

 

 

 

「ダグラス、あいつに会ってきたのか。」

グラビルがダグラスに静かに話しかける。

「ああ、偶然だったがな。」

ダグラスも同じように答える。

「うそ、2人ともずるい。こうなったら私も会いに行くわ。」

シェラハが不満そうに言って出て行った。

 

一方、テラでは。

「きゃぁぁあ!」

町外れの野道を移動する母と子の前に人食い鬼のオーガが現れた。

「グウウゥゥ。」

母は恐怖で震える子を抱きかかえてうずくまる。

「フ、相変わらずモンスターが蔓延っているようだな。」

そこへカフィールが姿を現す。

「カ、カフィール様...。」

母親はカフィールを確認すると恐怖から希望へと気持ちが変わった。

「グガァァァ。」

オーガはカフィールの方を向く。

「ガァァァァ!」

オーガは手にした棍棒をカフィール目掛けて振り落とす。

ブンッ。

そこには既にカフィールの姿はなく棍棒は空を切っただけだった。

「!?」

少し驚くオーガから僅かに離れた位置にカフィールはいた。

「『イルパ』。」

カフィールは魔法を唱え、小さな黒い穴を開いた。

そして、そこからカフィールの背丈ほどの巨大な剣エクシードを取り出した。

エクシードが出現した瞬間、大気が震えだした。

「その巨体、試し切りにはちょうどいいか。」

オーガはカフィールとその剣エクシードが併せ持つ威圧感に気圧されながらも

棍棒を振り上げて攻撃をしかける。

「グオォォォ!」

ズバッ。

カフィールの一振りでオーガの体は真っ二つに切り裂かれた。

「(攻撃速度がまだ甘いな。やはりこの大剣の重さに俺の体が慣れていないせいか。

俺自身をもっと鍛えなければいけないようだ。しかし、剣の威力は申し分ないな。

これならばどんな悪とでも渡り合える気がする。)」

カフィールが思案の中、母親がカフィールに歩み寄ってくる。

「カフィール様、本当にありがとうございました。おかげで助かりました。」

母親は丁寧に礼を言う。

「礼には及ばない。これは俺の使命だからな。これからの道中も気をつけろ。」

カフィールはそっけない言い方をしてその場を去っていった。

そんなカフィールを笑顔で見送ると、また母親は子を連れて歩き出した。



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327,328

魔界の道を歩くジルとマルク。

「なぁ、マルク。魔界ってさ野性の凶暴なモンスターがそこら中に

うろうろしてるサファリパークみたいなところを想像してたんだけど

国とかあって結構まとまってるんだな。」

「サファリパークっていうのが何かよく分かりませんが、

国でまとまっているというのはテラとそんなに変わりがないのかも

しれませんね。」

ジルとマルクがふとそんなことを考えているとガーゴイルが5体、

空から現れた。

「マルク、戦闘だ。」

「はい。」

ジルは炎の剣を手にして構える。

ガーゴイルの1体が降下してジルに襲い掛かってきた。

ジルはガーゴイルの爪による攻撃を剣で払うと反撃の一撃を

ガーゴイルの胴に与えた。

ボウッ。

ガーゴイルは炎の剣の力により全身が燃え上がってそのまま倒れた。

それを見た残りのガーゴイルは後には続かず警戒を強めた。

「俺の強さに恐れをなしたってとこかな。」

「ジル、油断は禁物ですよ。」

「分かってるって。」

少ししてガーゴイルが2体降下してきた。

ジルは地上で待ちかえる。

しかし、ガーゴイルはジルを避けるようにしてマルクに狙いを定めていた。

ザシュ。

マルクは2体のガーゴイルから爪で肩を切り裂かれた。

「マルク!」

ジルが気づいて叫んだときにはもうすでに空へと戻っていた。

「大丈夫です。これくらい自分で治せますから。」

マルクはジルに心配をかけまいと笑顔で言うと、魔法で傷を癒した。

「あいつら汚いことしやがって。」

再び2体のガーゴイルがマルク目掛けて降下する。

ジルはマルクをかばうように構えた。

「...痛っ。」

ジルの背中がもう2体のガーゴイルによって切り裂かれていた。

「このやろう。マルクを狙う2体を囮にしやがったのか。

ふざけた真似しやがって。攻撃が終わったら空に逃げるから

こっちから仕掛けることも出来ない。くそっ。」

ジルの怒りと共に黒いオーラがその身を包んでいく。

その様子を察してマルクが声をかける。

「ジル、私に考えがあります。」

「何だ?」

ジルは黒いオーラを出しながらも怒りを収めてマルクの声に耳を傾ける。

「試したい魔法があります。それが成功すれば勝てるはずです、きっと。」

「ホントか、それ。なら早く試してくれよ。」

ジルはうれしそうにマルクに催促をした。

 

 

 

「はい、ではいきます。」

マルクは目を閉じて風を感じた。そして目を開き、アグニの左の腕輪を

光らせる。

「『エアフェザー』。」

マルクが魔法を唱えると、ジルの背中に薄い白の羽が生えた。

「ま、まさかこれで...。」

「飛べると思います。」

そうマルクが言うと、アグニの腕輪の反動によるダメージで手と膝をついて

しゃがみこんだ。それを心配そうに見たジルに対して、

「大丈夫です。魔法の効果がいつ切れるか分かりません。

それで早く敵を倒してください。」

「サ、サンキューな。よし、これであいつらを倒してやるぜ。

でもこれってどうやって飛ぶんだ?」

「ジルが思う通りに飛べるはずです。ジャンプして自分が飛ぶイメージを

浮かべてください。」

「わ、分かった。」

ジルはマルクの言うとおりに跳ねて空を飛ぶイメージを浮かべた。

「す、すげえ。お、俺、飛んでる。」

ジルは鳥のように空を飛び、ガーゴイルたちがいる空間へとやってきた。

ガーゴイルたちはさすがに驚きを隠せなかった。

ジルはにやっと不気味な笑みを浮かべるとガーゴイルたちを次々に斬っていく。

斬られたガーゴイルたちは火の玉となって地上へと落ちていった。

あっという間の出来事だった。

これを見たマルクは呆然としていた。

そこへジルがゆっくりと下りてきた。

「すごいですね。ジルはホントに強くなりましたよね。」

マルクは嬉しそうにジルを褒める。

「ああ、まぁな。」

ジルは自分の力だけで勝ったわけではないことが分かっていた。

「(勝てたのはマルクの魔法のおかげだ。それにしてもここに来てからの

マルクの成長には驚かされる。次々に新しい魔法を覚えていっている。

本人はそのことにまだ気づいていないのだろうか。)」

先に褒められ、言い逃してしまったがジルは心の中でマルクの成長

にすごく感心した。

「さぁ、急ぎましょう。メアリーも待ちくたびれてますよ、きっと。」

「そうだな。」

2人は笑顔でまた歩き出した。

 

その頃、囚われのメアリーは。

スースースー。

眠っていた。

「う~ん...。早く助けに来なさいよ、ジル...。」

寝言を言っていた。



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329,330

「あらあら。どんな奴かと思えば、まだかわいいボウヤじゃない。」

ジルとマルクの前にイデア教四魔人シェラハが現れた。

「(これはまずいことになりそうな...。)」

マルクはシェラハの容姿を見てすぐに不安にかられた。

長い黒髪にぷっくりと膨らんだ赤い唇、胸元が大きく広がり

足が太ももからきれいに見える黒いドレス、広い範囲に広がっている

いい匂いの香水、そして全てを飲み込んでしまいそうな濡れた瞳、

いかにも男が目を奪われるという感じだった。

「わぁー、セクシーなおねえさぁん。俺と一緒にお茶でもどうっすか?」

ジルはシェラハの体を食い入るように見て、ニヤケ顔で声をかけた。

その様子にシェラハは少しうつむいて笑った。

「(フフッ、なんだか楽勝そうね。ちょっと期待はずれかしら。)」

シェラハはジルとマルクの方に顔を向けると、

「いいわ、少し遊んであげる。」

と言って目に魔力を込めて2人を見つめる。

「『幻影魅力術(テンプテーション)』。」

シェラハから2人に向かって真っ赤な花びら流れていく幻が見えた。

「こ、これは...。」

2人は違和感を覚える。

「さぁ、私の世界へいらっしゃい。一緒に遊びましょ。」

シェラハが口元に笑みを浮かべる。

 

【自制をするのじゃ】

 

ジルはかけられた術を自らの精神力で解き放った。

「はぁはぁ、じーさん感謝するぜ。この女何者だ?」

ジルは浮かれていた状態から一変して警戒を強めた。

「紹介が遅れたわね、私はイデア教四魔人のシェラハよ。よろしくね。

それにしてもあなたは意外とやるようね。でもそっちのボウヤはどうかしら?」

マルクの周りでは真っ赤な花びらに包まれシェラハしか見えなくなっていた。

《「これは一体...。」

 マルクも違和感を感じていた。

 「さぁ、もっと私を見て。」

 マルクは言われた通りにシェラハをじっと見つめた。シェラハのいやらしい体つきを

 見てマルクは顔を真っ赤にした。

 「もっともっと見て。」

 マルクはドキドキしながらも全身を舐めるように見ずにはいられなかった。

 するとシェラハの服は徐々に徐々に透けていった。

 「え、え。」

 戸惑うマルク。

 

 

 

《そしてシェラハの服が完全に消えて裸になったとき、

 「さぁ、もっと近くに来て。」

 マルクはシェラハの体に釘付けのまま、シェラハの言葉に

 心地よさすら感じてすーっと歩いていく。近づくにつれて

 シェラハからの香水の匂いとフェロモンの魔力は

 一層濃いものとなってマルクはすっかり虜と化してしまった。》

シェラハが裸になったのは幻であり、実際には服は着ていた。

しかし、マルクはもうシェラハの隣に立っていた。

「お、おい、マルク。どうしたんだよ。」

マルクの様子にジルは理解出来ずに慌てる。

「ふふ、大切なお仲間は私に協力してくれるのかしらね。」

シェラハはそう言って魔力のかかった目でマルクを見つめる。

「はい、シェラハ様。」

マルクは正気を失って天国にいるかのような笑顔を見せた。

「マルク、俺だよ、ジルだ。俺の声が聞こえないのか。」

ジルはマルクに必死に訴えかける。

しかし、マルクは全くその声に気づくそぶりを見せずただただシェラハ

をじっと見ていた。

「お前、マルクに一体何をした?」

ジルは怒りに満ちた表情でシェラハを睨みつける。

「マルクくんはジルくんより私の方が好きってことでしょ。」

シェラハはジルの反応を楽しむかのようにおどけて言った。

「てめぇ!ふさけんなぁっ!」

ジルは炎の剣を握り締めシェラハに斬りかかろうとした。

「『ウインドガード』。」

風の壁が攻撃しようとしたジルの体を弾いた。

「なに。」

ジルは驚く。

「あらあら、マルクくんは優しいわねぇ。フフフ、仲間に邪魔されるのって

どんな気分かしら?」

「調子に乗るなよ、このメスブタが。」

「な、なにを言っているのか分からないわ。マルクくん、この間違ったことを言ってる

ジルくんを自慢の魔法で攻撃しちゃっていいわよ。」

さっきまで余裕で笑っていたシェラハはジルの暴言に心中穏やかではいられなくなった。

しかし、マルクはシェラハの言葉を聞きながらも全く動こうとしなかった。

「ど、どうしたの?私の言うことが聞けないの?いいから魔法でジルくんを攻撃しなさい。」

少し戸惑うシェラハの言い直しにもマルクは変わらず動かなかった。

その様子にジルはわずかに笑顔を取り戻して、

「マルクは誰かを攻撃するのが嫌なんだよ。それはお前の魔法がかかって

正気を失っていたとしても変わらない。マルクの信念はそこらの奴よりずっと強いからな。」

と自慢げに言った。



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331,332

「さぁて、じゃあこっちからしかけさせてもらおうかな。」

ジルはすっかり落ち着きを取り戻して剣を構えた。

「どうしたの?お友達はどうなってもいいの?」

シェラハはジルに不気味さを覚えた。

「俺はマルクを信じている。マルクはこんなとこで死んだりは

しない。それと同時に俺は俺の強さにはちょっとは自信がある。

きっとうまくいくさ。」

ジルは黒いオーラを放出して本気で攻撃をしかける。

「いくぜ、『オーラブレイク』。」

「『ウインドガード』。」

バンッ!

ジルの攻撃はマルクを風の壁ごと吹き飛ばした。

マルクは衝撃で意識を失う。

「さぁ、これでお前の盾はなくなったぞ。」

「意外ね。自分の仲間を躊躇なく攻撃出来るなんて。

まぁ、いいわ。あなたの力は見せてもらったわ。

まだその程度なら私たちの方が強いかしら。

また会いましょう。」

シェラハは去っていった。

ジルはそれを追う事はしなかった。意識を失ったマルクのこと

が気になっていたからだ。

「大丈夫か、マルク。」

「...すいません。また迷惑をかけてしまったようですね。」

意識を取り戻したマルクが申し訳なさそうにジルに謝る。

「気にすんなって。悪いのはイデア教のやつらさ。

あいつらだけは許せねぇよな。(それにしても今の俺じゃ

まだあいつらに勝てないっていうのか。これでも強くなってる

とは思ってるんだが。何か考えないとな。)」

ジルは少し考え始めていた。

「ジル、ジル。」

「あ、ああ。何だ?」

「どうしたんですか、何か考え事ですか?」

「い、いや、何でもないさ。さぁ、行こうぜ。」

「はい。」

ジルとマルクはまた歩き出した。

 

「地図の通りに進んでいるとすると、次は魔族の村があるということですね。」

「もし、地図の通りに進んでなかったとしたらすっげー怖いよな。」

「え、まぁ、そうですけど。とりあえず今はそういうことは考えないようにしましょうよ。」

「で、魔族の村か。期待してはいけないのかもしれないけど友好的な感じだったら

いいよな?」

「そうですね、魔界の住人と仲良くすることが目的ではないですが、

無駄な争いはない方がいいですからね。」

 

 

 

ジルとマルクが歩いて魔族の村が見えかかったとき、

3人の若い男が2人の目の前に現れた。

「俺たちの村を人間ごときが狙いにきたか。

だが、俺たち『3魔剣士』に勝てると思うなよ。」

3魔剣士は既に剣を構えて戦闘態勢をとっていた。

「ジル、またなんか勘違いされてるようですね。」

マルクが横のジルに小声で言った。

「まぁ、いいさ。どうせ言ったって話が通じそうな感じでもないし。

勝っちゃえばどうにかなるだろ。」

ジルも剣を構えた。

「行くぞっ。」

3対1の戦いが始まった。

「ジル、大丈夫ですか?」

マルクが少し心配そうに声をかける。

「ああ、なんとか。(しかし、何だ?この感じは...。)」

ジルは互角に戦いながらわずかに違和感を感じていた。

「く、こいつ、なかなかやるぞ。」

「リゴット、回り込め。」

激しい戦いが続く。

「(俺はこの感じを知っているような...。)」

ジルは3人が散らばって攻撃してきても3人の動きを掴み、

剣を受けたりかわしたりしながら戦い続ける。

「く、このままじゃ埒があかねぇ。」

「キッシュ。あれ行くぞ。」

「ああ、ブラン。分かった。」

ブランとキッシュはお互いに少し離れた位置で構えた。

「(何かくる。)」

ジルは残ったリゴットと剣を交えながらも一層警戒を強めた。

2人は同時に動き出した。

「くらえ、『クロスストラッシュ』!!」

ズバッ。

ジルは胴体への攻撃は剣でなんとか防いだが、両腕に大きな傷を負った。

「ぐっ。」

ジルは痛みで思わず剣を落としそうになった。

「ジルっ!」

ジルから離れたところにいたマルクが心配でかけよろうとした。

「来るなっ。危ないぞ。それにまだ負けちゃいないんだからな。」

「これで終わりだっ!」

ブランがジルの頭上から剣を振り下ろす。

ガンッ。

ジルはそれを剣で受け止める。

「さて、そろそろ本気でいこうか。」

ジルは今までよりも真剣な表情に変わる。

「何だと、強がりを。」

「どうせもう一杯一杯なんだろ。」

「さっさと死ねよ。」

ジルは3人の言葉を全く気にせず体から黒いオーラを発した。



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333,334

「な、なんだこれ。」

「ただの見掛け倒しだろ。」

3人の魔剣士は動揺を隠そうとしながらも警戒して後ろに

下がって動きを止めた。

「お前ら程度に必殺技はいらないだろ。」

黒いオーラを纏ったジルは余裕の表情で3人を見ている。

「今度はこっちから行くぞ。」

ジルはさっきまでよりも明らかに素早い動きでかたまっている

3人に近づく。

「やばいぞ、散れ。」

リゴットが焦りながら声を張り上げ、キッシュとブランはそれに反応して

リゴットからお互い違う方向に離れた。

残ったリゴットは汗をたらりと流しながらジルを待ち構える。

 

ガンッ!

ズバッ!

 

リゴットはジルの剣を受け止めるも重い一撃のため次の行動へ

移すのが遅れた。そこへジルがリゴットの横腹を切り裂いた。

リゴットの横腹からは緑色の血が流れ出す。

「リゴットー!」

キッシュとブランは思わず叫んだ。

残された2人の心配するすきも与えないようにジルは次の標的

ブランに既に向かっていた。

「ヒッ。」

ブランは恐怖に駆られて思わず剣を握ったまま目をつぶってしまう。

「ブラン、危ない。」

そこへ急いでキッシュが助けに向かうもジルがブランの腹を突き刺していた。

「グフゥ...。」

ブランは口から血を吐く。

「このヤロウ。」

キッシュは怒りに我を忘れてジルに真正面から剣を振るう。

ジルはその攻撃をあっさりと剣ではじき返した。

キッシュの剣は宙を舞い、キッシュの戦意は一気に落ちていく。

ジルは呆然と立ち尽くすキッシュの喉元に剣を突きつける。

「2人の傷は致命傷じゃないはずだ。今すぐ治療すれば何の問題もない。

さっさと降参しろ。」

「誰が降参なんか...。」

キッシュはそう言いながら、ブランとリゴットの痛がる声を聞く。

「ちっ、...分かった。」

2人を気にして渋々承知した。

それを聞いてジルは剣を引いて、ふぅとため息をついた。

「俺たちもともとお前らと争う気なんてなかったのにな。」

「ジル、後から言っても遅いですけどね。」

「まぁな。マルク、回復させてやってくれよ。」

「はい。」

マルクは笑顔でブランとリゴットの傷を魔法で癒す。

 

 

 

敵対していたはずの自分たちを回復したことに戸惑う3魔剣士。

「あ、俺たちイデア教を倒しに行く途中なんだよ。

方向間違ってないよな。」

ジルはようやく落ち着いた状況の中で本題を切り出した。

「お、お前らあのイデア教を倒すだって!」

3魔剣士は驚きを隠せない。

「(もしかしてここでは禁句だったかな。)」

ジルがこっそりマルクに聞いた。

「(どうでしょうか。イデア教がここでどう思われているか

分かりませんからね。)」

マルクも小声で答えた。

「俺たちも連れてってくれ。」

「え。」

3魔剣士のいきなりの頼みにジルとマルクは困った。

「いや、ダメだ。」

しかし、ジルはすぐに断った。

「何でだよ。」

すかさずにリゴットは聞いた。

「だってお前ら弱いもん。」

「なんだと~!」

3魔剣士はジルの言葉に怒りを感じた。

「ところであなたたちがイデア教を倒しに行く理由があるのですか?」

今度はマルクが尋ねた。

「ああ、俺たちの村はイデア教の奴等に何度も脅されているからな。

布教活動に協力しなければ全員殺すってな。」

「奴等は腕が伸ばして攻撃してくる人形を使ってついこの間攻めてきたんだ。

実際に殺された仲間もいるんだ。許せるわけがねぇよ。」

「腕を伸ばして攻撃してくる人形!あのゴブリンの国を出たときに出会った

奴だな。そうか...、お前らにもイデア教を倒す理由があるんだな。

分かったよ、一緒に行こうぜ。その代わり死んでも知らないからな。」

「へん、俺らが簡単に死ぬかよ。」

ジルの言葉に3魔剣士は少し嬉しそうにしていた。

「自己紹介しとこうか。俺はジルでこっちがマルクだ。」

「俺はリゴット。」

「俺はキッシュ。」

「俺はブラン。当然俺たちの村で休んでいくんだろ?」

「そうさせてもらえるとありがたいですね。」

マルクとジルは3魔剣士に村の中へと案内される。

「そうだ。この村の長老に会わしてやるよ。人間を見たら驚くかもしれない

けどな。お前らをここにいさせる許可ももらっとかなきゃいけないしな。」

キッシュがそう言うと3魔剣士は一軒の家の中へと入っていく。

ジルとマルクも後について入る。

 



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335,336

「誰じゃ、ノックもせんと勝手に入ってくるのは?」

ローソクの灯された薄暗い部屋の奥から年老いた声が聞こえた。

3魔剣士とジルとマルクが家の中に足を踏み入れると、

椅子に座る長老の姿が確認できた。

「あぁ、いつもの3バカか。ん?それとまだ誰かいるのか?」

長老はジルとマルクの姿を観察するように見た。

「これは人間か。お前らが連れてくるとは珍しいな...ん?」

長老はジルの方をじっと見る。

「お前の名前は?」

「俺の名前はジルだ。」

長老の問いにジルはすぐに答えた。

「フルネームは?」

「え、そんなの聞かれたの初めてだな。フルネームは

ジルヴェルト=レイヤードだけど。」

「なんと!やはりレイヤードの息子か。」

「どういうことだ!?じいさん、俺の親父を知っているのか?」

「ああ、もちろんじゃ。お前の父親は魔族でありこの村で最高の剣士だった、

オルグ=レイヤード。300年前に魔王と共に人間界であるテラへと向かったまま

行方が分からずにいたが、まさか人間の子供を作っていたとはな。」

「う、ウソだろ。俺の親父が魔族だなんて...。」

「お前は完全に人間のようだが、その顔、姿は父親によく似ている。

間違いないだろう。」

「ちょっと待ってくれよ。オルグ=レイヤードって言ったら俺たちの親父たち

『オルグ親衛隊』が仕えてたっていう奴じゃないのか。」

「そうじゃよ。」

リゴットの問いに長老はあっさりと答える。

「俺は認めないぞ。こいつが俺たちの親父の上に立っていた奴の子供だなんて。」

ブランは動揺していた。

「お前らが信じる信じないは自由じゃが、事実は変わらんよ。

この話はもう終わろうか。ところでお前らは何しに来たんじゃ?」

長老は急に話を打ち切って5人に聞いた。

「俺たちイデア教のやつらを倒しに行こうと思ってるんだ。」

キッシュは真剣な表情で答えた。

「はっはっは、お前らがか。返り討ちに遭うのがオチじゃろうて。

悪いことは言わんからやめておけ。」

長老は冗談を聞いたかのように笑って反対した。

「長老、俺たちは本気なんだぜ。あんな奴らがこの魔界に

のさばってたんじゃ、早いうちにこの村はダメになっちまうんだぜ。」

ブランはむきになって長老に訴える。熱くなっている3魔剣士に対して

ジルは落ち着いた様子で口を開く。

 

 

 

「じいさん、俺たちの力じゃイデア教には絶対に勝てないのか?

確かにあいつらは強い。それは出会ったときに十分分かった。

しかし俺も今まで戦闘を経験していて多少なりとも自分の力に自信を

持っているつもりだ。少しは可能性はあると思っているんだが。」

ジルは低いテンションで問いかける。

「そうじゃな。今のままなら勝てる可能性は30パーセントといったところかな。

今のままならな。もしもこれから修行をして強くなるということならばもっと

可能性は高まるだろう。イデア教のやつらもまだそう活発な動きを見せている

わけではないから修行をする時間はあるはずじゃ。」

「そうか、修行か。」

「やろうぜ、修行。」

3魔剣士は単純に長老の言葉でやる気を出していた。

「そうだな。それしかないか。」

ジルも長老の意見に賛成した。

「そっちも問題はないか?」

長老はマルクにも聞いた。

「ええ、私はそれで全然構いませんよ。」

マルクも快く頷いた。

「ならば修行場を紹介してやろうか。」

「修行場?」

全員が聞き返す。

「そうじゃ、まさに修行にうってつけの場所。『生と死の狭間』と言われる

ところじゃよ。」

「『生と死の狭間』だって!そんなとこ聞いたことないぜ。」

全員が驚く中、リゴットが言った。

「確かにこの村ではわし以外知るものはほとんどいないじゃろう。

かなり危険な場所でもあるし、知る必要もないからな。」

「で、その『生と死の狭間』にはどうやって行くんだ?」

ジルが尋ねる。

「そこへ行く道はわしが作ろう。心の準備は出来ているか?」

「はい!」

5人は声を揃えて返事をする。

「分かった。ではちょっと下がっておれ。これより異空間へと続く

扉を開く。『スペルゲート』。」

長老が魔法を唱えると部屋の床に魔方陣が現れてそこから光を放った。

「この中に入れって事か。」

ジルはそう呟くと一人ためらうことなく魔方陣へと足を踏み入れた。

ブンッ。

ジルは光に包まれその姿を消した。

「あ、俺も。」

リゴット、キッシュ、ブランもジルの後に続いて魔方陣の中へと入っていく。

最後にマルクが落ち着いた様子で入る。

「さて、どれだけ強くなるかの。」

長老は5人を見送ると椅子に座ってくつろぎだした。



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337,338

ブンッ。

『生と死の狭間』へとやってきたジルたち5人。

「うわぁ、なんだここ。暑くて息苦しいな。」

地面を見ると沸々とたぎるマグマの池が所々に見られる。

全員がそれを見て危険を感じる。

「そこはマグマがないようだが...。」

キッシュが近くの穴を覗くと真っ暗で底が見えなかった。

「これって落ちたりしたら二度と上がって来れないんじゃ...。」

キッシュは嫌な想像をして冷や汗を流す。

「ここで修業をするっていうことだよな。」

「マグマによる暑さで立っているだけでも体力を奪われていきますね。」

「普通の場所で修業してもよかったんじゃ...。勢い余って足を滑らせでも

したら死ぬかもしれないのに。」

「だから修業に効果的なんじゃないのか?『生と死の狭間』か。確かに

危険な場所だよな。」

5人は思い思いに口を開く。

「と、とにかく修業を始めようか。ここでじっとしているだけじゃ

強くはなれないからな。」

ブランが声をかける。

「じゃ、お前らは3人でがんばれよ。」

「え、ジルも修行するんだろ?」

リゴットが思わず尋ねる。

「だってお前らちょっと弱いからな。俺は一人でやる。」

「まだ言うのか。じゃあ俺らともう一度勝負してみろよ。」

キッシュが怒りを込めて言った。

「いいぜ。まとめてかかってこいよ。」

「あんまり調子に乗るなよ。」

3魔剣士は闘志を燃やして剣を構えた。

「(どうしてジルはこんなに3魔剣士のことを見下すような態度を

とるんでしょうか?)」

マルクは不思議に思っていた。

そんな中、3魔剣士はジルに攻撃をしかける。

しかしジルはサッと攻撃をかわして3人の剣を払い飛ばしていった。

「うそだろ。」

「こんなに強かったか。」

3魔剣士は驚きを隠せない。

「ま、こんなもんだろう。お前らの動きはもう見切っているからな。

分かったら3人で修行して強くなれよ。」

「くそっ。絶対お前より強くなってやるからな。」

3人はそう言うとジルから少し離れたところで修行を始めた。

マグマの池や底なしの穴に落ちることがないように最初は慎重な動きだった。

「なかなかやりずらいな。」

「なぁに、その内慣れるだろう。」

3人は辛抱強く動き回りながら剣を打ち合っていく。

「ジル、4人でやった方がいいと思いますが...。」

「いいんだよ。今のあいつらじゃ俺の相手は務まらないからな。

それにあいつら3人のチームワークってのはなかなかだから

すぐに強くなると思うし、実戦でもすごい力を出せるはずだしな。」

「え、それって...。」

「まぁ、あいつらの力は認めてるよ。一緒に戦うことに不満はないさ。」

その言葉を聞いてマルクは安心して笑顔になった。

「なんだよ急に笑って。気持ち悪いな。」

「なんでもありませんよ。さぁ、ジルも修行してくださいね。」

「わ、わかってるよ、もう。」

 

 

 

「さて、俺はどうするかな。」

ジルは一人で修行をすることを決めたが方法については

あまり考えていなかった。

「とりあえず素振りでもするか。」

単純な素振りを繰り返し行っていった。

そんなジルの様子を3魔剣士は少し手を止めて見ていた。

「なぁ、あんなんで強くなると思うか?」

「いや、ほとんど効果ないんじゃないの。」

「まずは基本からってとこだろうけど、あれじゃすぐに

追いつけそうだな。」

「ああ。」

3人は少し余裕の表情を見せていた。

ジルは素振りをしながら考え事を始めた。

「(少し前から思ってたけど俺の『オーラブレイク』って

必殺技にしてはちょっと威力足りないかな。

もっと強力な技にしていかないとイデア教の奴には勝てない

気がするんだよな。)」

3魔剣士が一緒に実践的な訓練を行っている中、

ジルは素振りや座禅などの基本的なことばかりしていた。

「(あれで本当にいいんでしょうか?やはりジルもあの3人と

一緒にやったほうがいいと思うのですが...。)」

マルクは少し心配そうにジルを見ていた。

「(しかし、私も人のことは言えませんね。今、何をしたらいいのか

分からずにいますから。)」

マルクは時間をただ持て余すという状態で考え事ばかりしていた。

「(こうなったら。)」

マルクは決心をして、ジルの方に顔を向ける。

「ジル、私と戦いましょう。」

「え、何言ってんだよ。冗談はやめろよ。お前に戦闘が無理なことは

分かりきってるんだぜ。」

ジルはマルクの言葉を軽く受け流そうとした。

「『ウインドカッター』。」

マルクはジルに向けて真空の刃を放った。しかしそれは威嚇のような

ものでジルは難なくかわすことが出来たが、マルクの行動に驚きを隠せなかった。

「ジル、私は本気です。ここで何もしないという訳にはいかないでしょう、

私もジルも。ならば私は自分の信念を曲げてでも戦わなければいけない。」

その言葉にジルもマルクの気持ちが伝わり真剣な表情に変わる。

「本当にいいんだな?これはマルクの今までの人生を全て否定することにも

繋がりかねないことなんだぞ。」

「大丈夫です。私は今までの人生もこの行動も後悔する気はありませんから。」

マルクはきっぱりと言った。

「分かった。マルクがそこまでの気持ちで言ってくれたんだから手加減は

しないぞ。初めから全力で行く。間違っても下に落ちるんじゃないぞ。」

「はい!」

マルクは力強く返事をした。



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339,340

お互いの修行のために戦うことにしたマルクとジル。

「(マルクが魔界に来てものすごく成長しているのは分かる。

しかし、それは単純に魔法使いとしてであって戦闘に関しては

素人も同然のはず。マルクの強い気持ちは十分伝わってきたが、

ここは一撃で終わらせる。それが剣士としての俺のプライドであり、

マルクの気持ちに応えるための礼儀でもあるだろう。)」

ジルは神経を尖らせて炎の剣を構える。

「行くぞ、マルク。」

ジルはマルクに勢いをつけて攻撃を仕掛ける。

「『エアロスピード』。」

マルクはアグニの右の腕輪についている赤い玉を光らせて魔法を唱える。

魔法で素早くなったマルクはジルの攻撃をさっとかわす。

さらにそのままジルの背後に回ると、真空の刃を放ちジルを傷つける。

「何!」

「これがジルの全力ですか?」

マルクはジルに対して平然とした表情で問いかける。

「マルク、あんまり調子に乗るなよ。」

ジルは黒いオーラを静かに発した。

「私を舐めないで下さい。」

マルクは再び風を操り始めた。

「(マルクのスピードはかなりやっかいだが、攻撃力自体はそれほど

高くないはず。そこでカウンターを狙えば勝ち目は十分なはず。)」

ジルはマルクの動きを読んで構える。

マルクもそのことに気づきながらジルに近づく。

「(来る。)」

ジルがマルクの攻撃をカウンター狙いで受けようとしたとき、

「ぐふっ。」

ジルは予想以上のダメージで反撃することが出来なかった。

マルクが放った真空の刃は力強さを増し、さらにジルの体に深く突き刺さる

ように狙われていたからだった。

「もう一度言いますよ。私を舐めないで下さい。」

「分かってる!」

ジルは全身から血を流しながらも気合で立ち続けていた。

「(まさかマルクがここまで強かったなんてな。気づかなかったぜ。

だが、俺だって今まで戦闘を重ねて来たんだ。負けるようなことは

絶対に許されないんだ。)」

ジルはより険しい表情になって剣を構えた。

マルクからの攻撃をジルは避けようとするが、避けきれずに傷を増やしていく。

その中で反撃を試みるも魔法で素早くなったマルクには届かなかった。

「ジルの実力はこんなものですか。それならもう終わりにしましょうか?」

マルクはジルを挑発するかのように言う。

 

 

 

ジルはマルクの挑発に何も反応はしなかった。

「行くぞ、マルク。」

ジルはマルクに攻撃をしかける。

しかし、その攻撃もマルクにはあっさりとかわされる。

ジルはそれでもマルクに向かって剣を振り続ける。

「いつまで当たらない剣を振り続けている気ですか?」

マルクの挑発の言葉にジルは急に笑みを浮かべ出した。

「マルク、勝たせてもらうぞ。」

その言葉にマルクは驚く。

「今の状況で本当に...。」

そこでマルクは言葉を止める。

「(その顔は本気で私に勝てる方法が見つかったと

いうことでしょう。ならば試してもらいましょうか。)」

マルクはジルに真空の刃を仕掛ける。

「(風には流れというものがある。それを感じて読むことが出来れば...。)」

ジルは真空の刃をかすり傷すら負わずに全てかわした。

「(攻撃は受けない。)」

マルクはそのことは気にせずに素早く移動した。

「(それは、風の魔法で素早くなっているマルクについても同じこと。)」

ジルはマルクの移動する場所を読み取り一気に近づいた。

そしてジルが剣をマルクに向かって振り下ろそうとしたとき、

「『ウインドガード』。」

マルクは風の壁を作り身を守ろうとした。

「お前の風はもう読めているんだよ!」

ジルは咄嗟に剣の構えを変えて風の壁のある位置を突き刺す。

そこは風の流れにより一番防御の弱い位置で簡単に風の壁を貫き、

マルクの体へと攻撃が届いた。

傷は浅かったが、炎の剣の効果によってマルクの体から火が上がる。

さらに風の魔法を使っていたことが災いして、火の回りが早くマルクの

全身を一気に炎が包み込む。

「うわぁぁぁl!」

マルクは叫びながら転がって炎を必死で消そうとする。

「マルクっ!」

バサッバサッ。

ジルも急いで服を脱いでマルクの炎を消そうとした。

なんとかすぐに火は消すことが出来て、マルクは全身大火傷を負ったものの

命は失わずに済んだ。

ジルはすぐに持っていた回復薬をマルクに使う。

完全にというわけにはいかないが、少しマルクは回復した。

「ジル、すいませんでした。とても出すぎた真似をしてしまって...。」

横になったままのマルクがジルに弱った声で謝る。

「だったら最初っからするなよ。本当にマルクを殺してしまうのかと

一瞬思ったんだぜ。」

ジルはマルクを元気付けるように笑顔で言った。

 



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341,342

「...ありがとうな。俺の為に戦ってくれて。マルク、本当に強かったぜ。

今まで戦ってきた中でもトップクラスだ。」

ジルは少ししんみりとなって言葉を続けた。

「ははは、これは私の為でもあったんですよ。私には『誰も傷つけたくない』

という信念がありました。しかし、私にはそれを超えるものがあると理解できました。

『大切な人のためにしなければいけないこと』。それをこれから大事に考えて

いこうと思います。

それから、ジル。今のジルならイデア教四魔人に必ず勝てますよ。

ふぁ~ぁ。魔法力も尽きてかなり疲れました。少し休ませてください。」

マルクはそう言うとそのまま眠りについた。

「マルク、ゆっくり休んでてくれよ。本当に感謝するぜ...。」

ジルはマルクの寝顔を見ると、座ったまま寝てしまった。

 

ジルとマルクの戦いを見ていた3魔剣士は。

「す、すげえな。」

「ああ。」

「俺たちも負けてらんねえな。」

より一層修行に力が込められていった。

 

それから丸一日が経とうとした頃、ようやくジルは目を覚ました。

「う、う~ん。なんか体がだるいな。でも気分は悪くない。」

ジルが目を擦りながら独り言を呟く。横にはまだマルクが寝ていた。

「(よっぽど疲れたんだろうな。自分のためでもあるって言ってたけど、

かなり精神的に無理してた部分があっただろうな。もうマルクは修行

しなくてもいいだろう。)」

「さて。」

ジルはマルクをそっとして、3魔剣士の方に歩いていく。

「俺も一緒に入れてくれないか?」

「俺たちは全然構わないぜ、な。」

ブランはジルを歓迎した。

キッシュとリゴットも笑顔で頷いた。

「お前たちも強くなってるだろうから1対1でいいよな。」

「当然だろ。」

リゴットは前に出て、剣を構えた。

「行くぜ。」

ジルはリゴットに向かって剣を振った。

ジルとリゴットではジルの方が力は明らかに上だったが、

ジルは一撃で決めようとはせずにリゴットを鍛えるように導くように

剣を合わせていった。

ジルの表情は穏やかにそして真面目な感じだった。

リゴットはジルに導かれるように自分の剣の腕を磨こうと一生懸命に

剣を振るった。

 

 

 

ジルとリゴットが剣を合わせている間、キッシュとブランは

2人で修行をしていた。

そして、リゴットに疲れが見え始めるとジルは今度はキッシュと

交代させた。そんな感じで3人と修行しているうちにジルはずっと前のことを

思い出しながら考える。

「(あのときのスケルトンナイトたちも俺と同じような気持ちだったのかな。

そう考えるとあのとき俺が鍛えてもらったように俺もこいつらを鍛えてやりたい。)」

 

「腹が減ったな。」

「あぁ。」

ジル達は皆腹ペコになっていた。

「長老にもらった保存食を食べるか。」

丸い団子のようなものを取り出し口に入れる。

「う~ん、味はいまいちだな。」

「こんなところで味にこだわっている場合じゃないでしょう。」

「確かに。ここは空腹さえ抑えられればよしとしなくちゃな。」

そうこう言った後、4人は修業を再開する。マルクはそれを見守っていた。

 

4人での修行が3日ほど続いた後、ようやく魔界へと戻された。

 

少し懐かしくも思える長老の家で長老が出迎えていた。

「よく戻ってきたな。その顔を見れば修業で強くなったことは分かる。

ここでお前らを労いたい気持ちもあるが、本番はこれからじゃ。

今のお前たちならイデア教と互角以上に戦えるかもしれん。

ありきたりな言葉で申し訳ないが、がんばれよ。」

「ありがとう、長老。」

5人は礼を言って、長老の家を後にしようとした。

「あ、ちょっと待てジル。」

「はい?」

長老に呼び止められてジルは振りかえった。

「その剣を貸してみろ。」

ジルは炎の剣を長老に渡す。

長老は金槌を取り出し、いきなり炎の剣をガンッと叩いた。

すると炎の剣はボロボロと刀身が崩れ落ちてしまった。

「え、うそ。」

ジルは普通に驚いた。

「これまでかなり酷使されていたようじゃな。剣にひびが入っていた。」

「そうかぁ。ま、しょうがないか。」

「代わりにこの剣を持っていけ。」

そう言って長老はジルに一本の剣を渡す。

「これは?」

「『名剣オートクレール』だ。これならそう簡単に折れるようなことは

ないじゃろう。大事に使え。」

「サンキュー、じいさん。ありがたくもらっとくよ。」

「ジル、長老にその言い方はちょっと...。」

「気にするな。全然構わんよ。お主らの活躍期待しとるよ。」

長老は手を振って見送ってくれた。

「とりあえず、今日はここで泊まってくだろう?」

ブランがジルとマルクに言った。

「ああ、そうだな。ちょっと修行の疲れをとりたいしな。」

「はい、お願いします。」

その日、5人はゆっくりと休息を取って、次の日出発することとなった。



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343,344

「じゃ、出発するか。」

「はい。」「おう。」

ジルの掛けた声に残りの4人は元気よく返事した。

「あ、そうそう。ジル、先に言っとくけどイデア教の神殿に行くまでに

獣王の森を抜けることになるからな。」

「獣王の森?」

「そうだ。この魔界でかなりの実力を持っている獣王キングレオ

の縄張りだ。イデア教の神殿からけっこう近いがあいつらもそう簡単に

手が出せずにいるみたいだぜ。」

キッシュが思い出したようにジルに伝えた。

「そうか。まぁ、イデア教以外の奴とはそんなに争いたいとは思わないが

戦わないといけないかもしれないってことだな。」

「出来れば、味方にしたいですよね。」

「それは無理だと思うな。獣王は自分の縄張り以外のことには関心を

示さない。もしイデア教がやつの縄張りを荒らすようなことがあれば

話は別かもしれないが。」

「ふ~ん。」

ブランの話をあまり関心なさげにジルは聞いていた。

「まぁ、俺たちだけで十分だろ。イデア教を倒すのは。」

3魔剣士はジルの言葉に頷く。

そうしてしばらく歩いているうちに森へとやってきた。

5人は森に足を踏み入れた途端に違和感を感じた。

それは森全体を覆いつくすかのような強烈な血の匂い。

少し足を進めただけで大量の獣の死体を嫌がおうにも見てしまう。

ジルとマルクはお互いに顔を見合わす。

「ジル、この感じは見覚えがありますね。」

「ああ。俺たちは知っている。まさか死神がここにいるっていうのか!?」

「おい、死神ってお前ら何言って...。」

リゴットがそう言おうと2人の顔を見たとき、2人のあまりの緊張感に

言葉が止まった。

「しかし、ここは進まないわけには行きませんね。」

「そうだな。」

5人は緊張感を高めたまま死の森と化した獣王の森を歩き続けた。

「...何かいるな。」

神経を尖らせていたジルは前方から気配を感じていた。

他の4人も同様に感じていた。

5人は恐れを懐きながらもその場所へと向かっていく。

するとすぐにそこから獣の叫び声のようなものが聞こえた。

「行くぞ。」

5人は気配を殺すようにゆっくりと近づいていく。

 

 

 

森の中で一際存在感を示すモンスター。

八本の足を持ち、そのうち4本で人間のように立ち

残りを腕のように構える。頭はライオンそのもの。

その巨大な体と獲物を見ただけで身動きとれなくしそうな

ほどの目をしたそれは獣王の風格を醸し出していた。

「貴様、よくも俺の家来たちを皆殺しにしてくれたな。

ただ殺すだけでは済まさんぞ。後悔するほどの痛みと苦痛を

与えて半殺しのまま見せしめにしてやる。」

獣王の視線の先にいたのは眼鏡をかけたおとなしそうな青年だった。

「へぇ、そうなの。」

青年は獣王の脅しに全く動じず平然と答えた。

「でも獣王キングレオ。君の希望は叶えられそうにないなぁ。」

「何。」

「だって僕が今この場で殺してしまうから。」

キングレオは怒りで口より先に一本の腕が青年を殴りにかかる。

「グギャー。」

キングレオの顔が苦痛に歪む。

キングレオが青年を殴りかかろうとした手に光の針が刺さっていた。

その部分から血が流れ出ていた。

「そろそろお客さんが来そうだからもうあっさりとやっちゃうよ。」

青年は手から十数本の光の針を出現させる。

キングレオは今刺さっている光の針のダメージの大きさから

次に来る攻撃を受ければ致命傷になることが分かり、

冷や汗を流して緊張していた。

「どうせならちょっとぐらい抵抗したほうがいいんじゃない?」

青年は余裕の表情で挑発する。

「グォォォォォ!!」

キングレオは恐れを抑えて青年に全力でぶつかるように攻撃を仕掛ける。

ズバッ!ズバッ!!

キングレオの全身に光の針が深く突き刺さる。

その途端にキングレオは身動きがほとんどとれなくなってしまった。

「ぐ、ぐぅぅぅl...。まだだ、まだ倒れんぞ。」

キングレオは必死の力を振り絞って立ち続けた。

「さすがは獣王。ご立派だね。でもこれで終わりだよ。」

青年はそう言うと針よりも遥かに大きい光の槍を出して手にする。

そしてそれを身動き取れないキングレオへ勢いよく投げつける。

グサッ。

光の槍はキングレオの腹を貫き、キングレオはそのまま何も言わずに

その場にバタッと倒れた。

そこへジルたちがやってくる。

3魔剣士はその場の光景に大きな驚きを見せたが、ジルとマルクは

状況を理解していた。

そして2人は青年の方をじっと見つめる。



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345,346

「これは初めまして。僕はイデア教四魔人の一人リューク。

よろしくね。まだ目覚めたばかりだから獣王で肩慣らしでも

しようかと思ったんだけど、実際会ったらあんまり強くなくてね。

ちょっとがっかりだったよ。せっかく他の3人が残しといてくれた

って言うのにね。」

リュークは5人に対して既に知っているように一方的な挨拶をした。

「(死神じゃなかったか。でもこいつが強いことははっきりと分かる。

もしかしたら他の四魔人よりも強いかもしれない。しかし、ここは

戦うしかないだろう。)」

ジルは村で長老から貰ったオートクレールを抜いて構える。

「そう攻撃的にならないでよ。こんなところで戦うつもりはないから。

もう大体十分な強さになってそうだしね。君たちとはそれに

相応しい場所でまた会うだろうね。それじゃ、また。」

リュークは光に包まれてそのままジルたちの前から消え去った。

 

「ジル。」

リゴットがジルを呼ぶ。

「分かってる。ここからは今まで以上に気を引き締めていくぞ。」

ジルの言葉に残りの4人は真剣な表情で頷いた。

 

「おかえりー。」

神殿に戻ってきたリュークをシェラハが出迎えた。

「どうだった?」

「準備体操にもならないよ。獣王っていうから結構楽しみにしてたのに。」

「そう。それは残念だったわね。」

「でもあれはすごいおもしろそうだね。」

「あれって何?」

「ジルって奴さ。感じるんだ、僕に匹敵する力を持っていることを。

彼と戦うのは楽しみだよ。今度はがっかりするようなことはないはずだね。」

「へぇ、そうなんだ。『封印体』として成熟してきたのかしら。

いよいよかしらね。」

「そうだ。封印が解かれる時は近いぞ。」

グラビルが2人の前に現れた。

 

「Dr.サッカー、準備は出来ているか?」

「は。五体の合成魔獣は完成しています。」

「そうか、ならば後は待つだけだな。」

カーラとDr.サッカーは神殿の祭壇の前に立っていた。

「これで我がイデア教の役目は果たされる。」

カーラは安堵の笑みをもらした。

 

 

 

「そろそろイデア教の本拠地に入るぞ。」

ブランがみんなに注意する。

5人はすでに森を抜けて広い原っぱに出ていた。

「おい、何か遠くからくるぞ。」

キッシュが言う先には原っぱを埋め尽くしていきそうな程の

イデア教の土人形の大群がジルたちの方に向かってきていた。

「おい、あれを相手にするのかよ。ざっと1,000はいるんじゃないか?」

リゴットはあまりの数に驚いた。

「どうした?怖いのか?」

ジルが尋ねる。

「そんなわけないだろう。倒しがいがあるってもんだろ。」

5人は土人形の大群に近づき、そして目の前のところまできた。

マルクを除く4人は剣を手にして戦闘態勢を整えた。

「いくぞ。」

リゴットが一歩前に出る。

「修行の成果を見せてやるよ。『地裂線』!」

リゴットは剣を地面から剣を振り上げると地面から前に向かって

一直線に衝撃波が流れた。それに巻き込まれた土人形は次々とやられて

土へと還っていく。

 

「もうあの連中に人形を使うこともないか。」

カーラはジルたちが戦う様子を観察して言った。

「ならばすぐに人形は止めましょう。」

傍に来ていたダグラスは指を光らせて人形に指示を送った。

「次は我ら四魔人の出番ですか?」

「いや、それはまだ早い。あと少しだけ様子を見る必要がある。

Dr.サッカー。合成魔獣の準備は本当に出来てるんだな?」

カーラは念を押すようにしてDr.サッカーに尋ねた。

「はい、すぐにでも出られますが。」

「そうか。ならまずは一匹出せ。」

「は。畏まりました。」

Dr.サッカーはカーラに一礼するとその場を出て行った。

 

「ん?あれ?」

ジルたち5人が異変に気づいて足を止める。

「人形たちが攻撃を止めましたね。それどころか後退していきます。」

「まるで俺たちの為に道を作ってくれてるみたいだな。」

人形たちはまだたくさん残っていたが、その全てが後ろへ下がる。

「これは何かの罠じゃねぇのか?」

ブランが疑り深く言う。

「罠だろうと進むしかないんじゃねぇの?」

キッシュが少し前に出て言った。

「そうだな。ここは進もう。」

ジルの意見に従い、5人は人形が作った道を進んでいく。

 



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347,348

特に何事もなく人形の道を通り過ぎたジルたち5人。

「結局何だったんだろうな?」

5人とも不可解といった表情で前を見ると、

そこには巨大な獣が一匹立っていた。

頭がライオン、体が山羊、しっぽが蛇というものだった。

「これはキマイラというモンスターですね。

聞いた話ではかなり強いらしいですが...。」

マルクは思い出すように言った。

「それなら俺たちに任せろよ、なぁ。」

リゴットがブランとキッシュに同意を求める。

「ああ、修行の成果をここで見せてやるよ。」

「さっさと片付けようぜ。」

3人はすぐに戦闘態勢を整えた。

「ジル、いいんですか?」

「手伝うのか?あいつら3人でやる気なんだしここはしばらく

様子を見とこうぜ。」

「そうですね。」

心配そうにしていたマルクだったが、ジルの言葉で落ち着きを

取り戻した。

「ゴォォォォ!」

キマイラは口から炎を吐き出した。

3人は散るように避けて攻撃をしかける。

「行くぞ!」

「おう!」

3人の動きがシンクロしていく。

「『トライアングルアタック』」

3人の剣先が一つに重なりキマイラを捉える。

ズバァァァ!!

キマイラの体躯が3つに斬り裂かれる。

「へぇ。」

ジルが少し感心したように3人を見る。

3人は満足気な表情をしていた。

「すごいですね、あの3人。」

マルクは笑顔で言った。

 

「ほぉ。3人がかりとはいえあのキマイラを一撃で仕留めるか。」

カーラも少し感心した様子だった。

「カーラ様、次はどうしましょうか?」

「うむ。残り4匹を全て出せ。」

「分かりました。」

Dr.サッカーは再びその場を離れた。

「そろそろ本当の実力を見せてもらおうか。」

カーラは不敵な笑みを浮かべた。

 

「ジル、これなら楽勝だろ。」

「俺たち強くなったもんな。」

ブランとキッシュがヘラヘラ笑いながら言った。

「調子に乗るな!まだ親玉を叩いたわけじゃないんだぞ。」

ジルが怒りながら言った。

「わ、分かってるよ。でもちょっとくらい勝利の余韻ってやつを

味あわせてくれよ。」

「全然分かってないだろ。」

ジルは少し呆れたようだった。

 

ブーン。

ジルたちの前にダグラスが突然現れた。

「次はお前が相手ということか。」

ジルはすぐにも攻撃したい気持ちを抑えて言った。

「早まるな。お前らの相手はすでに用意してある。」

 

 

 

「1、2、3、・・5か。一つ足りないがいいだろう。

『悪夢の檻』。」

ダグラスは魔法を唱えると黒い球体が4つ現れマルクを除く

4人を吸い込んだ。

「あっ、みんなが...。」

マルクは急に仲間が消えたことに慌てふためいた。

「あともう少しか。」

ダグラスはそう呟くとまた姿を消した。

 

「うわぁぁぁぁっ!」

 

「ここは、どこだ...?」

リゴットは気づくと真っ黒な中にいた。

そこへ足音が聞こえた。

「誰か来る。」

リゴットの目の前に現れたのは大きな牛の頭をしたモンスターだった。

「ミノタウロスか。こいつはパワーはあるが、スピードはそんなに

大したことはないはず。問題なく勝て...えっ!」

ミノタウロスは右手に持った斧でリゴットを攻撃してきた。

そのスピードはとても遅いとは言えないもので油断していたリゴットは

完全にはかわせず傷を負った。

「ぐっ、何だよ、こいつ。ミノタウロスじゃないのかよ。いや、ちょっと待てよ。

こいつの左手、すごい爪が大きくて鋭い。まるで別のモンスターから持ってきた

みたいだ。それに体の色、銀色っぽい。元々はこんな色じゃなかったはずだ。

まさか強化されているのか!?」

そうこう考えているところにモンスターはさらなる攻撃を仕掛けてきた。

リゴットは冷や汗を流しながら必死で避け続ける。

「並みの速さじゃないぞ。気を抜いたら一気にやられる。」

モンスターは休む間もなく攻撃を続ける。

「こいつを倒すにはどうすれば...。」

リゴットは攻撃をかわしながら考える。

「(俺に助けて欲しいのか?)」

ジルがそう言う姿がリゴットの頭に浮かぶ。

「誰がお前なんかの手を借りるかよ。こんなやつ俺1人で倒せる。」

そして何かが閃いた。

「こうなったらあれしかないな。」

リゴットは考えをまとめ狙いすました顔になった。

リゴットは動きを一瞬変則的なものに変えてモンスターの斧が空振り

したところで懐に潜り込んだ。

「今だ!」

ズブッ。

リゴットはモンスターの胸に剣を深く突き刺す。

モンスターの攻撃の勢いを利用したカウンターの反撃は

モンスターに致命傷を負わす。

 



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349,350

「グフッ。」

モンスターは斧を地面に落として、口から大量の血を吐き出す。

「やった。」

リゴットが勝利を確信したとき、

「ぐぁぁっ!」

モンスターは最後の力を出して左手の爪でリゴットの背中を突き刺した。

リゴットはモンスターに突き刺した剣を手放し、その場に倒れた。

 

シュン。

リゴットはグラビルの魔法が解かれて魔界の地に戻ってきた。

しかし、リゴットはダメージが大きく倒れたまま動けなかった。

「リゴット!」

マルクは急いで駆け寄りリゴットに回復魔法をかける。

リゴットの傷は完全に塞がったがまだ気を失ったままだった。

「ふぅ、これで命に別状はないでしょうがしばらく戦うのは無理ですね。

他のみんなは大丈夫でしょうか。」

マルクはリゴットの状態に安心はしたが、まだ戻っていないジルたちが

心配になってきた。

 

「ここは?」

キッシュもリゴットと同じような真っ暗な場所にいた。

そこへ頭が3っつある大きな犬のモンスターが現れた。

「こいつは地獄の番犬ケルベロス。確か炎を吐いてくるんだったな。」

キッシュはすぐに剣を構えて戦闘態勢を整えた。

ケルベロスの頭の一つがキッシュに向けて大きく口を開いた。

「こいっ!」

ケルベロスはキッシュの思った通りに炎を吐き出してきた。

ゴォォォォ。

炎が向かってくる中、キッシュは避けようとせずに剣を振り上げる。

「ギャラリーがいないのは寂しいけど俺の力を見せてやる。

いくぞ、『空波斬』!」

キッシュが剣を振り下ろすと炎はキッシュの前で真っ二つに裂かれた。

その勢いでケルベロスの頭を一つ潰した。

「グォォォ...。」

ケルベロスは苦しみの声を上げる。

「これはいけるぞ。よし。」

キッシュは自信を持ってケルベロスに攻撃を仕掛けようと近づき出す。

ケルベロスの残った2つの頭が同時にキッシュの方を向いて口を開く。

「同時にこようが同じことだ。」

キッシュが再び空波斬の構えをしたとき、ケルベロスの一方の頭から

はさっきと同じ炎を吐いてきたが、もう一方は冷気を吐いてきた。

「何!」

キッシュはそれに驚いたが空波斬を撃つ。

ケルベロスの放った炎と冷気はキッシュの手前で一つに重なりあった。

それはキッシュの空波斬を打ち消してしまいさらにキッシュの剣を砕き、

キッシュの体自身にまでダメージを与えた。

「ぐ、そんな。まさか熱と冷気が急激な温度差を作り出して俺の技を

剣ごと壊したというのか。く...。」

キッシュは片膝を地面につける。

 

 

 

傷ついたキッシュに向かってケルベロスは口を大きく開く。

キッシュには素早くケルベロスの攻撃を避けることは出来そうになかった。

「なら...。」

キッシュは残っている力を折れた剣を握る手に込める。

「いくぞっ!『空波斬』!!」

決死の攻撃はケルベロスの心臓を貫く。

しかしそれと同時にケルベロスの口から吐き出された炎がキッシュに届く。

キッシュには力が残っておらず、目の前の炎を見ても避けることも防ぐことも出来なかった。

ゴォォォォ!

炎がキッシュの体全体を包む。

ケルベロスはその場にバタリと倒れたが、キッシュはそれを見ることはなかった。

 

キッシュの体が魔界へと戻ってきた。

そこへマルクが駆け寄る。

マルクは黒こげになったキッシュの体を見て呆然と立ち尽くす。

「そ、そんな...。」

キッシュはもう息をしていなかった。

「ウソでしょ、まさか死んでるはずはありませんよ。私が絶対に治しますから。」

マルクはキッシュに語りかけるように言うと、自らの魔力を高めた。

さらにアグニの右の腕輪を光らせて強力な回復魔法を使う。

白い風が大きくキッシュを包み込む。風は勢いがあったがとても穏やかだった。

しかし、白い風が消えた後キッシュの体は何の反応もなかった。

マルクは言葉を失う。

リゴットはまだ意識は戻っていなくて、マルクに声をかける者はいなかった。

 

そして、ブランは。

「何だ、ここは?」

暗闇の空間に戸惑っていた。

そこへモンスターが現れる。青く透き通った人型をしていた。

それはゆっくりとブランへ歩いて近づいてくる。

「何だか形がゴーレムに似てるな。水で出来てそうな感じだから

アクアゴーレムってとこか。」

ブランは剣を抜いてアクアゴーレムに斬りかかる。

本当に水を切るような感覚で全く手ごたえがなかった。

「これどうやって倒そう。」

そうブランが考えている間にもアクアゴーレムはゆっくりと近づいていた。

そしてブランの目の前まで来たとき、

「えっ。」

ブランがアクアゴーレムの体の中へと引き込まれた。

ブクッ。

「(息が出来ない。)」

ブランの口からたくさんの空気の泡が吐き出される。

アクアゴーレム動きを止めて、しばらくそのままの状態が続く。

ブランは息を我慢していたが限界に近づいていた。

「(く、苦しい...。)」



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351,352

アクアゴーレムの体の中に閉じ込められたブラン。

体を動かし剣を振ったりしてみるが一向に外に出られなかった。

「(う、もうだめだ。)」

ブランは限界を感じて意識が失われようとしたとき、

「(諦めるな。)」

どこからか声が聞こえた。

「(誰だ?いや、この声はキッシュか?)」

その声でブランは意識がはっと戻った。

「(そうだ。俺の技を使え。お前なら出来るはずだ。)」

「(え、お前の技?っていうか、お前どこにいるんだ?)」

キッシュの声はそれ以上聞こえてこなかった。

「(全く...。お前は訳の分からないことを言って。)」

ブランは気合を入れて剣を構えた。

「(キッシュ、お前の技借りさせてもらうぞ。いくぞ、『空波斬』!)」

ブランの渾身の一撃はアクアゴーレムの腹を切り裂いた。

ドバッ。

ブランは切り裂いた腹から外へと出ることが出来た。

「はあっ、はあっ。やっと息が出来るぜ。」

一方、アクアゴーレムは腹から水が噴き出し人型がどんどん崩れよう

としていた。。

ブランがその様子を見届けているとアクアゴーレムは最後のあがきで

体の一部をブランの口に飛び込ませた。

「ゴクッ。」

ブランは突然のことで反応できずそのまま飲み込んでしまった。。

「グ...。」

急にお腹が痛み出してその場に倒れてしまった。

 

シュン。

ブランは倒れたまま魔界に戻ってきた。

すかさずマルクが駆け寄る。

「生きてますね、よかった。早く回復を。」

マルクが回復魔法をかけようとしたとき、ブランの腹が膨れていることに

気づいた。

「ん?」

マルクは思わずその膨れた腹を押してみた。

ピュー。

ブランの口から水が噴水のように噴き出した。

「ゲホッ、ゲホッ。」

ブランは酷く咳をしながら起き上がった。

マルクはブランの元気そうな姿を見て、少し落ち着いた。

「あれ、みんなは?」

ブランはマルクにそう聞きながら横になっているリゴットとキッシュを見た。

マルクは言いにくそうに顔を背けながら言う。

「リゴットは無事ですが、キッシュは...。」

「そ、そんな...嘘だろ。だってさっき俺を励ましてくれたじゃないか。」

ブランはキッシュにそっと近づく。

「嘘だと言ってくれよぉぉぉ!!」

ブランは膝をついて死んだキッシュを揺すりながら泣き叫びだした。

マルクはブランにかける言葉が見つからず立ちつくしていた。

 

 

 

「ここはあいつの魔法の中か。」

ジルはすぐに自分の状況を理解した。

そして、ジルの目の前に地を這うドラゴンが現れた。

「まずはこいつを倒せということだろうな。」

ジルは魔族の村でもらった剣オートクレールを抜いた。

ドラゴンはいきなり口を開けて紫色をした煙のようなものを吐いてきた。

「これは炎じゃなく毒霧だろう...ということは。」

ジルはすっとジャンプして交わすとドラゴンを斬った。

シュウゥゥゥゥ。

ドラゴンの斬られた箇所が泡を出して修復されていく。

「やはり、アンデッド系か。スカルドラゴンってところだな。

こいつを倒すには...。」

ジルは剣を構えると黒いオーラを一気に放出させた。

「『オーラブレイク』!」

ジルは剣に黒いオーラを集中させ、その剣を覆うオーラを大きく

膨らませた。それは剣に大きなボールが突き刺さったようだった。

ジルは剣を思いきりスカルドラゴンにぶつけた。

ジルの攻撃の後にはスカルドラゴンの姿は塵一つ残っていなかった。

「ふぅ、あれだけの巨体を一発で消すのはなかなかしんどかったな。」

シュン。

ジルは静かに元の魔界へと戻った。

 

みんなのところに戻り悲しい状況を見たジルは冷ややかな表情だった。

「あっ、ジル。」

マルクはジルが無事に戻ってきたことは嬉しかったが、今の状況で

素直に表情に出すことは出来なかった。

「やられた奴がいるのか。だから最初に言ったんだ。お前らは弱いから

一緒に来るのは嫌だってな。」

ジルはそう言いながら、みんなに背を向けた。

「ジル、それは酷いですよ。3魔剣士のみんなだって村の仇を取りたくて

イデア教を倒したいっていう強い気持ちがあったんですよ。」

「強い気持ちがあろうが、その気持ちが正しかろうが負けてちゃ話にならねぇよ。」

マルクの反論にもジルは冷たく言い返す。

「何だと。さっきから黙って聞いてりゃいい気になって。俺らをなめるなよ。」

ブランは怒りを顕にして剣を抜いた。

「俺とやる気か?」

「ああ、お前に俺たちの強さをちゃんと見せてやるよ。」

「1人でか?」

「俺にはリゴットとキッシュの思いが乗っかってんだよ。俺は1人じゃない。」

「そうか、ならかかってこいよ。」

ジルはずっと背を向けたまま剣を手にして言った。

「こっちを向かないのは余裕か?ならそのまま死ね。」

ブランは剣を構えてジルに攻撃をしかける。

ガッン!

ジルの振り向きざまの一撃がブランの剣を弾き飛ばした。

振り向いたジルの表情は悲しみをこらえるように一筋の涙を流していた。

 



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353,354

「これでお前もここまでだな。」

ジルは剣を収めてみんなを置いて一人歩いていこうとした。

「ジル、まさかブランを危険な目に合わさせないために...。」

マルクはジルの考えを読む。

「ブラン、ここでみんなを守ることは出来るか?」

ジルが背中を向けて問いかける。

「ああ、まかせておけよ。」

ブランは複雑な気持ちながら無理やり元気を出して声を出した。

「それならいい。」

「ジル、1人で行く気ですか?」

「疲れたらまた戻ってくる。」

ジルはそれだけ言うとイデア教本部に向かって行ってしまった。

 

「カーラ様。」

「ダグラスか。」

カーラの下にダグラスが現れた。

「ここに向かってくるのはジル1人のようですね。」

「そうか、それでいい。Dr.サッカー、後は最後の仕上げを頼むぞ。」

「は、畏まりました。このサッカー、最後の仕事間違いなく成功させて見せましょう。」

「うむ。」

Dr.サッカーはカーラに礼をすると神殿の奥へと向かった。

 

「神殿までもう少しか。」

ジルは見えるイデア教の神殿が大きくなってきたところで一息ついた。

ビュン。

ジルの前にグラビルが空から飛んで現れた。

「次はお前が相手ということか。」

グラビルは腕を組んで立ち塞がる。

「さぁて、お前がどれだけ強くなったか見せてもらおう。

楽しみだ、俺が本気を出せるときが来たんだからな。」

グラビルは腕を鳴らす。

「メアリーは無事なんだろうな?」

ジルはグラビルに問いただす。

「メアリー?ああ、お前をここに連れてくるために攫った女か。

さぁな、そいつを世話してるのはシェラハの部下だからな。

今頃飢え死にしてるかもな、はっはっは。」

「ならもうお前には用はないな。あの時の屈辱を晴らして消えてもらう。」

ジルは剣を抜いて構える。

「そうだ、そうこなくちゃな。」

グラビルも両手の爪を剣のように伸ばし戦闘態勢をとった。

「今度はこっちから仕掛けさせてもらうぞ。」

グラビルは素早い動きで一気にジルに近づく。

「もらったぁ。」

グラビルはジルの体を爪で貫こうとしたところ、

「ん?」

グラビルの攻撃が空を切った。

ジルはグラビルのすぐそばに立っていた。

グラビルは慌ててジルから離れた。

 

 

 

「今の攻撃をかわしたのか。それでこそ、待った甲斐が

あったってもんだ。楽しいぞ、ジル。」

グラビルは笑みを浮かべる。

「俺はもう十分だな。これで俺の方が力が上ということを確認できた。」

「な、何!?」

グラビルはジルの発言に少し戸惑うと、

ピリピリピリ...。

ポキン。

グラビルの片腕の長く伸びた爪が折れた音だった。

「!?」

それを見てグラビルは驚き悟った。

「(まさか、俺よりも速いスピードで反撃したというのか...。

ありえない。初めてあったときは俺の方が数段上だったはずだ。

それがこの短期間でそこまで成長したなんてことは考えられない。

封印が解け始めている影響か...、くっ。)」

グラビルは口をかみ締め折れていない方の爪を元に戻す。

「だがな、お前は俺には勝てない。」

バサッ。

グラビルは翼を広げて空へと上がる。

「翼を持たないことを悔やめ。」

グラビルは空中で白いオーラを発した。

「いくぞ、『ニードルフェザー』!」

グラビルの羽から無数の羽がジルに向けて針の雨のように飛ばされる。

ジルは剣を振り回し、それらを全てはじき落とした。

それを見てもグラビルは動じない。

「いくらお前が攻撃を防いでも空中にいる俺に対して反撃の手段はないぞ。」

「どうかな。」

ジルは黒いオーラを発して思いきり上へと飛んだ。

すごい勢いでグラビルがいる空中まで達した。

「まさかそれで攻撃しようとでも思っているのか?翼を持つ俺とは違い

お前はただそこから落ちていくのみ。攻撃どころか俺に触れることさえ

不可能だ。」

グラビルの言葉はジルには聞こえず、

ジルは両手で持つ剣に強力な球状のオーラを集中させていた。

ジルはグラビルに顔を向けると口元に笑みを浮かべる。

「『オーラバスター』!」

ジルが剣を振り落とすと球状のオーラはグラビルに向かって放たれた。

ビュゥゥゥゥン。

ボンッ。

「ぐぁぁぁ!!」

ジルの攻撃はグラビルに命中しグラビルは球状のオーラに包まれる中、

断末魔の叫びを上げて体を包まれたオーラと共に消滅した。

ジルはすぐに地上へと落下し大きな衝撃に膝をぐっと曲げて耐えた。

「修行中に考えていた技だけど割とうまくいったな。

しかし、あいつの最初の攻撃は結構やばかったかもな。」

ジルは血が滲むわき腹を見て指で触りながらほっと一息をついた。



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355,356

グラビルを倒したジルは一歩一歩神殿へと近づいていた。

その前にシェラハが立ちふさがった。

「次はあんたか。」

「ふふ、そういうこと。」

シェラハは微笑を浮かべる。

「こんなところじゃなければきっと口説いていただろうに残念だな。」

「それは嬉しいわね。でもそんなこと言っていいの?

彼女がきっと悲しむんじゃないかしら。」

「メアリーは無事なのか?」

ジルの口調に力が入る。

「ええ、私の部下と仲良くなったみたいよ。安心していいわ。」

「そうか、それはご丁寧に。ついでにここをこのまま通らせてくれないか

、ってのは無理か?」

「ええ、それは無理ね。」

「あんたはさっきのグラビルよりも格闘は弱そうだ。しかも得意の幻術は

前に破っている。何か奥の手でもあるのか?」

「あら、前のはただの遊びよ。今回は本気でいかしてもらうわ。」

「何。」

「いくわよ。『幻夢術(ドリーム・ビジョン)』。」

シェラハの目が妖しく光る。

するとジルの目の前が急に煙で包まれていく。

「何だ、何も見えない。」

煙は少しずつ晴れていく。煙の向こう側に人影がうっすらと浮かび上がる。

「あれはシェラハか?」

煙が消えた先に立っていたのはシェラハではなかった。

「う、うそだろ。なぜあなたがここに?」

「久しぶりだな、ジル。」

困惑するジルの目の前に立っていたのはジークフリードだった。

「これはきっと幻だ。」

 

【自制をするのじゃ。】

 

「でも、でも俺はあなたにもう一度会いたかった。それを幻だからといって

消したくない!」

ジルは幻と分かっていながらも自らの意思で解き放つことが出来なかった。

 

「(ふふ、かかったわね。)」

シェラハは術にかけたジルが一人立っている姿を見ていた。

「(この幻術はあなたの望む物を映し出す。幻術を自力で打ち破ることが

出来ても望む物が出てくればそれを破ろうとする意思もなくなるっていうわけよね。

さてこれから夢に溺れてしまうのか、悪夢と変わって苦しむか楽しみね。)」

シェラハはおもしろそうにジルの様子を見続けている。

 

「ここでジル、君の力を見せてもらおうか。」

そう言うとジークフリードは剣を抜いて構えた。

「最強の剣士ジークフリードと剣を交えることが出来る。こんなチャンス

今を逃したらもう2度とない。」

ジルはすごく嬉しそうに剣を握った。

「いいのか、そんなに浮かれていて。さぁ、かかってこい。」

「はい!」

ジルはこのとき、全てのことを忘れて憧れのジークフリードに向かっていった。。

カキーン。

2人の剣が強くぶつかる。

 

 

 

ジークフリードと剣を交わし合うジル。

2人の剣が重なって生じる金属音が鳴り響く。

しばらくして一旦離れた。

「随分強いじゃないか、ジル。これなら胸を張って一人前の剣士

って言えるな。」

「ありがとうございます。」

ジルは憧れのジークフリードに褒められて心から嬉しく思った。

「しかし、君の目指しているものはもっと上にあるのだろう?」

「え、もっと上?」

「そうだ。世界一の剣士になることを目指しているんじゃないのか?」

「そ、そ、それはもちろん。」

「ならばここで俺を超えなければいけない。」

「え、それは無理...。」

「無理じゃない!やるんだ。」

ジークフリードは弱気なジルに語気を強めて言った。

「...分かりました。それじゃ俺本気でいきますよ。」

ジルは決意を固めたように真剣な表情になる。

「それでいい。」

ジルは黒いオーラを一気に放出し剣を構えなおす。

「それは邪気...。惜しいな、邪気を振り払った後の君とやりたかったよ。」

悲しげな表情になったジークフリードもジル同様にオーラを体から放つ。

それは光り輝く黄金のオーラだった。

「やぁぁぁ!」

ガキーン!!!

先程までとは比べ物にならない強い衝撃音が2人の間に鳴り響く。

「ぐっ。(俺から斬りかかったのに何て強さだ。俺の手の方が痺れてる。)」

「ジル、ついてこいよ。」

ジークフリードは合わさった剣を離しジルに素早く攻撃を仕掛ける。

ジルは目を見開いてその攻撃を受ける。

「(ノーザンランドの時とはえらい違いだ。これこそが俺が想像していた

ジークフリードの強さそのものだ。)」

ジルが思いにふける間もなく次々と攻撃が繰り出される。

ジルは必死で受け続ける。

「どうした、防御だけでは勝つことは出来ないぞ。」

しばらくするとたまらずにジルの方から遠ざかって距離をとった。

「(あれほどの速い連続攻撃なのに一撃一撃が重くのしかかる。

この人にはカウンターを狙っても無事ではすまないだろう。

ああもう、考えてても何も浮かばねえよ。こうなったら何も考えず

思いきりぶつかっていくしかないな。)」

ジルは仕切りなおして剣を構える。



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357,358

「作戦は決まったのか?」

「作戦はありません。」

ジークフリードの問いにジルはきっぱりと答える。

「ハハハ、ありませんか。なかなかおもしろいな。

それでは続きと行くぞ。」

ジークフリードの素早い攻撃が再び始まった。

ジルは何も考えようとせずにひたすら攻撃を受け続けた。

「(さっきまでとは少し変わったな。反撃とまではいかないが

耐え切れずに下がるということが見られない。俺の攻撃に

慣れてきたのか、この短期間で。いや、それはちょっと違うな。

流れに逆らわず気配を感じて動いているというところだな。

だが...。)」

ジークフリードの動きが一瞬止まる。

それにつられてジルも動きを止めてしまう。

「変則的な動きに弱い。」

ジークフリードの剣が鋭くジルに向けられる。ジルは全く反応出来ず

体を強張らせていた。

「(は、やばい。)」

ビュッ。

ジークフリードはジルの脇腹を浅く斬った。

ジルの脇腹から血が滲み出す。ジルは自分の血を手で触って見て

確認した。思っていたよりも傷が浅いことに困惑していた。

「今のはわざと攻撃を浅くした。君の命を奪うことが目的じゃないからな。

基礎能力は大体分かった。動きはなかなかいい。経験をもっと積めば

対応力も出てくるだろう。後は君の潜在能力を見てみたい。」

「潜在能力?」

「どれだけの力を眠らせているのかということだ。

これが低ければ話にならない重要な要素だ。」

「でもそれをどうやって見るんですか?」

「俺が持てる最大限の力で攻撃をする。それに対して君がどんな反応

をするかで分かるはずだ。」

ジルはジークフリードの言っている意味がよく理解できなかった。

「やってみれば君も分かる。」

ジークフリードが剣を構えると今まで以上に強いオーラを身に纏った。

ジルはそこからジークフリードの気迫を感じ真剣な表情で剣を構える。

「もし受けるのが無理なら避けても構わないぞ。」

ジルは無言でゆっくりと頷いた。

「では、行くぞ。」

ジークフリードは剣を動かし始める。

「(来る!)」

「『ギガスラッシュ』!!」

眩いばかりの強烈な光がジルに襲い掛かる。

「(速...、避け...、む、..り。)」

あまりの速さにジルはその場から動けずにいたが、黒いオーラを全開にして

それを体の前に出した剣に集中させる。

ドンッッッ!!

ジークフリードの攻撃でジルの体が後ろへズルズルと地面を

滑るようにして下がっていく。

 

 

 

「よく無傷で俺の必殺技を受け止めたな、褒めておこう。

しかし、防御だけではダメなことは分かっているだろう。

もう一度行くぞ。」

ジークフリードは次に備えて剣を構える。

ジルの方は体に違和感を感じていた。

「(な、何だ。手の痺れが止まらない。剣を持つだけで

精一杯だ。これ以上力が入らない。く、これじゃさっきの

攻撃を受けることも出来ない。)」

ジークフリードが力を溜めているのを見て、ジルは焦った。

「(くっ、こうなりゃ。)」

ジルは手にオーラを少し集めて力が入らない分を補おうとした。

ジークフリードは鋭い視線を向けると、ジルに緊張が走る。

「『ギガスラッシュ』!」

「(今度はこっちも。)『オーラブレイク』!」

黄金のオーラと黒いオーラが激しくぶつかった瞬間、

バーンッッ!!

ジルの体だけが後方へと勢いよく飛ばされた。

倒れたジルはゆっくりとなんとか起き上がって剣を手にする。

「(痛っ、全身が切り刻まれたかのようにズキズキとする。

もう立っているのがやっとって感じだ。)」

苦しむジルを余所にジークフリードは平然と立っていた。

「君の力とはこんなものか?もっとすごいものを持っていると

期待したんだがな。俺も一度の戦闘で必殺技をフルに撃てるのは

3回が限度だ。念のために3発目を放とう。ジル、死ぬなよ。」

それを聞いたジルはわずかに恐怖した。

「(う、もうダメだ。か、から、だが、もた、な、い。)」

しかしジルは意識が少し朦朧としだしていて、体から放出される

黒いオーラは僅かなものになっていた。

ジークフリードは今までで最高の一撃を放とうと力を溜めに溜めている。

ジルは立ってはいたが、その瞳にはジークフリードの姿はなかった。

ジルの頭の中は真っ白になっていた。

「君の本当の力を見せてくれ。行くぞ、『ギガスラッシュ』!!」

ジークフリードが放つ激しいほどの眩しい光はジルの目に焼け付くように

入り、頭の中にも強い刺激を与えた。

パチン。

ジルの中で何かが弾けた。

虚ろだった目がはっきりとして真剣な目つきへと変わる。

ジルはその時正気ではなかったが、剣を握る手に力が入る。

そしてその体から突然白いオーラが噴き出される。

両手で握った剣を天に向けて振り上げると、

「『ギガブレイク』!」

巨大な白い光がジルから放たれる。光は強い稲妻を纏って

ジークフリードの光をジークフリード本人ごと消し去ろうとする。

 



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359,360

「これが見たかった。よく頑張ったな、ジル。

君はもう世界一の剣士だ...。」

ジークフリードは嬉しそうに微笑を浮かべながら光の中に

消えていった。

ジルが放った光は幻術を打ち破り、魔界に一筋の線を示していた。

ジルは力尽きるようにその場に倒れていた。

「いいものを見させてもらったわ。」

シェラハはジルにそっと近づいて回復魔法をかけた。

「私の役目はこれで終りね。また機会があれば会いましょう。」

シェラハはジルが気がつく前にその場から静かに去っていった。

 

 

「うぅ、俺は生きているのか?」

ジルは意識を取り戻して立ち上がる。

「ジークフリードがいない。シェラハもいない。どうなってるんだ?

何が何やらさっぱり分からない。」

ジルは色々と思案してみるが何も思いつかない。

「...仕方ない、先に進むか。俺はジークフリード、あなたに

近づくことが出来たんだろうか?」

 

 

「待ちくたびれたよ。」

ジルが神殿の前まで来たとき、リュークが立っていた。

ジルは無言で剣を抜く。

「もうやる気満々だね。それでこそ僕が造られた意味があるというものだよ。」

「造られた?」

「そう、僕はイデア教のために造られた存在。そのときにある人間の体の一部を

移植されてね、光魔法が使えるんだよ。誰だか分かるかい?」

「光魔法、勇者、まさか...。」

「心当たりがあるようだね。それは勇者エトワール=シールダーの息子、

シャナン=シールダーだよ。なかなか出来る男だったらしいけど、

活躍する前にイデア教が捕らえて人体実験とかされてたみたいで

大して有名じゃないんだけどね。」

「ダニエルの親父ってことか。しかし、何て酷いことを...。」

「人間だってそれくらいのことしてるんじゃないの?」

リュークは悪びれる様子もなく普通に話す。

「お、お前らの目的は何なんだ!!」

「もう薄々は分かってるでしょ、僕たちの目的は君にあるってことを。

君の中に封印されているものを解き放とうとしているんだよ。

ここで戦うことで目覚めだしてきているんだ。」

「俺の中の悪魔をか...。」

「悪魔?そんな安っぽいもんじゃないよ。そもそもイデア教のイデア

ってのは物の本質、そしてそれを示すものは神に他ならない。

僕らにとっての神とは邪神。邪神の一部が君の体の中に眠っている

ということだ。よく分かっただろう。」

「!?」

ジルはあまりの突然の言葉で驚きを隠せなかった。

 

 

 

「ちょっと喋りすぎちゃったかな。それじゃそろそろいくよ。」

リュークはすーっと掌をジルに向ける。

動揺しているジルは慌てて体勢を整える。

リュークの掌がぼわーっと光るとジルに向けて光のビームが放たれた。

ビューー。

ジルは飛び上がって避けると、リュークに斬りかかろうとした。

「甘いよ。」

リュークはそれを読んでいたかのように間近に迫るジルに掌を

向けていた。

2発目が放たれたが、ジルは気にせずに剣を振り落とす。

「甘いのはそっちだ。」

「!?..やばい。」

リュークは急いで後ろに下がる。

リュークの光のビームはジルの剣によって切り裂かれた。

避け切ったと思ったリュークの額から血が一筋つうと流れた。

それを手で触り見て確認したリュークは顔を青ざめさせた。

「よくも僕に傷をつけてくれたな。許さないぞ。」

リュークの顔は怒りに満ちて魔力を全開にさせた。

黄色いオーラが全身を包んだリュークは魔法でジルの周囲に

無数の光の針を出現させた。

「はははは、これで終わりだ。案外あっけなかったね。」

「ちっ。」

ジルは黒いオーラを全開にして防御の体制をとった。

「くらえっ。」

空中に浮かんでいた光の針は一斉にジルの体目掛けて飛ばされる。

全てがジルの体に突き刺さると光の針はシュンと消えた。

「けっこう痛いな。」

ジルは痛がりながらもピンピンしていた。

「あれでほとんどダメージなしとは、やるね。」

リュークは驚きながらもその表情は笑顔へと変わる。

「仕方ない、こうなったらこれを使うか。」

リュークは右手に魔法力を集中させて光らせる。

それは次第に剣の姿を作っていく。

「『スターソード』。さぁ、仕切りなおしだよ。」

ジルとリュークは剣を手にして互いに斬りかかる。

お互いに一歩も引かない互角の戦いを繰り広げる。

「(こいつはやはり強い。だけど負けられない。)」

2人は同じ思いをしながら剣をぶつけ合う。

しばらくして一息つくように一旦離れた。

「(動きはさすがに速いな。だが、剣士としては俺の方が上のはず!)」

ジルは勢いよくリュークに近づいて剣を振るう。

リュークは当然のように防御したが、ジルの強い一撃は

リュークの体を後ろへズルズルと下がらせた。

 



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361,362

ジルは息をつかずにそのまま連続攻撃をしかける。

リュークは防戦一方になる。

「ぐっ...。」

「ダアアアァァァ!」

カキーン。

ジルがリュークの光の剣をはじくと剣はしゅうぅぅとその姿を消した。

「もらった!」

ジルが止めを刺そうとした時、リュークは歯軋りをして左の人差し指を

ジルに向けて光の線を出した。

ビー。

光の線はジルの肩を貫き、ジルの動きを一瞬止める。

その間にリュークは少し後ろに下がって態勢を整えなおした。

「はぁはぁ...。」

リュークは息を切らし始めた。

ジルは肩の痛みを耐えながら攻撃を続けようとする。

「『ライトネット』。」

リュークは放射状の光の網をジルに放つ。

それに引っかかったジルは身動きがとれなくなった。

「僕をここまで追いつめるなんてね、すばらしいと

褒めておくよ。だけど、これで終わりだ。」

リュークは両手に全魔法力を集中させてジルに向ける。

「とても楽しかったよ。ありがとう、ジル。」

「ぐぅ...。」

ジルは網から逃れようと必死に悶える。

「『ライトブラスター』!!」

ズドォォォーーン。

強く太い光の筋がジルに目掛けて放たれる。

「がぁぁぁあ!」

ジルは黒いオーラを爆発させて体を捕らえていた光の網を解き放つ。

「『オーラバスター』!」

ジルはさらに向かってくる光の筋に対して球状のオーラを放つ。

「何!」

球状のオーラはリュークの光の筋を押し返していく。

ボンッ!!

光がリュークの元で破裂した。大きな煙が立ち昇り、それが晴れていくと

ボロボロになったリュークの姿があった。

そのときには既にジルが止めの一撃を与えようとしていた。

「いくぞ、リューク。『オーラブレイク』!」

リュークの体が真っ二つに切り裂かれる。

「ぐあぁぁぁぁっ!!」

リュークの断末魔の叫びと共に倒れていった。

「ふぅ。」

ジルは剣を収めて息をついた。

「ダニエル、お前はこのことを知らないのかもしれないがお前の親父の仇

はとってやるよ。何が俺の中の邪神を解き放つだ。ふざけやがって。

イデア教は俺が潰してやる。」

ジルは一層気持ちを強くしながらいよいよ神殿の中へと足を踏み入れようとした。

 

 

 

いよいよ神殿の中へ足を踏み入れるジル。

「何だ、ここは?今までと空気が全然違う。」

薄暗い中でジルは異様な空気を感じて一瞬足が止まる。

「さぁ、こっちに来い。ジル、いやジルヴェルト=レイヤード。」

奥の妙に明るくなったところからカーラがジルを呼ぶ。

「お前がここのボスか!」

ジルは叫びながらカーラのいる奥へ剣を抜いて走る。

一気にカーラの目の前まで来たジルはいきなりカーラに斬りかかる。

それに対してカーラはジルに慌てることなく掌を向ける。

バンッ。

ジルはカーラの魔法によって弾き飛ばされる。

カーラの傍にはDr.サッカーとダグラス、そして後ろにもう1人立っていた。

「威勢がいいな。だが、私はお前と戦うためにここにいるのではない。

もう知っていることだろうが、このカーラは邪神復活のために暗黒魔道士

の頂点である大魔道として、イデア教の神官としてここにいるのだ。

Dr.サッカー、最後の仕事だ。」

「は。」

カーラに指示されてDr.サッカーは手にしていたスイッチのボタンを押す。

すると、どこからか不思議な音楽が流れ出しジルの立っている床が

妖しく紫色に光りだす。

「さぁ、今こそ長年待ち望んだ瞬間の時だ。」

カーラはそう言うと、後ろにいた者を横に出す。

「私とDr.サッカーが造り上げたこの人形に邪神の力を宿すのだ。」

床の光は一層強くなってジルを包み込む。

すると突然ジルに異変が起こり始める。

「(ぐ...。憎しみ、怒り、妬み、痛み、悲しみ、孤独、虚しさ、絶望、

全ての負の感情が心がはちきれそうな程湧き出してくる。)」

 

【自制をするのじゃ。】

 

ジルは苦しみながらこみ上げてくる感情を必死に抑えようとする。

「無駄だ!この必然の儀式に抗う術など存在しない。」

「ぐあぁぁぁぁ!!」

ジルは感情を抑えることが出来ず頭を抱えて苦しみ続ける。

「カーラ様、それでは私はこれで失礼します。」

「うむ、よくやってくれた。これで邪神復活は間違いないだろう。」

Dr.サッカーはカーラの許可を受け、その場から去っていった。

「がぁぁぁぁっ!!......。」

ジルの苦しみは頂点に達して遂に叫び声も出なくなり、白目を剥いて

首が垂れる。



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363,364

その次の瞬間、

 

「(・・・・死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死・・・・・・・・・・・・・・・。)」

 

ズブゥワァァァ!!

ジルの体から神殿を破壊しそうなほどの凄まじさで今までで最大の

黒いオーラが放出された。顔を上げたジルの表情は邪悪そのものだった。

「我は邪神なり...。」

その言葉は誰に主張するでもない、自分自身を確かめるように言った。

ジルの中に封印されていた邪神が完全に目覚めた時だった。

「やりましたね、カーラ様。」

「ああ、これぞ歓喜の時だ。」

ダグラスとカーラは喜びに震えていた。

カーラははっと気づいて邪神の宿るジルに少し近づく。

そして敬意を表すかのように片膝を床につけて話しかける。

「邪神様、あなたの肉体となるべき器を既に用意してあります。

どうぞ、あちらへお移り下さい。」

邪神はカーラの指す人形を見る。

すると邪悪な表情にさらに怒りを表していく。

「あんなクズを我が器にしろだと。」

邪神は手にしていた剣を床に捨て、カーラに近づくと

手刀で首を掻っ切った。ほんの一秒にも満たない間だった。

「ヒ...。」

ダグラスはカーラの死に様を見て歓喜から恐怖へと一変する。

それは師であるカーラが殺されたという理由からではなく、

崇拝する邪神に対して間違った対応をすることが死を意味する、

即ち自分自身の全否定、イデア教への全否定であるということに

なるのが怖かったのだ。

だからしばらく何も言わないままダグラスは考えた。

だがそれは必要のないものだった。

ピ。

邪神は指先から光を放ちダグラスの心臓を貫いた。

ダグラスはもう表情を変えることなく後ろへ倒れた。

邪神は続けて人形に近づくとそれをその腕で八つ裂きにし、

形のないものにした。

 

 

 

「もうこの馴染まない体に用はないな。

既に相応しい肉体は見つかっている。

すぐにそっちへ移るとするか。

だが、その前に...。」

ズボッ!

邪神は今宿っているジルの心臓をその手で貫いた。

「もう封印されることなどないだろうが念には念を入れておいたほうが

いいだろう。さぁ、もう行くとするか。」

シュン。

ジルの中から邪神が抜けていくとジルの体はバタリと前に倒れた。

「俺は、...死ぬ..の.か...。」

自分の人格を取り戻したジルだったが、意識はなくなりかけていた。

 

「は!何でしょう、この胸騒ぎは。ジルが心配です。行かなければ。

でも...。」

マルクは3魔剣士の方を見る。

「行ってこいよ。俺らは大丈夫だ。大事な仲間なんだろ、あんたに

とってジルってやつは。」

ブランはマルクの気持ちを理解して言った。

「ありがとう。」

マルクはブランに礼を言うと、魔法を使い急いでジルの元へと

駆けていった。

 

「だ.め..だ。目が.霞んで..きた。ここが.俺の..死に場所

になるの..か...。」

《困りますね、あなたにここで死なれては。あなたにはまだ

やらなければならないことがある。》

「...だ..れ....だ.....!?」

ジルの問いに答える声はなかった。

ポワァァァ。

ジルを柔らかい光が包み込む。

すると、潰された心臓が修復されていく。

ジルは命を繋ぎ止めることが出来たが、ダメージまでは回復せず

そのまま意識を失った。

そこへマルクが駆けつける。

「ジル!!」

マルクはジルを抱えて命が無事なことを確認した。

「よかった。今すぐ回復させますからね。『ホワイトウインド』。」

アグニの右の腕輪が光りマルクはジルの傷を癒していく。

「ふぅ。これで大丈夫でしょう。」

マルクはジルの隣に座って目を覚ますのを待った。

 

一方、地下牢ではメアリーが小さく蹲っていた。

「もう疲れたわ。きっとジルは私のこともう忘れてるのよ。」

ガチャ。

メアリーを閉じ込めていた牢の鍵が開く。

「え。」

「もう、行っていいぞ。お前の役目は終わった。」

「ホントに?やったー!」

メアリーはさっきまでの暗さがウソのようにはしゃいで牢を飛び出した。

「ありがとうね。」

メアリーは見張りのモンスターに両手で握って礼を言った。

「い、いや俺はシェラハ様からの命令でしただけで礼を言われる

筋合いはないが...。」

見張りのモンスターは戸惑う。



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365,366

メアリーが牢から立ち去ろうとした時、別の牢に誰かの気配を感じた。

「ん?」

そっと覗き込む。

そこには汚らしい老人が1人座っていた。

「あなたも捕まえられてたの?」

その老人は何の反応も無かった。

「ねぇ、あんたこの人も出してあげなさいよ。」

「え、そんな命令は聞いてないぞ。」

「いいから出してあげなさい!」

メアリーの強気な一言に圧されて仕方ないといった感じで

老人の牢の鍵を開けるモンスター。

「よかったわね。これであんたも自由よ。」

老人はゆっくりと立ち上がる。

「女、名前は?」

老人がメアリーに尋ねる。

「私?メアリーよ。よろしくね。」

メアリーは笑顔で答える。

「わしの名はガンテじゃ。捕まる前は鍛冶屋をやっていた。」

「へぇ、すごいわね。そしたら今度ジルに剣を作ってあげて欲しいな。

って、あいつ私のこと全然助けに来なかったのよ。信じられないわ。」

「はっはっは。おもしろい娘じゃな。ジルというのは彼氏か?

もう剣を打つのは辞めようかと思っておったが、メアリーの為なら

あと一振りくらい打ってもいいかの。」

「ありがとう。そしたらもうここには用もないし行きましょう。」

見張りのモンスターが案内をしてメアリーとガンテは出口へと向かう。

 

「ふぅ~、やっと陰気臭い地下から抜けれたわね。」

メアリーは階段を上って地下から出てくると、両手を上げて

背筋を伸ばした。

「...あれ?」

メアリーは遠くからジルとマルクを見つけた。

「2人は先に行って。私、ちょっと用があるから。」

「いいのか?俺はお前をテラに帰す方法を聞いているんだぞ。」

「うん。いいの、ありがとう。」

「メアリー、それじゃ元気でな。」

「バイバイ。」

メアリーは手を振って2人に別れを告げた。

そしてすぐにジル達の元に走る。

パチン!

メアリーは横たわるジルのすぐ傍に来たなりその頬を思いきり引っ叩く。

「あんた何寝てんのよ!いつまでも助けに来ないで。」

マルクはただただ驚いていた。

「う、うぅ...。」

ジルは意識を取り戻した。

「ん?メアリー、おはよう。」

少し寝ぼけてメアリーを見る。

 

 

 

パチン!

メアリーは再びジルの頬を引っ叩いた。

「おはようじゃないでしょ。他に言うことはないの?」

2発目でジルは完全に目を覚ました。

「痛っいなぁ。でもメアリーが無事でよかったよ。」

ジルはゆっくりと体を起こすと、

叩かれたことに怒らず素直にメアリーの無事を喜んだ。

その優しさにメアリーの目に涙が浮かぶ。

「本っとに遅いわよ。バカバカバカァ!」

メアリーは泣きながら座りジルの胸を両手をグーにして叩く。

「悪かったな。」

そう言ってジルはメアリーの体を両手で包むように抱いた。

メアリーは黙ってジルの胸に顔を埋めた。

マルクは横で少し恥ずかしくなり2人から目を逸らした。

暫くしてジルとメアリーが離れるとジルは立ち上がった。

「さ、帰ろうか。」

ジルの声にメアリーとマルクは笑顔で頷いた。

3人は足並みを揃えて神殿から出た。

 

「あっ、そうだ。あいつらは?」

「ブランたちですね。」

「??」

メアリーはよく分からないまま2人についていく。

3人はブランの待つ場所へと戻ってきた。

そこには意識を取り戻したリゴットの姿もあった。

「勝ったんだな。」

「ん、まぁな。」

ジルは少し決まりが悪そうにブランに答えた。

「そうか、これでキッシュや俺達の仲間の仇は取れたんだ。

ありがとう。」

リゴットがジルに礼を言う。

「でもイデア教を潰せたのは俺だけの力じゃないぜ。

お前らリゴット、ブラン、そしてキッシュが一緒に戦ってくれた

おかげでもあるんだぞ。」

リゴットとブランは少し照れる。

「2人とも、これからはその力で村の人たちを守っていけよ。」

「ああ、言われなくても分かってる。」

2人は力強く頷く。

「女がいるのを見ると、お前も目的を果たしたみたいだな。」

リゴットがメアリーを見て言った。

「ああ。これで俺達はもう元の世界へ帰れる。マルク。」

「はい。いきますよ、『ゲート・オブ・ウインド』。」

マルクは風の穴を作り出す。

「じゃあな、もしまた魔界に来るようなことが俺達の村に遊びに来いよ。」

「おう!」

ジル、メアリー、マルクの3人は穴の中へと続けて飛び込んでいった。

「行ったんだな、あいつら。」

「俺達の親父達があいつの親父に仕えてたってのも今なら分かる気がするな。」

「さぁ、俺達も村に帰ってキッシュを盛大に弔ってやろうぜ。」

リゴットとブランは死んだキッシュを抱えて村へと帰っていった。

 

実際は違う部分もあるが結果としてジルが魔界で大きな勢力を誇ったイデア教を

壊滅させることになったので、魔界中でジルのことを魔界の覇者と噂されるようになった。



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第3章
367,368


「う~ん、この懐かしい空気。私、テラへ戻ってきたのね。」

メアリーは笑顔でテラの空気を味わう。

「ここはミッフェンか。」

ジルは周りを見回して確認する。

「それにしてもジル、あそこに来るまでどんな感じだったの?」

メアリーが尋ねる。

「私も最後は待っていただけですからね。話を聞きたいですね。」

「いいぜ。どっか落ち着く場所に行ったら話してやるよ。」

3人はレストランへと足を運んだ。

 

「...ってわけで俺はイデア教の幹部をバッタバッタと

倒していったってわけだ。」

「へぇ~。」

メアリーは感心して聞いていた。

「ちょっと待ってください。ジル、氷の女王やイデア教の女の人に

告白されたけどメアリーがいるから断ったってどういうことですか!

どっちもジルの方から口説いてたでしょ。」

「へぇ、ちょっとそこのところ詳しく聞かせてほしいわね。」

メアリーは怒りを含ませながら聞いてきた。

「(マルク、余計なこと言うなよ。この場でそんなこと言ったら

どうなるかわかるだろ?)」

「(もう。)メアリー、さっきのは私の勘違いでした。ごめんなさい。

本当は全然何もなかったんです。」

マルクは冷や汗を垂らしながら必死でさっきの発言を取り消す。

「ふぅん、分かったわ。そういうことにしといてあげるわ。」

メアリーはマルクの言葉に完全には納得していなかったが、

ここは怒りを抑えることにした。

「ふぅ(危ない、危ない)。そしたら続きな。魔族の村で俺の親父は

魔族だってことを聞いてびっくりしたんだけど、それだけじゃなかったんだ。

今まで急に意識を失ったりしたことがあってそのとき俺の中に悪魔みたいなのが

いるってのは気づいてたんだけど、イデア教のやつが俺の中に

邪神の一部が封印されてるって言ったんだよ。で、ボスのところまで

行ったらその邪神が目覚めてな。そのときはさすがに覚えてるよ。

とんでもなく凶悪な意思の塊って感じだったな。結局邪神が暴れて

イデア教は壊滅したんだけど、最後はどっかにいったんだな。

俺の心臓を潰して。あれ、そういえばどうして俺生きてるんだろ?」

ジルは話を止め自分の体を見た。

すると指にはめてあった指輪に皹が入っていた。

「あ、これはニクロムにもらった『身代わりの指輪』だ。そうか

これが俺の命を救ってくれたのか。」

「で、邪神ってのはどこに行ったのかしら?」

メアリーは素朴な疑問を投げかける。

「さぁ、見当もつかないな。ただあんなのが世の中に現れたら

すぐに分かるんじゃないか。」

「それでジルは邪神が現れたら倒すのですか?」

「う~ん、その決心はまだだな。ちょっと考え中。さて話はこれでお終いだ。

今はご飯を楽しく食べようぜ。」

ジルは話を終わらせて3人は食事を続けた。

 

 

 

「フハハハハ。時は来た。今こそ我がヴェロニス帝国が

世界を制する。」

金髪で整った顔。さらにその身を包む紺色は地味ながらも

散りばめられた小さな宝石の数々、尖った力強いデザインの

服装は巨大な力を示しているようでもあった。

その男、ヴェロニス帝国皇帝キルヒハイス=ヴェロニスは高らかに笑うと

整列して立ち並ぶ大勢の兵士達の前で大声で断言した。

皇帝の立っている場所は広い部屋に敷かれた赤い絨毯

の先にある玉座に当たる。

傍には1人の執事、そして3人の将軍が脇を固める。

「腐敗したアルテリア連合に我らの力を見せつけてやるのだ。」

「オー!!」

兵士達は右腕を上げ士気を高めた。

それから間もなくしてヴェロニス帝国はアルテリア連合への

侵略を開始することとなる。

 

「キャー!」

ジル達がいるミッフェンで女性の叫び声が聞こえた。

「何だ!?」

食事を済ませたジル達は慌てて店の外へと出た。

そこには熊が一匹暴れていて町の人間が数人引っかかれて

怪我をしていた。

「おかしいですね。こんな町中へ熊が現れるなんて。」

「まぁ、出てきたもんはしょうがねぇな。熊には悪いが人間に危害を

加えたんだから俺が倒してやるよ。」

ジルは剣を抜いて、熊の元へ向かう。

ブシュ。

ジルの剣が熊の心臓の辺りを貫く。

「え?」

ザシュッ。

熊の爪がジルを切り裂く。

予期せぬ反撃にダメージを受けたジルは痛みを堪えて

なんとか剣を抜いて一旦後ろへと下がった。

「いって~。」

「ジル、すぐに回復しますね。」

マルクはジルに回復魔法をかける。

「サンキュー、マルク。それにしても心臓刺しても何とも無いなんてあいつ

ただの熊じゃないな。ほぼ間違いなくアンデッド系だな。」

「アンデッドベアーってやつね。でもどうするの?」

メアリーがジルに尋ねる。

「めんどくさいから全力で一気に片付けるか。」

ジルは剣を強く握って体からオーラを出そうとしたが何も起こらなかった。

「あれ?おかしいな?ていっ!はっ!」

ジルがいくら気合をいれてもオーラは全く出なかった。

「何やってるのよ、もう。アンデッドベアーがまた人を襲いそうになってるわよ。

私が行くわ。『ファイアウォール』。」

メアリーが放った魔法でアンデッドベアーは激しく燃え上がった。

しばらく苦しむように暴れていたがやがてバタリと倒れ黒い炭となった。



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369,370

「やったー。」

メアリーはモンスターを倒したことに喜んでいた。

一方でジルは深刻な面持ちだった。

「...。」

「どうしたの?」

メアリーが少し心配そうにジルの顔を覗き込む。

「力が..出ないんだ...。」

「え、何言ってるの?さっきの動きそんなに悪くなかったわよ。」

「違う。体からオーラが全く出せないんだよ。」

「は。まさか邪神がジルの中からいなくなったせいで

その力が出せなくなったのではないですか。」

「そういうことかもしれない。俺はどうしたらいいんだ!?」

「う~ん...。そうだ!ニムダのとこにまた行ってみたら。

何かいい方法があるかもしれないわよ。」

「じいさんのとこかぁ...。う~ん、そうだな。とりあえず

行ってみるか。」

こうして3人はニムダの家へ向かうことにした。

 

「ヴェロニス帝国への手土産にこの町を潰しておこうかと

思ってたが、アンデッドベアーを倒せるような奴が

この町にいたとは...。まぁいい。こんな町、いつでも

落とせるだろう。さっさと帝都へ行くとするか。」

ジルたちを見つめる小柄な1人の老人。その傍には

漆黒の甲冑で身を包んだ戦士が立っていた。老人と黒い戦士は

すぐにその場を立ち去った。

 

とある山道を歩くカフィール。

「よぉ、兄ちゃん。おとなしく有り金全部出しな。そうすれば

命だけは助けてやるよ。」

カフィールの前に山賊が現れた。山賊は10数人いてカフィールの

道を塞いで立っていた。

「フ、貴様ら如きに剣を使う必要はないな。」

「何だと!俺らを舐めてんのか!!」

怒った山賊たちは斧を手にして、カフィールに襲い掛かる。

ブンッ、ブンッ。

カフィールは山賊たちの攻撃を目を閉じて交わしていき、

力一杯に振り回される斧は空を切っていく。

そして、カフィールは目を開くと山賊たちの腹に次々と殴打していく。

山賊たちはバタバタと倒れていった。

「う、うぅ...。」

カフィールの背には山賊たちが全て痛みに苦しみ横たわる姿があった。

「命だけは助けてやる。もうこれ以上悪いことはするなよ。」

カフィールは山賊たちを見下して言った。

「ふ、ふざけんな...。」

突然、山賊たちの目が真っ赤に光る。

「ん?」

山賊たちはすくっと起き上がる。

 

 

 

「どういうことだ?」

カフィールは山賊たちがさっきまでのダメージが

なくなり雰囲気が変わったことに少し戸惑う。

「兄ちゃん、俺達に逆らったのが運の尽きだな。」

山賊たちは再びカフィールに襲い掛かる。

その攻撃もカフィールは難なく避けるがさらに違和感を感じた。

「(さっきよりも動きがよくなっている。手加減をしていたようには

見えなかった。何かあるのか?まさか...。」

カフィールは山賊たちと一旦間合いを取る。

「聞かせてもらおう。貴様らは悪魔に魂を売ったのか?」

「へへ..、悪魔だって。悪魔かどうかは知らねえが通りすがりの奴に

『強くしてやる。』って言われて改造手術を受けたことがあったなぁ。

おかげで俺らは戦士にだって負けねえ山賊になれたんだぜ。」

「そうか...。」

カフィールは静かに納得すると右手を体の前に出す。

「『イルパ』。」

カフィールは異空間より神剣エクシードを取り出す。

エクシードの巨大さ、さらにそこから溢れ出る強いエネルギー、

圧倒的な存在感に山賊たちはたじろぐ。

「人間を失ったお前らに手加減は必要ないな。」

「ぐ...。うおおぉぉぉ!」

押さえつけられるようなこの場の空気に耐えられなくなった

山賊たちは虚勢を張ってカフィールに向かっていく。

「鍛えて引き出せるようになったエクシードの真価、ここで見せてやろう。」

カフィールはエクシードを強く握って構える。

「『アルティメット・ブレード・ウェイブ』!」

横薙ぎにされた太刀筋の先が真っ白に完全なる無の世界を造りだす。

山賊たちは悲鳴を上げることもなく無の世界の中で消滅する。

シュウゥゥゥゥ...。

無の世界が消えて再び世界が元に戻ったがその景色が全く変わっていた。

山賊たちだけでなく草や木々、そこに住む昆虫、小動物全ての生物

の存在をかき消し何も無い土だけの荒野が広がっている。

「罪の無い命を奪ってしまった。少し加減をするべきだったか。

しかし、悪の種は見過ごすわけにはいかない。それにもう根は現れている。

気配すら感じさせないが、俺の直感が強く訴えている。

早くその在り処を探さなければ。」

カフィールは再び歩き始めた。

 



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371,372

「着いたな。」

「はい。」

ジルたちはサンアルテリア王国へ到着した。

「マルクってすごいわね。魔法で海を渡れるなんて。

もう船いらずじゃない。」

「いえ、それほどでもないですよ。」

メアリーに褒められ照れるマルク。

「ははは。役に立たないのはメアリーだけだな。」

「何よ。誰の為にここに来たと思ってるのよ。一番役立たずの

ジルのためでしょ。」

「何だと。」

メアリーとジルは険悪な雰囲気になる。

「もう、やめましょうよ。こんなところでみっともないですよ。」

マルクは困り顔で2人を抑えようとする。

「ジルから嫌なこと言ってきたのよ。謝りなさいよ、

『ごめんなさい』って。」

「何で俺が謝んなきゃならないんだよ。」

「『イエローフローラル』。」

マルクはジルとメアリーを黄色い風で包んだ。

すると2人は少し落ち着きを取り戻した。

「つまらないケンカはやめてくださいよ。」

「すまねぇ、マルク。」

「ごめんなさいね。」

2人はマルクに謝った。

「いいんですよ。さぁ、ニムダさんのところに行きましょう。」

「そうだな。」

3人はニムダのいる小屋へと向かった。

 

ガチャ。

「おーい、じいさんいるか?」

バコッ。

ニムダが剣の収まった鞘でジルの頭を叩いた。

「人の家に入るのにそんな尋ね方があるか!」

「いてて。」

ジルは頭を抑えて痛がる。

「久しぶり、ニムダ。」

「おお、メアリー。本当に久しぶりじゃな。また一段と大人っぽく

なったんじゃないか。」

さわさわ。

バコッ。

メアリーはお尻を触ってきたニムダの頭をグーで殴った。

「会っていきなり何すんのよ。そんな迎え方もないでしょう。」

「いたたた。年寄りは大切にせんといかんぞ。」

「だったらそんなことしないでよ。殺そうかと思ったわ。」

「はっはっは。相変わらず激しいのぉ。で、今日は何の用かな?

まぁ大体は予想はついておるがな。」

「ホントかよ、じいさん。まさか口からでまかせ言ってんじゃないだろうな?」

「アホか。わしを誰だと思ってるんじゃ。どうせお前のことだろう、ジル。」

「マジで知ってるのか。だったら早く教えてくれよ。」

「全くお前は口の利き方というものが分かっとらんのぉ。」

「え。」

 

 

 

「まぁいい。約束は守ってもらったしな。」

「何だ?約束って?」

ジルが尋ねる。

「メアリーのお尻を触らせてくれるという約束をジルがしてくれたんじゃよ。」

「ジル!一体いつそんな約束したのよ!」

メアリーはジルに怒る。

「いやぁ、これには訳があってだなぁ。マルク、フォロー頼むよ。」

「え!いきなり私に振られましても。え、え~と、そうだ。

ジルは大切な情報を教えてもらうためにですね、仕方なく了解

してしまったんですよ、きっと。」

マルクはできる限りのフォローをした。

「何の理由があったのか知らないけど私は関係ないでしょう!」

メアリーの怒りは静まらない。

「(やべぇな、こりゃ。どうしたらいいかな。う~ん、あんまりこんな嘘は

嫌なんだけどな。)ええと、メアリー。実はお前が魔界に攫われた時に

どこにいるかの情報を教えてもらったんだよ。俺は嫌だったんだけど

なりふり構っていられなかったからな。」

「え、え、え。そ、そうなの。う、うん、分かったわ。」

メアリーは自分の為という説明で急に複雑な気持ちになった。

「(よく言うのう、そんなウソを。)」

ニムダはジルにこそっと言った。

「(じじい、よけいなこと言いやがって。俺だってこんなウソつくのは

本当に嫌なんだからな。)」

ジルは心の内に怒りをじっと堪えていた。

「(ふむ、すまんかったのう。)よし、そしたらジルにアドバイスでも

言ってやろうか。」

ニムダはジルに静かに謝って言葉を続ける。

「話を戻すぞ。ジルの力が思うように出ないということじゃろう?」

「ああ、全くその通りだよ。」

「それはお前の中の邪神が抜け出たことによるものだな。」

「そこまで知ってたのか。」

ジルもさすがにニムダが知っていることに驚く。

「わしも一応剣聖とまで言われたことがあるからな。この前修行に来たとき

勘が働いたんじゃよ。」

「で、俺はどうしたらいいのか教えてくれないか。」

ジルは真剣な表情でニムダに頼む。

「しばらくは何もしないことじゃな。」

「それじゃ答えになってないだろ。」

 



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373,374

「そう急ぐな。ゆっくり説明してやるから。まずお前は今まで邪神の力を

頼りに戦ってきたはずじゃ。」

「うん、まぁそれはそうだな。」

「それを使えたというのはお前がうまく邪神のオーラを感じておったから

じゃが、それは危険なことだった。」

マルクは納得して頷いた。

「何が危険かというのは邪悪なオーラを受け入れる部分があったことじゃ。

つまり自分の心を邪悪に染めるに近い状態。なんとなくは分かるな。」

「ああ。」

「邪神が抜けたからといってもお前の心がきれいになった

かと言えばそうではない。」

これにはマルクとメアリーが頷く。

「ジル、お前本来の心が邪悪に合わせていたのだから

その本来の心自体が邪悪に変わりやすい。それが今の

状態じゃ。今までの力を出そうとすればするほどその傾向は

強くなる。ならどうすればいいか。それは暫くの間、力を出そうと

はせずに本来の心をしっかりとしたものにすることが先決じゃ。

そこから本来の力というものを1から生み出していく。

すごく遠回りのようじゃがそれが一番いいと思うぞ。」

「そうか、分かったよ。ありがとう」

説明をしっかりと聞き終えたジルはニムダに礼を言って小屋を出ようとする。

「ジル、魔界に行って大分成長したようじゃな。顔つきで分かる。

わしの弟子としてお前には期待しておるからな。急がず慌てず

じっくり自分と向かい合うんじゃぞ。」

「ああ。」

ジルは笑顔でニムダの小屋を出た。

「じゃあね、ニムダ。またね。」

「あ、お邪魔しました。」

メアリーとマルクも挨拶をしてジルに続いた。

 

「来てよかったんじゃないですか?」

マルクがジルに尋ねる。

「あぁ、まぁな。」

「で、これからどうするの?全く何もしないって訳じゃないでしょう。」

「う~ん。そうなんだけどなぁ...。」

「しばらくはこの辺りでぶらぶらするのもいいんじゃないですか?」

「実は村に1回戻ってみようかなって考えてるんだけど...。」

「え、ジルが生まれ育った村ですか?」

「いいんじゃない。行きたいな、私も。」

「いいのか?」

「はい。」

「ええ、もちろん。」

マルクとメアリーは笑顔で頷く。

「ありがとう。村に戻ったら母さん喜ぶだろうな、賑やかで。」

3人はジルの村に行くことにした。

 

 

 

「はぁ~。」

ジルはふとため息をついた。

「どうしたんですか?」

「いやな、何もするなって言われたりして

なんか急に気が抜けたみたいになってな。」

「あぁ、今までいろいろありましたからね。」

「でも私なんか魔界で捕らえられていたとき本当に

退屈だったんだからね。それに比べれば全然よ。」

「それもそうだよな。メアリーはそのとき何を考えてたんだ?」

「え!それはあれよ...。ご飯は何かなぁとかそんなことよ。」

「ははは。それすっげえくだらねぇな。よくそんなことで

長い時間待てたな。」

「何よ~。(危ない、危ない。ジルのことずっと考えてたなんて

言ったらどんなに笑われるかしれないわ。)」

 

ザッザ。

ジルたちの前に馬に跨った数人の騎士が現れた。

「やっと見つけましたぞ、姫様。」

中心にいた老兵が前に出てきてメアリーに言った。

「げ、ドーガ。どうしてここに?」

「姫様がいなくなって以来、私共は王の命を受けてずっと探して

いたのです。」

「メアリー、こいつらは?」

「こいつらとは失礼な。我らはアルテリア宮廷騎士団だ。」

ドーガの横にいた若い騎士がムッとしながら言った。

「さぁ、姫様。城に戻って頂きますよ。」

「嫌よ、絶対嫌。何で今さらあんな退屈なところに戻らなきゃいけないのよ。」

バチッ。

ドーガがメアリーの頬を引っ叩いた。

「痛っ。」

メアリーは叩かれた頬を手でおさえる。

「あなたは王がどれだけ心配されていたか分からないのですか。」

「そんなのお父さんの勝手でしょ。私には関係ないわ。」

「どうあっても城には戻らないと?」

「そうよ。」

「そうですか、ところで後ろのお二方は友達ですか?」

「な、何よ。大事な仲間よ。」

「こんなことはしたくはないのですが、仕方ありません。

お仲間を誘拐犯として指名手配にしましょう。」

「はぁ、何言ってんの。訳が分からないわ。」

「こうすればあなた方は一緒にはいられなくなる。そうすれば

城に戻ってくるしかなくなるでしょう。」

「そんなことをしたら由緒正しき宮廷騎士団の名が泣くわよ。」

「構いません。我らにとって一番大事なことは王家の命を守ることに

ある。そのためなら卑怯なことも厭いません。」

ポン。

ジルがメアリーの肩に手をのせる。

「メアリー、1回城に帰れよ。」

「え、どうして...。」

メアリーは信じられないという顔でジルを見る。

「魔界で長い間1人ぼっちでやっとジルと一緒にいられると思っていた

ところなのよ。それなのにどうしてそんなこと言うの?」

メアリーの目には涙が浮かぶ。

 



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375,376

「別に長い間会えなくなるわけじゃないだろう。

早く城に戻って心配してる親父さんに笑顔を見せて

こいよ。それでちゃんと説明してまた戻ってきたら

いいじゃないか。俺らは近くで待ってるからさ。」

「うん。」

メアリーはジルに抱きつき静かに頷いた。

「貴様、姫様に何を!」

若い騎士は慌て声を荒げた。

「まぁ待て、ビラク。それでは姫様...。」

「分かったわ、一度城に戻りましょう。それでいいんでしょう。」

「やっと分かっていただけたましたか。ありがとうございます。」

ドーガは自分の乗っている後ろにメアリーを乗せる。

「感謝するぞ。」

ドーガはジルに礼を言い、アルテリア宮廷騎士団を連れて

城へと戻っていった。

「これでよかったんですね。」

マルクが笑顔でジルを見る。

「ああ、そうだな。それよりメアリーを待ってる間どうしようか?

...そうだ、ヒヨルドのところに寄ってみるか。」

「はい、いいですよ。」

ジルとマルクの2人はヒヨルド博士の研究所へと向かうことにした。

 

「ヒヨルド博士、いてますかね?」

「さぁな、留守なら別のことを考えるか。」

ジルは研究所の扉のノブを握る。

ギィ...。

扉はゆっくりと開かれた。

「鍵が閉まってないってことはいてるかな。」

2人は中へと足を踏み入れる。

「おぉ、ジルさん、マルクさん。グッドタイミングですよ。」

「は?」

ジルはヒヨルド博士の喜ぶ態度に戸惑う。

「まぁ、ここで話すのも何ですから奥へどうぞ。」

2人は誘われるままに奥のテーブル席に着いた。

「実はですね、嬉しいニュースが2つもあるんですよ。

以前から話していた剣のことです。」

ジルはピクッと興味を示す。

「行方不明だった鍛冶屋さんが見つかったんですよ。ただ頑固な方で

まだ剣を打つことを断られているのですが...。」

「へぇ、そうか。まぁ、交渉は難しいかもしれないが可能性が見えてきた

ってところだな。」

ジルは素直に相槌をうつ。

「あ、それでそのときついでに2人の帝国の入国許可証をもらっておきましたよ。

渡しておきますね。」

ジルとマルクはヒヨルドから入国許可証を受け取る。

「サンキュー。」

ジルは簡単に礼を言う。

 

 

 

「1つ目のニュースはそれで、2つ目はなんと剣に必要なエネルギー源を

見つけたんですよ。いや、正確にはこれから探さないといけないんですがね。」

「へぇ、どんなものなんだ?」

「それはですね、とびきり強力な賢者の石で名前は『レインボーダイヤモンド』

っていうんですよ。」

「『レインボーダイヤモンド』!」

マルクは驚いて叫んだ。

「マルク、知っているのか?」

「知ってるも何も『レインボーダイヤモンド』は賢者の石なんてものじゃないですよ。

聖石と言って神の力を秘めた伝説上の存在するかも分からないような石です。」

「『レインボーダイヤモンド』は実在しますよ。図書館で詳しく調べました。

『レインボーダイヤモンド』を手に入れるには3つの宝石、『ビッグジュエル』と

呼ばれる物を揃えるといいという風に書いてありました。」

「へぇ、それでそのビッグジュエルってどんな宝石なんだ?」

「『レッドエメラルド』、『ブルールビー』、『グリーンサファイア』の3つです。

通常の自然界では考えられない色をしているだけで魔力などは全く発しません。

しかし見る人が見ればその価値は計り知れないものになります。」

「ん?『レッドエメラルド』?『ブルールビー』?どっかで聞いたような。」

「あーーーー!!!」

「どうしたんだよ、マルク。また急に大きな声を出して。」

マルクは慌てて道具袋をゴソゴソと探り出す。

「あ、あった!」

マルクが手にしていたのは青い宝石だった。

「これですよ、ジル。あの海賊の船長さんに別れ際にもらった。確かに『ブルールビー』

って言っていましたよ。」

「え、まじかよ。それじゃ一個目はもう手に入ってんじゃん。」

「それに『レッドエメラルド』も知っていますよ。あれはクラレッツ城で盗賊が

盗んでいきました。」

「あー、あれか!まさかあいつらも『レインボーダイヤモンド』を狙って...。」

「ええ、その可能性は十分考えられますね。」

「そいつはかなりやっかいだな。」



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377,378

「ジルさん、『レインボーダイヤモンド』がないと剣は完成しませんよ。」

ヒヨルド博士は念を押すようように言う。

「分かったよ。なんとか探してみるよ。とにかく『グリーンサファイア』をあいつらより

も早く見つけなきゃな。もしあいつらが既に持ってるとしたら、この『ブルールビー』

を囮におびき寄せて『レッドエメラルド』と一緒に手に入れるしかないな。」

「かなり厳しいですね。」

「ああ。こうなったら剣を諦めるか...。」

「ええぇぇ!!いいんですか?」

「さっきからマルクは大声ばっかり出してどうしたんだよ。」

「だって、剣士のジルにとって最高の剣はどうしても欲しい物でしょ。」

「そうだけどさ、こう難しそうだとさすがにやる気も失せてくるってもんだろ。」

「ダメですよ。そんなことは私が許しませんよ。剣は絶対に完成させるんですよ。

私が他の発明をほっぽり出してこれだけやる気を出しているんですから

最後までジルさんには付き合ってもらいます!」

ヒヨルド博士は強い口調で言った。

「分かった、分かった。とにかく探すからいいだろ?」

「はい。鍛冶屋さんとは引き続き交渉を続けますが、機会があればジルさんからも

頼んでみてくれますか?」

ヒヨルド博士は笑顔で言った。

「あぁ、それも分かったよ。」

「ありがとうございます。では、鍛冶屋さんの家の地図を渡しておきますね。」

ジルは少しため息をついてヒヨルド博士の研究所をマルクと共に後にした。

「とりあえず俺らも図書館でちょっと調べてみるか。」

「そうですね。」

マルクは同意して2人は国立図書館へと向かった。

 

一方、サンアルテリア王宮では。

「お父様、いいでしょ別に。」

「ダメだダメだ。お前はまだ王室の人間としての自覚が足りんようだな。」

「何が王室の人間としての自覚よ。こんな窮屈な場所は他にないわ。とにかく私は行くからね。」

「お前は私が今までどれだけ心配していたと思っているんだ。好き勝手なことばかり

やってきたことも大目に見てきたのだぞ。」

「それはただのいい訳でしょう。」

王とメアリーが言い争っている中ドレスを着た女性が現れた。

「本当はメアリーがいなくなるのが淋しいだけよね、あなた。」

「お前。」

「お母様!」

王妃を前に王は困惑し、メアリーは笑顔になった。

「行かせてあげなさいよ。メアリーだってもう子供じゃないんだし。

それに意外と王子様が見つかっているのかもしれないわね。」

王妃は意地悪な笑みをメアリーに向ける。

「もうお母様ったら。」

メアリーは顔を少し赤らめる。

 

 

 

「何!王子様だとどこのどいつだ?私がガツンと言ってやる。」

王は目を血走らせてメアリーに問い詰める。

「いいかげんにしなさい!そろそろ子離れしたらどうですか?

そんなことでは王の人格が疑われますよ。」

「むぅ、分かった。もうメアリーのことは知らん。勝手にしろ。

私はもう縁を切るからな!」

王はやけくそに言い放った。

「(メアリー、気にしなくていいわよ。この人があなたのことを

急に忘れるようなことは出来ないに決まっています。疲れたり、嫌なことが

あったりしたらいつでもここへ戻ってきなさい。ここはあなたの家

なのだから。)」

「ありがとう、お母様。」

メアリーは2人の元から去ろうとする。

そこで一瞬くるっと振り返り、

「じゃあね、お父様。」

メアリーは手を振って別れを告げた。

「ふん。あいつめ、あんなに嬉しそうにして。よっぽどここが気にいらなかったのか。」

「いいえ、あの子は王宮の外の世界が楽しくてしょうがないのでしょう。

ここは優しく見守ってあげましょうよ。」

「あぁ、そうだな。」

王も穏やかな笑顔でメアリーが行くのを見送った。

 

「『グリーンサファイア…緑色の石。』ってこれだけかよ!」

ジルは静かな図書館の中で思わず声を上げてしまった。

「仕方ありませんよ。本に詳しく場所とかが書いてあればとっくに誰かが

手にしていますし、伝説にもなりませんよ。」

「それはそうだけどよ、もうちょっとヒントになるようなことくらい

書いててもいいもんじゃないか?」

「う~ん。もうちょっと調べてみましょうか。」

マルクは本をパラパラとめくってみる。

「『ビッグジュエル』…聖石の素となる3つの石。それらは3つの大陸に

それぞれ散らばり、神の力をその内に眠らせている。』」

「まぁ、そんなところか。」

ジルは諦めを心に感じて、マルクが本を読むのを聞いた。

「え、これってけっこうヒントになってないですか!?」

マルクははっとしたように言った。

「どういうことだ?」

「3つの大陸にあるってとこですよ。『レッドエメラルド』はジルが生まれ育った

コルナッカ大陸、そして『ブルールビー』はパネテグラ大陸の移動中に。

ということは『グリーンサファイア』はロドニエル大陸にある可能性が高いという

ことじゃないですか?」



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379,380

「なるほど、そういうことか。なら早速ロドニエル大陸に行くか。」

「でもその前にメアリーを待たないと。」

「ああ、そうだったな。こうなったら迎えに行ってみよう。」

「いいですね、行きましょう。」

ジルの提案にマルクは賛成し、2人は王宮へと向かう。

 

「あっ、ジルとマルク!」

メアリーが道中でジルとマルクの姿を見つけ嬉しそうに駆け寄る。

「お帰り、メアリー。」

マルクは優しく迎える。

「その顔だとちゃんと許可もらってきたんだな?」

「まぁね、お父様は反対してたけどお母様が説得してくれたの。」

「よかったな。これでまた一緒に行けるな。」

「そうね!これでジルの実家について行けるわ。」

「そのことなんだけどな、実は...。」

ジルはメアリーに説明した。

「えっ!『ビッグジュエル』を探すの!?いいわね、すごくおもしろそう。」

「決まりですね。」

「あぁ、さぁロドニエル大陸へ行くか。」

「はい。」

「うん。」

 

 

ここはヴェロニス帝国の玉座。

皇帝の前には一人の家臣が立っていた。

「陛下に会いたいという者が来ております。」

「どんな奴だ?」

「はい、黒い甲冑を身に着けた者を連れた魔道士です。

しかし、その魔道士にはとても邪悪な物を感じます。

会わない方がよろしいかと。」

「お前はいつから余に命令するようになったのだ?」

「いえ、そんなつもりは...。私は只助言をと...。」

不満そうな皇帝の態度に家臣は恐怖で身を震わせて弁明をしようとする。

「お前は余の軍師にでもなったつもりか?いいからここへ通せ。」

「はっ!畏まりました。」

家臣は慌てて呼びに行く。

報告の通りの者だった。黒い甲冑の戦士はただ突っ立っていたが、

魔道士の方は皇帝の前に来るなり片膝をついて敬意を示した。

「お初にお目にかかります、陛下。」

「お前らは何者だ。」

皇帝は何の感情も見せず問う。

「私の名は魔法使いザムザ。そして、こっちは剣士デュラハンです。」

「そうか。死霊魔道士と死霊騎士か。で、余の前に現れた目的は何だ?」

「さすがは陛下。見ただけで我らの正体を見抜くとは。」

「馬鹿にしてるか。それくらいそこらの歩兵にも分かる簡単なことだ。」

「いえ、これは失礼しました。それで聞きたいのは我らの目的でしたね。」

「うむ。」

「率直に申し上げれば陛下の助けになりに来たのです。」

 

 

 

「助けとは、余の兵となるということか?」

「その通りでございます。」

「よかろう。お前らを余の兵となることを許そう。」

皇帝は簡単な質問のみで魔道士と黒い剣士を受け入れた。

「な、なりませぬ、陛下!そのような邪悪な者を受け入れては。

その者はこの国を滅ぼす災いの種にしかなりませぬぞ。」

傍にいた家臣が慌てて皇帝に訴えかける。

「デュラハンと言ったな。その方、こいつを始末しろ。」

皇帝は冷徹な表情で命令を出す。

「やれ、デュラハン。」

ザムザも黒い剣士に命令する。

ズバッ。

黒い剣士による一振りで家臣は命を失った。

皇帝はそれを満足そうに眺める。

「やはり、陛下は私の思っていた通りの方のようだ。

ならば陛下の為に私が不死の軍を授けましょう。」

「うむ、期待しているぞ。」

このことが兵士たちの間で囁かれるようになる。

『先代から仕えてきた忠義者の家臣を殺すなんて...。』

『邪悪な者を許してはこの国は闇に落ちる。』

『皇帝は人ではない。』

兵士たちは皇帝を畏れ、不審を擁くようになった。

 

「これよりアルテリア連合円卓会議を始める。」

円卓の周りには6人の男が席に着いている。

「今回の議題はヴェロニス帝国への対応についてだが...。」

「我々の国リーカルにはもう既に侵略を許している。今はまだちょっかいを

出してくるだけで本格的に攻めてきていないからどうにかなっているが

このままでは落とされるのは時間の問題だ。早く援軍を出してくれ。」

リーカルの外務大臣イールは国の危機を必死で伝えるように言った。

「それは尤もだ。では帝国に隣接するギアナ国以外の国からは兵を

リーカル国へ送るということでいいかな?」

「そうだな。リーカルが落とされるようなことになれば我らソフェットにも

脅威が迫ることになる。間に合うようすぐに兵を向かわせるように王へ伝えよう。」

「それで様子を見ていくという感じになるか。」

「しかし、もっと手っ取り早い方法はないものか。例えば皇帝を暗殺するとか。」

「馬鹿か、このような公の場でそんなことを言うなぞ恥をしれ。

そのような汚い手段を使えば世界から悪とみなされるぞ。」

「いや、それは例えばの話で本気で言ったのではないのだが...。

いつまでも守りに入っていてはよくないということは皆も理解できるだろう。」

 



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381,382

「確かに。そうなればこちらで帝国へ攻めるための準備というのも

必要になるな。」

「そうなれば各国の兵を一つか二つにまずまとめなければいけない。」

「連合軍というものを結成するということか。」

「そういうことになる。それに対して反対するものは?」

サンアルテリア王国外務大臣兼アルテリア連合円卓会議議長である

D=クラプターは皆に確認をする。

残りの5人から何も反対意見は出ることはなく、連合軍の結成が決定した。

 

船で移動中のジルたち3人。

「どうして船にしたんですか?私の魔法を使えば一瞬で着けるのに。」

マルクがジルに尋ねる。

「そんな急ぐ必要もないだろう。もうちょっとゆっくり楽しみながら行こうぜ。」

「なるほど。そういうことですか。」

「いいね。そういうの。あんまり目的に走って殺伐とした感じになるの

なんて何のためにしてるのか分からなくなっちゃうしね。」

メアリーはジルの意見にうんうんと頷く。

「こういう船旅もいいじゃん。潮風が気持ちいいし。」

「はい。」

3人は笑顔で海を眺める。

 

D=クラプターは一つの部屋を訪ねる。

「D=クラプターか、どうした?」

「バレンティ首相、少し話があるのだが...。」

「話と言うのは?」

「まず円卓会議の報告だが、連合軍の結成が決定した。」

「そうかこれで帝国に対抗するための体制が出来るのだな。」

「そしてもう一つは提案になる。それは...。」

D=クラプターは盗み聞きされぬように小声で何かを話す。

「どういうことだ?今の状況でそんなことをするのは何の意味もないだろう。

そんなことをするより他に手を回す方が得策だと思うが...。」

「それは大丈夫。前線に影響を及ぼすようなことはないようにする。

これは今回のことに限らずこれから先にも役立つものだと考えている。」

「ふむ、そうだな。それではその件は君に任せよう。」

「ご理解、感謝する。」

D=クラプターは首相の部屋を出た。

 

たくさんの兵士が対峙する一つの戦場。

ヴェロニス帝国軍がリーカル国の砦バントラスを攻めていた。

「フォルテ将軍、敵の隊長の前に我が軍が押されています。」

後方で戦況を見守る前髪の長く伸びた端整な男に報告が入る。

「そうか、見に行こう。」

フォルテは馬を走らせ前線へと向かった。

 

 

 

その前線では一人の棒使いが帝国軍の兵をバタバタと倒していた。

「ふん、刃も持たぬ者にやられるとは我が軍も大したことはないか。」

棒使いを前にフォルテは言い捨てた。

「お前が帝国の大将か。俺の名はビリー。ここでお前を倒してやろう。」

ビリーは鎧を纏う他の兵士たちと違い服を着ていて頭にバンダナを巻いた軽装だった。

「俺は将軍フォルテ。よかろう、お前を剣の錆にしてやる。」

フォルテは剣を抜いてビリーと対峙する。互いの兵士は交えていた剣を収め

2人を取り囲むようにして様子を見守る。

「こちらから行くぞ。」

先に動いたのはビリーだった。

「んっ!!」

ヒュンヒュンヒュン。

素早く繰り出される突きにフォルテは全身を緊張させて防御にまわる。

「どうした?帝国の将軍とやらはその程度なのか?」

「調子に乗るなぁ!」

フォルテは剣に力を込めてビリーの長い棒を強く弾いた。

「見せてやろう、俺の必殺剣を。」

フォルテは剣を構える。

「来い。俺の必殺技で迎えてやるぞ。」

ビリーも棒を構える。

2人の動きが止まり周囲に緊張が走る。

しばらく静かな時間が続いた後、

「行くぞ、『清流剣』!」

フォルテの体と剣は流れるように綺麗な動きを見せてビリーに斬りかかる。

「おう、『総甲破壊撃』!」

ビリーの棒が太くなるような錯覚を覚えさせるほどの強烈な一撃が放たれる。

互いの攻撃がぶつかりガンッという大きな衝撃音が響き渡った。

2人は無傷で静かに背中を向け合う。

カラン。

フォルテの剣が根元から折れた。

ビリーの棒も真っ二つに切れていた。

「なかなかやるな。俺の必殺剣を受ける奴がいるとはな。だが、次はこうは

いかんぞ。」

「お前こそ、やるじゃないか。こっちも敵の鎧ごと打ち抜く必殺の一撃だったんだがな。」

フォルテは部下たちに撤退の合図を送る。

「お前のような奴、帝国に置いとくには勿体ないんじゃないか。どうだ俺たちの仲間に

ならないか?」

「誰がこれから滅ぶ国に寝返るか。帝国の元でお前が働きたいというのであれば

考えてやってもいいがな。」

「ちぇっ。」

そうしてフォルテ将軍は全軍を自陣へと撤退させた。

 



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383,384

皇帝は大きな体の男とチェスをしていた。

「ラング将軍、どうだろうか?」

「我が軍の勢いはアルテリア連合との戦いになれば

若干落ちてしまうかと。」

「そうだな。西国の弱小国と違い東はそれなりに戦力がしっかり

している。そこで軍師を1人手にいれたいな。」

「賢明かと思われます。で、それはどうやって?」

「うむ。この筆記試験で一番成績のよかったものを採用しようと

思うのだが。」

そう言って、皇帝はラングに書類を見せる。

「この内容は...。いいのですか?」

ラングは書類に目を通すと少し驚いて皇帝に聞いた。

「ああ。今すぐ国内に募集をかけよ。」

「は、畏まりました。」

 

「ここか。戦死者が眠る共同墓地は。」

広い墓地を前にしてザムザとデュラハンが立っていた。

「陛下の許しを得ているし、さっそく始めるか。」

ザムザは両手を体の前に出して魔力を込める。

「ポッコロポロポロポッコロポロポロ...。」

墓地にはザムザによる魔力の影響で不穏な空気が流れる。

「ペケペケポンポンペケペケポンポン...。」

死者の眠る地面が僅かに動き出す。

「さぁ、勇敢な帝国の兵たちよ。お前たちの戦いはまだ終わってはいない。

目覚めよ、そして帝国を勝利へ導くのだ!」

土が盛り上がり人の姿をしたものが次々と這い出してくる。

「グォォォォ...。」

死んだ筈のそれらは低い呻き声を各々発している。

「フハハハ、これでいい。」

ザムザは笑いながらそれらを眺めていた。

 

「さぁ~って、そろそろ着きそうだな。」

ジルたちの船から陸地が見えてきた。

それからしばらくして船はロドニエル大陸へ到着した。

「はぁ~!」

メアリーは深呼吸をして大きく伸びをした。

「すぐ精霊に会いに行きますか?」

「いや、ご飯でも食べてゆっくりしてからでいいだろ。精霊は俺たちが来たって

逃げたりしないだろうしな。」

「そうね。」

3人はご飯を食べながら長い船旅の疲れを少し取った。

「もうお腹一杯ね。」

「あぁ、食った食った。よし、それじゃ行くか。」

「はい。」

「うん。」

3人は精霊の森へと向かった。

 

 

 

精霊の森に着いたジルたち3人。

「おーい!精霊出てこいよ。」

ジルはいきなり呼びかけた。

しーん。

全く何の反応もなく森は静かなままだった。

「あれ、おかしいですね。留守ですかね?あのぉ、精霊さん。

いてたら出てきてくれませんか。」

マルクも呼びかけてみた。

「は~い。」

ポンッ!

3人の目の前に風の精霊ルービンが現れた。

「よかった、いてたのね。」

メアリーは精霊ルービンの登場に喜ぶ。

「久しぶりだね、みんな。元気にしてた?」

「はい。ルービンも元気そうですね。」

マルクはルービンとの再会に笑顔で挨拶する。

「ちょっと待て。」

1人だけ不機嫌な顔をしているジル。

「お前、俺が呼んだときからいてただろ?何で出てこないんだよ。」

「最近は物騒だからね。捕まえて売られるのかと思って隠れてたんだよ。ははは。」

「もうジルは精霊を怖がらせたからいけないのよ。ごめんなさいね。」

「なんでお前が謝るんだよ。」

「ルービン、気にしないでくださいね。」

「うん。それでみんな遊びに来てくれたの?」

「いえ、実は聞きたいことがあって来たんですよ。」

「ほぉ、それは何ですか?」

「俺たちグリーンサファイアを探してるんだけど知らないか?」

「あぁ、グリーンサファイアか...。」

「知ってるのか!」

「うん。それは昔、人間が持っていったよ。」

「そうなんだ。」

3人は落胆の色を隠せなかった。

「グリーンサファイアは貴重な宝石だけど僕たち精霊にはあまり重要な物

でもないからね。無くなったからといって特に問題もないし。」

「まぁ、しょうがないか。この分じゃ今誰が持ってるかなんて分かんない

だろうし。」

「ごめんね、期待に応えられなかったみたいで。」

「いいんですよ。ルービンが気を遣う必要はないですから。」

謝るルービンにマルクが笑顔で慰める。

「ジル、どうするの?」

「この件はしばらくお預けになるだろうな。手がかりがないんじゃ

探しても意味がないもんな。サンキュー、ルービン。」

「ううん。」

「よし、それじゃ行くか。」

「そうね。バイバイ。」

メアリーはルービンに手を振って別れを告げた。

3人は町へと戻ることにした。



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385,386

「ジルの村まで行くのにまた船を使いますか?」

マルクが尋ねる。

「いや、ずっと船旅もしんどいだろ。マルク、頼めるか?」

「はい、いいですよ。ジルの村はまだ行ったことがないので

まずはランターナまでですけどね。」

マルクは笑顔で答える。

「『エアループ』。」

マルクの魔法で3人は一気にランターナへと飛んだ。

「え、もう着いたの?」

「さすがだな、マルク。ランターナか、懐かしく感じるな。」

「ええ、随分久しぶりですよね。」

「マルク、アンセルさんに挨拶くらいしてきたらどうだ?」

「え、いいんですか?」

「ああ、お世話になった人だろ。俺たちはぶらっとしてから町の出口で

待ってるからな。」

「ありがとうございます。」

マルクはアンセルの元へ向かった。

「ねぇ、アンセルって誰なの?」

「歩きながら話してやるよ。あれは俺が初めてマルクと出会ったときだったなぁ...。」

ジルはメアリーに話を聞かせた。

しばらくしてマルクはジルたちと合流した。

「どうだった?」

メアリーはマルクの顔を覗きこんで尋ねた。

「はい、相変わらず元気そうでよかったです。」

マルクは嬉しそうに答えた。

「そっか、アンセルさんも喜んでたろ。」

「そうですね、話がなかなか止まりませんでしたよ。

さぁ、次はいよいよジルの村へ行きましょう。」

「うん。」

「よし、行くか。」

3人はジルの村へ向かって歩き出す。

そうして日が落ちる頃に到着した。

「ちょっと疲れたわね。」

メアリーは額に汗を浮かべる。

「ここがジルの村ですか?」

「あぁ、そうだ。本当に懐かしいな。剣士目指して旅立ってから一度も

帰ってなかったもんな。2人とも疲れただろ、すぐ俺の家に案内するよ。」

ジルは嬉しさを表情に表してマルクとメアリーを実家へと案内する。

「ただいま~!」

ジルは扉をバタッと開けて元気よく言った。

「え?」

家の中にいたジルの母、マーサは驚きの声を上げた。

「母さん、久しぶり。」

「ジルじゃないの、ホント久しぶりね。どうしたの?」

マーサは嬉しさで今にも泣き出しそうな笑顔をしていた。

「たまには帰らなきゃと思ってさ。そうだ、俺の仲間を紹介するよ。」

そう言ってジルは2人を家の中に入れる。

「初めまして、ジルのお母さん。私はマルクと言います。」

「初めまして、メアリーです。よろしくお願いします。」

2人はペコリとお辞儀をして挨拶をする。

「マルクくんとメアリーちゃんね。こちらこそよろしく。」

「なぁ、母さん。俺たちしばらくここにいてもいいかな?」

「別にいいけど、こんな村退屈ですぐに飽きるわよ。ジルもそれで出ていった

部分もあるでしょ。」

「まぁ、ちょっと事情があってね。今はのんびりしたいんだよ。」

「すいません、お世話かけます。」

マルクは少し申し訳なさそうに言う。

「いいのよ。気にしないで。こんなジルと仲良くしてもらってありがとうね。

こんなところで立ち話もなんだから椅子に座ってゆっくりして。」

3人はマーサに言われる通りに椅子に腰をかける。

 

 

 

「...でね、この子ったらこの村を飛び出るまでは悪さばっかしてたのよ。

本当村の人に謝って回るの大変だったんだから。」

4人はマーサが作った食事を口にしながら話をしていた。

「へぇ~、今もそういうところあるわよね。」

メアリーは意地悪そうな笑みを浮かべてジルの顔を覗く。

「今のどこが悪いんだよ。母さんも昔の話はいいだろ、恥ずかしいじゃんか。」

「ふふ、でも心の中はいい子なのよ。」

マーサは嬉しそうに言う。

ジルは顔を赤くして席を立つ。

「もう今日は疲れた。先に寝かしてもらうからな。」

そう言ってジルは隣の寝室へと向かった。

「ところでメアリーちゃんはとっても美人よね。もしかしてあの子の彼女?」

マーサはメアリーに面白おかしく聞いた。

「え、彼女!?そ、そんな、私は...。」

メアリーは顔を赤らめて言葉に詰まる。

「母さんっ!!いい加減にしろよ!」

隣の寝室からジルの怒鳴り声が聞こえる。

「はいはい、分かりましたよ。でも2人ともこれからもジルと

仲良くしてやってね。」

「はい、もちろんです。」

「ええ、喜んで。」

マルクもメアリーも笑顔で答えたことにマーサは満足そうにしていた。

マーサはマルクとメアリーの布団を用意して皆眠ることになった。

 

「陛下...。」

ヴェロニス皇帝の前に家臣が現れる。

「どうした?軍師は決まったか?」

「いえ、それもすぐに決まることになるとは思いますが別のことです。

実は聖騎士カフィールが陛下に会いたいと来ておりまして...。

どういたしましょうか?」

「そうか、来たか。余も会いたいと思っていたところだ。

すぐに通せ。」

皇帝は目を輝かせて家臣に命令する。

「は、畏まりました。」

家臣に連れられてカフィールが皇帝の前に現れた。

「カフィール、何故に余に会いに来たのだ?」

「皇帝、お前が悪かどうかを確かめに来た。」

カフィールは皇帝の率直な問いに堂々と答えた。

「な、カフィール...。いくら貴方が聖騎士であっても陛下に

そうような暴言許されると思うな。」

家臣は怒りを込めて言う。

「よい、お前はもう下がっていろ。」

「え、しかし...、はい。畏まりました、それでは失礼します。」

家臣は一瞬戸惑ったがすぐに皇帝の恐怖にかられ言うとおり部屋を出ていった。

 



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387,388

「で、余が悪ならばどうするというのだ?」

「俺の目的は唯一つ。悪の根を断つこと。」

「なるほど、大体分かった。どうだ、余と剣を交えて見ぬか?」

「いいだろう。」

「よし、剣は一般兵用の鉄の剣でいいか。」

そう言って皇帝は王座から立ち上がると置いてあった

2本の鉄の剣を手にして、その1本をカフィールに渡す。

お互い軽く頷いた後、剣がぶつかり合った。

カキーン。

カキーン。

それはそれほど激しくなく試しあうように剣が振るわれる。

「カフィール、『正しき思想』という本を知っているか?」

皇帝は剣を撃ちあう中で問いかける

「ああ。人に薦められて読んだ。くだらない理想論だろう。

人の意思を無視した考えとしか思えない。もし、人が

全てそれと同じような考え方をしているとしたら理想的な世界が

造れるのだろうがな。まずそれはありえないな。

だが、それがどうした?」

「もし、著者がその理想的な世界とやらを本当に造ろうとしたらどうなる?

人はそれをいいことと思っても自身をそう変えることは出来ず拒絶する。

そして造ろうとした者は挫折する。

挫折した先に行き着くものは、完全な諦めか現状に合うよう妥協した世界

もしくは全く別の世界となるだろう。」

「まさか...。」

カフィールは驚きの表情を浮かべて、2人の剣が止まる。

「さすがに勘が働くな。」

皇帝はカフィールの顔を見て満足そうにする。

「お前の真の野望とは...。」

「どうだ、カフィール。余の力になってくれないか?」

「分かった。」

全てを理解したカフィールは短く返事をした。

「そう言ってくれると思った。余はお前を協力者として迎えたい。

だから特別な待遇を用意しよう。そしてお前だけは余のことをキルヒハイスと

名を呼び捨てで呼んでくれて構わない。」

「フ。だがもしお前が俺の目的と反することになれば俺はお前を斬るぞ、キルヒハイス。」

「それで構わない。協力関係は互いの目的が一致してのものだからな。」

そして、カフィールにはヴェロニス帝国のエリート兵士、聖騎士たちを任せられ

正規軍とは別に結成された『白騎士団』の団長となった。

 

 

 

一方、共同墓地近くで人があまり近づくことのない原っぱではたくさんの生ける屍たちが

甲冑、武器を身につけ集まっていた。その前にザムザが立つ。

「お前たちに死の恐怖などはない。肉体、魂、全てを我等が帝国の為に捧げるのだ。」

「グォォォォ!!」

死霊兵士たちはザムザの言葉に反応し、大きな呻き声を上げた。

これらはデュラハンを団長とする『黒騎士団』として帝国内で新たに誕生する

2大勢力の一翼となる。

 

ここはヴェロニス帝国の東、ギアナ国の北に位置し、アルテリア連合には

加入していていないストナ王国。

「それは本当か?」

ストナ国王は目を丸くしていた。

「はい、王の軍師として働かせて頂きたい。」

ストナ国王の目の前に立っているのはエウドラだった。

「世界一の魔法使いのお前が味方になってくれるのはありがたい

ことだが、それはなぜだ?お前ほどの力をもっていながらこんな小国

に目をかける理由を知りたい。」

「それはこの国が一番やりやすそうだからですよ。他の強国は色々な

しがらみが多く思うように活動出来るかどうかが不安でして。」

「なるほどな、ここならわしさえ了承すれば自由に出来るというわけか。」

「そういうことです。」

「もう一つ聞いておこう。お前はこの国で何がしたい?」

「心配していることは国を乗っ取られるといったところでしょうか?

しかし、そういうことは興味がありません。自分自身を試して

この国を大きくしたいだけです。。この考えは王にとって悪い話ではないと思いますが。」

「そうか。わしも領土の拡大は考えてはいたがなかなか力が及ばなくてな。

お前がいてくれるなら何か出来るかもしれないな。

よし、エウドラ。お前を我がストナ王国の軍師として採用する。」

「ありがとうございます。」

 

バレンティ首相の部屋に一人の男が入る。

体格がよく、顔には白い髭を生やしていた。

「おお、レビル将軍か。」

「ここに呼ばれたのはどのような用件でしょうか?」

「実はお前に連合軍の指揮をとってもらいたい。これは私の独断ではなく、

円卓会議での決定事項だ。サンアルテリア王国軍をまとめている

名将のお前なら出来るだろう。」

「了解しました。命を懸けて務めましょう。」

レビル将軍は部屋を出た。

「これでいいんだな、D=クラプター。」

カーテンの後ろに隠れていたD=クラプターが現れる。

「ああ、名将レビル。彼なら心配ないだろう。」

「それであの件は順調に進んでいるのか?」

「まぁな。まだしばらく時間はかかりそうだがな。」

「そうか。」



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389,390

ジルの実家にて、ジルたちはゆっくりくつろいでいた。

「母さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど...。」

ジルはマーサと2人だけの部屋で質問する。

「なぁに?」

「俺の親父のことなんだけどさ、俺が小さいときに死んだってのは本当なのか?」

ジルの真剣な問いかけにマーサはドキッとした。

「え、ええ本当よ。今更何を言っているの、もう。」

「いや、ちょっと気になってさ。もしかして生きてるんじゃないかなんて

バカなこと考えたりしてさ。それで親父ってどんな奴だったの?」

「う~ん、そうね。いい人だったわよ。」

「それだけ?」

「仕方ないわね。ジルももう立派になってきたし、言ってもいいかしら。

実はお父さんは剣士だったのよ。しかも人間じゃなかったの。」

ジルは真面目にマーサの話を聞いている。

「あれ、全然驚かないのね。あんまり突然で理解できない?」

「いや、そうじゃないんだ。旅で親父のこと知ってる人に会ってさ。」

「そう、知ってたんだ。」

「でも母さんの口から本当のことを聞けてよかったよ。」

「あの人は初めて会った時から魔族とかそういうのと関係ない部分で変わってたわ。

何か虚ろな目をしていてね、心ここにあらずって感じだった。私が行くあてもなさそうな

あの人の面倒を見ることにしたの。しばらくすると心を開いてくれて穏やかに

やさしく接してくれるようになったわ。あの瞬間は私にとって幸せだったなぁ。

そしてあなたが生まれた。これが幸せの絶頂と思ったときに、あの人はおかしくなったの。

急にすごい形相で苦しみだして大変だったわ。あの人は私たちに迷惑をかけたくなかった

んでしょうね、すぐにどこかへ行ってしまったのよ。」

「そうなんだ。なんか悪いこと聞いたかな。」

ジルは悲しい記憶を思い出してしまったマーサを気遣うように言った。

「いいのよ。それとあの人出て行く前に言ってたの、『ジルをこの村から出すな、特に剣士になんかは

絶対ならすな。』ってね。その意見には私も賛成だったけど、ジルは結局剣士になったのね。

たぶん、あの人は剣士として戦ってたときの傷か病気が急に出てきたんじゃないかなって

思うの。だから、あなたも気をつけなさいね。」

「ありがとう母さん。俺は大丈夫だよ。」

それで話は終わり、ジルは1人考え込んでいた。

「(親父は俺が生まれたときに急に苦しみだした。母さんは戦っていたときの傷か病気

じゃないかって言ってたけど、俺は違うと思う。何か秘密があるはずだ。恐らくその答え

は邪神とも関わりがあるだろう。)」

 

 

 

ヴェロニス帝国にて。

「陛下、軍師が決まりました。」

ラング将軍が皇帝へ報告する。

「そうか。ではすぐにここへつれて来い。」

「は。」

ラングは礼をして一旦部屋を出る。

そしてすぐに一人の少年を連れて再び皇帝の前に現れる。

「お初にお目にかかります。私はエミルと申します。」

「若いな。歳はいくつだ?」

「はい。11になります。」

「なぜ、軍師になりたいと思った?」

「特別軍師になりたかったわけではないのですが、自分の力を試して

みたかったのです。」

「分かった。エミル、明日から日中は余の傍にいろ。いいな?」

「はい!」

「よし、今日は下がっていいぞ。」

エミルは皇帝に礼をして部屋を出る。

それと入れ替わるようにラングが部屋に入る。

「陛下、言いにくいのですが...。」

「お前が思っていることは分かる。あんな若造に軍師が務まるとは

思えないのだろう?」

「あ、いえ、そのような...。」

「よい。だがあいつは只者ではない。余は感じるのだ。」

「陛下がそう仰るのなら心強いですね。」

「フハハハハ。これで態勢は整った。」

皇帝は満足そうに笑っていた。

 

ストナ王国にて。

「エウドラ、お前にこれからわが国が採るべき方針を聞きたい。」

ストナ王はエウドラに問いかける。

「はい、もう既にヴェロニス帝国とアルテリア連合との戦いは始まっています。

そこで消耗しているところを叩くのが定石かと。成功すればこの国の繁栄は

約束されたも同然です。但し、帝国がこの国を危険因子と考え、先に

狙ってくる可能性は十分にあります。守りは固める必要があるでしょう。

これは好機でもあり、危機でもあるということです。」

「うむ、わしの考えと同じだな。それで策はあるのか?」

「そうですね、これは王が私を信頼してもらえるならという条件が

つきますが...。」

「それは何だ?」

「それは...。」

エウドラは声を落として王へ伝える。

 

「カフィール、来たか。」

「何の用だ?」

皇帝の呼び出しにカフィールが問う。

「お前に我が帝国の不穏分子を潰していって欲しくてな。これが、密かに

調べさせたリストだ。」

そう言って皇帝はカフィールに書類を渡す。

「これは...。」

「それはお前の目的に一致するものだと思うぞ。但しこれでお前の世間の

評判は落ちるかもしれないがな。」

「そんなことは気にしていない。快く受けよう。」

カフィールはリストを手にして部屋を後にする。

 



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391,392

「ねぇ、マルク。」

「はい、何でしょうか?」

「ジルったら最近、ずっとボーっとしてるわよね。」

メアリーとマルクは少し離れたところから空を見上げているジルを見ていた。

「そうですね。ジルのお母さんに相談してみますか?」

「ダメよ!そんなことしたらお母さんが心配してしまうでしょ。」

「でもお母さんも気づいているんじゃないですか?」

「だから余計に心配を増やすようなことはしないのよ。」

「そうですね。でもどうしたらいいでしょうか。ここは何もありませんから

退屈して当然と思いますが。」

「そこよね。3人で町に行くっていうのはどうかしら?ちょっとは

退屈も紛れるんじゃないかしら。」

「いいですね。それじゃさっそくジルに言ってみましょう。」

メアリーとマルクはジルの傍に行く。

「ねぇ、ジル。」

「どうした、メアリー。」

「ちょっと退屈してきたんじゃない?よかったら町まで行ってみない?」

「いや、もうしばらくここにいたいんだ。もし2人が退屈してるんだったら

町まで行ってきていいぞ。俺はここで待ってるから。」

「そ、そう...、分かったわ。」

メアリーとマルクは少しがっかりした顔でジルから離れた。

「う~ん、うまくいくと思ったのに。どうしよう?」

「しばらく様子を見るしかないと思いますよ。」

「そうかしら。私はもうちょっと考えてみるわ。」

 

アルテリア連合軍部にてレビル将軍は一人の男を呼んでいた。

「クラスコ、全兵力の3分の1を連れてギアナ国に向かってくれるか。」

「レビル将軍。お言葉ですが、ギアナ国は軍事国家。帝国ごときに

遅れをとることはないと思います。それを3分の1も援軍に出すというのは

必要ないのでは?」

「それはそうかもしれないが、どうも帝国で不穏な動きがあるようでな。

あの聖騎士カフィールが帝国側についたという噂がある。ギアナを潰して

一気にこちらを滅ぼそうと考えるかもしれないのだ。」

「え!あのカフィールが。とても信じられません。何か弱みでも握られているの

でしょうか?」

「さぁ、そこまでは知らん。しかし、帝国の力を先のリーカル戦でのものが最大と

考えるは危険であろう。リーカルには傭兵部隊も集められていると聞く。

ならば、この2:1で援軍を分けるのが良策だと思う。」

「分かりました。それではギアナの守りを堅めに行きましょう。」

「うむ、頼んだぞ。」

クラスコはレビルに礼をして下がっていった。

 

 

 

帝国内の町をデュラハンを先頭とする黒騎士団が横切っていた。

「グォォォォ...。」

周りに低い呻き声が響き渡る。

「何あれ、すごい異様だわ。」

その姿はまさしく亡霊の集団であり、とても人間の国の軍とは

思えないものだった。。

「しっ、大きな声で言うんじゃないぞ。聞かれでもしたら

命がないかもしれないぞ。」

皆、声を潜めて不安げに通りすぎていくのを眺めていた。

 

「ひぃぃぃ!!一体私が何をしたというのですか?」

一人の男が恐怖で顔を引きつらせながら壁に背をひっつける。

そこに対面していたのは白騎士団を引き連れたカフィールだった。

「お前は帝国の不穏分子との情報が入った。そのようなものは一人として

見過ごすわけにはいかない。」

「私は何も悪いことなどしていませんよぉ。何かの間違いです、きっと。」

「それではこの書類に書かれていることに覚えはあるか?」

カフィールは男に一枚の紙を見せ付ける。

「た、確かに事実ですがこれのどこが帝国にとって悪いのですか?」

「これは皇帝の意思に反するものだ。これを事実と認めたのならば

死をもって償うがいい。」

カフィールは軍支給の鋼の剣を鞘から抜いて手にする。

「そ、そんな馬鹿な。こんなものはただの横暴だ!」

「もはや話をすることは何もない。」

ブシュッ!

カフィールは手にした剣で男の心臓を貫いた。

「さぁ、次に行くぞ。」

カフィールは淡々とした口調で部下を引き連れ男の家を出た。

その姿を見ていた人々は暗い表情でため息をついていた。

「カフィール様が帝国に入ってよくなると思っていたのに...。」

「罪のない人を殺すなんて...。」

「皇帝のせいでおかしくなったんじゃないかしら。」

「カフィールは正義の味方なんかじゃない。悪の手先だ。」

カフィールに対する人々の評判はこの日から悪いものへとひっくり返った。

「(人にどう思われようが構わない。俺は俺の信じる正義への道を進むだけだ。)」

カフィールは人々の落胆の声を背に次の目的地へ進んでいった。



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393,394

空をぼ~っと見上げるジル。

ふとその顔をマルクとメアリーの方に向ける。

「そろそろ行くか。」

その顔には先ほどまでの虚無感はなく生き生きとした笑顔があった。

「え、え...。」

突然で戸惑う2人。

「そうだな、次はランドールのハンス王に会いに行こうか。」

ジルは2人を気にすることなく勝手に提案をする。

「ちょ、何勝手に決めようとしてるのよ。ついさっきまでうつ病みたいに

なってた人が。」

「いいですね。私もハンス王には会いたいです。」

「メアリー、すまなかったな。心配かけて。」

ジルはメアリーの肩にぽんと片手をかける。

「し、心配なんかしてないわよ。調子に乗んないでよね。」

「そうか。ならよかった。」

ジルの穏やかな笑顔にメアリーは胸がキュンとなった。

「う、うん。」

こうして3人はランドールへと向かった。

 

一方、ギアナ国国境。

監視官が望遠鏡で何かを見つける。そして慌てて隊長の元へと走る。

「隊長、大変です。ヴェロニス帝国の奴らが攻めてきました。」

「うろたえるな、ばか者。リーカルにも勝てないような帝国なぞ

我が軍の敵ではないわ。」

「そ、そうですね。」

隊長の言葉を聞いて監視官は落ち着いた。

ギアナ軍はその砦の前にて帝国軍を迎え撃つ体勢をとった。

「何だ、わが国を攻めてくるからどんな大軍が来るのかと思ったら

たった数百だけではないか。わが国も舐められたものだな。」

帝国軍はデュラハンを先頭とする黒騎士団だった。

黒騎士団は小さく不気味な呻き声を上げながらギアナ軍へ迫った。

「いけー!帝国軍など一気に叩き潰せ!!」

隊長の号令と共にギアナ軍は帝国軍にぶつかっていく。

ズバッ!

ギアナ軍兵士が帝国軍兵士の腕を切り落とす。

「よし!」

ギアナ軍兵士が勢いづこうとしたとき、異様な光景を目の当たりにした。

帝国軍兵士が切り落とされた腕を拾って元の通りにくっつけたのだった。

「え!」

ギアナ兵は驚くと共に別の帝国兵に胸を貫かれた。

そのような状況があちこちで見られ、数で圧倒していたギアナ軍だったが

戦況は一気に帝国側へと傾いていった。

「ば、ばかな。何なんだ、こいつら..は...。」

ズバッ!

切り込んでいたデュラハンが隊長の首を手にしていた剣で掻っ切った。

隊長の首からは大量の血が噴出し、ギアナ兵たちは一瞬手が止まる。

その隙に帝国の攻撃を受け一気にギアナ軍は全滅へと追い込まれた。

「ぐぉぉぉぉ!!」

帝国軍、黒騎士団は大きな声を上げた。

それは勝利に酔いしれているかのようでもあった。

ただ一人、デュラハンは無言でギアナ兵の死体で赤く染まった戦場を眺めていた。

 

 

 

「陛下、黒騎士団がギアナの最初の砦ボッドを落としました。」

ザムザが皇帝に片膝をついて報告をする。

「そうか、分かった。下がっていいぞ。」

「え、そ、それだけですか?」

何の表情も見せず簡単に返事する皇帝にザムザは呆気にとられて顔を上げる。

「聞こえなかったのか。下がれと言ったのだ。」

皇帝は不機嫌そうに言う。

「はは。」

ザムザは気圧されすぐに部屋を出た。

「なぜだ?これは大きな戦果のはずだ。それについてほとんど関心がなさそうに。

しかも私への待遇のなんと粗末なことか。用がなければあの小さな窓一つない

部屋から出ることを許されないなんて。私を囚人と勘違いしているのではあるまいな。」

ザムザは不満を思いながら自室へと戻った。

 

「エミルよ、どう思う?」

皇帝はそばにいたエミルへ問いかける。

「は。やはりアルテリア連合侵攻の足がかりが出来たことは喜ばしいことだと

思います。」

エミルは帝国を褒めるようにまた気遣うように答えた。

「お前はまだまだか。必要なことは次の一手だ。こんな些末事で喜ぶなどもっての他だ。

軍師としての役割を果たすため考えておけ。」

皇帝は少し落胆した調子で言った。

「は。申し訳ありません。ただ聞かせて頂いたゾンビ兵の特徴を考えれば次も問題は

ないかと思われます。」

「ほぉ、余と同じ考えだな。してその後は?」

「は、はい。畏れながら申し上げさせてもらえれば次の次で一旦撤退するのが良策かと。

そこから先も申し上げた方がよろしいのでしょうか?」

「はっはっは!よいよい。そこまで余と同じ考えであれば文句を言う必要はない。

やはりお前は見込み通りの男だったようだな。」

皇帝は満足げに笑いながら言った。

「ありがたきお言葉。」

エミルは皇帝の言葉にほっと胸を撫で下ろした。

 

ここはギアナ城。

「なにぃ!我が軍が帝国軍にやられただと。この恥さらしがっ!」

ギアナ国王は報告に来た兵を怒鳴り散らす。

「そ、それが、逃げ出した唯一人の兵に聞きますと相手は腕を切り落としても

すぐにくっつけて攻撃してくる不死身の化け物だと言うのです。」

「何!?不死身の化け物。まさか皇帝の奴、モンスターと手を組んだとでも

言うのか?だとしても我が軍に敗北など許されない。火矢を使え。

化け物を焼き尽くすのだ!」

「ははぁ。」

兵はギアナ国王の命令を受け、下がっていった。



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395,396

クラスコが援軍を連れてギアナ国へやってきた。

「ギアナ国王、連合軍のクラスコです。援軍を連れて参りました。」

「レビル将軍め、余計なことを。我が軍を舐めているのか?」

ギアナ国王は不機嫌そうな顔をする。

「いえ、そのようなことはないと思います。帝国の不気味な動きを

考えてのことであって決してギアナが弱いなどということは思っていません。」

「それが余計だと言うのだ。帝国がモンスターと手を組もうが我が軍が

負けるようなことはありえん。」

「モンスター!それは一体...。」

クラスコは驚く。

「なんかゾンビのような敵だったということだが、そんなものは不意を

突いた一回限りしか通用はしないということを見せつけてやろう。

クラスコ君、まぁここでゆっくりとしていきたまえ。

くれぐれも我が軍の邪魔をせぬようにな。はっはっは。」

全く相手にされないクラスコはそこで下がっていった。

「(ゾンビのようなモンスター。恐らくはアンデッド系モンスターか。

そんなものに普通の兵士が勝てるはずがない。ここはレビル将軍に相談を...。

いやそれでは間に合わない。こうなったらフォーン国の聖騎士部隊の応援を

すぐに呼びに行くしかない。急がねば。)」

クラスコは少数の兵を連れてフォーン国へと向かった。

 

「ふぅ~、着いた着いた。」

ジルたち3人はランドール城の前までやってきていた。

「さぁ、さっそく会いに行きましょう。」

マルクは嬉しそうにしていた。

笑顔で城の中へ通してくれる兵士とすれ違いながら3人は王の間へと進む。

赤絨毯の敷かれた王の間の先には2人が椅子に座っていた。

ハンス王とドレスを着た女の子だった。

「あっ!ジルたちじゃないか。久しぶりじゃないか。会えて嬉しいぞ。」

「王様、隣に座っているのはもしかして...。」

ジルは驚きの声をあげる。

「ああ、私の妃のミウだ。」

ハンスは少し顔を赤らめて言った。

「いつかはありがとうございました。おかげで私たちまだ若いですが

一緒にいることになりました。」

ミウは眩い笑顔で礼を言う。

「それはよかったですね。」

「2人とも幸せそうでいいわね。」

マルクとメアリーはハンスとミウの2人を微笑ましく見ていた。

 

 

 

「ところで何しにここへ?もしかして遊びに来てくれたのか?」

ハンスはふと問いかける。

「まぁ、そんなとこですね。俺たち今、特に目的もなくって

久しぶりにハンス王に会いたいと思って来たんですよ。」

「そうか、それは嬉しいな。ゆっくりしていってくれよ。

...あっ!そうだ。忘れていた。エトールのレナ王女が

君たちを探していたぞ。」

「え!レナ王女ってあのラクシャーサと戦ったときにいた

お姫様?」

「そうだ。何でも頼みたいことがあるとかでこの前会った時に

言われたのだ。」

「そうですか。...何だろう、頼みって!?」

「さぁ、それは私には分からないが折り入ったことらしいぞ。」

「分かりました。すぐ行ってみますよ。」

「うん、そうしてくれ。」

ジルたちはハンスに別れを告げてエトールへと向かった。

 

「く、間に合うのか?」

馬を飛ばすクラスコは数名の部下を連れながら焦っていた。

「もしこの判断が間違っていたら連合軍は一気に崩れる可能性も...くっ。」

クラスコの顔が曇る。

ブンッ。

ヒヒーン。

突然現れた光に馬は驚き足を止めた。

その光から現れたのはエウドラだった。

「お急ぎのようだな。」

エウドラは口元に笑みを浮かべて話しかける。

「ああ、悪いが今はお前に構っている暇はないんだ。通してもらうぞ。」

「連合軍と帝国の戦争は互角に近い形で消耗していくかと思っていたが、

随分やられているみたいだな。俺がついたストナ王国が漁夫の利を得ようと

思っていたが的が外れそうだ。」

エウドラは溜息をついて語った。

「エウドラ、何が言いたい?」

クラスコは苛立ちながら尋ねる。

「少し手伝いをしてやろうと思ってな。帝国側に付いてお前らとやり合うって

手もあるんだが、あまりおもしろくないし帝国はいまいち信用できないからな。

俺の魔法を使えば一瞬でフォーン国までいけるぞ。」

「(これは罠ではないのか?しかし、こいつなら俺たちを倒すのは小細工を

使わずともわけはない。ここは...。)

よし分かった。お前の手助けを受けよう。」

「そうそう、人間素直が一番だ。ではいくぞ。」

ブオーン。

エウドラ、クラスコとその部下は光に包まれ姿を消した。

 



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397,398

帝国軍黒騎士団はギアナ国のウルジナ平原へと足を進めていた。

そこから大きく離れたところにギアナ軍が待ち構えていた。

今回のギアナ軍は大半を弓兵で占められていて、射程範囲を確認しながら

弓を引く準備をしていた。

「ここで食い止めなければ町への進入を許すことになる。

ギアナ国の誇りにかけてここで全滅をさせるぞ!」

「おー!!」

ギアナ軍の士気が上がる。

「ぐぉぉぉぉ。」

黒騎士団は相変わらず低い呻き声を上げながら、ギアナ軍へと近づいていく。

「今だ!!射てーっ!!」

隊長の合図と共に黒騎士団へ向けて一斉に火矢が放たれる。

それはまさしく赤い雨のように降り注いでいく。

黒騎士団の動きがそれによって鈍くなる。

しばらく攻撃が続いた後、

「よし、撃ち方やめーっ!」

隊長が攻撃を止める合図を出す。

矢の雨から現れてきたのはほとんど変わらず、進んでくる黒騎士団の姿だった。

「そ、そんなばかな。」

隊長、弓部隊共々驚きを隠せない。

火矢によって焼かれたゾンビ兵は急所に当たった少数だけで他は何のダメージ

も受けていないかのようにギアナ軍へと向かってくる。

ギアナ軍は怯えるように普通の矢をゾンビ兵たちに射ち続けるもほとんど

効果はなく、やられる一方だった。

黒騎士団の中心にいるデュラハンは一直線に突き進み、ギアナ軍の隊列は

真ん中が空いて態勢ががたがたに崩れていった。

一部松明などを手にして直接ゾンビ兵を焼こうとする者もいたがもはやこの戦いの流れは

完全に帝国側に傾き、焼かれたゾンビ兵は10名にも満たなかった。

戦いが終わるころには再びギアナ兵の死体の山が出来ていた。

 

それから数時間後、クラスコがフォーン国の聖騎士部隊を引き連れ無残な戦場跡

へと駆けつけた。しかし、そこに帝国軍の姿は見当たらなかった。

「これは...。」

クラスコは言葉を失ったまましばらく立ち尽くしていた。

「クラスコ殿、敵は撤退したのですか?」

聖騎士の一人が尋ねた。

「そ、そのようだな...。」

「なぜ撤退したのでしょうか!?」

「さぁ、分からない。(まさか俺が聖騎士たちを連れてくることを

先読みしていたとでも言うのか。いや、ばかな。そんなはずはない。

これはきっと偶然だ。恐らく帝国側に何か事情があったのだろう。

そうでなければ連合軍は帝国には勝てない。)」

クラスコは複雑な心境で戻ることになった。

 

 

 

ジルたちはエトールへと到着した。

「王女様の頼みって何だろうな?もしかして俺と結婚したい

とかかな。」

バコッ!

メアリーがジルの頭を叩く。

「いててて。」

「そんなわけないでしょ、バカッ!!」

「怒るなよ。別に俺は好きじゃないしな。ああいうお堅い感じは。」

「別に怒ってなんかないわよ!」

「(この2人、どうしたらいいのでしょう。)とにかく会いに行きましょうよ。」

「ああ。」

3人はエトールの城へと向かった。

「ようこそ、エトール城へ。」

門の前に立つ兵士は義務的な口調で言った。

「ここはみんなこんな感じかな?」

ジルはそう呟きながら女王の間へと足を進めた。

「ようこそ、エトール城へ。どうぞ、ゆっくりして...あら?」

出迎えるレナ王女はジルをじっと見た。

「あぁ、あなたはジルですね。お待ちしていました。」

ジルは頭をポリポリと掻きながら、

「ハンス王から聞いたんすけど、俺らに頼みがあるとかって何?」

とレナ王女に尋ねた。

「すいませんね。わざわざ来てもらって。」

「気遣いはいいんだよ。早く用件を言ってくれ。」

「分かりました。単刀直入に言いましょう。ヴェロニス皇帝に会ってきてもらいたいのです。」

「何故そんなことを俺らに頼むんだ?」」

「実はサンアルテリア王国の外務大臣、D=クラプターに皇帝を倒せる者が

いないかと聞かれたのです。私が知る限りD=クラプターは信用出来る人物です。

その彼がそう判断したということは皇帝は危険なのでしょう。現に帝国は他国を

侵略して領土を拡大しています。しかし、私自身どうしても皇帝を悪人と決めつける

ことが出来ないのです。これは唯の直感なのですが...。」

「そこで俺たちに確かめて欲しいと?」

「ええ。私が直接行くのが筋なのでしょうが、国を離れるのは難しい。」

「それに帝国に行くのは怖いってことか。」

ジルは少し馬鹿にした言い方をした。

「ジル、それは言いすぎですよ。」

マルクが諭すように言う。

「いいえ、構いません。本当はそれが正直なところです。勝手なお願いですが、

引き受けてはくれませんか?」

「そうだな。俺たちも興味はあるし引き受けてもいいかな。2人はどう思う?」

ジルはマルクとメアリーに問う。

「私は引き受けるべきだと思います。」

「ええ、もちろんOKよ。ほっといたら私の国だって危ないかもしれないしね。」

「あら、あなたはサンアルテリア王国のメアリー姫ですか?」

「はい。以前にお会いしたことがありましたね。」

「あなたもいっしょに旅を?」

「そんなところです。」

メアリーは笑顔で答えた。

「決まりだな。女王様、この依頼引き受けるぜ。」

「ありがとうございます。船の手配と帝国への入国許可証はこちらで用意しましょう。」

「あ、俺とマルクの入国許可証はあるから一つでいいぜ。」

「分かりました。船のチケットを3人分と入国許可証を一つでいいですね。」

「ああ。」

3人はそれらをレナ王女から受け取りエトール城を後にした。

 



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399,400

ギアナ国にて。

「ギアナ王、それは危険です。お止め下さい。」

クラスコが必死にギアナ王へ訴えかける。

「こんな機会を逃す手はない。全軍を以って帝国を攻撃する。」

「敵が撤退したのは罠かもしれないのですよ。今のうちにこちらの態勢を

整える方が...。」

「それはどこの情報だ。そんなものは臆病者の考えだ。我等がこのまま

舐められたまますませられるはずがない。一体どれだけの兵士の血が流れたと

思っているのだ!」

「それでもここは耐えるのが肝要です。」

「ならばお前らだけここに残っていろ。誇り高きギアナの強さ、じっくりと

見てるがいい。」

「...。」

クラスコはもう何も言えず、その場を引き下がった。

「レビル将軍に連絡を。私はこの国から下がり、防衛網を引く。」

クラスコは一人の兵士に馬でレビル将軍の下へ走らせた。

 

そのころレビル将軍率いる連合軍本隊は。

「レビル将軍、敵は一向に攻めてくる様子を見せません。ここはこちらから

一気に攻めてみてもいいのではないでしょうか?」

「うむ。少しずつ軍を進めているが全く敵の姿が見えないな。

(確かにここから一気に攻めるのは悪くないはずだ。しかし、不吉な気配が

感じられる。今までの経験がわしに言っている。それは危険だと。)

...いや、まだこのままゆっくりと軍を進めよう。ギアナ国の様子も

気にかかるしな。」

レビルは警戒しながらの進軍を続けることにした。

 

「陛下、連合軍は僅かずつ軍を進めているようです。」

一人の兵士が皇帝へ報告をする。

「そうか。意外と慎重だな。それとも臆病なだけか?」

皇帝は簡単に感想を漏らす。

「連合軍の司令官レビル将軍はなかなかの人物だと聞きました。

恐らくは我々の思惑に感づいているところがあるのでしょう。」

エミルが皇帝に話しかける。

「そうだな。自意識過剰なギアナ王に比べれば随分ましなのだろう。」

皇帝は不気味な笑みを浮かべそう言う。

「はい。間もなくギアナ軍は滅びの道へと進むことでしょう。」

エミルは遠くを見るようにして言った。

 

 

 

慎重に進軍する連合軍本隊とは反対に勢いよく帝国領へと突き進むギアナ軍。

「行くぞー!帝国軍なぞ現れても蹴散らすのだー!」

ギアナ王は先頭に立って檄を飛ばし兵たちの士気を上げる。

そうしてギアナ軍が帝国領のクシュリナ荒野まで来たとき、全軍が一旦

足を止めた。その先に立っていたのはたった一人で向かい合い、

既にエクシードをその手にしていたカフィールだった。

「カフィール!」

ギアナ王は驚きの声を出す。

「ギアナ王はかつて勇猛な戦士だったと聞いていたが...。」

カフィールは呟くように言った。

「カフィール、見損なったわ。帝国の侵略行為に手を貸しているとは

聖騎士の名が泣くぞ。」

「こんな浅はかな奴だとはな。誇りや名誉などと言って冷静に判断することが

出来ない。強情なだけで民のことを考えていない。」

「民のことを考えていないのは皇帝の方だろう。己の野望の為に

民に重税を課し、徴兵をしていると聞く。どちらが悪しき者かは

お前に理解出来ぬはずはなかろう。」

「皇帝は腐ったアルテリア連合の国々を浄化しようとしているのだ。」

「完全に皇帝に誑かされているようだな。いいだろう、その命ここで

終わらせてやる。あの世で悔い改めることだな。」

ギアナ王は兵士たちに攻撃態勢をとるための合図を手を上げて送る。

「フ、なぜ俺が一人でこんなところで待っていたか分かるか?それはここには守るべき

草木や動物達がほとんどいないからだ。」

カフィールは剣を大きく振りかぶる。

その動作はギアナ軍の兵士たちの目には嵐が巻き起こるかのように映った。

「思い切り行くぞ!『アルティメット・ブレード・ウェイブ』!!」

一瞬の出来事だった。

ギアナ軍は巨大な光に包まれ、苦しむ間もなくその姿を消滅させられた。

一人の生存者も残すことなく。

「ふぅ、さすがに疲れたな。役目は果たしたしゆっくり休むとするか。」

カフィールは何もない荒野から引き返していった。

 

カフィールが放った強烈な光は破壊力は失いながらももう主のいないギアナ国まで

届いていた。その光を見た民衆は軍の敗北とこの世の終わりを感じとっていた。



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401,402

守る者がいなくなったギアナ国は間もなく帝国軍本隊によってあっさりと制圧された。

 

「ば、ばかな。なぜストナ王国が攻めてくるんだ!」

「ストナはこちら側じゃなかったのか。」

ストナ軍に攻められるフォーン国。

不意を突かれたような形になったことと主力の聖騎士部隊をアルテリア連合軍に

派遣していたこともあり、一方的にフォーン国はやられていった。

「くそ、エウドラめ!以前の協力的な行動はこれを考えてのものだったのか。」

フォーン王は押し寄せてくるストナ兵によって胸を刺された。

「ぐふっ...。」

フォーン王は血を吐いて倒れた。

 

「エウドラ。よくやった。これでわが国の領土は拡大した。礼を言うぞ。」

ストナ王はエウドラを喜びの表情で労った。

「いえ、自分の責務を果たしたまでです。しかし、問題はこれから。

領土を拡大したために兵力が分散化したこと、アルテリア連合を完全に敵に

回したことへの対応をどうするかです。」

「ふむ。より一層軍を強化しなければいけないということか。」

「そういうことになりますね。」

 

ストナ王国のフォーン国への侵攻の後は各国共に攻め手を持たず、

にらみ合う形となった。

その頃、ジルたちはヴェロニス帝国領土へと足を踏み入れていた。

「う~ん、やっぱり入国許可証があればあっさりいけるもんなんだな。」

「でも意外ね。今は戦争中よ。あっさりいけるなんて逆に怪しくないかしら。」

「どうかな。そんな気にすることもないんじゃないの?」

「警戒はしておいた方がいいですよね。」

3人はそう話しながら帝都を目指して歩き出した。

 

サンアルテリア王国ではアルテリア連合円卓会議が開かれようとしていた。

ギアナ国、そしてフォーン国が落とされたことで前回より2名出席者は少なかった。

「これよりアルテリア連合円卓会議を始める。」

いつもの通りといった感じで議長のD=クラプターは言葉を発する。

「連合軍はどうなっているんだ!ギアナとフォーンがやられているんだぞ!!」

ギアナ、フォーン共に隣国であったソフェット国のセオドア大臣は以前の

リーカルのイールのように危機感を募らせていた。

「連合軍はよくやってくれているよ。おかげでわが国は今も健在だ。」

ここでリーカルのイールが発言する。

 

 

 

「連合軍はリーカルを守るためだけに結成されたのか?」

セオドアが皮肉っぽく言う。

「何だ、その言い方は!リーカルはアルテリア連合の最前線の一国だ。

連合軍が守りを固めるのは当然のことだろう。」

イールが反発する。

「同じ最前線のギアナがやられたのだぞ。その差は何と考える?」

「まさか我等がリーカルが足を引っ張っているとでも言うのか!」

イールは怒りを顕にしていく。

「ちょっと待て。ここで内輪もめをしていてどうする?」

D=クラプターがセオドアとイールの言い争いに割ってはいる。

「ならD=クラプター。あなたはこの状況を満足としているのか?」

「満足はしていない。状況ははっきり悪い。だが、この状況を冷静に見て

考える必要はあるだろう。」

「まぁ、確かに。」

「レビル将軍からの情報では帝国は死霊兵を味方にしているらしい。

それは帝国が悪魔に魂を売ったということだろうが、そんなものに頼らないと

いけなくてなりふり構えるような状態じゃないのかもしれない。

そして、ギアナ軍を全滅させたという光。

あの力はカフィールのものだという噂がある。軍を一瞬にして消してしまう

程の大きな力。それだけの力には何か制約があるかもしれない。

なぜならそんな力があればとっくに我らは滅ぼされていても

おかしくないのだから。ほとんどが憶測に過ぎないが話は一応通る。

正攻法でこないというのは帝国の底が見えているということ。

これ以上の侵攻は難しいはずだ。」

「で、現状のままで十分だということか?」

「絶対はないが、恐らく十分だろう。だが、このままではいずれ同じことが

繰り返される。ここは一度反撃のチャンスを窺ってみるというのも手だと

思うが...。」

「それはリスクがあるのでは?」

「いや、帝国もこちらから攻めてくるというのは考えにくいはずだ。

それはやってみる価値はあるのではないか?」

「ふむ。」

会議の出席者達は意見を出しながら、帝国への反撃に頷き始めた。

「よし、ではこの意見に賛成の人は手を挙げてもらおう。」

全員が黙って挙手する。

「決定だな。」

こうして連合軍の帝国への反攻が行われることが決められた。

 



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403,404

帝国領奴隷都市ノルダ。

ここでは住民は全て一人の男の奴隷として扱われていた。

「ひぃぃぃ。どうかお助け下さい。」

薄汚い服を着た初老の男を豪華な服を着た長髪の男が

頭から踏みつけていた。長髪の男の後ろにはたくさんの綺麗な服を着た美女が

立っていた。

「貴様の今月の働きが定めた量より少ない。俺をなめているのか、え!」

長髪の男は踏んでいた足をグリグリと動かす。

「申し訳ありません、バルマー様。今月は病気をしましてとても働ける状態ではなかったのです。」

「あぁ、言い訳は聞いてないんだよ。俺の決まりを守れなかった奴はどうなるか

分かっているか?」

バルマーは初老の男の顔をぐいっと覗き込んだ。

「そ、それは...。」

「死刑だ。」

「そ、それだけはご勘弁を...。」

初老の男は必死で懇願した。

「おい。」

バルマーは後ろの美女に合図を送ると美女はバルマーに一本のナイフを渡した。

「死ね。」

ブスッ。

バルマーは初老の男の心臓を一突きした。

男はばたりと倒れた。

「おい、死体処理係。」

バルマーが大きな声で呼ぶとこれもまた薄汚い服を着た若い男が出てきた。

「こいつを片付けろ。」

「は、はい。」

男は言われるままに死体となった男を引きずって連れて行った。

その後、バルマーの手に美女からグラスを渡させワインを注がせた。

「全く使えない奴ばっかだな。」

バルマーは愚痴りながら注がれたワインを飲み干した。

「おい、お前隣に座れ。」

美女の一人をバルマーが座る大きく豪華な椅子に座らせるとその胸を揉みしだいた。

「あ、ああぁぁ。」

女は恥ずかしがりながらも小さな声で喘ぎ声を上げた。

「はっはっは。やはり女はいいな。苛立ちを抑えてくれる。」

バルマーは笑いながら女の反応を楽しんだ。

 

それからしばらくして。

「失礼します。」

女性が一人、バルマーのいる部屋を訪れる。

それはバルマーの部屋にいる美女とは違い、死刑にされた男のように汚い身なりをしていた。

「あぁ?何の用だ?」

「すいません、バルマー様。報告したいことがあります。」

「言ってみろ。」

「はい。今、この街に何かの宗教団体が訪れてきています。」

「ほぉ、そうか。よく報告しにきたな。褒美をやろう。」

バルマーが後ろに合図をすると手に一つのパンを渡させた。

それを半分に千切って報告に来た女の足元に放り投げた。

「あ、ありがとうございます。」

女はそれをすぐ手にして部屋を出て行った。

 

 

 

「どこのどいつだ。俺様に許可なく勝手なことをしているのは?」

バルマーは立ち上がって怒りを見せた。

 

ノルダの道端にて。

道行く人々はみな粗末な服装をしていた。

その中で修道士の格好をした男が3人立っている。

「おぉ、何と苦しい思いをしている人たちよ。神はあなたたちのような

人を救ってくださる。信じなさい、神を。そうすれば希望に満ちた世界

がもたらされるでしょう。」

中央の男が人々に穏やかに語りかえる。

「おいおい、俺様の奴隷共におかしなこと吹き込んでんじゃねぇよ。」

修道士たちの前にバルマーが現れる。

「あなたが人々を苦しめているのですか?悔い改めなさい。

神は寛大です。深く反省をすれば神はお許し下さいます。」

「へっ。何が神だ。ここじゃ神なんてのは何の役にも立たねぇぜ。」

バルマーは唾を吐き捨てて言った。

「おぉ、何と悲しいことだ。神を信じられないとは...。

残念なことにあなたの心には悪魔が住み着いているようだ。

悪魔は祓わねばなりません。サーク、お願いします。」

「はい、モヌーク様。」

モヌークの傍にいるサークが一歩前へ出る。

「私があなたの悪魔を浄化してあげましょう。」

サークは右腕を前に出す。

「!?」

前に出された右腕は蛇へと姿を変えて驚くバルマーに襲い掛かる。

ガブッ。

バルマーの左腕がサークの蛇に咬まれる。

「お前、人間じゃないな。」

バルマーはサークを睨みつける。

「この蛇に咬まれた者は神経毒ですぐに身動き取れなくなります。

おとなしくしなさい。」

サークはあくまで穏やかに言った。

「あぁ、何が動けなくなるって?」

バルマーは右手で背中から鞭を取り出しサークの蛇に向けて打つ。

バチンッ!

激しく鞭が蛇に振るわれて蛇の胴体は2つに切り離された。

「な、な。」

サークは驚いて一歩退く。

「これはよほど強力な悪魔が取り付いているようですね。

パノンも手伝ってあげなさい。」

モヌークの傍にいたもう一人パノンも前に出た。

「分かりました。これも神の試練かもしれませんね。

悪魔よ、早々に立ち去りなさい。」

パノンは両手を蛇に変えてバルマーの両腕に絡ませる。

「ぐっ...。」

バルマーの動きが封じられる。

「これで、抵抗出来ませんね。私のもう一つの蛇は死の毒を持っています。

我慢出来ますか?」

ビュッ。

サークの蛇がバルマーに襲い掛かる。

 



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405,406

「これで俺様の動きを封じたつもりか?」

バルマーはにやっと笑う。

サークの蛇がバルマーに届こうとしたとき、

「おらっ。」

バルマーはパノンの蛇に縛られた両腕でパノンごと振り回して

サークの攻撃を振り払った。

パノンの蛇は勢いに押されてバルマーの腕を放した。

次の瞬間、

「『チョッパー・ウィップ』!」

バルマーの鞭は無数の曲線を描いてサークとパノンの体を切り刻んでいく。

「ぐあぁぁぁ!!」

モヌークは後ろに下がり両腕で防御する。

2人は絶叫しながら血飛沫を巻き上げる。

バルマーの攻撃が止むとサークとパノンはその場に倒れた。

「俺様の土地を荒らした罪は重いぞ。」

「サーク、パノン。あなたたちの信仰は素晴らしいものでした。

神もきっとお喜びくださっているでしょう。私も神の為にこの命を

捧げましょう。」

モヌークの目が妖しく光る。

「てめぇも死にやがれ。」

モヌークに向けられたバルマーの鞭は直撃したものの何の手ごたえもなかった。

「な、何だ、この感触は。生き物っていうより丸っきり石を叩いたような感じだ。」

モヌークは大きく口を開くと姿が変わっていく。その姿はまるで巨大なワニの

ようになった。

「化け物が布教活動とは笑えるな。」

「悪魔よ、滅せよ。」

モヌークは鋭い歯を光らせながらバルマーに突っ込んでいく。

バルマーは何度も鞭を打ち付けるがモヌークにダメージは全く与えられなかった。

「く。」

バルマーはモヌークの牙を避けるため横に飛ぶ。

ビュン。

バシッ。

そのバルマーをモヌークに生えていた尻尾が鞭のように打ち付ける。

バルマーは壁にぶつかり肩膝を地につける。

「けっ、化け物がやるじゃねぇか。」

バルマーは血をぺっと吐きながら立ち上がる。

「てめぇは生け捕りにしてやるぜ。」

バルマーは不気味な笑みを浮かべる。

「『プリズン・ウィップ』。」

振るわれたバルマーの鞭はモヌークに当たるとそこからビューンと伸びだし、

モヌークの体を縛っていく。それはモヌークの全身を完全に覆いバルマーが

鞭から手を放すと大きな鞠のようになった。

「おい、運搬係。こいつを拷問都市へ持って行け。」

2人の男がバルマーの前に出てくる。

「は、はい。」

2人は鞭の鞠を転がしながら運んでいった。

 

 

 

奴隷都市ノルダまでやってきたジルたち。

「ここは大きそうな街なのにみんな貧しい格好をしているな。」

3人は街の人々を見て唖然とした。

「酷いわね。」

「これが帝国のやり方なんでしょうか?」

そこへバルマーが前から歩いてくる。

「ん?」

バルマーはジルたちに目をつける。

「お前ら、どう見てもこの街の者じゃないな。」

「お前がここを支配しているのか?」

ジルはバルマーに尋ねる。

「この街は俺様バルマーの家だ。そしてここに住む者は全て俺の奴隷だ。」

「ジル、こんな奴やっつけちゃおうよ。」

メアリーが横から言う。

「俺とやるつもりか。」

バルマーは鞭を取り出して戦闘態勢をとる。

「しょうがないか。」

ジルも剣を抜いてバルマーに向き合う。

「ん?(何だ、こいつから感じるものは?只者ではない。)」

バルマーはジルをじっと見たまま動かない。

「どうした?」

バルマーは鞭を持つ手を一旦下ろす。

「このままここを通してやろう。だが、俺の奴隷に手を出すというのなら

俺も黙ってはいない。」

「何いってるのよ、こいつ。」

「メアリー、マルク、行くぞ。」

ジルは剣を収めてバルマーを通り過ぎていこうとする。

「いいんですか、ジル。」

マルクが問いかける。

「あぁ、今は余計な争いはしない方がいいからな。」

「どうして見過ごすのよ。あんたにはあの貧しい人たちが見えないの?

どう見てもあのバルマーってやつが原因なのよ。」

ジルは黙って歩いていく。

「何なのよぉ、もう!」

メアリーは怒りながらジルについていく。

 

しばらく歩いていると、ジルたちの前に3人の宣教師が現れた。

宣教師たちはジルたちに会釈をして過ぎようとする。

「待て。」

ブスッ。

ジルは剣で1人の体を貫いた。

「えっ、何してんのよ!」

メアリーは驚きを隠せない。

残った2人の宣教師も振り返りジルの方を見る。

「メアリー、よく見ろ。」

そう言ってジルは倒した者を指差す。

そこにあったのは人ではなく獣の姿だった。

「どういうこと?」

「こいつらの目的は知らないが、人を欺き歩いているのは確かだろう。」

「ぐっ。」

2人の宣教師は手から長い爪を出して、ジルに襲い掛かる。

ズバッ。

ジルは一瞬にして獣と化した2人の宣教師を倒した。

「(この国がどうなっているのか、やはり皇帝に会って確かめる必要がありそうだ。)」

ジルたちは再び皇帝のいる帝都へと向かった。

 



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407,408

「ザムザ、これまでの功績を称えてお前と黒騎士団にネーデル村の

守備を任せる。」

ヴェロニス皇帝がザムザに命じる。

「陛下。確かにネーデル村は帝都へ攻め入る場合要所となる村ですが、

今の状勢を考えれば黒騎士団は前線へ配置する方がよろしいかと...。」

「ザムザ、お前は軍師ではない。何も考える必要などない。ただ余の

言う通りに動けばいいのだ。分からぬか?」

皇帝は冷たい視線でザムザを見る。

「い、いえ。そんなことはありません。分かりました。ネーデル村へ

向かいます。」

「うむ。分かればいい。下がれ。」

それだけ言うと皇帝はザムザを下がらせた。

 

「陛下、よろしいのですか?あれではザムザの不平を募らせるだけかと。」

ザムザがいなくなったところで軍師エミルが尋ねる。

「お前も分かっているだろう。あれはもう用済みだ。前線に送り出したところで

連合の勢いをつけるきっかけになりかねん。それよりもネーデル村に置いた

方がおもしろいことになるかもしれないからな。」

皇帝は少し笑みをもらす。

「そのようにお考えでしたか。失礼致しました。」

エミルは陛下に謝罪した。

「ところで、エミル。これからのこともちろん考えていような?

黒騎士団は当然だがカフィールを含め白騎士団も国内での活動に

回らせるから使えないぞ。」

「はい、分かっております。迅速な行動とタイミングをうまく合わせれれば

作戦の成功は間違いないかと思われます。その為に本隊の大半をつぎ込む

ような形になりますがよろしいでしょうか?」

エミルは確認するように皇帝に問う。

「もちろんだ。お前が思うように使え。」

「ありがとうございます。このエミル、必ずや陛下の期待に応えてみせましょう。」

「うむ。連合の中ではギアナ国の制圧でこちらが息切れを起こしていると

思っている者もいるだろう。ここからセカンドターンの始まりであると

いうことを知らしめるのだ。」

 

ザムザは与えられていた部屋にいた。

「おのれ、皇帝め。私をこれほどまでに冷遇してただで済むと思うな。

すぐに後悔させてやる。」

ザムザは皇帝に対する復讐心を募らせていた。

 

 

 

アルテリア連合軍本隊にて。

「円卓会議で帝国への反攻、ギアナ国の奪還が決議された。

どう思う、カシム。」

レビルはカシムと呼ばれる若い男に問いかける。

「それはもうチャンスじゃないでしょうか。今までの帝国の

攻め方を見れば、なりふり構っていられないという感じでした。

ゾンビ兵を使ったり、カフィールを引っ張り出してきたりして

恐らく本隊の戦力はギアナを制圧したもので全てではないでしょうか?」

「うむ。どう考えてもその通りなのだが、何か引っかかるな。

果たして帝国本隊の戦力がその程度のものなのかが...。」

「考えすぎですよ。大きな戦力があればわざわざ変な小細工をしなくても

力押しで進めればいいだけでしょう。それをしないのは出来ないからですよ。

ギアナ国さえ取り戻せばこちらの勝利は揺るがないでしょう。」

カシムは力を込めてレビルに言った。

「そう単純なものではないと思うがな。まぁ、しかしゾンビ兵対策として

アンデッドモンスターに強い僧侶を軍に呼んでいる。敵が一息ついていることも事実。

ならばこちらから攻めてみるのも悪くないか。」

レビルは少しやる気を見せだす。

「それに、今までやられっぱなしで何とか仕返しをしたいと思っている

兵たちも多いはずですよ。」

「確かに。戦う者として勝利を知らないというのはつらいものだな。

よし、クラスコに連絡を取れ。2方からギアナ国にいる帝国軍へ攻撃を仕掛ける。」

「はい。」

カシムは気持ちを高ぶらせて部下へクラスコの元へと向かうよう命令を

しに行った。

「...、サンアルテリア王国では何やら大規模な都市開発をしているという噂を聞いた。

サンアルテリア王国の上の連中はこんな状況で何を考えているのやら。

そんな余裕があるのなら軍の戦力を増強する方に力を入れてくれればいいのにと

思うのだが...。まぁ、それぞれ役割分担があるということだろうか。

こちらはこちらでこれから始まる目の前の戦いに全力を尽くすとしよう。」

 

それからしばらくして帝国領ネーデル村で。

「殺せ。村人を1人残らず殺しつくせ。」

ザムザに命令をされて黒騎士団のゾンビ兵たちは村人を次々と殺していった。

「きゃー!」

「うわぁ!!」

村のあちこちで逃げ惑いながら殺されていく村人たちの悲鳴が響いていた。

「はっはっは。これで皇帝は私への待遇を間違えたことと後悔することだろう。」

ザムザは邪悪な笑みで凄惨な村の様子を眺めていた。



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409,410

「もうすぐネーデル村ですね。そこを過ぎれば、帝都までそんなに

遠くないみたいですね。」

マルクが地図を見ながら言う。

「何だか嫌な予感がするな。この感じ、前にもあったような...。」

ネーデル村の方を見ながらジルは言った。

「嫌な予感って何よ?とにかく行ってみましょうよ。」

メアリーは何も気にすることなくネーデル村へ向かおうとする。

ジルとマルクも一緒に歩いていく。

 

ネーデル村に辿り着いた3人はその惨状に呆然と立ち尽くしていた。

そこには生きている人は1人もいなかった。

元は兵士であった者、村人であった者がゾンビとして彷徨っていた。

「ウゥ~。」

彷徨うそれらが皆低い呻き声を上げていた。

「何だか可哀そうね。」

「そうですね。そんな感じがすごい伝わってきますね。」

「一体誰がこんなことを...。」

そこへ1人の小柄な老人、ザムザが現れた。

「生贄が現れたようだな。ゾンビどもよ、集まれ。」

ザムザの命令に従い彷徨っていたゾンビたちはザムザの下にゾロゾロと集まりだした。

「お前か。こんなことをしたのは。」

ジルの声には怒りが込められていた。

「何だ、やる気か?これだけの数、僧侶や聖騎士でも苦しいはずだぞ。」

ザムザはにやにやとしていた。

そしてすぐにザムザの前に大量のゾンビたちが出てきて、ジルたちの行く手に立ちふさがる。

「お前ら、行け!」

ザムザの命令でゾンビたちはジルたちに襲い掛かる。

「くっ、マルクは下がってろ。」

ジルはそう言ってマルクを下がらせると剣を抜いて応戦する。

ジルはゾンビが動けなくなるよう、ゾンビの四肢を素早く切断していく。

「私も戦うわ。『ファイアウォール』!」

メアリーは立ち上がる炎で耐火仕様の鎧を身に着けたゾンビ兵でさえも焼いていく。

しかし、数のあまりの多さに2人はしだいに追い詰められていく。

ジルとメアリーは苦しみの表情を浮かべる。

「ジル、私も戦いますよ。」

マルクが前に出ようとしたところでジルが手で制する。

「マルクは後ろでサポートをしてくれ。前には出てくるな。」

ジルは必死に戦いながらマルクを止める。

 

 

 

ゾンビたちと戦うジルたち。

「(まだ本調子じゃないな。これはまずいな。)」

「はっはっは。無駄なあがきはやめたらどうだ?」

唇を噛み締めるジルとは反対にザムザは笑っていた。

「どうする、ジル?」

メアリーは魔法力が尽きようとしていた。

「こうなったら逃げるしかないか。」

追い詰められたジルが諦めて逃走を提案したとき、

ボォォォォ!!!

ジルたちの目の前を巨大な炎が横断する。

炎はジルたちの目の前にいたゾンビたちを一掃した。

「何だ!」

ジルたち3人、そしてザムザも突然の出来事に驚き炎が現れた方角を向く。

そこに現れたのは体を炎で包んだ魔人だった。

そして傍には1人の女性が立っていた。

「イフリート、ゾンビを全て焼き払って。」

女性が命じると

「グォォォ。」

返事するように雄叫びを上げた。と、同時にイフリートは体に纏った炎を

ゾンビに向けて放った。

その強烈なまでの炎はゾンビ兵の耐火仕様の鎧などなかったかのように

一瞬で全てを焼いていく。

「ぐぬぅぅぅ。」

ザムザは悔しさを感じながらも自分の身の危険を案じてまだ炎が燃え盛る中、

駆け足で逃げ出した。

ジルたちは炎が納まるのをじっと待っていた。

やがて炎が消えると後には炭や灰と煙だけが残っていた。

「ありがとう、イフリート。」

女性がイフリートに礼を言うとイフリートはその姿をすぅっと消していった。

そして女性はジルたちの方に近づいてきた。

「久しぶりね。」

女性は笑顔で挨拶をした。

「え!」

3人はイフリートの登場とはまた違う驚きだった。

「ジルとマルクの知り合いなの?」

「い、いや、覚えが...。」

ジルは思い出そうとしても思い出せない困った顔をした。

「何言っているの?私よ、パティ。忘れちゃったの?」

「え、えぇぇぇ!!」

ジルとマルクはさらに驚いた。

「パティってあのパティか?」

ジルは信じられないという表情で尋ねる。

「どのパティがいるのよ。一緒に旅をしたでしょ、もう。」

「で、でもあんなに小さかったのに私たちとそれほど変わらないくらいに

大きくなってますよ。」

「ああ、それはね。幻獣界とこのテラでは時間の流れが違うみたいなのよ。」

「そ、そんな。こんなに大きくなるなんて。」

ジルは驚きながらパティの大きくなった胸をじっと見ていた。

「ちょっとどこ見てんのよ。」

メアリーは怒ってジルの耳を引っ張る。



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411,412

「あれ、この人はジルの彼女?」

パティはメアリーに気づいて尋ねた。

「違う、違う。メアリーはただの仲間だよ。」

ジルがそう言うと、メアリーは笑顔で

「パティちゃんはいい子ね。私はメアリー、よろしくね。」

そう言いながらメアリーはジルのお尻にそっと手をやりぎゅっとつねった。

「いってぇ!!」

ジルは痛みに耐え切れず走り回った。

「(こ、こわい。)」

パティとマルクはともにメアリーを見て思った。

「それにしてもパティ。さっきのイフリートはすごかったですね。」

マルクは話題を変える。

「うん。幻獣界で幻獣達といっぱい仲良くなったのよ。」

パティは嬉しそうに答える。

そこへ痛みが何とか治まったジルが戻ってきた。

「まったくもう。それよりパティ、また俺らと一緒に行けるのか?」

ジルはパティを真っ直ぐに見て言った。

「うん。そのつもりで探していたのよ。」

パティは満面の笑顔で返事をした。

4人が和やかな雰囲気になった中、薄まってきた煙の向こう側から1人の騎士が

現れる。漆黒の甲冑に身を包んだ死霊騎士デュラハンだった。

それに気づいた4人は一気に緊張が高まる。

「マルク、メアリー、パティ、お前らは下がっていろ。こいつは俺の相手だ。」

「でも...。」

そう言いかけたメアリーだったが、ジルの真剣な表情に黙って後ろに下がった。

マルクとパティも素直にそれに従った。

デュラハンは剣を抜いて構えると馬に跨ったままジルに向かって突っ込んできた。

ジルも剣を抜いて待ち構える。

「(来る。)」

デュラハンがジルの目の前に迫り2人の剣が交差する。

ガキーン!

大きな剣のぶつかる音が聞こえるとデュラハンはグルリと回ってジルから一旦離れた。

「(こいつは強い。いやそれよりもこいつからは深い憎悪しか感じられない。)」

それから何度も2人はぶつかり剣を交えあい互角の戦いを続ける。

「ジル!」

マルクが心配して声をかける。

「マルク、手を出すんじゃないぞ。これは俺の力を取り戻す戦いでもあるんだからな。」

ジルはそう言ってマルクの心配を遮る。

「(さぁ、来いよ。)」

ジルは近づくデュラハンに対して狙いすます。

 

 

 

ブンッ!

ジルの気合の籠もった剣戟はデュラハンに打ち合うことを避けさせ馬から

飛び上がらせた。

デュラハンの乗っていた馬はそのまま走り過ぎていく。

2人は剣を構えたまま向かい合う。

お互いにその間合いを詰めず緊張した空気が走る。

「行くぞ!」

ジルはデュラハンに攻撃を仕掛ける。

ガキーン!

剣のぶつかる衝撃音が大きく響き渡る。

2人の剣戟は一気に激しさを増し、お互いに一歩も引かなかった。

「はぁはぁ、はぁ。」

激しい戦いの中でジルは息を切らしていた。

「(何なんだよ、こいつは...。)」

ジルは少し焦りを感じ始めていた。

そこでデュラハンは紫のオーラを放った。

それはジルの方まで包もうとする。

「ぐ、ぐぁぁ。」

ジルは紫のオーラに触れた途端、急に苦しみだす。

「ジル!」

マルクは思わず声を上げる。

「(憎しみが心から湧き上がってくる。う、う、自分が自分でなくなっていきそうだ。)」

ジルは苦しみに顔を歪める。

「『イエローフローラル』。」

マルクはジルに向かって黄色い風を送る。

「ふぅ、ふぅ。」

マルクの魔法によってジルは落ち着きを取り戻す。

「サンキュー、マルク。助かったよ。」

笑顔でジルはマルクに礼を言う。

「俺には仲間がいるんだ。俺1人気負いしてたかな。」

ジルは穏やかな表情で剣を構えた。

「さぁ、行くぞ!」

ジルから白いオーラが放たれデュラハンに向かう。

ジルは肩の力が抜けたようにのびのびと剣を振るう。

これまで互角だった戦いを徐々にジルが押していく。

そして、遂にジルはデュラハンを建物の壁際まで追い詰める。

「止めだ!『オーラブレイク』!!」

ジルのオーラを纏った剣は必殺の一撃でデュラハンの剣、甲冑を破砕する。

「やったー!」

離れたところから見守るメアリーたちが喜びの声を上げる。

「ん?」

ジルは砕けた甲冑を見つめる。甲冑の中に人の体はなかった。そこからは紫のオーラが

天に向かってゆらゆらと立ち上っていた。

「こいつは何かの怨念が甲冑に憑いたものだったのか...。」

ジルの下へ3人が駆け寄る。

「大丈夫だった?」

メアリーが笑顔で声をかける。

「ああ、これでやっと復活したって感じがするな。」

「そうですね。」

「ジル、すごい強いんだね。びっくりしたよ。」

久しぶりに見たジルの戦いにパティは興奮と驚きを感じていた。

「ははは、ホントは結構一杯一杯だったんだけどな。」

戦いが終わり、4人は一息ついた。



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413,414

「くそっ。私があんな奴らにやられるなんて。」

ザムザは悔しさを顕にしながらネーデル村から離れるように歩いていた。

「ん?」

ザムザの前に1人の少年が立ち塞がる。

「邪悪な気配を辿ってここに来た。」

少年は言葉に何の感情も表さず独り言のように言った。

「何だ、このガキは?迷子か?」

ザムザは少年を見下していた。

「俺はダニエル=シールダー。勇者の血を引く者だ。」

「はぁ、勇者だぁ?いかれたガキが何をほざく。ちょうどいい。

お前を殺して私の奴隷として働かせてやろうか。」

「死ぬのはお前だ。」

ダニエルは背中に背負った鞘から聖剣エクスカリバーを引き抜く。

引き抜かれた剣は聖剣に相応しい黄金の輝きを放っていた。

「ほぉ、ガキには過ぎたオモチャだな。お前を殺した後に私がもらってやろうか。」

ザムザはダニエルを完全に下にみていた。

「さっさと攻撃してこいよ、雑魚。」

ダニエルは挑発するように言い放つ。

「何だと!私を雑魚呼ばわりとは...。よほど死にたいらしいな。

いいだろう。お前に後悔させてやるぞ。」

ザムザは手のひらをダニエルに向ける。

「死ねっ!」

ザムザの手から黒い光がダニエル目掛けて放たれる。

ボンッ。

ダニエルは横に避け黒い光は地面にぶつかり、砂煙を巻き上げるだけだった。

「ちっ、外したか。運がいいな。だが次は外さん。」

ザムザはさっきと同じように黒い光を放つ。

ダニエルは飛び上がって黒い光を回避するとそのままザムザの目の前で着地した。

「終わりだ。」

ズバッ。

ダニエルの聖剣は横薙ぎにザムザの腹を切り裂き、ザムザの体は2つに分かれた。

ブシュゥゥ。

ザムザの体からは大量の血が噴出していた。

「こ、こんなガキに私がやら、れ、る、なん、て...。」

ザムザはガクッと首を擡げて沈黙した。

ダニエルは空を見上げる。

「これでいいのか、カフィール。俺は誇り高い勇者の子孫として

邪悪な者たちを倒していく。それで俺はこのエクスカリバーに相応しい人間に

なれるだろうか?」

ダニエルは目の前にいないカフィールに、そして自分自身に問いかけるように

言った。

 

 

 

「ついに来たな。」

ジルたちはヴェロニス皇帝のいる帝都までやってきていた。

「で、どうするの?もしかして正面から会いに行く?」

メアリーはテンションを上げてジルに聞く。

「まさか忍び込んだりしませんよね?」

マルクはドキドキしながら尋ねる。

「そうだな...。う~んと、とりあえず行くか。」

ジルは不敵な笑みを浮かべながら、城の前まで向かう。

城門には2人の兵士が立っていた。

「やっぱり正面突破ね。」

「まぁ、...。」

ジルはそう言って兵士に1人近づく。

「これを皇帝に渡して欲しい。」

ジルは兵士に封筒を一つ渡すと一旦下がってみんなの元に戻った。

「何してたの?」

パティが尋ねる。

「ふふ。秘密兵器かな。」

ジルは含み笑いをしてみんなに隠す。

しばらくすると兵士がジルに近づく。

「おい、皇帝陛下への謁見が許可された。入っていいぞ。」

そうしてジルたちは城の中へと案内された。

「ここで待つように言われている。大人しくしているのだぞ。」

広間へと案内すると兵士はまた持ち場へと戻っていった。

「それで一体何をしたのですか?」

今度はマルクが尋ねる。

「実はエトールの女王様から手紙をこっそりと預かってな。それで

皇帝に会えるだろうって。」

「なぁ~んだ。そんなものがあったんなら最初から言いなさいよ。」

「いや、ちょっとみんなを驚かせたかったんだよ。」

「それほど驚くようなことでもないと思いますが。」

「ちぇ、ノリが悪いな。まぁそんなことは本当にどうでもいいんだけどな。」

「会ってどうするかよね。」

「そうだな。」

ジルは真剣な表情になる。

「平和的な方向に持っていければいいですね。」

「それは相手の考え次第だが...。来たか。」

目前の赤絨毯の敷かれた広い階段より1人の男が降りてくる。

この国で誰よりも高い地位にいるに相応しい身なり、容姿端麗な様子は

ジルたち4人全てが緊張で身構えてしまう。

その男、ヴェロニス帝国皇帝キルヒハイス=ヴェロニスは不敵な笑みを浮かべる。

「よく来たな、エトールのレナ王女の使者よ。」

 



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415,416

皇帝とジルたちの間にしばし沈黙の時が流れる。互いの出方を窺うように。

「用件は何だったかな?」

皇帝は穏やかに尋ねる。

「レナ王女の手紙にも書いてあったと思うが、帝国が侵略を繰り返す

目的について聞きたい。」

ジルは皇帝のプレッシャーを振り払って毅然とした態度で言った。

「侵略か。それは余の野望の為だ。世界を余の下に置き、余の思い通りに

動かす。このテラだけでなくいずれは魔界をもな、魔界の覇者ジル。」

「!?」

ジルは驚き言葉を失う。

「そう驚くことはあるまい。余が魔界に興味を持ち偵察を送らせていた。

だからお前が魔界で最大の勢力を誇っていたイデア教を倒したという

情報を持っていても何の不思議もあるまい。」

「た、確かに。」

「聞きたいことはそれだけか?」

「もう一つ。帝都すぐ近くのネーデル村がゾンビを操る魔道士に壊滅させられていた。

そのことを知っているのか?」

ジルは平静を取り戻して再び皇帝に訊ねる。

「あぁ、黒騎士団のことか。奴らにはネーデル村を守るように言っていたのだがな。

まぁ村人を殺しても仕方ないか。」

皇帝は淡々と答える。

「仕方ない?お前は国民の命をどう思っている?」

ジルはあくまで普通に問いかける。

「ふん。皇帝である余の命に比べれば村人数百人の命など鳥の羽のように軽いものだ。

いくらでも代りがいる、ほっとけばまた増えていく、何も気にすることは無いだろう。」

皇帝はそう言い捨てた。

「あんたねぇ、黙って聞いてりゃ何言ってんのよ!国民の命を大切にしない主なんて

最低よ!!」

メアリーが後ろから怒り出す。それをジルは手で制する。

「メアリー、気持ちはよく分かるが黙っててくれ。」

ジルはメアリーに優しく声をかける。

「皇帝、もし今の言葉が真実なのだとしたら俺はお前を倒さなければならない。」

ジルは真剣な面持ちで皇帝の顔を見る。

「はっはっは。余を倒すか、おもしろい。魔界の覇者の力とやらを見てみたいものだ。」

「いいだろう。」

ジルはすっと剣を抜く。

一方、皇帝は腰に提げた鞘に手を当てるが剣を抜こうとしない。

「どうした?やる気がないのか?」

ジルは一瞬戸惑う。

「これは余の構えだ。気にするな。かかって来い。」

「そうか。ならば、行くぞ!」

ジルは仁王立ちする皇帝に向かって剣を振るった。

 

 

 

ガキーン!!

大きな衝撃音を挟んでジルと皇帝の対照的な表情が見て取れた。

「ば、ばかな。」

ジルは刀身が半分無くなった自身の剣を見て驚く。

「この剣『オートクレール』は魔剣と言われた一刀のはずだ。長い年月での老朽化や

使いすぎて耐久力が落ちていたということはなかったはずだ。」

余裕の表情を浮かべる皇帝の手には少し反った長剣が握られていた。

その剣は神々しい輝きを放っており一般の兵士が手にする剣とは

全く違う力強さを誇っていた。

「単純にその剣は余の剣よりも弱いということだ。余の剣は『飛剣ファルシオン』。

神より齎された『聖剣エクスカリバー』と攻撃力において引けをとらぬものだ。

余の剣に勝てる武器はそれほど多くは存在しない。」

「そ、そんな...。」

ジルは落胆の色を浮かべる。

「少々がっかりしたな。魔界の覇者の力とはこの程度のものか。

これなら余の魔界制覇はそれほど難しいものではなさそうだな。

それともジル、お前がこの剣と対等の剣を手にしていれば

違った結果になっていたか?」

「ぐ。」

ジルは剣を折られ圧倒的に不利な状況を感じていた。

「まぁいい、どちらでも。もはやお前の目は敗者の目だ。余は敗者に用はない。

さっさと引き下がるがいい。」

ジルは屈辱を強く感じながら言葉を失っているマルクらを

連れて城を出ることにした。

 

城を出たジルたちだったが、皆言葉がなかなか出てこない。

そんな重苦しい空気の中、ジルが口を開く。

「いや~、まいったな。皇帝があんなに強いとはな。」

ジルは場を和まそうと軽い感じで言った。

「そ、そうですね。」

マルクもジルの気持ちを察して同意する。

「まいったじゃないわ!あんな奴に負けて悔しくないの!」

メアリーはまだ怒りが納まらないといった感じでジルに言葉をぶつける。

「私も何だか悔しい。あんな人を人だと思わないような最低な皇帝に

ジルが負けるなんて。」

パティも控えめながらメアリーと同じ意見を言う。

「確かに悔しいよな。こうなったら...。」

「ヒヨルド博士の剣を完成させるんですね。」

マルクはジルの言葉の続きを言う。

「あぁ。」

ジルは決意に満ちた表情で空を眺めた。



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417,418

ヒヨルド博士が作ろうとしている剣の完成を目指すことにしたジル達。

「え~と、グリーンサファイアだっけ。必要なのは?」

「それと盗賊団のシャドウラビッツが持っているレッドエメラルドも

必要ですよ。」

「そっか。やっぱ難しいよな。」

「ねぇねぇ、グリーンサファイアとかレッドエメラルドって何の話?」

パティが2人の会話に割ってはいる。

「あ、そうだ。パティは知らないんだったな。実はすごい剣を作るために

レインボーダイヤモンドって宝石を手に入れなきゃいけないんだが、

それはビッグジュエルって呼ばれる3つの宝石をまず集めなきゃいけないんだ。

で、その内の一つブルールビーはたまたま手に入れたんだけど、レッドエメラルド

ってのは盗賊が持ってて、グリーンサファイアについてはどこにあるのか

分からないっていう状況なんだ。」

「へぇ~。」

パティはジルの説明を頷いて聞いていた。

「グリーンサファイアがどこにあるのか分からないっていうんだったら

一回情報屋に聞いてみてもいいんじゃない?」

「あっ!その手があったか!!」

ジルはメアリーの提案にはっとした。

「でもこの辺で知っている情報屋はいるんですか?」

マルクがふと尋ねる。

「う~ん、こういうのは大抵路地裏とかにいるんだけど...。」

そう言ってメアリーは路地裏の方へ歩き出す。

ジルたちもメアリーについていく。

メアリーが入った暗い路地裏の中で、

「あっ、あった。けど...。」

そこには情報屋と書かれた大きな看板を手にした初老の男が1人座っていた。

男はみすぼらしい格好をして長い髪に丸い帽子を被っていた。

「あの看板、怪しすぎないか?」

ジルの言葉は皆の心の感想だった。

「確かに。路地裏とは言え分かり易すぎますよね。」

「でもあの人に聞くしかないんじゃない?」

「う~ん、そうだな。」

パティの意見にジルは仕方なく納得し男に近づいてみた。

「あの~、すいません。」

男は自分を呼んだジルに顔を向ける。男の顔は長い髪で隠れていて表情が見えない。

「教えて欲しいことがあるんですけど...。」

ジルは男の具合を伺うように言った。

「え?」

男は耳に手を当て聞こえなかったという風な仕草をする。ジルたちはこの老人は

耳が遠いのだとすぐに理解した。

 

 

 

「あのぉ。俺たちグリーンサファイアって宝石を探してるんですけど

知りませんか?」

ジルは声を大きくして老人の耳元でゆっくりはっきりと話した。

「あぁあぁ、知っとる知っとるよ。ばあさんは去年亡くなったんじゃ。」

老人の言葉にジルたちは落胆した。

「ダメか。じいさん、ボケてるもんな。」

「誰がボケてるか!」

老人は突然怒り出した。

「悪い、悪い。あんま怒るなよ。それじゃあな、じいさんありがとう。」

ジルは溜息をついてその場を立ち去ろうと老人に背を向けたとき、

「グリーンサファイアの情報なら、50,000Gじゃぞ。」

「え?」

老人の呟きにジルは思わず振り返る。

ジルはすぐに老人に駆け寄る。

「じいさん、本当に知ってるのか?」

「知ってるのかって、この看板が見えんのか?」

老人は怪訝そうな表情を覗かせながら持っている看板を指差す。

「さっきのは一体何だったんだよ、もう。」

「あれは退屈しのぎで遊んでただけじゃ。情報を聞き出すときの練習と

客をよくみる為も兼てな。」

「おもしろいじいさんだな。俺はジル。じいさん、名前は?」

「わしはボブじゃ。で、さっきの情報はどうする?」

「それは買うよ、もちろん。ところでマルク、俺らの所持金ていくらだ?」

「最近はほとんど働いてませんから全然ありませんよ。残念ながら50,000Gなんて

もっての他です。」

「まじかよ。ボブじいさん、もっと安くならないか?」

「グリーンサファイアの価値を知っとればこの値段は高くないはずじゃぞ。」

「ちっ、足元見やがって。仕方ないな、仕事を探して稼がなきゃな。

ボブじいさん、あんたはいつもここにいるのか?」

「さぁな。気分次第といったところじゃの。運がよければまた会えるじゃろうて。」

「それじゃ困るんだよ。何とか連絡を取る方法はないのかよ。」

「わがままじゃのう。しょうがない、週一回はここにいることにしよう。

それでいいかな?」

「ありがとう、助かるよ。」

ジルはほっとした表情で礼を言う。

「そしたらまた来ることを楽しみにしとくよ。」

「それじゃ、またな。」

ジルたちはボブと別れた。

 



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419,420

「はぁ、仕事しなきゃいけないのか。めんどくさいな。」

ジルは溜息交じりでぼそっと言った。

「え、何で。私はまたみんなと一緒に仕事するの楽しみよ。」

パティは目を輝かせて言った。

「パティちゃんはかわいいわね。」

「メアリー、俺になんか言いたそうだな。」

ジルは少しムッとした表情でメアリーに問う。

「別に。ただちょっと考え方が老けたかなって思っただけよ。」

「どこがだよ。」

「仕事に好奇心とか感じてないでしょ。新鮮味がないわ。」

「それは仕方ないだろ。俺らもいろいろ経験してきてるんだし。

新鮮さはなくなってくるさ。」

「せめてやる気は出してほしいわ。」

「う~ん、それはそうかもな。よし、頑張って仕事探すぞ!」

ジルは無理やり元気よく言った。

「やっぱ無理があるかしら。」

メアリーはぼそりと呟いた。

「やる気はともかくまず仕事を探しにいきましょう。この帝都にも

斡旋所はありますかね?」

マルクは周りを見回してみる。

「もうちょっと歩いてみようか。」

4人は少し歩いて仕事の斡旋所を探した。

「あ、あった。『求人案内所パーラム』だ。」

パティが指差す先に周りに比べて一際目立つ派手な建物が立っていた。

「ホントだ。『パーラム』ってどこにでもあるんだな。」

「それでは早速行きましょうか。」

「そうだな。」

4人は建物の中へと足を入れた。

 

「ええと、いい仕事はあるかな?」

4人は壁に貼られた求人票を見ていく。

「今回はとにかくお金になる仕事を探さなきゃな。」

ジルは真剣に報酬のところを見る。

「それと早く終わりそうなものの方がいいですよね。」

マルクは内容をじっくり見る。

「ねぇ、これにしようよ。」

パティが一枚の求人票をはしゃぎながら指差して言った。

「どれどれ。」

ジルがじっとその求人票を見てみる。

「あぁ、これはダメだな。全然金にならない子供の依頼だな。」

ジルはがっかりして言う。

「ええと、『僕の子犬を探して下さい。探してくれた人には15Gあげます。』と。」

マルクはその求人票を声に出して読んでみる。

「確かに私たちの目標の金額には遠く及ばないわね。」

「えぇ、だって…。かわいそうだよ、探してあげようよ。」

パティは目に涙を浮かべている。

「う~ん。そうだな、この依頼を受けるか。」

ジルは渋々答えた。

「え、いいんですか?」

マルクは驚いて思わず尋ねた。

「ああ。そのかわりさっさと片付けるからな。」

ジルはパティに念を押すように言った。

「うん、がんばるわ。」

パティは笑顔で答えた。

 

 

 

「それじゃ、受付にいくか。」

ジルは求人票を持って受付に向かう。

「すいません。」

そう言って求人票を差し出す。

「はい、こちらのご依頼ですね。それではこちらが

依頼主の家の地図と紹介状になります。どうぞ。」

ジルたちはそれらを受け取ると、依頼主の元へ行く。

 

地図に従いやってきた場所は、ごくありふれた一般庶民の一軒家だった。

「残念ね、金持ちの家だったら依頼してきた子の親からたんまり謝礼が

もらえたかもしれないのに。」

メアリーがわずかな期待から落胆する。

「そうだな。まぁ、今回はそれはいいだろ。」

ジルは笑顔で諭すようにメアリーに声をかける。

「ジル、少し性格が変わりました?」

マルクがうれしそうにジルの顔を覗き込む。

「な、マルク。何言ってんだ。こういう家には意外とすごいお宝が

眠ってることがあるんだぜ。成功した暁にはそいつを交渉して頂く

ということも考えとかなきゃな。」

「ジル、その考えには無理がありそうですが…。」

「ねぇ、早く早く。」

パティは3人を急かす。

「あぁ、ごめん。それじゃ行くぞ。」

ジルは目の前の扉をトントンとノックする。

ギィィィ。

ゆっくりと開かれた扉の向こうに一人の少年が立っていた。

「あ、もしかして依頼を受けに来てくれたの。やったー!」

ジルたちを見て少年はテンションを上げた。

「僕の名前はトム。さっそくだけど僕の犬のポチを探して欲しいんだ。

はい、これ。」

ジルはトムから犬の絵が描かれた一枚の紙を受け取る。

子供が描いたものであり、お世辞にも上手ではなく白い犬ということしか

分からなかった。

「それじゃ、頼むね。絶対に捜してきてね!」

トムはそれだけ言うとバタンとドアを閉めた。

「『それじゃ、頼むね』って言われてもなぁ…。」

ジルたちはトムから渡されたポチの絵を見つめる。

「ねぇ、よく見て。このワンちゃん、首の所に緑色の首輪をしてるわよ。

これを手がかりにしたらいいんじゃないかしら?」

メアリーは絵を見て言った。

「しかし、この犬をこの広い街中で探し出すのは難しいですね。」

「だよなぁ。」

マルクの意見に頷くジルは頭を傾げた。

「もうそんなことばっかり言ってないで、とにかく探してみようよ!」

パティは笑顔で前向きな発言をする。

 



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421,422

「そうだな。ここはパティの言うとおりに探しながら考えるか。

ただ2手に分かれて探した方がいいよな。」

ジルが提案するとみんなは頷いた。

「じゃあ、俺はメアリーとマルクはパティとでいいか?」

3人ともジルの意見に従い、2手に分かれてポチを探すことにした。

「そしたら、日暮れ時にまたここに集合な。」

「はい、分かりました。」

「うん。がんばって探してくるね。」

ジルとメアリーはマルク、パティと一旦別れた。

 

「う~ん、いないわねぇ。」

ジルとメアリーは歩きながら周りを見回していく。

「まぁ、すぐに見つかるなんて期待は持たずに根気よく探してく

しかないんじゃないか?」

「いいの?本当ならすぐにでも皇帝を倒しに行きたいところでしょ?」

「それはそうだけどさ。このままじゃ無理だと分かってるんだし、

今焦ってもしょうがないだろう?」

「確かにね。でも、ジル変わったわね。」

「な、何がだよ。」

「ちょっと大人になったって感じ。」

「急に何言ってんだ。恥ずかしいだろ。」

微笑ましく言うメアリーにジルは動揺した。

「さぁ、がんばって探しましょうね。」

「あぁ、分かってるよ。」

 

一方、マルクとパティは。

「見つかんないねぇ。」

「飼い犬がそう遠くには行ったりはしないと思うんですけどね。」

「ねぇ、マルク。」

「何ですか?」

「ジルとメアリーってやっぱり恋人の関係なの?」

マルクは突然の質問に顔を赤くして取り乱す。

「ど、どうして急に!?」

「いいでしょ、2人ともいないんだしさぁ。」

パティは興味深々でマルクの顔を覗き込む。

マルクはコホンと軽く咳き込むと落ち着きを取り戻して質問に答えようとする。

「う~ん、どうでしょうか?あまりはっきりとはしないんですが、

そういう関係だと私は思いますよ。メアリーは珠にそういう部分を

見せるのにジルは今ひとつはっきりしないというか興味がなさそうと

いうか、そんな感じです。」

「ふ~ん、そうなんだ。で、マルクは?好きな人とかいないの?」

パティはおもしろがって尋ねるとマルクはさっき以上に顔を赤くして

体の体温が上がっているのが見て取れる程だった。

「パティ、からかってるんですか!...もう。」

「その顔はいないんだ。私が彼女になってあげようか?」

「早く探しますよ。」

にんまりするパティの問いにマルクは顔を真っ赤にして無視した。

「マルク、おもしろいね。」

「パティ!」

マルクは大きな声で注意するように名前を呼ぶ。

「は~い。さてポチはどこかな?」

パティは全く懲りた様子はなく楽しそうにしていた。

 

 

 

ポチを探すマルクとパティ。

「あっ!いた!!」

パティは突然大声を出して、前方を指差す。

そこには白い犬が一匹歩いていた。

「やりましたね、パティ!」

マルクもパティと同様にテンションが上がる。

2人はすぐにその犬に近づき捕まえる。

「やったー!」

パティは白い犬を抱きながら大喜びをする。

「あれ?ちょっと待ってください。」

「どうしたの、マルク?」

「この犬、目印の緑の首輪をしていませんね。」

「本当だ。もしかしてどっかいっちゃったのかな。」

「う~ん、ポチではない可能性がありますね。とりあえず、

依頼主のところまで連れて行ってみましょうか。」

「うん、そうだね。」

2人は依頼主の少年トムの家へやってきた。

コンコン。

マルクがドアをノックするとトムが出てきた。

「どうしたの?...あっ、ポチが見つかったんだね。」

トムは嬉しそうな表情を見せた。

「この犬なんですが...。」

マルクは捕まえた白い犬を確かめさせるように見せた。

「違うよ。これはポチじゃない。」

トムは落胆して言った。

「そう、違ってたんだ。ごめんね。」

パティは申し訳なさそうにトムに謝罪する。

「そしたら、また探してきますね。」

マルクは落ち込むトムとパティの様子を察してすぐに外へ出た。

白い犬を放して、パティに声をかける。

「さぁ、今度こそ見つけますよ。」

「ありがとう、マルク。」

元気付けようとするマルクの気持ちを理解してパティを礼を言う。

 

「こう手掛かりがないとやりがいもないよな。」

「ちょっとだれてくるわね。」

ジルとメアリーは探す足が重くなっていた。

「一度違う方法を考えた方がいいかな。」

「う~ん、そうねぇ...。ん?」

メアリーはあるものに気づいた。

「どうした?」

「あ、あれ...。」

メアリーが指差す先にいたのは中年男の露天商だった。

「おっ!白い犬じゃん。」

ジルは露天商の横に繋がれている白い犬を見て少し元気が出た。

「でもあれが探している犬とは限らないわよね。」

「どれどれ...。」

ジルはその白い犬に近づく。

「あっ!!緑色の首輪!!!間違いない、これが探してたポチだ!」

ジルは周りに響くほどの大声で言った。

「やったわね。」

後ろに立つメアリーも喜びの表情をする。

「何なんだよ、一体。うるせえな。」

怪訝そうにする露天商の男に向かってジルは怪しい笑みを浮かべる。

 



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423,424

「さてそろそろ合流の時間だな。」

ジルとメアリーは白い犬を連れて待っていた。

 

「けっ!今日はついてないぜ。」

露天商の男はジルにボコボコにされて犬を奪われたのだった。

 

「にしてもちょっと気の毒よね。あのおじさん。」

「いいんだよ。もともとこいつはあの坊主の犬なんだから

何も問題ねぇよ。」

そうこう言っている内にマルクとパティがやってきた。

「あーーーっ!見つけたんだ!!」

パティは白い犬を見るなり、急にテンションが上がった。

「どこで見つけたんですか?」

「なぁに、親切なおじさんが保護してくれてたんだよ。」

「(よく言うわね、奪っておいて。)」

メアリーはジルに肘を軽くぶつける。

「(いいだろ、わざわざ悪いこと言うこともないだろ。)」

「(まぁね。)」

「ねぇ、早く返してあげようよ。」

パティは目を輝かせて言った。

「そうだな。」

 

4人は犬を連れ、依頼人トムの家の扉をノックする。

「はい。」

扉から普通に出てきたトムだったが、犬を見た途端満面の笑みへと変わる。

「ポチだ!ポチが帰ってきたんだ!!」

トムはすぐにポチの体を抱きしめる。

「ありがとう、お兄さんたち。」

「よかったね。」

パティは嬉しそうにトムを見る。

「それじゃあ、これ報酬の15G。…それと、これ。」

トムはジルに15Gとポチから緑色の首輪を外して渡した。

「今度は絶対いなくならないようにしっかり世話するね。」

「そうだな。かわいがってやれよ。」

ジルはポンとトムの頭に手を置き報酬と首輪を受け取ると背を向けた。

「じゃあね、バイバイ。」

トムは笑顔でジルたちを見送った。

 

「よかった。ありがとう、ジル。これで気持ちがすっきりしたよ。」

「よし気が済んだか。それじゃあまたグリーンサファイア目指して

お金を稼ぎに行くか。」

「ちょっと待ってください。その前にこの首輪に付いている緑色の石

なんですが...。まさかこれがそのグリーンサファイアってことは

ないですか?」

張り切り進もうとするジルをマルクが一旦止める。

「まさか、なぁ...。これがグリーンサファイアなんてわけ...。」

「あるかもしれないわよ。」

メアリーが期待で目を輝かせて言った。

「うん。どこかで見てもらおうよ。」

「そうか?露天商のおっさんもそこを通り過ぎた奴も気がつかなかったんだぜ。

俺にはただの石としか思えないけどな。」

「一度、道具屋で見てもらいましょうよ。そうすればすぐに分かりますよ。」

「そうだな。」

 

 

 

マルクの提案で4人はさっそく道具屋で緑色の石を見せた。

道具屋の主人は虫眼鏡でじっくりと石を鑑定する。

「う~ん、これはすごく綺麗だけどただの石だね。魔力も感じないし

うちではちょっと値段がつけられないね。」

「そうですか...。」

ジルたちはガッカリして道具屋を後にした。

「残念だったね。」

パティが肩を落として言ったとき、ジルは考え事をしていた。

「どうしたんですか?」

マルクがジルに尋ねると、

「う~ん。ビッグジュエルってあんまり世間では知られていないんじゃ

ないかと思ってさ。それで魔力も感じなかったら誰でもただの石って

判断するんじゃないか?」

「まぁ、確かに。」

「もう一回見てもらうか。今度は確実な方で!」

4人はさっきの道具屋へと入った。

「おじさん、もう一つ見てもらいたいんだけど。」

ジルはそう言って、ブルールビーを渡す。

道具屋の主人は先程と同じように見て首を傾げた。

「これもただの石だよ。」

「そうですか、ありがとうございました!」

ジルたちは喜んで店を出た。

「やっぱり普通の道具屋じゃ鑑定出来ないんだ。」

「でもそれで緑色の石をグリーンサファイアって決めていいの?」

「ちゃんとした鑑定人を探しましょうか?」

「う~ん、一度情報屋のとこへ行ってみるか。」

ジルの提案に3人は頷き、情報屋ボブのいる場所へと向かった。

「え~と...。あ、いた。」

4人はボブのいるのを確認すると駆け足で近づいた。

「お~、お前らか。50,000Gはもう手に入ったのか?」

「いや。それなんだけど、この石がグリーンサファイアか鑑定できる奴の

情報をもらいたいんだ。いくら?」

ジルは緑色の石を手にしてボブに見せる。

「はっはっは。そんなもん探すまでもあるまい。それは本物じゃろうて。」

「えっ!!ボブじいさん分かるのかよ!」

「こういう商売をしておれば多少は見る目も養われてくるもんでな。

ジル、もう一つの石も手にしてみろ。」

「えっ、そこまで知ってたのか。」

ジルはボブの情報量に驚きながらも言われたとおりにブルールビーも手にする。

「こ、これは...。」

「どうしたんですか?」

「魔力の奔流を感じるじゃろう。2つの石が干渉し、眠らせている魔力が

目覚めようとしているのじゃ。」

「すごいじゃない。これでグリーンサファイアに間違いないわね。」

「あぁ、これであと一つだな。」

ジルたちはボブに礼をして別れた。



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425,426

「ところで、最後の一つはどうするんですか?

盗賊が持っていたはずですが...。」

「あぁ、それならもう方法は決まっている。」

「今ある2つの石で盗賊をおびき寄せるのね。

でも盗賊は私たちのこと知らないはずよね。」

メアリーはジルの顔を見て言う。

「そうだな。パーラムで宝石護衛のウソの依頼をかければ

あいつらも気づくかもしれない。」

「ちょっと信頼性の低い方法ですが、それしかありませんね。」

「まぁな。」

ジルたちは仕事の斡旋屋であるパーラムへ向かった。

 

「いらっしゃいませ。」

明るい店員の声に迎えられたジルたちは受付へと向かった。

「あの、求人をかけて欲しいんだけど。」

「求人募集の方ですね。ではこちらに記入をお願いします。」

ジルは渡された紙に必要事項を記入していく。

「あら?あなたはジル様ですか?」

受付の女性はジルの名前を見て反応する。

「そうだけど。」

「あぁ、よかった。ジル様指定の依頼が届いているのです。

こちらです、どうぞ。」

「ん?」

ジルは差し出された紙に目を通す。

「これは絵画の警備依頼!?しかも、奪いに来る盗賊はシャドウラビッツ!

でも、どうして俺の指定なんだ?」

「なんでも、一度似たような依頼を成功させているからという風に聞いて

おります。」

「そういうことか。確実にあいつらに会えるなんてな。願ってもないことだ。」

「どう致しますか?この依頼をお受けになりますか?」

「もちろん!」

ジルは手続きをさっさと済ませると、依頼者の下へと向かった。

 

「よかったわね。」

メアリーはジルに笑顔で話しかける。

「まだ喜ぶのは早いぞ。これから盗賊を追い払うのが目的じゃなくて

捕まえなきゃいけないからな。」

「難しそうですね。」

「大丈夫よ。私もいるんだし。」

パティは胸を張って言った。

「はは、そうだったな。前はパティのおかげであいつら追い払えたんだった。

今回も期待してるぞ。」

ジルはパティの頭にポンと手を載せる。

「こ、ん、か、い、は私もいるのよ!絶対捕まえてみせるわよ。」

和やかなジルとパティの様子を見たメアリーは力を込めて言う。

「メアリー、恐いですよ...。」

そのメアリーを見て、マルクは少し寒気を感じていた。

そうこう話している内に依頼主の家へと辿り着いた。

依頼主の家は一目で金持ちと分かる豪邸で広い庭の先に一般家屋とは違う

大きな城のような建物が立っていた。

「すごいな。」

皆、その豪邸に驚いていた。一人を除いて...。

「まぁ、私の実家とそう変わらないけどね。」

「そうですね、メアリーはお姫様でしたね。」

「『でしたね』ってマルク。忘れてたでしょ。」

「い、いえ、そんなことはないですよ。」

ギラッとしたメアリーの視線を感じたマルクは急に慌てる。

「(ねぇ、ジル。マルクってメアリーのこと怖がってるよね。)」

「(う~ん、いつもはそうでもないと思うんだけどな。)」

「ちょっとそこ!何こそこそ話してるのよ!」

「何でもないよ。」

「(マルクが怖がっているというよりメアリーが苛立ってるような感じが...。)」

「(確かに。)」

「と、とにかく中へ入りましょう。」

メアリーを除く3人は逃げるようにして依頼主の家へと入っていった。

 

 

 

門を開け、長い庭園を通り過ぎた先にある屋敷のドアを開けたところで

一人の女性召使が出迎えていた。

「俺たち依頼を受けに来たんですけど...。」

「あぁ、ジル様ですね。どうぞ中へお進み下さい。旦那様がお待ちに

なっておられます。」

ジルたちは案内されるままに応接室へと入る。

そこには初老の男性がジルたちの方を向いて座っていた。

「よく来てくれた。まずは座ってくれたまえ。」

黙ってそれぞれ席に着くと男は話を始めた。

「まずは自己紹介を。私はビル=テイラー。金融業を営んでいる。

君たちのことは人づてで聞いた。まだ若いが頼りになるということで

今回頼んだわけだが...。さっそく本題に入っていいかな?」

「はい。」

「まずこれを見てくれ。」

そういってビルはジルたちに一枚の紙を見せる。

「これは予告状。え~と...、

『○月×日、日が沈む頃に貴公の持つ絵画『夕焼け』を頂きに参ります。

盗賊団シャドウラビッツ』と。」

ジルは予告状を読み上げた。

「さよう。『夕焼け』は天才画家アルテミオが描いた傑作。我が家の

大事な宝だ。何としても守ってほしい。」

「分かりました。こちらの屋敷にお住まいなのはビルさんと執事の方だけですか?」

「いや、妻には先立たれたが、私には2人の子がいてここに住んでいる。

息子のボーラーと娘のアンナだ。息子のボーラーには妻もいて名前はナターシャという。

以上がここに住んでいる。」

「ありがとうございます。」

「○月×日までの間、部屋と食事を与えよう。しっかり警備の準備をしてくれ。」

ジルたちは盗賊の犯行予告日までビルの屋敷で準備をすることとなった。

 

「よし、準備は整った。これで最悪の事態になったとしても対応出来るだろう。」

D=クラプターは自室で決意を秘めた表情を見せていた。

 

「陛下、戦略が出来上がりました。これで99%帝国の勝利は揺るがないでしょう。」

エミルは自信に満ちた目で皇帝に進言する。

「それほどの自信を見せながら1%低い理由は?」

「どうしても不確定要素が残るのです。それさえ解明出来れば間違いはないのですが...。」

エミルは皇帝から少し目を逸らす。

「D=クラプターか。」

「はい。」

エミルは静かに頷く。

「確かに奴の狙いは余にも計りかねるところがある。いいだろう。

エミル、お前の軍師としての力、我が帝国の全ての力を敵対する国に

見せ付けてみるがいい。」

「はい。この命、陛下に捧げる覚悟でお任せください。」

エミルは皇帝に一礼するとヴェロニス帝国軍に指示を出すため部屋を後にした。

 



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427,428

リーカルの国境近くの帝国領にいる連合軍本隊陣地。

「レビル将軍、円卓会議での決定事項です。」

そう言って、使いのものが座って待機しているレビル将軍に筒状に丸められた一枚の書状を渡す。

「これは...。そうかいよいよか。」

書状に目を通したレビルは決意の表情に変わり、書状をまた丸めて横に置いた。

そして立ち上がる。

レビルは待機している軍を召集した。

「諸君。これまで帝国にいいように攻められ、言葉に出来ないほどの悔しい思いを

して耐え忍んできたことだろう。しかし!これより我が軍は帝国へ反攻を行う。

これで失われてきたたくさんの同士の命を報わせてやることが出来る。

負けるのではない。絶対に勝ちにいくのだ!帝国は今までで全ての手を出し尽くしている。

今の状況は決して不利なものではない。自信を持って戦いに行くぞ!」

レビルは力を込めて兵たちに伝える。

「おおーーっ!!」

兵たちは皆、拳を握り上げ意気を高めていった。

 

帝国軍に占領されたギアナ国を囲うようにして防衛線を張っているクラスコ率いる連合軍別働隊。

「クラスコ様、レビル将軍より伝令です。」

クラスコはその手紙を読むと、自身の感情の昂ぶりを抑えられずにはいれなかった。

「よし!ついに来たぞ、この時が。」

クラスコも兵たちに大きな声で伝える。

「これよりギアナ国を攻める。帝国から我らの土地を取り戻すのだ。

何も考えるな。とにかく前へ進むんだ。そうすれが道は開ける。」

「おー!!」

クラスコの軍は間もなくギアナ国に駐屯する帝国軍と戦闘に入ることとなった。

 

ガキーン!ガキーン!

ギアナ国では剣と剣がぶつかり合う金属音があちこちで鳴り響いていた。

クラスコの連合軍と帝国軍の戦いは互角に近い形で激しさを増していく。

 

「フォルテ将軍、どう致しましょう。」

ギアナ城にいる帝国のフォルテ将軍に兵士が指示を乞う。

「本国より死守せよとの指令が出ている。帝国の名誉と威信にかけて

なんとしてもここは耐えねばならない。俺も出る。」

フォルテは鎧を身に纏い剣を手にして城を出た。

 

「お前らー!帝国兵としての力、奴らに見せてやれー。」

フォルテは兵士たちに檄を飛ばしながら連合軍の兵士を次々に斬っていく。

フォルテの活躍で僅かずつではあるが、流れは帝国側へと流れようとしていた。

 

 

 

帝国軍に流れが僅かに傾きかけた時、

連合軍の援軍がギアナ国の帝国方面から現れる。

「フォルテ将軍!大変です。敵の援軍が現れました。

しかも大軍です。恐らく敵の本隊と思われます。」

「ばかな!本隊が挟み撃ちしてくるのか。これでは我々は

全滅してしまうぞ。」

フォルテ将軍は苦い顔をしながら必死で戦い続ける。

「耐えろ!このギアナは我が国が攻めていく上で要所となる国。

ここは何としてでも守り抜くんだ!!」

フォルテが檄を飛ばすも帝国軍は一方的に押されていく。

 

「行けるぞ!皆の者、一気に攻め落とすぞ!!」

「おおーーっ!!」

レビル将軍の気合が兵たちに伝わり連合軍の勢いが増していく。

連合軍の勝利が揺るぎないものに見えてきたその時、

「将軍、後方より別の部隊が現れました。」

「どういうことだ?もう味方の増援はいないはずだが...。」

「レビル将軍!あれは帝国軍です。帝国軍の応援部隊です。」

「何!」

レビルは驚きを隠せず迫り来る帝国軍の応援部隊の方を見る。

「あ、あれは...。」

レビルの目には迫り来る帝国軍の先頭に立つ男がはっきりと映っていた。

「ラングか!」

その男、ラングは長柄の斧を手に連合軍へと向かってきた。

「我等が帝国の底力、ここで見せてやるのだ!!」

ラング将軍率いる帝国軍の登場で連合軍に完全に傾いていた流れは

そのまま逆方向へと変わってしまった。

「く。まさか裏の裏をかいてくるとは。ヴェロニスの皇帝かもしくは

その傍にいる者がまさかここまでとは。」

レビル将軍が舌を噛むのを尻目にラング将軍は勢いよく次々と連合軍兵士を

自慢の大斧を振り回して切り裂いていく。

「フォルテ将軍。ラング将軍が応援に駆けつけてくれた模様です。」

「そうか。よし、勝機は我らにあり。お前らーっ、連合の腰抜けどもを

討ち倒すぞぉっ!」

「おおぉぉぉ!!!」

最終的に戦術を上回られた連合軍は総崩れの形となり陣形は散り散りと

なっていく。

少ししてラングはレビルの目の前までやってきた。

ラングの斧をレビルは手にしていた剣で受ける。

「ラング。貴様がまさかここまで出てくるとは思わなかったぞ。

皇帝の傍をずっと守っているものだと思っていたのだがな。」

「レビル、かつての名将も老いたな。戦局を最後まで読み切れないとは。

これは軍師エミルの作戦。私も陛下の傍を離れるのには抵抗があったが、

最大の勝機であり、帝国の命運がかかっているとなれば出てこないわけには

いけないからな。それに我が斧、バンガードも錆付かせているのは

勿体無い。」

「そうか...。軍師エミル、時代は新しい風を求めているのかもしれんな。」

レビルは淋しげに言い放つ。

「終わりだ、レビル!」

ラングはバンガードを両手で大きく振り上げる。

「『ボーンクラッシュ』!」

上から下へ一直線に振り落とされた斧はレビルの体を鎧ごと真っ二つに切り裂く。

引き裂かれた体は大量の血を噴出しながらバタリと倒れた。

大将を失った連合軍にはもはや戦う力は残っておらず、

逃げ出す者、投降する者が大半を占めるようになった。

かくして帝国軍と連合軍の戦いは帝国軍の勝利が決定的となった。

 



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429,430

連合軍が敗れたという情報はギアナ国に隣接するストナ王国にも

すぐに届いた。

「連合軍が敗れたか。帝国の勢いを考えれば不思議はないが、

そうなればいつ我が国に攻め込んでくるやもしれんな。」

ストナ国王は報告を聞き、溜め息混じりで言った。

そこへ軍師であるエウドラが王へ近づく。

「心配はいりません。我が国の領土拡大による兵力の分散問題は

軍備の増強を行い既に解決済み。帝国が攻めてくる場合、

険しい山に囲まれた細い道を避けては通れず大軍で来ても

恐れることはありません。」

「そうか、さすがは軍師。我々は帝国からの侵略に対し

地形的に有利な状況だったな。」

「はい。ですからこちらから攻め入るのは今の状況では難しいですが、

守りに関しては危惧する必要はありません。」

エウドラは安心させるように言った。

「エウドラ、感謝する。そなたが我が国の軍師で本当によかった。」

「ありがたきお言葉。では、私は一度部屋に戻らせて頂きます。」

「うむ。」

エウドラは王の間を出ると、急に神妙な面持ちに変わった。

「帝国に分があるとは考えていたが、ここまで早く決着が着くとは。

連合軍はそこまでだらしなかったのか。もしそうでなければ、

帝国は...。」

不安げな表情でエウドラは自室に入り扉を閉めた。

 

帝国軍、第三の将軍ハーマン。帝国一の魔道士である彼は

部隊を引き連れストナ国へと進軍していた。

「果たしてこれだけの数でストナ国を落とせるだろうか?

ギアナ国へ援軍を出さなければいけないから仕方はないが、

情報に聞くストナ国防衛の戦力よりも明らかに少ない。

エミルの作戦が成功しなければ全滅もありうるぞ。

ここは信じるしかないか...。陛下お気に入りの軍師様の力とやらを。」

やがてハーマン軍は山間を通りストナ国のコスタル砦へと辿りつく。

ハーマン軍は数十人の魔道士が含まれていた。

「魔道士隊、前へ。この扉を焼き尽くすぞ。」

魔道士隊はハーマンの指示に従い前面に出る。

「『エルフレイム』。」

ハーマンを始め帝国の魔道士達は炎の魔法で木で出来ている砦の門を焼いていく。

「帝国軍に好き勝手なことをさせるな。射てー!」

砦の指揮官は門の上より指示を出し、弓兵が帝国軍に向けて矢を放つ。

帝国側は急いで魔道士を守るため大きな盾を持った兵士が魔道士のさらに前へと出る。

 

 

 

その攻防の中、砦の門はすぐに焼かれて帝国軍とストナ国軍は対面することになる。

「ここからが本番だ。気を引き締めていくぞ。」

山間の狭い砦で2つの軍がぶつかり合う。

兵数で劣るハーマンの帝国軍だったが、魔道士の強力な魔法攻撃によって

戦況はほぼ互角のまま戦いが続く。

 

「ここまで早くに帝国軍が攻めてくるとは...。

エウドラ、これをお前は予想出来ていたか?」

ストナ国王は焦りを感じながらエウドラに尋ねる。

「はい。この可能性は確かに考えていました。しかし確率は低いと

踏んでいたので、闇雲に王に不安を与えるのはどうかと思い

黙っていました。すいません。」

エウドラは素直に謝り、王に頭を下げる。

「よい。帝国はそれほどまでということなのだろう。」

王は諦めの表情でエウドラに頭を上げるよう手で合図する。

「ギアナでの決戦と同時に動き始めていたのは間違いないでしょう。」

「で、どうなのだ?我が軍は負けるか?」

王は率直にエウドラに問う。

「いえ、敵は大将を始め魔道士を主軸としている模様。魔道士の攻撃力は

侮れないものはありますが、身体能力で戦士に劣りまた軽装ゆえ防御も弱い。

今の状況は一時的なものであり、じきに我が軍へと傾くことになりましょう。」

「そうか。ならばまだ我が方に有利であることは確かなのだな。」

「はい。」

「エウドラ、私に隠していることはないか?お前のおかげで領土を拡大出来た

ことは事実。それ故、お前を信用していないというわけではないが、私を

心配していることがあるのなら言っておいてくれ。」

真っ直ぐにエウドラを見るストナ国王に対しエウドラは傍に近づき耳元で話す。

「まだ危惧していることがあります。帝国がどれほどのものか測りかねる部分は

あるのですが、もしも帝国が我が国の弱点に気づいた場合には対処はまず無理かと...。」

「弱点!我が国に弱点があるというのか?」

「はい。大変申し上げにくいのですがこの弱点を補うことは困難です。」

「それは何だ?」

「それは...。」

エウドラは王にだけ聞こえるように小声で話す。

「いくら何でもそれは心配しすぎというものだ、エウドラ。さすがに帝国もそれは

してこないだろう。よかった、お前の心配がそのような物で。」

王はエウドラの話を聞いて安堵した。

「(確かにありえない。しかし考えられない話ではないのだ。)」

エウドラは王の言葉を聞いても不安を拭いきることは出来なかった。



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431,432

「ぐ。魔道士隊、少し下がれ。」

エウドラの予想通り、帝国軍の魔道士隊は守りが弱く敵からの攻撃を

簡単に受けその数を減らしつつあった。そのことは帝国軍の攻撃力の

低下に直結し流れはストナ国へとじわじわ流れ始めていた。

「帝国軍の意地を見せるんだ。こんなところで負けていては

陛下に合わせる顔がないぞ。」

ハーマンは自ら先頭に立ち、その力でストナ軍を蹴散らし自軍を

励ます。

 

「思ったよりも頑張るな。もうそろそろ決まってもいい頃なのだが。」

「エウドラ、この城の守りの兵も砦に向かわせてはどうだ?

そうすれば一気に帝国軍を押し出せると思うのだが。」

「王、それは...。」

「まだあれを心配しているのか?なぁにコスタル砦は城のすぐ近く。

砦の帝国軍を撃退した後にすぐ戻らせれば何も問題はあるまい。」

「は、はい。そうですが...。」

エウドラは自信なさげに返答する。

「責任は私がとる。私はこの国の王だ。ここで判断を誤るようなことが

あれば私もそこまでの男ということだ。エウドラ、一切心配するな。

私の考えで兵を動かす。いいな。」

王は力強くエウドラに伝える。

「わ、分かりました。そこまで言われるのであればもう何も言いません。」

「よし。ではこの城に残っている兵に伝えよ。砦に向かい帝国軍を一気に

潰すのだ。」

ストナ城に残っていた兵たちは王の命令により、ほぼ全てが砦へと向かわされた。

 

「陛下、いよいよ我らの敵はいなくなることでしょう。」

エミルは皇帝に穏やかに言う。

「そうか。ストナ国への作戦はうまくいきそうか?」

「はい。もう間もなく実行に移されます。」

エミルは皇帝に答えると遠くを見た。

 

ストナ城の兵が砦に向かっていなくなった後、すぐに

ザザァーッ!!

突然山から帝国軍の兵士が滑り落ちてくる。

「きゃーっ。」

城下町に住む人々はその姿に驚き恐怖する。

「ぐ。」

城のテラスからその様子を見つけたエウドラは唇を噛み締めて悔しがる。

「帝国軍が砦を通らず険しい山越えをして攻めてくる。

くそ。これは俺が予測出来ていたことなのに。王の判断を諌めていれば

まだ防ぎようもあったかもしれないのに。カフィール、今になってお前の

言葉が心に響く。やはり俺には軍師としての力はないのかもしれないな。

しかし、この場は俺が治める。」

 

 

 

エウドラは魔法で城からワープし、山越えをしてきた帝国軍の前へ現れる。

「お、お前はエウドラ。」

帝国軍は驚き一瞬足が止まる。

「お前を倒せれば我が国の勝利は決まったも同然だな。」

帝国軍は武器を構えてエウドラに対峙する。

「俺を倒す?どこのどいつだ?そんな戯言をほざく奴は。

お前らのせいで俺の計画は台無しだ。軍師としてこの国を大きくしてみせる

という楽しみがな。お前らはここで消える。今日の俺は機嫌が悪いんだ。

手加減はしないぞ。」

エウドラは右の手の平を帝国軍に向けて魔力を集中させる。

「『デジョン』。」

エウドラの魔力によって帝国軍の周りが暗闇に覆われる。

異次元より開かれた闇。そこへその場にいた帝国軍は全て飲み込まれていく。

「うわぁぁぁ~!」

帝国軍の叫びと共に。

闇はすぐに閉じられ後には人一人おらず、まるで元々誰もいなかったかのように

静かになった。

ビュン。

エウドラはすぐまたワープして今度はコスタル砦へ現れる。

そして必死で戦っているハーマンの目の前まで移動する。

「エウドラ、お前...。」

「ハーマン、お前ごときが俺に敵対するとは。いい根性しているな。」

エウドラを前にして脂汗を流すハーマンとは対照的にエウドラはどこか涼しげな

目でハーマンを見ていた。

「どうした?かかってこいよ。」

挑発するエウドラにハーマンは炎の魔法で攻撃する。

エウドラに向けられた炎はエウドラの目の前で消えていく。

「分かっているだろう。お前では俺に勝てないと。お前の炎は俺には届かない。

全て異空間に吸い込まれるのだからな。今の俺の気持ちを晴らすにはハーマンでは

役不足だが、我慢してやるよ。」

ハーマンは自らの死を悟っていた。

「くらえ、『ディメンション・ファング』。」

ガ、ガ、、ガ、、、ガ。

ハーマンの体は少しずつ何かによって切り取られていく。血を流すことなく

失われていく体を見てハーマンの恐怖は高まる。

「終わりだ。」

終に頭をも切り取られ、ハーマンという人の体はこの世から消えてしまった。

その様子を見ていた帝国兵は戦う気力を失い撤退していく。

「ふぅ~、やっちまったな。魔法使いとして戦ったらもう軍師じゃないもんな。」

帝国軍が去った後、エウドラは虚ろな目で空を眺めた。

 

「今頃、エウドラが動いていることでしょう。しかし、彼の性格を考えればここで

ストナ国から手を引くことになる。そうなればあのような小国。何の策も用いず

力押しで落とせるでしょう。」

「それで敵はいなくなるということか?」

「はい。もはや陛下の世界制覇は目前です。」



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433,434

エミルの予想通り、エウドラのいなくなったストナ国は

立て直しを図った帝国軍にとって敵ではなくあっという間に攻め落とされた。

「ぐ、エウドラの言葉を気にしていればこんなことには...。

私には王の器が足りなかったということか。ぐふっ...。」

ストナ国王は後悔を胸に倒れることになった。

 

もはや帝国に対抗出来る者はおらずアルテリア連合国は次々と

落ちていった。

 

 

「いよいよ今日か。」

盗賊が予告していた日にちになりジルたちは緊張感をもっていた。

「今回はかなり入念に下調べすることが出来てよかったですね。」

「う~ん、そうだな。奴らが正攻法で来るとすれば侵入ルートも

逃走ルートも予想出来るんだが、そんなことをするとは思えないしな。」

ジルは少し悩みながら答えた。

「要するにこの準備期間は意味がないってこと?」

メアリーがジルに尋ねる。

「いや、しばらくここにいてここの家族のことは少し分かったぞ。

娘のアンナさんはもう30になるというのに結婚が出来なくて焦ってるとか

そのアンナさんとボーラーさんの妻ナターシャはあまり仲がよくないとかな。」

「それって意味があるの?」

パティは苦い顔でジルに問う。

「さぁな。それはこれからの状況で役に立つかどうかわかるさ。

じゃ、そろそろ絵の様子を見に行こうか。」

日が沈む頃、ジルたちは名画『夕焼け』が飾られているリビングへと向かった。

 

「あぁ、来たか。今のところ何も異状はないぞ。君たちが来てくれたおかげで

盗賊も諦めているのかもしれんな。」

依頼者であり、この屋敷の主人のビル=テイラーは穏やかな様子でゆったりと

椅子に腰掛けていた。

「どうして、あの女に早く出てってくれって言ってくれないの!私がどんな気持ちで

暮らしているか分かっているでしょう?」

ボーラーとナターシャはケンカをしながらみんなのいるリビングへやってくる。

「よさないか、ナターシャ。みんなの前だぞ。」

ボーラーが恥ずかしそうにナターシャを諫める。

「後でもう一度聞いてもらいますからね。」

「分かった、分かった。だから少し落ち着きなさい。」

ボーラーはやれやれといった感じで席に着く。

 

 

 

リビングの扉がまた開くと今度はアンナが入ってきた。

「あら、ナターシャ。顔色が悪いんじゃない。ちょっと病院で

見てもらった方がいいと思うわよ。結婚なんてしたって

全然幸せなことなんてないでしょう?」

アンナは入ってくるなりナターシャに意地悪そうに言った。

「あんたが...。」

ボーラーは2人がすぐにケンカしそうなのを察してナターシャの

口を塞いだ。

「さて盗賊なんて本当に来るのかしらね?ただの悪戯じゃないの、お父様?」

「悪戯ならそれにこしたことはないが、もしものことを考えてな。

まぁ、このまま無事に何もないことを願うよ。」

そう言ってビルは絵の方を見る。

 

刻々と時間が過ぎていく。外で鳥がさえずる声や風で木々が揺れる音が

するくらいで静かな時が流れる。

「静かね。」

全員が席についている中、メアリーが口を開く。

「これって本当に悪戯だったってことはないですか?」

「それはないと思うんだけどな...、ん?」

ジルはそう答えながらぼーっと絵を眺めているとある異変に気づいた。

「ビルさん、この絵の額縁って銀じゃなかったですか?」

ジルは少し驚いた表情で尋ねる。

「ん?...、あ!これは銅になっている。どういうことだ!?」

ビルは目を見開いて驚く。

「絵の方は本物ですか?」

ジルは真剣な面持ちでさらに尋ねる。

「絵は本物と思うが...、何だか色が少し変わっているような...。」

ビルは自信なさげに答える。

「恐らく、もう既にすり替えられたのでしょう。」

「ばかな!いつの間に!わしは今日一日ずっとここにおったぞ。」

「この部屋からは全く?」

「あぁ、朝起きてからずっとだ。トイレに二度程は行ったが、それ以外は

全く動いておらん!」

「そうなると、考えられるのはそのトイレの時だけですね。」

「しかし、予告状には日が沈む頃と書いてあったぞ。私は日中しか

行っていない。」

「それって盗賊が嘘をついたってこと?」

パティが考えて尋ねた。

「それは...。俺もそんなにあいつらのことを知っているわけじゃないからな。

嘘の予告状を出してくるとは考えられなくもないが...。」

「違うと思いたいというところですか?」

「ああ。あいつらはそういうことはしないような気がするんだよな。

何の根拠もないけどさ。」



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435,436

「ふんっ。結局盗まれたってことでしょ。こんな若いのいくら

集めたってただの役立たずってことよ。さっさと帰ってもらったら。

うっとおしいったらありゃしないわよ。家の中散々歩き回って。」

アンナはジルたちを厄介者のように言って立ち上がる。

「私たちも部屋に戻りましょ。もう居ててもしょうがないでしょ。

もしかしたらこの人らが護衛とかいってすり替えたかもしれないわよ。」

ナターシャまでもジルに厭味を言って席を立つ。

「ちょっと待ってください!」

散々言われっぱなしのジルが立ち上がり語気を強めて言った。

「今日のあなたたちがどう過ごしたか教えてもらえませんか?」

「何!?あんた、私たちを疑ってるわけ?冗談じゃないわよ。

ボーラー、さぁ行くわよ。付き合ってられないわ。」

ナターシャは怒りまだ席についているボーラーをひっぱろうとする。

「いい加減にしないか!テイラー家の者として余所様の前で恥ずかしいと

思わないのか。」

ビルは声を上げて注意した。

「すいません、お義父様。今日、私はボーラーと買い物に行っていました。

ねぇ、そうよね。」

「あぁ、それに間違いはない。」

「ふんっ。ナターシャ、急にいい子ぶっちゃって。私は庭を散歩しただけで

ほとんど部屋で本を読んでいたわ。まさかそれで疑われるんじゃないでしょうね。」

「こら、アンナ。お前もやめなさい。で、私はさっきも言ったがずっとこの部屋に

おったよ。」

「そうですか...。」

ジルはテイラー家の人々の今日一日の行動を聞いて考え込む。

「どうせ考えたってわかんないんでしょう。気が済むまで調べればいいわ。」

アンナは投げやりな感じでジルに言う。

「......。」

しばしの沈黙が流れる。

 

「どうだろう、ジル君。このまま徒に時間が過ぎるだけでは何も解決しないだろう。

ここは一旦、解散して何か分かったらまた集まるということにしては?」

「(ねぇ、ジル。どうすんのよ。何か分かったの?)」

メアリーは焦りながらジルに尋ねる。

ジルはここにきてようやく口を開く。

「...そうですね。そろそろこの茶番を終わらせましょうか。

ねぇ、ビル=テイラー。いや、シャドウラビッツ!!」

ジルはビル=テイラーに指差して言った。皆、突然のことに戸惑い一瞬

固まった。

「何を言っているんだ?まさか私がこの部屋にずっと居てたことを理由に

犯人と決めているのか?」

ビルも困惑の表情を浮かべてジルに問い返す。

 

 

 

「ボーラーさん、ナターシャさん、アンナさんの3人は共犯の可能性はありますが、

主犯となり得るのはあなただけです。そう言えば、執事はどうされました?」

「少し出かけると言っていたが...。」

「今の執事は割と最近雇われた。そうでしたね、ボーラーさん。」

「はい。父が募集を出したのですが、数人の応募者の中から

一番優秀な人を選んだと聞きました。」

「おそらく彼女が本物の絵を運ぶ役目を負っているのでしょう。

ビルさんが見張り、その間に偽物と本物をすり替え本物を持ち去る。

至って自然な流れです。ビルさんがトイレに行っている間に全く別の者が

盗み出すという話も考えられなくはないですが、時間が分からない

中でビルさんを見張り続けるというのはこの家の構造上非常に

目立った存在になる。相当なリスクがあるということです。

これは現実的でない。よって前者の結論になります。」

「はっはっは。そうか、そこまで読まれているとはお手上げだな。」

ビルはそう言いながら、自分の顔に手をかける。

ベリッ。

ビルの顔の皮が剥がれ、別の顔が表れる。

「お前はジャック=クローバー!」

「覚えてくれていたとは光栄だな。成長したな、ジル。

それにしてもこの贋作、よく描けているだろう。素人じゃ額縁なしでは本物と見分けが

つかないはずだ。この絵はうちのメンバーのシャリルが書いたんだ。ホント贋作描かせる

のは勿体無いくらいだ。そのうち個展を開いてやりたいなぁ。」

ジャックは楽しげに喋ると立ち上がる。

「まさかそんなことを言うために俺たちを呼んだんじゃないだろうな。」

「まぁな。君たちの目的は分かっている。これだろう?」

そう言ってジャックは赤い宝石を取り出して見せる。

「レッドエメラルド!」

「そう。俺らの目的も同じだからな。持ってるだろう?残り2つの石を。」

「なぜ、それを知ってるんだ!?」

ジルは驚きながらも問いかける。

「俺らの情報網を舐めるなよ。それくらいすぐに分かる。」

「しかし、それを素直に渡すとでも思っているのか!?」

「あの~、すいません。」

ここで、ボーラーが口を挿む。

「本物の父、ビル=テイラーはどこに?」

「あぁ、それなら屋敷の裏手に縛っているよ。早く解きに行ってあげるといい。」

ジャックは簡単に説明すると、ボーラー、ナターシャ、アンナの3人は慌てて

ビルを捜しに行った。



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437,438

「それじゃ話を戻そうか。君たちの2つの石だが既に俺たちの手にある。」

「何、そんなばかな。石は確かにここに...。」

ジルは慌てて石の入っていた袋を開いて確認する。

「何だ、あるじゃないか。嘘つきやがって。」

「そうか、その袋の中にあるのか。」

ジャックはにやりと笑う。

「ジル、これはワナですよ。石がどこにあるかを確認するための。」

マルクははっとしてジルに言う。

「くっそ~、相変わらず汚い奴らだな。」

ジルは唇を噛んで悔しがる。

「はっはっは。こんな古典的な方法で教えてくれるとはな。」

「まだ盗られてないんだ。今度こそ捕まえてやるぞ。」

ジルは気持ちを切り替えてジャックに向かい合う。

「この俺を捕まえることが出来るかな?」

「パティ!」

「もう準備は出来てるよ。出でよ、フェンリル。」

パティは既に床に描いていた魔方陣よりフェンリルを呼び出す。

「フェンリル、あいつを捕まえて。」

「ぐぉぉぉ!」

フェンリルは雄たけびを上げるとすぐにジャックに向かった。

ジャックは不適な笑みを浮かべて数本のナイフを放った。

ガンガンガンガン!

フェンリルはナイフによって床に磔の状態となった。

「同じ手は喰わないぞ。」

「あぁ、フェンリル..。」

「残念だが今回はお前の負けだ、ジャック。」

「何だと?」

「メアリー、この木の枝に火をつけてくれるか。」

「え、うん。」

ジルに言われ、メアリーはジルの持つ木の枝に魔法で火をつける。

「さぁて...。」

ジルは火のついた木の枝を持ってつかつかと偽物の絵のところまで歩いた。

「何をする気だ!?」

ジルは笑ってその絵に火をつける。

「やめろぉ!!」

ジャックは慌てて絵のところまで走り、絵にかかった火を消そうとした。

バッ!

そこをジルは用意していた網でジャックを捕らえる。

「一丁あがりと。」

「貴様、汚い真似を。」

ジャックは網の中から、ジルに怒りの表情を向ける。

「さっきの話を聞いてたら、随分シャリルって女に入れ込んでるみたいだったんでね。

偽物とはいえ大事なものかと思ったんだ。こんなに反応がいいとは思わなかったよ。

それにしてもこれじゃ盗賊失格だぜ。」

ジルはジャックにそう説明する。

 

 

 

「確かにな。盗賊にとってこんなことに引っかかるのはまずいよな。

だが、...。」

ズバッ。

ジャックは2本のナイフを手にして自分を捕らえていた網を切り裂く。

「こんなもんで俺を捕らえようなんて甘すぎだぜ。」

「ありゃ~。お前、一体何本ナイフ持ってんだよ。」

「この俺を一瞬でも捕らえたことを褒めてやろう。」

ジャックはそう言うと、懐から赤い宝石、レッドエメラルドを再び取り出した。

「さぁ、君らも石を出せ。」

「なんだよ。まだ盗る気か?」

「いいから、出せ。」

今までに見たことのないジャックの透き通った表情にジルは思わず残り2つの石、

ブルールビーとグリーンサファイアを袋から取り出した。

その瞬間、3つの宝石は互いに共鳴して光を放ち始めた。

「いよいよ見れる。幻の宝石、いや神の秘宝とまで言われるレインボーダイヤモンド。」

光はチカチカと点滅をして徐々に大きくなっていく。

そして。

シューーーーン!!

まばゆい光が周囲を包みと3つの宝石はなくなり自ら7色の光を放つダイヤモンドが

浮いていた。

「こ、これがレインボーダイヤモンド。」

その場にいた者は皆その美しい輝きに目を奪われていた。

ジルはレインボーダイヤモンドに心まで奪われそうな中、ハッとしてジャックを見る。

「そう強張るなよ。こいつはさすがの俺でも過ぎた宝だ。この輝きを見れただけで

十分満足だ。今回の君たちの活躍に免じてレインボーダイヤモンドからは

手を引こう。じゃあな、機会があればまた会おう。」

バリーン!

ジャックはジルたちに告げると、窓ガラスを割って外へと飛び出した。

「これで、欲しいものが手に入ったということですね。」

「あぁ、ちょっと納得いかない部分はあることはあるが。」

「何だかあの盗賊に譲ってもらったって感じよね。」

メアリーも複雑な表情をする。

「そうなんだよな。でもせっかく手に入れたんだ。素直に受け取っておこう。」

ジルはそう言うと、宙に浮かぶレインボーダイヤモンドを掴み袋に入れた。

「さぁて、そろそろこの屋敷の人たちが戻ってくるかもな。逃げるか。」

ジルは笑顔でみんなに言う。

「何で逃げるの?」

パティは不思議そうに聞く。

「そりゃ、盗賊に大事な絵を奪われたままみすみす取り逃がしたんだからな。

しかもこの家の主人が縛られていたことに気づかなかった。見つかったら

さぞかし怒られるぞ。」

「逃げましょう。」

マルクもジルの意見に同意した。

メアリーとパティも頷く。



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439,440

「頼むぞ、マルク。」

「はい。」

4人はジャックが去るときに割った窓から同じように飛び降りた。

「『ウインドガード』。」

マルクは風の防御壁をクッションのように広げ、4人を落下の衝撃から守った。

「さぁ、さっさとここを出るぞ。」

4人は走ってビル=テイラーの屋敷から逃げ出した。

 

「はぁはぁはぁ...。」

逃げ出した4人は膝に手をついて休憩していた。

そこでジルは立ち上がり、レインボーダイヤモンドの入った袋を手にとる。

「よし、こいつを持ってヒヨルド博士のとこに行くか。」

「では...、『エアループ』。」

マルクの魔法でサンアルテリア王国へ飛んだ。

4人は少しの休憩をとった後、ヒヨルド博士のいる研究所へ向かった。

「いらっしゃい...。って、久しぶりですね。どうしたんですか?

遊びに来てくれましたか?」

嬉しそうな笑顔で出迎えるヒヨルド博士。

「ヒヨルド博士、もって来たぜ。『レインボーダイヤモンド』を。」

ジルは手にしていた袋から出して見せる。

「おお!!すごいですね。この輝き間違いありません。それでは

それを持って帝国領バトラスにいる鍛冶屋のところに行きましょう。」

マルクの魔法で今度は帝国領バトラスへとヒヨルド博士を連れて飛んだ。

 

「すごいですね、こんな一瞬で着けるなんて。一度魔法について研究してみたいものです。

どうです?マルクさん、今度体を調べさせてくれませんか?」

ヒヨルド博士は興味深々でマルクの顔を見る。

「い、いえ、遠慮しておきます。」

マルクは若干怖くなり断りを入れた。

「(マルク、大丈夫か?今日2回もその魔法使ってるぞ。結構きついんじゃないのか?)」

ジルはマルクの体を心配しそっと声をかける。

「(大丈夫です。ただ今日はこれ以上この魔法を使うのはつらいですけどね。)」

マルクはジルの気遣いに喜びながら返事をする。

「で、どこなの?その鍛冶屋がいるとこは?」

メアリーはヒヨルド博士に問う。

「あぁ、はい。こちらです。」

ヒヨルド博士はジルたちを鍛冶屋のいるところまで案内する。

 

 

 

ガチャ。

ジルたちはバトラスの鍛冶屋のドアを開ける。

「誰じゃ!」

中ではタンクトップ姿の老人が横になっていた。。

「私です。ガンテさんに剣作りを依頼したヒヨルドです。」

「あぁ、またお前か。何度来ようがわしは剣を打つ気はないぞ。

...ん!?」

ガンテはヒヨルドの後ろに立っていたメアリーの姿を見つける。

「あっ!お前はメアリーか。」

「あっ、あなただったの!?ジルの剣を作ってくれる鍛冶屋って。」

「そういうことか...。」

ガンテは横になった状態から起き上がり座る。

「あの時わしはお前のためなら剣を打つと約束したからな。

よし、ジルとやらの剣を今から打ってやろう。」

「ありがとう。」

「ジルというのはどいつじゃ?」

「俺だけど...。」

ジルは一歩前に出てガンテに言う。

「お前がジルか。よし、今から最高の剣を作ってやろう。

幻の鉱石、オリハルコンも預かっているしな。わしにかかれば

間違いなく世界一の剣が出来るじゃろう。」

「本当に!!ありがとう、ガンテさん。」

ジルは喜び、ガンテの手を握る。

「うむ、それでは3日だけ待て。3日後には完成させてやろう。」

「分かった。楽しみにしてるよ。」

「では、私はここで剣製造のお手伝いをしますので一旦別れましょうか。」

「そうだな。」

ジルたちは剣作成を鍛冶屋ガンテとヒヨルド博士にまかせて後にした。

 

 

その頃、ヴェロニス帝国はアルテリア連合国を次々と落とし残るはサンアルテリア王国

だけとなり帝国軍はもう間近まで迫っていた。

「我々にもう敵はない。このまま一気に攻めて悲願の世界統一を成し遂げるぞっ!」

ラングが本国へと戻り、帝国軍の指揮を任せられたフォルテが兵たちに檄をを飛ばす。

そして、帝国軍が遂にサンアルテリア王国国境前までやってきたとき。

ガンガンガンガンガンガンガン!!

地面より巨大な石の板が次々と飛び出し一面に壁を作る。

「な、何だ!?これは...。」

フォルテたち帝国軍はそれらを見て、戸惑い立ち尽くす。

目の前の壁は強固で高く何物も受け付けないことは誰が見ても明らかだった。



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441,442

「うまく起動したようだ。不可侵の壁、『ガーディアン・ウォール』。

魔力を込めた特殊岩盤を使用することで、通常攻撃だけでなく魔法による

破壊にも耐えうることが出来る。これで我が国は帝国に脅かされることもあるまい。

連合軍が勝利していれば無用の長物となりそちらの方がよかったのだが...。

後はレナ王女から聞いた者たちが頑張ってくれることを祈るしかないか。」

D=クラプターは天井に視線をやり思いを巡らせる。

 

「これは...。」

魔法使いの水晶玉から『ガーディアン・ウォール』の出現を見ていた

皇帝とエミルは衝撃を受ける。

「これが、D=クラプターの真の狙い...。陛下、申し訳ありません。

最後まで読みきることが出来ませんでした。」

エミルは陛下に心から謝罪をする。

「よい。これは余にも考えが及ばなかったことだ。それにしてもこれほど

巨大な物をこちらに一切の情報を漏らさずに作り上げるとは...。

我が覇道の前に唯一立ち塞がるか。D=クラプター、恐るべき男だ。」

皇帝の表情は落胆の色を隠せない。

「陛下、すぐにもこの防御壁への策を考えます。」

エミルは力強く皇帝に訴える。

「もうよいのだ。お前には次の段階へ進んでもらう。それは最も重要なことだ。

間に合わないということは許されないのだ。いいな!」

皇帝は珍しく語気を強めて言った。そのことはエミルによく伝わり、

「はい。畏まりました。」

と思うところはあっても素直に頷いた。

 

それ以降、ヴェロニス帝国とサンアルテリア王国は互いに攻めることはなく

戦争は鎮静化することになった。

 

 

そして、ジルの剣の依頼をしてから3日後。

ジルたちは再び鍛冶屋ガンテの元を訪れる。

「こんにちは。」

工房ではガンテとヒヨルドが待っていた。

「よく来たな。剣は出来ているぞ。ほれ。」

ガンテは完成した剣をジルに手渡す。

「これが、俺の剣...。」

その剣のデザインは比較的シンプルながらも鍔に埋め込まれたレインボーダイヤモンド

の輝きを不自然に感じさせない優雅さ力強さを持っていた。

「すっげーかっこいいな。」

剣を手にしたジルは惚れ惚れとして眺める。

 

 

 

「その剣はわしの人生で最高の一振りじゃ。オリハルコンの強度を

極限まで高めた。この剣を超える物は神々の武具でも存在するかどうか

というほどじゃ。デザインも時代の最先端を意識しておいたぞ。

どうじゃ気にいったか?」

ガンテは自慢げに言う。

「うんうん。気にいったよ。最高の剣だ!ありがとうガンテさん!!」

ジルは満面の笑みでガンテに礼を言う。

「それだけではありませんよ。」

ヒヨルド博士が一歩前に出る。

「その剣に埋め込まれたレインボーダイヤモンドの魔力を利用して

様々な能力を発揮することが出来るのです。」

「ホントにすっげえな。」

ジルは興奮が納まらない。

「そうでしょう。私にとってもこれは自信作でして今までの発明品の中でも

1,2を争う品になりましたよ。それで、この剣の名前ですが...。

『レインボーソード』と名づけました。」

ヒヨルド博士は胸を張って言う。

「え!」

ジルたちは驚く。

「なんかストレートすぎて、かっこ悪い名前よね。」

「はい。その名前には同感出来ません。」

「かっこ悪い、かっこ悪い。」

「なんかダサいよな。」

ヒヨルド博士の付けた名前に皆反発する。

「そこまで責めなくても...。それでは、『ミラージュソード』は

どうですか?以前『ミラージュナイフ』というのをお渡ししたことがありましたが、

それに性格が近く発展させたものと思ってぴったりだと思いますが。」

ヒヨルド博士は考え直して言う。

「それもいまいちな気がするな。悪くはないと思うんだけど...。」

ジルはまだ納得出来なかった。

「では、どんな名前がいいですか?」

困り顔のヒヨルド博士は逆にジルに問いかける。

「そうだなぁ~、う~ん。...『デイブレード』はどうだろう?」

「『デイブレード』。うん。いいんじゃない、それ。」

「いいと思いますよ。」

「悪くないね。割とかっこいいと思う。」

ジルの考えた名前に他の3人は好印象を受けていた。

「よし!それじゃ、『デイブレード』に決定!!」

ジルは皆の感想を聞いて、それに決めた。



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443,444

「ん!?」

剣を手にしていたジルが何かに気づく。

「どうしたんですか?」

マルクが思わず尋ねる。

「いや、ちょっと違和感があるんだけど...。」

「大丈夫?どんな感じ?」

メアリーは少し心配そうに聞く。

「う~ん、なんかこう自分の内の方から何かが呼び起こされようと

しているような感じが...、はっ!ヒヨルド博士!」

「はい?」

「お前、この剣に変な細工とかしてないだろうな?例えば、俺の

生命力を吸い取るとか。」

ジルはヒヨルドの胸倉を掴んで問い詰める。

「いえ、そんなことはありませんよ。なぜなら、これにはレインボーダイヤモンド

という魔力の素ともいえる物が組み込まれていますから使用者からわざわざ

生命力を奪って力を得る必要がありません。これは私の最高傑作であり、

今までの失敗作の教訓は全て組み込まれています。使用者に力を与えるようなこと

はあってもおかしな副作用を与えるようことは断じてありえないと言い切れますよ。」

ヒヨルドは不審に思うジルに力説する。

「そうか。ならこれはこの剣が与えてくれる力なのかな。」

「へぇ~、すごい剣なんだね。」

パティは感心して聞いていた。

「よし!!それじゃ、この剣を持って一気に皇帝のとこまで乗り込むか。」

「賛成!」

パティは手を上げてジルに同意する。

マルクとメアリーも同意して頷く。

「では、私の魔法で帝都まで行きましょう。」

「あ、そうだ。ちょっと待って。」

メアリーがマルクを止めると、ガンテの方に近づいた。

「ガンテさん、本当にありがとうございました。」

メアリーは丁寧に礼を言って頭を下げる。

「約束したことじゃからな。あれは俺の人生の中でも最高の一振りじゃ。

大切に使うように言っておいてくれよ。」

ガンテは笑顔でメアリーに答える。

「メアリーねぇちゃん、早くしないと置いてくよ。」

「分かったわ。...、それじゃ行くね。」

パティに急かされたメアリーはガンテに別れの挨拶をすると3人のところに集まり

マルクの魔法で帝都へと飛んだ。

 

「さて、あのジルってのがわしの作った剣でどれだけ活躍してくれるか

楽しみじゃな。」

「ええ、ジルさんならやってくれますよ。」

残った2人は心を躍らせながら見守っていた。

 

 

 

ヴェロニス帝国内でカフィールと白騎士団が向かい合う。

「カフィール様、本当に行かれるのですか?」

白騎士団の聖騎士の一人が尋ねる。

「あぁ、帝国内で世界の害となる者を掃討するという俺の役目はとりあえず終わった。

後のことは皇帝、キルヒハイスに任せよう。」

「我々はカフィール様に仕えられたことを誇りに思います。

このままお別れするのは大変寂しいです。」

「なに、俺たちの目指すところは同じだ。それを見失わずにこれからも

行動していれば、またどこかで会うこともあるだろう。」

「分かりました。それでは、カフィール様。お気をつけて。」

「お前たちもな。」

カフィールは慕われた白騎士団の聖騎士たちに別れを告げて、

一人馬に跨り歩き出した。

 

そして、白騎士団が見えなくなったとき。

「!?」

カフィールは前方を見て、馬を止め降りる。

「やあ、久しぶりだね。」

カフィールの目の前に現れたのは魔界のプリンス、ディリウスだった。

「何の用だ?」

「相変わらず愛想がないねえ。久しぶりの再会だというのに。」

「まさか世間話をしに俺の前に現れたわけではないだろう。」

「そうだね。私も世俗からは離れた身ではあるのだけれど、

今の君の行動には疑問があってね。君の行動は世界から楽しみを奪うことに等しい。

それは止めなければならないと思ったんだ。」

「世界から楽しみを奪う?お前から楽しみを奪うの間違いじゃないのか?

世界は安全と平和を望んでいる者が大多数だ。一部の為に混沌を許すなど

在り得ない。」

「ははは。うまいこと言うね。でも、私は一部の者の立場としてここは

譲るわけにはいかない。たとえ私の魔力を開放しなければならないとしても。」

ディリウスは自身の魔力を開放させ始める。それに従い大気は微妙に震えだしていた。

「傍観者の立場を取るのかと思っていたが、結局はお前もあちら側ということか。

ならば斬る。」

カフィールはエクシードを手にする。

「それが、自慢の神剣かい?確かにすごい威圧感を出している。

しかし、ちょっと大きすぎやしないか?それで1対1の対決をすると?」

「この剣の力が限定的なものか否かは試してみればすぐに分かる。」

「了解。では、行かせてもらおうかな。」



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445,446

ビュッ。

ディリウスは素早く動いてカフィールに急接近する。

ブンッ!

カフィールの剣、エクシードがディリウスのわき腹を掠る。

「!?」

ディリウスは驚き、すぐさまカフィールから離れる。

「俺の剣に驚いているのか?」

ディリウスはすぐに平静を取り戻す。

「そういうことか。確かに君の腕を見誤っていたようだ。

まさかその大剣でそこまでの攻撃速度をもっているとはやるね。

それでは私も本気を出すとしようか。」

ボワッ。

ディリウスの魔力が一気に高まる。

「『ダークスフィア』。」

ディリウスは構えずに魔法を唱えると、カフィールは何かを察知しその場から

素早く動く。それを見てディリウスはにやりとする。

次の瞬間。

ブーン。

「何!」

カフィールは突然現れた黒い球体に飲み込まれる。

「逃げようとしても無駄だよ。これは狙いを定めて放つものではなく、

対象者のいる場所で発生させる不可避の魔法だよ。」

「ぐあああぁぁぁぁ!」

カフィールは黒い球体の中でダメージを与えられ苦しみだす。

「まさか、これで終わりなんてことはないよね。」

「ぐうぅぅぅ...、くそ。『ホーリーブライトン』!」

カフィールは剣先から聖なる光を放ち、自身を閉じ込める球体を切り裂く。

「はぁはぁはぁはぁ。」

カフィールは体力の消耗が激しく息を切らしていた。

「そうこなくちゃ。」

ディリウスは楽しげに笑みを浮かべる。

カフィールは呼吸を整える。

「フ。さすがは魔界のプリンスということか。侮れない強さだ。

ならば、こちらも出し惜しみは出来ないな。行くぞ!」

カフィールはディリウスに突撃し、連続攻撃を仕掛ける。

「ぐっ。」

ディリウスはその激しい攻撃を必死で避ける。

「『ブラックカーテン』。」

ディリウスの魔法で2人の間に黒い幕が入り、カフィールは一瞬目標を見失う。

「ふぅ。」

ディリウスはその隙に態勢を整えようとする。

「テラの人間たちを見ていることに楽しみを覚えて、久しく忘れていたな。

戦うことの悦びを。」

ディリウスは笑みを浮かべる。

 

 

 

「カフィール、私の最高の攻撃を受けてみるかい?」

ディリウスは右手をカフィールに向けて、そこに魔力を集中させる。

「何!?」

「『ダークブラストロン』。」

ディリウスの右手から強烈な黒いビームが放たれる。

ズドォォォォォォォォ!

カフィールはディリウスの魔法の威力を肌で感じ、避けようとする。

「!?」

ブゥゥゥゥゥゥン。

ビームは曲がりカフィールに直撃する。

「ぐあぁぁぁぁ!!」

カフィールは苦しみながらその場に倒れこむ。

「この攻撃を受けて姿が残っているだけでも大したものだよ。」

ディリウスはゆっくりと歩いてカフィールに近づく。

「まだだ。まだ終わらん。」

カフィールはエクシードに縋りつき立ち上がろうとする。

「今すぐ、楽にしてあげるよ。」

そう言うとディリウスは指先に魔力を込めてカフィールに向ける。

ブワッ!

カフィールから突然白いオーラが発せられた。

そしてカフィールは立ち上がり剣を構える。

「まだ、力が残っていたんだ。...いや、これは君の力だけじゃない。

まさかその剣から力を受けているのか?」

ディリウスは警戒して、カフィールに近づく足を止める。

「お前は俺が倒す。この神剣『エクシード』の名にかけて。」

カフィールは再びディリウスに突進し攻撃をしかける。

それを必死でディリウスは避ける。

「行くぞ、ディリウス。俺の必殺技...。」

カフィールはディリウスの隙を窺い狙いを定める。

「『クリティカル・ノヴァ』!」

ズバッ!

カフィールは青白く輝く剣でディリウスの肩から腰までを斜めに斬りおとす。

ディリウスは体を2つに切られたままで大量の緑色の血を流しながら地面に倒れる。

「こ、これが君と君の剣の合わさった力か...。とてもおもしろかった。

これから先、もっとおもしろいものが見れるかもしれないのにと思うと

少しばかり残念だ..が...。」

ディリウスはそう言い残して命を落とした。

「俺の力だけでは負けていた。今はこの剣に感謝しなくてはな。

俺自身がさらに強くなる必要があるかもしれない。俺の信じる正義の為に。」

カフィールは決意を新たに馬に跨り走り出した。



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447,448

ヴェロニス帝国の帝都、そして皇帝のいる城へと再びやってきたジルたち4人。

「いよいよですね。」

「リベンジね。」

「緊張するね。」

「さぁ、行くぞ。」

4人はそれぞれの思いを胸に足を進める。

以前と違い城の前には兵が立っておらずそのまま城の中へと入ることが出来た。

「ようこそ、いらっしゃいました。」

一人の老人がジルたちに礼をして出迎える。

「お前は?」

「私は陛下にお仕えする執事。陛下より命令を受けております。

ジル様を案内するように。そして、お連れ様を手厚くもてなすようにと。」

執事が指をパチンと鳴らすと大勢の兵士たちが現れる。

「手荒な真似はしたくありません。おとなしく従って頂ければ何も致しません。」

「大変な歓迎ね。私たちがおとなしくするとでも思っているの。」

メアリーは剣を抜いて構える。

そこをジルが腕を横に延ばしてメアリーを制する。

「何!?」

「ここはそいつらの言うとおりにしよう。」

ジルは落ち着いてメアリーに言う。

「どうして?分からないわ?こんな奴ら簡単に倒せるわよ。」

「いいんだ。」

「物分りの良い方でよかった。では、兵たちに御3方を部屋へ案内させましょう。」

 

ジル以外の3人はおとなしく案内役の兵たちについて行く。

メアリーは不満な顔をして唇を尖らしていた。

「何でこんなことになるのよ、もう。」

「恐らくジルは巻き込みたくないという思いでいたんでしょう。」

「それって私たちが邪魔者ってこと?ちょっと酷いんじゃない?

一緒に戦えばいいでしょ。」

「皇帝の方も同じことを考えていたのでしょう。もしあそこで暴れていれば

どんな手段を使われていたかは分かりません。大事な村が壊滅しても何とも思わない

非情の皇帝です。ジルはそれを考慮したのでしょう。」

「う~ん。そこまで言われると推測の域でも説得力があるわね。

仕方ないわね。おとなしく待ちましょう。」

マルクの説明にようやくメアリーも納得をすることが出来た。

「ジルは絶対勝つよ。ねぇ、メアリー姉ちゃん。」

パティは笑顔でメアリーに話しかける。

「そうよ。もし私たちが待ってる間に負けたりしたら許さないからね。」

メアリーはパティの笑顔に元気付けられた。

 

 

 

「行かれたようですね。」

ジルと執事はマルクたちが部屋へ連れて行かれるのを見ていた。

「分かっているだろうな。もしも、あいつらに何かあったらお前らはただじゃ

済まないからな。」

「分かっております。あの方たちは丁重にもてなして頂きますよ。

安心してして下さい。」

「なら、いいが...。」

「では、行きましょうか。」

ジルは執事に案内され、階段を上り一つの部屋に案内された。

「私が案内出来るのはここまでです。この扉の中の部屋をさらに進めば陛下が

お待ちになる玉座の間へと辿ることが出来ます。どうぞ。」

執事は扉を開けるとジルに入るよう促してから下がっていった。

ジルは躊躇うことなく部屋の中へ足を踏み入れる。

その部屋は何も無くただ一人、ラング将軍が待ち構えていた。

「我が名は将軍ラング。陛下の命をお守りすることが第一の務め。

故に貴様をここで排除する。」

ラングは自慢の大斧、バンガードを構える。

「それは皇帝の命令か?それとも私情か?」

ジルはまだ構えずにラングをじっと見据える。

 

ラングに昔の記憶が蘇る。

『近隣諸国との戦いで傷つき、倒れたヴェロニス帝国初代皇帝。

ベッドに寝かされた皇帝の目は力を失いつつあった。

ラングはそんな皇帝の傍で見守っていた。

「ラング。お前は余に忠義を尽くしてくれた。感謝する。」

「とんでもありません。陛下には返しきれない程の恩があります。」

「そんなお前に一つ頼みたいことがある。」

「それは何でしょう?」

「我が息子、キルヒハイス。溢れんばかりの才能を秘めた自慢の子だ。

しかし、あれはまだ若い。成長し大事を成し遂げる日が来るまで守ってやって欲しい。」

「は、畏まりました。」

この日、若き日のラングはヴェロニス帝国皇帝に命を捧げる決意をした。』

 

「これは先代からの勅命だ。」

ラングは闘気を漲らせる。

「なるほど。では、俺も剣を抜こう。」

ジルは自身の剣、デイブレードを鞘から抜いて構える。

デイブレードに埋め込まれたレインボーダイヤモンドからは光を発していた。



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449,450

「では、行くぞ。」

「ああ。」

ラングから攻撃をしかける。

斧を振り回しての第1撃、第2撃をジルは交わし第3撃目を剣で受ける。

「ぐぅぅぅぅ。」

暫くの押し合いの後、2人は一旦離れる。

そこからラングの連続攻撃が始まる。

ジルはその激しい攻撃を避けながら自身も攻撃を試みる。

武器がぶつかる金属音が鳴り響く。

「はぁはぁ。」

ラングは僅かに息を切らす。

ジルの方は息は切らしていなかったが、一筋の汗を流していた。

「(このおっさん、かなり出来る。動きに無駄がない。

あの練達された斧捌き。気を抜けば一気にやられる)。」

「(この小僧。並みの剣士とは比べ物にならんくらい強い。

私と互角に渡り合ってくるとは。まだ動きにムラは多少残っているが、

それを補い余る力強さ。まだ若いだろうになかなかの場数は踏んできている

と見える。ならば...。)」

ジルとラングは互いの武器をぶつけ合う。

「ん!?」

ジルはその中で気づく。

「(こいつ、何かを狙っているみたいだ。)」

ジルは警戒しながら打ち合う。

「(攻撃が慎重になってきた。こちらの狙いに感づいてきているのか。

しかし、そんなことは関係ない。)」

ラングは攻撃の手を強めていき、ジルは防戦一方となる。

その中でジルに一瞬隙が出来る。

「今だ!」

ラングはバンガードを両手で大きく振り上げる。

「『ボーンクラッシュ』!」

大斧はジル目掛けて一直線に振り落とされる。

バッガーン!

「!?」

大斧は標的を失い床を砕く。

「(ここだ!)」

ラングの必殺の一撃をかわしたジルは今度は自分が必殺の一撃を狙う。

ガンッ!

ラングは柄を利用してジルの剣を受け止める。

ジルの目に力が入る。

ジルは剣をラングの斧から流して再び攻撃に移る。

これ以上ないという速さで。

ズバッ!

さっきの一撃で攻撃を防いだという気持ちでいたラングはジルの真の攻撃に

反応が出来ず、腹を切り裂かれた。ラングは膝を床に着き、口から血を吐く。

「く。これだけの攻撃、狙っていたな。最初の攻撃はフェイントか?」

「あぁ。それだけじゃない。あんたが必殺技を放つ隙をわざわざ作ったんだ。

こっちが仕掛ける為にな。それはさすがに見抜かれていたようだがな。」

「当然だ。私が本気で技を放てばこの城は崩れてしまう。お前が私の動きに

対して何かを狙っていることは分かっていたから力を抑えて次に備えたのだが...。

さらに先を読んでいたとは。どうやら私も古い時代に取り残されていたようだ。」

ラングは淋しげに言うと体が前にバタリと倒れた。

 

 

 

横たわるラングを前にしているジル。

「悪いが、先に行かせてもらうぞ。」

「敵に情けなどはいらん。お前は確かに強い。

しかし、我が陛下はそんなお前を凌ぐだろう。

そのこと会って思い知るがいい。」

ラングはそれだけ言うと息を引き取った。

「(知っているさ、皇帝の強さは。だが、俺は負けられないんだ!)」

ジルは決意を強めて皇帝の待つ玉座へと向かう。

 

バタン。

ジルは玉座の間への扉を力強く開ける。

そこでは既に皇帝が立って待ち構えていた。

「来たか。」

皇帝はジルを前にして不遜な笑みを浮かべる。

「俺は貴様を許さない。人を人と思わず、物のように見下すその態度が。」

ジルは皇帝を睨みつける。

「お前は知らないだけだ。人の上に立ち支配する悦びを。そして、思いのままに

世界を動かすことの出来る快感を。」

「上に立つ者は民の幸福の為に、そして世界の平和と安定を望んでいかなければならない。」

ジルは反論をする。

「そんなことに何の意味がある?己の欲望を満たすことこそが人の生きがい。

それは余だけにしか当てはまらないことではない。全ての人間がそうだ。

つまり余の行いは人間らしいごく自然な行動だ。余の支配を拒絶するなら、余を超える

だけの力をもって征すればよい。」

「立場によって考えややり方は違うかもしれないが、人はお互いに思いやることで

関係が成り立つ。人間全てが貴様のように自分のことだけを考えていればすぐに滅びるぞ。」

「それは力の無い者の愚かな理想に過ぎない。皆、力さえあれば余のようになりたいはずだ。」

「愚かなのは貴様だ。力に縛られ、本当の幸福を理解できなくなっている。

俺は貴様を倒す。」

ジルはそう言うと剣を抜いた。

「それが、お前の新しい剣か。余と張り合うことが出来るか、試してやろう。」

皇帝は剣の柄に手を当てる。

「行くぞ!」

ジルは思い切り皇帝に向かって攻撃を仕掛ける。

ガンッッ!!

ジルの剣と皇帝の剣が激しくぶつかる。

「く。(手が痺れる。何て攻撃力だ。)」

ジルは一旦後ろに下がる。

「なるほどな。この前とは一味違うようだ。余の抜刀術を受けきるとは。

ならば、余も本気で行こう。」

皇帝は剣を抜いたままで構える

 



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451-453

「では、行こうか。」

ヒュン。

ジルの視界から皇帝の姿が消える。

ジルは目で何かを追う。

「ここだ!」

ガンッ。

ジルの剣と突然現れた皇帝の剣がぶつかる。

「この動きを読むとは思った以上だな。基礎能力をさらに上げたか。

...それともその剣の恩恵か?」

「さぁな。(しかし、信じられない速さだ。あの攻撃に対応出来たのは

自分でも不思議なくらいだ。)」

ジルは冷や汗をたらりと流す。

「そうか。では、これも受けきれるか?」

皇帝は剣を持つ手を少し後ろに引き刃の先をジルに向け、力を溜めるかの

ように構える。

「(何だ、あの構えは?すごく大きな力を感じる。)」

ジルは警戒して一歩後ろに足をずらす。

皇帝の体全体が眩しいほどに光を発しだす。

「行くぞ。『シューティングスター・エクスプロージョン』!!」

シュンッ。

光の塊がジルの体を瞬きする間もない程の恐ろしい速さで突き抜ける。

「ぐあぁぁぁぁぁぁ!!!」

光が消えると皇帝の姿が現れ剣を構えた状態から床に向け斜めに振り下ろす。

攻撃を受けたジルは全身から血をプシューと噴き出す。

「う、うぅ...。」

ジルは剣を手放し膝を床につき、激しい痛みを抑えるかのように両手で自分の体を抱きかかえる。

「お前の力はそこまでか。このファルシオンと対等の剣があれば、余と互角の実力を発揮すると

思ったのは見込み違いか。」

皇帝は剣を構え直すもジルはまだ痛みに耐え戦える状態ではなかった。

「ならば、もう用はない。死ね。」

皇帝は素早い動きでジルに迫る。

突然、床に放置されているジルの剣、デイブレードが光を放つ。

ジルはその光に気付き、顔を向ける。

「皇帝にこれほど力の差を見せ付けられて傷ついても、お前はまだ俺に戦えと言うのか?」

ジルはゆっくりと膝をついたまま歩きデイブレードに手を伸ばす。

ズバッ。

「ぐはっ。」

皇帝の剣がジルの腹を深く切り裂く。

それで倒れたジルの手はちょうどデイブレードに触れていた。

ピカーッ!

デイブレードはさらに光を強くし、その形状を変えていく。

 

 

 

ジルの剣、デイブレードはオレンジ色をした丸みを帯びた形状の剣へと

変化した。デイブレードは優しい光でジルの体を包み込む。

「こ、これは...。」

驚く皇帝の視線の先には傷が癒されていくジルの姿があった。

「う、うぅ。」

ジルは意識を取り戻すと剣を手にしてすっと立ち上がる。

「どういうことだ?痛みがなくなっている。」

ジルは手にしている剣を見る。

「剣の姿が変わっている。まさかこの剣の能力?」

「『ヒーリングソード』といったところか。これでおもしろくなるな。」

皇帝は僅かに笑みを浮かべて構え直す。

ジルの剣はまた元の姿へと戻っていく。

「わ、わぁ。」

ジルは慌てて構える。

「では、仕切りなおしで行くぞ。」

ヒュンッ。

皇帝がジルに向かってくるとき、デイブレードはまた光りだす。

「!?」

皇帝の剣は空を斬り、ジルの姿を見失っていた。

ドンッ。

「いってー。」

皇帝から離れたところでジルは壁に額をぶつけていた。

「何!」

皇帝は驚きを隠せない。

ジルの手に握られている剣はまた形状を変えていた。

青色をした剣になり、さらに剣から発する青いオーラで全身を包んでいた。。

「おぉ、何だこれ。」

ジルも自身の姿を見て驚く。

「それはこちらが聞きたい。その剣は一体何なのだ?」

「えぇと、これはヒヨルド博士が創った俺の剣『デイブレード』だ。」

「あの天才科学者が創った物か。」

「いや、あいつは天才科学者というよりマッドサイエンティストだけど...。」

ジルは小声で否定する。

「なるほど、そのような不思議な能力を発動出来る訳だ。

しかし、余もここで負けることは出来ない。」

「よし、今度はこっちから。」

ジルは羽の形状となっているデイブレードを手に皇帝に向かう。

シュッ。

ドンッ!!

ジルは壁にまた額をぶつけていた。

「いったー。」

ジルは額を手で撫でて痛みを紛らわす。

「どうやらその形状では使いこなせていないようだな。」

「う~ん、せっかく速くなれるっていうのに。どうしたら...。あっ!そうだ。」

ジルは何かを思いつき皇帝の方を向く。

 

 

 

「じゃ、行くぜ。」

ヒュンッ。

ジルの姿が消える。

ダンッ。

次の瞬間、壁を蹴る音が聞こえる。

ヒュンッ。ダンッ、ヒュンッ、ダンッ!

皇帝はジルの異常に素早い動きについていけず、着衣を切り取られながら

ジルの攻撃を辛うじてかわすだけとなっていた。

「(く、これは。こいつ、壁を蹴って攻撃を繰り返してくるとは。)

だが、...。」

ガンッ!。

激しく動き回るジルの剣を突然、皇帝の剣が受け止める。

ジルは驚き動きを止める。

「その剣の能力に人の体はついていかない。その結果、攻撃は出来ても単調になる。

勘さえ働けば捉えることは難しくない。」

「ぐぅぅ。」

ジルと皇帝は互いの剣で相手を押し合う。

「それでも!」

ジルは剣の姿を元の形に戻して連続攻撃をしかける。

皇帝は怯むことなく剣をぶつけていく。

「(最初より攻撃速度が上がっている。剣の能力を使ったことで動きに勢いが

ついているのか?)」

互いに引くことなく必殺の一撃を撃つ隙を探り出す。

「うおぉぉぉ!」

ジルは剣を強く振るう。

ガーンッ!

その勢いで皇帝は一歩後ろに下がらされ2人の間合いが僅かに開く。

ジルも皇帝も勝負所を感じ全身にオーラを漲らせる。

「いくぞ、ジル。『カイザーストラッシュ』!!!」

「ここだ!『ギガブレイク』!!!」

バチバチバチ、ドーンッッ!!

全ての力を注ぎ込んだ2人の剣が重なるとそこから急激に光が広がりだし、

ジルと皇帝、そして部屋全体を真っ白に包む。

シュウゥゥゥ...。

光が薄くなってくると、力を出し尽くし肩で息をしている2人の姿が現れた。

「はぁはぁはぁ...。」

「はぁはぁ、余とこれほど張り合えるとは..。敵ながら誉めておくぞ。」

ピキーン。

皇帝の剣、ファルシオンに亀裂が走る。

ボロボロッ。

ファルシオンはそのまま刀身が崩れ落ちた。

「どうやら、余の負けのようだ。」

皇帝は構えを解き、無防備な状態で立っている。

「なら、これ以上の侵略、暴政を止め、他の人々を尊重するんだ。」

「今更、生き方を変えることなど出来ない。余は負けた。敗者には死あるのみだ。」

皇帝はそう言うと、崩れた剣を捨て窓の方へ歩き出した。

「おい、何を...。」

ジルの呼びかけに答えず、皇帝は窓を開けてそのまま倒れるように下へと落ちていった。

ジルは慌てて窓へと駆け寄るも皇帝は既に下の地面で横たわっていた。



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第4章
454,455


「ジル!」

ジルが振り返ると、そこにはメアリーたちが部屋に入ってきていた。

「あれ、皇帝はどこですか?」

マルクが質問する。

「あいつは死んだよ。」

そう言って窓の外を指差す。

「そうですか...。」

案内して一緒に来ていた執事は淋しそうにする。

「やったね。」

パティは嬉しそうに声をかける。

「あぁ、そうだな。」

「ジル、勝ったのに嬉しくないの?」

「そんなことはないさ。ただ、これからどうしようかなと。」

「皇帝がいなくなってこの帝国をどうするかですね。」

「それなら、心配は要りません。」

そこへエミルがやってきた。

「君は?」

「私は軍師エミル。陛下にもしものことがあった場合の指示を受けています。」

 

 

「よかったの?」

城の外でメアリーがジルに問う。

「あぁ、あのエミルって奴が平和な国を作るって約束したんだ。もし、それを

守らなかったらまた城に乗り込んでいけばいいだけのことだ。」

「でも、信じられるでしょうか...。皇帝の下で働いていた彼が

皇帝のやり方と180°変えるようなことを。しかもそれは皇帝の指示だと

言いました。どういうことでしょう?」

「俺の想像に過ぎないが、恐らく皇帝は自ら悪を背負って世界をよくしようと

したんじゃないかな。」

ジルは空を見やって言った。

「うそー。それはないでしょ。あんな人間として最低な奴。あいつはただ単に

世界を自分のものにしたかっただけよ。そうにしか見えなかったわよ。」

「まぁそれは今から分かってくるでしょう。エミルが作る新しい国に。」

「ねぇねぇ、私よく分からなかったことがあるんだけど...。」

「何だ、パティ?」

「マルクが『サンアルテリア王国に委ねては』って言ったとき、エミルって人が

言った言葉なんだけど。」

「それは気になるな。あいつ、『あなたたちは知らないのでしょう。サンアルテリア王国が

抱える大きな闇を。彼らにまかせては陛下の努力が水の泡と消える。』って言ってたな。

サンアルテリア王国には何か秘密でもあるのかな。」

「そんなことはないわよ。それはあいつが皇帝にあることないこと吹き込まれただけよ、きっと。」

「メアリーはあの国の王女ですもんね。誰よりもあの国のことは分かっていますよね。」

「う~ん。そういうことならいいんだけど。...一度戻ってみるか?」

「賛成!」

まだ行ったことのないパティは喜んで手を挙げた。

メアリーもマルクも頷き、ジルたちはサンアルテリア王国へ向かうこととなった。

 

 

 

ジルたちが去った城の中で。

「陛下、あなたの意志は必ずお引継ぎ致します。」

エミルは一筋の涙を流し、決意を強めていた。

 

それからしばらくして。

ヴェロニス帝国は民主国家となり、国名をヴェロニス連邦共和国とした。

初代首相にはエミルが暫定的に務めることとなった。

亡き皇帝が用意していたバックアップ体制により、

民主化の為の法整備、議会制、奴隷都市や拷問都市の普通化及び統治者の適正化等

が円滑に進められることとなる。

これでヴェロニスはサンアルテリア王国に上回る領土だけでなく、

政治体制においても先進的で勝るとも劣らない国家へと変貌を遂げた。

 

「まさかこのようなことになるとは。私の計画に間違いがあったと思わせて

しまいそうだな。いや、しかしこれでよかったのだろう。世界に再び平和が

訪れた。ヴェロニスとは友好関係を築けるように努力してみるか。あくまで

裏がないかを探った上でだが。」

D=クラプターは自室で一人考え事をしていた。

 

そして、ジルたちはサンアルテリア王国でゆっくりと滞在していた。

「すいません、エトールのレナ王女より手紙を預かってきました。」

一人の若い男はそう言うと、ジルに一通の手紙を渡す。

「『ジル様

 

 この度はありがとうございました。あなた方のおかげで世界は

再び平和を取り戻すことが出来ました。心より感謝の気持ち申し上げます。

ヴェロニス皇帝が改心出来なかったことは非常に残念ではありますが、

あなた方の行動に間違いはなかったと思います。

 私はこれから、民主国家へと生まれ変わったヴェロニスと交友を深め

世界平和の維持に務めてまいります。

 

エトール国王女 レナ』」

「へぇ~、律儀な王女様だな。」

ジルはそう言ってメアリーの方を見る。

「何よ、その顔。嫌味?私だってレナ王女と同じ気持ちよ。」

メアリーは自信気な顔をする。

「レナ王女もこれで肩の荷がとれたでしょうね。」

マルクは嬉しそうに言う。

「そうだな。こうやってサンアルテリア王国に戻ってはみたけど、何の問題もなさそうだし。

いいことだ。」

ジルも笑顔になる。

「ねぇ、今日は何をして遊ぶ?」

パティは無邪気にみんなに言う。

「おいおい、パティ。たまには仕事もしないと金がすぐになくなるぞ。」

「はーい。」

パティは素直に返事した。

そんなパティをマルクとメアリーは微笑ましく見ていた。



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456,457

「さ~て、仕事でも探そうか。」

ジルたちは仕事斡旋所パーラムへやってきた。

「どんな仕事がいいかしら。」

メアリーはそう呟きながら求人票に目を通していく。

「まぁ、モンスター退治とか用心棒の依頼だったら割と楽かもな。」

「今のジルの強さならそうかもしれませんが、あまり調子に乗らないで下さいね。」

「分かってるよ、マルク。もう。」

ジルは少し不満な顔をしながら求人票を見続ける。

「ねぇ、あれ何?」

パティは壁に貼られた一枚の紙を指差す。

「パティ、あれは求人票じゃなくてチラシだ。こっちの方を見なきゃ。」

ジルは優しく言う。

「そうですよ...。ん!?」

マルクはパティが指差したチラシを見て何かに気付く。

「どうした、マルク?」

「いや、違いますよね。ここに楽してお金が稼げると書かれているのですが...。」

「何だって!」

ジルは顔色を変えてチラシに目をやる。

「おぉ、これは!!すごいじゃん。」

「いや、それは...。」

「早速行こうぜ!」

ジルはマルクの言うことを一切聞かずに皆を連れて、チラシに書かれている場所へと

向かった。

 

そこは大きなホールになっていて入り口には受付の女性が一人座っていた。

「あの、チラシを見てきたんだけど。」

ジルは勢いよく受付の女性に話しかける。

「あぁ、説明会参加の方ですね。どうぞ中へお入り下さい。空いている席なら

どこに座っていただいても構いません。」

そう言われ、ジルたちは中へ進む。

中ではすでに数十人が座って待っていた。

「いやぁ、楽しみだな。楽してお金を稼げるなんて。」

ジルはウキウキした気分でいた。

「ジル。さっき言えなかったんですけど、そんなうまい話はないと思うんですけど。」

「もう、マルクは心配性だな。こんなに人が集まってるんだからきっとすごいいいこと

に決まってるぜ。なぁ、メアリー。」

「う~ん、私は何とも言えないわね。まずは話を聞いてからじゃないかしら。」

「私はさっぱり分かんない。」

「パティはともかくメアリーも案外心配性なんだな。大丈夫だって。」

「その自信はどこから来てるのでしょうか。」

マルクは理解できないといった表情をした。

「ん?何か言ったか?」

「いえ、何も。それより、もうすぐ始まるみたいですよ。」

会場の前にある壇上に正装をした男性が一人歩いてきた。

 

 

 

壇上に立った男性は座っている人たちを確認して話を始める。

「みなさん、今日はようこそ御越し下さいまして心から感謝します。

私、フェラード商会代表のラスク=フェラードです。よろしくお願いします。」

「聞いたことないわね。フェラード商会なんて。」

メアリーがボソッと言う。

「今日、みなさんは非常にラッキーです。なぜなら私共の考案した

楽してお金を稼げる方法を知ることが出来るのですから。

もう既にこの方法でお金持ちになっている人もいるんですよ。

紹介しましょう。どうぞ。」

ラスクは手を振って一人の中年女性を呼ぶ。

女性はたくさんの宝石を身に付け綺麗に着飾っていた。

「私は小さいときから貧しい暮らしをしていまして、働けど働けど

暮らしは楽にならず人生とはこんなつらいものなのかと思っておりました。

ところが、このフェラード商会さんのおかげでこの通り、贅沢で裕福な

暮らしが出来るようになったんです。フェラード商会さんには本当に

お世話になっています。何の取り得もない私が何の苦労もなく

稼げているんですから。今までの人生は何だったのかと思ってしまいます。

もう毎日が幸せで満ち溢れています。みなさんもどうかフェラード商会さんの

言うとおりにして幸せな人生を勝ち取ってください。」

女性は笑顔で話を終えると、また壇上から去っていった。

座って聞いていたみんなは半信半疑という感じであった。

ラスクはパチパチと拍手をして女性を見送る。

「どうもありがとうございました。実際に我が社によってお金持ちと

なった女性の体験話を聞いて頂きました。みなさんもあのようになりたいとは

思いませんか?どうです?まだ半信半疑といったところでしょうか?

無理もありません。突然楽して儲かると言われても普通はピンとこないものです。

では、実際にその儲かるシステム、方法をこれから説明していきたいと思います。

我々はたくさんの資金を抱えています。その資金を使って金・プラチナ等を

買い占めます。それにより市場に出回る量が僅かになり希少価値及び価格が

自然に上がっていきます。そこで買い占めた物を売りに出すのです。

値段が上がった分だけ利益になります。それを繰り返すことによって

元々あった資金がさらに莫大なものへと変わっていくのです。

皆さんに何をして頂くかと言うと、簡単です。出資をしてもらいたいのです。

お金が集まればそれだけ独占出来る種類が増えていきます。

利益もどんどん増えていきます。利益が出れば出資金に応じて配当金を

支払います。

先程の女性は最初、なけなしの大事なお金を我々に預けられました。

そして、配当金を受け取られそれをさらに出資してもらいました。

継続することでお金は雪ダルマ式に増えていき今の状態になられたという

わけです。

皆さん、どうでしょう?お金を出していただくだけでそのお金が勝手に

増えていくのです。こんな簡単なことは他にありますか?」



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458,459

ラスクの話を聞いた人々は感心するようにウンウンと頷きながら聞いていた。

「しかし、ここで皆さんに申し訳ない話があります。実はこの出資、

制限があるのです。我々は独占して確実に売れる物に絞って投資をします。

何にでもというわけではないのです。つまり、必要な資金というのは

ある程度決まってきます。だからいくらお金を集めても資金が余るだけで

利益は増えず配当金も減るということになります。それでは意味がないので

ある決まった額の出資金が集まれば今回はそれで募集終了となる、謂わば

早いもの勝ちと等しい状況になります。この話が終わり次第、募集を開始

します。やってみようとお考えの方は早めに申し込んでいただくのが懸命かと

思います。では、皆さんがお金を掴み幸せになれることを願って私の話を

終了とさせて頂きます。本日はありがとうございました。」

ラスクはそこまで言うと、目の前に座っている人たちに礼をして壇上から

去った。

すると、その話を聞いていた人々は一斉に出資金募集受付のところへと

走って向かいだした。

 

「あれ?」

「あら?」

マルクとメアリーがじっと座っているジルを見て驚く。

「ん?どうした?」

「『どうした?』って...。」

「いいんですか?あんなにお金が増えるって言われて、みんな受付に集まっている

のに行かなくて。」

「あぁ。聞いててどうも話が分からなくてな。」

「私もさっぱり分かんないよ。」

パティも笑顔でジルと同じことを言う。

「何だ、そういうことでしたか。」

「どうもこのやり方はよくないような気はするんだ。

値段が上がると、欲しくても買えなくて困る人がたくさん出るだろ。

そうなったら国全体が悪くなっていくよな。」

「え!?そこまで考えてたんですか!?」

マルクはさっきよりも驚く。

「何だよ。そのバカにしたような言い方は?」

ジルは怪訝な顔をする。

「すいません。バカにしてるというよりは感心したんですよ。」

「すごいわね。まぁ、私も思ったことだけど。」

「私はよく分かんない。」

パティはまだ理解出来ない中、マルクとメアリーはジルを見る目を変える。

「メアリーの言葉はひっかかるものがあるが、、今回は誉められたことにしておくか。

じゃ、出ようか。」

ジルは無理やり納得したように言うと、4人は今いるホールを出た。

 

 

 

それから少ししてサンアルテリア王国の市場は物価の急変動により

混乱を起こし始めていた。その責任を取らされ、現バレンティ首相は辞任に

追い込まれることになった。

 

 

そして、サンアルテリア王国議会。

「議員の投票、多数決により首相にD=クラプターを任命する。」

議員席よりD=クラプターが立ち上がると他の議員より大きな拍手が送られる。

D=クラプターは胸の内を隠すように愛想笑いをしていた。

「(ここからだ。私がこの国を守り、永続的な発展を目指す。)」

 

 

D=クラプターが首相になったという情報はすぐにヴェロニス連邦共和国にも

届いた。

今は首相官邸の一部となっている城の中で。

「エミル首相。サンアルテリア王国の新しい首相にD=クラプターが就いた

ようです。」

一人の男がエミルに報告する。

「ありがとう、ヒルマン官房長官。では、祝いの手紙を送っておいてくれませんか?」

「分かりました。では直ちに。」

ヒルマンはエミルに礼をして部屋を出た。

「あのD=クラプターが首相になりましたか。こんなに早くなるとは。

やはり、あれが動き出しているのでしょうね。これから彼は栄光を手にするか、

それともあれに呑み込まれることになるか、注意して視なければいけませんね。」

エミルは部屋で一人、考えを巡らせていた。

 

 

首相に就任したD=クラプターは自室で思案していた。

「早急に市場の安定化へつながる法案を考えなければ。

原因は明らかだ。一部の者が行っている独占による市場価格操作。

これを止めれば問題は解決する。」

 

すぐにD=クラプターは独占禁止法を策定し議会に提出。

内容は市場価格が急激に上下した物に対して圧倒的なシェアを

持っている者、企業に対し是正措置を実施するというもの。

議員のほとんどがそれに賛成し、法案は可決された。

 

独占禁止法により、フェラード商会はすぐに対象となり

営業停止が言い渡される。

事実上廃業となったことでフェラード商会の幹部連中は出資者から

集めたお金を持って逃走した。

残った社員も責任の追及を怖れて直ちに別の仕事を探しにいく。

出資者たちは会社の扉を必死に叩き続けていた。

「どうしてくれるのよ!!私の全財産を!」

「俺たちの金を返せー!!」

「明日からどうやって生活すればいいの!!!」

出資者の悲痛な叫びが鳴り響くも扉の向こうからは何の反応もなかった。

 



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460,461

フェラード商会によりたくさんの被害者が生まれてしまったが、

一応は市場も落ち着きを取り戻してきた。

 

D=クラプターは自室で考え事をしていた。

「ふぅ。被害者が出たことは残念だが、フェラード商会の幹部は

横領の罪で指名手配はされた。これが捕まれば少しは金も戻るか。

被害者も自業自得な部分はあるのだし、これでいいだろう。

欲に駆られれば損をするということだな。」

 

 

ジルたちはまた仕事探しへとパーラムにやってきていた。

「そんじゃ、俺らは地道に仕事をこなして金を稼ごうぜ。」

「うん。」

メアリー、マルク、パティ共に頷いて一緒に中へと入った。

「え!?」

入ってすぐに4人は驚いた。

「何ですか?このすごい求人票の数は...。」

マルクが指差した先には掲示板にびっしりと重ねて貼られた

求人票があった。

「これはどういうことかしら?」

「急に景気がよくなったとかじゃないか?どれどれ。」

ジルは求人票に目を通す。

「『ゴブリンが暴れまわって困っています。』

こっちは『オークに家を壊されました。どうか退治してください。』

他には、『ガーゴイルに洗濯物を切り裂かれました。追い払ってほしいです。』

何だ、こりゃ。」

「全部、モンスターがらみね。」

「それもこんな街中のものばかりですね。」

「でも、レベル低そうだねぇ。」

「さて。どうするか?」

ジルは少し考え、

「片っ端から行くか。」

と意見を言うと、3人は頷いた。

そして、ジルたちはまず一つの依頼を受ける。

1匹のゴブリンを倒せば解決するという簡単なもので

それはメアリーの剣の一突きで終わらせることが出来た。

その後も1つ、また1つと依頼をこなしていく。

 

そうしているうちに街には仕事を求めてたくさんの傭兵たちが集まりだしていた。

「おい、あれジルだぜ。」

「あのモンスターハンターランキングトップのジルか。」

ジルたちは既にたくさんのモンスターを倒し一躍注目の的になっていた。

「う~ん、このみんなが注目してる感じ。悪い気はしねぇな。」

ジルはにやけ顔になっていた。

「何、調子乗ってるのよ。この街の状態、異常だと思わないの!」

メアリーは怒り口調でジルに注意する。

「何だか倒しても倒しても一向に街を襲うモンスターが減らない気がしますね。」

 

 

 

「そうだな。メアリーの言うとおり確かに異常だよな。

裏で誰かが何かをしてるって可能性が高いかな。

例えば、魔界から呼び出してるとか、こっちで生み出してるとか。

お金もそこそこ貯まったことだし、一度調べてみるか。」

「賛成。」

 

ここはニムダの庵。

バタンッ!!

「ひえぇぇぇ~。」

「まいりましたぁ~。」

その扉から逃げ帰っていく男たちがいた。

中では。

「全く、この街に傭兵が増えてから勘違いしてわしに挑んでくる

輩が多くなって困るわい。」

ニムダが椅子に座って休憩しようとした。

そして間もなく、トントンとドアがノックされる。

「やれやれ、また来おったか。休まる暇もないのぉ。」

ニムダがよっこいしょと立ち上がりドアに近づこうとした時、、

「!?」

ニムダは目つきが変わり素早く後ろに下がる。

ズバッ!ズバッ!

ドアが×印状に切り裂かれる。

ドアが崩れ落ちた後に2人の男が立っていた。

「ヘッヘ~。出てこいよ、じじい。」

両手に1本ずつ剣を持ち、甲冑に身を包んだ男がニムダを挑発した。

ニムダは自分の剣を手に真剣な表情で2人の前に現れた。

「何者じゃ?」

「じじいは黙ってさっさと死ねばいいんだよ。」

ガンッ!

二刀流の男はニムダに攻撃をしかけ、ニムダはそれを受ける。

「随分な扱いじゃのう。名前も教えてくれんとは。」

「そうだな。冥土の土産に教えてやろう。俺の名はギルガメッシュだ。」

「!?」

ニムダはギルガメッシュの剣を払い、一旦後ろに下がる。

「何!ギルガメッシュじゃと。そんなバカな。太古の英雄がなぜ

今ここに...。」

「ほぉ、俺を知っているのか。そいつは光栄だな。」

ガンッガンッ!

ギルガメッシュの攻撃をなんとか防ぐ。

「有り得ん。どうせ偽物じゃろう。」

「俺を偽物扱いするか。愚かなじじいだ。その罪、身を以って償え。」

ギルガメッシュは僅かな怒りを込めて、その攻撃は激しさを増していく。

ニムダは最初こそ押されていたが、徐々に互角の態勢に変わっていく。



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462,463

「わしとて、剣聖とまで言われた男。太古の英雄であったとしても

そう安々とはやられんぞ。」

ニムダは鋭い一撃を放つ。

「グ...。」

ギルガメッシュは剣を交えながら歯軋りをする。

打ち合うこと十数合、全く互角のまま決着が着かずにいた。

「(この男、並みの使い手ではない。わしがこれだけ本気で

やっているのに一歩も引けをとらない。)」

「く、じじい。なかなかやるな。こうなったら俺の真の力を

見せてやろうか?」

ギルガメッシュは不敵な笑みを浮かべる。

「待て。」

ギルガメッシュの後ろに立っていたもう一人の男がギルガメッシュを止める。

「何だよ、シド。これからって時に水を差すなよ。」

「お前は遊びすぎる。俺たちの目的を考えろ。俺が変わる。」

「ちっ、しょうがねぇな。」

ギルガメッシュは渋々、シドの後ろに下がる。

「シドか、お主の名は聞いたことがないな。無駄かもしれんが、

もう一度聞こう。お主らの目的は何じゃ?」

「答える必要はない。」

「そうか、なら仕方ないの。」

ニムダが剣を構えるとシドはどこからともなくドリルの形状を

した剣を手にする。

「魔剣カルドボルグ。」

「(何だ?あの剣は!?剣自体から禍々しいまでの力を感じる。)」

ニムダは警戒を強める。

「行くぞ、剣聖ニムダ。」

 

「ぐはっ!!」

一瞬だった。

シドはニムダの胸を手にした剣で貫き、ニムダは血を吐いた。

「終わりだ。」

シドが剣を引き抜くと、ニムダの胸から大量の血を流して膝を地面についた。

シドはニムダに背を向け、歩き出した。

「あっけないな。全然おもしろくねぇよ。」

ギルガメッシュは不満そうに呟くとシドを追って歩き出した。

 

ニムダは胸を押さえながらヨロヨロと庵の中へ入る。

「あれは人ではない。怪物、いやそれ以上の存在だ。あれを倒せる可能性が

ある誰かに知らせなければ...。」

ニムダは痛みに顔を引きつらせながら必死に何かを紙に書き始めた。

そして、書き終えようとした時。

バタッ!

床に倒れ、血がダラダラと流れていく。

もう2度と立ち上がることはなかった。

 

 

 

ニムダの死は、すぐに街中に知れ渡ることとなる。

街頭では号外の新聞がばらまかれていた。

 

ジルたちは急いでニムダの庵へと駆けつけた。

そこでは保安隊によってベッドの中で安らかに眠るニムダの姿があった。

「おい、じいさん。嘘だろ。なぁ、返事しろよ。」

ジルは必死になって呼びかける。

「そ、そんな。どうして...。」

メアリーは言葉を失う。

マルクとパティは2人の気持ちを察して悲しげに見守る。

メアリーはポロポロと涙を流す。

「ジルさんですね?」

傍にいた保安員の問いにジルは黙って頷く。

「これはニムダさんが死ぬ前に書かれていたと思われるものです。」

そう言って渡されたのは冒頭に『ジルへ』と文章が書かれた手紙だった。

「これは...。残念だけど、最初の『ジルへ』以外は字が汚すぎて読めないな。」

「ちょっと見せて。」

差し出されたメアリーの手に紙を渡す。

「私、これ読めるわ。ニムダとは長い付き合いだったからこの歪んだ文字も

大体分かる。読むわよ。

 

『  ジルへ

 

お前がこれを読むとき、わしはこの世にはいないじゃろう。

それで、重要なことを伝えておく。お前は今のこの国をどう思う?

異変を感じていないか?時間がないから、手短に言おう。

この国の裏で動いている者がいる。気をつけろ。

わしはお前に大して何も教えれなかった。せめてもの償いという

わけではないが、棚にわしが書いた秘伝書がある。それを

どうするかはお前次第だ。読めば何かしら得るものもある

かもしれん。わしから伝えることは以上だ。健闘を祈る。

 

 

メアリーが読み上げる手紙の内容を聞いて、ジルは涙を流していた。

「じいさん...。」

マルクは慰めるようにジルの肩にポンと手を置く。

「あぁ、分かってるよ。ここで落ち込んでいる場合じゃないよな。」

ジルは服の袖で涙を拭いマルクに言った。

「メアリーも大丈夫か?」

「大丈夫って言ったら嘘になるわ。でもこうなったら仇をとってあげたいわ。」

「そうですね。」

「そうだな。」

力の籠もったメアリーの言葉に3人とも頷いた。



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464,465

「まずどうしようか?」

メアリーが意見を聞く。

「そうですね。まずはこの国の異常な状態を調べる必要がありますね。」

「異常な状態って?」

「あぁ、モンスターの大量発生だな。」

「はい。これは自然的なものではなく、人為的なものではないかと

考えています。」

「誰かが呼び出していると。」

「そうです。それを確かめるためにモンスターの出現場所を

調べてみましょう。」

 

ジルたちは自分たちが倒したモンスターのいた場所、モンスター討伐の依頼が

出ている場所について調べ、それらを地図に書き込んでいった。

 

「ここね。」

メアリーはモンスター発生が集中している箇所に指を差す。

「見事に集中しているのが分かるよな。」

メアリーが指差した箇所を中心にモンスター発生は周囲に広がっていた。

「ここはどういう場所なんですか?」

マルクがメアリーに尋ねる。

「え~と、ここは確か占い師が集まる通りね。うん、確かに怪しい感じが

するわ。」

「じゃあ、早速ここに行くんだね。」

パティがおもしろそうに言う。

「ああ。だが、気を引き締めといた方がいいかもな。ここにニムダを

殺した奴がいるかもしれない。少なくとも関係している奴がいる可能性は

かなり高そうだからな。」

 

ジルたちは占い師が集まるブラード通りへと向かった。

「着いたな。」

「なんだか怪しい雰囲気ですね。」

日が沈みかける中、営業を続ける占い師たちの明かりが

ぼんやりと光っていた。

「少し歩き回って見ましょうか。」

「そうだな。」

4人はブラード通りを歩きながら怪しい場所、人がないかを調べて回る。

 

クンクン。

パティが突然鼻を鳴らす。

「パティ、どうした?」

ジルが尋ねる。

「えぇとね、こっちの方からモンスターの臭いがするの。」

そう言ってパティは指し示す。

「パティちゃん、犬みたいね。」

「幻獣と触れ合っているからこういうことに敏感なんでしょうか?

まぁ、とにかく行ってみましょう。」

パティが指差した場所には一人の男が店を構えていた。

「ここ。ここがすごい臭いがする。」

「ここはモンスター発生のちょうどど真ん中ですよ。」

マルクは持ってきた地図を確認して言った。

「ビンゴだな。後はあいつからどうやって聞きだすかってとこか。」

 

 

 

「まずは客を装って接触してみるか。」

ジルたちは男のところに近づいた。

「すいません、占ってもらえますか?」

ジルが男に声をかける。

「じゃあ、ここに座って。」

男はそっけなく手を差してジルを座らせる。

残りの3人は付き添いという感じで後ろに立つ。

男もそれは理解しているようだった。

「では何を占おうか?」

「そうだなぁ。じゃあ、俺の金運とか診てもらえませんか?」

「分かった。」

男はそう言って、数枚のカードを取り出す。

そのカードをシャッフルしてその場に一枚をめくり見せる。

「死神のカード。」

ジルがそう呟いた。

「さよう。これはあなたに不吉なことが起こることを意味する。

十分お気をつけて。」

男は僅かに笑ったように見えた。

ジルたちはそれだけでその場を立ち去った。

 

「これでいいんですか?」

帰り道にマルクがジルに尋ねる。

「まぁな。後は待つのみかな。」

しばらく歩いているとパティがくんくんと鼻を鳴らす。

「ねぇ、モンスターの臭いがする。それも段々と濃くなってる。」

「来たか。」

ジルは剣の柄に手をあてる。

グゥゥォォォ!!

凶暴なモンスターがジルたちに襲い掛かる。

 

ズバッ。

ジルはモンスターを一太刀で切り落とした。

「いるんだろ?出てこいよ。」

ジルは建物の陰から感じる人の気配にむけて言った。

すっと出てきたのは先程の占い師の男だった。

「おとなしくモンスターに喰われればいいものを。」

「お前は何物だ?」

ジルは問いかける。

「そんなことはどうでもよかろう。」

「あっ、そ。なら無理やりにでも吐かせてやるよ。」

ジルは剣を手にする。

対する男はそのまま立ったまま何かをぶつぶつと唱え始めた。

男の目の前の地面が光出し、円形の図形を描き出す。

「魔方陣。」

パティがそう呟くと、その魔方陣から数体のモンスターが顔を出す。

「召喚士か!?」

「少し違うわ。このモンスターたちは幻獣じゃない。おそらく魔界のもの。

魔界から直接、又は捕えていたものを放っているみたい。」

ジルの言葉に対して、パティは冷静に判断して答えた。

「ご名答。だが、ここで死ね。」

現れたモンスターは男の言葉と共にジルたちに襲い掛かった。



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466,467

バシッ。

 

バシッ。

 

ジルは剣でモンスターたちを次々と倒していった。

「ほぉ、さすがにやるな。魔界の中でも上級クラスのモンスターだったのだがな。

では、こいつはどうだ?」

男は少し後ろに下がり、新たな魔方陣を描く。

「な、なんだ。」

魔方陣は先程のモンスターの呼び出したときよりも大きく

明らかに雰囲気が違うことを感じ、ジルは警戒した。

 

グゥォォォォォォォォォ!!

 

魔方陣から空気が震えるような大きな音と共に巨大な蛇が出現した。

あまりの大きさに現れただけで周囲の建物が数軒崩れ落ちた。

「おいおい、こんな街中で呼び出すような大きさじゃねぇぞ。」

「これは、ただのモンスターじゃないわ。」

パティが目を見張って言った。

「『ヨルムンガンド』。」

メアリーがその巨大な蛇を見て小声で言った。

「まさか。『ヨルムンガンド』と言えば、地の守り主。」

「どうしてそんなものが呼び出せるんだ?」

ジルがパティに聞く。

「わからないわ。偶然か特別な方法を使っているかだと思うけど。」

パティも少し困惑していた。

「ま、とにかくこいつを倒せば済む話だよな。」

ジルは気持ちを切り替え戦闘態勢をとった。

「今度は簡単にいくかな?」

男はにやりとしながら自分の安全確保のため、後ろに下がった。

「いくぞ!」

ジルは巨大な蛇に向かって剣で斬りつける。

ズバッ。

しかし、あまりに巨大な為に傷は浅くほとんどダメージを与えられない。

「くっ。これじゃダメだ。何か考えないと。」

ジルは敵を目の前にしながら動けなかった。

そうしている間にもヨルムンガンドは街を破壊し続けていく。

ジルたちの顔には焦りの色が見え始めた。

 

「ん?」

パティが何かに気付く。

「どうかしましたか?」

マルクがパティに尋ねる。

「このヨルムンガンド、正気じゃないみたい。まるで操られているみたいな...。」

「それなら…。」

マルクは一歩前へ出る。

「マルク、どうした?危ないぞ。」

ジルが注意を促す。

「大丈夫です。少しためしてみましょう。」

マルクはヨルムンガンドをじっと見つめる。

「『イエローフローラル』。」

マルクから発せられた黄色い風がヨルムンガンドを包み込む。

 

 

 

マルクの魔法によってそれまで激しく暴れ回っていたヨルムンガンドは

落ち着きを取り戻して静かになった。

「パティ、今なら話も通じるんじゃないですか?」

パティはマルクの言葉に頷いてヨルムンガンドに近づく。

「あなたはこんなところで暴れまわったりすることを望んでいないでしょ。」

パティの優しい言葉にヨルムンガンドはじっと聞き入る。

「さぁ、あなたのいるべき場所に帰りましょう。」

ヨルムンガンドがすっかりおとなしくなってきたとき、

占い師の男が急に笑い出した。

「はーはっはっはっは!それでこいつを静めたつもりか。

馬鹿が、こいつはすでに俺様の支配下にあるのだ。何をしようが無駄だ。

ヨルムンガンド!!このこざかしい小娘を押し潰してしまえ!」

グゥォォォン!!

ヨルムンガンドは占い師の男から発せられる何かの力によって

苦しみ始める。

「ダメッ!落ち着いて。」

パティの声は届かず、ヨルムンガンドは眼を真っ赤にして

さっきよりも激しく暴れだした。

「パティ。もう無理だ、下がれ。」

ジルはパティをかばうように後ろへと下がらせる。

「でも...。」

パティは下がりながらも納得は出来ていない様子だった。

「こうなったら倒すしかないな。操られているだけなのに

かわいそうだが、これ以上廻りに被害を出すことは出来ない。」

ジルはそう言うと、剣を構えなおした。

「これだけの巨体。普通に攻撃しててもダメージは与えられない。

ならば初めから急所を狙っていかないとな。」

そこでジルはマルクの方をちらりと見る。

「頼めるか?マルク。」

「はい。分かりました。」

マルクはジルの目を見てその意図を読み取る。

「いきますよ。『エアフェザー』。」

マルクの魔法でジルの背中に羽が生える。

「サンキュ、マルク。いくぞ、ヨルムンガンド!」

ジルは剣を持つ手に力を込める。そして羽を使って上空まで飛び跳ねる。

ヨルムンガンドの顔の前まで。

「体をただ傷つけてもダメージを与えられないのなら、

頭を全力で潰すまでだぁっ!」

ジルの剣はオーラを纏いヨルムンガンドに狙いを定める。

「『ギガブレイク』!!」

眩い光が放たれた後、ヨルムンガンドの頭は2つに引き裂かれていた。

「な、ばかな...。ヨルムンガンドがやられただと...。」

占い師の男は一瞬の出来事に驚きを隠せなかった。



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468,469

頭が潰され暴れ狂うヨルムンガンドだったが、やがてその動きを

完全に止めた。

「次はお前の番だ。」

ジルは占い師の男に剣を向ける。

「ぐ...。」

占い師の男は冷や汗を額に浮かべながら後ずさる。

「ひ、ひ、来、来る。」

「(!?)。」

ジルたちは占い師の男の様子がおかしいことに気づく。

「ど、どうかお許しを...。」

そこで占い師の男は首がガクッと下に垂れる。

そして顔を上げるとさっきまでの恐怖の表情とは全く違っていた。

白目をむき冷酷といった感じだった。

「失敗には死を。」

ボンッ!

男の頭が弾け飛ぶ。

「きゃっ!」

その様子を見ていたメアリーとパティは気持ち悪さで目を背ける。

「どういうことだ?」

ジルは理解が出来なかった。

「何かに操られているようにも見えましたけど。」

マルクは考えて言う。

「さっぱり分からないな。このことは一旦忘れよう。」

ジルはあっさりと言う。

「え!いいの?そんなんで?」

メアリーは驚きジルに尋ねる。

「だっていくら考えたって分かりそうにないだろ。いつまでも悩んでたって

疲れるだけだぞ。」

「いや、まあ、そうでしょうけど。この件はあやふやにしたままにしておくのは

危ないと思うんだけど…。」

「まだ何かあるとすれば、また問題がおこってくるだろう。今はそれを

待つしかないな。」

「確かにそうですね。今のままでは手がかりが何もありませんからね。

ジルの言うとおり待ちましょう。」

マルクはジルに同意して言った。

「それにしても今日は疲れたな。早く宿に戻って休もうぜ。」

「賛成!」

4人は笑顔で宿に戻り、休息を取ることにした。

 

次の日。ジルたちが街の広い通りを歩いていると、前から男が一人ふらふらと歩いてくる。

「ん?昼間っから酔っ払いか?」

ジルが男の様子を眺めていると、男はジルにすがりついてきた。

「く、く、くすりをくれ~~。」

男の目は真っ赤に充血して、体はやせ細っていた。

「お、おいおい。大丈夫か、おっさん。」

そこへ治安隊が2人やってきた。

「お前を違法薬物使用の容疑で逮捕する。」

そう言って治安隊は男を連れて行こうとする。

「あの、その人は?」

ジルが治安隊に男のことを尋ねる。

「ん?知らないのか?今流行りの違法薬物だよ。」

それだけ言うと治安隊は行ってしまった。

 

 

 

「違法薬物?何だろう?」

ジルたちはまだ理解が出来ていなかった。

「調べてみる?」

メアリーがみんなに聞く。

「そうですね。」

皆頷き同意した。

 

そうしてジルたちは街で行きかう人に尋ねてみる。

「違法薬物?…あぁ、『ソネル』のことか?」

「『ソネル』?」

「ああ、今流行りの薬だよ。それを飲むと心地よくなれる

らしいが…。副作用があって幻覚を見たり思考能力がなくなったり、

身体がボロボロになったり、とにかく人をダメにしてしまうらしい。

効力から別名『ドリームイリュージョン』とも呼ばれている。」

「へぇ~、そうですか。ありがとうございます。」

ジルたちは教えてくれた人に礼を言って別れた。

 

「なんか、かなり危ない薬なんだな。『ソネル』っていうの。」

「でも、この状態を政府が放っておくとも思えないけどね。」

メアリーは考えて言った。

「さっきみたいに使用者を捕まえたりしててもなくすまでには

追いついていないというのが現状じゃないですかね。」

マルクは言う。

「さて、それでどうするかだよな。」

ジルたちは考えこんだ。

 

ここは魔道連盟本部の一室で向かい合って腰をかけている2人。

一方はD=クラプターが、もう一方は年老いた魔法使いがいた。

「魔道連盟最高司祭であるあなたの意見を聞きたい。

ネルフさん、この国の現状をどう思われる?

モンスターの大量発生が収まったかと思えば、今度は違法薬物が広まっている。

大きな国だけに色々な問題も起こるのは当然かもしれないが、

この頻度は異常だとは思いませんか。何か大きなものが裏で動いているような

気がしてならない。」

「ふむ、何か大きなものか…。ところでD=クラプターよ。お主は

『呪術師キュリオン』を知っているか?」

「『呪術師キュリオン』?さぁ、聞いたことはないが…。」

「我々も偶然知ったことなのだが、奴が裏で動いている事件がたくさんあってな。」

「今回もそいつが関わっていると…。」

D=クラプターはネルフに尋ねる。

「確証があるわけではないが…、恐らくは…。我々は今、『キュリオン』を

追っている。奴を見つけなければ解決はないと見ている。」

「そうか。この国のためにもよろしくお願いしますよ。

こちらでも出来ることがあれば協力するので。では失礼。」

D=クラプターは席を立つ。

「何か分かったら知らせよう。」

ネルフの言葉に頷き、D=クラプターは部屋を後にした。



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470,471

みんなで考え込んでいたジルたち。

「うん、やはり薬を売っている奴らを探し出そう。」

「難しそうだけど、それしかないわよね。」

ジルの言葉にメアリーも同意する。

「それでどこから情報を?この辺に歩いている人に聞いても

そういうことは全く分からないのでは?」

マルクは疑問を投げかける。

「こういうときこそ情報屋を使えばいいんじゃない。」

メアリーはマルクに答える。

「そうでしたね。」

「ねぇ、情報屋って?」

パティが尋ねる。

「あぁ、情報屋っていうのはね。欲しい情報を提供する代わりに

お金をもらって仕事にしている人たちのことよ。」

メアリーはパティに分かりやすく説明する。

「へぇ、そんな人がいるんだ。」

パティはそれを聞いて感心していた。

 

ジルたちは街を歩き情報屋のいる場所を探す。

「しばらく会っていないわね。まだここに居てるかな、シャム」

メアリーが細い路地の中の角を曲がり、覗いた先に一人の男の子が俯いて座っていた。

「シャム?」

メアリーが男の子に尋ねる。

「ん?」

男の子は顔を上げ、メアリーの顔を見る。

「あ、お姉ちゃん!久しぶりだね。元気してた?」

「もちろんよ。シャム少し大きくなったね。」

「まぁね。で、今日は何の用?」

シャムは挨拶もほどほどに尋ねる。

「実はね、『ソネル』って薬を売ってる奴がどこにいるか分かる?」

「おいおい、お姉ちゃん。そんなやばい情報はさすがに知ってても教えられないよ。」

「え、そうなの。困ったわね。」

メアリーは困った顔をする。そこへジルが前に出る。

「ならさ、『ソネル』を使っている奴の情報とかは教えてもらえないか?」

「う~ん。それなら、まぁ、大丈夫かな。…ちょっと待ってね。」

そう言うと、シャムは分厚いノートを取り出した。中には膨大な情報が書き込まれて

いるようだった。

「そうだね…。」

シャムは別のメモに何かを書き写した。

「はい。このメモに書いた場所に行ってみて。」

「サンキュー。」

ジルはメモを受け取ると情報料を支払った。

「兄ちゃんたちのしようとすることは大体想像はつくけど、気をつけるんだよ。」

シャムは釘をさすように言った。

「あぁ、分かってる。ありがとうな。」

「シャム、ありがとう。」

情報屋シャムにお礼を言って、その場を後にした。

 

 

 

ジルたちはシャムのメモに書かれた場所にさっそく向かった。

「え~と、この辺りかな。」

ジルはメモを見たり、周りを確かめるように見たりして

ゆっくりと歩く。そこは普通の町中で特に怪しいところはなかった。

「ここで間違いはないと思うんだけど…。」

ジルたちは周りをきょろきょろと見回す。

「もうその人いないってことはないのかしら?」

メアリーが首をかしげながら言う。

「まぁ、ありえますよね。でももう少し様子を見てからにした方が

いいかもしれませんね。」

マルクも悩みながら言った。

 

…しばらくして。

「もう疲れたな。今日は帰ろうか。明日もう一度来てダメだったら

また考えよう。」

「そうね。」

ジルの提案にメアリーが頷いたとき、

「ねぇ、あれ。今あそこの家から出てきたあの人、ちょっとおかしくない?」

パティが一人の男を指さして言った。

「ん、どれ。」

ジルがパティの指さす男を見ると、男はふらふらとした足取りで歩いている。

「う~ん、あれだと『ソネル』を使っているのかただ酔っ払っているだけか

がよくわからないな。」

「もう少しあの男の様子を観察しましょうか。」

「そうだな。」

ジルたちは怪しまれないように男と距離をある程度保ちながら後をつけていく。

すると男は次第に細い路地へと入っていく。

「これ、ちょっと見失いそうだな。もう少し距離を詰めるか。」

ジルたちは男を見失わないように注意した。

男はある建物の地下へと続く階段を降りていく。

ジルたちが階段を降り、目の前の扉を開けると通路のような細長い部屋があった。

そこはロウソクの火が灯されるだけのうす暗く白い煙が充満していた。

部屋の両脇には数人、座り込んでいる者がいた。

「ねぇ、ジル。ここの臭い、私これ以上耐えられないわ。外で待っていてもいい?」

パティは鼻を両手で塞ぎつらい顔をしていた。

「あぁ、ここの臭いは独特だな。この煙、何かの薬の臭いだろうな。

俺でも長時間いてたらおかしくなりそうだ。パティはこういうのは敏感だからな。

外で待っていてくれ。」

ジルは頷いてパティを外へ出した。

ジルたちが歩きながら座り込んでいる人を見ると、皆目は虚ろ、呼吸は浅く

今すぐにも倒れて息を引き取ってもおかしくないという感じだった。



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472,473

ジルたちが追っていた男は暗い部屋の中で一人の男の前に膝をついていた。

その男は壁を背に椅子にどっしりと座り、目の前の男を見ていた。

「へへ、アントンさん。またいつものやつをください。」

「そうだ。お前は上得意客だからな。今日は特別なのをやろう。

こいつは今までのとは一味違うぞ。」

そう言って、アントンは男に一錠の赤い薬を渡す。

「へぇ、これはこれはありがとうございます。」

男は嬉しそうに薬を受け取る。

「どうだ?さっそく試してみたら。」

「そ、そうですね。では…。」

男は受け取った薬を口の中に放り込み飲み込んだ。

 

ゴォォォォ!

 

突然、男の口や耳、鼻から炎が吹き出し瞬く間に身体を焼き尽くした。

「はっはっは。どうだ最高だろ。この『ファイアマジック』は。

ふん。余計な客を連れて来やがって。治安隊にでも見つかったら

めんどくさいことになるからな。さて…。」

 

そこにジルたちが乗り込んできた。

 

「これはこれは、見たことのないお客さんだ。何の用かな?」

アントンは落ち着いた様子でジルに問う。

「お前が『ソネル』の売人か?」

「ならどうしたというんだ?」

「お前を治安隊に引き渡す。」

ジルは淡々とした口調で言った。

「引き渡すか。しかし、なぜそんなことをするんだ?

わざわざお前がそんなことをしなくても治安隊が探して俺を捕まえに

来るだろう。何か理由でもあるのか?」

「少しでも早くこんなことを止めたいからだ。」

「しかし、止めたからといってお前たちに利益などはないだろう。

自己満足の正義感からか?」

アントンはバカにするかのようにジルに問う。

「かもな。でも俺たちがいてるこの国でこんなことが起こっていたら

居心地が悪いだろ。そう考えると俺たちの行動がすぐに利益にならなくても

放っておいたら不利益になり、それを防ぎたい。別に自然なことだろ。」

「なるほど。それはそうだ。」

アントンはジルの返答に納得をした。

「それとお前に聞きたいことがある。お前の後ろには誰かいるのか?」

ジルは真剣な表情でアントンに問う。

「何だ?俺が誰かの指示で動いているとでも言いたいのか?残念だな。

こういった仕事の類は蜘蛛の巣のようにつながっている。

薬の原料を採ったり育てる者、薬を考え作り出すもの、そして俺のような売人。

それらは芋づる式に捕まえられるものではなく、トカゲの尻尾のように

一人捕まったところで大して変りはしない。」

 

 

 

「く...。」

ジルはアントンの返答に行き詰まりを感じていた。

「どうやら狙いが外れたらしいな。それに...。」

アントンは先ほどの男に渡したものと同じ『ファイアマジック』

を手にして自らの口の中に放り込んだ。

「ぐあぁぁぁぁぁ!」

アントンは絶叫と共に体から吹き出す炎に包まれ

燃えていった。

ジルたちは為す術もなくその様子を見つめていた。

「なんだか、また後味のよくない終わり方よね。」

メアリーが言った。

「ああ、しかし何もしないでほうっておくわけにもいかなかったしな。

後の処理は治安隊にまかせるとしようか。」

ジルはため息まじりに言ってその場を後にした。

 

ジルたちが建物の外に出たとき、

「!?」

ジルは異常な気配を感じ取り空を見る。

一つの影をを確認するとすぐに剣を抜き構える。

 

ガンッッ!!!

突然の攻撃を受け止めるジル。

相手は鎌を振り下ろす死神ジョーカーだった。

「くくく、随分と成長したようだね、ジル。」

2人は一旦離れる。

「何の用だ?」

ジルは緊張をし、冷や汗を流しながらも力強く問う。

「なぁに、ただの暇つぶしだよ。君たちがあまりにも無知だからね。

いい情報を教えてあげようかと思ってね。」

「情報?」

ジルはジョーカーの言葉がよく理解が出来なかった。

「そう。君たちは最近この国の異変には気付いているだろう。

さっきも薬のことを調べていたように。」

「あ、あぁ。」

「そして、裏でそれらを操る存在についても。」

ジルは黙って頷いた。

「しかし、そこから先については一切情報を持っていない。」

ジルは再び頷く。

「『ヘルヘブン』。それが組織の名前だ。『呪術師キュリオン』が指示を

出し、僕もいる実行部隊『アビスメーツ』が中心に動く。」

「お前らの目的は何だ?」

ジルは突然の話に戸惑いながらも聞いた。

「そうだねぇ。世界を混沌に満ちたものにし、おもしろくすることかな。」

「何がおもしろくするだ!お前らのせいで苦しむ人が大勢出てくるだろう。」

「ジルくん。それは君の視点からの意見だろう。ほら、考えてごらん。

モンスターが大量に発生すれば民衆は確かに苦しめられる。しかし、

傭兵からすればこれは稼ぐチャンスだ。平和な世の中では仕事がなかなか

見つからなくて苦労するが、こういう機会を作ってあげれば結果として

喜ばしいことになる。」



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474,475

ジョーカーは続ける。

「薬にしてもそうだ。確かに薬に溺れたものは苦しみ破滅の道を辿る。

しかし、薬を作る者、売る者は潤っていく。なぁ、嫌なことばかりじゃ

ないだろう。」

ジョーカーは嬉しそうに話した。

「違う。そんなのはそもそも前提が間違ってるんだよ。誰かが苦しむことに

なることをやっちゃいけない。そんな簡単なことが抜けているんだよ、お前らは。」

ジルは真剣な表情でジョーカーに言う。

「ふふ、君とはどうやら根本的に考え方が違うようだね。いいだろう。

君が僕たちを間違っているというのなら全力で否定するがいい。

僕らは僕らのやり方を続けるだけだからね。」

ジョーカーはそれだけ言い残すとヒュッと去って行った。

 

「ふぅ...。」

ジルはジョーカーが去って張りつめた空気を解くように一息ついた。

「やることが見えてきたみたいね。あの死神のおかげっていうのは

気に食わないけど。」

メアリーはみんなに話しかける。

「そうですね。ヘルヘブンを止めないと世界がとんでもないことに

なってしまいますもんね。」

マルクも頷いて言った。

「ちょっと今日は疲れたな。宿で休んで明日からまたどうするか考えようか。」

ジルは疲れた表情でみんなに言う。

「そうね。とりあえず今日のところは片がついたしね。」

メアリーはジルに同意する。

マルクとパティもうんうんと頷く。

4人は宿へと向かった。

 

 

とあるうす暗い洞窟の中。数本の蝋燭が中を照らしている。

そこに数人の人影があった。

「おい、てめぇ!どういうつもりだ!!俺たちの情報をばらすなんて!」

死神ジョーカーに詰め寄るのは甲冑に身を包んだギルガメッシュ。

「さて何のことかな?」

ジョーカーはとぼけるように言う。

「ふざけるなよ。お前の行動は筒抜けなんだよ。お前が

人間に情報提供をしたことはな!」

ギルガメッシュはジョーカーを追い詰めるように言う。

しかし、ジョーカーは意に介せずといった感じで、

「確かに情報提供をしたね。」

さらっと答えた。

「『したね。』じゃねぇよ。お前がしたことは俺たちへの裏切りだ。

分かっているだろうな。」

ギルガメッシュは声を荒げながら言った。

「さぁ、なぜ裏切りになるのかさっぱり分からないねぇ。」

興奮するギルガメッシュに対してジョーカーは至って平静を保っていた。

「言って分からないなら、体で分からさせてやろうか。」

ギルガメッシュは剣を手にしてジョーカーに突きつける。

 

 

 

「おい。やめろ、ギルガメッシュ。」

これまで2人のやりとりを見ていたシドが前に出てきた。

「何だよ、今更。まさかシドまでこいつが俺たちを裏切って

ないとか言うんじゃないだろうな。」

「ジョーカー。俺たちの目的は何だ?」

「う~ん。世界を混沌としたおもしろいものにすること、かな。」

「正確ではないが、ニュアンスは合っている。なぁ、ギルガメッシュ。」

「まぁな。」

ギルガメッシュは軽く頷く。

「それでギルガメッシュ。俺たちの裏切りとはその目的に背くことだな。」

「そりゃそうだ。」

ギルガメッシュはもう一度頷く。

「人間に俺たちの情報を漏らすことが目的に反することになるか?」

「いや、それはそうだろ。俺たちの情報が渡れば人間は俺たちの行動を探る

動きを強める。そうなれば俺たちは動きが取りにくくなる。完全に目的に

反するじゃないか。」

「気をつけろ、ギルガメッシュ。お前の返答次第では俺たちへの反乱と

見なすぞ。」

シドは剣を手にしギルガメッシュに剣先を向けた。

「何言ってやがるんだ。」

シドの言葉にギルガメッシュは怒りを露わにする。

「俺たちは人間に簡単に止められるほど弱い存在か?いつまでもその存在を

隠していなければ行動できないと思っているか?俺はジョーカーの行動に

賛同するわけではないが、ジョーカーの行動が特に問題があるとは思わない。

ジョーカーが情報を人間に提供することでさらに我々の目的が果たし易くなると

考えたのだろう。それは裏切りには当たらないと考える。」

「そう言われればそうだが...。」

ギルガメッシュは渋々納得する。

「だがな、ジョーカー。お前を認めたわけじゃないぞ。お前はいつか俺たちを

落としいれるかもしれない。その時は絶対にお前を潰す。」

ギルガメッシュは気迫を込めて言った。

「あぁ、怖いねぇ。そんなことになれば全力で逃げさせてもらうよ。」

ジョーカーは相変わらずの余裕ぶりで答えた。

「もう、いいだろ。直に次の計画が動き出す。これまで以上に大きな計画がな。」

シドは先を見据えるように言った。

 

 

「あ~あ、まさかこれほどとはなぁ。」

ジルは両手を後頭部で組んでだれるように言った。

「どこの情報屋に聞いても『ヘルヘブン』の情報がかけらも出てこないとは参りましたね。」

マルクもお手上げといった表情になっていた。

「ここまでくると本当に存在するのか疑ってしまいそうだよな。」

「で、どうするのこれから。」

メアリーも困った顔をしながら促す。

「う~ん、そうだな。もうこうなったら向こうがまた動き出すまで待つしかないよな。」



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476,477

空が突然暗くなったかと思うと、ソレは突然現れた。

ジルたちはあまりに唐突な出現に体は金縛りにあったかのように動けずにいた。

「く、黒いド、ド、ドラゴン...。」

グオォォォーーーーォオン!!!

世界中に鳴り響きそうなくらいの大きな鳴き声が聞こえた。

「これは暗黒竜。なんでこんなのが突然現れるの?」

パティは暗黒竜を驚きの表情で見据えて言った。

他の3人も驚きは隠せず暗黒竜から目が離せずにいた。

「これってかなりヤバイんじゃないか?」

ジルがそう言った後、暗黒竜は大きく口を開き、

ブォオオオオォォォォ!!

黒い息を吐きだした。

あまりの破壊力で街一帯が一瞬で瓦礫の廃墟と化してしまった。

「マジかよ。しゃれになってないぞ、これ。」

「ジル、このままほっとけませんよ。」

マルクは冷や汗をかきながらジルに顔を向ける。

「そ、そうだな。前にも巨大なヨルムンガンドを倒せたんだ。

意外と何とかなるかもしれないしな。」

ジルはそう言いながら剣を抜く。

「ヨルムンガンドと巨大さは変わらないが、威圧感が半端じゃないな。

もうラスボスでもいいんじゃないかってくらいの感じがするよな。

そんなことは置いといて。やるか!」

ジルは剣を構えた。

「きっと通常攻撃では歯が立ちそうにないな。いきなり全力でいくしかない。」

ジルの剣にオーラが纏う。

そしてジルが必殺技を放とうとしたとき、

バサァッ!!

暗黒竜は翼を広げて羽ばたき始めた。

その巨躯は宙に浮き、徐々に高く上がっていく。

そして、そのままその場から飛び去っていった。

 

「ふぅ...。」

ジルは剣を静かに鞘に収めると緊張感から解放され一息ついた。

「何よ、あれ!あんなのいきなり現れるなんて反則でしょ。

普通、魔導士が大掛かりな儀式とかするの見てから出てくるんじゃないの?

あれじゃ見つけた瞬間、あっけなく世界が崩壊してもおかしくないレベルよ。」

メアリーは怒り混じりに言った。

「まぁまぁ。そうは言っても現れたものは仕方ありませんよ。

今、考えなければいけないことはどうやって倒すかですね。」

マルクは冷静に言った。

「やっぱりヨルムンガンドのときと同じようにするしかないんじゃないか?」

ジルは覚悟した表情で答えた。

「う~ん、それしかないんだろうけど...。暗黒竜はヨルムンガンドよりも

1ランク上な気がするのよね。やってみなければ分からないけど。

ねぇ、マルクもそう思わない?」

「そうですね。」

マルクもジルもメアリーの意見に反論出来なかった。

 

 

 

「ねぇ。私、幻獣界に行ってくる。」

パティは3人の話に割って入る。

「どうしたんだ?急に?」

3人とも首をかしげる。

「あの暗黒竜を確実に倒す方法があるの。」

「暗黒竜に勝てる幻獣がいるってことか?」

ジルはパティに問う。

「うん。幻獣界のどこかにいると云われている『幻獣神バハムート』。

そいつなら間違いなく暗黒竜を倒せるわ。」

パティは自信を込めて言う。

「聞いたことがあるわ。『幻獣神バハムート』、その力は天にも届くと

言われていて竜の姿をした最強の幻獣。でも、その存在は幻に包まれている。

いるかどうかも分からないのに探しに行くの、パティ?」

メアリーはパティに問う。

「うん。私はいると信じている。だから行くわ。」

パティは力強く答えた。

「それならもう俺たちから何も言うことはないな。」

「そうですね、私たちもパティを信じて戻ってくるのを待ちましょう。」

ジルとマルクもパティの気持ちを尊重した。

パティは地面に魔法陣を描く。

「出でよ、フェンリル。」

パティの召喚に応じ現れるフェンリル。

「フェンリル、私を幻獣界まで連れてってくれる?」

「分かった。幻獣界へのゲートの発生個所はもう把握しているからな。

パティ、俺の背に乗れ。」

パティは頷き、フェンリルに跨る。

「じゃ、行ってくるね。」

パティはジルたちに手を振って出発した。

 

「なんか遠足にでも行くような感じだよな。」

「実際は険しい試練かもしれませんね。」

「パティが戻ってくるまでは情報収集かしらね?」

「そうだな。」

ジルたちは街中を歩き出した。

 

 

暗黒竜は世界中のあちこちに現れては破壊を繰り返していた。

 

D=クラプターは自室で焦りと悔しさを滲ませていた。

「く、このままではこの国が滅びてしまうのも時間の問題だ。何か手はないのか?」

 

ヴェロニス連邦共和国でも対応に追われていた。

「エミル首相、また暗黒竜に街が一つ壊滅させられました。」

ヒルマン官房長官はエミルに報告する。

「困ったことになりましたね。サンアルテリア王国で収まっていた闇がついにこの国にも

やってきたのですね。とにかく暗黒竜を倒す手立てが今のところありません。

ここは被害にあった街の状況確認と生存者の救出、街の復興に迅速に動く必要があります。

各方面への指示、お願いします。」

「分かりました。」

ヒルマンはエミルに頭を下げて部屋を後にした。



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478,479

「あぁ、着いたわね。幻獣界は久しぶりね。」

パティは幻獣界独特の風景を懐かしむ。

「フェンリル、ありがとう。ここでいいわ。」

フェンリルから降りて歩き出す。

「さてと...。」

パティは小さな小屋の前へ来た。

トントンとドアをノックして中へ入る。

中には白い髭を生やした老人が椅子に座っていた。

「おお、パティか久しぶりじゃな。」

「ラムウ、教えてほしいことがあるの。」

「おや、なんだか切羽詰まっておるようじゃの。何じゃ?」

「バハムートはどこにいけば会えるの?」

パティは間髪いれずにラムウに尋ねる。

「バハムートの力が必要なのか?よほどの敵が現れたのじゃのう。

しかし、わしもその所在は知らんなぁ。力になれずにすまんが...。」

「そう...。」

パティはさっきまでの勢いがすっとなくなり落ち込む。

そんなパティの様子を見たラムウは少し考えてから口を開いた。

「...パティ、リヴァイアサンに会いに行くか?」

「え、どうして?」

「リヴァイアサンならバハムートの所在が分かるかもしれん。」

「うん、なら行こう。」

パティは再びその目に希望の光を灯す。

「(しかし、そう簡単にいくかどうか...。)」

パティはラムウの案内でリヴァイアサンのところへと向かう。

 

その頃、ジルたちは宿で待機をしていた。

「ジル、珍しいわね。本を読んでいるなんて。何の本?」

「ニムダの秘伝書だよ。」

興味深そうに覗くメアリーにジルは読みながら答える。

「今まで読めてなかったからな。読書はすっごい苦手なんだけどな。

すぐに頭が痛くなっちまう。その上、この字の汚さが読みにくさに

さらに拍車をかける。」

「で、どんなことが書いてあるの?」

「...えぇと。剣士としての心構えとかだな。

『剣士である前に一人の人である。人としての道を踏み外すことの

なきこと。』

『剣は凶器。振れば必ず何かを傷つける。大切な物を守ることも

傷つけてしまうことも出来る。使い方を誤らぬよう。』

へぇ。あのじいさん、けっこうまともなこと書いてるよな。でも今は

こういうのは読まなくてもいいか。」

ジルはページをパラパラとめくる。

「この辺は剣術の基礎だな。

『ここぞという攻撃をするときには足の踏み込みをしっかりすること。

踏み込みにより攻撃の威力が増すことになる。その分隙も大きくなる

が、狙いすましたときには一切考えるな。迷いをなくせば踏み込みも

強くなる。』

まぁ、分かることだがこれも今はいいか。」

ページをさらに何ページかめくっていく。

「 『必殺技について』

これだ!」

 

 

 

ジルは眺めるようにしていた秘伝書を食い入るように見だした。

「本、読むの苦手そうにしてたのによっぽど気になることが

書いてあるのね。」

メアリーは横でジルをあたたかい目で見ていた。

一方、マルクは魔道連盟のメンデルの元を訪れていた。

「おや。マルク、いらっしゃい。」

「お久しぶりです、メンデル先生。」

マルクはメンデルにこれまでのいきさつを全て話した。

「そんなことがありましたか...。」

メンデルはマルクの話に神妙な面持ちで聞いていた。

そして、重い口を開きだした。

「我々は、呪術師キュリオンが様々な問題の元凶であると考え、追っています。

その『ヘルヘブン』という組織にキュリオンは所属している、または

大きな関わりがあるのでしょう。ありがとう、マルク。

あなたがたが私たちの助けを必要とするときは言いなさい。

何でも力になれるとまでは言えませんが、いくらかは助けになれるでしょう。

また、私たちがあなた方に助けを求めることもあるでしょう。

その時は...。」

とメンデルがいいかけたとき、

「わかってます。そのときは喜んで協力します。」

マルクは笑顔で力強く答えた。

それを聞き、メンデルも笑顔になった。

「私はいい弟子を持ったようです。さぁ、行きなさい。あなたはやるべきことが

もうわかっています。」

「はい。」

マルクは笑顔を魔道連盟を後にした。

 

そして、パティはラムウと共にリヴァイアサンの住む海岸へとやってきた。

「ここにリヴァイアサンが...。」

パティは息を呑んで海を見つめる。

すると、突然ザバッーーーン!!と大きな波しぶきが上がり現れた。

巨大な海竜リヴァイアサン。

「私に何の用だ?」

リヴァイアサンはパティを見下ろし問いかける。

「私はパティ。バハムートの居場所を教えて欲しいの。」

パティはリヴァイアサンの顔を見つめて率直に答えた。

「ほぉ、バハムートの助けが必要とは相当な困難を抱えているのだろうな。」

パティはリヴァイアサンの言葉に黙って頷く。

「しかし、それには自身にもそれなりの力を持っていなければならない。

分かるだろう。幻獣と契約するには幻獣が召喚士を認めることが条件だということを。

すでにそばにいるラムウと共にいるのだから。」

「それは、あなたと戦って勝てということ?」

「さぁな。それは単純な力だけとは限らないが...。俺もバハムートもお前を召喚士としての

力を認めることになれば協力はするはずだ。では見せてみろ。」

「『見せてみろ』って言われても...。普通に攻撃するしか思い浮かばないわ。

ええぇい、ラムウ。リヴァイアサンを攻撃よ!」

パティは若干やけになりながら、ラムウに攻撃を命じる。

「『さばきのいかずち』。」

ラムウは手にしている杖に魔力を込めてリヴァイアサンに向けて雷を放つ。



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480,481

バリバリバリッ!

リヴァイアサンに雷は直撃し、煙とともに少し焦げた臭いがする。

「やった!?」

パティは一瞬喜んだもののリヴァイアサンの様子に言葉を失う。

「この程度か?」

リヴァイアサンはほとんどダメージを受けず首を勢いよく振った。

「そんな...。水属性なのに雷が効いていないなんて...。」

「単純に攻撃力が足りないのだよ。では、こちらからもいくとしよう。

『大海嘯』!」

巨大な波がパティに襲い掛かる。

「ラムウ、戻って!」

パティはラムウを案じてその場から消させる。

パティの体が波に飲み込まれる。

「きゃあぁぁぁぁ!ゴボゴボゴボ...。」

息が出来ず、体は引きちぎれそうなほどの水流の激しさが襲う。

しばらくして波は引いたが、パティのダメージは重くその場で膝と手をついていた。

「はぁはぁはぁ...。」

「手加減はしたが、もう限界のようだな。どうやらお前はまだまだ力不足だということか。

もっと力をつけてから出直してくるのだな。」

「そ、そんな...。私がバハムートの力を借りてくるのをジルたちは期待して待っている。

もしこのまま戻っていったらがっかりするだけじゃない。世界が滅びてしまうかもしれないのよ!

私はここで負けられない!!」

パティは気合で立ち上がりリヴァイアサンに熱い眼差しを向ける。

「ほぉ、まだ立てるのか?根性だけは認められるな。だが、その体で何が出来る?」

「シヴァ!」

パティは氷を操る女性型の幻獣『シヴァ』を呼び出す。

「いけっ!!」

パティの号令と共にシヴァは魔力を込める。

「『ダイヤモンド・ダスト』。」

シヴァから猛烈な吹雪がリヴァイアサンに向けて放たれる。

「今度はこちらもしかけさせてもらうぞ。『大海嘯』。」

リヴァイアサンはシヴァの攻撃に対抗するように巨大な波をパティに向ける。

カチーン!

リヴァイアサンが起こした波がシヴァの吹雪にぶつかるとたちどころに凍り付いた。

それはすぐにひび割れ砕け散った。

「な、何!?」

リヴァイアサンは驚きを隠せない。されにシヴァの吹雪はリヴァイアサンへと向けられ

海全体が凍り始めた。

「(シヴァの攻撃ランクはラムウとほぼ同じはず。俺に対してはラムウの攻撃力の方が

高くなるはずだ。これだけの威力どうして...。)」

リヴァイアサンはパティの方を見る。

「(は!まさかこの娘の力が上乗せされているのか。これほどまでに攻撃力を

上げさせるとは...、この娘、相当な力を眠らせているのかもしれんな。)」

 

 

 

周囲の海が凍り付き身動きがとれなくなったリヴァイアサンは一息ついてパティをもう一度見た。

「パティと言ったか...。」

「はい。」

パティは思わず返事する。

「お前の力、認めよう。」

「え。じゃあ...。」

パティは期待を込める。

「あぁ、バハムートの居場所を教えよう。」

「やった。」

パティは素直に喜んだ。

「バハムートはお前の後方にあるほこらの奥にいる。」

「え。」

パティはすぐに振り返ると、そこには小さなほこらがあり入口が一つ見えていた。

「ありがとう、リヴァイアサン。」

パティは笑顔でリヴァイアサンに礼を言った。

「ふむ。もし俺の助けが必要であればいつでも呼び出しに応じよう。」

そう言ってリヴァイアサンは海の中へと帰っていった。

パティは一礼してすぐにほこらへと向かった。

ほこらの中は暗く狭い下り階段が続いていた。

パティは不安と期待を胸に抱きながら一歩ずつ足を進めていく。

「本当にこの先にバハムートがいるのかしら。」

階段は長く一直線に伸びていて終わりが分からなかった。

そのことがパティの体力と精神力を少しずつ削っていった。

 

「はぁはぁはぁ。」

パティはとうとう疲れて段の一つに腰を落とした。

「(もう無理。)」

パティの中で諦めの気持ちが芽生えだしたとき、ジルたちの顔を脳裏に浮かぶ。

「ダメよ!途中で投げ出したりしたらみんなに申し訳が立たないわ。」

自分を奮い起こし、果てのない階段を下り続ける。

 

パティは半ばやけくそになり、気を抜けば足がもつれて倒れてしまいそうに

なりながらもひたすらに階段を降りていると、初めて違う景色が見えてきた。

ぼんやり明るい部屋のようだった。パティは今までの疲れが吹き飛んだかの

ように駆け下りていった。

「い、いた!!」

部屋まできたパティを待ちかまえていたのは巨大な竜バハムートだった。

「これがバハムート...。」

パティはその美しくも力強い神ともまで呼ばれる圧倒的な存在感を前に立ち尽くしていた。

「娘、何の用だ?」

バハムートは低く響く声でパティに問いかける。

「バハムート、私たちの力になって。暗黒竜を倒してほしいの。」

パティは率直に答えた。

「暗黒竜か。確かに人間にとって脅威であろうな。しかし、力を貸すためにはお前自身を

認めることが出来るかどうかということだ。」

「(は、そうだった。ここでバハムートに勝たなければいけないとしたら今の私には...。)」

パティの顔に諦めの色が映る。

「お前の内にある精神を見せてもらうぞ。」

「え。」

 



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482,483

あっけにとられるパティをよそにバハムートは自身の能力でパティの心の中を覗き込む。

「(これがこの娘の心の中か。濁りがなく穏やかだ。もう少し奥を見てみるか。)」

バハムートはさらにパティの心の奥を探りにいく。

「(奥まで来ても特に変わり映えがしないようだ。心は比較的きれいなようだが、

人を惹きつけるような特別なものは見当たらない。これでは残念だが力を貸すことは

出来ないな。...ん?!何かあるのか。)」

バハムートは遠くにある一つの小さな光を見つけ、向かう。

「(こ、これは!!)」

「え、え...。」

心を覗かれている間、意識を失っていたパティはバハムートが戻ってくると同時に

意識を取り戻したが、自分が何をされていたのかは全く感じることがなく

ただただ戸惑いを感じていた。

「娘、名前を聞いておこう。」

「パ、パティです。」

緊張の為、小さな声で答える。

「パティか。お前の中には大きな力が眠っているようだ。私のものとはまた別の

種類の力といったところだろうか。

...いいだろう。お前に私の力、貸してやろう。」

「え、や、やったの。」

パティは信じられないといった表情でバハムートを見つめる。

「ここまで来るのは長かっただろう。私の力で帰りは送ってやろう。」

バハムートはそう言うと、パティの視界が一瞬まっしろになり気付くと

バハムートのほこらの前まで出ていた。

「これで暗黒竜を倒せるはず。」

パティは力強い思いを秘めてジルたちの元へと向かった。

 

 

「よし。邪神の力がなくなって出来なくなってたことも含めて

剣の特性とニムダのじいさんの本に書かれている必殺技を組み合わせて

なんとか出来そうな感じになってきたな。」

ジルは剣を振って修行をしていた。

「すごい熱心よね。」

横で座って見ていたメアリーが感心して言う。

「後は、実戦で完成させようか。」

ジルはふぅと一息ついて剣を収める。

そこへマルクがやってくる。

「街の人に聞いた話によると、暗黒竜はまたサンアルテリア王国内

に戻ってきているようです。」

「そうか、ありがとう。パティが戻ってきたときに暗黒竜の居場所がわからないじゃ

困るからな。詳しい場所は分かるか?」

ジルは地図を広げて見せる。マルクは地図を人差し指で一点指さす。

「ええと、今はこの辺にいるようです。ただ、すぐに移動することも多いので

行ってもいないという可能性もかなりありますが。」

「それは仕方ないが、まぁその方向へ行けば出会う可能性が高いともいえるからな。

今はそれで準備するしかないな。」

 

 

 

D=クラプターはまた自室で考え事をしていた。

「このまま暗黒竜を野放しにしておくわけにはいかない。

魔道連盟もなかなか手を出せないようだし、何か手は...。

懸賞金をかけて倒させるレベルでもないし。

聖騎士カフィールに頼むか?いや、カフィールは先の戦争で

ヴェロニス帝国に属していたと聞く。我が国に害をなす可能性もある。

う~ん。」

D=クラプターは手を頬に持ってきて悩んでいるとドアをトントンと

ノックする音がする。

「誰だ?」

「クラプター首相、カフィール様が面会を希望されてます。

どうされますか?」

「何!?カフィールだと。かまわん、通してくれ。」

ガチャとドアを開けて、カフィールが部屋に入ってきた。

D=クラプターはすぐに手を差し座るよう促した。

「よく来てくれたな。一度会いたいと思っていたところだ。」

「初めて会ったところで失礼とは思うが、俺に協力してほしい。」

カフィールは単刀直入にD=クラプターに言った。

「ふむ。失礼かはともかく、何をしてほしいかとその理由を聞かせてもらえるかな?」

「それは当然だ。しかし、何から話せばいいか…。俺がヴェロニス帝国に協力

していたのは知っているか?」

「あぁ、詳しくはないが。」

「それは皇帝がしようといたことに賛成していたからだが…。」

「世界征服のか?」

「いや、それはあくまで表面的なことだ。確かにやり方などはお世辞にも褒められた

ものではないことも沢山あっただろうが。本質はそこではない。」

「本質?」

D=クラプターはカフィールの言葉の先が読めない。

「そう、皇帝の真の目的は悪を滅ぼすこと。」

「馬鹿な!世界征服のどこが悪を滅ぼすことになる。

世界の国々を攻めて、人を殺し、全く真逆のことだろう。」

「話をもう少し聞いてくれないか。やり方は悪いとは言っただろう。

皇帝は国々を自分の統治下に置くことにより悪を把握し、追い払う方法をとったのだ。」

「とても信じられる話ではないな。」

「ところでこの国の現状をどう理解している?」

カフィールは話を変えた。

「どうと言われても。この国は民主主義が正常に保たれていて問題はないと思っているが。」

「それだけか?」

D=クラプターは眉間にしわを寄せて答える。

「いや、まぁ最近は悪い事件が妙に多いのは感じている。そして『呪術師キュリオン』という者が

裏で何かしているという情報は聞いた。」



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484-486

「そう、『呪術師キュリオン』が関わる組織『ヘルヘブン』。俺はそいつの壊滅をする。

それこそが悪であり、ヴェロニス帝国の皇帝がつぶそうとしていたものだ。」

カフィールの言葉に力が入る。

「な、なるほどな。聖騎士カフィールが世界征服をしようとしたヴェロニス帝国に

属していたのはそういう理由か。で、私は何を協力すればいい?」

「船を貸して欲しい。奴らのアジトはどこかの島にあるはずだ。そこまで辿り着くために

は船が要る。それとこの国の領土、領海内を自由に行き来出来るようにしてもらえればいい。」

「それくらいなら何とかなるだろう。しかし、直近の問題を先に解決してもらえないか。」

「『暗黒竜』か。」

「そうだ。これにはこの国だけでなく全世界が困り苦しんでいる。」

「残念だが、世界中を飛び回る暗黒竜を俺には捉えられない。」

「そんな…。」

D=クラプターは言葉を失う。

「しかし、このままというわけにはいかないだろう。おそらく直に倒す者が現れる。

直感よりも確実なものだ。」

「暗黒竜を倒す者に心当たりがあると?」

「まぁ、そんなところだ。」

「分かった。こちらは協力するよう手配しよう。準備出来次第追って連絡する。」

「感謝する。…ところで、あんたに弟がいるか?」

「ああ、いる。馬鹿な弟が一人。くだらない思想家気取りで本も出したことがあったかな。

今、どこで何をしているか全く知らないが。まぁ、どこかでくたばっているかもしないな。

しかし、それが何か?」

「あ、いや。別に何でもない。それでは、これで失礼する。」

カフィールはそう言うと、席を立ちD=クラプターの部屋を後にした。

 

一方、ジル達は聞いた情報を元に暗黒竜の居場所まで辿り着いていた。

「これは…。」

ジル達の前には広い原っぱに暗黒竜が一匹、幾重にもなる白い線状の光に巨体を捉えられている

姿があった。その線状の光はすぐそばに立つ一人の男から放たれているようだった。

「どうなってるんだろう。」

ジル達はまずその男へと近づいた。

その男はローブを身に纏っていて魔法使いのようだった。

線状の光を放つ手からは血が滲み出ており、必死で暗黒竜を抑えているというのが伝わってくる。

「あ、あの。」

ジルは恐る恐るその男に声をかけてみる。

 

 

 

「何だ?危ないからとっととここから立ち去れ!」

男はジルたちの顔も見ず、そっけなく答えた。

マルクはその男の顔を見て、はっとする。

「もしやあなたはエルレーン様ではないですか?ウェンデル先生と同じ

魔道連盟の五大司祭の一人の。」

「ああ。いかにもそうだが。暗黒竜を捕える実験中だが、

ここらが限界のようだ。」

エルレーンはそう言って、暗黒竜を睨む。

「俺の具現化した網でこいつの動きを止めることは出来たが、抑えるための

魔力消費が半端じゃないな。さて、実験は終了するか。」

エルレーンは手から放つ線状の光を消した。

グォォォーーン!!

光の網から解き放たれた暗黒竜は激しく首を動かしまわす。

エルレーンは暗黒竜に背を向け立ち去ろうとする。

「お前らまだ突っ立ってるのか。早くこの場から離れろ。」

「あなたはここで何をしてたんですか?」

ジルはエルレーンに尋ねてみる。

「ゆっくりお話ししてる時間なんてない状況だが。...まぁいいだろう。

俺はこの暗黒竜を倒すきっかけを探している。俺や魔道連盟だけじゃない。

当然、世界中が暗黒竜を脅威とみなし、倒す方法を模索している。

分かるだろう?」

「はい。」

エルレーンの説明に納得し頷くジルたち。

そこへ...。

「お待たせ!!」

ジルたちの前に現れたのははぁはぁと息を切らしながら現れたパティだった。

パティの表情は明るくやる気に満ち溢れていた。

「その顔は本当に...。」

ジルはパティの顔を見て確信する。

「うん。やったよ。バハムートと契約をしてきたわ。」

「本当ですか!?」

マルクは驚きの表情をパティに向ける。

「それじゃ、もうさっそく。」

パティはみんなの前に立ち、暗黒竜に向き合う。

「いくよっ!」

パティは杖で魔法陣を描き始める。

「ぐ、ぐぐ...。」

呼び出そうとするものが強大なせいかすっと魔法陣を描き切ることが出来ず、

大量の魔力を注ぎ込みながら、ゆっくりと描く。

「はぁはぁ、出来た。出でよ、バハムート!!」

ボオォッォォォ!

暗黒竜と対峙するように巨大な竜バハムートが煙の中からその姿を現す。

「こ、これがバハムート...。」

ジルたちはその神々しくも強大な威圧感に圧倒されていた。

暗黒竜はバハムートの姿を認めると敵視し、攻撃態勢をとる。

口を開き、バハムートに向け黒い霧のブレスを吐き出す。

 

 

 

バハムートは暗黒竜の攻撃に呼応するように口を開く。

「メガフレア。」

パティはそう言うと、バハムートの口から眩いばかりの強烈な光が放たれる。

その光は爆発を繰り返しながら暗黒竜の黒いブレスとぶつかり合う。

数秒2つのブレスが互いに譲らず押し合った後、バハムートのブレスは

黒いブレスをゆっくりと押しやっていく。そしてついに暗黒竜自身に到達、

包み込む。

ググォォォオオオオオオオンン!!!

暗黒竜の断末魔が聞こえ、その姿は粉々に散らばっていった。

この出来事をその場にいる者は現実から離れ劇でも見ているかのような気分だった。

「ありがとう、バハムート。」

パティは背中越しにそう声をかけると、バハムートは首をひねり後ろのパティを見て

頷いた。

そしてすぐにその巨大な姿をシュウゥゥと消した。

 

「す、すげぇな。」

ジルは感想を一言添えた。

その場にいる他の者も皆同じ気持ちだった。

そんな中、パティがふっとその場に倒れた。

心配して皆が駆け寄る。

パティの状態をよく見た後、エルレーンは言った。

「魔力を消耗し過ぎたようだ。仕方ない。あれだけの幻獣を呼び出したのだからな。

この子の魔力を全て持っていかれたんだろう。まぁ、ぐっすり休めばまた元気に

活動出来るだろう。さて、俺はこの吉報を世界中に知らせまわることとしよう。

それじゃな。」

そう言って、エルレーンはこの場を去っていった。

残らされたジルたちはパティを抱えて宿へと戻ることにした。

 

一夜明けて。

「う~ん。」

パティは両手を上に上げてベッドから目を覚ました。

「おはよう。」

パティのそばにジル、マルク、メアリーは寄り添い見守っていた。

「あれ、私。どうして??」

パティは今の状況を把握できていなかった。

「それは...。」

ジルからパティに昨日のことをゆっくりと説明する。

「...、そっか。私、疲れて倒れたのか...。」

「あんなすごいの呼び出せるなんて、パティはもう世界一の召喚士じゃないか。」

ジルはそうパティを褒めると、パティは少し照れくさそうに頭を掻きながら微笑んだ。

「俺たちは少し出かけてくるから、パティはもう少しここでゆっくりしてるといい。」

「ジルたちはどこへ行くの?」

「ぼちぼち情報収集をしようかなと。まぁそんな簡単には出てこないだろうけど、何か

おかしなことが起こっていればきっかけをつかむくらいは出来るだろう。」

「うん、分かった。気をつけてね。」

ジルたちはパティに見送られ、宿から外へ出た。



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「さ~て、どうしようかな。」

ジル、マルク、メアリーの3人は行く当てもないまま歩き出した。

「ねぇ、ちょっとカフェで何か飲まない?」

メアリーの提案に2人は頷き、近くにあった一軒の店に入った。

「俺、コーヒーにする。」

「私は紅茶で。」

「え~と、私はミルクをいただきます。」

各々注文をし席に着く。

「しかし、『ヘルヘブン』についての情報収集って言っても何を

どうしていいのかさっぱり分からないよな。」

「確かに情報屋ですらほとんど情報が出てこないというのは

困りものですよね。」

「かと言って何もしないわけにもいかないんでしょ。」

「そうだよな。こうしてる間にも『ヘルヘブン』は影で動いて

またよからぬことをし始めている可能性は十分あり得るからなぁ。」

「う~ん。」

3人は行き詰まりを感じていた。

「ま、今は考えていてもどうも出来ないし気分転換でもして状況が変わるのを

待つ方がいいかもな。このまま悩んだまま何にもしないっていうのも

もったいないだろ。」

「確かにそれは言えますね。」

3人は一旦『ヘルヘブン』の件から離れることにした。

そして、街中を歩いてみる。

「こう歩いてみるとすごく平和な感じがしますね。」

「いいことよね。」

メアリーは笑顔で答えた。

「ん?あれは?」

ジルが通りの中で人だかりが出来ているところに注目する。

「何でしょう?行ってみましょうか。」

3人は人だかりに近づく。

そこには子供が数人一つのテーブルに集まっていた。

テーブルでは2人の少年が向かい合って座っていた。

「LP(ライフポイント)はお互い1000Pでいいね。じゃ、僕からいくよ。

『ガイコツ男』ST(攻撃力)500、DF(守備力)600を攻撃表示。」

そう言って一人の少年Aは一枚のカードをテーブルに置いた。

そして少年Bはまた一枚のカードをテーブルに出す。

「僕は『ガーゴイル』ST850、DF600で『ガイコツ男』を攻撃する。

『ガイコツ男』を撃破。さらに350Pのダメージをプレイヤーに与える。」

少年Aは『ガイコツ男』のカードを別の場所に移した。

「僕のターンだ。」

少年Aは自分のそばにある山札から一枚カードをめくり手元のカードに加える。

「う~ん。ここは『ゴーレム』ST700、DF1300を守備表示。」

次にまた少年Bが同じように山札からカードをめくる。

「よしこれなら。」

少年Bは山札からひいたカードを場に出す。

 

 

 

「『ドラゴン』ST1500、DF1200で『ゴーレム』を攻撃、撃破。

さらに『ガーゴイル』でプレイヤーに直接攻撃。これでLPは0になる。」

「くそ~、負けた。」

少年Aは手札を場に投げ出す。

「なぁ、これ何?」

ジルがそばに立つ一人の少年に声をかける。

「知らないのかよ。今、流行のカードゲーム『サモンマスター』だぞ。」

「『サモンマスター』?」

「そう。互いにクリーチャー(モンスター)を呼び出し相手のLPを先に0に

したら勝ちっていうゲームだ。」

「へぇ、面白そうだな。あのカードはどこで手に入れるんだ?」

「カードショップとか道具屋に行けばすぐ買えるよ。」

「そうか。ありがとう。」

ジルは教えてくれた少年に礼を言いその場を離れた。

「俺たちも始めてみようか。」

ジルはマルクらに提案する。

「いえ、私はいいです。なんだか難しそうですし。」

「うん。私もいいわ。」

「なんだよ。つれないなぁ。分かった。じゃあ俺だけやってみるぞ。」

そう言ってジルはさっそくカードショップを探し出した。

「え~と。ここだな。」

さっそく店の中に入る。中ではメガネをかけた中年の男がカウンターごしに

立っていた。

「すいませーん。『サモンマスター』のカードください。」

「え~と。初めて買いに来たのかな?」

「そうだけど。」

「それじゃあ、スターターパックがおすすめだよ。これならすぐにでも

ゲームが出来るからね。」

「スターターパックって。他にもあるの?」

「ああ。追加のブースターパック。これの中からはレアカードが入っていること

もあるけど、まぁなかなかいいカードってのは難しいよ。」

「へぇ。じゃあ、スターターパックを一つください。」

「はいよ。」

ジルは代金を支払い店員から『サモンマスター』のスターターパックを受け取った。

店を出ると、ジルはさっそくスターターパックの封を開けてみた。

中には様々な絵が描かれたカードが入っていた。

「おぉ。いろいろあるんだな。」

ジルはカードを一枚一枚眺めていた。

「カードを手に入れたことですし、次は誰かと対戦ですね。」

「よ~し。」

ジルは対戦相手を探してみる。カードショップの近くということもあり、

また今流行っていることもあるのであちこちで遊んでいる子供たちがいた。

「う~ん。これって子供向けの遊びなのかな?」

その様子を見てジルは少し戸惑った。

「そんなことはないぞ。」

そこへ一人の青年がジルの後ろから声をかけた。



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「ん?あんたは?」

ジルは思わず尋ねる。

「俺はマッシュ。『サモンマスター』をやってるもんだ。ここは

子供ばっかりだが、違う場所にいけば大人も普通にやってるんだぜ。」

「俺はジル。対戦相手を探してるんだ。」

「いいだろう。ただ、ちょっと場所を変えるぜ。」

そう言うと、マッシュは近くの建物を指さし中に入る。

ジルたちもそれについていく。

中はいくつものテーブルが置かれ、それぞれで『サモンマスター』の対戦を

行っているようだった。

「ここは『サモンマスター』専用カフェだ。ここには大人が大勢集まって

プレイしているんだ。」

マッシュの言う通りそこに座っているのは子供ではなく真剣にゲームをする大人の

姿があった。

「まぁ、所詮はゲームだし、若い奴が多いのは事実だが。このゲームに魅せられて

大金をつぎ込んでいる奴もいる。さっそく俺と対戦してみるか?ちなみに俺らは

『サモンマスター』で対戦することを『決闘(デュエル)』すると言っている。

そして、このゲームのプレイヤーは『デュエリスト』と呼ばれる。」

「OK。この空いているテーブルでいいのかな?」

「ああ。」

ジルとマッシュは近くに空いていたテーブルに対面して座る。

「ルールは分かっているな。LPは1000。先に相手のLPを0にした方が勝ち。

まずはお互いの山札から5枚を引いて手札とする。」

2人は山札から5枚をめくり手にする。

「先攻は君からどうぞ。」

「お、おう。俺は...。」

ジルは手札をじっと見る。

「よし。このカードを出そう。『見習い剣士』ST400、DF300を攻撃表示だ。」

「教えてあげよう。このゲームを始める者がまず最初に手にするスターターパック。

それにはゲームをするために必要なカードがバランスよく入っている。しかし、

勝つために必要なカードが入っているとは言いにくい。というのはレアな強いカードは

ほとんど入っていないからだ。では、俺の番だ。『ガイコツ剣士』ST800、DF350で

『見習い剣士』を攻撃する。」

マッシュはそう言ってカードを1枚場に出す。

「これで、『見習い剣士』は破壊される。さらにプレイヤーに400のダメージを与える。

これでお前のLPは600となる。俺のターンは終了だ。」

「う~ん。俺の手札に『ガイコツ剣士』を倒せるカードがないな。とりあえず...。」

ジルは自分の山札からカードを1枚取る。

「あ、これなら。ええと、俺はこの『重装歩兵』ST550、DF800を守備表示で出す。』

「ほぉ、なかなかいいカードを引いたな。では俺のターン。」

 

 

 

マッシュも1枚カードを引いて手札を眺める。

「俺はこの『ウェアウルフ』ST600、DF450を攻撃表示で出す。そして、もう一つ

教えておこう。このゲームには相手を攻撃したり自分を守ったりするモンスターや戦士などの

「クリーチャーカード」とは別に戦いを補助する「魔法カード」と呼ばれるものが存在する。

どんなものかは実際に使ってみれば分かる。俺はさらに『鋼鉄の爪』を『ウェアウルフ』に

装備する。これは獣族のクリーチャーに装備してSTを300上げる。『ウェアウルフ』の

STはこれで900になる。これで『重装歩兵』を攻撃。」

「俺の『重装歩兵』がやられた。」

ジルは『重装歩兵』のカードを場から墓地スペースに移す。

「守備表示のクリーチャーを破壊してもプレイヤーにダメージは与えられない。

しかし、このターンで俺はさらに『ガイコツ剣士』でプレイヤーに

ダイレクトアタック。800のダメージを与える。これでお前のLPは0。

俺の勝ちだ。」

「あちゃ。」

ジルはふぅと一息ついた。

「どうだ?ゲームの感じは分かったか?」

「うん。ありがとう。でも、全然歯が立たなくてなんだか悔しいな。」

「なぁに。少しずつカードを増やしながら強くなればいいさ。」

「まぁ、始めてすぐに勝ってたら飽きるのも早いかもしれないか。」

「ああ、それと近々この『サモンマスター』の大会があるぞ。

あの炎魔貴族グレン=ノワールはこのゲームの世界チャンピオンでな。

奴が主催で大会も開いているんだ。」

「え。ああ、あいつか。」

「確かに彼ならこういうゲームをやっててもおかしくはないわね。」

メアリーも納得して頷いた。

「ということは大会が開かれるのってバトラスか?」

「よく知っているな。そうだ。バトラスで大会が開かれ最終的に勝ち残った者は

チャンピオンであるグレンと奴の屋敷で戦うことになる。」

「いつあるの?」

「今から2週間後だ。俺も参加しようと思ってるところだ。」

「へぇ。それじゃ俺も参加してみようかな。」

「そうか。大会で会うのが楽しみだ。」

「いろいろ教えてもらってありがとう。」

ジルはマッシュに礼を言って別れた。

 

「これから、カードを買って強くしようか。」

ジルはカードショップへと向かう。

「おじさん、ブースターパックをください。」

「はいよ。」

ジルはさっそく買ったパックを開けてみる。

「お、これはなかなか強そうだな。」

1枚のカードを嬉しそうに眺める。



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491,492

「これって強くなろうと思ってカードを集めてたら結構お金がかかるわよね。」

メアリーは少し心配そうに言う。

「う~ん。確かにあんまりはまるとゲームのために大事なお金がなくなる

なんてことになりかねないな。」

「何事もほどほどがちょうどいいということですかね。」

マルクはうんうんと頷きながら言った。

「よし、それじゃさっそくバトラスに向かってみよう。」

「そうですね。では宿に一旦戻ってパティの様子をみましょうか。」

ジルたちは宿に戻った。

「おかえりなさい。」

パティは元気な笑顔でジルたちを出迎えた。

「もういいのか?」

「うん。ぐっすり寝たからもうなんともないよ。」

パティは腕をぐんぐんと上に振りあげて元気さをアピールした。

「よかったね。」

メアリーもパティの元気な姿を見て、ほっとする。

「そうだ。パティにおもしろいの見せてやろう。」

ジルはパティに『サモンマスター』のカードを見せる。

「へぇ、いろんな絵が描いてておもしろいね。」

「そうだろ。これでゲームをするんだ。今度俺がするとこ

見せてやるよ。」

「うん。楽しみ。」

そうしてジルはパティに大会のことも説明した後、

船を使ってバトラスまで向かうこととした。

「帝国が変わってからバトラスも行きやすくなったようですね。」

「そうね。前に行ったときはすっごい策を練って侵入するような

感じだったもんね。それが今じゃ普通に堂々と行き来出来るように

なったんだからよくなったわね。」

マルクとメアリーがしみじみと言う。

 

ジルたちは港町サクスポートなどを経由して船でバトラスを目指す

こととした。

船にはジルたちの他にもたくさんの乗客が乗っており、甲板で

海を眺めていると方々から話し声が聞こえてくる。

「おい、知ってるか?また海賊が出たらしいぞ。」

「まじかよ。俺ら普通に船に乗ってて大丈夫かよ。」

「アルテリア連合とヴェロニス共和国連邦が海軍でパトロールを

してるからある程度は抑えられているらしいぜ。」

「そうか。ならそんなに心配しなくてもいいか。」

「ところが、海軍も恐れず暴れまわってる奴らが一部にいる

って話だぞ。」

「おいおい、以前いたジャバーの再来じゃないだろうな?」

「それは分からないが。今の奴らも強奪よりも殺戮を楽しむような

奴ららしい。噂が噂を読んで、真実かどうかは分からないところだが。」

「でもよぉ、怖がっても海に出ないわけにもいかないしな。

そいつらに出会わないことを願うだけだな。」

「結局、そうなるな。」

 

 

 

ジルたちは話に聞き耳を立てていた。

「海賊かぁ。そういや俺とマルクは捕まったことがあったな。」

「えぇ、なかなか面白い経験でしたね。」

「あの海賊たち。今頃、元気にやってるのかな?」

ジルは思いにふけった。

 

「へ~くっしょん。」

「ハーツ船長、風邪っすか?」

「いや、誰かが噂してるのかもな。」

「しかし、またやっかいなのが現れましたね。

みんな、ジャバーの再来だって言ってますぜ。」

「それなんだが、一部では今回のが本当のジャバーじゃないか

という話が出ているんだ。」

「え、だってジャバーは俺らが以前倒したはずじゃ...。」

「俺ら海賊の世界は悪事を働くのが当然の無法地帯だ。俺らの

『海賊同盟』で多少の秩序が保たれてはいるが、それが海賊の

全てじゃない。同盟に加盟していない奴らはたくさんいる。

以前倒した奴らはそんな中の一つにすぎないのかもしれない。」

「今回のが本当のジャバーというのは?」

「残虐な活動が際立っている点だ。今回の奴らは相当派手に

活動しているからもはや世界中に知れ渡っている。海に関わる者なら

知らないものはいないというくらいに。今や各国の海軍が警備を

強めているのにも関わらずにな。これは相当強力な奴らだということ

を証明している。そして、奴らを本当のジャバー、『真・ジャバー』

と呼ばれ始めている。」

「ということは、ハーツ船長。」

「ああ。見つけたら倒してやろう。」

「そうこなくちゃね。」

ハーツ船長らの海賊船は軽快に海を突き進んでいた。

 

夕暮れ時、、ジルたちの船が航海を続けていると、1隻の船が近づいてくる

のが見えた。その大きな帆には大きなドクロマークが描かれていた。

「海賊だーーー!!」

海賊船を見た、船員、乗客は大慌てで騒ぎ出した。

そこへさらに別の方向から3隻の船が近づいてくる。その帆には青い地に剣と本

の絵が描かれていた。

「あ、あれはアルテリア連合の海軍だ。やった。俺たち助かったぞ。」

今度は一転喜びの声を上げる。

「何だか賑やかになってるなぁ。」

ジルはマルクたちと周りの様子を眺めていた。

ここで船上の誰もが海賊を海軍が退治するか追い払う姿を予想していた。

しかし次の瞬間、皆の期待を裏切る出来事が起こる。

海賊船から2つの大きな紫がかった光が放たれたかと思うと、それらは海軍の船を貫いた。

その後すぐその船は前後真っ二つに分かれ沈んでいった。

ジルたちの乗る船ではその光景を見て、驚きと恐怖の表情で声も出せずに

立ちすくむ乗客がほとんどだった。



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493-495

残った海軍の船1隻はというと、その様子を見て恐れをなしたのか

海賊船から遠ざかるように動きを変えていた。

そして海賊船はジルたちの乗る船に狙いを定めたかのように近づいてくる。

「俺たち、見捨てられたのか。」

乗客の一人がそうつぶやいた。

海軍の船は段々と遠ざかっていく。

乗客たちが諦めの気持ちに変わっていこうとしたとき、

ジルはマルクと顔を合わせた。

「マルク。」

「はい。」

「久々にあれ、頼めるか?」

「分かりました。『エアフェザー』。」

ジルの背中に白い空気の羽が生える。

「そして、...。」

ジルは自身の剣デイブレードを抜いて念じる。

すると、剣は青色に変化し、全身を剣から発する青色のオーラ

で包んだ。

「名付けて瞬足の剣『ラピッドフレーム』。」

ジルはそれだけ言うと、マルクの魔法の効果も利用し海賊船に向かって

一瞬で跳んだ。

ジルが到着した海賊船の上部マストの所に一人の海賊が待ち受けていた。

「キヒヒヒ。ヨウコソ、ワガフネヘ。オレハセンチョウノジャバー。

アイテヲシヨウ。」

海賊は小柄な体で不気味な仮面を被り手には細身の剣を構えていた。

「(浮いている。こいつも何か魔法かアイテムを使っているのか?

それとこいつの名前、どっかで聞いたような...。)」

ジルは疑問抱きつつも相手の海賊をじっと見つめ対峙する。

そして、剣を通常時の形態に戻して戦闘態勢を整える。

カキーン!!

ジルとジャバーが剣を交える。

 

その間にジルたちの乗っていた船のすぐ横までジャバーの船が来ていた。

ガンッ!

海賊船がぶつかってきたかと思うと、海賊船の方からはしごが掛けられる。

そして海賊船からやってきたのは海賊の服をきたガイコツたちだった。

「きゃー!」

女性の乗客は次々と乗り込んでくるガイコツの海賊たちに恐怖して悲鳴を上げた。

そこへメアリーは剣を抜いてガイコツたちの前に出る。

「ここは私たちで頑張るしかないわね。」

そこへパティは少し前に出て魔法陣を描く。

「来て、フェンリル!」

パティはフェンリルを呼び出し、ガイコツに攻撃させる。

1体のガイコツをバラバラにしたところで異変が生じる。

「うえぇぇ...。」

フェンリルはぐったりと床に伏せる。

「え、これって船酔い?」

「い、意外な弱点ですね。」

パティらはあっけにとられる。

「いいわ、フェンリル戻って。ごめんね、ゆっくり休んで。」

「かたじけない。」

フェンリルは申し訳そうにしながら消えていった。

「仕方ない、私一人で頑張れるだけやるしかないわね。」

メアリーは気合を入れてガイコツに立ち向かう。

 

 

 

そこへ新たな船が姿を現す。その船のマストにはまたガイコツのマークが大きく

描かれていた。

「また、新手の海賊だぁ!!」

「うそ。もう今でも無理って感じなのに。」

メアリーは諦めの気持ちが芽生え始める。

しかし、様子が違った。

後から来た海賊船はジルたちの乗っていた船ではなく、ジャバーの海賊船の方へ

ぶつかってきた。

「よ~し!!野郎ども!これから一暴れしてやるぞぉ!!」

その海賊船はハーツ船長率いるブラックシャーク号だった。

「おおぉぉぉぉぉおおおぉ!!!」

海賊たちは剣を天に向けて勢いづく。そして、次々とジャバーの船に

乗りこんでいく。

「え、え...。」

船上で戦っていたメアリーたちは戸惑いを隠せない。

海賊たちはガイコツたちと戦い始めた。

「ん?」

ハーツ船長はふと上を見上げる。

「お?おーい、お前は確か俺たちが以前捕まえた小僧じゃないか。

こんなところでまた会うとはな、しかも空飛んで戦ってる相手は

俺たちの倒そうとしている真・ジャバーじゃないか。」

「真・ジャバー?そうか。以前倒したやつもジャバーって言ってた

けど、偽物だったってことか。なるほどな。それにしても

おっさん、久しぶりだな。何だか、前より船が格好良くなってる

と思うのは気のせいか?」

「おぉ、なかなか鋭いな。今の船は伝説の海賊キャプテンシルバーの

財宝『ブラックシャーク号』だ。俺にとっちゃ世界最高の船だ。」

「へぇ、そいつはすごいな。じゃ、俺はこのジャバーを倒すから

雑魚のガイコツは任せるぜ。」

「ジャバーを倒すか。頼もしいな。おう、こっちは任せろ。」

そして、2人は自分の戦いへと戻る。

互いに剣をぶつけ膠着状態が続いた後、一旦距離を置いて間合いを測る。

ジャバーは剣を振り上げると剣先が紫色をしたオーラを纏う。

「(あのオーラはもしやさっきの海軍の船を破壊した技か?ならば

こちらも必殺技を使うか。)」

ジルの剣はまた姿を変え、今度は緑色の刀身になる。

「いくぞ、ニムダのじいさんの秘伝書から会得し、この剣の特性を

生かした技。」

ここでジャバーは剣を横に振り、剣に溜めたオーラを一気にジルに向けて放つ。

「『デッドリードライブ』!」

ジルも刀身に緑色のオーラを纏わせるとそれをジャバーの放った

光に向けて剣を縦に振り飛ばした。

「『オーラアロー』!」

紫色と緑色。2つの光はぶつかりはじけた。

2人は続けて2発目、3発目を放つ。

それらはバチン、バチンと大きな音を残して消えた。

 

 

 

一方、ジルとジャバーの下の船上ではハーツ船長率いる海賊たちと

ガイコツたちとの戦いが繰り広げられていた。

「よーし、もうひと押しで倒せそうだぞ。」

「お~っ!」

海賊たちはますます勢いづく。

もはやメアリーたちは何もしなくても片付きそうな雰囲気だった。

 

そして、ジルとジャバーもお互い止めの一撃を狙い間合いを

計っていた。

「キヒヒ、シネ。」

ジャバーの狙いすました突きの一撃がジルを襲う。

「『ブラッディスクリュー』!」

「(無理にかわそうとすれば、ダメージを受けるだけ。

なら、ここは...。)」

ジルは致命傷だけは避けるように動き、ダメージ覚悟で反撃をする。

「(敵の攻撃する勢いを利用してこちらの攻撃の威力を上げる。

これにより通常攻撃が敵の必殺技レベルの攻撃へと変化する。)」

ジルの剣はジャバーの胸を貫く。

「グハッ。」

だが、ジルの脇腹にもジャバーの剣が刺さり深い傷を負った。

「ぐ...。」

ジルはジャバーの体を蹴って互いの体を剣から引き離す。

「グァァァァアア!!」

ジャバーは断末魔の叫びを上げながらその姿を消していった。

一方、ジルの傷口は大きく出血がひどかった。

「ダメージは大きい。だが、俺には、この剣『デイブレード』がある。」

ジルは剣を橙色をした丸みのある形状へと変化させる。

「『ヒーリングソード』。」

オレンジ色のオーラがジルを包み傷口を癒していく。

「よし、これで大、じょ、う、ぶ。」

ジルは傷自体は治ったが、疲労で意識を失う。そして、ちょうどマルクの

魔法の効果である風の翼が消え、ジルは真っ逆さまに落ちていく。

「おい、あれ。」

下で見ていた海賊の一人が指さす。

「やばいな。急げ!」

ジルの落下地点に海賊たちが集まる。

そこで落ちてきたジルをたくさんの海賊が受け止めた。

「よし、やった。」

こうしてジルたちとジャバーとの戦いは終わった。

 

「う、う~ん。」

ジルは眠りから目を覚ます。

「あれ、ここは?」

気付くとジルはベッドの上で寝ていた。

「起きた?」

メアリーはジルを心配そうな表情で顔を覗き込む。

「え~と、俺は確かジャバーと戦って勝ったはずだが。」

「そうです。その後、疲れて倒れたところをあの海賊たちがこちらに

連れてきてくれたんです。」

マルクが簡単に説明する。

「そうか。」

ジルは納得した。

「海賊のハーツ船長が言ってましたよ。」

「何?」

「『お前らがこれから何をしようとしているのかは知らないが、

俺たちはお前らを遠くから応援しているぞ。』って。」

「へぇ。何ていうか、いい海賊だったな。」

ジルにふと笑みが浮かぶ。

「さぁ、バトラスに着くまでもう少しゆっくりするか。」

ジルたちの乗る船は航海を続ける。



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496,497

カフィールの乗る船はある島へと辿り着いていた。

船を岸へと付けるとカフィールは島へと降り立った。

少し歩くと2つの人影が現れた。

一つは黒いローブを纏った男。

もう一つは全身が銀色の金属の体をして人というよりも生命体や人形の

類。

「お前らは誰だ?」

カフィールは問う。

「それはもう分かっているだろう?」

黒いローブの男は逆に問う。

「ヘルヘブンの一味か。」

「そういうことだ。自己紹介しておこうか。俺はギーグ。

そして、こっちはピエグロム。ヘルヘブンの最上級戦士、

まぁただの実行部隊という者もいるが『アビスメーツ』

の一員だ。」

「ということは俺の読みは正しかったということか?」

「残念だったな。貴様がほとんど情報が出ていないはずにも関わらず、

ここまで辿り着いたのは大した考察力だと言いたいが、

ここは望みの場所ではない。それは通常では辿り着くことは不可能な

場所だからだ。」

「通常では不可能な場所?...、そうか。」

「気づいたか。確か貴様はそのヒントとなる魔法を使えたのだったな。」

「しかし...。」

解せないといった表情でギーグを見るカフィール。

「どうして我々が現れたかということだろう。それはもはや我々の組織は

秘匿の段階を終了していて、次へと進んでいることを意味している。」

「何?」

「我々はここへ来た貴様を出迎えるために現れたのだ。せっかく来て

何もなかったではがっかりだろう。少し遊び相手をしてやろうと

思ってな。」

「何だと。この俺をバカにしているのか?」

カフィールは自身の剣エクシードを手にする。

「バカにする?とんでもない。これは敬意を表してのことだよ。

こちらなりの。」

ギーグは口元に微かに笑みを浮かべる。

「ならば、もう用はないな。お前らを捕えたところで人質としての

価値はないし、欲しい情報を聞きだせるとも考えられない。

今すぐここで葬り去ってやる。」

カフィールは剣を構える。

「やる気十分だな。では、ピエグロム。遊んでやれ。」

ピエグロムは一歩前に出る。

「『遊んでやれ』か。この俺が本当に舐められているようだな。

こちらからいくぞ!」

カフィールはピエグロムに向かって駆けると剣を大きく振り落とす。

ガンッ!!

重い一撃をピエグロムは両手で受け止める。

「生半可な金属なら真っ二つに出来るのだが、お前の体は相当

硬い金属で出来ているようだな。」

「ピエグロムの体はオリハルコン製だ。」

「ほぉ、世界一の強度を誇る超貴重な金属で全身が出来ている

のか。」

 

 

 

ここでギーグはピエグロムの異変に気付く。

「む?」

カフィールの攻撃を受けた腕部分にひびが見られた。

「オリハルコンだろうが、敵であれば倒すだけだ。」

カフィールは剣を構え、やる気を漲らせていた。

「もう用も済んだことだし、戻るか。」

ピエグロムは一歩下がる。

「逃げる気か?」」

「逃げる?別にどう思われようと構わない。」

「そうすんなりとは行かせんぞ。」

「俺も暗黒魔導士の端くれ。大魔道カーラに師事したこともある。

この場から去ることなど造作もない。では、『ブラックミスト』。」

ギーグが魔法を唱えると、ギーグとピエグロムの周囲に黒い霧

が発生し、その姿を隠す。そして、黒い霧が徐々に薄くなると

2人の姿は消えていた。

「ヘルヘブンはさすがに簡単に片付くことではないな。

ここは一度、あいつに会っておくか。」

一人残ったカフィールは船へと引き返していった。

 

ジルたちの乗る船はようやくバトラスまでやってきた。

「サンアルテリア王国からバトラスまでってなかなかの長旅だったな。」

「そうね。結構疲れたわ。」

「今日は情報収集はやめにして、とりあえず宿をとって休みましょう。」

「さんせー。」

マルクの提案にみな同意して宿さがしからすることにした。

 

宿の部屋にて。

「なぁ、マルク。お前、一瞬で移動できる魔法なかったっけ。」

「あぁ、『エアループ』ですね。」

「そう、それ。それ使ったら楽にここまでこれたんじゃないの?」

「全然使ってないから、すっかり忘れてましたね。まぁ、ゆっくり旅するのも

いいんじゃないですか?」

「まぁ、そうだな。」

そうしてジルたちは一晩ゆっくりと休んだ。

 

次の朝、ジルたちはバトラスの町の様子を見てまわる。

「お。ところどころで『サモンマスター』をやってる子供たちが見られるな。」

「やはりここでも流行っているということですね。」

そんな中、ジルは一軒の店を見つける。

「ここにカードショップがあるぞ。ちょっと覗いておこう。」

ジルはさっそく店の中に入る。他の3人もすぐ後をついていく。

中で客を待つ店員は若い男だった。

「いらっしゃい。」

「あの、ブースターパックを一つください。」

「はいよ。」

そう言って店員はジルから代金と引き換えにカードの入った袋を渡す。

「ところで、兄ちゃん。初めてみる顔だけど、今度の大会の申し込みは

もうした?」

「いや、まだだけど。」

「じゃあ、ここでしたらいいよ。はい、これ申し込み用紙。」

そう言うと店員はジルに一枚の紙とペンを渡した。

ジルは紙に必要事項を記入し店員に渡す。

「オッケー、確かに。それじゃ大会がんばってね。」

ジルたちは店を出た。

「よし。後はがんばるだけだな。」

「そうですね。」

そうして、大会の日まで待つことにした。



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498,499

大会当日。

会場となる広場には参加するプレイヤー(デュエリスト)たちの人だかりが出来ていた。

そこへグレン=ノワールが現れる。

「デュエリストの諸君。よく集まってくれた。この大会で最後まで勝ち残った者は

チャンピオンである俺と戦う。見事俺に勝つことが出来たら世界最強のデュエリストの

称号と賞金を得ることになる。意地とプライドを掛けて全力で戦いあってくれることを

望む。では皆の健闘を祈る。」

グレンはそう告げるとその場を後にした。

「ぅうぉぉぉぉおお!!」

デュエリストのほとんどが大会の始まりに興奮をして声を上げた。

グレンの後に一人のスーツ姿の男性がみんなの前に立った。

「私は大会の実行委員会を代表して大会ルールを説明します。」

皆の注目が再び集まる。

「大会はトーナメント方式で行います。参加登録された方をランダムに対戦を組み、

デュエルで最終的に勝ち上がった方を優勝とします。よろしいですか?」

実行委員会の説明に誰も文句を言うものはいなかった。

「よろしければ、トーナメント表を張りだします。ご確認ください。」

他の実行委員が大きなトーナメント表を張った板をみんなの前に運んできた。

「おぉ、いよいよだな。」

ジルはトーナメント表を見て、気持ちが盛り上がっていた。

自分の名前と対戦相手のところを探す。

「ええと。...、これだな。」

そこには『ジル』の名前と『ダバン』という名前が並んで書かれていた。

「俺の対戦相手は『ダバン』って奴か。どんな奴かな?」

そこへ一人の男が近づいてくる。大柄で堂々とした態度でジルの前に立つ。

「お前が俺の対戦相手のジルか。負けて恥ずかしい思いをするからさっさと

逃げた方が身のためだぞ。」

ダバンはジルを見下したように言う。

「へぇ、どんな奴かと思えばよくいる雑魚キャラみたいなやつだな。」

「な、なんだと。」

負けずに言ったジルの挑発の言葉にダバンは顔を真っ赤にしていた。

「ジ、ジル。それは言い過ぎでは...。」

マルクはあたふたとしてジルを止めに入ろうとする。

「おい、ジルと言ったな。今すぐデュエルだ!!けちょんけちょんにして

俺を侮辱したことを後悔させてやるぞ。」

ダバンに促されジルはデュエルの席に着く。

 

 

 

ジルとダバンは互いにカードの束『デッキ』を場に置き、そこから5枚のカードを

引き、手札とする。

「よし。俺からいくぞ!」

ダバンは手札からカードを1枚手にし場に出す。

「俺は『ビッグベア』ST700、DF500を攻撃表示だ。さぁ、お前のターンだ。」

ジルも手札から1枚カードを場に出す。

「俺は『重装歩兵』ST550、DF800を守備表示だ。」

「おいおい、いきなり守りに入るってどうしたんだよ。

さっきの威勢はどこいったんだ?」

ダバンはバカにしたように言った。

「焦るなよ。まだ始まったばかりだぞ。」

「ふん。すぐに終わらせてがっかりさせてやるぞ。」

落ち着いているジルに対し、ダバンは血気盛んにつっかかる。

「俺のターン。」

ダバンは山札から1枚カードを引く。

「ふふん。これなら。」

ダバンはカードを1枚場に出す。

「『ビッグベア』2体目だ。さらに魔法カードを1枚場に出す。」

「魔法カード!?」

「そうだ。『波状攻撃』。このカードは同じクリーチャーが2体以上いるとき、

その攻撃力の1.5倍で攻撃が出来る。つまり、『ビッグベア』のST700の1.5倍の

ST1050で『重装歩兵』を攻撃、撃破。」

「く。」

ジルは『重装歩兵』のカードを場から取り除く。

「ねぇ、これジル、ピンチよねぇ。」

デュエルをじっと見つめるメアリーがマルクに話しかける。

「そうですね。次に『ビッグベア』の攻撃を防げるカードを引けなかったら

負けてしまいますよ。」

マルクは心配そうにジルを見ていた。

「(次に引くカードによって負けるかふんばれるかが決まる。)

俺のターン。ドロー。」

ジルは焦りを感じながらカードを1枚引く。

そのカードを確認するとジルの目に力が入る。

「俺のカードは『暗黒騎士セシル』ST1200、DF1000だ。」

「な、なにぃ!!そんなレアカードを持っていたのか。」

「当然、『ビッグベア』を攻撃、撃破。さらにプレイヤーに500の

ダメージを与える。」

「お、俺のターン。」

ダバンはカードを1枚引く。

「俺はカードを1枚場に伏せる。そして『ビッグベア』を守備表示に

してターンエンドだ。」

ジルもまたカードを1枚引く。

「(ダバンが伏せたカード。何かの魔法カードだろうが...。)」

「(ふん。伏せカード1枚でビビっているのか?ならこっちの

思うツボだぜ。)」

「俺は『特攻兵士』ST600、DF100を攻撃表示。さらに1枚カードを伏せる。

そして、『暗黒騎士セシル』で『ビッグベア』を攻撃。」



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500,501

「おっと、ここで俺の伏せカードを使う。」

そう言ってダバンは伏せカードをめくる。

「罠カード『茨の十字架』。このカードは敵クリーチャー1体の動きを止める。

これで『暗黒騎士セシル』は封じた。」

「しかし、『特攻兵士』が『ビッグベア』を攻撃、撃破。『ビッグベア』を守備表示

にしたのは失敗だったな。」

「だが、お前のターンはこれで終わりだろ。」

「甘いな。このターンでお前を倒す。俺の伏せカード、オープン。」

ジルはカードをめくる。

「俺のは魔法カード『追撃』。このカードは攻撃を行ったクリーチャーにもう一度攻撃

させることが出来る。これで『特攻兵士』はプレイヤーに直接攻撃。」

「ぐぅあ。俺のLPが0にぃ。」

「俺の勝ちだ。」

「く、くそぉぉ!!」

ダバンは下を向いて悔しがる。そんなダバンにジルは近づき手を差し伸べる。

「楽しかったぜ。」

ダバンはそんなジルの手をパシンと払いのける。

「今日はたまたま引きが悪かったんだ。次にデュエルすることがあれば

けちょんけちょんに負かしてやるからな。覚えとけよ。」

そして、ジルに背中を見せる。それから一度振り返る。

「じゃあな。」

ダバンは決まりが悪そうな顔してそう言い残すとそのまま去っていった。

「あ~、いっちゃったな。」

ジルは去っていくダバンの様子を眺めていた。

「なかなかドキドキする戦いでしたね。」

「ほんと。負けるんじゃないかと思ったわよ。」

「うん。勝つか負けるかは紙一重みたいな気がするな。」

「これって勝ったらどんどん戦っていくんでしょ?」

パティはふと尋ねる。

「ああ。また次の対戦が待ってる。」

「相手を確認しにいかなきゃね。」

ジルたちはトーナメント表を見に行く。

 

「次の相手はこの横の勝ち上がりの奴で、えぇと、『ミルト』って名前か。」

ジルはトーナメント表を指で差しながら相手を確認する。

「ん?ということはきみが『ジル』?」

そう話しかけてきたのは小さな男の子だった。

「お前がミルトか?」

「うん。そうだよ。よろしくね。」

「ああ。よろしく。」

「じゃ、さっそくデュエルをするテーブルを探そうか。」

ミルトは辺りを見回して空いているテーブルを見つける。

「あそこにしよう。いい?」

「もちろん。」

ミルトとジルはミルトが見つけた空いているテーブルに向かい

席に着いた。

「それじゃ、ジルからどうぞ。」

ミルトはジルに先攻を譲る。

「よし、分かった。俺のターン。ドロー。」

ジルは山札からカードを1枚引き手札に加える。

「う~ん、まずは『見習い剣士』ST400、DF300を攻撃表示。

ターンエンドだ。」

 

 

 

「じゃ、僕の番だね。」

ミルトも山札からカードを1枚引き手札に加える。

「僕は『パペット』ST300、DF300を攻撃表示。さらに

魔法カード『急造の城壁』を出す。このカードは

2ターンの間、相手からの攻撃を防ぐことが出来る。ターン終了。」

「俺のターン。『騎兵』ST700、DF550を攻撃表示で出し、

ターン終了。」

「僕のターン。もう一枚『パペット』を攻撃表示。ターン終了。」

「(また弱いカードを出してきた。ただ弱いだけなのか?それとも?)

俺のターン。カードを1枚伏せてターン終了。」

「僕のターン。『急造の城壁』の効果が切れる。ここで『パペットマスター』

ST100、DF150を攻撃表示で召喚。このカードは自分の場に『パペット』が

いる限り相手は攻撃をすることが出来ない。さらに自分の場の『パペット』のSTを500

上げる効果を持っている。僕の『パペット』はそれぞれST800となる。」

「ミルトはこれを狙っていたのか。『パペット』のSTは俺のクリーチャーのST

を上回っている。」

「2体の『パペット』でジルのクリーチャーを攻撃。」

「伏せカードオープン。」

「!?」

「俺のカードは罠カード『落とし穴』このカードは攻撃してきたクリーチャー

を1体落とし穴に落として葬り去る。これで『パペット』が1体に

になる。」

「でも、1体は攻撃できる。『騎兵』を攻撃、撃破。さらに

プレイヤーに100のダメージを与える。僕はカードを1枚

伏せてターン終了。」

「俺のターンか。ドロー。」

ジルは山札からカードを1枚引きそのカードを確認する。

「(よし。)俺はこの魔法カード『洗脳』を使う。」

「何だって!?」

「このカードは1ターンだけ敵1体を操ることが出来る。操るのは『パペット』だ。」

ミルトの『パペット』がジルの方に移る。

「これで『パペットマスター』を守る『パペット』はいなくなる。」

「しかし、『パペットマスター』の効果はなくなりSTはもとの300に戻るよ。」

「『見習い剣士』で『パペットマスター』を攻撃、撃破。さらにプレイヤーに

300のダメージ。そして、『パペット』でプレイヤーに直接攻撃。

またさらに300のダメージだ。」

ミルトのLPは400になった。

「ターン終了。これで『パペット』はまたミルトのクリーチャーに戻る。」

「僕のターンだ。ドロー。」

ミルトはカードを引いて確認する。

「うん。僕のこの『凶暴なパペット』ST550、DF150を攻撃表示。

そして当然。『見習い剣士』を攻撃する。撃破し、プレイヤーに150のダメージ。

さらに『パペット』で300のダメージ。ジルのLPは残り450だ。」

「げ。この状況。LPはほぼ互角だけど、俺の場にクリーチャーがいない。

結構やばいかも。」



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502,503

「ジルのターンだよ。」

「俺のターン。こい!」

ジルは念を込めて、カードを1枚引く。

「よし。俺のカードは『暗黒騎士セシル』ST1200、DF1000。

『パペット』を攻撃、撃破。そしてミルトのLPも0になる。」

「うわぁ。やられた。」

ミルトは残念そうな顔をする。

しかし、すぐに平静を取り戻してジルのもとに来る。

「楽しかったよ。ありがとう。またね。」

「こっちこそ、ありがとう。」

ミルトとジルがあいさつをするとミルトはどこかへ行ってしまった。

「また、勝ったね。」

メアリーがジルを祝福する。

「そうだな。」

「ところで、結構強いカードを持っていますよね。」

マルクが感想を述べる。

「そうだろ。頑張っていいの揃えておいたんだぜ。」

「この場合の『頑張る』ってお金を使ったってことじゃないの?」

メアリーは少し怪訝な顔をする。

「まぁ、そこは...。俺たちが食べたり寝たりするだけのお金は

確保した上でだなぁ...。」

ジルは言葉に詰まる。

「でも、この調子で優勝までいけたらいいね。」

パティが笑顔で言う言葉で険悪になりそうな空気を元に戻してくれる。

「う~ん。どうだろ?相手も結構強い奴が多いしな。

まぁがんばるよ。さて、次の相手は?」

ジルはまた次の対戦相手を確認しに行く。

「次の相手はロカって奴か。...、お、次勝ったらもう決勝なんだな。

って、ちょっと気が早いか。」

「当たり前よ!あんた私にもう勝った気でいるんじゃないでしょうね。」

両手を腰に当てジルの前に立ちふさがるのは一人の少女だった。

「へぇ、女か。」

「あ、今ちょっとバカにしたでしょ。女のくせにって感じで。」

ロカは喧嘩口調でジルに言う。

「それは被害妄想だろ。別にバカにするようなことは言ってないけど。

あ~、めんどくさいな。ほら、もうさっさとやろうぜ。」

ジルは関わりたくないといった感じでロカにデュエルを促す。

「言っとくけど、私はそんな簡単にやられたりしないからね。」

ジルとロカは共に席に着く。

「先攻は譲ってあげるわ。」

「それじゃ、お言葉に甘えて。俺のターン。」

ジルは山札からカードを1枚引く。

「俺は『見習い剣士』ST400、DF300を守備表示で場に出す。ターンエンド。」

「私のターン。ドロー。」

ロカはカードを1枚引く。

「私は『メデューサ』ST650、DF550を召喚。『見習い剣士』を攻撃、撃破。

さらにカード1枚伏せてターン終了よ。」

「俺のターン。」

ジルは山札からカードを1枚引く。

「俺は『騎兵』ST700、DF550を攻撃表示で場に出す。

(さて、ここで攻撃力が高いからと単純に攻撃していいものか?あの伏せカード

が罠だとしたら一変してピンチに陥る。う~ん...、よし。これでいくか。)

そして俺もカードを1枚伏せて、『メデューサ』を攻撃。」

 

 

 

「私はここで伏せていた魔法カードを発動。それは『ゴーゴンの眼』この

魔法カードは『メデューサ』とのコンボで敵を石化させることが出来る。

これで『騎兵』は...。」

とロカが言い終わる前に

「俺はここで伏せカードを使う。そのカードは『反射鏡』。

これで相手からの魔法の効果を相手に返すことが出来る。」

「え!」

ロカは驚く。

「これで『ゴーゴンの眼』の効果は『メデューサ』に移り、石化する。」

「そ、そんな。」

「ロカの場にクリーチャーはいなくなった。さらに『騎兵』でプレイヤーに直接攻撃。

ロカのLPは残り300になる。俺のターンは終了だ。」

「私のターン。」

ロカは闘志を燃やしながらカードを1枚引く。

「私はこの『魔女デリダ』ST550、DF600を召喚。さらに装備カード

『弱体化の杖』を装備。このカードは戦闘する敵のST、DFをともに200ずつ

下げる効果がある。これで『騎兵』を攻撃、撃破。さらにプレイヤーに50

のダメージを与える。ターン終了。」

「俺のターン。」

ジルはカードを1枚引く。

「俺は『重装歩兵』ST550、DF800を攻撃表示。そしてこちらも装備カード

を使わせてもらう。『光の剣』。このカードは戦士系クリーチャーのST+500

する効果がある。これで『弱体化の杖』の効果を受けても『魔女デリダ』の

STをこちらが上回る。攻撃、撃破。そしてロカのLPは0になる。」

「負けた。」

ロカは呆然としている。

「よしっ。」

ジルはガッツポーズをする。

「そ、そんな。私がこんなあっさりと負けるなんて...。」

「あっさりじゃねぇよ。結構きわどかったと思うぜ。」

「それ、慰めてるつもり?」

ロカは不満そうにジルを見る。

「素直に言っただけなのにな。まぁいいや。もう行くそ。」

ジルはデュエルが終わり、その場を離れようとする。

「待って。」

「何だよ。」

「ありがとう。楽しかったわ。」

ロカの言葉にジルは笑顔で答えた。

 

「ちょっと。」

そんなジルの耳を引っ張っるメアリー。

「な、何だよ。」

「何、いい感じになってるのよ。」

「何もねぇよ。」

「あ、メアリー姉ちゃん、やきもち焼いてる。」

「ジルのことが気になるんですね。」

パティとマルクはメアリーを微笑ましく見つめる。

「2人とも!勘違いしてるわよ。もういいわ。」

ふんとメアリーは首を振る。

「何だかなぁ。」

ジルはやれやれと言った感じでトーナメント表を見に行く。



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504,505

「いよいよだな。」

決勝の相手の名前を見る。

「えぇと、相手はレンって名前か。」

トーナメント表を見るジルたちの傍で話し声が聞こえてくる。

「やっぱりレンが残ったか。」

「当然だろうな。」「

「この大会一番の優勝候補だもんな。」

「あの伝説のドラゴン出されたらひとたまりもないもんな。」

等々、レンに対する噂話が後をたたない。

そんな話を横で聞いていたジルたちは、

「なんか相当強い奴っぽいな。」

「これは気を引き締めなければいけませんね。」

「がんばってね。」

「お、おう。頑張ってくるよ。」

ジルは決勝の舞台へと向かう。

決勝の舞台。ジルの前に現れたのは落ち着いた雰囲気のある青年だった。

「どうも、レンです。よろしくお願いします。」

「あ、ど、どうも。」

礼儀正しいレンのあいさつにジルは戸惑う。

「(思っていたのと全然違うかったな。優勝候補なんて言われる奴だから

どんな偉そうな奴かと思えば、こんなおとなしそうなのが来るとは。)」

「では、さっそく始めましょう。」

「そうだな。そちらからどうぞ。」

「では、お言葉に甘えて。僕のターン。」

レンはカードを引く。

「僕は『グレイトワーム』ST800、DF450を召喚。攻撃表示で

ターン終了です。」

「(いきなり強いクリーチャー出してきたな。さすがは優勝候補

というところか。)俺のターン。」

ジルもカードを1枚引く。

「俺は『重装歩兵』ST550、DF800を守備表示。

(ふぅ~、このカードが手札にあってよかった。これでしのげれば

いいが...。)」

「僕のターン。」

レンはカードを引く。

「僕は魔法カード『巨大化』のカードを『グレイトワーム』に使う。

この魔法カードは使用したクリーチャーのST、DFをともに20%上げる

効果がある。『グレイトワーム』はST960、DF540となる。これで

『重装歩兵』を攻撃、撃破。ターン終了。」

「(げ、あっさり倒されてしまった。)俺のターン。」

ジルはカードを引く。

「(お、これなら。)俺は『見習い剣士』ST400、DF300を守備表示。

さらにカードを1枚伏せてターン終了だ。」

「僕のターン。」

レンはカードを引く。

「僕はこのまま『グレイトワーム』で『見習い剣士』を攻撃...。」

「俺はここで伏せカードオープン。そのカードは『落とし穴』。

これで『グレイトワーム』は落とし穴の中に消える。」

「ありや。僕はこれでターン終了だ。」

 

 

 

「(レンの場にはクリーチャーも伏せカードもない。確実にピンチのはず

なのにあの涼しい表情は何だ?)俺のターン。」

ジルはカードを引く。

「ここで一気に決めに行くか。俺は『特攻兵士』ST600、DF100を攻撃表示。

さらに『見習い剣士』を攻撃表示に変更。変更したクリーチャーはそのターンは

攻撃できない。ここは『特攻兵士』のみでプレイヤーに直接攻撃。

レンのLPは残り400になる。俺は1枚カードを伏せてターン終了だ。」

「僕のターン。」

レンはカードを引き、そのカードをじっと見つめる。

「ジル、見せてあげるよ。僕の持つ中で最強のクリーチャーを。」

「何!?」

「それは、『プラチナドラゴン』ST2000、DF1800を召喚。」

「(これ、強すぎるだろ。ダメージ受けたら即負けを意味する

ことになるよな。)」

「『プラチナドラゴン』で「見習い剣士』を攻撃...。」

「俺はここで伏せカードを使う。伏せカードは魔法カード『守備強制』

これで『プラチナドラゴン』を守備表示に変える。」

「おや、残念。ターン終了だ。」」

「(そりゃ、余裕が出るはずだ。こんな強力なクリーチャーを

出せるんだからな。)俺のターン。」

ジルはカードを1枚引く。

「俺は手札から魔法カード『鉄壁の城壁』を発動させる。

このカードは敵からの攻撃を3ターン防ぐことが出来る。

そして、『見習い剣士』、『特攻兵士』をともに守備表示に変更。

ターン終了。」

「僕のターン。」

レンはカードを引く。

「僕はカードを1枚伏せて、『プラチナドラゴン』を攻撃表示に

変更。ターン終了。」

「俺のターン。」

ジルはカードを引いてカードを確認する。

「(うぅん。)俺はこの『暗黒騎士セシル』ST1200、DF1000を

攻撃表示で召喚。(これだけでは『プラチナドラゴン』は倒せない。)

ターン終了。」

「『暗黒騎士セシル』か。なかなか強力なカードを持っているね。

僕はカードを1枚引いてターン終了だ。」

「俺のターン。」

ジルはカードを1枚引く。

「(あのカードを引けなかったら、勝てない。)俺はカードを1枚伏せて

ターン終了。」

「僕のターン。カードを1枚引いてターン終了だ。さぁ、次のターンで

『鉄壁の城壁』の効果が消える。ただの時間稼ぎじゃないということを

見せて欲しいね。」



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506,507

「俺のターン。ここで『鉄壁の城壁』の効果が消える。ドロー。」

ジルは気合を入れてカードを引く。

ジルの目がカッと開く。

「俺は魔法カード『転生の儀式』を発動させる。

このカードは自分のクリーチャーを2体生贄に捧げることで

『暗黒騎士セシル』を聖騎士(パラディン)へと転生させる。

『聖騎士セシル』ST1600、DF1800。さらに装備カード『光の剣』

ST+500を装備させる。これでST2100となり、『プラチナドラゴン』を

超える。攻撃。」

「僕はここで伏せカードを使う。それは魔法カード『ドラゴンの秘宝』これは

ドラゴン族のクリーチャーのST、DFを300ずつ上げる効果を持つ。」

「俺はここで伏せカードを使わせてもらおう。」

「え!」

「俺のカードは『魔法除去』。このカードはその名の通り魔法カードの効果を1つ

打ち消すことが出来る。これで『ドラゴンの秘宝』の効果は消え去る。

いくぞ、レン!『聖騎士セシル』の攻撃。『プラチナドラゴン』を撃破!

さらにプレイヤーに100のダメージを与える。ターン終了だ。」

「僕は最後まで諦めないよ。僕のターン。『ゴーレム』ST700、

DF1300を守備表示。ターン終了だ。」

「俺のターン。俺は『騎兵』ST700、DF550を攻撃表示。

そして『聖騎士セシル』で『ゴーレム』を撃破。さらに『騎兵』で

プレイヤーに直接攻撃。レンのLPは0になる。」

「うわぁ、負けちゃったか。」

「ふぅ、なんとか勝てた。」

ジルは腕で額の汗を拭う。

「悔しいなぁ。いいところまでいったと思ったんだけど...。

限られたターンの内にあれだけのカードを揃えていくなんて

すごいや。」

「いや、かなり運がよかったんだと思うぜ。」

「いやいや、運も実力の内でしょ。とにかく負けはしたけど、

こんな楽しいデュエルは久しぶりな気がするよ。ありがとう。

グレンとのデュエルもがんばってね。じゃあ。」

そう言ってレンは去っていった。

「すっごい性格のいい奴だったな。こういうところではなかなか

出会えないような。」

とジルが少し感傷的になっていると、大会の実行委員会のスタッフが

ジルの傍にやってきた。

「優勝おめでとうございます!!」

そう言ってジルの右腕を持ちあげる。

「うぉぉぉおおお!!!」

周りで見ていたギャラリーから大きな歓声が上がる。

「それでは今日はゆっくりお休み頂いて明日、グレン氏と対戦

していただきます。では、今日はお疲れさまでした。」

今日の大会は終了し、参加者、ギャラリーは皆帰っていった。

「さ~て、俺らも宿に行くか。」

「そうね。」

「賛成!」

ジルたちも宿へと向かい、休息についた。

 

 

 

次の朝。

「昨日はすごく面白かったな。さて、今日はグレンとのデュエルか。」

「気楽にやればいいんじゃない。別に負けたからって痛い目にあったり死んだり

しないんだし。」

「そんなわけにはいかないよ。このデュエルは世界チャンピオンを決めるってことだからな。

気合を入れていかなきゃな。」

ジルたちはグレンの屋敷へと向かった。

「ジルさまですね。お待ちしていました。さぁ、中へどうぞ。」

屋敷の前で使用人が出迎え、ジルたちを招き入れる。

入ったすぐのホールでグレンは待ち構えていた。

「さて、まずは大会の優勝おめでとうと言っておこう。しかし、

久しぶりだな。まさかこんな形でまた出会うことになるとは思わなかった。

お互い、色々と変わっていることもあるだろうが時が経っていれば当然のこと

だろう。さぁ、さっそく世界チャンピオンを決めるデュエルを始めようか。」

グレンに促され、ジルたちはデュエルをする部屋へと案内される。

「ジル。」

マルクが声をかける。

ジルはその声に無言で頷く。

「(分かってるよ。)」

そして、ジルとグレンは互いにデュエルのテーブルに着く。

「ルールは特に普通通りでいいな。」

「お、おう。」

ジルは少し緊張している。

「では君からどうぞ。」

グレンはジルに先手を譲る。

「よ、よし、俺のターン。ドロー。」

ジルはカードを1枚引き手札に加える。

「よし、俺は...。」

と、ジルがカードを場に出そうとしたとき、

「あ、そうだ。ジル、あまり俺を見くびるんじゃないぞ。

じゃないと、一瞬で負けることになるからな。」

グレンは脅しとも思えるような言葉をジルにかける。

「わ、分かってるよ。」

グレンの言葉の影響かジルは考え直してからカードを出すことにした。

「俺は『見習い剣士』ST400、DF300を守備表示で場に出す。

(まずは様子見したいところだが、このグレン相手に攻撃表示は危険すぎる気がする。

ここは守備表示にするしかない。)そしてカードを1枚伏せてターン終了する。」

「それで、いいんだな?本当に後悔はないんだな?」

グレンは不敵な笑みを浮かべてジルに問う。

「ああ!俺の手の中でこれが最良の手だ!」

ジルは自信をもってグレンに答える。

「そうか。それでは俺のターンだな。」

グレンもカードを引き、手札に加える。



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508,509

「俺はフィールド魔法カード、『ファイアーワールド』を発動させる。

このカードは場にいる炎属性のクリーチャーのST、DFを共に200上げる効果がある。

そして、『サラマンダー』ST750、DF600を攻撃表示。『ファイアーワールド』

の効果で『サラマンダー』はST950、DF800となり、『見習い剣士』を攻撃。」

「おっと。俺はここで伏せカードオープン。俺のカードは魔法カード『魔法除去』

これで『ファイアーワールド』を消し去る。(あぶねぇ、こんなカード場にあったら

絶対グレンに有利になっちまうぜ。)」

「ほう。俺は『サラマンダー』で『見習い剣士』を攻撃する。

『ファイアーワールド』の効果がなくても数値は十分上回っている。撃破。」

「く。」

「そして、俺はフィールド魔法カード『ファイアーワールド』を発動させる。」

「何!!」

「『ファイアーワールド』は俺にとってのキーカードの1枚。当然、消されることも

考えてある。さぁ、君のターンだ。」

「(やばい。グレンのペースを崩せない。...いや、まだ始まったばかり。

手はあるはずだ。)俺のターン。」

ジルはカードを1枚引き、手札をじっと見つめる。

「(これしかないか。)俺は『騎兵』ST700、DF550を攻撃表示。

さらに装備カード『光の剣』でSTを500上げる。これで『サラマンダー』

を攻撃、撃破。さらにプレイヤーに250のダメージを与える。

ターン終了。」

「俺にダメージを与えたか。ふん。では俺のターン。」

グレンは特に気にすることなくカードを1枚引く。

「俺は炎の精霊『フレイムタイラント』ST1300、DF1100を攻撃表示。」

「な!?(なんて強力なカードを出してくるんだ。)」

「『ファイアーワールド』の効果でST1500、DF1300に上がる。

当然、『騎兵』を撃破。そして、プレイヤーに300のダメージを与える。

ターン終了だ。」

「(勝てる気がしない。こうなったらあのカードを引くしか...。)」

「どうした?君の番だぞ。」

「ジル!」

「マルク。」

弱気になっているジルにマルクが声をかける。

「ジル、大丈夫。」

マルクはそれだけ言うと、ジルを力強く見つめる。

それを見たジルも表情が変わる。

その変化をグレンがちらっと見る。

 

 

 

「よし、俺のターンだ。ドロー。」

ジルは威勢よく自分の山札からカードを1枚引く。

そして、そのカードを確認する。

「俺はこの魔法カード『理想郷(ユートピア)』を使う!!」

「な、何だと!!!『理想郷(ユートピア)』だと!!」

グレンほ驚きを隠せない。

「あら、あのカードすごく絵柄がきれいね。」

メアリーが感想を言う。

「ば、ばかな。ありえん。このカードは存在しないはずだ。

試作段階で作られたが、結局正式採用は見送られたと聞く。

そんな幻のカードをなぜお前が持っているんだ!!」

「そんなこと言われてもあるんだからしょうがないだろ。

随分前に吟遊詩人からもらったんだよ。」

マルクはじっと見つめる。

「(私もこのカードは覚えています。このカードが特別な物という

のは初めて見たときから感じていました。そして、

ここぞいうところで必ず出てくる気がしていました。)」

「『この『理想郷(ユートピア)』の効果はその場のどんな状況にも関わらず

そのゲームを引き分けにする。『理想郷(ユートピア)』の前では

他のどんな物も無意味ということだ。」

「何!真剣にしていたデュエルを無意味にするというのか!!認めん、認めんぞ。

そんなカード。ジル、表に出ろ。しっかり決着をつけてやる。」

グレンは怒り、席を立つ。

ジルも渋々、グレンに従い席を立つ。

2人は外へ出て、対峙する。

マルクらも後を追って外に出、2人を見守る。

グレンは右手に炎を宿す。

と、そこへ一人の男が現れる。

「あ!ワーグバーグさん。」

マルクは思わず叫ぶ。

「マルクか。だが、今日はお前に用があるんじゃない。その男にだ。」

そう言ってワーグバーグはグレンを指さす。

「人に指さすとは初対面にしては少々失礼だな。」

グレンは不快感を示す。

「そうだな。それは素直に詫びよう。今日、ここに来たのはグレンを

誘いに来たのだ。」

「俺を誘う?」

グレンはワーグバーグの言うことが理解出来なかった。

「そうだ。俺は『魔道連盟』の影響が及ばない場所を補完できる組織、

『魔導協会』を立ち上げた。そこで『魔道連盟』に加入していない優秀な魔法使い

をスカウトしているというわけだ。」

「なるほどな。だが、俺は群れるのは好まなくてな。残念だが断らせてもらおう。



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510,511

「いや、何もきっちり組織に所属して活動して欲しいというものではない。ただ、

名前を登録させてもらうようなものだ。」

「どういうことだ?」

「所属してもらうからといって何か押し付けるようなことはない。協力を仰ぐときは

もちろんあるだろうが、気が乗らなければ全然拒否してもらって構わない。その気が

ある時だけ一緒に行動するということでいい。逆にそちらが協力してほしいことが

あれば何か出来ることがあるかもしれない。活動はほぼ個々の自由に任せるという

ものだ。どうだろう?特にデメリットはないと思うのだが、参加してはくれないか?」

「ふむ。それなら参加しても構わないと思えそうだ。だが、今俺は随分と機嫌が悪い。

そこの男のせいでな。」

そう言ってグレンはジルを指差す。

「そこでだ。ワーグバーグといったか。俺と魔法で勝負をし、お前が勝てば参加する

というのはどうかな?」

「力づくで来いということか。...、いいだろう。その勝負受けよう。」

そして、グレンとワーグバーグが対峙する。

「俺からいくぞ。『ファイアボール』。」

グレンは火の玉を手から出し、ワーグバーグへと放つ。

「『ストーンウォール』。」

ワーグバーグは魔法で石の壁を出現させる。グレンの火の玉は石の壁に弾かれる。

「今のはほんの小手調べだ。次はどうかな?

『ボルケーノ』。」

グレンの手から放射状に炎が発せられる。その炎はワーグバーグの

石の壁を襲う。

「無駄だ。その炎に石を破壊する力はなさそうだぞ。」

ワーグバーグは石の壁を維持したまま言う。

「よく見るんだな。」

グレンの放つ炎は高温で石の壁を徐々に溶かし始めた。

「な!」

ワーグバーグはこのままでは炎が壁を貫通することを悟り、回避へと

行動を移す。ワーグバーグからの魔力がなくなった石の壁は、

炎が突き抜けると同時に崩れ去った。

「これで終わりか?」

グレンは余裕の表情でワーグバーグに問いかける。

「こうなれば、こちらからも攻撃させてもらおう。」

ワーグバーグは右手に魔力を込める。すると、グレンの頭上に大きな岩が

いくつも現れる。

「くらえ、『ストーンシャワー』。」

岩がグレン目掛けて次々に落下していく。

砂埃が巻き上がり、その様子はよく見えない。

ワーグバーグは攻撃しながら様子を窺う。

攻撃が終わり、舞い上がっていた砂埃も落ち着き様子が見えてくる。

そこには炎に包まれたグレンの姿があった。

 

 

 

「『セルフバーニング』。これは自らの体を炎で包み身を守るもの。

先ほどのお前の壁と同じようなものだ。」

「無傷ということか。」

ワーグバーグの顔には落胆の色が見て取れる。

「残念だったな。今のはなかなかいい攻撃だったが。

これで終わりにしてやろう。」

グレンは右手に炎を宿す。

「グレン、アリジゴクって知っているか?」

「アリジゴク?何のことだ?」

「『サンドスウィール』。」

ワーグバーグが魔法を唱えると、グレンの足元が地面に埋まり始める。

「何!!」

グレンは驚き、手にしていた炎を一旦消した。

グレンは抜けようと足を動かそうとするが、余計に体全体が沈んでいく。

「お前の足元の土を魔法でやわらかくした。お前の体はアリジゴクの罠に

はまった獲物と同じ。」

「く、動けん。」

グレンはもがいているが、その体は徐々に徐々に土の中へ埋まっていく。

「(今はこの術に対する対処法が思いつかない。そしてこの戦いに

命を賭するまでの必要があるかというと...。)」

グレンはほんの少し考えて口を開く。

「いいだろう。ここは俺の負けだ。」

「よし。」

ワーグバーグは魔法を解いてグレンに近づく。そして手をそっと差し伸べる。

グレンが黙ってその手をしっかりと掴むと、ワーグバーグはグレンの体を土の中から

引っ張りあげた。

「ようこそ、『魔導協会』へ。で、いいかな?」

「ああ。こんなところでガキのように駄々をこねるつもりはない。

約束通り『魔導協会』に入ろう。さっきまでのうやむやしたものが

今のですっきりした気がする。」

ワーグバーグとグレンは微かな笑みを浮かべた。

「さて、ではもう行くか。」

ワーグバーグはもう用事が済んだという感じで立ち去るそぶりを見せる。

「待ってください、ワーグバーグさん。」

マルクはワーグバーグを引き留める。

その声に思わず振り返る。



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512,513

「ワーグバーグさん。見つけたんですね、自分の道を...。」

マルクは感慨深げに言葉をかける。

「まだ一歩を踏み出したにすぎない。正しいか間違っているか、それすら

分からない手探り状態だ。しかし、今はただ自分の信じる道を進むだけだ。」

「私は信じています。ワーグバーグさんの道に間違いはないと。」

「買い被るな。俺はただの人間。失敗もすれば、間違いもする。以前は

お前に嫉妬していたようにな。マルク、俺は俺の道を行く。お前は

お前自身がなすべきこと、メンデル先生の意志を受け継げ。」

ワーグバーグはゆっくりとマルクに傍まで歩み寄ると、ポンと頭に軽く手を

のせた。

「がんばれ。」

それだけ言うと、ワーグバーグは静かに去っていった。

マルクは一筋の涙を流した。

「マルク、俺たちも行くか。」

ジルがそっと声をかける。

「はい。」

マルクは腕で顔を拭い返事をした。

「グレン、悪かったな。」

ジルはグレンにバツが悪そうに言った。

「気にするな。だが、次にデュエルする機会があれば、必ず勝ってみせるぞ。」

グレンは不敵な笑みを浮かべた。

 

こうしてジルの『サモンマスター』の戦いは終わった。

ジルたちはサンアルテリア王国へと戻ることにした。

 

 

「おや、これは何だ?」

男が街中の人通りの少ない道で見つけたのは大きな丸い石だった。

興味深そうにそれを触ってみたとき、

ドッカーン!

大きな爆発が起こると、そこに大きな石も男の姿もなくなっていた。

後には僅かな小石と肉の破片と飛び散った血液が残るだけだった。

それを見ていた女性が大きな悲鳴を上げる。

 

また別の野道で一人の少年が大きな丸い石を見つける。

「なんだろ?すごいまん丸の大きな石。」

少年はおもむろにその石に触れてみる。

ドッカーン!

爆発と共に少年の体はバラバラに砕け散った。

 

この種の事件がサンアルトリア王国で頻発し、それからしばらくして

テラ全土で広がりを見せていた。

石の爆弾『ストーンボム』と呼ばれるようになり、恐れられるようになった。

 

 

「やっぱ、マルクの魔法は早くて楽だなー。」

ジルはサンアルテリア王国へ戻ってきて一度大きな伸びをした。

「船旅もなかなか楽しいけどね。」

メアリーはジルの横で微笑んだ。

「さて、これからまた地道にヘルヘブンの情報探しをやっていくか。」

ジルが一歩足を出したとき、

「ジルさーん。」

現れたのはヒヨルド博士だった。

 

 

 

「ジルさんが今持つ剣デイブレードに埋め込まれている

レインボーダイヤモンドについてすごいことが分かったんですよ。」

ヒヨルド博士はすごい勢いで話しかける。

「分かった、分かったからちょっと落ち着いて話しようぜ。」

ジルはヒヨルド博士の肩に触れ、落ち着かせる。

「そうですね。それでは私の研究室に行きましょう。」

ジルたちはヒヨルド博士の研究室に向かうことになった。

研究室に着くと、ヒヨルド博士に促され椅子に座る。

「今、お茶でも入れますね。」

ヒヨルド博士はそそくさとみんなにお茶を振るまう。

「で、レインボーダイヤモンドがどうしたって?」

ジルはお茶を一口飲むとヒヨルド博士に問いかける。

「そ、そうでした。レインボーダイヤモンドですよ。

これは本当に素晴らしいものですね。実はですね、

レインボーダイヤモンドは膨大な魔力を内蔵していて

それが様々な効果を生み出していると思うのですが...。」

ジルはこれまでのデイブレードの効果を思い出し、

うんうんと頷く。

「それとは別に1回限りのスペシャルな効果として

どんな願いでも叶えてくれるというものなのです。」

ヒヨルド博士は自慢げに話した。

「え、え~~~~っ!!」

これを聞いたジルたちはみな驚きの声を上げた。

「ま、まじなのか、それは。た、例えばだな、世界一の金持ちに

なりたいと願ったら簡単になれるものなのか?」

ジルは興奮しながらヒヨルド博士に問う。

「はい、もちろんです。」

「おおぉぉ!」

一同驚く。

「すごいですね。これがあればどんな夢も叶うということ

ですね。」

「でも、これが悪い奴の手にあったらと思うと怖くもあるわね。」

「フフ、フフフフ。」

ジルは不敵な笑みを浮かべる。

「ジル、今何考えてるの?」

メアリーはジルに不審の目を向ける。

「それはだな。これで世界平和が実現出来るなぁと...。」

ジルは冷や汗をかきながら答える。

「絶対嘘でしょ。今の顔、悪い顔してたもん。」

「と、どころでヒヨルド博士。願い事はどうやったら叶うんだ?」

「あ、逃げた。」

「え~とですね。それはレインボーダイヤモンドに願いを強く込めればいいです。」

「それだけでいいのか?何かややこしい手順とか呪文とかいらないのか?」

「そういうのを期待しているのならあえて作りましょうか?」

「いや、いい。簡単なことに越したことないからな。」

「で、ジル。願い事は決めてるの?」

パティはふいにジルに問う。

「いや。それは今すぐじゃなくて、じっくり考えるよ。」

ジルは真面目に答えた。



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514,515

「その方がいいですね。慌てて願い事をする理由もないですし。」

マルクは頷いて言う。

「ありがとうな、ヒヨルド博士。いい情報教えてくれて。」

ジルはヒヨルド博士に礼を言う。

「いえいえ、とんでもない。私の研究の成果を伝えることが出来て

私もうれしいです。」

そうして、ジルたちはヒヨルド博士の研究室を後にした。

 

ここはD=クラプターの部屋。

「また、やっかいなものが出てきたな。『ストーンボム』か。

調査隊の調べでは、

≪何かに接触することで爆発する。≫

故に石ころでもぶつければ被害は出ないと言いたいところだが、

出現ポイントが街中だと家屋などの建物に被害が出てしまう。

これの特性から作る者と送る者が存在すると考えられる。

その場で作り出すというのは考えにくいからな。

同一の場合も十分あるが、この犯人探しと『ストーンボム』自体の

無効化する方法を早急に考える必要がある。」

 

街中の『ストーンボム』を前に2人の男が立っていた。

一人はマルクの師匠であるメンデル。そして、もう一人はローブを着た

ボサボサ頭の男だった。

「う~ん、分析は俺の専門外なんだけどなぁ。ネルフのじいさんも

人使いが荒いなぁ。」」

そう言いながらボサボサ頭の男は頭を掻いていた。

「そう言わずに。ホリック、君だってこれは由々しき事態であることは

理解しているでしょう。」

「まぁな。こいつには俺たちが追っているものとのつながっている

線が強いしな。文句はこれくらいして、始めるか。」

ホリックはだるそうにしていた肩をしゃんとし、両手を広げて前に出し

『ストーンボム』に向ける。

「『ストップ(停止)』。メンデル、さぁやってくれ。」

「分かりました。『ウィンドカッター』。」

メンデルは片手を『ストーンボム』に向けると魔法で風の刃を放った。

スパッ。

『ストーンボム』は真っ二つに分かれその場に転がった。

「爆発しないということは魔法が効いているようだな。さて、どれどれ。」

ホリックは魔法をかけ続けたまま近づき、その断面を覗き込む。

「ふ~ん、なるほどねぇ。中は普通の火薬が入った爆弾だねぇ。

その周りに簡単な魔力装置が組み込まれているというわけか。

この魔力回路が(触れたら起爆するセンサー)と(防水性)を担っているようだ。」

「その仕組みなら作るのはそう難しいものではないですね。逆を言えば、

犯人を捜すのは難しい。」

 

 

 

「そういうこと。こいつの転送の痕跡にどれだけの手がかりが

あるかはまだ分からないが、無効化にする件については

望みは十分だろう。」

そう言うとホリックはその場から一旦離れ、魔法を解いた。

バーン!!

止まっていた時計が動き出すかのように『ストーンボム』は

爆発した。

 

とある部屋で。

「今、1個出来たこところだ。」

そう言って男は丸い玉を1個差しだす。

もう一人の男は傍の机に金を置き、黙ってその玉を持っていく。

「俺は金さえもらえればいいが、あんなものを何の為に

使うのかね。戦争でもあれば別だが、今じゃただの嫌がらせくらいにしか

使えないと思うのだが。」

男はタバコをふかせて呟いていた。

 

「へぇ、これがうわさの『ストーンボム』か。」

ジルたちもまた『ストーンボム』を見に来ていた。

「どれ。」

ジルは石ころを『ストーンボム』に投げつけてみる。

ボーッン!!

『ストーンボム』は石ころがぶつかるとすぐに爆発した。

「おぉ。本当に爆発したな。」

「でも、これどうするの?」

メアリーが疑問を投げかける。

「そこなんだよなぁ。これを解決するとしたら作った奴を探す

ということになるかな。でも情報をどこから得るか?それも

難しいところだな。」

「ここはメンデル先生に聞きに行くというのはどうでしょう?

もしかしたら魔道連盟も調べていて何か情報を掴んでいる可能性は

十分考えられますから。」

マルクは提案する。

「そうだな。まずはそこから取り掛かるか。」

ジルたちはメンデルへ会いに魔道連盟本部へと向かうこととした。

 

そのメンデルとホリックはヒヨルド博士の研究室に来ていた。

「この魔力回路を組み込んだ装置を作って欲しいのだが。」

そう言ってホリックは一枚の板をヒヨルド博士に手渡す。

「はい。なるほど、これですか。」

ヒヨルド博士は渡された板に顔を近づけじっと見つめる。

「今、流行の『ストーンボム』を無効化するものなのだが...。」

「なるほど、『ストーンボム』側の魔力回路を狂わせて、起爆しなくさせる

というものですね。」

「そうだ。回路はこちらで作ってみたが、装置として完成させるのに

協力してほしい。」

「分かりました。喜んで協力させてもらいます。」

 

「なぁ、シド。作戦はすでに動いているのに俺たちの出番はなしか?」

ギルガメッシュがアジトで愚痴をこぼしていた。

「そう言うな。組織として作戦が順調に進んでいれば何も問題はないのだから。」

「まぁ、そうだけど。蚊帳の外ってのは気に食わないんだよ。」

「そうだな。何か考えておこう。」

シドはそう言うと座って眠りについた。



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516,517

「あ~、俺はいつまでこんなことを続ければいいんだろ?」

『ストーンボム』の元となる爆弾を作っている男が自室で自問していた。

ガチャ!

「ん?もう次を取りに来たのか?まだだぞ。」

そう言って、男が玄関のドアの方を見ると、

「我々は治安隊だ。お前を危険物所持・作成の容疑で捕まえる。」

そう言って、2人の男が家主の腕を掴み強制的に連れていく。

「おい、待て。俺は頼まれてやっただけだ。何も知らん!」

叫ぶ家主に対し、

「話は後で聞く。黙ってついて来い。」

治安隊の2人は粛々と連れ出していった。

 

 

D=クラプターの部屋で。

「『ストーンボム』の作成に関わったものが捕まったか。

しかし、これで解決したことにはならないだろうな。捕まったのは末端のただの

爆弾作り。他にいくらでも代わりがいてもおかしくはない。もっと上の指示を

出している者を捕えられればいいのだが、それは難しいか。

やはり、解決には魔道連盟が進めている『ストーンボム』の無効化が一番

現実的と考えるべきだな。」

 

 

『ストーンボム』の噂は世界中にすでに知れ渡っていたが、その被害は

未だに無くなってはいなかった。その理由は、あまりにも街中の中心に

出現したせいで、皆の生活上避けることが出来なかった場合。

そして...。

「おらっ!」

若い男が道行人の女性を背後から蹴る。

「きゃっ!」

ボンッ!!

蹴られた通行人の女性は『ストーンボム』にぶつかり爆発の犠牲となった。

「はっはっは。こいつはいいや。こんな簡単に人を殺せるなんて最高だな。」

ありふれた凶器は世界を混沌へと導きつつあった。

 

 

「さ~てっと。」

ジルたちは魔道連盟本部の前へとやってきていた。

「さっそく中に入りましょう。」

全員頷いてドアを開ける。

まずは受付の女性にマルクが話をする。

「あの、メンデル先生にお会いしたいのですが...。」

「生憎、メンデル司祭は外出していて不在ですが。」

「そうですか。」

マルクたちはがっかりした。

「おい、マルク。どうする?戻ってくるまで待つか?」

「う~ん。」

マルクが腕を組んで考え込んでいるところにちょうどメンデルがホリックと

戻ってきた。

「おや、マルクたちじゃないですか。よかった。ちょうど会いたかったところです。」

「え!」

マルクは予期せぬ言葉に驚く。

 

 

 

メンデルらとマルクたちは部屋で座り話をした。

「本当にいいタイミングだったようだね。ちょうど『ストーンボム』

を無力化する装置が完成したところなんだ。」

そう言ってメンデルは手のひらサイズの金属の箱を机に置く。

そこには大きなボタンが一つついていた。

「この装置は僅かな魔力で動かすことが出来るようにしてある。

少しでも魔法を使える者なら誰でも使えるだろう。こいつを

『ストーンボム』の傍で使えば、爆発はせず破壊しても何も問題は

無くなるというわけだ。」

「へ~。もうそんなに進んでいたんですね。ということは...。」

マルクは話の続きを促す。

「そう。後はこれを使って『ストーンボム』を消していくだけです。

人海戦術が必要になるのですが、信頼出来て十分実行出来る者、装置を使える

魔法使いと破壊出来る戦士が必要ということでまさに君たちがピッタリだ。」

そう言って、メンデルはマルクとジルの肩にポンと手を置く。

「いやぁ、そんな。」

マルクは褒められたようで顔を少し赤らめる。

「で、メンデル先生。俺たちはこの装置で『ストーンボム』を消して回れば

いいってことか?」

ジルは確認するようにメンデルに質問する。

「はい。ぜひお願いしたい。我々は政府に働きかけて『ストーンボム』を

消していくのに協力してくれる者を募り早く終わらせたいと考えています。」

「マルク、決まったな。」

「はい。」

2人は顔を合わせると、席を立った。

「メンデル先生、ありがとうございました。」

マルクはメンデルに一礼し、ジルたちは魔道連盟を後にした。

 

ここから一気に事態は進展していく。

 

「来たな。」

ジルたちは再び『ストーンボム』の前へとやってきていた。

「では、さっそくやってみましょう。」

マルクはメンデルから受け取った装置を取り出す。

「ポチッと。」

マルクは『ストーンボム』を前に装置のボタンを押す。

すると『ストーンボム』に変化はないが、装置は少し光った。

「これでいいのでしょうか?」

マルクは首をかしげる。

「本当に爆発しないか心配だな。ここは一度安全策でいこう。」

そう言うと、ジルは剣を手にし、剣を緑色の形体へ変化させる。

「『オーラアロー』。」

ジルは剣にオーラを帯びさせ、それを『ストーンボム』へ放ちぶつける。

『ストーンボム』は爆発することなく真っ二つに分かれた。



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518,519

「やった。成功だな。」

「はい。確かにこれで街中でも安全に『ストーンボム』を

消していけますね。」

「ねぇ、次私にスイッチ押させてくれない。私だって一応

魔法使えるんだし。」

メアリーがマルクに話しかける。

「いいですよ。メンデル先生の話では少しでも魔法が使えれば

この装置を使うことが出来るということですので。」

「やった~!」

メアリーはうれしそうにマルクから装置を受け取る。

「じゃ、その次は私ね。」

パティもメアリーと同じように装置を使いたがった。

「おいおい、遊びじゃないんだぞ。」

ジルはふぅとため息をついた。

メアリーもパティも『ストーンボム』の前で装置をのスイッチを押すと

光って作動した。それをジルが剣で破壊する。

「よし、この調子で『ストーンボム』をなくしていこう。」

そうして、『ストーンボム』の問題は解決しようとしてきたとき、

皆に新たな知らせが入る。

 

広い原っぱにジルたちやメンデルら大勢が情報を元に集まっていた。

集まった皆の視線の先にあったのは大きな黒い石であった。

「こ、これは...。」

その石は普通の家くらいの大きさできれいに整った五角形の柱状になっていた。

これを見た誰もが思っていた。

(これは、危険すぎる。)

これを見たメンデルは冷や汗を流していた。

「(これは、触るどころか魔法で解析することすら危険な気がする。

『ストーンボム』とは全くの別次元の物だ。これは一体何なんだ?)」

メンデルが心の中でそう強く疑問を抱いていると、

「これは『黒の結晶(コア)』。」

「え!?」

メンデルやジルたちはその声の主を驚きながら見た。

それは一人の若い女性だった。黒く長い髪に白いワンピースを着た綺麗な

女性だった。

「これは単純な爆弾ではなく膨大な魔力が詰め込まれた物。作動すれば、世界《テラ》の

3分の1を消滅させることになるでしょう。」

「君は誰だ?」

メンデルは『黒の結晶(コア)』と説明するこの隣にいる不思議な女性に

聞かずにはいられなかった。

「申し遅れました。私はイーシャ。ヘルヘブンの『アビスメーツ』の一人です。」

「君は聖女イーシャか?かつて世界に平穏をもたらした者がなぜ?」

「私は聖女などではありません。ただの悪い魔導士ですよ。」

イーシャは微笑みながら答える。

「私少し説明をしに寄っただけですので、これで失礼しますね。」

イーシャはブンッと光るとその姿を消した。

 

 

 

「何だか謎を残したまま行った感じですね。」

マルクがメンデルに話しかける。

「そうですね。ただ、彼女の言っていることに嘘はないでしょう。

この『黒の結晶(コア)』が起爆すれば、世界(テラ)の3分の1が消滅する。

起爆する条件が何かは分かりませんが、危機的状況に変わりありません。

『ヘルヘブン』が起爆させるスイッチを持っているのか、衝撃による

きっかけによってなのかは魔力による解析も危険がある中では特定が

非常に難しいですね。」

「要するに行き詰まりってことだな。」

ジルが皆の心を代弁して言う。

「なら...。」

ジルは剣をすっと抜く。

「ジル、何をする気ですか?」

マルクは訳が分からず聞いた。

「何って...。決まってるだろ。こいつを消すんだよ。」

ジルは真顔で答えた。

「消すって。一体どうやって?...は、まさか!?」

「そう。それしかないだろう。」

ジルの表情は決意に満ちていた。

「それとは?」

メンデルもジルに問いかける。

「この剣には一つだけ願いを叶える力があるらしいんだ。

それを今、使う。」

「使うって...。分かっているんですかたった一つだけなんですよ。

他にも叶えたい願いがたくさんあるんじゃないんですか?」

「まぁな。でも、今の状況じゃこれを使う以外に手はないだろう。

自分勝手な願いよりよっぽど役に立っていいだろう。」

「しかし、今その剣でこの『黒の結晶(コア)』を消せたとして

第2、第3が現れたらどうするんですか?」

「そんなもん、あるかどうかは分からないし、あったとしても

そもそもこいつが爆発した時点でほぼアウトなわけだろう。」

「それはそうですが...。」

マルクは言葉に詰まる。

「ならやってみるしかないだろう。本当にこれだけだったら、

よかったってことになるしな。」

マルクもジルと同じ表情に変わる。

「分かりました。出来るのはジルだけです。ジルがそう決めたのなら、

私もこれがいい結果になることを願います。」

「ありがとう、マルク。じゃ、さっそくやるか。」

ジルは剣に埋め込まれた『レインボーダイヤモンド』に意識を集中させる。



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520,521

ボンッ!

小さな煙と共に羽の生えた小さな男の子が現れる。

「はいっ!どうも僕はその『レインボーダイヤモンド』に宿る妖精ロロだよ~。」

「え、え。」

ジルは妖精の登場に驚く。

「僕は『レインボーダイヤモンド』で願いを叶えるときに仲介をする役目が

あるんだよ。」

「へ、へぇ~。じゃ、君に願いを伝えればいいということ?」

「そう!その通り。」

ロロは得意げに人差し指を立て答えた。

「では、さっそく聞かせてもらおう。その願いを。」

「あぁ、もちろん。」

ジルはロロに状況とその願いを伝えた。

 

「え!本当にそれでいいの?世界一のお金持ちになるとか一国の王様に

なるとか他にもいい願いがいっぱいあると思うのに。」

ロロは驚きの表情でジルに尋ねる。

「いや、そのくだりはもう済んでいるんだけど...。」

「あ、そうだった?じゃあ、聞かなくてよかったんだね。

いや~、それにしても何でそんな願いにするのか僕にはよくわからないなぁ。

どうせなら二度と『黒の結晶(コア)』が出てこないようにした

方がいいと思うけどなぁ...。」

「え!!」

ジルはロロの言葉に驚く。

「そんなこと、出来るのか!?」

すぐにジルはロロに問い詰める。

「え、だって。願い方を変えれば、大丈夫だよ。『この種の物の存在を

無くして』って感じで。『レインボーダイヤモンド』の魔力が及ぶ

程度だから数十年すれば効果はなくなるかもしれないけど、これ1個

消すだけよりはいいんじゃないの?」

「そういう方法が...。よし!それじゃ、それで頼むよ!!」

ジルは希望に満ちた表情でロロに言った。

「オッケー!じゃあ、いくよ。...ほい!!」

ロロの掛け声と共に目の前で大きな存在感を放っていた『黒の結晶(コア)』は

ヒュンッとその姿を一瞬で消した。

「おおぉぉ!!!」

それを見ていた者は驚き喜んだ。

「やりましたね。ありがとう、ジル。」

メンデルはジルに率直に礼を言った。

「うん。これでよかったな...って、あれ?」

ジルは周りを見回す。

「そうそう。僕は願いを仲介するもの。だから願い事が終わればその存在も

消えるのさ。じゃあね、バイバイ。」

ロロの声のみが聞こえてきた。

「そうか、少しの間だったけどありがとう。」

ジルはロロに礼を言って名残惜しんだ。

「これで、この件については解決ですね。」

マルクは喜びながら言う。

「そうだな。こういう使われ方なら『レインボーダイヤモンド』も喜んで

るんじゃないかな。」

ジルは微笑まじりに言った。

 

 

 

暗がりの部屋の中、2つの影が向き合って座っていた。

一人はギーグ。もう一人は暗闇で姿が見えない。

「『ストーンボム』と『黒の結晶(コア)』が潰されました。」

ギーグは向かいの人影に報告した。

「なかなか早いな。まぁ、もともと長く置いておけるものでは

なかったが...。しかし、あれを使わせた事は大きい。」

低く響く男の声が答える。

「そうですね。聖石は我々の活動の大きな障壁になるもの。

それをこの段階で使用済にしたことは価値があります。」

それで、これからは?」

ギーグが先を促す。

「ここからは仕上げの段階に入る。組織としての最後の活動

となるな。」

「ついにあれを実行に移すということですね、キュリオン様。」

 

 

とある酒場のカウンターでカフィールとエウドラが並んで座っていた。

「要は敵のアジトは異次元にあるということだろう。」

エウドラはカフィールに言う。

「やはり、そういうことか。」

「異次元の住人がこちら側に現れるということは接点が存在する、

つまりこちらからあちら側に行くことは不可能ではない。

以前、お前に教えた『イルパ』を応用すれば敵のアジトへの扉を

開くということは十分可能だ。ただ、その場所をこちら側で特定

しなければならないという問題はあるが。」

「なるほどな。よく分かった。礼を言う。」

カフィールはそう言って、席を立つ。

「カフィール、詳しくは知らんが、気をつけろよ。」

「忠告、ありがたく頂いておこう。」

カフィールはエウドラに背を向けて店を出ていった。

「さて。」

一人店に残ったエウドラは酒の入ったコップに口をつける。

「失敗をしてしばらくおとなしくしていたが、退屈してきたな。

そろそろ動いてみるか。」

 

 

一方、ジルたちは『ストーンボム』の後処理をしていた。

「もうそろそろなくなるかなぁ。」

「まぁ、『黒の結晶(コア)』はもう出ないはずですし、『ストーンボム』も

対応策は出来上がっていますから世界中で協力する人さえいれば、

生産が続いていても消滅させるのは時間の問題でしょう。」

マルクの言葉通り、しばらくして『ストーンボム』の出現は見られなくなった。

 

 

D=クラプターの部屋で。

「ようやく、『ストーンボム』の問題も解決したようだ。しかし、そこから

組織『ヘルヘブン』やキュリオンの情報はほぼ何も得られなかったか。

ここは議会で『ヘルヘブン』の対策チームを作ることを提案してみるか。」



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522,523

魔道連盟本部では、最高司祭ネルフを始め五大司祭が皆集まっていた。

そこでネルフが口を開く。

「我々が今まで苦労して追ってきたキュリオンの居場所、正体がついに

判明した。」

「本当ですか!?」

メンデルは目を丸くして驚く。

「ああ、しかもこんな身近にいてたとはな。盲点だった。

分かったきっかけはほんの偶然だったのだが、その正体は

このサンアルテリア王国、政界の大御所、ゴア=ウェルズ。」

 

 

D=クラプターは議会の席に着いていた。

「ではこれより、議会を開きます。」

中央、奥に座る議長が開会の言葉を発する。

そこで、D=クラプターは手を上げる。

「私は昨今の我が国の問題を解決するための特別チームの結成を

行いたい。ここで結成に関する決議を取りたいと思います。」

ここで、また一人手が上がる。それは白鬚を生やした男だった。

「はい、ゴア君。」

議長が指名する。

「はい。私はD=クラプター首相の決議の前に首相に対する

不信任決議案を提出します。」

その声はある夜、『ヘルヘブン』のギーグと会話していたものと

同じだった。

「何!!」

D=クラプターは驚きの表情を隠せない。

「分かりました。では、これよりD=クラプター首相に対する

不信任決議案の採決を行います。賛成の者は挙手をお願いします。」

議長は淡々とした口調で話を進める。

議場の議員たちのほとんどが手を上げた。わずかに手を上げなかったものも

視線を落とし、D=クラプターとは誰も目を合わせなかった。

「数えるまでもありませんね。では、多数決を持ってD=クラプターの首相の職

を辞すことを決定します。」

「そんなバカな。ゴア議員。あなたはこれまで議会運営において

私に協力してくれたじゃないか。なぜ今になってこんなことを...。」

D=クラプターの問いにゴアは冷たい視線を向ける。

「まだ分からないのか?君はもう用済みということだよ、D=クラプター。

そして、首相の後任はもう決まっている。来たまえ。」

ゴアがそう言って手をパンパンと軽くたたくと、やってきたのは正装のシドだった。

「紹介しよう。次期首相となるシド君だ。」

ゴアの紹介に合わせてシドは軽く頭を下げる。

「誰だ。そんな奴俺は知らないぞ。」

D=クラプターは取り乱して言う。

「ここで長年政治に携わってきた私が言おう。このシド君は首相にふさわしい

仕事をしてくれるだろう。どうかな、諸君?」

先ほどD=クラプターの不信任決議案に賛成した議員は皆答えるように拍手を

送った。

 

 

 

「う、嘘だ!私はこれまでこの国の為に考え行動してきた。それなのに...」

「もういいだろう。おい、警備員。そいつをつまみ出せ。」

ゴアがそう言うと、警備員が2人、D=クラプターの横にやってきて力づくで

議場から締め出した。

 

D=クラプターの電撃解任の話はすぐに魔道連盟へも届いた。

「一歩遅かったか。この国の政治を乗っ取られた状況では、すぐにキュリオン(=ゴア)を

捕えるということは現時点では不可能となった。打開策を早急に考える必要が

あるな。」

五大司祭は頭を悩ますこととなった。

 

 

ヴェロニス連邦共和国で。

「な、何なんですか?!」

驚くエミルの前には護衛兵を串刺しにして現れた

血まみれたギルガメッシュの姿があった。

「そこの席をどいてもらおうか。」

ギルガメッシュは不敵な笑みを浮かべる。

「それはどういう意味ですか?」

エミルは現状の理解をしようとする。

「俺がお前に代わってこの国を支配してやるってことだよ。」

「そ、そんなこと...。」

とエミルが喋ろうとしたとき、ギルガメッシュが割って入る。

「さ、分かったらさっさとどきな。」

ギルガメッシュの後ろから2人、甲冑で覆われた兵士が現れてエミルを取り押さえる。

「そいつを牢屋にでもぶち込んどけ。」

ギルガメッシュが2人の兵士に命令するとエミルを力づくで連れていった。

「ふはは。まさかまた王の座に着くことになるとはな。」

ギルガメッシュはエミルが座っていた椅子に座り高笑いをしていた。

 

 

エトールにて。

「きゃあぁぁぁ!!」

突然、街中に魔獣が1体現れる。

兵士達が出てきて包囲するも、その魔獣は兵士達を自身の爪で

紙くずのように切り裂いていく。

その魔獣は城内、王女レナのいる玉座まで足を踏み入れた。

レナは状況を理解し、座っていた椅子から立ち上がった。

「我が名はラボス。『ヘルヘブン』の実行部隊『アビスメーツ』の1体。

これよりこの国及びこの大陸は我が支配下とする。」

魔獣はレナにそう宣言した。

「あなたが、どれほどの存在か私は知りません。しかし、私はここで

素直にどうぞとあなたに同意することは出来ません。」

レナは魔獣ラボスに毅然と向かい合う。

「ならば死ぬがよい。」

ラボスはレナの腹を爪で突き刺す。

「ぐはぁっ。」

レナは口からも血を吐き、その場に倒れた。

「グォォォォオオオオオ!!」

ラボスは顔を天に向け、吠え叫んだ。



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524,525

「ギルガメッシュに続き、ラボスも落としたようだ。」

シドとキュリオン(ゴア)は向き合って座り話していた。

「うむ、今のところ順調に事が進んでいるな。」

「ラボスは『アビスメーツ』の中でも特異な存在だな。」

「ああ、あれは本来、星を破壊する物。それをあの方が殻を与えて

一つの実体へと変化させたということだ。それよりもこれからの

ことだが...。」

「あぁ、分かっている。これからは、『安定と堕落』へとシフト

させていく。さて、後の方はどうだろうか?」

 

 

空高く、雲の合間にそれはあった。

浮遊大陸。天空に浮かぶその大地の中に少数の竜と竜騎士とが住む

竜の谷がある。

グサッ

1匹の竜の喉元をピエグロムの鋭い腕の刃が突き刺さっていた。

それを感知した赤い甲冑の竜騎士ゼムルがやってきてピエグロムと対峙する。

「貴様、何をしている!?仲間の竜に手を出してタダで済むと

思うなよ!!」

ゼムルは怒りを露わにして槍を構える。

ピエグロムの方は何も言わず、突き刺した腕の刃を引き抜き、

ゼムルへと体の向きを変えた。

「何も喋らない。喋れないのか?貴様が何者かは知らんが、ここで

一矢報わせてもらうぞ。」

ダンッ!

ゼムル、ピエグロムは互いに向かって土を蹴る。

ガンッ!!

ゼムルの槍とピエグロムの刃がぶつかり合う。

ミシッ。

その瞬間、ゼムルの槍が折れ、先端の刃もボロッと崩れ落ちた。

「な!?」

ゼムルは驚き、その場からすっと体を下がらせる。

「その体、相当な強度を誇るようだ。ならば、こちらもそれ相応の物を

出すとしよう。」

ゼムルはそう言うと、手を地面にかざしぼんやりと光らせた。

すると土中より一本の槍が浮き出てきた。その槍は先ほどの普通のありふれた

物ではなく、全体が緑色をして柄の先に竜の頭を模った装飾が施されて刃が出ていた。

槍自体から力が漲っているのが、見えるようだった。

「竜槍ゲイボルグ。俺が使える武器の中で最強を誇る。こいつで相手する。」

ゼムルはゲイボルグで構えなおす。

「次が本気の一撃だ。いくぞ、『ドラゴンブラストショット』!!」

再び、ゼムルとピエグロムがぶつかり合う。

ピキ...。

今度はピエグロムの腕の先端からヒビが入る。それは腕を伝い体全体へと

広がっていく。

ガガーン。

そして、ピエグロムの体は砕け散った。

 

 

 

「やはり、ここを支配するには無理があったか。」

現れたのはギーグだった。

「何者だ?」

ゼムルはギーグに問う。

「これは初対面だったな。俺はギーグ。組織『ヘルヘブン』の

実行部隊『アビスメーツ』の一人。今、お前が倒したピエグロムも

『アビスメーツ』の一人、いや一体だな。全身を最も硬い金属『オルハリコン』

で出来ていたのだが、所詮は人形。相当な武器で気の篭った攻撃では

耐えきれないようだ。」

砕け散ったピエグロムのかけらを見て、冷静に分析した。

「ギーグとやら。お前もこいつの仲間なら俺にとって敵ということか?」

「そういうことになるだろうが、今お前と直接やり合うつもりはない。

ここは次善の策で手っ取り早く進めさせてもらおう。もうすでに

網はかけてある。ピエグロムの動きが十分な時間稼ぎになった。

では、『ポイズン・ウィドー』。」

ギーグが魔法を唱えるとギーグから紫色をした煙が一気に辺り一面に広がだした。

「(これは毒!?)」

ゼムルはすぐに危険を察知し、その場から離れる。

「(く、この広がる勢い。仲間を助けに行く間はない。とにかくここから

抜け出さなければ。)」

ゼムルは苦い思いを抱きながら竜の谷を後にする決断を下した。

「賢明な判断だな。俺自身も毒にやられれば、笑い話にもならん。

早く抜けるか。」

ギーグもまた毒を避けるように魔法でその場から姿を消した。

 

精霊たちも住む、未開の地ロドニエル大陸。

ここにイーシャがやってきていた。

「ここは自然が多くてとてもいいところね。」

イーシャは散歩をするように周りの景色を見ながら歩いていた。

そうしている内に風の精霊ルービンのいるところに来た。

「おや、君は?」

ルービンがイーシャに尋ねる。

「あなたは風の精霊ね。私はイーシャ。『ヘルヘブン』の実行部隊『アビスメーツ』

の一人よ。」

「『ヘルヘブン』は聞いたことがあるよ。悪いことしているって話だけど、

本当にそうなの?」

「フフフ。怖いもの知らずね。そんな率直に聞くなんて。そうね、

見方にもよるけど、人間の間では一般には悪いことなんでしょうね。」

「ふ~ん。そうなんだ。それで、ここには何しに来たの?」

ルービンはあっけらかんとイーシャに聞く。

「私たちは今、各地を制圧しているの。それで、私はここを制圧するように

言われているの。」



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526,527

「え、でもここには国と呼ばれるような集まりはないよ。制圧のしようが

ないと思うけど。」

「『アビスメーツ』のメンバーにはそれぞれ特別な力を持っている者が

多いの。私にもそれがあって、『マナ』と呼ばれる力なんだけど...。」

イーシャの説明にルービンはよく分からず、首をかしげて聞いていた。

「自然を操るというのかしら、超自然的な力なのよ。」

「う~ん。」

ルービンはイーシャの説明をうまく理解出来ないでいた。

「分かりやすく、力を見せてあげますね。」

そう言うと、イーシャは目を閉じて両手を胸の前で空気を挟むように

向き合わせる。

すると手の間に光の玉が現れる。そこからさらに光が放たれ、ルービンに

向けられる。ルービンは光に包まれるとすぐにビュンっと姿が消えた。

「このように自然の力を持った精霊を一時的に消すことも

私が精霊の力を使うことも出来たりって、姿が消えたら私の説明も

聞けませんね。フフフ。」

イーシャは涼しげな笑みを浮かべていた。

 

「!?」

「どうした、マルク?」

ジルはマルクの様子がおかしいので尋ねた。

「はい。私は風の精霊ルービンと仲良くなり、その加護を受けていたのです。

本来よりも少し強い魔法が使えるようなことで、要はステータスの

底上げです。それが、今突然感じられなくなったのです。」

「ってことは?」

「おそらく、ルービンに何かがあったということでしょう。」

「それは、心配だな。早く見に行かないとな。」

「そうなのですが、今のこの国、いや世界の状況を見るとすぐに

動いていいものか悩みどころですね。」

「確かにね。いきなり首相が変わったり、ヴェロニスとエトールが

訳の分からない奴やモンスターに乗っ取られたって話だしね。」

メアリーが話に割って入る。

「う~ん、そうだな。俺たち世の中についていけてないって感があるよな。

ここは我慢してもう少し状況をここで把握してからの方がいいってことだな。」

「はい。」

ジルたちはもう少しの間、様子を見ることにした。

 

サンアルテリア王国議会にて。

ゴアが手を挙げて発言していた。

「あぁ、我が国の中にある魔道連盟についてなのだが...。」

他の議員がゴアに注目する。

「解散をさせるべきだと思う。」

ゴアの発言に他の議員たちはざわついていた。

そこで一人の議員が手を挙げる。

 

 

 

「はい、エリック議員。」

議長が名前を呼び、発言を促す。

「ゴア議員。お言葉ですが、魔道連盟の我が国における平和維持、

問題解決についての貢献は相当なものです。それを解散させるとは

どういうことですか?」

他の議員も同意見の者がいるのか、うんうんと頷いている者もいた。

ゴアは手を挙げる。

「はい、ゴア議員。」

議長はゴアに発言を促す。

「確かにこれまでの魔道連盟の功績は輝かしいものだ。しかし、

いい組織が永久にいい組織であるとは限らない。どうも最近は

この議会、政治に干渉しようという動きを見せている。この

素晴らしき民主主義の国に一部の力を持った魔導士が影響を

与えようとしている。これはとんでもないことだ。これを主導する

5大司祭については拘束し、事情を詳しく調べなければならない

と考えている。」

ゴアの説明にこの場にいた議員たちはほとんどが納得し、

話はゴアの思うように進むこととなる。

この議会での動きはすぐに魔道連盟へも伝わることとなる。

一人の若い魔導士が魔道連盟本部の中を駆けていた。

そして、5大司祭が集まる部屋の扉をバタンと開ける。

「ネルフ様、大変です。議会がこの魔道連盟を解散に追い込み、

5大司祭を捕えようとしています。」

伝達に来たその若い魔導士は息をハァハァと切れ切れになりながら、

ネルフへ一大事を伝えた。

「何!?キュリオンめ、早速仕掛けてきたか。逆らって治安隊等と

ぶつかれば無関係な者に被害が出てしまう。ここは他の魔導士達は我々の

言いなりになっていたという風にして出来るだけ安全な場所に避難させ、

我々5大司祭はどこかに隠れ蓑を作って潜むことにするのが、比較的

無難な策だろう。」

他の4司祭もネルフの意見に頷いた。

 

ギルガメッシュ、ラボスらは国を占領した後は基本的に従来のやり方を踏襲し

既存の制度、機関をそのまま利用することで国民が過剰に混乱することを防いだ。

その上で徐々に制度に手を入れ、少しずつ情勢は悪いものへと変化していく。

犯罪者への罰則を緩めることで犯罪率は上がり、治安が悪化、社会不安が

高まり、生産性は下落していく。

 

シドとキュリオンが部屋で向かい合っていた。

「ギルガメッシュはともかくラボスが王の座でじっと出来るというのは

意外だな。」

シドはふと呟く。

「よく分かっていないな。あの方が与えた殻はそういう役割を演じる

ように作られたものだ。」

「なるほど。そういうことか。で、魔道連盟の動きは想定済みでいいのか?」

「あぁ、5大司祭が一時的に身を隠したが直に現れるだろう。

我らの排除を狙って。」

キュリオンは不敵な笑みを浮かべた。



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528,529

ロドニエル大陸では、イーシャが地の精霊ノームと出会っていた。

「む、そなたは?」

「初めまして、イーシャと言います。」

「むむ、ルービンの気配がなくなり、そなたからは風の気配を

感じる。何か知っておるな?」

ノームは現状から考え、イーシャに問い詰める。

「はい、風の精霊さんには姿を消してもらいました。そして、

その精霊の役割を私が引き継いでいるような感じです。」

「何じゃと!?どういうことじゃ?」

ノームはまだ理解が出来なかった。

「えぇ、私が精霊の存在を一時的に消し、その代役を出来る

力があるということです。」

そう言うと、イーシャは両手の間に光の玉を出していた。

「では、あなたにも私の力をお見せしましょう。」

「な!!」

ルービンと同じようにイーシャはノームの姿を光に包んで消した。

イーシャは笑みを浮かべていた。

 

世界有数の港町ポートル。

ここでは今、ある噂話が流れていた。

『夜、一人で歩いていると首を刈られる。』と。

ある夜、一人の酔っ払いの男がフラフラと歩いていると、

ザンッ!

一瞬にして、男の首が斬られ飛んだ。

男の切られた首元からは大量の血が吹き飛んでいた。

そして、そのすぐそばにいたのは血塗られた鎌を手にしたジョーカーだった。

「ククク...。」

夜の惨劇はその後も繰り返され、噂話は大きく膨らんでいった。

『ポートルは闇の帝王に支配されている。』と。

そして、ポートルでは夜に出歩くものはほとんどいなくなり、

家々は固く戸締りをし、住民はみな怖れを抱いていた。

「ククク、僕には王の座に座って人を支配するなんてのは性に合わないからね。

こうやって恐怖で支配するのがちょうどいい。」

ジョーカーは仮面の下で満足そうな表情をしていた。

 

ラボスがレナ王女を殺し占拠されたエトールでは。

ラボスが引き連れてきた獣人が元からいた兵士に加わり軍備が

増強されていた。レナ王女の元、世界戦争の時も平和を維持してきた

コルナッカ大陸では急速な軍事化に民衆のほとんどが大きな不安を抱いていた。

広い空き地でラボスが見守る中、何かの建築が進められていた。

「至って順調だな。何の障壁もないのが、退屈なくらいだ。

これが完成すれば、少しはおもしろくなるだろう。」

ラボスはじっと現場を見ていた。

 

 

 

ジルが口を開く。

「で、こうなったわけか。」

ヒヨルド博士の研究室にジルたち一行と5大司祭が集まっていた。

「いやぁ、隠れ蓑を使うとはいえいつ発見されるか分からない。

その時、建物や持ち主に被害が出る可能性が十分考えられる。

出来る限り他人を巻き込みたくないと思ったときに、決まったのが

ここというわけじゃ。」

ネルフが簡単に説明する。

「それはどういうことですか?私ならどうなってもいいと?」

ヒヨルド博士はネルフに詰め寄ろうとする。

「まぁ、こいつの家なら爆発しても大して困らないけどな。」

「ちょっとジルさん。それは...。」

ヒヨルド博士の口を塞ぎ、ジルは話を変える。

「これでもうヘルヘブンについて無い情報を探し続ける不毛な事態は

なくなったが、状況がはっきりしてくると大変なことになった

としか言いようがないよな。」

「まさかエトールのレナ王女が亡くなったとは、本当に残念ですね。」

マルクが寂しそうに言う。

「あぁ、あの王女さん。平和の為に頑張ってたいい人だったもんな。」

ジルも懐かしむように言う。

「ところでマルク。あなたは感じていますか?精霊に異変が起こっている

であろうことに。」

メンデルはマルクに話しかける。

「ええ、精霊の加護が感じられなくなったことですね。」

「そうです。私の場合は5つの精霊と知り合っていますが、ルービンと

ノームの力を感じない。おそらくこれも...。」

「ヘルヘブンの仕業ということですか?」

「間違いないでしょうね。」

「ネルフのじいさん。あんたに率直に聞くけど、これからどうすればいい?」

ジルはまっすぐな視線でネルフを見つめる。

「ははは。素直な物言いじゃが、少々他人まかせじゃな。君がわしを

どう思っておるかは知らぬが、わしはそれほど万能ではないよ。

月並みな意見しか言えんが構わんかね?」

ネルフはジルに応えるように言う。

「構わないよ。あんたが、この中で一番歳をとっていることには変わりない。

俺たちが考えられないこともあるだろうし、そのまま言いなりになる気もない。

最終的には自分で決めるさ。」

「ふむ。正しい答えじゃ。では、わしの意見を述べさせてもらおうかの。

今の状況で平和的解決を図るのは相手を考えてまず無理じゃろう。

となれば、戦う他に方法はないということ。」



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530,531

ネルフは話を続ける。

「それでは、戦いについてどういう方法をとるかに移る。

まず、各地を支配している者を集中的に各個撃破する方法。

こちらの戦力が相手を上回る可能性が高く最初はスムーズに

事が進むと思える。しかし、若干の時間差は生じその間敵が

こちらへの対応策を立てたり罠を張ったりするという危険性が

デメリットとなる。もう一つはこちらの戦力を振り分け、

同時にすべての敵を叩く方法。それならば相手に対策や罠を作る

スキを与えずあわよくば奇襲にもなる。こちらの戦力を分散

させること自体はデメリットにはなるが...。」

「なるほどな。要は戦力を集中させるか分散させるかってこと

だな。しかし、この大所帯で戦力を集中させて力を出し切れるかって

いうと疑問があるよな。」

「確かにそうじゃ。チームワークがよければ個々の力以上の強さを

出すこともあるが、ここにいる全員となると難しいものがあるな。」

「て、ことは分散させるって方法で決定だな。」

ジルの決定にその場にいる全員が頷いた。

「後は、誰がどこへ行くかってことだな...。」

これより全員による話し合いが始まる。

 

街中を歩くシドとキュリオン。

「ん!?」

シドが何かに気付く。

次の瞬間。

ガンッ!!!

突如現れたカフィールが自身の巨大な神剣エクシードでシドに斬りかかったが、

シドは一瞬で剣を手にしてそれを受けた。

「これはとんだ挨拶だな。」

シドがそう言うと、カフィールは一旦離れた。

「一撃で決まれば幸運だったがなかなかそううまくはいかないか。」

「この街中でやる気か?」

シドが問う。

「まさか。こんな人の密集したところで戦えば、周りに被害が出るのは

分かりきっている。」

カフィールはそう言うと、構えを解き剣をしまう。

それを見てシドも同じく剣をしまった。

「今日は確認しに来ただけだ。敵がどの程度の力を持っているかをな。」

「それで、どうだった?」

シドはカフィールに尋ねる。

「あの一撃を防いだ時点で相当な力を持っているのは容易に分かる。

思っていた通り一筋縄ではいかないようだな。しかし、次に会うときは

必ず仕留める。」

カフィールは力を込めて言った。

「そうか。こちらも楽しみにしておこう。」

そうして、カフィールはシドとキュリオンの前から立ち去った。

「カフィールか。おもしろい男だな。」

シドは僅かに笑みを浮かべていた。

 

 

 

シドたちの前から去ったカフィール。

カフィールはふと空を見上げる。

ドスンッ!

空から落ちてきたのは赤い甲冑を身に纏った竜騎士ゼムルだった。

ゼムルは気を失っていた。

「おい、大丈夫か?」

カフィールはゼムルに駆け寄り、声をかける。

「傷は大したことはないようだが...。」

カフィールは自分の借りている宿にゼムルを連れていく。

 

「う、うぅ。」

ゼムルは目を覚ます。

「目が覚めたか?」

カフィールが傍で座ったまま声をかける。

「俺は一体...。」

「何があったかは知らんが、ここは一応安全な場所と思ってもらって

構わない。」

「そうだ。俺は故郷から逃れてきたんだ。」

ゼムルはふと思い出す。

「訳ありか。」

「俺はあのギーグを倒さねばならん。組織『ヘルヘブン』の一味

『アビスメーツ』のギーグを。」

「何!」

カフィールはゼムルの言葉に反応する。

「どういうことか詳しく話してくれないか?」

カフィールはゼムルに説明を求める。

ゼムルはカフィールにありのままを伝えた。

 

「そうか。それは気の毒だな。故郷を壊滅に追い込まれたとは。

しかし、ギーグの居場所は知らんな。他の『アビスメーツ』のメンバーは

世界各地を支配しているのだが...。それにそのギーグという男は

卑劣な魔導士だろう。お前の力がいかに強かろうとも敵の策略に

嵌められ返り討ちに遭うかもしれん。」

「それでも構わん。俺は危険でも戦わねばならない。」

「いや、待て。」

そこへエウドラがやってくる。

「お、お客さんか。」

「いいところに来たな。」

「いいところ?」

カフィールはエウドラに説明する。

 

「なるほどな。ギーグねぇ。俺は協力するのは構わんが、そちらさんは

それで構わないのか?一人で復讐を果たしたいんじゃないのか?」

エウドラの質問にゼムルは少し黙って考える。

「俺にとって『ヘルヘブン』は俺が信じる正義の為に倒すべき敵だ。

ゼムル、お前が『ヘルヘブン』の手の者を倒すというのなら喜んで

協力したい。このエウドラは俺と違って正義感といものは持ち合わせてはいない

が、信用出来る男だ。お互いの利害の一致の為に承諾してはくれないか?」

エウドラの質問で悩むゼムルに、カフィールはゼムルに説得するように言った。

「そうだな。せっかくの好意を無駄にするのは申し訳ない。私怨の為に

他人を巻き込むのは不本意だが、利害が一致するというのならこちらから

喜んでお願いしたい。」

「決まりだな。」

カフィールは満足そうな表情で言った。



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532,533

「ところでカフィール。俺に正義感がないってどういうことだ。

確かにお前程、崇高な理想は持ってはいないが、ある程度の

常識はあるつもりだぞ。」

エウドラはカフィールの肩に腕を絡ませる。

「悪かったな。お前はどうも好奇心だけで動くところが

あるからな。少し言い方が悪かったか。」

「分かればよろしい。」

エウドラは納得した。

「で、話を戻すが俺たちはギーグの居場所を知らない。

そこでここに一人で行ってみてくれないか?」

カフィールはゼムルに一枚のメモを手渡す。

「これは?」

「俺たちは少し訳あってそこに一緒に行くことは出来ない。

しかし、お前なら何の問題もないだろう。」

「分かった。行ってみよう。」

「お前が戦うときには必ずサポート出来るようにしよう。

健闘を祈る。」

そして、ゼムルはカフィールの宿を後にした。

 

 

「急がせはしたが、思った通りに完成させてくれるとは

文句の言いようがないな。」

ラボスは完成した建造物を見つめる。

広い円形の地面を囲むように客席が作られていた。

「『コロシアム』。さぁ、早速始めよう。」

ラボスは2人の男を中に放り込む。そして、2本の剣を投げ入れた。

「相手を殺せ。生き残った方には褒美をやろう。」

突然、コロシアムの中へと入れられた2人はどうしたらいいのか

分からず戸惑っていた。

「どうした?何もしないなら俺が2人とも殺すだけだぞ。」

ラボスが脅しを入れると2人は焦ってお互いに剣を手にして

向かい合う。

「そうだ、それでいい。」

2人は死への恐怖を抱きながら剣を振るい合う。打ち合うこと

数十回、お互いに疲れも出てきたところで偶然片方の剣が相手の腹を

突き刺した。

「あ、あ。」

突き刺した方は相手の腹から血が滴り落ちるのを見て、剣を持つ手が震えていた。

刺された方は口から血を吹きだし剣をカランと地に落とし息を引き取った。

「勝負がついたな。生き残った勝者に後で褒美の金を授ける。」

ラボスはそれだけ告げるとコロシアムから城へと戻る。

勝者の男は放心状態で勝ったという喜びはなく、生きているという

実感だけを感じていた。

これよりこのコロシアムで人対人、人対獣による殺し合いが決闘として何度も

開催され、戦う人間を闘剣士と呼ばれるようになる。闘剣士は生と死の狭間

で生を確かめる者、地獄を見る者、勝利に酔いしれる者など様々だった。

それらは観客を呼び人々に興奮を与えるようになっていく。

 

 

 

ダンッ!!

ジルは机を両手で叩く。

「何でおっさんらが分かれないんだよ!!」

「それはキュリオンがそれだけ危険な相手ということじゃよ。」

「違うだろ!今の状況で相手に合わせてこっちを振り分けなきゃいけないんだから。

俺はポートルで因縁のあるジョーカーを、精霊のいるロドニエル大陸にいると思われる

イーシャにマルクとメアリー、エトールのラボスにはパティが一人で行くって言って

るんだぞ。おっさんら5人でキュリオンってどういうことだよ?あとのシドと

ギルガメッシュはどうすんだよ。せめて3つに分かれろよ。」

ジルは興奮しながら言った。

「うぅむ。」

ネルフはジルの言い分を十分理解はしているが、素直に首を振れずにいた。

そこへ。バタンと戸を開ける音がした。

皆が戸の方を注目した。

「敵か!?」

警戒する中、入ってきたのはゼムルだった。

「あ、あんたは...。」

ジルはゼムルを見て以前の記憶を思い出していた。

「あの時の。」

ジルとゼムルは口を揃えて見合った。

「あの時に比べて随分成長したようだな。」

「へへ、ありがとう。でもどうして、ここに?」

ジルの質問にゼムルは皆に説明をした。

 

「そういうことか。」

ゼムルの説明に皆納得して受け入れた。

「それにしてもあんたが味方にいてくれるというのは心強いな。」

ジルは頷きながら言った。

「いや、以前君たちに言った通りに協力出来ず申し訳ないが、

私怨をなんとか晴らさせて欲しい。」

「ギーグって奴も俺たちが倒さなきゃいけない相手。それをして

くれるっていうなら十分俺たちの助けにもなるよ。それに

カフィールがシドを叩いてくれるっていうのもうれしい知らせだよ。

カフィールの強さは信頼に足るからな。」

「ゼムルくん。ギーグは本来、竜の谷を抑える役目を負っていたが、

竜や竜騎士を支配するには強力すぎて出来なかった。それで壊滅の

方法をとったということじゃろう。つまり今は手が空いており、

各地のメッセンジャーの役割を担っている可能性が高い。ならば

キュリオンの近くをうろつくことが多くなる。とりあえず我々と

行動を共にするのがいいじゃろう。」

「と、なると後はギルガメッシュをどうするか...。」

ジルが考え込もうとしたとき、

「その相手、俺がしてやろうか?」

新たな声がすると天井の板が一部空き、一人の男が現れた。



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534,535

ジルたちの前に新たに現れた男は...、

「あんたは?」

「初めましてじゃないんだがな。俺はジャック=クローバー。

盗賊の一人だ。」

「そういうことじゃなくて、どうしてあんたがここにいるんだよ?」

「あのギルガメッシュって奴が来てから街に犯罪者が増えだしてな。

強盗、殺人、窃盗と仕事が簡単に出来るようになって俺たちとして

は面白くないんだよ。やっぱ秩序ある街で困難な中で盗みを

やるからこそやりがいがあるというもの。そのためにギルガメッシュ

には退場してもらわないとな。盗賊の情報網でここで反攻の兆しが

あるって聞いたんでね。うまく乗っかってみようかと様子を見ていた

のさ。」

「それはいいけど、あんた戦えんの?逃げるしか能がないみたいな

イメージなんだけど。」

「そいつは失敬だな。俺は盗賊の前は『切り裂きジャック』と言われる

程の殺人狂だったんだぜ。」

「『切り裂きジャック』!!かつて世界を震え上がらせた殺人鬼

じゃないですか!?」

マルクは驚きながら言う。

「まぁ、人それぞれ色々あるってことだ。今はその類のことは

全くしていないがね。」

「それなら、戦闘は心配ないということか。正直突然の告白で

すんなり受け入れられてない部分はあるけど、まかせていいのか?」

「あぁ、構わない。俺は気まぐれだが、筋は通すぜ。」

ジャックは決意を込めた目でジルに言った。

「これで決まったな。後は行動に移すだけだ。」

ジルはみんなに言った。

 

「あ、そうそうマルク。」

メンデルがマルクを呼ぶ。

「はい、メンデル先生。何でしょう?」

マルクはすぐに返事をした。

「以前私はあなたに2つの腕輪を渡しましたね。」

「はい、アグニの腕輪ですね。今もこうしてつけていますよ。」

マルクはメンデルに腕輪を見せる。

「あなたは渡してからずっとつけていたようですね。時々、腕輪の

能力を使いながら。」

「は、はい。」

メンデルはマルクの腕輪にそっと手をかざすとボワッと一瞬光り、

腕輪がパキッと割れた。

「え。」

マルクは驚く。

「このアグニの腕輪には以前私が説明したものと別の能力が

備わっていましてね。使用者に知らず知らずのうちに負荷を

かけていくようになっていました。」

「はい。」

マルクはメンデルの説明を真剣に聞く。

 

 

 

「以前、私はあなたに『あなたは天才ではない。』と

言ったと思います。」

マルクは頷く。

「あなたは成長しました。今ではもう一人前と言って

差支えないでしょう。しかし、世界一の魔導士となる程の

才能は失礼ながらありません。それでもそういった人たちと

渡りあわなければいけないときがきています。そろそろ

実感がありませんか?」

「え、え。」

マルクは自身の変化を感じていた。

「こ、これは精霊の加護を感じなくなった時とは逆に...。」

「力を感じるでしょう。アグニの腕輪による負荷から開放されて

力が解き放たれているのです。そうこれはあなたの成長を後押し

するためのきっかけだったのですよ。さっきも言ったように

あなたが強力な相手と対峙したときに自分の思いを貫くための

力が必要です。腕輪を利用した力の開放によりそれが叶うはずです。

もう分かっているでしょう。力を振るうこと自体が悪ではないと。

どう使うかによって大切なものを守ることが出来るのです。

恐れず、驕らずよく考えて行動しなさい。私から教えることは

これで最後です。」

「ありがとうございます。」

マルクはメンデルの言葉を深く胸に刻んだ。

 

 

とある丘の上に2人立っていた。

一人は吟遊詩人。一人はジルたちが魔界で会った女性シェラハだった。

「いよいよ、動きそうですね。」

「そうね。これで一つの物語が終わることになるかしら、

大地の神、ハーラン。」

「その名で呼ばれるのも随分と久しくて戸惑いますね、

運命の女神シェラハ。我々神が人間を作った時点で世界の中心は

移ったようなものなのに、それを歪めるという彼の行為は

愚かです。しかし活躍する場を自ら作るというのは少々うらやましい

気がしますね。」

「あら、次はあなたが出ていくということ?」

「ハハハ、かもしれませんね。少し絡んでみるだけかもしれませんが。

それはさておき、今回の結果は既に決まったようなものでしょうが、

過程はまだ十分楽しめるでしょう。」

「様子見ということね。」

「はい。今回、我々は傍観者という立場で終わりそうです。」

「せいぜい楽しませてもらうとしましょう。これほどの

娯楽は他にはなかなか見つからないものね。」

シェラハは微笑みを見せていた。



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536,537

ジルたちは決めた通りに分散してそれぞれ目的となる国、場所へと

向かった。道中、『ヘルヘブン』からの妨害などは全くなく、

むしろ意図的に動かされているのではと考えられるほどスムーズに

皆、目的地へと辿り着いていく。

当然、サンアルテリア王国にいるキュリオン、シド、そして頻繁に接触

していると思われるギーグに近づくネルフたち5大司祭とゼムルが

最も早く敵と出会えることになるが、問題は密接する敵をどうやって

一人ずつにするかということだった。

キュリオンとシドは一応、議員と首相という立場であり現在の位置や

予定についての情報は得やすかった。ギーグについてはキュリオンの予定から

接触する者についてと予定の不明な時間帯についてを細かく調べていくことで

ようやく僅かな情報を得るに至る。これには情報屋だけでなく魔道連盟の

組織力をうまく活用することでなんとか難点を乗り越えられた。

こうして、当初の思惑通りの対決の構図を作ることに成功した。

 

 

カフィールは戦闘の為、シドが出来るだけ民家から離れた広い場所にいる

ときを狙い接触を図った。

「ここで決着をつけようということか。」

シドはまっすぐカフィールを見据える。

「そうだ。ここなら思いきりやれるだろう。」

「確かにな。」

カフィールとシドは互いに剣を手にする。

「神剣エクシード。」

「魔剣カルドボルグ。」

「いざ!」

カフィールとシドが一瞬で間合いを詰め、剣をぶつけ合う。

ガンッ!!!

ガンッガガガガガ!!!!

数合剣をぶつけ合った後、2人は下がって間合いを取った。

「(強いな。)」

カフィールとシドは互いに強さを認めていた。

「やはりあの老人とは力が全然違うな。」

「あの老人?」

「あぁ、剣聖ニムダだ。」

「あのニムダを殺したのはお前だったのか。」

「まぁ、全盛期であったなら今のお前と同じかそれ以上の

力があったかもしれないが。」

「惜しいことだ。あれほどの人物を殺すとは。俺はそれほど

関わりはなかったが、あいつらが知れば怒りを抑えきれなくなる

かもしれんな。」

「お喋りついでにもう一つ教えてやろう。俺たち『アビスメーツ』には

特別な力を持つ者が多い。そして、俺には『ガイア』の力がある。」

「『ガイア』?」

カフィールは聞き返す。

 

 

 

「そうだな。そこは説明するより実際に味わってもらった

方が早いだろう。」

「!?」

突然、カフィールの足が地面の下へと落ち始めた。硬い土が急に

柔らかくなり、まるで砂地獄へ入ったかのようだった。

「これは地の魔法か?」

「そうだな。効果はほぼ同じだろう。但し...。」

シドはカフィールに接近する。そのスピードは先ほどよりも

断然早くなっている。シドの足元の土がシドの足を動かすのを

助けるように動いていた。そして、一気に間合いを詰めたシドは

カフィールを攻撃する。

ガキィィィン。

カフィールは足元を取られながらもなんとかシドの攻撃を受ける。

「これは俺が念じるだけで発動させることが出来るから

同時に武器による攻撃をすることも可能だ。」

「ぐ。土の魔法使いと戦士の2人を同時に相手にするような

ものか。」

カフィールは歯を食いしばって攻撃に耐える。

「ぐぬぅぅ。ああぁっ!」

カフィールはなんとかシドを体ごと後ろへはじき返す。

「ほう。足場がままならない中、上半身だけの力でここまで

出来るとはさすがだな。」

シドは素直に感心した。

「(このままではすぐにやられてしまう。ここは...。)」

カフィールは体の反動を利用し高く上へと飛び上がった。

「上へ上がるか。しかし、空中では自由に動けまい。格好の

獲物だぞ。」

シドは攻撃の的を定める。

「ふん。相手がどんな小細工をしようが俺には関係はない。」

カフィールは気合を入れて剣を構える。

「いくぞ!!『アルティメット・ブレード・ウェイブ』。」

カフィールの剣から発せられた光が地上に広がり包む。

やがて光が消え地上の様子が見えるようになってくると、

草木が消滅した辺り一帯の中にポツンと一つの人影が見えてきた。

「はぁはぁはぁ...。」

シドの服はボロボロになり、シド自身は剣を地面に突き刺して

息を切らせながらなんとか立っていた。

技を放ったカフィールは地面に下りてシドに向かい合う。

「態勢が不十分で力が完全ではなかったとはいえ、攻撃をまともに

受けてこれだけ耐えるとはやはり只者ではないな。」

「フハハハハ。神の剣を使っているとはいえ、人間でここまで

やるとはな。想像以上だ。」

「そろそろ止めを刺してやろう。」

カフィールは剣を再び構える。

「いいだろう。俺の真の姿をみせてやろう。」

シドはそう言うと、身につけていた被りものの服を前に脱ぎ捨てる。

その時一瞬、シドの姿が見えなくなる。



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538-540

バサァッ。

服を脱ぎ棄てたシドの姿が再び見えたとき、それは先ほどまでの

ものと随分違っていた。

「悪魔か?」

カフィールがそう問うほどに異質な物となっていた。

「悪魔、まぁ、似たようなものか。俺の真の名は冥界の王ルシファー。

死を司る番人なり。」

「ルシファーだと。」

カフィールは相手の強大さを肌で敏感に感じ、緊張感を高めていた。

「姿が変わったといっても先ほどのダメージは確実に残っている。

俺を仕留めるのなら今が最大のチャンスだぞ。」

ルシファーはカフィールに攻撃を誘う。

「(こいつの言うことに偽りはないだろうが、この見た目の変化は

ただのこけおどしではない。何か恐ろしい未知の力を

秘めているに違いない。ここは慎重に構えなければ危険だと本能が

訴えかけてくる。)」

「臆しているのか?ならば、こちらからいかしてもらおう。」

ルシファーは右手をカフィールに向け紫色の光が膨らむ。

その光は一気に前方へと放たれる。

「(それほど大した攻撃には見えないが...。何か仕掛けでもあるのか?)」

光はそれほど速くはなく、カフィールは警戒して避けようとした。

しかし、光は曲がりカフィールを追尾する。

カフィールは剣を以って光を切り裂こうとした。

「!?」

光は剣とぶつかった瞬間、放射状に分かれてカフィールに当たった。

「ぐっ!」

「『アストラル・カース・ウィドウ』。その名の通り対象に呪いをかける。力を下げ、

ダメージを与え続ける毒のようなものだ。聞こえは単純で貧相ではあるが、

普通の人間なら即死となるだろう。いくら小細工が効かないといっても

これが効かないということはないだろう。」

「なるほど。最大級の呪いか。これでも聖騎士の端くれ。多少の呪いや毒の

類は撥ねかえす自信があるのだが、これはそうはいかないようだ。」

カフィールは口から血を滲ませる。

「しかし。」

カフィールは体を奮い立たせる。

「これで諦めるようなことはない。」

カフィールは力を振り絞り剣を構える。

「本当に大したものだ。相当なダメージと苦痛を与えているはずだが、

まだ戦えるというのか。ならばこちらも応えねばならないな。」

ルシファーは右手に紫色の光を宿しそれを剣状へと変化させた。

「『アストラルソード』。」

カフィールとルシファーが再びぶつかる。

「(この光の剣。俺の剣にぶつけないところを見ると強度は低いのか。

しかし、今の状態で攻撃を受ければ致命傷になりかねんな。)」

カフィールはそう分析し警戒を続けながら闘い続ける。

 

 

 

「『この剣の特性。瞬時に見抜いているようだな。だが、それは

問題ではない。』」

ルシファーが考えているようにルシファーは自身の剣をカフィールの

剣とはぶつからないように気をつけながらも攻撃を続け、互角の勝負

を繰り広げ続ける。

「『いつまでも消耗戦を繰り広げるわけにはいかない。ここは狙いにいく。』」

カフィールは攻撃を続けながら、必殺の一撃を狙う。

「ここだ!」

カフィールは力を振り絞り、剣にオーラを宿す。

「『セラフ・スクライド』!」

カフィールの必殺の剣がルシファーを貫く。

「グフッ。」

ルシファーは口から青い血を吹き出す。

「やるな。敵ながら見事だった、ぞ...。」

ルシファーはそう言うと、姿が霧のように消えていった。

「はぁ、はぁ、はぁ...。」

カフィールの体力は既に限界を超えていて、もはやその場で立つことも出来ず

倒れてしまった。

「少し、休むか。」

 

 

サンアルテリア王国の街中にて。

ゼムルとギーグが向かい合っていた。

「とうとう会えたな。」

「あぁ、あの時の死にぞこないの竜騎士か。

遠距離恋愛の彼女にでも会った気分か?」

ギーグはふざけるように言う。

「俺にあるのはお前への復讐心のみ。もはやお前の戯言など

気にも触らぬ。」

「ふん、おもしろくないな。しかし、こんな街中でやり合うのか?

他人はどうなってもいいと。」

「それには、俺が答えよう。」

ゼムルのそばにいたエウドラがすっと前に出る。

「お前はエウドラ。」

ギーグは驚きの目で見る。

「ほぉ、俺のことを知っているか。こんな悪党にも知られているとは

光栄なことだ。なら、俺の力も知っているのかな。こいつを。」

エウドラは掌を上に向けてそこに黒い球体を出していた。

「『ディメンション・ボール』。」

エウドラが唱えると黒い球体から黒い霧が吹き出し辺り一帯を包み込む。

気付くと真っ黒な空間にゼムル、エウドラ、ギーグの3人だけがいた。

「これで何も気にせず戦えるだろう。」

エウドラは得意げに言う。

「そういことか。」

ギーグは納得して言った。

「では、早速いくぞ。」

ゼムルは槍を構え、ギーグに接近する。

ザシュ。

ゼムルの槍はギーグの腹を貫く。

「こんな簡単に...。」

グサッ。

「倒せたと思ったか?」

ゼムルの背後にギーグが立ち、伸ばした爪でゼムルの体を突き刺していた。

「マリオネットか。」

様子を見ていたエウドラは冷静に言った。

 

 

 

「こうもあっさり引っかかるとはな。おもしろいというより

少々がっかりといったところか。」

「ぐ。」

ゼムルの体は刺された部分から血を滲ませていた。

「この攻撃にはたっぷりと強力な毒を込めてある。竜すら倒せる

ほどのな。これでお前も終わりかな。」

ギーグはにやりとした。

「残念だったな。」

「?」

「今の俺に毒など効かん。今の俺は復讐心に燃え、精神状態は

通常とは全く違う。俺を毒程度で倒せると思うな。」

そう言うとゼムルはギーグの攻撃をはじき返す。

さらに攻撃してきたギーグに体を向け、槍を構える。

「いくぞ。『ドラゴニックシュート』。」

ゼムルの槍はギーグの胴体をすっぽりとえぐり取るように貫いた。

「ぐはっ。」

ギーグは緑の血を吐いてその場で倒れた。

「やったのか?」

エウドラはゼムルの勝利を確認しかける。

「フハハハハ。」

ギーグの笑い声が聞こえてくる。

ゼムルとエウドラは倒れているギーグの姿を見た後、辺りを見回す。

「俺には『ダークマター』という特殊な力がある。これにより

俺の実体は固体ではなく気体になっている。俺にとって肉体は

ただの入れ物にすぎん。これがどういうことか分かるか?

俺に負けはないといういことだ。いくぞ、『ダークシャワー』。」

黒い光がゼムルとエウドラに降り注ぎ、ダメージを与える。

「こいつはほんの小手調べだ。俺はこの空間を支配した。

お前らにはもう絶望しかない。」

ギーグは得意げに言う。

「この空間を支配した?何をほざいている?この空間は

俺のものだということが理解出来ないのか?このバカが。

いいだろう。お前のおかしいアタマ、俺が直してやる。」

エウドラは激しい怒りを感じ、感情を露わにする。

「『ディメンションスポット』。」

エウドラが呪文を唱えると、空中の一部分が霧状に白く光りだす。

「お前の居場所など俺にはすぐに照らしだせる。いけ、ゼムル。

こんな奴ごとき、さっさと葬り去れ。」

「あぁ、当然だ。」

ゼムルは既に力を溜めに溜めていた。

「滅びろ、『ドラゴニックテンペスト』。」

ゼムルは槍の柄を地面に突き立てると、空中で霧状になっているギーグの

真下から巨大な竜巻を発生させた。

「ぐぅうあああぁぁっぁああ!!」

ギーグは苦しみの叫び声を上げながらその姿は消滅させていった。

そして、エウドラは魔法を解き、2人は街中へと戻る。

「終わったな。」

「あぁ。エウドラ、お前の協力がなければ勝てなかっただろう。

本当に感謝する。」

「いや、勝てたのはお前の力だ。俺は舞台を用意したに過ぎない。

礼には及ばないよ。」

「そう言ってもらえるとありがたい。では、俺はこれで別れよう。

これから仲間の供養もしてやりたいしな。世話になった。」

「お前のような男は割と好きなタイプだ。これからも元気でな。」

こうして、ゼムルとエウドラは別れた。



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541,542

街外れにて、ネルフを始めとした五大司祭とキュリオン(ゴア)が

対峙していた。

「おや、これはお揃いでようこそ。」

キュリオンは皮肉交じりにそう言った。

「ようやくご対面というところかの。」

ネルフも負けじと言い放つ。

「ここを死に場所に決めたか?」

「あぁ、お前のな。もはやここで語ることもなかろう。

早速じゃが、いくぞ。」

ここでエルレーンが一歩前へ出る。

そして、掌をキュリオンに向け、魔法の網を放つ。

キュリオンは一瞬にして網にかかった獲物となった。

「エルレーン、何か魔法の名前とかないのか?何も言わずに

あっさり捕まえたんじゃ面白味がないだろう。」

そう言ったのは後ろで見ていたホリックだった。

「何だ。詠唱呪文を必要としないという利点は大きいぞ。

それに何でもかんでも名前をつけてかっこつけても

実が伴わなければ虚しいだけだ。そんなもんは必殺の一撃だけで

十分だろう。」

エルレーンは不満たっぷりに言い返した。

「おい、こんなところで揉めるな。」

ネルフが軽く嗜める。

そんな中、網に捕えられたキュリオンはエルレーンを睨みつけると

その目を一瞬光らせた。

「ぐはっ。」

エルレーンは突然口から血を吐いた。

「いかん!ホリック。」

「はい。」

ホリックはネルフの声に応えエルレーンに手を向ける。

「『スペルオフ』。エルレーンの魔法を解除せよ。」

ホリックが魔法を唱えるとエルレーンが発した網はすっと姿を消した。

「『リトルハリケーン』。」

メンデルはエルレーンの傍に小さな竜巻を発生させ、エルレーンの体を

後方へ飛ばした。エルレーンは起き上がるとダメージは負ったが、

それほど重症には至らなかった。

「なかなかの判断だな。一人仕留められるかと思ったのだが。」

「やはり危険な奴じゃな。今の術は強烈ではあるが、今まで使ってこなかった

ところをみると色々と条件や制約があるのじゃろうな。」

「隠す必要もないから言っておこう。あまり離れたところでは使えない。」

「それなら少し離れて戦えばいいのかな。」

「さぁ、どうだか。」

キュリオンは少しとぼけたように言う。

「次は俺が行かしてもらおうかな。」

そう言って前に出たのは青い服を着た男だった。

「スカラーか。」

 

 

 

「ここのところ出番がなかったし、そろそろいいんじゃないかと思って。」

スカラーはニヤッとする。

「でも、お前の青魔法って使い勝手悪いだろう。」

ホリックがさらっと言った。

「なんてこと言うんだ。強力なモンスターの技等を習得して

使いこなす。青魔導士はとても優秀なクラスなんだぞ。

それを今から証明してやる。」

スカラーは少しむきになってキュリオンと向かい合う。

「というわけでさっそくいかせもらうぞ。」

そう言うと、スカラーはすーっと息を吸いこむ。

「まさか、あれをやる気か?」

ホリックら他の五大司祭はスカラーの動きに警戒する。

「『臭い息』。」

スカラーは緑色の息をキュリオンに向けて大きく吐き出す。

「(これで敵さんに様々な状態異常が表れるはず。相手が戦いにくく

して一気にこちらから攻撃をしかけさせてもらおう。)」

スカラーはキュリオンの様子をじっと観察する。

「おい、スカラー。いきなりそんな技を使うな。俺らにも悪臭の

被害が出るだろう。」

ホリックは鼻を塞ぎながらスカラーに向かって叫ぶ。

「悪い悪い。俺にも考えがあるんだよ。」

スカラーは一旦、後ろを振り向き仲間に謝罪する。

一方のキュリオンは苦しむような様子はなくふぅと一息ついた。

「空気が淀んいるな。まぁ、いいか。」

「効かないのか?」

スカラーは尋ねずにはいられなかった。

「ん?俺にこの種の技は効かない。誰だと思っている?呪術師だぞ。」

キュリオンは余裕の表情で答えた。

「く。ならば、次いくぞ。『大海嘯』。」

スカラーの呪文と共に突然荒波が現れキュリオンを襲う。

攻撃が止んだ後、キュリオンの全身は濡れていたが、ダメージは特に見られない。

「さっきの変な臭いがとれたか。」

「この技はそれなりに強力なダメージを与えてもおかしくないはずだ。」

スカラーは驚きを抑えらえなかった。

「単純に相手はそれほどの強大な敵ということじゃ。」

ネルフは真剣な瞳で話す。

「さて、選手交代といこうかの。」

ネルフがスカラーに下がるよう促す。

「ちょっと待ってくれよ。俺にはまだとっておきの技があるんだぞ。」

「スカラー、それはここで使わなくていい。わしにはすでに詰め方が頭の中にある。」

「ほぉ。」

「キュリオン。お前のその無敵ぶり。ただ単純に防御力や耐性が高いというわけでは

なかろう。おそらくはバリアーのような能力を身につけておるな。」

「そこまで分析されるとは参ったな。ということは対抗措置も?」

「ある。」

「そうか。俺の能力は『エビル』という。内容はお察しの通りだ。」



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543,544

「ではその無敵のバリアー、崩させてもらうぞ。ホリック。」

「はいよ。」

ホリックは両手を体の前にもってくる。

「いくぞ、じいさん。『リフレクト』。」

緑色の光の壁を作りだす。

「よし、『ディザースター』。」

ネルフは光をホリック目掛けて放つ。ホリックの壁はその光を

跳ね返す。それはキュリオンへと向けられる。

「む。」

光はキュリオンの体の表面上にある何かを剥ぎ取った。

「これでお前の『エビル』にほころびが出来たはずじゃ。」

「一度、反射させることでこちらの弾く能力をなくさせたということか。」

「後はお前の地力がどれほどのものかじゃな。」

ネルフは魔法を発動させる為、両手を体の前にもってくる。

「『タキオン』。」

巨大な竜巻が2つキュリオンの傍に発生する。

近くで見ていたメンデルは少し心配そうな表情でネルフを見つめる。

それらはキュリオンを挟むようにぶつかる。

「ぐああぁぁ。」

キュリオンはダメージを受ける。

すぐに2つの竜巻は消え、ネルフは次の魔法の準備をする。

「『メテオ』。」

ネルフが呪文を唱えると空から隕石がキュリオンに向かって降り注ぐ。

「ぐはぁぁぁっっ。」

キュリオンは体が燃やされ苦悶の表情を露わにする。

「普通の人間ならどちらも即死の極大呪文なのじゃが...。特に『メテオ』は

跡形もなく焼き消す程のもの。それを耐えるとは底知れぬ恐ろしさじゃな。」

「はぁはぁはぁ。」

さすがのキュリオンもダメージが大きく息を切らしていた。

「皆の者、今じゃ。」

ネルフの掛け声と共に五大司祭の残り4人は動き出した。

そして、ネルフを含めた5人はちょうどキュリオンを囲み五角形に

なるように立った。

「よし、『ナハト』。」

ネルフが魔法を唱えると、5人全員が魔力を放出し光りだす。

そして地面に魔法陣が浮かび上がり、五芒星が描かれる。

「キュリオン、この世から永遠に消滅せよ。」

キュリオンの身体が5人の魔力により地面へと押さえつけられる。

「ぐ、ぐぬぅぅ。」

キュリオンは必死で耐えようとする。

「みんな、がんばれ。ここが踏ん張りどころじゃ。」

五大司祭は力を振り絞るように魔力を放出し続ける。

「こ、この程度でやられ、るか。」

キュリオンはネルフを睨みつけ目を光らせる。

「ぐ。」

ネルフが苦しみ出そうとしたとき、

「これはいけない。『ウインドカッター』。」

メンデルはすぐに動きを察知し、キュリオンに向け、風の刃を放つ。

 

 

 

風の刃はキュリオンの左目を掠め、傷を負わせる。

「くっ。」

軽傷ではあったが、これでネルフにかかりかけた術は解けた。

「魔力全開じゃ。」

ネルフの掛け声に応えるように5人全員が一気に持てる力を放出した。

「ぐあぁぁぁあ!!」

キュリオンは断末魔を上げながら、叩き潰されるようにしてその姿を消した。

その瞬間、五大司祭は一気に疲れが出て全員その場に座りこんだ。

「はぁ、疲れたな。」

「全くだ。」

ホリックとスカラーが笑顔で言う。

「5人で戦って正解だったな。」

エルレーンも微笑を浮かべる。

「我々の荷が少し軽くなりましたね。ネルフ司祭。」

ネルフに話しかけたメンデルは異変に気付く。

「ネルフ司祭、どうしたんですか?」

ネルフは目を閉じたまま反応しなかった。

メンデルはネルフをゆする。

ネルフは目は開かず横に倒れてしまった。

「死んでいる...。」

メンデルは確信した。

「何だって!!」

他の3人も驚き、駆け寄る。

「そんなバカな。敵からそれほどダメージは受けていなかったはずだ。」

「やはり、大技を連発したのが体に大きな負担を強いたのでしょう。

高齢であれだけのことをするのは相当きつかったはずです。」

「それはそうかもしれないが、こんな急に...。」

ホリックは言葉を失う。

「こんなところで落ちこんでいてもしょうがないだろう。

俺たちは魔道連盟をこれから立て直さなければいけないのだから。」

「そうですね。エルレーンの言う通りです。所属する魔導士たちを

我々は守らなければならない使命があります。これから4人で

がんばりましょう。」

「ああ。ネルフのじいさんは盛大に弔ってやろうぜ。そこから

新しい魔道連盟をスタートさせるんだ。」

4人は表情にやる気を漲らせ、決意を新たにした。

 

 

ゼムルと別れたエウドラはカフィールの様子を見に来ていた。

そこには横たわるカフィールの姿があった。

「おい、どうしたんだ?」

エウドラはすぐに駆け寄る。

「しっかりしろ。俺はエリクサーを持っている。さぁ、飲め。」

エウドラは持っていたエリクサーをカフィールに何とか飲ませる。

「うぅ...。」

カフィールは目を覚ます。

「よかった。心配したぞ。」

「あぁ。お前が助けてくれたのか、ありがとう。」

エウドラが持つエリクサーの瓶を見て礼を言う。

「余程の相手だったようだな。お前をここまで追い詰めるとは。」

話しかけるエウドラに対し、カフィールは疲れた表情を見せる。

「おい、まさかエリクサーで全快してないなんてことはないよな?」

エウドラはカフィールの顔色を見て問う。



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545,546

「あぁ、おかげさまで体力は回復している。しかし、敵から受けた

呪いの類のせいだろう。俺の命はもうそれほど長くはない。」

「何だと!!」

エウドラは驚きを隠せない。

「俺は命が惜しいわけではない。ただ命を落とす前にやっておきたい

ことがある。エウドラ、お前に協力してもらいたい。

構わないか?」

「当然だ。俺はそんなに情が深い方ではない。

しかし、今のお前のために俺が出来ることがあるなら協力は惜しまない。」

「すまない。俺はあいつに会っておかねばならない。そこへ

付いてきてもらいたい。」

「あいつ?大事な奴か?」

「ああ、そうだ。俺と全く違う道を歩んではいるが、行きつく先は

同じところなのだろう。」

「なるほど。分かった。」

エウドラはカフィールの心を察してあまり問い詰めず協力することにした。

 

 

マルクとメアリーは精霊たちがいたロドニエル大陸へと来ていた。

「何でしょう、この感じは?精霊の気配がするのですが、

何か違うような。」

マルクは大きな違和感を感じていた。

「とにかく歩き回って調べましょう。」

「そうですね。」

メアリーの提案にマルクは同意する。

そうして歩いている内にイーシャと出会う。

「あ、君は...。」

「私は『ヘルヘブン』の実行部隊『アビスメーツ』のイーシャといいます。

あなたたちと会うのは2度目ですね。顔は覚えているかと思います。」

イーシャは丁寧に説明した。

「君にはなぜか精霊の気配を感じます。どうして?」

マルクは違和感を口にする。

「そうですね。それも説明した方がよろしいでしょうね。

その通りで私には『マナ』という力があります。これは自然を操れるもの。

そして、精霊を封じ自身を精霊のように扱うことが出来るのです。」

「そんなことが...。ということは風の精霊ルービンの気配が感じられない

のは封印されているということなのか。」

「はい。私はそのように命じられていますので。」

「あなたは聖女と呼ばれていたこともあるのでしょう?

なぜ、こんなことをするの?」

メアリーはイーシャに尋ねる。

「あら、そんな事。周りから勝手に呼ばれていただけよ。人が何かをきっかけに

主義主張を変えることなんて別に珍しいことじゃないでしょ。」

「そ、それは...。」

メアリーは言葉に詰まる。

「人間の残虐な行動を目の当たりにしたら戒めが必要と思うのは当然でしょ。」

「しかし、人間には良い面もたくさんあるはずです。」

「その辺の天秤は人それぞれということよ。私は人間は悪いという思い

に傾いているということ。十分納得できるでしょ。」

 

 

 

「納得は出来ますが、それを支持することは出来ませんね。」

マルクはきっぱりと言った。

「あなた、見た目は綺麗で態度も悪くないけど、

根本が気に食わないわね。」

「そうでしょうね。あなたたちの立場は分かっているつもりよ。

で、どうするの?私を倒すの?」

「そうするしかありませんね。」

マルクとメアリーは戦闘態勢をとった。

「いくわよ、マルク。」

「はい。」

メアリーは両手を体の前にもってくる。

「『ファイアボール』。」

火の玉をイーシャ目掛けて放つ。

「『エアフロー』。」

マルクが魔法でメアリーの火の玉に風を送る。

それにより火の玉は燃焼が強く大きくなり、また加速させる効果

が出た。

「ふふ、見事な連携ね。でも無駄よ。『ウォーターウォール』。」

イーシャが魔法を唱えると水の壁が現れ、攻撃してきた火の玉を

打ち消した。

「残念だったわね。私には『マナ』の力を持ちながら、水の精霊

ウンディーネと仲がいいの。」

そう言うと、イーシャの隣に水の精霊ウンディーネが姿を現す。

しかし、すぐにその姿を消した。

「そういう訳で水の魔法は得意なのよ。そちらのお嬢さんとは

相性が悪いかもしれないわね。」

「あらそう。今の攻撃は消されたけどね、私の闘志はまだ

燃え盛っているのよ。」

メアリーは負けじと言う。

「元気でいいわね。それでは今度は私から攻撃させてもらいますね。

『オクトパス』。」

イーシャが魔法を唱えると、2本の水の足が現れ伸びていき、

マルクとメアリーを襲い巻きつく。

「ぐばっ。」

身体が締めつけられ、息苦しくなる。

「くっ、『ウインドカッター』。」

マルクはなんとか魔法を発動させ、水の足を切断。解放される。

「メアリーも。」

マルクはもう一度魔法を使い今度はメアリーを救う。

「はぁはぁ。ありがとう、マルク。」

「いえ、とんでもない。」

マルクは険しい表情でイーシャを見つめる。

「これは準備運動のようなものです。それでは、全力でいきますね。」

イーシャは両手を広げて掌を下にすると、地面から多数の尖った岩が浮き上がってくる。

さらに空中には火の玉、黄色い風の円盤、尖った氷の結晶が次々と現れる。

「マルク、これってかなり危険よね。」

メアリーは目の前の光景に危機感を覚える。

マルクはすでに対応について頭を悩ませていた。

「ここは逃げた方がいいかしら?」

メアリーは冷や汗をかいてマルクに尋ねる。



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547,548

マルクは決意の表情を浮かべる。

「いえ、彼女をここで倒します。私に考えがあります。」

「そう。それならマルクに任せるわ。でも無理はしないでね。

ここで逃げたって恥ずかしいことじゃないし、私たちには

まだ頼れる仲間がいることを忘れないでね。」

「はい。メアリー、ありがとう。」

マルクはメアリーの言葉に一瞬笑顔になる。

「(相手の魔法は最上級のもの。それに対抗できるものは

ルービンに教わった私にとって最強の魔法になるもの。

今まで使ったことはありませんでしたが、ここはそれを

成功させるしかありません。)」

「何かとっておきがあるのかしら?でも私は私の最大の魔法で

攻撃するだけ。いくわね。『オーバーエレメンツ』!」

イーシャの周りに浮かんでいたすべての物がマルクとメアリーに

狙いを定めて飛ばされる。

「メンデル先生。ここは私の力を信じてみます。『パーフェクトストーム』!」

マルクは魔法を唱えると突然マルクとメアリーのいる場所を中心として

超巨大な嵐が発生する。それは周囲の物、イーシャからの攻撃をことごとく弾き飛ばし、

イーシャ自身への攻撃を可能にした。

「きゃあぁぁぁ!!」

イーシャに体が引きちぎれそうな痛みを与えられた。

やがて嵐は止み、先ほどまでとは一変した景色が広がっていた。

マルクとメアリーの立つ辺り一帯が木々や小動物など一切なくなり荒地へと

変わっていた。イーシャは先ほどの攻撃で倒れていた。

「...。」

マルクは持てる力を出し切り声も出ないほどの疲労を感じ、今にも倒れそうになっていた。

それをそっとメアリーは手を差し伸べ支えた。

「マルク、頑張ったわね。」

メアリーはやさしく言葉をかける。

一方、倒れているイーシャの傍にウンディーネが現れる。

「やばい!」

メアリーは慌てて剣を抜き、イーシャに近づく。

「回復はさせないわよ!」

ザシュッ。

メアリーはイーシャに剣を突き刺し止めを刺した。

ウンディーネは悲しむようにイーシャに寄り添う。

「今までありがとう、ウンディーネ。私は元々過去の人。それが現在に影響を

及ぼそうとしたのが間違いだったのかもしれないわね。マルク、メアリーとても強かったわ。

出来ることならその力をこれから正しい方向に使い続けてくれるとうれしいわ。

私は闘いに生きてきた訳ではないけれど、あなたたちと戦えたことは

よかったと思うわ。さようなら。」

イーシャはそう言うと、その姿を光の粒子のようになって消えていった。

ウンディーネもそれを確認した後、すっと姿を消した。

 

 

 

イーシャの姿が消えた後、ポンと風の精霊ルービンと地の精霊ノームが

姿を現した。

「やっと出てこれたよ。」

「ふぅ、冷や冷やしたわい。」

ルービンは手を上に挙げ、伸びをした。

「あ、精霊が出てきた。」

「おや、マルクだ。」

ルービンはマルクを見つけるとすぐに寄ってきた。

「すごいしんどそうだね。よし、ここは僕が。」

ルービンは右手を振り上げるとマルクに風の魔法をかける。

すると、マルクの疲れが少し取れた。

「ありがとう、ルービン。魔力は残ってないけど体力は

随分回復しました。」

「もしかして、マルクが僕たちを助けてくれたの?」

「まぁ、そういうことになりますね。」

「そうなんだ。お礼を言わないといけないのは僕らの方だったね。

ほら、ノームもお礼を言って。」

「うむ、助かったぞ。感謝する。」

ノームはぶっきらぼうではあるが、マルクに礼を言う。

「しかし、無事な姿を見ることが出来て本当によかったです。」

「そうね。ここはとりあえず解決ってことでいいのかしら?」

「はい。これからみんなのところに戻りましょう。」

マルクとメアリーは一路サンアルテリア王国へと戻ることにした。

 

 

ポートルに着いたジルは夜の街で待ち構えていた。

そこへゆっくりと人影が近づく。

「やはり君が来たか。」

暗がりの中、ジルの前に現れたのは大きな鎌を手にした死神ジョーカー

だった。

「ここでお前を倒す。」

「大した自信だね。何か策でも持っているのかな?」

ジョーカーは仮面の下でニヤリと笑う。

「あぁ。俺の剣『デイブレード』の力を見せてやる。

いくぞ、紫の剣『パープルアイズ』。」

ジルが剣を手にするとその名の通り刀身が紫色に変わる。さらに鍔に怪しい目が

浮かび上がり光った。

「その剣は魔剣か?」

ジョーカー僅かに警戒する。

するとジョーカーとジルとの間に白い煙が現れ出す。それはジョーカーが

ジルの姿を見失うほど広がっていった。

「(これは、剣の効果か?)」

「グォォオオ!!」

獣のような雄叫びと共にジルの剣がジョーカーを襲う。

ジョーカーはとっさに反応して、鎌でジルの剣を受ける。

「(何だ?この重い攻撃は?)」

ジルは攻撃をした後、一度下がり煙の中へ姿を消した。

ジョーカーは状況を把握出来ず、戸惑いを感じていた。

「(この僕が追い詰められている?一体あの剣の力は?)」

ジョーカーはジルの攻撃を受けながら考えを巡らしていた。



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549-551

「(!!。そうか。あの剣の能力。敵にまやかしを見せ、自身を

狂戦士へと変える。そういうことか。しかし、あれでは体に負担が

かかってくるはず。)」

ジョーカーの考え通り、ジルは汗をかいてきてやがて剣の能力は

解けた。

「はぁはぁ。ここらが限界か。だが...。」

「あれだけの攻撃、こちらもダメージを受けたねぇ。」

ジョーカーは体のあちらこちらに傷を負っていた。

しかし、仮面の下から覗く表情にはまだ余裕があった。

「君の力は見せてもらった。今度は僕の番だね。」

そう言うとジョーカーの体から黒いオーラが放出される。

「見せてあげよう。『カオス』の力を。」

「(何だ?)」

ジョーカーが発した黒いオーラの中からジョーカーの分身が現れる。

その数は元々の本体を入れて10体。

「これは幻じゃないよ。全て実体がある。そして、分身したからといって

力が分散されているわけではない。一体ずつが僕本来の力を持っている。

本体が一つで他が偽物ということでもない。全てを倒さなければ僕を

倒したことにはならない。但し、時間制限があるがね。」

「ご丁寧に説明してもらってありがたいね。(本当にその通りなら

なんて厄介な能力だ。それにもし...。)」

ジルは10のジョーカーを相手に闘いだす。

次々と襲いかかるジョーカーにジルは防戦一方となる。

「く。(やはり。同士討ちにならないようにそれぞれの位置関係を

把握しているようだ。それによって...。)」

「(1の力が10集まっても10の力よりも小さくなるが、十分

攻撃力は増す。)」

「(ここは時間切れを待つまで耐えるしかない。)」

ジルはジョーカーの攻撃を耐え続ける。

ザシュザシュザシュ...。

ジルの体に次々とジョーカーの鎌が刺さる。

「ぐぅっ!」

ジルは攻撃をかわすことが出来ないまでも何とか致命傷だけは受けないように

頑張ろうとした。

もうこれ以上は受けきれないと感じ、わずかな攻撃の間で

ジルは剣の形状を変える。

「『ヒーリングソード』。」

やわらかい橙色の光がジルを包み傷を癒す。

この瞬間ジルの傷は治るが、またすぐに攻撃を受け傷つく。

傷ついては回復し、傷ついては回復する。

ジルにはこの時間がとても長く辛いものに感じられた。

「本当に大したものだ。これだけ攻撃しても死なないのだから。」

「褒めてるつもりか?」

ジルは苦みながらもジョーカーを睨む。

「こういうときは素直に喜ぶものだよ。」

ジルとジョーカーは刃を交え続ける。

そうして、ジョーカーの能力が時間切れとなる。

ジョーカーは一人だけとなって一旦動きを止める。

「あ、残念。」

ジョーカーはあっさりとしていたが、ジルの方は疲労困憊となっていた。

傷自体は治っても傷つけられた痛みの感覚やつらさは蓄積され精神的疲労はピークに

達しようとしていた。

「(こ、ここで終われない...。俺はこいつに勝たなくちゃいけないんだ...。)」

ジルはがむしゃらにジョーカーに立ち向かうが、攻撃が単調になり

うまく攻撃がつながらない。

 

 

 

「そんな無駄な攻撃をいつまで続ける気だい?」

ジョーカーは嘲笑うかのようにジルの攻撃を淡々と

受け流していた。

そうしている内にジルに異変が起こる。

その異変はジョーカーも肌で感じ取っていた。

「(こ、これは...。)」

ジルから白く輝くオーラが発せられていた。

ジルの攻撃は単調であることに変わりはなかったが、

力強さが増していた。

「(疲労はピークに達しているはずなのに...。

この力は封印体から解き放たれた彼本来の力。

それが今眼覚めの時が来ているというのか。)」

ジョーカーは余裕がなくなり防戦を強いられることになる。

ガンッガンッ!!

「ぐぬぅぅ。」

バリンッ!

ジョーカーの鎌がジルの剣によって破壊された。

ジルの攻撃が再度襲うとき、

ガン!

ジョーカーは一本の剣を手にしジルの剣を受けた。

「!?」

ジルは突然ジョーカーが剣を使いだしたことに驚く。

「(こいつが剣を使うなんて。)」

ジルとジョーカーは互いの剣をさらにぶつけていく。

その中で偶然、ジルの剣がジョーカーの仮面に当たる。

ジョーカーの仮面にピキッとひび割れの線が中央に走り、

パキッと割れた。仮面の下にはあごに少し鬚は生やした端正な顔だちをした

男の姿があった。

「(な、何だこの感覚は?)」

ジョーカーの素顔を見たジルは違和感を感じていた。

「俺の仮面を割ったか。」

ジョーカーは顔を指で触り確かめるようにして言った。

「(ん?口調が変わった。あの仮面が奴に何らかの影響を与えていた

のだろうか?)」

「仕切り直しだ。」

ジョーカーがそう言うと闘いは再び繰り広げられる。

その中でジルは違和感の答えを探していた。

「(この感覚はどこか懐かしいような...。しかし、なぜこいつから

そんな感覚が感じられるのか?)」

「動きに思いきりがなくなっているぞ。」

ジョーカーの攻撃はジルを押していく。

「(今はそんなことはどうでもいい。とにかくこいつを倒すことだけ

を考えろ。)」

ジルは頭の中の迷いを吹っ切ろうとする。

しかし、ジョーカーの動きを見ている内に、

「親父...。」

ふいに出たジルの言葉にジル自身、そしてジョーカーも戸惑いを覚えた。

「な、なぜ...。」

「何を言っているんだ?」

お互いの動きが一瞬止まる。

「訳の分からないことを言うな!」

ジョーカーは剣を振る。

「(そうだ。俺は何を言ってるんだ。こいつが、こんな奴が俺の親父で

あるはずがないだろう。なのに、なのに、...。心の奥深くにこいつが

親父であることがすごくしっくりするという感覚が湧いている。)」

 

 

 

ジルは確信する。

「お前は俺の父、オルグ=レイヤードだ。」

それを聞いたジョーカーは怒りを露わにジルを攻撃する。

「何度もふざけたことを言うな!!」

攻撃を続けるジョーカーだったが、目には迷いが出ていた。

一方のジルは気持ちが一つになり、動きに俊敏さが戻っていた。

そんなジルにジョーカーの攻撃を防ぐのは容易かった。

「こ、こんな俺がお前の父親であるはずがないだろう。

俺はただの道化師に過ぎない。」

ジョーカーの目から一筋の涙が流れ落ちる。

ジルとジョーカーは剣をぶつけ合っていたが、ジルの突きが

ジョーカーの胸に突き刺さる。

「!?」

「グフッ。」

ジョーカーは口から大量の血を吐きだす。

「お前、わざと...。」

ジルは驚き、思わず剣から手を離す。

「だ、大事な剣だろう。簡単に離すな。」

ジョーカーはジルの剣を体から抜き、地面に刺す。

「ジル、少し話を聞いてくれるか。」

ジョーカーは地面に腰を下ろした。

ジルは黙って頷き、ジョーカーに少し近づく。

「昔、魔族の中にいた男は魔王に付いてテラの侵略を手伝った。

しかし、勇者が現れ倒される。なんとか生き延びた男は

長い旅を続ける。旅の途中、人間の娘と知り合い仲を深めた。

そして、一人の子供を授かる。男はその子に自分の力を移した。

そのことで男は闇に取り込まれることになる。男は妻となった

人間の娘と別れまた一人になった。それからは闇と自我との

間で苦しみ続けた。今、やっと解放される。」

そこでジョーカーは一息つく。

「すまなかったな、つまらん昔話で。さて、話は変わるが

お前と初めて会った場所カルコームを覚えているか?」

ジルは頷く。

「カルコームはテラの裏側の世界では丁度中心の位置に当たる。

このことを覚えておいてくれ。直にどういうことか分かるように

なるだろう。そして、最後だ。ジルヴェルト、お前の成長を見ることが

出来てよかっ、た...。」

それきりジョーカー、オルグ=レイヤードは目を閉じ口を開くことはなかった。

その表情は満ち足りた笑顔に見えた。

ジルは話を聞き、理解出来ないことや悲しみ等複雑に気持ちが入り混じっていた。

涙は出なかったが、その心は強く締めつけられる思いだった。

「前に進まなきゃな。」

ジルは自分に言い聞かせるように自身が抱える重い使命を感じるのだった。



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552,553

エトールに到着したパティ。パティはフェンリルの背に乗り

護衛兵が取り巻く城までの道を突破する。

その様子を聞いたラボスは城から出て姿を見せる。

パティとラボスは対面する。

「お前か、暴れている召喚士というのは?」

「あなたがラボスね。私はあなたを倒しに来たの。」

パティは恐れることなく毅然とした態度で向かい合う。

「威勢がいいな。ここはその気概に応えて部下や小細工は使わん。

我一人で正面から勝負を受けよう。」

ラボスに促され2人は広い広場で対峙する。

「ここはかつてラクシャーサと人間が戦ったとされる場所らしい。

ラクシャーサなど我に比べれば象と蟻のようなものだがな。」

「(敵にしては意外とまっすぐな性格なのかしら。何か企んでいる?

それとも単純に自分の力に絶対の自信があるというの?)」

パティは敵の性格に思いを馳せていた。

「では、いつでもいいぞ。お前から仕掛けて来い。」

ラボスはどっしりと構えてパティを見据える。

パティはそれを見て、答えるように頷く。

「お言葉に甘えて。いくわよ、こっちも下手な小細工はなしで

最強の攻撃を見せてあげるわ。」

パティは地面に杖で魔力を込めて魔法陣を描く。

「出でよ、バハムート!」

パティの声に応じて巨大な竜バハムートが呼び出される。

バハムートの登場でその場の空気は一変して張りつめたものに変わる。

「これが最強の幻獣バハムートか。」

「メガフレア。」

バハムートの口から眩いばかりの強烈な光が放たれる。

光は爆発を繰り返しラボスを飲み込む。

強烈な攻撃に辺り一面真っ白になり何も見えなくなった。

バハムートの攻撃が止むと爆発の煙が徐々に薄くなり状況が

見えてきた。

そこには少し体を焦がしただけでほとんどダメージを受けていない

ラボスの姿があった。

「え、そ、そんな...。」

パティは言葉を失う。

「こんなものか、最強の幻獣というものも。」

「暗黒竜を一掃した攻撃が全然効かないなんて...。化け物。」

パティをしてそう言わせるほどラボスの存在は圧倒的であった。

「我が作りだされたとき、神獣ベヒーモスと戦う機会が与えられたのだが、

一撃で倒せた。我の存在はこの世界とは別次元のものかもしれぬな。」

「どうすれば...。」

パティの頭が真っ白になっていたとき、その場にまだ留まっていたバハムートが

パティの心に話しかける。

 

 

 

「パティ、自分を信じろ。お前にはこいつに勝てる力が

眠っている。俺がお前に従うのはただ単に気にいったからではない。

お前が眠らせている力、それが俺の力を凌駕するほどのものだからだ。

それを今、覚醒させろ。」

「え、え、え。」

パティはバハムートの言葉に戸惑う。

「私にそんなすごい力があるの?本当に?

でも、どうやって力を出すのか全然分からないわ。」

「いいか。我々幻獣を召喚するのと同じ要領でやればいい。

お前にはそれが出来る。頑張れ。」

バハムートはそうパティを励ますとその姿を消した。

「ありがとう、バハムート。私、やってみるわ。」

パティは決意の表情でラボスに向かい合う。

「何か仕掛けるつもりか?」

ラボスもパティの気迫を感じ取る。

パティは再び地面に魔法陣を描く。

その表情は鬼気迫るものがあった。

そして、呼び出しの合図のように杖の先でポンと地面を叩く。

ピカッ。

眩い光と共に現れたのは甲冑を着た女性だった。背中には天使の羽が

生えている。

「これは...。」

「これは、『ヴァルキリア』。私の分身のようなもの。」

「さっきのバハムートよりも弱そうに見えるが...。」

警戒していたラボスにとって『ヴァルキリア』の姿は予想外だった。

「甘く見ないで。『ヴァルキリア』は私の命の一部を捧げて

呼び出した最強の戦士。負けはないわ。」

パティはそう言いきった。

「その自信、確かめさせてもらうぞ。」

ラボスは右腕の爪でヴァルキリアに攻撃を仕掛ける。

ザシュッ。

「!!?」

ラボスの右腕が無くなっていた。

ヴァルキリアは右手に手にしていた剣でラボスの右腕を

斬り落としたのだった。

ラボスは何が起こったのか一瞬分からなかった。

「何が起こっているんだ?」

「私はあなたの強さを見た上で勝てると思って呼び出しているのよ。

この結果は当然のことよ。」

「この力は神をも超えるほどのもの。なぜそれをこんな娘に

出来るのか。」

「おしゃべりはこれで終わり。キメにいくわよ。

『セイントスレイヤー』。」

ヴァルキリアの剣は光を纏い、ラボスをあっと言う間に細切れにした。

ラボスは肉の残骸となって地面に散らばっていた。

「ふぅ。」

パティが一息つくとヴァルキリアはその姿を消した。

そこでパティは突然意識を失い、その場に倒れた。

 

しばらくして町人の男が一人、倒れているパティを見つけ駆け寄る。

「おい、大丈夫か?」

パティが息があるのを確認した後、自宅へと背負って帰った。

そして空いているベッドに寝かすことにした。



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554,555

ここはヴェロニス共和国連邦、首都セントラルパレス。

かつてヴェロニス帝国皇帝が拠点としていた場所。

その中で政治、軍事の中枢を担っていたパレス城。

ジャックは盗賊の能力を使い忍び込むように侵入していた。

そして今、この国を支配するギルガメッシュがいる玉座の間で

対面した。

「コソ泥が俺の城を荒らしに来たか。」

ギルガメッシュは蔑むように言い放つ。

「只の略奪者が何を言う。」

ジャックは言い返す。

「確かに俺は略奪者ではあるが、過去の歴史から見て略奪者が

高貴な王族へと変わることはそうおかしなことではない。

王が皆、清廉潔白の神の如く振るまい王の座につくなどは

むしろ珍しい部類に入るだろう。」

「それは言えてるな。なら俺も悪役を倒してヒーローになること

もあるのかな。」

「はっはっは。笑わせるな、コソ泥。お前はここで死んで

誰の記憶にも残らない。それだけだ。」

「ほぉ、俺をただの泥棒扱いか。いいだろう、俺も最近盗賊業

ばかりでバトルの経験が随分と久しい。腕馴らしにちょうど

いいだろう。」

「そろそろお前との問答も飽きてきたな。いい加減本題に

移るぞ。ここは少し闘いには不向きでな。隣に大広間がある。

そこでやろう。」

2人は大広間へと移った。

「ここは以前、皇帝とジルが戦った場所だそうだ。この広さ

なら十分だろう。」

ギルガメッシュは両手に剣を構える。

「ああ、十分だ。」

ジャックは右手に3本のナイフを手にする。

「いくぞ。」

ジャックは素早く手にしたナイフをギルガメッシュに投げつける。

ギルガメッシュは両手の剣で簡単に薙ぎ払う。

「お前の力はこんなものか?」

「これはまだ準備運動でもない。これからペースアップしていく。」

ジャックは両手に5本ずつのナイフを手にする。

それらを一気にギルガメッシュ目掛けて投げつける。

ギルガメッシュはそれら全て剣で払い落とす。

「お前にはそれしか能がないのか。もういい。さっさと

お前の首を斬ることにしよう。」

ギルガメッシュは攻勢に移る。

ギルガメッシュの攻撃をジャックはことごとく避ける。

「く。身のこなしだけは大したものだな。だが、逃げ回っても俺には

勝てないぞ。」

「慌てるな、既にお前の抹殺のシナリオは出来上がっている。」

ジャックはニヤリとする。

 

 

 

次の瞬間、ジャックはギルガメッシュの目の前に立ち2本のナイフを持っていた。

「『ウェポンブレイカー』。」

ガシャンガシャーン!

ジャックは手にしたナイフをギルガメッシュの剣にぶつけると2人の武器は

破壊した。そこでジャックはさらに1本のナイフを手にする。

「『アーマーキラー』。」

今度はギルガメッシュの鎧にナイフを刺す。

ピキピキピキパリーン!

ナイフと共にギルガメッシュの鎧が破壊される。

「これでお前は裸の王様も同然だ。」

ジャックは1本のナイフをまた手にする。

「チェックメイ、...!?」

ガンッ。

ジャックがナイフを突き刺した先には先ほど壊したはずの鎧があった。

さらにギルガメッシュは両手に再び剣を手にしていた。

「く。」

ジャックは思わず後退する。

ザシュッ。

ギルガメッシュはジャックが遠ざかるよりも速く剣を振り、胸に×状に

浅くではあるが傷をつける。

「どういうことだ?」

ジャックは今の状況を理解出来なかった。

「フハハ。残念だったな。もう一歩といったところか。

解せないようだから、説明してやろう。俺には『アーク』という力がある。」

ギルガメッシュがそう言うと、部屋の景色が一変する。

古代の遺跡にある宮殿のようだった。

「この能力は一定範囲の空間を自分の思うままに作りだせるのだ。

このように部屋を自分の懐かしい場所に写し変えることも

さっきのように自分を武装させることも出来る。これは幻ではなく

確実な実体も持った状態でな。」

「なるほどな。理解したよ。」

ジャックは顔に汗を掻いていた。

「では、続きだ。」

ギルガメッシュはジャックの足元から柱をすごい勢いで出現させ攻撃する。

ジャックは寸でのところでかわすとまた次の柱が足元から出現する。

いたちごっこのように繰り返される攻撃にジャックは息を切らし始めた。

「相変わらず身のこなしだけは一流だな。」

ギルガメッシュは嘲笑うかのように言う。

「それじゃ、そろそろ全力でいくか。」

ジャックは柱の一つの上に立ち、ナイフを一本手にする。

それは今までのナイフとは形が違っていた。異質で禍々しさを放っていた。

「アサシンダガー。」

ヒュンッ。

ジャックの姿は突然消えたかと思うと次の瞬間、ギルガメッシュの目の前に現れ

既にギルガメッシュの首を切り離していた。

切り離されたギルガメッシュの胴体の首からは血が噴水のように噴き出していた。

ギルガメッシュの能力によって変わっていた景色は元に戻る。

「『シャドウフォビドュン』。俺の必殺技だ。身体を影に潜ませ高速移動し

敵の前に現れる。本気をだせば瞬間移動の域に達する。といっても

既に死んでるから説明しても意味はないだろうがな。」

倒れるギルガメッシュの体を背にジャックは去っていく。



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556-558

ジルはポートルの宿屋で休息を取っていた。

「ジルさん、お客さんですよ。」

宿の主人がジルに声をかける。

「え?誰だろう?」

ジルは部屋から宿屋の玄関まで出ていく。

そこにはカフィールが立っていた。その後ろにはエウドラも

付いていた。

「表に出れるか?」

カフィールがそう尋ねるとジルは黙って頷いた。

外に出ると、

「お前の力を試しておきたい。」

カフィールは剣を手にする。

「お、おい。ここでやるつもりか?」

「いや、ここでは民家に被害が出るだろう。外れの平野に行こう。」

3人は町の外れまで歩いて移動した。

「ここなら問題はないが...。」

ここでジルも剣を手にするが、迷いや戸惑いを抱えていた。

「いくぞ。」

カフィールはジルに向かってくる。

ジルはカフィールの剣に自身の剣を合わせた瞬間、

「(これは受け止められない。)」

と思い、避ける方針に決めた。

それからカフィールの攻撃にジルは剣を振るいながら避け続けていた。

しかし、それはジルは集中出来ずにいたせいで非常にギリギリの闘いを

強いられていた。

「いきなり戦えと言われて戸惑うのも当然とは思うが、

そんなものではこの闘いの意味がない。」

「一体なぜあんたが俺に闘いを仕掛けるんだ?俺の中であんたは

道は全く違うが辿り着く目標はきわめて近いものであると思って

いたというのに。」

「あぁ、全くその通りだ。だからこそだ。この闘いは。

お前に託せるほどの力と意思を持っているのかを知っておきたい。」

「託す?一緒に戦えばいいんじゃないのか?」

「こちらにはそれが出来ない訳がある。」

「そうか。あんたにも事情ってもんがあるんだろうな。

ならこれ以上は何も聞かない。こちらも気合を入れて戦わせてもらおう。」

ジルは気合を入れ、先ほどまでの戦いぶりとは様変わりした。

攻撃を避けるのも難しい状態だったのを反撃の機会を狙うところまで

もってきた。

「(カフィールの剣は攻撃力はとてつもないが、通常は隙も多くなる。

それを補おうと直線的な攻撃に変化を持たせれば体への負担が増し、

攻撃力も下がる。そこに付け入ること出来れば勝機がある。)」

「(俺はこの剣で長く戦ってきた。この剣の長所短所共に知り尽くして

いる。相手がどう対処しようとも切り返せる自信がある。)」

2人の闘いは一進一退の攻防を繰り広げる。

「(俺の剣は十分すぎる攻撃力がある。太刀筋に変化をつける為、

少々攻撃力が下がろうが問題はない。)」

 

 

 

「(く、中々隙が見えない。)」

ジルは本気で戦っていたが、カフィールの強さに苦しい戦いを

していた。

「(このまま戦いが長引けばこちらが持たないな。ここは...。)」

2人の戦いを少し離れたところからエウドラはじっと見ていた。

「(む。ここだ!)」

ジルは僅かな隙に全ての力をかける。

「いくぞ!『ギガブ...』。」

ジルが必殺の一撃を繰り出そうとした瞬間を狙い

カフィールはジルの剣を弾き飛ばした。

「!!!!」

ジルはその瞬間、顔が青ざめる。

「(やられる。)」

そう思い目を閉じて覚悟をしたが何も起きなかった。

カフィールは剣を下ろしジルから一歩下がった。

「あれ?」

何もなかったことに不思議な顔をするジル。

「いいのか?」

ジルの問いに対し、

「あぁ。俺の目的はお前を倒すことじゃない。お前の力を

見たかっただけだ。その目的は十分達成出来た。」

「そう。」

ジルはとりあえず納得した。

「さて、そろそろ俺の出番だな。」

ここでエウドラが2人に近づいてきた。

カフィールはエウドラに対し頷くとジルの方を向き、

「ジル、剣を取って来い。」

ジルは言われるままに飛ばされた自分の剣を拾いに行き

戻ってくる。

「ジルには説明しなければいけないな。」

ジルは頷く。

「まず、俺は今まで悪の組織ヘルヘブンのことを独自に追っていた。

そして、ヘルヘブンの総帥であり悪の元凶である邪神の存在を知り

倒したいのだが、前の戦いで俺の命はもう残り少ない状態になってしまった。

そこで俺の意思を継げる者を考え、お前を選んだ。」

「俺?」

ジルはきょとんとする。

「そして、どうせなら邪神に勝つ可能性を少しでも上げておきたい。」

「そこで俺の登場という訳だ。」

エウドラがカフィールに続けて話す。

「カフィールの剣『エクシード』をジルの剣『デイブレード』に

合成させる。」

「え、そ、そんなことが...。」

「出来るんだ、俺にはな。」

エウドラは驚くジルに自信を持って答える。

「さぁ、早速始めるとしよう。」

エウドラはカフィールの剣『エクシード』とジルの剣『デイブレード』に

手を添える。手はぼんやりと青白く光りだす。

「ふんっ。『ポルンガ』。」

呪文と唱えるとエウドラの手の光が『エクシード』と『デイブレード』にも移り

光りだす。

そして、光が強くなり一瞬視界が真っ白になり元に戻ったとき『エクシード』

の姿は消えていた。

「これで完了だ。」

「え、これで...。」

ジルは呆気にとられる。

 

 

 

「あぁ、これから『デイブレード』は念じれば『エクシード』の力を引きだせる。」

「『エクシード』に宿りし神エクスデスよ。ジルのことを頼んだぞ。

そして今まで俺に力を貸してくれたこと感謝する。」

カフィールは見えなくなった自身の剣に話しかける。

「へぇ~。」

ジルは見た目は変わらないが、『エクシード』が合成されたことを

不思議に感じていた。

「さて、これでこちらの用事は済んだ。後の戦いの健闘を祈る。」

それだけ言って、カフィールとエウドラはジルの前から立ち去った。

 

ジルと別れたカフィールとエウドラ。

「エウドラもここで行ってくれていいぞ。」

「お前はこれからどうするつもりだ?」

「俺は最後に父の墓参りでもするか。もう特に自分がすべきと

思うこともないからな。」

「そうか。お前のような男がいなくなるのは寂しいが、

力になれたとしたら本当によかったと思えるよ。」

「お前は俺に十分すぎるほど力を貸してくれた。

感謝してもしきれない程にな。」

「そういう言われ方は照れるな。さて俺はどうするかな?

俺も先の戦争で軍師をして以来、やりたいことというのもないのだが。

田舎で農業でもしようかな?」

「ははは。お前が農業?似合わないにもほどがあるな。

しかし、悪いことではない。やってみたいと思ったのなら

やってみるのもいいかもな。」

「自分でも似合うとは思わないがまぁいいだろ。」

カフィールは笑顔で頷きエウドラと別れた。

 

一人になったカフィール。

「俺は自分の正義を貫き生きた。これは人の生き方として

随分贅沢なものなのかもしれないな。なかなか自分の思うように

生きるというのは難しいものであるし。ただ一つ心残りと言えば

悪の根源をこの手で打ち砕けなかったことか。まぁ、それは

俺じゃなくても他の誰かがしてくれればいい。正義の心で動いている

者はこの世界にいなくなることはないだろう。さてと...。」

カフィールは再び歩き出した。

 

 

エトールのとある民家で。

「う、ううん。」

ベッドの上でパティが目を開ける。

「お、やっと目が覚めたか。」

パティの傍で座っていた男が駆け寄り話しかける。

「わ、私は...。」

「平原で倒れているところをかついできたんだぞ。」

「おじさんが...。そう、私は体力と魔力が尽きてまた倒れちゃったんだ。

ありがとう。」

パティはまだ疲れがかなり残っていて顔に出ていたが、できる限りの

笑顔で助けてくれた男に礼を言った。

「気にするな。元気になるまでゆっくりしてていいからな。」

男は笑顔で返した。



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559,560

アビスメーツらとの戦いを終えたジルたちはその場で少し休んで

戦いの疲れをある程度取った後、またヒヨルド博士の

研究室へと集まっていた。

「残念ながらネルフ司祭は戦いの後倒れられましたが、こうして

ほとんどが生きて戻ってこれたことは喜ばしいですね。

ここには来てませんがゼムルさんも勝って生き残ったと

聞いています。」

穏やかにそう話したのはメンデルであった。

「さて、報告はしたし行くとしよう。」

そう言って表の扉を開けたのはジャックだった。

「ああ、ありがとう。」

ジルはジャックに礼を言う。

「ふん。今回はたまたま利害が一致しただけのこと。

俺の狙う獲物次第ではここにいる誰かとまた出会うことも

あるかもな。じゃあな。」

ジャックは冗談めいて話すと手を挙げて去っていった。

「これで世界はいい方向に向いていくでしょうか?」

マルクは希望を抱いて言った。

「いや、まだだ。本当の元凶を叩いていない。」

「本当の元凶?」

ジルの言葉にみんなが驚く。

「あぁ、俺はカフィールから聞いたんだ。ヘルヘブンの総帥は

邪神であり、そいつが全ての悪の元凶だと。」

「邪神か。そいつは厄介だな。それを解決するというのは

神の領域に進出するということになるからな。」

ホリックが言う。

「大丈夫。俺は神ではないが、神の力を預かっている。それで

邪神に十分対抗出来るはずだ。」

ジルが自信を持って言ったことに他のみんなは驚く。

「し、しかし邪神の居場所は分かるのですか?」

マルクが尋ねる。

「う、う~ん。そうだな。あっ、そうだ。親父が、いやジョーカーが

言っていたんだ。マルク、廃墟にされた町カルコームを覚えているだろう。

あそこは裏の世界ではちょうど中心に位置するらしい。きっとそこにいる。」

ジルは確信をもつ。

「なるほど。異世界ですか。もし本当に対決するなら異世界の扉を

開かないといけませんね。」

メンデルが思案していると、

「なら、俺が付こう。」

前に出たのはエルレーンだった。

「俺なら異世界の扉を作りだすことが出来る。邪神との戦いでは

役には立てないだろうが、それくらいなら協力する。」

「ありがたい。是非お願いします。」

「ちょっとそれってジル、また一人で行く気?」

メアリーが話に入ってくる。

「そのつもりだけど...。」

「みんな連れていけばいいじゃない。そのための仲間でしょ。」

メアリーは笑顔で言う。

 

 

 

「いや、これは俺が一人でやりたいんだ。というより

やらなければいけない気がする。これまでの戦いで

俺の使命や運命みたいな物を感じてさ。ホントわがままばかり

言って悪いな。メアリーの気持ちはうれしいけど、待っててくれないか。

俺は必ず戻ってくるからさ。」

「そう。なんだか寂しいけど絶対戻ってくるのよね。」

「ああ、約束する。」

不安を感じるメアリーにジルは力強く言った。

「なら、待ってる。」

メアリーはジルを信じることにした。

「では、行くか。」

エルレーンが促す。

「あ、ちょっと待ってください。」

「何だ?」

「私にカルコームまで送らせてもらえませんか?」

マルクがエルレーンとジルに頼む。

「そうだな。お願いするよ。」

ジルは笑顔でマルクに応える。

「はい。では、『エアループ』。」

マルクが魔法を唱えると、3人は風に包まれ姿を消した。

 

そして、3人は廃墟であるカルコームの地に立っていた。

「ここか。」

エルレーンは辺りを見回す。

3人以外の姿はどこにも見えない。

「それでは始めるか。」

エルレーンは両手を広げて体の前に出す。

「あまり俺の趣味ではないのだが。これがここぞいうときなのだろう。

開け『異次元の扉』。」

エルレーンの手の前に大きな長方形の光が現れ、扉のように開く動きをする。

中からは周りと違う洞窟の中のような景色が見える。

「この中に邪神がいるんだな。」

マルクは決意を強めて足を一歩進める。

「ジル。」

マルクが呼び止める。

「マルク。」

ジルも名前を呼び返す。

「こんなところで言うべきか少し悩みますが...。

ジル、私はあなたとこれまでたくさんの冒険と経験をしてきました。

その中で辛いことや苦しい思い、嬉しいことや楽しいこと様々なことを

感じました。私にとってジルは最高の仲間であり友です。

今まで一緒にいてくれたこと感謝します。これからジルは邪神と一人で

戦うことになりますが、私には何もサポートは出来ません。

ですが、必ず生きて帰ってきてください。私から言うことはそれで以上です。」

マルクは感慨深げに語るとジルは頷きながら聞いていた。

「ありがとう。」

ジルはそれだけ言うとエルレーンの光の扉の中へと入って行った。

中に入ったジルは洞窟の中を歩き進む。

すると、一つの扉が現れる。

ジルはためらうことなくその扉を開いて中へと入る。



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561,562

「来たか。」

ジルを待ち構えていたのは大きく不気味な装飾の施された椅子に座る

深い紺色のローブを纏う男だった。右手には黄色に光る杖を手にしていた。

「お前が邪神か。」

「そうだ。と言ってもこの体は人間の物を借りているが。

L=クラプターという男のな。この男は私と相性がいいようだ。

体がしっくりくる。それだけでなく共有する頭の中も考えが

合いやすい。この男の現実離れした理想を持ってしまったが

ために全く理想に近づけない苦しみが私にとっては心地よかった

ということだな。」

「お前を倒せば全てが終わる。」

「それはどういう意味だ?ヘルヘブン自体はなくなるが、

悪は無くなることはない。もう既に悪意は拡散されている。

もはや私の役目は終わっていると言ってもいいくらいだ。」

「たとえそれでも神々により人間が歪みを受けることは

無くなる。」

「確かに。神々の時代は終焉の時が来ているとは

私も感じている。それにしてもヘルヘブンの活動は

なかなか有意義なものであった。あの飴を持った子供に犬をけしかけて

驚かせ子供が飴を地面に落としてしまうとかはよかったな。」

「ヘルヘブンってそんなしょうもないこともしてたのか。」

ジルは呆れる。

「何を言う。残虐で凄惨な殺戮などは見飽きた後だ。

私の悪事において大事なのは規模ではなく、その心の

揺れ動きの大きさだ。あの時の悲しそうな子供の表情は私にとって

何物にも代えがたいものなのだぞ。」

「その子にとっちゃ確かに一大事ではあるが...。」

ジルもやや納得はする。

「しかし、見事なものだな。『エクスデス』の剣、

聖石『レインボーダイヤモンド』、そしてかつて私を封印した

『聖神』のウツシミであるお前自身。さてこの杖『レーヴァテイン』でどこまで

やれるものか。あぁ、こちらにはもう一つあったな。L=クラプターとの

融合にも使ったこの『ブラックストーン』が。」

いよいよ戦いが始まろうとしたところでジルは緊張をしていた。

「(これが俺にとってラストバトルになるのか。)」

かくしてジルと邪神との闘いが火蓋を切る。

「まずはお前の力を見てやろう。」

邪神はジルに攻撃を促す。

「ここは一個ずついってみるか。」

ジルの剣が赤くなり形状も変わる。

「赤の剣『ヒートブレード』。」

ボウッ。

赤い剣は炎を纏い邪神に斬りかかる。

邪神の杖が光ると共に邪神の周りに薄紫色の膜が出来、ジルの攻撃を弾く。

「『ルーン・スタッフ』。大抵の攻撃はこれで弾くことが出来る。」

「ならば。」

ジルは剣を青色に変化させる。形状は羽のようになりジルの体を剣から

発する青いオーラで包む。

 

 

 

「青の剣『ラビッドフレーム』。」

ジルは剣の効果で勢いよく邪神に攻撃しようとするも邪神を通り過ぎ

その背後の壁に到達。ジルはそれを蹴り邪神を攻撃。一瞬のことだった。

ガンッ。

その攻撃さえも邪神は弾いた。

「『ルーン・スタッフ』は全身を包むバリアのようなもの。

盾ではないのだから背後から攻撃しようと結果は変わらない。」

邪神は目を閉じたまま余裕をもって言った。

「そうか。ならもう一度。」

ジルはそのままの形態で同じ攻撃を仕掛ける。

「ちゃんと聞いているのか?」

邪神は眉をしかめる。

ジルが再び壁を蹴って邪神を攻撃するとき。

「(『エクシード』、俺に力を貸してくれ。)」

ジルは念じて剣の形状を『エクシード』へと変化させる。

「これなら!」

ジルは思い切り剣を振るう。

ガッシャーーン!!

「な。」

ジルの剣は邪神のバリアを打ち砕く。さらにそのまま邪神自体を攻撃しよう

とするが、さすがにかわされる。

「ほぉ。」

邪神はジルの攻撃に感心していた。

「では、そろそろこちらからも攻撃させてもらおう。」

邪神は杖をジルに向ける。

「『ファイアブレイズ』。」

炎の渦がジルを襲う。

ジルは剣を黄緑に変化させる。

「『リフレクター』。」

剣はジルの体の前に大きな丸い黄緑色の光の壁を作りだす。

光の壁は邪神の炎を撥ねかえす。

「それなら。『ヘルフレイム』。」

今度はジルの足元から炎が舞い上がる。

「う、うわぁ。あち、あちち。」

ジルは足をばたつかせる。

「ここはもう一度。」

ジルは剣を赤い形状『ヒートブレード』に変える。

そして、剣に炎を纏わせると足元の炎にぶつける。

2つの炎が衝突すると互いをかき消した。

「ふぅ、何とか防げたか。」

「ほぉ。」

邪神は少し感心する。

「次はこちらの番だ。」

ジルは再び『ラピッドフレーム』を発動させる。

「む。来たか。同じ手を何度もくらうわけにはいかないな。」

邪神は『ブラックストーン』を手にする。

「『ダークネス』。」

邪神が呪文を唱えると完全に真っ暗な空間となった。

「(これで的を失ったも同然だろう。)」

ジルの攻撃は空を切る。

「(姿が見えず攻撃出来ないのは邪神も同じだろう。)」

「(こちらには闇でも攻撃する手段が存在する。

以前、魔王の息子ディリウスが使っていた魔法、)

『ダークスフィア』。」

ジルを黒い球体が包み込む。

「ぐあぁぁぁぁぁ!!」

ジルはダメージを受け続ける。

「これは狙いを定めるのではなく対象を選べばその場で発生する

不可避の攻撃魔法。このまま潰れるか。」



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563,564

「(ジル、あなたはここで負けてはいけない。)」

「誰だ?」

「(私はあなたに宿る者、今少しだけ力を貸しましょう。)」

ジルの頭の中にそう声が聞こえると、ジルの体がほわっと光る。

そして、白いオーラが噴き出し邪神の攻撃をかき消した。

「く、聖神か。」

邪神は唇を噛みしめる。

ジルは剣を黄色に変化させる。

「いくぞ。黄色の剣『サンライズフラッシュ』。」

剣から眩い光が発せられ、邪神の暗闇の魔法を打ち消していく。

邪神の姿を確認すると、すぐさま攻撃に移る。

一気に間合いを詰め必殺の一撃を狙いすます。

「『ギガブレイク』!」

強烈な光を放ちながら邪神の体を斜めに切り裂く。

「ぐ、ぐああぁぁぁぁ!!!」

邪神は体を崩しその場に倒れる。

「はぁはぁ、やったのか。」

ジルは呆然と立ち尽くす。

少しして邪神はふらふらとしながらなんとか立ち上がる。

「はぁはぁ、随分とダメージを受けてしまった。大したものだと

誉めておこう。だが、私の命を奪うにはまだ足りないな。

さて、ありきたりな攻撃はこれくらいにしておこうか。」

「?」

「ジル、神としての力を見せてやろう。」

邪神は笑みを浮かべると目が妖しい青い炎を宿したように燃えていた。

「『邪の極み』。」

黒い煙が辺り一帯を包んだかと思うと景色は一変した。

「こ、これは...。」

一言で言い表すなら『地獄』という他はないという光景が広がっていた。

地面にたくさんの人が苦しそうな表情で倒れていた。

「た、たすけて...。」

「誰か、お願い。」

「どうかお助け下さい。」

手を伸ばしジルに助けを求めるのは老若男女問わず裸で全身が傷だらけで

血が流れ出ていた。助けを呼ぶ悲痛な声が大きく重なり合っていた。

「どういうことだ?」

ジルは苦しそうに倒れている一人の男の子の傍に行き、手を握る。

「(俺のデイブレードは自分の傷しか治せない。)

すまない。俺にはお前を苦しみから救ってやることが出来ないんだ。」

申し訳なさそうにジルが話しかけると、

「う、うぅぅぅぅ...。」

ブハァ。

男の子は口から吐物と血を大量に勢いよく吐き出し、ピクピクと痙攣

を起こした後全く動かなくなってしまった。

その様子を目の当たりにしたジルはいたたまれない思いだった。

「お前にはここにいる人々を救う手立てはない。」

「く...。(こんなときにマルクがいれば...、いや今はそんな出来ないこと

を考えてもしょうがない。)」

「どうだ?今の気分は?助けたくても助けられない。

いっそ、人だと思わず既に死んでいる物だと思った方が楽になるか。

人としての良識を捨てることにはなるがな。」

邪神は意地の悪い笑みを浮かべて言う。

「俺は...。俺は...。」

ジルは苦しむ。

「人として正義感を持っていればこの光景は耐え難いものだろう。

しかし、この光景に慣れてしまえば私に敵対する意義もなくなる。

さぁ、どうする?」

「俺はこの人達を救ってやりたい。しかし今は何も出来ない。」

ジルは苦しみもがく。

「ハハハ、人であることを捨てなければお前の精神は疲弊していくぞ。」

「ぐ...。しかし、この人たちは元々ここにはいなかった。

邪神がここに魔法で連れてきたのか?」

「ふむ、いいことを教えてやろう。これは偽物であり、本物である。」

ジルの理解出来ないという顔を察して邪神は言葉を続ける。

「分かりやすく言おうか。神には生命を作り出す力がある。かつて

神々が人間やモンスターを生み出したように。」

「まさか...。」

「そう、ここにいるのは幻ではなく他から連れてきたのでもない。

新たに生み出した生命だ。」

「それは...。」

「そう。ここにいるのはただ苦しみ死んでいくためだけに作った命だ。」

「何の為にそんなことをするんだ!」

ジルは怒りを顕に邪神に問う。

「楽しむためだ。一種の娯楽だよ。」

「何だと!お前が楽しむためにこんな意味のない苦しみを抱えた

人々を生み出したというのか!」

ジルの怒りはさらに高まる。

「そうだ。何をしようと神の自由だからな。こんな風に。」

邪神が開いていた掌をぐっと握りしめる。

すると、周りにいた人々が突然内側からボンッと一斉に破裂して

散らばった。たくさんの悲鳴や叫びと共に。後には血の海と肉片が広がるのみだった。

ジルはその凄惨な光景に一瞬目を背ける。

「さらに。」

邪神は握った手を開き、地面にかざすと再び苦しみ続ける人々が

現れだした。

「もうやめろ!」

「なら私を止めるがいい。」

「あぁ、貴様の息の根を絶対に止めてやるよ。」

ジルは強い思いを胸に剣を握る。

一方の邪神は左手をジルに向けると指先が紫色にボヤっと光らせる。

ビッビッビッ。

指先から次々に光線がジルに向け発せられる。

ジルはそれを寸でのところで交わし続け、邪神に反撃を試みる。

邪神はジルの振り落とした剣をすっと交わし攻撃を仕掛け続ける。

この激しい攻撃の応酬はしばらく続き、2人は限界まで自身の力を引き出す。

2人の間に偶然ふっと間が出来たとき、邪神は杖の先端に強大な魔力を集中させる。

その動きを敏感に察知したジルはすぐに対応策を考える。

「『ダークインパクトレイ』。」

ドゴォォオオォ!!

地響きを起こしながら太く強い黒の光の波動が杖より勢いよく放出する。

これに対しジルも剣にオーラを集中し構える。

「『ギガバスター』!」

巨大な光の玉が剣より飛ぶ。

互いの光がぶつかると互いを押し合うように先端が前後する。

「ぐぬぬぬ。」

2人は歯を食いしばって力を送る。

ドバァーンッ!!!!

2つの衝突する光は大きな衝撃音と共に弾けて周囲に飛散した。

戦意を保つ2人は一気に間合いを詰める。

「貴様に極大の呪いを与えてやろう。『グランド・カース』」

杖から放たれた五芒星の光がジルに張り付く。

「こ、これは...。」

ジルの心の中にあらゆる負の感情が押し寄せてくる。

「ぐぅぅぅ。」

ジルは苦痛の表情をするも必死に抑えようとする。

しかし、精神的苦痛はジルの人間としての心を破壊する。

ジルの心の中は真っ暗になり意識を失う。

そんな中、一粒の光が見える。

それは今まで一緒に旅した仲間や出会った人との明るく楽しい思い出だった。

ジルは意識を取り戻す。

「俺はお前になんか負けない。」

ジルの強い意志が邪神の呪いを撥ね退ける

「うぉぉおおお!」

ジルは渾身の力をデイブレードに込める。デイブレードは七色に輝き

全てを出そうと力を高める。

「『ギガブレイク・エクストリームバースト』!」

ズバッ、ズバッ、ズバッ、ザシュ、グサッ!

邪神の体に必殺の一撃を与え続ける。

「(くっ、全力の一撃を出し続けるなんて体が千切れそうになる。

でも、ここは、ここでこいつを絶対に仕留めるんだ!)」

ジルは踏ん張りさらに攻撃を続けた。

ガッガッガッ、ズバババァァァン!!!!!

「ぐぁぁぁああああああああああああ!!」

邪神は全身に大ダメージを受け、ふらふらとまともに歩くことも出来なくなった。

「はぁはぁ...。」

最後に力を出し尽くしたジルも立っているのがやっとという状態になっていた。

パリンッ、パリンッ。

ジルのデイブレードに埋め込まれたレインボーダイヤモンド、

そして邪神が持つブラックストーンが割れて消えていった。

その力を使い果たしたかのように。

「うぅ、見事だな...。持てる全ての力を生かしての戦い。

そうさせたことを私も誇れるか。十分に楽しむことが出来た。

で、は、...。」

絞り出すように最後の言葉を話す途中で邪神の顔つきが変化した。

「...ありがとう、邪悪な者を打ち倒してくれて。

俺はL=クラプターという。自分の人生に絶望しどうなっても

いいと邪神に同調し体をあけ渡したが、邪神の行いを知るにつれて

後悔の念が生まれてきた。しかし、自分ではどうすることも

出来ずに歯がゆい思いをしていた。これで、捕らわれていた負の感情

から抜け出すことが出来そうだ。俺にはD=クラプターという兄が

いてな、もし会うようなことがあればすまなかったと

言っておいてくれ。勝手な願いで悪いな。それじゃあな。」

そう言って、L=クラプターは息を引き取った。

邪神が死にその魔力で作られていた洞窟はゴゴゴと音を立てると

すの姿を消して辺り一面が真っ白になった。

「元の世界に戻るのか?」

ジルはその中で立っているとまた頭の中に声が聞こえてくる。

「(ジル、よくやりました。感謝します。さて、邪神を倒した

あなたには2つの選択肢があります。一つはあなたが神の一人となって

これから天界で人間たちを見守る役目をすること、もう一つは...。)」

 

 

 

レナ王女を失ったエトールでは指導者が不在で国民は困っていた。

そこを隣国のランドールのハンス王が取り持ってクラレッツと同じ民主制をとる

体制を整えることとなった。

ヴェロニス連邦共和国では、エミルは再び首相になることはせず議会での

投票で別の者が首相になることが決まった。エミルほどの才覚はなかったが

既にエミルが整えていた制度、社会システムのおかげでそれほど民衆に

大きな混乱をもたらすことはなかった。エミルは小さな小屋で子供たちを

相手に勉強を教える学習塾を開いていた。

サンアルテリア王国では。ゴアがいなくなったことでゴア派の議員は

行き場を失ったように力をなくし、反ゴア派が主流になっていた。

混乱はまだ当分続きそうだが、正常化への兆しも見えていた。

ゴアによって失脚させられたD=クラプターは政治評論家として

活動する傍ら、非営利団体に加わり国民の生活の向上に努めていた。

 

それから数年が経つ

「はい、どうぞ。」

マルクは椅子に座って声をかけると、子供が母親に連れられて

置かれている椅子に座る。

「息子が風邪をひいてしまって。」

母親がしんどそうにする子供に代わって説明する。

「そうですか。よし、『ホワイトウインド』。」

子供を優しい白い風が包みこむ。

「わぁっ。」

風が消えると、子供は急に元気な表情になり立ち上がった。

「やった。全然しんどくないや。」

子供は腕を上げて元気になったことをアピールする。

「よかったね。」

マルクは笑顔で子供を見つめる。

「ありがとうございます。」

母親は頭を下げて子供を連れていった。

「子供が元気になってくれるとこっちも嬉しくなるわね。」

傍に立っていたパティがマルクに話しかける。

「ええ。平和になってこんなやりがいのある仕事が出来る。

幸せなことです。」

 

メアリーは台所で料理を作っていた。

コトコトコト。

お玉ですくったシチューを小皿に入れ味見した。

「うん。まぁまぁかな。よし。」

メアリーは火を止めて、シチューを皿によそう。

「あなた、出来たわよ。」

そう言ってダイニングに現れたのはジルだった。

 

「(もう一つは神の力を全てなくした状態で人間界に住む

ことです。)」

ジルは聖神からの2択でこちらを選んでいた。

 

「ありがとう。」

ジルは席に着き、

「いただきます。」

手を合わせてシチューを口にする。

「おいしいな。まさかメアリーがこんなに料理上手だったとは

結婚前は全然思わなかったよ。」

「なによ、もう。私だって頑張って勉強したんだからね。」

「いや、ごめんごめん。でもこうやって平和にご飯が

食べれるようになってよかったな。」

「そうね。」

ジルはメアリーと結婚し、剣術道場の師範として働いている。

神の力はなくなりただ普通の人間となったが、

今も剣術の鍛錬に励み世界一の剣士に近づくべく修行をしている。

 

<終>




読んでくださる方がいたからここまで続けることが出来ました。
本当にありがとうございました。


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