波打ち際のオルタちゃん (ちゅーに菌)
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聖女と海

今年のFGOの水着イベントでぬオルタちゃんが無茶苦茶可愛かったり、聖女がファミパンだったり、おっきーと朝陽を見たりしましたので、折角ですから他の投稿小説のことは忘れつつ小説投稿に至りました。

と、いうわけでぬオルタちゃんとティアマトさんがメインの小説となります(真顔)

ん? おっきー? 水着になってくれないで礼装になりやがったことの娘は知りません。来年こそはじゃねぇんだよナァ!? お前に金を入れたかったんだよォォ!(作者のおっきー:レベル100 フォウくん2000 スキルレベルオール10 宝具レベル1)


頭をまあまあ空っぽにして読むタイプの小説なので暇潰し程度に楽しんでくださいませ。スタンスとしてはティアマトさんと日向ぼっこしながら嫁(ぬオルタちゃん)にツンデレさせるだけの内容となっております。

ではどうぞ。





 

 

 

 私は何も考えずに必死に走っていた。

 

 辺りは自分の手の形も見えないほど暗く、()()()()()()()施設から外に出れたというのにまるで何もわからない。

 

 画集で見た太陽もなければ月もない、図鑑で見た木も花も見えなければ、動物や虫も見えなし、声も聞こえない。感覚でわかるものと言えば素足に当たるのが草と、たまに踏んづけて血が滲む石ころぐらいのものだ。

 

 聞こえる音といえば背後から施設の奴らが走って追ってくる沢山の足音と、怒号だけ。

 

 私が思い描いていたものとはまるで違った。笑っちゃうぐらい私は惨めで、ちっぽけで、バカだった。

 

 私はただ走り続ける。だって私は()()なんだ。()()じゃなくたって少しぐらい夢を見ちゃだめなのか、幸せになってはいけないのか。

 

 神様は不平等だ。不公平だ。不条理だ。

 

 私を造ったならなんで、考える頭なんて与えた? どうして走れる足なんて与えた? なんで人並みの心なんて持たせた?

 

 神様は下世話で、悪趣味だ。

 

 私は走って、走って、走り続け、最後に大きく一歩踏み出した時。その足は地面につかなかった。

 

 体勢を崩して倒れ、風を切る感覚を感じながら暫くの浮遊感を味わわされた後、水面に強く叩きつけられた。

 

 直後に凍てつくような冷たさが全身を襲い、呼吸が出来ず目がチカチカした。

 

 口のなかいっぱいに塩辛い水が入ってきて、息苦しさと共に感じたしょっぱさから私は海に落ちたんだとなんとなく感じた。あんなに見たかった海に感動も何もなかった。

 

 それどころか海は私を殺そうとした。だって私は泳ぎ方なんて知らなかったから。

 

 何度も波に揉まれ、呑まれ、振り回され、それでも私は生きようと必死でもがいて、足掻いた。

 

 けれど最後には一際大きな波が私を包み、そのまま暗い海に沈んだ。

 

 ああ……死ぬのか……こんなところで……。

 

 

 

 

 

 私はまだきっと……生きてすらないのに――!

 

 

 

 

 

 目を瞑った直後、私の世界は真っ白に輝いた。

 

 瞼を開けばあんなに暗かった海は明るくなり、それに私の簡素な服を何かがついたと思えば、鈍く輝く細い糸のようなものが私を包み込む。

 

 そして、私は勢いよく引っ張りあげられ、急速に水面に上がる。

 

 そして私は海面を貫き、陸地に打ち上げられた。

 

 

 

「………………えーと……ある意味大物かな?」

 

 

 

 それが、麦わら帽子の似合わない彼から私に掛けられた最初の言葉でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然だが、釣りとはなんであろうか。

 

 魚を餌と糸と長棒を使って捕獲する漁業方法も釣りと呼ばれる。魚を釣り上げるから釣りあるいは魚釣りと呼ばれていると推測されている。

 

 その正確な起源は定かではないが、少なくとも約4万年前の旧石器時代まで遡ることができ、日本でも、石器時代の遺跡から骨角器の釣針が見つかるという。

 

 日本では縄文時代に釣り針が出土しており、刺突具と併用して漁業に用いられ、江戸時代ごろから趣味としても行われるようになり、魚釣り専用の本なども販売されていたらしい。

 

 また、釣りは世界各地で行われておりかつてはオリンピックに魚釣りの競技があったほどらしい。更に中国の偉大な人物であるかの太公望も釣りが大好きだったとされる。

 

 故に釣りとは人類が生きてきた歴史の中で必要不可欠なことであり、現在は両親が二十回以上目のハネムーンというよくわからないものでいないことをいいことに、同居人に――。

 

 

『アンタねぇ……高校2年にもなってなんでそんな釣りばっかりなのよ!? 別に私はどうでもいいけど! その……映画とかお出掛けとか色々あるでしょ!? 別に私はどうでもいいけど!』

 

 

 とか言われながら白い目で見られつつも防波堤に釣りに来ているのは別段不思議なことではないのだ。

 

 

 

まあ―――。

 

 

 

「釣れねぇ……」

 

 現実はこの通り、非情なのである。既に陽が傾きかけているというのにボウズどころか一度も引きもしない。俺の"神器"壊れているんじゃないかと思うレベルである。

 

「うーん……」

 

 このままでは家で漫画を読んでいるか、ゲームでもしているであろう彼女に――。

 

 

『ボウズ……? ハァ、つっかえ!』

 

 

 とか言われて愉快な顔で煽られてしまうに違いない。別にそれはいいのだが、流石にいつもお留守番している彼女に魚ぐらい持って帰れないのはちょっと後ろ髪引かれるのである。

 

 まあ、魚持って帰っても彼女に――。

 

 

『魚って骨とるの面倒なのよ……アンタの寄越しなさい』

 

 

 とか言われてほぐした魚を持っていかれるに違いないが、まあいつものことなのでいいだろう。

 

 俺は現在彼女と二人で生活しており、学校の友人らは血涙でも流さんばかりの様子で羨ましがるが、実際のところはそのように常に損ばかりしている感じである。

 

 まあ、友人らに言っても"惚気話かてめぇ!?"とキレられるだけなので最近は言わないように気を付けている。

 

 彼女とはそういう関係ではないし、彼女も家族ぐらいに感じているハズだ。気の置けない間柄ではあるがな。まあ、前に思い切って冗談混じりに好きなのかと聞いてみた時にそれはそれは丁寧に何度も何度も否定されたので間違ってもそんなことはないだろう。寧ろ、ちょっぴりトラウマである。

 

「ん……?」

 

 釣糸を垂らしながらそんなことをボケーっと考えていると、突然携帯に着信が入る。携帯から流れる音楽は"やる気のないダースベーダーのテーマ"である。

 

 設定した当初は彼女に大変怒られたものだが、カッコよくて可愛いと思ったからと俺が思った通りの設定した理由を述べたところ何故か絶対に変えるなと念押しされた曲である。

 

「"ジャンヌ"か」

 

 ぽつりと彼女の名前を呟く。この着信音に設定している人間は一人しかいない。うちの同居人である。

 

 名前は"ジャンヌ・ダルク"。かのフランスの百年戦争の英雄であるジャンヌ・ダルクと繋がりがあるという大層な肩書きであり、普通に考えたら統合失調症の誇大妄想の類いとしか思えないのだが、それは事実らしい。

 

 まあ、この世界には普段は表に出ないだけで"悪魔"やら"天使"やら"妖怪"やらと色々存在しているので今さら驚くようなことでもないといえばそれまでである。俺の学校なんて人間の学校だけど悪魔が経営してるしな。わからないものだ。

 

 魂を受け継ぐ者ではなく、繋がりがあるというのは、彼女の出生が少し特殊だからなのだが、今は語ることでもないだろう。

 

「おっと……」

 

 少し染々としていたら電話に出ていなかったことを思い出して通話ボタンを押した。

 

《出るのが遅い!》

 

「ごめん」

 

 開口一番にこれであるが、彼女にとっては挨拶に等しいので特に疑問も懐かない。我ながら慣れたものである。

 

《まあ、それはいいわ……アンタ今日はどうなの?》

 

「なんの成果もあげられませんでした」

 

 まあ、釣れない時もあろう。彼女に対しては少し心苦しいが、仕方あるまい。このように主語のない会話が成立する程度にはジャンヌとの仲は良いと思われる。

 

《あっそ、わかったわ。ハァ、つっかえ! じゃあ、適当になんか用意しておきますね》

 

 ちなみに家のご飯とか学校へ持っていくお弁当とかは全てジャンヌに作って貰っている。聖女様々である。ちょっと口は悪いが、根はいい娘で家庭的なのだ。

《一応、聞くけど何かリクエストはあるかしら? 一応よ、一応》

 

 何故か一応をとても強調してくるジャンヌ。まあ、言うだけならタダである。

 

「肉系がいいなぁ……後、酸っぱいものが食べたい」

 

《ふ、ふーん……そう……。まあ、参考までですしー。精々期待しないでいなさいな》

 

 それだけ言うとジャンヌは電話を切った。釣りに来て夕飯は肉系がいいとか何言ってんだコイツと思われたかもしれないが、思ったので仕方なかろう。

 

「ん……?」

 

 携帯を内ポケットに戻し、今日はもう帰ろうかと思い立ち、竿を上げたのだが妙な感触に気がつく。

 

「…………なんか釣れてるなこれ」

 

 全く竿が動かない、更に言えば"俺の神器である糸"がピクリとも動かない。しかし、引いてみれば少しだけぷるぷると生物的な反応が帰ってくる。

 

「………………」

 

 俺はちっとも暑さ対策になってる気がしない麦わら帽子を被り直し、竿をしっかりと両手で握り、呼吸を整える。

 

「とうっ!」

 

 そして、全身全霊を込めて勢いよく竿を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然ですが、私の同居人は何処かおかしい。

 

 

 

 まあ、一口におかしいというのは流石に幼馴染みとして心苦しいので、表現を柔らかくして変わっているといいましょう。

 

 今日は彼の趣味については私がとやかく言えたことではないので、日常生活についてふたつ程語ろうと思います。

 

 ひとつは変わっているところは"服装"です。

 

 見てくれはかなりいいクセに、冬場は上下芋ジャージで、夏場はやっすいTシャツに短パンとかしか着ません。めんどくさいらしいです。

 

 まあ、家では私も似たようなものなので百歩譲ってそれは未だしも、全く自分に無頓着なのか、夏で更に暑くなると麦わら帽子にタンクトップにママチャリで外出しようとすることが一番の問題です。ホント、センスの欠片もあったもんじゃないわよ。麦わら帽子も壊滅的に似合ってませんし。

 

 最近になってようやく私と外出するときぐらいは私が選んだ服を着てくれるようになりましたけど、本当に彼の無頓着ぶりには驚きを隠せないわ。元は目の覚めるよう紅顔なのですから容姿はかなりマシになったといえます、ええ!

 

 

 ふたつは彼の趣味についてです。彼は超が付くぐらい"釣りバカ"なのよ。本当に、ええ。

 

 春夏秋冬いつでも釣りに行きたがるし、放課後で翌日学校があっても釣りに行く。その上、"神器まで釣りに関するモノ"という徹底ぶり! 本当になんなのかしらねアイツは! 今だって休日なのに私を置いて釣りに行ってますし!

 

 何が今の旬の魚よ! だいたいアンタの神器時期も場所も問わず、水辺ならなんでも釣れるでしょう!?

 

 

 

 

「ホント……なんであんな奴のこと好きになっちゃったのよ……」

 

 

 

 

 私は夕食に作った"酢豚"を眺めながら誰に吐くわけでもなく溜め息を吐いた。

 

 いったいどんな運命を辿ったらあんな奴に私がこんなに尽くすのか、そして尽くすのがこんなにも嬉しいだなんて……やっぱ神ってクソだわ。もう、死んでいるから怨みようもありませんけど。ありませんけど!

 

「はやく帰ってきなさいよ……ばーか」

 

 私はリビングのテーブルに突っ伏して髪を弄りながらそんな言葉を呟いた。ごはん……冷めちゃうじゃない。

 

「!!」

 

 家の呼び鈴が鳴り、私は顔を上げた。

 

 椅子から立ち上がり、タイミング的に間違いないだろうからインターホンは確認せずに玄関に立ち、少し恨み言のひとつでも考えてから勢いよく扉を開けた。

 

「遅いのよ! もう蚊も出る時間だし、帰ってくるならもう少し早く帰って……き……な――」

 

 私は玄関の前にいた"ソレ"を見て言葉が止まり、思考も止まった。

 

 ソレは人間では到底不可能な半ば透き通るライトブルーの長髪をしていた。そして、両耳の後ろから生えている半ばから断ち切った輪を繋げたような黒緑色の大きな角とそれに走る金色の装飾染みた規則的な模様をしている。更に身長は160cm程で、微かに呼吸で上下している様子から女性の形をした生物のようだ。

 

 ソレは真っ直ぐと私の顔を見詰め、その瞳は淡く柔らかな黄昏の陽のように鈍い輝きを帯びた濃い桃色の瞳をしていた。

 

「――――――いやいやいや、誰よアンタ!?」

 

『Aaaaa――』

 

 意識を取り戻して突っ込みを入れた私にそれは、歌のような声を出して反応するばかりで、表情は無表情そのものだった。

 

「おう、ただいま」

 

 そこに突然どこからともかく彼――同居人の釣りバカがぬっと現れて、ソレの後ろに立って後ろから両肩に手を乗せた。

 

「な、なっ、な……何よコレ!?」

 

「これじゃなくて"ティアマト"さんだ」

 

「Aaaaa――(グッ)」

 

 何故かソレ――ティアマトっていう名前の生き物は無表情のまま親指を立てていた。どや顔に見えて微妙にムカつく。

 

「いや……なんというかな……」

 

 葵は頭をぽりぽり掻きながら、ばつが悪そうに目を泳がせてから私に向いて言葉を吐いた。

 

 

 

「釣れちゃった」

 

 

 

 私はその瞬間、プツリと何かが切れた。

 

「――――バッッッカじゃないの!!?」

 

 これが私が愛する人、"愛宕(あたご)(まもる)"という無茶苦茶マイペースでハチャメチャな男だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Q:なにまた小説投稿してんの?
A:息抜きです(万能な言葉) 。後、そういえばハーメルンで、ジャンヌ・オルタさんを主体でヒロインやってる連載小説はほとんど無いなと思いまして、サバフェスの水着ジャンヌクッソ可愛かったですし読み専の私が投稿しようと思いました(矛盾)

Q:ヒロイン選びの理由は?
A:作者、実はFGOでは邪ンヌとおっきーとティアマトさんが大好きなんですよ(迫真)。おっきー成分は摂取出来ているので、邪ンヌとティアマトさん成分がもっと欲しいなって(冒涜的所業)

Q:神剣聖剣少女ジャンヌオルタさんは?
A:ものすごい正直な話をいいますと。作者が思っていた数倍公式のジャンヌオルタさんが、ポンコツ可愛く、あちらの路線では最早イメージがつかないといいますか……。あの小説ジャンヌオルタがちょろっと出た最初のサンタイベぐらいの頃に書きましたからね……(2016年辺り)。

Q:この小説って釣りが主体?
A:波打ち際のむろみさんが釣りが主体の漫画だと思うならそうなんじゃないですかね(刺身のタンポポ程度)

Q:お前、ハイスクールD×Dの投稿小説の投稿休止率100%だよなぁ……?
A:それ以上いけない




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釣りと海

今回は超優秀なドラリンガルを用意しているのでティアマトさんの言葉がわかる親切仕様となっております。やったぜ。

というか、作者のあっちの人魚さんが不親切過ぎ―げふんげふん。


 

 

 

 

「で? なんなのよコイツ?」

 

 なんとか家に上げてくれたジャンヌは俺が家に連れてきた今日の釣果を指差した。

 

『………………』

 

 ソファーに座らせたら無言で天井の隅を見つめながらじっとしている彼女――ティアマトさんである。

 

「……とりあえずアンタが"神器"で釣り上げたってことでいいのね?」

 

「うん、そう」

 

 とりあえずジャンヌには一旦待って貰い、ティアマトさんに向き合った。ティアマトさんはジャンヌとの会話で思うところがあったのか、不思議そうにこちらを見ている。

 

『Aaaa――?』

 

「え? "神器"が何か?」

 

 ティアマトさんから質問があったので、俺は自分の神器を起動し、手から細い糸を精製した。何処かの蜘蛛男のようではなく、もっと自然にしゅるしゅると伸びる感じである。

 

 神器とは信仰によってそのものの実力が左右される神々の中において、最大の力を誇っていた聖書の神が人間、あるいは人間の血を引く者に導入したシステムであり、神器を宿した者は不思議、あるいは周りから外れた能力を発現することが可能となる。

 

 まあ、要するに極一部の人間に宿る人智を超越した凄い物体のことと捉えても概ね間違いではない。未知の力を持つ異常物体とかも神器だしな。

 

 そして、俺に宿っている物は"巨人の釣り糸(ミズガルズオルム・ビックフィッシャー)"という神器だ。

 

 北欧神話において、変装した雷神トールが巨人ヒュミルと共に海に出て終末の大龍(ミズガルズオルム)を釣ろうとし、海上まで釣り上げたミズガルズオルムをハンマーで殺そうとしたが、結局怖じ気づいた巨人ヒュミルが糸を切ってしまい海中に没するという逸話がある。この神器はその伝承の糸そのものだという。

 

 武具や道具の類いではなく、釣るという概念そのものを具現化し、糸の形に見せているだけのものであり、保有者の心そのものが折れぬ限りは決して切れることがない。 更に釣るという概念そのものを水面に垂らしているため、平行世界、異世界、異宇宙など全ての水にまつわる概念を持つものに対して全くランダムに釣りは垂らされている。故に何が釣れても特に不思議はない。

 

 要は何でも釣れるスゲー糸なのである。ロッドは別売りである。

 

 そのため、たまにこのように人型の生き物などが釣れることもしばしばある。

 

『Aaaaa――』

 

「そう、これで君を釣ってしまったんだ」

 

 人魚とかは割りとよく釣れ、ティアマトさんは人魚っぽくはあるが、形状的に人魚ではない。神様だということはティアマトさんから聞いたが、それ以外はいったいなんなんだろうか?

 

『Aaaaa――Aaaa――』

 

「え? ドラゴン? そりゃスゴい」

 

 なんだ、神様な上にドラゴンだったのか。これは今年一番の大物かも知れないなぁ……。

 

『Aaaaa! Aaaaa――』

 

「はへー……その上、恐竜が歩いていた時代より前から生きていたと……」

 

 それはものスゴく歳上の方なんだなぁ……。

 

「ねえ、待って……ちょっと待ちなさい」

 

 ジャンヌが何故か目頭を押さえながら俺の肩を掴んで振り向かせてきた。

 

「言葉がわかるの?」

 

「え? わかんないの?」

 

「わかんないわよ!」

 

 あら、てっきりティアマトさんは日本語で話してると思っていたが、そうではなかったようだ。とするとティアマトさんは一応、動物のカテゴリーに入るのだろうか。

 

 一応、父親から教わったというか、父親譲りで俺は一部の動物と自然に話せたりするのである。魚とか虫は構造や思考が単純過ぎて逆にわからないので、釣りをしても滅多に声を聞くことはない。そのため、釣りをしても良心が痛んだりはしない。寧ろ、寄ってくる海鳥とか猫がちょーだいちょーだいと話し掛けてきてアレに感じる。

 

「じゃあ、ティアマトさんの話を翻訳するよ」

 

 そうジャンヌに言ってからティアマトさんにもその主旨を伝えると、ティアマトさんは目を輝かせ、ジャンヌに向き合ったので俺は聞こえた言葉をそのまま声に出す。

 

『Aaaaa――Aaaaa――』

 

「こんばんはジャンヌさん。私、ティアマトと申します」

 

『Aaaaaaaaaaaaa――Aaaaaaaaa――』

 

「虚数の海で長い間途方にくれていたところを葵さんに文字通り釣り上げられ、夕陽の射す明るい防波堤で沢山のお話を聞いて貰いました」

 

『Aaaaa――Aaaaaaaaa――Aaaaaaa――』

 

「葵さんは半分だけ人間のようでしたが、とても温かい方で私の悩みや怨嗟を親身になって聞いていただき、とても嬉しくて楽しい時間でした」

 

『Aa――Aaaaaaa――Aaaaaaa――Aaaaaaa――』

 

「それで、どうやらここは私の居た世界とは違う世界なようで、それならばこれまでのことはすっぱりと諦め、新しい道を歩もうかと思います」

 

 そこまで言い終えてティアマトさんは口を閉じた。沢山話したようなのでお茶を渡すと受け取って飲んでくれた。どうやら食べ物は同じようなものを食べれるようだ。

 

「と、いうことらしい。そういうわけでこのまま防波堤に置いておくのも忍びないので、家に連れてきた」

 

「どいういうことなの……」

 

 ことの次第は全て話したのだが、ジャンヌは頭を抱えてしまった。ふむ、話の伝え方が悪かっただろうか? わからないことは何でも聞いて欲しいものである。

 

「そうじゃなくて……あー、もういいわ……うん、わかった、わかったわ。わかんないけど、わかったわ。要するに同居人が増えるのね」

 

「おうさ」

 

『Aaaaa――』

 

 その通り、物分かりがよくて助かる。

 

 

 

 

 その後、10分ほどティアマトさんのお話を聞いた。

 

 それによればティアマトさんはあのバビロニア神話で有名な原初の海の女神ことティアマトさんらしい。超有名人もとい超有名神である。

 

 そして、ティアマトさんは神の座は譲ろうとしたのにマルドゥークというDQNのクソガキにフルボッコにされた挙げ句、幽閉同然だったんだとか。

 

「やっぱ神ってクソだわ」

 

 ジャンヌや、君が主に聖書の神を嫌っているのは知っているが、それティアマトさんも神だから気をつけような。

 

 逆にこちらの世界のことも少し話した。ちょっと前まで聖書の神率いる天使と堕天使と悪魔の三つ巴の戦いが当たり前のように行われている世界だとか。そのわりに他の神話体系は普通に存在しているとか。天界、現世、冥界、冥府にこの世界は大きく分けると別れており、行き方さえ知っていればそこまで苦もなく行き来出来るといった触りのような話である。

 

「とりあえず今はこの辺までね。はぁ……じゃあ、とりあえずご飯にするから支度手伝いなさい。これだけじゃ足りないでしょ?」

 

「手伝わせていただきます」

 

 そして、少し料理を手伝い食事の時間になったのだが……。

 

 

『Aaaaa――』

 

「ん? ご飯のおかわりか」

 

『Aaaaa――』

 

「はいはい、おかわりね」

 

『Aaaaa――』

 

「よく食べるなー」

 

『Aaaaa――』

 

「え、まだ食べるんですか?」

 

『Aaaaa――』

 

「ほえー……」

 

『Aaaaa――』

 

「わぁい」

 

 

 ジャンヌは3杯目ぐらいから目を丸くし、俺は6杯目ぐらいから変な笑いが出た。

 

 うちは夜に炊いて、弁当を含めた明日の昼ぐらいまでのお米を全部炊いてしまうのだが、その全てを軽く平らげてしまったようである。

 

「ねぇ……」

 

 ジャンヌは俺に問い掛ける。食費の方は気にすることはない。何故か俺の親父がやたらに持っているので、どうあがいても一般的な高校生が使い切れそうにない額を与えられているので特に問題はない。

 

「いや、そっちもあるけどそっちじゃなくて……」

 

「ああ、買い物か……週2ぐらい頻度が増えそうだな」

 

「そうよね……」

 

 ジャンヌと俺はちょっぴり複雑な気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Aa――――』

 

 食後、すぐにティアマトさんは食休みのためか、リビングで湯飲みに両手を添えてぽけーっとし始めた。高齢者は食事でも疲れるため、食休みは欠かせないそうなのでそのままにしておこう。

 

 とりあえず、現在はジャンヌとふたりでキッチンに立ち、洗い物をしている。

 

 しかし、ジャンヌは本当によく出来た同居人で助かるなぁ……家事も料理もうまいし、気立てもいいし、ちょっと口は悪いが、嫁の貰い手には困らないだろうな。というか俺が欲しいぐらいだ。

 

「よ、嫁っ!? だ、誰がアンタのとこなんて私は……!」

 

「はははは……」

 

 いやー……そんな顔を真っ赤にしてまで面と向かって言われると流石にちょっぴり傷つくというかなんというか……。

 

「………………」

 

「…………あのジャンヌさんや。どうして私は足を踏まれているんでしょうか?」

 

「……ふんッ」

 

 そう吐き捨てると踏んでいた足を退けてリビングから出て行った。多分、風呂でも湯を張りに行ったのだろう。

 

 うーん、何か怒らせるようなことを言ってしまっだろうか。人間関係というのは無自覚にそういうことをしてしあるからなあ。

 

『………………』

 

 すると何故かティアマトさんがこっちを見ており、目が合うと口を開いた。無表情に見えるのだが、心なしかどことなく、にやにやしているように感じたのは錯覚だろうか。

 

『Aaaaa――』

 

「いやいやいや、ジャンヌを俺が押し倒したら警察のご用になりますって」

 

『Aaaaaaa――?』

 

「後で必要なのは産婦人科って……」

 

 いやー……強姦した上で当てるとか流石にクソ過ぎてちょっと……。

 

「止まれ海竜、止まりなさい」

 

 ティアマトさんと話していると、スゴい早足でジャンヌが戻ってきた。

 

「そうねそうよ彼女はお風呂道具の使い方とか、お風呂の入り方とか知らないかも知れないから教えてくるわね行くわよ行きましょう」

 

『Aa――Aa――』

 

 ものすごく早口なジャンヌに連れられてティアマトさんはお風呂へと連れて行かれた。ティアマトさんの最後の言葉はあーれーである。

 

「ふむ……」

 

 なんだかわからないが、ジャンヌは怒っている様子ではなかったのでよかった。後、ティアマトさんにも積極的で何よりである。

 

「ロッド片付けるか」

 

 そういえば家に帰ってから庭側に立て掛けておいたままだったことを思い出し、外に出ることにした。

 

 まあ、なんだ。個人的には賑やかなのはいいことであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Aaaaa――』

 

「みー」

 

 昨日は土曜日だったので翌日の日曜日。いつもの防波堤でライフワークの釣りに勤しんでいた。いつもなら基本的にひとりなのだが、今日はいつもとは違い左隣にティアマトさんが座っていた。

 

 無表情で海を眺めるティアマトさんのお膝に何処から飛んで来たウミネコが警戒することもなく乗りながら時々に鳴いており大変愛くるしい。

 

 釣った時は全裸に近かったティアマトさんの服装は、背丈が1cmぐらいジャンヌよりティアマトさんが高かっただけで体型はほとんど変わらなかったので、ジャンヌのものを借りて黒いポロシャツにジーパンというラフな格好であるが、わりとよく似合っているような気がする。

 

「あっついわねぇ……」

 

 次に右隣を見れば同じく付いて来てたジャンヌが座っており、今年の4月から神あつい(ゴッドホット)な気温にげんなりした様子であった。彼女は雪のように真っ白い肌をしており、肌が弱いので基本的に気温が高いとあまり付いてこないのだが、今日は珍しいものである。

 

 そして、ジャンヌの方はといえば何故か水着を着ていた。季節的にちょっと早い。

 

 クロス・ホルター・ビキニ……のような黒を基調として赤で回りを囲ったようなデザインのものであり、似た配色の丈の短い上着付きである。

 

 暑すぎるし、この防波堤に人なんて来ないので着てきたそうである。俺が見たことのないジャンヌの水着だ。

 

「それで? 何か私に言うことはないのかしら?」

 

「ああ、カッコいい水着だね。ジャンヌにとっても似合っているし、可愛いよ」

 

「――――――!」

 

 そういうとジャンヌは何やら呆気にとられたような顔になり、目を大きく見開いた。それからおれからプイッと目を反らす。

 

「フフン。とっ……トーゼンでしょ?」

 

 そういうと俺からそっぽを向き、黙って持ってきた漫画を読み始めた。ちなみにジャンヌの趣味は漫画やゲームである。

 

『Aa――Aa――』

 

 何がひゅーひゅーなんですかねティアマトさん。口笛吹けてませんよ。

 

 しかし、空は雲ひとつない快晴のため、スキンケアはしているとしてもジャンヌの肌にはあまりよくないよなあ。

 

 俺はそう思って"鴉のような一対の自分の翼"を出して片翼でジャンヌの頭上を覆った。

 

「なによ……」

 

「必要かなって思って」

 

「余計なお世話ね……まあ、一応ありがとう」

 

『………………(つんつん)』

 

 すると何故か左隣のティアマトさんが肩つついてきたのでそちらを見た。

 

「みー」

 

 ティアマトさんに両手で下から持たれて俺の肩の高さまで掲げられたウミネコと目があった。可愛いがお話にならないので預かって俺の膝に乗せておく。

 

「どうしたの?」

 

『Aaaaa――』

 

 そういいながらティアマトさんは自身の頭上をちょんちょんと指差す。

 

「あ、はい。自分も覆えと」

 

『Aaa――』

 

 もう片方の翼でティアマトさんの頭上を覆っていると、竿が振動して少し引かれたため、神器の糸を急速に縮めつつ、先端は枝分かれさせて獲物を糸で絡め取った。

 

 そして、海面まで引っ張り上げたところで竿を立てて飛び出した魚を手でキャッチする。

 

「鮎か」

 

「せめて純粋な海水魚を釣りなさいよ!?」

 

 ジャンヌの疑問はもっともなのだが、何が釣れるのかは俺ですら全くわからないので仕方ない。ある意味、ポンコツな神器な気もしないでもないが、まあこれはこれでいいんじゃないかな。

 

 その後、暫くはツキが来たようで5分おきにぐらいの間隔でポンポンと何かしらが釣れた。最大30cmぐらいの小ぶりな魚だけであったが釣れるだけ儲けものである。

 

「いつも思うんだけどアンタのソレって本当に釣りなの……?」

 

「いいかい、ジャンヌ。釣りとは本来日々の糧を得るための行為なんだ」

 

 そして、釣りを行う道具も人それぞれ。例えば子供がやるザリガニ釣りなんかは凧糸にサキイカをつけただけでも釣りだし、固定式の最新の大型電動リールに電気ショッカーをつけてマグロを狙ったって釣りは釣りなのである。つまり海や川を傷付けない限りは竿と糸があれば釣りなのだ。

 

「そうだけど……納得いかないわ」

 

『Aaaaa――』

 

 原初の海の女神様から漁じゃんという鋭い意見を頂いたが、ジャンヌには聞こえていないので問題ない。

 

 というかよく見たらティアマトさんは俺の左隣から消えており、魚を入れた生け簀の前でしゃがんでいた。

 

『………………(じー)』

 

「みー」

 

 それよりティアマトさんはさっきから生け簀の中身の釣った魚が気になるらしく、いつの間にかティアマトさんの頭の上に移動したウミネコと魚を眺めている。朝ごはんなら沢山食べさせたのだが、そういう問題ではないのだろうか。

 

「…………食べる?」

 

『Aaa――!』

 

「みゃー!」

 

 ティアマトさんは力強く頷き、ウミネコはちょっと声の質の違う返事をした。ウミネコにまであげる気はなかったのだが、この状態であげないなも可哀想なので一番小ぶりな奴を掴み取ってあげるとモシャモシャ呑み込んでいた。

 

 さて、次にティアマトさんである。海水の生け簀のそこで長いこといたからかぐったりしている最初に釣り上げた鮎を取り出すと、持ってきた竹串を口からさして少し波打つように尻尾まで貫いてお店でよく見掛けるあの状態にした。

 

 それから手に()を灯し、火加減を調整しながらじっくりと鮎を焼く。そして、焼き上がったものをティアマトさんに渡すと美味しそうにハグハグ食べていた。うんうん、可愛い。

 

 するとジャンヌが漫画から顔を上げて、なんともいない表情でこちらを見ていたことに気づいた。

 

「ジャンヌも食べたい?」

 

「ち、違うわよ! ()()()でもあるまいし!」

 

 ふむ、違うらしい。ジャンヌも()()()()()()程ではないが、よく食べる気がするのだが、いわぬが花というものだろうか。

 

 ちなみにジャンヌの言うアイツという人物はジャンヌの姉……なのだろうか? まあ、姉なるものである。

 

「そうじゃなくて……アンタの炎ってそういう使い方していいものなのかと思っただけよ」

 

「ははは、そんなことか」

 

 俺は片手の人差し指を立てて、そこにライターのように小さな炎を作った。炎は防波堤の塩風に晒されても消えるどころか揺らぐことすらなく、怪しく揺らめいている。

 

 翼の方は父親がその種族だからだが、炎の方は父親が性質として持っていたものが俺に遺伝していたものだ。確かに、魚を焼くには些か強火過ぎるかも知れないなぁ……。

 

「でもなぁ……」

 

 金なんて尻拭く紙にもなりはしないと、とある世紀末な漫画の冒頭でヒャッハーが言っているように、どんなありがたいものも用途がなければゴミに等しくなってしまうのである。だったら適当にでも使った方がいいだろう。

 

 それにそもそも俺の炎なんて使うことがなければそれでいいのだ。平和が一番なのである。

 

「アンタのノーテンキなところ変わらないわねぇ……」

 

 それだけいうとジャンヌは再び漫画に戻った。ちなみにジャンヌが読んでいるのは幽遊白書である。霊丸とか好きそう。

 

 そんなこんなで日が傾くまで釣りを楽しんだ。

 

 下らないことを好きなだけ出来る。そんなに日々がいつまでも続けばきっと幸せだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休日が終わり、登校日の朝。ジャンヌより早く起きた俺はリビングで奇妙な光景を目にした。

 

『………………』

 

 それは我が家に加わった角のお姉さんことティアマトさんだったのだが、彼女が何故かテレビ台の前で座って何かを見つめていたのである。

 

 しかし、テレビはついていない。そのため、ただでさえ人外なビジュアルのティアマトさんが、朝ひとりで黙りながらテレビ台の前で正座して何かを見つめ続けるというちょっぴりホラーな光景が出来ている。

 

 あれかな? 猫が天井の隅を見つめるようなものかな?

 

「おはよう、ティアマトさん」

 

『………………』

 

 横から覗き込んで声を掛けてもそのまま見つめているので何かと思い、視線を辿ると、ティアマトさんはついていないテレビを見ていたのではなく、テレビ台に置いてある20cmぐらいの"こけし"を眺めていたということがわかった。

 

「これ?」

 

『――――!』

 

 面白そうなのでテレビ台からこけしをひょいと持ち上げ、ティアマトさんのお膝に置いた。

 

『Aaa――?』

 

 するとティアマトさんはこけしを手に取り、回してみたり逆さにしたりしながら隅々まで見つめ、こけしを観察していた。

 

 そして、こけしの首にティアマトさんが何気なく手を掛けると――。

 

『――――!?(きゅぽっ)』

 

 小気味良い音と共にこけしの頭部が胴体から外れ、ちょっとティアマトさんが驚いた。

 

『………………(かちっ)』

 

 驚いたのもつかの間、すぐにティアマトさんが頭を身体に差し込むと、軽い音と共にこけしは合体した。

 

『………………』

 

 ティアマトさんはそのままこけしを少しじっと見つめた後、また頭に手を掛けた。

 

『…………(きゅぽっ)』

 

 またひっこ抜いた。

 

『…………(かちっ)』

 

 と思えば戻した。

 

『…………(きゅぽっ)』

 

 抜いた。

 

『…………(かちっ)』

 

 戻した。

 

『…………(きゅぽっ)』

 

 抜く。

 

『……(かちっ)』

 

 刺す。

 

 そうして一頻りやった後、ティアマトさんはこちらに振り向く。

 

『Aaaaa――――……』

 

「さいですか」

 

 その場で身体をぷるぷると震わせ、無表情ながら嬉しそうな声色でティアマトさんはそう溢した。

 

 どうやら東北の温泉地の土産は、メソポタミアの女神様にも好評らしい。流石日本製だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Aaaaa――(きゅぽっ)』

 

「ダムキナ」

 

『Aaaaa……(きゅぽっ)』

 

「マルドゥーク」

 

『Aaaaa――(きゅぽっ)』

 

「アヌ」

 

 私が起きると彼とティアマトが部屋の明かりもつけずにテレビの前で座りながら何かをしていた。彼はティアマトの言葉を訳しているみたい。

 

 意味わかんないんですけどなにこれ黒ミサ……?

 

「何やってんのよアンタたち……」

 

 私はとりあえず呆れながら部屋の明かりをつけた。すると私に気づいた彼が私の方に来る。

 

「おはよう、ジャンヌ」

 

「ああ、おはようござ……じゃないわよ、朝から何してるのよ?」

 

 一瞬彼に流されそうになったが、耐えて私は問い掛ける。すると彼は首を傾げながら自分でもよくわかっていないという表情で呟いた。

 

「ストレス発散……?」

 

「アンタってストレスあるの?」

 

「いや、俺じゃなくてティアマトさんの…………ん? 今のちょっと酷くない?」

 

 彼のことは置いておいてティアマトの近くに行くと、彼女は彼がなんとなく集めているこけしのひとつで、首が取れる奴から頭を取っては戻してをゆっくりと繰り返していた。

 

「…………メソポタミアの流行かしら……?」

 

「なにそれこわい」

 

『Aaaaa……(きゅぽっ)』

 

 しかし、なんて言ってるかわかんないわね。むしろなんで葵はわかるのよ。声の大きさもリズムもトーンもほとんど一緒じゃない。

 

「なんて言ってるのよ?」

 

「えーとだな……」

 

 彼はティアマトがこけしに首を入れるのを待ち、ティアマトが首を抜くと口を開いた。

 

『Aaaaa……(きゅぽっ)』

 

「マルドゥーク」

 

『Aaaaa――(きゅぽっ)』

 

「エンリル」

 

『Aaaaa――(きゅぽっ)』

 

「エア」

 

『Aaaaa……(きゅぽっ)』

 

「マルドゥーク」

 

 マルドゥーク多いわね。何の怨みが……いや、怨みしかないわね、間違いないわ。やっぱ神ってクソだわ。

 

 気のせいかしら? なんだか私にもマルドゥークだけ若干力を込めて言っているように思えてきたような……バカらしい、それどころじゃないわよ。

 

「はいはい、もう止めです。遅刻するのはイヤですし、そろそろ朝御飯にしま――」

 

『Aaaaa――!』

 

「はやっ!?」

 

 ご飯という言葉を聞いた瞬間にティアマトは着席していた。あ、でもこけしは持ったままなのね。そんなに気に入ったのかしら……。

 

「ハァ……」

 

「ジャンヌ、溜め息吐くと幸せが逃げるよ?」

 

「ただの呼吸よ呼吸。そんなことよりお箸とお茶でも出してなさい」

 

「はーい」

 

 言葉の真ん中を伸ばしながら簡単に返事をして彼はキッチンに向かって行った。

 

 へんなやつなんて釣りバカ(アンタ)姉を名乗る不審者(アイツ)で慣れたわよ全く……。

 

 

 

 




◆登場人物
愛宕(あたご)(まもる)
 本作の主人公。珍妙な神器を持つこと、父親が人間ではないこと、間違っても日本人には見えないこと以外は一見極普通の人間のハーフ。自身の神器を使って釣りを楽しむ毎日を送っている。
 身体能力が人間を止めているレベルで高く、黒い翼出せたり、炎とかも出せる。その上、かなりステゴロが強いが、本人があまり争いを好まないため、滅多に拳を解放することはない。
 性格は一言でいえばかなりマイペースで素直。ついでにあらゆることにあまり動じない。釣りは好きだが、そこそこディープなゲーマーでもあり、ジャンヌをそちら(オタク)側に引き摺り込んだ張本人でもある。

◎神器
"巨人の釣り糸(ミズガルズオルム・ビックフィッシャー)"
 北欧神話において、変装した雷神トールが巨人ヒュミルと共に海に出て終末の大龍(ミズガルズオルム)を釣ろうとし、海上まで釣り上げたミズガルズオルムをハンマーで殺そうとしたが、結局怖じ気づいた巨人ヒュミルが糸を切ってしまい海中に没するという逸話がある。この神器はその伝承の糸そのもの。
 武具や道具の類いではなく、釣るという概念そのものを具現化し、糸の形に見せているだけのものであり、保有者の心そのものが折れぬ限りは決して切れることがない。
 更に釣るという概念そのものを水面に垂らしているため、平行世界、異世界、異宇宙など全ての水にまつわる概念を持つものに対して全くランダムに釣りは垂らされている。故に何が釣れても特に不思議はない。加えていえば海で釣りをする意味もまったくない。

 要は何でも釣れるスゲー糸。ロッドは別売り。


◆ジャンヌ
 この小説のヒロイン兼相対的常識人。葵はジャンヌと呼ぶ。その昔、葵が釣り上げ、愛宕家に保護される。それからは葵の側で甲斐甲斐しく世話を焼いている少女。口調はキツいところがあり性格もひねくれているが、根は優しく家事万能で、割りと普通にオタク。自分の出生はあまり語りたがらない。


◇釣果(ジャンヌを除く)
◆ティアマト
 この小説のママ枠兼リヴァイアさん枠。原初の"海"の神。何故か葵には言葉がわかる。後、竜にもわかる。愛宕家のエンゲル係数をはね上げた女神さま。

※リヴァイアさん=波打ち際のむろみさんに出てくる小倉弁で話し、凄まじい数の属性(腹筋、褐色、たれ目、人外娘etc)を持つ人魚っぽいリヴァイアサン。世界創造に立ち会ったり、ムー大陸滅ぼしたりしてるお方。いわゆる無敵キャラ。

◆鮎
 キュウリウオ目に分類される、川や海などを回遊するお魚。春が旬。やはり塩焼きが旨い。


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無限と海

~あらすじ~
釣り好きの高校生の少年・愛宕葵は、波打ち際の防波堤で釣りをしていたところ、かかったのは聖女っぽいものだった。その聖女っぽいものはジャンヌと名乗り、葵は戸惑うこともなくジャンヌと交友関係を作る。また、原初の海の女神、無限な龍神、全てを超越した天使、神話に当時した生物、海にまつわるもの、葵のクラスメイトたちなどを巻き込み、奇妙な付き合いを得ていくことになる。

※本作とはガワ以外はあんまり関係ないけど、波打ち際のむろみさんはクッソ面白いからみんな買ってね!(ダイレクトマーケティング

※よくよく考えると作者の小説にしてはあらすじが長すぎると感じ、むろみさん要素マジで皆無なのでこっちに移動しました。


 俺とジャンヌが通っている学校は駒王学園という私立高校である。

 

 自宅からは電車の乗り換え一回を挟み、1時間と30分ぐらいで着くまあまあの距離にある学校だ。まあ、家の周りに小・中学校を出るどころか戸籍すら無かったジャンヌが入れる学校なんてあるわけもなく、父親の伝を頼って悪魔が経営してるこの学校に入学した次第だ。

 

 まさか裏口入学というものを実際に目にするどころか、己も当事者になるとは思いもしなかったがな。日本の夜明けは遠いぜよ。

 

 ちなみに無理矢理作った戸籍上のジャンヌの名前は、愛宕ジャンヌである。心の片隅で自分と同じ苗字を持つジャンヌを嬉しく思ったりしなくもない。ジャンヌと結婚できた男は幸せだろうなあ……。

 

「おはようございます」

 

「おはよー」

 

 ジャンヌと俺は挨拶をしながら自分たちのクラスに入る。ちなみに学年は2年生だ。

 

 クラスメイトとそれとなく挨拶を交わしつつ、俺は窓際後方2番目という中々の席に着いた。ちなみにジャンヌは俺の更に後ろのVIP席である。

 

 それはそうと、家から遠いためか小・中学校まででいた俺の知り合いはクラスどころか学年全体でも特におらず、顔だけは微妙に見たことがあるような同じ中学校出身の方が数名いる程度なので、実質的にこの学校での友達は皆新しい友達と考えていい。

 

 それで、なんだが――――。

 

 

 

「葵! 俺、彼女ができました!」

 

 

 

 クラスメイトで友人のひとりの"兵藤一誠"にどうやら彼女が出来たらしい。非常に嬉しそうな様子で俺の机に来るなり報告してきたのである。アダ名はそのままイッセー。

 

 まあ、イッセーはおっぱい星人やらエロの三馬鹿などと言われているが、DRAG-ON DRAGOONでいえばレオナールぐらい好い人であり、ゴルベーザ四天王であればルビカンテぐらい紳士であり、デビルガンダム四天王でいえばマスターガンダムぐらい印象に残り、ブラッククロス四天王でいえばメタルアルカイザーぐらい間違った奴なのである。

 

 とんでもない方向に全力疾走しているだけで別に悪い奴ではないのだ。

 

 後、イッセーは神器を保有している。ドライグだっけな、神器の中の人。覚醒していないからまだ眠っているのだが、寝言で自分の名前を呟いていたのを何度か聞いたことがあるから多分間違いない。俺の神器も話せたら楽しいのにな。

 

「…………お赤飯いる?」

 

「やっぱりまともに祝福してくれるのは葵だけだぜ……!」

 

 そんなことないだろと思っていたら周りのクラスメイトはかなりイッセーの話題でざわついており、クラスの隅を見れば残りのエロの三馬鹿の松田と元浜が血涙を流さんばかりの形相でイッセーを睨んでいた。

 

「いやいや、イッセーに彼女のひとりできたぐらいそんな――」

 

 なあ、ジャンヌと声を掛けようと後ろを向くと、ジャンヌは学校に持ってきた携帯ゲーム機から顔を上げて、口を開いたまま固まっていた。

 

 ブルータス、お前もか。

 

「これが彼女持ち(持つもの)の余裕か……」

 

「いや、俺彼女いないし」

 

 そういうとイッセーは苦虫を噛み潰したような絶妙な表情をしながら後ろの席のジャンヌを見た。もしそうなら嬉しいんだけどなー。

 

「それよりどんな娘よ?」

 

「おう、天野夕麻ちゃんだ」

 

 そういってイッセーが見せてきた携帯のアルバムの写真には黒髪の美少女の姿があった。

 

 はーん。

 

「"堕天使"か」

 

「ちょ……人の彼女を勝手に堕とさないでくれよ!?」

 

「…………天使っていうより堕天使っぽいかなって」

 

「そ、そうか? うん、そうかもなぁ……」

 

 イッセーはよほどに嬉しいのかニヤニヤと愉快な顔をしている。

 

 まあ、俺としては人の趣味にとやかくいう気はないので、堕天使と人間の恋というものは珍しいなあ程度に思っていた。お幸せに。

 

 その後、初デートでどうしたらいいのかわからないというので、チャイムがなるまでイッセーと会話に興じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛宕葵と愛宕ジャンヌといえば、駒王学園の生徒ならば知らぬ者はいない程、有名なカップルである。

 

 まず、ふたりは常に一緒にいる。

 

 どれほどかといえば、同じ家に住み、同じ電車で登校し、同じクラスに入るまでは男子生徒から羨望の眼差しで見られるぐらいでまだいいだろう。問題はここからである。

 

 

「ジャンヌこれどうやって解くの?」

 

「仕方ないわね、特別ですよ? 貸しなさい」

 

 

 まず、席が近いこともあり、数学など理系科目でわからないことがあると葵がジャンヌに助けを求め――。

 

 

「何よ漢文古文って……日本語だってわかんないっての……!」

 

「どうどうジャンヌ」

 

 

 現国や古文などでは逆にジャンヌを葵が助けるため、いい具合に相性補完されており、互いの成績は学年でもかなり高いのである。

 

 そして休み時間――。

 

 

「よっと……」

 

「どこ行くのよ?」

 

「自販機」

 

「はーん。じゃあ、行きましょうか。勿論、奢りね」

 

「おうふ」

 

 

 基本的にどこかに軽く行く場合は一緒に行くのである。ジュースを買いに、他のクラスに、気分転換にと理由はともあれ、トイレと男女分けの移動以外は全て行動を共にしている。

 

 食事時ともなれば当たり前のように同じ中身の弁当を2つ広げて机を横にくっつけ――。

 

 

「ん…………唐揚げの味付け変えた?」

 

「……よくわかったわね。大した違いじゃないですけど」

 

「いつも食べさせて貰ってますからねえ」

 

「それもそうね。あっ――まったくもう……」

 

「んー?」

 

「ほっぺにご飯粒ついてたわ」

 

「ありがとう」

 

「フフン、いつまでも子供なんですから」

 

 

 なんかもう恋人の遥か先の関係の会話なのである。クラスメイトはお腹が膨れる前に胸がいっぱいになる者が続出するレベルである。

 

 他にも――。

 

 

「粉塵」

 

「おう」

 

「罠」

 

「へい」

 

「飛んだ閃光」

 

「あいよ」

 

 

 こんな小声の会話が机の下に顔を向けている二人の間で繰り広げられたりもしている。ちなみに授業中の出来事である。

 

 そんな奇妙なカップルは、両者とも話してみれば、他方向に面倒な性格をしているが、意外にも気さくで面倒見が良いのでクラスでは人気者でもある。こんなところも一緒だ。

 

 兎に角、この学園で何をするにしてもいつも二人は共にいるのである。趣味まで合うオシドリカップルのくせに、これで付き合ってすらいないと本人達は言っているのだから、回りから見れば逆にむず痒い気持ちになるものだ。もう、お前ら結婚しろよと言えたらどんなによいものだろうか。そういうところに気を使う日本人の性の弱点であろう。

 

 そんなこんなで二人はいつも無自覚に生徒に砂糖を吐かせているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空は既に大分傾いているが、雲ひとつない青空。眼前を見れば地平線の見える海原。下を向けば防波堤の汚いコンクリート。

 

『Aaaaa――』

 

 さてお楽しみの放課後の釣りである。俺の左隣にはマイ箸を持ったティアマトさんもいる。気が早いにも程があるが、本人は楽しそうなのでそっとしておこう。

 

「ホントにいつもいつも飽きないわねえ……」

 

 俺の右隣にはとても珍しいことにジャンヌもいた。

 

 いつもならジャンヌは学校が疲れたという理由で絶対に来ないで、家でゲームでもしているのだがな。

 

 そんなことを考えていると口に出していたようで、ジャンヌは髪を指で弄りながら俺の方を見ずに呟いた。

 

「別に……なんとなくよなんとなく。意味なんてないわ」

 

『Aaaaa――?』

 

「別に取らないよってティアマトさんどういう意味?」

 

「いっ、いい……いいから早く釣りに戻りなさい!」

 

『Aa――Aa――』

 

 何故かティアマトさんがジャンヌに対してまた口笛を吹こうとしていたが、やはり相変わらず吹けていない。

 

 まあ、ジャンヌがそういうのならばと、釣り竿に意識を戻したその直後である。

 

「んお……?」

 

『Aa――!』

 

 そんなことを考えていると竿が揺れて、海面に垂らされた糸が最近で一番と言えるほど激しく引き、それと同じくして糸を中心に巨大な水紋が巻き起こり防波堤にまで波が打ち付けた。

 

 明らかな大物の予感からティアマトさんも興奮気味である。

 

「ちょ、ちょっと……クジラでも釣れるんじゃないでしょうね……?」

 

「それで済むなら儲けもんだな」

 

「待ってそれどういう意――」

 

 俺はジャンヌが言い切る前に神器の糸で獲物を絡め取ると、急速に縮め、海面まで浮上したところで竿を立てて勢いよく釣り上げた。

 

 ジャンヌはあまり俺の釣りを見ないから知らないかも知れないが、どうもこうも文字通りの意味である。この神器はあらゆる"水"に関わりのある全ての存在が釣れる可能性があるのだ。現に海で溺れていたジャンヌも、原初の海の女神も、淡水でも海水でも生きれる鮎だって釣れる。クジラなんてまだマシな方で、酷ければ大航海時代の沈没船とか、沈んだ潜水艦やら、果ては言葉では言い表せないような造形の生き物まで釣れる。

 

 まあ、そのわりにおよそ全ての生物の体内に水があるのに全ての生物は釣れないのだから意味がわからないが、そういうものなのである。

 

 

 そして、海中から姿を現した獲物は――――。

 

 

 

 

 

 黒紫色のフリフリのカチューシャ、ピンクの大きなリボン、女の子の上の大事なふたつの場所に張り付く黒いバッテンのテープ、何故か前が全開にも関わらず丈の長い黒服、白いドロワ。

 

 それらを全て身に付け、死んだ魚のような目でこちらを見つめてくる、黒い長髪で耳のとがった幼女であった。

 

 

 

 

 

 そして、それを見た俺は条件反射的に呟いてしまった。

 

 

 

 

 

「なんだ、オーフィスさんか……」

 

『Aaaaa……』

 

 オーフィスさんといえば次元の狭間、無の空間より生まれ出た、無限を司るドラゴンであり、神によってこの世界が創られた時より最強の座に君臨するそれはそれはスゴいお方である。後、テロリストの首領をしてる。

 

 が、釣りをしている身としては、ゴム長靴でも釣ったような気分になるのは仕方あるまい。食べられないのでティアマトさんもガッカリである。

 

 とりあえず、神器の糸に巻かれて海面で微動だにしないオーフィスさんをそのままにしておくのも忍びないので、陸地に引き揚げて糸を解く。

 

 するとオーフィスさんは水から上がった犬のようにぷるぷる身体を震わせ、少し水を飛ばしてから俺をじっと見て呟いた。

 

「久しい、マモル」

 

「久しぶりオーフィスさん」

 

 一言挨拶を交わすとオーフィスさんはトコトコ歩き、俺の前まで来ると、膝の上に座った。今のオーフィスさんは小さいので俺の膝の中にすっぽりと収まる。

 

 うわ、オーフィスさん濡れてて冷たい。

 

「…………ねえ? 今オーフィスって言ったわよね?」

 

「ん……我、オーフィス」

 

「オーフィスさん飴ちゃん食べる?」

 

「食べる」

 

 俺はオーフィスさんにべっこう飴を渡した。すると小さい口でコロコロ転がしていてとても可愛らしい。飴とスルメは鉄板の釣りのお供である。

 

「待ってください、待ちなさい、待て。私の話を聞きなさい」

 

「はい」

 

 ジャンヌが凄い剣幕で迫ってきたので、俺はジャンヌに向き合うことにした。その前にオーフィスさんを抱え上げて、ティアマトさんのお膝に乗せておく。

 

 その結果、青い竜っぽい女性のお膝に半裸の幼女が乗っているというものすごい絵面になってしまった。

 

『Aaa――?』

 

「……?」

 

 どうしたものかと考えていると、ティアマトさんの星のような桃色の瞳と、オーフィスさんの死んだ魚のような灰色の瞳による視線が交錯した。

 

「我、オーフィス」

 

『Aaaaa――』

 

「ん……ティアマト、おぼえた。ティアマト、どこから来た?」

 

『AaaaAaaaaa――Aaaaa――』

 

「そう、知らない。少し気になる」

 

 あら、意外にも会話に花が咲いている。ティアマトさんのコミュ力が思ったよりも高かったようだ。流石は元最高神といったところだろうか。

 

「言いたいことは色々増えましたけど……まずなんで釣れんのよ!?」

 

「オーフィスさんならたまに釣れるよ? 月一ぐらいで」

 

「ん……今月3回目」

 

「全然久しくもないじゃないッ!?」

 

 本人の自己申告によると、今月はいつもより多く水揚げされているらしい。大漁だな。

 

 ちなみにオーフィスさんが釣れる理由としては、人間がまだ地球の形を認識しておらず、海の果ては滝になっていると思っていた時代ぐらい大昔の一部の人間の認識で、世界の外周つまりは海の周りをぐるっと囲んでいたものはウロボロスな訳であるが、オーフィスさんと同一視されたからじゃないかと思う。

 

「なんで理由はまあまあマトモなのよ……」

 

「理由ないと釣れないもの」

 

「…………そうだけど納得いかない」

 

 まあ、本当のところは知らないので案外オーフィスさんが海中でぼーっとしてたとか、そんな理由かも知れないが言わぬが花だろう。

 

「なんでそんな親しげなのよ……」

 

「ん……」

 

 オーフィスさんはティアマトさんのお膝の上でビシッと俺を指差してから呟いた。

 

「"まぶだち"」

 

「マブいぜ」

 

「いえーい」

 

「イエーイ」

 

 無表情のオーフィスさんの手と、俺の手でハイタッチが行われ、見た目とは裏腹に炸裂音のような爆音が響き渡る。あんまり加減してくれなかったので、俺の肩が吹き飛ばんばかりの衝撃を受けたがなんとか耐えた。

 

「釣る度にオーフィスさんのお話聞いて、色々教えてたらこんな感じになっちゃった」

 

 最初にあった頃は純粋無垢な感じだったのだが、今では随分言葉やら人間の概念やらを覚えた結果だいぶ世俗に染まった気がする。相変わらず、俺以外友達はいないらしいけど。

 

「…………そういやアンタ、ティアマトとも話したって言ってたわよね?」

 

『Aaaaa――』

 

 勿論である。というかティアマトさんに家に気が済むまで居候しないかという話を持ち掛けたの俺だし。

 

「オマエノシワザダッタノカ……」

 

「なんて人聞きの悪いことをいうんだ」

 

 可哀想じゃないか、美人なのに帰る家がないんだぞ。美人なのに帰る家がないんだぞ! 美人なのに!

 

「家……?」

 

 すると何故かオーフィスさんがその単語に反応したので俺とジャンヌはそちらを向く。

 

「我、家ない」

 

「にゃんて……?」

 

 気が動転したのかジャンヌは奇妙なニュアンスで言葉を呟いていた。だいぶ可愛い。

 

 それにしても聞き捨てならないことを聞いた。そこそこ長い付き合いになるが、まさか無限の龍神に帰る家がないだなんて考えもしなかった。

 

「あれ、そうだったの? なら家くる?」 

 

「ん……」

 

 オーフィスさんが唇を震わせて考える素振りをしていると、突然オーフィスさんが宙に浮いた。

 

 まあ、ティアマトさんがオーフィスさんの脇に手を入れて猫か何かのように抱え上げただけなんだが。

 

『Aaaaa――Aaa――』

 

 ティアマトさんは腕の中でくるりとオーフィスさんを半回転させて向き合うと、そう問い掛けた。その言葉にオーフィスさんの表情が驚きに変わる。

 

「ティアマト……我、もう……ともだち?」

 

『Aaa――』

 

「わかった、行く」

 

 無表情で死んだ魚のような目のまま、キラリと星を浮かべたような表情をするという器用なことをしたオーフィスさんは、地面に下ろさせるとトコトコ歩いて俺の前に来て口を開いた。

 

「世話になる」

 

「やったなジャンヌ。お前も家族だ」

 

「死ね!」

 

 管理大変なレベルで無駄にデカい家なので部屋には事欠かない。

 

 部屋の片付けも手伝うし、もっと増えるであろう食材などの買い物も手伝う、拾った以上最後まで責任を持つ所存である。

 

 両親が帰って来た時に、母親が俺を拳で叩き伏せる可能性が非常に高いが、それぐらい安いもんだ。

 

 そんなことを考えながら、両親不在の我が家で家計を支えているジャンヌの振り上げられた足を尻目に、次の瞬間には俺の脛へと突き刺さるビジョンを想像しながら甘んじて受け入れた。

 

 

 








◇釣果
◆オーフィス
 この作品のマスコット枠兼リヴァイアさん枠。無限の龍神でお馴染みオーフィスちゃん。葵のふれんず、なんとなく性格が似ているのがポイントらしい。




◇愛宕葵のスキル
◆動物会話:A+++
 父親譲りの能力。言葉を持たない動物との意思疎通が可能。動物側の頭が良くなる訳ではないので、あまり複雑なニュアンスは伝わらない。
 A+++というのは対象とする動物の範囲と、葵の動物に対するコミュ力の高さであり、葵の場合は凡そ全ての動物を対象とし、最高位の幻獣種である竜種であろうと10分も話せれば敵対を解き、30分もあれば勝手に背中に乗っても何も言われない程度の扱いとなり、2時間もあれば友達になれる。更に例え言葉を持っていても精神構造が動物に近いのならば対象内。最早異能の類い。
 ただし、デメリットとして、あまりにも高過ぎる動物会話スキルは葵の精神構造にまで影響を及ぼしており、人間に対しても同じように接するため、人間からすると異様にマイペースな人間に見える。後、空気とかあんまり読めない。
 
ゲーム内での効果:
自身のNPをものすごく増やす(150~200%)+自身を除く味方全体のNPを30%減らす【デメリット】(5~7T)






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三姉妹と海(前)

どうもちゅーに菌or病魔です。タグ詐欺になりそうなので前後編で残り二人の聖女がでます。前編ではちょっとだけです。


 

 

 

 

 ティアマトさんに続いて、オーフィスさんが我が家に来てから数日が経った。

 

 とはいえ何が変わったということも特になかった。何せ、オーフィスさんは釣った後、隣どころかお膝に居ても置物かと見紛うレベルで動かず、邪魔にもならないという、へんないきものである。

 

 今、家でしていることといえば、いつの間にかティアマトさんに占領されたテレビの前に置いてある人をダメにするソファーに座るティアマトさんのお膝に座ることぐらいであろう。それでもマブダチの俺だからわかるレベルで微妙に声が上ずったりしているので一応、楽しいらしい。

 

 最もそんなオーフィスさんも食事時は存在感全開になるのだが――。

 

「"ぬ"、おかわり」

 

『"A"』

 

「ねえ? なんで私、オーフィスから"ぬ"って呼ばれてんの? というかまさかティアマトからもそう呼ばれてない? っていうかアンタ最初はジャンヌって呼んでたわよね?」

 

 残念ながらそのまさかであるが、言わぬが花だろう。

 

「はぁ……」

 

 黒のTシャツにベージュのスラックスの服装をして、エプロンを身に付けているジャンヌは、ぶつぶついいながらもオーフィスさんと、ティアマトさんからお椀を受け取り、ご飯をよそって渡していた。

 

「オーフィス、ほっぺにご飯粒付いていますよ?」

 

「ん……」

 

「んじゃないわよ、まったく……」

 

 そういいつつ、眉をすくめながらもオーフィスさんのご飯粒を取ってあげるジャンヌ。その姿は完全にお母さんのそれである。

 

 しかし、オーフィスさんはほっぺにご飯粒付けるなんて可愛いなあ、ヒヒヒ。

 

「………………」

 

 小さく呟きながら笑っていると、何故かジャンヌは真顔で俺を少し見つめてきた。

 

「フッ――」

 

 なんだろうと考えていると、ジャンヌは短く息を漏らし、嘲笑とも呆れとも見て取れるような笑みを浮かべ、口元に手を当てながらポツリと呟いた。

 

「微笑ましそうなところお言葉ですが、アナタもほっぺにご飯粒付いていますよ?」

 

 おうふ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつものようにジャンヌと学校に行き、授業を受け、昼食時間になった頃合い。

 

 いつものならばジャンヌと机をくっ付けて二人でお弁当を食べるのだが、最近は少し違っていた。

 

「よっす」

 

「よろしくお願いします!」

 

 イッセーと最近転校してきたアーシアさんとの4人で昼食を取るようになったからである。そして、今日は気分転換に他に誰もいない学校の屋上に来て食べている。

 

 何故かイッセーにベッタリなアーシアさんなのだが、イッセーがクラスで肩身が狭くなったとのことで、少し前から俺とジャンヌと食事を取ることになった。まあ、断る理由もない、食事は賑やかな方が楽しいだろう。

 

 えーと、それでアーシアさんの下の名前は……アルデンテ? いや、そんなしんなりしそうな名前ではなかったような……。

 

「アーシア・アルジェントよ。いい加減覚えなさい」

 

「ごめんなさい」

 

「い、いえ! 謝られるようなことでは……」

 

 アーシアさんはジャンヌに比べると天使と悪魔レベルで優しい娘である。優しさに浄化されそうになるが、ジャンヌの前で、ふにふになアーシアさんで和んでいると、足を踏まれるので顔には出さない。

 

 ちなみにアーシアさんは"悪魔"だからなのか、ジャンヌはとてもアーシアさんに優しい。料理の仕方などをレクチャーしている会話をよく耳にする。

 

 そんなこんなで他愛もない話に花を咲かせていると、ふと疑問に感じたので聞いてみる事にした。回りに他の生徒も居ないしな。

 

「そういやさ、イッセー」

 

「なんだ?」

 

「お前なんで悪魔になってるの?」

 

「あー、それね! 話せば長いんだけど…………へ?」

 

「ぶふぅぅ!?」

 

「ジャ、ジャンヌさん!?」

 

 イッセーはさっきまで話していた何気ない会話と同じように話そうとしたが止まり、ジャンヌは丁度飲んでいた紙パックのいちごミルクを吹き出し、綺麗な虹が見えた。

 

「ジャンヌ、食事中に汚――」

 

「うるさい! アンタまさか……2週間ふたりとお昼食べて今その疑問を覚えたとか言うんじゃないでしょうね!?」

 

「え……そうだけど?」

 

 なんだ、もう2週間も経っていたのか。それはそれとして、だってまさにイメチェンじゃん? 悪魔になるってさ。いや、それとも遅めの高校デビューって奴かな? まあ、何れにしろ思いはしたが、聞くほどでもなかったかなと考えていたのだが……。

 

「葵は悪魔を知って……いやいやいや、それより髪染めたと変わらない程度の認識なのか!?」

 

「いや、最初の2日ぐらいはイッセーの魔力量が低過ぎて気のせいかと思ったぞ?」

 

「ふぐぅぅぅぅ!!?」

 

「イッセーさん!?」

 

 その後、クラスメイトの目もあるので落ち着き、なんだかんだ話した末。オカルト研究部の部長の方のグレモリーさんではなく、その兄の方のグレモリーさんの名刺を見せて納得して貰ったりした。

 

 まあ、実際のところ。友人が悪魔になったからといって俺に何が変わったのかという話だ。実害も何もないし、イッセーはイッセーなのだからそれでいいと思うのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イッセーに悪魔になっているのか聞いた週の週末。俺はいつものように朝から釣りに来ていた。今朝の神器(ビックフィッシャー)は魚に飢えている。

 

『Aaaaa~♪』

 

「~♪」

 

 ジャンヌがカラオケでよく歌っている"色彩"という歌をご機嫌な様子でティアマトさんが口ずさんでいるので俺も一緒になって歌いながら当たりを待っていた。

 

 今日はジャンヌは家でゲームをしており、オーフィスさんはそれに興味を示して見ているので、今はティアマトさんと二人きりである。

 

「お」

 

『Aa――!』

 

 そんなことを考えていると竿に当たりが来た。

 

「そおいっ!」

 

『Aaa!』

 

 原初の海の女神のそおいっ!と共にそれは陸地に打ち上げらた。

 

「ヲ"っ!?」

 

 ビタンと音を立てて叩き付けられたことで、それは奇妙な声を上げる。

 

 見ればなんかスゴく頭でっかちな人型の生物だということがわかった。黒い頭には歯が覗く大きな口と触手がついている。

 

戦闘になる(エンカウント)かな?」

 

『Aaaaa――?』

 

「そう、たまにこっちに襲い掛かってくる生き物も釣れるんだ」

 

 手元に炎を出しながら呟くとティアマトさんが聞いてきたのでそう返した。色々釣った経験上、触手の多い生き物とか半魚人とかはだいたい襲い掛かってくるイメージなのである。

 

『Aaa――』

 

 するとティアマトさんはしゅしゅしゅと片手で素早く拳を切った。なんだかいつまで経っても終わらない最後のファンタジーのナンバリング七作目の忍者少女のような動作である。

 

 原初の元創造神がついているなら百人力だなと思いながら生き物を見た。

 

「ヲ~……?」

 

 すると生き物はむくりと頭を上げて辺りを見回した。

 

 なんと、頭だと思っていたものは奇抜なデザインの帽子であり、帽子の下にLEDのような青い瞳をして、白い髪に真っ白い肌をした女性であった。一瞬、全裸なのかと思ったが、肌とほぼ同じ白さの競泳水着のようなタイツのようなものを着用しており、背中に黒いマントを羽織っている。

 

 黒帽子の女性は立ち上がり、埃を払う動作をすると近くに落ちていた黒い杖を拾い上げ、それを杖として使った。金属製なのかコンクリートに突き立てられた杖は小気味良い音を響かせる。

 

「………………」

 

「………………」

 

 黒帽子の女性は俺をじっと見つめてきた。俺も初見の人外な女性を釣り上げたのは久し振りなため、見つめたまま押し黙ってしまった。

 

 ひょっとしたらその髪と肌の白さ……ジャンヌの仲間だったりするのだろうか? うーん、強ち否定できないなあ。

 

「おはようございます」

 

「ヲー……?」

 

 とりあえずコミュニケーションの基本の挨拶をしてみると、黒帽子の女性は疑問符を浮かべたような様子ながら挨拶を返してくれた。どうやら社交的な種族のようである。

 

「ヲっ?」

 

「え? 俺が人間か? 一応、半分は人間かな」

 

「ヲ……」

 

 そう返すと黒帽子の女性は難しそうな顔で考え込む。何かと考えていると再び口を開いた。

 

「ヲっ?」

 

「海が好きか? もちろん、大好きだよ。今こうして釣りに来るぐらいにはね」

 

「………………ヲっ」

 

 ならいいや、と言われた。なんだかよくわからないが、黒帽子の女性的にいいらしい。なんだかわからないが、とりあえず喜んでおこう。

 

「ヲっ――」

 

 黒帽子の女性はそれでここはどこなのかと俺に問い掛ける途中で言葉を止め、ある方向に釘付けになった。

 

『…………?』

 

 何かと思うと、視線の先には"私?"と言いたげに指を己に向けたティアマトさんがいた。

 

「ヲ……ヲ……ヲ――!」

 

『Aaa――?』

 

「ヲっ! ヲっ!」

 

『Aaaaa――』

 

「ヲ――?」

 

『Aaaaa――Aaaaaaaa――』

 

「ヲっ……」

 

『Aaaaa――(ぎゅっ)』

 

「ヲっ!?」

 

『Aaa――(ぽんぽん)』

 

「ヲ……ひぐっ……うっ……」

 

 ぐすん……いい話だなぁ……。

 

 簡潔に説明すると。ティアマトさんは原初の海の女神な訳で、海産物っぽい見た目の彼女的には本能的にとても偉大な方らしい。さながら見たこともないが、己は敬愛している母のような存在であるそうだ。そして、ティアマトさんは"自分以外のために戦わなくていいから"と諭し、抱き寄せて頭を撫でているところなのである。

 

『Aaaaa――』

 

「ヲっ……」

 

 そうそう、ティアマトさんの言う通り、ここにいる男の人が養ってくれるから……ん?

 

「ちょ……流石に俺、ジャンヌに殺されちま――」

 

『Aaaaa――』

 

「ヲっ!」

 

 するとティアマトさんに背中を押され、黒帽子の女性は俺の前に来るともじもじしながら、身長差もあるので上目遣いになって泣き晴らした赤みをそのままに、どこか嬉しげで期待に溢れた表情で俺に言葉を吐いた。

 

「ヲっ……?」

 

「全力で検討し、ジャンヌに焼かれながらでも必ずや迎え入れて見せます!」

 

 チクショウ! こんなん反則や……! 男なら断れる訳がない……!

 

 それから、ティアマトさんが意外にもかなり図々しいことを知った日でもあった。まあ、最高神なんてそうでないと勤まらないんだろうなあ。

 

 ちなみに黒帽子の彼女の名前は"空母ヲ級"というらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~♪ ~♪」

 

『Aa――Aa――』

 

「ヲ~、ヲ~」

 

 釣れるまでは暇なのでティアマトさんとついでにヲ級ちゃんに口笛の吹き方を教えているのだが、二人とも驚くほど全然上達しない。親子かコイツら。

 

 まだまだ先は遠そうであるが、急ぎもしないので暇潰しにその内吹けるようになればいいだろう。

 

「ヲっ」

 

 そんなことをしているとヲ級ちゃんが声を上げて水面を指差したので見ると、水面に垂らされた糸が引いているのがわかった。

 

「お」

 

『Aa――!』

 

 再び竿に来た当たりにティアマトさんも興奮気味である。

 

 そして、それは陸上に釣り上げられた。

 

「きゅー」

 

 釣ったものはネズミ色の肌をしたイルカであった。陸でビチビチ暴れることもなく、一言"こんにちわ"と呟いてからこっちを見てじっとしている。

 

『Aaa――Aaaaa――Aaaaaaa――?』

 

 ティアマトさんは真顔かつ少し色褪せた瞳で、"知っています。知っていますとも、イルカって食べれるんですよね?"と言っている。

 

「海の羊飼いに怒られちゃうからダメです」

 

 後、このイルカ知り合いだし。

 

「今日はどうしたのさ"リース"?」

 

 このイルカの名はリースという。ジャンヌ絡みの知り合いの使い魔であり、とても頭がいい子である。後、空飛べたりする。

 

 そこそこ頻繁に俺の神器に掛かり、 視界から決して離れない立ち位置でふよふよ浮き、 期待に溢れたキラキラした目をしつつ満足するまで魚を食べさせないと帰ってくれない困った子でもある。お前を消す方法を知りたい。

 

「きゅきゅっきゅー」

 

「え? マジで? "ジャンヌさん"と"ジャンヌちゃん"帰ってきてんの?」

 

 これはいけないと思い、俺は釣りを切り上げティアマトさんとヲ級ちゃんを連れて自宅に帰った。リースは瞬間移動や地面を泳ぐことも出来るので放っておいても問題ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、自宅で俺たちが目にした光景は――。

 

 

 

「オルタ! お姉ちゃんが帰ってきましたよ!」

 

「寄るな、抱き着くな、撫でるな!?」

 

「あ、お帰りなさい。"カラス"さん!」

 

 

 

 眼鏡をかけて首にホイッスルをかけたジャンヌさん――ジャンヌのオリジナルでジャンヌ・ダルクの魂を受け継ぐ女性が、そんなジャンヌさんのクローンであり我が家の生命線のジャンヌに抱き着き、そのジャンヌのクローンであるジャンヌちゃんが帰宅したこちらに気づいてお辞儀をしてくる状況であった。

 

 

 







Q:なんで葵くんこんなバンバン女の子釣れるようになったん?
A:最近隣にいるティアマトさんの幸運ステータスに注目



◇登場人物紹介
・ジャンヌさん
この小説の姉キャラ枠。ジャンヌ・ダルクの魂を受け継ぐ者……なのだが、姉ムーヴに飢えた、姉なるもの。葵と出会った頃はかなりマトモで真面目な性格だったのだが、妹がふたり出来たことを知った後、奴は弾けた。ついでに葵が自分より年下なので弟扱いしている節があるファミパン聖女。あなたも家族です……。
※彼女がいるため、原作のジャンヌ・ダルクは弾き出されました。

・ジャンヌちゃん
ジャンヌに次ぐこの小説の相対的常識人枠その2。ジャンヌ・ダルクのクローンであるジャンヌの更にクローン。明るくロジカルな性格であり、どうなったらジャンヌになるのか不思議な程中身が似ていない。ジャンヌさんのことは正しく成長した私、ジャンヌのことは私と呼んでいる。ただ、最近ジャンヌさんがファミパン聖女になっているので、複雑な心境。


~釣果~
ヲ級ちゃん
みんな大好き敵艦隊のアイドル。葵くんの動物会話能力は深海棲艦にも有効。この小説のマスコット枠。海月みたいな帽子のようなものを乗せたよくわからない人型の生き物。何故かティアマトをとても慕っており、なついている。

リース
イルカを飛ばすからジャンヌさんはアーチャー。ジャンヌさんの使い魔であるイルカ。釣りをしているとたまに釣れる。地上を闊歩し空を飛ぶ。知能も高く、視界の右隅から決してつかず離れず出現し続けることもできる。そのままにしておくと釣果を物欲しそうな目で見てくる。ジャンヌさんに似てか、よく食べる。お前を消す方法を知りたい。



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三姉妹と海(後)

「オルタ! お姉ちゃんにただいまのキスしましょう!」

 

「ふざけんじゃないわよ!? 離せ怪力女!」

 

 現在、久し振りに家に帰ってきたことにより、感極まっていつものより数倍グイグイ迫るジャンヌさんがジャンヌを力で押さえ込んでおり、完全にマウントを取られていた。これが姉妹愛か……。

 

「くけけけけ」

 

 リースの言うとおり笑うしかないなあ……それにしても口開けて前から見るイルカって歯がスゴくて怖い。

 

「おかえり、マモル」

 

「ただいま、オーフィスさん」

 

 そんなことを考えているとオーフィスさんがトコトコ歩いて挨拶して来たのでこちらも返した。

 

 そういえばオーフィスさんの咬合力はリースより遥かに高いんだよな。ドラゴンだし。

 

「オーフィスさん、ちょっと口開けてみて?」

 

「ん…………」

 

 オーフィスさんは特に疑問に思う様子もなく口を開けた。そこにはリースと比べるべくもない、可愛らしい八重歯が並んでいた。力は何百倍かもしれないがこれでは全然怖くないなあ。

 

「甘い」

 

 見せてくれたお礼にべっこう飴を口に入れるとオーフィスさんはコロコロ転がしながら小並感を呟いた。ちなみにオーフィスさんは飴を噛まずに消えるまでなめているいい子である。

 

「あ、あのカラスさん……その方は?」

 

 するとジャンヌちゃんから質問があり、何やらそわそわとしている。同年代か年下っぽいからだろうか。

 

 とりあえずジャンヌさんとジャンヌ置いておいて、先にジャンヌちゃんと話そう。多分、ジャンヌならまだ5分ぐらい持つと思うので大丈夫だろう。

 

 ちなみにジャンヌと、ジャンヌさんと、ジャンヌちゃんは血は100%繋がった姉妹である。

 

 真面目かつ簡単に説明すると、ジャンヌさんが英雄ジャンヌ・ダルクの魂を受け継ぐ者であり、ジャンヌはジャンヌさんのクローンであり、ジャンヌちゃんはジャンヌのクローンなのだ。そして、三人は数奇な運命の下、こうして我が家に集まっているのである。

 

 ジャンヌさんが俺を含めてこの中で一番年上で、教会――もとい天界陣営に就職したので、普段はこの家を開けており、たまに帰ってきてはこうしてジャンヌに抱き着く。ジャンヌちゃんは社会勉強も兼ねてジャンヌさんと一緒に天界陣営へと着いて行っているのだ。

 

 ちなみに俺はジャンヌちゃんからカラスさん等と呼ばれている。

 

 まあ、その辺りは単純に俺の種族が――。

 

「あ、あの……」

 

「――ああ! 悪い悪い考え事してた」

 

 思考しているうちにジャンヌちゃんを忘れていた。これは失敬、失敬。

 

「彼女はオーフィスさん。ほら、あの無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)だよ」

 

「ん……我、オーフィス」

 

 何故かジャンヌちゃんに向けて荒ぶる鷹のポーズをしながら自己紹介をするオーフィスさん、無論相変わらずの死んだ魚の目と無表情である。他人事のようだが、随分ユーモラスにもなったものだな。

 

「そうなんですか! オーフィ……ス……さん――?」

 

 するとジャンヌちゃんは言葉が尻すぼみになっていき、やがて目を見開いた。

 

「えぇぇぇぇぇぇ!!!?」

 

 ついでに絶叫する。俺とオーフィスさんは目を丸くして、目を見合わせてから絶叫の理由を考え、思い当たらなかったので同時に首を傾げた。

 

「あれ? オーフィスさんじゃないですか? どうして家に?」

 

 するとジャンヌに物理的に絡んでいた本物の聖処女が話に入ってきた。心なしかつやつやである。

 

 ふと、気になったのでジャンヌに目をやる。

 

「………………姉だったわ……」

 

 なんだか、目に光がないままうわ言のように姉と呟きながら床に倒れ伏して、平常時の数倍真っ白なジャンヌがいた。

 

 まあ、いつもこんな感じになるのですぐに再生するだろう。

 

「し、知ってるんですか私!?」

 

「ええ、もちろんです! だって私がこの家に居た頃、マモルさんの釣りに行くとたまに釣れましたから」

 

「我、大漁」

 

「ええ……ええ……?」

 

 ジャンヌちゃんは困惑と言わんばかりに表情を歪めた。

 

 ジャンヌさんは家に居た頃はその場で俺が魚焼くのを食べる目的でしょっちゅう釣りに着いてきたからなあ。

 

「待て……! 知らないわよ私そんなのッ……! アンタ……ソイツの釣りに着いて行ってたの!?」

 

「あ……これオルタにはナイショだったんでした!」

 

 やっちまったと言わんばかりにコツンと自分の頭を小突きながら片目を瞑り、舌を出す聖処女さま。これだけで今までの奇行が全てチャラになって、お釣りが来るぐらい可愛いのだから美人ってズルいと思うの。

 

 ちなみにオルタとは代用やもうひとつの(オルタナティブ)という意味があり、ジャンヌが考えた呼び名である。ジャンヌなりにジャンヌさんにコンプレックスを持ってそうジャンヌさんに呼ばせているかもしれないので、俺はそう呼ぶことはない。俺の中でジャンヌはジャンヌなのである。

 

「でも大丈夫ですよオルタ」

 

 ジャンヌさんは腰に手を当てながら温かい瞳をしながら、最近になって掛け始めた眼鏡を直した。

 

「あなたの未来の旦那さんを私が盗るわけないじゃないですか」

 

「――――――!」

 

「おっ! 姉妹喧嘩ですか、受けて立ちますよ!」

 

「だぁぁ――まぁぁ――れぇぇぇ!!」

 

 ジャンヌは声にならない声をあげながら顔を真っ赤にしつつ、実際に身体から黒い炎を噴き上げながら、ジャンヌさんに飛び掛かった。

 

 HAHAHA。まー、好きでもない奴の旦那さんにさせられたらそりゃあ怒るわな。

 

『Aaaaa……?』

 

「いや、本気で言ってるのも何も普通年頃の女の子はそう反応するじゃないですか」

 

 夢なんて見ません、見ませんとも。

 

『Aaa……』

 

 ティアマトさんに小さく溜め息を吐かれた。解せぬ。

 

 ちなみに例えるのならジャンヌさんはみず・かくとうタイプで、ジャンヌはほのお・あくタイプなのでどちらが勝つかは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……やっぱりオルタの料理は美味しいですねぇ……」

 

「ケッ……!」

 

 姉妹喧嘩が終わった後、我々はやや遅めのランチを取っていた。ジャンヌさんが頬に手をやり舌鼓を打つ度に、ジャンヌが舌打ちをするという妙な光景が広がっている。

 

 元々よく食べるジャンヌさんがおり、その向かいにティアマトさんとオーフィスさんがいることで面白いように食材が溶けていき、台所に立つジャンヌと俺はてんてこ舞いである。

 

 ちなみにジャンヌさんも料理は出来るが、ジャンヌと比べられるような腕ではない、俗に普通という程度である。まあ、とても凝り性で、なんでもとことんまでやりたがるのがジャンヌの性格だ。その辺りがジャンヌさんとの大きな違いと言えよう。

 

「あの……何かお手伝いしなくていいでしょうか?」

 

 カウンター越しにジャンヌさんの隣に座ってランチを取っているジャンヌちゃんが申し訳なさそうにそんなことを呟いてきた。

 

「いいのいいの、好きでやってるからね」

 

「そうね、気づいたらまた海産物が家に増えてますものね」

 

 そう言いながらジャンヌは俺の足を踏みつつ笑顔に青筋を立ててこちらを見て来た。

 

 わぁ……怒ってらっしゃるぅ……。

 

「ヲー」

 

 そんなやり取りをしていると、帽子がなくエプロン姿のヲ級ちゃんが空のお盆を持ってキッチンに入って来た。配膳の仕事を買って出てくれているのである。

 

 ちなみにあの触手帽子はお家でのマナーとして玄関の帽子掛けに吊るしてある。掛けてみると触手部分が地面に触れていたので蝶々結びにしてあるのだが、無くすと困るぐらい大事な物らしいのでそのままも忍びないし、ヲ級ちゃんの帽子の置き台とか作らなきゃな。

 

「ありがと。次はこれね」

 

「ヲー!」

 

 ジャンヌはヲ級ちゃんのお盆に追加の料理を乗せ、ポンポンと頭を撫でてからヲ級ちゃんを送り出した。

 

 いやー……俺が言えた義理では確実に無いのだが――。

 

「逞しいなぁ……ジャンヌ」

 

「誰のせいよ誰の!」

 

 いや、ホントすみませんマジで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャンヌさんとジャンヌちゃんが家に戻ってから最初の登校日の昼食時。俺とジャンヌはいつも通のように学校におり、イッセーとアルジェントさんと共に屋上で食事をしていた。

 

 ジャンヌさんによればジャンヌちゃんと共に暫く家に滞在するとのことである。リースはジャンヌさんとセットなのでノーカウント。

 

 理由は近々、三陣営での話し合いの場が設けられる可能性が非常に高いらしく、それまでの間はジャンヌが直接行うようなこともないため、休暇なんだとか。くっそホワイトだな天界。

 

 それを聞いたジャンヌは切れ気味であったが、この家はジャンヌさんの家でもあるので、ぶつぶついいながら受け入れていた。相変わらず良くできた娘である。

 

 ちなみにテロリストの首領であるオーフィスさんについて天界には報告しないでいいのかなと聞いたところ――。

 

『………………? なんで報告する必要があるんですか?』

 

 と、首を傾げながら、リビングのテレビでジャンヌとマリカーしているオーフィスさんを眺めてそう返して来たので大丈夫だろう。

 

 まあ、知ってる者からしたらオーフィスさんは非常に温厚で、そこそこ好奇心のあるただのドラゴンだからなあ。ちなみに遂にジャンヌに勧められてゲームに手を付け始めたようである。

 

 そんなことを考えていると隣にいるイッセーが口を開いた。

 

「なあマモル、ちょっといいか……?」

 

「ふむ、勿論いいぞ」

 

 なんだか少し深刻そうな面持ちに見えたので、こちらも真剣に話を聞くことにした。イッセーの隣のアルジェントさんもふにゃふにゃした顔をキリリと整えて真面目そうである。

 

 

 

 イッセーから聞いた話をまとめると、どうやらリアス・グレモリーさんと、フェニックス家のライザーさんとやらで非公式のレーティングゲームがあるらしい。

 

 その経緯はフェニックス家の三男の方が、本来大学卒業後の予定だったリアス・グレモリーさんとの結婚を踏み倒して来たことがそもそもの原因らしい。

 

 悪魔なら契約は守らないといけないだろと思うが、案外そうでもないのだろうか?

 

 その過程で三男の方に半分は自爆と言えど、イッセーがクッソ煽られたりしており、どうやらその事が尾をひいているようである。

 

 そして、明日から1週間、山籠りの修行くとのことである。

「なにそれ、スポ魂漫画の読み過ぎでしょう」

 

 と、1日平均5~10冊は漫画読んでるジャンヌが申しております。

 

「へー」

 

 俺は持っていた紙パックのバナナジュースを飲み干してから口を開いた。

 

 しかし、酷いな色々と。何もかもなんだと思っているのだろうか。

 

「話を聞く限りフェアじゃないなあ……それじゃあ――」

 

「ちょっと、そんなことで怒んないの」

 

「え? マモル怒ってるのか……?」

 

 俺の内心を読み取ったジャンヌに言葉を止められ、少しだけ頭が冷えた。

 

 うん、そうだよな。

 

「いきなりフェニックス家をその人を燃やすのはよくないよなあ……」

 

「へ?」

 

「ホント、アンタは家族と友達想いですね」

 

 そりゃ、そうだ。俺の友達が傷つけられたんだ。今、怒らずしていつ怒る。

 

 無論、家族もそうだ。家族を傷つけられる以上に不愉快なことがどこにあるというのか。

 

 そして、相手に思い知らせてやるしかないじゃないか。2度と家族や友達が傷つけられないように。それが友達だ。それこそが家族だ。そうだろう?

 

「お、おい……マモル?」

 

「ま、マモルさん……?」

 

「ハァ……無駄よ。こうなったらコイツは相手を燃やし尽くすまで絶対止まらないんだから」

 

 そういうジャンヌの表情は諦め半分、これから起こることへの期待半分といった様子であった。

 

「イッセー、アルジェントさん。俺ちょっと――」

 

 俺は手のひらで転がしていた空の紙パックに火を付け、跡形もなく燃やし尽くした。

 

「話し合いにフェニックス家行ってくるわ」

 

 俺の放課後の予定が決まった瞬間であった。今日は釣りはお休みである。

 

 

 

 

 

 






※マモルくんはイッセーが悪魔になった経緯を知りません。まあ、相手が全滅しているのでマモルくんは納得するでしょう。

ジャンヌさんはファミパンですが、主人公はもっとアレです。というか武力を持たせてはいけないような人種です。まあ、主人公の父親はアレだからね。仕方ないね。

あ、GOD EATERのTSアラガミ憑依(転生)小説を書いたのでよかったらそちらもどうぞ。


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愛宕

 どうもちゅーに菌or病魔です。

 いやー、他の小説を更新するのとリアルが大変なので更新が遅れました。すみません。この小説は完結させたいと考えているので勿論、頑張らせていただきますよ。神器がアレなので新キャラを続々出せるような設定にしていますが、後とある天使様を一匹釣ったら一旦打ち止めになりますのでご了承下さい。

 ちなみに感想とか評価とかくれるこの作者はとても喜びます。それと感想にはポリシーとして全て返信させていただきます(現金な奴)



 

 

 

「いやー、面識もないのに突然来てしまって申し訳ありません」

 

 そう言いながらテーブルを挟んで座る"愛宕葵"という男は、ライザー・フェニックスに、目を細めながらにこやかな笑みを浮かべていた。

 

「………………」

 

 彼の隣にはライザーの方を向かず、屋敷の外に見える黒紫色の空を眺めている銀髪の黒い美女がいるため、本人だという事は明白だ。

 

 最もそれ以前にグレイフィア・ルキフグスや、四大魔王と対峙した時と似たような感覚を彼からは覚えるため、否が応でも実力者だと言うことはわかる。

 

 彼の父親である人物は元の風来坊な気質から三大勢力どころか、他の神話体系とも広く深い交遊を持ち、更にその力から一目を置かれている存在なのだ。悪魔で言うところの超越者としての認識を全世界にされているというところであろう。

 

 当然、そのような存在の息子の来訪を無下にすることもし辛く、更にリアス・グレモリーとのレーティングゲームについての話ということで、ライザー・フェニックスが対応した次第である。

 

「グレモリーさんとのレーティングゲーム、楽しみですね。折角ですから、私とジャンヌも見に行くことにしたんですよ」

 

「そうですか」

 

 実際のところライザーは、葵とジャンヌが通う学校はサーゼクス・ルシファーの伝で駒王学園に入学したとあった為、あの学校に彼が居たということを後で知り、リアス・グレモリーと結婚した場合を考え、面識を持つ可能性を考慮して、挨拶に行けばよかったと多少後悔していたため、わざわざ向こうから出向いて来られたことは渡りに船といえた。

 

「今回来た件は悪いお話ではないと思います。そもそも、これは非公式のレーティングゲームですよね?」

 

「というと……?」

 

 葵は単純にレーティングゲームについて考えを述べる。

 

 王を含めず、女王9、戦車5×2、僧侶3×2、騎士3×2 、兵士1×9が悪魔の駒の価値だ。

 

 ライザー・フェニックスの駒の数は全て揃っている。 つまりは合計の最大値である40点ということになる。

 

 それに比べてリアス・グレモリーの駒は片方の僧侶は確実に出てこないことも勘定に入れると、女王、戦車、僧侶、騎士、兵士9個で合わせて、29点ということになる。

 

「…………確かにそうですが、それぐらいのことは公式戦ではザラに――」

 

「いや、だったら尚更フェアにやるべきでしょう? 非公式なんですもの。つまりは幾らでもハンデの付けようはあるんですよ? いやー、まさかまさか、公式戦にも一回も出たことのない新人の悪魔たちが、高々1週間修行するだけで11点もの駒の差が本気で埋まるなんて思っていないですよね?」

 

「…………何が言いたいのでしょうか?」

 

 その言葉にライザーは顔をしかめながら聞き返した。すると、葵は笑みを強め、嬉しそうに口を開く。

 

「はい、単刀直入かつ客観的に申しますと――」

 

 葵は少し間を開けてから言葉を吐いた。

 

「今のところ私の目には年上の悪魔男性が、年下のか弱い悪魔の女性を苛めているようにしか見えないんですよね。レーティングゲームの提案は向こうだったとしても、最低限の大人の対応を見せるべきなのは果たしてどちらなのでしょうか? 寧ろあなたは彼女に40:60程のハンデをつけてもいいのでは? とも思ってしまいますね」

 

「………………」

 

 その言葉にライザーは返す言葉を失った。少し考えて言葉を探している内に葵は再び、口を開く。

 

「少しお話を聞いて、観戦に行くただけの部外者の私ですらそう思うのですから、私と同じように実際会場に来た悪魔の方々はどう感じるのでしょうか? 来るのでしょう? あなたとグレモリーさんの試合に来賓の悪魔の方々が沢山」

 

「ぐっ……」

 

 その言葉にライザーは苦虫を噛み潰したような表情になった。つまり、こういいたいのだろう。"このままではフェニックス家の沽券に関わるのではないか?"と。

 

 返す言葉を探し、ライザーの脳裏に思い浮かんだ者はリアス・グレモリーらの部室に出向いた時の光景であった。

 

「……リアスは神滅具を抱えています。それだけで価値の差は埋められるでしょう……」

 

 苦し紛れとも言えるが、筋は通っていた。それほどまでに神滅具はレーティングゲームでも強大なものである。

 

「へー」

 

 それを聞いた葵は空返事のような素っ気ない言葉を返す、そして小さく笑い声を漏らしてから言葉を紡いだ。

 

「対面したときは随分、兵士の転生悪魔を貶しておいて、いざ勝負となればそれを持ち出すと……確か豚に真珠ではなかったんですか?」

 

「それは……」

 

 ライザーが呟いたところで、葵はこれまで笑みを浮かべており、見えなかった目を開く。そこには獄氷のように冷たい何かが宿り、ライザーを射ぬいていた。

 

「吐いた唾は呑めない。そうでしょう? 簡単なことです」

 

 まるでライザーはグレイフィア・ルキフグスや四大悪魔相当の者が放つ威圧感に押し潰されたような気分になり、肝を冷やした。

 

「それとも……もしやあなたは――」

 

 葵は溜め息をひとつ吐いてから重い口を開いた。

 

「不死身のフェニックスでありながら負ける可能性が少しでも上がる程度のことがそんなに恐ろしいのですか?」

 

 それを伝えた瞬間、ライザーは固まり、瞳は驚きに見開かれ、返答はライザーの瞳に宿る怒りと自尊心、そして決意が表している。

 

 葵はその様子に瞳を閉じ、再びニコニコと人当たりのよい笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで、ライザー・フェニックスさんの希望で、ジャンヌが価値にして11相当の穴埋めとしてレーティングゲームに参加することになったからよろしくね」

 

「どういうことなの……」

 

「なんで私が……」

 

 合宿初日の夜に現れた葵は、相変わらずニコニコした笑みを浮かべながら言葉を締めると、隣でぼやいているジャンヌを、頭を抱えている部長の前に出した。

 

 部室に来た葵はそのまま軽く部長に挨拶してからソファーに座り、それに続いて葵の右隣にジャンヌが座った。当たり前のように部長とは接していて知り合いだということはなんとなく伝わってきた。

 

「ぶ、部長……葵って悪魔側の人間だったんですか……?」

 

 一年以上同じクラスの仲間でちょっとおっとりしているだけのイイ奴だったんだが……。

 

「いいえ、彼とその父親は勢力で言えば"日本の神話体系"ね。でもあんまりよくは思われていないらしいけど」

 

「そうなんですか……」

 

 なんだか、よくわからないなぁ……葵に聞くか。

 

「あらあら、お久しぶりですわね、葵さん」

 

「――!!」

 

 と思ったら話が終わることを待っていたかのようにするりと朱乃さんが葵の前に立ち、それを見たジャンヌは猫のように朱乃さんを睨んでいる。

 

「こんばんは、姫島さん。ジャンヌと一緒に俺も夕方まではここで修行の手伝いをすることにしましたので、よろしくお願いします」

 

「これは丁寧にどうも。うふふ、敬語なんてよろしいのに……どうぞ朱乃とお呼びくださいませ」

 

「ははは、一学年上ですからね。礼節は確りしないといけないと母に厳しく教えられましたから」

 

 どうやら葵は朱乃さんとも面識があるらしい。うーん……ちょっと待ってから聞くか。

 

 

 

 

 

「朱乃さんとの関係?」

 

 俺は話が落ち着いてから葵から直接話を聞いた。隣にいるアーシアも話を聞いている。

 

「別に大したことじゃないよ。家族ぐるみでたまに付き合いがあるってだけ。親父(オヤジ)が朱乃さんのお父さんと付き合いがあってな」

 

 葵の親父っていうと"太郎坊"さんかぁ……ああ、確かにあの人、人間っぽくない感じだったよなぁ……超イケメンだし他にも態度とか色々。

 

「それで昔、朱乃さんの父親が不在のときに朱乃さんとそのお母さんが襲撃されたことがあってだな」

 

「だ、大丈夫だったのか……?」

 

「大丈夫大丈夫。ああして朱乃さんは元気なんだよ」

 

 見ると威嚇するような様子のジャンヌに、姫島先輩は笑顔で睨み合っていた。その間には火花のようなものが見えそうだ。あ、いや、姫島先輩からはちょっと電気が溢れてて、ジャンヌから火がチラついている。

 

 げ、元気過ぎる……。

 

「丁度、親父と俺が遊びに来たときでね。襲撃してきた奴らは、コゲコゲにしつつわざと生かして帰らさせたひとりを除いて、全員親父が消し炭にしちゃったんだよな。ああ、でもちょっとだけ来るのが遅くて朱乃さんのお母さんは死んじゃったんだけど……」

 

「そ、そうなんですか……それは……」

 

 どうやら深刻な話だったようだ。酷いこともあるもんだと思っていると、アーシアの悲壮な表情を見た葵は首を傾げていて、それから納得がいったように手を打ち鳴らして口を開いた。

 

「ああ、朱乃さんのお母さんなら俺が生き返らせたからピンピンしてるぞ」 

 

「え……?」

「は……?」

 

 生き返らせ……なんて?

 

「親父と俺の炎は焼くこともそりゃあ得意だけど、創造することも得意だからねえ。死にたての人間ぐらい余裕で蘇生できるぞ」

 

「ま、葵さんって何者なんですか……?」

 

 アーシアが唖然とした表情で質問した。

 

「俺の父親は"愛宕山太郎坊天狗"、簡単に言えば"愛宕権現"、更に分かりやすく言うと――」

 

 葵は特に隠したような様子もなくいつも通りの口調で答える。

 

 

 

「"火之迦具土神(ヒノカグツチ)"だよ」

 

 

 

 俺は産まれてこの方でも10位に入るぐらい大声で叫び声を上げたと思う。

 

 

 

 







愛宕太郎坊
 修験道の祖たる天狗の筆頭である愛宕権現にして、火之迦具土神の化身その人。無論、その手に宿すは信仰にまでなった天狗の神験。 そして、その身に宿す力は伊耶那美を絶命させた炎。
 その類い稀な出生と経歴から太郎坊の性質は堂々とした子供ようであり、変わることは決してない。マイペースという意味合いでは息子の葵とそっくりである。


火之迦具土神
 神殺しの炎ばかりに注目されがちだが、伊邪那美が火之迦具土神を産んだ時に陰部が焼け、その後病床で苦しむ伊邪那美から六柱が生まれ、伊耶那美が火傷が元で死ぬと、伊邪那岐が伊邪那美の死に流した涙から一柱が生まれ、怒り狂った伊邪那岐が十拳剣(天之尾羽張)で火之迦具土神を斬り殺し、 十拳剣の先端からの血が岩石に落ちて三柱、刀身の根本からの血が岩石に落ちて三柱、柄に溜まった血が指の股から漏れて二柱の神を生み、 火之迦具土神の骸から八柱を生み、直接的に関わったものでも合計二三柱の神を生んでいる。
 とんでもない数の神を結果的に生み出した神であり、故にその力の象徴たる炎には神殺しの性質と、創造の性質を持つ。


愛宕葵
 要は正しく産まれた火之迦具土神の唯一の子である。愛宕権現から教えられた天狗の神験を持つと同時に、火之迦具土神の炎を受け継いでおり、神殺しと創造の権能を持つ。 が、本人としては本来の用途て使う気は更々ない。その上、とって置いてもどうせ使わないし、使わないと意味すらないという理由で、RPGとかでエリクサーを惜しみ無く使うタイプなので、魚のグリルやバーベキューやらに炎を使ったり、庭の穀物育成とかに権能をバンバン使って年中様々な作物を季節問わず収穫している。
 その異様にマイペースで動じない性格はある意味、父親の太郎坊と根っこの方では瓜二つである。




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炎の系譜

どうもちゅーに菌or病魔です。

なんだか早い投稿ですね(お前が言うな)






 

 

 姫島朱乃は自身を庇って事切れた母の側で失意の中、何度も周りにいる襲撃してきた人間たちの言葉を心の中で繰り返していた。

 

 自分のせいで、母が死んだ。堕天使のせいで母が死んだ。そして、父親のせいで母が死んだと帰結するのは必然と言えよう。

 

 そして、怒りに任せたひとりの人間が朱乃を殺さんと動いた――。

 

 

 

「おうおう、なんだ? 人様のダチの家族に寄って集ってなにしてんだ?」

 

 

 

 直後、出現した圧倒的な威圧感と、背後から感じる照り付ける太陽のような異常な熱量に朱乃を除く全員が止まる。

 

 それはカラスのような一対の翼を持った男性の姿だった。脇には男性によく似た少年を引き連れており、親子だということが見て取れる。

 

「"太郎坊"おじちゃん……」

 

「太郎坊だと……?」

 

 いつも子供みたいに笑いながら一緒に遊んでくれる父親の友人は、まるで獰猛な獣のような笑みを浮かべており、朱乃ですら見ているだけで恐怖を覚える程だった。

 

 朱乃から呟かれた言葉に刺客たちは騒然となる。カラスのような翼を持つ太郎坊という存在が事実ならば、目の前にいるのは日本でも五本の指に入り、姫島家が信仰する最高神に他ならないからだ。何より、目の前の存在が放つ人間から掛け離れた神性がそれを表していた。

 

「火之迦具土神さ――」

 

「うるせえ」

 

 口を開いたひとりの人間が突然火だるまになる。

 

 人間は地に倒れ、叫びながら転げ回る。しかし、全く炎が消える様子は無かった。更にその炎を消火しようと近づいた3人の人間に火の粉が飛び、炎は瞬く間に燃え広がった。

 

 如何に叩こうと、術を使おうと決して消えず、衰えるどころか更に勢いを増し続け、3人の全身を包むに飽きたらず、辺りは地獄のような光景に変わる。

 

 しかし、焼け死んだ4人以外の刺客たちは灼熱に身を強張らせているが、朱乃は全く炎の熱を感じず、辺りの建築物どころか草木の一本すらその炎によって焼かれていないことに気がつく。

 

「面白そうだな。俺も混ぜてくれよ……」

 

 次の瞬間、熱に悶える朱乃の目の前にいた人間たちが地面から噴き上げられた火柱に呑まれ、彼女の視界は真っ赤に染まった。

 

 そして、炎が晴れると人間たちは、最も朱乃を罵倒していたひとりを除いて、全てが灰すら残さずに焼失しており、驚き止まった最後の刺客だけが残される。

 

「冥土の土産に俺の名前を覚えておけ、愛宕山の太郎坊天狗とは俺のことだ」

 

「な、何故!? 我が姫島家が信仰する火之迦具土神様ともあろうお方が堕天使の味方など――」

 

 そこまで言ったところで刺客の片腕と片足が業火に呑まれ、焼失した。痛みすら無く消えたことに刺客は間を開けて驚愕し、バランスを崩して地面に倒れ込む。

 

「ヒヒヒ……! 面白いなお前! 人間だってダチをコケにされてキレないわけないだろ? それに――」

 

 その瞬間、太郎坊の黒鉄のような黒髪は、地獄の業火のような紅蓮に染まる。

 

「人風情が頭に乗んな。誰に信仰されようが知ったことじゃねーんだよ。嫁と子と酒を飲み交わした相手より大切なモンが居てたまるか」

 

 その様は軍神というよりも鬼神のように見える。

 

 そのまま太郎坊は刺客の顔を掴む。今の太郎坊の手は想像絶する温度を持っており、掴んだ形に刺客の顔は焼け爛れた。

 

「でもまあ、お前に免じて"半殺し"で許してやるよ」

 

 突如、辺りを覆っていた炎が、まるで始めから何もなかったかのように消え失せる。そして、太郎坊の髪も元の黒髪に戻っていた。

 

「"マモル"後、頼むぞ」

 

「わかったよ、親父」

 

 そして、それだけ言うと太郎坊は最後のひとりの刺客を抱えて、戦闘機のような速度で何処かへと飛んで行った。

 

「こんにちは、朱乃さん」

 

 太郎坊の息子――愛宕葵はそう言いながら朱乃に笑い掛ける。

 

「少し待ってて」

 

 泣き張らしながら母の亡骸の側で言葉を失っている朱乃に葵は近付いてしゃがみこむ。そして、両手に淡く暖かな炎を灯らせた。

 

「大丈夫、これぐらいなら直ぐに生き返らせるから」

 

 そう言って葵は手の中の炎を朱乃の母に溢した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、姫島家に向かった太郎坊は文字通り姫島家を"半殺し"にした。

 

 男も、女も、老人も、子供も等しく丁度半分の数になるように焼き殺したのである。一切の慈悲も容赦もなく、小虫を踏み殺して遊ぶ童のようにケラケラと笑いながら。

 

 

『お前ら顔と家の名前。覚えたからな? 次、誰かひとりでも手の者を寄越してみろ――』

 

 

 そして、当主すら焼き殺し、姫島家からの去り際、太郎坊は生き残りに対して気軽な様子でこう言い放った。

 

 

『今度は五大宗家ごと何もかも蒸発させてやるよ』

 

 

 その様はまるで荒れ狂う炎のような災害そのもの。炎を扱えようと、朱雀を持とうと所詮人間には神の怒りが静まるように祈りながら震える以外どうすることも出来なかったのである。

 

 己の信じた最高神に直接処断された彼らはきっと幸いだったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、おはようございます」

 

「ハァ……」

 

 合宿二日目の早朝。筋肉痛の痛みを感じつつ起きて朝食を食べ終わったタイミングで、いつも通りニコニコと笑顔を浮かべている葵と、ものすごく面倒臭そうな表情で溜め息を吐いているジャンヌがいた。

 

「じゃあ、修行を始めましょうか?」

 

 今日の午前中は勉強会の予定だったが、外で葵を講師として修行をする内容に変更になった。俺としては勉強が無くなって嬉しいかな。

 

 羽団扇を持ってカラスみたいな天狗の翼を出している葵。なんというか……本当に天狗だったんだな。

 

羽団扇(コレ)持ってた方が天狗っぽいだろ? 折角だから持って来たんだ」

 

「そうだな……」

 

 理由が形から入るっていうあたりやっぱり葵なのは変わってないな。

 

 しかし、普通にクラスメイトだと思ってた葵に教えられるとなるとなんだか不思議な気分だな。未だに葵が無茶苦茶強い奴だなんて信じられない。

 

「まず、何か疑問があるなら答えますよ?」

 

「そうね……」

 

 部長は葵に問われて考え込んでから葵に質問を投げ掛けた。

 

「あなたから見て率直に私たちのことどう思うかしら?」

 

「率直にですか? そうですね」

 

 葵は特に気にするような素振りもなく、当然のように口を開く。

 

「ライザーさん1人で全員倒されると思いますよ?」

 

 その言葉に俺は驚いた。そこまで言い切られるとは思ってもみなかったからだ。

 

「理由を聞こうかしら……?」

 

「そうですね。一番の理由は有効打がないことです。普通にフェニックスを相手にしても暖簾に腕押し。にも関わらず、グレモリーさんを含めても眷属(コチラ)には普通に相手を出来る者しかいないじゃないですか?」

 

「け、けれど……フェニックスだって最上級悪魔や魔王クラスの一撃を当てれば倒せるわ」

 

「いや、そんなところで意地を張ってゴリ押しても仕方ないでしょう? 無い物ねだりとは言いませんが、あまりにもやり方がお粗末ですよ」

 

「ちょっと待てよ、マモル……」

 

 なんだか、昨日の修行が全否定されているように感じて、俺は口を出した。

 

「イッセー」

 

 だが、葵はそれだけ呟いて俺を止める。そして、小さく溜め息を吐きながら小さく言葉を吐いた。

 

「わからせた方が早いか……」

 

 葵は手を大袈裟に二度三度叩いてから口を開く。

 

「よろしい、四の五の言わずにとりあえず一度、最上級悪魔クラスを体験してみましょうか。戦いたくない方は動かないでください。行きますよ。321――」

 

 次の瞬間、俺の視界から葵が消え、天と地が逆になった。

 

「え……?」

 

 呟けたのはそれだけ。俺は脇腹をハンマーでぶん殴られたような衝撃を受けたと同時に地面に叩き付けられた。

 

「がはっ!? あが……」

 

 身体の痛みと頭がチカチカする感覚に襲われながら、どうにか身体を起こして辺りを見回すと、そこにいたのは俺と同じように地面に転がっている小猫ちゃん。

 

「うッ!?」

 

「はい、終わり」

 

 そして、片手で木場の魔剣の刃の部分を掴んで握り潰しながら、もう片方の手で木場の首を掴んで持ち上げている葵の姿だった。

 

 葵は木場を地面に下ろし、手の中の魔剣の破片を地面に落とすと、驚いた表情で固まっている部長を見据え、口を開いた。

 

「魔王クラスの実演も必要ですか?」

 

「い、いえ……いらないわ」

 

 あまりにも一瞬で反応すら出来なかった。ここまで部長との会話を含めても20秒も経っていない。あまりにも隔絶した実力の違いに唖然とする。

 

「そもそも最上級悪魔や、魔王は攻撃力もさることながらそれに準じたスピード、防御、身のこなし、戦闘技術等々あらゆることもそれ相応に磨かれているものです。少なくともグレモリーさんより格上の上級悪魔かそう易々と見え見えの攻撃に当たってくれるわけもありません。最上級悪魔クラスですら目で追うことも出来ないあなた方が、仮にフェニックスを殺し切れる火力を持っていたとしてもまず扱えないでしょうね。"豚に真珠"ですよ」

 

 ライザーが言ったことと全く同じ言葉で締められたのに、俺を含めて誰もその場で言い返せる者は居なかった。

 

「それで、ライザーを倒す作戦等があれば教えて欲しいのですが――」

 

「たった今、なくなったわ……」

 

 そう部長が返すと、葵は少し止まる。時間にして数秒後、再び動き出すと頭を手で掻いてから口を開いた。

 

「すみません。俺、ひょっとして何か悪いことしましたか?」

 

「アンタ、相変わらず空気とか全く読めないわね!?」

 

「ヒヒヒ……いやー、すいません」

 

 ジャンヌに突っ込まれた葵は非常に申し訳なさそうに謝る。

 

 すると姫島先輩が手を上げていた。そういえば姫島先輩は何故かさっきの戦いに参加していなかったな。

 

「はぁい、葵先生」

 

「なんかくすぐったいからその呼び方は止めて欲しいですね……姫島さん」

 

「要するに――」

 

 そう呟く姫島先輩の表情は俺が知るドSモードの時のそれだった。

 

「自分が持ちうる"全ての力"を出しきって戦えばいいのですわね?」

 

 次の瞬間、姫島先輩の背中から烏のような翼が生え、手には光の槍のようなものが握られていたため驚く。

 

 あれじゃあ、まるで――。

 

「ん? アンタ知らないの? 朱乃は転生悪魔だけど半堕天使よ。父親のことはまだ許してないし、力も普段使わないみたいだけど、堕天使の翼は天狗の翼に似ているから気に入っているらしいわ」

 

 困惑する俺にジャンヌがそう説明してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからライザーと戦う方向性が決まった。

 

 姫島先輩が本気で戦ってくれるのなら悪魔にとっては肉体と精神共に猛毒の光力を用いて攻撃を行い、ライザーの再生能力削ぐという戦法だ。

 

 そのためには姫島先輩を守る前衛が必要不可欠になるため、俺と木場と小猫ちゃんはそれを担当することになった。重要な役割だな。

 

 ちなみに俺たちとレーティングゲームに参加するジャンヌはと言えば――。

 

 

「私が向こうの女王とフェニックスの妹、ついでに目についた奴を落とすからアンタたちは他に専念しなさい」

 

 

 当たり前のようにそう言っていた。とても頼もしいけどやっぱり葵と同じように天狗とかだったりするのかな?

 

「ん? ジャンヌは人間だぞ?」

 

「ええ、そうなのか!?」

 

「ハンッ、下らない心配をする暇があるのでしたら自分の心配をしたらどうです?」

 

 そう鼻を鳴らしながらジャンヌは修行相手の木場と小猫ちゃんの元へと向かって行った。

 

「なあ、イッセー。これだけは言っておくぞ」

 

 葵は一本の細身の剣を片手に小猫ちゃんと対峙したジャンヌの背中を見ながらポツリと呟く。

 

 

「"英雄ってのは細胞レベルで英雄"なんだよ」

 

 

 次の瞬間、俺の目の前を凄い勢いで小猫ちゃんが弾き飛ばされて行った。

 

「へ……?」

 

「直球過ぎるわアンタ、そんなんじゃ格上に通用しないわよ?」

 

 小猫ちゃんを飛ばしたのは勿論、ジャンヌ。更に細身の剣の切っ先を木場に向け、心底人を見下したような笑みを浮かべる。

 

「面倒ですね。二人同時に相手してあげましょう」

 

 それを皮切りに木場と戻って来た小猫ちゃんは、二人でジャンヌと戦闘を始める。二人とも俺が見たこともない程素早く、力強く動いているように見えたが、ジャンヌが終始押しており、防戦一方だった。

 

「すげぇ……」

 

 あんなのに俺が並べるのかと愕然としていると俺の修行相手の葵は、俺の肩にそっと手を置く。

 

「安心しろよイッセー」

 

 "ヒヒヒ――"と葵特有の非常に特徴的な笑い声を上げてから口を開いた。

 

「ライザーなんて燃えカスでしたと思うぐらい稽古つけてやるから大丈夫だ」

 

 俺はいつもと変わらない葵の笑顔に嫌な予感しか感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 






次回は修行の回想を少し挟みつつライザー戦となります。


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炎と聖女

どうもちゅーに菌or病魔です。

ライザー戦は前後編になり、こちらは前編となります。


 

 

 

 

 ついにライザーとのレーティングゲームが数分後に迫る。

 

 そんな中俺は――。

 

「生きてた……」

 

 涙を流しながら生の喜びを噛み締めていた。木場や小猫ちゃんや部長から生暖かい目で見られるが、それどころじゃないんだ……ッ!

 

『まあ、なんだ……元気出せ』

 

 ちくしょう! "ドライグ"の心配が染みる……ッ!

 

 葵との修行……それは想像絶するものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『とりあえず一回死のうか?』

 

 

 それがまず修行の始めに葵が放った言葉だった。

 

 何かの比喩かと思っているとそれはとても楽観的な考えで、その直後、俺の視界を真っ赤に染まる。

 

 うん、葵は本当に俺をさっくりと殺しやがったんだ……。

 

 次の俺の意識は葵の力で生き返らされた直後で、取り乱した様子の部長に抱き着かれた時はとても役得だったけど、それどころではなかった。

 

 葵は死んだ姫島先輩のお母さんを甦らせたことは聞いたが、まさか逆に殺してから蘇生させてくるとは思わないだろう。

 

 普通転生悪魔が死ぬと、悪魔の駒が出るらしいんだが、何故かそれすら出ずに殺され、流石にそれは止めて欲しいと部長と一緒に懇願すると、葵は首を傾げて片手の人差し指を唇に当てながら一言こう呟いた。

 

 

『なんで……?』

 

 

 俺は葵が人間ではないんだなとその時初めて理解したと思う。

 

 ハテナを浮かべながら、治療するより殺してから蘇生させた方が、完璧に治せる上に楽だということを語る葵を何を言っているのかわからない気分で聞き流していると、木場と小猫ちゃんを気絶させたジャンヌが俺の隣にやって来て耳打ちした。

 

 

マモル(アイツ)、自分が他者を完全に蘇生出来るから死の概念が稀薄で曖昧なのよ……』

 

 

 それを語るジャンヌの瞳には光が無く、ジャンヌも被害者なんだなと直感的に感じた。

 

 

『あ、後、イッセーの封印みたいの勝手に外したので』

 

『ちょっと!?』

 

『修行の邪魔です。効率が落ちます』

 

『………………そう』

 

 

 それから3日程葵に挑んではぶち殺され、蘇生させられ、また挑むというのを何十、何百回と繰り返した。唯一の救いは、葵が上手いからなのか痛みもほとんどなく一撃で殺されることだろうな……。

 

 

『重く行くぞ?』

 

 

 そう言いながらボキボキと拳を鳴らす葵が目に浮かぶ。まさかの"素手喧嘩(ステゴロ)"が葵の武器だった。"母親譲り"らしい、意味わかんねえよ。

 

 でも、ある意味、剣も拳法も素人な俺にはこれ以上無いぐらいの修行相手かもしれないが――。

 

 

『鋭く行くぞ?』

 

 

 あれはない、マジでない。そもそも一撃が重いし、鋭いし、激し過ぎるのもあるが、何故か戦っている時の葵の手足は触れただけで堕天使の槍よりも無茶苦茶ダメージを受けることが一番意味がわからない。

 

 そんなこんなで手加減していたとしても10秒だって葵相手に持つわけもなく、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の能力をまるで使いこなせなかった。まあ、後半になるにつれ、10秒ぐらい逃げれるようになって、一回ぐらいは発動するようになったけどだからなんなんだという状態でそれは起こった。

 

 

『止めろォォ!?』

 

 

 赤龍帝の籠手に宿るドライグが俺に話し掛けて来たんだ。

 

 

『とっくに"使える"ようにはなってるだろ!? さっさと"禁手(バランスブレイク)"でもなんでも修得してせめて回数を減らせ!?』

 

 

 なんでも俺が死ぬと他の人間に転移するフワッとした感覚を受け、俺が蘇生すると急に叩き落とされるように引き戻される感覚を受けることを俺が殺された回数だけ感じていたらしい。ジェットコースターに乗った時のアレのもっとスゴイノみたいなものかな。うん、地味にツラい。

 

 そして、禁手とはなんなのかとドライグと葵に聞きながらどうにか赤龍帝の籠手の禁手、"赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)"を修得し出来たんだ。

 

 まあ、魔力がしょぼいからなのかなんだかわからないが、まだ"3分"ぐらいしか持たないんだけどな! 魔力の方の修行もしているが、流石に洋服破壊(アレ)を葵を相手にやる気は起きないな……。

 

 他にも――。

 

 

『面白そうですね! お姉ちゃんも混ぜてください!』

 

『げっ!? なんでいんのよアンタ!? 』

 

 

 途中からジャンヌと木場と小猫ちゃんの修行にジャンヌさんが乱入し、二人の激し過ぎる姉妹喧嘩に巻き込まれたり――。

 

 

『カラスさん手伝いに来ましたよ!』

 

『ヲっ』

 

 

 小猫ちゃんと同じくロリ枠のジャンヌちゃんと、ジャンヌやジャンヌちゃん並みに白い女性が来たり――。

 

 

『Aaaaaa――』

 

 

 こけしを持った角の生えた美人が来たりした。最後の女性はティアマトさんって言って夕食を食べるまで帰らなかった。

 

 葵は全員と今のところ同居してるんだとよ。吹き飛べコノヤロウ!

 

 葵との修行以外では"赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)"で倍加を渡せるようになったりもしたが、結局死ぬまでの時間が30秒ぐらいに伸びただけで1週間の合宿は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は……強くなったのか……?」

 

 実際、実感がまるでない。最大限部長の力になれるように修行に打ち込んだつもりだが、思い返せば死の間際のスローモーションに映る葵の拳と炎ばかりだ。

 

 10秒という時間があまりにも長いことは葵から散々教わった。まるで赤龍帝の籠手を使える気がしない……。

 

 奥の手の禁手はあるが、それも3分程度。葵にとっての10秒はあんなに長いのに俺の3分はとても心許なくて短い。しかも、葵に殺されて生き返らせて貰わなければ試合中に再度使用はまず無理だ……不安でしかたない……。

 

 ハッ!? ライザーは不死身ということはまさか葵と互角に戦えるのか!?

 

『いやいやいやいや、愛宕葵(あんなの)そういてたまるか。俺から見ても異常だぞ……?』

 

「ひとりで何を面白い顔をしているんですか」

 

 俺は声を掛けて来たジャンヌの方を見ると、ジャンヌはマントの付いた黒い鎧を着ており、旗の付いた黒い槍と、修行の時に持っていた黒い剣を装備していた。

 

 見た目だけなら漫画のキャラクターみたいだけど、あまりにも堂々とした佇まいも相まって、不思議とジャンヌにはそれが似合っているように感じる。

 

「学校で葵と下らないことを話しているあなたはもっとマシな顔をしていますよ?」

 

 それだけ言うとジャンヌは踵を返して行った。多分、ジャンヌなりの気遣いだよな……。

 

「…………よしッ!」

 

 俺はくよくよするのは自分の性分じゃないと顔を強く叩き、ライザーとの戦いに備えた。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 グレモリーさんとライザー・フェニックスの試合開始まで、後数分といったところ。俺は親父の友達であるサーゼクスさんから近い観客席で何故か売っていたXLサイズのポップコーンとコーラを膝に置いて試合が始まる時を待っていた。

 

「マモルくん(むぐむぐ)はオルタが何(はぐはぐ)人ぐらい倒(んむんむ)すと思いますか? お姉ちゃんは(もきゅもきゅ)全員オルタがやっつけてしまうことを期待しています!(ごっくん)」

 

「ポップコーンを食べてから話すか、自分のポップコーンを買ってきましょうジャンヌさん」

 

「ちっちっち……他の人が買ったポップコーンを食べるから格別に美味しいんですよ!」

 

 この人はいったいどこで清楚で厳かな聖処女から、食いしん坊の姉を名乗る不審者になってしまったのだろうか……?

 

「カラスさん……私、成長したら将来、ひねくれた厨二病か姉を名乗る不審者(どちらか)選ばなければいけないんでしょうか……?」

 

「そのままの君でいて」

 

 ジャンヌちゃんはジャンヌちゃんでいいんだ。

 

 この通り観戦には三人で来ていた。両手に花と言いたいところだが、片方はムシトリスミレなのでなんとも言えないところだ。ちなみに他の家の方々は勿論お留守番である。聞き分けはいい人達なので大丈夫だろう。

 

 観客席では試合が始まる直前に、悪魔の司会者が今回のレーティングゲームの主旨と、両眷属の紹介。そして、フェニックス家の希望でハンデとして火之迦具土神の息子の配下のジャンヌがグレモリー眷属に参加するということが伝えられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと……」

 

 かったるいの(レーティングゲーム)が始まり、私はグレモリー眷属に一言声を掛けてから一人でバトルフィールドに飛び出していた。

 

 幸いというべきか、何故か駒王学園を再現された場所だったから私が迷うようなことはない。こっちが旧校舎の部室だったから、確か向こうは新校舎の生徒会室だったかしら? オカルト研究部の部室に思い入れのない私としては、なんだか最初から見下されてるようで気に入らないわね。

 

 私が新校舎の正面にある校庭のど真ん中に立ってから、新校舎へ向けて歩みを始めようとすると直ぐに向こうから現れた。

 

「まさか、一人で来られるとはナメられたものね……」

 

 その言葉の直後、私の近くに魔法使い風の悪魔が現れ、それに続くように続々とライザー・フェニックスの眷属の女達が現れ、少し距離を開けて半円状に並んだ。一人だけ眷属の後ろにいる眷属がいるのが印象的ね。

 

 私はとりあえず口を開く。

 

「女王のユーベルーナですね。確か二つ名は爆弾女王(ボムクイーン)でしたかしら?」

 

「あら……? まさか、あなたに知って貰えているとは思わなかったわ」

 

 本当に意外そうにユーベルーナはそう呟いた。

 

 はぁ……? ゲームで顔と名前(ユニット)特徴(スキル)ぐらい覚えておくの普通よ、普通――と言いたかったですが、我慢しつつひとりずつ名を上げ、直剣の切っ先を向ける。

 

 騎士のカーラマインに、戦車のイザベラ、兵士はシュリヤー・マリオン・ピュレント・ミィ・リィの5人。

 

「そして、ライザー・フェニックスの妹で、僧侶のレイヴェル・フェニックスですね?」

 

 ライザー・フェニックスの眷属たちは私に覚えられていことがとても意外そうに目を丸くしている。

 

 そんな中、騎士のカーラマインが何やら関心した様子で、他の眷属より前に出た。

 

「これは失礼した。ならば私も名乗りを上げよう! 騎士の――」

 

 そこまで聞いたところでアホらしくなり、私は直剣の切っ先を地面に当てて引きずりながらカーラマインに迫ると一文字に斬り捨てた。

 

 唖然とした表情でカーラマインは胴体を真っ二つに斬られた。更に剣が接触した地面と過ぎ去った空中を遅れて火の線が走り、爆炎が駆ける。

 

 燃え滾る轟音の中で、遅れて騎士脱落のアナウンスが鳴った気がした。

 

「勘違いしないでくださらない? 敵の前で無駄口を叩けるのは強者の特権よ。覚えておきなさい」

 

 私は全身から炎を放ち、この場にいるライザー・フェニックスの眷属全員を囲い、校庭と校舎の正面はこの世の地獄のような光景に変わる。

 

「ああ、一人で来た理由だけは教えておいてあげましょう」

 

 眷属たちはフェニックスよりもずっと熱く、執拗なまでに速く、生きたようにうねり狂う炎に狼狽した様子だった。

 

グレモリー眷属(アイツら)が周りにいるとついでに焼かないよう手を緩めなきゃいけないから面倒なのよ……」

 

 当たり前ね。だってこの贋作の身体に宿る復讐の炎は元々――。

 

「さあ、燃え鼠になりたくなければさっさと斬られて退場することね?」

 

 "あの人()の炎"よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 審判役でサーゼクスさんの奥さんのルキフグスさんによるライザー・フェニックス眷属の脱落を聞き流しながら、ジャンヌによる一方的な蹂躙を眺めていた。

 

 ジャンヌは炎に包まれながら剣と槍を振るい、楽しむようにゆっくりと、しかし確実にひとりずつ仕留めている。いや、実際楽しんでいるのだろう。殺す気でやっても誰にも咎められないしな。

 

 ジャンヌひとりに眷属の半数を割いたことは利口と言えるが、愚策だったな。生半可な対応は返って大火傷する。炎と同じだ。ライザー・フェニックスは炎にある程度耐性のある己ひとり、あるいは妹と共にジャンヌを相手取るのが正しい選択だった。

 

 

[ライザー・フェニックス様の"女王"、戦闘不能!]

 

 

 まあ、もう後の祭りだ。こうなったらジャンヌはもう、ダメージを受け過ぎてレーティングゲームのルールで強制退場にならない限り止まることはないだろう。

 

 それよりも――。

 

「そこですオルタ! ああ、何をしているのですか!? 顔! 顔を狙いなさい、顔を!」

 

「い、今の人……首が飛びましたけど大丈夫なんですか……?」

 

「んー? 大丈夫、大丈夫。三陣営で一番劣勢な勢力で戦争やってたから悪魔の医療技術はスゲーんだ。死んでなきゃ大概なんとかなるぞ?」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「というかなんだ全く、こんな面白そうな催しに呼ばねーなんて人が悪いじゃねぇかよ」

 

 なんかジャンヌちゃんの隣に非常に見覚えのある火の神が座っている気がするのだが、幻覚だろうか……?

 

「…………な、なんで"太郎坊さん"がいるんですか!?」

 

 するとジャンヌちゃんが叫んだ。どうやら今まで気づいていなかったらしい。

 

 会場はそこそこ静かなため、その声は周囲に広がり、辺りの貴族悪魔たちが目を丸くしている様子がわかった。

 

「ヒヒヒ――。水臭いな、気軽にパパでもお父さんでも親父(オヤジ)でもなんでもいいんだぞ?」

 

「はわっ!?」

 

 全く周囲を気にせず、そう言いながらジャンヌちゃんの頭をわしわし撫でる俺の父親こと、愛宕権現で火之迦具土神。端から見るとただの気のいいおっさんである。

 

「やあ、やっぱり"グーさん"来たんだね!」

 

「よう、滅びの坊主。メールあんがとな」

 

 どうやら親父の友人であるサーゼクスさんの仕業だったらしい。ものすごい速度で審判役をしていたルキフグスさんがサーゼクスさんの背後に現れ、首根っこを掴まれて引きずられて行った。当然である。

 

「ジャリィは恥ずかしがり屋さんですね、お父さん」

 

「全くだなぁ」

 

 ちなみにジャンヌさんはその時に思い付いた適当な愛称でジャンヌちゃんを呼ぶので、呼び名が全く安定しない、ジャリィとはジャンヌ・リリィの略だろうか。そんなんだからエンジョイ&エキサイティングとか言い出すのである。

 

 まあ、話を戻すと親父は面白い催しを聞き付け、ハネムーン中だが、一時的に帰ってきたのだろう。家では割りとよくあることなのでビックリはしたが、おかしくはないな。

 

 ん……? あれ、ということはまさか母さ――。

 

 

 

「久し振りね。葵」

 

 

 

 俺の背後から凛とした意思の強そうな女性の声が響き、思わず身を強張らせた。背筋に氷を入れられたような感覚である。

 

「あ、ジュースとポップコーンは預かっておきますね?」

 

 直ぐに起こるであろう惨事を見越したジャンヌさんは俺の膝に置いてあったものを自分の膝に移していた。その気遣いを別のところに向けて頂きたい。

 

 立ち上がってから恐る恐る後ろを振り向くと、青に近い藍色の長い髪に緑にも見える碧眼をし、一人の子を産んだ人間とはどこからどう見ても思えない程のスタイルと若さをした女性が立っていた。

 

 女性は被っているつばの広い帽子を直しながらにこやかに微笑んでいる。

 

「久し振り……"母さん"」

 

「ええ、色々と好き勝手しているみたいね。家に一回帰ったら驚いたわ」

 

 しかし、笑顔とは裏腹に拳に浮かんだ青筋が全てを物語っていた。

 

 ヒヒヒ――よし、逃げよう。

 

 心の準備が出来ていなかったため、混乱する頭は無意識にそう考え、一歩足を引いた。

 

 しかし、それはあまりに決定的な隙を生み出した行為に他ならなかったのである。

 

 

「せめて母親に」

 

 

 母さんは即座に椅子を越え、俺に迫る。

 

 

「報告すんのがッ……」

 

 

 そして、俺の無防備の引いてない方の足を踏み潰し、その場に縫い付けた。

 

 俺は咄嗟に手を構えて防御体勢を取ろうとする。

 

 

「筋ってもんでしょうが!」

 

 

 しかし、それを見越していた母さんは恐ろしく鋭い膝で防御体勢を取り掛けてきた腕を打ち払い、払われた反動で俺は無防備になった。

 

 

「悔い――」

 

 あ、もうダメだこれ。なんか走馬灯っぽいの見えてきた。うん、ジャンヌ。俺やっぱりお前のこと大好きだわ。浮かぶのがジャンヌばっかりだ。

 

 最早、ピンチ過ぎて冷静になり始めた意識を、既に拳を振り絞って攻撃体勢に入った母さんに向けた。

 

 彼女はジャンヌさんと同じように英雄の魂を受け継いだ者であり、俺の戦い方の師であり、俺の母さんこと――。

 

 

 

「改めろッての!」

 

「ごぶはぁッ!?」

 

 

 

 ――愛宕"マルタ"である。

 

 

 

 

 

 








優しい素敵なお母さんですね。




~葵くんのスキル~

(つい)緋拳(ひけん) 火産大神(カグツチ) :RankEX
聖女マルタのヤコブの手足と、火之迦具土神の神炎が合わさったとんでもない複合スキル。神炎を纏いながら放たれる喧嘩殺法(ステゴロ)は、最早現代の神話の域まで昇華している。あらゆる神及び悪魔及び死霊に対して異常なまでの特攻能力を持ち、その属性を持つものはそれだけでほぼ勝ち目は無く、やはりというべきか特に神に対して強い。ちなみに命名者はジャンヌ。

ゲーム内での効果:
自身に〔神性と悪魔と死霊〕特攻状態を付与(3ターン 50~100%)+バスターカードの性能をアップ(3ターン 50%)+〔神性〕特攻状態を付与(3ターン 50~100%)+通常攻撃時にやけど付与する状態を付与(5ターン 3000~5000) (CT5~7)



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赤龍帝

どうもちゅーに菌or病魔です。

ライザーさんごめんよ……ゴメンだで……。イッセー強くすると真っ先に君が被害者になるから……。







 

 

 

 

「大丈夫?」

 

 

 私は明く、眩しいぐらいに太陽が注ぐ場所に来れた。

 

 

 でも――全然足りなかった。

 

 

 寒い、痛い、苦しい、冷たい、湿っぽい。

 

 色々な嫌な感覚が身体を蝕み、私は固いコンクリートの地面に踞りながらガチガチと震える。

 

 見れば全身の傷から血が出ていて、私の身体を赤く染め上げていた。爪が何枚も剥がれていたことに今さら気づき、湿っぽいのは海水のせいではなく、私の血液のせいだったことにも気づく。

 

 

 "死ぬ"

 

 

 そう、強く考えた。

 

 そして、恐れるより、悲しむより、嘆くよりも早く、私は憤慨した。

 

 沢山見たいものがあった、溢れるほどやりたいことがあった、一杯食べてみたいものだってあった、ただ人間になりたかった。

 

 それなのに……何故、私が死ななければならないのか――と。

 

 神を恨み、怨み、呪い、慟哭しようとした。

 

 しかし、ふざけるなと一言言いたいだけの体力すら私には残っていなかった。

 

 その代わり震える手で何かを掴んだ感覚がした。

 

 次第に視界がボヤけていく、死がもうすぐそこまでやって来ている。

 

 

 

「そっか、君は強い人だね。そんなに生きたいか」

 

 

 

 そんな中で私は、手に伝わるとても温かい感覚に気が付き、それを求めた。放さぬようにある限りの力でぎゅっと握り締める。

 

 

 

「じゃあ、特別だ――」

 

 

 

 私は全身をとても温かい感触が包み、胸の中に赤熱しているように熱い何かが入り込んだことを感じた。

 

 でもそれは嫌な感覚ではなくて、不思議と心地好く、いつの間にか身体中の嫌な感覚が無くなり、徐々にボヤけていた視界が戻った。

 

 その時、私は初めて"神様"を見ました。

 

 

 

「"俺の炎"を少しだけ分けてあげる」

 

 

 

 その日、私は命をもらいました。

 

 

 

「君ならきっと――"俺とは違う炎"になる」

 

 

 

 そして――あなたに恋をしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、好きにさせて貰うわね」

 

 レーティングゲーム開始と共にそれだけ言ってジャンヌは一人で消えていった。

 

 部長はもし危なくなったらジャンヌを助けられるようにと、ジャンヌにも通信器具を渡そうとしていたが、そんな暇もない間にジャンヌは消える。

 

 そして、レーティングゲームの作戦などを部長らと話し合っている時にそれは起こった。

 

 

[ライザー・フェニックス様の"騎士"、戦闘不能!]

 

 

 グレイフィアさんのライザーの眷属の脱落を告げるアナウンスのすぐ後に、校庭と新校舎が急に燃え上がったんだ。それも天を貫くような炎の柱が全体を囲むように幾つも噴き上がっていた。ライザーも炎を使うが、修行中にずっと見てきた俺たちは間違いなく、ジャンヌの仕業だと確信する。

 

 そして、同時に――。

 

「なんてことだ……あの人は僕らとの修行中にこんなにも手加減をしていたのか……」

 

「にゃぁ……」

 

 ジャンヌが俺たちが考えていたより、遥かに実力者だったということも思い知らされた。

 

 心配なんて始めからいらなかったのだろう。

 

 そんな考えに答えるように直ぐに続いて、戦車や兵士が落ちていくアナウンスが流れる。

 

 それを唖然としながら聞いていた俺だったが、ふとひとつの疑問が生まれた。

 

 

 "あれ……? これ、ジャンヌに全部持ってかれるんじゃね?"

 

 

 流石にそれは貴族的に大問題なことは俺でもわかる。周りを見ると皆似たような様子だ。

 

 疑問は焦燥に変わり、ジャンヌはこちらにとっては仲間というより競争相手だったということに気が付き、俺たちは慌ててライザーたちの元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャンヌの奮闘を見てか、ライザーの眷属たちもこちらに向かっていたようで、旧校舎と新校舎の間の屋外で直ぐに鉢合わせすることになった。

 

 向こうには戦車、僧侶、騎士がひとりずつと、兵士が三人の計6人で来ている。

 

 それに比べてこちらは俺と木場と小猫ちゃんを前衛に、後衛に部長と姫島先輩、その更に後ろにアーシアの6人だが、これぐらい前衛だけで蹴散らさなければならないな!

 

 俺は木場たちと目配せし、即座に3人の兵士の元に向かった。木場と小猫ちゃんもそれぞれ自分の駒と同じ駒の元に向かっている。

 

『いいかイッセー? 攻撃の基本は攻めか守りだが、攻めの方は余程一撃に自信があるか、上手くないと難しい。それにお前の神器はスロウスターターだ。だから、とりあえずお前に与える課題はこれだ』

 

 俺はチェーンソーを構えて向かってくる双子のロリっ娘と、この前やられた棍使いの童顔少女を見据えながら葵と修行したことを思い返していた。

 

 先に来るのは……棍使いの少女だ!

 

 

『まず、俺の攻撃をよく見ろ。それが出来たら避けるか受け流せ。最後に可能なら隙を突いて殴るか蹴れ。カウンターは相性がいい、存分にお前の神器の性能を引き出せるハズだ。え? 無理? ああ、そうか、なら死ぬだけだな』

 

 

「はっ!」

 

 短い声と共に棍使いの少女は俺に棍を突き出して攻撃してきたが、俺はそれに対して非常に強い困惑を感じていた。

 

 え……? 遅っ!? その上、大降り!? 葵なら避ける必要すらなく、後出しなのに意味わからないレベルで遥かに速いジャブを急所に叩き込むぐらい出来るだろうな……というか、何度もされた。されまくった!

 

 俺は棍を引き寄せ当たる直前に避けながら、腰を落として拳を引き絞る。

 

 

『お前の神器は籠手だ。その形状による最大のアドバンテージってなんだと思う?』

 

 

 それは――"どのタイミングでも拳に装備出来る"ことだ!

 

「な……!?」

 

 俺はカウンターとして繰り出した拳が当たる寸前に赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を装備し、一切勢いを殺さないまま棍使いの少女の腹をぶん殴った。

 

「うおぉぉ!!」

 

「がぁッ!?」

 

 そのまま有らん限りの力で棍使いの少女を弾き飛ばし、チェーンソーを持った双子の片方に当てる。

 

「ネル!? ミラ!?」

 

 残ったチェーンソーを持った少女は驚いた様子で、隣を向き、俺の方を見ていない。

 

 いや、流石にそれはダメだろ……。

 

 俺はチェーンソーを持ったよそ見をしている少女に迫り、掬い上げるようにその脇腹にブーステッド・ギアを叩き込んだ。

 

「あが……ッ!?」

 

 短い悲鳴と共に新校舎の壁まで飛んでいくのを確認し、最後に無傷なハズのもう片方の双子の少女のところに向かい、踵を振り上げた。

 

「いっつぅ……もうなんなのよも――ぐう゛ぇ!?」

 

 地面に座り込み、立ち上がろうとする双子の少女の首筋に踵落としを放った。結果は"小さなクレーター"が出来て、双子の少女の上半身が埋まる。

 

 そして、ほぼ同じタイミングで3人の兵士はダメージによって強制的に転移させられた。

 

 ……………………え? お、終わり……全員一発?

 

Boost(ブースト)!!』

 

 全部終わってから遅れて、ブーステッド・ギアの倍化が発動する音が響く。周りを見れば木場も小猫ちゃんも既に倒しており、俺よりも早かったようでこちらを見ていた。

 

 グレイフィアさんのアナウンスが流れる中、木場は嬉しそうにニコニコしているが、小猫ちゃんはジト目で俺を見つめていた。

 

「小さな女の子相手に容赦無さ過ぎてドン引きです……」

 

「ちょ……!? それは流石に仕方なくないですか!? 葵は"常にトドメを刺す気でやれ、手加減なんて始めから考えるな"って言ってたし……それに――死んでなきゃ大丈夫でしょ!?」

 

「え?」

 

「え……?」

 

「い、イッセー……あなた……」

 

 ニコニコしている姫島先輩以外の皆からの視線がとても温かく、それでいて哀れなものを見るような視線に変わった気がした。

 

 しかし、その理由がわからずにいると、そう言えば洋服破壊(ドレスブレイク)を試していないままだったことに気が付き、残った十二単を着た僧侶の娘を見つめる。

 

 その娘は目の前で起こったことが信じられないように呆然としていた。

 

 とりあえず試合中にぜったいに魔法を試したかった俺は、手をワキワキさせながら迫る。

 

「ヒィッ!? な、何をするおつもりですの……!? やめ――」

 

 その直後、虚空に十二単が派手に破れる音と、か細く甲高い悲鳴が響き渡った。

 

 

[ライザー・フェニックス様の"僧侶"、戦闘不能!]

 

 

 やっぱり小猫ちゃんから見た俺の評価は地に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な……こんなことが……」

 

 俺たちが相手をしたライザーの全ての眷属が戦闘不能になった後、とても驚いた様子のライザーが新校舎から出て来た。

 

 心なしか趣味の悪い赤スーツとボタンを止める気の余り無いTシャツがくたびれて見えるぜ。

 

「お、お兄様!?」

 

「レイヴェル!?」

 

 すると、ライザーの妹が新校舎の窓から飛び出して来てライザーの背中に隠れてガタガタと震える。それは到底戦えるような状態には見えなかった。

 

「あ、あ、あ……あんなの人間じゃない……人間である筈がありませんわ!」

 

 その直後、ライザーの妹が出て来た新校舎の窓がある側、半分の校舎が巨大な火柱を横に倒したようなとんでもない爆炎に包まれ、跡形もなく消し飛んだ。

 

 更にそれどころか校舎のコンクリートや鉄骨は融解しており、赤熱したマグマみたいな状態で辺りに散らばり、残った校舎の断面はまるで地獄のようだった。

 

 

「あら、皆さんお揃いのようですね?」 

 

 

 そのマグマの上をまるで水面を歩くキリストのようにジャンヌは歩いてこちらに向かって来る。

 

 

「じゃあ、お茶会でも始めますか? フェニックス様?」

 

 

 その表情は明らかにライザーを見下し切ったものだとわかったが、悪魔よりもずっと悪魔らしい何かだと感じ、俺でも恐怖を覚えた。

 

 そして、同時に確信を持ってジャンヌならライザーをサクッと倒せてしまうんだろうなと感じた。

 

 ライザーを倒すために作戦を皆で考えもした。けれど、今はそれではダメだ。こんなアッサリとした決着を望んではいない。こうなったら……どうせなら――"俺が終わらせるべき"だと思うんだ。

 

「ライザー……一騎討ちをしよう。今度こそ、ぶん殴ってやる」

 

 手加減はするなと言われたけど、勝ち方に拘るなとは葵に言われてないしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧校舎と新校舎との間で対峙し、部長たちとジャンヌとライザーの妹は成り行きを眺める形になった。

 

 ライザーは意外にもすんなりと一騎討ちを受け入れた。少なくともジャンヌが動かないという確証が得られるならなんでもよかったのかもな。

 

 まあ、そりゃそうだ。人間があの強さなんて幾らなんでも予想外過ぎるだろうしな……。

 

 となるとまだ、ライザーは俺を敵と見ては無いのかもしれない。

 

 それは大きな間違いだと教えてやる!

 

「これがテメェの言う……豚に真珠だ!」

 

Welsh Dragon over booster(ウェルシュドラゴンオーバーブースター)!!!!』

 

 ブーステッド・ギアの宝石が輝き、真っ赤な全身鎧――赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイメイル)が装備される。

 

「鎧!? 赤龍帝の力を具現化したのか!?」

 

 まあ、これでも――明らかに手加減してる葵相手に30秒ぐらいしか持たないんだから辛いぜ……。

 

 でも初めてライザーが俺に対してまともに意識を向けたことで少し気分がよかった。

 

 

『あ、そうだ。いいもの貸してやろう。俺がぶん殴られるからちゃんと返せよ?』

 

 

 俺は修行が終わった直後に労いの言葉と共に葵に貸された布で包まれたとあるモノを掌から取り出し、聖なる力を完全に抑え込んで隠蔽出来ると葵が言っていた布を外して、"ソレ"のチェーン部分を持つ。

 

 

『じゃーん、"聖女マルタ(母さん)十字架(ホーリークロス)~!"』

 

 

 それは見ているだけで全身に悪寒が走り、ビリビリとした感覚を常に感じる程にも関わらず、どこにでもあるような質素で小さな十字架のペンダントだった。

 

「ま、まま、ま、待て待て待て……なんだその悪魔が間違っても持ってはいけない物体は……? どう見ても聖遺物級だろ!?」

 

「待ってイッセー……まさか!?」

 

 ライザーの驚愕は当然のこと、部長たちとジャンヌまで驚いている。まあ、葵から密かに渡されたからな。

 

 そして、俺はそれを――確りと握り締めた。

 

「うぉおぉぉぉぉぉぉ!!!?」

 

 鎧越しでも掌どころか全身が焼けるような感覚がする。実際手からは煙が上がり、多分籠手の中は見ない方がいいような状態になっているだろう。

 

 だが、こんなもん……。

 

「部長の心の痛みに比べたらこんなん屁でもねぇよ……行くぞライザァァァ!!」

 

「くッ!?」

 

 背中の噴出口から魔力を吹かして飛び上がり、宙に浮いているライザー目掛けて突っ込んだ。

 

 ライザーは苦悶の表情を浮かべながらでも炎の翼から巨大な炎を形成して、それを俺に向ける。

 

「どこまでも単純な野郎め……フェニックスの業火の前に燃え尽きろ!」

 

 ライザーから大き過ぎて炎の壁に見える程の業火が放たれ、このままではマトモに突っ込むことになるだろう。

 

 だからなんだ!

 

 俺はライザーの炎の中に突っ込んだ。当然、鎧越しに全身を焼かれ、とてつもない熱さが襲う。

 

 でもこんなん……葵の炎に比べたらぬるま湯もいいところだぜ! 葵だったら俺は一瞬で蒸発してらぁ!

 

 そして、一直線に業火を抜け、十字架を持った拳を引き絞りながらライザーの眼前に出た。

 

「よう、色男」

 

「ヒィッ!?」

 

 ライザーは悲鳴を上げながらも俺に殴り掛かって来たため、俺はライザーの拳に合わせて、十字架を持った拳をぶつける。

 

「ぎゃぁあぁあぁぁぁあぁぁ!!!?」

 

 結果、押し負けたのはライザー。ライザーの腕は煙を上げ、指は全てあらぬ方向に曲がりながら再生する様子もない。

 

 それどころかライザーにとって想像絶する激痛だったのか、精神ダメージがデカ過ぎたのか、炎の翼が消え、地面に叩き付けられるように墜落してしまった。

 

 俺は腕を押さえながら踞るライザーの前に降り立ち、少しだけ待ってやった。相変わらず俺の片手からは煙が上がっているが、もう感覚も薄くなってきたので今更気にすることでもない。

 

「ま、待て……待ってくれ……この婚約は悪魔の未来のために必要で大事な――」

 

「ライザー、俺が言いたいことはひとつだけだ」

 

 俺は途中で泣き言を言い始めたライザーの言葉を遮る。

 

 そして、拳を開き難くなってきたので、俺はもう片方の手で十字架を持つ拳を開き、十字架を地面に落とすと、再び握り締めて拳を作り、全力で振りかぶった。

 

 

 

 

 

「死なないだけ……マシだと思いやがれぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

 

 

 

 

 俺の拳はライザーの頬に突き刺さり、その衝撃は学校を模したフィールドを、文字通り半壊させる程巨大なクレーターを作った。

 

 

 

 

 

 







そろそろ邪ンヌとイチャラブしたい(発作)



~アイテム説明~

聖女マルタの十字架(ペンダント)
教会垂涎の聖遺物。マルタが自宅にいるときにいつも身に付けている銀のペンダント。しかし、愛宕家では立川の聖人宅並みに何でもかんでも聖遺物になりやすいため、愛宕家の聖遺物自体はわりとありふれたものである。故に他にも聖なる包丁とか、聖なる眼鏡とか、聖なるスマートフォンとか、聖なるパソコンとか、聖なるアヒル隊長とか色々ある。




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天使と聖剣

どうもちゅーに菌or病魔です。

今回、釣りたかった天使さんが出ます。これ以後、暫くは女の子を追加で釣ることはあまり無くなりますのでご了承ください。

後、愛宕夫妻が住んでいることでオリキャラが1名発生しましたのでご了承ください。

計2名の追加となります。



 

 

 

 砂色の景色が広がる出口の無い遺跡のような場所。

 

 そこで黒いドレスを着て、腰を優に通り越す長さの金髪を靡かせる女性が佇んでいた。

 

 等間隔で設置された青白い灯りに照らされ、その金色の髪が光を反射し、人間味を感じさせないまでの魅力と儚さを醸し出している。

 

 石の床を歩き、つまらさそうに髪を弄る美しき女性。緩慢な動きで右手を上空へ伸ばすと、何をするわけでもなく掌を閉じ、暫くしてからそっと開かれる。当然その中には何も掴んでなどはいない。

 

 小さく溜め息を吐く女性。頭上に輝く日輪、背中に生える薄く透明な翼、女性はただの女性ではない。天使と呼ばれ伝承されてきた存在に彼女は酷似していた。

 

 そして女性にはそのまま放っておけば、その場から消えてしまうかのような幻想の如し儚さと美しさがあった。だからこそ、その朧気な三日月のような美しさが失われてしまう懸念から声を掛ける者さえほとんど居はしないだろう。

 

 女性はその唇を震わせ、ぽつりと呟いた。

 

 

 

「今日も暇ねぇ……」

 

 

 

 凡そその美貌からは予想できない言葉を呟くと、両手を勢いよく頭に乗せて掻きむしり始める。その様は癇癪を起こした人間に良く似ていた。

 

「昨日も暇、一昨日も暇、その前も、その前も! その前もその前もその前もずっと暇! なんなのよ! なんなのよもう! 私を攻略する気概のある奴は居ないの!? なんのために素敵な武具や道具(アイテム)までいっぱい配置して()()に引き籠ったと思ってるのよ!?」

 

 女性は限界まで後方に傾き、それでも限界が来るとそのまま石の床に背中から倒れ伏した。思いの外、軽い音と女性の喚き声が響く。

 

「わーん! いい加減誰か来てよ! 遊んでよ! 構ってよ! 殺し合いましょうよ! 楽しみましょうよ! このままじゃ私退屈に殺されちゃうわ!」

 

 そう言ってゴロゴロと石の床でのたうち回り始める女性。しかし、この巨大で広大なばかりの一室では彼女以外に生物の姿すらいるようには見受けられない。故に見ているだけで虚しさすら覚えたことだろう。

 

「ミカエルもラファエルもウリエルも()を取りにすら来ないし……悪魔も堕天使も来ないし……他の神話体系の連中も一切来ない……あんなに手当たり次第に喧嘩吹っ掛けまくったのになんで?」

 

 大の字で寝転んでいるにも関わらず、さっきまでの気品と魅力をまだ三割程は保っているのだから女性の美貌は天上のモノと言えよう。

 

「というか今、外の世界はどれぐらいの時代なのかしら? ある程度は引き籠っていたのを覚えてるんだけど……いつからか日を数えるのを止めてしまいましたものねぇ……」

 

 女性は目を瞑りながら何やら思考し始めた。

 

 すると女性の後方で何かが軋むような音が響く。そして暫くすると小さな足音が響き、それは女性の頭部の辺りで止まった。目を閉じたままでも顔に影が掛かった事で女性は口を開いた。

 

「んー? また、オーフィス? 生憎何度来ても答えは一緒よ。グレートレッドは殺らないわ、だってあんなのと戦ってもつまらないですもの。私は心踊るような戦いしかしないのよ」

 

 依然として目蓋を閉じながらさっきまでの様子と発言が嘘のようにそんなことを呟く女性。美貌だけでなく切り替えの速さも一級品らしい。

 

「だから勧誘はノーセンキュー。というか入り口から入ってきなさいよ。そうすれば私あなたとなら喜んで殺し合……」

 

 女性はゆっくりと上半身だけ起き上がると後ろを振り向いて目を開いた。そしてその直後に彼女は動きと口を止め、目を大きく見開く。

 

「へ……?」

 

 何せそこにはまだ二桁にも満たないように見える少年が立っていたからである。女性を覗き込むような形で不思議そうな顔をしていた。

 

 更に周囲を見渡せば場所が石造りの空間から、現代ならばどこにでもあるような防波堤から見える海原の光景が広がっている。明らかに女性が元いた場所ではない。

 

 少年は真っ直ぐに女性の目を見つめ、止まったままの女性もただ見つめ返す時間が続く。

 

「ど……」

 

 暫くそうしていたが女性から先に動き出し、その唇から言葉を紡いだ。

 

「どちら様ですか……?」

 

 これがとある女神を名乗る破壊天使さまと少年の奇遇のお話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Aaaaa――』

 

 今日も今日とて釣り日和。最早いつも通りの光景となりつつあるお隣のティアマトさんを横目にボーッとしながら釣糸を眺めていた。

 

 ふと糸が引いたので片手で釣り上げると魚の縦縞が横縞に変わるのが見えた。

 

「カツオか……」

 

 50cmぐらいだな。少し小ぶりな気もするがまあまあといったところだろう。

 

 俺は異空間からポン酢、オリーブオイル、生姜、ニンニク、おろし金、お皿を取り出して並べる。

 

 それからカツオを三枚に下ろして解体し、適度に形を整えてから炎で炙る。

 

 お皿に盛り付けながら調味料で味を整え、それから一本のやたら仰々しい剣を取り出し、炙ったカツオを切り、ティアマトさんの前に出した。まあ、普通のカツオの叩きである。

 

 ティアマトさんはとても嬉しそうにどこからか取り出したマイ箸で食べ始めた。

 

「なんか大物釣りたいねぇ、ティアマトさん」

 

『Aaaaa――♪』

 

 クジラとか釣りたいなあ。

 

「おっ!」

 

『――!』

 

 そんなことを考えていると竿が引き、糸を巨大な水紋が浮かび始める。これはかなりの大物だと言えるだろう。

 

 俺は神器で獲物を絡め取ると勢いよく引き上げた。

 

 釣り上げたのは黒いドレスを身に纏い、金髪の長髪をして三日月の形をした杖を持った"天使"であった。その翼は他の天使とは違い、トンボのように薄く光の加減で白や虹色に見える美しいものだが、サインポールのように上から下へと絶えず生成と消滅を繰り返しているように見える。

 

 俺でさえ一目で強そうと感じる程の光力や気迫を持っていた。

 

 

 

「キャー! また、釣られちゃった☆」

 

 

 

 まあ、持っているだけで中身はこの通りなのであんまり気にならないがな。

 

 俺は釣れた天使から神器を離し、また海に糸を垂らした。

 

「ティアマトさんはどんな魚食べたい?」

 

『Aaaaa――』

 

「金目鯛かー、美味しいから釣れるといいね」

 

「え……? あの……」

 

 金目鯛は水深500~600mぐらいにいる深海魚だから普通に釣ると大変なんだよな。まあ、この釣りだと完全にランダムなので聞いたところで仕方のない話だが、こういう何気ない会話が大事だな。

 

「あ、そうだ。ティアマトさんはあたりめと燻製さきいかどっちがいい?」

 

『Aaaaa――(さっさっ)』

 

「両方かー」

 

「ちょっといい……? ねえ……?」

 

 手に持って見せた結果、袋を両方持っていかれてしまった。これは"めっ"しなければいけないかもしれない。

 

『Aaa――♪』

 

「…………まあ、いいか」

 

「あのいいですか……?」

 

 この美味しそうに物を食べる笑顔を見ていると自然にこちらまで嬉しくなるというものである。

 

 それにしてもティアマトさんは可愛らしくて、綺麗で、優しくて、食いしん坊なだけの女性なのにこのどこが不満で引きずり下ろされたのだろうか? とりあえず、もしティアマトさんがいた世界のマルドゥークとか言う神を見掛けることがあったらよく炙っておく事にしよう。

 

「うぐぅ……ひぐっ……マモルくんが構ってくれません……」

 

 ……………………そろそろ対応するとするか。

 

「なんでしょうか"イセリア"さん……?」

 

「――!」

 

 そう、釣り上げた天使――"イセリア・クイーン"さんに問い掛けると、泣き顔からパァっと笑顔に変わり、ものすごい勢いで俺の隣までやって来た。

 

「もう、聞こえてるじゃないですか!? …………じゃなくて――聞こえているなら答えなさい、社会のルールよ?」

 

 言い直して今更威厳を保てると思っているのだろうか? そもそもあなたにだけはルールを説かれたくないな……。

 

「で? "元ガブ"さんが今日は何の用でしょうか?」

 

「元ガブ……新しいガブリアスの型かしら……はっ! 誰が"元ガブリエル"よ!? 今でも"ガブリエル"よ! 見なさいこの美貌を! スタイルを! 肌艶とか諸々を!」

 

 そう言いながら何やらくねくねし始めるイセリアさん。しかし、本当にどこからどう見てもクッソ美人なため、ぐうの音も出ないが、それを語らずにしておく。

 

 彼女の名前は自称、イセリア・クイーン。本名は"ガブリエル"という四大天使の一人である。まあ、ガブリエルの頭に"元"が付くのだがな。

 

 昔、聖書の神の下でガブリエルをしていたが、色々あって叛逆したらしい。その時に天使の枷を解くためにこの人(イセリア・クイーン)ガブリエルの体裁を成すだけの絞りカス(ガブリエ・セレスタ)の二つに身体を分けて、イセリア・クイーンが聖書の神に戦いを挑んだそうな。

 

 結果は暇そうなイセリアさんがここにいる辺りから察して欲しい。まあ、身の丈にあったモノを創造するべきだったという教訓になろう。

 

「それに釣ったのはマモルくんよ!? エッチ! そんなに濡れ濡れのパツキン巨乳な絶世の美女がお好み!?」

 

「最近、週5で釣られる人が俺のせいなわけないんだよなぁ……」

 

『Grrrr……』

 

「~♪ ~♪」

 

 趣味妨害もいいところなので止めていただきたいのでティアマトさんとジト目で眺めるが、本人は目を合わせず、やたら綺麗な音色の口笛を吹くばかりである。

 

 まあ、イセリアさんとの付き合いは親の次に長い付き合いになるので、今更なところではあるが、この人は煩く、ウザく、ナルシストで、構ってちゃんと大分アレな人なため、対応していると疲れるのだ。その上、微妙に言葉に打たれ弱く、あんまり精神攻撃していると素の言葉使いが出たり、泣いたりもする。その辺りはちょっとギャップ萌え。後、ハムスター飼ってる。

 

 今のガブリエルとして役目を勤めているイセリアさんと瓜二つな女性のガブリエ・セレスタさんは、優しく慎ましやかでちょっといたずら好きな可愛らしくも美しい女性だというのにな。こっちもハムスター飼ってる。

 

 あ、語弊はないように言っておくが、パツキン巨乳は大好きである。銀髪か白髪なら尚よい。更に言えばジャンヌみたいのがよい。ちなみに俺も二人から貰ったハムスター飼ってる。

 

「あら……?」

 

 するとイセリアさんはカツオの叩きを作るために使っていた剣に目を向けた。カツオの血とポン酢とオリーブオイルに少し濡れ、若干生姜とニンニクが表面にこびりついている。

 

 その状態を見たイセリアさんはポカンと口を開け、ぷるぷると震えた後、口を開いた。

 

 

 

「わ、私の"咎人(とがびと)(けん) (かみ)斬獲(ざんかく)せし(もの)”ぉぉぉ!?」

 

 

 

 それはイセリアさんから貰った"咎人の剣 神を斬獲せし者”であった。

 

「たた、たい……大切にしてくれるって言ったじゃないですか!? どうしてこんなことになってるんですか!?」

 

 俺の両肩に手を乗せてガクガクと揺さぶってくるイセリアさん。俺としては最大限使っているつもりなのだが……。

 

 俺の炎だってそうだが、使わずに死蔵される程可哀想なことはないだろう。だから何かしらに使ってあげなければならないだろう。別に俺はいつでも何かを斬りたい等と飢えてる辻斬りさんでも、魔剣やら聖剣やら神剣やらに思い入れがあるわけでもない。というか、最終的に己が信じれるのは拳だけである。ならば始めから拳を極めればいいのだ。

 

 ちなみに最初はとても得意気な顔で"10回私を倒せたら差しあげましょう"等と、そんなこと出来たら今頃俺は世界の王にでもなってそうなことを言われた。

 

 なので剣は父親から習ってジャンヌ等には俺が剣の師になったので使えなくもないが、ステゴロの方がインファイトが楽なのでいらないということをずっと強調していたら――。

 

"何でですか!? あなたも神剣グランス・リヴァイバーでいいとか言う口ですか!? 男の子はロマンの塊なんでしょう!? 実質ランダム攻撃力の何がそんなに悪いんですか!?"

 

 等とよく分からないことを言い始め、この剣が強いということを証明したいとのことで無料で貰ったのがそもそもの始まりなのだ。

 

「そうですけど……うぅ……カツオ風味ぃ……」

 

「それより何か用件があったんじゃないですか?」

 

「あっ、そうだったわ!」

 

 イセリアさんはガバッと顔を上げると、剣のことは忘れたかのような笑みで当たり前のように最新型のスマートフォンを取り出す。そして、"1000種を超える美麗カード!本格スマホカードバトル"との謳い文句のゲームアプリを起動すると、デッキ編集画面を出して来た。

 

 そして、CVがギロロ伍長のレジェンドレアカードが3枚だけ入っている。うわ……それに加えてなんだこのエーテル量は……六桁後半あるぞ……。

 

 

「組み方わからないからハイランダーデッキ作って!」

 

 

 

 ハイランダーとはカードを重複させずに全て1枚だけ入れて作られたデッキ、或いはそのデッキ同士を用いた対戦形式を指す。このゲームに関してはハイランダーっぽいものかつ前者を指す。

 

 まあ、そんなことは正直どうでもよく、重要なのはこの天使さまはたったそれだけのために釣られて、防波堤でアレだけ騒いでいたということだろう。SNSアプリもインストールしてるし、俺の宛先もあるハズだからぜひともそちらを使って欲しかったものだな。

 

 俺は満面の笑みを作ると、優しく柔らかな抑揚で言葉を開いた。

 

「そのゲームはジャンヌの方が詳しくて強いですよ? ちなみにジャンヌは家にいます」

 

「え? そうなの?」

 

 そう呟くとイセリアさんは少し考え込む素振りをしてからふわりと浮き上がり、家の方へ身体を向けた。

 

「待ってて黒いジャンヌちゃーん!」

 

 一瞬で音速の壁を突破し、戦闘機が裸足で逃げ出すような地表スレスレの軌道を描きながらイセリアさんは飛んで行った。

 

 俺はやりきった笑みを小さく浮かべ、ポツリと口を開いた。

 

「嵐のような人でしたね……」

 

『Aaaaa……?』

 

 ヒヒヒ、"後でジャンヌに怒られるよ?"ってティアマトさんや。俺はスマートフォンを取り出し、SNSアプリに来たジャンヌの通知を読んだ。

 

 

[アンタ,オボエテナサイヨコノヤロウ]

 

 

 この通り、もう手遅れです。

 

 とりあえず暫くの平穏は約束されたので、ジト目のティアマトさんの視線を受けつつ、剣やお皿などを片付けてから釣りを再開することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Aaa~♪』

 

 再開してから最初こそジト目だったティアマトさんだったが、何故か続け様に7~8匹も金目鯛が釣れたため、とてもご機嫌な様子である。なんだか、ティアマトさんがいると、無茶苦茶ツキがいい気がするんだよなぁ。

 

「ん……?」

 

 するとこの防波堤に人が歩いてくるのが見えたことでそちらに意識を向ける。

 

 というのもここは見晴らしは非常に良いが、ぶっちゃけ交通の便が最悪な場所にある割には、普通の釣りで穴場という程魚が釣れる場所でもないので余程酔狂な釣り人か、俺とその関係者ぐらいしか来ない。

 

 そのシルエットに見覚えがあるため、どうやら後者のようで、徐々に姿が鮮明に映った。

 

 その姿は端正な顔立ちに灰色の髪と瞳をしており、髪は姫島さん並みにかなり長い。まだ、若干幼さが残るが、それでも約束された美女になるといった容姿を既にしている。

 

 それにしても なんでこうハーフの女性は美しく見えるんだろうな。俺もハーフだが、比べれば全然だろう。

 

 彼女は俺の隣までやって来ると隣に腰を下ろして口を開く。

 

「こんにちは、マモル先輩」

 

「こんにちは、かぐやちゃん」

 

 彼女の名は"八重垣"かぐや。俺のひと学年下という扱いで駒王学園に通っている"悪魔と人間のハーフ"だったりする。

 

 一見したところDQNネームのようだが、漢字で書くと迦具夜になる。やっぱりDQNネームだが、フォローすると迦具という字には輝きや火という意味があり、親父の名にあやかったのだろう。愛宕家と家族ぐるみの付き合いになったばかりにちょっと悪いことをしたかも知れない。

 

 まあ、家族の付き合いといっても向こうの両親が親父を神のように――いや、実際神なんだが、よりにもよってあの親父を神のように慕っているせいか、かぐやちゃんも何故か小さい頃から俺にべったりだったりする。

 

 まあ、気分的にはちょっとした妹だな。

 

「今日はどうした?」

 

「うふふ、用がなければ来てはいけませんか?」

 

 もちろん、そんなことはない。だが、こんなつまらない男に年頃の乙女が時間を割くのも如何なものかと思っただけである。

 

 そのまま彼女はころころと笑い、嬉しそうに口を開く。

 

「冗談です。レーティングゲームに関わったって聞きましたよ?」

 

「情報が早いな……」

 

 とは言ってもグレモリー眷属とライザー眷属とのレーティングゲームは既に先々週程の話。言うほど早くもないな。

 

 あの後、ライザーは軽い心的外傷後ストレス障害(PTSD)になったらしく、そのせいでフェニックスなのにまだ入院しているらしい。まあ、イッセーのあんな一撃を受けては仕方ないかも知れないな。

 

 それにしてもイッセーはいつの間に殺さないギリギリのところの一撃をぶち当てる技術なんて身に付けたのだろうか? ただの偶々か、はたまた殺され過ぎてなんとなくわかったのか、疑問はあるが、まあ、イッセーが格段に強くなったという結果があるのでいいだろう。

 

 マジな話、今のイッセーなら"聖書の堕天使"とかと真っ正面から戦っても結局いい勝負になるんじゃないかな? まあ、そんな機会があるわけないか。

 

「何、クラスメイトがグレモリー眷属の兵士でね。折角だから少し鍛えてやっただけだよ。まあ、数合わせにジャンヌも参加したけどな」

 

「マモル先輩の特訓かぁ……」

 

 何故かかぐやちゃんの澄んだ瞳が濁った気がするが気のせいだろうか?

 

「それより、剣の鍛練は上手くいってる?」

 

「え……? も、もも……勿論ですよ!」

 

 そうか、そうか、それはよかった。かぐやちゃんは1日だけ俺が稽古をつけたことがあったが、途中で見ていた"元聖剣使いのお父さん"に何故か涙ながらで"お願いですから……お願いですからもう止めてください……ッ!"等と言われてしまったので反省だな。

 

 やっぱり女の子には少しハード過ぎたのかな? 最初はやはり死すら認識出来ない速度で殺すのではなく、死を自覚出来るぐらいの速度で殺すべきだったのだろう。

 

 その点、イッセーでは反省を生かせたな。うんうん。

 

 ちなみにかぐやちゃんもお父さんからの遺伝か、聖剣因子を持っていたりする。その上、お母さんの遺伝で"無価値"にさせることも得意である。属性てんこ盛りだな。

 

「あ、先輩知ってます?」

 

 もちろん、知らないので俺は聞き返した。

 

 それによるとなんでも教会保有の聖剣エクスカリバーが数本強奪されたらしい。

 

 エクスカリバーと言えばかつて最強とも謳われた伝説の聖剣だったが、大昔の戦争で折れた。その破片を教会が回収し、錬金術を用いて7つの特性を破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)夢幻の聖剣(エクスカリバー・ナイトメア)透明の聖剣(エクスカリバー・トランスペアレンシー)祝福の聖剣(エクスカリバー・ブレッシング)、そして支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)の7本の聖剣に分けて作り直されたのが今のエクスカリバーとなっているものである。

 

「怖い話ですよね……でもいいなぁ……エクスカリバー。盗られるぐらいなら私が一本ぐらい欲しいです……」

 

 うっとりしたような凡そ剣に対しての想いとは思えない表情を浮かべるかぐやちゃん。それを見て、年頃の女の子がそれでいいのかと思うと同時にとあるモノを思い出した。

 

「あ、そう言えば持ってたな」

 

「え……?」

 

「えーと……確かこの辺りに……」

 

 俺は倉庫代わりの異空間を開き、その中に手を突っ込んで目的のモノを探す。そして、色々なガラクタだったり、調味料だったり、食器だったりを手に取っているうちに目的のモノを発見して引き抜く。

 

 うわ、かなりホコリ被ってるなコレ。

 

「ほら――」

 

 丁寧にホコリを取りつつ鞘から抜いたそれを見せたかぐやちゃんは唖然とした表情で固まっていた。

 

 

 

 

 

「親父が昔、俺の誕生日プレゼントとしてどっかから拾ってきた"支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)"だよ」

 

 

 

 

 

 次の瞬間、かぐやちゃんの叫び声が海原に木霊した。

 

 

 

 






~当時人物~
八重垣かぐや(迦具夜)
とある無価値の能力を持つ女性悪魔と、とある元聖剣使いの段階との間に出来た子供。かなりのバトルエリート血統。葵とはひとつ歳の離れた幼馴染みになり、未だに葵に妹のように扱われていることが、彼女の最近の不満。かなりの刀剣マニアで1日中剣の図鑑を見ていても飽きず、楽しそうにしているちょっとアレな娘。


~釣果~

イセリア・クイーン
この小説のむろみさん枠兼リヴァイアさん枠。本名:ガブリエルさん。イカれた実力と、イカれた性格をしたなんかスゴい天使。自称女神だが、ヒノカグツチの神性特効が入らないので一応、天使である。スター"オーシャン"。



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冥犬エーリス

前話前書き:これ以後、暫くは女の子を追加で釣ることはあまり無くなりますのでご了承ください。

言い訳:犬はノーカン(迫真)





 

 遡ること10年程前。

 

「ここだ、マルタ」

 

 火之迦具土神の転生体である愛宕権現――愛宕太郎坊は自身の伴侶であるマルタにそう告げた。

 

「こんな場所まで散歩に連れて来るんじゃないわよ……」

 

 その場所は街からやや離れた山間にある開けた場所であり、岩肌が露出した寒々しい雰囲気があった。

 

 散歩という名目で電車を使ってまで連れて来られたマルタは、いつもとは異なり不機嫌な様子を隠そうとしない。

 

 というのもマルタの隣におり、眠そうにしているマルタとも太郎坊とも似た容姿をした少年がいることが理由であろう。

 

「悪りぃ悪りぃ、この辺り飛んでた時になんか見えちまったからな。勝手に生き返らせたら怒るだろ?」

 

「当たり前よ」

 

 言い切るマルタ。その様子に何が面白いのか太郎坊はカラカラと笑いながら歩き出す。

 

「いやそれがななぁ、面白れぇんだよ!」

 

 そして、その場所のある地点の前まで行くと、太郎坊は足元を指差しながらマルタに見えるようにそちらを向いた。

 

 

 

「ここで"悪魔と教会関係の人間"が折り重なって死んだんだぜ?」

 

 

 

 その言葉にマルタは目を見開き、固まる。何せ既に死体どころか血の一滴、毛の一本、魔力の残滓すら残ってはいない。いったい、火之迦具土神という神性には何が見えているのだろうか。

 

 そうしている間に太郎坊は両掌に淡く暖かな炎を燃やす。

 

「ヒヒヒ――このご時世に大胆なこった。面白そうだから見つけたついでにちょっと話聞いてみようぜ?」

 

「待ちなさ――待てぇ!」

 

 しかし、太郎坊はマルタの静止を一切聞かずに炎を溢した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は駒王学園の球技大会の日。

 

 クラス対抗戦、男女別の選抜者による競技等があり、最後の方に部活対抗戦がある。特に競技に部活対抗戦に関しては当日まで知らせず、最後まで楽しもうという心意気を感じる。

 

 まずはイッセーとアーシアも参加するクラス対抗戦の野球であるのだが――。

 

「いいアンタら? 打ったら死ぬ気で走りなさいよ? 兎に角、点を叩き込みまくりなさい! 全てコールドゲームで終わらせてやるわ!」

 

『押忍!』

 

「声が小さい!」

 

『押忍!!!』

 

 何故かうちのジャンヌが一番やる気であった。どこで調達してきたのか、黒っぽいマイユニフォーム、メット、スパイク、バット持参である。押忍は主に武道の掛け声な気がするがまあいいだろう。

 

 というか、参加する男女両方の野球部やらソフトボール部どころかイッセーまでジャンヌの回りで大変楽しそうにしている。

 

 少しだけ離れているのは俺とアルジェントさんぐらいのものだ。まあ、アルジェントさんは距離感を取りつつ目を輝かせて楽しんでいる様子なので、一番盛り上がっていないのは多分、俺かも知れない。

 

 ちなみに俺も何故かジャンヌと全く同じデザインの衣装を着させられている。もちろん、ジャンヌに渡された。

 

「ちょっと! アンタ4番なんだからこっち来なさい!」

 

 更に何故か俺が4番らしい。回りの野球部に何故君たちが4番じゃないのかと聞くと、俺以上の適役はいないとのことであった。

 

 何故だ……?

 

 

 ちなみに野球なのだが、まず当然のようにエースのジャンヌがホームランを放ち、続く野球部の2・3番がランナーになり、俺がホームランを放ち、イッセーもホームランを放つというクソゲーであった。

 

 攻撃側の方はホームランを確実に放つのが3人だけの点がまだマシ。守備ではまず当然ピッチャーのジャンヌが200km近い超豪速球をとんでもない軌道で放つため、誰も撃てなかったのである。ちなみにキャッチャーは俺。

 

 そんなこんなで普通に優勝である。

 

 

 男女別の選抜者による競技では何故か満場一致でクラス推薦されてしまったため、俺とジャンヌが参加することになった。

 

 男女共にテニスであり、やはり何故かジャンヌは黒っぽいテニスウェアを用意していた。もちろん、俺の分もである。

 

 男子の部は知り合いの生徒会書記の匙くんがとてもやる気に満ち溢れていたが、一点も取らせずにぶちのめしてしまったので悪いことをしたかもしれない。ちなみに俺が優勝した。賞品にラケットを一組貰ったので、ティアマトさんとオーフィスさんにでもさせてみるかな。

 

 

 そして、女子の部では準決勝でシトリーさんとグレモリーさんがテニヌを行う隣のコートで、同じく準決勝のジャンヌとかぐやちゃんがテニヌをしている。

 

「やるわ……ねっ!」

 

「本当に人間なんです……かっ!?」

 

 シトリーさんとグレモリーさんの王子様なテニヌとは違い、こちらはガノンドロフとリンクのテニヌである。既にとんでもない速度と重さと化しているテニスボールをひたすら打ち合っていた。最早、逃げたら負け的な雰囲気になっているのか互いに一歩も移動していない。

 

 テニスってそういう球技だっけ……?

 

「あ……」

 

「あ……」

 

 そして、ついにその瞬間は訪れた。限界を超えたボールが小気味良い音を立てながら木っ端微塵に弾け飛んだのである。

 

 隣のコートでもテニヌに耐えきれなくなったラケットがへし折れたらしく、この後の競技時間や危険性を考え、4人が優勝ということになった。

 

 

 そして、部活対抗戦になったのだが――。

 

「クソッ!? 愛宕夫婦は卑怯だろ!?」

「アーシアさんを正常な世界へ取り戻すんだ!」

「ぎゃぁぁ!? マモルさんがボール持ったぞぉぉぉ!?」

「イッセーを殺せぇぇぇぇ!」

「あ、ジャンヌさんに殺られるなら本望――ぶへっ」

「殺せぇぇぇ! 死ねぇぇぇぇ! ロリコンは俺だけでいいんだぁぁぁ!」

「くそっ! こんな武闘派揃いのオカルト研究部があって堪るかぁぁぁ!」

 

 なんだか、全校生徒はイッセーに殺意を向け、オカルト研究部の相手になった部活からは悲鳴が木霊するという奇っ怪なことになっていた。

 

 ちなみに俺とジャンヌはグレモリーさんに名前だけでいいので入部して貰えると今後、何か役に立てるかも知れないとススメられ、イッセーやアーシアさんも何やら入部して欲しそうな顔をしていたので、最近オカルト研究部に入ったのである。

 

 まあ、グレモリーさんの眷属どころか悪魔ですらないし、最初に言われた通り、本当に名前だけに近い。それでもたまにお茶を飲みに行ったり、ジャンヌが稽古を付けたりしているからいいのだろうか……オカルト研究ってなんなんだろうな。

 

 結果として、グレモリー眷属に俺とジャンヌが加わったチームでのドッジボールという状態になっていた。何故か、不思議なことにイッセーが全校生徒から目の敵にされ、ボールが無茶苦茶集中していて見ていて面白いぐらいだ。

 

「お前らぁぁぁぁ!」

 

 まあ、今のイッセーは俺との修行で動体視力や瞬発力や判断力がとても強化されたと思うので、実質上、イッセーが回避盾として仁王立ちしている状態である。とても頼もしい。

 

 ジャンヌは楽しそうにアホ毛をぴこぴこ揺らしながら率先的にボールを拾って投げて相手をアウトにしている。楽しいなら何よりだな。

 

 ただ、釈然としない点としては――。

 

「救いはないね!? ……救いはないんですか!?」

「もう終わりだぁ!!」

「生きる意味を……失う……!」

「ホイホイチャーハン!?」

 

 何故俺がボールを取るだけでイチイチ悲鳴が上がるのだろうか……? ちなみに今の相手はレスリング部である。

 

「アンタが手加減しないからでしょうが……」

 

 ジャンヌにそうぼやかれた。

 

 いや、それはほら手加減とかすると相手に失礼じゃん? だからボールが弾けない限界の威力と速度で投げているだけなんだがな。

 

 そんなこんなで部活対抗戦はオカルト研究部の優勝で終わり、球技大会の幕は閉じた。

 

 ひとつ気になった事といえば、終始木場くんがぼんやりしていたことだろうか。少し遅れた五月病か、はたまた何か辛い事でもあったのかはわからないが、まあそんなに親しい関係でもないので向こうからこちらに相談してこない限りはそっとしておく事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリオパーティーを4人でしたいわ!」

 

 いつものように防波堤で釣れたイセリアさんはそんな言葉を言い放った。

 

 いつも唐突なイセリアさんだが、今日は一段と酷い。まあ、それに対して何が出来るわけでもないので、要望を聞くだけなのだが……今日の釣りは中止だな。ティアマトさんも家でお昼寝していて来ていないので、まあいいだろう。

 

「どれがやりたいんですか?」

 

「マリパ3」

 

 64かぁ……まあ、でも一番面白い気もするしなぁ。

 

「でも残り2人はどうします?」

 

「片方は黒いジャンヌちゃんじゃだめ?」

 

「じゃあ、もう片方は――釣りますか」

 

 俺は神器(ミズガルズオルム・ビックフィッシャー)の力を少し解放した。

 

「はい、亜種禁手。"神々の炎虹(ビヴロスト・グランドフィッシャー)"です」

 

「………………何か変わった?」

 

 イセリアさんの言うとおり、相変わらずロッドは別売りの糸であり外見上の変化はほぼない。強いていえば陽の光りに照らされた糸が虹色の光を放つようになったぐらいだが、細過ぎるため、よく見ないと全くわからない。

 

 最大の変化はその性質であり、火之迦具土神の権能(俺の炎)が神器に加わったことで、釣れる概念が水に加えて"火"が追加され、"釣れる対象の範囲が広がり"、幾らか"釣りたいモノを釣りやすくなる"のである。

 

「え……? スゴいじゃない。なんでいつもそれで釣らないの?」

 

「いや、だってほら釣りたいモノが釣りやすくなったらつまらないじゃないですか」

 

 俺の釣りは個人的に何が釣れるからわからないから面白いのである。更に言えば火の概念が加わると、とんでもないモノが釣れ始めるので嫌なのである。

 

「例えば何釣れたの?」

 

「スルトさん」

 

「それは嫌ね……」

 

 あの時は釣り上げた方()釣られた方(スルトさん)も大層驚いたなぁ……。まあ、互いに火に纏わる神性だからなのか、かなり好意的に接してくれたからまだよかったな。後、当たり前のように親父の友人だった。

 

 セフィリア……? いや、なんか違うような……まあ、いいか。そんな名前の人間の女性に対してのアプローチ方法について聞かれたりもしたな。とりあえず破壊とか世界の終末とかはまず喜ばないと思うので止めておくようにと、俺みたいに料理とか、アイロン代わりとか無茶苦茶くだらないことに炎を使ってもいいと思うと助言しておいた。

 

 ちなみに日本陣営から恐れられてる親父と俺と同じく、北欧陣営で恐れられているらしく、その繋がりか今でもたまに交流があり、よくSNSで連絡を寄越して来る。

 

「他は?」

 

「織田信長」

 

「………………………………マジですか?」

 

 なんというか……ぐだぐだしてた。後、女性だった。他にコメントは特にない。

 

 他にもニャル子という人を探しているクー子という人とか、多華宮くんなる男の子を探している190cmぐらいの女性とか、ドクササコとか、ガメラとか釣れたことがあるな。もちろん、全員に元いた世界にお帰り頂いた。ドクササコはその場で焼いて俺のおやつになった。

 

「まあ、今回は"暇してそうな方"を釣りましょうか」

 

 そう言いながら海に糸を垂らす。

 

 わくわくした様子のイセリアさんを見て、ふとミカエルさんとか釣れたらどうしようかと思い浮かんだが、まあその時はその時だな。

 

 そして――――糸が引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆ ワオーン ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでマリパするために帰って来たってわけ?」

 

「おうさ」

 

「お邪魔するわよー」

 

「フンッ!」

 

 当たり前のように家に入っていくイセリアさんを余所に、ジャンヌは足をげしげし踏んだ。しかし、基本的にいつもジャンヌが被害者なので甘んじて受ける。

 

 

 

「お招きありがとうございます。お邪魔いたしますね?」

 

 

 

 そして、釣り上げられた青紫の髪をした女性がジャンヌにそう挨拶する。

 

 女性の着ている衣装はヴィクトリアンドレスであり、それにくるぶしまで隠れる長さのスカートのエプロンドレスと、給仕の邪魔にならないように髪を押さえるレースのカチューシャであるホワイトプリムを着けたメイドさんであった。

 

 

 

「"エーリス"と申します。以後、お見知りおきを」

 

 

 

 それだけ告げて、エーリスさんは俺の斜め後ろで大人しくしていた。

 

「誰……?」

 

 ジャンヌがそう呟き、そういえばジャンヌはエーリスさんと面識が無かったことに気づく。

 

「アレだよアレ……えーと……ほら、ニブルヘイムの女王ヘルの従者で、"犬のうち最高のもの"って言われている奴」

 

「ああ、"ガルム"ね。知ってるわよそ……れぐ……ら……い?」

 

 ジャンヌは口を開けたままエーリスを頭から爪先まで眺め、エーリスさんは首を傾げてそれを静かに受けていた。

 

「待ってください、待ちなさい、待て。水どころか火の要素も何処にもないじゃない。なんで釣れるのよ!?」

 

「なぜ、と申されましても……」

 

 少し困った様子でエーリスさんが俺を見る。ジャンヌは誤解しているようなので口を開いた。

 

「いいかジャンヌ、ガルムっていうのはな――」

 

 ガルムとは魚の内臓を細切れにし、塩水に漬けて発酵させて作る古代ローマの魚醤である。すなわち、海産物なのである。そして、ガルムもまた水であり、全てはローマなのだ。

 

「スペルが違う! 最早、逸話でもなんでもないこじつけじゃない!?」

 

「でも禁手だと釣れるんだもの」

 

「水揚されてしまいました……」

 

 何故かわざとらしく頬を染めつつ手を当てているエーリスさん。

 

 ぶっちゃけこの神器(ミズガルズオルム・ビックフィッシャー)は俺どころか、神器の専門家のアザゼルさんでもよく分からない物体らしい。そもそも亜種禁手と言っているが、こんな意味のわからない神器を禁手まで至らせた者が歴代で俺以外に存在しないため、本来の禁手すら不明である。所謂ハズレアである。何故といわれてもそういうものだからとしか思えない。

 

 とりあえずそんなエーリスさんを交えて今日はマリパで遊ぶことになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨の降る夕暮れ時。

 

 ひとりのカソック姿の青年の周りに数人の神父が倒れ、血の海に沈んでいた。一目で尋常でない事態だということが見て取れる。

 

「流石"聖剣"ちゃん~♪」

 

 そう言いながら青年は自らが持つ聖剣の血振るいを行った。

 

「おやおやぁ……」

 

 すると青年の視界にこちらに向かって歩いて来る青年の姿が映る。

 

 それは青に近い黒髪をして、誰がいるわけでもないにも関わらず朗らかな笑みを浮かべている傘をさした青年であった。よく見ると手元に4本の細いリードが握られており、足元には"4匹のハムスター"がちょこちょこと小走りで綺麗な隊列を組ながら歩いているのがわかった。

 

 ウサんぽや、ネコんぽならぬハムんぽである。

 

「なんですかねありゃ……」

 

 さながらハーメルンの笛吹き男である。しかし、青年はハムスターの青年から悪魔に関与している者が放つ特有の匂いを感じ取った。

 

「ま、どっちでもいっか!」

 

 青年はハムスターの青年に向かって聖剣を振りかざしながら駆け出す。聖剣の能力を発動したことも相俟って風のような速度で迫った。

 

 そして、すれ違い様に一閃。ハムスターの青年が持っていた傘が宙に飛び、遅れて崩れ落ちた――。

 

 派手に聖剣がコンクリートにぶつかる音と共にカソック姿の青年が。

 

「………………通り魔?」

 

 ハムスターの青年――愛宕葵はそう呟きながら傘を離して、片手で持つモノを自分の顔と同じ高さに上げて見つめる。

 

「同い年ぐらいか、ジャンヌみたいな髪の色だな」

 

 それはカソック姿の青年の頭部であった。敵意を剥き出しにした表情のままに死んでいる。

 

 当然、硬い地面に倒れているカソック姿の青年の身体には首から先がなく、止めどなく血が溢れていた。

 

「お」

 

 葵はここでようやく、カソック姿の青年が手にしていた聖剣に気がつき、死体に近寄るとリードを持つ手に頭部を移し、聖剣を手に取った。

 

「エクスカリバーか。いいお土産が出来た」

 

 葵は異空間にエクスカリバー――天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)をしまうと傘を再び手に取り、青年の頭部を抱えたまま鼻唄を歌い散歩を再開した。

 

 

 







"神々の炎虹(ビヴロスト・グランドフィッシャー)"
 ミズガルズオルム・ビックフィッシャーの亜種禁手と思われる何か。外見上及び性能上の違いは殆どないが、火之迦具土神の権能が加わったことで釣る対象の性質が強化している。
 具体的には"水及び火という概念"を含んでいれば、生死問わず、過去の死者なら蘇生させて釣ることが可能。また、釣れる対象の概念的な範囲がこじつけレベルまで広がっている。更に未だランダムではあるが、釣る対象の範囲指定が少しだけ可能となっている。


~釣果~

エーリス(ガルム)
 この小説のメイドさん枠兼リヴァイアさん枠。ニブルヘイムの女王ヘルの従者。動きやすいよう、普段は女性の姿に擬態しているが、その本体は冥界の番犬ガルムである。禁手状態でのみたまに釣れる暇をもて余したお方。


この小説のリヴァイアさん枠一覧
・ティアマト
・オーフィス
・イセリア・クイーン
・エーリス



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愛宕式更生プログラム

どうもちゅーに菌or病魔です。




 

 数年前、とある施設内にて。

 

 閉鎖れたその場所は現在、けたたましいサイレンと共に赤いランプが回り、一目で異常自体だと理解出来る状態になっていた。

 

 更に各ブロックで火の手が上がり、辺りをより赤く染めている。炎に対してスプリンクラーが作動しているが、まるで効果があるようには見えなかった。

 

「クソッ……!? いったいなんなんだ!?」

 

 その中をここの施設の研究員たちが駆け、そのリーダー格の男が唾を飛ばしながら叫ぶ。その表情は恐怖と焦燥に歪んでいた。

 

 ほんの数分前まではいつもと変わらない状況だった。しかし、どこからか現れた決して消えずにただ燃え広がるだけの炎によってこのようになったのである。

 

 燎原の火、まさにその言葉の通りであろう。

 

「あれは……」

 

 すると研究員らは廊下の突き当たりの角から見知った顔の女性聖剣使いが出て来たことを確認し、安堵の表情を浮かべる。

 

 彼女はかなり名の知れた天然の聖剣使いであり、その実力は確かなものであった。

 

 よく見れば女性聖剣使いは息を荒げ、研究員らから見えない方向を睨みながら聖剣の切っ先を向けていたが、それに研究員らが気づくことはなく、声を掛けた。

 

「!? ダメこちらに来ては――」

 

 女性が意識をそちらに向け、そこまで呟いた瞬間、女性のいた区画ごと火柱を横に倒したような業火が伸びる。当然、その炎に飲み込まれた女性は聖剣ごと跡形もなく消失した。

 

 その光景に研究員らが絶句していると、火柱が現れた方から小学生か中学生程の年齢に見える少年が歩いて出て来たことに気がつく。

 

 少年は髪の色が青み掛かった黒髪であり、()()はなかったため、この施設の人間でないことは理解できた。

 

 また、少年の手には"白髪をした少年より遥かに小さな少女"が眠ったまま抱かれていることにも気がつく。

 

 

「よかった」

 

 

 少年は朗らかな笑みを浮かべながら研究員らに近寄る。そして、細く開かれた瞳を見開くと言葉を紡ぐ。

 

 

「あなたたちで最後だ」

 

 

 その直後、研究員らの視界が真っ赤に染まり、そこから先は何もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ヒヒヒ――」

 

 

 最早、燃えていない場所を探す方が難しい程、辺り一面が燃え盛り、真っ赤に染められた地獄の中で小さな少女を抱く少年は笑う。

 

 そして、ボツリと呟いた。

 

 

「ジャンヌ……君の痛みも……嘆きも……怒りも……全部全部……燃やすからね」

 

 

 その言葉の直後、炎は更なる勢いと熱を増し、施設の壁や鉄骨ごと何もかもを燃やし、融解させ、塵へと変わっていった。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

 何もかもが燃え、黒か赤い色に変わった施設跡で、少年は首を傾げていた。

 

 その目線の先にはこの施設だった場所で唯一燃えずに残った成人男性が入る程の大きさのカプセルがひとつだけ残っていることに気がつく。

 

 少年が近寄ってみるとカプセルの足元に結界系の神器の残骸が転がっており、そこまでして厳重に守り通したかったモノであったということがわかる。

 

 不思議な様子で少年はカプセルについた黒い煤を手で払い、中身を確認する。

 

 すると中には"黒髪と白髪が入り交じった頭髪をした男性"が眠るように浮かんでいた。よく出来てはいるが、一目で少年はそれを命が始めから入っていないただの肉々しい人形であることに気がつく。

 

 そして、カプセルに張り付いていたプレートを見付け、それを読み上げる。

 

「"シグルド 生体データ用サンプルクローン"……?」

 

 少年は言葉の意味がよくわからず首を傾げる。しかし、少なくともかなり整った顔立ちや、スタイルをしており、人間としてはかなり上等に見えることと、単純に魂のない脱け殻としての理由価値があるのではないかと思い描いた。

 

 そして、唇に指を当てながら何か思い付いたかのように笑顔になった。

 

 

 

人型の身体(いれもの)欲しがってたし、"スルトさん"にでもあげるか」 

 

 

 

 それだけ呟くと、一陣の風が吹いた後、少年の姿もカプセルも跡形もなく消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハムちゃん達の散歩中に聖剣を拾うということがあったため、少しだけ早く散歩を切り上げて家に帰った。

 

 天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)はエクスカリバーの中でもかなり使いやすい聖剣のため、かぐやちゃんにあげたら喜ばれるだろうか。ジャンヌは聖剣嫌いだからな。

 

「帰ったぞ」

 

「お帰りなさ――」

 

 玄関扉を開けるとすぐにジャンヌが駆け寄って来た。料理中だったのか、エプロン姿であり大変グッと来るが顔には出さない。

 

 ちなみにジャンヌさんとジャンヌちゃんとヲ級ちゃんは一度教会の方に顔を出すついでに夜までお出掛けしているので家に人間はジャンヌしか居ない。

 

 しかし、そんなジャンヌの視線は何故か俺の手に釘付けであった。

 

 …………ああ、そう言えば術で隠してたが、"頭"持ったままだったな。

 

「ごめんごめん、人間の頭部(コレ)は捨てて来る」

 

 そう言って海にでも捨てて来ようと翼を出した瞬間、ジャンヌは口を開いた。

 

 

 

「ソイツ……"フリード"じゃない!?」

 

 

 

 どうやらジャンヌの知り合いだったようだ。

 

 え? マジか。じゃあ、蘇生させるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "シグルド機関"

 

 かつての教会の戦士育成機関の一つであり、英雄シグルドの血を引く者の中から、魔帝剣グラムを扱える真の英雄シグルドの末裔を生み出すことが目的であった。

 

 しかし、ジークフリートという完成形が誕生し長年の宿願が達成されたこともあり、子孫達がどこまで出来るのかを試す機関へと方針を転換したのである。

 

 特に宿願成就の後は倫理的に問題のある行為も数多く行われ、他の聖剣や魔剣の因子を確実に持っていたであろう、歴史の英雄のクローンの作製にも手を出していた。

 

 そこで研究者の戯れによって産まれたのが、ジャンヌ及びジャンヌちゃんだ。故に二人とも赤子から発達の経過を得ずに産み出されたため、外見年齢よりも実年齢がかなり若い。まあ、幸いにも()()()()時にジャンヌちゃんは培養槽にいる状態で発見したので、機関については知らないも同然だということだろう。

 

 俺が殺した青年――フリード・セルゼン及び、その妹のリント・セルゼンはその機関で行われた実験で産まれた試験管ベビーであり、ジャンヌの知り合いだったとのことである。機関の出身者の証である白髪が真実だと告げていた。

 

 まあ、そんなこんながあったにせよ――。

 

 

 

「いやー、まさか。姉御の恩人だったなんて思いもしやせんでしたわ。失敬失敬、なんというか流石っスね。ボクちん死んだことすらわかりゃしやせんした」

 

 

 

 無茶苦茶キャラ立ってるなこの人……。

 

 蘇生して、ジャンヌが少し対応したらすぐにこれである。ある意味、大物かも知れない。

 

 ちなみにジャンヌは元々の性格のためか、シグルド機関では子供たちを束ねており、ぶっきらぼうながら常に気にかけつつ、最後には自身にほぼ全ての監視の目や警備を向けている間にフリードくんとその妹を含む子供たちを脱出させたらしい。聖女かな?

 

「あのー、それでわたくしめの聖剣ちゃんを出来れば返して欲しくてですね……」

 

「教会から奪われた奴だよなこの聖剣(コレ)?」

 

「へい、その通りでございますわ」

 

 はーん、そうか。やっぱり奪われた奴がここにあるのか。

 

「じゃあ、返すね」

 

「ありがとうごさいやす!」

 

 俺はフリードくんに天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)を返した。

 

「待て待て待て待て!」

 

 すると何故かフリードくんとの間にジャンヌが割り込んで来て聖剣を取り上げる。

 

 フリードくんと二人で目を丸くしながらジャンヌを見ていると、頭を抱えた様子で口を開いた。

 

「どうして今の会話で何も疑問に持たず聖剣を返したのよ……?」

 

「え? だって俺、教会の天使とか人間の個人とかはそんなに嫌いじゃないけど、教会自体は大っ嫌いだよ? だってシグルド機関でジャンヌを酷い目に会わせたし」

 

 もちろん、個人なのでジャンヌさんとか四大天使の方々とかは別である。彼女らがシグルド機関や他の施設のようなことをするわけもない。しかし、特に闇に生きる人間という生き物は個ではなく、群れで見た瞬間に、とてつもなくおぞましく愚劣な生き物へと変貌する。

 

 ましてや、教会はそれを悪と自覚せず、正義や教義の名の元にやっているため、一番質が悪い。故に何も知らず、知ろうともせずに働いている"教会の聖剣使いを見掛ければ俺が直々に殺してしまう"かもしれないな。

 

 まあ、シグルド機関は()が全部燃やしたからいいけど。その時にジャンヌちゃんを回収して、スルトさんの依り代見付けたんだっけな。懐かしいなあ、もう何年前だろうか?

 

「だから教会の利益になるようなことは極力したくないなぁ……」

 

「さっすが、姉御の旦那! 話がわかる!」

 

 この通りフリードくんも大絶賛である。ならば別にいいであろ――。

 

「よくない」

 

「すみませんっ!」

 

 ジャンヌにエクスカリバーの刃の腹で頭を殴られた。

 

「全く……それは私の復讐であってあなたには――」

 

「家族の痛みは俺の痛みだ」

 

 俺はジャンヌの言葉を遮ってそう言葉を吐き、更に続ける。

 

「俺にとっては誰が傷つこうが死のうが知ったことじゃない。生きてなければ俺が生活する上で面倒だっていうなら蘇生させるし、問題の解決の手伝いもする。だが、死んでいることでどこかの誰かが得をするような奴はそのまま死なせておく。だから俺にとっては家族が全てだ」

 

 だから俺にとっては、家族と友人だけが大切なものだ。他の有象無象を全て焼き尽くしてでも絶対に守り、共に痛みを嘆く。それ以上にこの力を使う理由が必要だろうか。

 

「それに俺はジャンヌとなら地獄の業火にだって焼かれても構わない」

 

 …………言ってから思ったが、俺の炎が地獄の炎より温度が低いとは到底思えないのであまり意味のない宣言だったな。

 

「そ、そう……」

 

 するとジャンヌは何故か顔を赤くして、ばつが悪そうに目線を反らす。

 

 ジャンヌと話している間、何故か家族の下り辺りからフリードくんは明るい様子が落ち着いて静になり、苦虫を噛み潰したような表情を今もしていた。何かわからないが、家族絡みであるのかも知れないな。

 

「まあ、いいわ……それよりリントはどうしたのよ?」

 

 話を変えたジャンヌ。しかし、それを言われた瞬間、フリードくんはピシリと固まった。

 

 そして、暫くして頭をポリポリと掻いてから動き出す。

 

「えーと…………てへっ☆」

 

「よし、アンタの性格から考えてだいたいの事情は察したわ」

 

 ジャンヌは最小限の動作と足の運びでフリードくんを床にねじ伏せた。

 

「止めてっ! 私に乱暴する気でしょう!?」

 

「ちょっとマモル」

 

「はい」

 

「コイツの性根を叩き直すから()()()なしで鍛えてやりましょう」

 

「へ……?」

 

 フリードくんのすっとんきょうな声が響いた。

 

 え? 別にいいけど……俺との修行なんかでそうそう鍛え直せるものなのだろうか。それは普通の他の人がするような修行よりは少しハードかもしれないとは思うが……。

 

「あら、随分楽しそうなことをしていますね?」

 

 するとひょっこりと冥府のメイド――エーリスさんが現れる。

 

 彼女、余程の冥府が暇なのか、何故かこの前家に来てからずっと滞在しているのである。まあ、これまでの食客とは違い、普通に有能なメイドであるエーリスさんのお陰でジャンヌの負担がかなり減ったので願ったり叶ったりなのだがな。

 

「マモル、どこかいく?」

 

「Aaaaa――?」

 

 更にオーフィスさんとティアマトさんも現れ、何やら連れて行って欲しそうな目でこちらを見ていた。

 

 うーん、折角だから――。

 

 ()でやるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでセラフィックゲート(ここ)に来たわけね?」

 

 イセリアさんのお部屋(セラフィックゲート最深部)に来た訳を説明しつつ場所を化してくれないかと頼んだ。

 

「もちろん、いいわよ! というか面白そうね、私も混ぜなさい!」

 

 セラフィックゲートの主からの承諾も得たので、イセリアさんが暴れても原型を留めているこのエリアでフリードくんを鍛えることにした。

 

 ジャンヌは紐で縛っていたフリードくんの拘束を解き、聖剣を返すと口を開いた。

 

「いいですか、フリード? 私があれほど憎かった天使や教会の連中、ついでに悪魔と関わりながらも普通に過ごせている理由を教えてあげましょう」

 

 その言葉の直後、ジャンヌの目からスッとハイライトが消え、ドロリとして黒々と濁ったものが見えた。

 

「そんなの……そんな小さいことッ……どうでもよくなったからよ!?」

 

 フリードくんに順番待ちするように俺、ティアマトさん、オーフィスさん、イセリアさん、エーリスさんの順で行儀よく並んでいた。

 

 という訳でまず俺からだ。とりあえず"10回交代"である。

 

「どうしてこうなった……」

 

 聖剣を握りながら呆然とするフリードくん。気のせいか、その足は若干震えているような気がしないでもない。

 

 俺は異空間から咎人の剣 神を斬獲せし者を抜き出して構えた。

 

「なにそれこわい」

 

 咎人の剣を見ながらそう言葉を漏らすフリードくん。

 

「いやいやいやいや……あんなの"グラム"がおもちゃじゃないですかやだー!」

 

「行くぞ?」

 

 その言葉と共に天狗の神通力のひとつ、"縮地"でフリードくんの背後に現れ、脳天から叩き斬った。

 

 当然、遅れて血渋きが吹き出し、綺麗に真っ二つになった身体はそれぞれ若干異なったタイミングで地面に崩れ落ちる。

 

「まず、"1回"だな」

 

 うんうん、10回交代だからな。さあ、蘇生させてやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フリードくんの特訓は以外にもとてもバランスが良いものであった。何せ担当が被っていないからである。

 

 俺は剣術を担当。ティアマトさんは泥から即席で黒い生き物を大量に作って集団戦を担当。オーフィスさんは竜らしい圧倒的な重さと速さによる全く技量を持たない一撃を担当。イセリアさんは魔法と光力による面攻撃を担当。エーリスさんは……なんなんだろうな。

 

 ジャンヌはそれらをひきつった表情で眺めている。

 

 

 まずはティアマトさん。

 

 

『Aaaaa――』

 

「じょ、冗談じゃ――アア゛!?」

 

 ティアマトさんの黒い生物がフリードくんを取り囲み、肢体の関節を本来動かない方向に曲げまくった後、飽きたのか首を引きちぎって殺していた。

 

「ほい、蘇生ね」

 

 指を鳴らし、フリードくんの死体に火を灯すと瞬時に甦る。そして、またティアマトさんの黒い生物が殺到し、フリードくんは聖剣で応戦する。

 

 約30秒後、フリードくんの聖剣が、中々硬そうなティアマトさんの黒い生物の攻撃を受け過ぎてへし折れたため、天閃の能力が止まり、そこに雪崩れ込んだ槍のような数多の腕に全身を串刺しにされて殺された。

 

「ほいほい、蘇生と聖剣の鍛え直しだね」

 

 フリードくんを蘇生させ、ついでに折れたラピッドリィに火を入れて瞬時に鍛え直す。ほぼ同時に完了し、蘇生したフリードくんはラピッドリィを拾い、再び無尽蔵に湧く黒い生物の群れと対峙した。

 

 

 次にオーフィスさん。

 

 

「いく」

 

「う――」

 

 とんでもない速度で接近したオーフィスさんは正面から聖剣ごとフリードくんを殴る。あまりもの破壊力故、フリードくんは原型を留めず血染みに変わった。聖剣もキラキラと粉状になって宙を漂っている。

 

「次」

 

 俺は指を鳴らしてフリードくんを蘇生させ、聖剣に火を入れて打ち直した。

 

 ちなみに火之迦具土神は当たり前だが、火の神であり、鍛冶の神としても崇められいる。そのため、鍛冶も得意だったりするのである。ジャンヌの剣と槍を打ったのも俺だしな。

 

 

 次にイセリアさん。

 

 

「我、久遠の絆断たんと欲すれば、言の葉は降魔の剣と化し汝を討つだろう」

 

「オイオイオイオイ……!?」

 

 何故か最初からクライマックス(発狂モード)で背後に女神のようなスタンド的なものが見えるイセリアさん。

 

 空には魔法によって生成された巨大な剣が回転し、フリードくんに狙いを定めていた。

 

「ファイナルチェリオ!」

 

 こんなの生きてるわけないやん。俺でも反らすのが精一杯だぞ。

 

「ガッツ」

 

 指を鳴らしてフリードくんを蘇生させ、木っ端微塵になった聖剣を打ち直した。

 

「うふふ、蹂躙はお好き?」

 

 生き返ったフリードくんは空を覆う程の光の槍を目にする。密度が濃すぎて最早光の空に見え、一本一本が魔王を一撃で浄化するような光力と威力を秘めたものである。

 

「ちょ……」

 

 なにか言う前にイセリアさんの光の槍はフリードくんを襲った。

 

「ガッツ」

 

 

 次にエーリスさん。

 

「一緒に遊びましょう……」

 

 ホワイトダスターという名前であるこぼした牛乳を拭いて放置した雑巾を持ちながら、ペイルフレイムなる青白い炎を5匹連れていた。

 

 ペイルフレイムから怒濤の魔法が嵐のように放たれ、フリードくんを追い立てつつ、エーリスさん自身は奇っ怪な行動をとっている。

 

「失礼いたします」

 

「ひぎゅっ!?」

 

 はたきで叩いたり、モップで掃除したり、お茶をぶっかけたりである。その全てで当たればフリードくんが死ぬのだからさながらファイナル・デスティネーションだ。

 

「ユニオン・プラム」

 

 とりあえず蘇生させてあげよう。

 

 

 最後に俺に戻って一周だ。

 

 

「しょ、正直……旦那が一番マシですぜ……」

 

「あ、やっぱり?」

 

 他の方々に比べたら全然優しいものな。

 

 俺は咎人の剣に炎を纏わせ、その場で横一文字に振るった。

 

「うぉっ!?」

 

 フリードくんは鍛えられ始めた反射神経で姿勢を倒す。

 

 その瞬間、フリードくんの鼻先を炎を纏った斬撃が通り過ぎ、対象を斬り損ねた攻撃はイセリアさんのお部屋の壁にぶち当たり、爆炎を上げながら壁に斬撃による線を刻んだ。

 

「ヤバ過ぎ――」

 

「よそ見しないの」

 

「がはっ!?」

 

 斬撃を放ち、フリードくんが避けた直後に縮地でフリードくんの背後に転移していた俺は背中から咎人の剣で刺し貫く。

 

 案外、これだけではまだ生きているので更に咎人の剣に炎を灯すと、瞬く間にフリードくんは燃え盛り、塵へと変わる。

 

 それを確認してから指を鳴らし、フリードくんを蘇生させた。

 

「ほら……俺の番は後、9回しかないんだから……もっともっと楽しもうよ?」

 

 そう呟くと順番をお待ちの他の方々は小さく笑い、楽しそうに目を輝かせていた。死んだ魚のような目をしたオーフィスさんですら器用にもそのままキラキラした目をしている。

 

 見ての通り、皆楽しんでいるし、フリードくんも修行になるからとてもいい環境だな。羨ましいぐらいだ。

 

 

 

「………………こ、こ、コイツら全員ぶっちぎりでイカれてやがる……!?」

 

 

 

 俺は乾いた声をあげるフリードくんに対して、再び咎人の剣を向けると今度は歩いてゆっくりと接近する。

 

 

「誰がここまでやれといった……」

 

 

 そんな中、呆然としたジャンヌの呟きが聞こえた気がした。

 

 

 

 







 世界最強クラスの者たちとの修行を意とも容易くつけるコネクションと行動力の持ち主にして、結局のところは楽しくてやっている(エンジョイ&エキサイティング)人間のクズ。




 あ、フリードくんは原作の没ルートのように仲間になりますのでご了承ください。なのでちょっと性格を矯正中です。次回は学校に聖剣使いが来る回となります。




~葵くんと愉快な仲間たちのスタンス~

葵くん
→死生観が完全に狂っている上、全く空気が読めない、ついでにあんまり他者の話も聞かないやべー奴

ティアマトさん
→そもそも生物としての枠組みが違うので人間は邪魔なら潰される虫程度の扱いをしている竜

オーフィスさん
→葵くんを元に社会の常識を学んでしまった可哀想な竜

イセリアさん
→バトルジャンキーにして戦争屋にして小心者の実力者というよくわからないやべー天使

エーリスさん
→常識は心得ていながら遊びで色々なことをする悪魔より悪魔なやべー犬。

ジャンヌ
→常識人

ジャンヌさん
→世界を海水で満たすのです……

ジャンヌちゃん
→常識人


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聖剣使い

どうもちゅーに菌or病魔です。

作者の設定ミスで微妙にこれまでの話を少しだけ修正しております、すみません。あれですね、八重垣さんが殺られたのって作中10年ぐらい前の話だったんですね。原作の八重垣さんがイリナちゃんのことを知らなかったので勝手に産まれる前の話だと思ってましたわ(無知を晒す)


 

 

 

 

(ヤバイわ……これはヤバ過ぎる……)

 

 学校終わりの放課後。オカルト研究部から私とマモルにも内容を知って貰った方がいいということで、いつもの部室に来たのだけれど、私は近年稀に見る緊急事態に陥っていた。

 

(ふざけんなっての!? 誰が来るか知らされてたら絶対マモルを行かせなかったわ!?)

 

 まあ、マモルと接する上で"幾つか地雷がある"ことをリアスに知らせてなかった私の落ち度と考える他ない。

 

 私は対面のソファーに座っている二人の女性を眺めた。

 

(マモル相手に"教会の聖剣使い"は闘牛の前に闘牛士立たせるようなもんでしょうが!?)

 

 それは十字架を胸に下げ、白いローブを着込み、聖剣を持った教会の聖剣使いだったのだから。

 

 そもそもマモルは基本的にマモル自身のことでは何をされてもほぼ怒らず、非常に穏和な性格よ。家族や友人に関しても少し傷つけられたり、笑いものにされたぐらいでは怒るようなこともない。割りと節度はあるのよ。

 

 でも家族や友人が一線を越える程の身体や心の痛みを受けていると判断した場合は別。マモルは一瞬で修羅――いえ、燎原の火そのものになる。

 

 教会の聖剣使いがマモルにとって地雷な理由は"私"だ。私がシグルド機関の出で、それを誰よりもマモルが知り、真摯に受け止めてくれているからに他ならない。

 

 数多の犠牲の上に成り立ったか、何も知らず、知ろうともせず、盲目に神に使えるだけの聖剣使い共。ええ、そうね……私が殺してやりたいぐらいだもの。だからマモルは殺そうとする。他でもない私のために。

 

 だからこそ、ここでマモルに教会の聖剣使いを殺させるわけにはいかない。彼はきっと本気で私と地獄に落ちてもいいと思っているのだから。

 

 そんなことを考えながらリアスと聖剣使いたちとの会話を静観し、聖剣が奪われたことや、下らない覚悟を聞かされた後、髪に緑のメッシュが入った方の聖剣使い――ゼノヴィアはマモルに視線を向けて口を開いた。

 

(頼むからマモルの神経を逆撫でするようなことは――)

 

「聖女マルタ様の転生体の子に会えるとは光栄ですが、まさか悪魔側に与しているとは思いませんでしたね。どうですか? 今からでも教会側(こちら)に」

 

(死ね!)

 

 何で地雷源でタップダンス決めてんのよコイツは!?

 

 私が心のなかで毒突く中、マモルは会話の最初からずっと笑顔のまま黙っていたが、初めて口を開いた。

 

「ははは、別に悪魔に与している訳ではありませんよ。悪魔の友人もいるだけです。それと生憎、日本人は信仰には疎くてね。生活の中に宗教が根差しているもので、あまり一般の人間が何かを崇め奉ることはしないんですよ。12月24日にクリスマスを祝い、元旦に初詣のために神社に行く国民性は伊達ではないですよ?」

 

「そうですか……それは非常に残念だ」

 

 とても良い切り返しで、ゼノヴィアの言葉を返したが、薄く開かれたマモルの瞳は一切笑っていなかった。絶対内心、腸煮え繰り返ってるわよあれ……。

 

 それから直ぐに聖剣使いたちは帰ることになり、席を立ち、出口へと向かった。後は壁際にいるグレモリー眷属たちの横を通り過ぎるだけね。

 

(ふぅ……どうにかなっ――)

 

 

「もしやと思ったが、"魔女"アーシア・アルジェントか? まさか、この地で会おうとは」

 

 

(アンタ何してくれてんのよふざけんじゃないわよ!?)

 

 マズい……アーシアは"私の親しい友人"だ。彼女が目の前で脅かされればマモルが動かない道理がない。

 

 何か現在の状況を打破する方法は無いかと考えたけれど、全く思い付かないまま時が流れる。

 

 

「そうか。それならば、いますぐ私たちに斬られるといい。いまなら神の名の下に断罪しよう。罪深くとも、我らの神ならば救いの手を差し伸べてくださるはずだ」

 

 

(よし、コイツ殺そう)

 

 私は怒り過ぎて逆に冷静になり、アーシアの前で戯言を抜かす、盲信者を縊り殺すために行動しようとし――。

 

 

 

「ヒヒヒ――!」

 

 

 

 マモルの部屋に響き渡る程大きな笑い声と、隣で感じる熱の高まりによって、水を掛けられたように冷静になりそちらを見た。部屋にいる者は全て視線を向けている。

 

「神、神、救い、罪。要は殺したいだけなのにそんなに言葉を飾ることもないだろ?」

 

 マモルはソファーから立ち上がると、歩いて聖剣使い達の前まで行く。その様子と言葉が豹変したため、聖剣使い達は驚いているわね。

 

「正直に言うとな。聖書は大好きだ。あれは読み物としても実に面白く、考えさせられることも多い。好きな一節だって幾つか暗記して覚えている」

 

 マモルはそのまま言葉を続けた。

 

「例えばマタイによる福音書7章13節から14節。狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門ははんと狭く、その道も細いことか。そして、それを見いだす者は少ない」

 

 マモルが聖書の一節を読み上げている最中、この部室の悪魔たちが頭を押さえてダメージを受けていたので、知らない者でも聖書の引用だとわかることでしょう。

 

「まさに人生の教訓だな。俺も学ぶことが沢山ある」

 

「なら――」

 

「だが――」

 

 マモルはゼノヴィアの言葉を遮ると、目を見開き、冷えきった瞳を向けた。

 

 その様子にゼノヴィアは驚き、一歩足を引く。

 

「読み手は大嫌いだ。お前らみたいな聖書の教えを己のいいように曲解した奴らは特にな」

 

 マモルはそのまま会話を続ける。

 

「お前らがどんな生まれと育ちだかは知らんが、少なくともジャンヌやアルジェントさん……それとよくは知らないが木場くんもか、彼らに比べれば平坦で天国みたいなものだろうさ」

 

 マモルは三人に目を向けながらそう言った。

 

「なのに何様のつもりで他者を決め付け、心まで踏みにじっている? それも聖書の一節にあったか? 人間も悪魔も天使も堕天使も神も仏も関係ない……何も知らず、知ろうともせず、考えもしない――盲信者風情が調子に乗るなよ……?」

 

「なんだと……」

 

「流石に聞き捨てならないわね……」

 

 ゼノヴィアだけでなく、もう片方のツインテールの聖剣使い――紫藤イリナも怪訝な表情を浮かべる。

 

 しかし、最早マモルは止まる様子はない。

 

「そうだいいものを見せてやろう……」

 

 マモルは異空間に手を突っ込み、勢いよくソレを引き抜いた。

 

「それは……失われた!?」

 

「ウソっ!? なんでこんなところに!?」

 

 聖剣使いだけでなく、グレモリー眷属も目を見開いて驚いている。特に木場――もとい祐斗の驚きようは見ていて面白いほどね。

 

 マモルは引き抜いた聖剣――"支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)"を肩に担ぎながら、また口を開いた。

 

「ここまで出向いて茶も飲まないで帰るというのも勿体ないだろう。少し、遊んで行かないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)"

 

 エクスカリバーから生み出された聖剣の1つで、伝説の魔物・上位神滅具の攻撃・魔法・物理法則といった様々な存在を意のままに操ることができる。7本のエクスカリバーの中でも最強とされ、長年行方不明とされていたエクスカリバーね。

 

 そんなものが突然、目の前に現れたら教会の者なら誰だって血眼になるでしょう。

 

「さて、ゲームの内容を説明しよう」

 

 私たちは球技大会の練習場に集まり、教会の聖剣使いのゼノヴィアとイリナ――そして何故かグレモリー眷属の祐斗もマモルを囲むように立っていた。

 

 祐斗は教会の聖剣使い達の"先輩"だと語り、自身も参加したいとマモルに告げると、マモルは二つ返事でいいと答えたので参加している。

 

「ルールは簡単。俺の手からルーラーを落とすか、俺を殺せばそれをした奴にルーラーをあげよう。その代わり、俺も本気で相手をするから死んでも恨みっこ無しだ」

 

「それだけか……?」

 

 ゼノヴィアはあまりの好条件に逆に聞き返していた。まあ、命程度で聖剣を拝領出来るなら安いものよね。特に教会の連中にとっては。

 

 しかし、マモルは逆に捉えたようで少し考え込んでから口を開いた。

 

「じゃあ、俺は1分につき、1回しか攻撃及び反撃をしないことにしよう。そっちの方が長く楽しめるしな」

 

「は……?」

 

 何故か更に縛り始めたことにゼノヴィアは声をあげた。マモルの奴、手加減は失礼らしいけれど、ゲームの縛りプレイとかは大好きですものねぇ。

 

「もちろん、あげたルーラーはどこに持って帰ろうが、その場で破壊しようが好きにして構わない。木場くん、それでいいな?」

 

「ああ……構わないよ」

 

 祐斗が魔剣創造で両手に剣を造り出したことを皮切りに、教会の聖剣使い達はゼノヴィアが破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)を、イリナが擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)をそれぞれ解放する。

 

「な、なあ……マモルは大丈夫なのか……?」

 

 するとイッセーがそう話し掛けてきた。他の眷属も朱乃以外は不安そうな様子で私を見て来ている。

 

 そういや、アンタらマモルが剣を振るうの一度も見てなかったわね……。

 

「大丈夫ですよ。というか、アイツが私の剣の師ですから」

 

「へー……え? マジで!?」

 

 まあ、見てなさいとグレモリー眷属を嗜めながら私は意識をマモルに戻す。 

 

「じゃあ、楽しもう」

 

 その言葉が開始の合図になり、剣士たちが殺到した。

 

 始めにマモルの元に届いたのは私が修行をつけている祐斗だった。ま、当然ですね。

 

 彼の圧倒的な速さに教会の聖剣使い達は驚いているようだ。まあ、仮に今の祐斗と戦うことになっていたらアンタら二人相手で丁度いいぐらいじゃないかしら? まあ、祐斗が冷静な時に限りますけれど。

 

 祐斗の魔剣とマモルの支配の聖剣が打ち合う。正確にはマモルが片手で持った支配の聖剣を盾にして両手にそれぞれ握られた魔剣による怒濤の攻撃を受けて流している。

 

 左からの攻撃は右へ打ち払い、右からの攻撃は左に打ち払う。そして、両サイドから同時に行われる攻撃は少しだけ身を退いて避ける。マモルがしていることはただそれだけのことだが、それを片手の支配の聖剣のみで捌き切っていた。

 

 多分、祐斗は力ではマモルに敵いようがないと判断し、手数で攻めているのね。悪くないわ。

 

「すごい……」

 

「ああ……」

 

 出遅れた教会の聖剣使い達はマモルと祐斗の間で繰り広げられる純粋な技量による美しい殺陣に声を漏らす。

 

 

 …………反撃を入れてないマモルって違和感しかないわね。多分、本気ならもう数回も死んでるわよ祐斗。

 

「剣が本当の武器……かいっ!?」

 

「ヒヒヒ、勘違いするな。剣も出来るだけだ」

 

 そして、丁度1分の時間が経過した。

 

「な……!?」

 

 次の瞬間、支配の聖剣に打ち付けた祐斗の両手の魔剣が()()()に跡形もなく弾け飛び、その隙に繰り出されたマモルの蹴りをもろに受けて祐斗の身体がグラウンドの外まで吹き飛ばされ、校舎の壁に打ち付けられることでようやく静止した。

 

「な、何が起きたの……?」

 

 リアスがそう呟いていたため、私は口を開いた。

 

支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)の特性は"支配"。熟練した使い手なら生き物も神器も魔法も物理法則までなんでも理論上は操れるのよアレ。要するに今のは祐斗の魔剣と接触の瞬間に物理法則を操って祐斗の力のベクトルを全て魔剣に向けたのよ」

 

 結果、攻撃したのに魔剣が弾けたってワケ。ホント、あんなの鬼に金棒よねぇ……。元々マモルは天狗の神通力のプロフェッショナルだから、術に近い特性の方が相性いいんですもの。

 

「どうした? 俺はまだルーラーの真価を1%も見せちゃいないぞ?」

 

 マモルはそう飛ばされた祐斗に問い掛けた後、静観していた二人の聖剣使いに声を掛ける。

 

「おいで」

 

 それに答えるように教会の聖剣使い達はマモルに飛び掛かった。

 

 大剣であるゼノヴィアの破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)と、刀の形状をしているイリナの擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)がマモルを襲うが、マモルはやはり片手で支配の聖剣を扱いながら受け流している。

 

「な……!?」

 

「うそっ!?」

 

 真上から振り下ろされた能力を発動している破壊の聖剣を支配の聖剣の刃に沿うように斜めに受け止めながら、力を受け流して最小限の動作で弾く。それに加えて剣先が蛇のようにしなり、枝分かれしながら襲い来る擬態の聖剣の剣先を的確に打ち払うことを同時にやってのけるマモル。

 

 たった一人。それも全く支配の聖剣の能力を用いずに他のエクスカリバーを十全に振るう二人の聖剣使いを防戦のみで圧倒している。

 

 ほんと、アイツはなんでも出来るんだから……。

 

 そして、開始してから2分の時が来た。

 

 その瞬間、破壊の聖剣の能力が止まり、擬態の聖剣の枝分かれしていた剣先がバックに入れていたイヤホンコードのように絡まった。支配の聖剣によって能力を止めたのだろう。

 

 それによって僅かに作られたマモルとってあまりに長過ぎる一瞬の時間で、ゼノヴィアの懐に入り込むとマモルは腹に膝を突き立てた。

 

「がぁっ!?」

 

「ゼノヴィア!?」

 

 ゼノヴィアの身体が高く浮き上がり、地面に沈み、ゼノヴィアが気絶したということがわかった。遅れて破壊の聖剣が地面に叩き付けられる音が響き渡る。

 

 蹴りしか使ってないわねアイツ……。

 

「へぇ……」

 

 制御の戻った擬態の聖剣を構え、イリナは切っ先をマモルに向ける。マモルは何を思ったか、声を溢し、小さく笑っていた。

 

「一撃で意識を刈り取れるぐらいは強く蹴ったんだがね」

 

 次の瞬間、マモルの頭上に3m以上ある巨大な魔剣を持った祐斗が強襲してきた。

 

「はぁぁぁぁ!」

 

「なるほど……これは反らせないな」

 

 当然マモルはガードしたが、真っ直ぐに支配の聖剣だけを狙った祐斗の魔剣は氷の属性を帯びており、触れた瞬間に支配の聖剣に氷が接合して固定する。そして、魔剣全体の重みと悪魔の腕力で支配の聖剣を捩じ伏せようとしていた。

 

「でも――」

 

 マモルは心底楽しそうに口を歪めた。

 

「半神との力比べは少し部が悪いぞ?」

 

「ぐっ!?」

 

 マモルがこの試合でこれまで使わなかったもう片方の手を初めて使い、支配の聖剣の切っ先を素手で握り締める。そして、そのまま力を込めて逆に祐斗を押さえ込み始めた。

 

 直ぐに拮抗し、更に形勢はマモルに傾く。そして、その瞬間に3分が経つ。

 

「いい()()()()だった」

 

 マモルの腕力に魔剣は砕け散り、祐斗の超近距離に迫ったマモルのボディーブローが炸裂し、祐斗はそのまま倒れ伏した。

 

「さて……じゃあ、後は君だけ。遊びは終わりにしようか」

 

 大幅なハンデを付けたにも関わらず、たったの3分でゼノヴィアと祐斗を無力化したマモルは最後に残った。イリナに目を向けた。

 

 "遊び"だからこそ、マモルは誰も殺さなかったのかしら? マモルにしては非常に穏便な様子に逆に不信感を抱いた。

 

 待って……"終わり"ってことはッ!

 

「確か……"紫藤イリナ"と言ったか」

 

 マモルがその言葉を紡いだ時、私の中でピースがはまる。

 

「ふーん、"紫藤"……"紫藤"ねぇ……」

 

 マモルが最初から何をしようとしていたのか、いったい何に怒りの矛先が向いていたのか、ようやく理解した。

 

「父親は"紫藤トウジ"か?」

 

「どうしてパパの名前……」

 

 時間を考えると丁度、4分が過ぎ去ろうともしていた。

 

(マズい……!?)

 

 私は剣を引きずり出しながらマモルに向かって駆け出す。

 

 

「ああ、それはよかった――」

 

 

 しかし、既にマモルは支配の聖剣を構え、踏み込む姿勢に入っている。

 

 ダメ……ここからじゃ既に間に合わない……!

 

 

 

「たった今、殺す理由ができたところだ」

 

 

 

 マモルはイリナの眼前に踏み込み、支配の聖剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしているんですか先輩……?」

 

 葵の支配の聖剣はイリナの眼前で破壊の聖剣を構えた者によって受け止められていた。

 

 他でもない、葵自身が驚いた表情を浮かべており、その者の名を呟く。

 

「かぐやちゃん……」

 

 それは一学年下の白髪の女子生徒――"八重垣かぐや"だった。

 

「こっそり見ていました。途中までは見ていて凄くよかったですけど、今何をしようとしました……?」

 

「…………俺は」

 

「少し頭を冷やしてください」

 

「………………むぅ」

 

 葵は小さく唸ると支配の聖剣を引き、ポツリと呟く。

 

「悪かった」

 

 葵は支配の聖剣を異空間に戻すと、その場から歩いて居なくなる。グレモリー眷属だけでなく、ジャンヌもその背中を見ていた。

 

 かぐやは後ろを振り向き、女の子らしい朗らかな笑みを浮かべてイリナに語り掛ける。

 

「すみません。先輩は良い方なのですが、少し熱が入りやすいところがあるので」

 

「そ……そうなの……大変ね……」

 

 葵の殺意と気迫に圧倒されていたイリナはそう返すことが精一杯であった。

 

 その後、かぐやは拾って使用した破壊の聖剣を返却し、イリナは気絶した相方を連れながら駒王学園から去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、こうなりますよね……」

 

 かぐやはグレモリー眷属に任意同行で捕まり、オカルト研究部の部室に連れて来られていた。

 

 リアス・グレモリーは、八重垣かぐやが愛宕葵や愛宕ジャンヌと同様に火之迦具土神が直々にサーゼクスに頼み込んで駒王学園に入学し、また半悪魔であるということは知っていた。

 

 触らぬ神に祟りなし。それ故、これまで特に言及することもなかったのだが、少なくとも聖剣因子を持っている悪魔であったということで流石に黙認出来なかったのである。

 

 また、今の部室内には珍しく葵の側にいない状態のジャンヌがいた。

 

「いいのよアイツは少し放っておけば。教会の連中と違って悪いことしてる自覚はあるんですもの」

 

 理由についてはそう漏らしており、いつもより多少不機嫌な様子である。

 

「それであなたは何なのかしら?」

 

「何かですか……」

 

 リアス・グレモリーの追求に口ごもるかぐや。目線をさ迷わせているとジャンヌと目が合う。面倒そうに溜め息を吐いたジャンヌは口を開いた。

 

「その娘はね。教会の聖剣使いと悪魔の間の子なのよ」

 

 そのカミングアウトにグレモリー眷属は騒然となる。

 

 特に思い詰めた顔をしていた木場祐斗が一番の驚きを見せていた。

 

「10年程前ね。かぐやの両親は二人で駆け落ちしたけれど、悪魔と教会両方に追われて一度は殺された。でも暫くしてから殺害現場を通り掛かった太郎坊さんが、面白半分で蘇生したのよ」

 

「本当になんでもアリね……」

 

 リアス・グレモリーが染々とした様子でそう呟いた。

 

「死んだ扱いになったから両親は平穏に暮らし、子も授かりました。めでたしめでたし――」

 

 無論、そこでは終わらない。

 

「と、なる筈だったんだけどね。マモルがその子の親の敵を見つけてしまったのよ」

 

「まさかイリナのお父さんが!?」

 

「ええ、そうね。反吐が出る話だけど、そう珍しい話でもないわ。駆け落ちする側も、殺す側もね」

 

 ジャンヌはまた大きな溜め息を吐くと、また言葉を紡いだ。

 

「マモルが教会の聖剣使いにあんなに突っ掛かったのはもうひとつ理由があるわ。祐斗」

 

「なんだい……?」

 

「"シグルド機関"って知っているかしら? 私、あそこの実験動物(モルモット)だったのよ」

 

 ジャンヌは自身の出生と経歴を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、マモルはジャンヌとかぐやちゃんのためにあんなにキレたのか……」

 

 ジャンヌがシグルド機関についての話を終えた時、イッセーはそう呟いた。

 

「というよりも勝手に引火しただけよ……まあ、アイツらしいけどね。だから言っておくけど、マモルと本物の"教会の聖剣使い"を会わせるのは地雷よ。以後、気を付けるといいわ」

 

 この件をこれ以上追求出来るものは誰も居なかった。世界の闇そのものであり、実行するかどうかは別としてマモルの怒りも理解出来る範疇であったからだ。

 

 ジャンヌは話は終わったと言わんばかりに口を紡ぎ、バックから漫画本を取り出して読み始めた。

 

「ねえ……ちょっといいかしら?」

 

「はい?」

 

 そんな中、リアス・グレモリーはかぐやに問い掛けた。

 

「あなたの両親は"10年程前"に一度殺されたのよね?」

 

「………………ええ、そうですね」

 

「失礼かもしれないけれど、いったいあなた今何歳なの……?」

 

 そう問われたかぐやはピシリと固まり、余計なことを言ってくれたと言わんばかりにジャンヌに批難の目を向けるが、ジャンヌはどこ吹く風である。自分がマモルを止めれず、かぐやがマモルを止めたことに小さな嫉妬と、八つ当たりに近い仕返しかもしれない。

 

 また、かぐやは駒王学園の一年生に比べてもかなり大人びた容姿をしているため、気になるところではあった。

 

 ひょっとしたら随分歳上かも知れない。どちらかというとリアスはそう考えていた。

 

 そして、かぐやは指と指をくっつけたり離したりを繰り返しながらポツリと呟く。

 

「私の……"かぐや"っていう名前は火之迦具土神(太郎坊おじさん)にあやかって両親が付けた名前なんですが……」

 

 かぐやは自身のカバンから紙とペンを取り出し、文字を書いて皆に見せた。

 

「"迦具(かぐ)"という文字を名前に入れ、それを太郎坊おじさんが認知した上で容認してしまったため、はからずも火之迦具土神の言霊を授かる形となり、"豊穣"の加護を常時受ける身体になってしまったんです……」

 

 かぐやは溜め息を吐きながら自身の豊満な身体を抱き締める。その様子をイッセーは食い入るように見つめ、小猫から白い目で見られていた。

 

「だからその……私……同世代に比べてものすごく身体の発育がよくてですね……実年齢はその……」

 

 かぐやは顔を真っ赤にし、目を瞑りながら意を決した様子で口を開いた。

 

 

 

「……"9歳"……です……!」

 

 

 

 その時、イッセーが"小猫ちゃんと真逆の属性だ!"等と宣い、小猫に殴られたという。

 

 

 

 






~葵くんの武器~

支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)
 エクスカリバーから生み出された聖剣の1つで、伝説の魔物・上位神滅具の攻撃・魔法・物理法則といった様々な存在を意のままに操ることができる。7本のエクスカリバーの中でも最強とされるもの。元々、一応は術寄りの性能をしている葵が持つと歴代の使い手全てを鼻で笑えるようなとんでもない性能となる。葵くん自身まあまあ気に入っているので、手放したがらない。
 ちなみにジャンヌさんに持たせている間、姉を名乗る不審者(ジャンヌさん)が"聖処女(ルーラー)"に戻る。



~登場人物~

八重垣かぐや
"9歳"児。名前に神の名を刻み込んだばっかりに、2度と外せない火之迦具土神から豊穣の加護という名の呪いを掛けられた可哀想な少女。別に寿命が減ったりはせず、寧ろ長生きは約束され、両親の遺伝子から考える限り最高の性能を持った肉体が自然と形成される。しかし、成体までの成長速度にまで加護が作用しているため、高校生程の身体になるまでマトモに学校に通えなかったりした。




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鶏と聖剣

どうもちゅーに菌or病魔です


 

 

 

 俺は戦争が好きだ。

 

 理由なんてなかった。空を覆う程の数の天使に悪魔、そして堕天使。それらが怒号を上げながら組み合い、斬り合い、撃ち合いながら最後には地へと堕ちて行く。

 

 そこには慈悲も、容赦も、神も何もない。そんな時間を過ごす事が堪らなく好きだった。

 

 皆、そうだった。何せ俺たちは"堕天使"。狂い堕ちた天使なのだから最初から皆壊れていたのだ。

 

 万を越える天使を相手に殿を務めて笑いながら消えた仲間がいた。

 

 四大魔王を相手にし、刺し違えて消えた仲間がいた。

 

 少数で天界に侵入し、熾天使を後一歩まで追い詰めながらも呆気なく消えた仲間がいた。

 

 ソイツらはきっと……俺よりもずっと強かった。そして、皆自由に生き、理不尽に死んでいった。

 

 その結果だろう。

 

 戦争が終わり、気付けばグレゴリには俺のような堕天使は誰一人として残っては居なかった。

 

 

 

 俺はただ、死に場所を得られなかっただけだ。

 

 

 

 仲間たちと違って、満足の出来る死に場所を求め過ぎたが故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっちまったな……」

 

 教会の聖剣使いが学園に来た次の休日。

 

 俺はいつもの防波堤で釣糸を垂らしながら昨日のことを考えていた。

 

 いつもそうだ。カッとなると頭が真っ赤になり、気づいたら感情の赴くままに行動して焼くか殺してまう。仮に本人(かぐやちゃん)が復讐なんて望んでいなかったとしてもだ。

 

 親父譲りと言えばそれまでだが、誉められた質ではないことは誰よりも俺が自覚している筈なのにな。

 

『Aaaaa――』

 

 俺の右隣にいるティアマトさんが何故か俺の頭をナデナデしてくるため、妙な気分である。

 

『こけー』

 

 俺の左隣にいる"ゾーくん"も俺を激励してくれている。

 

『こけー、くわー』

 

 更にゾーくんに"悩み事なんてオメェらしくねぇぞ"ともっともなことを言われてしまったな。

 

 いや、全くその通りだ。

 

『Aaaaa……?』

 

 ティアマトさんはゾーくんに視線を向けて疑問符を上げた。

 

「あれ? ティアマトさんはゾーくんと会うの初めてですか?」

 

『Aaa』

 

 どうやら初めてだったらしい。俺の家の者は皆、ゾーくんのことを知っているので自然と知っているものだと思い込んでいた。

 

 俺はゾーくんに目を向けながら口を開いた。

 

「ゾーくんは俺の"使い魔"なんですよ」

 

 それは黄金色の身体に赤い鶏冠をした尾羽の長い雄鶏だった。今は元の大きさよりも遥かに小さく、10m程の大きさになっており、鳥類特有の座り方で隣に座っているので大変可愛らしい。

 

 ちなみにゾーくんの背中は絶好の昼寝スポットだ。もっふもふの上に温かく、呼吸に合わせてゆっくりと少しだけ上下するので揺りかごなんて目ではない。まあ、流石に今はそんな気分じゃないのでしないがな。

 

『こけー』

 

『Aaaaa――?』

 

『こけ?』

 

『Aaaaa――Aaaa――』

 

『くわー』

 

 二人は自己紹介を終えた。ティアマトさんは原初の女神だというのだからゾーくんもビックリだ。ちなみにゾーくんのフルネームは"ヴィゾーヴニル"という時計メーカーみたいな響きのとてもカッコいい名前である。

 

「ゾーくんはユグドラシルの一番高いところの枝に住んでいるんですよ。後、"魔剣レーヴァティン"以外じゃ殺せないんですって」

 

『こけー』

 

 "そのレーヴァティンはオメェが持ってるけどな"とゾーくんは言った。

 

「まあ、確かに持ってるけどさ……」

 

 俺は異空間を開き、その中から"赤紫色の剣身に黒い柄と模様が特徴的な剣――魔剣レーヴァティン"を抜き出す。

 

 出しただけで辺りの空気が変わり、殺伐としたものとなった。周囲にいたティアマトさんとゾーくんを除くあらゆる生き物がレーヴァティンから逃げるように大移動を開始して、魚や鳥は兎も角、波消しブロックの隙間にいた大量のフナムシが一斉に逃げる様はあんまり気持ちのよい光景ではない。

 

「なんでこう使わないモノばっかり増えていくのかな……」

 

 親父がことあるごとに世界中の武具やら宝具やらをプレゼントしてくる兼ね合いで、伝説の剣なんて腐るほど持っているのである。元々、拳が武器なのになんでなんだろうな。

 

 まあ、レーヴァティンに関して言えばゾーくんに尾羽で引き換えれるということを聞き、折角ならと俺が貰って来たので全面的に俺が悪い。なので捨てることも出来ない。

 

『こけー』

 

 ゾーくん曰く、"宝ってのは持つべき者のところに勝手に集まるもんさ"だそうである。集まったって仕方がないから嬉しくないのだがな……。

 

 ちなみにある一定以上になると剣は意思を持つため、レーヴァティンも例に漏れず意思を持つのだが、魚を捌くと何が不服なのか身をズタズタにした上で不味くしやがるので刺身包丁には使えない。咎人の剣を見習いなさい全く。

 

「さて……」

 

 会話をして少し気分が落ち着いたので頭を整理しよう。

 

 まずゼノヴィアという名前の教会の聖剣使い。教会の聖剣使いという大きな括りでジャンヌの復讐対象のひとつだ。まあ、それだけならばあわよくば殺したい程度のものだ。ジャンヌと直接関わりがあるわけでもないしな。

 

 問題は紫藤イリナという名の聖剣使い。彼の父親の紫藤トウジはかぐやちゃんの両親を一度殺したのだ。にも関わらずこの学園に来れたのはやはり何も知らないからであろう。 実に俺の嫌いな盲信者らしい。

 

 いや、もしかしたら知っていたのかもしれない。その上で部室でのあの態度を取れていたのなら、心の底から悪魔というものを蔑んでいたのだろう。

 

 どちらにしても殺意が沸く。何故お前はのうのうと生きていられるんだ。

 

 ああ……やはりあの時、殺しておけば――。

 

『Aaaa――』

 

『こけー!』

 

「はぁ……」

 

 そこまで考えたところで背中を擦り始めたティアマトさんと、雄叫びを上げて叱ってきたゾーくんに意識を向けて思考を止めた。これ以上考えれば俺は再び紫藤イリナの前に赴くことになるだろう。もし後者だったのならば、何を仕出かすは自分でも容易に予想出来る。

 

 …………誰でもないかぐやちゃん自身が喜ばないのならばこれ以上考える意味もない。

 

 それよりも明らかにエクスカリバーに対して憎悪を抱いていた木場くんのことを思い返した。

 

 彼のことはあまり知らないが、それでもジャンヌと似たような経歴なことはなんとなくわかる。幸いにもと言うべきか、彼の憎悪が向いているのは教会ではなく、エクスカリバーそのものに感じた。

 

 あまり、自分から他人の暗い過去に首を突っ込む気はないが、俺もそのエクスカリバーの内一本を保有してしまっている。だったら既に乗り掛かった船ではないだろうか。

 

「そうだな……」

 

『Aaa――Aaa――』

 

『くわっ、くわっ』

 

 何故かティアマトさんとゾーくんもウンウンと頷いている。

 

 俺は携帯の電話帳を開き、オカルト研究部に入部した時に交換した宛先の中から"木場くん"と書かれたものを選択して電話を掛けた。

 

 数回のコールの後、木場くんが電話に出る。その声は何処か寂しげで覇気がなく思い詰めたように感じる。

 

 俺は単刀直入に用件を話すことにした。

 

「もしよければなんだが……君の過去について教えてくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は今、部長には秘密で聖剣を破壊するため、小猫ちゃんと会長眷属の匙、それとかぐやちゃんと木場の4人に、ゼノヴィアとイリナを合わせた6人でファミレスにいた。

 

 呼べる人がいなかったからダメ元でかぐやちゃんを呼んでみたんだが、まさか来てくれるとは思わなかった。後、"一人の知り合い"にも声を掛けたら来てくれるそうなので驚きだ。

 

 葵とジャンヌは流石にちょっと呼ぶ勇気がなかったな……。

 

 ちなみにかぐやちゃんはあのカミングアウトの後、何かの力になれるかも知れないという部長の進言でオカルト研究部に入部することになった。今は同じ部員だ。

 

「イッセーくんその……どうして愛宕さんは私を殺そうとしてきたの……?」

 

 ファミレスのメニューを平らげた後、イリナはとても気まずそうな様子でそう聞いてきた。

 

 正直、俺もジャンヌから大まかにきいただけだからよくは知らないので、どう言おうかと考えていると少し困り顔のかぐやちゃんがポツリと呟いた。

 

「あはは……イリナさんのお父さんに"八重垣"という名前について聞いてみるといいですよ。忘れていなければきっと……ね」

 

 そう笑顔で言うかぐやちゃんだあったが、葵と一年ダチの俺にはわかる。あれは絶対笑ってる時の目じゃない……。

 

「ンッ、それでもう一人の知り合いというのは誰なんだ?」

 

 その場の空気が悪くなったのを感じていると、ゼノヴィアが咳払いをして話題を変えたので俺もそれに続く。

 

「ああ! 本当に知り合いなんだけど――」

 

 

「お待たせしました」

 

 

 俺が話始めた瞬間、非常に聞き覚えのある声をとても優しげな声色で投げ掛けられてそちらを向いた。

 

「まさか……」

 

「ウソっ!?」

 

「………………」

 

 ゼノヴィアとイリナと木場も驚いた様子で目を見開いている。

 

「こんにちは皆さん。"ジャンヌ・ダルク"と申します」

 

 それはジャンヌのお姉さんの"ジャンヌさん"だった。

 

 とても人当たりのいい笑みを浮かべているとてつもなく美人のジャンヌさんは見ているこっちが浄化されそうだ。ちなみにまだ人間だった頃に葵の家に遊びに行った時に偶々いて、葵の友達なら何かあった時頼って欲しいとメアドを交換したんだ。

 

 ジャンヌさんは溜め息を吐き、少し眉を潜めながら口を開く。

 

「用件はイッセーくんから聞きました。教会保有のエクスカリバーが堕天使コガビエルよって奪われ、プロテスタントとカトリック教会のあなた方が捨て石として寄越された。正教会は残ったエクスカリバーの守備を固め、我関せずを貫いている……と」

 

 それだけいうと再びジャンヌさんは笑顔に戻る。しかし、その笑みはどこか凄味があり、その場の全員がたじろぐ程だった。

 

「すみません……少し天界を通して全ての教会の方にお話をしてから来ましたので遅れてしまいました」

 

 何故かその"お話"という言葉にとても冷たいものを感じるんですけどなんでだろう……。

 

「由々しきことです。今のような時代だからこそ、真の和平を望むのなら教会と教会どころか、悪魔や堕天使の方々とも分け隔てなく手を取り合うべきだというのに……」

 

「じゃ、ジャンヌ様それはあまりに……」

 

「プライドや(わだかま)りで誰かが救えるのならば私もそうしましょう。それでかの者たちを野放しにした結果、罪もない誰かが犠牲になった時にどうするのです。仕方がなかったと、その都度思うのですか? 逃げ込んだ場所が悪魔の領地だからと、そこに住まう無辜の民だからと理由をつけて……それこそ私には出来ません。私がやれることをするだけです」

 

「ジャンヌ様……」

 

 それにしても誰だろうこの聖女みたいな人は……? 俺の知っているジャンヌさんは冬には芋ジャージ、夏にはほぼ水着で家を彷徨いて、ジャンヌか葵に食べ物をせびっている人なんだけど……。

 

「それにしても――」

 

 ジャンヌさんはゼノヴィアとイリナが平らげた空になっているお皿を眺め、唇に指を当てながらとても寂しそうな瞳で唇を震わせた。

 

「私の分はないんですか……?」

 

 あ、この人ジャンヌさんだ。俺は安心感さえ抱いた。

 

 

 

 

 

「ああ……幸せです」

 

 尚、俺たちの財布がジャンヌさんによってすっからかんにされたのは言うまでもない。物理的に高くついたな! くそう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全然いないな……」

 

「いませんねぇ……」

 

 ファミレスのやり取りから数日後の放課後。俺たちは公園で途方にくれていた。合いの手を入れくれたかぐやちゃんも困り顔だ。

 

 というのも何故か最近になってパッタリと教会の人間を襲う行為が止んでしまったからだ。

 

「不思議ですね。まるで動きを見せません」

 

 ジャンヌさんがいるためかその後ろにゼノヴィアとイリナもいるため7人で作戦を練っているところなのだが、相手が動かない以上はどうすることも出来なかった。

 

「本拠地さえわかればすぐにでも殴り込みに行くのですが……」

 

「ジャンヌさん……?」

 

「ジャンヌ様……?」

 

 気のせいかも知れないが、ジャンヌさんってスゴく脳筋なのかも知れない。

 

「おや? 葵さんですね」

 

 するとジャンヌさんのスマホに電話が入ってそれに出た。どうやら相手は葵のようだ。

 

 葵の名を聞いたイリナが少し怖がったような様子をしていた。葵怒ると本当に怖いもんな……。

 

「大切なお話ですか? わかりました。少し席を外しますね」

 

 それだけ言ってジャンヌさんは公園の外れまで向かう。

 

 勿論、誰もそれを止めず、今後どうするかについて話し合っている時にそれは起こった。

 

 

 

「やっほー、悪魔クンたち」

 

 

 

 聞き覚えのある声に視線を向けると、そこには神父服を来た白い頭の野郎――フリードがそこにいた。

 

「いやー、何分娑婆の空気は久し振りでしてねぇ……真っ先に悪魔クンたちに会いに来たよ!」

 

 そう言いながら獰猛な笑みを浮かべてエクスカリバーの切っ先を俺たちに向けて構えるフリード。

 

 それに俺たちは反応し、思い思いに神器を出現させたり、聖剣を解放して対応した。

 

「フリード・セルゼン。反逆の徒め。神の名の元、断罪してくれる!」

 

「ハッ! 神にすがらなきゃ俺っちひとり殺せねぇってか!」

 

 真っ先にフリードに殺到したゼノヴィアが破壊の聖剣を振るう。それだけで終わるんじゃないかと思うぐらい二人の攻撃は正確だった。

 

「遅せぇ!」

 

「な……!?」

 

 だが、フリードはそれを何倍も上回っていた。

 

 まるで"葵のように"の破壊の聖剣を片手で持ったエクスカリバーで受け流し、逆に鋭い蹴りがゼノヴィアの脇腹に入る。

 

 ゼノヴィアは一旦引き、イリナが擬態の聖剣でフリードと打ち合ったが、数秒と持たず身を引いてフリードから離れた。

 

「強い……なにこれ……エクスカリバーの力も使ってないのに!?」

 

「ぐっ……何故はぐれ神父がこれほどまで……」

 

「そりゃそうよ! だってさ――」

 

 フリードは大きく溜め息を吐き、落ち着いた口調で呟いた。

 

「師が……"イカれた化け物共"だったからな……」

 

 何故かその目は焦点が合っておらず虚ろで、明らかにこの前とは様子も実力もまるで違うフリードに面食らう。

 

「くっ……くそっ! 伸びろ、ラインよ!」

 

 匙の手元から黒く細い触手らしきものか伸び、フリード目掛けて飛んでいったのを見て意識を戻した。

 

「ああん……?」

 

「なに……!?」

 

 しかし、フリードはエクスカリバーの切っ先を少し光らせて、匙の触手を当たる前にプツリと断ち切っていた。

 

 そして、フリードの姿がブレて気がつけば匙の目の前に立っていた。

 

「匙!?」

 

「おいたが過ぎると死んじゃうよーん?」

 

 そう言いながらエクスカリバーを匙に振りかぶるフリード。

 

(間に合わねぇ……!?)

 

そう感じた次の瞬間、フリードはその場から飛び退いた。

 

 その直後、フリードのいた場所に魔力で造られた無数の剣が突き刺さり、剣山のようになった。匙は腰を抜かして後ろに倒れる。

 

「今のを避けますか……」

 

 声の方向を見ると、そこには困り顔を浮かべたかぐやちゃんがいた。

 

 しかし、いつもと明らかに違うところは"数百本はあるのではないかという無数の魔力で造られた剣が周囲に浮いている"ことだ。

 

「不服ながら剣士としては一流ですね」

 

 そう言いながらかぐやちゃんは指を動かすと、匙の目の前に刺さっていた剣が全て地面から抜けて宙を舞い、フリードへと殺到した。

 

「チッ!? なんだこりゃ!?」

 

「私の悪魔としての魔法の形。"魔法剣(ルーン・ブレード)"です」

 

 その言葉と共にかぐやちゃんの周囲にある全ての魔法剣がフリードへと向かい、横殴りの雨ように襲いかかった。

 

「素手で剣を振るうだけが剣術ではないのですよ?」

 

「へっ……いいね! 上等じゃねぇか! 天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)!」

 

 次の瞬間、フリードのエクスカリバー――天閃の聖剣が輝き、それまでよりも更に速い速度でフリードが動き、次々と魔法剣を破壊して行った。

 

 しかし、かぐやちゃんも無尽蔵なのかと思うような速度で魔法剣を増産して飛ばしているため拮抗している。

 

「先輩、行って下さい」

 

「ああ……!」

 

 そんな剣の嵐の中、木場がフリードへ突撃する。かぐやちゃんの魔法剣は綺麗に木場だけを避けてフリードへと向かう。

 

「私たちも行くぞ!」

 

「ええ!」

 

 復帰したゼノヴィアとイリナも魔法剣の中に入ったが、やっぱり魔法剣は二人を避けてフリードだけを攻撃していた。

 

 魔法の才能がからっきしな俺はわからないが、途方もないぐらい高度な魔法なんだろうな……。

 

「はぁぁぁぁ!」

 

「舐めんなよッ! こんなもん生温いんだよッ!」

 

 フリードは魔法剣の処理をしながら木場とゼノヴィアとイリナを相手取り始めた。既に目で追えないレベルの速度でフリードは常に動き続けており、どうやって対処しているのか見ていても全くわからない。

 

 俺と子猫ちゃんは味方を巻き込まずに攻撃を行えなかったり、邪魔になる可能性があったりするため、拳と神器を構えながらことの成り行きを眺めていた。匙は触手を何度も投げているが当たる様子はなかった。

 

「…………いったい何れ程の地獄を潜り抜ければあれほどの域まで達するというのですか……?」

 

 今も魔法剣を造りながら飛ばし続けているかぐやちゃんはそんな言葉を漏らす。

 

 やれることを思い付き、かぐやちゃんの魔法剣を倍加してみたが、フリードはそれでも全く鈍らずに交戦を繰り広げていた。

 

 フリードひとりに俺たち全員で悪戦苦闘している矢先、魔法剣の嵐の中にもう一人の人物が疾風のように入り込み、手にしていた剣を振るう。

 

「ぐうぅ……!?」

 

 するとその一閃で魔法剣の嵐の中からフリードが弾き飛ばされた。天閃の聖剣でガードはしていたようだが、それでも十数m吹き飛ばされた様子を見るにとんでもない力だったようだ。

 

「遅れて申し訳ありません」

 

 フリードを吹き飛ばした人物はジャンヌさんだった。ジャンヌとは違い、銀色を基調にした剣を持っている。

 

「チッ!? "オリジナル"か……流石に分が悪いな」

 

「待ちなさい!」

 

「待てと言われて待つものがありますかぁ!」

 

 それだけ言ってフリードは逃げ出す。即座にジャンヌさんが追い、その後に木場とゼノヴィアとイリナも続く。

 

 直ぐに四人は消えて俺と子猫ちゃんと匙、それから意外にもかぐやちゃんが残され、戦闘体勢を解いて息を整えた。

 

「かぐやちゃんは行かなかったのか?」

 

「私は他の方のような使命も目的もありませんから。聖剣は欲しいですけど……それよりその……」

 

 魔法剣を一瞬で全て消しながらそう呟くかぐやちゃん。その瞳は何故か不安げで掌で俺の背後を指していた。

 

「後ろを見た方が……」

 

 その言葉に従って後ろを振り向く。

 

 するとそこには青筋を浮かべた部長と会長の姿があり、俺たちは顔を青くした。

 

 

 

 






~葵くんの使い魔~

ゾーくん
 ユグドラシルのもっとも高い枝に止まってユグドラシルを明るく照らしている黄金色をした巨大雄鶏"ヴィゾーヴニル"の愛称。葵の友人であり使い魔。たまに葵の元に遊びに来る。アホみたいな話なのだが、この鶏は下手な神話の生物やドラゴンが足元にも及ばない程強く、また魔剣レーヴァティン以外では殺すことが不可能な真の不死者――もとい不死鶏である。



~葵くんの所有物~

レーヴァティン
 ヴィゾーヴニルの尾羽を巨人スルトの妻であるシンモラに渡せば引き換えに入手出来る伝説の魔剣。しかし、ヴィゾーヴニルを唯一殺せる武器はヴィゾーヴニルの尾羽から造られたレーヴァティンのみのため、堂々巡りの謎かけを解かなければ入手不可能。そのため、長年解かれることはなかったのだが、数年前に葵がシンモラにヴィゾーヴニルの尾羽を渡し、レーヴァティンの所有者となった。その上、ヴィゾーヴニルを使い魔にするという北欧神話体系を震撼させることをやってのけた。
 葵が取った方法は子供でも思い付くような単純なこと。ヴィゾーヴニルと暫く一緒に過ごし、友達となってヴィゾーヴニルの話を聞き、ヴィゾーヴニルの欲しいものと引き換えに尾羽を少し貰うという、とてもほんわかした方法であった。
 ちなみに尾羽と交換したモノは"日本の卵用鶏の配合飼料"。食べたヴィゾーヴニル感想は"俺よりよっぽど上等なもの食ってるじゃねーか"だったらしい。また、使い魔になった理由はいつでも葵の元に転移出来るようになるからである。決して日本の卵用鶏の配合飼料の味を覚えたからではないとヴィゾーヴニル自身は否定している。
 そもそも葵が思い立った動機は小学6年生の夏休みの自由研究。でっかい鶏というだけで興味を引かれ、ヴィゾーヴニルの観察を夏休みの自由研究にしたところ、提出前にジャンヌに差し止められ、無難なモノを出すことになった。
 ちなみに魔剣レーヴァティンの性格を例えると"無気力で面倒くさがり、非常にクールで他人と絡むことを嫌がり、奔放で孤高に見えるが、根は意外と寂しがり屋。また、我がままを装っていながら他人のことを慮っていたり等、本心を表に出さないシャイな一面もある。なによりも基本的にはいい子"とのこと(葵談)



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烈火

どうもちゅーに菌or病魔です。

前回からなんとなくわかると思いますが、とあるキャラをきれいにしております。


 

 

 

「何故、休戦協定を結ぼうとしない?」

 

 俺はある日、アザゼルにそう問い掛けた。返事より先に帰ってきたのはとても驚いた様子だった。

 

 柄ではないことは俺が一番わかっている。しかし、俺はどうしても知りたかった。

 

 戦争屋が消え、腑抜け切った思想家の堕天使だけが残るこのグレゴリで、今さら協定を結ばない理由があるとは思えなかったからだ。

 

 もっともそれをアザゼルに伝えれる程、俺は口が上手くはない。良くも悪くも戦争だけが取り柄なのだから。

 

「……それは――」

 

 アザゼルは重い口を開いた。

 

 残った堕天使たちは反対派が少なからずいるからだという。根からの戦争屋ではなく、元より戦争に消極的な連中の中でそのような対立が起きていたことに驚いた。

 

 そして、同時に確信する。

 

 ソイツらは今さらながら死んでいった仲間たちの責を感じているのだろう。煮え切らないことに内心では協定を望みながらも、屍を積み重ね過ぎた結果、その上に築かれる和平に後ろ暗さを感じているのだ。

 

 反吐が出る話だ。俺のような奴らは……誰一人として誰かの為に戦ったような存在ではなかったというのに。

 

「何か切っ掛けがあればな……」

 

 アザゼルは溜め息を吐きながら誰に伝えるわけでもなく小さくそう呟く。

 

 偶々それを耳にした俺はほくそ笑んだ。なんだ、そんなことか。全く理解に苦しむよ。簡単なことではないか。

 

 そのまま踵を返した俺をアザゼルは目を丸くして眺め、部屋から出る直前に声を掛けてくる。"何処かへ行くのか?"と。

 

 俺は振り向き、呆れ顔を作って溜め息を漏らす。

 

「お前は昔から温いなアザゼル」

 

 それだけ言ってアザゼルの執務室を後にした。きっと、アザゼルと顔を会わせることは二度とないだろう。

 

 そう思うと少しだけ後ろ髪を引かれるのは、俺もまた腑抜けてしまったからだろうな。

 

「クククッ……そんなもの……一言、俺に命じればいいものを」

 

 その呟きは誰に聞かれることもなく吐かれ、そのまま俺はグレゴリを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フリードと交戦した深夜。葵とジャンヌ以外のオカルト研究部とジャンヌさんとゼノヴィアは結界の張られた駒王学園の内部にいた。

 

 あの後、フリードを追ったジャンヌさんたちは拠点を発見した。そこには木場の仇のバルパー・ガリレイの姿もあったそうだ。

 

 そのまま突撃して交戦したところ如何にジャンヌさんと言えども、聖書の堕天使コカビエルと、前よりも遥かに強くなったフリードを相手にするのはキツかったらしい。イリナが傷を負ったことを皮切りに状況が傾き、ゼノヴィアも負傷はないが、破壊の聖剣を落としたことで、イリナをジャンヌさんが背負う形で撤退した。

 

 結果的に破壊の聖剣と、擬態の聖剣は奪われてしまった。

 

 それから深夜にもう一度、今度は負傷しているイリナ以外の全員で攻撃を仕掛けようと考えていたところ、集まっていた俺の家にコカビエルがやって来て駒王学園に来いと誘われ、今に至る。

 

 "戦争をしよう"とコカビエルが言っていたのが、嫌に印象に残った。

 

「――っ!?」

 

 俺はあまりに異様な光景に言葉を失った。他の者も皆同じようだ。唯一、ジャンヌさんだけが驚いた様子を見せていない。

 

 校庭の中央には()()の聖剣エクスカリバーが神々しい光を発しながら、宙に浮いている。それを中心に怪しい魔方陣が校庭全体に描かれていた。

 

 魔方陣の中心には初老の男――バルパー・ガリレイの姿があり、その隣にはフリードの姿がある。更に空中にはコカビエルが立ったまま浮いており、面白そうな様子でエクスカリバーを眺めていた。

 

 

 そして何よりも――。

 

 

 バルパー・ガリレイとフリードの向かい側に"葵とジャンヌ"の姿があったのだ。

 

「なん……で……?」

 

 意味がわからなかった。何故、葵がそんなところにいるんだ。

 

 驚き戸惑う俺たちを葵は一別するとバルパー・ガリレイに向かって話し掛けた。

 

「おい、後どれぐらい掛かる?」

 

「10分は欲しいところだ……まさか、喪失したとも言われていた支配の聖剣まで揃うとは考えていなくてな。支配の聖剣の性質が中々に難解で術式を馴染ませるまで5分程時間が――」

 

「ああ、焦れったい……もう、ご到着だ。そんなに待ってられるか……退け」

 

 葵は中央に浮いていた支配の聖剣の柄を掴む。そして、支配の聖剣に炎を纏わせ、それを中心に他のエクスカリバーに繋がるように炎の線が伸びた。

 

 そして、支配の聖剣に吸いつけられるように全ての剣身が密着して融解すると、目を覆うほどの光が辺りを覆った。

 

 それが終わると葵の手には一本の聖剣エクスカリバーが握られていた。

 

「どうだ?」

 

「おお……素晴らしい……完璧だ」

 

「そりゃ、良かった」

 

 葵は聖剣エクスカリバーの出来をバルパー・ガリレイに見せてから肩に担いだ。

 

「術式の方はどうなった?」

 

「ああ、今の光で下の術式は完成した。後、20分もしないうちにこの街は崩壊するだろう。解除するにはコカビエルを倒すしかない」

 

「なんですって……!?」

 

 とんでもなく衝撃的な発言に部長は声を上げる。俺も叫びたい気持ちでいっぱいだった。でも、それ以上に葵とジャンヌが敵側にいることが衝撃でそれどころではない。

 

「いやー、葵の旦那良かったっスねぇ」

 

「ああ、そうだフリード。あんなに相手をさせて悪かったな。ジャンヌさんまで来るとは誤算だった」

 

「いやいやいやいやいやいや! あんなのアレに比べたら全然――」

 

 妙にフリードと親しげな様子の葵は異空間を出し、そこから一本の剣を引き出した。

 

 それは赤い剣身をしたやや大きめの剣だった。

 

「お前の剣も一本になっちゃったからな。迷惑料も兼ねてこれをやるよ。バイト代だと思ってくれればいい」

 

 そう言いながら葵はその剣をポカンとしているフリードに手渡した。

 

「"モラルタ"だ。ケルト神話に登場するフィアナ騎士団の1人・ディルムッド・オディナの剣だな。流石に六本も合わさったこのエクスカリバー程ではないだろうが、それでも天閃の聖剣よりは確実に良い剣だぞ。どちらかというと破壊の聖剣寄りの性質だが、何よりあんなに簡単にバキバキ折れない」

 

「…………………………マジで?」

 

 唖然とした表情で剣と葵を交互に見るフリード。するとモラルタが薄く発光し、フリードにその光が宿るような現象が起きた。

 

「お、よかったな。モラルタに認められたぞ。フリードに是非とも振られたいそうだ」

 

「マジか!? よっしゃぁぁぁ! 一生ついて行きますぜ旦那!」

 

 あ、あれ……? なんか葵いつもと変わらなくないか……?

 

「バルパー・ガリレイ!」

 

 そんな中、木場がバルパー・ガリレイに向かって叫んだ。

 

 そして、木場が聖剣計画の生き残りだということを話すと、バルパー・ガリレイは勝手に自身のことを話始めた。

 

 それによれば木場のかつての仲間たちはバルパー・ガリレイの欲望のままに聖剣因子を抽出するためだけに殺されたのだ。

 

 更に煽るように因子の結晶を木場に投げ付けた。その際、フリードに因子をふたつ使ったといっていたが、フリードも葵もジャンヌも黙ったまま返答することはなかった。

 

 そして、奇跡が起きる。因子の結晶から木場の仲間たちの魂が溢れ、聖歌を歌ったんだ。そして、仲間たちの優しい言葉と共に木場に仲間たちの力が宿り、禁手(バランスブレイカー)に至った。

 

 そして、覚悟を決めた木場の手には魔剣と聖剣が一体の剣――"聖覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)"が握られていた。

 

 その一部始終を眺めていた葵はボツリと呟く。

 

「さて……じゃあ、行ってくれフリード、ジャンヌ」

 

「了解しやしたぁ!」

 

「はいはい、わかりましたよ」

 

 その言葉と共にフリードとジャンヌがこちらに向かってくる。よく見ればジャンヌはレーティングゲームの時と同じようなフル武装だった。

 

 それに俺達は警戒を強め、戦闘体勢を取る。

 

 そんな最中、ジャンヌさんだけが深い溜め息を吐き、肩を竦めてから口を開いた。

 

「お姉ちゃん……騙すようなことはあんまり好きじゃないんですよ?」

 

 その言葉の直後、こちらまで後数mというところまで来ていたフリードとジャンヌは足を止め、踵を返して葵とバルパー・ガリレイの方へと向いた。

 

「残念だけど俺っちは葵の旦那についてくし、ジャンヌの姉御は旦那のものなんで、悪魔くんたちと戦う理由はもう無いんですわ」

 

「ば、馬鹿!? な、何言ってんのよアンタ!?」

 

「は……? 何をして――」

 

 次の瞬間、バルパー・ガリレイの腹からエクスカリバーの切っ先が生えた。

 

「なっ!? あ……が……何を!?」

 

「んー? 大好きだったエクスカリバーをその身に受けれて幸福だろ?」

 

 そのまま葵はエクスカリバーにバルパー・ガリレイを突き刺したまま天に掲げるように持ち上げた。

 

 そして、更にエクスカリバーの剣身が輝き始め、それを見たバルパー・ガリレイの表情が真っ青に変わる。

 

「や、やめて――」

 

「その言葉……木場の仲間たちを殺す前に言うんだったな」

 

 次の瞬間、エクスカリバーの剣身がバルパー・ガリレイの体内で枝分かれし、全身のあらゆる箇所を貫き、樹のようになった。到底マトモに直視出来るような光景ではない。

 

 しかし、急所は全て外しているようでバルパー・ガリレイの息はある。

 

「ゴミのように死ね」

 

 葵その言葉の直後、エクスカリバーはイリナがしていたように紐のような大きさまで縮む。それに従ってバルパー・ガリレイは地面に落ち、空いた穴全てから血が吹き出した。

 

「あ……あぁ……助け…………へ……」

 

 それがバルパー・ガリレイの最期の言葉だった。すぐにバルパー・ガリレイは言葉を話せなくなり、小刻みに震えるだけになった後、やがて動かなくなった。失血死したのだろう。

 

 葵はそれを終始つまらなそうに眺めていた。

 

「ククッ……哀れなものだな」

 

 コカビエルはバルパー・ガリレイに対してそんな感想を述べていた。

 

「コカビエル」

 

「なんだ?」

 

 葵はコカビエルに声を掛けた。そして、エクスカリバーを突きつけながら言葉を吐く。

 

「お前は次だ」

 

「ああ、俺は何でも構わんよ」 

 

 コカビエルは嬉しそうにそう返す。葵はエクスカリバーを肩に担いでコカビエルへと向き合った。

 

「しかし、聖魔剣か……聖書の神が死したことで新たな力が生まれるとはな。皮肉なものだ」

 

「なんだと……?」

 

 ゼノヴィアがコカビエルが呟いた内容に反応した。

 

 聖書の神の死だって……?

 

「奇妙だとは思わんか? 聖と魔は水と油だ。本来混ざり合うことはまず有り得ない。もし、それが混ざったのだとしたら、原則そのものが歪められたからと考えるのが自然だろう」

 

 コカビエルは薄く笑いを浮かべながら口を開く。

 

「死んだのだよ。四大魔王や、グレゴリの幹部のように、聖書の神もまたな」

 

 それはとんでもない事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コカビエルは聖書の神の死について話ながら今の状況について考えていた。

 

(ひとりぐらい魔王か熾天使が出てくると思っていたのだがな……)

 

 結果は若い者たちばかりであり、望んだような相手ではない。動かないことで、それ程までに他の陣営は和平を望んでいるのかと考え、コカビエルは何とも言えない気分になる。

 

「無責任なモノだ。バルパー・ガリレイを見てもわかるように、これだけ教会に狂気をばら蒔いておきながら、己は死んでいる。ククッ……聖書の神の底も知れるというものだ」

 

 そのうちに聖書の神の死についての話は終わり、辺りを見渡すと、その場の大多数が衝撃を受けている様子であり、特に教会の聖剣使いと、グレモリー眷属の僧侶の動揺は見て取れる程であった。

 

「それがどうした?」

 

 間違いなく聖書の神の死を知っているであろうジャンヌ・ダルクの転生体が何か言ってくるのではないかと考えていると、意外にも口を開いた者はコカビエル自身も含めてこの中で最大の戦闘能力を持ち、教会を明らかに嫌った様子の"愛宕葵"であった。

 

「貴方の信じる神が狂気でないのならそれは良い事だろう。長き歴史の中、人の狂気が神の狂気だ」

 

「ほう……?」

 

 コカビエルの言葉を肯定した葵に対して、コカビエルは小さく声を上げる。

 

「歴史的な善行でさえ、後世で悪行と言われる事もある。十字軍遠征も当時は紛れもなく正義であった。しかし、現在では悪行だ。時代とは残酷であり、それは神のせいではない。人と国、そして時代のせいだ」

 

 葵は言葉を区切り、語りかけるような様子でまた言葉を紡ぐ。

 

「故に神は人の狂気であると同時に、神とは人の善意にある。それを否定した時、人の善意を否定し、神をも否定する。神の死とはそれそのものだ」

 

 葵から吐かれる言葉をコカビエルだけでなく、ゼノヴィアやアーシア、そして教会を憎悪していた木場やフリードすらも聞き入っていた。

 

「生も死も、悪魔も堕天使も"人であった"のならば関係はない。神とは人の善意。人が罪を犯す事は仕方がない故に全ての原罪は神の子が背負った。そして、迷える子羊を憐れみ、また憐れむようにとも伝えた。それは幾世を経て尚、数多の者達の心の拠り所となっている」

 

 話を聞いていた姫島朱乃は自分でも気づかないうちにうっすらと涙を浮かべていた。

 

「さて、問おう。コカビエル」

 

 話を終えた葵はコカビエルを見つめ、こう問い掛けた。

 

「今の答えのどこに神が物質として生きている必要がある?」

 

 故に葵はこう言いたいのだろう。神が不在であろうとも人々の心の中にこそ神が宿り、その信仰は最初から完結したモノであった……と。

 

「大層な御託を、クリスチャンなのかお前は……?」

 

 コカビエルは問いには答えず、呆れた様子でそう問い掛けた。しかし、その表情には面白い者を見たような様子が見え隠れしている。

 

「いや、母親が聖女マルタなだけだ。神と人との物語。そして、その精神を嫌というほど聞かされて生きて来たからな」

 

「フフ……くわばらくわばら。想像しただけで気が滅入りそうだ」

 

「大丈夫、気が滅入る前に拳が飛んで来る。飽きはしなかったよ」

 

 会話をしながら葵は翼を広げ、空へと浮き上がり、コカビエルと同じ高さで静止した。

 

 そして、異空間を出して何故かエクスカリバーを収納したかと思うと、代わりに"ソレ"を引きずり出した。

 

「なんだそれは……?」

 

 それを一目見てコカビエルは唖然としながら全身に伝わる震えを感じた。見れば葵以外の者達も一様に似たような状態だと思われる。

 

 それは余り飾り気のない無骨な剣だった。

 

 しかし、それが纏う剣から放たれているとは到底思えない重圧と、途方もない程の殺気。そして、長年の直勘から絶対に相手をしてはならないと本能的に感じていた。

 

「これは"咎人の剣"だ。本気で相手をしてやる」

 

「ああ、そうか……それは楽しみだ!」

 

 それに対してコカビエルが感じたのは歓喜であった。

 

(ククッ……ここが俺の死に場所か)

 

 自身の生涯最期の相手には、葵は役不足な程だったからだ。四大魔王や熾天使より当たりを引けたのではないかとコカビエルはほくそ笑んだ。

 

 そして、次の瞬間、葵の全身が炎に包まれる。あまりにも強過ぎる業火のためか、葵の存在そのものが変質したのか、その姿はまるで翼が生えた人型の生きた炎そのものである。

 

 唯一、咎人の剣だけが炎を受けずにそのままの姿で葵に握られており、返って異彩を放っていた。

 

 

焦熱地獄(しょうねつじごく)

 

 

 ポツリと呟かれたその声は自体は葵のものだが、魂に直接語り掛けられるようであり、耳を塞ごうとも聞こえる奇妙なものと化していた。

 

 焦熱地獄は常に極熱で焼かれ焦げる状態に陥る中で、更に様々な責を受ける地獄だ。

 

 焦熱地獄の炎の熱さは、他の地獄の炎が雪のように冷たく感じられる程だという。仮に焦熱地獄の火を地上に持って来た場合、地上の全てが一瞬で焼き尽くされるほどの破滅的な炎だと言えば、その炎がいかに末恐ろしいのかは容易に読み取れるであろう。

 

 そして、半神愛宕葵が纏う火之迦具土神の炎を見ればその表現が誇張も偽りもないことが伺える。

 

 

『あんた……始めから死ぬ気だったろ?』

 

 

 突然、そう呟かれた葵の声色はどこか寂しげで、憐れんでいるようなものであった。

 

 表情すら炎で覆われているため、見ることは叶わないが、きっと笑ってはいないことは明白である。

 

 

『炎を解放した俺と対峙した者は何であれ、生への渇望から多少なり怖がるものだ。炎は生き物が本能的に恐れるもの。ましてや俺の炎は地獄のソレよりも遥かに熱くおぞましい。これを見せつけられながらそんな目が出来る奴は、始めから死ぬ覚悟が出来ている奴だけだ』

 

「………………」

 

 

 それに対してコカビエルは答えない。一度、目を瞑り小さく息を漏らすと口を開いた。

 

 

「俺は戦争をしに来たんだ」

 

 

 そして、目を見開き、一切慈悲も容赦もない獰猛な笑みで笑って見せる。

 

 

「楽しもうじゃないか……」

 

『そうか……ヒヒヒ――』

 

 

 言葉はいらないといった様子のコカビエルに対し、葵はそれだけ呟きと小さく笑い声を上げた。

 

 その呟きの直後、葵の咎人の剣の剣身に炎が燃え移り全体を燃やす。

 

 

大焼処(だいしょうしょ)

 

 

 そして、葵は咎人の剣をゆっくりと持ち上げると、水平に構えて矢のように引き絞った。到底コカビエルに切っ先が届く距離には見えない。

 

 大焼処とは、"殺生をすることで天に転生することができる"という邪見を述べた者が落ちると言われている焦熱地獄の十六小地獄のひとつ。焦熱地獄の火の他に、後悔の炎が生じて文字通り内側から罪人を焼き焦がすという。

 

 それに対してコカビエルは一本のこれまでよりも細い光の槍を片手に形成して静止する。

 

 数秒か、数十秒か。二人は無言で向き合い、永遠のような時が流れる。風音のみが響く静寂の中、互いに動かず、ただ一撃を向ける。

 

 そして――。

 

 

 

 

『――――』

 

 

 

 

 先に動いたのは葵の方であった。

 

 小さな呼吸と共に突き出された咎人の剣は直線上の点の空間ごとコカビエルの胸を刺し貫く。咎人の剣が何れ程既存の魔剣・聖剣を逸脱した存在なのか、そこで初めて気づかされた事だろう。

 

 そして、ほぼ同時に引き裂かれた空間を辿るようにコカビエルの穴の空いた胸に炎が殺到し、内からコカビエルの身体を焼き焦がした。

 

 その攻撃は到底発生してからでは決して避けようもない神速の一撃であった。

 

 たったの一撃で勝敗は決した。

 

 コカビエルは数秒後には神炎に焼き尽くされて確実に消滅するであろう。

 

 だが、コカビエルは始めからそのように攻撃を予測し、既に反撃の一手を行っていた。

 

 自身の残る光力全てを一本の光の槍に集中させ、それをカウンターとして放ったのである。その光の槍は細く鋭く研ぎ澄まされたものであり、コカビエルの生涯最高の一撃に足るものであった。

 

 しかし、コカビエルは落胆する。

 

(届かんか……)

 

 葵はコカビエルが放った光の槍を異常なまでの反応速度で見抜いており、自身に殺到する光の槍に咎人の剣を持っていない方の手を伸ばしていた。

 

 確実に掴まれる。コカビエルの生涯最高の一撃も葵にとってはその程度のものなのだろう。

 

 しかし、奇妙なことに突然、葵の腕が止まる。

 

 そして、葵の手は開かれたまま掌を光の槍の軌道上に向けて置き、そのまま静止したのだ。

 

(お前……!)

 

 コカビエルは驚愕する。

 

 そして、その結果――。

 

『ヒヒ……ヒ……!』

 

 コカビエルの光の槍は葵の掌を貫通し、更に左胸に光の槍が深く突き刺さった。綺麗に貫通しており、背中まで抜けている。

 

(全く……優しい奴め……)

 

 きっと葵なりの手向けなのだろう。炎そのものなのだから誰よりも情熱的であり、誰であれ他者の内に秘めたものを勝手に読み取って拾ってしまう。きっとそういうおセンチな奴なんだとコカビエルは笑った。

 

 そして、自身がこれまで歩んだ道を思い返し、死んでいった仲間やグレゴリにいる仲間の顔を思い浮かべ、そう悪くない生涯だったと考えながら瞳を閉じる。

 

 そのまま、誰に聞かれる訳でもなくコカビエルはポツリと口を開いた。

 

 

 

「まあ……それなりに……楽しめたよ」

 

 

 

 その呟きを最期に、コカビエルという存在は跡形もなくこの世界から焼却された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一撃でコカビエルを葬り去った葵は纏っていた炎を消し、咎人の剣を異空間に収納してからゆっくりと地面に降り立った。

 

「かはっ……ヒヒヒ――!」

 

 そして、体勢を崩して膝を突く。何せ掌に光の槍が突き刺さり、左胸を貫通しているのである。通常の生物ならば即死レベルの致命傷なのは想像に難しくない。

 

 しかし、葵は半神。死の定義がやや違うのだろう。

 

「な、何やってんの葵!? アンタなんで"止めなかった"のよ!?」

 

「ヒヒヒ――悪いなジャンヌ……なんだか止めてはいけないような気がしたんだ」

 

 葵は駆け寄ってきたジャンヌにそう言いながら掌から光の槍を抜き、左胸に突き刺さる光の槍を引き抜く。

 

 抜き去ると同時にコカビエルの光の槍はほどけるように空へと溶けて行き、それを葵はどこか寂しそうな眼差しで眺めていた。

 

「なら早く! いつもみたいに"再生"させなさい! 本当に死ぬわよ!?」

 

「悪いがそれも出来ない相談だ。死ぬ気もないし、治しもしない。俺にはまだ……やることが残ってる」

 

 そう言うと葵は立ち上がる。

 

 しかし、光の槍をダメージと、手に空いた穴により神経系がやられたためか、葵の片腕はだらりと垂らされ、ピクリとも動いていなかった。

 

「木場ァ!」

 

 葵は吠えるように声を上げた。それに反応した木場は葵に向き合う。

 

「お前の復讐はまだ終わってない……そうだろう?」

 

「…………ああ」

 

 実際、その通りだった。バルパー・ガリレイ以前に木場は聖剣エクスカリバーの破壊に人生全てを掛ける所存だったのだ。

 

 今と昔の仲間たちの呼び掛けもあり、今ならばその執念を曲げることは出来るとはいえ、ポッカリと胸に空いたものが生まれたのも事実だった。復讐とは所詮そんなものであろう。

 

「だったら――」

 

 葵は異空間から再び聖剣エクスカリバーを抜き出し、切っ先を木場へと向けた。

 

「これを破壊してみろ。"お前の仲間たち"と共に」

 

「――――っ!!!?」

 

 その驚きと、握り締められた聖魔剣を見るだけで答えは自ずと出ていた。

 

「ジャンヌ! フリード! お前らも木場に加勢しろ!」

 

 葵は笑顔を見せながらエクスカリバーの剣身に炎を灯すと、いつものように奇妙な笑い声を上げた。

 

 

 

「"聖剣使いとして"全身全霊を捧げる……"全員"まとめて掛かって来い……」

 

 

 

 その言葉を皮切りに木場と葵は同時に駆け出し、葵のエクスカリバーと聖魔剣がぶつかり合った。

 

 

 

 








(3巻の)ラスボス系主人公葵くん。


~武器紹介~
モラルタ
 ケルト神話に登場するフィアナ騎士団の1人・ディルムッド・オディナの剣。養父のドルイドから貰った物で物で、元は神マナナン・マクリルの持ち物であったとされる2本の神剣。
 名前の意味はそれぞれ大怒(モラルタ)小怒(ベガルタ)。モラルタの方が優れており、一太刀で全てを倒し、一撃で人間を両断するとされている。
 しかし、ベガルタは魔猪と戦った時に刀身が砕け、残った柄で頭蓋骨を砕くが、ディルムッドも相打ちとなって死亡した。そのため、このモラルタのみが残り、幾世を経て現在は葵の異空間に死蔵されていた。
 父親の太郎坊が伝説の武具や宝具を見つけては葵にプレゼントすることを繰り返しているため、葵の異空間にはかなりの数のとんでもない掘り出し物が眠っていたりする。しかし、父親は渡したモノはすぐに忘れ、葵も手入れ以外では特に気に掛けることもないため、誰かに言われるか、見つけられる、話題に上がる等をしなくては陽の目を見ることはまずない。




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聖剣エクスカリバー

どうもちゅーに菌or病魔です。

月光校庭のエクスカリバーのラストになります。


 

 

 

 

 

「………………」

 

 駒王学園の屋上にて、銀髪の青年が校庭を見下ろしていた。

 

 彼の名はヴァーリ・ルシファー。半悪魔にして神滅具"白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)"をその身に宿す当代の白龍皇である。

 

 彼はグレゴリからの使いであり、コカビエルとフリード・セルゼンを連れ戻す使命を負っていたのだが、到着した時には既にコカビエルは最期の戦争の最中であった。

 

 コカビエルと遠からず似たような存在であったヴァーリは、命令を無視してここから一部始終を見ていた。

 

 見届けた後、仕方なく、フリード・セルゼンの回収と当代の赤龍帝への挨拶でも済ませてから帰ろうとも考えたが、突如始まった現在校庭で行われている光景に目を奪われ、邪魔にならない場所でこうして眺めているのである。

 

 そして、ヴァーリはポツリと呟いた。

 

「スゴい……!」

 

 あまりに見ることに夢中になり、そうとしか感想を上げられなかったのである。

 

 ヴァーリはまるで子供のように目を輝かせながらたったひとりの聖剣使いが、ヒーラーを含む10人を相手取る光景を眺めた。

 

『ああ……全てを知っている訳でないが、あれは間違いなく――』

 

 間の手を入れた白龍皇の光翼に宿るドラゴン――アルビオンは確信して呟いた。

 

 

『"歴代最強のエクスカリバーの使い手"だろうな……』

 

 

 

 アルビオンもまた、ヴァーリと同じように見入っていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六本のエクスカリバーが一つとなり、ほとんど本来の姿を取り戻し、炎を灯したエクスカリバーを振るう愛宕葵は左腕は全く動かず、左胸に致命傷を受けているため、動きがやや鈍い。

 

 その上、彼を中心にオリジナルのジャンヌ・ダルク――白いジャンヌ、クローンのジャンヌ・ダルク――黒いジャンヌ、フリード・セルゼン、木場祐斗、ゼノヴィアを前衛に他の者が遠距離攻撃や回復支援を行っており、彼が10人を相手取っている形だ。

 

 にも関わらず、その全てを圧倒していた。

 

「らぁぁぁ!」

 

 モラルタを持つフリードは葵に向かって叩きつけるように振るう。その剣筋は粗暴ながら確かな技量により裏付けされたものであり、一太刀で全てを倒し、一撃で人間を両断するとされているモラルタとしては非常に正しい使い方であった。

 

 しかし、モラルタは葵ではなく風を斬る。

 

 フリードが当て損ねたのではない。攻撃の直前から攻撃直後の極短時間の間だけ、夢幻の聖剣(エクスカリバー・ナイトメア)の能力を使用し、フリードの認識する葵の位置を数cm程だけずらしたのである。

 

 その違いは戦いにおいてあまりにも致命的であった。

 

 結果、フリードは紙一重のところで葵が身体を反らして避けたと錯覚し、エクスカリバーの能力を使用した事すら悟られていない。

 

 そして、この能力は攻撃にも使われる。

 

 攻撃失敗から即座に葵から飛び退いたフリードへ、カウンターとして振られたエクスカリバー。それは切っ先までの長さを考え、フリードへ後数cmだけ足りないため、完全に避けれたように見えた。

 

 しかし、短期間で鍛えられたフリードの危険察知能力が警鐘を鳴らし、フリードは飛び退きながらモラルタを盾のように構える。

 

「ぐぉぉぉ!!!?」

 

 次の瞬間、フリードにはエクスカリバーを振り抜いた体勢の葵が数十cm瞬間移動したように見え、縦に構えたモラルタのど真ん中をエクスカリバーが襲った。夢幻の聖剣による幻覚で本来の位置より手前に見せていたのだろう。

 

 更に直撃と共に破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)の能力が発動しており、フリードは凄まじい衝撃をその身に受け、ガードしたにも関わらずら校庭の端まで吹き飛ばされる。

 

「そこですっ!」

 

 間髪入れず、槍を向けた白いジャンヌが葵の真後ろから接近して薙いだ。

 

 葵は天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)の能力を発動させて、明らかに奇妙なまでの加速で槍を避ける。白いジャンヌが葵からエクスカリバーに意識を戻す刹那の時間、エクスカリバーが跡形もなく葵の手から消滅していた。

 

「ッ!? まず――」

 

 そう言おうとした白いジャンヌはジャラリと金属音がしたことと、腕に当たる冷たい感触に気が付き、言葉を止めた。

 

 次に現れたエクスカリバーは鎖の形状をしており、槍と白いジャンヌの片腕に巻き付いていたのである。

 

 避けた瞬間に透明の聖剣(エクスカリバー・トランスペアレンシー)擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)の能力を併用していたのだろう。

 

 白いジャンヌは鎖になっているエクスカリバーに引き寄せられた。力業だけではない。何故か葵は鎖の使い方を白いジャンヌより遥かに熟知していたのである。

 

 そうして引き寄せられた白いジャンヌの目の前には、振りかぶった葵の鎖を握り締めた拳があり――。

 

「何捕まってんのよ馬鹿!」

 

 黒いジャンヌが剣を盾にして葵の拳を受け止めた。

 

「ぐぅぅ!?」

 

 しかし、葵の拳は破壊の聖剣を遥かに凌駕する想像を絶する威力であり、剣ごと黒いジャンヌの身体を意とも容易く吹き飛ばし、地に足を付けたまま10m以上後退させた。

 

「ジャンヌ様! 今助けます!」

 

 その僅かな時間に接近したゼノヴィアが己の本来の聖剣――デュランダルを振りかざし、白いジャンヌに巻き付くエクスカリバーへ振り下ろした。

 

 しかし、即座にエクスカリバーを剣へと戻し、葵はデュランダルを受ける。

 

「化け物過ぎる……!?」

 

 ゼノヴィアが感じたのは毛布を棒で叩いたような、まるで手応えのない感触であった。葵はデュランダルの破壊力を技量のみで全て受け流し、足元に落とされたデュランダルは地面にクレーターを刻んだ。

 

 更に天閃の聖剣で加速している葵は受け流した直後に動作を回し蹴りに繋げ、ゼノヴィアを襲った。卓越した格闘技術と天閃の聖剣により武道の域を超越したそれを避ける術はゼノヴィアにない。

 

 痛撃を受けることを確信したゼノヴィアだったが、その予測は外れた。

 

「うっ……!」

 

「ジャンヌ様!?」

 

 解放された白いジャンヌが抱き締めるようにゼノヴィアを庇い、その身を盾にしたのである。

 

 しかし、一切の容赦を見せない葵は眉ひとつ動かさない。そのまま横蹴りを放ち、抱えられたゼノヴィアごと校庭外まで蹴り飛ばした。

 

 更に葵は別の方向に身体を向ける。

 

「うぉぉぉ!!!!」

 

 ブースターで地面ギリギリの位置を飛びながら一直線に向かって来た者は赤龍帝の鎧を纏った兵藤一誠だった。

 

 それを確認した葵は擬態の聖剣により、エクスカリバーの形態を右腕全体を覆うガントレットに変更し、拳を握り締めた。

 

 次の瞬間、葵に殴りかかった一誠。しかし、避けられると踏んで、それを見越して行動しようとしていた一誠は驚き戸惑う。

 

 葵は避けずに一誠の拳を身体で受け止めたのである。

 

 一誠の拳は葵の頬に当たっており、口の中を切ったのか葵はそのまま唾と共に血を吐き捨てたが、それだけであった。

 

 愛宕葵という存在の戦闘能力は余りにも恵まれた肉体から来ている要素が強い。それ故に赤龍帝の禁手による一撃ですら現状ではこの程度である。コカビエルの一撃が何れ程凄まじいものであったのかが伺えた。

 

 一誠が当たったことに呆けていると、凄まじい力で葵に足を踏まれ、逃げることが出来なくなったことに気がつく。

 

「一発は……」

 

 そして、目の前には口を開きながら白銀のガントレットを引き絞る葵がいる。

 

「しまっ――」

 

「一発だ」

 

 次の言葉を吐く前に一誠の腹部に天閃の聖剣により加速されたエクスカリバーのガントレットが激突する。

 

 更に葵は衝突の瞬間に破壊の聖剣によって更に威力と衝撃を底上げしており、赤龍帝の鎧を砕きながら一誠の身体をくの字に折り曲げ、現在駒王学園を覆う結界まで一誠を殴り飛ばした。

 

 搭城小猫と、アーシア・アルジェントは衝突時の凄まじい轟音と、人体が飛んでいたとは思えない速度で結界に打ち付けられた一誠に顔を青くしながら回収しに一目散に走って行った。

 

「イッセー!? よくもッ!」

 

 リアス・グレモリーから滅びの力による巨大な魔弾が放たれる。

 

 それは一直線に葵へと向かい――即座に剣へと姿を変えたエクスカリバーによって意とも容易く両断された。

 

「いきますわ!」

 

 更に葵の頭上に姫島朱乃が魔法の雷を落とす。それもただの雷ではなく、己の光力が混ざる雷光であり、戦闘が始まってから今まで魔力を集中させて作られた極大なものであった。

 

 しかし、葵は支配の聖剣の能力を発動し、雷光そのものを操った。

 

 それにより、ねじ曲げられた雷光はエクスカリバーの周囲を渦巻くように纏われた。さながら雷光の属性付与(エンチャント)が成されたようである。

 

「あ……彼の剣に私の雷光が……」

 

「なんでちょっと嬉しそうなのよ朱乃!?」

 

「アンタらふざけてんじゃないわよ!」

 

 復帰した黒いジャンヌが声を荒げながら葵に襲い掛かる。

 

「ぐっ……」

 

 片手が使えない葵に対して槍と剣による手数で攻め立てる黒いジャンヌだったが、己の剣の師だというだけはあり、どれだけ攻めようとも一歩も引く気配も、崩れる様子もない。

 

 更にエクスカリバーに渦巻く雷光が邪魔して思うように攻められなかった。

 

「チッ――ああ!?」

 

 形勢不利と判断し、葵から飛び退く黒いジャンヌ。

 

 しかし、葵は支配の聖剣を用い、距離を取る最中の黒いジャンヌに目掛けて全ての雷光を解き放った。雷光が直撃した黒いジャンヌは身を強張らせながら地面に崩れ落ちる。

 

「少しぐらいよそ見してて欲しいです……ねっ!」

 

 次の瞬間、雷光を放った葵は防御体勢を取って空にエクスカリバーを構えると、そこに目掛けて5mを超える大斧のような形を取っている魔法剣が激しくぶつかる。

 

 その柄を握るのは一学年下の八重垣かぐやである。彼女は支配の聖剣による支配を懸念して、大量の魔法剣の展開は行わず、一撃に掛けた魔法剣による攻撃に出ているのだった。

 

 当然というべきか、葵はその魔法剣すら受け流し、かぐやの攻撃によってエクスカリバーが傷付いた様子はない。

 

 かぐやは即座に魔法剣を大斧から二本の刀の形状に変更し、葵と打ち合うが、ここまでの打ち合いから考えても手数で押し切れる相手ではないことは明白である。

 

「僕もまぜて貰うよ……!」

 

 しかし、聖魔剣を持つ木場裕斗が加わったことで形勢が変わった。手数に加えて速度に特化した剣士を片手だけで相手にすることに無理が生じ始めたのである。

 

 防戦一方でやや押し始めた二人はこのまま押し切れるのではないかという期待が生まれた。

 

 しかし、それで終わる聖剣エクスカリバーではない。

 

 葵は二人の刃が緩む一瞬のタイミングで擬態の聖剣によって、エクスカリバーを長柄の両端に刃のついた武器――両刃剣のように変えた。

 

 戦において武器による優位性は語るべくもない。

 

「得物が……!?」

 

「速い……!」

 

 それによってそれまでのような力は減ったが、単純に攻撃の手数と速度が段違いに上がる。その猛攻は凄まじく、即座に二人を圧倒し、最後に一文字に凪ぎ払われた。

 

 二人はそれをガードしたが、十数m弾き飛ばされる。

 

 だが、二人が葵と打ち合っていた時間は他の者に復帰するだけの時間を与え、二人の周囲に比較的軽傷の者が集まる。

 

 それと同じように葵もまた聖剣エクスカリバーを剣へと戻し、こちらの動きを伺っていた。

 

「ふふっ……ここまで実力に開きがあると返って笑えてしまうな」

 

「手負いだというのに……本当に先輩は化け物ですねぇ……」

 

 ゼノヴィアはそう言って笑う。己のデュランダルがこれほどまで心許なく感じる相手もそうはいないであろう。

 

 かぐやも呆れた様子でそう語る。

 

「遠いな……エクスカリバー」

 

 木場はそう呟いた。

 

 それはエクスカリバーに対してか、それを歴代の使い手を遥かに超越した技量を持って振るう葵に対してか、恐らくは両方に向けてだろう。

 

「そうでもないわよ……」

 

 ぶっきらぼうに吐かれた黒いジャンヌの呟きに木場を含め、そこにいる皆の視線が集中した。

 

「葵のエクスカリバーを見て」

 

 その言葉に全員が視線を向けると、葵は聖剣エクスカリバーを眺めながら薄ら寒い感覚を覚える殺気を放っている。

 

 そして、聖剣エクスカリバーを見れば、纏っている炎によって見えにくくはなっていたが、確かに剣身には小さな亀裂や、皹が走っている状態であった。

 

「剣を造るのって無茶苦茶難しいし、時間を掛けなきゃならないのよ。六本の名高い聖剣を即席で一本に纏めるなんて芸当、例え鍛冶の神の側面が強くたって無理が生じるに決まってるわ」

 

「でも葵さんは一度もエクスカリバーでマトモに攻撃を受けてはいませんよ?」

 

 一部始終を見ていた白いジャンヌはそう話す。

 

 葵は聖剣エクスカリバーで受ける剣はほぼ全て受け流していたにも関わらず、あそこまでエクスカリバーがダメージを受けていること自体が不思議に感じたのだろう。

 

「たぶん、無理が剣に祟ってる。エクスカリバーの能力を使用する度にひび割れるのね。それにアイツ、"聖剣使いとして"戦うって言っていましたもの。剣を直すのは鍛冶屋か、錬金術師の仕事。だから戦いながら直すのもしてないわ」

 

「つまり彼は……」

 

「身体も剣も……最初から割腹(かっぷく)して挑んでるのよアイツは……勝つ気なんて更々無いわよ」

 

 その言葉に木場は絶句した。今の今まで誰にも理解されず、何故そこまで他者のために捧げれるのだろうか。

 

「在り方は間違ってても、アイツは紛れもなく聖人の子なのよ。そういう生き方しか出来ない奴なのよ……」

 

「木場」

 

 葵の言葉に木場はそちらを向く。

 

 そこにた葵はいつも通りのように見えるが、体力の消耗によって既に肩で息をしていることがわかる。

 

「これが最後だ」

 

 その言葉の後、葵は校庭の隅まで飛び退く。

 

 そして、その場で聖剣エクスカリバーを空へと掲げると能力を発動し、剣身を光らせると同時に、葵の神気と法力がエクスカリバーへと集められていくことがわかった。

 

「あれはまさか……」

 

 それを見たゼノヴィアは顔を真っ青にしながら口を開いた。

 

「……エクスカリバーの初代の使い手であるアーサー王はエクスカリバーから光線を放って蛮族を凪ぎ払ったと聞く。それが来るのでは……?」

 

「来るわねアレ。擬態で剣の内部機構を変えて、破壊で剣に集めた力を増幅させ、支配と天閃で撃ち出すってところかしら?」

 

「アレは私の"聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)"で

受け止めます」

 

 すると白いジャンヌが前に出る。

 

禁手(バランスブレイク)――」

 

 その姿は黒いジャンヌと同じようなデザインをした白銀の鎧を着て、槍と剣を持つ姿に変わっていた。

 

「主の御業をここに」

 

 そして、白いジャンヌは旗のついた槍を地に突き刺し、全てを護るがの如く立ち塞がる。

 

 その次の瞬間、葵の聖剣エクスカリバーから神々しいまでの光りと炎で出来た極大の光線が白いジャンヌを襲った。

 

 

「我が旗よ、我が同胞を守りたまえ! "我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)"!」

 

 

 直前に発動した白いジャンヌの亜種禁手はエクスカリバーの光線を受け止め、上空へと逸らし、駒王学園に張られた結界を意とも容易く貫通した。

 

 しかし、エクスカリバーの奔流はまるで衰えを見せず、それどころか徐々に増幅しているような気配さえあった。

 

「木場! 今よ! 行きなさい!」

 

「ああ!」

 

 木場は黒いジャンヌに後押しされ、光線を放つ葵に向かう。

 

 そして、新しい聖魔剣を造り出し、葵の頭上へと振り下ろした。

 

 葵は即座にエクスカリバーの照射を止め、異様な反応速度で木場の聖魔剣を受け流そうと動く。

 

 しかし、それは叶わなかった。

 

「氷属性の聖魔剣か……」

 

 過去に葵に対して行い、正面から打ち破られた方法と同じ事を木場は行って来たのだ。結果として葵の聖剣エクスカリバーは木場の聖魔剣に縛り付けられた。

 

 一度見た剣は通じないとばかりに平常時の葵ならば対応出来た筈だが、ここまで消耗し切った彼にはそれを止める手立ては最早ない。

 

 葵は観念したように呟きながらも、せめてもの意地としてエクスカリバーを握る力を強めた。

 

「うぉぉぉぉ!!!!」

 

 木場は有らん限りの力を込め、葵は一切引かずに聖剣エクスカリバーを構える。

 

 エクスカリバーは軋み、音を立て、溢れ落ち、そして――。

 

 

 

 崩れ落ちた。

 

 

 

 残光のように辺りを鈍く照らす聖剣エクスカリバーの破片は幻想的で、誰もが夢見た伝説の剣に相応しい結末を見せる。

 

 そんな中、木場は憑き物が取れたような安堵の表情を浮かべていた。

 

 それを見た葵はエクスカリバーの柄を地に落とし、薄く笑みを浮かべる。

 

「おめでとう。じゃあ、"神として在り来たりな終幕(デウス・エクス・マキナ)"を下ろそう」

 

 次の瞬間、葵と木場を囲むように温かな炎が包み込む。

 

 数秒後、 炎が晴れるとそこには嬉しそうに笑う葵、驚愕の表情に目を見開く木場、そして――。

 

 

 

 

 

 "沢山の小さな子供たち"が木場に寄り添うように眠っていた。

 

 

 

 

 

「ヒヒヒ――! 君らは身勝手に命を奪われたんだ――なら理不尽に与えられたっていいだろう?」

 

 それだけ呟くと葵はそっと目を閉じ、そのままゆっくりと地へ崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 



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波打ち際のオルタちゃん

どうもちゅーに菌orちゅーに病魔です。

タイトルこんなんですが、まだ続きますのでご安心ください。







 

 

 

 

 

「なんで起きないのよ……」

 

 アイツはまだ目を覚まさない。

 

 ベッドで眠る彼はずっと静かに眠ったままだ。

 

 いつもみたいに笑わない、いつもみたいにふざけない、いつもみたいに隣にいてくれない。

 

「なんでよ……」

 

 私はあなたのことを知っているつもりだった。

 

 誰よりも強いあなた。赤々と燃え盛るあなた。だから絶対にこんなことは起こらないと思っていた。

 

 いつか目覚めるのはわかっている。けれど私にはそれが永遠のように感じた。

 

「起きなさいよ……起きて……ください」

 

 こんなことならせめて一言ぐらい……伝えておくべきだった。

 

 好きだって、愛しているって、きっと私からは絶対に伝えられないってわかっていても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、目が覚めた。

 

 まだ眠っているような気分ではっきりとせず、このまままだ眠っていたいが、そうするといつもジャンヌに怒られるので起床することにする。

 

 体を起こして辺りを確認すると、ここが自分の部屋ではなく、清潔感漂うどこかの個室だということがわかり首を傾げた。どうやら俺はベッドに寝かされているらしい。

 

「ん……」

 

 すると隣から聞き覚えのある声質が聞こえて、そちらを見る。

 

 そこには白に近い銀髪に透き通るような白い肌をした少女――ジャンヌの姿があった。何故かベッドサイドに椅子を置いて、俺に向かって突っ伏す形で寝息を立てているようだ。

 

 こんな機会は滅多にないので、ちょっと刺激された好奇心からジャンヌの頬を指でつつく。

 

「んぁ……」

 

 するとジャンヌから妙に艶のある声が漏れ、俺のテンションが少し上がる。味を占めた俺はもっとジャンヌの頬をつつく。

 

「えへ……マモル……」

 

 珍しくジャンヌにアンタではなく名前で呼ばれ、その上愛らしい笑みを浮かべた様子に逆にこちらが驚かされた。それと同時に遊んでしまったことに負い目を感じたのでジャンヌを起こすことに決める。

 

「ん…………あ?」

 

 その瞬間、ジャンヌが目を覚ました。まだ、ジャンヌの頬を指でぷにぷにしている最中だったので、俺は全身から血の気が引いていくのを感じながら、この後に起こるであろう罵倒を思い浮かべて、そっと心を正座させた。

 

「あ……あ……」

 

 すると何故かジャンヌはふるふると体を震わせながら目に涙を浮かべたため、俺の思考は停止する。

 

「この馬鹿! 大馬鹿! 人でなし!」

 

「――――――」

 

 次の瞬間、ジャンヌが俺に勢いよく抱き着きながら罵倒する。だが、その言葉は徐々に尻すぼみになって行き、最後には涙声になり、最後にはぎゅっと抱きしめ続けるだけになった。思わず俺もジャンヌを抱きしめ返してしまったが、ジャンヌはそのまま俺の腕の中で、胸に顔を埋めていた。

 

 何がなんだかわからないが、とりあえずいつも通り全面的に俺が悪いのだろう。というかもうこの感触だけで何があろうとお釣りが来る。

 

「あー……ごめん」

 

「…………うるさい」

 

 そのまま俺はジャンヌの気が晴れるまでそうしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャンヌによれば、どうやら俺はエクスカリバーの一件から一週間程寝込んでいたらしい。ここはグレモリー家が経営する悪魔の病院であるそうだ。まあ、フェニックスみたいに体の再生も可能な肉体にも関わらず、あれだけ無茶をしたので、寧ろそれだけで済んだと喜ぶべきだろう。

 

 あの後、俺が聖剣因子から魂の滓を手繰り寄せて生き返らせた子供たちは全員グレモリー家の方で引き取られたらしい。正直、あの時は肉体が限界で後先なんて全く考えていなかったので大変喜ばしい。

 

「まあ、神なんて理不尽で不条理ものでしょう? 命があっただけマシですね」

 

 若干、貶された気がするが、俺が悪いので仕方ない。まあ、ジャンヌなりのフォローとも言えるだろう。

 

 それからそう言えばいつの間にか校舎の屋上にいた当代の白龍皇によって、フリードは一端グレゴリに連れて行かれたが、俺の配下だと名乗った事と特に目ぼしい情報を持っていなかった事で早々に解放されて、今は俺の家に留まっているらしい。まあ、名前を貸す程度で何かフリードの助けになったなら御の字だな。

 

 また、聖剣使いの片割れのゼノヴィアとか言う方。そっちは神の不在を知った事で教会から破門されたらしい。ちょっと可哀想だが、それだけでは終わらず、今度はリアス・グレモリーさんの騎士として転生悪魔になったそうな。元信徒にあるまじき逞しさと適応力である。

 

 紫藤の方は神の不在を知らされなかったのでそのまま帰ったらしい。それから聖剣は俺の支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)を除く全てが回収されたそうだ。ルーラーはどこへ行ったかと言えば、俺のベッドの隣にあるテレビ台の上に聖剣の核だけがちょこんと置かれているのが全てを物語っていよう。俺としては勝負に勝ったのはあの場にいた全員だったので、核ごと木場くんに破壊されようが、教会に回収されようが、それはそれで仕方ないと思っていたが、揃いも揃って律儀なものだ。

 

 ジャンヌを抱きしめる片方の手を放して、ルーラーの核を掴む。核を中心に俺の炎を放つと、次の瞬間には完全な姿の支配の聖剣がそこにあった。柄を持ったまま異空間にルーラーを放り込むと、そろそろ気になり出した事をジャンヌに問い掛けることにする。

 

「それはそうとジャンヌ?」

 

「なによ……?」

 

「俺はいつまでジャンヌとこうしていていいんだ?」

 

「は? なにをいっ……て…………」

 

 途中で我に帰り、自身と俺の状況に気づいたのだろう徐々に言葉が弱々しくなって行く。

 

「――――――!!!?」

 

 そして、ジャンヌの白い顔がゆでダコのように真っ赤に染まった。それと同時に文字通り、ジャンヌに炎が灯る。

 

 ちょ……待て、待ってジャンヌ! 病院で火はマズいって! 火は! あー!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボヤ騒ぎによって、ジャンヌと二人で悪魔の院長にしこたま怒られ、何故か俺だけが看護師の方々にも怒られた後、そのまま退院した。神の体が一週間寝たきりな程度で筋力低下や可動域制限など起こす訳もないのである。

 

 ちなみに看護師の方々に俺だけ絞られた理由は、ジャンヌは俺が病院に運び込まれてからずっと側にいたからだそうだ。ご飯は売店で済ませ、本当に168時間ずっとベッドサイドにいたらしい。素敵な彼女さんを大事にだの、一人の体じゃないんだから婚約者を大事にだのと無茶苦茶言われ、隣にいたジャンヌがまた発火しそうでヒヤヒヤしたが、何故かジャンヌは顔を赤くしたままずっと俯いていた。

 

「………………」

 

「………………」

 

 そして、帰路に着き、夕焼けが見える電車に乗りながらなんとなくジャンヌと会話出来ずにいた。まあ、さっきの今ならば仕方ないだろう。こういう時に限って何故か、この車両に一切他の人間がいない。また、ジャンヌはずっと顔を伏せている。

 

 確かに俺は人の心がわからないやら、空気が読めない等と言われるし、自覚しているが、ここまであからさまならば流石に理解出来た。

 

 どうやらジャンヌの今までの行為は全て照れ隠しで、俺に対して好意を寄せていたらしい。普通、肉親にだってあんなに抱き着かないし、あそこまで献身的に看病しようともしないだろう。また、本気で嫌ならば看護師の言葉に対しても訂正なり、反論なりし、あんな反応はしない筈だ。

 

 というか毎年、毎年嫌がらせと銘打っているが、やたら気合いの入った手作りバレンタインチョコを、2時間ぐらい同じ空間で葛藤した末に俺に渡しているというのに、何故俺は今の今まで特にそのようには考えなかったのだろうか……?

 

「…………なあ、ジャンヌ?」

 

「――――!?」

 

 するとジャンヌはビクリと体を震わせただけで、言葉には答えずに相変わらず俯いていた。やっぱりこういうものは、男から言うべきだろうな。

 

「ジャンヌがもしよければだが……将来、俺と結婚してくれないか?」

 

「………………………………え?」

 

 ジャンヌはようやく顔を上げて俺の方を見た。その表情は有り得ない事を聞いたかのようであった。

 

「今なんて……?」

 

 聞き返されてしまった。少し言葉が長過ぎたと感じ、今度は要点だけ伝えるように口を開く。

 

「ジャンヌ、俺と結婚してくれ」

 

「――――」

 

 ジャンヌは感情が抜けたような表情で止まる。こちらとしても心臓の鼓動が収まらないが、言いたいことは言えたのでいいだろう。砕けてもそれはそれで仕方がないが、燻り続けるよりもずっとマシだな。

 

 するとジャンヌは小刻みに震える。そして、ぽろぽろと涙を流しながら笑った表情を浮かべ、震えた声で言葉を紡いだ。

 

「ダメよ……だって私……偽物(クローン)よ? 炎も命も全部あなたから貰った贋作なんですよ……? あなたは神様と聖人の子なのに私なんて――私なんて……釣り合いっこ無いわ……」

 

 他者に弱みを見せず、常に高圧的だが、どこか情に脆く面倒見のいい努力家の本心は、今にも崩れ去りそうな程に矮小なものだった。

 

 ああ、そうか……ジャンヌはずっとそんなことを考えていたのか……本当に俺は何も知らないんだな。そう考えると俺に対してのこれまでのジャンヌの行動や言動にもなんとなく説明がつく。

 

 それを聞いて、いても立ってもいられなくなった俺は、立ち上がると両翼を広げ、ジャンヌの首と足に手を回して抱き抱える。そして、そのまま仙術で車内をすり抜け、空へと飛び上がった。

 

 そのまま気流を操り空を駆けてトップスピードで飛行する。音速を越えた速度にて、腕の中で俺に何か言いたげなジャンヌを守りながら、数分でいつも釣りをしている防波堤の遥か上空へと辿り着いた。丁度、夕陽が地平線に消えるところであり、それなりに綺麗な景色に見えるだろう。

 

「俺はあれだ。あんまり他人のことはわからないし、人付き合いも得意じゃないけれど、これだけは何度だって言える。俺はジャンヌのことが大好きだ」

 

「私は……」

 涙を浮かべて暗い表情のジャンヌは何かを言おうとしたが、その前に有無を言わさず、俺はジャンヌを抱き寄せながら更に言葉を続ける。

 

「例え全く同じ姿をした者が何人いようと俺は君がいい。誰でもない君がずっと側に居て欲しいんだ」

 

「でも……」

 

「君のためなら俺は地獄の底まで焼き尽くそう。何だっていつだって君を守ろう。俺の全てを存分に使っていい、だから君の全部が欲しい」

 

 もう止まれなかった。次々と体の内から愛しさと熱が沸いて来る。それが己のものが、神としての狂った独占欲なのかは最早判断がつかない。きっと、今自分がとんでもない表情をしているのではないかと思うが、それに構っている余裕は無かった。

 

「ひとつだけ……約束して……」

 

 俺を見上げるジャンヌは絞り出すように言葉を吐く。

 

「もう誰にも負けないで……自分で自分を傷付けないで……誰かの為だって嫌よあんなの……!」

 

 ああ……こんな時にまで彼女は俺のことを想っているのか。それを思うと今までの俺の感情がなんと滑稽で、自分本意だったのか思い知らされる。釣り合わないのはきっと俺の方だろう。

 

 その言葉に頷いて答えてから口を開く。

 

「大好きだよジャンヌ……!」

 

「私もよマモル……!」

 

 ジャンヌは俺に飛び付き、俺もしっかりと抱きしめ返す。そのまま日没までの長いようで短い時間の間、二人でずっとそうしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレモリー家が管理する悪魔の病院に入院していた愛宕葵が目を覚ましたという知らせと、退院したという知らせをグレモリー眷族は同時に受けた。無論、葵に連絡を取ろうとしたが、何故か同伴していた黒いジャンヌ共々音信不通のため、グレモリー眷族は目に見えて心配している様子である。

 

 愛宕葵に限ってもしもは起こらない筈であるが、そもそも入院していた原因も体が致命傷な程傷付いた上で、体力を消耗したからであり、もしかすると弱っている葵が誰かにやられたのではないかと不安に感じるのも仕方ないだろう。

 

 外は既に日が傾き終わり、これから悪魔の時間だというのにグレモリー眷族の表情は暗い。色々あったが、彼らは葵に対して多大な恩義があるのである。

 

 そんな時、部室内の中央に刻まれた魔方陣から一陣の風が吹き荒れ、熱さのない火柱が上がる。グレモリー眷族の中で最もその炎に見覚えのある兵藤一誠は笑顔になり、その名を呼んだ。

 

「マモ――」

 

「ここにいたかイッセー!」

 

 常に飄々としており、常人とはどこかズレた感覚をしている葵にしては珍しく声を荒げた様子であるが、一誠の言葉が止まった理由はそこではない。

 

 何故ならどういうわけか、ジャンヌをお姫様抱っこした状態であったのである。抱っこされたジャンヌは"何をしているんだコイツは?"とでも言いたげな様子で唖然としながら口を開けている。

 

「俺、ジャンヌと婚約したぞイッセー!」

 

「え……えぇぇぇぇぇぇ!!!?」

 

 期待通りな驚きで叫ぶ一誠。他のグレモリー眷族も皆、一誠程では無いにしろ驚いていた。ただ、その中で一人、姫島朱乃だけがいつも通りのにこやかな笑みのままティーカップへと口をつけ、"ようやく恋人になりましたわね"と何やら呟きつつ目を妖しく輝かせていたが、それに気がつく者は誰一人いなかった。

 

「あ、ああ……アンタねぇ……」

 

 ようやく状況を整理したのか、顔をゆでダコのように真っ赤にしたジャンヌ。そして、その体にガスレンジの火を点けたように火が灯る。その様子にグレモリー眷族はうすら寒いモノを感じ、壁際まで離れた。台風の目にいるせいか、元々火耐性がカンストしているせいか、当の葵は全く気づいていない。

 

「ん……?」

 

 そして、ようやく気が付いた時、葵の回りの地面を黒々とした多数の槍や剣の切っ先が囲んでいた。

 

 

「どこまで空気が読めないのよこのバカァァァ!?」

 

「でゅへいん!?」

 

 

 面白い悲鳴を上げながら器用に葵だけ全身を黒い刃で刺し貫かれる光景を見つつ、グレモリー眷族は一様に、この二人は付き合い出してもそこまで関係は変わらないなとなんとなく感じ取るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジャンヌ待って死ぬ、呪いが痛い、継続ダメージがマジで痛い」

 

「うるさい死ね! 今すぐ死になさい!」

 

 

 ちなみに葵の体はフェニックスよりも制限なくほぼ無限に再生出来るため、自身の意思で再生を止めるような自殺行為でもしない限りは、基本的に殺し切ることも半ば不可能だったりする。後、やけど以外のバフとデバフはしっかり入る。

 

 

 

 








~Q&Aコーナー~


Q:そもそもなんで主人公ってこんなに強いの?

A:メタい話だと一切実力面での成長をしないからです。なのでハイスクールD×Dの世界のインフレに最初からついていけるだけの肉体的スペックをしております。


Q:なんでもう付き合わせたん?

A:実は私はとか、君に届けとか、付き合ってからの名作もあるからね、仕方ないね。


Q:なんでもう付き合わせたん?

A:ほら、修学旅行はデート状態の方がニヤニヤできますし……。


Q:なんでもう付き合わせたん?

A:作者の執筆力もとい表現力の問題で付き合ってない状態での描写が凄まじい縛りプレイだからだよ! 書いててこっちがモヤモヤするんや!(正体現したね) ちくしょーめぇ!(投げたペンが当たる音)



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