古畑任三郎vs最上静香・北沢志保 (隱蓮秾)
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主題
「姉妹愛
えぇー、皆さん、兄弟か姉妹はいますか? いらっしゃる方は是非大事にしてください。血が繋がっているからと言って何時でも側に居るわけではありません。時には思いもよらない出来事で家族ではなくなってしまう事もあります。
そして、それは逆のことも起きるわけで……」
Googleマップと辺りの建物を見比べながら、私はとあるマンションにたどり着いた。階段を登り、三階の一室の前で玄関先にいることをLINEで送る。
しかし、いくら待っても既読すら付かない。
「…………なによ、居ないの?」
(少し不躾だけど)ドアノブを回してみた。鍵はかかっていない。隙間から覗けば、彼女の普段履きの靴が、暗がりの中で踵を揃えて並んでいた。
「静香ぁ? 居るんでしょ?」
少し不審に思って、奥の方に声をかけた。ごとり、と気配がする。
なんだ、居るんじゃない。
「勝手に上がるからね?」
一応断りをいれてから、私はブーツを脱いでフローリングに上がった。
リビングへの動線にあるキッチンに入ると、少し生臭い空気が鼻についた。
「何よ、生ゴミくらい、捨てるか冷凍庫にいれときなさいよ……。」
父子家庭とはいえ、それくらいどうにかならないものか、などと考えながら足を進めると、尋常ではない違和感に気付く。澱んだ臭いは、シンクを通りすぎても治まらず、半開きの居間の戸に近づく毎にいや増していった。
まるで、ロケで行った魚市場のような――しかし、鮮魚の鮮やかな生臭さとは根本的に違う、ねっとりと絡み付き、本能的な不安感を煽る腥さだ。
乾いた唾をごくりと鳴らし、私は扉を押した。簡単にドアはスイングした。
ゴツッ……
ドアストッパーが壁に当たる音が響く中、彼女はへたりこんでいた。
「しほ…………。」
惚けた顔で私を見上げる彼女の側には、血溜まりの中心で、男が眼を見開いたまま倒れていた。
ああ、遂にか。
動揺するのと同時、私の頭の片隅は他人事のようにこの状況を俯瞰していた。
「志保……これは、これはッ、違うの……。」
正気を取り戻し始めた彼女は、必死になって死体を身体で隠す。手には、柳刃の包丁が握られていた。
「解ってる。」
私は血溜まりを迂回して窓横のソファにバッグを置き、台所へまた戻る。シンク下の収納を探すと、二束セットのゴム手袋が未開封で埃を被っていた。片方を赤色のなかに座り込んでいる彼女に投げつける。
「静香、それつけて、脚を持って。」
「し……志保……?」
「いいから、お風呂場に運ぶの。引きずってもいいから。でも、スリッパは履いて。」
彼女は言われるがままにゴム手を通し、スリッパを履いて足首をつかんだ。息を弾ませながら、どうにかして風呂場に運び終えると、静香は不安そうにこちらを見た。
「何をするつもり……?」
「大丈夫。」
そう私は言った。
「大丈夫だから、寸胴鍋とパイプ詰まったときの洗剤か、トイレの緑のやつ持ってきて。」
私は努めて笑顔を吐き出す。
そうして、ゴム手袋を着けたあとも、静香が手に離していなかった柳刃包丁を奪い取り、死体の首に突き立てた。
これでもう、戻れない。
これ以上話を考えていません。
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