「おい餓鬼ども…これはいったい、どういう状況だ?」
巨人の
2つの片翼が左右に交差した紋章が夕焼けに照らされて、言葉では表せない感情が溢れてきた。それが体に影響を及ぼしていることに俺を支えてくれている人物から指摘されるまで気付かなかった。
「エレン、どうして泣いているの?」
「え?」
言われて右手で右頬に触れると大きな雫が一滴人差し指についていた。
「なんでだろ、俺は…」
目の前に立っている人の横に誰かが着地した音で次の言葉は口に出来なかった。
「はいはい、話は後で。リヴァイ行くぞ」
「ちっ、わかったよ」
ゴン!
「いてぇ」
痛そうな音が聞こえたかと思うと、俺が尊敬する人の内の1人が余程痛かったのだろう十秒ほど頭を抑えている。
「おい、人類最強の肩書きが自分に来るようなったからといって図に乗ってるんじゃないだろうな?」
「それは無きにしも非ずというところだな」
「まあいい。エルヴィン団長が来るまでに終わらせるぞ」
「了解」
2人は立体起動装置からアンカーを発射してワイヤーを巻き取り、残っている巨人に向かって2人だけで向かっていった。
残っているといっても数は優に20体を超えているのにそれをたった2人で倒すなど出来るはずがない。
だが伊達に「人類最強」の肩書きを与えられている2人ではない。
互いに互いの攻撃範囲と予備動作を完全に予測して危なげなく巨人の急所である「うなじ」を的確にそぎ落としていく。
「凄い、なんて速度なんだ…」
「私にも真似できないかも」
「…『人類最強』ってこういうことなのか?」
アルミン・アルベルト、ミカサ・アッカーマン、エレン・イェーガーは遙か遠くで巨人が途切れることなく音を立てて崩れていく様子を呼吸をするのも忘れて見とれていた。
俺とリヴァイは残っている巨人を殲滅している最中だ。「第56回壁外調査」を途中で切り上げ、俺とリヴァイだけが先にここウォール・ローゼに帰ってきたのだが、如何せん壁が破られていることに戻ってきた直後に気付いた。
いや、この言い方は少し語弊がある。
討伐最中に巨人どもが北上を始めた頃から違和感を感じていた。
何故か破壊されたのが「壁」ではなく「扉」だからだ(以後は壁と呼ぶ)。壁は分厚く「超大型巨人」でも破壊は不可能だからだろう。
これは5年前と同じ現象だ。
「調査兵団」が壁外調査に行っている間に壁が壊され巨人が内部に侵入し人類を捕食している。このことから考えると壁の中の人類には巨人に「調査兵団」がいないことを知らせる「内通者がいる」、もしくは壁の中の人類に「巨人になれる」者がいるということである。
どちらもまだ仮定の話だがどうにもこうにもまずは残っている巨人共を殲滅するのが先だ。
「十時方向に10m級、15m級2体、二時方向に12m級、13m級2体出現、どうする?」
「リヴァイ、お前が左に行け。俺が右を仕留める」
「了解。しくじるなよ?」
「おいおい、お前誰に口聞いてるんだ?俺は『人類最強』の男だぞ?」
「それを奪うのが俺の仕事だ」
「じゃあ、どっちが先に狩れるか勝負と行こうか?」
「乗った」
2人同時にアンカーをそれぞれの担当方向に発射し、ガスを必要最低限であるが噴射し、可能な限りの速度で肉薄する。
風の抵抗を減らすために地面とほぼ水平になるように前傾姿勢になる。
12m級の振りかぶった右手を右腰のアンカーをうなじに直接発射することで、回避と攻撃の二段階併用でワイヤーを巻き取る。
「まずは1匹ぃぃぃぃ!」
ザシュ!
うなじを大きな三日月型に斬り落とした。
「よし次!」
倒れるのを確認せず、走りながら両手を前に突き出している13m級に向かって、壁外調査と先の1体のうなじをそぎ落としたことで刃こぼれした刃をら背中を反らした反動を利用して勢いよく投げつける。
「グギャアアアアアア!」
両目に刃が刺さったことで視界を奪われた巨人は立ったままのたうち回る。その頭の上に着地し新しい刃を箱形の鞘から抜き出す。
「おっと、大人しくしてろよ?じゃないと…綺麗にそげねえだろうが。よっと…ふん!」
後頭部から首筋に向かって横回転しながら下りそしてその回転を利用しうなじを大きく削り取る。
回転によって切れ味を増した刃は筋繊維に捕まることなく抵抗なく無駄なく必要な部分だけを削り取った。
その瞬間、返り血を浴び顔をしかめる。
「ちっ、汚ねえ」
「終わったぞ」
半壊した住居の上を飛んでリヴァイがやってきた。
「…お前の方が早かったようだな」
「そうだが返り血を浴びたから引き分けだ」
「ふん、そういうことにしておこう」
素直に引き分けで嬉しいと言わないリヴァイに苦笑するが、こちらを見ているであろう少年少女がいる方向を見る。
おそらく「彼」は兵法会議にかけられるだろう。巨人の
だがそれでもこちらには「策」がある。彼らを黙らせるにはそれをするしかない。
「エルヴィン団長がそろそろ戻ってくる。それまでに残りを片づける」
「ああ」
俺とリヴァイは残っている巨人を殲滅するために三度アンカーを発射して空を駆けていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(ここは?)
俺が目を覚まして最初に脳裏をよぎったのはそれだった。眼を開けると暗くてじめじめした石が天井にある。手足に冷たい感触があり視線を向けると眼を見開いた。
両腕が両足が枷をつけられてベッドに繋がれていた。
(なんだよこれ…まるで、まるで、囚人じゃないか)
「気がついたようだね。気分はどうだ?」
声が聞こえた方に眼を向けると黒髪に優男のような容姿の人と、背は低いが眼に宿る光が人間とは思えない強さを放っている人がいた。
「…悪くはないです。ここはどこなんですか?俺はなんでこんなことになっているんですか?」
「君の言いたいことはわかる。だがそれを今ここで話すわけにはいかない理解してほしい。ただ時間をくれ君を少しばかり自由にするために今俺たちの団長が作戦を練っている」
俺にはなんのことか全く理解できなかった。「自由にする」ということは今の俺の状態をどうにかしてくれるということなんだろう。なら少しは期待してあの人たちに全てを任せよう。
俺はそう願って眼を閉じた。
「おい、本当にあいつを助ける気か?フュター」
「彼を使えば壁外調査における死亡率は格段に下がる。それからウォール・マリアを奪還することが可能かもしれないならば賭けてみるのもありだろう?」
「本当に使えるならな」
リヴァイは納得していない様子で俺の後に続いて階段を上がっていった。
フュター(番人)・ファタイディガー(防衛者)・・本作の主人公で「人類最強」の肩書きを持つ。リヴァイの兄貴分であり師。
ペトラ・ラル・・フュターに恋心を寄せるリヴァイ班のメンバー。自分の想いに気付いてもらおうと日々切磋琢磨している。
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2
それからというものなんとか裁判にまでもつれ込ませることができた。裁判まで持ち込ませれたのはエルヴィンの頭脳あってのことだが、ここから先が簡単にいくとは思っていない。
憲兵団には頭が硬い奴らが数多くいるというのがストレスを増やす一因でもあるのだが。
審議所には駐屯兵団、憲兵団、調査兵団の幹部が整列しており、この場が異常事態であることを如実に示している。
「異例事態のため通常の法が適用されない兵法会議とするね。彼らには悪いがこれはこっちとしては少しありがたいな」
「フュターさん、どういう意味ですか?」
フュターの後ろに立っていたペトラ・ラルは言葉の意味が理解できないとばかりに少し声量を抑えて背後から聞いてきた。
「通常の法であれば彼は即座に首を刎ねられるからだ。人類から見て巨人とは畏怖するのであり人間が勝てる生物ではないと根本からそう思っている。だが兵法会議となれば彼の優位性を説明することで調査兵団にとって優位に話を進められる。彼が本当の意味で
「だがフュター、おいそれと簡単に上手くいくのか?」
説明には納得できたようだが考えが上手くいく保証は存在しないとリヴァイは疑問を投じた。
策が上手くいくのは相手の考えを先読みするかそれより有利な案を提示したときだ。それか相手の策を上手く利用することだが、後者は失敗すると即敗北という欠点が存在する。
ならば前者で優位を保つことを優先するべきである。
「策はエルヴィンが考えているだろう。俺の出番はあいつらの発する意見によって変わってくるからな」
3人で話している間に憲兵団と調査兵団の意見が述べられていく。
憲兵団「人体を徹底的に調べ上げた後、然るべき処置を施し処分する」
調査兵団「正式な団員として迎え入れ、巨人の力を駆使しウォール・マリアを奪還する」
どちらもエレンの巨人の力を有意義に利用することができる方法を掲示している。自分は調査兵団に所属しているという理由で彼を調査兵団に入団させ、戦力にしたいという思いがある。
確かに憲兵団の意見は間違ってはいない。
彼の人体を調べ、巨人についての情報を得ることは人類にとっての進歩である。だが殺す必要は無いだろうと思う。
「あいつは人類にとって脅威だ!お前が巨人の中から出てきた瞬間を見た者が大勢いる!間違っているなら言ってみろ!」
「きた」
ついつい言葉が口から出てしまった。
「フュター、どういうことだ」
「まあ見てなって。総統、発言の許可を願えますか?」
「よかろう」
ザックレー総統の許可をもらってから柵を乗り越え、彼の側まで歩いて行く。彼は不思議そうにこちらへと視線を向けてくるがそれは意識しなければ遮断できる。
「憲兵団が言っているのは事実。そうだなアルミン・アルレルト、ミカサ・アッカーマン?」
「「はい」」
「では憲兵団の中にも彼が出てきた巨人が侵入してきた巨人を倒す瞬間を見た者がいるのでは?」
「…」
答えないということは肯定しているのと同じ事だ。もし見ていないのであれば否定すればいいだけの話なのに口にしないのはその瞬間を目撃しているということに他ならない。
「誰も否定しないということは見たということですね?総督、自分達の意見を貫くのは素晴らしいことですが彼の命を蔑ろにするというのはいささか醜くはないでしょうか?」
「調査兵団がそれを言うのか!?」
「我々は最善と思う策を考えて行動している。それでも被害を出してしまうのは予想外の事態が起こってしまうからだ。あなた達は予想外のことが起こることを予想できるのか?予想外のことがいつどこで起こるとわかるのか?」
一度反論した憲兵団もこれには押し黙る。
「結論は出た」
総督の言葉で審議所の空気が一変した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
どうにかしてエレン・イェーガーを駐屯兵団から請け負ったフュターが所属する調査兵団では、少しばかり不安が漂っていた。
それを敏感に感じ取っているリヴァイとフュターだったが我関せずを決め込み、調査兵団が在駐している宿舎で暢気に紅茶を飲んでいる。
「具体的な方法は一体何だ?」
具体的な質問ではないにもかかわらず動じることなくフュターは返事を返す。
「『長距離索敵陣形』の人員位置を変える」
「何?」
「これまではトロスト区から出発していたが今回の事件で門を塞がれてしまった。今までの陣形はその門から出発するためのものだったが、これからは別の門から出発ための陣形を考えなければならない」
トロスト区防衛・奪還作戦は多大な犠牲を出したが、人類が初めて巨人に勝った作戦でもあった。だがそれは門を塞ぐための作戦であり、調査兵団からすればあまり好ましくない状況でもあった。
「だからエルヴィンは自室に引き篭もっていたのか」
「まあそういうことだ…む」
「どうした?」
フュターが突然訝しげに眉をひそめたので、何があったのか気になったリヴァイだった。
「これを煎れたのは誰だ?」
「ペトラだ」
「…なるほど。この匂い」
「おいフュター」
ボソッと呟いたフュターがその紅茶を持ちながら立ち上がったのを見て、声をかけたがそれに返事をせずフュターは歩いて行く。
歩いて行く先には分隊長のハンジ・ゾエと親しげに話しているペトラがいる。
どうやらフュターの目的地はそこのようだが、何をするつもりなのかリヴァイにはわからない。
「それで…むぐ!」
開いていた口に容赦なく紅茶を流し込んだフュターは澄まし顔でそれを見ている。
「あっつ!はっ、フュターさん!?いきなり何するんですか!?」
「何をするかだって?それはお前が一番わかっているはずだが?」
「言っている意味が…あう!こ、これはまさか!」
いきなり謎の攻撃をされていたことに対する怒りによる紅さではない別の紅色に顔を染めたペトラは、自分に何が起こったのかを自覚した。
それを眼で見て確認したフュターは一つ頷いた。
「やはりか。ペトラ、何をするつもりだった?」
「べ、べ別に!はうわ!こ、これはまずいです!一時戦略的撤退を!」
両肩を抱きながら内股で逃げていくペトラの後ろ姿を、2人は何が起こったのか理解できずに眺めていた。
「フュターくん、ペトラに何を飲ませた?」
「⚪薬入りの紅茶だ。先に言っておくが入れたのはペトラ本人だからな?俺は仕返ししただけ」
「…あいつは一体どこでそれを手に入れたんだ」
リヴァイはいつも通りのペトラの珍行動に頭を抱え、ハンジはどう反応したらいいのかわからないといった笑みを浮かべるだけだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「私としたことが!で、でも運がいいですよね!?ああ、もうダメ…。ああああぁぁぁぁぁ!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
エレンは一時的にとはいえ、解放されたことで僅かばかりの安らぎを得ていた。
今は馬に乗ってこれからの生活場所となる目的地へと移動している最中である。
「見えたぞ。古城を改装しただけあって見た目は壮大だが、中はどうなっていることやら。いいかクソガキ、お前が今ここにいられるのはフュター兵長とエルヴィン団長のおかげだってことを忘れんなよ!?」
「はぁ…」
「オルオ、こんなところで無駄口叩いていると舌噛むぞ」
小石がいたるところに転がっているような道を馬に乗って移動しているのだ。馬が踏み外してバランスを崩せば舌を噛むのは普通にしていれば予測できる。
「だからてめえは…オゴァ!」
フュターの予想通りオルオは舌を噛んだ。
「…だから言っただろうがこの馬鹿」
「アホだからな」
「クズ。フュターさんの言うこと聞かないからよ」
フュター、リヴァイ、ペトラの3人に罵倒されてもオルオは反応を示さない。というよりは示す暇がないのだろう。
舌を噛んだ痛みで3人の言葉が耳に入っていないのかもしれない。
そんな様子をエレンは感極まりながらも覚悟を決めた表情で見つめる。
{フュター・ファタイディガー兵長 討伐数70 討伐補佐数100。リヴァイ副兵長 討伐数50 討伐補佐数90。ペトラ・ラル 討伐数10 討伐補佐数48。オルオ・ボザド 討伐数39 討伐補佐数9。誰よりも強くて頼り甲斐のある人たち。でも逆に言えばいつでも俺を殺せるということ。俺が失敗すれば俺はこの人たちに殺される}
不安を抱いているエレンだったがそれは仕方のないことである。自分の行動によっては首を切り落とされる可能性もあるのだから。
馬を馬小屋につないだ後、ペトラが内部を簡単に調査して現状を伝えてきた。
「かなり汚れていますので掃除を優先するべきかと」
「だそうだリヴァイ」
「そうか、それは由々しき事態だ。早急に取り掛かるぞ」
三角巾に防塵マスク、箒を揃えたリヴァイがやる気満々に返事をして古城を見上げている。
その様子にオルオは苦笑いをペトラとフュターはやれやれとばかりにかぶりを振る。エルド・ジンとグンタ・シェルツは無表情で見ている。
先導するかのように内部へ入っていくリヴァイの背中をエレンはボーッとして見ていた。
「エレン、さっさと手伝わないとリヴァイに怒られるぞ」
「は、はい!…フュターさんは俺のこと怖くないんですか?」
エレンは元気よく返事をしたがフュターの前で止まって聞いてみた。
「いきなりだな、まあいいが。壁外遠征で死ぬかもしれないという恐怖と比べたら軽いもんだよ」
笑顔で言うとエレンは嬉しそうに笑み浮かべ、顔を紅くして掃除を手伝いに行った。それをフュターとペトラは微笑ましそうに見ていた。
「ほんとうに真っ直ぐな男だな。こっちの覚悟が甘いと言われているような気がする」
「彼が本当に私たちの力になるのであればそれはいいことですね。それより今日の掃除終わったら一緒に寝ましょう!」
「…さっきまでの緊張感はどこへいった?というよりいい加減俺の腕から離れろ」
そう言うフュターの左腕には自分の右手をからませて至福の笑みを浮かべているペトラがいる。エレンが顔を紅くしたのはそれを視界に入れてしまったからなのかもしれない。
「腕を離せば一緒に寝てくれますか?」
「交換条件にしては俺が不利にもほどがある。さっさとしないとリヴァイに怒られるぞ」
「ペトラ、早く来い。エレンのやつまともな掃除の仕方を知らねえ。教えろ」
上の窓から顔を覗かせてリヴァイがペトラを呼び、その顔を引っ込めた。
「呼ばれてるぞ早く行け」
「フュターさんが断っても潜りこみますからね!」
捨て台詞?を残してペトラは中に入っていった。どうしたらいいのか頭を抱えるフュターであったが、リヴァイの掃除指揮を見るために中へと入った。
ちょっと大人の場面を入れました。強引なペトラですが可愛いので作者は許したくなります。
それからリヴァイの討伐数と討伐補佐数がわからないので適当に書きました。正しい数字を知っている方がいれば指摘してもらえると嬉しいです。
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