70年目のサクラサク (あんだるしあ(活動終了))
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過去編?
Möbius1 2050年の仮面ライダーの昔語り


 先に書いたもん勝ちだと誰かが言ったから。


 私がジクウドライバーを託された理由はシンプルで。

 当時の――西暦2050年のオーマジオウ抵抗戦線において、私が最も出来のいい兵士だった。

 本当に、ただ、それだけ。

 ――その選別基準がそもそも間違ってたことに気づいた時には、あとの祭りってね。

 

 

 

 

 

 2000年(ミレニアム)より前の時代の仮面ライダーたちが戦った“敵”は、総じて異形の怪物だった。私も知識としては知っていた。

 醜く、恐ろしく、血も涙もない、悪の権化。

 仮面ライダーの力は本来、そういった外敵を排除するために行使するのが正しいんだと教わったし、私自身、それが正義だと信じてた。

 

 昭和の世代に戦った仮面ライダーを、私たちの世代では畏敬を込めてこう呼んだ。

 

 グレートダッドライダー。

 偉大にして父なる戦士たち。

 

 彼ら10人の力を全て継承し、その強大な力を以てオーマジオウを斃す。

 それが私に下された任務だった。

 

 まだ量産されていなかったタイムマジーンの一機に搭乗して、西暦1989年に転移するはずだったんだけど、これがまた笑い話でね。マシントラブルを起こしたの。

 笑い話で合ってるよ? オーマジオウと一刻も早く決着をつけるための任務だったのに、焦り過ぎて技師がマシンチェックをミスったんだから、笑う以外に何があるっていうの。

 

 話を戻そうか。

 

 機能がイカれたタイムマジーンのおかげで、私はいくつかの時代にまろび出ては、その時代での人間模様をこの目で見るハメになった。

 

 ある時代では、自分たちが助かるためだけに、改心してくれた怪人を敵怪人に引き渡した連中を見た。

 その怪人は悪事の償いのため、当代の仮面ライダーを匿って、蘇生措置を施したっていうのにね。最期に「ライダー。海を守ってくれ」と訴えて、敵怪人に見せしめに殺された。

 その怪人の生き様は、誰が何と言おうと、涙するほどに尊かった。

 

 また別の時代では、決戦兵器の怪人を前に、幼い息子と娘を逃がすため、命をかなぐり捨てて怪人を足止めして殺された父親と母親がいた。

 両親の死を、まだアンタたちくらいの子供たちが直視して、それでも兄さんは妹を守るために涙を我慢して当時の仮面ライダーのもとまで走った。

 

 そんないくつもの光景を回り道だと決めつけてじれったさを感じた日もあった。

 今にして思えば、“そんな光景”こそが私に欠けていたものだったのにね。

 

 グレートライダーたちの力さえ継承すればいいんだと思い込んで、視野狭窄になって、心の余裕を失っていた。

 

 ん? ああ、継承の儀はちゃんと受けたよ。でなきゃこうしてこの時代に戻ってきてないってば。

 レジェンド(平成)ライダーにはできなくて、グレート(昭和)ライダーたちにはできる儀式――ライダーシンドロームによってね。

 

 10人のグレートダッドが一堂に会す日は、1989年9月20日しかなかった。

 やっとその座標、その現場に転移できた時に、私がした注文といったらそれはもう理不尽だった。

 

 何て言ったかって?

 

 

 その場の仮面ライダー全員のエネルギーを全て私に託してほしい。

 アナタ方という仮面ライダーが歴史から消えるのは承知の上で、2050年を救うためにアナタ方の力を譲渡してほしい。

 

 

 “空白の10年間”くらいはアンタたちも知ってるでしょう? 実はあれ、グレートダッドたちの力を全て私が奪ったから、次の仮面ライダー……クウガが現れるまで守護者が誰もいなくなったからなの。

 その10年間は、仮面ライダーとはまた別の守護者(ヒーロー)たちが地球の平和のために戦ってくれたからよかったものの……今になって思い返せば、やっぱり胸が塞ぐよ。

 

 私が任務のために時空転移したのは16歳だったっけ。

 2050年に帰投した私は、すぐさまオーマジオウとの決戦に備えて“調整”を受けて、オーマジオウとの一騎討ちに臨んだ。

 

 どっちが勝ったかは、今もオーマジオウが君臨している時点でお察しでしょう?

 私はオーマジオウに負けた。当然のごとくね。

 

 オーマジオウは、無様に地面に転がる私に向けて、私の敗因が何だったかをご丁寧に教えてくれたよ。

 

 

“10の力を持つ一人より、一の力を持つ10人のほうが強い。そんなことも分からず、強大な力を一人に集約しただけで挑んだ貴様らの傲慢が敗因だ”

 

 

 いやはや、まったくごもっとも。耳に痛い指摘だったね。

 

 私がグレートダッドたちから継いだ技や能力は、個々としては優れていたけど、10の力を一人掴んだだけで舞い上がった私に非があった。

 

 初戦で完膚なきまでに負けた私がこうして生き恥を晒しているのは、私が死んだら昭和時代を戦い抜いたグレートライダーの力までオーマジオウに渡してしまうから。

 そうなったらオーマジオウは本当に手の付けられないバケモノになる。

 

 幸いにしてグレートライダー10人の力は、ライドウォッチでなくジクウドライバーに宿っている。このドライバーを死守するか壊すかすれば、オーマジオウはグレートダッドたちの力を手に入れられない。

 

 ただ力のみを継承した、思い上がりの末路がこの私。明光院ミトって女さ。反面教師にしなさい。

 

 この先、アンタがレジェンドライダーの力を継ぐ時が来るでしょう。その時、相手のレジェンドライダーの意志を決して蔑ろにしちゃいけない。

 

 いいね? ゲイツ。ツクヨミ。血の繋がりはなくても、私にとっては大事な我が子たち。




 まだたった2話しか放映されていないのに勝手に過去捏造した上、昭和ライダーに失礼甚だしい展開にしました。
 投石はお一人様お一つまででお願い致しますm(_ _"m)

 ミトが例に挙げたのは、一つ目は仮面ライダーBLACK、二つ目はBLACK RXの終盤にあったEPを参考にしました。


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Möbius2 憧れの仮面ライダーは?

 私が憧れる仮面ライダーはどなたかって? また妙なことを気にしたものねえ。

 

 ゲイツはレジェンド5・ブレイドで、ツクヨミはレジェンド8・電王だっけ。

 ん? ゲイツ、ちがった? ――ああ、そういうこと。5世代目には仮面ライダーが四人いたね。厳密には、レジェンドご本人のブレイドじゃないってことか。はいはい。ごめんなさい。

 

 といっても、前にも話した通り、私がゆかりある仮面ライダーはグレートダッドばかりだからねえ。うーん……

 ――じゃあ、一人の英雄の話をしよう。

 

 グレートダッド(昭和)ライダーにカウントされてはいないし、そもそも“仮面ライダー”と呼んで正しいのかも曖昧。でもグレートダッド3・V3は、“彼”の最期に“仮面ライダー4号”の名を贈って讃えた。

 

 ――ライダーマン。結城丈二。

 

 ははっ。二人とも面白い顔。聞いたことない、誰? って言いたいのが丸分かり。

 そんな君たちに朗報です。聞いて驚きなさい。なんとライダーマンは最初“変身”ができなかったのです!

 うんうん、信じられないでしょうとも。私もだったよ。若かりし日の私でもジクウドライバーで変身しないとまともに戦えなかったのに、結城丈二は半分生身よ!? 右腕だけの改造だったのよ!? とりたてて平凡な出生の純人間が、強化スーツだけを恃みに戦ってたの!

 

 ……ごめんなさい。熱くなっちゃった。実際にこの目で見てきたものの、当時は守秘義務で話せなかったから。

 

 さて! すっきりしたところで本題に入ろうか。

 

 

 

 

 ――吐く息が白い、1974年2月の冬の日だった。

 

 そのたった一日で、胸が痛む光景をいくつも見たよ。

 中でも辛かったのは、一度悪事を犯した人間は光の下に戻れないと、当人が思い込んでしまう心理作用。

 

 純然たる善人でないと仮面ライダーは務まらない? とんでもない! そんな人間、地球上あらゆる地平を探しても居るもんですか。

 

 結城丈二――ライダーマンはその典型。

 彼は元々、暗黒結社デストロンの科学者だったのよ。

 彼は幹部の権力争いで濡れ衣を着せられて、右腕を失って瀕死にされた。彼は自分を陥れたデストロン幹部への復讐を動機にライダーマンとなった。そういういきさつから、方針の不一致でV3と敵対したこともあったらしい。

 

 だから“仮面ライダー”にカウントされなかった、と言い切るとレジェンド諸兄の数名に土下座しなくちゃいけなくなるから、そこはグレーゾーン。

 

 

 でも……ライダーマンだって、全く正義の心がない人物じゃなかったの。

 だってね、東京全土を爆破するゼロアワー計画を知ったライダーマンは、自らプルトンロケットに乗り込んで、被害の出ない空中でロケットごと自爆したんだもの。

 

 誰に強制されたわけでもなかった。

 彼自身が心底やりたかったわけでもなかった。

 ただ、まるで自分がそうすることが当然であると言わんばかりに。

 

 「さらばだ、V3」――歯を食い縛ってから搾り出した、遺言(こえ)。今でも私、覚えてる。

 

 私にとって、その在り方が覚悟を決めさせてくれたって意味では、ライダーマンは確かに“憧れの仮面ライダー”なの。

 

 ん? なぁに、ゲイツ。どーしたの、泣きそうだぞ?

 ――ううん。涙を浮かべてなくてもね、それは泣き顔って言うのよ。

 

 私がライダーマンと似た最期を迎える予感でもした?

 ――さあ、どうでしょうね。

 預言者なら、私の運命を託宣できたんでしょうけど、私が預言に従うタマだと思ってたりする? 思ってないね。よろしい。

 

 さて。そろそろ作戦会議の時間になる。切り上げようか。

 ゲイツ、来なさい。

 ツクヨミは、まだ出られません。もうちょい腕を上げてからね。かわいくむくれてもダメなものはダ~メっ。

 

 さあ、行こうか。

 私たちの現実、私たちの戦場に向き合いに。




 典拠:仮面ライダーV3、第51話。

 おそらく彼が仮面ライダー史上初の「サブライダー」でしょうか?
 罠にかかったV3の安否を案じて「風見ーー!!」と叫ぶ声がすごく、平成のメインとサブのライダー同士の関係に通じてるなあと、しみじみ思いました。

 などと、昭和ライダーのほうはにわかの作者が偉ぶってみたり。


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Möbius3 月に叢雲花に風、仮面ライダーには乙女(ヒロイン)

 これキーワードなので拝読オススメいたしマス。


 

 

 ちょっといらっしゃい、ツクヨミ。

 そ、アンタだけ。ゲイツは今回抜きです。女同士の内緒話、しましょ?

 

 一人で来たね。よーしよし、いい子。

 

 さて、と。――ツクヨミ。ゲイツにジクウドライバー適性があると判明したことは、もう聞いてるね。

 

 ゲイツはいずれドライバーを手にして、この時代で最も新しい仮面ライダーになる。

 変身できたなら、あの子は迷わず志願兵としてオーマジオウ抵抗戦線の最前線に立つでしょう。今の私みたいにね。

 

 “その時”が来たら、ツクヨミ、アンタはどうしたい?

 ゲイツと一緒にオーマジオウと戦うに決まってる――ね。聞くまでもない答えだったか。

 

 じゃあやっぱり教えておかなきゃね。

 

 何故どの代の仮面ライダーにも、必ず傍らに支援者となる“女”が居たのか。

 “乙女”が“仮面ライダー”に寄り添う、その意味を。

 

 

 

 

 

 仮面ライダーの力の源を“クロス・オブ・ファイア”と言う。これはこの前、教えたね?

 

 ――炎の十字架。悪から生まれたという罪の証。

 

 私たちライダーは、怪物や怪人を生み出す力と源泉を同じくしている。仮面ライダーは“怪人のなり損ない”だと言った怪人も過去にはいたくらい。

 

 レジェンドライダーの中には、敵である怪人に自ら望んで成り果てた方々もいたでしょう? 仮面ライダーを一つの生命種と捉えるなら、むしろそれが正しい進化の系統樹なの。悪を以て悪を制す、なんて人類には1000年ほど早すぎたんだから――

 

 仮面ライダー(わたしたち)は生まれながらの罪人。

 変身した瞬間、ライダーはクロス・オブ・ファイアに焼かれる。そういう運命。

 

 ――本当はまともに教えられるような口承じゃないんだけど、時間の強制力は邪魔しないみたいだし、アンタには教えておくね。可愛いツクヨミ。

 

 仮面ライダーがクロス・オブ・ファイアから逃れる手段が、実は一つだけ、ある。

 

 ここで仮面ライダーの傍らに存在する“乙女”にクローズアップ。

 

 あとはシンプル。仮面ライダーの傍らに立つ“女”は、自ら原罪の十字架に飛び込んだも同然。

 彼女たちはクロス・オブ・ファイアをライダーに替わってその身に受ける。そうすることで仮面ライダーが負うはずだった非業の運命を軽減する。

 

 この関係性と補正効果を、私のダンナはこう名付けた。

 

 ――“ラ=ピュセル”。

 

 由来はフランス史を紐解けば言わずもがな。聖霊の子のごとく十字架に括られ、炎に焼かれた聖なる乙女――あ。まだ世界史じゃそこまで教えてなかったっけ。ごめん。

 

 ……ラ=ピュセル効果を受けられず死んだ仮面ライダーもいれば、仮面ライダーのラ=ピュセルとなることで乙女自身がとんでもない不遇をかこったこともあったんだって。

 

 レアケースだけど、バカ高いラ=ピュセル効果を発揮して、乙女自身も仮面ライダーたちもみんなグランドフィナーレって世代も、あるにはあるよ?

 

 女の仮面ライダーが少ないのもこれに関係してる。

 

 変身しようとして失敗するのだって、ある種の救済措置なのよ。

 女ライダーの場合、クロス・オブ・ファイアのクッションになってくれる“乙女”が居ないんだから。

 大抵は原罪に焼かれて非業の死を遂げる。

 有名どころだと、そうね――レジェンド3世代目のファムが最初かしら?

 

 戦乙女でも仮面ライダーにカウントするかは今なおあやふやなわけよ。

 

 話を戻そうか。

 

 ツクヨミはゲイツが仮面ライダーになっても一緒に戦うと言ったね?

 

 なら、ツクヨミ。アンタはゲイツを焼くクロス・オブ・ファイアに、代わって我が身をくべていいと思える?

 ゲイツの苦境と非業の運命を肩代わりする覚悟は、ある?

 

 

 

 

 

 

 

 …………。脅し過ぎた、かなあ。

 帰る時のツクヨミの顔色、あんまり良くなかった……

 

 あーあ。教える側って、ほんっと損な立場。

 ――ねえ、あなた?




 「仮面ライダーシリーズに必ずヒロインがいるのは何故か?」をメタとネタを混在させて屁理屈にした話でした。

 例として挙げたラ=ピュセルはどのライダーのヒロインに該当するのか、振り返ってみるのも楽しいかもしれません――と読者様に無茶振りをしてみる。

 そしてジオウではヒロインのツクヨミ。最終的に彼女はソウゴとゲイツ、どちらのラ=ピュセル(ヒロイン)になるのでしょうか?
 こればかりは作者も原作放映正座待機でございますよ。わくわく。


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Möbius4 カプセル・ラブ2060

 ※劇場版ジオウを観て帰ってきた直後に仕上げたブツです。
 ※がっつり映画のネタバレあります。
 ※でも連載の根幹を部分的に明かしています。
 ※つまり上げるしかないわけですorz


 前に、憧れの仮面ライダーが誰かって話をしたね。

 アンタたちには分からない昭和(グレートダッド)世代の昔話ばかりしてきたから、今日は特別に平成(レジェンド)ライダーのことを教えてあげよう。さあゲイツ、何でも聞きなさい。

 

 はしゃいでる? 私が? ……そう。一般人の感性では、こういう態度と気分のことを「はしゃぐ」って言うんだ。私もなかなかどうして慣れないね。

 

 そうよ。はしゃいでるの。何でかというと、何日か前に、また、ダンナから手紙が来たから。

 

 え? ゲイツ、何でそこで固まるの? 私、既婚者の経産婦だって言わなかった?

 

 ダンナはダンナよ。私の夫。――といっても、婚姻なんて社会制度は廃れて久しいし、仮に制度が機能してても、“私”じゃあの人の正式な“妻”とは認められなかったでしょうね。私は出自がアレだから。

 

 そうでなくても、私たちは二度と逢えない。

 そうと分かった上で結婚した。

 短い夫婦生活だったよ。今となっては、こうして不定期で届く“ラブレター”だけが、私とダンナの唯一の接点。

 

 今回届いた手紙の内容が新しい平成(レジェンド)ライダーについてのことだったから……ああ、そうか。

 私、自覚してなかっただけで、口実を付けて言いふらしたかったんだ。嬉しすぎて。

 これは「はしゃいでる」と取られてもしょうがない。ごめんね、ゲイツ。私の一方的なノロケに付き合わせようとして……

 

 ――怒ってないから話を聞きたい?

 

 こンの~! もぉー、かわいい奴めっ。

 で、どのレジェンドライダーの……

 ……、……私?

 

 いや、うん、まあ、今まで煙に巻いてたのは認めるけど。

 前にも教えてあげたでしょ。あれ一回こっきりで終わるくらいに淡白で、ドラマチックな体験談とかなかったよ。本当に。

 

 ……泣き顔はズルイぞ、ゲイツ。

 前にも言ったでしょ。涙を流してなくても、それは泣いてる顔なんだって。

 男の泣き顔には弱いんだよ、私。

 

 しょうがない。何だっけ? アンタの言う“夢の中で消えた私”に代わって、慰めてやりますか。

 いずれはアンタもライダーの力を手にするんだしね。

 ただし、予習がてらの範囲しか教えないから、そこは気長に期を待つこと。正式に決まったらたーっぷり実戦で直で叩き込んであげるから。

 

 しかしゲイツも変な夢見たもんだね。

 私という仮面ライダーを誰も知らない、明光院ミトが存在しない歴史、ねえ。

 ははっ、そんなんオーマジオウが健在の限りありえないっての。私は魔王と闘うために産まれた仮面ライダーなんだから。

 あ。ってことは、オーマジオウが存在しなかったら、私って産まれてないわけか。タイムジャッカーの目論見のどれかが成功したら、そういう歴史もアリっちゃアリだわ。

 

 ………………、……そうか。あの手紙の内容は……

 

 前言撤回。ゲイツ。ジクウドライバーで変身する仮面ライダーについて、とりあえず基本性能から教えてあげる。変身に使用するウォッチがどんなものかはまだ決まってないから後回し。

 

 ただし、これだけは覚えておきなさい。

 例えそれが現在を善くするためだとしても、決して過去の歴史を改変しちゃいけない。私たち人間が変えていいのは、これからの未来だけなんだよ。

 

 耳にタコ? 知ってる。あえて言った。そこを弁えないなら今後私の指導は受けられないと思いなさい。

 

 よーし、いい子だ。

 そうと決まったら、ほれ。私のドライバー。貸したげる。

 最初に覚えるべきは、手元を見ないでウォッチを正確に装填することだよ。

 

 

 

 

 

 よろしい。今日はこれまで。お疲れさん、ゲイツ。

 

 初めての割には上出来――なんて、言ってもらえると思うてか!

 変身ポーズがただのパフォーマンスだと思ってるのが透けて見えたよ。

 

 つまり、ゲイツ。私が毎回、生身でオーマジオウのど真ん前に立って、わざわざ隙だらけのキレッキレな変身ポーズ決めてるのは趣味だと。アンタはそう思ってたわけね。

 

 じゃあ宿題。仮面ライダーの変身プロセスの意味と理由を、次のトレーニングまでに考えてくること。以上、解散。

 

 

 

 

 

 ――、ゲイツは戻ったね。

 ふう……あー、お星様がきれい。私、今日も生きてるー。

 

 ……ねえ、あなた。今日()()()()()()記録(てがみ)はさすがにきつかったよ。

 

 「仮面ライダーはテレビの中の絵空事」――とかさあ。

 このティードってタイムジャッカー、性格は知らないけど、私は絶対お近づきになりたくないね。私たちの闘いを虚構(フィクション)に置き換えてくれちゃって、敵ながら天晴な着眼点。毎回死ぬ気で出撃してるレジスタンスの身にもなりなさーい。

 

 この記録で最後じゃないよね?

 

 今日までに届いたあなたの手記は、若いジオウとアナザーライダーを巡る出来事だけ。戦端が開いたばかりの頃のものしか見つけられていない。

 その文脈に添うなら、これからも届く宛てはあるって――あなた()()との繋がりは途切れてないって、信じたい。

 

 まだ終わりじゃない。私も、ゲイツやツクヨミたちも。あなたも、あの子も。そして――世界も。

 

 

「――――(かず)()……っ」




 読んだな?|д゚)チラッ よし、読んだな?|д゚)チラッ

 劇場版FOREVERサイコーでしたーーーーー(≧▽≦)!!!!
 キャストバレはしません。ただし一言。
 同胞(ファン)たちよ、映画館で泣くがよろしい!( *´艸`)
 そして帰宅後、立て続けに第16話を観て、「よし展開を巻こう」と決意しました。

 ぶっちゃけ、鎧武の頃ほどリアタイ連載ができるほど、自分も若くないと気づいてしまいまして。
 なのでもう、自分の体力とモチベーションが保てる内に、オリジナル設定はご開帳してしまうことを決めました。
 最小の被害でも原作破壊、最悪は打ち切りと思ってお付き合いくださると助かりますm(_ _"m)

 メリークリスマス! byあんだるしあ(`ФωФ') カッ


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Möbius5 仮面ライダー“4号”は誰だったのか?

 ゲイツ。ただいま。いい子にしてたかー?

 ガキ扱いするな? 残念、これからもコドモ扱いはしーまーすー。アンタが煙たく思おうが、私にとってアンタは“我が子”だもの。じゃあ稽古でライダーキックやめろ? それとこれとはまた別問題♪ ってね。

 

 それより、これ。ハイ、お土産。

 驚いたか。アンタが欲しがってた、平成(レジェンド)ライダーのライドウォッチよ。レジェンド16・ドライブのね。

 

 ん? ああ、盗んできた。オーマジオウとの戦闘中にこう、取っ組み合い? みたいな態勢に入った時に、ライドウォッチホルダーから蹴っ飛ばして、落としたとこをお持ち帰り。こら、ドン引きしないでよ。

 

 昭和贔屓な私ですが、平成ライダーの力に頼らないとは言ってません。

 欲を言うならレジェンド4・555のウォッチが欲しかったんだけど、そこは時の運よ。ドライブも全く狙い目でなかったって言えば嘘だし。

 

 いや、5世代目じゃなくて。555はレジェンド4世代目の仮面ライダー。ツクヨミもだけど、そこよく間違うわね、アンタたち。

 名前が「5」だから間違えやすい? まあ、そう言われたらオシマイだ。

 

 ……私は、555が4番目なのは、皮肉なくらいドンピシャだと思うけどね。

 

 何でかを話し出すとまたグレートダッドライダー関係になるけど、聞いてく?

 そっか――よし。じゃあ話してあげましょう。

 

 その前に、ゲイツ、昭和の“10人ライダー”を言えるだけ言ってごらん?

 1号、2号、V3、X、アマゾン、ストロンガー、スカイライダー、スーパー1、BLACK、RX。――うんうん、正解よ。

 んじゃ、次は変身者諸兄、行ってみようか。

 

 お、自力で気づいたね。えらいぞ。そう、()()()()()()のよ。

 あ、電波人間タックルはカウントしちゃだーめ。ストロンガーが怒るから。

 

 では、仮に()()()()()()4()()とするけど、そんな仮面ライダーはそもそも存在したのか? 答えは×(ペケ)。グレートダッド4は、昭和ライダー史では欠番扱いよ。史実上はライダーマンを迎えて10人ライダーとすることが多かったみたいだけど。

 

 とまあ、ここまでが表向きの歴史。ここからは大人の事情のお時間です。

 

 ここでレジェンド4・仮面ライダー555が重要なライダーになってくる。

 そのまさかなのさ、青くなってるゲイツ君。私はね、555こそが“仮面ライダー4号”だったんじゃないかと考えてるの。

 

 どんな生態系にも進化の階層構造がある。仮面ライダーと敵対する怪人だって例外じゃない。

 というか、仮面ライダーと怪人は同じピラミッド構造の中に属する。

 この進化の頂点を、ある怪人幹部は「イドの怪物」と称した。

 そして、過去に出現した莫大な怪人たちで、この“イド”へ至ったのはショッカー大首領のみ。

 

 ……この歴史の証人になれる者は、私と仮面ライダーゼロノスと、ある一人の男。いいえ、ここはあえて、一名の男、と言っておこうか。

 

 今から私が話すことは、他の大人たちには内緒。私とゲイツだけの秘密にしなさい。

 

 私が幸運にも立ち会った一度きりの平成(レジェンド)

 いくつかの世代を跨いで仮面ライダーたちが交錯した死闘。

 

 2015年4月4日。

 ショッカーの歴史改変マシーンのせいで、その一日は永く新しい明日というものを迎えなかった。

 

 昭和(グレートダッド)ライダーからシンドロームを授かって帰還するだけって時に、私のタイムマジーンはその歪みで立ち往生。

 当時の私は、現役のほうのゼロノスに拾われてドライブたちに合流して、なし崩しに共闘した。羨ましいでしょー?

 ……状況は過去最悪だったけどね。16歳の小娘だった私にとっては。

 ライダー・シンドロームを授かっていてさえ、いや、授かったからこそ八方塞がりだった。オーマジオウとの決戦じゃなく、あの場で(シンドローム)を開放すべきかと本気で悩んだくらいに。

 

 もうお察しよ。その歪んだ時間の中での闘争によって、仮面ライダー555はイドの怪物(ショッカー大首領)になった。

 555はレジェンド4に序されたがためにイドへ昇華し、イド・ファイズとなった己をも滅ぼしたことで、グレートダッド4を冠する仮面ライダーとなってしまった。これは果たして悲劇か喜劇か。

 

 

 ―――。

 ―――――ぷっ。

 あはははははっ!

 

 ゲイツってば、もしかして本気にした? ざーんねんっ。9割は私の憶測で妄想で願望さ。1割は、まあ、事実だよ。そこは伝説に誓って嘘言わない。

 

 どこが事実の1割分だったかは、まだ教えてあげない。ゲイツがもうちょっとだけ逞しくなるまで、お預け。

 

 

 

 

 

 うーん……

 最後で手の平を返したとはいえ、まさかドライブウォッチを叩き返されるとは。私にも想定外だったわ。

 コレは後日、ゲイツの機嫌が直ってから改めて渡さなくちゃ。

 ――そうしなければ、“あなたたち”に合わせる顔がない。

 

 

 “仮面ライダー”が正しい進化のピラミッドを辿り“イドの怪物”を生み出すシステムへ立ち返った、始まりの年のライダー。レジェンド4・555、乾巧。

 

 “仮面ライダー”の定義が“正義の戦士”でなくなりゆく時代の過渡期、「最初から人類を護るために存在する者」としてシステムを刷新したライダー。レジェンド16・ドライブ、泊進ノ介。

 

 過酷な闘争だったのに、あなたたちと“くり返す時間”の、なんと輝かしかったことか。

 

 

 宙に指をかざして無形の数字を描く。

 

 “4×4=16”

 “16÷4=4”

 

 はてさて。

 ねえ、巧、進ノ介。本当の“仮面ライダー4号”は、あなたたちのどちらだったのだろうか?



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Möbius6 運命の女には顔が二つある

 どうしてもソウゴ幼少期のネタバレ前に上げねばならんと思った。
 「過去編?」に投稿しましたが、ある意味2019年編でもありますたい。


 どしたの、ツクヨミ? ゲイツなら見てないけど。……え、私だけに用事? 前に話したこと?

 ――フム。これは女同士の内緒話の流れね? よーし、こっちいらっしゃい。

 

 さて。じっくり聞いてあげるから、言ってごらん。

 

 ――――――はい?

 

 えーと……

 ごめん、ツクヨミ。いっこ聞かせて。

 

 私は仮面ライダーの乙女(ラ=ピュセル)の位置づけと意味を教えたんだったよね。

 そこからどうして「わたし、ゲイツとケッコンする!」って台詞に着地するの?

 

 いやまあね、うん。歴代乙女(ラ=ピュセル)の中には、レジェンドライダー諸兄と恋仲になった人はゼロじゃないよ。結婚までゴールインしたって記された史料もいくらか残ってる。

 

 だからってね、最初っから恋し合う男女としてスタートしなきゃいけないわけじゃないんだよ!?

 

 お願いツクヨミ、自分を大事に! 私みたいなろくでもない出自の女ですら、ちゃんと好きな男と結婚できたんだから!

 アンタは間違いなく美少女に育つし、その頃には器量良しの引く手数多だから! せめてそれから考えよう!? ね!?

 

 って、揺さぶり過ぎた!? あわわわっ、ツクヨミ、帰っておいで~っ!

 

 

 

 

 

 ……はい、スイマセン。揺さぶってゴメンナサイでした。反省してます。

 

 でもよかった。ほんっとよかった。事前に私に相談しに来てくれて。

 ゲイツにさっきの宣言まんましようもんなら、私が「娘が欲しくば私を倒せ! 変身!」モードになってたし、あとから動機が「ゲイツの乙女(ラ=ピュセル)になるため」だって聞いたら卒倒してた。

 

 「娘」で合ってるよ? 私的には。今日までどいつがアンタを育ててきたとお思いかネ?

 ――そこで照れ顔されると、なんか私まで照れくさくなってきちゃうんだけど。あはは。

 

 んー、そうだなあ。

 

 私もラ=ピュセル補正に興味を持って、あの時点で手持ちの史料をざっとおさらいしたんだ。

 読み込んでみると、はて、おかし。確かに“仮面ライダーに寄り添う乙女”に違いないのに、むしろ不吉な運命を呼んでないか? と思えるポジションの女性が何人かいたのよ。

 最初は単に、そのレジェンド世代には乙女(ラ=ピュセル)に該当する女性がいなかっただけと片付けた。

 疑問が再燃したのはレジェンド3・龍騎の代の史料が()()()から。

 

 そこで私は、ダンナ様を真似して、一つ仮説を立ててみたわけです。

 

 ねえ、ツクヨミ。「ラ=ピュセル」の名前の由来は覚えてる?

 オルレアンの聖女。その通り、正解です。

 

 聖なる乙女がいるなら、対となる魔性の女だっているのでは?

 その“魔女”は仮面ライダーが背負うクロス・オブ・ファイアをより強めてしまうのでは? もちろん、本人の望むと望まざるとによらず。

 

 そんな存在を、私は“ファタール”と呼んでみることにしました。

 

 そりゃあ初めて聞く単語でしょうよ。教えてないから。これ、フランス文学史が元ネタだもん。ピンポイントにも程があるじゃない。

 ……それにさ、紙の本なんて、こんな時代じゃ手に入りっこないもん。読みたい、知りたいと思っても、持ってきてあげられないから。ごめん。黙ってやり過ごそうとした。

 

 ――ファム・ファタール。和訳だと「運命の女」が多かったそうだけど、運命は運命でも、それは破滅のめぐりを意味する。

 

 “彼女たち”は望んでファタールになったわけじゃなかった。むしろ愛されすぎたがためにファタールに祭り上げられた。

 クロス・オブ・ファイアを緩和するどころか、逆にそれと知らず火力を強める存在になってしまった。

 少なくとも私にはね、“彼女たち”がそう見えたのよ――

 

 

 前置きが長くなったけど、そうね。ツクヨミ、こっちにおいで。

 はい、捕まえた。ぎゅー。

 

 ――アンタはラ=ピュセルにもファタールにもならなくていい。

 レジスタンス所属で何言ってんだって感じだけど、平凡な女の幸せを得て生きてってほしいよ。

 

 親心ってヤツだよ。もぉ、言わせんじゃないっ。ふふ。

 

 …

 

 ……

 

 …………

 

 トリガーにかけた指を、ほんのひと瞬きの間だけ押し留めた、ささやかな回顧。

 

 

 ねえ、ミトさん。

 私、若いオーマジオウの“乙女”なんだって。友達がそう言ってたの。

 

 どちらにもならないで、ってミトさんは言ったね。――ごめんね。

 

 でも、()()()()ことで未来が変えられるなら。

 私はソウゴの運命の女(ファタール)になったって、いいよ?

 

 

 きっと口元をいびつな笑みに歪ませて。

 私は、ファイズガンのトリガーを引いた。




 「過去編?」に「?」と銘打ってる時点でお気づきの方もいらしたかもしれません。
 過去編は最初から現代編とリンクさせるために書いてきたのでした。
 もちろんこの1回のみならず、今後も隙あらば現代編への伏線となります。そこらへん誤魔化すためにミトさん一人称を貫いたんですから。

 ラ=ピュセルが仮面ライダーへの不運を肩代わりする乙女ならば、ファタールは文字通り仮面ライダーを破滅させる女です。
 メタなぶっちゃけをすると「ヒロインこそが戦いの元凶だった」パターンですね。
 龍騎世代の史料が後になってから“届いた”のは、2019年編にあったように、計都教授の編纂作業が難航したからです。ここもちゃんと繋がってます。


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Möbius7 隊長と教官と胡蝶の夢

 ※拙作では夏映画の設定を反映しません。
 ※作者もうっかり書きたくならないよう、連載終了までは劇場版ジオウを観に行きません。
 以上の事情により、コメ欄でのネタバレをご容赦頂ければ幸いですm(_ _"m)


 これはまた……珍しい人がお訪ねですこと。

 

 でも残念。もてなそうにも酒も肴も持ち合わせがない。

 というかこの時代にはそんな贅沢な嗜好品、概念からして存在しないけど。

 

 いや、泳ぐほうの魚じゃなくて。

 酒が飲料だった時代での、一緒に食べる定番メニューをそう呼ぶんだってさ。こういう字を書くんだけど。

 

 いけない。脱線した。

 ごめんね、私の悪い癖が出た。いつになったら昭和にいた頃の感覚が抜けるんだか。

 

 それで? 明日からスパイとしてオーマジオウの下に潜入予定の隊長どのは、私などにどんなご用でいらしたのかしら。

 私でいいならお付き合いしますよ、ウォズ隊長。

 

 失敬な。私がアナタを茶化す意味で「隊長」と呼んだ時なんて一度もありません。

 事実、アナタは信頼できる指揮官じゃない。

 明日から長く不在ってことで、ゲイツもツクヨミも割と不安がってるの、気づいてない?

 

 って、私が人を褒めたら雪が降るってどういう理論展開なの。ねえちょっと。

 

 

 

 

 夢見が悪くて寝付けない?

 

 その夢の中で、アナタはこの部隊の隊長じゃない、そもそもレジスタンスでもこの時代の人間でもなく、時の管理者とかいう組織の一員だと。

 

 ん、笑わないよ? そりゃあ他人からすれば「どうせ夢じゃん」だとしても、見た本人はその瞬間を“体感”してる。私からすれば軽く笑い飛ばすほうがマジョリティってとこに納得いかない。うん。

 

 ――――。

 

 ウォズ。『胡蝶の夢』って知ってる? 夢の中の自分が現実か、この現実こそが夢なのかっていう故事。認識論の最古の喩え、だっけか。私も記憶が怪しいな。

 

 要は、アナタにとっての“現実”は、ここの部隊長と、どの時空にも地に足のついてないクォーツァーってのと、どっちなのかってことよ。

 

 そんなぶっ飛んだ夢を見るくらいに現実に耐えられないってアナタが言うなら、それは聞き逃していいサインでは断じてない。

 オーマジオウの密偵を交替できないか、本部に掛け合いに行こう。今からでもすぐに。

 

 ――任務内容そのものは覚悟完了してる、と。

 じゃあ忘れて。年増教官の冷や水だった。

 

 へ? 何で今さら、私の既婚歴を確認するの? 何かにつけて、夫と娘が一人いるって言い触らしてるのに。

 

 いくら夜が明けたら命懸けの任務に出かけるからって、その線引きは守るからね、私は。一夜限りの過ちとかアナタが相手でもナイナイ。私の操はダンナ様に立ててるの。

 

 それに、不安をごまかすために惚れてもない女に手ぇ出したって、あとから空しいよ。

 

 そういう“初モノ”は男女問わず大事にしろって、昭和で会ってきたグレートダッドライダー諸兄に耳タコってくらい言われたんでね。

 

 出来るって。ウォズにも必ず、“大事な人”が。いつかは分からないけど、絶対逢うの。

 

 だって、ひとがこの世に産まれてくるのは、運命の人に逢いたいからなんだから。




 「逢いたいから産まれてくる」
 みと母娘の数少ない共通項。この世に人が産まれるのは何故か? のアンサー。

 お察しとは思いますが、今回はウォズがまだレジスタンスの隊長だった頃のエピソードです。任務的には決戦前夜って心境です。
 拙作に限り、ウォズが原作とも劇場版とも異なるポジションであることが伝われば幸いです。
 公式でもウォズって不思議なくらいに女っけないですからねー。こういう場でくらいはね。
 ちなみに部隊での地位は、ミトさんよりウォズが上です。


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Möbius8 明日あれと願う心の徒の梅

 実はM4の続き物かもしれない?


 ふーむ……ふむふむふむ。

 

 よろしい。ひとまず及第点としようか。

 前に出した課題の「変身プロセスの意味と理由」、ゲイツなりにすっっごく! 考えに考えたのは、よく伝わったから。そこの色を付けてってことで。

 その色も、ツクヨミに手伝わせてなきゃもうちょい高かったんだけどね~。

 

 じゃあ、一つ一つおさらいしつつ、課題の答え合わせと行こうか。

 

 

 着眼点がグレートダッド8・仮面ライダースーパー1ってのは、正しい。まさに私も彼からインスピレーションを得て、いつものキレッキレなポージングで変身してるわけだし。

 

 仮面ライダーへの“変身”において欠かせないのがスペルとポージング。

 ……レジェンド6・仮面ライダー響鬼はスペルなしでもやれてたんだから、それはそれで当時の新機軸なんだけど。まあ、スペルの重要性はまた次の機会にね。今日はあくまでポージングの勉強だ。

 

 

 スーパー1は本来、改造した肉体と直結した研究所のシステム、つまり外部からのコマンド入力がなければ仮面ライダーに変身できない設計だった。

 その研究所がドグマに壊滅させられたスーパー1・沖一也は、『梅花の型』という古武術の技を修行して会得し、自分の意思で変身を遂げた。

 

 そう。自分の意思で。そこよ、重要なのは。ゲイツが考えた通りにね。

 

 研究所が潰れて変身できなくなった時点で、スーパー1は、例え“フリ”だろうと、『ただの人間』として生きることもできたの。けれど彼が選んだのはドグマと闘う道だった。

 

 私は沖一也とじかに会って言葉を交わす機会に恵まれたから、まさしく聞いてみた。「なぜ人間()()()のために自分を痛めつけるほど頑張れるの?」ってね。

 

 驚いた? あははは。

 告白しましょう。当時16歳だった私は、“人間”という種が好きじゃなかったのだよ。

 

 ん? 何でかって? それこそオトナになりかけの若者が誰しも通る人生の難題よ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 若い私はその辺の情操教育をおろそかにして、戦闘能力だけを磨いた。

 確かに当時の私は優秀な兵士だったでしょう。けれど、決して優秀な戦士ではなかったんだよ……

 

 

 話を戻そう。

 

 さっきの質問をしたのはね、スーパー1が固有兵装ファイブハンドの交換と強化を行ったばかりの時だったの。

 新しいファイブハンドは威力こそ上がったけど、使うたびに腕に激痛が走るなんてシロモノになっちゃってね。

 肉体の7割を改造した人間にとっての「激痛」がどれだけのものか、想像がつく? 少なくとも私は出産くらいしか心当たりがない。

 

 スーパー1はこう答えた。

 

 

 ――“こうしている間にも、ドグマの犠牲になっている人たちがいるんだ”――

 

 

 若い私にはやっぱり理解できなかった。どうしてそこまで身を粉にする必要があるのか。仮面ライダーが立ち上がらなければならないほどに、人間に守る価値があるのか。

 

 今ではこう思うの。

 スーパー1にとっては、そもそも人間の生態や美醜なんて二の次だった。そんな難しいことを沖一也は考えていなかった。

 悪によって犠牲にされている誰かがいる。立ち上がる理由なんて、それだけで充分だったじゃないかなって。

 

 選んだ理由は単純で、その選択は途方もなく重かった。

 

 仮面ライダーの変身にスペルとポージングは欠かせないイニシエーションだと、私は過去に教育された。私にとってはそう教わったからなぞってきた、それだけのことだった。

 

 どのライダーも同じく思っているかは分からない。

 

 それでも私は、スーパー1の梅花の型が、仮面ライダーの変身のポージングの由来だというロマンを夢見ていたいんだ。

 

 

 ゲイツ。そう遠くない日に、アンタも仮面ライダーになる。そうなった時、前線に立つとアンタが自分で決めたなら――オーマジオウのど真ん前で、最っ高のポージングをキメて魅せなさい。これは俺が選んだ闘いだ! ってね。

 

 

 …………

 

 

 ……

 

 

 …

 

 

 ―――ああ、ミトさん。あの世で見ててくれよ、俺の師匠。

 

 常磐ソウゴは仮面ライダージオウになることを選んで変身した。これが己の選んだ道だと、生まれた時から決めていたことだと言って。

 

 それなら俺は、今ここで、常磐ソウゴを魔王にさせないために闘うことを自ら選ぶ。アンタの言いつけ通り、オーマジオウのど真ん前でキメてやるさ。

 

《 GaIZ 》

 

「変身」

 

《 ライダー・タイム  カメンライダー  GaIZ 》

 

 アンタの鎧を四肢に帯びて。アンタの教えを胸に燃やして。

 俺は、仮面ライダーになる。

 

『行くぞ! オーマジオウ!』




 出典『仮面ライダースーパー1』第18話

 ラストのゲイツ視点のシーンは、皆さんもうお分かりでしょうが、ジオウ本編の記念すべき第1話です。
 放映当時に同志(ファン)の皆さんからよく声が上がったんですよね。「ゲイツの変身ポーズ、キレッキレやなww」的なのが。演者さんも第一話なのによくあそこまでキメたものだと、作者も思ったものでした。しみじみ。

 そしてこれまた同志(ファン)とのライダートークで、このスーパー1の18話を勧められたので視聴して、「これやあああ!!('Д')」と雷落ちて、こうして文にした次第です。

 「過去編?」が現代編とクロスするパターン、その2でした。


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2018年編
Syndrome1 桜前線異状アリ


 物心ついた頃には、銃を握っていた。

 

 俺にとって、オーマジオウはいつだって、赦しがたい悪であり、絶対的な魔王だった。

 戦場で上がった鬨の声が、オーマジオウによって全て悲鳴と絶叫へ変えられた様を、何度この目に映しただろう。

 

 レジスタンスの構成員は日を重ねるごとに死傷者を増していった。

 俺の師匠であった人も、オーマジオウに挑んで、散った。

 

 ――2068年9月。

 レジスタンスが何十回目かの敗走をしてから、どうするの、とツクヨミに問われた俺は、答えを迷わなかった。

 

「時間を超えて、歴史を変える」

 

 まだ幼かった俺やツクヨミに、師匠は言った。

 例えそれが現在を善くするためだとしても、決して過去の歴史を改変してはいけない、と。

 

 

 “私たち人間が変えていいのは、これからの未来だけなんだよ”

 

 

 アンタの教えを守れなかった不肖の弟子を、許してくれ。師匠――明光院ミトさん。

 口にはしないで胸中で唱えてから、俺は赤いタイムマジーンに搭乗した。

 

 

 …………

 

 

 ……

 

 

 …

 

 

 2018年9月。

 高校の二学期が始まって最初の進路指導面談で――

 

「俺、王様になります!」

 

 きっぱりはっきり、弁護のしようもないくらい途方もない希望を述べた生徒には、どう対処すればいいのでしょう?

 教職人生4年ぽっちの私――(おり)()()()には、さっぱり分かりません。

 

「――常磐ソウゴ君」

「はいっ、美都せんせー」

 

 彼含め生徒にはちゃんと「織部先生」と呼ばれたいんだけど、光ヶ森高校に赴任してからはこのアダ名で定着してしまった。やめて、と言い張るのも教師として威厳がないように思えるし。悩みの種の一つです。

 

「常磐君はどうして『王様』になりたいんですか?」

「世界を全部良くしたい。みんな幸せでいてほしい。そんなことを思ったら、王様になるしかないじゃないですか!」

 

 常磐君の理想は真剣であり、それを本気で進路にするくらいにいい子であることは、クラス主任として知っている。

 

「常磐君の『王様』は具体的にどのようなことをする人ですか? 環境保全? 災害復興? エネルギー資源開発? 医療の発展? 戦争の根絶? 国際交流? 後進国の援助? ハンディキャップのある人たちの支援? 政治改革?」

 

 そ、それは、と常磐君は言葉を詰まらせる。

 

「全部やりたい……じゃ、ダメ、ですか?」

「ダメではないですよ。むしろ全部やろうと本気で思っているならすごいことです。ただ、なりたい自分になってから、さあ何をしよう? とやっと考え始めるようじゃ、先生も手助けのしようがないんですよ。――次の面談までの宿題にしましょうか。常磐君が『何をする』王様になりたいのか、調べて考えて、具体的なヴィジョンを描けたら、それを先生に教えてください。自力で分からないなら、先生も全力で知識提供とアドバイスしますから」

「分かりました! ありがとうございます、失礼しました!」

 

 常磐君は足取り軽く進路指導室を出て行った。

 私も、間続きになっているドアから職員室へ戻った。

 

 自分のデスクに座って、スケルトンの懐中時計のスタンドを開いて机の上に立てかけた。

 

 正面席の伊賀先生から声がかかった。

 

「お疲れ様です、織部先生。職員室まで聞こえましたよ。常磐には手こずらされますよねえ」

 

 そうおっしゃる伊賀先生は、確か2年生の時の常磐君のクラス主任でしたっけ。

 

「2年生の時も、常磐君の進路希望は『王様』だったんですか?」

「2年どころか一年の時から。高校入学から常磐は一向にブレてませんよ。俺は、せめて大学には行けってずっと言ってたんですが、常磐の奴は聞く耳持たずでして。……なんか、すいません。ツケを織部先生に押しつけた形になっちゃいましたね」

「伊賀先生の謝ることじゃないですよ」

「はは。これはご丁寧に。――それじゃあ俺はこの辺で。部活の指導に行きます。お疲れ様でした」

 

 伊賀先生は物理の小テストの答案を片付けると、帰り支度をして職員室を出て行った。伊賀先生は空手部の顧問でもあるから、道場に向かって、空手部の活動が終わったら直帰するんでしょうね。

 

 私はどうしましょう?

 今日の出席簿は集計して、欠席の生徒のお家には連絡した。

 日直の生徒が書いた学級日誌は、もう読み終わって一言欄にもコメントを書き込んだ。

 

 他には……

 そうだ。クラスの生徒の生活ノートのチェックが途中になっていたので、それを再開することにしましょう。

 

 他の先生方は、生活ノートを小まめに読んでコメントを書き添えるなんて「じきにやる気をなくしてスルーするようになる」と言ったけれど、私はこの方針。

 だって、たくさん勉強して努力したのにプレッシャーで潰れて試験や面接に落ちる、なんて生徒がかわいそうじゃないですか。その兆候が生活ノートに書いてあったとしたら、クラス主任として悔やんでも悔やみきれませんもん。

 

 立てた懐中時計の針を見やる。うん、時間にはまだ余裕がある。頑張りますか。

 

 

 

 

 

 

 生活ノートをやっつけた頃には、窓の外はとっぷりと暗くなっていた。

 スケルトンの懐中時計を見ると、針は20時30分を指していた。

 

 職員室に残っているのは私だけ――かと思いきや。

 卓球部顧問の清水先生が戻ってきた。もとい、駆け込んだ。

 

 清水先生は私を認めるなり、小走りで私の前まで来て身を乗り出した。

 

「織部先生! 私がいない間に電話かかってきませんでした!? 本間から!」

「い、いえ。この一時間、電話は一本もありませんでした」

「そう、ですか……」

 

 卓球部の本間弘也君は私のクラスの生徒である。今日の帰りのHRでも、本間君には特に変わったことはなく、普通に室内競技棟に向かっていたのを見かけた。

 

「本間君がどうしたんですか? 何かあったんですか?」

「それが……家に帰ってないとかで。私も知ったのはついさっきですけど……親御さんから部活仲間の家に連絡が行って、その家の子のLINEで部員に話が広まって……部員が手分けして探してて、その中で学校に確認しに来た部員が私のとこに来て、『学校に残ってないの?』って……」

 

 清水先生は項垂れた。

 

 私は隣の席のオフィスチェアを引いて、清水先生に座るよう勧めた。清水先生は「すいません」とそのオフィスチェアに腰を下ろした。

 

「学校に戻ったという部員の子は?」

「別の場所を探すとかで、すぐに帰ってしまいました」

 

 卓球部の部員たちは上から下まで団結力が強い。突然いなくなった本間君を探すのは納得できる。いい子たちだと思う。

 でも、夜の街を未成年の子たちが駆け回っているのはよろしくない。

 

「清水先生。落ち着いてください。とりあえず、卓球部の生徒たちは、帰宅するように伝えたほうがいいんじゃないでしょうか。探してくれるのはいいことですけど、真夜中は生徒が危険だと思います」

 

 本間君を探す過程で、別の部員が事故や事件に遭ったら二次災害になってしまう。心根の良さが裏目に出るのが夜って世界だから。

 

「はい――はい。そう、ですね」

「私は卓球部全員の連絡先を知らないですから、清水先生、お願いします。本間君の親御さんには私が電話しますから」

「すいません。お願いします、織部先生」

 

 清水先生はオフィスチェアを立つと、早歩きで自分の机に行って、電源を入れたPCから学校連絡網サービスを起ち上げた。

 

 私は本間君宅の電話番号をプッシュして受話器を持ち上げた。

 一方的なメッセージ送信より、親御さんと直接会話したほうがいいと思った。必要なら警察に捜索願を出してもらうことも視野に入れて話し合おう。

 

 

 

 

 

 

 

 土日が明けて月曜日が来た。

 

 本間弘也君は元気に登校して、今は教室で、授業(私の担当教科は日本史Bです)を受けている。

 

 ――保護された本間君は、交番で「なんか赤くて青い怪人に襲われて、そのあとは何も覚えてない」と証言したそうです。

 変質者でも通り魔でもなく、怪人。その言い回しが引っかかった。

 でも、私みたいな一高校教師にできることなんて無いに等しい。

 そう、思ったのですが――

 

 

 終業チャイムが鳴って、私が教材と生徒が提出したノートを持って職員室に帰るだけというタイミングで、本間君が私のところへ来ました。

 本間君はノートの束を運ぶと申し出てくれたので、一緒に職員室まで歩いた。

 

 階段の踊り場で、本間君が立ち止まった。

 

「美都せんせーは、さ、『仮面ライダー』って知ってる? 怪人に襲われたあと、俺、何も覚えてないのは本当なんだけど……だから、夢、だったかもしれないんだけど……『仮面ライダー』って聞こえた気がするんだ。しかもやけにリズミカルに」

「仮面ライダーの名前は知ってますけど……本間君。そのことを、おまわりさんには言いました?」

「……言ってない。保護されてすぐの時は、まだ頭がハッキリしてなかったから……言いに行ったほうがいい、のかな?」

 

 納得が行った。本間君は、新しい手がかりを思い出したはいいものの、もう一度、交番にそれを申告に行く踏ん切りが付かないのだ。

 

 分かりますとも。“仮面ライダー”という、都市伝説の一種である新証言なんて、おまわりさんに向かって堂々と言うには勇気が要りますよね。

 

「別にいいんじゃないですか? なんなら先生が伝えておきますよ」

「いいのっ?」

「はい」

「やった! ありがと、美都せんせー!」

「どういたしまして」

 

 そうこう言う間に職員室前に着いた。

 私は本間君からノートの束を返してもらって、よたよたした歩調で職員室に入った。




 活動報告で10月から連載と言ったな? あれは嘘だ。
 ――という茶番は置いといて。
 ジオウ始まりましたので、平成最後の一花を咲かせたく、作者あんだるしあ、あいるびーばっくしました。
 ジオウを一視聴者として楽しみつつ、一物書きとして物語にできたらばと思いますので、生温かく見守ってくださいませm(_ _"m)


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Syndrome2 進路希望〈確定〉

 昔のマイルールに戻って1500字以上2000字以下にしてみた。


 ――確かに私は常磐君に宿題を出した。何をする王様になりたいのか具体的なヴィジョンを描けたら教えて、と。

 でもそれが――

 

「俺、魔王になります。最高最善の魔王になるって決めました!」

 

 こんな回答になるとは夢にも思わなかった。

 

 どこからどういう切り口で話し合えばいいか分からないでいる私に構わず、常磐君は言葉を洪水のように溢れさせる。

 

「ある人たちに言われたんです。俺は、50年後の未来で、世界中の人を苦しめる“最低最悪の魔王”になるって。ええとっ、魔王になるのはいいんです。王様になるのが俺の夢だったから。ただ、“最低最悪”はまずいから、“最高最善の魔王”にしようって決めたんです。はい」

 

 頭を整理した。えーと……

 

 常磐君の王様志望は今に始まったことじゃない。魔王。最高最善。うん、常盤君なら言ってもおかしくない。多くの人に最善を尽くす最高の王様。アリです。

 だからこれは純粋に私の疑問。

 

「どうして『王様』から『魔王』にしたんですか?」

「え?」

「それは君のことを『50年後に魔王になる』と言った人たちの影響ですか?」

 

 常磐君の進路希望は入学から一貫して「王様」だった。それが「魔王」に変わった。その急な固有名詞の変更はどう考えても不自然で。

 合わせて、「50年後」に最低最悪の魔王になるという確定した数値を常磐君に提示した、“ある人たち”。

 

 もしかして常磐君は、何らかの集団的悪意に巻き込まれているのでは?

 詐欺や霊感商法、新興宗教。若者に害を及ぼす可能性ならいくらでも思いつく。

 

 私は常磐君と真っ向から目を合わせた。

 

「影響したって言われたら、ある程度はそうです。でも、俺が選んだ道です。いや――俺は産まれた時から、決めていた気がするんです!」

 

 常磐君の両目には、おふざけはもちろん、他者に吹き込まれた邪気も読み取れない。有体にいえば、彼は真剣だった。

 これは、もう……しょうがないですね。

 

「話は逸れますが、前に授業で、織田信長の別名“第六天魔王”の由来を話したことを、常磐君は覚えてますか?」

「仏教で、人間が住んでる俗世に一番近い天界で、一番偉い六層目に棲んでるから、第六天の王様。でしたよね」

「覚えていてくれて光栄です。第六天魔王は、別名を他化自在天という天魔です。他化自在天は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()神様です。この解釈を信長に当てはめてみると?」

「織田信長は()()()()()()()()()()()の、善玉の“魔王”――」

「今の解釈のような魔王になれとは言いません。信長の事業を真似しろとも言いません。そういう捉え方もアリだと、頭の隅っこにでも置いといてくれれば、それで」

 

 はい、と常磐君は頷いた。堅く。真顔で。普段の陽気さや人懐こさは鳴りを潜めていた。

 

 ――いけませんね。未熟とはいえ教師が生徒に気迫で呑まれてはいられません。

 全力で助ける、と先に言ったのは私なんですから。

 

 さて。常磐君は大学を受験する気がないから、今さら勉学面の面倒は見なくていい。彼の目標が“最高最善の魔王”なら、就職を勧めるのもどこか違う。

 何から手を着けるのか。うん。常磐君が描く“最善”の一番目から、一緒に考えて――

 

「美都せんせー。俺からも、話逸れるけど、いいですか?」

「どうぞ」

「もしもですよ? 本当に俺が50年後に“最低最悪の魔王”になったとして。そんな魔王が生まれないように50年後の未来から俺を消しに来た未来人がいて、しかも自分と一つ屋根の下で暮らすことになったら、美都せんせーはどうします?」

 

 これまたピンポイントな例え話ですねえ。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのようなリアリティです。ええ、だからこそ言わなくちゃ。

 

「私なら、信頼できる“先生”に助けを求めます。そうすれば()()()()()()()()()()()()()を未来人の脅威から助け出します。法的にも、物理的にも」

 

 別に私なんか特に強くも賢くもないし、波乱万丈な人生を歩んだでもないし、変に暗い過去やトラウマがあるから奮起するってわけでもないのだけどね。

 教師って、生徒を守るものでしょう?

 

 私の気持ちも、常磐君にも伝わってるといいんだけど、心配無用かな? 常磐君は察しのいい子ですから。

 

「――じゃあ、どうしようもなくなったら、言います。美都せんせーに、一番に」

「そうならないように祈りますが、その時は遠慮なくどうぞ」

 

 常磐君は笑った。私も吊られて一緒に笑った。

 進路指導室に入ってから15分、彼の初めての笑顔だった。




 Q.進路指導の先生なのに何でソウゴの「王様/魔王」宣言を「おかしい」と言わねえんだよ?
 A.「おかしい夢」なんてこの世にはないと真面目に信じる先生だから。


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Syndrome3 壊れた時計の針が重なる

 ツクヨミは言った。本当に常磐ソウゴが、俺たちのよく知るオーマジオウになるのか、現状では思いにくい。だから常磐ソウゴ本人の動向を近くで観察してはどうか。

 俺はツクヨミの意見に賛成した。

 

 そうして、奴の住む自宅兼時計屋“クジゴジ堂”に下宿人という形で潜入し、奴の通う光ヶ森高校の編入生だと身分を偽って、ツクヨミともども常磐ソウゴの監視を開始したわけだが――

 

 

 光ヶ森高校。体育会館の玄関。俺は別行動していたツクヨミと落ち合った。

 

「いたか?」

「だめ。こっちでは見つからなかったわ。そっちは?」

「見つからなかった。若くともオーマジオウ、一筋縄では行かないということか……」

 

 昼休みに入ってからのことだ。常磐ソウゴは心理戦を駆使して、俺とツクヨミの注意を巧みに逸らし、その隙に姿を晦ました。あの機転と行動力、あいつ、只者じゃ……

 

 頭上で閃光があった。

 

 とっさに見上げると、体育会館の二階の窓の一つから光が漏れているのが見て取れた。

 俺たちはすぐさま体育会館の階段を駆け上がった。

 

 二階の体育館ホールに出た。

 見つけた。光が漏れている戸が一つ。

 

 俺たちが駆けつけて戸を開け放つ直前に光は治まり、中に踏み込んだ時には、ジオウに変身した常磐が、倒れた男子生徒に呼びかけながら体を揺さぶっていた。

 

「ソウゴ、何があったのっ?」

『アナザーライダーが出たんだ!』

 

 常磐は変身を解くと、スマホ(2018年での遠隔通話端末だという)を指で繰って、2回ほどどこかに連絡した。

 

 それから5分と経たずして、体育倉庫に飛び込んで俺たちを押しどけた女が一人。

 

「失礼、通してください。――常磐君!」

「せんせー!」

「救急車は?」

「呼びました。搬送先は清愛病院だって」

「分かりました。常磐君、バレー部の部室に担架があるので持ってきてください。小和田君をせめて倉庫から外へ出して、救急車を待ちましょう。これ、バレー部の部室の鍵です」

 

 常磐は鈍色に光る金属を「せんせー」から受け取るや、体育倉庫を飛び出した。程なく、奴は折り畳んだ人力式担架を引きずってきた。

 

「そこの男子。君です、君」

 

 ――俺?

 

「小和田君を乗せるので手伝ってください。私の腕力では育ち盛りの男子を支えきれないんです。君は足、常磐君は肩。はい、掴んで!」

 

 訳が分からないのに体が反射的に動いた。「せんせー」の「せーの!」の声に合わせて、俺と常磐の共同作業で、倒れた男子生徒を担架に横たえてしまった上に、運び出す作業まで常磐と二人でやらされた。

 

 ようやく一息かと思えば、そんな隙さえない。

 

 常磐が体育倉庫から何かの筐体を拾ってきて、「せんせー」に見せた。

 

「せんせー、これ。小和田が倒れる直前にやってたんだ」

「携帯ゲーム機、ですか。てっきり君たちの世代はスマホのアプリゲーが主流かと……」

 

 ゲーム機を常磐から受け取った「せんせー」が顔色を変えた。厳しい? 険しい? 違う――悲しい顔。

 

「せんせー、知ってるの?」

「……生活指導の笠間先生が、これと同じものを一年の生徒から没収したばかりです」

「まさか、その一年の子も!?」

「いえ、その生徒はまだプレイし始めたばかりだったそうなので」

 

 その悲しげな顔色のまま、「せんせー」は常磐を見つめた。

 

「常磐君。先生は職員室に戻らないといけません。笠間先生に、持ち主の生徒にゲーム機を返さないよう伝えないと。校長先生にも、緊急で職員会議を開くよう掛け合ってみます。この分だと、その一年生や小和田君みたいに、隠れてやっている生徒が他にいないとも限りませんから……常磐君に、小和田君の付き添いをお願いしてもいいですか?」

「わかりました」

「……、すみません。彼の親御さんには私から連絡します。付き添うのは親御さんが病院にいらっしゃるまででいいですので……」

 

 辛そうに言葉を濁らせていく「せんせー」に対して、常磐は笑みを返した。

 

「大丈夫。何か分かったことがあったら、美都せんせーに真っ先に知らせる」

 

 

 ――みと?

 

 

 不意打ちで耳に飛び込んできた名に、思考が丸ごと持って行かれた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ごめんなさい、常磐君。本当に。助ける、って言ったばかりなのに……」

「大丈夫。美都せんせーは、小和田みたいな被害者をこれ以上、増やさないで」

「任せてください。後方支援は得意分野です」

 

 「せんせー」が立ち上がって踵を返したところで、俺は、彼女の細い手首を掴んだ。

 

 無自覚に余裕を欠いていたらしく、そうでなくとも人付き合いで男女差ってものを普段から意識しないせいか、とにかく、俺の手つきは彼女には乱暴だった。

 

 彼女が小さく悲鳴を上げて後ろへバランスを崩した。

 俺はとっさに傾いた彼女の体を受け止めた。どうにか彼女を転ばせることはなかった。

 

 目が、合った。

 

 

 ――カチン、と。

 ――どこかで、何かが噛み合った音がした。

 

 

「ごめんなさい。ありがとうございます」

「いや……」

 

 「せんせー」は困ったふうに苦笑して、俺の腕から離れて、体育館を小走りに出て行った。

 

「――ゲイツ。アナタの考えてること、たぶん私、分かる。私も名前を聞いて一瞬そうなのかと思ったもの。でも、あの先生とミトさんの歳を考えると……」

「わかってるッ! ……気の迷いだ」

 

 あの先生とミトさんが同一人物なら、ミトさんは2068年で老婆と呼べる年齢のはずだ。

 でもそうじゃない。ミトさんはむしろ先生と同じくらいの年頃だった。

 

 だから、そんなわけがない。

 ――彼女がミトさんの過去の姿だなんて、あるはずがないだろうが。




 ソウゴ「あ! あれは何だ!」
 2068年世代の彼らではもはや心理戦に等しいと思うんだ。


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Syndrome4 聖都大学附属病院へ ①

 ただいま必死で平成ライダーシリーズを追いかけ視聴中。


 小和田君が意識を失った次の日。

 職員会議の結果、全校で抜き打ちの持ち物検査が行われることが決まりました。

 

 全校生徒の一時限目の授業を潰して、クラス主任と副主任の教員が二人で生徒に鞄と机の中身を全て出させる。その中に例のゲーム機があれば問答無用で没シュート。返却期限は未定。

 表向きは、ゲーム内容に視覚・聴覚的に有害な波長が見られるため、病院から申し送りがあったということで。

 

 そして、決行の朝――と、なるはずだった。

 

 校舎の裏門から自家用車で出勤した私は、職員用の通用口に救急車が横付けされているのを目撃してしまった。

 私は急いで車を駐車場に停めてから、走って生徒の人垣を掻き分けた。

 

 担架に横たえられて搬送されようとしているのは、生活指導の笠間先生だった。小和田君とは別の生徒から、例のゲーム機を没収した先生。

 

 救命士に事情を聞かれているのは、常磐君です。きっと常磐君が倒れた笠間先生の第一発見者だったんでしょうね。

 

 笠間先生を収容した救急車が、学校を出て行った。

 先生方が生徒たちに校舎の中に戻るように声を張っている。それを受けて生徒たちがぱらぱらとこの場から離れていく。

 

 私は急いで常磐君に事情を聞くべく、彼に歩み寄ったのだけど、その私より早く常磐君に声をかけた人がいた。

 

 ファッションセンスが現代とは異なる男性が一人。

 彼はハードカバー製本を片手に、常磐君の顔を至近距離から覗き込んだ。

 

「やあ、我が魔王。元気そうで何よりだ」

「また出た! いま君に構ってる場合じゃないんだっ」

 

 本を持つ男性は、常磐君の不機嫌に気づいていないのか、分かっていてのスタンスなのか。

 ふいに本の男性の視線が私に向いた。

 

「そして(おう)()にはお初にお目にかかる。私はウォズ。彼を魔王へと導くべく助力する預言者の一人だ。以後、お見知り置きを」

「王母って……私、常磐君のお母さんじゃないんですけど」

「失礼。オーマジオウが唯一『我が師』と呼び敬意を捧げた恩師という意味で、未来のアナタはそう呼ばれている」

「――小和田君や笠間先生のことは、あなたの仕業ですか?」

 

 ウォズさんはヒョイと肩を竦めた。

 

「いいえ、まさか。笠間(かえで)は自発的に例のゲームに手を出した。一刻も早く事態の解決を。そして、生徒からまた被害者がまた出ないように、彼女なりに謎を追うべくゲームに挑戦して、クリアに成功した」

 

 私は常磐君に、ウォズさんの語る所に間違いがないか確認した。

 常磐君は正しいと答えた。……笠間先生、そこまで思い詰めてたなんて。

 

「この本によれば、彼女は聖都大学附属病院へ運ばれることになっている」

「最寄りの清愛病院ではなく、ですか」

 

 私は常磐君と顔を見合わせた。どうして、とお互い顔に書いてある。

 

「彼女を見舞いたいなら急いだほうがいい。彼女こそアナザーエグゼイドが探し求めた“適合者”。今までにゲームクリアによって倒れた人々とは訳が違う。“二度目”の襲撃があるだろう」

 

 常磐君が青ざめた。

 私だって同じ気持ち。原因不明で意識を失っているだけでも大事(おおごと)なのに、笠間先生にはまだ次の段階がある?

 それは、()()()()? 命の危険ほどのレベルだとしたら?

 嫌な方向での想像ばかり膨らんでいく。

 こんな胡散臭い人の言うことなんて、それこそ信用できないと切って捨てればいいのに、本当に的中したならどう責任を取るの?

 

「美都せんせー、ごめん! 俺、今日は早退する!」

「待ってください! 聖都大学附属病院はここからそれなりに遠いんですよ? どうやって追うつもりですか」

「大丈夫、バイク乗ってく」

「君は原付の免許も持ってないでしょう――って、まさか。常磐君、無免許運転、したことがあるんですか?」

 

 常磐君がさっと頭を明後日の方向へ逸らした。

 はい、イエローカード。

 

 ――、今日の時間割、日本史のコマは午後からでしたね。一時限目は手荷物検査で潰れましたし。

 

「早退ですね。分かりました。ただし! 下校は朝のHR後にしてください。HRが終わったら先生は病院へ行きます。笠間先生の財布と保険証を届けるのと、診断書もろもろ手続きがあるので」

「連れてってくれるってこと?」

「無免の君をバイクに乗せるわけにはいきませんので。あくまでタイミングが重なっただけです」

「ありがとー! 美都せんせー!」

 

 クラスの生徒29人を放って常磐君一人のために時間を割くのが不公平だとは自覚している。

 今回だけ。せめて同僚の安否確認だけ。終わったらちゃんと学校に帰ってきて、午後からの授業をやるから。

 そうやって自分を宥めすかした。

 

 

 

 

 

 

 朝のHRを終えて職員室に戻ってから、私は、副担任の大谷先生に手荷物検査を一任しました。大谷先生、迷惑をおかけしてすみません。代打に清水先生が名乗りを挙げてくださったので、よろしくお願いします。

 

 それから、笠間先生のデスクから鞄を失敬した。

 鞄の中には財布もスマホもあった。よし。財布があるなら中に保険証や免許証も入れてあると信じる。

 

 医療費が発生したら私が立て替えましょう。この件、公務災害の申請が通るか怪しいから、十割負担も覚悟します。

 

 

 いざ。自分と笠間先生の荷物を持って、職員用駐車場へ行くと――

 いた。常磐君。と……あと二人? 昨日、小和田君が倒れた体育倉庫でも居合わせた子たちです。

 

「あ、美都せんせーっ」

「お待たせしました。彼らは? 光ヶ森の生徒じゃないみたいですが」

 

 常磐君が私の横に、すすす、と来て耳打ち。

 

「――ウチに下宿してる同居人。男子のほうが明光院ゲイツ、女の子がツクヨミ」

「ああ。前に話してくれた、あの」

「今朝の騒ぎ、二人も見てたんだ。二人も、その、せんせーがよかったら……あー、ツクヨミのほうは移動手段ないしで……だから……」

「いいですよ。一緒に送ります。ここまで来たら一人も三人も同じです」

 

 常磐君の表情が安堵に緩んだ。

 

 改めて、常磐君紹介の、明光院君とツクヨミさんを見てみる。

 笠間先生がいたら両名、指導室に連行間違いなしの制服の着こなしですね。はい。

 

「初めまして……じゃないですね。こんにちは。この学校の教職の織部です。どうぞ。乗ってください」

 

 私は車のキーのボタンを押してロックを解除し、運転席に乗り込んだ。

 

「ゲイツ。ドアは手で開けるんだぞ。この時代の車は待っててもドア開かないからな」

「そのっ、そのくらい知ってるとも!」

 

 明光院君の声は裏返っていました。

 

 常磐君は助手席。明光院君とツクヨミさんは後部座席に(恐る恐るのおっかなびっくりで)乗った。

 ――さあ、発進です。




 ウォズさん書きやすいのは何ゆえ?(´・ω・`)
 解答編が放映されたのでようやく載せられます。実にもだもだした一週間でした。

 オリ主に割と重心を置いた展開な分、コケた時が怖いです(((;゚Д゚)))ガタブル


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Syndrome5 聖都大学附属病院へ ②

 車を制限速度ギリギリまで飛ばして、聖都大学附属病院へ到着。

 

 病院のエントランスホールに入ってから、常磐君たち三名は頭を突き合わせて話し合いスタート。

 私はその間に病院の総合窓口へ行きます。笠間先生が院内のどちらにいるか、受付の方に尋ね……

 って、常磐君とツクヨミさん!? 二人して急に走り出してどこへ行くんです!?

 

 追いかけようと踵を返したところで受付の方から声をかけられて、慌てた私は足をもつれさせて、よろけた。転ばずにはすんだけれど、笠間先生の鞄を落としてしまった。

 大変! 衝撃でスマホが壊れたりしてたらどうしよう。

 

 リノリウムの床にぶちまけてしまった小物を私が拾っていると、明光院君が無言でしゃがんで、拾い物を手伝い始めた。

 

「ありがとうございます」

「別に――」

 

 ふと明光院君の手が止まってから、一つの品を摘まみ上げた。

 明光院君がまじまじと見下ろすそれは、笠間先生の運転免許証です。彼も常磐君と同年代のようですから、免許証の実物が珍しく見えるのかもしれません。

 

 明光院君は私の視線に気づくと、即座に目を逸らして、四苦八苦して免許証をパスケースに入れ直したのですが。

 

「明光院君。それだと入れる向きが逆ですよ。表は顔写真があるほうです」

「ま、間違えただけだっ」

「ですよね。一言多くてすいません」

 

 笠間先生の運転免許証の裏面をなんとなしに見る。臓器提供の項目に「○」と署名があった。

 

 全ての小物を笠間先生の鞄に納め終わった。でも息をつく暇はありません。

 どこかへ行ってしまった常磐君とツクヨミさんを合流させなくちゃ。

 

「ええと、あの二人が行ったのは……」

「こっちだ」

「あ。ありがとうございます、明光院君」

 

 廊下を歩き出して少し、明光院君が私をまっすぐ見て、言った。

 

「明光院の名に、何か思うところは、ないか?」

 

 私は首を傾げた。真摯に尋ねられているのは分かる。でも、困ったことに思い当たる節が皆無です。

 

「いいえ。特に何も」

「――、そうか」

 

 そう明らかに落ち込んだ顔をされると、私も申し訳なくなります。

 

 彼に何と声をかければいいのか困ったまま、廊下の角を曲がったところでした。

 見つけた! 常磐君とツクヨミさん!

 

「私たち、“クリアできないゲーム”っていうのを追ってるんです!」

 

 ツクヨミさんが訴えた相手は、私たちの向こう側。

 ドラマでしか観ないような教授回診らしき列、その中心にいるお医者様でした。職員証にある彼の名前は、鏡飛彩。

 

「俺たち、小児科の宝生ってお医者さんが天才ゲーマーMかもって、それで……!」

 

 こちらを見据える鏡先生の眉根が寄りました。

 

 ――ツクヨミさんも常磐君も、社会的手順というものの踏み方を知らない年頃ですものね。ここは年長者の私の出番です。

 

「お仕事中に失礼しました。私、光ヶ森高校教員で織部と申します。()()()()()()()()()。彼らのクラスメートも倒れたんです。世間で噂の“クリアできないゲーム”をプレイしてから。小児科の宝生先生がこの分野に明るいそうで、ご意見を頂きたく伺いました。我が校とこの病院とは校区が違いますが、宝生先生とお会いできますでしょうか?」

 

 鏡先生は考え込むような間を置いてから、「案内します」と歩き出した。――ほっとした。

 私は常磐君をふり返って頷いた。常磐君は頷き返した。

 

 

 私が鏡先生を追っていく後ろから、常磐君と、ツクヨミさんと明光院君が付いてくる形になった。

 

「うちの病院にも原因が分からず意識不明となった患者が何人も入院している。小児科医もその原因を追っていた。患者たちの共通点は、その“クリアできないゲーム”をプレイしていたこと。少なくとも小児科医は、ゲームと症状に因果関係があると見ていた」

 

 鏡先生が私たちを招き入れたのは、私にとっての職員室と同じで、個人用の事務デスクが並んだ部屋。きっとドクターやナースの皆さんのバックヤードなのでしょうね。

 

「そういえばさっきの看護師さん、永夢先生が無断欠勤って言ってたよね」

「そのエムとかいう医者が一連の鍵を握っているってことか」

「ゲイツ。いつの間にか前のめりになってる」

「ちがっ……これはだな!」

「君たち、静かに。よそ様の職場ですよ」

「「――すいませんでした」」

 

 鏡先生は一つのデスク前で立ち止まりました。

 

 デスク上の赤いノートパソコンの横には、小和田君がプレイしていたのと同じ携帯ゲーム機があった。

 それから、ゲーム機を囲んでびっしりと貼られた、たくさんの付箋。どの付箋にも、書いてあるのは、似た単語の羅列。

 

「小児科医が行方不明になる前に残したメモだ。手がかりになるかもしれん」

 

 一枚だけ、ゲーム機本体に貼ってあった付箋。鏡先生はそれを剥がして、明光院君に渡した。

 

「なぜ俺に?」

「なぜかは知らないが……お前たちには、協力をしなければいけない気がする」

 

 言いながらも、鏡先生ご自身が戸惑っているようです。

 

 鏡先生の前に、常磐君は回り込んで、満面の笑みでありがとうを言った。

 常磐君、学内ではいいんですが、せめて外では、目上の人には、ですますを付けましょうね。

 

「宝生先生に直接お会いすることは……」

「今すぐには無理だ。こちらも彼の行き先は把握してない」

「そうですか――わかりました」

 

 私はバッグから名刺入れを出して、自分の名刺を宝生先生のデスクに置かせてもらった。

 ペン立てからペンをお借りして、今日の日付を名刺の裏に書き込んで、と。これでよし。

 

 私は鏡先生に一礼した。

 

「鏡先生、お時間を頂いてありがとうございました。それに、貴重な資料まで。こちらは後日返却に参ります。もし宝生先生がいらしたら、よろしくお伝えください」

「それほどでも。――失礼」

 

 部屋を出て行く鏡先生の背中に向かって、もう一度、お辞儀。それから常磐君たちをふり返った。

 

「皆さん、帰りますよ」




 ジオウ・エグゼイド編にちょっぴりの社会的マナーを混ぜてお送りしました。

 ゲイツがドライブウォッチを持っていたので、

「もしやゲイツもソウゴがしたみたいにドライブ時空に飛んで泊さんからウォッチ貰ったの?」
「だとしたらチェイスの免許証エピに触れる機会もあったかも?」

 なんて、想像に憶測を重ねた小物拾いシーンだったりします。


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Syndrome6 教師的倫理での優先順位

 鏡先生に対しては、宝生先生の残されたメモを「貴重な資料」と社交的に述べたものの――

 これ、何て書いてあるんです?

 

 病院の中庭にあるベンチに一旦移動してから、四人で審議スタート。

 

「美都せんせー、分かる?」

「いいえ、さっぱり。英語ではないことが辛うじて分かるくらいです」

 

 このメモの内容を、笠間先生がまた“襲撃”される前に解析しなくちゃ、と意気込んだもののさっそく手詰まりです。高校時代の英語の成績は五段階評価で2-(マイナス)だった織部美都です。くすん。

 

「ドイツ語だ」

 

 明光院君?

 

「ドイツ語? 何でわざわざ」

「日本の医療の共通言語だった時代の名残だ」

 

 なるほど。病院に掛かる時にお医者様たちがカルテに何を書き込んでいたのか、20年来の謎が解けました。てっきり速記のような特殊な文字が医学分野にもあったのかと思い込んでました。

 

 明光院君はメモを常磐君から取り上げると、訳文を言った。これは「下・下・上・上・右・左・右・左→全押し」と読むんですって。

 ここまで聞けば私だって、それが例のゲームのキーの操作だと分かった。

 

「明光院君、物知りですね。医者志望ですか?」

「……別に。歴史的知識として知っていただけで、大したことじゃない」

「大したことですよ。こうして今、現状打開の第一歩になりました」

 

 隣に座る常磐君がゲーム機の電源を入れた。

 私は慌ててゲーム画面を両手で隠した。

 

「キーの打ち込みは先生がやります。常磐君が小和田君や笠間先生みたいに意識不明になったら大変ですから」

「待ってよ! それ、逆も言えるよね!? プレイしたら美都せんせーが倒れるかもしれない!」

「だから先生がやるんです。こういう時に生徒の安全を優先しないで何が教師ですか」

「だめだってば! 美都せんせーまでアナザーライダーに襲われる!」

「あっ!」

 

 常磐君は私の手を振りほどくと、立ち上がってプレイスタートしてしまった。

 こうなると、器用な常磐君を捕まえるのはほぼ無理です。

 私がゲーム機を取り上げようと常磐君を追い回しても、常磐君は背伸びしたりしゃがんだりで、上手く私の腕をすり抜けてしまう。

 

「下・下・上・上・右・左・右・左、っと!」

「ああーっ!」

 

 最後に、常磐君がゲーム機のボタンを全て同時に押した。

 ――その時、変化が起きた。

 私はもちろん、ツクヨミさんも明光院君もゲーム機をこぞって覗き込んだ。つまり常磐君に群がった。

 

「なんか、イケそうな気がする!」

 

 ゲーム機の画像に砂嵐がかかって、画面がフラッシュして私たちを襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 視界が戻った時に私たちがいた場所は、のどかな芝生の広場から一転して、真っ黒な鉄材で出来た工場だった。現実感のない光景が薄ら寒い。

 

「もしかして、ゲームの中っ?」

「常磐君! なんともないですか? 気分の悪いとこは?」

「大丈夫っ。美都せんせーは心配性過ぎ」

「心配しますよ! 先生は君のクラス主任なんですよ!?」

「……ごめんなさい」

 

 でも、常磐君がなんともなくてよかった……本当に。

 

「おい。――お出ましのようだぞ」

 

 工場の奥から現れたのは、それこそ異形だった。ヒトと同じ二足歩行で両腕があるけれど、およそ人間とは思えない。“怪人”と呼ぶのが正しいのでしょうけど、どこかこう、“何か”に()()()()()()()感じで……

 

 明光院君と、彼だけじゃなく常磐君まで、私とツクヨミさんを背中に庇う位置に立った。

 

「ソウゴ、分かってる? アイツをここで倒したところで、たぶん完全には消滅しない」

「うん。でも倒さないことには、何も始まらない」

 

 常磐君が取り出したのは、デジタル時計の文字盤を横向きの楕円にしたような、ゴツゴツした部品。

 見れば、明光院君も同じ物を手にしている。

 二人ともそれを自分のお腹に当てた。

 

《 ジクウドライバー 》

 

 するとびっくり、部品から自動的にベルトが現れて、彼らの胴に部品を固定した。

 次に常磐君と明光院君が取り出したのは、模様のあるストップウォッチ?

 彼らは親指だけでウォッチのガワを回して、リューズを押した。

 

《 ZI-O 》

《 GaIZ 》

 

 ツクヨミさんが無言で私の肩を掴んで、常磐君と明光院君から距離を取らせた。

 

 

「「変身!!」」

 

《 ライダー・タイム  カメンライダー  ZI-O 》

《 ライダー・タイム  カメンライダー  GaIZ 》

 

 

 ――少年たちが戦士へと変わる。

 その瞬間を、私は確かにこの目で見た。

 

 黒銀のセラミックスボディ。顔面には「ライダー」と刻んだルビーの受石(うけいし)とドルフィンの針。

 

 赤と黄色の装甲。顔面には「らいだー」と刻んだゴールドのロゴと「カメン」のスモールセコンド。

 

 

 本間君が前に言ったことを思い出した。このことだったのかと、おかしなくらい動揺せずに納得した自分がいる。

 

「仮面ライダー……」

「そう。ジオウ。ゲイツ。レジェンドライダーから得た力で戦う、現代と未来、それぞれの時代の最先端の仮面ライダーたちよ」

 

 二人の仮面ライダー――ジオウとゲイツが同時に、怪人に拳をくり出した。戦いが、始まった。

 

 

 

 

 ツクヨミさんが私を物陰へ連れ込んだ。

 

「先生は知ってたのね。ソウゴが仮面ライダージオウだって」

「いいえ。はっきり知ったのはたった今です」

「――、驚かないの?」

「驚きすぎてかえって冷静という感じです。それに、今日までの常磐君の進路相談から、なんとなく察していましたので」

 

 ただ、本当に仮面ライダーになって、ああやって戦っていると直接聞いてはいないので、そこを相談してもらえなかった自分は無力だなあ、と落ち込みはしましたが。

 

「でも、あの怪人のことは全く知りません。あれが小和田君や笠間先生を襲撃したっていう……?」

「アナザーライダー。タイムジャッカーが生み出す、正しい歴史にはいない仮面ライダー。見える? あのアナザーライダーの胸元の『EX-AID』の文字。アイツはきっと、アナザーエグゼイド」

 

 アナザーエグゼイドが、私たちが隠れるために使っていた鉄材を、ジオウとゲイツに向けて蹴った。とっさにツクヨミさんが私の頭を下げさせて庇ってくれた。

 

 鉄材がジオウとゲイツにぶつかった瞬間に、「HIT!」のエフェクトが現れた。この場がゲームの中だから、その辺もゲームの演出に添っているとか? アナザーエグゼイドの直接攻撃にも、「HIT!」のエフェクトが現れた。

 

 ジオウに襲いかかろうとしたアナザーエグゼイドを、ゲイツが引き剥がして蹴り飛ばし、間髪入れずにパンチのラッシュ。

 

『モタついていると、お前もここで倒すぞ!』

 

 ゲイツは腕から一つのウォッチを外してリューズを押した。

 そして、そのウォッチをベルトの左手側に装填して、ベルトの本体を逆時計回りに一回転させた。

 

《 アーマー・タイム  DRIVE 》

 

 ゲイツの装甲が変わった。厳めしい赤と白のレーシングカーみたいな。

 

『よぉっし、俺も!』

《 アーマー・タイム  BUILD 》

 

 ジオウも腕から外した時計で、ゲイツと同じように姿を変えて、ゲイツに加勢した。

 

 ついに、ジオウとゲイツはそれぞれの装甲の付与機能を活かした戦法で、アナザーエグゼイドを退治した。

 アナザーエグゼイドから上がった爆炎が晴れたそこには、一人の中年男性が倒れていた。

 

 とっさにツクヨミさんと一緒に物陰から出た私の前に、別の男性が立ちはだかった。

 

「僕以外にゲームエリアに入れる人がいるとは思わなかったよ。そうか――僕のメモ、見たんだ」

 

 メモというと、宝生先生の? え、じゃあ彼が、天才ゲーマーM?

 白衣も、聴診器も、個々の持ち物を見ればなるほど、若いお医者様にしか見えない。人は見かけによらないって本当なんですね。

 

「悪いけど、これ以上はやらせない」

 

 ――え?

 

 宝生先生は、ネオンイエローとネオンピンクに彩られた大きな部品をお腹に装着して、平たい蛍光ライトのスイッチを押すと、それを部品に挿し込んだ。

 

《 マイティアクションX 》

「大変身!」

《 マイティジャンプ  マイティキック  マイティマイティアクションX 》

 

 宝生先生を囲んで展開された光学パネルの中で、ネオンピンクのキャラクターが描かれたパネルが彼の全身を潜った。それに合わせて、宝生先生の姿が、常磐君たちとはまた異なる出で立ちの“仮面ライダー”へ変わった。

 

「本物の、仮面ライダーエグゼイド……?」

 

 デフォルメされたマスコットみたいなその外見と裏腹に、エグゼイドがまとう敵意は、後ろにいる私でもぞくりとさせられた。

 

『へ、え、えええ!?』

 

 ジオウとゲイツに、エグゼイドの容赦ないパンチが連発で叩き込まれる。

 

 どうして? どうしてですか、宝生先生。それじゃあまるで、アナザーエグゼイドだった人を庇っているみたい……

 

 

 ――――時間が、停まった。

 

 

 比喩でも何でもない。

 文字通りに、“時間が流れない”という外界からの強制が、私たち全員に、動くこともしゃべることも許してくれない。

 

 そんな空間で、普通に歩いてきた第三者がいた。

 

 女の子だった。ツクヨミさんとは別方向に美女で、かつ近未来的なデザインのミニスカドレスという出で立ちの。

 

『タイム、ジャッカー……!』

 

 彼女は黒ヒールを鳴らして仮面ライダーたちを素通りすると、奥で倒れている男性の横にしゃがんだ。

 

「煩わせないでよ」

 

 彼女は、ずぶり、と男性の胸板に手を沈め、何かを摘出した。あれは……常磐君たちが使っていた、ウォッチ?

 

 銀色のマニュキュアを塗った指が、取り出したウォッチのリューズを押した。

 

《 EX-AID 》

 

 再起動(?)したウォッチを、彼女は再び男性の胸板に吸収させた。

 

「それじゃあね」

 

 こちらを小馬鹿にしたと、はっきり分かる声だった。

 

 

 彼女の姿が掻き消えて、時間が再び流れ出す。

 

 倒れていた男性が起き上がった。男性の姿がまたアナザーエグゼイドのものになる。

 そんな、せっかく常磐君と明光院君ががんばったのに……!

 

 アナザーエグゼイド復活からそう間を置かなかった。

 今度は宝生先生の変身が解けた。今のって……強制解除された、の?

 

 風景が現実のものに戻った。

 ――アナザーエグゼイドは、いなくなっていた。




 変身&外見描写シーンを書くために時計の専門用語を調べると、色んな部位がしっかり時計用語の反映なんだと分かって目から鱗でした。調べれば楽しいのがイイトコロ(〃艸〃)

 個人的拘りは「ルビーの受石」と「スモールセコンド」だったりします(^^)v
 特に「スモールセコンド」は本来「スモールセカンド」の所をあえて表記ゆれさせました。
 変身音声の他の表記は――イメージですのでいじらないでくださいということで一つm(_ _"m)


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Syndrome7 戦士の闘い、医者の闘い ①

 書く上で一番大変なのが、「常磐」を「常盤」と打ち間違えないよう注意することだったりします。


 

 

 現実世界復帰後の宝生先生の第一声は、こうでした。

 

「えぐぜいど? 何それ」

 

 宝生先生は覚えていませんでした。

 仮面ライダーエグゼイドに変身して、常磐君や明光院君と戦ったことはもちろん、ご自分が仮面ライダーであることさえ。

 

 ゲームの世界でタイムジャッカーという女の子がアナザーエグゼイドに何かしたことと、宝生先生が仮面ライダーでなくなったこと。二つに因果関係があるのでしょうか。

 

「それより、僕を追ってゲームエリアまで来るなんて、どうして――」

「もちろん、意識不明になってる被害者たちを助けるため。あなたもだよね? 協力してほしいんだっ」

「見ただろう、あのアナザーライダー。奴を倒せば全てが解決するんだ」

 

 宝生先生の顔から――すう、と温度が引いた。

 

「君たちはこの件から手を引いてくれ。僕のやるべきことは、君たちとは根本的に違うから」

 

 ……予想された答えではありました。

 仮面ライダーでなくなった宝生先生はひとりのお医者様です。その医者という仕事人に対して、怪人退治を手伝え、と高校生の子どもたちが言ったってまずイエスとは言わないでしょう。

 蛇足ですが、常磐君と明光院君のお願いの態度もちょーっとだけ! よろしくなかったですし。

 

 去っていこうとする宝生先生に、私は慌てて、お借りしていたメモをお返しした。

 大丈夫です、キー操作は暗記済みです。

 

 今度こそ芝生の中庭を去った宝生先生。表向きは行方不明だったようなので、溜まった業務は多いでしょう。がんばってください。

 

 そこで私のスマホに着信アリ。クラス副主任の大谷先生から。電話に出ると、大谷先生は、クラスの生徒の手荷物検査を無事終えて二時限目の授業に入ったことを報告してくれました。

 さらには、笠間先生のご家族への連絡も別の先生がしてくれたそうで。間もなくご家族が来院するので、笠間先生の荷物をご家族に渡して学校に戻ってくれ、との話でした。

 ――ご家族が付くなら、笠間先生の安否はお任せしていいかな?

 

 私は通話を終えてから常磐君を向き直った。

 

「常磐君。先生は学校に戻ります。午後からは授業がありますので。常磐君は、早退のままにするなら自宅まで送りますけど」

「いいの?」

「ここまで連れてきたのは先生ですから。そこはしっかりしますよ?」

「じゃあ、俺んちまで、いい?」

「はい。明光院君とツクヨミさんは――そういえば常磐君の家に下宿していましたね。全員同じ目的地でいいですか?」

 

 明光院君とツクヨミさんは曖昧に頷いた。

 では。行きと同じく私の車に四名仲良く乗車して、町に帰りましょうか。

 

 

 

 

 運転中。常磐君たち三名は、宝生先生について議論していました。

 

「何なのあの人。協力どころか邪魔するなんて」

「アイツに頼ってても埒が明かない。2016年に飛んで、俺がアナザーエグゼイドを倒す」

「じゃあ俺も――」

「ジオウ。お前はこれ以上、首を突っ込むな」

 

 喧々諤々とする車内。

 常磐君の自宅の時計屋“クジゴジ堂”に着くまでそれは続きました。

 

 車を降りてクジゴジ堂に入る若人たちの中、明光院君だけがクジゴジ堂に入らずにどこかへ歩き出した。

 私はとっさに車を降りて――明光院君のほうを追いかけていました。

 

「待ってください! 明光院君っ、明光院君!」

 

 明光院君が速度を緩めてくれたおかげで、私はようやく彼に追いつくことができた。

 これしきで息切れするんだから、寄る年波を感じずにはいられません。はあ。

 

 息を整えてから、ちゃんと明光院君の目を見て、と。

 

「これからどうするんですか?」

「言った通りだ。2016年へ飛んで、まだ仮面ライダーだった頃の宝生永夢にコンタクトする」

「君一人でですか?」

「……ジオウまで過去に行けば、奴はまたその時代のライダーの力を奪う。オーマジオウへの因果線がさらに強固になる。だから俺だけだ」

 

 うーん。事態の始まりが2016年なら、その過去へ飛んで根本原因を取り除かなければいけないのは分かるんですが……

 

 なんだか放っておけないですね、この男の子。つっけんどんなくせに、実は義理堅いという、ある種テンプレートな性格のようです。

 

 なんて思う内に、私と彼と二人、適当な空き地に着いた。

 明光院君が空を見上げたので私も真似てそうしたら――唖然。「ろぼ」と胸にロゴが入ったロボットが目の前に降り立ったのです。

 

「これで時空を超えるんですか?」

「ああ。タイムマジーン。俺たちの2068年では量産されていた時空転移装置搭載のマルチロボットだ」

 

 タイムマジーンと呼んだロボのハッチが開いた。

 

 これ、付いて行っていいんでしょうか? い、いえいえだめでしょう! 同伴したら午後の担当授業が……あ、タイムマシンなんだから授業前の時間に戻るように調整してもらえば――なんて考えている内に、明光院君が歩き出してしまった!

 

「アンタはもう付き合わなくていい。常磐ソウゴの“先生”で居たいなら尚更な」

 

 ……かっちーん。

 

 確かに常磐君は私の教え子ですよ。でもですね、今回の一件で倒れた小和田君だって変わりません。どちらの若者も私のクラスの生徒です。

 今回こそ常磐君を特別扱いしちゃいましたけど、そこんとこを誤解されると、私だって立つ腹の一つや二つあるんですから。

 

 というわけで、私は明光院君を追いかけて、後ろからタックルしました。体罰じゃないです、愛の鞭です。

 

「少しは先生の話を聞きなさい!!」

「ぐほぁ!?」

 

 全力でぶつかったせいで、まさにハッチ前に着いた明光院君ごと私もタイムマジーンのコクピットへIN。おまけにハッチが閉じたので、私が引き返す道は絶たれました。

 

「アンタなあ――っ!」

「す、すみませ……」

 

 立ち上がろうとして近くのレバーに掴まると、レバーがガコン! と大きく下りたので、また転がるハメになってしまいました。

 

「おい! それ、時空転移システムのハンドル……!」

 

《 タイムマジーン 》

 

「……、……はい?」

「どけ! ――座標は2016年か。時空のトンネルを突き破らない限りはパラレルワールドに出ることもないが……出現ポイントだけでも今から修正が利けば――」

 

 明光院君は左右のハンドルのボタンと光学ディスプレイをいじくっています。

 

 ……どうやらこれ、織部美都の人生、最大のやらかし案件になりそうです。




 今回に限り、二番目は永夢の変身シーンの音声でしたが。

 美都せんせーがゲイツに同行する展開が強引だったことは承知している。すみませんでしたm(_ _"m)
 ソウゴの担任の先生として出しておきながら、おそらく今後増えるのはゲイツとの絡みと思われ。


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Syndrome8 戦士の闘い、医者の闘い ②

 美都せんせーはFFⅨ世代。


 そうして私はタイムトラベルを初体験しました。

 

 2016年の時代に着いて操舵が安定してからの明光院君の視線の、それはもう痛かったこと。前後左右をサボテンダーに囲まれた気分でした。

 

 ですが、常磐君に「関わるな」宣言をした直後にUターンするのは明光院君にとって気まずいことのようで。

 私を強制送還すべくタイムマジーンで引き返すことなく、なし崩し的に同行を承知してもらえました。

 

 ――それでですね。

 問題は、コクピットの光学ディスプレイに映るバトルシーン。

 二人の仮面ライダーが何かと戦っている。そのライダーの片方はエグゼイド、宝生永夢先生だったのです。

 

 エグゼイドたちの戦闘が終わったところで、明光院君はタイムマジーンを彼ら二名の正面に着地させました。

 お互いに超常の力を見せ合ったのです。あとは隠しっこなしの胸襟を開いた会合しかないわけでして。

 

 2016年の聖都大学附属病院、そのスタッフルームにて。

 明光院君が宝生先生と鏡先生に(びっくりなことに二人目の仮面ライダーは鏡飛彩先生だったんです!)事情を明かしたのですが……

 

「未来人!?」

「お前らから見たらな。――歴史を変えようとする連中がいる。そのせいで、お前らの持つライダーの力が消えることになる」

「それを忠告しに来てくれた、ってこと?」

 

 宝生先生はくっきりと戸惑っている。

 

「下らない」

 

 鏡先生の一言を聞いて、つい「ですよね」と言いたくなった私です。

 

「未来だの歴史だの、馬鹿な話で俺の時間を無駄にさせるな」

 

 鏡先生はさっさとスタッフルームを出ていくべく歩き出してしまった。

 

 明光院君。口下手も過ぎれば立派にハラスメントなんですよ、まったくもう。

 

()()()()()が失礼致しました。こちらでよくよく指導しておきます」

「――は?」

「え。ええと……」

「織部美都です。光ヶ森高校で教師をしております。――差し出がましいですが、私も気になっていまして。実際に私たちのいる2018年で、宝生先生は常習的に無断欠勤してるんです。おそらくはゲームの中の世界に入って、宝生先生がエグゼイドの力を失うきっかけになった人物に接触するために」

 

 宝生先生は小さく目を瞠り、鏡先生は足を止めた。

 

「2018年の宝生先生は言いました。『僕の目的は、君たちとは根本的に違う』と。アナザーライダーを退治することが目的でないなら、逆に()()()()()その人物に思う所があったのかもしれません」

「それって、未来の“僕”には、ゲームの中に飛び込んででも助けたい患者がいるってこと、ですか」

「断定はできません。ただ、戦うためでない可能性は高いんです。2018年の宝生先生は、その人物を庇って、こちらの彼と、もう一人の生徒に攻撃してきましたから……」

「えっ、そうなんですか!? ――未来の僕がすいませんっ。ケガの後遺症はないですか? 違和感がある部位があったら今からでも診察……!」

「な、無いっ、無いから詰め寄るな!」

「――付き合いきれん」

 

 鏡先生は今度こそスタッフルームを出て行かれました。

 ……味方を一人減らしてしまった。私、空回っちゃった。

 

「宝生先生。無礼を承知でお願いです。ご迷惑はおかけしません。少しの間だけ、この病院の小児科病棟に私たちを居させてくださいませんか? お邪魔なら、言ってくださればすぐ出て行きますから。お願いします!」

「そんなっ。頭を上げてください、織部先生。――分かりました。いいですよ。病棟にいても」

「本当ですかっ」

「はい。ただし。一つ条件があります」

 

 首を傾げた私のそばに、すすす、と明光院君が戻ってきた。

 

「変な要求する気じゃないだろうな?」

「しませんって!」

 

 

 宝生先生の出した条件とは――小児科病棟に掛かった患者さん、つまり待合室にいる子どもたちの遊び相手をすることでした。

 

 子ども。小さいお子さん。

 特別好きでも嫌いでもありません。可もなく不可もなし。

 教師なんだから子ども好きじゃないのかって? ――まさか! “好き”で四年も続けられるほど、教師は生半可な仕事じゃありません。

 

 幸いにして、宝生先生は患者のお子さんと積極的にコミュニケーションを取るスタンスで、今も待合室の子どもたちに声をかけて回っています。レクリエーションスペースで子どもと戯れる私たちの、目の届く範囲にいてくださったのです。いい人です。

 

 宝生先生から借りた病院スタッフ用のエプロンを着た私と明光院君に、やんちゃ盛りが止まらない病気っ子たちが群がる、群がる。

 

 明光院君は腕に装着したライドウォッチを見た男の子たちから「ちょうだい」攻撃。

 

 私のほうでも、通院の多いお子さんが「ここにあるご本はぜんぶ読んだから、あたらしいお話聞きたい」と言い出した時は焦りました。三代目桂米朝さんの『まめだ』を覚えていてよかったです……

 宝生先生や小児科医の皆さんはこれが毎日なんですね。尊敬します。

 

 割と大変な臨時業務に振り回されていた私たちの向こうで――宝生先生に異変が起きた。

 

 一秒だけ、宝生永夢という人間の像が()()()

 

「始まったか――!」

 

 明光院君は子どもたちを振り解いてエプロンを脱ぎ捨てると、宝生先生を追い抜いて病棟を飛び出して行った。

 

 はっとして、私も彼を追いかけた。




 薬関係の民話や絵本を見つけるためだけにネサフしまくった結果見つかったのが、上方落語『まめだ』でした。秋の噺で薬の処方についての内容でしたから合うかなあって。

 落語なんて美都せんせーの趣味は渋いって?
 いいえこれも布石です( ̄▽ ̄) ――拾える自信ないけどな!


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Syndrome9 戦士の救い、医者の救い ①

 フォーゼ&ファイズ編に間に合わす…!


 現場までの道は、ゲイツに変身した明光院君のバイクにタンデムさせてもらいました(彼の免許所持の有無はちゃんと確認しましたよ)。

 

 アナザーエグゼイドを認めるや、ゲイツはバイクを停めて私を降ろして、バイクのままアナザーエグゼイドに挑んだ。

 ゲイツがドライバーを逆時計回りに回した。

 

『食らえ!』

《 タイム・バースト 》

 

 バイクがマシンスペックを超えた速度で走って、急速回転する車輪がアナザーエグゼイドに三撃。緋色のソニックブームで爆散させた。

 

 爆散した――はずだったのに。

 そのアナザーエグゼイドは、人間の姿に戻ることさえなく、装甲を再構築して立ち上がった!

 

 こういうのって、必殺技を食らったら爆散するパターンじゃないんですか!? 現に私たちの時代のアナザーエグゼイドは、そうやってやっつけられたのに!

 

 私はスマホを取り出して、もつれる指で常磐君のスマホに電話した。

 

《美都せんせー!? どうしたの!?》

「急ですみません。いま私、明光院君と一緒に2016年に来てるんです。それで、明光院君がこちらの時代のアナザーエグゼイドと戦って――」

 

 ――思えば、この時点で、私は疑問に思うべきだったのです。ここ2016年の彼ではなく、2()0()1()8()()()()()()()()()()()()()ことに。

 

《実は、俺たちのほうでも調べてみたんだ。永夢の目的っていうか、アナザーエグゼイドの目的。聞いて、美都せんせー。実は――》

 

 常磐君は、宝生先生が協力を断った訳と、アナザーエグゼイドがゲームを使って被害者を出してきた事情を、語った。

 

「ドナー探しの、ため……それじゃあ、もし小和田君たちの中の誰かの心臓がケイスケ君に適合したら、心摘出をするつもりってことですか? みんなまだ生きてるのに!?」

 

 息子さんのためにアナザーエグゼイドになった父親。飯田さん。

 気持ちは痛いほど分かりますし、きっと間違いではない。

 けれど、その行いはどうしようもなく罪深い。

 

《たったさっき、永夢からライドウォッチを受け取った。俺も今からそっちの時代に……うわ!?》

「常磐君!?」

《ってて……大丈夫! ちょっとタイムジャッカーの横槍が入っただけ! すぐに行く! ――患者を救うのは医者の仕事。民を救うのは王様(おれ)の仕事って、永夢に啖呵切ってきたばっかりだからね!》

 

 常磐君のほうから電話が切られた。

 

 時同じくして、ゲイツがアナザーエグゼイドによって劣勢に追いやられていく。

 あちこちの建物の屋根を縦横無尽に跳び回るアナザーエグゼイドに対し、ゲイツ単騎の機動力じゃ追いつけない。

 それでも果敢に挑むゲイツを、アナザーエグゼイドが殴って、ゲイツが地べたに転がった。

 

「明光院君ッ!」

 

 私はとっさにゲイツに駆け寄って、傍らで膝を突いた。

 

 ――怖い。とても怖い、けど。

 人生で勇気を出さなきゃいけない場面は、きっと、今この時だと思った。

 

「飯田さん!! もうやめてください!!」

 

 アナザーエグゼイドの動きが止まった。

 

「きっとケイスケ君、不安でさびしがってます! 息子さんのそばに帰ってあげてください! こんな……っ、他人を犠牲にするやり方で命が助かったって、あとから知ったケイスケ君は、そのことで苦しむんじゃないんですか!?」

 

 私の言葉が届いたかは分からなかった。

 何故なら、襲いかかってきたアナザーエグゼイドを、空から飛来したセラミックボディのタイムマジーンが撥ね飛ばしたから。

 そのタイムマジーンから降りてきた、常磐君。

 

「ゲイツ! 美都せんせー! お待たせ!」

『っ、何故来た!! 首を突っ込むなと言ったはずだろう!!』

 

 ゲイツが立ち上がって常磐君の胸倉を掴み上げた。

 

『オーマジオウへの(みち)を行きたいのか』

「違う。俺は、そんな路は行かない」

『俺の言っていることが信じられないのかッ!』

「信じるよ。ゲイツも。ツクヨミも。だからこそ」

 

 常磐君はゲイツの手を、優しく、外させると、自らアナザーエグゼイドの正面に立った。

 

「俺は戦う!」

 

 

 “俺、王様になります!”

 

 

 ――そうですか。()()()()()()()、常磐君。実に君らしいといいますか。

 

 仮面ライダーになっても、不吉な将来を知っても、彼はブレない。普通の高校三年生なら大混乱の疑心暗鬼でしょうに。

 ――そんなとこが、担任教師イチオシの、常磐ソウゴ君、最大の長所ですけどね。

 

「変身!」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  ZI-O 》

 

 黒銀のセラミックスボディ。顔面には「ライダー」と刻んだルビーの受石(うけいし)とドルフィンの針。

 

 ――君の雄姿がいつまでも“そのまま”で在りますように。

 ――彼が自分で決めたのなら、“先生”はひたすらに、そう祈る。

 

 

 

 

 ジオウとアナザーエグゼイドの戦闘が始まった。

 見守ることに不安はなかった。ジオウは負けないし、アナザーエグゼイドも悲劇的な敗北者にしたりしない。そう信じられるから。

 

「織部先生!」

 

 この声――宝生先生? 追いかけて来たんですか?

 

 宝生先生はアナザーエグゼイドを見て眉をひそめた。

 

「僕の偽者……? とにかく僕も――! 大変身!」

《 マイティマイティアクションX 》

 

 エグゼイドがジオウに加勢した。

 

 なんだか、エグゼイドのほうが、ジオウやゲイツよりダメージをアナザーエグゼイドに通しているように見える。

 その光景を目にして、ジオウが先に解答を導き出した。

 

『アナザーライダーには、本物のライダーの力が効くんだっ!』

「よくぞ辿り着いたね、我が魔王」

『うぉおぉおぉお!?』

 

 ジオウはその場から飛びのいて、いつの間にか至近距離にいたウォズさんと距離を空けた。――あれ、ウォズさん? ここ、過去の時代ですよね。ウォズさん、どうやって来たんですか?

 

 ウォズさんは意味深なあれこれをジオウに語ってから、礼を取りつつジオウの前から退(しりぞ)いた。

 

 ジオウは腕から、ネオンイエローとネオンピンクに彩られたライドウォッチを外した。ガワを回してリューズを押したウォッチを、バックルの左に装填すると、仮面ライダーエグゼイドのマネキンじみたものが現れた。ジオウが蹴ったそれはバラバラになって、高くジャンプしたジオウの四肢を装甲した。

 

「祝え! 全ライダーの力を受け継ぎ、過去と未来を()ろしめす時の王者。その名も仮面ライダージオウ・エグゼイドアーマー! また一つ、ライダーの力を継承した瞬間である」

 

 すると、宝生先生が来てジオウと肩を並べて。

 

「ノーコンティニューで――」

『なんかクリアできる気がする!』

 

 ジオウが勇んでアナザーエグゼイドへ挑みかかった。



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Syndrome10 戦士の救い、医者の救い ②

 間に合ったぜおりゃあああ!


 ジオウが勇んでアナザーエグゼイドへ挑みかかった。

 

 攻撃がちゃんとアナザーエグゼイドに通ってる!

 宝生先生が変身したエグゼイドの力を、ジオウはしっかり発揮している!

 

『下がれ!』

「え?」

 

 ――ジオウの活躍に注目していた私は、自分自身の安全確保をすっかり怠っていた。

 有体に言うと、アナザーエグゼイドとはまた別の敵に襲われそうになった。それこそRPG序盤のザコ敵みたいなモンスター群。これもやっぱりゲーム路線だからでしょうか。

 

 私に得物を振り上げたモンスター群を、緋色のソニックアローが射貫いた。

 

《 ジカンザックス  ゆ・み 》

 

 ゲイツが私を助けてくれた――

 

『離れろ!』

 

 私は、はっとして、錆びた鉄柱の陰に逃げ込んだ。

 

 ゲイツがジカンザックスに自分のライドウォッチをセットしてから、円状に一閃。緋色のソニックブームがモンスター群を一掃した。

 

『勝手に襲われるな! そのまま隠れてろ!』

「は、はいっ」

 

 って、しまった。相手は教え子と同い年の(らしい)男の子なのに。勢いで頷いてどうするんです私!

 

 私一人があたふたする間に、ゲイツはアナザーエグゼイドと戦うジオウに加勢していた。

 

「キメ技を決めろ! キメ技!」

 

 宝生先生の飛ばした檄に応じて、ジオウはドライバー両側のライドウォッチのリューズを押して、バックルを逆時計回りに回した。

 

《 タイム・ブレイク 》

 

 空中に現れたのは文字のカットイン。

 ジオウはその「クリティカルヒット」の字幕下線をまず投げつけた。次に大ジャンプして「クリティカルヒット」の9文字を順に足裏に装填してからのキックを、アナザーエグゼイドに叩き込んだ。

 

 一連の技を見た宝生先生が、実に複雑そうにコメントした。

 

「そんなんじゃ、ないんだけどな……」

 

 

 

 

 

 ――戦闘が終わって、今度こそ元に戻った飯田さん。

 息子のケイスケ君のことで慌て出した飯田さんを、常磐君は宥めて、宝生先生に紹介しました。常磐君曰く、鏡先生が「あと一年早く転院してきたなら、俺の鏡式バチスタ手術で助けられた」と言っていた。だから宝生先生に、ケイスケ君をすぐに聖都大学附属病院に転院させてくれるようお願いしたい。

 

 常磐君は2016年の宝生先生との別れ際に、彼にモノクロのウォッチを渡しました。聞けば、あれが2018年で、宝生先生から受け取るエグゼイドウォッチに化けるのだとか。

 

 それにて一件落着。

 ――私が関われたのは、そこまで。

 

 小和田君を含む被害者は全員が意識を回復して、経過良好の人から次々に退院していっているそうです。

 

 これは完全なる余談ですが、笠間先生は免許証の裏面の臓器提供意思表示で、「3.私は、臓器を提供しません」の項目を○していました。

 ウォズさんが言ったことが本当だったなら、笠間先生の心臓はケイスケ君に適合していたのでしょうが、拒絶の意思が明記されている以上、笠間先生には手が出せなかったのです。法的には、ですが。

 

 

 

 

 

 いろいろと劇的な体験をしましたが、私の本職は教師です。

 今も休日出勤で職員室詰めです。

 

 来月の10月には、同じ校区の中学生の一日体験入学を予定しています。

 参加する中学生たちの参加希望授業の割り振りと、中学生を引率する先生との打合せ。あ、学食利用もコースに込みだから、食堂のおばちゃん方を普段より人数多めのシフトにしてもらわなくちゃ。

 えーと、他には――

 

 参加生徒の名簿を見ていて、私の目に留まった一つの名前。

 

 

 “××中学校3-4  飯田ケイスケ”

 

 

 ――嬉しいのか安心しただけなのか。ほんの少し、泣き笑いしてしまった。




 無理やり展開だったのは承知していますが、どうしてもフォーゼ&ファイズ編までに決着を上げなければと焦っての仕上げです。
 十中八九、加筆修正をするでしょう。
 今はこれにてお許しくだされm(_ _"m)

 次の放映日までにフォーゼのターンを文章に起こさねばならぬので、二度目のデッドヒート入りまーす!!( ;∀;)


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Interval1 バック・トゥ・ザ・ハイスクール

 嵐の前の息抜き回です。時間軸としては4話と5話の間。


 この国には「売り言葉に買い言葉」ということわざがあるという。

 ミトさんに習った。あの人は微妙に古い格言や故事成語に何故か精通していた。

 

 在籍する学生のフリをしているだけの光ヶ森高校で、俺が、実際に教室で授業を受けるハメになったのは、まさにそれが原因だった。

 

 ある日の夕食後にツクヨミと、常磐ソウゴも交えて3人で話していた時だ。

 アナザーエグゼイドの一件でタイムマジーンにトラブル搭乗した、織部美都という教師。彼女に文句をつけたことで常磐ソウゴが噛みついた。

 

「美都せんせーが教えてくれたことで悪かったことなんて一つもない! 疑うなら、せんせーの授業受けてみろよ! 言っとくけどすっごい面白いからな!」

 

 望む所だ、と言い返したのが俺の運の尽き。

 気づけばツクヨミも便乗して、俺たちは一日限りの“本当の高校生”をやる運びとなった。

 

 

 

 

 

 高校三年生ともなると、生徒たちの授業の受け方も複雑になってきます。

 例えば、2019年度のセンター試験では、歴史地理科目は10種類から最大2科目を選んで受験するように設定されています。

 歴史には日本史のA・B、世界史のA・Bがあるので、歴史教科のみでセンター試験にチャレンジするのでしたら、日本史A+世界史Bでなければいけないわけです。A・Bについては逆も然り。

 生徒たちはすでに歴史地理10科目中どの2科目を受験するのかほとんどが決めています。

 

 歴史地理の授業になると、自分が受験する科目の授業を受けに移動教室があります。

 移動教室は別のクラスの生徒と混ざっての授業ですので、見知らぬ顔があっても多少のごまかしが利く。私の担当教科である日本史Bのコマも然り。

 

 

 散り散りに席に座る生徒たちの中で、常磐君の席周りだけ人口密度が高い。

 ずばり、両隣に明光院君とツクヨミさんが座っているからなのでしょう。

 

 まずは豆テストのプリントを生徒に配ります。

 今日の内容である織豊政権から江戸時代興隆までの範囲です。模試と同じで選択肢から正解を選ぶ形式です。

 

「制限時間は5分です。では、始め」

 

 生徒たちが一斉にプリントを裏返して問題を解き始めました。

 

 明光院君とツクヨミさんは……やっぱり。ちんぷんかんぷんという表情です。両名かなりの苦戦が見受けられます。

 対照的に、鼻歌混じりでスラスラと解いていって、生徒の中で一番にプリントを伏せたのは、やっぱり安定の常磐君。彼は歴史全般には強いですからね。

 

 スケルトンの懐中時計のスモールセコンドが5周した。

 私は生徒の手を止めて、近くの席の人同士で豆テストを交換するように言いました。常磐君のところは――3人でシャッフルしたみたいですね。

 

「日本史Bはセンター試験での配点が100と低めですが、比較的少ない勉強量で90点台を狙える科目でもあります。特に大問2~5では古代・中世・近世・近代までまんべんなく出題されます。大丈夫。広範囲なだけで、順番の覚え間違いさえなければ分かる問題ばかりですから」

 

 私は正答を発表して、問題にまつわる時代の趨勢や偉人を黒板に書いていく。

 

「問3の正答は選択肢1の『織田信長は16世紀後半、東海地方に拠点をもつ戦国大名を尾張国で滅ぼした』ですが、この戦いは何だったでしょうか? 常磐君」

「はい! 信長は1560年の桶狭間の戦いで、今川義元と戦って勝利します」

 

 信じられないものを見る目の明光院君とツクヨミさん。

 ……50年後の教育体制が非常に不安に思えてきた私です。

 

「そうですね。この信長ですが、一時は“第六天魔王”の二つ名で日本を支配したものの、本能寺の変で臣下の明智光秀に討ち取られます。その後、光秀を討ってから天下人となったのが――」

「豊臣秀吉! 1582年の中国大返し!」

「またまた正解です、常磐君。――ここまでが織田信長の天下統一事業です。問題で信長と秀吉の間に光秀がいない、または光秀と秀吉の登場順が逆の選択肢が出たら、その選択肢は切ってください」

 

 生徒たちが豆テストのプリントにカラーペンで、私の言った注意事項を書き込んだ。

 

「では、前回の復習が終わったところで、今回は豊臣から徳川への政権交代までやりますよ。教科書のxxxページを開いてください」

 

 

 

 

 

 ――物心ついた時、俺の手はとっくに銃を握っていた。

 体格が出来上がってからは、バイクも、タイムマジーンだって乗り回した。

 レジスタンスの中でも一角の戦士であるミトさんのサポーターという名目で、最年少で抵抗運動に参加した。

 毎日がオーマジオウとの戦いだった。

 

 それが今はどうだ。

 学校なんて、昔語りでしか知らない場所にこうして座っている。

 いずれオーマジオウとなる常磐ソウゴと机を並べて。

 

「……、……の特徴は天皇権威の利用にあります。朝廷に命ぜられて関白になった豊臣秀吉は、天皇から日本全国の支配権を委ねられたと称して、全国の大名の領国裁定権を(ほしいまま)にします。以後は秀吉の独裁政権です。刀狩や太閤検地が有名な政策ですね」

 

 ()()は華やかに笑って、黄色いチョークで黒板に「刀狩」「検地」と書いた。

 

「これらの政策によって、兵農分離が完成。お百姓さんもお侍さんも身分が固定されて、リクルート禁止の国の出来上がりです」

「(ソウゴ。りくるーと、ってなに?)」

 

 ツクヨミがジオウに小声で尋ねた。俺も言葉の意味が分からなかったから、ついそっちに頭を寄せた。

 

「(ここでは転職って意味。由来は転職支援企業の社名。要は、どんなに強くても頭がよくても出世できなくなったの)」

「(自分は農民から天下人に大出世したくせに?)」

「それですよ。秀吉が農民の出であることは桃山文化にも少なからず関係します。ツクヨミさん、茶の湯の祖といえば誰ですか?」

 

 ツクヨミは慌てふためいて教科書を食い入るように見て、半泣きで常磐ソウゴに「これ何て読むの?」と尋ねている。

 

 先生の今の、自然に思わせて実は唐突な無茶振り――俺はミトさんで慣れているが。

 ――本当に、先生はミトさんじゃないのか?

 

「せ、せんのりきゅうっ」

「よくできました。正解です」

 

 ツクヨミが机にへたり込んだ。当たっててよかったな。

 

「茶人・千利休は秀吉の不興を買って切腹させられました。このくだりは映画の『花戦さ』で知ってる人もいるかもですね。映画の主人公は花道家で、利休の友人。茶も花も、その発端には、死者の魂の慰めと遺された生者のための癒しがあり、平和への祈りが込められていました。千利休は試験頻出ですから、チェックしといてください。特に挿絵の茶室。センターでの日本史Bは史料読解が多い傾向にあるので要注意ですよ」

 

 先生は他にも、当時の舶来技術で製作された絵やら本やらの挿絵を解説した。

 

 解説が終わった頃に、タイミングよく終業チャイムが鳴った。

 

「今回はここまで。もう一度くり返しますが、センターで日本史中世からの出題は史料読解が多い傾向にあります。単語より写真や法令の原文を意識してください」

 

 授業開始と同じで、日直が「起立」と「礼」を告げた。常磐や生徒たちが椅子を立ったので、俺もツクヨミもそれに倣って、頭を下げた。

 

 

 

 

 

 授業を終えて職員室に帰った私に、すれ違う先生方が「お疲れ様です」と声をかけてくれました。私も「お疲れ様です」と返しました。

 

 明光院君とツクヨミさんという一日体験生を加えての、ちょっとだけ違う授業。

 常磐君が話を持ち込んだ時には驚いたし、今日まで自信を持てませんでしたが。

 二人とも、楽しんでくれたならいいな。




 3話でゲイツもツクヨミも本当に編入すると信じて書き上げたブツです。
 まさかの、フリだった。

 実際に視聴した日の絶望感は人生で割とワーストランキングに入る……orz
 カッとなって供養に上げてみました(加筆修正は加えた)。

 本当に未来組が光ヶ森に編入してきたらこういう風景が毎日書けたのになチクショー!(ノД`)・゜・。


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Syndrome11 七重八重、花は咲けども

 今回からマイルール文字数上限を上げます。
 付いて来れる奴だけ付いて来いッ!!


 

 アナザーエグゼイドの事件の翌週のことでした。

 

 お昼頃に、私の自宅を、ふしぎなお客様が訪ねてきました。

 女子高生。髪の右側だけを耳にかけた、線の細い女の子。

 

 玄関まで応対に出た私は、はて、と首を傾げた。

 

 彼女の制服は天ノ川学園高校のそれです。天ノ川学園の先生には一人だけ顔見知りがいますが、生徒とのご縁はこれっぽっちもないし、彼女個人を私は知りません。どうしたものです?

 

 彼女は切羽詰まった声で切り出した。

 

「山吹果林! ……覚えてる?」

 

 やまぶき、かりん。

 ええと、ちょっと待ってくださいね。うーん……、……ああ!

 

「覚えてますっ。高3の時に編入してきた生徒さん。私、同じクラスだったんです。この家に来てくれたこともあります」

 

 山吹果林さん。読書する時の佇まいが絵になる女子だった。

 山吹さんは古典文学を好んでいて、休み時間の読書も、歌集をよく読んでいたのが印象に残っている。

 

 そんな山吹さんと私の間に交流が生まれたきっかけは、私のお父さんが書いた本でした。

 僭越ながら私の父・織部(かず)()は大学教授をしておりまして、日本の古典文学を専攻してます。日本古典の研究書籍も、ごくごく少しですが出版していたりします。

 山吹さんはお父さんの本を読んで、同じ織部姓の私が織部計都教授の親類ではないかと思って声をかけに来た。

 それをスタートに、私と山吹さんはよく話すようになった。

 

「私、あの……山吹果林の娘、なの。は、母親、から、織部さんの昔の話を聞いて、その、それで……」

「娘さん……山吹さんの? 我が家に来てくれたのは、お母さんから住所を聞いてですか?」

 

 彼女は無言で首を縦に振った。

 私はドアを大きく開けて、山吹さんのお嬢さんが通れるスペースを作った。

 

「どうぞ、上がってください。大したおもてなしもできませんが。それと、申し訳ないんですが、父は今日、大学の講義がある日で留守なんです」

「そう、なんですか。残念……」

 

 お嬢さんはローファーを脱ぐと、スリッパに足を通した。

 私はお嬢さんを連れてリビングに入った。

 

「適当に座っていてください。お茶でも淹れますね。苦手な茶葉はありますか?」

 

 はた、と。ここでこの娘さんのお名前を聞いてないことに気づいた。

 

「ごめんなさい。あなたのお名前、教えてくれます?」

「……り、ん」

「はい?」

「カリン、です。母と、同じ」

 

 ちょっとした偶然の合致に、きょとんとしてしまった。

 

「奇遇ですね。私の名前も亡くなった母と同じなんです」

「……そうなんだ」

「はい。母の名前も『ミト』と言いまして、それに漢字を当てて『美都』」

 

 私は改めてカリンさんにソファーに座るよう勧めた。カリンさんは小さく会釈してから、ソファーに腰を落ち着けた。

 

 私はキッチンへ。食器棚から、つい先日買ったばかりのルイボスティーの茶葉を取り出した。この茶葉、麦茶と同じで煮出す淹れ方だから楽なんですよね。ぐつぐつしたら3分ほど弱火にして、はい出来上がり。

 

 ルイボスティーを注いだカップをカリンさんの前に置いた。

 カリンさんはカップを持つと、息を吹きかけてから口を付けた。

 

 そろそろ「今日はどうして我が家を訪ねたんですか?」と切り出すべきなのですが――やめておきましょう。

 カリンさんにとってはそれを尋ねられるだけでも過酷だと、顔色を見て分かってしまった。

 

 私は何も問い詰めない。カリンさんも声を発しない。

 

 ――思い返すと、高校で山吹さんと過ごす休み時間は常にこういう感じでしたね。

 淡々と歌集を読む山吹さんの横で、私は次の授業の予習をしている。一緒にいるのに一人作業。文系人間の奥義に18歳ですでに開眼していた私たちなのでした。

 

 カリンさんのカップの中身が半分を切る頃合いを見て、私はお茶請けに貰い物のマドレーヌを出すことを思い立って、一言断ってソファーを立った。

 

 キッチンカウンターへ向かおうとした私は、出窓から望む街路に、フードで人相を隠した一人の男が立っているのを、見た。

 

 私はとっさに遮光カーテンを乱暴に閉めた。直後、カーテンを持つ両手に鳥肌が立った。

 

 分かっちゃいました。カリンさんが我が家を訪ねた理由。

 カリンさんはあのフードの男から逃げてきたんです。あの男の立つ位置や時間帯を鑑みて、不審者と思うなと言うほうが無理ですもん!

 

 

 ピンポーン♪

 

 

 肩が大きく跳ねた。私だけじゃなく、カリンさんも。

 

 居留守を決め込む? だめ。玄関を施錠して来なかった。こちらが出ないとあちらから上がり込むリスクが拭えない。

 

 私は、滅多に使わない、壁に据え付けのインターフォンを取って耳に当てた。

 

「どちら様でしょうか」

《すみません。お宅に山吹カリンさんがお邪魔してませんか? 私、山吹さんと同じ天ノ川学園のツクヨミといいます》

「え、ツクヨミさん?」

 

 よく知った声と名前を聞いたとたんに、警戒心がおむすびころりん。

 

 

 私は急いでツクヨミさんを家の中に上げて、リビングに招き入れた。

 

「ツクヨミさん。今日はどういった用事で……」

「ごめんなさい、先生。先に彼女と話をさせて」

 

 私が答える前にツクヨミさんはカリンさんの前まで行って、腕組みでカリンさんを見下ろした。

 

「女子高生連続失踪事件って知ってる? 18歳で天秤座の女子ばかりが立て続けに消された。アナタはその標的になってるの。学校でアナタを襲った怪物、アイツは何人もの女子生徒を犠牲にしてきた」

 

 事件。怪物。犠牲。

 まさかツクヨミさんが言っているのは、アナザーライダーのことでしょうか。

 ここに常磐君と明光院君がいないのは、アナザーエグゼイドの事件みたいに過去へ調査に飛んだからかもしれません。

 

 カリンさんは沈痛に顔を伏せるばかりで口を開かない。

 

 ツクヨミさんが私をふり返った。

 

「先生。彼女を私たちで保護させて。ここにいたら先生も戦いに巻き込まれちゃう」

「心配してくれてありがとうございます。でも、切迫した現状の女の子を、同じ年頃の女の子であるツクヨミさんと一緒に放り出せません。先生が車で送ります。準備するので少し待って――」

「その必要はない」

 

 ――、男の、声。

 

 背筋が凍る心地で思い出す。ツクヨミさんを家の中に入れた時、玄関の鍵、閉めて、こなかった。

 

 ツクヨミさんは私とカリンさんを背に庇うと、どこからかガラケーの意匠の銃を抜いた。

 銃口を向ける先には、やっぱり、あのフードの男がいた。

 

「誰? この人たちには触れさせない」

 

 息を、呑んだ。状況に、ではない。普段は神官のようなツクヨミさんの雰囲気が、一転して戦士のそれになったことに。

 

 けれども、フードの男はツクヨミさんの闘気を意に介していない。憎悪をあらわにカリンさんだけを凝視している。

 

「邪魔しないでくれるかなぁ」

 

 男が一歩を踏み出す――寸前。私たちの中の誰でもない第三者が男に背後から掴みかかった。

 でも、第三者の彼は、男ともみ合った末に私たちのほうへ突き飛ばされてしまった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 私はとっさに、床に強く突き飛ばされた彼を、支え起こした。

 

「お前は――」

「久しぶりだな。草加」

「乾……何をしに来たッ!」

「お前を止めに来たんだよ!」

 

 このやりとりから読み取るに二人は知り合いのようですが、穏やかな仲でないのは明らかです。

 

 乾と呼ばれた彼は、立ち上がって再び、草加と呼ばれた男に掴みかかった。二度目の乱闘にもつれ込んだ。

 

「乾ィ! これはお前には関係のない話だ!」

「関係ないわけあるか!!」

 

 確定です。草加さんの狙いはカリンさん。ツクヨミさんの怪物発言と合わせて考えると、草加さんは失踪事件に関わるアナザーライダーである疑念も浮上。

 

 もみ合っていた男性二名。今度は草加さんが乾さんに押されて本棚にぶつかった。弾みで本棚から数冊が落ちて、草加さんの頭に降り注いだ。――卒業アルバムや記念の機関誌といった大事な品ばかりが。

 

 あ……あったま来たーーーーっ!

 

「ケンカするなら外でやりなさい! 警察呼びますよ!?」

 

 これに怯んだのは乾さんのほう。彼は痛い所を突かれたとばかりに手足を強張らせた。

 

「部外者は引っ込んでいてくれ」

「いいえ、関係者です。カリンさんは、私の同級生の娘さんですから。そうでなくても、他校生とはいえれっきとした高校生で、私は教師。助けを求められたら全力で助けます」

 

 三者三様に動きを止めた今がチャンス。

 私はスマホで「110」を素早くタッチして、発信のアイコンに指をかけ――

 

「やめて、()()()()

 

 私の右手を両手で包んで止めた人は、他でもないカリンさんだった。

 

「もういいの。草加さんは悪くない。私が待ち合わせ場所に行かなかったから。私が怖気づいちゃった、から」

 

 カリンさんは潤んだ両目で私を見つめた。

 

「……嘘なの」

「何が、ですか?」

「娘なんかじゃない。そもそも『山吹果林』なんて女の子、最初から存在しなかった」

「ちょっ、ちょっと待ってください。事情がさっぱり分かりません!」

「分からなくていい。巻き込んじゃってごめんなさい、織部さん」

 

 その言い回しだとまるでカリンさんが山吹さん本人であるみたいです。そんな非現実的なことが……あってもおかしくないのがこの世だって、常磐君を通して知ったばかりじゃないですか。

 

 深呼吸を一つ。――織部美都は腹を括りました。

 

「草加さんに乾さんとおっしゃいましたね。お二人とも今すぐ我が家を出て行ってください」

 

 110番の発信アイコンを、タッチした。

 

「パトカーが来て騒ぎになってからじゃ、遅いですよ。おもに社会的立場が」

 

 

 ――ずーっと後日にツクヨミさんに聞いたところによると、彼女はこの時、人生で初めてヒトの笑顔を「怖い」と感じたそうです。




 フォーゼ×ファイズ編、ぶっちゃけ死ぬほど難産です。
 ほんっと! かなり難しいです。まだここまでしか書き上がっていないんです(T_T)

 熱心な方々はあちこちでオルフェノクを絡めて上手に考察していましたが、作者の頭ではそこまで及びませんでした。みんなすごいなあ…(遠い目)

 あと草加。オリ主の憶測とはいえJK狙いの変質者扱いしてマジすんません!!m(_ _"m)


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Syndrome12 実のひとつだに、なきぞ悲しく

 有名な歌ですのでお察しの方もいるでしょうが、本来はタイトルの歌「~悲し“き”」で終わってるんですよね。
 終わらせません(キッパリ


「――以上が、ソウゴとゲイツが2011年に飛んでる間に、こっちで起きたことよ」

 

 ツクヨミが語った、例の織部美都という先生宅でのハチャメチャな展開に、俺は(遺憾だがジオウと揃って)顎を外すところだった。

 

 夜8:00過ぎ。クジゴジ堂に帰ってくると居間に知らない男がいたから怪訝に思ったが、この乾巧という男が先生から受けた仕打ちを考えると、クジゴジ堂に避難してきたことにも頷けてしまう。

 

 勝手知ったる他人の家。ツクヨミはキッチンでホットコーヒーを4人分淹れてから、それぞれのマグカップを運んできて俺たちの前に置いた。

 

「山吹カリンは」

「先生が彼女の自宅まで車で送って行ったわ。パトカー……だっけ。この時代の司法機関が乗り回す特殊車輛が家に乗りつけて、警官の事情聴取が終わってからだけど」

 

 ジオウの正面に座る乾がコーヒーに口を付けた。これしきで「熱い」と言うんだから猫舌なんだろうな。

 

「アナザーライダー……いや、怪物とはまた別に、草加という男に、山吹カリンが襲われたと言ったな。ソイツは何故、山吹カリンを狙っている?」

 

 さあな、と乾は素っ気なく答えて、椅子を立った。

 

「二人はどうだったの?」

「――奴は二つのライダーの力を持っている可能性がある」

「女子高生連続失踪事件は、2011年じゃなく、もっと前から始まってたのかもしれない」

 

 山吹カリンの護衛はジオウと乾がすることになった。

 俺たちの調査はゼロスタートへ。事件の詳細を最初から洗い直しだ。

 

 

 

 

 

 翌日。俺はツクヨミと二人で女子高生連続失踪事件を遡る作業を始めた。

 

「まずは、これ。織部先生から借りてきたの」

 

 ツクヨミがテーブルに広げたのは、『2006年度卒業アルバム』と銘打たれた薄い冊子だ。

 

 ツクヨミが開いたページを見て、俺はアルバムを掴んでそのページを凝視した。

 卒業生一覧のページには、山吹カリンの写真が卒業生の一人として載っていた。名前は“山吹果林”。字は異なるが同じ“カリン”だ。

 

「彼女、先生にはこの果林って子の娘だって名乗ったらしいけど、年齢が合わないの。今のカリンは18歳でしょう? ソウゴと同じ2000年生まれ(ミレニアムチルドレン)だけど、母親の果林は先生の同級生だから、2000年だとせいぜい12歳か13歳。とても子どもを産めるとは考えられない」

「タイムジャッカーか……? 二人の“カリン”が同一人物ということか? それだと山吹カリンは15年も外見に変化がないことになる。明らかに不自然だ」

 

 だがその“不自然”は何に由来する? アナザーライダーが噛んでいるのか? 軽く頭が混乱してきた。

 

 次にツクヨミはタブレットの検索機能で、2003年の事件の一つをサルベージした。新聞記事という、紙を媒体としたこの時代の世情解説紙だ。

 ツクヨミが指した記事には、2003年に山吹カリンが交通事故で死んだと書いてあった。しかも山吹カリンの遺体は翌日未明に窃盗され、同日、佐久間龍一と坂本若菜という18歳の学生が失踪していた。

 

 2003年に死んだなら、2006年度卒業生としてアルバムに載るこの“カリン”は“誰”なんだ? 天ノ川学園の山吹カリンと同一人物なのか?

 

 もどかしい……情報が錯綜しすぎている。

 

 そこでツクヨミの持つ真新しいスマホが着信音を上げた(ファイズフォンだと悪目立ちするらしいので新調した品だ)。

 

「もしもし。――ソウゴ。何かあったの?」

《居たんだ、もう一人! 天ノ川学園の生徒に、今日が誕生日で18歳になる、天秤座生まれの女子が!》

 

 ツクヨミと顔を見合わせてから、俺たちは即座に椅子から立った。

 

 

 

 

 

 ――光ヶ森高校。職員室。

 

 私は自分のデスクで、スケルトンの懐中時計を出して時刻を確認した。

 

 もう放課になって1時間ほど経ちます。天ノ川学園もたぶんそうでしょう。

 カリンさん、無事におうちに帰れてたらいいんですけど。

 昨日も自宅前まで送ると言ったのに、カリンさんは途中で降ろしてほしいと言って、それでお別れしちゃった。

 

 聞けなかった。

 カリンさんは私の同級生の山吹さんなのか、ではない。

 山吹さんはどうして私に会いにきたの?

 

「織部先生、お電話ですよー」

「え。あ、はい、すぐにっ」

「保留1でーす。天ノ川学園の山吹カリンさんって方から」

 

 私はすぐさま自分のデスクの受話器を取った。

 

「代わりました、織部です」

《織部さん? 山吹です》

 

 何故でしょう。彼女が「山吹」と自ら名乗っただけなのに、すとん、と。カリンさんは山吹さんであるという事実が腑に落ちた。

 

《昨日の今日で立て続けにごめんなさい。どうしても織部さんにお願いしたいことがあるの。事情も全部話す。だから、お願い。これから言う場所に――を持って来て》

 

 

 

 

 

 公園から遊具が次々と撤去されるこのご時世、訪れる人がいなくなって荒れた公園なんて、都内には山ほどある。

 山吹さんが私を呼び出した場所は、そういった公園の中の一つでした。

 

「来てくれてよかった」

「本当に、山吹さんなんですね」

「うん。昨日は嘘ついてごめん。改めて、久しぶりね、織部さん」

「お久しぶりです、山吹さん。頼まれた物は持ってきました」

 

 私はバッグから、高校時代の名札を取り出した。

 ――当時、私たちの高校では、第二ボタンの交換ならぬ名札交換が、卒業生の恒例行事だった。うちの高校は制服がブレザーだったから生まれた、単なる仲良し女子同士のイベント。――まさか卒業して11年経った今やるとは、夢にも思いませんでした。

 

 山吹さんも苦笑しつつポケットから私のと同じ様式の名札を取り出した。

 私たちは無言で名札を差し出し合い、受け取り合った。

 

「全部話すね。2003年10月25日から始まった、私と――佐久間君の15年間を」

 

 

 ――山吹さんは語りました。

 山吹カリンがすでに交通事故で亡くなっていること。彼女を蘇生するためにアナザーファイズになった佐久間龍一さんのこと。佐久間さんが18歳で天秤座の女子の命を奪っては、山吹さんに与えて延命させてきたこと――

 

「織部さん、驚かないのね」

「驚きすぎてかえって冷静といいますか」

「一周回って落ち着いちゃうとこは高校時代から変わらないんだ」

 

 くすくす。山吹さんは愉快さを隠さない笑い声を零した。

 

「――ここが佐久間君とのいつもの待ち合わせ場所だった」

 

 色褪せた柱のオブジェを、山吹さんは懐かしげに撫でた。

 

「15年前、私が死んだ日もそうだった。流星群を見に行く約束だったの。でも予報外れの雨が降ってきた。今夜は無理だなあって頭じゃ思ってたけど、それでも、もし佐久間君が来てくれたら。私、あの頃まだガラケー持ってなかったから入れ違いになっちゃうし、そうなったらわざわざ来てくれた彼に悪いしって自分に言い訳して、雨の中、ずうっとここで待ってた。流れ星が見られなくても、佐久間君の顔が見たかった」

 

 ――彼女の目尻から溢れて流れた(しずく)こそ、きらめく星のよう。

 山吹さんは、そんな悲しい泣き顔のまま、私を顧みた。

 

「非道いよね、私。こんなの良くないことだって分かってるのに、15年もこんなふうにズルズル生きてきた。だって、やっぱり生きてるのは楽しい。佐久間君が怪物になってまで生き返らせてくれなかったら、私、織部さんとも会えなかった」

 

 どう答えていいか、何を答えるべきなのか、これっぽっちも頭に浮かばない。

 

 私だって山吹さんと会えてよかったと思ってます。家に来て、お父さんに和歌の専門的な話を聞く時の山吹さんの横顔だけは、今でも明瞭に思い出せるんです。

 

「私ね、織部さんと一緒の高校で卒業して以来、一度も卒業式に出たことないんだ」

「それって、どういう意味……」

「卒業したら就職先や進学先を聞かれるでしょう? もちろんそんな宛てあるわけないから何も言えない。そしたら先生にも同級生にも怪しまれるから、進路調査のシーズンが近づくたびに、その学校を出て行ってたの」

「そんな生活を、15年間、ずっと……?」

 

 山吹さんは無言で頷いた。

 私は、体を衝き動かす感情のまま、山吹さんの頬を平手で叩いた。

 

「――、え」

「さっき言いましたよね。『良くないことだって分かってる』。いいえ、分かってない。山吹さん、ちっとも分かってません」

「そんなことっ……そんなことない! 私、草加さんに自分で頼んだもの! 私をもう一度殺して、死体に戻して佐久間君から引き離してって! そうすればきっと佐久間君を止められる、もう犠牲を出さなくてよくなるから……!」

「それです。山吹さん、あなたを延命するために何人の18歳の女の子が死にましたか? 10人? 20人? みんなまだ18歳だったんですよ。これから大学に進んだり社会に出たり、明日を楽しみに生きていたでしょうに。山吹さんは言いましたね。卒業式には一度しか出たことがないって。その子たちは、人生一度きりの“高校卒業”すらできなかった!!」

 

 山吹さんは顔をざあっと白くして、一歩二歩と、後ろによろめいた。

 逃がさない。

 

「これが15年という歳月の厚みです。理解できましたか? 15年もあれば、私でさえ、こうやって人を怒鳴ることができるようになるんです」

 

 私は山吹さんの肩を掴んで、思いっきり彼女を、抱き締めた。

 

「…っ、ふ、ぇ…ぅぅ…あ、あぁっ、わあああ…っ、あああん……!」

「酷い言葉をぶつけてしまってごめんなさい。山吹さんは昔から、このくらい言わないと本心を明かしてくれない口下手さんでしたから。15年間も、誰にも“本当の自分”を言えなくて、辛かったですね」

 

 山吹さんの涙が私の肩を濡らしていく。

 

「死のうとしたの、本当に何度も決心したの……っ! でも、自分じゃできなくかった! もう死んだ体なのに、痛いのも血が出るのも生きてる時と同じで、だから、いつも土壇場で怖く、なって……再会した草加さんが、もう終わらせてやるって言ってくれたのに、それも、避けて……自分だけが可愛くて、たくさんの人生を台無しにする自分から15年も目を逸らし続けたッ! ――佐久間君が怪物なんじゃない。私こそが、誰より一番醜い人間(かいぶつ)なのよ! …う、っ…あああああん…!」

 

 私は何も言わないで山吹さんの背中をさすった。




 ソウゴの言う“犠牲のサイクル”は、どうして15年も続いたのだろう?
 それを真面目に考えて、二つの答えが出ました。
 二つ目は答えというより歴史の整合性みたいな考察に当たるので、一つ目だけをば語ります。

 それは、カリン側にも煮え切らない部分があったんじゃないか? ということです。

 実は「やっぱり生きてるのは楽しい」は『仮面ライダー4号』での巧の台詞「やっぱり、生きてるのは悪くない」のオマージュだったりします。
 青春真っ盛りの18歳女子。まだまだこれから。自分の延命のために犠牲者を出すと知っても、「じゃあもっぺん死ね」と言われたら無理だと思うんです。現にカリンは自分から草加に頼んでおきながら、実際に屋上から落ちた時は抵抗もしたし悲鳴も上げてました。それは、どこかで二度目の死を受け入れ切れてなかったからじゃないかなー、って。

 佐久間の行いの罪や救いは、原作にてソウゴとゲイツがコンビネーション抜群に語りまくってくれた。
 ならば拙作ではカリン視点からストーリーを展開しよう。
 誰も書かないスポットから書く。それが、あんだるしあ流である(`ФωФ') カッ

 美都せんせーとの名札交換は次回への布石です。


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Syndrome13 みのひとつだになきとても

 山吹さんが落ち着いて、徐々に泣き止んでいく。

 

「……ありがとう、織部さん」

「それほどでも。――女の子の顔を叩いちゃってすみませんでした。口の中が切れたりしてませんか?」

「平気よ。やっぱり織部さんて心配するポイントがズレてるのね。自分だって女子なのに、女の子の顔って」

 

 ふふ、と山吹さんは朗らかに笑った。

 

「そうよね。あなたはもう30歳の立派な大人で、私は18歳の小娘で時間が停まったままなんだもの」

「ま、まだギリギリ29ですっ。誕生日までは20代気分でいさせてくださいっ」

 

 ふと山吹さんは私に対して上目遣い。

 

「もしかして、学園で佐久間君とやり合った仮面ライダーの男子二人って、織部さんの教え子?」

「……クラス担任です」

 

 変身してやり合ったんですね、常磐君。二人と言うからには、明光院君もですね。

 未成年が集う学び舎の敷地で、何てやんちゃをしてくれますか君たちは。天ノ川学園にお詫びに伺うべきでしょうか。

 

「怖くないの? 仮面ライダーの“先生”するなんて」

「そういう気持ちがゼロではないです。それ以上にもっと怖いことがあるだけで」

 

 私の教え方が悪いばかりに、生徒が受験で落ちたりワーキングプアになったりしたらどうしようって、春先はプレッシャーで毎日が不安でした。いいえ、半年経った今でも不安でしょうがないです。気を抜いたら倒れそうなほどに。

 

 一クラス30人分の若者の将来を背負っているんですもん。受け持つ生徒の中に一人か二人の仮面ライダーが混ざったところで、生徒30人分に比べたら大したことじゃないですよ。

 

「――私も、織部さんのクラスの生徒になってみたかった」

「これからどうするんですか?」

「今度こそ草加さんに会いに行く。会って、終わらせてもらう」

「私も一緒に行きます」

「私に拒否権は?」

「ありません」

 

 山吹さんは、私と交換した名札を胸に当てて、微笑んだ。

 

 

 

 

 私は山吹さんを車に乗せて、草加さんとの待ち合わせ場所だという、市街地の一つの高架下を目指した。

 

 車は適当な場所に停めて、山吹さんと二人、草加さんが待つはずのその場へ向かったのですが、そこには予想外の光景があった。

 

 アナザーフォーゼ(ツクヨミさんに言わせると)が、生身の草加さんと乱闘している。今までの話で、アナザーフォーゼは佐久間龍一さんだってもう知っている。

 

 アナザーライダーである佐久間さんに、草加さんは一方的に暴行されている。彼我の実力を鑑みれば当然の流れ。

 

 痛めつけた草加さんの首をアナザーフォーゼが掴んだ。絞め殺そうとしている!

 でも、私が止めに入るまでもなかった。

 

「やめろぉ!!」

 

 どこからか駆けつけた乾さんが、アナザーフォーゼに体当たりした。

 その弾みでアナザーフォーゼが草加さんの首を絞める手を緩めた。草加さんは地面に転がって、咳き込んだ。

 

 私は急いで草加さんに駆け寄って、倒れた彼を支え起こした。

 

「草加さん、大丈夫ですかっ」

「これ、くらい…っ、ぐ…!」

 

 草加さんに替わってアナザーフォーゼに応戦する乾さん。でもやっぱり生身の人間じゃだめなの? 乾さんのパンチやキックが当たっても、アナザーフォーゼには大きなダメージに繋がってない。

 それどころかアナザーフォーゼが乾さんのお腹に重い一撃を入れて、乾さんを吹き飛ばしてしまった。

 

「やめて、佐久間君! こんなことしても何にもならない! もう私のために犠牲を出さないで!」

 

 山吹さんの訴えは本心からのものです。そこにさっき語った“自分可愛さ”はない。分かります。たったさっき号泣した彼女を見たんですから。

 

 私はアナザーフォーゼが怯んだ隙に乾さんにも手を添えました。

 

「乾さん――」

「くそ、何なんだこのバケモノは……!」

「乾……お前、何故そこまで」

 

 乾さんは痛みを殺しながらしっかりと草加さんを見据えた。

 

「俺はお前が嫌いだ、草加。だがな、お前は俺の仲間なんだよ! ――悔しいことにな」

 

 仲間。

 ここ何日か聞いた中で一番のパワーワードでした。

 

「美都せんせー!」

 

 私をそう呼ぶのは私のクラスの生徒だけで、この事態で駆けつける生徒には一人しか心当たりがありません。

 

「常磐君。明光院君、ツクヨミさんも」

 

 これにてアナザーフォーゼを三方向から囲む形になった。

 

『邪魔をするな! 全てはカリンのため!』

「佐久間君ッ!」

 

 アナザーフォーゼは足から発射したミサイルで爆煙を上げて、目晦ましにして姿を消してしまいました。

 

 山吹さんの気持ち、佐久間さんに届かなかった……

 

 ふいに乾さんがズボンのポケットから何かを取り出して、常磐君を呼びつけた。

 歩み寄った常磐君に乾さんが渡したのは、なんとライドウォッチです!

 

「以前からずっと持ってた。これはお前の物だろう?」

 

 ライドウォッチを持っていたなら、乾巧さんこそが歴史上正しい仮面ライダー555だったということになります。

 

 常磐君はライドウォッチを受け取ると、戻って行ってそれを明光院君の手に握らせました。

 

「――なに?」

「頼んだ。アナザーファイズを止めてくれ」

「俺が?」

「うん」

 

 明光院君は常磐君の真意を探るように彼を凝視しましたが、やがて、その手に555ウォッチを握って、踵を返して走って行きました。きっと行く先は、全ての始まりである2003年10月25日。

 

 2016年に飛んだ時みたいに明光院君に付いて行きたい気持ちは、無いわけじゃない。けれどこの場には、教え子の常磐君と、友人の山吹さんがいるから、自重した。

 明光院君が無事に2003年に行って帰ってきてくれることを祈った。まるで親兄弟を送り出すような心境で。

 

「ところで美都せんせーがどうしてここに?」

「山吹さんに付いて来まして。常磐君とツクヨミさんが来たなら、やっぱり仮面ライダー関係の事件なんですね」

 

 常磐君は頷いた。隠そうという素振りもなかった。

 

 

 女子高生連続失踪事件。その真相は、草加さんの口から改めて明かされました。

 

「佐久間の犠牲者は、世間では家出として扱われていた。佐久間のほうも、周囲にそう思われやすい、素行の悪い女子に目星をつけて襲っていた」

「雅人は何で彼女を狙ったの?」

 

 こら、常磐君。草加さんは君より二回りは年上なんですから、ですます調で話さないとだめじゃないですか。

 

「カリンも佐久間も、流星塾という養護施設の仲間だ。俺と同じくな」

「流星塾――やっぱり流れ星から始まったんだ!」

 

 私が常磐君にどういう意味かを尋ねると、先日、常磐君の前にまたウォズさんが現れたそうです。ウォズさんは「この件は流れ星から始まった」とだけ言って消えたそうです。

 流れ星。2003年10月25日、流星群を見に行く約束をしていた山吹さんと佐久間さん――

 

「バケモノになった佐久間は止められない。ならカリンのほうを葬って、カリンの遺体を佐久間から引き離せれば、あるいは。そう考えた」

「仲間のために自分の人生を台無しにしたわけだ。――馬鹿な奴だ」

「そう言う巧もね」

 

 ああ、常磐君たら、また丁寧語を忘れてる。

 

「佐久間さんも、ここにいるみんなが、自分を犠牲にして仲間を救おうとしてる。でもこのままじゃ誰も救われない。この犠牲のサイクルから脱出するために、やるべきことは一つだ」

 

 常磐君は山吹さんの正面に立った。

 

「俺は佐久間さんを止めたい。そのためには、君の助けが必要だ」

「私の?」

「雅人のやり方だと、さっきみたいに逆上した佐久間さんが何をするか分からない。佐久間さんを本気で止めるためには、誰よりも君が佐久間さんに、こんなのはもういい、って訴えなくちゃ」

「山吹さん……」

「大丈夫よ、織部さん。――常磐君、だっけ。むしろ私からお願い。佐久間君を、止めて」



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Syndrome14 花も咲かずば待ち焦がれたる

 今週も間に合わせたぞこんにゃろおおおお!


 

 山吹さんに聞くところによると、佐久間さんが女子高生の“狩り場”としている場所は、天ノ川学園の校区に編入してからは一つしかないそうです。

 

 ――郊外にある潰れた町工場。

 逃がしたターゲットの女子高生を見つけたなら、佐久間さんがターゲットを連れ込むのはそこしかない。

 

 乾さんと草加さんは、自前のバイクで一足先に現場に向かいました。常磐君も、乾さんのバイクに相乗りで先行です。

 

 山吹さんとツクヨミさんは私が車で連れていくとして、その前に。

 私は天ノ川学園で顔見知りの先生のスマホに連絡を入れました。

 常磐君の証言からするに、おそらくはフォーゼウォッチを託したと思われる人物です。その先生に、逃げた女子生徒の保護を頼むことにしました。

 

「――。はい。なので……。ええ。すみません。よろしくお願いします。如月先生」

 

 スマホでの通話を終えてから、私は女子二名を乗せた車でその町工場まで飛ばしました。法定速度ギリギリまでスピードを出しました。

 

 

 私たちが駆けつけた時、すでに戦闘は佳境でした。

 

 ジオウがフォーゼウォッチのリューズを押して、バックルの左側に装填、バックルを逆時計回りに回した。

 

『もう犠牲を出さなくていい!』

《 アーマー・タイム  FOUZE 》

 

 ジオウの両手に、文字通りロケットパンチが備わった。あちこちから炎と熱気を噴くデザインのボディ。モチーフは宇宙ロケットだと全パーツが主張しています。

 

 アナザーフォーゼは焦ったようにジオウに襲いかかりました。ですが換装したジオウの膂力に、逆に押されています。

 

「やめて、佐久間君!」

『ッ、カリン……!』

「私はもう誰かを犠牲にしてまで生きていられない! それに、これ以上、佐久間君の人生まで犠牲にしたくない!」

『いやだッ! 俺はカリンを救う……カリンを……!!』

 

 アナザーフォーゼは駄々をこねるようにジオウに掴みかかる。

 ジオウは背中のバーニアと右のロケットパンチのブーストを噴かして、アナザーフォーゼの胸部を殴って吹っ飛ばしました。

 

 見ているだけの私でさえ、胸が痛む光景でした。

 山吹さんだけじゃなく、同窓生の草加さんさえ言葉を発しかねています。

 

『あんたは、彼女を救ってなんかない! あんたがやってることは、彼女を苦しめてるだけだ! だから――()()()が、お前たちを救うッ!!』

 

 ――ここにいないはずのゲイツの声が、ジオウの声に重なって聴こえた気がした。

 

 ジオウはバックル左右のウォッチのリューズを両方押して、ドライバーを逆時計回りに回した。全身の噴射口から噴き出す炎の熱がこっちまで伝わる……!

 

《 タイム・ブレイク 》

『ロケット錐もみキーーック!』

 

 ロケット形態を取ったジオウが高く飛ぶ。

 ロケットブースターの推力を全て乗せたキックが、アナザーフォーゼを貫いた。

 

 着地したジオウが変身を解いた。私にとっては見慣れた常磐君に戻った。

 けれど、決定的に異なるものがある。

 

 厳しくも公正な、威風堂々とした佇まい。――王者の風格。

 

 彼は、間違いなく“王”になる。

 魔王か賢王かなんて問題じゃない。私はこの時、常磐ソウゴという人物にまぎれもない王聖を見た。

 

「アナザーファイズにならない……ゲイツ――!」

 

 ああ――明光院君も2003年でやり遂げてくれたんですね。

 

 人間の姿に戻った佐久間さんは、汗だくの顔で、這うようにこちらをふり返りました。

 そんな佐久間さんに、山吹さんは駆け寄って、しゃがんで目線の高さを合わせました。

 

 山吹さんが伸ばした手を、佐久間さんは弱々しく取った。

 

「カリン……ごめん」

「ううん、ううん……っ」

 

 っ! 山吹さん、体が透けて……!

 

 とっさに彼女を呼ぼうとした自分がいた。けれど、ぐっと我慢した。ここで山吹さんと佐久間さんのお別れを邪魔しては、だめ。

 

「佐久間君、今までありがとう。あなたは、自分の人生を、生きて」

 

 それが、遺言。

 山吹カリンさんという存在は、金色の光になって消えていった。

 

 涙を流さないように拳を握った。きっと今ここで泣いていいのは佐久間さんだけ。

 泣かないから、一回限りのお節介を焼かせてください。

 

 私は佐久間さんに歩み寄ってしゃがんでから、公園で山吹さんと交換したあの名札を、佐久間さんに見せた。“山吹果林”と印字されています。

 

「これ……」

「不思議でしょう? 2003年に山吹さんが死んだなら、2006年度卒業生の名札に山吹カリンの名前なんてあるはずないのに。何故か、これは私の手から消えませんでした」

 

 どうして残ったのかは分かりません。下の名前を「果林」という偽名にしていたからでしょうか。

 

 山吹さんの名札をこわごわと受け取った佐久間さんは、その名札をきつく額に押し当てて、泣き出した。――号泣だった。

 

 

 

 

 

 アナザーフォーゼ&ファイズ、ブッキング事件が終結した日、その夕飯前。

 

 クジゴジ堂に帰ってから、俺は借り部屋にて、先生の私物である卒業アルバムを開いた。

 やはりと言うべきか。2006年度卒のアルバムには、“山吹果林”の写真は一枚も載っていなかった。

 

 

 “アナタはだーれも救わないんだ”

 

 

 承知の上でアナザーファイズを倒した。俺がすることはそういうことだ、と。今さら感傷に浸ってどうする。

 

 死んだ人間は生き返らない。失くしたものは戻らない。

 現在を善くするためであっても、過去の歴史を変えてはいけない。それが確定した人の生き死になら尚更だ。ミトさんも大人たちもみんなが俺たちに言い聞かせたことだろうが。

 

 

 ピリリリリリ♪ ピリリリリリ♪

 

 

 だあぁ!?!?

 ……な、何だ。スマホの着信音か。脅かすな。

 

 誰からだ? 番号交換はツクヨミと、あとジオウくらいとしかしてないはずだぞ。

 

 とりあえず通話のアイコンをタッチして出てみた。

 

《こんばんは、明光院君。織部です》

「……何でだ?」

《すいません。常磐君に番号を教えてもらっちゃました》

 

 よし決めた。今晩の夕飯のおかずを一品、ジオウの皿から没収しよう。

 

《取り急ぎお伝えしたいことが出来まして、こうして電話させてもらいました。明光院君からすればアナザーファイズだった、佐久間龍一さんのことです》

「! タイムジャッカーがまた手出ししてきたのか!?」

《い、いえっ。そういう切羽詰まった話ではなくてですね。――こほん。草加さんに教えていただいたんです。アナザーファイズにならなかった佐久間さんが、山吹さんの死後、どんな時間を送ってきたか》

 

 俺は固唾を呑んで先生の言葉を待った。

 

《佐久間さん、今、“流星塾”っていう児童心療施設を経営してらっしゃるんです》

 

 は? と、我ながら間抜けな声を上げた。

 

《2006年にはもう開いてたってことでして。12年前からあった施設なのに、私、初耳でした。名前はやっぱり、育った施設の“流星塾”から取って。なんでも、()()()()()()()()()の帰りに、偶然会った少年サッカーの男の子と色々話したのがきっかけなんだそうです。現在は施設長として立派に児童カウンセラーをしてらっしゃいます》

「――そのことを、何故、俺に」

《明光院君が頑張った成果です。明光院君に一番に伝えるべきでしょう》

「俺が?」

《君が、ですよ。君が佐久間さんを2003年で止めたから、15年に渡って若い女の子たちを犠牲にするアナザーライダーの佐久間さんじゃなく、“子どもの心を癒そうと日々努める流星塾の佐久間さん”がいるんです。――山吹さんの名札や、こうして変わった歴史を自覚できる私が、どこか普通ではないことは薄々自覚しています。それでも今は、よかったです。こうして明光院君に言ってあげられる》

 

 ――労わりに満ちた彼女の声を、俺は一生、忘れない。

 

《よく頑張りましたね。えらかったですよ、明光院君》

 

 おやすみなさい、と挨拶を交わして通話が終わる。

 

 俺は壁に背中を預けてずるずると座り込んだ。

 今の自分がどんな顔をしているか、鏡を覗くことだけは絶対にできない。




 タイムジャッカーの契約者がどういう扱いか原作では語られてないのにやらかす。それがあんだるしあ流である(`ФωФ') カッ

 与太話ですが、佐久間が「墓参りの帰りに会ったサッカー少年」は電王5・6話に登場した大輝君だったりします!
 ちょうどサッカーチームのレギュラーから外されてすぐでしょんぼりな大輝君。そんな彼と佐久間が出会えたのは「カリンの墓参り」という出来事あってこそ。そうやってバタフライエフェクト的に二代目流星塾の出来上がりです。


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Interval2 月白の神官装束(御用達)

 時間軸的にはEP06と07の間の出来事です。


 アナザーファイズ&フォーゼの事件からしばらく。

 ツクヨミさんが、私の高校の卒業アルバムを返しに我が家を訪れました。

 

 アルバムだけ渡して玄関ですぐに帰ろうとしたツクヨミさん。

 せっかくの機会です。普段のクジゴジ堂での彼女たちの過ごし方でも聞けたら面白そうだな、なんて軽い気持ちでした。

 

 私はツクヨミさんを引き留めて、お茶に誘いました。

 ツクヨミさんは「じゃあ一杯だけ」と答えてくれて、我が家に上がりました。

 

 

「適当にかけて待っていてください。苦手な茶葉はありますか?」

「ううん、特にない。コーヒーも紅茶も大丈夫」

「それはよかったです。少し時間がかかりますから、適当に寛いでくださっていいですよ」

 

 それを聞いたツクヨミさんは、ソファーを立って本棚に並ぶ本を眺め始めました。気に入る本が見つかるといいですね。

 

 その間に私は、ストロベリーティーの準備をば。

 ポットとカップをお湯で温めて、お湯を捨てたポットに茶葉と新しいお湯を注いで蒸らす。蓋にしたお皿を外せば――よし、いい香りです。

 

 私はストロベリーティーと、ミルクと砂糖のポットとスプーンをトレイに載せて、ソファーのあるテーブルに運びました。

 

「お待たせしました」

「ありがとうございます」

 

 ツクヨミさんはソファーに座り直して、ティーカップを持ち上げた。

 優雅な所作です。山吹さんを巡る草加さんとの一幕では、彼女は戦士なのだろうと直感しましたが、元いた時代でのオーマジオウの圧制がなければ、上品なご令嬢だったのかもしれません。装いのトータルコーディネートだけなら間違いなく高嶺の花――あ、そうです。

 

「ツクヨミさん。ちょっと気になったんですが、ツクヨミさんの普段着はどうやって調達してるんですか?」

 

 応えてツクヨミさんが取り出したるは、現代で言うタブレットをプレート状にした機械です。

 ツクヨミさんがプレートの画面をタッチで操作すると、彼女がよく着る系統の白いワンピースが画面にずらりと並びました。ツクヨミさんはその中の一つをタップしました。するとびっくり、機械からその白いワンピースの一着が実際に出てきたのです!

 

「この時代に来る前にストックしておいたの。ゲイツの着替えも同じ要領よ」

「未来すごいです……」

 

 面食らった私を見て、ツクヨミさんは気を良くしたようです。

 

「手持ちの資金もこれにプールしてあるわ。時代に合わせた貨幣に変換することもできる。ソウゴは、えっと、おサイフケータイ? とか言ってたけど」

「見方によっては次世代型おサイフケータイと言えなくもないですね……服のほうは、一度着たあとはこれに収納し直すんですか?」

「いいえ。これはアウトプット用のデバイスだから、出したらそのまま。再インプット機能があるデバイスだとかさばっちゃうのよね」

 

 ……聞き捨てならないことを聞きました。

 

「普段着の洗濯は常磐君のお宅でしてるんですか? まとめて、普通の洗濯コースで?」

「そうだけど」

「明らかにドライコースでないとアウトなあの服の数々を!? ちょっと失礼します!」

「きゃっ?」

 

 私はツクヨミさんの後ろに回り込んで、ワンピースの洗濯表示を確認しようと……したのですが、そもそも服にタグが付いていませんでした。おしゃれ着洗いの概念、2068年には無いってことですか。

 

「……先生? 私、何かまずいことしたの?」

「まずくはないです。もったいないだけです」

 

 イチから教えてあげたいのですが、洗濯の練習のために常磐君のお宅の脱衣所を占領するのも頂けません。

 

 こうなったら、この道のプロに相談です。

 

 

 

 

 

「――で、俺に連絡を寄越したと。わざわざ菊池本店経由で」

「ご足労いただき恐縮です。乾さん」

 

 はい、呼ばせていただきました。常磐君が名刺代わりに貰ったという名前入りのポイントカードのお店に電話して、近くのファミレスで待ち合わせて。

 すぐに。急いで。大至急。そう伝えてくださるよう、クリーニング屋の店長だという菊池さんって方にお願いしました。

 

 ぶはぁぁ……乾巧さんは盛大な溜息を吐いて、テーブルに突っ伏しました。

 

「草加がまた何かやらかしたのかと焦った俺が馬鹿だった……んで。注文の服は持ってきてるんだろうな?」

 

 そこは万事抜かりなく。

 笑顔でツクヨミさんを促すと、ツクヨミさんはおずおずと服がいっぱいの紙袋を持ち上げて、乾さんに差し出しました。

 

「結構量があるな。さすが若い女子」

 

 例の端末のプレートから今日までに出した分、全部持ってきてもらいましたから。

 

「次の日曜日までに仕上げてほしいのですが、大丈夫ですか?」

「ああ。今日ならまだ工場に入荷が利く。ただ、触った限りだが、珍しい生地を使ってるな。どれも元からあまり汚れてはいないからいいものの。普通のクリーニング屋だとアウトだったぞ」

 

 そういえばツクヨミさんが着てるんですから2068年の服飾技術で作られてるわけで。現代のクリーニング技術だと洗濯できない可能性もあったんですね。

 

「でしたら今後は乾さんをごひいきにしてよろしいですか?」

「啓太郎んとこの顧客が増えるのは悪くない。入用なら俺に連絡してくれ」

 

 乾さんは、“西洋洗濯本舗 菊池”と印字されたポイントカードに、スマホの番号を書きつけて、私に差し出しました。

 私はお礼を言ってそのポイントカードを受け取って、交換に私の名刺を乾さんに渡しました。

 

「と、ヤバイ。知り合いと約束があるんだった。悪いが先に帰らせてもらう。注文は確かに受け付けたから」

 

 乾さんが紙袋を持ってボックス席を立ちました。

 

「じゃあ次の日曜日に、またここでな」

「よろしくお願いします、乾さん」

「よろしく……お願い、します」

 

 

 

 

 

 ファミレスを出て、ツクヨミさんは大きく溜息をつきました。

 

「たかが衣類のメンテナンスがこんなに大変だなんて……」

「50年後では、洗濯物はどう処理してたんですか?」

「何を着たって、レジスタンスの作戦一回で煤まみれのボロ布になるから、一度の作戦が終わるたびに燃やしてた。くりーにんぐ、なんて専門職人もいなかったし」

「――、苦労してきたんですね」

 

 ツクヨミさんが白い服を好むのは、無意識下の憧れもあってのことかもしれない。

 

「今日は長々と連れ回してごめんなさい。近頃は日も短くなってきましたし、帰りは車で送らせてください」

「あ、ありがとう……ございます。その、服のことも色々……」

「いいえ。むしろお節介なオバサンですいません」

「先生がオバサンに見えたことはないんだけど」

「ふふ。お世辞でも嬉しいです」

 

 その後、私は車でツクヨミさんをクジゴジ堂に送り届けました。夕飯には間に合ったそうで、大変結構でした。

 

 

 それで、おしまい? まさか!

 ツクヨミさんはうら若き乙女ですからね。ツクヨミさん本人がイヤだと言わない限りは、これからもお節介を焼く機会はあると思いますよ?




 書けば書くほど美都せんせーがお節介アラサー女子になっていくのは何ゆえ……?
 最初の構想では、もっと頼りなくておどおどした初々しい教師だったのですがねえ。いざ書き始めてみると構想ってマジ役に立たねえーー!


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Syndrome15 尽キ、陽炎

 西暦2018年の学生生活は毎日がハードモードだ。

 内心そう憤りながら、仮住まいのクジゴジ堂の暖簾を潜るのももう何度目か。

 

「ただいまー。――おじさん、何これ?」

「おお、おかえり。ソウゴ君はビデオデッキなんて知らないか。ハハッ、まーたお客さんから修理してくれって。ウチ、時計屋なんだけどねえ」

 

 そして、常磐ソウゴとクジゴジ堂店主のこの手のやりとりを聞くのも、本当にもう何度目か。

 

 ――高校生を装っていただけなのに、今の俺たちは何故か光ヶ森高校サイドから生徒扱いされている。

 具体的には、知らぬ間に教師陣に顔も名前も住まいも割れていて、ジオウの監視をしていると、教師の誰かが必ず来て「授業に出ろ」と俺とツクヨミを引きずっていく。教室に放り込まれたが最後、授業が終わるまでは脱け出せない。ジオウの担任の女教師の差し金かは未だ不明である。

 

「時計のことで来るお客さんっているんですか?」

 

 そういえばクジゴジ堂に住み着くようになってから、一度もその手の客を見たことがないな。

 

「あ~、()(つき)に一回だね」

 

 少ない。

 ストレートな所感が浮かんだタイミングに合わせたように、店のドアが外から開けられた。

 

「お邪魔します。時計の修理をお願いしたいんですが」

 

 これで向こう三か月は時計絡みの客が来ないこと確定だな――って。

 

「あれ、美都せんせーだ」

「こんにちは、常磐君。明光院君もツクヨミさんも、こんにちは。そういえば三人とも部活動をしてないから、帰宅はこのくらいの時間帯になりますよね。――初めまして、常磐さん。ソウゴ君()()の担任で織部と申します」

「あ、これはどうもご丁寧に。ソウゴの大叔父の順一郎です。ソウゴがいつもお世話になっております」

 

 ぺこり。ぺこり。頭を下げ合う店主と先生。

 

「美都せんせー。今、時計の修理って言った?」

「言いましたよ。クジゴジ堂は時計専門店だと伺いました。私の持ってる懐中時計は構造が難しいとかで、なかなか受け付けてくれるお店がないんですよね。光ヶ森高校に赴任してきてから半年、未だに行きつけを見つけられてなくて」

「ほほう。ちょっと拝見してよろしいですか?」

 

 先生はカウンターに置いたバッグから、おそらくはその懐中時計の現物を出したんだろう、店主に渡した。先生の背中に隠れてよく見えなかったが。

 

「これ、ビデオデッキですよね? 懐かしいなあ」

「美都せんせーは知ってるんだ、コレ」

「はいっ。私の小中学校時代はビデオありきでしたからね。高校に上がる手前にDVDがあっという間に台頭して、ビデオに撮った映像を移し替えるやり方が分からなくて、父親と二人で困ったものです」

 

 先生とジオウが記録媒体のジェネレーションギャップで盛り上がっている。――なぜだ。無性に面白くない。

 

「――なるほど、なるほど。こりゃあ確かに気難しい逸品ですねえ。これ、ハンドメイドでしょう? ベースの懐中時計にあとから機能を付け足したんでしょうな。直すには、少なく見積もっても一週間はかかりますけど、預かってもいいですかね?」

「よろしくお願いします。ウチじゃ無理、で突き返されてばかりでしたから、受けていただけただけでも」

「テレビ、エアコン、冷蔵庫。おじさんに直せない物は無いよ、せんせー」

「いやいやいや。こないだなんかさ、割れた花瓶を傷もなく元通りにしてくれなんて依頼があったんだけど、さすがにそれは断ったな。アタシゃね、ウィザード早瀬じゃないっつーの」

 

 ――“ウィザード”?

 

「ああ。隣町の芝居小屋で、ものすっごいマジックショーをしてるって噂のマジシャンですよね」

「美都せんせー、知ってるんだ」

「聞きかじりですが。さっきの『割れた花瓶を傷もなく元通りに』はウィザード早瀬の鉄板芸らしいですよ」

「面白そう! みんなで観に行こうよ」

「確かに面白そうだけど……」

 

 最近で一番の問題は、ツクヨミが常磐ソウゴにほだされつつあることだ。

 

 俺たちは遊ぶために50年も前の時代に転移して来たわけじゃない。そもそも常磐ソウゴは友達でも仲間でもない。2068年に君臨する暴君・オーマジオウとなりうる要監視対象、場合によっては倒すべき敵だ。

 

「……先生のいるとこですべき話じゃなかったかも」

「あ」

 

 そっちか! 心配するのはそこなのか、ツクヨミ!

 

「別にいいですよ?」

 

 そして、いいのか!? 今まで散っ々、俺たちにお節介を焼き倒したくせに!?

 

「法律的には、未成年が夜歩きして警察に補導されるのは午後11:00以降ですから。いくら先生でも、プライベートな時間まで拘束はできませんよ。日が短くなってきたので出歩くのを心配はしますが……」

「じゃあさ!」

 

 おいジオウ、何故そこでさも自然に先生の手を握る?

 

「美都せんせーも一緒に行こうよ。そしたら目の届くとこに生徒(おれたち)がいるから、心配じゃなくなるでしょ?」

「え?」

 

 ――は?

 

 

 

 

 

 常磐君のお誘いからは、とんとん拍子。気づけば私も隣町のマジックショーを観に行くことになっていました。生徒の放課後のプライベートタイムにお邪魔するなんて初めてです。

 

 蛇足ですが、車内での常磐君たちの会話は面白かったですよ。

 

 

 “ソウゴ、まさか運賃浮かすために先生を誘ったんじゃないでしょうね?”

 “そんなんじゃないって! 純粋に一緒に行きたいと思ったんだってば、信じてよ!”

 “お前に信用できる要素があった日がない”

 “今日まで割と一緒に戦う回数多かったのにゲイツひどくない!?”

 

 

 ……ええ、とても。ギリギリな漫才を聞いているようで。

 

 近場のコインパーキングで私の車を停めてから、向かった先は“マジックハウス・キノシタ”という小劇場。

 たくさんのお客さんで混みあっていたので、4人分の座席の確保は大変でした。

 売店へ常磐君と一緒に飲み物を買いに行った時も、レジの前は行列でした。

 

「私、本当にお邪魔してもよかったんでしょうか」

「いーのいーの。美都せんせーだって、もう立派に俺たちの仲間だもん」

「30直前のオバサンを捕まえて、仲間――ううっ、常磐君はいい子です。その純粋さを失わないで魔王になってくださいね」

「もっちろん!」

 

 飲み物の会計を済ませて、人数分のドリンクを持って売店を出た時でした。

 

「やあ、我が魔王。ならびに王母」

 

 通路を通り過ぎて、突き当たりの段ボールの陰に入ったあの人影。ウォズさんです。

 

 常磐君は何食わぬ顔でウォズさんに歩み寄って挨拶。常磐君に「元気?」と聞かれて答えたウォズさん、ちょっと嬉しそうです。

 

「二人ともずいぶんご機嫌のようだね」

「うんっ。マジックショーなんて見るの初めて」

「私もです」

「……近頃のキミはゲイツ君やツクヨミ君と距離が近すぎるな。王母、アナタともあろう人が付いていながら。教え子の交友関係には気を配るべきでは?」

「生徒のプライバシーに過干渉なモンスター教師にはなりたくないですので」

「それに、向こうはちゃんと俺のこと警戒してるよ? だいじょーぶっ。ちゃんと、いい魔王になるから。心配しないで。――行こう、美都せんせー」

「ええ。それじゃあ失礼します、ウォズさん」

 

 去り際に後ろから「……実に心配だ」とのウォズさんの言葉が聞こえました。

 ウォズさんの気持ちも分からなくはないのですけどね。でも、それが常磐ソウゴ君でしょう?

 

 

 

 

 

 ウィザード早瀬氏のマジックショーは、圧巻、の一言に尽きました。

 

 素手に火を点けて火傷もしない。両手の火の玉を投げて、花瓶とそれに生けた花々を燃やして、さらにその花瓶と花を元通り綺麗に復活させてみせた。

 

「すっげ。でも、あれってマジックじゃなくない?」

「私も思った。トリックや手品と言うよりは――」

「まるで本物の魔法だな」

「と言いますと?」

「俺たちの時代からすれば大昔、魔法を使う仮面ライダーがいた。レジェンド14・ウィザード。西暦2012年の仮面ライダーで、記録には“魔法”を自在に操ってファントムという敵と戦ったとあった」

 

 魔法使いが仮面ライダー、ですか。いまいちピンと来ません。どんな人だったんでしょう?

 

「もしタイムジャッカーがあの早瀬という男に仮面ライダーウィザードの力を与えたとしたら、魔法を使えても何ら不思議はない」

「調べる価値はありそうね」

 

 彩りを取り戻して客席上を踊る花の、花びらがひとつ、ちょうど私の手に落ちた。

 古びたセピアの劇場の中でも分かる鮮やかな色。こんなふうに“魔法”を使う人が、悪い人だとは思えないのだけど――




 もうオリ主を原作展開にがっつり巻き込んだほうが書きやすいので、後からあるいは別方面から途中参加の方針は捨てました。ぐいぐい行きます。

 今回はめちゃくちゃ葛藤しましたよ。教師が担当クラスの生徒からのお誘いとはいえ一緒に遊びに行って不自然じゃないか? ってとこ。

 ゲイツとツクヨミがいつの間にか光ヶ森生(仮)になったのは作者の趣味です(ドヤァ


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Syndrome16 イグニッション;クロス・オブ・ファイア

 ウィザード編には欠かせない単語ですよね←タイトル
 ここテストに出ます!(出ねーよ


 

 ショーが終わってから、私たち四名は芝居小屋の裏でウィザード早瀬氏の出待ちをしました。

 出待ちをしているのは私たちだけ。失礼な物思いですが、有名なマジシャンと言ってもそこまで熱烈なファンがいるというわけでもないんですね。

 

 あ、裏口が開いた。

 出て来ました、ウィザード早瀬その人です。

 

 トップバッターは常磐君。彼は気負いもてらいもなく、早瀬さんにマジックのタネを尋ねました。

 

「言っただろ。あれはトリックでも手品でもない。魔法だよ」

「いや、そういうことじゃなくて」

「待て」

 

 明光院君が早瀬さんの行く手を阻んだ。ここまではまだ許容範囲でした。

 でも、その次は別。明光院君は早瀬さんを突き飛ばして尻餅を突かせたのです!

 

「馬鹿が。聞いたところで素直に言うはずがあるか」

「何するんだ!」

「こうするんだ! ――変身!」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  GaIZ 》

 

 しかも、いきなり変身ですか!? 一般人に仮面ライダーが襲いかかるなんて、そんなことが罷り通って……

 

 かと思いきや、転がっていた早瀬さんが変貌した。

 頭部に大きなリングを冠した怪人。

 またです。仮面ライダーになりそこねた外史の怪物、アナザーライダー。劇場での証言を照らし合わせれば、早瀬さんはアナザーウィザードに当たります。

 

 ですが、今までのアナザーライダーとアナザーウィザードは少し違いました。

 脈絡もなく襲いかかったゲイツに反撃もしないで、ほうぼうの体で逃げ出して、でもドラム缶の列に躓いて転んだ。

 

『俺が一体何をしたって言うんだ!』

『ハンッ。お前が何をしたかなどは関係ない』

 

 アナザーウィザードが腹部の骨の手形に左手をかざした。すると、小屋の裏にあった鉄材や寸胴がひとりでに浮かび上がってゲイツに降りかかった。

 攪乱のつもりだったようで、アナザーウィザードはその隙に離脱を試みた。

 けれどゲイツが保ち直してジカンザックスからソニックアローを射るほうが速かった。

 アナザーウィザードは壁を地面から生やして防御のために留まらざるをえなかった。

 

『ふざけやがって!』

《 ジカンザックス  おの 》

 

 さらなる追撃をかけるゲイツ。

 ――もう見ていられません。

 

「常磐君っ」

「わかってる。俺もきっと、せんせーと同じ気持ち! ――変身!」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  ZI-O 》

 

 ジオウはすぐさま走っていって、アナザーウィザードに幾度となくキックをくり出していたゲイツを掴み、壁に押しつけて動きを封じた。

 

『やめてよ、ゲイツ!』

『ジオウ、貴様ッ!』

 

 ジオウとゲイツがもみ合う間にアナザーウィザードは液状化して逃走したけれど、それはいいのです。それよりも、です。

 

 明光院君がドライバーからゲイツウォッチを外して変身を解いた。

 

「何のつもりだ」

 

 常磐君も同じくジオウウォッチを外して元に戻った。

 

「あの人、何も悪いことはしてないよね。彼と戦うのは、なんか違う気がする」

 

 常磐君の言う通りです。早瀬さんがアナザーライダーの力を悪用した確証が取れていない。明光院君の「襲って反応を見る」やり方は、この法治国家において褒められた行為ではなかった。さっきの彼は、一昔前の、取調室で容疑者を暴行して自白を強要するチンピラ警官のように映ったぐらいです。

 

「ぬるいな。アナザーライダーの存在そのものが危険なんだ。あの力をどこで手に入れたか、まずはそれを知る必要がある。奴に白状させる」

 

 明光院君は踵を返して場を去ってしまった。

 

「ソウゴの言ってることも分かるけど、ゲイツの言ってたことも分かるでしょう?」

「――じゃあ、俺は彼のことを、ゲイツとは違う方法で調べるよ。ツクヨミ、協力してくれる?」

「…………」

 

 ツクヨミさんに脈あり(変な意味じゃありませんよ?)

 

 常磐君がツクヨミさんと同行するなら、私は明光院君を追いかけるべきですね。

 私が抜けて彼らが二人きりで行動したほうが、ツクヨミさんも常磐君の人柄に触れやすい。人柄に触れ合えば信頼関係がスムーズに築かれていく。

 その下心のもと、明光院君もこっちに引っ張り戻したいのが本音ですが……、……ってだめですよ私! やる前から挫けないの!

 

「先生は常磐君たちとはまた別口で調べに行きます。二人とも、調査はいいですけど、暗くなってきたら帰りますからね。6時にはまた小屋の前に集合です」

「はーいっ。せんせーもいってらっしゃい!」

「気をつけてね、先生。――ゲイツのこと、よろしくお願いします」

 

 ツクヨミさんは鋭いですねえ。ええ、彼については全力で請け負います。

 

 

 

 

 ツクヨミは付いて来なかったか――

 

 半分ほど諦めてはいたんだ。ツクヨミは近頃常磐と打ち解けすぎているから、常磐の肩を持つんじゃないかって。

 それでも半分は信じたかった。同じ2068年レジスタンスから来訪した同志として、ツクヨミも俺の方針に賛同することを。

 

 何なんだ。2018年に来てからの、この感情の振れ幅の増大は。訳が分からない。

 

 オーマジオウ抵抗戦線で単独任務は何度もやってきただろうが。今さらサポーター一人欠かしたところで俺には支障なんて出ないはずだ。そんなエラーは無いはずなんだ。

 

「待ってください、明光院君っ、明光院君!」

 

 条件反射で立ち止まってしまった。

 

 アナザーエグゼイドの時と同じだ。俺を追いかけて走ってきたのは、先生――織部美都だけだった。

 

「なんだ。俺を引き留めに来たのか?」

「はっ、はぁ……ふう。いいえ、止めはしません。早瀬さん本人からお話を伺えるならそれが手っ取り早いのは認めます。ただし! 手段がさっきみたいに荒っぽくならないように先生が監督に付きます。そこは譲れないので来ました」

 

 この女教師の頭はつくづくお花畑だ。

 

 俺は先生に背を向けて再び歩き出した。

 

「明光院君っ」

「生憎だが俺はアンタを“先生”にした覚えはない。言うことを聞くだけの義理もない」

 

 すると先生は俺の進路に立ち塞がって、強いまなざしで俺を見上げた。

 

「光ヶ森の制服を着て、毎日通学してきて、私の授業を受けて、私を『先生』と呼んだ。ここまで来れば君だって立派に私の生徒です! “生徒”が(みち)を外れそうなら恨まれても文句を言われても指導する。教師の義務です!」

「うるさい黙れ! 俺の師は明光院ミト、ただ一人だ! 同じ『みと』でも、アンタじゃないんだ!!」

 

 この、瞬間。

 手ではなく、この口で。

 一人の女の息の根を、止めた。

 

 表情は石化して、棒立ちになって、どこも動かない。

 ざまあみろと嗤う自分と、取り返しのつかないことをしてしまったと後悔する自分が同居している。

 

 ――別にいいだろう、どちらであっても。もうここでの対話を続ける意味はなくなったことだけは確かなんだから。

 

 俺は先生から顔を背けて、走った。

 

 

 

 

 俺がやるべきことは変わらない。アナザーウィザードを探す。どこか、そうだ、どこか高い場所からここら一帯を俯瞰すれば、奴を見つけられるかもしれない。なら目指すのは高層ビルの屋上あたりか。

 

 高層ビル群の中で、施錠やチェーン封鎖のない非常階段があるビルを見繕って、その非常階段を一気に駆け登った。

 

 幸いにもそのビルの屋上には、地上を見下ろすに当たって障害物はなかった。

 俺は屋上の(へり)に跳び乗った。

 どこだ、どこにいる……

 

 ぐわしっ

 

 俺の手を、女特有のやわらかい手が掴んだ。

 

「落下防止柵もない高所に立っちゃいけません! 落ちたら大変じゃないですか!」

 

 ふり向けば、そら居た。さっきあれだけこっぴどく言い負かしてきた教師、織部美都が。

 この女、ガッツだけはミトさんに負けず劣らずだ。でなくて!

 同じく縁によじ登ったくせに腰を抜かした相手に掴まれているなんて、それだけで落下率が急上昇だ。つまり非常に危険だ。

 

「~~っ、アンタは! 俺を否定したいのか擁護したいのか、どっちなんだ!」

「どちらでもなく、社会に一足早く出た先人として、若者に(みち)を諭してるんです。教師ってそういう生き物ですから。分かったなら降りてくださ……」

 

 時間が、止まった。

 

 俺も先生もそのままの態勢から動けない。

 空間の凝固と空気の沈殿――時間停滞。タイムジャッカーが近くにいる!

 

「会えて嬉しいよ。仮面ライダーゲイツ。それに、未来の王母(しき)()

 

 王母、織部――先生のことか?

 

「オレはスウォルツ。お前たちに動かれると色々と厄介だ。大人しくしてもらう。意見は求めん」

 

 態勢は固定されたまま、体が不可視の力で足場のない位置まで持って行かれた。俺の手を掴んでいる先生も付いてくる形になる。

 スウォルツが時間停留を解いた瞬間、俺も先生もこの高さから地上へ落下する。

 

 ――そんな無様な末路が、俺に許されるかよ。

 

 時間の流れが正常化した。

 

「っ、きゃあああああああああ!!!!」

 

 俺は落下しながらジクウドライバーを辛うじて取り出した。

 変身してゴーストアーマーになれば、地面との激突はまぬがれる……!

 

 

“土壇場の決断力は褒めたげるけど、その前に悲鳴を上げる女を抱き締めるくらいはしてあげなさい”

 

 

 ――今の、声。頭に直接響いた懐かしい音。

 ありえない! どうして! ()()()()――!?

 

「 ライダー・シンドローム 」

 

 いつだったか聞いた気がするスペル。

 

 ――、――、落下が、止まってる? 俺も先生も、体が宙に浮いてる。

 

 くっ、疑問は後回しだ。この浮力が切れる前に……!

 

 俺はジクウドライバーを装着して、バックルにゲイツウォッチとゴーストウォッチを嵌めてから変身した。次いで先生の小柄な体を片腕で確保した。

 

 ゴーストアーマーの滞空時間は限られている。だが、屋上に戻ればスウォルツがいる。どこに着地する――!

 

 その逡巡を突いて、煤色のストールがどこからか伸びてきて俺の足に絡みついた。

 

『な!?』

 

 引っ張り上げられた先は、さっき駆け上った非常階段の踊り場だった。

 鉄格子の足場に叩きつけられた拍子に変身が解けて、俺は先生を抱えたまま転がった。

 

「ほう、いつの間にか彼と手を組んでいたか。これは誤算だった」

 

 彼? 誰のことを……ウォズ!? いつの間に上の階に!

 さっきのストールはコイツの差し金か。くそ、最悪だ。よりによってウォズに命を助けられるなんて。

 

 スウォルツが去ってから俺がしたことなど一つ。上階のウォズへの詰問だ。

 

「ウォズ! 何のつもりだ!」

「我が魔王の恩師の危機だったからね。それに、昔の誼もある。どうだい、これを機に私たちも仲直りをしないかい?」

 

 ――――コイツ、今、何て、言った。

 

「我が魔王にキミみたいな仲間がいてくれると、とても助かるんだ」

「黙れッ! それ以上、俺を愚弄するなら、ここでお前を倒すぞ!?」

「へえ? 私がゲイツ君に負けたこと、師匠殿とのタッグマッチ以外であったかな」

 

 屈辱で人を殺せたら――!

 

「ん……」

 

 踏み出そうとした俺を引き留めた、足下からの、か細い声。

 

 先生。そうだ。あの不可思議な浮力が生じた時から、彼女は気を失っていた。

 

「俺をジオウの仲間にするなど以ての外だ」

 

 俺はそれだけを吐き捨てて、先生を背中に負ぶさってから、階段を降り始めた。

 

「それは残念だ――本当にね」




 ライダーの力の源流、炎の十字架、クロス・オブ・ファイア。
 これからの展開で「ライダー・シンドローム」とあと一つ、三つの重要なキーワードの一つとなります。
 一晩かけて考えた構想ですが……原作展開が出すことを許してくれる展開になるか、それだけが心配の種です(;_;)


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Syndrome17 月、陰ろう

 よっしゃ間に合ったああああ⊂( Д゚⊂⌒`つ―――!!!


 ――なんだか、体が揺れるなあ。

 おんぶされてるんでしょうけど、きっと、してる人の背中が全然頼りないからね。お父さんや()()()()()()が背中に負ぶさってくれた時みたいな安定感が、ちっともないんだもん。

 でもそれは、私だって、もう小さい子どもじゃないからなのね。

 私を負ぶさってる誰かさんのせいだけじゃない。大人になったこの体は重すぎる。歳を取るってきっとそういうことなんだわ――

 

「ぅ、ん……」

 

 目を開けてまず目に飛び込んだのは、真っ黒なジャケット。私を背中に負ぶさってる、普段からよく知った男の子の――

 

「! 起きたのか!?」

「明光院君……? 私、何で……何が……」

「覚えてないのか? タイムジャッカーのせいで、俺もアンタも死にかけたんだぞ」

「――、あ」

 

 思い出して、血の気がざーっと引いた。あの絶望的高度からの景色を思い出して、今さら震えがこみ上げてきた。

 

 どうしようもなくて、私は恥も外聞も捨てて明光院君に力いっぱい両腕でしがみついた。

 こわかった。本当に、し、死んじゃうかと、思った……!

 

「お、おいこらっ、絞めるな! 今度こそ殺す気か!」

「あ! ご、ごめん、なさい……」

「…………別に」

 

 よくよく現状を見つめ直すと、私は明光院君におんぶされている。落下してからの記憶がないことと合わせて考えると、きっと私はパニックで気を失って、明光院君はそんな私をここまで運んできたってとこなのでしょう。

 

「迷惑をかけてすみませんでした。ありがとう。すぐ下りますね」

 

 正体不明の名残惜しさは無視して、ちゃんと自分の足を地面に着けた。

 

 橋の上。岸を遊歩道として整備された川の支流が、下を流れている。それが私の現在地のようです。

 私は明光院君に、タイムジャッカーに不意打ちされてからの経緯を尋ね――

 

「助けてくれぇぇ!!」

 

 反射的に悲鳴の上がった箇所を探した。

 いました! 河川敷の原っぱに人が転がってる。その人を襲っているのは、アナザーウィザード!?

 

 私も明光院君も走り出した。

 特に打ち合わせたわけではないけど同じタイミングのスタートダッシュ。

 

 遊歩道から原っぱに降りる小さな階段を見つけて、明光院君と二人で回り込むと、下には草の上に転がった男性と、アナザーウィザード。よかった、間に合いました。

 

「大丈夫ですかっ」

 

 私は急いで階段を降りて原っぱへ。転がった男性の横にしゃがんだ。

 何て酷い火傷……すぐ救急車を呼ばなくちゃ。

 

『またお前か……』

「思っていた通りだ。その力、お前に持たせていたらやはりこうなる」

 

 ――待って。ねえ、明光院君、どうして?

 

『うるさァァい!! この力は、俺のものだぁ』

「二度は逃がさんぞ」

 

 どうして君は()()()()()()()()

 早瀬さんが最悪の行動に出てしまったこの光景を見て、何でそんなに得意げに自慢げに笑っていられるんですか!?

 

 さっき転落死しかけた時とは質のちがう恐怖。私はそれを、正しく仮面ライダーであるはずの明光院君に対して抱いたのです。

 

「! 誰だ!?」

 

 え? 上の遊歩道、明光院君のほかに人がいる?

 問いかけたくても、アナザーウィザードが明光院君に対して攻勢に転じたから、私は怪我人の男性と一緒にぽつねんと原っぱに取り残された。

 

 えーと――何はなくとも119番、電話のダイヤルアイコンをタップ! です!

 

 消防署のコールセンターさんに現状と現在地と私の名前を伝えてからスマホを切った。他にできたことと言えば、川辺に行ってハンカチを水で濡らして、戻って男性の火傷を濡れたハンカチで冷やしたくらいだった。

 そこまでしてようやく、私は怪我人の男性に見覚えがあることに気づいた。

 

「あの、もしかして、マジックハウス・キノシタの舞台で司会をされてた人、ですか?」

 

 幾分か落ち着いた男性は、呻き混じりに頷きました。

 長山さんと名乗ったその男性は、救急車が来るまでに、アナザーウィザードである早瀬さんとどんな話をしたかを教えてくださいました。

 

 ――淡く心を寄せていた香織お嬢さんのために、契約してアナザーウィザードになった早瀬さん。でも早瀬さんの6年間の努力は空回った。香織さんは長山さんと婚約して、あの小劇場を畳むことを決めた――

 

 追いかけなくちゃ。

 明光院君を追いかけて、アナザーウィザードがああなってしまった理由を伝えなくちゃ!

 

 でも、どうしよう。救急車が来るまで長山さんを放っていくなんてできません。道徳的にも、救急車が来た時の誘導&説明役が居なくなるっていう現実問題的にも。

 

「おーい。そこのおねーさんや」

 

 ……、……はっ! おねーさんって、私が!?

 

「あわっ、はいはいはい! 何でしょうか!?」

 

 急いで返事をした。これを逃せば、年明けにはついに三十路のこの私。二度と「おねーさん」呼びはないと思って。

 

 遊歩道へ上がる階段を降りてきたのは、山に長期キャンプにでも行くかのような旅装をした男性でした。

 彼がロープでリュックに括ってぶら下げてあるのは……ライドウォッチ!? それも二つも! どちらのウォッチにも「2012」と記されています。まさか彼は――

 

「見てたぜ。さっきのツンツンぼーずとゴテゴテした怪人がやり合うの。あのツンツン、おねーさんの弟だったりする?」

「……教え子、です」

 

 

 “俺はアンタを先生にした覚えはない”

 

 

「少なくとも私は、そのつもりで彼に接してました。でも、彼にとっては……」

「わかったわかった、皆まで言うな。この場は俺が引き受ける。おねーさんは教え子を追いかけな」

「え。いいんですか?」

「ああ。さっき見てたっつったろ。あれで俺も無関係じゃないって分かった。そら、行きな」

「ありがとうございます! ええと」

「仁藤だ。仁藤攻介」

「ありがとうございます、仁藤さん。失礼しますっ」

 

 私は急いで明光院君を追いかけた。

 

 

 

 

 

《 EXCEED  タイム・バースト 》

『ハァァ!!』

 

 ファイズアーマーのライダーキックでアナザーウィザードを仕留めた。

 

 アナザーウィザードの行使する魔法の攻撃は汎用性に富んでいた。まったく、手こずらせやがって。だがこれでようやく尋問できる。

 

 俺は、地べたに転がるみすぼらしい男の、胸倉を掴み上げた。

 

『貴様がその力を得たのはいつだ。言わないならば嫌でも吐かせて――!』

『そこ、まで、だー!』

 

 俺は背後からジオウに羽交い絞めにされて、そのまま早瀬から引きずり離された。

 

『やめろってば、ゲイツ!』

『ジオウ、貴様また……く、離せッ!』

 

 ジオウを振り解いてジカンザックスを構えた俺に対し、ジオウは武器やレジェンドライドウォッチを出す素振りもない。

 

『コイツは人を襲い始めた。お前のぬるさが招いた結果だ!』

『だとしても、ここまでする必要はないと思う!』

 

 甘ったるさで胸焼けしそうだ。

 馬鹿が。必要だからしてるんだろうが。そんなことも分からないのか、コイツは。

 

 そこに足音が二人分、飛び込んだ。

 ジカンザックスをジオウに向けて構えたまま視線だけをやると、ツクヨミと、置いてきたはずの先生までいた。

 

「二人とも、やめて!」

 

 ……チッ。

 ジオウがドライバーからウォッチを外したように、俺も自分のウォッチとファイズウォッチを外して変身を解いた。

 

「大丈夫ですか!」

 

 先生が駆け寄ったのは早瀬だった。

 しゃがんだ先生はしきりに早瀬に、「落ち着いてください」「もう大丈夫です」「危害は加えませんから」とくり返し言い聞かせている。――そこら辺を保証するかの判断は俺がすることだ。まだ早瀬からアナザーライドウォッチは摘出できていない。やはりアナザーウィザードも真正のウィザードウォッチでの変身でないと完全撃破には至らないようだ。なのにこの女はどこまでも――

 

 最後に、幾分か離れた位置にいたツクヨミが俺たちに駆け寄ろうとした。

 

 その瞬間、時間停滞が発動した。

 

 くそっ、一日に二度もタイムジャッカーの足止めを食らうなんて!

 

 ちょうど早瀬の頭上にあった作業台から降りてきた、タイムジャッカーの女。2003年へ飛んだ時にも見た顔だ。

 タイムジャッカーは早瀬から停まったアナザーウィザードウォッチを摘出すると、リューズを押して再起動し、そのウォッチを再び早瀬に埋め込んだ。早瀬が再びアナザーウィザードへ変貌した。

 

「その力、今度は憎しみと共に揮ってみなさい」

 

 時間停滞が解けた。タイムジャッカーはすでにこの場から消えていた。

 

 アナザーウィザードが歩き出した先には、ツクヨミがいる。

 

「止まりなさい!」

 

 ツクヨミは空かさずファイズフォンの銃口をアナザーウィザードに向けた。

 

『邪魔だァ!』

《 スリープ 》

 

 不意に、ツクヨミが体の軸を失ったかのように倒れ伏した。

 

「ツクヨミ!?」

「ツクヨミッ!!」

 

 アナザーウィザードは倒れたツクヨミに目もくれずに歩き去った。

 

 他の見も知らない他人ならどうでもいい。だが気を失ったのは他でもないツクヨミだ。

 俺が間に合わなかったから。

 無力感に任せて近くの鉄柱を殴った。

 

「ツクヨミ、ツクヨミっ」

「常磐君、落ち着いてください」

「美都せんせー、ツクヨミは……!」

「――脈拍は正常。呼吸は細いけどしています。これは意識を失ったというより、強制的に眠らされたというほうが正しい状態ですかね。とにかくこのままはいけません。かといって普通の病院にも連れていけませんから、そうですね……光ヶ森高校に向かいましょう。第一保健室の伊万里先生なら、深く追及せずにツクヨミさんを保健室で休ませてくださるでしょうから」

 

 先生はテキパキと行動を決めていく。この中の誰より平静だ。いっそ冷たいほどに。

 

「常磐君は、車を置いた駐車場までツクヨミさんを担いであげて――」

「俺が運ぶ。ジオウ、貴様は触るな」

 

 あからさまにショックを受けた顔をする常磐が、気に入らない。ツクヨミがこんな目に遭ったのだって、他ならぬコイツのせいなのに。

 

 俺はツクヨミの体を両腕に抱き上げて、先に歩き出した先生に続いた。




 7話を観て、アナザーウィザードが長山さんを襲った時ね、作者にはね、ゲイツがすっごい得意げに笑ってるように見えたんです。それをそのまま美都せんせーに表現してもらいました。
 ゲイツのあの表情は、ソウゴじゃなくて自分の方針のほうが正しかったんだと証明されて、優越感を生じたから滲み出たものだと思ったんです。でなきゃ目の前で一般人が襲われてる光景を見てゲイツが笑うなんて変ですもん。
 早瀬をあそこまで追い込んだ一因はゲイツにだってあるのにね。

 さて、話は変わって。
 さあライダーファンの同志諸賢、歴代ライダーで「南」といえば誰を思いつくかネ?(^.^)


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Syndrome18 “王母織部”

 2話以来の進路相談室タイム入りまーす|д゚)


 

 

 クジゴジ堂のバックヤード兼リビングの長ソファーで、ツクヨミさんが眠っている。

 常磐君も明光院君もイスに座ってはいるけれど、それぞれ真逆を向いて、顔を合わせようともしない。

 

 私は光ヶ森高校の養護教諭である伊万里先生と電話するため、クジゴジ堂の店内へ出ていた。

 

《は~い、伊万里で~す。織部先生~、ツクヨミさんの様子、どうです~?》

「まだ眠ったままです」

《ですよね~。こ~して織部先生のほうから電話してくるんだから~、そりゃ進展ないですよね~》

 

 こんな伊万里先生だけど、実はれっきとした医師免許をお持ちです。実家が開業医なので家を継ぐために資格を取ったと聞きました。でも色々あって高校教師に流れ着いたんだと。色々、の部分は追及しなかったのでよく知りませんが。

 とにかく、一時はお医者様だった伊万里先生に、ツクヨミさんを診てもらったのが昨日の夜。

 

 “う~ん。外的要因なのは間違いないんですけど~、これって~、外傷やショック症状じゃないですよ~? 悪い魔法使いに呪いをかけられた白雪姫って感じですね~。病院にかかるよりも~、おうちで休んだほうがいいですよ~”

 

 伊万里先生からそういう診断を受けたので、ツクヨミさんはああして自宅療養中。

 

 ――悪い魔法使い。白雪姫。

 伊万里先生の場合、喩えなのか、核心を知ってあえてそういう言い回しをしているのか、いつも分からないのが恐ろしいとこです。

 

「伊万里先生は、ツクヨミさんの“呪い”は解けると思いますか?」

《解けるんじゃないですか~? 駆け出しとはいえ~、ナイトが二人も付いてるんですから~》

 

 常磐君と明光院君は、正確にはナイトでなくライダーですけどね。

 それに、私も。

 ツクヨミさんが目覚めるために、何かの助けになりたい。明光院君と同じで、ツクヨミさんだって私にとってはもう“生徒”なんですもの。

 

《織部先生~? あんまり()()()()()に感情移入しちゃうと~、辛いの織部先生のほうですよ~》

「ありがとうございます。でも私、生徒にせよ他人にせよ、人との向き合い方をこれしか知らないんです」

 

 ほら、よく言うじゃないですか。相手の立場になって考えてみろ、って。

 

 リビングから荒っぽい足音が二つ、こちらに向かってくる。

 

「すいません、伊万里先生。一旦切ります」

《お大事に~》

 

 通話を切ったスマホをバッグに仕舞ったところで、明光院君が出てきて、続いて出た常磐君が彼を引き留めた。

 

「何で早瀬さんは、いきなり同僚を襲ったりしたんだと思う?」

「ツクヨミまであんな目に遭って! 今さらそんな個人的な問題などどうでもいいだろうッ!」

 

 どうでもよくないですよ、明光院君。

 君も、私も、“そこ”をおざなりにしたことで、少なからずアナザーウィザード暴走の一因を担っています。

 でもそれは、今の状態の明光院君に向かって説くことじゃありません。

 

 ツクヨミさんは同じ2068年から来た、たった二人きりの仲間。片割れが人事不省になって、動揺して混乱している明光院君に追い打ちをかけても、もっと意固地にさせるだけ。そうなってしまったら、その分だけ彼の早瀬さんへの追及は苛烈になるでしょう。

 

 だから、今はあえて言いません。

 

「2012年に行ってアナザーウィザードを叩けば全て終わるんだ」

「それじゃあ根本的な解決にはならない気がする!」

「――付き合ってられんな」

 

 明光院君はクジゴジ堂の暖簾を潜って出て行った。

 

「常磐君」

「美都せんせー……俺、ゲイツの言う通り、ぬるい、のかな?」

「明光院君のようなタイプからはそう映ることもあるでしょう。逆に尋ねますよ。明光院君の言った“ぬるさ”を改めて、今からでも早瀬さんの事情無視でやっつけることが、常磐君にはできますか?」

 

 常磐君は思いっきり首を横に振った。

 ――できないのではなく、したくない。

 はい。常磐君のサイン、ばっちり受け取りました。

 

「どちらかが正しくて間違っているとか、君たち二人はそんな二元論的関係じゃないんです。常磐君は“最高最善の魔王”になるんでしょう? 明光院君とツクヨミさんは、常磐君の進む(みち)を見極めるためにそばにいます。こういう時こそ、王様の器の見せつけ所です。先生も全力でサポートしますから」

「ほんとに?」

「はい。少なくとも、常磐君が知りたがっている、早瀬さんが同僚の長山さんを襲うに至った経緯なら、先生が教えてあげることができます」

 

 私は常磐君に、長山さんの証言を一から十まで話して聞かせた。

 

「早瀬さん、社長さんのこと、6年もずっと好きだったんだね……そのためにタイムジャッカーと契約までして……」

「早瀬さんをかわいそうに思いますか?」

「うん……」

「では先生から一つだけ。ミステリーゲームの台詞の引用ですが、『恋は戦うべき時に戦わなくちゃ』、『戦わなかったことを死ぬまで後悔する地獄を這う』んだそうですよ。それを踏まえて、早瀬さんは香織さんに恋をしてから、一度でも “戦った”ことがあったのでしょうか?」

 

 常磐君の顔つきが変わった。彼の洞察力と理解の速さは仙人レベルですからね。

 

 常磐君は外していたジクウドライバーとジオウウォッチを取りに戻ってから、「ちょっと行ってきます!」とだけ言い残してクジゴジ堂を飛び出して行った。

 

 

 私は失礼して、奥のリビングに立ち入らせていただいた。

 ツクヨミさんが眠る長ソファーの横にあったイスに腰を下ろして、溜息一つ。

 

「ウォズさん。その境界を越えたら家宅不法侵入で警察に通報します」

 

 店内とリビングの出入口前に、いつの間にか立っていたウォズさんは、ひょいと肩を竦めた。

 

「王母にはずいぶんと気が立っておいでのようだ」

「私だって、自分の役立たず具合にムカつくことくらいあります。――常磐君がいないのに、私の前に出てらしたのは初めてですね」

「我が魔王を、いいや、()()()()()を助ける立場同士、一度くらいはこういう席があってもいいと思ってね。しかしアナタときたら、恋愛の哲学など説いてどうするのか。我が魔王にはウィザードウォッチを手に入れることに専念してほしいというのに」

「最短コースが正しいと常に決まっているわけじゃないですから。まして常磐君は18歳の学生です。人生で一番、寄り道に全力を傾けていい時期です。どうせ50年かかるんでしょう? スタート1年目で焦っても、いい結果なんて出ませんよ」

「実にご年配らしい弁舌だ」

「そこ地味に地雷なんで今後話題にしないでくれます?」

 

 ウォズさんは「してやった」と言いたげに笑って、ドアの前から離れた。

 私もイスを立って、クジゴジ堂のお店に出た。

 

 ウォズさんは店内のアンティークテーブルに着席していたので、私はウォズさんの向かいのチェアに座った。

 

「あなたに一つお伺いしたいことがあります。昨日、タイムジャッカーのスウォルツという人に襲われた時です。彼は私を“王母(しき)()”と呼びました。今までは『常磐ソウゴ君の先生』という立場が誇張されただけの呼び方だと思ってましたけど、違うんですか?」

「私の口から答える前に、アナタ自身の推測としては?」

「思いつくのは、律令制における八省の中の式部省と、私の苗字の“織部”の語呂合わせくらいですね。式部省は大学といった人材養成機関も管轄していたから、教育者という面で私の職とも重なりますし」

「そこまで察しがついているなら、由来は私が教えるまでもないかな」

「他には?」

「他と言うと?」

「オーマジオウが常磐君だとして、歴史全般に強い常磐君が()()()()()()()()()()()()()ですもん。あと一つくらいはひねりを加えてきそうだなあって」

 

 ウォズさんの笑みは意味深なそれ。

 

「今教えたら歴史が致命的に狂うって事情があったりするなら、教えてくれなくても別に構いません」

「では、お言葉に甘えて。今はまだアナタが知るべき時ではない」

「そうですか……ちょっと残念です」

 

 ウォズさんは特に相槌を打たず、いつもの本を持って席を立った。どこへ行くのか、目で追うことはしなかった。

 

 私は、少し間を置いて、テーブルを立ってリビングのツクヨミさんのそばに戻った。

 

 

 眠っているツクヨミさんが悪い夢を見ていませんように。

 

 明光院君が不安に苛まれて自分を見失ってしまいませんように。

 

 そして――常磐君が、今度も、誰かにとって正しい道を示す光のままでいられますように。




 基本的に原作のソウゴは弱音を吐かないし弱気なとこを見せません。
 ですので、拙作では、そういう部分は美都せんせーにだけ見せてきたポジションで行こうと思います。

 自分で書いといてアレですが、伊万里先生といい笠間先生といい、光ヶ森高校女性教諭は色々と動じなさすぎる。

 ソウゴの「歴史全般が得意科目」設定が原作に早く出てほしいんだぜ…(´・ω・`)


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Syndrome19 恋の亡者に黄金の薔薇を

 

「あ、明光院君。おかえりなさい」

 

 クジゴジ堂に戻ってきた彼をそう言って迎えると、彼はリビングに入ってすぐの位置で立ち尽くした。私、おかしなことを言ってしまったのでしょうか?

 

「ツクヨミは――」

 

 私は無言で首を振るしかできませんでした。

 

 やっぱりアナザーウィザードを正しく撃破しないと、ツクヨミさんにかけられた眠りの魔法は解けないみたいです。

 

 そこでクジゴジ堂のドアが二度(ふたたび)開いて、常磐君のお帰りです。

 

 リビングに入ろうとした常磐君に、明光院君はウィザードウォッチを持つ男性のことを明かした。その男性がウォッチを持つ理由を忘れていることも。

 

「やっぱりそうなんだ。ライドウォッチの持ち主は、みんな記憶がなくなってる。戦兎も永夢もそうだった!」

「そういえば乾さんも、何故持っているかは覚えてないとお聞きしましたし、他に……ちょっと失礼しますっ」

 

 私は急いでスマホを取り出して、天ノ川学園の如月先生に電話した。

 

《もしもーし。どうしたんスか、織部先生。月初めの件からあんま経ってねえのに》

「お忙しい中すいません、如月先生。確認したいことがあるんです。そちらの学園の仮面ライダー部に保管されていたライドウォッチ、あれはもともと如月先生の持ち物ですか?」

《ライドウォッチ? ――あー、あれッスか! そうそう、まだ天ノ川で高校生してた頃に、あー、誰だっけ? とにかく俺と年頃の近そうな男子に貰ったんすよ。『いつか俺と弦太朗を繋いでくれる物』って言われたんだったか》

「そうでしたか……すみません、もう一つだけ。如月先生、フォーゼという名前にお心当たりはありますか?」

《ふぉーぜ? 何すかそれ》

「――いいえ。なんでもありません。突然のお電話、失礼いたしました。お話、ありがとうございます」

 

 電話を切って、常磐君たちをふり返る。

 

「確認取れました。私の知り合いの先生で、おそらく本家大元の仮面ライダーフォーゼだったと思しき方ですが、その先生もフォーゼのことを覚えてませんでした」

「美都せんせー、仮面ライダーの知り合いいたんだ!」

「そう言われると……そういうことになりますね。教職員の研修や協議会でお会いする時は、そんな話、全く出ませんでしたが。これはタイムジャッカーのせいでいいんでしょうか?」

 

 そこで、常磐君はいたずらっ子みたいにニンマリ。

 

「ウォズ! いるんでしょ?」

 

 決まった時刻ではないのに、鳩時計のハトは時を鳴き告げた。

 鳩時計を皮切りに店内は飾られた時計たちが大合唱。

 

「――やれやれ。私も便利に使われるようになってしまったな」

 

 ウォズさんが、私と話した時と同じテーブルに、いつの間にか着席していた。

 

 ……ウォズさんには悪いことしちゃいましたね。常磐君もウォズさんと話したがってると知っていれば、さっきのお話の時に常磐君が帰るまで引き留めたのに。二度手間を取らせてしまいました。反省。

 

「お前――ウォズの助力を受けるつもりか」

 

 明光院君はそれこそ親の仇でもあるかのようにウォズさんを睨みました。

 

「コイツは貴様をオーマジオウにするために動いているんだぞ! そもそもコイツは俺たちにとって……!」

「『そんな個人的な話などどうでもいい!』」

 

 ぐ、と明光院君が言葉に詰まった。

 

「ってね。結構似てたでしょ?」

 

 私個人が採点するなら、今の常磐君の物真似は87点です。ぱちぱちぱち。

 

「く――はははは! 芸達者だな、我が魔王は。いいだろう。この痛快さを賜り物として――我が魔王の仰せのままに」

 

 

 

 

 

 俺は先生と二人して、ウィザードウォッチの持ち主――仁藤攻介がキャンプを張っている稲荷神社の松林へ赴いた。

 

 ガスコンロと金網でしおれた魚介類を炙っている仁藤に向かって、先生は特に気負いもせずに歩み寄った。

 

「お? あん時のおねーさん先生じゃん。そっちの教え子とは仲直りできたか?」

「鋭意努力中ってとこです。改めまして、仁藤さん、先日は困ったところを助けてくださってありがとうございました。織部と申します。光ヶ森高校で教師をしております。これ、先日のお礼です。たまたま近くを通った移動販売のドーナツなんですけど」

「こりゃどうもご丁寧に。そーか、高校教師かぁ。美人のセンセーに恵まれてよかったなぁ、ツンツン」

 

 先生じゃない、と言い返そうとしたが、前に当人に向かってそう言った時の彼女の表情を思い出すと声にならなかった。

 

「んで。分かったのか? 何で俺がこいつを持ってんのか」

「いいや、まだだ。だがじきに分かるはずだ」

 

 ウォズが明かした、アナザーライダーとオリジナルライダーの因果関係、記憶にまつわる疑問点への解。

 それらのピースを集めて常磐ソウゴが立てた作戦。

 俺が前線に出ず仁藤に会いに来たのも“作戦”の一環だ。

 

 ジオウがアナザーウィザードを撃破すれば、仁藤の記憶は正史のそれに修復される。

 「理由が分かるまで渡せない」と先に言ったのはコイツのほうだ。短時間であれその条件を満たしたならば、仁藤も大人しく俺にウィザードウォッチを差し出すだろう。俺はここでその時を待つだけでいい。

 ウィザードウォッチを入手次第、俺は2012年に飛んでアナザーウィザードを撃破する。ジオウは現代のアナザーウィザードを止める。そういう手筈だ。

 

 目の前でのほほんと世間話をする先生と仁藤を流し見つつ、俺は適当な松の木にもたれた。

 

 ……釈然としない、というのが本音だ。

 

 ファイズウォッチもウィザードウォッチも、結果的に常磐ソウゴに渡らない。奴のオーマジオウへの流れは少しずつ断ち切れている。

 

 だから、この引っかかりは、もっと根幹的な部分。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 奴のそんな行動理念が俺には計り知れなくて、時として空恐ろしいとさえ感じるのだ。

 

 レジェンドライダーの結末は一通り知っている。中には、人類と世界のために、命を落としたり、怪物になったりといった末路のレジェンドライダーもいた。どの仮面ライダーの伝記も、目を通せばその境地に至るまでにまだ納得が行った。

 

 だが、常磐ソウゴは別だ。

 あいつはどうして“王”になりたいんだ?

 

 信じられないことに、俺はこの時、本心から、仇敵の内情を考えたのだ。

 

「きゃ! 仁藤さん!?」

 

 っ! ……思考に没頭しすぎた。なんて、迂闊。

 

 ひっくり返った仁藤に、先生は何度も呼びかけて肩や手二の腕を叩いている。

 このタイミングでの唐突な昏倒。おそらくはジオウがアナザーウィザードを叩いたんだ。今なら仁藤もライドウォッチを持っていた理由を思い出したはず。

 

 俺は先生に、仁藤から離れるように促して、記憶の有無の確認をしようとした。

 ――起き上がりざまに仁藤が、俺の腕を掴んで一本背負いをしなければ。

 

「明光院君!?」

 

 俺は受身を取って即座に立ち上がり、いつでもジクウドライバーを装着できる態勢を取った。事情は知らないが、今のは敵対行為だった。

 

 仁藤はというと、黒い指輪を嵌めた右手を下腹部にかざした。するとそこに黒い指輪と同じ意匠の、黒い手形のバックルが現れた。

 

《 ドライバー・オン 》

「変――身っ!」

 

 仁藤はバックルの左に、獅子をモチーフにした指輪を嵌めて開錠した。

 

《 L・I・O・N  ライオン 》

 

 仁藤が変身した――仮面ライダーに。

 

 まさかこの男、2012年のレジェンドライダー14・ウィザードと共闘したと記録にあった、“二人目の魔法使い”こと仮面ライダービースト! 身に宿した力は百獣の王。ドラゴンを制していたウィザードとは「竜獣相並ぶ」とも賞された仮面ライダー。

 

 いいだろう。俺はぬるい常磐とはちがう。そっちがその気なら強引にでもウィザードウォッチを奪ってみせる。

 

 余裕綽々に構えるビーストの前で、俺は装着したジクウドライバーに自分のウォッチを装填して、バックルを逆時計回りに回した。

 

「変身!!」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  GaIZ 》

 

 ラウンド開始の合図はなし。

 俺とビーストは同時に拳を、蹴りを、くり出した。

 

 

 

 

 ビーストの動きは目まぐるしい。長く仮面ライダーとして戦ってきた俺が、ようやく動体視力が追いつくスピードだ。さすがはレジェンドライダーの一角と言わざるをえない。

 だが――圧されてはいない。少なくとも攻撃の手数はビーストより俺が多い。

 次の一撃でチェックメイトだ――!

 

『ストーップ!』

 

 ……何だと?

 

『オッケー、オッケー。急に悪かったな。本当にウォッチを渡す相手がお前で間違いなかったか、ちょっと確認したかっただけだ』

 

 仁藤は左手から指輪を抜いて変身を解除した。

 

 俺もまたジクウドライバーからウォッチを抜いて変身を解いた。

 

「このウォッチとやらは、過去にお前に渡されたんだったな」

 

 俺が? ということは、少なくとも俺はこのあと2012年に時空転移するわけか。

 

 仁藤はまず、二つのライドウォッチの内、ウィザードウォッチだけを俺に投げ渡した。

 

「おい。もう一つのウォッチは……」

「あーっ、皆まで言うな。今返すのはそっちだけだ。それと、後ろのセンセーにはホイ、こっち。俺たち指輪の魔法使い界隈で贔屓の店から」

 

 次に仁藤が先生に向かって放り投げた品は、装着する指よりでかい宝石を飾った指輪だった。

 ――待て。指輪……指輪っ!?

 

「試供品だが効果は確か。一週間で魔力が切れちまうのが玉に瑕だがな。ま、それまでは“お守り代わり”として持ち歩いてくれ」

「え、あ、ええと、あの、はぁ。わかりました」

 

 アンタはそこで頷くな! 警戒心がないにも程がある、それでも教育者か!?

 

「おーし。気張れよ、ツンツン。俺たち“指輪の魔法使い”の力は、お前に託したからな。んじゃな~」

 

 仁藤はテントの中に入ってしまった。おそらく引きずり出してもこれ以上の情報を奴は吐くまい。疑問は残るが、今はそれより急ぎの用がある。

 

 俺は上空に光学迷彩をかけて待機させていたタイムマジーンを呼んだ。

 

 実体化した赤いロボット型タイムマシンに向かう。

 俺の後ろから先生が続いて歩いて――来ることはなかった。

 

「今回は付いて来ないんだな」

「え? それって……一緒に行っていいってことですか!?」

「ちがっ、ちがう! 単に気になったことを聞いただけだ!」

「で、ですよね。――正直に言うと、君を見張りたい気持ちがゼロではないです。今回の明光院君、悪い意味で前のめりですから」

 

 ぐうの音も出んとはこのことか……!

 

「でも常磐君は、ウィザードウォッチを、自分じゃなく君が手に入れて2012年に飛ぶことを前提にした作戦を立てました。そこには、明光院君を自分の思い通りに動かしてやろうとかいう打算や下心はなかった。なら私の同行は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()って意味に他ならないんです! だから今回は身を引きます!」

 

 ――やっぱり、常磐ソウゴのため、か。

 

 俺は先生に背を向けて、開いたタイムマジーンのハッチから機関内部へ乗り込んだ。

 その俺を追いかけるように、なお先生は叫んだ。

 

「明光院君は一度、佐久間さんを救いました! だから私は確信しています。今度だって明光院君は、早瀬さんを腐った恋の毒から救うって!」

 

 そのときこの胸を打ったのは、送られる声援のどれかか、それとも声そのものか、訴えた彼女の真剣なまなざしか。

 

 コクピットが閉じた。

 システム、オンライン。オールグリーン。転移先座標指定のディスプレイが目の前に投影された。

 

 精神がかつてないほど研ぎ澄まされている。

 

 

 “なんか、イケそうな気がする!”

 

 

 ――こんな時に回想してしまうとは、なんとも皮肉が利いている。

 

「時空転移システム、起動!」




 仁藤が美都せんせーにあげた指輪はそこそこキーアイテムとして後日再登場します。何の魔法がこもっているのかはそれまでお楽しみということで一つ。

 ゲイツと同行する回数が多くね? 的なご指摘を頂いたので、この場を借りて申し上げます。
 恋愛ではありません。
 恋 愛 で は あ り ま せ ん (`ФωФ') カッ


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Syndrome20 愛する勇気のある者には、必ず苦しむ勇気がある

 タイトル出典:アンソニー・トロロープ。19世紀イギリスの小説家。


 はぁっ、はぁっ……!

 

 明光院君を見送ってから、私は常磐君がアナザーウィザードと戦っている現場に急行しました。

 

 全力疾走って、こんなにしんどかったっけ?

 ああもうっ、歳は取りたくないものです!

 

 ジオウとアナザーウィザードが乱戦中のシーサイドガーデンに、どうにか、着いたー!

 

「さあ、我が魔王。ゲイツ君がウィザードウォッチを手に入れたようだ。私たちも2012年に赴こう」

 

 でもウォズさんの神速には及びませんでしたー!

 何なんですかチートですか未来のテクノロジーですか!? 

 

『いいや! 俺はここに残る!』

「――は? 何を言っている?」

 

 ウォズさんが本気で戸惑った声、初めて聞きました。

 

「これ以上、ここで彼を相手にしても意味はない」

『意味ならある!』

 

 ジオウは取っ組み合っていたアナザーウィザードから一旦距離を取って、フォーゼウォッチを起動してバックルに装填、バックルを逆時計回りに回しました。

 

《 アーマー・タイム  FOUZE 》

 

 フォーゼアーマーに換装したジオウは、ロケット形態になってアナザーウィザードへ突進した。

 

 ジオウはよく分かっている。――そう、意味はある。君の決断は確かに意味あるものになるでしょう。この虚しく、けれど必要な争いが終わった、全てのあとにこそ。

 

 これは、試練。早瀬さんが“魔法”というベールで覆った6年の歳月の中で腐らせてしまった恋心と、訣別するための試練なのです。

 

 早瀬さんの恋の試練は本来、発生すらしないのが運命だったと、私は思うんです。

 アナザーウィザードにならなかったとしても、早瀬さんは香織さんに想いを打ち明けられなかった。長山さんと香織さんの婚約を聞いて、早瀬さんは寝耳に水。彼は日の目を見なかった恋心を腐らせて、6年と言わずもっと長い時間、後悔という地獄を這いずることになったでしょう。

 

 ですけどね、そんな“民”を放っておけないのが、そこにいる“最高最善の魔王”志望の高校三年生男子でありまして。

 

『この力があれば、全部上手くいくはずだったのにぃぃ!!』

『ライダーの力は、何かを上手く行かせるためのものじゃない。大切なものを、守るための力だ!』

 

 アナザーウィザードが放った火炎を、ジオウはあえて真っ向から受けた。ジオウはそれでも立ち止まらないで走って、アナザーウィザードをついに捉えた。

 

『だから、だから俺はお嬢さんのために……!』

『でもッ! いつしか自分の想いを実らせたくなった。好きな人のためだった奇跡(まほう)は、自分のための呪い(まほう)に変わった!』

『うるさァァい!!』

『~~っっ、目ぇ覚ませよッ!! 守りたかった人を襲ってさ――あんたに必要なのは、魔法なんかじゃない! 想いを伝える勇気だろ!?』

 

 はっとしたように、アナザーウィザードは――早瀬さんはその場に膝から崩れ落ちた。

 

 よくぞ言いました、常磐君。先生は鼻が高いです。

 

 私は潮風に吹かれる身を少し縮めて階段を降りて、同じ風にコートと髪をなぶられているウォズさんに歩み寄った。

 

「ウォズさん。今日二人だけでお話しした時に、私が言ったこと、覚えてらっしゃいます?」

「『最短コースが常に正解とは限らない』?」

「はい。今でもそこんとこは変わりません。意味のないことなんて、彼くらいの若い子には一つだって無いんです。最短コースは最適解であっても、正答ではないのですから。ジオウがアナザーウィザードとの対話を意味あることだと思っているなら尚更です」

 

 ジオウはドライバーの左右のウォッチのリューズを押して、トドメの態勢に入った。

 

《 フィニッシュ・タイム  》《 FOUZE 》

 

 ――終わりの時を晩鐘が告げる。

 

 ロケット形態に変わったジオウはバーニアを噴いて宙を駆け、ローリングしながらアナザーウィザードに突っ込んだ。

 

《 LIMIT  タイム・ブレイク 》

『ロケット錐もみキーーック!!』

 

 前回と同じ一撃でのフィニッシュ。常磐君は見事アナザーウィザードを退治して、早瀬さん本来の姿を取り戻しました。

 早瀬さんが再びアナザーウィザードに変貌する様子はありません。2012年で明光院君もきっちりすべきことを果たしてくれたみたいです。

 

 さてさて。今回ばかりは、アナザーライダーをやっつけてめでたしめでたしとは行きません。むしろここからが本番です。

 

 私は自分のスマホから明光院君のケータイ番号に電話を発信して、そのスマホを常磐君に渡しました。

 常磐君は特に驚いた様子もなく、待ってましたとばかりに私のスマホを受け取って通話し始めました。

 

「ゲイツ? 俺。ソウゴ。そこにさ、2012年の早瀬さん、いるよね? ちょっと替わってほしいんだ」

 

 常磐君が2012年にいる明光院君と通話する間に、私は早瀬さんに軽い解説をします。

 といっても、「深く考えないでください」と早瀬さんを笑って言いくるめて、よけいな一言を付け足す程度なのですが。

 

「あなたが今、胸に一番強く感じている想いを、そのまま言葉にしてください」

 

 常磐君が笑顔で早瀬さんにスマホを差し出しました。

 早瀬さんは恐る恐る、受け取ったスマホに耳を当てて、過去の自分自身と話し始めました。

 

 早瀬さんは過去のご自分にエールを送りました。

 勇気を出せ。お嬢さんに恋心を明かせ。結果が変わらなくても、2012年のお前の未来はきっと変わる――と。

 

 ――早瀬さんはもう恋の亡者じゃない。腐った恋心は根こそぎジオウが引っこ抜いた。もう、大丈夫ですね。

 

 電話を終えて脱力する早瀬さんの肩に、常磐君は優しく手を置いて、笑って頷きました。

 

 

 

 

 

 やがて早瀬さんは、常磐君に頭を下げてから去って行きました。

 

 早瀬さんの背中が見えなくなってから、隣で見送りをした常磐君が、ながーく息を吐いてその場にしゃがみ込みました。

 

「よく頑張りましたね、常磐君」

「――俺、ちゃんとできてた?」

「ええ。先生的には、オール5の成績表をあげてもいいと思いました」

「う~~っ、美都せんせー!」

「はい、そこまで」

 

 立ち上がって私に抱き着こうとした常磐君の顔面を、手の平でべしゃっとして阻んだ。

 

「親愛のハグを許すのは女子生徒まで。かつ、志望校の合格発表か卒業式の日に限ります」

 

 ちなみにこの中のどれでもないドッキリを狙ったハグの場合、生徒が男女どちらであっても許しません。

 

「常磐君は特に。中間テストが迫ってますので、その点数と期末の成績によっては、卒業できないことも視野に入れないと」

「思い出したくなかった現実がーっ!」

「そうですねえ。常磐君は理系に弱いですから、前に話してた、物理学者の桐生さんに教わりに行くのはどうです? もちろん先方の都合ありきですけど」

 

 言いながら、私はついさっきまで立っていた階段を見上げた。案の定、ウォズさんの姿はなかった。

 全く、神出鬼没な人です。いつどこで会うのか分からないから、菓子折りを用意したって渡すこともできません。

 

 ――私だって、これでも常磐君たちよりは“大人”です。

 ウォズさんが常磐君に対して腹に一物あることも、彼が根っからの善人ではないことも察していますとも。

 ですが先日も言いましたように、私は生徒のプライバシーに過干渉なモンスター教師になりたくはありません。

 ――何より、()()()()()()()()()()。なのでまだ泳がせておく。

 

「今日のせんせー、なんか冷たい気がするっ」

「甘やかしてばかりでは、生徒の成長を妨げますから。時には突き放すのも愛の鞭です」

「今はムチよりアメが欲しいんだけどなあ」

「だ・め・で・す」

「はーい。――あ!」

「きゃっ?」

「アナザーウィザードが消えたんだから、ツクヨミ、もう起きてるかも! 早く帰ろう!」

「あ、そういえばそうですね。早くツクヨミさんに顔を見せて、安心させてあげてください」

「うん! じゃあ美都せんせー、学校でまた明日ね!」

 

 また明日。ああ、何て胸に染みる言の葉でしょうか。

 

「――はい。気をつけて帰ってください」

 

 常磐君は満面の笑顔で、私に手を振って駆け出しました。

 

 名残惜しいけれど、“また明日”。

 明日の私は、また一回り成長した君と会える。




 ファイズフォンでなくてもやっぱり時空を超えて繋がる美都せんせーの電話の謎やいかに?

 美都せんせーはソウゴたちよりちょっぴり早く社会に出たので、年相応には大人らしい打算を備えています。
 もっとも美都せんせーの場合、打算や機転を利かせて上手く立ち回ろうとしても、持ち前の素直さがそれらを台無しにしちゃうシリアスブレイカーなんですけどね(^^;)

 ゲイツが飛んだ2012年はウィザードのクリスマス回に該当すると知ったので、我が家のゲイツはそこにお邪魔させることにしました。
 ゲイツは仮面ライダーウィザードの“引退試合”をきっちり見届けて、翌日にアナザーウィザードをやっつけて帰ってきたってことで。


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Interval3 差し出した指に“ラスト”エンゲージ

 西暦2012年に転移してすぐ、ディスプレイが映し出した眼下の戦場。それは仮面ライダーエグゼイドたちの2016年に出た時を想い起させた。

 

 有体に言えば、地上では仮面ライダーウィザードが怪物の群れと戦っていた。

 

 俺はウィザードが怪物を掃討し終えてから、タイムマジーンを下降させた。

 

 

 

 

 

「未来人?」

「お前たちから見ればな」

 

 ウィザードこと操真晴人とのコンタクトを試みて、話の場を“面影堂”という宝石店に移してから、俺はこちらの情報を操真晴人たちに告げた。

 

「歴史を変えるべくタイムジャッカーという連中が暗躍している。そのせいで、お前の持つライダーの力、お前たちが呼ぶところの魔法の力が消えることになる」

「それを忠告しにはるばる2018年からタイムトラベルして来た……ってだけじゃなさそうだな」

 

 ソファーに腰かけている操真晴人は、口元こそ笑みを刷いているがその目は笑っていない。戦場に精通した戦士の目――熟練の仮面ライダーの目だ。

 

 状況こそエグゼイドたちとの対談と似ているが、相手の格はナメてかからないほうがよさそうだ。

 

 そこで面影堂のドアが開いた。入ってきたのは、小柄な女子が一人、赤と白のやたら短いスカートの女が一人、そして女二名に連行されたブリーチの男の、総勢三名。

 

「ただいま、晴人」

「おかえり、コヨミ」

「ごめーん、晴人くん! 彼を連れてくるの手間取っちゃって」

「いやいや。むしろあの状況からここまで引っ張ってきただけでも凛子ちゃんスゴイ……ふはははははーっ!」

「笑うなーっ!」

 

 ……何だこの混沌極まる空気。

 

 操真は連行された男に「まあ座れって」とやんわり着席を勧め、男が襲われた理由やそれにまつわる背景を明かした。

 

 その解説の中に、聞き捨てならないワードがあった。

 

「今――ゲート、と言ったか?」

「言ったぞ。ゲートに当たる人間が絶望した時、その人間を内側から食い破ってファントムが生まれる。その時がゲートとなった人間の死。それがどうかしたか?」

「……ゲートを名乗る仮面ライダーが、俺の時代にいた。それを思い出しただけだ」

「2018年にか」

「いや、2068年のほうに……」

 

 って、感傷的になって要らん情報まで開示してどうするんだ、俺!

 

 操真は俺をじっと見たが、追及することはなかった。

 

 短気を起こして出ていこうとした、達郎という男を、操真は一度だけ引き留めた。だが達郎も一筋縄では応じない。

 

「今日は俺の“希望の日”なんだよ!!」

 

 操真がきょとんとする間に、達郎は店を出て行った。

 

 操真はコートを着ると、達郎を追って店を出た。

 

 ――タイムマジーンの座標が一日ズレた以上、操真晴人がどのタイミングでライダーの力を失うか、アナザーウィザードがいつ発生するかに疑義が生じた。ならば俺は操真を見張っているのが次善か。

 

 俺も操真を追って面影堂を出た。

 

 

 

 

 

 操真から数歩後ろを歩いていた俺は、どうにも街が奇妙なざわめきと昂揚に満ちているように見えた。

 背の低いモミの木の模型に飾り付けをした物と、凛子と呼ばれた女が着ていた服に似た格好の人間があちこちで目に付いた。

 

「珍しいか? クリスマスシーズンの街は」

 

 操真に看破されて、悔しいやら照れくさいやら。

 

「クリスマスというイベントについての知識はある。神の子が誕生した日を祝う風習が、日本に入ってお祭り騒ぎをする口実になったと。実際に行われているのを見たことはないが」

「――そうか。2068年じゃ、クリスマスは廃れた文化なんだな。俺自身は思い入れがあるわけじゃないが、実際にそう聞くと残念だ」

「クリスマスというのは、そんなに大切な文化なのか?」

「んー。改めて聞かれると答えるのが難しいな。まあ何だ、クリスマスの、特に前夜(イヴ)は聖夜なんだ。いがみ合う人間同士でも心を通わせていい。親しくない相手にも無条件で贈り物をしていい。そういう特別な日、かな」

 

 操真は使い魔を駆使して器用に達郎の足跡を追った。

 

 達郎はいくつもの日銭仕事を掛け持ちしていて、一つの仕事が終わったらまた次の現場へ行って精力的に働く、そんなくり返し。

 達郎がそこまでする動機を、俺と操真は、やがて達郎の出身だという孤児院で聞くことになる。

 

「――ビッグプレゼントね。十中八九、達郎が匿名で置いてったプレゼントだろう。働き者なのはクリスマスプレゼントの費用を捻出するためだったのか」

 

 達郎がプレゼントを購入しに入った店の前で、俺は操真と共に達郎が出てくるのを待った。

 

 さんざめく群衆。笑顔の通行人。どれも2068年では見られなかったものだ。

 

 やがて店から、両手にいっぱいの大小のプレゼントボックスを抱えた達郎が出てきた。

 達郎は苦い顔でこちらをスルーしようとしたが、操真がそれをさせなかった。

 

「園長に聞いた。今日は子どもたちの希望の日なんだな」

「……それだけじゃない。このクリスマスプレゼントは、俺にとっても希望だ」

 

 達郎は歩みを止めずに、心中を吐露した。

 

 身寄りのない達郎たちにとって、クリスマスプレゼントは“希望”だった。普段は乱暴な自分でも、クリスマスだけは誰かの希望になれる。

 

「子どもたちにプレゼントをあげるこの日だけが、俺の希望の日なんだよ。……分かったらもう俺の邪魔はすんな」

「手伝うよ」

 

 操真は達郎が抱えていたプレゼントの半分を、ひょいっと攫って腕に抱えた。

 

「誰かの希望になりたいって気持ち、俺にも分かるから」

 

 達郎は操真をまじまじと見ていたが、やがて警戒は鳴りを潜めて、表情を緩めて――

 

『なるほどなァ』

 

 俺は即座に臨戦態勢に移った。操真もまた、俺と同じかより迅速に身構えたものの、頭上から襲ってきた怪人に大剣を揮われて、避ける際にプレゼントを落としてしまった。

 

「フェニックス――!」

『こいつがゲートの心の支えってわけか』

「グールに達郎を襲わせたのはお前だったのか」

『ああ。けどゲートなんて本当はどーでもいいんだ。俺はただ、テメエと遊びたいだけだ。魔法使い』

「っ、ゲイツ! お前は達郎を守れ!」

 

 俺が反駁する暇もない。操真は左手に指輪を嵌めて、ドライバーにその左手をかざした。

 

「変身!」

《 “フレイム”  ヒィ・ヒィ・ヒーヒーヒー! 》

 

 本物を見るのは初めてだ。あれが“指輪の魔法使い”、仮面ライダーウィザード。

 だが悠長に見物している暇はない。

 

 俺は達郎に駆け寄って腕を掴み上げた。

 

「おい、逃げるぞ!」

「プレゼント置いて行けるかよッ!」

 

 達郎は無我夢中でプレゼントを掻き集める。

 

「! 伏せろ!」

 

 戦いの余波で炎がこっちまで広がった。その炎は皮肉にも、死守せねばならない達郎のプレゼントに引火してしまった。

 

 ――もしも先生がこの場にいたら、どうした?

 

 先生ならまず達郎に駆け寄って、「大丈夫ですか!?」と支え起こす。それから、火に巻かれるプレゼントを一つでも多く掬い上げようとするんだろうな。素手で。自分の手が火傷しようとお構いなしに。織部美都はそういう教師だと、俺にも分かって来た。

 

 ここで俺が、先生がするであろうことをそっくりそのまま実行したのは、後にも先にも理由が付けられない行いとなる。

 

 だが、一斉に燃える大小様々なプレゼントを全て掬い上げるのは無理だった。無事回収できたのはほんの2、3箱で、大半はフェニックスの炎で焼け落ちてしまった。

 

 フェニックスを青い法衣のウィザードが押し返して、初期フォームに戻ってこちらへ来た。

 

 ウィザードは鼈甲色の宝石を冠した指輪を達郎の指に嵌めて、その手を自身のドライバーに翳した。

 

『約束する。俺が最後の希望だ』

《 “エンゲージ” 》

 

 赤い光が魔法陣を刻んだ。

 ウィザードがその魔法陣に飛び込む――寸で。俺の襟首を掴むと、俺を連れて魔法陣へダイブした。

 

「おい! 何のつもりだ!?」

『何って、仮面ライダーウィザードの引退試合だ。きっちり見届けろよ、未来最先端の仮面ライダー?』

 

 仁藤といいこいつといい、魔法使いは事前に予告という発想がないのか!

 

 落下しながらもジクウドライバーを装着して、ウォッチを装填して変身した。

 

 

 

 

 

 外に戻った時には、夜も更けていた。

 

 操真は変身を解くと真っ先に達郎に駆け寄った。

 

「ごめん。お前を助けるのが精一杯だった」

「命が助かっても、プレゼントがなきゃ……これじゃ今夜は間に合わねえ」

 

 達郎にとっては絶望してファントムを生み出すほどに大切な品々だったのに、俺も操真もプレゼントを守り切れなかった。そのことが胸に棘となって刺さった。

 

 ふいに、操真が持っていたプレゼントの小箱が淡く光った。あれは、達郎のアンダーワールドで現れた、真っ赤な服で白いひげを蓄えた老人が、俺と操真に渡した品だ。

 

 操真が取り出したそれは、魔法石の指輪だ。操真はさっそく指輪を左手に通して、ドライバーにかざした。

 

《 “メリークリスマス” 》

 

 明るい楽曲が流れて魔法が燃えたプレゼントの残骸に降り注いだかと思うと、なんと、プレゼントは全てが完全に修復されて元通りになっていた。

 

「嘘だろ……こんな魔法はありえない! まさか、本当のサンタクロースだったのか?」

 

 俺のほうには何が入ってるんだ?

 俺も小箱を開けた。入っていたのは魔宝石の指輪だった。操真が達郎のアンダーワールドに入る時に用いた“エンゲージ”と全く同じデザインだ。

 

 俺がその指輪を操真に見せると、操真は肩の荷が下りたとでもいうような笑みを浮かべた。

 

「いつかお前も、大事な誰かの指にそれを通す日が来る。聖夜の賢者はお見通しってわけだ」

 

 訳が分からない……

 

「いずれ分かるさ。ほら、ボサッとするな。達郎のプレゼント運び、手伝いに行くぞ」

 

 

 

 

 

 達郎は無事、養護施設にプレゼントを置いて来られた。

 それだけじゃない。施設の園長がそのことに気づいて、達郎を引き留めて「帰ってこい」と熱心に言った。達郎もついに折れて、園内に入っていった。

 

 ――なんとなく、分かった気がする。仮面ライダーウィザードが護ってきた、尊いもの。

 

「ここまでだな」

 

 雪が降り始めた時に、唐突に操真は言った。

 

「どうやら俺の力は消えるみたいだ」

 

 操真の全身から光の粒子が立ち昇っていく。操真晴人を“仮面ライダーウィザード”たらしめる要素が空気中に消えていく。

 

「俺はここまでだ。未来は頼んだぞ、仮面ライダー」

「言われるまでもない」

 

 俺は手持ちのブランクウォッチ二つを操真に突きつけた。

 

「持っていろ。いずれお前と同じ“指輪の魔法使い”が現れる。魔法使いでなくなったお前たちがどんな出会い方をするかは知らないが、お前はこれをその男に託す」

「そして2018年で縁が繋がると。ああ、そういうことなら持っておく」

 

 寄り道は終わり。

 ――俺にとっては意義ある“寄り道”だった。

 

 これから、アナザーウィザードとなった早瀬を、ウィザードウォッチでの変身で撃破しに行かねばならない。

 

「じゃあな。ゲイツ」

「ああ。さよならだ。操真晴人」

 

 操真がウィザードでなくなるより早く、俺は踵を返した。

 

 向かうはマジックハウス・キノシタ。アナザーウィザードになった早瀬を破るために。

 俺は改めて腹を据えて、駆け出した。




 実はこんな番外編考えてたんですよという後出しジャンケン。


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Syndrome21 アナザーキング・コア

 中間考査が終わって試験休みに入ったある日。

 

 クジゴジ堂のリビングに俺が降りると、常磐ソウゴがツクヨミと、一枚の肖像画とハードカバー製本を話題に歓談していた。本のタイトルは『信長公記超訳 著:織部計都』。肖像画は、戦国時代の武将、織田信長のものだった。

 

 俺は常磐に歩み寄って、その手から肖像画を取り上げた。

 

「ゲイツ?」

「こいつは魔王と呼ばれた。たくさんの人間を殺し、最後は部下に裏切られて死んだ」

「そーゆー言い方ないんじゃない?」

「お前も欲望のままに民を支配し、いずれは同じ末路を辿る」

 

 すると常磐は俺から肖像画を取り返して笑った。

 

「俺は、ゲイツが言う織田信長みたいな魔王にはならない。美都せんせーから教わったほうの信長みたいな、“最高最善の魔王”になるって決めたからね」

「先生も知ってるのね」

「日本史の先生だからそりゃあね。ツクヨミも最近は授業に出てるから教わって……あ。織豊政権の授業の時、まだこの時代に来てなかったっけ」

「今までの授業で聞いた覚えは、少なくともないわね」

 

 関心を示したツクヨミに、常磐は笑顔で武将・織田信長のエピソードを語り始めた。

 

 ――どれだけ民に慈悲を示そうが庶民を喜ばせようが、大勢の人間の命を奪ったという事実は揺らがないし、虐殺の免罪符にはならない。

 むしろ気まぐれに優しさが顔を出すから、ただの悪党よりタチが悪いんだ。

 

 そこで不意打ちにクジゴジ堂店主がリビングに駆け込んで、切羽詰まった様子でテレビのスイッチを入れた。

 

《私が、檀ファウンデーション社長、檀黎斗。檀黎斗改め、檀黎斗王だァァァァ!!》

「すっごい――王様だ! この人も王様になろうとしてる!」

 

 記者会見の中で、檀黎斗の荒唐無稽を指摘した記者がいた。すると檀黎斗は一枚のメダルを取り出して、それを記者に投げ放った。

 メダルを吸収させられた記者が、怪物に変貌した。

 

「すっごく興味深いよ。ちょっと行ってくる!」

 

 常磐は手持ちのライドウォッチを全て持ってリビングを飛び出した。

 

 出遅れたものの、これは間違いなくタイムジャッカー絡みだ。俺たちも至急現場に駆け付けるべきだ。

 

 俺も手持ちのライドウォッチを腕に全て装着して、ツクヨミどもともクジゴジ堂を出た。

 

 

 

 

 

 中間考査も終わって、答案の採点はあるものの、今日は私も一日お休みが貰えました。

 

 休日は寝坊できるだけ寝坊する。私のOFFの大鉄則です。

 ですのでこの日も、午前11時を回るまでベッドで惰眠を貪っていました。

 

 ピロリロリーン♪ ピロリロリーン♪

 

 気持ちよく寝ていたところにスマホの着信アリ。

 むにゃむにゃ……せっかくのお休みに誰でしょう?

 

「は~い、もしもし~……」

《先生っ! 私っ、ツクヨミです!》

 

 生徒の声を聞いて一秒でむにゃむにゃ終了のお知らせ。私は体ごと起き上がりました。

 

《ニュースでやってた檀ファウンデーションの社長がアナザーライダーだったの。アナザーオーズを倒すために2016年に飛ぶことになったんだけど、ゲイツは今回ソウゴを置いてくって言ってて》

「ツクヨミさん、落ち着いてください。今どこですか?」

 

 スマホをスピーカーモードにして化粧台に置いて、外出着にお着替えスタート。

 

《檀ファウンデーションの社内……城内? とにかく敷地内! 雑木林に面してるとこから潜り込んだの》

「常磐君を置いて行くというのもその敷地内に?」

《うん。檀黎斗の王様宣言に、ソウゴってばはしゃいじゃって追いかけて行って……》

「前回みたいに打ち合わせての別行動ではないんですね」

 

 着替え完了。化粧台の前に座ってメイク(この歳じゃOFFでもすっぴんで外を歩くなんてできませんからね)。

 

《……ごめんなさい。ソウゴをお願いできる宛てが、先生しか思いつかなくて。今日のソウゴ、なんだかテンションがおかしいの。きっとアナザーオーズになった人が『王になる』なんて言ったからだと思う》

 

 ブラウスとスカートの釦の留め忘れ・掛け違いナシ、ストッキングの電線ナシ。バッグの中身に忘れ物ナシ。

 

 では一階に降りて車のキーを持って、常磐君がいるらしき檀ファウンデーションに向かいますか。朝ごはんと檀ファウンデーションのニュースチェックは運転しながらです。

 

「教えてくれてありがとうございます、ツクヨミさん。常磐君がそういう行動に出たなら、むしろ先生の出番です」

《……あの、先生? 先生の声もテンションの針が振り切れてるような……》

「本当に振り切れるかどうかは常磐君次第です」

《ゲイツ、待って! これ私たちだけで行っちゃいけない流れ――!》

 

 あ、切れた。

 

 

 私は階段を降りて、一階のリビングにいるであろうお父さんに、外から声をかけた。

 

「お父さん、おはよう。出かけてきます」

「おはようございます。夕飯は?」

「んー、無しで。今日も遅くなると思うから」

「分かりました。気をつけていってらっしゃい」

「いってきまーす」

「お母さんにもちゃんと言っていくんですよ」

「はぁい」

 

 玄関に来て靴を履いてから、私はバッグから、修理が終わって帰ってきた懐中時計を取り出した。

 

「いってきます、お母さん」

 

 そして懐中時計をバッグに戻して、靴箱の小物入れから車のキーを持って家を出た。

 

 

 

 

 

 車内でカ〇リー〇イトを齧りつつ速報ニュースを聞いて、栄養補給と予習はバッチリの状態で、私は檀ファウンデーションに向かいました。

 

 正面は報道陣でいっぱいだったので、ツクヨミさんに聞いた通りに雑木林にから敷地に潜り込もうとしました。

 ですが意外と高低差があって苦戦。

 十代の若い子は楽勝のルートですが、アラサーには難しい道のりです。

 

「よいっしょ、よっ、とっ……ふわあ!?」

 

 苔むした岩に足を滑らせた私――の手を、しかとキャッチしたのは、意外や意外、ウォズさんでした。

 

「あ、ありがとうございますっ」

「それほどでも、王母」

 

 ウォズさんのおかげでどうにか敷地へ入ったところで、常磐君ともご対面です。

 

「美都せんせー、大丈夫!? 来るまでにケガしなかった?」

「はい。ウォズさんのおかげで事なきを得ました」

「よかったぁ。美都せんせーに何かあったら、俺がクラスの全男子から闇討ちされかねないや」

「大袈裟ですねえ」

「いやほんとだって! マジで!」

「はいはい」

「我が魔王には、王を僭称する者に興味がおありのようで」

「うん。ゲイツがあいつのことを“魔王”って呼んだんだ。だからもっと観察してみようと思ってさ。せんせーも一緒に行こーよっ」

「行きますから、手を引っ張らないでくださいね。もう君たち若い子ほど速く走れないんですから、私も」

 

 と言いつつも、常磐君が開けた裏門らしき出入口から一緒に城内に入る辺り、私も学生気分に戻りつつありますね。気を引き締めないと。

 

 とりあえず私は常磐君と一緒に、檀黎斗社長がいると思しき最上階へ上がりました。ほら、ナントカと煙はって言うじゃないですか。

 

 最上階へ来ると、奥の部屋から聞こえてくる声がありました。男性と女性が一人ずつ。

 

 声が漏れる部屋の木戸前まで行って、私と常磐君は木戸に耳を張り付けました。

 

 

“……服飾部門の泉比奈です。あなたのやっていることは間違っています! 今すぐ、こんなことやめてください”

 

“ほうほう――気に入った! 貴様を我が妃としてやる”

 

“なっ……絶対イヤです!”

 

 

 直後に殴打の音。十中八九、檀氏が泉さんという女性を殴ったからです。ここまで聞いては私も女、黙ってはいられません。

 

 私が木戸を全開にするや、先に室内に飛び込んだのは常磐君のほう。

 

 まさに倒れた女性に振り上げた檀氏の手を、常磐君がナイスタッチ! じゃなくて、ナイスキャッチ!

 

 常磐君が檀氏と熱烈に握手と挨拶を交わす間に、私は泉さんに駆け寄って彼女を支え起こしました。

 

(ケガはありませんか?)

(は、はい。あなたたちは? 制服じゃないから、社内の人じゃない、ですよね)

(ええっと。ニュースを観て、ちょっとこちらの社長さんと関係あるようなないような感じで駆けつけた一般人、ですかね。特にそこの彼は、社長さんと同じで将来“王様”志望でして)

 

 泉さんはもっと訳が分からないという表情。ですよね、すみません! 私もこれ以上に噛み砕いた説明はできないんです。

 

 そこで常磐君のファイズフォンに着信アリ。常磐君が出て電話する間に、私は檀氏を見据えました。

 

「権力を笠に着て女性に関係を迫るのは、立派に労働審判案件です。御社の独立が政府承認されてない現状、この件はまだ日本の労基法の適用圏内です」

「――お前も王である私に意見する女か。名を聞こう」

「織部美都。光ヶ森高校で教員をしています」

「気に入った! 貴様もそこの女と共に我が妃となるがいい。第二夫人だ!」

「重婚も日本では法的に認められてませんからね!?」

 

 と、そこで常磐君がツクヨミさんとの電話を切って、ずい、と檀氏に迫りました。

 

「俺、王様になりたいんだ。だから“王様”を間近で見て勉強したい。させてください!」

 

 私はこの隙に泉さんを連れて部屋をこっそり脱け出しましょう。

 常磐君については、少し遅めのインターンシップということで一つ。独立発言を除けば、檀ファウンデーションは一企業ですからね。

 

「残念ながら私がいる限り王になるのは無理だ。だが私を見れば諦めもつくはず。家来として使ってやる」

「ぃやったぁ! 家来になります!」

 

 檀氏は踵を返しました。

 

「手始めにそこの女たちを監禁しろ。我が妃となる者たちだからな、ヴェッハッハッ!」

 

 上機嫌で檀氏は部屋を去って行きました。

 

 

 常磐君は私たちをふり返りました。真顔です。

 

「おねーさん、ここで働いてる人だよね。誘拐された議員さんがいるとこ、どこか知ってる?」

「場所だけなら……あなた、何をするつもりなの?」

「――常磐君」

「大丈夫、美都せんせー。見てて。これは俺が魔王になるために大事な“勉強”の気がするからさ」



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Syndrome22 アナザーキング・メダル

 常磐君は泉さんが教えてくださった、例の人質の国会議員さんのいる座敷牢へ、私と泉さんを連れて行きました。

 

 私たちが中に入ってから、扉を閉める時、常磐君は私にこっそり言いました。

 

(美都せんせー。こっちのこと、よろしく)

(任せてください。君はくれぐれも無理をしないこと。あと、ちゃんと明光院君とツクヨミさんに事情を説明してくださいね)

 

 常磐君は苦笑して頷いてから、戸を閉めました。鍵を回す音が聞こえたので、外から施錠したのでしょうね。

 

 それにしてもこの座敷牢、寒いですね。外装がお城でも冷暖房完備、という都合のいい話はないってことですか。

 私は自分のカーディガンを脱いで、失礼して泉さんの膝にそれを掛けました。女性の足は冷え性になりやすいですからね。私はストッキングを履いていますのでまだ平気なほうです。

 

「ところで、あなたたちは?」

「泉比奈っていいます」

「織部美都と申します。火野さんが、ニュースで言われてた『人質にされた国会議員』さんで間違いないですか?」

「一応ね。――とにかくここから出ないと。俺にはやることがある。あの“王様”に会って、全てを終わらせる」

 

 もしかして火野議員、人質になったのはわざと? こうして檀コーポレーションの中に入って、檀黎斗社長に肉迫するため?

 

「だったら私、案内します。ここの構造、詳しいんです」

「ありがとう。でも、外へ出るにはどうすれば……」

 

 外向きの窓は高い位置にあって、内向きの障子には全て目張り。出るとしたら扉からという強制一択の状況です。

 さっき常磐君が戸を施錠する直前に私に見せたのは、鎖と、それを繋げる南京錠でしたね。――ふむ。

 

「泉さん。お持ちの裁縫道具の中に安全ピンはありますか?」

 

 泉さんは不思議そうにしながらも、ウェストポーチを探って、安全ピンのケースを取り出しました。泉さんが服飾の社員さんで幸運でした。

 私は泉さんから一本の安全ピンをお借りしてから、戸を力いっぱい押しました。すると、読み通り、戸は呆気なく隙間を晒しました。やっぱり常磐君、チェーンを緩く巻いてましたね。

 

 さて。では、お膳立てに乗って脱獄しちゃいましょう。

 

 私は手が一本ようやく通るだけの戸の隙間から左手を外へ出して鍵を手探り。どうにかチェーンの両端を固定した南京錠を掴んだ。その南京錠をできるだけ手繰り寄せて、安全ピンの針でピッキングにトライしました。

 かちかち、かち……ピキ、バチン!

 

「「開いた!?」」

「これが意外とできちゃうものなんですよねえ」

 

 火野議員と泉さんがドン引きしてらっしゃる。ですよね。

 

 いえ別に、過去に泥棒してたとかそういうやましい経歴はありませんからね? そんな経歴あったらそもそも教員に採用されてません。光ヶ森高校に来る前に勤めていた学校で、古い倉庫にうっかり閉じ込められた生徒を救出した時の杵柄ですよ? 本当ですよ?

 

 戸を押して~……よいしょっと! ふう。何とか開きました。

 

「泉さん。道案内をお願いします」

「は、はいっ」

 

 泉さんは、私と火野議員を社長室へ先導してくださいました。

 社内はそれこそお城をそのまま民俗資料館にしたような造りでした。甲冑や刀といった遺物が展示されていたりして。わあ、北条氏五大当主の錦絵なんて、マニアックなとこを押さえてますねえ。

 

 その道中、視界の端をよぎったのは、私の教え子の男子と預言者さん。

 

 

 “こっちのこと、よろしく”

 

 

 頼りにされて、任された。今回は教師と生徒の枠組みじゃなくて、人様の頼み事を請け負ったからには責任を持つ。そのスタンスです。

 

 私はあえて常磐君たちのほうへ行かずに、先を行く泉さんと火野議員を追いかけました。

 

 

 

 

 

 

 

 社長室へ到着したはいいものの、肝心の檀氏は室内にいなかった。

 

「ようこそ、議員」

 

 ……どうやら最悪のタイミングで入れ違ったようです。

 

 社長室に入ってきたのは、檀氏と、灰色のミイラ怪物ことヤミーだった(名称は泉さんが教えてくれました)。

 

 私はつい身を竦めた。アナザーライダーにはそこそこ耐性が付いてきたものの、一緒に現れる種々多様の怪物にはいつまでも馴染めない。

 

 火野議員が檀氏と真っ向から対峙した。

 

「君を止めに来た」

「命を賭けてまでか?」

「もちろん。君がしていることで苦しむ人間がいるなら、何があっても止める」

 

 このまま乱闘に雪崩れ込んでもおかしくない空気の中、三度(みたび)、社長室に入ってきた人がいました。常磐君です。

 

「ねえ、聞いていい? 王様は、“()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「なに?」

「みんな、王様を止める! って言うけどさ、この人が“いい王様”じゃないって何で分かるの? 俺はまず王様がどんな“王様”になりたいか、知りたいな」

 

 檀氏は気を良くしたのか、常磐君の顎を掴んで至近距離で語り始めた。

 

「私はこの国の頂点に立つ。全ての民を私の下に跪かせてやる! それが私の真の目的だ」

「誰にも()()()()()を奪う権利なんて無い!」

「それが私にはあるのだッ! なぜなら私は檀黎斗王だからだッ! ――こいつは私の王道を邪魔する者だ。蹴散らせ」

 

 ヤミーが私たちへ向けて踏み出す――寸で。私は見たのです。檀氏からは死角になる位置から常磐君がヤミーの脇腹に肘鉄を入れたのを。

 ヤミーが怯んだ隙に常磐君は自らが飛び出して、火野議員の両手首を掴んで背中に捻り上げました。

 

「王様っ。この人のことは任せて」

「ン~、任せたぞぉ」

 

 悦に入った檀氏は常磐君の隠れたファインプレーを見逃したらしい。常磐君を特に咎めもしないで、ヤミーを引き連れて社長室を出ていきました。

 

 檀氏の足音が完全に聞こえなくなった頃合いに、常磐君はパッと火野議員の両手を離しました。

 戸惑う火野議員の正面に回り込んだ常磐君の目は、キラキラしている。そのキラキラが向かう先は火野映司さんその人です。

 

「ねえねえ、あなたも王様になりたいの?」

 

 議員にとっての頂点(おうさま)というと、内閣総理大臣でしょうか。火野議員はそういうドロドロした政争をするタイプには見えませんが。

 

「俺が? まさか! 俺はちょっとのお金と明日のパンツさえあれば、それでいい」

「常磐君、それってどこソースです?」

「ウォズ」

「大体分かりました。ありがとうございます」

 

 そこで常磐君のスマホに着信アリ。会話そのものは聞こえませんが、常磐君の口ぶりからするに電話の相手は明光院君です。

 

「分かった。すぐ行く。じゃあ」

 

 常磐君が通話を終えました。

 

「明光院君、何て?」

「今すぐ俺が言う場所に来いって。それだけ」

「ふふっ。それって『放課後ツラ貸せ』的なニュアンスでですか?」

「まさにそれ」

「ケンカしたあとなのでしたら、話し合う前に『ごめんなさい』ですよ。常磐君に非がなくてもです。こういうのは先に頭を下げた者勝ちですからね。相手より精神的アドバンテージを得られるという意味で」

「はい、美都せんせー! いってきます!」

 

 常磐君はいつもの明るい笑顔で走って行きました。

 

「彼は一体……」

「“王様”志望の、普通の高校三年生の男の子ですよ。あの社長の下で働いているのは、彼が“いい魔王”になる勉強の一環に過ぎません。“魔王”と呼ばれる人を見て“魔王”像を見定めようとしている。まあ、単なるインターンシップと思ってください。とはいえ――」

 

 私は泉さんに向き直って、深く頭を下げた。

 

「当校の生徒が乱暴をして申し訳ありませんでした。彼に悪気はないんです。これはひとえに私の教育が行き届いていなかったせいでございます。深くお詫び申し上げます」

「え? ええと、その……そう言われても、なんと言いますか……こ、今後気をつけてくれれば、いいですので。はい」

「はい。よくよく指導します。本当に、申し訳ありませんでした」

 

 よかった。謝意が泉さんに伝わって。

 

「でも、そしたら彼、何をしようとしてるんでしょう?」

 

 見てて、と常磐君は言った。なら私の目の届かない範囲で劇的な行動は起こさない。

 

「そこはまた、常磐君が戻ってきたら分かる。それまで申し訳ありませんが、もう少しだけお付き合いくださいませ」




 ソウゴ「この間はやりすぎちゃってごめん!」
 ↑ 実は美都せんせーの入れ知恵だったことにしちゃいました。


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Syndrome23 アナザーキング・タトバ

 さしたる時間を置かずに常磐君は私たちが待機していた社長室に戻ってきました。

 

「待たせてごめんね。さあ、行こう」

 

 戸惑いを見せた泉さんに、私は笑って「ね?」とだけ言いました。

 

「織部先生から聞いたんだけど、君、将来は王様になりたいんだって?」

「んー、なりたいっていうか、産まれた時から、王様になる気がしてた」

 

 常磐君お決まりの言葉を聞いて、火野議員は相好を崩しました。

 

「君、面白い子だなあ。王になりたいんだったら、覚えておいたほうがいい。一人じゃできないことがあるってこと」

「一人じゃ、できないこと?」

「どんなに誰かを助けたいと思っても、一人じゃ助けられない命がある。だから俺は、たくさんの人と手を繋ぐことにした。それで政治家になった。いつかこの国の人全てと手を繋いでみせる」

 

 火野議員は力強く拳を握りました。

 

「俺、あんたのこと好きだな」

 

 常磐君に右倣えです。こんな、キラキラした原石みたいな政治家さんがこの日本の政府にいらしたなんて。次の国会議員選挙では、ぜひ火野議員に一票を投じましょう。ええ。

 

「――貴様ら。裏切るつもりか?」

 

 私はとっさに泉さんを背に身構えた。

 そういえばここは社長室。社長の檀氏がいつ来てもおかしくない場だと、ほんわかトークで忘れきってました。

 

「王様! ()()()、人と手を繋ぎたいって、思う?」

「馬鹿な。下等な人間など私の手に触れることすら許されん」

「それ、すっごいヤな感じ。そうなったらダメなんだって、分かった。――裏切るも何も、あんたに付いたのって、“魔王”って呼ばれる人がどういうものなのか知りたかったからってだけだし」

 

 さすが常磐君と言うべきか。相手が誰だろうが容赦ない物言いですねえ。

 

「私は魔王ではない! 王だァァァ!!」

 

 檀氏がアナザーオーズへと変貌して常磐君に襲いかかった。

 アナザーオーズは常磐君の右手からジオウウォッチを弾き飛ばして、常磐君を羽交い絞めにした――した、んですけど。

 と、常磐君? なんだか目が据わってませんか?

 

「てゆーかさあ、あんた最初、美都せんせーを妃にするとか言ったよね。――ふざけんな。そんなの、俺含むクラス30人全員がマジギレ待ったなしだっつーの!!」

 

 常磐君は背中から拘束されたままで足を上手くアナザーオーズの足に引っかけて、アナザーオーズの態勢を崩して自ら脱出してみせました。

 す、すごい……仮面ライダーになったの、ほんの2か月前ですよね? 常磐君の体育の成績、ごく平均なのに。

 

 常磐君が脱け出した直後に、火野議員がアナザーオーズに体当たり。ですがアナザーオーズは呆気なく火野議員を叩き返してしまいました。

 

『何の力もないお前に、何ができるというのだァ!』

「それでも俺は……! 掴んだ手は絶対に離さないッ!!」

 

 泉さんが火野議員に駆け寄って、両手を取って助け起こしました。いいえ、起こすに留まりませんでした。

 

「ふんにゅうー!」

「おわぁ!?」

 

 泉さん、なんと火野議員の体を勢いよく持ち上げて、砲丸投げのようにぶん回しました! 泉さんが遠心力を加味したことで、火野議員の両足は見事にアナザーオーズの胸板にキックとなって炸裂したのです!

 

 キックを食らったアナザーオーズは、窓から外へ吹っ飛びました。

 

 私は、助け起こした常磐君ともども、ぽかーんと火野議員と泉さんの予期せぬコンビネーションキックを眺めているしかありませんでした。

 

 って、いけない! 見惚れてる場合じゃありませんでした。

 

 私は床に転がったジオウウォッチを拾って、常磐君に返してから、常磐君を支えて立ち上がりました。

 

「大丈夫?」

「うんっ。やっぱり俺、あんたのこと好きだ」

 

 火野議員は脱力したように笑ってから、スーツのポケットからある物を取り出しました。

 

「これも、君のだろう?」

 

 ライドウォッチです。それも二つも! どちらのウォッチにも「2010」と記されています。ということは、火野議員こそが2010年の仮面ライダー、オリジナルのOOO(オーズ)――!

 

「君なら、本当の“王”になれるかもね」

 

 火野議員が差し出した二つのライドウォッチを、常磐君は歓喜をあらわに受け取りました。

 

「ありがとう。行ってくる!」

 

 常磐君は社員制服であるジャケットを脱ぎ捨てて、社長室を飛び出しました。

 

「……彼、悪い子じゃないんですね。周りが見えなくなりやすいだけで」

「泉さん?」

「先生をお妃にっていう話をした時の彼の顔。すっごく怒ってるなあって、私でも分かりましたもん。慕われてるんですね? “美都せんせー”」

「あ、あはは……」

 

 照れますね。まあ、私のクラスの生徒全員が、というのは言い過ぎではないかと思うのですが。30人となると女子も含むことになりますから、常磐君も言葉の綾でしょう。うん。

 

「今回はうちの生徒がご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした」

「それはもういいですよ」

「俺としては、国の未来を担う若者の中に、彼みたいな立派な子もいるって知ることができて、むしろラッキーだったなって」

「お気遣いありがとうございます。私もそろそろ失礼させていただきます」

「気をつけてくださいね」

「彼を教えるのは大変でしょうけど、応援してますから」

「ありがとうございます。失礼します」

 

 私は火野議員と泉さんにお辞儀してから社長室を出ました。

 

 常磐君を追って外に出なくちゃ。えっと、外へ出る道は……きゃっ?

 ……機械仕掛けの、赤い、(タカ)

 あ、待って! どこへ飛んでくんですか!?

 

 私はとっさに鷹さんを追いかけて走りました。鷹さんは、途中で滞空しては私が追いつくのを待って、また飛んでいくという動きをくり返しました。もしかして道案内してくれてるんでしょうか?

 

 鷹さんがお城の外へ出て、飛んで行った先には、アナザーオーズと対峙する常磐君。ジクウドライバー装着済みです。

 

 常磐君は後ろをふり返らないのに、私の到着が分かっていたかのように声を上げました。

 

「美都せんせー! 延び延びになってた“宿題”、いま提出します! 俺が『何をする王様になりたいのか』の答え。俺が“勉強”して考えて描いたヴィジョン、聞いてください!」

 

 私は足を止めて、固唾を呑んで常磐君の答えを待った。

 

「俺は、『いい魔王』になる。『みんなの自由を守る魔王』になる!」

 

 ――茨道を素足で歩いて、血だらけになりながらも止まらない彼を、見た気がした。

 

 ()()()()、常磐君だけを贔屓するのは、これを最後にしましょう。

 先行きや道のりが途方もないのなんて、三年の生徒たちは()()()()()です。どの大学、どの企業を志望したって、そこに差なんてありません。一人一人が「自分のこれからの人生」を賭けているのは変わらないんです。

 

「宿題の提出、受理しました。これで先生も今まで以上に進路支援しやすくなりました。この試験休みが明けたら、ビシバシ指導してあげます」

「はい!!」

 

 私はようやく、進路指導教諭として正しい職責に立ち返れた気がした。

 君のおかげです。――ありがとう、常磐ソウゴ君。

 

「変身!」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  ZI-O 》

 

 黒銀のセラミックスボディ。顔面には「ライダー」と刻んだルビーの受石(うけいし)とドルフィンの針。

 

 戦士へと変わった少年は、果敢にアナザーオーズへ挑んだ。

 

 

 

 ジオウとアナザーオーズと戦闘に入ってすぐ、予期せぬ横槍が入った。

 

《手助けしてあげる。ワタシたちの王様》

 

 タイムジャッカー側にもタイムマジーンと同じ兵器があったなんて! しかも常磐君や明光院君が乗るタイムマジーンよりずっと火力に秀でてる。

 

 非武装の私がこのままそばにいたらジオウの注意が散漫になる。せめて私は爆撃圏外まで出ないと――そう分かってるのに。落ちてくる火球は一つ一つが大きすぎて、どこへ走ったって炎に巻かれちゃう……!

 

《 アーマー・タイム  WIZARD 》《 ディフェンド 》

 

 熱く……ない? これは、玉砂利を固めた防壁?

 

『アンタの世話をおそろかにする辺り、ジオウも手こずってるようだな』

「明光院君っ!」

 

 仮面ライダーゲイツ・ウィザードアーマー。私を炎から守ったのは、ウィザードアーマー付与スキルの魔法だったのです。

 

『隠れてろ』

「あ……っ」

 

 私が何か言うまでもなく、ゲイツは私が見たことのない新しいライドウォッチをバックルの左側に装填して一回転させました。

 

《 アーマー・タイム  GENMU 》

 

 ゲイツは換装のエネルギー構築で、ドラゴン型タイムマジーンの火球を跳ね返しました。さらにその上、丸鋸状のエネルギーショットをジカンザックスから放って、ドラゴン型タイムマジーンを城壁激突まで追い込みました。

 

『ジオウ。お前は2010年へ行け』

『手を貸してくれるの!?』

 

 答えはゲイツの言葉ではなく、飛来した黒銀のタイムマジーン。

 

《ソウゴ、乗って!》

『ツクヨミっ』

 

 降りてきてコクピットのハッチを開けたタイムマジーン。ジオウは素早くタイムマジーンに搭乗しました。

 タイムマジーンは空へと昇り、時空のトンネルに飛び込んで見えなくなりました。

 

 今のジオウであれば、2010年のアナザーオーズに引けを取るわけありません。私はすっかり安心しきっていました。

 

 ――ゲイツが呟いたことを聞かなければ。

 

『さよならだ、ジオウ』

 

 

 

 

 

 もう奴が見えない空に向けて、別れの言葉をあえて声にした。

 

 ――さよならだ。常磐ソウゴに魔王にならない可能性を期待した、俺。

 

 変身を解除して歩き出した俺に、後ろから追い縋った声。

 

「どうして! ……さよなら、なんですか?」

 

 立ち止まった。ふり返ることはどうにかせずに済んだ。

 

「思い出したんだ。俺は奴の仲間でも何でもない。俺はオーマジオウを斃すためにこの時代に来た。俺も答えを出した。常磐ソウゴは“魔王”になる男だ」

「常磐君は、いい魔王になるって言いました!」

「奴が“魔王”になると俺が確信したことに変わりはないッ!!」

「そんな……」

 

 再び歩き出した俺を、今度はもっと直接的なものが引き留めた。先生の両手が、俺の腕を掴んで。

 

「い、行っちゃだめ……です。行かない、で……」

「――アンタが俺にそう言うのは、俺が“生徒”だからか?」

「自分でも……分からない、です。学校の生徒たちの『さよなら』でこんなに取り乱したこと、一度もなかったのに……どうして、私……」

 

 その先の言葉を聞いたら、意思が折れる予感がした。

 

 俺は腕から、縋る彼女の両手を乱暴にふり払った。

 今度こそ、立ち止まりはしなかった。




 オーズ編でソウゴへの印象がガラッと変わりました。
 ――ぶっちゃけ作者、ソウゴの底知れなさが恐ろしくなったんですよ。

 やってることはディケイドと同じようでいて、決定的にちがうポイント。
 それは、士が旅をする=自分から相手に「向かう」のに対して、ソウゴは王になるという姿勢を見せて相手を自分に「向かわせる」という点です。

 上記は常磐ソウゴの内面を描写できない理由でもあります。
 当分はソウゴ一人称の文章を書くことは無理でしょう。


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Syndrome24 リトルでなくなったレディ ①

 Are you Ready?


 ――返して。

 わたしの咲を、返して。

 

 

 

 

 

 荷物をまとめてクジゴジ堂を出て行って、町を歩き出してそう時を置かなかった。

 

 前触れもなく時間停滞が発動した。

 

 流れを堰き止められた時の中、俺は目の前に現れたタイムジャッカーを睨んだ。

 

「ジオウのところを飛び出したみたいじゃない。オーマジオウの誕生を見過ごすことにしたのかしら?」

「俺は奴を斃す。そう決めた。馴れ合いを終わりにしただけだ」

「では、私たちと目的は同じということか」

 

 背後かつ至近距離からの声。オーラじゃない、スウォルツだ。

 

「――おれは最悪の未来を作り変えたいだけだ。自分の思い通りの未来に()()()()()()とするお前たちタイムジャッカーとはちがう!」

「同じよ」

 

 オーラは隙を与えず、ばっさりと言い切った。

 

「アナタだって、歴史を変える重罪を犯そうとしている」

「それは……」

 

 

 “私たち人間が変えていいのは、これからの未来だけなんだよ”

 

 

 耳の奥で鳴り喚く、師だった(ひと)の声。

 

 分かってる。アンタの教えの通り、俺はちゃんと“未来”を変えるために行動してる。なのにどうして――責められているように聴こえてならないんだ!

 

「ジオウは着実に力を付けている。現にオマエは彼に、負けた」

 

 アナザーオーズを巡ってのジオウとの戦いの記憶が、耳の奥のノイズを押しどけた。

 

 

 “ゲイツがそう思うんなら、そうなんじゃない?”

 

 “勝利の法則は決まった。……気がする”

 

 

 怒りに駆られていたことを差し引いても、俺の攻撃はジオウに届かなかった。俺の力はジオウに及ばなかったと認めざるをえない。

 

「同じ目的を果たすために手を取り合う。実に美しい話じゃないか」

 

 スウォルツが指を打って時間停滞を解いた。

 

 断る、という言葉を、俺は飲み込むしかなかった。

 

 

 

 

 

 明光院君が行方を晦ませて、3日が過ぎたでしょうか。

 あのお別れから何度連絡しても、明光院君が電話に出ることはありませんでした。

 

「――んせー、美都せんせー!」

「は、はい!?」

「『はい!?』じゃなくて。ストップウォッチ鳴りっぱなしだよ。もう過去問の制限時間終わったってば」

「え? あっ! す、すみません」

 

 私は内心大慌てで講壇のイスを立って、左手で解答が書かれた小冊子を、右手でチョークを持ちました。

 

 ――ここは教室で、今は日本史の過去問を生徒が解く、立派な授業中。なのに私ってば、ぼんやりして上の空。ダメな教師です。

 

「では答え合わせをしましょう。問1の1番目から見て行きますので、ページを開けてください」

 

 紙が擦れる音が教室中から上がった。

 

 生徒たちが私の解説を待っている。

 しっかりしなくちゃ。担当するクラスの生徒30人はもちろん、こうして日本史を選択した他のクラスの三年生たちが学力を付けられるかだって、科目担当の私に懸かってるんだか、ら……

 

 ガタッ

 

 講壇から片足が滑ったのをきっかけに、私は全身を支えられないで大きく転んでしまった。

 

 ざわめいて机を立って、前に集まってくるのは、私のクラスの生徒ばかり。

 

「美都せんせー、大丈夫!?」

「おい、保健委員!」

「だ、大丈夫ですよっ。特にケガしてませんから」

 

 不謹慎だけど、教師冥利に尽きるなあ。こういうふうに慕われて心配されるなら、普段は悩みの種の「美都せんせー」呼びも嬉しく思えてしまいます。

 

 でも、心配顔の生徒たちは見ていて私のほうが悲しいので、平気そうに見えるように笑みを取り繕う。それから立ち上がって授業を再開……

 

 あれ? 何ででしょう、立てません。足に力が入らない。

 

「ちょっ、せんせー、熱あるじゃん!」

「やっぱり保健委員~!」

「女子で誰か! 二人で左右からせんせー支えろ!」

「立てる、美都せんせー?」

「自分で歩けそう?」

 

 ごめんなさいね、みんな……

 きっと私、バチが当たったんです。こんなに心配してくれる心根の善い生徒たちが何人もいるのに、そっちのけで明光院君ひとりを心配していたから。

 ああ、罪悪感で泣いてしまいそう――

 

 アナザーオーズとの戦いの前に、常磐君が言った“本気の進路希望”を聞いた時は、彼を公平に指導していこうと心から思えたのに。

 

 どうして、それが君だと思うと、こんなにも胸に突き刺さってしょうがないのですか? 明光院君――

 

 

 

 

 

 スウォルツが俺を連れて行ったのは、都内の撮影所。ここに、2013年に“仕込んだ”アナザーライダーがいるという。

 

 西暦2013年というと、レジェンド15・鎧武の世代に当たる。

 今から5年前となるその年、人気のダンスユニット“チームバロン”から外されたダンサーのアスラという男を、タイムジャッカーはアナザー鎧武として擁立した。

 それから5年間、アスラはチーム内で仮面ライダー鎧武の力で邪魔者を巧妙に消し去り、地方都市からチームごと都心へ進出して、現代に至る、と。

 

 今この時もまた。

 アスラの正体に勘付いたチームメイトを、アナザー鎧武になった男は異次元の“森”へと閉じ込めた。

 

「己の野望を成し遂げるために何の迷いもない。彼は仮面ライダー鎧武の力を使って、いずれ王になる。キミと一緒にジオウを斃して、な」

 

 胸の奥で、ちりり、と燻る音が聞こえる。アナザー鎧武の存在を聞かされてからずっと燻っていたそれは、実際にアナザー鎧武の所業を見てもっと強くなった。

 

 アスラたちの戻りが遅いので声をかけに行ったスタッフにも、アナザー鎧武の凶行は及んだ。スタッフ、そしてチームメイトにも、アナザー鎧武の存在が露見した。

 

 ――そんな騒乱に、とても場違いな、一人の女が、入り込んだ。

 

 目を、奪われた。女があまりにも()()()だったから。肌の白さではない。まだ誰も足跡をつけていない、未明の雪原のごとき――存在感。

 

 女は相手が怪物であることになど全く頓着しないで、アナザー鎧武の正面で立ち止まった。

 

「やっぱり。今まで消えた人たちのことは、あなたが犯人だったんですね。アスラさん」

『? 誰だ』

「もうお忘れで? 5年前の沢芽市ダンスバトルイヤー決勝戦。あなたがリーダーを消したせいで不戦敗に追いやられたチームリトルスターマイン。その一人ですよ」

『――、ああ。思い出した。あれ以来、何度も「咲を返してください」と俺に泣きつきに来た金持ちの家のお嬢サマ。バロンの東京進出から無しの礫だったのに、今さら何しに来た?』

「わたしが東京くんだりまで来てすることなんて、仲間のこと以外ありえないじゃないですか。聞き飽きてるでしょうがあえてくり返しますよ。――咲を、返してください」

 

 ぞわり、と。

 女の表情を見て、全身が粟立った。

 

 あんな表情を誰の顔にも見たことがない。

 人間があんな虚ろな目をして笑えるものなのか? あんな底なしの昏い声で朗らかな言葉を紡げるものなのか?

 

 アナザー鎧武は女の異様さを感じていないのか、何の返答もなく大太刀を振り上げた。

 

 あのまま大太刀が揮われたら女は脳天から真っ二つになるだろう。

 そう思ったら体が勝手に動いていた。

 

 俺は女を抱えて、アナザー鎧武の大太刀から逃れながら諸共に地面に転がった。

 

「何の真似だ」

「やはりお前らとは合わないと分かった」

 

 ジオウを斃す。オーマジオウを歴史から消す。その目的に変化はない。だが、こんな連中や怪人と手を組んで目的を遂げられたとして、俺は俺自身を許さないだろう。

 

 そこで、地面に転がっていた女が、幽鬼じみた形相でアナザー鎧武を睨んだ。

 

「かえして……わたしの咲……かえしてッ!!」

 

 情念が極限まで凝った叫びを上げて、女は起きてアナザー鎧武に飛びかかろうとした。

 

 無茶だ! 戦士や兵士として鍛えられたわけでもない生身の人間が、アナザーライダーに敵うわけがない!

 

 俺はそいつを強引にアナザー鎧武から引き剥がして、なるべく遠くへ突き飛ばした。

 

「あっ、危な……!」

 

 女の上げた悲鳴に被せて、俺の周囲の光景が樹海のものに一変した。




 少年少女シリーズことあんだるしあ版鎧武をお待ちくださった方、ありがとうございますm(_ _"m)。
 Wヒロインの内、まずはヘキサがカムバックです。
 ヘキサが JK になりましたよ紳士の皆様。いかがか?

 そして本編。
 自分に絵心があったら美都せんせーが涙ほろほろ心象世界の一枚絵を描いていたのに!
 何故だ! 何故自分には文才と画才の内片方しかないんだーーーー!


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Syndrome25 リトルでなくなったレディ ②

 清愛病院の待合のソファーに、私はどさっと座り込んだ。

 

 ――授業中に体調を崩した私は、同僚の笠間先生に車で最寄りの病院まで運んでいただいた。

 笠間先生は「いつぞやのゲーム事件のお礼」と笑ってくれましたが、後日菓子折りをお渡ししないとですね。

 

 お医者様によると私の病名は、風邪。

 そう、ただの、風邪。

 

 熱が高いので点滴を受けて1時間。ようやく解放されて、待合席でこうして薬と領収書を待っている。

 

 何してるんでしょうね、私。

 こんなみっともない自分を生徒たちに見せて動揺させて。情けなくて家に引きこもりたい。

 

 憂鬱さを引きずったままお会計を済ませて向かった病院の玄関で、ばったり。

 私は常磐君とツクヨミさんに鉢合わせました。

 彼らと一緒にいるのは、初めて見る女子。たぶんだけど高校一年生くらいの。

 

「美都せんせー――」

「ときわ、君……なんで病院に? その子は……?」

「え、ええと、ちょっと。おれたち、この子がケガするとこ見てたから、心配で。付き添うことにしたんだっ」

「そーなんですかぁ」

「せ、先生? 具合悪い……わよね。ここ、病院なんだし、病院に来てるんだからそりゃ悪いわよね、うん」

「来た時よりはマシですよ~。点滴も打ってもらいましたし~」

「いま俺はモーレツに美都せんせーに付き添うべきな気がする」

「ソウゴに同じ」

「またまた大げさですね~」

「付き添うべきな! 気がする!」

「あの~。お知り合いでしたら、どうぞ、一緒にいてあげてください。わたしは一人でも大丈夫ですから。ケガ自体、大したものじゃありませんし、ちゃんと治療費に足りるだけのお金は持ってますので」

 

 一緒にいた女子の「大したケガじゃない」発言に、私の中のお節介虫がムクリ。

 

「女の子の肌に付いた傷で『大したことない』ものなんて一つもありません!!」

「ご、ごめんなさい!」

「謝る前に保険証と学生証! 常磐君とツクヨミさんは受付に行ってケガした時の状況を簡潔に説明!」

「「はいぃ!!」」

 

 って、あれぇ、天井が回って~? ちがうや、私の頭が回ってる~。

 

「美都せんせー!? わー、しっかりしてー!」

 

 こうして私は本日二度目の点滴のお世話になることになったのでした。きゅぅ。

 

 

 

 

 

 現在、空いた診察室のベッドで点滴中の私には、ツクヨミさんが付き添ってくれています。常磐君は例の女子――ヘキサさんに付き添って行きました。

 

 あ、二人とも終わったみたいですね。おかえりなさい。

 

 ヘキサさんは立ったまま私に頭を下げた。

 

「お話は常磐さんから伺いました。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

「せんせー、平気? 気分悪くない?」

「一度目よりはずーっとマシですよ。それより常磐君。ツクヨミさんから聞きましたよ。アナザーライダーがまた出たそうですね。しかも、明光院君が異次元に閉じ込められたとか?」

「……ツクヨミ~」

「事前に話しておかないと、先生のことだから、私たちの予期せぬ方面から乗り込むわよ」

「それは困る。おもに俺がハラハラドキドキするって意味で」

 

 ひどいですツクヨミさん、人を野次馬のオバサンみたいに。……オバサンの部分はそろそろ否定できなくなってきてるのが胃にキリキリ来ますね。

 

 すう、と。ヘキサさんの眼差しが冴えた。

 

「そのアナザーライダーというバケモノについて、わたしも皆さんのお話に同席させてくれませんか? アスラのしたことについて一番詳しいのは、たぶんわたしだと思いますので」

 

 有無を言わせぬヘキサさんのオーラを前に、私も常磐君も、ツクヨミさんさえも、「どうぞ」と答えるのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

「「“沢芽市ダンスバトルイヤー”?」」

「わたしが小五の頃だから……2013年開催の、地域おこしの一環でした」

 

 ヘキサさんが操作したスマホの画面を、私は常磐君やツクヨミさんと並んで覗き込みました。

 

 

 ――ヘキサさんたちの地元・沢芽市では、一年間を通して、街を上げてダンスユニット同士のバトルロワイヤルが行われたという。

 ダンスそのものの技術やパフォーマンス、企画力や団結力、マネージメント能力、そして観客からの人気投票。そういった要素を全てまとめて、競った。

 ランキング首位を獲ったダンスチームには賞品として、地元の大手企業のプロデュースを受けての東京進出の切符が与えられる。

 

 期限である一年が迫った最終ランキングで、ヘキサさんたちのチームリトルスターマインと、チームバロンは同着一位だった。

 

 

「ですので最後は、二つのチームがダンスを生披露して、観客投票で決勝戦ってことになったんです。勝ったのはチームバロンでした。というより……わたしたちは事実上の不戦敗に追いやられたんです。決勝戦の日に、わたしたちのチームのリーダー……室井咲が、消息を絶ったから」

 

 ヘキサさんはスマホの画面を切り替えて、別の画像を表示して見せてくれた。その写メは、お揃いのユニフォームを着た小学生の男女6人の集合写真。ヘキサさんの面影のある女の子も映っていた。

 

「ダンスイヤーの半ばでバロンはチームリーダーが交替しました。前リーダーはその後、一切表舞台に姿を現していません。それからもバロン内部では頻繁にチームメンバーの入れ替えがありましたし、怪しむ声は色んなチームから上がってました。けれど証拠はないし、人間の犯行にするには無理な状況って時もありました。それでも強く運営に訴えていれば、って……5年経った今でも、後悔してます。そしたら咲が消えることもなかったかもしれないのに」

「だからあえて危険を顧みずに、アナザー鎧武に接触したんだね」

「……咲がいなくなってから、わたし、どんな怪物も悪意も怖くなくなりました。アナザー鎧武? でしたっけ。それになったアスラも、ちっとも怖いって感じませんでした。むしろ顔を合わせて、負の感情は増す一方で。ただ、咲を返してって、それしか頭にありませんでした。きっとわたし、咲が消えた5年前から、とっくにおかしかったんです」

 

 ――若い女子同士の友情は、恋人や夫婦の愛情よりずっと壊しがたい。恋のような熱も愛のような濃度もない“それ”は、とても冒せない透明さだから。

 

「ヘキサちゃん、これからどうするの?」

「沢芽市に帰ります。明日には、沢芽市の中心街ステージで、チームバロンの凱旋コンサートが開催されるんです。そこでまたアスラに会いに行きます。それでわたしが傷つくことになってもいい。咲を取り返せるなら、何だってできます。咲を失うより怖いことなんて、何もないんですから」

 

 常磐君は考え込む様子を見せました。

 でしょうとも。事はアナザーライダーに関わる問題。このままヘキサさん一人をむざむざ帰すなんてできませんよね。

 

「その凱旋ステージさ、俺たちも付いて行っちゃだめ?」

「え?」

「そのステージで俺がアナザー鎧武を一度叩く。それでヘルヘイムに追いやられた人たちが現実世界に戻ってくるかまでは分からないけど、放っておけないから」

「いいんですか?」

「これでもアナザーライダー相手に戦うのにも慣れてきたからさ。いい?」

「……本当に、アスラをやっつけてくれますか? ボッコボコのこてんぱんにしてくれますか?」

「うんっ」

 

 ヘキサさんは短い黙考を挟んで、頷いた。

 

「――わかりました。明日の朝7時、駅でお待ちしてます」




 未来パラレルとちょうど逆ですね。咲が消えて、精神に異常をきたしたのはヘキサと。

 美都せんせーくらいの歳になると、熱があってしんどくて気持ち悪くても自力で病院に行かないといけないのが辛いとこ(T_T)

 混乱を招くのでここで言っておくと、病院に来たソウゴは三日後のほうです。


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Syndrome26 天使にならなかった少女 ①

 白状すると、拘り過ぎて筆が進まなかった。めちゃくちゃ反省も後悔もしてる。


 帰して。

 あたしをヘキサのもとへ、帰して。

 

 

 

 

 

 俺がアナザー鎧武に放り込まれた異次元は、“森”の外観をしていた。

 異次元だと看破できたのは、現実世界とは目に見えて植物の生態系が異なっていたからだ。

 試しにファイズフォンをツクヨミのそれに発信してみる――、――やはり繋がらないか。

 

 前後左右を見回した。

 燐光を放つ木々と草花だらけで、出口らしきものは見当たらない。

 

 仮面ライダー鎧武の伝説に異次元を行き来するというエピソードはなかったはずなのに、アナザー鎧武はなぜそんな特殊能力を持っていたのか……

 

 いや、考えすぎるのはよそう。どの道、自分の足で歩き出さないと出口も突破口も見つからない現実に変わりはないんだ。

 

 俺は頭を切り替えて歩き出し――

 

「後ろだ」

 

 不意打ちな警告に、反射で回避行動を取った。

 

 俺を背後から襲おうとしたのは、今までのどのアナザーライダーに絡んだ事件でも見覚えがない怪物ども。この森は奴らの縄張りで、俺は招かざる客ってわけか。

 

 俺はジクウドライバーを装着して、自分のライドウォッチを起動した。

 

「変身」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  GAIZ 》

 

 俺は空かさずジカンザックスをゆみモードにして、1体、2体、怪物にソニックアローを打ち込んだ。怪物どもは呆気なく爆散した。

 

 草を踏みしだく音がした。新手か?

 

 俺はいつでもソニックアローを放てる姿勢でふり向いたが、そこにいたのは人間だった。

 コイツ……アナザー鎧武がいたダンスユニット、チームバロンと同じ服装だ。

 

「珍しいな。バロンの身内でない人間が“森”に放り込まれるのは。アスラにとってそれほど脅威と見なされたか」

『お前は?』

「駆紋戒斗。もう察しているだろうが、チームバロンのダンサーで、本当のリーダーだ」

 

 敵……ではないか。

 俺はジクウドライバーからライドウォッチを外して変身を解いた。

 

「俺は、明光院ゲイツ」

 

 名乗られたら名乗り返せ。ミトさんは俺にそう教えたから、実践した。

 それから、この男の警告で身を守れたんだから、一応は礼を言おうとしたのだが、駆紋が口を開くほうが早かった。

 

「お前はダンサーですらないようだな。5年前の時点で堕ちるとこまで堕ちたと思ったが、まだ転がり落ちる“下”があったか、アイツ」

「? どういう意味だ」

「分からなくていい」

 

 駆紋からこれ以上の情報を得るのは諦めたほうがよさそうだ。

 俺は自力で“森”の出口を探すべく、今度こそ踏み出した。

 

「脱出の手がかりでも探しに行く気か? 無駄足だぞ。俺()()も5年間、帰る方法を探した。結果、未だこうしてここにいる」

「それでもだ。俺には帰ってやらなきゃならないことがある。最悪の未来を変えるために」

 

 いずれ魔王となるジオウを――常磐ソウゴを、斃す。他でもない俺のこの手で。

 

 ふいに、くっ、と駆紋が嗤いを零した。

 

「何がおかしい」

「運命を覆すほどの強さをお前には感じない」

 

 ……どうにか殴るのは思い留まった。

 

 俺は苛立ちに任せて、逆に駆紋が不機嫌になりそうな話題を問いかけてみることにした。意趣返しだ。

 

「貴様のほうこそ。なぜ5年も帰る方法を探し続けている」

「ここにいるべきでない人間を帰すためだ」

 

 駆紋は踵を返した。

 今言った「ここにいるべきでない人間」と関係があるのか? 駆紋が向かう先にその人間がいるのか?

 

 ……チッ。

 

 俺は駆紋の背中を追って“森”を歩いた。

 

 

 

 

 草を踏みしだき、枝葉を掻き分けて進んだ果て――()()は、川の浅瀬でアゲハ蝶たちと戯れていた。

 

 女が一人。元の世界で見た女と年の頃は同じ。だがあれとは真逆だ。あれが白を単一で窮めた色なら、ここにいる女は無限に広がる極彩色。あらゆる色をとりどりに咲かせる花畑だ。

 

「咲」

「戒斗くん!」

 

 ふり返った女を見て、俺は危うく腰を抜かすところだった。お、おま、ふ、服は!?

 

「また脱いだのか、お前は」

 

 駆紋はそれこそいつものことだと言わんばかりに、岸辺に放り出された赤と黒(トランプツートン)のコートを拾い上げた。

 

「何も着ない上からバロンのチームユニ着ると、敏感な部分があちこち擦れて痛いんだってば。どうせ見るのなんて戒斗くんとインベスだけなんだし、いいじゃん」

「今に限って人目がある。着ろ」

 

 咲、と駆紋に呼ばれた女と、俺の、目が合った。

 

 女は一拍置いて、顔を真っ赤に染めてから、悲鳴を上げて川の中に全身で浸かった。

 

「冷えるからやめろ」

「だってだってだって! 知らなかったし! 他にヒト来るって聞いてなかったし! むりむりむり、上がれない!」

「断じて他の男には見せん。上がれ。これ以上、俺に手間を取らせるな」

「……、はぁい」

 

 俺は体ごと回れ右。俺だって、男女間の機微には疎いが最低限のマナーは知ってる。レジスタンス中ですらツクヨミの水浴びを見たことないからな。おもな動機はミトさんの鉄拳制裁が恐ろしかったからだが!

 

 背後で水を掻き分ける音がした。

 しばし待つと、駆紋が「もういいぞ」と言った。俺はおっかなびっくりふり返った。

 

 女はちゃんと赤と黒(トランプツートン)のコートを着ていた。伸び放題の黒髪の先端から、水滴がいくつも落ちてコートを濡らす。ぶかぶかだが裸より百倍マシだ。

 

「で? 戒斗くん、この子、だれさ」

「俺たちの“お仲間”だ」

「ふーん、そうなんだ。――あなたも災難だったね。まあ今日明日にすぐ死ぬことはないから、気楽にやるといいよ。あ。あたし、室井咲ってゆーの」

 

 分かった――降参だ。

 俺が折れるから、この複雑怪奇な人間模様を俺にも分かるように一から教えてくれ。

 

 

 

 

 

 駆紋と室井は、故郷の沢芽市でのダンスイベントについて説明してから、自分たちの身に降りかかった出来事を語った。

 

「アスラが最初にこの“森”に追放した人間は、当時チームリーダーの俺だった。それからチームバロンのダンサーが次々にここに放り込まれた。そして最後の犠牲者が、この室井咲。何でも、決着をつけるステージの前に、こいつのチームに恐れを成したアスラが、リーダーの室井を裏でここへ閉じ込めて、チームリトルスターマインを不戦敗に持ち込んで優勝したんだと。――ガキの寄せ集め相手に馬鹿なことを」

「ガキってゆーなって昔っから言ってんじゃん! あと、あたしもヘキサたちも、もーガキじゃなくなったからね。この“森”に来てなきゃ、今頃あたしだって、花の高校一年生だった、のに……」

 

 目尻を潤ませる室井に対し、駆紋は一言、バッサリと。

 

「泣くなよ」

「泣かないって決めた!」

 

 ちなみに肝心の両名の関係だが、遭難者同士で争って共倒れなど馬鹿らしいから休戦中であり、あくまで互いがライバルだと忘れてはいないらしい。何なんだ、その殺伐とした同盟関係――

 

 ――俺だってほんの少し前まではそうだったじゃないか。

 ツクヨミの提案に引っ張られる形とはいえ、憎い仇に成りうる相手と衣食住を共にした。常磐ソウゴの寝首を掻こうと思えばいつでもできたのに実行しなかった。

 「近くにいたほうが都合がいい」と嘯いて、俺は何回、奴と共闘した?

 終いには、もしかしたら常磐ソウゴは魔王にならないかもしれないとさえ期待した。

 

 どっちつかずの自分を断ち切りたくて、できもしないのにタイムジャッカーの片棒を担ごうとして……

 

 本当に――

 何もかも中途半端だ、俺。




 お待たせいたしまして大変申し訳ございません。今度はゲイツ視点です。
 鎧武編は一種の叙述トリックというか時間的トリック要素が強かったため、どのキャラにどのシーンでどの程度まで行動させるのか、さじ加減が大変難しいです。

 そして一部の方々。
 ご覧ください。16歳の咲です。
 そして事もあろうに 彼シャツ です。(戒斗は咲の彼氏ではないですがこれ以外の言い方を思いつきませんでした)
 だって5年間もヘルヘイムで二人きりでサバイバルしてたら――ねえ?(意味深


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Syndrome27 天使にならなかった少女 ②

 先に謝罪すると、完璧に過去のオリジナルヒロインが戒斗の出番を食ってます。
 ジオウ連載からの読者様にはそこを申し訳なく存じます。


 目が覚めた――ということは、俺は気を失っていたのか。

 

「あ、起きた」

 

 地べたに横たわる俺を見下ろしているのは、室井だった。相変わらずぶかぶかのコートだけで肌を隠した女。

 

「よかったね、目が覚めて。戒斗くんが見つけなかったら野垂れ死にだったよ? ヘルヘイムでの二度目の覚醒オメデトウ」

 

 とびきりの笑顔で毒づく室井の向こうに、木の幹にもたれて我関せずの駆紋がいた。

 

 俺は確か――こいつらと別れてから、“森”の出口を探して彷徨い歩いた。それから、同じ場所をグルグル回っていただけだと気づくこと5回目。そこまでは覚えている。きっとその時に体力に限界が来て倒れたんだろう。そんな俺を駆紋が見つけて拾った、ってとこか。くそ、情けない。……ん?

 

「なあに?」

「お前、今ここのことを“ヘルヘイム”と言ったか?」

「……、あちゃ」

 

 口承だが知っている。レジェンド15・鎧武の代に、仮面ライダーと敵対した怪物“インベス”。インベスが根城にしていた場所の名は、“ヘルヘイムの森”!

 なぜだ? タイムジャッカーがアナザー鎧武を生み出した時点で、鎧武たちの正史の戦いにまつわる記憶は関係者から無くなるはずだ。仮面ライダービーストの仁藤攻介がそうだった。

 

「騙すつもりはなかったんだよ? ほんとに。隠しとくつもりだっただけで」

「貴様ら!!」

 

 衝動的に室井の胸倉を掴み上げようとした俺の、手を、横から駆紋が掴んでねじり上げた。

 

「言ったはずだ。お前からは運命を覆すほどの強さを感じないと。そんな非力なガキに教えてやる情報も義理も、俺たちには欠片もない」

「何を、っ、知ってるんだ……! お前たちはッ!」

 

 駆紋の手を力任せに振り解いてから、ジクウドライバーを構えた。外へ戻る手がかりを知れるならば強硬手段に訴えるという勧告のつもり……で!?

 

 何だ!? 今、後頭部に下から小石くらいのモノがぶつけられたぞ!?

 俺は駆紋や室井への警戒心を忘れてしまい、つい頭を打った物を探すべく身を翻した。

 

 ……、……スイカ?

 スイカの小人とでも表現するべきか。昔に流行ったというプラモデル? のような。とにかくそういう外観の物が足下に、いた。

 

 いやいやいや、待て! 何でスイカがライドウォッチを持ってるんだ! さっき俺の頭にぶつけたの、それか!?

 

 再び放り投げられたライドウォッチを、今度こそ俺はキャッチした。

 ウォッチに刻印された西暦は2013。鎧武の世代だ。これは間違いなく仮面ライダー鎧武のライドウォッチだ。

 

 次にスイカの小人が投げたのは巻物――と見せかけて、光学ディスプレイのフレームだ。

 

 フレームの中に動画が投影された。

 

《ゲイツ、聞こえる!? 生きてる!?》

「ツクヨミ? そうか、遠隔通信……」

《そーゆーこと。こいつ一機だと双方向通信は無理だったから、二つ分のスイカのウォッチが必要だったんだ。だから“俺”は3日後から来たのであーるっ》

「――待て。ジオウが二人いるのはどういうことだ」

《あー、事情はまたあとで説明するから。それよりゲイツは大丈夫だった?》

「おまっ、お前らには関係ない!」

《関係あるよ。ゲイツが持ってるライドウォッチがないと、アナザー鎧武を倒せないもん》

《だから、それ持って、帰って来てほしいんだ。俺が魔王になるのを阻止するんだろ? 頼んだからな》

 

 二人の常磐ソウゴは息ぴったりに好き放題畳みかけると、画面外から別の誰かを映像範囲内に引っ張り込んだ。

 

《待って、待ってください常磐君っ、こ、心の準備が》

《せんせーが準備できるまで待ってたら日が暮れちゃうってば》

 

 そう、先生だった。俺に「行かないで」と言った織部美都が、画面の中に現れたのだ。

 

《あ……せ、先日は、取り乱してしまってすみません、でした。それと、時間が限られてるみたいなので、一方的に伝えます。これも、ごめんなさい》

 

 すー、はー、と先生は呼吸を整えてから、俺を見て、まっすぐに言った。

 

《私、考えました。どうして明光院君のことになると、常磐君たちと接するみたいにできないのかって。――告白すると、私は君が怖かった。怖いと感じたから、君を“生徒”として見ようとしました。それが私にとって一番分かりやすくて、一番安全な関係性(フィルター)だったからです。そんな不誠実な動機で先生面して、付きまとって、今まで本当にすみませんでした》

 

 ――待ってくれ。その先に何の言葉を続けるつもりなんだ? まるで別れの前置きみたいじゃないか。

 

 いやだ。

 それが突き放す言葉なら、俺は続きなんて聞きたくな……!

 

《帰って来てください。明光院君》

 

 ――、え?

 “森”から元いた世界に、というだけじゃない。先生は俺に、クジゴジ堂に、光ヶ森高校に、彼女自身のそばに戻ってきてほしいと言っている。

 

《君を怖いと感じる理由を、私は突き止めたい。その理由と向き合って、今度こそ、明光院君が心から『先生』と呼んでくれる教師になりたい……いいえ、なります! そのために、私には明光院君が必要なんです!》

 

 分かった、気がした。

 俺とジオウの間には、魔王とそれを憎む者という明確な敵対関係がある。

 でも、先生と俺の間には何もない。

 だからこうして、ストレートに思ったことを言い合わないとすれ違うのに、しなかった。いつまでも引っ掛かったのは、互いに、そのせい。

 

 必ず帰ると約束する。俺は今度こそちゃんと言おうとして――

 

「それ外と繋がってるの!?」

 

 室井によって横へ押しどけられた。睨む俺にお構いなしに、室井はフレームを掴んだ。

 

「ヘキサ、ヘキサ! そこにいる!? あたし、咲! 分かる!?」

 

 次に映像に現れたのは、撮影所でアナザー鎧武に正面から啖呵を切ったあの白い女だった。

 

《分かるわ! 何年会ってなくたって、わたしが咲を見間違うわけない! 無事で、ほんとにっ、元気そう、で……》

「ヘキサ?」

《――咲。その格好、どういうこと?》

 

 最初に会った時ほどではないが、これにも背筋が粟立った俺である。

 

「ち、ちちちち、ちがうから! 別に戒斗くんとやましいこととかしてないから!」

《あら、咲ったら。『戒斗くん』だなんて、いつからバロンのリーダーさんを名前で呼ぶ仲になったのかしら?》

「信じてヘキサこれ以上その笑顔で質問攻めされたらあたし泣く!!」

 

 いや、もう泣いてないか、お前?

 

《ごめんね。ふざけ過ぎちゃった。嬉しすぎて頭のネジが飛んだみたい。――なのに、すぐに会えるわけじゃないのね》

「うん。()()()()()()()()()()()()()

《空を、飛ぶ?》

「なんか、そう言わなきゃいけない気がした。よーするに、この人にくっついて出してくださいってゆーのはないってこと。次にいつ会えるかは、神のみぞ知るってね」

《いいわ。5年も探したんですもの。次に顔を合わせて話し合うのがまた5年後でも、わたしがすることは変わらない》

「知ってる」

 

 室井の手の平が映像画面に伸びた。画面の向こう側でヘキサが同じように手をかざした。

 ふたりの少女の掌は、まるで重なったようになった。

 

 またね、と。

 重ねた二人分の声を最後に、映像は途切れた。




 _(_^_)_(へんじが ない ただの しかばねの ようだ →作者)


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Syndrome28 STAR❄MINE

 とにかく書けたところまで連投で!
 次のオーマジオウ核心編にゴースト編共々間に合わす!


 薄暗い無人の工場に、反響する、ダンスのステップ。

 

 私と常磐君とツクヨミさんは、その音源に躊躇なく向かうヘキサさんの後ろを付いていく形で工場内を進みました。

 

 そして、ご対面。

 アナザー鎧武こと、チームバロンのリーダー、アスラさんです。

 

 白い呼気と、顔を流れる汗から、長時間、熱心に稽古をしていたことが窺える。

 

 ダンスを含めあらゆる“芸”のプロは、一日の半分を練習に費やしてやっと標準のクオリティーが保てるのだと聞いたことがある。

 アスラさんもその例を外れないみたいなのに、それでも、アナザー鎧武(バケモノ)で居続けるメリットを5年間捨てられなかった。アーティストの世界ってそんなに苛烈なんですね……

 

 まだこっちをふり向かないアスラさんに対し、トップバッターは旧知であるヘキサさんです。

 

「驚いた。ダンスにストイックなとこは変わってなかったんですね、アスラさん。勝つために怪物にまでなっておきながら。何て――未練がましい」

 

 ヘキサさん、ジャブからすでに怖いです。アニメで言うとこの目のハイライトが消えた顔してます。続いて出ていった常磐君(今)も心なしか寒そう。

 

 当のアスラさんは、ヘキサさんの態度なんて今さらなのか眉根を寄せただけで終わり。むしろ常磐君のほうに敵意剥き出し。

 

「もう俺を倒す手段はないんだろう?」

「そんなの、やってみなきゃ分からないだろ」

 

 常磐君がジオウウォッチを出した。ジクウドライバーはあらかじめ装着済み。いつでも変身できる。

 

「お前は邪魔だ。――消えろ」

 

 アスラさんがアナザー鎧武に変貌した。

 

 常磐君はジオウウォッチのガワを回してリューズを押して、ウォッチをドライバーの右側に装填した。

 

「変身!」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  ZI-O 》

 

 ――開戦を告げる陣鍾が鳴る。

 

 変身したジオウはケンモードのジカンギレードを手に、アナザー鎧武の大太刀と刃を交えた。両者は鍔迫り合いのまま屋外へ飛び出した。

 

 私はツクヨミさんと、材木の陰から出てヘキサさんに駆け寄った。

 

「ヘキサ。ここからも、私たちと一緒に来る?」

「行きます。ようやく5年間捨てきれなかった未練に決着がつくんですもの。でも、気遣ってくれたのは、ありがとうございます。ツクヨミさん」

 

 ツクヨミさんは頷き、ファイズフォンを銃の形態に変えて携えた。

 

「ソウゴとアナザー鎧武を追いましょう。現場に着いたら、先生とヘキサは私から離れないでね」

 

 私もヘキサさんも声を揃えて「はい」と頷いた。

 ツクヨミさんはそれを受けて、ジオウとアナザー鎧武の行ったほうへ走り出した。

 

 

 

 

 

 私たちが追いついた時、ジオウとアナザー鎧武の戦場になっていたのは、奇しくもアスラさんのチームバロンの凱旋ステージになるはずだった野外コンサート広場。

 

 ――この舞台の上でラストステージを決めるのだと、ヘキサさんは幼い頃に室井さんを初めチームメイトたちとスクラムを組んだのだと、言った。

 

 そのヘキサさんは、ジオウとアナザー鎧武の戦いをまっすぐ見つめて動かない。胸の前で祈る形に組まれた両手は青白い。

 

 アナザー鎧武の振り下ろす大太刀を、ジオウは巧みに避けてはジカンギレードで斬りつけている。

 ――アナザーと銘打たれてはいても歴戦の“仮面ライダー”たちと今日まで何人も戦ってきたジオウです。今日までで戦闘行為のセンスもスペックも段飛ばしにアップグレードされています。……対人でのケンカの腕っぷしばかりが成長している、と捉えると、担任教師としては複雑ですが。

 

 あとは、常磐君の思惑通りに、あるいは私の願いのままに、明光院君がこっちに戻ってきてくれたなら――

 

 はっとした。戦うジオウたちの頭上の、何も無い中空。まるで裂けそうで……

 まるで、じゃない。本当に、裂けた!

 

 空間の裂け目から、ぶわあっ、と桜と赤薔薇の花びらが舞い散って。

 

 仮面ライダーゲイツが転げ落ちてきて、危ういバランスで着地しながら、紺とオレンジのライドウォッチをジオウに投げ渡した。

 

『約束は守ったぞ!!』

『っ、ああ! あとは俺たちに任せて!』

 

 ツクヨミさんがファイズフォンを常磐君(三日後)に繋いだ。作戦成功を伝える声は喜色満杯です。それを受けた常磐君(三日後)は、2013年に飛ぶのでしょう。

 

 ――さようなら。私が知らない(みち)を進んだ常磐ソウゴ君。心からの感謝を君に。

 

『ウォズ。いつもみたいに祝ってくれないの?』

 

 わっ、ウォズさん、いつから隣に。いつにも増して神出鬼没ですね。

 

「さすが我が魔王。常に私ごときの予想の上を行く。――祝え! 全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来を()ろしめす時の王者。その名も仮面ライダージオウ・鎧武アーマー! また一つ、ライダーの力を継承した瞬間である」

 

 きっと今の常磐君は、フェイスマスクの下ですっごく嬉しそうに笑ってる。

 

『花道で! オン・パレードだァ~!』

 

 鎧武アーマーのジオウは二刀を捌いてアナザー鎧武と激突した。

 

「大丈夫ですかっ?」

 

 ヘキサさんが、変身が強制解除された明光院君に駆け寄って、彼を支え起こしていた。

 で、出遅れた……私もっ!

 

「明光院君!」

 

 駆け寄って、私はつい、微妙な間を置いて、足を止めてしまった。

 

 よくよく思い返せば、戻る前の明光院君に、私はたくさんの恥ずかしいことを言った。必死だったし、時間も限られていたからだけど。いざ明光院君と再会して、私、彼にどう接すればいいの?

 

 内心あたふたの私と対照的に、明光院君はすごくストレートに私を見てる。

 

《 フィニッシュ・タイム  GAIM 》

 

 明けの鐘が闘争の終わりを告げた。

 

 とっさにジオウたちを顧みた。

 その私に、ヘキサさんが慌てた様子で目隠しをした。え、ええ?

 

《 SQUASH  タイム・ブレイク 》

 

 隠された視界の向こうから、ジューシーな? フレッシュな? そういう剣戟が聞こえた。

 

「それ、輪切り……」

 

 ツクヨミさんの発言内容を鑑みるに、ゴアかスプラッタな必殺技だったみたいです。

 ヘキサさんにも一応目隠しの理由を聞いてみると、「なんとなく、先生にはショッキング過ぎる予感がして」と。

 若い子に気遣われて、先生は肩身の狭さに泣きそうです。

 

 ふいに、野外ステージの観客席にチャックがいくつも空いた。

 中から出てきたのは、チームバロンのユニフォームを着た青年ばかり。そっか、アナザー鎧武を倒したから、彼らもヘルヘイムに閉じ込めておく強制力も一緒に無くなったんですね。よかったです。

 

「ヘキサ!!」

 

 出てきたダンサーたちの中でただ一人、花盛りの女子がいました。

 伸びっぱなしの黒髪を振り乱した彼女が真っ先に胸に飛び込んだ相手は、ヘキサさん。

 

「咲、ああ、咲っ! 会いたかった、5年前からずっと探してたんだから」

 

 てことは、彼女がヘキサさんの探してた親友で、チームリトルスターマインのリーダーだったキッズダンサーの室井咲さん。ヘキサさんと同い年だから16歳ですね。

 

「一日だって咲を忘れたりしなかったわ、わたし。もうわたしのそばから消えないでね」

「うん、うん。心配かけてごめんね、ヘキサ。あたしもう、どこにも行かないからね」

 

 ふたりの少女が両手を重ねて指を絡め合う光景は、約束の指切りにも似ている。

 

「ところで咲。改めて聞きたいんだけど、もしかして成長期で服のサイズが合わなくなってから、ずーっと! 駆紋さんのコートで着たきり雀だったの?」

 

 ヘキサさんの笑顔と声がまたも氷点下。これには室井さんも、口の端をひくりと吊り上げて軽く引いています。

 

 私は、ぽん、と両手を打ち合わせました。

 

 11歳のコドモといえば育ち盛りの花盛り。5年も経てば体格の激変に服のサイズが合わなくなるのは当然でした。その点だけは、コートのみであれ着替えを室井さんに提供できる駆紋さんがそばにいたことは幸運だったと言えます。

 

 もっともその駆紋さんですが、生還したチームバロンのダンサーさんたちに「彼シャツのJKと5年間も一緒だったのかリーダー」とドン引きされました。駆紋さんがショックを受けていたように見えたのは私の見間違いばかりではないと思います。

 

 閑話休題。

 

 私は大慌てでツクヨミさんにお願いして、例のプレートから室井さんに丈が合いそうな服を出してもらい、咲さんにはそっちの服に着替えてもらいました。

 室井さんは「キャラじゃない……」と終始落ち着かない様子でした。




 本当はヘキサが5年経って推定25歳の紘汰とどういう仲かとか、ダンスイヤーの運営には実は呉島家もいたとか、細かい設定はたっぷり考えていたのですが、長すぎて時間が足りないことから却下しました。

 紘汰が全く登場しませんでしたが、そこは後日、Intervalで補えたらいいナァなんて。


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Interval4 リトルでなくなったレディをしれっと攫う男

 我が家版鎧武をご愛顧くださる読者の皆様。大変お待たせ致しました。
 アナザー鎧武編後のヘキサの後日談が、よーやく! 書き上がりましたのでお送りします。
 一言でまとめると、最終的にオオカミが一番得をする話?


 2013年に消息不明となった室井咲が、帰ってきた。

 

 咲との再会で、元チーム・リトルスターマインのメンバーは大いに沸いた。ナッツとトモは半泣きで咲を左右からハグサンドにした。

 

 元リトルスターマインのチームメイトたちは、それぞれの都合で咲の捜索からリタイヤしたことを碧沙に謝罪した。

 碧沙は、チームメイトたちの謝罪を受け入れ、またキッズダンスチームとして再出発しよう、と答えた。チームリトルスターマイン、復活だ。

 

 咲と同じように、ヘルヘイムという名の異次元の森に追放されていたダンサーたちも戻ってきたという。

 チームバロンの元祖リーダー・駆紋戒斗を筆頭に、彼の右腕であったザックとペコ、そして多くの前途有望なダンサーたちが復帰した。チームバロンのリーダーは戒斗が再選。正しいチームバロンへと立ち返った彼らもまた、再出発した。

 

 全てが元通り。これからは順風満帆。――そのはずだったのに。

 呉島碧沙の中には淀んだ想いが居座って、今日も消えてくれないまま。

 

 

 

 

 

 呉島家の末っ子お嬢様は非行少女である。

 

 根も葉もない――とは言い切れない、むしろあながち外れてもいない風聞が社交界に出回って、そろそろ4か月だろうか。

 

 定職に就いていない異性と親密にすることが“非行”ならば、確かに呉島碧沙は“非行少女”である。――当の碧沙は「知ったこっちゃない」なのだが。

 

 碧沙は今日もその“異性”の住むアパートを訪れ、合鍵を使って部屋に遠慮なく上がり込んだ。

 

「はあ、まーた着替えずに寝てる……アスラさん! おーきーてーくーだーさーいっ!」

 

 ベッドで着の身着のまま寝ていた男が身じろぎ、薄目で碧沙を見上げた。

 

「うるさい……」

「二度寝していいから脱いでください。衣裳がシワになっちゃいます」

 

 それに、肩肘を締めるラインのコスチュームのまま寝ては、体が休まらない。欲を言うならシャワーを浴びて着替えてからベッドに入ってほしいのだ。

 とはいえ、その辺をストレートに伝えると、アスラは身辺の世話を碧沙に丸投げするので、決して口には出さない。

 代わりに皮肉をたっぷり浴びせる。

 

「今日も昼からオーディションでしょう? 凝った足腰で踊って落選していいなら、お好きにどうぞ」

「……可愛げがない」

「どなた様のせいでしょうね」

 

 アスラはベッドから起き上がると、ジャケットを雑に脱ぎ捨て、バスタオル一枚だけを手に浴室に入った。

 

 碧沙はアスラが投げたジャケットを拾い、ポケットの中をチェックした。アスラは手元に財布がないとポケットに物を入れる癖があると熟知しているからだ。

 案の定だった。碧沙は、ジャケットのポケットから無料配布のポケットティッシュを除いて、床に散らかる衣類とまとめて洗濯籠へ突っ込んだ。

 

 そうしてから、部屋のガラス戸を開けた。

 外気は冷たく、肌を鋭く刺したが、空気の入れ替えには必要だ。

 

 ――何がどうなって、彼女が親友・室井咲を拉致した男の面倒を甲斐甲斐しく見ているのか。

 複雑怪奇な2013年の事件とタイムパラドックスは割愛する。

 心情的動機だけを述べるなら、碧沙のほうは()()()()()()()()()

 

 5年だ。小学六年生から高校一年生までだ。

 碧沙はずっと消息を絶った親友の室井咲を探し続けた。咲だけをひたすら求め、無事を祈り続けた。

 だが、肝心の戻ってきた咲は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 着飾って会いに行った咲を迷わず抱き締めた紘汰と、紘汰の逞しい腕の中で世界一美しい笑みを浮かべていた咲。

 

 

 “紘汰くん! あ、あたしが誰か、わかる……?”

 

 “――、――咲ちゃん”

 

 “え……うひゃえ!? こ、紘汰、くんっ?”

 

 “また会えるなんて、思ってなかった”

 

 “ぁ……あたしも、だよ。あたしだって、分かってくれたね。最後に会ってから5年も経ってるのに”

 

 “言われてみると我ながらすげえや。一発で分かった。ああ、咲ちゃんだ、って”

 

 “……ごめん。あたし、紘汰くんの後ろ姿見て、どきっとしたけど、本当に紘汰くんなのかな、って不安で、信じきれなかった”

 

 “いいんだ、そんなの。結果的に俺のこと、また『紘汰くん』って呼んでくれたんだから”

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――何もかもが憎くなった。再会を焦がれた咲でさえも。全て壊れろと願うほどに。

 ()()を自覚した時、きっと自分はニンゲンのまま“怪物”になったのだと、碧沙は思っている。

 

 そんな出来事があった次の月。噂に聞いた。元チームバロンのアスラが沢芽市を出ていく、と。

 

 碧沙はチームメイトの制止を無視して、市内の中央駅へ駆けつけた。

 駅で、ボストンバッグ一つを荷にしたアスラに、幸運にもすぐ会えた。チームバロンのユニフォームでないのによく彼だと見分けがついたものだ、と自嘲した。

 

「何だ。見送りか?」

「――本当に街を出て行くつもりですか?」

「ああ。上京して、一から出直す。沢芽に未練はないしな」

 

 駅構内にアナウンスが流れたのを合図に、アスラは踵を返して碧沙に背中を向けた。

 その時の彼のことばを、碧沙は一生忘れない。

 

「俺の一番の追っかけとも、これでお別れだ」

 

 

 

 

 ――その捨て台詞は、アスラにすれば、碧沙への当てつけであり皮肉だった。

 

 動機はともかく、呉島碧沙ほど熱心にアスラを追い回した人間は、ファンの中にもいなかったのは事実だ。

 

 その碧沙は、さぞ胡乱な顔をしているだろうと思いつつ、ふり返れば――

 碧沙は、泣いていた。

 

 驚いたし、困惑した。そして、自身の発言が特大のブーメランだと気づいて舌打ちしたくなった。

 

 碧沙が5年の歳月の中で、一度たりとも室井咲を諦めなかったことを知る者が、アスラだけであるように。

 アスラが限りなくトップスターに近い場所まで登り詰めたことを、正確に記憶している者は、碧沙だけしかいない。

 

 この世界に、ふたりぼっち。

 理解者がいなくなることに心が折れたのは、碧沙が先だったというだけ。

 

 “たすけて”

 

 今はもう思い出せない。碧沙が声に出してそう言ったのか、唇だけを動かしたのか、あるいは泣き濡れた目からそう読み取ったのか。

 

 ――その日から、アスラと碧沙の奇妙な関係が始まった。

 

 

 

 

 

 

 アスラは今も沢芽市で暮らしている。

 内地直通の大橋から歩いて5分のアパートが自宅だ。彼はいつもその大橋を渡って、内地の各所にダンサーのオーディションを受けに行き、また大橋を渡って帰宅する。

 

 本日の帰宅は夜中の8:00過ぎ。

 アパートの窓には灯りが燈っている。碧沙が部屋で夕飯を用意して待っているのだろう。ここ数か月、ずっとそうだったように

 

 アスラは部屋のドアの鍵を開けて、部屋に上がった。

 

「おかえりなさい」

「ただいま。時間はいいのか?」

「まだ寮の門限まで時間ありますから。外泊届も出してますし」

「泊まるな。また送ってやるからそのつもりでな」

「はぁい」

 

 碧沙の通う高校は、アスラのアパートからそう遠くない。

 もともと碧沙は沢芽市中心街の公立高校に通っていたが、ここからすぐの高校に編入し、学生寮に入った。

 ――中途半端な時期の、それも郊外にある寂れた高校に編入するに当たり、長兄・貴虎とは揉めたそうだが、碧沙にその話題を振ると凄まじく不機嫌になる。アスラもあえて地雷を踏む趣味はない。

 

「ごはん温めますから、着替えて待っててください」

「ああ。頼んだ」

 

 碧沙は台所に立ってエプロンを着けると、鍋やフライパンをコンロにかけた。

 程なくして二人分の夕飯がテーブルに並んだ。ブリの照り焼き、豚汁、ふろふき大根、炊きたての白米――最初は米の磨ぎ方もぎこちなかった碧沙が、よくここまで上達したものだ。

 

 二人は揃って手を合わせて、食事を始めた。

 

 ――傍目には、アスラと碧沙は半同棲中の歳の差カップルなのだろう。

 だが、内実はそうでないことを、両者共に心得ている。

 こうしてさも密な関係であるかのように振る舞うのは、ただの古傷の舐め合いだ。

 

 厄介なことに、アスラのしたことの記憶が共有できる相手は碧沙しかいない。

 何故か、チームバロンのダンサーたちも、駆紋戒斗や室井咲でさえも、異界の森へ追いやられていた年月を、そしてその実行犯がアスラであるという記憶を、時間と共に薄れさせていった。今ではおおまかなことしか思い出せなくなっている。

 

 ――古傷だろうが、舐め合わないと痛みに耐えられない時はあるのだ。

 

 

 “自分の力で頂点を掴み取る覚悟がない奴に、居場所なんてない”

 

 

 それさえも、もう潮時なのかもしれないが。

 

 

 

 

 

 夕飯を終えて片付けもそこそこに。普段なら、あとはテレビを観るか雑誌を読むか、適当にぐだぐだして、そこそこに言い合って、じゃれ合いを承知でスキンシップ――という流れになるのだが。

 

「ヘキサ。ちょっとこっち座れ」

 

 アスラにそう告げられ、碧沙は「はあ」とアスラの前に正座した。横柄さで緊張を隠そうとしているのが丸見えだったので、逆らう気はちっとも起きなかった。――そういう意味では、彼女は全く心の準備が出来ていなかったと言える。

 

「今日のオーディションな、受かった」

「――、え?」

「3年契約で採用してもいいと言われた」

「3年……え。待って、ください。それ、って」

「この際だ。ハッキリさせよう。――俺はこの話を受けて、ソロのダンサーとしてデビューする。それを足掛かりに、また這い上がる。沢芽市には今度こそ戻らない。だから」

 

 恋人ごっこはおしまいだ。

 碧沙はアスラにそう言い渡されるものとばかり思っていた。そして、誰とも共有できない苦悩を、また碧沙一人で抱えるあの日々に戻ることを想像して、とても、とても恐ろしくなった。

 

「高校を卒業したら、俺を追いかけて来い」

「――、はい?」

「はい、じゃない。これまでずっとそうだっただろうが」

「そ、それは、そうです、けど」

「大体お前な、俺が、アマチュア時代からの()()()()()()()だった女を簡単に手離してやる殊勝な男だと、本気で思ってたわけじゃないだろう?」

 

 ニヤリ、と意地悪げに口の端を吊り上げるアスラを見て。

 照れ隠しをしたいがために、その横っ面を張り倒したくなった碧沙の感性は断じて正常だと主張したい。




 こうして赤ずきんちゃんはオオカミに美味しく頂かれましたとさ(意味深

 生みの親の自分が一番びっくりしてる!!( ゚Д゚)
 ヘキサにはもっとこう、普段はヘタレ男だけどここぞの時に命懸けるガッツがあるギャップ萌え男が似合うと思ってたのに! 蓋を開けたらこの流れが自然と文章になった! な・に・ゆ・え!?


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Syndrome29 せんせー特権:A

 だあっらっしゃーーーー!!!!⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡━━━━!


 アナザー鎧武事件の翌日。

 家のダイニングでお父さんと向い合せの夕飯中に、お父さんが言った。

 

「帰ってからずっと上機嫌ですね、美都。職場でいいことでもありましたか?」

「はいっ。もう、すっごく!」

 

 実は今朝、教室で、私にとっては感涙待ったなしだけどぐぐーっと我慢した一幕があったのです。

 他でもない、明光院君のことで。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 明光院君もツクヨミさんも常磐君を監視するために、光ヶ森高校の生徒に扮していた。

 どちらも徐々に空気に流されるまま授業に出て、催事にも参加していったけれど、朝の“登校”だけはしなかった。せっかくクラスの生徒たちが、二人が馴染みやすいムードを(若干無理やり)作ってくれたのに。

 私が、台無しにした。

 そのことが生徒たちに申し訳ない。

 

 予鈴が鳴って、朝の教室へ。

 常磐君が来ていないのは、そろそろ定例になりつつある。アナザーライダー事件を追うために常磐君はサボリが増えたんです。いくら大学受験しないからといって、卒業のための出席日数だけは稼いでほしいのが担任として本年なのですが。

 

 教室の前側のドアが開いた。息を切らした常磐君の登校です。私の心配、テレパシーか何かで伝わったんでしょうか?

 

「ギリギリセーフっ」

 

 野球のセーフ判定のポーズをした常磐君を、後ろから続く男子生徒が蹴飛ばして……、……え。

 

「さっさと入れ。後ろがつかえる」

 

 明光院、君――?

 

「おはようございます、先生」

 

 ツクヨミさんの朝の挨拶は、白々しいくらいによそ行きモードです。

 

 おかげで私は、出席簿で顔を隠して、がんばってにまにまを我慢しなくちゃいけなかったじゃないですか。

 

「っ――()()揃いましたので、朝のHRを始めます!」

 

 …

 

 ……

 

 ………

 

「ああ。美都がよく話している生徒さんたちですね。ついに折れましたか」

「はいっ。それもこれも、明光院君とツクヨミさんが校内に入るのを許可して、授業にも出席させてくださった先生方のおかげです」

 

 お礼に光ヶ森の先生方、全員分のGoogleストアカードを用意する計画が脳内パレード中なのですっ。

 

「がんばって行きましょうね。ここからがスタートですよ。確かその子たちは、小さい頃から紛争地帯で少年兵をしていて、ろくに学校にも行ってないんでしたよね」

 

 ごめんなさいね、明光院君、ツクヨミさん。二人がそういう身の上だと勝手に設定させてもらいました。君たちの境遇的に半分くらいは当たってるはずだから大目に見てください。

 

 ――先日、常磐君経由で聞きましたが、未来組は私が学校側に働きかけて“生徒扱い”を仕組んだと疑っていたそうです。

 

 いえいえ。実は私、何もしていないんですよこれが。

 動いたのは私のクラスの生徒29名(常磐君を除くとこの人数なのです)。

 

 クラスの生徒たちは私がでっち上げた未来組の境遇にいたく感じ入って、私の知らないところで、二人が校内にいて授業に参加してもおかしくない演出をあちこちで行っていたのです。

 

 信じられます? 17、8歳の少年少女が自発的に一致団結してですよ?

 そんなクラスの担任教師としては、天狗にもなりたくなるってものです。

 特に明光院君がうちの教室に“登校”したあの瞬間は、もう、もう!

 

 とはいえ、喜んでばかりもいられない。ついこの間に中間テストが終わったと思えば、たまさか期末テストが目の前です。我々教師は粛々と担当科目の試験問題を作成せねばなりません。

 

 私のお向かい席の伊賀先生は物理担当なので、物理が苦手な常磐君には何度泣かされたことでしょう。

 私は日本史なので常磐君の花丸答案にいつもニコニコでいられましたが。本当にうちのクラスの生徒がすみません。

 

「あ」

「どうかしましたか?」

 

 そういえば、明光院君とツクヨミさん。今日から正しく“生徒”になった二人には、次の期末テストに出席する義務が生じるわけで。

 

 だ、大丈夫ですよね? 今まで彼らだって、まちまちでも授業は受けてきたんですし。“生徒”になった以上、テストは避けて通れない難関なんですから。

 

 あまり心配過剰になると、先日の熱に気づかず教室で倒れた問題行動をくり返してしまいます。今回ばかりはお節介虫冬眠のお知らせです。ハイこれにてこの件おしまい!

 

「気にしないで、お父さん。ちょっと別件で思う所があるのを思い出しただけですから」

「――美都」

 

 う。やっぱり私、おかしく見える? だとしたら、さすがはお父さんです。

 

「明日のお休み、大天空寺へ出かけませんか?」

 

 大天空寺は織部家の檀那寺です。つまり――

 

「お墓参り? お母さんの」

 

 どうしてお父さん、急にそんなことを言い出したのでしょう。お母さんの命日はまだ先なのに。

 

「僕が、見せてあげたいと思ったんです。美都のこんなに喜んだ顔を、お母さんにも」

 

 そ、そんなにハッピーな気分が顔にも出てたんですか、私……はずかしいかも。相手がお父さんだと思うとよけいに。

 

「嫌ですか?」

「ううん、そんなことないっ」

 

 かくして突拍子もないお墓参りが決まったのですが――

 普段からしないことをすると雨が降るだの天変地異だの騒がれるでしょう? “これ”もその手の案件だったみたいで。

 

 

 

 

 

 翌朝。

 私はお父さんと、車で大天空寺を詣でました。

 

 墓所の、“織部家之墓”と刻んだ暮石前で、父子でお線香を焚いて合掌して。私は(お父さんにバレないようにボカして)近況をお母さんのお墓に報告して。さあ帰ろう、と墓所から境内へ出た時でした。

 

「白状しちまえよ。本当は事件に関わってんだろ」

「この人が怪人の仲間なんですか?」

「仲間!? ちがうって!」

「嘘言われても困りますっ。本当のこと、全部教えてくれませんか」

 

 ……常磐君。なぜ君は縄を打たれてお寺の境内なんかで尋問されているんです?

 

 私が頭を抱えるより早く、常磐君が私たちの存在を察知した。

 

「うそ! 何で美都せんせーがいるの!?」

「それはこっちが訊きたいです」

 

 私は荷物をお父さんに一旦預けて、常磐君に歩み寄ってしゃがみ込みました。

 

「先生は常磐君をお坊さんのお世話になるような生徒に指導した覚えはありませんよ」

「そんな覚えは俺にもない。てか今の状況自体、身に覚えがないよ! せんせー、助けて!」

 

 お節介虫、冬眠終了のお知らせ。おはよう、“教師”の織部美都。

 

 私は常磐君を囲む人々――さらに頭の痛いことに、このお寺の若御院を筆頭とする青年たちを、見上げた。

 

「お取込み中に失礼します。光ヶ森高校の教員の織部と申します。彼は私のクラスの生徒なんです。よろしければ私にも、こうなった経緯をお聞かせ願えませんか?」

 

 作務衣の新到さんたちはためらいましたが、若御院こと大天空寺の跡目、天空寺タケルさんは、私と常磐君に事情を一から説明してくれました。

 

 彼ら「不可思議現象研究所」は、3年前の西暦2015年から始まった、一般人の昏倒事件を追っていました。そして、事件が怪人によって起こされていることを突き止めた。

 その怪人を先日やっと捕捉したのに、「仮面ライダー」を名乗る謎の人物に阻まれた。

 

「今回の依頼人の牧村(マキムラ)ミカさんも、怪人が現れたのと同じ日に、警官のお兄さんが失踪してるんです」

 

 私は常磐君とアイコンタクト。――間違いなく、怪人とはアナザーライダーのこと。

 

「この前の雨の夜、怪人を捕まえようとした俺たちを邪魔した『仮面ライダー』、君はそれに変身したろ?」

「ちがうんだってば! 確かに俺は仮面ライダーだけど~」

「常磐君は怪人を追いかけてやっつけるライダーであって、仲間とは到底言えないですもんねえ」

 

 と、常磐君のスマホが鳴りました。失礼して、縛られた常磐君のジャケットのポケットからスマホを取り出させてもらいました。電話の相手はツクヨミさんです。

 

 通話アイコンをタッチ、スマホを常磐君の耳に宛がいました。

 

「もしもし」

《アナザーライダーが現れたみたい! ゲイツが向かってる!》

 

 やっぱりそう来ますか。

 

 常磐君は毅然と顔を上げました。

 

「あの怪人が現れた。俺たちに手伝わせてくれない? きっと力になれるからさ」

「――、わかった。信用する」

「ちょっとタケルさん!? 待ってくださいよ!」

「俺には、彼が悪いことをする人には見えないんだ」

 

 あらまあ、若御院のお墨付きですか。なんだか(トク)した(誤字に非ず)みたいですね。

 

「それに、織部教授のお宅の娘さんが先生なら、教え子の彼が非行少年とは思いにくいし」

 

 後ろでこっちの事態を見守るだけで口を挟まずにいてくれたお父さん。職業は大学教授。我が家が大天空寺の檀家なので、お父さんと若御院のタケルさんは知らない仲ではないのです。

 

「ご無沙汰してます、二代目。すっかり精悍になりましたね」

「とんでもない。父に比べれば若僧もいいとこです」

「ご謙遜を。それより、急用なのでしょう? 僕にはどうかお構いなく」

「お父さん、でも……」

「美都。僕は先にタクシーで帰りますね。きちんと生徒さんを監督するんですよ」

「……ごめんなさい」

 

 お父さんはにっこり笑って、お墓参り用に持ってきた荷物を私の分も持って、お寺を出て行った。

 

「美都せんせー……」

 

 きちんと監督。うん、私、がんばる。

 とりあえずは常磐君の縄をほどくことからですね。




 鎧武編のInterval後回し! 本編を先に進めることにします!
 続きます!


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Syndrome30 せんせー特権:A+

 私は常磐君と一緒に大天空寺でお留守番となりました。

 と言いますのも、常磐君が自己紹介で「将来、王様になりたい男だ!」と言ったことで、お寺の新到のナリタさんが「信用できなくなった」って。それでタケルさんとミカさんと三人で現場に出発してしまったんですよね。

 

 もう一人の新到のシブヤさんが私たちをじーっと見張ってらしたので、ろくすっぽお手伝いできませんでした。

 

 先にアナザーライダーのもとへ駆けつけた明光院君、大丈夫でしょうか……

 ――なんて心配は、取り越し苦労で終わってくれなかった。

 

 大天空寺に帰ってきたタケルさんたちには、明光院君とツクヨミさんが同行していました。それも、明光院君のほうはあちこちに小さな傷が見受けられた。これ、明らかに一戦やらかしたあとです。

 

 天蓋付きご本尊がある本堂で座布団に腰を落ち着けた私と常磐君と目が合って、先に詰め寄ったのはツクヨミさんです。

 

「ソウゴっ? 先生も! どうして二人がここに……」

「俺は、ちょっとした誤解が重なって」

「私は父と一緒に母の墓参りに来たところを居合わせて」

 

 ツクヨミさんと、柱にもたれて腕組みをしていた明光院君も、顔色を変えた。丸分かりですよ、二人とも。

 

「常磐君と同席していましたから、アナザーライダーが現れたことは知っています。ツクヨミさんは、ケガとかしませんでした?」

「私は、何ともなかったけど」

 

 善哉善哉。などと、場が寺なので気取ってみる私でした。

 実際、ツクヨミさんは若い女子です。女の子の柔肌に傷がつくことは、男子のそれに比べて重みが違いますから。

 

 別に肉体面にダメージがなければ(なかみ)はどうでもいいってわけじゃない。

 

 ミカさんです。帰ったばかりの彼女は、初対面の私や常磐君にも分かるほど、青白い顔色でした。今はナリタさんが離れの間でミカさんを介抱しています。

 

 無理もありません。アナザーゴーストこそが失踪したミカさんのお兄さんで、しかも……

 

「死んだ人間までアナザーライダーにするなんて――」

 

 タイムジャッカーが語ったというアナザーゴーストの過去が、私の頭に、光景としてまざまざと描かれた。

 

 流れない時の中。目の前には瞬きの直後にペシャンコになるミカさん。そんな中にあって悪魔の誘惑に屈しなかった牧村さん。

 その行動は警官の模範であり、その精神は理想の体現です。

 私は泣きたいくらいに牧村さんへの尊敬の念を抱きました。

 

「本当に仮面ライダーが味方してたの?」

「ありえない。新しい王を造り出すのがタイムジャッカーの目的なんだもの。真正の仮面ライダーが協力するなんて」

「間違いない」

 

 明光院君?

 

「ツクヨミも教わっただろう。仮面ライダーアギト。レジェンドライダー2世代目の戦士。外見も力の特性も、全てミトさんから習った通りだった」

 

 私?

 

「あ、先生じゃないの。私とゲイツの師匠みたいな人のこと。その人の名前が『ミト』で、先生の下の名前と同じなだけ」

「それはまた奇遇ですねえ」

 

 これで「みと」が三人になりました。

 私と、私のお母さんと、2068年のそのお師匠さんと。

 

「奴らを追うぞ。それまでは」

 

 明光院君は常磐君の斜め後ろに来て、彼の頭をぐわしと掴んだ。

 

「一時休戦だ」

 

 私たちが情報を統合する間、ご本尊の前で瞑想していたタケルさんが、姿勢を崩しました。

 

「君たち、ケンカ中だったの?」

「いやいやいやっ、そんなこと全然ないよ」

 

 今日までアレコレあった明光院君がすぐそばにいてそう宣える常磐君、本当に肝が据わりましたねえ。先生はしみじみします。

 

「ねえ、ツクヨミ。これから起こる“不慮の事故”って分かる? その事故を起こす人をアナザーゴーストが狙うはずだ」

「未来の出来事を教えるのは、ルール違反なんだけど……」

「タイムジャッカーはアナザーゴーストを積極的に動かしてる気がする。たぶんあっちもツクヨミが使う検索ツールを持ってるか、さもなきゃ同じだけ未来の情報を握ってるんだと思う」

 

 そういう観点ですか。確かに敵・味方のソースが同じであれば、アナザーゴーストとのニアミスは回避できます。

 

 ツクヨミさんは溜息をついてから、例のプレートを取り出して検索をかけました。

 

 ヒットした事件の新聞記事。

 あるショッピングモールのオープンテラスで、たこ焼き屋台が爆発して、店員とテラスの客たちが重軽傷多数、と。大事件じゃないですか!

 

 行き先が分かれば善は急げ。皆さんは私が車で送っていきます。れっつごー!

 

 

 

 

 

 ――到着した時、オープンテラスはすでにパニック状態と化していた。

 逃げ惑う一般市民。暴れ回るメタルジャケットの怪人――アナザーゴースト。

 

 常磐君と明光院君がジクウドライバーを手に、広場への石段を駆け下りました。

 

「先生っ」

「はい。私たちは避難誘導ですね。天空寺さん、手伝ってもらえますか?」

「わかった」

 

 私たちは手分けして、自力ですぐに逃げられなかったお客さんたちに駆け寄っては、彼らを立たせたり背を押したり。

 アナザーゴーストが一般客を襲おうとした時は、ジオウかゲイツが上手く間に入ってアナザーゴーストを遠ざけてくれました。

 

『あんた、力でおかしくなってんだよ! 目ぇ覚ませよ! ミカちゃんが泣いてるぞ!』

「騙されるな!」

 

 だ、誰? どこ? ――いた! 石垣の上に男の子が一人。私は初めて見る顔です。

 

「ソイツは最凶最悪の魔王になる男だ。たくさんの命を奪う、キミの敵だ!」

 

 その台詞を聞いて、私の中に疑問が生じた。

 タイムジャッカーの少年が今叫んだこと。アナザーゴーストをけしかけるより、本当にジオウに憎しみをぶつけてるみたい。

 

《 OMEGA  タイム・ブレイク 》

《 STRIKE  タイム・バースト 》

 

 っ、いけない。思考に没頭し過ぎました。

 もうジオウとゲイツはアナザーゴースト撃破の態勢に入ってます。私は私で、戻って来たツクヨミさんとタケルさんに合流しなくちゃ。

 

「いいのかな~。倒したらそいつ、死んじゃうんだけど」

 

 ハッとしたようにジオウもゲイツも目に見えて戦意を損なった。

 

 卑怯者。私はそう言う代わりにタイムジャッカーをきつく見上げた。感情のメーターが振り切れてたから、涙目だったかもしれない。

 

 アナザーゴーストを倒したら牧村さんが死んでしまう。でも倒さないわけにはいかない。

 こんな残酷な状況をどうすれば打破できますか? 神様でも仏様でもいいから教えてくださいよ……!

 

「危ないッ!!」

 

 ――え?

 

 風が薙いだ。

 そう感じた直後に、地面にバッグの中身がバラバラと落ちていた。

 

 気づけば私は支えの軸を失ったみたいに尻餅を突いていた。

 

 な、に? 何が、起きたの? 何で私のバッグ、さ、裂け、て――

 

『海東の真似みたいで気分悪いな』

 

 仮面、ライダー……

 

 ジオウでもゲイツでも、今までに何度か見た歴代ライダーの誰でもない。こんな戦士を私は知らない。分かるのは、彼が“仮面ライダー”だということだけ。

 このライダーが、明光院君が言っていたアギト?

 

『その人に――触るなッ!!』

 

 ゲイツがジカンザックスからソニックアローを放った。

 私のすぐ傍らに立つ“アギト”は、手にした剣を振り抜いてソニックアローを打ち消してしまった。

 

『そこのガキが魔王ってヤツか。――ちょっと遊ぼうか』

 

 “アギト”は剣をぞんざいに捨てると、ゲイツに、ジオウに、無手で肉迫した。

 

「先生っ!」

「美都さん!」

 

 ツクヨミさんとタケルさんが、腰を抜かした私のそばに駆けつけた。

 

 知った顔ぶれに囲まれて安心したおかげで、ちょっと気持ちに余裕が戻った。

 だから、気づいたんだと思う。

 私は息を呑んで、散らばった手荷物をまさぐった。

 

「先生、どうしたの?」

「ない……っ、無い! お母さんの形見の時計!」

 

 いつでも持ち歩いて大事にしなさいって、お父さんから言われてるのに。顔も知らないお母さんが、たった一つ、私に遺した品なのに。

 

 ――まさか。

 あの仮面ライダーが私に斬りつけたのは、お母さんの懐中時計を盗むため――?

 

 私は呆然と、“アギト”とジオウやゲイツとの戦闘を見やりました。

 

 ゲイツがドライブアーマーに換装してスピード攪乱を狙っても、“アギト”は、ゲイツが攻撃を仕掛ける瞬間を見切って、拳をゲイツの胸板に叩き込んだ。インパクトハイクが目視できるレベルの威力でした。

 

 明光院君の変身が強制解除された。

 

「ゲイツ!」

「明光院君ッ!」

『ゲイツ!? っ、このぉ!』

 

 ジオウがビルドアーマーに換装して、グラフ線で“アギト”を捕捉しようとしたけれど。

 

『短気は損気。学校で習わなかったか?』

《 Kamen Ride  555 》

 

 “アギト”の姿が激変した。ううん、それより。今、「ファイズ」って。山吹さんと佐久間さんの、ひいては乾巧さんの――仮面ライダー555(ファイズ)だと、いうのですか?

 

 当の“555”は、もしかしたらドライブアーマーのゲイツさえ上回るスピードで、ジオウ・ビルドアーマーのグラフ線捕獲を掻い潜ってしまいました。

 その上、アナザーゴーストと共にジオウへの攻勢に転じたのです。

 

「やめ、て……やめて、ください! いやぁぁ!」

 

 “555”とアナザーゴーストに一方的に暴力を揮われるだけのジオウ――常磐君。

 

 私の生徒なのに。私、“先生”なのに。

 どうして私、見てることしかできないの?

 

 “555”が右足から放ったポインターがジオウの動きを縫い留めた。ポインターが展開した円錐状のエネルギー内に飛び込むようにして、“555”はジオウにライダーキックを決めた。

 

 あ……ああ……そん、な。

 

 変身が解けた常磐君に迫る、アナザーゴースト。

 

 今度こそ。私はそう思って立ち上がりました。

 みすみす目の前で私の生徒への狼藉は許しません。私が常磐君の盾になってでも。

 

 ですが、私の肩をタケルさんが掴んで引き留めました。

 タケルさんはご自分が飛び出して、指で何らかの(いん)を結んで、常磐君とアナザーゴーストの間にかざしました。

 

「何だ、オマエ? ゴースト、ソイツもやっちゃえ」

『やめとけ。――帰るぞ。タイムジャッカー』

「ウールってゆーんだけど」

 

 タイムジャッカーと謎の仮面ライダーが立ち去って、アナザーゴーストは姿を消した。

 

「ソウゴ!」

 

 ツクヨミさんが、地面に転がりっぱなしの常磐君に、駆け寄った。

 

「ソウゴ! ソウゴ!? ――ゲイツ、ソウゴが息してないッ!」

 

 明光院君が血相を変えて駆け出して、ツクヨミさんと一緒に常磐君の体を揺さぶりました。

 ツクヨミさんの悲鳴じみた呼びかけにも、常磐君が目を覚ます素振りは欠片もありません。

 

 私が立ったまま石化していたところで、タケルさんが走って行った。その先には――え、常磐君? じゃああそこに倒れている常磐君は? それに、そっちの常磐君、どうして体が半分透けてるんですか!?

 

 私も、透けてるほうの常磐君に駆け寄りました。

 

 呆然と自分の透けた体を見下ろす常磐君に、タケルさんはさらりと言いました。

 

「怪人のせいで魂が抜けちゃったみたい。幽霊みたいなもんだね。周りには視えない――はずなんだけど」

 

 はい。私は常磐君のこと、バッチリ見えてます。

 

「あー……美都さんは、霊感あったりする人です?」

「いいえ、まさか! 私もこんな体験、初めてです!」

 

 常磐君は私を向いてパクパクと口を動かしていますが、肝心の声が聞き取れません。私に認識できるのは常磐君の姿だけみたいです。

 

 でも、表情の移ろいから分かります。

 常磐君はいつもの笑みを取り繕うとしたけれど、失敗して、蒼白な顔色をしました。

 

 こんなにも怯えている常磐君を前に、ふがいない私は、何と慰めればいいかを思いつくことができませんでした。




 仮に美都せんせーがソウゴの「先生」でなかったら霊体ソウゴは視えなかったと断言します。
 これ特殊能力なしです。タイトル通りです。


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Syndrome31 レジェンド10とビシュムの右眼 ①

 オリキャラじゃないけどサブキャラが加入しました。
 意外とゲイツ視点の戦闘シーンが書きにくいと知った今日この頃。


 光ヶ森高校、第一保健室のベッドの一つに横たわる、常磐君(体)。今はツクヨミさんが彼に付き添っています。

 明光院君は2015年へタイムマジーンで飛びました。アナザーゴーストを倒しに行くと言って出て行ったのです。

 

 本当ならあの常磐君を最寄りの清愛病院に運び込むべきですが、この状態の常磐君をお医者様に診せたら「ご臨終です」と言われて霊安室直行コース。そのくらい私にだって察せます。

 

 よって、光ヶ森高校関係者の頼れる闇医――こほん、失礼。とーっても寛大な養護教諭の伊万里先生に平身低頭お願いして、第一保健室で彼を預かっていただいたのです。

 

「ちょっと~、織部先生~聞いてますぅ~?」

「すみませんっ。聞いてますです!」

 

 ちなみに私自身はというと、廊下で伊万里先生にお説教を頂戴しているところです。

 

「も~。仏の顔も三度ってことわざ、知ってます~? 私的に~、もう残りの仏の顔ライフ1なんですけど~」

 

 あと一回は許してくださるんですね、伊万里先生。恩に着ます。四度目以降は宝生永夢先生か鏡飛彩先生を拝み倒しに行くことにしますから。

 

 って、わっ。常磐君(霊体)、急に壁を抜けて出てこないでください。本当の幽霊みたいです。

 

 常磐君は伊万里先生に何か言っている。口が動いている。

 でもやっぱり、私に常磐君の声は聞こえない。――もどかしい、です……

 

 常磐君が顔を歪めて私に手を伸ばした。でも、常磐君の手は私をすり抜けた。今の常磐君には物に触ることもできないのです。

 

「美都さんっ」

「天空寺さん?」

 

 来客用スリッパをペタペタと鳴らしてやって来たのは、天空寺タケルさんでした。

 

「天空寺~? 大天空寺の関係者さんですか~?」

「はい、まあ。お邪魔してます」

「――、ふ~ん。んじゃ私は帰るんで~。戸締りだけはくれぐれも~」

「本当にご迷惑をおかけしました」

 

 私は伊万里先生から第一保健室の鍵を預かって、タケルさんと一緒に保健室の中へ入りました。

 

「先生、タケル……」

「ソウゴは――」

 

 タケルさんの目線はバッチリ常盤君(霊体)へ。

 思えばタケルさんは常磐君の魂がアナザーゴーストに抜かれるのを阻んだりもしました。これが功徳というものでしょうか。

 

「ツクヨミさん。じき暗くなる時間帯です。先に帰宅してください。常磐君と明光院君が帰らないことの言い訳を、おうちの方に、お願いしたいんです。常磐君には先生が付き添いますから。ね?」

「……はい」

 

 ツクヨミさんは悄然と肩を落として第一保健室を出て行きました。

 ――これで私やタケルさんが、第三者には視えない常磐君の霊体と話しても大丈夫です。

 

 常磐君(霊体)がタケルさんに向かって何かを言いました。

 

「信じるとは思えない。それに、美都さんが霊能者だと誤解されたら良くない。――――。俺も3年間ゴーストハンターやっててさ、身に染みて分かったんだ。オカルト絡みの誤解ってすっごく厄介なんだって。俺も生まれつき霊が視える人間じゃなかったから、ゴーストハンター始めたての頃は言われたよ。『本当は霊なんていないんだろ』、『金だけ踏んだくろうとしてる詐欺師』って。一番怖いのは、霊なんて幻覚で、()()()()()()()()()()と周りに思い込まれること。美都さんは教師だ。社会的信用を失ったら高校教師なんてとても続けられない」

「天空寺さん――」

 

 彼の語り口は厳かだった。タケルさん、私よりお若いのに、私なんかよりずっと苦労してきたんでしょうね。

 

「安心して。そこも含めて、いい方法を準備してもらってるからさ」

 

 常磐君はしゅんとした犬みたいに首肯しました。

 

「――あれ? さっきの言い方だと、天空寺さん、最初から霊が視える人じゃなかったんですよね。どうして視えるようになったんですか?」

 

 そこでタケルさんが花柄の作務衣の懐から何かを取り出しました。

 

 私は常磐君と一緒に、あんぐり。

 タケルさんが持ってるの、ライドウォッチじゃないですか!

 “2015”のロゴ……アナザーゴーストが生まれたのは2015年。じゃあ……

 

「いつの間にか持ってた。これを手にした時から霊が視えるようになったんだ」

 

 天空寺タケルさんこそが、オリジナルの仮面ライダーゴースト……

 

「――。協力?」

「あの、常磐君は何て?」

「自分に協力してほしいことがある、って。――――。ええ!? 過去!?」

 

 常磐君!? まさか君、タケルさんにタイムマジーンを操縦させる気ですか!?

 

 常磐君は平静さを取り戻した様子で私に笑いかけました。

 

 

 

 

 

 2015年に到着した俺は、アナザーゴーストを発見次第、奴の暴れる工事現場に降りた。

 

 ――死んだ人間は生き返らない。失くしたものは戻らない。

 

 現在を善くするためであっても、過去の歴史を変えてはいけない。それが確定した人の生き死になら尚更だ。

 ミトさんも大人たちもみんなが俺たちに言い聞かせた。

 

 アナザーゴーストも同じだ。俺がゴーストウォッチで撃破すれば、牧村は死ぬ。俺がこれからするのはそういうことだ。

 

 だとしても、怯んでいられない理由がある!

 

「変身ッ!!」

 

 幼い頃はミトさんの後ろに何度も見たカウントダウンの群れが展開する。今は俺を戦士に変える超理論装甲となって、俺自身が纏う力。

 

《 ライダー・タイム  カメンライダー  GaIZ 》

 

 変身完了。

 そして、敵が“ゴースト”ならば、使うライドウォッチはこれ一択!

 

《 アーマー・タイム  GHOST 》

 

 ――レジェンドライダー17世代目。仮面ライダーゴースト。“魂の科学”とも呼ぶべきエネルギーの結晶を重ねて装甲する。

 

 俺はジカンザックス・おのモードを手にアナザーゴーストに挑んだ。

 

 奴の胸板の単眼をジカンザックスで薙ぎ打った。――現代での攻防とは段違いの手応えを感じる。オーマジオウからこのウォッチを盗んでおいて正解だった。

 一撃、二撃! 次で決め……!

 

『悪いな。そいつを守れって言われてるんだ』

 

 !? 横からか!

 防御姿勢を取ったが、仕掛けてきたそいつの燃える右手は、俺をいとも容易く吹っ飛ばしやがった。

 ――このパンチ。前にも食らったことがある。

 

『仮面ライダーアギト……!』

 

 いや、ちがう。あの仮面ライダーは555にも変身してみせた。俺たちのアーマーチェンジとは別物だ。この男は完璧に他のライダーに()()()()()いる。

 

『お前の相手をするなら、このカードのほうがいいか』

《 Kamen Ride  ウィザード 》

 

 な……っ! 仮面ライダーウィザード!?

 

 いや、そんなわけがない。俺はアナザーウィザードを撃破するために飛んだ2012年で()()()()()()()()()()()()

 だから、この数多に“仮面”を変えるライダーが、操真でないと分かる。

 

『お前は一体、誰なんだッ!』

『通りすがりの――仮面ライダーだ』

 

 ()無しの仮面ライダーが化けた“ウィザード”が、俺に向けて襲来した。

 

 

 

 

 

 ――何もかも同じだった。2012年で戦っていたウィザードのバトルスタイル。ファントムとの戦いで魅せたエクストリームマーシャルアーツが、俺を間断なく痛めつける。ライドウォッチをウィザードのものに換装する隙さえ無い。

 

『魔王とやらを助けたいというお前の想いはそんなものか!』

『俺が奴を助けたい、だと……ふざけるなァ!』

 

 激情に駆られるまま大きくジカンザックスを振り上げた。胴体を自らがら空きにしたことに気づいた時には遅かった。

 

 目に見える隙を零すほど奴は優しいライダーじゃなかった。“ウィザード”はウィザーソードガンで俺のどてっ腹を殴るように斬った。

 

『終わりだ』

《 Final Attack Ride  ウィ・ウィ・ウィ・ウィザード 》

 

 “ウィザード”が高く跳び上がって空中で一回転。赤い魔法陣を潜って、俺にライダーキックを浴びせた。

 

「ぐっ……かは!」

 

 生身に戻った俺を襲う苦痛。最初の会敵で“アギト”から食らったパンチを上回る威力のライダーキックだった。

 

 “ウィザード”が法衣をはためかせて歩いて来る。

 

 ――痛みなんて無視しろ。こんな傷、ミトさんの稽古で食らった蹴りよりずっとマシだろうが。

 

 歯を食い縛って地面を這う。外れたゴーストウォッチを掴……ぐあ!?

 

「が、あ、ああ!!」

 

 “ウィザード”が俺の手首を踏んでいた。

 

 離す、もんか。離すもんか! このゴーストウォッチを奪われたら、常磐ソウゴは文字通り永眠なんだ。絶対に渡してなるものかよ!

 

 ――がしっ

 

『ん?』

「明光院君を踏まないで!!」

 

 何で――先生が、ここに。

 

 先生は、俺の手首を踏む“ウィザード”の足にしがみついて、か細い全力でその足を外そうとしている。

 戦士として鍛えてもいない生身の女がそうしたところで、仮面ライダーに敵うはずがないのに。

 

 ――だから、どうした。

 織部美都はこういう教師だ。散々お節介を焼かれて思い知ってるだろうが、俺。

 

「離れて、ろ……巻き添えにしたく、ない……っ」

 

 先生は首を大きく横に振った。

 確かに、こんなボロボロの体たらくじゃあ、置いてけなんて言っても説得力はないか。

 

「呆れた。相変わらず自分の都合最優先でうろちょろしてるのね。お兄ちゃん」

 

 ――「お兄ちゃん」?

 

 悠然と歩いてくる、一人の女。

 たぶん俺よりは若い女子。全身を白いゴシックドレスで装っているせいか、闇色の石を飾った右の眼帯がいやに際立っている。

 

 すると、奴は俺の手首から足をどけた。しかもベルトのバックルを閉じて変身を解いた。

 剥き出しになった変身者は、先生と同じ年頃で、トイカメラを首から下げた男だった。

 

「小夜――」

「ひさしぶり、士お兄ちゃん。それともお兄ちゃんにとって、小夜と別々に旅立ってからそう時間は過ぎてないのかしら」

「そういうお前のほうこそ、せっかく屋敷の外に出たのに、それほど多くの世界を旅したわけじゃあなさそうだな。最後に会った日からそう変わってない外見年齢を見るに」

「そうでもないわ。この姿は、大神官ビシュムの“役”が継がれた時で固定されてるせい」

 

 起き上がる俺を先生が支えた。天空寺が同じことをした時には振り解けたが、今はそんな余力も無い。それに、なぜだか、彼女の手であれば拒まなくていいような気がした。

 

 小夜、士、と呼び合った兄妹の応酬は未だ続いている。

 

「何しに来た」

「お兄ちゃんはタイムジャッカー側に付くんでしょう? だったらこっち側にも味方が増えなきゃアンフェアじゃないの。要はバランサーよ、わたしは」

 

 小夜は俺たちの前まで来たところで、あっさりと奴らに背中を向けてしゃがんだ。

 

「わたし自身のことはまたあとで話すね。先にウチのバカ兄のことを教えとく。あの仮面ライダーは10世代目のレジェンド。別の仮面ライダーに変身するチートスペックのライダー。その()はディケイド。変身者はわたしの兄、門矢士よ」

「10代目!? 馬鹿な!」

 

 ライダー史でレジェンド10といえば、“ロスト・レジェンド”とも“レジェンド・アンノウン”とも語り継がれた、2068年でも正体不明の、謎の仮面ライダーだぞ!?

 

「さて。じゃあ取引しましょう。ちょっとごめんね」

 

 小夜は俺の手のゴーストウォッチをごく自然に掠め取った。自然過ぎて反応できなかった。

 

「お兄ちゃんの目的はこれでしょう? 好きにしていいから、()()()()()()()()()()()()()()()をこの人たちに渡して」

「――いいだろう。取引成立だ」

 

 兄妹は息の合ったタイミングで、ゴーストウォッチを、マゼンタの横長ライドウォッチを、空中に投げて、互いにキャッチし合った。

 

「小夜。お前が敵に回るなら、俺も相応の準備をして迎え撃つ。それでいいな?」

「ええ、お兄ちゃん。安心して。小夜は負けないから」

 

 “ウィザード”――いや、ディケイドか。ディケイドの門矢士は、アナザーゴーストを引き連れて去った。

 

 怒涛の展開に、介入する隙もなかった。

 

 俺は先生を見やった。

 

「ここに来るまでに、アンタには何があったんだ?」




 ディケイド劇場版その1を観ていない人には大変優しくないハード設定でお送りしました。
 何人の方が覚えてらっしゃるでしょう。士の妹、門矢小夜ちゃんです。

 何で小夜出したし?( ゚д゚)

 と思われる方多数でしょう。どしどし感想受け付けますよ!щ(゚Д゚щ)カモーン


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Syndrome32 レジェンド10とビシュムの右眼 ②

 

 明光院君が2015年に発ったあと、私のほうで何があったか。

 それを明光院君に知ってもらうには、少し長めの説明が必要でした。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 問題を根本から解決するには、アナザーゴーストの牧村さんが亡くなった2015年へ遡って、牧村さんを死ななかったことにしなければいけない。

 タケルさんの翻訳によると、常磐君はそう主張したそうです。

 

 常磐君の案を聞いて、私が真っ先に思い出したのは山吹カリンさんのことでした。

 今回の事件は山吹さんのケースとほぼ同じでした。過去に死亡した人間を死ななかったことにしてもいいのか? 命題はこの一点に尽きました。

 

 私は常磐君に、ある裏付けを取りたいので待ってほしいとお願いしました。

 それから私は市立図書館へ駆け込んで、2015年の新聞のバックナンバーを洗いました。

 

 裏付け。歴史的な影響の有無。私はその根拠を新聞に求めました。

 山吹さんと牧村さん。どちらも過去の死者。でも異なる点を一つだけ、私は見出しました。山吹さんの死は新聞に載っていた。けれど牧村さんの死亡は載っていなかった。

 

 歴史は記憶。どこかで聞いたようなフレーズですが、私にとっては死中に活でした。

 牧村さんの死が正式な記録として報じられていない、つまり人々の記憶にほとんど無い今ならまだ、牧村さんの生き死にに干渉して許されるのでは?

 

 ……我ながら浅はかだと、今となっては思います。ですが数十分前の私は、本気でそう信じていたんです。

 

 市立図書館を後にした私は、あらかじめ番号交換しておいたタケルさんのスマホに連絡を入れました。そして、歴史の認知度補正論を明かしました。

 

「――、はい……はい。ですので、常磐君の考えを実行に移しても、まだなんとかなる段階だと思います。あくまで私見ですが」

《――。ソウゴが『駆けずり回らせてごめん』って伝えてほしいって。ん? ……分かった。それから『行ってきます、美都せんせー』だそうです》

「ありがとうございます、天空寺さん。いってらっしゃい、常磐君。くれぐれも天空寺さんに迷惑をかけないように。君、今は幽霊なんですから」

 

 通話を切ってから、私は自分の車にもたれて溜息。

 

 裏付けなんて仰々しい。私は単に納得したかっただけかもしれない。

 生徒の後押しのためじゃない。牧村さんの命を救うなら山吹さんは? なんて、言ってしまいそうな自分を宥めすかしたくて奔走したのかもしれない。――そんな自己嫌悪の溜息です。

 

 私はひとしきりセンチメンタルに浸ってから、光ヶ森高校へ戻ろうとしました。

 

 ――その私の前に、門矢小夜さんは現れたのです。

 

 驚かなかったのは、ライダー絡みの事件のせいで奇抜なモノに変に慣れてしまったからですね、きっと。

 小夜さんを見て思ったことなんて、若い女の子が暗い時間帯を出歩いて危なくないかな、保護者の方はいないのかな、って。

 

「見つけた――ライダー・シンドロームの真の継承者」

 

 ライダーの単語が出なければ、私は小夜さんを本当に普通の女の子だと思ったでしょう。

 

「あなた……仮面ライダーの関係者さん、なんですか?」

「ええ、わたしの兄の門矢士は、平成ライダーのひとり。わたし、兄を追ってこの世界に来たの」

「お兄さんが仮面ライダー……」

「あなたに一緒に来てほしいの。あなたにも無関係じゃない。現在(いま)じゃないけれど、今この時も、お兄ちゃんは仮面ライダーゲイツと闘ってる」

 

 明光院君の名前を耳にして、私は居ても立っても居られなくて。

 

「お願い。わたしと一緒にお兄ちゃんを、仮面ライダーディケイドを止めて」

 

 2015年へ行くと言う小夜さんに付いて行くことにしたんです。

 

 …

 

 ……

 

 ………

 

「ここに来るまでにあったことは、これで全部です。分かりにくい所はありませんでした?」

 

 いや、と俺は言葉を濁すしかなかった。

 

 まずもって常磐ソウゴが幽体離脱なんてしていたことに面食らって、さらに先生には幽霊の常磐が視えていたことに度肝を抜かれた。

 あと、奴は奴で別に2015年に来てそんな大馬鹿を実行中であることについては、頭を抱えるしかない。

 

 ――だが今は、それら全部を横へ置く必要がある。

 

 俺は立ち上がって、先生を背に、門矢小夜と対峙した。

 

「明光院君? 小夜さんは君を助けようとしてくれたんですよ!?」

「だとしても、この女はゴーストのライドウォッチを奪った」

「それ、は……」

 

 加えて、小夜の右目の眼帯。

 あの眼帯の飾りに使われている闇色の石は、絶対にろくでもない品だ。そして、そんな代物で隠す右目はもっと始末に負えないモノだ。戦士の勘が絶えずそう告げる。

 

 小夜が無造作に右腕を横へ向けた。その手の平の先に、灰色のオーロラが生じた。

 

 次に小夜がしたことは、俺に新しいライドウォッチを投げ渡すことだった。

 

「話なら現代に戻ってからにしない? あなたはともかく、後ろの先生はあまり長く2018年を留守にしないほうがいい。付いて来て。害のあるものじゃないから」

「――貴様の目的は何だ」

「わたしはディケイドの真意を知りたい」

「知ってどうする」

「悪い目論見なら、止めるのは家族の役目でしょ?」

 

 そこで、後ろから先生が俺の肩に手を添えた。

 

「明光院君。ここは一旦戻りましょう。君の傷の手当てもしないといけませんし、常磐君が元に戻れたかも確かめないと」

「……、わかった」

 

 ゴーストのライドウォッチが失われた今、アナザーゴーストを倒すには現代に戻って方針を再検討する必要がある。

 

 門矢小夜を全面的に信用したわけじゃない。あくまで警戒は維持だ。

 

「明光院君、掴まってください。肩を貸します」

「ああ……」

 

 先生の肩に片腕を預けたその直後。俺は思い出した。

 アナザー鎧武事件で通信越しに先生が俺に言ったこと。

 

 

 “告白すると、私は君が怖かった”

 

 

 俺が、怖い。そう言ったはずなのに、あれ以来、彼女は俺を避けたり過剰な反応をしたりはしなかった。今まで通りお節介焼きの高校教師のポジションをキープしている。

 

「アンタ、俺が怖いんじゃなかったのか?」

「――ええ、怖いですよ。君の目に私はどう映っているか、ちゃんと“先生”らしく振る舞えているか、いつボロを出して君に愛想を尽かされるか。いつも怖くて堪らないです」

 

 俺が返す言葉を失っている間に、オーロラのほうが俺たちに迫ってきた。

 灰色のオーロラを通り抜けたと思ったら、とっぷり暮れた光ヶ森高校のグラウンドに立っていた。

 

「小夜さん。お手間を取らせますが、明光院君をクジゴジ堂さんまで送ってもらっていいですか? ツクヨミさんと常磐君のおじさんが、明光院君を待ってるでしょうから」

「いいわよ、それくらいなら。わたしも、この世界に来て間もないから、ぶらっと歩きたかったし」

「ありがとうございます。それじゃあおやすみなさい、明光院君。また明日」

 

 先生は踵を返して、ほとんど照明の落ちた校舎へ向かって去った。

 きっと行く先は保健室。彼女は、魂が抜けた常磐ソウゴの肉体に付き添って、校舎で夜を明かすんだろう。ありありと想像できた。

 

 目線だけで門矢小夜を窺うと、小夜のほうは俺をまっすぐ見ていたものだから、目が合ってしまった。

 

「帰らないの?」

 

 どこまでも無邪気なまなざし――左目だけの。

 

 俺はクジゴジ堂への帰途へ就くしかなかった。

 

 

 

 

 暗い通学路を行く俺と、その間に人ひとり分ほどのスペースを空けて歩く小夜。

 傍目にはさぞおかしな二人組に見えるだろう。今が夜で助かった。

 

「お前は本当に、あのディケイドとかいう仮面ライダーと兄妹なのか」

「そうよ? そういえば2068年にはディケイドの記録が残らないんだっけ」

「奴が本当にレジェンド10の仮面ライダーだとして、俺たちの時代では確かに奴の正体を知る人間はいない。俺自身、レジェンド10がディケイドという()だと初めて知った」

「士お兄ちゃんは特定の時期や場所で活躍した仮面ライダーじゃないから。“語り部”さんも、常に異世界旅行してるお兄ちゃんを“観測”し続けるのは無理だったか。わたしもようやくの思いで探し当てたんだし。やっと追いついたと思ったらまた悪役(ヒール)に回ってるし」

「妹のお前に会ったのに、ディケイドはかなり不満そうだったな。兄妹ゲンカか?」

「まさか。ケンカにもならないよ。お兄ちゃんは本心を簡単に口にしないもん。知った時には怒りようがないくらい事態が切迫してることがほとんど。それに、わたしとお兄ちゃんが本気で『兄妹ゲンカ』したら、世界規模に発展しちゃうけど、いいの?」

 

 タチの悪い冗談を言うな。ディケイドと実際に交戦したあとだと、実妹のコイツのスペックはどれほど反則級か、シャレに聞こえないだろうが。

 

「わたしからも質問させてよ。仮面ライダーゲイツ。あなたは織部美都さんのことをどう思ってるの?」

 

 登っていた階段を一段踏み外して脛をぶつけた。声にならない悶絶……!

 

「な、んでそこで、先生の名前が、出るっ!」

「何でって、織部先生はあなたの乙女(ラ=ピュセル)でしょう?」

「ラ=ピュセル?」

「知らないの? 歴代平成ライダーにとっての防衛機構であり守護乙女。明光院ミトさんは知ってたから、弟子のあなたも教わったと思ってたんだけど、ちがうんだ。ふーん。じゃあ帰ってからツクヨミさんに詳しく聞くといいよ。彼女はミトさんから教わってるから」

 

 ちょっと待て。

 門矢小夜はどうして俺たちの時代の俺たちの個人的事情を、まるで見てきたように知ってるんだ?

 オーロラの旅とやらで2068年に行ったことがある――にしては、俺たちの事情に踏み込み過ぎた語り口だ。

 

 すると、小夜は俺の疑問を読んだように、右目の眼帯を外した。

 

「わたしはある時、(グレート)(ダッド)ライダー10・BLACKの敵であるゴルゴムの“役”を継いだの。ビシュムは右目で未来を、左目で過去を視る権能を持つ。小夜が地の石の極砕片で右目を普段封印してるのは、未来を視ないようにするためなの」

 

 小夜は再び眼帯を右目に着け直した。

 

「ね? お兄ちゃんと敵対する上で、小夜は結構役に立つ人間だと思わない?」



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Syndrome33 せんせー特権:EX

 短いけどこれで許してつかぁさい……orz


 私が校舎の中に戻った時、第一保健室には照明が点いていました。

 もしかして、常磐君とタケルさんが上手く行って、常磐君の魂が肉体に戻った?

 そこに思い至った私は、浮かぶ笑顔を抑えきれないまま第一保健室のドアを開けた。

 

「常磐く……!」

 

 ですがそこにあった光景は想像よりズレていました。

 

 ベッドに横たわった常磐君は意識を失ったままで、でも一度は体を起こした形跡がありました。

 そして、そんな常磐君をほくそ笑んで見下ろしているのは、ウォズさんです。

 

「こんばんは、王母。一足遅かったね。我が魔王はこの通り。過去でもう一度タイムジャッカーがアナザーゴーストを生み出したことで、再び幽冥の眠りに就かれた」

「ウォズさん……? どうしてそんなこと、知って」

「私がタイムジャッカー側に付いたからさ」

 

 ウォズさんが第一保健室を出て行こうとするのを、私は、ドアの境界線上でとおせんぼして止めた。

 

「あなたは常磐君の味方じゃなかったんですか!?」

「私は、魔王の臣下。王が(みち)を外れるならば諫めるのもまた臣下の役目。前にも言ったはずだが。王母ほどの人であれば早々に割り切っておいでかと思ったが、いやはや。()()()()にも色眼鏡というものが存在したとは驚きだ」

 

 ウォズさんの口ぶり。50年後の常磐君――オーマジオウは、“私”をそういう教師だと語ったことがある?

 

 今さら過ぎる、遅きに失した疑念が、やっと(きざ)した。

 

 50年後であれば私は80歳。人生100年時代の日本で、天寿を全うする年齢とは考えにくい。

 だとしたら、2068年の王母織部(わたし)は、なぜオーマジオウ(常磐君)を放置しているの?

 

 織部美都というパーソナリティーによほどのショックがない限り、50年後であろうが魔王であろうが、“私”は常磐君を叱るし、正しく指導し直そうとするでしょう。

 

 でも、現実にそうしていないのなら――それは「していない」のではなく「できない」から。

 ()()2()0()6()8()()()()()()()()()()()()

 

「……ウォズさん。一つだけ聞かせてください。ウォズさんは“王母織部”に直接会ったことがありますか?」

「無いね。一度たりとも」

 

 ことばが、クリスタルのナイフみたいに、ぐぞり、と胸を抉った。

 

「私が知る王母は、我が魔王が時折り口ずさむ思い出話の中にのみ生きる人物でしかなかった。改めて、本物に出会えて光栄だよ。我が魔王が『母にも等しき我が師』と語った(ヒト)

 

 今度こそウォズさんは第一保健室を出て行った。

 

 私は――いつの間にか凝固していた両足の筋に喝を入れて、歩いて、常磐君の体が横たわるベッドへ行った。

 

 ベッドの横に、背もたれのないローラーチェアを持ってきて、それに腰かけてから、深呼吸を二回。

 

 涙は、出なかった。

 そんな自分に、ひどい安堵と、空しさを覚えた。

 

 

 

 

 

 ――PM6:47。レジェンド10・仮面ライダーディケイドの変身者、門矢士がクジゴジ堂に現れた。

 

 門矢は常磐ソウゴの帰りを待つ間に、ここがカフェか軽食店であるかのように、常磐の分の夕食(チーズ乗せハンバーグだった)に箸を付けた。

 

 別にあいつが一食抜かそうが知ったことじゃないが、俺には手を踏みつけられた個人的怨恨がある。

 よって俺はリビングのテーブルに着席しても、夕食には手を付けず、門矢の一挙一動に目を光らせた。

 

「そういや、妹が世話になったみたいだな」

「門矢小夜か」

「ああ。これでも、ジオウへの用事がてら、あいつも連れて帰ろうと思って、はるばる足を運んだんだぞ。てっきりこの店に居座ってると思ったんだが――ん。美味いな、コレ。ソースが肉と合ってる」

「残念だったな。あの女なら、昨日の夜に店先で別れてそれっきりだ。行き先は俺も知らない」

 

 ディケイドと敵対する上で役に立つとか言っておきながら、俺たちに加勢する流れじゃないのか、と内心憤慨したことは言わない。

 

「――、そうか。積極的にビシュムの眼を使う気が無いなら、小夜は大した障害にならないな」

 

 そういえば小夜は言っていた。右眼で未来を、左眼で過去を視ることができるが、普段は封印している、と。

 あいつが俺たちとミトさんの関係を知っていたのも、おそらくはその眼の権能によるものだろう。

 

「まあいいさ。ここにいないなら、行き先の心当たりはあと一つきりだ。妹の迎えはまたの機会とするか」

 

 クジゴジ堂の店先のドアが開く音を挟んで、「ただいまー!」という常磐ソウゴの朗らかな声が聞こえてきた。

 

「おじさん、お腹減ったーっ」

 

 店主が慌ててリビングの戸口に向かって、困り果てた様子で常磐をその場に留めた。

 

「今ね、ソウゴ君にお客さんが来てて……そのお客さんがね、ソウゴ君のごはん……食べちゃった」

「……ふぁぇ?」

「す、すぐ作るから!」

「え、ちょっ、ええ!?」

 

 リビングに踏み込んだ常磐ソウゴが、ついに、門矢士と対面した。

 

「……どちら様ですか?」

 

 門矢は平然とハンバーグの最後の一切れを食べ終えてランチプレートを更地にしてから、イスを立った。

 

「門矢士。通りすがりの仮面ライダーだ」

 

 門矢は懐から取り出した品を、俺たち全員に見せつけるようにぶら下げた。

 

「美都せんせーの時計!」

「最初のアナザーゴーストとの戦いで、先生、失くしたって……アンタが盗んでたの!?」

 

 門矢はニヒルな笑みのみで応じ、リビングを出て行った。

 

「ちょっと待ってよ!」

 

 常磐とツクヨミが門矢を追って踵を返した。俺も席を立って二人に続く形で店内へ出た。

 

「俺に用があったんじゃないの?」

「――お前、“王様”になりたいんだってな。だが無理だ。この世界は俺に破壊されてしまうからな」

「訳わかんないこと言うな! 世界は誰にも破壊なんかされない。俺がさせない。そのために俺は、“最高最善の魔王”になるって決めたんだから!」

 

 常磐が門矢に詰め寄った。

 

 思えば俺は、常磐ソウゴが本気で激昂した顔を、今この時まで見たことがなかった。

 奴はヘラヘラ笑っているのがデフォルト。アナザーオーズの一件で怒鳴ったことは確かにあったが、変身していて表情は窺い知れなかった。

 

「そういうことならなおさら、この時計を返してやるわけにはいかない」

「だからさあ! 訳わかんないって言って……!」

 

 ビシッ!

 常磐の言を遮って門矢が突きつけたのは、マゼンタのトイカメラ。

 

「その“進路希望”は、お前の『美都せんせー』と無関係じゃないってことだ」

 

 門矢はトイカメラのシャッターを一度だけ切って、クジゴジ堂を出て行った。



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Syndrome34 そんな“先生”に、私はなりたい

 EP15からオリジナル展開です。ご理解の上、拝読ください。
 そして、この話を以て“オリジナルの最終回”に向かいます。
 要するに――打ち切りです。
 
 2/8追記 打ち切りやめました!


 職員室は上を下にの大騒ぎでした。

 

 受け持ちのクラスがある主任・副主任の先生方は、手分けして学校連絡網サービスで担当クラスの生徒たちに連絡。休校と、自治体が発令する避難指示に従うよう伝えています。

 

 そうでない先生方も。役所の災害対策本部の職員に協力して避難所設営をしています。今でも体育館ホールには、備蓄倉庫から非常食や寝具を持ち込まれているでしょう。

 私は前者のグループです。副主任の大谷先生と二人で、3年G組の生徒たちに連絡真っ最中です。

 片っ端から……ではないですね。一人の生徒だけは一番あとに、私から掛けさせてほしいって大谷先生にお願いしました。

 

 ――常磐ソウゴ君にだけは、最後の番に、私から。

 

 この世界規模の破壊行為はおそらくオーマジオウ絡みです。常磐君は事情を知っているでしょう。その事情を聞いたら私は他の生徒たちへの連絡をおろそかにする、下手をすると職務を放棄して彼と、明光院君とツクヨミさんのもとへ駆けつけてしまう。そのくらいの自己分析はできる。

 

 私はあの三名だけじゃなく、3年G組の生徒30名の“先生”です。

 

 ――29名の生徒への連絡が終了。最後は常磐君に……

 

 生唾を呑んだ私の前で、デスクに出しておいたスマホがLINEのメッセージ着信音を鳴らした。

 

 び、びっくりさせないでください~! 誰ですか!? この非常時に……って、え?

 

 これ、LINEの招待メッセージ……グループ名は『光ヶ森3G』?

 ――まさか。

 私がそのグループトークのアイコンをタッチすると、参加者全ての名前が私のクラスの生徒たちのものだった。

 しかも今なお参加者が増え続けてて、やっぱりそれはうちのクラスの生徒でした。

 

 

 

 

 

   小和田隆<クジゴジトリオ発見

        市内スクランブル交差点、立体歩道橋

   本間弘也<明光院とツクヨミが怪人に襲われた。何だあいつ。

        前に俺、赤くて青い怪人に会ったことあるけど、あれともなんか違う

   篠崎()(シロ)<XX工場前。怪人にやられてたヨミ保護。

   小和田隆<ヨミ? ツクヨミちゃん?

   篠崎磨白<名前長いから略す 打つ時間もったいない

    井坂(ヒカル)<檀ファウンデーション支社ビル前 

        瓦礫落ちてきたとこ助けてもらった

        右目に眼帯した女子に

        「織部先生によろしく」って言われた

        ねえ、美都せんせー呼ばない?

    青山(アラタ)<招待した

   小和田隆<早ぇよホセ

   篠崎磨白<あ。

        ごめん。ヨミ逃がした。

        常磐と明光院のこと追いかけたっぽい

    青山新<常磐たちは?

   篠崎磨白<見失った

        怪人が常磐のこと「我が魔王」とか言ってたんだけど

   小和田隆<これ常磐絡み?

    青山新<実行犯じゃない。でも間接的に関係してるに一票

   本間弘也<二票目

    辻(ナガ)(ハル)<3

   延岡(マサ)(ヨシ)<し

  白石五十鈴(イスズ)<五十

   本間弘也<桁Σ(゚Д゚)

  白石五十鈴<名前の履歴から打った 十消しそびれたの!

    青山新<意外と多かった常磐シンパ

    辻永春<シンパちゃうわ

   仁科七海<今北産業

   小和田隆<美都せんせーに読まれたら趣味バレするぞ →仁科

   篠崎磨白<だって常磐、美都せんせー大好きじゃん

        常磐本人の性格は正直よく知らないんだけど

        美都せんせーが嫌がることはできないってだけ

   小和田隆<おまえそれ特大のブーメラン発言

    青山新<だが3G全員に言えたことである

   仁科七海<現状教えろーーーー!!!!

   本間弘也<脱線してたな。

    井坂光<現着! 例の眼帯女子連れてきた! せんせー見てる!?

 

 

 

 

 

 私はデスクを立ち上がりました。

 こみ上げた涙には根性でお引き取り願いました。

 

「お、織部先生?」

「すいません、伊賀先生。うちのクラスの生徒が登校してきてしまったので、ちょっと外させてください」

「はあ……」

 

 デスクの抽斗からバッグを引っ張り出す。スマホ入れた、財布よし、免許証よし、お母さんの時計……は、まだ返してもらってないんでした。

 でも、井坂さんが連れて来た“眼帯女子”が私の思う通りの人物なら、取り返す目途が立たないでもないです。

 

 生徒用の玄関昇降口へ向かうべく、職員室を出て、渡り廊下に差しかかった。

 

「美都せんせー! やった、ニアミス回避!」

「お手柄でした、井坂さん! ――意外と早い再会でしたね。小夜さん」

 

 門矢小夜さん。ディケイドの変身者、門矢士さんの実の妹。今日は前みたいなドレスじゃなくてカジュアルな服装なんですね。

 

 私はまず小夜さんに頭を下げました。

 

「うちの生徒が危ない所を助けてくださったそうですね。本当にありがとうございます」

「たまたま目に付いたから。それにたぶん、わたしが助けなくても彼女は死ななかった。彼女も“ミレニアム2(ニー)9(キュウ)”の一員だから」

 

 井坂さんは小首を傾げた。私も同じことをしたいです。

 

「美都せんせー。あたし居ないほうが、話しやすい?」

「え、っと」

「オーケー。体育館行ってる。ウチの避難先がちょうど学校でよかった」

「井坂さん」

「ん?」

「こういうことは二度としちゃいけませんよ。他人の意思を無視して強引に連行することは、立派に誘拐罪ですからね。若い内に犯罪者になっちゃうのは、損です」

「いけないこと、じゃないんだ」

「ないのです。小さい頃に道徳の授業で、ウソや万引きはいけませんって教わりませんでした? 自転車登校に当たってショッキングな交通事故のビデオ授業を受けませんでした? ああいうのはね、“悪い”からいけないと教えたいわけでなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って老婆心からの警告なんですよ。大人が犯罪に手を出さないのは正義感じゃなくて、損をするのが嫌だから。だって先生は、君たちが補導されても恥ずかしいとは思わないと断言できます。頭ごなしに怒鳴りつけることは決してありません。ただ、君たちが犯した行為が、巡り巡って君たち自身の将来の可能性を損なうことに、胸を痛めます」

「むつかしいよぅ――でも、うん。美都せんせーが真剣にあたしたちを心配してるのは、分かった」

 

 分かってくれたのでしたらいいのです。

 

 井坂さんが去っていった。

 私はすぐさま小夜さんに詰め寄りました。

 

 本当なら尋ねたいことも言いたいこともたくさんあります。

 士さんに盗られたお母さんの時計、終末系映画みたいな外の惨事、全てを詳らかに語ってほしいです。

 

 けれど、そうしない。それ以上に大切な行動を起こさなければいけないから。

 

「小夜さん。常磐君と明光院君は今どこにいますか? 私、彼らのとこへ行かないと」

 

 外がこんな有様なんです。明光院君は絶対に決起しています。常磐君を、未来のオーマジオウを、斃すために。

 内心ではやりたくないという想いが大半だとしても、彼は自分の心を殺して決断するでしょう。

 

「――駆けつけて()()()()()()()()()()()()()、そう言うのね?」

 

 無言で首肯を一つ。

 小夜さんは右目の眼帯を外しました。

 

「織部美都。貴女には大きく分けて二つの未来があった。今日はその分水嶺。ジオウとゲイツの諍いに介入するか。もっと先の闘争の巷で(シンドローム)を解き放って大局を変えるか。わたしは後者だと思った。だから貴女に先んじてコンタクトして、士お兄ちゃんに宣戦布告もした」

 

 それはまた、小夜さんの年単位のスケジュールを大きく躓かせてしまって、ごめんなさいね。

 

 だとしても、未来に訪れる世界の大いなる艱難辛苦より、目と鼻の先で起きてる教え子同士のケンカを止めたい気持ちのほうが、私の中で上回ってしまったんです。ある意味“引き際”にはちょうどいいのかもしれませんしね。

 

「少し……残念だわ。惜しいとも思う。織部さん、今日び珍しい“出来た先生”だったから」

「もったいないお言葉です。じゃあ小夜さん、サクッと連れてってください。私を、常磐君と明光院君のところへ」

 

 

 

 

 

 未曾有の破壊が始まった中、未来から襲来したオーマジオウの手下から、ツクヨミともども逃げ延びて。

 古びた倉庫に駆け込んでから絶えず窓の外を哨戒するツクヨミとは裏腹に、俺は、自分自身の内面のみを見つめていた。

 

 

 ――ミトさんが死んだ日を、あえて生々しくリピートする。

 

 ミトさんとオーマジオウの、何度目かも分からない一騎打ち。ついに致命傷を負わされて倒れた、ミトさんの死に顔。

 

 俺のジクウドライバーは元々ミトさんが使っていたものだった。

 “ミレニアム2(ニー)9(キュー)”の再来と呼びなわされたミトさんは、その風評に違わず、向かう所敵なしの仮面ライダーだった。

 

 その名を、仮面ライダーゲート。

 苛烈で、熾烈で、鮮烈な、仮面の女戦士。

 

 そんな戦士だったミトさんでさえ、オーマジオウには敵わなかった。ミトさんは命も魂も削り切って戦ったというのに、勝てなかったんだ。

 

 満身創痍で倒れ伏したミトさんに駆け寄った俺に、ミトさんは、自分のジクウドライバーとゲートのウォッチを、有無を言わさず握らせた。

 

 

 “これは私の魂だ。だからアンタが継ぎなさい。アンタは私の息子なんだから”

 

 

 育ての親でもあったミトさんを、俺は一度も母と呼んだことはなかった。ミトさん。師匠。そんな呼び方しかしてこなかった。

 

 俺が託されたジクウドライバーとウォッチを握り締めて、「母さん」と呼びかけようとした時には、ミトさんはもう息を引き取っていた。

 

 俺はミトさんの亡骸に縋って、泣いた。母さん、母さん、と後悔をくり返すオルゴールみたいに。

 

 その後――

 俺はゲートのライドウォッチを改良して“ゲイツ”にした。

 “ゲート”の複数形で“ゲイツ”。――俺は独りで戦ってるんじゃない。魂はいつもアンタと共に。そういう意味と祈りを込めて、俺は仮面ライダーゲイツに変身した。

 

 右手にゲイツウォッチを、左手にジクウドライバーを握り締めた。

 

 ミトさん。そして、昭和(グレートダッド)ライダーたち。今一度だけ、俺に戦いへ臨む勇気を。

 

「見つけた! ゲイツ。ツクヨミ。よかった、二人とも無事で……」

「来るなッ!」

「――、え」

 

 俺たちの無事を本心から喜ぶお前の笑顔とも、この瞬間から訣別する。

 ()()()()()()()()()()。常磐ソウゴ。

 

 ツクヨミが顔をふい、と俺たちから逸らした。――それでいい、ツクヨミ。同じレジスタンスの兵士であっても、お前が痛ましい光景を直視する必要はない。

 

《 GaIZ 》

「変身!!」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  GaIZ 》

 

 四肢を装甲するアーマードジャケット。手には、おのモードのジカンザックス。

 複眼越しに常磐を見据えて、足を踏み出す。

 

『俺はお前を斃すためにこの時代に来た』

 

 他でもない俺自身に言い聞かせるために、あえて声にした。

 

『俺はもう迷わない!!』

 

 ジカンザックスを振り抜いた。

 

 常磐は一撃を躱し、二撃目を受ける前に自ら俺の懐に飛び込んで、俺の姿勢を崩しに来た。

 

「やめろ! 俺はゲイツと戦いたくない!」

 

 お前が未来のオーマジオウでなければ、あるいは、答える言葉もあったかもしれないな。

 思考がそんなIFに逃げるくらいには、俺だって感じ入ったことがあったんだ。

 

 組み合った常磐の腹に蹴りを入れて、間合いを仕切り直す。

 

「~~っこの分からず屋!!」

 

 常磐は左手でジクウドライバーを装着し、同時に右手でジオウウォッチのガワを回してリューズを押した。

 

《 ZI-O 》

「変身ッ!」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  ZI-O 》

 

 ジオウはケンモードのジカンギレードを手にして、俺が振り下ろしたジカンザックスを受け止め、力任せに弾き返した。

 

 こうなったジオウは掛け値なしに強い。認めよう。長引かせれば俺に分が悪い。

 ならば、次で決める。

 

 どのレジェンドライダーのライドウォッチにも換装はしない。下手な小細工はつけ入らせる隙になる。

 ジカンザックスのスロットに、外したライドウォッチを装填した。

 

《 フィニッシュ・タイム 》

 

 カウント。5・4・3・2・1――

 

《 ザックリカッテイング 》

 

 本来、発動者は動かないまま波形に放つ必殺技。威力を上乗せするために、あえて走り出してジオウに肉薄した。

 エネルギーをチャージしたエッジでジオウの胸部を穿つ。それで終わり――のはずだった。

 

 赤い血が、噴き上がった。

 俺ではなく、ジオウでもなく、俺たちの間に割り込んだ人物からだ。

 

 踊るように倒れゆくそのひとを、ジオウが受け止めて、膝から崩れながら抱き支えた。

 

 

『―――美都せんせー?』

 

 

 

 

 間に合ってよかったけど、これは失敗したな、なんて。

 ジオウの腕の中で、私は他人事みたいに苦笑した。

 

 せっかく小夜さんが現場まで灰色のオーロラで直行させてくれたのに……うん、本当に大失敗。

 “先生”なら“生徒”にこういうみっともない姿を、そもそも見せてはいけなかった。頼れない親と学校の教師ほどコドモを不安がらせるものはないのですから。

 

 その大鉄則を弁えておきながら、ジオウを討たんとしたゲイツの攻撃からジオウを庇ってしまったのは、ごくごく個人的でささやかな私情によるものです。

 

 一度だけ――そう、ただの一度だけは。

 もし、常磐君が“サイテーサイアクの魔王”になると確定する時が来たら、明光院君やツクヨミさんが何と言おうと何をしようと、私だけは常磐君を庇おうと決めていた。

 

 理非善悪はどうでもいい。罪の所在を問いはしない。

 痛くても怖くても大丈夫。命と引き換えにしたって構わない。

 

 だって私は、常磐ソウゴ君の“先生”なんですから。

 

 それ以上でもそれ以外でも、ない。理由は本当に、それだけ。それだけしか、思い浮かびませんでした。

 

 いつもより途方もなく重い手を持ち上げて、ジオウのフェイスマスクに添えた。

 ああ、血で汚しちゃった。せっかくの磨き抜かれたセラミックボディなのに。

 

「ときわ、君」

 

 ちゃんと進路指導してあげられない、ダメな先生で、ごめんね。

 

 

 

 

 

 ――何が、起きてるんだ。

 

 どうしてジオウは先生を抱えて膝を突いている?

 どうしてジオウがあんなに悲痛な声で呼んでいるのに先生は応えない?

 どうして先生の服が血で汚れていっている?

 どうして先生は苦痛に顔を歪めている?

 

 手からジカンザックスが滑って地面に落ちた。拾って構え直すために動くことが、今の俺にはできなかった。

 

 俺が壊した。俺が傷つけた。俺の、この手で。他の誰でもない、俺、が。

 

『ゲイツ……』

『……ジオウ』

 

 泣いている。

 フェイスマスクの中で、常磐ソウゴが涙に暮れている。

 今の俺と、同じに。

 

 そうだ。だって俺たちはどちらも彼女が大好きだった。俺にとっても奴にとっても、彼女は敬愛する人だった。

 

 俺のせいで/お前が

 俺が/お前のせいで

 

 彼 女 を 殺 し た 。

 

『『――ゥォォオオオォォォッッ!!!!』』

 

 互いに武器を掴んで飛び出した。

 ただただ互いを殺すためだけに、その刃を振り抜いた。




 なぜ「GEIZ」を今まで「GAIZ」と表記してきたかって?
 わ ざ と だ よ !


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Syndrome35 レスキュー;クロス・オブ・ファイア

 ソウゴのベルトを壊す時にゲイツがソウゴを下の名前で呼び捨てしたのか、耳が遠くなってきた作者には分かりませんでした。
 もしはっきり聴き取れた方がいらしたらあの瞬間のゲイツの台詞の詳細プリーズなのです。


 ――門矢士は、愛用のトイカメラを展望室の外へ向けて、都市を闊歩するダイマジーンとかいう殲滅型巨大メカを撮った。

 切り抜いたシーンは、ブレや乱反射のない“キレイな写真”に焼き上がるだろう。

 

「お兄ちゃん」

 

 ――来たか。

 門矢士はトイカメラをテーブルに置いて、階段を顧みた。

 

「小夜」

 

 階段を登りきった彼の妹は、彼女の兄と適切な間を空けて立ち止まった。

 

「織部美都がジオウとゲイツの衝突を止めに向かったわ」

「……やっぱりそうなったか」

「お兄ちゃんがあの人から封印具(とけい)を奪っておいたのは、こうなることを予期してだったの?」

「今日この日、とピンポイントで考えてはいなかったが、いずれ」

 

 門矢士はソファーチェアに腰かけて、スケルトンの懐中時計を取った。

 上下で異なる文字盤の配色は、それこそ変身したジオウやゲイツのカラーをそれぞれに採用している。

 

「この道具はあの女がガキどもの“教師”を続ける上で枷になった」

 

 確かに、この懐中時計()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のおかげで、織部美都はどの平成ライダーの“闘争”にも関わらずに済んだのかもしれない。

 しかし、こんなシロモノを持っていてさえ、仮面ライダージオウの歴史に深く組み込まれることは避けられなかった。

 

「……まあね。今日だけは、お兄ちゃんの“ありがた迷惑”のおかげ」

「お膳立ては整えておいた。あとは任せたぞ、小夜」

「自分でやるのがめんどくさいだけでしょ?」

「……、……あの手の青臭いシーンに居合わせるのは、20代の頃でもう満腹なんだよ」

「しょうがないお兄ちゃん。次に世界がピンチになったら立ち上がるくせに。仮面ライダーディケイド?」

 

 未来を視る右目を持つ門矢小夜が断言するのならば、それこそが門矢士という戦士に近く訪れる次の戦場なのだろう。彼はそんなふうに思った。

 

 

 

 

 

 

 理性はとうにショートした。

 自制心はとうにダウンした。

 俺とジオウをヒートアップさせるものは、憎い相手への殺意のみに尽きた。

 

 300度の視界(インジケーションバタフライ)に、血まみれで横たわる彼女を掠め見るたびに、ジオウへの攻撃が加速する。自分でももう止められないし、止めようという気にもならなかった。

 

 お前だって思う所は同じだろう? ジオウ。

 

 

 “お前さえいなければ、あの大切なひとはあんな目に遭わなかったのに”

 

 

 ゴースト。ドライブ。ファイズ。ゲンム。今の俺のアーマーはウィザード。

 ビルド。エグゼイド。フォーゼ。オーズ。対するジオウのアーマーは鎧武。

 

 ジカンザックス・ゆみモードから射た氷の矢がジオウの足下に着弾した。ジオウの動きを封じた。

 

 だが、俺が火の矢を放つより先に、ジオウは別のライドウォッチでの換装をやり遂せた。

 

《 アーマー・タイム  KUUGA 》

 

 ――レジェンド1・仮面ライダークウガ。2000年(ミレニアム)に誕生した、レジェンドライダー全ての祖たる戦士。

 

 ジオウはアーマーチェンジの勢いを相乗して足を戒める氷を砕き、直後には、俺の懐に入っていた。

 とっさに防ごうと身構えることすら間に合わなかった。

 ジオウ・クウガアーマーはジカンギレードを捨てて、途轍もなく重い掌底を、俺の鳩尾に打ち込んだ。

 

『カッ、ハ――ゲホ、ゴホ!』

 

 後退を余儀なくされて片膝を突いた俺へと、ジオウがゆっくり歩いてくる。

 

『――くも、よくも、よくも。よくも、せんせーを。おれのユメを笑わなかった、はじめての“先生”をッ!!』

 

 よくも、だと? それは俺の台詞だ。

 お前を庇いさえしなければ、彼女は惨たらしく血を流すこともなかったんだろうが。

 

 次の瞬間に、きっと俺はジオウに複雑骨折並みの威力で殴られると予感できたから、最後まで心中で毒づくことはやめなかった。

 

 まさにジオウが握り固めた拳を俺に振り下ろす、その、タイミングで。

 

「もうやめてッ!!」

 

 ジオウの背中に着弾した、ファイズフォンⅩの連続銃撃。

 

『ツクヨミ――』

 

 ツクヨミは今にも泣き出しそうな激怒顔で、俺たちに両手でファイズフォンⅩを照準したままでいる。

 

「アンタたちがムキになってどうするのよ! 今にも先生がっ……死んでもおかしくない重傷って時に、アンタたちは何で馬鹿みたいに八つ当たりし合ってるのよ!!」

 

 ツクヨミの叫ぶことは全き正論だ。俺にせよジオウにせよ急速に頭を冷やしたくらいに。戦意が萎えて立ち上がることもできないくらいに。

 

 パチ、パチ、パチ――

 

 膠着した空気にそぐわない、呑気な拍手が割り込んだ。

 

「よく言ったわ、ツクヨミさん。さすが平成最後の乙女(ラ=ピュセル)。正直言うと、見てて感動しちゃった」

 

 服装こそ初対面でのゴシックドレスではないが、見間違えられない。

 悠然と場に現れたラフな私服姿の女は、門矢小夜だ。“世界の破壊者”ディケイドの変身者、門矢士の妹だ。

 そんな女がなぜこのタイミングで俺たちの前に現れたのか。

 

「――織部美都さんが()()()()のは視えてたから、本当は行かせたくなかったんだけどね」

 

 小夜は軽い調子で――まるで天気予報が外れて雨の中で立ち往生でもしているような軽さで、そんなことを言いながら、地面に横たわったままの先生の傍らへしゃがんだ。

 

「ゲイツ君がウィザードアーマーならちょうどいい。……出来過ぎなくらい、都合がいい。ゲイツ君。貴方が2012年に時空転移した時、サンタから貰った魔宝石の指輪があったでしょう? アレを織部さんに使って。それで彼女の傷を治すことができるわ。早く!」

 

 俺は言われるがまま、コネクトの魔法で例のプレゼント箱を引っ張り出して、包装を破って中身を取り出した。操真晴人が“エンゲージ”として使っていた指輪と同じデザインだが、効果を試す機会はずっとなかったマジックアイテム。

 

 操真は確か、エンゲージの指輪を達郎の左の人差し指に通していたんだったか。

 俺は先生と小夜のもとまで戻って、操真のやり方を思い出しながら、先生の左手を持ち上げて、魔宝石の指輪を嵌めた。

 

「さあ、美都さん、思い出して。織部計都さん――貴女のお父さんから教わった、秘密のスペル。今こそそれを唱えるの」

 

 先生は瞼を閉じたまま、微かに唇を震わせた。

 

 

「 ライダー・シンドローム 」

 

 

 先生の人差し指の指輪が発動した。

 

《 “リンケージ” 》

 

 指輪に宿った魔動力が先生の全身に染みて、光を放った。

 光が収まった時には、先生の傷は全快し、血濡れて裂けた服まで修繕されていた。

 

「何が……どうなってるの」

 

 唖然と呟いたツクヨミ。声もない俺。

 

 当の先生は、睫毛を震わせてから瞼を開くと、ぼんやりした顔で起き上がった。

 

「おはよう、美都さん。体はどこも痛くない?」

「小夜、さん。はい、だいじょうぶ……あ、あれ? 私、さっき、」

 

 先生がそれ以上を言うより速く、常磐が変身を解いて駆けつけて、先生を抱き締めた。

 

「と、常磐君?」

「よか、ったぁ…美都せんせー、助かって…生きて、て…!」

「――、思えば私を『美都せんせー』と呼んだのは、君が最初でしたね」

 

 俺は、常磐をあやす先生の面差しに、文字でしか知らない聖母か菩薩を連想した。

 

「みっともないとこを見せてしまってすみませんでした。もう大丈夫です。だから、泣かないでください。常磐君」

「…っ、…っ!」

 

 やだ、と駄々っ子みたいに頭を横にぶんぶん振る、常磐ソウゴの体たらく。

 

 俺は――ジクウドライバーからウォッチを抜いて、変身を解いた。

 

「ゲイツ?」

「ツクヨミ。帰ろう」

 

 俺たちが――俺が2018年に留まる意義は、たった今、無くなった。

 

 前言撤回だ。常磐ソウゴ、お前に“オーマジオウ”はできない。「ならない」でも「なれない」でもない、「できない」だ。

 

 だって、そうだろう? そんなふうに、特定の一人が傷ついたことで怒り、泣く、どこまでも“ただの人間”であるお前に、世界を壊すことはおろか、救うことなんてできやしない。

 

 少なくとも俺はもう、()()()から何の脅威も感じ取れなくなった。

 

 失望した? 俺が? 魔王オーマジオウの誕生を望んでいたとでも? まさか。ありえない――が。

 見たい、と。ああ、どこかで思い始めてはいたかもしれない。オーマジオウではなく、正しい“最高最善の王”になるソウゴを。




 時計を直すの大好きなクジゴジ堂のおじさんが、何で美都せんせーの時計修理の依頼ではしゃがなかったか?
 門矢兄妹の会話からお察し。
 だってそれ、正確には「時計」じゃなかったんだもん。っていう話し。


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Syndrome36 今後の身の振り方

 あの日。

 都市を破壊して回っていた巨大ロボは地下深くへと消えていきました。

 結果だけ言うと、世界破滅のカウントダウンは砂が落ち切るギリギリ手前で止まったのでしょう。

 

 ――常磐ソウゴ君の、大事な大事なユメの、彼自身による諦めによって。

 

 

 

 

 冬休みになる直前。久しぶりに進路指導室を常磐君が訪ねてきました。

 

 ちなみに、私が死にかけたというパニックの日以来、明光院君とツクヨミさんは一度も登校していません。

 

 進路指導室のカーテンを開けても、窓の外には今までと変わらない平凡な風景――いえ、少し違いますね。壊された建造物を修復工事したり、その様子を報じたりするヘリコプターが行き交う風景があります。

 

「本当によかったんですね。常磐君」

 

 ソファーに腰かけていた常磐君は、さびしさを顔に隠しもせず、首肯しました。

 

「俺は世界を救えると思ったから“王様”になりたかった。でも、俺が世界を破壊する張本人だとしたら、王様になる意味なんて無い」

 

 胸が、痛い。痛くて痛くて、泣き出しそう。

 

 自分自身の意思でなく、周りの都合のために自ら夢を諦める若者を見て、教師としてどうして悲しまずにいられましょう。

 

 私は常磐君の正面ソファーに腰を下ろした。

 

「私ね、クラス主任になること自体は初めてじゃないんですけど、受験生のクラスを受け持つのは今年が初めてでした。高三の担任になるの、実は常磐君たちが初めてだったんです」

「そう、なんだ。初耳」

「あまり吹聴することでもありませんでしたから。――人事異動でそうなると知って、私、一つの目標を立てたんです。私のクラスからは()()()()()()()()()()()()()()()()()って。クラスの生徒全員が、進学や就職は第一志望のとこに行けるようにしてあげるんだってね」

 

 二学期のじき終わるこの時期。推薦やAOで第一志望の大学にすでに合格した生徒はクラスの3分の1ほど。同じく第一希望の就職先から内定を貰った生徒が5名。卒業後に起業を志す生徒が3名。これから大学共通テストに臨むに当たって、進学希望のほとんどの生徒はA判定。

 スバリ言うと、3年G組で明確な“行き先”が決まっていないのは、常磐ソウゴ君だけなんですよね。

 

「常磐君は、幼い頃から大事に大事に育んできたユメを、私たち(世界)のために捨てることを決めてくれた」

「何も美都せんせーたちだけのためじゃないよ。俺自身が、世界を壊したくなくて、そんな自分になりたくなかったから」

「君ならそう答えると思っていました。――だからね、私も。3Gのみんなの卒業式を見届けたら、光ヶ森高校を辞めようと思っています」

「――、え?」

 

 まじまじと私を見る常磐君。ちょっと申し訳ないけれど、予想通りのリアクションでしたので、余裕を持って受け止めることができました。

 

「G組のクラスメートには内緒ですよ」

「え、あ、うん……じゃなくて!」

 

 常磐君はローテーブルに両手を突いて、私に向かって身を乗り出しました。

 

「美都せんせー、教師辞めちゃうの!? 俺の、せいで……?」

「少し言い方が違っていますね。君の“おかげ”で、ですよ」

「訳わかんないっ!」

「私という教師の力不足を、常磐君が教えてくれたんです。30歳になる直前の年に、君という生徒に巡り会えて、私は本当に果報者だったと思っています。……どう言い回しを変えても、常磐君はきっと『自分のせいで』と思い詰めてしまうでしょうから、あえて言います。――ありがとう、常磐ソウゴ君。今この瞬間の私の人生に、君と一緒に居られて、私はとても幸運でした」

 

 常磐君は泣きそうな顔をして、ソファーに力なく座り直しました。

 

「……教師辞めちゃったら、美都せんせー、どこ行くの?」

「そうですね。進学塾かジョブカフェのスタッフを、ぼんやり考えています」

 

 このことを話すと、如月先生なんかは「だったら天高(ウチ)に来てくださいよっ!」と有難いお言葉をかけてくださいましたが、天ノ川学園は就活時代に不採用を一度食らってるんですよね。その時から苦手意識を持ってしまって。せっかくのお誘いなのに申し訳ありません、如月先生。

 

「教師でなくなっても、やっぱり、(みち)を進む人たちを、今度は若い人たちに限らず支援できたらなあと。そこらへんは進路指導教諭っぽさが抜けないみたいです」

 

 すると、常磐君が私の片手を、ぎゅ、と重ねて握ってきました。

 

 いかないで。やめないで。

 そんな想いが否応なく伝わる手付き。

 

 ――ごめんなさい、常磐君。もう決めたことなんです。

 

 私は常磐君の手に上から自分のそれを、黙って重ねました。

 昼休みが終わるチャイムが鳴るまで、ずうっと。

 

 

 

 

 

 本日の終業のHRが終わって、3Gもまた放課後に突入しました。

 

 進路が決まった生徒たちは、どこそこに寄って行こうだの買い物をしようだの、平和なおしゃべりをしています。

 受験や採用面接がまだの生徒も、放課後補講は本日私でない先生ですので、これにてサヨナラです。

 

 私は――そうですね。職員室に戻って、引継ぎ書の続きでも作成しますか。

 

 出席簿やらスケジュール帳やらを教壇でトントンと整えて、私は3Gの教室を出ました。

 

 職員室に戻る渡り廊下を歩いていると、ちょうど正面に私服の女子が立ちはだかりました。

 

「小夜さん?」

「久しぶり、ってほどじゃないか。急用だから校舎に無断で入ったことは許して。――これからソウゴ君がタイムジャッカーに襲われる。未来のオーマジオウが派遣したカッシーンを、スウォルツが不正改造してソウゴ君に差し向けようとしているの。どうする? 『美都せんせー』?」

「どうする、って」

 

 そんなの、駆けつけるに決まってるじゃないですか。

 教師を辞めると決めたって、それは2019年3月以降の話。卒業式が終わるまで、私は3年G組の生徒である常磐君の“先生”のままです。

 

「そう言うと思った。付いて来て」

 

 小夜さんが背後に向けた掌の先に、もう見慣れた灰色のオーロラが現れた。

 私も慣れたもので、そのオーロラを潜ることに、恐怖は欠片も感じなかった。




 打ち切りにする・続けるか限らず、美都が「作中の途中で教師を辞める」のは決まった展開だったんですよね。
 ――ソウゴが一度でも「王様になる」というユメを手離した時点で。

 「受験生のクラス主任が初めて」は、まさに自分の高校時代の担任の先生が本当に言っていたことです。
 構想時点から、美都せんせーの動機付けはこれで行くと決めていました。


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Syndrome37 最後の“指導”

 灰色のオーロラを潜って出た場所は、湾を跨ぐ鉄橋下の港でした。

 

 常磐君を探して辺りを見回すより先に、ガッ! と、耳に痛い殴打の音がした。私はそちらをふり返りました。

 

 いた! 常磐君! 道幅の細い船着き場で、金きらした機械人形らしきモノに暴行されている。

 

 一目見てしまえば居ても立っても居られない。

 私は船着き場に降りる階段を探し当てて、そこまで走って行って常磐君のもとへ駆け下りた。

 

「常磐君!!」

「美都せん、せー……」

「はい、はいっ。常磐君、先生はここです」

「だ、めだよ、来ちゃ……危ない、のに」

「先に自分の心配をしなさい!」

 

 私は常磐君の手を握ったまま、痛めつけた機械人形を睨みつけた。

 確か小夜さんがカッシーンと呼んでいたっけ。そのカッシーンは甲冑を鳴らしてこっちに歩いてくる。常磐君を――殺す、ために。

 

 ふいに常磐君が繋いでいた手を握り返しました。

 

「ねえ、せんせー。前にさ、ケガ治した時の、あの不思議な力、今でも使える?」

「え、ええっと、はい。た、たぶん?」

「……よかった。じゃあさ、美都せんせー。あの力で、()()()()()()()()()

 

 ――――彼は、今、何て言った?

 

「俺はオーマジオウになりたくない。でも、思い知った。このベルトがある限り、いつか俺はオーマジオウになるって。あの機械はオーマジオウの手下だ。俺が()()()オーマジオウにならなくなったら、停められるよね?」

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「常磐君。恐れ入りますが歯を食い縛ってください」

 

 不思議そうな常磐君の、顔を、全力で引っ叩いた。

 

 ぱちくりと、私を見上げる常磐君の、まなざしが、痛くて痛くて。なのに視線を外せない。

 

「先生を頼ってくれたことは嬉しく思います。でも、そんな後ろ向きな常磐君は……見たく、ありませんでした……っ」

 

 生徒への理想の押し付け。それは教師になってから一番やりたくないことだった。なのに私、今まさに常磐君にそれをしてる。彼にはこう在ってほしかったって、私だけの勝手な理想像を彼に投影して、夢を諦めた彼に体罰まで与えた。

 

 ひどい。ひどい。こんなの“教師”じゃない。

 こんな私が教師であっていいはずがない。

 ……辞職を決めて、正解だった。

 

「――泣かないで。美都せんせー」

 

 首を横に振った。視界は涙のせいでぼやけて、常磐君が今どんな顔をしているかも分からない。

 

「俺は、俺の民を傷つける奴は許さない。みんなの幸せを護れるなら、命を懸けたって惜しくない。本気で、一点の迷いなしに、断言できた。美都せんせーに、会うまでは」

 

 私――?

 

「美都せんせーは俺にとって“民”じゃないし、“みんな”の中に入ってなかった。だって美都せんせーは、ずっと、俺の人生で一番尊敬できる“先生”だ。(おれ)より偉い人を民って呼んで、護るなんて言えないよ。だから――ごめんなさい。せんせーを守らなきゃいけないのに、俺、変身できない。戦えない。オーマジオウになる自分への怖さを、押し殺せない……!」

 

 ――私は何て幸せ者なんでしょう。

 彼にとっての私は、民とは違う特別枠だと打ち明けられて、怖くて戦えないほどだと甘えてもらえた。

 

 これがねじれた解釈だとしても、もう構いません。どんな形でも自分の生徒にこんなにも慕われたら、教師冥利に尽きるってものです。

 

「先生こそ、ごめんなさい。叩いたりして。痛かったですよね?」

 

 今度は常磐君が涙目で首を横に振りました。

 優しい生徒です。こんな時まで、私みたいなダメ教師を気遣ってくれて。

 

 

 ――私はこの時、半ば以上に、常磐君と一緒にカッシーンに殺されるつもりでした。魔王になるのがこわいと泣く生徒に、それでも戦えと無理強いするなんて、真っ当な教師のすることじゃないです。

 だからって常磐君を連れてカッシーンから逃げきる算段はつきません。

 つまり――投了。デッドエンドしかないでしょう?

 

 だというのに。

 私たちの眼前で、まさにカッシーンが、エネルギーをビリビリに撓めた穂先を振り下ろした、その瞬間。

 

『揃いも揃って、戦う力もないのに何してるッ!!』

 

 横から飛来した緋色のエネルギーアローが炸裂して、カッシーンをふっ飛ばした。

 

「明光院君っ」

「ゲイツ! 未来に帰ったんじゃ!?」

『それはソイツをぶっ潰してからだ!!』

 

 仮面ライダーゲイツは私たちの前に駆けつけると、カッシーンを殴って蹴って私たちから遠ざけていく。あの、もしかして怒ってます? 怒ってるとしたら何に対して?

 

「ソウゴ! 先生!」

 

 次に駆けつけたのはツクヨミさんでした。後ろから付いてきたのは小夜さんです。

 

「小夜さんが明光院君とツクヨミさんを呼んできてくれたんですか?」

「うん。ソウゴ君と美都さんが大ピンチって伝えたら、ツクヨミちゃんもゲイツ君も即決で素直に付いて来てくれたわ。私、一応はディケイドの妹なんだけどね」

 

 ツクヨミさんがプレートの機能で常磐君が負った傷を消していきます。み、未来の医療技術の進歩はすごいんですねえ。

 

「俺の妹の自覚があるなら、ちょこまか暗躍するのはやめにしたらどうだ?」

 

 ツクヨミさんがファイズガンを抜いて、声のしたほうに銃口を向けました。

 

「ああ、やっぱり来たのね。士お兄ちゃん」

「レジェンド10・ディケイド……!」

 

 タイムジャッカーの女の子と二人連れで現れたのは、他でもない門矢士さんでした。

 

「まだ終わりきってないとは思ったが。――おい。俺はどっちの味方をすればいい?」

「……好きなほうに付けば?」

 

 士さんは愉しげに口の端を吊り上げて、腰のカードホルダーから抜いたカードをドライバーに装填しました。

 

「変身」

《 Kamen Ride  ディケイド 》

 

 変身したディケイドの真正面に、とても自然な所作で小夜さんが立ちはだかりました。

 

 小夜さんが右目の眼帯を外しました。すると、彼女は最初に会った時の白いゴシックドレスに装いを変えていました。

 

 その小夜さんと睨み合って、ディケイドは動きを見せません。

 

「どうしたの? 今さら兄妹の情が疼いた? 自分のヒロイン(ラ=ピュセル)と、一度は殺し合ったくせに」

『夏海とお前じゃ何もかも違う』

「同じよ。私は破壊者ディケイドを邪魔する女。排除するにはそれだけで充分じゃない?」

 

 睨み合い。膠着。重圧で心臓が絞られるような沈黙。

 

『――、ならあっちに戦いに行くしかないな』

 

 ディケイドは踵を返して、カッシーンと闘うゲイツのもとへ歩いていくと、カッシーンと共にゲイツを蹴飛ばしたのです!

 

「明光院君ッ!」

 

 ゲイツは負けじと、ドライブのライドウォッチをジクウドライバーに装填して換装しました。

 ですがこれに対してディケイドもドライブのカードでドライブ態にチェンジして応戦しました。

 カッシーンも含めて、2対1の戦況。ゲイツにはどうしたって不利です。

 

 ゲイツ・ドライブアーマーは、ディケイド・ドライブ態に大きく轢き飛ばされて、水のない貯水槽の中に落ちた。

 

「ゲイツっ!」

 

 常磐君は縁を跨いで貯水槽の中に飛び降りました。




 『中学聖日記』ダイジェストを観て曲を聴いて、
 「これがやりたかったー!!!!orz」
 と頽れた今日この頃。


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Syndrome38 君たちは、ずるい

「王様になるのを、やめるのをやめた」
    ↓
「ジオウ連載をやめるのを、やめた」
    ↓
  打ち切り前言撤かーい!!( ゚Д゚)


 貯水槽の底へ落ちた常磐君に、無情にもカッシーンがビームの砲口を向けた。

 でも、その発射を、ツクヨミさんが許しませんでした。ツクヨミさんはファイズガンでカッシーンを銃撃してこちらに注意を逸らしたのです。

 

「ソウゴはやらせない!」

 

 ツクヨミさんは、私を小夜さんのほうへ押し出してから、単騎でカッシーンを引き付け始めました。そんなっ、無茶ですよ、ツクヨミさん!

 

 追いかけようとした私の、手首を、小夜さんが握って引き留めました。

 

「ツクヨミちゃんは大丈夫。彼女は平成最後のヒロイン(ラ=ピュセル)。易々と死にはしないわ」

「ですが……!」

「それでも心配なものは心配、でしょ? 安心して。わたしがツクヨミちゃんのフォローに回る。美都さんは、ここにいて。見届けてあげてほしいの。歴史の転換点を――ううん、ソウゴ君とゲイツ君、二人の決断を」

 

 小夜さんは何の危機感も感じさせない笑顔で、ツクヨミさんを追いかけて行きました。

 

 常磐君と明光院君の、決断――

 

 私は腹を括って、貯水槽の底にいる彼らを見下ろしました。

 

「どうして変身しなかった!! すぐそばに先生がいたのに!!」

 

 明光院君が常磐君に掴みかかっている。常磐君は苦しげに歪めた顔を明光院君から逸らした。

 

「ジオウに変身、したら……俺はオーマジオウに……!」

「お前はッ!! “最高最善の魔王”になると言った。みんなの自由を護る王になると言った。俺やツクヨミだけにじゃない。歴史に伝説を刻んだ仮面ライダーたちに! そして誰より、先生に! お前は、お前自身の夢だけじゃなく、お前の進む(みち)を全力で指導してきた先生まで裏切るのかッ!!」

 

 やめて。明光院君、もう言わないで。いいの。私のことはいいんです。私は常磐君が悪いなんて思ってません。

 常磐君も、どうか私のことを気にして、怖いものを無理に戦わなくていいんです。

 

 それを言うために口を開きかけた時でした。

 私を帯状の何かが囲んだ。ミニチュアの道路だった。

 そのミニチュアロードを走ってきたのは色とりどりのトイカーの群れ。

 私を閉じ込めた小さな環状線で、触れるか触れないかギリギリを走ったトイカーが、腕や頬に擦り傷を付けた。

 

「きゃああっ!」

「せんせー!?」

 

 ()()されてバランスを崩した私は、そのまま腰を抜かしてしまいました。

 

 トイカーたちの駆け戻る先には、ディケイド・ドライブ態がいます。

 初エンカウントと同じ、私個人に狙い定めていました。ディケイドだけには、非力な一般市民には手を出さないっていうヒーローの鉄則は、適用されないみたいです。

 

「せんせー、どうしたの!? 美都せんせー!!」

 

 怖い。とても怖い、けれど。

 人生で勇気を出さなきゃいけない場面は、きっと、今この時だと思った。

 

 私はほとんど縁にしがみつく体たらくで、立ち上がって、ディケイドと対峙しました。

 

 後ろから見上げる私の背中が、常磐君や明光院君の目に、頼りなく映っていませんようにと願って。

 

 あの日。二人のライダーの間に割り込んで勝手に大ケガして、彼らを不安がらせた分。

 もうすぐ教師を辞めるんですから、ちょっとだけでも、取り返させてくださいよ。

 

「――ゲイツ。()()()()()()()。魔王になって、世界を救ってみせる。全てが終わる時が来て、俺がオーマジオウになり果てていたら、その時は」

()()()()()()()()()()。今までと何も変わらない」

「そうだな。変わることも、怖がるものも、何一つだってなかったのに」

 

 私に再び伸びてくるミニチュアロードと、それを走るトイカーの群れ。

 今度は威嚇じゃありません。明確に私を傷つけるための攻撃だと分かりました。

 遠くから、ツクヨミさんの悲鳴みたいな呼び声がします。ごめんなさいね。私じゃとても避けられません。挽回どころか、って話ですね。

 

 

《 ZI-O 》

 

「変身!!」

 

《 ライダー・タイム  カメンライダー  ZI-O 》

 

 

 瞬き一つの次。

 私の視界を覆い尽くす、黒銀のセラミックボディ。

 

『でりゃああッ!!』

 

 仮面ライダージオウが、ジカンギレードでミニチュアロードを断ち切り、駆けてくるトイカーの群れを薙ぎ払った。

 

「ときわ、君」

『ごめん、美都せんせー。進路希望、今からでも訂正利くかな?』

 

 私をふり返ったジオウのフェイスマスクに、常磐君のいつもの笑顔が重なった気がしました。

 

『王様になるのをやめるのっていうの、やめにすることにした』

 

 私の答えも聞かず、ジオウは、ツクヨミさんたちの救援に走りました。

 

 …………

 ……なんか、ずるい。

 若い子の立ち直りって速すぎ。キリキリ舞いした私が馬鹿みたいじゃないですか。

 

 後ろで水を弾いた音がしたかと思うと、またも、私に背中を見せる向きで着地した、ゲイツが。

 

『大丈夫か?』

「おかげさまで」

『! アンタ、その傷……!』

「このくらい、消毒して絆創膏貼っとけばすぐ消えちゃいますから。それよりも、明光院君」

 

 ゲイツが私をふり返ったところで、私は彼に歩み寄って、彼の片手を両手で握りました。

 

「つらい役回りをさせてしまうことになりましたね」

『ああ。ジオウが魔王に堕ちたらどうするかの話か。逆に聞くが、アンタは俺が将来的にジオウを葬ると分かって、それで終わりか?』

「そんなことないです! 明光院君が常磐君を斃すのはもちろんですが、常磐君が“最低最悪の魔王”にならないよう一層指導に励み……! ――あ」

 

 私ってば、どこまで、馬鹿なんでしょう。

 教師の仕事に、未練たらたらな自分を、今この時、初めて、ようやく、自覚したんですから。

 

『俺たちにはアンタが要る。だからこれからもよろしくな。()()

 

 ――今。初めて。

 ――明光院君から、面と向かって「先生」って、呼ばれた。

 

『おい。そこの未来ライダーと女教師。(ひと)の存在を忘れて青春ドラマするな』

『誰が青春だッ!』

『じゃあ月9』

 

 あ、あはは……士さん、意外と地上波のドラマを観るタイプです?

 青春ものはまだいいとして、月9だと明光院君のヒロインが私っていうのは無理がありますよ、もー。

 

 からかわれて怒ったのか、ゲイツはジカンザックス片手にディケイドに突っ込んで行きました。

 

 

 ……君は君でずるいですよ、明光院君。

 離す直前、少しだけ強く握り返された手が、そこに心臓があるみたいにドキドキと脈打って、熱い。

 

 

「先生!!」

 

 私は駆け戻ってきたツクヨミさんを迎えました。とっさに、両手を後ろに隠して。

 

「先生、大丈夫? ケガしてる」

「このくらいならすぐ治ります。痕も残りませんよ。ツクヨミさんこそケガしてませんか? 痛いとこはないですか?」

「私は平気。小夜の援護もあったから」

 

 ツクヨミさんと一緒に戻ってきた小夜さんが笑顔で親指を立てた(サムズアップ)。小夜さんにも目立った傷がないみたいで安心です。

 

 さて、と小夜さんは私とツクヨミさんの体を、くるん、と戦場に向かせました。鮮やかなお手並みでした。

 

「ラストスパートよ。しっかり見ててあげて。ジオウとゲイツのヒロイン(ラ=ピュセル)として」

「ちょ!? わ、私、ソウゴの乙女(ラ=ピュセル)になった覚えなんて欠片も……!」

「いーからいーから」

「よくないからー!」

 

 向こうでは、タイムジャッカー側のタイムマシーンを撃破するジオウとゲイツのタイムマジーンと、湾岸に残ったジオウ・エグゼイドアーマーがカッシーンを倒すカットインが、はっきりと見えました。

 

 あんなにかっこいいヒーローたちが、私の教え子たちなんですね。

 

 どうしましょう。冬休みに入ってすぐの補講、生徒たちの前でニヤニヤを我慢できる自信がありません。




 冒頭にも書きましたが。
 あんだるしあ、あいるびーばっく!! 打ち切りやめます!!
 何故かって? 本編で平成ライダーで二番目に好きな龍騎編に入ったからだよ!(`ФωФ') カッ

 というわけで連載続けます。
 「もういいよ」とお思いの方はBM解除を、「よっしゃあ!」と思ってくださる貴重な読者様方はコメントとか感想とかお待ちしてます!


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Syndrome39 太陽ノ王子、帰還セリ

 さあ!(y゚ロ゚)y 刮目する準備はよろしいか!?


 見事タイムジャッカーを退け、変身を解いた常磐君と明光院君が、私たちのもとへ駆け戻りました。

 

「美都せんせーっ!」

「はい、そこまで」

 

 勢いのまま私に抱き着こうとした常磐君ですが、そうは問屋が卸しません。

 私は常磐君の顔面を手の平でべしゃっとして止まらせました。

 

「前にも言ったでしょう。親愛のハグを許すのは女子生徒まで。かつ、志望校の合格発表か卒業式の日に限ります」

「うー、通常運転の美都せんせーだぁ。俺、結構がんばったのに~」

 

 オーバーに項垂れる常磐君を、明光院君とツクヨミさんが白い目で見ています。これはこれである意味、いつもの光景ですね。

 

 さて。私は私で、学校に戻らないといけません。校長先生に提出した退職願をご返却いただかなくちゃならないので。――退職「願」と書いたのが幸運でした。これが「届」だったら「やっぱり辞めたくなくなりました」なんて言う余地がありませんでしたから。

 

 ここからクジゴジ堂は遠くありません。常磐君たちの帰宅について心配は無用でしょう。同じく、私が徒歩で光ヶ森高校へ戻ることも。小夜さんの灰色のオーロラにタクシー感覚で頼るのもどうかと思いますしね。

 

 というわけで。みんな揃って埠頭から歩道へ上がった――そんなところでした。

 

「美都さん!」

 

 知った声での慣れた呼び方を聞いて、私は本当に驚いてそちらを見やった。

 エンジンを停めた大型バイクに跨った男性が、ヘルメットを外して、私に笑いかけた。

 

「おじさま――南のおじさま?」

「久しぶりだね。こうしてまた会うことができて嬉しいよ。本当に」

 

 杖家を迎えても精悍なままの面差しを、私は間違えない。

 その人は、私が物心つく前の、本当に赤ん坊の頃からお世話になった男性、南光太郎さんなんだから。

 

 私は生徒たちの目があることも忘れるくらい感極まって、すっかり少女時代の心持ちで南のおじさまに駆け寄った。

 

「お久しぶりです! いつ帰国なさったんですか?」

「昨日だ。最後に会ったのは、確か、4年前だったか。すっかり立派な大人になったな」

「もうっ。私、来週には30歳ですよ? 少しは成長しますってば」

「――、そうだな。君はもうじき30歳になる。だから俺は、教授との約束通り、日本に帰ってきたんだ」

 

 お父さんとの約束? そんなの、私、初耳です。

 

「あの~、美都せんせー。その人、せんせーの知り合い?」

「はい! あ――コホン。紹介します。こちらは南光太郎さん。母が亡くなったばかりの時期に、父が特別お世話になった方です」

 

 って、あれ? おじさまの名前を出したとたん、明光院君とツクヨミさんの目の色が変わったような。はて。

 

「南さん。彼らは私が担当するクラスの生徒たちです。常磐ソウゴ君、明光院君ゲイツ君、ツクヨミさん。それから」

 

 小夜さんとはどういう間柄だと説明すればいいか。

 言い淀んだところで、小夜さん自らが、南のおじさまにお辞儀しました。

 

「門矢小夜といいます。兄が()()()()()大変お世話になりました」

 

 南のおじさまは小夜さんを、特に小夜さんの右目の眼帯を、まじまじと見つめた。

 

 何でしょう。私と常磐君以外、みんなの反応がおかしく思えます。どうしちゃったんでしょうか。

 

 南のおじさまはなんだか気まずい感じで小夜さんから視線を外すと、次は常磐君を向きました。

 

「常磐ソウゴといったな。ということは、()()()()()()()()()()()()

 

 ――――え?

 

「先生……()()()()()()B()L()A()C()K()()()()()()()()()()?」

 

 いま――――何て。

 

 ちょっと待ってください。みんなどうして急に訳の分からないことを言い出すんです。

 

 何で南のおじさまが、常磐君がジオウだって知ってるんですか?

 何でツクヨミさんは南のおじさまを仮面ライダーって呼んだんですか?

 

 誰に、何を、どう質問すればいいか、私にはさっぱり分かりません。

 

 硬直した空気を、小夜さんがあっけらかんと破った。

 

「はいはい、警戒し合わないで。どっちもどっちに危害を加えることはないから。って、わたしが言っても説得力がないかもだけど、まあ聞いて。――南光太郎さんは、昭和最後の仮面ライダー、グレートダッド10・BLACKにしてRX、張本人よ。美都さんのお父さんとお母さんは、BLACKと暗黒結社ゴルゴムの闘争が佳境って頃に知り合ったの」

「小夜、さん。私のお父さん、は、おじさまが、仮面ライダーって」

「……知ってるわ」

 

 そんな。そんな大事なことを知ってたなら、何で教えてくれなかったの、お父さん!?

 

「光太郎さんも、50年後の世界の荒廃と、魔王オーマジオウのことを知ってる。光太郎さんに教えた未来人がいたから」

「――その、未来人の、名前は」

 

 明光院君の絞り出すような問いに答えたのは、南のおじさま本人だった。

 

「彼女の名は、ミト。2050年からタイムトラベルして来た、未来の仮面ライダーだ」

 

 

 

 

 

 

 若き日のミトさんはオーマジオウ決戦に出るライダーに抜擢されて、昭和(グレートダッド)ライダーの時代へ跳んだ。幼い俺とツクヨミに、ミトさん自身が語って聞かせてくれた。

 

 昔語りの中にしかいなかった、グレートダッドライダーの一角。BLACKとRX、二つの()を持つ戦士、南光太郎。

 それが、目の前にいて、しかもミトさんと直接言葉を交わしたと言っている。

 

「そうか! ゲイツみたいに、時間を遡って魔王になる前の俺を消せば、って考えた人が、ゲイツより前にいたって変なことじゃない。むしろ、オーマジオウが50年間も君臨してたんなら、もっと早い段階でそれを思いつく人たちがいなかったわけない。その一人が、二人の師匠のミトさんだったんだね!」

「理解が速いな、常磐ソウゴ。君はもう少し混乱するかと思ったんだが。織部教授から聞いていた通り、聡明な若者のようだ」

「お父さんからって、え? 何でお父さんが、常磐君のことをおじさまに伝えて……?」

「……いや。君を混乱させてしまったことは、詫びるべきだな。すまなかった。俺も織部教授も、できれば君には一生“仮面ライダー”と無縁でいてほしいと願ってしたことだったが、結果的に君を爪弾きにしてしまった」

 

 ここで俺は、立ち尽くすばかりだった状態からようやく復活できた。

 何故って、現状、最も話題から爪弾きを食らっているのは、俺とツクヨミだからだ!

 どうなんだその辺! ミトさん関係なら俺たちだって当事者だ!

 

「おい! もったいぶらずに一から説明しろ! アンタはミトさんと先生の何を知ってるんだ!」

「ちょっ、ゲイツ落ち着いて! 相手はグレートダッドライダーだよ!?」

「知ったことかッ!!」

「ゲイツが先にキレたら私が何も言えなくなるのよ!! 付き合い長いんだからいい加減察しなさいよ!!」

 

 ぐっ、今日までツクヨミにしては大人しいと思う場面がいくつかあったが、それ全部、そういう意味だったのか!?

 

「小夜から補足するけど、あの子たちも未来人。で、二人とも、ミトさんの弟子で養い子。ゲイツ君に至っては、仮面ライダーゲートの後継者って意味でもミトさんの息子に当たる。変身ベルトも起動アイテムも、ミトさんが現役時代に使ってた物と同じだよ」

「士と同じ血が流れているとは信じがたいほど丁寧な解説、感謝する。だが……だとすると、彼らにとってミトと美都の関係は……」

「いいの、いいの。言わないともっとややこしくなるから。――お-い、2068年組ー。売り言葉に買い言葉は一旦やめにしようねー。聞き逃したくないでしょー?」

 

 そういう言い方をされると、悔しいのに、無視もできん……!

 

 南光太郎は俺たちではなく先生だけに対して向き直った。

 その姿勢から、本来なら今から告げる何かしらを、先生以外の人間が聞くことは想定外だったのが、辛うじて読み取れたことだ。

 

「美都さん。君のお父さん、織部教授がソウゴを気に懸けていたのは、彼が未来のオーマジオウだからだ。そして、俺がオーマジオウや未来の世界について知っていたのは、それをミトが教えてくれたからだ」

「…………お母さんの、名前」

 

 先生の、母親?

 いつだったか、大天空寺には母親の墓参りに来たと言っていたな。つまり先生の母親は故人、で――――、――――まさか。

 

「お母さんも『ミト』って――私の、お母さん……未来人、だったんですか?」

「そうだ。織部計都さんと、仮面ライダーゲートことミト。その二人の間に産まれた一人娘が君なんだ。織部美都」

 

 せかいの足場が、がらがらと、崩れ落ちた気分だった。




 怒涛のネタバレラッシュ(我が家のジオウに限る)でした。
 BLACK・RX/南光太郎の登場はすでに示唆しておりましたからね? ちゃんとウィザード編に布石置きましたからね?
 光太郎とミトさんがどういう経緯で知り合ったのか。そこに美都せんせーのお父さん・計都がどう関わったのか。詳細は待て次回!(≧▽≦)

 蛇足。以下、本文には書かないネタです。
 光太郎の小夜への視線は、門矢士の妹であることの驚きより、かつて戦ったゴルゴム幹部のビシュムが何でこんなとこにいるんだ的な意味合いのが強かったりします。


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Syndrome40 “観測者” ①

 ――――着いて来れるか?


 私のお母さんが、未来人で、仮面ライダーだったひと――

 

 ショックなのに、どこかで冷静な自分がいて、いくつもの心当たりを引っ張り出してくる。

 

 私が小さい頃、今ほどシングルファーザーへの世間的理解は進んでなかった。ご近所のおばさんたちのヒソヒソ話が聞こえたこともあるし、小学校では面と向かって揶揄する同級生や、先生だって、いた。それはいいの。そういう時代に私が産まれただけの話だから。

 

 でも、お父さんは?

 お母さんへの誹謗中傷に、お父さんが反論したことは一度もない。

 お母さんは私を産んだあと、体調が芳しくないまま亡くなった。いつだってそれしか言ってくれなかったお父さん。

 

 まだ思いつく。お母さんの写真や、お母さんにまつわる品が、我が家には一つもない。今は士さんに取ってかれちゃった、あのスケルトンの懐中時計だけが形見だって言われて育った。

 

 お母さんが本当に、明光院君たちの師匠の「ミトさん」と同一人物だとしたら。

 

 死んだことにするしかない。写真はおろか身近な品だって残せるわけがない。

 お母さんの痕跡を抹消しないと、どんなタイムパラドックスが起きるか分かったものじゃないんだから。

 

 お母さんは私を産んで死んだんじゃなかった。未来から来て、元いた時代へ帰って行ったんだわ。

 

 ――お父さん。

 お父さんは本当のことを知っていたの? どこから、どこまで? 知っててずっと、娘の私に隠してきたの? どうして?

 

「美都せんせー……」

 

 はっとした。

 私を呼んだ常磐君は、私を心配そうに見つめていました。彼自身が大きな将来的決断をした直後だというのに。

 

 ――これ以上、生徒の前で、頼りない先生のままいたくないです。

 

「心配してくれてありがとうございます、常磐君。――明光院君。ツクヨミさん」

 

 私が呼べば、二人はびくりと肩を跳ね上げました。

 

「君たちは2068年に帰る前だったんですよね? 時間は大丈夫ですか?」

「え? あ、そ、そうだったけど、でも、今のソウゴを置いて帰るのも、ちょっと、なんていうか」

「ツクヨミ、俺のこと気にしてくれるんだ」

「断じて変な意味じゃないからね!!」

「う、うん、分かってるってば。なんか顔赤いよ? 大丈夫?」

「ちがうったら、ちがうんだからー!」

 

 妙に常磐君から距離を取ろうとするツクヨミさん。その彼女を微笑ましげに宥める小夜さん。

 

「明光院君はどうします?」

「どう、って」

「私は家に帰ったら、父に母のことを尋ねようと思ってます。父だけでなく、南さんにも小夜さんにも。私の母と明光院君は無関係じゃないかもしれないですから、明光院君が気になるようでしたら、話の場に同席してくれても、私は全然構いません。聞きたくないんでしたら、もちろん、無理にとは言いませんが」

 

 瞑目すること、一拍。

 明光院君は私を毅然と見据えました。

 

「俺にも、聞かせてくれ」

「……分かりました。私は一度学校に戻ります。車を取ったら迎えに行きますから、君たちは濡れた服を着替えておいてください。そのままだと冷えて風邪ひいちゃいます」

「分かった」

「はい。それじゃあ、またあとで」

 

 上手く笑ってあげられてたら、いいんだけどな。

 

 

 

 

 

 学校への帰路は、南のおじさまがバイクの後ろに乗っけてくれたので、早く戻ることができました。

 南のおじさまは私のお礼を聞いてから、先にバイクで我が家に向かいました。

 

 私は急いで職員室に行きました。

 職員室の先生方に「お疲れ様です」と挨拶を返しながら、校長室へ一直線。信楽校長に深く頭を下げて、退職願を取り下げたい旨を申告しました。

 応えて信楽校長は、寿老人のような顔をして、私が提出した退職願を無言で返してくださいました。私は涙を押し留めて、再び頭を深く下げました。

 

 それから私は、自分のデスクから手荷物を回収して、足早に退勤しました。

 

 

 車で向かったクジゴジ堂。

 エンジン音が聞こえたのか、お店の近くにアイドリングすると同時に三人とも外へ出てきました。常磐君、明光院君、ツクヨミさん。

 乗ってくださいと言うと、常磐君が助手席に、明光院君とツクヨミさんは後部座席に乗り込みました。

 常磐君が「おじさんには、帰り遅くなるって言ってあるから」と言ったので、失礼ながら保護者さんへの挨拶は省略させていただきました。

 

 

 織部家のマイホームに帰り着いた頃には、日は暮れなずんでいました。

 

 ――家に帰るのがこわい、って思うなんて、人生初かもしれない。

 

 玄関ドアの前でそう思ったけれど、そんな私の背中を生徒たちは見ているんだと自分を叱咤して、ドアを開けた。

 

「おかえりなさい。美都」

「お父さん……」

 

 ――こうして迎えに出てきてくれたってことは、先に来た南のおじさまと小夜さんに事情を聞いてるんですよね? 私自身だけじゃなくて、連れてきた生徒全員の事情も知ってるんですよね?

 

「……ただいま。大事な話があるんです。聞かせてくれますか?」

「はい。話します。来週の、30歳の誕生日に明かす予定でしたから、準備は出来てます」

 

 お父さんはもうすぐ還暦です。南のおじさまに比べれば、寄る年波を感じさせる顔立ちになったなって、娘心に思います。今となっては、顔のシワの何本かは、30年もお母さんのことを隠し続けた気苦労のせいかな、と悲しく想像したりもするのです――

 

 お父さんは笑みを刷いたまま、私の後ろを見やりました。

 

「あなたたちもどうか上がってください。話は娘からよく聞いています。――美都の父の、織部(かず)()です。よろしくお願いします」

 

 一番に返事をしたのは常磐君。明光院君はむっつり黙ったまま。ツクヨミさんはじーっとお父さんを見上げています。

 

 私が「上がっていいですよ」と言うと、三者三様に靴を脱いでスリッパに履き替えましたので、私は彼らをリビングまで先導しました。

 

 

 リビングのソファーの一つには南のおじさまが座っていました。小夜さんは床に直接腰を下ろして、ローテーブルにもたれています。

 ローテーブルの上に並んだ湯飲みは、すでに5人分。

 

「適当に座っちゃっていいですから」

「失礼しまーす」

「し、失礼します」

「…………」

 

 さて、これでみんな着席しましたね。何から質問しましょうか。

 

 話題を切り出しあぐねた私に先んじて、常磐君がお父さんに恐々と尋ねました。

 

「もしかしてせんせーのお父さん、『信長公記超訳』の著者の、織部教授ですか?」

「ああ、はい。ご存じなんですね」

「本人だった!!」

 

 常磐君がソファーを立って、お父さんの両手と熱烈に握手しました。

 

「俺、本買いました! 2010年出版初刷の!」

「それはありがとうございます。つまらない書き物で恐縮ですが」

「とんでもないです! めちゃくちゃ斬新で面白かったです! 濃姫バレリーナ起源説とか、マジですげえ! って思いましたし!」

 

 ……なんというか。

 リビングに充満していたシリアスが、爆発四散しました。

 

 小夜さんも南のおじさまも笑いたいのを我慢している模様です。そこは、笑えばいいと思いますよ? 二人とも。

 

「ありがとうございます。でも本当に、僕は“観測”したままを文に起こしただけなんです。そのお礼は、出版を許可してくださったOOO(オーズ)の火野議員に伝えてあげてください」

「――――何で映司?」

 

 お、お父さん? 今サラッととんでもないカミングアウトしませんでした?

 

 お父さんは私の、明光院君とツクヨミさんの視線を受けて、苦笑しました。

 

「火野映司さんだけじゃありません。1971年に誕生した仮面ライダー1号から、2017年のビルドまで、誰が変身者なのかを把握しています。南くんの代は特に。妻が妊娠中に護衛をしてもらったこともありましたから」

 

 妊娠中。ってことは、お母さんのお腹に私がいた時? え、私とお母さん、仮面ライダーに守ってもらったんですか!?

 

「明光院ゲイツ君にツクヨミさん、でしたね。あなたたちの師匠で養い親だというミトさん。彼女は16歳でオーマジオウとの決戦ライダーに選ばれ、2050年から1988年へタイムトラベルしてきました。南くんたち昭和ライダー全員分の力を継承する任を帯びて。過去に来たばかりのミトさんに、当時30歳だった僕が声をかけた。それが、僕とミトさんのなれそめです」




 自分がショックでも教え子を優先する「大人」な美都せんせーを書きたいだけの回だった。

 そしてもうお察しですよね? 計都さんが2010年に著した『信長公記超訳』のモデルとなった人物が「誰」だったか。
 ※参照:映画「仮面ライダーW&OOO ノブナガの野望」


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Syndrome41 “観測者” ②

 もういっちょーーー⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡━━━━!!!!


 ――明光院ミト。

 

 明光院君やツクヨミさんのお師匠さんで親代わりだった人。明光院君の前の代で仮面ライダーゲートだった人。

 その女性が、私のお母さん――

 

 ん? ということは、時間軸があべこべだけど、同じ女性が“親”である私と明光院君は――きょうだい?

 

 私は明光院君を窺った。明光院君とばっちり目が合った。彼もどうやら私と同じ考えに至ったようです。

 

 明光院君は青ざめて大きく後ずさりして、壁にぶつかった。

 声にならない声で頭を抱えているのは、単に壁で後頭部を強打したからですね。分かります。

 

「落ち着け、ゲイツ! あくまで義理! 義理だから!」

「落ち着ける要素がどこにもない! ほ、他でもないミトさんの、じ、実の娘を相手に、俺は……俺は今日までどれほど馬鹿な真似を――っ!」

 

 自ら壁におでこを打ち付け始めた明光院君。「死ね! 4ヶ月前の俺死ね!」とか叫んでいる。ツクヨミさんが宥めようとしてますけど、このままだと本当にタイムマジーンに乗り込みかねないテンションです。

 

 私は……嬉しいんだけどなあ。

 だって私、一人っ子ですから。お母さんの養い子の()()()()には親近感が湧きます。

 

 ツクヨミさんの(ファイズガンで脇腹を殴るという)制止でようやく落ち着いてくれたゲイツ君に、私はちょっとドキドキしながら尋ねてみた。

 

「あのあの、ゲイツ君っ。私のお母さんがゲイツ君のお師匠だったんですよね。お母さんはどんな人でしたか? ゲイツ君の目には、お母さんがどんなふうに映ってました?」

「と、とにかくタフ……だった。何度オーマジオウに負けても挫けなかった。単に懲りないだけだって言う奴もいたが、そんなことを言って呆れる大人たちだって、結局は挫けないミトさんにどこかで救われてた――と、俺は、思ってる」

 

 わ、わあぁ。ゲイツ君にここまで言わせるなんて、私のお母さん、すごい人だったんですね。なんだか我が事のように口元がにやけます。

 

 ここに至って、ツクヨミさんが頭を抱えてストップをかけた。

 

「ミトさんが若い頃に、オーマジオウとの決戦のために過去に飛んだのは、私たちも知ってる。その任務で先生のお父さんと会って、色々あって、先生が産まれた。ここまでは分かった。でもそれと、お父さん……織部教授が、仮面ライダーの歴史を一から十まで知ってることが、どう繋がるのかが――」

「いい質問です、ツクヨミさん。――僕がライダー史に詳しくなった理由。一つはタイムパラドックスを回避するためでした。僕と会った時点で、ミトさんは昭和(グレートダッド)ライダーの知識を全て持っていました。未来人のミトさんが知っている、つまり昭和(グレートダッド)ライダーの歴史を詳細に記録して、遺物として後世に伝えた“誰か”が存在していないと因果がおかしくなります。その“誰か”に、僕は名乗りを挙げたんです。なりゆきとはいえミトさんのタイムマジーンに同乗させてもらえたことで、僕はあらゆる昭和世代の仮面ライダーをこの目で“観測する”機会を得ました。僕は“特異点”でしたから、“語り部”としては最適とも言えました」

「「特異点!?」」

 

 明光院君とツクヨミさんが揃って身を乗り出しました。

 

「二人とも知ってるの? 特異点」

「レジェンド8・電王がまさにその特異点だったらしいわ。歴史改変、時間干渉による記憶の書き換えを受け付けない人間、って意味に、私たちは取ってるけど……」

「大まかな理解はそれで結構ですよ。どんな過去改ざんが起きようが、僕の」

 

 ここは、とお父さんは自分の頭を指でつっつきました。

 

「ごまかせません」

 

 お父さん。それって見方を変えると、未来のお母さんに宛てて史料を残すことで、お母さんとの縁を保とうとしたってことですよね。未来のお母さんと繋がってたくて、お父さんは“ライダー史の観測者”になったんですね。

 

「じゃ、じゃあ、私たちが知ってる平成(レジェンド)ライダーの歴史的知識も……!」

「はい。僕が2000年以降に観測し、記録に残したものかと思われます」

 

 ずっとだんまりだった小夜さんが話題に参加しました。

 

「計都さんはあっさり言ってるけど、公正で緻密な史料を20世代分も書き続けるって、大事業よ。“観測者”は『戦いそのものに干渉してはならない』が大原則。観測中にどんな悲劇や惨劇が起きようが、観測を中断しちゃいけないし、だからってライダーたちに助言や協力もしちゃいけない。計都さんにとって、それを辛く思う過去は何度もあった。それすら押し殺して、不干渉の原則を逆手に取って美都さんの防波堤にしてきた」

 

 私の、防波堤?

 

「あなた本人にだけは自覚されないよう、計都さんや、光太郎さんたち昭和(グレートダッド)ライダー諸兄が奔走してたから。美都さん自身は知らない秘めたる力はね、暗黒結社や侵略者にとっては、喉から手が出るほどのご馳走なの」

 

 今度は南のおじさまが沈黙を終わりにした。

 

「1989年――俺たち10人ライダーは昭和最後の闘争を終えて、ライダー・シンドロームで全員の力をミトに継承した。その時は俺も、先輩ライダーの中の誰も、ミトが織部教授の子を身籠っていたのを知らなかった。結果、ライダー・シンドロームはミトだけでなく、お腹の中の赤ん坊にも継承されてしまったんだ」

 

 はっとしたように明光院君が目を小さく瞠った。

 

「ミトさんが若い頃にオーマジオウとの決戦で負けたのは、グレートダッド10人から受け継いだ力が先生にも及んだ分、ミトさん側はエネルギー不足だったから――」

「ご明察。で、詳細はどうあれ、昭和ライダー全員分の莫大なエネルギーが失われたことで、“ライダー不在の10年間”が生じた。その間には、ライダーとは別の正義の系譜が戦ってくれたから、美都さんに類が及んだのは一度か二度で済んだ。2000年にクウガが生まれてからは、計都さんが“観測者”を再開したから、相互不干渉の原則に守られて、美都さんはどの仮面ライダーの闘争とも無関係に育った。このまま平成(ブレイクスルー)を超えれば問題なかったんだけど」

 

 小夜さんは言葉を切って常磐君を見やりました。

 

 ――私はどんな因果か、高校教師になって、高校三年生になった常磐ソウゴ君のクラス担任になった。

 ウォズさんの言葉が正しいなら、私は“王母織部”なんて二つ名を付けられるくらいに、オーマジオウに縁深い存在になる未来が待っていることになります。

 

「美都さん。教授はな、本当は君の30歳の誕生日に全てを明かして、胎児の君にも継承されたライダー・シンドロームの制御スペルもきちんと教えるつもりだったんだ。俺も同席して、俺が知るミトの戦いを語るつもりでいた。――騙したんじゃない。ただ、隠そうとした。それを罪だと君が思うなら、教授ではなく、片棒を担いだ俺たち昭和ライダー全員を恨んでくれ」

「……いいえ、おじさま。頭を上げてください」

 

 お父さんも南のおじさまも、みんな私の安全のためにやったことなのでしょう? 寂しい想いをしない日が皆無だったと言えば嘘だけど、それ以上に、お父さんやおじさまたちがうんと可愛がってくれたのを覚えてる。責めたりなんかできません。

 

「ありがとう。本当に、いい子に育ったな。美都さん」

 

 私は首を横に振った。

 

 ふいに小夜さんが、ソファーに腰かけた私の足下にずり寄ってきた。小夜さんは私の腕に手を添えた。

 

「現実問題、美都さんは今日までに二回、ライダー・シンドロームを開放してる。10人ライダーから授かったエネルギーは目減りしてる。あなたの奇跡は無限じゃない。それだけ、忘れないで」

 

 私は小夜さんに対して固く頷きました。




 原作放映3話目の時点で一番に書き上がっていたシーンが冒頭のゲイツのご乱心だったという辺り、作者がオリ主とゲイツの関係をどう扱いたかったかお察しというねww


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Syndrome42 “観測者” ③

「さて、と。これで、皆さんの疑問にはあらかたお答えできたでしょうか?」

 

 少年少女三名はぽへーっとしている。本当はもっと色々聞きたいけど、何から尋ねればいいか分からない。そんなとこでしょうね。当事者の私にとっても、ここまでの話はボリュームがあり過ぎましたし。

 

「はい、教授! 質問です!」

「どうぞ、常磐くん」

「どうして昭和ライダーの大先輩たちは、教授と美都せんせー……と、せんせーのお母さんのミトさんに、色々良くしてくれたんですか?」

 

 常磐君の質問に答えたのは、お父さんじゃなくて南のおじさまでした。

 

「ミトとは共に戦った仮面ライダー同士だからな。最初は俺たちも思ったさ。16歳の小娘を仮面ライダーにするなんて、80年後の人間たちの頭はどうかしてる! ってな。だが、俺も先輩たちも、変身したミトと共に闘えば、全員がミトを女子どもと侮ったことを反省するしかなかった。戦いの渦中でも情緒を育んでいくミトと、危険を承知でミトの傍らを離れず支え続けた織部助教授の献身ぶり――そんなものを見ていたら、自然と応援したい気持ちになるじゃないか」

 

 分かります、おじさま。

 恋仲に進展しろ、と明確に思っているわけじゃない。でも、このふたりが仲良くなったら、とても素敵な光景だろうな、その後押しをしたいな、という親愛のキモチ。

 私も何度も思ったことがあります。おもには、常磐君とツクヨミさんに。

 

 南のおじさまがお父さんに笑いかけた。お父さんは苦笑を返しました。

 

「あれ、助教授? 准教授って呼び方になる前に知り合ったんですか? ってことは、織部教授ってかなり若い内に大学助教授になってた?」

「助教授の職を頂いたのはちょうど30歳になった年です。その1988年、昭和最後の年に、僕は妻と出会いました」

 

 あ。ゲイツ君、今、むっとしたでしょう。顔に出ましたよ。尊敬する師匠であるお母さんを私のお父さんに取られたみたいで悔しいんですか? 意外とカワイイとこもあるんですねえ。って、いけない。これじゃ私、危ないおねえさんです。

 

「同じ年に南くんとも知り合いましたね。僕が人生で初めて会った仮面ライダーでした」

「ツクヨミさんは南さんをBLACKって呼んでましたけど、それが南さんの仮面ライダーの時のお名前?」

「そうだよ。BLACK、そしてRX。俺は二世代に渡って、二つの姿に変身して戦った仮面ライダーだ」

 

 南のおじさまは苦みを含んだ懐かしさを浮かべました。

 

「仮面ライダーになって31年……19歳で戦いに身を投じた俺も、気づけば50歳だ。改造人間だというのに、体内のキングストーンの影響か、俺の肉体は人並みに齢を重ねている。いつか一線を退く日が来るかもしれない。それを思った時に考えた。これからも生まれ続ける現代の仮面ライダーたちに、そして未来の子どもたちに、俺は何を残してやれるだろうか、と。その未来の中には、お前たちだっているんだ」

「でも俺、オーマジオウに……魔王に、なるのに?」

 

 ――それでもあなたは、常磐ソウゴを「未来の子どもたち」の中に数えてくれるの?

 

 常磐君の声にならない切なる問いが、確かに聴こえた。

 

「それは未来のソウゴであって、いま俺の目の前にいるソウゴじゃない。そして、美都が指導に当たっているなら、お前が魔王になるなんて未来は、俺には杞憂でしかない」

 

 私が教えている生徒だからって、(みち)を踏み外さない保証はないのに……って、こら! 弱気虫禁止ですよ私!

 去年度の3月に誓いました。私のクラスからは一人も脱落者を出さないって。

 常磐君は私の生徒です。“最低最悪の魔王”になりそうになったら、今度は拳骨で引きずり戻してあげるんです。

 

「仮面ライダーは人間の自由のために戦っている。その中でも俺は、『子どもたちの夢を守る』ことを、いつしか信念に掲げて戦うようになっていた」

 

 子どもたちの、夢。

 将来。志望。希望。展望。未来の自分に託すもの。

 

「教授からの便りで知ってはいたんだ。君が教える生徒の一人が、『俺、王様になる!』なんて途方もない夢をのたまったこと」

 

 お前のことだぞ、と明光院君が常磐君の脇腹を肘で小突いた。

 

「そして君が、その生徒を叱りも否定もせず、逆に身を粉にしてサポートしていることも」

 

 あ、と零した声が、常磐君と重なった。

 

「親は無くとも子は育つと言うが、なんというか、拍子抜けした。俺や先輩たちがあれこれ教えるまでもなく、君はとっくに最適解を出して、しかも実行していたんだ。仮面ライダー顔負けの“志”だ」

「――もったいないお言葉です。()()()()()()()

 

 小さな頃の呼び方をあえて口にすると、南のおじさまは眩しそうに笑って、小さな子どもだった私にしたみたいに、私の頭を撫でてくれた。ちょっとだけ、涙ぐんでしまった。

 

 昭和最後の仮面ライダーがここまで言ってくださってるんです。迷ってる暇なんてありませんでしたね。

 

「お父さん」

「はい」

「お母さんと一緒に授かったという、昭和の仮面ライダーたちの力。それを制御する方法を、私に教えてください」

 

 お父さんは一拍の瞑目を置いてから、ゲイツ君を見やりました。

 

「現状では、ライダー・シンドロームの発動には制限が付きます。エネルギー開放に慣れれば単独で扱えるでしょうが。それまでは、まず、明光院くんが近くにいることが前提条件となります」

「――俺?」

「あなたのベルトとライドウォッチは、僕の妻の形見でしょう?」

 

 ひゅっ、と。ゲイツ君もツクヨミさんも青ざめました。

 

「な、んで、ミトさんが死んだって、知って」

「あなたたちが『ミトさん』の話題を口にする時は、常に過去形でしたので」

 

 この子たちは、もういない人のことを話しているんだろうなと、分かったんです――と、お父さんは寂しげな微笑みのまま言いました。

 

「妻が文字通り“ライダーの魂”を籠めて使い続けたそれらのアイテムは、娘の中の“ライダーの力”を外へ誘引する作用を備えたものと思われます。小夜さんに確認しましたが、過去二回のライダー・シンドロームの緊急発動は、どちらも明光院くんが娘の至近距離にいた状況だったそうですね」

 

 私自身に自覚はないのですが、ゲイツ君ははっとした様子です。心当たりがあるみたいです。私、いつの間にそんなトンデモやらかしちゃったんでしょう。不安になってきました。

 

「明光院くんのそばに行く。あとは美都、あなたが『ライダー・シンドローム』と唱えるだけでいい。ただし、気をつけてください。全ての条件を満たしてライダー・シンドロームを開放しても、狙った通りの“奇跡”が起きるわけじゃありません。ただの力の塊には指向性がないからです。効果はあくまでランダム。エグゼイド世代の言い方を借りると、バッドステータスの付与や敵のステータスアップも十二分にありえますし、後遺症が何かしら残る可能性もあります。これらのことを決して忘れないでください。美都」

「分かりました。教えてくれてありがとう、お父さん」




 EP23=仮面ライダーキカイダー編=鎧武×キカイダーコラボ回
 鎧武編2にワンチャン!?Σ(゚Д゚)
 (↑未だ鎧武編に未練アリ)


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Syndrome43 ミッドナイト・ディスタンス

 夜も更けたから今日はお開きにしましょう、と言った織部教授からは、特別なことを言ったという空気はみじんも感じ取れなかった。

 

 当の先生だってそうだ。中心人物なのに。

 いつもの朗らかさを失うでもなし。「長い家族会議に付き合わせてすみませんでした」と言って、車で俺たちをクジゴジ堂前まで送ると申し出た。

 

 道中の車内は、誰もが何も言い出せない、ねばっこい沈黙に支配されていた。

 

 だから、やっとクジゴジ堂前に着いて車のドアが開いた時にこそ、俺は出そうと思って出せずじまいだった声を上げられたのかもしれない。

 

「ゲイツ?」

「先に中に戻れ。俺は先生に話がある」

 

 そこで、すすす、と常磐ソウゴが俺の横に戻ってきて、一言。

 

「変なことする気じゃないよね?」

「貴様と一緒にするな!!」

 

 

 ――ツクヨミと常磐がクジゴジ堂に入ってから、俺は車の反対側へ回って助手席に乗り込んだ。

 

「明光院君? 忘れ物でもしましたか?」

「してない」

「じゃあ、常磐君たちがいると話しにくいことがあったとか? 先生でよければ聞きますよ」

 

 あいつらを先に帰したからには、それが俺の本心なんだろうな。

 

「名前」

「名前?」

「さっきまでは俺を下の名前で呼んだのに、今は苗字呼びに戻ってる」

 

 先生は何も言わない。どう答えれば角が立たないかで迷っているのは、表情で丸分かりだ。

 

「織部の家を出てからここまで、アンタは、俺を避けてる」

 

 どうしてだ、と。本当なら彼女に掴みかかって大声で詰問したい。でも、耐えて、先生の答えを待った。

 

「…………かなしく、なるから」

 

 先生はハンドルに額を押しつけるようにして俯いた。垂れた髪のせいで横顔も分からない。

 

「うれしかった。お母さんを通じて、ゲイツ君との間に特別な縁があるって、分かったことが。こんなに魅力的でかっこいい男の子が私の“弟”なんですよって、言い触らして自慢したいくらい舞い上がりました。でも、そう思えば思うほど、――悲しいんです。だって君は、オーマジオウが支配する未来の世界を救いたくて、2018年に来ました。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んですもん……!」

 

 ことばが、圧倒的不意打ちを仕掛けて、きた。

 

「私っ! 一瞬でも、一度でも、思ってしまった……このまま常磐君がオーマジオウになってもいいんじゃないかって、思ってしまったんです! いつの間にか、私、こんなにも……っ」

 

 俺はシートを跨いで、両腕で、先生を掻き抱いた。

 

 男が女を抱き寄せることの意味くらい、俺だって弁えてる。恋仲でもない、恋愛感情も抱いてない異性に、こんな触れ方は不誠実だ。分かってる、分かっているのに……!

 

「君のことを考えると、悲しくなるんです……だから、元の“生徒”と“先生”に戻れば、心も巻き戻せると思ったのに……もっと悲しくなった……っ」

 

 背中に回された先生の両手は、俺が微かに身じろげば容易く離れてしまうほど弱々しい。

 

「……ゲイツ君……私、どの時間まで戻ればやり直せますか……?」

 

 償いを求める涙声を聞いて、俺はようやく、師だった人の、レジスタンスの大人たちの言葉を、正しく理解した。

 

 

 “現在を善くするためであっても、過去の歴史を変えてはいけない”

 

 

 俺がタイムマジーンで4か月前に遡って、彼女と出会わなかったことにするように立ち回るのは簡単だ。

 だが、それを実行すれば、時空はより(ひず)んで未来は揺らぐ。

 ともすれば、こうしている現在も諸共に。

 

 俺はどう答えることもできずに、ただただ、“姉”とも“教師”ともつかないひとを抱いていた――




 今回がジオウ二次で一番書きたかったシーンと言える。
 フラグ? 目の錯覚です(キッパリ

 本当はもっと上級者向け(意味深)なシーンを入れたかったのですが、これはひとえに、自分の、文章力が足りなかった。
 ――――。
 文才が来い( ゚Д゚)!!!!

 ゲイツと美都せんせーの関係って、ゲイツ側から書くと消去法なんですよねー。
 先生? ちがう→義理の姉? ちがう→じゃあ何だ!?←今ココ
 原作ヒーローとオリ主をもだもだした関係にすると、たまに産みの親のほうがキレたくなります。
 アナザーリュウガとの対比を狙いました。ゲイツの特攻は真司を犠牲にしても、とか思った自分への後ろめたさゆえでしたので、美都せんせーのはソウゴという生徒の将来を引き換えにしてもゲイツに逢いたいと思ってしまった自分への罪の意識にしてみました。

 ~*~リアタイな話~*~
 ツクヨミちゃんが白ウォズ側に付いた――ホワーイ!? ジャパニーズピーポーホワーイ!!(違
 というわけで、今から予告すると、仮面ライダーキカイ編はツクヨミにスポットが当たったエピソードになります。
 更新は亀でも、手元にあるワードデータはいつでもリアタイ。それがあんだるしあクオリティー(`ФωФ') カッ


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2019年編
Syndrome44 我が救世主を惑わす毒婦誅すべし


 未来ライダーことシノビ&クイズ回をダイナミックスルー。
 特に理由は――ある。


 センター試験が終わって、三年生たちの間に張り詰めていた緊張の糸はようやくほぐれてきました。 

 

 受験日翌日の新聞掲載の答えとの照合を行ってからは、バンザイをする生徒もいれば、クレーターが生じそうなほどの落ち込みを見せる生徒もいました。

 

 そして、私も。

 

 1月中は受験生たちのセンター試験があるので、アナザーライダー事件が起きても、私は決して常磐君たちのサポートに回らない。彼らには事前にそう連絡しておきました。

 

 これでも高校教師です。受験という人生を懸けた難関に挑む三年生たちと、アナザーライダー。言うまでもなく私には生徒が優先です。

 センター試験申込書の作成と郵送。受験料の管理と振り込み。会場に当たる大学へ、生徒をバスに乗せて引率。やることは山盛りありましたから。

 

 ――ただ、1月中に起きたアナザーライダー事件は、今までと少し毛色が違っていたのも知っています。常磐君から聞きましたから。

 

 

 2022年出身の仮面ライダーシノビこと神蔵連太郎さんと、2019年でアナザーシノビにされた神蔵さん自身の、運命の妙。

 

 2040年出身の仮面ライダークイズと、クイズの変身者・堂安主水さんのお父さんでありアナザークイズにされた堂安保氏との、親子間の確執。

 

 そして、一番の衝撃ニュース。

 歴史の転換点で、明光院君がオーマジオウを斃して世界を救ったという新世界から来た、仮面ライダーに変身できる“創造者”ウォズさん。

 

 (常磐君命名の)白ウォズさんは明光院君を「我が救世主」と呼んで、明光院君を救世主に仕立て上げるべく暗躍しているそうです。

 

 明光院君が世界を救った未来線、かあ。

 

 確かに当初の明光院君の目的は、オーマジオウになる前の常磐君を葬って、圧制の歴史を変えることでした。

 でも当の明光院君は、白ウォズさんに「救世主」と呼ばれても拒絶しているんだとか。「奴の言うことなど信用できん」ですって。

 

 

 二次試験の生徒たちの面接の練習が終わって、今回の練習での注意点なんかを各生徒のメッセージシートに書き終えたので、私は手荷物を持ってお先に職員室から退勤しました。

 

 グラウンドの裏の駐車場に回って、自分の車に乗り込んで発進。――ここまでは普段通りでした。

 

 門の手前のカーブで減速をかけようとブレーキを踏んで、違和感。

 ブレーキペダルを踏んでいるのに、車が減速しない。

 

 ど、どうしようどうしよう! こんなベタなトラップに自分自身がかかるなんてそれこそ想定外です!

 

 テンパる私の頭上、バックミラーに映り込んだ、白ずくめの男性。

 

 ――これ、ガチでヤバイやつです。

 

 私は即断で、サイドブレーキを「P」に入れて無理に車を停めた。

 車体がひっくり返っていないのが奇跡的な反動。体内の骨という骨が軋んだ感じがした。

 

 はあ……なんとか校内での事故は免れました。

 車も無事みたいです。体は……後日、違和感があったら病院に行くってことで一つ。

 

 私は運転席から外へ出て、この事態の仕掛け人である白ずくめの男性をふり返りました。

 男性は舌打ちせんばかりの形相で私を睨んでいます。

 

「一応確認します。あなたが、明光院君を救世主と呼ぶほうのウォズさん、でいいんですよね」

「ああ、その程度の認識で結構だ。しかし口惜しい。オーマジオウ側でありながら我が救世主にまとわりつく毒婦。早々に始末してしまいたかったのに」

 

 毒婦、ですか。歴史が正反対になったとはいえ、ウォズさんと同じ顔の人にそう罵倒されると、正直、戸惑います。いえ別にいつものように恭しく「王母」と呼ばれたい願望があるではないんですが。

 

 それはそれとして、です。

 私はともかく私の愛車と校舎を利用したことは捨て置けません。車のローン、まだ残ってるんですからね。

 その上、校舎にぶつけて損害賠償なんてことになったら、私、自己破産まっしぐらです。社会人として終わります。

 

「ウォズさん。ちょーっと立ち話でもしていきません? 魔王になる常磐君でも、あなたの救世主になる明光院君でもなく、ウォズさん自身について」

 

 

 

 

 

 白ウォズさんの登場を知ってから、私、かねがね疑問だったんです。

 

 ずばり、ウォズさんのアイデンティティーって何なんでしょう?

 

 常磐君と明光院君のどちらが勝つかによって歴史が正反対に分岐する。それは分かります。ウォズさんの人生が、この分岐に左右されることも理解できました。ですが私は違和感を持ちました。

 

 黒ウォズさんも白ウォズさんも、基本的な行動パターンが同じなんですよね。

 

「私からウォズさんへの質問は一点のみ。ウォズさんは、明光院君が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 理屈はこねません。一言で言います。

 ずばり、ウォズさんという人間はミーハーなのです。

 ただ勝ち馬に乗っていい思いをしたいだけって根本願望を疑いたくなるほど、“勝ったほうに味方する”という行動にブレがないのです。

 

「我が救世主が敗れる歴史などありえない」

 

 それは、実際に明光院君が勝ったと確定している時代の人であれば、誰でも言える言葉です。口には出しませんが、薄っぺらいです。

 そんなことが明光院君を信じる根拠と言うなら、私は白ウォズさんに激しい怒りを抱くでしょう。

 

「失礼しました。聞き方を変えます。オーマジオウに負けた明光院君を見ても、ウォズさんは彼への好意を失わないと誓えますか? 今、ここで、この時代のこの瞬間にです」

「――――」

 

 即答できないでしょうね。2019年に来て、若い明光院君との付き合いの浅いあなたには。

 

「もっともこれは、黒ウォズさんにも同じことが言えますが。ゲイツ・リバイブに負けた常磐君を見ても、常磐ソウゴ君への忠誠は揺るぎませんか? と。この場にご本人がいらっしゃらないので何ともしがたいですが――」

「いいや、王母。ここははっきり答えて、年季の差を見せつけてやらねば」

 

 黒ウォズさん!?

 どこから聞いてたんですか。あと校舎敷地のフェンスの上に、いつの間に登ってたんですか。等々、正常なツッコミをするのは、もう私だけですかね。

 

 黒ウォズさんはフェンスから滑り降りて着地、私と白ウォズさんの間に立ちました。

 

「よく聞け、異なる未来から来た“私”。確かに私は、若き日の我が魔王を『導く』ために、2018年9月に馳せ参じた。時には諫言し、時には逆賊の真似事もした。だが――」

 

 黒ウォズさんは懐かしげに口元を緩めてから、白ウォズさんに向かって高らかに宣言しました。

 

「我が魔王は私ごときに導ける御方ではなかった! 歴史がそう定まっているからではない。彼という人間にはそれだけの王道を敷く器がある! そう確信した瞬間の何たる喜び! 何たる感動! キミには分かるまい、もう一人の“私”。ゲイツ君が救世主とやらの役を渋る程度で、自ら仮面ライダーとして戦いに介入するキミにはなァ!」

 

 白ウォズさんの表情、いいえ、まとう空気そのものが豹変した。

 もう私にだって分かります。これは弩級の殺意です。

 

 私個人としては、教え子の常磐君をベタ褒めしてもらって、本っ当に光栄で、我が事のように晴れがましいのですが……

 すいません、黒ウォズさん。先方を煽った分の責任だけ取っていただけると非常に助かります。

 

 黒ウォズさんは私が言うまでもなく意を汲んでくれたようです。

 彼は煤色のストールを優雅に外して一振り。すると、ストールが巨大化して私たちを包みました。

 視界が開けて、びっくりです。いつの間にか住宅地の道路の立体歩道橋の上に、自分が立っていたんですから。

 

「あ、危ない所をありがとうございました」

 

 私は慌てて黒ウォズさんに頭を下げました。

 

「感謝するのは私のほうだ。アナタがあの問いを投げかけてくれたおかげで、私も自分と向き合えた。我が魔王が恩師と仰ぐだけはある。お礼申し上げる、王母織部」

 

 黒ウォズさんはとても堂に入った所作で私に礼を取りました。

 

「いいえ、滅相もありませんっ。あれはその、私もちょっと、白ウォズさんにキツく言われてムッとしたからでして。間接的にウォズさんの非難もしてしまって、すみませんでした」

「その“非難”のおかげで腹が据わったのだから、気に病まれず。それはそうと、もう一人の“私”がアナタを直接排除しようとしたことで見えたものがある。ゲイツ君が我が魔王を討つという歴史を築くには、織部美都という人間は放置できないほど重大な障害ということだ」

 

 オーマの日。明光院君とツクヨミさんがいた時間軸の未来で、常磐ソウゴ君が仮面ライダージオウから魔王オーマジオウへ変貌した日を、そう呼ぶんでしたね。そこに私の存在が影響しうるんでしょうか?

 

「覚えていてほしい。我が魔王と私と、そしてアナタ。それ以外の全員がオーマジオウの歴史を変えようとしている。タイムジャッカーも、ツクヨミ君もゲイツ君も、もう一人の“私”も。王母にはどうか、最期まで我が魔王の味方であってくれるよう」

「――最善を尽くします」

 

 ウォズさんが浮かべた笑みは安堵のそれでした。

 

 だから私は追及を飲み込みました。

 

 「最期まで」という台詞。歴史の勝者が二人の少年のどちらになろうが、私が彼らの未来を生きることはないのですね――と。




 Q.美都せんせーが仮面ライダークイズのEPにいたとしたら?

「センター試験の日に未来の仮面ライダーさんとクイズ大会をしていたなんて、素晴らしい度胸ですねえ? 常磐君に明光院君にツクヨミさん♪」

 A.クイズ及びアナザークイズと戦ったり遊んだりさせてくれない。



 *~*~リアタイの話~*~*

 クイズ編のあとがまさかの龍騎(リュウガ)編だったんですよねえ。マッハで復帰を決意しましたとも。しみじみ。

 前編で真司の自殺未遂見て「榊原さん(初代龍騎)と同じことしてるー!? ある意味でオマージュすげえけど真司のキャラどこ行っちゃったのー!?Σ(゚Д゚)」となって、目が離せませんでした。
 個人的にはリュウガだったのもポイント高かったですね。創作しやすいという意味で。……もしかしたら2019年版龍騎に手を出すかもしれないし(ボソッ

 過去のライダーたちからソウゴが色んなことを吸収してはパワーアップしていくのを見ていると「孫み」を感じる。……異端ですかね?


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Syndrome45 教師的倫理での初志貫徹 ①

 久しぶりに「社会人」役を美都せんせーにさせられたんだゼ(*ノωノ)
 名前だけですが蟹の人もいますよー。


 平成(レジェンド)ライダー10世代目、仮面ライダーディケイド。“世界の破壊者”の異名をとる、門矢士さん。

 

 その彼の実の妹、門矢小夜さんですが、現在、我が織部家に下宿していたりします。

 

 最たる理由は、父・計都の“観測者”のお仕事を補佐するためです。

 

 小夜さんは灰色のオーロラで時間と空間を超えて世界を旅してきた経験をお持ちの上に、過去を視る左眼を備えています。

 そして一番に、最初に申しましたように、彼女はディケイドの変身者である士さんの妹さんです。

 特異点のお父さんでも、異世界を旅し続けるディケイドの戦いを観測することは難しかったといいます。ですから、レジェンド10の史料の穴を埋めるべく、小夜さんに情報提供をお願いしているわけです。

 

 ディケイドだけじゃありません。お父さんには他にも、情報が少ない世代の仮面ライダーの情報を、小夜さんの“左眼”を借りてヒアリングしては記し続けています。ここしばらく、土日はほぼその作業に宛てています。

 

 小夜さんが嫌いなのではありません。実年齢も外見年齢も彼女のほうが年下ですから、ツクヨミさんの時みたいに、色々と助けてあげたいことがいっぱい思いつきます。

 

「それでもね、たまにはお父さんと水入らずで過ごしたいなあって。私、ワガママでしょうか? お母さん」

 

 いつもなら、スケルトンの懐中時計に向かって言う愚痴を、自室のベッドに寝そべって独白する私なのでした。

 

 

 

 

 起床した私は、替えの下着と部屋着を持って一階に降りました。

 リビングには直行しません。ここのとこ暖冬でしょう? ゆうべも暑かったせいで寝汗がひどくて。よって朝ごはん前にシャワーです。

 

 まあ、休日なので、私にとっては朝昼兼用ごはんなんですけどね。

 

 

 汗を流して部屋着に着替えて、リビングに向かった。

 

「おはようございます。お父さん。小夜さん」

「おはようございます。美都」

「おはよ、美都さん。お昼過ぎてるけど」

「休みの日は昼行燈が私のライフスタイルなんですぅ~」

 

 見れば、お父さんと小夜さんが向き合って座るテーブルには、ノートやファイル、コピー用紙が積み上げられています。また、平成ライダー史編纂作業中だったようです。

 

「二人とも、お昼ごはんは?」

「まだです。キリのいい所まで、と思って続けたら止まらなくて」

 

 冷蔵庫を開けて中身を確認してみる。

 

「じゃあ私が作りますよ。んー、サンドイッチにしようと思いますけど、小夜さん、食べられない物やアレルギーはありませんか?」

「特にないよ。ありがと」

 

 私は起き抜けですからサンドイッチ一品でいいとして、お父さんと小夜さんのランチはもう何品か要りますね。トマト缶、どこに置いてましたっけ。

 

 というわけで。

 本日のランチは、ハムチーズレタスと卵のサンドイッチ。サイドメニューはポテトサラダ(昨日の夕飯の余り)とトマトの牛乳ポタージュもどきです。

 

 三人でいただきますをして、私にとっては朝昼兼用ごはんを食べ始めました。

 

「朝からずっと史料のまとめ作業してたんですか?」

「はい。平成3世代目、仮面ライダー龍騎の代の記録を整理していました」

「龍騎は、今回のアナザーライダーと無関係じゃないから」

 

 私は危うく紅茶でむせるところでした。

 

 いえ、確かに、小夜さんにも伝えてはいます。何せ先週はほぼ毎日、常磐君も明光院君も生傷だらけで登校してきましたもん。尋ねてみれば案の定、アナザーライダー絡みでした。

 攻撃を反射する、逃げ場のない袋小路に追い詰めても姿を消す、という厄介なアナザーライダー。

 けれど、何年のどの仮面ライダーがオリジナルかは、彼らも突き止めていなかったのに。小夜さんにはどうして分かったんでしょう?

 

「……今回のアナザーライダーを斡旋したの、士お兄ちゃんだった。タイムジャッカーに入れ知恵して、せっかく閉じたミラーワールドを開かせたの」

 

 小夜さんは持っていたサンドイッチを皿に戻して、トマトポタージュのカップを持ち上げました。

 

「ミラーワールド?」

「文字通り、鏡の中の世界。2002年のレジェンド3・仮面ライダー龍騎たちの、ライダーバトルの試合会場にされた異次元のこと」

 

 お父さんも“観測者”なら知っているのかと尋ねてみると、お父さんは肯きました。

 

 お父さんは、テーブルの隅に避けた史料を漁りました。――キャンパスノートがざっと50冊ほど。

 ノートの冊数は百歩譲って、スクラップの数が他の仮面ライダーの史料に比べて異様に多い。ほとんどがweb配信マガジンのプリントアウトです。配信元のロゴは全て『Oreジャーナル』とある。

 

「これこれ。このOreジャーナル社の、当時駆け出し記者だった、城戸真司さん。彼がレジェンド3・龍騎の変身者だったの。ミラーワールドが開かれていた世界線では、ね」

「今は閉じてるんですか? そのミラーワールド、って」

「うん。ゲームマスターの神崎士郎が、ライダーバトルの起点まで遡って、ミラーワールドと現実世界が繋がらなかったことにしたから。今となっては、数千分の1の確率でしか、ミラーワールドは開かない」

 

 す、数千分の1回ですか。私だったら、そのミラーワールドに入るの、途中で挫けちゃいます。

 

「他の世代に比べて計都さんの記録が多いのは、龍騎の代の闘争がタイムリープをくり返していたから。でしょ? 教授」

「ええ、まあ。時をかける少女ならぬ時をかけるオジサンをやることになるとは、まさか思いませんでした」

 

 お父さん? なんだか急に老け込んだみたいな顔……

 

「それに、傍観し続けるだけというのも、少し……ね。つい桜井さんに泣きついてしまいました。彼も奥さんと娘さんのことで大変だったのに。あの頃は迷惑をかけて、今でも申し訳ないです」

 

 2002年というと、今から10といち、にの、さん……私の中学生時代の始まり。

 私も世間一般の例に漏れずアイタタな思春期だったなあ。13歳の誕生日プレゼントの中に『アンネの日記』があったから、真似をして日記帳で一人文通するくらいにはイタかった。

 ……思い出すと自分の部屋に閉じこもりたくなってきました。

 

 だから、と言うと言い訳になるけど、家でのお父さんの様子にあまり関心を払わなかった時期でもある。

 

「ごめんなさい、お父さん」

 

 お父さんはすぐに、私が何を謝っているかを察してくれて、私の頭を優しく撫でてくれた。

 

「え、っと……さ、小夜さん。さっき“世界線”って言ってましたよね。それは、桐生さんと万丈さんが元いたパラレルワールドみたいなものですか?」

「大雑把な捉え方はそれでいいと思う。もっとも、タイムベントでやり直した世界は全部、2003年1月19日で断線してるから、あえて呼ぶならミッシングワールドかな」

 

 む、難しいですよぅ。小夜さん、外見年齢も実年齢も私より下のはずなのに。私のほうがオツムの弱いコドモになっちゃった気分になります。

 

「龍騎世代のライダーは最大で13人いました。彼らはミラーワールドに生息するモンスターとの主従契約を結ぶことでライダーに変身しましたが、攻撃の反射という、それこそ鏡そのもの性質を持つライダーは一人もいませんでした」

「だから誰のアナザーか特定する作業が難航してるのよねえ」

 

 お父さんも小夜さんも項垂れました。

 

 そこで私はふいに思いつきました。

 

「お父さん。助けてくれて有難いのは本当ですけど、その、いいんですか? 小夜さんや私、それに、もし特定できたとして、常磐君たちにその情報を伝えて、ペナルティは生じないんですか?」

「去年までなら断固黙秘したでしょうね。ですが2019年になってから状況は激変しました。今ならあるいは――」

 

 私の部屋着のポケットでスマホが鳴った。父の言葉を遮るかのようなタイミングでしたが、私は深く考えず、リビングを出て電話に出ました。

 

「はい、織部です」

《先生! ツクヨミです。私たち今、病院にいるんだけど、実は、警察が来てて……》

 

 これは私が行かないといけない案件ですね。

 

 私は通話を続けながら二階の自室へ上がって、スマホをスピーカーモードにしてから、外出着に着替えを始めました。

 

《アナザーライダーの被害者の共通点を洗ってみたんだけど、過去にOreジャーナルって会社と契約してた人ばかりだったの。それで、当時の編集長だった人と会って、紹介された城戸真司って記者を訪ねて》

 

 たったさっき聞いた名前に、ブラウスのスカーフを結ぶ手が止まった。

 

《私たちが自宅を訪ねた時ね……部屋中、目張りしてあった。中を覗いたら、練炭自殺を図った城戸さんを見つけたの》

 

 自殺。よく聞くフレーズのはずなのに、いざ自分の身近な場所でそれが起きたとなると、軽く取り乱したくなった。でも、我慢した。

 

「病院には、城戸さんの搬送の付き添いで行ったんですね」

《うん。私と、ゲイツとソウゴも一緒。城戸さんは治療中なんだけど……警察が来て、私たちに事情聴取したいって。今はソウゴが、須藤って刑事と話して時間稼ぎしてるけど、私かゲイツの番が回ってきたら……》

 

 ――探偵ごっこはやめなさい、と刑事さんに叱られておしまいならラッキー。

 ですが彼らが参考人として事情聴取を受けてしまったらどうなるか。

 未成年のケースはテレビやネットのニュースの情報が錯綜していて、教師の立会いの最適解は分かりません。

 

「今から先生がそちらに行きます。先生が着くまでにツクヨミさんたちに順番が来たら、刑事さんに質問されたことにのみ答えて、他のことは一切言わないように注意してください。記憶が怪しい部分は『分からない』か『覚えてない』とはっきり言っていいですから」

《う、うん……分かった》

 

 ツクヨミさんに教えてもらった病院名をメモしてから、電話は終了。

 

 私は化粧をそこそこに切り上げて、スマホをハンドバッグに突っ込んで一階へ駆け下りました。

 

「お父さん、小夜さん! ごめんなさい、出かけます!」

「一緒に行かなくて平気そう?」

「はい! 行って来ます!」

 

 私は靴を履いて車のキーを持って、玄関を跳び出しました。




 打ち切り撤回のきっかけとなった龍騎編。
 どう料理するか今日までガチで悩みまくって構想練りまくって――
 シンプルイズベストという解に辿り着きました。
 詰め込みに詰め込んだプロットの8割をカットしました。

 今から予告すると、龍騎編ではあんだるブッチーが顔を出すかもネ?|ωФ') カッ


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Syndrome46 教師的倫理での初志貫徹 ②

 お、思った以上に文章量が……!orz


 ――結果的に、私の憂慮は全て杞憂に終わったのですが。

 

 須藤刑事は、私が到着するより早く、明光院君とツクヨミさんの聴取を終わらせていました。

 

 私が彼らのいた病院の廊下に時には、須藤刑事とは挨拶程度。

 ただし、ギリギリセーフでしたので、明光院君かツクヨミさんに用がある時は私を通してほしいとお願いして、須藤刑事に名刺をお渡しすることには成功しました。

 保護者気取り? いいえ担任教師気取りです!

 

「先生……」

「遅れてすみませんでした、ツクヨミさん。よく知らせてくれましたね」

 

 頼ってくれて嬉しかった。そんな気持ちで声をかけると、ツクヨミさんは首を横に振りました。黒々とした髪が玉簾のように揺れました。

 

「それから、私のほうでも掴んだ情報があります。今回のアナザーライダーは、2002年の仮面ライダー、龍騎の世代のライダーたちの誰かという可能性が浮上しました」

 

 

 ――病院の屋上に場所を移した私たちは、持ち合わせる情報を統合しました。

 

「あの城戸真司が、オリジナルの仮面ライダー龍騎……でも、アナザーライダーがアナザー龍騎とは限らない? あー、頭うだりそーだよぉ」

 

 常磐君。君、成績に出ないだけで、頭の回転はいいんですから、がんばって処理してください。

 

「ねえ先生、そんなに詳しく話してよかったの? 先生もだけど、織部教授も」

 

 ツクヨミさん、心配してくれるんですね。優しい女の子です。

 

「口止めはされませんでしたから。それに、父でしたら、本当に言い触らされて困ることは、まず私に気取らせません。隠さなかったのでしたら、私がその情報をどう扱ってもいいということです」

 

 そのくらいは分かるんです。(おや)()ですから。

 今まで仮面ライダーの闘争から徹底して遠ざけたように。

 もしそうでないんだとしても、それはそれで、お父さんが私をやっと一人前の大人として認めてくれたって意味ですし。

 

「私からも確認させてください。アナザーライダーは鏡やガラスから出入りしてるんですよね? 戦いの有利不利に関わらず、一定時間で」

 

 答えたのは明光院君です。

 

「少なくとも前回はそうだった。勢いに乗って俺やジオウを倒せてもおかしくなかったのに、奴はそうしなかった」

「言われてみればそうかも。俺たちがヤバイ! って時も、あいつ、追い打ちかけてこなかった」

 

 正体は分からないにしても、アナザーライダーの活動時間に制限があるかもしれないというポイントは押さえ所です。叶うなら時間切れイコール弱体化であってほしいものですが……

 

「おい――あれ」

「どうしたの、ゲイツ? ――え、城戸真司!? いつの間に外に出て」

 

 手摺から身を乗り出して地上を覗き込む明光院君とツクヨミさんに、常磐君が待ったをかけました。

 

「なんか、雰囲気違う気がする」

 

 常磐君の洞察力が正しかったことを、私たち全員が次の瞬間に知りました。

 

 城戸さんに似た“誰か”は、まるで私たちが見ていることを分かっていたかのようにこちらを見上げて、にやぁ、と吊り上げた口で言いました。

 

 

 ――“変身”――

 

 

 それは本来、アナザーライダーには要らないはずのスペル。

 けれど直後、彼はアナザーライダーに変貌した。

 

 真っ先かつ同時に常磐君と明光院君が手摺から下がって、おのおのジクウドライバーを装着しました。右手にはジオウの、ゲイツのライドウォッチ。

 

「「変身!!」」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  ZI-O 》

《 ライダー・タイム  カメンライダー  GaIZ 》

 

 変身した仮面ライダーたちは、手摺を跳び越えて一気に地上へ降下していきました。

 

「先生、私たちも!」

「わわっ、はい!」

 

 私はツクヨミさんと一緒に屋上から病棟の中に駆け戻りました。

 

 

 

 

 

 とっさに俺とジオウとでアナザーライダーと交戦に入ったものの、やはりこのアナザーライダーの特性は厄介だ。どのウォッチに換装しても、鏡のように攻撃を反射する。

 

『お前たちに俺は斃せない。俺は、仮面ライダーリュウガだからな』

 

 リュウガ、だと? そんな仮面ライダーがレジェンド3・龍騎の代にいたなんて聞いたことも習ったこともない。

 レジスタンスの中では、隠れて平成(レジェンド)ライダーに一番詳しかった俺とツクヨミが知らないなら、そんな仮面ライダーはいなかったか――あるいは、史実に名を刻まなかったのか。

 

『リュウガ、って……』

「彼はかつてミラーワールドに存在したもう一人の城戸真司。無双龍ドラグレッダーを従えた龍騎とは対照的に、暗黒龍ドラグブラッカーを従えた黒い龍騎」

 

 俺はとっさに身構えた。

 白いガーデンチェアの一つに、タイムジャッカーのウールが悠然と座っていた。

 

「リュウガは歴史からすでに切除された時間軸の仮面ライダーだ。どんなに時空を遡ろうとも、世界から破棄された時間軸の、ミラーワールドなんて異次元には行けないだろ? だからキミたちには、リュウガのウォッチは作れない。彼を斃すことはできないんだよ」

『まさか、真司が自殺しようとしたのって、自分が死ねば、自分の鏡像のリュウガも一緒に消せると思ったから……!?』

 

 ジオウの推理が真実だとしたら。

 ――仮面ライダーとして歴史に伝説を刻んだ先人たちは、やはり、ライダーになるべくしてなった人々なんだ。

 

 どさっ。

 乱暴に人ひとり分の重さを投げ捨てた音と、呻き声。

 

『それが本当ならば、今からでも彼の本懐を遂げさせてあげようじゃないか』

 

 白ウォズ! それにあそこで倒れているのは、城戸真司!? 白ウォズが無理やり連れ出したのか!

 

『彼が死ねばアナザーリュウガの存在も消える。それでいいじゃないか』

 

 足を。前に踏み出すことが。できなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 アナザーリュウガは正攻法では斃せない。斃そうと本気で思うなら、俺のタイム・バーストのタイムラグを利用した自滅戦法くらいしか思いつかない。

 だが今、自分の命と引き換えにしなくてもいいやり方を目の前に提示された。

 

 ――俺はいつから、こんな浅ましい人間になり下がった?

 

『その人から離れろ! 白ウォズ!』

 

 ジオウの声で俺は我に返った。

 

 ジオウはジカンギレードを手に白ウォズに向かっていた。

 ジカンギレードの一閃で白ウォズは城戸真司から離れたものの、ジオウの剣筋を余裕で躱し、時にはジカンデスピアであしらった。

 

 邪魔者は、いない。俺がジカンザックスを、あそこで倒れる城戸真司に振り下ろせば、アナザーライダーを討つことができる。

 

 完全に城戸に意識を奪われていた俺は、上から襲ってきた黒炎をノーガードでまともに浴びることとなる。

 

『ぐあああ!!』

『ゲイツ!? く――!』

 

 アナザーリュウガ。まるで城戸を守るかのようなタイミングでの介入。その行動こそ、本体が死ねば鏡像も存在できないことの裏付け。

 

 ――か。バカか、バカか俺は!!

 そんなものはミトさんが俺に叩き込んだ“仮面ライダー”の所業じゃ、ない!!

 

 俺は態勢を立て直して、ドライバーのリューズを叩いて、バックルを逆時計回りに回した。

 

《 フィニッシュ・タイム  タイム・バースト 》

 

 アナザーリュウガを射程に捉えて、高くジャンプした。

 

 爆散しろ。俺自身の罪深さごと――!

 

 

「ライダー・シンドローム!!」

 

 

 ――ガキン、と。

 どこかで、固く閉ざされた錠が、外れた。

 

 

 ライダーたちの()()()()()()()()()()()()

 俺だけでなく、常磐も白ウォズも、アナザーリュウガさえも。

 

 こんな芸当ができる、いやこの土壇場で実行してしまう人間に、俺は先生しか心当たりがない。

 

 顔を上げれば案の定、地面にしゃがみ込んで息を切らす先生がいた。ツクヨミが先生の肩を支えている。

 

「アンタ……!」

「い、命を、抵当に出すのは! ほんっとーに! どうしようもないくらい行き詰まった最後の最後であるべきで! 少なくとも今この時は違うと思います! ……はっ…はあ、はぁ……っ」

 

 ライダー・シンドロームは昭和の10人ライダーから授かった貴重な力だ。それを彼女は、俺を止めるためだけに使った。情に流されてのことじゃない。単に生徒(おれ)が間違ったことをしようとしたから。力ずくで「ちがうんだ」と俺に教えるために。

 

 一つ分かった。というか思い出した。

 織部美都は骨の髄まで“教育者”だ。

 

 珍妙な空気が流れる場で、真っ先に動いたのはアナザーリュウガ。鏡像の城戸真司だった。

 奴は忌々しさを隠しもせず踵を返してガラスに向かった。そして、ガラス面が水面であるかのように、その中の世界に入り込んだ!

 

「待てッ!!」

 

 常磐が鏡像の城戸を、寸での所で捕まえた。

 両者がもみ合って、つんのめった常磐までもがガラスの中に入った!

 

「ジオウ!?」

 

 俺は駆け寄ってガラス面を叩いたが、常磐たちみたいにその中に入ることはできなかった。

 やがてガラス越しの虚像からも常磐と鏡像の城戸は消えた。

 

 ――こんな、ことになる、なんて。

 

「先生ッ!!」

 

 ツクヨミの悲鳴にふり返ると、まさに、白ウォズが先生の胸倉を掴み上げているところだった。

 

 人生最速で、血が沸騰した。

 

 俺は脚力をありったけ動員してスタートダッシュを切り、横から白ウォズに体当たりした。

 白ウォズの手が離れて傾いた先生の体を、ツクヨミがしかと受け止めた。

 

 今度は俺が白ウォズの胸倉を掴み上げた。

 

「何の真似だ!!」

「この毒婦はキミのレッスンに最悪な横槍を入れたんだ。私だって頭に血が昇りもする」

「っ……! 貴様ぁッ!」

「よく思い出すんだ、我が救世主。この女は、若き日の魔王に世と民と(まつりごと)の何たるかを説き、オーマジオウを未来に送り出した悪の教導者だ。そして厚顔にも、その立場はキープしたまま、キミをも篭絡せんとしている。魔王と救世主を手玉に取ろうというんだ。これを毒婦と呼ばずして何と呼ぶ」

 

 確かに、常磐ソウゴがオーマジオウへ至る(みち)を、先生は否定しない。だがそれは、彼女がごく当然の教育者の在り方として“生徒の夢”を尊重しているんであって、決してあいつを“最低最悪の魔王”に仕立て上げようと企んでのことじゃない。

 

 それに、俺を篭絡だの手玉に取るだの、言い方がいちいち気に食わない。見縊るな。女の色香で戦いを躊躇うほど、俺の誓いと覚悟は安くない。安く、ない、はずなんだ……

 

「キミのその甘さは未来を苦しめると言っているのに」

 

 白ウォズは酷薄な笑みと不釣り合いな握力で、俺の手を外させて、悠々と去った。

 

 

 俺もまた奴に背中を向けて、ツクヨミに支えられて地べたに座り込む先生をふり返り、しゃがみ込んだ。

 

「大丈夫か?」

「なんとか。ちょっとお星様がチカチカしたくらいです」

「それ大丈夫じゃないわよっ」

「でも生きてます。生きてれば勝ちです」

 

 明るくガッツポーズまでして見せるんだから、彼女は確かにミトさんの血を引いてるんだと思い知らされた。

 このタフネスっぷり。間違いなくアンタの娘だよ、ミトさん。

 

「じゃあ二人とも。倒れてらっしゃる城戸さんを病院の中に連れてってあげないとですので、手伝ってもらっていいですか?」

 

 わかった、と頷くツクヨミと逆に、俺は黙って立ち上がって、二人に背を向けて歩き出した。ツクヨミに訝しげに呼び止められたが、立ち止まれなかった。

 

 あんな浅ましいことを考えた俺に、誰かを助ける資格なんてない。

 一度でも殺してやろうかと血迷った相手を介助するなんて、できない。

 

 

 病院を出てしばらく。川にかかった大橋の歩道で、俺は橋の手摺を殴った。




 真司の自殺未遂の動機を、原作といささか変えてみました。
 真司ならやりかねないと思って。17年経とうが真司ならやるんじゃないかと信じて。
 ほら。彼は龍騎原作でも、ゴロちゃんを殺してしまったと勘違いした時、「俺なんかドラグレッダーに食われるべきなんだ!」的な?(うろ覚え)ことを言ったじゃないですか。
 記憶があろうがなかろうが、城戸真司って人間ならそういう動機付けでもいいかなーと。
 ハイ、血迷いました。
 あくまで文中ではソウゴの「もしかしたら」として語っていますので。断定ではありませんので。
 でないとこのあとの、鏡の中に映らない自分の話をソウゴにする時との整合性が取れないんで。ね?(^^;)


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Syndrome47 教師的倫理での初志貫徹 ③

 今さらですが。
 巧は呼び捨てでしたし、真司も呼び捨てでいいですよね? ね!?


 城戸さんを病院にお願いして、ツクヨミさんを車でクジゴジ堂へ送って。私は車で帰宅しようとしたのですが。

 発車前になって、クジゴジ堂への坂道を登ってきた明光院君を見て、ついエンジンを停めて車を降りてしまいました。

 

「先生――」

「どこへ行っちゃったのかって、冷や冷やしましたよ。何事もなく帰ってきてくれて安心しました」

「ここ以外に行く宛てなんてないからな」

 

 この台詞が去年のクリスマス・イヴより以前なら、下宿を探してあげるか、しばらく学校の宿直室で寝泊まりしていいですよと言うか、そういう対応を私はしたでしょう。

 でも、今は……難しいです。

 彼は生徒ですが、同時に私のお母さんの直弟子です。その縁で彼を我が家に招いたら、教師と生徒の一線を超えるでしょうか?

 

「ツクヨミさんだけ帰したもので、順一郎さんが心配してました。常磐君も戻りませんし。よかったら君は顔を見せてあげてください」

 

 ああ、と明光院君は生返事。

 

 もう少し話してくれてもいいのに。さびしいじゃないですか。――そんなふうに思ってしまうのは、私の中のライダー・シンドロームが、彼の持つお母さんのベルトとウォッチに惹かれているからか、もしくは、別の――

 

 思考が邪魔して何も言えない私の前で、明光院君はクジゴジ堂に入ってしまいました。

 

 

 

 

 車に乗り直した私は、運転してクジゴジ堂のある団地を出て、国道に出ました。

 

 ――、――帰らなくちゃ、いけないのに。

 

 私は車を路肩に寄せてアイドリングして、スマホでお父さんに電話しました。

 

 帰宅して直接報告するほうが確実なのに。中途半端な私は、潔く帰ることも、クジゴジ堂の中に入ることもできないのです。

 

《はい、織部です》

「もしもし、お父さん。美都です。分かりました。アナザーライダーの正体」

 

 私はツクヨミさんの連絡を受けて病院に向かってからの出来事の仔細を、電話の向こうのお父さんに話しました。

 

《リュウガでしたか……盲点でした。彼はミラーワールドの住人です。“反射する”という鏡の性質がアナザーライダーのスキルに変質することもありえますね》

「常磐君もアナザーリュウガを追ってミラーワールドに入りました。小夜さんに代わってくれませんか? 彼女は数千回に1回の確率でミラーワールドを開けると言ってました。その開き方を彼女ならご存じかもしれませんから」

《今代わりますね。――え? ――――。そうなんですか? はい。伝えます。――美都。小夜さんから伝言です。『ソウゴ君ならもうすぐミラーワールドから戻って来るから』と》

「本当ですか!?」

《はい。ご自宅に帰ることになるそうです》

「小夜さんにお礼を伝えてください。私、今からクジゴジ堂に戻ります。帰りは遅くなると思いますんで、お父さんたちで先に食べててください。行ってきますっ」

 

 私は切ったスマホをバッグに戻してから、路駐していた車をUターンさせて、クジゴジ堂へと急ぎました。

 

 

 

 

 

 クジゴジ堂に車が着いたところで、お店の横の空き地に車を駐車させていただきました。

 

 一日に二度も訪ねて、お騒がせして常磐君のおじさんには申し訳ないのですが。

 私は意気揚々とクジゴジ堂のドアを開けて――店内に一歩踏み込んだだけで立ち尽くしました。

 

「っっ!? ぁ……美都、せん、せ、」

 

 確かに常磐君は帰って来ていました。壁際で、床に蹲っていて、顔色は真っ青です。

 つまり尋常なメンタルではありません。

 

 私は常磐君に駆け寄って彼の前でしゃがみました。常磐君の両肩を掴むと、常磐君は大きく体を跳ねさせました。

 

「もう大丈夫ですよ。――何があったか、話せますか?」

 

 すると、常磐君は表情をくしゃくしゃにして、私に尻餅を突かせる勢いで私に抱き着きました。

 

「こ、こら! 親愛のハグであっても男子生徒はNGって」

「ゲイツとはしたくせに」

 

 ぞっと、した。全身の血が冷えた。そして、パニックになった。

 どうして知って。知られていた。どうしよう。ちがうの。あれはそうじゃなくて。

 

「俺もゲイツもおんなじ、美都せんせーの“生徒”なんだよね? なのにゲイツは良くて俺はダメなの? 何で? 俺とゲイツで何が違うの? ねえ、美都せんせー」

 

 何でおれをたすけてくれないの、と。

 魔王でも仮面ライダーでもない18歳の少年が、声なき悲鳴を上げている。

 

 明光院君だけ特別扱いしたんじゃない、と答えたら? だめ。その先の反論を続けるだけの有力な材料が何もない。

 

 逆に彼は特別な存在だから許したんだと言ったら? それこそ教師失格。明光院君がお母さんの養い子だろうが関係ない。私は明光院君を“生徒”として見るべきだし、そういう教師で在りたい。

 

 消去法で、私が取れる行動は一つ。

 教師人生4年間で、一世一代の大博打。

 

 私は一度だけ瞑目して、抱き着いたままの常磐君を()()()()()()()

 

「美都、せんせ、」

「はい。どうしました、常磐君?」

 

 顔のすぐ横にある常磐君の頭を、くり返し撫でる。

 

「よしよし。怖かったですね。落ち着くまでこうしててあげますから。()()()()()

 

 密着していたおかげで、常磐君が大きく息を呑んだのが伝わった。

 

 常磐君は乱暴に私を引き剥がしました。

 

「どうしました?」

「――ちがう。おれ、本当にせんせーがこうしてくれるって、思わなくて。俺だってゲイツみたいに、っていうの、本気のつもりだったのに。いざ現実になったら、そうじゃなかったんだって……分かった」

 

 ――嗚呼。

 ――私は、賭けに勝った。

 

 私に思いついた手段とは、わざと常磐君を甘やかしてあげることだったのです。

 押して駄目なら何とやら。ああすることで常磐君が自力で正気に戻る目を狙った、大穴の一点賭け。

 失敗すれば、私たちは昼ドラも真っ青の泥沼な関係まっしぐらだったでしょう。

 

「いつも、心の隅で思ってた。美都せんせーを独り占めしたい。もっと構ってほしい。でも、さっき美都せんせーに『特別』って言われて、胸に穴が空いたみたいな気がした。それでやっと分かったんだ」

 

 常磐君? なんだか、いつもより笑顔が3割増しで眩しいです。

 

「美都せんせーは“生徒”なら誰にだって世話焼いちゃうけど、()()()()()()()()()()()()()()。そんな“先生”だから、俺は美都せんせーを尊敬したんだって」

 

 “生徒”にこんなふうに言ってもらえるなんて、私という教師は何て果報者なんでしょう。

 なればこそ、こうまで言ってくれる常磐君に、私も誠実に答えないといけません。

 

「君が尊敬してくれる清廉潔白な教師で在り続けたいと、私も思っています。ですが、私が明光院君に対して、教師として不適切な感情を抱いているのも事実です。ただ、その感情の正体が分からない。知っての通り、私はライダー・シンドロームの継承者で、明光院君は、同じ力を継承した母の形見のドライバーとウォッチの持ち主です。力が惹かれ合っているだけなのか、私個人が彼に……ということなのかは、自分でもまだ、判別できていません」

 

 常磐君は、立ち上がると、私に手を差し出しました。私は彼の手を借りて床から立ちました。

 

「せんせー、聞いて。さっきゲイツが出かけたんだ。アナザーリュウガと戦うために。ツクヨミ、言ってた。ゲイツは自滅覚悟で戦うつもりでいる。リュウガの元になった真司を殺せばいいと思った自分自身が、許せないから。俺、とっさに止められなかった。むしろ俺がそそのかしたようなものかもしれない」

 

 だんだんと俯いていく常磐君の、手を、私はそっと外しました。

 

「その告白は、明光院君をけしかけた君自身の打算や罪深さを、私に裁いてほしいという意味ですか?」

 

 常磐君は、あ、と小さく呟きました。

 

「分かります。先生が思ったことでもありますから」

「え!? 美都せんせーも?」

 

 そんなに驚かないでくださいよ。確かに私は教育者ですが、聖人君子ではありません。

 

 これでも先月ついに30歳になってしまった私です。今こそ年の功の出番。ずばり、割り切ります。人間、思うだけなら自由じゃないか、とね。思想の自由は憲法でも保障されてますもん。

 

 とはいえ、目の前の常磐君にせよ、神風しに行った明光院君にせよ、18歳という多感な少年たちです。私が30年の人生をかけてやっと修めたこの対処法はまだ早いです。どうアドバイスするのが適切でしょう?

 

「美都せんせーはそんな時、どうしたの?」

 

 おや、アドバイスでなく体験談をお求めですか。自分語りでいいならまだ答え様もあります。

 

 自分を許せなくなるようなことを心で思ってしまった時に、私は私をどう断罪したか。

 

「許しました。自分で、自分を」

「――――」

 

 常磐君の視線が痛いです。そんなに凝視しないでください。

 だって、しょうがないじゃないですか。究極、自分を甘やかしてあげられるのって、自分自身しかいないんですもん。

 人間、最大の敵は自分ですが、最高の味方も自分なのです。

 これといって特別でも何でもない、世間で普通に働いて暮らす“大人”なら誰でも知ってることです。

 

 私は常磐君のノーリアクションぶりがちょっと落ち着かなくって、目を泳がせました。

 

 あれ? 床に落ちてるの、ライドウォッチじゃありませんか。しかもジオウウォッチ……で、いいんですよね? いつも使ってるのとカラーリングが若干異なるように見えますが。

 

 私はそのライドウォッチを拾い上げて、常磐君に差し出しました。

 常磐君は、さっきの眩しい笑顔をまた浮かべて、ライドウォッチを掴みました。

 

「ありがと、せんせー。俺、今なら、アナザーリュウガだって倒せる気がする」

「こんなつまらないお話が役に立ったなら、先生も嬉しいです」

「先生の話がつまらなかった時なんて一度もないよ、俺」

「褒めても内申点は上げません」

「上がらないのかぁ……」

 

 そ、そこまでしょんぼりされると、先生も内心慌てないでもないのですが! ええと、ええっと。

 

「週明けに『三人とも』何事もなく登校してきたら、考えてあげなくもないです」

「ほんと!? やった! そうと決まれば、行ってきまーす!」

「あ」

 

 ほ、本当に出かけて行っちゃいました……

 

 ――ま、男の子は元気が一番です。よね? お母さん。




 はいアウトー。

 何がアウトかって?
 客観的にシーンを見返してくださいませ読者諸賢。
 美都せんせーがジオウⅡウォッチをソウゴに渡すタイミングがポイントです。

 せんせーはまずそのウォッチが「オーマジオウの力を後押しするジオウⅡウォッチ」だとは知らないんです。ただ、大事な物が落ちていたから拾ってソウゴに返した。それだけ。

 なのにここ、ソウゴ視点だと、まるで「常磐ソウゴの暗い面を赦した」上に「オーマジオウへの(みち)を進むことを後押しした」かのようにも取れちゃうんです。

 取れちゃうようにと気をつけて書いたつもりですが、伝わってますでしょうかね?(; ・`д・´)

 これこそ悪意もないのに状況を悪化させる、あんだるブッチーのターン(`ФωФ') カッ
 ……の、つもりですm(_ _"m)


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Syndrome48 断絶した危機感

 お待たせしましたジオウⅡです! 自分なりに頑張ってみました。
 信じられるか? ここまでで龍騎編の元のプロットの2割に過ぎんないんだ…ゼ?


 まことに遺憾だが、俺は白ウォズのノートの力に頼り、アナザーリュウガと邂逅するよう仕向けた。城戸真司に決して類が及ばない場所を戦場として。

 

 だがやはり、アナザーリュウガの“反射”が厄介だ。どんな高エネルギーを籠めた攻撃であっても、アナザーリュウガは全てを跳ね返す。

 

 途中から白ウォズが参戦したが、アナザーシノビの影分身による全方位攻撃も、本体の白ウォズ一人を狙い定めて反射された。

 

 戦場はいつしか、壁一面がガラスのレクリエーション施設前に移った。

 

 これ以上のダメージ蓄積は、俺も、白ウォズでも命の危険に近づくだけだ。

 もはや俺のタイム・バーストを使うしかない。

 

 

 “生きてれば勝ちです”

 

 

 ――先生。アンタの“教え”は、俺には守れそうにない。

 

 俺はバックルを叩いて反時計回りに回転させた。

 

《 フィニッシュ・タイム  タイム・バースト 》

 

 高くジャンプする。俺の足裏が進むべき方向へ向けて「きっく」の文字が展開した。

 

「やめて、ゲイツ!!」

 

 因果固定帯(きっく)でのディメンションキックは、アナザーリュウガの胸部に直撃した。

 アナザーリュウガが爆散の兆しを見せた。つまり――

 

 鏡面が宙に展開して、俺自身がくり出したタイム・バーストをそのまま俺に叩き込んだ。

 

 内臓の位置がごっちゃになったような感覚と、骨があちこちで軋んだ自覚。

 変身が解けて、ゲイツウォッチが外れて砕け散った。

 

 ――ああ、もう、立っていることもできない。

 ろくに受け身も取れずに後ろに傾いで、地面に背中を叩きつける形で仰臥した。

 

「ゲイツ!」

『我が救世主……!』

 

 駆けつけたツクヨミが俺を抱き起こした。

 

 何か、せめて言い残したいのに、口を動かすことさえ重篤の体が許してくれない。

 ツクヨミ。レジスタンス仲間で一番親しくて、幼なじみみたいな仲だった俺たち。俺がオーマジオウを討つべく時間遡行した時も、お前だけは俺を追ってきた。お前のほうが先に常磐ソウゴと打ち解けて、なし崩しに俺も加えて“三人”になって。

 

 常磐ソウゴ。本当に“最低最悪の魔王”になったら俺が斃してやると約束したのに、その約束を反故にして俺は死ぬのか。

 

 声が出せない。ことばが思いつかない。ああ――

 意識が、断線した。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 闇の中をたゆたう俺に、声が聞こえた。

 

“やっぱこうなるよね。でも、これは俺がすでに視た未来だ”

 

 …

 

 ……

 

 ………

 

 タイム・バーストをアナザーリュウガに叩き込むべくジャンプし、ディメンションキックに入った――その時。

 

 気づけば俺は元いた位置に突っ立っていた。

 

 どういうことだ? さっき俺は死んだじゃなかったのか? どうしてここに健在なんだ。

 

『まさか、時間が逆転したのか!?』

「見事だ、我が魔王! これぞオーマジオウの力」

 

 表情を爛々と輝かせる黒ウォズの登場。

 白ウォズは激昂して黒ウォズに掴みかかった。

 

『貴様の企みか! 黒ウォズ!!』

「いいえ。彼の選択です」

 

 それはいつもの先生の声、だったのに。

 耳にした瞬間、身の毛がよだつほどの畏怖を覚えた。

 

 ふり返った先には、ジクウドライバー装着済みの常磐ソウゴがいた。先生は常磐から一歩慎んだ位置にいた。

 

『魔王を唆したか……! この毒婦め!』

「私は何もしていません」

 

 先生の視線に応えて常磐がかざしたライドウォッチは、今までに見たどんなそれとも異なっていた。

 銀とマゼンタ。黒とゴールド。正反対のカラーのライドウォッチ二つが連結したウォッチ。

 

「表と裏。過去と未来。二つの世界を統べるウォッチだ。この力で俺は、未来を切り拓く!!」

 

《 ZI-O  “Ⅱ” 》

「変身!」

《 ライダー・タイム  カメンライダー・ライダー  ZI-O・ZI-O・ZI-O “Ⅱ” 》

 

 変身したジオウの姿は、カラーリングはジオウそのままでありながら、パーツのあちこちがオーマジオウと共通していた。

 いいや、外観だけじゃない。奴の放つ王気(オーラ)そのものが、オーマジオウを連想させずにらいられなかった。

 

『善も悪も、光も闇も、全て受け容れる。どちらも俺であることを認める。そんな“俺”が俺の中にいることを、誰でもない常磐ソウゴ自身が赦す!!』

 

 呆然として、言葉もなかった。俺も、ツクヨミも。

 

 挑んできたアナザーリュウガを押し留めたのは、黒ウォズの厳かにして高らかな宣言。

 

「王の凱旋である!! ――祝え! 全ライダーを凌駕し、過去と未来を()ろしめす時の王者。その名も仮面ライダージオウⅡ。新たな歴史の幕が開きし瞬間である!」

 

 ジオウⅡは感極まったように、黒ウォズに「なんか久しぶりだね」とはしゃいだ声をかけた。黒ウォズもまた喜色を隠さず、ジオウⅡに恭しく礼を取り、奴の前より退いた。

 

 ――俺のせいだ。

 常磐は最初から、俺の自滅戦法を止めるためにジオウⅡになろうとした。それが今この時に現実となった。

 他でもない俺が、常磐ソウゴをオーマジオウへの(みち)に後押ししてしまった!

 

 ジオウⅡはワンサイドゲームに等しい戦いをアナザーリュウガとくり広げている。

 ジオウⅡの攻撃エネルギーは、アナザーリュウガの反射スキルを以てしても反射できていない。

 

 今までのジカンギレードとは異なる、プリズムする刀身のブレードがジオウⅡの手に握られた。

 新しいブレードの一撃をアナザーリュウガは浴び、反射しようとしたが、反射するための鏡が砕け散った。攻撃エネルギーが大きすぎて跳ね返せないんだ。

 

 アナザーリュウガがどんな変則的な攻撃をくり出そうとも、ジオウⅡはそれこそ未来を読んでいるかのように的確に対処し、逆にアナザーリュウガにダメージを蓄積していく。

 

 ジオウⅡはジカンギレードと新しいブレードの柄と刀身をそれぞれに合体させた。

 刀身から迸るエネルギー波は、金を超えた金――ジョーヌ(輝ける)リリア(黄金)ント。

 

 天をも突くエネルギー波と「ジオウサイキョウ」のマゼンタ文字を、ジオウⅡは裂帛の気合を込めて、アナザーリュウガへと叩き落とした。

 

『おっ、りゃあああああ!!』

 

 アナザーリュウガは爆散した。排出されたリュウガウォッチが砕け散った。

 残ったのは、アナザーリュウガだった、鏡像の城戸真司のみ。

 

 その鏡像の城戸真司を、ジオウⅡは穏やかに諭す。

 

『真司はあんたを受け容れているよ。俺も裏の自分を受け止めた。あとはあんたが、城戸真司を受け止める番だ』

 

 鏡像は苦吟をくっきりと浮かべ、ビルのガラスから鏡の向こうへ入って、消えた。

 

 ジオウⅡが変身を解いて、今にも泣き出しそうな笑顔で俺たちをふり返った。

 

「生きててくれて、よかった」

 

 ――ああ。やっぱり俺のせいじゃないか。

 俺を死なせまいとして常磐はジオウⅡの力を行使した。

 他ならぬ俺が、こいつがオーマジオウへ進む(みち)を後押ししてしまった。

 

 後ろからパンプスの踵が鳴る音がして、俺は気だるくふり返る。

 

「よく頑張りましたね、常磐君」

「せんせーの話、すっごく参考になった。ありがと」

「どういたしまして」

 

 先生は気づいていないのか? 常磐ソウゴが踏み出した一歩が、未来に途方もない惨劇をもたらしかねないことに。

 

 その疑念は、次の一言で、衝撃的な形として明示された。

 

()()()()()()()()。常磐君の新しい力と、戦いぶり。目が離せませんでした」

 

 俺は、ようやく、彼女が“王母”と呼ばれる意味を理解した。

 

 アレは俺たちにとって、忌むべきオーマジオウの力だった。だが、先生はオーマジオウを直接知らない。単純に常磐がパワーアップしたことを祝福している。

 

 途方もなく深い溝が、俺たちと先生の間に横たわっていたことを、俺はこの時、初めて痛感した。




 美都せんせーの「とても綺麗でした」は作者が原作EP22を観た時の感想でもあります。

 どんな先生であれ、認識の共有がちゃんとされていないと、ゲイツとのようにとても乖離した見解を持ってしまう。そんな一幕でした。


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Interval5 ラブ&チョコレートを貴方に

「今日中(2/14当日)に上げないと負けだと思った」(作者の供述
※2/16 エグゼイド組、加筆


「お・に・い・ちゃんっ」

 

 次の瞬間、門矢士の両目を背後から何者かが手で覆った。

 

「だーれだ?」

「……何の用だ、小夜」

「アタリ~。えへへ」

 

 そも「お兄ちゃん」呼びしてから目隠しをしては正体を尋ねる意味がない。と思いながらも、この妹をぞんざいに振り払うのは、過去に諸々あったことから難しい。よって、このタワービルの最上階にどうやって侵入したかも、彼は断じて尋ねない。

 

「で? 今日はえらく上機嫌だな。何かあったか?」

 

 門矢小夜は、はしゃいだ笑顔を取り繕いもしないで彼女の兄の正面に回ると、両手で、パッションピンクのレースパックを差し出した。

 

「ハッピーバレンタイン!」

 

 …………なにを言われたか理解するまでに、きっかり3秒。

 

 そういえば今日は2月14日だと思い出した彼は、ソファーチェアに深くもたれて溜息をついた。

 

「迷惑、だった?」

「――迷惑なわけないだろう」

 

 上目遣いに顔色を窺ってくる妹の手から、門矢士は苦笑してトリュフケースを攫った。

 

「あっ」

「俺にくれるんじゃなかったのか?」

「う、うん。まあ」

 

 士はレースパックのリボンをほどいて中身を覗き込んだ。袋の中には小さなチョコカップケーキが三つ。既製品だと頭から思い込んでいた彼は、カップケーキのサイズや粉糖のかかり具合にムラがあることに気づいて、妹をまじまじと見やった。

 

 ――これ、手作りなのか?

 

 その言葉が彼の口を突いて出る――ことはなかった。

 

「おじゃまするわよ。アナタのことだから、どうせ独りさびしくコーヒーちびちびやっ、て……」

 

 タイムジャッカーの紅一点、オーラが、階段を昇ってきたからである。銀のマニキュアを施した手に、有名チョコブランドのロゴが入った小ぶりな紙袋を持って。

 

 二人の少女が顔を合わせた。

 

「げ」

「――――」

 

 門矢士は灰色のオーロラで光写真館に逃げる算段を立て始めた。割と、本気で。

 

 

 

 

 

 乾巧にとって、“家”と呼べるのは「西洋洗濯本舗 菊池」というクリーニング屋である。

 

 若い頃に園田真理との腐れ縁を得て、最終的に流れ着いたこの店。普段は流しのクリーニング屋を名乗る彼も、時折ホームシックになることはある。

 

 工場から回収したクリーニング済みの衣類を納品がてら、彼は菊池本店に久方ぶりに顔を出すことにした。

 

 店のドアを開けると、カウンターでの接客がちょうど終わった店長、菊池啓太郎と目が合った。

 

「たっくん! おかえりっ」

「ただいま、啓太郎。これ、工場から引き取ってきた分な」

「この時期はまだ注文が少ないから助かるよね~」

「来月が勝負だな」

「……言わないで」

 

 彼はカウンターの中に入って、持ち帰った衣類をバックヤードの物干し竿に分別して吊るしていった。

 

 そうしている内に、乾巧は気づいた。カウンターのレジの前に、ちょこんと鎮座する愛らしい菓子のラッピングパック二つに。

 

「あ、それ。お客さんから預かったんだ。たっくんと草加さんにって。やるね、たっくん、モテモテじゃん」

 

 そういえば前回のクリーニング依頼の席で、甘いものを食べられるかと、バレンタインデーにチョコを贈っても人間関係的に迷惑にならないかを、織部美都に確認されたのだった。

 どちらにも問題はないと答えはしたが、本当にチョコが届くことには、彼も考えが及ばなかった。

 

 透明フィルムのラッピングパックの中には、小ぶりなチョコカップケーキが二つ。どちらのパックにもメッセージタグが付いている。タグにはそれぞれ「乾巧さんへ」と「草加雅人さんへ」と書いてある。

 

 自分へのチョコレートは有難く(腹に)納めよう。だが、草加の分まで菊池本店に置いて行ったということはつまり、彼に草加雅人へのチョコレートをことづけたと同義である。

 

 乾巧は、彼の体感時間においては長く煩悶して――草加宛てのチョコレートを掴んで鞄にねじ込んだ。

 

 

 

 

 

 公職選挙法の小難しい規程により、国会議員はバレンタインチョコを受け取ることができない。

 

 例外はあるが、原則はそうなっている。

 火野映司も例に漏れず。有権者からのバレンタインチョコは丁重にお断りする旨を、事務所が事前にHPに掲載している。

 逆に言えば、事務所がそういう措置を先にしておかねば、火野映司はチョコレートが詰まった紙袋を両手いっぱいに持って帰るだろう。実は彼、無所属では人気のヤリ手議員だったりする。

 

 今日もまた、忙しなく。

 東北地方の出張視察を終えて事務所に帰ってきた、当の火野映司。

 

 彼が車を降りて事務所に入ろうとしたわずかな時間を縫って、彼の頭上に意表を突くモノが飛来した。

 

《 サーチ・ホーク 》

「ん? あれって――」

 

 機械仕掛けの赤い(タカ)

 映司が手を差し出すと、鷹は降りてきたものの、手に止まることはしなかった。代わりに、銀色の嘴に咥えていたカードを、彼の手に落とした。

 

 カードを届けてミッションクリアとばかりに、機械仕掛けの鷹は飛び去った。

 

「何だったんだろ」

 

 映司は改めて手にしたカードを見た。

 

 ――左右に反ってハート型を象る、二枚の羽根。どちらの羽根も燃えるような赤色だ。

 枠には「ハッピーバレンタイン!」という簡素なメッセージと、差出人のフルネームが手書きされていた。

 

 重ねて述べるが、国会議員はバレンタインチョコを受け取ってはいけない。

 こうしてメッセージカードのみを贈っただけでも、あの女性教諭の真面目さと心遣いが感じ取れた。

 

 そして何より、二枚の赤い羽根が手を繋いだように見えなくもないハートマークが、彼にはとても好ましい絵面に思えて、笑みが零れた。

 

 彼はそのメッセージカードを、名刺入れの一番下に、宝物を隠すように大切に納めた。

 

 

 

 

 天ノ川学園高校、職員室。

 学園教師の一人、如月弦太朗に宅配便が届いたと、事務室から内線があった。

 

 この時点で彼は、担当するクラスの女子生徒はもちろん、同僚の女性教員からもしこたまチョコレートを貰っている。だが悲しいかな、如月弦太朗は、そのチョコの中に一つどころか五つも六つも本命チョコが混ざっていることに思い至れない男なのだ。

 

 閑話休題。

 事務室に行って用務員から受け取った荷物を、彼は職員室に戻ってからデスクで開封した。

 星模様の紙カップに盛られたチョコカップケーキが二つ出てきた。

 

 今の如月弦太朗の心境を表すならば、この決まり文句しかない。

 

 すなわち――――織部先生の()()()()()、キター!

 

 今年は来るかな来ないかな? と、こっそりそわそわするのは、毎年の恒例行事。

 ――誤解を招きかねない心理だが、如月弦太朗にとって織部美都はまごうことなき“友達”だ。純粋な友情を極めすぎて、彼の昔なじみの朔田流星が彼女を警戒対象と見なさないくらいには友情だ。

 

 今でも彼は鮮明に覚えていた。念願叶って教師として勤め始めた最初の年に出会った、「親切なお姉さん」を絵に描いたような教職の先輩。

 

 こうして届いたチョコカップケーキ。すぐにでも食べたいのはやまやまだが――

 近年は私立学校であっても外聞を気にするもので。

 天ノ川学園職員室でも今年から「教職員が自席で食べていいのは昼食のみ」、「菓子類は生徒や近隣住民の目に入らない所で隠れて食べる」ルールが明文化された。お茶を一服して気分転換、は古い時代の慣習となり始めているのだ。

 

 去年までならその場でかぶりついたんだけどなー、とボヤきながら包装紙にチョコカップケーキを戻す如月()()

 

 そんな彼を戸口の陰から覗き見て、「大人になりやがって……!」と男泣きする“親友”の男が二人、いたとかいなかったとか?

 

 

 

 

 聖都大学附属病院のスタッフルーム。

 

「疲労回復に甘いものを摂る食生活は血糖調節障害のサイン、って最近提唱したドクターが人気だそうですよ」

 

 ガトーショコラのワンホールケーキにナイフを入れた直後の鏡飛彩は、宝生永夢らしからぬ挑発的な第一声を訝しんで手を止めた。

 

 永夢は飛彩の正面のイスに座った。彼を知る者がいれば「チベットスナギツネみたいな顔」と口を揃えて言ったに違いない。

 

「看護師とケンカでもしたのか?」

「明日那さんとは何もないって何度も言ったじゃないですか」

 

 永夢は頬杖を突いてそっぽを向いていたが、やがて飛彩の前にあるガトーショコラに目を向けた。

 

「早姫さんからですか?」

「いや。そっちは今夜のディナーで渡すと言われて……いや、今は俺ではなくお前の話をしてたんだろうが、小児科医。あとこのケーキは()()()知り合った高校教諭からの差し入れだ」

「織部先生から? バレンタインチョコってことですか?」

「手作りだそうだ。『宝生先生と一緒に召し上がってください』とカードに書いてあった」

「飛彩さん、飛彩さん。それなら切り分ける前に僕のこと呼んでくれません? あ、半分丸ごとは僕じゃ食べきれないんで4分の1で下さい」

「注文が多い奴だな……」

 

 飛彩の精緻なナイフ捌きで切り分けられたガトーショコラを、永夢は受け取って、プラスチックフォークで口に運んだ。――濃厚な甘さが、永夢の口の中一杯に広がった。既製品に勝るとも劣らない味と食感である。

 

「で、疲労回復に甘いものを摂るのが何だって?」

「――やっぱり何でもないです」

 

 まだ本調子ではないが笑顔を取り戻した永夢。

 

 まあ、今日くらいは、この甘い菓子に免じて、同僚のお悩み相談室をしてやってもいいか。

 鏡飛彩は彼らしくない物思いののち、改めて宝生永夢に何があったのかを尋ねた。




 我が家のオリ主と、彼女と縁が出来たレジェンドたちのバレンタインデーをお送りしました。

 本当はジオウ主人公組との絡みもありましたが(むしろそっちが本命でしたが)、執筆時間の都合で泣く泣くカットしました(ノД`)・゜・。

 ※Intervalの番号は打ち間違いではありません。
  4をアップする予定がありますのでそっとしておいてくださると幸いです。


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Syndrome49 翳りゆく月の容貌

 ツクヨミ回入りまーす。
 我が家の小夜は兄とは逆で好んで群れたがるタチらしい。


 朝もやに(けぶ)る早朝。

 ツクヨミは単身、クジゴジ堂から出かけた。

 

 2018年に初めて降り立った時の白いドレスを翻し、国道に降りる団地の坂道をずんずんと歩いた。早く、早く早く。そう、彼女の心が急き立てる。

 

「何をそんなに怖がっているの? ツクヨミちゃん」

 

 自分を「ちゃん」付けで呼ぶ人間は、光ヶ森高校3年G組の()()()()()()を除けば、一人しかいない。そう知っていたツクヨミは、うんざりとふり返った。

 

「何の用? 小夜」

 

 門矢小夜。レジェンド10・仮面ライダーディケイド、門矢士の実妹。今は織部美都の自宅に下宿人として滞在している――油断ならない女。

 

「用がなきゃ声をかけちゃいけない?」

「ないなら引き留めないで。今急いでるの」

「白ウォズを訪ねるために?」

 

 レジスタンス仲間のゲイツにさえ明かさなかった行き先を看破されて、彼女は内心大いに動揺した。

 

「『アナタが最低最悪の魔王になるなんて思えない』」

「っ!」

「『私はオーマの日なんて心配してない。ソウゴがオーマジオウになる日なんて、来るわけないから』」

「……何が言いたいの」

 

 直後。小夜はまるでテレポートでもしたかのように、ツクヨミの目の前に立っていた。

 小夜はツクヨミの髪を一房掬うと、吐息がかかる近さで妖しく囁いた。

 

「手の平を返す速さは歴代ヒロイン(ラ=ピュセル)の中でも一番じゃないかしら」

 

 カッとなったツクヨミが小夜を突き飛ばすより速く、小夜は目の前から消えていた。

 ざわ、と背中に走った悪寒は、それこそ背後に回り込んでいた小夜が背後から両肩に手を置いたからだ。

 

「かといって、うちのお兄ちゃんのヒロイン(ラ=ピュセル)のように、自らをクロス・オブ・ファイアにくべて仮面ライダーに変身して、ジオウを討つでもなし。平成最後だからって、小夜も期待過剰だったかな」

 

 ツクヨミはふり返りざまに腕を揮って裏拳を小夜にくり出した。しかし、小夜は余裕でツクヨミの腕を避けた。

 

「だから! 何が言いたいの!」

「最初に言ったじゃない。あなたは、何を、怖がっているの?」

 

 小夜によって散々に心乱されたツクヨミは、やけくそ気味に本心を叫んだ。

 

「ソウゴがオーマジオウになってしまうことよ! ――私を庇ってオーマジオウに消された人がいた。『殺された』んじゃない、『消された』の。分解されて塵になって、亡骸さえ残らなかった……私の、目の前でッ! そうよ、怖いの。ソウゴの未来がオーマジオウに確定してしまったらって、想像するだけで怖くて、居ても立っても居られないのッ!!」

 

 ツクヨミは荒くなった呼吸を肩ごとくり返し、激した自分を冷静に戻そうと努力した。

 ツクヨミの呼吸が落ち着くのを見計らったのか、やっと小夜が口を開いた。

 

「そういうことなら、わたしに引き止める権利はない」

 

 声をかけてからの絡みぶりが嘘のような淡白さで、小夜はツクヨミから離れた。

 

「特別に、一つ預言をしてあげる」

 

 再び歩き出したツクヨミだが、足を止めざるをえなかった。

 

「このままだと、あなたは次のアナザーライダーに殺される」

 

 息を呑んでふり返ったが、すでに小夜の姿はなかった。

 

 ――あなたはあなたが最善だと思えることをして――

 

 言われるまでもない。最善だと思うから、ツクヨミは白ウォズと接触しようとしている。ソウゴを唯一斃しうるゲイツの強化の鍵を握るのは、現状では白ウォズしかいないから。

 

 ――このままだと、殺される。

 

 レジスタンスの兵士になってからは、毎日が死と隣り合わせだった。オーマジオウに一矢報いることができるなら、命を捨てても構わないと本気で考えていた――はずなのに。

 

「私が、死ぬのが怖いと思う、なんて……」

 

 彼女は我が身を抱き竦めた。自分でしなければ――こうして両腕に包んでくれた人たちは、もう誰一人として残っていないのだから。

 

 

 

 

 

 

 ツクヨミは揺らぐ心を押し殺して、白ウォズとの接触に成功した。そして彼と共に、ゲイツに会いに行ったのだが――

 アナザーキカイを撃破してすぐのゲイツのソウゴのやりとりは、とても宿敵同士のそれには見えなかった。

 

「お前のやるべきことは、まず勉強だ! 落第した魔王なんてシャレにもならんぞ!」

「うんうんうんっ、そうだね。じゃあ俺帰って勉強してくる。またね、バイバーイ!」

「はあ、ったく……」

 

 ――これ以上は見るに堪えない。

 ツクヨミは自ら物陰を出てゲイツの前に姿を現した。

 

「ツクヨミ――どうして白ウォズと共にいる?」

「私が聞きたいわ! ゲイツはどうしてソウゴと一緒にいられるの?」

 

 一瞬より短い時。ツクヨミとゲイツの間に青い火花が散った。

 険悪なムードの二人を知ってか知らずか、白ウォズはひょうきんに語る。

 

「2121年のライダーなど、私だって知らない。魔王の見た夢はおそらく、予知夢だ」

「ソウゴの力は、私たちの想像を凌駕しつつある。私たちが取るべき選択は、ソウゴを――オーマジオウを斃すこと!」

 

 声の限りに想いの丈をぶつけた。

 だというのに、ゲイツは動揺を欠片も窺わせず、むしろツクヨミをこそ訝しげに見つめた。

 

「お前、何をそんなに怯えているんだ?」

 

 早朝の小夜と同じ問いに、ツクヨミはすぐに二の句が継げなかった。

 

「な、なにを、言い出すの」

「ごまかすな。これでも長い付き合いだ。少なくとも今、ツクヨミが何かを強く恐れていることは俺だって分かる。その恐怖が常磐ソウゴに向かうものでないことだって分かるんだ」

「話を逸らさないで! 私の個人的感情なんて問題じゃない。今はソウゴがどんどん脅威になっていってるって話をしてるんであって……!」

「逸らしてるのはどっちだ! ジオウは斃すべきだ、俺だって常々思ってる。だがそれは今すぐにでも実行に移さなければいけないことか? 得体の知れないアナザーライダーが闊歩している。いつどこでどんな犠牲が出るか分からない。そんな危険な現状を無視してまで? 俺はそうは思わない。そう考えられるようになったのが、この時代に来て得た最大のことだ」

「そんな……ちょっと、ゲイツ!」

「ジオウの夢が予知夢だと言ったな。ならばアナザーキカイを斃す鍵は奴が見る夢の中にある。俺はそこからアナザーキカイを探る。――ツクヨミ」

 

 ゲイツはツクヨミに背中を向けて去ると思いきや、振り向かないまま彼女を呼んだ。

 

「お前の恐怖の正体を言ってもいいと思えた時は、一番に俺に言えよ。ミトさんほど頼りにならなくても、お前を怯えさせる“何か”を殴るくらいは、俺でもできるからな」

 

 今度こそゲイツはツクヨミの前から走り去った。

 ツクヨミは呆然と佇んだ。

 

「未だ魔王に甘い我が救世主も、旧友のツクヨミ君の訴えを聞けば理性を取り戻すと踏んだのだが。いやはやどうして頑固者だ」

「……そうよ。ゲイツはいつだって前のめりなの」

 

 2018年に来たばかりの頃、ふたりの役柄は逆だった。任務達成のために一般人の犠牲もやむなしと考えていたゲイツと、それをもっぱら窘める側だったツクヨミ。

 だが今はどうだ。両者の役回りがいつの間にか入れ替わっている。

 自己嫌悪と、どろどろした嫉妬で、胸がはち切れそうだ。

 

「小夜。近くにいる?」

 

 ――どうして門矢小夜に助けを求めたのか、ツクヨミ自身にも分からない。

 

 応えて灰色のオーロラが現れ、そこを潜り抜けて門矢小夜が現れた。

 

「何かご用事?」

「用がなきゃ声をかけちゃいけないの?」

「あは。さっそく仕返しされちゃった。でもあなたの場合、用がない限りわたしを呼んだりしないでしょう?」

「アナタは右眼で未来を視ることができる。なら、仮面ライダーキカイがいる2121年のこと、何か知らないの?」

「そう来ると思った。ごめんね、分からない。意地悪じゃないわよ? 本当に、視えなかった。補足すると、わたしが視ることのできる未来は確定した出来事じゃない。あくまで可能性の範疇。オーマジオウが君臨する未来と、ゲイツ・リバイブが世界を救う未来、現状では綺麗に50(フィフティ):50(フィフティ)。確率が1でも高ければそっちの未来を視るはずだから。これってすっごいレアな状況よ」

「その辺はどうでもいい」

「つれないなあ。それとも、それだけ余裕がないのかしら」

 

 余裕などあるはずがない。小夜の“預言”が本当なら、アナザーキカイはツクヨミを殺す張本人だ。倒しても倒しても復活すると判明した今、心中穏やかでいられようか。

 今とて、白ウォズが近くにいなければ、小夜を相手に喚き散らすくらいはしていただろう。あるいは無意識の内にそんな醜態を見せまいとして、あえて白ウォズがいる前で小夜を呼び出したのかもしれない。

 

「――――」

「……なによ」

「親鳥と一緒に飛び発てなかった鳥」

「え?」

「旅に出る前の小夜のこと。今のツクヨミちゃん、あの頃のわたしみたい。強がりの意地っ張り。なんて、原因になったわたしが言ったら世話ないかな」

 

 小夜は眼帯で隠れていない左眼を柔らかく細めた。外見年齢に似合わない慈しみ深さ。

 

「今夜は雪になるから、暗くなる前に屋根の下に入ることをオススメするわ。それじゃあ、またね、ツクヨミちゃん」

 

 あ、とツクヨミが伸ばした手は所在なく。

 小夜は来た時と同じ灰色のオーロラへと消えていった。




 何度ディケイド映画①を観ても、エンディングの小夜の旅立ちの決意が士に負担をかけまいと強がって明るく振る舞っているようにしか見えんのですたい。
 一応はカメラを持ってる小夜ですが、別の二次作品でカメラフリーク少女を出したので小夜にその属性は付けましぇん。

 ところで読者諸賢。
 ツクヨミと小夜の会話中、白ウォズが口を挟まなかったのが何故かというとね。
 白ウォズは「2代目ビシュム」のことはもちろん、門矢小夜が何者かを知らないからだったりするんだ。


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Syndrome50 ヒツジは雪夜に迷子になる

 敵側のイケメンを拾って看病するヒロインっていつ生まれた様式美でしょうね?
 我が家の場合はヒロインではなくオリ主ですが。


 慣れない近道はするものじゃないと知った30の夜。こんばんは、織部美都がお送りします。

 ……とか、現実逃避しても仕方ないですね。

 

 ただ今わたくし、学校はおろか自宅にもおりません。初めて見る大きな芝生のグラウンド近くの道路で車ごと立ち往生しております。

 

 雪でいつもの帰宅ルートが一時通行止めになっていたから、別ルートで帰ろうとしてこのザマですよ。寒いし、近くに自販機はありませんし、スマホの電波立たないですし。諦めて元の通行止め地点に車を戻すしかありません。怠けるなって神様のお告げでしょうか?

 

 車をUターンさせられそうな場所を探していたところで、私は奇妙なものを目撃しました。

 

 あの男の子……もしかして、タイムジャッカーのウール、くん? どうして公園に倒れて? 同じタイムジャッカーの仲間が二人いたはずだけど、助けに来ていないのはなぜ?

 

 私は車を降りてウール君に駆け寄って、傍らにしゃがんで彼を観察しました。

 目立った外傷はありません。悪いのは顔色です。目の下のクマが痛々しいくらい濃い。失礼して彼の頬に指で触れると、氷のように冷えきっていました。

 

 救急車を……呼んでもいいんでしょうか、これ。

 保険証なんて未来人が持ってるとは思えませんし、そうなると治療費が私に10割請求された場合の出費が……な、悩ましいです。

 

「ぅ……」

 

 あ、気がついたみたいです。よかった――って安心しちゃいけませんよねすみません!! コドモでも、生徒たちと敵対してる相手でしょうが私!

 で、でも一度目にしてしまった行き倒れを放置していくのも人道的にどうなのかって話で……

 

「…ど…して……ボク、を…アナザー、ライダー…に……」

 

 ――アナザーライダーに、って今言いました?

 

 タイムジャッカーは三人。そのいずれもが、契約者を見繕ってアナザーライダーを生み出しこそすれ、自分がアナザーライダーになるなんて、そんなの見たことありません。

 仲間割れ? アクシデント? 契約の手違い?

 

 み、見た目に騙されちゃだめですっ。彼は牧村さんや城戸さんの時みたいに、人の弱みに付け込んでアナザーライダーに仕立て上げた残虐な子ですっ。私がすべきは当事者の常磐君たちに連絡して、彼の所在を知らせることであって、決して介抱なんかじゃ……、…………

 

 あー、もー! 私のばかばかばかーっ!

 

 私は車へダッシュ&リターン。文化祭の巡回で使った青いスモックを引っ張り出して、ウール君のもとへ駆け戻りました。毛布か寝袋があれば理想的だったんですが、車中泊の嗜みはないので持ち合わせていません! 以上!

 

 スモックを丸めて枕代わりにして、体の上には私のコートを被せて……はあ。これで寒さはまだ凌げるでしょう。

 

 ウール君を介抱するといっても、屋内に連れて行くことはしません。さっきの寝言が本当だとしたら、屋内で彼がアナザーライダーに変貌した時の被害はとんでもないと予想されるからです。聖都大学附属病院、学校の第一保健室、自宅、どれも却下です。せめてもの妥協です。おもに私の理性のために。

 

 そうだ。バッグの中に折りたたみ傘があるから、開いて立てかければ、顔に雪が降るのを防げます。えーっと、どこでしたっけ。

 

「だれ……?」

 

 おや。本格的にお目覚めですか。

 

「と、通りすがりの者です。名乗るほどの者ではございません」

 

 ウール君が私の顔を覚えていませんように。そう思って言ってみたのですが。

 

「アンタ、いつもジオウといる……? っ! 王母織部!?」

 

 微かな希望は一分と保たず絶たれました。くすん。

 

 ウール君は飛び起きたのですが、呻いて両手で頭を抱えました。

 まさか頭にケガしたんですか? 脳のダメージだとしたら事は深刻です。

 

「なんで…っ、何でボクが…!?」

「ちょ、無理に立とうとしないでください! 転ぶ元です!」

「うるさい! 離せよ、オバサン!」

 

 ……かっちーん。

 

「病人は素直に横になってなさい!!」

「うわあ!? ハイ!」

 

 ウール君は毛布代わりの私のコートを頭から被って寝転びました。

 

 よろしい。私も30歳になりましたがそれはたった1ヶ月前なんです。面と向かってオバサン呼ばわりされれば、切れる堪忍袋の緒は一つ二つじゃないんです。

 

 とはいえ、です。ウール君? コートを頭まで被りっぱなしにしたら息苦しくなりますよ。

 

 私は、えいや、とコートを引っぺがして、面食らうウール君のほっぺにホッカイロをぺしゃりと当てがいました。

 

「……あったかい」

「そういうグッズですから。未来にはないんですか? ホッカイロ」

「……初めて見た」

 

 50年後の地球温暖化が非常に心配になる証言でした。

 

 ――さて。そろそろ私自身の体が冷えてきたので、本題に入りましょう。

 

「君の身に何があったのか、話すことはできますか?」

「――――――」

 

 やがて、ウール君は上体を起こしました。私は敷いていたスモックを拾って広げて、彼の肩に羽織らせました。

 

 ぽつり、ぽつり。ウール君は語りました。

 ウール君たちタイムジャッカーが擁立したんじゃない、2121年の未来ライダーのアナザーライダーが現れたこと。

 そのアナザーライダー、アナザーキカイはウォッチを核としていないこと。

 アナザーキカイウォッチを生成するために、スウォルツという人物はアナザーキカイをウール君にわざと寄生させたこと。

 ウール君はアナザーキカイになった負荷で倒れてしまったこと――

 

「仲間、ですよね?」

 

 ウール君、黙秘権を行使。

 

 今の質問は私が無神経でした。彼はウォッチを生み出す触媒にされて苦しい思いをしたんです。口が裂けても残る二人を「仲間」と言うわけがありませんでした。反省です。

 

「ボクからも、アンタに訊きたいんだけど」

「あ、はい。どうぞ。私で答えられることでしたら」

 

 先に根掘り葉掘り聞いたのは私ですから、ウール君の質問に答えるのは私の番。私はそのことに何ら疑問を覚えませんでした。

 

「アンタは何で若いジオウを魔王なんかにしたの?」

 

 私は即座に質問が理解できませんでした。

 理解が追いついた時、私はぽんと手を打ちました。そういえば私、未来ではオーマジオウの師として伝わってるんでした。

 

 私としては、常磐君を、人様世間様に迷惑をかける大人にならないよう指導しているつもりです。

 同時に、「王様になりたい」という常磐君の進路希望を無碍にもしません。生徒たちがのびのびと夢を育めるようサポートするのが、進路指導教諭である私の職分ですので。

 

 それでもオーマジオウが君臨する50年後の未来があるなら――

 

「私が仕向けたのではなく、むしろ私の指導が及ばなかったから、でしょうか?」

「疑問形かよ」

 

 すみません。だって、常磐君の夢がどんな形で叶うのか、私自身が見届けることはできないでしょうから。

 

「多分、かなり高い確率で、私、今年中に死にますから」

 

 声が震えていなかったら、いいんだけどな。

 

 ウール君は私を凝視しています。私はとりあえず、へら、と苦笑しました。

 

「何で? 何でそれが分かってるくせに、笑えるんだよ。アンタおかしいよ! 自分が死んだら意味ないじゃないか! う…!? グゥ…ああアッ!」

「お、落ち着いてください! あまり興奮すると、また負荷が出てしまいます」

 

 私はウール君の背中を撫でながら、呼吸をゆっくりにするよう言い聞かせました。吸ってー、吐いてー、ってよく言われてるあれです。

 

「…ワケ、分かんないよ……アンタのこと…あのオーマジオウを教育したっていうくらいだから、もっとあくどい奴だと、思ってたのに……」

 

 ウール君は涙目です。

 

「……逃げろって、言ったんだ。若いジオウが、ボクに」

 

 常磐君が?

 

「ボクがスウォルツにアナザーキカイにされる直前、『ウール、逃げろ!!』って。何の迷いも躊躇もない声だった。今まで散々敵対してきたってのに。アイツはあの瞬間、本気でボクの身を案じてた。今のアンタと同じでさ。……何で」

 

 ウール君が零した声は、降る雪と同じだけの儚さで、大気に解けていきました。

 

「アイツやアンタみたいな人間が、魔王や王母なんかになっちゃうんだよ――」




 ウールがちょっとだけ心ぐらついちゃった回をお送りいたしました。
 時間帯としては、オーラが白ウォズに助け(嘘)を求めたのと同時刻です。

 あそこでソウゴ、シークタイムゼロでウールに「逃げろ!」って言ったんですよね。あれは本当にすごいと思いました。
 だって一応は敵ですよ? 反射的にとはいえ、もうちょい躊躇があってもいいはず。
 ですので、それができるだけの性格のソウゴすごいなって思ったんです。


 ~*~リアタイの話~*~

 地味にクジゴジ堂を出てからのゲイツ&ツクヨミの下宿先が気になります。
 お寺? キャンプや野宿でないのはまだ救いがありますが。まさかタイムマジーンで寝てないよね? とか思ったりもしたんで。

 やっぱソウゴの両親は死別だったかー(-_-;) お悔やみ申し上げます。
 バス事故によるサバイバーズギルドで王様志願だったりしたら、映司と駄々被りで作者号泣します。
 そして次回あらすじの「白い服の女」というキーワード。
 我が家の場合、白いドレスはもう一人いるんですよねえ――ビシュム版の小夜とか。
 2009年はディケイドの年でもあるんで、とても気になります!(>_<)


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Syndrome51 ガールズ・フレンドシップ

 黒ウォズがEP24冒頭で居眠りしてたのは、予知夢を視るために寝てた我が魔王リスペクトだと思うんだ。


 爆発。炎上。

 皮膚が焼け焦げていく痛み。酸素を求めても喉を通るのは熱気だけ。

 熱いの、痛いの! 出して! この地獄みたいな炎から私を解放してッ!

 

 

 “ええ、ええ、助け出してあげますとも。というか、そもそもそんな目に遭わせたりするもんか。可愛いツクヨミ”

 

 

 小さな私を抱き上げたのは、ゲイツ? ううん、この腕はちがう。女の人の両腕。ゲートに変身したミトさんだわ。

 よかった。もう熱くない、痛くない。ミトさんが両腕の中に抱いて守ってくれてるから。

 

 仮面ライダーとしての両腕でも、私を抱くミトさんの手はお母さんみたい。

 変ね。お母さんの思い出なんて一つもないのに、自然とそう思えるの。

 

 聞いてよ、ミトさん。ゲイツがいじわるするの。ゲイツね、こんなに怖がってるのに、私の言うこと、まるで聞いてくれないの。

 それどころか、ジオウになるソウゴの肩ばっかり持つのよ。レジェンド7・カブトは言ったんでしょう? 「男がしてはいけないことは二つ。食べ物を粗末にすることと、女の子を泣かせることだ」って。

 

 

 “まあ、言ったらしいけど、史料を読む限りでは。でもさツクヨミ、今泣いてないじゃん。一人で怖いの我慢してるのね。えらい、えらい”

 

 

 それは……泣いた私を抱き留めてくれるミトさんが死んじゃったからよ。私はズルイから、受け止めてくれる人がいないとこじゃ泣けないの。

 

 ミトさん――私、アナタの娘さんに泣きつきに行ってもいいかな? 先生だったら、きっと、ミトさんと同じように私をあやして甘えさせてくれると思うの。

 

 

 “うーん。私は反対だなあ。身贔屓じゃないよ? 私の娘に頼らなくても、ツクヨミにはもう泣かせてくれるトモダチがいるじゃない”

 

 

 トモダチ? 誰が?

 

 

 “目を覚ましてごらん。すぐに会えるよ”

 

 

 え? や、やだミトさんっ、置いてかないで! 行かないで――!

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 ツクヨミが伸ばした手を掴み返したのは、門矢小夜だった。

 

「おはよ、ツクヨミちゃん。といってもまだ真夜中だけど」

「小、夜――? わたし、何で……」

 

 確か、アナザーキカイへの対処でゲイツと軽く口論になり、ゲイツは外へ出て行った。白ウォズはディナー前に席を外したから、ここにはツクヨミ一人が残ったはずだ。

 ツクヨミは一人で、出されたイタリアン料理を食べて、部屋の壁付きのソファーへ席を移して――居眠りをしてしまったらしい。

 

 そこで違和感に気づいた。自分の枕になっているものの感触がおかしい。

 素直に枕ではない。弾力があって、人肌の温度がある。

 そして、小夜は仰角90度でツクヨミを見下ろしている。

 

 結論。ツクヨミは小夜の膝枕で寝ていた。

 

「っ――!!」

「はいはい、落ち着こうねー。大声出したらゲイツ君と白ウォズが戻ってきて現場目撃されちゃうよー」

 

 それは駄目だ。最高に恥ずかしい。恥辱で憤死できるレベルだ。

 だからといって――膝枕を続行する必要はあるのだろうか?

 

「何の用なの」

「ツクヨミちゃん今、何してるかなーって。気になって見に来てみた。そしたら、布団もかけずにうたた寝してるじゃない? そこで小夜が人間湯たんぽになってあげたのです。暖かくなかった?」

「一応……まあまあマシ、だったかも」

「ならば良し」

 

 小夜はご機嫌だ。ツクヨミはそんな小夜を見上げて、つい、言ってしまった。

 

「アナタは何で私に構うの?」

 

 小夜は、んー、とわざとらしく考える素振り。

 

「女子の友情って結局ビジネスライクでギブアンドテイクなものだから? 女子同士の関係はその場その時にちょっかい出してナンボ。喪ってから気づいた親愛なんて、救いにはなっても役には立たない。少なくともわたしは真剣に、貴女にアプローチしてる。アナタとお友達になりたいです、ってね」

「全っ然、そんなふうに見えない……」

「色々助けてあげたでしょー? カッシーンと戦った時とか。ソウゴ君と美都さんがピンチだって知らせてあげたし」

「そういえばそうだったっけ……」

「え。まさか今まで本気で忘れてた流れ?」

 

 ツクヨミは無言で小夜から目を逸らした。

 

「ひっどーい! せっかく慰めに来てあげたのに~!」

「落ち込む原因作ったのはそもそもそっちじゃないの」

 

 それ以降の小夜の喚き声は無視した。真面目に聞くと、せっかく忘れている恐怖や焦燥といったマイナスの感情を思い出しそうだったからだ。

 

 ふいに小夜が喚くのをやめて、外へ通じるドアを見やった。隻眼の視線は鋭い。

 

「時間切れか。ゲイツ君と白ウォズが帰って来ちゃう。招かざる客と一緒に」

 

 ツクヨミはそれを聞いて体を起こした。

 

 小夜はソファーから立ち上がると、灰色のオーロラを展開し、それを潜って消えた。

 

 5秒と置かず、雪を付着させたゲイツと白ウォズが部屋に入ってきた。その最後尾に、同じく雪まみれのタイムジャッカー・オーラを引き連れて。

 

 ツクヨミはとっさにファイズガンを抜いたが、白ウォズがそれを止めた。

 

「彼女から折り入って我々に相談があるらしい」

「相談?」

 

 見やったオーラの表情は未だかつてなく弱々しい。

 

「ウールを……助けて」

 

 発言の意外さにツクヨミは呆気に取られてしまった。ツクヨミだけでなく、ゲイツも同じらしい。顔を見れば分かった。

 

「スウォルツはウールを、ウォッチを抽出するための触媒じゃ済まさない。きっと、ウールを自分の傀儡に仕立て上げようとする。だから――」

 

 敵であるツクヨミたちに助けを求めるほどに、オーラは追い込まれている。――孤立したオーラの姿が、今のツクヨミ自身と重なった。

 

「どうすればアナザーキカイを斃せるか、私たちじゃ思いつかない」

「……っ」

「でも、ソウゴなら何か手立てを見つけられるかもしれない」

 

 オーラはまじまじとツクヨミを凝視した。

 

「……助けてくれるの? 敵なのに?」

「こ、今回、だけだからね。私にも思う所があるの。助けてあげるんだから、協力はしてもらうわよ」

 

 オーラがきつく結んでいた唇を緩めた。

 ツクヨミはそれを直視できず、適当にそっぽを向いた。




 そっぽを向かなかったらオーラが「引っ掛かった」と邪悪に笑ってるとこまで見れたんですよツクヨミさん。

 そしてこの流れで翌朝速攻でクジゴジ堂へ。かりそめの共闘戦線に至る、と。


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Syndrome52 輝ける闇の双眸

 ツクヨミはアナザーキカイとの戦い真っ最中だろう採石場へ走っていた。

 

 

 “ソウゴ君、君たちが来てくれてから、すごく楽しそうだったから”

 

 “お友達も全然いなかった。そんなソウゴ君が、同世代の仲間とこれだけ楽しく過ごせたんだ。絶対嬉しかったと思うよ”

 

 順一郎から受け取ったロボットのオモチャは、そのものの質量より重い何かをツクヨミの胸に訴えた。

 

 もしツクヨミの考えが正しいとしたら、ソウゴがパスワードだと思っている単語は間違いだ。アナザーキカイを無力化することはできない。

 ひいては、助けを求めたオーラにウールを帰してやることもできず、ツクヨミの死の運命は完全に回避されることはない。

 

 

 ツクヨミが採石場に着いたのと、ジオウⅡがアナザーキカイのパスワードを誤入力して弾かれたのは、同時だった。

 

「ゲイツ!!」

『っ、ツクヨミ?』

「パスワードをこう入れてみて! “WILL BE THE KING”!」

『あ、ああ――!』

 

 駆け出そうとしたゲイツが、おもむろに足を止めた。

 ゲイツは躊躇している。ツクヨミがあれほどジオウは脅威だと訴えたのに、未だに、ここに至ってなお!

 

 ツクヨミは駆け出した。

 

 アナザーキカイの抵抗そのものは白ウォズが封じている。今しかない。自分にしかできない。

 ――結局は誰もツクヨミを助けない。ならば己のみを頼るしかない。

 

 ツクヨミはアナザーキカイの()()からそのボディにタッチして光学キーボードを起ち上げた。打ち込むパスワードは“WILL BE THE KING”――

 

 エンターキーを叩いた瞬間、時間停滞が発動した。

 

「それがアンタたちの作戦だったってワケ」

 

 ちょうどアナザーキカイを挟んだ向こう側にオーラが立った。彼女の手にはブランクウォッチ。

 どういうこと、と問い質したくとも堰き止められた時間の流れがそれを許さない。

 

「貰ったわ。仮面ライダーキカイの力!」

 

 アナザーキカイの変身が解けた。元に戻れたウールは息を切らして胸を押さえている。

 

「アナタはワタシの傀儡として、王になるのよ!」

 

 オーラはアナザーキカイウォッチを起動させ、ウールに再びそれを吸収させた。

 絶叫。ウールは再びアナザーキカイへ変貌を遂げた。

 アナザーキカイは白ウォズを突き飛ばすと、勢い任せにツクヨミへとミサイルを放った。

 

 “喪ってから気づいた親愛なんて、救いにはなっても役には立たない”

 

 ……ああ、本当ね。その通りだったわ、小夜。

 真剣に私の命を危ぶんでくれたのは、アナタ一人きりだったって。今さら気づいても、もう何の役にも立たない。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

『ツクヨミ!!』

 

 ジオウⅡに呼ばれてツクヨミは我に返った。

 自分自身の体を見回した。どこも焼けていないし、痛みもない。生きている! 安堵からツクヨミはその場で頽れた。

 

「ソウ、ゴ。わ、たし、は」

『そのまま動かないで!! ツクヨミが直接パスワードを打ち込もうとしたら、あの未来に辿り着いてしまう!!』

 

 動くなと言われるまでもなく、ツクヨミの両足は萎え切って、立ち上がることもできない。

 

 働くのは頭だけ。その頭がじわじわと理解していく。

 ツクヨミの死を覆したのは、まぎれもなくジオウ――常磐ソウゴだと。

 

「それがアンタたちの作戦だったってワケ」

 

 オーラが羽根飾りを鳴らした。

 

 

 

 

 

 時間の流れが堰き止められた中、オーラは悠然とアナザーキカイの正面に立って光学キーボードを起ち上げた。

 

 銀色のマニュキアを塗った指がパスワードを打ち込んでいく。“WILL BE THE KING”――

 

 オーラがほくそ笑んでエンターキーを押して時間停滞を解いた瞬間、ディスプレイがエラーを赤く表示した。

 

「え!?」

『ウゥゥ、ガァ!!』

 

 アナザーキカイが帯電した腕でオーラを突き飛ばした。

 

 地面に叩き伏せられたオーラは、痛みと痺れ、それに困惑から、すぐに立ち上がれなかった。

 あの流れならオーラが入力したパスワードこそが正解のはずだ。他にどんなキーワードがあるというのか。

 

「間接的とはいえヒトの“友達”を爆死させたんだから。この怒りは身を以て知ってもらわないとね」

 

 オーラが顔を上げた先には、門矢士と、その妹の小夜がいた。

 小夜は分かるとして、なぜ敵対しているはずの兄妹が連れ立って現れるのか。

 

「約束は守れよ」

「安心して。小夜は海東さんみたいに、盗んだ物を持ち主に返さなかったりしないもん」

「お前あとで海東に怒られに行け」

 

 士はカードホルダーからディケイドのカードを抜き、バックルに装填した。

 

「変身」

《 Kamen Ride  ディケイド 》

 

 ディケイドは続いて仮面ライダーカブトのカードをディケイドライバーに装填し、カブトにフォームチェンジした。

 

《 Attack Ride  クロックアップ 》

 

 ディケイド・カブトフォームの姿が消えたかと思うと、アナザーキカイの背後にディケイドがいた。

 ディケイドがアナザーキカイの背中に何かを施し、離脱した。

 

 アナザーキカイが――停止した。

 

 そこへ白ウォズがここぞとばかりに駆けつけ、ブランクミライドウォッチをアナザーキカイにかざした。仮面ライダーキカイの力でミライドウォッチが生成された。

 

 停止が解けたアナザーキカイは、キカイアーマーを投影した白ウォズと交戦を始めてしまった。こうなってはもう、オーラにアナザーキカイウォッチを手に入れるチャンスはない。

 

 オーラは歯軋りして、通常フォームに戻ったディケイドと、その横へ下りてきた門矢小夜を睨みつけた。

 

「アンタたち、何をしたの!!」

「年上は敬うものよ。同じ悪堕ち少女属性としては、わたしのほうが先輩なんだからね? オーラ()()()

「他に、どんなパスワードがあったって……!」

「パスワードそのものは正解だった。ただ、ジオウもオーラちゃんも()()()()()()()()()()()だけ。目の前にキーボードがあったらそのエンターキーを押す。ごく当たり前の無意識を利用したイージートラップ。仮面ライダーキカイはね、パスワードを打ち込んだあとは、()()()()()()()を押さなきゃ正しくオン・オフしないの。アナザーキカイもそこは同じ」

「な、によ……なんなのよ、それっ!」

 

 小夜は清々しいほど完璧にオーラをスルーしてディケイドを見上げた。

 

「ありがとう、お兄ちゃん。今回は全面的にお兄ちゃんに助けられた」

『例の集合写真はちゃんと返しとけ。それで貸し借りゼロだ』

「はーい」

 

 

《 ビヨンド・ザ・タイム  フルメタル・ブレイク 》

 

 白ウォズの放ったフックがアナザーキカイの両手を拘束し、牽引していく。

 眼前まで迫ったアナザーキカイの、胸部を、エネルギーを穂先に撓めたジカンデスピアが一突きにした。

 

 アナザーキカイが爆散した。

 爆炎から弾き出されたのは、歪んだ“変身”が解けたウールと、寄械虫。

 寄械虫のほうは黒い塵となって跡形も残さず散った。

 

 せめてウールが回復する前に――!

 

 オーラはダメージを押して立ち上がり、何事もなかったフリをしてウールへと歩み寄った。

 

 地べたで息を荒げるウールがオーラに気づき、オーラを睨んだ。

 

「せっかくワタシとスウォルツでお膳立てしてあげたのに。行くわよ、ウール」

 

 踵を返して一拍、ウールが自分に続いて歩いてきた気配があった。背中に不満の視線は感じるものの、付いて来るなら良しとしてやることにした。




 今回のMVPは小夜なのでしたー。異論は認める。
 士を動員したやり方のえげつなさは各自ご想像ください。

 仮面ライダーキカイの元?になったソウゴのロボットを思い出してください。
 パスワードはロボットの「背中」に書いてありましたよね?
 全く関係ないのかは分かりませんが、「キカイダーREBOOT」だとキカイダーのREBOOTボタンは背中にあるんです。
 このくらいの変化球がないと追いかけ連載の意味ないですから。かなり頭ひねったんですよねー。


 ソウゴが「創って」しまった2121年には、ソウゴの本音や願いがこもり過ぎてて涙出そうでした。

「狙う側と狙われる側だけど、友達になった」
「敵であるヒューマノイズであっても、人間の子どもたちはレントを受け容れて、好きでいる」
「他人がレントを機械だと言おうが、子どもたちにとってのレントは“友達”」

 夢の未来の中にはまさにソウゴにとっての今は遠き理想郷があった(ノД`)・゜・。
 あんなストレートに「寂しい」と言ってる子を、どうして放置できましょう?


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Interval6 這い寄る混沌と書いてカールズトークと読め

 ――これは、アナザーキカイ事件からそう経たない頃の、平和な昼下がりの一幕。

 

 

 

 

 新しい根城を物色中のオーラに、何者かがハイテンションかつ気安く声をかけた。

 

「やっほー、オーラちゃんっ。元気?」

「……アンタのせいでたった今、気分最悪になった」

 

 門矢小夜。レジェンド10・仮面ライダーディケイド、門矢士の妹。二代目ビシュムでもあり、兄と同じで灰色のオーロラを操る――今のオーラにとっては怒りを掻き立てる女に他ならない。

 

「ああ、アナザーキカイのこと? ウール君はその後どうかしら。変な副作用とか出てない?」

「特には。で、何の用?」

「遊びに行こうっ」

「…………」

 

 オーラは踵を返して小夜から遠ざかろうとしたものの、小夜は同じ歩幅で追いかけてくる。

 

「ねーえー、オーラちゃんてばー」

「付いて来ないで疫病神。アンタといるとロクな目見ないって、こちとら学習済みよ。消えて」

「つれないなあ。――しょうがないんだから」

 

 小夜はオーラの手首を掴んだ。かなりの握力だ。とっさに振り解けない。対象と接触したままでは時間停滞も発動できない。

 

 おまけに。小夜の背後から迫ってくるのは例の灰色のオーロラだ。タイムマジーンなしで次元移動を可能にするチートなシロモノ。

 

「別に異世界に連れてこうなんて思ってないから。ちょっとそこの街のモールまでよ。怖がらないでいいから。ね?」

 

 その、笑顔の、どこに、怖がらなくていい要素が、あるの。

 

 オーラが言い返すより先に、灰色のオーロラが門矢小夜とオーラを潜り抜けた。

 

 

 

 

 

 ……それからはもう、何これワケ分かんない、の連続だった。

 

 いや、おもには門矢小夜の神経がどうなってんだ、という意味だが、他にもあった。

 タイムマジーンのコクピットよりデカいボックスの中で写真を撮って、しかもその画像に落書きするとか。服飾店でヒトを立たせておいて、これ似合うあれも似合いそうって延々と多彩な服を宛がっておきながら一品も買わずに店を出てくとか。

 

 あちこち連れ回された末に、オーラは大手のジャンクフードチェーン店でようやく人心地着くことができた。

 

「アンタは結局何がしたかったのよ……」

「単にオーラちゃんと遊びたかったんだけど」

 

 オーラが何度問うてもこれだ。業腹だが、自分が切り口を変えるしかない。

 

「何でワタシだったの?」

 

 小夜は紙コップのオレンジジュースを飲み干してから、笑った。それはもう清々しく。

 

「アナザーキカイの一件から、オーラちゃんがどうしてるか、気になってしかたなかったんだ。つまり自己満足だね」

「ここで心配だったからなんて言ったら、水ぶっかけて帰ってるとこだったわ」

 

 オーラは氷水のグラスから水を一飲み。

 

「で? ワタシはいつまでアンタの自己満足に付き合わされるワケ? とっとと帰りたいんだけど」

「それはもちろん、小夜が満足するまで。言ったでしょ? 自己満足だって」

「勝ち誇らないで。ウザイ」

「そうツンケンしてると、小夜よりもーっとウザイ一部の男どもに群がられちゃうよ。オーラちゃんの顔立ちって実は清楚系なんだから、ギャップ萌え豚が酷いことに」

「アンタの台詞のほうが放送事故レベルでヒドイっつーの」

「そう? じゃあ~、あと一個だけお話しして解散にしよっか」

 

 この流れで何が「じゃあ」なのか、オーラにはさっぱり分からなくて苛々した。

 

「タイムジャッカーって、自分で王様になる気のある人、いないの?」

 

 ――凄まじい軽さで核心に踏み込まれた。虚を突かれたと言ってもいい。

 

 答えないオーラに向けて、門矢小夜は、外見年齢とは不釣り合いの艶めいた貌をして。

 

「なっちゃえば? オーラちゃんが、女王に」

 

 悪魔の取引を持ち掛けた。

 

「――お断り。何でわざわざ矢面に立って民衆の非難を浴びなくちゃいけないワケ? それくらいならお局だの何だの言われよーが、傀儡の王を操ってるほうが百倍マシ」

「あー。オーラちゃん、そういう死亡フラグの建て方やめよーか。歴代女ライダーの中にいたんだよー。『私が王を生み出したいの』って堂々と言った(ひと)。クロス・オブ・ファイアとラ=ピュセル補正のWパンチで悲劇の結末まっしぐらだったから」

「その女ライダーを王に擁立しないほうがいいってのは分かったわ」

「そうね。女ライダーは、どの代であってもやめといてあげて」

「でも、“女王”は今までの発想になかったわね。試してみようかしら?」

「うわあ、小夜ってば遠回しに誰かの死亡フラグ建てたっぽい」

 

 小夜の言い出した解散条件は本気だったらしく、彼女は伝票をテーブルから取って席を立った。

 

「奢ったげる。わたしのがお姉さんですから」

 

 小夜はわざとらしく無い胸を張ってから、何が楽しいのか足取り軽くレジに向かった。

 

「――ムカつく」

 

 それは門矢小夜に対してのものか、自分自身に向けたものか――きっと両方だ。

 

 普段のオーラであれば時間停滞でいつでも逃げられた。できなかったのはアナザーキカイの一件で負った傷が完治していないからだ。

 その隙を突いた小夜に、まんまとつけ入られた自分に、オーラは衆目を憚らず舌打ちした。




 順序が逆転しましたが、はい、実はこういう前日譚がありましたということで。
 実は割とコウモリな小夜だったりします。
 アナザーアギト事件より前は、とにかく「女子の友達欲しい」願望が出まくりだったので、オーラにもコナかけに来ちゃいました。
 今でこそツクヨミに付いてますが、何かの弾みでまたオーラのとこに行ったりするでしょうね。拙作の小夜であれば。


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Syndrome53 MotherとEVEくらいに違う ①

 オリジナルEPです。別名を関係の清算?


 もう用を成さなくなりつつある光ヶ森高校の制服に、何か月かぶりに袖を通した。

 仮住まいならぬ仮学び舎だった光ヶ森高校への通学路をなぞって歩く。

 

 ほんの少し前まではそうして生活していた。2018年を生きるただの男子高生みたいに。

 女子生徒の制服を着たツクヨミと、いつもヘラヘラしていた常磐ソウゴと、三人で、毎日。

 

 ――3年G組の教室に入ると、いくらかのクラスメートが朝の挨拶をしてきた。女子の数名はツクヨミに何かと絡んで世話を焼きたがってたな。

 

 予鈴が鳴ったら、ジャストで先生が教室に来て、講壇に上がった。

 

 “それでは、今日も朝のHRを始めましょう”

 

 ――全て、全て、今日で最後にする。

 

 ジャケットの懐から両手に取り出した物。左手には俺を進化させるとの触れ込みのゲイツ・リバイブウォッチ。右手には、ツクヨミと共に四苦八苦して書き上げた――『退学届』。右手にある物を先生に渡せば、それで終わる。

 

 俺と常磐のどちらともが決戦兵器を手に入れたんだ。オーマの日はそう遠くない。

 その日――俺かあいつか、どちらかが死ぬ。

 

 常磐ソウゴが勝ってオーマジオウになるか、俺が勝って歴史を変えるか。この二択の他に未来はない。

 その運命を、リバイブウォッチを手に取った時、やっと受け入れることができた。

 

 オーマの日がいざ来た時に、先生を危険に晒したくはない。

 どんな闘争の巷だろうが先生が飛び込んでしまうのは、アナザーリュウガの一件で証明済みだ。

 そうなる前に、先にこちらから突き放す。

 それが俺に思いついた、せめてもの彼女の“守り方”だった。

 

 俺たちのどちらが死んでも、彼女は泣くんだろうな。

 世界の行く末が懸かっていようが関係なく、魔王や救世主なんて肩書きなんて越えて。

 ただ、“生徒”の死にむせび泣く――

 

 新しいウォッチと二人分の退学届を懐に戻した。

 

「登校する日取りを間違えてないかい? ゲイツ君」

 

 ……身構えることはしない。慣れた。慣れたくなかったというのが本音だが。

 

「白ウォズか? それとも黒ウォズか?」

 

 『逢魔降臨暦』を片手に携えた煤色のストールの男に、厭味のつもりで言い放った。

 

「黒いほう。というかキミ、我が魔王もだけど、分かっててやってるだろう?」

「知らん。どけ。俺は学校に用がある」

「私はキミに用がある。なに、大した時間は取らせない。ちょっとした保険をかけるだけだ」

 

 俺は黒ウォズを無視して再び歩き出そうとした。

 

「キミは気づいているかな? 王母織部とキミの師匠殿の存在の危うさに」

 

 先生のみならずミトさんにまで話題が及んで、俺は反射的に足を止めてしまった。

 

「何が、言いたい」

 

 ――吐き気がする。心臓がドクドクと鳴って煩い。

 

「仮に、だ。仮にキミが我が魔王をこの時代で斃し遂せたとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。明光院ミトはオーマジオウ決戦兵器として生を享け、過去へ飛ぶ任を帯びた。巡り巡って、彼女は織部美都を出産した。彼女たちの出生はどちらも我が魔王に起因する。分かるかい? キミは我が魔王を弑することで、敬愛する二人の師をも殺そうとしているんだ」

 

 

 

 

 

 せっかくのひな祭りの日ですが、悲しいかな、私は本当に久しぶりに休日出勤です。四月スタートの新学期の準備が間に合いませんでしたので。

 といってもこれについては私に限った話じゃありません。年度過渡期はどの先生も出ずっぱりです。

 新一年生の入試の二次試験と、卒業式&入学式というハードモードが春休みです。明けて四月には実力テストがあるので、その作問もありますし。言い挙げるとキリがありません。

 

 我が3年G組の教室も二次入試の会場に使用されますので、今日は室内チェックです。

 置き勉なし。日本史年表ポスターはすでに剥がしました。机に落書きしてたら消すように生徒たちには言っておきましたが。

 

 がらんとした教室を見回して、苦笑が漏れた。

 

 自由登校になってから、うちのクラスの生徒たちを含めた三年生を校内で見かけなくなりました。

 彼ら彼女らは今頃、新居探しや引っ越し、新生活に向けての買い出しや挨拶、入学や入社の手続き、そして高校最後の思い出作りと、忙しい日々を送っているのでしょう。

 

 卒業式の日、泣かずに彼らを見送れるといいのだけど。

 

「先生」

「わっ、はい! ……あ」

 

 明光院君……気がつきませんでした。いつの間に教室に入ったんでしょう。あ、ドアが開けっ放しでした。

 

 私が挨拶するよりすばやく、明光院君は私に二通の封書を突き出しました。

 

 愕然と、しました。

 封書には、『退学届』と書いてあったのです。

 

「俺もツクヨミも、ここの生徒として“卒業”することはできそうにない。かといって、ずっとここに留まることもできない。受け取ってほしい。俺たちなりのけじめだ」

 

 分かる、分かるの。

 

 正式に在籍していない彼らを学校に縛るものは本来何もない。こんな物を出さなくても、彼らはいつだって“光ヶ森高校の生徒”でなくなることができた。

 それをあえて形式に則ったのは、明光院君もツクヨミさんも、自分を光ヶ森高校の生徒だと思ってくれているから。

 だから私は、担任教師として、彼らの誠意に報いてこの退学届を受理するべきなのに。

 どうして私、今にも泣き出しそうなの?

 

「先、生――」

 

 何も言えない。声にならない。

 ああ、理由なんてシンプルだった。

 

「それを受け取ったら、私は二度と、君に関わることができなくなるのでしょう?」

 

 ぴったり3秒間、数えた。

 

「そうだ」

 

 浅はかな話ですが、私は彼にこの宣告を突きつけられるまで、どこかで甘えていました。そんなことはない、と彼が口ごもって、本心じゃないと言ってくれる展開に期待していました。

 

 今まで私は、彼に邪険にされたり文句を言われたりすることはあっても、本気で拒絶されたことはありませんでした。……こんなにも、悲しい、ことだったんですね。せり上げた涙は引潮のように失せて、呑み込んだ感情が鉛と化して沈殿するほどに。

 

 私は我ながら緩慢な手つきで退学届を受け取りました。

 

「確かに受理しました。残念です。お飾りでも、君とツクヨミさんには卒業証書を贈りたかったのですが」

「ああ……」

「わざわざありがとうございました。ツクヨミさんによろしく伝えてください」

「……わかった」

 

 明光院君が私に背を向けて教室を出て行きました。

 

 ドアが閉じて、足音が聞こえなくなってから。

 私は二通の退学届を胸に抱いて、泣き崩れた。

 

 ――それを廊下で聞いた一人の男子生徒が、明光院君を追って走り出したとも、知らずに。




 思い出されよ、読者諸賢。
 3/3放映のEP24で、ソウゴは再追試のために登校していたことを(`ФωФ') カッ


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Syndrome54 MotherとEVEくらいに違う ②

 ちょっと前にFGOで「可能性は無限だが結果は有限だ」という台詞を見ました。
 上手いこと言うなあ、と感心したものです。

 だからね、ソウゴ?
 君はおじさんに叱られたあの時、“普通の子”みたいに泣いてよかったと思うんだ。


 2階から1階へ下りる階段の踊り場で、何者かが頭上から俺に奇襲をかけた。

 

「せいっ、はあああああ!!」

「ジオウ!?」

 

 奇襲は奇襲でも捨て身だ。俗に言うプランチャー。常磐ソウゴは俺にその技を仕掛けるべく跳び下りたのだ。

 

 避ければよかったのに、何故か上手く動けなかった。

 結果として俺は常磐の強烈なボディアタックを食らって目を回し、それを仕掛けた常磐ともども踊り場でぶっ倒れるハメになった。

 

 何なんだ一体……俺からコイツに襲撃をかけることはあっても、コイツのほうから襲ってくるのは今までになかったパターンだ。俺が何をしたっていうんだ。

 

「せっかく追試の追試で合格点取って、卒業決まってイイ気分で帰ってたのにさあ……ゲイツ!!」

 

 な、何だ、やるのか!?

 

「泣かせたな? 俺たちの美都せんせーを」

 

 死んだかもしれない。

 常磐に胸倉を掴まれ凄まれた俺は、本気でそう思った。

 

「黒ウォズに吐かせた。美都せんせーとミトさんのこと、そこら辺でゲイツに釘刺したこと。ゲイツが悩むのはいいよ。俺だって同じ悩み出来ちゃったし。でもさ、何でそこで美都せんせーの“生徒”やめますって流れになるんだよ。突き放して遠ざけて、そんなのゲイツの自己満足じゃん!」

「ッ、遠ざけて何が悪い! これ以上“仮面ライダー”に関わってあの人が傷つくより、よっぽどマシだろうが!」

「傷つきたくないのはゲイツのほうだろ!!」

 

 こいつ、人が大人しく聞いてると思って――!

 

「……くやしい……!」

 

 泣いて、いた。

 胸倉を掴み上げる手から徐々に力が抜けていくのが感じ取れた。俺を離した腕で、常磐は何度も、涙をボロボロと溢れさせる目元を拭った。

 

「美都せんせーも。何でこんなヒドイ(ヤツ)のために泣くんだよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「お前――まさか」

「もういいよ! ()()()()()()()()()()()()って期待した俺が馬鹿だった。これ以上、美都せんせーが他の奴に泣かされるくらいなら――!」

 

 常磐は校章入りドラムバッグを投げ捨て、ジクウドライバーとジオウⅡウォッチを手に取った。

 ――こいつは本気だ。

 ここが校舎の中で、今が白昼だろうとお構いなしに。

 自分の未来のためでなく、俺への怒り任せに闘おうとしている。

 

「お前、こそ――そんなにあの人が大事なら! 俺にガキくさいケンカ吹っかける前に、お前があの人を慰めに行けばいいだろうが!」

 

 もうお互いに相手の要求も自分の主張も破綻しまくっている。有体に言えば、言ってることが滅茶苦茶だ。

 

 俺もジクウドライバーを出して、手にしたばかりのリバイブウォッチを装填し――

 

「校内で何をしてるんですか、君たちは!!」

 

 階段の上から降ってきた怒号に、二人して肩を跳ね上げ、そちらを見上げた。

 

「美都せんせー……」

「な、なん、で……」

「君たちが仮面ライダーであること、変身して戦わなければいけない事態があることは、先生も承知しています。ですが今は、その必要性も緊急性も全くありませんよね?」

 

 言われてしまえば全くその通りなので、俺にも常磐にも返す言葉がない。

 

「でしたらドライバーとウォッチは仕舞ってください。速やかに」

 

 今までに一度も見たことのない、迫力のある笑みだった。

 

 俺と常磐は一度だけアイコンタクト。そして、ジクウドライバーとライドウォッチを片付けた。

 

「分かってくれてありがとうございます。――それと、明光院君。さっきの退学届の件ですが」

 

 先生の声はぞっとするほど凍てついたものだ。

 

「君とツクヨミさんの学籍は元より曖昧なものです。本来は校長先生の許可が必要ですが、君たちに限り、クラス主任として私が退学を認めます。その上で、これからのことについて言わせてもらいます」

 

 ――これから、だと?

 

 “教師と生徒”でなくなれば距離が置けると考えたから、あんなものを書いたのに。そこを汲めないほど彼女だって鈍くはないはずだ。

 だから分からない。先生がどういうつもりか見当がつかない。

 

「これからは、明光院君が“生徒”だからじゃなく、“私”が“君”に関わっていたいから関わることにします!!」

 

 先生は、肩を上下させて荒い息を治めてから、髪を振り乱して走り去った。

 

 言われたことばの意味が、ゆるゆると脳に浸透していく。

 生徒だからという理由じゃなくて。織部美都という一個人が、俺自身に。

 

 ――――――やばい。

 そうとしか言えないし思えない。語彙力が死んだ。そのくらい強烈な宣言だった。

 

「なんか、白ウォズがせんせーのこと魔性の女呼ばわりするの、分かった気がする」

 

 どういう意味だ、と問い質そうとするより早く。常磐は寂しさを含んだ晴れやかな面持ちで、一階に降りる階段に足をかけた。

 

「だってさ、魔王(おれ)救世主(ゲイツ)も、こんなにあの(ひと)に夢中だ」

 

 階段を颯爽と降りていく常磐を追いかけることが、俺にはとっさにできなかった。

 

 

 

 

 ――きっと、後悔する日が来る。

 

 あいつの表情の下の真意を、口に出さなかった常磐ソウゴの決意を、正しく聞かなかったことを。

 

 そうと悟って、昇ることも降りることもできない俺は――

 途方もない意気地なしだ。

 




 時間軸としてアナザーキカイ編とアナザージオウ編の間の出来事です。

 階段の踊り場にいるのがポイントです。
 昇れば、“生徒”でなくなったゲイツは、誰憚ることなく美都を追いかけて、もっと深い仲に進展したかもしれません。
 降りれば、ソウゴが美都せんせーをどういう目で見ているかを問い質して、親近感から友情を深めて、闘う宿命でももっと好意的なライバル関係になれたかもしれません。
 ですが、ゲイツは上下どちらにも行けませんでした。

 ソウゴにとっては“王母織部”なのに、ゲイツにとっては名無しの悪女。
 ゲイツと美都の関係性に「名前がない」のは、こういう部分が大きいからでしょう。


 ~*~リアタイの話~*~

 EP27は、あまりに高度な伏線回収と作戦とトリックに「ぎゃあああああ!」な金魚草状態でした。
 もうね、浅はかにも二次に手を出してすいませんでしたと、脚本家様に土下座したくなりましたよ。
 ようやく明かされる士の「計画」とはいかに!?
 ツクヨミはソウゴをまた信じてくれるようになるのか!?
 そして何より――
 スウォルツてめえええええええщ(゚Д゚щ)!!!!


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Syndrome55 歴史はくり返す ①

 とにかく一つ決まった方針。
 どんだけこじつけだろうが、ソウゴとゲイツの「卒業式」を絶対作中でやる(決意


 

 光ヶ森高校卒業式まで、残すところ7日を切りました。

 で・す・が、私は久しぶりに手が空いて今日は出勤しなくてよい日になりましたー!

 

 というわけで織部美都、本日はお休み仕様の昼行燈で、正午を過ぎて起き出しました。

 

「おはようございます。お父さん、小夜さん」

「おはようございます。美都。お昼ごはん、出来てますよ」

「わっ。ありがとう、お父さん」

 

 朝からラッキーな気分でテーブルに向かうと、すでに小夜さんが着席していた。

 はて。いつもなら小夜さんも挨拶してくれるんですが。「おはよ。もう昼だけど」という決まり文句で。

 今日の小夜さんは、ぼんやりです。でもマイナスなぼんやりではなく、どこかこう、陶然としているというか。

 

「小夜さん」

「っ、あ……美都さん。おはよ」

「おはようございます。考え事ですか?」

 

 私は椅子を引いて小夜さんの隣に腰を下ろしました。

 

「…………」

 

 ここで、言いにくいことならいい、と無難を言って話題を終わらせるのは簡単です。ですが、小夜さんみたいなタイプは、ぐいぐい尋ねて言わせてあげたほうがいいんですよね。

 これでも教職5年目です。彼女くらいの年代の少年少女の心理統計も出来上がりつつあります。

 

「小夜さん。教えてはくれませんか? 心配になっちゃいます」

 

 小夜さんは、ぽつり、言いました。

 

「……未来を視た。ビシュムの右眼で」

 

 私はつい、キッチンから三人分のオムライスを運んできたお父さんと、顔を見合わせた。

 

「地の石の封印を上回って“視る”のが久しぶりだったから、わたしもちょっと、戸惑って」

 

 私は小夜さんに続きを促しました。

 

「波打ち際で、ジオウとゲイツが闘っていた。レグルスが強く輝いていたわ。まるで皆既日食か月蝕に向かう途中のような、明るいとも暗いとも言えない空。決闘みたいに厳かに。二人の他には誰もいないの。美都さんも私も、ツクヨミちゃんも、ウォズたちやタイムジャッカーも」

 

 レグルスが何かはお父さんが補足してくれました。

 レグルスとは、しし座の一等星。原義はラテン語で“獅子の心臓”、意訳すると“王の星”。このことから古代では王様の運勢を占う星とされた。

 お父さん自身は昔、天体観測に明るい桜井侑斗さんから聞いたそうです。

 

 お昼ごはん(私にとっては朝昼ごはん)を食べる間、小夜さんは陶然としたまま無言でした。

 

 

 お父さんお手製のオムライスを食べて、私が食器を洗っている時のことでした。

 部屋着であるカーディガンのポケットに入れていたスマホが鳴りました。発信相手は――宝生永夢さん?

 

 とりあえず出て……ぬっ、使い捨てゴム手袋に手こずってないで、私……!

 

 苦戦しつつも素手になってから、私は廊下に出てスマホの通話をONにしました。

 

「もしもし。織部です」

《宝生です。()()()()()()()、織部先生》

 

 宝生先生の中で私は、「経緯は思い出せないが2016年に飯田ケイスケ君の転院手続きで知り合った高校教師」という認識です。

 

「はい、お久しぶりです、宝生先生。今日はどういったご用事で?」

《一昨年、聖都大学附属病院に転院してきたケイスケ君の、お父さんを、覚えていますか?》

「? それは、はい、もちろん」

 

 忘れられっこないです。私が人生で初めて目撃したアナザーライダーで、今、常磐君や明光院君に深く関わるきっかけとなった事件の中心人物ですもの。

 

《その飯田さんが、今日、ウチの病院に搬送されました》

「え――ええ!?」

《付き添いで来ていたケイスケ君に聞いたんですが、『お父さんが怪物に襲われた』と言ったんです。それを聞いて、なぜかこう無性に、織部先生に伝えないといけない気がして》

「私に、ですか」

《すみません。自分でもすごく曖昧な……勘? いや、虫の知らせ? そういう感覚で電話したもので》

「宝生先生が謝ることなんてありませんよ。お忙しいのに、わざわざのご一報、ありがとうございます」

《いえ。何か役に立つといいんですが。そろそろ業務に戻ります。失礼します》

 

 通話OFFのアイコンをタッチ。ふう。

 

 普段なら宝生先生が言った“怪物”はイコールでアナザーライダーなのですが、だったら元アナザーエグゼイドの飯田さんを襲ったことに必然性はあるのか? そこが問題になるわけで。

 

 よし、お父さんに聞いてみましょう。過去20世代の仮面ライダーたちの中で、この“怪物”がしたことの元になるエピソードを持つライダーがいるかどうか。“観測者”のお父さんなら知っているはずです。

 

 リビングに戻ろうとした私を、引き留めるかのように、再びスマホが鳴った。

 

 見れば、着信画面には「草加雅人」の表示が。

 軽くびっくりです。一応、連絡先の交換はしましたが、草加さんから連絡してくるなんて初めてです。しかもメールやSNSでなく電話。

 

 私は妙な冴えを呑み込んで、その電話に出ました。

 

「――織部です」

《草加だ。急に電話してすまない。実は、相談というか、一応知らせておいたほうがいいかと思う件があって。佐久間龍一を覚えているかな? 俺と同じ流星塾出身の男なんだが》

 

 忘れられるはずありません。いえ、本来なら忘れて然るんでしょうが、私はライダー・シンドロームの恩恵か、はたまた父親が特異点だからか、山吹カリンさんのことも含めて記憶を留めています。

 

「佐久間さんがどうされました?」

《……怪物に襲われた、らしい》

 

 ――やっぱり。どこかで冷静にそう言った自分がいた。

 

《らしい、というのは、その時の目撃者が二代目流星塾の子どもたちばかりで、証言の信憑性が担保できないからなんだが。とにかく塾生たちは俺にそう訴えた》

 

 佐久間さんご自身はすでに病院に搬送されたと、草加さんは言いました。草加さんがこうして私に電話する運びになったのは、直前に佐久間さんと会う約束があったからだそうです。いざ会いに行くと、佐久間さんが救急車に担ぎ込まれる場面に出くわしたと。

 

《それと、これは関係ある話か分からないが、佐久間に天体観測を教わったという塾生が言った。レグルスの光と位置がおかしいとか何とか》

「……レグルスはしし座の一等星です。おかしいと言うのは、春の星座だからでしょう。時期的に、最も輝くのは4月末のはずだから」

《詳しいんだな》

「全部受け売りです。それより、佐久間さんのご容体は?」

《まだ何とも。外傷は一つもないから、一種のショック症状と過労の間のような……医者も診断しかねていたよ》

「そうですか……お大事になさってください。わざわざありがとうございました。草加さん」

《どういたしまして。こちらも混乱していたから、こうして他人と話し合えて、少し落ち着けた》

「それほどでも。失礼します」

 

 私は通話を切ったスマホを両手で胸に抱いた。

 

 3件目を待つまでもありません。1日に2件立て続けともなれば、私だって疑います。――佐久間さんも元アナザーフォーゼでアナザーファイズでした。

 

 今日は久々に、仮面ライダーたちの闘争の巷に身を投じる日になりそうです。

 

 私は気を引き締めて、今度は自分から、よく知った番号に電話を発信しました。

 

 

 

 

 

 待ち合わせ場所は、“マジックカフェ・アクア”という手品や奇術を披露するカフェバーの出入口前。

 

「美都せんせーっ!」

 

 駆け寄ってきた常磐君の顔面を手の平でべしゃり。……これも恒例行事になりつつありますね。

 

「そこまで。ハグについては、もう言うまでもありませんよね?」

「説明を省かれるまでに王母には慣れてしまわれたようだね、我が魔王。ここは一つ新手の迫り方を講じようか。私も知恵を出そう」

「そうして! ぜひ!」

「君も黒ウォズさんも私をどんな女だと思って……いえ、いいです。言わないでください。聞いたが最後、自信喪失から立ち直れませんから」

 

 黒ウォズさんの情報筋によると、前にアナザーウィザードとして契約した早瀬さんが、現在、このお店でお勤めされているそうです。お客さんに手品を披露するマジシャンとして。

 アナザーウィザードにならなくても早瀬さんが手品師として働いていることに、妙な据わりの悪さを覚える私です。

 

 それはそれとして。

 

「それで、常磐君。電話で『なるべくバリキャリなヤリ手っぽい格好してきて』と頼まれたのでこんなふうにしてきましたが、どうですか?」

 

 今までは常磐君たちが戦闘に入った時にすばやく離脱できるよう、動きやすい服装をしていました。ですが今日の私は、上から下までブランド品のレディーススーツです。

 

「バッチリ! これなら怪しまれないでイケる気がする」

 

 常磐君は私に“作戦”を説明しました。私の扮装を頼んだ理由と、狙われるであろう早瀬さんを守るために、彼にどう接近するか。

 

 話を聞き終えて思ったことは一つ。

 これ、一歩間違えれば家裁行き案件です。

 おもに、私が。いえ、この三人の中で成人かつ2019年の社会で職業があるのは私だけなので、「おもに」ではなく「唯一」です。

 

 人ひとりの身の安全と、私の社会的信用。私はどちらを優先すべきか? ――悩むまでもありませんね。

 

 どちらもノーサンキュー。織部美都は教師です。常磐君という“生徒”の気持ちを尊重することを最優先します。

 

「分かりました。先生も常磐君の作戦に乗りましょう。ただし」

「な、なに?」

「戦いになったら早瀬さんをしっかり守ることが第一です。例の加古川飛流君が出て何を言っても、耳を貸さず冷静に。早瀬さんの安全をないがしろにするのは無しですからね」

「――はい、せんせー!」

 

 いい返事です。

 

 こうして私たちはついに“マジックカフェ・アクア”に足を踏み入れたのです。




 展開は前書きに決めた通りです。何が何でも美都せんせーからソウゴ&ゲイツに卒業証書を渡してみせる!!

 小夜が視た未来はまんまソウゴの夢と同じだと思っていただければ。
 あれを見た作者の個人的には、クジゴジトリオが海に行くエピソードなんてなかったのに何で決戦の場所が海? って感じでした。

 ゲイツとの決戦(おそらく第一次であと1回は猶予があると作者は読む。つーか賭ける)まで本編を視聴し、ようやくソウゴにスポットというか、本気の本心を言わせるシーンが書けそうな気がしてきました。
 ただこのルートになると、鎧武二次連載でやった時みたいに一部二部の構成分けをしないといけなくなるんですよね。悩ましい(-_-;)
 メリットとしては「明光院ミト」と「織部計都」と「昭和ライダーたち」の本気の過去編をついに載せられるってことくらい?


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Syndrome56 歴史はくり返す ②

 隅っこのテーブル席を確保してから、私はウェイターさんに早瀬さんを呼んでくださるようお願いしました。

 早瀬さんは5分と経たず私たちの席に来ました。

 

「私に何かご用でしょうか?」

 

 こっそり常磐君とアイコンタクト。――作戦開始です。

 

「木ノ下香織さんを覚えていらっしゃいますか? 私たち、香織さんの紹介で来た者なんです」

「香織お嬢さん、の? いやでも、彼女の劇場で働いてたのは、7年近く前で」

「それでも香織さんは覚えてらっしゃいましたよ。早瀬さんにお世話になったこと」

 

 真偽ないまぜの自己紹介。白黒つけるなら限りなく黒いグレーゾーン。

 常磐君の作戦の要はこのあと。ここからは真っ赤なウソだらけです。

 

「本日伺ったのは、他でもない香織さんが早瀬さんを心配してらしたからです。――率直に申し上げます。早瀬さんの身柄を狙っている人間がいます」

「え!?」

 

 私は人差し指を口に当てて「静かに」のサイン。早瀬さんは周囲を見回してから、こっそりとソファーに座ってくださいました。

 よし、話を真剣に聞いてくださるとこまで持ち込めました。

 

「早瀬さんがマジックハウス・キノシタをお辞めになる前、経営が傾いた小屋の資金繰りのために香織さんが融資先を探していたことは、ご存じですか?」

「は、はい。一応は」

「実はその時、金銭的なトラブルがあったんです。当時の小屋の従業員だった方々には打ち明けなかったとおっしゃってました。要らぬ心労をかけたくないと」

「そんな、ことが……香織お嬢さん……」

「幸い、香織さんが気づくが早かったので、彼女ご自身の安全については心配要りません。ですが、お辞めになった従業員さんまではフォローが回らず、こうして私たちが出向いた次第です。早瀬さんを護衛するために」

「……そんなに、危ない相手なんですか?」

「忌憚なく申し上げるなら、警察では手に負えません」

 

 早瀬さんは薄暗いフロアでも見て取れるほど青ざめた。

 

「ですから私たちがお伺いしました。特にそこの彼は、歳こそ若いですが、そういう手合いを相手取ることにかけて確かな実績があります」

 

 お膳立てはこのくらいにして。常磐君、パスです。

 

「俺、常磐ソウゴ。大丈夫。早瀬さんを狙ってる奴は、俺が絶対なんとかするから。俺に任せてくれないかな。ボディガード」

 

 早瀬さんは常磐君や私を見ては、不安げに手元に視線を落とすということをくり返しました。

 

 畳みかけようと口を開きかけた常磐君には、無言で首を横に振って、返事を黙って待つようにジェスチャーを送りました。こういう場合は、言葉少なに。昔の人も言っています。過ぎたるは猶及ばざるがごとし、とは弁舌にも適用される格言なのです。

 

「――本当に、大丈夫なんですよね?」

「はい」

「分かりました……お願いします」

 

 言質、頂きました。

 

 

 

 

 早瀬さんが仕事に戻って行って、私は大きく息を吐いてソファーにもたれました。

 

 これで加古川君が本当に襲ってくる前に早瀬さんが怪しんで通報したら、私は教職免停かもしれませんね。

 

 ――黒ウォズさん曰く、2012年で明光院君がアナザーウィザードを斃したことで、彼にとっての私たちは「知らない人間」として認識される可能性が高かった。実際にそうでした。

 会ったばかりの他人から「あなたを狙っている怪物がいるから護衛する」と真正直に言っても、むしろそんなことを言った人間をこそ疑って逃げかねません。護衛対象を見失っては未然に防げたはずの悲劇を回避できません。

 そこで常磐君は、早瀬さんに接近するため口実をでっち上げたんです。私は常磐君のシナリオ通りの台詞を諳んじただけ。

 わざわざ私を中継したのは、少年よりオトナのほうが信用を得やすいから。服装もその箔付けのためなのでした。

 

 ……今回はさすがのさすがに、常磐君の肩を持ち過ぎちゃった感が否めませんね。

 

 

 “あんまり()()()()()に感情移入しちゃうと~、辛いの、織部先生のほうですよ~”

 

 

 そういえば伊万里先生にも言われたっけ。

 申し訳ないです、伊万里先生。せっかく心配してくださったのに、私はこのスタンスを変えられそうにありません。

 教え子たちに無関心でいる醒めた教師より、一緒に笑って泣けるほど心が寄り添った師弟関係のほうがいいなって、やっぱり私は思ってしまうんです。そんなの理想だって、何度も言われましたけど、それでも。

 

 現に、ほら。今とてもワクワクな顔をしている常磐君を見ると、私まで心が温まる。

 

「ずいぶんと楽しそうじゃないか、我が魔王。まるでアナザーライダーが現れるのが待ち遠しいみたいじゃないか」

 

 って、ありゃりゃ。これには私も肩を外してしまいそうでした。

 

「……アナザーライダーが現れたら、必然的にゲイツたちと会えるでしょ。人が襲われてるのに、こんなことで喜ぶなんて不謹慎だけど、さ」

「いいじゃないか。私はキミにそういう魔性を求めている」

「あのですねえ、黒ウォズさん。それは別に魔性でも何でもありません。常磐君くらいの年頃の若者としてはごく自然な、友達と疎遠になってさびしいという普遍的感情です。それをさも悪属性であるかのように誘導するのは、ちょーっと頂けませんよ」

「美都せんせー――」

「少なくとも常磐君は、そう願う自分を『不謹慎』だと客観的に見ることができています。それなら彼には何の非もありません」

 

 肩にぽふん、と人肌の体温。常磐君が私の肩に頭を乗っけたからです。

 

「ありがと、せんせー」

「だ、だめですよ、常磐君! そういうスキンシップは軽々しく異性にしちゃいけません!」

「ハグじゃないのに」

「じゃなくても“先生と生徒”的には問題あり過ぎる距離というかですね!」

「さすがは我が魔王。私ごときが知恵を貸すまでもなく、もう王母と密な仲にお戻りになるとは」

「その話題、いま引っ張ってきます!?」

「いや、密な仲というよりは、親しい間柄と言うべきか。そうしていると()()()()()()()()()()()()

 

 ――すうっ、と。

 常磐君は真顔になって私から離れた。

 

 怒っている? 驚いている? 照れている?

 どう形容していいか分からない。少なくとも私は常磐君のこんな表情を初めて見ました。

 

 黒ウォズさんを窺うと、彼自身、常磐君のリアクションが想定外だったのか、若干の戸惑いが見られました。

 

 店内にいる間、ずっと、私も黒ウォズさんも、常磐君に一声もかけてあげることができませんでした。

 

 

 

 

 

 勤務上がりの早瀬さんに続く形で、私たちはカフェバーを出ました。

 

 道すがら、私は早瀬さんと並んで歩いて打合せなどを一つ。

 ボディガードといってもどの時間帯のどの場所でとか、プライベートな時間はさすがに離れているし監視する真似はしないとか、それらしい話をしました。内心ではいつボロが出るか冷や汗ものでしたが。

 

 団体行動をしていれば加古川君も簡単には手出しできないはず。

 私は、その見通しがワンホールケーキ並みに甘かったことを、痛感しました。

 

 進行方向に、初めて見る顔の男子が立っていました。年頃は常磐君と同じかその周辺。

 

「――黒ウォズさん。もしかして彼が」

「――ああ。正体不明のアナザーライダー、加古川飛流だ」

 

 私は早瀬さんを背中に庇うポジションに立ちました。

 

 口火を切ったのは常磐君です。

 

「一体何の目的だ。どうしてこの人たちを狙う!!」

 

 そうなんです。こう見えて常磐君はすーっごく! 思いやりのある少年です。人が襲われて、冷めた態度でいるわけがないんですから。

 

「そいつらの中に残るアナザーライダーの力が欲しいだけだ。お前を斃すためにな」

「俺を? 何で」

「まあ分からないよなァ……そうなんだ。お前には分からないことなんだ」

 

 加古川君は、常磐君を嘲笑うというより、自嘲するように告げました。

 

「とにかく、この人たちはもうアナザーライダーともタイムジャッカーとも関係ない。お前の好きにさせるか」

 

 常磐君はジクウドライバーを装着して、ジオウⅡウォッチをドライバーの両端に装填しました。

 

「変身!」

《 ライダー・タイム  カメンライダー・ライダー  ZI-O・ZI-O・ZI-O“Ⅱ” 》

 

 二つの大時計の文字盤が重なり、ジオウのアーマーも二重となって、「ライダー」のロゴと共に弾けて常磐君を仮面ライダーへ変身させる。

 

「そっちから来てくれるなら、それに越したことはないな」

 

 加古川君が取り出したのはアナザーライドウォッチです。過去のアナザーライダーの契約者たちとちがいます! アナザーライダーにされた人は全員、タイムジャッカーによってウォッチを体内に埋め込まれていました。なのに彼はウォッチを手に持っています。

 元・契約者からライダーの力を奪うスタイルといい、加古川君はまるで――

 

 思案にふけりかけた私に、ジオウⅡから檄が飛んできました。はっとして見れば、ジオウⅡはアナザー鎧武と斬り結んでいる真っ最中。

 

『せんせー! 早瀬さんを安全な場所に!』

「は、はい! ――早瀬さん、来てください!」

 

 私はジオウⅡがアナザー鎧武を食い止めている隙に、早瀬さんと一緒にこの場を離れようとしました。

 ですが、何という皮肉か。

 私はよりによって、今日のスーツに合わせて履いたハイヒールの踵が折れた拍子に転んでしまった。

 派手に地べたに転がった私を見て、早瀬さんは駆け戻って私を助け起こしてくれました。

 

 ――それらが致命的なタイムロス。

 

『貰ったぞ。アナザーウィザードの力!』

 

 私と早瀬さんが見上げた時には、とっくに手遅れ。

 アナザーファイズ。しまった。555・アクセルフォームでの超加速スキル。

 

 アナザー555がブランクウォッチを早瀬さんに押し当てた。

 

「うわああああああっ!!」

「早瀬さんッ!」

 

 彼の「アナザーライダーの力を奪う行為」が元・契約者にもたらすダメージは未知数。宝生先生や草加さんの話では死んではいなかったけれど、どちらも病院に救急搬送されるくらいには負傷した。

 

 その加害者は、常磐君と年頃の変わらない若い男子。

 

 結論として、どちらも私の目の黒い内には許せないことです!

 

 アナザー555が早瀬さんにブランクウォッチを押しつける腕を、私は、掴んだ。

 

「ライダー・シンドローム!!」

『ガッ!?』

 

 アナザー555が腕に電気ショックでも食らったかのように、私の手を振り解いて後退しました。

 

 私はその隙に今度こそ起き上がって、早瀬さんの体を揺さぶりました。早瀬さんは低く呻き声を上げました。よかった! 生きてます!

 

 あとは――私が(シンドローム)を開放したおかげなのか、変身が解けて生身に戻っている加古川君。彼へのお説教のみです。

 

「加古川飛流君でしたね。君は自分が何をしているか本当に分かっているんですか?」

 

 踵の折れたハイヒールを左右共に脱ぎ捨てて、ストッキングに包まれた足で、前へ出る。

 

「ライダーの力が絡んでこようが、君がしていることは()()()()()()()。しかもいずれ強盗致死になる目算が濃い。常磐君にどんな恨みがあるとしても、それは暴力でなく言葉で訴えるべきです。少なくとも人様を傷つけ続けては、君の将来の可能性を狭めるだけです。考え直してください。他でもない、加古川飛流という人一人分の人生のために。私はそう提案します」

「俺の両親が死んだのが、常磐ソウゴのせいだって言ってもか」

 

 ――え?



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Syndrome57 歴史はくり返す ③

「馬鹿正直で無意味な説法に免じて教えてやるよ。――聞けばそいつは魔王? とかになるんだろ。それを危険視した奴が未来から来て、そいつを消そうとしたらしい。俺は今でもハッキリ覚えてる。2009年4月24日。あのバスの中で、そいつが俺の近くのシートに座ってたこと。常磐ソウゴの名前を叫んで、銃の引鉄を引いた白い女のこと。俺の父さんと母さんは、そいつのせいで事故に巻き込まれたんだッ!!」

 

 私は言葉を失って立ち尽くした。

 

 常磐君の両親が他界されていることは、常磐君本人から言われたわけではないけど、うっすらと察してはいた。でもそこに、オーマジオウが関わってくるなんて夢にも思わなかった。

 

 そして、加古川君が言った「白い女」と「銃」。この二つを兼ね備えて、オーマジオウを危険視する人物に、私はツクヨミさんしか心当たりがない。

 

「ほら、言ってやったぞ。これでもまだ暴力に訴えるのは間違いだって言うのか? 家族を殺された奴を斃して、仇を取りたいと思う俺は間違っているか!?」

 

 言い返せない。どうして? 少し前、ううん、去年までなら、私はきっぱり「間違いです」と言っていただろう。なのに、何が喉を堰き止めているの?

 

 加古川君が再びアナザーライドウォッチのリューズを押して、まるで常磐君が変身する時のように腹部にウォッチを押しつけた。

 

《 Zi-O 》

 

 加古川君が変身したアナザーライダーの姿を見て、私はショックのあまりその場に頽れた。

 

 乳白色のボディ。宝石ではなく、血管を体外に剥き出しにしたローズピンクのライン。フェイスマスクとバックルには「2019」の刻印。

 

「ジオウの、アナザーライダー……」

 

 まさか、と思いながら、そんなわけない、と心の中で遠ざけていた可能性が、現実のものとして目の前にある。どんな悪夢よりひどい光景。

 

『――黒ウォズ。美都せんせーを頼む』

 

 ジオウⅡとアナザージオウの戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 二つに増えたドルフィン針がジオウⅡの顔面で回転した。ああすることで彼は未来予知をして敵にイニシアティブを取る。

 

 なのに、アナザージオウもまた、一つきりのドルフィン針を回転させた。

 

『お前の未来も、視えたぞ!』

 

 二人がフィニッシュ・タイムの構えを取ったのは同時。

 

《 タイム・ブレイク 》

 

 重なり、相殺する。ジオウⅡが放ったジョーヌブリリアントの閃光と、アナザージオウが放ったルビー色に輝くエネルギーエッジ。

 

「常磐君!!」

「いけない! 王母!」

 

 黒ウォズさんが私を押し留めた。直後に巨大なエネルギーの衝突の余波が私たちにも叩きつけた。

 

 視界がようやく晴れる。

 ジオウⅡもアナザージオウも健在だった。変身解除に至るほどのダメージは追わなかったみたい。

 

 でも、このままじゃジリ貧です。両者の力が伯仲していて、決着をつける決定打が無い。戦いの泥沼化は必至。どうすれば。

 

 私や黒ウォズさんがいるのとは別の並木道に、駆けつけた人たちがいた。

 ゲイツ君に、白ウォズさん?

 

「すでにジオウたちもいたか……! 行くぞ、白ウォズ」

「キミと並び立てるとは感激だよ。我が救世主」

 

 彼らはおのおのドライバーを装着して、ライドウォッチをセットしました。

 

「「変身!」」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  GaIZ 》

《 “投影”  フューチャー・タイム  スゴイ・ジダイ・ミライ  カメンライダーウォズ・ウォズ 》

 

 まさかのゲイツ君と白ウォズさんの二段構え!?

 あの様子だとお互い示し合わせての共同戦線です。ゲイツ君もそれだけ加古川君を――アナザージオウを警戒していたということです。

 

 まずはゲイツが肉弾戦でアナザージオウにぶつかって行った。

 

《 “投影” パッション・ファッション・クエスチョン  フューチャリング・クイズ 》

 

 その隙にウォズはクイズミライドウォッチへ換装。ゲイツと交替して、アナザージオウにジカンデスピアーで斬りつけた。

 

『問題! トマトは野菜だがフルーツトマトはフルーツである。〇か×か!』

 

 とりあえず白ウォズさんは全国のトマト農家さんに謝りに行ってください。

 ああ、案の定です。赤と青の「?」型拘束を、アナザージオウは容易く破りました。

 

 ゲイツが壁に手を突いて立ち上がりました。

 彼の手には、砂時計型のブランクウォッチが握られています。私は初めて見るウォッチです。もしかしてパワーアップアイテムですか!?

 

 ゲイツが砂時計ウォッチのリューズを押した――

 ――あれ? 何も起きませんよ?

 

『な!? 何故だ!?』

 

 ゲイツは何度もリューズを押し直しますが、新しいウォッチは一向に起動しません。

 

 そうしている間にもアナザージオウはゲイツに迫ります。

 寸での所でウォズが割って入って食い止めなかったらどうなっていたか。

 

 ですが、ゲイツが用意した何かしらの策が通用しないのなら、またも泥沼化の戦況まで待ったなしです。状況の打開策が思いつきません。

 

「はいはい、そこまでー」

 

 戦場にあっては暢気すぎる、少女の声。

 直後、灰色のオーロラが降りて、アナザージオウだけを包んでこの場から退場させてしまいました。

 

「小夜さん!」

「ハァイ。お昼ぶり、美都さん。割と悲惨な現場ねえ。誰も敵わなかったんだ。アナザージオウに」

 

 わわわっ、そこストレートに言っちゃだめですよ!

 

 慌てて小夜さんに駆け寄ろうとした私でしたが、二の腕に何かが倒れてきた衝撃で踏み止まりました。

 気絶した常磐君が傾いて、私にぶつかったのです。

 

「常磐君、しっかり! 常磐君ッ!」

 

 私は常磐君の口元に耳を近づけました。

 よかった、呼吸はある。戦闘疲れで昏倒しただけみたいです。命に別状がなくて、本当によかった。

 

「キミにはがっかりだよ、我が救世主」

 

 あちらはあちらで静かにしていてはくれません。白ウォズさんとゲイツ君が言い争っています。

 

 ゲイツ君に胸倉を掴まれて凄まれているのに、白ウォズさんは余裕綽々です。

 

「リバイブウォッチが起動しなかったのがその証拠だ。リバイブウォッチは魔王を斃すための力。キミの動機と連動している。今やキミは、牙を抜かれた獣だ。キミの使命を思い出してもらいたいね。このままでは、ツクヨミ君に()()()()()()()よ」

 

 白ウォズさんは言いたい放題の末、不吉な言い回しを残して去って行きました。

 

「美都さん。わたし、ソウゴ君を連れて帰っとくね。黒ウォズさんとも話しておきたいし」

「お願い、できますか?」

「ええ。お任せよ」

 

 私は支えていた常磐君を黒ウォズさんにお願いしました。

 

 程なくして灰色のオーロラが降りました。小夜さんが笑顔で手を振るのを最後に、彼女たち全員が消えました。

 

 私は、一人佇むゲイツ君に歩み寄りました。



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Syndrome58 歴史はくり返す ④

 や、やっとお膳立ての段階まで書けた…orz


「――アンタか」

「早瀬さんにはボディガードの名目で付き添っていましたから。それより、さっき白ウォズさんが言ってたリバイブウォッチ、というのは」

 

 ゲイツ君が取り出したのは、砂時計の形をしたライドウォッチでした。ブランクウォッチのように何のカラーリングもありません。

 

 お題目は、オーマジオウを討滅する救世の力。

 かくしてその実態は、ゲイツ君に常磐ソウゴ君という“友達”を殺せと無言の怨嗟を浴びせる、呪いのアイテム。

 

「使えなかった」

 

 リバイブウォッチを握り締めるゲイツ君の手を、私は無言で、両手で包みました。

 

「白ウォズの言う通りだ。俺は完全に常磐ソウゴに絆された。どう戦意を取り戻せばいいかが、俺には分からない」

 

 ゲイツ君が、私が置いた両手を上から掴んだ。溺れる者が縋るように。

 

「教えてくれ、俺はどうすればいい……っ」

 

 ゲイツ君の手も声も、かわいそうなくらいに震えています。

 

「君の責任感が人一倍なのは知っているつもりです。それでも、不愉快を承知であえて言わせてください。私は嬉しい。ウォッチの起動に直結するくらい、君が常磐君と戦いたくないと思ってくれるようになったことが」

「……白ウォズの言う通りだ。今の俺は、牙を抜かれたケモノだ。なまくらだ。アイツはオーマジオウになるのに。レジスタンスのみんなと、ミトさんの仇なのに……!」

 

 そこまで言ってゲイツ君は、はっとして、バツが悪そうに私を見やった

 

 まあ、考えなかったわけじゃないです。お母さんが死んだことは知っていました。

 ならその死因とは?

 レジスタンス活動の最前線に立って仮面ライダーに変身し、オーマジオウと直接戦ったなら、お母さんを殺したのはオーマジオウで8割確定です。

 

 常磐君があと50年経ったら、私のお母さんを、殺す。

 ()()()()()

 

「心配してくれてありがとう。ですがそれは未来のオーマジオウの所業であって、2019年に生きる常磐ソウゴ君とは関係ないことです」

「……やっぱりアンタはミトさんの娘だな。自分の不利に働こうが筋は通す。ミトさんそっくりだ」

 

 私は曖昧に笑みを返した。

 

 ――さっき言ったこと以上に、私はどんな運命か、2019年中に死ぬ確率が高い。

 だったら“現在”を大切にしたい。“現在”で私を頼りにしてくれる常磐君やゲイツ君のような若者を応援したい。

 そうすれば、私は“その時”が来ても未練なく逝けると思うから。

 

「ゲイツ君。常磐君と闘いたくないという自分の気持ちを、まずは君自身が認めてあげてください。否定するばかりじゃ、心は一歩も前に進めません。進んだ一歩先に、ただ心を殺してジオウを斃さなければいけないという結論が待っていても。駄々を捏ねたままよりずっと生産的です」

「駄々っ子の一言で切り捨てるのか。俺の迷いや悩みを」

「30歳になったので、歯に衣着せるのはやめにしました。いいオトナはコドモにとにかく憎まれて、反面教師にしてもらってナンボです」

「それじゃアンタが損するだけじゃないか……」

「一時的にはね。でも、生徒たちが私と同じかそれ以上の年代になった時、理解してもらえる日は必ず来ると信じています。――と、話題が逸れましたね。私から言えることは一つです。ゲイツ君。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。単に私が平和的に解決したいからこう言うんじゃありません。ただ、嫌がってる子が嫌なことを嫌々するんだったら、私はそうさせないように立ち回るべきだと思うまでのことです」

 

 ゲイツ君の手の震えが徐々に治まっていく。

 

 私に言えるのはここまで。あとは大いに悩め若人、ってやつです。

 

 プルルプルル♪ プルルプルル♪

 

 ゲイツ君のファイズフォンⅩに着信アリ。相手はツクヨミさんみたいです。

 ゲイツ君は電話に出て、ツクヨミさんの調査の経過報告を受けました。私にも聞こえるようスピーカーモードにしてくれました。

 

《2009年のバス事故後に、ソウゴが入院した病院に行ってきたとこ。加古川飛流も同じ病院にいたわ。ソウゴのお見舞いに順一郎さんが来てた。でも、加古川飛流には迎えが来なくて……かわいそうだった》

 

 家族を常磐君のせいで喪った。加古川君はそう言いました。そして、不安を覚えました。加古川君は「白い女が銃を撃った」と言いました。

 

《それで。そっちのほうは?》

 

 ゲイツ君は、加古川君の正体がアナザージオウだったこと、リバイブウォッチで挑もうとしたのにウォッチが起動しなかったことを、正直にツクヨミさんに打ち明けました。

 

《そう、そうなんだ……使えなかったんだ》

 

 ツクヨミさんはまるであらかじめ知っていたかのように、無理だと分かるおどけ声です。

 

《私は事件当日に飛んでみる。私にできることをするしかないから》

 

 待ってください、と止める暇もなかった。ツクヨミさんから通話が切られた。

 

「――事故が偶然じゃないとしたら」

 

 ゲイツ君? って、わっ、急にどこ行くんですか!

 

 

 追いかけて着いたのは、人通りのないもののそこそこに広い路地裏でした。

 

 風圧があった。見上げると、赤いタイムマジーンが光学迷彩を解いて降下してきたところでした。

 

「どこへ行くんです」

「2009年4月24日。常磐ソウゴと加古川飛流がバス事故に遭った日だ」

 

 ゲイツ君はコクピットに乗り込んで、色んな装置をいじり始めました。

 

 知りたくない、と言えば嘘です。

 ツクヨミさんが加古川君の言った「白い女」で、ツクヨミさんが原因でバスは事故に遭ったのか。

 加古川君が常磐君を恨むだけの何が起きたのか。

 

「先生」

 

 ゲイツ君が私に手を差し出しました。それって……私、一緒にタイムマジーンに乗っていいんですか!? 前はあんなに嫌がられたのに!

 

 私がおっかなびっくりゲイツ君の手に手を載せた。

 ゲイツ君は私の手を強く握って、私をタイムマジーン内部に引っ張り上げてから、コクピットを閉じました。

 

「いいんですか?」

「きっと今回は、俺だけじゃ判断できない展開になるだろうから」

「――それは責任重大ですね」

 

 操縦席に座ったゲイツ君の前に、転移先を指定するディスプレイが映し出された。ゲイツ君はディスプレイをタップして、行き先を「2009年」に設定した。

 

 私は壁の適当な柱に強くしがみついた。

 

「時空転移システム、起動!」

 

 

 

 

 

 2009年にタイムマジーンが出てすぐでした。

 

 眼下で大型バスが蛇行しながら道路を走っているのが、ディスプレイに映し出されました。

 あれが、常磐君と加古川君が8歳の頃に乗っていたというバス?

 あんな運転じゃいつ大事故を起こしてもおかしくありません!

 

 ゲイツ君はタイムマジーンを操縦して、高度を落としてバスの側面に寄せました。

 

 マジックミラーの車窓がバス車内を透視映像で捉えた。

 その車窓の奥にちょうどいたのは――ツクヨミさん!?

 

《ソウゴ!!》

 

 ツクヨミさんがファイズガンのトリガーを引いた。

 誰に着弾したかは分からなかった。その先の透視映像を観る前に、バスがトンネルに突っ込んで、爆発炎上した。

 

 バスは大破。いくつもの部品が飛び散って、車体は轟々と燃え盛っている。

 ……何て、こと。

 

 私は白ウォズさんの捨て台詞を思い出しました。

 

 

 “ツクヨミ君に顔向けできない”

 

 

 ――知っていた。彼は知っていたんだわ! ゲイツ・リバイブ覚醒への最後の一押しが、ゲイツ君にとってはパートナーに等しいツクヨミさんの死だと。悪辣にも程がある!

 

「ゲイツ君! 一度降りましょう。今ならまだ、ツクヨミさんを救助できる見込みはゼロじゃないです!」

「ッ……ああ!」

 

 赤いタイムマジーンを道路に着陸させてから、私とゲイツ君は燃えるバスへ駆けつけました。

 

 火災は、ゲイツ君がゲイツ・ウィザードアーマーに変身して、凍結魔法で鎮火しました。そこからは、焼け焦げたバスの中と周囲の大捜索……になるかと思ったのですが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「ツクヨミ! いないのか!? 返事をしろ!」

「常磐君! 加古川君! 答えてください!」

 

 ツクヨミさんはもちろん、二人きりの生存者である常磐君と加古川君さえも姿が見当たりません。

 不躾な言い方ですが、死体はおろか欠損した手足や、焦げて相好の判別がつかない、なんてレベルではなかったのです。

 それこそ、爆発の直前に乗客全員が神隠しにでも遭ったかのような有様でした。

 

 私もゲイツ君も途方に暮れるしかありませんでした。



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Syndrome59 仮面ライダーに捧ぐ卒業式〈リハーサル〉

 畳んでやる! 何が何でもあの4話分を畳んでやるー!(ノД`)・゜・。


 俺が煮え切らなかったばかりに、ツクヨミが手を汚した末に、死んだ。

 

 先生は「まだ死んだと確定したわけじゃありません!」と訴えたけれど、あの規模の爆発の中で生き延びたという夢想は、俺にはできないんだよ。先生。

 

 白ウォズの言う通りだ。このままではツクヨミに顔向けできない。

 ならばせめて、遅すぎた決断を今からでも下そう。遅すぎた覚悟を、ここに示そう。

 

 トップギアで走らせたライドストライカーで、俺は、ジオウとアナザージオウの戦う真っただ中に割り込みをかけた。

 

 変身はしていない。生身のままで突っ込んだ。バイクに乗っていようが、いやむしろ乗っていたからこそ、アナザージオウに衝突した瞬間に手足の骨が一気に外れたんじゃないかってくらいの反動があった。

 

 ライドストライカーがウォッチに戻ったが、俺はそれを拾わないで立ち上がる。

 

『また邪魔しに来たのか……! 帰れ!! 常磐ソウゴは、俺が斃すべき存在だ!』

 

 ――違う。ジオウを斃すのは、お前じゃない。

 ――この俺だ。

 

『ゲイツ……?』

 

 呼ぶな。

 そんな、親しい人間の暴挙に戸惑う声で、俺の名を呼ぶな。

 

 ジクウドライバーの右側には、お前に殺されたミトさんから受け継いだ、悔恨の力を。

 左側には、砂がとっくに落ちきって手遅れを否応なく告げる、贖いの力を。

 

《 GaIZ  “リバイブ” 》

「――変身」

 

 願っても取り返しのつかない時を巻き戻すかのように、バックルを逆時計回りに回した。

 

《 リ・バ・イ・ブ  剛烈 》

 

 新しい力――俺だけの力が、全身を装甲した。

 排熱を行うボディスーツとは裏腹に、俺の思考はどこまでも冴えている。感慨に耽る気すら起きなかった。

 

「祝え! 巨悪を駆逐し、新たな未来へ我らを導く救い主(イル・サルバトーレ)。その名も仮面ライダーゲイツ・リバイブ! 真の救世主がこの地に降り立った瞬間である。――何があったか知らないが、見違えたよ、我が救世主。今こそゲイツ・リバイブの力を解放する時だ」

 

 俺がジオウへ向けて踏み出そうとしたところを、アナザージオウが背後からがむしゃらに止めようと突っ込んできた。デフォルト装備で戦った時には強敵だと感じたのに、今はちっともそう思えない。()()()()()()()

 

 俺は振り向かないまま、アナザージオウの胸板目がけてジカンジャックロー(電動丸鋸)を突き出した。的中だと手応えで分かったし、今の一撃だけで、アナザージオウは後ろのコンクリートブロックを軽く3層はブチ抜いて吹っ飛んだだろう。

 

 これほど圧倒的な力を揮いながら、胸に何の高揚も湧いてこない。

 ただ、アナザージオウが、ジオウと決着をつけるために邪魔だ。だから、退場させる。その程度にしか思考が働かない。

 

 追撃は必要なかった。

 スウォルツが現れて時間停滞を発動し、アナザージオウを連れて撤退したからだ。

 

 時の流れが正常に戻ったところで、ようやくジオウⅡが声を上げた。

 

『ゲイツ、一体何があったの?』

 

 話すことなんて何もない。そう言い捨てるだけですんだ。なのに。

 ことばが、出てこない。

 

 ――過去のお前や加古川が遭ったというバス事故を追ってツクヨミは消えた。生死すら不明なんだ。でもな、ツクヨミは少なくとも、決断できなかった俺に代わって、自分の手を汚してでも、いつか魔王になるお前を消そうと全霊を尽くした。でもお前はこの2019年にこうして健在だ。ツクヨミはしくじった。なら俺が手を下すしかないだろう? 俺もツクヨミも同じ、“オーマジオウ”を歴史から消すという目的で時空を超えて来たんだから。

 

 ああ、何だ。俺がショックだったのは、ツクヨミが死んだかもしれないことじゃなかっ

た。我ながら何て薄情者だ。

 

 

 “ゲイツ。女の子は大事にしなさいよ。でないと大人になった時に後悔するんだから。――イヤそうな顔しないの。いつか出逢う運命の相手への予行演習だとでも思いなさい。そうねえ、まずは……バディ組んでるツクヨミを守れるようになろっか”

 

 

 ミトさん。俺はまた一つ、アンタの言いつけを破ってしまった。

 

 アンタが俺にドライバーとウォッチごと託した“仮面ライダー”という在り方。一つ破って遠のくほどに、死んだミトさんが、俺の中でもっともっと死んでいく気がした。

 

「二人とも、待って!! まだ争っちゃダメです!!」

『美都せんせー!?』

 

 ああ、彼女が来てしまった。居合わせたら絶対に俺たちを止めると思ったから、あえて連れて来なかったのに。

 

 彼女は崩れたコンクリート片を危なっかしい足取りで避けながら、それでもいくらかストッキングを伝線させて、俺たちの――俺の前まで来た。

 

「明光院君。恐れ入りますが歯を食い縛ってください」

 

 は、と反駁する暇もあらばこそ。

 先生は平手で、俺の顔面を、ひっぱたいた。

 

 変身中だから俺のほうは痛みなんて皆無、なのに、殴られたという現実だけで充分すぎるショックがあった。

 目の前の先生は、俺を叩いた手を真っ赤に腫らして、俺なんかよりずっと痛いだろうと分かるのに。

 

「常磐君に何か、言うことがあるでしょう。まさか、何も打ち明けないまま、ゴリ押しで闘おうとしたんじゃないでしょうね?」

 

 否定はできない。先生が割って入らなければ、俺は結局何も告げずに、問答無用でジオウⅡとの交戦に入っていただろう。

 

「加古川君だって、常磐君を恨んでる理由、襲う理由がどんなものかをちゃんと言いました。理由があれば人を傷つけていいわけでは、もちろんありません。ですが、理由もなく人を傷つけるのも、同じくらい、いけないと思います。それと、何より、加古川君にせよゲイツ君にせよ、闘いを吹っかける理由は君たちの手前勝手。その対象である常磐君には何の罪もないじゃないですか!」

 

 ――カチン、と。

 何か、途轍もなく取り返しのつかないスイッチが、俺の中でONになった。

 

『ジオウに何の罪もない、だと?』

 

 常磐ソウゴがオーマジオウなんかになってしまうばっかりに、俺の師匠で育て親だったひとが、大勢のレジスタンス仲間が、世界中の無辜の人々がこれから死ぬというのに。その悲惨な末路を知りながら未然に防ぐ努力をしないほうが、よっぽど罪深いじゃないか。

 

 それどころか、アンタは「王母織部」なんて仰々しい二つ名で呼ばれるほどに、オーマジオウの人格形成に一役買ったんだろう?

 俺からすればジオウもアンタも同じくらい罪深い人間だ。

 罪深いと言っていいくらいに、愚かな、人間だ。

 

『もう、いい』

 

 ツクヨミのためじゃない。ミトさんのためじゃない。俺自身の正義のために、コイツらの息の根をここで止めなくては。

 

『ゲイツ!? くっ……せんせー! 俺から離れないで!』

「は、はいっ!」

 

 ――遅い。

 さっきアナザージオウと闘った時と同じだ。ジオウⅡにせよ彼女にせよ、動きが停まって見えるくらいに、俺のほうが加速できるようになった。

 

《 リバイブ  疾風 》

 

 女一人を背中に庇ったジオウⅡの背後に回り込むなんて、あまりに容易い。

 

『せんせー、ごめん!』

「きゃっ!?」

 

 ジオウⅡが先生を突き飛ばしたせいで、俺が突き出したジカンジャックロー・つめモードはジオウⅡしか射程に捉えられなかった。

 

 なら、後回しでもいいか。生身の女一人、始末するなんて簡単だ。

 

 ジオウⅡをスピードクローで攪乱する。攪拌する。ズタズタに。ザクザクに。

 

「常磐君ッ! ゲイツ君、やめてください!」

 

 やめない。

 地べたに落ちたジオウⅡに、ジカンジャックロー・のこモードを振り上げ――

 

 背中に何かがぶつかってきた。

 

「ライダー・シンドローム!」

 

 

 

 

 

 気がつけばジオウⅡが目の前にいない場所にいた。その上、変身が強制解除されていた。

 

 たったさっき俺の背中に抱き縋ったひとは、そのままの態勢で、息を荒げている。

 

「も、ぅ…やめて、くだ、さっ…おね、がい…だから…わたしの生徒、を…ぇっく…これ以上、いじめ、ないでぇ……ふぇ、えええん……っ」

 

 ――頭から冷水をぶっかけられたらこんな気分かもしれない。

 たったさっきまでの自分自身の残虐性に、他ならぬ俺がぞっとした。

 

 何で俺はあれほど異常に常磐や先生が憎くてならなかったんだ? どうして二人をあんなにも傷つけたくて堪らなかったんだ?

 売り言葉に買い言葉? ムキになった? いいや、そんな生易しいレベルじゃない。破壊衝動や力そのものに憑き動かされて、思考が完全にイカれていた。

 

「先生……」

 

 ビクン! 先生が大きく体を強張らせたのが、密着した背中から伝わった。

 

「もう、しない。俺が、どうかしてた。だから、その、な」

 

 泣かないでくれ、と言う前に。

 

「感謝を申し上げる、王母。あんな形での決着など、もう一人の私を喜ばせるだけだっただろうからね」

 

 最悪の邪魔が入った。

 

「黒ウォズ……」

 

 すると、先生は俺の背後でさらに縮こまった。

 もしかして、泣き顔を黒ウォズに見られるのが恥ずかしいあまり、盾にされたのか、俺?

 

 ――距離が、近い。もしかすると去年のクリスマス前、車の中で抱き合った時くらいに。

 彼女から離れてくれないなら、俺が居直るしかないじゃないか。

 

「何のつもりだ」

「キミのためさ」

「お為ごかしを言うな!」

「――やっぱり気づいてなかったか。まあ()()()には気づけないか、この状態じゃ」

 

 黒ウォズはほんのわずかに俺を見下ろしてから、わざとらしく溜息をついた。

 

「我が魔王を斃したいという気概は買うから、そろそろ王母から離れてくれないかい? 偉大なる魔王と救世主(笑)の決着が痴情のもつれに起因するなど、預言者として語るに忍びないことこの上ないのでね」

 

 俺が反論するより、先生が俺の背中から俊敏に離れるほうが速かった。密着されたらされたで困るが、離れられると途端に空しくなるのは何故だ。

 

 というか黒ウォズ。さっき、(笑)(カッコわら)わなかったか、おい? 事の次第によってはもう一回、リバイブに変身して凹るぞエセ預言者。

 

 とかなんとか考えていたのが表情に出たからか、斜め後ろから先生が俺の服の裾を摘まんで、涙の跡の残る顔で一生懸命に首を横に振った。

 ――分かった。短気は控えるから、泣き顔はやめてくれ。本当に。

 

 

 

 

 

 明光院ゲイツが織部美都に気を取られている隙を見て、黒ウォズはさらりと両名の前から姿を晦ましていた。

 

「――実に下らない三文芝居だ」

 

 いっそあの場で、織部美都がうっかり殺され、それを実行した明光院ゲイツが精神を破綻させてしまえば、不確定要素をまとめて一掃できたのに。

 

 考えてみて、彼はくつくつと笑みを漏らした。

 

 明光院ゲイツはともかく、織部美都に関しての所感が常磐ソウゴに知れれば、この世に産まれたことを後悔するほどの仕置きが待っていると安易に想像がついたからだ。




 黒ウォズが言った「気づかなかった『そっち』」が何かはお分かりいただけると信じて。
 簡単ですよ。この文中のゲイツ、超ピンピンしてますよね?
 そしてこの直前、美都せんせーのライダー・シンドローム開放。
 はい、説破。


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Syndrome60 三人寄れば文殊の(悪)知恵 ①

 本編というよりウールの登場シーンをなぞるだけになってしまった…(-_-;)


 夢のマイホーム立ち並ぶ住宅街のある一軒を、黒ウォズは一応、この時代のマナーに則って訪問した。

 

「はいはいはーい。お待たせし……」

 

 織部家の玄関ドアを開けた門矢小夜(外見年齢15歳)は、黒ウォズを見るなり固まって一切の挙動を止めた。

 

「――――――」

「やあ、初めまして、門矢小夜君。今日はキミに頼みたいことがあって訪ねたんだ」

「はい、そこまで。この織部家は……もはやとっくに有名無実だけど、一応、平成(レジェンド)ライダーとその関係者には不可侵領域。近くの公園に場所を移していいかしら?」

 

 場所を移さないと石化させるぞこの野郎♡ という副音声が聴こえたので、黒ウォズは肩をひょいと竦めて了承したのだった。

 

 

 

 

 

 改めて黒ウォズは、門矢小夜を訪ねた理由である“頼み事”の内容を明かした。

 

 彼女の“左眼”で、2009年4月24日、当時8歳の常磐ソウゴがバス事故に遭った状況を“視て”ほしい。

 

 駄目押しに、過去を直接調査しに飛んだツクヨミがそのバスに乗車したことと、バスの運転手に扮していたのが門矢士だったことも付け加えた。

 

「大体分かった。士お兄ちゃんのことなら小夜の出番。知らせてくれてありがとね、黒ウォズさん。その頼み、引き受けるわ」

 

 小夜は座っていた鉄棒から滑り降りた。重力を感じさせない落下と、潔い着地。この時代にはまだ催されていたプール飛び込み系の競技ならオール10点だっただろう。

 

「それじゃあ失礼して、っと。あ、邪魔が入りそうなら貴方が止めてね? 本気で“視る”間のわたしは無防備だから」

 

 小夜は一度瞼を閉じてから、開いた。

 黒ウォズから見れば、それはおよそ人間らしい眼球の輝き方ではなかった。目鼻立ちは15歳の少女に間違いないと断言できる分だけ異様に見えた。

 

「ん……? ――!!」

 

 小夜が突然、左目を押さえて膝から崩れ落ちた。

 

「小夜君?」

「眼帯、を……! おねがいっ、目が潰れちゃう……!」

 

 黒ウォズは黒い宝石を嵌め込んだ眼帯を素早く小夜の右眼から外し、それを左眼に押し当てながら、小夜の肩を支え起こした。

 

「はっ…はぁ…」

「――何が視えた?」

「士お兄ちゃんが運転するバスに、ソウゴ君や飛流君、2000年生まれ(ミレニアムチルドレン)がいっぱい乗ってた。バスが発進してしばらくしてからよ。道路に帽子で顔を隠した男が出てきた……あとは大パニック。バスのブレーキは利かないわ、子どもたちは泣き叫ぶわ。わたしが“視る”ことができたのは、人外めいたバスジャック男に立ち向かった幼いソウゴ君と、その男にツクヨミちゃんがファイズガンを撃ったとこまで。これ以上はどの乗客に焦点を合わせても、過去を追えないわ。お兄ちゃんのいつもの手口が災いしたわね。ツクヨミちゃんと乗客を逃がすために、お兄ちゃん、例のオーロラで()()()避難したのよ。ビシュムの眼は過去も未来も視られるけど、“現在進行形の出来事”だけはダメなの」

「現在進行形――いや、待ってくれ。ディケイドの緊急脱出先が仮にこの2019年だとするなら、8歳の頃の我が魔王は()()()()()()()()2()0()1()9()()()()()()()()()ということになる!」

「厳密には、主観時間と客体時間と固定時軸は少しずつ違うから、ソウゴ君や士お兄ちゃんにとっては過去の体験に違いないんだけど、ツクヨミちゃんにとっては“今目の前で起きている現在”で……ごめんなさい。こればっかりは上手く説明できない」

 

 助かったわ。ありがとう。小夜はてらいなく黒ウォズに礼を言い、眼帯を右眼に巻き直して立ち上がった。

 黒ウォズにすれば、些かならないサプライズ。

 ソウゴ以外の他人に笑って「ありがとう」を言われたのは、彼にとってかなり久しぶりだったからだ。

 

「力になれなくてごめんね、黒ウォズさん。わたしとしても、士お兄ちゃんが何のつもりで動いてたのか知りたかったんだけど。やっぱり肝心な時ほど上手く行かないものね。外の世界、って」

 

 その瞬間だった。黒ウォズと小夜を対象外とした時間停滞が発動したのは。

 

「ボクが協力する」

 

 ポケットに両手を突っ込んで歩いてきたのは、ウールだ。

 

「ボクも知りたいんだ。ボクらの過去や現在に本当は何があるのか、この先の未来に何が待っているのか」

 

 今のウールからは、タイムジャッカーとしてアナザーライダーを見繕う時の高慢さは欠片も窺えない。歳相応の少年が、歳相応に真実を求める眼差しの、何と鋭利に透き通ったことか。

 

 ふいに小夜が、くす、と笑い出した。

 

「何だよ」

「悪巧みの前にさ。ウール君、右ポケットに入れてるホッカイロ。美都さんに貰ったのだよね? まだ捨ててなかったんだ」

 

 ウールは右ポケットを両手で押さえて大きく後ずさった。

 彼が動揺したからか、時間停滞も解けた。

 

「な、何で知ってるんだ!? ボク、誰にも言ってないのに!」

「これが小夜の特技。“過去を視る左眼”の力。実演にちょうどよかったのと、もう一つ。――もしかしてウール君、自分の行く末が不安なのに加えて、ちょびっとだけ、美都さんの心配もしてくれてる? アナザーキカイにされた時、美都さん看病してもらったから?」

「へえ、そんなことが。ウール君も隅に置けないな」

「あ、あっちが勝手にお節介焼いてきたんだからな! ああくそ、やっぱ来るんじゃなかった!」

「おっと。本当に帰らないでくれたまえよ。――二人とも、よく聞くんだ。私に考えがある」

 

 

 

 

 

 ウールは、加古川飛流が明光院ゲイツに敗れたタイミングを見計らい、飛流の前に姿を現した。

 嘘ではないが真実でもない自己紹介をし、飛流の危機感を程よく煽る文句を連ねた。

 

「俺は常磐ソウゴを斃したいだけだ! どうすればいいッ!?」

 

 飛流に縋られたウールは、なんとなく思った。同じ18歳でも、常磐ソウゴや明光院ゲイツより、コイツのほうがずっと人間臭い目をするんだな、と。

 

 ウールは、白ウォズから仮面ライダーの力を奪うことを提案し、飛流にブランクウォッチと、大量のアナザーライドウォッチを委ねた。

 

 ――飛流が作ったアナザーライダー軍団が白ウォズを追い込んだところで、白ウォズのソリッドブックの効果を逆手に取り、黒ウォズが仮面ライダーウォズの力を横から掻っ攫う。

 以上が黒ウォズや門矢小夜と協議して編んだ作戦だった。

 

 ウールは、使い捨ての通信端末(プリペイド携帯というらしい。調達してきた門矢小夜がそう呼んでいた)を左ポケットから出して、通信アイコンをまごつきつつもタッチした。

 

《もしもし、門矢です》

「終わったよ、ビシュム。アナザージオウにブランクウォッチを渡した。で? 次はどこでアイツと合流すればいい?」

《電話は『もしもし』から始めるのがマナーだって言ったのに~。はいはい、次ね。わたしの“右眼”によれば、飛流君は2時間50分後に××ビル前を通るよ。その時点でアナザーゴーストとアナザー鎧武を“調達”済み。白ウォズの隙を突くだけなら、もうこの時点で実行していいんじゃないかしら?》

「そう。一応確認だけど、アイツ、本当に例の“本”を使うんだよな?」

《そこはバッチリ。彼のソリッドブックはとにかく、彼自身は文才からっきしだから。そもそも自分と黒ウォズが区別して呼ばれてること自体知らないし。面白いくらいにこっちの狙い通りの文章を書き込んでくれるって》

 

 ウールは一拍迷ったものの、思いきって尋ねた。

 

「アンタは本当にこのやり方でよかったの?」

《わたし? うん、いいけど。これで士お兄ちゃんとツクヨミちゃんを探す手がかりが掴めるんなら。――あ、もしかしてウール君はよくなかった? 無関係の一般人が飛流君にアナザーライダーにされちゃうから? アナザーとはいえ実質、ジオウ陣営を作ってるようなものだから? オーラちゃんたちに黙って出て来たから? それとも》

「いや、うん、いい。元・大ショッカー幹部に人間的な良心を期待したボクが間違ってた」

 

 それじゃ、と言って通信を切ろうとしたのに、小夜はなおも言い連ねた。

 

《美都さんに知られたらどんな目で見られるかが気になるから?》

 

 ウールはとっさに右ポケットを服の上から握り締めた。ポケットの中で冷え切ったホッカイロが、ザラザラとした感触を返して、気持ち悪い。

 

「――アンタさ、未来が視えるんだよね」

《まあね。こういう緊急事態でない限りは封印してるけど》

「王母織部って、今年で死ぬのか?」

 

 スピーカーは耳が痛くなるほどの無音しか返さない。

 

「やっぱり、いい。聞かなかったことにして。それじゃ」

 

 ウールは今度こそ通信を切った。

 

 我ながらどうかしている。憎たらしいオーマジオウを育て上げる王母織部が死ぬなら、むしろ諸手を上げて歓迎すべきなのに。

 

 ウールの胸中は、あの雪夜で停まったまま。

 未だに――雪は上がらない。




 小夜はもう割り切ってます。それで兄と友人の行方が分かるならばある程度の悪事はするよ? って感じです。我が家の永遠の15歳ちゃんは魔性です((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

 ウールは今後も美都せんせーをチラチラ心配するポジになる予感。


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Syndrome61 三人寄れば文殊の(悪)知恵 ②

 ――カチッ

 

 カメラのシャッターを切る音が、ツクヨミの意識を呼び覚ました。

 

 節々が痛む体をどうにか起こせば、離れた位置に、火煙を上げる都市を撮影する男が一人。

 

「アナタは――」

「門矢士。お前らがレジェンド10とか呼ぶ存在だ」

「レジェンド10……仮面ライダーディケイドが、どうして」

 

 よくよく見れば、門矢士はたったさっきまでツクヨミや幼いソウゴたちが乗車していたバスの運転手と同じ服装だ。つまりあのバスを運転していたのは彼だったのだ。

 ツクヨミ自身に時空転移の固有能力はない以上、この時代にツクヨミを緊急避難させたのは彼ということになる。

 

 士はツクヨミの問いに直接答えはしなかった。

 

「見ただろう。あれがお前たちの追っていた、“魔王”が誕生した瞬間だ」

 

 ツクヨミは思い返す。

 白昼堂々、タイムジャッカーの、否、それ以上の能力を行使し、あのバスを事故へ追いやったスウォルツ。

 2000年生まれ(ミレニアムチルドレン)の中でただ一人、果敢にスウォルツに食ってかかった、幼いソウゴ。

 ソウゴを守ろうとして、ツクヨミはファイズガンを撃ったが、スウォルツには通用しなかった。

 

 2009年4月24日の事故は、スウォルツが仕組んだものだった。

 それも、8~9歳の少年少女を拉致し、魔王の器をテストするためという、悪辣な目的のために。

 そして幸か不幸か、常磐ソウゴは王の資格ありとスウォルツに見込まれてしまった。

 

「っ! ソウゴたちは!?」

「常磐ソウゴと加古川飛流なら、スウォルツによって2009年の事故現場に戻された。のちに発見された二人の少年は、救助され、悲惨な事故の二人きりの生還者となるって筋書きだ」

「どうしてアナタはここに?」

 

 士はまたも答えない。

 ツクヨミは業を煮やして士に詰め寄ろうとしたのだが。

 

「おーにーいーちゃーん?」

 

 ギクゥ! と。彼のイメージからは信じがたいほど、門矢士は大きく肩を跳ね上げた。

 彼は、ぎ、ぎ、ぎ、と後ろを――ツクヨミより遥か後方を顧みた。

 

「さ、小夜……」

「やーっと! 見つけたと思ったら! 何このいかにも核心のシーン真っ最中ですって光景はっ!」

 

 そこにいたのは士の妹の門矢小夜だが、同時に白いゴシックドレスに身を包んだ大神官ビシュムでもあった。その出で立ちから、ツクヨミにも小夜の怒り心頭は察せられた。

 君子危うきに近寄るな、という明光院ミトの教えを思い出し、ツクヨミはそろりそろりと兄妹の間から下がった。

 

「お兄ちゃん。小夜が頭に来たらどういうことになるか、まさか忘れてないよね?」

「分かった俺が悪かっただから落ち着け小夜!! 昔のあれ地味にトラウマなんだぞ!?」

「わたしにとってもトラウマだもん! 言っとくけど士お兄ちゃんの帰りがあと一日遅かったら、わたし、本当に月影さんと結婚式挙げてたんだからね!」

「知りたくなかった10年越しの真実!」

 

 士が頭を抱えてのけ反った。

 門矢士の『世界の破壊者』という看板はこの瞬間、ツクヨミの中で崩れ落ちた。それはもう派手に、ガラガラと。今なら士に正面切って「シスコンだったの?」と訊ける気すらした。

 

 門矢兄妹がぎゃーすか言うだけ言い合い、互いに息を切らしたところで、ツクヨミはなんとなく疲れながらも尋ねるべきを尋ねた。

 

「アナタはソウゴをどうするつもりなの?」

「――常磐ソウゴが魔王になる未来しか見えないなら、結論はすでに出ている。しかし――」

「そうじゃない道も、あるということ……?」

「――お兄ちゃん?」

「現状、数多の可能性が交錯しているが、お前たちにも分かりやすい結果だけを述べるとすれば、有力な“未来”は三つある。一つ目、常磐ソウゴが魔王となって世界を荒廃させる未来。二つ目、明光院ゲイツが常磐ソウゴを魔王になる前に討ち、現状を維持する未来。この内、実現する目が最も高いのが一つ目ってとこだ」

 

 小夜がツクヨミのそばまで歩いてきて、眉根を寄せて彼女の兄に問うた。

 

「三つあるって言ったよね。三つ目は?」

「三つ目というよりは、一と二の間、1.5番目とでも言うべきか。1.5の未来では、闘いによらず破壊によらず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。愛に殉じるといえば聞こえはいいが、この分岐では()()()()()()()()()()()()()()()()。善人にも悪人にも等しく救いがない。このまま放っておけば歴史は1.5へ進むだろう」

「何で?」

「……ここまで説明させといて、さらに言わせるか?」

「言ってくれなきゃ分かんない。士お兄ちゃんはいっつも肝心なことだけ言わないって、ユウスケさんやキバーラから聞いてるんだから」

「あいつら……はあ」

 

 士は制帽を外すと、今なお破壊の続く都市を見やった。

 

「1.5に進むかは、織部美都に大きく起因する」

「先生に?」

「アナザージオウ。二人のウォズ。タイムジャッカー。どの横槍も実は大した影響力はない。この命題を担うのは、当事者の片割れ、常磐ソウゴだ。ソウゴが美都のためにオーマジオウになると決意したら。本来の動機であるはずだった『ゲイツへの友情』より、そちらを取ってしまったら。もう後戻りは利かない。ソウゴは『みんなを護る王様』ですらなくなる。結果として、ただひとりの女のために魔王を演じるピエロしか残らないって寸法だ」

 

 士が懐ポケットから取り出した品は、盗まれて久しい美都の懐中時計だ。

 

「封印具を持たない今、織部美都の(シンドローム)は底のないバケツ同然だが、だからってまた封印具を持ち歩くようになれば、彼女は自衛手段がないまま仮面ライダーに関わり続けることになる。その場合の最悪の事態は、すでに一度起きかけただろう?」

 

 ツクヨミは身も凍る心地で思い出した。

 2018年12月末。ジオウとゲイツの諍い。美都は彼らの間に飛び込んで致命傷を負った。

 あの時は小夜が(シンドローム)と魔宝石の指輪を利用して快癒させたからよかったものの――

 

 あんな悲劇が、また織部美都に降りかかる?

 

 

 “驚きすぎてかえって冷静という感じです”

 

 “全員揃いましたので、朝のHRを始めます!”

 

 “ツクヨミさんは、ケガとかしませんでした?”

 

 “遅くなってすみませんでした、ツクヨミさん”

 

 “よく知らせてくれましたね”

 

 

 かけてくれた言葉と、笑顔。危なくなったら心配してくれた。大したことでないのに褒めてくれた。

 対等な個人として接しながらも、“生徒”への配慮を怠ることはなかったオトナの“先生”。ミトの他にそんな教育者がこの世にいるなんて思わなかった。

 

 そんな得難い女性が、仮面ライダーの闘争によってまた血を流すならば。

 

 ――そんなのイヤよ。理不尽だわ。許せない。

 

 ツクヨミの中で結論は呆気なく出た。

 あるいは、彼女に“生徒”扱いされた日から、自分はこう答えを出すことが宿命だったのではないかとさえ感じた。




 真剣な問答のはずが、小夜の参戦によってシリアスが全力でエスケープ。
 このシーンのためにディケイド映画返①を何度も観返しましたとも。しみじみ。

 いずれはオリジナルEPで「1.5の世界線編」をやる予定ですので、ちょいと布石をば
(ただし予定なので未定であることを悪しからずご了承くださいm(_ _"m))。
 作中の士が説明した通り、1.5世界は、美都せんせーが「ソウゴやゲイツにどういう存在として見られていたか」がキーとなります。特にソウゴから。
 それについては次回、温存に温存を重ねたソウゴの本音ぶちまけターンが炸裂する予定です。


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Syndrome62 仰げば尊しわが師の

 今さら過ぎますがサクラサク版仲直り回へ向けてよーいドン!


 ――やめて。おじさん。それは言わないで。

 

 

 “さびしい時くらい、大丈夫なんて言わないで! ちゃんとさみしいって言いなさい!”

 

 

 サビシイなんて、言っちゃダメなんだ。お願いだよ、言わせようとしないで。

 

 

 “さびしい時に『さびしい』って言えない人間なんて、人の痛みが分からない()()になっちゃうぞ!”

 

 

 気づかせないで。本当は初めから、ちゃんとずっと、俺はおじさんに■■されてた、なんて。

 

 

 “帰ってくるんだよ!? 絶対絶対、この(うち)に帰ってくるんだよ!”

 

 

 でないと俺――泣いちゃう、よ……

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 私がどんなに言葉を尽くしても、ゲイツ君は常磐君との決戦を急ぎたがりました。

 ついには私の意見なんてまるっと無視して、彼は常磐君に「土星館パーキングで待つ」というメッセージをスマホで送信してしまいました。

 

 いずれ避けられない決着だとしても、今この時は“その時”ではないと、私は思いました。

 

 こうなった以上、せめて二人が対面した時に、もう一度やめてくれと訴えられるように、私はゲイツ君に同行することを選びました。

 

 

 いざ土星館のホール正面に到着した時でした。

 私のスマホにメールが届きました。常磐君からです。私は急いでメールを開封しました。

 

 そこに綴られていたのは――常磐ソウゴというただの18歳男子の、あまりにも痛ましい懺悔と決意表明でした。

 

 

 

 

 

 このメールを美都せんせーが読む時、俺はゲイツとの決着をつけるために出発したあとだと思います。

 闘いの結果がどうなるかは分からないから、今まで美都せんせーに言えなかったことを、今の内にぜんぶ言っておくね。

 

 最初俺は、自分が美都せんせーを恋愛的に好きなんだと思ってた。せんせーだけが俺の夢の理解者で、きっと俺の運命の人なんだって、本気で信じてた。

 

 ――叶わない恋で、よかった。

 

 俺は独占欲が強いほうだから、G組のクラスメート全員を巻き込んで、みんなが美都せんせーを好きで、俺はその生徒の中の一人なんだって自分を位置づけて、なんていうか、ままごと遊びの「好き」でいられるよう、予防線を張った。

 

 あ! だからって、G組のみんなが美都せんせーを慕ってるのは嘘じゃないからね!?

 みんな、俺ほどじゃないけど、それなりに変わった半生を送ってきた。なのに生徒を奇異の目で見たり接したりしない美都せんせーを、みんながかけがえのない存在だと思ってる。俺が断言する。

 

 それでも、仮面ライダーの事件で何度も一緒に行動して、徐々に、俺自身のせんせーへの気持ちって何なんだろ? って思うようになってった。

 

 早瀬さんの護衛に行った時に、気持ちの正体が分かったよ。

 あの時、黒ウォズに言われたこと、覚えてる? 「まるで本当の母子みたいだ」っていう、アレ。

 あの時に、こう、すこーんって、分かっちゃったんだ。俺が美都せんせーをどんなふうに好きだったのか。

 改めて思ったよ。――叶わない恋で、よかった。

 

 

 美都せんせーは、俺にとって“お母さん”でした。

 

 

 ほら、俺さ、小3で両親と死に別れたでしょ? どうしても父親母親の代わりをしてくれる人を探しちゃったんだよね。

 まあ、大体のオトナが、俺の「王様になる」って夢を聞いて手の平返したんだけど。

 優しいご近所のオジサンオバサンも、小中学校の先生も、みーんなそうだった。

 それはもういいんだ。むしろ風当たりにめげずに王様志望を貫いた俺のこと、褒めて褒めて?

 

 でも、心の隅っこでは願ってたのかもしれない。「俺のユメを笑わないで」って。

 

 光ヶ森高校に進学して、初めて美都せんせーと進路面談して、実はショックだったんだ。ショックはショックでもカルチャーなほうね。

 

 初めてだった。「王様になりたい」って言って、真面目に聞いてもらえたの。

 

 呆れられなかった。頭ごなしに怒鳴られなかった。適当にあしらわれなかった。

 

 単純でしょ? 俺、その時から、美都せんせーがどうしても欲しかった。独り占めしたかった。

 だって、荒唐無稽な将来の夢を真剣に受け止めて応援してくれるなんて、まさに“お母さん”じゃない。

 うん、白状すると、『美都せんせー』呼びも、クラスごと巻き込んでせんせーをアイドル扱いしたのも、主犯は俺だったりするんだ。外堀から埋めてった。こういうとこが黒ウォズの言ってた俺の魔性なのかな?

 

 尊敬してるっていうのは嘘じゃないよ。美都せんせーは間違いなく教師の鑑だ。

 けど同時に、俺は、心の底でずっと、美都せんせーに母親の愛を求めてた。

 

 黒ウォズから聞いてる。オーマジオウがいないと、美都せんせーたちは存在できなくなるんでしょ?

 

 いいよ。俺、オーマジオウになっても。

 

 笑ってそう言い切れるくらいのものを、先生は俺にくれた。

 先生は自覚してないだろうけど、それでいいんだ。“その程度のもの”が、俺が欲しかったものばかりだったから。

 今度は、俺が返す番。

 

 ――俺の未来を、あなたにあげます。

 ――その代わり、若い俺と、これまでと変わらず接してください。

 

 追伸。ゲイツは美都せんせーに脈ありまくりだよ。だからせんせー、ファイトっ!

 

 

 

 

 

 ――――嗚呼。

 私は、何と罪深い人間だったのでしょうか。

 

 こんなにも慕われながら、大切に想われながら、私は彼の深い愛に気づくどころか、思いを致すことさえしなかった。

 

 教師らしく在ろうと志す自分自身で精一杯だった。そんな姿勢の自分に酔ってすらいたのかもしれない。

 生徒に「いい先生」だと思われたくて、私にとっての正解しか探さなかった。

 

 私はスマホを胸に抱いて泣き崩れました。

 

「どうかし……先生!?」

「ごめん、ね…っ、ごめん…ごめんなさい、ソウゴ君…! ふ、ぅぇ、っく…ぅぅ…っ!」

 

 私は、間違うべきだった。

 彼のために、間違いだとしても、選べたことはいくつもあった。

 彼のための過ちを犯す勇気が足りなかったばかりに、彼に死ぬまで解けない呪いをかけた。

 

 どんなに時間を遡れたって、彼の心の針は巻き戻せない。

 巻き戻すということは、つまり、ソウゴ君の決意を穢すということだから。

 もう、取り返しがつかない……

 

 

 ――“本当に?”――

 

 

 ……あ。

 ちがう。私……ちがう!! 私がするべきは泣くことでも後悔でもない!!

 

 私はソウゴ君の進路指導をしてきた先生だから。彼が進む路をあえて過つのが私のためだというなら、私がその原因でなくなるよう、それこそ死ぬ気で足掻かないとだめなんですから!

 

 この時、私は本当の意味で覚悟を決めました。

 

 ソウゴ君。君を決してひとりぼっちにはさせません。

 先生はこれから目いっぱい、君の味方をします。

 

「どうしたっ? どこか体の具合が悪くなったのか?」

 

 ゲイツ君に対して首を横に振ってから、私は服の袖で涙を拭いました。

 

 叶わない恋でよかった。ソウゴ君はそう書いていました。

 叶わないと諦めながら、私を好きだという気持ちを今日まで絶やさないでくれて、私のほうこそ、ありがとう。

 

 将来に向けての準備。このメッセージにしたためられたソウゴ君の捨て鉢な決意を覆す方法。

 二つを思いつくことは簡単でした。実行しても成功率は低い、というだけです。

 だったら私は実行します。失敗すると事前に分かっていることは、行動を起こさない理由にはならないのですから。

 

 ごめんなさい、常磐君。君がよこした“進路希望”ですが、これだけは、先生、受理するわけにはいきません!

 

 しゃがんだ私に合わせて片膝を突いていたゲイツ君が、ふいに、敵意を剥き出しにしてふり返りました。

 

「またお前か。黒ウォズ」




 前に美都せんせーが黒ウォズと「王母織部」の名の由来を話した回がありました。
 その時に美都は「(しき)()」のほうに何か隠されているのでは? と考えましたが、実は「王母」のほうに重点が置かれていたんですよ。

 “あなたは俺にとって母にも等しい存在でした”
 誰にも知りえない、魔王の最敬礼。

 この名の隠された意味を知るのは、登場人物中では黒ウォズのみです。初対面の時点からあれこれ目上への態度を取ったのはだからです。


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Syndrome63 仮面ライダーに捧ぐ卒業式〈セレモニー〉

 キリのいいとこまで、と思ったら長くなり過ぎました。時間泥棒のお覚悟でm(_ _"m)


 黒ウォズ、さん……

 そう、ですよね。彼にとってはソウゴ君がオーマの日に正しく魔王オーマジオウになることこそ正史です。その予定調和を崩そうとしているゲイツ君を、彼が見逃すはずがありませんでした。

 

「言ったはずだよ。キミと我が魔王を闘わせるわけにはいかないとね」

「――この俺は昔の俺じゃない。ミトさんと組んでいなくても、俺は一人で戦えるようになった。相手が貴様だろうとだ」

 

 ゲイツ君は、ジクウドライバーにゲイツウォッチとリバイブウォッチを装填してから装着しました。

 

《 GaIZ “Revive” 》

「変身」

《 リバイブ  疾風 》

 

 ソウゴ君という“トモダチ”を打ち砕くための呪いのアーマーを、ゲイツ君はみじんの躊躇いもなく纏いました。

 

 非戦闘員である黒ウォズさんは圧倒的不利なはずです。なのに、黒ウォズさんは笑みを崩しません。それどころか――ドライバーを取り出したのです! 白ウォズさんが仮面ライダーウォズに変身するために使用していたビヨンドライバーを!

 

 そんな、こんなことって。いつの間に。どうやって。

 

 黒ウォズさんは装着したビヨンドライバーにウォッチをセットしました。

 

「変身」

《 “投影”  フューチャー・タイム  スゴイ・ジダイ・ミライ  カメンライダー Woz・Woz 》

 

 黒ウォズさんまで、仮面ライダーに変身しちゃい、ました……

 

 私は黒ウォズさんの胸中の覚悟を悟って、またも涙腺を決壊させそうになりました。

 “本来”は仮面ライダーでなかった彼は、たとえ並行世界の自分自身のものといえ、ライダーの力を行使したことで自ら歴史のルートを外れたのです。厳密にはソウゴ君ではなく50年後の魔王オーマジオウへの忠誠心が動機だとしても。

 きっと私はこれから黒ウォズさんを悪し様に語ることはできないでしょう。

 

『行くぞ、ゲイツ君!』

『……いいだろう』

 

 ゲイツ・リバイブは感情を暗い湖底へ沈めた声で応じました。

 そうして、私がどうすることもできない中、両者の闘いが始まってしまいました。

 

 黒ウォズさんが圧倒的不利? 全くそんなことはなかったです。

 素人の私にも分かりました。仮面ライダーウォズの体術というか、手足の捌き方というか、とにかくそういうのは全て重く練られた技です。もしかして、アーマータイムに頼っていない分だけ、地力はゲイツ君やソウゴ君より上なのでは?

 

『例えお前が変身しても』

 

 ですが無情にも、ゲイツ・リバイブはウォズがくり出した拳を躱して、逆に彼の腕を掴まえました。

 

『俺のスピードには勝てない』

『ならばこれでどうだい!?』

 

 仮面ライダーウォズは片腕だけでシノビウォッチをビヨンドライバーに追加装填して、シノビアーマーに換装しました。ウォズ・シノビアーマーは煙となってドロンと姿を消して、ゲイツ・リバイブから離脱しおおせました。

 

『逃がすか』

 

 え、ゲイツ・リバイブが、消えた? 彼もウォズも、二人ともどこに。

 なんて思った自分がすごく間抜けだったことを、あとから思い知りました。

 

 ――私の動体視力では追えなかっただけで、彼らは亜音速の中で熾烈な競り合いをくり広げていました。

 いいえ、競り合いと言うとニュアンスが違いました。

 疾風のゲイツ・リバイブのスピードにウォズは追いつけず、一方的に嬲られていたのですから。

 

 私がようやく彼らを視界に入れた時には、剛烈のゲイツ・リバイブがウォズの胸板にトドメの一撃を抉り込んでいました。

 変身が解除された黒ウォズさんが地面に転がりました。

 黒ウォズさんの無力化を認めたからか、ゲイツ君もまた変身を解きました。

 

「言ったはずだ。俺がジオウを斃すと。お前に俺を止めることはできない」

「そうかな?」

 

 黒ウォズさんの笑みは勝者のそれです。ゲイツ君にあれほど痛めつけられたあとなのに、どうして?

 

 答えはすぐに示されました。

 ゲイツ君が頽れて四つん這いになった。その口と、目からは、血が。

 私は悲鳴を上げてゲイツ君に駆け寄った。

 

 

 

 

 

「ゲイツ君っ!!」

 

 俺と黒ウォズの戦闘を遠巻きにしていた先生が、這いつくばる俺に駆け寄ってきて、傍らにしゃがんだ。

 

「ライダー・シンドローム……!」

 

 ふうっと、鉛のようだった体が軽くなった。そうか。先生、(シンドローム)を開放して、俺を治癒したんだ。

 

 脱力した俺を、先生はほとんど抱くようにして支えた。両腕の感触が、とても、ミトさんを思わせた。ああ、本当に、母娘なんだな。

 

「王母!? 彼は我らが魔王を斃そうとしているのだぞ!? 我が魔王はアナタにとって可愛い教え子のはず! その教え子を傷つけようとする人間を助けてどうするッ!」

「私はソウゴ君とゲイツ君、どちらにも傷ついてほしくないんです。そして」

 

 先生は俺を離して立ち上がると、ダメージにふらつく黒ウォズの胸板にも両手を当てて、(シンドローム)を開放するスペルを唱えた。俺が黒ウォズに負わせたダメージを、消した。

 

「あなたもです、()()()()()。ソウゴ君には一人でも多くの味方が必要です。私が何故そう言うかは、ウォズさんのほうがご存じですよね?」

「王母、アナタは――」

 

 黒ウォズの態度で一目瞭然だ。奴は俺たちが知らない先生の人生だか運命だかを知っている。それも、俺と常磐ソウゴが深く関わった情報だ。それでなくて、()()()があんな愕然とした顔で他人を見るもんかよ。

 

 先に視線を断ち切ったのは先生のほうだ。

 先生は俺のそばに戻ってきて、しゃがんでから俺の腕を彼女の肩に回させた。

 

「立てますね?」

 

 疑問形なのに、それ、ほぼ脅しだ。

 さっきと同じだ。言い方に、ミトさんの血を感じる。戦場で二人して爆撃にやられて、這いつくばった幼い俺にミトさんがドライに投げた言葉。

 

 “まだ立てるね? ゲイツ”

 

 なら俺は返事しないで実際に立ち上がって見せるだけ。先生、アンタの母親が伸べた腕に、爪を立ててそうしたように。

 

 俺は、先生の肩に遠慮手加減抜きで掴まって、二人で目的地へ向かって歩き出した。

 黒ウォズが俺たちを邪魔することは、なかった。

 

 

 

 

 

 決戦の地――土星館パーキングに着く頃には、ゲイツ君の体力もだいぶ回復していました。ですので肩を貸すのは、広い屋上駐車場でおしまいとしたのですが、ゲイツ君は腕を離す直前、微かに動揺を浮かべました。

 

 いつもならどうしたのか尋ねるのですが、ごめんなさい、今だけは不安のサインを見逃すことを許してください。

 これからこの場に来るソウゴ君に、絶対に伝えておかないといけないことがあるから。

 “これ”をソウゴ君に伝えられなかったら、彼は致命的に路を踏み外してしまうから。

 

 がちゃん、と金網が鳴った。本当に、遠く下方から。よく聞き逃さなかったと自分の耳を褒めたいと思いました。

 

 本来は自動車が通るコンクリートの坂道を、ソウゴ君が、満身創痍で登ってきていました。

 

 反射で駆け出そうとした両足を、意思力だけで留めた。

 ソウゴ君は私を認めると、泣き出しそうに笑いました。

 

「せんせーには見せたくなかったのになぁ」

 

 俺がゲイツを殺すとこ――そう言葉を続けようとしたんでしょう? 分かりますよ、それくらい。

 

 私は先んじて、勇んで前に出ようとしたゲイツ君を手と眼光だけで制止してから、坂道を下りました。

 

 私と、ソウゴ君。近くも遠くもないベストな角度と距離で立ち止まる。

 

「君のメールを読みました。明光院君と闘う前に、君の認識違いを見つけてしまったので、その一点だけを聞いてはくれませんか? そのあとでしたら、私は一切、ソウゴ君たちに干渉しませんから」

「……今度こそ“最後の授業”だね。教えて、せんせー。俺が、どう間違っちゃったか」

 

 ――お父さん。昭和ライダーのおじさま方。そして、天国のお母さん。私に力を分けてください。ライダー・シンドロームなんて大袈裟なものじゃなくていい。ほんの少し、私の背中を押してください。

 

「オーマジオウがいないと私とお母さんが産まれないという部分は、()()()()

 

 ソウゴ君が、上で待機してたゲイツ君が、気泡が抜けた炭酸みたいな声を上げた。

 

 大きく息を吸って叫ぶ準備。

 ソウゴ君の不可視の鎖を砕く、光に、なりますように。

 

「私もお母さんも! オーマジオウが存在しようがしなかろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()! だってお母さんはお父さんと逢いたかったし、私はソウゴ君やゲイツ君に逢いたいから! その想いも願いも、誰にも否定はさせない。君たちにだって文句は言わせない。誰かのためでも誰のせいでもなく、私たちは、君たちに逢いたくて産まれてきたんです! だから歴史が変わったって、どんな運命になったって、何回だろうと、私たち自身の力で産まれてきます! 君たちの闘いの結果で私やお母さんが歴史から消えたらって考えてテンパるなんて、見当違いも甚だしいって話です!」

 

 い、言った。言い切った。言って、しまった。――言って、やったんだから。

 打算はありましたけど、一つだって嘘は言ってませんから。

 

 あとは、祈るだけです。私がブチまけた“本音”が、ソウゴ君の心を果たして揺さぶるか。彼の心震わすだけの信頼関係を、私は常磐ソウゴ君と築いてこられたか。織部美都の教師人生満4年が試される瞬間です。

 

「――おれが鏡の中のおれに言ったこと、覚えてる?」

 

 “おれは、おれの未来に賭けてみたい”

 

「忘れるわけありません」

「おれは、美都せんせーの未来に……ううん、おれたちに逢いたいってせんせーの気持ちが起こす奇跡に、賭けても、いいの?」

「賭けちゃってください。私が、君を、大勝利させてみせますから」

 

 

 

 

 

「――は」

 

 あは、あはは。常磐は枯れた笑い声を上げた。

 

「俺、バカみたいだ。一人で悲劇のヒーローぶって、美都せんせーの気持ちガン無視で、俺一人が我慢すればいいって思い込んでた」

「別に責めるべきことではありません。反省したなら、これからいくらでも変えていけます。君はまだ18歳なんですから」

「うん……ううん。はい、『先生』。ありがとうございます」

「ありがとうは、私の台詞です。ありがとう、ソウゴ君。私の感情論に、賭けるだけのものを見出してくれて」

「俺は信じる。俺がどんな路を進んでも、美都せんせーはその先の未来で、俺と出会ってくれるって」

 

 先生は常磐に歩み寄ると、ライダー・シンドロームを開放して、常磐の負った傷を治癒した。

 

 見つめ合う、教師と生徒。そこにあるのは余人には壊せない、信じ合うという聖域。

 

 常磐はやがて俺へと向き直った。覚悟を決めた人間の貌だ。――俺には今日までついぞ出来なかった貌、だ。

 

 頭の端に追いやった。俺が常磐を見事討った暁にオーマジオウが歴史から消えたら、ミトさんが昭和の過去へ飛ぶという出来事も消える。そもそも対オーマジオウのレジスタンスもなくなるから、俺だってミトさんにも先生にも会わない。

 

 白状すると、俺はその未来が恐ろしかった。

 恐ろしかったのは、そんな未来が成立したら俺は絶対に傷つき悲しむと分かっていたから。

 俺は俺自身だけがイヤで、ずっと考えることを放棄してきたんだ。

 

 認めてしまった感情はもう押し戻せない。

 俺は、常磐ソウゴとは戦えない。

 

 常磐が坂を登ってくる。俺を見据えてまっすぐに。

 敵を前にして、人生で初めて、逃げたい、と心から思った。

 

 ふいに、常磐の視線が俺から外れて、俺の後方へ飛んだ。

 

「ゲイツ、避けろッ!!」

 

 普段の俺であればその一言で訳が分からないなりに動いていた。今この瞬間にアクションを起こせなかったのは、ほんの一瞬前の自覚に愕然としていたせいだ。

 

 背後に現れたアナザージオウが、俺を殴り飛ばした。その勢いで俺は一気に傾斜を転げ落ちた。

 

「ゲイツ!」

 

 這いつくばった俺を抱え起こそうとする常磐と、俺たちを背にしてアナザージオウの睥睨を一身に受け止める先生。

 

「加古川飛流、くん――」

『またあんたか。失せろ。邪魔だ。今度は転ぶだけじゃ済まないぞ』

「どかせたいなら殺してください」

『ッ、そいつは! 未来で魔王になる男だぞ!? 何でそこまで肩入れする!』

「ソウゴ君が魔王になって、()()()()()()()()()()()()()()

 

 アナザージオウの愕然に、今なら全力で共感できる、なんて俺は暢気にも思ってしまった。だってそれは、俺自身が常磐を斃せないと自覚したのと同等のカルチャーショックだろうから。

 

『イカレてる――!』

 

 アナザージオウが俺たちのいる位置まで歩いてくる。

 

 ――いつまで彼女の背中で護られているつもりだ? なあ、俺。

 ――答えはさっき、とっくに出ていたと気づいたろうがッ!!

 

 ついにアナザージオウが間合いに入った。この至近距離ならば彼女は考えるまでもなくライダー・シンドロームを開放する。

 だったら。

 俺は先生の肩を掴んで後ろに押しやって、位置を入れ替えた。そして、アナザージオウが突き出した腕を逆に掴み返し、半歩回ってアナザージオウを背負い投げにした。

 

『な、ぁ、うぉあ!?』

 

 アナザージオウが傾斜を転がった。さっきのお返しだ。文句あるか。

 

 常磐は、俺が突き飛ばす形になった先生を、しっかりキャッチしていた。常磐は絶対そうすると思ったから荒っぽい手を打てた。

 

 そのくらいに信頼してるんだから――もう開き直ってしまえよ! 明光院ゲイツ!

 

「コイツが魔王になるわけあるかッ!! コイツは誰よりも優しくて、誰よりも頼りになって、先生の教えを誰より正しく学んだ男だ!! そして何より――()()()は、俺のトモダチだ!!」




 遅くなりまして申し訳ございません。ようやく文章がまとまったので投稿できました。
 まさか公式であそこまでストレートに仲直りしてくれるとは思わず。ええ。やはり追いかけ連載の弱点ですね。展開次第でこちら側の構想を最初から練り直さなければいけないのは。

 原作のブレイド編に手を付けたいのはやまやまですが、この仲直り回の直後にちょっとした問題が発生して少しオリ展開を挟みます。ブレイド編そのものは並行して書いているのですが。
 海東が出た時点で決めたテーマは一つ。「裏ミッシングエース」です。


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Syndrome64 仮面ライダーに捧ぐ卒業式〈フィナーレ〉

 脱稿優先でクオリティー無視。
 みんなはこんな物書きになっちゃダメだゾ(^_-)-☆


 ああ。神さま、神さま。もし天におわすのなら、あなたの下さった奇跡に私は涙ながらに感謝します。

 

 ゲイツ君が、ソウゴ君への心証を180度変えたばかりか、ソウゴ君を「トモダチ」と呼んだのです。

 

 30年間の人生で、今ほど天の祝福を受けたと思う瞬間はありません。

 これでもう、思い残すことは一つも無くなりました。

 

 ありがとう、私の立派な生徒たち。

 おめでとう。若き仮面ライダーたち。

 

 

 

 

 

 アナザージオウは体を起こすと、忌々しげに俺たちを睨みつけて、腕を一振り。それが合図。アナザージオウのもとに続々と、今日までに俺たちで斃してきたアナザーライダーが参集した。

 

「やっぱ撒いただけじゃダメだったかぁ」

「お前を足止めしたのはあいつらか」

「ついでにボコったのも同上。多勢に無勢ってコトバが本当の意味で理解できたよ、ほんっと」

 

 ソウゴは至って日常的な台詞回しでジクウドライバーを装着し、ジオウウォッチを装填した。

 

「お前な。言っとくが、俺に斃される前にくたばったら承知しないぞ」

「ゲイツこそ俺を斃す前にくたばったら、時間巻き戻して生き返らせるからそのつもりでね」

「ハッ。ミイラ取りがミイラとはよく言ったもんだ」

 

 共通の敵を見据えたまま、俺たちは足並みを揃えて、肩を並べた。

 

《 ZI-O 》

《 GaIZ 》

 

 ――ミトさん。改めて、冥土のアンタに謝るよ。

 俺は過去の歴史を変える。先走った使命感でも、俺たちの現在(みらい)を善くするためでもなく、常磐ソウゴのために。

 

「「変身!!」」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  ZI-O 》

《 ライダー・タイム  カメンライダー  GaIZ 》

 

 すまない、ツクヨミ。お前だけは、俺に取り憑いても、いっそ祟り殺しても構わない。

 ソウゴをオーマジオウになんかさせない。そう決心してしまった俺を、この世の果てまで、赦さないでくれ。

 

 

 

 

 復活したアナザーライダーが敵であっても、どいつもすでに俺たちがライドウォッチを手に入れた相手。

 ソウゴがいたから今日に繋がって、多くのレジェンドライダーから受け継ぐことができた光は、俺たちを決して裏切らなかった。

 俺とジオウ、互いに継いだライドウォッチに応じて対戦カードを組んでの快進撃だ。

 

 そしてついに、アナザージオウとジオウの決着がつく。

 

 

 ジオウⅡが告げたアナザージオウの行動予知に基づいて、俺はリバイブ・疾風のスピードでアナザージオウの機先を制して攻撃する。

 俺がアナザージオウを足止めする間に、ジオウⅡはトドメの一撃のチャージ。

 

 ドルフィンの針を模したブレードの一斬ごと、アナザージオウを捕まえた。

 

『決めろ! ジオウ!』

 

 金とルビーが彩るエネルギーフラッシュが、時針が文字盤を描くように弧状に放たれた。

 

『せりゃあああああっっ!!!!』

《 ギリギリスラッシュ 》

 

 俺がアナザージオウから離脱した一秒後、光はアナザージオウを飲み込み、爆散させた。

 

 歪んだ変身が解けて地べたに投げ出された、加古川飛流。

 

 奴のすぐそばにアナザージオウウォッチが転がり落ちる。拾って完全に壊してしまおうとしたところで、体のほうにガタが来た。

 変身が強制解除されて膝を折る――寸前、俺を先生が横から支えていた。

 

 不思議だ。先生は(シンドローム)を開放するスペルを唱えていないのに、こうして先生の腕に支えられているだけで、ダメージが鳴りを潜めていく。

 

 俺の一歩前にいたソウゴが変身を解いて、這いつくばる加古川にゆっくりと歩み寄っていった。

 

「お前さえ、お前さえいなかったら!」

「俺がいなかったら、事故が無くなって、お父さんとお母さんは死ななかった?」

 

 常磐ソウゴがいなかったら、ツクヨミは2009年で起きたバス事故と運命を共にして死ぬことはなかったか?

 

「そうかもしれない。けど」

 

 ――そうかもしれないな。それでも。

 

 ソウゴは加古川の前にしゃがむと、深く頭を下げた。

 

「ごめん。俺にはどうすることもできない。けど、思うんだ。きっと――きっと! 俺と飛流なら乗り越えられるって。あの過去の日から。だから、過去のためじゃなく、今のために生きようよ」

 

 加古川が血を滲ませるほど唇を噛み締め、俯いていく。そんな加古川の、両肩を、ソウゴは抱えて支え起こした。

 

 加古川は最後の意地のようにソウゴの腕を振り解いた。歯を食い縛っても押し戻せやしない嗚咽を、それでも殺そうとしている。

 

 先生が俺から離れて、加古川の傍らへと歩いていった。

 先生は、いつだったか泣き縋ったソウゴにしたように、菩薩のように加古川を抱擁した。

 

「飛流君。今日までよく頑張ってきましたね。えらかったですね。もういいんです。好きなだけ泣いていいんです。泣いたって、誰にも君をいじめたり笑ったりさせません。私とソウゴ君が、守りますから。君が泣き止んで、今のために生きられるよう顔を上げるまで」

 

 加古川は顔を限界までぐしゃぐしゃにして、先生の肩に頭をうずめた。加古川の頭と背中を、先生は撫でた。何度でも、いつまでも。

 

 

 

 

 

「――こうして、とある究極のバッドエンドは、主人公の健やかで尊い感受性によってバッキバキにフラグを折られたのでした、と。メデタシメデタシ」

「一度は鬱ルート(2068年)にソウゴ君を突き飛ばしたお兄ちゃんが言うとブーメラン著しい」

 

 それ以前に兄妹でメタな話をするのをそろそろやめてほしい。

 

 門矢士&小夜の灰色のオーロラによって2019年に連れ帰られたツクヨミの、偽らざる心からの本音であった。

 

 

 

 

 

 ゲイツ君はソウゴ君に対してかなり素直になりました。さらには小夜さんがツクヨミさんを発見してケガ一つなく現代に連れて帰ってくれました!

 

 いいこと尽くめの3月末日。あと4時間半ほどで2018年度が終わる頃。

 

 ソウゴ君はゲイツ君とツクヨミさんをクジゴジ堂に連れて帰って、改めて下宿させてもらうよう順一郎さんにお願いに行きました。当人二名も当然一緒です。

 

 こっそり中の会話を聞くに、何と空き部屋の下宿人に黒ウォズさんが名乗り出ていたようで、お店の中が一時騒々しくなりましたが。

 

 私? クジゴジ堂の外で待機中です。サプライズの準備なのです。

 

『おじさん、待って待って! 夕飯! 夕飯さ、もう一人分作るのって、今からできるかな? 材料足りなかったら、俺がダッシュで買いに行くからさ!』

『もう一人分? えっ、なになに、もしかして!?』

『そのもしかしちゃうんです! ――入って!』

 

 ほら、呼ばれてますよ。ここは男らしく観念しましょうね。()()()

 

 私はお店のドアを開けて、飛流君と腕を組んで逃げられないようにして中にお邪魔しました。

 飛流君の抵抗は女の私が抑え込めるくらいでしたから、彼も内心では満更ではないと判断しちゃいます。

 

「失礼します。こんばんは、常磐さん。夜分に失礼します」

「ソウゴ君たちのクラスの先生? あ、どうもこんばんは。ところで後ろの彼は――」

 

 ソウゴ君がぴょこんと、私とは反対側から飛流君の隣にやって来ました。

 

「俺の新しいトモダチ。学校は違うけど、同い年なんだ」

「……加古川、飛流、です。お、おじゃま……します」

 

 ツクヨミさんから聞くに、ソウゴ君が友人を自宅に連れて来るのはこれが初めてのはずです。順一郎さんの反応は?

 ――悪いわけありませんでしたね。誕生日と父の日とクリスマスが一気に来たかのような喜び方です。ここがアメリカなら、順一郎さんはソウゴ君と飛流君をハグしてエアキスしてたでしょう。ふふ。

 

「それでは、先生はこの辺りで失礼致しますね」

 

 心から名残惜しいのですが、私はそろそろ席を外さないといけません。あとは若い方同士で、ね?

 

「えー!? 美都せんせーも食べてけばいいのに。すき焼きだよ、すき焼きっ。ね? ね?」

「んー、とっても魅力的ですが、またの機会で許してください」

「俺は今夜がいいんだけどな~」

「ガキかお前は。嫌がってる女性を強引に食事の席に誘うな」

「ゲイツに男女の機微を説かれる日が来るなんて! ――なんか、負けてらんない気がするっ」

「俺は他ならぬ先生の母親からみっちり仕込まれたからな。同じメニューでいいならいくらでも鍛えてやるぞ? ちなみにコースは全部で8つだ」

「……別の意味で死んじゃう気がする」

「ソウゴ、騙されちゃダメ。ゲイツ自身、3コース目でリタイアしたから」

「ツクヨミお前ぇーっ!」

「ちなみに私は5コース目までやり切った」

「解せん!!」

「どっちも完走はできなかったんだね」

「内容そのものは私も知らないけど、相当ハードだったのは傍目にも分かったわ」

 

 私抜きでもお祝いムードになってきたようですので、失礼を承知で、無言でお暇させてもらいますね。ごめんなさい。

 

 

 ――君たちはもう大丈夫。

 私が指し示すまでもなく、正しい路を進める。(しるべ)のないまっさらな土を踏み締めて、君たち自身の道に変えていけるほど、その両足は逞しくなったから。

 

 

 私は充足感でいっぱいの心地のまま――支えきれなくなった自分の体を、意識を、投げ出した。

 

 

「先生ッ!!!!」

 

 

 

 

 たとえ、進んだ道の先に――

 私が、いなかったとしても。




 こういう引きを一度はやってみたかっただけの話だった。どうも、あんだるしあです。
 待たせに待たせまくったので今更感ハンパないんですが、どうにか書き上げたブツを持って参りましたぜコンチクショウ(←深夜のテンション
 戦闘描写をもっと丁寧に! と、拘っていた時代の作者の捜索願を出すので誰か拾って届けてくださいorz


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Syndrome65 仮面ライダーに捧ぐ卒業式〈アンコール〉

 オリジナル展開及び設定、入りまーす。
 驚愕! サクラサク版ウォズの正体は黒ウォズではなかった!? の巻。


 目を開けると、古びた天井が一番に視界に飛び込んだ。

 次いで、背中に煎餅布団特有の硬さ。どうやら私は、これまた古びたベッドに寝かされているみたいです。

 病院に運び込まれたにしては、見回した部屋に生活臭が混在していて、一般的な病室に見えませんし。

 それに、潮騒が聴こえます。開け放した窓の、夜の帳のさらに向こうから。寄せては返す、優しい泡沫――

 

 ぼんやりしていても始まりません。まずは起き上がってみましょう。よいしょ、と。

 ん、あれ? 今気づきました。私の手を握っている誰かがいます。両手共に。

 

 右手を、ソウゴ君が。

 左手を、ゲイツ君が。

 二人とも私がいるベッドの左右で突っ伏してうたた寝中でした。

 

「!?!?!?」

 

 天国のお母さん。悲鳴を上げなかった私をどうか褒めてください。

 

 なんて、寝そべったままパニックを起こしていたところで、部屋に初老のお医者様が入って来ました。その男性を、私はよく知っていました。

 

(じん)のおじさま……?」

 

 神敬介さん。お母さんが死んだ、いえ、正しくは未来に帰っていなくなったあと、私とお父さんをお世話してくださった、“おじさま方”の一人。

 

 どうして私が倒れたって分かったんですか? いついらしたんですか? 尋ねたいことは山ほどあるのに、口にするのがひどく億劫です。

 

「久しぶりだな、美都。本当なら『元気だったか?』と続けたいんだが……ここでそれを聞くのはナンセンスだな」

「そんなこと……」

「阿呆。その体たらくで『おかげさまで元気でした』とでも答えてみろ。俺が風見先輩にシバき倒されるだろうが」

 

 こつん、と。神のおじさまはノックするみたいに私のおでこを軽く叩きました。

 ぐうの音も出ないとはこのことです。――倒れる寸前、私は確かに死を覚悟したのですから。

 

 笑顔のソウゴ君やゲイツ君たちを見て、彼らが眩しいくらいに盛り上がる風景を見て、私がいなくなっても大丈夫だって安心して、緊張の糸が切れちゃったというか。あの瞬間は本当に私、未練も後悔も無かったのです。

 

 彼らがあの眩さを失わないで生きていくだけで、いいや、って。

 

 こうして生きている自分に戸惑ってすらいます。私の倒れる様を見て、きっと心を痛めた生徒たちと、こうして手を繋いでいるというのに。

 

「神のおじさま。私、どうして助かったんですか?」

 

 左手から、ぴくり、震えが伝わった。

 

 神のおじさまは、ベッドの上に立ててあった、パスタ瓶ほどの大きさの容器に手を置きました。月明かりを受けて仄かに光る波飛沫だけを濾したかのような、煙。

 

「若い時分の光太郎――仮面ライダーBLACKが生死の境を彷徨った時、その命を救った妙薬。海底に棲むクジラ怪人一族に古より伝わる、“命のエキス”だ。これを浴びせて、度重なるライダー・シンドロームの開放で疲弊したお前の心身を、繋ぎ止めた。俺が施された改造手術は、本来、深海開発用の強化人間を造る技術をベースにしていたからな。ミトが“グレートダッド”と呼んだ仮面ライダーの中で、水中活動が可能なのは俺だけだったが、今回はそれが吉と出た」

 

 話を聞くだけで貴重と分かる品を、私のために、わざわざそんな苦労をおかけしてまで?

 

「せめて織部教授に打診された先月中には持ち帰りたかったんだが。思いのほか、クジラ怪人一族との交渉が難航してしまった。間に合わなくて、すまん」

「おじさまが謝ることなんて一つもありません。現に私はこうして生きています。敬介おじさんが駆けつけてくださったおかげです。遅くなりましたが、ありがとうございます」

 

 神のおじさまは無骨な手つきで私の頭をくしゃりと撫でました。

 

「それと。若いの二人。狸寝入りは程々にしとけ。5秒以内に美都の手を離さなかったら、Xライダーの真空地獄車だ」

「なんか痛そうな気がする!」

「還暦過ぎのくせに大人げない!」

 

 あ、ソウゴ君とゲイツ君、飛び起きました。いえ、神のおじさまの言葉通りなら、二人とも寝たフリだったんですよね。つまり私の手を握っていたのは寝ている間に無意識に、とかではなかったってことに、なります?

 

「ソウゴ、ゲイツ、どうしたの!? って、あーっ! 先生、気がついたのね!」

 

 ツクヨミさんまで。間髪入れず部屋に飛び込んだってことは、病室の外でずっと待っててくれたんですか? こんな夜中に女の子が出歩いて……あら、黒ウォズさんが一緒でしたか。でしたら不安の種が減りました。

 

 それと、入っていいのかどうかという感じでドアの陰に隠れて窺ってる飛流君は、むしろ遠慮しないで入っていらっしゃい。入っても先生、怒りませんから。

 

 

 

 

 

 ツクヨミ、黒ウォズ、加古川の順で、関係者全員が病室に入ったところで、神敬介は俺をふり返った。

 

 彼にはすでに俺とミトさんの師弟関係は伝えてある。まあ、俺が申告するまでもなく、俺のジクウドライバーとゲイツウォッチを見て、神敬介はすでにその辺を察していたが。さすがはグレートダッド5()・仮面ライダーXである。

 

「にしても、長生きはしてみるもんだ。まさかミトの娘だけじゃなく、未来の弟子や養い子にまで会うことになるとはなあ。一丁前に親代わりの教官ポジションなんざ、あの純粋培養の箱入り娘が逞しくなったもんだ」

「……純粋培養?」

「箱入り……?」

 

 俺はツクヨミと揃って頭を抱えた。いやだって、ミトさんだぞ? 泣く子をさらに泣かす明光院ミト。あの人が箱入りなら世界中の全ての女を王侯貴族扱いしないといけなくなる。

 

「手がな、凄まじくキレイだったんだ」

 

 そういえば、と言うツクヨミには心当たりがあるらしい。

 

「ミトさん、手の他にも、古傷があまり残らない体質だったわ。本人は『人より丈夫に産まれたんだ』って笑い飛ばしてたけれど」

「体質で言い通すことにしたのか、アイツ。俺は最初、この小娘は絶対にイイとこのお嬢さんだ、なんて思った。水仕事も針仕事もしたことない、苦労知らずなんだろうってな。昔の俺の悪い癖だ。謝れるもんなら、会ってじかに謝りたいと今でも思うことがある。でも無理なんだろう? 光太郎から話は聞いた。――死んだんだってな、アイツ」

 

 ただ二音節、「ああ」と声に出すことすらできなかった。少なくとも俺にとっては、ミトさんの死はまだそれほど生々しく刻まれた光景だ。

 

 ツクヨミも、黒ウォズさえも、何も言わない。

 

 神敬介は俺たちのリアクションを予想していたのか、そもそも相槌を求めていなかったのか。唐突に話題を変えた。

 

「最近は『正義』を『鉄の心』って描写するのが流行りなんだってな。言い始めた奴に皮肉が利き過ぎてて実に見事! って一発ぶち込みたいくらいだ。その通りだよ。正義なんてモンは、鉄で出来た連中だけが背負えばいい」

 

 ひょろり。神敬介はパイプ椅子を立つと、壁に備え付けの洗面台から剃刀を取って、おもむろにその刃を――自分の腕に振り下ろした!?

 

 誰が叫ぶ間も止める間も、なかった。

 

 常識的に考えれば、腕の肉に深々と突き刺さるはずの剃刀は、逆にその刃のほうが彼の腕に当たったとたんに折れて、床に落ちた。神敬介の腕には傷一つない。

 

 鉄で出来た連中。たったさっき聞いたフレーズが蘇る。

 

()()()()()()()()()()()()()()。なら最初から仮面ライダーになるために造られたミトが、何で改造人間でなかったと言える?」

「ば、かな――」

 

 馬鹿なことを言うな。相手が大先輩のグレートダッドだと忘れて怒鳴ろうとしたのに、その先が続かなかった。

 

「馬鹿らしいと俺たちも思ったさ。けど実際に目の前にいるんだからしょうがねえ。だから、あの子がオメデタって光太郎から聞いた時は耳を疑ったさ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 答えは、この美都だ」

 

 

 

 

 

 ああ――やっと、分かりました。私が2019年で没したと伝わった歴史のカラクリが。

 

 種を明かせばシンプルでした。王母織部の死因。それはきっと、改造人間の母胎から産まれた不安定なこの肉体が、度重なるライダー・シンドローム開放に耐えられなかったため。私はこの力を行使するたびに、知らず命を削っていたのです。

 

 ソウゴ君とツクヨミさんの目が私に訴えています。もうライダー・シンドロームは使わないで、と。優しい若者たちです。

 だって私の現状はいわば自業自得です。私が彼らに要らぬお節介を焼きたくて通したワガママのしっぺ返しです。それでも私を案じてくれる彼らが、優しくなくて何なのか。

 

 パン!

 

 わっ。び、びっくりした。いま手を叩いたのは、黒ウォズさん? 急にどうしたのでしょう。

 

「暗くなる必要はないよ、諸君。王母を救うすべならば、()()()()が知っている」

「それって“俺”じゃなくて、未来のオーマジオウが、だよね」

 

 ソウゴ君は突然の指名に困惑する素振りもありません。聞けば、ソウゴ君の判断基準はささやかで、「『我が魔王』って言う時に俺のほう向いてなかったから」。

 

「でしょ? ()()()

「――やはりキミは慧眼だな」

 

 黒ウォズさんは、ベッドにいる私のそばに来ると、『逢魔降臨暦』を手に私に対して恭しく礼を取りました。

 

「私は二つの王命を賜りこの時代へ降り立った。一つは若き日の我が魔王に力添えすること。もう一つは、王母織部の命が風前の灯となった時、アナタを2()0()7()0()()()()()()()()()の下へお連れすることだ」

 

 ――あれ? 2070年?

 

 ゲイツ君とツクヨミさんも唖然として、黒ウォズさんを凝視しています。

 

「私の手札を一つ明かそう。私は確かにキミたちの知るウォズで間違いないが、この“私”はキミたちがこの現代へ発った時点から2年後、西暦2070年時点でのウォズなんだよ」

 

 ウォズさんは見る者を昏く圧倒する、酷薄な笑みを刷いた。



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分岐2070年編
Syndrome66 おこがましい未来人、元祖


 リアタイの話。
 まさか真正面から響鬼編をやるとは思わなかった!!Σ(゚Д゚)
 信じてよかった公式様! 実は響鬼も大好きです!(≧∇≦)


 チクタク、チクタク――パッポー♪ パッポー♪

 

 

「「どーゆーことだーーーー!!!!」」

 

 ゲイツ君とツクヨミさんが息ぴったりに噴火しました。

 

「うわわっ、二人とも落ち着いて! ここ病室! 医療の現場! ああもう純粋に手が足りない! 飛流、手伝って!」

「何で俺!? やるけど!」

 

 未来組の噴火は3分と経たずして、即席ジオウコンビによって鎮圧されました。

 ソウゴ君はともかく、飛流君も大健闘でした。アナザーとはいえジオウになっただけはあります。

 

 とはいえです。この、お風呂上がりのネコみたいに意気軒昂なゲイツ君とツクヨミさんを、どうしたらよいでしょうか?

 

「あー、なんだ。そこの未来人」

「ウォズと申します。仮面ライダーX、神敬介」

「美都を救えると言ったな? 具体的にはどうすんだ」

 

 つい身を竦めてしまいました。神のおじさまのオーラ、今まで見たことないくらい怖いんですもの。

 

「先ほども言った通り、彼女に2070年に来ていただく。アナタの知るミトという女性の跡を継いだ、明光院ゲイツ君と共に」

 

 (飛流君に取り押さえられたままの)ゲイツ君が面食らった。

 

「俺も? 何故だ」

「それが我が魔王の思し召しだからさ。聞かれる前に言っておくが、私も王母織部が何故死んだかを知らない。我が魔王のご指名は、キミと、織部美都の2名のみ。それ以外の誰かを伴った場合、王母の延命措置は一切行わないと仰せだ」

 

 私とゲイツ君の二人だけ。私たちの共通項なんて、お母さんである明光院ミトさんが“親”ってことくらいですけど。もしかしてお母さんがその延命とかに関係しているんでしょうか。

 

「では王母から。改めて意思を伺いたい」

 

 ――私なんかのためにそこまでしてもらっておいて、断るなんてできません。

 お母さん。生きると決めることって、こんなにも大変なんですね。

 

「黒ウォズさん。私を2070年へ連れて行ってください」

「――と、いうことだが。キミはどうする? ゲイツ君」

 

 私とゲイツ君の目が合った。

 

 ゲイツ君の同意が得られるかは分からない。

 彼が人命を見捨てるような少年じゃなくても、彼にとってオーマジオウは憎い仇で、そんな敵からの提案をすぐに呑み込めというほうが無理です。

 

「あの、黒ウォズさんっ。私一人だけを連れて行くのはダメですか? 無理にゲイツ君に同行してもらわなくても」

「残念ながらどちらか片方でも無理なんだよ。二人揃って、と厳命されている」

 

 そ、そんなぁ。未来のソウゴ君、融通が利かないです。

 

「ゲイツ。何ですぐ答えないんだよ」

「ソウゴ?」

「オーマジオウが信用できないなら、“今”の俺を信じてよ。何十年後でも俺が俺である限り、美都せんせーを尊敬する気持ちは変わらない。助けたいと思ったら絶対にやり通す。だから、大丈夫」

 

 ソウゴ君は私に向かって笑った。

 

「俺を大勝ちさせてくれるんでしょ。こんなところで、リタイヤしないで」

 

 そう――そう、でしたね。君自身の未来に賭けるように、君は私の気持ちにも賭けるだけのものがあると言ってくれましたもんね。

 

 常磐ソウゴ君という生徒の“進路”を見届けずして、おちおち死んでなんかいられません。

 

「別にもったいつけたんじゃない。俺はお前みたいに能天気じゃないんだ。――お前が持つライドウォッチをいくつか貸せ。オーマジオウと戦うことになった時を想定するなら全部貸せと言いたいが、それでこの時代のお前を丸腰にしたら意味がないからな」

「りょーかいっ」

 

 ゲイツ君は立ち上がると私のいるベッド脇まで来ました。

 

「ありがとうございます、ゲイツ君。私的な事情に巻き込んですみません」

「礼も謝罪も、要らない。アンタに死なれたくないのは俺だって同じだ」

 

 言って、そっぽを向くゲイツ君。彼の横顔から、私は目を逸らせない。

 

 

 ――ねえ、私。まだ分からないでいるの?

 いいえ、いいえ。きっと私はとっくに分かってる。私がゲイツ君に向ける感情の正体を。

 鍵を開けても傷つくだけだから、心の隅に封印した。

 

 どうして今になって溢れ出てしまったの?

 

 

 

 

 

 

 夜明けを迎える前――世界が4月1日になる前に、俺たちはタイムマジーンに搭乗して時空転移を決行した。俺自身は自前の機体で、先生と同乗して。黒ウォズはソウゴが乗るタイムマジーンを借りていた。

 

 時空のトンネルを抜け出た位置を確認して、俺はまず我が目を疑った。

 

 屋内。それもタイムマジーン2機が着陸して余りある大空間だ。ぽつぽつと天井が見えないほど高い柱が見受けられるから、人の建造物で間違いないが、何のために?

 

 俺がハッチを開けると、黒ウォズのほうでもタイミングよくそうしたところだった。

 

「さて。ようこそ客人、我が魔王の御坐す“離宮”へ。付いて来たまえ。我が魔王の玉座まで案内しよう」

 

 黒ウォズがタイムマジーンのコクピットから飛び降りて、危うげなく着地を決めた。ひょろい外見のくせして、運動神経抜群なのがこの男だ。

 

 俺も、先生を両腕に抱えて、先生が俺にしがみついたと確認できてから、跳び下りた。

 

「ありがとうございます、ゲイツ君」

 

 さすがに俺も、先に自分が降りて、次に飛び降りた先生を地上で受け止める、なんて器用な真似はできないからな。一緒に降りたほうが効率的だっただけだ。

 しがみついた先生から感じた柔らかさとか温度とか、早く忘れろ俺。

 

 黒ウォズを追って歩き出そうとしたところで、先生が俺の手を掴んだ。先生の顔色は暗いこの場にあって分かるほど青白い。俺は掴まれた手を握り返した。

 

 石の床だけがほの白く灯る通路を進んで、何分経っただろう?

 

 先生と繋いだ手がじっとりと汗ばんでいる。二人分の手の中にだけ熱があった。

 この場を流れる気流はそれほどに冷たい。まるで霊安室だ。

 

「本当に、この先にオーマジオウがいるんだな?」

「ああ。我が魔王はこの離宮にてキミたちを待っている。それはもう永い歳月を、ずっと、ね」

 

 相変わらず暗いままの建物を進んでいくと、一つの空白地帯に出た。

 

 

 御簾を下ろした簡素な御座所。奥に控えるのは、年老いた一人の男。

 

 

 全身にぶわっと警戒心が波及した。本能的にジクウドライバーを取り出した俺を、しかし、先生が俺の手を掴んで止めた。

 

「我が魔王。臣下ウォズ、ただ今戻りましてございます」

 

 御簾の向こうにいた男が、老いてしゃがれた声をウォズにかけた。

 

「よく帰った、ウォズ。まずはその働きを労おう」

「恐悦至極に存じます、我が魔王」

「して、お前を2018年へ遣わした目的。果たせたか?」

「お喜びくださいませ。この通り、2019年3月31日時点での仮面ライダーゲイツと王母織部を連れて参りました」

 

 おお――と。声に初めて感慨らしきものが滲んだ。

 

「今日まで50と2年。私は待った。待ち続けた。――()()()()()()()()()()()()()()

 

 心臓を鷲掴みにされた気分だった。しゃがれていた声が唐突に瑞々しさを取り戻した上に、その声の質は聞き間違えられないほどにアイツのものだったから。

 

 消えた御簾の向こうで、玉座を降りてくる男。いや、俺と同年代なんだから、少年か青年と言うべきだろうか。

 

「今でも覚えている。平成最後の3月。季節外れの大雪の中を、“俺”は走った。土星館パーキングで決着をつけようと、そう約束したから、飛流の妨害も掻い潜って、死に物狂いで向かったのに」

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 氷柱より鋭く凍てた声が、喉を、掻き割いた。




 我が家の士が言った「1.5番目の未来」が始まります。


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Syndrome67 “魔王ソウゴ”

 やっと書き上がったーーー!!orz


 俺の正面で立ち止まった男は、オーマジオウなんかじゃなく、俺がよく知る、2019年時点の18歳の常磐ソウゴだった。

 

「やっと言える。()()()()()()()

「お、まえ、いったい」

 

 何をしたんだ。いや、“何”になってしまったんだ。

 

 解説を買って出たのは黒ウォズだ。

 

「我が魔王は時の王者。万物の時の流れを意のままにする御方。このように己の肉体の(とき)を操ることもまた造作もないのさ」

 

 黒ウォズのオーバーなアクションを見た『ソウゴ』は苦笑した。

 

「俺にとっては52年ぶりの“再会”だ。70歳の外見で会うには抵抗があったんだよ。同い年なのに俺だけおじいちゃんになってるとか、カッコつかないじゃん。この見てくれは単に、それだけの話」

 

 確かにソウゴには仮面ライダージオウに初見変身できるだけの素養はあったし、ジオウⅡウォッチを得てからは局地的時間逆転や事象創造なんてやってのけた。それを意識的にコントロールできるようになっただけと言われてしまえば、それまでだが。

 

 本当に魔王になってしまったのか、お前は。

 

 『ソウゴ』は人好きのする笑顔のままだ。2019年のソウゴと異なる点があるとしたら、目だ。笑っているのに、冬の大地より冷たい。

 

「美都せんせーも、久しぶり。来てくれて、また会えて、本当に嬉しい」

「常磐君……」

「――うん。ゲイツとも美都せんせーとも、話したいことはたくさんある。けど、その前に。二人とも、ウォズの誘いに応じたってことは、せんせーの命は今も危ういままってことだよね?」

 

 そこだけは正しい。その通りだ。Xライダーのおかげで保ち直した先生だが、いつまた昏倒するか分かったもんじゃないって症状は改善されてない。

 そんな彼女を救うすべを持つのがお前だと聞いたから、危険を承知で俺たちは2070年に来たんだ。

 

「大丈夫。この日この瞬間のために、俺はオーマジオウになって、ずっと待ち続けたんだ。――あなたを絶対に死なせはしない」

 

 付いて来て、と『ソウゴ』は踵を返した。

 歩き出した『ソウゴ』に黒ウォズが続く。

 

 ここまで来て怖気づいていられるかよ。

 俺は先生の、少し冷たくなった手を掴んで引いて、『ソウゴ』たちを追って歩き出した。

 

 

 

 

「『俺』にとってのオーマの日は、それこそゲイツとせんせーがいた2019年3月31日だった。今でもその日のことは鮮明に思い出せる」

 

 移動中の暇つぶし程度のように淡々と、『ソウゴ』は己の来歴を語った。

 

「お前がオーマの日を経て健在ということは、お前の知る『俺』は敗れたのか。お前との闘いに」

「勝ち負けで論じるなら、うん、不戦敗って言うべきかな? 決着をつけようと約束した日、『ゲイツ』は土星館パーキングに来なかった。夜になって、雪がやんで、朝日が昇るまで待っても、『彼』が現れることはなかった」

「それって! ……明光院君が君との約束を反故にした、ということですか?」

「そうだよ、せんせー。ゲイツが戦わないんじゃ、俺がオーマジオウになるのを止められるライダーなんて一人もいない。実際、いなかったよ。平成(レジェンド)ライダーも昭和(グレートダッド)ライダーも、現実感が湧かないくらい呆気なく、俺の前で敗れて散っていった。そしてレグルスが一番輝いた夜、俺は歴史の流れるまま、全てのライドウォッチを手に入れて、“魔王”になった」

 

 叶うものなら、コイツの過去に居合わせた“俺”を殴りに行きたい。

 どんな経緯や理由があったにせよ、明光院ゲイツが常磐ソウゴを手酷く裏切ったことに変わりはない。降りしきる雪の中で一人、『ソウゴ』はどんな思いで『俺』を待っていたんだろう。

 

「勘違いしないで。俺は別にゲイツを恨んでるわけじゃない。間に合わなかった事情はちゃんと知ってる。今でも俺はアイツをトモダチだと思ってる。……あっちはどう思ってたかは迷宮入りだけど」

 

 先生が、一度口を噤んだものの、吹っ切ったように『ソウゴ』に問うた。

 

「その事情には、私の死が関係していますか?」

 

 『ソウゴ』が足を止めた。その表情は窺い知れないが、背中が帯びた昏さから、ろくでもない展開になったことだけは俺にも確信できた。

 

「してるん、ですね」

 

 俺たちをふり返った『ソウゴ』は、やっぱり、貼りつけた笑顔でいる。皮肉げに。

 

「要はさ、何もかも間が悪かったんだ。――ゲイツは気づいてるかな。リバイブの力はリスクを伴う。変身者のゲイツに反動がかかる。でも今、そんな自覚症状は欠片もないでしょ? それはね、美都せんせーがライダー・シンドロームで反動を消してるからなんだよ」

 

 俺は先生をまじまじと見た。

 先生が(シンドローム)を開放し過ぎたせいで昏倒したのは漠然と分かっていた。その「開放し過ぎた」のが「誰のせい」かまで考えなかった。

 彼女の命を刻々と削っている張本人は、俺だった。

 

「そうと知った『ゲイツ』は、目の前で倒れた『美都せんせー』を放置して俺のもとへ向かうことができなかった。そこはいいよ。むしろ無視して俺のとこへ来たら、それこそ若い俺が許さなかった。アイツはせんせーを助ける術を探して探して――見つからない内に、あの人は永眠した。2019年3月31日、その日があの人の命日だ」

「そっちの『俺』は、先生を看取ったから、お前との約束に間に合わなかった……」

「そこは少しだけ違うんだよな、これが。言ったでしょ。朝日が昇るまで待っても来なかった、って。『ゲイツ』は先生が死んだあと、俺との決着をつけに来ようとしてくれたよ。リバイブの反動で中身がズタズタの体を引きずって。美都せんせーが倒れたから、誰も『彼』の抱えるダメージを消せなかったのを、自分が誰より分かってたくせにさ。でも現実は俺たちに意地悪だった。角一つ曲がれば俺が待ってた位置から見えるってとこまで来て、タイムオーバー。――ねえ分かる? 朝になって、やっと諦めがついて帰ろうとした俺が、角一つを曲がったすぐそこで、雪に半ば埋まったキミの死体を見つけた瞬間の、絶望と自責」

 

 唖然とするしか、なかった。

 尊敬する先生が知らない内に死んでいて、俺はほんの少し注意すれば気づけた至近距離で絶命していた。当時の『ソウゴ』が受けた精神ダメージは察するに余りある。

 

 曲がり角一つ。たった数歩。そんな僅かな“足りなかった”が、誰より優しくて誰より頼もしい常磐ソウゴを、“魔王”なんてモノに貶めてしまった。

 

 先生は、俺よりリアルに『ソウゴ』の過去を思い描けたのか、手で口元を覆って嗚咽を上げている。

 

「――泣かないで、美都せんせー」

「だ、って…っ…あ、あんまり、ですッ、こんなの…!」

「あなたは俺の『美都せんせー』と違って生き延びた美都せんせーだし、誤差なんかじゃなくて、この先も人並みに生きていけるように、俺が助けてあげる。――あなたが俺を、赦さなくても」

「常磐君……?」

 

 不意打ちで場が明るくなった。白い光と内装が目に痛くて、俺はとっさに目を細めた。

 視界が利くようになってから見回すと、黒ウォズが何かのレバーを握って下げていた。

 

 広いホールをびっしりと覆い尽くす電機系統の、さらに奥。灯りを点けたのにまだ薄暗いほど距離が空いた位置に、円柱状の貯水槽が一本、ぽつねんと立っている。

 

 ――心臓が嫌な律で打ち始める。

 具体的な未来図なんて描けないのに、恐ろしいモノを見せられる予感だけ、加速する一方で。

 

 死と隣合せの戦場に長く身を置いた俺がこうも中てられてるんだ。先生は大丈夫か?

 ――大丈夫なわけなかった。暗所なのに目で見て分かる顔の青白さなんて、相当だ。

 同時に、先生の反応こそが自然なんだと思った。血の繋がりが“親子”の全てじゃないと知ってても、やっぱり、血を分けた娘が産みの母親を案じる気持ちってのは格別なんだな。

 

 先生と繋いだ手の力を少しだけ強めた。

 ここで「俺が付いてる」とか言えたらもっとマシなんだろうが、内心では混乱しきりの俺が言ったって不誠実だから、黙っておく。

 

「あなたを救うためだけに」

 

 『ソウゴ』が貯水槽に向けて手をかざした。

 

 貯水槽が照らされ、俺たちからも中身が明瞭に見えるようになった。

 ――その“中身”は、溶液漬けの死体。()()()()()

 ガラスに刻まれた文字は――「Kamen Rider GATE」、「Mito Myokoin」。

 

「俺は魔王になったんだから」




 タイトルの「魔王ソウゴ」は、『ソウゴ』は厳密には「オーマジオウ」ではないという意味を込めたものです。
 いつだったか黒ウォズに釘を刺された「オーマジオウが存在しないと、みと母娘はどちらも産まれてこない」のほうを先生自身より信じて、「オーマジオウ役を50年以上演じると決めた普通の少年」です。
 士の「オーマジオウさえ被害者」発言はここに起因します。
 戦場でゲイツやツクヨミを見つけた時、この『ソウゴ』は彼らの名を呼んで二人の胸の中に飛び込みたい気持ちで一杯だったでしょう。黒ウォズが内偵として現れた時に、「久しぶり」と言いたくて堪らなかったでしょう。
 それら全ての感情を仮面の下に隠して、「ただ待ち続ける」ことを選んだのです。


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Syndrome68 チルドレン;クロス・オブ・ファイア

 すんごい長いです。なのに内容は薄いです。
 この回が書きたくてジオウ二次を始めたと言っても過言ではないです。
 ――始まります。


 俺は『ソウゴ』の胸倉を掴み上げた。

 

「貴様ァ!! ミトさんに何をした!! 俺の……俺たちの“母さん”に、何をしたんだ!!」

「死の直前で、彼女の肉体の(とき)を停めた。生きてはいない、けれど死んでもいない。朽ちはしないが目覚めもしない」

「何のために!!」

「明光院ミトの肉体に残留したライダー・シンドロームを、全て、美都せんせーに譲渡するためだ」

 

 先生の視線は貯水槽に、その中に“保存”されているミトさんの亡骸に固定されたままだ。

 

「わた、し……?」

「あなたたち母娘は、昭和世代の10人ライダーから継いだライダー・シンドロームがどちらとも不完全だったせいで機能不全を起こした。母親はエネルギー不足、娘はエネルギー過多。なら片方がもう片方に(シンドローム)を譲れば、問題は全て解決する。そして、片方は生きていて、もう片方は死んでいる。どちらを生かすべきかは明確だ」

 

 死んだ人間は生き返らない。ミトさんは死んだ。だが、先生は生きていて、ミトさんの遺体から力を抜き取れば命は安定する。

 

 この有無を言わさぬ状況を作り出すために、『ソウゴ』はあえてミトさんを“殺した”んだ。幽閉や監禁で済ませてミトさんと先生、両方が生きていたら、先生だけを救うことが難しくなるから。

 

「……私がお母さんのライダー・シンドロームを受け取ったら、お母さん、どうなるんですか?」

「――死体は爆発飛散する。後には骨も残らない」

 

 『ソウゴ』が俺の手首を掴むと、恐ろしいほどの怪力で胸倉から手を外させた。

 

「元々、仮面ライダーゲートは俺を巻き込んで自爆しようとしたんだ。その寸前で俺がこの人の(とき)を停めた。解いてしまえば一巻の終わりだよ。ほら、こんなふうに」

 

 『ソウゴ』が貯水槽の中のミトさんに掌を向けた。するとミトさんの遺体がひきつけを起こしたように跳ね、全身の血管が膨れて浮かび上がり――

 

「よせ!!」

 

 『ソウゴ』が掌を下ろすと、遺体は何事もなかったかのように鎮座し直した。

 

 唐突に、先生が貯水槽に向かって歩き出した。千鳥足だ。まともな意識状態じゃない。

 俺は止めようとしたが、ウォズが俺の腕を掴んで引き留めたせいで、叶わなかった。

 

 先生は冷たく無機質な水槽に頬擦りした。――涙は、浮かべていない。

 

()()()()、お母さん」

 

 

 

 

「あ、れ? 変、ですよね。ここ、家でもないし、どっちかっていうと出かけた先で、私、何で、わた、し」

 

 ――それは混乱するまでもない、至ってシンプルな解でした。

 

 単に私が言ってみたかったんだわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが、30年間ずっと心の底に沈めてきた、織部美都のささやかな願い事だったから。

 

 やっと、言えたね。私。

 こんなになってまで、私に言わせてくれたね、お母さん。

 

 ありがとう。ありがとう、大好き。たったいま私、お母さんを大好きになりました。私、お母さんの、明光院ミトの娘に産まれてきてよかった。

 

 

 

 

 先生がふり返った。清々しい顔つきをしていた。

 

「ごめんなさい、常磐君。君の52年越しの厚意を、先生は受け取ることができません」

「――ああ。あなたはそう言うだろうと思った。母親の亡骸を辱めてまで生き永らえようなんて、考えもしない。それが、俺が尊敬してやまない、織部美都という教育者だった。そうと分かって、あなたが頷くことに期待した未練(おれ)とは、ここで訣別しよう」

 

 『ソウゴ』がウォズに呼びかけた。何を命じるでもない。だがウォズにはそれだけで『ソウゴ』の意図が伝わったらしい。

 ウォズは恭しく跪くと、色褪せたジクウドライバーを『ソウゴ』へ向けて捧げ持った。

 

 『ソウゴ』はウォズからジクウドライバーを受け取ると、それを装着してジオウウォッチを嵌めた。

 

「変身」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  ZI-O 》

 

 『ソウゴ』が変身した姿を見て、俺は即座に先生を庇う位置に立った。

 ――ここにいるのが俺一人だったら、きっと、愕然と立ち尽くして動くこともできなくなったに違いない。

 

 ――オーマジオウ、に。

 ――常磐ソウゴが、変身、したんだから。

 

『懐かしい感触だ。ドライバーとライドウォッチで変身するのは何年ぶりか』

「“ミレニアム29”を鎮圧して以来ですので、ざっと39年ぶりかと存じます」

『そうか。あの動乱からそれほどの歳月が過ぎていたのか。老いるはずだ』

「お戯れを。我が魔王、アナタの精神は、御年18の時代よりいささかの衰えもありません。52年前で若き日のアナタと接したあとなれば、確信を持って申し上げることができます」

 

 ふ、とだけその『オーマジオウ』は零し、ウィザードライドウォッチを抜いた。

 

 俺が――俺が呆けていて、どうする!! 背中には先生がいるんだぞ!!

 

 俺もジクウドライバーとゲイツウォッチ、さらにはリバイブウォッチも、両手に構えた。

 

《 GaIZ  “Revive” 》

「変身!」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  GaIZ 》

《 リバイブ  疾風 》

 

 変身完了から敵急襲まで、1秒足らず。俺はジカンザックローで『オーマジオウ』に切りつけた。

 手応えあり! 直撃――のはずだった。

 

 当の『オーマジオウ』がどこにもいない。

 馬鹿な。確かに俺は奴の殺界に入った。この爪で奴を切り裂いた。なのに。

 

《 アーマー・タイム  WIZARD 》

 

 っ、しまった! 後ろか!

 

『先生ッ!』

 

 

 

 

 

 気がついたら、黒と金で全身を固めた仮面ライダーが、正面に立っていた。

 ――これが、オーマジオウ。52年にも渡って世界中に暴政を敷いて人々を苦しめた、最低最悪の魔王。

 

 ぼさっとしてちゃだめ。そんな相手からは逃げなくちゃ、私。

 なのに、足が動かない。怖くて足が竦んだとかじゃない、泣き出しそうなのは怯えてのことじゃない。

 

 いつかのウール君の問いがリフレインした。

 

 

 “アンタは何で若いジオウを魔王なんかにしたの?”

 

 

 ――そうです。この『オーマジオウ』は私のせいで生まれた、ソウゴ君の可能性なんです。それを、私が目を逸らすなんてできるわけありません。

 

 私はやるせない気持ちで、『オーマジオウ』のフェイスマスクに左手を添えました。

 

「ときわ、君」

 

 ごめんなさい。私みたいな半端な教師に出会わなければ、君はこんな姿に堕ちてしまうことはなかったのに。

 

『ああ。あなたが泣く必要などこれっぽっちもないのに、この姿を見てなお、胸を痛め泣いてくれる。そんなあなただから、待つことができた。この52年間、どんな血と犠牲を払っても』

 

 『オーマジオウ』が、私の左手の上から自分の右手を重ねた。その手に体温を感じないのは、バトルアーマー越しだから?

 

 外される左手。その親指に、『オーマジオウ』は何かを音もなく嵌めた。

 これって、仮面ライダーウィザードの、魔宝石の指輪? しかもこのデザインには見覚えがあります。仁藤攻介さん、仮面ライダービーストから頂いた“お守り代わり”の指輪と同じデザインです。

 

《 “プリーズ”=シンドローム 》

 

 ドクン、と。真後ろの貯水槽、正確にはその中のお母さんの遺体が、大きく脈打った。

 

 な、に、これ……! 立って、られない。何か大きなエネルギーが私の体に流れ込んでくる! 無理よこんなの、内側から破裂しちゃう! なのに、拒めない――!

 

『2018年だ。仮面ライダービーストの仁藤攻介があなたに渡した魔宝石の指輪、覚えてる? あれには、あなたの(シンドローム)を隠蔽する魔法の他に、もう一つの魔法を仕込んでおいた。持ち主を除く同種の力の宿主から、その力を強奪する魔法。“プリーズ(魔力供給)”の効果を絞った応用魔法だよ』

 

 すぅ、と凍てる、常磐君が私に向ける声。

 

『知っていた。あなたは決して俺の“準備”に賛同しない。俺はあなたの意思と命、二つを天秤にかけて、命を取ったんだよ。どんなに憎まれても恨まれても、生きててくれるだけでいい。50年かけてそう答えを出したんだよ。美都せんせー』

 

 どう、したら……このままじゃ私、お母さんから残ったライダー・シンドロームを奪って、お母さんの体を爆散させちゃう……!

 

 

 “私には個体名がない。担当官も研究員も、私を『30番』とだけ呼んでいた”

 

 

 今のは――なに?

 純粋な力の流体に過ぎなかったものに、何か別のものが混ざって、私の頭の中に投影された。

 映像。音声。五感。私じゃない誰かの目と耳が、心が、感じた――記憶?

 

 

 “こんなものが人間だというなら、仮面ライダーが守るに値するなんて大嘘だ”

 

 

 おかあさん……お母さんの、記憶だわ。

 オーマジオウとの決戦に備えて昭和世代に時空転移した頃の、若かったお母さんの。

 

 

 “あなたの妻になりたかった。この子の母親でいたかった。でも……ごめん。私はやっぱり、仮面ライダーであることを捨てきれない”

 

 “10人の偉大なりし父なる仮面ライダーより継いだ正義の旗の下、お前を斃しに来た仮面ライダーよ! 魔王オーマジオウ!”

 

 

 私とお父さんじゃなくて、2050年の世界の平和を守る“仮面ライダー”に戻ることを選んだお母さん。

 ――そう。(わたし)の命を救うためだと、オーマジオウに誘惑された時でも。

 

 

 “実を言うと、裏があるだろうとは思ってた。お前が私という目の上のたんこぶを殺さない理由が、平成に生きる私の夫か娘に原因があってのことだってね”

 

 “魔王といえど女心は読めなかったと見える。目の前にいる私は誰? 妻だし母親だけど、同時に、()()()()()()()()()

 

 “自爆装置は腹の中に設置済み。このまま一緒に地獄に堕ちましょうか。いつの間に、ですって? そんなもの。初めての会敵で、お前が私を殺さず見逃した直後からずぅっとに決まってるじゃない”

 

 “これが、貴様のような魔王を世に送り出した不肖の娘に代わって、母親が果たすせめてもの責任だ!!”

 

 

 ――お母さんは私一人じゃなくて、ゲイツ君やツクヨミさん、大勢の人を護る選択をした。

 

 私は貯水槽のガラス管に、指輪を嵌められたほうの手の平を当てた。

 

 

 ――お母さん。

 ――ごめんなさい。

 ――愛してる。

 

 

「ライダー……! シンドローム!!!!」

 

 貯水槽が内側からフラッシュして、砕け散った。

 

 溢れ出た溶液を、真正面にいた私はまともに浴びて、服も髪もびしょ濡れで寒いのに。

 荒げた息と心臓の鼓動が、熱い。

 

 私は自分のライダー・シンドロームで、お母さんの遺体を“消失”させたのです。

 

『なんて、ことを』

 

 目に見えてショックを受けている常磐君を、私は厳しく見据えた。

 

「これが私の答えです」

 

 お母さんは(わたし)への愛情で信念を曲げたりしなかった。おじさま方と共に闘った日々に掴んだ“正義”を胸に、“仮面ライダー”のまま死んだ。

 

 そんなお母さんを、私は、途方もなく()()()()()と思ったのです。

 永遠に誇らしい、自慢の母親だって。

 

 もし私のためだけに自決したんだとしたら、私はお母さんを、ちょっと見苦しいな、とさえ思ったかもしれません。

 

 だって織部美都は、普通の家庭に産まれた普通の子供ではなく、“仮面ライダーの娘”ですから。

 私自身が戦えなくても、戦士の娘としての誇りくらい、私にだってあるんです。

 

 もちろん望んで死にたいわけじゃない。ゲイツ君やソウゴ君、たくさんの教え子、それに知り合った親しい人たちに、私の惨い死を見せたいわけでもない。

 

 ――もっと、ずっと、生きていたい。

 

 けれど、こんな非道に頼って生き延びるのは、だめ。他の誰がしかたないと言ってくれたって、私が私を赦せない。

 

 謝る相手は、一人だけ。

 

「ゲイツ君」

 

 離れた位置にいるゲイツ・リバイブにも聞こえるように。ほら、あと少しだから頑張って。

 

「お母さんのこと、ごめんなさい。――」

 

 ――だいすき――

 

 最後だけは、声を乗せずに口だけを動かした。

 

 言いたいだけ言ったら、なんだか力が抜けちゃいました。

 私は割れた貯水槽に背中を預けて、その場にずるずると座り込みました。

 

 

 

 

 ――ミトさんの昔話を思い出す。

 

 

 “幸いにしてグレートライダーの力は、ライドウォッチでなくジクウドライバーに宿っている”

 

 

 俺が使っているジクウドライバーは、元はミトさんが使っていた。ミトさんが仮面ライダーゲートとして昭和へ時空転移した時から、ずっとこれが使われていた。

 

 まだだ。まだ、終わってない。()()()()()()()()()()()

 

 俺はウィザードライドウォッチを腕から外して、リューズを押したそれをリバイブウォッチと付け替えた。

 

《 アーマー・タイム  WIZARD 》

 

 ウィザードアーマーへ変わりながら、駆け出す。

 

 ――先生が嵌められた指輪の元の魔法が“プリーズ”なら、まだ方法が皆無じゃない。

 

 ミトさんの昔話が確かなら、俺のジクウドライバーには、ミトさんが継承したライダー・シンドロームの一部が宿っている。

 俺のドライバーの(シンドローム)を、“プリーズ”の供給効果を利用して先生に与えることができれば――!

 

 先生の傍らへ来て俺は片膝を突いた。

 

「ゲイツ君……?」

 

 先生の左手を掴んで検める。『ソウゴ』が嵌めさせた魔宝石の指輪は消えてない。

 俺は先生の親指から指輪を引っこ抜いた。

 

『死なせない。短命のまま2019年に連れ帰ったりなんかしない。俺がアンタを救う』

「! 待っ、て……ゲイツ君、待って! 君のライダーの力を私に与える気ですか!? そんなことして、君が仮面ライダーに変身できなくなったりしたら……!」

『そんなことにはならない』

 

 抜き取った魔宝石の指輪を、先生の左手の()()に通す。

 

『過去の先人たちの仮面を借りることは、もうしない。師匠にも頼らない。()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして、先生の左手をジクウドライバーにかざすように導いた。

 

 感覚で分かる――俺自身のものじゃない生体エナジーが、ドライバーから先生に供給されていく。

 同時に、俺自身のスペックを底上げしていた、加護とでも呼ぶべきものが消え去っていく。

 

 それら全てがカラッポになった虚無感を、どうにか呑み込んで、変身を一旦解いた。

 

「気分はどうだ?」

「あ……その、特に変ではないんです、けど」

 

 先生はその先を言わず、ぼろり、と涙を零した。

 

「だ、大丈夫かっ? どこか不具合が」

「ううん、そうじゃない、そうじゃないんです……ごめんなさい……ただ、あったかく、て……」

 

 先生は泣き濡れた顔を上げて、俺とまっすぐ目を合わせてから、ぶつかるみたいに俺の胸に飛び込んだ。そして、本格的に泣き声を上げた。




 ただの文通やタイムカプセル代わりに計都教授が“観測者”を引き受けるとでも思うてか。
 ただの惚気でミトさんが平成ライダー史の記録をゲイツたちに習わせたと思うてか。

 そう! 全ては、この瞬間に歯車が噛み合うようにと祈って! 織部夫婦はごくごく低い娘の延命の可能性に賭けて! 人生をなげうったのです!!(≧◇≦)


 次回予告。
 今まで「GaIZ」の表記はわざとだと言ってきたな。
 刮目せよ同志諸兄! ついに「GEIZ」表記にする時がキター!


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Syndrome69 Another Rider's Eve

 皆様は「仮面ライダーEVE」という作品のタイトルに込められた意味をご存じでしょうか?
 今回のタイトルはまんまそれと同じ意味を込めてお送りします。


 ――思えば、俺こそがアナザーライダーみたいなものだった。

 

 ミトさんの死を受け容れられなかったばかりに、ゲート(GATE)ウォッチを正しく“ゲイツ(GEIZ)”に改めることができなかった。俺一人だけだと思うと、戦うなんてとてもできなかった。

 

 そんなもの、ゲート(GATE)のアナザーライダーと大差ないじゃないか。

 

 だから、サヨナラしないと。仮面ライダーゲート。明光院ミト。――俺の師であり母であってくれたひと。

 

 

 

 

 

 年甲斐もなくむせび泣く私を、ゲイツ君は決して突き放したりせず、私が落ち着くまで胸を貸してくれました。

 

 そうか、と独り言みたいにポツリと零した常磐君のその声で、私もゲイツ君も、はっとして前に向き直りました。

 

『計都教授、“語り部”の禁を……仮面ライダーの闘争の記述を改ざんする罪を、犯したんだな。俺は“観測者”の史料という時点でその信憑性を疑わなかったから、明光院ミトの肉体のみが(シンドローム)の器だと誤解した。ゲイツは明光院ミトからジクウドライバーのみに(シンドローム)が宿ってると教えられた。70年越しの夫婦の共同作業、か――参った。魔王を(たばか)るなんて、とんでもない夫婦だよ。織部計都、明光院ミト』

 

 常磐君は変身を解除しました。

 

「ゲイツを連れて来させたのは、美都せんせーの延命とは()()()()()()()()()()()()()()。まさかあの土壇場で大逆転してくれるなんて思わなかった。見直したよゲイツ、ちょっとだけね」

 

 頭で、ぱちん、と弾けたフレーズ――約束。

 決着をつけよう、とゲイツ君はソウゴ君に言いました。

 そして、あの常磐君は、明光院君との約束を果たせなかったから生まれた魔王です。

 

 常磐君はジクウドライバーの端を剣のように持って、まさしく決闘を挑む騎士のように、ゲイツ君に突きつけました。

 

「52年の遅刻を詫びる気持ちが欠片でもあるなら、ここで俺と戦え、ゲイツ」

 

 

 

 

 

 ――そうか。“それ”がお前の望みか。

 分かった。応えてやるよ。お前に「俺だってトモダチだと思ってる」と言えないまま死んだ、俺じゃない『俺』に代わって。

 

 一度だけ、腕の中にいる先生を見やった。

 先生は俺の意図を察して、俺に預けていた上半身を静かに引いた。

 

 俺は自前のジクウドライバーとライドウォッチを取り出した。

 

 ドライバーに宿った(シンドローム)を先生に譲渡してしまったら、俺が変身できなくなるかもしれない。彼女はそう心配したが、俺はそうは思わない。

 言い直そう。――そう思って甘えていられる時間は終わりにする。

 

 人から人へ継がれるものがあることは否定しない。けどなミトさん、俺はアンタの威を借る小僧はもうやめにすることにしたんだ。他でもないアンタの一人娘が見守る、晴れの舞台なんだから。

 

 ライドウォッチのリューズを押す。

 

《 GEIZ 》

 

 ライドウォッチをセットしたジクウドライバーを、逆時計回りに回した。

 

「変身ッ!!」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  GEIZ 》

 

 きっと、今この時こそが、本当の“仮面ライダーゲイツ”誕生の瞬間。

 

 『ソウゴ』は瞑目してから、心底嬉しくて堪らないといわんばかりの顔でジクウドライバーを装着し、ジオウウォッチをセットした。

 

「変身ッ!!」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  ZI-O 》

 

 今度の変身は、俺もよく知る“仮面ライダージオウ”の姿へのものだった。黒銀のセラミックボディ。ドルフィンの針とルビーの受石。やっぱり、“お前”が変身するならそのカラーリングのほうがよっぽど似合ってる。

 

『ウォズ。手出しは無用だ。何が起きても、動くな』

「――御意に」

 

 『ジオウ』がジカンギレードをケンモードで握り締めた。

 俺もジカンザックスをおのモードで構える。

 ――長引かせない。一撃でケリをつける。

 

 互いに、駆け出すのは、同時。

 この勝負――

 

『『うぉぉおおおおおおおお!!!!』』

 

 ――得物が相手の急所をより深く抉れたほうの勝ちだ!

 

 交差する瞬間にありったけの力を込めた。

 

 

 ガッ――キィィィィン! ……からん、かららん

 

 

 折れて床に転がった、ジカンギレードの剣先。

 

 俺は、息を切らして、立っている。

 『ジオウ』は、呼気さえ上げず、俺の後方で膝を屈し倒れ伏した。

 

「我が魔王!!」

 

 ウォズの呼びかけはほとんど悲鳴だった。

 倒れた『ソウゴ』に駆け寄るウォズと入れ違いに、俺は、変身を解いて先生のもとへ。

 

 すぐそばで先生の顔を見たとたん、張り詰めていた糸が切れた。

 体を傾けた俺を、先生は抱き縋るような格好で受け止め、支えてくれた。

 とても、やわらかい抱擁。腕とか肩とか胸とかそういう部位がじゃなくて、抱き留め方そのものが。なんて、慈しみ深い――

 

「先、生」

「はい」

「おれは、ソウゴを、ころせたか?」

「――はい。ちゃんと、彼の望む通りに。彼がこうと望んだ最期を、君は間違えなかったのですよ。明光院君」

 

 耳元で太鼓判を押す声に、よかった、と心から思った。これ以上、アイツの苦しい時間を長引かせることにならなくて、よかった。

 

 なあ、『ソウゴ』――

 ――お前、本当はずっと死にたかったんだろう?

 

 確かに“お前”は俺たちにとって、歴史から存在を消してやりたいほどに憎たらしい怨敵だった。

 最低でも俺とツクヨミにとっては、お前はそういう魔王像を保たなくてはならなかった。俺たちが2018年に飛ぶ動機を作るために。

 

 俺やツクヨミやウォズを見つけた時、お前は何を思って感じたか、想像することさえおこがましいのかもしれない。

 でもな『ソウゴ』、お前だって悪いんだぞ。彼女は俺やお前に逢いたいから産まれてくると言い切ったんだから、彼女を信じて、運命なんぞ知ったことかと一蹴してやればよかったんだ。

 そうできるのが、俺の知る常磐ソウゴで、お前との最大の違いだよ、()()()()()()

 

 先生の肩を借りて、やっと、倒れる『ソウゴ』とそばに膝を突くウォズをふり返った。

 

「……ウォズ」

「ここにおります、我が魔王!」

「はは、動揺が隠しきれてないぞ。持っているだろう? 仮面ライダーの力」

 

 ウォズは答えず、ただ唇を噛んだ。

 

 ――そう、だった。なぜ気づかなかったんだ俺は。今のウォズは仮面ライダーに変身できる。そして俺が『ソウゴ』を斃そうとしたなら、『ソウゴ』自身の意思がどうあれ、変身して割って入るのがウォズという男だ。

 それをしなかった、ということは。

 ウォズはここにいる『魔王のソウゴ』ではなく、『若い常磐ソウゴ』のほうに心が傾いてしまったんだ。

 

「ゲイツたちが生きている時点で、私の知る歴史とは大きく分岐したのだ。ウォズにも異なる歴史があったとしても、今さら驚きはしない」

「我が魔王、私は……!」

 

 『ソウゴ』はウォズの口の前に掌を突き出し、それ以上の発言を封じた。

 

「まだ私に捧げる忠があるならば、王命だ。――2019年に戻れ。ゲイツたちと共に。そして、『私』にならない常磐ソウゴが築く未来を見届けろ。新たな『逢魔降臨暦』を、その目その手で綴れ」

「……、……拝命致しました。我が君」

 

 ――本音を言うなら、俺はウォズをまだ許しちゃいない。何を想ってこの『ソウゴ』に内通し、どんな胸中で俺たちの部隊を壊滅に追いやったのか、問い質したいことは山ほどある。

 けれど、今はしない。何も言わない。

 ソウゴの口調を借りるなら「許さないけど、もういいよ」ってとこか。

 

「ゲイツ、美都せんせー……まだそこに、いる……?」

 

 徐々に、発する声がしわがれていくのも、聞こえないフリをする。

 

「最後にもういちど逢えて、うれしかった……若い“おれ”のこと、よろしく、ね……」

「ああ。魔王(おまえ)になんか、させやしない」

「……あり、が――、――」

 

 忘れない。

 俺が殺したお前のことを。仇を討って、友を喪った、今日という日を。

 

 

 

 

 

 水平線に朝陽が昇る砂浜に、2機のタイムマジーンが着陸しました。片や銀とルビー、片や赤と黄色のボディに、曙光を受けて。

 

「せんせー! おかえり!」

 

 海沿いの診療所を出て、砂浜を走ってきたソウゴ君が、私に抱き着いた一番乗り。

 

「ただいま帰りました。ソウゴ君」

「……あれ? ハグはだめって流れじゃないの?」

「君に卒業証書を渡したのは誰でしたか?」

「美都せんせーデス」

「そうです。つまり君が“卒業”したと誰より知ってるのが私です。もう生徒じゃないのに、先生相手だからあれやこれが駄目なんておかしいでしょう」

 

 ソウゴ君が私の背中に回した両腕が、少しきつくなりました。

 

「心配しなくても、もう卒業したから“生徒”じゃなくなった、なんて言いませんよ。ソウゴ君がそう思ってくれる限り、私は君の“先生”です」

「! うんっ!」

 

 こらこら。解禁になったとはいえあまり大っぴらにじゃれついちゃいけません。そういうことは彼女が出来た時にしてあげましょうね。

 

「「いつまで――」」

 

「やってるのよ!」「やってるつもりだ!」

 

 ツクヨミさんと飛流君が息ぴったりにソウゴ君を私から引き剥がしました。

 私たちがいない間に、二人、仲良くなったんですか?

 

「美都」

「……神のおじさま」

 

 白衣のまま出迎えてくれた神敬介おじさん。私は小さく会釈しました。

 

「もう、大丈夫なんだな?」

「はい。――おかげさまで」

 

 神のおじさまはそれ以上何も聞かないで、私の髪をくしゃりと撫でました。

 

 

 2070年であった全ての出来事を正しく受け止めるには、もう少し時間がかかるでしょう。

 あまりに痛ましいことを体験しすぎて、当事者の私でさえ、どこか現実感が希薄なんですもの。

 

 だとしても、全て現実だったんだと、同じ場に居合わせて一緒に帰ったゲイツ君とウォズさんが知っている。

 

 それでも今は、君という生徒の死を悼ませてください。

 2070年まで待っていてくれた、一人ぼっちの“魔王”の君――




 終わったーーーーorz!!!!
 ようやくオリジナル展開を畳めたー! これで原作に戻れるよチクショー!
 はい! 実を言うとこれをやりたいがために連載始めたくせに、途中からもうしんどくてしんどくてしょうがなかったデス!!
 というわけで!
 ここからは健全なジオウ二次に戻ります! 次回はさっそくブレイド編です!


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再び、2019年編
Syndrome70 奴はとんでもないものを盗んでいきました


 サクッといきまーす。


 ――ありのまま起こったことを話そう。

 見知らぬ男が台所から出て行ったかと思うと、ライドウォッチが全て無くなっていた。

 

 

 

 

 4月初頭。高校を卒業して生活リズムが緩んだソウゴがようやくリビングに降りてきたので、ツクヨミたちは朝食を頂いた。

 

 今朝の献立はやけに豪勢だったので、ツクヨミはキッチンの順一郎に何故かを尋ねた。

 すると、キッチンから出てきたのは順一郎ではなく、初対面の男だった。

 

 男が飄々とクジゴジ堂を出て行った直後だ。ソウゴが気づいた。

 ライドウォッチが台座から一つ残らず無くなっているという由々しき現実に!

 

 ゲイツと、さらにパジャマから私服に着替えたソウゴが、犯人と思しき例の男を追って出て行ってから、5分と空けなかった。

 

 クジゴジ堂リビングに門矢小夜が息を切らして駆け込んだ。

 

「朝も(はよ)からおじゃまします! ツクヨミちゃん、黒ウォズさん、ここに海東さん来なかった!?」

「キミの言う人物かは不明だが、怪盗みたいな真似をした男なら、すでに出て行ったあとだよ」

「それだけ聞ければ充分! ありがとっ」

「ちょ、待ちなさい、小夜! 私たちの理解が充分じゃないってば! ハウス!」

 

 小夜は自身の足に急制動をかけた。

 

「ツクヨミちゃ~ん、わたしイヌじゃないんだからさ~」

「……ごめん」

 

 小夜は踵を返して、空いた椅子の一つに座った。

 

「さっき“視た”の。海東さんがクジゴジ堂にあるライドウォッチを根こそぎ盗んでく未来を」

 

 こっちの眼で、と小夜は自身の右眼を指した。

 

「彼も平成(レジェンド)ライダーだね?」

「あ、そっか。黒ウォズさんは士お兄ちゃんのこと知ってたんだから、海東さんのことも知ってておかしくないか。そうよ。海東大樹さん。仮面ライダーディエンド。ディケイドと同じくレジェンド10世代目の仮面ライダー。出身はレジェンド5・仮面ライダー(ブレイド)のリ・イマジネーション世界。趣味は……、……、……トレジャーハント?」

「すんごい溜めた上に疑問形」

「だってー、海東さん、やってることだけ見るとコソ泥なんだもん。ディエンドライバーだって大ショッカーから盗んできたくらいだし――あ」

「なに?」

「ううん、大したことじゃない。()()()()()()()()()()()()()って思っただけ。うんうん、よくよく思い返せば、海東さんってポジション的に裏ミッシング・エースと言えなくもないか」

 

 全力で、意味が、分からない。

 それでもツクヨミはツッコミを入れない。真面目に問いかけてもはぐらかされると、今日までの小夜との付き合いで散々学んだからだ。

 

 黒ウォズは悠長にも朝食を平らげてから、ソウゴとゲイツに加勢すべく出かけた。

 

「ねえ、ツクヨミちゃん。朝ごはん、冷めたら美味しくなくなっちゃうから、わたしが食べていい? 実は朝食抜きで駆けつけたのよね」

「いいんじゃない?」

「やった♪ いただきまーす」

 

 小夜はさっそく茶碗に白飯をよそって、魚の刺身と薬味を載せて、そこにだし汁を注いだ。

 豪勢なお茶漬けを味わう小夜を見たツクヨミは、小夜の真似をしてお茶漬けを作って、実食してみた。――美味しい。

 

 ツクヨミは海鮮茶漬けをレンゲで食べながら、何気なくテレビを点けた。

 ニュース速報を見て、ツクヨミはレンゲを叩きつけるようにテーブルに置いた。

 

 画面には、異形の怪人が写真スタジオを襲撃した映像が。

 

「アナザーライダー!」

 

 ツクヨミは残る海鮮茶漬けを掻っ込むと、情報端末のプレートを持って、リビングを、そしてクジゴジ堂を飛び出した――が。

 

「ちょっと小夜!? 何で付いてくるのよ!」

「心配だから」

「恥ずかしいッ!」

「キャー、意外とおぼこいリアクション♪」

「楽しむんじゃーいっ!」

 

 

 

 

 ツクヨミと小夜が件の写真スタジオに到着した時には、ソウゴが例のアナザーライダーと一戦交えたあとだった。

 

 荒れ放題の地下撮影所への階段を降りていくと、ちょうど黒ウォズがアナザーライダーの原典に言及しているところだった。

 

「あれはおそらくアナザーブレイド。2004年のレジェンド5・仮面ライダー(ブレイド)をオリジナルとしたアナザーライダーだ」

「てことは、2004年に事件の鍵があるってことか――」

「いや、そうとも限らない。刻まれていた数字は2019。彼はこの時代で発生したアナザーライダーである可能性が高い」

 

 ソウゴたちの議論の輪に参加したのは小夜が先だった。

 

「彼じゃなくて、彼女。アナザーブレイドは、オ・ン・ナ・ノ・コ。そこんとこ弁えて、乱暴は程々にしてあげてね」

「ツクヨミ――と、小夜ちゃん?」

「おはようかな? ソウゴ君。それとも、常磐先輩って呼んだほうがいい?」

 

 いやぁ~、とあからさまにソウゴはデレデレ。ツクヨミはそんなソウゴの脇腹に肘鉄を入れた。

 

 小夜がソウゴを(おどけてとはいえ)「先輩」と呼んだのにはれっきとした背景がある。

 平成最後の4月、門矢小夜が光ヶ森高校に入学したからだ。

 新入生代表で体育館ホール講壇に立つ制服姿の小夜を朝のテレビのニュースで観た時、ツクヨミはソウゴやゲイツと一緒に大騒ぎした。

 

 後日、本人を問い質せば、いけしゃあしゃあと。

 

「ソウゴ君たちは一応、卒業生でしょ? 人目を憚らず、校内にいる美都さんと頻繁に会うのは難しくなったじゃない。だから小夜が生徒に扮してパイプ役になろうかなって。わたしも色んな世界を旅したけど、“女子高生”は一度も()ったことなかったのよね」

 

 門矢小夜を“後輩”扱いするのは、クジゴジトリオにとって今さら心情的に無理があるので、接し方こそ、先ほどのようなお茶目が入らない限りはそのままという方針となった。

 

 閑話休題。

 

 アナザーブレイドはこれまでのアナザーライダーとは異なる。ならば、とゲイツが提案した。この2019年の仮面ライダー(ブレイド)の変身者を探し出してはどうか。

 

 その時、ツクヨミは確かに見た。ほんの一瞬だったが、ソウゴの、小悪魔的にニンマリした顔を。

 

「よしっ。そっちは俺とツクヨミと小夜ちゃんで探してみるよ。黒ウォズとゲイツは、仮面ライダーディエンドを探して、残りのウォッチを奪い返すんだ!」

 

 ソウゴは、険しく眉を寄せた男二名の肩を掴むと強引に両者をくっつけた。

 

「任せたよ。――行こう、ツクヨミ。小夜ちゃんも」

 

 ソウゴはツクヨミの手を取って走り出した。ツクヨミは引かれるまま走るしかない。そして小夜は自発的に付いて来た。

 

 屋外に出て写真スタジオを離れて少し、ようやくツクヨミはソウゴに待ったをかけることができた。

 

「どう考えても、ゲイツと黒ウォズが協力し合えるはずがない」

「分かってるよ。でも同じ家で暮らすことになったんだ。強引にでも状況作ってあげなきゃ」

「ああ、そういう。同居人との兼ね合いは円滑な集団生活のポイントだもんねえ」

「……上手く行くとは思えないけど」

 

 この際だ。ツクヨミはソウゴと小夜に打ち明けた。

 

 ――ウォズは元々ツクヨミたちと同じレジスタンスの実行部隊に所属していて、しかもチームの隊長だった。

 だが、2068年某日、その関係は崩れ去る。

 ウォズは任務でオーマジオウの下にスパイとして潜入し、そのままオーマジオウに寝返ったのだ。

 結果、ウォズの偽情報で作戦を決行したツクヨミたちのチームは壊滅した。

 

「そんなことが――」

「ウォズとオーマジオウの間にどんなやりとりがあったかは知らない。少なくともミトさんと先生にまつわる話があったのは、この前で分かった。でもだからって簡単に許せるものじゃない。ううん、どんな理由があったって、ミトさんの遺体を冒涜していると知った上で、オーマジオウに加担したのは事実。それだけじゃ飽き足らず、私たちまであんな目に……!」

 

 握り固めた拳を、ソウゴが無言で両手に包んだ。

 常磐ソウゴは優しい。こんなに優しく手を繋いでくれるソウゴがオーマジオウと同一人物であるなど、どうして過去のツクヨミは疑うことができたのかと、痛烈に思うほどだ。

 

 ツクヨミの拳が解けたところで、今度はソウゴのほうがしかとツクヨミの手を両手で握り締めた。

 ――この両手を彼が血に染める未来など、断じて認めるわけにはいかない。

 

「それで?」

 

 小夜がにょきっとツクヨミとソウゴの間に割り込んだ。ツクヨミは慌ててソウゴと手を離した。

 

「どうやって仮面ライダー(ブレイド)を探すの? 考えがあっての分担よね」

「あー、それなんだけどさ。小夜ちゃんに全面的に頼らせてもらいたいんだ」

 

 小夜が小首を傾げる。

 

「小夜ちゃんの左眼は過去を視られるんだよね? 2004年の闘いが終わってから、仮面ライダー(ブレイド)がどうしてるか、小夜ちゃんなら分かるんじゃないかと思ってさ」

「むー……どうかしら? 過去って常に変動するものだから、下手すると未来より追いにくい時もあるのよねー」

「変動するの? 未来じゃなくて、過去が?」

「実際に過去が変動するシーンなんて、ソウゴ君は何度も立ち会ったでしょ?」

 

 小夜は指を折って言い挙げていく。

 

 

 2018年では重篤で入院してた飯田ケイスケ君が、病気もなく元気になってお父さんと中学校に通ってた。

 

 カリンさんの延命のために2018年まで行方を晦ましてた佐久間さんが、今は児童塾の指導員なんてやってる。

 

 2010年の檀ファウンデーションは2018年で檀コーポレーションとして名作ゲームを輩出してる。

 

 早瀬さんは2012年でとっくにマジックハウス・キノシタを辞めて、遠いマジックカフェの従業員。

 

 

「貴方たちがアナザーライダーを正すたびに、“現在”と“過去”の繋がりはタコ足配線のマルチタップ。下手に触れば感電する。大体そんな感じで、“視る”だけでわたしにダメージが来る可能性が割と高いのです」

「高いのかぁ。じゃあダメだね」

「ごめんね。でも仮面ライダー(ブレイド)を探すなら、わたしより適任者がいるじゃない」

 

 ソウゴとツクヨミで顔を見合わせること、三拍。

 

「「織部教授!」」

「そうそう、織部計都さん。平成ライダーの“観測者”。もちろんレジェンド5・(ブレイド)の記録だって取ってる」

「ナイスアドバイス! ツクヨミ、織部さんちに行ってみようっ」

 

 

 

 

 ――というわけで。ツクヨミたちは織部家へ向かい、到着して早々、計都にアナザーブレイドの事情を説明して史料の閲覧を願い出たのだが。

 

「ダメです」

 

 快刀乱麻に却下された。当の計都によって。

 

「喫緊の課題だった娘の短命が解決できた以上、僕は後任が決まるまで正しい“観測者”に立ち返らなければいけません。よって、当代の仮面ライダーである常磐くんと、その協力者であるツクヨミさんに、レジェンド及びグレートダッドを冠する仮面ライダーの情報を開示することはできません。僕にできることは、君たちの戦いをこれからも観測し続け、君たちの活躍を後世に語り継ぐだけです」

「そんなぁ~」

「すみません。こればかりは僕の意思ではどうにもできないことでして」

 

 半拍。奇妙な間を置いて、ソウゴはふいにまっすぐ計都を見上げた。

 

「計都教授じゃないなら、それって誰が決めてることなんですか?」

 

 計都は苦笑しただけで、どんな答えも口にしなかった。

 そのことが、下手に難しい言語で解説されるよりずっと、途方もない重責を感じさせた。




 ちなみに2019年4月1日の光ヶ森高校入学式会場にて、保護者席にピンクの破壊者の目撃情報があったとか?


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Syndrome71 心に(つるぎ)、輝く勝機(ゆうき) ①

 シーン描写で抜けがあったので改訂版を掲載します。
 急な削除と上げ直しでご迷惑をおかけして申し訳ありません。


 由々しき事態です。

 入学式から一週間と経たず、門矢小夜さんが無断欠席しました。

 

 保護者に確認? ええ、しましたよ。何せ我が家に下宿している子です。

 お父さんに電話したところ、「急用が出来たと言って朝食も食べずに家を出ました」という返事でした。

 

 大事なことなので二回言います。由々しき事態です。

 

 家を出てから事故や事件に遭ったのか。はたまた自発的な欠席か。

 

 ちなみに今年で教職5年目の織部美都、脳内辞書に「様子見」の三文字はありません。こういう時はスピーディーに動いてナンボです。

 私は、仮に自主休校だった場合に()()()()が会いに行く可能性が高い人物に、スマホを発信しました。

 

《はいもしもし、ツクヨミです。どうしたの? 先生》

「突然すみません、ツクヨミさん。近くに小夜さんはいますか?」

《小夜なら私の隣……あれ!? 消えた!》

「逃がさないでください。無断欠席ですので」

《そして先生もテンションが振り切れてる時の声だし! ――小夜、戻って! バック、カムバック! このままだとアナタ、一日サボり通すよりもっと大変なことになっちゃうからー!》

 

 ツクヨミさん。いくら私でも、無断欠席一つでそんな無体はしませんよ。とりあえず進路相談室にて差し向いで事情を聞かせてもらって、当日中〆切で反省文をA4原稿1枚分書いてもらうくらいですってば、もー。

 

 とはいえ、です。

 

「ツクヨミさん。小夜さんの他には誰が一緒ですか?」

《ソウゴと一緒。3人で動いてたの。ゲイツと黒ウォズは別行動》

 

 私はスマホの口元を手で覆った。

 

「――アナザーライダーですか?」

《……ええ。2004年のレジェンド5・仮面ライダー(ブレイド)のアナザーライダーが現れたの。小夜が言うには女性で、2019の刻印があったから今年生み出されたアナザーライダーだってことしか分かってないんだけど》

 

 今年生み出された。つまり、2019年の時点で、その仮面ライダー(ブレイド)の変身者はご健在ということですね。メモメモっと。

 

《……実は、先生のお父さんの計都教授に、(ブレイド)の現住所を聞いたら、教えられませんって門前払いされた》

 

 あー、と私は困って間繋ぎに間抜け声を上げました。

 

 私の延命を2070年で裏から成功させるために、お父さんは“語り部の禁”を犯したといいます。多くの禁止事項の中でも最も重い罪状――闘争の歴史的記録の改ざんを。

 お父さんとお母さんの、時代を超えたファインプレーのおかげで、私はお母さんの遺体の尊厳を守った上で、ゲイツ君から人並みの寿命を授かることができました。

 

 今のお父さんは、“観測者”のお役目を続けてはいますが、それは後任の“観測者”が見つかるまでの中継ぎ。後任が決まったら、ライダー史改ざんを行った時点まで遡って、後任は記述を全て洗い直すという段どりです。お父さんはもう“後任”を誰にするか目星をつけているようですが。

 要は今のお父さん、半分だけ謹慎中って感じの身の上なんですよね。

 

 と。にわかにスピーカーの向こうが騒がしくなりました。これってまさか。

 

《先生ごめん、アナザーブレイドが出た! 落ち着いたらまた連絡するから!》

「あ、ちょ……!」

 

 切れちゃいました。

 せめて現在地は聞いておくべきでした。反省です。

 こうなったら――あまり好きになれない手法ですが――しょうがないですね。

 

 私は自分のデスクに戻って、デスクトップPCを再起動してから、国際的動画サイトにログインしました。

 選択するのはライブ中継。もしアナザーブレイド襲撃が白昼堂々なら、動画フリークが現場を撮って生配信しているはずですから。

 いくつかチャンネルを回って――ビンゴ。『colorab(カラボ)』という写真スタジオ前の芝生で、異形の怪人が一般人を襲っている動画を発見しました。

 

 日本史の授業をさっき一コマ終えて、残るコマは軒並み午後帯でしたね。

 私は新調したショルダーバッグにスマホを入れて、席を立ちました。

 

「すみません。出かけてきます。昼までには戻りますので」

 

 席替えで私の正面になった、1年A組の志野先生に伝えて、私は職員室を後にしました。

 

 校舎を出て職員用駐車場に回って、愛車に乗り込んで、レッツゴーです!

 

 

 

 

 

 私が現場に駆けつけた時には、すでにジオウと、おそらくはアナザーブレイドが交戦に入っていました。

 

「ソウゴ君! さっきも言ったけど、相手は女の子だからね、女の子! 手加減推奨!」

『できるだけ気をつける、けど……!』

「見つけましたよ、門矢さん」

「きゃあああ!? 美都さん……じゃなくて、美都せんせー!?」

 

 ソウゴ君をはじめ3年G組のみの愛称だった「美都せんせー」は、小夜さんによって1年G組にも広がりつつあります。

 

「こ、これには訳がっ」

「大体察しはついてます。とはいえ、これが終わったら学校には来てくださいね。何か危ないことがあったんじゃないかって、心配したんですから」

「ごめんなさい……」

 

 とはいえ、目の前の戦闘も放ってはおけません。

 アナザーブレイドの手には大振りのソードブレイカー。対抗してジオウは鎧武アーマーに換装して、オレンジを模した二刀でアナザーブレイドの剣を受けては流します。

 その内、ジオウが押して来ました。

 不利を悟ってか後ずさったアナザーブレイドに、ジオウが追い縋ろうとした時でした。

 

「待て」

 

 この場に居る誰でもない、有無を言わせぬ声が割って入りました。

 

 アナザーブレイドは愕然と、現れた男性の名を呼びました。

 

『始さん――!』

「……天音ちゃん?」

 

 男性はアナザーブレイドの負傷を見咎め、厳しくジオウを見据えました。

 

()()に手を出すな」

 

 男性が手にトランプらしきカードを構えると、彼の腹部に黒いベルトが現れました。彼はそのベルトのカードリーダに、手に持ったカードを読み込ませました。

 

「変身」

《 Change 》

 

 変身、した? 黒のボディと、顔面と胸部の模様はハートマークを模った赤。あれって仮面ライダー……でいいんでしょうか? 今までのライダーに比べてどこか違和感があります。

 

『始さん!?』

 

 アナザーブレイドの声は驚きによるもの。彼女もあの男性が仮面ライダーだと知らなかった?

 

 当の仮面ライダーの彼は有無を言わさず、アーチェリー状の刃でジオウに斬りつけました。ジオウはオレンジの二刀でどうにかあちらの太刀筋を逸らしたのですが。

 

 すると、彼が抜いたのは……またトランプ、ですか? それも、三枚も。

 

《 Float 》《 Drill 》《 Tornado 》

『はあああああっっ!!』

《 Spinning Dance 》

 

 ジオウへとくり出された技は、空中で回転しながらのライダーキック。まともに食らったジオウは吹き飛ばされて、鎧武アーマーも解除されてしまいました。

 

「トランプをモチーフにしたカード、スライド装備とリーダー搭載武器……もしかしてあれ、レジェンド5の固有武装『ラウズカード』!?」

「さすがツクヨミちゃん、今なら仮面ライダークイズに勝てそうね。そう、レジェンド5世代の闘いは、アンデッドという怪生物をカードに封印して回っては、そのカードを兵器として装備した。だからそのバトルスタイルで変身して戦闘を行う以上、あの仮面ライダーはレジェンド5で確定」

 

 分析も解説もあとから伺います。私は地面に倒れるジオウに駆け寄ろうとしたのですが、途中で足を止めざるをえませんでした。

 私の前をちょうど横切った、くたびれた身なりの男性によって。

 

『剣崎!? まさかお前まで……っ!』

「始……アンデッドの力を使ったな!」

 

 今が戦闘の真っ最中でなければ、私は剣崎と呼ばれた男性に、体調が悪いのかと尋ねたに違いありません。だって彼、そのくらいに呼吸のリズムが乱れていたんですもの。

 

「俺は、っ、お前のために、自分の力を封印したつもりだったのに! お前が封印を破った! どうしてだ、始!」

 

 糾弾を叫ぶ剣崎さんのもとへ飛来したのは、トランプの帯です。それらは文字通りベルト()となって彼の腹部に装着されました。

 

 剣崎さんがベルトのバックルを返して、現れたのはスペードのエースの模様。

 

「変身!!」

《 Turn up 》

 

 青い光を潜った剣崎さんの姿は、それこそ真正の仮面ライダーだと一目見て分かるほどでした。

 

「さぁてツクヨミちゃん、ラストクエスチョンよ。レジェンド5で『剣崎』と『始』といえば!」

「仮面ライダー(ブレイド)の剣崎一真と、仮面ライダーカリスの相川始!? え、でも、おかしいじゃない! (ブレイド)とカリスは生涯二度と会うことはなかったって、私たち、ミトさんから教わったわ!」

「――、その辺の既定事項を書き替えるために、彼女をアナザーライダーにしたんでしょうね、白いほうのウォズさんは。なりふり構わずのくせにこっちの泣き所は心得てんの、ニクイったらありゃしない。――美都さん! そこ危ないから戻って来て!」

「えっ、あ、はい!」

 

 これでも仮面ライダーに関わって約半年、ドンパチには慣れました。すぐさま小夜さんとツクヨミさんのそばまで後退しました。

 学校では“門矢さん”に対して“先生”している私ですが、校外と自宅ではつい小夜さんに主導権を委ねてしまいます。ちょこっとだけ無念です。本っ当に、ちょこっとだけ。

 

 ジオウはジオウで、アナザーブレイドが猛進してくるのでそちらの防御に追われています。

 小夜さんが手加減推奨なんて言っていたからか、ジオウから積極的に攻撃に転じる様子は見られません。

 

《 Kick 》《 Thunder 》《 Mach 》

 

 あれは、確かラウズカード? でしたっけ。(ブレイド)が円形に広げた手札から3枚のカードを抜いて、武器のリーダーに通しました。

 

『はあああああ!!』

《 Lightning Sonic 》

 

 ここでジオウが取っ組み合いになっていたアナザーブレイドを、(ブレイド)のライダーキックの射線に合わせて突き飛ばしました。ファインプレーです、ソウゴ君っ。

 

 カリスはというと、アナザーブレイドをあくまで庇うスタンスを崩しません。アナザーブレイドと(ブレイド)の間に立ちはだかりました。彼は自分がライダーキックをまともに浴びる気です!

 

 仮面ライダー(ブレイド)がライダーキックをくり出して、カリスとアナザーブレイドを諸共に吹き飛ばしました。

 

 オリジナルの攻撃が効くという法則はアナザーブレイドにも健在でした。アナザーブレイドの姿が人間の女性のものに戻りました。

 

『天音ちゃん!』

『天音、ちゃん?』

 

 ――面影を、仮面に隠されながら、天音と呼びかけられた女性は、カリスの本当の姿を見間違えはしませんでした。

 

「始さん……っ」

 

 ですが、とっさに天音さんに駆け寄ろうとしたカリスはそうではありませんでした。

 カリスは自らの黒い装甲を見下ろし、苦吟もあらわに天音さんに背を向けて駆け去りました。

 

「待って! 行かないで!」

 

 カリスとは対照的に、天音さんは迷いの一欠けらも見せずにカリスを追って行きました。

 

 事態に置いてけぼりを食った形になった私たちですが、幸いにもすぐに気を取り直すことができました。

 

 ツクヨミさんがジオウに駆け寄り、小声で彼に変身解除を促しました。ジオウは応えて、ジクウドライバーからジオウウォッチを外しました。

 ソウゴ君はというと、真っ先に(ブレイド)に駆け寄りました。

 

「大丈夫だった? 結構ハデな戦闘みたいだったけど。ウチに来てくれたら、ケガの応急手当くらいするよ」

『気持ちだけ貰っておく。これでも体は頑丈なほうでな。それに俺はカリスと、あの女性を追わなくちゃいけない。どうして天音ちゃんがあんなバケモノになったかも確かめないと――』

「アナザーライダーのことなら俺たちのほうが事情通だよ! それに、あんたがあちこちダメージ食らったの、傍目に見てても分かったんだ。だからさ、ね?」

 

 (ブレイド)はソウゴ君を見やって、観念したようにバックルからカードを抜きました。

 

 変身を解除した剣崎さんの傷口を濡らす血を見て、私は息を呑みました。

 赤く、ない。

 剣崎さんの傷口から滲み出るそれは、どれも、緑色だったのです。



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Syndrome72 心に(つるぎ)、輝く勝機(ゆうき) ②

 今回の最後に出た話題のおかげで、裏ミッシングエースというテーマはIntervalにお引越しです。
 そっちでは士と海東の再会なんかもあったりします。


 ソウゴ君の提案通り、剣崎さんにはクジゴジ堂に来ていただきました。

 

 クジゴジ堂に着いてすぐ、ソウゴ君が持ち出した救急箱を私が借りて、まずは傷口の洗浄からです。消毒用のウェットティッシュで、剣崎さんの患部を拭き取りました。

 ――時間が経てば落ち着いて直視できました。緑色の血がナンボのもんです。昭和ライダーのおじさま方なんて、血どころかオイルって人もいたんですから。

 

 レジスタンス活動のおかげで生傷の応急手当の知識が豊富なツクヨミさんの助言も受けつつ、私は剣崎さんの手当てを進めました。

 

 その間に男性陣は作戦会議です。

 

「ミトさんから習ったライダー史だと、レジェンド5・(ブレイド)は、最終決戦を経て“ジョーカー”というアンデッドの特異種に生態変異したという」

 

 お母さん譲りの知識ということは、お父さんが“観測者”として記述した史料がソースでしょう。

 

「アンデッドの力は惹かれ合う。ジョーカー同士ともなれば、距離を置くだけでも苦痛に感じるほどだと教わったが」

 

 剣崎さんは無言です。肯定なのでしょう。

 

「ジョーカー同士が出会うと、戦闘欲求の高まりから戦わずにはいられなくなる。その戦いに決着がつき、ジョーカーがこの世に一体だけになった時、世界は、滅びる」

 

 せかいが、ほろびる。

 終末系の洋画でよくあるシチュエーションで、CMだけでも食傷のはずなのに、いざ自分が関わると何て生々しいのでしょう。

 

「誰に聞いたか知らないが、その理解で正しい。バトルファイトに決着がついた時、いかなる種の始祖でもないジョーカーが残ったならば、モノリスはダークローチを排出する。地球上の全生命が死滅するまで、際限なく。だから俺は始と二度と会わないようにしていた。だが――」

 

 アナザーブレイドにされた天音さんを護ろうとして、まずカリスがジョーカーの力を解放した。その力に惹かれた剣崎一真さんは、相川始さんと禁断の再会を果たしてしまいました。

 

「アナザーブレイドだった女性は、あなたたちと知り合い?」

「彼女は栗原天音。始が……仮面ライダーカリスが戦う理由そのものだ。俺や始がアンデッドを封印して回ってた頃にはまだ10歳の少女だったんだが、始に特別憧れていたことは誰の目にも明らかだった」

 

 ――きっと天音さんの憧れは彼女の一方通行ではなく、相川さんも彼女をずっと大切に想っていたのでしょうね。

 でないと、剣崎さんと再戦するリスクを押してまで、アナザーブレイドにされた天音さんを庇いに現れるはずがない……です。そう思うのは私の色眼鏡でしょうか?

 

「二人のジョーカーの激突と、それによって導かれる世界の破滅。それがもう一人の“私”の狙いか」

 

 剣崎さんが勢いをつけて椅子を立ちました。

 

「これは俺たちの問題だ! 俺と始の――!」

 

 そして、クジゴジ堂を勇み足で出て行ってしまいました。

 

 私は剣崎さんとみんなとを見比べて――剣崎さんを追いかけようと決めました。

 

「何かあったらケータイにかけてください」

 

 引き留める声がないでもなかったのですが、ケガ人が出て行くのを黙って見送るのもどうかと思っちゃったんですもん。

 

 

 

 

 

 先生が剣崎を追って出ていくのをみすみす許してしまった。

 

 いや待て俺。「みすみす」とか「許してしまった」とか、おかしいだろうが。別に障りがある仲でもなし、ましてや俺が先生の行動の許可・不許可を握っているわけ――

 

 ってオイ、ソウゴに黒ウォズ。その猫目石みたいな縦線一本の目は何だ。言いたいことがあるなら口にして言え。

 

「気苦労が絶えないね、我が魔王」

「まあゲイツだし」

 

 訂正。口にして、分かるように、言え。

 

 なんとなく妙な睨み合いになった俺とソウゴが本格的にガン飛ばしに入る前に、まるで見計らったかのようにクジゴジ堂店主がバックヤードの作業場から出てきた。

 

「おお、みんな揃ってるね」

 

 小さな異変が、起きた。

 

「――それ、って」

 

 小夜が凝視しているのは、店主が両手で持った筐体だ。

 

「あ、これ? これねえ、年代ものの写真機。また修理頼まれちゃってさー。ウチ、時計屋なのに」

 

 出た、お約束。というか、久しぶりに聞いたな、この台詞。

 

「小夜? ちょっと、どうしたのよ。顔色悪いわよ?」

「――持ってた。小夜も持ってたの。お父さんの形見のカメラ。旅に出る前に、士お兄ちゃんが渡してくれたのに――失くし、た? 何でわたし、今まで忘れ、て」

「小夜ってば!」

 

 ツクヨミが語気を強くして呼ぶと、小夜は、はっと我に返った様子だ。

 

「大丈夫かい? 気分悪いの?」

「い、いいえ、そういうんじゃないです。えっと、わたしの父もこれと似たカメラを使ってたなあって」

 

 心配する店主に、小夜は苦しい言い訳をした。

 幸いにして店主はそれ以上を小夜に追及することはなかった。

 

「そっか、写真!」

 

 ソウゴの唐突な言葉に驚く暇もあらばこそ。ソウゴは俺と黒ウォズを引っ張って店を出た。ツクヨミと小夜は顔を見合わせてから、俺たちに付いて来た。

 

 ソウゴは玄関前で俺たちに捲し立てた。

 

「最初にアナザーブレイドが襲ってた場所を思い出してみて。写真スタジオじゃなかった?」

「まあ、そうだったな」

「で、別行動になったあとに、俺たちがアナザーブレイドを見つけたのも、写真スタジオの前だった。何か意味がある気がしない?」

「そういえば――うん、そうね。今のところ、手がかりらしい手がかりもないし、その線で聞き込みしてみましょうか」

「よし! じゃあ午前と同じ組み分け――」

「「だけは、やめてくれ」」

「アッハイ」

 

 という流れで。午後から動くに当たって、俺とツクヨミと小夜、ソウゴと黒ウォズの二組に分かれた。

 

 

 

 

 ――手当たり次第に近所の写真スタジオを訪ねて、相川始について尋ねてみれば、大当たり。

 何軒もの写真スタジオで、相川始が短期間だが働いていたという証言が上がった。

 極めつけの証言は、相川の現住所。郊外の山を登って30分ほどのコテージがそれだという。

 元は登山者向けの休憩用山荘だったが、今は登山者がおらず廃屋同然だったものを、片付けて住んでいるとか。

 

 その情報をツクヨミがソウゴと先生に連絡して、現地集合の段取りで俺たちも山荘へ向かった。

 

「と、こ、ろ、で。ツクヨミちゃんもゲイツ君も、何で天音さんが相川さんに拘ってるか、その辺はきちんと分かってる?」

 

 道すがら、小夜がそんな問いを俺たちに振った。さっきの青白い顔色は、みじんも気配を残していない。

 

 俺とツクヨミはアイコンタクト。

 

 ――剣崎は言っていた。栗原天音は10歳の頃から相川を特別慕っていた。15年もの歳月が過ぎても、彼女の相川への慕情が褪せることはなかった。

 いや、もしかしたら少しずつ忘れようとしていたのかもしれない。だが、アナザーブレイドにされたことで、沈めた感情が彼女の中で戻ってしまったとも考えられる。

 

「ふむふむ。その様子じゃあ、二人とも理解は正しいものと見た。だったら野暮の心配はしなくてよさそうね」

「野暮って。あのねえ小夜、もしかしたら戦闘になるかもしれないんだから」

「それこそ小夜の望む所なのよねー。天音さんは仮面ライダーカリス、相川始さんのヒロイン(ラ=ピュセル)だもの」

 

 初めて聞く名称――ではないらしいな、ツクヨミには。

 だがそこでなぜ赤面? ま、まさか卑猥な言語のたぐいか!? だとしたら白昼の往来で、意味を問い質していいものなのか!?

 

 ツクヨミとは異なる意味で慌てふためく俺を見る小夜は、それこそ小悪魔ヅラだ。

 

「もしかしたらこの目で見られるかもしれないんだもの。愛の奇跡ってやつを、ね?」




 この「ラ=ピュセル」にまつわるテーマに路線変更したので展開の修正が必要だったんですよねー。
 剣編後編を見て、ピシャーン! と降りてきてしまったものでして。
 決着では天音ちゃん大活躍しますよ!ヾ(≧▽≦)ノ


 リアタイの話。

 やっぱキバのオリキャスは無理だったかー……_| ̄|○ NHK、彼のこと好きすぎるだろ。ちったあ貸してよ。
 あーあ。これでちょっとでも紅屋敷が出たらキバーラ登場させる目論みだったのになー。

 とりあえず、アナザーキバの彼女と美都せんせーは猛烈に気が合わないと思われ。
 分岐2070年では王母織部を冠する先生です。女王相手でも道理が通らないことしたら教育的指導ですとも!ヾ(*´∀`)ノ

 キバ編は「初恋」がテーマなので、美都せんせーの恋バナも、アナザーカブト編に向けた布石を含めてご開陳します。乞うご期待( ´∀`)bグッ


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Syndrome73 心に(つるぎ)、輝く勝機(ゆうき) ③

 目的地である山荘へ続く登山道の入口に辿り着いた俺たちの前に、白ウォズが立ちはだかった。

 

「ようこそ、我が救世主。世界の破滅はもう頭上に迫っている。これが最後だ。もう一度、私の救世主に戻ってくれないかな?」

 

 しつこい、と一蹴するのは簡単だが。

 この際だ、俺も腹を割って言っておこうじゃないか。

 

 俺はツクヨミたちに先行するように言った。

 女子二名が行って、俺と白ウォズの一対一になったところで、口を開いた。

 

「以前、俺はお前に聞いたな。お前が求めるのはどんな未来か」

 

 白ウォズは答えて言った。何も変わらない、同じ時間が続く平穏な世界だと。

 ああ、それだって人類が至上とすべき理想郷だろうさ。俺たちみたいな戦士はその理想郷の礎になるために戦うものだと、俺はミトさんに骨身に叩き込まれた。

 

 だがな、変化がこれっぽっちも起きない未来や世界じゃ、そこにいる人間は“生きている”なんて到底言えない。“ただそこにいる”だけだ。

 俺は、そんな生き方は御免だ。

 

「俺は今のソウゴがどんな(みち)を拓くのか楽しみになってる。そして俺自身がどんな路を進むのかも、俺は同じくらいに楽しみにしてるんだ」

 

 

 “歴史を変えるなんて後ろ向きな人間のすることだ”

 

 

 あの時こそ反発したが、今ならアンタに諸手を挙げて賛成できそうだ。仮面ライダークイズ、堂安主水。

 俺にも、過去より見てみたい未来(もの)が出来た。

 

 白ウォズにはもう余裕らしい余裕が残っていない。いつもの人を食ったお調子者の仮面はとうに外れている。

 奴が俺に向ける感情はただ一つ、忌々しさだけだ。

 

「ゲイツ!」

 

 ふり返ると、ソウゴと黒ウォズが登ってきていた。

 

 ちょうどいいタイミングだ。俺と白ウォズの間にはもう交わすべき言葉はない。先に行ったツクヨミたちを追いかけよう――と思ったのだが。

 

「ゲイツ、先に行ってて。黒ウォズも。俺、白ウォズに話したいことがある」

 

 ソウゴは白ウォズをまっすぐ見つめている。

 ――ああ、そういえば、その透明さを鋭さと錯覚して、お前に怯えた時期もあったな。

 

「分かった」

 

 俺は黒ウォズと示し合わせて山道を駆け上がって、白ウォズの横をすれ違って、山頂を目指した。

 

 

 

 

 

 ――時はしばし遡る。

 

 

 

 私が剣崎さんを追ってクジゴジ堂を出て、そう経たない時でした。

 

「あのっ、どちらへ」

「少しでも始から離れられるなら何でもいい。今の状態でまた会ったら、俺たちは今度こそ、どちらかが斃れるまで戦ってしま……!」

 

 剣崎さんは唐突に進路を反転させました。

 

「剣崎さん?」

「何だ、これは……まるで何かに突き動かされて……!」

 

 はっと思い出しました。白ウォズさんの持つ、書いたことを現実にしてしまう未来ノート。

 白ウォズさんがノートに、剣崎さんと相川さんが再び会って戦うことになると書いたとしたら。

 

「ダメだ! この先には始が……ジョーカーがいる、のに……っ!」

 

 私はとっさに剣崎さんの腕を掴んで、彼の歩みを止めようとしました。

 ですが剣崎さんはこっちを一顧だにせず腕から振り解いて、私を突き飛ばしました。

 

 路面に転んだのは地味に痛いんですが、だからといって挫けてられません。剣崎さんと相川さんの再会に世界存亡が懸かっているんですから!

 

 起き上がって、今度は背中からタックルです。剣崎さんの胴に両腕を回して踏ん張ろうとしました。

 剣崎さん自身、手近なガードレールを掴んで、その場に踏みとどまろうとしています。

 

 ですが、世界は無情でした。

 未来ノートの強制力かジョーカーの惹かれ合いかは判別できませんが、剣崎さんは結局、私をまた振り解いて歩いて行ってしまいました。

 

 向かう先がどこかは分かりませんが、その先に相川始さんがいることは確実です。

 私は迷ったものの、剣崎さんの背中を追いかけることにしました。

 

 

 

 歩いて、ひたすら歩いて。足がくたびれて攣りそうなくらいの距離を歩きました。

 

 行き着いたここは、郊外の山。

 ここ、小学校の遠足で登山したことがあります。

 

 登山道は汚れていました。私が大人になるにつれて、ここを遠足の行き先に選ぶ小学校そのものが相次いで廃校になったせいでしょうか。

 

 中腹にある休憩用の山荘に出たところで、剣崎さんが叫びました。彼の呼吸は私以上に乱れています。

 

「始!!」

 

 山荘から、本当に相川さんが顔を出しました。

 

「剣崎……やはり俺たちは、戦う運命か……!」

 

 相川さんは山荘を出て剣崎さんの正面に立ちました。すでに変身ベルトは装着済み。

 

「「変身!!」」

《 Change 》

《 Turn up 》

 

 仮面ライダー(ブレイド)と仮面ライダーカリスの戦いが、ついに、始まってしまいました。

 

 サーベルとロングボウの刃がぶつかり、アーマーを傷つけるたびに火花が散る。

 

 ここで私が二人のライダーの間に割って入ったところで、抑止力にならないことは容易く予想がつきます。もし止める一助になるならとっくに飛び込んでますよ。

 

 ライダー・シンドロームの開放……は、焼け石に水。今の私ならお二人の本能から戦闘欲求を消すという芸当もできる気がしますが、そこまでやったら私が無事で済まないでしょう。

 

 お母さんと2070年の『ソウゴ君』を犠牲に永らえた命は、ここが投げ捨て時ですか? 

 世界の存亡が懸かっているこの今、私はどうすれば……!

 

「やめて!! 二人とも争わないで!」

 

 山荘から飛び出した二人目の人物。あれは、アナザーブレイドの栗原天音さんです。

 

 栗原さんの訴えで、(ブレイド)とカリスは武器を下ろしました。

 ですが、喜んでいられたのも束の間です。

 

「それがキミの剥き出しのココロだったかな?」

 

 白ウォズさん!?

 

「わたしが、わたしが始さんを追いかけたのが間違いだった!」

「だがもう遅い」

 

 白ウォズさんは非情にも栗原さんの体内のアナザーブレイドウォッチを起動させました。

 栗原さんは悲鳴を上げながら、アナザーブレイドへと姿を変えました。

 

『天音ちゃん!!』

『はじ、め、さ……ぁ、たし、ずっと、ずっと始さんが……ァ、アアアア!』

 

 アナザーブレイドが肥大化したサーベルでカリスたちに斬りつけた。

 

 泣いている――

 栗原さんは今、涙を流さず泣いている。

 

 幼い頃から大切にしてきた想いの芽。育つにつれて茨になって、栗原さんを絞めつけた。

 

 乱戦になって山荘前から離れた三者。

 

 追おうとした私を、下から呼び止める人たちがいました。

 

「先生!」

「美都さん、いつの間に!」

 

 ツクヨミさん、小夜さん――

 

「あなたたち、どうしてここが」

「どうして、はこっちの台詞! 何でここがカリスの居場所だって知って……ううん、今は後回し。先生、もしかしてカリスたちが今どうしてるか知ってるの?」

「――はい。さっきまで一緒でしたから」

 

 しっかりしなくちゃ。ツクヨミさんと門矢さんという生徒たちの前で、先生が取り乱すのはいけません。

 

 私はここに剣崎さんが来るに至った道程と、ついさっきくり広げられた三人の戦闘を、ツクヨミさんと小夜さんに説明しました。

 

「今、彼らはどこに――」

 

 ツクヨミさんの質問に答えるかのように、山が鳴動しました。

 山頂から、野鳥が一斉に飛び去っています。その下からは噴煙が。

 

「上っぽいね」

「行きましょう! ――先生も。私たちの近くにいてちょうだい。離れたら何かあった時に守れないから」

「すみません。お言葉に甘えます」

 

 私は疲れた足に鞭打って、ツクヨミさんと小夜さんと一緒に山頂を目指しました。




 やっと文字上限をマイルールに戻せた……orz

 誰憚りなく、天音→始前提で進めております。今さらですが、大丈夫ですかね?(゚_゚i)タラー…


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Syndrome74 レイズデッド;クロス・オブ・ファイア ①

 神さま。

 人の子がヒトでないモノに恋をしたら、罪ですか?

 

 

  …………

 

 

  ………

 

 

  ……

 

 

  …

 

 

 ツクヨミたちが山を登り切ったところで、奥の渓谷で爆発が起きた。

 

 吹き飛ばされてきたのは、仮面ライダー(ブレイド)と仮面ライダーカリスだ。

 爆炎の衝撃とダメージから変身は強制解除され、剣崎も始も地べたに転がった。

 

 ツクヨミは倒れた剣崎たちに駆け寄った。

 

「大丈夫!?」

 

 ツクヨミは剣崎を、小夜と美都が始を支え起こした。

 

「天音、ちゃん……」

 

 始は一心に前を――煙の向こうから現れたアナザーブレイドを、見つめている。手を伸ばそうとしている。

 

『始さん、始さん……始さぁん!』

 

 

 

 

 ――ごうっ、と。

 ――種火が、今、くべられた。

 

 

 

 

 小夜がツクヨミと美都の肩を手荒く掴んで、剣崎たちから距離を取らせた。

 

「か、門矢さんっ?」

「何するのよ!」

「近くにいちゃだめ。巻き込まれる」

 

 アナザーブレイドが剣崎と始から何らかの因子を吸い上げ始めた。

 

 両腕を水平に広げて、悲鳴を上げようともその行為をやめない彼女は、それこそ、火刑の聖女を連想させる。

 

「まさか、あれがミトさんの言ってた、“ラ=ピュセル補正”――?」

「ええ。わたしもこの目で見るのは初めて。世界の(ことわり)をも凌駕する、反則中の反則。仮面ライダーの身代わりとなって原罪に焼かれる、“ラ=ピュセル”の真骨頂――!」

 

 

 

 

 こうなって初めて分かったの。始さんが剣崎さんと離れ離れになって、どれだけ苦しかったか、つらかったか、そして――さびしかったか。

 

 それなのにわたし、ずっと自分の気持ちばっかりで。ハカランダを出ていった始さんが、わたしを思いやってくれてたことにも気づけなかった。

 

 ごめんなさい、始さん。

 

 あの頃はただの子供だったわたしだけど、今は始さんや剣崎さんと“同じ”になった。

 弱さに負けて怪物になっちゃったけど、だからできることがある。

 

 親友同士で戦うことが運命だなんて、わたしは認めたくない。

 

 見てて。始さんを泣かせるバトルファイトのルールなんて、わたしが変えてみせる。

 

 そのために、わたし自身が焼けて灰になったって構わない。

 

 始さんの、そして剣崎さんの背負った運命は全部、()()()()()()()()()()()()()――!

 

 

 

 

『くっ、ぅう、ああああああああああっっ!!!!』

 

 乙女の叫びが、天をつんざく。

 

 アナザーブレイドは剣崎と始から吸収したエネルギーと自身が持つそれを三重に解き放った。

 

 昼なのに空から太陽は逃げ去り、濁った夜天に降臨するは、太古より闇に息づく“統制者”の石碑。モノリス。

 

「小夜! これ、このままだとどうなるの!?」

「ツクヨミちゃんもその辺は教わったんじゃない? 史実、というか伝承のまんまよ」

「ダークローチが際限なく這い出て、地球の生態系をリセットさせるまで、止まらない……?」

「そんなとこ。天音さんがあの二人からアンデッドの成分を奪っちゃったから、それをパワーソースに闘ってたレジェンド5のライドウォッチは作れない。んで、ジオウⅡウォッチとリバイブウォッチは未だ白いほうのウォズから取り返せてない。戦力面だけ見たら、詰んでるわねこれ。でもまあ」

 

 

 

「ツクヨミ――っ!!」

 

 

 

「――どんな逆境でも、ピンチとあらば駆けつけちゃうのが“仮面ライダー”でしょ?」

 

 ソウゴが。ゲイツが。黒ウォズが。山頂にようやく登り着いたのだ。

 

「~~っ遅い!!」

「全力で踏破したのに怒られた!?」

「だいじょーぶよー、ソウゴくーん。ちょっとわたしが脅かしすぎちゃっただけだからー」

「なにぃ!? 貴様、ツクヨミを泣かせたのか! 泣かせたんだな!?」

「泣いてないッ!」

「あははは。じゃあソウゴ君、ポチッとやっちゃって。どーせⅡとリバイブ返してもらってるでしょー?」

「まあ返してはもらったけど! でも今はそっちより――こっちのほうがイケる気がする!!」

 

 ソウゴが構えたライドウォッチは、今までツクヨミが見たことのないものだった。小夜ならば知っているのかと窺えば、彼女も小首を傾げている。

 

《 ZI-O  “トリニティ” 》

 

 ――モノリスの出現による暗雲が晴れ、青空を超えたさらに天に坐すレグルスが強く瞬いた。

 

《 GEIZ 》

《 WOZ 》

 

 レグルスの星から、ゲイツとウォズ、それぞれに光が降り注いだかと思うと、二人はドライバーも装着していないのに仮面ライダーに変身した。変身に留まらず、()()()()

 

《 ライダー・タイム  カメンライダー  ZI-O 》

《 トリニティ・タイム 》

 

 そこからは、ツクヨミたち女性陣には、怒涛のショッキング・ドッキングだ。

 

 腕時計のようなフォルムになったゲイツとウォズが、ジオウの両肩に接合したのを皮切りに、ジョーヌブリリアントの光がジオウに巻きつき――弾けた。

 

 フェイスマスクに刻まれた「ライダー」の字は、それぞれがジオウ、ゲイツ、ウォズのカラーリングだ。光が晴れたことで見て取ることができた。

 

『なんかスゴイことになっちゃったー!』

『何なんだこれは!?』

『私たちが一つになるとは……』

『うぇえ!? ゲイツもウォズもいるってことぉ!?』

 

 奇しくもツクヨミは元クラスメートに吹き込まれたおかしな台詞を思い出していた。

 

 こういう時、どういう顔をしていいのか、わからないの。

 

 ――少なくとも笑える事態でないのは事実だが。

 

『とりあえず、祝わ(やら)ねば! ――祝え! どうやら三人のライダーの力が結集し、多分! 未来を創出する時の王者、その名も、仮面ライダージオウ・トリニティ! きっと、新たな歴史が創生された瞬間である』

 

 その口上は、果たして本当に祝っているのか?

 

 口にするのも馬鹿らしい文句を浮かべたツクヨミが見守る中、ジオウ・トリニティがアナザーブレイドに挑んだ。

 

 そして、いつの間にか小夜が、剣崎と始(色んな意味で衝撃的なものを見てしまった、という顔をしている)のすぐそばで楽しげにしゃがんでいた。あざといことにウィンクまでしている。

 

「ごめんなさいね、剣崎さんに相川さん。今からちょーっと荒っぽい攻め方するけど、天音さんを元に戻すためだから、目を瞑って?」




 やっとこのタイトルに持ってこれたよハラショー!(ノД`)・゜・。
 作中の天音の「代わりに引き受ける」が“ラ=ピュセル”という存在の全てを意味しています。
 今後もラ=ピュセルはサクラサクのサブテーマとして書いていきたいです。
 メインテーマ? 今はまだ、ひ・み・つ(^_-)-☆←小夜の真似っこ



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Syndrome75 レイズデッド;クロス・オブ・ファイア ②

 小夜が言った通り、否、言った以上に、ジオウ・トリニティとアナザーブレイドは激戦をくり広げた。

 

 ゲイツのジカンザックスが炎弧を描き、ウォズのジカンデスピアが颯爽と揮われ、駄目押しにジオウのサイキョージカンギレードが輝ける黄金(ジョーヌブリリアント)に閃いた。

 

 剣崎一真も、相川始も、固唾を飲んで戦いの趨勢を見守っている。

 ――二人の心はきっと同じ。栗原天音が無事でいてほしい、彼女に助かってほしい。

 男たちは世界の滅びより、過去に慈しんだ少女の身をこそ案じていた。

 

『ゲイツ! ウォズ! 行くぞ!』

『おう!』

『ああ!』

《 フィニッシュ・タイム  ZI-O・GEIZ・WOZ 》

 

 ジオウ・トリニティがジクウドライバーを逆時計回りに回転させ、高らかにジャンプした。

 

 アナザーブレイドまでの因果固定帯(キックの字)は三種類。三人分のライダーキックを束ねた、まさしくトリニティキックだ。

 

《 タイム・ブレイク・バースト・エクスプロージョン 》

『はああああぁぁぁっっ!!!!』

『ぅぁ、あああああ――!!』

 

 ジオウ・トリニティのライダーキックが直撃したアナザーブレイドを中心に、爆発が起きた。

 

「天音ちゃんッ!」

 

 しゃがみ込んでいるだけでもやっとのはずの始が、駆け出した。向かう先には、生身の人間に戻った天音が倒れている。

 

「天音ちゃん……っ!」

「ん……始さん! ごめんなさい、わたし――」

 

 気づけば、今にもおびただしい数のダークローチを排出せんとしていたモノリスが、天から消え去っていた。

 

「天音ちゃん。君に何かあったら、俺はいつだって駆けつける」

「――ありがとう、始さん。わたしも、自分の世界を探してみる。そうしていつか、始さんに何かあった時に駆けつけられるわたしに、なってみせるから」

 

 破顔する青年と女性。ツクヨミにとって、そんな相川始と栗原天音は、ジョーカーやアンデッドなんてしがらみの関係ない、ただの仲睦まじい男女にしか見えなかった。

 

 かっしゃ、かっしゃ。

 

「期待より遥かにイイモノ見せてもらっちゃった」

 

 小夜がお手玉にしているのは、リューズが対の金銀で彩られたライドウォッチ二つ。レジェンド5・仮面ライダー(ブレイド)とカリスのレジェンドウォッチである。よりによって何という品を手遊びに使っているのか。

 

「元が人間だった剣崎さんはとにかく、純粋種のアンデッドだった相川さんまで“人間”に鞍替えさせちゃったんですもん。進化学者が聞いたら卒倒ものよ。これぞ愛の成せるワザね」

「そういえば来る途中にも、愛の奇跡がどうとか言ってたけど、ラ=ピュセル補正って、やっぱり、相手の仮面ライダーを、あ、愛してなきゃ効果がない、の?」

「“愛”をどう定義するかは千差万別だから、ツクヨミちゃんが考えてる意味じゃなくても、別に問題ないと思うよ。現にウチのお兄ちゃんのケースは、恋というより家族愛に近かったし……なに?」

「あ、ううん。ディケイドでも乙女(ラ=ピュセル)がいるんだなって」

「……まあ、うん、そうね。そう思うわよね、士お兄ちゃん見てたら」

 

 小夜は(ブレイド)とカリスのライドウォッチを両手に落とし、ソウゴに投げ渡した。

 

 キャッチしたソウゴは、それらを逡巡することなく剣崎に差し出した。

 

「あなたたちの力だ」

 

 剣崎はソウゴが持つ二つのライドウォッチをしばし見つめ、破顔してソウゴの肩を叩いた。

 

「君が持っていてくれ。俺たちの力がそれに移ったから、ジョーカーの力を完全に封印できたんだ。俺もようやく未来へと進める。始と、天音ちゃんも。だから、その礼に、と言うとおかしいかもしれないが」

「――そういうことなら、有難く貰っとく」

 

 剣崎は笑顔で、手を取り合って立ち上がった始と天音のほうへと、歩き出した。

 

 彼らの先行きの明るさを保証するように、レグルスは青空に輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 私は、この山で一番開けた場所に行きました。

 小学校時代に遠足に来た時に、当時の先生から聞きました。この場所は夜になると星がよく観える、絶好の観測スポットだと。

 

 予想ドンピシャです。白ウォズさんがいました。

 白ウォズさんは私が来たことに気づいているはずなのに、夜空に瞬く一等星をひたすら見上げていました。

 

 ここに至るまでに、黒ウォズさんから事情は伺っています。

 

 

 “オーマの日、私と彼、どちらかが存在しなくなる”

 

 “トリニティウォッチで変身した『ウォズ』が彼であれば、消滅するのは私のほうだっただろう。だが彼は自分ではなく私を選んだ”

 

 

()()()()()

「――私の今際に立ち会うのがキミとは。やはり私は人望がないようだ。それで? 私に何の用かな」

「謝罪しに来ました」

「――キミが? 私に?」

「はい。ゲイツ君とツクヨミさんが、ウォズさんを利用したことについて。その時はまだ二人とも、私のクラスの生徒でしたから」

 

 険しく私を睨む白ウォズさん。私への当たりのキツさは相変わらずです。

 

「ソウゴ君がジオウⅡに変身できるようになったあとです。ゲイツ君とツクヨミさんは一度、ソウゴ君の力の強大さに怯えて、ソウゴ君から逃げてしまいました。その時に彼らはあなたと一時的に行動を共にしましたよね。全面的にあなたを信じ、あなたと共闘する意思があったわけでもないのに、あたかもあなたに気がある素振りを見せた。ソウゴ君のそばにいられない言い訳にウォズさんを使った。これらが利用でなくて何なのでしょう」

「――――」

「ウォズさん側にゲイツ君を利用する意図が皆無でなかったとしても、それでおあいこにするのはどうかと思ったんです。――先だっては、私の生徒たちがご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

 

 私が言いたいことは言い切りました。さあ、白ウォズさんのジャッジやいかに?

 

「もしかしてキミは一周回ってバカなのかい?」

 

 ……めげません。予想されて然る台詞の一つに過ぎませんもん。私は挫けませんからね。

 

「あの魔王といいキミといい、揃いも揃って……いや、教育する側がキミだから、魔王のほうがキミ色に染まっていると解釈すべきか? まあ、どちらであれ私には理解に苦しむことは変わらないが」

 

 ちょこっと、むっ。私はともかく私の生徒を馬鹿にしてます? 教育的指導、入ります?

 

「魔王にも言ったが、あえてくり返そう。私は、キミたちの敵だ」

「承知の上です。断っておきますが、私だって人間です。ウォズさんが、誠意をこめた謝罪をしても無意味なくらいの悪人だったら、まず申し訳ないなんて思いません」

 

 睨み合い。多分ですが、火花は散らない程度に、ささやかに。

 

 溜息を先についたのは白ウォズさんでした。

 

「私は負けを認めたんだ。私は彼のように“仲間”を作れなかった、つまらない男だ。だが彼と、あの魔王。彼らなら面白い未来を築くだろう」

「だったら! あなたが“こっち側”に来ればいいんです。白ウォズさんも、私たちの仲間になっちゃえばいいんですよ」

 

 白ウォズさんは私を凝視した。ですよね、すみません!

 

 でも、“友達を作る”って、自分が主体的に動くのも大事ですけど、元から出来上がってるグループに自分のほうが加わりに行くのだって、アリなんじゃないでしょうか。

 

 白ウォズさんの躓きは、ゲイツ君やツクヨミさんのほうを自分に寄せようとしたこと。

 「仲間にする」じゃなくて「仲間にして」。そのほんのちょっぴりの差が、きっと二人のウォズさんの運命を分けた。

 

 反省点が分かっているなら、これからいくらでもリカバーが利きます。というか私が利くものなんだと証明してあげます。

 義務感? いいえ、年長者のプライドです。

 

「毒婦、という渾名はアナタにふさわしくなかったな」

「え?」

「せいぜいが悪女だ」

 

 どう足掻いてもそのカテゴリから出られないんですね、白ウォズさんの中の私。肩を落としちゃいます。

 

「もう一人の“私”に伝えてほしいことがある。――スウォルツには気をつけろ。彼はキミたちが考えているより底知れぬ野望を抱いている、と」

 

 白ウォズさんの全身が、テレビの砂嵐みたいに歪み始めた。歪んで、欠けて、消えていく。

 

 私は、言いたいことを全て呑み込んで、白ウォズさんに頭を下げました。

 

「色々お世話になりました。今日までありがとうございました」

「どういたしまして。()()()たちの未来が、闇に閉ざされてしまわぬことを祈る」

 

 白ウォズさんは小さなエールをくれて、世界から消失した。



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Interval7 通りすがりの仮面ライダーたちで同窓会

 裏ミッシング・エース――挫折orz


 都内のタワービル、その展望室。

 夜景を見るでもなく、愛用のトイカメラをいじっていた門矢士に、背後から声をかける者があった。

 

「久しぶりだね、士」

「……お前らは揃いも揃って、人んちを玄関から訪ねるって常識がないのか」

「それを君が言うのかい? いつだって唐突に現れて唐突に去るのがスタンスのくせに」

 

 ――海東大樹。門矢士にとっては、切っても切れない腐れ縁のコソ泥野郎であり、常に異邦人であるという一点では肩を並べられる数少ない男である。

 

「まあそれはそれとして。士、足下が甘いのは相変わらずだな。君の妹くん、お父さんの形見のカメラを失くしてたよ」

 

 心底どうでもいいと言わんばかりに、海東は士にとって聞き捨てならない言葉を吐いた。

 

 

 

 

 

 士が荒っぽくソファーチェアから立ち上がった。

 苛烈な眼差しは「ありえない」という愕然と、報せをもたらした自分への八つ当たりの二色で彩られたものだ。付き合いの長い海東には容易く読み取れた。もっともこの場合は、士が感情的になっているという加点があるが。

 

「――、お前」

「僕は誓って手出ししてない。確かに僕は“お宝”に目がない、そこは認めよう。けれど僕だっていい歳したオトナなんだ。人命に直結する品であれば手を引く分別はあるよ」

 

 士は溜息をつくと、手に構えていたネオディケイドライバーを下ろした。

 申し開きがあと1秒遅れたらF(ファイナル)F(フォーム)R(ライド)されていたな、などと海東が暢気に構えられるのも、これまた“長い付き合い”の賜物である。

 

「さて士。君への貸しはごまんとあるが、そこにさらに貸し一つ上積みする気はあるかない?」

「……探す気か? 親父の形見のカメラ。また異なる世界を渡り歩いて?」

「アレが無いと小夜くんがビシュムの眼の負荷に耐えられず命尽きる未来が待ってる。それに、昔言っただろう。僕は君よりずっと前から“通りすがりの仮面ライダー”だ」

 

 士は間を置き、スーツの内ポケットから一枚の写真を海東に突き出した。

 写っているのは、仲睦まじげな、若い兄妹。並んで寄り添う兄と妹は、どちらも機種は異なるがカメラを首から下げている。10年近く前の写真だろうに、士は後生大事に持ち歩いていたらしい。

 

「頼まれたものと受け取るよ」

「――なるべく早く、頼む」

「殊勝だな。分かった。尽力する。――君には家族を喪って号泣するなんて姿、似合わないからね」

 

 海東は灰色のオーロラを展開し、それを潜って展望室から姿を晦ました。

 

 

 

 

 

 足下が甘いのは相変わらず。

 海東の何気ないその言葉は、門矢士を沁みるように苛んだ。

 

 ――かつて。士は記憶を失い、この世で二人きりの兄妹である門矢小夜を忘れた。そのために小夜は寂しさを持て余して大ショッカーの大神官ビシュムへと身を窶し、今なおビシュムの“役”から脱却できずにいる。

 

 妹の運命を歪めたのは、間違いなく士だ。

 

 時折考える。9年前の旅立ちの日。士は無理にでも小夜を連れて共に旅立つべきだったのではないか。強がった別れが小夜を今なお苦しめているのではないか。

 

 光ヶ森高校の入学式の日。春爛漫の眩さを放つ制服姿の小夜の姿を見て、また士は勘違いをした。小夜は自分などよりずっとしっかり者だから大丈夫だ、と。

 

「守ってみせるさ。今度こそ。なあ、――」

 

 呼びかけた名は、夜闇を震わし、大気に音もなく融けた。



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Syndrome76 今年のアギトは■人いる ①

 タイトル元ネタ:朝の連続テレビ小説『六/番/目/の/小/夜/子』劇中台詞


 本日は土曜日。学校はお休みなのだが、織部美都は朝早くから出かけた。行き先はクジゴジ堂だ。定例になりつつある、仮面ライダー関係の対策会議に参加するためだ。

 

 よって本日は小夜のほうが美都より遅く起床し、遅めの朝食を頂くことになった。

 

 リビングのテーブルで、白ごはんに味噌汁に卵焼きと、軽めの定番朝メニューを食べる小夜。

 正面には、老眼鏡をかけて新聞を読む織部計都が着席している。

 

「小夜さんは美都と一緒に行かなくてよかったのですか?」

「これ食べ終わったら出かけるよ。今回の事件は、ツクヨミちゃんに大きく関わるものがあるみたいだから」

 

 はら、ぱさり。

 新聞を畳んだ計都は、温和に小夜に問いを発した。

 

「あなたの来訪目的は門矢士さんの監視と調査ではありませんでしたか?」

「その士お兄ちゃんのヒロイン(ラ=ピュセル)がレアケースだったから、同じ“節目”のライダーであるソウゴ君のヒロイン(ラ=ピュセル)もそうなんじゃないかって着眼点なんだけど。……まあ、トモダチになれたらなあとは、思う。小夜、同世代の女友達、一人もいなかったから」

「……申し訳ありません。僕の考えが穿ちすぎでした」

「気にしてないよ。わたしが怪しさてんこ盛りなのが悪いんだもん。おまけにディケイドの妹だし?」

 

 小夜は大仰におどけて見せてから席を立ち、ハンガーから花柄のカーディガンを取り外した。

 

「美都さん追っかけてクジゴジ堂に行ってきます。帰りは美都さんに便乗するつもり、だけど」

「何か気になることでも?」

()()()()()()()()()に招待されることになったら、ごめんね?」

 

 計都はきょとんとしてから、相好を崩した。

 

「もし小夜さんの言うようになった時は、帰ってからオススメのメニューを教えてください。今度は僕もお供しますから、3人で行きましょう」

「――ありがと」

 

 小夜は、彼女にしては言葉少なにリビングを出た。

 

(美都さんが“お姉さん”なら、計都さんは“パパ”だよなあ。しかも頭に『理想の』が付く。“お姉ちゃん”は夏海さんで、“お父さん”は実のお父さんだけど。うん、確実に織部父娘に情が移っちゃってるよ、わたし。だってあれだけ堂々と“家族”にカウントされたら、しょうがないじゃない)

 

 内心でぶちぶち言い訳しながら玄関で靴を履き、小夜は、外へ出た。

 

 

 

 

 

 朝も(はよ)からおはようございます。

 

 ただいま織部美都、元・主任クラスに在籍していたソウゴ君、ゲイツ君、ツクヨミさん、加えて黒ウォズさん(もう“黒”を頭に付けなくてもいいのですが)と一緒に、警察管轄のある場所へ向かっていました。

 

 ちなみに車です。運転手が私、助手席にウォズさん、後部座席に未成年組3名が詰めて、という内訳です。

 アッシー君? いいえ、引率です。

 

「G3ユニットの演習場?」

「調べてみたらここのとこ、G3ユニットとアナザーライダーが連続して交戦してるの」

「この時代の警察の特殊部隊だろう。アナザーライダーと交戦しても何らおかしくはない」

「交戦自体はね。その現場は、必ず警察が所有する施設の中なの。屋外ならまだしも、警察の中にある訓練場にまで乗り込んでるのよ」

「どゆこと?」

「事件現場にG3が駆けつけるんじゃなく、G3のほうにアナザーライダーが駆けつけてるってことだ」

「もしそうならアナザーライダーを待ち伏せすることもできる。――昔からそうだが、実に冴えてるじゃないか、ツクヨミ君」

「あ。そういえば、ゲイツとウォズの話はこないだ聞いたけど、ツクヨミってレジスタンスの時はどんな感じだったの? 気になるな」

 

 前が赤信号なのでブレーキをかける。

 

「ツクヨミ君はレジスタンスに入隊した時には、記憶を失っていた」

「記憶喪失ってこと!?」

「……ええ、まあ。ミトさんに拾われてレジスタンス入りするまでの記憶が、全く無いの。ツクヨミ、って名前もコードネームみたいなものね」

 

 バックミラーに映る後部座席のツクヨミさんを窺いました。

 彼女は指で宙に「2943」と書いていました。数字の語呂合わせで付いた名前。私のお母さんと一緒です。

 

「本当の名前も分からない。ゲイツと年頃が近い背格好だから、一応は同い年ってことになったけど、本当言うと実年齢も分からないのよ。――あんまり気にしてないけどね」

 

 信号が青になったので、私は再びアクセルを踏んで車を走らせました。

 

 目的地である警察の演習場に到着するまで、車内でしゃべる人は一人もいませんでした。

 

 

 

 

 

 警察の演習場に着いた時には、すでに銃撃戦が始まっていました。

 G3を装甲した隊員さんたちも、生身の警官たちも、狙い撃つ相手は一択。アナザーライダーです。

 目星をつけて来たとはいえ、一発でアタリを引いたのは、幸先がいいのか悪いのか。

 

 ソウゴ君を筆頭に男性陣はおのおのドライバーとライドウォッチを両手に、戦場へ飛び込んで行きました。

 

 警官の一人、おそらくは隊長らしき方が、闖入者にぎょっとしたようです。

 

「君たち!? 危ないから下がってろ!」

「大丈夫っ。私たちに任せて」

 

 先に行った3人がアナザーライダーの前でそれぞれに変身しました。

 

 ――開戦を告げる陣鍾が鳴る。

 

 ジオウ、ゲイツ、ウォズがアナザーライダーと戦い始めたことで、G3装着者の皆さんは攻撃タイミングを計りかねています。

 

 ゲイツがアナザーライダーの左腕を背中でねじり上げました。

 あの左胸の刻印は……“AGITΩ”?

 

「仮面ライダーアギトのアナザーライダー……!」

 

 え。あれで「アギト」って読むんですか? 確かにΩはラテン文字だとOに転写されますけど……

 って、まずいです! アナザーアギトがこちらのライダーたちを突破しました。

 狙いは、倒れたままのG3装着者の一人です。ツクヨミさんがファイズガンを向けますが、アナザーアギトがその人に覆い被さったせいで上手く狙いを定められてません。

 

 アナザーアギトがとうとうG3の胸部アーマーを力ずくで剥がしてしまいました。

 

 ――ですが、本当に見るも恐ろしい光景は、ここからでした。

 

 アナザーアギトは、押さえつけた隊員の剥き出しになった胸部を()()()()()()()()()()()()()()()のです。

 

 私たちも、G3ユニットの方々も、そのスプラッタな現実に呆然として動けませんでした。

 

 やがてアナザーアギトが血まみれの口元を啜りながら拭って立ち上がった。

 修羅場慣れしたと思っていたのに、目の前でカニバリズムを見せられて戦慄している情けない自分がいる。

 

 ……あれ? 襲われた人が起き上がりました。もしかして、ダメージそのものはあの光景ほど酷くはなかったってこと……、……え?

 

 ぼとん、ぼとん。勝手に外れるG3の装甲。

 最後に落ちたフェイスガーダーの中から出てきた顔は、まぎれもなく怪物の、いいえ、アナザーアギトと同じそれ。

 

 悪夢のような光景でした。

 

 二体目のアナザーアギトは、手近な生身の警官に襲いかかりました。アナザーアギトと同じく肉を食い破って心臓に牙を立てて――三体目のアナザーアギトの出来上がり。

 

『また増えた!?』

『これまでのアナザーライダーとは違うということか――!』

 

 アナザーアギトたちは、ジオウにもゲイツにもウォズを文字通り歯牙にかけず、G3ユニットの隊員ばかりに襲いかかりました。

 こちらの仮面ライダーたちはそれを引き剥がして敵の注意を自身に向けようとしましたが、なぜか隊員ばかりをアナザーアギトたちは狙うのです。いっそ、執拗なほどに。

 

 乱戦の中、ウォズが蹴り飛ばしたアナザーアギトの一体が、ちょうど私たちの前に転がりました。

 

 ――私とツクヨミさんのそばには、G3ユニットの隊長、つまりアナザーアギトが獲物と定めたカテゴリに入る方がいます。

 

 案の定、アナザーアギトはこちらへ飛びかかりました。気づいたウォズの追撃も間に合いません。

 

「危ない!」

 

 ツクヨミさんが隊長を突き飛ばすと同時、私はツクヨミさんを抱き寄せてアナザーアギトに背中を向けました。

 ツクヨミさんが襲われるくらいなら、私の背中に一生消えない傷が残るほうが100倍マシです!

 

「だめええええっ!!」

 

 ――、――、――何も、起きない?

 

 私はツクヨミさんを腕の中に隠したまま、恐る恐るふり返りました。

 

 停まって、る。

 アナザーアギトが、ジャンプして襲いかかろうとした態勢のまま、宙に固定されていたのです。

 

 私はライダー・シンドロームを開放していませんので、私がしでかしたことじゃありません。

 

 今のジオウはⅡではないので、時間を操って私たちをピンチから助けたという線もありません。そもそもジオウⅡの能力は時間の“逆転”であって“停止”ではありません。

 

 だとしたら。――私はツクヨミさんを見下ろしたのですが、すぐに思い直しました。

 

 アナザーアギトはいつまた動き出すか分からないのです。私の“生徒”への狼藉は見過ごせません。

 私はツクヨミさんを抱いたまま、アナザーアギトの射程から大きく下がりました。

 

 時間停滞が解けたアナザーアギトが、数秒前まで私とツクヨミさんが立っていた位置に落下しました。

 

 そのアナザーアギトが起き上がる前に、ウォズが駆けつけてジカンデスピアを揮い、敵の注意をこちらから外してくれました。

 

 ウォズを相手取っていたアナザーアギトが撤退しました。

 それを皮切りに、ジオウやゲイツと交戦中だった他のアナザーアギトたちも演習場から逃亡してしまいました。




 ツクヨミの命名の元ネタが「2943」の語呂合わせだというのは、完全に作者の思いつきです。No誤解!
 原作でこの数字が全く関係なかったらまた捏造に走ると思われます。

 しかしこの数字が「アタリ」だとしたら、「2943(ニクシミ)」とも読めるから恐ろしいんですよね((((((;゜д゜)))))ガクガクブルブル


 追記
 待って。マジで待ってカブト後編。
 ツクヨミが連れてかれたあの屋敷! 嫌ってほど見た! 門矢家の屋敷の内装そのままだったんですけど!!щ(゚Д゚щ)

 さらに気づいた!
 龍騎の神崎邸の階段とも同じセット使ってる!


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Syndrome77 今年のアギトは■人いる ②

 書き溜めておいてよかったーーーー!!!!(ノД`)・゜・。


 G3ユニットの尾室隊長による事情聴取を私が引き受ける間に、男性陣は取調室の外の廊下で作戦会議をしてもらってます。増殖するアナザーライダー、あえて警察のG3ユニットを襲撃するという不審な動向、etc…

 

 こういう事態に備えて“社会人”の私がいつも仮面ライダーたちに同行しているとはいえ、我ながら損な役回りです。好きでしている損ですから同情はノーサンキューですけどね、ええ。

 

 

 ようやく事情聴取が終わって取調室から出た私。

 一番に目に付いたのは、廊下のソファーに座って無言を貫くツクヨミさんです。

 

「お待たせしました」

「美都せんせー! 大丈夫? 何もされなかった?」

「君は警察の取調べを何だと思ってるんですか、常磐君」

「うぐ。ゴメンナサイ」

 

 まあ、仮面ライダーに変身したこちらの3名のことは尋ねられましたがね。

 それも、予想より根掘り葉掘りではなかったので、肩透かしを食らいましたが。

 尾室隊長曰く、

 

 

 “そういう人、知り合いにいましたから”

 

 

 ……まさかね?

 

 私は、ソファーに肩肘を張って座るツクヨミさんの、隣に腰を下ろしてから、彼女の膝の上の手にそっと手を置きました。

 

「帰りましょうか」

 

 ツクヨミさんは無言で首を縦に振りました。

 

 

 

 

 

 

 クジゴジ堂に帰ってからも、ツクヨミはリビングのソファーに座して、堂々巡りの思考に悩まされていた。

 

 ソウゴとゲイツは、インターネット検索で出てきた「AGITΩ」という店名のレストランを訪ねてみる、と言って出て行ったきり。

 このリビングにいるのは自分とウォズ、それに、隣に何も言わないで座っている美都の3人だ。

 

「元気がないじゃないか。さっきのことを気にしてるのかい?」

「っ、見てたの?」

「この目でハッキリと」

 

 そこで美都が庇うように、常より低いトーンでウォズの名を呼んで窘めた。

 

「王母もご覧になっただろう。さっき時間停滞を発動させたのは、他ならぬ彼女だ」

「ええ、見ました。だとしても、そう追及するかのような言い方では、当人を混乱させるだけです」

 

 先生、いいよ、大丈夫。

 普段の彼女ならばそう言って美都の弁護を止めることができただろう。

 だが、今のツクヨミはとても「普段通り」とは言えない精神状態にあった。彼女は自身でも自覚できないほどわずかに、美都の腕に身を擦り寄せた。

 

 ピコン♪

 

 SNSの着メロが鳴った。ツクヨミのスマホからだ。

 現代に来たばかりの頃はファイズフォンを使っていたが、ソウゴが「悪目立ちするから買い換えよう」とゲイツともども携帯電話ショップにツクヨミを引っ張って行って新調させたのだ。

 

 LINEを起ち上げると、「光ヶ森3G~2019~」というグループから招待メッセージが入っていた。 

 

 

 

    小和田隆>ヨミちゃん、やふー? 見てるかー?

 

    篠崎磨白>ヨミが元気ないと聞いて。

 

     青山新>おまおれ。

 

   白石五十鈴>愚痴りたいなら聞くよ、ヨミ。

 

 

 

 

(ヨミ、か)

 

 ツクヨミという名自体が偽名なのに、さらにそこから愛称が派生するとは夢にも思わなかった。

 しかもG組女子がそう呼び始めた理由が「長くて呼びにくい」だから、もう笑うしかない。

 

(でも、一度も言われなかったし、聞かれなかったっけ。変な名前だとか、苗字は何だとか。聞かれても困るとこだけピンポイントに誰も質問してこなかった。そういう意味じゃ、3年G組の教室は過ごしやすかった)

 

 ――幼少期の記憶など、レジスタンスに入隊して以降のものだけでよかった。

 ゲイツという戦友がいたし、ミトが娘同然に可愛がってくれた。

 それでも足りない愛は大勢の年配隊員たちが注いでくれた。

 

(トモダチなんて、ゲイツとソウゴがいれば充分だと思ってたのに)

 

 自分でも気づかない内に、熱心になって更新されゆくメッセージを目で追っていたらしい。

 ツクヨミはようやく、ウォズと美都が自分をじーっと見つめていることに気づいた。

 

 何が恥ずかしいのか分からないのに途方もなく恥ずかしくて、ツクヨミはスマホを素早くポケットに入れ直して、脱兎のごとくクジゴジ堂を飛び出した。

 

 

 

 

 

 廃れた湾岸のショッピングモールまで来たところで、ツクヨミは足を緩め、適当なベンチに腰かけた。

 

(ダイマジーンが出た日も、G組の女子が助けようとしてくれたっけ。瓦礫や人波でパニック状態の中で、避難しなさいって怒鳴った私に、逆に怒鳴り返したのよね。『あんたが逃げろ!』だっけ)

 

 ソウゴの監視を名目に片手間で通うのではなく、もっと全力で「青春」しとけばよかったな、なんて、今さら過ぎるセンチメンタル。

 

「ツクヨミちゃん、みーっけ」

「……小夜」

「あれ、イヤな顔しないんだ。心細くなることでもあったとか?」

 

 小夜はごく自然――を装ってツクヨミの隣に座った。

 いつもなら気づかなかった。門矢小夜は無理をして明るく振る舞っている。無理、では言い過ぎだから、緊張しているというべきか。

 

「アナタこそ、今さらなに肩肘張ってるのよ」

「――バレてたか」

「気づいたのは今が初めて。私と話すの、そんなに緊張する? 私、そんなに態度キツイ?」

「まさか。問題があるのはわたしのほう。……わたしね、本当は結構な人見知りなんだ。5歳で両親が死んじゃって、外に出るのが怖くなって、そのまま10年くらい屋敷に引きこもったんだ。お世話してくれた執事の月影さんがいなかったら、孤独死まっしぐらだった」

「ディケイドの門矢士は? 実の兄でしょう」

「うーん、お兄ちゃんはコドモの頃から俺様街道だったからなあ」

 

 その言葉だけで、門矢家の説明はこれ以上要らない。ツクヨミは割と真剣にそう思った。

 

「いつまでも雛のまま大事に大事に閉じ込められたから、同世代の女子と話すってだけでも耐性がないの。そのくせ一丁前に、女子の親友欲しいなー、とか憧れてるから、態度がぎこちない。今まで不愉快にさせてたんなら、ごめんね」

「そこはまあ、別に……私も、こういうふうに女の子同士で、って、あんまり経験ないから。光ヶ森高に潜入中も、戸惑いっぱなしだったし……」

「わたしも入学してから毎日どうしようってあたふたしてる」

 

 ツクヨミは小夜と顔を見合わせた。

 ぷっ――と噴き出したのはどちらの少女が先か。

 気づけば女子二人、なんにもないのに大笑いしていた。

 

(よく考えたら変な力がある年頃の女子なんて、小夜がまさにそうじゃない。一人だけ世界で異種族になって爪弾きにされたような気がしてた私、ばかみたいね)

 

 女子特有の連帯感にツクヨミが気を緩めた、まさにそのタイミングだった。

 

 ――スウォルツが前触れなくツクヨミたちの前に現れた。

 

「さしずめ自分の中の力に戸惑っている。そんなところか」

 

 竦んだツクヨミの、手を、小夜がこっそりと握ってくれた。毅然と言い返すだけの勇気を、くれた。

 

「アナタには関係ない」

「私がここに来たということは、すなわち私が関係しているということだ」

「え?」

 

 ツクヨミがスウォルツを問い質すより速く、小夜がツクヨミを抱いてベンチからわざと転げ落ちた。

 

「イヤなほうの予感的中ね」

「アナザーアギト!?」

 

 ツクヨミはとっさにファイズガンを抜いた。

 

「貴様の場合、予感ではなく予見ではないのか。大神官ビシュム」

「いいえ、断じて。これは女の勘って言うのよ。そ・れ・と。たった今、わたし、ツクヨミちゃんのミステリアス成分には“両眼”とも使わないことに決めたから。トモダチの悩みに超能力恃みで当たるとか、薄情だしね。女子の友情は実利・実益・タイミングで出来てるのよ。覚えときなさい」

 

 不覚にも、何の異能も用いずツクヨミと正面から向き合うと宣言した小夜に、心を揺さぶられた。

 

「わたしの武力行使は、コレだけ」

 

 眼帯から闇が波状に広がり、アナザーアギトを物理的に吹き飛ばした。

 

 小夜はツクヨミの手首を掴んで、転身。

 

「走って!」

 

 小夜に引っ張られるまま、ツクヨミは駆け出した。

 

「何をしたの!?」

「封印用の破片の“地の石”の力を一瞬だけ開放した! それより走るのに集中して! スウォルツの奴、きっと貴女が吐くまで徹底的に追ってくるわ!」

「私に力なんてないッ!」

「大丈夫、分かってるから!」

 

 ふり向かない、されど力強い声での肯定。

 逃走中だというのに、ツクヨミは泣きたかった。




 尾室さん、出世したなあ(ノД`)・゜・。 隊長だよ。隊長だよ!
 ところであのあと、G3隊長としては絶対にアギトではない仮面ライダーに変身したことへの事情聴取を職務上しなければいけないと思って、冒頭に至りました。
 何せ、社会的身分が保障されてるの、美都だけですから。
 あとは無職の未成年19歳、住所不定どころか住民票や戸籍もない未来人19歳×2、多分成人だけど同左の男×1。
 はい詰んだ。

 ツクヨミの光ヶ森高校での愛称は、高校潜入のために編入した想定で用意しておいたものの名残です。
 小和田隆くんはアナザーエグゼイド事件で被害者だったソウゴのクラスメートです。
 青山新くんは、名前はオリジナルですが、EP1冒頭でソウゴを背負い投げした空手部男子ということにしちゃいました(*´∀`*)

 小夜の「覚えときなさい」は士の決め台詞の締めの「覚えておけ!」のオマージュだったりします。何だかんだでお兄ちゃん子です。ほかに「大体分かった」も言わせたいと思ってたりします。


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Syndrome78 あなたの敗因になればいい

 急ぐので展開を巻きめでお送りします。
 オーラと小夜の間にあったことはIntervalで上げますのでしばしお待ちをm(_ _"m)


 ショッピングモールの奥へと逃げる内に、ツクヨミと小夜は港湾倉庫街に入った。

 

 アナザーアギトは未だ追ってくる。

 距離が縮めば小夜が眼帯の“地の石”の極砕片を開放して吹き飛ばし、それでもなおアナザーアギトが怯まなければツクヨミがファイズガンで銃撃した。

 

 スウォルツだけが悠々と、彼女たちから付かず離れず。

 

「『ツクヨミ』は偽名だろう。本名は何だ?」

「知らないわよ!」

「さては記憶を失っているな?」

「! アナタ、何か知っているの!?」

「――、忘れているなら思い出せないほうが幸せだ」

 

 もったいぶったスウォルツの言い回しがじれったい――という雑念が入ってしまったツクヨミを、小夜が横へ押しのけた。

 直後、小夜はアナザーアギトに殴られて地面に叩きつけられた。

 

 アナザーアギトは倒れ伏す小夜に爪を立てようとした。

 

「触るな!!」

 

 眼帯の地の石から、今までで一番威力があるショックウェーブが拡がり、アナザーアギトを跳ね除けた。とっさの反撃だったためか、ツクヨミもその闇の波動に気圧され、後退せざるをえなかった。

 

 息を切らして立ち上がろうとした小夜の、肩を、いつの間にか肉迫していたスウォルツが踏みつけた。

 

「い゛…っ~~!!」

「小夜!」

「い…い、から! ツクヨミちゃんは逃げるの!」

「ばか! ここまでされて、置いて行けっこないわよ!」

 

 スウォルツは踏みつけた小夜と、彼にファイズガンの銃口を向けるツクヨミを順に見やり、ニタリと口の端を吊り上げた。

 

「なあ、ビシュム。アナザーキカイの一件からしばらくして、貴様はオーラにコンタクトしたそうだな? 交戦するためでなく、()()()()()()()

「……あっちゃー。オーラちゃん、そこは報告しちゃったか」

「なっ……小夜、どうして!」

「会ったし一緒に遊んだけど、それが?」

「さすがは元・大ショッカー幹部。ふてぶてしさは人一倍だ」

「ちっとも嬉しくない誉め言葉ね。貴方、部下に好かれないタイプの上司でしょ」

「どうだか」

 

 スウォルツとアナザーアギトの位置が入れ替わる。目の前で起きていることなのに、ツクヨミには小夜を救い出す術が思いつかない。

 

「――白いほう、というか、貴方が利用したほうのウォズさんが、最期に何て言い残したか知ってる? 『私は仲間を作れなかった』」

「初耳だが、それが?」

「貴方の敗因になればいいと思って」

「お得意の予見か」

「いいえ。わたしの個人的願望」

 

 アナザーアギトが鉤爪を小夜に振り下ろした。

 

 ――ニヤリ。

 絶体絶命の少女が浮かべたのは、勝利を確信した者の笑み。

 

 

「変身!!」

 

 

 ――それは、黄金(こがね)の戦士が闘争の巷に帰還したことを告げる、鬨の声。

 アナザーアギトを一撃で殴って退けた、“めざめる力”の完成型の一。

 

 皮肉にも、一度は仮面ライダーディケイドが化けたことのある姿だったので、ツクヨミはそのライダーが何者かがすぐ分かった。

 

「2001年のレジェンド2……本物の、仮面ライダーアギト!?」

 

 ツクヨミの世代からすれば、アギトの装甲は危うく感じられるほどにシンプルだった。だが、洗練された拳や手刀、蹴り、突き、全てがシンプルな武装ゆえに成り立ち、技の冴えを一層に際立たせている。

 武器を用いない分、我が身一つこそが一つの武の極地であると、そう言われているような錯覚さえした。

 

 しかし、スウォルツも一筋縄では行かない。

 

「まんまと現れてくれたな。仮面ライダーアギト。このアナザーライダーを生み出したのは、オマエをおびき寄せるため。オマエの持つアギトの力を手に入れるためだ」

『アギトの力……?』

 

 アギトに訝しむ暇は与えられなかった。

 前回の演習場での会敵と同じだ。物陰や薄暗がりから次々とアナザーアギトが現れた。人海戦術でアギトを押し潰そうとしている。

 

 アギトはツクヨミを、小夜を顧みて、自ら近くの倉庫の中に駆け込んだ。アナザーアギトたちも大挙してアギトを追った。

 

 ツクヨミはようやく我に返って、地べたに尻餅を突いたままの小夜に駆け寄り、肩を貸して彼女を助け起こした。

 その態勢で、二人してアギトを追いかけた。

 

 

 倉庫の中に入ったところで、爆散。赤のフォームのアギトが、アナザーアギト軍団を一刀の下に殲滅したからだ。

 小夜に肩を貸していなければ、ツクヨミはガッツポーズをしていただろう。

 

 だから、背後からの勧告は、それこそ不意打ちもいいところだった。

 

「動かないで。この女教師がどうなってもいいの?」

 

 

 

 

 

 

 クジゴジ堂を飛び出したツクヨミさんを探していた私は、間抜けにも、タイムジャッカーに身柄を拘束されてしまいました。

 タイムジャッカー最大のアドバンテージ、時間停滞の能力を今日ほど呪った日はありません。

 

 タイムジャッカーのオーラさんは、人気のない倉庫の一つに私を連行しました。

 両手を掴んで背中でねじり上げて、後頭部にはおそらく銃器を押し当てています。

 私を、小夜さんやツクヨミさん、そして誰より、まさに交戦中の仮面ライダーアギトへの人質にしたのです。

 

「オーラちゃん……来ちゃったんだ。今回はスウォルツのワンマンショーだと思ったのに」

「いい加減、その『ちゃん』呼びやめて。次に口にしたら、問答無用で撃つわ。アンタじゃなくて、この女を」

 

 何て体たらく。最年長の私が、若い彼らの足手まといになっている。自分の迂闊さが悔しくて堪りませんっ。

 

 私のせいで身動きの取れないアギトを、アナザーアギトたちがボコボコにしていく。

 やがてアギトは地面に倒れ伏してしまいました。

 

「よけいな手出しを」

「そっちがグズグズしてるのが悪いんだろ」

 

 そんな。ウール君、まで……

 ……いいえ、これは私の認識のほうがおかしいんです。タイムジャッカー同士で不和があっても、集団としての“彼ら”は敵。ショックを受ける私の感覚が間違いです。

 

「ツクヨミ! 美都せんせー!」

 

 駆けつけてきたソウゴ君、ゲイツ君、ウォズさん。三人とも私たちのポジションを見て即座に状況を把握したようです。構えかけたライドウォッチを、歯噛みして下ろしました。

 

 ウール君がアナザーアギトの一人からアナザーライドウォッチを摘出しました。それを持って歩み寄る先には、仮面ライダーアギトがいます。

 

 とっさに、やめて、と叫ぼうとした私の後ろ頭に、オーラさんが一層強く銃口を押しつけました。

 

 ウール君はアナザーアギトウォッチのリューズを押すと、それを遠慮なしにアギトの胸部に押しつけました。

 

 な、なに、あれ……アギトのアナザーウォッチが、アギトから、仮面ライダーの力を奪っていってる?

 アナザーライダーじゃなくて、正しく仮面ライダーの力を宿したウォッチを、生成した?

 タイムジャッカーはアナザーライダーだけでなく、本物のライドウォッチまで生み出す力があるっていうんですか?

 

 よくよく思い出すと、私はレジェンドライダーと呼ばれる方々のライドウォッチがどういうふうに出来るのか知りません。どの変身者も口を揃えて「いつの間にか持ってた」でしたし、なぜ持っているか皆さん自身が記憶を持っていませんでしたから尋ねようがなかったんです。

 

 変身が解けて、アギトだった壮年の男性がその場に片膝を突きました。

 息を荒げる男性に、別のアナザーアギトが襲いかかります。

 

「危ない!」

 

 ――乙女の悲鳴が、時の流れを堰き止める。

 

 眼球を、目線を、横に、ずらすだけでも、長い時間をかける、中でも。

 私は、ツクヨミさんへの――私の“生徒”への不躾な視線を、見逃したりしない。

 

 淀んだ時が正常に流れ出すや、私はオーラさんの顎を狙って頭突き。学生時代に不審者対策として習った護身術です。

 怯んだオーラさんをどうにか振り解いた私は、ツクヨミさんに駆け寄って彼女を抱き寄せました。そして、ツクヨミさんを未だ睨むスウォルツさんを睨み返しました。

 

 少しの間だけ困惑で停まっていた事態を動かしたのは、ウール君です。

 彼はアギトウォッチを起動すると、アナザーアギトにそのウォッチを埋め込みました。すると何と、アナザーアギトが、本物の仮面ライダーアギトに変貌したのです!

 

「コイツはボクが使う」

 

 ウール君は珍しい玩具を貰ったコドモみたいに、足並み軽く、偽造アギトを連れて去りました。

 

「お手並み拝見と行こうか」

「待って!」

 

 ツクヨミさんは私から離れると、背を向けたタイムジャッカー二名の内、スウォルツさんに向けて叫びました。

 

「アナタは私の何を知っているの!? 私の、私の過去の何を――!」

 

 スウォルツさんは無言で去りました。

 

 私は今度、小夜さんの様子を窺いました。

 小夜さんはツクヨミさんの後ろ姿を一心に見つめています。とても、悔しそうでした。




 女子の友情回、再び。
 アギトは“光の力”が撒いた種が覚醒した存在です。そして“光の力”は一度“闇の力”に敗れています。
 そして小夜の眼帯の宝石は地の石――闇を宿した魔の宝石です。アナザーとはいえアギトである以上、どうしても“闇の力”にリードを許してしまいます。
 というわけで、今回は概念の戦いと相成りました。


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Syndrome79 教え子に教えられ激流渡り

 タイトルですが正しくは「負うた子に教えられ浅瀬を渡る」です。
 間違って覚えてテストに書いちゃいけませんよ!


 アナザーアギトが大量発生したという報せを受けて、ソウゴ君とゲイツ君は現場に急行しましたが、一人、ウォズさんだけは反対方向へと足を向けました。

 

「ウォズさん」

「おや、王母。てっきり津上翔一と一緒にツクヨミ君の迎えに行ったとばかり」

「そうしようと思いましたが、小夜さんから『わたしに行かせて』と事前に言われていたので、お願いすることにしました」

「4月に入ってからのアナタは小夜君に甘くなっていないか?」

「言いませんでしたっけ。光ヶ森高での小夜さんのクラス主任、私ですよ」

「――初耳だ」

「すみません、言う暇がなかったもので。それはまあ、またの機会に。ウォズさん、もしタイムジャッカーの誰かを訪ねるつもりでしたら、私もご一緒させてくださいませんか? 私も気になります。好奇心とかじゃなくて。ツクヨミさんが抱えている“何か”。分かっていないと、いざという時、“生徒”の助けになれません」

「卒業、いや、退学しても、アナタにとってツクヨミ君は教え子に変わりはないわけだ。それがアナタという教師だから、我が魔王も、何十年もアナタへの敬慕を失わなかったのだろうね」

「恐縮です」

「アナタには戦う力がない。スウォルツと会って不穏な流れになった場合は、くれぐれも私から離れないよう。当然だが、ライダー・シンドロームの開放もご法度だ。よろしいかな?」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 

 

 

 道中で、ふとウォズさんが私に問いました。いつからツクヨミさんが“違う”と気づいていたのか、と。

 

 私は、ツクヨミさんが光ヶ森高校に通って1ヶ月ほどで、と答えました。

 

「ツクヨミさんは()()()()私のクラスの生徒だったんです。気づいてはいました。ツクヨミさんは同時代出身のゲイツ君に比べると、一般教養面にムラがあった。最初は苗字もないということで、ゲイツ君のほうが富裕層の子供だと思い込んでしまいました。でも、違った。逆だったんですね」

 

 私は勝手に、ツクヨミさんが50年後の若者の基準だと決めつけていたのです。日本史の基礎知識すら学べない紛争時代に生まれ育った彼女や未来の子どもたちは、何てかわいそうなんだろう、って。

 そんな上から目線の先入観で、ツクヨミさんたちを憐れんで、的外れなお節介を焼いてきた。恥知らずとしか言えません。

 

 ええ、そう、自分が恥ずかしくて、居づらくなったから。私は小夜さんの申し出をいいことに、悩んでいるツクヨミさんを放っておいてるんです。

 

「私なんかと比べたら失礼でしょうけど、ウォズさんはゲイツ君やツクヨミさんにとって、いい隊長さんだったんでしょうね」

「――、私が?」

「だって、彼らは怒っていました。ウォズさんがオーマジオウ側に付いたこと。言わないだけで、今でも引きずってるかもしれないです。『愛』の反対語は『無関心』だとマザー・テレサは言いました。それは正しいと思う私ですが、『かわいさ余って憎さ百倍』も正しいと思うんです。彼らがウォズさんにきつく当たったり怒鳴ったりする分だけ、彼らは間違いなくウォズさんを好きなんじゃないでしょうか?」

 

 ウォズさんは答えません。少し俯き気味で、考え込んでいる様子です。やっぱり失礼……だったんでしょうね、はい。反省します。

 

「王母」

「はい!?」

「この先にスウォルツがいる。今から決して私の後ろから出ず、叶うなら黒子に徹してほしい」

「ポジション的には了解です。口を閉ざしたままでいるのは難しいですが、よろしいですか?」

「アナタならそうお答えになると思った。ではせめて、最大限の警戒を。――行くぞ」

 

 私は息を呑んで頷いて、ウォズさんに続きました。

 

 

 

 

 

「ツクヨミちゃん、みーっけ」

「――アナタって本当、私を見つけることに関しては一流ね。小夜」

 

 小夜はわざわざ、ツクヨミが腰かける御影石の台座に割り込んで腰を下ろした。一人掛けサイズなので、いつどちらかが転げ落ちてもおかしくない。

 

 絶妙なバランスで、二人の少女が背中合わせ。

 

「凹んでる?」

「かなりね。私が一度ソウゴから離れたきっかけが、ソウゴがジオウⅡに変身して時間を操れるようになったからだった……って、そこはアナタも知ってたっけ。うん、だから……今度は私が怖がられるのかな、責められるのかな、って思うと、とてもソウゴやゲイツの前に立ってられなくなった」

「で、とりあえず一人になろうとして、今に至ると。でもここ、光ヶ森高校の裏山の展望台公園だよね。てことは、小夜は『わたしでごめんね』って謝る流れかな」

「そんなこと」

「でもツクヨミちゃん、本心では美都せんせーに来てほしかったんじゃない?」

「……反論はできない」

 

 無自覚だがツクヨミが発動した時間停滞が解けた直後、いの一番に駆けつけてツクヨミを守るように抱き締めたのは美都だった。美都だけはツクヨミの不安に気づいてくれていたのだ。

 ならば今も、と期待しなかったと言えば嘘だ。

 

「――あの、さ」

「なに?」

「ツクヨミちゃんが、ね? もし本気で、自分の過去を知りたいっていうなら……わたし――!」

 

 小夜がその先を言う前に、展望台に上がってきた男が一人。津上翔一。レジェンド2・仮面ライダーアギトだった。

 

 

 

 

 

 翔一は「レストランAGITΩ」にツクヨミと小夜を招待した。

 

 レストランのウェイトレスである風谷真魚が、ツクヨミたちに優しく着席を促して、彼女たちの前に、細かな気泡が立つワインを注いだグラスを置いた。真魚によるとブルゴーニュ地域のノンアルコールワインだそうだ。

 

 ツクヨミも小夜も恐る恐るグラスに口を着けた。

 口の中に広がる、シトラスの香りと、やや辛口の味わい。ツクヨミは激辛がイケるクチなので平気だったが、小夜は小さくむせている。

 

 ツクヨミたちが食前酒をちびちびと味わう間に、翔一はキッチンで料理を作り始めた。

 

「津上さんは料理人なんですか?」

「あー、それ。実は違うんだよね」

 

 みじん切りにした玉ネギとニンニクを、じゅわあ、とフライパンで炒める。その香りが食欲を刺激した。

 

「ちがう?」

「おほんっ。本当の名前は、沢木哲也。――俺も記憶を失くしたことがあったんだ。そして、気づいたらスゴイ力を手に入れてた」

「それで……どうしたんですか?」

 

 香りが立ったフライパンに、翔一は均等な輪切りにしたズッキーニとナスを投入。

 

「一生懸命暮らしたかな。野菜育てたり、料理作ったり」

「おかしいでしょ? 今と全っ然変わんないの」

 

 全体に油が回るまで炒めて、サイコロ切りにしたトマトをそこに投入した。そのまま1分煮立たせ、翔一はさらに、フライパンに塩コショウと顆粒コンソメを加え、オリーブオイルを回しかけ、蓋をした。

 

「だって、記憶とかなくてもチカラとかあっても、俺は、俺だから。君だって、そうやって生きてきたんじゃないの?」

 

 出来上がった料理を、翔一は皿ではなく一旦プレートに落とし、セルクルで型抜きをした二つを皿に盛りつけた。それらにハーブを飾って出来上がりだ。

 

 翔一は二枚の皿を持ってきて、ツクヨミと小夜の前に置いた。

 

「はい、おまちどおさまです。俺の料理。さ、冷めない内に召し上がれ」

「これ知ってる! ラタトゥイユよね。食前酒がヴィンテンス・シャルドネだったのは、だからだったんだ」

 

 小夜が「いただきます」と手を合わせて、フォークでナスとズッキーニを剥がして、それを口に運んだ。ラタトゥイユを食べて、小夜は破顔一笑した。

 それこそ、“破壊者ディケイドの妹”でも“大神官ビシュム”でもない、ただの女の子のように。

 

 ツクヨミも恐る恐る、ソースが染みてしっとりしたナスを一枚、フォークで口に運んで、ぱくり。

 

「おいしい――」

 

 ツクヨミは、おいしさへの感動より、どこか懐かしい味わいに、言葉を零した。

 

「その笑顔。みんなにも、見せてあげなよ」

「みんな?」

「君のおいしそうな顔を見たくて、料理を作ってくれる人がいるだろう?」

 

 常磐順一郎を思い出した。不躾に失礼を上塗りした二度もの下宿のお願いをしたツクヨミたちに、何も聞かず、笑顔で、“家”に迎えてくれた人。毎日三食をきっちり作ってくれて、必ずツクヨミの好みやリクエストを聞いてくれる、あったかい“おじさん”。

 

「ここにいる彼女だって、君が君でいるから、友達になりたいんだよ」

 

 ラタトゥイユを食べ進めていた小夜が、むせた。

 胸元を叩く小夜を見て、真魚が慌ててキッチンから水を持ってきた。小夜は咳き込みながらも真魚の手からコップを受け取り、水を一気飲みした。

 

「大丈夫?」

「ケホッ、はい……すみませんでした」

 

 些少ならず意外だった。いつもは照れや恥じらいをどこへ捨てたのかというほどに友達アピールしてくる小夜が、翔一のストレートな言い分には動揺した。

 

 

 “少なくともわたしは真剣に、貴女にアプローチしてる。アナタとお友達になりたいです、ってね”

 

 

(ああいう歯の浮く台詞がサラッと言えるくせに、他人に指摘されると弱いとか。これがミトさんの言ってた『内弁慶』ってやつかな?)

 

「彼女ももちろん、仲間の男の子たちだってそうだよ」

 

 はっと思い出す。ソウゴとゲイツ。今日まで一緒に戦ってきた戦友たち。

 

(行かなくちゃ。二人に謝って、向き合って伝えなくちゃ。私の気持ち)

 

 ツクヨミは椅子から勢いよく立ち、レストランを飛び出した。




 飯テロ、絶賛練習中。


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Syndrome80 トリニティ×トリニティ×30=アンニュイ

 へい一丁!


 ウォズさんと二人で、アナザーアギト軍団との戦闘に入っているだろうソウゴ君とゲイツ君のもとを目指す。

 

 たったさっきスウォルツさんから、戦慄ものの“ヒント”を得てしまいましたが、冷却時間を置いた今ならこう言えます。

 ()()()()()()()()()()()()

 すでに光ヶ森高校に在籍こそしていませんが、ツクヨミさんは“私の生徒”に変わりありません。そこにツクヨミさんのバックボーンが介入する余地はありません。

 私は全力で、ツクヨミさんが進みたい(みち)をサポートするだけです。

 

 

 私とウォズさんがソウゴ君とゲイツ君に合流しようとするより早く、ツクヨミさんが走ってきて、彼らと話し始めました。

 

「――過去に何があっても、私が本当は誰だったとしても関係ない。だって、私は私だから」

 

 ツクヨミさんの横顔からは、最後に見た時にあった翳りは窺えませんでした。

 

 追いかけた小夜さんか津上さんが励ましたからか、別の誰かか、自力か。どれにせよ、彼女の精神が安定したことは喜ばしいです。

 

「おかえり、ツクヨミ」

 

 若者三名の明るい輪をずうっと見つめていたいのですが、そうも言っていられないのが現実です。

 私はウォズさんと頷き合ってから、彼らに声をかけました。

 

「せんせー、ウォズと一緒だったんだ。どうしたの?」

「――我が魔王。アナザーアギトとは戦わないほうがいい。これは罠だ」

「どういう意味だ?」

「……『アギト』というのは、仮面ライダー固有の()ではなく、人類の大半が宿した“力”そのものの名称なんだそうです。津上翔一さんはその覚醒を促すことはないのですが、アナザーアギトは“アギトの力”を急激に促進させるスキルを持ってるんです。数だけなら、倍々ゲームどころじゃありません」

「ウールはキミたちでも捌ききれないアナザーアギトの群れを用意して待ち受けている。スウォルツからそう聞いた」

「どうしてスウォルツがそれをアナタや先生に教えたの?」

 

 一拍、迷いましたが、思い切って言いました。

 

「前に白ウォズさんが言っていました。彼は、私たちが考えているより底知れぬ野望を抱いている、と。君たちにアナザーアギト軍団を斃させることで、私たちの想像も及ばないメリットが、彼にはもたらされるのかもしれません。ですから」

 

 真正面から挑むのはやめて、こちらも慎重に作戦を立ててから。私はそう言おうとしたのですが。

 

「罠でもいいさ。それは俺がすでに視た未来だ。それに、戦わなきゃ仮面ライダーアギトの力は取り戻せない。――敵の居場所は分かってるんだ。すぐ行こう」

 

 ふいに思い出された、アナザーフォーゼをジオウが斃した直後。私がまだ彼を「常磐君」と呼んでいた頃。あの時の彼の佇まいに、私は確かに彼の王聖を見ました。

 そして今この瞬間、目の前にいるソウゴ君から、あの時と同じものを感じました。

 

 ――まだ何も知らなくて何もかも手探りだったあの日から、ずいぶんと遠くに来ました。

 

()()()()。君のリバイブウォッチを少しだけ貸してください」

 

 ゲイツ君は訝しみながらも私にリバイブウォッチを差し出してくれました。

 私は砂時計型のそれを両手で包んで握りました。

 

「ライダー・シンドローム」

 

 ――この力で、彼にかかる過負荷を最小限に留めるように。

 

「アンタ、何してッ!」

 

 ゲイツ君が私の二の腕を両手で掴んで詰め寄りました。

 

「命に関わるほどの(シンドローム)は使いません。両親と、他でもない君が生かしてくれた命なんですから」

 

 私の延命のために貰ったのは、ゲイツ君のジクウドライバーに残った“力”です。だから彼が対象なら、こういう微調整も利くと思いまして。実証されました。

 

「本当に、大丈夫なんだな? 気を遣って倒れそうなのを我慢したりしてないな?」

「はい。信じてください」

「……なら、いい」

 

 ゲイツ君はそっぽを向いて、リバイブウォッチを腕のホルダーに装着し直しました。ちょっとだけ、さびしいというか、胸が痛むかも、です。

 

()()()

「はいっ、美都せんせー」

「無事を祈っています。心から。絶対に、死んじゃいけませんからね」

「――はい。()()

 

 よろしい。これなら送り出すことに躊躇いはありません。

 

 ソウゴ君とゲイツ君がそれぞれにライドストライカーを展開しました。ゲイツ君は単騎、ソウゴ君はウォズさんと相乗りで。2台のバイクが発進しました。

 

「私たちは車で追いかけましょう。ツクヨミさん、いいですか?」

「ええ。お願いします」

 

 

 

 

 

 戦闘開始から若干遅れてしまいましたが、とにかく車で現場に乗りつけましたので、私とツクヨミさんは外に出て戦況を窺いました。

 

 ゲイツ・リバイブとウォズ・シノビアーマーがアナザーアギト軍団を手あたり次第に千切っては投げ千切っては投げ。

 ジオウⅡは本命である偽造アギトと剣を交えています。

 

『アギトの力を返してもらう!』

「返す? キミたちの力じゃないじゃないか」

 

 ……かっちーん。久々に先生の教育魂に火が点きました。

 

「論点をすり替えるんじゃありません!! そもそも他人のものを盗んじゃいけません!! それをなに開き直ってるんですか君は!!」

 

 私の怒鳴り声はちゃんとウール君のいる位置まで届いたみたいです。ウール君はぎょっとしたように身を引きました。

 

『叱るポイントはそこでいいのか……?』

『タイムジャッカー相手だろうが諭すべきは諭す。それでこそ王母織部』

『いや、貴様はそこで納得するな』

『美都せんせーの言うとーり! 泥棒はよくない! てなわけで、やっぱ返せー!』

「そもそも何でボク怒られてるの!? うわジオウこっち来んなー!」

「……場がとっ散らかっちゃった」

 

 ツクヨミさんが私にジト目。え、わ、私のせいってことですか!?

 

 なんだか収拾がつかない空気になったところに、もっと大変な闖入がありました。

 赤いサイレンを鳴らして現場に乗りつけた装甲車。フロントガラスの上には桜の代紋。つまり警察の車輛です。

 

 装甲車から降りてきたのは、一人のG3装着者。

 

《2217、戦闘オペレーション開始! G3、出動!》

 

 アナウンスの声には聞き覚えがありました。G3ユニット隊長の尾室さんです。

 

 尾室さんのかけ声を受けて、G3は手にしていたグレネードを脇に抱えるように構えて、アナザーアギト軍団に発射しました。

 ですが、口惜しいかな、G3が撃沈したアナザーアギトはせいぜいが2体。3体目の攻撃によって、転がった装着者さんのフェイスマスクが外れました。

 

 って、え、ええぇ!? 津上さんだったんですか!?

 アギトの力を奪われて、仮面ライダーに変身できなくなったというのに、彼はそれでも立ち上がった。――途方もない不屈の精神です。

 

 確かに津上翔一さんは、仮面ライダーになるべくしてなった人物です。感服せずにはおれません。

 いいえ、私だけではありません。一緒にいたツクヨミさんもです。

 

「津上さんッ!」

 

 数に物を言わせて津上さんに襲いかかったアナザーアギト軍団を阻止すべく、ツクヨミさんは()()()()動きました。

 

 ――時の流れが堰き止められる。

 

 その隙を逃さず、ゲイツ・リバイブとウォズ・シノビアーマーが津上さんを囲むアナザーアギトを一掃しました。

 

 駆けつけた私たちの内、ツクヨミさんに向けて、津上さんは笑顔で言いました。

 

「ありがとう」

 

 時間を操るなんて大それた異能を見せた彼女を、訝しむでも問い詰めるでもなく。ただ、助けられたことに、感謝を伝えた。

 そんじょそこらの一般人には至難の技を、津上さんはケロリとかましてくれたのです。……ツクヨミさんの安堵の笑顔を見ては、先生、立つ瀬がありませんよ。

 

 向こうで、ジオウⅡがついに偽造アギトに一発かまして、アギトウォッチを奪還しました。

 

 ジオウⅡはアギトウォッチを津上さんにパスしました。

 津上さんはG3スーツを脱ぎ捨てながら、戻ってきた力をキャッチしました。

 

 ジオウⅡに促された津上さんが、アギトウォッチのリューズを押しました。

 

《 AGITΩ 》

 

 すると、津上さんの腹部に変身ベルトが出現しました。――津上さんは迷いませんでした。

 

「変身!」

 

 やりました! 本家・仮面ライダーアギト、戦線復帰です!

 

『ゲイツ! ウォズ! 俺たちも行くよ!』

《 ZI-O  “トリニティ” 》

 

 ジオウⅡがドライバーの左にトリニティウォッチをセットして、リューズを二回ひねりました。ゲイツとウォズの異なるムーブメントがジオウウォッチのインデックスと重なります。

 

 来ました、仮面ライダーのドッキング・ラッシュ! 見守る側にはちょーっとばかりショッキングなシーンではあるのですがっ。

 

『ひれ伏せ! 我こそは仮面ライダージオウ・トリニティ。大魔王たるジオウとその家臣、ゲイツ、ウォズ。三位一体となって未来を創出する、時の王者である!』

『いい加減、恥ずかしいからやめろ!』

『うるさいよ、右肩』

『誰が右肩だ!』

『落ち着きなよ、ゲイツ』

 

 帰るまでが遠足ですとよく言われるように、合体後のウォズの口上から内側3人のボケツッコミまでがワンコーラスです。先生、ちゃーんと心得てますよ。

 

『本当に面白いね、君の仲間っ』

「いつもアレやってるわけじゃないんですけど……」

 

 そうですか? 割といつも通りの気がするのですが。

 

『俺も負けてられないな』

 

 アギトは腰の左右のオークルを叩きました。そのアクションが合図のようで、アギトは黄金(こがね)色を残しつつ左右に炎と水をプラスしたフォームに変わったのです。

 

『これは……! 祝わねばなるまい!!』

 

 あらま、ウォズさんの変なスイッチがONになった模様。恒例ですが本日は一発目の「祝え」、入りました。

 

『合わせて六位一体の力が――!』

『もーいーから! とにかくっ、これならイケる気がする!』

 

 そこからは絵に描いたようなヒーローショーです。ジオウ・トリニティとアギト・トリニティフォームの快進撃は留まるところを知りません。

 アギトの剣が燃え杖が冴え、ジオウ・トリニティのサイキョージカンギレードがジョーヌブリリアントの剣閃で乱舞する。

 アナザーアギト軍団の数はあっという間に一桁まで減りました。

 

 フィニッシュは仮面ライダー二人揃って。

 彼らは同時に跳び上がり、核のアナザーアギトにライダーキックを決めました。

 

『『はああああああ―――でりゃああっっ!!!!』』

 

 爆発、炎上。

 爆炎を裂いて堂々と着地したジオウ・トリニティとアギト・トリニティフォーム。

 

 ジオウ・トリニティが私とツクヨミさんのいるほうを向きました。やったよ、と笑いかけるかのように。

 

 ツクヨミさんは晴れやかな笑みを満面に広げました。

 

「――ただいま――」

 

 とても小さな彼女の声。きっと、彼らも聞き取れた。

 

 

 

 

 

 津上さんは再び海外に発ちました。出発前に、アギトライドウォッチをソウゴ君に託して。

 

 ツクヨミさんを励ましてくださったこと、ソウゴ君の夢にエールを下さったこと、彼らの“先生”として感謝します。

 津上翔一さん、仮面ライダーアギト。進路指導教諭顔負けの“指導”でした。

 

 普段でしたらここで、私も負けていられない、と奮起するのですが、今回はそういう気分になれません。

 

 私が千言を尽くすより、一人の先輩仮面ライダーの勇姿が、彼らにはよっぽど良い“勉強”になると気づいてしまったのですから。

 

 関わっていたいから関わるんだと宣言したのは自分なのに、こうしてライダー関係の事件の場にいることで彼らに煙たがられないか、不安がってる。とっても矛盾です。

 

 

 神さま。

 もう30歳にもなる私が、若い彼らに混ざって許されるのは、あとどれくらいですか?




 クオリティーが高すぎる回は文章化に求められるエネルギーもどでかいと知った今日この頃。

 あえて一歩引いた感じの美都視点描写に終始しました。何故か?
 今さらですが、今回の連載は(鎧武の時と違って)「成長物語」ではありません。「成長」を書きたいならむしろ明光院ミトにスポット当てて昭和ライダー物語を連載しますよ。
 自分もね、今日まで「この作品は“何”なんだろう?」と実は考えていたんです。

 これは「“大人”になった人間がどこまで“大人らしさ”を貫けるかを試される物語」です。

 オリ主の美都は30歳で、誕生日は1月。つまり平成に元号が変わった年に誕生して、平成が終わろうとする(リアルでは終わった)瞬間に、“20代”という“若さ”を失いました。

 「もう若くない」美都が、「まだ若い」ソウゴやゲイツたちをどう助けていけるか。
 仮面ライダーを見て育ち、アラサーになった我らライダーファンが次の世代にどうライダーを継承していけるか。

 『70年目のサクラサク』は――きっと、“それ”を探す物語です。


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Syndrome81 鬼は内、福笑い ①

 響鬼編は日常パートにスポットしていきます。
 時間軸としては、修行という名の時間稼ぎをボイコットしたソウゴとゲイツが、アナザー響鬼に二度目の戦いを挑んだとこですね。←おい臣下、お前の魔王がバトル中だぞ。


 4月28日。――過去に前例のない超大型連休の半ば。昼下がり。

 

 私はウォズさんのお誘いで、隠れた名店といわれる『甘味処たちばな』にお茶をしに出かけました。

 

 

 お店に入ると――いました。お座敷の一つにウォズさんが。俗に言う()()()()()()()で考え事をしています。

 複雑怪奇な相談事の予感がひしひしと伝わりました。とりあえず、スマホはマナーモードにしておきましょう。ポチッとな。

 

「ウォズさん、こんにちは。お待たせしました」

 

 私はできるだけにこやかに挨拶して、ウォズさんの正面に座りました。

 割烹着の給仕さんが注文を取りに来たので、本日のオススメに書いてあるお茶と甘味を二人分、注文しました。

 

「何かあったんですか? 私で良ければ、お話、伺いますよ」

 

 じっとりとした沈黙を置いて、ウォズさんはとうとう口火を切りました。

 

「――王母織部。アナタを、我が魔王が『恩師』と尊称した教導者と見込んで、ぜひ教えを乞いたいことがある」

「は、はいっ」

「人を祝う、とは、どういうことなのだろうか?」

 

 哲学的ですね!? 「祝え!」が代名詞のウォズさんからこんな台詞が出るなんて思いもよりませんでした。

 

「何があったんですか?」

「私が我が魔王の生誕にふさわしい祝福の準備をしていた時だった。ツクヨミ君が言ったんだ。『ウォズは人を祝うことが何にも分かってない』、『そんなのはアナタが楽しいだけ』と……」

 

 言われた瞬間を思い出してか、本気の落ち込みモードに入ったウォズさん。暗いです。ウォズさんの一帯だけ南極です。

 

 ですが、それは横に置きましょう。教えてほしいと言われたならば、“教師”は答えてナンボの職業ですから。

 

「ウォズさん。大昔の日本には、誕生日を祝う習慣そのものがなかった歴史はご存じですか?」

「そう、なのか……?」

「実はそうなんです。昭和までは数え年という年齢計算が普通で、お正月にいっせーのーででみんなが歳を取ったことになりました。では何のイベントもなかったかというと、それはまた別でして、室町時代から始まった七五三がこれに当たるといわれています。ちなみに七五三の文化は、未来ではどうでした?」

「私は知識こそ持っているが、世俗の一般的イベントとして行われてはいなかったね。……これを私が言うのはどうかと思うが、生きて明日の朝陽を拝めたら幸運、そういう世界だった」

「それです!」

「わっ?」

「七五三とはそもそも、子供が7歳・5歳・3歳まで無事育ったことに()()()()行事です。当時は小さな子供が乳飲み子の内に死んでしまうなんてザラでしたから。ですから、()()()()()()()()()()()()()()()()()という気持ちこそが、“誕生日祝い”の原点なのではないでしょうか?」

「生きていることに、感謝――」

「今日がソウゴ君の誕生日とおっしゃいましたね。ウォズさんは、ソウゴ君が無事19歳になってよかったって、安心しますか? つらい体験や厳しい境遇もあったけれど、ソウゴ君が今日まで健やかに生きてくれて、ありがとうって気持ちになりますか?」

 

 ウォズさんは机に両肘を突いて、組んだ手に額を預けて深く項垂れました。

 

 私はウォズさんが自発的に口を開くのを待ちました。

 

「ツクヨミ君が『ソウゴが喜ぶわけがない』と言い放つはずだ――」

「……こんな感じでよろしかったですか?」

「有意義な“授業”だった。お礼申し上げる、王母」

 

 滅相もないですっ。いざ終わってみると、トリビアをひけらかしただけな気がしますし。

 

「そ、そうだっ。今日がソウゴ君の誕生日なんですよね。私が何かプレゼントしたら、ソウゴ君、困ったりしないでしょうか?」

「アナタからの贈り物であれば、我が魔王が喜ばないはずがないと思うが」

「でしたら一安心です。今日中にプレゼント探しに行かないとですね」

 

 失礼します、と前置きして、私はスマホを出して、音声検索をかけました。こういう時はつくづく便利な時代になったなあ、としみじみします。

 

 ソウゴ君の誕生日、4月28日にちなんだものは何があるでしょうか? お恥ずかしながら、私が知ってるのはサンフランシスコ講和条約と象の日がその日に当たるってくらいでして。

 

 まとめサイトが表示されました。どれどれ?

 誕生花に誕生石。へえ、イマドキは誕生星なんてものまであるんですねえ。え? 誕生虫に誕生すし? さ、さすがは記念日大好きな日本です。とりあえずカツオ寿司をお土産にすることは決定、と。

 

 誕生酒なるものもあるようですが、お酒は(現行法では)ハタチになってから。酒言葉の「いつも心の友を求める」はソウゴ君にピッタリではありますから、彼が20歳になるまでご縁が続いたら、その時に贈ることにしましょう。

 

「ウォズさん。未来の世界では、どんなふうにソウゴ君のお誕生日をお祝いしてたんですか?」

 

 と、参考意見を求める、何気ない質問のつもりだったのですが。

 

「――何も」

「何も?」

「何も、しなかったんだよ。我が魔王が華やいだ席を厭われたこともあるが、50年後の世界では、暦や四季は過去の遺物だった」

 

 暦は分かるとして、四季は気候ですよね。50年後の世界では、春夏秋冬がなくなっているのでしょうか。

 いくら時の王者であるオーマジオウでも、そこまでできるとは思いがたいです。純粋に、温暖化や産廃処理といった環境問題のツケがついに回ってきた、に一票です。

 

「ウォズさんから未来のソウゴ君に誕生日プレゼントを贈ったことは、一度もないということですか?」

「ああ」

「でしたらこの際、一緒にプレゼントを選んじゃいませんか? 費用は私が持ちますよ」

 

 これでも年上ですから。そのくらいの甲斐性はありますとも。

 

「王母の指南を賜れるのなら、喜んで」

 

 ウォズさんの了承も得ましたので、私たちは二人でお茶と甘味を完食してから、お店を出て街へくり出しました。




 物凄ーくオマケすれば、パッと見、デートに見えなくもない……かも?

 ポイント1。分岐2070年のソウゴは誕生日を祝われたがらなかった。
 これについては言わずもがなですな。魔王ソウゴはある意味、自分の存在を嫌悪してもおかしくないルートを行ったわけですから、誕生日おめでとうなんて言われたくはなかったでしょう。

 ポイント2。4月28日は象の日。
 作者の憶測ですが、劇場版電王の舞台となった過去がこの「象の日」に当たるのではないでしょうか?
 愛理さんそっくりのご先祖様が桜井さんそっくりのご先祖様と出会って野上一族が生まれたきっかけ、「日本で初めて象のお披露目があった日」。それが4/28だそうです。
 公式、狙ってます?


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Syndrome82 鬼は内、福笑い ②

 珍しく美都が事件に絡まないまま終わった回でした。

 リアタイの話。
 活動報告でも言いましたが、拙作でのアナザージオウⅡは飛流ではありません(`ФωФ') カッ


 車を走らせて市街地へ。

 地元で穴場のギフトショップに入ると、途端にウォズさんは落ち着かない様子で、店内をキョロキョロし始めました。

 50年後の未来では、こういうお店自体が廃れて久しかったでしょうから、ウォズさんにとっては物珍しいんでしょうね。

 

 さてさて。卓上小物に壁かけ装飾品、衣類、貴金属アクセサリー、お皿にコップ、タンブラー、アロマ、瓶詰植物。たくさん並んだ商品。どれにしましょうか? こうして見て回って悩むのもプレゼント選びの醍醐味です。

 

 ウォズさんはどうでしょう? おや、招き猫の貯金箱ですか。渋いですがいいチョイスです。

 試供品のコインをウォズさんが恐る恐る猫さんの頭に入れると、「ウニャ~」と招き猫が鳴きました。ウォズさんはびっくりして、招き猫貯金箱を手から滑り落としてしまいました。あわわ、キャッチキャッチ! ……セーフ。

 

「コホン……失礼」

「初めてですからこういうこともありますよ」

 

 ウォズさんの立つとこは、にゃんこグッズのコーナーのようです。

 あっ、このブランケットのデザイン、可愛いです。そっぽを向く黒猫を振り向かせようと三毛猫がちょっかいを出してるとこなんて、ソウゴ君とゲイツ君を彷彿とさせます。ここに白猫がもう一匹いたら完璧だったんですが。

 でも、さすがに高校を卒業したての男子ににゃんこは違いますかね?

 

 今度はアクセサリーのコーナーも見に行ってみましょう。

 

 腕時計もありましたが、実家が時計屋さんなのですから除外です。

 男子が身に着けると品については私も明るくありません。物色するとしたら、手堅くストラップやイヤホンジャックになりますが……

 

 これは――木製のキーホルダー。ジグソーパズルのピースが二つで、凸凹が噛み合うデザインです。片方を好きな相手に渡して、ってやつですね。

 私も学生の頃の若い時分には憧れましたねえ。彼氏が出来たらペアのガラケーストラップやコップや服でラブラブアピール。私もティーンズガールの例に漏れず実に恋愛脳(スイーツ)でした。

 

 決めました。ソウゴ君への誕生日プレゼントは、このジグソーピースにしましょう。重ねればぴったり噛み合うピースが二つ。大人になったソウゴ君が、巡り会った運命のひとと一緒に片割れを持つんです。まるでエンゲージリングのよう、に……

 

 私は、溜息を呑み込んで、そっと、ジグソーピースをガラスケースに戻しました。

 

 ――ひどい自意識過剰と倒錯趣味。

 

 危ないとこでした。そういう大切な品物は、ソウゴ君自身が選んで買わなくちゃいけません。叶わなかった青春の憧れを“生徒”に押しつけて舞い上がって、私ってば何てイタイ教師でしょう。

 大事なことを忘れるところでした。

 

 ――“教師(せんせい)”はそう呼んでくれる“生徒”がいてこそ成り立つ職業です。

 

 ウォズさんの時代のソウゴ君は、私をまるで偉大な教育者かのように言ってくれましたが、それだって“52年後のソウゴ君”という生徒いてこそです。

 ソウゴ君だけじゃありません。ゲイツ君もツクヨミさんも、私の教え子だった若者たちみんなが。彼らが私を“先生”にしてくれたんです。

 

 彼らがいるから、私になれた。

 何もかも逆。いつだって彼らのほうが私を導いてくれる。

 

 さあ、リトライしましょう。今度こそ、さっきウォズさんに言ったような、ソウゴ君に『生まれてきてくれてありがとう』の気持ちが伝わるプレゼントを選びましょう。

 

 

 

 

 

 私もウォズさんもそれぞれにプレゼントを無事買えました。

 

 私は自分の分のプレゼントをウォズさんにお預けしてソウゴ君に渡していただこうと思ったのですが、ウォズさんは用事があるとのことで行ってしまいました。

 

 せっかく今日がソウゴ君の誕生日当日なのです。ここはクジゴジ堂まで行って、順一郎さんに言付けましょう。

 ――という私の見込みは大変甘かったです。

 

 クジゴジ堂を訪ねて順一郎さんにお会いして用件を伝えると、ナイスタイミングとばかりに奥へと通されました。

 リビングはパーティーの飾り付けの真っ最中。ソウゴ君の誕生日祝いのサプライズ・パーティーの準備中とのことで、私はあれよあれよという間にお手伝いに駆り出されてしまいました。

 

 夕方に全速ダッシュで帰ってきたゲイツ君とツクヨミさんが、私がいることに驚いたことは言うまでもありませんよね?

 

 

 

 

 

 日が落ちて、窓の外は闇一色。お店もリビングも照明は切ってあります。

 

『ただいまー。あれ? 灯り点いてない……おじさーん?』

 

 暗い中を手探りでソウゴ君がリビングに入ったところで~、はい、スイッチオン!

 

『『ハッピーバースデー!!』』

 

 待ち構えていた順一郎さん、ツクヨミさん、ウォズさん、ゲイツ君が、ソウゴ君にクラッカーの紙吹雪を浴びせました。

 

「そっかぁ――! 忘れてた! 俺、今日、誕生日か~っ! えへへ」

「今日のウォズ、面白かったわよ。どうやって祝っていいか、ずーっと悩んでたんだから」

「ウォ~ズ~、それで元気なかったの~? このこの~っ!」

「ああ。だが有意義な一日だったとも。悩んでみて初めて気づけることもある。今日はそれを教えられた」

 

 ウォズさんはパーティーハットを外すと、ソウゴ君に向かって恭しく跪きました。

 

 順一郎さん、あんぐり。私は順一郎さんの肩にそっと手を置いて、人差し指を口の前に立てて苦笑しました。

 順一郎さんには訳の分からないことをウォズさんは言うでしょうが、今だけは何とぞ、気にしないであげてください。

 

「キミという人間が19年前の今日、この世に生まれてきたこと。そして19年目となる今日この日まで、健やかに育ってくれたこと。そして、まさにこの瞬間、キミがこうして生きているということ。それら全てに、私は感謝したい。ゆえにあえてこう言おう。――誕生日、()()()()()。我が魔王」

 

 さて、ソウゴ君のリアクションやいかに?

 って、あらら? ソウゴ君、両手で顔を覆っちゃいました。でも隠せてない両耳は真っ赤です。

 

「……ごめん、ウォズ。今の、すっごい効いた。いま俺、誰にも顔見せらんない」

 

 信じられない! あの常磐ソウゴ君が本気で照れています!

 

 からかったり訝しんだりと忙しないツクヨミさんとゲイツ君から、必死で逃げるソウゴ君。

 順一郎さんは天然でいらっしゃるのか、このタイミングで記念撮影を提案しますし。もうてんやわんやです。

 

 

 ――今日という一日が、ソウゴ君にとって少年時代の輝かしい一ページになりますように。

 

 

 

 

 

 パーティーがお開きになってから、俺とツクヨミは店主の食器片付けを手伝っていた。

 

 ソウゴだけはリビングのソファーで寛いでいる。今日の祝いの席の主役はソウゴなのだから、働かせるほうがおかしい。それくらいは俺も弁えている。

 

 だがな、ウォズ? お前は盛大に盛り上げた側だから手伝うべきだろうが!

 

「我が魔王。これを。王母から贈り物だ」

「あれ? 美都せんせーからのプレゼントなら、さっき貰ったよ?」

「プレゼントを選ぶ時に最初はこれを買おうとしたんだ。何故かやめてしまわれたが」

「それでウォズが代わりに買ったってこと? むー……」

 

 その据わりの悪い感、俺にも分かるぞ、ソウゴ。

 ウォズのそれは、端から見たら、キザったらしい男が好意を持つ女にアピールしているかのような行動だからな。

 

 とはいえソウゴは特段文句を言わず、ウォズから受け取ったクラフトペーパーの小袋を開封した。

 

 木製のジグソーピースが二片、ソウゴの手に転がり出た。

 

「パズルのピース……? あ、これ、ちゃんとくっつくようになってる! ペアなんだ。へえぇ、片っぽ誰にあげよーかなぁ。ツクヨミ、どう?」

「え゛!? べ、別にいい! 遠慮するわ!」

「何で顔赤いの?」

「何でもないから気にしないで!!」

 

 はあ……勝手にやってろ。

 こうして、今日の夜は普段より一段と騒がしく更けていった。




 ツクヨミはソウゴに恋愛感情があるわけじゃないですからね? ずーっと前の小夜の「ジオウの乙女(ラ=ピュセル)」発言のせいでオーバーリアクションになっちゃうだけです。
 しかしまあ、ここまで主人公どころか周囲のキャラの誰ともフラグ建たないヒロインも珍しいですなあ。シリーズ中、皆無ではなかったですけど。

 難産だった響鬼編がようやく終わりましたので、次はキバ編です。書きやすい分、盛り過ぎないよう逆に注意しているとこですね。
 カブト編も大枠をいじらず無難に進められそうです。

 ……一番きっついのは電王編ですよ。
 「過去編?」でも上げましたが、実はミトさんのほうは侑斗と顔見知りフラグを建ててあります。555/巧も含めて、そこは今まで書いてきた設定とは矛盾しませんが、この材料をどこまで調理するかの匙加減を目ん玉ひん剥いて計量中です。

 アナザージオウ再来編は、一言、美都せんせーにはキツイ展開になるとだけ。
 ですが、これまで美都せんせーが築いた人脈が活きる回でもありますので、作者的にはホクホクです。


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Syndrome83 魔王坊やと“小公女” ①

 “セーラ”といえば『小公女』のヒロインですよね? ――ね?(⌒∇⌒)ニコ


 唐突だが――俺たちが下宿しているクジゴジ堂の店主、常磐順一郎氏は料理好きである。

 その腕前たるや、時計職人でなければ、カフェか小さいレストランくらいは構えていてもおかしくない。

 あんな食事を毎食3回食って育ったんじゃ、高校在籍中のソウゴが意地でも学食に行かなかったのもしょうがないというものだ。

 

 その料理趣味の延長で、店主は先日、スイーツ作りに挑戦した。品目はアップルパイ。本人申告だと、作るのは生まれて初めて。その処女作の味見を俺たちにしてほしいとのことだ。

 ……別にウキウキなんかしてないからな。

 

 それで、だ!

 話は変わるが、店主謹製アップルパイの相伴に与れるのは、何も俺たちだけではない。具体的には、客が二人来ることになっている。

 

 店内のハト時計のいくつかが午後3時を告げる。

 時間ぴったりに、クジゴジ堂の暖簾を潜って客人たちは現れた。

 

「おじゃまします」

「お呼ばれしちゃいましたーっ。やっほー、先輩方」

 

 校外で「先輩」呼びするな。鳥肌が立つだろうが。

 とまあ、何のことはない。客とは、()()()()()()の織部美都と、対外的には“後輩”の門矢小夜である。

 

「お招きありがとうございます、常磐さん」

「いえいえいえっ。ウチのソウゴが大変お世話になりましたので、一度くらいはと思ってたんですよ~」

 

 ソウゴがそっぽを向いた。そのリアクションが何を意味するか、俺たち全員がもう知っている。

 ずばり、照れだ。

 誕生日パーティーでのウォズの“本気の祝福”によって、ソウゴは照れという感情への耐性を失くした。

 今だって、店主が「ウチの」を付けて名前を呼んだのが照れくさいのだ。それが証拠に、ほら、耳が赤い。

 

「こちら、つまらない物ですが。紅茶の詰め合わせです」

「これはご丁寧に。わざわざありがとうございます。そうだっ、さっそくこちら使わせてもらっていいですか? ダージリンはアップルパイに合う定番の紅茶だっていいますし」

「まあ、そうなんですか。あ、でしたら私に淹れさせていただけませんか? 台所をお借りしてもよろしければですが」

「どーぞどーぞ。ちょうどパイも焼き上がる頃合いですし」

「ありがとうございます。ではおじゃまします」

 

 

 ――程なくして、切り分けたアップルパイを載せた皿と、水出しのダージリンのグラスが、それぞれ人数分、運ばれてきた。

 

「「「いただきまーすっ」」」

 

 ソウゴとツクヨミと小夜がアップルパイにかぶりついた。

 

「ウマい!」

「うん、美味しい!」

「そこらのお店より断然イケる~!」

 

 三人ともが、はしゃいで店主を褒めそやした。ウォズに至っては、一切れ目を完食してないのに早くもおかわりを要求している。

 俺? もちろん旨いし今でもハイペースで食べ進めているぞ。口の中いっぱいに頬張ったからとっさに物が言えないだけだ。

 

 素手で食べてもいいのに、先生だけはフォークでアップルパイを切り分けてから、一口ずつ食べている。

 ……そういうしずしずとした所作を見せられると、途端に自分がガキくさく思えてならない。かといって今さらフォークを使い出すのも不自然だし。

 

「この甘酸っぱい感じ――何て言うか、そう、初恋の味!」

 

 危うく噴き出すところだった。

 初恋、とソウゴは言った。こいつ、俺と同い年のくせに恋愛経験があるのか!?

 

「意外~。ソウゴ君でも恋とかするんだ。ねえねえ、どんな人、どんな人っ?」

「分かってる、その質問、小夜ちゃんはほんっと分かってるねえ。あれは俺が小学生の時だった――」

 

 常磐ソウゴの、ある意味では魔王の初恋エピソード。聞いておけば万が一の際に弱味になる……のか?

 

「俺、公園で泣いてたんだ。友達がまだいない時期だったから、一人で遊んでたんだけど、膝を擦り剥いちゃって。そうしてたら、通りがかったセーラー服のおねーさんが絆創膏貼ってくれてさ、それから公園で一緒に遊んでくれたんだ。別れ際に、桜の下で『さようなら、可愛い坊や』って言いながら俺の顎の下を撫でてくれたんだ――」

「お前はネコか」

「……ドキドキしちゃいました」

「するのか!? 今の話のどこに!?」

「ゲイツ君はお子ちゃまだねえ。男のほうをネコにする女はハイスペックだよー? その証拠に~――美都さん、美都さん」

 

 小夜は先生に何やら耳打ち。ろくでもない内容だと分かるのに止める術が思いつかん!

 

 小悪魔ヅラの小夜が離れた時には、先生は顔を真っ赤にしていた。

 ――まずい。嫌な予感しかしない。おもに俺の身に降りかかるという意味で。

 

 先生は赤らんだ顔をそのままに椅子を立って、俺の至近距離に立った。

 

「し、失礼します……ね?」

 

 ほら見ろ俺に照準してる! いや断じて内心で喜んだりしてないからな!

 

 ……するり

 

 ぞく、と悪寒めいた熱が二の腕を走った。

 先生の指が、俺の顎の下に滑り込んだのだ。

 顎から喉仏にかけて、適度にさらりとした指が往復する。何度も、何度も。

 動き続ける指とは裏腹に、彼女の目線は、俺をじっと見つめて揺らがない。

 ――息が、できなくなりそうだ。

 

 

 ―――

 

 

 ―――――

 

 

 ―――――――

 

 

 

「はい! 終了~♪ さあて、ゲイツ君。オトナのお姉様にネコにされた気分はどうだった?」

 

 死ぬかと思った。精神的な意味で。

 答えることすらままならず、俺はテーブルに突っ伏した。

 

「ソウゴ君はここまで行かなかったみたいね。まあ、お相手さんがセーラー服の時点で、小学生のソウゴ君にやっちゃったら犯罪だもんねー」

「何でせめて中学生じゃなかったんだあの時の俺ーっ!!」

 

 わあっ、と俺とは別の意味でテーブルに突っ伏したソウゴ。

 どっちにしても犯罪臭くないか? という指摘は俺の胸に留めておいてやろう。

 

「ところでぇ。初恋未経験のツクヨミちゃんは置いといて」

「何で断定するのよ!」

「あるの? 初恋」

「……、……ない」

「で、言い直すけど、美都さんの初恋はどんな人だったの?」

 

 せっかく起き上がろうとしたのに二度目の沈没。轟沈だ。

 

「わ、私は逆にアリで断定ですか」

「この中じゃ最年長じゃない。一回か二回は男女のお付き合い、知ってそうだもん」

 

 先生は手元のダージリンのグラスに目線を落とした。遠くを想う、懐かしげな横顔。

 

 ――何だ? この、腹の底でとぐろを巻く感情は。不愉快だ。非常に面白くない。

 

「詩的に気取ると、私の初恋は“青いカブトムシ”でした」

「かぶとむし?」

「ってゆーと、普通、黒とか茶色だよね」

「一般的にはそうですね。でも私が初めて恋した男性を思い出そうとする時は、決まってそのイメージが湧き上がるんです。その人は青いカブトムシだった、って。小学校に上がる直前でしたので、記憶はあやふやです。その人の顔も思い出せないまま何年経ったか。もっと恋愛らしいちゃんとした思い出も、あるにはあるんですが、初めての恋ならその人だと言わないと、聞いてくれた人に不誠実ですから」

 

 断言する。門矢小夜は絶対、先生が言うような真剣な意味で尋ねたわけじゃない。ソウゴが出した話題を何気なく広げただけだ。その証拠に、当の小夜の笑顔は引き攣っている。

 

「ねえねえ、美都せんせー。恋愛らしい思い出もちゃんとあるってことは、せんせー、男の人と付き合ったことあるってこと?」

 

 ……何だと?

 

 先生は頬に片手を当てて小首を傾げた。

 

「お試しでいいから! と男性のほうから迫られて、勢いに負けてお付き合いしたことでしたら何回か。私のほうは、片想いで終わったり単に憧れだったりと、まあ、歳相応の経験値がある程度です」

「初カレの座は無理だったかー」

 

 ソウゴにウォズ、なぜに俺をチラ見する?

 

 そこでクジゴジ堂に来客があったので恋愛トークは終了となった。

 

 

 

 

 

 来客は久しぶりの時計修理の依頼を持ち込んだ。店主はエプロンを外して、足取り軽くカウンターに入った。

 客と店主のやりとりを聞くに、その客は弁護士らしい。ソウゴは初めて見る弁護士にはしゃいで、何かと話が盛り上がった。

 

 店主が客の弁護士から時計を預かり、引替証を渡した。弁護士は会釈してクジゴジ堂を出て行った。

 

 ここで不意に小夜が席を立って、カウンターへ小走り。

 

「これ、さっきのお客さんの忘れ物かしら」

 

 小夜が持ち上げたのは紳士用の帽子だ。そういえばあの弁護士、店に入った時には帽子を外して――

 

 門矢小夜が――何の前触れもなく、ふらついた。

 

 まずい! あのままだと受身が取れずに床にぶつかるぞ!

 一番近い席だった俺は、イスを立って倒れかけた小夜の体をキャッチした。

 

「ごめん。ありがと、ゲイツ君……参っちゃうなあ、ほんっと。ここんとこずっとこんな感じだよ」

「小夜ちゃん、大丈夫!?」

「具合が悪いの?」

 

 ソウゴとツクヨミも席を離れて小夜を囲んだ。

 

「まあ、そんなとこ……なのかな? “眼”のほうが、ちょっとね、ここ最近、持て余し気味」

 

 先生が店主に声をかけた。小夜をリビングのソファーで休ませてほしいと伝えている。

 それを聞いた店主は一も二もなく了承、ソファー周りを片付けるから、と住居スペースに引っ込んだ。

 

 先生は小夜に低く問うた。

 

「何が視えました?」

「さっきのお客さんが怪物に襲われるとこ……」

 

 俺たちは揃って顔を見合わせた。

 

「――それって、ビシュムの右眼で?」

「うん。封印用の地の石が耐久限度なのか、それともわたし自身がパワーアップしたかは分かんないけど。とにかくここんとこ()()()()()

「今の小夜さんは、意識して“視た”ものだけでなく、偶然触ったりぶつかったりしたものの過去や未来までランダムに視てしまう状態なんです。――ごめんなさい、小夜さん。そういう事態に備えて私が付き添ったのに……」

「美都さんが気に病むことじゃないわ。それよりみんな、さっきのお客さんを追って。アナザーライダーが狙ってる」




 よっしゃやっと入れたキバ編だーーーい(≧▽≦)!
 世間では何かとイロモノ扱いらしきキバ編ですが、だからこそ調理しがいがあるってもんです!
 ……調理しがいがあって長くなりすぎたんですけどそこは大目に見てつかあさいorz
 
 さて同志諸賢。今回のキーワードは「青いカブトムシ」です。
 仮面ライダーカブトは「赤いカブトムシ」、ガタックは「青いクワガタムシ」。どちらも美都の言う条件は満たしていません。つまり美都の初恋の相手は天道でも加賀美でもないことはここで立証されました。
 実はこれクロスオーバー予定だったんですが、カブト編が上手くまとまっていたのでクロスする余地がなくなったのでその名残だったりします(-_-;)


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Syndrome84 魔王坊やと“小公女” ②

 原作シナリオがやりたい放題だったので、作者もやりたい放題することにした。


 倒れた門矢小夜は、先生と店主に付き添われて、クジゴジ堂のリビングで休むことになった。

 そして、アナザーライダー出現予見を受けて、俺とソウゴは、小夜が言った現場に駆けつけた。

 

 

 駐車場を出たところの通路で、車の外に転がり出て怪人に襲われているのは、さっきの弁護士の客だ。

 

 俺とソウゴはジクウドライバーにジオウとゲイツのウォッチをセットしてからドライバーを装着し、逆時計回りに回した。

 

「「変身!!」」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  ZI-O 》

《 ライダー・タイム  カメンライダー  GEIZ 》

 

 まずはデフォルトアーマーで、俺がステンドグラスの意匠のアナザーライダーに攻撃した。その隙にジオウが弁護士を立たせて逃げるよう促した。

 

『何だ、お前たちは! 私はいずれこの世の女王となる身。跪け!』

 

 女の声だ。アナザーブレイドも変身者は栗原天音という女だったが、今回も同じく女がアナザーライダーとして契約したのか?

 

 アナザーライダーが指を鳴らすと、どこからともなく3体の怪人が出現した。蒼いオオカミ、紫の鈍器、黄緑色の河童をそれぞれモチーフにした怪人たちだ。

 

 ――ミトさんに習った知識を掘り起こす。

 複数の怪人を味方につけて闘った仮面ライダーは、電王、キバ、ゴースト、エグゼイド。

 敵の外見から、アナザーゴーストとアナザーエグゼイドは候補から除外できる。

 電王とキバの内、電王の味方怪人は3体以上だった。

 ならば、この女はアナザーキバだ!

 

 敵が複数だった場合の分担は決まっている。護衛の怪人をジオウと二人でいなしつつ、余裕が生じたほうがアナザーキバに攻撃を仕掛ける。それが俺とジオウのスタイルだ。

 

 だが、護衛怪人たちはそれぞれが、剣、ハンマー、銃に化けてアナザーキバの武装となり、俺たちを容赦なく斬り、殴り、撃ち抜いた。

 

 三種の攻撃に翻弄されて、柱に叩きつけられたジオウの変身が、強制解除される。

 

『ソウゴ!!』

 

 アナザーライダーがソウゴに歩み寄る。

 俺はジカンザックス・ゆみモードでアナザーキバを狙撃しようとしたが、その前に3体の怪物が消え、アナザーキバ自身もまた変身を解いた。

 中から出てきたのはやはり女。くっ、生身の人間相手に攻撃はできん――!

 

 歯噛みする間にも、女は悠然とソウゴに歩み寄った。

 その女は至近距離でソウゴの顎の下に指を滑り込ませて、妖艶な笑みを刷いた。

 

「可愛い子」

 

 ソウゴは愕然と女を見上げている。

 

 女が去った。

 ソウゴは立ち上がることさえなく、虚脱して座り込んでいた。

 

 

 

 

 

 私はクジゴジ堂でソウゴ君とゲイツ君の帰りを待たせてもらっていました。

 

 体調不良になった小夜さんですが、お父さんがお店まで迎えに来てくれました。私には今夜、もう一つ別件で約束が入っていまして、そこを気遣ってくれてのことでした。小夜さんも心得たもので、お父さんと一緒に我が家に一足先に帰って行きました。

 

 ソウゴ君とゲイツ君がクジゴジ堂に帰ってきたのは、ちょうど夕暮れ時でした。

 

「大丈夫でしたか?」

「うん、俺は平気……」

 

 ソウゴ君、歯切れが悪いです。もしくは上の空と言うべきでしょうか。

 私たちが何か声をかける前に、台所にいた順一郎さんが出てきて彼らを迎えました。

 

「おかえりー、ソウゴ君。あ、後輩の子だけど、おうちの人が迎えに来て、先に失礼しますって」

「小夜ちゃん……そっか。ありがと、おじさん。付いててくれて」

 

 ゲイツ君に視線をやってみましたが、気づいたゲイツ君も、心当たりがない、とばかりに肩を竦めました。

 

「いやあ、それにしても、二人とも暗くなる前に帰ってくれてよかったよ。なんでも殺人犯が脱獄したとかでさ」

 

 順一郎さんがリモコンを取ってリビングのテレビを点けました。

 

「世の中、物騒だよねえ。しばらく夜歩きとか控えるんだよ」

「うん……」

 

 順一郎さんが再び台所に戻られました。

 

《――昨夜、()()()()()()()()から囚人が脱走しました。脱走したのは北島祐子受刑者。女、28歳。警察は顔写真を公開し捜査を始めました》

 

 ソウゴ君がテレビに食いつきました。ディスプレイの枠を握って、脱獄犯の顔写真を凝視しています。私の見たことのないソウゴ君がそこにいました。

 

「彼女だ――!」

「え。もしかして、ええと、アナザーライダーが?」

 

 ソウゴ君は何度も勢いよく頷きました。

 

 それを聞いてツクヨミさんが迅速に動きました。情報端末のプレートで、ニュースの囚人が起こした事件に検索をかけました。

 

「見てっ。この裁判記録」

 

 ツクヨミさんが検索結果を私たちに見せました。

 

 ――北島祐子。罪状は、殺人。

 事件発生は、2015年ですか。確か仮面ライダーゴーストの天空寺タケルさんが闘ってらした年に当たるはずです。

 アナザーライダーの使い回しが利くことは、アナザージオウだった飛流君の件で実証済み。念のためソウゴ君に尋ねてみたところ、間違いなくアナザーゴースト()()()()()()とのこと……あらら?

 

 ふと、裁判記録の備考欄が、目に留まりました。――接見禁止処分、とありました。

 

「北島祐子は、自分を冤罪に追い込んだ人間たちを襲ってるんじゃないかしら」

「気持ちは分からないでもないよ。冤罪なんだから。――彼女はきっとやってない。だって、俺の初恋の人なんだから」

「またお前がネコだった頃の話か! どうでもいいな」

「良くない!」

「大体! お前のそんな幼い頃の記憶が宛てになるのか!?」

「ぐ。そりゃ、そうだけど……」

 

 ゲイツ君にもソウゴ君にも味方しがたい空気の中、私のショルダーバッグの中でスマホのスケジュールアラームが鳴りました。

 

「すみません。このあと、人と会う約束がありますので、私はこの辺りでお暇させていただきます」

 

 私は台所の順一郎さんに、アップルパイをご馳走になったお礼を申し上げてから、リビングを出ました。

 

 

 

 

 

 先生が帰ると言った時、俺はとっさに店を出る彼女を追った。

 たったさっき、店主が「夜歩きは控えて」と言ったように、殺人犯かもしれないアナザーキバが闊歩しているのだ。

 それと、「人と会う約束」の相手が誰か、好奇心を不快な方向に刺激されたこともあった。

 

 外へ出た先生はキーを取り出しながら愛車に向かった。

 ……そうだった。この人は立派に自力での移動手段を持ったオトナの女性だった。ここのとこ歩く姿が多かったから素で忘れていた。

 

「見送りですか? ありがとうございます。先生は大丈夫です。このあとの約束が済んだら家にまっすぐ帰ります」

「誰に会うんだ?」

 

 何気なく流れで尋ねたように聞こえていればいいんだが。

 

「ゲイツ君も知っていますよ。元3年G組の藤ヶ崎さんです。私に相談があるということでしたので、これから待ち合わせ場所の喫茶店に会いに行くんです」

 

 ()()()()()()の女子生徒との付き合いはツクヨミに集中していたが、俺でもなんとか思い出せた。

 ぶ厚いダテ眼鏡をかけた、地味な装いの女子が3Gにいたな。ソウゴがいつだったか「事情があって男子とは滅多に話さない子」とか言っていた。

 

 何にせよ卒業後に相談を持ち込むくらいだ。引き留めるべきではない。

 頭はきちんと考えているのに、口が勝手に話し続ける。

 

「アンタは今回のアナザーライダーについて、どう思った? ソウゴが言う通り、冤罪だと思うか?」

 

 単に判断材料が一つでも多く欲しいから、と言い切るには、未練がましいと自覚している。

 

 すると、先生は珍しく、温度の低い表情を浮かべた。

 

「彼女が冤罪かを解明すべきは、捜査機関と司法機関です。私から北島祐子の身の上に言及することはありません」

 

 少なからず驚いた。先生であれば有罪か無罪か、どちらなのか立場を明らかにした上で、理由を順序良く答えるものとばかり。

 

 先生は俺の胸中を察したらしく、苦笑した。

 

()()()は“最高最善の魔王”になるんです。恋愛感情で目を曇らせて民の処遇を甘くするなんて、魔王以前に人の上に立つ者としてアウトです。ですが今の彼にそう言ったって、頭でっかちなオバサンの小言にしか聞こえないでしょう。だから、言いません」

「傍観に徹するのか?」

「平たく言えば。ただ、今回はさほど心配してません。ソウゴ君であれば、いざという時は私の想像も及ばないやり方で解決してしまうでしょうから」

 

 先生の、常磐ソウゴという“生徒”への信頼がいかほどか、痛感させられた。

 だから、口を突いて出た言葉は、俺個人の卑屈さだ。

 

「もし俺がアイツの立場で、過去に恋した女だから無実に違いない、って言ったら。アンタはどうする? ソウゴと同じ“指導”を俺にもするのか?」

 

 一秒の硬直。二秒後に驚き。三秒目で、先生は俺を凝視した。

 

 2070年から現代に帰って来た直後、先生に抱き着いたソウゴを、先生は「もう卒業したから」という理由で振り解かなかった。

 

 じゃあ、俺は?

 

 俺の場合は退学だが、学生でなくなったという点ではソウゴと同じだ。

 だったら、俺だってアンタに触れてもいいはずだろう?

 

 先生が困惑げに持ち上げた腕。その手首を、掴んで、引っ張り寄せた。

 

 ぶつかる、互いの体。

 同じ生き物だと思えないくらい、柔らかくて弾力があった。

 

 触れ合った部分から、彼女の動揺が否応なく伝わった。――今さら何だ。昼間はそっちから俺にあんな挑発をしたじゃないか。そう、だから、これはその仕返しなんだ。

 

 先生の肩にかかったショルダーバッグの中で、LINEの着信音が大きく鳴った。

 俺も、先生も、跳ねるようにしてお互いから離れた。

 

「……藤ヶ崎さんを、待たせてしまってるみたい、ですね」

「その……引き留めて、悪かった」

「いいえ……アナザーライダーの件については、また話し合いましょう」

 

 先生は俺に背中を向けると、車に乗り込んで今度こそ去った。

 

「くそ――っ!」

 

 ――こんな体たらくじゃ、俺もソウゴのことは言えない。




 フラグ? 愛のある人には視える(by某なく頃にシリーズ)

 せっかくソウゴの恋愛絡みのEPだったので、我が家でも恋愛要素ちょい増しでお送りすると決めました。
 「藤ヶ崎さん」が誰かは次回で明らかになります(^_-)-☆ これも原作に登場している無名の脇キャラを失敬しました。
 ヒント→待ち合わせ場所が喫茶店

 そろそろマンホール回が来てしまう……書けるのか!? 作者のようなへっぽこに!!(戦慄


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Syndrome85 真実ほど人を魅了するものはないけど

 タイトルに続く歌詞が分かる方は、ただちに香川県に巡礼に行きましょう(`ФωФ’) カッ←無茶振り


 藤ヶ崎茜さん。去年までは私のクラスの生徒で、現在は法学部の大学生です。

 その藤ヶ崎さんから相談を受けて、私はここ、『亜露麻』という喫茶店に伺いました。

 

 珈琲専門店との触れ込みだと藤ヶ崎さんからは聞いてましたが、上品にコーヒーを味わうブルジョアとはお世辞にも言えない客層です。

 

「いらっしゃいませー……美都せんせー! 本当に来てくれたんだ」

 

 生徒が困っていれば地球の裏だろうが先生は駆けつけますよ。それが私のクラスを巣立って2か月しか経たない女子とあれば尚の事です。

 

 と、立ち話もそこそこに。私は話しやすいよう、藤ヶ崎さんの正面カウンター席に座ろうとしました。

 ですが、当の藤ヶ崎さんから止められました。

 

「例の常連さんね、わたしの正面が指定席になりつつあって」

 

 なるほど。そういう事情でしたらば。

 私はコーナーカウンターの一番奥に座ることにしました。ここなら藤ヶ崎さんも含めて店内を一望できます。

 

 

 ――藤ヶ崎さんの相談とは、「バイト先の常連さんが、わたし目当てで店に来てるの。結構変わったことを言うヒトなんだけど先生はどう思う?」でした。

 藤ヶ崎さんが聞いた“常連さん”の発言だけでは判断しがたいので、実況見分をしたい、と私は返信しました。

 

 今までの教職人生で、生徒の相談にここまで踏み込んだ対応をするの、実は初めてです。

 私だって関わるべき境界線は弁えていますから、本当ならここまでしてはいけないことも自覚しています。今回はレアケースです。ちゃんと理由あってのことですので悪しからずご了承ください。

 

 

 店のドアベルが鳴りました。

 

「いらっしゃいませ」

 

 入って来た男性を見て、一番に私が感じたのは、怯えでした。

 犯罪者や変質者に抱くよりもっと原始的。喩えるなら、動物園を脱走した猛獣を前にしたらこんな気分だろうと思います。

 

 男性は藤ヶ崎さんの正面のカウンターチェアに座りました。あれが例の“常連さん”ですね。

 

 “常連さん”は注文を言いません。ですが藤ヶ崎さんは棚からカップを出してコーヒーを注いで、カップを男性客の前に置きました。

 

 ――はい、このお店に減点7。バイトである藤ヶ崎さんに“困ったお客”の接客を丸投げにした時点で情状酌量はしません。

 今後、このお店でバイトしたいと光ヶ森高の生徒が申請したら、事前に忠告しましょう。心の隅にメモしましたよ。教師とはこういう時でもお仕事しているのです。

 

「昔ここでは世界一美味いコーヒーが飲めた。だが、経営者が変わった悲劇。今では世界一不味いコーヒーになった」

 

 にしてもジャブから強烈ですね! そして不味いと罵倒しておきながらしっかり香りまで味わって飲んでますね!?

 

「その割にはよく来てくださいますよね」

 

 対する藤ヶ崎さん、完全に慣れきった対応です。不愉快さをおくびにも出しません。

 

 おもむろに“常連さん”が藤ヶ崎さんの手を取りました。取るに留まらず撫で回しています。

 

「君が目当てさ。もうすぐ世界が終わる。それまではなるべく、美しいモノを見ていたい」

「終わる? 世界が?」

 

 “常連さん”に答えながら、藤ヶ崎さんは私にアイコンタクト。

 

 ――去年の2学期までなら、私の生徒に妙なことを吹き込まないでください、と“常連さん”を怒鳴りつけていたでしょう。

 ですが、2018年9月から今日までの9か月余りが、世界存亡問題の満漢全席だったんです。おかげでその手の話を持ち出す人を一蹴できなくなってしまいました。

 

 藤ヶ崎さんの相談に対して現場に立ち会いたいと申し出たのは、それが最大の理由でした。

 あ。それと、仮に世界の終わりとやらが本当でしたら、“常連さん”の審美眼には拍手を贈ります。藤ヶ崎茜さんは間違いなく美少女ですから。

 

「ああ、視たんだ。昔、時の扉を開けた時、未来のビジョンを――」

 

 未来のビジョンを、視た?

 それってまるで、ジオウⅡウォッチを使えるようになってからのソウゴ君のようです。

 

「いいや、気にしないでくれ。はぐれ狼の戯言だ」

 

 それっきり“常連さん”はトークを絶やしました。

 

 “常連さん”はブレンドコーヒーを飲み干し、代金を置いてお店を出て行きました。

 

「ありがとうございましたー」

 

 藤ヶ崎さんは営業スマイルで“常連さん”を見送ってのち、真顔に戻って俊敏に私の前に来ました。

 

「ねっ、ねっ、どうだった?」

 

 あの男性について、今すぐ言えることは一つだけです。

 

「藤ヶ崎さん目当てという点は100%本心でしょう」

「あーあ。ここ、バイト代よかったのになあ」

 

 空かさずこのお店のアルバイトを辞める算段を始めるとこは、藤ヶ崎さんらしいです。彼女のトラブル回避力の高さは、3年G組の頃から目を瞠るものがありましたから。

 

 でも同時に、知っているのです。藤ヶ崎さんの処世術は、小中時代の彼女の愛らしさに惹かれた男子や周辺女子との荒んだ青春によって身につけざるをえなかったものです。

 

 あの“常連さん”も、藤ヶ崎さんをターゲットにしたのは彼女の顔がいいから? もしそうだとしたら……悲しいです。藤ヶ崎さんの顔以外の長所を、進路指導をする中でたくさん発掘してきた先生としてはよけいに。

 

「他の世界が終わる云々については何とも言えませんが……」

 

 仮に“常連さん”の発言が真実なら、いずれソウゴ君たちと共にあの男性とぶつかる日が来るでしょう。世界の行く末を巡って、いつかどこかで。

 

 ですから私が藤ヶ崎さんにするアドバイスは、そうでなかった場合。

 あれらの発言が口説き文句に過ぎない、または何かしら危ない思想の人物であるという可能性の示唆と注意喚起だけです。

 

 とはいえ私の第一声で、すでにバイトを辞める旨を、今まさに雇用主に申告している藤ヶ崎さんです。これ以上は先生が言わなくてもいいかもしれませんね、はい。

 

 藤ヶ崎さんは今までのアルバイトで不当な労働を強いられた記録を、接客内容を細かく控えた業務日誌と、“常連さん”の来客に当たっての注文伝票控えといった物的証拠を、雇用主に畳みかけるように突きつけて、穏便にバイトを辞める方向へ持ち込みました。

 将来は弁護士志望の藤ヶ崎茜さん、大学生ながらにしてすでに頭角を現しています。

 

 藤ヶ崎さんは辞職をもぎ取って笑顔でバックヤードに引っ込みました。

 ご褒美に先生が家まで車で送って行ってあげましょう。夜が物騒なご時勢になったことですし、ね。

 

 ついでに、法学生の藤ヶ崎さんなら分かるかもしれませんから、尋ねてみましょう。

 

 ――北島祐子の脱獄ニュースと裁判記録で、それぞれ気になった二点。

 「接見禁止処分」と「八王子医療刑務所」というキーワードについて。




 藤ヶ崎茜さんは、次郎がコーヒーを飲む時に接客をしていたウェイトレスさんでした。しかも手を取って撫で回されたりもしましたね。
 はい。この子も元3G、つまりソウゴたちのクラスメートだったことにしちゃいました。
 脇キャラから攻める。それが、あんだるしあ流(`ФωФ') カッ

 リアタイの話。
 映画の情報が続々と入ってきてツライ。
 「クォーツァー」というのは歌詞の造語であり、キーワードになるだろうと3話の頃から目をつけていましたが、映画版まで持ち越されるとは思いませんでした。長かった…orz
 「クォーツ」と「クォーター」を合わせた造語らしいですね。
 壊れやすい繊細なクォーツ時計と、曲名は「Over=乗り越える」。つまり傷ついても困難を乗り越えて再起するキャラたちを意味するんだと漠然と思っていました。
 何よりドライブ編です! 竹○さーん! 出てくださると信じてまーす!( ゚Д゚)

 拙作で決まっているのは、ミトさんが現代組の中にパーティ参加するという一点のみ。
 どう参加するかは自分も劇場版正座待機です。


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Syndrome86 しばらくお休み、ナイチンゲール

 ナイチンゲール=ナハティガル=小夜啼鳥。


 ――じくじく。じくじく。

 

(ムカつく)

 

 オーラは足下に転がったマンホールの蓋を力いっぱい踏みつけ、ヒールで執拗に抉った。そんなひ弱な行為で鉄の塊に傷がつくでもないのに。

 

 ――じくじく。じくじく……じゅくじゅく、じりじり。

 

(ムカつく、ムカつく、ムカつくッ!)

 

 所感を言葉にすればチープでも、情念はもはや殺意の域にあった。

 

 転がるマンホールを投げて、オーラの顔に一条の切り傷をつけた女を想い起すだけで、腸が煮えくり返る。

 

 

 “お前は私の下僕に過ぎん。弁えろ”

 

 “お前はただの使いっ走りだ”

 

 

(この世から消してやりたい! 殺してやりたいッ!)

 

 今すぐ北島祐子からアナザーキバウォッチを摘出して、牢獄に逆戻りさせてやる。否。檻の中などあの女には生ぬるい。いっそオーラ自身の手で引導を渡してやる。

 

 結論を出したオーラはすぐさま北島祐子を追った。

 

 が、その途上で邪魔が入った。

 

「その顔の傷、どうしたの?」

 

 ……出た。

 自分たちタイムジャッカーと同等の神出鬼没で、いつもおどけてふざけた、オーラの神経を逆撫でするスペシャリスト。大神官ビシュム、門矢小夜だった。

 

「アンタには関係ない」

「むぅ……いつもなら意地張ってかわいいんだから、で済ませるとこなんだけど」

 

 オーラが訝しんだ直後、門矢小夜はオーラと密着する寸前まで距離を詰めていた。

 とっさに身構えたオーラに小夜は手を伸ばし――

 

 ぺしゃっ

 

 左の頬に出来た傷に何かを貼りつけた。

 

「……何コレ」

「絆創膏。かさぶたになったら痒くなって引っ掻きたくなるでしょ? でもそれやったらマニュキュアの成分で変に膿んで痕になっちゃうじゃない?」

「恩着せがましい」

「剥がしたいならご自由に。わたしがやりたかっただけだから」

 

 小夜がオーラから身を引いたところで、オーラは気づきたくもないのに気づいてしまった。

 

「アンタ、眼帯はどうしたのよ。アンタの力って眼帯の地の石頼りじゃなかった?」

 

 言って、オーラはしくじった、と自分の額を叩きたくなった。これではまるでオーラが小夜の心配をしているようではないか。

 

「着けててもそろそろ意味が無くなってきたから」

「何ソレ」

「別にオーラちゃんの過去も未来も、覗く気はないから安心して。そ・れ・よ・り♪ 小夜、オーラちゃんにお願いがあって来たんだ~」

「聞くだけ聞いてあげる」

 

 叶えてはあげないけど。オーラは胸中で小夜を嘲笑いながら答えた。

 

「仮面ライダーキバのライドウォッチを作りたいの。手伝って!」

 

 訂正。叶えるわけにはいかない。

 小夜がどんなデタラメな抜け道を考えているか知らないが、オリジナルのライドウォッチはアナザーライダーを唯一斃す力だ。敵である門矢小夜に渡す義理はない。

 

(ん? ライドウォッチを? まさかこの女、ウォッチの元になる仮面ライダーキバの力は入手済みだなんて言い出さないでしょうね!?)

 

 門矢小夜なら、ありうる。今日までの彼女を見てきてのオーラの偽りない心証である。

 タイムジャッカーとしてはとても対処に困る事態だ――が。

 

「いいわよ」

「ほんとっ!? やったー!」

 

 擁立したオーラが言っては世話がないが、北島祐子は気に食わない。普段からオーラを何かと苛立たせる門矢小夜よりもっと気に食わない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()アナザーライダーはまだ5人も残っているし――オーラの溜飲が下がるまで北島祐子を痛めつけられるのであれば、アナザーライダーの一人程度、切り捨ててやろうではないか。

 

「具体的にはどうすんの?」

「うんっ。“キバの鎧”というか、ほぼ同じ力はこっちで調達済みなんだ。オーラちゃんにはそれを元にウォッチに生成してほしいの」

 

 本当に入手済みだった。どこまで底知れない詐称16歳だ。

 

「キバーラ!」

 

 

 ―――――――何も、来ない。

 

 

「あれ?」

「小夜」

 

 ギクゥ! と。日頃の彼女のイメージからは信じがたいほど、門矢小夜は大きく肩を跳ね上げた。

 彼女は、ぎ、ぎ、ぎ、と後ろを顧みた。

 

「士お兄ちゃん……」

「げ」

「どこまで掻き回そうが黙認するつもりでいたが、キバーラを巻き込むなら話は別だ」

『ごっめーん、小夜ちゃ~ん。この通り士くんが激おこだったからぁ』

「キバーラの裏切り者~~!!」

 

 わあっ、と小夜はわざとらしい号泣ポーズ。

 

 小夜が宛て込んでいたキバの力とは、門矢士が捕まえている小さな白コウモリらしい。一見する限りではおそらく仮面ライダーキバの相棒・キバットバットⅢ世ゆかりの存在だろうが、キバからディケイドに“世代交代”した当時の情報は少ないため判断はつかない。

 

「キバーラの鎧を着ていいのは()()()=()()()()()だけだ」

「む」

「反省しろ」

「…………」

 

 謝らない妹を見て、士は肩を竦めた。今の二人の光景だけを切り取れば、親代わりの兄がうら若い妹を叱っているホームドラマだ。とてもレジェンドライダーの一角と異能持ちの会話には見えまい。

 

『士く~ん。アタシもぉいいの~?』

「ああ。先に帰ってろ。俺も近い内に顔を出す、ってじーさんに伝えといてくれ」

『アラ珍しい風の吹き回し。栄ちゃん喜ぶわぁ。それじゃ、おっ先~』

 

 白コウモリが飛び去った。

 

 ……今までの前振りは何だったの、と全力でツッコみたいオーラである。

 

「ところで小夜。お前、今、体の具合はどうだ?」

「い、いきなり何さ」

「とぼけるな。昨日ぶっ倒れたのは聞いた。しかも今は眼帯も外してる。キバーラを探し出すためとはいえ、両眼とも使い過ぎだ。もうそろそろ限界が来ておかしくないと思ったから、わざわざ迎えに来たんだろうが」

「平気だもんっ! 小夜だって着実にパワーアップしてるんだから。お兄ちゃんに心配されることなんて一つ、も……」

 

 強がった口ぶりとは裏腹に、小夜は弱まる語尾に被せるように足を縺れさせた。明らかに意識を飛ばす前兆だ。

 

 体を傾けた小夜。たまたま倒れた先にはオーラが立っていたため、オーラは小夜の体にぶつかって、諸共に地面に尻餅を突いた。何という損な役回りだ。

 

「やっぱりな。――悪いな。妹はこっちで引き取る。立てるか?」

「アンタに心配されるほど落ちぶれちゃいない」

 

 士は掴み所のない笑みを刷いて、しゃがむと、倒れ伏した小夜を抱え起こした。

 

 オーラの目からしても、小夜の顔色は青い。

 

「……もしかしてアンタが前に言ってた“計画”って、その妹を助けるとかだったりする?」

「そっちは別件だ。小夜がこの世界に来ること自体、俺には想定外だったんだ。しかも、もう一つの封印具を失くしてると来た」

 

 士は小夜を横抱きにして立ち上がった。

 

「悪いが俺はしばらく戦線離脱だ。一度、大ショッカー基地に戻る。俺が帰るまでせいぜい上手く立ち回ってくれ」

「はあ? アンタいきなり何言、って……大ショッカー!?」

 

 オーラでさえ知っている。仮面ライダーが正義の代名詞ならば、大ショッカーは悪と闇の総本山だ。オーマジオウとは異なる“魔”が跋扈する、地獄の釜だ。

 そんな場所に、“仮面ライダー”を冠するこの男が「戻る」と言った。

 

「正気?」

「俺たち兄妹にとっては帰省感覚だ。何だ、心配してくれるのか?」

「ええ、心配ね。帰ってきたアンタたちが悪堕ちしてて、ワタシたちの障害にならないかって意味で」

「そいつはまた頼もしいことで」

 

 士は小夜を抱えたまま、降りてきた灰色のオーロラを潜って消えた。

 本当にどこまでも分からない兄妹だ。

 

 そこでオーラは気づいた。気づきたくもないのに気づいてしまった。

 小夜が絆創膏を貼った顔の切り傷が、全く痛くない。

 

 オーラは絆創膏を剥がして切り傷――があった位置を指でなぞった。そこには切り傷など跡形もなかった。



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Syndrome87 ジュピターS1より入電

 リアタイの話。
 飛流君改心回の制作求む。あれは、酷い。


 今日も変わらず、私は日本史Aの授業をつつがなく終えて、職員室に帰ってきました。その前は一コマ挟んで日本史Bでした。

 ここのとこ仮面ライダー関係で授業に穴を空けることが多かったので、普段の4割増し忙しいこの頃です。

 いえ、振り替え授業をすることは自業自得なのでいいのです。振り替え授業になることは事前に生徒にお知らせしてますが、それでも普段通りの教科書で登校した生徒がゼロではありませんから、私の都合で割を食わせて生徒にすまなく思うのです。

 

 プルルルル。プルルルル。

 

「もしもし。光ヶ森高校です」

《1年G組担任の織部先生と話したいんだが》

 

 この声は、もしかして。

 

「私が織部です。……門矢士さんですか?」

《よく俺だと分かったな》

 

 保護者面談で話したあとでしたら、ある程度はどの生徒の保護者さんか覚えるという特技がある織部美都、今年で教職5年目です。

 

《まあいい。今日、妹は休みだ。体調を崩したから、俺のほうで面倒見る》

「小夜さんが、ですか。――分かりました。ゆっくり休んで治してください」

 

 私もそう鈍くはないつもりです。小夜さんは実際に私の前で倒れたんです。あれが特別な症状なのは承知しています。そして、少なくとも士さんのほうが、私やお父さんより正確に処置できるでしょう。

 

「お大事に。士さんもご無理はなさいませんよう」

《ああ。それじゃ》

 

 電話が相手側から切られました。私は受話器を固定電話に戻しました。

 

 次の授業までに、少しでもデスクワークを減らしておきましょう。机に積まれたプリントや郵便物をチェックします。

 FAXは、全て教材案内ですね。あとから見ても大丈夫、と。郵便はひのふのみの……あれ? 一つだけ、消印どころか切手もない封筒があります。「織部美都様」とあるので私宛てなのでしょうが。裏返して差出人を読むと――懐かしい名前でした。“おじさま方”の一人です。

 

 力を加減して封を破かず開けて、中身をざっと拝読。

 

 

 ――――どうしましょう。

 大変なことが、いっぱい書いてあります。

 

 

 ここが職員室でなければ、私は大声を上げていたでしょう。いえ、内心では今からでも叫びたいくらいパニクってるんですがっ。

 

 一人あたふたしていた私の頭に、昨夜の出来事が蘇りました。もうすぐ世界が終わる、と藤ヶ崎さんに語った“常連さん”――

 

 

 窓の外を、炎が走った。

 

 

 気づいた何人かの先生方と一緒に、私も外向きの窓に大股で歩いて行って、炎の正体を見ました。

 隕石、でした。燃えながら徐々に落下して、山に激突、めり込んで止まりました。

 

 現実離れしたシーンはたくさん見たのに、ショックを受けている私がいる。

 

 ――行かなきゃ。

 

 窓際に集まった先生たちに背中を向けて、自分のデスクからショルダーバッグを回収。例の手紙もバッグの中に入れます。

 職員室を出る前に、自分の名札欄に「休」の赤いマグネットを貼って、いざ現場に急行です。

 

 

 

 

 

 アナザーキバとの戦闘中に落下した隕石を追って、俺とソウゴは落下地点となった山に急いだ。

 

 現場は酷い有様だった。隕石の衝撃が山肌を半ば削ぎ落として、あちこちで火の手が上がっている。人がいなかったのが不幸中の幸いか。

 

 駆けつけたのは俺たちだけじゃなかった。ツクヨミとウォズ、果てはタイムジャッカーのウールとオーラまで。

 全員が、この隕石が只ならぬモノだと感じている。

 

「――生きてる」

 

 隕石が内側から割れた。

 内側には、二足歩行のヒト型の“何か”がいた。

 

『仮面ライダー――ギンガ』

 

 仮面ライダー、だと? ギンガなんてライダー、俺は見たことも聞いたこともない。シノビやクイズ、キカイのように異なる歴史の未来ライダーか?

 

 仮面ライダーギンガは浮遊を保ったままゆっくりと着地すると、両手で象った極彩色のエネルギーボールを俺たちに放った。

 

 連続爆発。

 熱気と衝撃波で、その場にいた者全員がまとめて吹き飛ばされた。

 

 とっさに変身するだけの隙がなかった。いや、変身できていても、ダメージは大差なかったか。規格外の破壊力だ。

 

『静まれ!』

 

 高い位置の岩で、アナザーキバが仁王立ちしている。

 

『私はこの世を統べる唯一の法律』

『私は宇宙のモノ。この地球(せかい)の法は通用しない。全宇宙を束ねる絶対の法はただ一つ』

 

 ギンガは両手で極彩色のエネルギーボールを形成し、それをアナザーキバに無造作に放った。

 

『うああああああああ!?』

「祐子さん!?」

 

 アナザーキバの下へ走ろうとしたソウゴを強引に引っ張り戻した。

 他者の心配はソウゴの美徳だが、今はお前だって絶体絶命なんだぞ。

 

 ソウゴはジオウウォッチとトリニティウォッチを両手で取り出した。

 

「みんな、行くよ! 変身!」

《 ZI-O  “Trinity” 》

 

 いや待て緊急事態だしトリニティウォッチ使用は妥当だがせめて変身前に俺たちに許可を取れ! 割と気分悪いんだぞ合体前の変形!

 

《 ZI-O・GEIZ・WOZ  カメンライダー  ZI-O “Trinity” 》

 

 文句を連ねようが結局はこうなるわけかっ!

 

『全てのモノは滅びゆく』

 

 ひとまずの主導権はソウゴが握った。ジオウ・トリニティはギンガに向かって走った。

 右ストレート。アッパー、ストレート、スピン、ラッシュ。次々と打撃をくり出すが、どれもギンガに入る前に不可視のクッションに阻まれた。

 

 ギンガは返す手で、同じ不可視のショックをジオウ・トリニティのどてっ腹に叩き込み、こちらを大きく後退させた。

 

 トリニティアーマー最大の短所が、これだ。攻撃を受けた時、俺とソウゴとウォズの3人ともが同時にダメージを食らう。

 動かしてる人間が3人いようが、痛みは分散されないし、主導権を握った一人のみが傷つくでもない。要はハイリターンハイリスクなのだ。

 

 だとしても、ギンガの防御は異様だ。物理的に止められた、あるいは弾き返された手応えじゃなかった。一瞬だけ泥沼に手足を掴み取られて抜けなくなる、そんな得体の知れない感触だ。

 

 思い浮かぶ反撃は二手。リバイブ・疾風で加速してギンガの謎防御を掻い潜る。ジオウⅡのサイキョーギレードで謎防御をぶった斬って諸共本体も両断。――トリニティアーマーなら後者の一手のほうが有効、か?

 

『それが唯一絶対の法!』

 

 っ、まずい! 来る、あの極彩色のエネルギーボール……!

 

 真っ先に動いたのは、ジオウ。

 

『かっとばせーっ!』

 

 ジオウがサイキョーギレードを左脇に撓めて構え、エネルギーボールを刀身で受けた。

 受けた上で、まるで野球バッドみたく、エネルギーボールを右上に向けて勢いのまま()()()()

 エネルギーボールは虚空で派手に爆発した。

 

『っしゃあ! 上手く行った!』

『さすがは我が魔王。しかし根本の解決になっていない』

『うん、知ってる! あとウォズのそーゆーズケズケした言い方、割と好き!』

 

 軽くヤケ入ってるな、ソウゴ。そして場を選んで発言しろ。いや断じて、俺には言ったことないくせに、とか思ったわけではなくだな!?

 

 

 パッパー!! プアーーーーー!!

 

 

 ……クラクション?

 

 首を傾げた直後、一台の軽自動車が現場に飛び込んでドリフトブレーキ。

 

「皆さん!!」

 

 なっ――んで、よりによって未知の強敵との交戦中に、先生が来るんだ!!

 

「そのライダーのエネルギー源は太陽光です! 日の差さない土の下深くに閉じ込めてください!!」

 

 何故かを問う余裕はない。勝ち筋が無い現状、蜘蛛の糸でも縋るしかない。

 

『ソウゴ!! トリニティを解除しろ!』

『何するつもり!?』

『説明はあとでする! 急げ!』

『――よし。頼んだからな、ゲイツ!』

 

 ジオウ・トリニティと分離した俺は、自分のタイムマジーンを呼んで、ゲンムウォッチをバックルにセットした。

 

《 アーマー・タイム  GENMU 》

 

 ゲンムアーマーに換装して、飛んできたタイムマジーンにジャンプして乗り込んだ。

 

 ゲンムアーマーでの搭乗時、タイムマジーンに追加装備されるスキル“ドカンゲート”を発動。狙いは仮面ライダーギンガの頭上と足下。

 

『消えろぉッ!』

 

 上下から現れたドカンゲートの中にギンガを閉じ込めて、この山の土中深くへ転送。

 ゲートを消すと、ギンガは姿を消していた。

 

 コクピットの中で一人、長く息を吐いた。どうにかワープ成功だ。今思いつく手はこれくらいしかない。

 

 俺はタイムマジーンを降りて変身を解除した。

 

 ソウゴもウォズも同じく変身解除済み。

 先生は、煤で汚れたツクヨミを助け起こしながら、溜息をついている。

 ――聞かせてもらわないといけない。あの仮面ライダーギンガをなぜ知っていたか。

 

「ツクヨミ! 大丈夫!?」

「なんとか無事……ソウゴは?」

「ギリギリアウトって感じ。はぁ~」

 

 ソウゴもウォズも肩の力が抜けたと言わんばかりにその場にへたり込んだ。俺も仲間入りしたわけだが。

 

「ところで美都せんせー、何で知ってたの? あのギンガとかいうライダーのこと」

「教えてくださった方がいたんです。その方が調べた限りでも、仮面ライダーギンガは正体不明で、分かるのはスペックだけってことでしたけど」

「え、だれだれっ?」

「沖一也さん。仮面ライダースーパー1だった方です」

 

 本人が来なくてよかった。俺は心からそう思った。南光太郎と神敬介でその手のショックはたらふく浴びたから、これ以上は勘弁してほしいのだ。

 

「手紙が届いたのは本当についさっきでした。ギンガの設計や搭載機能について詳しく書いてありました。太陽光を遮ると一時停止するというのも、沖のおじさまの手紙に書いてあったことです」

 

 先生はショルダーバッグから無地の便箋を取り出した。確かに差出人に「沖一也」と手書きしてある。

 

「ねえ、ウォズ。スーパー1っていつの仮面ライダー?」

「西暦1980年。今から39年前に闘っていた、昭和(グレートダッド)ライダーの一角だ。Xの神敬介よりあと、BLACKとRXの南光太郎よりはだいぶ前だね。ライダー史では“宇宙ライダーの祖”と語られることもある」

 

 スーパー1はもともと惑星開発用のサイボーグとして誕生した。その技術が当時の暗黒結社ドグマに目をつけられ、緊急避難的に仮面ライダーに変身し、使命を帯びた。少なくともミトさんはそう言っていた。

 

「沖のおじさまも……南のおじさまや神のおじさまと同じ、父と私を援助してくださったお一人です。今は遠くにいますが、その“遠く”から届いた一報です。何が何でも伝えなくちゃ、って」

 

 そこまで言って、先生の(おもて)が低温を呈した。

 

「君たちはもちろん、タイムジャッカーの皆さんにも」

 

 ツクヨミと先生を背中に庇ったソウゴ、身構えた俺とウォズ。

 

 誰あらぬ先生の車の陰から、最初からいたウールとオーラに加えて、スウォルツまでもが現れた。

 

「あえて詳細を語らない言い回しだとは思ったが、確信犯か。王母織部ともなると魔性も格が違う」

 

 ニヒルに笑うスウォルツ。

 確かこういう時、3Gのクラスメート連中は何て言えといったんだったか――思い出した。「殴りたい、この笑顔」だ。

 

「それで? 我々とも情報共有すべきだというようなことを言った気がするが、狙いは何だ?」

「狙いというほど邪な腹積もりはありません。――そちらにはウール君とオーラさんがいます。見た限りですが、どちらも未成年ですよね? 日頃教えている生徒たちと同じ年頃の子たちが危険だと分かっていて見過ごせるほど、私は身贔屓じゃないんです。情報共有の理由なんてそれだけです」

 

 俺たちのみならずタイムジャッカーたちも呆気に取られる中で、先生は平然と「読み上げます」と前置きして手紙を音読した。授業中に教科書を読む時と大差ないトーンだ。

 

「――、以上です。質問があっても私には、ここに書いてある以外のことはお答えできません。そこは、すみません」




 スーパー1の視聴と裏取りに時間を取られて遅れました。どうも、あんだるしあです。
 ご本人様登場も考えたのですが、わちゃわちゃするので中止しました。あくまでこのお話は「初恋」がテーマですからね。タイトルで匂わす程度に留めました。

 そして同志諸兄、おわかりいただけただろうか?
 オーラは前回、小夜の絆創膏パワー(?)で顔の傷が治っています。よって、ゲイツ視点の始まりでのアナザーキバとの交戦で、オーラが登場した描写はありません。
 バタフライがエフェクトの仕事を始めました(`ФωФ') カッ


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Syndrome88 真実ほど人に残酷なものもないのだろう

 文字数め…!orz


 仮面ライダーギンガは敵にも味方にも利さない純然たる“邪魔者”である。

 

 私が沖一也おじさまの手紙を読み上げてから、こちら側とタイムジャッカーの見解は一致を見ました。

 こちら側は猜疑を抱いたまま、あちら側は腹に一物抱えたまま、一時的に共同戦線を張ることになりました。

 

 私たちみんなで束になったからといって、すぐに逆転できると決まったわけじゃありません。戦力増強のためにアナザーキバもこちらに引き入れる。スウォルツさんはそう言いました。

 

 そうして、私にとっては初対面のアナザーキバ――北島祐子を市街地で発見するに至ったのですが……

 

 結果を先に述べます。勧誘は失敗しました。

 それというのも、そもそも話にならなかったんですよね。

 

 最初はね、スウォルツさんがおべっか役を買って出てくださったおかげで、北島祐子は上機嫌に協力を承諾しましたよ。問題は協力する条件でした。

 

「全員! 私の前で跪け!」

 

 お断りします――と即答するのを我慢した私を褒めてください。天国のお母さん。

 

 ここで言いなりになってもろくな結果にならない。それだけは予感がありました。ですが言語化できるほどはっきりしたものでもありませんでした。

 

 それと、私個人が仲間の誰にも、そんな真似をさせたくなかったのです。忍従と妥協はちがうものです。ソウゴ君たちはまだその線引きを学んでいない少年少女です。それからウォズさん。彼には、ただ一人と忠誠を誓った主君がいます。主君でもない相手に傅くなんて屈辱以外の何者でもありません。

 

 そこまで分かっていながら対案を思いつけず、結局は地面に膝を突いた私の悔しさ、分かります?

 

 しかも、ここまでしたのに、北島祐子は協力を撤回したんです!

 

「気が変わった。女王たる私が、お前らのような有象無象と手を組むのは、品位に関わる。ギンガとかいったか? 奴のことは、()()()()()()()()()

 

 言ってること、全然分かりません。日本語でしゃべってください。

 

 ただ、ソウゴ君だけは北島祐子への態度が違ったんですよね。

 

「あの! 祐子、さん。俺のこと、覚えてません、か?」

「――ああ。思い出した。お前か」

 

 ソウゴ君は「やっぱり!」と快哉を上げました。彼の周りだけハッピー粒子が満開です。

 春色爛漫のソウゴ君を、ゲイツ君が首を締め上げながら引きずり戻しました。

 

 

 山からここまでクジゴジ堂の皆さんは私が車に乗せて送ってきたので、帰宅もまた私の愛車です。

 

 車内では、憤るゲイツ君、脱力しきったツクヨミさん、苛立ちを隠さないウォズさんで、おおむね否定的な空気が出来上がりかけていましたが――そうは問屋が、いえ、そうは魔王(未)が卸してくれませんでした。

 

「やっぱりなー。あの人が『セーラさん』だったんだー」

 

 誰が聞かずとも語り出すソウゴ君。ちなみに「セーラさん」とは彼の中の仮称で、由来は出会った日に彼女がセーラー服を着ていたからだそうです。

 

 幼少期の初恋の人に再会した。字面に起こせばドラマチックですが、その女性は犯罪者である可能性がゼロではない。元担任教師としては手放しでソウゴ君を祝福できません。

 

「北島祐子は今、冤罪の復讐をしようとしている。本当に冤罪なのか。冤罪なら、真犯人は誰なのか」

「事件の真相が分からなければ、手を組むも組まないもない」

 

 言いにくいことを言ってくれてありがとうございます。ツクヨミさんにウォズさん。

 

 

 ――フーダニット。ホワイダニット。ミステリーの基本要素の内二つです。犯人は誰か。犯行に及んだ動機は何か。

 

 犯人(フーダニット)はゲイツ君が確認することになりました。彼が事件当日へタイムマジーンで跳んで、直接現場を目撃するという、やや苦しい方法で。

 

 動機(ホワイダニット)は私とツクヨミさんが受け持ちます。現代で足を使って地道調査です。

 

 犯人が北島祐子だと確定していないのに、動機を同時進行で調べるのは無理がないかって?

 それが実は、全く無理ではないのですよね。私のゲスな勘繰りが正しければですが。

 

 

 クジゴジ堂に到着して、道中で決めた分担の通りに、私たちは動き出しました。

 

 ゲイツ君はさっそくタイムマジーンで2015年へ転移。

 ツクヨミさんは、事件の第一発見者、田上哲也さんという男性を訪ねてみたいと言いました。

 

 私はツクヨミさんだけを再び車に乗せて、郊外の湖水地方へ向かいました。

 

 

 

 

 

 ――そのコテージは、メルヘンなお城の外観をしたチャペルの近くにありました。

 ツクヨミさんが情報端末で割り出したこのコテージが、田上哲也さんの現在地です。

 

「先生……その、大丈夫?」

「はい? 何がでしょうか」

「ずっと怖い顔してる、から……」

「……ごめんなさい。不安にさせてしまいましたね。私も緊張して、顔面が強張ってたみたいです」

「本当?」

「本当です」

 

 コテージの駐車場に車を停めて、私たちはついに田上哲也さんを直撃取材(?)しました。

 

 

 

「僕たちがなぜ、こんな田舎に隠れてると思いますか? ――怖いんです。祐子が」

 

 私たちが北島祐子について話を伺いにきたと伝えてからの、田上さんの返事が、それでした。

 

 赤々と燃える暖炉の中で薪が弾けた。

 5月も半ばなのに火をくべているのは、きっと湖沿いだからというだけではないでしょう。田上さん、そして彼の婚約者の由紀さんは、ひどく震えていますから。

 

「大丈夫です、田上さん。その恐怖が根拠のないものだなんて、私たちは思っていませんから。ただ、いくつか疑問があるので確認したい、それだけです」

「すいません……」

「――田上さん。あなたが北島祐子と最後に面会したのはいつでしたか?」

「去年の春、だったと思います……そのあとすぐ、祐子は接見禁止処分になりましたから」

 

 首を傾げるツクヨミさんには、僭越ながら私から説明しました。

 

 被疑者が容疑を長期間に渡って否認し続けている場合には、面会が禁止されるケースがあるといいます。法学部の藤ヶ崎さんから教えてもらった刑法の知識です。

 

「それから、もう一つ。かなりプライバシーに踏み込んだ内容ですので、お答えになりたくないようでしたら無視してくださって構いません。北島祐子は若い頃、()()()()()()()()()()()()のではありませんか?」

 

 これまたツクヨミさんの頭上に「?」がサンバルンバ。

 

 これも藤ヶ崎さんから教わったことです。

 八王子医療刑務所はおもに精神疾患のある受刑者を収監している刑務所で、医療センターでもあるそうです。

 そんな刑務所に収監されている以上、北島祐子に心的病歴があったことを疑いたくもなります。

 

「……おっしゃる、通りです。ちょうど僕らが14歳の頃なので、2008年。2008年に発症して、祐子は精神科にかかりました。祐子は、自分のついた“嘘”を本気で信じてしまう“病気”なんです。祐子のそばにいて一番症状が緩和する相手が僕だということで、親同士の付き合いもあって、僕は祐子となるべく一緒に過ごしました。時にはカップルのような真似もして……」

 

 それが北島祐子の誤認を加熱させた最大の要因でしょう。彼女は、田上さんは自分に好意があると思い込んだ。

 

「4年前の事件が最たるものでした。祐子が殺した相手は、僕の初めての恋人でした。彼女の存在を知った祐子は、彼女の後を尾行して、あんな……!」

 

 田上さんは両手で顔を覆いました。由紀さんが慰めるように、彼の背中を撫でました。

 

「ごめんなさい、先生。私、途中からこんがらがった……」

「難しく考えなくていいんですよ、ツクヨミさん。少なくとも、一番大事なところははっきりしました。北島祐子は一人の人間を殺めた。彼女は冤罪などではなく、まさしく殺人犯だった。そこが分かれば、それでいいんです」

 

 白日に晒された罪状を前に、彼女の病癖や、当事者たちの人間関係を酌量する余地はありません。その辺は捜査機関と司法と、医療関係者の職分です。

 

「お時間を割いていただいて、ありがとうございました。――ツクヨミさん。お暇しましょう」

「え。あ、はいっ」

 

 席を立って踵を返した私を、田上さんが呼び止めました。

 

「あなたはどうして祐子の訴えが嘘だと分かったんですか?」

「……分かってなんかいませんよ。ただ、私がよく知る生徒の一人がポジティブシンキングだったので、なんだか悔しくなって、対抗してネガティブな解釈ばかりしてみただけです」

 

 今度こそ本当にお暇いたします。私は田上さんたちに会釈して、コテージを出ました。

 その後ろを、ちょっと急ぎ足でツクヨミさんがついて来ました。

 

 

 外に出て、帰るために車に乗る前です。ツクヨミさんが私に尋ねました。

 

「先生。さっきの『よく知る生徒』ってソウゴのことよね。もしかして、ソウゴが北島祐子に夢中になって、嫉妬、してた?」

 

 どぎまぎしながら上目遣いで疑問形なんて、ツクヨミさん、そんな愛らしいやり口を教えた覚えは先生ありませんよ。

 

「先生?」

「そうみたいです。私もしょせん下世話なオバサンでした」

 

 ええ、ええ。きっかけなんて、私の中だけの下らないヤキモチですよ。

 私の生徒を誑かしましたねー!? なーんて、元担任教師に過ぎない立場でありながら、心の中で噴火して、でもそれを表に出すまいとここまで自制してたんですぅ。

 ああもう、今になって白ウォズさんがゲイツ君と一緒にいる私を毒婦呼ばわりした心境を理解しましたよ。

 

 我ながら汚いと自己軽蔑するのは、これがソウゴ君でよかったと思っていることです。

 万が一ゲイツ君だったなら、私は平静を装うどころか、嫉妬に駆られるまま彼に真っ向から反論したと容易く想像できるからです。

 

 ――どこまで醜いんだか。私という女は。

 

 地面に影が差した。

 見上げれば、赤いタイムマジーンが頭上に現れたところでした。

 

 赤いタイムマジーンは湖の畔に着陸しました。

 先に走って行ったツクヨミさんに、私も続きました。

 

 コクピットから降りてきたゲイツ君は――顔色が真っ青でした。ツクヨミさんが心配して声かけをしても、相槌を打つ余裕すらないようです。

 

「明光院君」

 

 私はあえて、彼に、学生として呼びかけた。

 

「何を見たのか、話せますか?」

「……北島祐子が、人を殺してた」

 

 ゲイツ君が滅入っているのも頷けます。

 彼はレジスタンスの兵士ですから、確かに多くの死を見てきたでしょう。

 ですが、だからこそ、明確な悪意によって個人が個人を殺すシーンはショッキングだったはずです。

 結果が同じ“死”でも、無造作な“殺戮”と、怨恨による“殺人”は、全くの別物です。

 

「先生、女は……人は、あんなふうに笑いながら、同じ人を殺せるものなのか……?」

「殺せます」

 

 冷たく突き放すようなトーンで、言った。

 

 ゲイツ君も、それにツクヨミさんも蒼然としています。

 

 ……ああ、やっちゃった。自分が平静を保つために、他人にネガティブ感情をぶつけた。相手が生徒でなくても人としてどうなんだって話です。

 

「……ごめんなさい。きつい言い方をしました。許してください」

 

 悪いことをしたなら、すぐに、気持ちを込めて謝る。それが当たり前の常識です。その“当たり前”が頭から飛ぶくらいには、私もこの事件の真相に中てられたようです。

 

 私がしっかりしなくてどうするんです。目の前に“生徒”が二人もいるんですよ? 彼らを不安がらせてちゃ、それこそ教師失格です。

 

「――ソウゴ」

 

 ツクヨミさんが零しました。

 

「ソウゴに伝えなきゃ! 北島祐子の、事件の本当のこと!」

 

 真実を伝えて砕ける恋心なら、そこまでです。

 私が不安なのは、真実を知ってなおソウゴ君が北島祐子への好意を捨てなかった時。

 

 ――今の内に、ソウゴ君に嫌われる覚悟を決めたほうがいいかも、しれない。




 というわけで、本作では北島祐子を「嘘をつくのは病気だから」という扱いにいたしました。
 決してそのような病気を持つ方々を非難する意味で書いたわけではないことをどうかご了承いただきたく存じますm(_ _"m)
 何度か原作を観直して「おかしい」と感じた箇所がいくつかあったので、それらを繋げるとこうなるのでは? を、あんだるしあ流にした感じです。
 「2008年で発病」はキバ放送開始年を意識しました。


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Syndrome89 おれはきみにどれくらいの罪を問おう? ①

 タイトル元ネタ:40/㍍/P『恋/愛/裁/判』
 「ハツコイ・ウェイクアップ」のタイトルを見た瞬間、この曲がピシャーン! と来たものでして。


 私たちが右央地区へ取って返した時には――手遅れでした。

 お天気雨の下、北島祐子がアナザーキバに変身して、裁判に関わった弁護士と判事と検察官を殺めてしまっていたのです。

 

 守れなかったとか、何もできなかったとか、私はそんな全能ぶった痛痒を感じるほどの器ではありません。それでも、やるせない気持ちにはなります。

 

 でも今は、北島祐子という女のカタチをした奈落に、ソウゴ君が落ちてしまう前に止めることのほうが肝要です。

 

 一緒に駆けつけたツクヨミさんとゲイツ君の内、ツクヨミさんがファイズガンを抜いて北島祐子に突きつけた。

 

「ソウゴ! その女から離れて!」

「冤罪というのはその女の“病気(ウソ)”だ!」

 

 畳みかけたゲイツ君の言葉に、ソウゴ君は愕然と北島祐子を凝視した。

 対する北島祐子の顔には、忌々しさと焦りが同居しています。

 

 私が今よりもっと年嵩のあるオバサンだったら、逆にまだ20代だったら、面と向かって言えたんでしょうね。

 ()()()()()()()、って。

 だってあなた、田上さんの初カノを殺害したじゃないですか。

 自分の嘘を本気で信じてしまう? だったらなぜあなたは田上さんの恋人だという“嘘”を自分につき通さなかったんです。本当はあなた自身が一番、自分の“嘘”を信じていなかった。

 外道には外道なりの“道理”がなければいけないんですよ? 北島祐子さん。

 

「だったら――」

 

 ソウゴ君がおもむろに北島祐子の手を取って、小さな何かを握らせた。

 それは、ソウゴ君の誕生日プレゼント候補だった、ペアのジグソーピースの片割れでした。

 

 彼がどこでそれを手に入れたかは、この際、問題じゃありません。

 ソウゴ君がピースの片割れを渡した相手は、殺人犯です。その上でソウゴ君は、本気で、彼女を?

 

「俺が祐子さんの傘になる!!」

 

 ……やっぱり、嫌われる覚悟をしといて正解でした。

 

 お天気雨が上がる。異称を狐の嫁入りともいわれる雨が終わって、雲が散って、お日様の光が射した。

 

「あえて確認しますよ。彼女には“前科”があります。それでもいいんですね? 常磐君」

 

 「罪がある」という言い方はしない。北島祐子の罪の所在を問えるのは司法機関と遺族や関係者だけ。

 私がソウゴ君を諭すとしたら2点。“前科がある人間”が社会で生き直すには若干不自由があることと、そんな人物を“相手”に選んだソウゴ君にもその不自由は波及し、将来に翳りを落としうること。

 

 常磐ソウゴ君。北島祐子の手を取る上で、それらのデメリットを容認できるくらいに、君の気持ちは真剣なんですか?

 

「俺は――」

 

 続く答えは、きっと誠意ある覚悟だったのでしょう。

 

 それを台無しにしたのは、前触れのない轟音。

 

 まさか、仮面ライダーギンガ? 彼……で合ってるかは置いといて、あのライダーはゲイツ・ゲンムアーマーが地中に封殺したはず。

 タイムジャッカー陣営とも、やっつける目途が立つまではギンガを外に出さないと約束しました。

 ギンガじゃないとしたら、じゃあ誰が? って話になりますし。

 

 混乱したところで、一つ下の坂になった歩道から、仮面ライダーウォズとタイムジャッカーのスウォルツさんがまろび出ました。

 その次には、彼らをふっ飛ばした張本人が現れました。ギンガで間違いありませんでした。

 

 

 ………

 

 

 ……

 

 

 …

 

 

 次狼は、通り雨で滑落しかけている山肌を見上げて、サングラスを外した。

 

 かしゃん……

 

 サングラスを地面に落とした手は、狼男のそれだ。今の彼――ガルルを見れば十人中九人が彼を「青い狼男」と呼称するに違いない。

 

 ガルルは雑感をひとまず横に置いて、脆くなった山肌を全力で、殴った。

 

 地滑り。

 

 タマネギを剥いていくように次々と土の層が剥げ落ち、深奥から、ミーティアーマーの機能で石化した仮面ライダーギンガが姿を曝け出した。

 

 この雨はじきに通り過ぎる。

 そして、晴れ空の下、この宇宙外飛来物を斃した者にこそ、ガルルは仮面ライダーキバのウォッチを譲渡する。

 

 そこまでが、西暦2008年のキャッスルドランで次狼が“視た”未来のビジョンだった。

 

 実を言うと、すでにキバウォッチを渡すべきが誰か、次狼は凡そ掴んでいる。

 渡していないのは、それが正しく主として君臨するはずだった男の頼みだからだ。

 

 

 “どうやら僕の力は消えるみたいだ……ごめん”

 

 “今まで何度も助けてくれてありがとう。感謝してる。僕も、もちろん死んだ父さんも”

 

 “この力をあげるなら、僕みたいに自分で初恋を壊すような弱虫じゃない、愛する人を命懸けで護れる、強い男の役に立ちたいな”

 

 

 ゆえに次狼は、少年がかつての初恋相手に再会してどうするかを決めた瞬間に、少年と接触すると決めてある。

 

 そして、今はまだ、その時ではない。

 

 

 …

 

 

 ……

 

 

 ………

 

 

 誰が掘り起こしたかは不明ですが、とにかく今確かなのは、ギンガと期せずして戦闘になっている現実です。

 

 私はとっさにゲイツ君をふり返りました。

 ゲイツ君は無言で頷いて、歩道を折り返して坂を駆け下りました。

 

「変身!」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  GEIZ 》《 “Revive”  疾風 》

 

 ゲイツ・リバイブが参戦したことでギンガと3対1になりました。

 人数的にはベストなのですが、いかんせんメンツが。だってウォズとゲイツ・リバイブとスウォルツさんですよ? ()()()()()()()()()()()()、この3人で息を合わせるのって可能ですか?

 

 ソウゴ君は、未練がましさを振り切るかのように北島祐子から顔を逸らして、自身もジオウⅡに変身して、ギンガに立ち向かいました。

 よっし、彼が要になればゲイツ・リバイブとウォズは足並みを揃えやすいはずです。

 

 ただ、やっぱりギンガの力は強大です。今も。ギンガはエナジープラネット掌底でウォズを、ジオウⅡを、打ち飛ばしてしまった。

 

「ソウゴ!!」

「ソウゴ君っ!」

 

《 ギガンティックギンガ 》

『さらばだ!』

『く……!』

 

 その時、私が(シンドローム)を開放するより、速く、北島祐子がジオウを背にして立ちはだかった。

 彼女は、平たい鉄鋼物を盾に、ギンガのエナジープラネット砲を見事防いだ。

 ソウゴ君を、守った……

 

『祐子さん?』

「気にするな。女王様の気まぐれだ」

『っ、ありがとう!』

 

 ……って、ちょっと待った。待ってください。彼女が両手に持ってるのって、どこからどう見てもマンホールですよね? どこから持ってきたんです! 区役所に許可取ってませんよね明らかに! ただでさえ殺人罪という途方もない負債抱えてるのに、とんちきな余罪増やさないでくださいよ! ()()()()()()()()()()ならなおのことです!

 

 私の心の悲鳴にお構いなしで、北島()()はアナザーキバに変身して、2体の怪人を呼び出してから、対ギンガの戦列に加わりました。む、むむ。手数が増えた、という点ではファインプレーでしょうか。

 

 ――遠くから届いた沖のおじさまの手紙には、ギンガの詳しいスペックが記してありました。それらの情報を元に、タイムジャッカーも交えて話し合った結果、ギンガには集団戦で挑むことだけは決めていたのです。

 

 沖のおじさまの調べによると、ギンガは惑星型の特殊エネルギー場“エナジープラネット”を用いて戦闘を行うのだそうです。あの両手の重力場みたいな球体ですね。あれで敵に触れずに攻撃を止めることを可能とします。

 

 一見してチートスペックですが、言ってしまえば、それを使うギンガの腕はたった2本です。

 二足歩行の二本腕という体型である以上、同型かつ多数の間断ない攻撃はいずれ捌ききれなくなります。

 数こそ力。これぞマンパワーです。

 ……そこに照らすと、最初にソウゴ君がトリニティアーマーで人手を減らしたのは手痛い失敗だったわけですが。

 

 でも今なら。

 

 ゲイツ・リバイブがジカンザックスを、ウォズがジカンデスピアを、ギンガに向けて同時に投擲した。ギンガは両腕で二つの武器を止めた。

 

 それこそが最大の隙。

 両手が塞がっていては、エナジープラネットは使えない!

 

「ソウゴ君!!」

『りょーかい! てやあ!』

《 ジオウサイキョー 》

 

 ジオウⅡが投げたサイキョージカンギレードがギンガの胸のど真ん中に突き立った。

 

『ガブ!?』

 

《 ライダー・フィニッシュ・タイム 》

《 フィニッシュ・タイム  “Revive” 》

《 ビヨンド・ザ・タイム 》

 

 ジオウⅡ、ゲイツ・リバイブ、ウォズが一列に並んだ。

 

『行くよ!』

『『ああ!!』』

 

 同時にジャンプした3人のライダーが、息ぴったりに、トリプルライダーキックをくり出した。

 それぞれの足裏を、先にギンガに突き立てた己が武器の柄にぶつけて、推力にして三重にギンガを貫く。

 

 大爆発。

 莫大なピュアパワーが白い光柱となって天へと突き抜けた。

 

 

 

 

 ……やりました。何とか彼らの勝ち、です。安心してへたり込みそうです。

 

 変身を解いて戻ってきたゲイツ君に、私はツクヨミさんをお願いして、入れ替わりに戦いの跡地に駆け下りました。

 

 ――これも想定内です。ブランクウォッチを持つこともタイムジャッカーのアドバンテージの一つ。案の定、仮面ライダーギンガの力は残滓とはいえスウォルツさんの手にあるブランクウォッチに宿って、仮面ライダーギンガのライドウォッチの出来上がりです。

 

 スウォルツさんはそのままギンガウォッチを持ち去る気でしょうが、そうは問屋が、いいえ王母が卸しません!

 特に、スウォルツさんにはウール君という前科がありますからね。少なくとも私は、仲間内の対立や策謀を煽りたくて協力したんじゃありません!

 

 私は思い切ってスウォルツさんの右腕にしがみつきました。

 何の異能も使わない、純粋な不意打ちの力任せ。

 そしてここからが奇襲の奥義です。噛みつき攻撃!

 

「離せ!!」

 

 私は突き飛ばされて地べたに転がりましたが、結果オーライです。隙を縫って、ウォズさんが煤色のストールで落ちたギンガウォッチを回収してくれましたもの。

 

 そのウォズさんは私のちょうど真後ろに立つと、再びストールを翻しました。撤退ということですね。分かりました。

 

 私も行かなくちゃいけません。先に行った少年少女を追わなきゃいけませんから。



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Syndrome90 おれはきみにどれくらいの罪を問おう? ②

 短いですがこれにてキバ編を畳みます。
 これ以上やりたいことを詰め込んだら終わらないと判断しました。


 私とウォズさんが、湖畔のチャペルに到着した時には、すでに戦端が開かれていました。

 

「ウォズ! 先生! こっちよ!」

「ツクヨミさんっ。ソウゴ君とゲイツ君は?」

「ゲイツはアナザーキバの手下の怪物たちと戦ってる。ソウゴは……北島祐子を追ったわ」

「ゲイツ君の援護には私が行こう。王母には」

「ソウゴ君ですね。任せてください。ツクヨミさん、一緒に来てくれますか?」

「もちろん」

 

 素早く分担を決めた私たちはすぐさま別行動を開始しました。

 

 チャペルに乗り込んで、逃げ惑う人波に逆らって、聖堂に出たところで、見つけました! 新郎新婦に襲いかかろうとしているアナザーキバと、それを食い止めたジオウです。

 

『祐子さん、やめてくれッ!』

『…オマエは有罪だ…有罪……有罪…』

 

 床に尻餅を突いて、ウェディングドレスのせいで上手く立てない新婦。何とか助け起こそうとする新郎。

 そんな二人にツクヨミさんが駆け寄って、新婦を助け起こして、彼らに逃げるように言いました。新郎新婦は一目散に走っていきました。

 

 ジオウがライドウォッチを取り出した。

 今までに見たことがないデザイン。ソウゴ君、すでに仮面ライダーキバのライドウォッチを入手してたんです?

 

 ジオウはキバウォッチのガワを回して、リューズを押す寸で、指を止めた。手は、震えていました。

 

「何してるのよ! 迷ってる場合じゃないでしょ! アンタの気持ちはその程度のものだったの!?」

 

 ツクヨミさん、ナイスエール。光ヶ森高在学中なら内申点が右肩上がりでした。

 

 ジオウは力強くキバウォッチのリューズを押して、ジクウドライバーの左側に装填して、バックルを逆時計回りに回しました。

 

《 アーマー・タイム  KIVA 》

 

 それは、今までに見たアーマーに比べればシンプルな装甲。特徴的なのは右足がバラ色の蝙蝠をデザインしてる点でしょうか。

 

『止めてみせる。これ以上、あなたが罪を重ねることのないように!』

 

 ――そうです。それでいいんです。

 さあ、常磐君。

 彼女に、()()()()()()()()()()()()()()

 

《 フィニッシュ・タイム  Wake up  タイム・ブレーク 》

 

 ほぼ水平に蹴り上げたジオウの右足の踵で、バラ色の蝙蝠の翼が開いた。

 ジオウはその態勢のまま、左足だけでジャンプして。

 

『どぉッ――りゃああああああッッ!!』

 

 アナザーキバに右足で踵落としを決めた。

 

 大理石の床がエンブレム状に陥没する威力の踵落としでした。

 当然ですが直撃したアナザーキバには大ダメージ。アナザーキバの変身は解けて、排出されたアナザーキバウォッチも砕け散りました。

 

 赤いドレスを着た北島さんが、講壇の段差に転げて倒れた。

 

 ……そういうこと、でしたか。

 北島祐子は自分の“嘘”を本気で信じる“病人”。それを踏まえて事件を再検証して、ようやく真実が見えた。

 

 アナザーキバは一度、地球に飛来したばかりの仮面ライダーギンガからエナジープラネット砲をまともに食らいました。傍目にもあれは相当なダメージでしたが、その後に接触した彼女はぴんしゃんしてました。

 

 加えて、今着ている、赤いドレス。

 ――ドレスの赤は、出血を紛らわすため。

 

 「なかったことにする」という“嘘”の陥穽に落ちた北島さんは、苦痛を感じてはいてもそうと理解できなかった。

 もう彼女自身、自分の言うこと思うことのどれが嘘でどれが真実か、区別がつかないのかもしれない。

 

 ソウゴ君が変身を解除して、倒れた北島さんを抱き起こしました。

 

「祐子さん」

「……お前は変わらないな、ソウゴ。小さな頃から泣き虫のまま……居場所がない者同士、惹かれる部分があったのかもしれない」

「! 俺のこと、覚えて……」

 

 最善を尽くした結果が最悪だったとしても、受け止めなければいけない時はあります。

 問題が恋ならなおのこと、当事者の男女が運命を決すべきです。

 

 このままなりゆきを見守って、結果的に北島祐子の死を看取るとしても、私の覚悟は完了しています。

 だから――今回だけは、ソウゴ君に全てを委ねます。

 

「居場所がないなら俺が作る」

 

 ソウゴ君は北島さんの手を取って、笑いかけました。

 

「あなたを俺の王室の、法務大臣に任命する!」

 

 ……、……。やられた。

 

 これは予想外です。ええ、ええ、嬉しい予想外。絵に描いたようなハッピーサプライズ。

 

 ああもう、君を悲劇的結末へ後押しするんだって震え出しそうだったのに、こんなエンディング、もう笑うしかないですよ。

 

「祐子さんは、冤罪に泣く人を無くすために正しい法を制定するって言った。本当なら大歓迎だし、“嘘”なら、俺が王様になった時に“嘘”でなくしてみせるから」

 

 参りました。それと、よくぞ言いました。

 

 私はスマホを出して、119番をタップ。まずはパトカーより救急車を呼ばせていただきます。傍目にも北島さんは大ケガですからね。

 

 ここで死んでおしまいなんて、認めてあげません。生きていないと償いも何もありません。

 北島さんは田上さんの最初の恋人と、裁判に関わった人たち、合わせて4つもの命を奪ったんです(後者は現行法で罪に問えない可能性大ですが)。

 今度こそ服役して身綺麗にしてから、将来“王様”になったソウゴ君の下で、立派に法の番人をやってください。

 

 

 

 

 

 その後、北島祐子は重傷につき、刑務所ではなく病院行き。快復次第、再逮捕が決まったとニュースで報じられました。

 これ以降は司法機関の管轄です。私たちの誰にも手を出せません。

 

 ソウゴ君は入院した北島さんに会いたがりましたが、面会謝絶につきしょんぼりとクジゴジ堂に帰ってきたそうです。

 それでも法務大臣登用を諦めてないのですから、私は複雑な心境で苦笑しました。

 

 

 ――ごたごたが片付いたタイミングを見計らったかのように、私にもう一つのニュースが入りました。

 職場に電話連絡という形で。

 門矢士さんから。

 

 

 妹の小夜さんが()調()()()()()から、彼女を休学させたい。

 

 

 ――これが、一つの大きな流れの呼び水であることを、私も、士さんも、まだ誰も知らない。




 リアタイの話。
 ウール~~~~!!!!(ノД`)・゜・。
 そりゃねえよオーラさん! ウールは君のことを当然のように連れて逃げてあげて、一緒に行動するのもやめなかったじゃないか! あんまりだよぉ…(T_T)
 せっかくのパラドクスロイミュード登場に感動する暇すらなかった! うわあああん!(´Д⊂ヽ

 余談ですが、アナザーの変身者が女性でも容赦なく凹るシナリオが多くなって、男女の概念と価値観が時代によって変わりつつあるのかも、と神妙に考えてみたり。

 追伸。
 作者は劇場版未視聴につき、TV本編のみで本作を書くことにしました。


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Syndrome91 破滅が呼ぶ蝶 ①

 今までクロスするだのしないだの発言が右往左往して申し訳ございません。
 仮面ライダーカブトwith重甲ビーファイター、決断しました。※「×」ではないのがミソ
 どうかお楽しみいただければ幸いです(`ФωФ')カッ


 隕石とは、大多数の日本国民にとっては他人事です。

 ましてや隕石落下地点が自分たちの国であるなど、過半数の人々が「ありえない」と笑い飛ばすでしょう。

 まさしく「天文学的確率」です。

 その確率は、近頃、天文学的ではなく、むしろ日常になりつつあるのが恐ろしいのですが。

 

 執拗。ええ、あえてそう言いましょう。執拗なまでに隕石が都内に墜ちるのがここ最近。

 都行政はついに避難指示を出しました(私的には特別警報にすべきだという意見です)。我が光ヶ森高校は避難所に指定されていますので、教職員一同、対応に追われてバタバタしてるところです。

 

 グラウンドで、避難者区分用の三角コーンを、他の先生方と分担して立てて回っている時でした。

 

 くいくい

 

 小さな男の子が、私の服の袖を引っ張りました。

 私はしゃがんで、男の子と目線の高さを合わせました。

 

「どうしました?」

「こいつもいっしょに中に入っていい?」

 

 男の子が私に見せたのは、虫籠でした。中にはオスのカブトムシが一匹。

 

 ……困りました。区のマニュアルの陥穽を突いた難問です。避難者区分に「ペット同行避難者は別枠」とは書いてありましたが、具体的にペットの種について表記はなかったことに、たった今気づきました。

 犬猫ならば飼い主と離して外で繋いでおくこともできたのですが、昆虫はどう対応すればいいのでしょうか? 一応はカゴに入っているからOK? ああ、でもカブトムシだと羽音が騒音だと訴え出す避難者もいそうです。かといって学校側で預かったところで満足にケアできるとは断じて言えません。

 授業で難関にぶち当たった時とはまた異なる難問です……!

 

 って、あら? よくよく見ると、このカブトムシ、些かメカニカルなフォルムですね。

 もしかして。

 

「ちょっとだけ見せてくれませんか?」

 

 男の子から虫籠を受け取って、慎重に揺すってみました。中にいるカブトムシはぴくりとも動きません。

 分かりました。このカブトムシは、本物じゃなくてオモチャです。きっと虫籠に入れることでカブトムシを飼っている“ごっこ遊び”をしてたのでしょう。

 

「ありがとうございました。いいですよ、一緒に避難所に入っても」

 

 男の子はぱあっと顔を輝かせてから、虫籠を胸に抱いて走り去った。

 

「織部先生!」

 

 呼ばれて、ふり返る。校舎から1年A組担任の志野先生が出てきたところでした。私は校舎へ小走りで向かいました。

 

「どうしました?」

「今、休校中でしょう? なのに間違って登校してきた生徒がいて、それが1Gの生徒でして。織部先生に“引渡し”お願いしたいんですが」

「分かりました。その生徒は今どこに?」

「とりあえず教室に待機するよう言ってきました」

「ありがとうございます。すぐ行きますね」

 

 志野先生とバトンタッチ。私は1年G組の教室へ向かいました。

 

 

 

 

 到着した無人の教室にいたのは、門矢小夜さんでした。

 

「小夜、さん? お兄さんと一緒に“遠くの病院”にかかりに行ったんじゃなかったんですか?」

「そうよ。処置が済んだから帰ってきたの。そしたら町中が隕石騒ぎじゃない。慌てて()()の無事を確かめに来たってわけ」

 

 ――その韻は、私にとっては無視しがたい、違和感。

 

「門矢さん」

 

 笑顔のまま小首を傾げた彼女の、胸の谷間に、私は手を当てた。

 

「ごめんなさい。――ライダー・シンドローム」

 

 ぐにゃり、と。

 小夜さんのフリをしていたモノの擬態が剥がれて、中から蟲の怪物が出てきた。

 

『ナゼダ! ナゼワカッタ!』

「門矢さん含む1年G組の生徒たちはね、私を呼ぶ時は『せんせー』って発音するんですよ」

 

 ここまでドンピシャだと逆に背筋が冷えます。

 だって、ライダー・シンドロームで正体を暴くまで、私は半信半疑でした。つまり、目の前の彼女が門矢小夜さんであると、半分は信じていたのです。(シンドローム)に頼らなければ、本物かどうかを見抜けなかったのです。

 

 逆上して襲いかかってくる蟲の怪物。

 私自身が回避行動を取る――前に。誰かが私を横から攫うようにして、蟲の兇刃から逃しました。

 

「ゲイツ君!?」

「隠れてろ。奴は成虫のワームだ。クロックアップに入ったら、俺でも守りきれんかもしれない」

 

 ワーム。クロックアップ。初めて聞く単語ばかりですが、いちいち意味をゲイツ君に尋ねていられる状況でないことは分かります。

 

 私は講壇の後ろに身を隠しました。

 

「変身!」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  GEIZ 》《 GEIZ “Revive”  疾風 》

 

 ゲイツ君が仮面ライダーに変身した直後でした。彼と、さらにはワームが、私の視界から消えました。

 

 姿は見えません。ですが、教室のあちこちで机や椅子が吹き飛んでいます。これは俗に言う、速すぎて視認できない?

 

 戦況の運びが分からないまま、教室の中心が前触れもなく爆発しました。

 恐る恐る覗いてみれば……ああ、やっぱり。床の焦げも机と椅子の鉄骨の歪みも惨憺たるものでした。修繕費の予算残額、いくらでしたっけ……?

 

『大丈夫だったか?』

「おかげさまで。駆けつけてくれて、ありがとうございます」

 

 お礼を言える顔を取り繕いながら、内心では不安が渦巻いていました。

 

 ――小夜さんに限らず、1年G 組の生徒たちが知らない所で怪物と入れ替わっていたとしたら、私はその全てを看破できるのでしょうか?

 

 休校措置が解けてから、登校してきた生徒たちを猜疑の目で見ずにいられるでしょうか?

 

 生徒が本物か怪物か、その判断を誤って、彼ら彼女らを傷つけることになったら。

 それを思うと、怖くてとても、先のことなんて考えられません。

 

 知らず握り込んでいた手を、ゲイツ・リバイブが掴みました。

 

『すぐに片を付ける。だから、アンタがそんな顔をする必要なんて、ない』

「……いつも頼ってばかりで、ごめんなさい」

 

 今さらながらに、思い病む。彼にせよソウゴ君にせよ、まだ18、19歳の若者なのに、その大切な“若い時代”の大半を、命がけの戦場に駆り立てている。

 私のような教育者は、そういう危難の盾となって、若者が延び延びできるようにしてあげるのが使命なのに。

 

 私は、ゲイツ・リバイブが握ってくれた手に、自分のそれを重ねた。

 

『先生?』

「本当に……ごめんなさい」

 

 いっそ、私がゲイツ君と()()()()()()()()()()、どんなに――

 

「また月9か?」

 

 ゲイツ・リバイブがすごい勢いで飛びのきました。

 私も照れが込み上げて、声が上ずってしまいました。

 

「つ、士、さんっ。い、いい、いつから」

「最初から。そもそもそいつをここまで送ってやったのは俺だぞ」

 

 変身を解いたゲイツ君に、私は、士さんの言ったことを確かめました。ゲイツ君は不本意そうに肯きました。

 

「士さん。本物の小夜さんは無事ですか?」

「答える前に俺も聞く。その質問はライダー関係者としてか? それとも一教師としてか?」

「担任がクラスの生徒の安否確認をしてはおかしいですか?」

「……妹なら、今はツクヨミと一緒に遠出中だ」

「ツクヨミさんと?」

 

 士さんは教室に入ってくると、ひっくり返った椅子の一つを立てて、それに座って足を組みました。

 

「“古巣”に帰りがてら、俺のほうでも調べた。ツクヨミには、タイムジャッカーのスウォルツと何らかの繋がりがある。そこまでは突き止めた。あとは現地調査だ。俺が引率してやるつもりだったんだが、妹が譲らなくてな。『小夜なんてどうせ、ツクヨミちゃんと一緒にいて、同じもの見て、一緒にショック受けるくらいしかできないんだもん! それくらいやらせてくれたっていいじゃない!』だそうだ」

「小夜さんらしいです」

「そうか?」

「訂正します。年頃の女子らしい発想です」

 

 女子学生のトモダチ付き合いは“一緒に”お弁当を食べることから始まるくらいですからね。これ、教師になってからの私の経験則です。

 女子は男子よりステップが一つ多い。上辺を合わせることで害敵にならないことをアピールする、そのワンクッションを経て、ようやく胸襟を開くんです。

 

「――それとだ。俺が来たのは、あんた個人に別口で用があったからでもある」

「私に、ですか」

「渡す物がある。これと交換で、例の懐中時計をもうしばらくこっちで預かりたい」

 

 士さんが講壇に縦長のケースを置きました。

 

 貴金属を納める容器特有の滑らかな手触りの蓋を開けると、中から腕時計が出て来ました。

 この腕時計の文字盤のデザイン――ずっと前に士さんに持ち去られた、お母さんの形見のスケルトン懐中時計と同じです!

 

「それならいつでも封印具を身に着けていられる。言うなればあんたのライダー・シンドロームの制御装置だ。代わりに元の時計のほうはもうしばらくこっちで預かる。悪い交換条件じゃないだろう?」

「どうして今すぐ返していただけないんですか? あの時計は母の形見です。お母さんだと思っていつでも持っていなさい、ってお父さんからも言われてるんです」

「――構造の解析が終わったら返す。俺が必要としてるのは、封印機能の技術だけだ」

「悪用しないと誓っていただけますか?」

「ああ。俺だって曲がりなりにも、人間の自由を守るために闘う仮面ライダーだ。その称号に懸けて、と言えば言質になるか?」

「……分かりました」

 

 私はケースの中の腕時計を、右の手首に巻き付けました。

 

「それと、俺がこっちに来たのは忠告も兼ねてだ。あんたに成り替わろうとしてる“蝶”がいる」

「ワームが先生に擬態したというのか!?」

 

 私より先にゲイツ君が、士さんに詰め寄りました。

 

 前にツクヨミさんが「ゲイツが先にキレると私が何も言えなくなる」と言ったことがありましたが、なるほど、こういう感じですか。

 

「“人違い”には気をつけろ。じゃあな、小僧にセンセイ」

 

 士さんはゲイツ君を小突いてどかせて、1G教室を出て行きました。




 ワームに詳しい方なら言うまでもないかもしれませんが――
 蝶をモデルにしたワームは、カブト劇中で存在しません(`ФωФ')カッ
 では士が言った「蝶」とは何かと問われれば、もう一つの作品からおいでませでございますとも。


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Syndrome92 破滅が呼ぶ蝶 ②

 ご声援に応えてガッツを発動してみた!(゚Д゚)ノ


 俺と先生は、光ヶ森高校でワームと戦ったあと、諸々あって学校の裏の高台公園まで上がってきた。

 

 ――ワームとの戦闘で見事に半壊した1年G組の教室についてだが。

 騒ぎを聞きつけて駆けつけた他の教師陣に、先生は、ありのままを説明した。さすがに俺が仮面ライダーだという点は伏せたが。

 

 それ以上に、もっと核心に迫る真相を、先生はあえて黙っていた。

 教室で暴れて、俺が成敗したことになった“怪生物”――ワームが、人間に擬態すること、だ。

 

 学校を出てから先生は俺に言った。

 ――不用意に疑心暗鬼を校内に拡散させたくない。今回もアナザーライダーをやっつければ隕石騒動もきっと終わる、と。

 確かに今までのパターンを踏襲すればそうなる確率は断然高いが……

 

 彼女自身、門矢小夜に擬態したワームと対面して、並々ならぬ動揺をしたあとだろうに、どうしてああも他人を慮ることができるんだろう?

 

 ベンチで隣に座る先生をなんとなく見やった。

 

「何ですか? ゲイツ君」

「……別に」

 

 自分で思うよりまじまじと見ていたらしい。不覚だ。

 

「家に帰らなくていいのか? せっかく休暇を貰ったのに」

 

 撃退したとはいえ怪生物と遭遇するなんて一大事だ、と教師陣の一部が声を揃えて、先生を早退させるべきだと言い張った。それが罷り通ったから、今も避難受け容れ準備に忙しない光ヶ森高校をこうして離れた。

 

「聞いても……笑いませんか?」

「笑わない」

「その……帰って一人きりになると、怖いことばかり考えちゃうから……帰る勇気、出なく、て……」

 

 先生が不安になるのも当然だった。彼女は親しい人間の顔で騙されたばかりだ。むしろこれが自然な反応だろう。帰すには俺の良心が咎めるくらい、その顔色は青かった。

 

 日が翳ってきた。

 もうそんなに遅い時間帯だったかとスマホを見たが、まだ午後帯を半ばも過ぎていなかった。

 

 手に持っていたスマホではなく、ファイズフォンのほうに着信があった。

 このデバイスにかけてくるのはツクヨミかウォズ(ソウゴはスマホにかけるからな)。ツクヨミは小夜と出かけている。消去法で相手はウォズだ。

 

「俺だ。何があった?」

《空を見たまえ。説明するまでもなく事態が分かるよ》

 

 ウォズの言う通り頭上を見上げて――危うく手からファイズフォンを落としかけた。

 

 禍々しいほどに赤い巨大隕石が、青空に鎮座し、太陽を占有していた。

 

《大量のワームを運んできた宙舟(そらふね)。第一陣は我が魔王がフォーゼアーマーで破砕に成功したが、こればかりは無理がある》

「考えがあるのか?」

《無論だ。昨日手に入れたギンガウォッチを使う。私と我が魔王とで宇宙へ飛んで、ギンガファイナリーのフルパワーで隕石を内側から破壊する。その間に、キミには別の任に当たってもらいたい。アナザーカブトだ》

 

 聞けば、すでに地球に降りた一部のワームの中に、影山瞬という故人に擬態したワームがいるという。本物の影山が任務でコンビを組んでいた相方、矢車想が、アナザーカブトにされた。

 ワーム影山は、死んだ影山瞬のフリをして矢車を利用している。

 

《ひとまずは撃退したが、放置しては後顧の憂い。キミには地上に残っての防衛を頼みたい》

 

 ――レジスタンスでコイツの指揮下にいた時の俺なら、ここで「了解した」と即答していたな。

 

 ソウゴは言った。俺とウォズにとっては過去でも、ソウゴにとっては未来だから、変えられる、と。現実として、俺は今日まで幾度となくウォズと共闘した。

 

 変わったら、戻れるのだろうか?

 過酷で苛烈な砂塵の大地。

 同志として隊長として、疑いもしなかった昔日。

 

《ゲイツ君?》

「――いいだろう。引き受けてやる」

《よし。こちらも我が魔王が戻ったようだ。では、吉報を待っていてくれ》

 

 電話が切れた。

 

「ゲイツ君……」

 

 背後からの呼びかけ。

 先生にも事情は説明すべき、か。隕石破壊任務に向かうのは、先生の“教え子”であるソウゴもなんだ。事が終わったあとで知ったら……、……考えるまい。それこそ恐ろしい。

 

 電話に出るために立ったベンチを、ふり返った。

 ――ふり返らなければよかった、と軽く考えてしまう光景が、あった。

 

 ()()()()

 

 織部美都の姿、服装、髪型、持ち物に至るまで全てが同じ、二人の女。

 

 ワームは人間に擬態する。その生態の脅威度を、身を以て味わわされた。

 俺には、どちらの「織部美都」が本物か、全く見分けがつかなかった。

 

 とっさに起こせたアクションは、手に持ったままのファイズフォンを銃型にして、どちらであってもすぐさま撃てるように構えたことくらい。

 

 ――先生が、二人。

 ――片方はワームの擬態。

 

 ミトさんから教わったレジェンド7世代目の知識を、頭の中で総動員する。

 

 ――ワームの擬態は、服装や所有物といった物理面から、記憶、人格の内部情報にまで及ぶ。擬態元にされた人間が生きていた場合は無実の罪を着せられるケースだって皆無じゃなかった。

 DNA鑑定すら通用しないほど、ワームの擬態能力はとかく高い。

 その擬態力が裏目に出て、ワームでありながら自分を人間だと思い込むケースもあったほどだという。

 

 唯一の差は、確か……体温! 擬態しようと、ワームの体温は人間より異常に低い!

 

 いや……だめだ! それだって、2006年時点でも熱センサーを用いた判断だった。触って確かめるにも俺の手が冷暖を計り違えたら、取り返しがつかない。

 

 根掘り葉掘り質問するのは、ワームに記憶をコピーされている時点でアウト。

 

 攻撃を仕掛けて反応から判断しようにも、ワームが自分を本気で織部美都だと誤認していたらワームの姿に戻ろうとしないだろう。またアウト。

 

 知識を掘り起こせば起こすほど、どんな識別方法も結局は詰む。

 くそ! どうしたら……!

 

 ポケットの中のスマホが着信を告げた。よりにもよってこのタイミングで。

 わずか迷ったものの、ファイズガンは構えたまま、スマホを取り出して電話に出た。

 

《もしもし、明光院くん。織部計都です。緊急につき、直接電話させてもらいました》

 

 計都教授? このタイミングで「緊急」と言うからには、知ってるのか!? 先生に擬態したワームが現れたって!

 

「どうすれば区別がつくんだ!? 何か方法は……!」

《落ち着いてください。僕に考えがあります。相手にスマホのスピーカーを向けてください。僕の声が聴こえるように》

 

 計都教授がどうにかできるのか? ええい、ままよ! 今は藁にも板にも縋ってやる!

 

 俺は言われた通り、スピーカーモードにしたスマホを、正面に向けた。

 

《遠路はるばるの来訪に感謝いたします、()()()()()()()。生命を運ぶ蝶の御使い》

 

 ――セントパピリア?

 何だそれ。ミトさんに習ったライダー史の中で、そんな固有名詞は聞いたことがない。

 

「アナタは? ああ、拓也の――ビーファイターの闘争を知っている人間なのですね」

《個人的裁量で、“空白の10年間”の守護者たちの記録も取り続けた者です。ブルービートの甲斐拓也さんには特に、娘が大変お世話になったものですから》

 

 計都教授に答えたほうの女を、もう片方がまじまじと見つめる。

 ここまでお膳立てされれば充分だ。

 俺は本物の先生に駆け寄って、強引に背後に庇って構えた。

 

《明光院くん。彼女と戦う必要はありませんよ。彼女は敵じゃないですから。いいえ、敵に回してはいけない存在だから、と言うべきでしょうか》

「あれ? ゲイツ君、スマホ、通話中のままですよ」

「アンタの父親からかかってきた」

「え!? 私、お父さんに番号教えてないです!」

《そこはまあ、職務上の守秘義務ということで一つ》

 

 どこまで個人情報に踏み込んでるんだ、“観測者”の役目って。

 

《妻に教わりませんでしたか? ワームは地球の昆虫目でラベリング可能ですが、蝶のワームだけはいなかった》

「……聞いた、気は、する」

《そういうことです。セントパピリアも時空の裂け目から現れ、数々の文明を渡るモノですから、宇宙から飛来したワームといくらか被る点はあるんですが》

 

 そこを苦笑で済ませる辺り、計都教授が別の意味で恐ろしい。

 

《ですが、なぜあえて人間に擬態したのですか? あなたにはあなた固有の外見があるのに》

「もちろんワタシもワタシのまま地球に降りようと思っていた。なのに、“この世界”のほうがワタシを拒絶した。裂け目を超えるための錨が、彼女だった。成ってみて分かった。彼女は拓也と過去に関わったことがある」

 

 話題に上げられた先生はおろおろとするばかりだ。身に覚えがない、らしい。……なくてよかった、というのが俺の本心だ。

 先生はただでさえ色々しょい込んでるんだ。これ以上はやめてやってくれ。

 

「お、お話し中にすいません。あの、あなたは、私の外見を真似て、大変な思いで地球に来たみたいに言ってますけど、どうしてそこまで……?」

 

 先生の姿でするにはあまりに無機質に、セントパピリアは首を傾げた。

 

「世界が滅ぶ瞬間に、ワタシはその世界を訪れる。そして、光の意思が闇の意思との壮絶なる闘争を決着させたあとに、滅びた世界の生命を甦らせる。そのために生まれたのが、ワタシという永久機関(せいめいたい)

 

 救うためではなく、甦らせるため。

 つまり、一度は滅亡することが前提で。

 こんなヤバイ代物を呼び込むくらいに、地球は危機に瀕している。




 セントパピリアはあくまで滅亡の兆しがある世界に来訪するのであって、彼女が来たから世界が滅亡するのではない。これ、ポイントです。

 何でビーファイター要素をよりによってソレにしたし?( ゚д゚) と思われた読者様。
 一応セントパピリアにも役割ありきで登場してもらいました。詳細は待て今後! ってやつです。
 ヒント:渋谷←節子それヒントちゃう答えや


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Syndrome93 誰でもいいわけがない

 副題を「底辺の権利」


 セントパピリアの出現と、その意味。

 俺はとっさにファイズフォンを取り出して、ソウゴかウォズに連絡して、現状を伝えようとした。

 

 伝えて、どうしたいんだ?

 

 馬鹿か、俺は。まさにその滅亡の元凶である巨大隕石を砕くべく、あいつらは宇宙へ飛んだんじゃないか。そんなあいつらにセントパピリアの件を知らせたって、それこそ右用意に不安を植え付けるだけ。メリットがあるとしたら、俺のパニックが緩和するという、極めて自己中心的なそれ一つ。

 

 落ち着け、冷静に考えろ。

 ソウゴとウォズが不在だろうが、アナザーカブトとワームが地上に健在だ。先生を、ひいては人々の安全を守れるライダーは、俺しかいないんだ。

 

《美都も明光院くんも、少し構いませんか》

 

 未だ通話中の俺のスマホから、電話を繋いだままの計都教授の声がした。

 

「お父さん。どうしました?」

《セントパピリアの水先案内を僕が引き受けます。おそらく彼女を正しく誘導できるのは、カブトの代を“観測”した僕くらいです。ですから美都は、自分がやりたいことに集中してください。明光院くん、娘をしばらく預かってもらっていいですか?》

「それは別にいいんだが……」

 

 俺が計都教授と面と向かって話したのは一度きりだ。だから、今感じるこの印象はただの誤認である可能性が高い。それでもあえて言語化するなら――

 計都教授は、こんなに押しつけがましい人だったか?

 話を一方的に進めて、俺たちに意見の隙を与えないような、余裕のない人だったか?

 

「ありがとう、お父さん。精一杯がんばります」

 

 ほら。一人娘の先生がノーコメントなんだ。やっぱり俺の気のせいだ。

 

《健闘を祈ります。それと、もう一つだけ。光ヶ森高校校舎の近くにアナザーカブトが差し掛かっています。気をつけてください》

 

 通話が相手側から切られた。

 

 

 

 

 

 校舎にアナザーカブトが近づいてる、とお父さんは最後に言いました。

 それって大変じゃないですか!

  学校の先生方は避難民受け入れ準備で詰めっ放しなんですよ? 間もなく生徒や近隣住民だって、光ヶ森高校に続々と避難してくるでしょう。

 そんな人口密集地で、アナザーカブトと、彼を背後から操るワームが暴れでもしたら? 大惨事待ったなしです。

 

 私は急いで高台公園を降りて、走って、校舎の外縁部に当たる路地の一つに出ました。

 

 

「待て! 落ち着け!」

「ひゃっ? ……あ、ゲイツ君」

 

 私としたことが。隣にいたゲイツ君に断りもなく駆け出して。こうしてゲイツ君のほうから追いかけてくれなかったら、彼を置いてけぼりにしてしまうとこでした。

 

「アンタ一人じゃアナザーライダー相手に自衛もできないだろうが。目の届く所で無茶す……! ……するの、は、控えてくれ」

 

 「するな」と命令形で言おうとしたけど途中で気づいてがんばって年功序列に言い直した、と見ましたが、いかですかゲイツ君?

 ――なーんてね。そんな弱った顔でそっぽ向かれちゃったら、思考だけでも逃避しなくちゃ、私だって傷つくんですから。ふふ。

 

「……今、誰か俺を笑ったか?」

 

 ゲイツ君が急に私を後ろに下がらせて、前に出ました。

 

「矢車――」

 

 体を引きずって歩いてくる男性を、私も見ました。

 一言、ガラの悪そうな男、に尽きます。極道の人間だと言われたら信じてしまいそうなくらい、険しい眼光と凶暴な面構えでした。

 

 幸いにして一人のようです。ゲイツ君と一緒に頑張れば学校に類を及ぼすのは避けられ……

 

 あ、あれ? 無視して通り過ぎました、よ?

 

「どこへ行く!」

「弟ンところだ。影山は俺が守る」

 

 さっきのウォズさんからの電話は私にも漏れ聞こえました。

 矢車想さん。アナザーカブトにされた人。矢車さんの相棒だった影山瞬さん。そして、亡くなった影山さんに擬態したワーム。

 

「待て! あの影山は」

「ワームだったら何だってンだ。俺の、可愛い、“弟”だ」

 

 歩き去ろうとした矢車さんに対して、私は彼を追い抜いて前に立ち塞がりました。

 

「どうしてそんなに、影山さんに拘るんです! ワームの擬態なんですよ!? 本物の影山さんはきっと、自分の影に囚われて進めない矢車さんを見て、草葉の陰で悲しんでます! 矢車さんを笑わない人は世の中たくさんいます! もっと周りに目を向けてください! 他人には、矢車さんが思うより優しい人だっています! だから……!」

 

 次の瞬間。私は、自分の発言が矢車さんにとって、あまりに残酷だったと思い知ることとなる。

 

 矢車さんはクロックアップなんて使うまでもなく、私の胸倉を掴み上げました。

 

「先生ッ!?」

 

 助けようとしてくれたゲイツ君を、矢車さんは片足で蹴り飛ばしました。

 

「俺を笑わない人間は世の中たくさんいる? じゃあ何か? その連中が上から目線で差し伸べる手を、俺は誰彼構わず取らなきゃいけねえのか? ざけんな。俺を助けようとする人間が何百人いようがな、俺はその連中に救われたいなんて思っちゃいねえ。それともあれか。えり好みしなきゃ誰でもいいだろってか。そいつが憎い仇でも、偽善者でも、救われりゃあ何でもいいと。下らねえ。俺だってな、俺を救おうとする奴なら誰でもいいわけじゃねえンだよ」

 

 ――私は何て無神経なことを、口走ってしまったの。

 

 私だって、落ち込んだ時に慰めくれる人が誰でもいいなんて言いません。ナンパ男とか怪しいセールスマンに口先の励ましを言われたくないのと一緒です。

 

 自分を救う人を自分で決める権利は、どんな地獄に落ちた人だろうが普遍的に持つものです。

 私はそんな当たり前のことを忘れて、矢車さんの気持ちを踏み躙ることを言ってしまったのです。

 

 ――ごめんなさい。

 

「申し訳、ありません。申し訳ありません……!」

 

 胸倉を掴まれていなければ、私は深く(こうべ)を垂れて矢車さんに謝罪していたでしょう。でも今はできません。せめて謝辞を精一杯言うしかできないんです。

 

 泣いて謝罪する私に、矢車さんは何を思ったのでしょう。

 彼は私を捕まえたままアナザーカブトに変異して、クロックアップを発動しました。

 

 周囲の光景が視認できないまま、私はアナザーカブトに拉致されたのです。

 

 

 

 

 

「我が魔王。ゲイツ君。合流した矢先にクロスカウンターにもつれ込むのはやめてくれ。頼むから」

 

 まさに右腕を振りかぶった俺とソウゴは、ぐぬ、と同時にその態勢のまま睨み合った。

 

 ソウゴのほうは「お前が付いていながらなに先生拉致されてんだ」的な意味で。

 俺のほうは「お前らとっくに宇宙に飛んだと思ったらなに加賀美新を攫われてんだ」という意で。

 

 どちらが正当性のある主張か競う猶予はない。

 

 加賀美新と引き換えに、影山が要求したのはこちら側の“宇宙の力”。つまりフォーゼウォッチとギンガウォッチだ。どこで知られたかはこの際後回しだ。この二つが無ければ隕石破壊は不可能だ。

 

「だったらこっちにも考えがある」

 

 先生が矢車に拉致されたと聞いてから、ソウゴの声と眼光は氷点下だ。気持ちは大いに分かるが、正直引く。

 

 “下準備”をしてから、俺たち3人は影山指定の採石場に向かった。

 

 その場で柱に鎖で括られているのは加賀美新だけで、ここにいるのも影山だけ。矢車と先生はまだ合流していないらしい。矢車については、現れ次第、俺がフルスイングでぶん殴るという分担でソウゴと話はつけてある。

 

 影山の要求に応じて、ソウゴとウォズがそれぞれにフォーゼとギンガのウォッチを取り出した。

 

「投げろ」

 

 言われた通りに、ソウゴたちはウォッチを投げた。影山からは遥か遠くに、大暴投。影山は加賀美のそばを離れざるをえない。

 

 その影山には、コダマスイカアームズが種粒斉射。怯んだ隙にタカロイドウォッチで加賀美の拘束は破壊した。

 

「加賀美さんッ!!」

 

 飛来した青いメカニカルフォルムのクワガタムシ。あれがガタックゼクター。知識はミトさんから教わったものの、実物を見るのは初めてだ。

 

 加賀美はガタックゼクターを力強く掴んだ。

 

「変身ッ!」

《 CHANGE  STAG BEETLE 》

『クロックアップ!』

 

 そこからは肉眼で視認できない戦いになるかと思われた。

 

 仮面ライダーガタックが影山に肉迫した瞬間、両者の間にアナザーカブトが割って入った。

 ――いや、アナザーカブトが、じゃない。正確には、アナザーカブトが先生を盾にしてガタックの動きを急停止させた。

 

 血が。人生最速で沸騰した。

 

 だが一瞬の隙も逃さず、二度目のクロックアップ。

 俺たちの視界が次に映したものは、敗北して満身創痍で変身解除された加賀美新と、倒れた加賀美に駆け寄った先生だった。

 

 影山もアナザーカブトもすでに離脱して、追跡もできなかった。




 リアタイの話。
 本編終わってしまうよ。もうこれ筆力が追いつかない。一緒にゴールとか無理ゲー。
 というわけで、追いかけ連載の看板も下ろします。
 素直に視聴してしっかり謎の解決を見てから、遅れた分だけ骨太に書きます。無理に追いかけて書きたいように書けないのはもどかしいのでやめです。
 もうジオウ終了に合わせて熱が冷めたよ、という読者様はBM解除を。
 付き合ってやんよ! というお心の広い読者様はコメントなど頂けますと幸いです。


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Syndrome94 ファイターズ・ビート ①

 リアタイの話。※ネタバレ
 まさかの最終回目前の決戦兵器としてヒロインを変身させると誰が思うかよ!!( ゚Д゚)
 自分の中の平成の終わりは5月じゃなくて今この瞬間だよ! と本気で思いましたね。


 私と加賀美さんは生還することができましたが、若い彼らの消沈ぶりは見るに堪えませんでした。

 

 クジゴジ堂にお邪魔した私は、救急箱を借りて加賀美さんの傷を一つ一つ応急処置しました。それくらいしないと、居た堪れませんでした。

 

 仮面ライダー版アルマゲドン作戦(私の勝手な命名です)が決行できなくなった今、滅亡までのカウントダウンは着実に進んでいます。それとも、セントパピリアを招き入れた時点で、地球はとっくに詰んでいたのでしょうか――?

 

「タイムジャッカーは何を考えてる?」

「地球を狙う主犯はワームだ。推測だが、加賀美君と我々の世界が混ざり合っているようだ。そっちに関係があるのかもしれない」

 

 加賀美さんがおもむろに立ち上がって、クジゴジ堂を出て行かれました。

 私はとっさに加賀美さんを追って外に出ました。

 

 

 スカイツリーを見上げる加賀美さん。覇気のないその背中に、何と言葉をかけたものか……

 

「2006年だから……13年前ですね。当時の俺はカブトゼクターに選ばれなかったんです」

「加賀美さんも仮面ライダー、ですよね?」

「ええ。長い長い暗中模索の末、ガタックゼクターに選ばれましたよ。ゼクターの癖が強くて手を焼きましたけど。それでも俺は天道に――カブトに“勝った”ことは一度もないんです。いつかお前を超えてやる、なんて宣言までしておきながら。ケリがつく前に、奴は流浪の旅ってのに出てしまいまして」

「その天道さんからお便りはないんですか?」

「ありますよ。自分の妹たち宛てで、俺には、なしのつぶてですけど」

「す、すみません」

「先生が謝ることじゃないですって」

 

 少しの、沈黙。奇妙な間。

 

「今も、カブトになりたいと思ってます?」

「ちっとも思わない、と言えば嘘ですね。今この瞬間にカブトゼクターに選ばれたいってわけじゃない。もし13年前に俺がカブトになっていたら、俺は今どうしてたんだろう、って、感傷的になる程度だったんですが」

 

 加賀美さんは空を仰いだ。吊られて私も。

 巨大隕石のせいで日食が起きて、暗いとも明るいとも言えない、スッキリしない空模様。

 

「俺が本当に仮面ライダーカブトだったら、カブトもどきになる前に矢車を止められたかもしれないと思うと――どうしようもなくて」

 

 ――彼は、立派な人です。

 仮面ライダーカブトの本来の変身者が、この有事に不在であることを罵ることなく、ワームに利用されている同僚を助けられない自分を責めている。

 誰かのせいにすれば、例えば矢車さんを傀儡にしているワームのことを怒鳴り散らせば、少しは気が楽になるでしょうに。彼はそれすらしません。

 

「――加賀美さんは仮面ライダーカブトではありません。それは変えられない過去です」

「分かってます……」

「ですが、アナザーカブトと戦う上で、一つだけ、誰にもないアドバンテージを持っているのが、加賀美さんだと思うんです」

「アドバンテージ?」

「加賀美さんは誰よりも、本物の仮面ライダーカブトがどんな戦士かを知っています。今の加賀美さんは、アナザーカブトを本物のカブトのように錯覚して、『俺がカブトに勝てるはずない』という枷を無自覚に嵌めてしまっているんじゃないでしょうか?」

 

 加賀美さんは目から鱗という顔をしました。

 

「“本物”を知る加賀美さんなら、“偽者”がちょっとカブトっぽく見えるからって、騙されはしませんよ。次からは、きっと」

 

 唐突に、加賀美さんが笑い出しました。え、え? わ、私、変なこと言っちゃったでしょうか?

 

「いや、失礼。昔、天道も似たようなことを言ったことがあったなって、思い出して、つい」

 

 加賀美さんはひとしきり笑ってから、私を、まっすぐ見ました。

 

「俺は、矢車に勝てると思いますか?」

 

 この確認に対し、私より先に答えた人物がいました。

 

「勝てるよ。絶対」

 

 ソウゴ君でした。もしかして私と加賀美さんの会話、全部聞いてたんでしょうか? そのくらいタイミングばっちりでした。

 

「あなたは立派な戦士だ。俺が王様になったら、国防長官になってほしいくらい」

 

 アナザーキバの時といい、最近の君、ヘッドハント癖が復活してきてませんか?

 

「王様かぁ。さすがの天道もそこまでは言わなかったぞ」

「俺の将来の夢なんだ。おかしい?」

「おかしいもんか。『子供の願い事は未来の現実。それを夢と笑う大人は、もはや人間ではない』。本物の仮面ライダーカブトが昔、そう言ったことがあった」

 

 手厳しいけど真理です。今度は私が目から鱗です。その本家カブトの天道さんとは、一度、教育論を戦わせてみたいです。多分私が負けますが、いいインスピレーションを得られる予感がするんです。

 

「ソウゴ! 先生!」

 

 走ってきたのはツクヨミさんです。一人みたいです。小夜さんは一緒じゃありません。

 

「これ……!」

 

 ツクヨミさんがソウゴ君に差し出したのは……何と、地獄兄弟に奪われたはずのフォーゼとギンガのライドウォッチだったのです!

 

 

 

 

 

 加賀美新、先生、ソウゴの順で出て行ったクジゴジ堂の中に残って、俺はこれまでの出来事を思い返していた。

 

 セントパピリア。

 世界の危機を察知して顕れ、滅亡した世界を再興する、御使い蝶。

 

 

 “世界が滅ぶ瞬間に、ワタシはその世界を訪れる。そして、光の意思が闇の意思との壮絶なる闘争を決着させたあとに、滅びた世界の生命を甦らせる”

 

 

 引っかかった。「光の意思が闇の意思との壮絶なる闘争を決着させた」とは、具体的にどういう状況なんだ? 光が俺たちライダーで、闇がワームと単純に考えていいのか?

 

 “ライダー不在の10年間”について計都教授にすぐにでも照会したいが、当の彼はセントパピリアを連れてどこかに出かけたあとだ。

 ああ、ちなみにウォズの逢魔降臨暦にセントパピリアの記述がないことも確認済みだ。

 

 それと、これは極めて私情が入るが。

 セントパピリアも計都教授も言っていた。先生は……織部美都は過去に甲斐拓也という守護者と何かしら関係があった、と。

 それを聞いてから、妙に胸がもやつく。若干の苛立ち、ある種の不愉快さが拭えない。

 

 冷静に考えろ、俺。その頃の先生はおそらく10歳になったばかりだろうし、甲斐拓也はおそらく成人した男だったはず。この時代観に照らせば年齢差がアウト……

 ……待て。その論法で行くなら、俺と先生なんて11歳差だ。つまり俺も、アウト?

 い、いやいやいやいや! まだセーフだ、ミトさんと計都教授なんて14歳差だ! ってそこを持ち出したら先生と甲斐拓也の仲の否定材料がなくなる! にっちもさっちも行かないとはこのことか――!

 

「ゲイツ! ウォズ! ツクヨミ戻って来たっ!」

 

 完全に思考に没入していたせいで、ソウゴがクジゴジ堂に飛び込んだ騒音だけで跳ね上がってしまった。

 

「ゲイツ、どうかした?」

「なん、でも、ない……ッ!」

 

 驚いてテーブルの足に弁慶の泣き所をぶつけたなんて断じて言わない。

 

 顔を上げる。確かにツクヨミも一緒だった。

 そのツクヨミはというと、ウォズにギンガのライドウォッチを差し出した。見ればソウゴの手にもフォーゼウォッチがある。ツクヨミが奪還した、のか?

 

「小夜と一緒に行った先の時代で、スウォルツが私に返したの。何が狙いかは分からないけど。とにかくっ、これであの隕石をどうにかできるのよね?」

「ああ。ナイスアシストだ、ツクヨミ君。今回のミッション、MVPは君に決まりだね」

「アナザーカブトたちのことは加賀美さんが引き受けるって言ってくれた。――『王様』って呼ばれちゃったからには、俺も本気出さないとね。てわけでゲイツ、加賀美さんと一緒に、地上の防衛よろしく!」

 

 ソウゴに改めて言われるまでもない。まあ、加賀美新からの「王様」呼びでソウゴは盛大に笑顔爛漫だから、俺も野暮は言わないことにした。

 

 俺がソウゴに、先生のことを尋ねると、ソウゴは「外で待ってるよ」と答えた。これで5人勢揃いだ。加えてレジェンド7に名を連ねる仮面ライダーガタックがいる。

 

 隕石にもアナザーライダーにもワームにも、好き勝手させてやる時間は終わりだ。

 次元を跨いで来訪したセントパピリアには悪いが、その役目は果たさせない。

 どんな滅びも、俺たちが許さない。

 

 4人で頷き合って、クジゴジ堂を出た。




 決戦の前哨戦って感じですね。
 カブト放映当時、スカイツリーはまだ東京タワーだったんだよなー、としみじみ思います。

 原作では固有名詞が出てませんでしたが、こちらでははっきり天道の名前を出しました。そして天道の「妹たち」とは言わずもがな。

 作中に出した「子供の願い事~」の天道語録を知って、もし加賀美もそれを知ってたらソウゴを笑うシーンは違和感あるなー、と考えてこんな展開に落ち着きました。


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Syndrome95 ファイターズ・ビート ②

 感想に力を貰っていざカブト編を畳みに来た!


 作戦内容に変更はなし。ジオウ・フォーゼアーマーとウォズ・ギンガファイナリーが宇宙へ飛ぶ時点を以て軌道修正されたとも言える。

 

「「変身!」」

《 アーマー・タイム  FOUZE 》

《 ファイナリー・タイム 》

 

 ジオウ・フォーゼアーマーがウォズ・ギンガファイナリーの肩に飛び乗った。

 

『宇宙に~~!』

『『いーくーーーっっ!!!!』』

 

 ……実に息の合った掛け声だった、とだけコメントしておく。

 

 地上に残った俺もまた元の分担に従い、矢車と影山との戦闘に向かった。レジェンド7の仮面ライダーガタック、加賀美新と共に。

 

 幸い、奴らの現在地はツクヨミが迅速に割り出した。情報端末のプレートを先生の車のカーナビと接続して位置を特定したのだ。

 

「隕石を阻止できるか、リミットはギリギリよ!」

「全員、私の車に乗ってください。現場まで飛ばします!」

 

 

 

 

 ――高層ビルの、広く平坦な屋上で、地獄の兄弟は迫り来る巨大隕石を仰ぎ見ていた。

 

「影山。お前、地球滅ぼしたいのか」

「ああ。もっと地獄にしてやるんだ。兄貴は反対かい?」

「いいやァ? 俺ァお前がいればそれでいいさ」

 

 見るに見かねて、俺は怒鳴った。

 

「~~ッ、目を覚ませ、矢車!! その影山は、お前を利用してるだけだ!!」

「いいンだよ。俺は、相棒さえいれば」

 

 矢車も影山もゼクターを掴んだ。臨戦態勢だ。

 

 矢車が選んだゼクターはキックホッパー。アナザーカブトの戦力は温存する構えらしい。対して、加賀美新はともかく、俺は初手からリバイブウォッチ。クロックアップが標準装備のレジェンド7ライダー相手では仕方ないが。くそっ。

 

「「変身」」

《 CHANGE  KICK-HOPPER》

《 CHANGE  PUNCH-HOPPER 》

 

「「変身!!」」

《 CHANGE  STAG BEETLE 》

《 ライダー・タイム  カメンライダー  GEIZ 》《 “Revive”  疾風 》

 

 お前らの相手は俺たちだ!

 

 

 

 

 

 ――開戦を告げる陣鍾が鳴った。

 

 ゲイツ・リバイブがパンチホッパーと、ガタックがキックホッパーと、それぞれに戦闘に入りました。

 私とツクヨミさんが視認できますから、まだどのライダーもクロックアップに入ってませんね。ガタックはまだしもゲイツ・リバイブにはそこがハンデなので、悔しいですが譲らざるをえません。

 

 ガタックとキックホッパーのほうはというと――

 

『ライダージャンプ』

《 Rider Jump 》

 

 高く跳躍したキックホッパーに対して、ガタックはゼクターを3回タッチしてから角を折った。

 

《 1・2・3 》

『ライダーキック!!』

《 Rider Kick 》

 

 両ライダーの頭部から、エネルギーが足へと集約して、衝突した。

 まずはガタックが競り勝った。やりました! と、快哉を上げたいとこですが、まだです。矢車さんはアナザーカブトにも変身できる。

 

『どうせ俺なんかが……』

 

 どうせ。自分なんか。そう聞いては否定したくなるのが人情ですが、一度は矢車さんの闇を覗いた私には何も言えません。

 

 キックホッパーの装甲がアナザーカブトのものへと変異した。

 

 アナザーカブトを相手取り始めてから、ガタックの動きが目に見えて鈍りました。萎縮しています。やっぱり加賀美さんにとって、偽物だとしても“仮面ライダーカブト”が相手では、無自覚レベルでブレーキがかかってしまうみたいです。

 

 加えて、アナザーカブトがくり出す連続キック。荒っぽいなんてものじゃありません。あれじゃあ戦っているというより暴れていると言ったほうが正しいです。

 

 二つの要素が綺麗に噛み合ったことで、今度はアナザーカブトがガタックを上回った。

 

 ガタックはアナザーカブトのライダーキックを胸板にモロに食らって、地面に投げ出されてしまった。変身も強制解除。

 

 ガタックゼクターが飛び去りました。

 

 加賀美さんは元あった傷と合わせて大きく負傷した。なのに、どうして? 私は加賀美さんを心配するより先に、失望めいたものを感じている。

 

 ()()()()()()()()にある戦士があんなにも弱いわけないのに、って。

 思い出を想起することもできない青い戦士と比べて、勝手に残念がっている。

 

「負けるか……っ! 俺は、戦士だ!!」

 

 ――偽の日食が晴れていく。細く射した光は、加賀美新さんに注ぐ天恵のように。

 ようやく姿を現した太陽の白から、赤いメカニカルフォルムのカブトムシが飛来した。

 加賀美さんが、その赤いカブトムシを掴んだ。

 

「カブトゼクター……まさか天道、お前なのか?」

 

 加賀美さんがカブトムシ型のゼクターをバックルに装填しました。

 

「変身!!」

《 HENSIN 》

『キャストオフ!』

《 CHANGE BEETLE 》

 

 加賀美さんが戦友から託された鎧は、青いクワガタムシではなく、赤いカブトムシの意匠をしていました。

 

 ――少し切ないのは、私個人の少女時代と重ならないというだけの、無意味な感傷。

 色が違っても、インセクトの系譜には正義が宿ると証明された。それでいいじゃない、私。

 

《 CLOCK UP 》

 

 そこからは肉眼で視認できない激突。私は、ゲイツ・リバイブとカブトが、地獄兄弟と戦闘をくり広げているであろう空間を見つめた。視えなくても、目を逸らしたりしません。

 

 10秒を数え終わる前に、4人のライダーが再び視認できるようになりました。

 立っているのはゲイツ・リバイブと仮面ライダーカブト。倒れているのが地獄兄弟。

 

 満身創痍のはずなのに、アナザーカブトはまだ立ち上がります。

 

『俺たちは永遠に二人で……地獄を、彷徨うんだ……』

 

 ゲイツ・リバイブが無言で、ゲイツウォッチのリューズを親指で押しました。

 

《 フィニッシュ・タイム 》

 

 ジカンジャックロー・つめモードのエッジが青いエネルギー波を帯びる。

 ゲイツ・リバイブは、立ち上がったパンチホッパーに、全力全開でジカンジャックローを突き出しました。

 

 負けじとパンチホッパーも立ち上がり、ライダーパンチをぶつけました。

 

 ――勝利の女神は、ゲイツ・リバイブに微笑んだ。

 

 変身を解かれた影山さんが地べたに転がった。

 

『影山ァ!!』

 

 アナザーカブトがゲイツ・リバイブの背後から迫る。

 

 ですが、アナザーカブトの凶手が届く前に、カブトが彼らの間に割って入りました。

 

《 1・2・3 》

『ライダーキック!!』

《 Rider Kick 》

 

 整然と弧を宙に描いた回し蹴りが、アナザーカブトに直撃した。

 

 カブトとアナザーカブトという相性を鑑みなくとも、それがアナザーカブトには甚大なダメージになったことは、私にも明らかでした。

 

 歪んだ変身が強制解除された矢車さんが、地べたに投げ出されて、排出されたアナザーカブトウォッチが砕けました。

 

 ――勝負あり、です。



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Syndrome96 ファイターズ・ビート ③

 不 穏 な フ ラ グ が 建 ち ま し た 。


 私が胸を撫で下ろす、その前に、ツクヨミさんが私の二の腕に掴まりました。

 

「隕石が――!」

 

 気づけば、巨大隕石はそれこそ頭上に在ると錯覚するほどに地上にいました。

 

「いいえ、ツクヨミさん。ソウゴ君とウォズさんがまだ粘っているんです。諦めるには早すぎます」

「……それだけじゃ無理だって、言われたの。スウォルツに。私の力も必要なんだって」

 

 なぜスウォルツさんがツクヨミさんに助言したかはあとで考えます。

 

 ツクヨミさんの“力”といえば、タイムジャッカーの時間停滞と同種らしきあの能力でしょう。

 順当に予想すれば、ツクヨミさんの時間停滞で隕石落下を食い止めて、ジオウとウォズ・ギンガファイナリーのための時間を稼げ、というとこでしょうね。

 

 できる・できないではなく、私が心配なのは、そんな大それたことをしでかしたツクヨミさんの心身に悪い影響が残らないかです。

 万が一にもツクヨミさんが昏倒したりするなら、私がライダー・シンドロームを開放したほうが万倍マシです。

 

「――先生。お願いがあるの」

「どんなことですか?」

「今だけでいいから、手を、握ってて、ほしい」

 

 両手を握り合わせる彼女は、天に祈りを捧げる聖女のようでした。

 私は、白ばんだツクヨミさんの手の上に、自分のそれを重ねました。

 

「いいんですね?」

「うん」

 

 ツクヨミさんが手をほどく。左手で私と手を繋いで、右手は巨大隕石に向けて。

 

「お願い――もう少し時間を!!」

 

 ――時の流れが、堰き止められる。

 

 成功、です。ツクヨミさんの時間停滞で巨大隕石は落下を止めました!

 

 あとはジオウとウォズを信じるだけ。そう思ったところで、ゲイツ・リバイブにスターロードが射して、彼は姿を消しました。たぶんですが、ジオウがトリニティウォッチを使ったから。

 

 しばらくして、表層が赤く熱していた巨大隕石が、空で粉々に砕け散りました。やってくれたんですね。ソウゴ君とウォズさん、そしてゲイツ君も。

 

 私は、隣で満面の笑顔のツクヨミさんの、背中を撫でました。

 

「ありがとうございます。ツクヨミさんのがんばりで、大勢の命が救われました」

「ううん。私は文字通り時間を稼いだだけ。本当に危険な中でやり遂げたのはソウゴたちだわ。だから、お礼は、帰ってきたあの3人組に言ってあげて」

「もちろん言いますとも。それはそれとして、ツクヨミさんが頑張ったのだって本当ですから。よくがんばってくれましたね、ツクヨミさん」

 

 繋いだままの手に、ほんの少し、力を入れた。ツクヨミさんに気持ちが伝わればと願って。

 

 二度目のスターロード。ゲイツ君が戻ってきました。

 私とツクヨミさんは、一足先に戻ったゲイツ君を迎えに行きました。

 

 

 

 

 ジオウのトリニティアーマー解除で元いた場所に送還された俺に、ツクヨミと先生が笑顔で駆け寄ってきた。

 

「やったね、ゲイツ!」

 

 ああ、と頷くべきだ。でも俺は、地べたに倒れたままの地獄兄弟のほうを先に気に留めてしまった。

 

 影山が力任せに拳を叩き下ろした。

 

「俺の、同胞(なかま)たちがッ!」

「――影山」

 

 悔しさに身を震わせる影山に、矢車が這って近づく。

 

「もう一度、『兄貴』って、呼んでくれよ?」

「……“俺”は影山じゃない」

 

 影山瞬の擬態を捨てて、1体のワームの姿があらわになった。ワームの体は緑炎を上げて崩れていく。

 

『お前は俺の、兄貴なんかじゃない――!』

 

 骸も灰も遺さず、怪物は、死んだ。

 

 矢車は影山に擬態したワームに利用されてるとしても構わないと言っていた。ワームであっても、それが影山瞬ならば“可愛い弟”なんだと。

 そう縋らずにいられないほど、本物の影山との死別が悲しかったのか。俺には憶測することしかできない。

 

 立ち上がった矢車は、俺や加賀美新とのすれ違いざまに、言った。

 

「笑えよ。誰か俺を、笑ってくれよ」

 

 口を、謝罪が突いて出る、その前に。

 俺の腕に先生が手を添えて、無言で首を振った。

 何も言ってはだめ、と彼女の目は言語より雄弁に語っている。

 

 矢車は、沈む夕日と同じ方角に、千鳥足で歩いて行って、やがて見えなくなった。

 

「よかったのか?」

「ああいうメンタルの人には、励ましても叱っても、優しくすることさえ、傷に塩を塗る行為です。私も……就活中はそうでしたから」

 

 矢車さんと比べるとおこがましいですが、と言い置いて、先生は語った。

 

 ――先生は、正職員の教師として働き口が決まるまで、大学卒業から4年間を就職活動に費やしたという。

 その期間に食らった無数の不採用通知は、今でも心ににぶい傷跡を残している。

 あの頃は荒れていたから、矢車の「笑えよ」に近い暴言を計都教授や学友に吐き捨てもした。

 そして、「笑え」と言いながら、相手には笑われることはもちろん、励ましや慰めも聞きたくなかった。

 何も言わないで、そっとしておいてほしい。今ならそれがあの時期の本心だったと冷静に分かる――と、先生は締め括った。

 

「だから、矢車さんにも、何も言っちゃいけません。いたずらに心の傷を増やすだけです」

 

 俺より人生経験が豊かな彼女が言うのなら、そうなんだろうと、納得するしかない。

 あえて言葉をかけない。それが人には優しさになる時がある。

 呑み込みがたいと思うのは、きっと俺が彼女ほど“大人”じゃないからなんだろう。

 

 ――物心ついた頃には、銃を握っていた。

 

 戦って戦って戦って。隣で戦っていた兵士が殺されても、いつしかそれが当たり前になっていった。

 2068年にいた頃は、圧政と暴虐に抗うのがルーチンワークだった。

 他人に優しくすることなんて――ココロの扱い方なんて、ミトさんも部隊のオトナたちも、誰も教えちゃくれなかった。

 

 先生の横顔。矢車を無言で見送ったその表情が悲しさによるものだと、分かるくらいにはなったのに。

 彼女をどう慰めるのが最適解か分からない俺は、どうしようもなく未熟者だ。

 

 

 

 

 

 ソウゴ君とウォズさんは、巨大隕石破壊という現代版ハルマゲドンを達成して帰還しました。まごうことなき凱旋です。もうソウゴ君の成績表を書けない立場なのが惜しまれるほどでした。

 

 でも、私の成績表なんかより、よっぽど素敵なプレゼントを貰うことができました。加賀美さんから。

 

 仮面ライダーカブトのライドウォッチです。

 カブトゼクターが加賀美さんの手の中でライドウォッチに変わったんだそうです。元からウォッチだったものがゼクターという形に化けたのか、本物のカブトゼクターがウォッチとなって喪われたのか。それはもう判断のつかないことです。

 どちらであっても加賀美新さんには特別な品だった。加賀美さんはそれをソウゴ君にくれたんです。

 

「国防長官の内示、楽しみにしてるからな。『王様』」

 

 ソウゴ君の晴れ晴れとした笑顔のまぶしさといったら。

 

 ――さて。ここで残る問題です。

 セントパピリアです。お父さんは結局、セントパピリアをどこへ連れてって何をしてるのでしょうか?

 

 スマホに着信履歴なし。私からお父さんのスマホにかけても応答なし。

 

 互いにいい歳した大人ですが、今回ばかりは暗くなっても帰らないお父さんが心配でなりませんでした。

 

 もう何度目か数えるのもやめた、お父さんへの電話。やっぱりお父さんは出ません。

 

「美都せんせー。教授は?」

 

 ソウゴ君に聞かれて、私は首を横に振りました。遅ればせながら、セントパピリアの件はソウゴ君とツクヨミさんにも伝えてあります。

 

 クジゴジ堂にお邪魔して、もう何時間になるでしょう。笑っちゃいますよね。30歳にもなって、自宅に帰って一人で待つのが怖い、なんて。

 

「計都教授は、セントパピリアに何をさせようとしてるのかしら――」

「正しく案内できるのは自分だけ、という言い回しも引っかかるが。行き先に宛てがついていたということだろう?」

「行き先……そうか! 渋谷!」

 

 わっ。ソウゴ君? 急に大声でびっくりです。

 

「加賀美さんと最初に会った時、加賀美さんが俺に聞いたんだ。渋谷はいつあんなに復興したんだ、って。ウォズはそのこと、俺たちと仮面ライダーカブトの時間が混ざり合ってるからって言ったよね。つまり加賀美さん側だと、渋谷は滅んでるんだ!」

「そういえば――ミトさんに習ったレジェンド7の時代だと、渋谷は巨大隕石の直撃を受けて、1999年から廃墟のまま隔離エリアになった……あ、もしかして!?」

「そうそれ! 今は俺たちと加賀美さんの認識のズレで済んでる。けど、きっと何もしなかったら、『渋谷の壊滅』は俺たちの時間でも“本当にあったこと”になっちゃうんじゃないかな。だから計都教授はセントパピリアを連れて行った。渋谷に! 隕石で『滅んだ』渋谷を『甦らせる』ために!」

 

 ソウゴ君とツクヨミさんの出した答えが本当なら、お父さんは、やっぱり私がよく知るお父さんです。

 

 どっと全身から力が抜けて、座った椅子に沈むように体が弛緩した。思ったよりずっと緊張してたみたいです。

 でもそれもここまで。ひと安心。

 だってお父さんは、私が心配するようなことをしでかしに行ったわけじゃない。

 だったら、いつも通りに家に帰ってくる。私は待つことができる。

 

 一日で心が幼い頃に戻ってしまう出来事がたくさんあったせいで、過敏になってたみたいです。

 鍵っ子だった小さな私は、お母さんのいない家で、お父さんの帰りを待っていました。そのせいで結構なさびしんぼうなんですよね、私。

 

 ですが今はとっくに三十路。ただ待つだけじゃなく、家に灯りを点けて、おいしいごはんを作ることができるようになってるんです。

 

「長々と居座ってすみませんでした。私、一度、家に帰ってみることにしますね」

「一人で平気?」

「大丈夫です。ソウゴ君」

「なに?」

「励ましてくれてありがとう。それから、カブトのウォッチを貰えたこと、おめでとうございます。よく頑張りました」

 

 いつもならこの手の祝辞はウォズさんの役目ですが、今回はドタバタ続きでカットでしたから。僭越ながら私からお祝いを。

 

 荷物を持ってお暇しようとした私を、奥から出てきた順一郎さんが引き留めました。

 順一郎さんが私に下さったのは、おむすびの詰まったタッパーでした。ざっと12個。私とお父さんと小夜さん、3人で分ければ適量です。有難く頂戴します。

 

 私はお礼に頭を下げてから、清々しい気持ちでクジゴジ堂をあとにしました。

 

 

 

 

 

 ――次の日になっても、次のまた次の日になっても。

 幾日が過ぎても、父が帰宅することはありませんでした。




 おじさんが作ったおむすび=ソウゴたち4人で分けて一人16個
 食べなきゃいけないソウゴたちの大変さより、おじさんが一生懸命握ったおてては痛くない? そんな心配のほうが先だったあんだるしあです。

 応援のコメントありがとうございます!(>_<) おかげさまで帰る決心がつきました!
 ジオウ本編が終わってひどいジオウロスで塞ぎ込んだ毎日よ! さらば!(`・ω・´)ゞ

 「お願いがある」→「どんなこと?」
 このやりとり、少年少女シリーズでもやったんですよねえ。「なに?」じゃないのがポイント。分かる方いるかな?(^-^;


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Syndrome97 娘の私、教育者の私

 ※必読ススメ「Möbius5 仮面ライダー“4号”は誰だったのか?」
 ※dTVスペシャル『仮面ライダー4号』を視聴していない方々に大変優しくない展開です。


 朝のSHが終わってから、1G教室を出て行く直前でした。男子生徒の一人が私を呼び止めました。

 

「どうしました? 飯田君」

 

 彼は、飯田ケイスケ君。そう、アナザーエグゼイド事件で渦中の人だった少年です。

 心臓の持病は“改変前”より軽度ですが、今でも聖都大学附属病院に定期的に通院しています。その辺りの気配りも、お父さんの飯田さんから重々頼まれています。

 

「門矢さんて、美都せんせーんちに下宿してるんだよね。まだ具合良くならない?」

 

 闘病生活のつらさをよく知る飯田君は、門矢小夜さんが「入院のため休学した」ことを人一倍気にかけて、ちょくちょく彼女の容態を私に尋ねに来ます。

 

「ご家族の方からは、まだ復学させられないと」

 

 嘘ではないけれど本当でもない返事。慣れきってしまった定型句。

 悄然とする飯田君に、全て話してあげられない後ろめたさが、また一つ、積もりました。

 

 ツクヨミさんの話では、彼女のルーツを探るに当たって小夜さんは一度こちらに戻ってきたようなのですが、我が家には帰ってきませんでした。

 保護者であるお兄さんの士さんに連絡して尋ねても、「まだ帰せない」の一点張りです。

 

 ……いけない。そろそろ一時限目のチャイムが鳴る。私がいたままだと、一時限目の教科担当の先生が教室に入れません。

 

 私は今度こそ1G教室をあとにしました。

 

 

 

 

 憂慮すべきは他にもあります。

 ――父の行方もまた、杳として知れません。

 捜索願? とうに右央地区の警察署に提出しました。

 

 娘としてはお父さんが元気でいるか、危ないことになってないかが心配です。ふとした夜に目が覚めて、布団を頭から被って泣き声を上げるほどには。

 

 教員としては、大学教授である父が不在で困る学生さんたちを思って、早く帰ってあげてよ、と八つ当たりしたくなります。大学生は特に、単位一つが卒業、ひいては将来を左右するのだから、進路指導教諭としてはどうしてもその辺、ねえ?

 

 

 職員室に戻るための2階渡り廊下で、足を止めてみました。

 

 窓ガラスに映る自分の像を見て、独り言ちた。

 

「……情けない顔ね」

 

 鏡を見つめるのは勇気が要ること。そう描いてあったのは、いつ読んだ少女漫画だったっけ? この歳になって、それが真理だと痛感する。

 

 窓ガラスに手の平を当てた。ちょうど私自身の顔が隠れるように。

 三つ数えて、思考を仕事モードに。

 さあ、ほら。職員室に戻って、次の授業の準備をしなくちゃ。

 

 手を下ろして踵を返す私――に、「待った」をかけるタイミングで、外からありえない音色が届いた。

 

 列車が線路を走る音と、フルートらしき吹奏楽系のアナウンス。

 慌ててもう一度、窓を、正確には窓の外の風景を、見た。

 

 ――私の見る前で通り過ぎて行った、(すい)(せい)色の列車。

 

 この窓の高さで見える高架や線路はない。そもそもあの列車、空を走ってました。線路だって列車が走るそばから前方に展開しては消えていって。いいえ、それより。そんな()()()()()()()()()なんかより。

 

 私はどうして、あの列車に、泣きたいくらいの懐かしさを感じたの?

 

 立ち尽くす私を叱るように、右の手首が痛みました。

 右手には、アナザーカブト事件の折、士さんに頂いたライダー・シンドロームの封印時計を巻いています。その腕時計のインデックスが、明滅していました。たったさっき見た列車と同じ翠色に。

 

 ――まだ担当授業は残っている。1年G組のクラス主任である以上、生徒たちの提出物のチェックもしなくちゃいけない。たったさっき、そのことで所在の知れない父を責めた私が、業務を放り出すなんて……

 

 

 ピロリロリーン♪ ピロリロリーン♪

 

 

 うひゃ!? って、何だ、スマホの着信ですか。相手は……、……ツクヨミさん?

 

「……織部です」

《よかった、出てくれた! 先生、私、ツクヨミです! アナザーライダーが出たの。ソウゴたちが応戦中。私も向かってるとこ》

 

 戦っていると聞いたらもう我慢できない。分かっていて電話に出た私は、本当にずるい大人です。

 

「ツクヨミさん。現在地を教えてください。先生が車で拾っていきますから、一緒に現場に向かいましょう」

 

 私は出席簿を窓に押しつけて台代わりにして、生徒名簿の隅に場所をメモしました。そして通話を切ってから、急いで職員室へ戻りました。

 

 去年の2学期から今日まで、あれやこれやと仮面ライダー関係で休暇を使い倒した私です。「織部美都はサボリ教師」と囁く先生方が一部いることくらい知っています。

 教師間でならいくら言われてもいいです。1Gの生徒たちを困らせないよう、せめて昼休みには帰れますように!

 

 

 

 

 

 車を飛ばして、ツクヨミさんと合流してから、アナザー電王とジオウたちが戦闘中だというコンビナートまで飛ばしました。

 

 私とツクヨミさんが車を降りた時には、とっくにジオウ・トリニティとアナザー電王が戦って……戦っ、て?

 

 両者の激突に割り込んだ、翠星色のボディの列車。あれ、私がさっき学校で目撃した列車です!

 

 列車が走り去って空へ消えました。するといつ下車したのか、男性が一人、その男性の隣に、能楽のしかめっ面に似たマスクを着けた怪人が1体、立っていました。

 

()()()()()()。お前が魔王だな?」

『え? だ、誰さ』

「名乗ってやる義理はない。俺はお前の創った“最低最悪の未来”を阻むために来た」

 

 男性はベルトを装着すると、電子切符をバックルに読み込ませるようにスライドしました。

 

「変身」

《 アルタイルフォーム 》

 

 (すい)(せい)の装甲。また、郷愁。どうして? この彼を含むどんな平成(レジェンド)ライダーも、私は知らずに育ったはずなのに。

 

『最初に言っておく。俺はかーなーり、強い!』

 

 

 “俺はかーなーり! 強くなった!”

 

 

 またです。知らないのに、また、デジャビュ。

 

「ツクヨミさん。あの人は……?」

「レジェンド8・電王の代のサブライダー(セコンド)、仮面ライダーゼロノス。時の運行を守るライダーだって教わったわ」

「時の――運行」

 

 ゼロノスがデネブと呼んだ怪人が、両手をマシンガンにしてジオウ・トリニティを銃撃した。そこにゼロノスが空かさずサーベルを揮って懐に潜り込んだ。

 

 ちょ、2対1とか、仮面ライダーとしていいんですか!? あ、ジオウ・トリニティは実質3人ですから、3対2ということに? や、ややこしい……!

 

「先生ッ! アナザー電王が!」

 

 ジオウ・トリニティとゼロノス・デネブ組が戦う隙を突いて、アナザー電王が駆け出す。狙いは……煙を上げて停車している、列車? でしょうか?

 

「まだ中に順一郎さんがいる――行かせない!!」

 

 ツクヨミさんが手をかざすと、アナザー電王の足が止まりました。

 時間停滞(擬)スキルですね。でもそれはツクヨミさんに負荷がかかる力だとも知ってます。そしてジオウ・トリニティは仮面ライダーゼロノスと交戦中。でしたらば!

 

「ライダー・シンドローム!!」

 

 アナザーライダーとしての外装を剥がして、止めさせていただきます!

 

 止まった時間が正常に流れ出したと同時、アナザー電王が地面に叩きつけられました。ちゃんと人間の姿になってます。成功した……! ……え?

 

「遠藤、くん?」

「……()()()()? 何で、先生が……」

「先生、彼のこと知ってるの?」

 

 ツクヨミさんに答える前に、物陰から現れたタイムジャッカー。オーラさんです。彼女は遠藤君に歩み寄ると、ありありと不満を呈して遠藤君を見下ろしました。

 

「こんなとこで諦めてもらっちゃ困るんだけど」

 

 指パッチン一つ。オーラさんと遠藤君は姿を消しました。

 

 

 

 

『ツクヨミ! 美都せんせー!』

 

 ジオウ・トリニティが私たちに駆け寄ってきました。

 

『二人とも、大丈夫だった?』

「ええ。ただ……」

 

 遠藤君がアナザーライダーの契約者だったことには驚かされました。ですが、私はなぜかゼロノスに視線を固定していました。

 

 ――懐かしい。

 ――胸が痛い。

 

 ゼロノスが変身を解いた瞬間、私の口は勝手に開いた。

 

()()――」

 

 まともに自意識を保っていられたのは、たぶん、それが最後。



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Syndrome98 Destination Cry After

 ――これは、

   だれの夢なの?

 

 

 “答えはNOだ。私はこの体になってからデジャビュを体験したことがない”

 

 “巧と侑斗じゃないか。いつも一緒に戦ってるだろ?”

 

 “覚えてる、こんな奴はいなかった! 敵は確実に増えてる!”

 

 “間もなくだ……ハッハッハッハ!!”

 

 “誰かが死ぬたびに、時間がリセットされてる”

 

 “俺の()は、仮面ライダー4号だ”

 

 “もうたくさんだ。誰かが犠牲になるのは……”

 

 

 ――それはね、

   お母さんの夢だよ。

 

 

 

………

 

 

……

 

 

 

 

 クジゴジ堂。リビングのソファーに、気を失っている先生を、腕から下ろして横たえた。

 

 ――アナザー電王を取り逃がした直後。俺たち全員の目の前で、先生は糸の切れた人形みたいに倒れた。

 

 ツクヨミに聞いた。現場に着くまでに、すでに先生は様子がおかしかったらしい。はっきりと目に見えて、顔は強張って、雰囲気が張り詰めていたと。単に(シンドローム)開放の負荷だけが原因でない可能性が高い。

 

「ゲイツ。先生はどう?」

 

 ツクヨミがリビングを覗き込んだ。

 ふいに思い出したのは、アナザーウィザードの事件。このソファーに横たわって眠っているのはツクヨミだった。眠るツクヨミを看ていたのは先生だった。

 

「変わらない。目覚める様子もない」

「そう……桜井侑斗がそろそろ話をしたいって言ってるから、先生にも聞いてもらいたかったんだけど……無理そうね」

「起きたあとで伝えるしかない。アナザー電王について知ってたみたいだから、そこも聞かなきゃいけないしな」

 

 俺も店のほうに出ようとしたところ、くい、とジャケットの裾が何かに引かれた。

 先生の手が、俺の服を弱々しく掴んでいた。

 

「先生っ! 気がついた? 気分はどう?」

「ちょっと頭が重いくらいです……運んでくれたんですか?」

「ゲイツがね」

「そうでしたか……ありがとうございました、ゲイツ君。もう平気です。起きますね」

 

 とても平気な人間のツラじゃない、と言うまでもなく、先生はソファーに突いた手を滑らせてバランスを崩した。

 俺は、前にまろび出た先生の上体を支えた。

 

「無理するな」

「すみません。あの、手を焼かせてばかりで申し訳ないんですが、立ち上がるのでこのまま支えてもらっていいですか?」

 

 俺がOKを出すと、先生は俺の肩に思いっきり体重を預けて立ち上がった。人ひとり分の全身運動を支えるのは凄まじくキツイと知った今日この頃。密着したのに、意識する余裕は皆無だった。

 

 

 店に出ると、ソウゴが先生を認めるなり破顔した。先生もソウゴに笑いかけた。

 

 ツクヨミが先に行って、先生が座るためのイスを引いた。先生はツクヨミに礼を言ってイスに座った。

 接客テーブルのイスは4脚しかないから、先に席に着いた4人の内一人が席を譲らないといけない。病み上がりで立たせっぱなしは忍びない。

 

 それに、俺やウォズは元から立ち聞きのほうが好都合だ。

 ゼロノスの桜井侑斗と、奴に付き従うイマジン・デネブが強硬手段に出たならば、立ったままのほうが対処しやすいからな。ファイズガンを携行するツクヨミにも同じことが言える。

 

 ――ソウゴや先生に危害を加えるなんて、俺たちが許さない。

 

 

 

 

 

 どうにか私は、仮面ライダーゼロノスたちとの対談までに目を覚ますことができました。

 

 私自身に、彼らとの面識はないと記憶しています。でしたらこの身に覚えのない懐かしさの正体は、彼らの答えに求めるしかありません。

 

『俺はデネブ! こちらは桜井侑斗!』

「桜井、侑斗……桜井さんですか!?」

 

 私は慌てて桜井さんに頭を下げました。

 

「私、織部計都の娘で美都と申します! 父が昔からお世話になっております!」

 

 仮面ライダー龍騎の史料編集作業の時に、お父さんは言いました。「桜井さんに泣きついてしまった」って。あの口ぶりは長い付き合い相手だからです。分かりますとも、一人娘ですから。

 

「別に。礼を言われるほどのことじゃない」

 

 お返事してくださった! お父さんがプライベートでご縁を結んだ仮面ライダーに会えるなんて。伝説に語られる仮面ライダーや南のおじさま方と会う時より、なんだか感激の種類がちがうと言いますか。

 

「……母親は、どうしてる?」

 

 ――想定外の返し、でした。

 

 ゲイツ君が桜井さんに向ける目の色を変えました。ツクヨミさんもです。それもそのはず。私の母の明光院ミトは、ゲイツ君とツクヨミさんにとって師匠で育ての親ですから。

 

「母は……亡くなりました。未来に帰った、あとで」

「――そうか」

 

 桜井さんはお父さんだけでなく、お母さんとも面識があった?

 

「時の運行ってやつを守ってるって聞いたけど、ゲイツたちみたいに未来から来たってこと?」

「未来を“見て来た”だけだ。その未来で、お前はオーマジオウになって、世界を滅ぼした」

「ソウゴに限ってそんなことにはならない。万が一そうなったとしても、俺が止めてみせる」

「そいつが“最強の力”を手に入れても、同じことが言えるか?」

「言えます」

 

 出しゃばってしまった、と思っても時すでに遅しです。こうなったら言い切るしかありません。僭越ながら申し上げます。

 

「桜井さんが危惧されているのは、強大過ぎて手に負えない力そのものであるかのように聞こえました。常磐ソウゴ君という一少年の人格を、桜井さんはこれっぽっちも見ていません。常磐君が何もしていない現段階で、彼がさも大悪人であるかのように責める言葉を浴びせる桜井さんの考え方こそ、私には危険思想に思えます」

 

 美都せんせー、と呟くように呼んだソウゴ君を向いて、笑いかけてから、桜井さんを再び真剣に見つめ直した。

 

「重ねて言います。常磐君は、何もしていません」

 

 短くない時間、沈黙があった。

 

「口では何とでも言える。俺はお前を必ず斃す」

 

 ……胸が痛むけれど、悔しいし悲しいけれど、さっきの弁護を訂正はしません。

 ソウゴ君は私の生徒です。生徒を許容外の害意から守ることは教師としての使命です。

 

 桜井さんは対談を終わらせる意をあらわに、椅子から立ちました。

 その拍子に、落とし物。気づいた私は当たり前に床からそれを拾い上げました。定期入れ? いえ、中身は写真ですから、フォトフレームです。桜井さんも合わせて男女6人の集合写真をつい眺めて――見過ごせない顔が二つもあることに、私は気づいてしまいました。

 

 一人目は、乾巧さん。今よりお若いですが、彫りの深い顔立ちは変わりありません。

 

 二人目は――2070年の未来で見た、眠っているかのような死に顔。それがちゃんと瞼を開けて、笑ってこそいないけれど柔和な表情を浮かべています。そうです。私のお母さん、生前の明光院ミトです。

 

 顔を上げて桜井さんを凝視したのと同時でした。桜井さんは私の手からフォトフレームを奪い返して、クジゴジ堂を出て行きました。

 桜井さんを追って行こうとしたデネブさんに、私は詰め寄りました。

 

「待ってください!! あの人は母と直接会ったことがあるんですか!?」

 

 デネブさんは私から逃げようとしましたが、そこはゲイツ君が上手く玄関に陣取って通せんぼ。ナイスアシスト、ありがとうございます。

 

『……侑斗は一度、ミトと一緒に戦ったことがあったんだ。仮面ライダードライブも一緒に。ショッカーに立ち向かって……』

「――2015年4月4日」

 

 ゲイツ君?

 

「ミトさんが立ち会った唯一の平成(レジェンド)――その場には、仮面ライダーゼロノスも居合わせてたのか!」

『これ以上は侑斗が本気で怒るから許して! そいじゃごめんね!』

 

 デネブさんはゲイツ君を押しどけて、クジゴジ堂を出て行きました。



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Syndrome99 命短し恋するオトメ ①

 桜井侑斗とデネブがクジゴジ堂を出て行ってしばらく。

 先生はスイッチが切り替わったように事務的に告げた。

 

「そろそろ失礼します。学校に戻らないといけませんので」

 

 先生は踵を返して荷物を回収すると、困惑するソウゴたちに会釈して、玄関に突っ立ったままだった俺の横を通り過ぎようとした。

 

 俺は先生の腕を掴んだ。

 

「知らなくていいのか!? あいつらとミトさんの間に何があったのか。アンタにとっては母親のことだろう!?」

「知りたいですよ。ですがその気持ちを優先できないくらいに、私は定職に就いた社会人なんです。家庭の事情で済ますにも限度があります」

 

 それでもアンタは今日まで時間をやりくりして、時には無理を通して、俺たちに協力すべく駆けつけてくれたじゃないか。

 ミトさんを直接知らなくても、アンタはずっと母親として慕い続けてきたじゃないか。

 俺が知ってるアンタなら、ここでそんなふうに突き放すことは言わなかった。どうしてだ。

 

「……今日はこれ以上、ここに留まっていられません。明光院君、手を離してください。お願い、ですから」

 

 そんな弱りきった声で「お願い」なんて、卑怯だ。

 俺は先生の腕から手を外した。

 

「ありがとうございます」

 

 先生はいびつに苦笑して、今度こそクジゴジ堂を出て行った。

 

 

 

 

 

 私は光ヶ森高校に戻ってから、自分のデスクへダッシュ。15分後に迫る日本史Aの授業に向けて小テストを突貫で採点しました。

 いつもなら一枚ずつポイントを書き込むのですが、今回は省略の上、生徒には口頭説明で許してもらいましょう。

 

 その授業が終わってから、次の授業までコマが一つ空いているので、その間に電話連絡です。

 相手方は予備校。私が就活中に臨時講師としてお世話になったとこです。

 ですが、間が悪くちょうど講義でどの先生も出払っていて、電話に出たのは知らない事務員さんでした。折り返しを言伝して切りました。はあ……

 

 アナザー電王は遠藤君だった。

 ――遠藤タクヤ君。私が予備校に勤めていた頃に教えた生徒です。大学合格を果たしてからは会う機会がなかったんですが、こんな形で再会するとは。

 

 母・ミトと桜井侑斗さんの過去は知りたいですが、それ以上に切実に、遠藤君がアナザー電王の契約を受諾した動機を知りたいです。

 クジゴジ堂のメンバーの中で、遠藤君と顔見知りなのは私だけ。ならば私が動くべきです。

 予備校には、遠藤君の連絡先を教えていただくために連絡しました。個人情報に敏感な昨今、元パートタイマーの私でも教えてくれるかは怪しいんですけどね。

 

 っと、いけません。余裕を持って準備していたつもりが、もう次の日本史Bが迫っています。

 ええっと、小テストに用意した過去門は、っと……足りない。コピー機! いえもういっそ印刷室です!

 

 

 

 

 

 

 よ、ようやく放課になりました……

 

 残業はナシ。昼休みのランチやお茶の休憩を全て仕事に当てて、仕事が残らないように励みましたから。

 

 定時で退勤した私は、学校裏庭の駐車場に置いた自分の車(クジゴジ堂を出た時にタクシーを拾って自力で回収しました)に乗り込んで――深呼吸。

 スマホでツクヨミさんに通話を発信しました。

 

《もしもし、先生!?》

「はい。こんばんは。午前は中途半端に切り上げてすみませんでした。あれから何か変わったことはありませんでしたか?」

《それが……アナザー電王の契約者と知り合いだっていう、大澄ヒロユキって人に会ったの。遠藤タクヤのお姉さんの恋人だったんですって。いま詳しく話を聞こうとしてたとこ》

 

 大澄ヒロユキ。本日二度目の愕然。

 遠藤君と同じです。大澄君も私が予備校で教えた生徒の一人だったんですから。

 

「すぐに向かいます。大澄君に、私の名前を伝えてください。彼が私を覚えててくれたら、まだ話しやすいと思います。覚えていれば、の話ですが」

《分かった。待ってるから、先生》

 

 さあ。ここからはプライベートの時間です。

 

 

 

 

 

 勝手知ったるクジゴジ堂に、暖簾を潜ってお邪魔する――と。

 

「――――」

『あん? 何だ、この女』

 

 赤鬼がいました。人間サイズの、二足歩行の。棍棒なんかは持ってませんけど、鬼以外の何でもありません。

 

 私が答えあぐねていると、赤鬼の一番にいたゲイツ君が、赤鬼の首を絞め落としにかかりました。

 

「俺たちの先生だ。昼間みたいに憑依しようもんなら地獄を見ると思え」

「憑依?」

「イマジンには人間に憑依してその体を好き勝手に操るというリスキーな能力があるんだよ。そういうことだから、王母もお気をつけて」

「は、はあ」

 

 応接テーブルには、ソウゴ君とツクヨミさん。

 正面に座っているのは……ああ。間違いなく大澄ユキヒロ君でした。

 

「大澄君」

「え……お、織部先生!? 何で先生がここにっ」

 

 何で、はこっちの台詞ですよ。

 

「せんせーの知り合いなの?」

「就活中にパートタイムで働いてた予備校の生徒です。大澄君だけでなく、アナザー電王にされた遠藤君もです。当時の私は非常勤の夜間講師でしたので、彼らに限らず生徒さんと顔を合わせる機会は少なかったのですが」

 

 大澄君も遠藤君も、私を覚えててくれたんですね。

 そして、ここにいるということは、遠藤君がアナザー電王になったことと無関係じゃありませんね。

 

「織部先生、この子たちは……」

「いま勤めている高校で、私が主任だったクラスの卒業生です。大澄君にとっては後輩でしょうか。すでに知っているかもしれませんが、非凡な力の持ち主ばかりですよ。――それで。大澄君、遠藤君にあったことが何か、話すことはできますか?」

 

 大澄君は頷いて、語りました。

 

 私は初耳ですが、大澄君は遠藤タクヤ君のお姉さん、遠藤サユリさんと付き合っていたんだそうです。

 結果的にサユリさんは病没されました。

 その原因は大澄君がサユリさんを連れて病院を抜け出したから。少なくとも遠藤君はそれでサユリさんの容態が悪くなったと思い込み、以来、二人の仲は険悪になった。

 

「サユリはもう助からなかった。サユリはそのことを、弟のタクヤ君には言えなかった。だから俺も、タクヤ君にはそのことを秘密にした。サユリが死んでから今日まで、ずっと」

「それじゃあアナタが恨まれ損じゃない。どうして本当のこと、タクヤさんに言わないの?」

「言ったって、タクヤ君の心に空いた穴は埋まらない。タクヤ君もつらいんだ。恨む相手がいたほうが、タクヤ君はまだ楽になれるかもしれないじゃないか――」

 

 大澄君は一見穏やかな、ちょっと押しが弱いくらいに思われがちな青年ですが、実はとても頑固者です。これと決めたらテコでも譲らないのです。予備校時代はそれが受験勉強のモチベーション維持というプラス方向に働きましたが、今回のことはちょーっとよろしくありません。

 とっくに大学に受かって巣立った彼ですが、ここは講師に戻ったつもりで出しゃばりましょう。

 

「大澄君。自覚してないかもしれませんが、君だって恋人のサユリさんが死んだことで、心に穴が空いた一人でしょう? 自分がサユリさんを失った悲しみに俯いたままで、同じ悲しさに囚われた遠藤君の恨み辛みの捌け口になろうというのは、はっきり言って無理があります」

 

 大澄君はふい、と私から目を逸らして、膝の上で両手をきつく握りました。

 

「それに、大澄君は真実を隠すことで、遠藤君に解けない呪いをかけました」

「俺が、タクヤ君に……?」

「はい。今の遠藤君は、大澄君を()()()()()()()()()()()()という、永遠の呪いにかかっています」

 

 大澄君は、遠藤君に逆恨みの余地なんて与えないで、真っ向からありのままを述べるべきでした。全てを知って遠藤君が苦悩するとしてもです。

 お姉さんとの永遠のサヨナラを、納得できる材料があるかないかは、八つ当たりする対象がいるかいないかより、よほど重要なのではないでしょうか。

 

「遠藤君はお姉さんの最期の望みを尊重できないほど、軟弱な男の子でしたか? それこそ大澄君のほうが、私なんかよりよっぽど知ってます」

「……、……はい」

 

 大澄君の「はい」が、私の言葉のどれに対してかは分かりません。

 

 私の言い分が全て正しいから反省しろ、と言いたいのではありません。

 実際は大澄君が憎まれ役をすることで、遠藤君は楽になれているのかもしれません。

 それでも、今言ったような“引きずり方”を、大澄君も遠藤君もしていないか、そのせいで底なし沼に嵌まっていないか、心配性の“先生”は不安になってしまうのです。予備校時代も、現在も。

 

「タクヤ()()のことは、桜井侑斗が何とかしてくれるって――」

『アイツになんか任せられるか!』

 

 わっ。赤鬼さん、怒髪天です。よほど桜井さんと水が合わないのでしょうか。

 

 ――個人的に桜井侑斗さんが気にならないわけじゃありません。直接尋ねたいです。あの写真のこと。どうして若いお母さんと一緒に写っていたのか、どうして乾さんもいたのか、他の人たちはお母さんとどういう仲だったのか。たくさん、いっぱい。

 

 それでも、その気持ちは押し殺す。目の前にも周りにも、私の“生徒たち”がいるから。

 

『オレがあの時間に行ってデンライナーを取り戻……ってダメじゃねえか!! デンライナーがねえんじゃ時を渡れねえ!!』

「そうでもない。アナザー電王を野放しにはできん。2017年に行くぞ」

『おうっ! で、どうやってだ?』

「……黙って付いて来い」

 

 ゲイツ君はモモタロスさんを連れてクジゴジ堂を出て行きました。

 

「待って、ゲイツっ。俺も行く。――いってきます、ツクヨミ。美都せんせー。ユキヒロ()()をよろしく」

「気をつけてね」

 

 ソウゴ君は笑って頷いてから、ゲイツ君たちに続いてクジゴジ堂を出て行きました。ウォズさんもソウゴ君に付いて行きました。



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Syndrome100 命短し恋するオトメ ②

 短くまとめました。


 2017年11月5日。モールイマジンが大澄ヒロユキを介して跳んだ過去に、俺たちもタイムマジーンで不時着した。道中はウォズとモモタロスが同乗したため非常にパニックした道行きだったが割愛する。

 

 遠藤サユリが入院している病院に行くと、予想外の光景に出くわした。

 

 医者も看護師も患者も、我先にと院内から飛び出しては逃げ去っていくのだ。

 

 モモタロスが勇んで、逃げる一人に「どうした!?」と聞いたが、その相手は「ここにも怪物が!」と悲鳴を上げて逃げ去ってしまった。

 

「ここにも、ということは、中にもイマジンやアナザー電王がいるね」

『確かに臭うぜ。イマジンのニオイだ』

 

 これまた勇んで院内に突入したモモタロスに待ったをかける。何せこいつもイマジンだ。目立ちすぎる。よけいな混乱を招きかねない。

 

『だったら~!』

 

 モモタロス憑依を察知した俺は、隣にいたウォズを引っ張って盾にした。

 モモタロスはウォズに憑依した。よし、俺の身の潔白はこれで守れた。

 憑依後にウォズの口調ががらりと変わったことはノーコメントで。

 

 

 俺とウォズ(inモモタロス)で病院の中に駆け込んだ。憑依されたウォズがハイエナのごとくモールイマジンを目指して走ってくれたおかげで道中は案内要らずだ。

 

 俺が追いついた時には、ウォズはすでに仮面ライダーウォズ・ギンガファイナリーに変身して、モールイマジンと交戦していた。

 

 ……加勢すべきなんだろうが、モモタロスの猪突猛進ぶりを見ていると別に助けは要らないのでは? と、どうしても思ってしまったが。

 

 それに、ウォズがモールイマジンを引きつけている今であれば、俺はアナザー電王に集中できる。

 

 まさに遠藤サユリの病室前にいたアナザー電王を認めて、俺はダッシュしてから跳び蹴りを見舞ってやった。

 

「お前の相手は俺だ」

《 ライダー・タイム  カメンライダー  GEIZ 》《 “リバイブ” 剛烈 》

「変身!」

 

 ゲイツ・リバイブへの変身を完了次第、俺はアナザー電王を蹴飛ばし、背負い投げの要領で渡り廊下の窓から外へ突き落した。

 そして、俺も割れた窓から病院の芝生広場に飛び降りた。

 

 

 

 

 そこからは俺とアナザー電王でがむしゃらな取っ組み合いだ。

 

『俺にはお前なんかに構ってる暇はないんだ!!』

『知ったことか!!』

 

 こうしている間にも、大澄ヒロユキが遠藤サユリを外出させるタイミングが来るだろう。そっちは全面的に、あとから合流するソウゴに任せる。

 俺とウォズの役目はあくまでモールイマジン及びアナザー電王の足止めだ。

 

 リバイブウォッチの砂時計を逆転。疾風モードにアーマーチェンジ。

 

 まさに場外に出ようとしたアナザー電王の前に立ちはだかり、ジカンジャックローで敵の胸板を抉って後退させた。

 このままチャージ連打でトドメだ!

 

 クローから放った衝撃波は、しかし、空から飛来したデンライナーの車体に遮られて、アナザー電王に届くことはなかった。

 

『何だと!?』

 

 アナザー電王は傷口を押さえながら後退し、ジャンプしてデンライナーに飛び乗った。

 デンライナーごと敵は一息で消え去ってしまった。

 

 

 

 

 

 俺が遠藤サユリの病室に顔を出すと、ウォズとモモタロスもいた。お互い取り逃がしたらしい。

 

 だが、今はソウゴもいる。過去の遠藤タクヤに事情を説明して、説得している。実直に、真摯に。

 

 最初は激した遠藤タクヤも、ソウゴの話を聞いて事情を呑み込んでいった。

 

「止めてくれ。未来の俺を!」

「分かった」

 

 ソウゴは頼もしい笑みを刷いて、大仕事を請け負った。

 

『お前、なかなかイイ奴だな』

 

 モモタロスのストレートな誉め言葉に、ソウゴは「えへへ」と表情をだらしなくした。

 

 幸運にもウォズが見つけた遠藤サユリと大澄ヒロユキのツーショット写真のおかげで、二人の行き先は特定できた。ならば俺たちは急行するだけだ。

 

 ソウゴやウォズに続いて病室を出たところで、ふと、疑問が頭をもたげた。

 

 

 遠藤サユリは、遺していく弟と恋人が、自分の最期の願いのせいで不仲になることを、少しも想像しなかったのか?

 それとも、承知の上で、大澄ユキヒロとの束の間の逢瀬を選んだのか?

 

 

 ――ふいに、先生の、3月31日までの行動が想い起された。

 

 あの時点で先生は「織部美都は2019年中に死ぬ」と気づいていた。

 気づいて、俺やソウゴに言わなかった。普通に泣いて笑っていた。死期を知った悲壮感なんてみじんも気取らせなかった。

 

 死を前にして、自分より他人を優先した。それ自体は賛美されるべき徳なんだろう。

 けれども、よくよく思えばひどく寒々しくないか?

 

 遠藤サユリみたいに近しい者にワガママを言うほうが、まだ理解できる。だってそれは血の通った人間らしい考え方で……

 

 ――ちがう。

 

 そうじゃない。同じだ。先生だって遠藤サユリと何も変わらない。

 命を使い果たしてでも貫きたい、本気の“何か”がある。それが内に向かうものか外に向かうものかの差でしかない。

 

 ようやく分かったかもしれない。

 

 なあ、ミトさん。途方もない熱量を秘めた生き物なんだな。――女、って。



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Syndrome101 川の流れは絶えずして、しかももとの彼にあらず ①

 じらしに焦らしたアナザージオウⅡ編、ついに始めます。


 気づけば、私を取り巻く世界は激変していた。

 

 

 

 

 混乱から立ち直るために、30分前を回想する。

 

 ――私は2017年に時空転移したソウゴ君たちを見送った。

 直後に、私はクジゴジ堂の外に突っ立っていた。

 

 ふり返れば、クジゴジ堂の店構えは一変、鉄条網と荷箱で組んだバリケードで、がっちりとお店の出入口を封鎖していました。

 

 ただならぬ気配を感じて、私は愛車で光ヶ森高校に向かった。

 

 紛争地のように瓦礫が散らばった街並み。空気を白く濁らせる硝煙。そして、敵意と警戒に充ち満ちた、人々の目、目、目。

 何が起きたのかさっぱり分かりません。それでも、動かないままじゃもっと分かりません。

 

 学校に到着した時には、校門にも、クジゴジ堂のようにバリケードが張られていました。

 

 私は路駐で違反切符を着られる覚悟で、車を正門前に横付けしたまま、校内の敷地に潜り込んだ。

 擦過傷を作って、ストッキングが伝線してしまいましたが、どうにかグラウンドにまろび出て――

 

『動くな』

 

 目と鼻の先に、クロスボウを突きつけられた。

 

「ゲイツ君……?」

 

 私に武器を向けてこうして脅している相手を、見間違うことなんてできない。仮面ライダーゲイツだった。

 

『貴様が魔王の一人娘だな、織部美都? 網を張らせてもらった。貴様が現れるとしたら、ここしかないからな』

 

 魔王の……娘? え、私が? 王母とは何度も呼ばれたけれど、それが急にどうしてそんな呼び方になったの?

 

 彼と私の間には致命的な認識のズレがある。そこまでは分かるのに、それが何かと問われたら具体的に言語化できない。

 

『貴様の身柄を預からせてもらうぞ。今日こそ魔王を討つために……』

「一人娘と呼ぶからには、同時に、その子に手出しすることでこちらの逆鱗に触れるとは思わなかったのですか?」

 

 長いこと聞いてなくても、私には、私にだけは聞き間違えられない声でした。

 

《 Wizard 》

《 Kiva 》

 

 ゲイツの左から水球が、右からコウモリの羽をモチーフにした曲刀が、それぞれ襲った。

 ゲイツは回避のために後ろに跳んで、私から大きく距離を取った。

 

 私を守ったと思しき攻撃の主たちを認めて、ゲイツに武器を向けられたのと同じくらいに混乱しました。

 だって、アナザーライダーだったんです。アナザーウィザードにアナザーキバ。どちらも過去にソウゴ君たちが討ち果たしたはずなのに。

 

 事態は待ってくれず、私はさらなる愕然に襲われることになる。

 

「よく働いてくれました。控えていてください」

 

 アナザーウィザードとアナザーキバは、その声の主に言われるがまま私から離れた。

 

 私は顔を上げて、歩み寄った人物を――私にとっては世界の誰より見間違えられないひとを、見て、しまった。

 

「おとうさん」

 

 ずっと行方知れずだったお父さんでした。

 私がよく知る温和な笑みを浮かべたお父さんでした。

 

 泣いてその胸に飛び込んで、胸板を叩きながら文句を言ってまた泣いて、ってしたいのに、できない、できないです。だってお父さん、その手に握ってるウォッチ、そのアナザージオウウォッチは……!

 

「ただいま、美都。心細い思いをさせてすみませんでした」

 

 お父さんは私の前にしゃがんで、私とまっすぐ目を合わせて、普段の挨拶と変わらないトーンで言いました。

 

「お父、さん。何で、アナザーライダーなんかに。何で! アナザージオウに!」

「“観測者”の役目を降りるに当たっての甚大なペナルティを回避するためです。僕は史料改ざんという最も重い禁を破りましたから、罰も最も重いものでした。端的に言うと、“しゃべること”と“書くこと”ができない体になる予定だったんです。表向きは、脳卒中で倒れて、言語障害と半身麻痺を患う“段取り”になっていました」

 

 ――――なに、それ。

 

「誤解しないでください。美都を責めるつもりはありません。本当に、心から。僕も妻も、あなたには健やかに生きてほしいと願いましたし、その代償なら僕はどんなハンディキャップを持つ体になろうと受け容れる覚悟でした。ですが、歴史の大局は徐々に変わっていきました。妻から聞いた未来とは異なる方向へ。そして、アナザーライダーとなることでペナルティ回避が可能となる事態が訪れました。僕はそれに賭けることにしました」

 

 分からなかった。いいえ、言っていることは理解できた。私が分からなかったのは、お父さんの心。

 父が何を思ってここまでしたかが分からない。それは私の人生で初めてのことだったと言ってもいいです。

 

『ようやく表に出てきたな、ジオウ! 今日こそ貴様を斃して、この時代を救う!!』

 

 ゲイツはリバイブウォッチをドライバーにセットし、リバイブアーマーに換装してから私たちに向かってきました。

 

 お父さんはさしたる動揺もなく、穏やかな微笑のまま、控えていたアナザーウィザードとアナザーキバを呼びました。

 応じて彼らがゲイツ・リバイブの攻撃を受け止めて、攻勢に転じました。

 

「美都。ここにいては危険です。僕と一緒に来てくれますか?」

 

 さっぱり分からない現状の中でも、一つだけ確かなことがありました。

 ――ここで父に言われるがままはダメだということです。

 

 私は立ち上がって、ゲイツ・リバイブとアナザーライダーたちの間に割り込みました。

 案の定、アナザーウィザードもアナザーキバもぴたりと止まりました。

 

「美都……」

「お父さん。何がどうなってるのか説明してくれるなら、あとからじゃなくて、この場で教えてください。でないと私、お父さんと一緒に行くなんてできません」

「……そう言うだろうと思ってはいました」

 

 苦く寂しく笑む父。そのそばに戻ったアナザーライダーの内、アナザーウィザードのほうがテレポートの魔法を使いました。瞬きの間に、お父さんたちは姿を消していました。

 

 この場に残されたのは、私と、ゲイツ・リバイブだけ。

 はっきり言って現状の一つも分かりませんでしたが、やるべきことは明確でした。

 

 私はふり返ってから、地面に正座して、両手を差し出しました。

 

「拘束してください。抵抗はしません。おっしゃる通り、私は“魔王の娘”です。人質としての価値はあります。なんでしたら試しに、指の一本でも切り落として、父に送り付けてみてください。慰み者にしてくださっても結構です。ですからどうか、命だけは」

 

 お父さんを止めなくちゃいけません。私は織部計都の一人娘ですから。

 そして、今この時が正しく現実なのか、それとも歪んだ世界なのか、突き止めなくてはいけません。

 

『……二言はないな?』

「ありません」

『……いいだろう。貴様はこれから俺たちレジスタンスの捕虜だ』

 

 ゲイツ・リバイブが私の両手を掴もうとした時でした。

 

 

 パン!! パパン!! パパパパパパパン!!

 

 

『何だ!?』

 

 爆竹? しかも大量の。煙で一時的に視界が遮られた。

 

 身を竦めた私の、手を、煙の向こうの誰かが掴みました。剥き出しの生身の手です。少なくともゲイツ・リバイブではありません。

 

「先生、こっちだ!!」

 

 ――私を“先生”と呼ぶのなら、付いて行って信用できない道理がない。

 私は手の主に引かれるまま走り出しました。

 

『っ、待て!』

 

 ……引き留める彼の声が、情によるものなら、よかったのに。

 

 

 

 

 

 爆竹の煙を抜けて、散らばる瓦礫の陰に入りました。

 そこでようやく私を助け出した人物が分かって、私はあわや大声を上げかけました。

 

「飛流君……」

 

 加古川飛流君。

 ソウゴ君が事故に遭ったのと同じバスに乗り合わせて生還した二人目の少年。

 バス事故でご両親を亡くしたことでソウゴ君を恨んで、一度はアナザージオウに身を窶してまでソウゴ君を葬ろうとした男の子。

 私を救ったのは、その飛流君だったのです。

 

 どうして飛流君が私を助けてくれたの?

 

「レジスタンスがいなくなるまでは静かにしてろ。人がいなくなったら、一気に駆け抜ける」

 

 訳が分かりませんが、私は固唾を呑んで頷きました。落ち着いて話をできる場所に行かないことには話せませんから。

 

 銃を持った迷彩服の人たちが完全にいなくなったのを見計らって、飛流君は再び私の手を掴んで駆け出しました。

 

 途中で止まって隠れて、また走ってをくり返して、到着した場所。そこは天ノ川学園高校でした。

 

 どうして天ノ川高に? 飛流君はここの出身じゃないはずですが、勝手知ったる母校であるかのように、昇降口から校内に上がってずんずん進んで行きます。

 

 向かう先は……職員室?

 

「失礼します! 戻ったぞ! 如月先生!」

 

 は……はいーーー!?




 訳が分からないだろう? 安心してくれ。自分も分からない(-_-)y-゜゜゜←オイコラ

 お久しぶりです、あんだるしあです。まだお読みになってくださってる方、いますかね?
 というわけで、アナザージオウⅡはオリ主・美都せんせーのお父さん、計都教授でした~パフパフ~。

 何でじゃああああ!?!?(゚Д゚)ノ と、思ってくださる方は、どしどしご意見御寄せください。お待ちしておりますので!щ(゚Д゚щ)カモーン


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Syndrome102 川の流れは絶えずして、しかももとの彼にあらず ②

 おひさっすー。
 本当はこの回で今まで名刺交換したレジェンド諸兄を出したかったのですが、名前だけになってしまいました。陳謝m(_ _"m)
 次は出ます。次こそレジェンドの誰かが出ますから!


 何で!? 何でここで如月弦太朗先生のお名前が出るんです!? 飛流君と如月先生はお知り合いだったんです!?

 

「ども、織部先生! 去年の冬入り以来っ」

 

 立てた二本指でサイン。如月先生のシンボルといっていいポーズ。実際に見るのは半年か1年くらいぶりです。去年の冬前といったって、電話連絡でしたから。

 

「このたびはご迷惑をおかけしまして……」

「あー、あー、そういう堅っ苦しいのは抜きで。ともかく無事に来てくれてよかった! 光ヶ森高の先生方にいい報告ができるぜ」

 

 その光ヶ森高校でバリケードを張られて待ち伏せされていたんですがね。あはは……

 

「本当は、光ヶ森高はレジスタンスの作戦に非協力の方針だったんだ。職員会議で決まったらしい。校庭を提供する代わりに、校舎には全面的に立ち入り禁止。職員の手伝いも出さない。第三者が織部先生を保護したって知らぬ存ぜぬ。まあ、当人の織部先生にすりゃあ堪ったもんじゃねえ扱いだろうけど……」

「いいえ。英断だと思います」

 

 戦時下にあって非戦・中立を貫くほうが難しいのは歴史の常です。戦時下だから、と生徒が徴兵される展開を想像したらゾッとしますもん。

 

 如月先生は苦笑されました。

 

「――変わんねえなあ。織部先生は」

「そう、でしょうか?」

 

 たくさんのことがありました。“仮面ライダー”に関わってから、本当に、たくさん。きっと去年の今頃の自分はこうじゃなかった、と私自身が思うほどなのに。私ってそんなに進歩のない女でしょうかね。

 

「ダチとしちゃあ、もっとこー、自分大事に! って言いてえけど。そこが欠点だけど織部先生の持ち味でもあるしで、あ~、難しいな~」

「ありがとうございます、如月先生」

 

 大丈夫。誠意とご心配はしっかり伝わりましたから。

 

「――、如月先生。部室空けてもらえるって話だけど」

「あーっ、そうだった! わりい、織部先生。天高の活動についてはまたあとで説明すっから、少し休んでてくれ。仮面ライダー部の部室、ザッと片付けといたんで。何か要るもんとかあったら加古川に言ってやってくれ。またあとで!」

 

 ばびゅーんっ!

 

 ……ふふっ。相変わらず台風のようでしたね。如月弦太朗先生は。

 いつも明るくてにぎやかで、パワフルでエネルギッシュ。はあ。若いっていいなあ。

 

「先生。付いて来てくれ。部室まで案内する。先生が『おかしい』と感じてることの説明は、多分、俺しかできない」

「ありがとうございます、飛流君」

 

 仮面ライダー部。天ノ川学園高校にある、如月先生が顧問でOBのクラブですよね。確かソウゴ君はそこで、生活指導の大杉忠太教諭を経由して、フォーゼウォッチを頂いたと聞きました。

 

 職員室を出てから部室棟に向かうまで、廊下で慌ただしく行き交う人たちと何度となくすれ違いました。

 天ノ川高の先生方ばかりではありません。知らない顔をいくつも見ましたもの。正直、気圧されてしまいました。

 

 すると、怖気づいた私に気づいたのか、飛流君は私の手を、逃亡の時みたいに握ってから、歩き出しました。

 ……教え子と同い年の男子と手を繋いで安心するなんて、私も未熟者ですね。

 

 ようやく噂の仮面ライダー部の部室に到着。室内にお邪魔しました。

 

 飛流君が出したガーデンチェアに、厚意に甘えて着席した。飛流君も同じタイプの椅子に腰かけた。

 

「本題から失礼します。尋ねたいことは山ほどありますが、やっぱり一番は、この世界はどう歪んでしまったのかです。飛流君には分かってるんですか?」

「全部分かってるわけじゃない。俺の体験を語ることはできるってだけだ。それでも、いいか?」

「教えてください」

 

 

 ――まず、“ここ”は西暦2019年の日本で間違いない。

 

 どこから“そうなった”のかは飛流君にも分からない。

 いつの間にか。そう、本当にいつの間にか。

 2019年には“魔王ジオウ”が君臨し暴政を敷いている、ということになっていた。

 現に街は焼け崩れ、物流も通信も途絶され、魔王の尖兵は無辜の市民を傷つけている。

 

 魔王ジオウ。正確には、アナザージオウⅡ。タイムジャッカー3人の内、契約を持ちかけたのはスウォルツさん。

 なぜスウォルツさんだと分かるのかと飛流君に尋ねると。

 

「先生が倒れた日に聞いたんだよ。ツクヨミ……から。あのバス事故の時、俺が……跳弾にビビって一番に気絶したこと! そのあとで、一人ぶっ倒れてた俺を、ソウゴが体を張って庇ったこと!」

 

 私が眠っている間にあった出来事に、部外者である私はぽかーんです。

 

「知らない間に何庇われてんだとか命の恩人相手に逆恨みとか! 挙句、元凶相手に怪しい契約受諾して怪人でヒャッハーとか、どれもこれも黒歴史判定もいいとこだっつーの! 死ねよ平成終わる手前の俺!!」

 

 ああっ、飛流君が、お母さんのことを知った日のゲイツ君みたいに! 気を確かに! 反省するのはいいですけど死んじゃだめ~!

 

「って感じに、猛省で悶々する毎日送ってたら、また現れやがったんだよ。スウォルツが」

 

 スウォルツさんは飛流君を勧誘したといいます。常磐ソウゴへの恨みを今度こそ晴らさないか、と。だから彼は答えた。

 

「もう恨むのはやめた――って言ってやったぞザマーミロっ! あの時の余裕総崩れぶり! いなくなるまで震えんの我慢した甲斐があった!」

 

 驚きに声を失うとはこのことです。

 

 ――加古川飛流君は、剣を持たず血を流さず悪を退けた。

 仮面ライダーですら容易に達成しえない一つの偉業を、彼は確かに打ち立てた。

 今のために生きようと呼びかけたソウゴ君の声は、飛流君を確かに揺さぶって、彼のこころは今より遥か先を向いている。

 それが嬉しくて、また泣き出しそう。

 

「よく言いました。すごいですよ、飛流君は」

「……ほんとか?」

「はい。私が君の担任だったら、お父さんとお母さんに『立派な息子さんですね』って本心から言ってますよ」

「そう、か……今度こそおれ、間違えなかった……っ」

 

 涙ぐんだ、晴れ晴れとした笑み。うん、とってもいい顔です。

 私は飛流君の背中をぽふぽふと叩きました。

 

「……でも、今度は俺じゃない奴がアナザージオウになった」

 

 不意打ちで私を襲った、過酷な現実。お父さんがアナザージオウⅡになっていたこと。

 

 お父さん、何で?

 将来体に不自由を患うから、それを回避するためにアナザージオウⅡになったって言った。でも、2019年の一般人をたくさん踏み躙るなんて。

 確かに私がお父さんの立場なら、契約を持ちかけられて頷いてしまうと思います。自分で自分の体を思い通りに動かせないなんて、想像を絶する恐怖です。

 でも、お父さんには私がいたんですよ? これでも、お父さんが倒れたら介護離職する覚悟くらい、教職内定と一緒に密かに決めてたんだから。

 

「織部って割と珍しい苗字だから、真っ先にあんたのこと、思い出した。それで光ヶ森高校に行った時、如月弦太朗先生と出くわしたんだ。如月先生も俺と同じこと考えてた。如月先生が光ヶ森高校の職員室に乗り込んで、先生のこと聞いたんだけど、『当校でも織部教諭の所在は把握しておりません』って、ひたっすらそのくり返し。諦めて帰ろうとしたとこで」

 

 飛流君が上着のポケットから出したのは、ぐしゃぐしゃになったメモ用紙です。

 

「このタレコミが、いつの間にか如月先生のスーツのポケットに入ってたのに気づいた」

 

 メモの筆跡は、3年G組を担当した時に副担任だった大谷先生のものです。

 内容は、レジスタンスが私の捕獲作戦を計画していることと、作戦決行の日付。

 私のことを助けてほしいという文章はありませんが、こんな情報を掴んで黙っている如月先生ではありません。大谷先生は見越した上で如月先生にメッセージを託した?

 

 文末は差出人の「光ヶ森高校教職員一同」で締め括られていました。

 ……こみ上げた嗚咽を呑み込んだ。

 泣いちゃだめ、私。目の前には飛流君がいるんですから。

 

 私は飛流君に話の続きを聞かせてもらいました。

 

 魔王がお父さんだと素性が割れているのは、右央地区全域にアナウンスがあったからだと飛流君は言いました。

 アナウンスでお父さんは本名を名乗った上で一方的な蹂躙を通告した。

 そこまでやるからには、後戻りする気はないんですね、お父さん……

 

 アナザージオウⅡに表立って抗戦する勢力は、レジスタンスを名乗る武装集団のみ。そして、現時点でアナザージオウⅡとまともに戦える兵力を擁するのもレジスタンスのみ。

 おそらくゲイツ君やツクヨミさんはこのレジスタンスの構成員でしょう。その“まともな兵力”がライダーに変身できるゲイツ君。次点で、時間停滞スキルを持ったツクヨミさん、といったところでしょうか。

 

 では天ノ川高校にいる人たちもレジスタンスなのかと尋ねると、飛流君は違うと答えました。

 

 ここに集まった人たちは、レジスタンスでなく「シェルター」という活動しているといいます。構成員は徹底して非戦を貫く。戦闘行為で傷ついた人を保護しケアするのが活動の軸です。そこに陣営の別はありません。一般市民でも、レジスタンスの兵士でも。

 

 物資の支援は火野映司議員から。専門医療が必要な時は、宝生先生や鏡先生といった聖都大学附属病院のお医者様をお呼びして処置してもらっているそうです。……知っている名前ばかり出てくるのは、運命の妙か、単に世間の狭さゆえか。

 

「今の俺は、ここでシェルター活動しながら、アナザージオウⅡを調べてる。先生はどうする? ここに居たほうが安全だと思うけど、いたくないってことなら、送ってくくらいはする」

「いいえ。飛流君がアナザージオウⅡを……お父さんのことを調べてくれてるなら、私にも手伝わせてください。いえ、一緒に調べさせてください。父があんな暴挙に走った一因は私にあるんですから。それにシェルターの活動もやらせていただきたいです。こちらは、それこそお邪魔にならなければ、ですけど……」

「シェルターの手伝いのほうは、大杉って先生が『孫の手も借りたい~!』とか悲鳴上げたから大丈夫だろ」

 

 よかったです。でも、敵の親玉の実の娘を匿って大丈夫かは、大杉先生にも如月先生にもあとで確認しておかなくちゃいけません。それを理由に父たちやレジスタンスから難癖や攻撃を食らったら大変ですから。




 今は自分にできることから。その辺を弁えてるのが織部美都という人間です。

 飛流を神敬介の診療所に同行させたのはこの展開のためでした。ツクヨミから真相を聞いていてもおかしくなかった布石を置いておく。
 はい、どんぴしゃり~。当時はそこまで考えてなかったんで自分でも「よっしゃあ!」でした。更生に当てられてマジよかった(T_T)


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Syndrome103 淀みに浮かぶ泡沫は、かつ消えかつ結びて

 ゲイツマジェスティはよщ(゚Д゚щ)
 そう思っていたら書き上がっていた今回の話。


 天ノ川学園高校でシェルター活動に参加してから数日経ちました。

 

 私の一日の生活リズムはさして崩れてはいません。

 仮面ライダー部の部室で起床して、職員室に顔を出してご挨拶。職員会議がそのまま活動方針の打合せなので、端っこで聞かせていただく。解散前に如月先生と軽くお話しして、お仕事開始です。

 

 ケガ人がたくさん収容されている保健室を訪ねて、中でも特に10~20代女性の、体を拭いたりデリケートな相談に乗ったり。

 

 容態が悪化した人がいたら、すぐに聖都大学附属病院に119番。すると迅速にお医者様が駆けつけてくれます。

 ついさっき、まさにその案件で、宝生永夢先生が天ノ川学園にいらっしゃいました。小学生の女の子が食欲不振だったので、小児科医の宝生先生が来てくださったんですよね。

 診断は……やっぱりと言うべきか、避難生活のストレスによるものでした。

 

 

 女の子の処置が終わってから、宝生先生はわざわざ私にお暇を言いに来てくださいました。

 

「あらためて、お久しぶりです、織部先生。……こういう呑気なこと言っていいか、ちょっと、分かんないんですけど」

「お気遣いありがとうございます。宝生先生はお変わりありませんか?」

「僕自身はこれといって。飛彩さんは、外の戦闘で病院に搬送される患者さんが増えたから、ずっとバタバタしてますけど。ほら、飛彩さん、外科医ですから」

「ああ、なるほど。それは大変ですよね。ご無理はなさらないよう、鏡先生にお伝えしてもらっても……いい、ですか?」

「それくらいお安い御用です。――織部先生こそ、何か困ってることはありませんか? 僕で助けになれることなら、何でも言ってください」

「私も今のところは大丈夫です。その時が来たら甘えるかもしれませんが、よろしいですか?」

「はい。待っています」

 

 私は、帰っていく宝生先生を、学園の正門までお見送りしました。

 

 

 

 

 

 私がシェルターでする仕事に、負傷者と、学園詰めの先生方と有志の皆さんの衣類の洗濯があります。

 

 こちらも、私が洗うのはやっぱり妙齢の女性のものがメインです。そこを気にする女性は決して少なくないですから。

 同年代の女性スタッフが皆無ではないですが、現状は猫の手……大杉先生の言い方に倣うなら「孫の手も借りたい」くらいの人手不足ですからね。

 

 とはいえ、学園にいる適齢期の女性まるまる一日分の洗濯は大変です。学校という建物の性質上、洗濯機の台数は少ない。でも負傷者は日々増えて、つまり洗濯物も増える一方。

 よって洗濯機に入りそびれた衣類は、何と洗濯板による手洗いでやってたりします。私、手洗い班なんですよね。

 ゴム手袋をしていても、洗濯板の凸凹に爪が引っかかって剥げそうになったことなんて、数えるのもやめたくらい。

 

 こういうルーチンワークを熱心にこなしていても、直面すべき現実は頭の中で渦巻いている。

 

 

 ――魔王と綽名されて、実際に無辜の市民を大勢苦しめているアナザージオウⅡは、私のお父さんの織部計都。私にとっては、過酷な、現実。

 

 何故かを問い質すのはやめにした。いえ、正確には、もちろん聞かせてもらうけど、理由を聞くより先にお父さんの非道そのものを止めるのを優先しようと考えた。

 このシェルターで、傷を負った人たちを見て、夜に布団を被って嗚咽を殺す人たちを知って、肉親の情は捨てなくちゃいけないんだと身に詰まされた。

 

 飛流君にその考えを打ち明けると、飛流君は「魔王の拠点を探す」と言って毎日出かけるようになってしまいました。

 相談相手を間違えたと気づいてもあとの祭り。今日も飛流君は、銃弾飛び交う戦場と化した市街地を駆けずり回っているのでしょう。

 昨日もおとといも言いましたけど、今日こそもうやめてくれるよう言い聞かせなくちゃいけません。飛流君みたいな若者がそんな危地に飛び込むくらいなら、私自身の足でお父さんを探します。

 

 

 よしんば見つかったとして、お父さんといざ対面した時に、私がすべきことは何か。

 

 止める。でも、どうやって?

 ライダー・シンドロームを開放する? お父さんだって今やアナザーライダーなのに、そんなぼんやりした対案でいいの?

 

 だからといって助けを求める宛ても無い。

 ソウゴ君はアナザー電王にされた遠藤君を追って2017年に跳んでから音信不通です。ウォズさんも右に同じ。

 ゲイツ君は私を目の敵にするレジスタンスの兵士だと判明しています。まず交渉のテーブルに着いてくれないでしょう。

 

 こんな時こそ、ずっと私とお父さんを援助してくれたおじさま方――昭和ライダーの皆さんに助けを仰ぐべきなのでしょうか?

 

 皆さんが国外でそれぞれ闘っているのは承知しています。してるんです。

 でも同時に、私かお父さんが助けを求めれば、皆さんが駆けつけてくださるのも、幼少期からの付き合いで知ってるんです。

 

 ――苦しい。

 ――今日で3日目。いつも思考はここで迷宮入り。

 

 

「なあ、そこのあんた。ちょっといいか」

 

 っ、いけない、思案に没頭しすぎてしまいました。どなたかご用事みたいです。

 

「はい。どうされまし……」

 

 ――絶句、した。

 

「洗濯の仕事をしたいと言ったら、ここへ行くよう先生たちに言われた。これでもクリーニング屋だからな。あんたがいることも聞いてる。久しぶりだな、織部さん」

 

 乾巧さん……桜井侑斗さんの持っていた写真に一緒に映っていた人。お母さんと並んで闘った歴史がどこかにあったかもしれない、いつかどこかの、仮面ライダー555……

 

 

 ――“笑わせるな! ハッピーエンドに変えてやるよ!”――

 

 

 ここまで押し殺してきたものがこみ上げて、溢れ返って、私は泣き崩れた。

 

「お、おい!? ど、どうした、大丈夫かっ?」

 

 違います。痛いとこも怖かったこともありません。

 ただ、周りがみんな“年下”だったから。

 助けに来てくれた飛流君も、出迎えてくれた如月先生も、励ましてくださった宝生先生も。

 私は最年長だから、情けないとこは見せられない。

 そう思って気を張っていたのに、乾さんだけは年上だったから。お会いした途端、我慢が、限界で。

 

 ぐじゃぐじゃと泣く私の、頭を、乾さんは両手で左右から包んで、ことん、と彼の胸板に当てさせました。

 

「――遅くなった。もう、大丈夫だ」

 

 ここに来てから、色んな人が何度も言ってくれた言葉なのに。言った人間が乾さんだというだけで、罪深いほどに、大きく安堵してしまったのです。

 

 

 

 

 

 私が泣き止んでから、乾さんは、私の分担とは別の洗濯物の山を、洗濯板で手洗いし始めました。

 私も作業に戻ろうとしたのですが、「休憩してろ」と乾さんにやんわり止められて、こうして水場近くの段差に腰掛けています。気遣われていることくらい、分かります。

 

「乾さんは、どうして天ノ川学園に来ようと思ったんですか? 純粋にボランティアで?」

「まあ、それもある。洗濯関係が人手不足だって聞いたもんでな。でも、それだけじゃあない。『天ノ川学園に魔王の一人娘が匿われてる』って噂が流れてきた。あんただと確信があったわけじゃないが……嫌なほうの予想が当たっちまった」

「そう、でしたか……あの、いいんですか? 私と一緒にいて。『魔王の娘』と仲がいいと思われたら、乾さんの立場が悪くなるんじゃ」

 

 しゃべりながらもずっと動いていた乾さんの手が、ぴた、と止まった。

 

 乾さんは一度洗濯物を置いてから、ゴム手袋を外して、私の正面に、目線の高さを合わせるようにしゃがみました。……ええと、怒ってます?

 

「あのな。立場がどうとかいうのが嫌なら、最初っから俺は、あんたに会いに来てない」

 

 ――――あ。

 

「さっき泣いたあんたを見て、確信したよ。やっぱり来てよかった、ってな。あんたのためなら、って理由で動く“物好き”は他にも大勢いるだろ? もう少し寄りかかってもいいんじゃないか?」

 

 頭に奔る面影。飛流君、如月先生、宝生先生――私にはもったいないくらい、たくさんの善い人たち。

 

 また泣き出してしまいそうになった。



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Syndrome104 久しくとゞまりたるためしなし

 加古川プッシュ回です。


 加古川飛流には分からない。

 

 自分がどうしてこうも必死になって、織部美都という教師のために駆けずり回っているのか。

 なぜ、どこで流れ弾に当たって死ぬとも知れない戦場を、走っているのか。

 

 最初のきっかけは、ささやかな後ろめたさ。

 

(俺がアナザージオウⅡにならなかったから、こんなことに)

 

 無論、お門違いだ。それは飛流とてわきまえている。飛流がスウォルツの誘いを蹴ったことと、新たにアナザージオウとなった人物の暴虐に因果関係はない。

 

 次に思い当たったのは、常磐ソウゴとの和解を仲立ちした美都への恩返し。

 

(ソウゴのことは『恨むのをやめた』んであって、ソウゴへの蟠りがなくなったわけじゃない。先生がいたから劇的に解決したなんてことはない)

 

 ならば、と3つ目以降の動機を探そうとして、いつも詰む。

 

 美都の――美都とソウゴのためにここまでする自分が、加古川飛流には分からない。

 

 

 

 

 

 

 その日も飛流はアナザージオウⅡの根城を探して市内を探索していた。

 美都から「危ないからもうやめてください」と訴えられたが、飛流にはやめる気など欠片もなかった。

 

 右央地区で池のある公園に出た時だった。

 

 目当てのものではないが、飛流は常磐ソウゴを見つけた。

 ただ見つけただけではない。ソウゴはグランドジオウに変身して、アナザー鎧武、アナザーアギト、アナザー電王と交戦中だった。

 

 飛流は迷わなかった。

 携帯しているスタングレネードと爆竹をありったけ、グランドジオウとアナザーライダー軍団の間に投げ込んだ。

 ホールインワン。爆竹が爆ぜて白煙が立ち、発光に視界を奪われたアナザーライダー軍団。

 

 飛流はグランドジオウに駆け寄って、ごつい金のアーマーで覆われた腕を掴んだ。

 

『飛流!?』

「逃げるぞソウゴ! 付いて来い!」

 

 グランドジオウは身動きが取れないアナザーライダー軍団と飛流を交互に見てから、変身を解いた。

 

 飛流はソウゴの剥き出しの腕を掴んで、二人で走り出した。

 

 

 

 

 

 飛流がソウゴを連れて逃げ込んだのは、あらかじめ隠れ場所として目星をつけておいた地下駐車場である。

 

 ソウゴは飛流が腕を離すなり、そのままコンクリートの地べたに大の字に転がった。

 飛流より息が荒い。当然だ。ソウゴのほうはたったさっきまで織部計都の手下のアナザーライダーと交戦していたのだから。

 

 飛流もまたソウゴのように地べたに座り込んだ。ソウゴには背中を向けて。

 

「お前、俺に説教した時の威勢はどこ行ったんだよ。乗り越えられるんじゃなかったのかよ」

「……無理だよ。ゲイツもツクヨミも俺のこと忘れてた。しかもウォズまで、俺に仕えるのやめるって。これからは計都教授が我が魔王だって。……俺が未来でオーマジオウとの戦った時、劣勢になったから? オーマジオウに敵わない俺に王の資格なんてないって、そう、思われた……?」

 

 ここまでお前に何があったのか一から説明しろ、と問い詰めたい気持ちを、飛流は自制心のみで抑えた。

 

「じゃあどうすんだよ。魔王になるの、やめんのか? このまま指くわえて、魔王モドキのジジイがふんぞり返って世界を壊してくのを見てるだけか?」

 

 常磐ソウゴは答えない。

 

「俺は別にそうでもいいけどな。そしたらお前もめでたく俺と同類、負け犬の仲間入りだ」

「負け犬、か……こういう気分なんだな、夢破れるって……」

「――なあ。そもそもお前さ、何で『王様になりたい』なんて思ったんだ?」

「考えたことないよ。産まれた時から、王様になる気がし、て……」

 

 続く言葉はない。

 飛流が訝しんで振り返ると、ソウゴは目を大きく瞠っていた。

 

「思い出した――おれは世界を良くしたいから、王様になりたいって言ったんだ。父さんと母さんに、自分で、そう、答えたんだ」

 

 ソウゴが跳ね起きて、強引に飛流の両手を握った。熱烈に。

 

「ありがと、飛流! 飛流のおかげで思い出せた! 俺が王様に、魔王になりたかった、スタートライン!」

「俺、何もしてないぞ」

「したよ、めちゃくちゃした! さっき助けに来てくれたのが飛流でほんっとよかった!」

 

 このままだとソウゴは感謝と称してハグまでされかねないテンションだったので、飛流は勢いをつけてソウゴの手を振り払った。何が悲しくて野郎同士で抱擁し合わなければならないのか。

 

 泣いた烏がもう笑ったところで、飛流は立ち上がり、ソウゴに手を伸べた。

 ソウゴは飛流の手を掴み返して立ち上がった。

 

 

 ――しかし、これで順風満帆と行かないのが人生で。

 

「見つけたぞ。二人目のジオウ」

 

 地下駐車場に下りてくる、ゲイツ。ドライバーは装着済み。両手にはゲイツライドウォッチとリバイブウォッチ。呵責なく常磐ソウゴを討ち滅ぼすつもりだと否が応でも分かった。

 

《 GEIZ 》《 GEIZ “リバイブ”  疾風 》

「変身!」

《 リバイブ・リバイブ・リバイブ  リバイブ・リバイブ・リバイブ  リバイブ-疾風 》

 

 ゲイツ・リバイブ疾風アーマーがソウゴを目指して駆けてくる。ソウゴはまだ変身すら完了していないのに。

 今の飛流の手持ち装備は爆竹くらい。スタングレネードは先ほどの目晦ましで使い切ってしまった。

 

「ソウゴ!!」

 

 ソウゴはとっさのようにジクウドライバーを取り出したが、何を思ったのか、ドライバーをわざと手から離して床に落とした。

 

 まさにソウゴに斬りかからんとしたゲイツ・リバイブが、寸前でジカンジャックローを止めた。

 

『何のつもりだ!』

「俺とゲイツが戦う意味なんてない!」

『意味ならある! お前と戦い散っていった仲間たちの悔しさ、ここで晴らす!』

 

 このまま明光院ゲイツに常磐ソウゴが殺されでもしたら、全てが台無しだ。

 

 飛流は地下駐車場の柱に隠れて、スマホから美都に通話を発信した。

 

 

 

 

 

 本当の魔王は織部計都なのか、それともこの異分子のジオウ・常磐ソウゴこそが本命なのか。

 

 どちらでもいい。「ジオウ」を名乗る以上、どちらもこの世界の敵で、討つべき悪だ。

 

 頑として変身しようとしない常磐ソウゴの胸倉を掴んだ。

 だが、ソウゴは怯えるどころか、まっすぐな目で俺を見上げた。

 

「ゲイツ。君は俺に約束してくれた。『最低最悪の魔王になったら、俺が斃してやる』って。俺を斃したいと思うなら、斃せばいい。ゲイツが俺と闘う時は、俺が最低最悪の魔王になったってことだから」

 

 だったら――望み通りにこの場で葬り去ってやる!

 

 ジカンジャックローを大上段に振り被った。

 

「ライダー・シンドローム!!」

 

 振り下ろした俺の手から武器が消失していた。一体何が起きたんだ!?

 

「ソウゴ君! ゲイツ君!」

「美都せんせーっ!」

 

 いつかの作戦で鹵獲しそこねた「魔王の一人娘」織部美都が、息を荒くしてこちらに走ってきていた。

 

「せんせー、何でここが……」

「飛流君から電話があったんです。君とゲイツ君が戦っているって。間に合って、ほんとによかった……!」

 

 いつの間にか柱に隠れていた男が、出てきてソウゴたちに駆け寄った。

 織部美都はその男にソウゴを任せて、決然とした貌で俺の真正面まで歩いてきた。

 

「明光院君。恐れ入りますが歯を食いしばってください」

『――は?』

 

 俺の意見を待たずして、織部美都の平手が俺のフェイスマスクに炸裂した。

 

 

 

 

 

 殴った。平手で。自分の掌が痛くなるくらい、強く、激しく。

 教職人生4年半で最大の威力だと断言できる力で。



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Syndrome105 教師的倫理での至上命題

 明光院君を殴った。

 平手打ち。自分の掌が痛くなるくらい、強く、激しく。

 教職人生4年半で最大の威力だと断言できる力だった。

 

 

 

 

 

 

 魔王ジオウの一人娘に、顔面を引っぱたかれた。

 

 フェイスマスクがあるから痛みそのものは無いに等しい。むしろ俺のフェイスパーツを素手で殴るなんて乱行をやらかして、凹凸のせいで殴った手からだらだら血を流す織部美都の手のほうがダメージそのものは大きいはずだ。

 

 手から血を流そうが。顔が汗だくだろうが。

 俺を捉える眼光の輝きににいささかの衰えはない。

 

「なぜ私がこうしたか、分かりますか? 当然ですが、教師が教育を騙って生徒に暴力を揮うのは許されない行為です。有罪です。実刑ものです。ですが! 正しい指導にどうしても必要不可欠でしたら、私はやります。私はそのためにいるんです。それが教師です。場所が銃弾の飛び交う戦場であっても、そこに生徒がいるなら何も変わりません。いいですか、明光院君? 若者や子供を教えることには、それほどに意義があります。間違いを犯す前の君を止めることには、それくらいに意味があります。()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 ――――ものすごいことを、言われた。

 

 

 相手が魔王の娘であることも、知らない女であることも、頭からふっ飛んだ。

 

 人ひとりの、存在の全肯定。

 

 こんなもの、言葉の暴力だ。それもプラス方向に針が振り切れたポジティブオーバーフローだ。

 

 俺を殴ったことで、反撃で俺に殺されていたとしても。

 ここに来るまでにレジスタンスの兵士に捕まって暴行されていたとしても。

 まずもって外に出て流れ弾に当たって運悪く死んだとしても。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 彼女は俺にそう言った。それを言うためだけに走ってきた。

 

 

 俺を覆っていたアーマーが消えた。変身が解除された。

 だって、無理だ。俺にはもう織部美都を傷つけるなんてできない。

 復讐心も戦う理由も完膚なきまでに叩き折られたのに、力が維持できるわけがなかった。

 

 彼女は踵を返して、今度はジオウのもとへ歩いていく。

 

「美都、せん、せ」

 

 俺と打ち合った時には決して上げなかった弱々しい声を、ジオウが発したと同時、彼女はジオウを思いきり抱き締めた。

 

「間に合ってよかった。君が死んでしまうようなことにならなくて、本当によかった」

「せんせぇ……!」

 

 そいつは織部美都の背中に力の限り縋って、泣いてしゃくり上げた。

 不安だった、怖かった、どうしていいか分からなかった、さびしかった。

 魔王であるはずの少年が、嗚咽で満足に言葉になっていない胸中を、涙と共に吐露している。

 

「明光院君を止めた時と同じです。ソウゴ君。君が窮地を脱することには、私が命を賭けるだけの重みがある。そう信じました。そこに疑問は一つだってありません。君にはそれほどの価値があります」

「う、ん…っ、せんせぇ…美都せんせー…!」

 

 ――ソウゴ、と呼んだ男が落ち着いてから、織部美都は服の袖でソウゴの涙の跡を拭った。

 

「ソウゴ君。今まで真剣に向き合わなかった私を、許してくれますか?」

「美都せんせーが俺を無視したなんて、俺、思ったことないよ!」

「ありがとう。でも、最後の一歩が足りていませんでした。常磐ソウゴ君のための“指導”が。――ソウゴ君。最高最善の魔王に()()()()()()()

 

 ソウゴは信じられないものを見る目で彼女に掴みかかった。

 

「……いいの? 美都せんせー、俺の、“俺だけの先生”に、なってくれるの?」

「なります。ソウゴ君の進路が当人の望みの通りならどういう結末でもいい、なんて投げたスタンスはおしまいです。――私はさっき、君の窮地に間に合いました。ソウゴ君は将来、王様になるんです。私の命程度で、世界のみんなを護る王様を正しく指導できるなら、たとえ死んだとしても、そこに悔いなんてありません」

「死んじゃだめだ!!」

 

 今度はソウゴが逆に彼女を抱きすくめた。

 

「美都せんせーは死なせない。俺が“最高最善の魔王”になる時には、美都せんせーがいなきゃ嫌だよ。見届けて。俺が俺の夢を叶えるのを。俺が未来を変えるのを。美都せんせーだけは、最後まで全部!」

「――ええ、私たちの“王様”。君が私を『先生』と呼んでくれる限り、いつまでも」

 

 織部美都は慈しみ深い笑みを刷いて、ソウゴを柔らかく抱きしめ返した。

 ――母親を取られた子どもじみた苛立ちが湧いて、俺は密かに拳を握り固めた。

 

「それでいい。これにて一時休戦だな」

 

 この場にいる誰のものでもない声で、俺は我に返って身構えた。

 

 レジスタンスの兵装をした男が悠々と歩み寄ってくる。少なくとも俺には見覚えがない男だ。どこかの分隊か支部のメンバーか?

 

「ゲイツ!」

「ツクヨミ?」

「妹が別件で留守なんでな。俺が連れてきてやった。そこにいる『二人目のジオウ』と『魔王の娘』の話を聞いてみたい、だとさ」

 

 駆けつけたツクヨミは、まず俺のそばにしゃがんで傷を診た。

 話が聞きたいと言うからには、まさかあいつらに無防備に駆け寄ったりしないだろうな、なんて危惧しただけ、安堵もした。



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Syndrome106 ガールズ・フレンドシップ・リテイク

 女子の友情回、再び。


 ――右央地区、中心街。人工森林の中にあった多機能公園は、アラビアンな意匠の宮殿と敷地へと一変している。

 

 宮殿のヌシは、巷に「魔王」と仇名される()()()()()()()()()()()アナザージオウⅡ。ほかの住人は、オーラをはじめとするタイムジャッカー3名とウォズを除き、怪人怪物しかいない。

 

 

 大広間に仄暗く灯ったシャンデリアの下、玉座には初老の紳士が座している。

 

 室内の端に設けられたバーカウンターで、オーラは適当にグラスをいじりながら、玉座に目を流した。アナザージオウⅡの契約者――織部計都に。

 

「新たな我が魔王」

 

 ウォズが計都に向かって跪く。

 

「アナタに御目通り願いたいと訴える者が来ておりますが」

「会います。ここへお連れしてください」

 

 御意に、とウォズは大仰に礼を取って大広間を出て行った。

 

「いいの? レジスタンスの差し向けた刺客かもしれないわよ。アナタのアナザーライダーもやられちゃったあとだし、ホイホイ招き入れるのってどうなの?」

「心配してくださってありがとうございます。オーラさんは優しいですね」

 

 この平和ボケ著しい優男を、スウォルツはなぜアナザージオウⅡに擁立したのか。オーラにはとんと読めないでいた。

 

(でも本当に理解できないのは、このジジイが未だに()()()()()()()()()()()()()()こと。温和な言い回しではぐらかしてるけど、コイツはスウォルツの言うことをそっくりそのまま実行したことはない。遠回しにネチネチ言われたって平然とそれ以上にえぐいの切り返してたし。かと思えば、さっきみたいにワタシやウールには何かと低姿勢で、隙あらば上から目線の誉め言葉。やりにくいって以上に、得体が知れない)

 

「どうかしましたか? 僕でよければ話し相手くらいはできますよ」

「別に」

 

 ウォズが大広間に帰ってきた。

 

 オーラは内心「げ」である。ウォズが連れて来た招かざる客は、門矢小夜だったのだから。

 しかもすでに大神官ビシュムのドレス姿だ。間違いなく殴り込みだ。

 

「小夜さんでしたか。お久しぶりです」

「来たのがわたしだって分かってたくせに」

 だというのに、新しいアナザージオウはのほほんと世間話など始めた。

「体調はもう大丈夫ですか?」

「ええ。両眼の封印は間に合わせだけど、ちょっとやそっとじゃ気分が悪くならないくらい、しっかり回復してきた。そういう計都さんこそ、体、なんともないんだ。そっちのほうにびっくり」

「おかげさまで」

「……聞かないの? 小夜が何しに来たか」

「僕を斃しに来たわけではないことは承知していますよ。本気なら、あなたは必ず娘を同行させています。こんな話をするためじゃあないですよね? 小夜さんが本当に話し合いたいお相手は――」

 

 計都の視線がオーラに向いたので、オーラは心底このホールから逃げたくなった。

 

 小夜は答えない。俯いたせいで白いヴェールが垂れて、その横顔は窺えない。

 やがて小夜は意を決したかのように毅然と顔を上げた。

 

「オーラちゃんに話があって来た。お願い、逃げずに聞いて」

 

 言葉に強制力はないのに、お願い、と言われて留まったのが致命的な隙だった。

 

「ずっと言いそびれてた。ツクヨミちゃんには言ったけど、オーラちゃんには言わなかった。フェアじゃないと思った。だから来たの」

 

 小夜はオーラのもとまで歩み寄り、まっすぐ目を合わせた。

 

「わたし、貴女と友達になりたい」

 

 ―――何を言われたのか、理解、できなかった。

 

 小夜はお構いなしにオーラの両手を取った。

 

「オーラちゃん、ここを出よう。このままだときっと良くない未来になる。“視た”わけじゃないけど、嫌な予感がずっとしてるの。お願い、一緒に来て」

 

 オーラは完全に処理落ちを起こしていた。何も言い返せない。そのためのボキャブラリーが爆散した。

 

 不意に、小夜が勢いよく大広間のドアを顧みた。見れば計都も険しい顔で同じくしている。

 

 

 ババババババババンッ、バンッ!!!!

 

 

 消灯。降り注ぐシャンデリアの欠片。

 反射で身を庇ったオーラを、小夜が両腕に抱きすくめてその場にしゃがんだ。広いドレスの袖に守られたオーラに、ガラス片は一つも当たらなかった。

 

「海東さん! 前に白いほうのウォズさんの未来ノート、盗ってってるじゃない!」

 

 小夜が怒鳴り散らした先には、ブリーチをかけた痩身の男がいた。

 

「この上、計都さんのアナザージオウⅡウォッチまで盗ろうっていうの!?」

「未発事象の誘引と、主観・客体時間の捏造と、比べるなら後者のほうが断然価値が高いお宝じゃないか」

「お兄ちゃんと同期なのに、何でこっちはやんちゃに拍車かかったかなぁ!?」

 

 海東は小夜のブーイングを華麗に無視し、ディエンドライバーにカードを装填、銃口を真上に向けてトリガーを引いた。

 

「変身」

《 Kamen Ride  ディエンド 》

 

 海東が仮面ライダーディエンドに変身するのと時を合わせて、計都が無言で手を振った。手招きを合図に、玉座の裏からアナザーエグゼイドが現れ出た。

 

『いってらっしゃい』

《 Kamen Ride  ブレイブ 》

 

 ディエンドが召喚した仮面ライダーブレイブが、アナザーエグゼイドと激突した。

 

 オーラとしては巻き込まれてはたまらないのに、流れから小夜が肩に手を置いたせいで上手く身動きが取れなかった。

 小夜のほうはというと、先ほどの発言は本心だったらしく、オーラを庇おうとしているのが手つきから伝わった。

 

 

 薄暗がりの下で息を殺したのは、3分にも満たなかった。

 

 

 ブレイブがアナザーエグゼイドを撃破した。ブレイブの幻影が消失した。ここまではいい。オーラが衝撃を受けたのはそこからの展開だ。

 アナザーエグゼイドの()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「飯田君のお父さん!?」

 

 アナザージオウⅡのスキルであれば、中身のないアナザーライダーのガワを取り繕うなど造作もないはずだ。そして、オーラたちタイムジャッカーは過去の契約者を引っ立てたりしていない。つまり織部計都は、過去に札を切ったアナザーライダーに対応する契約者をわざわざ連れてきて再契約させたのだ。そんな回りくどい真似をした狙いが、オーラには全く読めなかった。

 

『アナザージオウⅡ配下のアナザーライダーは、同じ世代(レジェンド)の仮面ライダーで撃破可能である。証明されたね』

「皆さん、意外と気づかないものなんですよねえ」

 

 計都はウォズを呼びつけて、飯田をこの建物の外へ放逐するように言った。口元の微笑を少しも絶やすことなく。

 

 ウォズは応えて、気絶している飯田を囲ってストールを翻し、広間から消えた。

 

「さて。仮面ライダーの虚像投影を得手とするディエンドが敵とあっては、さすがに分が悪いですね。――しょうがない。()()()()()べない当代ライダーの力を持つ僕が、お相手します」

 

 計都は玉座から重たげに腰を上げると、階段を降りながらアナザージオウⅡのウォッチを手に構えた。

 

 その瞬間を待っていた、と言わんばかりに、ディエンドがトリガーを引いた。

 

《 Attack Ride  ブラスト 》

 

 放たれたホーミングショットが計都の手からアナザージオウⅡウォッチを弾き飛ばした。

 

 落ちて床を転がったアナザージオウⅡウォッチ。ディエンドは空かさずそれを拾い上げると、背中を向けた。

 ――仮面ライダーディエンドは、本当に“お宝”のため「だけ」に戦って退散しようとしていた。オーラの常識のみでも、アリなのかそれ、と問い詰めたい。

 

『っと。ついでだ。いつかに約束した恩を、士に売りつけに行こうか』

《 Kamen Ride  シャドームーン 》

 

 オーラの背中に中途半端に両手を回したままだった小夜が、愕然と、その両手を床に落とした。

 

「――――月影さん」

 

 オーラたちを見下ろす仮面ライダーを、オーラは知らなかった。眩い銀のボディ。翠の複眼。こんなライダーなど見たことも聞いたこともない。

 

「うそよ。なんで――できるわけない、ディエンドに召喚できるわけがないッ! シャドームーンは仮面ライダーに序列されてないのにッ! どうしてッ!!」

『その“序列”の定義を、後ろの元・観測者さんが魔王になることで曖昧にしてくれたから、かな』

 

 シャドームーンと呼ばれた仮面ライダーは、小夜をオーラから無遠慮に引き剥がして肩に担ぎ上げた。

 

「きゃあっ!? いや、まって、ねえ待ってよ、わたしまだ……!」

 

 シャドームーンが小夜を担いだまま踵を返した。

 ――この時、オーラは初めて、小夜の涙を、見た。

 

 シャドームーンが紅いサーベルからエネルギーエッジを放った。広間の爆発に紛れてディエンドは撤退した。

アナザージオウⅡウォッチと門矢小夜、二つも戦利品をもぎ取って。

 

「すみませんでした、オーラさん。せっかくの小夜さんとのお話を邪魔してしまって」

「べ、つに……じゃなくて! アンタ、ウォッチ盗られたのよ!? すぐにでも取り返しに行くべきでしょ!」

「ああ、そこは大丈夫です。あれ、偽物ですから」

「……は?」

「それらしい見てくれの模型を、前もってスウォルツくんに工面してもらいました。備えあれば憂いなしです」

「本物のウォッチはどこにやったのよ」

「今までのアナザーライダーと同じです」

 

 計都は指で、とんとん、と自身の左胸を突いた。

 

「僕の体の中ですよ」



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