彼女に振られた結果、陰キャなカワイイ女の子になつかれました。@リメイク (墨川 六月)
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一学期編 第一話 陰キャとの出会い

一から書き直して、小説家になろう様へ投稿している方のストーリーにリメイクをさせて頂きました。

変更点としては、

・タイトルの変更

・登場人物の名前の変更

・ストーリーの大幅変更

の二つです。

前話まで書いていたストーリーは残して置くつもりですが、事前報告なく削除する場合があるかもしれません。
作者の勝手な自己判断でこの様な事をしてしまい、申し訳ありません。今後とも、この作品をよろしくお願いします。

では、新しいストーリー第一話、どうぞ!

1万1000文字…第一話は二話分の文量です!


 夕暮で綺麗に赤く染まる教室。

 その場にいるのは俺と一人の女の子だけ。微かに聞こえるブラスバンド部の演奏に演劇部の声出し、アカペラ部の美しい音色。

 窓の隙間から侵入するそよ風は白いレースのカーテンを揺らし、斜めに照らされる夕陽は俺達を包んだ。

 

 この俺《櫻葉栄太郎(さくらばえいたろう)》は県内ではそれなりに名の通る進学校に通っている何の変哲もない高校一年生。

 

 まぁ、彼女はいる。

 

 ん?聞こえなかったかな?

 

 彼女はいる!

 

 それこそが今俺の目の前で何かを言いずらそうにモジモジしている女子生徒。茶色のボブカットの前髪は眉上でしっかりと切り揃えられており、女にしても低い背丈はリスのような小動物を連想させる。可愛らしくも、どこか頬を赤らめているのがわかった。

 

 こんな可愛い子と付き合えるなんて、俺は既に勝ち組の領域に達しているのかもしれない。

 すまねぇな、童貞連合の諸君。

 もう俺とお前らでは全てが違う。一生一人で自分を慰めておけばいいのだ。

 

 そして彼女は放課後の雰囲気を色濃く残したこの教室で、口を開いた。

 

「私達、別れよ?他に好きな人出来ちゃった。」

「…は?」

 

 甘い春休みを目前とした三月六日。

 

 櫻葉栄太郎は彼女である《綾小路由奈(あやのこうじゆな)》に振られたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 全く…酷い夢を見たもんだ。

 うつ伏せで寝ると悪夢を見るとはよく聞く話だけど、どうやらこれは本当らしい。

 俺は目覚まし時計と共にベットから身を起こした。

 

 

 俺ほどの何の変哲もない一般人はこの世界に居ないのではないかと、俺は自負している。

 

 両親はなかなか家に帰っては来ないが毎月振り込まれるお金で俺達を養ってくれるし、コロンブスの生まれ変わりを自称するクソ兄貴は大学を卒業するや否や自分で貯めた金で世界中を飛び回る冒険家になりやがった。

 

 今はマイラブリーヤングシスターと二人暮しだ。シスコン?ざけんな。俺はシスコンじゃねぇただ妹が好きなだけさ。

 

 確かに一般的な家庭から見れば少しだけ異質かもしれないが、別に俺の一家は足が臭い父親がいたり、三段腹の母親がいたり、下ネタを連呼するジャガイモ頭の五歳児がいる訳では無いのだ。

 

 俺にとってこれは普通で、これが日常だ。

 

 受験だって大変だったけど、それだって生きている内に誰しもが体験するようなことで、中学時代にもこれといった苦労をする事は無かった。

 約二年後、《大ノ宮(おおのみや)高校》を卒業する際にもそれは変わることは無いだろう。

 

 だからこそ、俺の事を好きだと言ってくれた女子生徒がいた時に、俺は舞い上がった。

 

 そりゃあ友達の前では『は?別に彼女とか欲しくないし。高校生カップルがゴールする確率知ってっか?

十人に一人いないんだぜ?』と見栄を張った。

 その時に『お前そういうの調べるんだ』という中々核心をつくツッコミを貰ったのも記憶に新しい。

 

 最近『高校生で彼女を作ったとしても』という完全に負け組思想を抱くようになっていたので、いつの間にか俺の検索履歴には【高校生 カップル 結婚 確率】というワードが残っていた。

 ゴミ箱ボタンを押して無感情でそれを無かった事にする。

 

 そもそも高校生で結婚を意識して付き合う連中自体が少ないのは確かだろう。大半は『恋人持ちの俺、私』に自惚れしているだけなのだ。滑稽だな滑稽。

 

 高校生で恋人持ちの人、ゴメンな。お前らが結婚出来る確率は一割以下なんだよ!!(負け犬の遠吠え)

 

 二階の自室からリビングに向かうと、既にテーブルの上に朝食が並べられていた。俺は台所と向き合う少女に話しかけた。

 

「おはよう。いい朝だな、妹よ。」

「ご機嫌麗しゅう。いい朝だね、兄よ。」

「お兄ちゃんと呼びなさい。それかお兄たま。」

「やだ。」

 

 といういつもの下らないやり取りを繰り広げ、俺はテーブルに座った。ふふふ、照れ隠しが上手くなったのう我が妹よ。え?本音?まさか…。

 

 トーストの上にはベーコンエッグが乗っており、その他にも野菜の盛り合わせとコーヒー、そしてデザートのヨーグルトが置かれていた。

 コーヒーを啜り、ベーコンエッグを眺める。朝は食欲がわかんのだ。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。」

「なんだい。」

「元気ないね。」

「朝はな。」

「春休み前から、いつも。」

「…。」

 

 我が妹、《櫻葉楓(さくらばかえで)》。俺と同じ船戸森高校に通う高校一年生。未だにパジャマで髪はボサボサだが、いつもは梳かした髪をポニーテールで縛っており小学生時代は大人びている顔と言われていた。しかしこいつは小学生時代の顔のまま身長だけが成長し、未だに小学生と言っても通るレベルで背丈が低い童顔へと変わってしまった。

 

 楓はハムスターのようにトーストを口に頬張ったまま言った。

 

「彼女さんの事は忘れなよ。あんな可愛い人、お兄ちゃんには高嶺の花だったんだよ。釣り合わない釣り合わない。」

 

 コイツは朝っぱらから実の兄に辛辣な言葉をかましてくるのね…。

 『やっぱりお兄ちゃんのお嫁さんは私じゃなきゃダメなんだよ!ぷんぷん。』くらいあってもいいと思う。…本気で思ってないぞ?勿論ネタだよ?

 

「なんだよその言い方。お前の将来の姉になるかもしれない子だったんだぞ?」

「うわー、結婚まで考えたんだー。キモすぎわろたー。そりゃ振られるわー。」

「ぶっ飛ばすぞてめぇ。」

 

 分かってんだよ…んな事くらい。綾小路と俺とじゃ、やっぱり生きてる世界が違った。半年付き合えただけでも大したもんさ。

 俺はトーストを頬張りながら口を開く。

 

「恋は運命なんて言うが、何が好きかなんてのは後天的に覚えていくものなのさ。そんなものが先天的、ロマンチックに言えば運命論で決められてるとしたら、世の中は不公平だ。綾小路は後天的に俺を嫌ったってことだろ。別に引きずってるとかじゃない。」

「お兄ちゃんって時々変なこと言うよね。そういう屁理屈ならべるところ、私は嫌いじゃないよ。」

 

 俺はいつの間にか手が進んでいたトーストの最後の一口を口に放り込んだ。

 コーヒーでそれを流し込み、テーブルの下に置いてあったリュックサックを掴む。

 

「んじゃ、洗い物頼む。行ってくるわ。」

「はいはい。いってらっしゃい。…ん?やっぱりお兄ちゃん未練タラタラじゃん。」

「なにが?」

 

 楓が渡してきた俺のスマホの待ち受け画面は、綾小路由とのツーショット写真だった。俺の顔はアホみたいに頬が緩んでおり、そして…幸せそうな顔をしていた。

 

 だっせぇな…俺。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 俺の通う大ノ宮高校は県内では進学校に属しているが、部活動が盛んな訳でもないし、特に有名大や難関大に合格したという実績が多い訳では無い。

 偏差値だけで見られた進学校(笑)と言ったとこか。

 

 家から徒歩二十分。住宅街を抜け、丘の上にあるのが大ノ宮高校だ。

 

 二年A組。我がクラス。

 気が重い。学校は嫌いだが、友好関係は悪くは無い。友達だってそこそこいるし、不良に目をつけられている訳でもない。しかし…

 

「あっ、栄太郎君!おはよー!」

 

 俺のクラスにはこの女の子、綾小路由奈がいるのだ。

 教室の前に突っ立っていた俺に、綾小路は話しかけてきた。

 なんの躊躇いもなく、なんの悪びれもなく、まるで最初から何も無かったかのように…。

 

「…うん。」

「ちょっとどうしたの栄太郎君!二年生になってから暗いよー!」

 

 誰のせいだよ、誰の。…にしても。

 

 やっぱ可愛いよなぁ。顔はめっいゃ小さいし、髪はフワフワしてるし…それに…。俺は馬鹿みたいに短いスカートに視線を下ろした。

 色白でめっちゃ足細いし。

 なんで俺にこんな笑顔で話しかけてくんのかな。

 

「ごめん、ちょっとクラス入りたいから。」

「あ、あぁ。悪い。」

 

 綾小路は俺がドアの前からどくと、笑顔で頷いて教室入って言った。

 クラス内からは『由奈おはよー!』という声と、『おはよー!』という綾小路の元気な返事が聞こえてきた。

 

 やっぱクラスでもカーストトップの連中とつるんでいる子は違うな。俺なら絶対クラスであんな大声絶対出せねぇよ。

 

 ふと俺の背後に人の気配を感じた。俺と同じくらいの背丈で、そいつは両手をメガホンのように口元に置き口を開いた。

 

「生徒指導部さ〜ん!朝から元カノの身体を舐め回すように見る不純な男子生徒がここにいま〜す!」

 

 俺をコケにするような声と共に俺は振り返える。

 

「お前…。」

 

 俺の事を変態扱いした男は中学時代からの友人であり、“一応”最もこの学校で俺が信用を置いている相手、《市山拓(いちやまたく)》。

 爽やかな短髪に、中性的で穏やかな顔立ちは、一部女子から絶大な人気を誇っているが騙されてはいけない。それはフェイクだ。

 下ネタは所構わず言うし、シリアスな場面では空気読めねーし、男友達としてはかなり面白い奴だけど、中身を知っている女子から見れば色々と残念な男だ。

 

 拓は俺の肩に手を回した。

 

「だから言ったろ相棒。お前に由奈ちゃんは似合わねーんだよ。お前はゴキブリと蝶々が一緒にいるところを見てどう思う?」

「俺はゴキブリ扱いかよ!」

「いやでも分かるぜ。由奈ちゃん可愛いもんな。お前が付き合えただけ奇跡だよ奇跡。色白いし足細いし、胸は…まぁ無いが、ベッドの上だとどうだった?…あぁ、お前はヤれずに別れたんだったか。」

「ブチ殺すぞ。」

 

 ったく、どこまでも無礼な奴だ。人の元カノを…お前が舐め回すように見てんじゃねぇか。

 

「あの…!!」

「「あん?」」

「あの…入りたいんですけど…。」

 

 振り向くと、セミロングの黒髪の少女が両手でリュックサックの紐を握りながら立っていた。顔は伏せているので見えない。

 

「あぁ!わりぃね!!」

「ひっ!いえ…大丈夫です。」

 

 未だにドアの前に突っ立っていた俺達に話しかけてきた少女は、俯いた猫背のまま俺達の横を通り過ぎた。えっと…名前は…。

 

 そんな事を考えていると、拓が口を挟む。

 

 

「ああいう大人しめもいいよな。無知な私がイケない事を知ってしまって。みたいな…」

「突然失礼極まりないぞお前。てか大きな声出すなよ、春咲(はるさき)さん、ビビってたろ。」

 

 そうだ。《春咲日向(はるさきひなた)》。あんまり関わったことないから忘れてた。てか俺は今席隣だし。

 

「春咲さんっていうのか…ほう。」

「知らなかったのか?」

「あぁ。“日陰姫(ひかげひめ)”って誰かが呼んでたのは知ってたんだけどな。」

 

 ふーん。日陰姫、ねぇ…。拓は続けて言った。

 

「あんまりそういうアダ名は好きじゃねぇ。」

 

 同感だ。

 《姫》はまだしも、《日陰》なんて名詞は明らかに悪意のあるアダ名だ。

 俺らと春咲さんが同じ人種の人間だからかもしれないが、ああいう人間は人に強く言えない。アダ名で呼んでるヤツらに悪意があるのかは知らないが、呼ばれている方はいい気持ちでは無いに決まってる。

 

 俺は教室の一番後ろ、窓際の席辺りに集まるグループを見つめた。

 グループ構成は四人。男子二人に女子二人。その内の一人に綾小路がいる。

 

 綾小路はグループの男子の一人。船戸森高校二年スクールカーストトップの《十文字昴(じゅうもんじすばる)》と話していた。

 楽しそうに喋ってんな…俺と居る時はあんな顔してなかったろ。

 

 綾小路は…俺となんの為に付き合ってたんだろ…。

 

「はぁ…」 

「エータロー。」

「んだよ。」

「もう一度言う。いい加減目ェ覚ませ。お前と由奈ちゃんは別れたんだよ。いつまでも元カノを眺めて溜息を零すのはやめろ。」

 

 

 ────分かってるよそんなこと…。

 

 

 けど、あの子と居る時は…これまでに無いくらい幸せだったんだ…。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 俺は廊下側の一番後ろの自分の席に座ると、隣で春咲さんがセッセとリュックサックから教科書を取り出していた。

 

 毎日教科書持ち帰ってんのか…偉いな。

 そう言えばさっきは顔を伏せていて忘れていたが、春咲さんは小さな顔に見合わない大きな丸眼鏡を付けているのだ。眼鏡の光が反射していて、眼鏡のなかの瞳は見えなかった。

 

 ん?なんかオロオロしてるぞ。メガネケースを弄ってんのか?

 

 あっ、リュックサックの中を探し始めた。口が出来上がったばかりのスライムみたいになってるよ。『あわあわあわあわ』って言ってるよ。

 何を探してんだろ、机に置いたメガネケースにメガネ拭きは入ってるし…まさか…。

 

「ねぇ、春咲さん。」

「はい!!…あの、なんでしょう。」

 

 春咲さんはビクッと体を震わせた。俺に対して警戒するように一歩下がりながら口を開く。まぁ話したことの無い異性に話しかけられれば当然の反応であるが、少し敏感すぎやしない?流石にそんなに引かれると俺の心も痛いんだけど…。

 

「あの、違ったら悪いんだけど、眼鏡なら掛けてるよ?」

「ほえ?…あっ…!」

 

 春咲さんは自分の顔を触って確かめる。すると、茹でられたカニのように一気に顔が真っ赤になるのが目に見えた。いやぁ…天然!

 黙って俯き、俺に何度もペコペコと頭を下げた。

 

「櫻葉くん、ごめんなさいごめんなさい!」

「あ、いや、謝らなくても大丈夫だから。」

 

「ねぇ、日陰姫ぇ!!」

 

 突然どこからか発せさられた大きな声に、春咲さんの体が更に震える。なんだ?

 声のした方向を見ると、春咲さんに近寄ってくるのは二人の女子生徒。名前は知らない。痩せてる方と残念な方に分けよう。

 

 てか大きな声出すなよ。春咲さんビビってんだろ。

 

 痩せてる方が声のトーン落とさず話を続ける。

 

「うちらちょっと喉乾いちゃってさー、自販機でいちご牛乳買ってきてくんない?」

 

 …春咲さんをパシろうとしてるのか?

 

 春咲さんはオロオロしながら、恐る恐る震えた声で返す。

 

「いや、でも、もうそろそろ登校のチャイム鳴るし…。」

 

 残念な方が『ちっ』と舌打ちをした所で、先程の痩せてる方の声より1.5倍大きい声で、残念な方が春咲さんを威嚇した。

 

「いいじゃん別に一回くらい遅刻になったってさぁ!!だったらもっと早く登校すればいいのに!」

「ほんとそれ。日陰姫、頼むわ。“うちら友達”でしょ?」

 

 なんだこいつら…友達?パシるのが友達かっての…。

 

「…っ!!…そうだね…じゃぁお金を…「立て替えといてよ。」

「…うん。」

 

 そう言い残したあとに、女子生徒二人は不機嫌そうに踵を返してどこかに歩いていった。

 

 春咲さんはリュックサックから可愛らしい猫が刺繍された小銭財布を取り出すと、教室のドアに向かって歩き出す。

 …おいおいマジかよ。

 

「ちょっ…春咲さん!」

「?」

「いちご牛乳…買いに行くの?」

「うん…櫻葉くんも…いるんですか?」

「ち、違う!そうじゃなくて!!そんなの行く必要ないでしょ!?」

「…っ!…あります…。だってあの二人は友達ですから。」

「パシリにされて、金を出させられんのが友達なもんか。利用されてるだけってのに気づいた方がいい。」

「…違います。これが友達なんです。友達には尽くさなきゃいけないんです。」

 

 マジでこのバカ女…っ!!何考えてんだよ…友達には尽くす。それは間違ってない。でも、春咲さんのやり方は違う。

 

 なら…

 

「…いくらだ?」

「え…?」

「いちご牛乳、いくらだ?」

「えっと…九十円、です。」

 

 安。

 

 俺は振り返り、少し離れた席の拓に声を大にして話しかけた。

 

「拓!いちご牛乳飲まねぇ?」

 

 拓は少し驚いた表情でこちらを見た。先程春咲さんにいちご牛乳を注文した女子生徒二人も、綾小路達がいるクラスのトップグループも、俺の方を向いた。

 

 拓は一度困惑した様子を見せたが、直ぐにニヤッと笑い、俺にスキップをしながら歩み寄る。

 

「いいねぇ、いちご牛乳。おれも丁度飲みたいと思ってたところなんだよ。」

 

 そして俺の肩に手を回し、『なんか面白いそうなことが起きてんな。しょうがねぇ、乗ってやるよ。』と呟いた。

 流石は我が悪友。この借りはちゃんと返すからな。

 

「え?え?」

 

 春咲さんは状況が理解出来ないようで、俺と拓を交互に見る。俺は春咲さんに視線をずらした。

 

「春咲さんもどう?いちご牛乳。行くんなら、一緒に買いに行かね?」

 

 と俺。

 

「春咲さん何気におれと話すの初めてじゃね?」

 

 と拓。

 

 春咲さんは再び俺と拓を交互に見つめ黙って頷き、顔を伏せた。

 鼻水を啜るような音が聞こえて、肩が震えていたのは、気のせいということにしておこう。

 

 俺達童貞は、女の涙の対処法を知らないのだ。

 

 

 

 ****

 

 

 

 当たり前のことながら、俺達三人はいちご牛乳買いに行っている間にチャイムが鳴ったので遅刻扱い。

 春咲さんがパシリにされている分のいちご牛乳は、俺達三人で割り勘した。

 

 別に春咲さんが付いてこなくても良かったのだけれど、俺達だけで行ってしまったら春咲さんは女子生徒二人の言う事を放棄した事になる。

 最初の俺の説得も無駄だったことから、春咲さんはかなりあの二人に苦手意識を持っているのは間違いない。仮に俺達だけで行ってしまえば、春咲さんが俺達に媚びを売ったと糾弾されるだろう。

 だからこそ一緒に行くという手段を取った。

 三人で行けば遅刻したとしても罪悪感はそれなりに薄れるだろうしな。

 

 なにより、朝のホームルームをしている担任の目の前で、俺と拓が春咲さんをパシリにした女子生二人に渡した時の奴らの反応…!

 担任に春咲さんや俺達をパシリをした事がバレないか不安そうな顔は傑作だったぜ。

 

 しかし、いちご牛乳ってのはあんまり美味いもんじゃねぇな。

 俺と春咲さんはチュウチュウといちご牛乳を飲み始めた。

 

 

 なにしてんだろ、俺。

 

 冷静になって考えてみれば、高校二年の六月。春咲さんがパシられてる事はもっと早く気づけたはずだ。なのに俺は今日の今日まで彼女がパシリにされている事を知らなかった。いや、無意識に見て見ぬ振りをしていたのかもしれない。

 

 俺はなに突然良い奴気どってんだよ…。

 

 

 

 

 昼休み。俺の席で拓は弁当箱を広げた。

 俺は楓の作った卵焼きを口に放り込む。ほのかに甘くて口当たりの良い柔らかさ…ううむ、また腕を上げたな。流石は我が妹。

 

「なぁエータロー。」

「んだよ。卵焼きはやらんぞ。ちなみにミニトマトもだ。添えるだけだとしてもこれには楓の愛情が…」

「ちげぇよ。突然どうしたんだって聞こうと思ったんだよ。」

「はぁ?」

「春咲さん。別に今日特別パシられてた訳じゃないでしょ。面倒な事は見て見ぬ振りをするのが、俺達だろ?」

「お前も協力してくれたじゃねぇか。」

「お前がやるって言うからな。断る理由がない。」

 

 拓はウィンナーを口に入れた。俺はほうれん草のおひたしを口に放り込み、シャキシャキという音と共に口を開く。

 

「普通に春咲さんをパシリにする奴らにムカついた。それだけだ。」

「惚れたか?」

 

 拓の小馬鹿にするような声。俺は鼻で笑った。

 

「バカ言うな。…ところで、当の春咲さんはどこいるんだろうな?」

「ん?」

「いや、席は隣だけどさ、春咲さん昼休みになるといつも居ないじゃん。どこで飯食ってんだろって。」

「ははぁ〜ん。」

「なんだよ。」

 

 こいつさっきからあらぬ勘違いをしてねぇか。さっきのさっきで関わった相手に少しくらい興味を持ったって不思議じゃないだろう。

 

「まぁ、由奈ちゃんとは全くと言っていいほど真逆のタイプだけどな。」

「はぁ…。」

「いや、悪かったって。そうだ、飯食ったら春咲さん捜索隊でもやるか?」

「ストーカーかよ…。」

「探すだけだって。クラスの地味目の女の子が無人の教室で実は…みたいな展開があるかもしれねぇだろ?」

 

 想像力豊かで十分よろしい。『よしきた』と弁当箱をまとめ始めた拓は、コンマ一秒で『あっ!』と声を出した。

 

「どうした?」

「昼休み委員会の集まりがあるんだ!!わりぃ、お前一人で行ってくれ!」

「お前が行かないならやんねぇよ。」

「行けよ。どうせ暇だろ?」

「どうせってなんだ、どうせって…。」

「いいから、いいから!!ほら途中まで一緒に行こうぜ!」

 

 俺は拓に背中を押され、教室から廊下へ足を踏み出した。廊下は教室より気温が高く、とてもじゃないが長居はしたくない。

 まぁどうせ教室に戻っても拓が居ないんじゃしょうがないしな。

 

 拓を会議室まで見送ると、俺は足を進ませた。

 

 

 大ノ宮高校は基本的に屋上が開放されており、昼休みや放課後には自由に入ることが出来る。…が、屋上が開いているとなればやはり人は集まるものだ。

 基本的に屋上はやかましく、アニメや漫画のように屋上で昼寝など出来ようにない。

 

 屋上に到着したが、やはりただ騒がしいだけで辺りを見渡しても春咲さんの姿は無かった。

 そもそも春咲さんは大人しい子だし、こんな所で食べないか。

 

 俺が目を向けた先にあったのは、屋上の端にささやかに備え付けられている用具倉庫だった。

 俺は何となく用具倉庫の後ろに回り、大きくスペースになっている場所に目を向けた。

 

「あ。」

「…櫻葉…くん?」

 

 いた。

 用具倉庫の後ろ、制服のセーラー服の春咲さんは、正座した太ももの上に弁当箱を開いていた。

 肩ほどまで伸びる真っ黒な綺麗な髪は、顔を隠しているのか目にかかる程長く、特徴的な丸眼鏡の中に突如として現れた俺に驚く春咲さんの瞳が見えた。

 

「お、おっす。」

「おっす…です。えと…どうしたんですか?」

「あぁ…いや、えと…」

 

 な、なんて答えればいいんだ?『君を探してたんだ!』露骨すぎる。それに理由もなく人を探す理由もない。ストーカーだと間違えられるに決まってる。

 

「えーと、いつも昼休みに教室にいないから、どこで食ってんのかなーって。」

「なるほどです…んしょ…。」

 

 春咲さんはお尻を動かし、俺の座るスペースを空けてくれた。長居をするつもりは無かったが、取り敢えず春咲さんの隣に腰をかける。

 春咲さんは空を見上げた。俺も少し遅れて空を眺めるが、特に鳥や飛行機が飛んでいる訳ではなかった。何見てんだ?

 

 取り敢えずなんか話しかけてみるか…

 

「さっきは大丈夫だったか?」

「はい。」

「いつもあんな感じなのか?」

「はい。」

「困って…ないか?」

「はい。」

「春咲さん恋人は?」

「いません。いたこともありません。ごめんなさい。付き合えません。」

「なんも言ってねぇけど!!?」

 

 何故か振られてしまったが、ちゃんと聞いてくれているようだった。

 返答が全部同じ肯定だったからワンチャン無視されてんのかと思った。

 

 やめてよ。陰キャは自意識過剰な生き物なんだよ。『あれ?俺嫌われてる?』って簡単に思っちゃう生き物なんだよ。

 

 女の子のトリセツを歌った曲があった気がしたけど、これは陰キャのトリセツも誰か歌ってくれねぇかな?

 

 ……誰が聞くねん、そんな根暗歌。

 

 拓がいるならここで話題が続くのだろうけど、生憎二人きりだと俺には話す話題はない。俺はコミュ障なのだ。女子と二人きりで話せる内容など知らん。

 

 …綾小路と付き合ってた頃は、どんな話をしてたっけ?

 

「櫻葉くん。」

「ん?どうした?」

「さっきはありがとうございます。嬉しかった…です。」

「お礼は何度も聞いたよ。もういいって」

「そうでした。ごめんなさい。」

「いや謝らなくても…。」

「そうですね…ごめんなさい。」

「いやあの…謝られるとこっちが申し訳なるって言うか…。」

「ごめんな…むにゅ。」

 

 また謝りそうだったので俺は春咲さんの柔らかいほっぺたを両手で挟んだ。

 

 おぉ…めっちゃほっぺた柔けぇ。

 

 『しゃくらばくん!』という唸り声が聞こえる。

 

「だから謝るなって。いいか?これが終わっても謝るなよ!?」

 

 『ん〜、ん〜!』という声だけが聞こえる。何を言ってるかは全然わかんない。

 

 離してやろうとも思ったが、春咲さんのほっぺたの柔らかさに感動した俺は、横や縦に春咲さんのほっぺたを引っ張る。ブルドッグっていう遊び昔あったよね…。

 『んんんんんんん!!んんんんんんんん〜!!』という声。春咲さんが何を言いたいか大体分かってきた。多分今のは『櫻葉くん、離してください〜!!』だ。

 

 可愛らしいタコのような顔を見ていると、春咲さんが泣きだしそうになっていたので俺はすぐに離した。

 

「ひどいです…。」

「悪かったって。」

 

 しばらくの沈黙。春咲さんは生姜焼きを口に放り込むと、弁当箱をまとめ始めた。俺は口を開く。

 

「いつも一人で食ってんのか?」

「はい。」

「友達はいるんじゃなかったのか?」

「迷惑をかける訳にはいきませんから。」

 

 迷惑をかけるのが友達だろ。

 

 俺はなんで…春咲さんにこんなにこだわってんだ…。

 今までは別にこの子の事なんて気にしたことなかった。いつも黙って勉強してて、休み時間には本を読んでて、昼休みには居なくなって屋上の用具倉庫の裏で昼飯を食ってる。

 

 言ってしまえばただのボッチだ。俺が気にかけるような存在じゃあない。

 

「なぁ、少しめんどくさい話していいか?」

「え…えと、どうぞ。」

 

 遠慮気味にいう春咲さんを横目に、俺は口を動かし始める。

 

 あれ?

 

「俺さ、一年の春休み前に彼女に振られたんだよ。知ってるだろ?今同じクラスの綾小路由奈。…あの子と付き合ってた。けど振られた、結構あっさりしててさ…『他に好きな人が出来ちゃった』だってさ…。」

 

 おい、何話してんだ俺。春咲さんに話す内容じゃねえだろ。

 

「結構ショックだったよ…。初めてできた恋人に振られるって…。本気で好きだった…本気で幸せにしようと思った…本気で、あの子の理想になろうとしてた。」

 

 おいやめろ。話すな。

 

「けど…綾小路の理想は俺じゃあなかった。…あの子の理想は俺の知らない所で出来ていて、俺は理想にはなれなかった。」

 

 自嘲気味に空を見上げ、春咲さんが見ていた空に視線をずらす。

 雲はひとつも見当たらず、俺はお天道様に自分の情けない顔を見せつけていた。

 口だけが勝手に動き続ける。

 

「だっせえよなぁ!春休み前だぜ?もう三ヶ月近く経つのに、あの子と付き合ってた時間を忘れられない。写真も、思い出の品も、何も消せない…!!」

 

 何故か涙が溢れてきた。泣くな櫻葉栄太郎。女の子の前だぞ…拓にも、楓にも涙なんて見せなかったろ。泣くな、泣くな、泣くな。

 

「もう綾小路が俺に笑いかけて来ないって思うと…胸が痛くて…っ!…今でも好きなんだ…。情けねぇなぁ…未練ありまくりじゃねぇか。強がって、無理して笑って…ほんと、馬鹿だよな…俺って…。くだらねぇよな。…うっ…うぅ…。」

 

 自分の前髪を勢いよく掴んで、俺は顔を伏せた。春咲さんに涙を見られたくなかった。

 春咲さんは何も言わなかった。呆れているのかもしれない。顔を伏せている俺を嘲笑っているのかもしれない。

 

 

 

 ────春咲さんの、声が聞こえた。

 

 

 

「私は、凄いと思います。」

「…え?」

「大切だからこそ忘れられないんだと思います。ほんとに好きだったから忘れられないんだと思います。思い出が大事だから、忘れられないんだと思います。そんなに人を想える櫻葉くんは、ホントに素敵だと思います。」

 

 見ると、春咲さんは躊躇いながらも俺の肩に手を置いてくれた。その手は制服越しでもとても暖かくて、柔らかくて、優しさを感じた。

 春咲さんは淡々と続ける。

 

「そういう気持ちって、とっても大切だと思います。私は、そんな櫻葉くんを尊敬します。とっても…だから…」

 

 

「くっ…うぅ…ああ…ぐずっ…うぅ…!!」

 

 

 大粒の涙が、幾つも俺の目からこぼれ落ちた。

 何度袖で拭っても涙は止まらず、俺の瞳から溢れてくる。

 

 

「だから、涙を拭いてください。そして、ずっと笑っていてください。」

 

 

 いつまで泣いていたかは分からない。

 

 ただ、春咲さんが俺が泣き止むまで、俺の肩に手を置いていてくれた事は覚えている。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 

「予鈴ですね。大丈夫ですか?櫻葉くん。」

「あ、あぁ。ありがとう。もう大丈夫。」

「よかったです。」

 

 れ、冷静になってみとすげー恥ずかしい。ほぼ初対面(?)の女の子の前で大泣きとか、しかもそれが彼女に振られた話ってどんなだよ。

 

「櫻葉くん、立てますか?」

 

 春咲さんは俺に手を差し出してくれた。

 

「あぁ、ありがとう。うわ!!」

「きゃっ!!」

 

 俺が春咲さんの手を掴むと、春咲さんはそのまま俺の方に倒れ込んで来た。春咲さん!!力なさすぎ!!

 

 そして…春咲さんは、俺に覆いかぶさるように倒れ込む。

 

 ここここここ、これは世にいう床ドンと言うやつではないのか…!?

 って…。まじ?

 

 俺の横に落ちていたのは、春咲さんが掛けていた大きな丸眼鏡。

 

 そして俺は、俺に覆いかぶさる女の子の顔に視線をずらす。

 

 眼鏡の度のせいで小さく見えていたのか、綾小路に負けず劣らずの大きな瞳。

 長いまつ毛に近くでよく見ると分かるきめ細やかな肌に、引き締まった口元。

 長い前髪で隠されていた顔は、俺に覆いかぶさることで前に垂れ下がり、その顔を俺にあらわにしていた。

 

 “美少女”と言えるであろう春咲日向の顔が、互いの吐息がかかる程まで近くにあった。

 

「ごめん…なさい。櫻葉くん。」

 

「いや…こちらこそ…。」

 

 

 これはただの物語。

 

 

 彼女に振られた少年、櫻葉栄太郎と

 

 人と関わる事を恐れる少女、春咲日向が

 

 

 互いの傷を見せ合い、互いの心の溝を埋め合い

 

 

 互いを特別な存在と想いあうまでの…

 

 

 ただの物語だ。

 



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第二話 私とお友達になってくれませんか?

 春咲さんを助けてから、一日の時間が経過した。

 

 大ノ宮高校。普通棟三階。廊下。

 

 俺は横を歩く拓に向かって、淡々と口を開く。

 

「俺達の中には遥か昔から植え付けられた固定観念というものが存在する。その概念から外れて物事をみろと言われても、それは中々できることじゃあない。…と俺は思っちゃあいない。」

 

 拓は俺の話など聞かずに後ろをチラチラと確認しているが、俺はその方向へと視線をずらさない。

 俺は拓を横目で見たあとに、脚を進ませる方向へと視線をずらした。

 一度唇を舐め、俺は自論を続けた。

 

「物事の見方を一点に絞ってしまうというのも愚かだと言えるだろう。十人十色に千差万別。古来の人間が残した言葉を未来へ繋ぐために、俺達はもっと視野を広く持つべきだと思うのだが、どうだろう?」

 

 ちなみに十人十色と千差万別の意味合いは多分今俺が思っているものとは違う。多分。恐らく。きっと。

 拓は俺に視線をずらし、口を開いた。

 

「おめぇが何言ってるか分からないけどよー。」

 

 俺達は同時に後ろを振り向く。

 

「なーんで、春咲さんは少し離れた所からお前に付いてきてんだ…。」

「さぁ…。」

 

 俺達が振り向くと同時に春咲さんはビクッと体を震わし、足を止める。

 春咲さんは俺と拓の視線から外れようとあたりをキョロキョロと見回すが、廊下の真ん中で足を止めたので隠れる場所がない。

 

「こりゃなつかれたなお前。」

「そんなんじゃないだろ。もっと視野を広く持て。俺達と春咲さんの向かう場所が同じなだけだよ。次は移動教室なんだし。」

「いやお前…さっき言ったろ?お前がトイレに行く時、春咲さんフラフラしながらお前に付いて行ったんだよ。おれが止めなきゃあの子男子トイレに直行だったぜ?どこに男子トイレに向かう変態女子生徒がいるんだよ。おれは大歓迎だけど。」

「よく止める理性があったな。」

「てめぇおれをなんだと思ってる。一応清く正しい男子高生だぞ。」

 

 俺達は再び春咲さんの方に視線をずらす。春咲さんはその場でピタッと止まり、スっと俺達から視線をずらした。まるで最初から何も見ていなかったように、凛々しい顔で廊下の窓の外を眺めている。それがまた可愛らしくも面白い…が…。

 春咲さん…だるまさんがころんだをやってる訳じゃないんだよ。

 

 なんだ…春咲さんモジモジして。

 あっ、こっちチラッて見た。んでまた視線ずらされた。

 見た感じ、なんか話しかけたそうにしてるんだよなぁ。

 

「拓、先に行っててくれ。」

「お、行くのか?」

「あぁ。」

 

 俺は拓に移動教室の教科書を預けると、春咲さんに近づいた。俺より10センチほど背丈の低い春咲さんは、一度ビクッと身体を震わせ、恐る恐る俺に尋ねる。

 

「あの、なんでしょう。」

 

 いやこっちのセリフなんだけど…。

 

「えっと、春咲さん、どうしたの?」

「あ、あの…これ。昨日昼休みに櫻葉くんが落として行きましたから。」

 

 春咲さんがポケットから取り出したのは、俺のハンカチだった。黒と白の縞模様のハンカチで、綺麗に折りたたまれている。

 落としてたのか。

 

「ありがとう春咲さん!なんだよ、それならもっとはやく言ってくれればいいのに。」

「あ、ごめんなさい。ウザイですよね…。」

 

 春咲さんの表情が一段と曇る。や、やべっ。

 

「いや!ウザくない!!ウザくないから!!」

「ほ、ほんとですか?…よかった…です。櫻葉くんに嫌われなくて…。」

 

 え。何最後の…ちょっとやめてよ。

 清純な男子高生にそんな事言わないでよ。本気かどうかは知らないけど、そういう軽い一言が無数の男子を勘違いさせた挙句死地へと追い込むんだよ?

 

 それにしても。

 

 春咲さんは自分のズレた丸眼鏡を両手で直していた。

 この子、人の顔色伺ってんなぁ…。気持ちは分からないでもないけど、あんまり伺いすぎてもいいことはないぞ?

 でも、多分それだけ春咲さんは人に嫌われるのが怖いんだよな。もしかしたらそういうのに敏感な子なのかもしれない。

 

 昨日の昼休み。

 俺は綾小路に振られた事を涙ながらに春咲さんに話した。あの時の俺は、春咲さんに心を許していたのかもしれない。

 

 一方春咲さんの方も、俺が泣き止むまで肩に手を置いて隣に座ってくれていた。

 あの時の俺はすげーダサかったけど、春咲さんはそんなの気にしないで俺を慰めてくれてたんだよな。

 

 こういう少し暗い子でも、根はやっぱりいい子なんだ。話してみないと分からないって言うし…それに…

 

 

『ごめん…なさい。櫻葉くん。』

『いや、こちらこそ。』

 

 

 押し倒されて春咲さんの眼鏡が外れた時…いや、こう言ったら面食いだとか言われそうだけど、めっちゃ可愛かったしなぁ。

 

「なぁ、春咲さんってコンタクトとかにしないの?」

「コンタクト…ですか?」

「そう、コンタク…」「栄太郎君。」

 

 背中に声が掛けられた。高校二年生にしては幼いこの声…俺は咄嗟に振り向く。

 クリクリした大きな瞳。フワッとしたショートカットに、ニコッと笑みを浮かべた低い背丈の女子生徒。

 

 《元カノ》、綾小路由奈が立っていた。

 

「綾小路…。」

「やだなぁ栄太郎くん。付き合ってた時みたいに由奈でいいよ。今更呼び名変えるのめんどくない?」

「そ、そうかな…。あはは。」

「由奈、どうしたの?」

 

 綾小路の後ろから彼女の名を呼ぶ声が聞こえた。

 おいおいマジかよ…。綾小路の後ろからゾロゾロとやって来くるのは、三人の男女。

 

 一人目。金髪に染められた髪は前髪が飴細工のように固めて上げられており、着崩した制服の下にはピンク色のパーカーを羽織っている。

 釣り上がった目尻は狐のように尖っている。

 

 名を《井出洋介(いでようすけ)》。

 

 二人目。この学校で最も綾小路と仲の良い女子生徒。髪は茶色に染められておりウェーブがかけられている。こちらもやはり目付きが悪く、短いスカートにでかい胸。《女王様》という固有名詞が似合いそうだ。

 

 名を《真宮愛華(まみやまなか)

 

 三人目。船戸森高校二学年スクールカースト第一位。誰にでも人当たりがよく、男女共に人気が高い。

 拓以上の爽やかな顔付きで、文武両道、成績優秀、眉目秀麗。人間を褒め称える四字熟語全てが似合うと心の中で勝手に解釈しているこの男。

 

 名を《十文字昴(じゅうもんじすばる)

 

 

 そして今の三人に加え、綾小路由奈。

 

 

 我がクラス二年A組のトップ集団の《十文字グループ》がこちらに近寄って来たのだ。

 

 ひぇ〜、俺、綾小路以外のこいつら苦手なんだよなぁ。

 

 春咲さんは俺の両肩を掴みながら後ろにサッと隠れた。確かに春咲さんもこのグループ苦手そうだな。

 しぁねぇ…春咲さんも怯えてるっぽいし、さっさと終わらせて…

 

「あれ!?由奈っちの元カレ、櫻葉くんじゃ〜ん!」

 

 …っ!!

 

 井出の声が聞こえた。決して悪気があって言ったわけでは無いだろうが、一瞬だけ体が軋む。

 すると井出の隣にいた真宮がその言葉にいち早く反応し、井出をひと睨みした。

 

「井出マジそういうのやめろ。由奈が可哀想じゃん!」

 

 俺じゃねぇのかよ、クソビッチが。

 

 俺は十文字に視線をずらした。

 

 すると十文字も何故かこちらを見ていたようで、視線どうしがぶつかり合う。

 俺の視線に十文字は気づくと、奴は俺に微笑んだ。俺も苦笑で返す。

 なんで俺を見てんだ?

 いや、十文字が見てたのは俺じゃなくて…。

 

 俺は自分の背中にピタリとくっつく子を見た。

 

 この子(春咲さん)か?

 

 

「んで、なに?綾小路…。」

 

 俺は綾小路に向かって言った。向こうから話しかけてきた訳だし、用があるなら早く済ませて欲しい。

 

 綾小路だけなら全然構わない、って言うかむしろOKだが他の奴らは苦手なのだ。

 もうね。ちょっとジャンプしてみろなんて言われたら喜んで飛んじゃうよ?

 それとリア充オーラプンプンだし。リア充死ね。

 

 綾小路は唇に手を当て、『んー』と言った。

 綾小路は俺の方を向き、ニッコリと笑った。一歩二歩と俺の前まで近づき、俺と春咲さんを交互に見る。

 綾小路口を開いた。

 

「なんで栄太郎君と春咲さんが一緒にいるのかなって。」

 

 …?

 

「なになに、由奈っち、嫉妬してんの!?」

 

 井出が綾小路を茶化すように言うと、綾小路は顔を真っ赤しにして大きくかぶりを振った。

 

「い、いや!!そんなんじゃないって…私から振ったのに、嫉妬とかって出来る立場じゃないけど…なんだか気になっちゃって…。」

 

 まじで?嫉妬してんの?

 いやいや、騙されるな俺。そんな訳ないだろ。

 拓にも言われてきただろ。俺は振られてんだ…。

 

「ねえ、どうなの栄太郎君?」

「え、ええと。」

「付き合ってないよ。」

 

 そう答えたのは、俺でも春咲さんでも無い。

 答えたのは一歩後ろで俺達の会話を聞いていた、このグループの中心人物、十文字だった。

 十文字は俺達のの近くに寄ってくる。

 

「櫻葉と春咲さんは付き合ってない。でしょ?櫻葉。」

 

 十文字は爽やかな笑顔を俺に向けてくる。

 俺は黙って冷や汗をかきながらコクリコクリと頷いた。なんでこいつが答えたのかは知らないけど、なんだ助かった気がする。俺は視線を直ぐに十文字から綾小路にずらした。

 綾小路は俺と目が合うと、視線をずらし、頬を赤らめながら言った。

 

「へぇ、そうなんだ…。付き合ってないんだ…。ふふ。」

 

 おいおい、なんだよその顔。もしかしてまだ…

 

 まだ…未練とか残ってたりすんのかな?

 

「じゃ、じゃぁ悪いけど…俺達行くわ。行こうぜ、春咲さん。」

 

 春咲さんは俺の制服をぎゅっと掴んだまま、コクリと頷いた。

 十文字グループの間を通り抜け、俺達は移動教室へと向かった。

 

 

 

 俺はもうその場に居なかったので、どんな会話が繰り広げられていたかは知らない。

 こんな会話が繰り広げられていたなど、知る由もなかった。

 

「ねぇ由奈。櫻葉の奴、まだあんたに未練残ってるっぽいけど?」

 

 真宮が綾小路の肩に手を置き笑いながら聞く。

 綾小路は俺と春咲さんの背中を見つめながら、こう答えた。

 

「……どうして?」

 

 綾小路の目に光は灯っていない。どこか黒く濁っており、『どうして?』という返答は、真宮が問いかけた質問の答えではなかった。

 

「え?…いやだから、アイツまだ未練が…?」

「……私のはずなのに…」

 

 より冷ややかな声が綾小路の口から発せられる。真宮はそっと綾小路の肩から手を外し、彼女の顔を覗き込んだ。

 恐る恐る真宮は尋ねる。

 

「由奈…なんか怖いよ?」

 

 ようやく真宮からの問い掛けに気付いたのか、綾小路の目は直ぐに光を取り戻し、視線に真宮を捉えた。

 ニコッといつもの可愛らしい笑顔を向け、顔の前で両手を合わせながら真宮に言う。

 

「…え?あぁ、ごめん!ちょっとボーッとしてた!」

「そ、そうだよね。なんか怒ってるのかと思った。」

「怒ってなんかないよー!」

 

 そんな会話が繰り広げられていた横で、井出が十文字に口を開く。

 

「ところで昴っち。なんで櫻葉くんと日陰姫が付き合ってないってわかったんだよ。」

「わかるでしょ雰囲気で。多分普通に友達同士だと思うよ。それと…」

 

 十文字の目は、先程の綾小路と同様に光を失った。

 まるで感情などどこかに捨てて来てしまったかのように、冷酷で、残酷な視線を井出に向けた。

 

「春咲さんのことを日陰姫って呼ぶのはやめろ。」

 

 井出は十文字の目に映った自分の驚いた表情をみて、無意識に一歩下がった。冷や汗をかきながら、十文字に聞く。

 

「す、昴っち…怒ってる?」

「あはは。いや、ただそういう悪意のあるアダ名はやめろってことさ。ゴメンな、強い言い方して。」

「あっ、いや俺が悪かったっつーか…。」

 

 そうだ…こんな会話があったなんて、俺は知らなかったんだ。

 

 

 

 ****

 

 

 

「おぉー!!めっちゃいいところジャーン!!」

 

 昼休み。昨日春咲さんが食べていた屋上の用具入れの後ろに、今日は拓を呼んだ。

 用具入れの後ろに隠れているスペースは屋上のどの位置からも死角になっているにもかかわらず、時間によっては日差しがよく当たり気持ちがよい。

 

 たしかにいいところだ。俺は学校に秘密基地ができた気分になった。

 しかしここは本来は春咲さんのいわばプライベートスペース。簡単に立ち寄っていいものなのか…。

 俺は聞いてみることにした。

 

「でも、いいのか春咲さん。俺達までここ使って。」

 

 春咲さんは遠慮気味にそっと呟いた。

 

「うん。二人は優しいですから…。それに…『お弁当一緒に食べる?』って聞いてきてくれた時、嬉しかったんです。えへへ…。」

 

 春咲さんの可愛らしい笑顔に、俺と拓の頬も緩む。俺と拓が互いの頬を引っ張り合いだらしない口元を直したところで、俺は言った。

 

「そっか。んじゃ、食おうぜ二人共。」

「よし来た!!」

 

 俺たち三人は向かい合うように地べたに座り、弁当箱を開いた。

 

「おい、エータロー!卵焼きくれ!!」

「断る!!これは我が妹楓の愛情が含まれているのだ!」

「うっわー、聞いてくれよ春咲さん!こいつシスコンなんだ…ぜ…。」

「おい、変な事を教えるのはやめろ。俺はシスコンじゃねぇ、ただ妹が好きなだけ…さ…。」

 

 俺と拓が同時に春咲さんを見る。…なんで?

 

 彼女の瞳からは一筋の涙が流れていたのだ。

 俺と拓の顔はふざけた顔から一瞬にして焦りの顔に変わる。

 

「春咲さん!!?どうしたんだ春咲さァァァァァァん!!!」

 

 俺はほぼ叫び声のように春咲さんの名を呼んだ。

 

「エータロー!!てめぇがシスコンだから春咲さんが泣いちゃっただろ!!」

「シスコンだと泣かれるの!?」

「ち、違うんです!」

「「え?」」

 

 俺と拓は同時に情けない声を出す。春咲さんは瞳から零れ落ちる涙を拭きながら答えた。

 目は軽く腫れており、『ひっく、ひっく』と涙混じりの嗚咽も聞こえる。

 

「櫻葉くんがシスコンだから泣いているんじゃないんです。…ぐす…」

「え?じゃあエータローの何が気に入らなかったんだ?」

「おい。なぜ俺に原因がある言い方をする。」

 

 いや、それに仮に俺がシスコンで泣かれたら俺はこれからどうやって生きていけばいいんだよ…。

 

「私…うぅ…誰かと一緒にお昼ご飯食べるの、ホントに久しぶりで…。ひっく。」

「私…こんな性格ですから…高校も誰とも馴染めなくて…いっつも変にいじられて…っ!優しくしてくれる人がいても…自分がいい様に利用されてるだけなんだって気付いて…!!その度に心が痛くなって、私に心から優しくしてくれる人なんて…今までいなくて…!!私なんていない方がいいのかなって…何度も、何度も思って…!!」

 

 その涙と春咲さんの気持ちを聞き、俺は悟った。

 

 

 ────あぁ…そうか。

 

 

 似てたんだ。俺と春咲さんは。

 過程は違えど…。いや、俺なんかより春咲さんの方が辛いのかもしれないが…この子は、寂しかったんだ。

 

 大切にしてた人から突然別れを告げられて、それで心の穴を埋めようとしても上手くいなくて…、自分が嫌になって…。

 

 

 ────ずっと…寂しかったんだ。

 

 

 だから俺はこの子を助けようと思ったんだ。

 この子に腹割って話そうと思ったんだ。自分と似た境遇の女の子がすぐそばに居たから、俺は手を伸ばしたのだ。

 

 

「それでも、二人はこんな私を助けてくれて…。偽りのない笑顔で話しかけてくれて、手をさし伸ばしてくれて…!!本当に…本当に…」

 

 

 

「本当に、ありがとうございました!!」

 

 

 

 春咲さんは眼鏡を外して涙を制服の袖でゴシゴシ拭いた。

 泣いている女の子かが可愛いと思ってしまうのは、男の悲しい習性なのだろうか…。

 拓は『おぉ』と声を出す。

 

「おい、春咲さん眼鏡外すと可愛いな。」

「…」

「エータロー?」

「…え、なに!?」

「おい、お前…まさか。」

 

 春咲さんは立ち上がった。

 

 俺達を数秒見つめたあと、手を出しながら頭を下げる。

 

「私と…お友達になってくれませんか?」

 

 …いや…。

 

 俺と拓は顔を見合わせ、笑った。

 

 春咲さんはなぜ笑っているのか理解出来ない様子だった。

 俺達は春咲さんに習って立ち上がり、春咲さんの手を俺が握ると、その上から拓も手を握る。

 

 俺はより一層強く春咲さんの手を握りながら言った。

 

「友達は頼んでなるものじゃないぜ?今みたいにさ、腹割って話せるのが、友達なんだよ。」

 

 拓は続けた。

 

「そうだそうだ。同じ場所で飯を食えば、それはもう友達だぜ」

 

 春咲さんは顔を上げ、俺たちを見つめた。

 俺達が握った手の上に更に自分の手を置いて、今まで見せたことのないような笑顔を向けた。

 

 

「はい!お友達です!」

 

 

 春咲さんの笑顔を見て、俺は顔が熱くなったような気がした。多分この熱は春咲さんが泣いたことに焦ったせいだと思う。

 俺は視線を感じたので拓に顔を向ける。

 

 ゲス顔でニヤついた拓の視線が俺のニヤケ顔を捉えていた。

 

「いやぁ!!アオハルかよぉぉ!!」

「なんだよそれ!」

「え?どういう意味ですか?市山くん。」

「そんな事はいいって、お前ら飯食おうぜ。」

 

 俺達は再び座り、春咲さんは昼飯を口に放り込んだ。

 

「なんだかご飯がしょっぱいです。」

 

 春咲さんは白飯をモキュモキュと頬張りながら言う。

 

「いや…涙拭けよ春咲さん。いやぁそれにしても、春咲さんが学校で泣くとは思わなかったぜ。な、エータロー?」

「お、おう。」

「櫻葉くんも昨日泣いてました。」

「マジで!?詳しく聞こうか。」

「やめろ!!」

 

 

 この関係が、いつまで続くかは分からない。

 

 高校で終わってしまうかもしれないし、それ以降も続くのかもしれない。

 

 こんな時間は…いつまでも続かないない。この二人とも、別れの時は来るだろう。

 

 初めての彼女に振られて出来上がったこの関係。しかし…

 

 俺はこの馬鹿みたいに笑い合える関係を、後悔することは無いはずだ。



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第三話 栄太郎の勇気

 風を切る音と共に、俺は朝の住宅街に自転車を走らせた。

 

 やっべぇ。これ急がない遅刻だぞ…。

 楓の野郎…今日朝早く出るなら昨日のうちに言ってくれよ!

 なんでテーブルの上の置き手紙に『今日早いから早く起きてね!!』って書いてんだよ、誰に向けて書いたものなの!?それ書いた時俺寝てたろ!?

 でも可愛いから許しちゃう!あぁ神よ…慈悲深い我を許し給え。

 

「エータロー!」

 

 聞き慣れた声の方向に視線を送ると、数十メートル先の住宅街の十字路にスクールバッグを背負った拓が手を振ってる姿が見えた。もう六月で衣替えの季節に入っており、拓は学ランを羽織っておらず長袖シャツをまくっていた。ちなみに俺もそれと同じ格好である。

 俺は拓の前まで移動すると自転車を止めて、あからさまに大きな溜息をついた。

 

「拓がいるってことは…遅刻か…はぁ。」

「まだ確定じゃねぇよ!そういう言い方やめろ!…てか、後ろ乗せろ!!そして走れ!」

「バカ言うな!二人乗りしたらスピード出ねぇだろ!てめぇが遅刻しろ変態大魔王!!」

「はーはっはっはっ!!!ならエータロー、てめぇからこのチャリを奪っておれが遅刻を免れる!!」

「お前もう数え切れないくらい遅刻してんだから大丈夫だろ!!」

「数え切れない?ふっ、笑わせてくれる!!まだ二十四回目だ!!」

「数えてんの!?遅刻の回数数えてんの!?」

 

 朝っぱらから喉を酷使しながら今世紀最もくだらないであろう言い争いを拓としていると、俺達の少し後ろから一つの足音が聞こえてきた。

 その足音は俺と拓に確実に迫り、俺達と足音の主との距離は五メートルを切った。

 しかし俺達は気付かない。忍び寄る大悪魔の足音に…。

 

 その足音の主は俺達の真後ろで立ち止まり、俺の可愛いケツに向かって…。

 

「チャリよこせ!!魔法使い予備軍共ォ!!」

「痛ぁい!」

 

 容赦のない蹴りを入れた。

 俺は蹴られた勢いで拓と衝突。絡み合った俺達はその場に力なく倒れ込む。

 俺達は倒れ込んだまま、俺に蹴りを入れた人物を睨みつける。

 

 茶髪を黒染めした結果出来た、血のように赤黒いウェーブのかかったロングヘア。学校指定の夏のセーラー服にのリボンは外されており、胸元がポッカリと見える。

 無数のキーホルダーが付いたスクールバッグを肩にかけて、短いスカートにやたらでかい胸、そしてムカつく程整った顔をニヤつかせた女子生徒。

 

 男勝りの言葉遣いにでかい態度、こいつは…。

 俺は口を開く。

 

「てめぇ、《菜月(なつき)》…!」

 

 我らがクラス二年A組の問題児であり、俺と拓の中学時代からの同級生、《菜月陣子(なつきじんこ)》が倒れた俺の自転車にまたがった。

 

 菜月はニヤケ顔で、ハスキーボイスの口を開いた。

 

「おはよう、櫻葉、拓ぅ!この自転車あたしが使うからよろしく〜!あっ、自転車の鍵は学校で返すから〜!」

 

 言いながら菜月は俺の自転車を白昼堂々とパクり、俺達に反論の余地も与えず学校に向かって自転車を走らせた。

 俺と拓は菜月の背中を眺め、そして…

 

「俺の自転車ァァァァ!!」

 

 拓の涙混じりの叫び声。

 

「俺のだよ!!」

 

 櫻葉栄太郎。市山拓。本日も仲良く元気よく、遅刻。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

「「はぁァァ!!」」

 

 遅刻をした朝のホームルーム後、俺は自分の顔を机の上に置いていたリュックサックに倒した。

 俺の前の席に座っている拓も、同じような溜息をつく。

 今日は自転車に乗っていれば防げたはずの遅刻だった…。畜生あのビッチ絶対上履き隠してやる。寝てる時にマッキーペンでホクロひとつ増やしてやる…。

 

「あの、櫻葉くん、市山くん。おはよう…です。」

 

 春咲さんの声が俺の耳に届いた。俺は視線を隣の席に向ける。

 いつもの目にかかる程長い前髪を鬱陶しそうに弄りながら、小さな顔に見合わない大きな丸眼鏡を直している春咲さんの姿があった。

 俺は片手を上げて挨拶を返す。

 

「おう。おはよう。」

「遅刻してました。」

「こいつのチャリがパクられたからなぁ。」

 

 拓が俺を指さすと、春咲さんは少し驚いた表情を見せた。焦った口調で話を進める。

 

「え?そ、それって大丈夫なんですか?警察に。」

 

 やべ。なんか勘違いしてるっぽい。拓もそれに気づいたのか、直ぐに訂正する。

 

「あぁいや、多分そろそろあのクソビッチが鍵を返しに…」「誰がクソビッチだ。腐れ童貞」

 

 突如と現れた菜月に後ろから後頭部を殴られた拓は、産まれたての赤ん坊のように首が大きく揺れ、机の上に頭を力なく落とした。

 

「拓ぅう!!」

「うるさいな、朝っぱらから。ほら、鍵返しに来たよ。」

 

 菜月は親指と人差し指で俺の自転車の鍵をプラプラ揺らしながら俺に渡してきた。俺は鍵をひったくるように取り返し、言う。

 

「てめぇのせいで俺達は遅刻したんだからな。なんか奢れ。」

「やだよ。そんなお金ないし。いーじゃん、中学時代からの付き合いのよしみとしてさ!!」

 

 深見は八重歯を出してニヤッと笑う。普通に見れば美人なんだけどなぁ…。拓も普通に見ればイケメンだし…。そういや春咲さんも眼鏡外せば美人だし…。

 

 …あれ?なんか俺…ハブ?

 

 いやいや、待て待て。もしかしたら俺だって?ほら、あれだよ。前髪を上げたらカッコイイみたいな奴?

 

 …。  

 

「誰がブサイクだこの野郎!!」

「突然どうした!?何も言ってなくね!?」

 

 …おや?

 

 俺は自分のシャツが掴まれるような感じがした。振り向くと、いつの間にか席に座っている俺の後ろに春咲さんが隠れるように居たのだ。春咲さんは菜月を警戒するようにじっと見つめ、菜月と目が合うとビクッと体を揺らし俺のシャツを握る力をギュッと強くした。

 俺は視線を春咲さんにずらして言う。

 

「春咲さん。大丈夫だよ。こいつは危なっかしいけど悪い奴じゃあない。十文字グループとはちげーよ。」

 

 十文字グループも別に悪い奴らじゃねぇけどな。

 けれど十文字グループを春咲さんが苦手にしてるのは知ってる。

 

 そして目の前にいる菜月も十文字グループは嫌いらしい。見た目だけなら同じ人種だけどな…本人曰く、『見た目は百歩譲っても、あたしとあいつらじゃ根本は違う。』だそうだ。

 

 以前に何故そこまで十文字達を毛嫌いするのか聞いた所、『十文字みたいな誰にでも人当たりが良い奴は信用出来ない。本当に心を開いている奴がいる人間は、あんな芸当は出来ない。』と言っていた。

 

 菜月は俺の後ろに隠れ、おでこを俺の背中に置く春咲さんに視線を向けながら、笑いながら言った。

 

「おいおい櫻葉。お前浮気か?」

「いや陣子。こいつ別れたの知らねぇの?」

「え!?まじ!?ウケるんですけど!!ぷーくすくすくす!!」

 

 いつも間にか復活していた拓が菜月にその事を報告した後に、菜月は小馬鹿にするように俺を見ながら笑った。こいつら…!!

 

 拓と菜月は互いを名前で呼ぶ。俺は違うが拓と菜月は幼稚園時代からの付き合いらしい。

 家同士の仲もよく、俺が菜月と中学時代に知り合ったのも拓経由だ。

 

 って言うか…。

 

「てめぇ拓。人の別れ話を簡単にホイホイ喋んじゃねぇよ。」

「いいじゃねぇか!過去は水に流そうぜ!!」

 

 拓は俺の肩をポンポン叩く。俺は鬱陶しそうにそれを払った。

 

「お前が流してんのは水にじゃなくて、人にだよ!」

「ま、あたしはいい判断だと思うぞ。」

「いい判断つーか、こいつが振られたんだけどな。」

 

 俺は拓の肩を一発殴った。余計なことは言わなくていい。

 

 菜月は腰に手を当てながら横目で少し離れた場所で雑談をする十文字グループに目をやる。

 俺達三人もそれに釣られて、十文字グループの中にいる綾小路を見た。

 

「綾小路由奈。あいつなんか信用出来ないというか、あんまり良い目で見れないって言うか…。」

「なんでみんなそう言うかな。俺は付き合ってる時は楽しかったけど…。」

 

 俺は綾小路から視線をずらした。そっと伏し目になり、スマホの待ち受け画面の綾小路とのツーショットを見る。

 

 はぁ…俺の何がいけなかったんだろうなぁ…。

 

「あの、櫻葉くん…。」

 

 クイクイと俺の袖が引っ張られる。俺は春咲さんに顔を向けた。

 春咲さんは少しだけ焦っているようだった。

 

「どした?春咲さん。」

「あの…そろそろ一時間目が始まります。」

「一時間目ってなんだっけ?」

「美術です。」

 

 美術です。その言葉を聞いた途端に、春咲さん以外の俺達三人の顔が一気に青ざめる。

 見ると、先程までいた十文字グループの姿どころか、教室に残っているのは俺達四人のみ。

 全員が既に美術室に移動しており…そして…。

 

 

 キーンコーンカーンコーン!

 

 

「はしれぇぇぇ!!」

 

 俺は咄嗟に春咲さんの手を掴んで拓と菜月と共に走るが、時は既に遅く、俺達は一時間目も見事遅刻になった。

 

 はは…ハットトリック達成…。

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 見事一時限目の美術の授業に遅刻をした俺達は、担当教師からの注意を受けたあと、席に座った。

 

 今日の美術の時間の学習は、クロッキー帳に被写体になる生徒を描く授業だった。

 基本的に名前順で美術のある日には該当する生徒が机の上に置かれた椅子に座ってモデルとなる。そういや、今日のモデルは…。

 俺は恐る恐る隣を見る。

 

 

 ガタガタガタガタガタ!!!

 

 

 春咲さァァァん!!たけし!あの超有名フリーホラーゲームのたけしみたいになってるよ!!

 

「春咲さん。その調子で『お、おい。もう帰ろうぜ』って言って貰える?」

 

 拓がふざけた事を言うので背中を蹴り飛ばした。

 

「なんだか寒いわ。」

 

 その隣で菜月が言った。なんで再現してんだよ…。

 

「では、今日は春咲さん。上履き脱いで机の上に上がってくれる?」

「…っ!!…はい。」

 

 先生の合図を受けた春咲はゆっくりと机の上に上がった。クラス中から注目されるなか、春咲さんはオドオドしながら机の上に配置されている椅子に座る。

 

「早く座れよ、日陰姫。」

 

 …。

 

 春咲さんを小馬鹿にするような声が聞こえたので不意に辺りを確認したが、誰が言っているかは確認できなかった。

 いや、確認出来なくて良かったかもしれない。もし言った人間が分かったんなら、突っかかってたかもしれない。面倒事はゴメンだ。

 俺喧嘩弱いし。仮に俺の右斜め前に座っているか厳つい体型の男子生徒に俺が喧嘩を売ったものなら、『すすすすすずびばぜんでした。』、と床を舐めながら土下座するまである。いやほんとに。

 

 その後のスケッチは順調に進んだ…と思われた。

 美術の先生の一言で、クラスの空気が一気に変わる。

 

 くそ…マジかよ。

 

「皆さんごめんなさいね。私ちょっと職員室に行ってくるから、あと十分スケッチをお願いね!」

「うぃーっす!」

 

 十文字グループの一人、井出がスケッチの筆を進めながら答えた。しかし、警戒するのはこのクラスの筆頭の十文字グループのメンバーではない。

 

 十文字グループの中心人物十文字は人を貶めるような真似はしないし、それにくっついて行動してる奴らなら恐るに足らん。

 

 やべぇのは…、十文字グループのように堂々と振る舞えないもっと陰湿な奴らだ。

 

「ちょっと日陰姫!動かないでくれる〜?」

 

 一昨日春咲さんをパシリに使った、女子生徒二人組の一人だ。そしてその二人に加えて今回は三人追加。ちなみに今春咲さんは全くと言っていいほど動いていない。

 クソ、変な言いがかり付けやがって。

 

 こいつらも十文字グループ程ではないがかなりのスクールカースト上位陣。つまり…アイツらに口出しするのは誰であろうと難しい。

 平和な学校生活のために、そして自分のために。

 

 春咲さんは文句の声を聞くと、ビクッと体を震わせ恐る恐る答える。

 

「ほえ…え、えと…ごめんなさい。」

 

 春咲さんは少し困惑した様子で同じ姿勢を取った。姿勢と言っても、ただ座っているだけだが…。

 アイツら…変にいちゃもん付けやがって。

 

「あぁ〜あ!興ざめだわ!!」

 

 五人のうちのショートカットの女が言った。こちらも一昨日俺と拓に買ってきたいちご牛乳を渡されたコンビの片割れだ。

 スケッチブックを投げ出し、ヘラヘラ笑いながら春咲さんの方に視線をずらした。

 スケッチブックが音を立てて床に落ち、その音に春咲さんは身体を震わせた。

 クラスの連中がザワつく。

 

「日陰姫が動いちゃったせいでさ、スケッチ全部台無しなんだけど?」

「え…なんで…。」

「いや、なんでじゃないでしょ!あんたさぁ、被写体が動いちゃいけない事くらいわかんでしょ!?いっつもそこら辺の苔が生えた地蔵みたいに動かない癖に、こんくらいのことも出来ないのかなぁ!!」

「いや…私…動いてない…です。」

 

 未だに机の上の椅子に座っている春咲さんは胸元に手を当て、困惑気味に口を開いた。

 震えた声は、今にも泣き出してしまいそうな程弱々しい。

 

 横を見ると。拓と菜月も歯切れの悪い顔をしていた。

 

「いやいや、動いてたよ?ねぇ!?」

 

 後ろの取り巻き達に相槌の弁を求める。取り巻きの四人は「動いてたよね?」、「うんうん」という声を出す。

 なんだアイツら…イエスマンならもっとハッキリと口を動かせよ。

 

 心の中でしか口出しが出来ない俺は、やはり小物なのだろう。自分の存在意義なんてものは心得ている。

 『櫻葉?あぁ、そんな奴いたな。』 その程度に思われる様な学校生活を意識してきた。

 

 学校なんてのはクソッタレな社会の縮図だ。力のない者が口を出したところで、何も出来やしない。

 俺のような人間は、例えこんな状況だとしても、黙っていればいいだけなのだ。今までだって、そうして来た…。

 

 けどさ、やっぱり悔しいんだよ。

 目の前で泣きそうになってる女の子がいるのに、それを数人で寄ってたかっていじり倒して。

 それが終わればまるで最初から何も無かった様に振る舞うのは…胃がキリキリして堪らないんだ。

 

 小、中学の時もそうだった。

 今の春咲さんみたいな子に声を掛けようにも、俺はそれが出来なかった。

 笑って見ていた立場の分際で、どんな言葉もそれは偽善になる。

 その度に後悔をしていた。たった一回…たった一回だけでも、自己満な偽善な気持ちだったとしても、いじめられている子を助けていれば良かった、と。

 

 ────そんなクソみたいな後悔は、もうしたくなんだ。

 

「謝れよ。日陰姫。」

「え…。どういう…。」

 

 スケッチブックを投げ出した女子生徒が、机の上の椅子に座る春咲さんを見上げながら言った。

 酷く歪んだ顔だった。春咲さんを陥れようとするその顔は、とても見ていて気持ちのいいものでは無い。

 

「土下座だよ!土下座してここで謝れよ!!あんたが動いたせいで描けなくなったクラスメイトの前で、謝りなさいよ!!」

「そうだよ、謝りなよ!」

「みんな迷惑してるんだよ?」

 

 再びクラスがざわついた。隣にいる拓が俺に耳打ちをしてくる。

 

「おいエータロー、やばくねぇか?」

「…。」

「エータロー?」

 

「…っ」

 

 声にならない声を漏らした春咲さんはさらに顔を俯かせる。机の上の椅子から立ち上がり、膝を机に付けた。

 その場で少し春咲さんから躊躇いが見え、膝を付けた状態で制動。

 そして、春咲さんが自分に従う姿をみて拍車がかかった女子生徒が、声を荒らげた。

 

「早くしろよ!!このクソ陰キャが!!」

 

 あぁ…うぜぇ。耳障りだ。

 

 

 ────「人間相手にマウント取れて楽しいか?チンパンジーさん。」

「……は?」

 

 春咲さんをいじめていた女子生徒の素っ頓狂な声が、俺の耳に響いた。

 見ると、クラス全員の視線が向いていたのは春咲さんではなく、俺の方向だった。

 

 拓も、菜月も、十文字グループも、春咲さんも、俺の方を向いている。

 

「さ、櫻葉くん?」

 

 俺は俺の名前を呟いた春咲さんの方を見て、ニヤッと笑う。

 多分、悪い顔だ。

 

「てめぇ…櫻葉…!!」

「春咲さん、無視しろよ。少しでも動いたら書けなくなって『キーキー』喚く猿共に気ぃ使う必要はねぇよ。…あぁもしかしたら猿の方が利口かもな?」

 

 

 クラス中の空気が凍り付いたところで、俺は今無意識に出た言葉の失態に気づく。

 

 …。

 

 グッバイ。俺の平穏な高校生活。

 

 でもまぁ、後悔するのはあの女子生徒を言い負かしてからにするか。

 

 



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第四話 本当の友達は誰だ?

 俺の無意識に放った一言で、クラス中が沈黙に陥った。全員の視線が俺の方を向き、顔に驚愕の表情を見せる。

 そりゃそうだ。普段なら教室の端っこでヘラヘラしてる根暗生徒がスクールカースト上位の生徒に暴言を放った。もうね、これ天変地異レベルだからね?俺今世界ひっくり返してるからね?

 俺が言葉を放って十秒程経った今でも、クラス視線の的は春咲さんではなく俺に向いている事が目に見えて分かった。

 

 隣にいた拓が言う。

 

「エータロー、お前凄い事言うな…。」

「ふん。」

「でも、そういうの嫌いじゃねぇ。」

 

 拓はニヤリと笑う。そして、大袈裟に椅子に寄りかかりながら声を張り、殆ど笑いながら言った。

 

「いやぁ、猿にチンパンジーか!こりゃぁ今世紀最大の比喩表現だなぁ!」

「なっ…!!」

 

 春咲さんを馬鹿にしていた女が、顔を真っ赤にしながら悔しそうな声を上げる。

 そして、《猿》という表現がウケたのか、周りからは嘲笑とも取れる笑い声が響いた。

 

「調子乗ってんじゃねぇよ、クソ陰キャ共が!!てめぇらには話しかけてねぇだろ!!」

「なんだ?随分わめくじゃねぇか。図星か?」

「黙れ!!」

 

 俺の声に被さるように女子生徒は言った。

 すると、俺が反論したことに拍車がかかり、拓の隣にいた菜月が楽しそうに口を開く。

 

「なぁ、小村(こむら)。別に櫻葉と拓はあんたらに対して猿だなんて言ってないと思うぞ?なんだ?自意識過剰か?」

「はぁ…って、菜月…さん…。」

 

 俺達の取り巻きの誰かが言ったのかと思ったのか、女子生徒は最初は強気だったものの、自分よりカースト順位の高い菜月が話しているわかった瞬間『さん』付けの低姿勢かよ。

 

 てかあの女子生徒…小村って言うのか、別に覚えなくてもいいや。

 もう関わることもねぇし、関わりたくもねぇ。

 

 今この瞬間のみ、クラスの中で少数の対立ができた。

 

 春咲さんが座っている長机を挟んで、右側の俺達三人と、左側の小村率いる五人。

 小村は既に茹でダコのように顔を赤くして泣きそうな面をこちらに向けいる。

 取り巻き達は小村が押されている事に気付いたのか困惑するだけで、何も言わない。

 

 仮にこの喧嘩が問題になったら加害者として扱われるのは向こう側だ。それを見越してさも自分らが関わってないように見せかけるんだとしたら、俺はアイツらを褒めて称えよう。友達を見捨てた非情で残忍な生徒としてな。

 

 自分の取り巻きをギロりと睨んだあと、小村は俺達を指さしながらほぼ叫び声のように声を発した。

 

「大体あんたらなんなんだよ!!最近までは見て見ぬふりをして来たチキン野郎のくせに、一昨日から私達の邪魔しやがって!春咲!!」

 

 小村が春咲さんの名前を叫んだ。春咲さんは身体を震わせる。春咲さんもどうしたらいいのか、という顔をしながら小村の方に向いた。

 

「あんたはどっちなんだ!!私たちは友達だよなぁ!!それとも…」

 

 小村は再び俺達三人を指さした。発せられるのは先程までのような甲高い声ではなく、ほぼ怒号だ。喉も枯れてきているのか、しゃがれた汚い声が教室に響く。

 耳障りなことに変わりはない。

 

「あいつらが…、友達なのか!!!??」

「え…?…わ、私は…。」

 

 春咲さんが俺の方を見る。視線がぶつかり合った。俺、拓、菜月は春咲さんの目を見つめる。

 そして、春咲さんは小村の方を向いた。震えながらも、口を開く。

 

「菜月さんは…今日知り合ったばかりだけど…私を庇ってくれました…。とっても嬉しかったです。」

「はぁ?」

 

 小村の表情がさらに曇る。

 

「市山くんは…私を笑わせてくれます。ちょっとだけ、 …えっちで頼りない所もありますけど…彼はとても、心が広い方です。」

「何言ってんだよ…あんた!!」

 

 小村は後ずさりをする。意識的にか、無意識にかは分からない。一歩、また一歩と後ろに下がる。

 春咲さんは自分の胸に手を置き、涙を我慢した赤い目で小村を睨みつける。

 

「櫻葉くんは…いつも私に優しくしてくれます。あなた達から私を守ってくれました…、私に手を差し伸べてくれました…。私を…“ほんとの友達”にしてくれました!!」

 

 春咲さんは『すぅ』と息を吸った。

 そして、これまでにない程大きな声で、小村に向かって叫んだ。

 

 

「私のお友達は櫻葉くん達です!!あなた達ではありません!!」

 

 

 『おぉ』という声が辺りから聞こえてくる。『やるじゃん』、『素直な子だなぁ』という春咲さんを褒める声が聞こえてくる。

 俺達三人は顔を見合わせて軽く笑った

 

 

 そして、叫ばれた当の本人小村は…ギリッという歯ぎしりと共に、怒りに満ちた顔を剥き出しにしながら、先程の春咲さん以上の声を上げる。

 その声はまるで耳元で叫ばれているようで、思わず耳を塞いでしまいそうな程だった。

 

 

「ふざっけんじゃねぇ!!!ボッチだったアンタを助けてやったのは誰だと思ってんだ糞が!!!てめぇはあたし達に黙って従ってりゃあいいんだよ!!あたし達が居なきゃ何も出来ねぇクズが…、突然イキりだしやがって…!!調子に乗ってんじゃ…」

 

 

「うるさいなぁ!!」

 

 

 小村の声を遮ったのは、俺でも、拓でも、菜月でも、春咲さんでもなかった。

 美術室の一番端っこで、俺達の今までの会話を黙って聞いていた十文字グループの一人。

 

 俺の《元カノ》綾小路由奈が、小村を睨みながら口を開いていた。

 

 美術室は静寂に満ちた。

 

 十文字グループ全員の冷厳たる視線が、一気に小村に集まる。

 うわ、こええ…。なんだよあの目…絶対人殺してんだろ。殺人鬼の目だよアレ。

 

「あ、…あぁ…ごめ…ごめんなさい…」

 

 小村は口に手を置き、泣きだしそうな顔で十文字グループを見ていた。そして…

 

「はい!喧嘩終わり!!」

 

 いつもの明るい声に戻った綾小路は、手をパンっと叩き場を沈めた。綾小路の視線は、ゆっくり俺の方を向く。

 そして口を開いた。

 

「栄太郎君もやりすぎ。女の子を泣かせちゃダメだよ?」

「…。」

「春咲さん、もう一回座ってもらえる?まだ書けてないんだ。」

 

 十文字が春咲さんに爽やかな笑顔で話しかける。ハッと我に返った春咲さんは、黙って頷いた。

 

「…あぁ、はい。分かりました…。」

 

 春咲さんは再び机の上の椅子に座り、被写体となった。

 俺は春咲さんのスケッチを仕上げると同時に、小村達の方を見る。

 

「…はぁ…はぁ…はぁ…許さない…絶対、許さない…!」

 

 恨めしそうに俺の方を睨みながら、激しく息を漏らしている小村。だから怖いって。なんてスクールカースト上位陣はあんなに怖いの?ホラー?

 取り巻き達が小村の背中をさする。

 

「大丈夫?未知(みち)ちゃん。」

「あいつらさいてー。」

「保健室行こ?」

「泣かないで」

 

 なんだあいつら。被害が収まった瞬間にあれかよ。

 なぁにが友達だ。笑えるな。あんな上辺だけの関係が友達なものか…やっぱり怖い怖い。

 

 その後先生が戻ってきて、そのまま俺達は何事も無かったかのように授業を進めた。

 そして授業が終わり、俺、拓、菜月は教室に戻るために廊下を歩いていた。

 

「おい、俺ってばちょっとえっちだけど、心の広い人なんだって?しかも女の子に“えっち”って結構御褒美だぞこれ!!」

 

 拓が菜月に向かって自分を指さしながら言った。菜月は赤黒い髪をバサッと払いながら、嘲笑の笑みで拓に一喝入れる。

 

「調子乗んな。ひなったんがお前のいいところを適当に挙げただけだよ。」

 

 ひなったん…?あぁ春咲さんのことか。春咲日向だもんな。菜月にしては随分可愛らしいアダ名じゃないか。

 

「櫻葉。」

 

 背中に声がかけられた。俺は振り向くが、拓と菜月は気づかないようで先に行ってしまった。

 そして、俺は俺を呼び止めた人物に話しかける。

 なぁんでこんな奴が俺に話しかけるかねぇ…。

 男子生徒。爽やかな顔つき、脱色された髪の毛。制服こそ着崩されていないが、俺と同じワイシャツを着ているだけだと言うのにオシャレに見えてしまう。

 

 俺は溜息をつきながら、答える。

 

「どうした?十文字。」

 

 スクールカースト最上位、十文字は『溜息とは酷いな』と笑いかけながら、口を開いた。

 

「話がある。次の休み時間、空いてるかな?」



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第五話 言葉の強さ

「櫻葉、話がある。」

 

 大ノ宮高校二学年、スクールカースト第一位《十文字昴》は俺をそう言って呼び止めた。

 俺の前を歩いていた拓と菜月は十文字が俺を呼び止めたことに気付かず先を歩いていってしまった。

 おいお前ら、俺がいないことに気付けよ…そんなに俺って影薄い?

 

 俺は十文字の方へ首だけを向ける。

 

「なに?少しだけならいいけど。」

「助かる…そうだな…、屋上に行こうか。」

 

 俺は黙って頷いた。

 

 

 

 ****

 

 

 

 流石に二時間目と三時間目の間のだけあって、屋上に生徒は一人もいなかった。

 無人の屋上に風が吹き荒れ、俺と十文字の髪が大きく揺れた。不意に春咲さんが昼飯を食べている用具入れの方を眺めるが、用具入れの後ろに出来ている空間は見えなかった。どこからも死角になっているというのは本当らしい。

 俺は柵に肘をかけた。

 

「で?話って?」

 

 十文字は『はぁ』と溜息をついた。

 おいおい、スクールカースト一位様がこんな底辺の前で溜息なんてつくなよ。溜息をつきたいのはこっちだぜ。

 

「やりすぎだ。」

「…?小村との口喧嘩のことか?」

「あぁ、確かに火種を蒔いたのは小村さん達だ。でも、君の最初の一言で小村さん達をよく思ってない生徒達に拍車がかかった。結果的に彼女は泣いていたろ。」

「知るかよ。十文字も分かってんじゃねぇか。先に吹っかけてきたのは向こうだ。こういう言葉知らない?『撃っていいのは撃たれる覚悟のあるヤツだけだ。』だったら俺はこう言うね、『泣かしていいのは泣かされる覚悟があるヤツだけだ。』結果的に泣いたとしても自業自得って奴だよ。」

 

 自分でも不思議に思う程口が軽快に動いた。

 十文字は軽口をヘラヘラと叩いていた俺を軽く睨んだ。俺の陰キャセンサーが働き、十文字から視線をずらす。

 こえ〜。てか自分で言っといて陰キャセンサーってなんだよ。要らないんだけどそんな不名誉なセンサー。

 

 十文字は俺を睨んだまま、ゆっくりと口を開いた。

 

「実際に被害を受けていたのは君じゃないだろ。」

「ん?」

「実際に小村さん達の標的になってたのは春咲さんだ。君じゃない。」

「だから見て見ぬふりしてろって言うのかよ…、バカ言ってんじゃぇ。そんなの出来るわけ…」

「今まではしてたろ」

 

 俺の言葉に被さるように、十文字は声を発した。

 そしてその言葉を聞いた途端に俺は大きく目を見開いた。

 十文字は俺と向き合っていたが、足を動かし俺の隣で俺と同じように屋上の柵に肘をかけた。空を見上げながら言う。

 

「今までは君は、春咲さんを助けはしなかった。それどころか、君は春咲さんがあんな状態になっている事すら知らなかったんじゃないのか?」

 

 十文字は一度唇を舐め、言葉を続ける。俺はそれを黙って聞くことしか出来ない。

 

「いつも隣の席にいながら、君や市山くん、菜月さんは彼女に手を差し伸べようとはしなかった。いつもヘラヘラ笑って、自分の事以外見ていない…。そんな自己中な人間じゃなかったのか?君達は。」

「…っ!」

 

 何かを言い返そうとしたが、言葉が出なかった。

 いや、もしかしたら何かを言おうとしたのかもしれないが、そんな事は無駄だと悟ったのだ

 十文字の言うことは全て真実を示唆していた。

 

 俺は見て見ぬふり所か、春咲さんが困っている事すら最近まで知らなかった。

 目の前の事だけ見て、ヘラヘラ笑って、一番近くにいたはずの俺は、春咲さんに手を伸ばさなかった。でも…

 

「櫻葉。君のやってる事が悪い事とは言わない。けど、僕は君が突然、なぜ春咲さんを庇おうと思ったのかがわからない。それは傍から見れば偽善だ。」

 

 でも…昨日春咲さんが腹を割って話してくれた時に、俺がなんで春咲さんを助けたのかっていう答えは出たじゃねぇか。

 たったらもう、悩む必要なんてない。俺は口を開く。

 

「寂しかったんだ。」

「なに?」

「お前も知ってんだろ…綾小路に振られて…俺、普通に落ち込んでた。綾小路と付き合ってた毎日を忘れられなくてさ…笑えるだろ?未練なんてありまくりなんだよ。けどそれで、俺は春咲さんに気付けたんだと思う。」

 

 俺は十文字の目を見据える。

 

 多分次は、俺が十文字を睨んでいる。十文字の大きな瞳に、堂々と立つ俺の姿が写った。

 

 

「俺達は兎なんだよ。誰かに寄り添わなきゃ生きていけない。ダサくて、弱虫な兎だ。けどな、そんなクソッタレな兎同士だからこそ、俺達(俺と春咲さん)は互いの存在に気付けたんだ。自分の傷見せあって、舐め合って、自分と相手の心の溝を埋めていくんだ。自己中?偽善?はは、上等!俺が助けたいと思うから助けるんだ。“俺が春咲さんと一緒に居たいと思うから助けるんだ。”」

 

 

 十文字は驚いた表情でも俺を見つめていた。目を大きく見開き、口をポカンと開け、そして…

 

「ぷっ…あっはっはっはっはっ!!」

 

 …大笑いしやがった。

 

「な、なんだよ。面白いことなんて言ってないぜ?」

「い、いやごめん。くく…君にそこまでの覚悟があったなんて、知らなかった。」

「なっ…!んだよ…恥ずかしい事言ったのに大笑いしやがって…。」

「『俺が春咲さんと一緒に居たいから助ける』…ね。うん、実にいいよ。君らしい実に自己中な言葉だ。でもそれ、捉え方によっては告白にも見えるけどな。」

「こく…っ!!そんなつもりはねぇよ!!」

 

 あぁ。調子狂うな…なんだこいつホントに。

 しかもこいつ軽く俺の事ディスったよね?自己中な言葉だって言ったよね?

 …。でもこいつの言葉自体に、嫌味とかそういう感情は含まれてなかった。

 なんかよく分かんないけど、俺を試したっつーか、なんというか…。わからん。

 

 十文字はやっと笑いが収まったようで、いつもの爽やかな笑顔を俺に見せた。

 

「君は凄いな。」

「ん…どういう事?」

「…いや、なんでもない。次の授業が始まる。教室に戻ろう。」

 

 十文字はクルリと後ろを振り向き、屋上の出口に向かって歩き出した。俺はその背中を見つめ、十文字が校舎に入るドアのドアノブに手を掛けたところで、話しかける。

 

「お前…春咲さんのなんだ?」

 

 十文字はこちらに顔を向けず、ピタリと止まった。

 屋上の上を飛び回る鳩を悲しそうに眺め、大きく溜息をついた。

 

「ただの中学からの同級生さ…。クソッタレで、自己中で、彼女から伸ばされた手を拒絶した…ただの知り合いだ。」

「拒絶した?」

 

 十文字は再び俺の方に振り向き、悲しげな顔と声で言った。

 

「もしかしたら…」

 

 一度躊躇い、続ける。

 

「もしかしたら…今の君の居場所は…。春咲さんの隣は…、僕だったかもしれない。」

 

 十文字の言っている事を、俺は理解出来なかった。

 

 

 ****

 

 

 俺は自分が物覚えのいい方だとは思わない。

 

 例えば街中で俺の名を呼ぶ人間がいたとしても、大半の場合はそいつの名前と顔も忘れてしまっている。

 しかし勘違いして欲しくはない。俺は決して冷徹な訳では無いし、特別仲が良かった程度の連中なら名前を思い出せる。

 

 しかしクラスで特別仲の良い連中というのも、それこそ限られてくる。特別仲が良いと言えば気兼ねなく話しかけることができ、気兼ねなく笑い合い、気兼ねなく共に悪ふざけが出来きるような人間関係の事を指しているとするのなら

 

「おい、エータロー。何そんな所で突っ立ってんだよ。」

 

 拓。

 

「早く座れよ櫻葉。」

 

 菜月。

 

「櫻葉くんは…お昼、食べないんですか?」

 

 春咲さん。

 

 俺はこの三人がクラスで最も仲が良く。信頼を置ける相手だと言えるであろう。

 

 美術の授業の一件から三週間の時が流れた。

 高校二年の七月の初旬。初夏の気配がジリジリと訪れ、聞こえてくるセミの鳴き声が騒がしい。

 昼休み。屋上の用具入れの後ろ。

 最初は俺と春咲さん。それに加え拓。そして日数の経った今では菜月までもがこの場所に集まっていた。

 

 十文字と話した内容は、特に誰にも言ってない。

 聞かれなかったってのもあるし、話すことも特にない。ただ、十文字と春咲さんが中学からの同級生だって事はかなり驚いた。

 『伸ばされた手を拒絶した』…か。

 

「櫻葉くん?」

 

 春咲さんが首を傾げながらこちらを見てきたので、俺はニヤリと笑って返した。

 

「いやいや、なんでもねぇよ。食おうぜ。」

「あの、櫻葉くん。」

 

 俺が弁当を広げると同時に、春咲さんは申し訳なさそうな声で言った。

 

「どうした?」

「市山くんも菜月さんも…この前はありがとうございました!」

 

 ペコりと春咲さんは頭を下げた。そして頭を上げると同時に、ズレた丸眼鏡を治す。

 この前…?あぁ小村との一件か。

 

「私は…、結局なにも小村さん達に言い返せなくて…櫻葉くん達が助けてくれなかったら、私は…。」

「いいっていいって春咲さん。どうせエータローや俺は小村達に前から嫌われてたんだしさ!それにお礼言うの何回目?もう三週間も経ってんだぜ。」

 

 拓が笑いながら言った。

 ちょっと待て。今聞き捨てならないことを聞いたぞ。え?俺小村達から嫌われてたの?なに初耳。

 

「ひなったんは可愛いなぁ。あたしはそんな謙虚なひなったんが好きだから許しちゃう!!」

 

 菜月が春咲さんに抱きついた。

 

 正直、春咲さんと菜月が仲良くなっているのは驚いた。

 菜月は見た目だけなら春咲さんが苦手とする十文字グループと同じ部類だ。菜月はいつもツンケンしているが、もしかしたら社交性が高いのかもしれない。

 

 それとこんな所で百合営業をするな。健全な男子高校生が二人もいるんだぞ。

 春咲さんは照れくさそうに笑っていた。そして、俺の方を見つめる。

 

「櫻葉くんも、ありがとうございま…むにゅ!!」

 

 俺は初めて屋上で春咲さんと話した時と同様に、春咲さんの両頬を両手で挟んで、話すのを辞めさせた。

 ぷにゅっとタコのような口になった春咲さんは、声を上げる。

 

「んんんんん!!んんんんんんん!!!」

「もうそれ以上言うなよ。春咲さん。」

「ん?」

「俺達は春咲さんを助けたくて助けたんだ。別に春咲さんの為じゃない。それに、そんなにお礼や謝ってばっかだと、その言葉が安くなる。」

 

 

「『言葉は見えない凶器』って聞いたことあるだろ?例に挙げたのは悪い意味だけど、言葉ってのはそれだけ力強いものなんだ。だからそんな簡単にお礼を言うな、謝るな。本当に嬉しかった時に、『ありがとう』っていえ。本当に申し訳なくなった時に、『ごめんなさい』っていえ。言葉はただ会話をするだけのツールじゃない。自分の気持ちを、想いを乗せることの出来る代物なんだ。」

「だから軽々しい気持ちを、言葉に乗せるな。俺達は君からお礼を言われるために助けたんじゃない。たった一回、自分のその時の気持ちをぜんっっぶ乗っけて、その気持ちを相手に伝えろ。それでも…」

 

 綾小路に振られた時の、嫌な記憶がフラッシュバックする。

 

 

 

『私達、別れよ?他に好きな人できちゃった、』

 

 

 

「…っ!!それでも、どうしても受け止めきれない奴だっている。…そしたら、俺達のところへ来い!」

 

 

 

『そんな櫻葉くんを、私は尊敬します。』

 

『大切だからこそ忘れられないんだと思います。ほんとに好きだったから忘れられないんだと思います。思い出が大事だから、忘れられないんだと思います。』

 

『そういう気持ちって、とっても大切だと思います。』

 

 

「君が俺にしてくれたみたいに、春咲さんの隣に俺が居てやるから。」

 

 

 春咲さんは大きく目を見開いた。俺は春咲さんの頬から手を離し、春咲さんを見つめる。

 そして、春咲さんは眼鏡を外した。セーラー服の袖で顔をゴシゴシ拭って、笑みを浮かべた。

 

「はい…!“ありがとうございます”、櫻葉くん。」

 

 春咲さんの今の言葉には、本当の彼女の気持ちが乗っていた。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

「腹減った!」

「うるせぇなぁ。自分の肉でも食ってろ。」

「ぶふぉ!! 」

「お前ら殺すぞ。」

 

 帰り道。俺と拓と菜月と春咲さんは帰路を共にしていた。

 菜月がさっきから『腹減った』、『腹減った』とうるさいので、一番身近な肉を紹介したところ何故か殺害予告をされてしまった。結果俺達は学校近くのファミレスへ向かっている。

 期末テストも近くなり、俺達は最近図書室で勉強を教え合っていた。まぁ教え合っていたと言っても、ほんとんど春咲さんゲーだったけどな。

 なんだよ三角関数って、公式多すぎだろ。覚えきれねぇよ。

 

 

 てか、考えてみれば殆ど談笑してて勉強してねぇんだよな。友達との勉強会は絶対お遊び大会になるんだよなぁ。やっぱやるもんじゃねぇな。

 

「ごめんな、春咲さん。テスト勉強の邪魔して。」

「う、ううん。私も…その、楽しかったですから…。」

「そっか…ありがとな、春咲さん。」

「あっ…!…えへへ。ありがとうございます。」

 

 無意識に春咲さんの頭を撫でると、春咲さんの顔が今日の弁当に入っていたトマトの様に赤くなっていった。嬉しそうに微笑みながら、恥ずかしそうに顔を俯けた。

 あぁ、いや。別にそういうつもりで撫でた訳じゃ…。

 

 何となく気まづくなり、視線を前を歩く拓と菜月に向ける。

 二人は今世紀最大のゲス顔をこちらに向けており、俺は思わず叫んだ。

 

「んだよ!!」

 

 拓が口を開く。

 

「いやもう青春。もうお前らが見えない。見えても目に悪い。直視するやばさは双眼鏡で太陽覗くまである。マブシー!!」

 

 何訳の分からないことを。

 菜月が腕を俺の肩に回してくる。

 

「なぁ櫻葉。わたしはそろそろだと思うぞ?綾小路由奈のことなんて忘れろ!!忘れろ!!」

「忘れられたら苦労しねぇよ。はぁ…。」

「なんかごめん。」

 

 菜月が本気で心配するような目で見てくる。おいやめろその目。

 

「お前が落ち込んでるっていうの完全に忘れてたわ。……なに?まだ未練でもあんの?」

 

「あるよあるよありまくりだよ。綾小路の事は……多分まだ好きなんだ。」

 

 はぁ。だっせ。

 三ヶ月も前に別れた彼女の事を想ってる元カレとか、重すぎだろ。

 しかもそれをこいつらに聞かれるなんてよ…。

 

 気付くと既にファミレスの前に俺達は来ており、中に入る。

 店員に四人席まで案内され、俺達はそこに腰をかけた。不意に隣の四人席から声が掛けられる、

 

「あれ?栄太郎君?」

 

 は?おいおいマジかよ…。俺は隣の四人席の連中を確認する。

 

 同じ大ノ宮高校の生徒とは思えない着崩した制服を着ており、既に運ばれてきた食事をつついている生徒達。

 

「うわー。」

 

 菜月。

 

「修羅場…!!」

 

 拓。

 

「…!」

 

 震えながら俺の袖をギュッと掴む春咲さん。

 

 菜月と拓の声も乏しく、俺は彼らを見つめた。

 

 井出洋介、真宮愛華、十文字昴…そして、綾小路由奈。

 

 二年A組スクールカースト最上位グループ。十文字グループが隣の席に腰を掛けていたのだ。

 

 ゴクリ。唾を飲む音が、俺の耳に響いた。



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第六話 陰キャと元カノ

 十文字グループ…!!最悪だ、なんでよりによって同じファミレスの隣の席に案内されるんだよ…。

 

「やっほー栄太郎君に市山君。」

 

 綾小路が俺達に向かって手を振ってくる。俺と拓は軽く手を挙げる程度にそれを返した。

 ギュッという音が聞こえ、俺は視線を後ろに向ける。春咲さんが俺の後ろに隠れて袖を握っていた。俺の背中にポンと頭を置き、軽く震えている。

 多分ビビってんのは…十文字か…。

 

 この前の十文字の言葉を思い出す。

 

『クソッタレで、自己中で、彼女から伸ばされた手を拒絶した…ただの知り合いさ。』

 

 俺は辺りの席を見渡すが、夕飯時なのでどこも埋まっており、とてもじゃないがこちらの都合で席を変えてもらうという訳にもいかない。どうしたもんか…。

 

「どうしたの?栄太郎君達。」

 

 綾小路が俺達に向かって言った。首をかしげ、どこか目の焦点を失っているかのような黒い瞳は俺達四人を見据えた。

 

「早く座りなよ。」

「ちっ…」

 

 菜月は舌打ちをすると同時に、ソファ席の一番奥に腰掛けた。そんなにあいつらとの近くが嫌かよ…。

 そしてその隣に春咲さんが座り、俺と拓は通路側の席に腰掛ける。

 

 向こうの井出と真宮も微妙な顔つきになっており、微妙な雰囲気がこの場に流れた。

 畜生…帰りてぇ。

 

「おい、エータロー。ドリンクバー取りに行こうぜ。」

 

 俺は話しかけてきた拓を見る。

 俺は黙って頷き、ドリンクバーの機械の方へ歩きだし、ドリンクバーの機械の横を通りすぎ、俺達男二人は店のトイレの個室に二人で入った。

 

「「…」」

 

 俺と拓は互いの額をガンッ!!とぶつけ合った。

 拓が口を開いた。

 

「おい!!どうすんだよこれ!!春咲さんはなんか知らねーがアイツらにビビってるし、菜月はアイツらのこと嫌いだし、お前に関しては元カノがいるじゃねぇか!!雰囲気最悪だよ馬鹿野郎!!」

「俺のせいかよ!!あいつらが来ることなんて知らねぇし!!てめぇがファミレス提案したんだろクソ童貞!!」

「てめぇ!!自分のこと棚に上げて良く言えんな腐れ童貞!!それに今童貞は関係ねぇ!!どうこの場を切り抜けるかが問題なんだよ!!」

「どう切り抜けるつったって、そんな方法思い当たらねぇだろ!!もう注文しちまってるし…」

 

 拓は一度顎に手を置き悩む姿勢を取る。

 そしてとっておきの玩具を見せる子供のような顔で、今思いついたであろう作戦を発表した。

 

「もう俺たち二人で帰るか!?うん、そうしよう!!帰っちまおう!!」

「バカ言ってんじゃねぇ、春咲さんもいるんだぞ!仮に菜月だけだとしても、置いて帰ったらそれこそ明日絶対学校で殺される!…はぁ、いいんだよ別に。席自体は近いけど一緒に来てる訳じゃないし、喋らなきゃ大丈夫だろ?十文字グループは不良とは違って、常識のあるヤツらだ。」

「そうじゃねぇよ…」

 

 拓は頭に手を置き、『はぁ』と大きく溜息をついた。なんだなんだ?

 

「俺はお前らが心配なんだ…。何考えてるか知らねぇけど、由奈ちゃんはお前に必要以上に関わってくるだろ?お前いっつも由奈ちゃんに話しかけられてる時辛そうな顔してんの気づいてねぇの?春咲さんだって無駄にアイツらに怯んでるし、菜月もアイツらと一緒の空間にいるのは嫌なんだってよ…。」

「お前…そんなこと考えてたのか…。」

 

 流石は我が親友。見直したぞ。

 こいつは人を見る才能がある。その場の人間全員を見通し、その場に見あった行動を自主的に取ることのできる才能だ。

 俺はこいつがそこまでして俺達の事を心から心配してくれているとは…。

 

「あっ、ちなみに雰囲気がヤバくなったら俺帰るから!テヘペロ!」

 

 前言撤回。俺の過大評価のし過ぎだった。

 

「てめぇ!!俺のお前に対する尊敬の念を返しやがれぇ!!」

「おい!!暴力はやめろ!!あ、顔はやめて顔は!!なんかバキって音がした!!」

 

 

 

 ****

 

 

 ったく…こいつは本当にどうしようもねぇ奴だな。いやマジで。

 

 俺と拓が席に戻るとそこには異様な光景が広がっていた。俺と拓は目を見開き、それを見た菜月が『早く来い!!』と言いたげな顔でこちらに手招きをした。

 

 そこには春咲さんと向き合うように座っていた俺の席に、綾小路が座って春咲さんと話している姿が見て取れた。

 …何話してんだ?

 

 綾小路は俺に気付くと、いつも通り小悪魔の様な笑顔を俺と拓に向ける。

 

「あっ、おかえりー!二人とも遅かったね。」

「あ、あぁ。うん。何話してたの?」

 

 綾小路はニコッと笑って話そうとしない。

 見ると、十文字や井出、真宮の視線もこちらに向いており、変な雰囲気がこの場に流れていた。

 春咲さんは殆ど動かず、軽く震えていた。

 

 戻って来た俺に気付いたのか、俺の袖を掴もうと手を伸ばす…が。

 

「あ、ダメだよ。」

 

 綾小路が春咲さんの手首を掴んだ。春咲さんを見ながら、口を開く。

 

「あんまり付き合ってない男の子に触るのは良くないよー?変な勘違いとかされちゃうし。それって不本意でしょ?…ね、栄太郎君。」

「…?」

「最近栄太郎君、いっつも春咲さんと一緒にいるからさ、どんな子なのかなーって思って話しかけてみたんだ。」

 

 綾小路は薄く微笑みながら俺に近寄ってくる。

 俺は無意識的に彼女から遠ざかろうと、一歩、また一歩と後ろに下がる。

 拓と菜月はそれを目で追ってくる。

 

「面白い子だね!春咲さんって、お人形さんみたい!」

「人形…?」

 

 分からない。いつもそうだった。

 綾小路の考えている事が、俺には分からない。最初は天然なのかとも思った、どこか抜けててそこが可愛らしいところだとも思った。そういう面も好きでいようと思った。

 でも…時折見せる狂気じみた目は…目の前のことしか見ていなくて、それ以外のものなんて最初から存在し無かったかのように扱うその目は…

 

「だって質問してもなんにも喋ってくれないんだもーん!こんなのお人形さん以外に出来る事じゃないよー!!」

 

 とても、恐ろしいものだった。

 

 ガンッ!!!

 

 大きな音が鳴ると同時に、綾小路の胸ぐらが勢いよく掴まれ俺の目の前から引き離された。

 菜月が綾小路に掴みかかったのだ。

 

 周りの客や店員も菜月の行動に驚いたのか、軽く悲鳴を上げる客もいた。菜月はそんな事も気にせず、綾小路の胸ぐらを掴みながら綾小路を睨み続ける。

 綾小路は少し驚いた顔をした後に言った。

 

「なに?菜月さん。怖いよ?」

「綾小路…!!ひなったんの事何も知らない癖に、なに難癖つけてんだよ!!」

「おい、やめろ陣子!!」

 

 拓が菜月の腕を掴んで綾小路から引き離そうとするが、菜月は綾小路の胸ぐらから手を離さなかった。綾小路は続ける。

 

「菜月さんだって最近知り合った仲でしょ?それなのに春咲さんのこと知った様な口開いたって私とあんまり変わんないよ?知ったか乙って言うんだっけ?」

「あぁ!?」

「陣子!!」

 

 拓の怒号に気付いた菜月は一度目を大きく見開き、舌打ちをしながら綾小路から手を離した。

 綾小路の夏用のセーラー服はぐしゃぐしゃになっており、それを眺めた綾小路は『あーあ、クリーニングださなきゃ』と呟く。

 綾小路は春咲さんに視線を向け、口を開く。

 

「春咲さんも、お友達は選んだ方がいいよ。」

「…え?」

「菜月さんって今みたいにちょっとした事で怒るし、市山くんもこの前の美術の時に言ってたみたいに、ちょっとエッチなだけじゃない。」

 

 やめろ……。

 

「栄太郎君だってそうだよ?自分が関わってない事は全部見て見ぬ振り。強い人の陰に隠れて、他人事をヘラヘラと眺めてるだけ。まぁ、そういう所も可愛くて好きだったんだけどね。母性本能って奴?」

 

 やめてくれ……。

 

「でもさ、やっぱり春咲さんに似合うお友達って他にいると思うんだ。その三人より…ずっといい人達が居るはずだよ?」

 

 熱いものが体の奥底から湧き上がってくるのを感じた。

 ヤバい…、泣くな、泣くな俺。

 周りの客や店員も綾小路の圧倒的な雰囲気に押し負けて、誰求めようとする人物はいない。

 だがただ一人。綾小路を冷静に眺めている人間の姿が俺の目に写った。十文字…お前からなにか…

 

 いやダメだ。これは俺達の問題だ。十文字が介入してくるのは違う。それはあいつも分かってて何も言ってこないんだ。

 

 動け、俺の口。小村の時みたいになんか言い返せ。ビビってんじゃねぇよ。

 動け、動け、動け、動け動け動け動け動け!!

 

 動…!

 

 

「それは…流石にひどいかも…です。」

 

 

 冷たい空気を壊したのは、一つの女の子の声。

 か細くて、小さくて、それでも勇気を振り絞って発せられた声の主に、俺達全員は視線を送った。

 …春咲さん。

 

「うわー!やっと喋ってくれた!うんうん、可愛い声!」

 

 春咲さんは立ち上がり綾小路の前に立つ。肩は震えていて、発せられる声も震えていた。

 

「人の悪口をこんな場で言うのは…非常識です。…辞めてください。」

 

 優しいな春咲さんは…

 

「…別に私、悪口で言ったつもりは無いけど?」

 

 でもさ…

 

「冗談でも言っていいことと悪いことがあります。」

 

 情けねーよ…俺。

 

「うん。そうだね、怒ったらごめん。」

 

 別れた彼女に悪口言われて…泣きそうになって…挙句の果てに助けたいと思った女の子に助けられて…。

 

 綾小路の声が聞こえた。

 

「じゃあ最後に…一つだけいい?春咲さん。」

「……なんですか?」

 

 綾小路はニコッと笑い、春咲さんの肩に左手を置いた。

 右手はゆっくりと春咲さんの額に向かっていく。

 春咲さんも綾小路の圧力に負け、突然綾小路が取った行動に驚くだけだった。

 

 綾小路の手が春咲さんの前髪に触れた。春咲さんの前髪を掻き揚げ、肩に置いていた左手で春咲さんの大きな丸眼鏡を取り外す。

 

 春咲さんの素顔があらわになり、綾小路の虚ろな声が、そっと呟く。

 

「うわぁ…やっぱり可愛いね。春咲さんの顔。本当にお人形さんみたい。」

「あっ…やめ…!」

 

 春咲さんは顔を俯かせようとするが、綾小路が額に手を当てている為俯かせようとさせない。

 無理やり顔を上げさせ、あらわになった春咲さんの丸眼鏡も前髪もない素顔を眺める。ニコッと笑った。

 

「なんでこんなに可愛いのに、眼鏡と前髪で顔を隠してるのかな?」

「そ、それは…。」

「それとも…なにか顔を見られたくない理由でもあるのかな?」

「…っ!!」

 

 その言葉を聞いた途端に、春咲さんは声にならない声を漏らした。そして…

 

 

 

「そこまでだよ。由奈。」

 

 十文字が立ちあがり、春咲さんの前髪を持ち上げている綾小路の腕を掴んで下ろさせた。

 春咲さんは綾小路から眼鏡を取り返し、サッと掛け直す。

 

 綾小路は十文字の方を見つめ、口を開いた。

 

「やだなぁ十文字君。これは女の子同士のスキンシップだよ?」

「そうは見えなかったけど?」

「…ま、いーや。ごめんね、なんか雰囲気悪くしちゃって。」

 

 

 十文字はニコッと笑って、綾小路と共に席に戻る。そこに残ったのは立ち尽くす俺と春咲さん。

 春咲さんも黙って歩き出し、席に座った。

 

「おい、エータロー。取り敢えずお前も座れよ…。」

「……悪い。俺帰るわ。」

「お、おい!エータロー!」

 

 俺は自分の座席に下に置いてあったリュックサックを掴むと、そのまま駆け足でファミレスの出口へと向かう。出口がでかかった所で、腕を掴まれる。

 

「さ、櫻葉くん!待ってください!」

「…!」

 

 俺は春咲さんに顔を見せない。腕を掴まれたまま、出口へと顔を向ける。

 

「……櫻葉くん…泣いてるんですか?」

「泣いてねぇ…。」

「で、でも…!声が震えて…」

 

「泣いてねぇつってんだろ!!!!!」

 

「ひっ!」

 

 春咲さんの怯える声が聞こえた。自分の失態に気付くが、それでも俺は春咲さんに顔を向けない。

 ごめん…春咲さん。俺はこれ以上、自分の尊厳傷つけられたくないんだ。

 笑って流してくれよ。俺を庇わないでくれよ。

 

 春咲さんの手を振り払い、俺はファミレスをあとにする。

 

 残ったのは沈黙だけだった。

 

 冷えきったファミレス内の空気は、喧嘩が収まったことにより、徐々に暖かくなっていった。

 

 

 

 ****

 

 

 

 飛び出したファミレス近くの公園のベンチに座り込んだ俺は、自嘲気味に夜空を見上げた。

 星こそ見えないが、暗くなった夜空を眺めているとムシャクシャした気持ちが和らいでいく気がする。

 月が薄く見える。

 

 最低だ…俺。

 春咲さんが勇気を振り絞って庇ってくれたってのに、俺一人の感情でソレを台無しにしちまった。

 しかも春咲さんが大声が苦手な事を知ってたにも関わらず、怒鳴っちまった。

 

 春咲さんの怯えた顔が脳内にフラッシュバックする。あの顔は…俺に向けられたものだった。俺に怯えてた。

 

「クソっ!!」

 

 ベンチに手を叩きつける。何度も殴ろうと思い拳をもう一度振り上げるが、ジンジンと熱さのような痛みが俺の拳を襲い、振り上げた拳をゆっくりと降ろした。

 はは……なにビビってんだよ、だっせぇなぁ。

 

 …。

 

 春咲さんに…会いてぇなぁ。

 会って謝りたい。許してくれなくたっていい、失望してくれたって構わない。ただ、彼女の顔が見たい。

 

 結局、なにも変わっちゃあいなかった。

 拓や菜月は俺が春咲さんと出会ったことで変わったと言うが、俺にそんな自覚はない。

 綾小路への未練を捨てきれなかったこそ、俺は春咲さんが綾小路に詰め寄られているのを止めることが出来なかった。

 ただ綾小路に、嫌われたくなかった。

 

 綾小路への叶わねぇ未練と、春咲さんを助けたいという気持ちを無意識に天秤にかけて、綾小路への想いが勝っていた。

 

「櫻葉…くん?」

 

 ベンチに腰掛け、俯いていた俺に不意に声がかけられる。俺はその方向へと顔を向けた。なんで…

 

 黒いセミロングの髪型、目にかかるか程長い前髪に、小さな顔に見合わない大きな丸眼鏡。黄色いリュックサックを背負った春咲さんが、夜空にある強まった月光に照らされて、俺の前に立っていた。

 俺は目を見開き、呟く。

 

「春咲さん…。」

「ここにいたんですね。よかったです。見つかって。」

「どうして…?」

 

 春咲さんは首を傾げ、口元に手を当てた。

 照れくさそうにふふっと笑い、続ける。

 

「えと、櫻葉くんが飛び出したあとですね、私達三人も一緒に櫻葉くんを追いかけたんです。手分けして探そうって事になって、私が最初に見つけました。一番です、うへへ。」

「…うへへ?」

「……隣、座ってもいいですか?」

 

 俺は黙って頷いた。肯定の証明だ。

 春咲さんはそれを察してくれたようで、俺の隣に腰掛けた。

 数秒の沈黙が訪れる。

 

「怒ってないのか?」

「どうして怒るんですか?」

「だって、春咲さんが庇ってくれたってのに…俺は春咲さんに怒鳴って…最低だよな、俺って。」

 

 春咲さんは何も言わない。ただ俺の溢れる言葉に耳を貸している。

 俺は頭を抱えて、酷く俯く。

 

 無人の夜の公園に、俺の嗚咽混じりの泣き言が響き渡る。

 

「怖いんだ。綾小路に嫌われるのが。もう振られて恋人同士でもないっつーのに、アイツが俺の前から居なくなるのが怖い。けどさ……そんな叶わねぇ未練いつまでも心に残して生きてる自分も…俺は嫌いなんだ。ほんと…なんなんだろうな、俺…!」

 

 春咲さんはベンチに座りながら、体の向きをこちらに向けた。躊躇いながらも、春咲さんの細腕が俺の頭を伸びる。

 

 春咲さんは、優しく俺の頭を撫でた。

 

「自分をそんなに責めないでください。櫻葉くんは…頑張りました。綾小路さんに振られちゃってからずっと辛かったんですよね?ずっと苦しかったんですよね?それなのに私を気遣ってくれて…本当に嬉しかったです。胸を張ってください、櫻葉くん…あなたは私の、ヒーローなんです。私はあなたに救われたんです。だから今回は私が助けようと思ったんですけど…なんか失敗しちゃって…えへへ。」

「ごめん…」 

「謝らないでください。」

「ごめん…むにゅ!」

 

 春咲さんは俺の頬を両手で挟んだ。いつもの逆だ。

 

「そんな簡単に謝っちゃ駄目なのです。言葉に想いを乗せれば伝わると教えてくれたのは…櫻葉くんじゃないですか。私達には伝わりましたよ?櫻葉くんの気持ちが。だから…」

「……ぐず…」

 

 あぁ…ちくしょう…。

 

 春咲さんはニコッと笑った。

 

 

「だから、もう泣かなくていいんです。」

 

 

 なんで…涙が止まらねぇんだよ…!!

 

「うぅ…ぐず…あぁ…ぐっ……!!」

 

 公園の入口から声が聞こえた。

 

「エータロー!!」

 

 見ると、拓と菜月が手を振りながらこちらに向かってくる。

 

「拓…菜月…。」

「ったく、心配したぜ?大丈夫か?」

「悪い…心配かけた。」

 

 菜月が俺の額を指でどつきながら言う。

 

「いいんだよ!あんなの綾小路が悪いんだから…それより、ひなったんにお礼言ったか?あんたを探すのに誰よりも早く店を出たんだぞ?」

「え…?」

 

 春咲さんは、さっき三人で一緒に出たって…。

 

「ちょっ…、菜月さん…!」

「ん?どしたの、ひなったん。」

 

 春咲さんは頬を染めながら抗議しようとするが、俺の顔をチラチラと確認する。

 

「い、いえ。なんでもないです…。」

 

 突如として両肩に腕が回された。拓が俺に肩を組んで来たのだ。

 

「おいおいエータロー!男なのに情けねぇ!!泣いてんじゃねぇよ。」

「うるせぇよクソ童貞死ね…ぐす」

「あれ!?泣いてるのにすごい辛辣!!!」

「櫻葉ぁ。お前も泣き虫だなぁ、おねーさんの胸で泣くか?」

「脂肪の塊だろ糞が…ぐす」

「てめぇ!!泣いてるからってあたしらが手ぇ出せないとでも思ったか!!?」

 

 俺は拓と菜月にその場に倒され、何度も踏みつけられた。

 ゲシゲシゲシゲシ!!!

 

「痛い!!痛い!!顔はやめて顔は…!!あ!今なんか変な音した、ちょっ、タンマタンマ!!」

 

 俺を蹴るのに満足した拓と菜月に起こされ、俺達は街の方向へ向かう。

 拓が声を張った。

 

「いよっしゃぁ!!飲み直しだぁ!!」

「飲むのか!?」

「ドリンクバーだコノヤロウ!!」

 

 深見が言う。

 

「なんだそれ!?」

 

 春咲さんと目が合い、俺達は互いに笑い合った。

 俺は視線を前にやり、そっと呟いた。

 

 

「ほんとお前ら…お人好しの馬鹿野郎だよ。……ありがとよ。」

 

 

 俺の音にならない言葉が、三人に聞こえたかは知らない。

 

 

 

 ****

 

 

 

 ……栄太郎君。

 

 ねぇ栄太郎君、他の三人と一緒に居て楽しい?

 

 私はね…栄太郎君があの人達と一緒にいる所を見ると、腸が煮えくり返りそうで堪らないの。

 あなたが楽しそうに笑っている姿を見ると、嫌気が指すの。

 

 なんであなただけが…あんなに幸せそうな顔をしてるの?

 

 春咲日向。

 

 邪魔。

 



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第七話 夏の幕開け

※次の更新時には旧編の方を削除しようと思っているので、しおりを付けている方はご注意下さい。




 陰キャだろうと陽キャだろうと、学生なら避けては通れない行事が存在する。

 大ノ宮高校、二学年一学期期末試験が訪れた。

 

 今回はそれなりに勉強したつもりだった。春咲さんの手助けもあって、中間よりかは点数は取れた。

 

 ちなみに俺達のテストの結果はこうだ。

 

 まずは俺。350人中98位。

 

 感想。拓『中途半端』、菜月『お前みたいな順位』

 ほんとこいつら蹴散らしてやろうかと思っちゃったよ。なんだお前みたいな中途半端な順位って、アイツらは俺の事なんだと思ってるの?友達だよね?一応中学時代からの友達だよね?

 

 拓。350人中15位。

 

 ……腹立つわァ。ホントに腹立つわァ。

 なんで俺よりいいんだよ。こういうのって俺より順位低くて俺に殴られるまでがテンプレでしょ。

 本人曰く『しくった』そうだ。

 なにが『しくった』の?勉強しすぎて『しくった』の?俺はそろそろこいつにお灸を添える必要があるらしい。

 

 菜月。350人中329位。

 

 こいつはバカだった。

 菜月に付きっきりで教えていた春咲さんは顔を両手で覆って処置なしというポーズを取っていた。なんで解の公式言えないんだよ。どうやって高校入ったんだよ。

 ちなみにこの順位をみた菜月は『まぁこんなもんかな』とドヤ顔をかましてきた。

 

 春咲さん。350人中2位。

 

 これの感想は満場一致で『ぱねぇ卍』だ。

 俺達三人の質問に答えながらこの点数とは、もしかしたら一位を狙えたんじゃないか?と本人に言ったところ、どうやら高校に入ってから彼女はずっと二位をキープしているらしい。

 ほほう。春咲さんを抑えて一位をキープしてる奴の顔をいつかは拝んでみたいものだ。

 

 

 俺は今拓と帰路を共にしていた。

 夏休みまで一週間を切り、春咲さんと菜月と別れた俺達は商店街で買った串カツを頬張っている。これがまた美味い。

 拓が口に入っているカツを飲み込んだところで、俺を見ながら口を開いた。

 

「ふっ、遂に夏休みだなエータローよ。高校二年生の夏……おれはこの夏で変わるぜ」

「へいへい。それ中学時代から毎年聞いてるぞ?」

「舐めるな!!今回のおれは覚悟が違ぇ!!今年の夏はとっておきの秘密スケジュールを用意しているのだ。ふふ……お前になら教えてやらんこともない。聞きたいか?我が悪友よ」

「いや、秘密なら別に……」

 

 そう言って串カツを口に放り込むと、拓は俺の胸ぐらを掴んだ。

 

「なんでだよ!!聞きたいって言えよ!!おれの秘密の花園だぞ!!聞いてくれよ!!?」

「気色悪いこと言ってんじゃねぇ!!……はぁ、なんだよ」

「そんな言い方じゃダメだ」

「なんだと」

「おれは今から秘密を話すんだぞ!!もっとちゃんとした頼み方で頼め!!いや、頼んでください!!」

「キャ、キャラがブレブレだなお前……。わーったよ。お前のとっておきの秘密を俺に教えてくれよ」

 

 拓はニヤっと笑い。俺の方向を向きながらバックで歩く。片手で顔を覆い、言う。

 

「ふっ、お前がそこまで言うなら教えてやろう。そこまで言うのならなぁ!」

 

 うぜぇ。

 拓は俺の肩に腕を回した。拓は秘密を話す時はいつもこうするのだ。

 

「実はだな、今年から《大ノ宮神社(おおのみやじんじゃ)》で夏祭りが行われるらしい」

「ほんとうか?」

 

 これは驚いた。大ノ宮神社といえば中学時代に拓と一休みをしていた神社だ。大ノ宮市を代表するような大きな神社だと言うのに、イベントの開催は一切ない味気のない神社ではあったのだが……。

 

「あぁ確かな情報だ。しかも打ち上げ花火付きだぜ?……これでどういうことが分かるよな?付き合え、エータロー」

「……?俺とお前で行って何になる?」

「違ぇよ。ナンパだよ。ナ・ン・パ!」

「ナンパぁ!?」

 

 素っ頓狂な声が出た。

 拓は俺の反応が良かったことに拍車がかかったのか、興奮した声で続ける。

 

「そうだ。大ノ宮神社の夏祭りは今年が最初の第一回だ。市内に夏祭りの開催が広まれば、興味本位でやってくる奴がいる。つまり普通の祭りより人が集まるんだよ!……この好機を逃がすわけにはいかねぇ……高二の夏で童貞卒業。おれは目指すぜ」

 

 夏祭り……か……。

 

 そういや去年は綾小路と別の夏祭りに行ったなぁ。

 

 ナンパには興味ないが、夏祭りとなればやはり心は踊るものだ。浴衣姿の女の子って普段の五割増で可愛いし。

 

 春咲さんはどんな浴衣着るんだろうな……。

 

 って、何考えてんだ俺!!

 

 俺は頭をブンブンと振った。拓に向かって言う。

 

「俺も興味があるから行ってもいいけど、ナンパは気が乗らねぇなぁ。」

「えー。じゃあなんの為に行くんだよー。」

 

 なぜ夏祭り=ナンパする場所みたいになってんだ。

 

 俺達は商店街のアーケード下を抜け、歩道橋に差し掛かる。夕日が俺たちを照らし、気持ちの良い初夏の風が俺達を包んだ。

 夕日が段々と沈もうとしていく様を見て、ふと呟く。

 

「拓よ」

「どうした?」

「俺は……やっぱり変わったか?」

 

 拓は『なんだ、その話か』と呟き、俺を横目で見ながら言った。

 

「お前自身はどう思うんだよ」

 

 分からない。

 人はそんな簡単に変われるものではない。長きに渡り築き上げた性格や客観的な印象なんてものは、変えようと思っても変えられないのだ。

 

 だが、仮に変わる為の『きっかけ』があったとしたら?

 この四ヶ月……色々なことがあった。

 綾小路に振られて、春咲さんと出会った。

 彼女達と言葉を交わし、互いの知らない部分を知った。それを変わる為の『きっかけ』として捉えることが出来るのなら、俺はもしかしたら……

 

「……俺は変わったよ。多分。」

 

 そう拓に返した。拓はニヤリといつもの不敵な笑みを浮かべ。俺の肩に手を回す。

 

「そうだ。お前は変わった。……そんで、春咲さんを変えた。」

「?」

「まだ付き合い短いし、お前程春咲さんと話してないからよくわかんねーけど、あの子最初に比べて、よく笑うようになったと思わねぇか?」

 

 拓は肩を組みながら夕焼けに視線をずらす。そして続けた。

 

「なんかさ。お前らって二人で一人っ感じがすんだよな。お互いに足りない部分を補って、どちらかがつまづいたんなら手を伸ばす。依存って言い方は悪いかもしんねーけど、もっとなんて言うか、柔らかいものっつーか……あぁ!!よく分かんねぇ!!」

 

 拓は頭を抱えて激しく頭を揺らした。俺はそれを見て笑う。

 

 まぁ、分からないならそれでいい。

 

 そうか、俺は変われてたのか。自分では分からないものだ。

 

 そして、春咲さんといる時の気持ちも、俺には分からない。

 拓や菜月みたいな感情でも、綾小路の様な恋愛感情でもない。

 けれど、居心地は悪くない。

 

 いつか、綾小路への未練を捨てきれて

 

 春咲さんと向き合う事が出来たのなら

 

 何かが分かるのかもしれない。

 

 そんな日が来ることを、俺はささやかに願っていよう。

 




次回から、夏休み編突入!


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夏休み編 第八話 気に食わない

旧編を削除しました。


 俺、《四ノ宮伊月(しのみやいつき)》は同じクラスの櫻葉栄太郎が気に食わない。

 

 先に言っておこう。俺は決して奴に嫉妬という醜い感情を向けている訳では無い。『先を越された』という描写が正しいのだろうか。

 

 まぁ簡単に言うと……俺も春咲さんに話しかけたかった。

 

 春咲さんが小村とかいう女子生徒達からいじめられていたことは知っていた。このままではいけないと思ってはいたのだが、やはり行動に移すとなると難しいものだ。

 小村達はクラスでもスクールカースト上位陣。奴らに逆らえばどんな仕打ちが待っているか想像しただけで失禁ものだ。

 

 そんな事を思っていた六月の上旬。朝のホームルーム前に事は起きた。

 

『拓!いちご牛乳飲まね!?』

 

 そんな櫻葉の声がクラス中の生徒の耳に届いた。

 見ると、あの櫻葉が春咲さんの隣で彼女を庇おうとしていたのだ。

 結果、櫻葉、市山、春咲さんの三人は遅刻してしまったが……そこから全てが変わった!!

 

 美術の一件の時は菜月さんとかいうちょっと、いやかなり怖い人を味方に付けて小村グループを圧倒してたし、そこからさらにあの二人の仲は良好になっている気がする。

 しかしなぜだ?櫻葉は春咲さんの隣の席だったにも関わらず、いちご牛乳の件以前は春咲さんに関わりはして無かった。それなのになぜ突然……?

 

 七月の下旬。夏休みが始まり一日目。俺は自宅に幼馴染でありクラスメイトの《大槻穂波(おおつきほなみ)》を招いてこんな話をした。

 穂波はポテトチップスをコーラで流し込み、それを飲み込んだ。

 

「まぁ伊月が言いたいことは分かるけど〜、それは櫻葉くんより早く行動しなかった伊月が悪いんじゃないのかな〜?」

「行動をしなかったんじゃない。タイミングを見計らってたと言え」

「『理屈と膏薬はどこにでも付く』って言葉あったよね〜」

「古い言葉だ。俺はそんなものに流されん」

 

 こんなくだらない言い争いをするのはいつもの事だ。特に穂波との会話に労力を要することはない。

 穂波は少しだけふくよかではあるが、その方が健康的に見えて俺は好きだ。細いモデルなどを見ているとどうしても心配になってしまう。

 うなじ辺りまであるポニーテールを穂波はいじる。再びポテトチップスを口に放り込んだ。

 俺も乱暴に五枚程同時に口に入れる。

 

「つ・ま・り〜、伊月は櫻葉くんが嫌いってこと〜?」

「違う。嫌いなわけじゃない、気に食わんのだ。俺の方が先に話しかけようと思ってたのに」

「じゃあ春咲さんが好きなの〜?」

「む……」

 

 穂波の口調は穏やかだ。だがあまりにこいつの話し方を聞いていると、微睡みに襲われることもしばしばある。

 俺は取り敢えず穂波の最後の質問を無視して、口を開いた。

 

「穂波。考えてもみろ。噂で聞くと、櫻葉と春咲さんは二人きりで帰宅する事もあるらしいぞ?加えて、学校の近場の喫茶店に二人で居たという噂もある」

「うんうん」

「そんな事を続けていれば、二人は今以上に仲良くなるのは間違いないよな?」

「うん……う〜ん?」

「そんな時、もし二人のどちらかが行動に出たとしたら?断る理由なんてないじゃないか!……っうわあああ!!」

「伊月うるさい」

「すまん」

 

 怒られてしまった。

 

「櫻葉くんと春咲さんがお互いを好きだっていう証拠はないでしょ?櫻葉くんって春咲さんと一緒にいることはあるけど、菜月さんや市山くんといる時もあるよ?」

 

 まぁ一理ある。

 春咲さんが誰かと一緒にいる時は基本的に櫻葉なので、そう思ってしまったのかもしれない。

 俺は櫻葉とあまり関わったことはないのだ。

 

「穂波。櫻葉と話したことは?」

「うーん。何回かくらいだね〜、でも櫻葉くん、最近女の子達の間で話題になってるんだよ」

「なに?」

「ほら、美術の時さ、櫻葉くん春咲さんを庇ったでしょ?その時に小村さん達に苦手意識を持ってた女の子達がね、ちょっとカッコイイって言ってた」

 

 なにぃ?

 穂波は両手を指を絡ませてくっ付け、それを頬の横に置いた。そしてちょっとだけテンションの高い声で

 

「『私も春咲さんみたいに守られた〜い!!』だって。女の子はみんなお姫様なんだね〜」

「ふん。吊り橋効果だ。プラッシーボ効果だ。バーナム効果だ」

「ちょっと違う気もするけど……」

 

 なんとも。櫻葉の奴は春咲さんだけに留まらず他の女子生徒からも好感を受けているとは……ますます気に入らん。

 穂波は俺をジッと見つめ、柔らかな口調で進める。

 

「それに、別に今からでも遅くないでしょ?」

「どういう意味だ?」

「友達は一人じゃない。今からでも春咲さんに話しかければいいじゃない」

「……櫻葉に負けた気がする」

「強情だねぇ。向こうはなんとも思ってないと思うよ〜」

「それがさらにムカつく!!」

 

 穂波はケタケタ笑いながらポテトチップスの袋に手を突っ込んだ。再び手が出された時には、その手の中にポテトチップスは入っていない。

 穂波は名残惜しそうに呟く。

 

「ポテチ……無くなった。伊月、買いに行こ」

「……食いすぎだ」

「もう太ってるからいい」

「年頃の乙女がそんな自虐を言うな」

 

 まぁいいだろう。近場のコンビニに行くことにした。俺もベビーカステラが食べたくなったので、仕方なく重い腰を上げる。

 セミの声が騒がしい夏の昼間。コンビニは歩いて五分程度ではあるが、そこまで行くのにも汗が吹き出て仕方ない。

 穂波がいつ来てもいいようにポテトチップスは買い貯めてこう。そう決心しながらコンビニへの道を歩く。これはあれだ、なにかの苦行だ。

 

 コンビニが見えてきた。穂波の歩くスピードが早くなるので、それに追いつこうと懸命に俺も足を動かす。

 

「ゴール!」

「あ〜、涼しい」

 

 コンビニに入ると冷たい風が俺達を冷やしてくれた。

 ポテトチップスを数袋持ってレジに並び、購入してコンビニの外に出る。

 穂波が俺の袖をクイクイ引っ張る。なんだ?

 

「噂をすればなんとやらだね〜、伊月」

 

 ……むむ。あれは!?

 

 先程は気づかなかったが、コンビニの中に見えたのは二人。アイス売り場の前で『あーでもないこーでもない』と言い争いをする姿。

 櫻葉栄太郎と市山拓だ。

 

「いんや、エータロー!ここはバリバリ君だ!譲れん!!」

「ばっかお前!折角なんだからもっと高いの選べよ!俺はこの……ハーケンタッツにするぜ。ついでにお前の分も奢ってやらない事もやぶさかではない」

「おまっ、エータロォォォォォォオ!!お前そんなもん買ったらこの夏休みどうやって生き延びるつもりだ!?」

「ふふ……今年の夏は親父の実家に帰るからなぁ。そこで小遣いを貰えるのさ!」

「チクショォォォォオ!!じゃあおれの分は抹茶味で頼むぅぅ!!」

 

 なんて下らない会話なんだ……小学生か。金の心配するならバイトしろバイト。いや楽しそうだけど。

 二人はレジに並び高いアイスを購入。コンビニを出たところで、市山は櫻葉に別れを告げて走って行った。すると……

 櫻葉と目が合った。

 

「む。四ノ宮と大槻さんじゃん」

「やっほー櫻葉くん」

 

 穂波が挨拶を返す。俺の名前を知っていたのか。俺も挨拶がわりに片手を上げた。

 

「春咲さんとは一緒じゃないのか?」

 

 そんな事を聞いてしまった。櫻葉は『ん?』と首をかしげたあとに、笑いながら返してくる。

 

「いんや。拓とはたまたま会っただけで、遊ぶ約束もしてなかったから春咲さんはいねーよ。」

「そ、そうか」

「よかったね〜、伊月」

「う、うるせぇ」

 

 俺達の会話の意味を理解出来なかった様子の櫻葉は再び首をかしげた。

 櫻葉はコンビニのレジ袋を肩にかけ、俺達に聞いてきた。

 

「二人共、俺らと春咲さんが一緒にいるの知ってるんだな」

「うん?あぁ……まぁ、最近春咲さんが明るくなってたっつーか……。」

 

 櫻葉は薄く微笑む。

 

「あぁ……えと……出来れば話しかけてやってくんねーかな?」

「はぁ?」

 

 思わず素っ頓狂な声が出た。櫻葉は俺と穂波を交互に見つめ、軽く頷いた。

 

「春咲さんさ、四ノ宮の言う通り最近明るくなってんだ。夏休みは始まっちゃったけど、二学期が始まったら話しかけてみろよ。仲良くなれば結構面白いんだぜ」

 

 櫻葉は『へへ』と最後に笑った。……そう言えば、こいつも変わったな。先程も言った通り、俺は櫻葉とあまり関わったことは無い。

 しかし、少し根暗な生徒のイメージがあった。しかし今俺の目の前にいる櫻葉栄太郎に、その様なイメージは無い。こいつが変わった理由は……一体何なのだろうか。

 

 ……話しかけてみろ、か。

 ふん、言われなくとも。だが、仲良くなるなら早い方がいいだろう。

 俺は踵を返し、櫻葉に背を向けたまま言った。

 

「じゃあ次春咲さんと遊ぶ時に、俺と穂波も誘ってくれよ。」

 

 穂波は『ふふ』と笑い、櫻葉は何も言わない。驚いた顔で俺の背中を見ているのだろうか。

 

「あぁ、じゃあ春咲さんに連絡しとく……よ……」

「どうした?」

 

 思わず振り返ってしまう。踵を返したというの情けない。

 櫻葉の顔色がどんどん色あせていく。なんだなんだ?

 俺達の方を見て、自嘲気味に言った。

 

「そういや俺……春咲さんの連絡先知らねぇ……」

「「は?」」

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!?」」

 

 俺と穂波の驚いた声が、夏の住宅街に響きわたった。

 

 なんなんだこいつ……。なんで仲いい奴の連絡先を知らねぇんだよ。

 

 『あはは……』と苦笑いする櫻葉を見て、俺達三人は笑った。

 

 櫻葉栄太郎…やはりこいつは気に食わない。

 

 まぁ……多分良い奴なのだろう。

 



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第九話 電話を切りたくないから

 どなたか……

 

 櫻葉くんの連絡先を知りませんか?

 

 夏休みの二日目に突入しました。実は今日、私の家の近くで小さな夏祭りが催されるのです。

 ……えと、それに櫻葉くんを誘おうと思って……。

 

 ち、違いますよ!?……日ごろの感謝というか、櫻葉くんと出会ってこの三カ月間、私は櫻葉くんにこれといったお礼が出来ていませんでした。

 

 こんな私なんかとお祭りなんて、辛気臭くて断られるかもしれませんが……。

 

 実は新しい浴衣も買いました。とっても可愛い朝顔が描かれています。髪留めもお小遣いで買っちゃいました。最近は毎日頑張ってお化粧も練習してます。……顔を隠してる眼鏡も、お祭りには取っていきたいです。そ、それと前髪も上げて……!

 

 綿菓子を二人で分けたりしてみたいです。かき氷を『美味しいね』って言いながら食べたいです。金魚すくいでどっちが多く取れるか、なんてこともしてみたいです。

 

 色々思い浮かびます。

 

 そして意を決して昨夜電話しようと思いました。

 その時に気付いたのです。

 

『私……櫻葉くんの連絡先知らない……。』

 

 困りました。連絡先の交換なんて滅多にしません。

 登録されているのはお父さんとお母さんと家……あと二人いるのですが、これは今は紹介する必要は無いです。多分向こうは私の連絡先を消しています。

 

 菜月さんと市山くんのも知りません。……どうしましょう。

 

 そうです。放課後に櫻葉くんや皆と一緒に行った事のある場所に行ってみましょう。もしかしたら誰かに会えるかもしれません。

 

 私は部屋にある鏡に全体像を移します。短パンにTシャツ。いつもならこれで外に出るのですが。

 ……ちゃんと着替えましょう。櫻葉くんに嫌われ……いえ、外に出るのなら着替えるのは普通なのです。

 

 白いワンピースに着替えて、麦わら帽子を被ります。肩掛けのカバンを用意して、お財布とスマートフォンを入れます。完璧です。どなたか褒めてください。

 

 

 家を出てまず最初に着いたのは、櫻葉くんが何度か連れてきてくれる学校近くの喫茶店です。

 《オレンジ》という喫茶店で、中の構造がとてもオシャレです。樽を利用した傘置き場や、表紙を見せるように置かれている木製の本棚。

 

 ここのウィンナーコーヒーは絶品でした。そういえば私は最初ウィンナーコーヒーにはウィンナーが入ってるものかと思ってました。櫻葉くんには笑われてしまいましたが、ちょっと失礼です。

 《オレンジ》の中を覗きますが……ダメです。いません。

 

 次。菜月さん行きつけの駄菓子屋さんです。

 優しいおじいちゃんとおばあちゃんが二人で経営しています。菜月さんとは菜月さんが小さい頃からの知り合いらしいです。

 中を見てみますが、いません。

 

 すると、レジに立っていた女性が話しかけてきました。

 

「おやおや、陣子ちゃんのお友達じゃないかい?いらっしゃい」

「あ、えと……こんにちは」

「ふふ……なにか探してるようだけどどうしたんだい?」

「さ、櫻葉くんを……今日は来てませんか?」

「櫻葉……あぁ!あのいつも陣子ちゃんと市山くんにイジられてる」

 

 凄い覚えられ方です。事実なのが悲しい。

 

「申し訳ないけど、今日は来てないねぇ……」

「そ、そうですか……ありがとうございます」

「ふふ、青春だねぇ」

「え?」

「いや、なんでもないよ」

 

 私は駄菓子屋さんを後にしました。

 駄菓子屋さんで買った棒付きのアイスをペロペロと舐めながら次の場所に向かいます。

 

 次に着いた場所は、市山くんに聞いた《大ノ宮神社》です。

 ここには中学時代の学校帰りによく櫻葉くんと一休みしていたそうです。

 

 蝉の音がとってもうるさくて、辺りは木々に囲まれているとても自然豊かな場所です。

 神社の中まで入りますが、櫻葉くんの姿は見当たりませんでした。

 ……疲れました。私はベンチに腰を掛けます。

 

 

 最近……毎日がとても楽しいです。

 

 櫻葉くんと出会って、市山くんと出会って、菜月さんとも出会って。三人ともとっても優しくて、私を受け入れてくれました。

 

 それがホントに嬉しくて……温かくて……。

 

 心の底から笑えている気がします。

 

 櫻葉くんの、元カノさんの綾小路さんともぶつかりました。とても怖くて……その場から逃げ出したくもなりました。

 けれど、他の三人を馬鹿にされるのがどうしても許せなかったんです。

 

 三人のお陰で、クラスの女の子とも少しだけ話せるようになりました。

 『櫻葉くんと付き合ってるの?』なんて聞かれた時は顔から火が出るかと思いましたが、決して悪い気はしませんでした。

 

 櫻葉くんは私の隣に居てくれます。私に手をさし伸ばしてくれます。私を笑わせてくれます。私の頭を撫でてくれます。

 

 それが嬉しくて、櫻葉くんに褒められないかな?って思ってしまいます。えへへ……なんか犬みたいですね。恥ずかしいです。

 

 

 

 

「あっれ〜?春咲さん?」

 

 

 

 

 ほえ?

 

 名前が呼ばれたので、その方へ視線を向けました。……この方は……。脱色されたウェーブのかかる髪の毛。ショートジーンズの上に切れ目が入った露出度の高い黒いTシャツを着ています……お胸を大きくて、なんというか、とてもせくしーな服装です。

 私は私を呼んだ方の名前を呼びます。

 

「えと……真宮……さん?」

「そうそう!知ってんだ!?」

 

 思わず体が震えてしまいます。十文字くんと一緒に居る方達は苦手です。

 

「んで、こんな所でなーしてんの?春咲さん」

「……い、いえ。なにも」

 

 真宮さんはお化粧をした綺麗な顔で私の顔を覗き込みます。私は眼鏡を掛け直し、顔を俯かせます。

 怖い。怖い怖い怖い怖い……!

 

「ねぇ、春咲さん」

「は、はい!!ごめんなさい……ごめんなさい……い、痛いのは……!」

「春咲さん…」

 

 真宮さんの声が聞こえます。……櫻葉くん、助け……

 

 

「あたし、春咲さんになんかしたっけ?」

 

 

「……え?」

 

 真宮さんは右手で頭を掻きながら答えます。

 

「いや、なんかさぁ。春咲さんあたしに凄いビビってない?……そりゃあこの格好とか見た目は傍から見れば怖いだろうけど、あたしだってオシャレでやってるんだから、怖がられるとこっちがショックって言うかさ……」

「…ふえ……あの、ごめんなさい」

 

 真宮さんはニヤリと笑います。

 

「分かればよろしい。隣座ってもいい?」

「……えっと、はい」

「うんしょ」

 

 真宮さんは私の隣に勢いよく座りました。ポケットからガムを取り出して口に放り込みます。『食べる?』と聞いてきたので、一つだけ貰いました。

 ……辛いです。ミントが強い。

 

「春咲さん、八月の初旬から中旬に掛けてここの神社でお祭りやるの知ってる?」

「え……そうなんですか?」

「そうそう。うちの親父市議会議員でさ、お祭りの手伝いに行けーってうるさいんだ。仕方なく来てやったけど、まだ準備始まってなかったし……ほんとムカつくわあのクソ親父」

「市議会議員……凄いですね……」

「だっしょー?井出とかに言っても、『ナニソレオイシイノ?』位しか帰ってこないからさ〜。春咲さん頭よくて助かるわ〜」

 

 真宮さんはこんな事を私に話しています。なんの意味もない、普通の会話です。

 今まで怖がっていた真宮さんとこうやって話すのは、なんだか不思議です。

 

 真宮さんは横目でチラチラとこちらを向きます……なんでしょう。

 真宮さんは空を眺め、蝉の鳴き声にかき消されてしまうほど小さな声で

 

「ごめん」

 

 と呟きました。

 真宮さんは続けます。

 

「春咲さんが小村達にイジめられてるってことは、最初の方から気付いてた。あいつらめんどくさいっしょ?人の顔色伺って、群れて強くなった気でいる。あたしらが一喝してやればイジメはその場で治まったと思うんだ……ごめん」

 

 悔しそうに真宮さんは俯きました。私はどうしていいか分かりません。

 

「あ、あの……謝らないで下さい。みんなそうしてました。仕方の無いことです」

「それが悔しいんだよ。みんながやってるから自分もそうする。人間ってそんなもんだけど、それがなんだか気に入らない」

「……優しいんですね、真宮さんは。そう思ってくれるだけで、私は嬉しいです」

 

 そう言うと、真宮さんはビックリした様子で私を眺めました。

 

「なんか、菜月が春咲さんを抱きしめたくなる気持ちが分かる気がする。めっちゃ素直で可愛い。ハグしていい?」

「だ、ダメです!!」

「とか言って〜!櫻葉とは毎日抱き合ってんだろ!?」

「なんで櫻葉くんが出てくるんですか!?」

「あれ?付き合ってないの?」

「つ、付き合ってません!」

 

 真宮さんは『なんだよ』とつまんなそうに元の位置に戻ります。

 再び真剣な顔で私を見つめます。

 

「由奈の件に関してもごめん。止められなかった」

 

 由奈。綾小路さんのことでしょう。多分真宮さんが言ってるのはファミレスでの事だと思います。

 

「い、いえ。ちょっぴりビックリしましたけど……」

「元々はあんな子じゃなかったんだ……由奈はあんな事する子じゃない」

「そうなんですか?」

「うん……由奈が変になり始めたのは、去年の十二月頃だよ。なにがあったのかは知らない……櫻葉と喧嘩をした訳でも無さそうだったし……」

「十二月……」

 

 一瞬の沈黙が流れます。

 ……日が落ちてきてしまいました。多分家の近くのお祭りは……もう始まっています。結局、櫻葉くんとは会えませんでした。

 

「そうだ。春咲さん。なんでここに居るかって聞いたっけ?」

「え?……えと、櫻葉くんを探してて……」

「櫻葉?連絡すればいいじゃん」

「連絡先を知らないんです」

「あぁ……ほら」

 

 真宮さんのスマホには、櫻葉栄太郎と表示された連絡先が現れました。

 

「これ、櫻葉の連絡先」

「……し、知ってるんですか!?」

「ん?あぁ、まぁ一応由奈と付き合ってた頃に聞いた。まぁ一回も連絡したことないけど」

 

 私は櫻葉くんのSNSのQRコードを真宮さんに貰うことが出来ました。登録するのは帰ってからにしましょう。

 見ると、真宮さんがニヤケ顔で立っています。な、なんでしょう?

 

「櫻葉、好きなの?」

「ち、違いますよ!」

「え〜!もっと青春しようよ〜!」

「ちゃ茶化さないでください!!」

 

 なぜだか、真宮さんと仲良くなれた今日のこの頃。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 その夜。私は自分の部屋で早速櫻葉くんのSNSのQRコードを登録します。

 ピロリン、という機械音と共に私の名前に連絡先が追加されました。

 

 家

 お母さん

 お父さん

 〜〜〜くん

 櫻葉くん

 真宮さん

 〜〜〜さん

 

 ふ、二つも……。凄いです。成果です。

 

 ぷるるるる

 

「きゃっ!」

 

 突如携帯が鳴りました。見ると、《櫻葉くん》と書かれています。

 私は携帯を取りました。

 

「あの……もしもし?」

『え?まじ!?春咲さん!!?突然追加されたからもしかしてって思って電話したけど、どうやって俺の連絡先知ったの?』

「ええと、真宮さんから……QRコードを」

『え?真宮!?……QRコード……あの野郎!俺より早く春咲さんと連絡先交換したのか、許さん!!』

 

 ふふ。まだ夏休みは二日しか経ってないのに、なんだか櫻葉くんの声が懐かしく感じます。

 

 ……けれど、やっぱりお祭りに行けなかったのは悲しいです。家の近場だけあって、盆踊りの太鼓の音が微かに聞こえます。

 新しく買った浴衣も、髪留めも……無駄になってしまいました。

 

『いやぁ良かったよ春咲さん。俺もどうやって連絡先知ろうか考えててさぁ』

「そうなんですね」

『ん?テンション低いけど?』

「いえ」

『あぁ、それでさ春咲さん。もし空いてたらでいいんだけど、今度やる《大ノ宮神社》の祭り、一緒に行かね?拓と計画しててさ、あと菜月も誘って』

「え……!」

『いや……かな?』

「い、いえ!!行きます!!行きたいです!!」

『そうこなくっちゃ!じゃぁ後で拓と菜月の連絡先も渡しとくわ』

「はい」

『あ、そういや聞いてくれよ。昨日四ノ宮と大槻さんに会ってさ……』

 

 ふと時刻を見ると、もう十二時を回ろうとしていました。眠気が私を襲います。

 イヤホンをスマホに差し込んで、自分の耳に付けます。ベットに頭から突っ込んで、ゆっくりと掛け布団に入ります。

 こうしていると、櫻葉くんの声がよく聞こえます。優しくて、温かくて、落ち着く声が。

 

『そんな訳で、今度四ノ宮達も入れてみんなで遊ぼうぜ』

「い、いいですね。楽しみにしてます」

『んじゃ、もう遅いから切るぞ』

「……はい。おやすみなさい」

 

 『もっと話していたいです』、『もっと櫻葉くんの声が聞きたいです』。そんな言葉は私の喉に引っかかって、とても出せるものではありませんでした。

 

 櫻葉くんの声を聴けるのは、次はいつだろう。そんな事を考えてしまいます。

 

「『……』」

 

 櫻葉くんとの通話がまだ切れていませんでした。

 

『……切らないの?』

「電話してきた方が切るのが常識です」

『いや……まぁそうなんだろうけどさ……』

 

 私は掛け布団を頭まで被って、スマホの画面を眺めます。

 

「『あの……!』」

「『あ……』」

 

 声が被さりました。私は口を尖らせて、言います。

 

「櫻葉くんからどうぞ」

『俺はレディーファーストを重んじているのでね。春咲さんからいいぞ』

「櫻葉くんのそんな心情初めて聞きました」

『たった三ヶ月で俺という深い人間を知れると思うなよ……ふふ』

「……じゃあ、一緒に言うのはどうですか?」

『む……よし、じゃぁせーので行くぞ。』

「はい」

『せーのっ!』

 

 

 

 

 ────「『もっと話していたい(です)』」

 

 

 

 

 驚きました。そして何故だか、とても……嬉しいです。

 

 櫻葉くんも驚いているようで、控えめな声で言います。

 

『じゃあ……もうちょっと話そうぜ』

「……はい!」

 

 こうやって話している内に、もっと物足りなくなってしまいます。

 

 櫻葉くんに、会いたい。

 

 会って笑い合いたいです。会って頭を優しくて撫でて欲しいです。

 

 櫻葉くんと会える日が待ち遠してくて堪らなくて、そんな事を思って話している内に……

 

 ゆっくりと、朝日が顔を出し始めました。



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第十話 将来のお姉ちゃん!?

 こんにちは。櫻葉栄太郎の妹、櫻葉楓って言います。

 

 お兄ちゃんと同じ大ノ宮高校に通うピチピチのJK1。ちなみに彼氏募集中。

 

 最近お兄ちゃんが楽しそう。

 

 つい数ヶ月前までは彼女さんに振られた事がきっかけでゾンビみたいな顔をしていたのに、最近は生き生きしてる。

 

 しかも最近、毎日夜に誰かと部屋で電話してるんですよ!毎日ですよ毎日!

 

 そんな夏休みが始まって一週間が経ったある日の事。お兄ちゃんと一緒に夕飯の食材を買いに行ったスーパーの帰りに私は、運命的な出会いを果たした。

 スーパーの近くは夕陽に包まれて、日が沈むのと同時にセミの声も静かになっていく。そんな時でした

 

「あれ?春咲さん?」

「さ、櫻葉くん!?」

 

 お兄ちゃんのどこか高揚した声。私はお兄ちゃんが向いている方に視線をずらした。

 お兄ちゃんが声をかけたのは、綺麗に流された黒いセミロング、白いワンピースを着て、小さな顔に合わない大きな丸眼鏡をかけた女の子。

 

 誰だろ。

 

 

 ****

 

 

 私達はスーパーの近くの公園に訪れた。お兄ちゃんが私を紹介してくれる。

 

「春咲さん、こいつが俺の妹の櫻葉楓だ。んで楓、この子は俺のクラスの友達の春咲日向さん。二人とも互いに仲良くしてやってくれ」

「あ……えと、あの……よ、よろしくお願いしますね。楓さん」

「はい!よろしくお願いします!日向先輩!……へぇ……ふーん……うふふ」

「……え?え?」

 

 私は日向先輩の顔を覗き込むように見る。日向先輩は少しだけ動揺して、私に見せんとばかりに顔を俯かせた。

 

「やめんか楓」

「ふにゃ!!」

 

 お兄ちゃんからチョップを食らった。お兄ちゃんは私の腕を掴んで自分の方に引き寄せながら口を開く。

 

「ごめん春咲さん。こいつパーソナルスペースが狭くてさ……それより、久しぶり。夏休み前以来だな」

「は、はい!一週間ぶりです……こんなに会わなかったの、初めてですね……えへへ」

「あ、あぁ……そうだな」

 

 あらら〜?これはやっぱり、そういうこと(、、、、、、)なのかな〜?最近お兄ちゃんが元気なのは日向先輩のお陰なのかもしれない。

 それにしても、二人ともなんか初々しいなぁ。もしかしてもう付き合ってるのかな?いやでも、そしたらお兄ちゃんは私に報告するはずだし……。

 これがもしかして……付き合う前が一番楽しいって奴なのかな!?

 

「おい楓。なにニヤニヤしてんだ?」

 

 いつの間にか二人の視線が私の方を向いていた。私は両手を後ろで組んで、腰を前かがみにしながら言う。

 

「んーん。二人ともなんか凄く嬉しそうだなぁって」

「え……まぁ会えたのは嬉しいが、俺達そんな喜んでる風に見えたか?なぁ春咲さん」

 

 あれ?もしかしてお兄ちゃん自分の気持ちに無自覚?うわぁ、こりゃ『ん?なんて言った?』が代名詞の典型的な難聴ラノベ主人公ルートかよ。

 でも……なんか違う。前の彼女さんの綾小路先輩の時と、今みたいな日向先輩の時じゃ、本人の前にいるお兄ちゃんの様子が全然違う。……お兄ちゃんは、日向先輩のことをどう思ってるのかな?

 

 そんな事を考えながら、私とお兄ちゃんは日向先輩に視線を向ける。

 

「わ、私は……嬉しいです。櫻葉くんに会えて……。その、変な意味とかじゃなくて……!」

 

 日向先輩は胸に手を当てて、俯きながら遠慮気味に言った。

 

「櫻葉くんが近くにいると、安心するというか……あっ、いや……あの……えと……けど、ホントに変な意味じゃなくて……!!」

 

 きゃぁぁぁぁぁぁあ!ひ、日向先輩がめっちゃ赤くなって照れてる!!可愛すぎでしょ!マジ天使!

 

「日向先輩!!」

 

 私は日向先輩の暖かくて女の子らしい小さな両手を、包み込むように握った。

 

「はい!?」

「お兄ちゃんあげます!!無料で!!」

「えぇ!!?」

「はぁ!?」

「だから、私のお姉ちゃんになって下さい!」

「お姉……!わ、私は櫻葉くんとはそういう関係じゃ〇※✕△□!!」

 

 日向先輩の顔がさらに赤くなっていく。あぁ、可愛い、可愛いなぁ。撫でてあげたいなぁ。それで撫でられたいなぁ。頬ずりしたいなぁ。抱き合って一緒に寝たいなぁ。めちゃくちゃいい匂いしそう……うぇへへへへへ。

 

「お、おい、ばかえで!!お前なに口走って……」

「あ、なにお兄ちゃんまだ居たの?帰っていいよ」

「ぶっ飛ばすぞ……ほら、帰るぞ」

「あぁ!!待って!!日向先輩ともう少しだけ話を!!」

 

 お兄ちゃんは私の頭をガッシリと掴んで、引きずるように公園の入口に向かう。そして軽く振り返り、未だに困惑気味の日向先輩に言う。

 

「またな。春咲さん。今度は夏祭りだ!」

 

 お兄ちゃんがニヤッと笑顔で言うと、日向先輩もそれに応えるようにニコッと笑った。

 片手を控えめに振りながら、どこか名残惜しそうに呟くように言う。

 

「バイバイ、です。櫻葉くん。楓さん」

 

 私はお兄ちゃんに頭を掴まれながら大きく腕を振った。

 

「バイバイ!!日向お姉ちゃん!!」

「何言ってんだお前!!」

 

 三度目のチョップ……。

 

 

 ****

 

 

 全く……楓の奴。良くもまぁあんな恥ずかしいことを言えたもんだ。ホントにこいつ俺の妹か?

 てか春咲さん女の子にモテモテだな。菜月に楓……この前は真宮とも連絡先を交換したそうじゃないか。

 春咲さんと別れた帰り道、俺は未だに春咲さんとの余韻に浸っている楓に視線を向けた。

 でもまぁ、春咲さんと楓が仲良くなれて良かった。綾小路を紹介した時はなかなか懐かなかったもんなぁ。……いや別に綾小路と春咲さんを比べるつもりは一切ないぞ?

 

「ねぇお兄ちゃん」

「なんだ妹よ」

 

 楓は顎に手を置き、『むふふん』と鼻を鳴らしたあとに言った。

 

「今考えてみたんだけど、日向先輩とお兄ちゃん。二人が一緒にいるのって私は運命だと思うんだよね」

「はぁ?運命?」

 

 素っ頓狂な声を出す。運命とはこれまた、そんな形而上的な表現を妹の口から聞くことになるとは。

 俺は聞いてやった。

 

「どういう意味だよ」

「ほら!なんか名字とかさ、凄い運命的なものを感じない?春咲と櫻葉。春に咲く花は桜じゃん!」

「確かに言われてみればそうだが……桜の字がちげぇだろ」

「うわぁ、お兄ちゃんそういうのは気にしない方がモテるよ。マジレスおっつ〜」

「気に障る奴だ」

「今更なにを言ってんのさ。何年兄妹やってんの?」

 

 『ふん』と鼻を鳴らし、俺は視線を前へやった。夕日は沈みかけており、既に辺りは暗くなっている。

 春に咲く花……ねぇ。

 

 我が妹ながら上手いことを言いおって。俺はそんな事を考えながら、帰路を歩く。極力楓に自分の顔を見せない。きっと口元は緩んでいるだろう。

 

 大ノ宮神社の夏祭りまであと五日。

 

 ……直接会えないのは寂しいが、まぁ毎日声が聞けるだけ良しとしよう。

 

 俺はポケットに入っているスマホを握りしめた。



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第十一話 陰キャと元カノとお祭りと

 甘い綿菓子やかき氷の香りと、焼きそばやたこ焼きの香りが入り混じる。片方だけならいい香りなのだが、これが両方混ざると嫌な匂いになるのはどうにかならんものか。

 提灯が頭上に張られた糸にぶら下げられ、時折見つけるスピーカーからは太鼓の音。

 視界に入るのは手を繋ぐカップル、人並みを駆け抜ける小学生、子連れの家族に、いかにも柄が悪そうな不良集団。そん様々な人間が、《大ノ宮神社》の夏祭りに訪れていた。

 百段階段と俺と拓が勝手に呼んでいる大ノ宮神社の階段下に、赤い甚平を羽織った俺は立っていた。

 

 八月五日。十七時五十分。

 

「少し早く着きすぎたか……?」

 

 そんなことを呟いた。

 てか早く誰か来いよ。俺がすっげー楽しみにしてたみたいじゃん。……まぁ実際楽しみだったんだけどさぁ。

 拓でも菜月でもいいから早く来いよ。

 

「エータロー」

 

 不意に呼ばれた方向へ視線を向けると、こちらに手を振りながら歩いてくる拓と菜月の姿があった。俺も手を挙げて軽く挨拶を交わす。

 拓は深緑色の甚平を羽織っており、その後ろにいる菜月は桜の花びらがプリントされた浴衣を羽織っている。赤黒い髪は頭上で纏められており、簪が刺されていた。

 

「早いじゃねぇかエータロー。遅刻常習犯のお前が」

「お前にだけは言われたくねぇ……。てか菜月、お前の浴衣姿なんかカッケーな」

「櫻葉……お前も拓と同じ感想か?浴衣着てる女子に向けてカッケーは慎め。そんなんだからいつまで経っても童貞なんだよお前ら。ひなったんにそんな事言ったらわたしが許さん」

「「あっ、そこは大丈夫。菜月(陣子)にしかそんな事言わねぇから」」

「よぉし、お前らそこに並べ。交互に殴っていくから」

「み、みなさん。お待たせしました」

 

 菜月が浴衣の袖をまくった所で、俺達三人は名を呼ばれた。

 見ると、そこに立っていたのは一人の女の子。

 いつもの特徴的な大きな丸眼鏡は外されており、顔を隠すために垂れ下げられていた前髪は髪留めで分けられている。

 シンプルに後頭部で纏めあげられた漆のように黒い髪、白をベースとした生地に青と紫のアサガオがプリントされていた。色白の頬をささやかに桜色に染め、照れくさそうに軽く俯いている。

 眼鏡を外した顔を見るのは初めてではない。しかし、遺憾だ。誠に遺憾ながら、俺はその少女に思わず見惚れてしまった。

 

「か、可愛いぃぃぃぃい!!!ひなったん可愛いよぉぉぉぉぉぉお!!!」

「な、菜月さん!?」

 

 最初に口を開いた菜月は、浴衣をきた春咲さんを両手でホールドした。頬をスリスリ、頭を撫で撫で、ありとあらゆる愛情表現を菜月は春咲さんに送る。

 春咲さんは迷惑そうにしながらも、嬉しそうにニコッと笑っていた。

 

「エータローよ」

 

 拓が顎に手を置きながら言った。なにやら真剣な顔付きで言い出すので、俺も少しだけ神妙な声で答える。

 

「なんだ拓」

「浴衣の百合営業って……普段の五割増でいいな」

 

 無視した。

 

 菜月に抱きつかれている春咲さんと不意に目が合った。

 眼鏡を外した姿、そして浴衣姿には見慣れていないので、思わずドキッとしてしまうが、こんなものは想定済みよ。

 実は数日前から鏡に向かって春咲さんの浴衣姿を褒める言葉を練習していたのだ。予想していたパターンは50。総練習回数は500。

 全裸で風呂の鏡に迫真の練習していた姿を楓に動画を取られ、兄貴や両親にその動画を送られてしまったが……。ふふ……今思い出しただけでも涙がちょちょ切れそうだぜ。今までに全裸姿で妹に『動画を消してください!!』と泣き付いた男は居ただろうか。

 

 しかしまぁ、練習は決して裏切らない。今日(こんにち)にて浴衣姿の女子を褒める言葉については俺が最強。中距離万能型(ミドルレンジオールラウンダー)だから。最近連載再開したあれだから。

 俺は平常心を保ちながら、春咲さんに歩み寄る。

 そして、菜月の腕から緊急脱出(ベイルアウト)した春咲さんに、言ったものだ。

 

「か、可愛いな。その浴衣……」

 

 ぬわぁぁぁぁぁ!!練習してたのと全然違うじゃん!!なんなの俺!?本番に弱いタイプなの!?

 しかし、春咲さんはそんな俺の言葉に一度大きく目を見開き、持っていた臙脂色の巾着袋で顔を半分隠しながら言った。

 

「あ、ありがとうございます……櫻葉くん。取っても、あの、嬉しいです。えへへ」

 

 嬉しそうに言う春咲さんを視線から外し、俺は顔を両手で覆った。

 

「拓ぅ……どうやら春咲さんは近距離万能型(クロスレンジオールラウンダー)だったらしい……ありゃ近づいたら破壊力やべぇぜ」

「うん。何言ってんだお前。ワート〇?……んな事より、早く行こうぜ。花火までまだ時間はあるが、俺は腹がペコペコだ」

 

 そう言って、俺達は大ノ宮神社の百段階段を登り始めた。

 

 

 ****

 

 

「私、夏祭りって久しぶりなんです」

 

 拓と菜月が射的で盛り上がっているのを後ろから見ていた俺に、隣にいる春咲さんが言った。

 先程はあまりの混雑さに、はぐれないようにと俺達四人は互いの袖を掴んでいたが、春咲さんは未だに俺の甚平の袖を握っている。意識的にか無意識にか分からないが、彼女は学校でも俺の服を握っている事が多い。

 拓は『懐かれてる』と言っているが、そんな動物みたいな言い方どうなんだ?

 

「俺は中学時代も拓と菜月と行ってるぜ。ここの神社は初めてだけど。いつ以来なんだ?」

「えっと……そうですね。中学二年生ぶりくらいです」

「なんだ、結構最近じゃん。誰と行ったの?」

 

 春咲さんはコクコクと頷いて、遠慮気味に答えた。

 

「はい。十文字くんと……」

「へぇ、十文字……。十文字ぃ!!?」

「あ、いや!違います!十文字くんも居ましたけど、他にも二人居ました!」

「あ、あぁ!なんだ」

 

 なんだ、十文字と二人で行ったのかと思った。よかったぁ、思わず自殺しちゃう所だったよ。それにしても

 

「十文字と仲良かったんだな」

「……まあ、良かったと言えば良かったです。今は全くですけど……」

「他の二人とは連絡とってんのか?」

 

 俺は何気なく聞いてしまった質問の失態に、春咲さんの顔を見て気づいた。

 

「……いえ。もう皆さんとは、《ともだち》じゃないですから」

 

 ゆっくりと、春咲さんの顔に影が作られていくのが見えた。

 ふと、前に春咲が言った言葉を思い出す。『私は、結局いいように利用されてるだけなんです』

 春咲さんは未だに俯いていたが、少しだけ穏やかな声で言った。

 

「でも私。今が楽しいんです」

「ん?」

 

 春咲さんは俺を見上げるように視線をずらした。袖を掴む力が強くなる。

 

「今私の隣には、櫻葉くん達が居てくれますから……それだけで十分なんです」

 

 春咲さんは一度目を伏せ、再び俺を見る。

 その目つきは先程の穏やかなものとは違い、どこか不安を孕んだような色をしていた。

 

「櫻葉くんは……」

「俺は?」

「……なんでもないです」

 

 俺は春咲さんから視線を外した。辺りを見渡す。

 

「……綿菓子食いたいって言ってたよな?」

「え?あぁ、はい」

 

 俺はニヤッと笑い、言った。

 

「後で四人で買いに行こうぜ。変な思い出忘れるくらい、今日はバカ騒ぎしようじゃないか!」

「……はい!!」

 

 言っていると、いつの間にか射的から戻ってきた拓と菜月が肩を組んできた。

 

「エータロォォォ!!PS5狙ったのにとれねぇよぉぉぉ!!」

「取れるわけねぇだろンなもん!!現実見ろ!」

「ひなったん、拓ぅ、櫻葉ぁ!次はテキ屋のくじ全部買って当たりがちゃんと入ってるか確かめに行こう!」

「「「どこの大物配信者(ですか)!!?」」」

「ほら!行くぞ陣子!!エータロー!!春咲さん!!祭りに来たからには屋台は食う!!全部食う!!」

「お、おい拓、引っ張んな!は、春咲さんも早く来いよ!」

「……え、あ!は、はい!!」

 

 菜月が拓の手を引き、拓が俺の手を引き、俺は春咲さんの手をがっしりと掴み、俺達は人波に紛れて行った。

 

 

 ****

 

 

 屋台で買った綿菓子をモソモソと食べながら、隣に座る食べ過ぎでダウンした拓を横目に見ていた。馬鹿だなぁ本当に。

 俺達四人は石垣に腰をかけて、一休みをしていた。隣に座る春咲さんが上目遣いで聞いてくる。

 

「そ、そういえば櫻葉くん。今日は楓ちゃんは……」

「楓?あぁ、アイツも友達と行くって言ってたな。もしかしたら会うかもしれないけど、そしたら適当に相手してやってくれよ。アイツこの前会って以来すっかり春咲さん気に入っちゃってさ」

「う、ううん。私も最初は少しびっくりしましたけど、別に嫌じゃないですから……ふへへ」

「それ、楓の前で言うなよ?さらに遠慮なく近寄ってくるぞ」

「気を付けます……」

 

 少しだけ微妙な表情になった春咲さんが可愛らしく、俺は思わず大笑いしてしまった。春咲さんは頬を軽く染め、『なんで笑うんですか?』と抗議してくる。

 やはり春咲さんは出会った当初より、コロコロと表情が変わるようになった気がする。

 俺は綿菓子を丸めて口に放り込む。

 

「菜月、花火まであとどれくらいだ?」

「んー。あと三十分くらいだな。そろそろ場所取りに行かないとまずいぞ」

「んじゃ、そろそろ行くか。ほら立てよ拓」

「うぅ……エータロー俺はもう無理みたいだぜ……」

「くだらねぇ事言ってないで早くしろ」

 

 俺は満腹で倒れる拓の腕を引っ張ると、トントンと肩が叩かれる。

 叩かれた方向に首を振り向けると、プニっと俺の頬を何者かの指がつついた。

 

「あっ!引っかかった、引っかかった!」

 

 俺の後ろに居たのは春咲さんのはず。しかし、聞こえてきた声は春咲さんのものではなかった。春咲さんは俺の頬をつついた少女を呆然と眺め、俺の前にいる拓と菜月もその少女に驚いた様子を見せる。

 楽しそうに俺の頬をつつく少女の声を、俺は知っていた。

 

「綾小路……」

「やっほー!栄太郎くん!」

 

 浴衣を着た元カノ綾小路由奈は、振り向いた俺に向かって、満面の笑みで手を振った。



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第十二話 花火の前まで

「やっほー!栄太郎くん!」

「綾小路!?」

 

 石垣に寄りかかっていた俺の頬を、楽しそうにツンツン付く浴衣を着た綾小路の姿がそこにあった。

 菜月が喧嘩腰に口を開く。

 

「お前……よく櫻葉に気軽に話しかけれんな。どの面下げてきてんだよ」

「やだなぁ菜月さん。たまたま見かけたから話しかけただけだって。ほら」

 

 綾小路が振り向くと、綾小路の後ろに居た春咲さんの更に後ろから、見慣れた連中がゾロゾロとやってくる。

 その内の一人が、何かに気づくや否や全速力でこちらに近寄って来た。

 

「はっるさっきさーん!!」

「きゃ、きゃあ!!真宮さん!?」

「久しぶり!一週間振りくらいかな?今日も可愛いね〜春咲さん、うりうりうりうり」

 

 真宮は春咲さンを抱き締め、頭を撫で撫で、頬をスリスリ、春咲さんの体中をくまなく触るように、腕を体に絡みつけていた。

 おのれ真宮、うらやま……いやいや、けしからん!!

 その様子を見ていた俺の隣にいる菜月が、眉を寄せながら真宮の方を睨みつけている。おお、真骨頂。凍てつく瞳。

 

「おいてめぇ、真宮。なにわたしのマイラブリーエンジェルひなったんに手ぇ出してんだ?あぁん!?」

「んだ菜月、あたしは春咲さんと一番に連絡先を交換したんだぞ。一番だ一番、春咲さんの初めてをあたしが貰ったんだよ。つまり春咲さんはあたしのもんだ。手ぇ出してんのはそっちだろ、あぁん!?」

「へ、変な表現は辞めてください!!」

 

「櫻葉っち、市山っち。おっすおっす」

 

 俺と拓は呼ばれた方へ視線を向けると、こちらも浴衣姿の井出が話しかけて来ていた。浴衣を着崩し過ぎていて、胸板が顕にあっている。チャラいんだよなぁ。

 拓が井出の挨拶に応じた。

 

「よう……うぅ」

「おいおい、どうした市山っち!」

「食いすぎで腹が痛てぇ……」

「ど、どんだけ食ったんだよ市山っち……」

 

 はは……井出の心配されるって相当だぞ。拓……。

 さてと、綾小路に真宮に井出……このメンバーっつーことは……。

 俺は拓の背中をさする井出の隣に、苦笑いでやってくる男を見た。決して口にはしたくはないが、水色の爽やかな印象を与えてくる浴衣がよく似合う。ワックスで前髪をかきあげ、浴衣と同じ色の巾着袋を肩に回した十文字が、俺に挨拶がわりに手を上げてくる。

 

「やぁ」

「う、うす。学校ぶりか?」

「あぁ。……うん?」

 

 俺と会話をしながら辺りを一瞥していた十文字は、素っ頓狂な声を出した。俺は首をかしげた。

 

「どうした?」

「いや……春咲さん、眼鏡外してるんだね」

「そうだな。まぁ浴衣でおめかししてる訳だし、別に変な事じゃないだろ。コンタクトでも付けてんじゃないか?」

 

 なんの気もなくそんなことを言った俺を、十文字は意外そうな顔で見てきた。

 なんだ?

 

「……知らないの?」

「なにを?」

「いや、知らないならいいんだ。それより、四人はこらから花火の席を取るつもりかい?」

「あぁ。早く行かないといい席取れねーし。お前らも行くなら急げよ」

「いや。僕らは席は取ってある」

「ん?他に一緒に来てる奴らがいんのか?」

「違う、違う!そうじゃなくてね」

 

 どこから湧いてきたのか、綾小路が俺と十文字の会話を遮るように割って入ってくる。

 可愛らしく人差し指をピンと立てた綾小路は、得意気な顔で説明してくれた。

 

「愛花ちゃんのお父さんが市議会議員なの。この大ノ宮神社のお祭りを開催にも関わってて、特別に席を用意してもらってるんだ」

「ふふふ……仲間に入れてやってもいいぞ?櫻葉」

 

 いつの間にか俺を中心に他七人は集まっており、真宮が煽るかのように言ってきた。確かに真宮が父親に俺達のことを話して、俺達も特等席で人混みを気にせず花火を見れるってんなら、誘いに乗ることに越したことはないけど……

 俺は横目で春咲さんを見る。やはり春咲さんは未だに十文字の事が苦手なのか、伏し目がちで俺の後ろに隠れた。

 ま、しゃあねぇか。

 

「悪いな真宮。せっかく誘ってもらったとこ悪いけど、お前の親父さんに迷惑かける訳にもいかねぇし、俺達はいいよ」

「そう?多分親父は気にしないと思うけど、議員の癖に案外気さくな奴だし」

 

 それは議員に対する偏見だ。……いや、それにしても……

 

「あぁ……いや、えっと……」

 

 真宮も決して根は悪い奴ではない。今の言葉は俺達を逃がさない為に言ったのでは無く、ただ純粋にこれから席を取る俺達に気を回してくれているのだろう。

 クイクイ、と袖を引っ張られる。

 

「どうした?春咲さん」

「あ、あの、私は大丈夫ですよ?せっかくのお誘いですし、お言葉に甘えませんか?……櫻葉くん達がいるなら、私は大丈夫です」

 

 はにかみながら言う春咲さんを見て、俺も軽く笑みを浮かべながら頷いた。確認取るように菜月と拓を一瞥すると、二人とも軽く頷く。

 俺は真宮に向き直った。

 

「じゃぁお言葉に甘えさせてもらうよ。悪いな」

「はいはい」

 

 真宮は巾着袋からスマホを取り出し、電話をかける。

 

「あ、親父〜?」

 

 春咲さんを指さして

 

「友達一人と〜」

 

 俺、拓、菜月を順番に指さして

 

「そのおまけ三人追加〜」

 

 おまけって……。

 

 ……まずい……!!

 いや予感を察した俺と拓は菜月の腕を片方ずつ掴んだ。案の定菜月は真宮に飛び掛る勢いで俺達を振りほどこうとする。

 

「てめぇ!真宮ぁ!!誰がおまけだってぇ!!?いちいちムシャクシャする事を言うなよなぁ!!」

「おおお、落ち着け陣子!!ドゥドゥドゥ!」

「離せ拓!!わたしは猛獣じゃない!!」

「菜月、イライラすんなって!!美容の大敵、美容の大敵!!」

「イライラしてない!!ムシャクシャしてるって言ったろ!!」

「「同じじゃねぇか!!?」」

 

 再び袖がクイクイ引っ張られる。俺は相手の顔を見ずに、振り返りながら言った。

 

「なんだ、春咲さん……って、綾小路か……」

「ふひひ。春咲さんだと思った?……あのさ、花火の時間まで、ちょっと二人で夏祭り回らない?」

「……え?」

「ほら、私達が付き合い始めたのって、去年の九月でしょ?来年になったら一緒に夏祭り行こうって約束したじゃん。それの埋め合わせ」

 

 綾小路は俺の甚平の袖をキュッと掴みながら、俺の目を見て言った。

 綾小路のクリクリした二つの黒目には、冷や汗をかきながら立ち尽くす俺の姿がある。

 あの目だ。俺は綾小路がこの目をしている時、何を考えているのかが分からない。その瞳に捉えているものだけに執着し、それ以外のものは元々存在しないかのように扱う目。

 そして、今綾小路のその瞳に映っているのは、俺だ。

 

 綾小路がゆっくりと俺の腕を引っ張ると、無意識的に足がその方向へ動いた。そして……

 

 ガッと、綾小路が掴んでいる袖と反対側の腕が、抱き込まれるように掴まれた。

 綾小路の瞳は、俺の腕を掴んだ人物へと映る。そして、綾小路は言った。

 

「春咲さん。栄太郎くんを離して欲しいんだけど」

「……っ!!」

 

 春咲さんの俺の腕を掴む力がより強くなる。震えた声で反論した。

 

「だ、駄目です。櫻葉くんと綾小路さんを二人には出来ません……」

「どうして……「櫻葉くんが苦しむからです!」

 

 綾小路の声を遮るように、春咲さんが声を上げた。

 当の綾小路は『ふぅん』と興味無さげな声を出し、春咲に向き直った。ニコッと社交的な笑みを浮かべる。

 

「だいじょーぶ。この前のファミレスみたいなことはしない。約束するよ」

「……っ!し、信用出来ません」

「『信用出来ない』、か。私も春咲さんに信用して貰おうなんて。思ってないよ。ただ、今は栄太郎くんと話したいだけ」

「も、もう二人は恋人じゃないじゃないですか……!」

「そうだね。でも、だからなに?春咲さんは栄太郎くんの恋人?違うよね?私が栄太郎くんと一緒に居ることを、春咲さんに止める権利なんてないよ?……それとも、私と栄太郎くんが一緒にいる事が、そんなに不満……?栄太郎くんを私に取られたくない?栄太郎くんをそばに置いておきたい?栄太郎くんに、そばにいて欲しいの?」

「ち、ちが……私は!!」

「もうその辺にしとけよ」

 

 俺は二人の肩を掴んで、二人を引き離した。春咲さんと綾小路は一度驚いた顔をするが、綾小路は笑いながら言った。

 

「ごめんね、春咲さん」

「い、いえ……こちらこそ、ご、ごめんなさい……」

 

 『ふふ』と笑った綾小路は、再び目の焦点を俺に合わせる。

 

「それで、栄太郎くんはどうかな?花火までの間、ちょっとだけ二人でお祭り回らない?」

 

 俯く春咲さんに視線をずらし、綾小路に向き直る。

 

「分かった。少しだけなら」

「え、エータロー!?」

 

 俺が断ると思っていたのか、拓の素っ頓狂な声が聞こえる。春咲さんも顔を上げて、表情が強ばった。今にも泣きだしそうな目で見つめられると、少しだけ心が痛くなってしまう。だから俺は……

 

「おら」

「ふにゃ!」

 

 ベシっと、春咲さんの顕になった額にデコピンを入れた。

 春咲さんは額を両手で抑えて、目をぐるぐる回しながら俺に言う。

 

「な、なにを……」

「なぁに泣きそうになってんだよ。ただ綾小路と少しだけ見て回ってくるだけだ」

「で、でも、でも……、私は櫻葉くんが……」

「大丈夫」

 

 春咲さんの声に被さるように、俺は少しだけ声を張りながら言った。

 左手で春咲さんの頭を触り、ワッシャワッシャと撫でた。

 

「うわわ……さ、櫻葉くん?」

「もう前までの俺じゃない」

「え?」

 

 春咲さんから視線を、拓と菜月に向ける。二人は軽く頷き、それに返すように、俺もニヤリと笑った。そこに言葉は要らない。

 

「この前みたいに、女の子の前で泣きべそかいてた俺じゃない。泣いてるだけじゃ駄目なんだ、落ち込んでるだけじゃ駄目なんだ、ちゃんと向き合わなくちゃならない」

「櫻葉くん……」

「花火までには戻ってくるよ。四人で一緒に見よう。拓、春咲さんの事頼んだぞ」

「がってんしょうち」

 

 そして俺は春咲さんの頭から手を離すと、両手を握って振り返る。

 

 立っているのはショートカットの女の子。小動物みたいに可愛くて、よく笑う子で、どこか抜けてて、時折何を考えているのか分からない、俺の《元カノ》。

 花火の観覧所へ移動する人なのか、少しだけ人気のなかった休憩所も、重いどよめきを帯びていた。

 

 俺は大きく息を吐き出し、笑った。

 

「久しぶりのデートといこうじゃないか。綾小路」

 

 綾小路もニコリと笑った。



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第十三話 栄太郎の特別

 1年前。2017年9月20日。

 

 

『櫻葉くん、好きです……!!私の恋人になってくれませんか?』

 

 夕暮れの教室。窓の隙間から流れ込む涼しい風が、秋を運んできてくれていることが分かった。

 目の前にいる女の子、綾小路由奈は頬を桜色に染め、不安の色を帯びた潤んだ瞳を俺に向けながら、そう言ってくれた。

 

 綾小路との接点といえば、同じ図書委員に所属していて、当番の日は二人で軽い世間話をする程度の間柄だった。

 綾小路はクラスでもよく目立つ女の子で、俺を含む冴えない奴らとは別世界の住人だと思っていた。

 けれど、綾小路はそんな俺にも優しくしてくれて、声を掛けてくれて、俺の話を聞いてよく笑ってくれて……

 

 そんな綾小路に、俺も自然と心を惹かれていた。

 

『綾小路さんは……俺でいいのか?』

 

 言うと、綾小路は穏やかに微笑んだ。

 

 

 ────『うん!私は、櫻葉くんが好きなの』

 

 

 そんな綾小路の笑顔を見て、俺は自分の顔が熱くなるのを感じた。

 

 好きな子と両想いだった。好きな子に告白された。

 

 こんなに嬉しいことはあるだろうか。この告白を受ければ、俺の隣に綾小路が居てくれる。

 

 あの小さな手を握ることが出来る。緊張で震えた体を、抱き締めることが出来る。

 

 

 ────だから、俺は……!!

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 

『綾小路さんと櫻葉くん、付き合ってるらしいよ』

『えーまじー?釣り合わなすぎー』

『あのクソ陰キャのどこが良かったんだろうねー』

『綾小路さん男の趣味悪過ぎて笑えるわ』

『つか櫻葉マジ調子乗んなって感じ。普通にうぜぇわ、あいつ』

『どうにかして綾小路さんからアイツ離せねーかな?イジメっか?』

『……あ、悪い聞こえてたか櫻葉。お前いらねーから帰っていいよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『栄太郎くん、無視しよ』

『……由奈』

『ん?どうしたの、栄太郎くん?』

『俺……調子乗ってるかな?……はは……ごめん』

 

 

 

 

 

 

 

 

『栄太郎くん?』

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ栄太郎くん!今日一緒に帰らない?』

 

 

 

 

 

 

 

 

『そっか、市山くん達と遊ぶんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────栄太郎くんは、気付いてくれるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────私が、大変な目に遭ってるの、気付いてくれる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────私は、栄太郎の事が好きだよ。誰になんと言われようと、栄太郎くんが大好き。

 

 

 

 

 

 

 

 ────栄太郎くんの笑ってる顔が好き。

 ────栄太郎くんの照れてる顔も好き。

 ────栄太郎くんの匂いが好き。

 ────デートの時に無理していい格好見せようとするところも好き。

 ────私が落ち込んでると、頭を撫でてくれるのも好き。

 ────私に色んな話をしてくれるのも好き。

 ────釣り合わないって言われてもいい、私は別れるつもりなんてないから。

 

 

 ────いつまでも、栄太郎くんの特別でいたいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『私達、別れよ?他に好きな人出来ちゃった!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『春咲さん!』

 

 

 

 

 

 

 え?

 

 

 

 

 

 

 『あははは!春咲さん、なんだよそれ!』

 『や、辞めてください!櫻葉くん!……ふへへ』

 『なんだなんだ、エータローに言われて随分嬉しそうじゃねぇか春咲さん!』

 『おい櫻葉、拓!ひなったんにダル絡みすな!』

 

 

 

 

 

 

 『エータロー!』

 

 

 

 

 

 『櫻葉!』

 

 

 

 

 

 『櫻葉くん!』

 

 

 

 

 

 

 ────ねぇ栄太郎くん。私達、別れたんだよ?

 

 

 

 

 

 『春咲さん』

 

 

 

 

 やだ。

 

 

 

 

 『春咲さん!』

 

 

 

 

 違う。私の名前は?

 

 

 

 

 なんで、どうして……

 

 

 

 

 ────なんでそんなに、幸せそうな顔をしてるの?

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

「綾小路?」

「え!?」

「……どうした?」

「あ、いや、ううん。なんでもないの」

 

 綾小路と祭りを回ること、五分程度の時間が経過した。

 その間は特に屋台による事もなく、俺達はたわいのない言葉遊びをしていた。議題と言えば、実にくだらないものではある。

 図書委員の頃は、図書室に置いてあった黒魔術の使用方法をみたいなのを二人で試していた。今考えれば馬鹿な事をやっていたとは思うが、あの時は綾小路と何かを一緒に出来るだけで楽しかった。

 

「綾小路、なんか食ったか?」

「んーん。実はさっき来たばっか」

「そうか」

 

 俺は俺は身を翻して、ビニールのれんが掛けられた屋台に足を運ぶ。人差し指を立てた。

 

「綿菓子一つください」

「あいよ!おっ、兄ちゃん可愛い彼女連れてるね〜、よっしゃ、でかいの作ってやったから、二人で仲良く食べな」

「あはは……どーも」

 

 彼女だったら嬉しいんですけどね、はい。

 

「はい」

「……?」

「あれ?甘いもの好きじゃなかったっけ?」

「え、あぁいや。うん、好きだよ。覚えててくれたんだね」

「まぁ人の好き嫌いくらい覚えてるさ。クソ兄貴のは知らねーけどな」

「そう言えば栄太郎くんってお兄さん居たんだよね。なんでそこでお兄さんが出てくるの?」

「俺アイツ嫌いだし」

「あはは、なにそれ。お兄さん可哀想じゃん」

「可愛い弟と妹を残して世界中飛び回ってる奴だからなぁ。これくらい言わないと」

「可愛い妹って、やっぱ栄太郎くんシスコンなんだね」

「俺はシスコンじゃねぇ。ただ妹が好きなだけさ」

「うわそのドラマ懐かし」

 

 あれ?なんか普通に会話できてる気がする。こんなの別れてから初めてだ。

 綾小路も先程の様な淀んだ瞳を作っておらず、楽しそうに微笑みながら俺の渡した綿菓子を口に頬張っていた。

 

「栄太郎くんも食べなよ!おじさん二人で食えって言ってたし」

「あぁでも俺はさっき食ったから」

「だめ。栄太郎くんも食べるの。はい!」

 

 綾小路はグイッと俺の目の前に巨大な綿菓子を押し付けてきた。

 仕方ない……俺は目の前にある綿菓子に被り付き、綿菓子を口の中で溶けさせる。

 うん。綿菓子は甘くて、口の中で薄く溶けた。

 

「ふふ……栄太郎くん口の周りに綿菓子ついてるよー」

「え?マジ!?」

 

 咄嗟に口の周りをゴシゴシと拭う。きゃー恥ずかしー。

 

「……ねね、栄太郎くん。こっち来て」

「お、うわ!」

 

 綾小路が俺の腕を引っ張る。屋台が並ぶ通りを外れ、大ノ宮神社を囲う森の中に、俺達は駆け込む。

 直径5m程の開けた場所に出ると、その空間の真ん中には樹齢が何年もあるであろう巨木がそびえ立っていた。俺達はその前に立つ。

 

「おい、こっち暗いから危ねーって」

「大丈夫、大丈夫。少し歩けば人のいるとこに出られるからさ」

 

 俺達はそれぞれ仁王立ちになり、互いに向き合う。

 微かに聞こえてくる祭りの騒音や、穏やかに照らされる月光が、俺達を包んだ。綾小路は『ふふ』と笑う。

 

「最近どう?春咲さんとは」

「どうもなにも、普通だけど……」

「ふぅん。仲良いよね、春咲さんと栄太郎くん。互いに互いを庇いあっちゃったりしてさ……私の代わりは務まってる?」

「代わり……?」

「そう、代わり。だってそうでしょ?……春咲さんが今いる場所は、元々私のいた場所だった。栄太郎くんの隣で笑って、ふざけあって、栄太郎くんはその子の頭をよく撫でる」

 

 なにが言いたいんだ……?なんでそこまで春咲さんに深く関わろうとする……。

 

 春咲さんがいる場所は……元々綾小路のいた場所……か。

 

 あながち、それは間違っちゃいなかった。

 

 性格も、格好も全く真逆の二人だけど、二人にはなにか通ずるものがあるのかもしれない。

 でも……!

 

「違うよ」

「……っ!?」

「綾小路の埋め合わせ、そんな気持ちで俺は春咲さんと一緒にいる訳じゃない」

 

 

春咲さんは君じゃない(、、、、、、、、、、)。自分の代わり、そんな言葉は取り消してくれ。拓とも、菜月とも、楓とも、四ノ宮や大槻さんとも違う、あの子も、俺の中にある特別なんだ」

 

 

「特別……」

 

 綾小路の虚ろな声が、俺の耳に響いた。

 握り拳を作る両手が汗で濡れ、俺は思わず唾を飲み込む。

 夏の生暖かい風が吹き、その風が俺達の髪を揺らした。綾小路は目の焦点を俺からずらし、どこか一点を見つめるように俯く。

 そして、ゆっくりと俺に向かって足を進ませた。

 

「特別……特別……ね。分かったよ、栄太郎くん。私と春咲さんは全く別。でも、春咲さんが私じゃないなら、私は春咲さんじゃない。そうだよね?」

「……?あぁ」

「ならさ、私の居場所はあるのかな?」

 

 綾小路は一呼吸置く。

 

「市山くんとも、菜月さんとも、楓ちゃんとも、四ノ宮くんとも、大槻さんとも、春咲さんとも違う。栄太郎くんの中にある、私だけの居場所はある?」

「そんなこと聞いてどうするんだ?」

「どうもしないよ。でもね、誰かの特別になれるって、とっても素敵な事だと思うの。それだけその人が、自分の事を想ってくれている。そう思わない?」

 

 綾小路は俺の目の前で足を止めた。綾小路の伸びた右手は、甚平越しに俺の胸に触れる。

 自分でも、心臓が重く鳴り響いているのが分かった。触れている綾小路は、俺自身より俺の鼓動を感じているだろう。

 そして、言ったのだ。

 

 

「櫻葉栄太郎の心の中に、綾小路由奈はまだいる?」

 

 

「私は、今日それが聞きたかったの」

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

「分からんな」

「えっと……何がですか?」

 

 私、市山くん、菜月さんは十文字くん達に連れられて議員専用の花火の観覧席に座っていました。スペースも悠々と取られていて、何だか他の方達に申し訳ない気分です。

 そんな中、市山くんがそう呟きました。

 

「由奈ちゃんの行動だよ。よく分かんねぇ……。アイツらが付き合ってた時こそ、俺や陣子はそこまで由奈ちゃんと仲良くしてたってわけじゃないんだよ。エータローも俺達と居る時は惚気話の一つもしなかったしな。まぁ別にそれは普遍的なことだ。恋人との惚気話を友達に話したり、人前で必要以上にイチャイチャするカップルほど見苦しいもんもない。由奈ちゃんもエータローが俺達と居る時は、特に何かして来たわけじゃないんだ」

 

 市山くんは一度唇舐めて、腕を組みながら続けました。

 

「だから、今の由奈ちゃんのエータローに対する執着はちょっとおかしい。元々何考えてるか分かんねぇ不思議ちゃんだったけど、なんの意味も無しに振った彼氏にあそこまでするなんてさ」

 

 私は、一週間前に真宮さんと会った時の会話を思い出しました。

 

 『由奈がおかしくなったのは去年の十二月頃だよ。櫻葉と喧嘩したわけでも無さそうだし』

 

「あの、去年の十二月……櫻葉くんにおかしな事とかありました?」

「十二月?う〜ん。聞いてねぇなぁ。なんか知ってんのか、春咲さん」

「あ、いえ……特に意味は無いんですが……」

 

 花火の時間まで、あと十分を切りました。

 

 櫻葉くん……早く来てください。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 俺の中の……綾小路の居場所?

 

 綾小路は俺の心臓部に手を当て、軽く俯いている。暗さもあってか、ここからでは表情が見えない。

 

 俺は、直ぐには答えられなかった。

 

 綾小路に振られてから半年の時が流れようとしている。未だに綾小路の事を忘れられなくて、綾小路との思い出の品も、写真もなにも消せずにいた。

 それは何故だ?簡単なことだ。綾小路は、俺にとって《特別》だったからだ。

 

 嫌われたくなくて、無かったことにしたくなくて、そんな自分の滑稽さを感じながら、俺はずっと綾小路の事を想っていた。

 俺が心に、綾小路の居場所を作ってたんじゃない。綾小路の心の中に、俺は居たかった。

 

 なら、そう答えるべきなのか?綾小路の居場所は、俺の中に無い。そう答えて、この下らない未練に決着を着けるべきなのか?

 そうすれば、もう苦しむ理由も無い。涙を流す理由もない。

 

 けれど、俺の口は動かなかった。そんな事を吐き出してしまえば、綾小路と二度と言葉を交わすことが出来なくなる。俺に笑いかけて来なくなる……。

 

 もしそうなったら……俺は……俺は……

 

「焦らないで、栄太郎くん」

「……っ!!」

 

 俯いたままの綾小路が、そっと呟いた。心臓部に触れる右手の力を少しだけ強めて、左手も俺の胸板に置く。

 ほとんど密着した状態で、綾小路は言う。

 

「聞こえるよ。栄太郎くんの心臓の音……ずっと高鳴ってる。緊張してるのかな?焦らないでいいよ……栄太郎くん。私は、ずっとここに居てあげる。栄太郎くんの本当の気持ちを、私に話して?」

「はぁ……はぁ……」

「こんな時くらい忘れなよ。皆のこと。市山くんも、菜月さんも、春咲さんも今は関係ない。栄太郎くんと、君の事を誰よりも理解してる私だけの、二人だけの時間」

「俺の……中に……」

 

 右手で前髪を掴み、左手で綾小路が引き剥がそうとするが、彼女は俺から離れようとしない。

 

 ……。

 

「……かもしれない」

「え?」

「あるのかもしれない。でも、それをハッキリ答える事が、俺には出来ない」

 

 綾小路の顔が、ムッと不機嫌になる。

 

「なにそれ」

「俺はまだ……多分君のことが好きだ」

「うん、知ってる」

「はは……そうか……。けどさ、それってどうなのかな?振られた情けない元カレが、いつまでも手の届かない場所にいる元カノ想って、馬鹿みたいに一人で苦しんで、足掻いて、マジでウザいと思うし、キモイとも思う」

「そうかな、未練があるのって、別に変な事じゃないと思うよ。それだけその人が好きだったっていう証。形はなくても、心にはある」

「ほんと……分からないんだ」

「うん、だから待つ……「違う」

 

 綾小路の声に被さるように、俺は声を上げた。普段は人の話を遮ることは無いけど、俺は綾小路の勘違いを解かなければならなかった。

 俺が分からないと答えたのは、綾小路の居場所だけでは無い。

 俺は震えた声で、綾小路と目を合わせながら答えた。

 

「君の考えてる事が、俺には分からないんだ」

「……え?」

「どんなに考えても分からない。どれだけ理解しようとしても分からない。俺に未練でもあるの?違うだろ?なのになんで不用意に関わってくるんだよ!なんで思わせぶりな態度を取るんだよ!人の心を弄んで、そんなに楽しいか!!?」

「ちが、私は……!!」

 

 綾小路は俺の胸板から手を離し、一歩ずつ後ずさりする。俺は俯いたまま、声のトーンを徐々に上げていく。

 あぁ、言いたくない。

 

「色んなやつに言われてきたよな。俺と綾小路じゃ釣り合わないって。君もそう思ってたんじゃないのか!?そんな俺を嘲笑ってたのか!?なぁ、逆に教えてくれよ!!」

 

 俺は勢いよく顔を上げて、綾小路の瞳を捉える。

 

 

 おい……これ以上言うな!

 

 

「君は、ホントに俺の事が好きだったのか!?」

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 ようやく冷静さを取り戻した俺は、殆ど呼吸もせずに喋り続けていた息を整える。

 そして、再び綾小路を見る。……は?

 

 俺の事を朧気に見つめる綾小路の瞳は、透明の液体に覆われていた。

 それが瞳から零れ落ち、頬を伝って流れる。

 綾小路は別れてから初めて、俺の前で感情を形に表した。その感情を声に混じえて、言った。

 

「なに……言ってるの?」

 

 そして、叫ぶように……

 

 

「好きに決まってんじゃん!!」

 

 

 しばしの沈黙。綾小路はおもむろに言った。

 

「そろそろ花火の時間だよ。戻ろう、栄太郎くん」

「……あぁ」

 

 綾小路は踵を返して、元来た道を歩いていく。

 俺はその背中を見つめ、立ち尽くすことしか出来なかった。

 左腕に付けられた腕時計に目をやると、花火の時間まで、あと三分を切っていた。



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第十四話 夜空に咲く七色の花

「お〜い!エータロー!」

 

 俺と綾小路が大ノ宮神社を少し進んだ先にある高台近くの議員専用の花火観覧席に入ると、少し離れた所から拓が手を振っているのが見えた。俺も手を振り返し、隣にいる綾小路に『行こう』と手で示した。

 頭上に貼られた糸からは提灯が垂れ、大ノ宮市を一望出来る塔も近くに立っている。

 紫色の布がかけられた四人用のベンチが二台並べられており、右手には十文字、井出、真宮。左手には拓、菜月、春咲さんが既に腰をかけていた。綾小路は十文字達の方へ、俺は丁度空いていた拓と春咲さんの間に腰をかける。

 

「わりぃわりぃ、間に合ったよな?」

「ギリギリセーフだ。ったく、もっと余裕持ってこいよ」

「はは……」

「……?」

 

「由奈っち、櫻葉っちと何話してたんだよ〜!!」

「なんでもないよ、ただ二人で談笑してただけ」

「これ、ワンチャン復縁あんじゃね?」

「……ふふ」

 

 ふん。と鼻を鳴らし、俺はこれから花火で照らされるであろう夜空を見上げた。星がポツリポツリと輝いて見えた。大ノ宮市がいくら都心では無いとはいえ、星が見えるのは珍しい。

 

「櫻葉くん、間に合ってよかったです」

「ん?あぁ、ほら言ったろ?花火までには戻って来るってさ。俺は約束を守る男だからな」

「ふふ……。あの、一体なんの話をしてたんですか?」

 

 

 

 ****

 

 

 

 無神経にも、そんな事を聞いてしまいました。

 櫻葉くんは夜空から視線を私に変えて、ニコッと笑います。

 

「なんでもねぇよ」

「……そうですか」

 

 でも、それなら。

 

 どうして、そんなに辛そうに笑ってるんですか?

 

 私は、櫻葉くんのそんな顔、見たくないです。

 

 

 

 ****

 

 

 

「お〜!!花火が上がったぞ!!」

 

 誰かがそんな声を発した。俺は直ぐに視線を夜空へと移し、雲一つない夜空へと舞い上がっていく一筋の光を眺める。

 

 ドン!という音が、花火が散る音に遅れて聞こえてくる。

 黄色い花火が夜空に花を咲かせ、儚く消えていく。

 

「おぉ〜!!」

 

 という歓声が辺りから聞こえる。隣を見ると、うちわで自分の事を扇ぐ拓、両手を自分の腰を置いている位置より少し後ろに置いて、体を斜めにさせながら花火を見る菜月の姿が写った。

 彼らの顔は花火の色に照らされ、ほんの一瞬だけ顔に影が作られる。

 夜空は花を咲かせ続ける。青色、赤色、紫、緑、様々な色の花火が散り、止めることを知らない。

 時折流れてくるそよ風が、火薬の匂いを運んでくる。

 花火は菊型のものだけではない。ススキの様な花火が下から夜空へと伸び、大きく花火が垂れ下がっているよう見えた。

 合計で三百発近く花火が打たれるらしいが、一体どれだかさ予算がかかってしまうのだろうか。そんな事を考えている俺は、やはりロマンティックという言葉からは掛け離れた人間なのかもしれない。

 

 一呼吸置くように、打ち上げられる花火の勢いが止まった。最後に打ち上げられた花火の美しい煌めきが完全に消滅すると、今まで見上げていた夜空がより一層暗く見える。

 そして再び花火が上がる。連続して何発も打ち上げられ、夜空を覆い尽くした。

 手を伸ばせば届きそうだった。思わず夜空に手をかざしてしまうが、花火には触れられない。勿論触れてしまえば大火傷では済まないだろう。

 美しい薔薇には棘があるとは少し違うが、手が届かないから綺麗で、そして儚い。そしてそれに触れることは決して不可能だ。

 どんなに手を伸ばしたとしても、届かないものに届かない。

 花火が視野を覆い尽くし、俺はそれを無意識に眺める。

 ふと、隣から声が聞こえた。

 

「私、花火好きなんです」

「うん。俺もだ」

「ふふ、おんなじですね。こんなに広くて、何もない夜空に綺麗な花を咲かせて、沢山の人を優しい気持ちにさせられる。そしてその花が夜空に溶けてしまった時には、切ない気持ちになります。でもその切なさは、ただ悲しいだけじゃないんです」

 

 俺は不意に、花火から春咲さんに視線をずらした。

 春咲さんの顔は、花火によって様々な色に照らされる。彼女と花火を見比べ、思わずどちらを見ていいものかと頭を悩ませてしまう。

 

「切ないだけじゃなくて、なんだか勇気づけられるんです。もしかしたら私も、花火みたいに誰かを照らせるんじゃないかなって。誰かの幸せになれるんじゃないかなって」

 

 春咲さんは一度俯き、再び花が散る夜空を見る。

 

「けれど、やっぱり消えちゃうんですかね……誰かの幸せとか、希望って。ずっと一緒に居たい。ずっと隣にいて欲しい。そんな独り善がりな願いは、儚く消えてしまうのかもしれません」

 

 笛を鳴らす様な音と共に、一つだけ、今までとは雰囲気の違う花火が上がる。『なんだ?』そんな拓の声と共に、俺は視線を夜空に移した。

 その花火が散ると、一際デカい菊型の打ち上げ花火が、七色を帯びて夜空に咲いた。

 歓声が巻き起こり、拓や菜月も興奮した声を出す。

 そしてその花火も、春咲さんの言う通り、夜空へと溶け姿を消した。

 

「櫻葉くんは……」

「ん?」

 

 春咲さんを見ると、どこか頬を赤らめているのがわかった。いくら花火に照らされているとはいえ、こんな暗所でも分かるくらいに。

 俺達は互いの目を見つめ合い、互いの瞳に映る自分の姿を眺める。

 

 そして、先程と同じ、七色の花火が夜空に咲く瞬間……

 

 春咲さんは、言ったのだ。

 

 

 

「櫻葉くんは……ずっと私の隣にいてくれますか?」

 

 

 

 俺は、この時になんと答えたのだろうか。覚えてはいない。

 ただ、春咲さんは俺にそう言ったあと、再び花火を見た。

 

「花火、綺麗ですね」

 

 

 

「あぁ……綺麗だ」

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

「じゃあ俺は、春咲さん送ってくから」

「おう。じゃあなエータロー。春咲さん」

「また四人で遊ぼうなー、櫻葉、ひなったん」

 

 菜月は先に帰宅している十文字達の後ろ姿を見て、俺に詰め寄り。

 

「よ・に・ん・で!!」

「分かったよ。分かった」

「分かったならよーし!じゃな、しーゆー」

「はいはい。またな」

「バイバイです。市山くん、菜月さん」

 

 拓と菜月は二人並びながら歩いていく。その後ろ姿を見つめ、俺は春咲さんに視線をずらした。

 

「行こうぜ」

「はい」

 

 夜の十時。俺と春咲さんは人気の少ない住宅街を歩く。

 夏の虫の声が聞こえて、吹く風も涼しい。ちょうどいい気温だった。

 

「今日は楽しかったな。春咲さん」

「はい、とっても……あの、櫻葉くん。さっきの事なんですけど……」

「さっき?」

 

 

 

 ────『櫻葉くんは、ずっと私の隣にいてくれますか?』

 

 

 

「……あ、あぁ!あれね、うんうん」

「あの……へ、変な意味で言ったんじゃないんです。その、なんて言うか……い、嫌ですよね、あんなこと言われて、すみません」

「い、嫌じゃねぇって。べ、別に普通だろ。誰かに一緒にいて欲しいって思うのは、普通だよ」

「いえ……私のは、多分違います」

「……?」

「櫻葉くん達と出会ってから、一人が怖いんです(、、、、、、、、)。このまま一人なるんじゃないかって、もう櫻葉くん達は私に話しかけてこないんじゃないかって……」

「な、なに言ってんだよ。そんなわけない」

「分かってます。櫻葉くんも、市山くんも菜月さんも、とても心が優しいです。私が頑張ったら『ナイスファイト』って褒めてくれます。私が落ち込んでたら『大丈夫だよ』って励ましてくれます。気持ちのいい人達です」

 

 春咲さんは足を止めた。俯きながら、震えた声で続ける。

 

「でも、世の中はそんな人達だけじゃないんです。櫻葉くんみたいな人達は、ほんの少数です。みんな私を『鈍臭い』って言います。『グズ』って言います。『陰キャラ』って言います。怖いです。誰かに陰口を言われるのも、背中を突き飛ばされるのも、足をかけられるのも、教科書や文庫本を水入りバケツに捨てられるのも、小学生の時みたいに、誰かの物に間違えて触っちゃって菌扱いされるのも……全部怖くて、嫌なんです」

「そんなの誰だってそうだ。そんな事されて嬉しい奴なんて一人も居ないだろ。もう誰にもそんな事させないよ。俺だけじゃない。今の君には、拓や菜月もいる」

「分かってます。でも、本当に不安なんです。また一人になるのが、いじめられるのが、裏切られるのが……」

 

 一呼吸置いて、春咲さんは俺の袖を掴んだ。

 

「お願いします。言葉にしてください……櫻葉くん。私を、一人にしないで下さい」

「……」

 

 心の傷は、癒えることはない。

 それは俺が、身をもって知っている。春咲さんの過去は知らない。十文字絡みで何かがあったのは確かだろうが、俺にはその過去に深く干渉して、春咲さんを救う事は出来ないのかも知れない。

 『君を二度と一人にしない』、口だけで言うのは簡単だ。しかし、それを俺は守れるのか?二度とってなんだ?春咲さんが自立するまでの期間か?それとも死ぬまで?

 前者だろうが後者だろうが、俺は無責任な発言は出来ない。

 

 綾小路一人大切に出来なかった俺が、なんの成長もせずに、そんな事を言える訳もない。春咲さんが恋愛的な意味で言った訳では無いのは分かっている。あくまで一人の友人として、心の支えになって欲しいという意味だろう。

 今まで春咲さんを庇ってきた時はあった。美術の時は我ながら勇気を振り絞ったと思っている。しかし、ファミレスの時のように綾小路の嫌われるのが怖くて、結果的に俺が春咲さんに守られてしまった。

 俺に、誰かを守れる力は無い。

 

 でも……

 

 

『櫻葉くんは、頑張りました』

『胸を張ってください。櫻葉くんは、私のヒーローなんです』

『櫻葉くん』

『櫻葉くん!』

『櫻葉くん?』

『櫻葉くん!?』

『えへへ……櫻葉くん!』

 

 

「俺に……無責任な発言は出来ない」

「……はい」

「でも……さ。無責任でもいいなら、俺は君を守ってやれるのかもしれない」

「……」

「君を守るとはハッキリ言えない。でも……俺は君を守りたい。君が俺の事を《ヒーロー》って言ってくれた時さ、すげー嬉しかった。こんな俺でも、頼りにしてくれてるんだって。……けど、ヒーローなんて言葉は俺には見合わない。だから……。だから、俺以外の奴も頼れ」

「え……?」

「拓や菜月も、楓だってそうさ。四ノ宮に大槻さん、真宮も井出も……十文字や綾小路だって、いつか君の事を守れる存在になるのかもしれない。だから、もしどん底にもう一度落ちたとしても、俺“達”に手を伸ばせ……!!」

 

 俺は春咲さんが握っている袖を振りほどき、春咲さんの小さな暖かい手を掴んだ。

 

 

「何度だって引っ張りあげる。約束だ」

 

 

 春咲さんは俺に手を握られたまま、俯く。

 

「ホント……ですか?」

「あぁ」

「ホントのホントに、私を守ってくれますか?私のそばにいてくれますか?」

「あぁ……。約束したからな」

 

 そう言うと、春咲さんは俺から視線をずらし、俯いた。鼻水をすするような音と共に、春咲さんの声が聞こえてくる。

 

「……うぅ……ひっく、ぐす……あり……ありがとうございます……」

「おいおい、こんな所で泣くなよ」

「だ、だって、ホントに嬉しくて……!」

「あはは……」

 

 春咲さんの手を握ったまま、思わず吹き出してしまった。春咲さんは笑い出す俺を見ながら、頭にクエスチョンマークを浮かべて、首をかしげた。

 そして、春咲さんも笑い、俺達は再び足を進ませた。

 

 

 

 ****

 

 

 

「そろそろ着くので、もう大丈夫ですよ」

「あぁ、そうか」

 

 十五分ほど歩いたところで、春咲さんはそう言った。そして……付け加えた。

 

「あの……手を……」

「手?」

 

 俺は無意識に自分の右手に視線をずらす。……なん、だと……!!

 

 俺の右手と春咲さんの左手が繋がったままじゃないか。

 しかも指と指を交差させ絡ませた、所謂恋人繋ぎという代物だった。

 意識したせいか、春咲さんの手の温もりが俺の体に伝ってきた。

 

 離さなくてはならない。そんなことを思うが、俺達はどちらともなく繋いだ手を離そうとはしない。

 俺達は立ち止まり、互いを見つめ合うが、これ流石に照れくさいので視線を逸らした。だが……まぁ……

 俺は春咲さんの手を握る力を強めて、おもむろに言った。

 

「い、家の前まで送るよ……どうせここまで来たんだし」

「は、はい……!じゃあ、えっと、お願いします……」

 

 春咲さんも握る力を強めたのか、俺達の片手は力強く密着した。

 

 そして一、二分程歩き、春咲さんの家の前で立ち止まる。

 

 春咲さんの家は実に普通だった。赤い屋根の二階建ての家。ささやかに庭が備え付けられており、家の中は明るい。家族が居るのだろう。

 挨拶をするべきだろうか?

 いやなんの(白目になりながら)。

 

 そして俺達は互いに顔を見合わせ、ゆっくりと手を解く。

 吹いた風が、熱くなっていた右手を冷やした。春咲さんは名残惜しそうに自分の左手を見つめ、『ふへへ』と笑った。

 そんな姿を見て、かわいい、なんて思ってしまうのは、不思議なことだろうか。

 

「じゃあ、またな。春咲さん」

「……はい。バイバイ、櫻葉くん」

 

 俺は踵を返し、元来た道を歩いていく。

 

 すると、もう一度俺の背中に声が掛かった。

 

「バ、バイバイ……!……エータローくん……」

 

 ……っ!!

 

「バイバイ。日向」

 

 俺達は、どちらともなく笑い合った。

 

 さてと……綾小路の件も、早く決着を着けよう。

 

 自分の気持ちを整理して、先に進まなくてはならない。

 綾小路の事は、俺はまだ好きだ。綾小路も、多分俺の事がまだ……

 

 なにがあったのか調べなくてはならない。綾小路が俺に別れ話を切り出した原因は、一体なんだ?

 

 俺は日向の笑顔を見て、そして、手に残る日向の温もりを感じながら、そう心に誓ったのだった。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 ────大ノ宮市外。某所。

 

 

 

 僕はコーヒーを啜った。夏の暑い夜に飲むコーヒーも格別だ。

 

 二年前。あの子と夏祭りに行ったことを思い出す。あの時には十文字や、櫻宮さんも居たけど、正直僕と彼女だけで充分だった。

 

 春に咲く花、まるで桜の様に満開の笑みを浮かべ、何事にも一生懸命にやる、僕の想い人。

 

 あぁ、会える日が待ち遠しい。

 彼女を受け入れられるのは僕だけだ。彼女に『懐かれる』のは僕だけで充分なんだ。他には何も要らない。彼女だけが欲しい。

 

 今年の秋から冬にかけてのどこかで、僕は大ノ宮に戻る。

 両親の転勤先が再び大ノ宮に決まったのだ。

 

 もう誰にも邪魔はさせない。十文字にも、櫻宮さんにも……例え、この二人以外の人物が居たとしても。

 

「待っててね、春咲さん。僕が君を、守ってあげるよ」

 

 

 

 

 

 ────TO BE CONTINUED




 第二章はこれで終了です!

 まだまだ夏休み編は続きますが、栄太郎達の気持ちに一区切りが着いたので。

 いやぁ、栄太郎と日向が手を繋ぐところで作者ながら、『おい!お前ら早く付き合えよ!!栄太郎、お前綾小路の事はよ忘れろよ!』とか思っちゃったりしてました。
 知ってますか、読者さん?アイツら手ぇ繋いでる癖に付き合ってないんすよ!?
 こんな事許していいのか、嫌ダメだ。もうね……うん、ダメ。

 という訳でまぁ、シリアスなお話が続いていたので、最後でホッコリして頂けたら嬉しいです。
 まだまだ文化祭や、修学旅行、体育祭にクリスマスにお正月にバレンタイン。様々な行事が残っております……!

 第三章も、お楽しみに!


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第十五話 激辛大盛り味噌ラーメン

 夏祭りから二日の時が流れた。

 

 クーラーの効いたリビング、短パンと簡単なTシャツを羽織り、漫画本を開いていた。昨日本屋でいい代物が手に入ったのだ。

 楓は友達の家に遊びに行っており、今家に居るのは俺一人。この有意義な時間を存分に楽しもうではないか。まだ夏祭りの疲れが抜けきれん。体力的には平気だが、精神的な疲れが残っている。

 

 昼時になったので、俺は適当に何かを作ろうと冷蔵庫の戸を開けた。

 

「なんもねぇ」

 

 振り返り、テレビの横にある庭に出る窓を見ると、夏の日差しが部屋に侵入している。こんな中外に出たくないというのが本音だが、逆に言えばこの暑さの状態で何も胃に入れないというのも危険だ。

 仕方がない。外で適当に何かを買ってくるとしよう。

 

 む……。

 

 自宅の固定電話が鳴り響いた。固定電話が鳴るということは大方予備校や保険の紹介だろう。少なくとも俺個人に対するものでは無い。

 無視してもいいのだが、冒険家の兄貴や、仕事でなかなか家に帰ってこない両親の急病等の電話ではないかと少し不安になる。実に慈悲深い俺らしい考えだ。

 俺は大きくため息をつき。受話器を取った。

 

「はい。櫻葉です」

『もしも……なんだ、エータローか』

「かけてきた側が『なんだ』、か。随分なご挨拶だな。拓か?なんで家に直接掛けてくんだよ、携帯にしろ携帯に」

『してもでねぇからこっちに掛けたんだよ』

 

 そういえば、携帯は自室に置いたままだった。

 

『いやぁエータローが出てよかったぜ。楓ちゃんならまだしも、お前の兄貴や両親が出たらどうしようかと思った』

「お前知ってて言ってんのか?兄貴も母さんも父さんも帰ってきてねぇよ」

『マジで?そろそろお盆じゃん。家族揃ってとかねぇの?』

「お盆……。あぁ、特に聞かないな」

『……なんか悪いな』

「やめろ、気色悪い。それで、なんの用だよ」

『あぁ、お前昼飯食った?』

「これから買いに行こうと思ってたところだけど」

『丁度いいや。俺も今からだ。付き合え。《オレンジ》の近くの《王蘭》に集合な』

 

 《王蘭》、大ノ宮高校の近くに位置するラーメン屋だ。何度か拓と菜月と食ったことがあるが、二年生になってからは一度も行ってなかったな。

 しかし、真夏の真昼間から男二人でラーメンとは、青春とはかけ離れた絵図だ。一昨日まで女の子二人と夏祭りに行っていたのが嘘のようではないか。

 だが拓と二人で時折休日に昼飯というのは、中学時代からの恒例行事のようなものだ。断る義理もないし、男二人だから話せる内容というのもある。俺はニヤリと笑い、答えた。

 

「おーけー、今からだよな」

『おう。俺はもう店の前いるから、早く来てくれよ』

「りょーかい。十五分で行く」

 

 受話器を戻し、俺は部屋着から着替える為に自室へと向かった。

 ほとんどを洗濯に出してしまっていることに気づき、仕方が無いので学校の制服に着替える。ズボンの裾を折り曲げ七分丈にし、半袖のワイシャツを羽織る。

 家を出て自前のマウンテンバイクに跨り、ミンミンゼミとアブラゼミの合唱に耳を貸しながら、俺は《王蘭》へとハンドルを切った。

 

 

 

 ****

 

 

 

 《王蘭》に着くと、既に拓が腕を組みながら店の前に立っていた。

 俺が来たことに気づき、軽く右手をあげる。俺もそれに応じた。

 自転車を降り、拓に近寄る。

 

「よう」

「来たかエータロー。早速食おうぜ、俺はもう腹がペコペコでさ」

 

 拓が《王蘭》の戸を押すと、『らっしゃい!!』という掛け声が厨房から鳴り響く。拓はメニューを見る前に、言ったのだ。

 

「おっちゃん!激辛大盛り味噌ラーメン二つ!」

「激辛大盛り味噌ラーメン二つ!」

 

 拓のの声を復唱し、厨房の男は調理に取り掛かった。

 

「おい!激辛大盛りってマジで言ってんのか!?この暑い日に!?」

「んだよ、エータロー。俺は今日これが食べたくてお前を誘ったんだ。食え食え」

「えぇ……あぁ、分かったよ。食うさ、食うよ。食えばいいんだろ」

 

 俺と拓は向き合うように二人がけの席に腰をかけた。店主が水を出してくれたので、俺達は一気に飲み干す。乾いた喉が潤され、俺は息を漏らしながら背もたれに寄りかかった。

 ……ん?

 

「なんだよ」

 

 拓が俺をジッと見つめていた。生憎、俺は男に見つめられる趣味はないのだが……だがまぁ、モテる方法について論文を書くまである程モテたがっている俺の目の前にいる市山拓という男も、男を見つめる趣味など毛頭ないはずだ。

 拓はニヤッと笑った。

 

「さてと、ほら、話してみろよ」

「え?」

「一昨日の夏祭り。由奈ちゃんと何話したんだ?」

「……別にお前に喋る義理は無いだろ」

「いや、話せ。何があったのかは知らないけど、由奈ちゃんと話した直後よりは気分は良さそうじゃねぇか。だがまぁ、お前は一人で抱え込む癖があるからな。由奈ちゃんと別れた時もそうだ……お前、俺が『別れたのか?』って聞くまで陣子にも楓ちゃんにも話してなかったろ?お前達が別れたのはもっと前から勘づいてたけどな。だから今回は、早めに聞くことにした」

 

 拓はビシッと親指で自分を指さした。

 そして、時折見せる不敵な笑みを浮かべる。

 

「話せよ。俺は俺自身がお前の一番の相談役だって自負してるからな、相棒」

 

 そんな事を聞いて、俺も思わずニヤリとしてしまう。

 再び注がれた水を半分まで飲み干し、俺は両手をテーブルの上に置き、身を乗り出した。

 

「じゃあ最初から話す。お前も一緒に考えてくれ、拓」

「あぁ!」

 

 

 

 ****

 

 

 

 俺は拓に、一昨日の綾小路との一件を話した。

 綾小路の様子が少しおかしかったこと、綾小路が俺の中の居場所を求めてきたこと、そして……多分綾小路は、まだ俺の事が好きなのかもしれないという事。

 全て話し終えるが、激辛大盛り味噌ラーメンは未だにやって来ない。まぁ大盛りだ。それなりに麺を茹でるのに時間がかかるのだろう。

 拓も俺の話を聞いた直後に、『ふぅむ』と唸りながら背もたれに体を預けた。そして……

 

「分からんな」

「同意だ。綾小路はなにがしたいのか、なんで別れ話を切り出したのか……」

「十二月……」

 

 ボソリと、拓が言った。

 

「なんだ?」

「お前が由奈ちゃんとどっか行ってる時、春咲さんが俺に聞いてきたんだよ。『十二月に櫻葉くんにおかしな事はありましたか?』って」

「日向が……?」

「あん?日向?」

 

 やべ。めんどくさい事になりそう。

 拓が悩み顔から一気に悪い顔に変わる。この時の拓は、最も生き生きしている。

 

「おい、エータロー。お前春咲さんのこといつ日向って呼ぶようになったんだよ。俺と陣子と別れる前は『春咲さん』呼びだったろ?」

「あぁ……いや……」

「あっれれ〜?エータローくん、お兄さんに隠し事があるのかなぁ〜?俺達と別れたあと春咲さんとなにをしたのかな〜!!?ちゃんとゴムは付けたのかな〜!!?」

「おい!!最後のおかしいぞ!!」

「え、ちげぇの?つまんな」

「ちげぇよ!おっかねぇこと言うな!向こうがエータローくんって呼んできたからな。まぁ別に変な事じゃないだろ。お前だって菜月のこと陣子って呼んでるし」

「俺たちゃ幼なじみだからな。最初っから互いの事を名前呼びだったんだよ。……いやぁそれにしても、春咲さんがねぇ……!くぅぅ!アオハルしてんなぁ、お前ら!!式はいつだ?なぁ、式はいつだ?」

「おう、兄ちゃん!結婚すんのかい」

「そうなんすよ!こいつ……くぅぅぅ!!」

「しませんよ!!なんで店主さんも入ってくるんすか!!?……それより、十二月がなんだって?」

 

 ギャーギャーワーワー!!という形容が正しい会話から、話を正しい道に戻すと、拓は再び腕を組んだ。

 

「だから、去年の十二月にお前に何かあったのかって聞かれたんだよ。で?実際なんかあったの?」

「十二月……。う〜ん。俺自身は特に無いとは思う」

「じゃあ由奈ちゃんには?」

「綾小路に?そうだな……特に変わったことは無かったと……思う」

 

 それを聞いた途端に、拓はあからさまなため息をついた。

 

「な、なんだよ」

「エータロー、別にお前を責めるつもりはないが、そりゃまじーって。春咲さんがどこで十二月の情報を仕入れたのか知らねーけどさ、これが本当で、お前自身に心当たりがねーってんなら、由奈ちゃんに何かがあったってのは確かだ」

 

 拓は水を口に含む。唇を湿らせる程度だ。

 

「なにか悩んでたんじゃねーの?彼女の変化や異変に気づかないってのは、彼氏としてどうなんだよ」

「……悪い」

「だから責めてねーって。過ぎたことだ。それに、俺に謝られても困る」

 

 俺は頭を抱えた。比喩ではない。本当に頭を抱えたのだ。

 綾小路の悩みに乗ってやれなかった。信頼されてなかったのかもしれない。俺では頼りにならないと思われてたのかもしれない。

 俺は言った。

 

「十二月じゃないけど……もし綾小路が悩んでたって言うなら、もしかしたら『あれ』とかが原因かもしれない」

 

 拓は『あれ』で察してくれたようだった。

 

「《天秤事件》か?」

「あぁ」

 

 《天秤事件》、別に事件では無いのだが、俺と拓はそう呼んでいる。

 

 去年の十一月の事だ。

 俺と綾小路が付き合ってる事は意外にも早くクラス中に広まった。俺と綾小路は信頼出来る人間以外に話したつもりは無かったのだが、学生のネットワークというのは恐ろしいものだな。

 

 俺と綾小路という異色のカップル。初めてこの組み合わせを聞いた人間は、必ず口を揃えて言うのだ、『釣り合わない』と。

 それは別に分かっていた。俺だって自分と綾小路が釣り合ってるなんて微塵も思わなかったし、『釣り合わない』なんて言われても痛くも痒くも無かった。……のは俺だけだった。

 

 綾小路は俺が馬鹿にされるのが許せなかったらしい。綾小路と付き合っている俺の事を良く思わない連中に、俺は何度か影で悪口を言われたことがある。

 そいつらに激怒したのが、綾小路だった。

 

 綾小路はそいつらの前で言ったのだ。『栄太郎くんの悪口はやめて』、そして、その中の女子一人が綾小路前に立ちはだかり、言った。

 『そんな事言わないでウチらと遊ぼうよ。なにも言い返してこない根暗男なんてほっといてさ』と。

 そして綾小路は、その女子生徒の顔を平手打ちしたのだ。

 そこからは御察しの通りだ。女同士の殴り合い。思い出だしただけで修羅の世界だ。

 俺と拓、菜月は綾小路を止め、綾小路とその女子生徒は三日の停学処分を食らった。

 俺と綾小路の釣り合わなさから始まった事。だから《天秤事件》。

 

「直接的な関わりはなくても、関係ないとは言いきれないよな。実際事件の後も、お前への悪口が無くなったわけじゃ無いし。……お前への悪口、俺らも頭にきてたんだぜ?」

「気にすんな。最後の方は殆ど慣れてた」

 

 拓は微妙な顔になる。その心は『慣れるまで我慢すんな』だ。

 そう思ってくれるのは嬉しいが、俺だって面倒事を起こしたくなかったんだ。

 

「まぁ、分からんものは分からねぇよなぁ。お前に心当たりがねーんじゃ、仕方ない」

「春咲さ……日向が十二月のことを誰から聞いたとか言ってたか?」

 

 日向という呼び方、なかなか慣れん。

 

「いんや聞いてない。今から聞くか?」

 

 俺と拓は同時にスマホを取り出すが、同時にしまった。日向に心配をかける訳にはいかない。日向には俺達を頼れとは言ったが、この件に関しては日向を巻き込みたくない。

 なるべく事を穏便に済ませなくては。

 

「それで、お前どうするつもりだ?」

「なにが?」

「……由奈ちゃんがお前に別れ話を切り出した理由を知って、どうするんだってこと。それを本人に提示して、『もう大丈夫だよ、復縁しよう』とでも言うつもりか?」

「そんな虫のいいことするわけないだろ」

「じゃあもう未練はねーの?別れ話を切り出した理由を知りたいのはただの興味で、もう由奈ちゃん自身には興味ないのか?」

「……」

 

 

 ────『櫻葉栄太郎の中に、綾小路由奈はまだいるのかな?』

 

 ────『好きにきまってんじゃん!!』

 

 ────『櫻葉くんは、ずっと私の隣にいてくれますか?』

 

 ────『バイバイ……!エータローくん……』

 

 

 俺は背もたれに体を預けて、天井を大きく仰いだ。なんで日向が出てくんだろ。

 そして、呟くように言う。

 

「分かんねぇ」

 

「あいよ!激辛大盛り味噌ラーメン二つ!」

 

 店主さんが白い丼を二つ置く。なんだ……これは……。

 野菜が山のように積まれ、スープは表面張力で器の中に位置している。野菜の中に箸を突っ込むと、スープが零れ始めた。

 これ食ったら夕飯食えなくなるんじゃないか?

 

「よしっ!じゃあ食うぞエータロー!とことん食うぞ!もうこの話は終わりだ終わり!!俺は今日これが食いたくて来たんだからな!」

「俺の相談を受けに来てくれたんじゃねぇの!?」

「それは第三の目的!!」

「は?第二はなんだよ」

 

 拓はニヤリと笑う。

 

「落ち込んでると思ってたおめーと、馬鹿な話しながらラーメン食いたかったんだよ」

 

 『ま、そこまで落ち込んでる訳じゃなさそうだけどな、春咲さんに先越されたわ!』と付け加えた。

 ……はは。

 

「……さんきゅー」

「やめろ。気色悪い……ほら、冷める前に食うぞ食うぞ!!箸を持て、お冷を用意しろ、辛さに耐えろ!」

「分かった、分かってるよ!俺も食うからお前も早く食えよ!」

「そうだな、よっしゃ!!いただきますっ!!」

 

 そして俺も、手を合わせた。

 

「いただきますっ!」

 

 さてと、拓イチオシの激辛大盛り味噌ラーメンの味はいかに……

 

 

 

「「からっ!!!!!」」

 

 

 

 ****

 

 

 

「うぅ、胃が痛てぇ……」

 

 こいつ夏祭りの時も腹下してなかったか?すげぇ既視感あるんだけど……。

 俺達は商店街に訪れていた。俺は自転車を引き、拓は歩きだ。

 どうやら激辛大盛り味噌ラーメンを二つ注文すると、商店街でやってる抽選器、いわゆるガラガラが引ける券が貰えるらしい。

 まだ日が沈むには早すぎるので、俺と拓は貰った一枚の券をにぎりしめ、商店街までやってきた。

 

「お、やってるな」

「やめとけよエータロー。どうせ当たんねーって」

「せっかく貰ったんだ。引くだけ引くさ……えーっと一等は?……二人一組のハワイ旅行か。定番だな」

「当たったら一緒行こうぜエータロー」

「おう」

 

 当たるわけねーって言ってたのはどこのどいつだよ。俺は係の人に券を渡した。

 

「すみません。一回お願いします」

「はーい!では、どうぞ!」

「エータロー気合い入れてけよ!」

「あぁ」

 

 俺はガラガラのレバーを掴み、グルりと大きく回す。そして……

 

 カラン……カラン……

 

 拓が言った。

 

「なんだよ白かよぉぉぉぉぉぉ!!つっかえねーなぁエータロー!!」

「……マジ?」

「エータロー?」

 

 違う。拓は俺より少し離れたところから見ているから、光の反射で白に見えるだけなんだ。これは……!!

 係の女の人は、大きくハンドベルを揺らし、叫んだ。

 

「銀!!銀が出ました!!おめでとーございまーす!!二等はなんと……」

 

 

「四人一組、二泊三日の草津温泉の旅で〜す!!!」

 

 

 俺と拓は、どちらともなく顔を見合わせる。そして……

 

 

「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!?」」



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第十六話 旅行の準備はデートのように

「草津温泉……ですか?」

『あぁ。一緒にどうかなって。丁度お盆前だし、帰省とかと被らない?菜月はもう行けるってさ』

 

 八月八日の夜。エータローくんからそんな電話が来ました。《王蘭》というラーメン屋さんから貰った福引で、二等の草津温泉旅行をエータローくんが引いたと聞きました。凄いです。

 

「いえ、帰省はウチはしなくて……あの、でも私でいいんですか?楓ちゃんを誘った方が……」

『あぁ、楓は俺が旅行行ってる間ウチに友達泊まらせるんだってよ。元々その予定だったし、アイツの事は心配ないよ。むしろアイツの友達全員女子だから、その間家開けれてラッキーみたいな』

「楓ちゃんと離れてエータローくんは大丈夫なんですか?」

『いや、そこまでシスコンじゃねぇよ!!』

「えへへ、すみません。それでえっと、詳しい日にちは……?」

『八月の十二、十三、十四だな。来週だ』

 

 十四……。

 

『まぁ無理にとは言わないよ。日向が行けないならそれで……』

「あ、い、行きます!行きたいです!是非行かせてください!エータローくん」

『マジで!?行ける!?うっし!!じゃあ明日拓と菜月と旅行用の買い物行くからさ、日向も来いよ。十時に大ノ宮のショッピングモール前集合な』

『お兄ちゃん日向先輩と話してるの!!?変わって変わって!!』

『あぁ、楓、お前ちょっとやめろ!!今俺が話してる!!』

『える!おー!ぶい!いー!ひ、な、た!!』

『ファンクラブ!?お前は日向のファンクラブにでも入ってるのか!

?あぁ、もう!じゃあまた明日な!』

『あぁ待って、日向先輩……いや、日向お姉ちゃぁぁあん!!』

『うるさァァァァい!!』

 

 ツーツーツー

 

 あっ……。切れてしまいました。

 

 ふふ。あの兄妹、いつもとっても仲良しです。兄弟のいない私には、なんだか羨ましく思ってしまいます。

 

 ……日向、お姉ちゃん……。

 

 ふひひ……お姉ちゃん……♪楓ちゃんと会うとお姉ちゃんって言われちゃいます♪

 困りました、とっても困りました♪

 

 私はベットに寝転んで、自分の左手を見ます。

 

 エータローくんと手を繋いだ時、とても心が高鳴りました。エータローくんの手は暖かくて、大きくて、少しゴツゴツしてて、男の子らしい手でした……。

 手を離す時は、とっても名残惜しくて……ずっと繋いでいたいと思いました。もっとエータローくんに近づきたいです。もっとエータローくんと一緒にいたいです。

 

 私は自分の左手を握りしめて、その手を胸に抱きます。

 

 もう一度だけでも、エータローくんと手を繋ぎたいです。

 

 ……けど、別に私達は恋人同士という訳ではありません。

 

 エータローくんの事は好きです。でもそれは、異性としてでは無くて、友達として。

 

 ────私がエータローくんに抱いてる感情は、一体なんですか?

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 『下面如菩薩内心如夜叉(げめんにょぼさつないしんにょやしゃ)』という言葉がある。

 女の人の外面は仏のように優しそうに見えるが、内心は鬼、夜叉のように恐ろしいという意味らしい。

 まぁ菜月や楓、真宮のような気の強い女達と会話をする事が多い俺達には馴染み深い意味なのかもしれないが、かと言って、初対面の人間を客観的視点でその様に見ることは無いだろう。それは少しばかり常識から外れている。

 しかし、女というのは怖い生き物だ。あまりにも優しい女の子がいると、なにか裏があるのではないか?と思ってしまうのは普遍的な事だろう。これは常識に属する。俺は疑いを全方面から向けるつもりは無いが、盲目になる訳でも無い。

 最も、裏表のない人間というのもこの世にはいるわけで、やはり人間というのは、非合理的概念で形成されているに違いない。

 

 俺と拓が立っているのは大ノ宮市最大級のショッピングモールの前だった。こんなにデカい場所で現地集合というのも気が引けたが、運がいい事に目印となるアイスクリーム屋があったので、俺達はその付近に立っている。

 今日は草津旅行の買い出しをする事になっている。

 八月九日、真夏の朝十時。俺達はこれから訪れるであろう日向と菜月を、まだかまだかと待っていた。

 そして拓に、『なにか話せ』と言われたので、俺はそんな事を話したのだ。

 

「そういう考えは嫌いじゃないな。てか普通だろ。優しい人がいると、なんか裏があるんじゃないかって思っちまうのは。自然の摂理だよ」

 

 拓は短パンのポケットに手を突っ込みながら言った。

 

「けど例外もいるって言ったろ」

「そうだなエータローよ。例えば俺とか」

「そうだな。俺はお前が表裏のない人間だと知っている。だから俺が言おう。拓、お前は表裏のない人間だ」

 

 言ってやると、拓は薄く笑ってみせた。そして人差し指をピンと上げながら、言ったものだ。

 

「再認識させてくれてどうも。じゃあ俺も言わせてもらおう、お前は裏表がある人間だ」

 

 ほう……。せっかく人が褒めてやったというのに、なんという言い草だ。俺は抗議した。

 

「違う。それが普通なんだ」

「別に悪いとは言ってねーだろ。常識が悪じゃないってんなら、裏表があるという常識は正義に属する」

「ならお前は悪か?」

「俺はダークヒーローだ。カッコイイ……俺」

 

 何を言っているのだこの男は。

 

「なぁに男二人で馬鹿な話してんだよ」

「二人とも、お待たせしました」

 

 見ると、柄無しの白いTシャツに、ショートジーンズ、腰周りにもシャツを巻いているポニーテール姿の菜月の姿が合った。誰かが言っていた。ああいうシンプルな格好は、自分の容姿に自信が無いと出来ない代物だと……。

 次いで、こちらも白いTシャツだが、菜月と違う点と言えば上にデニムのベストを着ているところだろう。涼し気な青いハートクの刺繍が胸に施されており、下には黒いミニスカートを履いている。

 そして、彼女のトレードマークと言っても過言ではない、小さな顔に見合わない大きな黒縁丸眼鏡、日向だ。

 

「エータロー来たぞ。常に夜叉と仏が……」

 

 恐らく仏が日向で夜叉が菜月なのだろう。お前それ絶対菜月本人の前で言うなよ……。

 

「あ?なんだ拓、なんか言った?」

「いえ」

「あはは……。そう言えば、なんか日向の眼鏡姿久々に見た気がする」

 

 俺が言うと、拓も頷いた。

 

「確かに。夏祭りの時は外してたもんな。いやぁでもなんか、そっちの方が春咲さんって感じがするぜ。この前はコンタクトでも入れてたのか?」

 

 拓が聞くと、日向はぎこちなく頷いた。

 

「ま、まぁそうですね。コンタクト……です。でも市山くん、私の眼鏡姿に慣れてくれるのは、いい事です」

「ん?どゆこと?」

「いい事なんです」

 

 拓は首をかしげながら俺を見た。いや、俺を見られても分からん。

 日向はズレた丸眼鏡をカチャッと元の位置に直す。この仕草も、日向らしく、俺はクスリと笑ってしまった。

 

「櫻葉、何ニヤけてんだよ気持ち悪い」

「誰が気持ち悪いだ!!」

「それで、エータロー。今日は何買うんだっけ?」

「……ええ?あぁ、適当に遊ぶものとか必需品とか買い揃えようって話だったじゃねぇか」

「そうそう!わたしは今日ひなったんとブティックで新しい夏服買うんだ!ねー、ひなったん!」

「は、はい。楽しみです」

「という訳で櫻葉、拓、お前ら荷物持てよ!」

「「断る!!」」

 

 などというやり取りを交わしながら、俺達四人はショッピングモールの中に足を進ませたのだった。

 

 

 

「あれ!?櫻葉今、ひなったんの事日向って言った!!?」

 

 あ、もうそのくだり拓でやったから省くわ。

 

 

 

 ****

 

 

 

「うわぁ!ひなったん、やっぱ白似合うねー!シンプルなワンピースもいいし……白のインナーの上から紺のキャミソールもなかなか……」

「な、菜月さんのワイドパンツも凄く似合ってます……!菜月さんスタイルよくて、モデルさんみたいです」

 

 そんなやり取りを交わす女子二人の七変化を離れたところで見ていた俺達男二人。いや似合ってるよ?菜月も日向も着るもの着るもの全部にあってるけどさ……もう試着し始めて一時間経ってるんだけど!

 

「ふっ、エータローよ。こんなのでイライラしてちゃあ男の嗜みがなってないぜ……」

 

 片手を自分の額に当てる拓。俺は言った。

 

「何故お前は嗜みを心得ている言い方をする。俺と大して変わらんだろう」

「甘いな。俺は陣子の買い物に何度も付き合わされてるからな。これくらい慣れっこなのさ……へへっ、これだから童貞は困るぜ。チェリーボーイエータローよ」

「お前もだろ……。人の名前を芸名みたいな言い方するな」

 

「おーい!櫻葉ー!拓ー!わたしら美少女二人が、お前らの服も選んでやるからこっち来いよー!」

 

 菜月が大きく手を振ってくるので、俺達は顔を見合わせた。どちらともなく、『やれやれ』と言わんばかりに笑い。日向達の方へ歩き出す。

 

「変なの選ばないでくれよー、菜月ー!」

 

 

 

 その後も俺達はショッピングモールでの買い物を楽しんだ。

 

 

 雑貨屋。

 

「十八禁チップス?」

「エロい奴じゃねえのかエータロー」

「わ、私食べてみます……ムグ……けほっ!けほっ!!か、辛い!!」

「櫻葉!拓!テメェら何ひなったんに食わせてんだ、殺すぞ!」

「「勝手に食ったんですけど!!?」」

 

 

 アイスクリーム屋

 

「エータローよ……俺は五個乗せだぜ……」

「五個乗せとか出来るんだ……。……おい倒れる!!」

「しまった!」

「「ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!」」

「ひなったん、ちょっとちょーだい!」

「は、はいどうぞ。菜月さんのも美味しそうですね……」

「じゃあ食べさせあいっこしようよ♪はい、あーん!」

「な、菜月さん!?恥ずかしいですよ……!それに、エータローくんと市山くんがアイスまみれなんですけど!?」

 

 

 ペットショップ

 

「すげー!!ヘラクレスオオカブト!!夏だから売ってんだな!」 

「やっぱクワガタとかカブトムシって男のロマンだよなー。いつ見てもカッケーわ」

「けっ、クワガタのどこがいいんだよ。ガキだな櫻葉に拓」

「(にゃ、にゃんこが可愛いです。……あぁ、もふもふしたいです……頬ずりしたいです)」

 

 

 本屋

 

「草津の観光ガイド買っといた方がいいかな、日向」 

「割引券とか、ネットより詳しい情報とかも乗ってるので、買った方がいいと思います。私がお金だしますよ」

「あぁいや俺が」

「い、いえ私が」

「陣子!ツーピースの最新刊出てるぞ!!」

「ぬわぁにぃ!?それは誠か拓ぅ!!?」

 

 

 ゲームセンター

 

「おい、櫻葉!!お前チート使ってんだろ!!」

「はーはっはっはっはっ!!己の無力さを知るがいい菜月よ、人が深淵を覗く時、深淵もまた人を覗いてるのだ!!」

「なんか聞いたことがあるセリフだなそれ!ちょっ、春咲さん!?ストップ、ストップ!!」

「あはは!市山くん食らってください!」

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 楽しい時間が過ぎるのは早い。時刻は十六時を回り、俺達はモール内の四人掛けのベンチに座った。

 

「いやぁ!遊んだ遊んだ!!」

「買い出しって話だったのに、ほとんど買わなかったな……強いて言えば、なんでお前らの荷物を俺とエータローが持ってるんだよ」

「いいじゃん!女の荷物を持つのが男の役目だぞ!」

「あ、あのエータローくん。わ、私、自分で持ちますよ?」

「い、いや。なんのこれしき……数学で使うのは方程式つってね……はっはっはっはっ!」

「大して上手くもないし、面白くもねぇなエータロー」

「やかましい」

 

 そんな会話していると、菜月がおもむろに並んで座っていたベンチから立ち上がった。

 

「んじゃあ拓、ちょっと付き合ってくれ。行きたいところがある」

「はぁ?またかよ……」

「いいから来いよ。わたしら出てくるわ」

「おう」

 

 菜月は振り向きざまに、日向に向かってウィンクをしたような気がした。なんか企んでんな……?

 俺は日向に視線をずらした、日向は丸眼鏡を両手で直し、俺の服を掴む。

 

「あの、エータローくん。ちょっと私とも、付き合ってくれませんか?」

「……?まだなんか買うのか?」

「あの……えっと、ヘアピンを」

「ヘアピン?夏祭りの時に可愛いやつ着けてたじゃん」

「菜月さんが言うには、女の子は何個も持ってた方がいいって。……いや、ですか?」

 

 正直疲れてしまってはいたが……そんなに可愛い顔で見られたら、首を縦に振るほかないじゃないか、全く。やはり女とは怖いものだ。

 俺は立ち上がった。

 

「よし、行こうぜ」

「はい!」

 

 俺達は再び近くの雑貨屋に二人で入り、ヘアピンのコーナーに足を運ぶ。へぇ……色々あるんだな。

 様々な『花』をモチーフにしたヘアピンや、アニメのキャラクターがデザインされたものまで様々だ。

 

「結構種類あるんだな」

「で、ですね……私もこういうの買う事がないので……ちょっと驚いています」

「まぁでも、日向にはヘアピンいるだろうな。前髪長いし。顔を……隠してるんだっけ?」

「……そ、そうですね、まだ色んな人と顔を合わせるのが、なんだか怖くて……」

 

 なんだか湿っぽい雰囲気になってしまったので、俺は目の前にあったヘアピンを一つ取る。

 

「こういうのなんてどうだ?ヒマワリがモチーフになってる奴。夏だし!」

「確かにお花のシリーズ可愛くて素敵です」

「だよなぁ……日向は何の花が好きなんだ?」

「えっと……そうですね……」

 

 日向は俺の方をチラチラ見つめてくる。な、なんだ?

 そして、俺が取ったヒマワリのヘアピンの隣に置いてある、薄ピンク色のヘアピンを一つ取り、自分の顔の近くにやった。

 なんだか楽しそうに、そして嬉しそうに、言ったのだ。

 

「さ、桜かな……なんて……えへへ……」

「……あぁ……へ、へぇ……そうなんだぁ」

 

 いや落ち着け俺。日向が桜を好きな理由は、名字が春咲だからだろ!変な勘違いすんなよ俺……!!

 

「あ、あの!エータローくん!」

「へい!なんでしょう!!?」

 

 日向は両手の人差し指と親指で桜のヘアピンを持ち、それを俺に差し出した。顔が赤くなっていることが分かり、少しだけ上目遣いになる。

 

「つ、つけてくれませんか?試着してみたいんですけど、自分じゃちょっと上手く出来なくて……」

「あぁ……いいけど……」

 

 俺は日向から桜のヘアピンを受け取り、日向の前髪に触れる。

 

 俺が前髪に触れると、日向の体が少しだけピクっと震えた。

 女の子のヘアピンの付け方なんて知らない。童貞なりにぶきっちょな感じで付けるハメになるんだろうけど、日向に触れる時は、割れ物を扱うかように、慎重に触れる。それと、多分自分じゃ付けられないって言うのは嘘だ。

 前髪を左右非対称に分けて、目にかからないようにヘアピンをサッと付けた。

 

「付けたぞ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 日向は近くにある鏡にててて、と移動し、自分の姿を見た。

 そして俺に向き直る。

 

「ど、どうですか?エータローくん」

「あ、あぁ……その、スゲー可愛いよ。うん、そのめっちゃ可愛い」

「か、かわ……!ふふっ、ありがうございます、エータローくん♪……買ってきますね!」

「うん」

 

 俺はレジに向かう日向の後ろ姿を眺めた。

 そして茶色い紙袋を両手で大事そうに抱え、嬉しそうにこちらに近寄ってくる。

 

「お待たせしました」

「おう。んじゃあ戻るか、拓と菜月もそろそろ戻ってんじゃないか?」

「は、はい。そうですね」

 

 俺達は雑貨屋から出ると、先程まで座っていたベンチに向かって歩き出す。なぜだか知らないが緊張しているせいか、会話が長く続かない。俺は首をすくめながら、冗談めいた事を言う。

 

「いやぁ、それにしても、こうやって二人で歩いてるとなんかデートみたいだな。はは……なーんつって」

「……」

 

 やべぇ、地雷踏んだ。

 なんてこった。日向が黙りこくってしまったじゃないか。……こうなったら仕方がない、早く拓と菜月の元へ向かって……

 

「……ますか?」

「ん?」

 

 日向の呟き声に、俺は思わず耳を疑った。

 日向は顔を見られたくないのか、俯いたまま、俺の方に近寄る。

 そして、荷物を持っていない垂れ下がった俺の右手を、日向は左手で掴んだ。

 

「も、もっとデートのみたいなこと……しますか?」

 

 日向の俺の手を握る力が強まる。

 

 ……。そ、それじゃぁ……、お言葉に甘えて……。

 

 俺は一度右手を大きく開き、日向の左手を掴んだ。

 俺の指と指の間に日向の指が滑り込み、俺達はしっかりとその手を握る。少しだけ汗ばんでいるのが分かる。しかしそんな事を気にしている余裕など、俺には無い。

 

 俺達は見つめ合うことも、言葉を交わすこともしなかった。

 

 いやてか……多分今目を合わせたら……。……なんでもない。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

「お前らマジで付き合ってねーの!?」

「だから付き合ってねーって」

 

 ベンチに戻った俺達二人は、先に戻っていた菜月と拓に手を繋いでるところを目撃されてしまった。

 

「聞きました陣子さん……この子達お付き合いもしてないのにお手手繋いじゃってるわよ」

「聞きましたわ拓さん。もうホンットに最近の子は不純ねぇ」

「あぁ……もう、勝手に言ってくれ……」

 

 『イシシ』と菜月がいつも以上に汚い笑みを浮かべている事から、元々こいつは俺と日向を二人きりにする予定だったらしい。

 全く……。

 

 俺は横目で、何やらブツブツ言いながら頭を抱える日向を見た。拓と菜月に手を繋いでるところを見られたのと、自分から俺に手を繋ぎに来たという二つの羞恥心が彼女の中で渦巻いているのだろう。

 これも一種の賢者モードと言う奴か……。

 

「さて、そろそろ帰ろうぜ。エータローと春咲さんはこれからホテル街か?」

「「行かねーよ(行きません)!!」」

「さぁて!次会うときは草津温泉だぁ!!楽しみだね、ひなったん!」

「俺が当てたんだから、おまえら俺に感謝するよーに」

「俺が味噌ラーメン誘ったんだから、結果的に俺の手柄なんだよ!」

 

 俺は軽く笑う。そして、他三人の顔を一瞥した。

 

 みんなが本気で笑っており、今この瞬間を楽しんでいる。

 

 こんな変な奴ら三人と過ごす青春というのも、悪くないのかもしれない。

 

 草津温泉……楽しみだ。




次回から草津温泉編スタートです。


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番外編 イタズラしたい日向ちゃん

 短い短編集を3つほど執筆してみました。本編の箸休めになればと

 ※本編とは関係ありません


 【イタズラしたい日向ちゃん】

 

 

 ある日の昼休みでした。

 

 私達は屋上の用具入れの後ろで、いつもの様にお弁当を開いているのですが……

 

「すー、すー……。おい、拓ぅ……お前なんで漬物石の代わりに爪切り置いたんだよォ……」

 

 エータローくんが、私の隣で寝ています、なんでしょう今の寝言……漬物石の代わりに、爪切り……?市山くんは夢の中でも平常運転ですね。

 今は菜月さんと市山くんはいません。委員会の仕事が入ってしまって、今日はエータローくんと二人で食べていました。食べ終わって二人で並びながら談笑をしていたら、エータローくんの頭が私の肩に落ちてきました。

 ど、どうしましょう。う、動けません。

 起こしていいものなのでしょうか。ですが、疲れてるのかもしれません。でもこのまま私の肩に頭を置いたままだと、首を痛めてしまいます。

 ……うぅ……は、恥ずかしいですが、今は市山くんも菜月さんもいませんし……。

 

 私は正座をして、自分の太ももの上に、ゆっくりとエータローくんの頭を置きます。膝枕……と言うやつです。男の子にするのは初めてです。エータローくんの髪の毛が当たってこそばゆいですが……

 

 ……エータローくんの寝顔……。ふふ……

 

 つんつん……♪

 

 わぁ、ほっぺた柔らかいです。なんだか羨ましいです。

 

 つんつん……ぷにぷに……♪

 

 えへへ……♪

 

 私は起こさないように、エータローくんの名前を呼びます。

 

「エータローくん……ふへへ♪」

 

 エータローくん、全然起きません。

 それなら……。私は、エータローくんの頭に手を置きます。いつもぐしゃぐしゃ撫でられるので、お返しです。

 

 ……ナデナデナデ……。ナデナデナデ……!

 

「んん……」

「あっ……」

「すー……すー……」

 

 び、ビックリしました……!お、起きたのかと……。

 

「すー……日向ぁ……むにゃむにゃ」

 

 わ、私の夢をみてるのでしょうか。寝言に返事をしてはいけないとは、よく聞きますが、私は……

 

「え、エータローくん」

 

 名前を呼び返します。

 

「……日向ぁ」

「ふひひ♪エータローくん、エータローくん♪」

 

 ふふ、可愛いです。エータローくん可愛いです。

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 あっ、予鈴です。こ、これは起こさなくては。

 

「エータローくん!起きてください!予鈴ですよっ!」

「んー……すー、すー」

「え、エータローくん!」

 

 ………

 

 私は自分の身を屈ませ、エータローくんの耳元に自分の口を近づけます。

 

 そして、吐息を吐くように、エータローくんの耳元で、私は囁きました。

 

「……は、早く起きないと……い、イタズラしちゃいますよ〜♪」

 

「イタズラでお願いします」

 

 ガバッとエータローくんは起きました。

 

「は、早いですね。起きるの」

「あ、あぁ……いや、ほら……あの……」

 

 それにしても、人ってこんなに寝起きいいものでしたっけ……。

 あれ?エータローくんの顔が赤い……め、目も合わせてくれません。

 え?え?……う、嘘ですよね……?!も、もしかして……!

 

「あ、あの!エータローくん」

「ひゃ、ひゃい!」

「い、いつから起きてたんですか……」

「あ……あの、日向が俺の事をエータローくんって呼び始めた辺りから……」

 

 あ……あぁ……あぁ……!!

 

「え、エータローくんのバカ!!寝たフリなんてして……ず、ずるいですよ!」

「い、いや、とても起きれる状況じゃあなかったってか……」

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

 

 私は、弁明を重ねるエータローくんの腕を握ります。

 

「な、なに!?」

「い、イタズラします!……というより、バツです」

「バツ?」

「そうです。寝たフリをしてたバツです……。あの、だから、その……えーっと……」

 

 自分の顔が紅潮するのを感じました。エータローくんの顔も、自然と赤くなっています。

 私がエータローくんを掴んでいた腕を離して、意識的にエータローくんの手の方へ、自分の手を持っていきます。

 

 私達の指同士が、触れ合いました。

 

 私が手を握ろうとすると、エータローくんは焦らすように、指だけを絡ませてきます。

 

 そして私が『むー』と不機嫌な顔をすれば、エータローくんは笑いながら、キュッと手を握ってくれました。

 

 えへへ……暖かいです……。

 

 片方だけじゃなくて、両手を握ります。

 

「……き、今日は……手を繋いで……二人で一緒に帰りましょう。それがバツです……」

 

 エータローくんは、私の手を握る力を強めて、言いました。

 

「……バツになってないんだけどな……。教室戻るから手ぇ離していい?」

「嫌です」

 

 

 

 

 【男同志のジャンケンってなんか盛り上がるよなぁ!?】

 

 

「「「「「男気ジャンケン、ジャンケンほい!!!」」」」」

「いよっしゃぁぁぁァ!!!いちぬけぇぇぇぇ!!!」

「はい!四ノ宮喜んだからおまえのまけぇぇぇぇ!!」

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 あ、あれは何をしているんでしょうか……。エータローくん、市山くん、四ノ宮くん、十文字くん、井出くんが集まって、凄い盛り上がってます。じゃ、ジャンケン?

 

「なんで男子ってあんなんで盛り上がれるんだろうねー。春咲さん」

 

 隣にいた大槻さんが言いました。

 

「馬鹿だからでしょ」

 

 菜月さんの辛辣な一言。

 

「いや、猿だな」

 

 真宮さん、それはさすがに酷いのでは……。

 

「でも羨ましいよねー。あんなんで盛り上がれるなんてさ。私達もおままごとでもすれば、盛り上がれるのかな?」

 

 綾小路さんが言いました。おままごと……ですか。

 

「いいかも、ですね」

「うん!じゃあ男子も誘ってくるね〜!」

 

 え?

 

「栄太郎く〜ん!」

「おん?どうした〜?」

「私、お母さんになりたいから、お父さんになって〜!」

 

「ぶほぉ!!」

 

「エータローが吐血したァァァ!!!」

 

 

 

 

 【あの日の想いで】

 

 

「櫻葉マジ調子乗ってんなよ」

「綾小路さん!アイツと早く別れなよ〜!!」

「櫻葉アイツ俺らが話しかけるとクソキョドるのウケるんだけど!裏で悪口言ってんのバレてたわ〜!!」

 

 

 

 ……あぁ。聞きたくない。栄太郎くんの悪口は聞きたくない。

 

 やめろ。やめろ。やめろ……!!

 

「由奈?」

「栄太郎くん……。ごめん……ごめんね?……私と付き合ってるせいで、こんな……!ごめん、ごめん……!!」

「なにいってんだよ」

 

 栄太郎くんは、ヘラヘラ笑いながら私の頭に手を置いた。

 

「誰に悪口言われ用が関係ない。俺は、好きで君とつきあってるんだ。謝らないでくれよ……」

「栄太郎くん……」

 

「お〜い!!エータロー!一緒に帰ろうぜ〜!」

「櫻葉ぁ!《オレンジ》行くぞ〜!!」

「分かった!今行く!」

 

 あっ……今日は……一緒に帰りたかったんだけどな……。

 

「なにしてんだよ由奈」

「ほえ?」

 

 栄太郎くんは、私に向かって手を指し伸ばした。

 そして、ニヤリと笑った。

 

「行こうぜ!」

 

 ────「うん……!!」

 

 

 

 




次回は本編の更新です。


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第十七話 陰キャと草津

 『天は人に二物を与えず』、『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』とはよく言ったものだが、十文字の様な文武両道な人間見ていると、どうしても溜息を零してしまうのは、致し方ないことではある。

 天は二物どころか、三物、四物と人に何かを与えており、下や上どころか、ブラジルから大気圏まで人を造っている訳だ。

 俺や、中学時代からの友である市山拓という小市民にも、もしかしたら神から与えられた才能があるのかもしれない。だがそれは決して十文字の様に、万人に認められ、誇れるような才能であるとも限らない訳だ。自分には足り得ないものを望むというのは、悲しいものだな。

 

「どうだろう?」

 

 楓はそんな俺の弁に、『処置なし』とでも言いたげな表情を作り、首をすくめた。

 

「何でもかんでも才能才能って決めつけるのはよくないと思うな。そりゃあ成功した人達や、その……十文字さん?にも色んな才能はあるんだろうけど、人の力を才能って一言で片付けちゃうのは、失礼だよ。それに、一般人から見ればフェアじゃない」

 

 八月十二日。朝六時。櫻葉家玄関。

 草津温泉当日の朝、俺の家に寄ると言っていた日向達を待ちながら、俺はそんな話を楓にした。今日から三日間、俺が草津に行っている間、楓の友達もこの櫻葉家に泊まりに来るらしい。

 楓の友人の名は北条歩美(ほうじょうあゆみ)といって、楓の小学生時代からの友人だ。俺も何度か言葉を交わした事がある。決して悪い子ではないのだが、やはり楓の友人とだけあり、一癖や二癖どころでは済まない性格をしているのだ。端的に言えば……かなりのコミュ障。

 そういう意味でいえば、北条歩美は日向とどことなく似ているのかもしれない。

 

「てか、十文字さんって誰?」

 

 楓はポニーテールの毛先を弄りながら、俺の話など毛頭興味無いと言いたげな顔をちっとも崩さず、聞いてきた。

 そうか。コイツは知らんのか。十文字は……。友達……なのか?

 うぅむ。少なくとも唯のクラスメートでは無い。多分そこら辺の奴等よりかは十文字との仲はいいと思うし、かと言って友達と胸を張れるほど奴と関わったことも無いのは確かだ。

 

「まぁ……なんだろうな。俺はアイツの事を友達だとは胸を張っては言えないが、アイツの方は多分そう思ってる。みんな仲良し。みんな友達ってな。お前のクラスにもいるだろ?中心人物で、誰とも分け隔てなく接する奴。誰から見ても理想の人物さ。運動神経抜群で頭もいい、それにイケメンときた。まぁ別に嫌いじゃねぇけどな。良い奴さ、アイツは」

「あー……いるいる。私そういう人苦手なんだよね〜」

 

 ふぅむ。どうやらコイツは菜月と同じ意見のようだ。誰とでも分け隔てなく接する奴は信じられない……か。ひねくれてるが、それは人間の真理だろう。そういう奴がいつも人生で損をする。

 

「日向と中学時代からの知り合いらしい」

「ほぇ〜」

 

 訳アリの関係らしいけどな、と心の中で付け加えた。

 それにしても、日向の名前を出したというの随分と興味なさげじゃないか。俺はコイツの無関心さに少し驚いた。

 横目で見ていると、楓はそっと呟く。

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

「あん?」

「ゆー兄とかパパ、ママから連絡あった?」

 

 あぁ……なるほど。そうか、俺が帰ってくる頃には、世間ではお盆か……。

 

「ないな……俺に言ってたらお前にも言ってんだろ。父さん達は……東京だっけ?馬鹿兄貴は……知らねぇなぁ。いつも訳わかんない所いるし、連絡をよこしてくるのも月イチ程度だしな。この前居たのは……アフリカの方だったか?またエスニックな土産買ってくるぜ。あの馬鹿」

「うん……そうだね……」

「……寂しいか?」

「うん……」

 

 ……。

 

 ピーンポーン!

 

 チャイムが鳴り、俺と楓は咄嗟に玄関ドアへと視線をずらした。

 

「拓達か?歩美ちゃんかな?……はい?」

 

 玄関前でそう呼ぶと、返事は帰ってこない。あっ、決定だ。

 そしてようやく、か細い声が帰ってきた。

 

「お、お、おおおおおおおおはようございます……!!そ、その声はお兄さんですか?か、かか楓ちゃんは?」

「歩美ちゃん!やっほー!」

 

 楓そう言ってドアを開けると、そこに立っていたの女の子。

 高一だとしても背が低いと思われる楓より低い背丈。半袖の青いパーカーに、短パン。ボブカットは襟やしでしっかり切りそろえられており、俺と目を合わせようとしてくれない。俺はこの子に嫌われているのか……?

 

「お、おはよう楓ちゃん。お、お兄さんも……お、おはおは……おははは……!!」

「お、落ち着けよ歩美ちゃん……」

「エータロー!」

 

 玄関前で歩美ちゃんと話していると、住宅街の向こうから拓、菜月、日向の三人が見えた。俺は右手を軽く上げる。隣で歩美ちゃんが、『しししししし、知らない人がいっぱい!!』と目をグルグルさせているが……。

 三人はそれぞれキャリーケースを引き、各々にリュックサックやショルダーバッグを背負っている。俺も赤色のキャリーケースを転がし、家の門を出る。

 

「おはよう。エータロー」

「よう」

 

 俺と拓が挨拶を交わすと、それに習うように日向や菜月とも挨拶を交わす。

 拓は短パン、白いインナーの上に爽やかな水色の半袖ワイシャツ。菜月はこの前ショッピングモールで買った紺と白のキャミソールワンピース。日向はノースリーブのブラウスに涼し気な黒いロングスカート、そしてショッピングモールで購入した桜のヘアピンで前髪を分けていた。

 

「日向先輩、拓くん、陣子先輩。おはようございます!……日向先輩!早速ハグしていいですか!!?」

「だ、ダメです!!」

「えー!じゃあ陣子先輩でいいやー、おはようのハグしてくださぁい」

「陣子先輩でいいやってなんだ楓ちゃん!!?あんたら兄妹基本わたしに当たり強いな!!」

「俺がしてやろう楓。さぁこい!」

「お兄ちゃんまじキモイ」

 

 楓そう言っては拓を視線に捉えると、ニヤリと笑った。

 

「あ!拓くんでもいいですよ、おはようのハグ!」

「いや、遠慮しとくよ……」

「あれー?なんで遠慮するんですかー?おっかしいなあ!?」

「ははは……」

 

 楓がグイグイと拓に迫り、拓はそっぽを向きながら楓を制す。日向はそんな二人のやり取りを見て、首をかしげた。

 

「なんか、市山くん凄くぎこちないですね……いつもの感じじゃないです」

 

 ほぉう。そういうのに気づくのか日向は。

 俺は言った。

 

「あぁ。楓は一度拓に告白して振られてるんだ」

「へぇ……。え!!?そ、そうなんですか!?……そ、それって言っていいものなんです?」

「いいんじゃないか。拓も楓も気にしてないし。今もぎごちないけど仲はいい」

「そう……なんですか。でも不思議ですね。市山くんは普段あんなに……その、女の子からモテたがってるのに、楓ちゃんの告白を……」

「まぁ別におかしなことじゃないさ」

 

 俺が言うと、日向はハッとした顔をした。

 

「そ、そうですよね……。エータローくんの妹さんですし……」

「あはは!違う違う。拓は仲良い友達の妹だからって、人の好意を踏みにじる奴じゃねぇよ。俺だって、楓が誰と付き合おうが楓の勝手だって思ってる。彼氏を連れて来たらその場でケチョンケチョンにするがな」

「あはは……。そ、それじゃあどうして……」

「んー。そりゃあ……」

 

 俺は楓と拓のやり取りを見る菜月を一瞥した。

 

「モテたい人からモテないからだろうなぁ」

「……?」

 

 首を傾げる日向を、俺は気付かない振りをした。

 菜月が俺の肩を叩く。

 

「んだよ」

「あの子誰だ?」

「あぁ……」

 

 菜月の指の先には、楓の後ろにちょこんと隠れる歩美ちゃんの姿があった。両手を胸の前まで持ってきて、『ただいま私は困惑しています』と体で訴えているようにも見える。

 俺は苦笑いで答えた。

 

「北条歩美。楓の友達さ。俺達が旅行に行ってる間、うちに泊まるらしい」

 

 言ってやると、歩美ちゃんがこちらに気づく。自分を見つめてくる菜月の姿に驚いたのか、『はぅあ!!』と体をビクつかせた。

 しかし彼女にも礼節はあるようだ。こちらにててて、と近寄り、頭を下げる。

 

「ほ、ほほほ北条歩美です……。え、えええと……よよよろしくお願いします……!!」

 

 ペコペコ頭を下げる歩美ちゃんを見て、日向も言った。

 

「あぁ!ご、御丁寧にありがとうございます……!!わ、私は、はは春咲日向です!よろしくお願いします……!」

「い、いえこちらこそ!!すみませんすみません!!」

「あぁ!!謝らないでください……!すみませんすみません!」

 

 似てるなぁ。この二人……。

 

「お、おいエータロー……。そろそろ行こうぜ……」

 

 抱きつこうする楓を抑えながら拓が言うので、俺は軽く頷いた。日向と菜月にも確認を取るように一瞥すると、二人も頷く。

 俺は楓に向き直った。

 

「じゃあ行ってくるよ。楓。三日間よろしくな」

「はいはい。お土産楽しみにしてるよ、お兄ちゃん」

「え?あ、あの……お兄さん達はどこか遊びに行くんですか?」

「ん?聞いてなかったのか?こいつらと草津温泉に行くんだ。歩美ちゃんも、楓のこと頼んだぜ」

「え、えぇ!!?……か、楓ちゃん!」

 

 歩美ちゃんは楓の方を見た。楓は苦笑いになりながら答える。

 

「ごめんごめん歩美ちゃん。本当は今日もお兄ちゃんは家にいるはずだったんだけどね」

「……せ、折角お兄さんとも遊べると思ったのに……」

 

 楓は歩美ちゃんの肩に手を回した。

 

「いーじゃんいーじゃん!歩美ちゃん、ガールズトークに花を咲かせようぜ!」

「む〜」

 

 歩美ちゃんは俺とも遊びたかったのか……。てっきり昔から嫌われているのかと思っていたが……。

 仕方ない。今度埋め合わせでもしてやろう。

 

「じゃあ行こうぜ。拓、菜月、日向」

 

 俺達は二人に挨拶をすると、大ノ宮駅に足を進ませた。

 

「あの……エータローくん」

「ん?」

「歩美ちゃん……可愛いと思いますか?」

 

 なんでそんなことを聞くんだ?

 

「可愛いとは思うけど、それがどうしたの?」

「そう……ですか。……へぇ」

「あの……日向さん?」

「……エータローくんなんて知りません」

「えぇ!?ちょ……な、なんで!!?」

 

 菜月に背中をどつかれ、俺達の草津旅行は幕を開けた。



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第十八話 陰キャと温泉と甘酒と

「草津きたぁぁぁあ!!!」

 

 大ノ宮のバスターミナルから約三時間。草津温泉ターミナルで俺達は下車した。

 辺りには家族連れの観光客や、俺達と似たような高校生グループにとどまらず、外国人観光客でも溢れていた。

 バスターミナルから右へ視線をそらせば、草津の町の所々で白い煙が上がっている。遠くに見える細い路地に並ぶ出店や、温泉巡りをしてちるのか、髪が濡れた観光客が歩いていた。

 拓が声を上げたので、俺もキャリーケースを引きながら返す。

 

「温泉街って雰囲気いいよなぁ。旅行に来たって感じがするぜ」

「櫻葉ぁ。なんか臭くね?ゆで卵みたいな」

 

 菜月がいつの間にか俺の隣にいたので、俺は視線を町に配ったまま返した。

 

「硫黄だよ。源泉がそこら中に湧いてるからな。確かにちょっとキツイけど、まぁすぐ慣れるだろ」

「エータローくん。これからどうするんですか?」

「ああ。とりあえずここから歩いていた十分くらいで湯畑に着く。足湯とか出店とかもあるから、旅館のチェックインまで適当にそこらで遊んでようぜ」

「なんかエータロー引率の先生みたいだな……」

「黙ってっとお前らが勝手な行動取るからだよ!!!」

 

 言ってやると、菜月が俺の肩に手を回してくる。

 

「じゃあわたしらの責任はお前の責任だな、櫻葉先生」

「菜月……。お前なぁ!」

「じゃあ早速湯畑とやらに行くぞ!!着いてこい、お前らァ!!」

「あぁ!!ズリぃぞ陣子!!」

「おい!拓!!菜月!!走んなぁ!!……ったく、言ったそばから……。俺達も行こうぜ、日向」

 

 俺達三人のやり取りを笑ってみていた日向に視線を送ると、日向もニコッと頷いた。

 

「はい、櫻葉せーんせっ!」

「ひ、日向もかよ……。はは」

 

 俺達は顔を見合わせ、どちらともなく笑いあった。

 

 

 湯畑に着くと、俺はその美しさに圧巻された。

 なんと……!写真や映像では何度も見たことはあるが、こう実際に間近で見ると、やはり迫力が違う。

 湯畑の周りには瓦が敷き詰められた歩道、そして湯畑を囲う石柵と出店、湯畑から見上げれば、白根山がよく見える。

 俺達四人は柵から身を乗りだし、湯畑を眺めた。

 

「すっげぇな。なぁエータロー、この湯畑はどんなとこなんだっけ?」

 

 俺は丸めてケツポケットに入れていたガイドマップを開き、それを読んだ。

 

「んー。ああ、知っての通り、草津で一番の観光名所で、日本三名泉の一つだとよ。毎分四千リットル。日にち単位だと、ドラム缶二十三万本の源泉が湧き出てるらしい」

「毎分四千……!?一日でドラム缶二十三万!す、凄いですね……!!」

「確か、湧いてくるのはすげぇ酸性なんだよな。殺菌効果があるとかなんとか」

 

 菜月が言うので、俺は答えた。

 

「pH濃度は2.1のド酸性だな。……これを使った《湯けむり亭》っていう足湯があるんだが、行ってみるか?」

 

 確認するように俺の右にズラリと並ぶ三人を見ると、全員がコックりと深く頷いた。石柵から離れ、近くにある湯けむり亭へと向かう。

 拓と菜月が並びながら歩いているのを後ろから日向と見ていたら、日向が口を開いた。

 

「わ、私……お友達と旅行って初めてです」

「そうなのか?……あぁでも、俺もそうかも。拓の家に俺が泊まったり、俺の家に拓が泊まったりはした事あるけど、こうやって友達とガチの旅行って初めてだ」

「え、エータロー君達もそうなんですか!?」

 

 日向がバッと身を寄せてくる。おお……ち、近い。

 

「うん。友達と旅行は初めてだ」

「ふひひ……。じゃあ私達、両方初めて同士ですね。エータローくんと、初めてが一緒です。ふふっ♪」

 

 口元を抑えて控えめに笑う日向はとても可愛らしいのだが……。

 あんまり初めて初めてって言わないで欲しいんですけど……、初めて同士とか辞めてよ。健全な男子高生は別の方向に想像しちゃうからさ……。

 

 む……。この前ショッピングモールで買った桜のヘアピンが少しズレて、前髪が垂れ下がろうとしている。

 俺は『ちょっとストップ』と言う。

 

「なんですか?」

「いや、ヘアピンが取れかかってるぞ」

「ほえ……や……あっ……」

 

 俺は日向の前髪に手を伸ばし、ヘアピンを付け直してやった。

 

「あ、ありがとうございます……。エータローくん」

 

 恥ずかしげに日向が俯いたので、俺も不意に視線をずらしてしまう。

 

「お、おう。ちゃんと付けとけよ……。ほ、ほら行こうぜ、拓達が待ってる」

「はい」

 

 

 湯けむり亭はかなりの人だかりだったが、ちょうど四人程度が座れるスペースがあったので、俺達はそこに腰掛けた。靴と靴下を脱ぎ、恐る恐る足を温泉に入れる。

 

「うぇぇええええ!!生き返るねぇ、ひなったん」

「あはは……!菜月さん。なんかお父さんみたいですよ!」

「強酸性だから、数分足を浸けただけで温浴効果を得られるらしいな」

 

 俺の講釈の途中なのにも関わらず、横から邪魔が入る。

 

「おいエータロー……見てみろよ」

「あん?」

 

 拓が俺に耳打ちで聞いてくるので、俺は拓の向いている方向へと視線を写した。

 

 なんと、とんでもない。キャッキャッ!!という擬音がよく形容されている大学生程の女子達が、足湯に浸かりながら談笑をしているではないか。しかも……全員が美人だ。

 

「ええなぁエータロォ。おなごがキャッキャッしてるのはええなぁ……。女子大生の生足を合法的に見れるとは……足湯バンザイ……草津バンザイ……俺達バンザイ……」

 

 何を言っているのだこの男は。

 とかく言う俺も、思わず女子大生グループの生足に釘付けに……

 

「おい。櫻葉、拓」

「へいなんでしょう姫」

 

 拓の切り替わりの速さよ。

 

「女子大生の生足ばっか見てんじゃねぇ。通報されんぞ!」

「な、何を言う陣子よ。不可抗力だろう!」

「いやお前ガン見してたじゃん……」

「え、エータローくん……その、やっぱり、そういうのが……」

「え!?あ、いや違う!違くないけど違う!!」

「櫻葉に拓!!お前らは何も分かっていない!」

 

 突然菜月が繰り出す。

 菜月は日向の体を引き寄せ、自分の足と日向の足を絡ませやがった。……お、おぉ……。

 日向は驚いた様子、そして、菜月はニヤニヤしながら言ったのだ。

 

「こっちには現役JKの生足が四本もあるんだぞぉ?希少価値的にこっちを見るべきじゃあないのかね、童貞共よ」

「や、やめてください!菜月さん!!」

「なんだよ、ひなったん!照れちゃってぇ!ほれほれ、もっとおじさんと足を絡ませようではないか!」

「な、菜月さん!!?ひゃっ、ひゃっあ!!」

 

「エータロー……」

 

 拓が俺の肩に手を置いてくる。そして、一筋の涙を流しながら、グッジョブ。

 

「いいなぁ。足湯って……!!」

「足湯関係ないし……、なんで泣いてんの?」

 

 

 

 足湯から上がれば、既に旅館へとチェックインが出来る時間になっていた。俺達の旅行は湯畑の近くに位置しており、湯けむり亭から徒歩十五分程で到着。

 福引で当てた旅館なだけあって、外観はかなり豪華だ。とても普通に生きてきた高校生四人組が、プライベートで来れるような場所ではない。周りを歩いている観光客達も、如何にも高そうな身なりをしており、正直俺達は場違いだ。

 中に入り、エントランスでチェックイン。鍵は二本渡された。

 部屋割りは勿論、俺と拓。日向と菜月。

 部屋に入る直前、俺は言った。

 

「温泉入りに行くんなら早く準備して出てこいよ。特に菜月」

「わーってるよ、櫻葉先生。準備したらすぐだろ?」

 

 そう言って菜月とど付き合いをすると、俺達はそれぞれ割り当てられた部屋に入った。

 部屋は十畳程の畳が敷き詰められた部屋で、中央には長方形の長机、部屋の奥には窓から外の景観を見るための椅子と丸机が置かれている。

 一度椅子に座って窓の景色を見ていると、机の上に置かれていた和菓子をボリボリ食べながら拓が近寄ってきた。

 

「中々いい景色だな」

「高級旅館だからなぁ。高校生の俺らには勿体ねーよ」

「だな。……楽しそうだなエータロー。春咲さんと来れて」

 

 拓がニヤッと笑いながら言う。いつもならここで溜息をついて一瞥で終わるのだが、気分が乗っている俺は言い返してやった。

 

「そういうお前も楽しそうだな。菜月と来れて」

「はぁ?なんでそこで陣子が出てくんだよ!馬鹿な事言ってんな。アホエータロー」

 

 そんなやり取りをしていると、部屋のチャイムが鳴らされる。扉の向こう側から日向の声が聞こえた。

 

「じゅ、準備が出来ましたっ!温泉行きましょう、エータローくん。市山くん」

 

 俺と拓は顔を見合わせ、部屋に備え付けられた浴衣とバスタオルを掴んで、部屋をあとにした。

 

 これから行く温泉はこの旅館と共営しているものらしく、旅行内に設置された木製の屋根付きの廊下を渡っていけば直ぐに着く。

 赤いのろしが女子。青が男子だ。

 拓と『お前赤いけよ』、『お前が行けよォ』という温泉に来た男子恒例の馬鹿なやり取りを交わし、青へ。

 

 脱衣所で服を脱ぎ、温泉へ。

 先程見た時間は5時半で、既に多くの宿泊客が温泉に浸かっていた。温泉は露天で、様々な効能が書かれた湯がある。

 俺と拓は体を洗い流し、白く濁った湯に顎までどっぷり浸かった。

 

「くぅぅう!染み渡るぜい……」

「なんかぁ……今までの疲れが全部抜け落ちてくみたいだ……。なんだかんだこの夏休み、色々あったもんなぁ」

 

 俺が空を見上げて言うと、タオルを頭に乗っけた拓が俺の隣までくる。

 

「そうだなぁ……。それで?なんか分かったか?由奈ちゃんのこと」

「……分からん。本人に聞く訳にもいかんし、十二月がどうとか言ってた日向に聞くのも気が引ける」

「……うーん。十文字辺りならなんか知ってんじゃねぇか?」

「去年十文字とは違うクラスだったろ?さすがに知らねぇだろ。天下の十文字様でも」

「なぁエータロー。話変わるんだが……」

「あん?」

「《秋人(あきひと)》さん。覚えてるか?」

 

 覚えていた。本名《菜月秋人(なつきあきひと)》。菜月の実の兄貴だ。

 俺達が中学の頃、一応進学校をなのっている大ノ宮高校よりも頭二つ、三つ抜けた進学校に通っていた。

 俺も何度か話したことはあるが……確か高校卒業と同時に……。

 

「秋人さんが、どうかしたか?」

「連絡があったらしい。一昨日、非通知でな」

「菜月にか?」

「ああ、ほとんど会話は無かったらしいんだ。電話の向こうでボソボソ声が聞こえて、切られたらしい」

「それ、ホントに秋人さんか?」

「俺はその場にいなかったからなぁ。ただ、陣子は間違いないって言ってたよ……」

「そうか」

 

 詳しい事情は知らないが、秋人さんは俺達が中学二年の時、高校卒業と同時に家を出て行ったらしい。家族との縁を切ったそうだ。

 大ノ宮最大の進学校に通っていた為か、親からの重圧もかなりのものだったとも聞いている。秋人さんが家を出て行った後の菜月は、とても目を当てられるものじゃなかった。

 いつも死んだ魚みたいな目をして、痛々しい程やせ細っていたのも、記憶にハッキリと残っている。

 あれから三年……なんで突然連絡なんか……。

 拓が続けた。

 

「元々、高校時代も夜に外出する事が多かったらしい。あんまり思慮深い連中とつるんでる訳じゃ無さそうだったよ」

「大ノ宮に戻ってくるのかな?」

「さぁな。陣子もそこは分からいそうだ。でも……」

 

 拓は温泉の中で、ギュッと手を握った。そして軽く水面を叩いて、言ったのだ。

 

「戻ってきたら、一発ぶん殴ってやんないと気がすまねぇ……。あの人が出て行ってから、陣子がどれだけ泣いたのか……分からせてやんねぇと」

 

 ……。

 俺は拓の頭にチョップを入れる。

 

「いてぇな!!」

「人の事言えた義理じゃないが、辛気臭ぇんだよ。草津だぞ?温泉だぞ?友達と旅行だぞ!暗い話はやめだやめ。秋人さんが戻ってくるとまだ決まった訳じゃねぇしな」

「……。わぁーってるよ!!もう一回体洗うぞエータロー!背中流せ、背中ぁ!!」

「へいへい……」

 

 

 ****

 

 

 温泉から上がり、俺達四人は大広間で食事を取った。

 そして時刻は、九時を回ろうとする。

 

「日向と菜月は?」

 

 温泉街を散歩して、旅館の部屋に戻ったのだが、隣の部屋から二人の気配がなかったので、俺は部屋の畳に敷かれた布団の上で寝転がる拓に聞いた。

 

「会ってねぇの?お前と合流するって、温泉街の方に散歩に行ったぜ?」

「マジか。すれ違ったな」

「お前が散歩に出てすぐ行ったから、そろそろ戻ってくるんじゃない(ドンドン)か?」

 

 拓の声に被さるように、俺達の部屋のドアが叩かれた。なんだァ?チャイムならせチャイム。

 

「さ、櫻葉!!拓!!早く開け……う、うわぁぁ!!!」

「菜月(陣子)!!?」

 

 菜月の叫び声。一体何事かと俺達は部屋のドアに向かった。恐る恐る、ドアを開ける。……んな!!?

 

「菜月さぁん!!もっと飲みましょうよォ〜うふふ……!!」

「ひ、ひなったん落ち着けって……!!きゃあ!!」

 

 俺と拓の部屋の前に倒れ込んでいたのは、真っ赤な顔をした浴衣姿の日向に押し倒される菜月の姿だった。

 

「ふふ……。あっ!!エータローくんだぁ!!」

「ひ、日向?お前、顔赤いけど……」

「えぇ〜?そんなことないっすよォ〜〜♪」

「陣子……!お前春咲さんに酒飲ませたのか!!?」

「ち、違う!!温泉街で甘酒を配ってたんだ……。ひなったんとそれ飲んでたら突然倒れてこの状況だよ!!」

 

 あ、甘酒で酔っ払ったのか……!?

 

「さ、櫻葉、拓!!あとは頼む!!」

「はぁ?おい、菜月!!」

 

 菜月は俺に日向を押し付けると、隣の部屋に駆け込んだ。日向は浴衣越しに俺の胸板に顔を押し付ける。

 

「……エータローくん、あったかぁい……♪ふふ……♪」

「ひ、日向ぁ!!離れろ!!」

「やぁだぁ……!!意地悪しないで……!!日向はエータローくんと、もっとギュッてするの!!」

「エータロー……俺も向こうの部屋行ってるわ」

「お、おい!!変な気を使うな!!」

「エータロー……」

「ん、んだよ……」

 

 拓は去り際に、肩目を瞑りこう言い放った。

 

「酔った女の子って、なんかエロいよな」

「ぶち殺すぞ!!!」

 

 拓も菜月が入っていった隣の部屋に移り、廊下には俺と日向の二人が取り残された。と、とりあえず……この酔っ払いを部屋に入れなくては……。

 

「ふへへ……エータローくん……エータローくん……エータローくん!!」

「うわ!!」

 

 日向は俺を引っ張って部屋に入ると、敷かれている布団の上に俺をほっぽり投げた。

 あぐらをかいて布団の上に座る俺の前に、日向は立ちはだかる。

 

「なんだ頭がポワポワしますぅ……」

「い、一回落ち着け?な?お前酔ってんだよ!!」

「むー。ふひひ……エータローくんと二人きり……」

 

 日向は俺のあぐらにまたがり、俺の首周りに両手を回してくる。

 日向と俺は向き合った形で、ほとんど密着した状態になった。

 

 ち、近い……!!てか日向……めっちゃシャンプーのいい匂いがする……!ヤバイヤバイヤバイ!!反応するな俺のエクスカリバー……!!

 

 そんな俺の考えなど知る由もなく、日向は額同士をコツンとぶつけ合わせた。そして、ニヤリと笑う。

 

「今夜は寝かせないぜ☆エータローくん♪」

 

 ヒィィィィイイイイイイイイ!!!




次回は酔っ払った日向回です


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