仮面ライダーイグニス (レイキャシール)
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仮面ライダーイグニス

※気分転換も兼ねての短編です。連載の予定は現在のところありません。


―天使

 宗教上における、神の使い。様々な容姿をしているが、背中に羽を生やし、頭上に光の輪を携えた神秘的、もしくは中性的な姿をしている事が多い点で共通している。

 

―悪魔

 宗教上における、欲望の象徴。教義によっては、他の宗教(多神教や土着の精霊信仰など)の神々を意図的に陥れる意図で呼ばれるものもある。

 

 

 

「La~lala♪~」

 

 深夜。草木も眠る、丑三つ時。明かりの消えた住宅の一室で、一人の女が賛美歌を口ずさんでいる。

 開け放たれた窓から月明かりが差し込み、時折吹き込む風によってカーテンがたなびく事で、まるで芸術の様な雰囲気が醸し出されていた。彼女の足下に広がる血みどろの光景を含めて。

 力なく横たわる男女の死体は、家族なのか、それとも恋人なのか。凄惨な殺戮劇の舞台装置にされた者達の事など、この女は微塵も興味を抱いていない。まるで殺す事が悪ではないかのように。

 

「またか、カマエル・・・・・・」

 

 不意にその女の名を呼ぶ声がしたかと思うと、窓の外、庭先に白いローブを纏った男が現れる。

 

「あら、ラファエル。こんな時間に何の用かしら?」

「用も何も無い。貴様、また人間を殺したのか?」

「何だ、そんなこと・・・・・・」

 

 女―カマエルはそう言って、座っていたテーブルから降りると、ラファエルの立つ庭へと躍り出る。

 金色の髪に青い瞳、整った目鼻立ちと美しい姿だが、纏う雰囲気は神秘的を通り越して、もはや異質ですらある。ラファエルは同じ立場にある者として、強い口調で話を続ける。

 

「我らアンジェルグの使命は、人間を教え導く事。それを貴様は・・・・・・」

「それは心外だわ、ラファエル。私が殺したのは人間じゃ無い、デモニーアよ」

「デモニーアだと?」

「そう。あろう事か、家の中に像を置いて崇拝していたんですもの。アンジェルグの使命の一つは、デモニーアから人々を守る事。病巣は根元から断ち斬らないと、ね」

 

カマエルの指さした先には札や杯らしきものが見える。だがそれらが置かれていたであろう場所は徹底的に破壊され、元々は何があったのかさえ解らない。彼はこの目の前に居る、倫理の破綻した同朋に呆れを通り越して哀れみすら思い始めていた。が、今は言い出すのをぐっと堪えて此所へ来た目的を話す。

 

「・・・・・・・・・・・・帰るぞ。主がお呼びだ」

「あら、あの方が? 一体どう言う風の吹き回しかしら?」

「ゴエティアの一人が見つかったらしい。実に二百年ぶりにだ」

 

 ラファエルがそう言った途端。先ほどまでケラケラと笑っていたカマエルの表情が途端に変わった。目の光りは消え、感情は消滅した、冷血無情、絶対零度の貌へと。

 

「落ち着け。幾ら俺でも背筋が凍る」

「・・・・・・あら失礼。久しぶりに聞いたものなんで、つい」

 

だがそれも、ほんの一瞬。再び蠱惑的な顔に戻ると、服の裾を叩いて立ち上がる。

 

「行きましょう。二百年ぶりにあの『汚物共』の顔を見に」

「解った、すぐに発つぞ」

 

 その台詞を最後に、二人の姿は一瞬で消え失せる。後に残されたのは、無惨な殺人現場だけ。翌朝、パトロールに来た警官がこの光景を発見し、その日の夕刊の記事となるのだが・・・・・・それは今語るべきでは無いだろう。

 これは、ほんの始まりでしか無いのだから・・・・・・。

 

 

――――――

 

 

『世界なんてぶっ壊れてしまえ』

 

 こんな幼稚な考えは、誰もが一度は抱いたことがあるはずだ。

 世間ではそれを『若気の至り』、あるいは『中二病』と呼んでいるのだが、大なり小なり現実から逃避したくて、それが叶わないからこそ空想的な事と諦観するのだが。

 

「はぁあああ・・・・・・・・・・・・」

 

 昼下がりは、公園のベンチの上。今し方これでもかと言わんばかりの溜息を吐いたこの青年も、そんな現実を前にしている一人である。

 

「ぁはぁあああ・・・・・・もうマジでどうしよ・・・・・・。持ち込みは全滅、ネタも浮かばない、鬱だぁ・・・・・・」

 

 側に置かれた茶封筒―開いた口から、コマ割りされた絵、要するに漫画の原稿が顔を覗かせている―を見て、更に大きな溜息を吐く。

 君の・・・・・・もとい、彼の名は“手束豪志”。漫画家を志し、そして自信満々で作り上げた持ち込み漫画を出版社の担当社員に突っ返されると言う、漫画家にとって最初の障害にぶち当たっている若者の一人である。

 

「はぁ・・・・・・ん? おい、マジかよ・・・・・・!?」

 

 もう何度目かも判らない溜息をまた吐き、これを最後に気持ちを切り替えて帰ろうとした時。ふと前を見ると、道のど真ん中に女の子が倒れているのが目に入った。

 炎の様に真っ赤な髪の毛からして外国人だろうか? 行き倒れとはただ事では無いと思いつつ、彼はその場に駆け寄って呼吸を確認しようとする。一応息はあったのだが・・・・・・

 

「おなか・・・・・・すい・・・・・・たぁ・・・・・・」

「・・・・・・マジかよ」

 

その後に盛大に腹の虫がなった所為で再び溜息を吐きたくなる豪志。怪我や病気でなくて良かったと思うものの、こうして彼女を背負って歩く姿は、端から見れば優しい彼氏かお持ち帰りしようとする送り狼である。すれ違ったオバチャンからの奇異の目に耐えつつ、彼は早足で先を急ぐのだった。

 そこから更に歩く事十数分。丁字路の突き当たり部分にぽつんとたたずむ建物が見えてきた。壁にはツタが絡まり、更にドアの上のサンルーフの様な出っ張りは、掛けられているビニール製のほろが色あせていてかなり年季の入っている様にも見える。

 

「っと。ねーちゃーん! いるかー?」

 

 建物―下宿先でもある喫茶店のドアを開けて中へ入ると、誰か居ないか呼びかける豪志。来店者を報せるベルの音に、背中の少女が若干びくついた様な動きをしたのも気にせず、彼は再び呼びかけた。

 

「ねーぇーちゃーぁーんー!!」

「だぁぁぁぁ・・・・・・うっさいわよバカ弟ぉ・・・・・・」

 

それから更に十数秒後。奥の扉が開いたかと思えば、そこから女が現れた。

 長い黒髪はぼさぼさ、寝乱れたネグリジェ姿で、目の下にはクマ。しゃんとしていれば美人であろう風貌が台無しである。そしてその原因が、彼女の手に持たれた酒―ウォッカの空き瓶である事も、豪志からしてみればもはやお馴染みの光景だった。

 

「ったく、また呑んでたのかよ。酒控えろって、お袋にも言われてただろ?」

「うっさい。これが私の血液じゃ、バーロー・・・・・・ん?」

 

ホラー映画に出てくる某悪霊の様な見た目に反してしっかりとした足取りで、カウンターに座る女。が、ふと視線を豪志の背へと向けた途端。彼女の雰囲気が単なる酔っ払いから変化する。例えるなら、玩具を見つけた野良猫の様な、そんな雰囲気だ。

 

「何豪志、アンタ、こんなカワイイ子拾って来たわけ? まさか遂に現実と漫画の区別がつかなく・・・・・・」

「ちげーよ、行き倒れてたから拾って来たんだよ。何か食い物無いか?」

「食い物ならアンタが背負ってるでしょうに」

「いつから俺は食人主義(カニバリスト)になったんだよ。食べねーよ」

「薄い本みたいに?」

「そっちでもねーよ! ったく・・・・・・」

 

 飛んでくるボケを適当に返しながら、背中の少女をテーブル席へと座らせた豪志はキッチンを物色し始める。その過程で玉葱と、インスタントラーメンの袋が出てきたので、レシピ通りにラーメンを作成し、軽く炒めた玉葱を適当に載せる。そうして完成したそれをテーブルの上に置くと、匂いにつられたのか。テーブルに突っ伏していた少女が顔を上げた。

 最初はおそるおそる、外国人なのかたどたどしい箸使いでラーメンを口にする。すると何かを感じたのか、両の眼を見開いて先ほどの動きが嘘だった様に豪快にラーメンをすすり始めた。

 

「はふっ、もぐもぐ・・・・・・つるつる・・・・・・」

「良い食べっぷりねぇ。たかが一袋二百円もしない安物なのに」

「だって、このいんすたんとらぁめん? すんごい美味しいんだもの! こんな美味しいご飯は久しぶりだわ。ご馳走様でした」

「まあ、喜んでくれたなら作った甲斐があったぜ。で、どうしてあんなとこにいたんだ? えっと・・・・・・」

「アモンよ。どうしても呼びたいのなら、私のことはアモンと呼んで」

 

 女の子―アモンがラーメンを食べ終わるのを待ってから、豪志は先ほどから抱き続けていた事を包み隠す事無く問いかける。

 

「ちょっと訳ありなのよ、女の子にはいろいろとね」

「訳ありって・・・・・・」

「まぁまぁ、深くは聞かないでおくのがマナーって奴よ。アモンちゃんだっけ、これからどうするの?」

「・・・・・・とりあえず行かなきゃ行けないとこまで行って、そっからは気の向くままかしら? らぁめん、ありがとう。この借りは必ず返すから」

 

 どのみちこれ以上家に置いておく理由も無く、アモンもアモンで行くべき所がある。彼は彼女を見送ると、後に残ったどんぶりと食べ尽くされたインスタントラーメンの残骸を処理しようとしたときのことだ。

 

「あら? 何これ?」

 

女・・・・・・もとい、豪志の姉が何か落ちているのを発見した。アモンが座っていた場所、彼女から見て死角になる所に文庫本らしき物が落ちていたのだ。

 

「ん・・・・・・忘れ物か? まだ遠くまでは行ってないだろうし、届けてやっか」

「そうした方が良いわね。あ、ついでにお酒買ってきて? 偶にはワインで!」

「自分で行けや、バカ姉貴!」

 

恩を売るつもりは無いのだが、ああして知り合ったのも何かの縁。そう思いつつ豪志は、ジャケットを羽織るとその本を片手に店を出たのだが、肝心の持ち主は見当たらなかった。

 

「ったく、どこ行ったんだアイツ・・・・・・ん?」

 

 駅前のロータリーや、隣町との境である河川敷に神社。思いついた先から探し回ってはみたものの、アモンは影も形も見当たらない。方々を回って、気づくと豪志は町外れにある寂れた教会の前にまで来ていた。

 人から聞いた話だと、大分前からこんな有様だったらしいのだが、礼拝に訪れる者が絶えたことは無い不思議な教会。彼自身はクリスチャンではないものの、もしかすると彼女は違うかもしれない。そう思いつつ両開きの扉を開いて中へと入る。

 中は中央の通路を挟んで置かれた複数の長いすに、奥の方にある説法のためのお立ち台と卓。そしてイエス・キリストの最期の姿をかたどった巨大な十字架と聖母を模したステンドグラスが、日の光で輝いている。

 

「おや、お若いのに珍しい。ご礼拝ですかな?」

「いやその、気がついたら此処に来ていたんで、ちょっと見物させてもらってました」

 

 不意に、後ろから声を掛けられる。彼が振り向くと、そこには黒い衣に身を包んだ中年の男が立っていた。首からロザリオを提げている所を見るに、この教会の神父、あるいは牧師だろう。

 

「ああ、そうだ! ここに、十七、八くらいの女の子は来ませんでしたか?」

「女の子、ですか?」

「はい。ちょっと訳ありみたいで、しかもこんなのを落として行ったんです。もし此処に礼拝に来ていたのなら、神父さんも知ってるかと思って・・・・・・」

「・・・・・・!?」

 

 そう言って豪志は、ポケットから先ほどの洋書を取り出して神父に見せる。すると一瞬だけ、柔和そうな彼の表情が強ばったと思えば、直ぐに元の顔へと戻った。

 

「さて・・・・・・私は先ほどまで母屋の方に居ましたし、見ていないですね」

「そうですか・・・・・・すいません、変なことを聞いて」

「いえ、お気になさらず。主はいつも、迷える子羊たちの味方です。信じていれば、きっと答えていただけるでしょう」

「ありがとうございます」

「どうか、貴方の行く先に幸運のあらんことを。さて・・・・・・あれでよろしかったのですか?」

 

どうやらここもハズレの様だ。豪志は神父に礼を言うと、足早に教会を後にしていく。

 扉が閉まり、彼が去って行くのを窓から見やると、神父は誰も居ないはずの方へ語りかける。すると、一瞬空間が歪んだと思えば、そこに金髪碧眼の女が現れたのだ。それも只の女では無い。背中に鳥のような白い羽を生やし、頭の上には光り輝く輪が浮かんでいる。まるで宗教画に描かれている天使のような姿だった。

 

「ええ、問題ありません。それにあの本、態々調べる手間が省けました」

「しかしあれは一体何者なのですか? 貴方様がこうも血眼になるほどだなんて・・・・・・」

「それは近いうちに、主の口から明かされるでしょう。では、ごきげんよう」

 

その言葉と共に、彼女は再び姿を消す。後に残されたのは静寂と、恍惚とした表情を浮かべて十字架の前に跪く神父だけであった。

 

「おお、神よ。この私めに天使様のご尊顔を拝謁させていただく機会を授けてくださった望外に、深く感謝致します・・・・・・Amen」

 

 

――――――

 

 

「それにしても、一体何なんだこれ・・・・・・?」

 

 教会を後にした豪志は、すぐ近くの公園のベンチに座りながら件の本を調べていた。大きさは文庫本ほどだが、表紙のデザインや装丁の仕方はどう見ても文庫と言うよりは本格的な書物である。

 ページを開いても、中身は少なくとも日本語では無い言語で書かれており、学の浅い彼には一文字も読めないでいた。ただ、時折挿絵のように書かれた図形―逆さまの五芒星を円で囲ったそれが単なる本では無い事は理解できた。

 

「英語でもドイツ語でもフランス語にも見えないし・・・・・・一体何語なんだよこれ・・・・・・」

「それは“エノク文字”と言って、悪魔の使う言語です」

 

 不意に、彼に掛けられる声が。見てみると、豪志の目の前数メートルほどの場所に女が立っていた。金髪碧眼である事を除けば白いブラウスと黒いロングスカートにスカーフタイと、上から下までモノトーンのファッションをしている。

 一見すると、外国人のモデルのようにも見える。だが、様子がおかしい。

 

〈何だ、この人・・・・・・。綺麗だけど・・・・・・何つーか、綺麗すぎて逆に不気味だぜ〉

「その本をこちらに渡しなさい」

「こいつを? アンタ、アモンの知り合いか?」

 

あまりにも美しすぎる顔の造形にある意味目を奪われるも、彼は真意を問うた。

 

「アモン・・・・・・そう、アモンと言うのね・・・・・・くふふふふ。やっと、会えた・・・・・・!」

「アンタ何を・・・・・・うぉっ!?」

 

 すると唐突に、くつくつと笑い出したかと思えば、その次の瞬間。手首がしなると同時に豪志の後方にあった植木が爆ぜ、木の葉と土煙が舞い上がる。全く予想だにしなかった事態に、目を白黒させる豪志。

 

「汚らわしいデモニーア。この私が、消滅させてあげるわ!!」

 

そう言って彼女は手のひらをかざすと、そこから光弾を放ってくる。先ほどの爆発はそれによって引き起こされたものだと、彼は理解するよりも先に走り出していた。

 いつもなら誰かしら居るはずの公園だが、今日この時に限って人っ子一人いない。己の不運を呪いつつ、脱兎の如く逃げ続ける豪志。

 

「逃ぃがすかぁっ!!」

 

それに対して女は、その華奢な見た目からは想像できない程の速度で追いかけてくる。“ドスン”だとか“ドゴォ”だとか、明らかに人間の出すものではない足音を響かせながら、鬼気迫る表情で疾駆する。

 物陰に隠れてやり過ごしたかと思えば、例の光弾を嵐のように撃ち込まれていぶり出され、また逃げるの繰り返し。更にはそれを走りながらも投げつけてくる。そして遂に、その内の一発が豪志の背中に直撃した。

 

「ぐぅぁっ、はぁっ・・・・・・!!」

 

 衝撃によってもんどり打って倒れ、熱気とも冷気ともつかない様な、されど想像を絶する痛みが豪志の全身を駆け巡る。少しでも気を抜けば、直ぐにでも意識が何処かへ飛んでいってしまいそうになりながら、彼は必死に立ち上がろうとする。だが現実は何処までも非情だった。ようやく追いついた女が、凶悪な笑みを満開に咲かせながら彼を踏みつけたのだ。

 

「鬼ごっこもお仕舞いよ、観念なさい」

「俺が・・・・・・俺が何をしたってんだよ・・・・・・!」

 

 痛みと恐怖に耐えながら、豪志は問う。そして女は極めて事務的に

 

「貴方はデモニーアとの契約の書を持っていた。それだけで理由は十分よ」

 

そう宣ったのだ。人は虫や獣を殺すときには罪悪感が湧きにくいと言うが、女の目はまさにそれだ。殺すことが自分たちに許された特権であり、その行為自体に何の感情も抱かない。それが“当然”、“当たり前”、“聞くだけ野暮”。明らかにこちらを同列として見ていない目が、そこにあった。

 

「デモニーアに囚われた哀れな子羊を救済する、それが私達アンジェルグの使命。故に、貴方を救済するわ」

 

 頭上に光の輪、背中に翼を現出させ、女は言う。手には先ほどから投げつけていた光弾が収束しつつある所を見るに、どう見ても普通の“救済”で無い事は明白だった。

 

「貴方に主の導きのあらんことを」

 

そして光量を更に増したそれが、無慈悲にも豪志目がけて撃ち出され・・・・・・る事はなかった。

 

「ぐぅっ!?」

 

どこからともなく飛来した火球が女の顔を掠め、更に周囲に着弾して爆発したのだ。その拍子に、女は光弾を消滅させてしまった。

 

「背中の翼に、頭に乗っけた天輪(ヘイロウ)・・・・・・。追っ手がいることは予想していたけど、まさかアンタみたいな大物が出張ってくるだなんてね」

 

 聞き覚えのある声に、顔を動かして向き直る豪志。そこには、一度でも目にしたら決して忘れられない様な、『紅』があった。紅い髪に、赤紫の瞳。服装も初めて会った時と同じ、黄色いプリーツスカートと青白いベスト。ただ違う点があるとすれば・・・・・・

 

「お前、それ・・・・・・」

「事情が事情だもの。隠してる場合じゃないって訳」

 

背中から真っ黒な翼と、こめかみの辺りにレイヨウの様な捻れた角を生やした姿のアモンがそこにいた。

 

「そいつは無関係よ、さっさとその足退けなさい」

「ずいぶんな口を聞きますね。私が聞くとでも?」

 

 炎の様なオーラを揺らめかせつつ、アモンは女に告げる。それに対して女は、それを明確に拒絶する。それを合図として、二人は飛び出した。

 

「ホンット迷惑なのよ。此処で会ったが百年目、羽根一本残さず焼き尽くしてやるわ、“カマエル”ッ!!」

「こちらこそ、“ゴエティア”が一柱、“侯爵戦姫”アモンを救済したとあれば、私はもっと主に近づける!!」

 

炎と光、それぞれが互いの身を包んだかと思えば、それが消えると同時に二人は異形―アモンは女性的なシルエットを残しながらも禍々しさが溢れる姿に、カマエルは頭上の光輪と背中の翼はそのまま、逆に殆ど性別を感じさせない様な、のっぺりとした体躯に十字架を模した金色の装飾を、随所に散りばめた姿へと変え、中心で激突する。

 火球が、光弾が舞い飛び、その度にベンチやら草やらが吹き飛び、弾け、粉砕されていく。人智を越えた、いや逸脱した戦いの様を前にして、豪志はただ見ていることしか出来ないでいる。

 

「何がどうなってるんだよ、コイツぁ・・・・・・・・・・・・」

 

 彼の心情は、この一言に集約されていると言って良いだろう。持ち込んだ漫画はボツを食らい、帰り道で行き倒れの女の子を助けたかと思えばその子はデモニーアとか言うので、更にはアンジェルグという訳のわからない女に殺されそうになる。

 これで普段の豪志なら漫画のネタにでもしようかと言う気概が湧いてくるだろうが、当事者たる今の時分ではとてもそんな気は起きなかった。

 

「きゃぁっ!!」

「その程度ですか? 序列第七位も大した事ありませんね」

 

 一方で戦いの方は、カマエルが優勢に事を運びつつあった。当初こそ燃え盛っていたアモンの炎だが、急激にその勢いは失われ、今ではそれがとろ火レベルにまで弱まってしまっている。対するカマエルの輪―天輪(ヘイロウ)は輝きを増している。それらが即ち力の差なのか、徐々に攻撃の手数に差が出始め、ついには片方が一方的に打たれ始める。そして最後には特大の光弾が直撃し、アモンは火花を胸から散らしながら倒れ伏した。

 

「全く、魔力を消耗した状態で私と渡り合おうとは、嘗められたものですね。せめてもの慈悲です、一撃で主の元へ送って差し上げましょう」

 

その台詞と共に、再び掌に光弾を収束させ始めるカマエル。だがまたしても、彼女の目論見は外れてしまう。何故なら・・・・・・

 

「っ、止めろぉっ!!」

「んなぁっ!?」

 

あろうことか、今度は人間である豪志に妨害されてしまったのだ。

 彼がとっさに投げつけた石つぶてがカマエルの顔に命中。光弾は明後日の方へと飛んでいき、たまたま進路上にあった街灯に直撃、中途からへし折ってしまう。さらに幸運な事に、彼女とアモンとの間に割って入る様にしてそれが倒れ、派手に漏電を起こした事で逃げる隙が出来た。

 

「逃げるぞ!!」

「ちょ、ちょっと!?」

「良いから、早く!!」

 

 状況が飲み込めないでいる相手の手を引いて、豪志はその場から逃走する。漏電がある程度落ち着き、カマエルが視界を取り戻した頃には既に二人の姿は無かった。

 

「・・・・・・逃げられましたか。まあ良いでしょう、他に救済するべき存在は山ほどいます」

 

異形から人間の姿へと戻ると、彼女は先ほどの二人には微塵も興味を抱いていないかの様に宣う。だがその足取りからは、隠しようのない怒気が滲み出ていた。

 

 

――――――

 

 

「はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・・何とか、捲いたか・・・・・・?」

 

 光の異形―カマエルに追われていた時と同等の勢いで、かつそれ以上の長時間にわたって走り回り、建物―廃工場の中へと転がり込む二人。まるで一生分全力疾走したかの様に息を切らせながらも、豪志はアモンに問うた。

 

「それにしても・・・・・・アイツ、一体何だってんだよ・・・・・・こっちは忘れ物届けに来ただけだってのに・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・今は言えないわ」

「あ?」

「言えない、って言ったのよ。聞こえなかったの?」

「何だよ、それ? さっき『隠してる場合じゃない』って言ってたのは、何だったんだよ!?」

 

だが彼女から返ってきたのはその一言だけ。けんもほろろ、と言える程素っ気ない返しに対して、多少ではあるが冷静さの戻ってきた豪志もこれにはカチンと来たらしく、語調を荒げて詰め寄る。

 

「・・・・・・とにかく!! 言えないものは言えないのよ!! アンタみたいな無関係な人間には特に!!」

「無関係ってなんだよ!! アレに目を付けられた時点で、俺だって被害者で当事者だっつーの!!」

「巻き込まれただけのパンピーがイキるんじゃないわよ!! テーブルに置かれてた絵、下手くそ過ぎて言葉を失ったわ!!!」

「絵じゃない、漫画だ!! それと、下手なんじゃなくて発展途上なだけだっての!!」

「下手を下手と言って何が悪いのよ、スカタン!!」

「ウルセぇ、淫ピ頭!! 悪魔だからって延々発情してんじゃねぇよ!!」

「ピンクじゃなくて(あか)よ、紅!! 代々脈々と受け継がれてきた、序列第四位の象徴をdisってんじゃないわよ!!」

「代々って言ったな!? どうせてめーのかーちゃんも、エロ漫画に出てくる主婦みたいな奴なんだろ!? その割には貧相じゃねーか!!」

「ママの事ばかりか人が一番気にしてる事まで!? もう怒った!! この場で消し炭に・・・・・・!!」

 

売り言葉に買い言葉、そこからさらに低レベルの罵り合いにまで発展し、遂には我慢の限界を迎えたアモンが手から火球を放とうとする。するのだが・・・・・・

 

「・・・・・・あれ?」

 

出てきたのは炎どころか火とも呼べない様な、小さな小さな火花が一瞬だけ。これだったらまだマッチの燃え止しや、タバコの吸い殻の方が火力があるだろう。

 二人の間に、微妙な沈黙が微妙にのしかかってくる。カラスが『カー』ではなく『アホー』と鳴きながら飛び去っていく様な、何とも言えない沈黙だ。そしてさらに間の悪い事に、絵に描いたかの様な腹の鳴る音が・・・・・・

 

「・・・・・・ぶふっ!」

「なっ、何よぉ!」

「いや、悪い悪い。大見得切った割にはんなしょぼいのしか出なかったし、さらに腹まで鳴るから可笑しくって・・・・・・何処のギャグ漫画だって・・・・・・! くふっ、思い出したらまた笑いが・・・・・・!」

「仕方ないでしょう!? あんだけ魔力使ったのも、久しぶりだったし・・・・・・」

「悪い、悪い・・・・・・。じゃあ、飯食いに行くか? 多分だけど、そろそろ姉ちゃんも『起きる』頃だろうし。それと、ほれ。大切なものは、肌身離さず持ち歩いとけよ?」

「あ、ありがと・・・・・・」

 

それに耐えきれず、思わず噴き出してしまう豪志に、アモンは途中までは強い口調で。最後はうつむき気味に小さく言い返す。ともあれ、空腹のままでは始まらない。そう考えた彼は件の文庫本をこの腹ペコ悪魔ッ娘に手渡すと、彼女の手を引いて廃工場を後にする。

 

「ねえ、大丈夫かしら? またアイツが出てきそうな気配がするわ」

「変なフラグ立てるなよ、本当に出るかもしれないじゃないか。悪魔のくせに、心配性だな?」

「それが心配なのよ!? って、悪魔じゃなくて“デモニーア”よ!」

 

 行き交う人々や売り子のセールストークなどの喧噪が、ほどよい心地よさを演出する商店街のアーケードを歩く二人。豪志にとっては近所の至極当たり前の風景だが、アモンからしてみれば見る物聞く物何もかもが珍しさの塊の様なものなのか。時折ふっと立ち止まって見物している。

 

「すっごいわね、ここ」

「この辺りじゃ一番古い商店街だからな。ショッピングモールやら大型スーパーやらとの客の取り合いに負けて閑散としている様なところもあるけど、ここらはまだ共存出来てる方だな。住宅街がこっち側だし、モールにはあんまし足がないし。食べるか?」

「ふぅん・・・・・・あ、もらうわね・・・・・・ってあっつ!?」

「熱いから気をつけろって・・・・・・遅かったか」

 

 その最中に肉屋で買ったコロッケをつまみながら、豪志は改めて。疑問を口にする。

 

「あの時の質問だが、本当のところどうなんだ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

それに対してアモンの答えは、再びの沈黙。熱に苦戦しながらも二個目のコロッケを口にしている辺り黙りと言うわけではないが、それでも答える気は更々無さそうだ。

 

「・・・・・・巻き込みたくないって気持ちは、解らなくもない。けどな、それでも実際にああいう目に遭っている以上、俺だってもう無関係じゃないんだ。今すぐ話す気がないってなら、後でも構わない。だから・・・・・・―」

「・・・・・・・・・!!」

 

独り言半分、諭し半分に語りかけたその時。アモンの尻尾―つるりとした表面に、逆ハート型の先端といかにもな“悪魔の尻尾”と言わんばかりのそれがピン、と真上に跳ね上がったのだ。

 

「おい、どうしたんだ?」

「・・・・・・来る!」

『きゃぁあああああああ!!』

「あっちね・・・・・・!!」

「あっ、おい!?」

 

それと同時に絹を引き裂く様な悲鳴と、爆発音とも取れる大きな音がアーケードに響き渡る。発生源が解らいでか、コロッケを押しつけると猛然とその方向へ向かって走り出すアモンと、コロッケを袋に入れて慌てて追いかける豪志。逃げ惑う人々を時に押しのけ、時に避けながら辿り着いた広場は、地獄絵図と化していた。

 瓦礫や何かの残骸が方々に散乱し、この惨状を作り上げた者の手に掛かった人々が倒れ伏している。幸い遠目から見ても解る程度には息があるが、それでも時間の問題だった。それを見て、怒りに我を忘れたかの様に。再び異形となってこの惨状を作り上げた張本人に飛びかかるアモン。

 

「カマエル・・・・・・アンタはぁっ!!」

「やはり来ましたか!! 無駄に正義面している貴方の事です、こうすれば来るだろうと、思っていましたよっ!!」

「きゃぁっ!!」

 

 その一撃をカマエルはあっさりいなすと、その顔面目がけて裏拳を叩き込んだ。もはやそれにすら耐えられる状態でなかったアモンは、そのまま元の人間態へと戻ってしまう。

 

「ふん、この程度の攻撃に耐えられないとは、先ほど以上に消耗している様ですね。」

 

もがく彼女を一瞥し、カマエルは再び掌をかざす。

 

「あっ・・・・・・・・・・・・あぁっ・・・・・・!」

「自らが正義であると驕るその傲慢、もはや余地はありません。汝のカルマに救いがあらん事を・・・・・・」

「アモンッ!!」

「・・・・・・豪志ッ!?」

「このっ、離れやがれぇっ!!」

 

そしてその瞬間は、遅れてやって来た豪志にとってかけがえのないものが失われようとする瞬間でもあった。

 カマエルの手に光が集まりつつあるのには目もくれず、突貫する豪志。ラグビーやフットボールのタックルよろしく、彼は相手の足に組み付く。あわよくばそのまま引き倒そうという魂胆で放ったそれだが、相手はまるで地面に根でも生やしているかのようにびくともしない。そればかりか逆に振り払われる始末。

 

「・・・・・・まだまだぁっ!!」

「愚かな・・・・・・」

 

だが彼は立ち上がり、そして再び挑みかかる。対する彼女は、まるで羽虫を払うが如く。悪い意味での適当さであしらう。何度殴られても、何度蹴られても。その都度立ち上がり、つかみかかる。

 

「何故貴方は、そこまでするのです?」

 

 異形のまま、カマエルは彼に問うた。

 

「そこにいる小娘はデモニーア―人間達の間では悪魔と呼ばれている存在です。係わる事も、与する事も罪。排斥されてしかるべき存在。そして私達アンジェルグは、天使と呼ばれる、いわば正義の体現者。善なる存在。人々から崇められるべきです。なのに・・・・・・なのに貴方は、悪に与し、正義を踏みにじろうとしている。何故です?」

「んなこと知るかよ・・・・・・!」

 

無感情な声色でぶつけられる疑問に、豪志は答える。

 

「俺はバカだからさ・・・・・・何が正義だとか、何が悪だとか、そんなの全然わかんねぇ・・・・・・けどな・・・・・・!

 目の前で涙流して、苦しんでる奴を見捨てるどころか、後ろ指指して笑う事が正義だってんなら・・・・・・俺は・・・・・・悪でも構わねぇ!!」

 

それはまさしく、彼の。手束豪志の魂の叫びだった。語彙も何もない。吠えるだけなら役者でもできる。だがそれでも、彼の叫びは力となって、彼女らの心へ飛び込んだのだ。

 

「アンタ・・・・・・」

「・・・・・・愚鈍もここに極まれり。良いでしょう、ならばお望み通り、悪たる貴方を救済します。全ては、“あの方”のために・・・・・・」

 

額に手をやり、芝居染みた動作で『やれやれ・・・・・・』とアクションを見せるカマエル。その掌に再び光が―今度は球状ではなく、細く、長く、鋭い槍の形へと集まっていく。

 

「汝のカルマに、救いのあらん事を・・・・・・」

 

そして、光が解き放たれる。大見得を切った手前、豪志はその場から動く事もせず射線上に立ちふさがる。

 何もかもがスローモーションになっているかの様に見え、本来であれば瞬きする間もなく突き刺さるであろう光の槍が、やけに鮮明に、はっきりと映る。それに押しのけられる空気の流れも。そして何より、自分が誰かに突き飛ばされた瞬間でさえも。

 

「ぐっ・・・・・・うぅっ・・・・・・!!」

 

豪志がそれに気づいた時には、既に遅すぎた。放たれた槍は、彼を突き飛ばしたアモンの腹に、深々と突き刺さっていた。

 

「アモン!!」

「ほんっと・・・・・・アンタってお人好しで、向こう見ずなのね・・・・・・!」

「なっ・・・・・・!」

 

 刺さり具合を見れば明らかに致命傷なのにもかかわらず、不敵な笑みを浮かべてすらいるアモン。その姿を見て、カマエルに初めて動揺の色が見える。

 

「けど・・・・・・アンタが体張ったから・・・・・・アタシも、決心がついたわ・・・・・・!」

「くっ、させません!!」

 

かく言う彼女の手には、ここへ来る前に豪志が手渡した文庫本と、どこに仕舞っていたのか、ペンとライターを足して二で割った様な黒い物体が握られている。その正体を知っているのか、とっさに光弾を放って消し去ろうとするカマエル。だがタッチの差で、アモンの方が早かった。

 手首のスナップを利かせて投げられたそれは、彼女の思惑通り豪志の足下へと落下する。

 

「まず、そのデモンズライターで、表紙にサインを書くのよ!!」

「サインって・・・・・・何を書けば良いんだよ!?」

「良いから書く! 自分の中に浮かんだ図形なら、何でも良いわ!!」

 

右腕を消し飛ばされながらも叫ぶその姿に、鬼気迫るものを感じた豪志は文庫本と、黒い物体―デモンズライターを手に取ると、後者の表紙にペン先を押し当てた。

 するとどうだろうか。押し当てたそれが真っ赤に光り出したのだ。それを見て彼は、ほぼ直感で筆を走らせる。描いたのは、中央の空いた輪に、三角形をアレンジした図形だ。

 

「書き終わったら、そいつをお腹の辺りにかざして! そしたらドライバーが出るわ!!」

「こ、こうか!?」

 

 書き終わったタイミングを見計らって、再び命じてくるアモン。再び豪志は、言われるがまま、今度は文庫本の表紙をズボンのベルト―より正確に言うなら、バックル部分に押し当てる。

 

《グリモアドライバー!!》

「これは・・・・・・!」

 

 摩訶不思議な叫び声と共に文庫本が黒い霧に包まれたかと思うと、次の瞬間にはそれが左右に伸びて豪志の腰を取り巻く様な形に。そして直後に霧が晴れると、そこに現れたのは厳めしいデザインのバックルがついたベルトだった。

 血を透かした様な真紅のベルトに、儀式で使う神殿を模したかの様な意匠。その右隣には、意味ありげな差し込み口が付いている。

 

「最後に、スターターフリントを回して、ドライバーに差し込んだら、もう一度フリントを回すのよ!」

「これか・・・・・・! って、おぉっ!?」

 

 そして彼は、親指でライターの上―通常のペンであれば、クリップが付いている部分―に付いているホイールを親指で弾く様に回す。すると、アモンの体が煙となって吸い込まれたではないか。それによって、黒一色だったデモンズライターに、炎を模した文様が浮かび上がった。

 

「ええい、なるようになっちまえ!!」

 

その光景に面食らう豪志だが、ここまで来ればもう後には引けない。彼は右半身を引き、見得を切る様にライターを掲げると、勢いよくバックルへ差し込み、ホイールを弾いて火を着けた。

 

「変身!!」

 

 彼が無意識の内に叫んだ言の葉は、かつて幾多の男達が唱えてきた言葉。時に絶望をもたらす呪詛であり、時に希望を示す祝詞でもある。だがその奥底にあるのは、皆等しく仮面の下に、自らの心を封じ込めて戦う思いの丈。

 

「・・・・・・そんな、バカな・・・・・・!!」

 

そしてここにまた一人。仮面の戦士が誕生する。

 グリモアドライバーから炎が渦巻き、豪志の体を包み込む。そして炎が消えると、そこにいたのは仮面を身につけた異形だった。と言っても、アモンや、目の前のカマエルの様な怪人ではない。

 黒いボディースーツの様な服の上から、胸、肩、前腕部など重要な部分を守るために施された真紅の装甲は、まるで彼女の髪の様に真っ赤に燃えている。その中で胸元の、ドクロを象った宝石と、額から生やす二本角。そして顔の半分近い面積を占める複眼の蒼が、アクセントとなって涼しげな色合いを加えていた。

 

《コントラクト、アモン!! ロード・オブ・ジャスティス!!》

「くっ・・・・・・このぉっ!!」

 

その姿を認めるやいなや。ウリエルは先ほどまでの無機質さが嘘の様に狼狽しながら飛びかかる。それを見て豪志は横へ大きく避けようとする。が、力加減をミスしたのか、跳躍と言うよりは無様に転がる様に跳び上がり、そして格好悪く着地してしまう。

 

「いっつつ・・・・・・何なんだ、これ・・・・・・。アモンみたいな格好になったかと思ったら、力が体の底から湧いて出てるし、それに全然、重くない・・・・・・」

『これがグリモアローブ。人間と、私達デモニーアが契約関係―デモンライダーとなることで生まれる、魔界の装束よ』

「アモン!? お前、何処にいるんだ!?」

『ここよ、ここ! 胸の辺りをよく見なさい!』

 

突如として得た力に戸惑う豪志にさらなる衝撃が襲いかかる。何もない所からアモンの声がしたかと思い、おそるおそる胸元の部分をのぞき込む。そこには、カタカタと音を立てている様にしゃべる宝石ドクロの姿が。

 

「お前、どうしちまったんだ、おい!?」

『分かり易く言うなら、アンタの体に取り憑いてて、このドクロが窓口みたいな状態! それはそうとて、これでハンデは無くなったわ!! 覚悟しなさいカマエル!!』

「契約した所でぇっ!!」

 

自信満々に啖呵を切るアモンに対し、雄叫びを上げながら突撃するカマエル。それは気合いの叫びか、それとも自分を奮い立たせるだけの虚勢か。

 右から、左から繰り出される拳の連撃をボクシングのスウェーの要領で躱していき、隙を突いて豪志は反撃を見舞う。拳が、蹴りが、悪の天使たる相手の体に突き刺さり、めり込み、ダメージを着実に与えていく。

 

「しゃおらぁっ!!」

「ぐぅぁああっ!?!?」

 

 そしてカウンターでの回し蹴りが米神に直撃し、放物線を描いてカマエルは吹き飛ばされる。だが相手も然る者で、即座に体勢を立て直すと光弾を乱射して反撃してくる。

 嵐の様に迫る弾幕を前にして、豪志はためらいもなく突っ込んだ。明後日の方向に飛んだ流れ弾が派手に爆ぜる中、時に避け、時に駆け抜け、あるいは拳で強引に振り払いながら突進していく。

 対するカマエルだが、顔にこそ表出しないが、恐慌状態になりかけていた。消耗したデモニーアを救済する(くびり殺す)。末席に近いとは言え上級のアンジェルグたる彼女からしてみれば、子供のお使いも同然の筈が、何処でどう間違ったのか。救う(ころす)はずだった悪魔は乱入してきた一般人と契約し、自分に手向かうばかりか圧倒してきているではないか。

 

「許さない・・・・・・許されない! アンジェルグがデモニーアに、正義が、悪に負ける事などぉっ!!」

「どぉうりゃぁっ!!」

「がぁあっ!?!?」

 

そして自らを追い込んでいる張本人は弾幕をくぐり抜け、彼女の顔面目がけて鉄拳の一撃をお見舞いしていた。それにより、再び吹き飛ばされるカマエル。

 頭上に輝いていた天輪は亀裂が幾重にも渡って走り、徐々にその光も弱まってきている。もはや立つのもやっとの状態だが、それでもまだ、彼女の生命は健在だった。

 

「結構良いのが入ったと思ったんだが・・・・・・!」

『アンジェルグって無駄に頑丈だもの。さあ、ドライバーに差した状態でスターターフリントを回して! 一発熱いの、叩き込んでやりなさいな!!』

「応よ!!」

 

 力を得た高揚感からか。熱の籠もった声と共に、スターターフリントを弾く豪志。

 

《ブレイズアップ、アモン!! クリティカルスマッシュ!!》

 

変化した時とは別の叫び声が上がると同時に、灯された火が渦を巻きながらスーツの表面を伝って行く。そしてそれが利き足へと達した瞬間。彼は、力強く踏み出した。

 一歩、また一歩と大地を蹴る度に足から炎が迸り、火山が噴火するかの如く両足をそろえて跳躍する。その瞬間、彼の背中に翼―炎に包まれた蝙蝠のそれが出現したのだ。

 これにより、常人では考えられないほどの高度まで跳躍した豪志は、空中で半身を引き、斜め下、即ちカマエルの方へと右足を大きく伸ばす。

 最初に唱えた言霊と同じく、その構えは仮面の戦士達にとって原点であり、頂点であると同時に彼らを象徴する絶技。

 

『ライダーキック』。

 

最初の一人は、そう呼んだと言う。

 

「でぇいやぁああああっ!!」

 

もちろん、彼自身はその事を知るよしもない。だが勢いのままに倒すべき敵目がけて突き進む姿と、烈昂の如く放たれるシャウトは、紛れもなく彼の者の魂を受け継いでいた。

 

「ぎゃぁあああああっ!?!?」

 

 そしてその敵―カマエルにもはや避ける隙は無く。立ち上がった瞬間、胸板に渾身の跳び蹴りが突き刺さり、彼女の体躯を再び大きく吹き飛ばす。

 

「そんな・・・・・・正義が・・・・・・悪に、負けるだなんて・・・・・・あり得ない・・・・・・あっては、ならない・・・・・・ッ!! 」

『救済と言っときながら人間を殺すアンタは、正義でも何でも無い。独りよがりな、バケモノよ・・・・・・!!』

「ううぅ、がっ・・・・・・クリスタ様ぁああっ!!」

 

自身の身に起きた事を理解できず。自らの正しさをかたくなに持ち続けるカマエル。だが起き上がり、膝を突きながらも立とうとしたその時。ガラスが割れる様な音と共に、頭上の天輪が砕け散った。

 それがスイッチとなったのか。彼女の体はぼろぼろと崩れ始め、そして断末魔の叫びを上げながら大爆発する。散華したその後に残されたのは、破壊の跡と、カマエルの一部だったであろう小さな天輪だけだった。

 

『おーしまい、っと! 二百年ぶりだったけど上手くいって良かったわ』

「あっ、あぁ・・・・・・そうだな・・・・・・」

 

 全てが終わり、感情の高ぶりがある程度収まってきたところで、豪志は気づいてしまった。自分が変身する直前に、アモンが奴にされた事を。

 

「なあアモン・・・・・・このまま元に戻っちまって良いのか・・・・・・?」

『ほぇ?』

「いや、お前の事だよ。腹ぶっ刺されて、腕無くなってたから・・・・・・」

『ああ、その事。大丈夫よ? ライター外して、火を吹き消せば解除できるわ』

 

おそるおそる聞く彼に、相棒である彼女はあっけからんと答える。

 

「本当に大丈夫なのか・・・・・・?」

『くどいわよ! 私が大丈夫って言ったら大丈夫なんだから!!』

「・・・・・・わかった」

 

腹部を貫かれ、更には肘から先の右腕が無くなってしまっている。相当などころか文字通りの致命傷と言っても差し支えない状態だった筈なのに、妙に自信満々な彼女の声を流しつつ。渋々、本当に渋々豪志はデモンズライターをグリモアドライバーから引き抜き、息を吹きかけた。

 先端の灯火が消ると、それに合わせるかの様に色を失った装甲が霧散し、さらにはライダースーツの部分も風に流されるかの様に消えてしまう。そして最後に、ライターから煙―中に入った時とは逆にそれが吹き出し、次第に人の形を作っていく。

 徐々に煙が晴れると、そこにはアモンが五体満足の状態で立っていた。最も、着ていた服に関しては右袖の部分が中途で焼け落ち、腹部には大穴が空いてへそが見えてしまっているが。

 

「ななっ!?」

「ねっ、大丈夫だったでしょ?」

「『大丈夫だったでしょ?』じゃねぇよ!! どうなってんだよ、それは!?」

「どうって、アンタの魔力を使って修復したのよ。グリモアドライバーにサイン書いたでしょ? あれでアンタと私は繋がったって、訳。ああ、心配しないで。別に魂持ってくとかそう言うんじゃないから」

「なっ・・・・・・・・・・・・」

「???」

「なんじゃそりゃぁあっ!?!?!?」

 

 そして広場に、豪志の叫び声が谺する。彼の言葉を借りるなら

 

『ヒロイン死亡からの主人公覚醒かと思ったら、そのヒロインが生きていて感動がある意味台無しになった』

 

だろうか? 色々と言いたい事は多々ある。が、今は言ってもしょうがない。

 

「と・に・か・く! これから私と一緒に、アンジェルグ共を叩いて潰して行くわよ!!」

「マジかよ・・・・・・」

 

自分が描いている筈の漫画の中に入り込んだ様な。何とも言えない不安と疲労を残しつつ、元気よく歩き出すアモンを豪志は追いかける。そんな彼の心情に反して、空は晴れ晴れとしていた。

 




《短編だからできる、人物紹介》

・手束豪志
本作の主人公。漫画家志望の大学生。ある日、ひょんなことからデモニーアのアモンと契約。仮面ライダーイグニスとしてアンジェルグとの戦いに身を投じることとなる。
口癖は『マジかよ』。


・アモン
本作のヒロイン兼相棒ポジ。悪魔とされた存在―デモニーアの支配者層、“ゴエティア”の序列第四位。真紅の髪と、赤紫の瞳。そして見た目はペッタンコなボディーが特徴。(しかし、悪魔だから意外と・・・?)


・豪志の姉
ちょっとだけ登場した豪志のお姉さん。
黙っていれば美人なのだが、大の酒好きなところがそれを台無しにしている。
豪志の下宿先である喫茶店の経営者でもある。


・カマエル
天使とされる種族、アンジェルグの一人。末席近いが、一応上位の存在である。
狂信的な思想の持ち主で、アンジェルグ以外の信仰も無慈悲に殲滅しようとする。
歴代ライダー伝統の初変身・初撃破の栄冠を賜った。


・ラファエル
カマエルと同じく、アンジェルグの一人。彼女を諫めているため、それなりの倫理観は持ち合わせている。


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