彼女に振られたら陰キャな女の子になつかれました。 (そーめん)
しおりを挟む

第一話 陰キャと出会い

どうも作者です。

その場のノリで殴り書きしていたら出来上がっていたので、投稿します。

お気に入り、感想、評価を頂けると嬉しいです!


※展開や内容、登場人物は異なるオリジナル作品ではありますが、『彼女お借りします』という作品に影響を受けて執筆しています。それを理解した上での観覧をよろしくお願いします。


 夕暮で綺麗に赤く染まる教室。

 その場にいるのは俺と一人の女の子だけ。微かに聞こえるブラスバンド部の演奏に演劇部の声出し、アカペラ部の美しい音色。

 

 この俺《墨川悠真(すみかわゆうま)》は県内ではそれなりに名の通る進学校に通っている何の変哲もない高校一年生。

 

 しかし、彼女はいる。

 

 

 

 繰り返そう…

 

 

 

 彼女はいる!!!

 

 

 

 それこそが今俺の目の前で何かを言いずらそうにモジモジしている女子生徒。茶色のボブカットの前髪は眉上でしっかりと切り揃えられており、女にしても低い背丈はリスのような小動物を連想させる。可愛らしくもどこか頬を赤らめているのがわかった。

 放課後の雰囲気を色濃く残したこの教室で、彼女は口を開いた。

 

「別れよっ!!他に好きな人出来ちゃった!」

 

「は?」

 

 甘い春休みを目前とした三月六日。

 

 墨川悠真は彼女である《綾小路由奈(あやのこうじゆな)》に振られたのだった。

 

 

 

 

 

 

彼女に振られたら陰キャな女の子になつかれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全く…酷い夢を見たもんだ。

 うつ伏せで寝ると悪夢を見るとはよく聞く話だけど、どうやらこれは本当らしい。

 俺は目覚まし時計と共にベットから身を起こした。

 

 

 俺程の何の変哲もない一般人はこの世界に居ないのではないかと、俺は自負している。

 

 両親はなかなか家に帰っては来ないが毎月振り込まれるお金で俺達を養ってくれるし、コロンブスの生まれ変わりを自称するクソ兄貴は大学に入るや否や自分で貯めた金で世界中を飛び回っている。

 今はマイラブリーヤングシスターと二人暮しだ。シスコン?ざけんな。俺はシスコンじゃねぇただ妹が好きなだけさ。

 確かに一般的な家庭から見れば少しだけ異質かもしれないが、別に俺の一家は千手観音の様に手が六本あったり顔が三つあったりする訳では無い。

 俺にとってこれは普通で、これが日常なのだ。

 

 高校受験は大変だったけど、それだって()()()()()()()()()()()()()()だったわけで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と胸を張れる体験をしたことは無い。

 中学の卒業式には校門を出て振り返り、『あぁ特に思い出はなかったな』と心の中で呟いた。約二年後、《船戸森(ふなどもり)高校》を卒業する際にも、それは変わることは無いだろう。

 

 だからこそ、俺の事を好きだと言ってくれた女子生徒がいた時に、俺はこれまでかと言うほど舞い上がった。

 そりゃあ友達の前では『は?別に彼女とか欲しくないし。高校生カップルがゴールする確率知ってっか?十人に一人いないんだぜ?』といった。

 『お前そういうの調べるんだ』という中々鋭いツッコミを貰ったのも記憶に新しい。最近『高校生で彼女を作ったとしても。』という完全に負け組思想を抱くようになっていたので、いつの間にか俺の検索履歴には『高校生 カップル 結婚 確率』というワードが残っていた。

 ゴミ箱ボタンを押して無感情でそれをなかったことにする。

 

 そもそも高校生で結婚を意識して付き合う連中自体が少ないのは確かだろう。大半は『恋人持ちの俺、私』に自惚れしているだけなのだ。滑稽だな滑稽。

 

 高校生で恋人持ちの人、ゴメンな。お前らが結婚出来る確率は一割以下なんだよ!!(負け犬の遠吠え)

 

 二階の自室からリビングに向かうと、既にテーブルの上に朝食が並べられていた。俺は台所と向き合う少女に話しかけた。

 

「おはよう。いい朝だな、妹よ。」

 

「ご機嫌麗しゅう。いい朝だね、兄よ。」

 

「お兄ちゃんと呼びなさい。それかお兄たま。」

 

「やだ。」

 

 といういつもの下らないやり取りを繰り広げ、俺はテーブルに座った。ふふふ、照れ隠しが上手くなったのう我が妹よ。え?本音?まさか…。

 トーストの上にはベーコンエッグが乗っており、その他にも野菜の盛り合わせとコーヒー、そしてデザートのヨーグルトが置かれていた。

 コーヒーを啜り、ベーコンエッグを眺める。朝は食欲がわかんのだ。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。」

 

「なんだい。」

 

「元気ないね。」

 

「朝はな。」

 

「春休み前から、いつも。」

 

「…。」

 

 我が妹、《墨川楓(すみかわかえで)》。俺と同じ船戸森高校に通う高校一年生。未だにパジャマで髪はボサボサだが、いつもは梳かした髪をポニーテールで縛っており、小学生時代は大人びている顔と言われていた。しかしこいつは小学生時代の顔のまま身長だけが成長し、未だに小学生と言っても通るレベルで背丈が低い童顔へと変わってしまった。

 楓はハムスターのようにトーストを口に頬張ったまま言った。

 

「彼女さんの事は忘れなよ。あんな可愛い人、お兄ちゃんには《高嶺の花》だったんだよ。それに…私はなんかあの人嫌い…」

 

「苦手じゃなくて嫌いかよ。お前の将来の姉になるかもしれない子だったんだぞ?」

 

「うわー、結婚まで考えたんだ〜。キモすぎわろたー。そりゃ振られるわー。」

 

「ぶっ飛ばすぞてめぇ。」

 

 分かってんだよ…んな事くらい。綾小路と俺とじゃ、やっぱり生きてる世界が違った。半年付き合えただけでも大したもんさ。

 俺は口を開く。

 

「恋は運命なんて言うが、何が好きで何が嫌いかなんてものは後天的に覚えていくものなのさ。善行を褒められて、悪行を叱られる。そんなものが先天的、ロマンチックに言えば運命論で決められてるとしたら、世の中は不公平だ。綾小路は後天的に俺を嫌ったってことだろ。別に引きずってるとかじゃない。」

 

「お兄ちゃんって時々変なこと言うよね。そういう屁理屈ならべるところ、私は嫌いじゃないよ。」

 

 俺はいつの間にか手が進んでいたベーコンエッグトーストの最後の一口を口に放り込んだ。

 コーヒーでそれを流し込み、テーブルの下に置いてあったリュックサックを掴む。

 

「んじゃ、洗い物頼む。行ってくるわ。」

 

「はいはい。いってらっしゃい。…ん?やっぱりお兄ちゃん未練タラタラじゃん。」

 

「なにが?」

 

 楓が渡してきた俺のスマホの待ち受け画面は、綾小路由 とのツーショット写真だった。

 

 だっせぇな…俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の通う《船戸森高校(ふなどもりこうこう)》は県内では進学校に属しているが、部活動が盛んな訳でもないし、特に有名大や難関大に合格したという実績が多い訳では無い。

 

 家からとの二十分。住宅街を抜け、丘の上にあるのが船戸森高校だ。

 

 二年A組。我がクラス。

 気が重い。学校は嫌いだが、友好関係は悪くは無い。友達だってそこそこいるし、不良に目をつけられている訳でもない。しかし…

 

 

「あ!ゆー君!おはよー。」

 

 

 俺のクラスにはこの女の子、綾小路由奈がいるのだ。

 教室の前に突っ立っていた俺に、綾小路は話しかけてきた。

 なんの躊躇いもなく、なんの悪びれもなく、まるで最初から何も無かったかのように…。

 

「…うん。」

 

「ちょっとどうしたのゆー君!くらいよー!」

 

 いや、誰のせいやねん。…にしても…。

 

 やっぱ可愛いなぁ。目とかめっちゃクリクリしてるし、髪はフワフワしてるし…それに…。俺は馬鹿みたいに短いスカートの下に視線を下ろした。

 色白でめっちゃ足細いし…。なんで俺にこんな笑顔で話しかけてくんのかな…。

 

「ねぇクラス入りたいからどいてくれる?」

 

「あ、あぁ。悪い。」

 

 綾小路由奈は俺がドアの前からどくと、笑顔で頷いて教室入って言った。中からは『由奈おはよー!!』という声と、『おはよー!』という返事が聞こえてきた。

 

 クラスでもカーストトップの連中とつるんでいる子は違うな。俺なら絶対クラスであんな大声出せねぇよ。

 

「おまわりさーん!!朝っぱらから元カノの足を見て興奮してる視姦魔がここにいまーす!!バードウオッチングならぬガールウォッチングか?」

 

 俺をコケにするような声と共に俺は振り返った。

 

「お前…。」

 

 俺の事を視姦魔扱いした男は中学時代からの友人であり、()()最もこの学校で俺が信用を置いている相手、《市山拓(いちやまたく)》。

 爽やかな短髪に、中性的で穏やかな顔立ちは、一部女子から絶大な人気を誇っているが、それはフェイクだ。

 下ネタは所構わず言うし、シリアスな場面では空気読めねーし、男友達としてはかなり面白い奴だけど、中身を知っている女子から見れば色々と残念な男だ。

 

 拓は俺の肩に手を回した。

 

「だから言ったろ相棒。お前に由奈ちゃんは似合わねーんだよ。お前はゴキブリと蝶々が一緒にいるところを見てどう思う?」

 

「俺はゴキブリ扱いかよ!!」

 

「いやでも分かるぜ。由奈ちゃん可愛いもんな。お前が付き合えただけ奇跡だよ。色白いし足細いし…胸は…まぁ無いが、ベッドの上でも尽くしてくれそうだな。」

 

 どこまでも無礼な奴だ。人の元カノを…お前が視姦してんじゃねぇか。

 

「あの…!!」

 

「「あん?」」

 

「あの…入りたいんですけど…」

 

 振り向くと、肩ほどまでの黒髪の少女が両手でリュックサックの紐を握りながら立っていた。顔は伏せているので見えない。

 

「あァ!わりぃね!!」

 

「ひっ!いえ…大丈夫です。」

 

 未だにドアの前に突っ立っていた俺達に話しかけてきた少女は、俯いた猫背のまま俺達の横を通り過ぎた。えっと…名前は…。

 そんな事を考えていると、拓が口を挟む。

 

 

「ああいう大人しめもいいよな。無知な私がイケない事を知ってしまって。みたいな…」

 

「突然失礼極まりないぞお前。てか大きな声出すなよ、一条(いちじょう)さん、ビビってたろ。」

 

 そうだ。《一条日向(いちじょうひなた)》。あんまり関わったことないから忘れてた。てか俺は今席隣だし。

 

「一条さんっていうのか…ほう。」

 

「知らなかったのか?」

 

「あぁ。日陰姫(ひかげひめ)って誰かが呼んでたのは知ってたんだけどな。」

 

 日陰姫ねぇ…。拓は続けて言った。

 

「あんまりそういうアダ名は好きじゃねぇ。」

 

 同感だ。

 《姫》はまだしも、《日陰》なんて名詞は明らかに悪意のあるアダ名だ。

 俺らと一条さんが同じ人種の人間だからかもしれないが、ああいう人間は人に強く言えない。アダ名で呼んでるヤツらに悪意があるのかはほっといて、呼ばれている方はいい気持ちではないに決まってる。

 

 俺は教室の一番後ろ、窓際の席辺りに集まるグループを見つめた。

 グループ構成は四人。男子二人に女子二人。その内の一人に綾小路由奈がいる。

 

 由奈はグループの男子の一人。船戸森高校二年スクールカーストトップの《十文字昴(じゅうもんじすばる)》と話していた。

 楽しそうに喋ってんな…俺と居る時はあんな顔してなかったろ。

 

 由奈は…俺となんの為に付き合ってたんだろ…。

 

「はぁ…」

 

「ユーマ。」

 

「んだよ。」

 

「もう一度言う。いい加減目ェ覚ませ。お前と由奈ちゃんは別れたんだよ。いつまでも元カノを眺めて溜息を零すのはやめろ。」

 

 

 ────分かってるよそんなこと…。

 

 けど、あの子と居る時は…これまでに無いくらい幸せだったんだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の席に座ると、隣で一条さんがセッセとリュックサックから教科書を取り出していた。毎日持ち帰ってんのか…偉いな。そう言えばさっきは顔を伏せていて忘れていたが、一条さんは丸メガネを付けているのだ。眼鏡の光が反射していて、眼鏡のなかの瞳は見えない。

 

 ん?なんかオロオロしてるぞ。メガネケースを弄ってんのか?

 

 あっ、リュックサックの中を探し始めた。両手を胸の辺りまで上げて、『今私は困っています』と言わんばかりのオロオロした行動を取る。

 何探してんだろ、机に置いたメガネケースにメガネ拭きは入ってるし…まさか…

 

「ねぇ、一条さん」

 

「はい!!…あの、なんでしょう。」

 

 一条さんはビクッと体を震わせた。俺に対して警戒するように一歩下がりながら口を開く。

 

「あの、違ったら悪いんだけど、眼鏡なら掛けてるよ?」

 

「ほえ?…あっ…!」

 

 一条さんは自分の顔を触って確かめる。すると、茹でられたカニのように一気に顔が真っ赤になるのが目に見えた。

 黙って俯き、俺に何度もペコペコと頭を下げた。

 

「墨川くん、ごめんなさいごめんなさい!」

 

「あ、いや、謝らなくても大丈夫だから。」

 

「ねぇ、日陰姫ぇ!!」

 

 一条さんの体が更に震える。なんだ?

 見ると、一条さんに近寄ってくるのは二人の同じクラスの女子生徒。名前は知らない。痩せてる方と残念な方に分けよう。

 てか大きな声出すなよ。一条さんビビってんだろ。

 

 痩せてる方が声のトーン落とさず話を続ける。

 

「うちらちょっと喉乾いちゃってさー、購買でいちご牛乳買ってきてくんない?」

 

 あん?

 

 一条さんはオロオロしながら言った。

 

「いや、でも、もうそろそろ登校のチャイム鳴るし…」

 

 残念な方が『ちっ』と舌打ちをした所で、口を開く。

 

「いいじゃん別に一回くらい遅刻になったってさぁ!!だったらもっと早く登校すればいいのに!」

 

「ほんとそれ。日陰姫、頼むわ。()()()()()()()()()

 

 なんだこいつら…友達?パシるのが友達かっての…。

 

「…っ!!…そうだね…じゃぁお金を…」「立て替えといてよ。」

 

「…うん。」

 

 そう言い残したあとに、女子生徒二人は歩いていった。

 一条さんはリュックサックから可愛らしい猫が刺繍された小銭財布を取り出すと、教室のドアに向かって歩き出した。

 おいおいマジかよ。

 

「ちょっ…一条さん!」

 

「?」

 

「いちご牛乳…買いに行くの?」

 

「うん…墨川くんも…いるんですか?」

 

「ち、ちがうそうじゃなくて!!そんなんいく必要ないでしょ!?」

 

「あります…だって二人は友達ですから。」

 

「パシリにされて、金を出させられんのが友達なもんか。利用されてるだけってのに気づいた方がいい。」

 

「…違います。これが友達なんです。友達には尽くさなきゃいけないんです。」

 

 マジでこのバカ女…っ!!何考えてんだよ…友達には尽くす、それは間違ってない。でも、一条さんのやり方は違う。なら…

 

「…いくらだ?」

 

「?」

 

「いちご牛乳、いくらだ?」

 

「えっと…九十円、です。」

 

 安。

 

 俺は振り返り、少し離れた席の拓に声を大にして話しかけた。

 

「拓!!いちご牛乳飲まねぇ?」

 

 拓は少し驚いた表情でこちらを見た。先程一条さんにいちご牛乳を注文した女子生徒二人も、綾小路達がいるクラスのトップグループも、俺の方を向いた。

 

 拓は一度ニヤッと笑って、俺にスキップをしながら歩み寄る。

 

「いいねぇ、いちご牛乳。おれもちょうど飲みたいと思ってたところなんだよ。」

 

 そして小声で「なんか面白いそうなことが起きてんな。しょうがねぇ、乗ってやるよ。」と呟いた。

 流石は我が悪友。この借りはちゃんと返すからな。

 

「え?え?」

 

 一条さんは状況が理解出来ないようで、俺と拓を交互に見る。俺は一条さんに視線をずらした。

 

「一条さんもどう?いちご牛乳。行くんなら、一緒に買いに行かね?」

 

 と俺。

 

「一条さん何気におれと話すの初めてじゃね?」

 

 と拓。

 

 一条さんは再び俺と拓を交互に見つめ黙って頷き、顔を伏せた。

 鼻水を啜るような音が聞こえて、肩が震えていたのは、俺と拓の馬鹿さ加減に笑っているものだ思った。

 

 

 

 勿論俺達三人は買いに行っている間にチャイムが鳴ったので遅刻扱い。

 一条さんがパシリにされている分のいちご牛乳は、俺達三人で割り勘した。

 

 別に一条さんが付いてこなくても良かったけれど、俺達だけで行ってしまったら一条さんは女子生徒二人の言う事を放棄した事になる。

 最初の俺の説得も無駄だったことから、一条さんはかなりあの二人に苦手意識を持っている。俺達に媚びを売ったと糾弾されるだろう。

 だからこそ一緒に行くという手段を取った。三人で行けば遅刻したとしても罪悪感はそれなりに薄れるだろうしな。

 

 なにより、俺と拓が買ってきたいちご牛乳を朝のホームルームをしている担任の目の前で、女子生二人に渡した時の二人の反応。

 担任にパシリをしている事がバレないか不安そうな顔は傑作だったぜ。

 

 しかし、いちご牛乳って、あんまり美味いもんじゃねぇな。

 俺と一条さんはチュウチュウといちご牛乳を飲み始めた。

 

 

 なにしてんだろ、俺。

 冷静になって考えてみれば、高校二年の六月。一条さんがパシられてる事はもっと早く気づけたはずだ。なのに俺は今日の今日まで彼女がパシリにされている事を知らなかった。いや、無意識に見て見ぬ振りをしていたのかもしれない。

 

 俺はなに突然良い奴気どってんだよ…。

 

 

 

 

 昼休み。俺の席で拓は弁当箱を広げた。

 俺は楓の作った卵焼きを口に放り込む。ほのかに甘くて口当たりの良い柔らかさ…ううむ、また腕を上げたな。流石は我が妹。

 

「なぁユーマ。」

 

「んだよ。卵焼きはやらんぞ。ちなみにミニトマトもだ。添えるだけだとしてもこれには楓の愛情が…」

 

「ちげぇよ。突然どうしたんだって聞こうと思ったんだよ。」

 

「はぁ?」

 

「一条さん。別に今日特別パシられてた訳じゃないでしょ。面倒な事は見て見ぬ振りをするのが、俺達だろ?」

 

「お前も協力してくれたじゃねぇか。」

 

「お前がやるって言うからな。断る理由がない。」

 

 拓はウィンナーを口に入れた。俺はほうれん草のおひたしを口に放り込み、シャキシャキという音と共に口を開く。

 

「普通に一条さんをパシリにする奴らにムカついた。それだけだ。」

 

「惚れたか?」

 

 拓の小馬鹿にするような声。俺は鼻で笑った。

 

「バカ言うな。…ところで、一条さんどこいるんだろうな?」

 

「ん?」

 

「いや、席は隣だけどさ、一条さん昼休みになるといつも居ないじゃん。どこで飯食ってんだろって。」

 

「ははぁ〜ん。」

 

「なんだよ。」

 

 こいつなんか勘違いしてねぇか。さっきのさっきで関わったんだから、その相手に少しくらい興味を持ったって不思議じゃないだろう。

 

「まぁ、由奈ちゃんとは全くと言っていいほど真逆のタイプだけどな。」

 

「はぁ…」

 

「いや、悪かったって。そうだ、飯食ったら一条さん捜索隊でもやるか?」

 

「ストーカーかよ…」

 

「探すだけだって。クラスの地味目の女の子が無人の教室で実は…みたいな展開があるかもしれねぇだろ?」

 

 想像力豊かで十分よろしい。『よしきた』と弁当箱をまとめ始めた拓は『あっ!』と声を出した。

 

「どうした?」

 

「昼休み委員会の集まりがあるんだ!!わりぃ、お前一人で行ってくれ!」

 

「お前が行かないならやんねぇよ。」

 

「行けよ。どうせ暇だろ?」

 

「どうせってなんだ、どうせって…。」

 

「いいから、いいから!!ほら途中まで一緒に行こうぜ!」

 

 俺は拓に背中を押され、教室から廊下へ足を踏み出した。廊下は教室より気温が高く、とてもじゃないが長居はしたくない。

 まぁどうせ教室に戻っても拓が居ないんじゃしょうがないしな。

 

 拓を会議室まで見送ると、俺は足を進ませた。

 

 

 船戸森高校は基本的に屋上が開放されており、昼休みや放課後には自由に入ることが出来る。…が、屋上が開いているとなればやはり人は集まるものだ。

 基本的に屋上はやかましく、アニメや漫画のように屋上で昼寝など出来ようにない。

 

 屋上に到着したが、やはりただ騒がしいだけで辺りを見渡しても一条さんの姿は無かった。

 そもそも一条さんは大人しい子だし、こんな所で食べないか…。

 

 俺が目を向けた先にあったのは、幾つか並んだ給水タンクだった。

 俺は何となく給水タンクの後ろに回り、影になっている場所に目を向けた。

 

「あ。」

 

「…墨川…くん?」

 

 いた。給水タンクの後ろ、制服のセーラー服のハイソックスを履いた一条さんは、両足を投げ出し、その太ももの上に弁当箱を開いていた。

 肩ほどまで伸びる真っ黒な綺麗な髪は、目の上でパッツンに切られており、特徴的な丸眼鏡の中に突如として現れた俺に驚く一条さんの瞳が見えた。

 

「お、おっす。」

 

「おっす…です。えと…どうしたんですか?」

 

「あぁ…いや、えと…」

 

 な、なんて答えればいいんだ?『君を探してたんだ!』露骨すぎる。それに理由もなく人を探す理由もない。ストーカーだと間違えられるに決まってる。

 

「えーと、いつも昼休みに教室にいないから、どこで食ってんのかなーって。」

 

「なるほどです…んしょ…。」

 

 一条さんはケツを動かし、俺の座るスペースを空けてくれた。長居をするつもりは無かったが、取り敢えず一条さんの隣に腰をかける。

 一条さんは空を見上げた。鳩を見てんのか?

 

 取り敢えずなんか話しかけてみるか…

 

「さっきは大丈夫だったか?」

 

「うん。」

 

「いつもあんな感じなのか?」

 

「うん。」

 

「困って…ないか?」

 

「うん。」

 

「紅海と地中海を結ぶ水路の一つは、スエズ?」

 

「運河。」

 

 ちゃんと話はきいているようだった。返答が全部同じ肯定だったからそれしか喋れなくなったのかと思ったぜ。

 拓がいるならここで話題が続くのだろうけど、生憎二人きりだと俺には話す話題はない。てか、俺一条さんと全然関わったことないし。

 

「墨川くん」

 

「ん?どうした?」

 

「さっきはありがとうございます。嬉しかった…です。」

 

「お礼は何度も聞いたよ。もういいって」

 

「そうでした。ごめんなさい。」

 

「いや謝らなくても」

 

「そうですね…ごめんなさい。」

 

「いやあの…謝られるとこっちが申し訳なるって言うか…」

 

「ごめんな…むぐ。」

 

 また謝りそうだったので俺は一条さんの唇を掴んで閉じた。

 『ん〜』という唸り声が聞こえる。

 

「だから謝るなって。いいか?これが終わっても謝るなよ!?」

 

 『ん〜、ん〜!』という声だけが聞こえる。何を言ってるかは全然わかんない。

 

 離してやろうとも思ったが、これはこれで楽しそうなので俺は一条さんの唇を掴んだままにしてみる事にした。

 『んんんんんんん!!んんんんんんんん〜!!』という声。一条さんが何を言いたいか大体分かってきた。多分今のは『墨川くん、離してください〜!!』だ。

 

 上目遣いのアヒル口を楽しんでいると、一条さんが泣きだしそうになっていたので俺はすぐに離した。

 

「ひどいです…」

 

「悪かったって」

 

 しばらくの沈黙。一条さんはミートボールを口に放り込むと、弁当箱をまとめ始めた。俺は口を開く。

 

「いつも一人で食ってんのか?」

 

「はい。」

 

「友達はいるんじゃなかったのか?」

 

「迷惑をかける訳にはいきませんから。」

 

 迷惑をかけるのが友達だろ。

 

 俺はなんで…一条さんにこんなにこだわってんだ…。

 今までは別にこの子の事なんて気にしたことなかった。いつも黙って勉強してて、休み時間には本を読んでて、昼休みには居なくなって屋上の給水タンクの裏で昼飯を食ってる。

 

 言ってしまえばただのボッチだ。俺が気にかけるような存在じゃあない。

 

「なぁ、少しめんどくさい話していいか?」

 

「え…えと、どうぞ。」

 

 遠慮気味にいう一条さんを横目に、俺は口を動かし始める。あれ?

 

「俺さ、一年の春休み前に彼女に振られたんだよ。知ってるだろ?今同じクラスの綾小路由奈。…あの子と付き合ってた。けど振られた、結構あっさりしててさ…『他に好きな人が出来ちゃった』だってさ…。」

 

 おい、何話してんだ俺。一条さんに話す内容じゃねえだろ。

 

「結構ショックだったよ…。初めてできた恋人に振られるって…。本気で好きだった…本気で幸せにしようと思った…本気で、あの子の理想になろうとしてた。」

 

 おいやめろ。話すな。

 

「けど…綾小路の理想は俺じゃあなかった。…あの子の理想は俺の知らない所で出来ていて、俺は理想にはなれなかった。」

 

 自嘲気味に空を見上げ、一条さんが見ていた鳩に視線をずらす。口だけが勝手に動き続ける。

 

「だっせえよなぁ!春休み前だぜ?もう三ヶ月近く経つのに、あの子と付き合ってた時間を忘れられない。写真も、思い出の品も、何も消せない…!!」

 

 何故か涙が溢れてきた。泣くな墨川悠真。女の子の前だぞ…拓にも、楓にも涙なんて見せなかったろ。泣くな、泣くな、泣くな。

 

「もう綾小路が俺に笑いかけて来ないって思うと…胸が痛くて…!…今でも、好きなんだ…。情けねぇなぁ…未練ありまくりじゃねぇか。強がって、無理して笑って…ほんと、馬鹿だよな…俺って…。くだらねぇよな。…うっ…うぅ…。」

 

 自分の前髪を勢いよく掴んで、俺は顔を伏せた。一条さんに涙を見られたくなかった。

 一条さんは何も言わなかった。呆れているのかもしれない。顔を伏せている俺を嘲笑っているのかもしれない。

 

 

 

 ────一条さんの、声が聞こえた。

 

 

 

「私は、凄いと思います。」

 

 

「え?」

 

 

「大切だからこそ忘れられないんだと思います。ほんとに好きだったから忘れられないんだと思います。思い出が大事だから、忘れられないんだと思います。そんなに人を想える墨川くんは、ホントに素敵だと思います。」

 

 見ると、一条さんは躊躇いながらも俺の肩に手を置いてくれた。その手は制服越しでもとても暖かくて、優しさを感じた。

 一条さんは淡々と続ける。

 

「そういう気持ちって、とっても大切だと思います。」

 

 

「私は、そんな墨川くんを尊敬します。とっても…だから…」

 

 

 

「くっ…うぅ…ああ…ぐずっ…うぅ…!!」

 

 

 大粒の涙が、幾つも俺の目からこぼれ落ちた。

 

 

「だから、涙を拭いてください。そして、ずっと笑っていてください。」

 

 

 いつまで泣いていたかは分からない。ただ、一条さんが俺が泣き止むまで、俺の肩に手を置いていてくれた事は覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 

「予鈴ですね。大丈夫ですか?墨川くん。」

 

「あ、あぁ。ありがとう。もう大丈夫。」

 

「よかったです。」

 

 れ、冷静になってみとすげー恥ずかしい。ほぼ初対面(?)の女の子の前で大泣きとか、しかもそれが彼女に振られた話ってどんなだよ。

 

「墨川くん、立てますか?」

 

 一条さんは俺に手を差し出してくれた。そして俺は…

 

「あぁ、ありがとう。うわ!!」

 

「きゃっ!!」

 

 俺が一条さんの手を掴むと、一条さんはそのまま俺の方に倒れ込んで来た。一条さん!!力なさすぎ!!

 

 そして…一条さんは、俺に覆いかぶさるように倒れ込んだ。

 

 

 ここここここ、これは世にいう床ドンと言うやつではないのか…。

 って…。まじ?

 

 

 俺の横に落ちていたのは、一条さんが掛けていた丸眼鏡。

 

 そして俺は、俺に覆いかぶさる女の子の顔に視線をずらす。

 

 眼鏡の度のせいで小さく見えていたのか、綾小路由奈に負けず劣らずの大きな瞳。

 長いまつ毛に近くでよく見ると分かるきめ細やかな肌に、引き締まった口元。

 

 《超絶完璧美少女》と言えるであろう一条日向の顔が、互いの吐息がかかる程まで近くにあった。

 

「ごめん…なさい。墨川くん。」

 

「いや…こちらこそ…」

 

 世の中には、大切な物事の忘れ方は二つある。

 

 一つ。時間が解決してくれる事。

 

 

 

 

 

 

 二つ。“新しい大切”が、心を埋めてくれる事だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 陰キャと友達

 一条さんを助けてから一日の時間が経過した。

 

 船戸森高校。普通棟三階。廊下。

 

 俺は横を歩く拓に向かって、淡々と口を開く。

 

「物事の見方が単一では無いというのは、今日では常識に属する。今の時代相対化の一つも出来ないようじゃ、高校生はやっていけない。でも、俺達には古来から植え付けられた固定概念が存在する。その概念から外れ別の見方で物事を見ろというのは不可能に等しいことも、常識だろう。」

 

 一度唇を舐める。

 

「けど俺達は相対化を諦める訳じゃあない。体験ある概念は変えることは出来ないが、盲目を信じる訳では無い。」

 

 俺は拓に視線をずらした。拓は歩いていく方向を見つめながら、口を開く。

 

「おめぇが何言ってるか分からないけどよー。」

 

 俺達は同時に後ろを振り向く。

 

「なーんで、一条さんは少し離れた所からお前に付いてきてんだ…」

 

「さぁ…」

 

 俺達が振り向くと同時に一条さんはビクッと体を震わし、足を止める。

 

「こりゃなつかれたなお前。」

 

「いやだからな、拓。別に一条さんに俺はなつかれた訳じゃねぇって。言ったろ?物事の見方は単一じゃない。体験ある概念以外は盲目に見ちゃいけないんだ。一条さんと俺の向かう方向が同じなだけだよ。」

 

「いやお前…さっき言ったろ?お前がトイレに行く時、一条さんフラフラしながらお前に付いて行ったんだよ。おれがとめなきゃあの子男子トイレに直行だったぜ?どこに男子トイレに向かう変態女子生徒がいるんだよ。おれは大歓迎だけど。」

 

「よく止める理性があったな。」

 

「てめぇおれをなんだと思ってる。一応清く正しい男子高生だぞ。」

 

 俺達は再び一条さんの方に視線をずらす。一条さんはその場でピタッと止まり、ジッと俺たちを見つめていた。

 一条さん…だるまさんがころんだやってる訳じゃないんだよ。

 

 なんだ…一条さんモジモジして…。あっ、こっちチラッて見た。んでまた視線ずらされた。

 見た感じ、なんか話しかけたそうにしてるのが分かるな。

 

「拓、先に行っててくれ。」

 

「お、行くのか?」

 

「あぁ。」

 

 俺は拓に移動教室の教科書を預けると、一条さんに近づいた。一条さんは一度ビクッと身体を震わせ、恐る恐る俺に尋ねる。

 

「あの、なんでしょう。」

 

 いやこっちのセリフなんだけど…。

 

「えっと、一条さん、どうしたの?」

 

「あの…これ。昨日昼休みに墨川くんが落として行きましたから。」

 

 一条さんがポケットから取り出したのは、俺のハンカチだった。黒と白の縞模様のハンカチで、綺麗に折りたたまれている。

 俺は彼女からそれを受け取った。落としてたのか…。

 

「ありがとう一条さん!なんだよ、それならもっとはやく言ってくれればいいのに。」

 

「あ、ごめんなさい。ウザイですよね…。」

 

 一条さんの表情が曇る。やべっ。

 

「いや!ウザくない!!ウザくないから!!」

 

「ほ、ほんとですか?…よかった…です。墨川くんに嫌われなくて…。」

 

 え…。何最後の…ちょっとやめてよ。清純な男子高生にそんな事言わないでよ。本気かどうかは知らないけど、そういう軽い一言が無数の男子を勘違いさせた挙句死地へと追い込むんだよ?

 

 それにしても。一条さんは自分のズレた丸眼鏡を両手で直していた。

 この子、人の表情伺ってんなぁ…。気持ちは分からないでもないけど、あんまり伺いすぎてもいいことはないと思う。

 でも、多分それだけ一条さんは人に嫌われるのが怖いんだよな。一条さんはそういうのに敏感な子なのかもしれない。

 

 …昨日の昼休み。

 俺は綾小路に振られた事を涙ながらに一条さんに話した。あの時は多分、一条さんに心を許していたかもしれない。

 一方一条さんの方も、俺が泣き止むまで肩に手を置いて隣に座ってくれていた。あの時の俺はすげーダサかったけど、一条さんはそんなの気にしないで俺を慰めてくれてたんだよな。

 

 こういう少し暗い子でも、根はやっぱりいい子なんだ。話してみないと分からないって言うし…それに…

 

 

『ごめん…なさい。墨川くん。』

 

 

『いや、こちらこそ。』

 

 

 押し倒されて一条さんの眼鏡が外れた時…いや、こう言ったら面食いだとか言われそうだけど…めっちゃ可愛かったしなぁ。

 

「なぁ、一条さんってコンタクトとかにしないの?」

 

「コンタクト…ですか?」

 

「そう、コンタク…」「ゆー君!!!」

 

 背中に声が掛けられた。高校二年生にしては幼いこの声…俺は咄嗟に振り向く。

 クリクリした大きな瞳。フワッとしたボブカットに小悪魔のような笑みを浮かべた低い背丈の女子生徒。

 

 《元カノ》、綾小路由奈が立っていた。

 

「綾小路…」

 

「やだなぁゆー君。付き合ってた時みたいに由奈でいいよ。今更呼び名変えるのめんどくない?」

 

「そ、そうかな…。あはは。」

 

「由奈、どうしたの?」

 

 おいおいマジかよ。綾小路の後ろからゾロゾロとやって来たのは、三人の男女。

 

 一人目。金髪に染められた髪は前髪が飴細工のように固めて上げられており、着崩した制服の下にはピンク色のパーカーを羽織っている。

 釣り上がった目尻は狐のようだ。

 

 名を《井出洋介(いでよすうすけ)》。

 

 二人目。この学校で最も綾小路と仲の良い女子生徒。髪は茶色に染められておりウェーブがかけられている。こちらもやはり目付きが悪く、短いスカートにでかい胸。《女王様》という固有名詞が似合いそうだ。

 

 名を《真宮愛華(まみやまなか)

 

 三人目。船戸森高校二学年スクールカースト第一位。誰にでも人当たりがよく、男女共に人気が高い。

 拓以上の爽やかな顔付きで、文武両道、成績優秀、眉目秀麗。人間を褒め称える四字熟語全てが似合うと心の中で勝手に解釈しているこの男。

 

 名を《十文字昴(じゅうもんじすばる)

 

 

 そして今の三人に加え、綾小路由奈。

 

 

 我がクラス二年A組のトップ集団の《十文字グループ》がこちらに近寄って来たのだ。ひぇ〜、俺、綾小路以外のこいつら苦手なんだよなぁ。

 一条さんは俺の後ろに隠れた。確かに一条さんもこのグループ苦手そうだな。

 

 井出が口を開く。

 

「あれ!?由奈っちの元カレ、墨川くんじゃ〜ん!」

 

 …っ!!

 

 真宮が井出の言葉に反応して、井出をひと睨みした。真宮は口を開いた。

 

「井出マジそういうのやめろ。由奈が可哀想じゃん!」

 

 俺じゃねぇのかよ、クソビッチが。

 俺は視線を十文字にずらした。十文字も何故かこちらを見ていたようで、視線どうしがぶつかり合う。俺の視線に十文字は気づくと、奴は微笑んだ。俺も苦笑で返す。なんで俺見てんだ…。いや、十文字が見てたのは俺じゃなくて…。

 俺は自分の背中にピタリとくっつく子を見た。

 

 この子(一条さん)か?

 

 

「んで、なに?綾小路…。」

 

 俺は綾小路に向かって言った。向こうから話しかけてきた訳だし、用があるなら早く済ませて欲しい。

 綾小路だけなら全然構わないって言うかむしろOKだが、他の奴らは苦手だ。

 

 綾小路は唇に手を当て、『んー』と言った後に続けた。

 

「なんでゆー君と一条さんが一緒にいるのかなって。」

 

 ?

 

「なになに、由奈っち、嫉妬してんの!?」

 

 井出が綾小路を茶化すように言うと、綾小路は顔を真っ赤しにしてかぶりを振った。

 

「い、いや!!そんなんじゃないって…私から振ったのに、嫉妬とかって出来る立場じゃないけど…なんだか気になっちゃって…。」

 

 まじで?嫉妬してんの?いやいや騙されるな俺。拓にも言われてきただろ。俺は振られてんだ…。けど…。

 

「ねえ、どうなのゆー君?」

 

「え、ええと。」

 

「付き合ってないよ。」

 

 そう答えたのは、俺でも一条さんでも無かった。答えたのは一歩後ろで俺達の会話を聞いていた、十文字だった。

 

「墨川と一条さんは付き合ってない。でしょ?墨川。」

 

 十文字は爽やかな笑顔を俺に向けてくる。俺は黙ってコクリコクリと頷いた。なんでこいつが答えたのかは知らないけど、なんだ助かった気がする。俺は視線を直ぐに十文字から綾小路にずらした。

 綾小路は俺と目が合うと、視線をずらし、頬を赤らめながら言った。

 

「へぇ、そうなんだ…。付き合ってないんだ…。ふふ。」

 

 おいおい、なんだよその顔。もしかしてまだ…

 

 まだ…未練とか残ってたりすんのかな?

 

「じゃ、じゃぁ悪いけど…次選択授業だし…俺達行くわ。行こうぜ、一条さん。」

 

 一条さんは俺の制服をぎゅっと掴んだまま、コクリと頷いた。

 十文字グループの間を通り抜け、俺達は移動教室へと向かった。

 

 

 俺はもうその場に居なかったから知らないけど、この場ではこういう会話が繰り広げられていたらしい。

 

「ねぇ由奈。墨川の奴、まだあんたに未練残ってるっぽいけど?」

 

 真宮がわらいながら聞く。綾小路はこう答えた。

 

「へぇ…で?

 

 綾小路の目に光は灯っていない。

 

「え?…いやだから、アイツまだ未練が…?」

 

「で?…なに?」

 

 より冷ややかな声が綾小路の口から発せられる。

 

「由奈…なんか怖いよ。」

 

 綾小路の目は直ぐに光を取り戻し、真宮に笑いながら言った。

 

「だから言ったじゃ〜ん!振った身なのに嫉妬とか私は出来る立場じゃないんだよ?まーちゃん、分かってないねぇ!」

 

「そ、そうだよね。なんか怒ってるのかと思った。」

 

「怒ってなんかないよー!」

 

 次に井出が口を開く。

 

「ところで昴っち。なんで墨川くんと《日陰姫》が付き合ってないってわかったんだよ。」

 

「わかるでしょ雰囲気で。多分普通に友達同士だと思うよ。それと…」

 

 十文字の目は、先程の綾小路と同様に光を失った。まるで感情などどこかに捨てて来てしまったかのように、冷酷で、残酷な視線を井出に向けた。

 

 

「一条さんのことを《日陰姫》って呼ぶのはやめろ。」

 

 

「す、昴っち…怒ってる?」

 

「あはは。いや、ただそういう悪意のあるアダ名はやめろってことさ。ゴメンな、強い言い方して。」

 

「あっ、いや俺が悪かったっつーか…。」

 

 

 こんな会話があったなんて、俺は知るよしもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉー!!めっちゃいいところジャーン!!」

 

 昼休み。昨日一条さんが食べていた屋上の給水タンクの後ろに、今日は拓を呼んだ。

 給水タンクの後ろに隠れているスペースは屋上のどの位置からも、死角になっているにもかかわらず、時間によっては日差しがよく当たり、気持ちがいい。

 

 たしかにいいところだ。俺は学校に秘密基地ができた気分になった。

 

「でも、いいのか一条さん。俺達までここ使って。」

 

「うん。二人は優しいですから…。それに…一緒に食べる?って聞いてきてくれた時、嬉しかったから。」

 

「そっか。んじゃ、食おうぜ二人共。」

 

「よし来た!!」

 

 俺たち三人は向かい合うように地べたに座り、弁当箱を開いた。

 

「おい、ユーマ!卵焼きくれ!!」

 

「断る!!これは我が妹楓の愛情が含まれているのだ!」

 

「うっわー、聞いてくれよ一条さん!こいつシスコンなんだ…ぜ…。」

 

「おい、変な事を教えるのはやめろ。俺はシスコンじゃねぇ、ただ妹が好きなだけ…さ…。」

 

 俺と拓が同時に一条さんを見ると、彼女の瞳からは一筋の涙が流れていた。俺と拓の顔はふざけた顔から一瞬にして焦りに変わる!!

 

「一条さァァァァァァん!!!どうしたんだ一条さァァァァァァん!!!」

 

 俺はほぼ叫び声のように名を呼んだ。

 

「ユーマ!!てめぇがシスコンだから一条さんが泣いちゃっただろ!!」

 

「シスコンだと泣かれるの!?」

 

「ち、違うんです。」

 

「「え?」」

 

 俺と拓は同時に情けない声を出す。一条さんは涙を拭きながら答えた。

 

「墨川くんがシスコンだから泣いているんじゃないんです。…ぐす…」

 

 いや、仮にそれで泣かれたら俺はこれからどうやって生きていけばいいんだよ。

 

「私…うぅ…誰かと一緒にお昼ご飯食べるの、小学校以来で…。ひっく。」

 

「まぁ、小学校は給食だからな。」

 

 拓が冷静に言う。空気読めよ。俺は後ろから拓の頭を平手打ちした。

 

「私、こんな性格ですから…中学校も誰とも馴染めなくて…いっつも変にいじられて…。でも、たまに自分が利用されてるだけなんだって気付いて…!!その度に心が痛くなって、私に心から優しくしてくれる人なんて…今までいなくて…!!私なんていない方がいいのかなって…何度も、何度も思って…!!」

 

 

 ────あぁ…そうか。

 

 

 似てたんだ。俺と一条さんは。

 過程は違えど、いや俺なんかより一条さんの方が辛いのかもしれないが…この子は、寂しかったんだ。

 

 大切にしてた人から突然別れを告げられて、それで心の穴を埋めようとしても上手くいなくて…、自分が嫌になって…。

 

 

 ────ずっと…寂しかったんだ。

 

 

 だから俺はこの子を助けようと思ったんだ、この子に腹割って話そうと思ったんだ。

 

 

「それでも、二人はこんな私を助けてくれて…。偽りのない笑顔で話しかけてくれて、手をさし伸ばしてくれて…!!本当に…本当に…」

 

 

 

 

 ────「本当に、ありがとうございました!!」

 

 

 

 

 一条さんは眼鏡を外して涙を制服の袖でゴシゴシ拭いた。

 拓は『おぉ』と声を出す。

 

「おい、一条さん眼鏡外すと可愛いな。」

 

「…」

 

「ユーマ?」

 

「…え、なに!?」

 

「おい、お前…まさか。」

 

 

 

 一条さんは立ち上がり、俺達を数秒見つめたあとに、手を出しながら頭を下げた。

 

「私と…お友達になってくれませんか?」

 

 俺と拓は顔を見合わせ、笑った。

 

 一条さんはなぜ笑っているのか理解出来ない様子だった。俺達は一条さんに習って立ち上がった。一条さんの手を俺が握ると、その上から拓も腕を握る。

 

 俺は言う。

 

「友達は頼んでなるものじゃないぜ?今みたいにさ、腹割って話せるの《友達》なんだよ。」

 

 拓は続けた。

 

「一条さんは、もう立派なおれたちの《友達》だよ。よろしくな!」

 

 一条さんは顔を上げ、俺たちを見つめた。俺達が握った手の上に更に自分の手を置いて、今まで見せたことのないような笑顔を向けた。

 

 

「はい!!お友達です!」

 

 

 顔が熱くなったような気がした。多分この熱は一条さんが泣いたことに焦ったせいだと思う。

 俺は視線を感じたので拓に顔を向ける。

 

 ゲス顔でニヤついた拓の視線が俺のニヤケ顔を捉えていた。

 

「いやぁ!!アオハルかよぉぉ!!」

 

「なんだよそれ!」

 

「え?どういう意味ですか?市山くん。」

 

「そんな事はいいって、お前ら飯食おうぜ。」

 

 俺達は再び座り、昼飯を口に放り込んだ。

 

「なんだかご飯がしょっぱいです。」

 

「いや…涙拭けよ一条さん。いやぁそれにしても、一条さんが学校で泣くとは思わなかったぜ。な、ユーマ?」

 

「お、おう。」

 

「墨川くんも昨日泣いてました。」

 

「マジで!?詳しく聞こうか。」

 

「やめろぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 この関係が、いつまで続くかは分からない。

 

 高校で終わってしまうかもしれないし、それ以降も続くのかもしれない。

 

 楽しい時間は…いつまでも続かない。二人とも、別れの時は来るだろう。

 

 初めての彼女に振られて出来上がったこの関係。しかし…

 

 

 俺はこの馬鹿みたいに笑い合える関係を、後悔することは無いはずだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 本当の友達は誰だ

評価バーに色が…!!

評価をくださった皆様をはじめ、お気に入りをして下さった皆様、本当にありがとうございました!!

これからも精進致しますので、この作品をよろしくお願いします。




 風を切る音と共に、俺は朝の住宅街に自転車を走らせた。

 

 やっべぇ。これ急がない遅刻だぞ…。楓の野郎…今日朝早く出るなら昨日のうちに言って欲しかったよ。なんでテーブルの置き手紙に『今日早いから早く起きてね!!』って書いてんだよ、誰に向けて書いたものなの!?それ書いた時俺寝てたろ!?

 でも可愛いから許しちゃう。あぁ神よ…慈悲深い我を許し給え。

 

「ユーマ!!」

 

 聞き慣れた声の方向に視線を送ると、数十メートル先に拓が手を振ってる姿が見えた。俺は拓の前まで移動すると、口を開く。

 

「拓がいるってことは…遅刻か…はぁ。」

 

「まだ確定じゃねぇよ!!?そういうのやめろ!!…てか、後ろ乗せろ!!そして走れ!」

 

「バカ言うな!!二人乗りしたらスピード出ねぇだろ!!てめぇが遅刻しろ変態大魔王!!」

 

「はーはっはっはっ!!!ならユーマ、てめぇからこのチャリを奪っておれが遅刻を免れる!!」

 

「お前もう数え切れないくらい遅刻してんだから大丈夫だろ!!」

 

「数え切れない?ふっ、笑わせてくれる!!まだ二十四回目だ!!」

 

「数えてんの!?遅刻の回数数えてんの!?」

 

 朝っぱらから喉を酷使しながら今世紀最もくだらないであろう言い争いを拓としていると、俺達の後ろから一つの足音が聞こえてきた。

 しかし俺達は気付かない。忍び寄る大悪魔の足音に…。

 

 そしてその足音の主は俺達の真後ろで立ち止まり、俺に蹴りを入れながらこう言った。

 

「チャリよこせ!!魔法使い予備軍共ォ!!」

 

「痛ァァァい!!!」

 

 俺は蹴られた勢いで拓と衝突。俺達はその場に力なく倒れ込む。

 

 茶髪を黒染めしたのか血のように赤黒いロングヘア、無数のキーホルダーが付いたスクールバッグを肩にかけて、短いスカートにでかい胸、そしてムカつく程整った顔をニヤつかせた女子生徒。

 

 男勝りの言葉遣いにでかい態度、こいつは…。俺は口を開く。

 

「てめぇ、《深見(ふかみ)》。」

 

 我らがクラス二年A組の問題児であり、俺と拓の中学時代からの同級生、《深見陣子(ふかみじんこ)》が俺の自転車にまたがった。

 

 深見はニヤケ顔で言う。

 

「おはよう、墨川、拓ぅ!!この自転車あたしが使うからよろしく〜!あっ、自転車の鍵は学校で返すから〜!」

 

 言いながら深見は俺の自転車を白昼堂々とパクり、俺達に反論の余地も与えず学校に向かって自転車を走らせた。

 

「俺の自転車ァァァァァァァァァ!!!!」

 

 拓の涙混じりの叫び声。

 

「俺のだよ!!!」

 

 墨川悠真。市山拓。本日も仲良く元気よく遅刻。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「はぁァァァァァァ!!」」

 

 遅刻をかました朝のホームルーム後、俺は自分の顔を机の上に置いていたリュックサックに倒した。俺の前の席に座っている拓も同じような溜息をつく。

 今日は防げたはずの遅刻だった…畜生あのビッチ絶対殺してやる。

 

「あの、墨川くん、市山くん。おはよう…です。」

 

 一条さんの声が俺の耳に届いた。俺は視線を隣の席に向ける。

 いつものようにぱっつんの前髪を弄りながら、ズレた眼鏡を直している一条さんの姿があった。

 

「おう。おはよう。」

 

「遅刻してました。」

 

「こいつのチャリがパクられたからなぁ。」

 

 拓が俺を指さすと、一条さんは少し驚いた表情を見せた。焦った口調で話を進める。

 

「え?そ、それって大丈夫なんですか?警察に…」

 

 やべ。なんか勘違いしてるっぽい。拓もそれに気づいたのか、直ぐに訂正する。

 

「あぁいや、多分そろそろあのクソビッチが鍵を返しに…」「誰がクソビッチだ。腐れ童貞」

 

 突如と現れた深見に後ろから殴られた拓は、産まれたての赤ん坊のように首が大きく揺れ、机の上に頭を力なく落とした。

 

「拓ぅぅぅぅう!!!」

 

「うるさいな。朝っぱらから…ほら、鍵返しに来たよ。」

 

 俺は鍵をひったくるように取り返し、深見に言う。

 

「てめぇのせいで俺達は遅刻したんだからな。なんか奢れ。」

 

「やだよ。そんなお金ないし。いーじゃん、中学時代からの付き合いのよしみとしてさ!!」

 

 深見は八重歯を出してニヤッと笑う。普通に見れば美人なんだけどなぁ…拓も普通に見ればイケメンだし…そういや一条さんも眼鏡外せば美人だし…。

 

 …あれ?なんか俺…ハブ?

 

「誰がブサイクだこの野郎!!」

 

「突然どうした!?何も言ってなくね!?」

 

 ん?俺は自分の自分のYシャツが掴まれるような感じがした。振り向くと、いつの間にか席に座っている俺の後ろに一条さんが隠れるように居たのだ。

 俺は言う。

 

「一条さん。大丈夫だよ。こいつは危なっかしいけど、悪い奴じゃあない。十文字グループとはちげーよ。」

 

 十文字グループも別に悪い奴らじゃねぇけどな。一条さんがアイツらを苦手にしてるのは知ってる。

 

 そして目の前にいる深見も十文字グループは嫌いらしい。見た目だけみれば同じ人種だがな。

 以前にそのような事を言った所、『十文字みたいな誰にでも人当たりが良い奴は信用出来ない。本当に心を開いている奴がいる人間は、あんな芸当は出来ない。』って言ってたからなぁ。

 

 深見は後ろに隠れる一条さんに視線を向けながら、言った。

 

「おいおい墨川。お前浮気かァ?」

 

「いや陣子。こいつ別れたの知らねぇの?」

 

「え!?まじ!?ウケるんですけど!!ぷーくすくすくす!!」

 

 いつも間にか復活していた拓が深見に言ったあとに、深見は小馬鹿にするように俺を見ながら笑った。こいつら…!!

 拓と深見は互いを名前で呼ぶ。俺は違うが拓と深見は幼稚園時代からの付き合いらしい。家同士の仲もよく、俺が深見と中学時代に知り合ったのも拓経由だ。

 って言うか…。

 

「てめぇ拓。人の別れ話を簡単にホイホイ喋んじゃねぇよ。」

 

「いいじゃねぇか!過去は水に流そうぜ!!」

 

 拓は俺の肩をポンポン叩く。

 

「お前が流してんのは水にじゃなくて、人にだよ!!」

 

「ま、あたしはいい判断だと思うぞ。」

 

「いい判断つーか、こいつが振られたんだけどな。」

 

 俺は拓の肩を一発殴った。余計なことは言わなくていい。

 

 深見は腰に手を当てながら横目で少し離れた場所で雑談をする十文字グループに目をやる。

 

「綾小路由奈…。あいつなんか信用出来ないというか、あんまり良い目で見れないって言うか…。」

 

「なんでみんなそう言うかな…俺は付き合ってる時は楽しかったけど…。」

 

 俺は綾小路に視線を向ける。

 

 はぁ…俺の何がいけなかったんだろうなぁ…。

 

「あの、墨川くん…。」

 

 クイクイ、と俺の袖が引っ張られる。俺は一条さんに顔を向けた。

 

「どした?」

 

「そろそろ一時間目が始まります。」

 

「一時間目ってなんだっけ?」

 

「美術です。」

 

 美術です。その言葉を聞いた途端に、一条さん以外の俺達三人の顔が一気に青ざめる。

 みると、先程までいた十文字グループの姿どころか、教室に残っているのは俺達四人のみ。全員が既に美術室に移動しており…そして…。

 

 

 キーンコーンカーンコーン!

 

 

 

「はしれぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 深見の声は既に遅く、俺達は一時間目も遅刻になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の美術の時間の学習は、クロッキー帳に被写体になる生徒を描く授業だった。

 基本的に名前順で美術のある日には該当する生徒が机の上に置かれた椅子に座ってモデルとなる。今日のモデルは…。俺は恐る恐る隣を見る。

 

 

 ガタガタガタガタガタ!!!

 

 

 一条さァァァん!!一条さァァァん!!たけし!!青〇鬼のたけしみたいになってるよ!!

 

「一条さん、『お、おい。もう帰ろうぜ』って言って貰える?」

 

 拓がふざけた事を言うので背中を蹴り飛ばした。

 

「なんだか寒いわ。」

 

 その隣で深見が言った。おいやめろ。青〇鬼してる訳じゃないんだぞ。

 

「では、今日は一条さん。上履き脱いで机の上に上がってくれる?」

 

「…っ!!…はい。」

 

 一条はゆっくりと机の上に上がった。クラス中から注目されるなか、一条さんは机の上の椅子にゆっくりと座る。

 

「早く座れよ《日陰姫》。」

 

 という声が聞こえたので不意に辺りを確認したが、誰が言っているかは確認できなかった。

 いや、確認出来なくて良かったかもしれない。もし言った人間が分かったんなら、突っかかってた可能性もある。面倒事はゴメンだ。

 

 スケッチはその後順調に進んだ…と思われた。

 美術の先生の一言で、クラスの空気が一気に変わる。ちょっとまずいんじゃねぇの?

 

「皆さんごめんなさいね。私ちょっと職員室に行ってくるから、あと十分スケッチをお願いね!」

 

「うぃーっす!」

 

 十文字グループの一人、井出がチャラい声を上げた。しかし警戒するのは井出や十文字グループのメンバーじゃない。

 十文字グループの十文字は人を貶めるような真似はしないし、それにくっついて行動してる奴らなら恐るに足らん。やべぇのは…

 

「ちょっと《日陰姫》!動かないでくれる〜?」

 

 一昨日一条さんをパシリに使った、女子生徒二人組の一人だ。そしてその二人に加えて今回は三人追加。ちなみに今一条さんは全くと言っていいほど動いていない。

 こいつらも十文字グループ程ではないがかなりのスクールカースト上位陣。つまり…誰もアイツらに口出し出来ない。

 

「ほえ…え、えと…ごめんなさい。」

 

 一条さんは少し困惑した様子で同じ姿勢を取る。姿勢と言っても、ただ座っているだけだが…。

 アイツら…変にいちゃもん付けやがって。

 

「あぁ〜あ!興ざめだわ!!」

 

 五人のうちのショートカットの女が言った。一昨日俺と拓に買ってきたいちご牛乳を渡されたコンビの片割れだ。スケッチブックを投げ出し、ヘラヘラ笑いながら一条さんに言う。

 スケッチブックが音を立てて床に落ち、その音に一条さんは身体を震わせた。

 クラスの連中がザワつく。

 

「《日陰姫》が動いちゃったせいでさ、スケッチ全部台無しなんだけど?」

 

「え…なんで…」

 

「いや、なんでじゃないでしょ!!あんたさぁ、被写体が動いちゃいけない事くらいわかんでしょ!?いっつも地蔵みたいに動かない癖に、こんくらいのことも出来ないのかなぁ!!」

 

「いや…私…動いてない…です。」

 

 未だに机の上の椅子に座っている一条さんは胸元に手を当て、困惑気味に口を開いた。

 

「いやいや、動いてたよ?ねぇ!?」

 

 後ろの取り巻き達に相槌の弁を求める。取り巻きの四人は「動いてたよね?」、「うんうん」という声を出す。

 

 あぁ…うぜぇ。耳障りだ。俺の口が、勝手に開いた。

 

 

 

 

「一条さん、無視しろ。少しでも動いたら書けなくなって『キーキー』喚く猿共に気ぃ使う必要はねぇよ。」

 

 

 

 

 

 クラス中が沈黙に陥った。全員の視線が俺の方を向き、顔に驚愕の表情を見せる。

 スケッチに集中していた俺は一条さんに視線を向けると、今の視線の的は一条さんではなく俺に向いている事が直ぐにわかった。

 

「ユーマ…お前凄い事言うな…」

 

 やべぇ。口に出てたか…。

 

「でも、そういうの嫌いじゃねぇ。」

 

 拓はニヤリと笑う。そして、声を張って笑いながら言った。

 

「いやぁ!!猿か!!こりゃぁ今世紀最大の比喩表現だなぁ!」

 

「なっ…!!」

 

 一条さんを馬鹿にしていたショートカットの女が、顔を真っ赤にしながら悔しそうな声を上げる。

 《猿》という表現がウケたのか、周りからは嘲笑とも取れる笑い声が響いた。

 

「調子乗ってんじゃねぇよ、クソ陰キャ共が!!てめぇらには話しかけてねぇだろ!!」

 

 なんだ?随分わめくな…やっぱ猿か。

 すると俺の右隣に座っていた深見が口を開いた。

 

「なぁ、小村。別に墨川と拓はあんたらに対して猿だなんて言ってないと思うぞ?自意識過剰ってやつか?」

 

「はぁ…って、深見…さん…。」

 

 俺達の取り巻きが言ったのかと思ったのか、ショートカットの女は最初は強気だったものの、深見が話しているわかった瞬間『さん』付の低姿勢かよ。

 

 てかあのショートカットの女…小村って言うのか、別に覚えなくてもいいや。

 

 今この瞬間のみ、クラスの中で少数の対立ができた。

 

 一条さんが座っている長机を挟んで、右側の俺達三人と、左側の小村率いる五人。

 小村は既にタコのように顔を赤くし泣きそうな面をこちらに向け、取り巻き達は小村が押されている事に気付いたのか困惑するだけで、何も言わない。

 

 仮にこの喧嘩が問題になったら加害者として扱われるのは向こう側だ。それを見越してさも自分らが関わってないように見せかけるんだとしたら、俺はアイツらを褒めて称えよう。友達を見捨てた非情で残忍な生徒としてな。

 

 拍車がかかってきたのか、小村は俺達を指さしながらほぼ叫び声のように声を発した。

 

「大体あんたらなんなんだよ!!最近までは見て見ぬふりをして来たチキン野郎のくせに、一昨日から私達の邪魔ばっかしやがって!!一条!!!

 

 小村が一条さんの名前を叫んだ。一条さんは身体を震わせる。一条さんもどうしたらいいのか、という顔をしながら小村の方に向いた。

 

「あんたはどっちなんだ!!私たちは友達だよなぁ!!それとも…」

 

 小村は再び俺達三人を指さした。発せられるのはいつものような甲高い声ではなく、ほぼ怒号だ。

 それでも耳障りなことに変わりはない。

 

「あいつらが…、友達なのか!!!??」

 

「え…?…わ、私は…。」

 

 一条さんが俺の方を見る。視線がぶつかり合った。俺、拓、深見は一条さんの目を見つめる。

 そして…一条さんは小村の方を向いた。震えながらも口を開く。

 

「深見さんは…今日知り合ったばかりだけど…私を庇ってくれました…。とっても嬉しかったです。」

 

「はぁ?」

 

 小村の表情がさらに曇る。

 

「市山くんは…私を笑わせてくれます。ちょっとだけ、 …えっちで頼りない所もありますけど…彼はとても、心が広い方です。」

 

「何言ってんだよ…あんた!!」

 

 小村は後ずさりをする。意識的にか、無意識にかは分からない。一歩、また一歩と後ろに下がる。

 

「墨川くんは…いつも私に優しくしてくれます。あなた達から私を守ってくれました…、私に手を差し伸べてくれました…私を…ほんとの友達にしてくれました!!」

 

 一条さんは『すぅ』と息を吸った。そして、これまでにない程大きな声で、小村に向かって叫んだ。

 

 

 

 

 

「私のお友達は墨川くん達です!!あなた達ではありません!!」

 

 

 

 

 

 『おぉ』という声が辺りから聞こえてくる。『やるじゃん』、『素直な子だなぁ』という一条さんを褒める声が聞こえてくる。

 

 そして、当の本人小村は…ギリッという歯ぎしりと共に、怒りに満ちた顔を剥き出しにしながら、先程の一条さん以上の声を上げた。

 

 

 

「ふざっけんじゃねぇ!!!!ボッチだったアンタを助けてやったのは誰だと思ってんだ糞が!!!てめぇはあたし達に黙って従ってりゃあいいんだよ!!あたし達が居なきゃ何も出来ねぇクズが…、調子に乗ってんじゃ…」

 

 

 

 

「うるさいなぁ!!!」

 

 

 

 

 

 小村の声を遮ったのは、俺でも、拓でも、深見でも、一条さんでもなかった。

 

 美術室の一番端っこで、俺達の今までの会話を黙って聞いていた十文字グループの一人。

 

 

 俺の《元カノ》綾小路由奈が、小村を睨みながら口を開いていた。

 

 

 美術室は静寂に満ちる。

 

 

 十文字グループ全員の冷厳たる視線が、一気に小村に集まる。うわ、こえ。

 

「あ、…あぁ…ごめ…ごめんなさい…」

 

 小村は口に手を置き、泣きだしそうな顔で十文字グループを見ていた。そして…

 

 

「はい!喧嘩終わり!!」

 

 

 いつもの明るい声に戻った綾小路は、手をパンっと叩き場を沈めた。

 

「一条さん、もう一回座ってもらえるかい?まだ書けてないんだ。」

 

 十文字が一条さんに爽やかな笑顔で話しかける。

 

「え…あぁ、はい。分かりました…。」

 

 一条さんは再び机の上の椅子に座り、被写体となった。

 俺は一条さんのスケッチを仕上げると同時に、小村達の方を見る。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 激しく息を漏らしている小村に、取り巻き達が近寄った。

 

「大丈夫?未知(みち)ちゃん」

「あいつらさいてー」

「保健室行こ?」

「泣かないで」

 

 なんだあいつら。被害が収まった瞬間にあれかよ。なぁにが友達だ。笑えるな。

 

 ん?十文字が小村の方へ寄っていく。

 

 話している内容は分からないが、十文字は爽やかな笑顔を絶やさないまま小村に何か話していた。

 

 んんん?小村の顔が一気に明るいものへと変化した。小村は嬉しそう大きくかぶりをふり、自分の席に戻っていった。

 十文字の奴…何話したんだ?

 

 その後先生が戻ってきて、そのまま俺達は何事も無かったかのように授業を進めた。

 そして授業が終わり、俺、拓、深見は教室に戻るために歩いていた。

 

「おい、俺ってばちょっとえっちだけど、心の広い人なんだって?しかも女の子に“えっち”って結構御褒美だぞこれ!!」

 

 拓が深見に向かって言った。

 

「調子乗んな。ひなったんがお前のいいところを適当に挙げただけだよ。」

 

 ひなったん…あぁ一条さんのことか。一条日向だもんな。

 

「墨川」

 

 背中に声がかけられた。俺は振り向くが、拓と深見は気づかないようで先に行ってしまった。そして、俺を呼び止めた人物とは…。

 

「どうした?十文字。」

 

 十文字は俺に笑いかけながら、口を開いた。

 

 

「話がある。」

 




 口喧嘩した経験がそんなにないのでどんな事を書けばいいのか迷ったっていう裏話です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 言葉の強さ

お気に入り100ありがとうございます!


「墨川、話がある。」

 

 船戸森高校二学年、スクールカースト第一位《十文字昴》は俺をそう言って呼び止めた。

 俺の前を歩いていた拓と深見は十文字が俺を呼び止めたことに気付かず先を歩いていってしまった。俺がいないことに気付けよ…そんなに俺って影薄い!?

 

 俺は十文字の方をむく。

 

「なに?少しだけならいいけど。」

 

「助かる…そうだな…、屋上に行こうか。」

 

 俺は黙って頷いた。

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 流石に二時間目と三時間目の間のだけあり、屋上に生徒は一人もいなかった。無人の屋上に風邪が吹き荒れ、俺と十文字の髪が大きく揺れた。不意に一条さんが昼飯を食べている給水タンクの方を眺めるが、給水タンクの後ろに出来ている空間は見えなかった。どこからも死角になってるって言うのは本当らしい。

 俺は柵に肘をかけ、十文字の方を向く。

 

「で?話って?」

 

 十文字は『はぁ』と溜息をついた。おいおい、スクールカースト序列一位様がこんな底辺の前で溜息なんてつくなよ。

 

「やりすぎだ。」

 

「は?小村との口喧嘩のことか?」

 

「あぁ、確かに火種を蒔いたのは小村さん達だ。でも、君の最初の一言で小村さん達をよく思ってない生徒達に拍車がかかった。結果的に彼女は泣いていたろ。」

 

「知るかよ。十文字も分かってんじゃねぇか。先にふっかけてきたのは向こうだ。こういう言葉知らない?『撃っていいのは撃たれる覚悟のあるヤツだけだ。』。だったら俺はこう言うね、『泣かしていいのは泣かされる覚悟があるヤツだけだ。』」

 

 自分でも不思議に思う程口が軽快に動いた。十文字は俺を軽く睨んだ。俺はすぐに十文字から視線をずらす。

 こえ〜。てか、なんでこいつはこんな事を話す為に呼び出したんだよ。

 十文字は俺を睨んだまま、ゆっくりと口を開いた。

 

「実際に被害を受けていたのは君じゃないだろ。」

 

「ん?」

 

「実際に小村さん達の標的になってたのは一条さんだ。君じゃない。」

 

「だから見て見ぬふりしてろって言うのかよ…、バカ言ってんじゃぇ。そんなの出来るわけ…」

 

「今まではしてたろ」

 

 俺の言葉に被さるように、十文字は声を発した。そしてその言葉を聞いた途端に、俺は大きく目を見開いた。

 十文字は俺と同じように屋上の柵に肘をかけ、俺の方を向いた。

 

「今までは君は、一条さんを助けはしなかった。それどころか、君は一条さんがあんな状態になっている事すら知らなかったんじゃないのか?」

 

「いつも隣の席にいながら、君や市山くん、深見さんは彼女に手を差し伸べようとはしなかった。いつもヘラヘラ笑って、自分の事以外見えていない…、そんな自己中な人間じゃなかったのか?君達は。」

 

「…っ!!」

 

 何かを言い返そうとしたが、言葉が出なかった。

 十文字の言うことは全て真実だったのだ。俺は見て見ぬふり所か、一条さんが困っている事すらつい最近まで知らなかった。

 目の前の事だけ見て、ヘラヘラ笑って、一番近くにいたはずの俺は、一条さんに手を伸ばさなかった。でも…

 

「墨川。君のやってる事が悪い事とは言わない。けど、僕は君が突然、なぜ一条さんを庇おうと思ったのかがわからない。それは傍から見れば偽善だ。」

 

 でも…昨日一条さんが腹を割って話してくれた時に、俺はなんで一条さんを助けたのかっていう答えは出たじゃねぇか…。そんなのもう、悩む必要なんてない。俺は口を開く。

 

「寂しかったんだ。」

 

「なに?」

 

「お前も知ってんだろ…綾小路に振られて…俺、普通に落ち込んでた。綾小路と付き合ってた毎日を忘れられなくてさ…笑えるだろ?未練なんてありまくりなんだよ。けどそれで、俺は一条さんに気付けたんだと思う。」

 

 俺は十文字の目を見据える。多分次は、この俺が十文字を睨んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

「《俺たちゃ兎なんだよ。誰かに寄り添わなきゃ生きていけない。ダサくて、弱虫な兎だ。》けどな、そんなクソッタレな兎同士だからこそ、俺達(俺と一条さん)は互いの存在に気付けたんだ。自分らの傷見せあって、舐め合って、自分と相手の心の溝を埋めていくんだ。自己中?偽善?はは、上等!俺が助けたいと思うから助けるんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 十文字は驚いた表情でも俺を見つめていた。目を大きく見開き、口をポカンと開け、そして…。

 

 

「ぷっ…あっはっはっはっはっ!!」

 

 大笑いした。

 

「な、なんだよ。面白いことなんて言ってないぜ?」

「い、いやごめん。君にそこまでの覚悟があったなんて、知らなかった。」

 

「んだよ…恥ずかしい事言ったのに大笑いしやがって…。」

 

「『俺が一条さんと一緒に居たいから助ける』…ね。うん、実にいいよ。君らしい実に自己中な言葉だ。でもそれ、捉え方によっては《告白》だけどな。」

 

「こく…っ!!そんなつもりはねぇよ!!」

 

 あぁ。調子狂うな…なんだこいつほんとに。しかもこいつ軽く俺の事ディスったよね?自己中な言葉だって言ったよね?

 …。でもこいつの言葉自体に、嫌味的なそういう感情は含まれてなかった。なんかよく分かんないけど、俺を試したっつーか、なんというか…。

 

「そうか…だから君なのか…。」

 

「え?」

 

「…いや、なんでもない。次の授業が始まる。教室に戻ろう。」

 

 十文字はクルリと後ろを振り向き、屋上の出口に向かって歩き出した。俺はその背中に話しかける。

 

「お前…一条さんのなんだ?」

 

 十文字はこちらに顔を向けず、ピタリと止まった。屋上の上を飛び回る鳩を悲しそうに眺め、大きく溜息をついた。そして…口を開いた。

 

「ただの幼馴染さ…。クソッタレで、自己中で、彼女から伸ばされた手を拒絶した…ただの幼馴染だ。」

 

 十文字の言っている事を、俺は理解出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は自分が物覚えのいい方だとは思わない。例えば街中で俺の名を呼ぶ人間がいたとしても、大半の場合はそいつの名前と顔も忘れてしまっている。

 しかし勘違いして欲しくはない。俺は決して冷徹な訳では無いし、特別仲が良かった程度の連中なら名前を思い出せる。

 

 しかしクラスで特別仲の良い連中というのも、それこそ限られてくる。特別仲が良いと言えば、気兼ねなく話しかけることが出来、気兼ねなく笑い合い、気兼ねなく共に悪ふざけが出来きるような人間関係の事を指していると、俺の中では既に定義付けされている。

 

 そんな人間関係は簡単に出来るものじゃないし、出来たとしてもクラスで4、5人というのが妥当であろう。ならば…

 

 

「おい、ユーマ。何そんな所で突っ立ってんだよ。」

 

 拓。

 

「早く座れよ墨川。」

 

 深見。

 

「墨川くんは…お昼、食べないんですか?」

 

 一条さん。

 

 俺はこの三人がクラスで最も仲が良く。信頼を置ける相手だと言えるであろう。

 

 昼休み。屋上の給水タンクの後ろ。

 最初は俺と一条さん。それに加え拓。そして日数の経った今では今日初めて一条さんと知り合った深見までもがこの場所に集まっていた。

 

 十文字と話した事は、特に誰にも話していない。聞かれなかったってのもあるし、話すことも特にない…。ただ、十文字と一条さんが幼馴染だって事はかなり驚いた。

 『伸ばされた手を拒絶した』…か。

 

「墨川くん?」

 

 一条さんが首を傾げながらこちらを見てきたので、俺はニヤリと笑って返した。

 

「いやいや、なんでもねぇよ。食おうぜ。」

 

「あの、墨川くん。」

 

 俺が弁当を広げると同時に、一条さんは申し訳なさそうな声で言った。

 

「どうした?」

 

「市山くんも深見さんも…今日はありがとうございました!」

 

 ペコりと一条さんは頭を下げた。そして頭を上げると同時に、ズレた眼鏡を治す。

 

「私は…、結局なにも小村さん達にい返せなくて…墨川くん達が助けてくれなかったら、私は…。」

 

「いいっていいって一条さん。どうせユーマや俺は小村達から嫌われてるんだしさ!」

 

 拓が笑いながら言った。え?俺小村達から嫌われてたの何初耳。

 

「ひなったんは可愛いなぁ。わたしはそんな謙虚なひなったんが好きだから許しちゃう!!」

 

 深見が一条さんに抱きついた。

 一条さんは照れくさそうに笑っていた。そして、俺の方を見つめる。

 

「墨川くんも、ありがとうございま…むぐ!!」

 

 俺は初めて屋上で一条さんと話した時と同様に、一条さんの唇を掴んで話すのを辞めさせた。

 

「んんんんん!!んんんんんんん!!!」

 

「もうそれ以上言うなよ。一条さん。」

 

「ん?」

 

「俺達は一条さんを助けたくて助けたんだ。別に一条さんの為じゃない。それに、そんなにお礼や謝ってばっかだと、その言葉が安くなる。」

 

「いいか?『言葉は見えない凶器』って聞いたことあるだろ?例に挙げたのは悪い意味だけど、言葉ってのはそれだけ力強いものなんだ。だからそんな簡単にお礼を言うな、謝るな。本当に嬉しかった時に、『ありがとう』っていえ。本当に申し訳なくなった時に、『ごめんなさい』っていえ。言葉はただ会話をするだけのツールじゃない。自分の気持ちを、想いを乗せることの出来る代物なんだ。」

 

「だから軽々しい気持ちを、言葉に乗せるな。俺達は君からお礼を言われるために助けたんじゃない。たった一回、自分のその時の気持ちをぜんっっぶ乗っけて、その気持ちを相手に伝えろ。それでも…」

 

 嫌な記憶がフラッシュバックする。

 

 

 

『他に好きな人が出来ちゃった、別れよっ!!』

 

 

 

 

「…っ!!それでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…そしたら、俺達のところへ来い!」

 

 

 

 

 

 

 

『そんな墨川くんを、私は尊敬します。』

 

 

『大切だからこそ忘れられないんだと思います。ほんとに好きだったから忘れられないんだと思います。思い出が大事だから、忘れられないんだと思います。』

 

 

『そういう気持ちって、とっても大切だと思います。』

 

 

 

 

 

 

「君が俺にしてくれたみたいに、一条さんの隣に俺が居てやるから。」

 

 

 一条さんは大きく目を見開いた。俺は一条さんの唇から手を離し、一条さんを見つめる。

 そして、一条さんは眼鏡を外した。セーラー服の袖で顔をゴシゴシ拭って、笑みを浮かべた。

 

 

 

「はい…!“ありがとうございます…”墨川くん。」

 

 

 

 一条さんの今の言葉には、本当の彼女の気持ちが乗っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「腹減ったァァァ!!!」

 

「うるせぇなぁ。自分の肉でも食ってろ。」

 

「ぶふぉ!! 」

 

「お前ら殺すぞ。」

 

 帰り道。俺と拓と深見と一条さんは帰路を共にしていた。深見がさっきから『腹減った』、『腹減った』とうるさいので、俺が一番身近な肉を紹介したところ殺害予告をされてしまった。結果俺達は学校近くのファミレスへ。

 期末テストも近くなり、俺達は先程まで図書室で勉強を教え合っていた。まぁ教え合っていたと言っても、ほんとんど一条さんゲーだったけどな。

 

『一条さん、この問題解ける?』

 

 拓。

 

『それはですね…』

 

『ひなったんこれわかんない。』

 

 深見。

 

『これは…えと、なんで深見さん私を見てるんですか?』

 

『考えてるひなったんが可愛いから』

 

『…かわ…え、いや、あの、わ、私は…』

 

『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!一条さんが椅子から倒れたァァァァァ!!』

 

 俺。

 

『そこの四人うるさい!!!』

 

 

 あれ?考えてみれば途中倒れた一条さんを介抱していて勉強してなくね?友達との勉強会は絶対お遊び大会になるんだよなぁ。やっぱやるもんじゃねぇな。

 

「ごめんな、一条さん。テスト勉強の邪魔して。」

 

「う、ううん。私も…その、楽しかったですから…。」

 

「そっか、ありがとな、一条さん。」

 

 一条さんの頭を撫でると、一条さんの顔が今日の弁当に入っていたトマトの様に赤くなっていった。そして、俺から視線をずらされる。

 あぁ…いや。別にそういうつもりで撫でた訳じゃ…。

 

 何となく気まづくなり、視線を前を歩く拓と深見に向ける。

 二人は今世紀最大のゲス顔をこちらに向けており、俺は思わず叫んだ。

 

「んだよ!!」

 

 拓が口を開く。

 

「いやもう青春。もうお前らが見えない。見えても目に悪い。直視するやばさは双眼鏡で太陽覗くまである。マブシー!!」

 

 何訳の分からないことを。

 深見が腕を肩に回してくる。

 

「なぁ墨川。わたしはそろそろだと思うぞ?綾小路由奈のことなんて忘れろ!!忘れろ!!」

 

「忘れられたら苦労しねぇよ…。はぁ…。」

 

「なんかごめん。」

 

 拓が本気で心配するような目で見てくる。おいやめろその目。

 

「お前が落ち込んでるっていうの完全に忘れてたわ。…なに?まだ未練でもあんの?」

 

「あるよあるよありまくりだよ。綾小路の事は…多分まだ好きなんだ。」

 

 …はぁ。だっせ。

 三ヶ月も前に別れた彼女の事を想ってる元カレとか、重すぎだろ。しかもそれをこいつらに聞かれるなんてよ…。

 

 気付くと既にファミレスの前に俺達は来ており、中に入る。

 

 店員に四人席まで案内され、俺達はそこに腰をかけた。すると…

 

 

「あれ?ゆー君?」

 

 

 おいおいマジかよ…。俺は隣の四人席の連中を確認する。

 

 同じ船戸森高校の生徒とは思えない着崩した制服を着ており、既に運ばれてきた食事をつついている生徒達。

 

「うわー」

 

 深見。

 

「修羅場…!!」

 

 拓。

 

「…!」

 

 俺の袖を掴む一条さん。

 

 深見と拓の声も乏しく、俺は彼らを見つめた。

 

 井出洋介、真宮愛華、十文字昴…そして、綾小路由奈。

 

 

 二年A組スクールカースト最上位グループ。十文字グループが隣の席に腰を掛けていたのだ。

 

 

 ゴクリ。という唾を飲む音が、俺の耳に響いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 陰キャと元カノ

明日は休みなので深夜投稿でっす!



今回のお話は《彼女お借りします》という漫画を参考にして作らせて頂きました。





 十文字グループ…!!最悪だ、なんでよりによって同じファミレスの隣の席に案内されるんだよ…。

 

「やっほーゆー君に市山くん。」

 

 綾小路が俺達に向かって手を振ってくる。俺と拓は軽く手を挙げる程度にそれを返した。

 ギュッという音が聞こえ、俺は視線を後ろに向ける。一条さんが俺の後ろに隠れて袖を握っていた。多分ビビってんのは…十文字か…。

 昼間の十文字の言葉を思い出す。

 

『クソッタレで、自己中で、彼女から伸ばされた手を拒絶した…ただの幼馴染だ。』

 

 俺は辺りの席を見渡すが、夕飯時なのでどこも埋まっており、とてもじゃないがこちらの都合で席を変えてもらうという訳にもいかないようだ。

 

「どうしたの?ゆー君達。」

 

 綾小路が俺達に向かって言った。首をかしげ、どこか目の焦点を失っているかのような黒い瞳は俺達四人を見据えた。

 

「早く座りなよ。」

 

「ちっ…」

 

 深見は舌打ちをすると同時に、ソファ席の一番奥に腰掛けた。そんなにあいつらとの近くが嫌かよ…。

 そしてその隣に一条さんが座り、俺と拓は通路側の席に腰掛ける。

 

 向こうの井出と真宮も微妙な顔つきになっており、変な雰囲気がこの場に流れた。

 

「おい、ユーマ。ドリンクバー取りに行こうぜ。」

 

 俺は話しかけてきた拓を見る。俺は黙って頷き、ドリンクバーの機械の方へ歩きだし、ドリンクバーの機械の横を通りすぎ、俺達男二人は店のトイレの個室に二人で入った。

 

「「…」」

 

 俺と拓は互いの額をガンッ!!とぶつけ合った。拓が口を開いた。

 

「おい!!どうすんだよこれ!!一条さんはなんか知らねーがアイツらにビビってるし、深見はアイツらのこと嫌いだし、お前に関しては元カノがいるじゃねぇか!!!雰囲気最悪だよ馬鹿野郎!!」

 

「俺のせいかよ!!あいつらが来ることなんて知らねぇし!!てめぇがサイゼ提案したんだろクソ童貞!!」

 

「てめぇ!!自分のこと棚に上げて良く言えんな腐れ童貞!!それに今童貞は関係ねぇ!!どうこの場を切り抜けるかが問題なんだよ!!」

 

「どう切り抜けるつったって、そんな方法思い当たらねぇだろ!!もう注文しちまってるし…」

 

 拓は一度顎に手を置き悩む姿勢を取る。そしてまるでとっておきの玩具を見せる子供のような顔で、今思いついたであろう作戦を発表した。

 

「もう俺たち二人で帰るか!?うん、そうしよう!!帰っちまおう!!」

 

「バカ言ってんじゃねぇ!!一条さんもいるんだぞ!!仮に深見だけだとしても、置いて帰ったらそれこそ俺達に明日はねぇ!!明日絶対学校で殺される!!…はぁ、いいんだよ別に。席自体は近いけど別に一緒に来てる訳じゃないし、喋らなきゃ大丈夫だろ?十文字グループは不良とは違って、常識のあるヤツらだ。」

 

「そうじゃねぇよ…」

 

 拓は頭に手を置き、『はぁ』と大きく溜息をついた。なんだなんだ?

 

「俺はお前らが心配なんだ…。何考えてるか知らねぇけど、由奈ちゃんはお前に必要以上に関わってくる。お前いっつも由奈ちゃんに話しかけられてる時辛そうな顔してんの気づいてねぇの?一条さんだって無駄にアイツらに怯んでるし、深見もアイツらと一緒の空間にいるのは嫌なんだってよ…。」

 

「お前…そんなこと考えて…」

 

 流石は我が親友。見直したぞ。

 こいつは人を見る才能がある。その場の人間全員を見通し、その場に見あった行動を自主的に取ることのできる才能だ。

 俺はこいつがそこまでして俺達の事を心から心配してくれているとは…。

 

「あっ、ちなみに雰囲気がヤバくなったら俺帰るから!テヘペロ!」

 

 ブチッ!!

 

「てんめぇぇぇぇぇぇ!!!俺のお前に対する尊敬の念を返しやがれぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「おい!!暴力はやめろ!!あ、顔はやめて顔は!!なんかバキって音がした!!」

 

 

 トイレの個室の前で待っている人『なに!?このトイレ!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ったく…こいつは本当にどうしようもねぇ奴だな。いやマジで。

 

 俺と拓が席に戻るとそこには異様な光景が広がっていた。俺と拓は目を見開き、それを見た深見が『早く来い!!』と言いたげな顔でこちらに手招きをした。

 

 そこには、一条さんと向き合うように座っていた俺の席に、綾小路が座って一条さんと話している姿が見て取れた。

 な、何話してんだ!?

 

 綾小路は俺に気付くと、いつも通り小悪魔の様な笑顔を俺と拓に向け口を開いた。

 

「あっ、おかえりー!二人とも遅かったね。」

 

「あ、あぁ。うん。何話してたの?」

 

 綾小路はニコッと笑って話そうとしない。

 見ると、十文字や井出、真宮の視線もこちらに向いており、変な雰囲気がこの場に流れていた。

 一条さんは殆ど動かず、軽く震えていた。

 

 俺に気付いたのか俺の袖を掴もうと手を伸ばす…が。

 

「あ、ダメだよ。」

 

 綾小路が一条さんの手首を掴んだ。一条さんを見ながら、口を開く。

 

「あんまり付き合ってない男の子に触るのは良くないよー?変な勘違いとかされちゃうし。それって不本意でしょ?…ね、ゆー君。」

 

「…?」

 

「最近ゆー君、いっつも一条さんと一緒にいるからさ、どんな子なのかなーって思って話しかけてみたんだ。」

 

 綾小路は笑いながら俺に近寄ってくる。俺は無意識的に彼女から遠ざかろうと、一歩、また一歩と後ろに下がる。

 

「面白い子だね!一条さんって、お人形さんみたい!」

 

「人形…?」

 

 分からない。いつもそうだった。

 綾小路の考えている事が、俺には分からない。最初は天然なのかとも思った、どこか抜けててそこが可愛らしいところだとも思った。そういう面も好きでいようと思った。

 でも…時折見せる狂気じみた目は…目の前のことしか見ていなくて、それ以外のもの全てなんて元々存在しないかのように扱うその目は…

 

 

「だって質問してもなんにも喋ってくれないんだもーん!こんなのお人形さん以外に出来る事じゃないよー!!」

 

 

 とても、恐ろしいものだった。

 

 

 ガンッ!!!

 

 大きな音が鳴ると同時に、綾小路は俺の前から引っ張られた。

 深見が綾小路に掴みかかったのだ。

 

 周りの客や店員も深見の行動に驚いたのか、軽く悲鳴を上げる客もいた。深見はそんな事も気にせず、綾小路の胸ぐらを掴みながら綾小路を睨み続ける。

 綾小路は少し驚いた顔をした後に言った。

 

「なに?深見さん。怖いよ?」

 

「綾小路…!!ひなったんの事何も知らない癖に、なに難癖つけてんだよ!!」

 

「おい、やめろ陣子!!」

 

 拓が深見の腕を掴んで綾小路から引き離そうとするが、深見は綾小路の胸ぐらから手を離さなかった。綾小路は続ける。

 

「深見さんだって今日知り合った仲でしょ?それなのに一条さんのこと知った様な口開いたって私とあんまり変わんないよ?知ったか乙って言うんだっけ?」

 

「あぁ!!??」

 

「陣子!!!!」

 

 拓の怒号に気付いた深見は、舌打ちをしながら綾小路から手を離した。綾小路のYシャツはぐしゃぐしゃに伸びており、それを眺めた綾小路は『あーあ、伸びちゃった』と言った。

 綾小路は一条さんに視線を向け、口を開く。

 

「一条さんも、お友達は選んだ方がいいよ。」

 

「深見さんって今みたいに()()()()()()()()で怒るし、市山くんも今日の美術の時に言ってたみたいに()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 やめろ…。

 

「ゆー君だってそうだよ?デートしてた時だって、全部私がデートの行くところとか組んでるしさ、食べるところも、行き方も全部私に放り投げ。まぁ、そういう所も可愛くて好きだったんだけどね?母性本能って奴?」

 

 やめてくれ…。

 

「でも、ゆー君って()()()()()()()()()、時々目が怖かったって言うかさ。」

 

 熱いものが体の奥底から湧き上がってくるのを感じた…ヤバい…、泣くな、泣くな俺。

 周りの客や店員も綾小路の圧倒的な雰囲気に押し負けて、誰求めようとする人物はいない。

 だがただ一人。綾小路を冷静に眺めている人間の姿が俺の目に写った。十文字…。

 

 だがこれは俺達の問題だ。十文字が介入してくるのは違う。それはあいつも分かってて何も言ってこないんだ。

 

 

 

 

 

 

「それは…流石にひどいかも…です。」

 

 

 

 

 

 

 冷たい空気を壊したのは、一つの女の子の声。

 か細くて、小さくて、それでも勇気を振り絞って発せられた声の主に、俺達全員は視線を送った。

 …一条さん。

 

「うわー!やっと喋ってくれた!うんうん、可愛い声!」

 

 一条さんは立ち上がり綾小路の前に立つ。肩は震えていて、発せられる声も震えていた。

 

「人の悪口をこんな場で言うのは…非常識です。…辞めてください。」

 

 優しいな一条さんは…

 

「…別に私、悪口で言ったつもりは無いけど?」

 

 でもさ…

 

「冗談でも言っていいことと悪いことがあります。」

 

 情けねーよ…俺。

 

「うん。そうだね、怒ったらごめん。」

 

 別れた彼女に悪口言われて…泣きそうになって…挙句の果てに助けたいと思った女の子に助けられて…。

 

 ごめん…一条さん…俺…。

 

 一条さんは俺に視線をずらした、そして言う。

 

「す、墨川くんからも何か…!!」

 

「一条さん!!!」

 

 俺は一条さんの声に被さるように大声を出した。辺りがザワつき、一条さんは体を震わせた。

 

 

「綾小路も冗談で言ってんだからさ…そんなマジになるなよ…。」

 

 

 ごめん…一条さん。俺はこれ以上、自分の尊厳傷つけられたくないんだ。

 笑って流してくれよ。俺を庇わないでくれよ。

 

「墨川…くん?…泣いてるんですか?」

 

「泣いてねぇ…。」

 

「…悪い。」

 

 俺は座席の下に置いてあったリュックサックを掴むと、そのまま駆け足でファミレスをあとにした。

 残ったのは沈黙だけで、冷えきったファミレス内の空気は喧嘩が収まったことにより、徐々に暖かくなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファミレス近くの公園のベンチに座り込んだ俺は、夜空を見上げた。

 星こそ見えないが、暗くなった夜空を眺めているとムシャクシャした気持ちが和らいでいく気がする。

 

 最悪だ…俺。

 一条さんが勇気を振り絞って庇ってくれたってのに…俺一人の感情でソレを台無しにしちまった。

 許してくれないよな…。

 

「ゆー君!」

 

 突然名前を呼ばれ、俺は顔を上げる。無人の公園に一人のボブカットの女の子、綾小路由奈が俺の目の前に手を組みながら立っていた。

 

「綾小路…。」

 

「やっぱりここにいたんだ。ゆー君が飛び出していったあとね、一条さんと市山くん、深見さんもゆー君を追い掛けたんだけど、多分一条さんじゃ見つけられないと思ったの。だから私が来てあげた。」

 

 そうか…この公演。綾小路と付き合ってた頃夜に良く来てた公園だ。

 どっか行って飯食った後、ここで色んな話をした。

 

 恋バナだってしたし、学校の事とか…それと…

 

「ここの公園でさ、私達…()()()()()()()()()()唇を合わせるだけだったけど!」

 

「…そうだな。」

 

 そうだ。俺はここで綾小路と初めてキスをした。

 まさか向こうからしてくるとは思わなかったが…。

 

「ふふ…なんか照れくさいね。」

 

「…うん。」

 

「…さっきはごめんね。」

 

「え?」

 

 綾小路の声はどこか悲しげになった。顔を俯かせ、ゆっくりと口を開く。

 

「私ね、ゆー君が一条さんと一緒にいるところ見てやっぱり嫉妬してたのかな?ウザイよね…振った身なのにこんな事して…。」

 

「だから酷いこと言っちゃった…。一条さんをゆー君から離れさせるためだったのかな?…隣、座っていい?」

 

「あ、あぁ。」

 

 綾小路は俺の隣にちょこんと座った。意識的には無意識的にか、俺の方へ少しずつ寄ってくる。

 グイッと顔を近づけ、俺の顔の目の前で潤んだ綾小路の瞳が、見えた。近っ…!!

 

「ねぇ…ゆー君はさ…」

 

 

 

 

「私の事…まだ好き?」

 

 

 

 

 分からない。綾小路の考えている事は、本当に分からない…でも…

 

「あぁ…まだ好きだ。」

 

 綾小路の目が見開かれる。

 

「まだ好きなんだ。叶わねぇ未練ぶら下げて、今日まで過ごしてきた。教室で見ても可愛いって思うし、話しかけてきてくれた時には、心も踊る…けどさ…」

 

 

 

 

 

「一条さんに言ったこと、取り消してくんねーかな?それだけは許せないんだ。」

 

 

 

 

 

「え?」

 

「一条さんは人形なんかじゃない。よく笑うし、よく喋るし、よく泣いたり、馬鹿みたいに間抜けな所もあるんだよ。」

 

「上辺だけの性格だけ知って、人形みたいだなんて決めつけるのはやめてくれ…、あの子はそんな子じゃない。」

 

 一条さんを馬鹿にされる事だけは許せなかった。だから俺は、綾小路の目を見ながら真剣な表情で言った。

 そして…

 

「ごめん!!」

 

「あ、ゆー君!!」

 

 俺はその場から逃げるように、綾小路の前から走って逃げ出した。

 

 一条さんに会いたい。拓にも深見にも会いたい…会って謝りたい…!!俺を庇ってくれたのに裏切ったクズな俺を…許しくてくれるのなら…!

 

 俺は…。

 

「ユーマ!!」

 

 無我夢中で走っていたのは、自宅近くの河川敷だった。不意に後ろから声をかけられ、俺はその方向に首を向けた。

 

「拓…深見…一条さん…。」

 

「ったく、心配したぜ?大丈夫か?」

 

「怒って…ないのか?」

 

 深見が首をかしげた。

 

「怒る?なんでわたしらがあんたに怒んなきゃなんないのよ。…それより、ひなったんにお礼言え。あんたを探すのに誰よりも早く店を出たんだぞ?」

 

 俺は一条さんに視線を向け、拳を強く握る。

 何やってんだよ…俺…。一条さんが庇ってくれたのにそれを無下にして、一条さんに無駄な心配かけて…!!

 

「墨川…くん。」

 

 一条さんは俺の前まで寄ってきた。そして…背伸びをしながら俺の頭を軽く撫でた。

 

「墨川くんは…頑張りました。綾小路さんに振られちゃってから、ずっと辛かったんですよね?ずっと苦しかったんですよね?それなのに私を気遣ってくれて…本当に嬉しかったです。胸を張ってください、墨川くん…あなたは私の、ヒーローなんです。私はあなたに救われたんです。だから今回は私が助けようと思ったんですけど…なんか失敗しちゃって…えへへ。」

 

「ごめん…」

 

「謝らないでください。」

 

「ごめん…むぐ!」

 

 一条さんは俺の唇をつまんだ。いつもの逆だ。

 

「そんな簡単に謝っちゃ駄目なのです。言葉に想いを乗せれば伝わると教えてくれたのは…墨川くんじゃないですか。私達には伝わりましたよ?墨川くんの気持ちが。だから…」

 

 

 

「だから、もう泣かなくていいんです。」

 

 

 

 突如として両肩に腕が回された。拓と深見が俺に肩を組んで来たのだ。

 

「おいおいユーマ!男なのに情けねぇ!!泣いてんじゃねぇよ。」

 

「うるせぇよクソ童貞死ね…ぐす」

 

「あれ!?泣いてるのにすごい辛辣!!!」

 

「墨川ぁ。お前も泣き虫だなぁ、おねーさんの胸で泣くか?」

 

「脂肪の塊だろ糞が…ぐす」

 

「てめぇ!!泣いてるからってわたしらが手ぇ出せないとでも思ったか!!?」

 

 俺は拓と深見にその場に倒され、何度も踏みつけられた。

 ゲシゲシゲシゲシ!!!

 

「痛い!!痛い!!顔はやめて顔は…!!あ!今なんか変な音した、ちょっ、タンマタンマ!!」

 

 俺を蹴るのに満足した拓と深見に起こされ、俺達は街の方向へ向かう。

 拓が声を張った。

 

「いよっしゃぁ!!飲み直しだぁ!!」

 

「飲むのか!?」

 

「主に烏龍茶!!」

 

 深見が言う。

 

「なんだそれ!?」

 

 一条さんと目が合い、俺達は互いに笑い合った。

 

 綾小路が公園で俺に話しかけてきた時に…俺は何故か()()()()()()()()()()()()()()()と、思っていたのは、誰にも話していない。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side???

 

 

 ウザイ。ウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイ!!!!

 

 なんで私じゃなくて、あの子なの?普通ただの女友達を庇う?

 

 市山拓…深見陣子…墨川悠真……一条日向…!!!

 

 あの関係…絶対ぶっ壊す…!!

 

 




綾小路怖い…怖くない?

悠真と一条さんの関係も良好良好。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 悪意あるサイト

お気に入り300突破ありがとうございます!

また前回のお話での感想を沢山頂きました。ありがとうございます。
元カノ綾小路のヒールキャラっぷりが思いの外ウケたようで…w


「行きたくない。」

 

「何言ってんのお兄ちゃん。」

 

 朝、自室。俺は自分の掛け布団を頭まで被り、妹に談判していた。『今日は学校に行きたくない』と。

 

「いやだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!いきたくないよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!はずかしいよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「な、何があったのお兄ちゃん!?」

 

「言えない。元カノに泣かされた挙句女友達に慰められたなんて口が裂けても言えない。」

 

「言ってるし…。結構テンプレな言い方で暴露してるし。」

 

 え?言ってた?

 あぁクソ。あの後二次会?的なあれで俺の事を拓と深見は弄りまくるし、一条さんも途中から調子が出て来たのか軽く俺のことdisり始めたし…。

 あぁ!拓と深見のゲス顔が脳裏に浮かぶ!!今日絶対学校で弄られる…ひぃ〜!

 昨日のその後の出来事を思い出す。

 

 

 

『ユーマァァァァァ!!!もう由奈ちゃんの事は忘れろ!!な!?その方がいいって、俺がいい女紹介してやっから!!』

 

『拓に紹介できる女なんていねぇだろ。墨川、やめとけゴリラみたいな女紹介されるぞ。』

 

 拓は深見のその言葉に過剰に反応し、立ち上がった。

 

『んだとてめぇ、このブス女!!!ゴリラ紹介するんだったらてめぇを紹介してやんよオラァ!!!』

 

『どぅあぁれがゴリラだクソ陰キャ男!!!おめぇの(規制音)、して(規制音)、した後に(規制音)すんぞゴラァ!!!』

 

『ひぃぃぃい!!』

 

 拓は股間を守るように押さえる。俺も無意識に押さえた。

 

『お、おいお前ら…飲食店で下ネタはやめろよ…一条さんだって困ってんぞ?』

 

『うるせぇなぁユーマ!!いつまでも元カノにすがりついてっからこんな事になるんだよ自重しろ自重!!』

 

『うるせぇなぁ!!!忘れられてらとっくに忘れてるっつーの!!』

 

『あんたら静かにしなよ。飲食店だぞ?』

 

 深見がいつの間にか冷静になっていた。

 

『『てめぇは黙ってろブス!!!』』

 

『はい、今ここでお前らの処刑が決定しましたァ!!…てか、ひなったんも黙ってないで墨川になんか言ってやりなよ!!一番ひなったんが墨川の心配してたんだからさ!』

 

『え?わ、私ですか?えと…そうですね…墨川くん』

 

 

『ば、ばか。』

 

 

『『『(か、可愛い…)』』』

 

 

 ドサァ!!

 

 

『ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!ユーマが失神したァァァァ!!』

 

 

 

 

 何やってたんだ…昨日の俺達…。

 

「とにかく俺今日行かないから!!」

 

「ダメに決まってるでしょ起きなよお兄ちゃん!!」

 

「やめろ!!布団引っ張んな!!!」

 

 俺と楓は掛け布団争奪戦を繰り広げた。しかし相手は一個下の高校一年生と言えど所詮はおなご。ふっ、負ける気がしねぇ!(BORUTO風)

 

「「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ!!!」」

 

 あれ!?なんか楓さん力強くね!!?あぁ…ヤバい掛け布団(ATフィールド)が!!エヴァ見たことないけど!!

 

 ピーンポーン!

 

「あれ?誰だろう。」

 

「ほらでろよクソガキ。」

 

「一つしか変わんないでしょ。クソ兄貴。」

 

 言葉が悪いわよ、楓ちゃん。誰を見て育ったのかしら?

 

 楓がチャイムを鳴らした客と対面している間、俺は掛け布団を元の位置に戻す。頭から掛け布団を被り、足を出さない完璧な陣。ふふふ…来るなら来い、我が妹よ…。

 

 バサ!

 

 掛け布団が一気に剥がされた!馬鹿な…この完璧な布陣をいとも簡単に…!!

 

「おい楓!!俺は行かないって…言った…ろ…」

 

「おはよう。墨川。」

 

「十文字…?」

 

 俺の布団を剥いだ十文字の後ろに楓のニヤケ顔が写った。なんだその『してやったり』みたいな顔は。やめろ、やめろ。

 俺は十文字に視線を送る。

 

「んだよ。」

 

「一緒に登校しようよ。」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妹さんはどこの高校なの?」

 

「俺たちと同じ船戸森だよ。」

 

「ほんと?一緒に登校しないのかい?」

 

「アイツは友達と行ってるからなぁ。」

 

 てか、なんで俺はこいつと登校してんだよ。さっきから女子生徒からの視線を感じるがそれは全て俺ではなく十文字に向けられたものだった。いや、多分俺にも向けられてる。その心は『なんであの陰キャ、十文字くんと登校してるの?プンプン!!(悠真全力の裏声)』だ。

 十文字は朝っぱらから爽やかな笑顔で女子生徒からの挨拶に答える。

 

「人気者だな。流石は二学年スクールカースト第一位。」

 

 嫌味ったらしく言うと、十文字は一度ムッとした。なんだ?気にしてんのか?

 

「スクールカーストランキング…どこで知った?」

 

「あん?」

 

「俺が二学年一位ってこと、どこで知った?」

 

「何言ってんの?」

 

 十文字はポケットからスマホを取り出しいじり始めた、ホームボタンを俺に向けて自分のスマホを俺に渡す。俺は十文字のスマホの画面に表示されているサイトをみて目を見開いた。…なんだ…これ…。

 

 

 

 

 【船戸森高校 裏サイト】

 

 ID

 PASS

 

 ログイン

 

 

 

 

「船戸森高校裏サイト?」

 

 俺が聞くと、十文字は意外そうな顔をした。

 

「知らないのか?」

 

 俺は首をすくめる。

 

「全く。」

 

 俺と十文字は足を進ませながら話を続けた。十文字は淡々と喋り続ける。

 

「船戸森高校裏サイト。去年から設立された妙なサイトさ。IDとパスワードを入れる場所があるだろ?IDは毎年配られる生徒帳に記されている生徒No。パスワードは生年月日でログイン出来る。2001年4月1日なら、20010401だ。」

 

「ほーん」

 

 暇なヤツがいたもんだ。裏サイトとはねぇ。

 

「言っとくけど、俺はそのサイト知らねぇぜ?お前がカースト第一位ってのも風の便りで聞いただけだよ。」

 

「そうか…」

 

 俺は十文字の画面に映し出されているサイトに少し興味を持った。裏サイトというのはなんだか非現実味を帯びていて、少しだけ心が踊る。

 

「ログインしてみてくれよ。どんな事が書いてあるんだ?」

 

「ん?あぁ…ほら。」

 

 十文字は慣れた手つきでIDとパスワードを打ち込み、俺にスマホを渡してくる。十文字みたいな奴らって気軽に人にスマホ渡すような事はしないと思っていたが、こいつは違うのか?

 そんな事も考えながら、俺は表示された画面をスクロールする。

 

 …ほほう。スクールカーストランキングはここで表示されてんのか…。

 

 

 

 

 カーストランキング二学年 男子

 

 第一位 十文字昴

 第二位 黒王疾風(こくおうはやて)

 第三位 井出洋介

 第四位 國塚照史(くにつかあきと)

 第五位 大柳明来(おおやなぎあくる)

 

 

 カーストランキング二学年 女子

 

 第一位 雪平星羅(ゆきひらせいら)

 第二位 綾小路由奈

 第三位 深見陣子

 第四位 真宮愛華

 第五位 葉月真琴(はづきまこと)

 

 

 

 

「…なるほどな。ランキングはここから漏れてると…、んでこれがどうした?」

 

 俺が十文字にスマホを返すと、十文字は少しだけ神妙な表情になる。

 

「おかしいとは思わないかい?このサイト…」

 

「…、そうだな。」

 

 俺は胸ポケットから生徒帳を取り出す。

 

「毎年生徒帳は更新されているし、生徒帳に記されてる生徒Noは0〜9までの十桁の数字でランダムで振り分けられてる。法則性がないかは分からないけど…裏サイトにログインするのに生徒Noが必要って事は、裏サイトを作った奴は生徒全員のNoを知ってるってことだろ?」

 

「その通り、話が早くて助かる。それに加えてパスワードで使う生徒全員の生年月日…。それを把握してるのもおかしな話さ。…僕はこの裏サイト…学校側が運営してるんじゃないかって思う。」

 

「教師達が俺達生徒をランキング付けしてるって言いたいのか?そんな馬鹿な…。」

 

「馬鹿な話じゃない。実際この裏サイトは生徒内でかなり話題になってるし、それなのに学校側はこのサイトについてなんの言及もしない。」

 

「別にそれで被害受けてる奴がいる訳じゃねぇんだから一々対応なんてしないだろ。その裏サイトだって、作ってる奴が卒業すれば自ずと無くなる。自然風化だよ。」

 

 俺は進ませる足をとめない。こんなの作った奴のお遊びだろ…その内無くなるし、別にあったってなんの障壁にもならない。

 それに…

 

「それに、このサイトがあるんだったらお前も嬉しいんじゃねーの?十文字、お前は二学年のランキング一位。誰もお前に反論は出来ない。最高じゃねぇか。」

 

 十文字は足を止める。俺も無意識に十文字を待とうという意思が働いたのか、足を止めた。

 十文字は顔を俯かせ、口を開いた。

 

「一位だから嫌なんだ…」

 

「は?」

 

「近寄ってくる連中の顔に書いてあるんだよ、『こいつの御機嫌を損ねちゃいけない』、『仲良くしとけばいい事あるだろう』ってさ…。本当に善意で近寄ってくる生徒なんて…殆どいない。」

 

「でもその点君は違った。カーストランキングを知らなかったって言うのもあるかもしれないけど、昨日君と屋上で話した時、君は僕に本当の気持ちを伝えてくれたじゃないか!」

 

 本当の気持ちを伝えてくれたじゃないか。とかやめろ。告白したみたいじゃねぇか。最後の一行を十文字は声を張って言ったので、周りの女子がザワついた。…違うからね?そんな話じゃないからね?

 

 十文字は周りの視線など気にせず続ける。

 

「僕はこの裏サイトを運営してる生徒、または教師を探してる。スクールカーストを、この学校から無くす。墨川、僕と協力して…」

 

「無理だね。」

 

 そう、無理だ。そんな事をしたってなんの意味もない。

 

「例え俺達が運営者を見つけたとして、裏サイトが無くなったとしてもスクールカーストっていう概念自体は壊れない。あれは自然と出来上がっていくものだ。」

 

「そんな事は僕がさせない。」

 

「お前一人に何が出来る。そうやって動いた所で、他の連中はお前のご機嫌取りの為に動くぜ?…昨日お前は俺に向かって一条さんを助けることは偽善だって言ったよな…だったらその言葉を直接返すぜ、それは偽善だ。」

 

「みんなで仲良く一人一人が手を取り合って…なんて言ってる奴に限って、俺や拓…一条さんみたいな底辺を見てねぇんだよ。今まで“みんな”にすら含まれなかった俺達が、お前の偽善行為に付き合うと思うなよ…!!」

 

 俺の言葉を黙って聞いていた十文字は、悔しそうに拳を握った。俺はそれを平然と眺める。至って冷静に…そして、送られてくる十文字ファンの軽蔑の眼差しに耐えながら…!!いや耐えろ墨川悠真。俺は悪くない。俺は悪くない。二回自分に言い聞かせたところで、俺は視線を十文字に移す。

 

「悪いな。俺はお前の言う通り自己中な奴なんだよ。例えスクールカーストがあったって、底辺に居たとしても俺たちゃ平和に楽しくやってんだ。」

 

 後ろを振り向き、学校側に足を進ませる。最後に一言…

 

「俺の平穏を壊すな。ウンザリなんだよ…()()()みたいな奴らは…こっちから願い下げだ。」

 

「そうやって…」

 

 十文字の声が聞こえた。

 

「そうやって…なんでも受け止めきれる君が羨ましいよ…墨川。」

 

 なんでも受け止めきれる?笑わせるな…受け止められてたら、俺は苦しんでねぇんだよ。

 何も知らないくせに…勝手な口を開かないでくれ。

 

 俺は何も言わずに足を進ませた。

 

 

 俺もお前が羨ましいよ…、十文字。

 

 綺麗な容姿も、人望も、スクールカーストとかいうクソみたいな階級をぶっ壊して、本気でみんなが平和な学校生活を作ろうとするその熱意も…俺には無い。

 お前は俺の欲しいもん全部持ってんだよ…。

 

 そんなお前が…俺に羨望の眼差しを向けるな。俺に…頼るな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校に着くとやはり拓と深見にいじられ、一条さんと挨拶を交わし、朝のホームルームが始まった。

 

 いつも通りの日常が流れ、今日は綾小路も特に俺に絡んでくることは無かった。そして昼休み。

 

「ユーマ、卵焼…」

 

「断る。楓の弁当は俺のもんだ誰にも譲れん。」

 

「うわー、墨川相変わらずのシスコンっぷり。そして相変わらずのキモさ。」

 

「殺すぞ深見。」

 

「やってみろ。」

 

 俺達は互いの両手を握り『ぐぬぬぬぬぬ』とプロレスの様に両腕を反転される。

 

「いたいいたいたいたいたいたいたい!!!」

 

 深見は俺の手首をへし折る勢いだった。すぐに離されたが…こいつやべぇ。

 

 屋上、給水タンクの裏。俺達《屋上組》は、弁当をここで広げていた。

 《屋上組》というのは深見が昨日作ったLINEのグループの名前で、一条さんもこれに気に入ったのか、『ふふ、屋上組…』というどこか不思議な笑い声を出していた。

 そして当の一条さんは、なんだかモジモジしている。

 

「どうした、一条さん。」

 

「あ…えと…、墨川くんにお願いがありまして。」

 

「…?なに?」

 

「今日の放課後って…空いてますか?」

 

「え?」

 

 

 空気が固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。一条さんは職員室に用があるようで、俺は先に学校の校門で待っている事にした。

 

 え…なに?なんで拓や深見を誘わないで俺だけなの…。

 様々な可能性が頭をよぎる…。

 

 

『あの、墨川くん。』

 

『なんだい…(イケヴォ)』

 

『墨川くんは、私に色んなことを教えてくれました。友達の事も、言葉っていうのがどういうものかも…でも…』

 

『で、でも一つだけ…教えて貰ってないことがあります…。』

 

 俺の妄想の中の一条さんは、セーラー服のリボンを引き抜いた。胸元のチャックを下ろし、一条さんの純白な下着があらわになる。

 

 

『私に…もっと教えてください…ね?』

 

 

 

 

 

 ゴンッ!!!

 

 俺は廊下の壁に頭を叩きつけた。何考えてんだ俺…落ち着け…。別に女の子と一緒に何かをするのは初めてじゃないだろ。

 こんな所で童貞の妄想繰り広げてんじゃねぇよ…!!!

 

 

「ユーマ!!ユーマ!!」

 

 見ると、拓が男子トイレから顔を出しこちらに手招きをする。なんだなんだ?

 男子トイレに入ると、拓は俺の肩に手を置く。

 

「んだよ、拓。俺に連れションの趣味はないぜ。」

 

「ちげぇよ、ユーマ。お前に渡しておくものがある。」

 

「なんだよ、ビニ本でも見せてくれんのか?」

 

「随分古い言い回しだな。持っていけ…我が親友よ、おれのとっておきだ。」

 

「あん?」

 

 俺は拓から手に握らされたものを見る。

 

 

 0.03mm

 

 

「…」

 

 俺は今多分渋い顔をしている。

 

「いやぁユーマ。()()()()()()()()財布に入れといて良かったぜ。使うのはおれじゃあないが、親友のお前が使うなら俺は本望…」

 

 

 ジャー!!!!

 

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!トイレに流す奴があるかァァァァァァ!!」

 

「0.03なら大丈夫だろ。財布にこんなもの入れるなんてお前はホントに童貞極めてんな。」

 

「ちげぇよおめえ!!!いいか!!?悪いことは言わねぇ、生はダメだ!!!絶対に避けろぉぉ!!!」

 

「生々しいんだよてめぇ!!!んな事起きるわけねぇだろ!!!」

 

 

 拓を蹴飛ばして俺は男子トイレをあとにした。

 あの馬鹿野郎。エロい事しか考えてねぇのかよ…。

 

「墨川!!墨川!!」

 

 今度は深見から呼び出された。空き教室から俺を手招きする彼女に小走りで近づき、空き教室に入る。

 

「んだよ深見。」

 

 深見はどこから持ってきたのか、ワックスとスプレーを取り出した。

 

「髪セットしてやるよ、そこ座れ。」

 

「え…。」

 

 俺は知っている。

 中学時代に深見に髪をセットされた拓の髪型の異常さは笑いが堪えられなくなるほどだった。

 必要以上に逆立てられた髪は、『あれ?どこのサイヤ人ですか?』と気聞くたくなるほどだった。

 しかしどこからその感情が湧き出てくるのかは知らないが、こいつは髪のセットに自信があるらしい。

 

「い、いや、気持ちだけ受け取っておくよ。」

 

「いいっていいって、遠慮すんなって!!」

 

「いやほんとにいいから」

 

「いいから座れ」

 

「いやほんとに」「座れ…!」

 

 その後教室を飛び出すように逃げた俺は、深見から逃げ切るまでに何度か死にかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 深見から逃げ切った俺は、学校の校門にいる女の子を見た。

 やべ…待ってるって約束だったのに…。

 

「一条さん!」

 

「墨川くん!」

 

 一条さんの顔はパァと明るくなった。クシャッと笑い、嬉しそうに俺に近寄ってくる。

 

「ごめん…なんか、拓とか深見に必要以上に絡まれてさ…。俺が待ってるって約束だったのに。」

 

「い、いえ、私も…今来たところですから、きっと墨川くんも何かあるんだなって思ってました。」

 

「え?」

 

「だって、墨川くんは約束を破って帰る人じゃありませんから。」

 

 一条さん…純粋過ぎるよ一条さん…。

 俺は両手で顔を覆った。

 

「じゃ、じゃぁ行きましょうか、墨川くん。」

 

「え?あ、あぁ。」

 

 そういや、どこ行くか聞いてないな。ファミレスは…昨日言ったし、ショッピングとかか?一条さんがショッピング…いや、似合わない訳じゃないが想像出来ない。

 

 なんか楽しみ…だな。

 

 

 あれ…なんで俺、一条さんと二人でいるのが楽しみなんだ…?

 

 俺と一条さんは互いの心を埋め合う友達だろ。そんな関係じゃあない…なのに…

 

 なんで俺は…こんなに一条さんと二人でいるとドキドキするんだ!?




次回はデート(?)回


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 陰キャとデート

お気に入り500ありがとうございます!


 俗信に人が人を好きになる理由は生物的種子を残すためだと言われている。

 恋愛感情は全て先天的に本能によって決められており、酷に言えば恋人は互いを子孫を残す為の道具としか見ていないのだ。

 例えば今ここで、俺の横を歩く女の子が俺に好意を伝えて来たとしよう。きっとその時俺は喜ぶであろう。しかしそれは恋愛的な歓喜ではなく、俺という人間の一個人を好んでくれたというものに過ぎないのだ。

 

 俺の横を歩く一条日向という少女は確かにいい人柄だ。

 心を許した相手には消極的ではあるが喜怒哀楽をしっかりと表現しているし、俺もこの少女と出会う事で今までの自分よりは変われた気がする。何が変わったかは具体的には分からないが…。

 

 しかし恋愛的な面で彼女を見れるかと聞かれれば、話は別だ。

 拓や深見は何か勘違いをしているようだが、俺は一条さんに意識的に恋愛感情を向けたことは無い。俺達は互いの心を埋め合う友人であり、恋人などもってのほかなのだ。

 そもそも一条さんと絡むようになってまだ三週間程度しか経ってないわけだし…。

 

 恋愛も当分はしたくはない。綾小路に向けているアホらしい未練を捨てきれるまでは、その生物的本能を抑えておくことにしよう。

 

 しかし…

 

「墨川くんはどうですか?」

 

「へ?えと…なんの話してたっけ?」

 

 一条さんは一度ムッとして頬を膨らませ、口を開いた。

 

「テスト勉強の話です。ちゃんと聞いててくださいよ、私が一人で盛り上がってるみたいじゃないですか…。」

 

 一条さんは『むぅ』という声を出して歩いていく方向に視線をずらした。一条さんはズレた丸眼鏡を直す。

 

 しかし…何故一条さんと二人で歩いていると、心が踊るのだろうか。

 

 俺達の住む船戸森市は観光名所にもなっており、駅近くには古い街並みが残されていた。駅が近くになるにつれて外国人観光客もチラホラ見えてくる。船戸森市は駅を隔てて西と東に分かれており、西側には俺達船戸森市民が住む住宅街や市役所、病院、スーパー、日用雑貨店、そして船戸森高校が位置している。東側は神社や歴史博物館が位置する観光名所になっている。

 

 駅近くまで来たけど一条さん、東側に行きたいのかな?

 

 しかし一条さんか足を運んだのは駅近くの眼科だった。

 

 眼科…?

 

「着きました。」

 

「着いたって…眼科…?ここに用があるのか?」

 

「はい。そうです。えと…墨川くんはここで待っていて下さい。()()()()()()()()()()()十分足らずで出てこれると思います。」

 

 取りに来ただけ?

 

「あぁ。待ってるよ。」

 

 一条さんは照れくさそうに笑いながら頷き、駆け足で眼科に入って行った。

 見渡すと近くに自販機があったので、そこでアイスコーヒーを購入する。

 

 アイスコーヒーを喉に流し込み、ポケットのスマホを取り出した。

 …拓からLINEが入っている。

 

 

 市山拓:おっすおっす、そっちどう?

 

 墨川悠真:なんか予想外のところ来てる。

 

 市山拓:予想外のところ!?それってお前つまり…ラブ…

 

 墨川悠真:んなわけねぇだろ!!!

 

 市山拓:チクショォォォォ!!!パソコンで卒業証書作っとくわ!!!

 

 墨川悠真:そんな凝ったもん作れんのかお前!!てか、暇だな!!!

 

 

 あん?今度は深見からか…

 

 

 深見陣子:おいっす(*・ω・)ノ

 

 墨川悠真:ちゃおっす

 

 深見陣子:リボーン?

 

 墨川悠真:知ってんのか

 

 深見陣子:知ってる知ってる。様子はどうよ?

 

 墨川悠真:ぼちぼち

 

 深見陣子:ひなったんに恥をかかせたら許さん。(^言^)

 

 墨川悠真:こえぇよ!!!

 

 

 あぁ!!もう!!なんなのアイツら!?過保護!!過保護すぎるよ!!何でいちいちアイツらに現状報告しなきゃなんねぇんだよ!!!

 

 

 …。

 

 

 俺は無意識に携帯のSafariを起動する。

 検索バーに打ち込んだのは…【船戸森高校 裏サイト】

 

 一番上に出て来たサイトにアクセスし、生徒帳に記されている生徒Noと生年月日を打ち込みログイン。

 カーストランキングを開く。

 

 

 

 カーストランキング二学年 男子

 

 第一位 十文字昴

 第二位 黒王疾風(こくおうはやて)

 第三位 井出洋介

 第四位 國塚照史(くにつかあきと)

 第五位 大柳明来(おおやなぎあくる)

 

 

 カーストランキング二学年 女子

 

 第一位 雪平星羅(ゆきひらせいら)

 第二位 綾小路由奈

 第三位 深見陣子

 第四位 真宮愛華

 第五位 葉月真琴(はづきまこと)

 

 

 

 知らねぇ名前もあるが、当然の事ながら知っている名前もチラホラある。

 

 カーストランキング女子序列一位。雪平星羅。

 

 容姿こそ余り覚えていないが、今年の生徒会選挙に立候補していたな。確か新生徒会長に立候補していた気がするけど…。

 

 十文字はこの裏サイトを学校側が運営しているって言ってたけど、本当にそうなのかな?

 十文字グループがスクールカーストをよく思っていなかったとしても、雪平星羅や他のランキング上位者が同じ事を思っているとは思えない。事実このサイトからスクールカーストは形成され始めてる。

 

 てか…運営者は一体なんの為にカーストランキングなんて作ってんだ?普通に考えれば自分を上位者に置いて、間接的にスクールカーストのトップに立つっていう考えも出来るよな。

 だとしたら運営者は十文字か雪平星羅か?

 

 …アホらし。俺には関係ない事だ。

 

 俺はSafariを落とし、気温で温くなったアイスコーヒーを全部喉に流し込んだ。空き缶を自販機の横のゴミ箱に投げ入れ、再び壁に寄りかかる。

 

「す、墨川くん…!」

 

 携帯に視線を落としていると、一条さんの声が横から聞こえた。

 俺は携帯から視線を外し、隣の一条を見る。

 

「あぁ。おかえり一条さん。早かった…ね…。…お、おぉ…!!」

 

 俺の横に立っていた一条さんは、いつもの一条さんとは違った。

 

 まずはいつもと同じ点。

 前髪ぱっつんで肩ほどまで伸びた髪は艶やかに輝いており、頭に天使の輪を作っている。

 控えめな口と鼻に、シュッとした顎は一条さんが小顔だと認識出来るに充分だった。

 大半の女子生徒が破っている制服のスカート膝下をしっかりと守っており、セーラー服にはシワ一つなく、リボンも綺麗に結ばれていた。黄色のリュックサックの紐を両手でしっかりと握り、どこかオドオドした様子は遠くから見ると何故か笑ってしまう。

 

 そして違う点。

 いつもは顔に似合わぬ大きさの丸眼鏡で隠されていた瞳があらわになっていた。

 長いまつ毛に大きな瞳は、少しだけ緊張しているのかクリクリと可愛らしく動いている。

 頬を桃色に染め、少しだけ伏し目がちだ。

 そして、両手で握っているリュックサックの紐を持つの右手に握られているのはリュックサックの紐だけではなく、いつも一条さんが付けている大きな丸眼鏡だった。

 

 

 初めて一条さんと屋上で話した時に見た姿。

 一条さんが眼鏡を外して、俺の方を見ていたのだ。

 

 黙って見ていると、一条さんは照れくさそうに口を開いた。

 

「えとですね…、いつだか墨川くんが、コンタクトにしないの?って聞いて来てくれたじゃないですか…?そ、それで!!コンタクトにしてみたんです…。へ、変じゃないですかね?」

 

 あぁ…。これはまずい。

 しまった、たぶん、なんとしても…俺は今日一条さんの誘いを断るべきではなかったのではないか?

 と、ということは…つまり…なんだ…

 なんの予備動作もなく一条さんの素顔を見るのは…かなり俺的にはまずい。

 

「す、墨川くん?…やっぱり、顔は隠しておいた方がいいですか…?」

 

 一条さんの顔が曇る。い、いや違う!!そうじゃない!!

 

「ち、違うって!!あ…あの…だな。」

 

 この俺。墨川悠真は比較的日本語が堪能な方ではないと自負している。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()時の言葉が上手くでてこないのだ。健全な男子高校生は直接同年代の女子に“可愛い”等の言葉を口に出来ないのだ。

 

「さ、最初に…」

 

 一条さんが言う。

 

「最初に見せるのは墨川くんにしよって、ずっと前から思ってたんです。…墨川くんが提案してくれたって言うのもありますけど…」

 

 一条さんは伏せていた目をこちらに向けた。顔を桃色に染め、少しだけ躊躇ったのか、開きかけた口を一度閉じ、再び開けた。

 

 

「最初は墨川くんにだけ、見て貰いたかったんです。」

 

 

 ……。

 あぁ、情けねえ俺。

 女の子がここまで言ってくれてるってのに…なに恥ずかしがってんだよ。

 

 俺も顔を勢いよく上げる。自分の顔が火照っている事には多分気付いてはいない。顔が一条さん以上に赤くなり、何故か少しだけ声を張りながら言ってしまった。

 

 

「…すっっっげー、可愛いよ!!一条さん!!」

 

 

 一条さんは目を見開き、再び俺達は同時に顔を伏せた。

 

「…あ、ありがとうございます…。そ、その…嬉しいです。」

 

「「……」」

 

「「あの…!」」

 

「「あ…。」」

 

「一条さんからどうぞ。」

 

「あの、なんだか味気なく終わっちゃいましたけど…今日は墨川くんに眼鏡を外した姿を見てもらいたくて呼んだんです。…帰りましょうか?」

 

「あ、うん。」

 

 味気なくなんてなかったよ。もう、味だらけだったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一条さんの家は先程までいた駅近の眼科から少し離れた住宅街に位置しており、ちょうど帰り道だった俺は一条さんの家の前に辿り着いた。

 一条さんの家は何の変哲もない一軒家で、中には電気がついていた。

 赤い屋根が特徴の二階建てで、築十数年と言ったところだろうか。

 

「墨川くん。送ってくれてありがとうございました…。今日は着いてきてくれて嬉しかったのです。」

 

「うん。じゃあまた。明日。」

 

「はい。また明日。」

 

 一条さんは控えめに手をヒラヒラと振ってきた。それを眺めていると…。

 

「日向、おかえり。」

 

 一条さんを呼ぶ声がした。俺は視線を一条家の扉に移す。

 一条さんと同じ黒い綺麗な髪。一条さんが成長したらきっとこんなふうになるんだろうな、と思わされるような女性が玄関から出て来たのだ。

 

「お母さん。ただいま。」

 

「うん!コンタクト、似合ってるじゃない。…あら?」

 

 一条さんの母親は俺を見るなり口元に手を置いた。俺は軽く頭を下げる。

 

「あの、どうもこんばんは。一条さんのクラスメイトで友達の、墨川悠真です。」

 

「友…達…?」

 

 すごい失礼だが、今の一条さんの母親の友達の言い方が、地球の言葉を学ぼうとする宇宙人の言い方に似ている気がした。

 未知との遭遇みたいな。もしかしたら自転車に乗って空飛べるかもしれねぇ。

 

「あの、墨川さん。あなた、本当に日向のお友達なんですか?」

 

「へ?あぁ、勿論。」

 

 それを聞くと同時に、一条さんの母親は俺の肩に手を置いた。とても暖かい手だった。そして…

 

 

「…日向に…友達が…!墨川くん、このこの友達になってくれて、ありがとう。ありがとう…!!」

 

 

 一条さんの母親は、嗚咽混じりの泣き声を漏らしながら、その場に膝をついた。

 

「ちょっ、ちょっとお母さん…!こんな所で泣かないでよ。…す、すみません墨川くん。」

 

 一条さんの母親は、エプロンで涙を拭っていた。俺は口を開く。

 

「あの…一条さんのお母さん。…一条さんの事は、心配しなくても大丈夫ですよ。」

 

「一条さん。俺“達”の前じゃぁよく笑うんです。時々変に真面目な所があって、“みんな”から笑われてますけど。…だから、心配しなくて大丈夫です。」

 

 俺の言葉を聞き、一条さんの母親は一条さんのことを抱きしめた。

 

 一条さんも面倒くさそうな顔をしながら、自分の母親の背中にゆっくりと両手を回した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一条さんと別れ、俺は家へと足を進ませていた。

 

 一条さんの母親、泣いてたな。

 …母親か…。母さんとも親父とも、随分会ってねぇなぁ。…あぁ、あとクソ兄貴とも。

 

 三人は…俺や楓の事をあんな風に心配してくれてんのかな?わかんねぇや。

 

 自宅に付くと、俺は鍵を使って玄関を開けた。

 

「ただいまー」

 

「おかえりー」

 

 楓の声がリビングから聞こえる。もう帰ってんのか…む?

 

 知らない靴が置いてある。楓の友達かなんか来てんのか?だったらイケメンなお兄さんを演じなきゃならねぇ様だな。

 俺は『んん』と喉の調子を整え、駆け足でリビングに突入する。

 

「やぁ、いつも楓が世話になっているね。初めまして、楓の兄だ。(悠真渾身のイケボ)」

 

 …え?

 

「お兄ちゃん、おかえりー!」

 

 俺に挨拶をする楓と向き合うようにリビングのソファに座っていたのは、俺より少し背丈の低い…船戸森高校の《男子》生徒。…男…だと!?

 

 そいつは俺を見るなり、すぐさま俺に頭を下げた。

 

「こんばんは、!!俺、墨川さんと同じクラスの《大槻港(おおつきみなと)》って言います!!」

 

 

「今日は、墨川さんに相談があってお邪魔させて頂いてる所存っす!」

 

 

「…。いや、えっと…楓ちゃん?」

 

「なに?」

 

「男を家に連れ込むのはやめろぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 俺の声は、夕暮れ時の住宅街に響き渡った。




次回から新章(1〜2話程度)突入ですね。
大槻くんが関わってきます。







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 陰キャと引きこもり

五日ぶりの投稿です。

ちょいと筆が乗りませんでした、グダグダ文章かもしれませんがご了承ください。(;´Д`)


 俺は楓が家に連れ込んだ同じクラスだという男、大槻港をソファに座らせた。

 

「引きこもりの姉ねぇ…。」

 

「そうなんです。うちの姉ちゃん…墨川さんのお兄さんと同じ二年生なんですけど、二年生になってから一度も学校に行ってなくて…。」

 

「一応聞くけど、名前はなんてんだ?」

 

「《大槻穂波(おおつきほなみ)》B組です。」

 

 名前知らねぇ…。隣のクラスだな。

 黙っていた楓が口を開いた。

 

「それでねお兄ちゃん。大槻くんは穂波さんを学校に行かせたいんだって。なんかいい方法ないかな?」

 

「いい方法ねぇ…。」

 

 引きこもりか…。引きこもりになる理由はいくつか聞いたことはある。二年になってから行かなくなったとなれば、環境の変化の対応に追いつかなかったり、勉学の遅れ…。あとは…人間関係か…。

 

「大槻くん。こんなの聞くのは俺も本意じゃないんだけど…お前の姉ちゃんは学校で上手くやってたのか?」

 

「や、やってましたよ!!友達も連れてきてましたし、毎日楽しいそうに登校していました…。俺も深い理由は知りません。」

 

「なるほどな…。」

 

 俺はスマホを開く。なにかいい当てはないかな?

 一条日向。駄目だ。当てになるわけがない。

 市山托。こいつもこいつで肝心な時に使えないからなぁ。ま、保留か。

 深見陣子。こいつは大槻穂波と知り合いだったとしても強行手段にでそうだからダメだ。

 綾小路由奈。…。

 

 通話ボタンを押そうとするが、やはり躊躇いがあった。綾小路の焦点を失った目が脳裏に浮かぶ。

 

「ダメだよお兄ちゃん。」

 

 見ると、楓が俺のスマホを覗き込んでいた。表示された綾小路の連絡先の画面を見ながら、楓は少し睨んだ形で俺を見た。

 

「その人はホントにヤバいって。」

 

「お前の主観だろ。」

 

「女の私だから分かるの!!綾小路さんは信用出来ない!!」

 

「わーってるよ。電話する気も、勇気もねぇって。…大槻くん。」

 

「はい?」

 

 今の俺と楓のやり取りを見ていた彼は、何を話しているか分からないと言った状態だ。まぁ当たり前なのだが…。

 

「俺の連絡先には登録されてないけど、大槻穂波が不登校になった理由が分かるやつがいるかもしれない。」

 

「まじっすか!?」

 

「あぁ。」

 

 あんまり頼りたかねぇけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーわけで頼むわ十文字。大槻穂波の事を知ってたら教えてくれ。この通り。」

 

「どの通りだよ…墨川。」

 

 翌日。朝のホームルームが始まる前に俺は十文字グループがいつもたむろしている教室の端っこに向かい。

 スマホを弄りながら昨日の出来事を話した。

 流石に俺の態度が悪かったのか、真宮が俺に突っかかる。

 

「ちょっと墨川。アンタ、頼み事にはもうちょい礼儀があるんじゃないの?」

 

「…どの口が言ってんだよビッチが」

 

「ぶっ殺す!!」

 

「落ち着け真宮っち!!」

 

 井出が真宮の腕に手を回し俺に飛びかかろうとする真宮を抑えた。グッジョブ井出。

 

「交換条件だよ。」

 

 俺が言うと、井出に抑えられてる真宮を見ながら苦笑いしていた十文字の視線が俺に移った。

 俺もスマホをしまい、本格的に頼む姿勢に入る。

 

「交換条件だ。大槻穂波の不登校の理由を知っているなら教えて欲しい。その代わり、昨日の朝お前が俺に言った裏サイトの運営者探しを手伝ってやる。お前らみたいに直接は動けないかもしれないけど、なにか変わったことがあればすぐに報告する…頼む!」

 

 俺は九十度の角度で頭を下げた。俺の提案を聞いた十文字は、顎に手を置いた。何かを考える仕草を取り数秒。

 顎から手を外すと十文字はムカつく程の笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「不登校の生徒の説得…、墨川が裏サイト運営者探しの協力者になってくれる…うん、利害は一致している。乗ったよ。墨川。」

 

「はぁ…助かる。」

 

「それに…君が頭を下げる姿を見れたしね。」

 

 十文字は悪そうな顔で言った。

 

「くそが…」

 

「なぁ、墨川っち。大槻穂波の不登校の件。俺にも関わらせてくれねーかな?」

 

 そう言ったのは先程真宮を抑えていた井出だった。真宮は既に席に着いており、こちらの話など興味無いというふうにスマホを弄っていた。俺は視線を真宮から井出に移す。

 

「なんでだ?」

 

「…大槻っちは去年同じクラスでさ…それなりに仲が良かったんだよ。人間関係も上手くいってたっぽいし、俺にも不登校になった理由は分かんねーけど…。」

 

「俺は、また大槻っちが学校で楽しそうにしてる姿が見たいんだ。頼む墨川っち。」

 

 井出が俺に頭を下げた。

 その光景に、俺は思わず目を見開く。井出に好印象は持ってなかった。いつもチャラチャラしていて、いつも安全な十文字の影に隠れて場を盛り上げるだけの奴だと思っていたからだ。

 こいつにも…他人を思う気持ちってのがあったんだな。

 

「いいぜ。むしろお前みたいな知り合いが奴がいた方がいいと思うし。」

 

「マジで!?さんきゅー、墨川っち!!後でLINE交換しような!」

 

 うわぁ…突然いつもの井出に戻ったよ。つーか肩組むな、そろそろ夏なんだから暑苦しいっつーの。

 とりあえず協力者は俺を入れて四人。

 朝に托に事情を話して一人。それに加えて十文字と井出か…。楓が居るとはいえ…女子が一人じゃ少しだけ心もとないが…。

 

「あれれ〜?珍しいね〜、ゆー君が十文字くん達といるなんて。」

 

 『ゆー君』、俺の事をそう呼ぶ女子はこの世界にたった一人。

 登校してきた綾小路が俺の後ろにたっていたのだ。

 

「綾小路。」

 

「大槻穂波さんって不登校の子だよね?その子を学校にって来させようってこと?」

 

 全部聞いてんじゃねぇか…。いつからいたんだ?

 綾小路は至って普通だった。この前のように特に俺に何かを言ってくる様子はなかったし、いつもの様に大きなくるりんとした目を俺たちに向けていた。

 

「ま、妹の頼みだからな…これは断れない。」

 

「妹…?あぁ、楓ちゃんか!私あの子に嫌われてるっぽいんだよね〜。ゆー君はなんでか知ってる?」

 

「さ、さぁ。」

 

 『胡散臭そう』って言ってたなんて言えねぇ…。

 

「ふーん。でもさ、ゆー君。私はそういうのあんまり良くないと思うな。」

 

「由奈、どういう事だ?」

 

 十文字が俺と綾小路の会話に割って入った。綾小路は視線に俺と十文字を捉え、ふわふわした話し方で続ける。

 

「うーん。なんて言うのかな…不登校って事はさ、それだけこの学校に対して不満があったってことでしょ?例えゆー君や十文字君が穂波さんを説得しに行ったとしても、この学校に大槻さんの不安要素がある時点で、あの子は来ないと思うな。」

 

 最もな意見だった。俺はまだ十文字から大槻穂波が不登校になった理由を聞かされていない。それがどんな理由はかは知らないけど…絶対的と言えるのはこの学校への不満だ。

 それを取り除かずに、大槻穂波が再び学校へ来れるかと聞かれれば、俺はイエスとは答えられない。

 

「ま、それはゆー君達の勝手だけどね?ふふ。」

 

 そう言い残した綾小路は、クルリと向きを変え自分の席に戻った。そして軽くこちらに振り向き、呟くように言った。

 

「ゆー君は…一条さんと出会って変わったね。」

 

 その声は無機質で、いつもの様な明るさも、時折見せる狂気も…何も感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み。

 

 

 

「はぁぁぁぁ!?」

 

 屋上でいつもながら弁当を広げ、俺は今日の朝に十文字と井出に協力を経た事を深見に話した。

 一条さんと拓は購買に出ており、俺と深見だけが今この場にいる。拓は十文字と井出の協力を快く承諾してくれた。綾小路や真宮がいたらきっと苦い顔をされただろうが、十文字や井出は基本的に社交性のある人間なのだ。不登校の人間の説得となればかなり力になる。

 大槻穂波の不登校の理由も、今日の放課後楓と港くんと合流してから十文字が説明してくれるらしい。

 

「なんであんな奴らに協力なんて頼んだ、バカ墨川!!」

 

「ば、バカってなんだ!!おめぇは用事があってどうしても来れねぇって言うから代わりをだな…」

 

「あたしの代わりは十文字と井出かゴルァ!?」

 

「怖いよ深見さん!?」

 

 深見は腕まくりをしながらユラユラとこちらに寄ってくる。いつもの事ながら深見を両腕を掴んで抑えた。

 

「ってか、お前なんで十文字グループをそんなに嫌ってんだ?」

 

「あぁ?ふん、あたしはああいう誰にでも分け隔てなく接する奴らが嫌いなだけだよ。」

 

「まぁ分からなくもないが…拓も誰にでも分け隔てなく接するだろ?」

 

「…」

 

「…」

 

 あれ?なんで沈黙?深見の顔が茹でられたカニのように赤く染まる。なんだァ?

 

「な、なんで拓が出てくんだよ!!」

 

「え?だってお前拓の事好きなんじゃないの?」

 

「は、はぁぁぁぁ!!バカ言ってんじゃない!!殺すぞ!!」

 

「理不尽だ!!…つーか、バレてないとでも思ってたのか?」

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 

 深見は声にならない声をあげ、乱暴に弁当のミートボールを口に放り込んだ。動揺しすぎだろこいつ…こんな深見始めてみたな。

 深見が拓の事を好きなのは知っているが、当人の拓は全く深見の事を女として見てないからなぁ…。俺は水筒に口を付けた…

 

「お前もひなったんのこと好きなんだろ?」

 

「ぶふぉ!!何言ってんだ!!」

 

「いや、昨日のデート前のお前の動揺具合を見てさ。…好きじゃないのか?ひなったんの事。」

 

「…。」

 

 正直…分からない。

 

 俺は一条さんのことが好きだ。けどそれは恋愛的な意味ではなく、友人としての気持ちだと思っている。けど…

 

 拓や深見、十文字や井出に向けている気持ちと…一条さんに向けている気持ちは、少しだけ違うのは感じている。

 これが恋なのかは…よく分からない。付き合っていた頃に綾小路に向けていた気持ちとも、少しだけ違うからだ。だから俺は、答えを探している。

 

 俺にとって…一条さんはなんだ?

 

 俺は深見に向き直る。

 

 

「分からない。一条さんに向けている気持ちは、拓やお前に向けているものとも違うし、綾小路に向けているものとも違う。…掴めないんだ、一条さんが…。」

 

「…どういう意味だ?」

 

「なんか…俺達は一条日向っていう人間の表面的な部分しか見れてない気がする。それがなんだか…もどかしい。」

 

 俺は不意に空を見上げた。一条さんが時々こうするからだ。

 鳩が数羽飛んでおり、ただそれを眺める。一条さんの見ている景色を見ても、俺には彼女の心が分からない。綾小路の時もそうだった。本心がみたいと思う女の子にどんなに手を伸ばしても、その子は俺から遠ざかる。

 

 一条さんの気持ちも、綾小路の気持ちも…水と油みたいに性格の違う二人のどちらかの気持ちも、俺には分からない。

 

「墨川くん?」

 

 不意に声が聞こえたので視線を戻すと、既に一条さんと拓が購買から帰ってきていた。拓は深見と話しており、一条さんは俺の顔を覗き込むようにこちらを見た。そういや一条さんと話すのは今日初めて。あれ?

 

「一条さん、コンタクトは?しないの?」

 

 一条さんはいつもの大きな丸眼鏡をしていた。俺はズレた眼鏡を直してあげながら聞く。

 

「あぁ、いえ、まだ中々付けるのに手間取ってしまって…。朝は時間がないんです。」

 

 そう言って一条さんはニコッと笑った。…そうだ!

 

「なぁ一条さん!」

 

「な、なんですか?」

 

「今日の放課後、空いてるか?」

 

「へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side???

 

 

 

 

 はぁ…憂鬱だ。

 弟にも心配掛けさせちゃって、悪いことしてるな。

 

 

 ごめんね…港。私、もう学校には行きたくないの…。

 

 

 怖いんだ…みんなが私を見る目が。

 

 

 怖いんだ…周りの目を気にしながら生きていくのが…。

 

 

 けど

 

 

 けどもし…少しでも同情してくれる人がいるなら…

 

 

 少しでも私の事を気遣ってくれる人がいるなら…

 

 

 

 

 ────誰か、助けてください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。