薄弱少年と願いを叶える幻夢郷 (わたっふ)
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〜登場キャラクター紹介〜
【キャラクター紹介】


ここでは今作の登場人物たちの詳細を載せていきます。

新キャラクターが出る度に更新されるので、気になった方はぜひご覧下さい。

※キャラクターイメージ画像は本作の表紙に掲載しております。

 

 

皇 夏来(すめらぎ なつき)

本作の主人公。

中学三年生の時に京都から東京へと引っ越してきたばかりの高校一年生の少年。

上京してから間も無く両親が亡くなり、さらに学校での虐めから心を閉ざしてしまい、周りと上手く付き合えない。

ある日不幸にもトラックに轢かれて意識を失い、次に目覚めた時には《幻叶世界》と呼ばれる異世界に迷い込んでしまっていた。

そんな世界にて出会った【ニッ怪滝】に勇気付けられ、他人に対しての嫌悪感を徐々に和らげていく。

幼馴染の【幻花千代】の事が気になっているが、告白する勇気が無いため行動に移せていない。

 

ニッ怪 滝(にっかい たき)

【皇夏来】が幻叶世界にて初めて出会う青年。

右目から下顎にかけて三本のくっきりと目立つ傷跡と、昔風の独特な喋り方が特徴的。

滅多に怒らず、逆に逸何時でもニコニコしており、第一印象は正に好青年。

夏来と同じ境遇であるが故、その心の苦しみを分かち合える事ができる。

その為か、夏来からは異常なまでの信頼を置かれており、事あっては呼び出しを食らう始末。

帰る場所が無い為、夏来家に同居人という形で住んでいる。

 

仙座 ゆりか(せんざ ゆりか)

【皇夏来】が幻叶世界にて初めて出会う少女。

河原で倒れていた所を夏来とニッ怪に拾われ、一命を取り留める。

しかしその正体は、幻叶世界で極悪人と恐れられている『能力者』の1人だった。

だがそれでも友達だと言う夏来に心を動かされ、後に冗談をかます程に打ち解ける。

両親は《特滅隊》と呼ばれる組織によって殺され、1人寂しく生きてきたと言う。

それを知った夏来の誘いにより、ニッ怪同様、夏来家に同居人として住み着いている。

 

炎条寺 友貴(えんじょうじ ともき)

【皇夏来】のクラスメイト。

内気な夏来に唯一声をかけて友達になった青年であり、夏来からの信頼はニッ怪と同等。

いとこの【幻花千代】とはそんなに仲は良く無いと言っているくせして、何時も一緒に行動している憎めない奴。

中学時代は不良グループのリーダー格だったらしく、地元では知らない奴が居ないほどに喧嘩が強いと聞く。

そしてそれは仙座と度々起こる口喧嘩にも言えることで、その都度勝負にならない程圧勝してしまう。

だがそれが逆に仙座の怒りを買ってしまい、能力でねじ伏せられる模様。

 

幻花 千代(げんか ちよ)

【皇夏来】の幼馴染。

小さい頃は夏来と同様に京都の方に住んでいたが、中学生の頃両親の都合により東京へと引っ越してきた。

可愛いというよりも美人という言葉が似合う程、高校生とは思えないくらいに大人びている。

夏来に関する話題になると直ぐに食いついてくる為、周りからは密かに「付き合ってるんじゃね?」と噂されているが、決してそんな事はない。

だが顔を赤らめて慌てふためく様子から察するに、まんざらでもない様子。

 

大橋 享奈(おおはし ゆきな)

【皇夏来】が幻叶世界にて初めて出会う少女。

夏来たちより年下と思われるが年齢は不明。

悟河村の山の中に位置する、古びた神社で寝泊まりしており、悟神のことを慕っている。

仙座同様、両親を《特滅隊》に殺された被害者であり、そして奴らに唯一戦いを挑んで生還することの出来た能力者。

 

悟神(さとがみ)

歴史に名を刻んだ伝説の神。

幻叶世界に能力者が存在するようになった元凶であり、政府から危険視されている男。

【ゾルバース・ヴェルデ】とは対をなす者同士であり、互いに憎み合っている。

絶対的な強者であるが故に、他者を見下すような仕草や言動をする。

 

◆ゾルバース・ヴェルデ

【特殊能力撲滅機動隊】別名《特滅隊》を指揮する男であり、日本各地を回っては能力者を見つけ次第に殺害している。

人を殺すことに躊躇いなど感じず、むしろ殺人を楽しんでいる様子から、世間からは【血濡れの狂人】と呼ばれている。

しかし世界から危険視されている能力者を消し、国民に平和をもたらす彼らを応援する声は意外と多い。

だがその反面、関係のない一般市民を巻き込んで死亡させてしまう事件も頻繁に起こっている為、彼らを非難する声も国中から多く挙げられている。

 

紅原 海斗(こうはら かいと)

【皇夏来】のクラスメイト。

自分よりも弱い立場の人間の心を傷つけるのが趣味という、文字通りの屑。

高校に上がった瞬間から夏来に目をつけており、僅か2日目にして自分に逆らえないよう圧倒的な恐怖心を植え付けた。

他言するような考えを持たせないよう徹底的に痛めつけ、相手の逃げ道を断つといった知略に優れている。



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第1章 幻叶世界編
第1夢 幻叶世界


とある世界に助けを求める少年がいた。

 

悲しさと絶え間ない苦しみの中を生きる者がいた。

 

これは弱くて惨めで情けない少年が、本当の強さを得るまでの物語である────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

春の終わりを迎える5月下旬のこと。

高校1年生の少年【皇 夏来(すめらぎ なつき)】は東京のとある区で、平凡な日常を過ごしていた。

しかし彼は内気な性格で、自分から話しかけるような真似は一切せず、外部との接触を拒んでいた。

そんな日々を送っていれば、目の前の状況にも納得がいく。

 

「かはっ……!」

 

ある日の放課後、1人のクラスメイトに人目のつかない校舎裏に呼び出された夏来。

勢いよく肩を押され、壁に背中を打ち付ける。

 

「よォ、最近相手してやれなくてごめんなァ?」

 

不気味な笑みを浮かべ、拳をコキコキと鳴らす男。

彼の名は【紅原 海斗(こうはら かいと)

夏来との関係を一言で言ってしまえば、虐めをやる側とやられる側だ。

 

「お前がこの事を誰にも言わないでいてくれて助かるぜェ……その方がやりやすいからなァ」

 

グイッと顔を近づけて、目を細め鼻で笑いながら言う。

震えて身動きが出来ない状態の夏来を見下ろし一呼吸を置くと、少し強めのパンチを数発ほど頰や腹に食らわす。

 

「キッヒヒ‼︎ いやぁ〜いつも思うがこの感触際ッッ高だわぁ」

 

慣れたはずの痛み。

しかし苦痛に涙を流す自分の姿に、心は折れても身体は正直だと改めて思い知らされる。

殴られた場所を手で押さえながらズルズルと後ずさる夏来の腹部目掛け、紅原は最後の一撃と言わんばかりの重く早い蹴りを撃ち込む。

 

「ふぅ〜スッキリスッキリ。おかげでイライラも解消出来たぁ……ありがとうな?」

 

「う……うん……っぐ…」

 

震えた声で返事をした夏来を見て、紅原は高笑いでその場を後にする。

そして夏来はゆっくりと立ち上がり、転がっている鞄を拾い上げてゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒玄関へと来た夏来は、ふと誰かの視線に気づいて顔を上げた。

すると壁にもたれかかりながら、微妙に崩れた前髪のオールバックの男がこちらを見ていた。

 

「ん? やっと来たか夏来。遅かったじゃねぇか。何してたんだ?」

 

そう明るい声で話しかけてきたのは、同じクラスで唯一の友達の【炎条寺 友貴(えんじょうじ ともき)】だった。

中学生までは京都に住んでいた夏来。

親の都合により東京の高校へと通う事になってしまって以来、初めて出来た友達ということもあり、夏来は炎条寺の事を信頼しきっている。

 

「なんでも……ないよ」

 

しかし、些細なことで炎条寺の過去を知ってしまった時から、少しずつだが距離を取ってしまっている自分がいるのを薄々感じていた。

聞いた話では、中学時代 相当荒れていたらしく、学校内でも何度も殴り合いの喧嘩をしたり、その度に起きる器物損害など様々な事件を引き起こしていたらしい。

そして【そう言う系】のグループのリーダー格を務めていた炎条寺だったが、逆心に駆られたメンバーからの裏切りによって病院送りにされ、今ではこうしてその道から外れて気楽に生きているという。

 

「そうか、まぁなんかあったら教えろよな」

 

「うん……ありがとう」

 

だが、そんな事実があっても友達でいたいと言う気持ちは変わらない。

なにせ、こんな何の役にも立ちやしない自分と友達になってくれたのだから───

 

「さ、帰ろうぜ。帰りにラーメンでも食いに行くか?」

 

小腹が空く時間帯での、その言葉の力は強烈だ。

しかしあまり外食し過ぎるのも身体には良くない。

ここは我慢と自分に言い聞かせて、夏来は炎条寺の誘いを断った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ……こっちだから……バイバイ」

 

「おう、また明日な!」

 

歩き続けて数十分後、分かれ道へと差し掛かった夏来。

炎条寺に別れを告げ、互いに背を向けてT字路を曲がった。

ここから家までは、入り組んだ路地を5分ほど歩いて見えてくる、緩やかな坂を登っていった所にある。

 

「………いっ……」

 

別れてから数十秒経った後、押し寄せてくる寂しさと共に、紅原から受けた痛みが再び夏来を襲う。

入学当初から目を付けられていた夏来は、何かあっては決まって放課後に呼び出され、ストレス発散の材料として利用されている。

このことを誰かに相談しようとしても、いざ口に出そうとすると恐怖で声が出ない。

いつも脳内に紅原の顔が浮かび、どこかで監視されているのだろうと思うようになっていたからだ。

だから今でもこの関係が続いてしまっている。

 

「あ……」

 

これから先もずっと苦痛を味わってしまうのか。

ふとそんな事を考えていると、目の前にどこからかサッカーボールが転がって来た。

それを拾い上げて首を傾げている夏来に、前方から少年達の声が聞こえる。

大きく手を振りながらこっちに頂戴と叫ぶ少年達に、夏来は作り笑いで愛想よく近付いていく。

左右を確認して十字路を横断し、少年達にボールを手渡しする。

「ありがとう」と元気よく言って去っていく姿を見つめた夏来は、心が温かくなるのを感じた。

 

「よし……行こう」

 

気持ちを新たに、振り返って足早に歩き出す。

ズレ落ちそうになる鞄の持ち手を肩にかけ直し、十字路を右折すると、行く手に緩やかな坂道が見えてきた。

その手前の信号のレンズが赤から青へと切り替わる。

 

「………」

 

それを見た夏来が再び赤になる前に渡り切ろうと走り出す。

そして先程とは違う十字路に差し掛かった時、その身体は右側からの衝撃に吹き飛ばされる。

目に映り込んでくる飛び出し注意の標識と、口から吐き出された生々しい血が、弧を描いて夏来の身体と共に地へと落ちる。

一瞬の出来事に夏来は一体何が起きたのか、理解するのに数秒の時間を有した。

 

「お、おい大丈夫か!」

 

意識が朦朧とする中、慌てた様子で駆け寄る男。

その側には小型のトラックが止まっていた。

 

「………ぁ……が……」

 

余りの痛さに、身体がピクリとも動かない。

 

 

あぁ……このまま死ぬのか僕は……

 

もっと……生きたかったの……に……

 

 

後悔の念に駆られ涙する。

だがそれも一瞬であり、次に夏来の心に満ちたのは喜びだった。

これで紅原との関係を終わらせ、自由の身となることが出来るのならと思い、夏来はそっと目を閉じた───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫かい?」

 

暗闇の中で先程の男の声ではない、別の声が聞こえる。

その声に夏来は何処と無く懐かしさを覚え、うっすらと目を開けた。

 

「おぉ、気がついたか」

 

「(だ……誰……?)」

 

視界が広がると同時に、目の前に立つ見知らぬ若い男が話しかけてくる。

ホッと胸を撫で下ろし、夏来に向かってニカッと満面の笑みを浮かべる。

そんな不気味ともとれる男の表情に、夏来は鞄を抱きしめながら後退する。

 

「ぁ…あれ……」

 

するとそこで夏来は異変に気付いて、小さく声を漏らす。

周囲を見渡した後に、自分の身体を確認する。

 

見慣れた風景

 

感じる風の冷たさ

 

そして自分という存在

 

その全てが意識を失う前にいた世界と同じ形でそこに広がっていた。

十字路の真ん中で、夏来はしっかりと地面に足をついて立っている。

トラックに轢かれて重傷を負った筈の身体は、擦り傷一つすらも付いていない。

 

「な……なん…で……どうなって……」

 

状況が上手く読み込めず、夏来は何かを知っているだろう男の方へ振り向く。

 

「ぉ、自己紹介がまだであったな。我はニッ怪 滝(にっかい たき)と申す者じゃ。以後お見知り置きを」

 

高身長で20歳くらいの男が、夏来と目があった拍子に思い出したかのように自己紹介をする。

M字バングの髪型で、右頬には目から顎にかけて三本のクッキリと目立つ傷跡。

 

「あっ……す…皇 夏来……です」

 

「宜しく頼もう夏来殿」

 

堅苦しい雰囲気が漂う中、差し出された手を少々警戒しながらも握り返す。

そして今のこの状況を確認しようと、夏来は自分から話しかけていた。

それは勇気を出して口にしたのでは無く、この男──ニッ怪から感じる自分と同じ雰囲気からであった。

 

「その……僕、死んだはずなんですけど……どうなってるんですか?」

 

「お主はまだ死んでおらん、一命は取り留めておる。だが、それも時間の問題じゃ」

 

訳のわからないことを言い出したニッ怪を、夏来はキョトンとした表情で見つめる。

一命は取り留めている? そんなこと見ればハッキリ分かるじゃないか。

そんなことを思った矢先、再びニッ怪が口を開く。

 

「我らが今いるのは、お主が生きていた世界の裏側。別名【幻叶世界】じゃ」

 

「幻叶世界……?」

 

異世界召喚的なものだとでも言うのだろうか?

第1、もし異世界だとしても、トラックに轢かれてなんてありきたり過ぎる。

 

「さよう。この世界はその名の通り幻……つまりは夢の世界」

 

「夢……ですか……」

 

その言葉を聞いた瞬間、夏来は全てを理解する。

一命は取り留めているということは、死んだと思っていた自分はまだ生きており、この世界は瀕死の自分が今見ている夢なのだと言うこと。

 

「そしてお主が元の世界に帰るためには、心の内に秘めた願いを叶えねばならん」

 

「願い?」

 

「うむ。お主は何かしらの強い願いの為か、現実の世界にて死にとうても死ねぬ身体になっておるのじゃ。故に、その願いとやらを叶えん限り、この世界から出ることもできぬ」

 

「は……はぁ……」

 

いよいよ、本格的なものになって来てしまった。

これまでのことを整理すると、自身の【願い】とやらを見つけ出して叶えることが目標となるようだ。

 

「そ、その……ニッ怪さん…」

 

おどおどしながらも、現状をもっと把握しておきたいと思い 口を開く。

するとその言葉を遮らんとばかりに、ポツポツと大粒の雫が空から降ってきた。

何事だと空を見上げると、先程まで晴れ渡っていた青空に黒々とした雲がかかっていた。

遮るものが一切ない状況下、夏来の服は容赦なく降りつける雨にジットリと濡れていく。

 

「あっ……えっと、またここに来れば会え……」

 

振り向き様に、再会を約束しようと投げかける。

しかしそこにはもうニッ怪の姿はなかった。

 

「……今日は…帰るか」

 

これから何をするわけでもない。

ここが異世界でも、見た目は普通となんら変わらない世界だ。

その【願い】とやらを叶えない限り、現実世界の自分は目覚める事なく死んでいく。

 

───それはそれでいい。

 

痛みを感じないまま死ねるなら本望だ。

だから、今は何も考えないでいい。

いつもと変わらない日常を過ごせばいいだけの話。

 

そう、いつもと───

 

夏来は死ねなかった悔しさと、これからも続く苦しい日々に、暗く沈んだ顔つきのまま家へと続く坂道を登って行った。

 




前作【幻想夢物語】の修正版ですん!
今回は見やすくなったんじゃないかな〜?


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第2夢 友と決意

丘の上に建ち並ぶ家々。

その中の一角、灰色の屋根が目立つ大きな家が夏来の帰る場所だ。

玄関先に立ち、鞄から取り出した鍵でドアを開ける。

濡れ髪を軽く手で払い、家の中へと入る。

 

「ただいま……」

 

靴を脱いで、廊下へと足を踏み入れる。

掠れた、消えかかりそうな声で帰りを告げた。

しかし、夏来にはそれをする必要がなかった。

リビングへと続く長い廊下の壁には、家族の写真が飾らせている。

どれも父と母、そして自分の3人がそこにはいた。

 

「………」

 

しかし、今この家に住んでいるのは夏来だけ。

父親は仕事や人間関係が上手くいかず、極度のスランプ状態に陥ってしまい、約半年前に自殺。

その後を追うように母親は重い病にかかり、病院にて帰らぬ人となった。

家でも孤独、学校でも孤独、どこへ行こうとも夏来はたった1人だ。

 

「……」

 

そんなことを思い出しながら、薄暗いリビングの中央に位置するソファーに鞄を放り投げる。

そして小さい頃からの趣味である小説を書くために、机の椅子を引いた───その時だった。

夏来を包み込む無音の世界に、チャイムの音が鳴り響く。

椅子を元に戻して窓から玄関先を覗き見る。

すると豪雨の中、先程別れたばかりのニッ怪が傘もささずに佇んでいた。

夏来の視線に気づいたのか、こちらに顔を向けニカッと笑って小さく手を振る。

 

「ちょ…ちょっと……ど、どうしたんですか」

 

急いで玄関のドアを開け、目の前に立つニッ怪に問いかける。

 

「なぁに、少しばかり夏来殿の様子をとな」

 

「そ、そんなの明日でもいいじゃないですか……取り敢えず中に入ってください。 風邪でも引かれたら嫌ですし……」

 

わざわざ自分に会うためだけに来てくれたのにもかかわらず、このまま突き返すのは非常識だ。

それに、この世界のことをもっと知っておきたい。

そんな気持ちに駆られ、夏来はニッ怪を室内へと招き入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまぬな、風呂まで頂いてしもうて」

 

「いえ……こんなことくらいしか出来ませんが……」

 

夕日も地平線に消え、辺りが暗くなって来た頃、風呂を借りたニッ怪はソファーに座る夏来に声を掛ける。

小さなテーブルを挟んで対のソファーに腰を下し、落ち着きのない夏来を真剣な眼差しで見つめる。

 

「さて、本題に入ろうかの」

 

「あ、その前に……なんで僕の家を知って……」

 

「それは今は良いではないか〜 夏来殿ぉ」

 

そう不思議に思った夏来の発言を、ニッ怪は綺麗に受け流す。

何かを隠している様な気がしたが、夏来はモヤモヤする気持ちを抑え込む。

誰だって知られたくないものはある。

 

「ぁ……まぁ…いいですけど……」

 

「うむ、それでは───」

 

それから暫くの間、この世界の仕組みを詳しく教えてもらった夏来。

聞くところによると、この幻叶世界と呼ばれる異世界は夏来の意思が作り出した創造の空間らしい。

そして、夏来が元の世界に帰れる唯一の方法である【願いを叶える】という条件。

これには時間制限があるらしく、3年以内に願いを叶えられなければ、現実の自分は死んでしまう。

さらには、この世界にて事故死や病死などで死亡した場合でも同じ道を辿るようだ。

 

「それで……今の僕はなんなんですか…?

本当の自分じゃないんですよね…」

 

「いや、お主はお主じゃよ。 分かりやすく説明するとすれば、今の夏来殿は魂だけの存在。現実の夏来殿は人間の形をした【モノ】ということじゃろうな」

 

「な、なるほど………そうですか……」

 

「───あまり、元の世界に帰りとうなさげじゃな」

 

夏来の暗く沈んだ顔つきに、ニッ怪がボソリと呟く。

その発言に、夏来は肩をピクリと跳ねさせて激しく首を横に振るう。

 

「どんな理由があろうと、現実から目を背けてはならぬぞ夏来殿」

 

「………ニッ怪さんは、僕とは違うからそんなことが言えるんですよ……」

 

そうだ、この人と僕は違う。

人生価値があるのとないのとでは、比べる必要もなし。

いやむしろ比べるのは失礼に値するだろう。

 

しかし次の瞬間、ニッ怪の口から出た同情の気持ちが入った言葉に、夏来は耳を疑った。

 

「我も同類じゃよ、夏来殿とよう似とる。 身寄り無し、帰る場所無し、親しい友もあまりおらん。 それでもこうして前を見ぃ歩いとる」

 

「ニッ怪さん……」

 

「じゃから、夏来殿は1人ではなかろうて。 我がいるからの」

 

自分と同じ境遇の人、この苦しみを分かち合える人が側にいるだけで、こんなにも心が軽くなるとは。

きっとこの人は自分の1番の親友になるだろう。

そう夏来は強く感じた。

 

「───あの」

 

「なんじゃ?」

 

「帰る場所が無いん……ですよね? その……良かったら暫くの間……この家で一緒に住みませんか?」

 

それ故か?

夏来は無意識のうちに、ニッ怪に向けてそんなことを告げていた。

気味の悪い発言をしてしまった。

そう気付くも、もう後戻りが出来ない状況となっている。

 

「では、お言葉に甘えようかの」

 

だがそんな夏来の思いとは裏腹に、ニッ怪は小さく笑みを浮かべて答えた。

まるでこうなる事を知っていたかのような表情で、夏来は少し違和感を覚える。

 

「家事は我に任せい。 食事以外は出来るけんの」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「…………」

 

夏来の冷静な返答に、ニッ怪は口を噤む。

何か気に触るようなことを言ったか、言動を振り返るも決定的なものは無いはずだ。

 

「あ、ご、ごめんなさい……」

 

せっかく仲良くなった、夏来にとって数少ない友達だ。

それを自分の失態で失いたくない。

あたふたと身振り手振りで焦りを表しつつ、どうしたら許してもらえるかを考える。

 

「それじゃ」

 

「え?」

 

しかし次の瞬間、ニッ怪の口から出た言葉に、夏来はキョトンとした表情で見つめなおす。

 

「敬語は止めぬか。 友の仲では不要じゃろうに」

 

「ぁ……はぁ……わ、分かりました」

 

「むっ」

 

「あっ……分かった!」

 

「なっははは! 良い!それで良いのじゃ!」

 

なはは、と癖のある笑い方をする。

今日会ったばかりで、まだお互いを余り知らない状態である中、多少の躊躇いはあったが特に断る理由もない。

これも親友への一歩だと信じて、夏来は勇気を出して口にする。

 

「うぬっ?」

 

と、その時、ぐぅーと大きな音を立てる2人のお腹。

 

「ご飯にしま……しよっか」

 

「そうじゃな! 腹が減っては戦は出来ぬからの!」

 

「戦はしないんだけどね……」

 

冷蔵庫から冷凍食品を取り出し、ラップに包んであるご飯と一緒にレンジで温める。

 

「こっちこっち」

 

熱々のご飯をお椀に移し、ダイニングテーブルに料理を運ぶ。

割り箸を配り終え、2人は椅子に腰をかけて食べ始める。

 

「誰かと一緒にご飯なんて……久しぶり」

 

僅かに笑みを浮かべながら、そう呟く。

今までの寂しくて味気ない食事も、今日でおさらばだ。

 

「なんじゃ、きちんと笑えるではないか」

 

「え、ぁ……ん…」

 

「おやおや、顔が赤くなっておるぞ? 大丈夫かの?」

 

「だ、大丈夫っ! な、なんてことない……から」

 

こういった辱めを受けるのも、随分久しぶりに思える。

だからこそ、この嬉しい気持ちにも納得がいく。

 

「ごちそうさまっ」

 

先に食べ終わった夏来は、忙しそうに洗い物に入る。

 

「ここは我が受け持つ。夏来殿は風呂へ行くと良い」

 

夏来の背を押し、皿洗いを始めるニッ怪を、横目で心配そうに見つめる夏来。

その視線を感じたのか、振り向いたニッ怪はニカッと笑ってみせる。

 

「じ…じゃぁ……お願いね」

 

言われた通り、夏来は着替えを持って脱衣所へと向かう。

シャワーを浴び、風呂に浸かり大きく息を吐き出した。

 

「僕は1人じゃ無い……か」

 

広がる湯気の中、先ほどのニッ怪の言葉を思い出す。

孤独な身にとって、この言葉に秘められた力は大きなものになりうるだろう。

 

「ふふっ」

 

だからとても嬉しかった。

これ以上ないくらいに心が軽くなったような気がする。

 

「ありがとう」

 

目を閉じながら小さく呟く夏来は、ニッ怪に向けて心からの感謝の言葉を口に出した───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風呂から上がり、扇風機の風の気持ち良さを肌身で感じている夏来。

そのすぐ横では、眠たそうに目をこするニッ怪がいた。

ふと壁の時計に目を移すと、夜の9時を回っていた。

 

「もう寝よっか。 待ってて、布団敷くから」

 

「いや、毛布のみで良い」

 

隣の和室との境にある戸に手をかけ、横へと引く。

押入れの中から布団を引っ張りだそうとしている夏来へ向けて、ニッ怪は遠慮がちに言う。

 

「そう…? じゃ、毛布だけ」

 

はい。 と渡された毛布を受け取ったニッ怪は、部屋の壁にもたれて肩にかける。

 

「……痛くない?」

 

「これがよく寝れるのでな。 心配はいらんぞい」

 

「ならいいけど……ま、おやすみ」

 

コクリと頷いたニッ怪は、腰をずらして寝る体勢を取る。

夏来はリビングの電気を消し、二階へと行くと自室のベッドにダイブする。

 

1つ屋根の下、誰かと一緒の生活が始まる。

それだけでとても安心できた。

 

「これからどうなるのかな……」

 

しかし気がかりが1つだけある。

生きる希望が増えた今、何もしないで3年後の死を待つのは惜しい。

何とかして現実世界に帰り、これまでとは違う自分に生まれ変わりたい。

 

「……頑張ろう」

 

そう決意を新たに、夏来はゆっくりと目を閉じる。

窓の外から聞こえる雨の音が、まるで自分の心を映し出しているかのように、儚く、そして切なく思えた────

 



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第3夢 日常の変化

「んぁ…」

 

【午前8:00】

小鳥の鳴き声と、騒々しい物音に目を覚ます。

窓から差す太陽の光が、目を擦る夏来に容赦なく襲いかかっていた。

ゆっくりとベッドから起き上がり、おぼつかない足取りで階段を下る。

 

「おや、夏来殿。今日は良い天気じゃな」

 

「あ……おはよう」

 

1階へと来て、まず始めに目に映り込んで来たのは、台所に立つニッ怪の姿だった。

スポンジを片手に、フライパンを洗っている。

 

「少し挑戦してみての、ほれ食べてみい」

 

そう言って差し出された皿の上には、少し焦げ目の付いたベーコンエッグサンドが乗っていた。

 

「料理は出来ないって……無理しなくていいの───」

 

手に取って口へと運んだ夏来は、あまりの衝撃に言葉を失う。

ふんわりとした感触の中に、ベーコン本来の深い味わいと程良い噛みごたえ。

そして何より、半熟の卵の黄身がトロリと舌を撫でて口全体に広がる。

過去にこれほど美味しい物を食べたことがないと思わせる位に、ニッ怪の作ったベーコンエッグサンドは美味だった。

 

「夏来殿? 如何した」

 

「おいしい……」

 

頰に手を当て、表情を崩す夏来。

そんな姿を見て、ニッ怪は照れながら鼻の下を摩った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軽い朝食を済ませ、歯を磨いた2人は、ソファーに深々と腰を掛けてテレビの電源を入れる。

画面には、キャスターと一緒に全国の天気予報が映っていた。

 

「暫くは晴れが続くようじゃな」

 

「そうだね」

 

「………」

 

一言で返す夏来を、ニッ怪は横目で見つめる。

昨日からそうだが余り会話が続かない。

なんとかして伸ばそうと努力している意思は伝わって来るのだが、まだ会って1日しか経ってない上に、そこまで親密と言うわけではないことが、未だに夏来に抵抗を与えているようだ。

 

「あ……」

 

ふとそんな事を考えていると、時計を見た夏来が短く声を発して立ち上がる。

 

「ご……ごめんニッ怪君。 ちょっと出かけるんだけど……どうする?」

 

「喜んでお供しよう」

 

勢いよく立ち上がり、夏来から借りた寝間着を脱ぐと洗濯機に放り込む。

そして脱衣所に干してある灰色の服を手に取り、素早く着替える。

 

「その服すごく汚れてたから……あんまり汚れとれなくてごめんね……」

 

服をポンポンと叩いて、シワを治すニッ怪。

その姿を見ながら、夏来は申し訳なさそうに言った。

 

「気にするでない。 さぁ、行くとしよう!」

 

「う、うん……」

 

相変わらずの陽気な性格に、夏来は押され気味に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから夏来は着替えを済ませ、財布等を持つと家を後にする。

歩道へ出ると、下町へと続く広めの道路と長い階段が見えた。

 

「じゃ、行こっか」

 

道路を挟んで反対側へと駆けてゆく。

長い階段をひたすら下り、行き着いた先は商店街。

土曜という事もあり、平日よりも賑わっていた。

 

「ニッ怪君……何か欲しいものある……?」

 

明日はもっと混み合うんだろうな、と夏来は思いながら話し始める。

 

「夏来殿の欲しいものが、我の欲しいものじゃ」

 

「え……あぁ…そう……なら、あそこのお店に行くから付いて来て。これ買うから……」

 

夏来はスマホで時間を確認すると同時に、メモアプリに打ち込んでおいた文字をニッ怪に見せつける。

魚、お肉、根菜や果物などの食材に加え、牛乳やジュース等の飲み物。

そして生活に必要なトイレットペーパーや洗剤などが記されていた。

 

「ここが夢の世界だって分かっていても……餓死したら元も子もないもんね」

 

「そうじゃな。幻叶世界で生き延びてこそ、目覚めてからの世界が変わるというもんじゃ。今までと同じように生きればええ」

 

深く考えさせるような言い方はせず、あくまで夏来が平常心を保てるように言葉を選ぶニッ怪。

そんな思いが伝わり、夏来は顔を綻ばせる。

 

「あれ、夏来?」

 

そして、いざスーパーへ入店という時に、背後から透き通るような声が聞こえてくる。

その聞き覚えのある声に、夏来は驚愕に振り返る。

 

「あっ! ちーちゃん!」

 

今まで聞いたことのない程の元気のある夏来の声に、ニッ怪はこちらへと走ってくる人影の方へと目線を向ける。

太陽の日差しに遮られていた顔が建物の影へと入ると、腰まで届く程の艶やかな黒髪の少女が姿を現した。

 

「もう……今から行こうとしてた所だったんだけど。LINE見なかったの?」

 

ちーちゃんと呼ばれた少女は、右手に小さなレジ袋を下げている。

 

「え、あっ! ご、ごめん見てなかった……てへへ」

 

目を瞑り、顔の前で手を合わせて謝る。

こんなに生き生きとした夏来を見るのは、【この世界では】初めてだ。

 

「全く……っていうか、あんた誰よ」

 

腰に手を当て、呆れたように言葉を発した少女は、次に夏来の隣に立つ謎の男の正体を暴くべく、ニッ怪に鋭い視線を送る。

その威圧感に押されたニッ怪は数歩後退したものの、気を取り直していつも通りの声のトーンで名を名乗る。

すると身元を明かしたニッ怪に心を許したのか、表情を和らげた少女は同じく自己紹介をする。

 

「私は幻花 千代、よろしくねニッ怪。夏来のクラスメイト?」

 

「あ……いや……えっと……」

 

この複雑な関係をどう説明すればいいのか。

幸いにも、幻花は夏来とは別の学校に通っている。

クラス全員の名前は知らないはずだ。

 

「(面倒な関係なんだよな……どうしよう)」

 

しかし、炎条寺の存在が夏来の脳裏に浮かぶ。

なぜなら残念なことに2人は【いとこ】だからだ。

もし炎条寺にでも聞かれたら、後々からめんどくさくなる。

そうならない為にも本当のことを言わなければならない。

1つ屋根の下、生活を共にしているのなら家族と言うべきだろうか?

だがそれでは、逆に変な印象を与えてしまう。

 

「うぅん……そうじゃな……」

 

──いや、大丈夫だ。

このお人好しな幸せ人間なら、話に乗ってくれるはず。

炎条寺には、電話等で話を付けておけば問題ない。

 

「そ、そう! 僕たちクラスメ───」

 

結論を叩き出し、口にする───その時だった。

スーパーの自動ドアが開き、中から強面の男が出てくる。

 

「ん? よぉ、お前ら。こんなとこで何してんだよ」

 

 

 

あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”!!!???

 

 

 

まるで計ったかのような、タイミングが良すぎる炎条寺の登場に、夏来は心の中で悲痛な叫びを散らす。

 

「おい、誰だそいつ」

 

仲良しな2人の背後に何気無く混じるニッ怪を見て、不思議に思った炎条寺は誰かと問う。

 

「え? あんた達のクラスのヤツじゃないの?」

 

「知らねぇよ、こんな目に傷を付けたイカツイ奴は初めて見た」

 

興味深そうに、ニッ怪を上から下までジロジロと見る。

その傍で、幻花が夏来を不信な目で見つめていた。

目をそらし、ニッ怪に助けを求める視線を送る。

しかし、等のニッ怪は炎条寺を振り払うので手一杯のようだ。

 

「なんで嘘ついたか、詳しく説明してもらおうじゃない。私たちの間は偽りは無しだよね?」

 

「あぁ…う、うん…ごめん……あの…えっと……」

 

幻花に迫られ、言い逃れのできない絶体絶命の中、スマホから鳴り響く9:00を告げるアラーム音が夏来に逃げ道を作る。

 

「あっ……ごめん2人とも……タイムセールが始まってるからまた後で!」

 

休日は午前9:00〜12:00、午後4:00〜7:00の時間帯に、お買い得商品が出るようだ。

情報によると今日は卵が出るらしく、競争に負ける可能性を少しでも低めようと、時間に余裕を持って夏来は家を早く出たのだった。

しかし、幻花と炎条寺との会話が長続きしてしまい、その努力は水の泡となってしまった。

 

「行こうニッ怪君」

 

「う、うむ……ではまた」

 

血走った目の夏来は、ニッ怪の手を取り駆け出す。

自動ドアが開き、2人は中へと入っていった。

 

「ニッ怪っていうのか……中々イカした奴だなっ! 気に入ったわ!」

 

「はぁ……はいはいそうね」

 

「クッカッカ!」と高笑いの炎条寺を、幻花は適当にあしらった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スーパーの中を進む夏来とニッ怪は、一目散にタイムセールコーナーへと急ぐ。

そこに着いた頃には、既に卵のタイムセールを待ち望んでいた主婦達で溢れかえっていた。

 

「うぐ……もうダメ…」

 

ただ呆然と、その場に立ち尽くす夏来。

身体と身体が押し合う戦場に、こんな弱々しい身体が入ってしまったら押しつぶされてしまう。

今日はもう諦めよう、そんな事を口に出そうとした夏来に、ニッ怪は「我に任せい!」と言って戦場へと駆り出た。

 

「あ……まっ……て」

 

夏来の制止の呼びかけは、主婦達の声に掻き消される。

自分の都合で、他人に怪我でも負わせたら罪悪感が残ってしまう。

声では無理だと悟り、自力で戻らせようと一歩を踏み出す。

だが、暴れ狂う主婦の攻撃が夏来を近づけまいと行く手を拒む。

 

「に……ニッ怪くん……」

 

怪我をしていないか、そんな不安に夏来は弱弱しい声が漏れた。

すると、主婦達の足元から卵のパックを握りしめたニッ怪が這い上がってくる。

なんとかゲット出来たようだ。

卵のパックを受け取りカゴに入れ、手を伸ばすニッ怪を引きずりあげる。

荒い呼吸を繰り返すニッ怪の髪の毛は、闘いの激しさを表すかのように酷く乱れていた。

 

「さて、次は何かの!」

 

だがそんなことは気にしていないのか、ニッ怪は目を見開いて次の指示を待っている。

 

「じ、じゃあ……お魚のところに行こ。しらすとか買いたい」

 

「承知! では行くぞっ!」

 

「あっ……あまり走らないで……」

 

先陣を切って走り出したニッ怪の姿は、すぐに夏来の視界から消えてしまった。

いつもの上機嫌さに呆れる夏来だったが、こうして楽しく買い物ができるのも、ニッ怪のおかげだ。

そしてこんな体験をさせてくれている幻叶世界に感謝しつつ、夏来はニッ怪が向かったであろう鮮魚コーナーへと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両手でパンパンに膨れ上がったレジ袋を持ち、スーパーを後にする2人。

待ち伏せされているかと思っていたが、そこには炎条寺の姿も、幻花の姿さえも見当たらない。

 

「今のうちに帰ろう……ちょっと遠回りになるけど、大丈夫……?」

 

しかし、いつまた出会って長話に付き合わされるか分からない。

最短ルートの階段で帰りたいのは山々だが、荷物を持っての急な登りは腰を痛めてしまう。

 

「うむ、その方が良い」

 

ニッ怪の承諾を得て、2人は初めきた階段の左手に見える緩やかな坂道へと向かって、重い足を引きずりながら歩いて行く。

 

「少し良いか夏来殿」

 

その途中、川の上にかけられた小さな細い橋を渡っている時、不意に背後からニッ怪の夏来を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「ん……どうかしたの?」

 

「ほれ、誰か倒れておるぞ」

 

そう言うニッ怪の視線の先には、河原で上半身だけを水から覗かせながら、うつ伏せに倒れている少女がいた。

 

「ふぃや……た、助けに行こ!」

 

「そう言うと思っておった。参るぞ」

 

その冷静な声と物事の大きさのギャップに、夏来は思わず変な声が漏れた。

来た道を戻り、河原へと降りていく。

少女を水から引っ張り出して、柔らかい草の上に寝転がせる。

 

ニッ怪) 「安心せい。気絶しておるだけのようじゃ」

 

そこからの流れるような安否確認を終えた夏来たちは、これからどうするものかと頭を悩ませていた。

 

「如何致す? ここに放っておくわけには行かん。かと言って付き添うわけにも行くまい」

 

ビシッと親指で背後を差す。

顔だけを向けた夏来は、近所からの噂で集まって来たであろう十数人の野次馬たちの姿を目撃した。

 

「そ、そうだね……目が醒めるまで、家で看病しよう」

 

少女を担いだニッ怪は、そのまま人混みの中を通って橋へと歩いていく。

その背中を追って、夏来も荷物を持って走り出した。

 



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第4夢 能力者

少女を担ぎ、なおかつ両手にレジ袋を下げている状態で坂道を登るニッ怪。

誰がどう見ても苦しそうな光景に、夏来は背中を追いながら自分にできることはないかと考えていた。

すると、前方に見える夏来の家に、2人の人影が鎮座しているのが見えた。

その影は、夏来たちを見つけると一目散に駆け下りて来る。

 

「ち、ちょっと!大丈夫なの? ってか誰!? また新しいの増えてる!」

 

「お、おいニッ怪、それ俺が持つから貸せ」

 

汗を流しながらキョトンとしているニッ怪から、見るからに重そうなレジ袋を半ば強引に引き剥がす。

 

「かたじけぬ……名は」

 

「炎条寺だ。宜しくなニッ怪」

 

「──こちらこそ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

程なくして家に着いた夏来たちは、手に握っている物をテーブルに置く。

続いて、濡れてもいい毛布をリビングの床に敷き、その上にそっと少女を寝かせた。

 

「んで、誰だよこいつ」

 

興味深そうな顔つきで、炎条寺が指をさしながら夏来に問いかける。

しかし、等の夏来も今日初めて出会った人だ。

 

「さ、さぁ……わかんない……ニッ怪くんは?」

 

「ぇ、ぁ……我も初め──おわっと」

 

投げ掛けられた質問に、腕組みをしながら難しい表情を浮かべる。

そんなニッ怪の肩を掴んで、邪魔だと言わんばかりに押し出した幻花は、3人を隣の和室へと放り込む。

 

「ほら、今から身体とか拭くんだから……男たちはそこで大人しく待ってて」

 

良い? わかった?との忠告を最後に、リビングとの戸を完全に閉められる。

決して広いとは言えない和室に、男3人閉じ込められるという最悪な展開。

すぐに息苦しさを覚えた夏来は、2人から離れて深い呼吸を何度か繰り返す。

 

「おいニッ怪」

 

しばらくの沈黙の後、落ち着いた声のトーンで炎条寺が口を開く。

すると、あろうことかリビングへ続く戸に手をかける。

驚いて声をあげた夏来とニッ怪の方に振り返った炎条寺の顔は、いつも通り……いや、いつもよりも真剣な表情をしているように見えた。

 

「見たくねぇか……小山をよ……」

 

「何を申しておるのじゃ炎条寺殿! お主正気か!」

 

冷や汗を流しながら炎条寺の手を鷲掴む。

これ以上はいけない、そう思ってはいるものの、心の何処かでは見たいと言う感情が芽生えている。

 

「なぁ、よく聞けよ。男は女に全裸を見られたら嬉しいだろ?」

 

「う、うむ」

 

「い…いや……嬉しくはないと思うんだけど……」

 

「てことはだな、逆に考えてみろ。 女は男に全裸を見られたら?」

 

「──嬉しい?」

 

「パーフェクトッッ!!」

 

「いや何でそうなるの!?」

 

意味のわからない解釈に、夏来は声を荒げてツッコミを入れる。

するとちょうどその瞬間、ガラッと勢いよく戸が開かれ、幻花が目の前に現れる。

呆れたように深いため息をつき、入ってきて良いよと手招きする。

 

「ありがとう、ちーちゃん」

 

「これくらいしか出来ないけどね。ってかほら、ボサッとしてないで昼ごはん作ったら? あっ、私の分も宜しく〜」

 

大きなバスタオルに身を包まれた少女。

その側にしゃがみ込む幻花は、出てきた3人にお昼を作るよう指示する。

 

「俺たちをメイドのように扱うな」

 

「あらごめんなさい友貴。あ、いや今日からはメイドだったかしら?」

 

「フライパンで叩きのめすぞ クソアマ」

 

「あん? 良いからさっさと作れ」

 

「はい。すいません」

 

力強く拳を握りしめた幻花を見て、反抗的な態度を取っていた炎条寺が子犬のような弱々しい声で返答する。

そしてそそくさとキッチンへ移動した炎条寺は、2人を呼んで何を作るか話し始める。

 

「……それにしても凄い傷ね……一体何があったんだか」

 

夏来たちから少女へと視線を移した幻花は、バスタオルからはみ出している右腕に付いた無数の傷跡を見つめながら呟く。

薬箱から消毒液を取り出して、傷口に垂らした後にグルグルと包帯を巻く。

 

「だっひやぁ──!? 燃えてる燃えてるっ!!」

 

「い、いかん! 水、水をっ!!」

 

「あぁもう……めちゃくちゃだよ……」

 

耳を塞ぎこむ程の騒がしい男たちの声で、少女が目を覚ましてしまわないか。

そう不安は募るばかりだった────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽が真上に差し掛かった昼過ぎ、昼食をとり終わった4人はリビングにて少女を囲むように座り込み、各自物思いに耽ていた。

 

「改めて顔を見たけど……すっげぇ可愛いなコイツ」

 

「あんまり変なことしないでよね」

 

「わーかってるって! おりゃ」

 

じろじろと少女の顔を覗き込む炎条寺。

そんな彼に危険な香りを感じたのか、幻花は今すぐにでも炎条寺を取り押さえられる体勢を取っている。

すると早速、炎条寺が少女の頰をプニッと押し出した。

「うにゃ」と変な声が聞こえてくる。

その可愛らしい反応に、目を見開いてニタニタと笑いながら連続プッシュを繰り返す。

側から見ればただの変態、いや危ない人にしか見えないであろう光景だった。

 

「ん……ぁ……うぅ…うみゃん……」

 

「炎条寺くん……そこらへんてやめた方が……」

 

「え? おっふ」

 

顔を上げた炎条寺は、汚物でも見ているかのような目を向ける幻花に思わず声が漏れる。

「別に変な気があったわけではない」と主張するも、あれ程までに楽しそうな表情を見た後だ。

その場にいる3人は、炎条寺の言葉に下心が隠されていることなど見え見えだった。

 

「ぅ…ぁ…あれ……?」

 

すると、そんな気まずい雰囲気を搔き消す声がリビングに響き渡る。

それぞれが声のした方を向くと、それはキョロキョロと辺りを見渡している少女から発せられたものだと理解する。

ゆっくりと起き上がった少女は、怯えたような目つきで夏来たちを1人1人見つめている。

 

「おっ、大丈夫か?」

 

「い、いやっ! 触らないでぇ!」

 

少しでも安心出来るようにと、友好の印として近づきたかっただけだった。

しかし少女は、炎条寺の伸ばした手を払いのけて勢いよく立ち上がる。

 

「あっ…」

 

「おや…これはまた……」

 

ただ単に身体に巻きつけただけのバスタオルは、突然の激しい動作に型を保つことが出来なかった。

身体からズレ落ちてカーペットに落下したバスタオルを見て、夏来とニッ怪は手で素早く目を隠す。

 

「うぉぉぉお!! キタコレぇ!!」

 

「っ───!!」

 

だがそんな事は御構い無し、むしろ絶好のチャンスだと言わんばかりに直視する炎条寺は、次の瞬間、少女の甲高い悲鳴と共に左頬に強烈なビンタを食らうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頬を膨らませて炎条寺を睨みつける少女に、幻花は夏来の承諾を受けて仮の服を着させていた。

「男物だけど、ごめんね」との言葉に、何度か頷く仕草を見せる。

 

「……なぁ、何で俺が悪いみたいになってんだ? なんもしてねぇよな」

 

「良いから、お主は少し黙っておれ」

 

「本当……あんたって酷いやつよね」

 

叩かれて赤くなった頰に手を当てながら、どうしてこんな目にあうのか分からないと言った表情を見せている。

そんな無神経さに、嫌悪の意味の篭った鋭い視線を向ける幻花。

 

「あぁ!はいはい! 謝るよ、ごめんなさい」

 

「ふんっ」

 

多少嫌々な感じが込められた言葉ではあったが、きちんと頭を下げ謝罪を述べた炎条寺。

しかし、そんな彼に少女はそっぽを向くという行動を取る。

 

「あ──頭に来た……いつまでもそうやってメソメソ泣いてるんだな。俺はテレビ見て盛大に笑ってやるよ! お前のこともな!!」

 

無愛想な態度に、炎条寺は何故か逆ギレし始める。

ドタドタと足音を立てながらテレビの前へと移動し、腰を下ろしてリモコンの電源ボタンを押す。

テーブルに肩肘をつき、眉間にしわを寄せている。

 

「ん? おい……またかよ」

 

すると、そんな怒りの感情が一瞬で消え去る光景がテレビ画面いっぱいに映り込んで来た。

 

 

『ニュース速報です。本日未明、石川県○○市にて大規模な能力者狩りが行われたであろう形跡が見つかりました。 これにより、能力者を含む約30名が死亡し────」

 

 

眼鏡をかけたニュースキャスターの言葉の後に、多くの建物の残骸が足元に転がっている映像が流れる。

泣き叫びながら瓦礫をどかす人や、ビニールシートの周りの石にこびりついた赤黒い色の液体。

それは文字通り、見るにも耐えない光景だった。

 

「あれ……血、だよね……それに能力者狩りって……」

 

一体何が起こっているのか。

普段から聞き慣れたニュース番組で【能力者】なんて単語はおろか、血を映すなんて非常識だ。

 

「また特滅隊か……ここの所多いな」

 

【特滅隊】という、明らかに危険そうな言葉に、夏来とニッ怪は互いに顔を見合わせる。

複雑な表情を浮かべて唇を噛む炎条寺は、すぐにテレビを消して深いため息をつく。

 

「あいつらは….…国が作った悪そのものだよ。絶対に許さない……」

 

すると、それまで黙りを続けていた少女が震えた声で呟いた。

 

「俺も同じ気持ちだ。だけどよ、特滅隊のおかげで能力者は着実に減って来ている。だから犠牲も───」

 

「私たちはみんなと同じように生きたいの!! 能力があるから何!? 能力者のみんながみんな悪いことをするわけじゃない!! それなのに……なんで殺されなきゃいけないの!?」

 

声を荒げた少女は、きっとした顔でそう口走る。

すると、それを聞いた幻花と炎条寺は、何かを察したかのように考え込んだ。

 

「ま……マジか…」

 

「あ、ごめん……声荒げちゃって」

 

身体を小さくし俯きつつ、2人を見上げる形で申し訳なさそうに言う。

その背後で、夏来とニッ怪は3人に背を向けて小声で話していた。

 

「ね…ねぇ……あのさ、能力者って……なに? ァ…アニメとか漫画でみるアレ?」

 

この世界は、元いた現実世界となんら変わらない場所。

そう思っていたが、先程の会話から分かるようにどうやら少しばかり違うらしい。

思えば幻叶世界に来てからというもの、新聞やテレビなどの情報が得られる物に目を通していなかった。

おそらく、この幻叶世界には超人的な力を持つ【能力者】という者が存在しているのだろう。

 

 

「どうやらそのようじゃな。我の知っとる世界とは違うようじゃ」

 

「………」

 

【自分の知っている世界とは違う】

その言葉に、夏来は違和感を感じて尋ねてみようと口を開く。

しかし、心の何処かには【聞いてはいけない】と言った思いがある。

小さな興味が強大な禁句という壁に阻まれて消え去った。

初日からの不可思議な言動から察するに、この男【ニッ怪 滝】は、幻叶世界の住人ではないのかもしれない。

何らかの偶然により、夏来の夢に入り込んでしまった……そう考えるのが妥当だろう。

 

だが、もしそうだったとしても、初日のあの言葉の意味が理解できない。

 

【お主はまだ死んでおらん、一命は取り留めておる。だが、それも時間の問題じゃ】

 

何故あの時、夏来が幻叶世界に迷い込んでしまったことに気付いていたのか。

そして幻叶世界の仕組みと、願いが叶えられなかった時の夏来に齎す影響を何故知っていたのか。

表情1つ崩さないで、冷静かつ慎重に話していたニッ怪の姿は、まるで過去に【同じ時間を繰り返して来た】と言っていたように今は思える。

 

「ねぇ2人とも。どうしたの?」

 

「え、あ、な、なんでもないよ」

 

幻花に呼ばれた2人は、のっそりと立ち上がって少女の横に並んで座る。

 

「君も、あいつらにやられたんだね」

 

すると少女は、自分の右目を指差しながらニッ怪にそう問いかけた。

「一体何のことだ」と言いたげな表情を浮かべて首を傾げるニッ怪は、人差し指で目元から顎までをなぞる少女を見て、何かを思い出したかのようにクスリと笑う。

 

「これかい? あまり詳しくは言えんが、その特滅隊とやらに付けられた物では無い」

 

「君もって……まさかお前もっ!?」

 

「いかがした炎条寺殿? 我が──」

 

「とぼけんな……お前もこいつと同じ能力者なんだろ!?」

 

冷や汗を流しながら、感情的に声を張り上げて言い放った言葉に、ニッ怪と少女は驚愕に目を見開く。

 

「え、の、能力者……? え?」

 

突然の出来事に、理解が追いつかない夏来の腕を引っ張り上げた炎条寺は、立ち上がってニッ怪と仙座から距離を置く。

夏来を背後につかせ、守るような形で拳を構えて戦闘態勢に入る。

 

「ちょっと友貴。何もそこまで敵対することもないじゃ無い。ほら、座って話でも聞こ」

 

「千代、お前……よく平気でいられるな……能力者だぞ? 何されるかわかんねぇよ!」

 

「いいから座って。ニッ怪たちが悪い奴に見える?」

 

そう言われ、改めて2人を見つめ直す炎条寺。

ニッ怪の無邪気な笑顔が、先程までの敵対心を和らげていく。

 

「……あほくさ」

 

大きなため息をつき、炎条寺は3人に歩み寄る。

その後を追って、夏来もニッ怪の横に座るとホッと胸をなでおろした。

少しの間、沈黙の時間が続く。

それはほんの数秒だったのかもしれない。

だが、この気まずい雰囲気の中で感じた体感時間的には数分にも及んでいたように思えた───

 



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第5夢 新たな仲間

開かれた窓から入る涼しい風が、リビング全体を優しく撫でるように包み込む。

ユラユラと揺らぐカーテンが、浜辺に押し寄せる波の如く一定のリズムを刻んでいた。

 

「はぁ? なんだよ幻叶世界って」

 

その中で、ニッ怪は此処が幻叶世界なのだと3人に伝えていた。

そして当然のように不思議がられている。

 

「興味深いわね。話を聞こうじゃない」

 

「うむ。では話をするとしよう。実はの───」

 

そうして、この世界の仕組みを説明し出したニッ怪。

自分の記憶の中にある全てを掻き出して、包み隠さず口にする。

 

「成る程。ニッ怪が言うには、この世界は俺たちにとっては本当の世界だが、夏来にとっては夢の世界……つまり夏来の魂だけが平行世界に来ちまったってわけか……すげーなおい」

 

「幻叶世界ねぇ……何気なく生活して来たけど、あんたたちから見れば異様な世界のようね」

 

一時はどうなるかと思っていたが、無事2人には納得してもらえたようだ。

その理由としては、この世界に能力者が存在することが大きく影響したのだろう。

不思議な力を持った者がいる世界。

そこでなら、平行世界から来たと言われてもまだ納得がいく。

 

「うん……だから……僕、この世界の常識を知らないの……能力者が何をしたのか教えて」

 

「我からも頼む」

 

「じゃあ私が教えてあげよぉ!能力のことなら私にお任せっ♪」

 

「おっと待ちな。その前に名乗ったらどうだ? なんて呼べばいいか分からん」

 

「あ、そうだよね。まずは自己紹介から! 私の名前は仙座 ゆりか。聞いたことあるでしょ?」

 

「仙座……あっ! 思い出した! 確か……福岡の能力者狩りの生き残りで、物理威力を操る能力者」

 

「ご名答。流石だね非能力者くん」

 

「なんだその言い方っ!! なめてんじゃねぇぞコラァ!!」

 

見下されたように感じた炎条寺が、机に両手を強く叩きつけて怒鳴り散らす。

鬼のような形相で荒ぶる姿を見たうえで、仙座は表情を変えないまま夏来たちの方に顔を向けた。

綺麗にスルーされ、グサリとメンタルを傷つけられた炎条寺。

首を垂らしてブルーな気分に包まれた彼の頭を、幻花はぽんぽんと軽く叩いて宥めている。

 

「さてと、名前は確か……夏来とニッ怪だったっけ?」

 

「あ、はい……」

 

「そっ。んじゃ本題に入るね。 えっと、時は平安──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は平安時代。

現在の長野県に当たる土地に、光を操る能力を持った神が舞い降りた。

貧富の差が激しい世を憐れみ、その神は5つの能力を持った者たちを創り出す。

そしてその者たちの活躍により、栄養失調で苦しんでいた民は徐々に回復して行き、平均寿命が大幅に増え、村は活気にあふれたという。

 

 

「ぇ……いい事じゃないですか……」

 

「と、思うじゃん? でもここからが酷くなるの」

 

 

長く続いた平和は、1人の能力者によって砕かれる。

命令されることに嫌気が刺した男が、他の4人の能力者と共に神が住まう神社へと出向く。

「もうお前の命令は聞かない」「この地は自分たちが作り上げた場所だ」と、神へ抱いていた不満をここぞとばかりにぶつける。

 

『人は誰しも堕ちるものとはよく言ったものだ……その愚かさは我に対する侮辱か?』

 

背に光輪を召喚させた神は、ゆっくりと立ち上がると敵対する者へ向けて鋭い視線を送る。

その言葉を聞いた5人の能力者は次の瞬間、敵うはずもない絶対的な存在に謀反を起こした。

初めは勢いで押していた5人だったが、長期の決戦に本領を発揮した神に押されていき、ついには敗北。

この戦いで半径10㎞に渡り被害が出て、死者は数千人に及んだ。

自ら生み出した者に刃向かわれた怒りから、神は破壊の限りを尽くす。

そして同時に我が子とも言うべき大切なものを失った悲しみから、【感情】の力を持った男女2組を地上に残して天へと帰って行った。

 

 

「成る程……それから善人な能力者が増えていったんですね。でもどうして今は……」

 

「……結果的には国が悪いんだよ、夏来」

 

 

そして現在。

その事実を知った日本は、能力を持った者たちに危機感を感じていた。

何か気に触るような事が起これば、強大な力で反抗してくるだろうと。

初めは静かに様子を見ていたが、10年程前に和歌山県で複数の能力者同士の殺し合いがあり、県全体の4分の1が壊滅した。

それがきっかけとなり、国は能力者に対抗するべく、死亡した能力者のDNAを摂取し、それを元に開発された薬から対能力者を創り出した。

その中でも、特に優秀な能力を持つことに成功した者達を寄せ集めて結成されたのが、特殊能力撲滅機動隊。

別名【特滅隊】だ。

その指導者である【ゾルバース・ヴェルデ】という者は、和歌山での殺し合いが起きた際に両親を目の前で殺されたらしい。

それもあってか、機動隊の中でも特に能力者への恨みが強い。

能力者は極悪人だと決めつけ、目撃証言等から居場所を突き止めては、世界の平和の為だと殺戮を繰り返している。

 

「その様な事が……」

 

「かつては日本全国で数百人居たと言われていたんだよぉ?でも今は確認出来るだけでたったの7人。始祖の神を含めて8人さ……みんな潰し合って死んでいったの……」

 

「え、し、始祖って……」

 

「さっきの話に出てきた神だ。一時期噂になってたもんだ。時折長野の山奥に光の柱が立つってな」

 

ガサゴソと新聞の山から1つの紙を取り出す炎条寺。

それを夏来とニッ怪の目の前に置く。

覗き込む2人の目に映り込んで来たのは【謎の光。邪神の再臨か?】との見出しと、暗闇の中で山の頂上に一本の光が差している写真だった。

 

「え……ここって」

 

「気づいたか。ま、そういうわけだ」

 

それから視線を説明文に移し、じっくりと読んでいると、何かを見つけた夏来が声を上げる。

そこに記されていたのは、この写真が撮影された場所だった。

 

「悟河村……」

 

そう呟いた夏来は、自分と繋がりのある場所に不安な気持ちを抱く。

何故なら、その悟河村には夏来の叔父と叔母が住んでるからだ。

夏休みなどの長期の休みを利用し、炎条寺と幻花を連れて泊まりに行く程度だが、親のいない夏来にとっては1番頼りになる存在だ。

 

「20XX年……結構最近なんだね」

 

「あぁ。んでもって これが世間に伝わった頃から、始祖の神が度々姿を現すようになったんだ」

 

そう言って、今度はスマホの画面を見せる。

そこに映っていたのは、2分程度の短い映像だった。

再生ボタンを押して、動画が流れ始める。

 

【えー現在、私は新潟県の○○市に来ています。彼方に特滅隊の皆様が待機しております。やはり始祖が来るのでしょうか?】

 

マイクを持ったリポーターらしき人物が、薄暗い地で目を見輝せながら実況をしていた。

カメラに映る、全身を闇で覆い包んだ3人の人間は、その場に佇んで空を見上げている。

 

『──来たかァ……』

 

すると、その内の1人が声を発する。

その瞬間、雨雲に包まれた空から、一本の光の柱がゆっくりと降りてきた。

そしてそれは、とある一軒家の屋根に接触すると同時に人の形を作り出していく。

 

『………』

 

全身を作り上げ、周囲に漂う闇を薙ぎ払った者は、勢いよく両手を広げて背中に光輪を出現させる。

 

 

「あれが……始祖の神……」

 

 

そのあまりの神々しさに、夏来は目を奪われる。

だが、それと同時に始祖の神から感じられる威圧感と恐怖に、ガクガクと身体が小刻みに震えていた。

 

『久しぶりだな悟神ィ……何しに来たんでェ?』

 

語尾を伸ばす独特な喋り方の人間は、始祖の神に向かって【悟神】という名前を使う。

 

『ゾルバース……我は貴様らに殺された我が子たちの恨みを返す為だと、前に言っておいたはずだが』

 

それに続いて悟神という名の神は、地上にて敵対する者たちを見下ろしながら、対話を続けている者の名を口に出す。

 

『相変わらず怖ェこと考えてやがるぜェ……悟神さんよォ……』

 

『行くぞ。ハァァッ!!』

 

『フッ……ッァァァァア!!』

 

互いに声を張り上げて足場を蹴りだすと、空中で拳同士がぶつかり合う。

その荒々しい交戦により生み出された衝撃波が、周りの建物を粉々に破壊していく。

そして最後にリポーターの叫び声が聞こえ、そこで動画は終わってしまった。

 

「悟神……ゾルバース……」

 

「それが、あの者らの名のようじゃな」

 

これから自分たちとも敵対するであろう者たちの顔と名を、2人はしっかりと脳裏に焼き付ける。

人間離れした力にどう立ち向かうのが最善か?

はたまた、どちら側かに付いて安全を確保するか?

仮にそうなるとしても、友好を築ける可能性があるのは悟神側だ。

先程の会話から分かるように、ゾルバース達は特滅隊以外の能力者を始末しようとしている。

その一方で悟神は、地上に残した感情の力を持った者たちの子孫である能力者を殺された恨みから、特滅隊を始末しようとしている。

これにより、共通の敵を持ち、なおかつ自分たちに危害を加えないであろう悟神の方が安全性はある。

 

「どっちかに付いて戦いを有利にしようと考えてるなら、残念だけど無駄だよ」

 

「え……」

 

仙座がまるで心を読んだかのように、顎に手を当て深く考え込んでいる夏来にキッパリと言い放つ。

 

「この世界の能力者は3つに分けられているの。1つ目は感情の能力者の子孫。2つ目はゾルバース率いる特滅隊。そして3つ目は───」

 

「3つ目は…?」

 

「──悟神に逆らった5人の能力者の子孫さ。もうこの世には私1人しかいないけどね」

 

耳を疑う衝撃の発言に、夏来とニッ怪は目を丸くして驚く。

仙座から聞いたあの話を、2人は十分に理解していたはずだった。

しかし、肝心なところを見落としていたことに、今になってようやく気付くことができた。

思い返してみれば、5人の能力者は村を回復させるために長い時間を過ごしていた。

それは数年か、はたまた十数年だったかは分からない。

けれども、子を残すことは十分に出来たはずだ。

故にその血が絶えていないのだとしたら、この世に悟神からも、ゾルバースからも命を狙われている能力者が存在していることになる。

それが彼女【仙座ゆりか】なのだろう。

産まれてからこの日に至るまで、あの2つの脅威から逃れに逃れてきた過酷な人生。

時に仲間の死を乗り越え、そして最愛の家族を失った憎しみから世を恨み────

 

「もう、逃げるしかないんだ。 私がここにいたら、夏来たちも仲間だと思われて殺されるかもしれない……」

 

「仙座殿……」

 

1度も本当の幸せというものを感じたことがないような、暗く、沈んだ目だ。

この悲劇の少女を救い出せるのは自分たちしかいない。

そう感じた夏来は、少しでも仙座の心の傷が癒えるように、あることを切り出す。

 

「あの……行く宛が無いのなら、この家で一緒に住みませんか?」

 

「え……で、でも……! 見つかったら…」

 

「元の世界に戻る為だからって、目の前で困ってる人を見捨てることなんて出来ないですよ」

 

それまでのおどおどとした口調から一変、夏来は真面目な顔つきで答えた。

予想外の返答に、仙座は驚いたように大きな美しい目を開く。

 

「だけどっ……夏来が死んだら帰れなく……!」

 

しかし、直ぐに自分が置かれている状況を振り返った仙座。

その口調は奴らの迫り来る恐怖を表していたが、それと同時に帰る場所を見つけたという【喜び】を叫んでいたようにも感じた。

 

「友達を助けられずに自分だけ助かるなんて、それこそ罪悪感で死にたくなるよ」

 

「とも……だち……?」

 

「あぁ、俺たち友達だろ。なぁ?」

 

「えぇ、当たり前じゃない」

 

「然様。友の苦しみは友で分かち合おうではないか」

 

「おっ! 良いこと言うじゃねぇかニッ怪」

 

「み…みんな……」

 

ポロポロと泣きながら感謝する仙座を見て、夏来たちは互いの顔を見合わせてクスリと笑った。

するとその時、壁に掛けられた時計が14時を告げる音色を部屋全体に響き渡らせる。

 

「ってかヤベェ! 買い物済ませたらすぐ帰って来るように言われてたんだった!」

 

その音を聞いて何かを思い出した炎条寺が、額に冷や汗を流しながら荷物をまとめて立ち上がる。

ドタドタと騒がしい音を立てながら玄関へと続く廊下のドアノブに手をかけると、一言残して風のように去って行った。

 

「全く……あいついつも勝手なんだから。ごめんね、ゆりか」

 

「ううん、大丈夫!」

 

目の下をほんのりと赤く染め、ニカッと笑って見せた。

すっかり元気を取り戻した様子に、夏来たちはウットリと目を閉じて和やかな顔になる。

 

「さてと、私もそろそろ帰るわ」

 

「あっ……もう行っちゃうの……」

 

テーブルに手をついて立ち上がった幻花は、寂しそうな影がちらちらと頬の辺りを掠める夏来を見て、踏み出そうとした足を止めた。

 

「──そうね……あんたら2人の能力、この目で見てから帰ろうかしら」

 

「だね……! 僕も見てみたい!」

 

少しでもこの家に幻花が滞在してくれることに、夏来の心は随喜に満ち溢れた。

満面の笑みを浮かべて喜ぶ夏来を見る幻花は、本能的にこの笑顔を守ってあげたいという気持ちに包まれる。

 

「はいはーい! じゃあ私から見せるねっ!」

 

「仙座殿……能力というものはあまり見せるものでは───」

 

「良いじゃん良いじゃん!見てもらいたいし♪」

 

何の躊躇いも無く上機嫌で話を進める仙座に、ニッ怪は優しく注意を促す。

だが仙座は「言ったとしても何かまずい事あるわけじゃないんだし」と言って聞く耳を持たない。

 

「そうかい、ならば仙座殿から……」

 

この娘には何を言っても意味がないのだろうと理解したニッ怪は、仕方なく仙座の話に耳を傾ける。

 

「では、お披露目しましょん! まずは物理威力を操る能力から!」

 

そう言った仙座は、窓を勢いよく開けてサンダルに履き替え庭へと足を踏み入れる。

何をするのだろうと不思議に思っていると、キョロキョロと辺りを見渡した後に、花壇から重そうな分厚いレンガを1つ持ち上げる。

そしてそのレンガにデコピンを数発食らわす。

 

「いっ……たぁっ!!」

 

「何したいのよ……」

 

意味不明な行動からの自滅に、幻花は呆れた様子で呟く。

 

「い、今のが……能力無しね……っ……そして──」

 

痛みに涙を流す仙座は、次にレンガを真上に軽々と放り投げる。

これだけでも十分凄いと言えるが、 目の前に落ちてきたレンガを、手の甲でコツンと叩いて粉々に砕いた時の凄さには敵わなかった。

 

「えぇ!? ちょ、凄いじゃない!」

 

「ま、多少はね? これが物理威力を操る能力さ! 人間が出せる力の最大10倍までの力を発揮出来るんだ〜凄いでしょ♪」

 

「血、出ておるぞ」

 

得意げな表情を浮かべる仙座は、右手を血で赤く染め上げていた。

痛みに引きつった顔を見て、ダメージを受けてしまうのなら意味が無いと思うニッ怪。

 

「どう? これが私の実力だよん!」

 

ニッ怪の声が聞こえていないのか、はたまた痛いところをつかれたことにより無視をしているのかは分からない。

だが焦りの目を向けている仙座を見て、それ以上は何も言わない方が良いのだと察した。

しかし、家の物を壊されておいて黙っている夏来ではない。

 

「うん……あの……凄いけど、あとでレンガ弁償してくださいね」

 

仙座の足元に散らばるガラクタ。

とてもレンガだったとは言い難い姿に、夏来は少しキレ気味で言い放った。

 

「すいましぇん……あっそうだ! ちょっと待ってて!」

 

「え?」

 

夏来が聞き返そうと口を開いた瞬間、その場から仙座が一瞬にして消え去った。

そのあまりの衝撃さに、それまで退屈そうに腕組みをしていたニッ怪は、不意を打たれた拍子に喉が塞がって声が出せない。

 

「おまた〜はい、これをセットして完了!」

 

そしてその数分後、何事もなかったかのように現れた仙座は、破壊したレンガと同じ形と色のレンガを花壇に置いて話を続ける。

 

「よっと……今見てもらったように、私は瞬間移動も出来るんだ〜。あ、あとこのレンガはちゃんと買ったやつだから!」

 

ポケットの中から取り出したレシートを夏来たちに見せつける。

そこには確かに今日の日付の購入履歴が書かれていた。

「それなら問題ない」と言い、再び能力の話に戻る2人の横で、夏来は首を傾げながらジッとそのレシートを見ていた。

 

「ねぇ仙座さん……」

 

「ん? なぁに?」

 

「お金……持ってましたっけ?」

 

「ぎくっ!」

 

明らかに怪しい反応を見せ、さらには声を上げて一歩後退する。

こんなに分かりやすい動揺の仕方があるのだろうか?

そんな自分の姿を客観的に見たのか、目を閉じて薄ら笑いを浮かべた仙座は、袖から高級そうな財布を取り出した。

 

「あ、それって……」

 

「ふふっ……そうだよ。これはさっき帰った──えっと……」

 

「炎条寺殿じゃ」

 

「あぁ!そうそう! あいつのさっ!瞬間移動は便利だよね〜盗みも簡単にできちゃうからねぇ!」

 

本性を現した仙座は、まるでRPGのラスボスの様な雰囲気を醸し出していた。

可愛らしい容姿からは想像も出来ない闇に、夏来たちは可哀想な者を見るような視線を送る。

 

「い、いや違うから! 確かに瞬間移動を使ってイタズラとかしたことあるけど、これは今日が初めてだから! ちゃんとお金は返すから! 2人ともスマホをしまってよぉ……」

 

無表情でスマホを取り出した夏来と幻花は、画面を3回タップした後に耳元へと持ってくる。

その一連の流れに、仙座は警察に通報されてしまうのでは無いかと思って泣きながら縋り付く。

すると、そんな慌てふためく仙座の頭を撫でた幻花は「そんな事しないわ」と優しく声をかける。

 

「うぅ……ごめん、ごめんっ……」

 

「早う炎条寺殿に謝りに行った方が良かろう」

 

「うん……ニッ怪君の言う通りですよ。今なら許してくれるかも……」

 

「許してくれるかなっ!? なら行ってくるぅっ!!」

 

レシートと財布をしっかりと握りしめ、仙座は甲高い声を置き去りにして消えた。

それを見届けた夏来は、2人をダイニングテーブルへと案内する。

炎条寺のキレやすくネチッこい性格を知っていた夏来は、暫くの間仙座は帰ってこれないことを察していた。

 

「あの……紅茶入れるけど……2人は?」

 

台所に立った夏来が、席に着いた2人に問いかける。

 

「ええ、いつも通りの渋みでお願い」

 

「我は少し薄めで頼む」

 

「はーい……」

 

それぞれの注文を聞き、夏来は温めた透明なカップに電気ポットのお湯を注いで準備を始める。

その間、肘をついて手に顎を乗せた幻花は、ニッ怪と向かい合いながら神妙な面持ちで話し始めていた。

 

「所で、ニッ怪はどんな能力を持ってるの?」

 

「時間を巻き戻す力と、エネルギーを操る力を有しておる」

 

仙座同様、ニッ怪も2つの能力を持っているようだ。

使い勝手の良い時間系の能力に加え、エネルギーを操るという謎に満ちた力。

この2つでどのようなことが出来るか、それを詳しく聞き出そうと身を乗り出して顔を近づける。

 

「は、話すけん……少し離れてもらえぬか」

 

間近で異性の顔を見ることに慣れていないのか、ニッ怪は目を左右に動かしながら喋りずらそうにしている。

その様子を見た幻花は、高ぶる感情を抑えて椅子に浅く座って話を聞く。

 

「まずは時間を巻き戻す力から話すとしよう。これはの──」

 

自身の秘められた力について、少し嫌な顔をしながらも話し出したニッ怪。

この力の対象は使用した者だけに限らず、生があるもの無いもの、全てに影響することが出来ること。

そして実用例としては壊れたものを治りたり、選択を間違えてしまった時に役立つという優れものだ。

しかし、ニッ怪自身はこの能力の話をあまり言いたくない様子であり、もっと詳しく聞き出そうとする幻花に対して口を固く閉ざして黙り込むという態度をとる。

 

「ぁ…いや、もう十分よ十分……」

 

「そうかい。ならば良いのじゃが」

 

何か隠すことでもあるのだろうか?

自分たちにすら言えない、誰にも知られてはいけない何かが───

そう不思議に思っていると、ニッ怪がテーブルの上に置かれた花瓶の花に触れながら、2つ目の能力であるエネルギーを操る能力について説明し出す。

 

「この力は、生きておるものから生命エネルギーを奪うことが出来る。尚、与えることも可能じゃけん、お主らも一時的ではあるが人間を超越した力を発揮できるのじゃよ」

 

そう言いながら、ニッ怪は手に力を込める。

すると、触れている花が見る見る内に生気を失い縮み始めた。

そして全ての花弁が抜け落ちた時、再び能力を発動したニッ怪により、以前の面影を持った花が誕生した。

 

「また、怪我をした場合には自然治癒力を強化して瞬間的に再生させることも可能。我ながら良い能力だと思っておるよ。ハッハッハ」

 

「───正直その喋り方と言い、心の中であんたのこと見下してたけど、前言撤回するわ。頼りになる能力者さん」

 

感心する幻花に、少々照れ臭そうに笑うニッ怪。

おぼんに乗せて運ばれてきた紅茶を手にし、これからのことについて話をしていると、玄関の方から炎条寺の怒鳴り声が聞こえてくる。

飲みかけの紅茶を一気に飲み干し、駆け足で玄関へと向かった3人は、そこで襟を掴まれながらジタバタと暴れ回る仙座を見つける。

 

「ったく……こいつの面倒見るなら ちゃんと躾とけ。オラッ!動くんじゃねぇ!」

 

「夏来の嘘つき──! 許してくれなかったじゃんかぁぁ!!」

 

「え、ぼ、僕じゃないよ……元はニッ怪君が言い出したことだし……」

 

「我に責任を押し付けるでない!」

 

「はぁ……今回のは目を瞑ってやるから、次からは気をつけろよ」

 

「うぐぅ……」

 

軽く頭をコツンと叩いた炎条寺は、最後の駄目押しと言わんばかりにふんと鼻を鳴らすと、ついでに帰ると切り出した幻花と共に夏来家を後にした。

 

「ばいばーい」

 

玄関先まで見送った3人は、青々と晴れ渡る空を見上げた。

夏来はこれから始まる幻叶世界での生活に心を踊らせつつも、願いを見つけられるのかと言う不安。

ニッ怪は自分の知っている世界と明らかに違う状況に、どう接していけば分からないと言った焦り。

そして仙座は孤独から抜け出して友と呼べる者に出会った喜びを噛み締めると同時に、特滅隊や始祖の神の手からどう夏来たちを守れるかを考えていた。

 

「さてと……これから忙しくなるね」

 

それぞれが思うことは違えども、幸せの裏には必ず不安や恐怖があるものだ。

そう改めて感じた夏来はパチンと手を叩き、声高らかに言った。

家の中へと駆けていく2人の背を見つめながら、夏来は一歩を踏み出す。

 

「───?」

 

その時だった。

バサバサと、何かが空を羽ばたくような音が聞こえ、夏来は身体ごと振り返る。

すると、太陽に向かって天高く昇っていく一羽の鳥が目に映り込んで来た。

 

───僕はあの鳥を知っている。

 

ふと、そんな思いが頭をよぎる。

知るはずもない鳥の記憶、それを自分は何処かで見ていた──

悲しみとも、喜びとも捉えられる気持ちに包まれた夏来は、手招きをする2人に呼ばれて歩き出した。

 



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第2章 悟神・夏祭り編
第6夢 夏の始まり


ニッ怪と仙座が夏来の家に住むようになってから、数ヶ月の時が過ぎた。

多様な音色のセミの声と、肌を撫でる生暖かい風。

季節は夏になり、夏来の学校は長期休暇に入っていた。

 

「いつも手伝ってくれて……本当に助かるよ」

 

早朝、クーラーの効いた涼しい部屋で、夏来と仙座は朝ごはんの準備をしていた。

瞬間移動の能力を利用して、仙座に川や海などで魚を捕らせてくるようになってからと言うもの、日々の食費は大幅に削減。

今までギリギリの生活を送っていた夏来にとって、これほどに嬉しいことはなかった。

 

「泊めて貰ってるし、これぐらいはしないとねっ!」

 

しかし、3人分を作るとなれば、その浮いた金さえも一瞬の内に消えてしまう。

実質、今までとほぼ変わらない状況ではあった。

だがそれでも変わったものは確かに存在している。

 

「がぁ……腹が減って死にそうじゃ……」

 

「もう少し待ってね……」

 

こうした何気無い会話が、夏来を孤独から救ってくれる。

それだけで幸せな気持ちになる事が出来た。

 

「ん? なになに〜? 思い出し笑い?」

 

小さく笑みを浮かべた夏来の顔を覗き込みながら、口元を手で隠した仙座が言う。

 

「え、な、何でもないよ」

 

「そっ、ならいいけど〜」

 

2人は出来上がった料理を、ニッ怪が待つダイニングテーブルへと運んだ。

今日の朝食の献立は、わかめの味噌汁、ほうれん草のお浸し、卵焼き、鯖の味噌煮、そしてふっくらご飯だ。

 

「ごちそうさまでした…」

 

それぞれが朝食を手早く済ませると、夏来と仙座は洗い物に取り掛かる。

その間、ニッ怪は大きなバッグに着替えを詰め込んでいた。

 

「あはは……まだ早いよニッ怪君。お昼頃に行くんだから……」

 

「そうではあるが、待ちきれんのじゃ!」

 

そう興奮気味で言うニッ怪は、目を輝かせながら鼻歌を歌い始める。

行き先は長野県の悟河村。

夏来の叔父と叔母が住んでいるところだ。

 

───早く会いたいな。

 

遠く離れたその場所に、夏来は想いを馳せた。

夏休みの期間しか会えない人、見れない景色がそこにある。

両親が亡くなって寂しい思いもしたが、死にたいなどと思ったことは一度たりともない。

それは、夏来を支えてあげようとした叔父たちのおかげであった。

 

「──今更だけど、行くのが怖くなってきたよぉ」

 

ソファーに深々と座りながら、不安な表情を見せる仙座。

随分前に聞いた通り、悟河村は始祖の神である【悟神】が現世に初めて姿を現した場所だ。

そして同時に、昔話に出てきたあの村は、現在の悟河村ではないかと噂されている。

自分の命を狙う者が潜んでいる可能性がある場所に、わざわざ出向くのは自殺行為である。

しかしそれでも、自分と同じ境遇のニッ怪は悟神を恐れていない様子で、仙座は見つからなければ大丈夫だと思い始めていた。

 

「大丈夫だよ……うん、たぶん大丈夫」

 

「これこれ、あまり仙座殿を不安にさせるでない」

 

「あっ! ごめんごめん。きっと大丈夫だよねっ! こっちにはニッ怪もいるんだしっ!」

 

恐れてはいけない。

もう逃げたりはしない。

立ち向かうんだ……敵わない相手だとしても、必ず勝機はある。

そう自分に強く言い聞かせ、仙座は自身を包み込む不安を振り払った────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一層暑さが増してきた昼頃、炎条寺と幻花を家に招き入れた夏来は、玄関の鍵をかけて出発の準備を進めていた。

エアコンを消し、全ての窓が閉まっているかを確認すると、それぞれが仙座の肩に手を置く。

 

「仙座さん、お願いします」

 

「まっかせて! 大体だけど……ここかなっ!」

 

短い掛け声を残し、夏来たちはその場から一瞬にして姿を消す。

数秒の間、あたりに真っ暗な空間が広がる。

見渡す限りの真っ暗闇に、死後の世界もこの様な景色が広がるのだろうかと思う夏来。

するとそんな暗い思いを打ち消す、目を塞ぐ程の眩い光が襲いかかってきた───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目に映り込んでくる、どこまでも無限に広がる緑の景色。

花々の香りと、その側を流れる川の音。

炎天下の中、吸い込む空気は都会とは違った新鮮さを感じさせる。

 

「ぁ……ここは……」

 

そんな中、夏来は見覚えのある景色にゆっくりと背後を振り向く。

すると古ぼけた、今にも崩れ落ちそうな小さな駅が静かに佇んでいた。

茶色く変色した壁には、所々に大きな亀裂が見られる。

 

「うひょぉ! やっぱお前すげぇや! ──す、すげぇけど、ここじゃねぇんだよな」

 

「ぐぬぬ……やっぱり行ったことないから難しいよぉ……よぉし!」

 

場所を間違えてしまった仙座は、気を取り直して再び瞬間移動の能力を発動させようとする。

しかし明確な場所を分かっていない様子に、幻花はあることを切り出す。

 

「また変な所に行かれても困るしね、ここからは景色を見ながら行きましょ」

 

そう言って駅前のバス停へと歩き出した幻花の後を、夏来たちは駆け足で追う。

 

「あちぃ……」

 

夏来と幻花が時刻表を確認する中、炎条寺ら3人はベンチに腰を下ろしてグッタリとしている。

 

「俺、生まれ変わったら鳥になるわ……それで大空飛びまくってやる」

 

暑さに顔を歪める炎条寺たちの頭上を、1羽の黒い鳥が飛んでいく。

バサバサと懸命に羽ばたきながら、どこまでも、どこまでも高みへ───

決して振り返ることなく飛び続ける姿に、ニッ怪は複雑な思いに駆られる。

 

「ん? どうしたの、そんな顔しちゃって」

 

「───いや、なんでもない」

 

視線を落としたニッ怪の横顔は、どこか悲しみに包まれているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら来たよ、起きな」

 

意識が朦朧とし、起きているのか寝ているのか、その区別さえも付かない状況下に聞こえて来た幻花の声。

肩を揺さぶられて目を覚ました3人は、夏来が指を指す方向へと視線を移す。

すると、前方から一台のバスがこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 

「ぁぁ……幻か……愛しの天使ちゃんが俺を迎えに来てくれたみたいだ……」

 

力の無い掠れた言葉を発しながら、プルプルと震える手を伸ばす炎条寺。

それから十数秒後、バスへと乗り込んだ夏来たちは直結クーラーの真下へ炎条寺を座らせた。

 

「夏にしか来れないけど……この景色はいつ見ても凄いね……」

 

山の方へ、左右に田んぼが広がる一本道をバスは行く。

都会では決して見られない、田舎ならではの広大な土地を利用しての水田。

一目見れば、あまりの凄さに言葉が出ないだろう。

実際、仙座も口を開けたまま固まっている。

 

「ん……ぁ……いって……うえっ……気持ちわりぃ」

 

それから数分後、小さな橋に差し掛かった時、炎条寺が苦しそうな声を上げて目を覚ます。

そして直ぐに顔色を悪くして頭を押さえると、隣に座る夏来をニッ怪の横へと移動させる。

 

「お……だ、大丈夫かの」

 

「ああ……だ、大丈夫だ……問題ない。心配するな」

 

青ざめた表情で言うからだろうか、その言葉には説得力のかけらもなかった。

故に、心配するなと言われても、心配してしまうのが人間というものだ。

しかしこれ以上、頭痛で苦しむ炎条寺に迷惑をかけるわけにはいかない。

そう思った夏来たちは、あまり大きな声を出さないようにコソコソと話すようにした。

 

「ねぇ、あれかなぁ?」

 

野を越え山を越え、何度かバス停に止まりながら約1時間。

視界がひらけたと同時に、多くの家々が密集する村が見えてくる。

 

『次は悟河村──悟河村です。お降りの方はお近くの降車ボタンを押してお待ち下さい』

 

夏来が頷くと同時に、車内にアナウンスが流れる。

言われた通りに降車ボタンを押し、夏来たちは荷物をまとめる。

数十秒後、悟河村前のバス停に降り立つ。

モワッとした熱気とバスが残した排気に身体が包まれる。

 

「あぁ……クソうるせぇ……」

 

遠ざかって行くバスのエンジン音が聞こえなくなると、それを待っていたかのように大量のセミの鳴き声が押し寄せて来た。

日差しは何にも遮られることなく首筋を焼いていた。

 

「あっ……炎条寺君、待ってよ」

 

一刻も早く目的地に辿り着きたい一心で、身体を無理やり動かして進み出した炎条寺。

その背中を追って、夏来たちは村の中へと入っていった。



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第7夢 目覚める闇

四方を山に囲まれ、綺麗な川と花々が咲き乱れる自然豊かな村。

その中の一軒、年季の入った2階建ての大きな家の前に夏来たちは立っていた。

チャイムを鳴らすと、中から声が聞こえる。

ガラガラと引き戸が音を立てて開くと、目の下にクマを作った、50代前半くらいの男が姿を現した。

 

「おぉ来たか! さぁさ、はやく上がんなさい」

 

「お邪魔します。叔父さん」

 

爽やかな笑顔で迎えた夏来の叔父は、挨拶を交わした夏来たちを近くの居間に通す。

木で出来たテーブルを囲む様に座り、畳の上で楽な体勢を取りながら会話を弾ませていると、叔父がオレンジジュースの入ったコップをおぼんに乗せて持ってくる。

感謝の言葉を伝えて一口飲むと、仙座とニッ怪は叔父と互いに自己紹介をした。

 

「叔父さん、叔母さんは今日も……」

 

「あぁ、仕事だよ。朝から晩まで大変だよねぇ」

 

あたりを見回す夏来は、叔母の姿がないことに気付く。

この呑気な叔父とは違い、叔母は忙しい毎日を送っているようだ。

 

「おじちゃんは何の仕事してるのぉ?」

 

平日だと言うのに、仕事をしているような身なりをしていない叔父を見て、不思議に思った仙座が口を開く。

自分たちを迎えるために仕事を休んだとも考えられるが、それでは本当に申し訳なく感じる。

 

「あぁ、僕はね───」

 

叔父が何かを伝えようとした時、右手首に巻いてある腕時計が大きな音で鳴り出す。

 

「おっと、すまない。仕事の時間だ。後は夏来くんたちに任せるよ」

 

そう言い残して部屋を出ていく叔父は、廊下の奥の部屋へと入り、それっきり出てくることはなかった。

どうやら家で出来る仕事をやっているようだ。

 

「なぁんだ、良かった」

 

まるで自分のことのようにホッと胸をなでおろした仙座。

そして荷物を持った夏来と炎条寺と幻花の3人は、ニッ怪と仙座を客室まで案内すると言って歩き出す。

縁側を通り、先ほどいた居間の2つ隣に位置する客室の引き戸を開ける。

中は思っていたより広く、大人が10人ほど寝そべることが出来るくらいの広さだった。

荷物を部屋の隅に集めて各自行動を開始する。

 

「ここは秘境!探検隊の出番だよっ!隊長の私に続けぇ!」

 

「おぁ…ま、待ちなされ隊長殿っ!」

 

具合が悪い炎条寺を1人部屋に残して、仙座とニッ怪は共用サンダルで庭へと出る。

 

「あの2人、なんだか子供っぽいわね。ゆりかはともかく、ニッ怪なんてもう大人でしょ?」

 

年の割に幼い2人を、縁側に座りながら夏来と一緒に見つめている。

同居したての頃に年齢を尋ねたところ、ニッ怪は「20歳は超えている」と発言していた。

良い大人がこうして少女のノリに付き合っている光景は、とても微笑ましい限りだ。

あの心からの笑顔を見ると、不思議と温かい気持ちに包まれた気がする。

 

───今までもそうだ。

 

あの時に出会ってからと言うもの、笑ったり悲しんだりといった感情を、彼らの前では包み隠さず表に出せるようになっていた。

これも全て、ニッ怪、そして皆んなのおかげだ。

 

「僕はそんなニッ怪くんが好きだよ……一緒にいて楽しいしね」

 

「まぁ、確かにそうよね」

 

「うひゃ!すんごぉいよ! 亀だ! 鯉もいるよっ!! 2人とも!来て来て!」

 

まるで遊園地に来た小学生のように、キラキラとした目で池の中を覗く。

そんな喜色満面な仙座が、早く早くと2人を急かすように手招きをしていた。

 

「はいはい。ほら、夏来行こ」

 

サンダルを履いて立ち上がった幻花は、振り返って夏来に手を差し伸べる。

 

「──うん!」

 

そう元気に返事をして手を取った夏来は、太陽光が照らす庭へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涼しい風が優しく肌を撫でる感触に、炎条寺は薄っすらと目を開ける。

辺りはすっかりと暗くなっており、網戸の外からは虫たちの鳴き声が聞こえていた。

 

「イテテ……」

 

月明かりに照らされた薄暗い部屋。

首を抑えながら起き上がると、声が聞こえる方へ無意識のうちに歩き出していた。

昼間には暑さにやられて歩けないほどに気分が悪かったが、今はそれが嘘だったかのように体が軽い。

ギシギシと鈍い音を立てる縁側を進むと、光が漏れている部屋を見つける。

引き戸を開けると、中ではパジャマ姿の夏来とニッ怪が楽しそうにトランプで遊んでいた。

 

「あ、炎条寺くん。具合大丈夫……?」

 

「あぁ、なんとかな。けどその代わりすげぇ眠いわ」

 

壁に掛けられた時計を見ると、午後10時を回っていた。

約8時間ほど眠っていたのだろう。

普段の睡眠時間より大幅に多かったが、なぜか眠気は一切晴れる様子はない。

気を抜けば今にも寝入ってしまいそうだ。

 

「顔を洗って来た方が良かろう」

 

「そうだな。んじゃ行ってくるわ」

 

「場所分かる……?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

炎条寺は入ってきた戸を再び開け、廊下へと出る。

脱衣所へと向かうと、誰かの声が聞こえてきた。

しかしシャワーの音にかき消され、誰が話しているのかは分からない。

だがこの時間帯に入る人は、仕事帰りの叔母か叔父くらいだろう。

すぐに出れば問題ない。

 

「(そう言えば……あいつらどこ行ったんだ?)」

 

水を流し、軽く洗面する。

そして顔に付いた水滴を手元のタオルで拭いていると、ふと幻花と仙座があの場にいなかったことを思い出した。

 

「(コンビニでも行ってんのか…?全く……)」

 

そう深く考え込んでいると、風呂場のドアがゆっくりと開かれる。

もくもくと立ち上る湯気が、炎条寺の視界を奪う。

 

「うわっ、な、なんだっ!?」

 

いきなりの事で気が動転した炎条寺は、足元の体重計に躓いて転倒する。

その際に倒れまいと掴んだバスケットが、中に入っていた女性物の下着と共に炎条寺の頭に落下する。

 

「ぐわぁ……なんなんだよ全く……」

 

「キャ──!!変態!変態だぁ!」

 

今日は散々な目にあうなと実感する。

仙座の瞬間移動が失敗してバスを待つはめになり、そのせいで具合が悪くなる。

さらに疲れも溜まっていたのか、この家に着いてもろくに遊べずに寝てしまい、こんな遅い時間になってようやく目覚めることとなってしまった。

 

「あ? ってぬわっ!? お、お前ら なんでここに!?」

 

目に映るのは幻花と仙座。

手元のバスタオルをとっさに身体に巻きつけたが、一歩遅かったようだ。

 

「それは───」

 

「お、おい待て、違う。これは違うんだ。別に覗こうとしたわけでも、盗み聞きしようとした訳でもなくてだな。ただ俺は顔を洗いに来ただk───」

 

「こっちのセリフだぁぁあ!!」

 

「グボェッッ!!」

 

幻花の渾身の一撃を頰に喰らう。

頭を打ち付けて気を失った炎条寺は、消えゆく意識の中で不幸な自分を嘲笑うのと同時に、同年代の少女の素の姿を見れた幸せを噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……あんたには困ったわ」

 

「いや、だから何度も言ってる通り、あれは違うっての! 信じてくれって! お前らなら分かってくれるよな!?」

 

居間にて目を覚ました炎条寺が、トランプを片付けた夏来とニッ怪の横に付きながら話す。

テーブルを挟んで反対側に座る幻花と仙座は、見損なったと言わんばかりの視線を向けていた。

だからこそ、自分の無罪を訴えるためにこの2人の力が必要だ。

 

「あ……うん……確かに、顔を洗いに行ったのは間違いないよ……」

 

「うむ。我が言ったのじゃから、間違いはないぞい」

 

「ほらな!? だから許してくれって……誤解なんだって……」

 

こんな完璧なアリバイがあるというのに、この2人は何故か引こうとはしなかった。

それもそのはず。

身体を見られた上、着替えまでも物色されていたのだから。

そして何よりも───

 

「顔洗うくらい、台所でやればいいじゃない。わざわざ脱衣所のやつ使わなくてもいいでしょ?」

 

「うっ……! いや……それは………」

 

最もな理由を述べられ、炎条寺は堪らず言葉を詰まらせる。

 

「じゃぁ……僕は先に寝るから……」

 

「あっ!なら私もっ!おやす〜♪」

 

勝敗が決まったと確信した夏来は、眠い目をこすりながら1人部屋を後にする。

それに続いて、仙座もスキップしながら夏来の後を追って部屋から出て行った。

 

「ちょ! お前ら待て! まだ俺の無罪が証明できてないだろ! おいゴラァ!」

 

このまま罪人として心に刻まれてしまう事に焦りを感じた炎条寺は、冷や汗を流しながら2人を追いかけて行く。

シーンと静まり返った部屋の中、取り残された幻花とニッ怪。

扇風機の回る音が消えたかと思うと、幻花が立ち上がって玄関の方へと駆けていく。

 

「幻花殿、何処へ行くのじゃ」

 

「ただの散歩よ。あんたも来る?」

 

「あぁ、お供しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歩き出してからは、互いの過去を話しながら時間は過ぎていった。

小さな公園や寂れた工場を抜けて行くと、建ち並ぶ家々も疎らになり村外れへと出る。

地面が砂利へと変わり、道の両脇には畑が広がる。

 

「あそこに寄ってもいい?」

 

「ああ、構わんよ」

 

行く手に小さな橋が見える。

あまり水量は無いらしく、せせらぎの音は穏やかだ。

 

「ここね、私のお気に入りの場所」

 

「ほぅ……これはまた綺麗な所じゃな」

 

2人は土手に腰を下ろし、水辺に舞う無数の蛍を見ていた。

その身から淡い緑光を放ちながら、ユラユラと飛んでいる。

 

「田舎って、こう言った自然が豊かで良いわよね。長く都会にいると、息苦しくて嫌になる……」

 

「全くじゃ。たまにはこういったものも良いな」

 

群れを離れた一匹の蛍が、幻花の差し出した掌にふわりと舞い降りる。

 

「私ね……夏来とは幼馴染なの。私は中学に上がったと同時に東京に引っ越しちゃって……もう2度と会えないと思ってた」

 

胸に引き寄せた手の中で光る蛍。

その光に照らされた白い肌が、暗闇にぽっと浮かび上がる。

その横顔からは嬉しくとも悲しくともとれる、複雑な感情が入り混じっているように感じた。

 

「だから、夏来も東京に引っ越すことを知った時は本当にビックリしたわ。しかも同じ区だったしね。ふふ……」

 

昔を思い出しながら楽しそうに話す幻花。

いくつもの偶然が重なって、再び再開出来た喜びは計り知れない。

恋愛と言うものをあまり良く知らないニッ怪でも、それだけは十分に理解することができた。

 

「今度は夏来と一緒に、この景色を見てみたいわ……」

 

「ああ、夏来殿も喜ぶじゃろう」

 

夜空に向けて差し出した幻花の掌から、羽を広げて飛び立つ蛍。

その姿を見送った2人は、3人が待つ家に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家へと着いた2人は、玄関を開けて中へと入る。

靴を脱ごうとしゃがみ込んだ幻花は、夏来の靴がないことに気付く。

一体どうしたのだろうと不思議に思っていると、客室の方からドタドタと騒がしい音を立てながら誰かが駆けて来た。

暗闇の中から出て来たのは、慌てた様子の炎条寺と仙座だった。

 

「夏来は?まさか1人で外に?」

 

「あ、あぁ……すまねぇ。気付いたら居なくなってて……」

 

「もう!夏来1人じゃ危ないじゃない!」

 

それを聞いた幻花は、踵を返して外へと駆けていく。

直ぐにその後を追った3人だったが、既に家の前には幻花の姿は無かった。

 

「ニッ怪、ゆりか、すまねぇな……あいつ夏来のことになるとすっ飛んで行っちまうんだ。多分小腹がすいて買い物しに行っただけだろうけど、一緒に探してやってくれ」

 

「了解した。では炎条寺殿と仙座殿は、この辺りを頼む。さほど遠くには行っておらんじゃろう」

 

「わかった。俺らが見つけたら直ぐに連絡する」

 

「うむ。では───」

 

それぞれ別の方向へ走り出す2人。

「早く行くぞ」と手を引っ張られた仙座は、目に映り込む光景に疑問を抱き、その場に踏みとどまる。

 

「ねぇ、あれって……」

 

「なんだよ───え?」

 

仙座が指をさした方へ顔を向けると、家の裏にある小山の中腹に、うっすらと光る物体が見えた。

 

「おい待てニッ怪!」

 

遠ざかるニッ怪に声を掛ける。

背後から不意に呼ばれたことに驚いたのか、肩をビクッと跳ね上げた。

 

「あれは───」

 

空にかかる雲から月がひょっこりと顔を覗かせる。

辺りが少し明るくなったことにより、木々の間を行く光の正体が明らかとなる。

 

「あー!いた!」

 

小山を登る光の正体は、フラフラと覚束ない足取りの夏来だった。

左右に小さく揺れながら、一歩づつゆっくりと歩みを進めている。

 

「よし、お前ら行くぞ!」

 

小山の山頂付近にある平野へと続く長い階段を、3人は小走りで登って行く。

苔の生えた石段に何度か転びそうになるも、態勢を立て直し、やっとの思いで階段を登りきる。

するとそこには幻花が立っていた。

その視線の先には、月明かりに照らされた平地の真ん中で、こちらに背を向けながらブツブツと独り言をつぶやく夏来の姿があった。

 

「───夏来?」

 

「無駄よ。何度呼んでも見向きもしない。それに何か嫌な予感がする……」

 

 

 

「幾度も同じ時を過ぎ……されども願いは叶えられず……悲しきかな……苦しきかな……」

 

 

 

「夏来殿!」

 

訳の分からない言葉を使う夏来に、言葉を失う3人。

だがそれに狼狽えることなく、ニッ怪は声を張り上げた。

するとその声に反応した夏来は、ゆっくりと4人のほうへと身体を向ける。

しかし顔は下を向いており、表情を伺えない。

 

「夏来殿……まさか!」

 

何かを察したニッ怪が、夏来に近づこうと一歩を踏み出す。

 

「願いを……叶えねば……」

 

だがそれを許すまいと、地震でも起きたかのように地面が大きく揺らぐ。

突然のことにバランスを崩した4人は、何事かと辺りを見渡す。

すると、視界に映る全てのものが渦を巻くように歪んでいた。

黒々としたオーラが地面から滲み出ている光景は、まるで人の心の闇を映し出しているかのようだった。

 

「なに……これぇ……」

 

「──この世界でも……お主は逃れられぬと言うのか」

 

意味深な発言をするニッ怪にゆっくりと近寄る夏来。

 

「叶わぬと言うならば……いっそ……この力で───」

 

顔を上げた夏来は、光のない漆黒の瞳を向けると、力なく垂れ下がった両手をニッ怪の首へと伸ばす。

逃げなくてはと脳が信号を送っているのにもかかわらず、自身の意思とは関係なしに身体が全く動かない。

 

「あぐっ……が…ぁぁ……っ!?」

 

表情1つ変えることなく、夏来はニッ怪の首を強く締め付けていく。

全身から抵抗する力を奪われてしまうような感覚に襲われ、その場に立ち尽くしながら何も出来ずにいるニッ怪。

そんな中で、夏来の頰を伝う一筋の涙が零れ落ちた───

 




8話以降、就職試験のため大幅に遅れますん(*´-`)


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第8夢 真実の世界

「叶わぬと言うならば……いっそ……この力で───」

 

顔を上げた夏来は、光のない漆黒の瞳を向ける。

力なく垂れ下がった両手が、ニッ怪の首へと伸びる。

逃げなくてはと脳が信号を送っているのにもかかわらず、自身の意思とは関係なしに身体が全く動かない。

 

「あぐっ……が…ぁぁ……っ!?」

 

表情1つ変えることなく、夏来はニッ怪の首を強く締め付ける。

その力は、全身から抵抗する力を奪ってしまうように感じられた。

 

「どうか……彼らには……幸せな日々を……」

 

そんな中で、一筋の涙が夏来の頰を伝う。

すると糸が切れた人形のように、夏来はその場に崩れ落ちる。

それと同時に、ニッ怪は身体を拘束する謎の力から解き放たれた。

 

「あがっ……はぁ…はぁ……な、夏来殿……!」

 

辺りに漂う不気味なオーラが消え去り、歪んでいた木々は元の姿へと戻る。

駆け寄って優しく抱き起こしたニッ怪は、夏来の額に不気味な紋章が刻まれていることに気がつく。

その紋章は数回ほど弱々しい光を放つと、瞬きをするように一瞬にして消えてしまった。

 

「やはり……お主も受け継いでしもうたか……」

 

ニッ怪は、目を閉じたまま苦しそうに唸る夏来の頰を2、3回軽く叩く。

しかしそれでも起きるどころか反応すらしない。

 

「夏来殿……」

 

月明かりのせいか、夏来の顔色が少し蒼く思えた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動けない夏来を担いだニッ怪は、炎条寺らと共に家へ帰った。

寝室へと運び終えると、4人は居間へと集まる。

先程の夏来の姿を見て、意味深な発言をしていたニッ怪なら、この状況を説明できると思ってのことだった。

 

「ニッ怪……お前まだ俺たちに何か隠してることがあるよな? 全て正直に話せよ」

 

「………」

 

黙り込んだまま、目線を合わせようとしないニッ怪。

何か言わなければならないことがあるように感じるが、それを言い出そうとする自分を必死に抑え込んでいるようだった。

 

「おい、なんとか言ったらどうなんだ! それともなんだ? 俺たちには言えないってのか!? なぁ!!」

 

「落ち着いて友貴。そんなんじゃニッ怪も話しづらいでしょ?」

 

中々口を開こうとしないニッ怪に、炎条寺は苛つき始める。

胸ぐらを掴み上げようとする手を幻花が押さえ込む。

 

「………あぁ……悪かった……ついカッとなっちまって……」

 

「いや、炎条寺殿が謝ることではない」

 

そう小さく呟いたニッ怪の言葉は、どこか後悔の念に苛まれているように感じ取れた。

それから10秒程の沈黙が流れた後、再び口を開いたニッ怪が、先程の夏来の様子と自身の正体について話し出した。

 

「夏来殿のあの姿は、この世界を創り出した者の魂が乗り移り、それが力となって現れたものじゃ」

 

「創り出した者? 夏来じゃなかったっけ?」

 

顎に手を当て、興味深そうに話を聞く仙座。

以前に聞いた、夏来が幻叶世界を創ったという話とは少しばかり違うような内容に、首を傾げて疑問を投げかける。

 

「いや、夏来殿で間違いない。そうじゃな……分かりやすく言わば、この幻叶世界に初めて足を踏み入れた先代の夏来殿と説明したら分かるかの?」

 

「先代の夏来……ってことはまさか、今のあいつがこの世界に来てしまうことになった元凶のあいつが存在するってことか……?」

 

「左様。そして我は先代の夏来殿の願いそのものである」

 

「へぇ……なるほど……」

 

その言葉を聞いて、感のいい炎条寺は何度か頷いて見せる。

しかし、一方で幻花と仙座はその言葉の意味をよく理解できていない。

「私たちにも分かるように説明して」と不機嫌そうに言い放った幻花に、どうしたものかと頭を悩ませるニッ怪。

すると、代わりに炎条寺が2人にも理解出来るような言葉を選んで話し出した。

 

「まぁ、ようするにこうだ」

 

この幻叶世界を最初に創り出した平行世界に住む夏来、つまり【先代の皇 夏来】が願いを叶えられずに死んでしまい、目標を達成出来なかったことから、その魂が幻花世界に縛られていること。

そしてニッ怪は、先代の夏来が死ぬ前に残した、本来の願いとは別の願いが具現化した姿だということ。

 

「あの方は、炎条寺殿のように感が鋭かったそうな。願いを叶えられずに死んでしもうたら、この差を埋めるために別の平行世界の夏来殿が犠牲になってしまうことを予想していたようじゃ」

 

悲しそうな表情で、自分の生みの親とも言うべき先代の夏来の話をする。

良くアニメや漫画等で親を知らないキャラクターが居るが、今はそんな彼らが心に秘めている悲しみや苦しみが、痛いほどにニッ怪から感じられる。

 

「───お前を創り出して、これから同じ道を辿ってしまう自分の助けになろうとしたんだな」

 

「その通りじゃ。しかし、我はその使命さえも守れず、これまで多くの夏来殿を死なせてしもうた」

 

「死んだって、特滅隊の奴らにやられたのぉ?」

 

「いいや……これまで繰り返してきた歴史の中で、我を除いて特殊能力を持つ人間は存在しておらんかった。故に、この幻叶世界は今までとは何もかもが大きく違う。夏来殿が死んでしもうたのは、この世界の仕組みである【3年以内に願いを叶えられねば死を迎える】という条件からじゃ」

 

「繰り返してきた……あぁ、だからあんたには時間を巻き戻す力があるのね。夏来が死んだらその度に出会う前まで時間を戻し、新たに別の平行世界から願いを叶えるために迷い込んでくる夏来を迎える……と?」

 

「その通りじゃ。この世界ではそれを25回も繰り返して来た。もうこれ以上の苦しみは味わいとうない……」

 

俯きながら拳をぎゅっと握り締める。

25回も夏来の死を見届けた身として考えると、とてもじゃないが精神を保てそうにない。

しかし、ニッ怪はそれら全てを受け入れて来たのだろう。

故にその心は、ここにいる誰よりも強く逞しいものであった。

 

「夏来の願い、叶うといいねっ!私たちもこれまで以上に頑張っちゃうぞ〜♪ ねっ!」

 

互いに顔を見合わせる3人。

それぞれが今どんな想いを抱いているのかは分からない。

だが一つだけ確かなのは、自分たちは夏来とニッ怪の為に全力を尽くすということだ。

 

「かたじけない……我と同じ能力者のお主なら、いざと言う時の助けになる」

 

「えへへ〜そうかなぁ? あっ!そういえば別の時間軸の私ってどんな感じ? 気になる気になる!」

 

「おっ、それ俺も気になってたところなんだよな! どれも同じなわけないもんなぁ……んで?どうよ」

 

先程の険悪な雰囲気から一変、3人の顔には笑顔と元気が戻っていた。

事情を理解してくれたからか、ニッ怪の表情も普段より明るく見える。

 

「はは……残念じゃが、お主らは何も変わらんよ。しかし、ここで初めて出会うた仙座殿はどうか分からんがの」

 

「え、私との絡みはここが初めてなのぉ!?」

 

今までの話を聞いて来て、てっきり自分も関わりがあるのだと思い込んでいた。

しかし、能力あってこそ関わりを持つことが出来たこの時間軸だ。

ニッ怪が過ごして来た過去には能力というものは存在していない。

つまり、瞬間移動を有していない仙座が、出身の福岡から東京まで来て、なおかつ夏来たちと出会うことは限りなくゼロに近い訳だ。

 

「うぅ……なんかズルイ」

 

「へっ、羨ましいだろ?」

 

「ぐぬぬぅ……べ、別にぃ?そんなんじゃないし〜?」

 

腕を組みながら上から目線で物を言う炎条寺に、仙座はぷっくりと頰を膨らませる。

決して羨ましいわけではないと強がるも、胸がきゅっと締め付けられるような感覚に頭を悩ます。

 

「ったく……可愛くないな。本当は羨ましいくせに〜」

 

「むぅぅ……うるさいうるさいっ!うりゃぁ!」

 

我慢の限界が来た仙座が、嘲笑う炎条寺の頰をつねる。

そしてそのまま思いっきりグイッと横へと引っ張った。

 

「いっいちちっ!やりやがったな、この!!」

 

しかしそれに負けじと炎条寺も反撃に出た。

片手で頰を内側へと引き寄せられ、仙座は顔を真っ赤にしてジタバタと暴れる。

 

「まるでタコね」

 

「あぁ、タコじゃな」

 

「タコじゃないもん!ふがぁ──!」

 

2人に馬鹿にされた怒りからか、その手に込める力が先ほどよりも強くなる。

千切れんばかりの痛みに、炎条寺はもう片方の手で引き剥がしにかかった。

そんななんとも馬鹿馬鹿しい光景の中、ふと廊下から足音が聞こえる。

それは徐々に遠ざかって行き、次第に聞こえなくなった。

何だろうと不思議に思った幻花とニッ怪が廊下へと出ると、月明かりが照らす縁側に座り込んだ夏来を見つける。

股の間に両手を挟め、沈んだ目を庭先に向けていた。

その様子から察するに、先ほどの4人の会話を聞いていたのだろう。

 

「な…夏来……」

 

何と声を掛ければ良いか分からず、幻花はボソリと夏来の名を呟く。

するとその声に気付いたのか、夏来はゆっくりと振り向いて見るからに分かるような作り笑いを浮かべる。

 

「もしかして聞いてた?」

 

「うん。でも……なんだか少し安心したよ」

 

「…………」

 

思っていた返答とは真逆の言葉に、2人は驚くと共に安堵の息を漏らす。

幻叶世界を創造した先代の夏来。

そして彼が残した願いの塊がニッ怪であることなど、様々な真実を一度に知ることとなり、夏来の心は悲しみや怒りなどの負のエネルギーに満ち溢れているはずだった。

 

「今まで辛い想いをして来たんだよね……それも僕以上に………だから……ニッ怪くんを助ける為にも僕は願いを叶えてみせるよ」

 

「夏来殿……お主……」

 

「そうしたら……この世界で死んでいった平行世界の僕も成仏出来るよね!」

 

いつまでも変わらないその優しさを受けて、ニッ怪は目頭が熱くなるのを感じた。

夏来をみる目が潤んで、表情がくりゃりと歪みそうになる。

 

「くっ………」

 

ニッ怪は唇を噛みしめてグッと堪えたが、込み上げてくる嬉しさと悲しさに思わず空を見上げた。

するとそれまで堪えていた感情が、涙と共に一気に溢れ出してくる。

 

「ニッ怪くん……どうしたの?」

 

「嬉しくて泣いちゃったのよ」

 

「ばっ……バカを言え!ぁ……あまりの星の綺麗さに思わず感動しただけじゃて!」

 

「ふふ。誤魔化さなくても良いじゃない」

 

「あはは。ニッ怪くんらしいや」

 

互いに顔を見合わせてクスクスを笑う夏来と幻花は、顔を赤らめながら腕組みをするニッ怪の視線の先を追った。

どこまでも無限に広がる空には、数え切れないほどの星々が輝いている。

この景色はどの時間軸でも変わらないのだろうか?

ふと、そんな想いが頭をよぎる。

 

「さてと……夜も遅いし、そろそろ寝ましょ?」

 

「そうだね。じゃあ、2人を止めに行こっか」

 

「ほれ、掴まれ」

 

差し出されたニッ怪の手を掴み、夏来は立ち上がる。

そして部屋から漏れ出した光に映る炎条寺と仙座の姿を見つめながら、3人はゆっくりと足を踏み出した────

 




試験終わったナリー!
これからも頑張るぞいっ!


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第9夢 不思議な出会い

「暑い……」

 

朝食を終えた夏来たちは、例の光の正体を突き止めるべく太陽光がジリジリと照らす道路へと出た。

左右を確認するも、行き交う車はおろか、人すらも見れない。

 

「なぁ夏来……この村は本当に人がいるのか?」

 

そう思わせるほどに静かな朝だった。

ここ【悟河村】は人口300人足らずの寂れた村だったらしいが、前に来た時にはその印象を覆す程に栄えていた。

話によれば、移住を決意した都会からの人たちが多く入って来て、人口がたった一年で爆発的に増えたと聞く。

それと比例するかのように、村にはスーパーやらコンビニといったものが建つようになり、もはや村と呼んで良いのかといった思いも抱き始めていた。

 

「さ…さぁ……」

 

「村なのか町なのか、ハッキリして欲しいもんだな」

 

しかし昨日、この村に来てからというもの、全くと言って良い程に人とすれ違わない。

暑さで外に出たくないという気持ちはわからなくもないが、正直ここまでとは思わなかった。

 

「ま、しょうがねぇか……あいたた……」

 

炎条寺が頰に手を当てる。

昨夜の仙座につねられた部分が、熱を帯びたようにまだヒリヒリと痛むようだ。

 

「くそっ……ゆりか、お前絶対能力使ってたよな……女子の力じゃねぇっーの」

 

「自業自得だよ〜だ!」

 

炎条寺の苦しむ顔を見て、隣を歩く仙座は楽しげに笑う。

本当にこの2人は仲良しなんだなぁと常々思う3人は、少し後ろを歩きながらその光景を見ていた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここで僕は……」

 

小山の平地へと足を踏み入れた夏来たちは、昨晩の出来事を振り返る。

全く身に覚えがないと主張する夏来に、「これまでもそうだった」とニッ怪は言う。

 

「山頂までの道がこの辺にあるはずだ。手分けして探すぞ」

 

その声を合図に、夏来たちはバラバラに散らばって行動を開始する。

草木を掻き分けて捜索すること数十分。

声を上げた幻花が、森の中に古びた石段を見つける。

きっとここだろうと期待を募らせ、夏来たちはその石段を駆け足で登っていく。

行く手を遮るように横へと伸びる枝を潜り抜けながら進む中、前方に何やら建物が見える。

近づくにつれ、それが黒く変色した鳥居であることが分かって来た。

 

「ふぃ〜着いたぁ〜!」

 

仙座は最後の一段を元気良く飛び越え着地する。

鳥居を見たときから察しはついていたが、やはり辿り着いた先には大きな神社が建っていた。

辺りは木々に囲まれていて薄暗く、時折小鳥のさえずりが聞こえるだけで、その他に音と呼べるものは存在していない。

 

「こんな所に神社なんてあったのね……知らなかったわ」

 

「随分と古そうじゃな」

 

賽銭箱の前まで来た夏来たちは、その酷く朽ち果てた外見に思わず声を漏らす。

相当昔からこの地に建っていたのだろう。

一撃でも強い衝撃を与えてしまったら、一瞬にして壊れてしまいそうな位にボロボロだ。

 

「ここが始祖の神がいた場所か………くぅ〜なんだかワクワクしてきたぜ」

 

スマホの画面を見つめながら、炎条寺は1人歩き出す。

木で出来た階段に足をかけると、ギシギシと鈍い音がする。

 

「おっ……やば……壊れねぇだろうな?」

 

歴史的建造物であるだろうこの神社を、自分が壊してしまわないか。

そう考えつつ恐る恐る足を動かし、なんとか本殿の前へと辿り着く。

一呼吸を置き、炎条寺は立て付けの悪い戸を力一杯横へと引いた。

 

「えい……」

 

「のわっ!?」

 

その瞬間、何者かの声が聞こえたと同時に、炎条寺の身体が木の階段を転げ落ちる。

幸い、右腕を少し擦りむいただけで大事には至らずに済んだ。

 

「え、炎条寺くんっ……! だ、大丈夫…」

 

「いってぇな……なんだってんだ!?」

 

心配そうに身体を起こしてくれた夏来を払いのけ、炎条寺は本殿の中を凝視する。

暗闇の中から白い手が伸びてきたかと思うと、肩までかかるグレー色の髪を持った少女が顔を覗かせる。

 

「……誰でしょうか?」

 

「人のこと突き飛ばしておいて、始めのセリフはそれかっ!?」

 

「……違いました?」

 

炎条寺の怒声に、一切怯む様子を見せずに返答をする。

その時の少女は、頭の上に?マークが浮かび上がるほどにキョトンとした表情をしていた。

 

「あ……こんにちわ……なのですね」

 

「あぁこれはご丁寧にどうも───って違うわっ!!」

 

夏来たちの目の前に歩いてきた少女は、手を前にして深々とお辞儀をする。

そのおっとりとした口調にペースを持っていかれそうになり、炎条寺は堪らず後退りする。

 

「珍しいですね……何時も泥棒さんしか来ないものですから」

 

「おいおい、サラッと物騒な事を言うな」

 

「立ち話もなんですし……どうぞ、中へお入りください。少々、そちらの方にお話ししたいことがありますので」

 

仙座に目線を向けた少女は、踵を返して夏来たちを本殿の中へと招き入れる。

一歩手前を歩く少女の背がやっと見えるか見えないかと言った暗さに、夏来と仙座は怯えながらゆっくりと歩く。

 

「今、明るくしますね」

 

その声と同時にマッチを擦る音が聞こえ、本殿内に明かりが灯る。

辺りを見渡すと、床には大量の雛人形や蹴鞠、独楽(コマ)が落ちていた。

今歩いてきたところを除き、足の踏み場がないほどに散らかっている。

さながら、物置小屋と呼んでもおかしくない光景ではあった。

 

「す、凄いわね……ん?」

 

ユラユラと揺れ動く自身の影の先を追った幻花は、壁一面にお札のようなものが貼ってあるのを発見する。

近付いて見てみると、血で殴り書きされた様な跡が残っていた。

 

「きったない字ね……もっと丁寧に書けないの?」

 

「当時はこれでも綺麗な文字ではあったのですよ」

 

「わっ!? び、ビックリした……いきなり背後から声かけないでよ」

 

「それはすみませんでした。お話がありますので彼方にお集まりください」

 

少女が掌を向けた方向には、手招きをする夏来たち。

その小さな背中を見つめながら歩く中、幻花はとある事を考えていた。

 

この少女は何故ここに居るのか?

自分たちに何を話したいというのか?

そして少女は一体何者なのか───

 

聞きたいことは山ほどあるが、それは少女の話を聞いた後からでも遅くはない。

 

「んで、何だよ話ってのは?」

 

靴を脱いで畳に上がると、炎条寺が嫌悪の篭った目を向け言い放つ。

 

「はい。何故、純粋な能力者である者と共に行動をしているのかと思いまして。只でさえ混血の能力者を恐れる人間でありましょう?そこが不思議でならないのです」

 

「………は?」

 

一瞬、何を言ったのか理解出来なかった。

純粋な能力者、混血の能力者。

その少女の口から出た異様な言葉に、夏来たちは目を丸くして互いに見つめあう。

 

「えっと……あの……」

 

「私は【大橋 享奈(おおはし ゆきな)】と申します。是非、享奈とお呼びください」

 

名前が分からず、どう呼べばいいか頭の中で試行錯誤を繰り返している夏来。

その姿に少女は、まだ自己紹介をしていないことに気付く。

 

「あ、はい。享奈さん……その、もしかして君って……」

 

「ご察しの通り、私も能力者です。まぁ……混血ですが」

 

衝撃の事実に、夏来たちは思わず「えっ」と声を漏らす。

特に炎条寺は、一般市民の敵とも言われている能力者をとても恐れていた分、他の4人よりも驚き具合が大きかった。

初めてニッ怪と仙座の正体を知った時の様な取り乱し方はしなかったが、それでも恐怖感は多少なり感じているようだ。

 

「………なんで一緒に行動しているのか、か。そうね……」

 

炎条寺とは違い、落ち着いた口調で話し出した幻花は顎に手を当てて考え込む。

 

「ほっとけないから、かな? そうでしょ夏来」

 

「え、あ、うん!」

 

確認するかのように夏来の顔を覗き込む幻花。

不意に来るその美しさに、顔を赤らめて目を逸らしてしまう。

 

「ほっとけない……ですか。ふふふ……面白い方々ですね」

 

「お前、笑った顔の方が似合ってるぞ」

 

初めて見せるその笑顔に、炎条寺は肩にかかる力を和らげる。

こうして普通に会話をしていると、能力者というだけで忌み嫌われている事に悲しみさえ覚えてくる。

───こんな思いになるのも、ニッ怪と仙座に出会ったからなのだろうか………

 

「ぽっ……それは嬉しい言葉です」

 

頰に手を当て、されども表情をあまり変えずに喜ぶ享奈。

その2人の会話に、仙座はムッと頬を膨らませて不機嫌そうにしている。

 

「所で享奈殿。お主、何故このような場所におるのじゃ? 仙座殿のように身寄りを亡くしたとでも?」

 

そんな中、それまでずっと黙っていたニッ怪が口を開く。

夏来たちが最も気になっていたことだけあって、その場は一瞬にして静まり返った。

 

「私の両親は機動隊に殺されたんです」

 

そう小さく呟いた享奈は、俯いたまま身体を震わせていた。

しかしそれでも自分の過去を知ってもらいたいのか、震える身体を押さえつけて話を進める。

 

「───あれは、今から2年ほど前のことでした」

 




バタバタして長いこと更新してなかった事実に、謝罪するしかありませぬ。

だけど〜原作の方じゃ2、3ヶ月更新ないのは当たり前だったから、多少はね?(言い訳)


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第10夢 惨劇の過去

当時の享奈はまだ中学に上がりたての元気な女の子であった。

表情豊かで、家族や周りからもとても好かれていた。

だがその一方で何をするにも1人では出来ず、その都度両親や友人を困らせては持ち前の笑顔で解決してきたと言う。

そんな生活を送っていた享奈は、中学校の夏休みを利用して家族とともに遠出をすることとなったそうだ。

 

 

「その時に奴らが……」

 

「はい。それもいきなりでした」

 

 

とある県にて気晴らしに山登りをしていた時のこと。

それまで燦々と晴れ渡っていた空が一瞬にして雨雲に覆われ、ゴロゴロと雷が鳴り始める。

 

『こりゃヤバイな。一雨来るかも知れん』

 

『そうね。ゆきちゃんが風邪を引いたら嫌やわ』

 

『一旦、あそこに避難しよう。今から山を下るのは危険だ』

 

などと話しながら、3人は近くにあった山小屋へと駆け込む。

しかし、一向に降る気配が無い空に違和感を覚え、享奈は下山しようと両親に告げる。

話し合った結果、このままここに居ても何も変わらないということとなり、一か八かの勝負に出た。

父が山小屋の扉を勢いよく開け、享奈と母を外に出して走りだそうとしたその時───

 

 

【【降り始めたのだ】】

 

 

不思議なことに、それは水滴ではなかった。

 

ビリビリと地面から伝わってくる痺れと振動。

 

大きな音を立てて地面に落ちてきたものの正体は、なんと無数の小さな雷だった。

そしてそれらが次々と人へと形を変え、その場には数十という稲妻を身体に纏った人間が現れる。

その誰もが黒い服にフードを被り、表情を見せないという異様な出で立ちだった。

 

『……何者だ?』

 

2人を後ろにつけ、鋭い眼光を向けた父。

 

『答える必要はないんじャねェか? とッくにご存知の筈だろォ?』

 

語尾を伸ばす、独特な喋り口調の男が人混みをかき分けて3人の前に立ち、両手を広げて自己紹介をする。

 

『特殊能力撲滅機動隊 隊長 ゾルバース・ヴェルデだァ。突然で悪いがァ……今からテメェらを抹殺するゥ……悪く思わないでくれよォ?』

 

男がそう言った直後、稲妻兵(以下雷兵)が3人に襲いかかって来る。

訳がわからず立ち竦む享奈に、両親は逃げろと言う。

 

『ここはお父さん達に任せて、享奈は早く山を降りるんだっ……!』

 

『お母さんも後で追うから……早く!』

 

両親が声を張り上げると、自分たちを除いた全ての時間が止まる。

 

『あ……ぁ……』

 

享奈はその時、初めて両親が能力者であることを知る。

そして同時に、自分もその力を持っていることを───

 

『うぐっ……!』

 

振り返り、享奈は走り出す。

走って、走って、これ以上足が動かないという程まで走り続けた後に石に躓いて転ぶ。

 

『あ……れ……どこ……ここ…』

 

擦りむいた左膝を抑えながら、状況を理解する為にも起き上がって周りを見渡す。

登ってきた道を間違えてしまったのか、辺りには真っ暗な森が広がっていた。

不安と恐怖に包まれ、享奈は思わず両親の名を叫ぶ。

しかし当然のことながら、その声に応えるものはいなかった。

 

『お父さん……お母さん……』

 

享奈は再び走り出す。

草木を掻き分け、身体中を枝で擦りながらもなんとか剥き出しの茶色い地面の道に出た。

右は下り坂、左は上り坂。

故に右へ行けば山を降りることが可能だった。

しかし享奈は左の上り坂へ足を進めていた。

それは気が狂った訳じゃなく、死にたいと思った訳でもない。

ただ単純に、母の言葉を信じていたからだった。

 

【後で追うから】

 

そう言っていたから、この不安を消してくれる安心を求めて享奈は両親の元へと向かった。

空が近付くにつれ、へし折れた木々や抉られた地面が目に映り込んでくる。

そして最後の一歩を踏み出して、またいつもの様に両親の名を呼ぼうとした。

その時、見てはいけない現実を目の当たりにしてしまったのだ。

その戦いの決着を───

 

 

「どう……なったんだ?」

 

「…………血を流しながら倒れていました」

 

 

先程まで居た雷兵らは影も形も無く、そこに居たのは荒い呼吸を繰り返すゾルバースと地に伏せた両親の3人だけだった。

ゾルバースは右腕を負傷したらしく、だらりと垂れ下がった腕からは血が滴り落ちている。

 

『ぁ……』

 

ピクリとも動かない両親に、享奈の目からは光が消える。

その姿にゾルバースはケタケタと笑い、立ち尽くす享奈の方へ顔を向けた。

 

『良く戻ってきてくれたなァ……良い子にはご褒美をあげなくてはァ……』

 

『───』

 

何故こんな目に会わなきゃならないのか?

自分たちが何をしたというのか?

 

 

────何も分からなかった。

 

 

しかしただ一つだけ明らかだったのは、目の前にいるこの男は正気ではないということ。

そしてそれから導き出される結論として、今この時を持って自分の命は終わりを告げてしまうということも───

 

『テメェもすぐにコイツらと同じ所へ送ッてやるよォ……ゴミはゴミ箱に捨てなきャならねェからなァ〜』

 

『ゴミじゃない……』

 

『あ?』

 

『……ゴミはお前のほうだ!』

 

だがその瞬間、享奈の心は恐怖といった感情よりも、怒りや憎しみ、そして殺してやるという強い殺意に満ち溢れた。

唇を噛み締め、拳がプルプルと震えだす。

木々がざわめき出し、辺りに冷たく冷えきった風が吹き始める。

 

『あくまで俺を倒そうッてかァ……良いぜェ?受けて立ッてやらァ』

 

その怪しい雰囲気に、ゾルバースは血だらけの右腕を口に咥えて戦闘態勢へ移る。

 

『許さない……絶対に……』

 

享奈が涙を流しながら声を張り上げると同時に、2人を包む空間が一瞬にして崩壊する。

ガラスが割れるかの如く空中にヒビが入り、パリンと言う音と共に世界が異様な姿へと変わった。

 

『(珍しい……異空間生成かァ)』

 

見渡す限りに咲き乱れた赤い花───彼岸花。

別名【死の花】とも呼ばれるその花畑に2人は立っていた。

顔を上げると、赤黒く渦巻いた空が見える。

 

 

「で……大丈夫だったのかよ……たった1人で挑むなんて無謀すぎるぜ……」

 

「はい。幸い大事には至りませんでした。故にこうして生きておりますし」

 

「まさか……お主の力で撃退を?」

 

「───いいえ。むしろその逆です」

 

 

互いに一歩を踏み出して敵対したはいいものの、その力の差はとても大きなものであった。

開戦してから僅か数分足らずで、享奈はゾルバースの力に捩じ伏せられていた。

身動き一つさえ取れないほどに痛めつけられた後、体力切れで能力が解除されて元の世界に戻ってしまう。

 

『戦いでモノを言うのはァ、怒りや悲しみとかの感情じャァねェんだよォ。その身体に染み込んだ動きや感覚が全てを左右するのさァ』

 

頭を踏みつけられ、口いっぱいに血の味が広がる。

痛みと悔しさ、そして自分の非力さに止めどなく溢れでる涙が、吐き出された血と混じり合い赤く染まる。

立ち上がる気力、争う気力さえも既にない。

いっそのこと、このまま楽に死なせてくれるのなら───

そう思ってすらいた。

 

『じャあな、クソガキィ』

 

振り上げられた掌に、ビリビリと電気の火花を散らすエネルギーの塊が現れる。

命を奪う、ただそれだけの為に創り出された「それ」には、人を殺す躊躇いなどないように思えた。

 

『────っ!』

 

潔く負けを認め、迎える死の苦しみに唇を噛みしめる。

バシュンと言う騒音が鼓膜を震わせ、身体が浮かび上がるのが感覚的に伝わってくる。

しかし、不思議なことに痛みはいつまで経っても訪れはしなかった。

死ぬ時とはこうもあっさりしたものだろうか?

そう考えながら、享奈はうっすらと目を開けようとした。

 

『──?』

 

だがその瞬間、享奈の顔に何やら重たいものが落下してきた。

右手で顔に覆いかぶさるソレを掴み退け、享奈は目を開ける。

すると目の前には、片腕を無くしたゾルバースが立ち尽くしていた。

目を見開いて、驚きの表情のまま享奈を見下ろしている。

ボトボトと滴り落ちる血が、享奈の顔を赤く染めていく。

突然のことに何が起こったか分からないでいる享奈が、ふと右手に持っているソレを見て短い悲鳴をあげ振り払う。

ボトリと地面に落ちたソレは、肩から切断されたゾルバースの左腕だった。

切断面は、焼け焦げたように黒く変色していて、強烈な熱で焼かれたことが伺える。

 

『や……野郎ォ……』

 

ゾルバースが口から血を吐きながら、鬼のような形相で森の中を睨みつける。

その視線の先を追った享奈が目にしたものは、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる1人の背の高い男だった。

 

『何者だテメェ……』

 

享奈を挟んで、その男から距離を取るゾルバース。

静寂に包まれた世界の中、荒い呼吸音だけがそこにこだましていた。

 

『………』

 

『オイッ!あんまりふざけてッとォテメェからぶッ殺───』

 

頭を掻いてダルそうに首の骨をコキコキと鳴らす男に、ゾルバースは怒声を浴びせる。

だがその声は、男の人差し指から放たれた光線にプツンと途切れた。

そしてその代わりに口から発せられた言葉は、激痛に悶え苦しむ悲痛な叫び声だった。

 

『ギャーギャー喚くな、雑種』

 

『ぁ……ぇ?』

 

『ガッ……ガギギッ……グ…ハッ……ハァ…ヒヒッ……な…なるほどォ……光かァ……』

 

左膝を貫かれ、たまらず地面に崩れ落ちる。

片腕を無くしたことで上手くバランスが取れないのだろう。

起き上がろうとする姿勢を示してはいるものの、いかんせん身体が思うようにいかないようだ。

 

『……立てるか』

 

暗く、されども力強い言葉に享奈は頷き、差し出された手をガッシリと掴む。

 

『ぁ…ありが……』

 

何者かは分からないが、自分を助けてくれたことには変わりない。

ならばと、享奈は今にも途切れそうな震えた声で感謝を述べる。

だがその言葉を最後まで言い終わる前に、享奈は急な眠気に襲われてしまう。

 

『全く……世話がかかるな』

 

溜息をつく男は、腕に倒れこんできた享奈を肩に担いで歩き出す。

 

『オイオイ……当て逃げがテメェのやり方かよォ? 寂しいじャねェかァ! ブラックボックス!』

 

すると、背中を見せた男にゾルバースの魔の手が襲い掛かってくる。

周囲を闇が支配し、四方八方が暗闇に閉ざされる。

 

『無駄なことを…』

 

だがそんな一歩先さえも見えない空間の中、男は冷静に一言、そう言った。

するとその瞬間、ゾルバースの目に少年のような輝きが芽生える。

 

『ホォ……この技を破るとはなァ……流石は始祖の神ィ!』

 

内部からの眩しい輝きの後、それまで1度も敗れたことのなかった技の拘束が解かれる。

自分と同等か、あるいはそれ以上の敵がまだこの世界にいたこと、そして歴史に名を刻んだ者であること、その二つがゾルバースに幸福感を与えていた。

 

『ふん……』

 

『お初にお目にかかりやァす。俺は特殊能力撲滅機動隊 隊長のゾルバース・ヴェルデと申す者でェ……まさか生きている間にあんたに会えるとは思ッてもいなかッたぜェ』

 

『こちらも噂は聞いている。話によれば、貴様ら能力者狩りとやらをしているようではないか』

 

男はゾルバースに背を見せながら、低く怒りの篭った口調で話す。

その返答として、ゾルバースは鼻を鳴らし自慢げに「そうだ」と呟いた。

 

『ならば、貴様らも死すべきではなかろうか』

 

『ハァ?』

 

眉を顰めて頭の上に?を浮かべるゾルバースに、振り返った男は人差し指を向ける。

するとその指先に1つの光の玉が現れた。

 

『今ならば見逃してやる。だがこれ以上殺戮を繰り返すようならば、こちらも手を打つ』

 

『ヒュ〜カッコいいねェ!華麗に見事に決まッちまッたぜェ〜だけどよォ……俺には俺の理由があッてのこと……今更やめるわけにはいかねェんだァ』

 

『──そうか』

 

それまでの態度とは一変し、真剣な表情を見せたゾルバース。

そんな彼に向かって、蔑むような視線を向けたままそう言い捨てた男は、腕をゆっくりと下ろし再び歩き出す。

 

『おい、どこへ行くッ!殺るんじャねェのかよォ』

 

『瀕死の者を殺める程落ちぶれてはおらん。だが次に会った時は全力で貴様を潰す』

 

情けをかけられ、命を奪わずに去っていく男。

その背中を睨みつけながら、ゾルバースは味わったことのない屈辱と怒りに、膝をついて地面に拳を叩きつけた。

 

『殺す……奴だけは何が何でもぶッ殺してやるッ……!』

 

フラフラと覚束ない足取りで、地面に伏せている享奈の両親の元へ辿り着いたゾルバースは、2人の首根っこに右手の爪を食い込ませる。

流れ出た血が指にべっとりとつき、鉄臭い匂いが鼻をつく。

 

『もうすぐだァ……時期に俺の願いは叶えられるゥ……』

 

手を引き抜くと、大量の血が辺り一面を赤く染め上げる。

返り血を浴び、そして口の周りに付着した血をペロリと舌で舐める。

 

『待ッていろォ……必ずやテメェを超えてやる。始祖の神……いや…悟神ッ!』

 

全身から闇のオーラを放出し、傷ついた身体を再生させる。

そして空に向かって両手を突き出すと、憎しみの篭った雄叫びをあげ、周囲に漂う闇のオーラと共に姿を消した──────

 



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第11夢 嵐の前の静けさ

炎に照らされて出来た自身の影を見つめながら、真っ直ぐな瞳を向ける享奈に炎条寺は口を開く。

 

「成る程……じゃあそれからここで生活してんのか?」

 

「はい。そういうことになります」

 

話の流れから察するに、享奈がこの神社に居座っているのは、悟神に命を救われてここに連れてこられたからなのだろう。

となれば、享奈は悟神の味方……つまりは自分たちにとっての敵となる。

 

「……悟神……」

 

先ほどの話を聞いていた仙座が、片手を抑えてブルブルと震えている。

これは後から聞いた話だが、初めて出会ったあの日、仙座の腕に見られた無数の傷は悟神に付けられたものだったらしい。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「うん……ありがとう友貴」

 

普段の仙座では想像も付かないほど怯えている。

相当なトラウマを植え付けられているようだ。

それも無理ない、自身の命を脅かす者の話は誰だって聞きたくはない。

 

「どうかされましたか……?」

 

炎条寺の胸に寄りかかるようにして震える仙座を見て、享奈は何か気に触るようなことを言ったかという表情で問いかける。

 

「仙座さん……その悟神って人に命を狙われているんです……だから……」

 

答えずらそうに押し黙る4人を見て、夏来が重い口を開いて過去の出来事を告げる。

それを聞いた享奈は、驚いた表情で固まった。

命の恩人だと思っていた人が、まさかこんな少女の命を狙う者だと知ったのだ、無理もない。

 

「そ、そんなわけが……た、たた確かに悟神様は純血の能力者に対して怒りを露わにしておりました。良く私にもその危険性を説明してくれました。し、しかし殺そうとまでは……」

 

「残念だけど、始祖の神さんはあんたが思ってるほど良い奴じゃないの。なにせ自分に謀反を企てた奴らの子孫よ?私だったら許せないわね。髪の毛一本さえ残らないように消し去ってやるわ」

 

享奈の知らない悟神の顔を仙座は知っている。

そしてその話を聞いた夏来たちも。

ここで享奈に説明するのは悟神に対するイメージを壊してしまうかもしれないが、いずれは真実を知るはずだ。

それならば早いほうがいい。

 

「ひっ……!や、やだ……うっ」

 

「おい千代、あまり変なこと言うなよ。ゆりかが怖がってるじゃねぇか」

 

冷酷的な幻花の発言を悟神に置き換えて考えたのか、仙座は炎条寺にぎゅっとしがみ付いて涙まで流していた。

その光景を見て、夏来は少しばかりだが炎条寺を羨ましいと感じる。

 

「炎条寺殿、しばらく仙座殿と席を外してくれんか?その方が互いに良かろう」

 

「あぁ、分かった。行くぞゆりか」

 

「うん…」

 

これ以上仙座に無理なストレスを感じさせるわけにはいかないと、機転を利かせたニッ怪が2人を外へと連れ出す。

そして戻ってきたニッ怪を交え、4人はこれから先お互いにどうすべきか、その最善の答えを導き出す話へと移った。

 

「私たちは、ゆりかの為にもあんたたちと戦うわけにはいかない」

 

「私もですよ。貴方方には危害を加えたりはしません。ここに誓いましょう」

 

双方が不戦の契りを交わしたはいいものの、肝心の悟神がどう出るかが問題だ。

享奈が説得してどうこうなる相手でもないだろう。

 

「それにしても困りました。悟神様にどう言うべきか……」

 

「話し合いでは解決出来んじゃろう。となれば───」

 

ニッ怪が夏来と幻花を交互に見つめる。

その真剣な眼差しを受けた2人は、最悪の状況となった時には必ず仙座を守り抜くことを心の中で誓い、そして小さく頷いた。

 

「平和って……なんなんだろうね」

 

「さぁ? まぁ今言えるのは、その言葉とは真逆の位置に私たちがいるってことくらいね」

 

「だね………」

 

「…………」

 

暗い顔でボソリと呟いた夏来に、幻花は鼻で笑いながらそう返した。

無音に包まれた本殿の中を照らす蝋燭の炎が、至る所に空いた風穴から入ってくる生暖かい風にユラユラと揺れ動く。

 

それはまるで、このどうしようもない気持ちを表しているかの様に思えてならなかった───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザアザアと風に吹かれて騒めく森の中、神社の階段に腰をかけている2人の男女がいた。

 

「よっと」

 

「何してるのぉー?」

 

泣き疲れて気分を落ち着かせた仙座は、立ち上がって賽銭箱の中を覗き込む炎条寺に問いかける。

 

「あ? ああ、どうやら中に金が入ってるみたいなんだ。もしかして昔の金が入ってる可能性もあるだろ? ワンチャン、マニアに売ればボロ儲けだぜ!」

 

なんという極悪非道的な奴だろうか?

常識と言うものを知らないのか?

そう思った仙座だったが───

 

「おほぉ!良いねぇ!金儲け♪金儲け♪」

 

ボロ儲けという言葉に気持ちが負けてしまった。

2人揃って目をキラキラさせ、賽銭泥棒が如くイヤラシイ手つきで賽銭箱を摩る。

 

「おぉ!」

 

炎条寺が賽銭箱を揺らすと、チャリンチャリーンと音がする。

中身が金銭であることを確信し、隙間から手を入れてみる。

 

「良い子は真似すんじゃねぇぞ!」

 

だが思っていた通り、手首辺りで突っかかってしまう。

 

「よーし!じゃあ私の力でぶっ壊しちゃおっか!お金ざっくざくだよー!」

 

それを見ていた仙座は、自身の能力を使用して物理的に開けようと試みる。

だがそれは流石の炎条寺も気が引けたのだろう。

神様が怒るからやめておけ、と仙座の頭をポンと叩いて言った。

 

───いや、賽銭箱から金を盗み取ろうと考えること自体がダメなのだが。

 

「え……神様……神……さ…悟神……ひっ!」

 

多分、今の仙座にはあまり話しかけない方が良いのかもしれない。

こう言う風に何かあっては悟神に照らし合わされると、こっちまで気が参ってしまいそうだ。

 

「あーごめんな!すまん!いや、そういう意味で言ったわけじゃないから、な? 本当に違うから! お昼の唐揚げ半分分けてやっから元気出せよ」

 

「うん、分かった!」

 

「なんなんだよお前」

 

機嫌をとることや、相手を想った発言、それは炎条寺にとってとても難しいことだった。

何故なら、今までそんなことを考えないでも良い立場にいたからだ。

だがこの少女、仙座ゆりかは、そんな炎条寺でも簡単に扱えるほど手の上で転がしやすい相手である。

 

「全く……本当にお前は食べ物のことになるとコロッと表情を変えるよな。このっ」

 

「あうっ」

 

都合のいい時だけ元気を取り戻す仙座に、呆れ顔の炎条寺はペチペチと軽くおでこを叩く。

するとそれまで満面の笑みを浮かべていた仙座が、突然蹲って肩を震わせ始めた。

 

「え、あ、おい大丈夫か? もしかして痛かったか? す、すまない……ほら、俺にもやれよ。これでお互い様、だろ?」

 

すすり泣く声が聞こえて来て、そんなに力強く叩いたはずじゃないと思いながらも、炎条寺は自分の行動を見直してそう言った。

 

「いいの?」

 

「ああ」

 

「そう……」

 

「よし、どんとこ───」

 

顔を上げた仙座の口元が少しニンマリとしていたことに気付いたのは、宙を舞って地面に背中を打ち付けた後だった。

余りの痛さに地面を転げ回る炎条寺。

そんな彼を嘲笑う高い声が前方から聞こえてきた。

 

「くふふっ……あっはっは!騙されてる~!嘘泣きも見抜けないなんて、こっども~♪」

 

「ゆりか……お前っ……ふ、ふざけんなよ……あいたた」

 

手をついてなんとか起き上がり、服についた汚れを叩き振るう。

幸い、受身が間に合ったから大事にはならなくて済んだが、一歩間違えれば生死を分けることとなる。

 

「きゃはは♪」

 

物理威力を操る能力、実に恐ろしい力だ。

いや、それよりもこう言うことを平気で行おうとする仙座自身の方が怖いのかもしれない。

 

「お主ら……一体何をしておるのじゃ」

 

するとその時、本殿の中から窶れた様子の4人が姿を現した。

どうやら話し合いは付いたらしい。

 

「早いな……で……どうするんだ……ぁぐ…」

 

腰を抑えながら、ヨボヨボの老人が如くトボトボと歩み寄ってきた炎条寺に、享奈は「一か八か、悟神様に話をしてみる」とそう告げた。

その無謀とも思えた提案に、炎条寺と仙座は互いに顔を見合わせて「いやぁ…」と首を傾げる。

だが悩みに悩んで、享奈が最後にそれを選んだのにはワケがあったのだ。

 

「私のお友達。そうすることにより悟神様も諦めると思いまして」

 

「なるほど!確かにそれなら手は出せねぇな」

 

「で、でもぉ……そんなこと構いなしに襲いかかって来たら……」

 

現状を突破する最善の方法。

そう思った矢先の仙座の言葉だった。

希望の光が一瞬にして闇に飲み込まれたような感覚に、夏来たちから笑顔が消える。

 

「その時は───我がお主を守ろう」

 

だがそんな中で唯一光を失わない者が居た。

その短くも暖かい言葉に、仙座は胸が熱くなるのを感じる。

 

「さてと、叔母さんもお昼を準備してくれてる頃だし、そろそろ帰りましょ」

 

スマホの画面を見つめながら、みんなを置いて歩き出す幻花。

それを聞いた夏来たちはそこまで長居をしたかと不安になり、各自スマホを取り出して時刻を確認する。

電源ボタンを押して画面に表示された数字は【12:10】

驚くべきことに、あの家を出てから約2時間も経過していたようだ。

 

「げっ……もう昼じゃねぇか!あんまり腹は空いてないんだがなぁ……」

 

「わぁーい!ご飯だご飯だ♪」

 

腹を摩りながら眉間にしわを寄せた炎条寺。

その横をウキウキ気分で駆けていく仙座は、「約束だよ!」と一言言い残して幻花の後を追う。

取り残された男3人と享奈の間に気まずい空気が流れる。

 

「さて、我らも行くとするかの」

 

腰に手を当て、区切りをつけようとニッ怪が口を開く。

 

「そうだな。あ、ちょっと待ってくれニッ怪。享奈、最後に一ついいか?」

 

踵を返して歩き出したニッ怪。

そして初めから気になっていた【あること】を聞き出そうと、炎条寺は視線を享奈へと移す。

呼び止められたニッ怪は、何も言わずに木の階段に足をかけたまま横目で炎条寺を見つめる。

 

「なんでしょう?」

 

「なんでゆりかが能力者だって分かったんだ?何か能力者同士通じ合うものがあるとかか?」

 

それを聞いた享奈は数秒の沈黙を経て、ゆっくりと落ち着いた口調で話し出す。

 

「目の色です。悟神様から教えてもらいました。純粋な者は琥珀色の目を持つから注意しろ、と」

 

「そうか。さんきゅな」

 

「なんじゃ、もう良いのか?」

 

「あぁ、聴きたいことは全部聞いた。行くぞ」

 

悩みが解消したのか、炎条寺は清々しいほどの澄み切った表情を見せる。

そして右手をポケットに突っ込み、左手をぷらぷらと横に振りながらその場を後にした。

 

「では我らも行くとするかの、夏来殿」

 

「うん」

 

「また、是非来てくださいね」

 

「はい。それじゃあ……」

 

差し出された手を掴んで、夏来は地面に着地する。

そして2人は軽くお辞儀をし、石段を下っていく炎条寺の背中を追った。

 

「………」

 

しんと静まり返った森の中、享奈は足元を見下ろして立ち尽くす。

心を許すことが出来る友達を失いたくない。

だがそれでは悟神の意志に逆らうことになってしまう。

 

「悟神様……私はどうしたら……」

 

その2つの大きな壁に阻まれ、どうしようもなく蹲って顔を埋める。

どちらか1つを選ばなくてはならないこと、それがこんなにも辛いものなんだと思い知らされた。

故にこの最大の選択は、容赦なく少女の心を締め付けていく。

 

「うっ……!ぁっ……」

 

するとその時、激しい頭痛に襲われた享奈は地面に倒れこんで意識を失う。

だが身体だけは意思を無視して動き出す。

そして享奈はそのまま覚束ない足取りで本殿の中へと入り、隅に投げ捨てられていた鉈を手に取る。

 

 

「「ウラギリモノ」」

 

 

歯をむき出しにして荒い呼吸を繰り返す享奈の声に混じり、低く、そして怨みの篭ったような声が響き渡った─────

 



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第12夢 追う者と追われる者

ちょっと後半がグダグダなので、今から書き直します!
じゃあなぜ投稿したかって?
1月1日という記念日に投稿したかったからさ……


叔父と叔母の家に戻ると、居間にて手際よく箸を並べていく仙座の姿が見えた。

すでにテーブルの上には昼食が置かれている。

山盛りの唐揚げがまるで宝の山のように思え、空いていないといったばかりの腹がグゥ~と低い音を立てる。

 

「おっ、皮もパリパリで美味そうだな」

 

洗面台で手を洗ってきた3人は、テーブルを囲んで座った。

部屋全体に唐揚げの良い香りが充満し、今すぐにでも腹を満たしたいという衝動に駆られる。

 

「んじゃ、いっただきまーす」

 

「「いただきまーす!」」

 

仕事を終えた叔父を交え、それぞれのペースで食べ始める。

炎条寺は約束を果たすため、皿に盛った唐揚げの半分を仙座に分け与えた。

 

「あぁ……貴重な俺の昼食が……」

 

1人当たり8個を想定して作られたため、炎条寺の食べられる個数は4個に減り、仙座は12個となる。

 

「ん~♪ 幸せぇ~はむはむ」

 

「ぐっ……」

 

態とらしく炎条寺の方を向きながら、ゆっくりと味を噛み締めて食べ進める。

余程腹が減っていたのか、口へと運ぶ端は止まることを知らなかった。

 

「ふぁ~美味しかったぁ~!もう食べられないよぉ~」

 

昼食を食べ終えた仙座は、満足げに両手足を伸ばして畳の上に転がると、スゥスゥと寝息をたてて寝始める。

そのなんとも幸せそうな寝顔に、炎条寺は複雑な気持ちに包まれた。

 

「ご馳走さま……」

 

2人から少し遅れて食べ終わった3人。

その手元に置かれている皿には、何故か唐揚げが3個づつ残っていた。

 

「おっ!お前ら優しいな~!んじゃ遠慮なく───」

 

自分のために残してくれているのだと解釈した炎条寺は、喉へ突き上げてくるような喜びを覚える。

だがそんな思いとは裏腹に、現実は悲しいものであることを告げられた。

伸ばした手と反比例するかのように、3人がそれぞれの皿を炎条寺から遠ざけてしまったのだ。

 

「何言ってんの。これは享奈に持っていくようだから」

 

「だよな。そうだよな。少しでも期待した俺が馬鹿だったわ」

 

幻花のその言葉を聞いた炎条寺は不貞腐れた表情を見せて、皿と箸を持って台所へと駆けていく。

叔母と一緒に皿を洗うその悲しそうな後ろ姿を見た夏来たち。

 

「少しだけあげちゃっても良いんじゃないかな?約束だか何だか分からないけど、ちょいと可哀想だよ」

 

苦笑いで語りかけてくる叔父に、夏来とニッ怪は幻花の返答を待つ。

本音を言えば、2人とも炎条寺に少し分けてあげたかった。

だがそうしてしまうと約束の意味が無くなってしまうと思い、言いたくても言えずにいたのだった。

 

「………そうですね。なんだか可哀想に思えてきました」

 

自分たちの意見を代弁してくれた叔父にナイスサインを送る2人。

すると幻花は台所にいる炎条寺に向けて、サランラップを持ってきてと呼びかける。

一体何をしようというのかと疑問に思っていると、洗い物を終えた炎条寺が居間へと入ってくる。

言われた通りに持ってきたサランラップを幻花に手渡しすると、そのまま部屋へと続く廊下への戸に手をかけた。

 

「どこ行くのよ」

 

「は?お前に関係ないだろ」

 

「全く……あんたは怒るとすぐ態度にでるんだから。ほら、3個だけよ」

 

呆れたように短い溜息を吐いた幻花は、しかめっ面の炎条寺の目を見つめながら、手元のラップに包んだ唐揚げを投げ渡す。

空中でキャッチした炎条寺は、それを見てコロッと人が変わったかのように爽やかな表情を浮かべた。

 

「それ食べたら、これを享奈の所まで持ってくように」

 

「あぁ喜んでっ!!うぉぉお!ムシャムシャ」

 

凄い勢いで口に頬張った炎条寺は、リスが頬袋に餌を溜め込んだような顔を見せた後に一気に飲み込んだ。

そして6つの唐揚げを包んだラップを幻花から受け取ると、戸を横へ引いて廊下に足を踏み出す。

 

「夏来も行ってくれない?友貴だけじゃ盗み食いしちゃうかもしれないし」

 

「うん。いいよ」

 

「おまっ、そんなことしねーよ」

 

「念のためよ。もし食べたらさっきのやつは没収だから」

 

「おいおい〜あの唐揚げはもう腹の中だぜ?はははっ!残念だったな千代さんよぉ〜?」

 

腹をポンポンと叩いて挑発するように言う炎条寺。

すると幻花はスッと出した右手を、無言のまま腹パンでもするかのように前に突き出した。

 

 

なるほど。吐き出させるって訳か。

 

 

「ち……ちーちゃん……」

 

時折見せるその物騒な考え方に、夏来は冷や汗を流す。

そして2人はすぐに帰ってくると言い残し、玄関の戸を開けて太陽の光が照らす道路へと飛び出していった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家の裏手にある小山を登っていく2人。

あの神社に近づくにつれ、周りが不穏な空気に包まれていくように感じる。

 

「なんだか不気味だな」

 

「はは……元からじゃないかな…」

 

苔の生えた石段を上がりながらそんなこと話していると、視界の先に黒く変色した鳥居が映り込んでくる。

 

「よし、ふぅ……全く、相変わらず長い階段だぜ」

 

肌を刺すような冷たい風と、静寂に包まれた空間に足を踏み入れる。

境内を見渡すが、肝心の享奈の姿が見当たらない。

 

「どこに行ったのかな……」

 

「山菜でも取りに行ったんじゃねえか?この辺り結構取れるって有名だしよ」

 

「そうだね。じゃあこれは……」

 

時期に帰ってくるだろうとは思われるが、このままここに居るわけにはいかない。

正直言ってしまえば、あまり長居はしたくない場所だ。

勝手に置いておけば気付いて食べてくれるだろう。

そう思った夏来は持ってきた唐揚げを炎条寺から受け取り、駆け足で賽銭箱の前に置いてくる。

そして背を向けて歩き出した炎条寺と共に、元来た道を引き返した。

 

「ん?」

 

「どうしたの…?」

 

「いや、あいつは……」

 

するとその時、炎条寺の視界にある人物が映り込んで来る。

 

「………」

 

それは左手を背後に回して、ユラユラと身体を揺らしながら石段を登ってくる享奈だった。

思わず「あっ」と声を漏らすと、その声に気付いたのか享奈の身体がぴたりと立ち止まる。

 

「享奈さん……?」

 

「な、なんだよ……なんか怖いなオイ」

 

あの時の彼女とは何かが違う。

早く逃げろ。

そう脳が危険信号を発していた。

何故だかは分からない……だが、今の享奈から感じる雰囲気は決して良いものではないということだけは分かる。

 

「────」

 

その場に立ち尽くしながら固まる2人を見た享奈が、隠していた左手を身体の横に着かせる。

その手には大きな鉈が握られていた。

 

「う、うわぁぁあ!?」

 

夏来は顔を痙攣らせながら、神社の石段を無我夢中に駆け上がった。

背後から炎条寺の焦り声が聞こえてくる。

鳥居を潜り抜け、辺りを見渡し隠れそうな場所を探す。

 

「ハァ……ハァ……なんなんだよアイツ!?」

 

するとそこへ、息を切らした炎条寺が駆け込んでくる。

「どこかに身を隠さなきゃ」そう告げると炎条寺は間髪入れず本殿の中を指差した。

 

「な、なんで享奈さん……あんなものっ…」

 

「そんなこといいから早く入れ!もうすぐそこまで来てんぞ!」

 

決死の思いで2人は本殿の中に身を隠す。

戸を閉めた夏来は、開かないようにと手で強く押さえつけた。

直後、クスクスと言う笑い声と共に足音が聞こえてきて、2人の身体が強張る。

 

「っ……僕達……何かした……っけ……うぅ…」

 

「し、知るかよ……!第1、享奈のあの様子はなんだ?目が死んでたぞ……」

 

障子から差し込む太陽の光で、本殿の中は薄っすらと明るい。

夏来は手で口を押さえて息を止め、引き戸の隙間からそっと外を覗いてみた。

境内を徘徊しながら、2人を探している享奈は何かブツブツと呟いている。

何を言っているのだろう?

そう疑問に思うが、とてもじっくりと聞いていられる程の余裕が夏来にはなかった。

なぜ享奈はあんなものを持っているのか?

そしてそれを2人相手にどう使うというのか?

 

「え」

 

するとその時、享奈の視線が本殿へと向いた。

 

「ひっ……!」

 

「まさか……唐揚げに気付きやがったかっ!あんなとこに置くんじゃなかった!」

 

夏来が反射的にピシッと勢いよく閉めたことで居場所も丸わかりだろう。

ならば残されている選択肢はたった一つ。

 

「夏来、変われ!お前じゃひ弱すぎる!」

 

ゆっくりと近づいてくる足音と共に聞こえてくる【裏切り者】という単語。

夏来は恐怖からか、身体がブルブルと震えている。

そんな姿を見て、炎条寺は夏来をガラクタの物陰に隠れさせ戸を抑えにかかる。

 

 

ガタガタ……ガタガタガタガタガタガタガタガタ‼︎‼︎

 

 

とその時だった。

力一杯押さえつける戸が、外からの力にギシギシと鈍い音を立てて暴れる。

 

「裏切り者……裏切り者……裏切り者……」

 

「お、おいっ!享奈お前っ……一体どうしたんだよ!?」

 

【裏切り者】という単語を繰り返し呟く享奈に、炎条寺はダメ元で対話を試みようと話しかける。

しかし一向に聞く耳を持たない享奈に見切りをつけた炎条寺は、幻花たちに助けを呼べと夏来に言う。

ポケットからスマホを取り出して操作し、耳元に当てて幻花へ電話をかける。

だが一向に出てくれる様子はなく、ただ永遠と呼び出し音が流れるだけだった。

 

「だ……ダメ……出ないよ……」

 

「あいつマジで使えねぇなぁぁあ!!!」

 

 

シュッ──バキバキッ!!

 

 

「なっ……!?」

 

風を切る音が聞こえた直後、目の前の戸に鉈が食い込む。

これには流石の炎条寺も叫び声をあげて身を引いた。

 

 

ズシャッ!バキッ!ガッ!

 

 

このままではいずれ突破されてしまう。

そう感じた炎条寺は、夏来が隠れているガラクタの隙間に瞬時に身を隠す。

幸いにも奥行きがあったお陰ですんなりと入ることが出来た。

 

「くそ……どうする……」

 

相手が武器を持っている以上、無謀な戦いは避けなければならない。

だが肝心の助けは呼べずじまいだ。

仙座のスマホに掛けるという案もあったが、寝ているため出るかどうか怪しい。

 

「こうなったら……やるしかねぇか……」

 

足元に落ちている木の棒を握りしめて呟く炎条寺。

すると追い詰められた2人に助け船を出すかのように、夏来のスマホがブルブルと震えだす。

画面を見ると幻花からの着信だった。

 

「も…もしもし!た、助けて!」

 

これでやっと助かる。

そう思った夏来は縋り付くような思いで幻花に助けを求めた。

 

《え、どうしたの?何かあったの?》

 

「ゆ、享奈さんが襲い───」

 

かかってきたと言い終わる前に、炎条寺が夏来からスマホを奪って電源を消す。

 

「な、何し……」

 

「黙れ……静かにしろ……」

 

夏来の口を押さえて強制的に黙らせる炎条寺。

いつのまにか戸を壊す騒音は消え、辺りは不気味なほどに静まり返っていた。

 

「………?」

 

炎条寺の目線の先を追った夏来。

そこにはポッカリと空いた穴から顔を覗かせている享奈の姿があった。

顔を固定して瞳を左右に動かした享奈は、2人の姿が見当たらないことを目の当たりにし顔を引っ込める。

 

「ひっ!」

 

だが安心したのもつかの間、戸が蹴り破られる音が本殿内に響き渡った。

バタリと倒れ落ちた戸が、床に溜まったホコリを舞い上がらせる。

 

「ウ…ラ…ララ…ギリリリ……」

 

外の光に照らされた享奈が、言葉にならない声を発しながら本殿の中へと足を踏み入れる。

ギラギラと狂気的に輝く鉈に、細かな木片が付いている。

 

「まだだ……あいつが奥に行ったら逃げるぞ」

 

「うん……わかった…」

 

互いに聞こえるくらいの小さな声で会話する。

物陰から見える享奈は、辺りをぐるりと見渡して本殿の奥へと入っていく。

 

「よしっ……今だっ!!」

 

逃げるチャンスは今しかないと判断した炎条寺が、夏来を先に逃がす。

声に反応した享奈が向かってくるが、炎条寺の投げつけた木の棒に行く手を阻まれて足を止める。

 

「え、うおっ!?」

 

そして夏来に続いて本殿から抜け出した炎条寺は、不幸にも足元に散乱した木片に躓いて木の階段を転げ落ちる。

打ち所が悪かったらしく、身体が激痛のあまりピクリとも動かせない。

 

「うら……ぎりぃ……」

 

目の前に享奈が迫る。

もうダメだと感じてギュッと目を瞑った。

しかし、享奈は炎条寺には目もくれずに夏来を追いかける。

 

「ぐ……な……夏来っ!早く逃げろっ!」

 

背後からこちらに向かって走ってくる足音が聞こえ、恐怖から足がほつれ転倒する。

そして夏来は振り返ったと同時に首根っこをガシッと掴まれ、地面に頭を押し付けられ拘束されてしまった。

 

「ガハッ‼︎」

 

口の中に血の味が広がる。

強く背中を打ち付けたせいか、呼吸が苦しい。

襟を掴んで持ち上げられ、足が地面から離れる。

少女のものとは思えないその馬鹿力に、夏来は生命の危機を感じた。

手足をバタつかせ、ぽこぽこと享奈を叩くもまるで効いていないようだ。

 

「……まずは……貴様から……」

 

するとその時、それまで壊れたラジオのように同じ単語を繰り返していた享奈が、始めてまともな言葉を口にした。

掴んでいる手とは逆に握られている鉈が、夏来に再び刃を向く。

 

「た……助けて……助けてっ!!」

 

「な、なつ……き……」

 

今度こそ本当に最期かもしれない。

 

この幻叶世界で願いを叶えられずに死んでしまうのか?

ニッ怪と約束したのに、僕はそれを破ってしまうのか?

そんなのは嫌だ……死にたくないのは前提として、皆んなの期待を裏切るようなことはしたくない。

 

そう思い、夏来は僅かに持っていた《下らないプライド》を捨て、声の出る限り助けを求めた。

 

「死ね」

 

短く告げられた死刑宣告。

そして迫り来る命を抉り取る凶器に、夏来は目を瞑って死を覚悟した。

だが────

 

 

「はーい!正義のヒーロー登場っ!やぁー!」

 

 

聞き覚えのある声がどこからか響いてきて、夏来を掴む享奈が何者かに蹴り飛ばされる。

 

「せ、仙座さん!」

 

享奈の手から離れて地面に尻餅をついた夏来は、自分を助けてくれたその者の名を口にする。

 

「もぉ……せっかく気持ちよく寝てたのにぃ〜叩きおこされたじゃんかぁ」

 

目の前で丸く頰を膨らませる仙座に、ぺこりと謝る夏来。

 

「ウラ…ウララギ……ラギギギ……リィィィイ!」

 

プルプルと身体を震わせながら武者震いする享奈は、敵対する仙座に狙いを定めて襲いかかってくる。

地面を蹴って飛来する享奈の拳を左手で受け止めた仙座は、振り下ろされた鉈を弾いてがら空きの腹部に重い一撃を叩き込んだ。

口から血を吐き出し、弧を描いて地面に叩きつけられた享奈は、即座に身体を回転させて起き上がる。

 

「もぉ〜しつこいなぁ。夏来たちが何かしたの?一旦落ち着こうよぉ〜」

 

「フ……フフ……」

 

だが享奈は仙座の言葉に耳を貸そうとせず、ただニンマリと不気味に笑ってみせた。

そしてゆっくりと両手を広げながら歩み寄ってくる享奈に仙座が身構えていると、急に身体が締め付けられる感覚に襲われる。

 

「え……何これっ……う、動かな……」

 

見えない力に縛られて身動きが取れずにいる仙座の前に、首を傾げた享奈が立ちはだかる。

攻撃することも、ましてや逃げることも出来ないこの状況で無防備な姿を晒すのは危険すぎる。

そう感じた仙座は、なんとか身体を動かそうと両手足に自分の出せる限りの力を込めた。

だが妙な真似をするなと言わんばかりに、享奈は仙座の首を締め付ける。

 

「あが……うっ……ぁ……?」

 

するとその時、遠くからこちらに向かって誰かが石段を上がって来る足音が聞こえて来た。

その音を耳にした享奈は、仙座の首から手を離して夏来の元に歩み寄る。

恐怖のあまり立ち上がることが出来ない夏来を見下ろしながら、享奈は眉間に人差し指を当てる。

 

「や…やめ………て……」

 

小さく震えた声を発した夏来は、急にどうしようもない程の眠気に襲われ、足が重くなるのを感じた。

仙座の声が徐々に遠ざかり、視界が段々と薄暗くなっていく。

そして最後に、暗く深い底無し穴へと意識は落ちていった────

 

「な、夏来に何をしたのっ!?」

 

「…………フフッ」

 

力を失って地面に崩れ落ちる夏来。

すると享奈はその身体を肩に担いで歩き出した。

神社の方へと歩を進め、木で出来た階段を上がると本殿の前で立ち止まって振り返る。

 

「2人ともっ!!夏来がっ!」

 

とその時、石段を駆け上がって来た幻花とニッ怪に向けて仙座が叫ぶ。

2人は、その衝撃的な光景を目の当たりにして目を丸くさせた。

 

「享奈……あんた何やってんのよ!!」

 

「やはり悟神側に付くと申すか……ならば敵と見なして良いか!」

 

2人の怒号に怯む事なく、鼻を鳴らした享奈は本殿の中へと消えていく。

そしてそれと同時に、見えない力に縛られていた仙座は、その拘束から解放されて地面に膝を打つ。

 

「はぁ…はぁ……ご…ごめん……」

 

「ううん、逆にここまで耐えてくれてありがとう」

 

俯きながら申し訳なさそうに言う仙座に、幻花は肩に手を当てて感謝の言葉を述べる。

そしてその間、ニッ怪はエネルギーを操る能力で、瀕死の状態の炎条寺の身体を回復させた。

 

「ん……」

 

「……目が覚めたようじゃな」

 

「っ!!夏来は!?おい夏来はどうしたんだ!」

 

起き上がって辺りを見渡した炎条寺は、夏来がいない事に気付いてニッ怪に掴みかかった。

 

「享奈殿に連れていかれた……あの本殿の中じゃ」

 

「───っ!」

 

ニッ怪が指をさした方向を見た炎条寺は、鬼のような形相のまま立ち上がって走り出す。

 

「炎条寺殿!何を──待つんじゃ!」

 

ニッ怪の制止の言葉を無視して、炎条寺は本殿の中へ飛び込む。

能力者相手に武器を持たずに挑むのは危険すぎる。

そう思った3人は急いで炎条寺の後を追い駆けた。

 

「と、友貴ぃ………ん?」

 

すると、慎重に中の様子を覗き見た仙座は、とあることに気がつく。

 

「ねぇ…掃除でもしたのかなぁ?」

 

先程来た時に灯された筈のロウソクの灯りは消え、さらには足元に転がっていた大量のガラクタも綺麗さっぱり無くなっている。

 

「そんなのは良いから!夏来を取り返しに行くよっ!」

 

だがそんな仙座の言葉を聞き流した幻花は、ズカズカと先頭を切って中へと入っていく。

攫われた夏来は無事だろうか?

そして無謀にも突っ込んでいった炎条寺はどうなったのか?

そんな不安を抱きながら、ニッ怪と仙座は幻花の背中に手を当てながら、一歩先さえも見えない暗闇の中へと足を踏み入れた─────

 



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