真・恋姫†夢想~それゆけ袁渙ちゃん!~ (くまべあー)
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袁渙、登場するのこと。

 はいはい。お仕事ですか?

 まとめてその辺りに置いといてください。

 え? あー、そーゆーメンド……難しいのは張勲さまか閻象(えんしょう)さんに持ってってくださいよ。舒邵(じょしょう)ちゃんでも良いですし。

 そーそー、私じゃ無理ですからね。

 は? 紀霊(きれい)将軍に言われた? 袁渙(えんかん)ちゃんに持ってけって? ホントに? 袁術さまには……あ、内緒?

 はー、何考えてんでしょうか、あの人は。私みたいな下っ端にこんな書簡扱う権限ないんですけど。

 ――ああ、なるほど。下書きやらせて自分は楽しようって魂胆ですね、これ。

 さすが脳筋……いえ、なんでもないです、ほんとほんと。

 けどまー良いですよ。偉い人からの指示なら仕方ないですもん。

 それじゃ、戻るついでに伝言お願いできますか?

 えーと内容は「カキベクオデサラハミラウノコ」で。

 大丈夫だいじょーぶ。わからなくて良いんですから。

 

 ……さてと、お仕事お仕事。

 

 ✝✝✝

 

 ども、初めまして。袁曜卿です。

 袁が姓、曜卿(ようけい)が字。で、名前は渙。

 親しみを込めて「袁渙ちゃん」とお呼びください。

 一応女の子なんで。凹凸ないですけど。

 あ。

 ないと言えば、やる気もあんまりないです。

 なんていうかほら。

 息をするのもメンドクサイ、みたいな感じ。わかります?

 いえいえ、まぁ実際はしてますよ。そりゃね、息しなきゃ死んじゃいますから。

 死ぬのって、たぶん苦しいと思うんです。その、死ぬ間際とかですね。

 だって息をちょっと止めてみるだけで…………ぶはっ! ごほごほごほっ!

 ね、もうダメです。こんなに苦しい。本番なんて考えただけで眩暈がします。

 ぽっくり逝けちゃえば言うことないんですよ、実際。

 けど、なかなか綺麗には死ねないでしょう? こんな時代ですし。

 病気か飢えか殺されるのかはわからないですけどね。

 

 ……あー、やだやだ。

 

 ほんと、嫌ですね。

 たまには飲まなきゃやってられんです。

 そして、二日酔い。

 つらいです、生きるのって。

 

 ✝✝✝

 

 私こと袁渙ちゃんはわりと裕福な家に生まれました。

 陳郡袁氏って言ったら分かりますかね? 分かんないかもですね。

 今は汝南の袁紹さんや、我らが主君袁術さまが有名ですもん。袁氏って言ったらそっちを思い浮かべるのが普通ですよ。

 で、その裕福な家なんですがあっという間に没落しちゃいました。

 袁渙ちゃん、齢十くらいの頃でしょうか。

 朝廷の結構高位にいた父が政争に巻き込まれたあげく殺されて、それから面白いように坂を転げ落ちた感じ。

 こういうの、なんて言うんでしたっけ?

 栄枯盛衰、しょぎょーむじょー……これ、仏教、でしたか? アレはなかなか興味深いモノだと袁渙ちゃんは思います。布教がんばってる人たちもいますけど、どうですかねー? 広まるかなー、どーだろうなー。わかんないですね、はい。

 ま、話を戻しましょう。

 父がいなくなった後の私たち家族はですね、住み慣れた屋敷をすぱーんと捨てて逃げ出しました。

 罪人ってわけでもないですから、いきなり連座して殺されたりはしないかもですが、なにがあるかわかりません。息を潜め、しばらくあちこち転々として。

 その間に流行り病で母が死に、まだ小さかった弟と妹も逝き、私だけ残りました。

 このとき本当に一人だったら、たぶんどっかで野垂れ死んでたでしょうねー。

 一緒に逃げてくれた従者の人には感謝しなくちゃいけません。当面の食い扶持を稼いでくれたり、袁渙ちゃんが働ける歳になると仕事を見つけてくれたりしましたからね。

 もっとも、その人も今はもういないんですが。

 私が仕官した後、住んでいた村が野盗に襲われたんだそうです。

 人伝に聞いた話では、なんでも手篭めにされそうだった村の娘さんを助けようとして斬られたとか。三十絡みの男の人でしたが、奥さんはいなかったみたいなので、もしかしたらその娘さんと恋仲だったのかも知れません。

 詮無いことですしそれ以上聞きませんでしたけど。

 

 ……まぁ。

 そんなこんなあった末に、袁渙ちゃんは今こうして、南陽の一官吏として生きているわけです。

 

 ✝✝✝

 

「へいほー、へいほー♪ 李衛公問対♪ そーんしごーし尉繚子ー♪ りーくとう三略、しばっ、ほう♪ っと」

 今日はお仕事がお休み。ここ数日、余計な書簡をこなしてたせいか、ちょっとお疲れちゃんでしたから助かります。

 でも休日とはいっても特に何の予定もなく、寝すぎても逆にもっと疲れちゃう。

 なので私は、ふらふらと城壁の上へやって来ました。

 鼻歌はむかし誰かから聞いた「武経七書おぼえ歌」です。陽気な拍子に合わせて歌うことで、自然と七つの兵法書の名前が覚えられるという、優れもの。

 ……はー。それにしても。

 暇なときは高いところへ登るに限りますね。

 場所にもよりますが、基本あんまり人がいなくて静かだし、もし突然わけのわからない不安に襲われても「ここから落ちれば、死ねる」と思うことで心がすっと落ち着きます。

 当然、実際飛び降りたりはしません。だいたい下を覗くのだって怖すぎるのに、落っこちるなんて恐ろしくてとても無理です。

 ところで、自分のことは脇に置くとしてですね。

 

「うははー! 南陽の民らよー! 妾の歌を聴くのじゃー!」

 

 城壁の縁に立って城下に向かい、なんかノリノリで歌ってる金髪幼女ちゃんを見つけた場合、ヒトはいったいどうするのが正しいのでしょうか?

 

「きゃー! 美羽さまかわいいっ! ステキー! 政務放り出して全力で歌い踊る君主さま! そこに痺れる憧れるぅー!」

 

 そしてその金髪幼女ちゃんが己の主君で、さらにそれをやんやと囃し立ててるのが自分の上司だった場合、官吏の端くれとして取るべき対応とはさて如何に。

 

 答え:特になにもせず、しばらく眺める。

 

 ……や、ホント良いんです。別に。

 袁術――美羽さまの歌う姿を見て、ほら、今もわーわーきゃっきゃっと歓声が聞こえますけど南陽の民の皆さんも喜んでるわけですし。

 正直、知にも勇にも秀でておらず英邁なんてとても言えない美羽さまの、最も秀でている部分は要するに。

 愛らしい容姿と可愛らしい声。見た目良ければ全て良し。

 これはアレです、わりと本気なんです、私。

 容姿が優れてるって、十分な才能ですよね?

「ふー……よし! 今日はこんなところかの!」

「はいはーい、美羽さまお疲れ様でしたー♪」

 と、ぼんやり眺めているうちにお歌の披露を終えたらしいお二人。

 ここは無視してこの場を立ち去る……のもナニなので、こちらから近づいて挨拶を。

 えー、おはようございます。

「おおっ、袁渙ではないか! うむ、おはようございます、じゃ!」

 両手を腰に当ててぐっと胸を張り、「えっへん!」みたいな雰囲気出しつつお返事の美羽さま。

 歌と踊りを終えたばかりのせいか頬は紅潮、おでこには前髪が汗でちょっと張り付いてますけど、ご機嫌は良さそう。 

「おはようございますー♪ んん、袁渙ちゃんは、今日お休みじゃありませんでした?」

 ピンと伸ばした人差し指を口元に寄せながら何か思い出すように言うのは、張勲こと七乃さま。

 はいお休みです、なのでかくかくしかじか。

「成程。まるまるうまうま、ってことですねー。……折角の休日に職場をうろうろしてるなんてー、枯れちゃってません?」

 枯れてる。あー、どうなんでしょう? そんな自覚があるような、ないような。

「な……なんじゃとっ!?」

 ……んう?

 そんな会話をしていると、突然美羽さまが驚いたような声を上げました。こっちを見て、なんだかわなわな震えてます。いったい何が――。

 

「え、袁渙! お主、か……枯れておるのかの!? 人が草木のように枯れるとは……妾、ぜんっぜん知らなかったのじゃ……! へ、平気なのかの? あっ、み、水が要るのではないかのっ?」

「…………」

「…………」

 

 ふー。

 

 美羽さま……かっわいい。

 

 ✝✝✝

 

 で、その後。

 

「ところで美羽さま? 汗をお拭きしましょうか? 体が冷えて、お風邪を召されたら大変ですし!」

「うむ、頼むぞ七乃……って、お主どこまで拭いておるのじゃあーっ!?」

 

 なんてイチャコラしながら去って行くお二人を見送った袁渙ちゃん。

 とりあえず、「枯れてる」っていうのがモノの例えだってことは美羽さまにお教えできた(と思う)ので、良かった良かった。

「さて……」

 思ったより騒がしい時間でしたが、もともと暇つぶしに城壁へ来てたわけで結果は上々。

 せっかくだし、このまま街へ繰り出してカワイイ服や小物なんか見ちゃおうかな! ……的な考えが、ほんの一瞬脳裏を過ったものの、やっぱりちょっと色々面倒臭いかもって気持ちには勝てず。

 私はとりあえず、空を見上げることにしました。

 それくらいしか、やれることもやりたいことも無かったから。

 空は、こう、ずぅぅと高くにあって、青くて、太陽があって、あと小さな雲が幾つかありました。鳥は飛んでませんでした。

 …………。

 えーと、私が作詩に長けてたら、もっと上手いこと言えるんですけどね?

 まぁこんなもんです、こんなもん。

 

 ――と。そんな誰に向かってかわからない、強いて言えば自分に向けて言い訳をしていた時。

 

 空の東側から、一筋の白い流れ星が――。

 

 ……最初はあれです、わー、って見てたんです。

 

 でもそれが、なんか、だんだん大きくなって、大きくなって。

 

 つまり、こちらにどんどん近づいて――落ちてきて。

 

 あれ、この今落ちて来てるのお星さまじゃなくてもしかして人間じゃない?

 

 や、もしかしなくても人間じゃない?

 

 ああ、やっぱり人間だったー。

 

 ――とか、認識できた次の瞬間。

 

 ものすっごい、ヤバイ衝撃が自分の体を襲い、私は意識を手放しました。

 

 なぜなら、その落ちてきたヒトがぼけっと突っ立てた私に直撃したからです。

 

 たぶん「げふぅ!?」とか「へぶぅ!?」とか変な声が出てたかもしれません。

 

 ……あれでお互い良く生きてたものだなぁ、って、いま思います。ホント。   




袁術さんの配下って……
「閻象(えんしょう)」――「袁紹」と読みが同じだったり、「舒邵(じょしょう)」――「徐庶(じょしょ)」に読みが似てるっていうか、「じょしょう 三国志」で検索しても徐庶のことしか出てこなかったりと……うん。


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袁渙、天の御遣いと歩くのこと

 あ、おはようございます、舒邵ちゃん。これから朝ごはんですか?

 私は食べ終えたところで……はい、体ももう大丈夫です。今日から本格的にお仕事復帰しちゃいますよ。

 部屋からここまで来るのにちょっと息上がっちゃいましたけど、まぁ元々体力ある方じゃないですし。

 ……普段から少し運動したら、ですか?

 や、それは、ほら、七乃さまに美羽さま弄るなーって言うようなもので。

 書簡持ってお部屋移動したりはしますし、それがきっと適度な運動に……え、ならない?

 いやいや、でも考えてみてください。

 もし仮に、この袁渙ちゃんがちょこっと体を鍛えてたとして、ですよ?

 まず……そう、紀霊将軍みたいには成れない。これは確定でしょう?

 うんうん、ああいう図抜けた武人さんは鍛練だけでどうにかなるものじゃありませんよね。

 けど、袁渙ちゃんも頑張って鍛練し続けたら、並みの兵士さんくらいにはなれるかも知れません。

 ただ大切なのは、ここからです。

 もし私がもやしみたいな文官じゃなくて、普通程度に実力のある兵士だったとして。

 空からすっごい勢いで落ちてきた人に衝突されて、果たして無事でいられるものでしょうか?

 たぶん、実際の私と同じように倒れちゃうと思うんです。

 ……しかも、ですよ?

 もしかしたら、避けちゃったかもですよね。私が運動神経皆無のカタツムリみたいな存在じゃなかったら。

 そしたら、ああっ、なんということでしょう。

 あの『天の御遣い』北郷一刀さまは、この袁曜卿と云う、そこそこ柔らかな物体には当たらず……冷たく硬ーい城壁の石に全身を叩きつけられて――!

 ――って、わぁ、そんな涙目で怒らないでください、舒邵ちゃん。

 仮のお話なんですから……ホント、舒邵ちゃんって北郷さん好きですよね。

 へ? 違う? 別に好きじゃない? だいたいまだ会ったばかりだし、ですか?

 またまた、そんなツンツンしなくても。誰が見たって……あ、ち、ちょっと叩かないでください。

 自覚ないかもですけど舒邵ちゃん意外と力強っ……。

 やぁっ、ご、ごめんなさい、ごめんなさいですって……!?

  

 ✝✝✝

 

 ――さて。

 皆さん、二度目まして。袁渙ちゃんです。

 あの日、珍しい白昼の流れ星……かと思ったら、空からヒト落ちて来た、わぁ吃驚!

 で、なんかその落ちてきた人とぶつかった私は、当然怪我してしばらく寝込みました。

 ま、状況を考えたらあり得ないくらい軽い怪我でしたけど。

 しかも相手の人は全然ピンピンしてたっていう。奇々怪々。

 ともあれ、今日からまたお仕事です。

 食堂で朝ご飯を食べて、舒邵ちゃんにじゃれつかれた後は、謁見の間へ。

 美羽さまに復帰の報告をしておくことになってるので。

 私、自分ではただの下っ端官吏だと思っていたんですが――実際そんな偉いわけじゃないですけど――実は袁術様付きの次席書記官、ってことになってたみたい。

 面倒なので細かいことは省いちゃいますけど、系統は違うし没落してるとは言え、私も一応袁氏。張勳さまか閻象さん辺りが気をまわして……んー、たぶん張勳さまだと思いますが、そういうことにしといてくれたんだと思います。

 怪我で休暇願を提出するときに初めて知って「え?」って顔してたはずの私を見て、目をそらしてましたからね、七乃さま。「てへっ♪ 忘れちゃってましたー♪」って心の声が聞こえた気がします。

 

 あ、そうだった。

 ついでに例の、空から降って来た人のこともお話しておきましょう。

 この人、男の人でした。

 白くてきらきら光る珍妙な意匠の服を着た。

 この服のせいで、お星さまっぽく見えたのかも。

 

 空から降って来た、変な服の男。

 ……どー考えても、これだけで怪しさ満点胸いっぱいって感じですよね? 

  

 ところが。

 轟音を聞きつけて城壁へ戻ってきた美羽さまが、何をどうしてか、この人を気に入っちゃったっぽくて。

 気絶してた私は早々に診療所へ運ばれたので、直接どんなやり取りがあったのかはわからないんですけど。

 しばらくして私が「はっ」って気がついた時には、美羽さまと七乃さま、それと件の男の人が、寝台の傍らにひどく心配そうな顔で立ってました。

 そして、その人から物凄く謝られた後、お互いに名乗り合い――その人が「北郷一刀」という服と同じくらい変わった名前なこと、どうして空から落ちて来たのか等さっぱりわからないこと、とか簡単にお話されて。

 「それじゃ、袁渙ちゃんの体に障るといけませんからー」みたいな七乃さまの言葉で、お三人方とも連れ立って部屋を出る直前、美羽さまが思い出したようにおっしゃったんです。

 

「おおっ、そうじゃった! 一刀は『天の御遣い』ゆえ、妾の側に置くことにしたっ! うははーっ!」

 

 って。   

 

 つまり、今の状況をまとめると、そうですね?

 

 ――珍しい白昼の流れ星……かと思ったら。

 なんとなんと人間だったそのヒトは。

 「北郷一刀」という変わった名前の男の人で。

 なんやかんやあった末。

 美羽さまに気に入られ。

 今はお城で元気に暮らしてます――。

 

「一刀よ! 馬の真似をするのじゃ!」

「えぇ……まぁ、わかった。ブヒヒィィィン、ブルルッ」

「うははーっ! それじゃ、次は……うむ、何か面白いことを言うてみよっ!」

「ざっくりした要望だなっ!? あー、うん、俺の元々住んでいた国では自動車……馬より速く走る鉄の箱があってだな?」

「あはははっ! そんなのあるわけなかろう! じゃが面白い、面白いのうっ!」

「……いや、喜んでくれてるなら良いけどさ」

「それじゃあ最後にまた馬になるが良い! そして妾を乗せてたも!」

「マジか。ヒヒィン、ヒヒィンッ……って軽っ!?」

「ふはははーっ、そりゃ速くーっ、もっと速く駆けるのじゃ、一刀! あはははーっ!」

「うおいっ美羽!? 尻を叩くんじゃないっ、結構痛ぇ!?」

 

 ――美羽さまの道化(てんのみつかい)として。

 

 っと、こんな感じ?

 

 ところで……ここ、謁見の間ですよね? 厳かな?

 良いんですかね、これ……まぁ、良いですよね?

 

 ✝✝✝

 

「全く、美羽のやつ少しは手加減しろって……」

 歩きつつ、お尻をさすりながらぼやく北郷さん。

「女の子に馬乗りされてお尻叩かれるのって、男性的にはご褒美じゃないんですか?」

 で、その隣を行くのは私こと袁渙ちゃんです。 

「違うよ!? いや、そりゃそういうのが好きな人もいるかも知れないけどね! 俺は違うから!」

「あ、そういうものですか」

「そう、そういうもの。……ところで、体は? もう平気なのか?」

「ええ、おかげさまで」

 みたいな会話を交わしつつ、私たちが進むのはここ南陽最大の街、宛。

 なんで二人で連れ立って街に来てるのかとゆーと。

 これが復帰最初のお仕事だからです。

 仕事内容は「北郷さんに宛の街を案内する」。 

 南陽郡自体、暮らしている人も多くて、だから豊かで、その賑わいは「洛陽と見紛うばかり」とか言われたり言われなかったりする、スゴイ土地です。 

 元々は別の太守さんが治めていたんですけど、その人はちょっと前に死んじゃったんですよね。

 その後任に就いたのが、四世三公を輩出した名門・汝南袁氏の袁術さまで云々。

「うーん、袁術さま、ねぇ……。美羽ってやっぱりその……『偉い人』なんだな?」

「まぁ、そうです」

「……やっぱピンと来ないんだよな。美羽が『袁術』で……俺にとって美羽は『美羽!』って感じだしなぁ」

「ああ。……なんか変ですよね、北郷さんって」

「えっ!? 急に、な、なんでっ!?」

「んー。上手く言えませんが。とにかく、変です」

「それはあれかな? 俺が『天の御遣い』だから、とか?」

「そう……なのかもしれません。けど……いえ、やっぱりわかんないです。とにかく、変。それは間違いないです。はい」

 

 ✝✝✝

 

「えーと、ここがこの地区で一番大きな酒屋さんです……って、言うか」

「へ? どした?」

 街を歩き始めて少ししたら、私、気付いたんです。

「北郷さん、私に案内されるまでもなく、結構詳しくないですか、この辺りのこと?」

「あ、バレた?」

 なんて、悪びれない北郷さん。まぁ、北郷さんが悪いわけじゃないですけどね。

「そりゃバレます。街の人に『よう、兄ちゃん! 今日はまた違う女の子連れてるね! その娘にもうちの肉まんどうだい?』とか『あら、この前はうちの子がお世話になって。紀霊将軍にもよろしくお伝えくださいましね』とか、なんか色々声かけられてるじゃないですか、さっきから」

 そう。

 北郷さんってば、ここに(落ちて)来てまだそれ程も経ってないはず。なのに、いつの間にか街に馴染んでたっぽい雰囲気です。

 基本、お部屋に引きこもり気味の私よりも……あ。

「……張勳さまですね?」

「あ、バレた?」

 なんて、さっきと全く同じ調子で繰り返す北郷さん。

「やー、なんていうか、七乃さんと美羽がさ。……『袁渙ちゃんってー、なーんか枯れちゃってるんですよねー若いのに。そんな訳で、一刀さんをダシに、街へ行かせちゃおう作戦を決行しちゃいます♪』『うむ、けっこーじゃ!』……的なやり取りがあってね?」

「うわ……ちょっと、びっくりするくらい似てないですね。お二人が聞いたら怒りそう」

「マジで? ……割と自信あったんだけどなぁ」

「その自信は捨てちゃった方が良いと思います」

 と、まぁそれはそれとして。

 ……どうしましょう?

「え? どうしよう、って?」

「いえ、だって、案内する必要も無さそうですし。北郷さんも、私なんかと歩いてるより、せっかくなら舒邵ちゃんとかと一緒の方が嬉しいんじゃないかなって。なので、ここは一度お城に戻って――」

 これは我ながら良い提案じゃないでしょうか。

 そう思って、お城の方へ足を向けようとしたんですけど――。

「んー? 俺は嬉しいけど? 袁渙と一緒なの」

「……はい?」

「あ、いやいや! 深い意味はないんだよ!? だからそんな死んだ魚みたいな目で見ないでっ!? ……ただほら、袁渙とは今までこういう機会なかっただろ?」

「そりゃ、誰かのせいで怪我して動けませんでしたから」

「ス、スミマセンデシタ……」

 がくん、と分かり易くショボ暮れる北郷さん。

 …………。

 でも、ま、アレです。

 嫌な気もしませんし、今日はお休みの延長だと思うことにしときましょう。うんうん。



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袁渙、お洒落頭巾と妹を欲するのこと

 へぇ、こんなところに新しい書店さん出来たんですね。全然知りませんでした。

 少し、寄ってもいいですか、北郷さん?

 はい。ありがとうございます。

 

 …………。

 ………………。

 ……………………。 

 

 へ? ああ、ごめんなさい。

 本を探すのに夢中になって、北郷さんの存在、忘れてました。

 ……え? なんでちょっと悲しげな顔してるんです?

 あ、うん、そうですね。本、好きですよ?

 例えば――もし私が、なにか功をたてて、そのご褒美に好きなものあげるって言われたとしますよね?

 そしたら、「第一候補は本です。本が欲しいです。とりあえず数百冊ほど」ってくらいには好きです。

 えと、好みの「じゃんる」……?

 あー、なるほど。天界語で、ふむ、「種類」みたいな意味、と。

 まぁ、わりと何でも読みますけど。

 

 ちなみに、いま探してるじゃんるは「やおいち」なんですが。

 今、お城の女子文官の間で流行ってるんです。

 いえいえ、そんなに難しい本じゃなくて、物語ですよ。

 「八〇一」って書くんですけど……読み慣れていない人には判り難いかもです。

 袁渙ちゃんも、閻象さんに教えて貰わなければ知りませんでした……あ。

 ……すみません、北郷さん。

 この話、忘れたことにしていただけませんか?

 や、そういうわけじゃないんですけど――閻象さんがやおいち読んでることは内緒って、ご本人に念を押されてたの、失念してて……。

 はい、助かります。謝謝、北郷さん。

 それにどうやら、ここには置いてないみたい。

 何も買わずにあまり長居するのも悪いですし、そろそろ出ましょうか……ん?

 

 ああー、いえ、お腹が空いたから、ここの道向こうの食事処を見ていたんじゃなくてですね。

 ほら、そのお店の前に、男の人が三人……そうそう、黄色い布を頭に巻いてる方々。

 

 ……ううーん。

 どう思います、北郷さん?

 袁渙ちゃんは、あれって……。

 

 すごく素敵だと思います。 

 あの黄色い頭巾……とっても、お洒落ですよね?

 

 どこで買えるのか……って、北郷さん、どうして急に転びましたか?

 お怪我は……ズッコケただけだから平気? へー。

 さて、それじゃそろそろ帰りましょう――。

 

 ✝✝✝

 

 ――けど、結果。

 お城へ帰るのは、少し遅くなることになりました。

 

 原因は、さっきのお洒落頭巾の男の人たち。

 そして、この後すぐ、食事処の前にやって来た、三人連れのみなさんそろって小柄な可愛らしい女の子たち。

 それと、北郷さん、でした。

 

 ✝✝✝

 

「す、すみません、私たちのちぇ……せいで」

「すみましぇ……せん」

「……ごめんなさい」

 食事処の一角に席を取って食卓を囲んでいるのは、私と北郷さん。

 そして、私たちと向かい合わせに座っている女の子が三人。

 お三方とも、明るく笑えばその場に花が咲いたようになること請け合いの可憐な美少女さんたち……なのですが。

 今はみなさん、俯き加減で「しゅん」と萎れてしまっているよう。

「いやいや! 三人ともそろそろ顔を上げて! もう気にしなくて大丈夫だから! ね?」

 そんな居たたまれない雰囲気の中、目の前の子たちに何度目かの声をかける北郷さん。

「でも、怪我を……」

 そう言って北郷さんの顔を不安げな顔で見やるのは、三人のうち真ん中に座ってる、大きな飾り紐のついた丸帽子っ娘ちゃんで。

 ちらっと横目で北郷さんを見ると、困ったなぁって表情で頬を掻いていて――その指の近くには、さっき貼ったばかりの絆創膏。

「う、ううぅ……私が、ちゃんと前を見てなかったから……」

 泣きそうな、というか、半分くらい泣いちゃってる声で後悔の念を滲ませるのは、丸帽子っ娘ちゃんの左手側の子。

 元々目深に被ったつば広の三角帽子を、ご自分の手できゅっとさらに引き下げながらも、帽子の隙間から覗く上目遣いは北郷さんに。

「朱里も雛里も悪くない。……悪いのは、シャン」

 そして最後に右手側の子。

 前の二人と比べると、淡々とした喋り方にそれほど変わらない表情。それを見る限り落ち着いてる……よーに見えますが、よーく観察すると、一番顔色が悪いっぽい。

 たぶん元からつやつやで白い肌、その綺麗なお顔が今は白を通り越して、薄青くなっちゃってます。

 

「北郷さん。この子たち、こんなに謝っているんですから。許してあげてください。いくら北郷さんが『南陽の種馬』と呼ばれる性欲無双の人でも、鬼畜な真似はどうか、どうかお控えに……よよよ」

「だから許してるって!? そもそもこの子たちが悪いわけじゃないし……ってかさ、袁渙……『南陽の種馬』!? 何ソレ初めて聞いたんだけどっ!?」

 

 えーと、何かちょっと前に七乃さまが言ってたんですが。

 

「ひうっ!?」

「た、たねうま……あわ、あわわー!?」

「……鬼畜」

 

「ま、待って! 嘘だから! この子の言ってることは全部事実無根だからー!?」

 

 さて、と。

 場が盛り上がったところで。

 何があったのか、ざっと振り返っておきますね。

 

 ✝✝✝

 

 遠目からでも、わー、すごく可愛い娘たちだぁ。

 って思ったのが最初でした。

 だからなんとなく見ていたんです。

「あれ? 帰るんじゃないのか?」

 なんて北郷さんは言ってましたけど、私の視線の方へ顔を向けると。

「ああ、今度はあの子たち見てたのか。んー、少し前を歩いてる二人、やけにきょろきょろしてるな?」

「旅の方々なのかも知れません。包みを背負ってますしね」

「んん? あー、ホントだ。良く見てるなぁ。そんで後ろの子は……すまん、俺、ちょっと目がおかしくなったみたいだ」

「どうしました?」

「あの子、めちゃくちゃ馬鹿デカい斧背負ってるように見える。あんな小柄なのに、あり得ないもんな!」

「いえ? 背負ってますよ。大斧。たしかに珍しいですけど、あり得ないってほどじゃないですよ」

「あ……ああ、そうか。そういうもんか……」

 私の言葉に、茫然としつつも納得するしかないかって感じの北郷さん。

「たぶん、あの子は武人さんで……」

 そんな話をしている最中。

 相変わらずきょろきょろしながら前を歩いている二人のうち、三角帽ちゃんの方が例のお洒落頭巾さんの一人にぶつかりそうになっていて。

「あっ」

 私が思わず声を上げた時には、もうぶつかってしまっていました。

 けどまぁ、ぶつかった、とは言っても、見たところ軽く体が当たった程度。わりと体格の良い相手に対して、小柄な三角帽ちゃんの方がむしろ少し後ろによろめいたくらいのもの――だったのですが。

 ぺこぺこ頭を下げる三角帽ちゃんと、それにすぐに気付いて同じように謝罪してるらしい丸帽子っ娘ちゃん。

 そんな二人の前で、ぶつかられたお洒落頭巾さんは、自分の腕を押さえながら妙に大げさな身振りで、仲間の男の人たちに痛みを訴えているようでした。

「……あれは、何かちょっと不味くないか?」

「……はい」

 どう考えたって、男の人たちのあれは演技です。おそらく「治療費寄越しな、お嬢ちゃんたち」みたいな展開にしたいんでしょう。

 でも、女の子たちは気怖じしているのか、或いは世慣れていないのか――私の見立てでは両方でしたけど――判りやすく狼狽している風で。

 その頃には、少し遅れて歩いてた大斧ちゃんも先の二人と一緒に謝っていましたが、どうにも上手く行っているとは思えず。

 不穏な空気を察した周りの人たちも、やや遠巻きにして成り行きに任せているようでした。

 そして。

 

「きゃっ……ひ、い、嫌ぁっ!?」

 

「ひ、雛里ちゃん!?」

 

 ふいに、ひと際大きな悲鳴が二つ。

 一つ目は、男に腕を取られて引き寄せられようとしている、三角帽の少女の恐怖に満ちたもの。

 二つ目は、その少女の名前らしきものを叫ぶ、丸帽子の少女の驚きと悲痛の混ざったもの。

 

「…………っ!」

 

 瞬間、私は体中の血液が全部沸騰して、目の前が真っ赤に染まるのを自覚しました。

 美羽さまの元で働き始めてからここ最近、しばらく忘れていた感情――怒り。

 思わず駆け出そうとした私を。

 

「待て! 袁渙!」

 

 横にいた北郷さんが腕で私の体を制するようにして、止めました。

 

 ――なんでっ!?

 

 ……正直、北郷さんを睨んでたと思います。

 自分のなかに、まだこんな強い気持ちが残っていたなんて。私は私自身のことを良く解っていなかったみたい。   

 でも。

 私がもっと解っていなかったのは、北郷さんのことでした。

 

「俺が行く」

 

 一瞬、何を言ってるか理解できませんでした。

 私の中の北郷さんは、自ら進んで荒事に向かうような類の人じゃなかったから。 

 

 ――空から落ちてきた、『天の御遣い』。

 ――美羽さまや七乃さまに無茶ぶりされても全然怒らない、お人よしで。

 ――舒邵ちゃんの気持ちに全く気付いてない、鈍感さんで。

 ――何より、変な人で。

 

 そして誰より、優しいから。

 この時、北郷さんは飛び出したんだって思い至ったのは、少し経ってからでした。

 

 ……で、結果ー。

 

 駆け出した北郷さんがあちらに着くよりも速く、例の大斧ちゃんがお洒落頭巾三人組をノシてました。

 何を言ってるかわからない人もいらっしゃるかもしれませんが、そもそも一部始終見てたはず私も大斧ちゃんがどう動いたのかさっぱりなので、説明できないんですけど。

 ま、ここで終われば何の問題もなかったんですよね。

 勢い良く駆けて行った北郷さんを、大斧ちゃんが「あ、増援だ。こいつらの」的な勘違いさえしなければ。

 マジ半端無い勢いで振り下ろされた斧を、奇跡的に北郷さんが避けてるのを見届けたところで。

 半ば茫然としてた私も駆け出しました。

 もちろん、大斧ちゃんを止めるために。

 ……半泣きで。

 

 ✝✝✝

 

「お詫びはごじちゅかならじゅ!?」

「か、かにゃらじゅ!?」

「……お詫びは、後日必ず。それじゃ……またね、お兄ちゃん」

 

 件の三人の美少女さんたちは、予想通り旅人でした。

 丸帽子娘ちゃんが諸葛孔明ちゃん。

 三角帽子ちゃんは龐士元ちゃん。

 大斧ちゃんは徐公明ちゃん。

 

 先の二人は、なんとあの水鏡女学院の第一席と第二席――伏龍、鳳雛――と言えば、私でも知ってる超有名人。

 なんでも旅で見聞を広めつつ、仕えるべき主君を探しているのだとか。

 そして大斧ちゃんはその二人の護衛なんだそう。

 元々は別のお仲間と、やっぱり旅をしていたらしいんですが、二人が旅立ったばかりの処にたまたま居合わせ、なんか心配だったのでしばらく付いてくことにした、とのこと。

 その気持ち、すっごく良くわかるんですよね。

 孔明ちゃんも士元ちゃんもなんていうか、「わ、私、龍です! でもまだその、ふ、伏せてましゅけど!」「わ……私は鳳凰……の雛鳥でしゅ。……ぴよぴよ」って雰囲気がひしひしと。

 その大斧ちゃんは、元々都で役人を務めてたけど、嫌になって辞めた……と、そんな感じっぽいです。

 基本無口な子らしくて、これはこれで庇護欲をそそるっていう。

 ちなみに、みなさんあと数日は苑に滞在してるとのことで、その間にもう一度お会いする約束をしちゃいました。

 

「はぁ……」

「あの子たちと別れてからため息ばっかりだな?」

「だって……めちゃくちゃ可愛いかったじゃないですか、三人とも。あぁ……あんな妹が欲しいです、私」

「じゃあ、次に会ったとき聞いてみたらどうだ? 『私の義妹になりませんか?』って」

「あ、それ良いですね。それで行きましょう」

「乗り気なのかよ」

 

 なんて会話をしつつの帰り道。

 

「ところで。大丈夫ですか?」

「へ? なにが?」

「傷ですよ、その頬の傷」

 

 そう、大斧ちゃんの一撃を死なずに避けた北郷さんですが、かわし切ることはできなくて。

 頬に縦傷を負っちゃったんですよね。

 幸い、それほど深い傷じゃなかったのと、孔明ちゃんが簡単な医療具を持っていたので、その場ですぐに手当できたんですけど。

 

「痛みが取れなかったり、化膿したりするようならちゃんとお医者に診て貰わなきゃ、ですよ?」

「それ、孔明ちゃんの受け売りだろ?」

「……悪いですか」

 

 人が心配してるのに、茶化すみたいに言って来る北郷さん。

 なぜか私の気分は急降下、まったく、急降下です。

 

「あ、あれ……? もしかして、怒った?」

「怒ってません」

「……ホントに?」

「本当です。ただお城に帰ったら、北郷さんが肌面積の多い服を着た小柄系美少女に『お兄ちゃん♪』とか呼ばれて鼻の下でれっでれっに伸ばしてた、ってあることあること言い触らしたい気分でいっぱいなだけです」

「……やっぱ怒ってるじゃないかっ!?」

「知りません」

 

 それから。

 お城に帰るまでの間、必死に謝り倒すっていう北郷さんの面白い姿が見れたので。

 まぁ、許してあげないこともない、ですかね?



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