異世界を跨いだ者たちの物語 (セルス)
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表側と裏側の現実
幼馴染との再会


 最初にこの小説を挙げた作品名は「Adventure World」と始まり、その後訂正され次に「Legendary Heros」という作品に改めました。

 しかしその後小説を書くという行為が出来なくなり投稿不能に……。今年になって他の二次創作小説を見ているうちに、急に小説を書きたくなったという衝動に駆られ、またこうして復活しました。

 前作の「Adventure World」や、「Legendary Heros」ではタイトルのインパクト性に欠けるし、もうこの際タイトルは日本語でいいやという考えから最終的に「異世界を跨いだ者たちの物語」という作品名に変え、前に創作した小説の全削除を行いました。

 なお前作にあった、「星のカービィ 2人の境界線」に関しては、この小説内に改めて修正した後に投稿し直したいと考えております。

 現在取り組んでおります章はメインの主人公とメインヒロインが歩む本編と、先程も紹介した「星のカービィ 2人の境界線」の修正版と新たに、ラブライブシリーズの高坂穂乃花と園田海未の2人がメインで進められるストーリーを製作中です。

 1話辺りの文字数の目安を10,000文字とするため、また投稿がほとんど行われなくなるかもしれませんが、どうか応援よろしくお願いします。



本話の登場人物

大島和明
 本作の主人公。上記の名前は偽名であり本名字は「舘」、名前ではあまり読んではほしくない本名をしている。黒髪短髪の天然パーマが特徴。


中岡沙耶香
 本作のメインヒロイン。和明の幼稚園時代の幼馴染で、和明が初めて初恋をした女の子。大和撫子を象徴する黒髪ロングで、スカーフ型のカチューシャで髪を整えている。出身校は中高一貫校の私立邦蓮学園で成績は上位に値する。



 俺の両親と弟は何者かに連れ(さら)われた……。何処の誰だかはわからない。

 

 あの刑事に尋ねても何も話してくれない。でもあの刑事は俺の肩を叩き、「心配いらない。君の両親と弟は生きている」と言ってくれた。

 

 だが正直言ってそんな望みがないのは自分だって解っていた。連れ去った犯人は金目的の誘拐(ゆうかい)ではなかったからだ。

 あの刑事は生きていると言ってくれているが、自分は密かに親と弟は死んでもう戻ってこないと抱いていた。

 

 唯一生き残った兄貴もそれを解っていたのだろうか……あの刑事にどういう犯人が連れ去ったんだと問い詰めていたのだが……当然何も言わなかった。

 

 そんな事が原因なのだろう……。兄貴はしばらくして何も言わずに出て行って連絡すら寄越(よこ)さなくなったのだ。

 

 結果的に俺はこの家で孤独(こどく)を押し殺しながらも独りで暮らし続けた。本当ならば親戚(しんせき)の家に住まわしてもらうのが妥当(だとう)だろうが、(こば)み続けた。希望に半信半疑(はんしんはんぎ)だったからだ。

 

 だからこそこの家で親が帰ってくるのを待っていたのだ。

 

 だがその一方で、何時も自分に対して思えるのはもう弱い気持ちを一切(いっさい)も捨て去ろうと自分で言い聞かせていたことだ。

 

 もしあそこで根性(こんじょう)さえあれば親や弟たちを連れさらわれずに済んだのかもしれない。その事を毎日考えてしょうがなかった。

 

 だから自分はこの中学生最後の夏休みの内に生まれ変わることを決意した。それは一般人が到底(とうてい)考える事が出来ないもので、普通の野次馬(やじうま)(表世界)から裏世界への入口に踏み込む切欠(きっかけ)になったものだった。

 

 静岡県に存在する自殺名所で、一度入ったら二度と出てこられないとされている青樹ヶ原樹海(あおきがはらじゅかい)を突っ切るということを実行したのだ。

 

 期間は夏休み中……。荷物の持込などを必要最低限にした状態で樹海に入り、出られる日まで樹海で過ごし反対方向の出口に出ること……。

 

 そんなこといきなりやっても到底出来るはずがないと思いながらもその感情を自分自身で押し殺し、青樹ヶ原樹海横断を夏休み一日目で決行した。

 

 最初は樹海の中を足でただただひたすら歩き続けた。到達日はいつになるかわからない状態にも関わらず、2ℓのペットボトル一杯に入った水を一時間歩くことに一滴ずず飲んで歩き続けた。

 

 こんなことをしていたため、時に脱水症状により手足の感覚がなくなり、樹海の中で気を失っていたことが数回もあったくらいだ。

 

 寝るときなんて毛布なんてない。雑草の上で横になったり、安定した太い木の上まで登って寝た。最初は全く疲れはとれなかったが、何回も寝てると徐々に疲れがとれてくる感じがした。

 

 食材は基本木の実や雑草がメインだった。動物は捕まえたことはあったが、あくまで反射神経、頭脳、脚力を鍛える目的だけで捕まえたら即座に逃してあげた。

 

 歩くのに慣れてくると、今度は腕力、握力などの身体全体を鍛える修行も同時に進行させた。

 

 寝る前の筋肉トレーニング、木の枝を使った筋肉トレーニング、木と木を跳び移る特訓、肉食動物の熊相手の特訓など……。

 

 とにかく身体中が使えればそれでよかった。青木ヶ原樹海の中でやった自我訓練は数えきれないくらいだ。

 

 もちろん様々な障害にぶち当たった、身体中を大怪我したり、足を捻ったり、大怪我もした。そんなことが長く続いて、正直帰りたいと幾度(いくど)も思って泣いたりしても……もう後には戻れないどころか、帰る道すらわからない。

 

 ただ前に進むしかなかった……唯一(ゆいいつ)選択肢にあったのは生きるか死ねか、それだけだった。

 

 樹海で入っていた時に使わなかった筋肉は一つも無かった。俺は限界まで自分のありとあらゆる部分を使った。

 

 それが4週間も永遠も続き、ようやく樹海の反対方向に出ることが出来た。樹海に入る前の自分はもういなかった。そこにいたのは、叶うはずが無かったとされる理想の自分であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残暑(ざんしょ)が残った9月1日。あの無謀な樹海横断から4日が過ぎた。俺は進路について悩んでいた。何せ兄貴も中学卒業後に出て行ってしまったのだから。このままこの近辺の高校に通うかはたまたこの地を出て新しい生活を送るかどうか迷っていたのだ。

 

 朝6時に起床した俺は何時も通りに朝食を作り食し、顔を洗って歯を磨いて中学の紺色一筋(こんいろひとすじ)の制服に着替えて8時丁度に中学校に向かった。家から中学校までは歩いても数分もかからないため超楽であるのだが、生徒の視線が俺に集中していて気まずかった。

 

 なにせ樹海横断をしたせいか体系も夏休み前よりもだいぶ変わっているし、おまけに外見も変わってしまったものだから(みな)は「誰だ?」と思っているかもしれない。

 

 あぁ……自分が変わるのってここまですごいものなのだろうか?

 

 自分のクラスの教室に入ると、俺はすぐさま自分の席に着いた。もちろんクラスのみんなも視線が集中していた。

 

 それどころか、途中担任の先生に職員室へ呼び出しくらうし、休み時間や昼休み、放課後の部活動は生徒や部員らに質問攻めされるし……。

 

 学校にいる間、俺に休息(きゅうそく)が訪れることはなかった。

 

 全く……俺の変わりようがここまで(めずら)しいものなのか?前の自分が可愛(かわい)そうに思えてきた。そう実感したくらいだ。

 

 まぁそういうことは長い時間を掛けて何とか理解してもらえるのだが、大きく変わったことはもう一つある。

 

 それは自分の動体神経(どうたいしんけい)が夏休み入る前と(だん)トツに差があったのだ。

 

 今日は体育の授業が無かったため大人しくしていたし、昼休みに不良(ふりょう)生徒に(から)まれた時はなるべく悪化させないように言葉を(わきま)えた。もし悪化して相手が手が出すような事態になっていたら、俺の実力が異常なものであったため相手に負傷(ふしょう)()えざる()ないと考えたからだ。

 それに中学卒業後まではこの力を出来るだけ使わないことを心に決めていたため、こうゆう事態を()けることに決めたのである。

 結果的に不良の絡みはほんの些細(ささい)なことですんだ。

 

 自分の身体の異常さが確認できたのは放課後の部活動でだ。

 うちの部活は足を使う運動が多いのだが、それを行った後は全く疲れが感じられないし汗が(ひたい)から出ていなかった。

 

 このことが(いず)れ問題になる。さぁてどの様に乗り越えるか……。俺はそのことを考えながら学校の1日を終えて下校の道を進んでいた。

 

 とか思いながらも実は今日の夕飯は残り物を使った炒め物にしようかとも考えたりしていたが……。

 

 家の前まで入るとそこには目を疑う光景が待っていた。それは家の前に少女が立っていたのだ。夏の暑い時期が残るのにその時は風で暑さがかき消された。彼女の黒い髪が風で揺られ、灰色のブレザーと赤いリボン、そして黒と白の短いチェックスカートも風で吹かれていた。いや……スカートはあれがギリギリ見えないほどまで(めく)れているのだが……。

 

 いやまて……あの子何処(どこ)かで見たことがあるような……。

 

 すると彼女は俺の存在に気付いたのだろう、俺の方に視線を向いた。そして俺の顔を見るなりしだいに笑顔(えがお)に変わっていき、彼女の黒い(ひとみ)から(なみだ)(したた)りだした。

 

「……やっと出会えた……」

 

 彼女から出た言葉であった。俺は(いま)だに理解が出来なかった。

 

「……あのぅ。(うち)に御用があるんですか?でも今親がいませんのでまた後日に…………!?」

 

 その瞬間だった。彼女自身が持っていた(かばん)をその場へ落とし、俺の(ところ)まで走ってきていきなり身体を()き合わせたのだ。

 急な出来事に俺は混乱を隠せなかった。彼女を引き離そうと思ったが出来なかった。いや引き離すのをやめたのだ。

 なぜなら彼女は抱きついて泣いていたのだ。

 何か(つら)い事があったのだろう……。

 そして彼女を見ているとあの頃が頭に()ぎった。幼い頃に出会いそして初めて恋した少女の事を……。

 何故(なぜ)そのことを思い出したのだろか?だが懐かしく思えた……。

 

 俺は片方に持っていた荷物を放し、彼女の背後に両手を置いて(なだ)めた。周囲からの眼差(まなざ)しを全く気にもせずに…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は彼女がようやく落ち着いた頃、自分の家に連れて行きリビングのテーブル席に座らせた。その後冷蔵庫に残っている冷たい飲み物を取り出してコップに注いで彼女まで運んで出した。

 

「ありがとう……」

 

 彼女はお礼を言って受け取る。俺は彼女から正対の方向の席に座る。

 

「まぁ聞きたいことは色々あるんだけど……。俺と何処かで出会ったことがあるのか?」

 

 俺の言葉に彼女は驚いた顔をして答えた。

 

「えっ……?私のこと覚えていないの?」

 

「い……いや……そ……その……最近色々な事があったからな。記憶が曖昧(あいまい)で……」

 

 まずい……唐突(とうとつ)のこの質問はやばかったな。と今更(いまさら)思う俺であった。

 だがこんな可愛い彼女と何処で……。

 

「本当に覚えていないの?」

 

 すると彼女が揺さ振りをかけてくる。そして何よりも彼女の顔の距離の近さに俺は視線を背ける。彼女はテーブルから乗り上げちょっと寄ってきたのだ。こんなこと一度も無かった俺にとっては緊張の何も無かった。

 

「……ごめん。全然どこで会ったのか解らなくて……」

 

 俺は自分の(みじ)めさに(なさ)けを感じた。

 くそぅ全然解らねぇ。どうしても思いだせねぇ……。と……。

 

「そうか……でもそうだよね。私も最初に見て舘くんだってわからなかったもの」

 

「……………………」

 

「年月が経って久々に()うとここまで変わるんだね」

 

 彼女は席から立ち上がって彼の背後に近寄ってゆっくりと抱き締めた。

 

「!?」

 

 俺は彼女の行った行為にただただ驚かされた。

 

「あ…あのぅ」

 

「どうしたの?」

 

「いやだって……その……いろいろな意味でそれは不味(まず)い様な気が……」

 

 俺にとっての不味い状態はまだ中学生という立場だって言うのにこの恥ずかしい状態、いや恥ずかしいものというものではない。

 これは一般の男達にとっての何一つ無い最高の御褒美(ごほうび)なものだ。

 彼女の見た目は小さく見えるのだが、抱かれている状態でも当たっていることが感じられる。自分の背中にあそこが……。まぁ下着や制服で覆われているのだが……ん?いや待てよ。じゃああの時も……。

 

「……もしかして舘くん今までこんなことされたことがなかった?」

 

 彼女の言葉に俺は首を(うなず)いた。

 

「へぇー。そうなんだ」

 

「……そんなことより。君は一体何者なんだ?俺自身思い当たる所が……」

 

「言ったでしょ?最近じゃなくて年月が経っているって。まだ私達が幼稚園年長の時にね……」

 

 その彼女が(ささや)いた言葉に俺の頭が再びあの記憶を()ぎらせた。

 まさか……。

 

「……も、もしかして……君は……」

 

 彼女の方を向いて俺はある名前を呼んだ。

 

「沙耶香なのか……」

 

 俺の言葉に彼女は……。

 

「改めまして久しぶりね。舘くん」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺はしばらく固着(こちゃく)した。そう、彼の記憶の中で唯一初めて女子と友達になってそして初恋をした子であったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさかこんな偶然があるのだろうか?

 

 彼女との付き合いは幼稚園の1年間だけであったが、俺が唯一恋ということを知ったものであった。

 

 彼女の両親と家の両親とはとても仲が良く、互いの家に遊びに来るほど親近感(しんきんかん)を持っていた。

 

 だがそんなことはつかの間、俺と彼女はそれぞれの人生を歩んだ。俺は結局彼女に告白をせずに別れたのだ。

 

 それから彼女の事は色々あったので、もう彼女のことは忘れ、この小学生から中学生までを過ごしてきた。

 

 もう逢うことなんてないと思っていたのに、中学生の最期(さいご)の時期にこんなふうに再会するなんて……。

 

 

 しばらく間があったが、テーブルの席を離れてリビングのソファーで彼女と隣同士になって座っていた。

 

 ちなみにこれまで俺として(かい)して来たが、彼女や親友らやは全員「舘」と呼んでいる。これは俺の名字である。しかし名前の方は馬鹿にされそうで言いずらい。

 

「えぇっと……一応思い当たって言って見たんだけど……本当に沙耶香なんだな?」

 

 まだあの初恋した彼女が今ここにいることが納得出来ずに再度確認する。

 

「……ちょっと、さすがにしつこいんじゃないかな」

 

 さすがの彼女もこの反応である。

 

「いやでも……まさかこんなに可愛いくなっていたなんて思わかなかったから」

 

 俺は彼女の反応に申し訳なさそうに答える。彼女は一回ため息を吐いた後、俺の肩にそっと手を()えて、揺すった。

 それは彼女がもういいから気にしないでっていう動作であった。

 

 

「でもどうして俺の家なんかに?」

 

 俺の言葉に彼女は反応してしばらく黙っていたが、覚悟を決めたように口を開いた。

 

「……実は……家出してきたのよ」

 

「家出!?何でまた……」

 

 彼女の回答に俺は驚く。それはそうだ、だって彼の両親と彼女の両親とは仲が良くて一緒だった頃はよく遊んでいたり話していたりしたから……。そんなことする筈がないって……。

 

 彼女はスカートの(すそ)を両手で握り締めて話を続けた。

 

「私は……中学生から日常茶飯事(さはんじ)にあった暴力に耐えてきた……でもこんなことが毎日続いて……」

 

 彼女の瞳から涙が滴り出ていることが俺の目からでも確認できた。

 

「……耐えられなくなって出てきたと?」

 

「……うん」

 

 俺は「う~ん、どうしたものか~」と頭を(こす)る。

 正直こんなことがあり得るのだろうか。あんな優しかった彼女の両親が暴力なんて……。

 

「もうあれから4日経っているんだよね……」

 

 彼女は俺に聞こえないように言っていたかもしれない。たがその言葉は俺にしっかりと聞こえていた。

 

「……ちょっと待て、4日経っているってどういうことだ?今出てきたんじゃないのか?」

 

 俺は彼女の両肩を握り締める。

 

「(やばい……つい余計なことを言っちゃった)」

 

 と今更後悔する彼女であった。

 

「今まで俺の家に来る前は何処で身体を(しの)いでいたんだ?」

 

「それは……その……」

 

 彼女の視線が()れる。すると彼はある記憶の事を思い出した。

 

「……遠慮しなくてもいいぞ。彼氏の所で泊まってもらったんだろ」

 

「……うん」

 

「正直で素直だな」

 

 別の返事を期待していたのに……。

 

「でもどうして彼氏の家から俺の家へと移る必要があったんだ?」

 

「そう思うよねぇ」

 

 天井に視線を向けて彼女は続けていった。

 

「ちょっと彼の対応に失望しちゃってね……彼に気付かれないように出て来たの」

 

「……失望か」

 

 俺も彼女と同じように天井に視線を向けてみる。どうやら彼氏とも何かあったようなので、これ以上の詮索(せんさく)はやめた。

 

「勝手過ぎるでしょ?私……」

 

「……いっ!いやっ!そんなことない!!」

 

 彼女の悲しい顔を見て彼は思いっきり立ち上がって否定する。女の子の悲しい顔なんか見たくないのが一身であった。

 

「言えない事情が人それぞれあるだろうし……」

 

 俺は頭を()きながら再びソファに座って続けて言った。

 

「自分自身が帰る気になるまでここに住んでもいいぞ」

 

「え……?」

 

「な、何だよそのリアクションは……その為に俺の家に来たんじゃないのか?」

 

「で、でも舘くんの両親も許可無しで勝手に決めるのは……」

 

「あぁそれだったら心配いらないよ。前にも言ったけど俺の両親は弟を連れて海外に行ってて当分は帰ってこないし……兄貴もどっか勝手に行って全く帰ってこないしね。それに……」

 

「それに?」

 

「俺の両親だったらこういことに関してはなんだかんだ言ってもきっと解ってくれると思うしな」

 

 そうだよな……生きていようがいまいがきっと……。彼はしばらく何も無い白い天井を見つめていた。

 

「そういえば沙耶香。弟とお兄さんを家に置いていって大丈夫なのか?」

 

「心配要らないよ。兄さんと浩太は事情で出掛けて留守だから……」

 

 しだいに彼女から優しい表情に変わっていた。その彼女の表情を()て、俺はホッとした。

 

「そうか。じゃあもうこんな話は無しにして晩飯でも作るか……」

 

 そう言って俺は立ち上がってリビングの奥のほうにあるキッチンに向かった。

 

「え?舘くんって料理つくれるの?」

 

 彼女もソファから立ち上がって彼の近くまで歩み寄る。

 

「まぁな。これでも料理は毎日いつも俺が1人でずっと作っていたからな」

 

 そう言いながら手探(てさぐ)りでレジ袋の中から人参(にんじん)を取り出してそのまま俎板(まないた)に置く。

 

 このまま人参を輪切りにすれば良かったんだが……なぜか今日は上手くいかない。それどころか……

 

「……あれ?おかしいな……」

 

 いつやったかはわからないが、左手親指を切っていた。そこからは赤い血が(にじ)み出ていた。

 

 俺はただただ切った痕を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 静寂(せいじゃく)な空気に包まれながらも彼女は俺の切った指を手当てしてくれた。

 

「すまない。どうしてか今日は上手く出来なくて……」

 

 なぜだろう。今日は大したことはしてない筈なのに……。

 

「……舘くん。手が震えているよ」

 

「いやっ、そうじゃないんだ。ただ……」

 

「(私がいて緊張しているんだ。本当に舘くんは相変(あいか)わらずね……)」

 

「……………………」

 

 俺はその時言った彼女の言葉が全く聞き取れなかった。

 

「……で?料理はどうするの?」

 

「もちろんやるよ。やるって言ったんだから……」

 

 彼女に美味しいご飯を食べさせなきゃいけない。

 

 彼は立ち上がって再びキッチンの方へ向かおうとする。だが……。

 

「……いいえ。せっかく腕に処置を(ほどこ)したんだから大人しくして……ね?」

 

 彼女は片腕を伸ばして俺の肩を掴んでそのままソファに座らせた。その勢いで彼女が立ち上がる。

 

「!?」

 

 彼も余りにの唐突さにただ逆らうだけだった。

 

「私が美味い料理を作ってあげるから舘くんはテレビでも見て待ってて」

 

 彼女は彼に笑顔を見せた後そのままキッチンへ向かった。

 

『……なんだ?この違和感は……』

 

 俺は彼女に視線を向ける。彼女は野菜や肉を包丁で切っていたので彼を見向きもしなかった。

 

『……気のせいか……まさかな……』

 

 俺は彼女の言うとおりにソファに座りなおしてリモコンでテレビをつけて今日のニュースを伺った。

 

 俺は彼女から……何を感じたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 懐かしい幼稚園の夢を見た。

 

 最初に彼女と出会った時、なんて可愛く美しんだろうと思った。

 

 笑顔がまた可愛く感じ、心優しい性格だった彼女は、俺にとっては眩しい存在であった。

 

 そんな彼女と最初に会話できたのは、彼女の家族が家へやってきたのが切欠だった。

 

 前にも話したように、俺の両親と彼女の両親は仲が良く、更に弟同士も友人関係であったため、両家族との交流が多かったからだ。

 

 彼女の心情と自分の心情を分かち合えたことで、俺と彼女を友達という関係にまで結びつけた。

 

 それなのに……なんで俺はあの時に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……舘くん、起きて。せっかく作ったご飯がさめちゃうよ?」

 

 彼女の囁きと心地良い揺すりに俺はゆっくりと目を開けた。

 

「……あれ?俺は寝ていたのか?」

 

 そう言って俺はテレビ画面を見る。今はくだらなそうなバラエティー番組がやっている最中であった。

 

「そうだよ。もうぐっすりね」

 

 まだ眠気が残りつつも、俺はゆっくりと身体を持ちあげた。

 

「……変だな。最近は規則正しい生活しているのに……」

 

 腕で目を擦りつけて、完全に眠気を覚ます。

 

「ごめん。夕飯さめちゃった?」

 

「ううん。さっき完成したばかりだからまだ出来たてだよ」

 

「そうか……じゃあせっかくご飯を作って貰ったんだから有り難く頂こうかな」

 

 そう言って俺は座っていたソファから立ち上がって、自分指定のテーブル位置につく。テーブルにはとても美味しそうな御馳走(ごちそう)が並んでいた。

 

「……すごいな。これ全部作ったのか?」

 

 テーブルに並んでいた御馳走を見た彼は余りの凄さに驚きを隠せなかった。

 

「そうよ。一応私、これでも学校で料理研究部の部長をしているんだからね」

 

「……りょ、りょうりけんきゅうぶ?」

 

 そんな部活動があるなんて初耳だ。

 

「な、なぁ。前から気にかかっていたんだけど……沙耶香は今どこの中学校に通っているんだ?その制服はここらへんでは見かけないんだけど……」

 

 確かにこの周辺では見に覚えがない制服だ。だいいちブレザーが灰色で、赤のリボン、白をメインで黒のチェック柄のスカートは目立つから直ぐわかる。

 

 まぁ俺が身につけている紺色の長ズボン、ブレザーと赤いネクタイも比じゃないんだが……

 

「……えぇっと。どうしようかな……」

 

 彼女は一瞬悩んだが、素直に答えた。

 

「私は邦蓮(ほうれん)学園に通っているけど……今は不登校で……」

 

 私立邦蓮学園、良くニュースやCMで取り上げられている学校である。都内の集中している空き家の住宅街一帯を潰して、新たに建てられた中高一貫校で、下手したら有名大学へ推薦で受かるとされるエリート校の一つであある。

 近年は多子低齢化の影響か、こういったエリート育成の学校が増えている傾向がある。

 

「邦蓮学園って……エリート学校じゃないか……俺の庶民学校と大違い」

 

 俺が通っているのはとある普通の区立中学校だ。とてもじゃないが比にならない。

 なんで男の学校名は載せないのかということをここで思った読者は察してほしい。男の制服から考えればある実在する学校の制服をモチーフにしているのだから実名校なんか書けるはずなんかない。

 

「舘くんの通っている学校はここからだいぶ近いんだね」

 

「……まぁここから歩いて1分で着いちゃうからな」

 

 俺の家からでも自分の学校の門が確認できるほどだ。

 

「私は家から電車に乗らなきゃいけないから大変だよ」

 

「……っていうか家出してから学校に通っていないのはやばいのでは…?」

 

 あそこはただでさえエリート校なんだから下手してサボったら即退学ではないか?

 

「それは大丈夫。私はある程度単位を取得しているからそこは安心して」

 

 単位取得制か、ますますやばいところだな。

 ……っていうか沙耶香って無茶苦茶頭良いのかよ……。

 

 このときの俺はまだ勉強は普通に出来るだけで、まだ優等生の(たぐい)に入っていなかった。

 

「何か俺の知っていた彼女がどんどん遠ざかって行くような気が……」

 

 俺もこの年で変わったかもしれない。しかし彼女はそれ以上だった。

 

「そういう舘くんって部活動やっているの?」

 

「……えっ!?えっと……」

 

 料理研究部って言う部活も初めて聞くが、俺の部活名は言ってわかるだろうか……。

 

「俺も部活動はちゃんとやっているよ。紗耶香と同じ部長努めているし……」

 

「えっ、そうなの?」

 

「あぁ……。まぁメインの活動は山登りの山岳野外活動部……だけどな」

 

「……それって登山メインで活動している登山部と同じもの?」

 

 一応知っていたようだった。俺はホッと安心する。

 

「へぇ……意外ね。舘くんはどっちかというと文化系だと思っていたんだけど……」

 

「……?今なんか言った?」

 

「うぅん。何でもない。でも魅力的じゃない。山の頂上まで登りきったら景色がとても綺麗でしょうね」

 

「まぁな。それに登りきった時の達成感も格別だよ」

 

 そんな会話をしながらも彼は途中で「いただきます」を言った。

 折角彼女が丹精込めて作ってくれたできたて料理を冷ましてはいけないと思ったからだ。

 

「……美味しい?」

 

 彼女は心配そうに尋ねた。

 

「……美味い」

 

 俺は食べ物を口に入れ込みゆっくりと噛み締めて飲み込んだ後、すぐさまこの気持ちを彼女に伝えたかったからだ。

 

「そう。よかった」

 

 彼女も嬉しかったのだろう。あの愛くるしい笑顔へと変わった。

 

「今まで食べてきたものの中で一番美味いかもしれない」

 

 俺は続けて言葉を漏らす。

 

「そんな大袈裟(おおげさ)に言ってくれなくてもいいよ」

 

「いいやそんな態とかじゃなくて本当に美味しいんだよ。噛み締めた瞬間に広がるこの旨味……今までこんな風に感じたことがない」

 

「でも舘くんのお母さんが作った料理の方が美味しいと思うよ。私は未だに舘くんのお母さんには(かな)わないよ」

 

 彼女の言葉に俺はあることを思い出す。まだ小さいときに母さんが作ってくれた手料理のことを……。

 

「そういえばあれからもう一度も俺は母さんのご飯を食べてないな……」

 

「え?」

 

 彼女には彼の言ったことが聞こえていなかった。

 

「あっ……いいや。何でもない。とにかく食べよっか」

 

「そうだね」

 

 こうして彼女との二人の夕食は続いた。




 


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