新勇者バーバラの冒険 (ランスロス・マッキ)
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TURN0 RA15年8月前半
プロローグ その勇者は


 ――――大陸。そう、一つの大陸がある。

 

 宇宙に球体の膜があり、その中でオーストラリア程のサイズの大陸が聖獣達に支えられた世界。それがルドラサウム世界、創造神ルドラサウムによって作られた大陸である。

 その大陸上には人や魔物を始め様々な種族がいて、魔法があり、敵を倒すと経験値を得てレベルが上がって……ファンタジーそのものの世界だった。ただ、多くの世界とは違って、とんでもなくバランスが悪かった。

 その大陸では数千年もの間、人間は魔物に一方的に虐げられていた。負け続けていた。

 まず、基本的に魔物は人間より強い存在である。

 下を見れば、最弱の魔物であるイカマンを倒そうとしても、武器を持った一般人では敵わない。

 一般人が倒そうと思うならば、イカマン一匹に対して五人は欲しい。個人によって差は大きいが、基本的に単身で魔物に勝てる人間の方が少ないのだ。

 そして上を見れば遥かに絶望的な存在、魔王がいる。

 

 魔物達の王、魔王。

 単身で地上を殲滅出来る力を持ち、人類に対して破壊と殺戮を繰り返す厄災。

 これに人類は全く敵わなかった。それどころか魔王から血を与えられた配下である魔人にも敵わない。魔人から血を与えられた使徒になって、やっと、ようやく、何とか――ごく一握りの精鋭達が戦えるような状態だった。

 人類は、悲惨で絶望的に生きるように求められたバランスの中で、苦しい生を強いられていた。

 ただし、希望が無いわけではない。

 

 

 

 

 RA15年8月。

 新しい魔王である、魔王ランスとなって15年目の治世。

 この時代でも人類は魔王討伐を目指していた。ある集団は都合18度もの魔王討伐隊を結成し、悉くが跳ね返されていた。

 魔王を倒そうと思ったら広大な魔物界の森を抜け、世界最高峰である翔竜山を登り、山上に陣取る数多の魔軍を退けて、魔人を倒さなければ魔王に挑む事が出来ない。挑戦はされたが、到底無理な話であった。

 そもそも最初の森を抜ける段階の野良魔物だって弱くない。才能ある精鋭が数十人集ってやっと安定して抜けられる程度に過酷な環境だ。

 今も森の一角に、魔物達が集っている。

 

「キヒヒヒッ」

 

 ガーター大統領、ノーススラッグ、NASU、クロメ……様々な魔物、総勢20体近くがいた。

 彼等はこの近くにある広い水場に集まり、喉を潤したり、周囲を我が物顔で睥睨している。

 このような魔物の群れを見つけたら一も二もなく逃げるのが賢明だ。優秀な冒険者のパーティでも全滅し得るだけの高位の魔物が混じっている。個人で挑むなど馬鹿げた戦力だった。

 ところが、そこに少女は躊躇なく飛び込んだ。手には輝く剣がある。

 

「列車斬り!」

 

 鋭い踏み込みと共に、複数の魔物の巨躯が両断された。クロメの半身が落ちる前に、少女は別の魔物へと肉薄している。

 

「ギギッ――――!?」

「あと14体」

 

 驚きの声を上げようとした魔物が、喉を貫かれて黙り込む。次の一歩でまた血飛沫が舞い、複数の魔物が斬り殺される。

 ただ速すぎて、強すぎる。魔物達が何か行動を起こそうとする前に少女の姿は掻き消えて、別の魔物が斬られている。生きる世界が違った。

 ロクな攻撃すら敵わないまま、魔物達は次々に屍となり果てる。

 

「あと2」

 

 ナメクジの巨体が四つに別れ、粘液が飛び散る。

 一分もしない内に残るのはタンクのガーターと、イモムシに似たNASUだけになってしまった。

 ここで初めて少女は足を緩め、勝ちを確信した笑みを浮かべて歩み寄っていく。

 

「オ、オオオオオオオッーーー!」

 

 魔物としての本能か、ガーターはその巨体を揺らしてNASUを庇うように前に出て、腕を振り上げた。

 岩のように堅く、重い体を活かした一撃が少女を襲うが――

 

「1!」

 

 力任せの剣が跳ね上げられ、今までと同じように、ぞっとするような切れ味で魔物の体が裂かれていく。そのまま振りぬかれた後には、腕から頭までが綺麗に分かれた。

 少女が握る剣はエスクードソード。

 岩も鋼も断ち斬る剣の前では、魔物の堅さに意味はない。

 

「はいラストーーー!」

 

 頭が半分になったガーダーを足場に跳躍し、最後の魔物の頭に剣を突き込んだ。

 そのまま斬り降ろして、頭が開いたNASUを景気づけに蹴り上げる。200キロ以上ある巨体が吹き飛ぶ。くるくると回りつつ木々の幹に当たって軌道を変え、水場に落下して水柱が上がった。

 

「…………ふふ」

 

 水が肩までかかる金髪にかかり、瑞々しく跳ねる。薄く青い瞳が細まり、口元が緩む。

 

「ふふふ…………ふふふふ……」

 

 昨日までは逃げ回るしか無い日々だった。だが今は違う。

 彼女は、選ばれたのだ。

 

「っぷ、あはははははは!!! あーっはっはっはっはっはっは!」

 

 人の枠を遥かに超えた身体能力、右手に持つは伝説の剣。

 彼女こそが魔王という絶望に対を為す希望。

 勇者、その名は――――

 

「バーバラ、何を馬鹿笑いしてるんですか。気持ち悪いですよ」

 

 フードを被った小柄な体躯が、ジト目で主を貶した。従者としては、この軽薄な姿は見ていられなかった。

 

「だってコーラ、これ強すぎない!? もう本当世界最強だってこの力!」

「当然です、貴方は勇者になったのですから」

 

 溜息を吐き、コーラは勇者に近づいた。

 

「いいですか? 貴方は剣に選ばれた勇者です。勇者には数多の役目があります」

「この剣軽とっても軽いし良く斬れるよね。ガーダーもバッサリ!」

「……そんなもんじゃありませんよ。魔人の無敵結界すら斬れます。無敵結界のせいで全ての魔人は人類には手も足も出ない存在ですけど、貴方は別です」

 

 勇者には旅のサポートをする従者がいる。コーラは勇者が神に与えられた特典の一つであり、旅を助ける存在、勇者としてあるべき姿を教える教導者でもあった。

 勇者一日目、剣を遊ぶように振り回す馬鹿相手には毒舌にもなる。

 

「勇者は人類の希望です。人類は度重なる魔王の被害によって人口を大きく減らしています。それだけの危機だからこそ、バーバラに今の力が与えられているのです」

 

 15年前、この大陸の人類は3億人程がいた。それが魔人との戦争や災害、魔王の蹂躙によって死に続け、今は2億1千万人を切っている。

 神は人を見捨てない。危機に応じて勇者に与えられる力は増大している。バーバラは一日にして人類最強の力を手にしたのだ。

 

「貴方がするべき事は今の絶望的な世界を救うこと。今は力と技術をつけて使途を討ち、魔人を討ち、最後には魔王を討つ――――それが勇者に求められる役割です」

「…………」

「力を手に入れたからには、それ相応のやるべき事があるとは思いませんか?」

 

 真剣な眼差しで役目を説くコーラにバーバラは下を指さして、

 

「そうねー。今やるべき事は、そこにいる死体からアイテムやgoldを漁ること――――それが従者に求められる役割よ」

 

 血塗れとなった森の後始末を命じた。

 

「…………」

「勇者のサポートをするのが従者の役目でしょ? 助けてね」

「…………はぁ、そーですね」

 

 従者は勇者の言う事に基本的に逆らえない。勇者誕生以来やっている性からか、コーラは魔物達に屈み、血に濡れた肉塊に手を突っ込んだ。

 バーバラは空になった水筒に水場の水を満たしていく。

 

「私はこの力を利用してお金を稼いで、冒険者としての名声や地位を手に入れるのよ」

「ほんと、マジでそれ言い続けるつもりなんですね」

「魔王や魔人を倒してくれって任務はギルドに乗ってない。ま、あっても絶対に請けないけどね。命を張る気なんて全くないから」

 

 一通り溜まった透き通るような水を眺めて、口に含む。

 

「んぐっ、んぐっ……私は勇者じゃなくて、冒険者。絶望的って程じゃないし、面白おかしく暮らせればいいのよ……!?」

「あ、馬鹿やった」

 

 突然、バーバラの体が水場に突っ込んだ。

 舌に痺れを感じると同時に、その痺れがたちまちの内に全身を支配して、バーバラは動けなくなってしまった。視界が極採色に染まり、体の内が焼け爛れるような感覚がある。

 

「もがもがもがもがもが!?」

「NASUって猛毒を持つ魔物なんですよ。水場に蹴り落として飲むとか死にたいんですかねー」

 

 痙攣しか出来ない状態で、震えるばかりのバーバラに息を吸う術がない。勇者の力があろうが、この状況では為す術なく死ぬだろう。

 

「もがーーーーーっ」(助けてコーラああああ!!)

「多分助けて欲しいんでしょうけど、勇者は危機的状況は自分で脱出するものなので助けません」

 

 コーラの作業の中、水泡ばかりが上がり、首の一部だけ暫くのたうち回り――やがて、バーバラの動きが完全に止まった。

 

「これで普通なら死亡なんですけど、勇者特典があります。勇者は決して死にませんから早く復活してくださいね」

 

 と、思ったらまたバーバラはもがきだした。満足に動かない体を捩り、苦しみに足掻く。

 

「もがもがもがもがーーーーー!」(息息息息ーーーー!)

 

 勇者には様々な特性が与えられている。

 身体能力の強化に始まり、強運、見切り、異性に対する魅力……不死もその一つである。

 例え毒の効果によって行動不能になり、溺死し続ける状況になっても勇者は生き続ける。

 

「……ま、どう考えても死んだのは自業自得ですよ。一日目にして自滅するのは勇者史上初じゃないですか」

 

 コーラは空を見上げ、このポンコツな少女の世話係になる己の身分を憂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 RA15年現在、世界は荒れに荒れている。

 魔王が世界に君臨し、人々は恐怖に慄き、魔王に対する立場の差で人類同士の内紛も絶えない。

 リーザス王国王子ザンス・リーザス。ゼス王国王女スシヌ・ザ・ガンジー。japan国主山本乱義、次期カラー女王リセット・カラー。

 主要国の元首、あるいは次代の王は皆が魔王の実子であり、戦わずして魔王に支配される未来が待っている。

 神の加護は異変によって消え、食物の生産力や、治癒の奇跡も失われていく。

 人類には希望が、勇者が必要だった。

 

 だが、その勇者となった人物は……

 

 とってもポンコツで、とっても俗物的で、とっても従者使いが荒くて。

 

 とても勇者とは思えない少女だった。




後書きに注釈を乗せる。

勇者
 ランスシリーズ、ルド世界における最高のチート職業の一つ。
 ある時代から代替わりを重ねて世界に一人だけ存在する人類の希望。
 人類が死ねば死ぬほど、滅びに瀕するほど強くなる。

従者(コーラ)
 勇者特性のおまけ。お世話役。何千年もの間、勇者の傍に付き従い、サポートをしてきた。
 その正体は神だが、神異変によって神を辞めている。


 ポンコツ勇者の物語、はじまりはじまり。
 ダメな子がルド世界最高のチート能力を手にしたお話。
 明るくシリアスも交えて第二部の先を書きます。
 見ていられないレベルの時代のturn0を改定しております、しかも途中まで。


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New sensation

 なぜこれほどまでポンコツなバーバラが、勇者となったのか。
 話は少し遡る。


 自由都市地帯、北部の都市CITY、キースギルド内部。

 

「た、ただいま……」

 

 元気のない声と共に、ゆっくりと冒険者ギルドの扉が開かれた。

 

「さて…………どーしたもんかねえ」

 

 ギルドマスターのキースはバーバラの顔色を見て、溜息を吐いた。

 また賭けに勝ってしまったが、虚しい勝利でもある。部下がやらかした失敗のツケを払うのは、自分なのだから。

 

「また失敗か。今回はなんだ?」

 

 バーバラには簡単な仕事――食肉用のうしの運搬をやらせていた。時間はかかっても失敗しようのない仕事なのだが、この少女を前にすると話は変わる。

 ぐったりと来客用のソファーに倒れ込むと、バーバラは絞り出すような声を上げた。

 

「乗っていたうしが暴れだして、牛舎に突っ込んだの。そこからパニックになって……」

「どうしてそうなる。教えられた通りにやってるんだよな?」

「そのつもり。私、動物に嫌われがちだからかな。ははは……」

 

 乾いた笑い声を出し、バーバラはまんじりとも動かない。背中の随所にうしの足跡が付着して、現場の惨状を示していた。

 

「それで、二度と来るなって言われちゃった。わーい、嬉しいなー」

「賠償だの言われんだけマシか。ここに来て半年、もう少し依頼達成(クエストクリア)して欲しいんだがな」

 

 禿頭の老人はこの新米冒険者の失敗の日々を思い返す。

 半年前、馴染みが「コイツは才能あるぜ!」と連れて来たのがバーバラだ。

 やる気に満ち、動きも悪くないために認めたが、そこからがダメだった。

 最初の仕事でケチがついた。簡単な護衛を任せたら運悪く強い盗賊団の襲撃に遭い、以降臆病風に吹かれて危ない仕事を請けなくなった。

 それで危なくない雑用を任せていたのだが、ありとあらゆる理由で失敗する。こうなれば、未来は一つしかない。

 

「今回のが報酬無しって事だと、そろそろ危ないだろ」

 

 少女が懐をまさぐれば、小さい硬貨が数えるほどしかない。分かっていた事だが、再確認すればより惨めになる。

 

「……うん。残金10ゴールドちょっと」

「それじゃ明日には干上がって何も出来なくなる、と」

「うううう…………」

 

 がばっとバーバラが起き上がり、縋るような目つきでキースの手を取った。

 

「キースさん! 簡単で、命の危険がなくて、お金が沢山貰える仕事をちょーだい!」

「そんな仕事はない。ないと、言いたいんだが……な」

 

 都合の良い事に、そんな仕事が今日舞い込んでいる。

 キースはカメラを取り出した。

 

「視察目的で撮影してくれって依頼が来たぞ。こいつを持って行ってある場所を撮るだけでいい。それだけで一枚でも5000gold、追加もガンガン出すそうだ」

「えっ!? 大金じゃない! 受ける受ける受ける!」

「ただし、その場所は翔竜山。お前も知っているように、魔物界の森を抜けた魔王城のある山だ」

「今の無し! 受けない受けない受けない! 死ぬ死ぬ死ぬ!」

 

 目を輝かせたり、バッテンマークを作ったり、動作の激しい少女だ。ただし、キースがバーバラに推す理由も一応存在する。

 

「まあ聞け。魔王配下の魔物は美女、美少女なら殺さないように厳命されているそうだ。むしろ野良魔物に襲われていたら『保護』しろだとか。つまり命は安全だ」

 

 魔王ランスは女好きで、キースはその性格を知っている。

 攫った女は全て逃がしているし、可愛い子限定で、翔竜山は魔物界で唯一安全な場所と言えた。

 

「で、でも、そんな曖昧な基準に私が入るかどうか分からないでしょ?」

 

 体を縮こませて不安を零すバーバラに、キースは苦笑で答えた。

 

「はっ、お前さんなら大丈夫だよ」

 

 バーバラが美少女ではないという扱いは、ありえない。

 整った顔立ちに薄く青い空色の瞳。肩までかかる金髪は美しく輝き、見る者の目を引く。

 傷んだ冒険者服を纏っていようが、バーバラという宝石の輝きは誤魔化せない。

 もし、キースが彼女の長所は何かと問われれば、現時点ではその美貌ぐらいだと答えるだろう。その程度には他の長所に比べて分かりやすく、卓越していた。

 

(特にランスには、な……)

 

 ランスは可愛い女が好きだった。それも笑顔が可愛い女が好きだ。冒険者時代のランスがこの場にいるのならば、遮二無二バーバラをモノにしようとするだろう。

 今は不安そうに顔を暗くしているが、元来能天気の部類で笑顔をすぐに見せてくれる。まず気に入るという確信が、キースにはあった。

 

「それで、その、結局、『保護』されると……」

「犯されるだろうな。それはもう」

「うううううう……何も変わらないじゃない。つまり、魔王に犯されてでも達成しろって任務じゃないの!?」

 

 ギルドマスターが勧める仕事なのかという責めに対しても、キースは意に介さない。

 

「かもしれんな。だが、稼ぎの良い仕事は命を賭けるもんだ。貞操を賭けるだけで済むなら、まだ安いもんだぞ。そしてお前が言ったような都合の良さそうな仕事は、これだけだ」

 

 次に取り出す書類はありきたりで、バーバラが苦手としているものばかり。

 

「他に回せそうな仕事は蜂の巣の駆除か汚染地帯の除去。あと、荷駄の護衛か魔物退治があるな」

「うっ……」

 

 バーバラの前に、選択肢が用意されていく。

 キツく、地道で、稼ぎの少ない下働きか、自分が避けていた仕事。

 そして失敗すれば、犯される冒険。

 金は少ない。受けなければここで暮らせなくなる。

 

「どんな仕事にも一長一短あるもんだ。バーバラはどうしたいんだ?」

 

 キースは何枚もの依頼を机に広げて、いつものように選択を迫った。

 

「ううん……ちょ、ちょっと待って。考えさせて」

 

 バーバラはソファーに戻って、頭を抱えてウンウン唸り始めた。

 キースが見る限り、バーバラは戦闘以外ダメダメだ。器用ではないし、注意深さもない。楽天的な思考がそのままミスへと繋がっている。借金とツケが嵩むばかりになると本人も悟っただろう。

 されど戦闘系の仕事は最初の失敗で臆病になり、避けている。彼女は今、詰んでいた。

 

(さーて、どういう答えを出すかな?)

 

 そして、ここが殻の割りどころだった。

 

「うーん……あっ、これなら……!」

 

 何かを思いついたか、バーバラは手を叩いた。晴れ晴れとした表情で机に向かっていく。

 

「決めたわ。これで!」

 

 そう言って、少女が引き抜いた任務は、翔竜山撮影。

 最も危険な仕事を、バーバラは選んだ。

 

「…………お前さんがそっちを取るとは思ってなかったよ」

 

 実際のところ、キースは最初の仕事を任せる気があまりなかった。

 あれは見せ札で、比較的マシな戦闘系の仕事を請けさせる為の依頼だ。魔王に生贄を捧げてまで金を欲しがるほど耄碌していない。

 

「ふふふ……私には秘策があるのよ。私にしか出来ない秘策がねー」

 

 今までの悩みが嘘だったかのように、バーバラは不敵に笑った。

 

「そうかい、そうかい。ちなみにどうやって行くつもりだ? それまでの旅費はどうするんだ?」

「うっ」

 

 カメラを取った少女は、固まった。

 それを見たキースは笑みを深くして、懐からコインを取り出してバーバラに握らせる。

 

「500goldありゃ十分だろ。高速うし車も手配してやるよ。三時間後に出る俺の便に乗る許可証も書いてやる。どっちだ?」

 

 どっちだとはゼスかヘルマンの事だ。

 この大陸は西側が魔物界、中央北がヘルマン、中央南はゼス、東部北はリーザス、東部南は自由都市地帯とjapan、というように国家が分かれている。

 世界の中心にある翔竜山に行こうと思ったら、ゼスかヘルマンに行く必要があった。

 

「西ヘルマンのランク・バウに……」

「あいよ。お前さんの故郷の方だよな」

 

 キースは一つの印紙にサインを加えて、バーバラに渡した。

 キースギルドは高速うし車の便もやっているが、まだお気軽に安くとは言えない。

 さらに、渡された額もこれまでの糊口を凌ぐ生活費とは違う。ある程度の活動資金であった。

 

「……いいの? 旅費までまとめて握らせて」

「長くやってりゃ見分けはつく。お前はまだ若いんだから、多少は楽しんでいけ」

「キースさん……」

 

 胸に両手を添えたバーバラの肩を、キースは強く叩く。

 

「ツケに決まってるだろ。野垂れ死にされたら回収出来んから必要投資だ。踏み倒すなよ」

「う、うん。ありがとう! それじゃあ行ってきます!」

 

 春の陽気のような笑顔を咲かせて。

 バーバラはキースギルドを出て行った。

 長距離遠征となれば、必要なものは色々出る。携帯食、水、装備の手入れ……CITYの街並みの中で、自分の出来る準備を進めていく。

 ただ、その中でバーバラの心にあるのは秘策の事ばかり。よりもっと踏み込むならば、コネだ。

 バーバラにはコネがある。魔王軍に顔が効き、安全に魔王城に行く手段を持ちながら、人類で働いている女性と知己だった。彼女に会えると思うと、心が躍る。

 

「ペルエレねーさん、元気かな。元気だよね、ふふっ…………」

 

 うし車に向かうバーバラの足取りは、とても軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 一日後、大陸中央部、国際共同都市シャングリラ。

 広大なキナニ砂漠の中心にあるオアシスの都市は、交易都市として栄えていた。アウトバーンという整備された道が各国に伸び、円滑な行き来を可能としている。

 うし車による各国への高速便はここを通る事が多い。バーバラも例外ではなく、この都市に到着していた。

 砂漠の便は夜に出る為、日が昇っている間は観光する時間がある。

 この都市の特徴は強い日差しと乾いた空気、それよりも熱気のある商人達……だけではない。

 

「いらっしゃーい、安いよ安いよー! そこの嬢ちゃんもどうだい?」

「いや、あんまり無駄遣い出来ないからごめんね」

「ちぇっ」

 

 今声をかけて来た商人は、バーバラの半身より小さい亜人種族、ポピンズ。

 身長60cm程度で成人の、小手先が器用な種族。

 

「うわ、この団子高ッ!? 買う人いないでしょ」

「これが結構需要あるんだよ。ほら今も」

「買うぞ、これで文句ないな。ヌヌヌ」

 

 バーバラの横を押し退けて、長身のバッタが団子に三桁の金を出した。

 宇宙から来たと言われる外骨格を持つ亜人種族、ホルス。

 

「毎度ありー」

 

 そしてその金を二本の触手を使って集める魔物、イカマン。

 

「最後の一個ですよー、いかがですかー?」

 

 声をかけて来たのは、額にクリスタルがある女しかいない亜人種族、カラー。

 

「あ、コロッケ屋、この価格ならいいかな。これください」

「ありがとうございまーす」

 

 バーバラは揚げたてのコロッケを受け取り、口に含んで周囲を改めて見回す。

 

「……ほんと、凄いなあ」

 

 これが、シャングリラ。異国情緒の中に、ありったけのファンタジーが詰まっている。

 人も魔物も亜人も問わずに、ありとあらゆる種族が平和に過ごしている都市であった。

 バーバラにとってこの都市は、好ましいほどに騒がしく、何を見ても飽きない。

 魔物兵が荷物を運び、人間に対して礼儀正しく頭を下げている。カラーと人間が仲睦まじく腕を組み、買い物をしている。ツインテールの少女がやかましく喚き、カラーに食ってかかって憲兵を呼ばれている。

 常にどこかに喧騒があり、笑顔がある。つられて頬が緩むのも仕方がない。

 角を曲がって大通りに出ると、また一つ。

 

「長田君、ありがとー! お別れするの寂しいよー! 寂しいよー!」

「うわーーーん、俺もーーー! ナギさーん! びえーーん!」

「うぅ……お姉ちゃんだって我慢してるのにぃ……」

 

 魔法使い、ハニー、カラーの幼子。ポピンズに大男、バーバラぐらいの少女まで。

 皆が別れを惜しみ、中には抱き合い、感極まって泣き出している者もいた。

 ただ、只者ではない。手に持つ武器が、纏う気配が常人とは違う。大男はこんな時でも周囲に目を配るのを忘れない。

 

「冒険の解散、なのかな?」

 

 この街の中でも、一際深く印象に残る集団だった。輝きが、他とは違う。

 

「う、ううううう…………やだやだやだー! ボクはもうお姉ちゃんとここでずっと暮らすー!」

 

 そんな中で、茶髪の少女がカラーの幼女に熱烈に抱き着いた。

 

「にゃにゃにゃにゃあー!? エールちゃん、気持ちは分かるけど落ち着いて。お母さんに顔見せに行くんでしょ?」

「それならボクと一緒に母さんのところまで行こ? お姉ちゃんの無い生活なんて考えられない。死んじゃう」

 

 少女はカラーの女の子を抱きしめたまま持ち上げると、物凄い速さで一団から離れて、バーバラの横を駆け抜けた。

 

「あっ、あっ、あっ、力強い! 連れ去れられるー!」

「エールを止めないと! せっかくの雰囲気がぶち壊しだよ、もー!」

 

 エールと呼ばれた少女を追うべく、一団も次々と追いかける。

 これまでで最も騒がしく、だからこそ心から冒険を楽しんできたと分かるパーティだった。

 

「……いいなあ。ああいうの」

 

 あの姿は冒険者としてのバーバラの理想だ。いつかやってみたい。楽しく、騒がしく、心が暖かくなるような日々を過ごしたい。

 ただ、それは今ではない。

 

(あの子、レディチャレンジャーだったなー)

 

 バーバラは自分の体に目を落とし、傷んだ自分の服を引っ張る。役目は果たしているが、大した防御力は期待できない配布品。これをまだ買い替えられていない。

 エールは女性冒険者憧れの高級品。それに対して自分は初期装備の安価なもの。

 持ち得る実力も、装備もかけ離れている。見た目だけでも劣らないのは、母から贈られた膝丈のスカートぐらいだった。

 あの手の冒険者になるのは、ツケを完済し、まともな冒険者となってお金に困らなくなってからだ。楽しさを追い求めるのは贅沢過ぎる。

 バーバラは駆け出し冒険者だ。稼がねばならない。

 未だ何も持たない手に視線を落とし、握り締める。目指す姿を見れたのは幸運だったと考えて、前を向いた。

 

「よーし、がんばろーっと!」

 

 この上なく幸せな旅の終わりの陰で、バーバラの冒険が始まっていた。

 




エール・モフス lv302
 この世界の3人の主人公の一人、ベストフレンドは長田君(1日3破砕)。
 原作基準過激派悪戯っ子、自分だけのエールちゃん。第三者視点でご登場。
 根は突き詰めると良い子だが、身内以外にはあまり容赦しない。
 リセットに関しては性格が壊れる。
 

 ランスロス末期、愛と禁断症状が我慢出来なくなってついに投稿。
 ランスシリーズについて語りたい。


 リブート版。


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秘書は使徒

 振動が止まり、慌ただしい動きの音が耳朶(じだ)を打つ。

 何度目かの停泊は、くたびれた荷物と化したバーバラには届かなかった。蹲ったまま、顔を上げる事がない。

 

「おいっ!」

「ふぎゃあっ!?」

 

 バーバラはなんの前触れもなく頭を叩かれた。目を白黒させて、目の前の男に焦点を合わせる。

 

「な、な、何……!?」

「ランク・バウに着いたぞ。いつまで寝てんだ!」

「あ……ご、ごめんなさい」

 

 転がるようにバーバラはうし車から出る。すっかり固まった体をほぐしつつ、前を向くと目の前にあるのは停泊所と、大門だった。

 うし車で揺れること数日、西ヘルマン共和国首都ランク・バウに到着していた。

 本日も日の差さない曇天。暦の上では夏なのに、吹く風はどこか冷たさがある。ヘルマン特有の気候は観光的にも不人気であり、降りる人間は少ない。

 それでもバーバラがこの言葉を零すのは、人情だろう。

 

「……久しぶり、ただいま」

 

 半年ぶりとなる帰国は、予想以上に嬉しかったらしい。バーバラの歩調はスキップするように踊っていた。

 大門をくぐり、城下街で買い求めるはヘルマンパン。他国民には石か岩と評され、杭を打てる程の固形物をがぶりと噛み、歯形をつける。

 

「うーん、朝食はやっぱりこれだよね」

 

 噛む噛む噛む、噛み砕く。バーバラとしては、これぐらいじゃないとパンを食べてる気がしない。ヘルマン人は人間じゃないと評される国民性を存分に発揮していた。

 咀嚼音を頭の目覚ましにしつつ、バーバラはランク・バウ本城へと向かう。

 広い橋を進めば見えてくる。ヘルマンの象徴色である黒く巨大な本城。西ヘルマン首脳陣が本拠とする司令部である。

 民主主義国家となり、広く開かれた西ヘルマンは入り口までなら自由通行となっている。逆に、ここから先は用件があるものでなければ通れない。

 入口にいるヘルマン兵がバーバラを見下ろして、堅い声を発した。

 

「ここより先は身分と目的を告げて頂きます。何か御用ですか?」

 

 バーバラは鞄の中から手袋とギルドカードを取り出して、ヘルマン兵に提示する。

 

「冒険者のバーバラです。大統領秘書のペルエレに会いに来ました。ねーさんに会いに来たと伝えてくれれば、分かると思います」

「これは……ああ、成程」

 

 兵士の目の前に提示されたのは、ヘルマン帝室の刺繍が入った手袋だった。

 今から17年前、ヘルマンは帝国制であった。この手袋は、帝室内で働く侍従だけが付けるのを許されたものだ。

 今は革命が起きて民主主義に切り替わったため、帝室は解体され、侍従は存在しない。別の形で働く、ただ一人を除いて。

 

「了解致しました。来客室にご案内します。そちらで少々お待ちください」

「は、はい」

 

 そう言われて、バーバラは豪勢な一室に案内された。

 自室には有り得ない高価な調度品や外を眺めるなど時間を潰していると、程なくして目当ての人が扉を開けて現れる。

 ヘルマン共和国大統領秘書、ペルエレ・カレット。15年以上もの間ヘルマンの中心で働いている――メイド服姿の、少女だ。

 

「…………バーバラ、あんた」

 

 憮然とした表情で何かを言おうするペルエレ。だがしかし、

 

「ねーさん!」

「わぷっ!」

 

 バーバラが抱き着いて、次に発する言葉を遮られた。

 

「ねーさん、ねーさん、ねーさん! ひっさしぶりー!!」

「ちょっ……このっ……」

「あ、また丈の差が縮まったー! もう全くないよね? 嬉しいなー!」

 

 懐いたわんわんの如く、頬ずりをしたり抱き着いたりして纏わりつく。

 

「離れろー!」

「離れなーい! わーい!」

 

 この時のバーバラの精神年齢は、一桁になっていたのではないか。

 半年間の独り暮らし、慣れない都会、失敗ばかりの冒険者稼業。全ての緊張の糸を切り離して、ペルエレに甘えている。心安らぐ身内との出会いは、年頃の少女にとっては何よりも嬉しかった。

 

「いやー、冒険者って大変で大変で……寂しかったよー! ふぎゃっ!?」

 

 ペルエレはバーバラの頬を両手でつねった。そのまま縦横斜め、縦横斜めに揺さぶる。

 

「ひたた……ふぇーさん、ふぁにするろぉ!?」

「勝手に冒険者になっておいて、よく言えたものね」

 

 ペルエレは溜息を一つ吐くと、バーバラの腕からするりと抜けてソファに体を預ける。

 

「ま、別にあんた達がどーなろうと私の知った事じゃないんだけどさ。なんかムカつくから、文句だけは最初に言いたかった。そんだけ」

 

 バーバラは誰に対して相談もせずに冒険者となった。急に雲隠れして、後から手紙一つで伝えて来るような小娘相手には、これでも十分優しい対応と言えるだろう。

 ペルエレの返信では素っ気なかったが、手紙が届いたという時点で、やはり心配はさせていた。

 

「う……ごめんなさい、ねーさん」

「あんたと私は知り合いという程度で、あんたの未来を決める気はないから。冒険者になるのも、早死にするのも好きにしたらー?」

「死ぬ気はさらさらないよ! ねーさんが言ってたように、危ない仕事は請けてないし大丈夫!」

 

 声のトーンを上げるバーバラに、ジト目で見つめるペルエレ。

 

「……いつまで私の事ねーさんって呼ぶわけ? 実の姉妹でもないのに」

「ねーさんはねーさんだから。いつまでも!」

 

 バーバラが浮かべた笑顔は、一生呼び方を変える気がないと確信させるものだった。

 

「ああ……面倒な奴に懐かれたなぁ……ああでも、おばさん言われるよりマシか」

 

 15年間もヘルマンにいれば奇縁が生まれる。鬼畜王戦争の頃に知り合った子供は成長して――ペルエレから見ると、ほとんど精神の成長が無いままに姉と呼んで慕ってくる。

 一方バーバラから見れば、ペルエレは理想の女性らしい。

 同じ平民出身でありながらの立身出世、それでも自分に対するこのフランクさ。彼女のような人間になりたくてバーバラは家を飛び出した。

 

「ねーさんをおばさんって呼ぶ人いるの? あり得ないでしょ」

「30超えてるから言われても仕方ないわよ。私も周りを見ないと実感が沸かないけど」

 

 そう語るペルエレの見た目は、実年齢に比して若すぎる。

 肌も瑞々しく張りがあり、骨格はまだ成長の余地を残しているだろう。すっかり世間ズレして、やさぐれた目を除けば、バーバラとそう年の差がないように見えた。

 理由は唯一つ、ペルエレ・カレットは人間を辞めているからだ。

 魔人から血を貰った人類の敵――――使徒だ。使徒には永遠の命がある。

 

(あれからもう、15年かあ……)

 

 自分の年齢を口に出したせいか、他愛ない世間話の傍らであの時の事が脳裏を霞める。

 第二次魔人戦争、人類が魔物に蹂躙され、滅亡一歩手前まで追い込まれた未曾有の危機。

 ヘルマンもまた、地獄のような惨状だった。人は焼かれ、村は大山のような存在に踏み躙られ、将軍は理性を失った化け物と化す。

 逃げたくてもどこへ逃げればいいのか分からない状況下で、最悪な任務が回って来たのだ。

 魔人四天王ケッセルリンクの城に潜入して、信用を得て裏切り、他の使徒を黙らせろ。

 

『危険に多少慣れてて、死んでも気にならないから』

 

 そんなふざけた理由で白羽の矢が立ち、ヤケクソ気味に実行したら、なんと出来てしまった。

 何故かケッセルリンクはペルエレを酷く気に入った。保護してから数日で、ペルエレに自分の血を分け与え、使徒にしてしまった。

 その後の裏切りもつつがなく成功し、ケッセルリンクは討たれ、戦争も勝利で終わり――残ったのは、永遠の命と使徒としての力。

 こうしてペルエレは、悪夢のような任務から、夢のような成功を手に入れた。

 戦争終結時はそりゃもう喜んだ。飛び上がらんばかりに喜んだ。だが――――

 

「……ねーさん?」

「ん、はいはいそーね。ちゃんと聞いてるわよ」

 

 バーバラの声色が、訝しむものになった。生返事な受け答えが続けばそうなるかと、ペルエレの意識が引き戻される。

 

「世間話は置いといて、何しに来たのよ。こっちに来るなんて初めてじゃない」

 

 連絡用の手段は渡していたものの、バーバラが実際に来る事は無かった。それが家出娘となった今になって訪ねて来ている。つまり、余程の用事だ。

 

「金なら貸さないわよ。どんな話だろうとあんたにはビタ一文出さない」

「違う違う、持ってきたのは儲け話。5000goldが確実に手に入る仕事を請けたのよ」

「さっさと詳しく話を聞かせなさい。私の取り分は高いわよー!」

 

 ペルエレは心底どうでもいいような表情を脱ぎ捨て、前のめりになった。

 現金でわかりやすい態度が可笑しくて、バーバラも笑みが零れる。

 

「翔竜山を撮ってこいって任務があったの。世界一の危険地帯だけど、使徒のねーさんと一緒なら大丈夫でしょ?」

「あー、そっちの方か」

 

 そう言われて、一気にペルエレの目が濁った。

 彼女は現在、二つの職業を掛け持ちしている。一つは大統領秘書、そしてもう一つは魔王城のメイドだ。前者も楽な仕事ではないが、後者は人権が存在しない。

 慰安婦と労役を強制される日々は、使徒になった事を後悔するには十分過ぎた。今では魔王絡みの話題が出るだけで陰鬱な気分になる。

 

「ねーさんと一緒について行って、入り口でパシャッっと写真撮って、それで帰れば5000gold! どうかな。なかなかいい作戦だと思うんだけど」

「残念ながら大外れ、魔王(アイツ)がそんな甘いわけないない。正気でも狂気でも容赦無しでしょうね」

 

 魔王は身内だから優しいという事はない。普段のペルエレなら却下するところだった。

 だが、今は事情が違う。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「……でもまあ、タイミングはいいのよね。肝心要の魔王はどこかへと雲隠れしてる。私もそろそろ行こうと思ってたし、ついて来るぐらいならいいわよ」

「やったー!」

「た、だ、し!」

 

 ペルエレは万歳したバーバラの肩を掴んで、目に力を込めた。

 

「あんたは私に絶対服従! これから言う事を守ると誓って! でないとあんたじゃなくて私が死ぬから!」

「う、うん……」

 

 ペルエレの青ざめた表情に押されて、バーバラも頷く。

 そこから次々と上がる注意事項に対して、バーバラは同意を一々求められた。

 

「絶対に騒ぎを起こさない。魔王軍の魔物と戦わない。魔物のいるところではカメラを使わない……」

「誓います、誓います、誓います……」

「……魔王に出くわしても文句を言わない。私の報酬は3000goldからで」

「誓います。誓います…………あれ?」

 

 バーバラは最後の条件を同意した直後に、ペルエレがニヤリと笑ったのを見て、

 

「……あーっ! 勝手に報酬決めないでよ。それって半分以上でしょ!」

「とーぜん私がいなきゃ出来ないんだから、持っていくに決まってるじゃない」

「だとしても、少しは交渉の余地ってものが……」

「一切聞かないわよー♪ 私は一ヶ月後でも二ヶ月後でもいいからねー♪」

「うっ…………」

 

 譲歩する気一切皆無の、したり顔であった。

 秘策はペルエレがいなければ成立しない以上、勝ち目がない。バーバラは何も言えずに、がくりと頭を垂らした。

 

「いやー、魔王城に行くのは毎年恒例の罰ゲームなんだけどさ、これで少しはお金稼げるだけマシね。あ、魔物相手に死んだら自己責任だから精々気を引き締めなさい」

 

 屈託なく笑うペルエレはいつもと同じように、自然体だった。俗物的で、臆病なところがあり、とても長い間大国の中核を支えた人間とは思えない。目線や感覚が庶民のものだった。

 だからこそバーバラは『自分でもなれるのではないか』と親近感を覚えてしまう。

 

(……ほんっと、敵わないなあ)

 

 ペルエレ以外ならば明確に不満を表しただろうが、今は苦笑を浮かべるばかりだった。

 バーバラにとってペルエレは姉のような存在であり、目標であり、憧れだ。彼女と一緒に冒険が出来る事に、心が躍る。

 

「それなら丸投げしちゃう。これからどうするか全部決めてね、私は荷物でいいや」

「いや、それ冒険者としてどうなのよ……」

「取り分多く取るんだったら、その分完璧な仕事をしてくれるんだろーなって」

「あんた、絶対大成しないわ」

 

 2人は軽口を叩き合いながら、旅の行程を決めていく。

 目指すは翔竜山。魔王の膝元であり、世界最高峰に二人は向かう。




ペルエレ・カレット
 ヘルマン大統領、シーラ・ヘルマンの秘書。
 使徒化はケッセルリンク討伐時に選択可能な未来の一つ。
 4カ国生存していると、使徒ペルエレは人類側につくことでケッセルリンク討伐への道が開ける。
 ペルエレを使徒にしないルートは、ゲーム内で時間がかかる事と、ケッセルメイドが全滅するという違いがある。
 ケッセルリンクが死ぬ間際にペルエレに頼んだのは、自分のメイド達が後追いで死なないよう止める事だった。
 7人の使徒は彼女の勧告に従い、現在はアメージング城のメイドをしている。
 彼女達の主の復活まで、あと85年という言葉を信じて。

絶対命令権
 魔王が魔人、使徒、魔物に対して所持する権利。
 『死ね』と言われれば死ななければならない。本人の意思は関係なく、肉体の方を無理やり従わせる力。不可能を可能にするようなものではなく、命令が不可能であれば解除されるようだ。
 魔物や魔人の反乱など、絶対命令権がある以上不可能である。しかし、魔王ランス期ではいずれも発生している。魔王ランスはそもそも使わない傾向があると伺える。
 この権利により、魔王は存在するだけで全魔物3億の絶対君主である。

 再編集版。
 これ以降、未再編集で筆力が一時的に大きく落ちます。
 読み辛くなるだけで展開的には同じになります。初見の方には申し訳ない。
 わざわざ比較で見に来た方にもごめんなさい。編集前(の酷い出来)はチラ裏の外伝に乗せてあります。


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翔竜山① 登山

 バーバラ達は翔竜山の麓近くまで来て、高級うし車を降りる。

 

「ありがとうございました。とっても快適でした」

「はいお疲れ様、帰りもよろしくー」

「はっ、ペルエレ様のお帰りをお待ちしております!」

 

 うし車の御者に敬礼で見送られ、バーバラ達はカメラを片手に翔竜山を登りだした。

 

「なんか、妙にかしこまってたね。魔物兵の御者さん」

「使徒だからかね……魔物からは魔王軍側に見られてるのよ」

「……それでも、慕われてるのは羨ましいな」

 

 冒険者として飛び出したものの、失敗続きのバーバラは誰かに褒められるという事がほとんど無い。年頃の少女としては、多少の寂しさがあった。

 

「魔物からの尊敬って、ありがた迷惑だから。逆に人間からは散々疑われてるし居心地悪いのよ。言う事聞いてくれるのは助かるけど」

「西ヘルマンの魔物はねーさんがまとめてるってこと?」

「まぁ、そういう事になるのかな……話聞くだけよ」

 

 鬼畜王戦争後に和平を取りなしていたペルエレは、西ヘルマンの多くの魔物に感謝されている。 人間からの支持率が高いシーラと、魔物からの信頼が厚いペルエレ。二人がいるからこそ、鬼畜王戦争から僅か数年で魔物との共存が可能な国となっていた。

 

 他愛のない話をするうちに、大した障害もないまま二人は標高500地点の小屋まで到着する。バーバラの任務における『5000goldの値打ちがつく一枚』とは、この麓の小屋の写真を撮るのが指定だった。

 

「……うん、よく撮れてる。これでとりあえず依頼達成!」

 

 久しぶりの任務の成功に、高揚してハイタッチを求めるように手を伸ばす。

 

「これで5000gold獲得だよ。やったね!」

「3000goldゲットォ! イエーイ!」

「…………イエーイ」

(……これ、ボロいけどまだまだ稼いでいかないといけないなー)

 

 及び腰だったが、蓋を開けてみれば楽勝。肩透かし。魔物も避ける事に苦労しない。山を熟知している案内人も傍にいて、バーバラは安心しきっていた。魔物を避けるのも、いち早く察知したペルエレが無理なく遭遇しないように誘導する。

 山道を登り続けて一時間、やがて標高1000の看板に到着し、呑気に記念撮影まで始めていた。

 

「はい笑ってー、撮るよー」

「……私いるとマズいんじゃない? スパイの現行犯バレるとか勘弁なんだけど」

「これは私とねーさんの記念用。外には漏らさないプライベートにするから」

「完全に観光気分ね……」

 

 だらしなく頬が緩んでいる少女は、ここが世界一の危険地帯という意識が低くなっている。しかし、これも仕方がない。今日の翔竜山は日差しも柔らかく、絶好の登山日和。魔王がいなかった15年前の暖かさを取り戻していた。

 

「このままこんな感じだといいねー」

「まあ、概ねこのまま登頂するだけなんだけ、ど……この先魔物多みたいだし、ちょっと迂回するわよ」

 

 標高1000を超えたあたりから、周辺の雰囲気が変わった。

 先を見ると、山道には明らかに普段より魔物の数が多かった。本来いないサイクロナイトや、とかげ男などがおり、中にはバルキリーが魔物を率いているものまで確認できる。

 

「…………なにこれ? 翔竜山って、このあたりからこんなに魔物がいるの?」

「いやそれはない。むしろ低層は多少の知能がある魔物は逃げてるから少ない方なんだけど、これはおかしい……」

 

 遭遇をしないように、身を隠しつつ遠回りで迂回しても、また魔物の群れがいる。ほぼ全ての山道に様々な魔物がおり、一様に上を目指していた。

 

「…………帰ろっか。なんか変だし面倒臭そう」

「え、せっかく来たのにもう!? ケチつけられそうな気がする」

「危ない時、変な時はとっとと逃げましょ。そいつらの写真撮っとけば異常って事で高値がつくだろうし」

「ねーさんはいいの? 城に行くんじゃないの?」

「こんなのやってられるかって元々思ってたし、それよりあんたの3000goldの方が欲しい」

「……そうだね。惜しいけどさっさと帰っちゃおうか」

 

 未練はあるものの、命あっての物種。いくらかの写真を遠まきに収めつつ、バーバラ達は早々に登山を切り上げて今来た道を戻り始めた。

 

 

 

 

 下山に切り替えて程なくして、使徒の鋭敏な耳目はいち早く異常の原因を発見する。

 夥しい数の魔物兵が、自分達が通っていた山道の入り口に集結しつつあった。基本兵種の魔物兵や隊長だけではなく、デカント、魔素漢、そして複数の魔物将軍。拠点攻略の能力を揃えた制圧目的の魔軍が、展開を始めていた。

 

「うげっ、これはもう下山出来ない……さっきまで私達がいた道が魔軍に抑えられてる……」

「うぇぇ!?魔軍って、軍隊がなんでここに来てるの!?」

「知るわけないでしょ。とりあえず便衣兵がこっち来てる、隠れるわよ!」

 

 ペルエレは相方を引っ張り横道に隠れて、便衣兵をやりすごす。魔物兵の中で最も華奢で軽装な魔物兵達は、迷いのない足取りで素早く上へ登って行った。

 

「……行ったね」

「来るんじゃなかったぁ……あのクソ魔王共みんな滅んで無くなれー!」

「どうしたの? 今のはただの斥候だと思うけど……」

「便衣兵が迷わず上に行くって事は、上と麓の魔物達はグル! 私達は相手の軍隊に挟まれたの!」

 

 魔物スーツ兵として最弱の便衣兵は、斥候、伝令等で多用される。斥候目的であったのならば、通常の魔物兵では時間がかかったり、狭くて行き辛いところの探索をするはずだ。今回は迷いがない。よって、伝令する相手がいる。ペルエレの推察通り、上の魔物達はスーツを着ていないだけの先行戦力だった。

 

「えーとつまり、私達はどこにも行けなくなってる?」

「なお悪いわ! このまま時間が経ったら、準備を整えた魔軍がこっちに来る。そうなったら見つかって死ぬしかないぃ……」

「ま、魔王軍所属希望の志願者が団体で来たとかないかな……?」

「ないない。さっきの魔物兵の右腕の刻印からしてオルブライト派、魔物界最大勢力よ……」

 

 魔物界の魔物兵は、群雄割拠になって以降、魔物兵同士で争う事になったが、見分けがつかなくなった。そのため、敵味方の識別として刻印で勢力を誇示し合うようになっていた。

 魔物界の勢力図は、ここ数年の勢力拡大が著しいオルブライト派、魔物界南部を支配下にしているハウツーモン派などが大勢力であり、その他大小20近い勢力、自治集団が存在する。二大勢力はどちらも、人間は下等生物の玩具という認識であり、人類にとっての脅威と言えるだろう。

 

「オルブライト派に捕まったら死ぬより悪い未来しかない。捕まった人間は全員嬲り殺しだもの」

「うぇぇ……どうにか出来ないのかな」

「上に行けばこっちも魔王軍がいるから、頼りになる魔人様達が追い返してくれる、はず」

「でも、さっきの山道どこにいっても魔物だらけだし、抜けるの無理じゃない?」

「そう、そこよ……だからこの仕事は嫌なのよ! 使徒になんてなるんじゃなかったー! 魔軍に捕まってダルマ性処理はいやー!」

 

 頭を抱えてうずくまり、長年のストレスと不平不満をぶちまける。嫌な事があった時の彼女のクセなのだが、バーバラにとっては頼りの命綱が切れているように見えて、生きた心地がしなくなってくる。

 言葉も発せずに真っ青になった相方を見て、ようやく心の平穏を取り戻し、硬くスカートを握り締めたバーバラの手を解きほぐして引っ張った。

 

「ま、どうにかならんでもないからついてきなさい」

「う、うん……」

「へーきへーき、この手のピンチを何度も潜り抜けてきた私に任せて。ダメならダメだけど」

 

 二人は手を握り締め、山道から、より外れたところへと歩き始めた。

 

 

 

 

 主要な道から外れ、より細道へ。崖へ崖へというように足場の不安定な場所へ。やがて道の行き止まり、少し開けた、崖と岩しかない断崖地帯に辿り着いた。

 

「何にもないよ?」

「ここからクライミングするの。標高1000のこのポイントから3000近くまで。ここならわかりづらいしまだ登りやすい。ヘルマン山岳部隊が開拓したルートよ」

「……残り全部、この落ちたら死にそうなところで、登り切るの?」

「他に選択肢はないからね。前にもやった事あるし私一人なら平気なんだけど」

 

 ペルエレの差し示した崖には、多少の窪みと、せり出した岩々が点在していた。確かに、足がかりにしての登頂は不可能ではない。だが、手を滑らせた場合は肉塊になる。これを2000近くもの距離を登頂するのかと、気が遠くなる。

 

「時間制限あるから急ぐわよ、飛行魔物兵が上がったら狙い撃ちだから。はい、ロープ」

「……これを本当にやったの?」

「カミーラとか、魔王討伐隊に攻められた時とか、これで3回目。じゃあ、ポイントごとに引っ張っていくからついてきて」

 

 そう言ってペルエレは崖に取りつき、登攀をし始めた。

 

「ほいっと、ほい、ほい、えいやっと……」

「うわっ……速い速い速い。もうあんなところに……」

 

 自身の体重などないが如く、軽業師のように登っていく。片手だけで、一つの岩場から次の岩場へ。技術や熟練と言ったものではなく、ただ身体能力に任せて飛びついているだけだが、人間とは次元の違う動きを見せていた。ほどなくして大きめの岩場に辿りつき、ロープを垂らして、登っておいでと促してくる。

 ペルエレの細腕で支えられたロープを頼りに、崖を合わせて登っていく。重労働だが、そこは駆け出しでも冒険者。スムーズな動きで100mはあろうかという登頂を危なげなく、時間を多少かけながらペルエレのところまで向かっていく。

 

(……さっきねーさんが手をつけてたとこ、抉れてるんだけど)

 

 取っ掛かりがなかったから作ったらしい破砕の痕跡があちらこちらで存在した。抉るように、あるいはねじ込むように、大きな岩に細かい亀裂が走っている。なるほど、岩や石が自分の手足より脆ければ登るのに苦労はないのだろう。それにしたって規格外過ぎないか。

 使徒の圧倒的な身体能力を目の当たりにし、ペルエレのところまで辿り着くと、呆れと感謝が混じった愚痴が漏れ出てしまった。

 

「……やっぱり使徒なんだなぁ。ちょっと私には出来ないよ」

「いや、あんたも大概だから。前の私じゃ登れずに落ちるわ。引っ張る必要あまり感じられない速さで登るか」

 

 多くの――才能限界一桁の人間から見れば、どちらも人の範囲を逸脱している。レベルによる身体能力の差は大きく、冒険者を職業として選択出来る時点で、バーバラもまた恵まれた才能を持つ人間だった。

 その後もペルエレが破砕しては落ち着けるところまで登り、バーバラがロープを頼りに昇っていく作業の繰り返し。急ぎつつも順調に、より高く、高いところまで上がっていく。数時間も繰り返していれば、雲海を遥か下に見る地点まで到達していた。

 

「凄い絶景……翔竜山しか見れない光景だね。標高どれくらい?」

「2500ってとこかな……思ったよりスムーズだし、相手も軍隊だからかペースも遅い。ほとんどの魔物の群れは抜けたわよ」

 

 少し開けた台地、一つの崖を登り切った中腹地点でペルエレ達は最後の休息を取っていた。

 これまでの苦労が報われる朗報に、バーバラは散々酷使した手足で伸びをして大の字で喜びを表現する。

 

「なんとかなりそうだね。でも、なんでわかるの?」

「使徒だから」

 

 一々説明するのが面倒という顔で、ペルエレはぞんざいに済ませ、崖から離れて山道へ向かう。

 

「え、え?ここ最後登れば安全地点だって言ってたよね」

「飛行魔物兵が上がりそう。しばらくしたら雲海抜けて来るから、クライミングはもうおしまい」

「雲海の下の状況どうやってわかるの!?」

「使徒だから」

 

 飛行魔物兵のプロペラ音、周囲の魔物達の気配、息遣い、足音。見分けのつかない小さな兆候を、使徒の耳目は正確に把握する。ペルエレには麓の魔物兵達の展開が、雲海を挟んでいてもつぶさに視認できていた。

 

「で、これからの事なんだけど、もう強行突破しかない。最後に難所が一つだけある。この上に陣取ってるハニー達」

「強行突破……」

 

 今まで戦いが避けられていた中での、不穏な言葉。遂に戦闘に突入するのか――

 手に汗が滲み、不安な心を打ち消す為に鞘に納めた剣を抜く。

 

「ここからは一本道。でも魔王軍の拠点のちょい手前をハニーが塞いでる。数はそこまで多くないけど……多分、とんでもないのがいる」

「……とんでもないの?」

「わかんない。でも、恐らく今は寝ている。私のカンではあんたが戦ったら死ぬ。少なくとも私じゃ守れない。……覚悟はしておいて」

 

 ペルエレも、今まで意識して余裕の態度を繕っていたが、最早ない。自分も命を賭けなければいけない時が来たと悟っていた。囲まれた事を悟った時点でバーバラを一人置いて、遮二無二登っていれば飛行兵が上がる前に退避が間に合っていただろう。しかし、ペルエレはそれをしなかった。

 

(ねーさんなんて、嫌な呼び方をするから。まったく……)

 

 感傷か、昔の記憶か。どうにも情が移ってしまった。とにもかくにも、やるしかない。

 バーバラ達は、一本道を周囲に気を配りながら進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 山道を登って暫く、遂にペルエレ達は最終関門に到達した。少し開けた山道の中腹、ここでも見えるハニー達、そこにぽつりと存在する横穴の洞窟。40匹程度のハニー達は土嚢を持ち込み、土をこね、めいめいにハニー達なりのぞんざいな設営をしていた。

 

「ぼっくたーちオルブライト軍最前線ー♪ 魔王軍を倒せー!」

「戦争ごっこだー! 勝つぞー! ハニ飯一年分!」

「……ここまで分かりやすいのが最前線担当って、魔物ってホント適当ね」

 

 一応、山肌に隠れて様子を見ていたが、その意味が一瞬で消えた。ハニー達はお遊び気分とノリで人を殺し、自分達の命も投げ捨てる。彼等には彼等なりのポリシーがあるらしいが、ペルエレには概ね頭のおかしい奴等しかいないと考えていた。

 

「……中心にダブル、その近くにレッド、後はブルーとグリーンぐらいか。これだけなら私でもなんとかなる。問題は洞窟の中の寝息を立てているモンスター。これにはどうにもならないから逃げるしかない」

「つまり一回当たって、駆け抜けてひたすら逃げるんだよね」

「そ。まぁちょいちょい細かい事あるからいくつか作戦詰めましょ」

 

 その後の逃げ道、段取り、逃げ切った後の魔王軍に対する説明など、事前にやれる事を尽くしていく。

 

「……こんなところか。後はもう突っ込むだけ。私のタイミングで行くから一拍遅れて入って来て」

「うん。私はほとんど駆け抜けるだけでいいの?」

「そうじゃないと私が逃げ遅れるから本気で走って」

「ね、ねーさん、気をつけてね……」

「楽勝よ、楽勝。いざとなったら切り札もあるし」

 

 そう言った後、ペルエレは隠れながら、ハニーの陣へと少しづつ近づいていく。

 

(ケッセルリンクの血、今回も頼むわよ……ホント、お願い……)

 

 貰った力でやれる事は増えた。でもそのせいで、面倒ごとばかりに巻き込まれる。この時だけは普段祈らない自分の主に祈っていた。

 使徒の性能を全力全開にした機動は、最早魔物ですら捉えられない。完全な断崖絶壁を這うように飛びつき、音を立てずに進んでいく。洞窟の岩肌を沿うように進み、目標のダブルハニーを見下ろす地点まで辿り着いた。

 

「ふぅ~っ……」

 

 大きく深呼吸を一回だけして、ペルエレは岩肌から飛び出し……ハニーの群れ、その中心に突っ込んだ。

 

「だらっしゃああああああああ!」

「あいやーっ!?」

 

 まず、中心にいたダブルハニーが自由落下の蹴りで粉々に割れた。落下の衝撃を意に介さず、轟音と共に土煙が舞う中でもペルエレは駆ける。そのままの勢いで、呆気に取られた近くのレッド達数体に疾駆し、殴りつけて砕く。

 

「て、敵襲だー!」

「こっち来たー!? あっ……」

「とっとと壊れろハニワ共ー!」

 

 拳が、脚が、技術のかけらもないただの徒手空拳が、必殺の威力を持ってハニー達を割り砕いて土くれに変えていく。奇襲のショックから立て直したハニー等もトライデントを突き刺したり、多少の反撃をしているのだが、頑健な肉体にあまり有効な傷を残せない。

 

「そーっと……ハニワ叩き!」

「ああんっ」

 

 バーバラも時折援護として、ペルエレに意識が逸れている後方から斬り割っているが、必要があまり感じられない壊しっぷりだ。

 1分と経たずに、40匹はいたハニーの群れの半分以上はただの破片と化した。

 

「こいつ手に負えないぞー! 先生だ! 先生を呼べ―!」

 

 残ったハニー達の一体が、洞窟の中へと駆け込んでいく。

 

「……ッチ、バーバラ。もう行くわよ! ヤバいのが起きる!」

「う、うん!」

 

 急ごしらえの拠点を駆け抜けて、ペルエレのところに追いすがる。最早二人はハニーに構う事なく、山道を駆け抜けていく。

 

「抜けようとしてるぞー! 止めろー、ハニーフラッシュ!」

「ああもう! 痛い痛い痛い!」

 

 全速力で駆け抜けるバーバラを庇うように、後ろでハニー達の攻撃を肩代わりしながら、それでも構わずに距離を稼ごうとするペルエレ。ハニー達の射程外にまでに来て振り向くと、目の端に問題の魔物が洞窟から出たのを捉えた。

 ゆらりと出て来たのは、桃色の短髪と尖り耳、眼鏡をかけた少女だった。

 何よりも特徴的なのは、二刀を持ちながら、更に二刀を腰に差している異様な和装。

 最上位種の一体、ありとあらゆる剣技を収めたという女の子モンスター。

 

「そ、ソードマスター!?」

「いけー! ハニワ殺しを殺せー! 先生やっちゃってくださーい!」

「冗談じゃない。全力で逃げるわよ!」

「ひぃーっ!」

 

 決死の逃避行が始まった。

 

「追ってくる! 剣4つも持ってるのに速いよおおお!」

「いいから黙って走って! 次左曲がって右!」

 

 全力でペースの配分を考えずに逃げ出す二人。一方で、ゆらり、ゆらりと不思議な歩法で進むソードマスターは、角を曲がる度に確実に距離を詰めていく。

 

(――でも行ける。これなら行ける! 間に合う!)

「そこ曲がったら橋! 登り切ったら魔王軍の領土!」

「ゴールだあああああ!」

 

 息も絶え絶えに、駆け抜け、駆け抜け、駆け抜け……二人は木製の長い橋を渡り切った。

 そこで、ソードマスターは橋の手前に辿り着いた。

 

「ぜーっ……ぜーっ……ぜーっ……」

「こ、ここからは魔王軍の領地よ! その橋を渡ろうとするなら敵対行為とみなすわ!」

「………………………」

 

 警告に対して、不敵に笑い、一歩一歩、ゆっくりと橋を渡っていく。元より敵対する気満々で攻めて来ている。ソードマスターにとっても、単身乗り込む事に躊躇はない。ハニーなど、最初からものの数に入っていない。

 しかし、それは想定内。ペルエレはにやりと笑って、事前の打ち合わせ通りの合図を出した。

 

「はっはぁー! やっちゃえバーバラ!」

「行くよ! 火爆破ぁ!」

「…………!」

 

 バーバラは火爆破を放った。目の前にいるソードマスター相手にではない。すぐ足元の橋に向けて。それに合わせて、ペルエレは伸ばした爪で欄干を叩き斬った。

 木製の橋は、メラメラと燃えて、燃えて、焼け落ちて……ソードマスターの足場を崩していく。

 

「剣が届かなきゃ無害でしょ! これでおしまい。ざまーみろとさようならー!」

 

 遥か高み、距離もある。この距離は魔人でも一歩では届かないだろう。しかし、ソードマスターは剣の極致であった。腰に差していた剣を二つ投げつけて、跳躍する。一つ目の剣を足場にして、二歩。二つ目の剣を足場にして、三歩。

 

「嘘でしょ!?」

 

 届かないはずの距離を届かせてきた。そのままの残った勢いで、片方の剣を振り抜く。慌ててバーバラが受けるが、児戯のような拙い受けを振り切って、剣を跳ね飛ばされる。

 

「あっ……」

「―ッ! ああもう!」

 

 もう一刀、バーバラに向けて振り払われた剣を、ペルエレが庇って自分ごと弾き飛ばした。

 背を半ばまで切り裂かれつつも、一定の距離を取ることに成功する。

 

「ぐぅっ、行って……!」

「…………!」

 

 自分はこれでもう動けない。ならとりあえずお前だけでも助かる可能性に賭けろ。そう言ってる気がした。死ぬ間に足でも引っ張れば、もしかしたら助かる可能性があるかもしれない。しかしバーバラは予備のショートソードを抜いて、ペルエレを庇うように立ち上がった。

 

(あのお馬鹿……!共倒れにしかならないでしょ!?)

 

 例えどんな弱く、拙い剣士でもソードマスターは手を抜く事はない。一人の剣士として、受けて立つべく構えを取る。

 やれる事はほとんどない。すぐに殺されるだろう。でも、ここまで散々庇われて、助けられて、足を引っ張って……挙句に死なれるのは見たくなかった。バーバラは目に涙をため、殺気に脅えて歯を鳴らしながらも、なけなしの勇気を振り絞ってソードマスターの前に立つ。

 覚悟と剣気に一定の敬意を払い、ソードマスターは立ち合いの中で気息を整え……バーバラには止めようの無い剣を振るった。

 

「――――月は叢雲で陰った」

 

 二刀の剣は、突如斬りかかってきた乱入者によって阻まれた。ソードマスターは手を休めず、様々な手管で小柄な乱入者を斬り捨てようとするが、乱入者もまったく劣らぬ技の冴えをもってしてソードマスターの首を取らんとする。

 双方、浅い傷をつけたのを機に、お互いに距離を取った。

 

「剣、豪……」

 

 切り捨てられ、血を流し続けるペルエレが、乱入者の名を呟いた。

 マエリータ隊の部隊長、剣豪。サメラーイの突然変異種。剣に生き、剣に死すと決めている男。

 

「………………」

 

 どうしてこうなったかは知らないが、周りの状況などでもどうでもいい。

 ソードマスター、相手にとって不足なし。

 まだ動ける女に目をやり、邪魔な置物を連れて去れと意思を込める。

 

「ねーさん、行こう……!」

 

 後ろの方で、動ける女がまだ息のある使徒を連れ去り、奥の方へと向かっていく。

 雑音は去った。ここにいるのは好敵手のみ。ああ、まさしく……

 

「今宵、死ぬにはいい月夜だ!」

「……空虚無斬!」

 

 剣の極致、魔物と魔物の死合が始まった。

 




翔竜山
 世界一高い山、アメージング城は山頂から少し手前に建造されている。
 魔王ランスと魔人達がそれぞれ元の種族に戻った事によって、気候が安定して登りやすくなっている。
 本来、魔王のいるところはどんどん人の住めない土地になっていく。エール達が登頂した時は暑いのに寒いという矛盾した環境を味わっていた。

ソードマスター
 ままにょ、アリス2010 わいどにょより参戦。女の子モンスターの一体。
 ランスクエストでも名前だけは出演しており(魔物使いの聖地クエスト)、ランスにとっても「知っている限りの最上位種」となっている。
 眼鏡をかけているのはハニー達の悪戯。本人は違和感を持ってはいるが寝ぼけていてまだ気づいていない。
 バルキリーだとどう足掻いても逃げられない為にご登場。

 使徒 ペルエレ lv48
 カード的な性能や表示されるレベルを見ると、2部時点で現存する使徒の中で戯骸の次に高い。つまり使徒最強候補である。
 なんでもなしの枠では、才能限界まで到達したロレックスや、パットンぐらいしかヘルマン枠で匹敵するカードがないぐらいの高ステ。
 本人が戦いに向いてない描写が多いのにもかかわらず、数字上は他のケッセル使徒の倍以上の強さがあるのは、ケッセルリンクが血の投入量ミスったか、相性が良かったか。
 なんにせよ、ランスに戦える、使えると評価される程度には強くなっている。
 本作はその戦闘値をありのままに反映して、インフレだらけの2部組でも戦える最低ラインだと評価した。ドッスワッスよりは(肉体的に)強いため殺せると考えていい。技巧はない。


 使徒ペルエレルートが大好きだから活躍させるね。
 ケッセルリンクの潜入にヘタレてたのに自分かシーラの2択になった時に自分がやるの大好き。


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翔竜山② 勇者

 バーバラはペルエレを抱えて翔竜山を少し昇り、横穴の洞窟で避難していた。バーバラの背中には、べったりとペルエレの流した血が付着しており痛々しい。

 

「あー……痛い痛い痛いぃ……ほんっと、こんな仕事やめたい……逃げたかった…………」

「ねーさん、大丈夫!? 今すぐ手当をするか、ら……」

 

 ペルエレを横にして傷痕を見て、バーバラは固まった。

 背中の服はざっくりと切り裂かれている。肩口から腰のあたりまで、斜めに真っ二つ。しかしそれに対して、傷があまりにも小さい。肩口から背中の中心部にかけて、バーバラを庇う為に深く切り裂かれたところは今でも血が滲んでいる。ただし、そこ以外の傷がない。確かに切られていたはずなのに。

 理由はすぐにわかった。呆気に取られている間でも、じくじくと、血の滲んでいたところから傷が癒え、異常な速度で元に戻っていく。深い傷跡も、再生をするかのように、血の出る部分が何もなかったのように、巻き戻る。切り裂かれた部位を修復するように血が埋めて、すぐに元の彼女の体になる。時折、たらりと黒い血が、役目を果たしたかのように彼女の身体を伝って落ちた。

 

「……に、人間じゃない」

「…………言ったでしょ、使徒だって。ただの武器だったらこの程度じゃ死なんわ。そのせいで痛い思いだけはたーくさんしてきたわよ。グスッ……」

 

 それでも痛みはあるらしい。涙目になって、ぐずって体をよじるペルエレの性質は、使徒になる前から変わらない。

 人間なら、20分ももたずに出血多量で死ぬような傷だった。しかし、その半分以下の時間でペルエレの傷は完全に癒えてしまう。もう斬られた事実が衣服にしか存在しない。

 しばらくすると、愚痴を止めて涙を拭いたペルエレは、呆気にとられているバーバラの目を覗き込んだ。

 

「……軽蔑した? 使徒って理不尽だと思った?」

「そんっ、な、こと……!」

「いや、私が理不尽だと思うから当然よ。あんたは使徒になる前の私より全然強い。でも魔人から血を貰っただけで私の方が強くなる。……ホント理不尽でしょ。使徒って」

 

 溜息を一つ吐くと、淡々と自らの服を確認して用意していた替えの服を取り出す。ありふれた日常のように振る舞う姿は、この15年の間、少女がどれだけ傷ついてきたか、体を張っていたかが察せられる。

 

「その魔人だって、魔王から血を貰っただけ。魔人リズナとか、死にかけの大怪我だったのよ?病院で管があちこちに繋がれてて、それでも呼吸が止まりそうで、こりゃ駄目かなーって思ってたのがあら不思議。魔王が血を入れると健常者どころか誰も止められない魔人様に」

 

 それは魔王の傍で幾度も見てきた奇跡、あるいは地獄の始まり。

 

「ちょっと硬いだけの葡萄が巨大な空を飛ぶ化け物になったり、もう魔王の血ってわけわかんないのよー。魔人になると理不尽どころかビックリ箱って感じ」

 

 魔軍に所属し、戦争中に襲われた事も皆無ではないだろう。戦争後にペルエレ単体を狙った襲撃は何度もあった。しかしその全てを生き残り、ここにいる。両軍のスパイで、敵が圧倒的に多い人類圏に普段所属している。何故そんな事を続けるのか。

 人間でなくなりながら、人間を裏切る気にならない。守りたいものがなければ、そんな動きはしない。

 つまるところ、ペルエレは使徒だった。今も昔も、ずっと誰かの。

 

「……とにかく、人外の心配はするなってこと。あの時は逃げないあんたが悪い」

「でも! あの時ねーさん置いても切り刻まれるだけでしょ!?」

「切り札があるって言ったでしょ。じゃんじゃじゃーん。これ、なーんだ」

 

 そう言って、ペルエレは懐から掌大の赤い球を取り出した。

 

「……これ、何?」

「まぁ知らんか。これは魔血魂。魔人が死んだらこうなるの。魔人には魔王の血が直接入れられてる。だからこれはその血の塊。つまり、これを飲めば魔人になれるの」

「魔人に、ねーさんが、なれる……」

 

 魔人。たった一人で国家を滅茶苦茶に出来るような存在。憧れの人が使徒である事は受け入れていたが、そこまで来ると現実味がなかった。

 

「そう! 私はこれを飲めば魔人になれた。それもただの魔血魂じゃないわ。当時魔人四天王であるケッセルリンクの魔血魂。今まで見たどの魔血魂よりも大きく、きっと強大な力を与えてくれる。魔人になると無敵結界っていうほとんどの攻撃を通さないものまでつく。ソードマスターなんてけっちょんけっちょんよー! ふふふ……」

「そんなのがあるならなんで最初から、というか15年前に飲まなかったの!?」

「私が有能すぎるから使徒の身体で十分なのよ。それにこんなデカいの飲むのって勇気いるじゃない、喉につまりそうだし」

 

 魔血魂を飲めば元の持ち主と肉体の奪い合いになる。負けた方は消滅するしかない。その事実は一切触れずに、ペルエレは立ち上がった。

 

(っととと……。やっぱり、もう全然か。しばらく城にこもって食っちゃ寝してよ)

 

 一瞬、ふらついた。使徒は流した血の量に応じて一時的に弱体化する。ペルエレが受けた傷は慌てて治しはしたものの、軽くはなかった。他方、バーバラは自分の知る人が遥かに埒外の存在である事を思い知り、未だに立ち上がれない。

 もう手は貸したらバレる。ぱんと手を叩き、バーバラの意識をこちらに向けさせた。

 

「さ、もう休憩も終わりにして移動するわよ。剣豪がソードマスターに負けてこっち来るとか勘弁だし」

「う、うん。あれ…………?」

 

 ここでバーバラは、ショートソードを取り落としていることに気がつく。ペルエレを拾って逃げるのに夢中で、剣を回収するのを忘れていたのだ。

 丸腰はまずいなと周囲を眺めたバーバラは、手元に装飾が立派なロングソードを発見する。これ幸い、当面の護身武器とばかりに拾って、ペルエレと洞窟を出ようとした時――

 

「ああ、その剣拾えるんですか」

 

 どこからともなく、フードを被った人間が現れた。

 

 

 

 

 

「げぇっ、嫌な奴が来た……」

「…………誰この人、知り合い?」

「初めまして。勇者の従者をしているコーラと言います」

 

 コーラと名乗った若い人間は、隣にいるペルエレを一切無視してバーバラに頭を下げてきた。

 

「……昔はともかく、今は翔竜山を登ると時折出てくる変人よ。使徒の前に出てくるとか良い度胸してるじゃない。魔王軍呼ぶわよ。とっとと消えなさい」

「今はそれよりも、もっと大事な事がありましたので」

 

 ペルエレの警告に対しても視線すら送らない。バーバラから――より正確には、そのロングソードを持つ手から目を離さない。

 

「無理矢理持ってるわけでもないですね。それじゃあ、久しぶりに仕事の時間です。お姉さん。突然な話になりますが、勇者になりませんか?」

「…………勇者? なにそれ」

「世界に一人しかなれない、凄い人間ですよ。魔物や使徒では話にならない、ことによっては魔人や魔王よりも強くなる人類の希望です。あなたには、その資格があります」

「……よくわかんない事言ってるよこの人、変人だね」

 

 肩を竦めて、バーバラはコーラの言うことをまともに取り合わない。

 

「んー……じゃあ少し簡単にしましょうか。とりあえずその剣を、地面に振り下ろしてみてください。拾ったものだし、それぐらいやってみてもいいでしょう?」

「こうかな、…………えっ?」

 

 大して力を入れたわけではない、しかしそのロングソードは、あっさりと地面を割り割いて、深く突き刺さっていた。慌てて抜き取ると、これも硬い岩盤など無かったかのように、するりと抜ける。ぞっとするような切れ味だった。しかも、この一連の動作をするにあたって、全く力を入れる必要が無かった。羽毛のように軽く、バーバラにとって非常に扱いやすいと感じられる剣だ。

 

「…………凄い」

「そうです。凄い剣でしょう? ……ただ、この剣を所有するには一つだけ条件があって、勇者になって欲しいのです」

 

 悪魔の囁きというのは、それ以外の言葉が聞こえなくなるという。この人間は悪魔ではないようだが、間に余人が言葉を挟めない雰囲気を纏っていた。

 

「この剣はエスクードソードといいます。勇者だけが扱える、勇者のための剣です。持てるという事は、貴方は勇者になれる資格があります」

「ただ持つだけなら、勇者にならなくていいってこと?」

「普通は、まだ勇者じゃないのに持てる方がおかしいんですがね。色々おかしくなってますね。……とにかく、勇者一人のための剣である事は変わりません。勇者にならないなら、元のところに返してください」

「ん……レア剣なのは間違いないから、勿体なくは感じるね。この山、人間は全然来れないでしょ」

「ここまで来れるという事が、勇者の資格なのかもしれませんよ。だから、貴方は選ばれたのでしょう」

 

 それとなく剣と、持てる人間を持ち上げる。普段褒められ慣れてないバーバラからすれば、世辞が混じってるとしても、悪い気はしなかった。

 

「……それで、勇者って何をするの? 話半分で聞いてあげるけど」

「人類の救世主。唯一の人の希望です。神から強大な力と、様々な特典を与えられて、魔物達から人を守ります」

「ふーん……力とか特典とかは魅力的だけど、人を守らなきゃいけなくなるの?」

「あくまで勇者の意思ですね。歴代の勇者は魔王を倒そうとしたものから…………ただの人助けだけで終わったお人好しがいます」

 

 その時だけ、一瞬コーラは目を逸らした。

 

「義務も特にないのね。それはなっても得だけで、損はなさそうね」

「そーですね。そういうものではあります」

 

 二人の世界の中で、とんとん拍子に、勇者というものに試しになってみるという流れが作られつつあった。しかし、そこでいつまでも黙っていられるような使徒ではない。魔族は人間の邪魔をするものだ。

 ――――何より、コイツは大っ嫌いだ。ペルエレは意を決して、この流れを妨害せんと口を開く。

 

「ちょっと待った。前の持ち主はロクでもない殺人鬼よ。その剣を使って人類殺戮をした最低最悪の男だった」

「剣が選んだ勇者の選択です。剣も、私も何も言ってません」

「…………それで、あんたが何度となく私達の邪魔をしたのは?」

「勇者の従者ですから。従者として、やるべきことをやっただけですよ」

 

 いつにない本気の――激発した怒りを込めてコーラに掴みかかる。使徒の血の顕現か、虹彩に普段ない赤色が混じっていた。

 

「……ローレングラードの人間を残らず消し飛ばしておいて、よくも言えたものね!」

「あれはゲイマルクの決定です。私はそこに何の意見も挟んでいませんよ」

「あんなもんっ……人が使っていいモノじゃない! 私以外全部掻き消えた! 周りにいた人が、残らず、みんな……勇者なんてっ、クソしかいない!」

「爆弾を作ったのはゼスでしょう。人が作った、人の武器ですよ。魔物破壊爆弾の方はあっさり使われたらしいじゃないですか。……そろそろ放してください」

 

 そう言って、コーラがとんと胸を叩くとペルエレは座り込んだ。

 ――立てない。力が、入らない。何かをされた。でも分からない。

 

「あなただって、ただの人間だったじゃないですか。魔人から血を貰って、強くなって、人類の敵になった。だからあの爆発に巻き込まれても、生きてたんでしょう? 他の人にも、こういうチャンスがあってもいいと思いませんか?」

「………………っ……!」

 

 ペルエレは、返答に窮した。いや、答えられなかった。もう口を開くのも、辛かった。

 あの時は、失った人は、もう戻らない。種族が違うから、自分だけが残された。もしそうじゃなかったらなんて思ったことは………………ない。

 

「なんで…………」

「無理をしてたという事です。彼女は血を失ってボロボロですよ。立って、歩いてるのがやっとだったんでしょう。先程の戦闘で、誰かを庇ってね」

「……………………!」

「誰かを守るというのは、大変ですねー。強い使徒でも、お荷物がいれば魔物相手に死にかけるんですから」

 

 バーバラのエスクードソードを持つ手に、力が込められる。全て自分が弱いから。

 自分が冒険者の仕事を一人でこなせないほど、臆病だったから。

 

「…………二つ聞きたい事があるけどいい?」

「どうぞ」

「あなたは何もしない。勇者の方針に従うだけの人ってこと?」

「そうです。私は勇者のやりたい事を実現に近づける人間。主は勇者で、私は従者です」

「剣とか勇者には何かおかしなところは無いの?」

「プラスはありますが、マイナスはありません。少なくとも、本人の精神に影響を及ぼしたりするものは一切ありません」

「……………………」

 

 これまでの情報を整理する。前の勇者はとんでもない男だった。世界に大迷惑な事をしたのだろう。ただし、他の何が悪いという事はなかった。結局のところ、剣が悪いのではない。持つ人次第なのだ。

 

「最後にもう一つだけ。どうやったら、勇者になれる?」

 

 新しい幕が開く。ほんの僅かな高揚を隠して、コーラは事務的に答えた。

 

「簡単です。その剣を持てる人が宣言すればいい。勇者になるとね」

「…………そう」

 

 もう弱い、守られるだけの自分はやめよう。強くなれるチャンスがあるなら、取らない方が駄目だ。

 

(ねーさんは……私より弱かった時があるのに、私を守ってくれた。私もそうなれなきゃ、今の自分も守れない)

 

 決意をもって、バーバラは宣言する。エスクードソードを掲げて、かつての勇者がしてきたように。

 

「私はバーバラ。私は勇者になる! 前の勇者達とは違う、新しい勇者に!」

 

 ――――そうして、バーバラは勇者となった。

 

「おめでとうございます。これよりあなたは、勇者(おもちゃ)ですよ」

 

 確かに勇者と言っていた。でも全く違う意味で、勇者と呼ばれた気がした。

 だが、これはもう関係ない。全てを決めるのはバーバラで、勇者というものをどう使うかはバーバラ次第なのだから。




 
人破壊爆弾
 ランス6より登場。魔物破壊爆弾と共に生成された偶然の産物。魔物破壊爆弾はカミーラダークからゼス国民を守る為に魔軍のど真ん中で使われた。人破壊爆弾の方は危険すぎて封印対象。
 第二次魔人戦争において、ヘルマン侵攻担当のルメイ将軍はこの爆弾を落とそうとしていたが、失敗して死亡した。
 効果範囲内の「人間だけ」を消滅させる爆弾。

ゲイマルク
 前勇者、クズで賢い勇者。勇者災害と呼ばれる人類殺戮を起こした史上最低の勇者。
 この二次創作では人破壊爆弾を用いて大都市ローレングラードの人間を消滅させ、人類死亡率を30%に到達させた。
 他にも散々な悪事をして50%到達の準備を整えたが、あと少しというところで魔王ランスに気づかれて死亡。死ねない化け物として復活して再死亡。その後、永久の生き地獄に苦しんでいたところをエールの慈悲によって消滅している。

ローレングラード
 ヘルマンの首都、ランク・バウの西にある大都市。
 ランス達がヘルマンの魔物大将軍を殺そうとした場合、一体の飛行魔物兵を無視すると全ての人が掻き消える。戦況報告にも乗る。
 奇しくも、ゲイマルクは強奪した人破壊爆弾をこの都市に対して使用した。
 爆発する直前と直後の景色は、ペルエレだけが知っている。
 きっと一生忘れない。

エスクードソード
 勇者の剣、人類が死ねば死ぬほど強くなる剣。
 この剣を持てるのが勇者の証であり、勇者にしか持てない剣。
 勇者災害の際には刹那モードまで到達し、魔人を殺せる剣にまでなった事がある。本二次創作では、RA15年現在でも到達中である。
『ゲイマルクの消滅、非消滅を問わず、エスクードソードについて消滅の記述はない』という状況を拡大解釈、勇者システムではなく、ゲイマルクの消滅だけしかエールによって行われていないという設定になっている。
 バーバラは所有者不在となったエスクードソードを拾い、勇者となった。


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翔竜山③ 下山

 バーバラは勇者となった。これからは、目的地も終わりも彼女が全てを決める、手探りの旅となる。

 

「注意点を一つだけ伝えておきます。その剣は、魔物の敵の象徴みたいなものです。このまま上の魔人達と仲良くとはいきませんよ。捕まるか、戦うか、逃げるかでしょう」

「……なら、逃げよっか。下山したい。……でも、魔軍いるんだよね」

「勇者なら問題ないかと、とっておきの道を知っていますよ」

「ホント!? じゃあそれで決定ね」

 

 向かうべき方針は決まった。ここでコーラは改めて、ほとんど体を動かせないペルエレに向き直る。

 

「さて、勇者は魔に属する者を斬るのが仕事ですけど、そこの使徒はどうします?」

「私がねーさんを斬るわけないでしょ。魔人になっても斬るもんか。……むしろ、ねーさんを治してよ」

「無理かと。血を失った貧血みたいなものなので。……でも、調子を良くはしてみましょう」

 

 そう言って、コーラはこつこつと胸を叩く。へたりこんでいたペルエレが、ゆっくりと顔を上げてコーラを睨みつけた。

 

「どうですか。良くなりました?」

「くたばれ! 地獄の業火でその身を焼かれて苦しみもがけ!」

「あらら、すっかり嫌われちゃいましたねー。まあ当然ですけど」

 

 一人でトランシルバニアの森に放り込まれた時や、絶対命令権で操られた時に吐いた呪詛。こんなにも本心から言いたい相手は二人目だ。

 元々コーラがバーバラを勇者にさせる為に自分を動けなく、喋れなくしてたのだから、解除されたら動けるのは当然だ。そもそも、そこまで傷ついてない。まだ余裕はあるし、力はなくても、無理すればそのままアメージング城に行ける程度の体力は残ってる。それを示す為にも、足に力を入れて立ち上がる。

 

「念のため世色癌をいくつか渡しておきますね。その元気なら大丈夫でしょう。良かったですね。勇者の身内で、また生き残れて」

「…………ホント、クソ従者」

 

 そう、もうバーバラは勇者になってしまった。アリオスも、ゲイマルクの末路も知っているペルエレは、暗澹たる気分にさせられる。

 一方、バーバラは精神の変調がないことにほっとして――――はしゃいでいた。

 

「やったー! 永遠の命、ゲットー!」

「勇者に永遠の命なんてないわよ……」

「そうなの!? この手の凄いのって、全部永遠の命とかついてるのに?」

「ありませんね。本来は時間制限付きです。老化も普通にします」

「あー……そういえば様々な特性とか力について全く聞いてなかった……」

 

 ペルエレは頭を抱えた。そういえば、バーバラは基本能天気だった。そうじゃなかったら臆病者なのに冒険者なんてやっていない。ある程度自分の都合の良いように考えがちで、今回の件もラッキーな事が起きたぐらいの感覚で、勇者になったのだろう。悪行も伝えたのに、初対面のコーラの言う事を全面的に丸飲みにして信じている。底抜けの馬鹿者だ。

 全く世間にスレていない。未熟者の冒険者としても限度があった。これでは早晩、痛い目を見るだろう。

 

「あー……あんた勇者以前に、色々駄目だわ。保護者も欲しくなるわ」

「ひ、酷くない!?」

「受けた手前、一応やれるだけ頑張ってたけど……もうなんか、すっごく疲れた……」

 

 肉体的な部分は別にいい、魔軍に挟まれたからしょうがない。でも、こういう詐欺師の対応まではつきあい切れない。騙される方が悪いのだ。

 

「あんたの頭だけは救えないわ。手遅れ。さっさと世界最強の魔王に挑んで討ち死にしたら?」

「強くなったとしても、魔人や魔王と戦う気は全くないよ!」

 

 その一言が聞きたかったペルエレは、背を向けて城への道を進みだす。

 

「……ま、勇者は使徒とか雑魚扱い。それぐらいの大当たりよ。私がいるより、勇者一人でやった方が動きやすいだろうし、ここでお別れね」

「…………ねーさん。翔竜山で助けてくれて、本当にありがとう。このお礼は、いつか必ずするから」

「まずはちゃんと6割、忘れるんじゃないわよ。追加報酬もね」

「うん。またね!」

 

 そうして、二人は上下に別れた。だけど、それは目的地が違うだけ。勇者になっても、二人の何かが変わるということはない。使徒だの、勇者だの……深刻さが分かっていないバーバラを見ていて、馬鹿らしくなってしまった。

 

「あいつ、シーラと違って、私に似て臆病者だし……大丈夫でしょ」

 

 上の方から魔王軍の足音がする。あいつらに拾われて暫くタダ飯を食おう。少し軽くなった気持ちで、ペルエレは魔王軍に届けと声を張り上げた。

 

「使徒様のご到着よー! お願いだから早く拾ってー! お腹減ったーーー! もう、こんなのばっかりいやーーー!」

 

 痛い目は多くなるわ、金に目が眩んだら大変な事になる。やっぱり使徒になんて、なるんじゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ペルエレは上へ向かい、バーバラは下へ降りる。下山を案内するのは勇者の従者、コーラ。彼は勇者の後ろを歩く方が落ち着くようで、道を指示はすれどバーバラが進む方向に任せている。一回だけ道を間違えても、指摘はすれど前を歩くことはない。

 やがて開けた断崖絶壁へと辿り着いた。翔竜山でも岩場の中で尖ってせり出している場所であり、山肌からも遠い。自殺の名所と言われれば信じられそうな場所だった。

 

「またクライミングかと思ったら、なんでこんな変わったところに……」

「バーバラが特典について聞きたがってたので、下山も兼ねた説明をしようと思いまして」

「まさか空とか飛べるの!?」

「…………まぁ、そんなもんです。この崖の先に進んでください。良い景色ですよ」

 

 崖というか、長い一本道だ。翔竜山にはところどころ強度を無視してると思うようなせりだし岩群が、浮いているように見えるところがある。ここはその一つだった。

 バーバラが道のヘリまで近づくと標高3000以上の世界が広がっていく。

 今日雲海に覆われているのはあくまで翔竜山周辺だけで、あとはまばらだった。遠くを見るとキナニ砂漠のアウトバーン、その中心のシャングリラ、ゼスのナガールモールまでつぶさに見える。この時点でバーバラは大きく視力が向上している事に気づき、世界に見とれてしまった。

 

「いやー……凄い絶景。でもこれと勇者に何の意味が……」

「これが一番速い下山ですよ、っと……!」

 

 そう言って、コーラはバーバラを翔竜山のせりだし岩から突き落とした。

 

「はっ? あっ……えっ…………きゃあああああああああああああああ!!!」

「さて、私は後で追いかけるので、いってらっしゃい」

「コーラああああああああああああ!!」

 

 途中でつかまるようなものは、何もない。せりだし岩群から落ちたら、後はどこに落ちるかという事になる。少なくとも雲海の下までは一直線だった。

 

「飛べるとか!? と、飛んで―! 浮け―! 飛翔魔法!」

 

 そんなものはバーバラにはなかった。じたばたと身体を捩るだけで、もちろん浮かない。落下速度は下がらない。その内に風の受け止め方を間違えて、頭から突っ込む体勢になった。

 

「コーラの嘘つきー! 騙して殺したいだけじゃないのー!」

 

 あっという間に雲海を抜けて地上が近づいてくる。見えるのは岩肌。手足を広げても、猛烈な落下速度は大して変わらない。頭からの衝突は避けようがない。

 

(あっ……これもう駄目な奴だ……お母さん、ごめんなさい……)

 

 自身が地面のシミになる事を悟り、バーバラは目をつむり、身体よりも意識の方が先に落ちた。

 もう間もなく墜落――――というところで強い強風がバーバラをさらい、錐揉み状の落下になって少し横の森林地帯に突っ込む。

 木の幹、枝、密集した葉。様々なところに散々身体をぶつけつつ――バーバラは柔らかい地面に叩きつけられた。

 

 

 

 初めに感じたのは、全身の痛みだった。ありとあらゆるところが悲鳴をあげている。だが、最後に見たのは頭から突っ込むだろう岩肌だった。間違いなく死んでる。でも、全身が痛い。これはつまり……

 

「……………………生きてる?」

「はい、生きてますね。まあ、死ぬわけありませんが」

 

 誰かの声に気づき、バーバラは目を開けた。あちこち痛いが、喋れる。呼吸が出来る。そして突き落とした従者がいる。

 

「……どうしてここにいるの」

「従者ですから。勇者のそばにいるものです」

 

 全く表情を変えずに淡々と事実を説明する。バーバラが聞きたいのは理由ではなく経緯だが、喋る気がない答え方だった。実際のところは、コーラはあそこから少し下がって、絶壁を駆け下りて一直線でここまで来ていた。何もかもがおかしいが、それをやれるだけの力があった。

 

「なんで突き落としたの。普通、いや絶対死ぬでしょこれ……」

「勇者の特性その1、死なない。死にそうな状況でも、勇者は幸運だから生きています。過去の勇者も勇者期間中は死にませんでした」

「それが本当なら凄いけど…………」

「言っても信じないでしょうから、手っ取り早く体験して貰いました。勇者の洗礼ですよ」

 

 堂々と開き直られて、恨みつらみを言い辛くなってしまった。洗礼と言われると、必ず受けなければならなかったように感じられる。

 

「そろそろ起き上がらないと面倒な事になりますが」

「うーん……痛みでロクに身体が動かせない……あちこち痛いよぉ……」

「根性です。あとは世色癌ですね。従者はたっぷり持ってます。……根性無しのバーバラに初回限定サービスですよ。はい、あーん」

 

 そう言って、コーラはハピネス印の世色癌をバーバラの口の上に持ってきた。

 

「…………あーん」

 

 ざらざらと、バーバラの口内に流し込まれる回復用の丸薬。効能も苦みもお墨付きのものを味わうと、若干痛みが和らぐ。しばらくすると、バーバラはエスクードソードを杖にして起き上がった。

 

「……一応、助けてはくれるのね」

「急がなければならない理由もありましたので。落下に気づかれてたからそろそろ来るでしょう……魔軍が」

「隊長、女だ! 人間の女がここにいますぜ!」

「ひぃっ!?」

 

 一人の魔物兵が、大声をあげた。

 

「お、こっちか!」

「第一発見は取られたか……クッソ……」

「超上珠だあ! 二人いる! こいつは大当たりですぜ!」

 

 次々と、周囲にいた魔物兵が集まっていく。バーバラが呆気に取られている間にもどんどん増える。その後方で彼等の指揮官である魔物隊長が姿を見せた。

 

「ケヒヒヒヒヒ! 人間の女なんてよくわからんと思っていたが、こいつは超美人だと俺でもわかるぞ。俺の前に連れて来た奴は俺の次に使わせてやる!」

「さっすが、ブロビオ隊長は話がわかるう~」「よっ、次の将軍に最も近い男!」

「俺は、あっちのチビっこい方がいいな……ゲヘヘヘ……」

 

 ただの魔物隊長が指揮している部隊としては明らかに数が多い。裕に200名を超えている。

 増強魔物中隊――魔物隊長としての本来想定されている指揮能力を超えて、指揮されている部隊だ。やれるのは、それだけの器を持った隊長だけ。実力は言うに及ばず、慕われて彼等の部下にと志願する兵が多くなければ成立しない。

 ブロビオと呼ばれる魔物隊長は、魔物達の間では実力と信頼、双方を兼ね備えた人物だった。ただ一つ、下種な事を除けば魔物隊長としては理想的な指揮官だ。

 彼等はみな一様に、どうこの女を犯そうかと、べったりと貼り付くようないやらしい視線でバーバラ達を見ている。

 

「な、なんか凄く下品にヒートアップしてない……?」

「勇者の特性その2,モテる。異性に好感を持たれやすくなります。良かったですね」

「魔物相手にモテてどうすんの!? 逃げよう……っ!?」

 

 見回すと、後ろも横も魔軍が詰めていた。落下地点の敵が強い場合を考えて、ブロビオは周到に足止めが出来るだけの戦力を回している。改めて周りを見回してみれば、どこも抜けられなさそうだ。

 最初から、包囲するように輪のように詰めていたのだろう。少しずつ、戦力が増えている。魔物隊長のいる方向に至っては木々より高いデカントまで来た。

 

「どこに逃げ込むのかな~お嬢ちゃん♪」

「………………詰んだ」

「勇者がこの程度で絶望してどうしますか」

 

 コーラは真っ青になったバーバラの背中を叩き、勇者の務めを促す。

 

「勇者の特性その3、エスクードソードと肉体強化。戦ってみてください。勇者なら駆け出しでもこれぐらい楽勝ですよ」

「……どのみち抵抗するしかないみたいだし、精々この剣頼ってやれるだけやってやるー!」

「魔物隊長を狙ってください。一人しかいないし、そいつを討てば士気が瓦解します」

 

 ヤケクソ気味に、バーバラは剣を構える。2対400から500。数の上では絶望的な戦いが始まる。

 

「いいねぇ。犯すにしても、まず自分の無力感を植え付けてからじゃないとな! 前のゼス士官は良かった……服従魔法を自分からかけさせる時とか、奴隷契約書に同意させて人間界を連れ歩く時とか、ぐちゃぐちゃな泣き笑い顔を犯すのは最高だったぜ! ケヒヒヒヒ!」

「ひ、久しぶりの女だし、じっくりゆっくり壊さないとなぁ……」

「……………………」

 

 これ以上、彼等の下品な声と視線は見たくない。少しづつ、包囲の輪は縮まってる。時間的な猶予は最早ない。意を決して――――バーバラは駆けた。

 

「…………へ?」

 

 まず、前方の魔物兵の首が吹き飛んだ。事態が全く見えなかった後ろの魔物達も、そのまま一刀の下に両断される。両断されて地面に上半身が落ちてから、先程の呆けた声が出た。

 

「な、なんだこりゃあ!?」

(こっちが聞きたいから……! 遅いように見えてたけど違う。こっちが速いんだ!)

 

 今まで意識出来てなかったが、戦闘に突入するとわかる。五感、身体能力の強化は、劇的だった。魔物兵は、こちらをまともに見えていない。こちらは彼等の動きが止まっているようにしか見えない。軽い剣で素振りをすれば、冗談みたいに魔物兵が斬れて飛ぶ。前方の魔物兵達が、次々と斬られて倒れていく。

 

「こいつやるぞ! 護衛兵、もう少し俺を守るように詰めろ!魔法兵、斉射用意! 前衛は側面を薄くしてでも前面を厚くしろ!」

「「はっ!」」

 

 今までどう犯すかしか考えていなかったブロビオの余裕が消えた。有機的な部隊戦闘で数の有利を活かそうと指揮を執り始める。

 呆けていた魔物兵達も、指示を受けて動きを取り戻す。前方は時間を稼ぎ、後方は誤射の無いように射撃をする事を諦めて距離を詰めていく。だが、バーバラは止まらない。障子紙を重ねようが、一枚一枚はあっさり破られる。死体の道が、切り開かれていく。

 

「勇者の初陣としては……まあこんなものでしょうか」

 

 全魔物兵の意識がバーバラに行ったところで、コーラは木の上に移動して傍観者となった。

 

「エスクードソードは逡巡モード。魔人も斬れる状態です。止める手はないでしょう。……ま、逡巡モードじゃなかったとしても魔物兵じゃ、どうやっても勝てませんがね」

 

 傍観者のコーラは、既にこの戦闘の帰趨を結論づけている。だが、当事者であるバーバラに余裕はない。

 

(――――遠い!魔物隊長が、遠すぎる!)

 

 一枚一枚は障子紙でも、何十枚も重なっては抜けるには限度がある。そして、自分が唯一の指揮官と自認しているブロビオは、少しずつ下がって指揮に専念している。

 魔物兵としては珍しく、愚直に死者が出続けても止めようとする意志は全く変わらず、士気は高い。これでは、指揮官を殺せない。その中で、木々より高いデカントが目に映った。

 

(あれなら!)

「ンゴッ!?」

 

 デカントの膝、腰、肘、肩と飛び移り、首を貫いてから高く跳躍する。目的は魔物兵、ブロビオも含めて見下ろせる位置。

 

「馬鹿が。魔法兵、一斉斉射! 撃てーーー!!!」

「――――――!」

 

 魔法の詠唱が、間に合わない。完全に宙に浮いた時は無防備だ。これまで誤射を避けて来ただけで、即座に魔法が発射可能な状態になっていた魔法兵による魔法攻撃が、全周から降り注いだ。いかに勇者でも、この物量なら直撃、即死は免れない。

 しかし、その全ての魔法攻撃は全周から逃げ場なく撃たれていたからか……幸運にも勇者の直前で、お互いに阻害し合ってほとんどが相殺されていた。

 多少の傷を負ったが、バーバラは生きている。動くのに支障はない。

 

「勇者の特性その4。強運。危ない時には運が強くて切り抜ける。この程度の戦いでも使っちゃいますか」

 

 今までの行動は、先に詠唱を唱えつつ同じ事をやった方が良かった。そうすれば、狙いを定める必要がないこちらの方が先に撃てた。このあたり、バーバラの戦闘経験の少なさが出ている。

 

「ば、馬鹿な…………こんなことがっ!?」

「火爆破!!!」

 

 詠唱が終わったバーバラの魔法が魔軍を襲った。

 勇者になる前の、橋を焼くだけの魔法とは違う、膨大な炎が迸る。範囲だけなら豪火爆破と遜色の無い爆炎と煙が、魔物兵達に降り注いだ。

 

「うおっ、おおぉぉぉっ……!?」

「前が、前が見えねえ! 女はどこいった!」

「落ち着けお前ら! 全然火力はねぇ! こんなのただのこけおどしだっ……!?」

 

 魔法を打ってから即座に、バーバラはブロビオに肉薄していた。煙幕目的の範囲魔法の中で、木々の幹を足場にして魔物兵達の後方へ突っ込み、未だ炎と煙が渦巻く中を這うように踏み込む。狙いは、指揮官である魔物隊長の首。

 

「――――――ッ!?」

 

 声を発しようとしても出ない。既にエスクードソードは振り抜かれた。もうブロビオの頭は胴と繋がっていない。そのままの勢いで、近くにいた護衛の魔物兵、魔法兵達へと刃が振るわれていく。

 

「ぎゃあっ!!!」「うぐっ……」「あ、ああ……!」「や、やめてくれぇ!」

「なんだぁ!? 何が起こってるんだぁ!?」

 

 ここより先は、何もわからない。後方からくぐもったような魔物の悲鳴が連鎖する。

 ――――そして、すぐに静寂が訪れる。

 全ての魔物兵は金縛りにかかったように動けない。動けば、斬られる。そんな予感があった。塞がれた視界と、一切の物音が無い後方が、魔物兵達の恐怖をさらに増す。

 やがて、煙が晴れると異様な光景が広がっていた。彼等の指揮官がいるべき周囲に、死体の山。護衛だった魔物兵達が、様々な部位を斬り飛ばされ、物言わぬ骸となって折り重なっている。

 そしてその中心、先ほどまで魔物隊長がいたところに、一人の少女がいた。こちらを見ている魔物兵達に向かって、足元に転がっていたブロビオの首を蹴り上げる。サッカーボールのように。

 

「ひ、ひぃっ……な、なんだよコイツ……」

 

 整った顔立ち、安物の冒険者用の服、はためくスカート……しかし何よりも目を引くのは、血に塗れても錆びぬ剣。

 

 ――――そこに立っていたのは、勇者。剣の一振りで魔の悉くを滅する、世界を断つ刃。

 

「隊長がやられたっ……もうだめだぁ! 逃げろっ……逃げろおおおお!」

「こんなのやってられるか……聞いてねぇよぉ!!」

「畜生、助けてくれぇ!」

 

 弾かれたように、ブロビオ配下の魔物兵達全てが逃げ出した。

 

「……………………」

 

 バーバラは、誰一人追わなかった。一通りの魔物兵が逃げ出しきったところで、溜息を吐く。

 

「…………ふぅ、なんとかなったぁ」

 

 弛緩して、エスクードソードを地面に突き刺し、そのまま倒れるように剣にもたれかかる。

 

「お疲れ様でした。初陣の勝利、おめでとうございます」

 

 傷を多少負ったバーバラは、戦闘から逃れていたコーラに対して口を尖らせた。

 

「勇者の手助けをするって言ってたけど、一切戦闘に参加しないのって酷くない?」

「私も勇者の特性みたいなものです。勇者が戦える状況を整える。それぐらいですね。今回のようなものは、他の勇者特性だけで十分だったでしょう?」

「………………そりゃね」

 

 勇者特性、というか自分の剣の切れ味と肉体の強化が全てだった。

 魔法のところだけは考えたが、他は力任せに前に立っている敵を斬っただけ。それでも気づけば魔物の部隊は瓦解した。100倍はある数の差を余力をもって叩き潰したのだ。

 

「いやー……勇者って凄い。あんなにたくさんの敵に勝てるなんて、もう私って世界最強じゃないの?」

「そう思うのならば、魔王退治の旅にでも行きますか」

 

 魔王という言葉を聞くだけで、バーバラは硬直して冷や汗を垂らす。軽口のノリで、本当に世界最強とは戦いたくはない。

 

「…………当然却下、あり得ない。私は世界を救う為に勇者になったんじゃないの」

「では、何のために?」

「冒険者として、とりあえずお金を稼ぐため!」

「……………………はぁ?」

「お金を稼いで、いい家を建てて、良い暮らしをする! gold風呂とか入ってみたい!」

 

 コーラはエスクードソードの判断を疑った。もう自分には持てなくなっている。前任者から期限がなくなった。神異変からは、剣が勝手に暴走してる状態に近い。それでも、ここまで勇者らしくない勇者が剣を持てるのは不思議だった。システムの都合上、高い素質や、勇者としての適正はあるはずなのに。

 

「…………どうしてこの子が剣を持てたんでしょうか」

「いいの。私は勇者だけどそれ以前に冒険者だから。どこに危機があるかもわからない世界を救うよりも、今は冒険者として成功する方が大事」

「勇者より冒険者、ですか。確かに、新しいですね」

「主が私で、あなたは従者。私の冒険者としての成功のために、一緒に頑張っていきましょ」

 

 二コリと笑って、手を差し出すバーバラ。それに対して邪悪な笑みを見せて、コーラは問いかけた。

 

「元よりついてはいきますけど、いいんですか?こんな簡単に信用してしまって。使徒との喧嘩を見ればわかるように、勇者の為に悪い事も色々しましたよ」

「ねーさんはあなたの事大嫌いみたいだけど、私まで嫌う理由はないから」

「…………は?」

 

 あまりにも呑気な答えに、思考も含めて空白となった。言葉が出ない。

 

「どうせついて来るなら、ある程度は仲良くした方が楽しいでしょ。悪い人かどうかは私が決める」

「…………はぁ。ま、勇者がそれでいいなら私からは何も言うことはありません」

 

 そう言って、二人は握手を交わす。勇者と従者の二人旅、その始まり。

 

「じゃあ、従者(げぼく)として最初の仕事。死体になった魔物兵達のgoldを集めてね!」

「………………………………」

 

 確かに従者と言われた。でも全く違う意味で、従者と呼ばれた気がした。

 これはもう絶対だ。コーラは従うしかない。全てを決めるのはバーバラで、従者というものをどう使うかはバーバラ次第なのだから。

 

 

 

 

 ただし、頭が足りてない。

 

「その時間はないかなーと思います」

「え?」 

「あいつだ! あいつが隊長をやったんだ!」

「女二人と舐めてかかるな! 剣を持ってる女はヤバい!」

 

 後ろで、また魔物兵の声が聞こえた。

 

「……………………は?」

「全軍、戦闘用意! 魔軍に喧嘩を売った愚か者を後悔させてやるぞ!」

 

 後ろを振り返れば、魔物兵達が大量にいた。叫んでいたのはブロビオ配下だった魔物兵だろう。新手を引き連れてきたのは疑いようがない。問題とするのは、兵種と、数だ。

 先の魔軍が拠点攻略用とするなら、こちらは野戦用。赤旗を頭に刺し、ほとんどが白兵戦に特化されて手に曲刀を持つ魔物兵。そして両手にトライデントを持った半身半獣の魔物隊長たち……通称、魔軍突撃隊がこちらを見ていた。

 複数の魔物隊長によって指揮された本物の魔軍が、こちらを敵視して今にも襲い掛からんとしている。先程が増強中隊とするならば、こちらは大隊。一つの作戦行動が可能な部隊が、たった二人の人間相手に全力出撃をしていた。

 

「さっきより、遥かに多い……」

「あれだけ魔物兵を逃がしてれば、追手が来るのは当然かと」

「あーもう……あんなに来たら仮に勝ったてしても次の増援来るでしょ?逃げる!」

「勝つというか、負けるわけないんですけどね……」

「さっさとついてきてー!」

 

 バーバラは魔軍から背を向けて駆けだした。勇者が逃げるなら、従者もついて行くしかない。

 

「追うぞ! 俺の親友を殺した奴を許すな! ブロビオの仇だ!」

「「「突撃! 突撃! 突撃!」」」

「ひぃーっ! 軍隊なんてやっぱり戦うもんじゃないよー!」

 

 少しづつ遠ざかる翔竜山、追ってくる魔軍突撃隊。涙目になりながら逃げる勇者。久しくなかった騒音に、コーラの心にざわめきがあった。

 

(…………同じところに5年以上もいれば退屈するようですね)

 

 そう独りごちて、コーラは歴代の印象に残る勇者に思いを馳せる。

 詰めが甘く、あと少しのところで魔王に勝てなかったクエタプノ。

 心が弱く、完全汚染人間と化すまで嬲られたアキラ。

 馬鹿でお人好しの、あらゆる悲劇に間に合わなかったアリオス。

 最も賢く、されど最も憎まれたゲイマルク。

どれもこれも印象深く、共に旅をして思うところが多かった勇者たち。

 そして、走って逃げて、ついて来てるか確認する為に時折振りかえる今の勇者バーバラ。

 勇者になっても、この程度の相手に脅えて逃げて、泣いている。本気で走ればすぐ振り切れるだろうに、コーラに配慮して速度を出しきれない。

 

「さて、今度の勇者はなんて呼びましょうか。今のところは、根性無しですが」

「余裕ヅラしてないでもう少し速く走れるなら走ってよお!」

「はいはい」

 

 これは冒険者、バーバラの物語である。

 新勇者バーバラの冒険が始まる。




アリオス・テオマン
 2代前の勇者。彼は三度の旅をした。
 一度目はお人好しで終わる。ただの少女に見えた、斬れる魔王を斬らなかった。二度目は傍観者となる。結局何も、しなかった。三度目は悲劇だ。誰も救われない物語だった。
 結局無名の勇者となり、歴史に残ることはない。だが、歴史に残る三人の勇者と共に、コーラは彼を覚えている。

コーラ lv??
 勇者の従者。正体は4級神コーラス0024、ただし人間に堕ちて神としての力は使わない。人間かどうかも微妙。
神異変後では地上に存在する最高位の神だった者と言えるだろう。
エスクードソードは、神異変後に持てなくなったという独自設定。
 人に堕ちたとしても、肉体性能だけでもリズナ等の下級魔人以上だろうと想定。
 このラインはペルエレでは手も足も出ない。そもそも自衛以外戦わないだろうが……。
 
 
魔物隊長ブロビオ lv35
 2つの偉業を成し遂げた者、俺は許さんぞ。特にリセットの分。
 斬られ役、今回の闘神都市は生存率が高いため筆者の私怨によって念の為に殺された、南無。
 個人戦闘と部隊戦闘は違う。今回はブロビオの本領だった。魔軍内では人望があったらしい。
 支援配置 ブロビオの首 

新勇者バーバラ lv19
 この物語の主人公、この世界の主人公ではない。
 キースギルド所属の駆け出し冒険者。エスクードソードに選ばれて勇者となった。
 才能はある。根性は無い。経験も足りない。
 所持技能は剣1、魔法1、不幸1。勇者には特に技能補正の追加は無いので、全てバーバラが最初から持っている技能。
 勇者生誕 使用条件 ブロビオの首 やはり勇者はサッカー選手でないとね。



 やっとタイトル回収。


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R 東ヘルマン もう一つのプロローグ

 一方、その頃――――新たな騒乱のきっかけが生まれていた。

 東ヘルマン、ゴーラク北に存在する名も無き山岳地帯。

 全世界から反ランスの人間が集まり、人口が大きく増えて栄えた東ヘルマン。だが、法の網が届かないところはある。この山々はそんな辺境の土地であり、大した意味の無い地域だ。

 そういう場所こそ、ならず者が集まる治安の悪いところになる。その中でも、最も有力な盗賊団達が集う洞窟があり、周辺の村落に対して、軍隊のような戦力を背景に威張り散らしていた。

 

 ――――しかし、今はもうその面影がない。五百人以上が集う盗賊の拠点は、4人、ないしは3人と一匹の集団によって壊滅させられていた。

 数多の冒険者用に張られた罠、効率的な守りやすい配置、頼りになる腕利き達。全てを正面から踏み潰され、暴風のような破壊と暴虐を味わい……盗賊団の頭目達は、揃って縛られていた。

 

「絶世の美女はどこだ! お前の娘は良かったが、俺様が探しているのはハーレムだ。ネオ桃源郷はどこにある?」

 

 口のでかい、緑色の服に鎧を着込んだ冒険者が、盗賊団のボスである壮年の男に詰問する。レス盗賊団の頭領は、呆れつつも間抜けな冒険者にささやかな仕返しをする事にした。

 

「ネオ桃源郷というのは、儂らが流した真っ赤な嘘でさぁ。ここは何の変哲もない洞窟ですぜ。本当に信じてここまで来たのは、あんたらぐらいですなぁ」

「死ねーっ!」

「ぎゃああああああああああああ!」

 

 盗賊団の総頭領、マット・レスは死んだ。

 

「ほら、やっぱり自由都市の桃源郷の方が当たりだったってー!」

「ボクもそう思ってたー。大陸の崖から落ちた先にある秘境って、具体的だったし」

「だよなー!? 俺が聞いていた話の方がそれっぽかったよな!」

「だよねー、本物っぽいよねー。あーあ、無駄足になっちゃったなー」

「ぐ、ぬぬぬ……プリンスタイルの情報屋め。適当な情報渡しおって……」

 

 茶髪の少女、エールとその相棒である長田は、あからさまにリーダーを責めていた。

 この冒険者達は桃源郷、そこにあるという男の夢、ハーレムを求めた集団だ。手がかりを探す中で、ヘルマンと自由都市、二つの情報があった。エールの父親は美女も新しい方が良いに違いないと言って、ネオ桃源郷を選択した。だが、進めど進めど盗賊と鉢合わせるだけ。最奥まで踏み込んで探しても、ハーレムなど影も形もなかった。

 

「つまんなーい。盗賊団じゃボク達に勝てるわけないし、さっさと他いかない?」

 

 結果、こうして父親の威厳は形無しになり、エールにニヤニヤと弄られていた。エールは、他人を弄るのが好きな悪戯娘だ。今もこうして、父親に貝を乗せている。

 

「……って、からから貝じゃないか! どこで見つけた!?」

「そのへん。あげるよー、もっと状態良いの持ってるし」

「む、むむむ……素晴らしい。素晴らしい、が……いかん……」

 

 リーダーにとっての収穫が盗賊の娘と、からから貝に増えた。だが、エール達には何もない。大見栄切った手前、得したのが自分だけとなっては形無しだった。

 

「残念でしたね。幸いにも候補はもう一つある事ですし、エールちゃんが言うように、そちらに向かいましょうか……」

 

 冒険者の奴隷、絶対服従の奴隷であるべきシィルまで追従した事で、冒険者は絶対にそっちに行くものかという意地が生まれた。

 

「いや、俺様の勘は常に正しい。だからこっちで正解だ。正解にしてみせる」

「はぁ? つまりどうするんだよ。ここにはもう何もないだろー!」

「うむ、まずここを足掛かりにするのだ。それで、それで……」

 

 とりあえず今までの行動が無駄にならない方針を探す内に、一つのアイデアを思いつく。

 

「……おお、俺の明晰な頭脳は素晴らしい答えに辿り着いたぞ。ネオ桃源郷、無ければ作ってしまえばいい。そうすれば最初に辿り着いた俺様が独り占めしたという真実になる!」

「つまり、ここにハーレムを作るということでしょうか?」

「うむ。そうだ」

「いや無理だって。たくさんの女の子養うのどうするんだよ!? 俺達4人だけじゃとてもとても……」

「手頃な雑魚がそこそこいたではないか。こいつらをハーレムの為の奴隷にしてこき使おう」

「雑魚って……盗賊達?」

 

 そうして、冒険者は縛られた盗賊達に向き直ると死体に剣を向けて問いかけた。

 

「おい、この死体の次に偉い奴はどれだ? 遅いと殺す」

「頭領の息子の俺、バウンドです。副長をしていました」

 

 盗賊達の中から、茶髪の若い男が即座に口を開いた。

 

「よし、お前は盗賊共をまとめて俺様に従え。出来なければ殺す。そして同じ質問を次の奴に繰り返すぞ」

「……次のお頭があなたという事ですか?」

「おう、そういうことでもいい。とにかく雑用をする奴が欲しい」

 

 ちらりと自分の隣のもう一人の副長を見ると、顔面蒼白になって涙を流していた。バウンドの目線に気づき、縋るような目で見返して、頭をぶんぶんと横に振る。

 普段鼻持ちならない奴がこの有様では、自分がやるしかなかった。なによりも、妹の事が気になる。縛られた中で精一杯頭を下げて、バウンドは冒険者に服従を誓う。

 

「……わかりました。命を賭けて、お頭の為に働かせて頂きます。これからよろしくお願いします」

「うむ、よろしい。他の奴等も従うか? まぁ死ぬか生きるかだが」

 

 それに続くように、他の盗賊の頭目達も次々と服従の言葉を続ける。弱肉強食の世界において、圧倒的な力とはそれだけで頂点に立つだけの権利を有する。

 強引だが鮮やかな手並みで盗賊達を配下に置いた冒険者の手筋に、エールと長田君は呆気にとられた。

 

「潰した盗賊団のボスになりやがった……お前の父ちゃん、本当に滅茶苦茶だな」

「うん。……でもこれはこれで面白そう!」

「この流れでなんでテンション上がってんの……やっぱりエールもおかしいよ!逃げようぜ?」

「えー、盗賊はやった事ないからやってみたい。何事もやってみるものだって母さんが言ってた」

「あの人物事の良し悪し教えなかったのー!?」

 

 漫才を始めている二人を放置して、着々と冒険者は自分が盗賊の頭になる準備を進めていく。生き残っていた山賊を蹴り起こし、あるいはトドメを刺して一つのところに集めていく。

 やがて、半壊した――200名程の集団となった盗賊団は、土下座で冒険者達を迎えた。

 

「ちゅうもーく! 今日から貴様等の主が変わった。俺様だ! で、横にいる奴等は俺様のものだ。手を出したら殺す。逆らったら殺す。頭目共は部下が逃げたら殺す」

 

 次の頭領は、絶望的な暴君だった。魔物界でもここまで横暴な縦社会はないであろう絶対遵守の規則を定めていく。

 

「貴様等は俺様のハーレムを作る為の奴隷だ。可愛い女の子は全て俺様のもの、美女を見つけても先に手を出したら絶対に殺す。略奪とかは勝手にしろ」

 

 既に声を発する元気もないまま、盗賊達は新しい主達を仰ぐ。彼等の圧倒的な戦闘力はほとんど全員が目にしており、死んだ目で現状を受け入れていた。

 

「この盗賊団の名前も変える。自分から俺様のハーレムに加わりたくようなものにするのだ。この盗賊団は今日からランス団と名乗れ! 以上、解散してよーし」

(どこかで聞いた気がする……)

 

 ぞろぞろと、力なく盗賊達が去っていく。バウンドは必死に、部下の盗賊達をまとめようと走り回っている。頭目達も死にたくないがために、それぞれが団結、連帯して様々な知恵を出し合う。圧倒的な恐怖は人をまとめる。以前より遥かに堅い鉄の組織が生まれようとしていた。

 奴隷達が自分から便利な手足になろうと努力する姿を見て、冒険者は満足そうにシィル達に語りかけた。

 

「俺様の華麗な掌握術を見たか? 見事だっただろう!」

「は、はい。見ていました……」

「そうだ。ハーレムというのは他人に用意されるものではない。自分で築き上げるものなのだ。それをこれからお前らに見せてやろう」

「今言ってることだけはまともに聞こえるけど、他全部滅茶苦茶だろ……あんっ」

 

 遂に長田が冒険者に割られた。慣れた調子でエールがセロテープを取り出して駆け寄っていく。割るのも一番多いが、治すのも一番多い。これが二人のスキンシップらしい。

 

「やるべき事は決まったな。盗賊共をこき使って美女を集めてハーレム作成。うむ、素晴らしい。ここから今回の俺様の冒険が始まるのだ。シィル、エール、ついてこいよ! がはははははは!」

「レンジャーだし、盗賊稼業も頑張るよ!えいえいおー!」

「あはは…………」

「盗賊団かぁ……マジかよ……マジかよ……」

 

 目をキラキラと輝かせて、次の遊びを楽しもうとするエール。こうなったら止めようとしても止まらない事を悟っているシィル。盗賊団に堕ちた事に茫然とする長田。三者三様の在り方をもって、リーダーの判断を眺めていた。

 

 馬鹿笑いをする冒険者の名はランス。数週間前までは全魔物の絶対支配者、魔王だった。

 

 

 

 

                   勇者フェイズ

 

                RA15年8月前半(0ターン)終了

            メインプレイヤー総数 2億0980万0000人

                  人類死亡率 30%

         逡巡モード 人類30%死滅で発動、魔人を殺せる力

 

 あはははははは! この剣と勇者って凄いよ。今ならなんでも出来る気がする!

 魔王や魔人なんてどうでもいい。危ない橋を渡る必要はないでしょ?

 私の冒険者活動はここからが本番だー! まずは、盗賊退治とか気楽なのをやりたいな。

 

 新勇者バーバラ 所持技能 剣1、魔法1、『不幸1』

 




2部終了後の世界で鬼畜盗賊王ランス+東ヘルマン+魔王の子大集合+新勇者視点が本作品のコンセプトです。

エール・モフス(レンジャー)
 織音展(前半)より
 織音展では4人のエールが出演しており、それぞれに職業が書かれている。
 男はヒーラーとガード。女はレンジャーとガードとなっている。
 レンジャーエールは冒険者舐めてるような装備をしているように見えるが、羽織っているものはレディチャレンジャーという女性用冒険服であり、冒険者でもおいそれと手を出せない高価な装備。(ランス9、クルックーの装備説明より)
 もっとも、クルックーがしていた本来の着方を考えると、明らかにサイズが合ってない上に着崩している。
 デザイン、色合いも微妙に違う事から新品なのだろうが、身長が伸びても着れるようにかなり大きめのものを買うあたり、前代法王に比べてそこまで裕福ではないかもしれない。
 『最終年』であるのにも関わらず、その後の事を考えた服を用意するのは、母のエールに対する深い愛情が感じられる一品。
 全てを受け入れますと言っていても、本心では娘に戻って来て欲しいと思っていたのだろう。

長田君 lv30
 ハニー、エールのソウルフレンド兼ベストフレンド。ノリが良く、ただし善悪や常識ははっきりしている。ランスにとってのシィルであるように、エールにとってのアクセル兼ブレーキ役でもある。
 ただし、エール自身がはっちゃける為に、ブレーキ役としてはあまり役目を果たしていない。
 三人称視点では君はつけられない為に違和感が凄い。

シィル lv80
 ランスの奴隷。
 レベルが高いのは、ケイブリスとの決戦時の状態が残って氷漬けで止まったせい。レベルは魂依存らしい。歴代女王がパステルの憑依時のカードを見ればわかるが変動する。
 実はランスの事が好き。盗み聞きの魔女、クレインが知っている秘密。

ランス lv400
 この世界の3人の主人公の一人、奴隷のシィルと共に冒険中。
 新しいハーレムを作る為に、絶世の美女を求めて桃源郷を探していた。
 セックスの為にはなんでもするし、なんでもやる。
 今回は盗賊の頭として、女を求めて暴れまわる。






プロローグ RA15年8月上旬はこれで終わりです。
 この物語は、ランスX,ハニホンX、『1.01からの???』までしっちゃかめっちゃで作られたものになります。拙い文章ですが、自分なりにランスシリーズの愛、あるいは末期の禁断症状を詰めたものです。なんとか良くしていこうと頑張りますので、誤字脱字、批評等も歓迎です。

 オリ要素はたっぷりぶち込んでますが、それは自分が追加して欲しい要素をぶち込みまくった、かつぶち込まれるとしたらこういうのだろうなぁというものです。つまり、おふざけと10マグナム(あってくれー頼むよー)に対するガチ予想が混じってます。

 例えば今回のエスクードソードに対する設定については、原作の文章表現におけるトリックから予想したものです。ゲイマルクが消滅して勇者システムが終わったように思われますが、肝心のエスクードソードについての記述は本当にありません。
 そしてゲイマルクの消滅はエールの選択であって、分岐のない一本道。つまりどちらでも新勇者が発生するように構成されているとも考えられるのです。
 あの剣と、従者がいる限り勇者が新しく発生する可能性は大いにあります。勿論、数多の予想の中で数打てば当たる的な予想ではありますが……当たって欲しい。
 だって勇者も犯したいじゃないですか、魔王も魔人も法王も王女も皇帝もやってますから職業的にコンプリートなら外せません。ランス様ならやってくれる。

次章 TURN1 RA15年8月後半


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外伝
魔王スラル最期の一日(上)


二次設定特有のおふざけと大胆な改変があります。



 神以外未だ誰も立ち入らぬ聖域。神の領域――――

 ここにいるのは白く、巨大な存在だった。くじらのような生物。名を、創造神ルドラサウム。

 

「……つまんなーい。もう飽きた」

 

 創造神ルドラサウムは、自分のやった事に飽きていた。この生物は全ての創造神にして、ただ一人の観客。神々、この世界、この大陸は全て彼から出来ており、彼を楽しませるための一人遊びの玩具だ。

 

「……つまんない。……つまんない。……見るべきものがない」

 

 彼を楽しませていた世界は、神々の思いもよらぬ方向にズレて、恒久的に争いの無い世界になってしまった。元々与えられてた楽しみ方を奪われて、もうそれは手に入らない。そう悟ったルドラサウムは癇癪を起こして、この世界を壊してしまった。

 最初は玩具箱をひっくり返したのでストレス発散にはなった。大陸統一国家トロンも、平和思考なドラゴン達も次々と死んだ。彼等が苦しんで死んでいくのは爽快だった。

 

「ぷちぷちを潰すのは楽しかったけど、もうほとんどいないし……」

 

 だが、数百年も続ければドラゴン達はいなくなり飽きが来る。有限なのだから当然だ。サーチアンドデストロイを続けた挙句のウオーリーを探せ。これを数百年も見ていて楽しいだろうか?

 これ以上続けても何の生産性もない。そして面白いものを作るやり方をルドラサウムは知らない。

 

「……ねぇ、ここからは君たちが面白くしてよ」

 

 ルドラサウムは最初の時のように、一番最初に作った三体の神に丸投げした。彼等こそ、この世界の基幹を作った三超神。ルドラサウムは自身の一部を貸して、見て楽しんでいるだけで基本的には何も作らない。

 

「…………」

 

 三体の神は何も喋らない。今の創造神の前では沈黙と行動こそが最適解だと考えていた。

 設計時点でガバガバなシステムだからこうなることはわかっていた。

 お前が作った生物のバランスが悪い。

 なんとかなるでしょ頑張ってね。

 もしかしたら、口を開けばこのような事を言っていたかもしれない。しかし、やる事としては前と同じだ。第一世代メインプレイヤーまるから、第二世代メインプレイヤードラゴンに変えた時のように、第三世代メインプレイヤーを作るべき時が来た。

 

 

 ここまでは神しか知らぬ物語。そしてこれからは人の知る物語。

 神によって作られた、人の苦しみが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 AV歴421年――――

 

 いくらかの神々の紛糾を経て、人間達は産み出された。最初の彼等は神造の人間だ。魂の枠はメインプレイヤーだが、試験段階のためにメインプレイヤーとしては認めなかった。

 人間という種はばらつきはあるが平均ではモンスターに劣る、あっさり死ぬ生き物だ。だがその繁殖力は高く、団結力もあり、神の助けを借りて瞬く間に発展を遂げて人口も増えていった。

 魔物は強く苦しく、時に村が全滅するなどザラだったが、それでも人口は全体として少しづつ増えている。

 人は魔物に怯えつつも地に満ち、苦しみも喜びも多く生産されていた争いの多い時代だった。

 創造神は大変満足していた。

 

 

 

 AV歴721年――――

 

 300年の時が過ぎた。人類はメインプレイヤーと正式に認められ、ヒューマン・カラー、第三世代モンスターも発生した。

 人口は神によって十分に増え、文明も発達して魔物を集団で倒し、国家が支配する地域も増えている。魔物は種族の隔たりが大きく、まとまりがない。個々では魔物が強いはずなのに、人間の方が幅を利かせるようになり始めた。

 人類は各々が生を謳歌し、争いあって、殺しあって、憎しみあって、愛しあっている。魔物と人の立場が拮抗し、脅威の存在が少しづつ打倒可能な存在と認識が出始めた時、それは起こった。

 

「世界の変革をお知らせします。新しい魔王が誕生しました」

 

 アコンカの花が、咲いていた。神に与えられた貴重な花。咲く時こそが人類にとっての転換点と渡されていた花。

 

「AV歴は721年で終了となります。来年からSS歴1年となります。お間違えなきように」

 

 何か良い事があるかもしれないと思い、人々は新暦を祝った。

 世界も神々も祝っていた。新たな魔王の誕生を、一人の少女が魔王になることを。

 

 

 

 SS歴1年――――

 

 魔王スラルは覚醒し、この時代の地上最強の支配者となった。

 顕現した当初は災害のようなものだった。圧倒的な魔法力で死と破壊をもたらし、夥しい被害を人類に与えた。ただし、落ち着いた後は過去の魔王と違った。スラルは力による破壊や恐怖ではなく、支配という在り方を重視した。

 スラルは絶対命令権によって魔物、魔人を操り、包括的だが若干効率的な魔軍を統制。多数の魔物を率いて様々な人類国家を滅ぼしていく。そうして大陸最大勢力の絶対支配者として君臨した。

 支配下の人間は労働力、玩具として魔物によってこき使われ、時折気まぐれのようにスラルによって虐殺される。魔物達の支配下の人類にとっては、スラルは死の象徴だった。

 この先も人類はスラルによって虐殺されるのかと、魔王の存在と恐ろしさを思い知り、人々は絶望した。魔物、魔人、魔王によって苦しめられ、人類は嘆き、苦しみ、絶望する。奮起して魔王を倒そうとした国家や英雄もいたが、到底スラルの魔物、魔人たちに敵わなかった。

 

「くすくすくす……うん、これはいいねぇ、ふふふ……魔王のせいでみーんな苦しんでいく……」

 

 魔王システムのつつがない再稼働とその結果に、創造神は大変喜んでいた。欲しかったおもちゃが戻ってきた。後は眺めて楽しむだけだ。

 

 

 

 SS歴300年――――

 

 魔王、魔人の在り方は劇的に変わった。魔王スラルは世界構造を知り、神に謁見して無敵結界を願い、超神プランナーはそれを叶えた。魔人も無敵結界を有するようになり、人類は魔物、魔軍に対抗する術が皆無になった。魔物達のタガは外れ、次々と人類を思うがままに攻めて来て虐殺するようになっていった。スラルの願いは人類に絶望を与えた。

 

 ただしこの願いは絶望だけを与えたのではなかった。神は人を見捨てない。それと時期を同じくして、勇者も誕生するようになった。アコンカの花が咲き誇り、勇者を世界に送り出した。思うがままに攻めてくる魔人や魔物を撃退して人類の大きな希望となった。

 

 その大殊勲以降、魔王スラルは魔軍と人類が戦争になっても、勇者が出て来ても一切姿を見せなくなる。統率者として君臨しているらしいが、どこにいるのかはほとんどわからない。実体の無いものを恐れようがない。人類国家にとっての明確な脅威は、多くの地域を支配していて魔軍として攻めて来る魔人達であった。

 

 魔王の部下、魔人達。強力な力を持ち、勇者以外傷一つつけられない存在。対抗手段のほとんど無い存在をスラルは存分に行使しつつ、虐殺以外は雲隠れした。

 彼女が史上最弱の魔王と言われたのはこれに起因する。魔人がやられただけで出て来なくなったのだから相当臆病なのだろうと。

 

 また、彼女は魔人の中でも上下関係を作った。それによって実力主義を明確にし、魔人同士の無用な諍いを作らないためであった。四天王制を作り、魔人筆頭を作り、それぞれに王と呼び、領地を与えて魔軍の統率者とした。上位魔人達は大なり小なり城を構えるようになり、大規模な魔物の頭として動いていた。

 

 

 

 SS歴499年――――

 

 何事もなく、世界は勇者によって救われないまま、多くの地域は魔物に支配されている。

 当時の地名は多くが違うが、現在の地図と照らし合わせると四天王、魔人筆頭達の勢力図が以下のようになっている。

 ヘルマン方面、トランシルバニアの森の城主。西ヘルマンを統治している夜の王、魔人ケッセルリンク。

 ゼス方面、琥珀の城の主。ゼス南部の地域をまとめている獣の王、魔人ガルティア。

 リーザス、ヘルマン間、バラオ山脈にある山城の主。東ヘルマン全体を支配している竜の王、魔人カミーラ。

 魔物界の奥地、ベネトク山の城主。ミダラナ、キトゥイツリーなどを管理している風の王、魔人メガラス。

 

 そしてLCM山脈周辺の魔王がいるとされる直轄地を守り、自由都市とリーザスにかけてほぼ全地域を気ままに闊歩する魔人筆頭。

 

 

 

 その魔人筆頭と今代の勇者グラスの戦いが4日目に突入していた。

 

「……ッ! この化け物め……!」

 

 グラスの疲労の色は濃い。

 スラル期初期に誕生したこの魔人を倒さなければ、魔王に会う事は出来ない。そう言われていた。だが、あまりにも絶望的な戦いだった。

 魔人筆頭は人類を嘲笑うように無敵結界を不要として常時解除している。だから他の魔人と違ってグラスにも殺せる目はある。

 そう信じて、グラスはあらん限りの力を振るって戦い続けた。最初の一日で槍も剣も折れて魔法力は枯渇した。それでも徒手空拳が己の最大の武器と信じ、愚直に振るって幾度となく魔人筆頭を倒した。だが、倒せど倒せど蘇る。

 

「一体何度殺せばいいんだ……よっ!」

 

 何度目かわからない致命傷となる拳が魔人筆頭に突き刺さり、振りぬかれた。しかし、その振り抜いた後に膝が笑い、崩れ落ちてしまう。即座に復活した魔人筆頭にとっては、絶好の機会だった。

 

「隙あり。もう逃がさないよ」

(しまった……! 来る……!)

 

 通算3度目になる解除負荷の呪い。それが勇者の顔に纏わりつく。

 

「やめ……やめろおおおおお!!!」

「どんどん僕好みの顔になっていくね……ふふふ……」

 

 一体どんな恐ろしい状態になっているのか。自分の顔を見た時、正気を保っていられるのか。グラスはわからない。だからこそ、恐ろしい。目に見える世界は歪み、歪み、歪み――――視界を彩る縁がピンク色になった。

 

「はーーーーーにほーーーーーーーーーー! 次は度をもう少し強めてみようか。ドジっ子度が上がるよ!」

 

 有史上最強の魔人、ハニービルの主、陶器の王、魔人筆頭ハニーキング。彼は魔人ごっこを存分に楽しんでいた。

 

「…………もういい! 俺の負けだ。このクソ魔人が!どうするんだよこんなの!」

「ばいばーい。また来てねー」

「二度と来るかぁ!」

 

 勇者グラスは遂に諦めて、ピンクの眼鏡をつけたまま逃げ出した。

 魔人筆頭ハニーキング、勇者特性に対するアンチ性能の塊と言っていい。見切り性能の意味がない必中のハニーフラッシュ。魔法無効。ふざけた数多の特殊能力。殺しても一瞬で蘇る。一撃一撃は致命傷でなくとも、確実に勇者のダメージは蓄積し、精神が摩耗し……隙を突かれたところで眼鏡っ子にされる。ハニーキング直々につけられた眼鏡は一生取れない。そうして、トラウマを植え付けられた勇者は立ち上がれなくなる。

 史上最弱の魔王と言われた最大の理由は、史上最強の魔人がいたからでもあった。魔王スラルは皆殺し、姿も見せない。広範に精神的な凌辱を繰り返すハニーキングの方がよっぽど人類のヘイトを稼いだ。

 いつもの魔人ごっこが終わったハニーキングは満足そうに取り巻きの陶器たちに囲まれた。

 

「王様かっこいいー!」

「今回の勇者は弱かったね。総計652回殺されるだけで済んだよ」

「王様ー! ちなみにあと残機はどれぐらいあるのー?」

「はっはっは。戦いの間に4000ぐらい増えたかなー」

 

 理不尽、おふざけ、だからこそ不滅。魔王スラルはこの上なく卑怯な盾を雲隠れに使っていた。

 

「でも今日粘られたらこっちが逃げるしかなかったからなー。チャンスがあったのに残念だったね」

 

 ただし、ハニーキング側も絶対に負けないというわけではない。今日はどうしても外せない予定があった。

 

「さて、あの子はクッキーが好きだからね。今回も焼いてから行こうか」

 

 魔人がスラルの下一同に会する日。12月の最終日――――定例会だ。

 

 

 

 

 

 魔王スラルの定例会は毎年ハニーキングの膝元、ティティ湖のハニワ神殿で行われる。

 ハニワ神殿はハニー達の聖地だ。澄んだ色を湛えた湖、その周囲を彩る緑の茂る木々、そして後方にLCM山脈。まさしく絶景という言葉が相応しいところにあり、湖の中央にある陶器の形をした神殿が景観を台無しにしてくれる。

 魔人達は毎年しかめっ面で神殿へと向かう橋を歩く。ハニワ臭く、ふざけたデザインの場所にどうして毎年集まらなければならないのか。魔人筆頭がハニーキングだからだ。

 魔王スラルはハニワ神殿の玉座に座っていた。元々はハニーキングが座るものだからサイズが違う。脚がぶらぶらと所在なく浮いている。滑稽な構図だが、誰も何も言えない。彼女は自分達の絶対支配者なのだから。

 既に粗方の魔人は揃っている。皆一様に頭を下げて主の言葉を待っていた。白髪赤眼、黒衣に身を包んだ少女は定刻になったのを期に口を開いた。

 

「竜の王はどうやら来てないようだけど?」

「カミーラ様の名代、使徒の七星です。カミーラ様は多忙につき参加出来ないとのことです」

「……今年も来ないのね。来年も来なかったら『使う』と伝えておいて。どうせ人間を甚振るのを楽しんでるだけでしょ。……主が誰かわかってるのかしら」

「…………申し訳ありません」

 

 スラルは口を尖らせて使徒を責める。実際のところは、ハニワ臭いところにいたくないだけだった。多忙を理由に拒否されてもうすぐ50年目、仕事は非常に出来るために目を瞑っていたが流石に看過出来なくなりそうだ。

 

「……それでは定例会を始めましょうか。自国、周辺地域の調査表を出して」

 

 実際のところ、定例会と言ってもこの一件だけだ。大きな異変があったら報告するように言っているが、大体はスラルの耳の方が早い。後は各魔人の顔を見るぐらいか。ただ、今日はいつもと違う事があった。

 

「……ケイブリス、遂に出せたのね」

「えへ、えへ、えへへ…………魔王様、僕やれました」

 

 魔人一のお荷物。スラルより背丈の低い下級魔人ケイブリスが目標を達成していた。ケイブリスは魔人としては弱すぎて人望がなく、部下もいない。今ここに揃っている魔人の中では一番弱い魔人だ。定例会は皆勤賞で、到着するのが誰よりも早い。やる気はあるが、仕事は出来ない。カミーラとは真逆の魔人だった。

 

「リスの洞窟に毎年籠ってたけど、ようやくやれたのね……」

「魔王様が与えてくださった無敵結界のおかげです。ぺこぺこ」

 

 粗は多く、出来ない前提で自分が調べたものの方が精度は高かった。それでもこれまで出来てない部下が出来るようになったのだ。駒よりもペット感覚の方が強い魔人が、実は毎年愚直にやろうとしていたという事を知って、スラルは少しだけ嬉しくなった。

 

「出来るのが当たり前だけれど、初めて出来たのなら褒美を与えてもいいかしら」

「褒美、ですか……?」

 

 首を捻るケイブリスに、スラルは悪戯っぽく笑って答えを告げた。『力』を込めて。

 

『ケイブリス、なんでも一つだけ私に質問を許すわ。疑問点があったら言ってくれる?』

「どうして人間の人口なんて調査するんだぁ?ぷちぷち共なんてどうでもいいだろ。……あーっ!」

 

 ケイブリスに与えられたのは褒美ではなかった。絶対命令権によって強制された尋問だった。リスの魔人は慌てて平身低頭、自分の主に土下座する。

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃ! し、失礼しましたぁぁぁぁ~」

「あは、あははははは! 大丈夫、絶対命令権によってやった以上どんなものでも許すわよ」

 

 スラルは絶対命令権の乱用癖がある。魔物や魔人に対して悪意のある、恨みの買いそうな命令までは行わないが、指示を出す必要があるならば必ず絶対命令権を使っていた。

 

「それで質問の答えね。私にとって、力の無い人間を玩具にして苦しめて殺すのは最高の娯楽なの」

「…………っは?」

「弱い人間を、囲んで嬲って炙る。苦しめて絶望させて悲鳴を上げるのを見るのが大好きなの。逆に言うと、強い人間の相手なんて面倒臭かった。だから無敵結界を願った。私が出る必要がなくなるから」

 

 剣呑な発言だった。だがスラルの赤き目は正気だ。正気の中で、人類の破滅を望んでいるように見える。

 

「……人間はね、私達の玩具や奴隷なの。娯楽に使うもの。だからこそ、私が殺す予定の人間を手下に先に殺されると腹が立つのよ。娯楽を奪われるのだから。だから人口を調査して、魔人達にむやみやたらに私の分を奪わないように言ってるの」

 

 スラルは世界構造を知り、人間がどういうものかを知っている。だからこそ容赦無く虐殺を楽しんでいた。

 

「この世界は私の遊び場。あなた達は玩具を整える為の部下。私はそこで、じっくりと自分の娯楽に集中出来る。魔王はいくらでも人を殺せて独り占め。最高でしょ?」

「は、はいいいい!さ、流石魔王様~!素晴らしい考えです!」

 

 ケイブリスは素直に感動した。彼の長い人生の中で一生覚えておくべき金言を頂いたように感じていた。それを聞いた七星が、ぽつりと魔王に問いかけた。

 

「勇者を私達に任せているのも、それが理由ですか」

「……まぁ、勇者というのは何があるかわからないからね。組織の頭というものは万が一、億が一でも負ける可能性があるならおいそれと前に出るべきじゃないわよ。私の死は、全勢力の崩壊に近い衝撃が出るでしょうから」

 

 最初に出現した勇者は、無敵結界を突破して魔人を傷つけていた。魔人によっては、あるいは殺せる勇者だった。いつか同じように無敵結界を突破する勇者が出るかもしれない。もしかしたら、魔王を殺せる勇者も出るかもしれない。そう思って、スラルは自身が前に出る事を避けていた。

 

「少し短いけどこれで終わりにしましょうか。他に用事がある人は夜に私のところに来なさい。じゃあね」

 

 本来の目的を告げて、スラルは玉座にいたのにも関わらず溶けるように消えた。後には魔人だけが残される。魔人達は主から解放され、好きな行動をとり始めた。

 

「はにほー! じゃあね~~!」

「メガラス、良かったら俺達と一緒にいかないか?スラルに用があるんだ。もしかしたら、お前の事を待っているかもな」

「………………」

 

 メガラスは終始喋らず自分の領地に飛び去って行った。その他の魔人達も自分達のところに戻る者ばかりだった。その中で、一様にどこかへと向かう魔人達。スラル自らが血を与えた魔人、ケッセルリンク、ガルティア、ハニーキング。3名はスラルの拠点を目指していた。

 

 

 

 

 LCM山脈のどこか、ティティ湖から少し離れたところに不毛の地がある。山脈の中でも一際厳しく、辛い環境の地域だ。日差しは厳しく、風は冷たい。とても人が住めるような土地ではないだろう。しかしその山にある一つの崖下に、ひっそりと一軒家が存在する。スラルの隠れ家だ。

 多くの魔人が豪勢な城に住む一方で、スラルは身を隠す為にこじんまりとした家に住んでいた。身を隠す為に周囲には隠蔽、欺瞞、霧の発生する地域など、山と仕掛けが施されている。

 その小さな家の中でスラルは――――ヘトヘトになっていた。

 

「はぁ~~~~~~っ、疲れたぁ……」

 

 演技は疲れる。魔王の血に支配されているフリなんて、やりたくもない。

 でも定例会のあの時間に限って、天使の波動を感じた。神がこちらを見ていたのだ。だったら魔王のフリをするしかない。もう波動がなく、こちらを覗いていないことを確信したスラルは伸びをして、素に戻った。

 ほとんどが赤に支配された魔王の目。その翡翠の輪郭部分が輝いて、自分の芯が露出する。

 

「さ、料理に取りかかりましょ。今年は何人来るのかな? メガラスとか来てくれると嬉しいな♪」

 

 必要ならいくらでも仮面を被る。だけど本質としては、一人の少女だった。少し広めに作った厨房に向かい、料理に取りかかる。慣れた手つきで一生懸命に、下ごしらえを済ませた食材から様々な料理を作り上げていく。

 

 

 スラルという一人の少女は、天涯孤独の人間だった。親は物心ついた時から既に亡く、孤児院育ち。その孤児院は悪意の無いところだったが、ある日魔物の群れに襲われてスラル以外は皆死んだ。魔法の才能があったスラルはその後も危険な世界を渡り歩いていた中で、魔王に指名された。

 

 最初は圧倒的な魔法力と身体能力が備わった事に気づくだけだった。だが、使えば使うほど人に対する破壊衝動が芽生えるようになる。抑えようとしてもどうにもならない。

 スラルは自身の状態がどのようなものか調べ、対抗策を打つ事にした。物質調査や魂状態判別の中で、自分の魂の属性が変わり、異様な量の魂が付与されている事に気付き、その魂が破壊衝動を持っていると解明した。

 

 彼女は限られた時間の中で魔王の破壊衝動がどうしようもない事を悟り、自分の身体を魔王の血に明け渡した。ただし魂を守るために、ソウルブリングを使って退避させた。

 既に自分の身体は多数の魂が入っている。その魔王の血が自分にはない言動で世界をやたらめったらに破壊するのは胸が張り裂けるような行為だったが、結果として彼女は魔王として覚醒しても、正気を保つ事が出来た。

 その後も破壊衝動が起きては、収まるまで魔王の血に身体を譲って満足させてきた。スラルが時折虐殺をするのはそれが理由だ。本心ではまったくやりたくない。最初の内はやる度に泣いていた。

 

 当然そのままにしておけるはずもなく、魔王稼業の傍らで、魔王を辞める為に世界構造を調べ続けた。そうして分かったのは、あまりにも絶望的な答えだった。

 人間は魔物、魔人、魔王に苦しめられる為に作られた。魔王が用を果たせなかったら、神が世界を破壊するだけだと。魔王の自分もまた駒だ。その答えに辿り着き、スラルは魔王を辞める事を諦めて、せめてもの幸せを求める事にした。

 

 

 ノック音がした。魔人達がここに来たのだ。自分達の家族が来た。

 

「はーい。入っていいわよー♪」

「失礼する」

「今年も来たぜ……今日しかないからな!」

「はにほー、はにほー。あいやー! クッキー持ってきたよー」

「わぁっ! ありがとうハニーキング。後で皆で食べましょうね」

 

 ガルティア、ケッセルリンク、ハニーキング。500年の年月をかけた、何よりも代えがたい家族たち。天涯孤独のスラルにとって、欲しかったのはこれだけだった。心から信じられる人がいればいい。

 

「ハニーキング、勇者との戦いは大丈夫だった?無敵結界は効いた?」

「効いたけど解除しちゃった。僕を殺すなんて無理だから、心が折れて帰っちゃったよ」

「……っもう!何のために無敵結界をつけたと思ってるのよ」

「あー……まぁそれは俺のせいだな、うん。俺が殺されかけたからだろ」

 

 ガルティアがばつが悪そうに漏らした。彼は慕っていたムシ使い達に裏切られた事がある。相手が言うようには、魔人になったガルティアこそ裏切り者らしい。

 

「魔人になるとはそういうものだ。……後悔してるのか?」

「美味い飯を作る方につくのは当然さ。それで敵になる奴が出るのは、ま、しょうがないわな。相手が上手かったんだよ」

 

 ガルティアもケッセルリンクも、元となる種族からは遠ざけられ、追い出されている。そこに後悔はない。スラルは溜息をしつつ、完成した料理を並べていく。

 

「こっちが苦労して取ってきたものを勝手に放り投げないでね。神様にお願いをした意味がなくなっちゃうから」

 

 スラルは世界構造を知る過程で、正式な手順を踏めば神に謁見し、願いが叶う方法を知った。だが、本当は神になど会いたくなかった。本当だとしても、あの神々ではロクな事をしてこないだろう。多大なデメリットをスラルは背負う羽目になる。

 それでも神に会う事を決めたのは、家族を守りたかったからだ。魔王の力は圧倒的だが、魔人は時と場合によっては殺される。家族を失うのが何より怖かった。

 悩んだ末、彼女は神に謁見して『魔王は殺せない』という願いをした。『魔王』とは魔王の血である事を知っていたため、その血を魔人に分け与えている以上、魔人達もまた魔王の一部であるだろうと予想した。

 スラルは賭けに勝った。自身の寿命は1000年に縮まったが、魔人は一切の不利益がなく不滅の存在となった。

 

 並べられた料理は、ガルティアの為に3日程前から準備された、素材に至っては1月近く前からスラルがその手で集めたものだ。彼女がどれだけ今日を楽しみにしていたかが伺える。

 

「……さ、揃ったところで食べましょうか。ハニーキングは、ハニ飯チャーハンとコロッケ。ケッセルリンクは……今年はほっぷぃ。ガルティアはそれ以外全部よ」

「う、うん……わざわざハニ飯にしてくれて嬉しいよ」

「私の為にありがとうございます。謹んで頂きます」

 

 ガルティアは今にも襲い掛からんと目を輝かせているが、ハニーキングは若干引いている。ケッセルリンクはいつもの変わらぬ平静な装いを崩さない。そして食事が始まった。

 

「おおっ……はすんの唐揚げから頂くか。美味い!美味い美味い美味い…………!何て美味いんだ……」

「あんっ」

 

 最初に一口目を食べたハニーキングが割れて即座に復活した。しかし止まらずに割れては復活する。割れ続けるのが止まらない。

 ガルティアはいつも大食らいなのだが、あえて少しづつ食べる事で、長く味わうように口の中に入れていく。

 

「このうはぁんは……う、おおおぉぉぉぅお! 刺激が口の中で踊って、すげぇ、すげぇよ!」

「…………………」

 

 ケッセルリンクは淡々と料理は口に入れていく。機械のようにその動きが止まらない。ガルティアは一口食べる度にオーバーな感動をしてくれる。

 

「くすっ……そんなに喜ばれると、私まで嬉しいな」

「あんたは天才だからな! 世界一の料理人だ! この飯の為だったら命だって惜しくはねぇ! ああっ……脳に来るぜっ……!」

 

 騒がしいガルティアの独壇場、割れる魔人筆頭と、何も言わないケッセルリンク。その中で、ふと……ケッセルリンクの食事を食べる手が、止まった。

 

「…………………」

「ケッセルリンク、どうしたの……っ!?」

 

 夜の王は何も言わず、体の手先から少しずつ灰になろうとしていた。その顔は、主に忠を尽くす事に幸せな、安らかな微笑みだった。

 

「ちょ、ちょーーーっと待ったー! いたいのいたいのとんでけー! 血をあげるから蘇ってー!」

 

 慌ててスラルは配下の首筋に血を注ぎ込み、ヒーリングをかける蘇生作業にとりかかる。既に体の半分は、灰と消えていた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……なんとかなったぁ……」

 

 結果として、ケッセルリンクは命を拾った。もう何年連続になるかわからない蘇生作業の甲斐あって、彼は魔血魂にならずに済んだ。

 

「申し訳ありません。……私の身体は少々、合わないみたいでして」

「ううん。誤魔化さないで……私の料理って、下手なんでしょ?」

「いやあれは下手っていうより……毒……」

 

 ハニーキングの発言は、ケッセルリンクの氷の目線によって封じ込まれる。何も、言うなと。主を傷つけるなと。

 

「スラル様は毎年成長しておられます。私の身体の弱さの方が駄目なのです。獣の王は美味しく頂いているではないですか」

「このへんでろぱは最高だぁ! 俺の一番好きな料理になったぞ! 刻が……刻が見えるっ……! 大宇宙が目の前にあるように感じられるっ……!」

「そ、そう……そう、なの……?」

 

 ガルティアはジャンキーのように喜んで食べている。一方でスラル、ハニーキングは身体の異常を発生させている。ケッセルリンクは、いつか耐えきって見せるという意思を込めた目で、スラルに優しく告げた。

 

「味の方は勿論素晴らしいです。あなたを守るナイトとして、私は来年こそやりきってみせます」

「う、うん。私ももう少し美味しく一生懸命に頑張るわ。二人で頑張りましょう?」

(毒なのはともかく、料理下手な子が頑張ってるのって、いいよね……)

 

 ハニーキングが割れても割れても真実を言わないのは、自身の趣味だった。彼女の料理は500年の努力の甲斐あって見た目はまともだが、魔人すら殺す猛毒だ。陶器の王ですら、味を楽しむ余裕はない。

 

 

 

 

 

 

「はぁー食った食ったぁ~……やっぱり食うとなくなっちまうんだなぁ」

 

 いつも通り、残った分をガルティアが感動しながら平らげてしまった。ゲスト用の食事も含めて。

 

「ところで……メガラスはどうだった?」

「ん?あいつは忙しいってよ。自分の領地にマッハで帰っていったよ」

「……そう。来年はケイブリスを呼ぼうかしら。今まで駄目な子というだけだったけど、頑張っていたみたいだから」

「そうだね。彼も自分のやりたい事に一生懸命なだけで、スラルと仲良くなれない魔人じゃないと思うよー」

 

 本当は、少しづつ家族を増やそうと不器用に努力をしていた。メガラスは一度呼ぶ事に成功したのだが、一回きりで後は拒否されている。本当は仲良くしていきたいのに。

 

「まぁ、食べるもの食べたし……今年はケッセルリンクだったな。それじゃ俺もお暇するか」

「僕も行くけど、その前にはいこれ、来年の分」

 

 そう言って、ハニーキングは銀縁の眼鏡をスラルに差し出した。

 

「う……そ、それ、本当に毎年やるのね……」

「当然!僕が魔人になった理由みたいだもの」

 

 ハニーキングは、魔人ごっこをやった理由を思い出す。見るも無残な破壊の跡地で泣き崩れる少女。亡くなった人達を悔い、どうにもならない自分を嘆いた一人ぼっちの女の子。彼女に眼鏡をかけさせて、恥ずかしがらせたらどんなに可愛いかなと。

 だからその手を取り、魔人になった。スラルの友達になりそうな人を紹介して、ガルティア、ケッセルリンクが加わった。良き理解者を得たのは、全てがスラルの自分の努力の結果だ。

 

「…………ど、どう?」

 

 恥ずかし気に、眼鏡をかけた。上目使いで、ハニーキングを見上げる。羞恥に頬を赤くして、慣れない装いが似合うか気にしている。

 

「最高だよ! うーーーーん……8憶とんで11万4713ハニー!」

「その数値はよくわからないけど……その、ありがとね」

 

 はにかみながら、彼女は幸せそうに喜んでいた。

 

「普通なら不幸にしたいんだけど……君は十分不幸だからね。今のままが一番だ」

 

 魔王というのはどうしようもないが、それでも彼女は受け入れてその中で幸せになろうと努力している。それを邪魔するのは神でもやるべきではない。精神改変まではNG。そんなポリシーを持って、魔人筆頭は魔王を祝福した。

 

「500年目おめでとー! じゃあね~!」

「ごっそさん! 美味しかったぜ。また来年な!」

「ふふっ……二人とも、またね!」

 

 崖の下、スラル配下の魔人は去った。残るはケッセルリンクだけ。空には穏やかな風が吹いている。魔王の拠点としては珍しい日だった。日付はもうすぐ変わるだろう。SS歴500年目が始まる。

 自室に戻ったスラルは、貰った資料を眺めながら椅子に座った。

 

「ケッセルリンク、お茶しましょうか。貴方が煎れてくれる?」

「御心のままに」

 

 ケッセルリンクは紅茶を作りに厨房へ向かった。スラルはその間に各魔人に渡された資料を確認していく。世界各国の人口調査。魔物だからざっくばらんだが、それでも地域を細かくしている事で概ねの実態がわかっている。

 

「……人類死亡率は91%。来年はカミーラにリーザス方面へ攻めて貰って、私が間引いて、全体として92%ぐらいにしたいわね」

 

 彼女は綿密に人類死亡率を計算していた。各国の人口を調査し、創造神が満足できるような悲劇や紛争を起こし続け、その中で勇者を強くし過ぎない。この200年の研究で、勇者の強さは人類死亡率に関わる事が判明している。魔王スラルは自分の平穏な未来の為に考える手を休めない。

 作業に没頭しているうちに、ケッセルリンクが紅茶を持ってきた。

 

「お待たせいたしました」

「ありがとう。……ん、美味しい」

 

 徹底した温度管理、ゴールデンドロップを絞り出す努力。使われた素材よりも、その熟達した技術と、主への想いがスラルを癒してくれる。

 

「来年も、再来年も、私が魔王を辞められる時まで、皆と楽しく過ごせるといいなぁ……」

「その事ですが、スラル様が魔王を辞める時、私も魔人を辞めさせてくれないでしょうか」

「えっ!?」

 

 ケッセルリンクの突然な提案に、スラルは紅茶を零しかけた。

 

「どうして? 魔王でなくなった私なんて、ただの人よ。次の魔王に仕えた方が幸せよ?」

「私はあなたのナイトです。ナイトである為に魔人になっただけで、主なき騎士に価値はありません。どうか魔王を辞めた後も、私を共に置いてくれませんか」

「あ、う、うう……」

 

 魔王ではなく、スラルと共に生きたいと言われた。それが嬉しくてたまらない。

 

「許してしまいそうだけど、残念ね。こういうのは祝いの酒を誓いにするものだけど、私は持ってないわ。魔王に合うだけのものが必要でしょうし」

「ご安心を。ドラゴン族の秘宝、AV歴以前からある一本を持っておきました」

 

 ケッセルリンクは懐から豪勢な装飾の入った古代酒を取り出した。厨房からグラス2つまでくすねたらしい。グラスを並べて、酒のボトルを開けていく。

 

「……気障おじさん」

「性分ですので」

 

 逃げ道を失ったスラルは、注がれていく酒を眺めながら、気恥ずかしさを隠すように言葉を続ける。

 

「後悔しても知らないわよ?私とあなたはただの人とカラーに戻るんだから」

「ご心配なく。その方が幸せです。獣の王も同じ事をするでしょう」

 

 二人は注がれたグラスを持ち、誓いの言葉を交わそうとしている。日付はもう間もなく変わるだろう。

 

「「私達の未来に」」

 

 小さい金音と共に、部屋にあった壁時計が音を鳴らした。ここからはSS歴500年。

 SS歴500年が始まり……彼女の魔王生活はここで終わった。

 




魔王スラル
 所持技能 魔王1,魔法3,神魔法1,毒2
 性格、魔王対抗策はほぼ全て独自設定。
 血の衝動を軽視は出来ないため、上手く誤魔化さないと殺戮マシーンと化す。
 神に見られている時はこれまた残虐な性格を見せないといけない。

魔人ハニーキング
 当然独自設定。絶対命令権とかも効きません。ギャグ体質ですから。
 多分スラル期以前からおふざけ神として存在してそうです。第二世代モンスターですし。
 二次創作特有のおふざけ。魔人の数が足りないし陶器の王というフレーズだけで決めた。一発ギャグ

勇者グラス(オリキャラ)
 開設初期におけるエスクードソード、従者の不在時代の勇者。後から考えると凄く幸せな勇者。

 独自設定として、人類を創りだす時期をAV歴3~400年ぐらいから先にやってた事にしました。

 スラルの性格をヒロインとして書くならば、人から産まれた人の歴史を積み重ねた女の子である必要がありました。メインプレイヤーと同時発生だと神造完成物でほとんど最初から魔王みたいな子で、料理とか臆病で慎重な性格とか設定し辛いなと思った為公式を大改変。
 年表に反しますがドラゴン狩りなんて流石に600年も続くわけないでしょう。ラストウオー終結後4,5年の平和でブチ切れたルドちゃんが重箱のスミをつつくようなドラゴン捜索で何百年も楽しめるわけがありません。正直公式の方が間違ってるんじゃないですか(暴論)
 織音限定版、三超神の項目を参考にミックスされたのが今回のバーバラ正史になります。


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魔王スラル最期の一日(下)

 魔王スラルの目の前には、真っ白な景色が広がっていた。

 

「え、あれ……何、これ……? ここはどこ? さっきまでケッセルリンクと……」

 

 一瞬の出来事だった。スラルがたった一度瞬きをしただけで、景色が一変していた。

 

「――――待っていたわよ。魔王スラル」

 

 その白い世界よりも、なお光に満ちた存在が魔王スラルの前に顕現した。姿かたちは一人の少女に見えるかもしれないが、纏う空気はこの世のものではない。魔王であったとしても、ひれ伏したくなるような圧倒的な存在感。ほとんど確信をもって、スラルは理解してしまった。

 ――――目の前の方は、この世界の管理者だ。恐らくは最上位の神。

 

「ふふふ…………こちらが呼びつけたのだし、こんな格好というのもアレよね」

 

 発する光は和らぎ、神の姿がスラルの目でも見えるようになる。完成された美貌、ゆったりとした法衣、剣と盾、そして黒い六翼。この似姿は見覚えがあった。二百年程前から組織として固まりだしたAL教。そのAL教が神と崇めている存在の彫像に似ている。

 

「…………女神、alice様?」

「自己紹介の必要がないのは楽でいいわね。初めまして」

 

 女神aliceが、魔王を呼びだしていた。にっこりと笑って、嬉しそうに。

 柔らかい笑みだが、スラルの中の警鐘はひっきりなしに鳴っていた。これは、何か一つ間違えたら即死する。

 

「そう畏まらなくてもいいわよ。私は人類を管理してて、貴方は魔物を管理してる。立ち位置的には同僚みたいなものだから」

「…………そう、ですか」

 

 媚びも、嘘も挟む事は許されない。彼女の言う事を聞いて、邪魔しないように正直に答える。恐らくはそれが最善策。

 

「それで、女神alice様はどういった理由で私を呼び出したのでしょうか?」

「本題の要件はあるのだけれど……その前に、何個か聞きたい事があってね」

 

 厳かに、静かに、しかし聞き流す事のできない声で女神aliceは続けていく。

 

「一つ目。人間についてどう思う?」

「数が多いくせに弱く、私達が支配して便利に過ごす為の道具だと考えています。人は魔物に支配されるための生物ではないかと」

「……………ふーん。いいんじゃない?」

 

 真実を知った時から、スラルはこうであると言い聞かせていた。自分を洗脳するに近いが、神に謁見するにあたってやらなければならない事だった。今では本心として自然に言える。人類管理をする神にとっては不快な発言のずなのに、この神はあっさりと受け入れた。

 やはり、この世界の神はロクなものではない。

 

「二つ目ね。私達神々を何だと思っている?」

「この世界を作り上げた造物主です。私達より遥か高みの存在で、魔王である私ですらも神に対して背く事は許されません」

「正解よ。魔物も人も、魔王も勇者も私達が作っているの。この世界を面白おかしくするためにやっているのよ。賢いわね」

 

 女神は自分の意見を聞いて上機嫌に見える。ただ、それは望む答えを聞いたというよりも、ここまで自分の思う通りに進んでいることに満足しているのではないだろうか。嫌な予感が、強くなっていく。

 

「これは最後の質問だけど……スラルは、これからどうしたいの?」

 

 目を細めて、こう言った。空気が凍る。恐らくここまでのは前置きだ。嘘も許されず、間違えたら自分の命は――――ここで終わる。

 

「……何も変わりません。今と同じ事を続けていきたいです」

「うん?」

 

 女神が首を捻った。恐らくはこれが唯一の正解だろう。定例会の時の天使の波動。誰かはわからないが見ていたのは彼女だと決めつける。こちらが気づいていた事までは分かってないはず。

 

「私は魔王であることを楽しんでいます。地上最強の存在として思うままに過ごせる日々に満足しています」

「……………………そう」

 

 静寂が訪れた。aliceはスラルの目を冷めた目で見つめている。スラルも目を逸らす事なく、aliceの顔を見る。

 きっかり5分も沈黙を貫き、aliceはようやく口を開いた。

 

「――――素晴らしいわ。貴方はとても賢い魔王ね」

 

 ふわりと笑みを浮かべて、張り詰めた空気が消えた。

 

「自力でその答えに辿り着いたのは初めてじゃないかしら。優秀な魔王がいてくれて、私は嬉しいわ」

「……ありがとうございます」

「もう気づいているのかもしれないけれど、私達は人類が苦しむ世界であることを求めているの。創造神様がそういう世界を望み、そのために魔物と魔王は存在する。だから貴方の在り方は正しい」

 

 饒舌に女神は種明かしを続けていく。とりあえずの試練は乗り越えたのかもしれない。

 

「戦争と支配いう在り方も創造神様を喜ばせていたわ。一つとして同じ負け方にならないんですもの。多少なりとも希望を持って、足掻いて足掻いて苦しんで死んでいく。人間達同士の諍いも多いからいつになく楽しんでいる。貴方はこの先もルドラサウム様を満足させ続けるでしょう」

 

 最大の懸念だった創造神の受けも良かったらしい。争いの多い世界は好きではなかったが、飛び地をあちこちに作って断続的に騒ぎを起こした甲斐はあった。神々もまた、創造神の奴隷なのでとりあえずは安全だ。スラルは少しだけ気を楽にした。

 

「さて、本来の要件に入りましょうか。今日は賢い魔王の500年目を祝して、プランナー様からの贈り物を持ってきたのよ」

「贈り物……ですか?」

「そう。あなたは4つの黄金像を使って神に謁見したでしょう?」

「はい。文献ではあらゆる願いが叶うものとあったので、興味本位で使いました」

 

 スラルは世界構造を調べる過程で、神への謁見とその意味も知っていた。黄金像の最初の利用者だ。

 

「あれはね、プランナー様のちょっとした遊び心なのよ。魔王が真っ先に使用するとは意外だったらしいけどね。世界のバランスを崩さない程度に、謁見者の願いを叶えるの」

「私はそれで『魔王は殺せない』という願いを叶えてもらい、代わりに1000年の寿命を受け入れました」

「実装したら人類が一方的に虐殺される事に気付いて勇者も追加したんだけどね。……でもね、プランナー様はもう一つだけ、謁見者に特典を与える事を課していたのよ。それが出来なかった」

「……どういうものでしょうか?」

 

 謁見するだけで偉業だからという前置きを添えて、楽しくてたまらないように女神aliceは答えを告げた。

 

「4つの黄金像を揃えて、神に謁見して願いを言った者には永遠の命を与える」

「それは……」

「そう。あなたの願いのデメリットである魔王の寿命に矛盾する。だからすぐには叶えられない。プランナー様はこの矛盾をどうしたものかと考えあぐねてたわ。そこで、僭越ながらも私が提案した内容を採用してくださった」

 

 誇るように、楽しむように、恍惚とした表情で続けていく。女神が喜べば喜ぶほど、スラルは胸の中にある不安なものが増大していった。

 

「――――貴方の魂を魔王の魂の一部にして、永遠に魔王と共にいればいい」

(―――――!?)

 

 女神が腕を振り、スラルは倒れ込んだ。スラル視点では身体だけが倒れて、無理やり自身の魂が引きずりだされたように感じた。それと共に、スラルの身体からどす黒いものが抜き出されていく。魔王魔血魂だ。

 

「魔王の血は魔王にいられるのは千年ほどだけど、貴方はこれでずっと魔王としていられる。永遠の命と殺せないという願い。両方が叶っているでしょう?」

(そんなもの……願っていないっ!)

 

 もうスラルは意思はあれど喋れない。ただの霊体であれば喋れるはずが、意図的に封じられている。そうして魔王の血と紐づけして一体化されていく。肉体の方は魂のない抜け殻だ。もうぴくりとも動かない。

 

「後は新しい魔王候補に渡して就任させるだけ。後世には無敵結界が未完成だったから魔王は吸収されて消滅したとでも伝えておくわ。別れを惜しむ為に肉体は元のところに戻してあげる」

 

 もう後はプランナー様に渡すだけだ。ただ、この賢い魔王に少しだけ種明かしをしてあげてもいいだろう。

 

「……貴方がそうなるよう提案したのは、個人的な二つの理由があったわ」

 

 今までの世界に対する苛立ちを込めて、退屈で茶番な世界を作った魔王へと理由を告げる。神ならば本来は言うべきではなかったかもしれない。

 

「私はね、人類は皆悲惨である必要があって、絶望が足りないと思ってるの。ルドラサウム様が考えるより、ずっと、もっと――――人類は絶望するべきなの。あんたはルドラサウム様には大満足でも、私にとって落第点な魔王だったのよ」

 

 これまでの会話の中で、頭がいいからこそ嘘をつかずに乗り切ったのだろう。でも駄目だ。そもそも私には分かってしまうのだから。

 

「最後にもう一つ。幸せになりたいと考えてたでしょう? 駄目よ。あんたも元人間なんだから、悲惨で絶望するべきなの。そもそもあれだけ不幸と絶望を振りまいて、自分だけ幸せになる権利なんてないと思わない?」

(……ッ)

 

 魂だけだからわかりやすい。スラル自身が目を背けていた本質を突き付けられて、苦悶の表情を浮かべている。

 どうして私は頬が緩んでいるのだろうか。感情など元々ないはずなのに。だけど、これは面白いと思ってしまう。

 

「それじゃ……永遠の魔王就任おめでとう。スラル。本当におめでとう。願い通りになってよかったわね。魔王生活を、ずっと、ずっと楽しめるわよ」

(そんな……そんなっ……)

 

 女神の祝福を受けて、魔王魔血魂はより高次の存在へ送られていった。

 魔王スラルはこれからの魔王の視点と共にあり、痛みも苦しみも全て受けることになる。自身は何も語れぬまま。

 

 

 

 

 

 ケッセルリンクとの誓いの杯は交わされることはなかった。鳴らした後の手が、頭が、身体そのものが崩れ落ち、スラルは倒れ込んだ。

 

「……スラル様っ!?」

 

 主の見た事のない挙動に、ケッセルリンクは慌てて席を降りて駆け寄った。助け起こそうとするが……息は、ない。

 

「これはっ……どういうことだ!?」

 

 何をしようとしてもスラルが動き出す事はない。魂がない。抜き取られている。消滅している。目も表情も先ほどと変わらない。幸せそうにこちらを見て笑みを浮かべた顔のままだ。瞼すら降ろせていない。

 

「こんな……こんな……馬鹿なことがっ……」

 

 混沌と狼狽の最中に叩き落されて、ケッセルリンクは茫然自失とした。しかしスラルの死は目の前にある。受け入れるしかない。

 スラルの瞼を閉じる。せめて死者としてよりも、眠り姫としての体裁を整えたかった。

 

「おっ、おぉぉぉぉおおお……」

 

 慟哭と共に、ケッセルリンクは地に伏した。

 

 

 SS歴500年、魔王スラルの魂は魔王の血に飲み込まれて消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はスラル。魔王の血、その内の一つの魂。

 

「ははは……そうだ、皆壊せば良いのだ。壊して嬲って弄って殺してしまえばいい」

 

 今はナイチサという男の中にいる。彼がどんな男かは知らない。何を考えているかはわからない。ただ、魔王の血であるため、何をするかはわかる。痛みも苦しみも感じる。

 魔王として覚醒する前は優しい部分もある人だった。だけど抵抗している内にどんどん人間性が削られていって……今はもう、本人の部分はシミのようにしか残ってない。魔王の血にほとんど乗っ取られた。

 自分も魔法の才能がなかったら、思いつかなかったらこうなっていたのだろうか?彼は故郷を、家族と友人達を、伸びた爪で抉って一つのオブジェに変えてしまった。

 

「これからどんどん素晴らしいものを作っていこう。私は、魔王ナイチサだ……」

 

 スラル期は終わり、新しい魔王は誕生した。見たくもないものをこれから延々見せられるのだろう。

 

 程なくして、覚醒した魔王ナイチサは自分の配下の魔人達を呼び出した。

 

 ケッセルリンク、ガルティア、どちらも浮かない顔をして新しい魔王の、あるいは私の前に傅いている。私は何も言えず、彼等を見ているだけ。気づく事はない。

 あの日々は帰ってこない。魔王と魔人の関係だ。あのお酒は飲みたかったな。

 

「……ケイブリス、魔人筆頭とやらはいつ来るのだ」

「命令も飛ばしているし程なくかと! ぷるぷるぷる……」

 

 リスの魔人は相変わらず臆病だ。来年と言わず、その年に誘えば良かった。

 あるのは後悔ばかり、今見るのは死体ばかり。

 

「…………あいやー」

 

 ハニーキングは姿を見せた。しかし何をする事もない。まじまじとこちらを見ているようで見ていない。ナイチサではなく、その中の何かを見ている気がした。ハニーキングはごそごそと口の中に手を入れていく。

 

「ほいっとな。えーい!」

 

 ハニーキングは自身の魔血魂を取り出して遥か彼方へ放り投げた。後にどこかの危険なハニーが飲むかもしれない魔血魂は、奈落の底へ消えた。

 

「……つまんないから帰るよ。じゃーねー! 魔人ごっこはもうおーしまい!」

「なんだ、アレは」

(……私の魔人筆頭です)

 

 ハニーキングは帰ろうとしている。去り際に一人、誰にも向けてないように呟いた。

 

「まったくもう、本当性格ブスだなぁ……またね」

(…………!)

 

 万に一つもないだろう。何万年先かもわからないだろう。それでもまた会おうといってくれたことが、たまらなく嬉しい。

 死んだ心に、少しだけ活が入った。辛くても待っている人がいるのなら、頑張ってみよう。

 

 案の上、ナイチサは魔王らしく魔王だった。血の衝動に従い人類を殺し、破滅的な魔人を次々と生み出して人の世を地獄に変える。私では思いつかないような残虐な方法で魔王として次々と地獄を産み出していった。魔王の血に忠実な魔王だった。

 汲めども尽きぬ破壊衝動だが、それでも無限というわけではない。盛大な破壊を散々やった後は魔王の血は大人しくなる。だからこそ、私もソウルブリングを駆使して衝動を誤魔化して、それ以外の時期は普通に活動出来ていた。

 だけどこの人は何もしなかった。完全に魔王の血に支配されていたのだろうか。日々を穏やかに暮らすだけだった。大陸の北半分を支配して、何もしない。結果として残虐な行為以外しない魔王となっていた。

 振り返ると彼は最も可哀想な、同情したい魔王だった気がする。私もこうなっていたかもしれないのだから。

 

 ある時期、何が彼の琴線に触れたのはわからないが相当に怒らせる出来事があったらしい。魔軍や使える手札の全てを使って人類を抹殺せんと動いていた。

 私の時代には無い魔物兵。パイアールという魔人が作った魔物スーツを着せた魔軍で次々と人類を虐殺する。

 

 だからこそ、勇者のスイッチを入れてしまったか。予想通り、人とは思えぬ強さだった。

 

「どうだ魔王! 人類を舐めるなよっ!」

「グゥッ…………!」

「確かに一撃入れましたけど、この程度じゃ魔王は死にませんよー」

 

 クエタプノと名乗る勇者は魔王でも深手を負う傷をつけてきた。恐るべきはあの剣の切れ味。いつの間にか神が追加でついている。自分の時代より手が加わっているのだろうか。だけどそんな事よりも……

 

(魔王の血……私に痛みとか、苦しみとか全部押し付けてくる……!)

 

 魔王そのものも苦しむのだろう。その一方で魔王の血は自分が痛いのは嫌だと全部なすりつけてきた。私に拒否権はない。十や二十の魂じゃ効かない苦しみを全部こっちに渡す。阿鼻叫喚地獄。気が狂う。気が狂う。痛い痛い痛い痛い……

 

 それでも完全におかしくならないように調整されているらしい。もしくは時間を分けて押しつけてくるか。痛みにのたうち回っていたら、いつの間にか魔王が変わっていた。

 

 

 

 魔王ジル。五代目魔王、この人は……本当に恐ろしい魔王だ。

 魔王の血より破壊衝動がある。この世界に地獄を作る事しか考えていない。そういう言動をしていた。目の前にいる人は必ず苦悶に歪んで、ありとあらゆる苦しみを味わってからようやく死ねる。あの嬲り方では、もはや死こそ救いだった。

 振り返る必要はない。振り返りたくもない。最初の10年で思い知った。この人こそ魔王の中の魔王、最恐の魔王。生きている限り永久にこの世を地獄に彩る魔王適正者だ。

 だけど何よりもこの人は……嫌いだ。

 

「ははは……どうした、ガイッ……刻めッ……もっと深くっ……深くだっ……!」

(首絞めセックスはやめてぇ…………いやぁっ……)

 

 この魔王、やるとなったらアブノーマルな行為しかしない。経験がない私と違って歪みっぱなしだ。

 なんでこんな思いしなくちゃいけないの!? こんな倒錯的なものを処女の私が快感と苦しみ押しつけられるの!? いやいやいやっ……私まで歪ませないでぇっ……!

 永遠の魔王になる事を願った時点で絶望した。私の性癖まで完全に歪んでしまう。だって、もう気持ちいい。無骨な掌に首筋を撫でられるだけで、心のどこかでどきりとしてしまう。

 魔王の血は衝動に満足して黙っているから、私の心だけがありありと鏡のように浮き出る。ジル期の最後の方は、恐らくジルと同じ顔をしていた。

 ただし彼女は裏切られて終わる。終わってくれる。カオスに突き刺されて封印された。大多数の魔王の血は移動し……私もまた、ガイのところへと視点が移る。

 

 千年もの時が経っても、ガルティア、ケッセルリンクは生きていた。とっくに折れた心でも、それだけが救いだった。

 

 

 魔王ガイ。六代目魔王、この人は立派な魔王だった。システムの穴を突き、私と同じように血の衝動をかわして人類を解放した。信じられない。

 ただ、彼は何を考えているかわからない側面もある。寝させられるというか、明らかに見えない視点が半分ある。そこでブツ切りのように意識が途切れる。恐らくは二重人格の利用。魂を分割させての安定? どこまでも想像の域を出ないが、どこか遥か先をいつも見ている人だった。

 男の感覚を味わうのもまた嫌だったが……アブノーマルだけのジルよりかは全然マシ。

 私にはできなかった事を為し、概ね世界を平和にする。何よりも神々を騙しきるのはすざましい。

 振り返ると、この人は史上最高の魔王と断言できる。ただ、どこか自分の幸せを諦めていた。

 魔王としては穏やかな生を送り、異世界から資格者に継承させた。魔王を辞めた後は自殺に近い行動をとって死んでしまった。

 理解は出来る。やった事に耐えられない。生き続ける資格は私達にはない。

 

 千年の時が経っても、ガルティア、ケッセルリンクは生きていた。それだけが心がまだ生きている寄りどころだった。

 

 

 

 リトルプリンセス。七代目魔王、来水美樹ちゃん。最も親近感がある魔王だ。私もそのようなものだった。ただ、ボーイフレンドの健太郎君がいないだけ。ぽかぽかして、心が暖かくなるような二人だ。ヒラミレモンは私が魔王の時には間に合わなかった。どうかこの二人は結ばれて欲しい。幸せになって欲しい。そう思わずにはいられなかった。

 だが、台無しにする男が現れる。この男はガルティア、ケッセルリンクを殺したらしい。許せない。

 

「美樹ちゃんのボーイフレンドの名前は?」

「ランスくんでしょ? 決まってるじゃない」

(ちっがーーーーーーーーう! 健太郎くん! 思い出してーーーーーーーー!)

 

「あなた、どなた? 前に会ったこと、ありますか?」

「…………美樹ちゃん?」

(あなたのボーイフレンド! 八年間一緒に冒険して来たでしょ!?)

 

 記憶操作によって魔王を寝取ろうとする最悪の男、ランスだ。彼は瞬く間に恋人という盗んだ立場を利用して、これまで手をつけられなかったプラトニックな二人の関係を壊しに行く。

 

「俺達、今日結ばれよう」

「ふ、ふつつか者ですが、宜しくお願いします」

(よろしくない! お願いだから目を覚まして! もう魔王に覚醒していいから!!!)

 

 私には何も出来ない。こんな魔王も恐れぬ寝取りを目の前、自分視点でやられるとは信じられなかった。健太郎君に申し訳が立たない。止められない寝取り劇はノンストップ、リアルタイムで感触と身体だけは忠実に教えてくれる。

 

 好きな人に身体を捧げられる胸の高鳴り。初々しいやりとりと痛み。

 本来処女が味わうべき甘い行為が行われていた。

 ジルが全部アブノーマルなのを考えると、実質私にとっての初体験と言っていい。

 

「私、魔王なのに……ランス君にあげられたんだ……すっごい痛いけど、とっても幸せ……」

「そーかそーか、俺もとーっても嬉しいぞー!」

(ごめんね……健太郎君……)

 

 美樹ちゃんだからこそ、親近感があるからこそ、罪悪感と心にざわめきが立つ。

 この人は気づいていないだろうが、私ともやっている。何より私が自覚している。魂で捧げてしまっている。初体験を貫かれるという体験。魔王人生で初だ。

 

(しかもこのランスって人……めちゃくちゃ上手いよぉっ……!)

 

 既に美樹ちゃんは甘い声を上げている。私も翻弄されている。的確に弱いところを責めてくる。魂には性的な経験値があるが、むしろ辛い体験ばかりなので……まともに愛されているという、魔王にはなかった体験と共に心が追い詰められていた。

 

「頑張ったなー、美樹ちゃん」

「もう駄目、ばたんきゅー……」

(はぁっ、この人はホント無茶苦茶……もう……)

 

 何回戦かわからない交わりの後、ランスはくしゃくしゃと美樹ちゃんの頭を撫でる。私も撫でられた感触がして落ち着く。

 全てが終わった後、何故か心のどこかで憎めなくなっていた。

 美樹ちゃんは騙されただけだけど、私はどこかでやられていたのかもしれない。

 

 その後も何度か美樹ちゃんは抱かれた。必然、私もまとめて愛された。心が暖かくなる交わりってあるんだなぁと……今更分かった。

 

 

 

 

 

 私にとっての暖かい時間は終わりを告げた。美樹ちゃんを攫う魔物が表れて、連れ去っていった。連れ去られた先は、ヒラミレモンの詰まった処刑場。私より小さかったリスの魔人は少しづつ大きくなり……今では見上げるような魔人になっている。そして私と美樹ちゃんを殴り、潰し、犯す。

 

「自分の体を見てみやがれよ。体中俺様に犯されて、きったねー体だ。愛しい愛しい恋人も見捨てるだろうな」

「ぅ……ぁ……」

(…………こんなものよね。魔王って……)

 

 嬲られる経験はなかったが、嬲る経験はいくらでもあった。少なくとも、私はこれを受けるだけの罪は重ねてきた。この凌辱こそ私に相応しいのだ。やる側より、やられる側なだけまだ楽だ。

 

(次の魔王はケイブリス、か……でも私の代では最弱の魔人だったのに、頑張ったのね)

 

 代を重ねるごとに、少しづつ力をつけて来たのだろう。その飽くなき向上心が報われたっていい。美樹ちゃんを巻き込むぐらいだったら、ガイはケイブリスに血を与えるべきだった。今はただ、この可哀想な女の子が死ななきゃいけないのが悲しい。

 

(この子も、私も……もって数日かな……)

 

 もう、魔王としてもかなりまずい状態だ。鈍い痛みすら薄らいで、この体の限界が近い事を教えてくれる。

 

「美樹ちゃん! 目を覚まして!」

「ラン、ス、くん……?」

「がははは、そうそう。君の王子様が助けに来たぞー!」

(…………私の、王子様……?)

 

 健太郎君とランスが助けに来てくれた。美樹ちゃんは洗脳が取れかけてるのだろうか、ランスに抱き抱えれてる事に違和感を覚えている。

 ……でも、私は何故か心が暖かくなっていた。駄目なのに。こんな暖かい事に慣れても辛いだけなのに。

 

 この後ケイブリスは打倒され、ランス城に戻った後美樹ちゃんは限界を迎える。魔王として覚醒するしかない時が来ていた。私が最も見たくない瞬間が訪れようとしていた。

 健太郎君が美樹ちゃんを殺す。そして魔王となる。どんなものでも、魔王問題は解決しない。ただ別の魔王が生まれるだけだ。そして私が共にいるだけ。

 そんなところで乱入者が現れた。

 

「俺様の恋人を殺すなんてとんでもないことをしようとしおって」

 

 そう言ったランスは、自分を継承対象に指定して魔王になってしまった。少なくとも、健太郎と美樹ちゃんの二人は魔王と魔人の立場から解放されて幸せになれた。

 

(…………おめでとう)

 

 この子達は幸せになって欲しかった。辛い思いもたくさんしてきたけど、自分と一緒にいてこれ以上のハッピーエンドは知らない。だが、それは新たな悲劇の始まりでしかない。私と共にいるのは、ランス。

 

 

 

 

 

 ランス。八代目魔王。一言で言うならエロ。エロの塊だ。エロい事しか考えてない。外から見てちょっと心が動いたけど速攻で幻滅した。ただ、歴代魔王で一番正気だ。信じられない。

 精神力だけで完全に魔王の破壊衝動も、覚醒時の衝動も抑え込んだのだから。魔王の血に対する精神力は私の知る限りでは最強だ。

 

「がははははははは!」

(……………はぁ)

 

 今も笑いながら、攫った女の子をレイプしている。良い人間ではないのは確かだが、魔王のやる行動としては優しすぎる。あっさり逃がしてるのだから。

 個人的に困った事としては、四六時中やってる。男の感覚ばかりで恥ずかしいけど、本当に好きなんだなと、楽しそうに笑い声をあげていた。ガイは義務感でしかやってなかった。

 

 でも、覚醒時の衝動なんて精神力だけではいつかは限界が来る。だんだん精神に変調を来して、人を襲うようになっていった。このまま少しづつ魔王となるのだろう。抵抗しているから、ナイチサのように自分の存在を亡くしてしまう。この人が消えてなくなっていくのを見るのは、とてもつらかった。

 

「おとーさん! 目を覚まして―――――――!」

 

 頬を叩かれる感触があった。小さなカラーの少女が頬をはたいていた。確かに痛いが、それよりも効果が劇的だった。ランスは人格を取り戻していた。娘の愛が父を止める。孤児院で聞いた話を今頃見せられている。

 

 

 ランスが魔王になってから十年が経ち、私の中でこの人がどういう魔王か固まった。この人は最も羨ましい魔王だ。

 私と同じ天蓋孤独の身だったらしい。でも子供はいて、たくさんの人に慕われて、魔人からも愛されている。魔王としてよりも、ランスの方が好きな魔人だらけだ。魔王様と慕う魔人達は、閨の中ではほとんどがランスの名を囁く。少しでも留めておきたいから。

 ランスが魔王になっても見捨てられない、放っておけない人達がたくさんいて、身を投げうって止めようとしている。こんな魔王は、絶対にいない。

 

「おとーさん、おとーさん……戻ってきて……」

 

 ビンタを成功させたリセットちゃんが泣きながら父の胸にすがりついている。あれだけ魔王らしく地獄を作っても大好きなんだろう。奇跡は二度起きた。ただただ、羨ましい。暖かい。魔王ってこんなものだったっけ?

 

 分かり切っている結末でも、その優しさによって止めてくれる世界。そして楽しそうに笑っている魔王。永遠の魔王を暖かさで責める日々は、辛い幾千年のギャップもあって効いた。

 

「俺は、お前が好きなんだ。初めて会った時から……ずっと、ずっと好きだったんだ」

 

 二度あることは三度目がある。ああ、私もこんな輪を作れたら良かったなあ。こういう家族が欲しかったなあ。同じ魔王で、幸せを祈ってどうしてこんなに違うんだろう。羨ましい、羨ましい、羨ましい。……それでも、結末は変わらないのだろう。魔王の血は残酷だから。

 

「もしかしたらある日魔王でなくなるかもしれんぞ。がははははははは!」

 

 それはない。昔、魔王を辞める方法を調べた事はある。私だって辞めたかった。

 多くのものは時間と手間をかければ可能だとは思った。上級ドラゴンの干し肝、魔血魂十五個、六級神以上の封印玉、コイル、鉄パイプ、セロテープのセット、人間の心臓、魔物の心臓、星剣サターンと星剣マーズ。四つ刃のクローバー、170年前のワイン、三月十五日生まれの三つ子……

これらは、魔王が目的をもって時間をかければ不可能ではない。でも最後の一つは無理だ。

 一級神の魂。魔王より強いどころか、戦う事すら無理な存在をどうすればいいのか。逆にあっちは一方的に私をこんな状態に出来る。不可能だ。だからランスも私も詰んでいる。最後には辛い未来しか残らない。

 

「怪獣退治だ! これで終わりだクエルプラン! 魔王あたたたーーーーー!」

 

 物思いに耽ってる内に、なにかを倒す流れになっていたらしい。何か大きな怪獣めいたものにランスは突撃して――私達は吸い込まれた。中には粘膜じみたものがあり、魔王でも離せない絶対的な力がある。

 

「だーーーー! 全然出れんぞこれ! なんか囮になる力がないと駄目か! ……お、そうだ」

 

 そう言ってランスは魔王の血を、つまり私を吐き出した。

 

(…………は?)

「がはははは! こんな力欲しけりゃくれてやるわ!」

「知らん……知らんぞ儂は。こんな化け物が魔王になったら世界は終わるぞ……」

 

 粘膜は力の強い方に集中して集まる。一転して力の塊である魔王の血は雁字搦めになり、ランスは自由の身になった。久しぶりにランスの顔を見れた。思わず見とれるような、素敵な笑顔だ。

 

「じゃーな。魔王の血とやら! 何度も何度も乗っ取りやがって、もう貴様はいらんわ!」

 

 魔剣カオスを一閃、ランスはクエルプランの体内から逃げ出した。

 

(ちょっ……ちょっ……これどうなるの!? 大体これ何? クエルプラン……?)

 

 一級神クエルプラン、名前だけは聞いた事がある。もしかして、これが一級神?胎内から、魔王の血を受け入れるべく色々なものが集まってくる。

 コイル、鉄パイプ、セロテープから始まり、魔王を辞める条件のためのものが周囲を巡っていく。魔血魂までどこかから飛んできた。

 

(あれは星剣マーズ……もしかして、全部揃ってる!? 偶然、たまたま!?)

 

 万が一、億が一の話どころじゃない。どんな奇跡が重なればこうなるのか。しかしもう儀式は発動している。最早疑いようがない。

 

「魔王を辞める条件が揃ってるんだ……喋れた!?」

 

 私の魂は魔王魔血魂から解放されていた。一級神は魔王になれないから背反し合って『初期化』が起こる。初期化の過程で私の魂は余分なものだ。元のまっさらな状態になるために排出された。解放された私の魂は力強く、どこかへ引っ張られようとしている。

 

 私は翔竜山、ランスのところから離れていく。恐らくはルドラサウムのところに還るのだろう。三千年以上前の魂だ。地獄に向かっているのかな。何はともあれ、ほぼ永劫の苦役から解放された。ならばあの暖かい家庭にせめてもの礼を言わねばならない。

 

「…………最後にいいものを見せてくれて、ありがとう」

 

 この二十年あまりは、三千年を耐えた私のご褒美だったのかもしれない。あの神ではない神に感謝しつつ――――目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、魔王スラルは目を覚ました。三千年もの間、開かれなかった瞼は開かれ、彼女は棺の蓋を見る。

 

「……………………」

 

 理解が出来ない。言葉にならない。ただ十分寝たから起きたというように、普通に意識が覚醒して目を開けてしまった。床の感触があり、体の感触がある。

 ゆっくりと体を動かす。棺を開けると、自分の寝室だった。完全なる闇も見据える目は、自身の服装があの時と全く変わらない事を教えてくれる。

 棺を出て、身体を動かしたり魔法を使ってみようとしてみた。魔王の時の圧倒的な力は無いものの、魔王として強化された素の肉体性能は変わらない。魔力もそこまで衰えていない。

 

「全盛期を100とするならば、今は5だけど……それでも……」

 

 スラルは魔王として、魔王の肉体を保って復活していた。魂の属性も魔王な為、この世界で二人目の永遠の魔王である。

 

「どうやって……丈夫な魔王の肉体としても、三千年よ!? 魂無き肉体はとっくに風化するはず……」

 

 周囲を精査する。やたらめったらに魔法の痕跡があった。現在進行形で働いている。

防腐の魔法を自分の家全てにかけられている。周囲は凍らせられて棺のように閉じ込められている。それでいながらここの室温を保つためにそれまた魔法、呪術、マジックアイテム。

 一つ一つは大したものではない。ただそれでも莫大な量の魔法によってスラルの肉体を保存するという意思が、執念があった。

 

「…………永久保護魔法。寿命死を避けられる魔法まで。死んでるの見てからかけたってこと?」

 

 この建築物自体に成長時間が止まる魔法がかけられていた。

 対象は勿論、一番強烈な限定効果にする為に「魔王 一名」、スラル名指しみたいなものだろう。もうこの魔法の構築者はおのずと知れた。

 

「…………ケッセルリンク、そういうの似合わないでしょ。泥臭いもの」

 

 主を失った騎士の未練か、妄執か。スラルの肉体は三千年もの時を耐えて保存されていた。

 隠れ家を出ると、まず見えたのはテーブルと椅子。そして注がれている酒。グラスも当時から変わらない。ここまで固定化させていたのか。

 

「気障、気障、気障おじさん……」

 

 あの時はこっちが飲めなかった。今回もやっぱり飲む相手がいない。飲むべき人は死んでいるから。

 

「……違う。死んでいるだけよ」

 

 魔王の目に赤が灯った。昔に比べてスラル本来の翡翠の色合いが増しているが、だからこそ力強い。

 

「万が一、億が一、どんな細い可能性でも二人を復活させる。私が復活する事に比べたら全然簡単でしょう」

 

 二人はランスが殺したらしい。それでも魔血魂を破壊する術はほとんどない。二人とも魔王によって消されていなかった。全員見ているからわかる。先ほど初期化するための魔血魂も全部違った。つまり、どこかに二人の魔血魂があるはず。

 グラスに注がれていた四千年モノとなったワインを少しだけ飲む。残りは皆がそろってから。これは自分に誓う為のお酒だ。

 三千年前女神に言われて、自分の中でも否定していた願いを口にする。

 

「私もランスのような幸せな魔王になってみせる。私達の未来に幸あれ」

 

 テーブルに座るのはスラルだけ。静かで一人ぼっちの宣言だが、いずれ4人に、あるいはもっと多くの人が座る食卓へと続く道だった。

 スラルはこれからも臆病で慎重な魔王だ。だけど歩くのは止めないだろう。

 

 

 

 RA15年7月後半、魔王スラルは復活した。

 彼女はcityの冒険者ギルドに依頼をした。あれから翔竜山がどうなったか気にしている。

 その依頼を受けたのはバーバラという冒険者。翔竜山で勇者となる、バーバラという冒険者の物語へと繋がっていく。




女神alice
 1級神、魔王すら一方的にボコれる。レベルダウン、原子分解、即死、蘇生、時間凍結も思うがまま。
 吐き気を催す邪悪とは彼女のことだ。自由都市2を見ればわかるが越権してでも世の中の混乱が楽しいらしい。メインプレイヤーを決めるのはローペン・パーンだろう?
 彼女は職務に忠実な神なのではなく、楽しいからウキウキでやっているのだ。適材適所だが、それはつまり性根が腐っている。

ナイチサ
 参考ですが、作成魔人が魔王ランス期の魔人と似通うし、天寿を全うしたし魔王の血に屈した可哀想な魔王だったのかなーと思いました。
 魔物スーツ兵はパイアールの図鑑欄にあるPAという予想。あれだけ異様にオーバーテクノロジーですし、統一性を持たせた神造物はローペン・パーンの構想に合致しないかなと。




 というわけで、自分なりの魔王スラル復活説です。
 そもそもとして、『無敵結界が未完成で消滅』という理論が正しいならスラル期までの魔人勢もまとめて道連れでもおかしくないでしょう。プランナーはスラル以外の全謁見者に永遠の命を与えるので、消滅のような単純なやり方するかなぁ?と思いました。彼はもっと悪辣な叶え方をしがちです。

 ルド世界ではシィルのように、魂と肉体が保存されていれば復活できます。ランス6における魔女アノキアは風化していましたが、肉体があれば復活したのでしょう。

 ガルティア食券C、使徒魔導が使えた玄武城のような永久保護魔法、ランス10の防腐魔法、初期化された魔王魔血魂、魔王の血によって吸収されたスラル、以上の組み合わせになります。

 「魔王を犯す為に生まれた」ランス様がスラルだけ無理だった? ましてや生きてる内に会いたかった子に会えないなんて。彼は主人公ですからきっと会えるはずです。


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TURN1 RA15年8月後半
パリティオラン① ゼス第一応用学校卒業試験


 ――――勇者。
 勇気ある者。人々の希望を背負う者。
 魔王を、殺さんとする者。


(ぼく)はメドロ・クラウンと言います。バーバラさん、僕のパートナーになってくれませんか!」

「ええっ!?」

 

 バーバラは炎髪の少年に求婚された。海のように青く澄み切った目は真剣そのものだ。ほとんど初対面の相手にも関わらずこの積極性。それでいてどこか育ちの良さを感じさせる所作。他人に愛の告白をされるという事が初めてなバーバラは面食らってしまった。

 

「ど、どうしよう……」

 

 どうしてこんな事になったんだろう。バーバラはこれまでの経緯を思い返す――――

 

 

 

 

 

 

 翔竜山を降りてから数日が経過し、勇者一行はどうにか街に辿り着いていた。これまでの道のりも楽ではなかった。魔軍を振り切り、翔竜山周辺の森で迷い、前に立つ魔物達を切り払って抜けたら、暑かった。

 

 常夏の国、ゼス。バーバラ達はヘルマン側ではなく、地の利の無い初めての国に足を踏み入れていた。バーバラ達が辿り着いた街の名前はパリティオラン。ゼス首都マジックから北に行くとある大都市だ。

 魔物界と、魔王軍の本拠地である翔竜山にも接するため、たびたび魔軍に落とされた歴史を持つ。必然として警戒地であり、現在は光軍が駐屯して魔に対する備えの役割を担っている。

 ゼスは中心街は賑やかで高層の建物が多く冷房も効いているが、その周辺はそうでもない。往年は劣悪だった上下水といったインフラは整備されたが、裕福な層と違って魔法道具を使う余裕が、金がない。つまり、暑い。

 時は8月後半、ヘルマン人であるバーバラにとっては辛いとしか言いようがない。

 

「あ~~~つーーーい…………」

 

 パリティオランの外縁部、その酒場の一つでバーバラは弱音を吐いていた。机にうつ伏せになって、顔を上げる事はない。

 

「ここ最近、警邏の兵士増えてないか。ありゃあなんだぁ?」

「知らねえのか。なんでもこの近くで名門学校の卒業試験があるんだとよ」

「あ~、そういやそんな時期か……マークの方でやってくれよ。いい迷惑だ」

 

 酒場には有象無象、様々な情報が飛び交う。優秀な冒険者ならば飯の種を嗅ぎつけるきっかけにするものだが、バーバラは避暑地としてしか使えなかった。冷えたミルク二杯を頼んで酒場の隅で涼んでいる。

 

「コーラぁ~……従者でしょ?暑さをなんとかしてよぉ~」

「当然、無理です」

「じゃあ水貰ってきてぇ~……その間に勇者として考えたいの~……」

「……………………」

 

 これだ。二言目には勇者のやりたい事とつける。

 コーラは勇者を誘う為に吐いた言葉を後悔していた。この駆け出し冒険者は盛大に自分を使い倒す。魔軍を振り切った後、水場での洗濯や見張り。gold拾い。行き倒れの死体漁り。とにかく雑事を放り投げる。

 今までの勇者なら跳ねのける事も出来た。コーラが選んだ側であり、教える側という立場で勇者の為になると導いて嫌な仕事は拒否もできる。だが、今回はスカウトだった。相手の立場が本当に上だ。いらぬ言葉まで吐くのではなかった。

 コーラはバーバラの従者(げぼく)だった。酒屋の店主に不審な目を向けられつつも頭を下げ、なんとか水を貰う事に成功する。

 

「……はい、水です」

「ありがとー。そしてこれが最後の食糧、これで仲良く文無し飯無し。ふふふ……」

 

 そう言って、バーバラは簡易食をコーラの方に放り投げた。目は死んでいる。

 

「私はいりませんよ。そういう生き物ではないので」

「多少なりとも入れてた方が良い知恵出るでしょ。いいから食べて」

「……はぁ」

 

 バーバラはいらないと言っても食料をコーラに押しつける。本人も悪い事をしている自覚はあるようで、食事と水に関しては免罪符のように分け与えていた。

 ヘルマン人の携帯食はヘルマンパンと相場が決まっている。硬いものを噛み砕きつつ、従者としての務めを果たそうとする。

 

「まず、これまでの失敗について考えましょう。何がいけなかったと思います?」

「……コーラに荷物ではなく、水場周りの見張りを頼んだこと」

「違います。ポンコツ勇者が何も考えていないことです。パチルにgoldを盗まれたのは結果だけで、それまでにいくらでも失敗する要素がありました」

 

 コーラは街に到着する少し前に水場を発見した。小躍りして身体を清めている間に、魔物によって金のほとんどを盗まれた。魔物との試し斬りや、コーラが苦労した甲斐がほぼなくなった。

 この時以来、コーラは彼女をポンコツと呼ぶようになった。根性無しはともかく、流石に腹が立つ呼び方だ。

 

「むむっ……確かにその時は失敗したけど、他の失敗ってなによ」

「休憩の取り方。テントの設営。簡易食の保管方法。どれも冒険者なら出来て当たり前ですが、それが出来てない。水に至っては何も考えずに飲んでいました。魔法を使えるなら、多少は処理を加えられたでしょう」

「………………」

「まだあります。迷ってる時も、そもそも方向を定められていない。マッピングの基礎すらない。結論としては、冒険者としてもポンコツですよ」

 

 辛辣な意見だが事実だ。この半年間、バーバラは一人暮らしの体裁を整える事が精一杯だった。ただの村娘が才能だけで冒険者になろうとする失敗例そのものだ。事実を指摘されたバーバラはむくれた。

 

「あーもう……はいはい認めますぅ~、どうせ私は冒険者として駆け出しでポンコツですよーだ。過去の失敗は置いておいて、大事なのは今よ。これからどうするか!」

「私が水を取ってる間に思いつきましたか?」

 

 ころころと表情の変わる勇者だ。だらけたりむくれたりと忙しい。今は人懐っこい笑顔を浮かべている。間違いなく『勇者』には相応しくない。

 

「うん。コーラって昔から勇者の従者なんでしょ? ねーさんの反応見る限り、かなーり因縁深そうだった」

「そうですね。ずっと昔から従者をやっていました。何代もの勇者に仕えています」

「餅は餅屋。冒険、旅に慣れているならこういう状況は何回もあるはず。過去の勇者に頼ればいいのよ。という訳でゲイマルクとかいう人以外で、コーラの印象深いものを教えてよ」

 

 目が泳ぐ。コーラが仕えた勇者の数は百人や二百人どころではない。三千年近くの記憶から思い返すのは、やはりあの四人。

 

「クエタプノなら民家に押し入って、タンスを漁ったり壺や宝箱からgoldとアイテムを集めてましたね」

「それは泥棒でしょ!?」

「勇者なら問題ない行為だと言ってました。ちなみに史上最強の勇者ですよ」

 

 バーバラの頭の中に新しい糞勇者が加わった。人格破綻者クエタプノ。彼のようにもなりたくない。

 

「論外! 次!」

「アキラはそもそもそんな状況に陥らなかったです。アリオスは誰かが助けて来てくれました。勇者の特性によって助けが来ましたね。モテモテでした」

 

 その時、二人の会話を挟むように声がかかった。いつの間にか、複数の男たちがバーバラの周りを取り囲んでいる。

 

「ウ、ウヒヒヒ……お嬢ちゃん、寝床も金もないんだって?」

「俺達がエスコートしてあげるよ。素敵な場所に……」

「こっちには美味しい飯もあるし、お金だってあげるよ。簡単で楽な仕事があるんだ」

 

 男達は輪を狭めていく。魔物兵の時と同じ、いやらしい目線だ。バーバラは一切動じずにコーラをジト目で見据えた。

 

「…………これが、特性?」

「そうです。バーバラの魅力に惹かれて助けに来てくれます」

「デメリットの間違いでしょ。危険しかないわ!」

 

 憤懣やるかたなく、バーバラは立ち上がった。男達を無視して店を去ろうとする。

 

「おい、ちょっと待てよ……ッ!?」

「どいて」

 

 止めに入った下品な男は、腕の一振りで吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。もう身体能力の強化は完全に馴染んでいる。戦闘に恐れはないが、間違えてあっさり殺してしまう方が怖い。

 

「逡巡モードは駆け出しでも凄いですねー。小さな魔人みたいになってますよ」

「もうここにはいられないかー、暑いの嫌だなぁ……」

 

 大した気もなく、人外の主従は去っていく。後には静まり返った酒場だけが残された。

 勇者とは、既に人を超えている。一般人との隔たりは、あまりに深い。

 

 

「……とにかく、モテるとやらはデメリットしかないでしょ」

「そんな事はありません。誰彼構わずモテるだけで、身分の高かったり目の肥えた人間にも有効です。どんな人でもバーバラを信用してくれますよ」

 

 バーバラ達は中心街へ向かっていた。動ける内に動かないとジリ貧だ。

 

「じゃあ、王様とか将軍とかも私の言う事を聞いてくれるって事?」

「ある程度ですけどね。何か他に夢中だったり、既に心に決めている事を覆すのは不可能です。好感を受けやすいという程度なのでそこからはバーバラ次第かと」

「今のところ、身の危険にしか繋がってないから実感がないなぁ……ん?」

 

 女性の悲鳴が遠くで聞こえた。事件の匂いだ。

 

「そういえば、全力で走った事って無かったからやってみようかなー」

 

 屈伸一つ、勇者は掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

 少し前の事だ、中心街で赤髪の少年とこの地区を担当する将軍が仲良く談笑していた。手に持つ袋には竜角惨、世色癌に始まってマジックアイテムや予備の杖が積み込まれている。

 

「忙しい中ありがとうございました。アレックスさん」

「いいよいいよ。君の方こそ大事な時期だろう? 個人的に応援してるから、こういう事はどんどんやっていかないとね」

「本当は……その、様をつけたいのですが……」

「駄目だ。君のお父さんには散々世話になっているからね。公的な場面以外での様付けは禁止するよ。むしろ、昔みたいに先生って呼んでほしいぐらいだ。メドロ君」

「勘弁してください。基礎学校時代で終わりにさせてください。身に余る光栄でした」

 

 アレックス・ヴァルスがクラウン家の跡取りを弄っていた。世代一つ前は逆の立場だった。先達として頼られて慕われるのはとても嬉しい。

 

「ですが……アレックスさんもよろしかったのですか? 明日の試験にはエリーヌさんも出るんでしょう?」

「娘はマイペースな子だけど、君みたいに太陽に手を届かせようという思いは持っていない。努力は知っているから、普通に卒業してくれるよ。でも君は、その先を目指すんだろう?」

「――――はい。僕は負けるつもりはありません」

 

 力強い声だ。そこには明確な目標がある。ゼスにおける太陽、王冠に他ならない。

 

「ん、そうだね。男はそうでないとな。気後れするんじゃないぞ」

「はい!」

 

 アレックスにとって、この少年は眩しい。自分の青春時代を考えるといくらでも背中を押してやりたくなる。自分の時は立場とか、身分の差に臆してお互いに想いはあったのに叶わなかった。手を伸ばし続ける事が大事だったのに。

 この少年はそれが分かっている。まだ13歳なのに、大した男だ。

 

「だけど……相方だけは決めなかったね。どうしてだい?」

「僕の実力はライバル達にかなり劣ります。少しでもいい人を雇いたいんです。一番最初に現地入りしましたけど、ギリギリまで粘りたいので」

 

 妥協はない。飛び級でここまで上り詰めた分、身体能力や魔法力では競争相手に一歩劣る。彼の努力は皆知るところだ。それでも年齢というハンディは大きい。背伸びの代償は、知恵と地道な部分で埋めようとしていた。

 

(流石はゼスの次代を担う三英傑と言われるだけはあるな。今年の卒業試験は、かつてないハイレベルなものになるだろう)

 

 ゼスは若き才能に恵まれた。その才能達が同時にこの卒業試験という機会で競い合う。今年のゼス第1応用学校卒業試験は、もはや彼等三人の為に用意された舞台に近い。普段使われない第二試験会場が使われるのはそれが理由だ。

 第三や第一では彼等の正確な物差しにならず、より深く、より難易度の高い迷宮が後へと続く第二試験会場。卒業資格は遥か手前で与えられるが、その先の迷宮は魔法使いとパートナーだけでは突破は不可能。どこまで行けるかと思われるものが選ばれていた。

 

「……僕は今回の試験で証明してみせます。魔王の子以外でも、魔王を止められる人間がいると」

 

 メドロは昔に思いを馳せる。ただの才能がある魔法使いの子供だった時から、今の自分まで少しでも積み上げられただろうか。

 

 四年前、メドロはスシヌ誘拐事件の時にスシヌと共にいた。たまたま巻き込まれただけだ。彼女はその時点で魔法使い達を追い払えるだけの実力があっただろうに、自分を巻き込まれないように庇って攫われた。その時は9歳だったなんて言い訳にならない。何か出来る事があったはずだ。

 その時からメドロの生き方は変わった。学業に死に物狂いで打ち込み、身体も鍛え、時には人に頼み込んで迷宮探索もした。全ては同じ事が起きても彼女を守れるように。

 スシヌはあの事件をきっかけに引き籠ってしまった。自分は彼女の人生を狂わせた責任がある。だからその分を埋められるように、支えられるようにと前を向き続けた。

 

 メドロは魔王討伐隊を唇を噛んで見送っていた。自分と同じ13歳の少女もいるのに、彼女は魔王の子だから参加出来る。自分は出来ない。女王マジックに志願したが受け入れて貰えなかった。それがたまらなく悔しい。

 エール・モフスの実力は後に知られる。闘神大会の数々の戦いは自分も観た。あれはとてもではないが、形式を整えても自分の及ばない人外の域。魔王の子達の独壇場だった。

 だが、決勝は自分にとっても希望だった。アレキサンダーはそれを打倒してみせた。魔王の子は皆すざましいが、それでも人は及べるのだ。だからきっと、自分も太陽に手が届く。

 今回の卒業試験はメドロにとって通過点だ。だからこそ、負けられない戦いだった。

 

 

 そうしてメドロがゼスの気温よりも熱く心を燃やしている時、少し遠くで女性の悲鳴が聞こえた。というか聞いた事がある声だった。

 

「……エリーヌさん?」

「走ろうか。急ぐよ」

 

 アレックスの声は張り詰めている。既に駆け出していた。

 

 

 

 叫び声は動いている。必然メドロ達は追う事になる。だがその途中で、声の主が先に現れた。

 

「エリーヌさん!」

「メドロくん、こんにちわ~。あらあら~……お父さんまで~」

 

 少しふくよかな女学生、エリーヌ・ヴァルスはのんびりとしていた。

 

「どうしたんだい、エリーヌ。何かあったのかい?」

「いえいえ、ちょっと鞄を盗まれてしました~。でも、盗難対策用の叫び声があるから、じきに捕まると思いますよ~」

「ああ、あれに引っかかったのか。ではどこにいるか丸分かりだね」

 

 盗人には聞こえない叫び声を上げ続けるマジックアイテム。首都マジックでここ最近で売り出されたものだ。一時期流行ったが、盗人側も放棄したり囮に使うので、やや効果が薄くなり始めている。だが、地方都市では逆に有効と言えた。

 

「では僕が追ってきます。アレックスさんはエリーヌさんを」

「すまないね、ありがとう」

「わざわざ心配してくれてありがとね~」

 

 親子を置いておいて、盗人のところへメドロは向かう。

 盗人は脚に自信があるらしい。視界に捉えても、すぐに見失う。捉えられている自覚はあるのかもしれないが、それでも逃げ切れると思っている。そういう自惚れがあった。

 

「……魔法使いのやり方を、教えてあげるよ」

 

 一人呟き、見晴らしの良いところへと階段を登っていく。事態は単純だ。目視して対象指定魔法を打てばいい。手加減したスノーレーザーでも4発分指定してあげればどれかは逃げられないだろう。叫び声が当てるべき相手を教えてくれるから鴨打ちするようなものだ。

 そうして、見晴らしの良いところへ立った時、異様なものを見た。

 

「あははははは!! ほら逃げろ逃げろ逃げろー!」

「ひ、ひぃぃぃぃいいい!?」

 

 剣を持った少女が軽やかに盗人を追いかけていた。その動きは尋常なものではない。速いとかそういう次元を超えている。体重など無いように建物を伝い、一歩で壁を曲がった盗人の横につく。別の方向に逃げても、建物を跨ぐように少女がそっちに回っている。そうして一人で盗人を追い立てていく。警邏のいるところへ、警邏のいるところへと。

 

「はい到着ー!後は自首する? それともこっち?」

「自首します。自首しますううううう!!! 盗みましたああああ!!!」

 

 剣を喉元に突きつけられ、盗人は観念した。上から一部始終を見ていたメドロにとって、あまりにも衝撃的な光景だった。

 闘神大会で出ていた魔王の子達、それに劣らぬ身のこなしだ。重力などないかのように軽やかに舞い、住んでいる時間の感覚が違う。つまり、彼女は魔王の子達の世界に住める人間だ。あれこそ埋まらなかった最後のピース、パートナーに相応しい。

 弾けるように駆け出した。向かう先は勿論彼女のところへ。階段を駆け下りて、すぐに警邏と少女のところへ駆けつける。

 

「ちょっといいですか! 僕はこの盗人の被害者の友人です」

「ああ、本来の持ち主に教えてあげてね。冒険者だからお礼とかあったら欲しいなー」

「冒険者、ですか……?」

「そう、私はバーバラ。キースギルド所属の冒険者よ」

 

 えっへんと、胸を反らして自慢気に語るバーバラ。しかしメドロにとってその言葉の意味は大きい。冒険者ならお金で依頼が出来る。ある程度のお金ならある。メドロは若さと興奮もあって、いきなり本題から切り出した。

 

「僕はメドロ・クラウンと言います。バーバラさん、僕のパートナーになってくれませんか!」

 

 

 

 

 そうして、最初の場面に戻る。つまるところ、バーバラの盛大な勘違いだった。

 バーバラが思い返しても脈略がないのは無理はない。事前の情報が一切無いのだから。しかし、この美少年は興奮と共に愛の答えを待っている。真剣に答えるべきだった。

 

「……お、お友達から始めさせてくれると嬉しいなー」

 

 恥じらいと若干の嬉しさを混ぜて目を逸らして、そう言った。どう見ても脈ありな答え方だ。

 

「……え? どういう意味ですか?」

「ん? ……え、ええと……お互いの事をよく知らないから、とりあえず知ろうって事で……」

 

 後はバーバラが恥を晒すだけだ。恥の上塗りを散々やった挙句に、追いついた従者の一言がトドメだった。

 

「勇者以前に、冒険者以前に、人としてポンコツですねー」

「あーもう、なんでこーなるのーーーーーーー!!!!」

 

 パリティオランの空に、勇者の叫び声が響いた。




クエタプノ lv99
 半オリキャラ。図鑑欄にしか名前はない。
 魔王ナイチサが死滅戦争を起こしていた絶望的な時代にいた勇者。底抜けに明るく、自分が世界を救うと信じて疑わなかった。この世界の真実を知らないままに戦い抜き、ナイチサを殺し損ねた。
 故人。出番はコーラの中だけにある。

メドロ・クラウン lv61
 半オリキャラ。スシヌ300で存在だけは確認できる。
 ゼス名門、クラウン家の後継者。父親は炎軍将軍、サイアス・クラウン。
 炎髪なのはクラウン家特有の優性遺伝。ズルキとかハッサンもそうだった。
 若干13歳にして飛び級で第一応用学校の卒業試験を受ける俊英。同世代の強い人達がいるからこそ、対抗心と努力によってかなりの高レベルになっている。
 飛び級するだけならとっくに上級学校も卒業できたが、全てはスシヌと共にあるため。
 マジックが認めるだけはある人間。次代を担うゼスの三英傑の一人。
 魔法2,統率2,園芸0
 
 スシヌは気乗りしない。不憫。
 ザンスといい、この世界って師匠の方が影響力が高いんじゃ……

アレックス・ヴァルス lv80
 光軍将軍。若き頃からカミーラダーク、第二次魔人戦争、リーザス大戦、鬼畜王戦争など様々な苦難を乗り切ってゼスを支える大支柱。
 彼の特筆するべき点は、対魔人の戦闘経験の豊富さだ。サイゼル、ジーク、カイト、ケイブリス。鬼畜王戦争では延べ10名以上の魔人と対峙した。新トゥエルブナイトであったサイアス・クラウンに比べて知名度は劣るが、実力は遜色ない。
 妻はエロピチャ・ヴァルス。愛妻家で3人の子供がいる。長女は母似。

エリーヌ・ヴァルス 
荷物を盗まれた子。おっとり美人。
意外と母の躾は厳しく、礼儀作法とかはかなり徹底的に叩きこまれている。
戦闘要員じゃないので、お気になさらず。チョイ役。

エールちゃん
器用じゃないのに二刀流なんて舐めた真似いきなりやって負けました。
試合後カオスと喧嘩。

BGMはこっからゼス。
 cityに帰るまでも冒険だ。さぁ世界をゆっくりと廻ろう。ルド世界は楽しい!
外伝は詰め込まなきゃいけなかったけどこっちは章分けが若干細かく出来る。
執筆、その他作業用でランス10BGMを流していたらプレイ時間が2000時間を超えてしまった。このゲームの音楽はヤバい。ループ中毒性がある。

 この二次創作はアレックス生存ルート。ガンジーCのせいでヘイト溜めがちだけど、ああいう人こそ良妻賢母になると思うんだ。


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パリティオラン② 魔王の子

 夜、勇者一行はゼス第一応用学校が確保したホテルのロビーにいた。学生服の面々がいる中で、そのパートナーとして選ばれた筋骨隆々のガード等、様々な冒険者、軍人がいる。ゼスにも実力者はいるので、ともすれば頼るだけで試練迷宮を突破出来たが、そういうアレックスのような人間は参加を禁止されていた。外からの有名人も当然禁止。つまり、いきなり勇者になって強くなったバーバラは抜け道に近い。

 

「……つまり、明日は二人一組で迷宮に潜ってその深さで優劣を決めるということね」

「はい。時間ではなく、その到達深度によって最終的な評価が決まります。ほとんどの学生は卒業資格を満たした時点で帰る事を推奨されていますね。試練迷宮エリアを過ぎたら、相当危険になりますから」

 

 バーバラとメドロは明日の打ち合わせをしていた。最初は恥ずかしい思いをしたが、彼女も冒険者だ。前と後払いでそれぞれ250goldは大きい。美味しい話に速攻で飛びついた。

 

「相当危険ってどれぐらい危険なの?」

「ゼスは様々な迷宮を踏破し、その魔物の危険度で正確なランク付けがされています。試験会場は例年通りらしいですが、そこから一階層下がると廃棄迷宮相当の敵が出るようです」

「……そっちの国の迷宮基準で言ってもわからないかなー」

「それもそうですね。魔物で言うならば試験会場だと、まる、メイジマン、強いところで大王イカマンぐらいです」

 

 どこの迷宮、ダンジョンでも一定層まで潜れば出てくるような敵だ。一般人ならともかく、鍛え抜かれたガードとゼス中から集めた優秀な若者達ならば突破はそこまで苦ではない。勇者になる以前のバーバラでも視察ぐらいなら受ける仕事だろう。

 

「ま、それなら今の私だと楽勝か。卒業資格の奥まで行くの?」

「当然、僕は行きます。だからバーバラさんに一緒に来て欲しいんです」

 

 試験会場だけなら自分だけでも突破してみせる。この少年は実績と経験に裏打ちされた自信がある。逆に言えば、そこから先は一人では厳しいと冷静に分析していた。

 

「卒業資格の奥になると、にょ~、まる改、ゲッペルズが徘徊しています。上級冒険者がパーティを組んでなんとかというところですね。奥にボスモンスターまで出るようです」

「面倒なのは少ないといいんだけどな~。ま、受けた以上はしょうがないよね」

 

 バーバラは勇者になってからの数日で自信を深めていた。なりたてでも百倍の魔物兵を叩き返したのだ。それ以下ならどうということはない。今は慣れて自分の動きを制御できる。臆病者という称号は返上していい。

 

「可能な限り奥へ、奥へ行きましょう。踏破が一番です」

「その規則は変わったぞ。厄介な奴が出たから変更だそうだ」

 

 するりと、メドロの隣のソファーに一人の学生が滑り込んだ。

 

「……ペッパー!」

「メドロ、ちゃんと準備はしてきたか? (おれ)に真っ向から張り合えるのは、スシヌとお前ぐらいだからな。明日は楽しみだ」

 

 学生服を着ていなければ、魔法使いと言われても信じられないだろう。アスリートか格闘家の方が相応しい。健康的な褐色の肌に短い黒髪、切り立ったツリ目、そして170cmを超える背丈と無駄のない筋肉。ゆったりとした所作は、どこに見られても恥ずかしくないという自信が表れている。

 

「……なにこの自信満々な人、知り合い?」

「この学校の総合成績一位ですよ。入学以来譲った事がありません。全ての学科単位で最高評価しか貰っていない。ゼス第一応用学校史上ダントツ一位の生徒でしょう」

「己を図る物差しとしてはこの学校は小さすぎるのだ! ふはははは!」

 

 ゼス第一応用学校はゼスからかき集めた才能溢れる若者達が集っている。その中でも完全に抜き出た男。つまりゼス一番の期待株。それがこのペッパーだ。

 

「なあに、王と人では比較になるわけがない。こうなるのも仕方あるまいて。くくく……」

「あーそうか、名門だから王族も所属しているのねー。だから偉そうなんだ」

「彼は違います。ゼスにおいて王族を名乗っていいのはガンジーの名を冠する者だけです。ペッパーはただのしがない地方貴族の跡取り息子ですよ」

 

 この言葉にペッパーはびくりと反応し、大仰に腕を広げる。納得がいかないらしい。

 

「違う。違うぞ。己は王となるのだ。己の代でサルモネラ王国は復活する!故に後先はあれど、今言っている事は真実だ!」

「……これがなければ、ペッパーはゼスにとって本当に最高の人間なのですが」

「あー、王様志望なのね……」

 

 二人は生暖かい目でペッパーを見るが、彼は本気だ。ペッパーは確かに地方貴族の跡取り息子だが、遥か昔の王族の末裔でもある。

 

 昔、サルモネラという王国があった。歴史の中でゼスに併合され、その当時の王族はゼスに降り貴族として永らえた。以降数百年もの間、ゼスの地方貴族として仕えてきた。もはやただの歴史であり、ゼス中枢は有能な貴族としてしか扱っていなかった。もしかしたら、当人達も半ば忘れていたかもしれない。その中でペッパーが産まれた。

 この麒麟児は自分の代で自分の国を再興するという夢を見た。母の寝物語にある話を実現させたかった。以降有言実行で努力し、己の才覚を発揮していった。

 彼の意見を不安がり反発する者もいる。だが、芯の優しさと皆を引っ張るリーダーという資質はゼスに得難いものとなるだろうと目されている。慕っている同世代の若者も多い。

 一つの問題点はあるが、それ以外は文句無し。次代を担うゼス三英傑の一人はそういう人物だ。

 

「……この話は長くなるから今は置いてやろう。それでお前のパートナーはこの少女か」

「そうです。こちらがバーバラさんです。ペッパーは誰にしましたか?」

「いらん。雇わなかった」

「えっ……なんで? 魔法使いでしょ?」

 

 いないではなく、いらない。ペッパーも杖を持っている以上は魔法使いである。一人で迷宮を潜れるとはどういうことか。自分の腕を掴んだペッパーは答えを告げた。

 

「己は貴様等を高く評価している。全員この程度は突破するだろう。ならば、決定的な差を見せる為には一人で突破するしかない。なあに、己にはこの肉体があるさ」

「ペッパーは魔法使いですが、それと同時に優れたスパルタです。……不可能ではないでしょうが、命の危険は増えますよ」

「問題無い。王とは民の前を行くものだ。元より後ろに立っている方が性に合わん」

 

 ペッパーが一位で居続けたのは理由がある。ライバルの力も正当に評価して、その上でより高い壁を自分に課す。それを何度もペッパーは乗り越えて来た。今回もそのつもりだった。

 

「……最深部のボスモンスターを一人で倒すつもりですか?」

「今日伝えに来たのはそれだ。強いのが沸いてしまってどうにもならないらしく、その少し手前でお帰り盆栽を複数設置して、そこがゴールとなった。スターマン校長が駆けずり回っているぞ」

「なるほど、そこまでたどり着けるのは僕達だけだからですか。スシヌさんにはどうします?」

「いずれ伝える事になるだろう。女子部屋には入れんしエリーヌあたりに伝えておけば……」

 

「ちょ、ちょーっと待った!」

 

 情報過多になり過ぎて話が分からなくなってきたバーバラが立ち上がって声を挙げた。もう置いてきぼりにされてしまう。

 

「もうちょっと分かりやすく教えてくれると嬉しいなー? そのスシヌって子もわかんないし」

 

 男子生徒二人は呆れた。まさか、スシヌを知らない? どこの田舎者の基礎卒だ。無知にも程があるだろう。

 

「貴様のパートナーだろう。伝えるべき事は伝えたし後は任せるが……本当に貴奴で大丈夫か?」

「はぁ……実力は間違いないと思います。多分」

「バーバラとやら、あまりメドロの脚を引っ張るなよ。ではな」

 

 興が削がれたらしく、ペッパーはバーバラ達から去っていった。本当に人望は厚いらしい。すぐに別の学生が近づいては親し気に話しかけてくる。そうこうする内に人の輪が出来て、その中心にペッパーは自然体で話をしている。

 

「むぅ……なによあいつー」

「ゼスでスシヌさんを知らないって言えばそうなりますよ……ゼス王国の唯一の王女です」

「あ、本当に王族はいるのね。どんな人?」

「それは……」

 

 メドロはスシヌの事をたくさん知っている。一般の国民と同じ目線が出来る。人の多いところにいると酔う。優しくて臆病だけど強いところがある。滅多に見れないが、笑う時は太陽のように眩しい。だけどそれを挙げていけば、長すぎるし自分の好意を言いふらすようなものだった。

 

「……僕達の今回のライバルです。試練迷宮以降をクリアできるのは、ペッパーと彼女と僕達だけでしょう」

「ふーん。正直王族ってだけで気が引けるなぁ……エリート意識とかプライド高そう。それにゼスの姫って事は魔王の子とやらでしょ? ちょっと怖いかなー」

「そんな事はありません!!」

「わわっ!?」

 

 バーバラが踏んだものは、メドロにとっての逆鱗だった。これまで淡々と柔らかく説明していた少年が豹変して、顔を赤くして詰め寄ってくる。

 

「スシヌさんは普通の人間です! 魔王の子というだけで悪く言う人も多いですが彼女本人は至ってまともな女の子です! むしろ、王族とか魔王の子という目線こそが彼女を引っ込み思案にしてしまったと言っていい! 今の発言は全部間違っています! 訂正してください!!」

「え、あ、え……うん……ごめんなさい……」

 

 メドロの怒りは収まらない。矛先は現状の不満まで飛ぶ。挙がるのはスシヌの事ばかり。

 

「大体ゼスがTVショー的な映し方を認めているのも気に食わない! 王族を国民の娯楽にしている今の在り方には反吐が出ます! マジック様はそれを受け入れてますが、スシヌさんまで巻き込まないで欲しい! 今年は美少女コンテストで水着撮影をやるって話が出ましたよ! あまりに不敬じゃありませんか!?」

「とりあえず、メドロがスシヌをどう思ってるのかはすっごく分かったから。うん……」

 

 見ているこっちが恥ずかしくなるぐらい露骨な態度だった。その表情を見てようやく我に返ったメドロは――――開き直った。

 

「…………誰だって、好きな女の子ぐらいいますよ。僕はスシヌさんが大好きです!」

 

 何事も冷静な男なのだが、スシヌ周りに関してはほとんど何も見えなくなる無鉄砲な若者だった。だからこそ、学生集うロビーで堂々と言い放つのはあまりにも男らしい。近くの学生達が口笛を吹いたり拍手した。茶化しもあるが、畏敬の念もある。

 結局メドロの好意はあまりにも周知の事実だ。ゼス軍首脳陣やマジックは彼の健気で真っすぐな恋心を応援している。

 メドロは知らない。スシヌは彼がいるからこそロビーに降りたくないのだと。恥ずかしいから。

 

 

 

 

 

 ホテル内、スシヌ専用個室。概ね公平な第一応用学校だが、流石に王族となると立場が変わる。今回は王族特待という校則によって個室となっている。しかもスシヌ誘拐事件を機に腕利きの護衛までいる。どれだけ強力な魔法使いでも、寝込みを襲われたらどうにもならない。魔法を唱える間もなく殺される。こんな大仰なところに入っていく女学生はいない。スシヌは留年していることもあって、友達も少なかった。

 

「スシヌ~、ペッパーさんからクリア条件の変更ですってよ~。少し手前にお帰り盆栽はあるから覚えておいてね~」

 

 エリーヌはそこに入り込める数少ない人間だ。二人は幼い頃から友達だった。ただ、今日はエリーヌとしても忙しいから部屋に入らなかった。

 そこに伝達ミスが生じる。スシヌは個室どころか、そこからさらに水晶玉の中に引き籠っていた。ありとあらゆる情報をシャットダウンするように。

 スシヌは水晶玉の中に自分だけの空間を作成する事が出来る。誰もいない時は迷宮にしたりする。そこに支給されていたゼス魔法兵器をぶちまければ難攻不落の施設の完成だ。今回は簡易的に客人と自分だけがくつろげる空間を作成していた。

 

「お待たせしましただ。スシヌ様」

「わぁっ、ありがとうございます。ロッキーさん」

 

 彼女のパートナーであるロッキーが紅茶を運んできた。木製のテーブルの上へ置いていく。彼女にとってくつろげる空間とは、魔王討伐隊の時のキャンプ地のような状態だった。テントがあり、簡易なテーブルがあり、バスケットの中に簡易食。冒険の日々は彼女の日常として馴染み、今回のような迷宮探索の前日では、豪勢な施設に泊まっていてもこちらで寝るようにしていた。その方が落ち着くから。

 

「それにしても、本当によろしかっただすか? おらみたいなのがスシヌ様のパートナーで……」

「そ、そんな事ないです。私にとって、一番安心できるガードですから!」

 

 彼女にとって、この手で一番の問題は対人恐怖症のきらいがあることだ。魔人討伐隊が解散する時から、スシヌはロッキーにお願いをしていた。卒業試験の時、一日だけ手伝ってくれないかと。ロッキーは二つ返事で快諾したが、実際に来てみると自分が場違いだと考えるのも無理はない。第一学校の学生は、貴族や優秀な人間ばかりなのだから。元奴隷の冒険者としては負い目も出る。

 ここぞとばかりに、普段は杖に入っている英霊パセリが出て来て喋り始めた。

 

「ロッキーさんは大丈夫よー。私が保証する。マジックちゃん達とたっくさん頑張ってたの見てきたからねー」

「おらはその……おらなりにやれることをやっていただけだす」

「んふふー。それをやり続けて、生き続けてるだけでも凄い事なのよー」

 

 ガードとしては有名な実力者という程ではない。だが、この激動の次代を駆け抜けて、大きな怪我をしていない前衛はそれだけでも希少だ。カミーラダークの頃から現役のガードは、ゼス中を探しても他に何名いるだろうか。

 経験という側面では、スシヌはこれ以上ないパートナーを迎えていた。そして、それこそが最もスシヌに足りないものだ。自分の判断で冒険や迷宮探索をした事がほぼない。いつもザンス達兄弟が彼女を引っ張っていた。今回は彼女が決めなければならない。

 

「あ、明日はよろしくお願いします!」

「こちらこそお願いしますだ。命に替えてもスシヌ様を守らせて頂きますだ」

 

 両者とも机に額をくっつけるほど頭を下げた。実力に全く不釣り合いの腰の低いコンビだった。

 スシヌは落ち着いたところで紅茶を一杯飲むと、ふうとため息と弱音を吐く。

 

「ママはやれるだけ行ってこい。ゼス王女としての力を見せなさいって言ってたけど……やっぱり怖いなぁ……卒業資格だけじゃダメ?」

「ダ、メ♪きっと二人とも、張り切ってるわよー」

「う……私とあの二人を比べるの、間違ってるよー……私なんて留年してるし、成績も良くないし……逆に二人は完璧だし……」

 

 三英傑の最後の一人、スシヌ・ザ・ガンジーはうなだれた。そもそもそんな比較のされ方をされるのは自分が王族だからだ。学校生活を見れば比べようがない。

 二年連続生徒会長だったペッパー。学会では大学講師と混じって論文を発表するメドロ。なるだけ存在感を出さないようにひっそりと授業を受けている自分。その差は一目瞭然というか、比較する方が馬鹿らしい。

 

「だからこそ、スシヌの得意分野で格好いいところを見せたいのよー。特にメドロ君は」

「そ、そもそも得意分野じゃないから!他の皆が凄いだけで、私なんて魔法だけ、その力もまだまだ全然使いこなせてないもの……」

 

 魔人達を次々と打倒する程の修行を経て、まだ伸びしろがあるのが恐ろしい。ほぼ全ての魔王の子は、レベルはともかく肉体的にも精神的にも発展途上である。既に世界の上限を遥かに引き上げた人類最強達だが、ここからさらに引き離すだろう。冒険前でも三英傑ところか一強と呼ばれる資格はあったのに。

 精神的には、まだ未熟だ。スシヌの場合、色恋については年齢で考えると初心だと言える。一世代遅れても、彼女より一歩進んだ若者もいる。この手が大好きな英霊にとっては、もどかしい。

 

「スシヌも罪よねー。あの子の想いを袖にしちゃって。しかも全然諦めてないわよー?」

「まさか本気とは思わなかったもん……私にとっては親戚の弟みたいなものだし、今更見るのは難しいよ……」

 

 2年前、スシヌはメドロに告白された。嬉しかったが対象として見るには幼かった。そもそも子供の頃から気楽にお姉さんぶれた数少ない人間だったのだ。そこからも彼は遠回りに好意を伝えては来るのだが、悉くが空振りしている。

 

「分からないわよー? ふとしたところに男を意識したら、あとはあっという間かも。そろそろ背丈も追いつかれてるでしょ? 迷宮でピンチになって、思ったよりたくましい腕に抱きかかえられて、そこにぽっと灯る熱……学生時代としては最高の思い出になりそうねー♪」

「う、うううぅぅぅ……メドロくん相手でそんな事思わないよ!もう寝るー!!」

 

 杖を放り出したまま、スシヌはテントに突貫していった。そのまま毛布へ潜り込む。彼女が寝付くには、今しばらくの時間を要した。

 

 

 

 

 

 

 

 パートナ用の寝室でバーバラは窓の外を見ていた。パリティオランの夜の景観が見渡せる。魔法灯による夜の明るさを地方都市でも一望できるのはゼスぐらいだろう。

 だがバーバラは景観を楽しむというよりも、何か違う世界を見ているように見える。

 

「二人一組との事なので、表向き私は帯同しません。まぁどこかで合流するんですが」

「んー」

 

 コーラに対しても気のない返事だ。そもそも聞いているのか聞いてないのかわからない。心ここにあらずといったところか。

 

「……何を考えているんですか?」

「皆、楽しそうだったなぁ。私も学校行けてたら、ああだったのかなぁって……」

 

 バーバラの学歴は基礎卒より悪い。故郷の教育制度は学のある大人が教える個人塾のようなものだった。後は親の指導次第か。ただしバーバラはそれも望めなかった。

 

「ここの人達はみんな綺麗な服着てるよねー。家族がたっくさん稼いでるんだろうなー」

「バーバラの実家は貧しかったんですか」

「ヘルマンならよくあるような程度ね。食べるのに困る程じゃなかったけど、親はいつも忙しそうだった。世の中ほとんどgoldでしょ」

 

 バーバラの知識には偏りがある。貴族や王族と言った恵まれた立場の人間は聞き流して、庶民から名声を得た女性達はどんどん覚えた。例えばペルエレ・カレット、アームズ・アーク、チルディ・シャープ等がそれにあたる。バーバラはそういう成功者になりたいのだ。

 

「他の勇者はどうなの? まさか学歴良くないとなれないとかあった?」

「勇者は全員、基礎学校卒業までが最終学歴でした。13歳しか資格を持てず、20歳で勇者期限が切れます。だから皆旅に出て、学校なんて行く暇はありません」

「その時点で信用ならないなぁ。私、14歳よ?」

「…………やっぱりおかしくなってますね。エスクードソード」

 

 やはり、年齢制限というものが壊れている。ゲイマルクも勇者期限が切れなかったことで、永遠に死ねない化け物と化してしまった。バーバラも年齢から考えれば、従来なら持てるはずがない。神異変の影響は大きい。

 

「この剣本当奇天烈だよねー。モテるって言ってたけど全然じゃない。メドロもペッパーも私に普通に話しかけて来るし」

「周囲の学生は結構バーバラにやられてましたよ。いつも目で追ってました。引っかからない人は明確な信念があるんでしょう」

「あー……納得。あのお熱っぷりじゃ、惚れ薬があってもダメそう」

 

 あそこまで健気で真っすぐなものを見れてお腹一杯だった。絶対に悪い子ではない。

 

「ま、寝ましょ寝ましょ。いいベットで寝れるぅ~♪」

「お休みなさい」

 

 恋のキューピッド役というのもいいだろう。ただの護衛よりはやる気が出る。寝具の良さと疲れもあって、すぐにバーバラの意識は落ちた。

 明日は卒業試験。ゼスの英傑達は三者三様の思いで競い合う。




ペッパー(・(セル並みに長いので省略)・サルモネラ) lv73
 完全オリキャラ、次代を担うゼス三英傑の一人。地方貴族ソルトアンの一人息子。15歳。
 王国を自分の代で築くと息巻く野心家。逆にそこしか見えていない。勉学や自分を鍛える事に打ち込むタイプで自分自身の色恋には無頓着。
 王の器という話をメドロとした時は本気の大喧嘩になった。スシヌ絡み以外は仲がいい。
 テストとか単純な事やるとメドロ達は満点しか取らないために差が生じない。頭の良い二人だが、世界を見渡せばミックスという上がいる。
 魔法2,神魔法1,格闘1
 

スシヌ・ザ・ガンジー lv300
 ゼス王女、魔王の子。次代を担うゼス三英傑の一人。
 RA11年の誘拐事件以降引き籠りで卒業をなかなかさせてもらえずやっと受けられる。学業の成績は中の上だが、魔法戦闘関係はカンスト評価するしかない。計測不能。
 正直言って一人先輩だからクラスでは気が引ける。エリーヌは数少ないお友達。
 ザンスとかも含めてより取り見取りの乙女ゲー状態で今一番気になる子はエールちゃん。(同性)
 血も涙もない。ゼス終わったな。メドロは泣いていい。



 王国内でマジックが相手に認めるクラウン家の男って考えたらほとんどゼス全推薦みたいな相手じゃないかと気づいて踏み込める子になった。
 正解はソルトアン。非常にこういうのは作りやすい。ビジュアル的にも被らないからイメージしやすい。というか食券といいそういう為に作られたキャラじゃ……10サブキャラ勢の中でこいつだけ異色。
 他の魔王の子では誰もやれない学園生活。マジックだってそこそこ描写されてたしこういうのあるといいよね。


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第二試験迷宮① 第二試験会場

ランス6を起動して第三試験会場のマップと睨めっこすると楽しめるかも、ゲームブック形式気味。


「あははははははははははははは!!!」

「タネは切れた。我、死ぬの……ぐふっ」

 

 メイジマン達は突貫してきたバーバラに様々な部位を切り裂かれ、その内の一体が末期の言葉を吐こうとした頭に刃が落とされた。

 

「またのご指名を……」

「弱すぎ! よわっすぎ! 経験値にすらならないわよ!」

 

 ほとんど裸の指圧マスターは次の一刀でバラバラにされた。興が乗ったため丁寧に8等分だ。次に標的となったのはプロレス男。何をする事もなく銅を両断されて二つに別れる。そもそもとして見える世界が違う。魔物達は最初から最後まで何をされているか見えなかった。

 勇者が突っ込んできて後衛に回り込み、後ろから順番に斬っていった。それだけだ。この程度の小規模な集団を斬るのには5秒もかからない。入口の魔物はメドロが階段を降りきる前に殲滅された。

 

「これは……想像以上、ですね……」

「でしょー? 私に任せちゃえば余裕よ余裕!」

 

――――バーバラは、完全に調子に乗っていた。

 

 第二試験会場、迷宮の浅い層、卒業試験会場エリア。そこで勇者の力は存分に発揮された。学生達がパートナーと連携を取って倒すべき魔物など敵ではない。雑魚にすらならなかった。勇者とはそういうものだ。

 

「これが今の私の力! 世界最強待ったなし! 私って世界一のラッキーガール~♪」

 

 剣の力を自身の手柄として振るい、自慢する。

 自信過剰となったバーバラの増長を止める者はまだ、いない。

 

「バーバラさんをカバーする必要がないのは分かりました。下手な援護よりも、有効な魔法の詠唱と位置取りが大事でしょうね。頼りになる前衛がいるのは凄くありがたいです」

「えへへー……ばさーっと全部切っちゃうから!」

 

 かろうじて、メドロはその動きを捉えていた。実際に相対して戦えば切り捨てられるだろうが、彼もまた選ばれし人間。この辺りの魔物よりは遥かに機敏に動ける。

 

「ただ、打ち漏らしもあるので……後片付けだけはしておきますね」

「イカアッ!?」

 

 メドロはイカスミで擬態していた大王イカマンの顔を焼き尽くす炎を放ち、先へと進む。

 ゼス三英傑と勇者。誰もがこのエリアの敵に苦戦はしない。魔物に対しては一方的な蹂躙だけがあった。

 

 

 

 二人は試練会場を進んでいく。試練会場は魔物も出没するが、どこか学校の延長のような雰囲気が漂っていた。腰まで積まれたレンガとその上にあるのっぺりとした壁。四角四面な道。石畳が敷かれた足下。時折ある扉は完全に人造のものであり、散々に手が加わっていると感じられる。

 

「これが迷宮……その一部かぁ……」

「そうです。散々大規模な工事と駆除をしたんでしょうね。結界魔法まで使われたはずです。構造をある程度自在にコントロールできるらしいですから」

「皆入り口が違ったけど、大丈夫なの?」

「それぞれが同じような迷宮に叩き込まれていますよ。ちゃんと公平になるように調整されています。卒業試験は出来る事が出来たらクリアできるように作られているので、安全です」

 

 第一応用学校の生徒達は開始と共に違う入り口から入った。だが一人もすれ違うことはない。ここでは一種の異空間になっている。

 

「ゼスは本当わかんない事するなぁ……どうやってるのかなー」

「これより凄いものがたくさんありますよ。魔法に関する技術力は世界一ですから」

「ま、いいや……それよりとっとと行きましょ!」

「あ、そっちは……」

 

 バーバラは曲がり角を曲がって駆け出した。そのまま素早く道を走って……

 

「ぐええええええええええっ!?」

 

 勢い良く何もない空中に『激突』し、その場にずるずると崩れ落ちた。

 

「な、なによこれ……!?」

「魔法障壁ですよ。この手は発生源がすぐ近くにあります。ちょっと探してみま……」

「ふざけるなー! ……えっ!?」

 

 剣戟一閃。バーバラは魔法障壁に切りかかった。初めて、エスクードソードが強く斬り込まれつつも止められた。

 

「う、嘘ぉ……私の剣が、止められたぁ……?」

「こういうのは突破させるために作ってるのではなく、発生源を見つけさせるためにあるんですよ……それでも、なんで傷つけてるんですかね。これ多分軍用ですよ?」

「一度で駄目なら何度でも斬ればいい! ちょっと待ってて! えいやっ、たぁっ!」

 

 バーバラが本気になって斬りかかった。勇者になって以来、硬いものを切り裂く反発があるのは初めてだったが、1分もしない内に障壁はボロボロになり、やがて溶けるように消えてしまった。

 

「…………その剣、なんなんですか?」

「私の剣! 良い剣でしょー!」

 

 あり得ない。真正面から軍用の魔法障壁と喧嘩して刃こぼれ一つ起こさない? どんな名剣だ。国宝、バランスブレイカー、その類じゃないとそんな真似は無理だ。もしかしたら、この人は思ったよりとんでもない存在なのかもしれない。

 バーバラが高く掲げた長剣は一切の傷なく光り輝いている。持ち手の下にある半円の秤にかかる目盛と針。神造物のような完成された美しさがある。ただの長剣のはずなのに、眺めていたメドロの背中に冷たいものが走った。残酷、無慈悲、大きな代償。目盛と針を眺めていると、そのような悪いイメージばかり浮かぶ。

 メドロは雑念を振り払うように障壁の奥へ進み、赤い扉の前に立つ。

 

「……バーバラさんが手間を省いてくれたお陰で時間が短縮できそうですね。僕も用意してきたものを使いましょう」

 

 そう言って、メドロは鍵束を取り出した。赤、緑、青、3種類の鍵束だ。同じ鍵に見えるのに、メドロはそれぞれ10個以上を所持している。

 

「なにそれ。鍵ばかりそんなに持っててどうするの?」

「ゼスでは好成績を残したり、大きく貢献した学生には鍵が支給されます。この鍵はゼス全土にある迷宮やダンジョンのマスターキーになっており、ショートカットや高難易度のエリアへの道に繋がっています。つまり……頑張った人へのご褒美ですね」

 

 メドロはにっこりと笑って、目の前の扉へと差し込んだ。扉が開くと共に、潰れた鍵は扉に溶けていく。それを二回も繰り返すと……モンスターハウスがあった。

 

「ちょっ!? 前っ……」

「氷雪吹雪」

 

 あらかじめ詠唱を済ませていた魔法をぶちかまし、全ての魔物の動きは止まる。その威力はすざましく、直撃を受けたサワーは氷の彫像になっている。全く魔物達を意に介さず、メドロは部屋の奥に入り宝箱を開けた。

 

「手垢のついた罠の類は事前に対策してますよ。ショートカットしたら魔物がお出迎えって百年前からやってたんじゃないですか? 卒業試験はこの手のアイテムを3つ集める事です。さっさと行きましょう」

「お、おおう……メドロも図太いなぁ……」

 

 その先に進むと、三つの小部屋があった。黒板が存在し、チョークで謎かけ扉と書かれている。魔法障壁があり、その先に扉がある。恐らくは謎を解かないと先へ進めないのだろう。

 

「なにこれ。ヒント、二進数って……初期状態ゼロって……」

「情報魔法の基礎です。それではバーバラさん、お願いします」

「ええっ!? 私全然わかんないよ!? これこそメドロがやってよ!」

 

 物凄い勢いで首を振って拒否したが、メドロは穏やかな表情を崩さない。どこまでも落ち着いた様子で障壁を指さした。

 

「違います。あそこに魔法障壁があります。恐らくはさっきと同じものでしょう。これならバーバラさんが破壊した方が早いのでそれで行きます」

「こういうのって……きちんと解くものじゃ……」

「どうせこの部屋もたくさんある異空間の一つに過ぎません。ダンジョンならルールに書かれてない事は何をやってもいいんです。書かない方が悪い」

 

 最近の情報魔法を絡めた問題は、無駄に手筋に時間がかかる。答えはあっという間に出るのに効率化がされていない。よって壊した方が早い。メドロはスシヌ以外は冷静に最適解を導ける人間だ。人の上に立つだけの資質が垣間見える。

 二人はそのまま大して時間を使わず試練を突破した。これで所持アイテムは二つ。

 

 一階下のフロアに降り、数学の鍵が必要と言われた鉄扉は同じようにバーバラが破壊した。メドロは効率という大義名分の下に卒業試験の存在意義そのものを壊していく。無残に破壊された施設を何とも思わず、ショートカットが出来る事に満足して上機嫌に笑みを浮かべている。

 

「凄いですね! バーバラさんはゼスの魔法鍵よりよっぽどマスターキーになってますよ!」

「頭良い人って……こんなんなの……? それともどこか壊れてるの……?」

「これまででペッパーの予想タイムより3分早い。スシヌさんなら10分ぐらいは差がつくでしょう。このリードを守り切って勝ち切りましょう!」

 

 いや、やっぱり目の色は正気ではなかった。あれは全てに形振り構っていない目だ。一位を取ったら後の言い訳はどうでもいいと考えている。

 よくよく周囲を見ていれば、魔物に全く容赦がない。溶解している。凍って割れている。女の子モンスターも含めて前に立つものは素早く皆殺し。そしてもう口に竜角惨を流し込んだ。買い込んだアイテムに任せて、魔力を出し惜しみする気が皆無なのだ。オーバーキルな猛火と極寒を振りまいていく。

 

「……魔力、大丈夫?」

「ご心配なく。ちゃんと幼迷腫まで確保していますから」

 

 試験終了後の事を考える気はないらしい。その道具は確かに全快はするが3日間は動けなくなるアイテムだ。ハピネス製薬が即開発中止を決めた失敗作まで抑えているあたり、いったいどれだけ前からこの日の為に準備してきたのか。

 その後もバーバラ達は前にいた魔物達を皆殺しにしつつ障壁を破壊して3つ目のアイテムを獲得した。まったくもって順調である。だが、好事魔多しとはよく言ったもので、メドロ達に予期せぬ事態が起こった。

 

 

 

 

 スシヌはアイテムを一つしか集めなかった。評価に関わるが、それよりも早く行く事でこの迷宮の初踏破による大ボーナスを狙っていた。この試練迷宮ではなく、全体の迷宮における評価値の高さを狙った戦略。優秀なメドロ達を上回るには、それしかないと考えたのだ。

 しかしスシヌは試練迷宮クリア直前に道を間違えた。角を何度も曲がり、その先にあったのは……

 

 

         あ な た の 後 ろ に 殺 人 鬼  

 

 

 

 と書かれた黒板だった。血の色で書かれており、いかにもおどろおどろしい。そしてその視線をトリガーに呼び出される醜悪なモンスター達。よくあるホラー系トラップだが、スシヌの精神面という弱点を的確に突いていた。

 

「ギギギッ……キシャアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

「きゃああああああああああああああ!!!!! 白色破壊光線ーーーーーーーーーーー!」

「ス、スシヌ様ーーーーーーーーーーー! それはマズいだすよーーーー!」

 

 あっさりとスシヌは理性を手放して、可能な限り強力な魔法を魔物に叩きこんだ。

 ゼス最強の魔法使い、lv300のスシヌによる詠唱破棄の必殺魔法が魔物を襲った。魔物は消し飛んだが、それだけで済むはずがない。そのまま白色破壊光線はありとあらゆるものを破壊し、貫通してスシヌの試験範囲外まで迷宮世界を壊していく。

 

「ど、どうしよう……今のが人に当たったら……」

 

 破壊の跡は完全に抉られて何も残らない。何が間に入ろうと消し飛ばすだろう。それでも、もう自分には何も出来ない。スシヌは茫然とした。

 

 

 

 

 

 

 

 どこかで、振動があった気がした。

 

「……ん?」

 

 ペッパーは音のした方を振り向いたが何もない。どこか迷宮の端が抉られたのかもしれない。

 

「……まあいい。さて、ゴールだ」

 

 3つのアイテムを持って、その迷宮の地点に踏み込むとカラフルな紙吹雪が吹き荒れる。ファンファーレが鳴り響き、達成者であるペッパーを祝福した。

 

『ただいま、最初に到達したパーティが出ました。史上最速記録更新です。リンゴも全部所持、150点満点になります』

「ふはははははははは! そうだろうなあ!」

 

 ペッパーはメドロの予想を遥かに裏切って既に到着していた。メドロが準備していたように、ペッパーもこの試練に対する対策を怠らなかった。

 彼がやったのは王道の正道だ。全ての仕掛けを望み通りに作動させて突破した。メドロとの数ある競争の中で、情報魔法の制御や身体能力において自分の方が優れている事を考慮して、ただ早く動く事でメドロの裏技を真正面から超えてしまった。

 もう一つは戦闘数に尽きる。優れた身体能力と迷いのないマップ把握。魔物にその身体を届かせる事なく一切の戦闘を回避して振り切った。非常に俊敏で、全ての状況を素早く理解する知能があるペッパーだからこそ可能な離れ業だった。

 

「アイテムを取るのに戦う必要などない。その間に一歩でも稼げば良いのだ。……まぁ、3年後にはこの手法だけでは駄目だろうがな」

 

 きっとメドロは追いついて来る。今はまだ身体能力の有利だけで押し切れているだけに過ぎない。ペッパーのメドロに対する期待値は高い。生涯を通して良きライバルになると思う程度には。

 

『この先もありますが非常に危険な領域となります。より高評価を望みますか?』

「愚問だな。己は主席で卒業する。連れていけ」

 

 ここまではペッパーにとっては散歩のようなものだ。自分のやりたい事をやっているだけで競争に勝つ事はわかっていた。前衛寄りの反応速度を持っているのだから当たり前の話だ。

 だが、ここからは戦闘を避けるのも難易度が上がり、二人一組で殲滅力が高い魔法を詠唱しやすいスシヌ達の方が有利だろう。今までにどれだけリードを稼げるかが鍵だった。

 光がペッパーの身を包む。ここから先は突破する事が前提ではなく、気を抜けば命を落とす戦場になる。それでもペッパーに気負いはない。不適に笑って、後に続く二人へのエールを呟いた。

 

「早く来いよ、二人とも。でないと己がすぐに終わらせてしまうぞ」

 

 友は得難いが、好敵手はもっと得難い。ペッパーは学園生活を誰よりも楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 物凄い振動が迷宮を揺るがし、立っていられなくなった。

 

「…………ッ伏せてください!!」

「う、うひゃあああああ!?」

 

 次の瞬間、バーバラ達の目の前に白い光が飛び込んできた。世界そのものを削り取るような轟音がその後に続く。

 

「ひ、ひぃぃぃぃ!? 何なのこれー!?」

「誰かの魔法攻撃です!」

 

 スシヌの白色破壊光線だ。バーバラ達のいる迷宮は不幸にも、世界を切り裂かれるようにスシヌの魔法の直撃を受けていた。

 貫通性を高く設定した破壊光線は当たりさえしなければそこまでの被害を与えない。そのままバーバラ達のいる試練迷宮世界を真っ二つに引き裂いて通過していった。

 

「…………行きましたね。今のが当たったら即死でした」

「そ、それもそうだけど当たったところ……どうなってるの!?」

「今踏み込んだら場所不明のところに飛ばされます。退がるしかないか……」

 

 目の前にある抉り取られた迷宮は元の形を留めていない。異界のゲートのように、不規則な元の世界と、そうでない狭間の世界が入り混じり、入ったらどうなるかわからない異空間になっている。

 

「で、でも……出口は目の前なんでしょ!? こんな書き置きもあるのに!」

 

 バーバラは自分達のすぐ横にある黒板を指さした。これまでにもゴールは近いとか、もう少しだとか、最後の試練だと書かれた黒板があった。そこも突破した末にある最後の黒板だ。実際、道を進んで曲がればこの試練迷宮のゴールがある。最後の黒板にはこう書かれている。

 

                 もう一息だ、諦めるな

                 ここで引き返したら

            

                 馬 鹿 だ ぞ

             

                 覆面校長スターマン

    

 

「……ここで突っ込む方が馬鹿ですよ。炎の矢」

 

 メドロは黒板を焼き尽くした。彼自身、カチンと来る部分はあったための八つ当たりだ。順調に行っていて、あと少しというところで予期せぬトラブル。大きな時間の損失。

 メドロは足早になって今来た道を引き返す。バーバラも慌ててメドロの後を追う。

 

「……で、でもゴールってここ以外に出口ってあるの!?」

「無いです! でもマップを考えたら数学の鍵がある小部屋とゴールが近いはず!後はバーバラさんの剣で無理やり突破しましょう!」

「遂に壁破壊までやらなきゃいけないかー!」

 

 今日のエスクードソードはマスターキーで掘削機だ。勇者は土木作業員。カミーラダーク前の時には有り得ない破壊的な方法を取る羽目になっていた。

 

 二人は急いで迷宮を戻り、戻り、戻り……バーバラが破壊した鉄扉を抜けて、スシヌの破壊光線通過後の通路にまた出会った。

 

「「……………………」」

 

 さっきと同じだ。異空間と現実世界がごっちゃになっていて通行不能。二人は迷宮を真っ二つにされた末、閉じ込められていた。階段すら行けない。

 

「こ、これ詰んだよね。不合格しかないんじゃ……」

「……ちょっと待ってください。考えます」

 

 メドロはマップを広げて考える。スシヌの破壊光線の被害域は甚大だ。だけどこのフロアまでしか抉れていない。危険範囲はこの階だけだ。階層の移動をすれば壁の破壊と併せて突破は可能。

 

(破壊した障壁地域の途中にある踊り階段。そこの壁を破壊すれば元のフロアに戻る……?)

 

 遠い。あそこは踊り場から見ても堅いし時間がかかる。もっと考えろ。最善の方法は? 

 ふと思いついたのは、過去のトラップにあった傾向。近道をしようと考え過ぎた者を嵌める罠。

 

「あります! ついてきてください!」

 

 メドロは引き返し、すぐ近くにある小部屋に入り込む。そこにあったのはワープポータル。どこへ繋がっているのか調べると……期待通りだ。メドロはワープポータルへ飛び込んだ。バーバラも後を追う。ワープした先には、一つの看板があった。

 

 

                   ス カ

                  

                はずれを引くこともある 

              

 

「全然はずれじゃない!」

「当たりです。これでスタート地点まで戻りました! つまり前来た階段を降りる事が出来ます!」

 

 一方通行のワープポータル。本来なら勇み足の学生を陥れる為の罠だが、迷宮が壊れた今となっては救いの手段になる。

 いくつかの小部屋を抜けてそのまま進むと、破壊した障壁が見えてきた。

 バーバラ達が最初に壊した場所だ。その先にある赤の扉が見えたところで、バーバラも今までの意味を理解した。

 

「なるほどー! ほんっと頭いい! 私とっとと壊しに行ってくるからマップ頂戴!」

「これでお願いします。恐らくはこの壁と地続きになって薄い壁で破壊可能になってます!」

 

 バーバラはマップを受け取ると勇者として本気の力を行使した。メドロも急いでいるが比べ物にならない。疾風のように三つの小部屋、階段を駆け下りていく。そのまま一目散に数学の鍵がある袋小路に入り込んだ。

 学生諸君より注意。トラップ配置ありますと書いてある黒板を見向きもせずに。

 

「よーし、ぶっ壊すわよ! きゃんっ……ふべっ、あがががが…………」

 

 バーバラは最短距離で壁を壊そうとして踏み込み、物凄い勢いで電撃罠に引っかかった。痺れとショックでまともに剣を振れない状態になり、壁に頭から激突して電撃罠を喰らい続ける。

 

「あががが……な、なにこれぇ…………」

 

 バーバラはメドロが到着するまで、電撃罠を存分に堪能する事となった。

 ゼス三英傑は誰もが苦戦する事はなかった。が、新勇者バーバラにとっては違った。

 この後二人はバーバラの回復を待ってから壁を破壊し、無事踏破認定を受けて高難易度の迷宮へと踏み入れる。メドロ達は当初の予定より大幅に遅れ、第二試験会場そのものの突破順番は11番目になってしまった。

 

 誤算はあったが大きな変わりはない。これまでのものは所詮前座に過ぎない。

 この先は乗り越える為に用意された卒業試験ではない。二人では本来踏破不可能な地域。

 この迷宮本来の魔物と危険が彼等を待ち受けていた。

 




魔法に関しての戦闘描写について。
 使う側は操作性が高く自由度も高くなんでもあり、特に高技能持ちほど。
 食らう側は必中のせいで理不尽。でもインフレすればかなり躱す手段も出てくる。
 ルド世界の戦闘自由度は下は厳しいが上は物理法則無視できるためゆるゆる。熟知して全シリーズ良いとこどりで使いこなせば自由に華のある戦闘を書ける。
 まぁ自分は肝心の腕の方がないんですがね。精進精進。

詠唱破棄
 魔法lv3のチート共が仕えるだろうスキル。レッドアイ、アニス、スシヌは確実に使用可能。基礎魔法に至ってはスキル名すら破棄している感がある。使用例をいくつか挙げてみる。
アニス(錯乱)「敵は死ね!メタルライン!白色破壊光線に黄色破壊光線!」→どう考えても詠唱してない。そして本能で無詠唱バリアを生成。
スシヌ「こここ、来ないでええええ!」→対軍クラスの防壁速攻生成。

 魔法使用には詠唱が必要?それはデタラメ共以外の話なのだ……
 ただ、ホントにそんなの十全に乱発したらスケールの街一つなんてあっという間に消し飛ぶので、多分威力やらもろもろ殺されてるはずと独自解釈。

高速詠唱
 魔法lv2の天才共が所持しているスキル。
 志津香の局地地震が溜め無しになったり、黒色白色を速攻ぶっ放せるようなもの。
 ただし前者はゼス崩壊を通した習熟の結果という可能性も。シィルも溜め2Fレーザーが改善して志津香マジックに並ぶため、習熟度による改善もある気がする。

つまるところ解釈としては
 技能lv2はこれ難しくね? が天才だから行けるでゴリ押せる。
 技能lv3は無理だろこれというものもデタラメだから行けるでゴリ押せる。うーん便利。


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第二試験迷宮② 三英傑の為の試練

 第二試練迷宮中層、ここからはもう安全は保障されていないが、行きたい者は行ってもいい。

 そう通達されて渡された徘徊魔物のリストを見た学生ほぼ全員がこう思った。

 

 二人っきりでここに行く? 死にに行くようなものだろ。

 

 様々な魔物がおり、そのどれもが高レベルの冒険者が徒党を組んでやっと進めそうな迷宮だ。高難易度の迷宮としてはゼスでも屈指だろう。ただ、その中でも一際頭のおかしい事実が記載されていた。

 

――――迷宮全体で総計200体以上のゲッペルスが徘徊している。

 

 聖骸闘将、その中でも最強に近い個体種だ。この迷宮は聖魔教団、ロンメルシリーズの一大兵器生産地だったのか。永久に人間を抹殺し続ける殺戮兵器が大量に存在していた。

 よしんば自信過剰な学生が行きたいと言ってもパートナーは全員拒否しただろう。魔法使いの盾になってスーパーティーゲルを喰らい続けたいか? 死ぬだけだ。

 2体遭遇、3体遭遇などがあったらほぼ確実にこちらの火力を超越してくる。

 事前説明の時にあったマイナス要素の列挙は事細かく、『絶対に行くな』という教員側のメッセージに他ならなかった。

 しかし、三英傑となれば話は変わる。『絶対に行け』と暗に言われているようなものだ。スシヌに至っては母親である女王マジックが参加を厳命していた。

 この迷宮の難易度は彼等三人の為の迷宮だ。ここまで来ればパートナーは求められる要求ラインが高すぎてお荷物になる。精々やれることが荷物持ちになるはず、だった。

 

「この角を曲がったら魔物の群れ。恐らくは四十体はいます! 二の矢で自分が焼き払います!」

「まっかせなさい!」

 

 バーバラは完全に想定外の存在だ。既に小規模な戦闘を行うこと数度、やはり勇者を止める存在はいなかった。今回は大規模な群れに真正面から突っ込む形になりそうだが躊躇はない。

 お互いの実力はもう分かった。絶対に行ける。だから最速最短で行く。

 勇者は角を曲がり、魔物達の姿を見て強く踏み込んだ。

 

「――――――やああああっ!」

 

 駆ける。飛ぶ。圧倒的な身体能力を駆使して魔物に肉薄する。

 魔物兵より若干硬い程度のタタミ返しはタタミごと一刀両断された。ガードの献身によって白装飾の魔導兵器にほんの僅かな詠唱の時間が与えられたが、ここで問題となったのが『目視』だ。

 速すぎて、目に止まらない。

 気づいたら盾が吹き飛んで、真横のゲッペルスが切り裂かれている。

 撃とうとしたらもう自分も斬られている。そして聖骸闘将達の死角に回り込んでいる。

 迷宮にいる魔物達の反応速度は魔物スーツに頼り切った雑魚魔物兵より遥かに上だ。前衛達は反応できたから一瞬でも時間を稼いでいる。だが、聖骸闘将は違う。

 彼等は兵器だが、その能力は素体となった魔法使いの死体に依存する。つまり若干強化された後衛と変わらない。視界の開けた広い場所で戦うならともかく、遭遇戦の形になるなら圧倒的に前衛に分がある。

 まともに当てられない状況にされた時点で役目は果たせなくなる。白装束の殺戮兵器は魔法を打っても乱戦の中で別の魔物を盾にされるだけで破壊されていく。

 

「後衛殲滅! じゃあね!」

 

 目的を果たした勇者は斜め上に跳躍した。もう彼女を撃ち落とせる相手はいない。

 魔物全員の目線が彼女を追って……その下にいる詠唱を済ませた魔法使いを見つけてしまう。

 

「――――ゼットン!」

 

 範囲を若干絞って威力全振り、敵を残らず焼き付くす業火が魔物達を襲った。

 触れたら最後、燃えるというより溶けていく。消し炭以外残さない。

 本来は大爆発を起こすものだが、それすら抑えて地獄の業火に閉じ込めて逃がさない。

 術者の熟練度を示すような的確な魔法で、残った魔物達は焼却された。

 

「ふぅ、お疲れ―!」

「どうも。やっと上級魔法を使う機会があったみたいですね」

 

 メドロのところに着地したバーバラはハイタッチ。その顔はどこまでも余裕があった。緊張のかけらもない。中ボス地点に設定された敵達だったはずなのに。

 

「……で、ライバル達に追いつけそう?」

「追いつけるかではなく、追いつきます」

「まーそうね……さっさと進まないとね」

 

 目の前の敵を見ているが、本当に見ているのはライバル達。スシヌとペッパーがどこまで進んでいるか。二人は駆け足で階段を降りていく。

 

「いやー……ごめんね! あそこで私が罠にかからなければ……」

「過ぎた事を言っても仕方ないですよ。僕も剣で壊そうとしてみましたけど、全然駄目でした。重すぎて持てませんし、力が抜けます」

「あ、私しか使えないのって本当だったんだ。私にとっては軽いのよこれ」

 

 バーバラはお遊びのようにエスクードソードを指先に乗せてぴょんぴょんと扱いだした。本人の身体能力の向上もあるが、勇者になる前からショートソードより負担を感じない剣だった。

 

「不思議な剣ですね。聖刀日光と魔剣カオスも資格無いものには持てないと言われていました。その類なんでしょうか」

「…………なにそれ?」

「ああ……説明したら長くなりそうなんで、先を急ぎましょう」

 

 メドロは頭を抑えて呻いた。この少女は戦闘ではこの上なく頼れるが、この世界についてあまりにも無知過ぎる。目の前の剣に知的好奇心が疼くが、この調子ではどういうものか聞き出すのは後にするべきだ。

 迷宮中層は階段以外、人の手がほぼかかっていない剥き出しの迷宮そのものだ。足場は岩盤や砂利でデコボコが多く不安定。湿度も高い。時折開けたところがあるぐらいで、基本的にはパーティ一つが隊列を取るぐらいの幅の道が続いている。罠の類は毒のあるエリアがあるぐらいで、魔物本来の強さ以外は普通だ。もっとも構造全体としては広いので、踏破に時間がかかるだろう。

 異空間ではない迷宮ならば、追う立場にとっての利点も出てくる。

 バーバラ達が次に開けたところに出ると、メドロが生み出した時以上の惨事が広がっていた。

 

「うわっ……これは……」

「スシヌさん、ですね……」

 

 そのエリアには、巨大な氷柱が突き立っていた。開けた広い地域の半分を氷柱が埋め尽くし、氷柱の中に五十体以上の魔物が閉じ込められている。

 吐く息が白い。このエリアだけが氷点下になっている。ここまで魔法の効果が残るのか。

 

「……この魔法なんなの? どんな大魔法使えば地形が変わるような魔法打てるの?」

「スシヌさんの絶対零度、いや違いますね。多分シベリアです。場合によっては氷雪吹雪でも出来るかもしれません」

「ええー……メドロが前使った魔法ではこんなの無理でしょ……」

「スシヌさんですから……彼女が本気で魔法撃ったらどう地形破壊されるかが前提ですよ。これはまだ可愛い方です」

 

 まだ可愛い方。見たこともないような大氷柱が? これ以上となると、どうなってしまうのか。

 

「スシヌって子がどんな子かはまだ知らないけど……魔法使いとしては規格外ね」

「そこだけは否定しません。魔法使いとしては誰も彼女には勝てない。……誰も、届かない」

 

 メドロは悔しさが混じった言葉を呟いた。

 魔王の旅から帰ったスシヌは、今までの自分の努力が馬鹿らしくなるような差が生まれていた。今と同じように一生努力して、それでもなお届かないのではないかと感じられるぐらいの差だった。魔法では、ずっと彼女に届かない。助けになれない。

 

「……逆に、これを利用しましょう。スシヌさんのルートに被ったということは魔物が掃討されて楽が出来るはずです。大事なのは追いつくことです」

 

 四年前から、今も背中を追うばかりだ。ただ、魔王討伐隊の時と違って同じ土俵にいる。同じ場所にいる。手を伸ばし続ければ、それでも届くはず。

 

 最後尾、バーバラ組は先行二人の背中をかなりの早さで詰めている。

 

 

 

 

 では、背中を追って追われる立場のスシヌはどうしているのか。

 至極単純、正面突破だ。戦って、戦って、戦うしかない。倒した敵の屍を踏み越えて進む。

 ガードと魔法使いのコンビでは脚は早くない。戦闘を回避する手も乏しい。ロッキーもこのクラス相手に愚直にガードを一人でしていては早々に潰れてしまう。

 よって魔法使いによる先手必勝。一撃必殺。それに尽きる。

 

「……っ電磁結界!!!」

 

 スシヌは開けたところに出るや否や対象を指定せず、範囲魔法を()()()()()()()()解き放った。

 高電圧の雷撃結界がフロア全体を暴れ狂うように発生し、魔物を包み込んだ。広めの部屋だったのだが範囲としては狭すぎたらしく、地形を削り取り、地面や壁がそのエネルギーに耐えかねるように壊れていく。

 もう雷属性なのは見た目ぐらいで、雷に触れた先からショートして壊して溶かしていくので効果自体は炎属性と変わらない。

 全てが収まった時、フロアはクレーターになっていた。いつもの事だ。

 

「う、うう……やっぱりやりすぎた……」

 

 魔物は哀れだ。自己修復機能があると言われるロンメルシリーズも消滅している。

 三英傑などと言われてるが魔法戦闘に限ってはメドロ達が二桁いても勝てない。それぐらいの火力差はある。どの程度だろうがスシヌにとっては敵にすらならない。

 スシヌにとって、味方が自分の前にいる方が怖いのだ。

 

「やっぱりいらないよこれぇ……ママ、こんなの持たせるなんて心配症過ぎるよ……」

 

 そう言って、母親から託された二つの道具の内、一つを掲げた。

 ――――ゼス女王マジックの運命武器、雷王の小槌。

 効果は所持した者の雷属性の魔法行使に限定した威力の向上。ただしバランスブレイカークラス。

 いずれ貴方も使うのだから制御してみなさい――そんな言葉と共に貸し出されたアイテムは、スシヌをして加減を間違えるという事態を引き起こしていた。

 今回だってかなり加減した。でもこれだ。手に負えない。

 魔法lv3,魔王の子,現在lv300。ここにバランスブレイカーまでつぎ込んだことにより、アニスやMMルーンといった天災の領域に入っている。

 スシヌはほうと溜息を吐いて、後に待つ未来を憂う。

 

「私、こんなの持ちたくないよ。今からゼス王の意識なんて言われても……」

「スシヌ様は優しくて強い子だすから、大丈夫だすよ。前回より良くなっていますだ」

「う、うん……」

「それより、こちらとしてもスシヌ様が守りも全部やってしまって申し訳ないだ」

「い、いえいえ! 私がやりたいからやってるだけで……! ロッキーさんは凄く助かってます!」

 

 ロッキーは移動時に不意の遭遇戦を受ける役目と、スシヌのメンタルケアに終始していた。あとは精々荷物持ちか。それでも、気心の知れてる人が落ち着かせてくれるだけで、スシヌとしては救われる。

 戦闘はスシヌ単体がバリアと防御結界で完封していた。魔力を使うから常用はしていないが、軍隊だって止められる防壁を物理魔法両面で発生できる。魔物達にとっては無敵結界と変わらないだろう。

 つまるところ、戦闘になったら魔王の子とそれ以外では生きてる世界が違うのだ。三英傑にとっての比較と言われていたが、スシヌにとっては若干広い実験場に過ぎなかった。魔王の子を図る物差しなどもう用意できない。

 一通りの戦闘が終わって通り抜けている最中に、幽霊のパセリがふわりと地面から湧き出て杖に戻ってきた。

 

「ただいまー。この先に行くと中層も終わりみたいよ~。2,3回ほどそれまでに魔物と遭遇するかもしれないけど、後から先にボス部屋があるみたい」

「あ、お婆ちゃんありがとう」

「それとー……ペッパー君見つけちゃった♪ ボス部屋手前で休んでたみたい」

 

 びくりと、スシヌが跳ねた。彼女は試練迷宮の突破は3組目だった。てっきり先に二人がいると思ってたいたため、先にペッパーの方に出会うとは思わなかった。

 

「え、え、え……メドロくんは?」

「んー……わかんない。もしかしたらペッパー君の方が遅れたのかもしれないしー……どこかで私達が追い抜いちゃったのかもしれないしー……」

「と、とりあえず合流して皆の安全を確認しよう!」

 

 ばたばたと、スシヌはペッパーのところへと向かう為に走りだした。

 彼女がこの方法で突破する時に怖いのは巻き添えにする事だ。ペッパーやメドロまでもれなく蒸発させてしまったら一生後悔する。そのために幽霊であるパセリが常に先に偵察していた。

 

「んー……まだ結構遠いわよ? 今からペッパー君追い越そうなんてやる気満々ねー」

「無いから! 二人に主席をあげるために私は参加してるの!」

「どうして? 勝負に勝つ事は悪いことではないと思うけど」

 

 ふわりふわりとスシヌの近くを漂うパセリに対し、スシヌは切羽詰まった表情で最悪の未来を語り始める。

 

「お婆ちゃんの時代には無かったかもしれないけど、卒業する時に主席だと色々あるの……」

「うんうん」

「まず、卒業生代表答辞があるんだけど……もうこの時点でわたしは無理! たくさんの人の前で一人とか死んじゃう!」

「スシヌは人の多いところ駄目だからねー」

「他にも祝賀会で花束贈呈とか新聞にも載るし、ゼスTVも来るだろうし……あ、ああ……」

 

 その待ち受ける苦難を考えるだけで辛いらしく、スシヌは少し涙目になっていた。

 

「ふぅ……家族の冒険で良くなったと思うけど、人が怖いのはそこまで治ってないかー」

 

 守護霊パセリは暖かい目線で心残りの娘を想う。

 彼女が成仏する日は、まだ遠い。

 

 

 

 

 迷宮深層手前のボスエリア。ここがゴール地点に急遽設定されていた。ボス部屋の少し奥にお帰り盆栽が設置されてある。それを一番最初に使えれば主席卒業間違いなし。ボス部屋の少し手前の小道でペッパーは気息を整えていた。

 一人である彼にミスは許されない。時には時間をかけてやり過ごし、遭遇戦では先手必勝で魔物の息を止める。避けようのない大規模戦闘も回り道をして最小限に抑える。

 白色破壊光線と光爆、ペストロン、エンジェルカッターによる必中魔法の相打ちやバリアを駆使した遠距離戦、肉薄してくる前衛の対処。魔法使いとして持ちうる全てを駆使して大規模戦闘も対処しきった。

 結果としてほぼ無傷で乗り切った。だが、どうしても時間はかかる。後ろの気配がひたひたと近づいているのが嫌でも分かる。スシヌはすぐそこまで来ている。幽霊がこっちまで来ているのだから時間的余裕は少ない。ほどなくこちらに来る。

 それでも、もうこちらはボス手前まで来た。これならボスに負けなければ主席は間違いない。

 

「……しかし、最後はやはりコレか。性質の悪いことだ」

 

 ゼス第一応用学校卒業試験、最終課題。急ごしらえの看板がここにある。

 

 もう少しだ、頑張れ!!

 この先にハニーがいるぞ

 魔法は効かないから武器で戦え

 

 ゼス第一応用学校は最後に天敵である陶器を壊すのが卒業試験だ。魔法使いでも肉体を鍛えろという教えであり、ペッパーとしても大いに頷ける。だがこれは酷い。

 いつもはただの茶陶器が相手なのだが、今回の相手は上位種だった。ちらりとボス部屋をのぞき込むと陣容が分かる。

 トライデント、花火を持つ陶器、つまりはレッドとブラックが複数、総計三十体ほど。

 そして大ボスと考えられるトリプルハニー。

 魔法使いに与えられる試練としては反則だ。どれだけ強烈な魔法を使えようが関係ない。陶器に魔法は効かず、上位種となると近接戦も強い。間違いなく無傷では抜けられない。

 

(さて、どうするか……)

 

 ペッパーの中には二つの選択肢があった。

 一つは攪乱してバリアを全力で張りながら突っ込み、ダメージを構わずに遮二無二抜けて逃げるようにお帰り盆栽を掴みとって使用する。

 もう一つはこのボス達を正面から一人で打倒する。スパルタとして戦い抜く。

 逃げる方が安全だ。だが……ここまで出し惜しみしてきた甲斐あって全力で戦うことが出来る。

 壁を越える機会が来た。

 

「決まりだな。競争だったからある程度割り切っていたが……もう逃げる必要はない」

 

 一人だから不利と自覚して戦闘を回避する努力をしていたが、本来のところでは邪魔する魔物は皆殺しがポリシーだった。それに従おう。

 ペッパーはボスエリアに飛び込んだ。

 さあ喧嘩の時間だ。

 

「ふはははは! 己の名はペッパー! 王となる男だ!」

「人間だ! やっつけろー!」

「光爆!!」

 

 ペッパーは無駄と分かっている魔法をハニー達の上方へ打った。目的は目くらまし。突貫する為の時間を稼げばいい。光の爆風はハニーには効かないが、その間は自分の姿は見えない。

 天井に直撃した魔法は炸裂して一時の煙幕を発生させる。スパルタである彼が距離を詰めるのに十分な時間が与えられた。疾駆して跳躍し、狙うはトリプルハニー。

 

「貴様等は己の法によって死刑だ!!! 即決刑罰執行!!」

「あいやーーーーーーっ!?」

 

 渾身の蹴りを叩きこみ、トリプルハニーは四散した。残るはブラック、レッドのみ。

 

「ま、魔法使いが殴りに来たー!?」

「やっつけろー! 喰らえー!」

 

 ここにいるハニー達は上位種だ。多少の驚きはあったものの動きは機敏、彼等はそれぞれが手に持つ武器を当てようと振り回す。この距離ではハニーフラッシュよりこっちの方が手っ取り早い。

 

「己の得意分野に付き合ってくれるか! 感謝するぞ!」

 

 悪手だった。ペッパーは胴を狙ったトライデントを大きくのけ反ってかわした。頭は地面スレスレ、重心は崩れきっているがむしろそれを勢いにして脚を振り上げる。その脚がカウンターの形でレッドを砕き、勢いそのままに手で飛び上がる。

 落着地点はブラック、これまた強烈な蹴りで砕かれた。

 ペッパーはスパルタだった。それも、足主体の。

 

「な、なにこれ!?」

「ふはははは! 遅い遅い遅い!」

 

 頭を振り回し、蹴りを繰り出しながら移動する。重心がわからないような見たことのないアクロバティックな動きで彼等の攻撃を捌いてカウンターでまた砕く。

 

「ハニーフラッシュ!」

「バリアだ!」

 

 これだけは注意している。頭を動かしながら、視点がぐるぐると動きながら杖を手放さない。時には足場にしつつも魔法行使の助けとして詠唱の手は止めていない。

 

「ライト! 粘着地面!」

 

 一つは目くらまし。一つは地面の不安定化。陶器に魔法は効かないが、その周囲の影響までは無効化できない。自分が動きやすい状況を整えていく。

 他のスパルタ達から見ても異様だった。頭を必要以上に振って気持ち悪い移動をしているように見えるがペッパーの中では合理がある。

 まず、蹴りの方が殴る方より威力が高い。手を攻撃に使わないから杖を持てる。杖を足場に使えるため、自由度も高い。

 転倒や側転、時にダメージを喰らったように見える大仰なかわし方から繋がる一撃必殺の蹴りを繰り出していく。

 戦いの中で脚の折り曲がりきった瞬間が生じた。これでは脚を攻撃に使えない。ブラックハニーは好機とみて花火を突き出した。

 

「はあっ!」

「う、うっそん……」

 

 頭突き。

 魔法使いが自分の頭でブラックの頭を割り砕いた。手以外ならなんでも使う。全身武器。

 突貫して、体制を空中で立て直してまた向き直る。

 

「これで半分程か! いいぞ! どんどんかかってこい!」

 

 流石に無傷とはいかない。出血箇所はところどころにある。致命に繋がる傷は全て回避しているが、火傷や細かい傷は隠しようがない。それでもギザ歯を見せて獰猛に笑う。

 

「ひ、ひぃーっ!?」

「死刑だ死刑! 即決刑罰執行!!!」

 

 残りのハニーが怯んだ時点で、勝負は決まった。

 褐色の筋肉質な男が舞うように蹴りを繰り出す姿。後ろ回し蹴り等の大仰な攻撃を身体全体を使って繰り出す戦闘法。魔法と近接戦闘を組み合わせたペッパー独特の動きに名前はないが、世界によってはこう言う人もいるだろう。

 カポエイラ。カポエリラリスタ。

 王を目指す者が、奴隷の技を使う。頭をあっさりと下げて、脚を高く振り上げる。

 ペッパーは血を流しながらも、三十体程いた高位のハニーを残らず破壊してみせた。

 

「ふぅ……後でヒーリングをかけねばな。それより、もうすぐゴールだ」

 

 この戦い方は先手必勝の一手以外無傷は無理だ。どれも深くはない傷だが、見た目ではそれなりに血を流していて痛々しい。

 ペッパーはお帰り盆栽に歩み寄ろうとした。その時、深層への扉が開いた。

 そこから出てきたのは一体のゲッペルス。徘徊しているのだから、こういう事はある。

 

「ッチ、おかわりか。貴様を潰して……」

「雷撃!!!!」

 

 ペッパーの背後から極太の雷が飛んでゲッペルスに突き刺さった。聖骸闘将はその近くにあったお帰り盆栽ごと、爆散した。

 

「…………………………」

「だ、大丈夫!? ペッパーくん!」

 

 今しがた到着したスシヌが、ぱたぱたとペッパーの方に心配して近づいてきた。

 彼女が見たのは傷ついて苦しそうに頭を下げているペッパーと魔導兵器。瞬間的に本能で敵を爆散させてしまった。あたりの状況を気にしないで。

 ペッパーはブチ切れた。

 

「スシヌ、貴様ーー!! 帰り道を壊してどうするー!!!」

「え、え、え?」

「今! お前は! この迷宮のゴール地点とされていた! お帰り盆栽を壊したのだ!」

 

 ペッパーは元気な動きでお帰り盆栽を指さした。完全に灰となっている。あれはもう使い物にならない。三英傑の為に用意されたゴールはもう存在しない。

 

「えええ……ゴールって、あるとしたら踏破じゃなかったの!?」

「そこから知らぬのか! エリーヌにはちゃんと伝えたはずだぞ!」

「あ、あはは……わたし、自作の迷宮に籠ってて……」

「この引き籠り娘がー! ホウレンソウぐらいまともにせんかー!」

「ごめんなさいーーー!!!」

 

 スシヌは涙目になって頭を下げた。生徒会長時代から何度も繰り返した光景だ。引きこもりのスシヌをカバーする役目をしたのはメドロとペッパーの二人だった。彼女が今卒業できるのも、引きこもりが酷い時期に散々二人が骨を折ったからである。

 ペッパーは王族がこういう姿をあっさり見せるのが嫌いだ。こうであるべきだ、こうならなければと思って努力している自分と、そういう立場に産まれてしまった少女。優しすぎて王には向いてないと思っており、もどかしさを感じてしまう。

 

「はぁ……知らなかったのならばもう良い。前日に決めた教員共にも責任がある。それより、ここから先は共に来てもらうぞ。貴様の予定通り、迷宮踏破に方針を変えるしかなくなった」

「え? お帰り盆栽はもうないんだよね……」

「うむ。恐らく最下層にあったものをそのまま持ってきたのだろう。下には何もないだろうな」

「そ、それだと私達はお帰り盆栽の帰宅地点で評価が決まるから、迷宮の踏破って認められないんじゃないかな……」

「そうだな。お帰り盆栽では無理だ。無駄足になるだろう。行ったと明確に証明するものが必要になるからな」

 

 自分の身体にヒーリングをかけながら、ペッパーは次の深層への準備を進めていく。その動きに迷いはない。スシヌとしては帰れるならば、もう理由をつけて帰りたかった。

 

「カメラとか、証明する方法があるの? ペッパー君一人だけで行くなら……その……」

「貴様が必要なのだ。貴様が証明する方法だ」

「わ、わたし?」

 

 一通りの傷を治したペッパーは伸びをした後、向き直ってスシヌの手首を掴んだ。

 

「ひゃ、ひゃあっ!?」

「迷宮を踏破した先にはゼス横断回廊がある。ゼスの王族しか使えないが、そこから別の迷宮に抜けて歩いて帰れば踏破と証明できる。己には貴様が必要だ。ついて来い」

「きゃーーー♪」

 

 杖の中にいるパセリが黄色い声をあげた。一連の言葉は口説きの手口に近い。

 本人には一切その気はないが、スシヌとしても顔を赤くせざるを得ない。

 

「い、行くから離して……」

「いや、一つだけ伝えておくべき事を伝え損ねているからな。スシヌ……」

 

 ペッパーが顔を近づける、真剣そのものだ。エキゾチックな風貌に思わず見とれてしまう。入学以来学校の女子達にとってのダントツ一番人気はペッパーだった。王子様という呼び方すらある。

 その王子様が自分だけを見ている。

 勿体つけて、ペッパーが口を開いた。

 

「俺達でもどうにもならないボスが最下層に沸いてしまったらしい」

「…………へ?」

「なんでも、3人全員が束になっても勝てないそうだ。絶対負ける、死ぬ、試験にならないだと。あのボンクラ共が言うボスとやらを倒すぞ」

 

 にやりと笑って、そのままぐいぐいとスシヌを引っ張っていく。ペッパーは最初から納得がいってなかった。一位を取った上でこの迷宮を制覇する心づもりだったのだ。

 

「いやーーーーーー! 放してーーーーーーーーーーー!」

「メドロはバーバラとやらの脚の引っ張り方次第では来るかわからんからな!貴様は逃がさんぞ!ふはははははは!!!」

「絶対いやーーーー! 無理無理無理ーーーー!!!」

 

 抵抗しようが関係ない。力強くスシヌの腕を掴んで離さない。そのまま深層への階段を降りていく。

 

 より深く、迷宮深層へ。

 三英傑でも不可能な試練が、そこにはある。

 




ゼス横断回廊
 迷宮にあるワープ装置。ゼス国内を素早く移動できるシステム。
 本来起動可能なのは王家の者のみだが、トー家はハッキング出来る。

雷王の小槌
 独自設定、マジックの運命武器。効果は雷属性使用時の倍率1.5倍。
 首切り刀とか運命武器はSランク~バランスブレイカ-一歩手前が多いために投入。
 親子で受け継がれる武器っていいよね。乱義だけラバウルの弓持っててズルい。

ペッパーのヒーリング
 神異変以前の幼い頃にソルトアンが仕込めた神魔法。他に状態回復とか使える。
 彼が無茶な戦い方が出来る理由。ガンジーはパワー型だけどペッパーはスピード型。
 後で治せばいい。

覆面校長スターマン
 せしぽーん。なんかおふざけな存在。この迷宮の状況を軽々とセッティングした。こういう便利なのがいないとRPGは回らない。深く考えてはいけない。



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第二試験迷宮③ 三英傑でも不可能な試練

「うわーおー……これはすご-い……」

 

 バーバラ達は中層の終わり、ゴールだったところに到着した。既にペッパー、スシヌは少し前に到着した後だ。用意されたボス達は残骸となっている。

 

「赤、黒……強いハニーばっかりぶっ壊れてる……」

「これだけ豪快にやれるのはペッパーだけでしょうね。しかし、これは手違いですね」

「手違いって、何が?」

「本来、ここに配置されているはずの敵ではないんですよ。確かにハニー達は魔法使いの天敵です。ゼス第一応用学校の試験では最後にハニーが待ち構えているのは恒例行事です」

 

 メドロの顔色は良くない。どういうものであれ、同じ土俵で二人の影も踏めなかったのだから。

 まだ足りない。事前に有利なものはあったはずなのに、あの二人には届かない。

 

「ここに配置されているはずがないって……知ってたの?」

「卒業試験だからある程度は漏らしてるんですよ。死なれたら困ります」

(そして僕は……特に知り得る立場だった)

 

 実は今回の卒業試験、メドロは首脳陣全員にとって勝って欲しい人間だったのだ。卒業生代表答辞をスシヌがやったら潰れるし、ペッパーがいつものノリで国王の前で演説したら反逆罪に問われかねない。

 そのため、試験に協力した各軍の長はそれとなくメドロにだけ情報を漏らした。メドロも勿論フェアではない事を自覚しているが、それだけの差が現在の二人に対してあるのもわかっている。

 彼の装備の多くはその為に用意されたものも多い。予備の杖の内、一本は剣だった。対ハニーの為に用意された特注だ。

 

(中層ボスはグリーン、ブルー、ダブル、深層ボスはレッド、ブラック、トリプル……)

 

 そういう予定だった。だが深層ボスが中層にいる。つまり手を引いた奴がいる。そんな事が出来るのは一人しかいない。

 

「……ハニーキング、裏切りましたか」

「そろそろ知らないって言うの辛いんだけど……」

「台本とか、予定調和を壊すのが大好きな我が国の同盟相手です。安全という言葉は陶器の辞書にはないみたいですね」

 

 別にこの裏切りはいい、僕達だけなら受け入れた。だけどこれは我欲が見える。気に入らない。

 

「おかしいとは思ってました。毎年毎年犠牲になる宿命のハニーを供出しているんですから。彼も王ならば、あっさり出していいはずがない」

「おーいメドロ、戻ってきてー……ハニーの事なんて考えるだけ無駄だと思うから帰らない?」

「どうやって帰るんですか? ここにお帰り盆栽の残骸がありますよ?」

 

 メドロは消し炭となったエリアに屈みこんで、灰となった盆栽達から無事だった一本の枝を取り出した。もうお帰り盆栽の役目は果たせない。

 

「私達は盆栽持たされているから、それで帰ればいいんじゃないかなーと思うんだけど……」

「ゴール予定のお帰り盆栽が壊されている。僕達に最初に配られた物を使えば失敗扱いになっています。そうなってしまっては、二人は深層を目指すしかなくなる。このお帰り盆栽は、事故か何かで壊れてしまったという事にしたんでしょう」

「ああ、うん……」

 

 ほとんどスシヌのせいなのだが、メドロは魔物達がやった自作自演と予想した。そうなれば話は変わってくる。これは仕組まれた陰謀にしか見えなくなる。

 

「これは卒業試験を利用したゼス王女スシヌの誘拐を狙った卑劣な作戦です。阻止しなければならない。僕達も深層へ行きますよ!」

「ど、どうしてこんなことに……」

 

 メドロは枝を深層への道に投げて、小走りで先行者の後を追い始めた。

 ただの卒業試験だったはずなのに、いつの間にか大事件になりかけている。依頼人はやる気満々で下への道を降りていく。依頼を受けた冒険者としてはついていくしかない。

 バーバラは頭が痛くなってきた。

 

「翔竜山の時と同じ感じになってるよ……待って、待って、待って、おいていかないでー!」

 

 帰宅用の盆栽持ってる人から離れたら最後だ。バーバラは縋るようにメドロの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 第二試験迷宮、深層。

 そもそもゼス首脳陣は本当に踏破させる気はあったのか。

 あるいはもしかしたらという期待だったのか。卒業試験の中で協力し合う事を求めていたのか。

 もはやゼス屈指どころか、ゼス最高難易度の迷宮である事を一切隠さなくなっていた。

 

 深層の構造は見るものが見ればはっきりと分かる。闘神都市に酷似しており、聖魔教団が作った施設に違いない。

 道は完全に整備された石畳だが、時間の経過で荒廃しているため瓦礫も多い。剥がれた壁、施設を支える支柱の素材、刻まれた刻印。今のゼスでも全解明はされてそうにない高度な技術たち。

 ロストテクノロジーをしこたま抱えた遺跡がスシヌ達を迎えた。当然、侵入者を排除するための兵士がいる。

 

「「「フォッケウルフ!! フォッケウルフ!! フォッケウルフ!!」」」

「スシヌ、気を抜くなよ! 流石に抜かれかねんぞ!」

「わ、わかってるよお! もう一枚バリアー!」

 

 これだけゲッペルスがいたらいてもおかしくないと思っていた。やはりいた。

 聖骸闘将超上位種、ヒトラーだ。それも、三体。

 新タタミ返し達が前に陣取って壁の役目を果たしている。開戦時は山と出てきた。

 黄色の聖骸闘将は一体一体が時間差をつけて素早く範囲魔法を打ち込んでくる。スシヌ達を襲う火力は本家本本の絨毯爆撃より強烈な砲火となっていた。

 バリア数枚挟んで猛火と爆炎。ガードも蒸発する高温の世界を鬼畜兵器は垂れ流していた。

 この火力相手では、スシヌ以外の術者による防壁ではあっさり破られる。自然、スシヌが防壁役。攻めはペッパーが担当していた。

 

「白色破壊光線! ……ええい、あと一発必要か!流石に己も魔力が尽きそうだ!」

 

 ペッパーは幾度となく相手のガードと喧嘩していた。後衛狙いで一回だけ貫通特化してみたが数に任せて反らされた。あの手の不思議魔物は集まると意味不明な受け方をしてみせる。自身を犠牲に後衛を愚直に守られて、さしものペッパーの魔力も枯渇しつつある。

 だが、今の一撃は遂に受けに限界が来たらしく、後衛一体の半身を吹き飛ばせた。

 そのヒトラーは機能停止までは行かずとも霧を吐き出している。あと少しだ。

 

「あの霧は……毒ガス攻撃だす! 見たことあるだ!」

 

 役には立てないが経験ならある。ロッキーがいち早くヒトラーの狙いに気付いて警鐘を鳴らした。

 気づけば全てのヒトラーが霧を出し始めていた。正面火力では破れないと悟って戦い方を切り替えつつある。

 

「忌々しい……対策あるか!?」

「ど、どけリンゴなら一応……」

「対処療法ではないか! まとめて吹き飛ばすしかないな!」

 

 白い霧が満ち始めている。恐らく一定濃度まで溜まったところでこちらに打ち出すのだろう。

 だが、ペッパーの高速詠唱の方が僅かに早い。彼はここで決めるつもりで切り札を切った。

 

「一切合切吹き飛ばしてくれるわ! 出し惜しみ無しだ! ――――破 邪 覇 王 光 !!」

 

 ペッパーは大仰な溜めと共に拳を突き出し、渾身の純白の魔法を解き放った。

 今までとは違う威力の一撃。数の少なくなっていたガード達も含めて残らず吹き飛ばしヒトラー達の身体に吸い込まれていく。

 炸裂。爆裂。轟音……そして、静寂。

 ヒトラーの毒霧ごとまとめて吹き飛ばし、バリアの向こう側を白く清く染めていく。

 

「…………やった!?」

「貴様が言うとまだあるようにしか思えんわ! 気を抜くな!」

 

 ペッパーはほとんど魔力の全てを使ってしまった。衰弱しているが気丈に前を睨む。

 やがて、自分の魔法の効果が薄れ……魔法の着弾後には、残骸だけがあった。

 ヒトラー三体、ガード五十体近くに魔法使い二人だけで勝利してしまう。数の差も、技術力の差も魔法力だけでねじ伏せる。聖魔教団でも彼女達には及ばない。

 

「ふぅ~…………」

「竜角惨を寄越せ。ありったけだ、己の手持ちはこれが最後だから足りん」

「は、はいだす……」

 

 スシヌはほっとして座り込み、ペッパーは次の戦いへ備えてありったけの竜角惨を口に放り込む。独特の酸味と柑橘類に似た香りが鼻をくすぐり、くしゃみが出そうになる。

 

「…………慣れんな。スシヌはどうだ? 半分を切ってたら飲め」

「私はこの味嫌いだからいい……まだ七割はあるから、大丈夫」

(…………化け物め)

 

 これまでの全ての戦闘、スシヌは一体どれだけ魔法を使ったのかわからない。話を聞く限り、ほぼ殲滅してきたという。

 ペッパーはスシヌとの合流まではかなり回避してきた。ほぼ全ての戦闘では短期決戦。節約を意識してきたのだ。しかし今ではスシヌが用意した竜角惨まで手をつける必要が出ている。

 ひとえに貯蔵魔力の総量の差につきる。ゼスでもトップクラスの魔力を持つと自負するペッパーでもまだ桁一つ足りないとこうはならない。深層はその程度には激しい戦いがあった。

 生来からある差を意識しても仕方がない。突破はした。今はアイテムが効くまで休むべきだ。

 周囲の安全、魔物の有無を確認してからペッパーは壁に肩を預けた。

 

「これで残すのは転移装置までか。多少の罠もあるだろうがな」

「う、うん。お婆ちゃんに偵察して貰おうか」

「任せて任せて。ちょっと待っててね~」

 

 するりと杖から英霊が抜け出し、いつものように一人で先行した。

 ここから先はゼスの手が入っている領域になる。今まで突破したロンメルシリーズの工廠よりかは安全な場所と言えた。ただし、最後はボスモンスターがいる。

 ペッパーはロッキーが用意してくれたお茶を飲み、しばしの休息を味わいつつ疑問を口にした。

 

「今までの戦いを考える限り、突破不能なものを用意できるとは思えん」

「ど、どうしたの?」

「無敵の盾がこちらにある。ダンジョン、迷宮のような少数戦でスシヌの魔法障壁を貫通できる相手はそうはいない……だが、校長は無理だと言った。何故か?」

 

 今までの戦いでは、誤爆を恐れたスシヌが防壁を重ねて全突破していた。自然発生のダンジョンと違って、施設が破壊されたら全体の被害次第では生き埋めになりかねないためだ。戦えば一方的にこちらが勝てる。だが3人組んでも不可能と言われた。

 

「……考えても答えは出んな。ロッキー、竜角惨はこれだけか?」

「は、はいだす。お二人を全回復させる程の数は持ち込めませんだ……」

「資源不足か。己達は魔力が有り過ぎるからなぁ……補給が効かん」

 

 二人はそれだけでマナバッテリーの初期起動が出来るぐらいの膨大な魔力を有する。普通の魔法使いとはタンクが違い過ぎて、回復薬を飲んだだけでは到底賄いきれない。

 実質、ここで魔力は枯渇した。後は今あるものをやりくりするしかない。

 

「……早めにボス層へ行かねばな。後ろからゲッペルスが出て来てまた消耗となるとジリ貧だ」

 

 ペッパーはお茶と共に、無理やり竜角惨を流し込んだ。

 

 

 

 休憩後、ペッパー達はゼスが用意した罠のある回廊を抜けた。ゼス横断回廊はほとんどの迷宮にあるが、魔軍にあっさり壊されてはたまらないためある程度の欺瞞工作がある。ゼスお馴染みの落とし穴、転移罠などで関係者以外を惑わす為の地域だ。知っている人間なら迷う事はない。

 最後のボス層、魔物達はあてがわれた広い踊り場ではしゃいでいた。

 

「ボクは闘将・H・バステトだー!」

「あーずるい! じゃあ僕は闘将・H・ロブロズで!」

 

 ボスの取り巻き、ハニー達は聖魔教団ごっこを楽しんでいた。そこにいる全ての陶器が金色。腹部に赤きSの文字。ハニーの中でも超高位種、スーパーハニーだった。全部で九体。

 

「まあそうか。魔法無効ならスシヌは役立たず、と。どこまでも卒業試験か」

「ううう……これ、私達に用意されたものじゃないよー! 戦士でもこの量はおかしいからー!」

 

 ペッパー達はパセリを介して情報だけを得て踏み込まずに隠れている。それでも相手の大声は聞こえる。いつも通りにハニー達はふざけていた。

 そしてそのハニー達が守るように一体の聖骸闘将が立っていた。

 

「スーパーハニー達と……あれはなんだ? 聖骸闘将でも見たことがないぞ」

「クロイツ。生前に一回だけ戦ったけど、強いわよ~」

 

 聖骸闘将ロンメルシリーズ最上位種、クロイツ。この世界でも十体はいない存在がいた。

 恐らく素材に使われた死体は魔法lv2、それも高レベルだった人間が使われてないと説明のつかない魔法力を持つ。

 衣装も豪勢だ。他のロンメルシリーズは色は違うぐらいで、概ね見た目の上ではローブに肩鎧を着こんでいるだけに見える。このクロイツという聖骸闘将には華美な装飾がある。ロンメルシリーズ共通の肩鎧の部分を黒にし、金箔が張られている。

 ロンメルシリーズは聖魔教団が作った兵器だが、それは聖魔戦争でそれだけの魔法使いが命を落とした事に他ならない。死者でも活用するしかなかった当時の必死さが伺える。

 聖魔教団は魔に勝とうとし、死語の骸になっても人類の為に献身した兵器達だった。当時の魔法使いに対する死者の作法として、この処置が行われて葬儀のようなものになってしまった。

 ヒトラーが魔法使いに対する最高級の葬儀の儀礼だったとするならば、これは国葬。量産型ではなく、それぞれがオーダーメイドで作られた聖魔教団が誇る最高傑作だった。

 

「ゼスの『結論』が相手か、それも考え得る最高の質で再現されている」

「結論……?」

「第二次魔人戦争時代に決まった答えだ。魔法使いにとって最強の布陣とは何か。ハニーを前衛に置いて、ハニーごと魔法で敵を殲滅する」

 

 今回は後衛がクロイツ。前衛がスーパーハニー。ただでさえ魔法使いには抗する手が乏しいのに、バリアまで張らなければならない。

 

「今までのようにバリアを馬鹿正直に張っても削られていずれ力尽きる。正攻法での攻略は不可能だ」

 

 おずおずと手を上げて、スシヌが解決策を切り出した。

 

「私が範囲魔法を打って、クロイツだけでも倒すのは駄目かな?」

「転移装置が近くにあるから、そこを巻き添えにしなければ大丈夫だけど……」

「却下。今日のお前に信用はない。絶対に打つな」

「はい……」

 

 しょんぼりとスシヌは引き下がる。白色破壊光線の誤爆。雷撃でお帰り盆栽の爆破。今日の彼女は師匠(アニス)扱いをされても仕方がない。

 

「正攻法も無理、先手必勝も厳しい。これは難題だな」

 

 ペッパーは納得した。無理だ。不可能だ。絶対死ぬ。そう言われるだけはある。

 だが、この状況を作ったのはゼスだ。恐らくは前衛がスーパーハニーだったのが誤算なだけで、それ以外なら突破の目も作られているはず。

 

「パセリ、貴様は他にも色々見ていただろう? 何か攻略に繋がる情報を寄越せ」

「うん。ここはフルーツ遺跡の転移装置と同じ構造になっていて、奇襲出来そうなところが上にあるの。周り込めば行けるはずよ」

「そこからクロイツに一撃して、後はスーパーハニーを相手取るか……」

 

 本来の攻略法は見えた、しかしスーパーハニー。それもこの数、ペッパー一人では危うい。工夫が必要だ。

 

「せめてメドロがいれば何か違うかもしれんが、待つわけにもいかんな」

「ハニー相手じゃ何もできないし、帰ろう!危ないよ、もうこれ駄目だよ……あうっ」

 

 すっかり逃げ腰になったスシヌに対して、ペッパーはデコピンをした。

 

「安心しろ。この己が勝てる方法を思いついた。それもお前が役に立つ方法でだ」

「わ、私に何か出来るの……? ひゃあっ!?」

 

 ペッパーはスシヌの身体を掴んでお姫様だっこをした。

 

「え、え、えーーーー!?」

 

 スシヌは自由意思関係なく、ボスのいる踊り場へ運ばれていく。

 扉の前に来た時、邪悪な笑みを浮かべたペッパーはスシヌに作戦を告げた。

 

「貴様は囮だ。単身あいつらの前に行って集中砲火を受けてこい」

「…………っへ?」

「そらっ!」

 

 扉を開け放ち、ペッパーはスシヌを投げ飛ばした。柔らかくボスのいる踊り場へと放り投げられる。

 魔物の視線が、一人の少女へと集中した。

 

「敵性存在確認。排除スル!」

「メガネっ子だ! 捕まえろー!」

「ひゃあああああああああああああ!? 来ないでえええええええええええ!!!!」

 

 ボス攻略戦が始まった。

 

 

 

 

 炸裂音と地響きが、そう遠くないところで響いた。

 ここは迷宮深層を抜けた罠のあるエリア。メドロ達はスシヌの後を追うように、ほとんど消耗をせずに彼女達の後を追ってきていた。

 

「始まりましたか!」

 

 メドロは遂に駆け出した。このエリアに敵はいない。後はもう急ぐだけだった。正確に罠の無い道を選択して駆け抜けていく。

 

「やっと追いついきそう!」

 

 バーバラとメドロ、二人は最終決戦に間に合いつつある。砲火の音は少しづつ大きくなっている。

 次の階段を降りると窓から階下を一望出来て、踊り場にいるスシヌの姿が見えた。

 

「……見つけた!」

 

 スシヌは踊り場で聖骸闘将とハニーの砲撃を受けていた。魔法障壁が多重に張られて彼女は傷一つついていないが、守りに専念しているため一方的な展開になっている。

 

「ペッパーくん、ひどいよおおおおお!!!」

 

 スシヌはヤケになって泣いていた。囮に無理やりされているのだから当然だ。

 感情とは別に魔法障壁の構築は緻密でさらに硬く、より厚くなっていく。

 あれではゼス軍でもすぐには抜けない。とりあえずすぐに危険はない。

 

「あれがスシヌって子ね!」

「そうです! 早く向かわないと! まだあそこまでは二つ三つ罠があります!」

 

 焦れば侵入者排除用の罠にかかる。転移魔法陣はあちこちに張られている。説明している時間が惜しい。

 

「ここで見れるって事は窓から出ればあそこまでショートカットできそう! 行ってくる!」

「そこも罠なんですって……!」

「あ、あれええええ!?」

 

 転移罠に引っかかった馬鹿がいた。彼女は窓を壊して踊り場に出ようとして……ワープポータルに吸い込まれた。

 

「……っああもう!」

 

 これでパートナーは消えた。回収しなければならない。

 ここでメドロの中で二択が生まれた。階下にいるスーパーハニー達は自分だけでは排除不能。バーバラがいる必要がある。

 スシヌを放置して、バーバラを回収した後スシヌを救うか。

 何はともあれスシヌのところへ向かい、彼女と共に逃げてからバーバラと合流するか。

 スシヌは既に十分な障壁を張っている。すぐに命の危険になるという事はないだろう。大人しく向かうべきだ。だが、だが――――

 

「やれやれ。手間のかかる勇者ですねー」

 

 勇者の従者、コーラがどこからともなく現れた。

 

「あなたはバーバラの仲間の……どうしてここに……?」

「お気になさらず。それより大事な事があるんじゃないですか?」

 

 コーラはメドロ達を一瞥もせず、転移罠のところへ不用心に近づいていく。

 

「バーバラは私が回収しておきます。気にせずにあなたはやれる事を尽くしてください。そうじゃないと、手遅れになるかもしれませんよ?」

「…………ッ」

「まったく、この程度でも私がカバーする必要があるんですか。本当に今回の勇者は駄目ですね」

 

 呆れの混じった愚痴を最後に、コーラは転移罠に飲み込まれて消えてしまった。

 残されたのは、メドロのみ。

 時間はない。轟音は続いている。すぐ近くで戦闘がある。

 まだ戦っている。どうにもならない敵を相手に攻め手がなく孤立している。

 

「…………スシヌさんっ」

 

 ペッパーは二人の事を振り払って駆け出した。

 守りたい者を守る為に、今度こそ手を届かせる為に。

 

 

 

 

 

 強烈な魔法と砲撃がスシヌを襲っていた。

 

「ビスマルク! バイヤ・デバイス!」

「「ハニー――ーフラー――ッシュ!!!」」

「ひ、ひいいいいい!!! 魔法バリア! 防御結界!」

「落ち着いて。まだまだ余裕はあるし、大丈夫だから」

「そんな事言ってもぉ!」

 

 純粋な衝撃力、炎の隕石、強烈な突風、ありとあらゆる方法でスシヌを抹殺せんと殺意の塊が降り注いでいる。

 冒険では守ってくれる人がいた。今は孤独で自分を守るだけだ。精神的にとても辛い。

 

「硬すぎるよー! これなかなか破れないぞー?」

「こういうのって直接殴ると弱いらしいぞー。ボクに続け―!」

「バステトが行ったぞー! 僕も行こう!」

 

 その内二体のハニーが、スシヌの弱点を突きに来た。

 この手のバリアは遠距離攻撃なら調整で可能だが、直接的衝撃には対応しきれず若干脆弱だ。術者がスシヌだからすぐに破られる事はないが、一番嫌な手だった。

 

「……頃合いだな、行くぞ!」

 

 そして、それがペッパーの狙いだ。奇襲用の窓から踊り場へ身を翻し、唯一の後衛のところへ飛び込んだ。

 落下速度をつけた蹴り一撃で仕留める。

 その後のハニーは死力を尽くす。

 気配は消した。相手はスシヌに夢中だ。まずクロイツは潰せる……はずだった。

 クロイツが、こちらを見た。

 

「敵性存在追加、排除スル……スーパーティーゲル!」

「…………ッバリア!! ぐぅっ……」

「ティーゲル! ティーゲル!」

 

 クロイツはこちらを察知していた。未だスーパーハニーは誰もこちらに気付いていないのに、対処の魔法を打ちこんでくる。

 

(今までの奴とは違うわけか……!)

 

 反応機敏、ただ強い魔法を打つだけではなく、自分の撃てる手札を即座に速射に切り替えて撃ち落とそうとしている。バリアは最初の魔法で破られた。威力は高くないが生身で耐える羽目になった。

 聖骸闘将クロイツ。魂は既にないが、その目には執念が宿っている。

 ペッパーは生身で短い時間の間に魔法を受ける。致命傷を喰らうわけにはいかないため、他の部位で無理矢理受けさせる。

 いつまでも続くわけではない。自由落下で二人は接触する。

 一撃が、入る。

 

「ティーゲル!!!……ッ!」

「オ、オオオォォォォ!!!」

 

 最後の魔法は肩口を抉った。もう片腕は使えない。そのお返しとばかりにクロイツの頭蓋にペッパーの脚は突き刺さった。

 振りぬく。地面に突き刺さる、そのまま割り砕く。

 大した受け身も取れぬまま、ペッパーは地面に激突した。

 

「なる、ほど……建国王が強いと言うだけはあるなっ……!」

 

 クロイツは沈黙させた。だがまだスーパーハニーは残っている。倒れるわけにはいかない。

 無理やり、起き上がる。周囲の驚いた陶器達を睨みつける。

 

「やられたー! 今度はこっちの番だー! やっちゃえー!」

「…………ッ」

 

 中層と同じだ、無傷とはいかないまでもやってみせる。

 赤や黒と違い、スーパーハニーは自分の身体で殴ってくる。普段ならむしろ得意分野だ。かなり早くなったがまだなんとか対応は出来る。

 

「……せいっ!」

 

 一体の殴りを避けて、後ろ回し蹴りを振りぬいた。硬い感触だが、なんとか破片が砕けた。まずは一つ。

 

「「ハニーフラッシュ!」」

「バリア……ッぐうぅッ……!」

 

 スシヌの方に向かった2体が向き直り、ペッパーにハニーフラッシュを打ち込んできた。

 万全な状態ならいざ知らず、今の状態では受けきれなかった。流石は上位種。どうしても、たたらを踏む。

 

「今だボコれー!」

 

 三体のスーパーハニーがペッパーに向かっている。スパルタは足が止まったら詰みしかない。

 

「ペッパー様! おらが時間を稼ぐだ!」

 

 一泊遅れて入ったロッキーがペッパーを庇った。時間を稼ぐためにスーパーハニーに身体ごとぶつかっていく。

 斧を打ちつけ、打ちかかるようにして二体を止めた。これなら一体一だ。

 

「喰らえー!」

 

 ハニーは渾身の速度で突貫してくる、黄色い尾を引くような突貫。鋼鉄すら破る一撃だ。

 ペッパーはそのハニーをギリギリまで引き付けて足払いを仕掛ける。陶器に足はないが、前のめりに倒れ込めば隙になる。そこから渾身のかかと落とし。

 突貫した陶器の頭蓋は割れた。残り、七体。

 

「「「ハニーフラッシュ!!」」」

「あ、あんぎゃー……」

 

 二体を止めていたロッキーに、三発のハニーフラッシュが突き刺さった。

 高位種のハニーフラッシュはロッキーには過剰な火力に近い。ロッキーは吹き飛ばされて気を失う。

 

(これで己一人か。不可能と言われるだけはあるな、ふははは……)

 

 肩口の傷は深い。体力は削られている。魔力はあるが、次の斉射に耐えられそうにない。相手はまだ七体もいる。

 ハニー。魔法使いの天敵。ペッパーは高位種相手に屈しようとしている。

 

「だが、やれるだけやってやる!いいぞ来い!」

「その意気や天晴! 闘将・H・ホセイト、参る!」

「同じく闘将・H・ルデム! 相手になってやる!」

 

 ロッキーが押さえつけた二体の陶器が突っ込んできた。相変わらずこの状況でも遊んでいる。

 一つは抉られた肩口を狙って、一つは腹を狙った突貫。他はハニーフラッシュを用意している。 三手詰みだ。ではその間に何が出来るか。

 

「……スシヌ!」

 

 やるべき事は、全員に注目させられた今が好機だ。無謀につき合わせた責任は取る。

 

「今すぐ逃げろ!」

 

 飛び上がり、回避は無駄。ハニーフラッシュに撃ち抜かれて終わり。だからこの時はなるだけ目立って相手を一体でも削る。

 ペッパーは腹を狙った敵に倒れ込み、より下に深く、深くに潜り込み……かわして蹴り上げた。そのまま大仰に打ち上げつつもう一体のハニーを巻き込もうとする。

 

「あいやーっ!?」

 

 一体は割れた。だがもう一体は力が入らない側にいたせいで、ヒビが入るだけに留まった。そしてペッパーにハニーフラッシュが襲い掛かる。

 

「ッ―――――――――――」

 

 衝撃が全身を撃ち、ぺッパーは壁に叩きつけられて意識を刈り取られた。

 作戦は失敗し、生き残るのはスシヌだけ。

 

「あ、ああ……」

「いえーい! 僕たちの勝利ー!」

「いえいいえーい!」

 

 スーパーハニー達は喝采を挙げた。勝利者は彼等で、魔法使いのスシヌでは何もできない。

 

「あ、この子どうするー?」

「勿論倒すよー。…………あれ?」

 

 その時、バステトと勝手に名乗った陶器が気づいた。スシヌの胸元に何かある。

 そこにあったのはストラップ、マジックに託された二つのアイテムの内の一つ。

 

「この子、ハニーグッズを持ってるよ……」

「えっ!? ホントだ! しかも普通のじゃない! キング直々のだよ!」

「へ、へへっ……?」

 

 そのストラップには、ピンクのハニ子と、白いハニーキングのミニチュアがついていた。

 これの意味する事はただ一つ。物理的な虐め厳禁。

 金の陶器達はざわついた。そういえば、この子は凄くタイプだ。

 

「んー……聖魔教団ごっこってだけじゃ駄目だよねこれ」

「うんうん。ちょっと対応変えないとね」

 

 ハニー達は素に戻り始めた。話合いが通じそうな空気になってきてる。

 

「……あの! 私達卒業試験を受けてて! それで、二人を見逃してくれませんか!」

「ええっ……? こっちだって結構割られたよー?」

「お願いします! ペッパーくんもロッキーさんも助けたいです! 私に出来る事ならなんでもしますから!」

 

 スシヌは頭を下げた。このままでは友達と信頼している人を喪ってしまう。それだけは避けたかった。

 

「なんでも…………?」

「この子が……?」

 

 金の陶器達はざわついた。眼鏡をかけている。虐めてオーラがある。不幸にさせたら光りそうだ。肉体的な虐めはNGだけど、自分達の村に連れて行ったらどんな事が出来るだろう?

 

「ブルマ、スクール水着、ワンピース……」

「ミニスカートのセーラー服、超昂閃忍、ゴスロリ……」

「水かけてスケスケとかもいいのかな……極悪非道だと思うけど!」

「リールでくるくるまいて、つんつんする……」

 

 彼等全てにとってドストライクな眼鏡っ子が目の前にいた。頭の中がいやらしい劣情に支配されていく。

 

「……聖魔教団ごっこはやめて、誘拐身代金ごっこやろうか」

「そうだね。それがいいよ……」

「僕、いよいよ割れちゃう日が来たのかも……幸せだなあ……」

 

 満場一致だった。スシヌを攫って、二人は助けよう。

 

「バリアを解除して、僕たちと一緒に来てくれるなら二人を見逃してあげるよー」

「うっ……うう……お婆ちゃん、ごめんね……」

 

 スシヌは自分がどんな目にあわされるか覚悟した。実際に行われるより遥かにえげつない凌辱を想像していたが、それでもペッパー達を助けたかった。

 スシヌは幾層にも及ぶバリアを解除していく。最後の一枚も解除して杖を背中に戻し、伸ばしてきたスーパーハニーの手を掴もうとして――――

 

「触るなあっ!!!!」

 

 メドロが間に合った。

 奇襲とばかりに斬りかかり、ハニー特攻のついた剣で陶器をレベルに任せて割った。

 

「え、ええっ……!? メドロ君!?」

「まだ僕がいる! スシヌさんは僕が守る! 彼女を攫うなら僕を倒してからにしろ!」

 

 魔法使いが剣を取り、前に出ていた。相手は五体のスーパーハニー。勝てるわけがない。

 

「あー、誘拐する前には護衛欲しいよね。オーケーオーケー、遊ぼう!」

「メ、メドロ君……! いいから! 私、大丈夫だから!」

「僕が良くないんです! ハニー破壊許可証も持ってきたぞ!」

「――――じゃあ、容赦する必要はないよね」

 

 ハニーの声から遊びの色が消えた。それを持ってる奴は殺す。もう一体のハニーが襲い掛かった。

 

「っく……!」

 

 速い。でも対応は出来る。ただそこからどう仕留めればいいかはわからない。

 メドロはあの日から四年間、毎日振り続けて来た。指南役はクラウン家に昔から仕えた人間だ。貴族なんだからそれぐらいはいる。

 彼が言うには死んだ親戚より才能が無いから、そこまで頑張らなくていいって言っていた。

 だからどうした。魔法で届かないなら、他で守れればいい。自分の得意な事だけに拘るな。

 ハニー学だって学んだ。スシヌが勝てないとしたら、相手は陶器だ。

 必要ならなんだってやる。

 

「お、おお……?」

「そこ、だぁっ!」

 

 構造上どうしても対応しきれない一撃はある。その隙をこのスーパーハニーは晒した。

 短い腕と足の無い身体。決めきれない事に焦った結果がこれだ。

 知識と武器。元々のレベルの高さと鍛錬によってメドロはスーパーハニーを打倒してみせた。

 

「「「ハニーフラッシュ!!!」」」

「ぐぅぅっ…………!」

 

 だけどこれは防げない。杖を捨ててスーパーハニーのハニーフラッシュを防げる防壁を即興で作れない。捨て身のやり方だった。

 モロに直撃しながら、それでも前に出る。メドロにはそのためのアイテムがある。

 次の一撃は耐えられない。だから使う。幼迷腫の出番だ。

 

「うわっ! 傷が癒えた!」

 

 メドロが口に含むと力が漲り、これまでの傷が瞬く間に癒えた。

 後の事なんて考えない。霞む視界がクリアになったから前を見た。

 遠い。後二発は撃たれる。だが駆ける。

 

「メドロ君、もういいから! これ以上は死んじゃうよお!」

 

 後ろでスシヌは叫んでいる。四年前は庇われる側だった。今日は庇う側になってみせる。

 一撃を喰らった。ハニーは気迫に気圧されたか、少し遅かった。これなら次で相打ちになる。

 

「…………ッ」

 

 いや、脚を中心にやられていた。こっちもふらつく。相手も遅いが自分も遅くなった。どうしても次の斉射は耐えなければならない。

 

「「「ハニーフラッシュ!!」」」

「……っまだだ!」

 

 歯を食いしばれ。

 男は見栄を張る生き物だ。惚れた女の前で簡単に倒れるな。

 メドロを支えているものは気合と意地だけだ。だが、その意地だけで前へ出る。体力はとっくに尽きている。粘り。根性。それだけで耐えきってみせた。

 

「ああああっ!!!」

 

 遂にメドロの剣がスーパーハニーに届いた。ペッパーがヒビを入れたハニーだったため受けきれる事が出来ずに今度こそ粉砕される。

 

「あーもう、無茶苦茶だよー!」

「ぐふっ……」

 

 だが限界だった。隣にいたハニーの一撃が腹に突き刺さる。メドロはたまらず悶絶して転がった。これで本当に戦闘不能。意思の力では立ち上がれず、地面を這いつくばるしかない。

 ペッパーはハニーフラッシュを叩きこまれて気絶。ロッキーはボロボロ。メドロは意識があるが虫の息。スシヌは純魔法使いだから何もできない。

 本当に、三英傑にとって不可能な試練だった。

 

「じゃあ……誘拐ごっこの続きだね。その前に許可証持ってる子は殺さないといけないから、ごめんね」

「や、やめて………」

 

 ゆっくりと、ハニー達は力を溜めていく。勿論撃つのはハニーフラッシュ。彼を亡き者にするための十分な一撃が準備されつつある。

 

「さーて行くよ、ハニー……」

 

 衝撃派が振り下ろされようとしている。だがその前に、踊り場を飛ぶ影がいた。

 

「人の依頼人に手を出すなーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 勇者バーバラだ。手に持つのは魔を絶つ剣、エスクードソード。

 

「ハーニワ叩きーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 飛び降りた勇者はスーパーハニー達に襲い掛かった。三体全てが撃とうとして、無防備な瞬間に斬りかかっていた。

 光と共にエスクードソードは振りぬかれた。一瞬の静寂が生まれる。

 

「ス、スーパーなのに……あいやー……」

 

 そう最期に発すると、生き残っていた三体のハニーはさらさらと溶けて消えてしまった。

 

「ふ、ふぅ……大丈夫!? メドロ生きてる!?」

「ギリギリですね。ポンコツにせよ、間に合うだけ勇者としては一応合格ですか」

 

 慌てて依頼人に駆け寄る勇者と従者。わたわたと周りの人間を回復させようと駆け回っていく。

 

 この試練はゼス三英傑が最初から揃っていても突破不能だった。

 だが、新勇者バーバラにとっては違う。彼女はイレギュラーで、唯一の突破口となり得る希望だった。

 勇者の最初の冒険で、一人の少年が救われた。




クロイツ
 ランス6 エンディングに稀にグラが出るけど実装が無かった没敵キャラクター。
 ヒトラーで十分トラウマになるからなくて良かったです。ノクタン鉱山で全滅したことのないプレイヤーはいますか?
 織音計画の通常版、246pサイアスの隣に載せているため今では見やすい。
 資料確認の為に何度もエンディングを見返さなくて済む。

スーパーハニー×9
 6のゲーム的にはガンジーとマジックとアレックスで挑むようなもの。そりゃ無理だ。 

ズルキ・クラウン ハッサム・クラウン
 糞貴族達。ゼスの汚点時代のよくある存在。
 時を経て、マンハンター家系の跡継ぎはハニーハンターに。
 親戚の汚名を跡取りが返上する。そういう展開があってもいい。

ハニーグッズ
 本当に設定どおりならあかん。一方的に殴れる無敵結界なので改変。マジックが渡した親心。
 アームズ単騎に持たせてハニー砲台を突破した人も多いはず。



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味太郎迷宮 卒業試験終了

 メドロの意識が引き戻されるのは、断続的な揺れによるものだった。体が背負われており、何物かに運ばれていると感じた。そうして目を開けたら、ボロボロになった鎧と茶髪が飛び込んできた。

 

「…………ロッキーさん?」

「あ、メドロ様が目を覚ましただ」

 

 ロッキーがメドロを背負っていた。若干整備された洞窟を歩いている。ゼスに良くある迷宮の一つ。ただ、気になる人の姿はない。

 

「……スシヌさんは!? ここはどこですか!?」

「大丈夫だすよ。バーバラ様が助けて下さって皆無事だす。第二試験迷宮を抜けて、味太郎迷宮というところを昇っているだす」

「横断回廊を抜けてゼス東部、テープとイタリアの近くにある迷宮だな。転移装置一つで随分遠くまで来たものだ」

 

 近くを見るとペッパーもいる。傷はもうほとんどないが、動きにいつもの力強さがない。そしてバーバラの連れもいた。

 

「ああ、すいません……ッ!?」

 

 メドロは慌ててロッキーから降りようとしたが、体が痺れて動かない。幼迷腫を飲んだ副作用だ。体を捩るぐらいは出来るが、歩き続ける事は出来そうになかった。

 

「あれからバーバラ様とコーラ……様に助けて頂いてボスは討伐されましただ。おら達はそこでペッパー様のヒーリング等で回復してから、ゼス横断回廊を使って皆で移動したんだす」

「あなたは幼迷腫服用したので荷物ですね。回復なんて待ってられません」

「まさか脚を引っ張りそうな小娘に助けられるとはなあ……己の眼が間違ってるとは珍しい」

 

 あれは確実に冒険者として素人に見えたのだがとぼやくペッパー。雰囲気としては弛緩しており、とりあえず危険は無いように感じる。

 

「バーバラさんが間に合いましたか。そうか……良かった……」

「普通、もう少し余裕のある助け方になるんですけどね。あのポンコツには手間がかかりました」

 

 コーラはげんなりとしている。転移罠に引っかかった馬鹿を間に合わせるにはかなり強引な手段を使うしかなかった。この程度の冒険で手札を使わされた。もう補充はないのに。

 

(あのまま勇者されたらこっちの手札が尽きますね。アリオスのように教育と育成が必要です)

 

 アリオスは心と才能、全て勇者として適格者だった。ただ、会った時のアリオスは今のバーバラよりマシにせよ、旅に出るには未熟な部分が多すぎた。だから二年間は仕込んだのだ。魔王交代期だし、あの時期の勇者は弱すぎて何も出来ない。先を見て伸ばすべきだと判断した。

 今は違う。魔王ランスは覚醒しがちで人類死亡率も高く、なりたての勇者でも世界に多大な影響を及ぼせる。世界の主役になり得る。だが、だが――――

 

(歴史上、間違いなく才能も心もトップクラスに駄目です。マイナス方面に突き抜けてる)

 

 大外れだ。ああエスクードソード、なんでそんな奴を選んだのか。これでは三流喜劇が精々だ。創造神もこれでは喜べない。コーラは珍しく溜息を吐いた。

 

「…………はあ」

「それで、バーバラさん達はどちらにいるんですか?」

「まだ動けるから前の方で戦ってますよ。露払いです」

 

 勇者と王女は前の方で魔物を相手に戦っていた。ヤンキーは首を飛ばされている。イカマン達は氷の彫像だ。うっぴーは余波でぐちゃぐちゃになっている。凄惨な光景だが……

 

「えー、それでその続きはどうなるの? あ、イカマン」

「ツカサくんとねー、ルイくんがギスギスしちゃうの。二人は親友なのに。氷の矢」

「三角関係! 平凡な少女に身分の高い男子二人が!? えいっ」

 

 二人はガールズトークに花を咲かせていた。片手間で殲滅される魔物は哀れだ。

 ここは味太郎迷宮。雑魚しかいないダンジョンだった。何もしなくても勝てる。謎解き要素がメインであり、そこに真理はあるが無視された。迷宮管理者は泣いていた。どこからともなく、シクシクと涙声が聞こえる。

 最初はバーバラもスシヌについて少し警戒していた。でも話している内にウマがあった。共通の趣味だ。

 立ち読み勢と単行本勢。読み方は違えど二人は少女漫画が好きだった。

 

「ふわー……面白そう。少し古い本らしいけど是非読んでみたい!」

「えへへ……良かったら貸し出すよー」

「いいの!?いやー……気になってはいるんだけど悪い気がするというか……」

「『花男子』好きに悪い人はいないから!私、もっと語りたいんだよー」

 

 あっという間に打ち解けて、今ではこうなっている。女子二人は明るく前を切り開く。見ていて力が抜けるような光景だった。

 

「……元気そうですね」

「そーですね。この間に細かいこと済ませておきますか。追加報酬が欲しいです」

「ああ、好きなものを持って行ってください。杖と剣以外はなんでもいいです。消耗品も残していますし」

「どうも。こういうのも忘れて夢中になってるあたり、冒険者としても駄目ですねー」

 

 主は勇者、コーラは従者。一応サポートをしなければならない。取れるとこで取っておかないと絶対に苦労する。これも後で言う必要がある。

 コーラは許可を得たメドロの鞄から、いくつかの消耗品を取って物色する。一つだけ欲しいものがあった。

 

「……最新式の初級魔導教本に教科書。これがいいですね」

 

 他人に分かりやすく、コーラとしても今の時代を知れる。

 翔竜山に引き籠って五年、コーラも世界を知る必要があった。神異変からは情報遮断の立場だ。世界がどう変わっているかは、旅をする上では重要である。少しは空っぽの頭に叩き込む必要のあるものもあるだろう。従者、勇者共に必要なものをリュックの中に入れた。

 

「それじゃ、私はcity3-1-1-144に住んでるから。スシヌちゃん、本当にありがとう!」

「郵送で送るねー。文通友達が出来ちゃった……あ、出口だ!」

 

 先導していた二人は迷宮の出口に到着した。ここからは安全な世界だ。もう危険はほとんどない。

 

「いえーいいえーい!」

「わ、わーい……えへへ……」

 

 二人は上機嫌でハイタッチ。バーバラは年頃が近いと一度打ち解けたら慣れ慣れしい。スシヌにとっては、むしろこういう対応が嬉しかった。

 

「バーバラちゃん、今回は本当にありがとう。もしバーバラちゃんの方でピンチになったら今度は私が助けるよ!」

「スシヌちゃんに言ってくれると嬉しいなー。すっごい魔法使いだし頼りになるよー!」

「えへへへへ…………」

 

 ゼス王女とか、そういうのじゃなくて魔法使いとして評価してくれた。最後の道中は誤爆もなかった。嬉しさのあまり、スシヌは頬が緩みっぱなしだ。

 バーバラ達がはしゃいでる内に、コーラ達も追いついた。

 

「迷宮を抜けたか……バーバラ達はこれからどうするつもりだ?」

「cityへ帰る予定。元々ついででやっただけで別の依頼を請けてたの」

「ふむ、それならば海路で向かうのが速いだろう。ここから少し南下するとシナ海に面するテープという街がある。そこからジフテリアへの定期便が出ている」

 

 味太郎迷宮はゼス東部ポルポレンの近くにある迷宮だ。バーバラ達は試練迷宮の一日でゼスを横断してしまった。

 

「そっちの方が楽そうね。じゃあそっちで決定!」

「それだと私達とはここでお別れだねー。イタリアからマジックに戻るから」

「既に料金と報酬は貰ってますよ。依頼は完了しています」

 

 しばしの別れの時だった。ロッキーが前に出る。若干表情に強張りがあった。

 

「バーバラ様……勇者様の方がよろしいだすか?」

「私はただの冒険者。だからバーバラでいいけど……やっぱり、わかる人はわかるのねー」

 

 肩を竦めるバーバラにロッキーは深く頭を下げた。過去の勇者とこの人は別人だ。そしてロッキーにとって恩人だった。立ち上がれないメドロもこの時は体裁を整えて、頭を下げて来た。

 

「この度はスシヌ様達を助けてくださり、本当にありがとうございますだ」

「本当にありがとうございます。僕がバーバラさんに出会えたのが一番の幸運でした」

「依頼を請けた冒険者として当然のことだからー♪」

 

 多少繕っているが完全に舞い上がっている。嬉しくてたまらない。必要とされている。失敗続きからこの変わりよう。冒険者としての成功体験を味わっている。

 ここはクールに去ろう。その方が恰好いい。

 

「それじゃあ、冒険者のバーバラをよろしく。何か困ったことがあったら私のところに来なさい」

 

 ターンして、軽快に堂々と去る。従者も共に行く。

 熱き荒野をバックに胸を張る。一流の冒険者にありそうな状況だ。

 

(決まったあ~~~!!!!)

「そっちは西です、南はあっちです」

「……水を差さないでよ、もう」

 

 一日迷宮に籠ったバーバラの時間と方向感覚は狂っていた。マッピングの基礎はない。

 コーラに引っ張られて若干の修正を受けて去っていく。

 

「後でマジック様達と相談しなければいけない事が出来てしまっただすなあ……」

「そうねー。でも悪い子じゃなさそうだし、焦る必要は無さそうかな」

 

 新たなる勇者の誕生。それは世界の在り方が変わる時。本来ならアコンカの花が咲く事件だ。

 一番最初に気づいたのは、ロッキーとパセリだった。

 

『ズット無視サレッパナシ……シクシク』

 

 味太郎迷宮の声は、泣きっぱなしだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~ふふ~♪ ふんふふ~ん♪」

 

 三英傑達はスシヌを先頭に、イタリアへの道を行く。

 気の合う友達が出来てスシヌは鼻歌を口ずさんでいる。メドロがロッキーに背負われてる状況に変わりはない。お荷物扱いは辛いが、動かないのだから仕方ない。

 ペッパーがニヤついている。絶対からかうつもりだ。

 

「幼迷腫まで含みおって、帰ったら萌や双葉にはどう説明するつもりだ」

「無茶をしたと、怒られて雷撃を喰らいそうですね……」

「そうならないように言い訳を用意してやろう」

 

 不敵に笑って、ペッパーはメドロを指差した。

 

「メドロよ。貴様が主席卒業だ! 誇っていいぞ!」

「………………は?」

 

 幼迷腫の効果は思考まで痺れさせるのだろうか。言っている意味がわからない。

 

「三人の総合申告の結果そうなるだろう。己は一人で戦闘不能。スシヌ側はスシヌだけ。ボス討伐をしたのはメドロとバーバラ。パートナーの差が分けたなあ」

「いやいや、その前とか全部遅れてますし気絶してただけだしバーバラさんの成果は僕の成績に含まれるんですか?」

「当然だろう。己はついでの踏破に過ぎんと自己申告して三席となるだろうな」

 

 なんとも無いように言うが、今まで全成績で一位を譲らなかった男だ。本人なりに悔しさはあるはず。

 

「ペッパーは、本当にそれでいいんですか?」

「…………己の力を過信して、スシヌを危険な目に遭わせた。その時点で資格などあるものか」

 

 結局見誤った。健国王の助言を軽んじた。逆の立場なら死刑だ。

 振り返ってみれば、自分の壁を意識して他人を巻き込んで危険に晒した。

 この大失態をしておきながら主席など、受け取れるわけがなかった。

 

「スシヌに同じ事を貴様が寝ている時に行ったがな」

「無理無理無理無理、でしょうね……」

 

 棚ぼたで転がり込んできた主席卒業。二人はこうなったら絶対に押しつける。受け取るしかない。あれだけ欲しかったものでも、ちょっと素直に受け取れないから悔しさが強い。

 まだ届かない。最後まで届かなかった。助かったのはバーバラがいたからだ。

 

「え、えっと……メドロくん」

「…………っスシヌさん!?」

 

 前を歩いていたスシヌがいつの間にかメドロの横に来ていた。背負われている今の姿は見せたくない。ペッパーは速攻で前方に行った。他人に対しては空気が読める男だ。

 スシヌはメドロの前に来ておきながら、目を合わせるのが難しいらしい。もごもごとしながら、それでもどうしたものかと迷いつつ……やっとメドロの目をしっかりを見た。

 

「え、えっと……あ、ありがとね。メドロくんのお陰で、みんな助かったよ。私もハニー達に攫われなかった」

 

 しどろもどろでも、ゆっくりでも感謝の言葉を述べていく。それは彼女の本心で言うからこその気恥ずかしさがある。

 

「そ、それと……かっこよかったよ! 私の前に立ってくれた時、とっても嬉しかった!」

(ああ……)

「で、でも! 危ないからあんなこともうやっちゃ駄目だよ! 魔法使いが杖を捨てるなんて、絶対やっちゃいけない事なんだから!」

「……そうですね。すいません、迷惑をかけてしまいました」

「いいのいいの! でも、メドロくんがいなくなっちゃったら私だって悲しいから気をつけてね?」

「約束します。杖は手放さないようにします」

「えへへ……そ、それだけ!」

 

 スシヌぱたぱたと前へ戻っていった。杖から頑張ったという声が聞こえるし、けしかけられたものだったのだろう。でも――――

 久しぶりに太陽のような笑顔を、自分だけに向けてくれた。

 ただただ、眩しい。

 

「いやー……辛い。辛いですね」

(動けるなら、このまま告白するのに。今はお荷物で、かっこ悪いだけだ……)

 

 その言葉をスシヌに対して吐けない程度には、メドロはまだ若い。

 さっきまで空気を読んで退避していたペッパーがこっちに来た。スシヌ絡みの時の悪い顔だ。

 

「もうスシヌの前に立てんな。どうする?」

「これからは片手剣の練習ですね」

 

 若者が太陽に手を伸ばし続ける日々は、まだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いくらかの時を経て、バーバラ達はテープに到着した。既に日は傾き、太陽は魔物界の向こうに沈もうとしている。

 ジフテリアとの定期便が走り、カイズというAL教本拠地の一大観光地へ繋がるゼス最大の港町。それがテープだ。

 バーバラにとって、海そのものは見た事はあったが港町は初めてだ。当然はしゃいだ。きょろきょろとせわしなく行き交う人を興味深く見ている。その挙動はcityに半年いたはずなのに、田舎者の頃から変わらない。

 

「おおーう……塩の匂い強いなぁ……まずどこ行こうかな、土産とか屋台はあるかな?」

「間違いを言うにせよ、せめて船の予約を最初に言ってくれれば良かったのですが」

「コーラ、正解おねがーい」

 

 この勇者は保護者がいるせいで考える事を放棄し始めていた。まだ一人の時の方が気を引き締めていたのだが、勇者の性能と従者の存在が余計駄目にしている。

 

「レベル屋です。魔軍と戦い、迷宮一つ踏破しているんですから上がってるでしょう?」

「んー……あそこ金取るとこ増えてきてるのよね。でもここなら大丈夫なのかなあ」

「……レベル屋が金を取るんですか?」

「レベル神にもなれないし、AL教弱くなっちゃったとかで手数料取るとこ出てきてるのよ」

「なるほど。まあそういう事も起きるのでしょうね」

 

 ここでコーラも弱点を露呈した。神異変で神を辞めて情報遮断から十年。翔竜山引き籠り八年。今の世界情勢には疎い。

 バーバラは素直にレベル屋に向かっていった。その間に少し整理する必要がある。

 

(……私も動く前に調べる必要がありそうですね。今の世界がどうなっているか。魔王と神はどうなったのか)

 

 神異変は長くてもあと一年の話。そう思っていた。ゲイマルクはそれで解放されるとも。

 だがゲイマルクはそれより早く消え去り、剣によって選ばれた勇者が誕生してしまった。

 神異変は今も続いている。先程はレベル屋を持ち出したが、神だった頃は自分が上げられた。コーラも色々不便になっている。

 

「あの方が面白いのか、面白くないのかはわかりませんけど……神々が予定している世界からは大きくズレてますね」

 

 既にここは神も知らない物語。神を辞めているコーラだからこそ見れる世界。

 そこでコーラは何をするべきか? 今の世界を知り得る者の情報が必要だ。

 そう思っているところにレベル屋の扉がけたたましく開かれ、勇者が駆けこんで戻ってきた。

 

「上がったよー! しかもタダだったー!!!」

「………………」

「なんと10も上がっちゃった! これで私も熟練冒険者の仲間入りかなー!」

 

 まずはこのはしゃいでいる馬鹿の教育が先だ。アリオスとは違うベクトルの馬鹿。矯正しないと頭が痛くなる。多少なりとも勇者としての在り方を教えないと不自由になる。

 

「海路で移動する間は勉強の時間ですね。勇者にせよ、冒険者にせよ、少しは旅人として仕込みますか」

「残念。既に移動する船の目星はつけてるの。もっと素晴らしい名案があるから!」

 

 バーバラはそう言って、レベル屋に積まれていたチラシを見せてきた。

 

 

           一攫千金カジノ船!移動中にガッポリ稼ごう!

  夜の定期便をゼスより熱く過ごそう。格安50goldでジフテリアまでゆっくり運搬保証!

             八番埠頭、エスポワールに乗り込め!

 

                               オーナー 甲州院葉月

 

「…………………」

「500goldじゃあこの先ちょっとねー。勇者の優れた五感を利用してガンガン稼ごう!」

 

 もうオチは見えた。コーラの目からハイライトが消えた。

 この人間は、駄目だ。

 

「一応、従者として忠告しますよ。後悔するでしょう」

「大丈夫大丈夫。今の私に敵はないわ! ここで10倍勝ちしちゃうから!」

 

 欲に目が眩んでいる。増長が止まらない。ギャンブルに勇者は関係ないのに。

 

「後1時間もすれば出るらしいから急ごう! ほら早く早くー!」

 

 こういう時だけ従者の腕を掴んで引っ張っていく。大型の運搬船に道連れだ。

 

(まずは、痛い目を見るのもいいでしょうね)

 

 勇者は笑顔でギャンブル船に乗り込む。船内にはバーバラと同程度にギラついた庶民達が乗り込んでいる。世の中馬鹿ばっかりだ。勇者はこの庶民と同格なのだ。

 船舶内、vipフロアにはこの船のオーナーがくつろいで客の根定めをしていた。

 

「一番カモそうな奴が来た……あいつ勝たせて……後で……クシシシシ……」

 

 チャイナ姿を着た妙齢の女性が自分の懐に入る額を計算している。海千山千のギャンブラーである葉月にとっては、乗り込んだ客は等しく子羊でしかない。どの羊を太らせて食べるかだった。

 船が出る。ゼスを離れてシナ海へ漕ぎ出して、目指すはカイズ、ジフテリア。

 

「ひゃっほーう! さらばゼス! 次来る時は大金持ちだーーー!!!」

 

 バーバラの増長を最初に止めた者は、シナ海に漂う社会の荒波だった。

 




味太郎迷宮
 ランス10 ゼス魔人退治1で魔人討伐隊の雨宿りに使われた。その時も無視された。

萌、双葉
 ウスピラ預かりの完成ホムンクルス、当然メドロも一緒に住んでいる。
 ちょっとした事で雷が落ちる。物理的に。

新勇者バーバラ lv29
 戦っていれば強くなる。勇者はレベル的に成長した。精神面では調子に乗った。
 メドロの殲滅とかスシヌの後追いが多すぎて実は戦闘機会がそこまで無い。
 逡巡モードの肉体強化の方が大きすぎてバーバラ的には大差がないように感じる。
 旅はまだ始まったばかり。

 突撃(弱)
 勝手に突撃

 バーバラだけはカード形式にしたいからレベル上昇は経験値稼げてなくねって見えても10刻み。ごく稀に20刻み。



 バーバラのゼス編はとりあえず終わり、次は自由都市編。
 city→シャングリラ→ランクバウ→翔竜山→パリティオラン→テープ→海路
 うーん……ルド世界ってフリーダム。
 ここから少しづつ踏み込んで行きます。ガチ予想もちらほらと。
 次回、12日か13日。舞台が変わって資料集めが大変。


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トリダシタ村① 神の真実

 パン屋を営んでいるサチコ・センターズはアイスの街を出て南下していた。ちょっとした商いがあり、自分の村に戻るところだ。自由都市地帯西部のこの地域は過ごしやすく、歩きやすい平野部が多い。視界も開けており、迷う事はほとんどない。

 

「えっほ、えっほ、えっほ…………んん?」

 

 あと一時間程で自分の村に到着する前に、その目安になる村への立て看板がある。

 その近くに二人組の旅人がいた。一人は地面に転がっており、フードを被った少女に呆れられている。

 

「う、うう……コーラぁ、助けてよぉ……」

「自業自得で文無しになって、cityまで行くと決めて、挙句の果てにはこれですか。あなたのどこに長所があるんですか? まだ一つも見つけられてないですよ」

 

 勇者の行き倒れだ。従者は助ける気が全くなく、看板に寄りかかって罵詈雑言を吐いている。

 サチコは放置するべきか迷ったが、困っている人がいるようなので声をかける事にした。

 

「あ、あのー、大丈夫ですか? どこか怪我したんですか?」

「も、もう三日も何も食べてない……お腹が減って、動けない……死んじゃう……」

 

 ギャンブル船に乗り込んだバーバラは、有り金全部を賭けた勝負に負けて文無しになった。船内では食事にもgoldがかかり、一日目から食事抜き。空きっ腹で船上を過ごす事になってしまった。 ジフテリアからcityまでは近く、キースギルドに辿り着けばお金が貰える。そう思ったバーバラは強行軍を決行したが、根性が足りずここで力尽きた。

 仰向けに転がって、空を見る。雲が全て食べものに見える。あれは蒸かした芋。あれはおにぎり。あれは……パン?

 気づくとバーバラの目の前に、パンが差し出されていた。

 

「腹ペコなんでしたらパンがありますけど、良かったら食べます?」

「食べます食べます!!」

 

 バーバラは物凄い勢いで起き上がり、サチコがさしだしたパンをがっつき始めた。サチコは座り込み、籠の中のパンやサンドイッチを並べていく。

 

「結構余ってるので他の分も食べちゃっていいですよ。冷めると美味しくないでしょうし」

「ありがとう!! ホンットありがとう!!!! はむはむはむ………美味しい、美味しいよお。うっ、ぐすっ……」

 

 バーバラは涙を流しながらどんどん口内に放り込んでいく。美味しそうにパンを食べている少女を、サチコはニコニコと眺めていた。

 しばしの食事の後、空腹を癒したバーバラは落ち着いた雰囲気の女性に頭を下げた。

 

「本当に、ほんっとうにありがとうございました!」

「ふふふ、どういたしまして」

「神様って本当いるんだなーと思いました。もうお姉さんは私にとっての神様です! 是非お名前を聞かせてください!」

 

 餌付けされたバーバラは犬のようにサチコになついた。座り込んでサチコを仰ぎ見ている。何か食べても美味しく感じる状況下で、食べた事がない品質のパンが食べられたのだ。感動と共にサチコを崇拝している。

 

「私はこの近くの村でパン屋をやっているサチコです。神様は他にいると思いますよ」

「何度か見た顔なんですけどね」

「……はい?」

 

 元神は隣にいる。何度もやり合ったはずなのだが、サチコは全く覚えていない。

 若干回復したバーバラは軽快な動きでサチコの手を取った。

 

「私は冒険者をやっているバーバラと言います! お姉さんに恩返しがしたいです。何か出来る事はありませんか?」

「ええっ……冒険者ですか?」

「そうです。こう見えて凄く強いんですよ! 魔物とか盗賊とか近くに居ませんか?」

 

 バーバラは目をキラキラと輝かせている。この少女は善意だけで助けになりたいと考えているようにしか見えなかった。サチコも恩義を受けた相手に振り回されて、色々な経験を積んだ輝かしい日々があり、何か力になってあげたくなった。

 

「んー……私はそういうの余り詳しくありませんね。詳しい人なら何か知っているかもしれません。近くに私の住んでいる村がありますので、そちらに聞いてみたらどうでしょう?」

「あ、そうですね! じゃあ一緒に行きましょう!」

「こっちですよー」

 

 サチコは看板が示している自分の村に向かった。トリダシタ村、田舎の辺鄙な村へと。

 

 サチコに従って暫く行くとバーバラ達はトリダシタ村に到着した。

 自由都市地帯にはどこにでもありそうな田舎村だ。豪勢ではないが、貧しくもない。ただ、教会が少し大きいことぐらいで、取り立てて目立ったところはない。

 迷いなくサチコが村のどこかへ向かう途中で、一人の村人が声をかけてきた。

 

「あ、SSさんお疲れ様です!」

「今はオフですよー。サチコでお願いしますね」

「あ……し、失礼しました!」

 

 よそ者がいた事に気づいたのか、気まずそうな顔で村人はバーバラの横を通り過ぎる。

 

「……ん? 村人……なんだよね?」

「そうですよ。ここの男性は皆ちょっと大きいんです。牛乳が良いんですね」

 

 その村人は長身で筋骨隆々な男だった。ちらほらと見回してみればここの村人は皆がっしりとしている。畑仕事をしている村人も、野菜を売っている村人も、全身鎧を着た方が似合う筋肉の付き方をしていた。

 そのうえ、村人達は全員が帯剣していた。のどかな雰囲気を装っているが、男達の眼は常在戦場の意識がある。

 

「……変わった村ねー」

「いい村ですよ。私はこの村でパンを作って暮らしているんです」

 

 のほほんとしているサチコは普通そのものだが、逆にそこ以外は全員が普通である事を装っている。バーバラは自分の村とのちょっとした差ぐらいにしか感じてないが、コーラの目にはここが重要施設の護衛よりも厳重な視線がある事を見抜いた。

 サチコが先導しているから、全員がわざと見逃しているのだ。だんだんと人の視線が増えている。

 

「誰と会おうとしているんですかね。少し気になります」

「この村の情報通である、クルックーさんという村人ですよ。彼女はこの辺りに詳しいんです」

「――――へえ」

 

 AL教法王だ。もうここまで来れば分かる。

 何度か勇者による襲撃を受けて、ここを真の本拠地にしたのだろう。思いかけずに、勇者のポンコツな部分が好機を掴んだ。

 

(丁度いいですね。ムーララルーなら今の状況を一番良く分かっているでしょう)

 

 いきなり前の勇者のように殺し合いとなることはないだろうから、コーラとしても材料が得られる。動く判断としては彼女に聞くのが適任だ。

 三人は足取り軽く、モフス家の家へと向かっていく。

 

 

 

 

 何の変哲もないとある家の中。または、全てが救われる大団円の始まりの地。

 二人の母親が机を挟んで向かい合い、長い長い話をしていた。

 

「――――以上が、神異変と私の子供、エールの真相です」

 

 一人はこの家の主にして一児の母、クルックー・モフス。そしてこの世界を変えた法王。

 

「ふむ……それで終わりではないのだろう?」

 

 もう一人は世界の覇者、ミラクル・トー。

 鬼畜王戦争で人類を率いて魔王と戦った旗頭。少数の魔軍に対して少数精鋭で挑むという戦い方を取り、戦争に関わって命を落とす人間を少しでも少なくしようと努力し……その甲斐あって、魔軍との戦争としては圧倒的に被害が軽微で済んだ。

 その代償として、彼女達は数々の戦いで魔軍との連戦連敗を強いられ、多くの精鋭は命を散らし人類の盾となる。ミラクルも例外ではなく、何度も傷つき泥に塗れて冷たい凌辱を受けた。

 この戦争が本格的なものとなる前に、ミラクルは一つだけクルックーに要求をしていた。

 

『企みが終わったら全てを明かせ』

 

 今がその時であり、クルックーはミラクルに話す義務がある。

 クルックーの今までの話を要約するとこうだ。

 神の真実。この世界の絶望的な構造から始まり、法王が概ね知る限りの神についての情報。それに対して自分はどう動いたか。

 神異変の主犯は自分であること。ルドラサウムに面会して13年の人生を歩んでもらった。その際に神の介入を禁止させた。エール・モフスは記憶を無くしたルドラサウムであり、愛しい自分の娘だ。

 全ての企みは成功し、神々は騙され、ルドラサウムは愛を知り、世界の在り方は変わった。

 この上ないハッピーエンドだ。だが、この世界には続きがある。この世界を生きる者には、明日が当たり前にある。

 ミラクルは一口つけた紅茶を置いて現状を整理する。クルックーは呼び出された時に、今まで置いてきぼりで閉じ込められていた勢力に会えた。ならばこれで話が終わるはずがない。

 

「13年の人生は終わり、冒険も終わった。しかしエール・モフスはまだこちらにいる。今が楽しいから継続する事を選択した。だが騙された神々は……」

「呼び止められて裁判になりましたよ。有罪です」

「だろうな。だがこうして今いるという事はこれも神の命令か。裁判の様子を詳細に話せ」

「裁判は神にお戻りになったクエルプラン様、女神alice様、三超神の方々が集い行われました。今までの話をしたところ――――」

 

 なんでもない民家で、茶飲み話のノリでとんでもないネタバラシが行われていた。

 裁判の話は続いていく。どこまでも滑稽な神々の反応は人間臭く、ルドラサウムが乱入したあたりになったところでミラクルは我慢できずに笑い出した。

 

「くくく……はっはっはっはっは! 創造神に戻っても母親には敵わないか! 本当に子供だな!」

「誰もが苦しむ破滅の世界の方がいいなんて、冗談のつもりでも言ってはいけません。そんな風に育てた覚えはありませんから」

 

 笑い話は続く、愉快な話は続く。ミラクルは腹を押さえて苦しそうに、楽しそうに体を折り曲げて笑う。

 

「ははははははははは! 10年以上閉じ込められた挙句にか! 一級神が創造神の前で無駄と分かっていてやるのか!」

「女神alice様は初めて『怒り』という感情を理解されたらしいですよ」

「はーっはっはっはっはっはっは! 余を笑い殺す気か! 足下を掬われて自分の思う通りに行かなくなっただけだろう。こっちも子供だな!」

 

 クルックーの裁判は、裁く能力の無い神々が勝手に行った自己満足だ。ことのあらましを明らかにしても、自分達の無能を晒し続ける品評会にしかならない。脚本を書く神々が顧客の真の欲求を誰も理解が出来ず、駒の方がよっぽど知っていたのだから。

 ルドラサウムは孤独が嫌だった。退屈が嫌というよりも、一人ぼっちでいるのが耐えられなかったのだ。楽しいこと、面白いことは紛らわせて夢中にさせるものではあったが、本質を解決するものではない。

 神々は自分達も駒で、奴隷であることを深く理解しているからこそ、彼女の孤独に寄り添えなかった。

 だから思うがままなルドラサウムよりも、不自由で仲間のいるエール・モフスに戻った。六千年手に入らなかったものがそこにはある。母親も、姉も、親友も、兄妹も、尊敬できる人もいる。

 寂しがりやな娘の日常を振り返り、クルックーは女神との差を想う。

 

「今なら断言できますが、女神alice様とエールではあまりに本質が違い過ぎます。あのお方は創造神を喜ばせていると考えていますが、実は自分が好きなことをしていただけですよ」

「そうだな。手を変えても品を変えても、いずれは飽きられるやり方だけしかやれていない。オチが同じでは、本当に好きな時以外は続くものか」

 

 人類管理局はそもそもが間違えていた。自分の好みがそのまま創造神の好みと錯覚していたのだ。数万年先には手が尽きただろう。

 結局のところ、あの裁判は神々が裁かれる側だった。

 

「私の話は本当にこれで最後です。どうかこれからも、私の不出来で自慢の娘をよろしくお願いします」

 

 最後に深く頭を下げて、愛に満ちたクルックーの長い話は終わった。

 

「…………ふむ」

 

 相手が創造神であろうと、言われなくとも変わらない。ミラクルにとって等しく価値のある存在なのだから当然だ。長い話を聞いた。ならば次は自分が答える番だろう。

 

「今までの話を聞いた限り、カオスマスターとエール・モフス以外は二の次だな。多くを放置している」

「……ええ」

 

 死霊騎士団を呼び出し、既に飲み物が尽きたカップに別の飲み物を注いでいく。ここからはミラクルの話の時間だ。

 

「地上では魔王ランスが他の全てを抑え込んでいた。地上最強の存在だからな。魔王ランスがカオスマスターに戻った事により、その枷は外れる」

「東ヘルマン、魔物界のことですね」

 

 ミラクルはわざと渋めの茶を選択した。ハッピーエンドに苦い話をしていくのだから、この方が相応しい。口に含んた苦みとともに現状を噛みしめる。

 ミラクルが机に広げたのは、RA15年の世界地図。

 

「現時点で魔物界が一つにまとまったら人類は総戦力的に厳しい。現時点のオルブライト派だけでも西ヘルマンぐらいなら滅ぼせる。今の時代は魔物の方が人間より強く、兵数も多い」

「一致団結するとしても、東ヘルマンは絶対に足並みを揃えないでしょうね」

「反ランスでまとまっているからな。あの国是で孤立しているが、そのせいで魔軍の有事となれば西ヘルマンは滅びる」

 

 第二次魔人戦争は人類の勝利で終わった。だが、人類が魔軍を追い返すのは到底不可能だった。終戦後にランスの鶴の一声で帰ったに過ぎない。多すぎて、強すぎる。軍事的には未だに勝ち目がない。人口、兵力的にも回復していない。前より辛い戦いになる。

 ミラクルはサイサイツリーから万里へと続く道をなぞる。オルブライト派がこの道に沿って50万でも動かせば力技で抜けてしまうだろう。動員可能兵力はこの三倍以上なので、縦深が無い今では二か月も持たない。

 

「いずれと言わず、1年以内に東ヘルマンは潰れるべきなのでしょうね。魔王ランスと魔人の件が広まったら遠からず魔軍は攻めて来ます」

「リーザス女王はもう進めているぞ。解放したスケールに軍隊を駐屯させて橋頭保を確保している」

「あそこの国は、リーザス大戦のやり直しもしたい気がしますが……」

 

 苦笑いしながら人間世界の争いを憂う。ゼスも爆弾を抱えている。魔王ランスで目を背けていただけでいずれ絶対に混乱する。それでも――――

 

「まあ、この程度の問題は元々人類が解決する問題に過ぎん。最大の問題は悪魔だ」

 

 ミラクルがカップを叩くと濃い茶色だった中身が黒に代わり、コーヒーになる。この手の演出が好きなミラクルは、手をつける前のクルックーの緑茶まで変えてしまった。

 

「やはりそうなりますか」

「当然だな。神異変で神は消え、悪魔は活発になり世界は大混乱。慎重派の重鎮もそろそろ腰を上げるだろう」

「でしょうね。どれだけ我々が手を尽くしても後手後手に回っています。最近では中位の悪魔でも街に出現する報告が出ています」

「神や悪魔が相手では人はどうにもならない。魔軍はまだ可愛い方だな。悪魔界には魔王より強い存在がいるのだから」

 

 砂糖のかけらもない苦みしかないブラック。だからこそクルックーは口に運ぶ。自分が振り撒いた災厄だから。

 

「……私はこの世界を神の庇護無き世界にしました。それによって、悪魔の跋扈を許してます」

 

 北の賢者、ホ・ラガの話を思い出す。彼がアムに示唆した新たな絶望。今ならわかる。

 悪魔が支配する世界。神を封じた事によってそれが早まっている。このままでは、地上は悪魔のものになる。そして世界に満ちるのは黒い魂。カップの中にあるコーヒーのような黒い世界に変わる。

 

「エール・モフスはこれからも記憶を持たず、神々を縛る。そして我々は悪魔に襲われる。さて、それを踏まえた上で法王はどうする?」

 

 ルドラサウムのままであるべきだったのではないか。戻すべきだったのではないか。ミラクルは試すような視線でクルックーを見る。

 それに対してクルックーは――――慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。

 

「昔も今も変わりませんよ。ランスと、エール達のいる世界を守る。相手が悪魔になるだけです」

「AL教も弱体化して、神魔法も新たに使えない。それでもか?」

「目一杯頑張って、みんなでやるべきことを全力で行い、駄目なら諦める……いえ、違いますね」

 

 クルックーは茶目っ気たっぷりに、今までの暗い雰囲気を吹き飛ばすように力を抜いていく。

 

「ランスなら、この程度なんとかしちゃうんじゃないですか。いろいろ滅茶苦茶にした挙句に」

 

 魔王システムだって壊してみせた。ランス達なら、魔軍や悪魔だってなんとかなる。

 

「っく…………はははははははは!! 随分信仰が篤いな!」

「そのサポートとして私達まで駆け回る必要があるでしょうけどね。私達まで無茶苦茶になりますから」

「面白そうな世界だ! 余も乗るぞ!」

 

 ミラクルはもう一回カップを叩く。ブラックだったコーヒーは白いミルクに変わる。二人は実に楽しそうに甘い飲み物を飲み干した。

 そうして一通りの話が終わった時、家のドアを叩く音がした。声と叩く感じで誰かは分かる。サチコ以外にあり得ない。

 

「あ、クルックーさんいますかー?」

「はい、サチコさん。どうしましたか」

「いや、お世話になったから村の助けになりたいって冒険者さんが来まして、クルックーさんなら何か知ってるのかなーと」

「そうですか。そのまま一緒に入って大丈夫ですよ」

「あ、はい」

 

 まずサチコが入ってきた。そしてバーバラが元気良く入室する。

 

「おじゃましまーす!あ、狭いからこれちょっと置きますね」

 

 無造作に傘立てに立てかけられるのは魔を断つ剣、エスクードソード。

 

「――――ああ、どうも。お久しぶりです」

 

 そして何度となく殺し合いになった従者コーラ。会えた事が嬉しいらしく、邪悪な笑みを浮かべている。

 勇者がこちらに向き直り、人懐っこい笑顔を浮かべて手をこちらに向けてきた。

 

「初めまして、冒険者のバーバラです。どんな脅威もスパッと解決!何か困っている事はありませんか?」

 

 封じ込められていた問題。予想しなかった脅威。勇者が目の前に来た。

 

「さて、まず第一問だ。これをどうする? ククク……」

「……………………どうしましょうか」

 

 冷や汗を垂らしながら、クルックーは目の前の爆弾を眺める。

 世界は変わる。魔王ランスは去り、それ以外の溜まっていた数多の問題が人類を襲う。

 

「へ、へ? ……何この反応?」

「どうしたんですかー? 冒険者さんですよー?」

 

 素知らぬ顔でとぼける二人。サチコに関してはもう少し考えた方がいい。

 この能天気でポンコツな爆弾をどう処理するか。法王の多忙な日々は終わらない。




 2部はクルックーの長い語りで始まった。ならばこの物語も、それで一話を使うべきだろう。
 2部はエピローグではない。神々が知らないだけで、新たな世界の始まりなのだ。

トリダシタ村
 ライフ〇ッド。AL教に対する信仰は非常に篤い。家の中には全身鎧が何故かある。


 クルックー裁判(本二次創作ver) 長い

 正体不明の怪文書が元ネタ。ランス10が好きすぎてコンプした挙句、厨房に忍び込んで素材まで食おうとしないと見れないもの。探せばどこかに転がっている。本二次創作はこれにハニホン設定を確認した上で若干修正を加えたものになっている。かいつまんだストーリーがこちら。


 本編終了直後にクルックーは最上位神達に囲まれて種明かしを要求された。
 クルックーは魔王の心を安定させるため、ランスにシィルの氷を解呪して貰おうとしたところで女神aliceに邪魔される。この世界そのものを変えないと意味がないと考え、法王特典で創造神への面会を願う。女神は拒否するも、偶然ルドラサウムが見ていて願いは叶う。
 それによって、神異変とエール・モフス(ルドラサウム)の人生が始まる。高位神は天界にボッシュートで出られない。
 女神aliceは「たった13年で何か出来ると思っているのかしら、馬鹿じゃない?」と思っていたが、帰ってきた創造神は母親やリセットになついていた。神々はのけ者にされた上で、完全に騙された。

 裁判の種明かしは、aliceの方が馬鹿だったという事が露呈するだけだった。女神はせめてもの負け惜しみに創造神がこれからどうするかはわからないと言ったらルド乱入。今の世界、元の世界どちらがいいかという2択をクルックーが問いかけたら、茶目っ気たっぷりに冗談で魔王の方もいいかもねーと言う。当然娘は母親に叱られる。言っていいことと悪いことあるだろと。
 ルドは慌てて言い訳をしながら神々が六千年間働いて楽しませた世界をあっさり否定する。

「お姉ちゃんを悲しませるような事をやったら駄目だよねー」

 この言葉が決め手で、完全にエール>>>>ルドとなっていることを神々は突きつけられた。愛情溢れる楽しい冒険の日々は、見ているだけの六千年をあっさりと上回っていた。

 自分がこれまで愉しんでいた世界はもう戻ってこない。そう悟った女神aliceはキレてクルックーを殺そうとしたが神の命令により出来ない。何もかも思いのままだった女神aliceに、初めて明確に認識出来る感情が芽生えた。その感情とは、怒り。
 ルドは神に命令してクルックーを元のところに戻させて、自分も速攻で記憶を無くしてエールに戻る。最も楽しい日々だから。神々は引き続き放置で継続。
 トリダシタ村で一泊したエールは約束通り長田と旅に出た。桃源郷を探す旅だったが目的が被るランスに出会う。旅の目的が被る為に一緒になることに。
 そうして東ヘルマンまで行き、今は盗賊稼業をしている。

 この二次創作は、ほとんど『クルックー裁判』が元です。これから六行に愛をこめます。


 トリダシタ村の正確な位置についてはガチ考察があるが、しつこい割にどうでもいいため活動報告欄に記載。自分の気持ちの悪い部分が詰まっているため、ランスロスな人間にしかあんまり楽しめない内容だと思います。ガチ予想100%なため資料を漏らしてたりするので、ランスロスな人間にとっては有益かもしれません。ず~っと誰も指摘してこない内容ですし。


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トリダシタ村② 盗賊退治のすゝめ

 サチコがバーバラという来客者を連れてきた。冒険者と名乗っているが、従者と剣のせいで勇者以外ありえない。そうでなくても、クルックーには法王だけが仕える神魔法がある。娘が出来てから初対面の人に会う際には必ず使っているため、間違えようがなかった。

 従者も含めた五名は席に座り、バーバラの向かい側にいる家主が口を開いた。

 

「先程は失礼しました。勇者様が来たので驚いてしまいました」

「やっぱりバレバレかぁ……」

「えっ、バーバラさんって勇者なんですかー!?」

 

 ここで初めて、サチコは事の重大さに気づいた。前のめりになって少女をまじまじと見る。

 

「うん、私は勇者でもあるの。あんまり広める気はないけどね」

「は、はわわ……勇者様を連れて来ちゃうなんて……私、なんてことを……」

 

 バーバラは頭を掻いた。勇者としてよりも冒険者で名を上げたいためにやってるのに、すぐ勇者勇者言われる現状は不本意だ。

 

「前の時も大人達に勇者って言われちゃったし、勇者って隠せないのかなー」

「その剣と従者は目立ちますよ。見る人が見れば勇者と一目瞭然でしょう」

「うーん、コーラが目立つねぇ……」

 

 ぺしぺしと、コーラのフードを叩く。バーバラ目線ではあまり目立たず、気づくといるように感じる。実際のところとしても目立たないのだが、勇者災害の記憶が焼き付いている人間からすれば恐怖と死の象徴だ。一目で身構える。

 

「自己紹介が遅れましたね。私はこの村の村人で、クルックーと言います。隣の人は茶飲み友達で、私の親友の、ミルキー・トーさんです」

「………………ふむ」

 

 わざわざ琴線に触れる事を並べて嘘を吐いた。ミラクルはあと一押しという表情だ。

 

「闘神都市は私も見てました。良かったですよ」

「うむ、まあいいだろう。余はミルキー・トーだ!地に伏して崇める事を許すぞ!ふははははは!」

 

 これからクルックーのやる事は見えた。自然体のバーバラという少女を間近で見ようということだろう。自然、勇者のお供とか従者という扱いになるため、ミラクルに配慮したのが今の対応だった。

 

「偉そうな人だなー……二人は何をやっているんですか?」

「村人と」「一児の母だな」

 

 息がぴったりな暗躍コンビだ。鋭い目線をコーラに飛ばすのを忘れない。何か聞きたければ喋るな。そう言っていた。

 

(まぁ、私としても聞かれなければ喋りませんけどね。面倒ですし)

 

 冷えた麦茶を口につけて、コーラは貝になると決めた。今の勇者をどうこうするつもりは起きない。それよりも自分に有益なものを彼女達は持っている。

 

「まずは冒険者としての依頼ですね。盗賊が少し遠くですが出現するようになりました」

「おおっ! それは私にぴったりですねー!」

 

 バーバラは腰を浮かせた。雑魚狩りをして、感謝されて、お金を貰える。場合によっては盗賊の宝も奪える。お金のない冒険者にピッタリな仕事が来た。

 クルックーは机にある地図にいくつかの赤丸をつけて、盗賊達の居場所を示していく。

 

「この近くで大きい山岳があったでしょう? 帆船高岳(はんせんたかだけ)というんです。こちら側の峰ではないですが、盗賊が住み着いて近くの村で略奪をするようになっています。私達の方にも力になって欲しいというお願いが来ているんです」

「なるほどなるほど! それを私がスパッと解決すれば……!」

「私達の村も感謝されて、良い事づくめですね。ただ、冒険者に依頼をして解決をしただけとなると風聞が悪いので、バーバラさんと一緒に私達がついていっても宜しいですか?」

「勿論ですよ! 私が全部ばさーっと切って退治しちゃいますから安心してください!」

 

 胸を叩いて自信満々に依頼を請ける。高位の魔物ですら歯が立たない勇者にとっては、赤子の手を捻るようなものだ。

 

「アルカネーゼさんが帰ってきてからやろうって事にしてましたけどねー、勇者様がいるなら早めても大丈夫ですか」

 

 ほんわかとしたサチコの呟きに、クルックーが頷いた。

 

「私、ミルキーさん、サチコさん、バーバラさんの四人で行けるでしょう」

「ええっ……立ち合いだと思ったら、皆さんも盗賊退治に参加するんですか!?」

 

 見た目だけではただの主婦達、どれも一般人のようだった。てっきり村人達から代表で腕に自信がある人が来ると思っていたのに。

 主婦達は一切気にする事なく、自分達が参加する前提で役割を明かしていく。

 

「昔は冒険者だったんですよ。私達全員多少は出来ます。私はヒーラーですね」

「私はガードですよー」

「余はソーサラーだ。バーバラがファイターならちょうどいいな」

「う、うーん……」

 

 ただの盗賊退治だと思っていたら有閑マダム達の護衛になった。バーバラの中で少し難易度が上がった。

 

(のほほんとしてるし……この人達盗賊退治を何だと思ってるのかな。舐めてない?)

 

 負ければレイプでは済まない。命も含めた全てを搾り取られるのだ。罠だってある。いくら勇者になっても全てを守れるような自信は無い。

 

「……一つだけお願いがあります。私が大体全部やっちゃうので、昔ちょこっとやってたとしてもあまり頑張り過ぎないでくださいね!」

「勿論です。皆やれる事をやりますがほとんどをバーバラさんにお任せします」

「今回はバーバラの前では目立たない事を約束しよう。現役の勇者は楽しみだな!」

「弁当は任せてくださいねー」

 

 相も変わらずピクニック気分。良く言えば全く気負いがなく自然体だが、バーバラには平和ボケにしか見えなかった。

 そのままクルックーは成功した時の話まで進めていく。ただし、これは勇者の分析に近い。

 今代の勇者はどういう勇者なのか。それが一番重要だ。

 

「ここからは言葉遣いは素でお願いします。無理してそうなので」

「い、いいんですか?」

「その方がバーバラさんの事が良く分かりますし、これから一緒にパーティを組む立場ですから遠慮はいりませんよ」

「それだと助かるわー……いやー、正直疲れる……」

 

 バーバラは肩の力を抜き、冒険者の体裁から一人の少女に戻った。大人相手に気を長く張るのは辛い。

 

「それでは報酬の話ですね。ただし、その前にいくつか質問があります。バーバラさんにとって一番欲しいものが変わりそうですし、出来れば用意したいので」

「goldが一番よ? ……おおっ!」

 

 クルックーが『まとまった額のお金』を取り出すと、勇者の目の色が変わる。

 価値観その1、お金大好き。赤貧に苦しんでいるバーバラにとっては当たり前の話だ。

 

「その反応だけで十分ですね。ではこれは前払いにします」

「え、ええっ!? これって結構……」

「裕福とまではいきませんが、貯えはありますので」

 

 クルックーはそのままバーバラの方にお金を渡した。それだけで勇者が飼いならせるなら、リーザスは大陸の統一が出来る。それはそれで危うい。

 

「次に……バーバラさんは、どうして勇者になったんですか?」

「むむっ……んー……」

 

 ここでバーバラは腕を組んで考え込んだ。裏切れない人はいる。

 赤の他人に魔人や使徒の話はマズい。

 

「……どうやってなったかは話せないけど、理由なら一つ。強くなれるから」

「魔人や魔王を倒せとか、そこの従者に言われませんでした?」

「言いましたよー、でもねぇ……」

「世界の危機を救うとかそんなの知った事じゃないわ。資格があって、簡単に、早く、強くなれるから勇者になったの。勇者の務めとか全部やる気ないからー」

 

 ドヤ顔で、勇者として最低な発言をした。全く悪びれずに話を続けていく。

 

「だから私は勇者って名乗らない。冒険者である私にとって、勇者はお金を稼ぐ為の道具よ!」

「え、えー……」

 

 サチコも若干引いた。ここまで俗物的な勇者だとは思わなかった。しかしクルックーにとってはむしろ安心出来る答えだった。

 

「なるほど。勇者と言われる事に抵抗があるのは勇者災害をやったゲイマルクのせいですか。あれから10年、未だ恨みを持つ人も多いですね。一千万人以上殺しましたから」

「え、ええっ!? 嘘でしょ!?」

 

 腰を浮かして話を疑う。最悪の勇者だとは思った。いくらなんでも桁が間違ってないか。

 

「前代の勇者は人類史上最多の人殺しですよ。彼のせいで勇者の評判は地に堕ちました」

「あーもう、ねーさんが恨むわけだわ。多少は隠してたの、正解だった……」

「冒険者として成功したいバーバラさんにとっては、勇者は隠したい肩書きになりそうですね」

「うー…………」

 

 バーバラは机に突っ伏して呻く。ばたばたと落ち着きのない動きを大人達に晒している。

 ラッキーだと思ったら、前代の勇者がブランドを散々に汚していた。こんなの詐欺だ。

 

「ふふ……くくくく……ふっ、そうか、そうか……」

 

 ミラクルは勇者の道化のような姿に忍び笑いを漏らしていた。

 

「今代の勇者はこれか。いや、今代だからこそ、か……くくく……」

「一番平和、なのかもしれませんね。魔王がいない今となっては」

「…………は?」

 

 基本的に黙り込んで、貝になっていたコーラが眉をしかめた。ミラクルは実に楽しそうに、勇者一行に変わった世界について明かしていく。

 

「魔王はもういない。魔王ランスが大怪獣クエルプランに継承しようとしてな、反発し合って初期化を起こした」

「あー、翔竜山に突っ込んで盛大に吐き出してましたけど……」

「それだ。クエルプランも元通り。近くにいた魔人達も巻き込まれて人間や魔物に戻る。最後に魔王魔血魂を壊して魔王そのものが終わった」

「………………………」

 

 魔王システムの終焉。それは『勇者(おもちゃ)』にとって打倒するべきものの消滅を意味していた。

 コーラの知識の中では、条件を確かに満たし得るものが揃っている。最大難易度の一級神がいるのだから、不可能ではない。

 

「な、なに言ってるのかわからないんだけど……」

「…………いつまでも、これが続くとは思えませんが」

「そういう(ひと)の為に、伝言を預かっています」

 

 ルドラサウムが(エール)に戻る前に、神々に対して命令があった。情報が無い神には、それを伝えるべきだ。

 

「『楽しかったからまだ続けるよー! ネタバレ厳禁。出てこないでね』……だそうです」

「………………」

 

 確かにコーラの主が言いそうな言葉遣いだ。

 ゼスは穏やかだった。自由都市も平和そのものだ。幸せな人間が多すぎる。この状況が成立したとして、aliceが動かないわけがない。つまり彼女は動けない。神異変は今も継続中。

 人間が、神を上回ったのだ。だからこの法王は穏やかな笑みを自分に向けている。

 

「いえい、ピース」

 

 ついに二つの指を立てて勝利宣言までやった。

 コーラは諦めて天井を眺めた。性悪女神と違って負の感情は沸かないが、戸惑いが大きい。

 

(状況は分かりました。でもこれ……どうするんでしょうかね?)

 

 次にどうするべきか、まったくわからない。

 新たな幕が開いたのにも関わらず、それを楽しむ観客はいない。もっと他の娯楽に気を取られて去ってしまったのだ。コーラがどうしようと、誰も見ていないのでは意味がない。

 空白の思考の中で、隣のバーバラがちょいちょいと肩を叩いてきた。

 

「コーラ、ボーっとしてないで盗賊の居場所をこっちの地図にも書いておいてね。私はマッピングがまだ全然ダメなんだから」

 

 それでも勇者がいる。神でも、人でなくても、勇者の従者という立場だけはある。

 まだ仕事だけは残っていた。

 

「……はいはい」

 

 コーラはリュックから地図を取り出して赤丸をつけていく。その後ろ姿には安堵の気配があった。数千年モノの社畜には、自由が目の前にあっても使い方がわからない。

 コーラを作業に没頭させたバーバラは向き直り、これまでの話をまとめる。

 

「大体よくわかんない話だったけど、魔王はいない。魔人もいないって事よね?」

「そうですね。勇者に倒すべき者はいません。本当に自由ですよ」

「やったー!! 正々堂々冒険者として稼ぎ放題じゃない! なって良かったぁ~」

 

 義務なし力だけは有り。勇者様様だ。

 

「バーバラさんの希望をまとめると、お金と勇者とバレないようにする道具が良さそうですね。この家では狭いですし、旅人向けの寝室を案内しますよ」

「あ、どうも! いい人だなー……」

「今の自由都市は細かく変更がありそうなので、私は暫く地図の修正をしていますね。先に行っててください」

 

 クルックーは立ち上がり家を出た。バーバラはマッピングに時間をかけているコーラを放ってついていく。

 

「この村の旅人さんの為の寝室は教会と村長の家があるんですけど、村長は丁度不在でして教会になりますね」

 

 そうしてクルックーが案内したのは、この村のサイズには不釣り合いな大きい教会だった。

 大扉を開けると、バーバラの目に飛び込んでくるのは荘厳な祭壇。貴族が結婚式を行っても問題ないような高価そうな調度品。礼拝の為に座る椅子は年季が入っているが、だからこそ良いものであり、手入れも行き届いている。

 

「凄い……」

「神父さんが熱心なんですよ。この村の一番の自慢です」

 

 二階席の天窓から光が差し込み、その中央に立つ女神の彫像の神聖性を増している。その彫像の足下まで届くような大きさの十字架。聖地カイズにあるものと劣らない、というかそのまま持ってきたような代物だ。

 そして足下。赤いカバーがかけられた祭壇の上に、先客が十字架に肩を預けて眠っていた。

 

「誰かあそこで寝てるけど?」

「違います。あれが私達の村の……一番の目玉になるでしょうね。つい最近完成しました」

 

 近づいてみると、その姿が人ではない事が分かった。法衣を着ているが、翼が後ろから生えている。剣と盾が近くに立てかけられている。何より、息をしていない。

 

「トリダシタ村の神父。ロードリングさんが信仰の果てに辿り着いた……女神alice人形です」

「……人形!? これが!?」

「145cm,等身大サイズらしいです。答えを得たと涙を流してここに安置しました」

 

 まじまじと見てみると、自立せずに支えられている。力も入っていない。どこに人形な部分があるのか全く分からない。

 

「さ、触っても……?」

「どうぞ。信心故に不壊らしく、大丈夫だそうです」

 

 バーバラは、おずおずと人形の手を触ってみた。

 

「あ、暖かいよ……どうやって……」

 

 人肌の暖かさがあった。力を込めると、柔らかくも弾力を返してくる。様々な部位を触ってみても、人間と全く変わらない。骨のつき方、関節の曲がり具合、全てが自然そのものだ。

 

「ちょ、ちょっと失礼しまーす……ひゃぁっ……」

 

 バーバラは興味本位で胸を揉んでみた。

 貧乳だ。それでも女性特有の柔らかさが感じられる。少し力を入れれば指は潜り込み、ほんの少しaliceの胸の形を歪める。

 そのまま上に指を這わせると、布越しに乳首の感触まである。どこまで力を入れているのか。

 眠り姫は目を覚まさない。本物ではない人形なのだから当然だ。完成された美に対して、気づけば物凄く失礼な事をしていた。

 

「信仰か、奇跡か……もはやホムンクルスのようなものと言っていいでしょう。ある意味バランスブレイカーかもしれません」

「い、今にも動きだしそう……」

「これに収まる魂があれば、きっと動きますよ。ロードリングさんが言うには、神が入るのに相応しい器だと。凄く丈夫で、絶対に劣化しないと断言していました」

 

 ミ・ロードリング司教、20年以上にも及ぶ狂気にも似た信仰の果てがそこにあった。

 この世界で女神aliceの完全な再現に成功してしまった。クルックーから見ても違和感が無く、後に来たコーラが笑い出すほど完璧な出来だった。

 

「力だけは年相応の少女の力しか出せないそうですが……」

「いやいやいや……こんな人形見たことないわ……いいもの見させて貰いました」

 

 礼拝堂に思わず頭を下げた。こんなものを作るとは、信仰心って凄い。感動するしかない。

 

「冒険者用の寝室はこの先にありますよ。客人と伝えておきますので、今日はこちらでくつろいで身体を休めて下さいね」

「あ、はーい♪」

 

 クルックーが指差す方へと、バーバラはスキップして向かう。扉を開けたらパリティオランの宿に負けず劣らずのゆったりとした作りだった。

 教会が豪華なら寝室も十分。今日は村の郷土料理で舌鼓を打てそうだ。

 

「うーん……勇者になってから良い事づくめね!」

 

 荷物を置いてベッドに飛び込む。ベットはバーバラの体を柔らかさで受け止めてくれる。

 これまでの旅は、失敗しても助けてくれる人がいた。戦えば無敵で頼られる。

 勇者は困難なく成功が約束されている。魔王や魔人までいないらしい。

 

「ああ~~~~幸せぇ♪」

 

 バーバラは幸福を噛みしめてくつろいだ。

 明日からは盗賊退治、勇者には楽勝な、簡単な盗賊退治が始まる。

 




クルックー・モフス lv40
 トリダシタ村の村人。技能レベルや細かい諸々を見抜ける能力がある。
 今回の盗賊退治のヒーラー。
 神魔法3 冒険1

サチコ・センターズ lv49
 トリダシタ村のパン屋、村長の娘。一部ではSSと呼ばれる。
 世話焼きが良く、割と誰とでも仲良くなれる人。
 今回の盗賊退治のガード。
 ガード0 パン1
 
ミルキー・トー lv66
 クルックーの友人で自称世界の覇者。
 盗賊退治でソーサラーをやるらしいが、どれだけ役に立つかは分からない。
 魔法3,魔法科学1,付与1

ミ・ロードリング
 辻ヒーリング中。手には1/6alice人形がある。
 1/1程ではないが人形としてはスチールホラーレベルの超クオリティ。
 悪霊から解放されたが、頭髪は手遅れだった。

1/1 女神alice人形
 ロードリング司教が信仰の果てに完成させたもの。神経回路、内臓、その他全てにおいて完璧。
 動き出すことはない。魂がない。そこに相応しい魂など一つしかないから今後も動く事がないだろう。あるとしたら、その魂に相応しい持ち主の肉体が崩壊した時だろうか。
 誰かの夢が詰まっている。
 我が栄光よ、鳴り響け。

 ゲイマルク大殺戮の予想はちゃんとあります。既存設定で50%到達可能な手札が存在します。
 バーバラはこれのお陰で10年経っても逡巡モードです。先代の勇者が頑張ったからね。

 盗賊退治の始まり。次回、18~20には


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簡単な盗賊退治

 日は既に高く、盗賊達は略奪が終わってねぐらに戻っていた。

 ここは帆船高岳(はんせんたかだけ)南部近くのとある洞窟。村や街道から離れた森林に囲まれた場所にあり、法の手は届かない。

 略奪は簡単だ。近くの無防備な村を適当に襲い、武器で脅し、見せしめに何人か殺して金銭や女を要求する。たったそれだけで、村人が何年もコツコツと働いてきた収入が一度に手に入る。

 才能限界の世界は過酷だ。ここをまとめている軍人上がりの頭領はレベルが30に届いている。そうなれば一般人が束になろうが敵わない。盗賊達は彼に従うだけで飯も女も保証されていた。

 

「あ~……この前の女はどうした?」

「イッた瞬間に即死させると、締め付けが凄いって噂を試したら失敗しちまったぜ。汚いだけだわ」

 

 洞窟の入り口、見張りの男達が下種な会話をしていた。自分達が女をどう扱ったかという自慢大会だ。

 

「またかよ。あっさり壊すんじゃねーよ。俺はまだ途中だったのに」

「歯を一本一本抜いて感触の違いを楽しむのはいいが、下手糞だな。顔が歪んじまって抱く気がしなくなっちまった」

「いい器具がないんだよ。シヴァイツァーとか襲えば手に入りそうだが……」

 

 盗賊は血の跡が滲むレンチをくるくると回す。また一つ女を潰してしまった。補充しなければならない。女は盗賊達にとっては消耗品だった。

 

「ねえ、あなたたち。ちょっといい?」

「へっ?」

 

 気づくと森林に少女が立っていた。安物の冒険者服とスカート、護身用の長剣、良くある旅人の服装だ。迷ってここまで来たのだろうか?

 

「お、おお……これはすげぇ……」

「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」

 

 声をかけて来た人間は、盗賊達が見たこともないような美少女だった。そこにいるだけで周囲の全てが輝いているように見える。野暮ったい服装なのだが、それが素材の良さを際立たせている。金塊を見つけた時だってここまでの興奮はないだろう。

 見張り達は、勇者特性によって完全に魅了されていた。

 

「盗賊、でいいのね?」

「あ、ああそうだぜ。俺達はこのあたりで活動しているんだ」

「そう。ここのボスに用事があるから、連れて来てくれると嬉しいんだけど」

 

 バーバラは形だけの愛想笑いで――――盗賊達にとっては、腰が砕けるような笑顔でお願いをした。

 

「いいぜ! ちょっと待ってろ!」

 

 頭の悪い、完全にバーバラの虜となった盗賊は素直に洞窟の中に入っていった。残るは自分達の仕事を多少は覚えている盗賊達。

 彼等は皆下品な視線を送り、この少女をどう組み敷こうかということに頭が一杯になっている。

 

「ボスが来るのを待つ間に、俺達と遊ばないか?」

「こんな場所より、ゆっくり座るところも寝るところもあるぜ? 中に入ってくれよ」

 

 少しづつ、バーバラに対して前のめりに近づいていく。勇者特性は男性なら惚れっぽくなるで済むが、女性だと相手の知性次第では直接的な行動になる。今のところ、こればっかりだ。

 

「――――そうねー。じゃあこっちから行くから」

 

 バーバラは軽やかに盗賊の真ん中を突っ切り、二、三歩で洞窟の入り口に立っていた。その間に、何度か腕が振られたのを一人も気づけなかった。

 

「……はっ?」

 

 惚けるのは一瞬、効果は劇的。ある盗賊の首が落ちる。一人は心臓が抉られ、一人は喉笛が貫かれていた。ばたばたと、あるいはぼたぼたと致命的な部位がこぼれて盗賊達が倒れ込む。

 

「な、なんだこれ……!?」

 

 無事だったのは、殺戮圏から離れて座っていたレンチを持つ男だけ。慌てて立ち上がると、その手首がついていかずに下に落ちて金属音が鳴った。

 

「あー、ごめんね。一息に出来なかった」

「――――ッ!」

 

 すぐ横から声がしたが、見れることはない。手首を切り払ったバーバラの剣は次の一太刀で盗賊の首を斬り落としていたのだから。

 金属音に驚いて下を見た男の首が、一泊遅れて地面に転がった。

 逡巡モードの勇者は、レベル一桁の人間では目に止まらない速さで動く。適当に剣を振ったら全員死んでしまった。これでは戦いではなく、素振りだった。

 小さなムシが踏みつぶされるように、入口の盗賊達は全滅した。

 

「はい皆どーぞ。ミルキーさん、お願いね」

 

 そうしてからやっと、魔法で隠蔽されたパーティが姿を見せる。このパーティは最初から全員一緒で、視認阻害の領域から一人バーバラが前に出ていただけだった。

 

「遠隔目玉は先の男につけている。暫くしたらボスが誰かわかるだろう」

「そう。じゃあここで出待ちする?」

「勇者特性は見なければ効果はありません。頭がわざわざ来ますかねー」

 

 マップを見ながら従者が呟く。既に盗賊の拠点にはバツ印が刻まれているものがある。

 

「……これで三つ目だからね。ここで決めよう!」

 

 バーバラは足早に洞窟へ入っていった。

 盗賊退治はバーバラ達にとって楽勝だった。罠の多くはサチコやクルックーが指摘して回避してくれる。後は雑魚を屠るだけ。バーバラが剣を振るえば敵は死んだ。

 だが、最初の盗賊の拠点を潰した時に問題は発生した。

 

 盗賊の拠点を潰したのに、溜め込んでいるはずの金が無い。

 

 盗賊達は金や女を盗んでいるのに、多くは女だった悲惨な死体ぐらいで、goldや装飾物がないのだ。生き残った下っ端に聞いてもなしのつぶて。ほとんどボスが持っていったの一点張り。ボスだった死体をコーラに漁らせても、ほとんど持っていなかった。

 クルックー達の結論としては、ここは枝葉で根本を断たないと意味がないということになった。

 二つ目の拠点は、砦跡だった。すわ大きい組織と期待して襲撃したがやはり金はなかった。戦いの中で、バーバラがうっかりボスを殺していたため情報も無し。

 仕事そのものは簡単なのに、3つ目に雪崩れ込んでいた。強すぎるというのも考えものだ。

 

(う、うう……早くしないと……!)

 

 そんなこんなで既にお昼を過ぎている。今日中に終わらせてみせると言った手前、バーバラは焦っていた。先頭切って道なりに広い分岐へと進む。

 

「あ、そっちはトラップだらけで行き止まりだと思いますよ」

「きゃああああああ!!!」

 

 クルックーの忠告は間に合わなかった。罠として用意されたスライムの群れが襲い掛かかってきた。あか、みどり、あお……様々な粘液がバーバラの体にまとわりつく。

 

「死ね死ね死ねーーー!! ああもう、なんでこんなものがあるのーーーーー!」

 

 粘液塗れでぐちゃぐちゃになりながら切り払う。エスクードソードを振り回すが再生能力のせいで効果が薄い。そうこうしてる内に深く絡みつき、動けなくなっていった。

 従者としては溜息を吐くしかない。またか、またなのか。

 

「…………あれが、今の私の主です」

「はははははは! 道化だな!」

「コーラ、助けてーーーー!!!」

 

 バーバラはここ数日間ですっかり決まり文句となった言葉を叫んだ。今日もノルマ達成だ。

 戦闘は無敵だが、大体それ以外で何かしらやらかすのがこのポンコツ勇者たる所以(ゆえん)である。

 せめて大声で叫ぶのは勘弁して欲しかった。罠にかかった馬鹿を袋叩きにするぐらいの用意は、どの盗賊にもあるのだから。

 

「マヌケが引っかかったぞ。囲め!」

「こいつは上玉だぁ! ひん剥いて犯すぞぉ!」

 

 わらわらと、盗賊達が気づいて次々と近づいて来た。

 

「ひぃーっ! 勘弁してええええ!!!」

「これは助けないといけないんじゃ……」

 

 泣き叫ぶ勇者。コーラは前に出ようとするサチコの腕を掴んで止めた。遅いか早いかだが、未来は分かっている。口を開くだけでいい。

 

「口は動くんですから、魔法を使えばいいでしょう?」

「――ッ、火爆破ぁ!!!」

「おわっ……」

 

 盗賊達が接近しきる前に、勇者の詠唱が間に合った。手首だけで方向を調整した魔法が盗賊達を襲った。適量無視で魔力をぶち込んだ爆炎が盗賊達を焼いていく。

 

「「ぎゃああああああああああ!!!」」

「火爆破! 火爆破! げほっ……」

 

 一度では足りない、二度三度と身の危険を排除する為に打ち込めばバーバラの近くまで被害は及ぶ。煙がこっちまで来た。術者であるバーバラは煙の中だ。

 

「バリア。ははははははははは!!! あれだけの実力があってこうなるのか!」

「げほげほげほーっ!! た、助けてえーーー!!!」

 

 煙に巻かれて、息をするのが辛くなった少女は助けを求めている。過剰火力で盗賊は消し炭だが自分まで灰まみれだ。

 

「…………ポンコツ勇者」

 

 この馬鹿のお守りをずっと継続するのか。神異変はいつ終わるのか。

 コーラの行く末は視界より暗い。

 

 

 

 

 程なくして、粘液まみれ、灰かぶりの勇者は助け出された。

 

「ああもう、最悪ー! なんでこうなるのよー!」

 

 バーバラはタオルで少しでも汚れを払おうとしている。得体のしれない粘液が大量に付着した衣服、煙と灰が付着して汚れた手足、凌辱後の少女といういで立ちになっていた。

 

「休憩を入れた方が良さそうですね」

 

 バーバラの精神状態を考慮してクルックーが提案した。予想以上に駄目な子だった。冒険に関しては、半年前の自分の娘より未熟だ。焦ってまた失敗しかねない。

 

「うむ。そうしてやりたいが……盗賊の頭領が逃げるぞ。遠隔目玉でボスを掴んだのはいいが、先の戦いで不利を悟ったらしい。方針が逃走に変わりつつある」

「逃げ場二つはありそうですしねー……」

 

 サチコは風の通り道を感じることで、逃走用の経路がある事を理解していた。このままでは、地の利ある相手に撒かれる。

 

「あーもう……なんか良い魔法とかないの!? 私一人で突っ走って追いついちゃうから!」

「ふむ。ではマッピングは終わっているので、頭の中に叩き込んでみるか」

 

 ミラクルは隠蔽魔法が施された遠隔目玉達の操作で、洞窟の内部全てを理解していた。罠、マッピング、現在の頭領の位置をバーバラに同期させていく。

 

「う、うわっ……なんか、こう、ぐるぐるする……」

 

 自分の視界の端に異物が差し込まれるような感覚。視点をズラせば端にある全体地図も向きを変える。ただ、慣れればそれが便利なものと理解出来る。

 

「これならば、先程のような無様を晒す事もないだろう」

「うん、うん、うん……今なら全然追いつけそう。行ってきます!」

 

 勇者は頭領を追いかける一つの風となった。止める者は最初からいない。足止めを命じられた盗賊はすれ違いざまに切り裂かれて崩れ落ちる。バリケードの類は膂力に任せて壊す。

 罠の類はミラクルによって見破られている。迷いはない。

 洞窟の出口を一目散に目指し、あっさりと抜けた。

 

「ひ、ひぃっ! あいつだ! あいつですぜ!」

「いいから黙って逃げろ!」

 

 洞窟の出口を出ると、頭領ともう一人が逃げているのが見えた。距離はあるが視認可能。追いつくこともできるだろう。だが、バーバラはもう一つの力を使うべきだと判断した。

 

「よーし……」

 

 詠唱開始。しっかり時間をかけて練り込む。成功率は高くなったが確実ではない。

 

(集中、集中……)

 

 船の上では文無しだったが魔導教本があった。コーラに練習しろと言われて、さかなモンスター相手にストレス解消として試していた。今こそあの魔法を使うべきだ。

 狙いは頭目ではない方の盗賊。あいつを消し飛ばす。

 バーバラが最も得意とする炎系魔法、その上級。使えれば一人前と認められる、憧れた魔法が今は手中にある。

 

「……ファイヤー、レーーザー――ー!!」

 

 一本の熱戦が左手から飛び出し、逃げる盗賊の男にグングンと迫り―――――狙い(あやま)たず、突き刺さった。

 

「あぎゃあっ!!!」

 

 知識も技術も未熟だが、勇者が完全詠唱で打ち放った上級魔法だ。炭化どころか溶解を起こして盗賊の下半身を潰した。

 

「そこの頭目! まだ逃げるならこの魔法を打ちこむわよ!!!」

「………………ッ」

 

 大声は頭領にも聞こえたらしい。足が止まり、視線は盗賊が撃ち抜かれたところへ。

 

「お、俺……どうなって……下の、感触が……ない……」

 

 手遅れだ。背骨が見えるがそれすら溶解してジクジクと浸食している。焼き切られている為に出血はほとんどないが、火傷は広がって5分と持たずに死ぬだろう。

 

「自分からこっちに来るなら命だけは勘弁してあげてもいいわ! 武装を解除してね!」

「…………ッ畜生!」

 

 ああはなりたくはない。魔法使いに視認されていては逃げられない。ファイヤーレーザーは必中だ。

 剣を投げ捨てて、頭領は観念した。振り返り、両腕を上げてバーバラへ近づいていく。

 

「コーラはボロクソに言うけど、私ってやっぱり才能あるんじゃないかなー?」

 

 最後は剣に頼らず、魔法で制した。ポンコツ勇者と馬鹿にされた中で得られた成果。

 バーバラは頭領を満足そうに眺めつつ、エスクードソードを肩に乗せた。

 

 

 

 

 頭領は捕まり、尋問の時間となった。クルックー達は慣れた手つきで、縛られた男に対する尋問の準備を整えていく。

 

「リーダーはもう使った。プロテクトの類も無し。いつでもいいぞ」

「ここまで来たんだ。嘘を言う気はねぇよ」

 

 頭領はもう諦めていた。自分の末路を察しつつ、せめてマシな死に方を望んでいる。

 

「お前らが言いそうな事を先に言ってやる。金はどこだ、だろ?」

「……話が早くて助かりますね」

「おうともよ。俺は元々盗賊を率いる気なんて無かったんだ。胸元にタハコとジッポがあるから吸わせてくれ。最後の一服だ」

 

 思ったよりも素直なので、クルックーは素直に従った。情報が得られるなら違法薬物でもなんでもいい。

 煙を深く吐き出して、男は事の顛末を明かしていく。

 

「真面目に仕事するのが馬鹿らしくなってな、犯して奪って面白おかしく暮らしてたんだ。だが、ある日悪魔に囲まれた。従え、さもければ殺すってな」

「悪魔、ですか」

「あんたは神官さんだし契約を求めに来たと思ったんだろう。だが違った。あいつらは純粋に俺達を支配したんだ。金を集めろ集めろ、集めろってな。最近ではノルマは上がり、どんどん襲う日は増えて休みはありゃしねえ。軍人の時より働く羽目になっちまった。ぐっ……」

 

 男の顔が苦悶に歪む。何かの代償、あるいは契約違反の呪いが来ていた。手足が腐っていく。発動した時点での解呪はクルックーでも不可能だ。

 

「……知られたら発動するタイプですか」

「どうせ、こうなったら、隠しても無駄だろ。酷い苦しみ方するらしいから早めにな……」

 

 死にゆく者が、死ぬ覚悟を持って吐く言葉に嘘は無い。せめて手短に、楽にさせるべきだ。

 

「金はどうやって運ばれていますか? 悪魔はどこにいると思います?」

「転移魔法が、使える悪魔が来て運ぶ……そんなに離れていないだろうよ……」

「……その情報だけで十分ですね。ありがとうございました」

 

 慈悲をもって、クルックーは頭領の命を絶った。そのまま手を組んで、信仰なき神に向けての祈りを捧げる。

 

悪魔回廊(あくまかいろう)だな」

「……何それ?」

帆船高岳(はんせんたかだけ)を通り抜けられる大空洞だ。ただし、悪魔の巣窟でもある。ちょうどこの近くにあるぞ。表示してやろう」

「あ、ううっ……!?」

 

 ミラクルがバーバラの頭の中にあるマッピングを切り替える。船酔いのような不快感と共に見える地図が切り替わり、全体構造も無理やり理解させられた。

 

「あ、ありがとう……じゃあそっち行って、倒せば任務完了、なのかな?」

「相手は悪魔ですか。大変ですねー……」

「場合によっては、ここで諦めるのも手かもしれませんね」

「へ?」

 

 サチコとクルックーは深刻な顔をしていた。ここまで悠々とした二人が撤退を考えているのは以外だった。

 

「盗賊退治は余裕だったじゃない? 悪魔もぱぱーっと行けば……」

「場合によっては、相当高位の悪魔と当たる可能性があります。あそこは悪魔の巣窟なので」

「今回の運び屋は第六階級魔神、リターンデーモンだろう。黒幕がいるとしたらその上だな」

「ん、んー?」

 

 悪魔が人より強い程度の知識はバーバラにもある。ただ、階級でどの程度強いのかが分からない。そもそも今まで悪魔との戦闘経験がなかった。

 

「まぁ、何とかなるでしょ。今の私に敵なんてほとんどいないからバサーッっとやっちゃおう!」

 

 魔人も魔王もいないならば、世界最強と言っても過言ではない。能天気にバーバラはそう判断した。迷いなく、悪魔回廊への道を走りだす。

 逆に悪魔の強さが身に染みてるサチコは不安げに後衛二人に尋ねた。

 

「……どうしますか?」

「入口ぐらいはいいだろう。危ないなら引かせる。それぐらいか」

「いざという時は黙らせますので」

 

 クルックーはメイスを振っていた。一行は若干警戒度を上げてバーバラの後を追っていく。

 

 

 

 一足早く、バーバラは悪魔回廊の入り口に到着した。

 

(早速悪魔がいる……)

 

 気配を消して近づく。先手必勝が取れるのは彼女特有の長所だ。冒険者になった時からそれだけは褒められていた。

 その悪魔は、黒を基調とした鎧を着込んでいる。二つの角があるのだから悪魔なのは間違いない。身の丈程の歪で巨大な剣を持ち、悪魔回廊の奥を伺っていた。

 

「結局外れを掴まされたが、放置が出来ないものでもあるな……」

 

 周囲には魔物の死体が散らばっている。この悪魔が倒したものと考えていいだろう。クルックー達の言う、高位の悪魔なのかもしれない。そして、もう一人。

 

「闘神都市で調べて結局こっちか。やっぱり悪魔界に逃げ込まれると調べきれないわね」

 

 片翼の少女だ。これもモンスターの類か、悪魔か。神に似ているが、神ならば神々しさがあるという。昔見かけたレベル神とは大違いだ。

 

(敵と考えて斬りかかろう!)

 

 剣を構えて、少しづつ距離を詰める。勇者の射程圏に天使の少女が入りかけた時、それは起こった。

 

「おらあっ!」

 

 全く迷いなく、悪魔がこちらに斬りかかって来た。

 

「へっ?」

 

 完全に虚を突かれた。今まで見た誰よりも早い。こちらが先に斬りかかる事だけを意識していたため、中腰で受けきれない。技巧とリーチを利用した一撃で剣を弾かれた。

 

「で、コイツは何だ? 俺達に用か?」

 

 悪魔は冷めた目で、バーバラの喉元に剣を突き付けた。

 

「え、え、ええええ……?」

「冒険者か? 何故ここにいる? どうして俺達を狙った?」

 

 負けた。完全に負けた。命は悪魔に握られている。勇者になって以来初めての経験とショックに、バーバラはまともな受け答えが出来ない。

 

「……あまり待たねーぞ。時間がないからな」

 

 悪魔は剣を少し前に突き出した。剣の先端が少し喉に触った。このままだと、殺される。

 

「あ、あの私、冒険者です! 盗賊退治の依頼で! 悪魔が黒幕で! 悪魔だと思って!」

「あー……悪魔退治か。返り討ちにしてもいいんだが、この世代は弟や妹が結構いるから手をかけ辛いんだよな」

 

 がしがしと、悪魔は頭を掻く。目の前の存在をどうするべきか悩んでいた。そこに殺気の無い声がかかった。

 

漆黒の王子(フォアリュッケン・クレッヘ)、その辺にしてあげてくれませんか」

「げっ、クルックー……」

 

 悪魔は少女の近くに向かっている存在がいたのは認識していた。だけど声とその言葉で、会いたくない身内だと理解してしまった。

 

「あ、クルックーさん達じゃない!」

「魔王討伐隊以来だな、ダークランス」

「ヌークさんもお久しぶりですねー」

 

 どれもこれも十年来の知己ばかり。この少女に手粗な事をしたのは間違いだった。

 

「この様子だと、貴方達も悪魔回廊に用があるみたいですし、一緒に行きませんか?」

「へ、へ……皆知り合い?」

 

 へたりこんで、完全に置いてきぼりになったバーバラは混乱した。ぐるぐると目を回してあたりを伺っている。

 簡単な盗賊退治は終わり、黒幕の待つ悪魔回廊の前に役者は集う。




ダークランス lv260
 魔王の子長兄。現時点での魔王の子比較では最強。
 習熟度もそうだけどグラム持ってる時点で反則。

ヌーク77
 天使ルート、闘神都市で二人っきりで調査してたけど色々な意味で進展無し。くすん……。


 これでフルメンバー。
 クエスト的には前衛DR、バーバラ、サチコ 後衛クルックー ミラクルの構成。正直勇者抜きでも余裕。(むしろいらない)
 ポンコツ勇者も多少は成長する。してくれないと困る。


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Oh-Boss

最初はcave


 悪魔回廊(あくまかいろう)の入り口にて、一行は小休止を取っていた。

 各々がサチコやミラクルが用意した軽食に手をつけて休んでいる。団欒とした雰囲気の中で、バーバラはうなだれていた。体育座りで周囲に背を向けて、心の整理をしている。

 

「あれは事故、あれは事故、あれは事故……そう、ちょっとビックリしただけだから……」

 

 勇者になって、初めての敗北である。無敵とまで増長していたバーバラにとっては効いた。

 ダークランスに一太刀で負けた。冒険者としてはこの時点で死亡と教えられていた形にされて、ぐうの音も出ない。なんとか言い訳をしようとしても、負けたという事実だけは隠しようがなかった。

 バーバラの落ち込み具合を気にしてか、ダークランスが近づいてきた。

 

「あー……さっきは悪かったな。ちょっと脅し過ぎた」

「こっちも斬ろうと思ってたし、おあいこでしょ。私が弱かっただけ……」

「まあ、そうだな。ただしあまり気にする事ではないからな。俺だっていくらでも負けてきた」

「負け、勇者で……むうぅ……」

 

 バーバラは手持ち無沙汰に小石を掴んで放り投げる。小石は豪速球となって木の幹を貫通し、悪魔回廊の入り口にめりこんだ。

 これだけの力を与えられて、あっさり負けたのだ。やはり、溜息がでる。

 片翼の少女――先程ヌークと紹介された堕天使が、サンドイッチを渡しにきた。

 

「ダークランスは魔王の子だからね。そりゃ大体勝てないでしょ」

「魔王の子……スシヌちゃんの兄弟なの?」

「おっ、俺の妹に会っているのか?」

「ちょっと前に仲良くなった友達。ゼスの姫って聞いてたけど、ほんわかした子だったなー」

 

 その言葉を聞くと、ダークランスは頭に手を当てた。戦いでは一切の動揺が無かった悪魔が、顔を青くしている。

 

「なんてこった……スシヌは友達少ないからな。その友達に手をあげたとか知られたら口を聞かれなくなっちまう。頼む!内緒にしてくれ!」

「え、ええ……いい、けど……」

 

 初対面の時の冷徹な部分はどこへやら、妹に激弱なダークランスは頭を下げた。彼にとっては、敵よりも身内に嫌われる方が恐ろしい。

 

「スシヌちゃんのこと、大好きなのねー。確かにすっごくいい子だし、気持ちはわかるかなー」

「うちの妹は可愛いだろ。どうして友達になったんだ?」

 

 でれっとした顔で、ダークランスは笑った。スシヌに友達が出来た事を心から喜んでいる。

 

「少女漫画が好きなところとか、雰囲気。文通友達になっちゃった」

「ううむ、俺にはあんまりそれは分からんがな。次の誕生日に贈ってみるか」

「最近は古い名作を探しているって言ってたから、被りを恐れなければそれがいいかも」

「おお、面白い話を聞いた。ありがとな!」

 

 ダークランスは目を輝かせて、メモを取り出した。

 弟や妹についての好きな事については絶対に覚えようという気概があり、様々なところが分厚く書き込まれている。付箋にはリセットやザンスというように、弟や妹の付箋が刺さっていた。

 

(悪魔だったし身構えたけど……甘々なお兄ちゃんだ。この人)

 

 強さに圧倒されたが、人間臭さを見せられてバーバラは気が楽になった。心配してくれてありがとうと礼を言い、残り少ないパンを取りにクルックーのところへ向かう。

 

「ん……復活しました。心配かけてごめんね!」

「お帰りなさい。どうでした、ダークランスは?」

 

 パンは残り二つしかなかった。一つは自分、もう一つを隅っこで座っていたコーラに投げてかじりつく。

 

「凄く強いけど、それ以上にお兄ちゃんかな。いい人そう」

「昔は可愛いところもあったんですよ。魔王の子は皆個性が強いんです」

 

 魔王の子。また魔王の子。バーバラにとって二人目の魔王の子だ。

 魔王の子によって世界は支配されているとか説かれた事もある。japanを含めた大国全ての子という話も。多くは魔王が人間だった頃に、産まれた子供達だと。

 

「縁が無かったのに、一気に魔王の子と会うなあ……」

「勇者ならそういう事もあるでしょうね。魔王の子は今の人類最強達です。魔王がいなくなったのも、彼等のお陰ですよ」

「二人はダークランスと知り合いみたいだけど、他に誰か知っているの?」

「くくく……」

 

 我慢出来なくなったか、ミラクルが忍び笑いを漏らした。もう黙っていられない。

 

「知っているぞ。全員知り合いだ。何故なら余の娘も魔王の子だからな」

「私の娘も魔王の子です」

「…………へ?」

 

 パンじゃなかったら食事を落としていた。その程度には衝撃的な発言だった。

 

「全員説明してやろう。余の知る限り魔王の子は現在12名だ。余の子、ミックス・トー、そこのクルックー・モフスの子、エール・モフス……」

 

 各国の指導者の名前が挙がり、知らない名前も挙がる。実のところは層々たる面子だったが、バーバラの知識には無い人間の名前もあり、一気には覚えきれない。

 その中で、明らかに知っている名前があった。

 

「ちょ、ちょっと待って! チルディさんって魔王の子の母親だったの!?」

「む? そこに反応するのか」

「当たり前でしょ。親衛隊から駆け上がって金の軍隊長も務めたリーザス最高の女性剣士だもの。私にとっては憧れの人」

「……知識が偏っているが、まあいいか」

 

 今の発言の中でクルックーが法王である事に気づかなかった。なのにチルディだけは知っている。せっかく説明したのに、このザル具合だと魔王の子全員受け流されかねない。

 

「アーモンド・シャープだけはまだ幼い。後は全員世界最強を名乗って問題ない者達だ。勇者ならば会う事もあるだろう。覚えておいて損は無いぞ」

「世界、最強?」

「先程のダークランスのように、勇者が負けるかもしれない相手ということだ。なにせ勇者の代わりに魔人達や魔王を倒してしまった者達だからな」

「それはもう人間じゃないなあ……」

 

 バーバラは魔王の子達とは戦わないと心に決めた。いざという時は逃げようとも思った。その人と戦わなければ世界最強でいられるのだ。

 世界とかどうでもいい。自分はしっかりと、この手の任務をこなして稼げればいいのだ。勇者はパンの最後の一口を放り込んだ。

 

「……悪魔か何だか知らないけど、魔王の子がいるなら楽勝でしょ!」

 

 敵ならともかく、味方なら心強い。程なくして勇者一行は悪魔回廊に踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 悪魔回廊とは、自由都市地帯の帆船高岳(はんせんたかだけ)、その内部に存在する大空洞である。

 カスタム、カンラ間を山登りをする必要なく素早く移動出来る。遥か昔、ラジールがヘルマンの占領下になった時に、利用した人間もいる経路だ。

 基本的には人では通れない洞窟である。種族として、魔物や人より遥かに強い悪魔達の巣窟であり危険過ぎる。

 バーバラ達は悪魔回廊東部から侵入した。

 

「うーん……やっぱり悪魔の住むところっていい気がしないわね」

 

 元天使、ヌークは不快そうにあたりを眺める。日の光が差さぬ洞窟内であり、光源は静かに燃え盛る石ぐらいだ。

 

「道は広くないからな。落ちたらどこまで行くかわからんから気をつけろよ」

 

 ダークランスが言うように、悪魔回廊の道は狭い。時折広いところもあるが、人が多少すれ違える程度の幅しかない。

 悪魔回廊は底が見えない大空洞が中央にあり、それを挟んだ二つの崖を縫うように進む必要がある。分岐となる通路の出入り口のほぼすべてが、悪魔の顔を意識した装飾が施されており、通る者の不安を煽ってくる。

 

(しかし勇者、か……)

 

 ダークランスは何度も通った道だ。今回はバーバラに先行を譲り、後衛組を含めた護衛に回っていた。

 前線をバーバラ、少し遅れてダークランス、そこから後衛組やコーラがいて、最後尾をサチコが引き受けている。

 実際のところは一人で全部突破出来る。最後の方はネプラカス狙いで襲撃だって仕掛けた事がある。だがバーバラが落ち込んでいる間に、クルックー達から説明を受けた。必要な時以外は目立たないで、バーバラに任せろと言われた。

 勇者は死なない。その間に見極めて、危なかったら導いてあげよう。良い子だから優しくしてあげてくれ。そんなところだ。

 目の前の少女は時折危なっかしくも悪魔を切り払っている。身体能力は魔人のそれと大して劣らない。縦横無尽に敵を倒していた。

 

「クルックー、あれはもう……」

「従者の方から聞きました。駆け出しですが、既に逡巡モードらしいです」

「だよな」

 

 勇者災害の苦い思い出が蘇る。ダークランスもまた勇者と対峙した。今に劣るせよ、ダークランスは当時の人類戦力としては既にトップクラスの実力があった。

 塵モードのゲイマルクは止める事が出来た。だが、虐殺を止めきれずに逡巡に到達してからは、到底勝てる相手ではなくなっていた。後は魔王ランスが止めるまで、大した事も出来なかった。

 

「ゲイマルクにはなりそうもないが、アリオスにもなって欲しくはないな」

「今のうちに仲良くなっておきましょうね」

「そうだな」

 

 それぞれの辛い勇者を大人組全員が知っている。特にアリオスは悲劇だ。歯がゆさばかりが残る結末だった。

 その一方で、笑顔で勇者を楽しんでいる少女は幸せそうだ。巡り合い方次第では、みんな幸せになれる未来があるはず。

 今度こそ『勇者(おもちゃ)』では終わらせたくない。この世界はもう変わったのだから。

 

「あっぶなーーー! 嬢ちゃん何やってんねん。強いの嫌いや、リターン!」

「きゃああああああああ!!!」

 

 先行していたバーバラが、どこかに消えた気がした。

 

「……どっちも無理でしょうね。ポンコツすぎます」

 

 コーラが溜息を吐き、今来た道を戻っていった。

 

「入口まで飛ばされたのだろう。マッピングの魔法は継続中だからすぐに戻るだろうが、その間に話を聞くか」

「そうだな。まーいけんだろ」

 

 そう言って、ダークランスはバーバラの声がした方へ向かう。

 緩急をつけて、音もなく異形の近くへ。悪魔が気づいた頃には、首筋にグラムがあった。

 

「よう、リターンデーモン」

「兄ちゃんか。ホント荒いなー……」

 

 片足を切り飛ばされ、片方の手首を失ったリターンデーモンがそこにはいた。

 

「さっき俺のツレが斬りかかったろ?」

「ちょっとオメコ誘ったらこれやで。とんでもないわ」

「そりゃお前が悪い。同じ事を俺の妹達にやったらブッ殺すからな」

「そらきついわー……俺も知らん顔は勘弁して―な。リセットちゃんぐらいやで」

 

 何度も何度も挑んだ挙句、強行突破をされ、今では素通りを許す相手だ。軽口を叩く仲になってしまった。剣だけはいつでも力を込められるようにされており、油断はかけらもない。

 絶対に逃げられないし、従うしかない。その程度の差は生まれている。

 

「第六階級魔神、リターンデーモンを捕らえたか」

「うげぇ、黒い姉ちゃん達までか。今日は厄日やな」

 

 そして遅れて、リターンデーモンの魔法を無効化するミラクルまで姿を見せた。我が物顔で悪魔回廊を闊歩する者達だ。悪魔はこうなると残った手をひらひらとさせて、諦めるしかなかった。

 

「いくらでも通ってええでー。さっきの嬢ちゃん退場させて有給って事にしとくわ」

「いえ、今日は話を聞きたい事があります」

 

 クルックーは前に出て、メイスを振りながら近づいていく。

 

「あかんて。俺は平和主義や。特に何もやっとらんで。この道来る奴優しく追い返すだけのおじさんや」

「では、盗賊の金を奪って集めているのはどうしてですか?」

「ん、んー? そら兄弟がやっとる事やな。可哀想な話やで。もしかして解決してくれるんか?」

 

 悪魔は満足に動けないなりに体を起こす。異形の悪魔の感情は読み取り辛いが、声に期待しているようなイントネーションがあった。

 

「貴方達が手引きしているものではないと?」

「そら金はあった方がええのかもしれんけど、俺達はここの見張りやで? ここの悪魔にたくさんあっても使う暇がないわ。エロ本の方がええなあ」

「転移魔法が使えるのは貴方達だけです。何故金を集めているんですか?」

「そこが悲劇や。ここをまとめているネプラカス様が亡くなったせいでこうなったんや」

 

 故人を惜しむように、懐かしむように悪魔は身の上話を語っていく。

 

「あの人は働きモンでなあ。あれこれ悪魔勝たそうと精力的に頑張ってたんや。その過程でエロい思いをさせてくれたり、厳しくも俺達にはいい上司やった。でもな、先月亡くなった。そしたら引き継ぎが決まらんだと。それで悪魔界のお偉いさんは『とりあえず現状維持』と言ったんや。そしたら、部下が暴走した」

 

 その部門をまとめていた上司が突然の訃報で亡くなり、中間管理職は嘆いている。社長達は頭が固く、組織の硬直性のせいで身動きが取れない。

 

「管理されていた契約先の一つが暴れだしてな。悪魔とかまとめて金を集めだしたんや。ネプラカス様がやったから強いし手が出せへん。独断でなんかやって怒られたら怖いから、大人しく従っとる」

 

 ここまで来ればクルックーも粗方を察した。高位の悪魔が肉体を与えて復活させた存在だ。世の中を混乱させる為に行う手段。死後は魂を頂いて二度美味しい。ジャハルッカスもそれで復活している。

 そしてやる事が金集め。復活した場所的に見当がつく。

 

「では、この事をやっている黒幕は……」

「魔物大将軍ピサロとかいうアホタレじゃ。とっとといてもうたれ」

 

 悪魔回廊でネプラカスによって殺された存在が、その悪魔によって復活していた。

 

 

 

 

                   Oh-Boss

 

 

 

 悪魔回廊中央部、そこに笑い声を漏らす巨体がいた。

 

「くくく……素晴らしい、素晴らしいぞ。全て俺の金だ……」

 

 魔物大将軍ピサロが君臨していた。

 第二次魔人戦争時代において最強の魔物大将軍。

 悪魔回廊の人類が仕掛けた罠によって傷を負い、最後はネプラカスの触腕によって斃れた強者。

 

「これも、この財宝も、この宝も俺のものだ。誰にだって渡すものか……」

 

 悪魔回廊には珍しく、開けた場所だった。周囲には金塊。gold。ゴールデンハニーの残骸。金銀財宝や宝石たち。ピサロは一つをつまみ、あるいは手の中に掴んで陶酔する。

 いくらかの時間が経つと、彼は鷹揚に振り返り、部下達に声をかけた。

 

「おい、次の財宝の予定はどうした?」

「はっ! 第七盗賊団から徴収予定です! 目標goldは8割を超えるかと!」

 

 ピサロを囲むのは、同じくピサロと共に復活した、死後も忠誠を誓う直属の精鋭兵たち。

 高位の悪魔によって復活したその肉体は、見た目だけは魔物兵だが、出力は以前とは違う。

 鉄の忠誠心。あの時と変わらぬ練度。魔人討伐隊の足止めを身を挺して捧げた男達だった。

 

「金だ、金だ、俺の金だ……俺の財宝をもっと集めるのだ。金金金……」

「………………」

 

 魔物兵達は直立不動のまま、ピサロの正気ではない声を受け入れる。

 この大将軍は15年もの間、悪魔の誘いに耐えていた。どうして責められようか。

 ついにピサロが悪魔に屈して契約をした時、魔物兵達は我も我もと共に従った。地獄の果てだろうと、彼と共がいい。

 ピサロの目はほとんど財宝しか見ていない。だが、稀に思い出したようにこちらを見てくれる。 魔物兵にはそれだけで十分だった。

 

「さて、あれを倒す必要があるわけですが」

 

 ミラクルの隠蔽魔法に隠れて、クルックー達はピサロを伺っていた。バーバラも復帰している。

 

「ほえー……魔物兵達が、200,300,400……多いですねー」

「悪魔回廊にあれほどのものを、良く作れるな」

 

 開けた場所にあちこちに魔物兵が隙無く布陣して周囲を見張っている。防備の体制は砦のようなものだった。

 

「厄介ですね。魔法兵はいないにせよピサロ自身は優れた使い手です。工夫が必要かもしれません」

「カオスマスターがやった時のように、財宝でおびき寄せるか?」

「いや、目の前の財宝を守る事に優先しそうだな。ここは……」

 

 クルックー、ダークランス、ミラクルが知恵を出し合っている。ダークランス任せの力押しが最適解なのだが、バーバラを主役の構成にする必要があった。リーダーをバーバラに決めており、彼女に(こころよ)く今回の冒険を終わらせたかったのだ。

 そう、今回のリーダーはバーバラだ。そのバーバラは……

 

「すっごぉーーい。金だ、金だ、金だー……あの財宝何ゴールドするんだろう? 村の報酬なんかより、一生遊んで暮らせそうね!」

 

 ピサロと同じ目をしていた。ほとんど財宝しか見ていない。

 

「ダークランスも強いし皆ですぐ襲おう!早くあのお金を私達のものにしちゃおうよ!」

 

 勇者はエスクードソードを構え、今にも駆け出さんとしていた。盗賊と全く変わらない心理状態だ。コーラは貝のように黙って、ジト目で主を眺めている。

 

「……まぁ、いいだろう」

 

 痛い目を見るのも、という言葉を飲み込んで、ミラクルは同意した。

 どのみち勇者抜きでもなんとかなる。勇者の判断こそが大事なのだ。面白い事になるから。

 

「オッケー! あの金は私のものだーーーーーーーー!」

 

 同意は得た。あとは奪うだけ。バーバラは魔物兵達の前に飛び出した。

 出会い頭に、何体かの魔物兵を屠る。そのまま飛び込む。魔物大将軍の近くへと。

 

「……何物だ!?」

「冒険者バーバラ! その宝物は私のものよ!」

 

 誰何に対し、エスクードソードが答えだ。喉を貫いて次の言葉を潰す。

 そのまま大将軍に肉薄しようと突っ込み……止められた。

 

「舐めるなよッ……人間!」「囲め囲め! 閣下に近づかせるな!」

「ピサロ様! 襲撃です!」

 

 致命傷を与えても、体ごと倒れ込んでくる。剣を掴んで離さない。次の魔物兵も果敢に時間を稼ぐ。

 

(――――この前の魔物兵と、全然違う!?)

 

 反応してくる。愚直には変わりないが、一歩を遅らせる為に全てを尽くす。

 自分の死を織り込むだけではなく、次に繋げる意思と連帯感がある。

 

「食らえ侵入者!」

 

 青い魔物兵達が、後ろから次々と矢を放った。狙いは魔物兵ごと。正確無比かつ、確実に殺す意思がある。

 

「くっ――――」

「させねえよ」

 

 ダークランスが敵陣のど真ん中に飛び込み、大剣でバーバラに向かった矢を遮った。

 今回は一人ではない。頼れる味方がいる。

 

「道は作ってやるよ。行き当たりばったりだが、やってやろうぜ」

「――――ありがとう!」

 

 ダークランスは自在に剣を振り回し、魔物兵達に存在を誇示している。大剣が振るわれるたびに魔物兵が吹き飛び、バーバラのマークが薄くなる。

 

「貴様ら、俺の財宝を奪う気か! 許さん。許さんぞおおおオオオオ!!」

 

 ピサロがようやくこちらに気づき、戦闘態勢を取った。

 ピサロの周囲に魔法障壁が張られ、巨体の威圧感が増す。

 

「死ね死ね死ね死ねええええええ!」

 

 バーバラに強烈な魔法攻撃を撃ち込んできた。両腕から二発。強烈な必中系だ。

 だが、この弾速なら対応できないわけでもない。

 

「ファイヤーレーザー! ――――ええいっ!」

 

 一発は相殺。もう一つは剣で弾く。

 爆炎と共にダメージを受ける。それでも直撃よりは全然マシだ。

 これで間にいる兵士も巻き添えになった。勇者を少しだが見失う。

 ブロビオを殺した時の、必勝パターンに入った。

 

「射程圏内よ! 死になさい!」

「甘いわ小娘がああああああああああ!」

「っ!?」

 

 バーバラは下を潜るように肉薄していた。しかしそこに強烈な弾丸が飛んでくる。

 ピサロの爪は、弾丸のように射出する機能がある。それを使った飛び道具。

 狙いを読まれた。爆炎の中では、こちらも弾丸を察知するのが遅い。

 

「っつぅ……!」

 

 慌てて跳躍しようとするも、駄目だった。

 剣を盾にするが爪は八発。足を抉られて、たたらを踏む。

 だが、勇者の身体能力ならその程度では止まらない――――

 片足だけで跳躍。ピサロを飛び越えるように後ろに回り込む。財宝を背にして落下する。

 

「ここなら魔法撃てないでしょっ……!」

「チィッ!」

 

 エスクードソードならば硬い装甲だろうが破る。一刀の下に切り捨てる。そのつもり、だった。

 

「は、はぁっ!?」

 

 3mはあろうという巨体が、機敏に動いて位置をズラした。あの図体なら動けないだろう?

 そんな事はなかった。この魔物大将軍は、一般の魔物兵より速い。

 バーバラの一閃は魔法障壁を貫通して、ピサロの固い装甲をいくらか切り裂きはしたものの、傷は浅い。

 

「オォォォォォ!!!」

 

 カウンターの一撃。2tの体重を乗せた渾身の振り下ろしが襲い掛かる。

 バーバラは慌ててエスクードソードを盾にした。華奢な少女に質量の暴風。受けきれるはずがない。

 鈍い衝突音。地面が抉れる音。その結果は――――

 

「に、にぃいいいいい……!」

「……信じられん!」

 

 受けきった。脚は地面にめり込み、顔は苦悶に歪んでいる。それでもこの質量を受け止めて、なんとか耐えきっている。

 エスクードソード、逡巡モードの勇者。素の身体能力は上位魔人のそれに近い。

 

「あ、当てが外れたようね……!」

「いや……! これで終わりだ!」

 

 普通ならこれで終わりだ。だが、ピサロにはここから近接攻撃の切り札がある。

 魔物大将軍共通の、全身を砲弾のように使い相手にぶつける必殺技が撃てる。

   

   

大粛正(だいしゅくせい)!!」

 

 

 渾身のタックル。魔物大将軍が質量全てを乗せた砲弾と化してバーバラに突貫した。

 

「――――あっ……」

 

 浮く。遥か彼方へ、一瞬の浮遊感の後、壁に激突する。

 バーバラは戦場中央から端まで飛ばされて、轟音と共に叩きつけられた。

 

「俺の財宝だ……誰にも渡さん……誰にも渡さんぞ……!」

 

 財宝に傷がついてないか気にしつつ、ピサロは血走った目で戦闘のある方に目を向ける。

 戦いはまだ終わらない。むしろ、残った者の方が実力者揃いだ。

 

 

 

 

 少し離れて、サチコが守る後衛組はバーバラの戦闘を眺めていた。

 

「あー、ダウンですね。いや、一回死んだかな……?」

 

 コーラが呟いた。戦闘の結果は明白だ。勇者は壁に叩きつけられて、まったく動かない。

 

「ど、どうしますか? ここから大分離れてますけど……」

「助けに行きます。援護をお願いしますね。神魔法を使える私が行きます」

「私はこっちの援護かな。サチコさんにヒーリングかけておくから」

 

 魔物兵はこちらに気づいている。ミラクル達も戦っているから当然だ。殺気の籠った視線を意に介さず、クルックーはあっさりと魔物兵達のいるところを突破すると言ってのけた。

 彼女達は彼女達なりに勇者の援護をしていた。バーバラを狙う青兵を中心に、ミラクルの魔法で仕留めたり、前衛のダークランスを助けている。

 

「あそこの後衛を潰せ! 前衛より先にこっちだ! 第一、第二弓兵隊、斉射用意!」

「「はっ!」」

 

 ピサロの指示が飛んできた。練度のある兵士が統率をもって襲い掛かる。

 この状況での突破は容易ではない。だがミラクルは――――

 

「くくく……ふふふ……」

 

 笑っていた。

 どこからともなく椅子が持ち出され、ミラクルはそれに座る。彼女本来の戦闘スタイルだ。

 

「バーバラは寝たな。こちらを見れないな?」

「助けるまで、少しの間はそうでしょうね」

 

 彼女は約束をしたのだ。『バーバラの前では目立たない』と。

 援護に魔法を使っていたが、強力な攻撃魔法は一切使わず、律儀にサポートに徹していた。

 だが本来として、彼女は目立ちたがり屋だ。

 椅子が骸骨によって持ち上がる。楔は外されて、現役最高の魔法使いが動き出す。

 

「はーっはっはっはっはっは! 死霊騎士団よ、余の元に集え!」

 

 ノミコン写本であるイニッチが光り、至る所から武装した骸骨達が沸き上がった。

 魔物兵達に襲い掛かり、戦力の分散を誘う。

 そして溜まっていた魔力と鬱憤が、魔物兵達に襲い掛かる――――

 

「まずは道を作るぞ! 大粘着地面!」

 

 クルックー達がバーバラを助ける為に、邪魔出来そうな魔物兵を縛り付けた。暫くの足止めにしかならないだろうが、道は出来た。

 

「行ってきます」

 

 そして、クルックーがバリアを張りつつ駆け抜けた。

 直線状にいる魔物兵をメイスで潰す。

 

「止めろ。小娘を復活させるな! 第一、第二弓兵隊、斉射しろ!」

 

 同意の言葉もなく、矢を引き絞った弓がクルックーに迫る。

 バリアを張ろうが貫通するだけの威力はあるが……

 

「だから、やらせねえって言ってるだろ!!!」

 

 ダークランスが瞬く間に止めた。ランスアタック亜種の衝撃波で周囲の魔物兵ごと吹き飛ばした。

 幼い頃から無意識の内に使える技。今では得意技の一つだ。

 

「手を出す奴は容赦しねえ。妹達が悲しむからな」

 

 手にしたグラムが輝く。最初から抑えているが、またダークランスの出力が跳ねあがった。本気になれば一瞬で終わる。クルックーに近づく魔物兵は何もできずに薙ぎ倒されていく。

 

「ははははははは! こちらを忘れて貰っては困るなあ! 雷神雷光! ゼットン! 絶対零度!」

「「「ぎゃああああああああああ!!!」」」

 

 轟雷の痺れ、猛火による炎上、広範囲の凍結。詠唱破棄、詠唱破棄、詠唱破棄――――

 目立つために、威力の全てを犠牲にした範囲魔法が魔物達を襲う。

 悪魔による復活兵でなければそれだけで全滅する威力だった。それでもいくらかの兵を残して、ほとんどが動けなくなっていく。

 

「もういい! まだ動ける奴、魔法使いだけでも潰せ!」

「う、おおおおおおおおっ!!!」

 

 誤爆を避けるために、ミラクルの周囲には魔物兵が何名か残っていた。

 ピサロが魔法と爪を放ち、バリアに減衰されてサチコに庇われる。

 そして、ミラクルの元に魔物兵が迫る――――

 

「もー……ミラクルさん。人使いが荒いですよ……」

「出番を残してやったのさ。余を守ってみせろ。世界の覇者を守るとは、ガードの誉れだぞ?」

「分かりましたよ。すぅー、はぁー……」

 

 悪魔回廊の道はピサロのいるところ以外は狭い。ミラクルは狭い道に陣取っている。そこを守るのは今ではサチコ一人。

 サチコは深呼吸して、前を見据える。自分さえ抜けなければミラクルには届かない。いつも通り守ればいいのだ。遠距離はヌークとミラクルが受けてくれる。

 相手は復活した魔物兵達。質も力も尋常ではないが――やってみせる。

 

「邪魔だ、どけぇ!!!」

「んっ!」

 

 まず赤魔物兵一名。斧を盾で受けた。次の一名は剣で受ける。

 盾反らし、神官剣での受け流し、ズラし。僅かにタイミングをズラした魔物兵の位置で時間を稼ぐ。そうすればもう一体を受ける時間が出来る。

 

「おおっ……!?」

「え、えいっ!!」

 

 盾で殴って怯ませて、神官剣が魔物兵の急所に突き刺さった。

 

「な、なんだコイツ……!?」

「う、うわああああああっ!?」

 

 次の魔物兵が来るが、足先を貫かれて悪魔回廊に突き落とされた。数の優位を活かせない。

 精鋭たる魔物兵が、4対1,5対1でもいなされ、止められ、逆に潰されている。反撃能力を的確に対処に使っている。たった一枚の壁が抜けない。

 

「これなら受けられねーだろ!!」

「っ!!!」

 

 盾を使って突き落としたところを隙とみて、魔物兵が斧を投げた。体を捩って躱そうとするが、肩を削いで浅くない傷がつく。しかしヌークがヒーリングをかける前に、傷が癒えていく。

 最上級の回復の聖刻。法王自らが時間をかけて施した入れ墨は、彼女を即座に癒してしまう。サチコは致命傷を負わない限り、すぐに治る。

 RA期を最前線で戦い続けて、大きな怪我がなかったのはこの恩恵が大きい。

 

「な、何物だ? こいつら……!?」

「15年。幽霊で漂ってた者と世界を背負った者の差だ。しっかり味わっていけ」

 

 経験が違う。余裕がある。次にするべき事がわかっている。

 世代によってはロートルと謙遜する者もいるが、あの当時から若くて一線級だった者達は今が全盛期としても問題ない。

 トリダシタ村の村人達、その最精鋭ならば魔軍だろうが跳ね返せるのだ。

 

「いや、さすがにこれ以上はキツいですよー! クルックーさん、まだですかー!?」

 

 経験を積み、余裕があっても精神性までは大きな変化がない。普通変わりそうなのだが、そこはサチコだった。

 魔物兵の心臓を貫きながら、叫び声をあげて助けを求める。

 

「もう間もなくですよ。傷はもう治しました」

 

 クルックーが駆け付けた時、バーバラの腹は穴が開いて血を流していた。幸運にも臓腑は避けていたが、動けない傷なのは間違いない。それでも、その程度なら法王はすぐに治せる。

 偶然優れたヒーラーが近くに来れた。勇者なら復帰は可能だ。

 

「早く起きてください、ポンコツ勇者。仕事が先に終わりますよ」

 

 いつのまにか、コーラが近くにいた。従者が勇者に声をかける。しかし、この瞬間は届かなかった。

 

「…………ん? 魂が、ない?」

 

 

 

 

 

 

 バーバラの意識はここにはない。偶然にも、魂がどこかに飛ばされる場所に叩きつけられていた。現実においては刹那の瞬間、されどバーバラにとっては少しの時間の世界――――

 バーバラの魂は、何もない平野に飛ばされていた。

 

「……なにこれ。私はさっきピサロの一撃を受けて、それで、それで……」

 

 身体の傷はない。異常もない。致命的な一撃を受けて、意識を失ったらここにいた。

 平野。どこまで行っても平野。山も岩もなく、地平線が永久に続いているように見える世界。全方位が同じように続いている。明らかに自由都市にある景色ではなかった。

 

「わ、私……死んじゃった? それでここは死後の世界……とか?」

 

 調子に乗った挙句、死んだ可能性が高い。バーバラは崩れ落ちて顔を手で覆った。

 

「へーえ。めっずらし、人間じゃん」

「!? 誰かいる、の……?」

 

 後ろから、声が聞こえた。

 振り返ると、二次元と三次元が混ざったような存在が浮いていた。落書きのような、かろうじて人間に似せている努力がほんの少しだけあるような。胸元はブラジャーのつもりだろうか、リボンやピンク色の色合い的に、女性をイメージしてはいるらしい。

 

「……あなた、何? ここは、どこなの?」

「あたしぃ~? あたし、ALICEMANLADY。聖人っていうか……聖人? ここはAの地平。第三の最果て。資格があるヤツしか入れないって感じ?」

 

 胸元にAの文字をぶらさげた謎生物はマイペースに語りかける。答えを言っているようで、結局答えになっていない。

 

(死後の世界じゃないってこと? 選ばれしものが入れる、聖人……今の発言だけなら、プラスな事しか言ってない気がする)

 

 こうなってしまったものは仕方がない。楽観的に考えよう。今何が出来るのかが問題だ。

 アリスマンレディーは何かが決まり切っているように、バーバラの思考を無視して言葉を畳みかけてくる。

 

「ここで聖人チェック受けてく? マジでスキルが手に入っちゃうじゃん」

「スキル……?」

「そうそそ。天と地と、その狭間。その中にあるひとかけらの理。それがゼロスリースキル」

「う、うーん……ちょ、ちょっと待って……」

 

 スキルが貰えると言ってきた。スキル。自分がこの前使えるようになったファイヤーレーザーもスキルとは言えるだろう。何か貰える?

 突拍子もない事だが、強くなれるチャンスがぶらさがっているのかもしれない。勇者の時のように。

 

「とりあえず、貰えるものは貰うわ。まった~く話の流れが分かんないけど、チャンスがあるなら欲しい!」

「オーケー、聖人判定は不幸勇者のバーバラちゃんにロックオンだしぃ!」

「ふ、不幸……? むしろ幸運な方だと思うんだけど?」

「スンゴイもの背負っちゃってるにぃ。これからの人生の荒れ野に、ゼロスリースキル。チェックしちゃう?」

 

 目の前に、二つの選択肢が提示された気がした。やるか、やらないか。チェックという事は、何かの試練があるかもしれない。

 意味は全くわからない、わからないが……勇者になって、損より得が多い。体は十分動く。ならばやれる。やるべきだ。

 

「やるわ! ゼロスリースキルとやらをちょーだい!」

「って、勇者じゃ最初っから聖人判定されてるじゃん。第三の運命をあげなきゃいけないしー」

「え、つまりタダ?」

「マジそんな感じじゃん? ゼロスリーのご加護あれ!」

 

 そう言うと、アリスマンレディーはバーバラの腹を蹴ってきた。

 

「ごふうっ!?」

「これでスキルが身についたか、そして身についたじゃん」

「な、なんで蹴るの……?」

「ではいざさらば、みたいな? もう会う事は無いと思うけど」

 

 アリスマンレディーと目の前の風景は急速に萎み、消えていった。

 魂がどこかに戻されようとしている。

 

 

――――そして、バーバラの意識は元の世界に戻ってきた。ゼロスリースキルを獲得して。

 

「――――ッ!!」

「やっと目を覚ましましたか」

 

 傷は無い。ピサロが口角を飛ばして指示を出している。魔物兵はもう少ない。

 ダークランスが自分達の前に立ち、コーラとクルックーは倒れたバーバラを見下ろしている。

 体中が痛い。血を失ったか、力が入らない。

 

「っつう…………」

「バーバラが突っ走ったところを立て直して、今やっとこうなったところです」

 

 自分が作った瓦礫の中を起き上がろうとする。辛い。

 

「……なら、もう他に任せていいんじゃないかなー。私、負けたし」

「は?」

 

 こんな体を張ってやるなんて聞いてない。あんな怖い異形は相手にしたくない。視線を逸らして、コーラの目を見ないようにする。

 

「ほら、私抜きでもここまでやれるなら勝てるよー。クルックーさん達も只者じゃないみたいだしー」

 

 完全に、臆病者だった頃の逃げ癖が出ていた。バーバラの冒険者としての欠点である。

 

「……根性無しですね。勇者のかけらもありません」

「楽をしたいだけ、それに言ったでしょ。勇者じゃないって」

 

 戦いは続いている。魔物兵は見る間に数を減らしていく。

 大将軍ピサロとやらも出てくるだろう。自分が戦う必要はもうないのだ。

 

「…………ふん」

 

 感情がないと言われがちなコーラが、バーバラを割と強めに蹴った。

 ごろごろと転がり、ダークランスの近くまで引き出される。

 

「あいたぁ!! 従者がなにやってんのよ!」

「もう一度、周りを見てください。それで何も感じないなら、別にいいです」

 

 ダークランスを見る。グラムは輝き、魔物兵を屠っている。それは後ろを守る為だ。自分が来るのを待っている。

 クルックーを見る。ほっとした表情をしている。役目が果たせたのだ。後は勇者が活躍するだけでいい。

 ミラクルを見る。舞台は用意したと言わんばかりに静かな顔で立っている。もう目立つつもりはないようで、死霊騎士団は退がらせた。

 そしてこの村に来るきっかけになったサチコは……必死な顔で格闘していた。傷が増える。それでも果敢に後衛を守る事を辞めず、倒れない。

 

「………………サチコさん」

 

 なんの為に勇者になった?

 自分より弱い存在を守る為だ。今の自分も守れないからだ。お荷物はもう嫌だった。

 エスクードソードを持つ手に力が入る。まだ動ける。

 

(今の私……冒険者としても失格だよね)

 

 バーバラは頬を自分で叩き、体に力を入れて立ち上がった。埃まみれのスカートを払って前を向く。

 

「小娘が起きたか。俺がやる!」

「ひぃっ……」

 

 ピサロが気づき、ゆっくりと近づいて来た。異形にやられた敗北時の瞬間がフラッシュバックする。あの必殺技を受けたら、今度こそ死ぬのではないか。

 

「良い事を教えてあげますよ。勇者は二度戦う相手にはそう簡単に負けません。三度目ならば、負けを見た事はありません」

 

 コーラの言葉が背中を押してくれた気がした。前を見れば、迫るピサロと金塊の山。

 

「これに勝ったら大金持ち、二階建ての一軒家、gold風呂、これに勝ったら大金持ち……」

 

 恐怖を振り払って、ご褒美を言い聞かせて前に出る。既に魔物兵は間にいない。ダークランスの横をすり抜けて、ピサロの下へ――――

 

「今度こそ仕留めるてやるぞ!! 小娘ぇ!」

 

 ピサロも駆ける。双方が正面衝突する形になる。こうなれば、助走をつけた必殺技はあの時の比ではない。頑丈な少女も粉々になるだろう。

 

「やあーーーーーーーっ!!!」

 

 バーバラも剣を上手に構えて駆け込む。これなら双方の体感速度の関係で躱せない。

 次の一歩で、ピサロは渾身の力を込めた。速度が変わる。急加速。

 さきほどバーバラを吹き飛ばしたあの必殺技、それの正式版――――

 

 

大粛正(だいしゅくせい)!!」

 

 

 ピサロは一迅の光となって、バーバラに突貫した。

 いよいよ衝突するその瞬間、踊るような足さばきでバーバラは地を蹴った。

 炸裂するピサロの体の効果半径ギリギリに逃れるように、巨体を飛び越える。

 通り過ぎるピサロの頭部目掛けて、上段からエスクードソードを振り降ろす。

 

「―――――――――全力斬りぃ!」

 

 そのまま交錯。バーバラはピサロの後ろに降り立ち、動くことはない。

 

「ば…………馬鹿、な……」

 

 よたよたと数歩進んで……ピサロの頭が二つに別れた。

 

「勇者の特性その5、見切る。一度受けた必殺技はほぼ通じません」

 

 コーラの言葉と共に、ピサロは崩れ落ちた。

 バーバラは膝をつき、今の動きを思い出す。最後は自分の体じゃないように勝手に動いた。本能か、習性か。絶対に避けられないものを避けた気がする。

 

「閣下のブレインはまだ生きておられる! 助け出せ!!!」

「時間を稼げ!!まだ死んではいない!!」

「わわっ……?」

「お、おい!」

 

 周囲の魔物兵全てが、ありとあらゆる事を放り投げてバーバラ達とピサロに群がって来た。

 必死。全てを賭けている。

 その内の二体がピサロの死体に駆け寄った。

 

「閣下、すぐにお助け致します。お逃げ下さい!!」

「私達が命に賭けても運び出します。どうかご安心を!」

「金だ……金を……財宝を……」

「後でいくらでも集めますとも!」

 

 腹の中から何かを取り出し。逃げようとしている。ピサロのブレインだ。あれを逃してはまた復活する。

 

「まぁ、ボスを倒したのに逃げられたら興覚めですよねー」

 

 二体の魔物の首が、前触れもなく刎ね飛んだ。

 コーラがいくのまにか近くにいる。勇者になった今ならわかる。手刀で殺してしまった。

 

「コーラ、あんた、戦わないんじゃ……」

「戦いが終わった後に、従者が掃除をしただけですよ。これぐらいはいいかなーと」

 

 この場で戦力になったヌークは元11級神。ではコーラは?

 元4級神。身体能力は神を辞めた今でも中位の悪魔を凌駕する。彼女もまた、魔人級だった。

 コーラは魔物兵達が取り出したピサロのブレインを抱えて、バーバラに放り投げる。

 

「さ、後はそいつ殺して終わりですよ。お疲れさまでした」

「う、うん……」

 

 手元の肉塊に剣を向ける。もうピサロの死は避けられない。

 そんな時、ピサロのブレインはまどろみの中で、正気に戻った声を吐いた。

 

「……すまなかったな。お前達」

 

 一閃。

 ピサロのブレインはエスクードソードによって断たれ、それと共に大将軍の肉体は消滅した。もう蘇ることはない。

 

「…………あっ」「閣下……!」「お、おおぉぉぉぉ……!」

 

 正気に戻った主を失った。慟哭。残った数少ない魔物達も崩れ落ちる。

 やがて、それぞれが各々の武器を自分の首に向けた。

 

「ピサロ様……自分も共に逝きます! 一人にはさせませぬ!」

「僅かばかりながら、その旅路に自分の金を持っていきます……どうかお使い下さい」

 

 鈍い音と共に、魔物兵達は次々と自害していく。そうして、立っているのはバーバラ達だけになった。

 

「あーっ、終わった終わった」

 

 ダークランスは気楽にグラムを降ろした。息も乱れていない。

 

「たまにはサポートというのも悪くないな、面白い発見がある」

「こっちはヘトヘトですよー! しばらくはこんなのと戦いたくないですー!」

「サチコさん回復しすぎて、私がいる必要あったのかなー、ダークランスと一緒が良かったかも……」

 

 サチコ、ミラクル、ヌークといった後衛組も近づいてきた。戦いは終わったのだ。

 

「ふ、ふふふ……」

「……バーバラさん、どうしました?」

 

 勝ったら待っているのはただ一つ。ご褒美タイムだ。バーバラは両手をあげた。これもすぐにgoldで一杯になる。

 

「あの金塊は全部、ぜーんぶ私達のものになった!皆で山分けしてもお金持ちになるの!」

 

 バーバラの目は正気ではない。ピサロの最期の時より濁っていた。

 

「村に返す分もありますから、全部とはいきませんよ」

「問題ないでしょ。ゴールデンハニーの財宝だけで家が建つ! 美味しい暮らしが出来るし、cityの一等地を買える!」

 

 目の前の財宝があるから、バーバラは勇気を振り絞ってピサロに突貫したのだ。あの金はかなり自分の物になる。そう思って金塊を改めて見ると――白く輝いていた。

 

「へっ……?」

 

 次々と、次々と金塊や宝石が体積を減らしていく。どんどん小さくなる。

 

「え、え、え……ちょっと待って、なにこれぇ!?」

 

 慌てて駆け寄る間にも減少は止まらない。ゴールデンハニーのかけらは消えた。goldばかりがぐんぐん減っていく。

 そうしてバーバラが触る頃には減少が収まり、ほんの僅かなお金が残されていた。

 

「うっそぉ……」

 

 バーバラは混乱した。一行の中でも、理解が出来たのはクルックーだけだった。

 

      

バーバラの金運大凶!取得経験値増加!

 

 全ての魔物兵が倒れた時、その効果(システム)が垣間見えたのだ。法王特典によって。

 

「ちょっと確認してみますね、えいっ」

 

 クルックーは諸々を見る事が出来る神魔法がある。バーバラについて調べられる。

 パーティメンバーであるバーバラを対象に指定して、詳細能力を閲覧する。

 

「これは……!」

 

 バーバラの欄にゼロスリースキルというのが見える。この金運大凶が原因に違いない。

 クルックーはこのスキルに対して選択し、閲覧を祈ると詳細が表示された。

 

 

  金運大凶

  獲得するgoldは99.9%経験値に変換される。

  倍率はレベル依存で徐々に増加。

  【戦闘終了後に発動】

 

 

 バーバラの固有スキルは、勇者に相応しく、冒険者には悲しいものだった。

 

「なんでこうなるのーーーーーー! お金は、gold風呂はどこーーーーーー!?」

 

 困惑気味に叫ぶ少女は、お金を稼ぐ方法が一つ消えた。もう誰かから報酬を貰うしかない。

 これから少女はどれだけ魔物を倒そうが、金はない。

 真の不幸が襲い掛かり、ポンコツ勇者の未来は暗い。




魔物大将軍ピサロ lv90
 ジャハルッカスが蘇生するならこいつも蘇生する。
 ネプラカスがランスを見る天使(クエルプラン)の波動に気づいたため、正史っぽい。
 悪魔回廊で死んで魂回収不能のまま未練が残り幽霊と化して悪魔と契約。
 わざわざ最強の魔物将軍とか言ったり、他の魔物将軍に比べて慕われている。魔人との連携を取ろうとしたり、セキガハラで負けても挽回していたり、劣勢時の対処も的確であり、明らかに有能描写が多い。
 信賞必罰。一回は許すし勝ったらちゃんと褒美も与えている。ポイント制を導入して、公平に評価していたりマジで欠点以外は有能な指揮官。
 仲間殺しで魔人をどう有効に使うか、指揮で活かすかが出来ていないヨシフ。
 人間を殺すという趣味に執心で、拠点をどう落とすかという視点に欠けているルメイ。
 散々馬鹿にされ、100万の戦力を持ちながら魔人が負けるがままに拠点を失うツォトン。
 これら三名とは明確に違い、良い指揮官と言える。


 蘇生
 悪魔と契約する事でジャハルッカスが復活していた。以上から検証する。
 ジャハルッカスはこの力が素晴らしい(パワーアップしている)と認識した。
 『ルド世界では、魂と肉体があれば蘇生可能』は概ねの理論。では、魂だけが残る幽霊は?
 肉体は悪魔がボディを用意出来るならば、蘇生する。それを契約理由にして魂を黒く染めて、後で頂く。凄く納得の出来る行動だ。強ければ、世に混乱をもたらして悪魔の付け入る隙も増える。
 神異変終了後、多くの魂回収業務やエンジェルナイトの類は前より勝手が変わるだろう。AL教も力を失った。幽霊が発生した場合、回収不能率が上がっている世界だ。その未練によって残った魂を悪魔は黒く染めて収奪する。そういう事態が前より多発する。
 ジャハルッカスが復活するならば、クエルプランイベント絡みで手動討伐と考えられるピサロは悪魔回廊。復活の可能性が濃いと判断してご登場願った。
 残念ながら2部勢のインフレに対応出来ず、強くなっても強敵にはなりきれない。
 幽霊がいる世界が、悪魔に奪われるのは少しづつマズい事態。神異変の影響はここにもある。
 
勇者(逡巡モード)
 ハニホンゲイマルクでも描写されない世界。
 アリオスがサテラ、シルキィ、ハウゼルを殺す時に見せてくる。やりたい放題。
 バーバラはポンコツな上、技能もレベルでも下位互換ですがそれでも最強勢には近い。
 戦えば無敵と思うだけはある。それが逡巡モード。

アリスマンレディー
 聖人みたいな? 一回限りでご出演。
 勇者に強化イベントを与えてくれる。既存メンバーは全員持ってると思っていい。

ゼロスリースキル(バーバラ)
 03固有システム。
 経験値増加。レベルが上がりにくくなった勇者には欲しいスキル。
 冒険者には多分いらないスキル。


 03.10の両使い。BGM聞きながら書くのたのちい。
 この作品の裏でシステム全混ぜを要求された一級神が切れている。
……織音誕生祭の〆にランス完結って言われて禁断症状が起きて筆が加速した。書かないと寂しさで死ぬ。


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三度目の旅路

 バーバラ達はキャンプを張っていた。悪魔回廊を出る頃には月も高く昇っており、ここで休んだ方がいいと判断したからだ。

 

「~~~~♪」

 

 現在は夕食も終わり、皆が焚火を囲んでいる。

 静かな森にサチコのハーモニカが穏やかに鳴り響き、ゆったりとした雰囲気の中で会話を楽しんでいた。

 

「うーん……私にそんなクソスキルが……」

「強くなるには良いものだと思いますよ。勇者はレベルが上がり辛いですし」

「いやいや、私は強さよりもお金が欲しいの。害しかないわー」

 

 クルックーが今日発現したバーバラのスキルを説明していた。経験値が溜まりやすく、金が手に入らないというスキルだ。ピサロを倒した後の小規模戦でもしっかり発動しており、くずの悪魔程度では1goldも落とさなくなっている。

 

「このままだと冒険者としては辛いなあ……解除する方法とかはないの?」

 

 この体質では強くなった意味がない。バーバラは縋るような目でクルックーを見たが、首を横に振るばかりだ。

 

「ありません。ゼロスリースキルは本人が元々持っていた資質を明確な形で開花させるものです。つまり、元々ある程度は発動していたはずです。心当たりはありませんか?」

「…………ある。私が倒した魔物は皆貧乏だった」

「つまり貧乏特性は筋金入りか。くくく……」

 

 今までの戦いも可能な時はコーラに拾わせていたが、あまり収入になっていなかった。倒した魔物に対して落とすgoldが少なすぎるのだ。期待値の1割、あるいは五分しかなかったのではないか。

 バーバラは溜息をつきながら、財布の中にある金をのぞき込む。今回はまとまった額を既に貰っているのが救いだった。

 

「……解除出来る方法を探すのは諦めないから。貧乏体質なんて、絶対に返上してみせる」

 

 バーバラの夢はgold風呂、一等地で二階建ての一軒家、冒険者としての名声だ。そこから少しでも遠ざかる障害は排除したい。

 

「ま、でも今回の戦いは凄かったぞ。その若さであれだけ動けるなら才能あるだろ。なんとかなるって」

 

 食事と酒を終えたダークランスが席を立ち、バーバラの頭をくしゃくしゃと撫でに来た。

 

「ちょ、ちょっと……やめてよー」

「はっはっは。照れるな照れるな」

 

 若干赤い顔でボリュームのある髪を掻き分ける。酒の酔いが少し回り、身内に対する態度になっていた。手で払おうとしても、巧みに避ける。

 

「そういうところも可愛いぞー。きっと他の妹達にも会うだろうから仲良くしてやってくれ」

「う、うう……」

 

 今までのいやらしい目線ではなく、純粋に自分を気遣う思いやりがある。撫でられて褒められるのは、バーバラとしても悪い気がしない。

 自分が倒れている間、守ってくれた人だから、これぐらいはいいのかもしれない。

 恩人と意識すると次第に抵抗は弱まり、ダークランスの手を受け入れて為すがままになった。

 

「こ、これも勇者特性なの……? それとも、私自身に対する評価なのかな……」

「ただコイツが酔ってるだけ、よ!」

「いたぁっ!」

 

 ヌークはダークランスの背中を蹴った。

 その態度は家族相手ならいいが、バーバラに対しては許せない。

 

「お、お前なんで蹴った!?」

「いつまでも酔っ払いに未成年を突き合わせてんじゃないわよ!早く寝なさい!」

「や、やめろ。まだ話をしたいんだよ。いだだ!耳を引っ張らないでくれ!」

「ふんっ!」

 

 ヌークは嫉妬と怒りがない混ぜになった表情で、ダークランスをテントに連れ去っていった。

 

「……尻に敷かれてる旦那さんみたいね」

「娘たちにヌークを嫁扱いで呼ばせてみるか。そうでもしないと動きがなさそうだ」

「ああ、それは良さそうですね。志津香さん達に手紙を出しておきますよ」

「くくく……」

 

 クルックー達は実に楽しそうに、魔王の子のカップリングを画策する。ある程度子供が育つと、母親はお節介な世話焼きに変貌する。彼女達も例外ではない。

 サチコのメドレーが変わる。牧歌的な曲のレパートリーに入り、ハーモニカとしては長い独演会も終わりに近づきつつあった。

 クルックーはバーバラに向き直って、背筋を伸ばす。

 

「さて、話を変えましょうか。バーバラさんはこれからどうするつもりですか?」

「これで依頼は完了したし、当初の予定通りcityに帰って報酬を貰うつもりだけど……」

「そこで提案なのですが、その後の冒険に私達も連れて行ってくれませんか」

「えっ……!?」

 

 バーバラはこの場にいる3人を見回すと、既に話が通っているようでクルックーの言葉に頷いている。サチコは即興で賑やかなアレンジを吹いた。

 

「余興としては悪くない。一月ぐらいはな」

「勇者には旅の仲間もいるという話もありますし、ガードとヒーラー、ソーサラーが加わるならバランスも良くなるでしょう」

「村の仕事とかは大丈夫なの?」

「今日終わったので、しばらくは無いと思いますよ」

 

 クルックーは言外に、荒事専門の村人だと匂わせた。実際のところは、現状の最優先課題に対処しているだけだ。この危なっかしく未熟な爆弾は、少しはサポートしつつ穏便に各国に紹介しておきたかった。

 

「……どうしますか、バーバラ」

 

 珍しく、間を置いてコーラが選択を促した。

 大抵の事は従って、感想や罵詈雑言を言うだけの従者が動いた。

 

「んー……」

 

 バーバラは俯いて思考に耽る。目の前に、二つの選択肢がある気がする。

 頼れるパーティと共に冒険をするか。

 このまま二人旅を続けるか。

 冒険者としてベテランであるしこの先もいるなら心強い。大きく楽が出来るだろう。

 

(でも、こんな強い人達いてもねえ……)

 

 バーバラは強敵と戦うつもりがなかった。勇者の力を使って無双を繰り返し、お金を稼げればそれでいいのだ。安全な旅にこれだけの実力者を突き合わせるのは気が引ける。

 難しい冒険を楽にするより、稼げる依頼を楽にこなせればいい。

 取り分も独り占めの方が美味しい。そして自分には手頃なものをもう見つけた。

 

「気持ちは嬉しいけど、やめとくわー。もう危ない事はしないの。これから先は、盗賊を倒して金を稼ぐつもり」

「盗賊退治ですか?」

「そう。私は人間なら世界最強だし、魔王の子達も盗賊はやってないでしょ?」

 

 世界最強達と戦わず、悪者相手に無双してお金が入る。クレバーな答えがここにある。

 バーバラは胸を反らして、余計な誰かに喧嘩を売った。

 

「盗賊なんて才能の壁にぶつかった雑魚ばっかりよ。強いなら軍に入ってる。よしんば多少強くても、勇者の力を持った私には誰にも敵わない。私を倒せる盗賊なんているなら、こっちが会いたいぐらいね!」

 

 

 

                

難易度アップ

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ここから先、難易度がアップします。ここから先、難易度がアップします。ここから先、難易度がアップします。ここから先、難易度がアップします。ここから先、難易度がアップします。ここから先、難易度がアップします。ここから先、難易度がアップします。ここから先、難易度がアップします。ここから先、難易度がアップします。ここから先、難易度がアップします。

 

 

 

「…………ん?」

「あーあ、システム神も酷い事しますねー……プロマイドより酷いですよ」

 

 なにか、盛大な地雷を踏み抜いた。そんな気がした。順当と大変な2択の中で、恐ろしく大変な3択目を選んでしまった。そんな気が……

 

「……まぁ、気のせいでしょ」

「そーですね、気のせいにしてください。全てバーバラの選択なので」

 

 選択肢は終わった。先に進むしかない。後ろには戻れないのだ。

 この世界に生きる者にはシステムはあっても、セーブもロードもない。

 人の身で唯一分かる法王は冷や汗をかいて、勇者が作った盛大な爆弾(フラグ)を眺めるしかなかった。

 

「次は余だな。楽しませてくれた褒美があるぞ」

 

 ミラクルは立ち上がってバーバラの前に来た。手にはやや重そうな物が抱えられている。

 

「余が贈る報酬は剣の(さや)だ」

「………………!」

 

 コーラの半開きの目が見開かれた。何故ここにあるのか。いつも見ていたものだ。もう見ることはないと思っていた。

 だって、それは、滑落した勇者と共に――――

 

(さや)? 確かに私はこの剣を抜き身で持ってるけど、問題はないでしょ。ちゃんと持っていく場所は考えるし」

「そうだな。だがその剣は入る(さや)も選ぶぞ。新しく用意するならオーダーメイドで高くつく。少なくとも、これは問題ないはずだ」

「ふーん……」

 

 バーバラはミラクルの持つ(さや)を手に取り、エスクードソードを納めてみた。

 元々が一体であるかのように、すらりと入った。(つか)(さや)を掴んで左右に揺らしてみても動かない。刀身と(さや)の構造にズレがないのだ。エスクードソードの切れ味は抜群なため、ズレがあれば切り裂きかねない。

 抜いてみる。抵抗なくすらりと抜ける。後ろ手でも、無理な体制からでも持ち主についてくるだろう。

 この剣の為に用意されたような(さや)だった。

 

「かんっぺきね……」

「そうだろう。そうだろうなあ」

 

 ミラクルは嬉しそうに、昔を懐かしむように目を細める。

 何か大きな意味がありそうで、バーバラはこの(さや)の由来が気になった。

 

「……魔法使いが、剣の(さや)だけ持ってるのってどうして?」

「余の部下の(さや)だ」

「その人の事を、詳しく教えてくれてもいい?」

「長くなるぞ」

 

 優雅な貴族のようにワインを一口。ミラクルは気品を纏ったまま語りだす。

 

「ジャッジメンターと言ってな。最初に会った時は敵だった。部下ごと斬り殺されかけた。噂と違って、つまらぬ男だった」

「…………………」

「その後、余の部下に相応しい働きをしたから新トゥエルブナイトとして召し抱えた。そして多くの戦いを共にした。面白い男だったなあ」

 

 間に口を挟むべきではない。そんな気がした。

 ミラクルが語る日々には、共に生きてきた重みと輝きがある。

 

「事故で怪我を負った老人を病院に連れて行って遅刻した。迷子を見つけたから、迷宮探索を諦めて帰った。一人で突っ走ってリセットにビンタされた。結婚記念日に何を買うか、迷い続けて徹夜した」

 

 人間臭く、失敗続きな男の話だ。だが、ところどころにきな臭い話が混じっている。

 

「幼子を救うために、背中が焼け爛れた状態で帰ってきた。お帰り盆栽を使うタイミングがいつも遅いからそうなる。村を守るために、魔人を二人同時に相手にした事があった。聖刀日光を無理矢理使ったのは、あいつだけだろうな。一緒に墜落したことを、使用に含めるならだが」

 

 いつしかサチコのハーモニカは終わって、ミラクルの一人語りになっていた。サチコも何も言わずに、遠い目をして聞き入っている。

 

「そろそろその(さや)の話に戻るか。ジャッジメンターはその(さや)を使わなかった。というか敵だった時しか使っていなかった」

 

 僕はもう使う必要がない。むしろいらない。そう言っていた――――

 

「敵だった頃の男の名前はアリオス・テオマン。その時は勇者だった」

 

 そして、ミラクルは今代の勇者であるバーバラを見据える。

 

「アリオスはエスクードソードをその鞘に入れて戦っていた。元々使われていたのだから納まるのも当然だな」

 

 この少女はジャッジメンターとは似ても似つかない。心は比べようもないほど弱い。

 だが――――資格はある。渡してもいいと思った。

 バーバラは首を傾げつつ、(さや)を懐に持っていく。

 

「……まあ、高そうなものだし、貰えるなら貰うけど、何の意味があるの?」

「大きな街では勇者とわかる人もいます。それは剣と従者が基準です。後は従者との距離を考えれば誰もわかりませんよ」

「なるほど。冒険者として名前を売る為には必要、か……」

 

 得心して、バーバラは(さや)を背負った。元の持ち主とは背丈が違ったため、長さを調整する。

 丈が揃ったところでくるっとUターン。ミラクル達に見せていく。

 

「……似合う?」

「似合わん。釣り合わん。駄目だな」

「渡した本人がそれを言うー!?」

「似合う人間になれ。心が弱すぎる」

 

 用事は終わったとばかりにミラクルは席を立つ。クルックーも軽く頭を下げて自分のテントへと戻っていく。

 

「ふふ。お二人ともバーバラさんの事気にしてるんですよ」

 

 終始にこにことしていたサチコが、後片付けを始めていた。

 

「あ、サチコさんも休んじゃって。コーラにやらせるから」

「もう、駄目ですよー。そんなあっさり他人に投げちゃって」

「いや、その……ううん……」

「……?」

 

 サチコが振り返ってバーバラを見ると、ちらちらとコーラに目線をやっていた。何か言いたい事があるようで、言いかねてるようで……

 

「ああ。じゃあバーバラさんにお願いしちゃいますね。コーラさんと一緒にお願いします」

「は、はい!」

 

 どうにもサチコは自分がお邪魔虫だと悟った。空気を読んでテントに戻る。

 残されたのは従者と勇者、暫くキャンプ地の後片付けの音が響く。

 口を開いたのは、やはりバーバラだった。

 

「……アリオスって知ってる?」

「はい。二代前の勇者です」

「どんな勇者だった?」

「お人好しの馬鹿な勇者です。力を貰っておきながら、大きな事件に(ことごと)く間に合いませんでした」

 

 二人は背中を向きながら、作業の中で話をしていた。

 

「大きな事件って?」

「カスタム陥没、リーザス陥落、カミーラダーク……第二次魔人戦争。いくらでも勇者が活躍できる機会だったんですが、その傍流で人助けをしていましたね」

 

 カミーラダークと第二次魔人戦争はバーバラの知識にもある。未曾有の人類の危機だ。

 

「勇者としては駄目でしたよ。バーバラは勇者をする気がないから、より駄目ですが」

「むっ……冒険者として成功すればいいもん。勇者なんてやる気ないから。鞘も手に入ったし、いよいよ冒険者活動、本番よ」

 

 二人は軽口をたたき合いながら、アリオスについての話を進める。

 一度も言葉にはしないが、分かっている。はっきりさせる気がないだけだ。

 ミラクルの話はどこかで終わっていた。現在の話がないのだ。独断でアリオスの鞘だけ託された。それはつまり――――

 

「ふーん。勇者がそうめんに中たって行動不能とか、馬鹿じゃない?」

「馬鹿です」

「ふふふ……私みたいに散々馬鹿にされてたんだろうなあ」

「今のペースなら、バーバラへの小言は百倍になりますよ」

 

 あえて、明るく笑い飛ばしているのだ。

 バーバラでも見えてきた。アリオスは勇者であろうと無かろうと善人だった。真似する気は起きないが、聞き続けて飽きない男だ。

 

「……コーラ」

「なんです?」

「なんで、あの時私を蹴ったの?」

 

 一瞬だけ、コーラの言葉が止まる。

 バーバラは従者がどんな顔をしているか気になり、振り返った。

 

「逆に聞きたいですね。どうしてあの時ピサロに向かっていったんですか?」

「むっ……」

 

 コーラはいつも通り、意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「危ないのは嫌って言ってて、周りに人がいるのに一人で突っ走って突貫。何を思ってあんな事したんですか? 協力して倒しても良かったでしょうに」

 

 今度は、バーバラが黙る番だった。

 何故あんな事をしたのかなんて、こっ恥ずかしすぎる。言えるわけがない。

 

「まるで、勇者みたいでしたよ」

「――――ッ! 冗談言わないで!」

 

 この手の弄り合いでバーバラが勝てるわけがない。年季が違う。

 バーバラは後片付けの作業を放り投げて言葉を重ねていく。

 

「私は冒険者として、あそこでサボッたら報酬にケチがつくと思ったからやったの!」

「じゃあ、財宝が目の前になかったらやらなかったんですか?」

「当たり前でしょ? 冒険者は1goldにもならない事はやらない。今回は分け前的に取り分が欲しかったのよ!」

 

 そう、これなら冒険者としておかしくない。あの時も財宝があったから勇気が出たのだ。

 

「1goldにもならないアリオスは私よりも馬鹿よ。あんな風にはならないから。コーラ、後はやっといてね」

「はいはい」

 

 足音に不満を乗せて、バーバラは用意されたテントに戻っていく。

 背中には勇者の(さや)がある。

 

「…………さて」

 

 コーラは後片付けの作業を再開した。バーバラの担当分が増えたから少し時間がかかる。

 コーラがアリオスを最後に見たのはRA7年。従者を辞めないかと誘われた。それを断り、ゲイマルクと共に翔竜山に向かい――――徘徊勇者と共に、引き籠った。

 

(これで最後ですね。あっという間です)

 

 灯りとなる焚火を落とし、世界は月と星の光だけになる。

 コーラは最初にいたところに腰掛けて、空を見上げた。

 倒すべき魔王は存在せず、ゲイマルクも消えられた。神々は閉じ込められ、世界は穏やかだ。

 信じられないことに、待っていれば幸福があったのだ。

 

「…………馬鹿なアリオス。最後まで、間に合わなかったんですか」

 

 そう呟いて、コーラは朝まで動かなかった。




ジャッジメンター
 歴史に名前は残るが本名不明。10ブックレットのようなマスクで目本を隠していた。

アリオスの鞘
 立ち絵的に絶対持っている。30%到達サテラ襲撃の際には文章にある。
 鞘そのものに意味は無いが、ミラクルの想いはある。

システム神
 既存仕様全混ぜを要求されたから怒った。
 天界は地獄絵図。社畜の世界。

次回、自由都市編ラスト。


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CITY 普通な日常会話

 コーラの目の前には、豪勢な戦場が広がっていた。

 

「はぐっ、はむっ……うーん、美味しー! ロース一人前追加でー!」

 

 焼ける肉。次々と投げ込まれる野菜類。それを結構な勢いで取っていく勇者。

 

「ほらほら、コーラも食べないと。そのあたりの肉を消化するのはあんたの義務よ」

「はあ……いらないんですって」

「美味しい食べ物を粗末にしない。私の前でそれは許さないからねー」

 

 勇者にそう言われては、くだらないことを拒否するのも意味がない。

 コーラは事務的に、口の中に機が熟した肉を放り込んでいく。神を辞めていようが味覚はちゃんと機能する。油の乗った肉汁と程良い食感も合わせて、脳に充足感を送り込んでくる。

 

「……まあ、人間は好きでしょうね。こういうの」

「こういう店に一度は来たかったのよ。ほんと幸せぇ……」

 

 ここはCITY。焼き肉ハウス、うし牧場。

 口数多く、口数少なく、二人は祝勝会を楽しんでいた。

 

「それで、どうするんですか? 帰ってきてから、真っ先にここに向かいましたけど」

 

 場にある肉の粗方が消化された頃、満足そうにお腹を撫でるバーバラに従者は問いかけた。

 

「バーバラの方針はCITYに帰る、でした。こうして帰還した後は、どうするつもりですか?」

「店員さーん、お勘定お願いしますー!」

 

 問いかけを無視してバーバラは席を立つ。一食分としては今までにない額を支払い外に出る。

 足取りは迷いがなく、どこかへと向かっていく。後ろを一切見ずに、従者へと言葉を紡ぐ。

 

「コーラ、なんだかんだ悪く言う人もいるけど、私はとっても感謝してるから」

「はあ」

「ほとんどまともに報酬を貰えない冒険者だったの。でも強くなってから成功して、行きたかったお店にも行ける」

 

 より遠くへ、CITYの中心街を抜けて郊外へ。民家がまばらになるところへと向かっていく。

 

「でもそれは私だけじゃない。あなたが雑事をサポートしてくれて、私が戦いに専念できたから。勇者が戦える状況を作ってくれるのは凄く大事な事だった」

「どーも」

「これからも、良いコンビで助け合っていきましょう? 今日の祝勝会は、二人で分かち合うものだと思ったから真っ先にやったのよ」

「従者は勇者と共に行くものですから、気にしようと気にしまいとサポートに周りますよ」

 

 言っている言葉は美辞麗句に満ちている。一方で、道は郊外から荒れた地域になっていく。

 そして、バーバラの目的地に辿り着いた。

 

「そう言ってくれると安心するわ。じゃあ、次の従者の仕事はこれだから」

 

 目に広がるのは、土壌汚染にゴキブリ。そしてゴミ屋敷、ゴミだらけの家。何軒も何軒もある。 ここはCITYのスラム地帯。その中でも最も汚ない地域。もはや人の住めないゴミ捨て場。

 

「私はこの依頼に失敗した時……キースさんの前借りを返す為に、この地域の掃除をやる約束をしていたの。一軒500gold」

「いや、私がこの仕事をやる意味ありませんよね?」

「その間に勇者は次のやるべき事を考えられるでしょ。サポートとして必要な事だと思わない?」

「……………………」

「私がまだこの依頼を成功扱いされるかは、まだ分からないしねー」

 

 従者(げぼく)の使い方だけは上手い。なるほど、大した勇者(じょうし)だ。

 言い訳が、出来ない。

 

「十軒もやれば5000gold、土壌汚染やゴキブリの殲滅でそれぞれ5000gold。無理だと思うけど、やれるだけやっておいて、日が暮れたら、私の家に来てね」

 

 バーバラはコーラにほうきを投げる。四級神を掃除婦として使い倒す気満々だ。

 

「さーて、CITYで贅沢が三日は出来そうかなー。その間にどれだけ片づけられるかしら」

 

 去り際呟いた言葉が風に乗って、コーラの耳に届いた。

 ほうきを握る手に力が入る。この勇者は、従者に金を稼がせていい暮らしをするつもりだ。

 

「わかりました。やれるだけ、やりますよ」

 

 コーラはほうきを投げ捨てて、荷物袋の中から神造のアイテムを取り出した。

 元四級神、従者の本気の掃除が始まる。

 

 

                     

 

 

「この写真を見て見てー。依頼達成しちゃいましたー♪」

「おお、マジだ。まさかやるとは思わんかった」

 

 キースギルドの主、キースの机にはバーバラが撮ってきた写真が広がっていた。課題だった一枚だけではなく、翔竜山に生息する様々な魔物が写っている。枚数も質も十分。カメラが壊れていたが、それは織り込み済みだ。

 駆け出し冒険者が、大きな依頼の成功を持ってきたのだ。これは褒めてやるべきだ。

 

「ペルエレとコネがあったのは知ってたが、それでもやり遂げるとは……やるじゃないか」

「知ってたの!?」

「そうじゃなきゃお前にこの仕事を持ち出すかよ。お前がウチに入ってから、こっちに手紙が来たんだよ。一人じゃ何もできない田舎者だから送り返せってな」

「ね、ねーさん……ひ、酷いよぉ」

 

 慕っている人間からの正当(ポンコツ)な評価。バーバラにとっては、結構堪える事実だった。

 キースはパイプをから煙を吐き出し、机の中を漁っていく。

 

「さて報酬だな。まずは俺からの5000goldだ」

「おおーっ!」

 

 高く積まれる1000gold通貨。金貨の輝きは何よりも尊い。一人暮らしで身に染みた。

 キースは5枚を乗せたところで……1枚を抜いた。

 

「次に、報酬の天引きだ」

「っぐ……」

「まず俺が前借りで使った500gold,俺からのツケの返済で500gold」

 

 4枚。手は止まる事がない。まだ抜いていく。

 

「ルイスが生活費他で援助しているツケの回収で1000gold。ペルエレからの手紙で通達されている3000goldがお前の取り分だ。それと手紙をサービスでつけてやろう」

「あああああああああああっ! そりゃないでしょお!」

「ルイスのツケはまだ3000goldはあるぞ。俺は今回の成功祝いで、端数を切り捨てて2000goldって事にしてやる。ちゃんと待ってやるだけ優しいだろ」

「う、うぅぅぅぅぅ……」

 

 バーバラの取り分は、ゼロだった。

 そもそもとして、失敗続き、ロクな成功を持ってこないどころか失敗報告ばかり。

 存在するだけで赤字な駆け出し冒険者をカバーする為、先達はかなり骨を折っているのだ。

 

「で、でもこれじゃ私暮らせないわよ……? 取り分ゼロなんて……」

「そうだな。だけど追加報酬があるだろう?」

「う、うん。説明が一切なかったけど……」

 

 キースは機密扱いの資料を取り出す。きちんと駆け出し冒険者にも、美味しい思いをさせてやるのは忘れない。CITYの冒険者ギルドを一手にまとめるやり手の男は、面倒見の良さとバランス感覚がある。

 

「成功者以外は教えてはいけない事になっていたんだ。依頼者と直接交渉だ。出来次第だが、絶対に1000goldは出すと言っていた。俺は成功かどうかの判断役で、写真の価値は依頼人が決める」

「そういえば、依頼者とかそういう事を言わなかったよね……」

「そこも伏せるのが依頼料金に含まれていたからな」

 

 キースはバーバラにcity周辺の地図を渡した。教会を離れた外れの場所に赤丸がついている。

 

「依頼人の名前はスラル。古の王って古物商の店主だ。依頼人との直接交渉も冒険者ならよくあることだ。その料金は総取りでいいから、頑張れよ」

「はーい……」

 

 バーバラはうなだれてキースギルドの扉を開けて出て行った。

 

「さーて、次はどうすっかな……ギルドマスターとしては、コイツを紹介するべきなんだが……」

 

 キースはバーバラに回す次の仕事を悩んでいた。筆頭候補があるからこそ、難しい。

 目の前に掲げた依頼はバーバラの要件を十分に満たしている。

 命の危険が少なくて、高報酬で、運が良ければいい楽な仕事だ。

 ごく限られた人間に事情を説明して渡された、錚々たる面々の署名が入った依頼。

 それがキースの手元にある。

 

 

             

QUEST

元魔王ランス捜索
 

報酬 成功時に100万gold

備考 領内自由通行権の保証、全面的な捜査協力、機密保持義務

依頼人

シャングリラ外交官 リセット・カラー

AL教法王 クルックー・モフス

コパ帝国総帥 コパンドン・ドット

JAPAN摂政 織田香

ゼス王国女王 マジック・ザ・ガンジー

ヘルマン共和国大統領 シーラ・ヘルマン

リーザス王国女王 リア・パラパラ・リーザス

 

 フットワークの軽い冒険者だからこそ、国家の手の届かないところを探せる。草の根にいようが絶対に見つけ出すという強い意志を感じる書類だ。

 キースはこの情報を知り得る者に伝えた。お陰でカーマもルイスもネカイまで出かけて留守だ。各々が分担して、ランスのいそうなところを探している。

 

「ま……やっぱないわな。バーバラは運が悪いからこそ、見つけそうな気もするんだが……」

 

 バーバラの場合、命の危険はないが貞操は終焉する。流石にそこまで犠牲にして見つける気は、キースにはなかった。

 

「へっ……あの馬鹿辞めてるんだったらこっちに来いよ。今ならいい依頼があるぞ」

 

 候補地というなら、ここも有力な場所だという確信がある。

 嬉しそうに顔を綻ばせて、キースは冒険者を待っていた。

 

 

                    

 

 

 スラム街とは反対方向、溺れる者は藁をも掴む教会の先、外れも外れのところにその店はある。CITYで商売をするなら中心街から遠すぎる場所だった。

 

「……なんかこのあたり、風が冷たくない?」

 

 いよいよ目的地というところで、少し奇妙な気候になっていた。

 日差しが強く感じられるが、体の末端に冷えがあり、時折体がぶるりと震える。このあたりだけ何か異物が存在して、それによって世界がおかしくなっているような……

 

「ま、気のせいでしょ。全然大したことないし」

 

 半径50メートルにも満たない不思議な空間が街中にある事だってあるだろう。ここはルド世界、理不尽なものはいくらでもいる。

 異常を無視して着いた店の前には、動物達がいた。

 

「にゃにゃんにゃにゃんにゃんにゃーん♪」

「わんわんわわーんわんわんわわーん♪」

 

 わんわんとにゃんにゃん……によく似た人間っぽい誰かが、楽しそうに働いていた。

 いかにも高級そうなガラス類を危なっかしく運び、ぞんざいに店先に並べていく。

 

「お前らぁああ! もう少し慎重に運べ! それ元の額とんでもねーからな!」

「にゃにゃん? でもでもリス様、これ2000goldって書いてあるにゃん」

「どう見積もっても200万はするわボケェ! 俺様の城にあったものよりすげえもんだぞ!」

 

 そして、それより小さいリスそのもの。小さい手足を懸命に動かして、おっかなびっくり運んでいる。

 

「なにこれ……動物園?」

「ん? 客か。ここはアンティーク店、古の王だ。掘り出し物ばかりだから是非買ってけ」

 

 リスはバーバラを見上げて、竜の彫刻が施された置物を押しつけて来た。

 マギーボアと書かれた小物は、細部のディティールまで拘っているが、価値があるかはバーバラには分からない。

 

「うーん……アンティークだとしたら状態良すぎるし、その辺の工芸品に興味はないわー」

「これは四千年モノだぞ!? モノの価値が分からん奴めぇ……」

「四百年ならまだ信じられたけど、ホラ吹き過ぎでしょ」

 

 アンティーク、古の王は胡散臭い店だった。

 

「それより私はスラルって人に用があるんだけど……ここの店主ってまさかあなた?」

「…………俺様は違うが、何の用だ」

「冒険者が依頼を達成したから、直接交渉に来たの。翔竜山調査って、スラルが依頼人でしょ?」

 

 リスの魔物は翔竜山の方を睨み――不満そうに店の入り口を譲った。

 

「ふん……無用なことに金を使う女だよな。俺様にはアイツの考える事が全くわからねえ。店の奥にいるぞ」

「ありがと。リスなのにしっかりしてるのね、偉い偉い」

「撫でるなあ! 世界を征服したらお前は絶対殺すからな!」

「はいはい。頑張ってねー」

 

 バーバラは軽く受け流して店の奥に向かった。リスもそこまで拘らずに店番を再開する。

 

「さぁ誰か来ーーーい。クソみてぇに安い店だよー。店番なんてとっとと終わりてえんだよぉ……」

 

 奴隷の呟きを無視して店内に入ると、体中を軽く差すような感覚があった。

 

「…………?」

 

 多重の魔法がかけられたのだが、術者の技量が圧倒的な為に空気が変わった程度にしか感じられなかった。そして、それもすぐに消えてなくなる。

 

「ああ、ごめんなさい。古い物が多いから誤作動起こしちゃったみたいで……」

 

 店の奥から黒を基調とした服の少女が駆け寄ってきた。CITYから適当に繕ったものだろうが、素材が良い為に際立っている。バーバラの見立てでは、自分との年齢の差はそこまで感じない。3つか4つ上だろうか、白髪翠眼の少女は多少慌てた様子で、こちらを申し訳なさそうに見ている。

 

「そもそも何かあったのか分からないんだけど……あなたが店主?」

「そうです。私は古の王の店主、スラルと言います。冒険者さんですよね、どうぞこちらにお座りください」

 

 繕ってはいるが、スラルは内心相当動揺していた。

 

(魂状態判別、千里眼、物質調査、全部弾かれた……高度なプロテクトがかけられてる)

 

 魔王(スラル)の魔法を法王(クルックー)覇王(ミラクル)の加護が弾いた。

 あっさり勇者とバレない為の措置がここで効いている。スラルとしても相手が分からない以上、慎重にならざるを得ない。最悪、自分に同格の存在がいると考えて強硬的措置を放棄した。

 椅子に座ったバーバラは写真を広げていく。

 

「翔竜山探索の依頼を引き受けたキースギルドのバーバラよ。翔竜山の写真を持ってきたの」

「ああ、ありがとうございます。価格の値踏みをするので少し待っててくださいね」

 

 スラルは視線だけは写真を一枚一枚値踏みするようにして――――バーバラを眺めていた。

 写真なんて後で評価できる。翔竜山に登った少女の方が重要だ。

 

「バーバラさん、一枚一枚見るのに時間かかりますからその間に雑談でもどうですか?」

「私は構わないけど……」

 

 写真を見ているスラルの目が一瞬だけ、赤く光った。

 

「『翔竜山でバーバラさんが冒険した事を全部教えてくれませんか?』……それだけで5000goldつけますよ」

「んー……お金は魅力だけど駄目。ある程度ならいいけど」

「じゃあそれだけでも、冒険者さんの話って面白いの多いんですよ」

「それじゃ私の冒険譚を教えてあげるね! キースさんからうし車を借りて、シャングリラに行ったの、そしたら面白いパーティがいて……」

(絶対命令権無効。魂はメインプレイヤーでほぼ確定。今のはリセットちゃんかな?)

 

 第三代魔王スラル。彼女の最も優秀な点は聡明であるという事である。

 300年足らずで世界構造を解き明かし、今ではこの世界に関しては賢者並みに精通している。

 

「ランク・バウに寄って、高級うし車を借りて半日で翔竜山まで来て……」

(ただの冒険者ならスードリで降りる。西ヘルマン中枢にコネでもあるのかな?)

 

 バーバラの無駄の多い冒険譚から取捨選択をしつつ、その中で有効な情報を集めていくぐらいは造作もない。

 バーバラはペルエレと勇者周りを一切喋らずに自慢話を続けているつもりだが、ボロがところどころに出ている。

 

「……それで、やーっと帰って来たわけ!」

「大冒険でしたね、こっちまで羨ましくなりますよ」

(法王クルックー、ミラクル・トーが術者かぁ……さっきのバレないよね? 大丈夫かな……)

 

 彼女は歴代魔王の記憶がある。リトルプリンセスとランスの魔王時代の記憶から弾かれた理由を特定してみせた。結局バーバラが伏せた事以外は彼女以上に察してしまった。

 スラルの結論はこうだ。

 バーバラは実力者。そして今の主要な人物が彼女を守ろうとしている。

 慎重に行くなら放置が正解だが……スラルにとって、無視できないものがあった。

 バーバラとはリスクを負ってでも、縁を切るべきではない。

 

「凄いですね。写真もどれもいいものばかりですし……是非次もお願いします」

「……次? 魔王城の調査とか言われたら絶対に嫌だけど」

「ああ、そういうのじゃないんです。護衛とかをお願いする時があったら、是非バーバラさんにしようと思いまして」

 

 商人の仮面を被ったスラルは、年相応の商人の言葉遣いをしている。

 その一方で、彼女はバーバラの安物の冒険者の服に気づいていた。正確には、その血の跡。

 薄く、ほとんどもう残っていないが魔王には分かる。魔王の血、魔人の血……使徒の血だ。

 

(使徒の血……しかもこれは、ケッセルリンクの……)

 

 血の情報は魔王も、魔人もクセが出る。これは残留情報でも読み取れる。

 例えばケッセルリンクの使徒は、鋼鉄のような爪を伸ばして武器として使えるようになる。

 ランス時代の記憶ではケッセル使徒は八名、七名はアメージング城のメイドで常時滞在。そしてバーバラはアメージング城には行っていない。

 最後の一名は人類のスパイだった。それなら冒険者でも接触し得る。

 

「今回の報酬は、1万5000goldとさせてくれませんか? これからもお近づきになりたいので、その手付けという形もありまして……」

「…………ぜひぜひ!!」

 

 バーバラは腰を浮かせてスラルの手を取った。とんでもない額面に目を輝かせて、渡されたgoldを受け取っていく。

 

「それでは、こちらに住所を書いてくれると嬉しいです。ギルドよりも、直接取引が出来ると手数料が省けますし」

「そうね! いやー……こんなに上手く行っていいのかなー」

 

 全力で脳をフル回転させながら、スラルは冒険者とのパイプを繋いでいく。

 歴代魔王の頃の記憶、CITYにある現代文献、鬼畜王戦争の調査からの照らし合わせによって、スラルは本命に近づいていた。

 

 この少女は使徒ペルエレ・カレット、ランス城で裸踊りをした女の関係者だ。

 ケッセルリンク最後の使徒、ランスに使徒の中では一番寵愛されていた女の子。

 わざわざ隠すのだから指摘するべきではない。今はそれでいい。

 

(ペルエレはケッセルリンクの魔血魂の管理を任されていた。絶対に逃がさない。捕まえてみせる)

 

 魔王スラルの第一目標は、最初からペルエレに絞られていた。

 ガルティアの魔血魂はまだわからないが、ケッセルリンクだけは所持者が分かっている。目の前の少女はその鍵だ。

 雑談は長くなり、日がすっかり傾いていた。

 

「これだけ話していると……何か甘い物が欲しいかも」

「私もそう思う!」

 

 甘い物というキーワードが、スラルの仮面があっさりと剥がした。

 今日は実験作にして自信作があるのだ。誰かに食べて欲しいという思いがある。彼女は飛ぶように台所に駆けていき……お手製の氷菓子を持ってきた。

 

「私、料理が趣味なの。甘い物とか大好物で、色々作ってるのよ! 今日はうしクリームというのを作ってみたの」

「お、おおぅ……?」

「うしの乳を魔法で固めて凝固させたものなの。乳もうし牧場から貰ってきた搾りたての一品。ふふふ……楽しみだなぁ……」

 

 キラキラと目を輝かせて、スラルは自分の自信作に頬ずりをしている。

 魔王の力、魔法レベル3をフル活用した渾身の一作だ。

 見た目だけならハーゲンダッツ達。その半分をバーバラに押しつけた。

 

「出来上がりまで、あと三日程容器を開けられないのが惜しいけど……バーバラさんにあげちゃいます!」

「あ、ありがとう……」

「いいのいいの! ケイブリスは全然食べてくれないし、これだけ作ると余りがちになっちゃうから保存食にしちゃってね」

 

 バーバラは魔王謹製の氷菓子を手に入れた。

 若干大きい声を聞きつけて、店番のリスが怒声と共に飛び込んできた。

 

「スラル---!俺様の名前を勝手に出すんじゃねえーーー!」

「あっ…………」

 

 スラルは自分の素を曝け出していた事に気づく。

 これはマズい。作戦失敗するかもしれない。

 

「コホン……す、すいません……失礼しました……」

「料理好きは良い趣味だと思うから、夢中になっちゃうのはしょうがないよ。料理、楽しみにしてるね!」

 

 冒険者鞄にアイスの容器を入れて、バーバラは席を立った。

 

「お金が溜まったら、店の方も贔屓にしてくれると嬉しいです。またどうぞ」

「大金持ちになったら一品ぐらい買ってみようかなー」

 

 またね、と最後に言ってバーバラは店を出て行った。

 遠くに去った冒険者が彼方に去っていくのを見て、ケイブリスはスラルに近寄っていく。

 

「それでどーだ。俺様の話は正しかっただろ?」

「そうね、翔竜山に魔王所在地の異常は解除されている。最大の懸念だった魔王ランス、アメージング城の魔人達はほぼ全員が魔人でなくなったみたい」

「裏取る為に、冒険者を使うのが本当まどろっこしいよな……」

「万が一にも、バレるわけにはいかないもの」

 

 スラルは幸せになりたいだけだ。その為に無用な争いは回避したかった。

 

「裏取れたついでに俺様も解放してくれ……もう用済みだろ」

「ダメ。ここまで話した以上はずっと頑張って貰うから」

「…………はぁ、もう魔王はいないと思ったんだがな」

 

 魔人は魔王に絶対服従。永遠の魔王であろうと変わらない。

 ケイブリスは修行しようとしたらスラルに捕まった。そのまま絶対命令権を濫用して洗いざらい情報を引き出された挙句、嘘を禁止されている。その上で、仲間としてスラルと共に魔人復活の手助けをしていた。

 

「早くこんなクソ魔王なんか放っておいて修行してえよぉ……魔王なんかいなくなっちまえ」

 

 嘘を禁止されて本音もダダ漏れだ。ケイブリスの地の声は元の態度から考えると毒舌で、スラルとしても多少は腹が立つ。それでも自分が命令した手前、怒るのは筋違いだとも思っていた。

 

「あの子と仲良くするのは損ではないから、次は愛想良くしておいてね」

「……はぁ? 猛毒渡したのは、口封じの為だろ」

「ぐっ……今回は最初に毒抜きをしたもん。きっと美味しいんだから……多分」

 

 頬を膨らませて、不満気に言うがスラルとしても自信がない。

 ある日、労いを込めてケイブリス達に手料理を振る舞ったら全員が死にかけた。以降は毒料理、猛毒、もう食わねえの大合唱。当番はワンニャンになった。

 スラルとしてもちゃんと味見をしている。しているが……自分が食べてて、全く問題なく美味しいのだ。毒に対する完全無効体質のようだった。

 

「無駄だ無駄。お前がどう作ろうと、絶対に毒料理になる。ありゃ毒150%だな」

『……ケイブリス、頭を10回地面に打ちつけて』

 

 遂に堪忍袋の緒が切れた。絶対命令権をもってケイブリスにおしおきを命じる。

 ケイブリスは物凄い勢いで土下座して、ごちーんごちーんと頭を打ちつけ始めた。

 

「ぐっ、がっ、ぶはははは! 馬鹿かお前。魔人に効くわけねーだろ。やーいこの毒料理屋!」

『無敵結界解除して。頭の打ちつけ100回追加ね!』

「あっ、ぎっ、がっ……ごめんなさいスラル様ああああああああああ!! 正直にしか言えないんですから止めてえええええええ!」

 

 ぷんすかと怒るスラル。頭の打ちつけと悲鳴が止まらないケイブリス。

 魔王と魔人とは思えぬ、和やかな家だった。

 

 

 

 

 

 旧ランス城跡地、バベルの塔のあたり、そこにキースギルドの格安寮はある。

 15年前、このあたりにあったランス城は浮いた。そのまま世界を巡る貿易独立都市となってしまい、ここに戻る必要はない。残された土地は整備された末、一角をキースが買い取り、駆け出し冒険者の為の寝床として利用していた。

 そして、バーバラの家はその寮の一室である。

 

「手数料取る割にはサービスがケチだよね。銅貨一枚って……ふふふ……」

 

 そう言いつつも、家に戻る足取りは軽く、ともすればスキップを始めそうだ。

 帰る前にレベル屋に寄ったところ、破格のレベルアップが待っていた。ボスの打倒と金運大凶の効果によって、バーバラの経験値は破格に溜まり、飛ばし飛ばしの急成長。

 

「49、49かぁ……将軍だってやれちゃうし、功績次第では貴族にも……」

 

 レベル屋は、才能はあるはずという自惚れが自信か挫折に変わる場所だ。

 限界一桁なら軍や冒険者の出世は諦めろと言われる。そして一般人として過ごしていく。

 冒険者として名を上げるのは、ごく一部だけ。限界40を超えるような人間以外は、魔物を倒せる程度の便利屋で終わると言われる。

 そして今日、バーバラはそこで終わらなかった、選ばれし者であると神に保証されたのだ。

 

「ま、私はこれぐらいやれるって最初っから――――」

「きゃああああああああああああ!」

 

 すぐ近くで、素っ頓狂な叫び声が聞こえた。

 

「……郵便屋さん?」

「あ、あ、あ…………」

 

 バーバラの部屋の前に、腰を抜かした郵便屋が開けっ放しになった部屋の向こうを見ていた。顔は恐怖に引き攣っている。

 

「……どうしたの、お化けでも見た?」

「そんなもんじゃないですよー! なんでここにいるんですかー!?」

「郵便物の対応をしただけですよ」

 

 コーラが受領印をぽいっと郵便屋の足下に投げた。玄関にはスシヌが送ったらしき漫画類が積まれている。

 

「コーラは知ってるの?」

「そーですね……()()()()()()とは初対面です」

 

 また知り合いか、という呆れを隠してコーラはぶっきらぼうに背を向けた。

 この使徒は入室する時に、バーバラのことを親しみを込めて呼んでいた。今の世界は役割を無視した魔も人も多すぎる。

 

「わ、私も知らないですよ? ちょーっと知ってる人と似ていてビックリしただけですからー!」

 

 郵便局員、等々力亮子は慌てて起き上がってスカートを払った。

 

「ま、いいか。いるなら丁度良かったかな。スシヌちゃんとペルエレねーさんの手紙を受け取って貰っていい?」

「あ、やっぱりゼスの王女様と仲良くなってたんですねー」

「そうそう。文通友達だし、これから何度も頼ることになると思うからよろしくね」

「はいはいー。お任せあれー!」

 

 彼女は世界最速の配達員であり、バーバラが村にいた頃からペルエレの手紙を届ける知己だ。

 亮子はバーバラが渡した手紙を受け取ると、逃げるように走り去った。

 

「ただいまー……っていうか、コーラは先に帰ってたのね」

「終わりましたので」

 

 コーラはいつもの大荷物に加えて、袋を持っていた。バーバラの目には、若干うんざりしているように見える。

 

「終わりましたってどういうこと? 日が暮れるまでお願いしてたよね」

「ゴキブリ駆除、土壌汚染殲滅、ゴミ家、ゴミ屋敷掃除、全て終わりました。この地域にあったものは全部で42軒、報酬は総額31000goldです」

「………………ッ!?」

 

 投げて寄越された金の入った袋は重い。バーバラの今まで稼いだ総額以上を半日でコーラは稼いでしまった。

 

「う、うっそぉ……」

「それで、勇者としてやるべき事は決まりましたか?」

「うっ……」

 

 自分一人で贅沢は許さない。というかコイツに楽や言い訳は与えない。

 

「勇者が片づけるべきものは全て解決しました。次はどこを旅するんですか?」

 

 コーラの声や表情はいつもと変わらないが……逃げ口上を与えない威圧感があった。

 勇者の頭の中にはそんなものはない。とりあえず楽が出来ると考えていた。

 

「えーっと……うん、そう、あれよ、あれ……」

「あれ、とは?」

 

 探せ。何か次の目標は?

 せわしなく辺りを見回したバーバラが気づいたのは、手慰みに持っていた銅貨。

 レベル屋がくれた、お金としては使えない、話半分で聞いた銅貨がある。

 これだ。確かどこかに行けば何かがあるとか言っていた。

 

「次は……これを使いに行きましょう!」

「ああ、aliceman銅貨ですか」

「そうそれ! アリスマン銅貨とやら!」

「リーザスにある聖人の碑に捧げると冒険者に力を与えてくれるものですね」

「そう言おうと思ってたの!」

「では、目的地はリーザス城近郊ですか?」

「そこにあるって知ってるからねー! 明日からは目指せリーザスってことで!」

 

 窮地は脱した。方針は示した。後はお楽しみの時間にしよう。

 従者が何か言いたそうだが気にしない。お金ならたんまりある。

 

「さーて、スシヌちゃんの漫画読もうっと。夕飯は回転寿司にしちゃおうかなー?」

「…………なんでこの子を勇者にしたんですかね、ほんと」

 

 鞘に収まったエスクードソードは何も語らない。そもそも喋らない。

 コーラはバーバラに目的を与えないと金を浪費すると危惧していた。そのパターンだけは許せなかった。

 

 帰宅は終わった。勇者の舞台はリーザスへ移る。

 ポンコツ勇者にはお似合いの、陽気な土地が待っている。




新勇者バーバラ lv49
 ゴールデンハニーが幸福きゃんきゃん並の経験値効率を誇る。
 コーラが空き時間を使って魔法を教えたり、戦闘面では成長著しい。
 生活面では従者に頼り切ってポンコツ度合いが増している。
 今はちょっとお金持ち。

 突撃ー零ー
 Fレーザー

キース・ゴールド
 冒険者のまとめ役。アブラハゲジジイ。
 バーバラの借金が1万になったら、息子をパートナーとして無理やり組ませる予定だった。
 逆に言えば、それまではバーバラの借金を放置しているだけ優しい。

ルイス・キートワック
 冒険者(ほぼ引退)
 バーバラの才能を見抜き、キースギルドに冒険者として推薦をした男。
 その後も何かにつけて冒険者の心構えを教えたり、援助をしていた。家賃やら生活費その他、酒の話し相手に誘って驕ったり世話を焼いている。
 『ツケや借りはちゃんと返せよ』と言っているが請求をした事は一度もない。
 バーバラが頭が上がらない人間の一人。

元魔王ランス捜索依頼
 リセットが発起人。皆でお別れ会をしている一方でちゃっかり署名を貰っていた。
 額面は最初コパが書いた10万goldだったがリアがゼロを一つつけた。

スラル
 第三代魔王。つい最近復活した。詳細は外伝魔王スラル最期の一日にて。
 ケイブリスの万が一、億が一の元凶。臆病で悪いことなんて何一つないと学んだ。
 臆病故に絶対命令権の多用癖があるが、自分が魔人化した魔人に対しては使ったことがない。
 最弱の魔王と言われるが、魔王足り得る才能と実力は持っているし、非常に頭も良い。探求心も豊富。
 彼女の物語が動き出すのは、遥か彼方。

ケーちゃん
 修行の日々を送ろうとしたところでスラルに捕まった。絶対命令権によって逃げられない。
 無敵結界に対して恩義を感じていて、スラルには頭が上がらない。
 でも正直なせいでデフォで毒舌。遂に料理をボロクソに言う身内が現われた。
 嘘塗れで従うより、今の方が楽らしい。

等々力亮子
 郵便局員。ペルエレがよこした速達便専門の人。
 魔王くたばれ同盟のメンバー。

CITY
 クエストcityメモ,ターン8トップ。無敵ランス城。以上三つから睨めっこ。
 リーザス城下の次に詳細に分かる土地です。


 バーバラは借金をしているが、無利子無返済のツケに満ちている。
 不幸1でも、周りの人次第で幸せな人間がいるのだ。RA期ならこういうこともある。
 自由都市編は終わり。次はリーザス編……の前に一話ある。
 これでturn1の半分。こっから後半戦。
 次回、2日までには


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AL 友情フェイズ ランス A

 ランス盗賊団の朝は早い。しかしそんなことは知ったことじゃない。

 ベッドと枕の柔らかさこそが、何よりも大事だ。

 

「……ル! ……うぜ!」

 

 何かが、ボクの体を揺らしている。敵だ。

 

「むにゃ……死ね」

「ぎゃーー!」

 

 寝返りざま、力に任せてぶん殴る。

 何かが砕けた感触があり、うるさい何かは黙った。これでまだ寝れる。

 

「すやすや……」

「ぶはっ! エール、起きてくれ! 今日はヤバいんだって!」

「………………うぅん」

 

 即座に復活した長田君が、また揺らして安眠を邪魔してくる。ウザい。

 これは剣を抜いて本気でハニワ叩きをする必要がある。剣どこだったっけ……

 

「ほら、朝弱いのは知ってるけど秘書やるんだろー? シィルさんが食事に呼んでるし、もう来るぞー」

 

 長田君はボクの体を起こして、肩を貸してどこかへ運ぼうとしている。瞼の裏が光で明るくなり、また少し意識が引き戻される。

 秘書。ああ、そういえばそうだったような。

 起きないといけないのか。

 

「ほら、頭を洗っておけよ。寝癖も酷いぞー」

 

 霞む目を開けると、洗面台が目に入った。

 蛇口を開いて水を掌に溜め、とりあえず顔に一撃。

 冷たい感触とともに少し頭が働きだして、自分がやった事を思いだす。

 昨夜の夕食で話題になり、やった事がなかったから立候補したのだ。

 

「あー、そうかー……今日からボクは……」

 

 ボク――エール・モフスはランス団の幹部、兼ランスの秘書だ。

 

 

 

 

 

 ここはランス団本部、魔法ハウスの一つ。ボク達用の家。

 他にはハーレム用、奴隷用、その他用と3つぐらいは並べて立てられている。

 ランスは魔法ハウスを5つぐらい所持していた。世界総統や魔王になった時に手に入れたらしい。

 

「あ、エールちゃん。おはようございます」

「おはよー……」

 

 寝室から降りると台所からシィルさん――ランスの恋人が声をかけてきた。

 エプロン姿で料理を並べ終えており、もういつでも食事が出来る状態だった。

 

「……ランスは?」

「ランス様はもう食べるだけ食べて隣の、その……」

「ハーレム用かー……」

 

 またえっちな事をやっているらしい。

 席に座るとシィルさんがコーヒーを煎れてくれた。砂糖二つを入れるあたり、本当に気が回る人だなあ。

 コーヒーを飲めば早朝でも行ける。朝食をぱっぱとかき込んでとっとと行こう。

 

「はむはむごくごく…………いただきました! ごちそうさま!」

「くすっ、いってらっしゃい」

 

 ここからは無敵の冒険者による秘書の時間だ。

 ボクは立てかけてあった帽子を被って家を出た。

 ランスの秘書である以上、ランスが必要だ。よってランスを呼び出すべくハーレムハウスの入り口を叩く。

 

「ランスランス。速く出て来てよー」

「ちょっ……エール、ストップだ! ぎゃー!」

 

 長田君が止めに来たので、とりあえず一回割って治す。

 今回はセロテープを貼っていく。ヒーリング、放置、ハニワ叩きで粉々にする。何故か治るのが長田君の長所だ。

 

「お前なー、秘書ってどういうものか分かってる?」

「長田君がいっつもやってたことでしょ? つまりボクと遊ぶこと」

「違うわ! なんでそこ自己中になるの!?」

 

 長田君はぺちぺちとボクの足を叩いて突っ込んでくる。うん、調子が出てきた。

 

「ソウルフレンドが突拍子もない事を言い出すのはいつもの事だけど、今回は無理だろ……」

「どうしてそう思うの?」

「秘書ってのはな、誰かのサポートに徹する役なんだよ。そういうの得意じゃないだろー?」

「やってみなければ分からないよ。大丈夫大丈夫」

 

 大体の事を成功させてきたし、今回の秘書だって楽勝だろう。

 

「ホント相棒の自信はどこから来るんだよ……だが、それを成功させてやるのが良い相棒ってもんだぜ。俺がエールの秘書をやってやんよ! 秘書の秘書だ!」

「長田君がボクと一緒にやるのは当たり前でしょ。そうじゃなきゃ楽しくないもの」

「へへっ、だよなー? とりあえずお前の父ちゃん待つ間に話したい事があるんだよ。昨日の戦いでなー……」

 

 長田君とボクは、【男入室禁止】の家の前で雑談を始めた。内容はやはり、ランスとの冒険の話になる。

 

 ランス団結成直後、ランスがやったのは近隣の村への美女探しという名の略奪だった。適当にランスが選んだ村は、たまたま別の盗賊団のシマと被った。シマ荒らしに文句を言いに来た盗賊達を殺害。逆にその盗賊団を攻めて吸収してしまう。

 同じ事があっても面倒臭い。先に同業者を潰そうという方針になり襲撃襲撃また襲撃。周囲の盗賊団は全壊滅。ランスはこのあたりのアウトロー共を全て支配下にしてしまった。その過程でたっぷり死んだし、元々いた盗賊は半分もいないだろう。でも最初の盗賊団から考えれば、千人以上もいる現状はちょっとした大所帯だ。

 

 それだけの勢力ともなれば、姿を見せるだけで近くの村は従った。美女は総取り、近隣の村はランス団の支配下。流石にそうなれば、貴族や軍が動く。東ヘルマン兵が千人ぐらいで攻めて来たけど、それはボクが壊滅させた。十名ちょっとに対して三万も集めて襲いかかる卑怯者に情けはない。お姉ちゃんに攻撃した時点で万死に値する。あいつらだけは絶対に許さない。

 

 軍隊が壊滅した事によって、このあたりをまとめていた貴族は大慌て。報復として攻めたランスに降伏して、土下座で領主邸を明け渡した。

 ただし、これは罠だった。貴族は近隣から腕利きをかき集めて、女を餌にして暗殺を仕掛けてきたのだ。結果は当然返り討ち。貴族は死亡。ランスは貴族の娘をお持ち帰り。

 その時のランスのあまりの強さに下っ端達は畏怖を込めて、盗賊王とか呼びだした。

 

 これがランス団結成からたった一週間ちょっとの出来事。

 おかしな、面白い……そう、他に遊ぶ暇もないぐらい忙しい日々をボク達は過ごしている。

 日記帳に書くことが毎日1ページを超える濃厚な日々。長田君と語るネタも尽きるわけがない。

 

「なーにやってんだか、ガキ共は……」

 

 雑談をしている内に扉が開かれ、鎧を着た男が姿を見せる。

 目の前にいるのがボクの父さん――ランスだ。

 ランスが剣を持つ方に回り込んで、二人で横に立つ。

 

「あっ、ランス。今日からボクがランスの秘書をしてあげるねー!」

「俺は秘書の秘書だー! 秘書るぜー!」

 

 さあ、秘書の始まりだ。

 ランスはボクの方を見るとにやりと笑って――――頬を引っ張った。

 

「ほえっ?」

 

 額をつんつんする。頭を撫でる。そのまま体中をくすぐってくる。

 

「あ、あはははは! わ、脇腹はやめてよ! な、なんでやるのー!?」

「お前が秘書だからだーーー! ラーーーンスフィンガーーーー―!」

「あははははははは! や、やめてーーーー!」

 

 秘書の仕事その一、全身を弄られる。長田君は開幕割られていた。

 何故か一切の抵抗が出来なかった。お腹が苦しい。

 

「こ……これ何なの……?」

「いや、エールはこれ以上に酷かったからな? リセットさんを弄り倒したろ」

 

 ああ、そうだったような。

 はしゃぎすぎて志津香に禁止されたっけ。

 

「秘書とは奴隷みたいなものでな、俺様はやりたい放題になるのだ。サテラを騙して秘書に同意させた時は楽しかったぞ。ぐふふ……」

 

 ボク達は無敵の冒険者のはずなのに、ランスの手を振り払えない。逃げることもできない。

 まるで世界(システム)がそうしなければならないと定められた絶対的な力があった。

 ランスは上機嫌にボクの両頬をつまんだ。やり返したいのに何もできない……!

 

「さーて、この悪ガキにやーっと言いたい事が言えるぞ。少しはお父様を敬わんか!」

 

 ランスはぐにーっと頬を横に引っ張っていく。

 

「ひゃだー!」

「他の奴等は違いがあるにせよ父親と呼んでくるが、末っ子のお前がいつまでも呼び捨てとはどういうことだ!」

「だってー、そんなすぐに敬うわけないでしょ。他の兄弟も半年ぐらいだし皆呼び捨てだよ」

「リセットは?」

「お姉ちゃんは特別! ふぇんほぉばぁひぃ……」

 

 ランスは頬をやりたい放題してきた。まともに喋れない。

 母さんは物心ついた時から母さんだった。だから母さんと言う事に違和感はない。

 でも、いきなりあなたの兄弟です。仲良くしてねーって言われてお兄ちゃんお姉ちゃんって甘えられるだろうか?

 恥ずかしいに決まってる。魔王の子達は今では大事な家族だけど、それでもすっかり馴染んで、今でも呼び捨てばかりだ。

 最初にお姉ちゃんって呼んでねーって言って、ボクを暖かく包み込んでくれたリセットだけは本当に大好き。だからお姉ちゃんは特別なのだ。

 

「お父様の凄さ見せてやるって言ったでしょー? できたら父さんって呼んであげるよー」

「減らず口め。歯の形以外全然俺様に似てないな!」

「いや、結構そっくりっすよコイツ……あんっ」

 

 ランスは魔王退治のせいでランス呼びですっかり定着。ボクの父親だとは分かってるけど、尊敬するところがあるかって言うと……ない。

 今のボクの中では、ランスはえっちが好きな面白い人。そんな感じだ。

 

「お頭、大変ですぜ!」

 

 ボク達が弄られているところで盗賊達の実質的なまとめ役、バウンドが駆け込んできた。

 盗賊団は前より大きくなり、哨戒は有機的なチーム構成で行われている。こっちまで報告が来るということは、彼等の手に負えない事があったという事だろう。

 

「どうした? どうでもいい事だったらしばくぞ」

「お頭に会いたいって奴がこっちに来ています。凄く強くて、俺達じゃ追い返せません」

 

 凄く強い、という言葉に反応したランスは興味がそそられたらしく、どこか期待するような表情でバウンドを見た。

 

「ほう、美女か?」

「いえ、男です」

「こういう時こそ秘書の仕事だな。任せた」

 

 一瞬で興味を失ったランスはボクを解放して丸投げしてきた。

 秘書の仕事……なんだろうか。いつもの仕事な気がする。

 凄く強い、というのはボクも興味はある。見てみよう。

 

「どこにいるの?」

「こちらです。ついてきて下さい」

 

 ボク達はバウンドが先導する方へ向かった。

 盗賊達が手に負えないとは言ってるが、lv40もあったら手に負えないだろう。

 そして、その程度はボク達では一撃だ。ランスも昨日の襲撃の際、主力だった無心アイヌを一瞬にして無力化してしまった。

 今回も概ねそんな感じなんだろうなとは思うが、そうじゃない時は楽しめそうだ。

 やがて、盗賊達が倒れているところに辿り着いた。その元凶もこちらに気づいた。

 

「ぐわはははは! 俺様の盗賊団を騙る奴がいるから様子を見に来たら、お前等だったか!」

 

 下品な馬鹿笑をする半裸の男だ。赤髪、暴力的な風貌、筋骨隆々。身長はランスより高い。殴り合いなら、もしかしたらランスより強そうに見えるかもしれない。

 

「………お前は! どうしてここにいるんだ!?」

 

 長田君が驚きの声を挙げる。そう、この男は初対面ではない。

 冒険の時に二度会った事がある。倒すべき盗賊の首魁として。闘神大会の出場者として。

 男はふんと鼻を鳴らし、斧を肩に担いだ。

 

「ここは俺の故郷だ。久しぶりに帰って来たら村は盗賊の支配下だった。むしろ俺様の方が聞きたいぐらいだぜ。どうしてお前らが盗賊団なんてやってんだあ?」

「ボク達の勝手だ」

 

 油断はするべきではない。日光をすらりと抜く。いつでも戦う準備はできている。

 

「おおっと……いや、今回は戦う気はないぜ。下っ端共がうるさいから、撫でてやっただけだ」

「じゃあ何しに来たんだよ……」

「くくく……喜べよ。俺様も仲間になってやる!」

「…………仲間ぁ?」

 

 かつては盗賊退治の敵。闘神都市でも突っかかって来た男が、仲間?

 

「おうよ。闘神都市で負けてから、俺様はさらに修行した! もはや盗賊で俺様に勝てる奴は存在しねえ! ここはそこそこ工夫してたみたいだが、この有様だ!」

 

 周囲には50人ばかりの盗賊が倒れている。致命傷を避けて多くが昏倒されており、余裕をもって戦力を減らさないように配慮したのだろう。

 実力を前よりつけたというのは間違いなさそうだ。

 

「この盗賊団の動きは見ていた。確かにお前等も強くなったみたいだな。だが、盗賊の経験が薄いだろう? 数ばかり増やしたみたいだが、まとめる奴が少なすぎる」

「………………」

 

 返す言葉もない。バウンドが駆けずり回って頑張ってるけど、ある程度の強さを持つ盗賊は不足していた。そして、この男はバウンドより圧倒的に強い。

 

「そこで、俺様だ。実力は今見た通りだ。盗賊の頭として200人以上をまとめた実績もある。お前らにとって、喉から手が出る程欲しいだろう?」

「エール……バウンドの徹夜っぷりを考えると、楽はさせてやるべきだぜ……」

 

 長田君はくいくいと袖を引っ張る。一理はあると考えているのだろう。

 だが、一番大事なものが抜けている。裏切らないかだ。

 

「ボク達の盗賊団に忠誠を誓える?」

「忠誠? 笑わせんなよ。力こそ全てだ。お前らが寝首を晒せばブスッと行くぜえ!」

 

 獰猛に笑って、ボク達から目を逸らさなかった。

 牙は折れていないが、嘘も吐いていないと確信できる。

 

「……いいよね、長田君」

「問題ないぜ!」

 

 ゆっくりと、新しい仲間に近づいていく。彼に対する言葉は一つしかなかった。

 

「「誰だお前は!」」

「ドーーーーギーーーーだーーーーーーー! いい加減覚えろーーーーーーーー!」

 

 元偽ランス団首魁、ドギがボク達の仲間になった。

 

 

 

 

 

 

 アジトに戻ると、車椅子の少女に出くわした。

 この冒険を始める時にいた5人目のメンバー、アム・イスエルだ。

 

「あら、エールちゃん。こんにちわ」

「こんにちわー」

 

 最初に会った時、なんか変な事になったけどランスが叩いて禁止した。

 母さんの匂いがするけど、どこか違う、怖いくらい安心する人だ。

 

「下半身、大分戻って来たねー」

「そうそう、もう少しで膝の再生に取りかかると思うの。turn2には動けそうね」

 

 言っている意味が分からない。

 世界の崩壊を三度見ただの、この黒衣の少女はどこか違う世界の人のような事を言っていた。

 

「ここはifの世界だもの、何が起こってもおかしくないの」

「えー……そんな滅茶苦茶なこと言われても……」

「こことバルハラは本当に近いわ。手始めに、そこにいる女神aliceを倒しに行きましょうか。ああでも、最後の戦-ツー・クンフト・パトローネ-まで待つのもいいかしら。うふふ……」

 

 そろそろ世界が壊れそうな事を言っていた。

 こういう時は叩けって言われてるので叩こう。

 

「目を覚ましてね。ばしーん」

「エールちゃん、痛いわ」

「そんなことより、アムさんはランスを見なかったっすかー?」

「あの山を登っていたわよ。今から頑張れば頂上で追いつけるんじゃないかしら」

 

 アムが指差したのは、この山岳地帯で最も高い山だった。

 仕事を他人任せにして一人でどこか遠くへ行くのは酷いと思う。

 

「まーたランスはすぐいなくなる。長田君、早く行こー」

「エールちゃん」

 

 山登りに向かおうとしたところで、とても優しい声がかかった。

 振り向くと、アムが吸い込まれそうな瞳でボクを見ている。

 

「ランス君、悩んでるみたいなの。力になってあげて」

「…………わかった!」

 

 あの人の言う事はあっさりと信じられる。きっと間違ってない。

 でもランスの悩みってなんだろう。あれこれ考えながら、ボク達は山登りを始めた。

 

 

 

 

 最初は長田君と登っていたけど、もう諦めた。

 ランスがいつまでいるか分からないので、長田君を背負って駆け上がっている。

 

「ひぃーっ、ふぅーっ……こんな速さで、登るの、無理だって……」

「こっち渡るとショートカットだから行こうか。ぽいっ」

「ひぃーーーーーっ! ぎゃーーー!」

 

 頂上に長田君を先にぶん投げて割ってご到着。ボクが降り立つ頃には復活していた。

 そして、アムの予想通りランスが立っていた。

 周囲にこれより高い山はない。一番見晴らしの良いところにランスはいる。あたりを見回せばこの山岳地帯の周辺、ボク達の支配地域。遠くを見ればウラジオストックやゴーラクも見渡せるし、バラオ山脈も遥か遠くに見える。まさしく絶景だった。

 ただ、そこに立っていたランスはそれよりも遠く、むしろここには無いものに思いを馳せているようで―――ー見たことのない表情をしていた。

 

「ランス、ここにいたの」

「おお、エールか」

 

 ボクが名前を呼ぶと、いつものような不敵でふてぶてしい顔に戻った。それでも、悩みがあるというアムの考えは正しいんだろう。

 ここは秘書なら指摘するべきだ。そして、ボクにしか気づけないランスの悩みがある。

 

「何か悩みがあるんでしょ? ボクならわかるよ」

「……ふん。お前のようなガキが崇高な俺様の考えを理解出来るわけがあるまい」

 

 違う。理解出来るのは家族しか、ボク達しか無理なんだ。

 

「――――自分が、強すぎる」

「………………っ!?」

 

 ランスは驚愕して目を見開いた。

 ここ最近のボクの悩みでもある。そしてランスの悩みだろう。

 

「わ、わかるのか……?」

「当然。だってこうなんだよ?」

 

 ボクは地面を蹴りつけて割った。適当な岩をランスに投げて、ボクも同じぐらいの岩を持つ。

 日光を何度か振り、適当な大きさにする。その岩を力一杯に握りしめて粉々に砕いた。

 

「……まあそうだな。お前ならわかるのかもな」

 

 ランスは岩をぶん殴って粉々にし、最後に握りつぶした岩は砂になった。

 流石にそれはボクにも無理だ。

 

「――――弱い。皆弱い。弱すぎる」

「まったくだ。強すぎるのも問題だな」

 

 そう……ボク達のレベルが上がり過ぎて、戦ってもつまらないのだ。

 技術を使う必要もなく、剣すらいらない。

 ここまで来ると、ただの遊びでもつまらない。長田君は関係なく楽しいけど、それでもレベルが関係ない事になりがちだ。

 でも、ボクが秘書なら違う。ボクはランスと競い合える。たくさん遊んで楽しめる。

 ランスに向けて手を伸ばす、ここから退屈な戦いはもう終わりだ。

 

「遊び相手がいないのが悩みなんでしょ? ボクとたくさん遊ぼうよ。そのために秘書として一緒にいるから」

「アホか、全然違うわ。ガキの悩みだな」

 

 あっれぇ~?

 どこかまで合ってたんだけど、ズレた。おっかしいなぁ……

 ランスは僕に対して呆れつつも、話す気にはなったようだ。腕を腰に当てて、アジトを見下ろしながら語り始めた。

 

「俺様の悩みはもっと深刻なものだ。この冒険における重大な欠陥に気づいてしまった」

「重大な欠陥って、やりたい放題やってただけだろ!? あんっ」

「俺は桃源郷を築いた。まだまだ全然足りないが、数の上ではハーレムと一応呼んでもいい。だが、決定的に足りないものがあるのだ」

「は、ハーレムの話になるの……?」

「当然だ。この冒険の目的はハーレムを見つける事だっただろう」

 

 そりゃそうだ。でも迷走していつのまにか盗賊王なんてやっている。

 ランスは息を深く吸い込み――――大声で叫んだ。

 

「俺様の悩みとは……ハーレムを築いたのにも関わらず、思いっきりセックスできる女がいないことだーーー!」

 

 いないことだ………いないことだ………いないことだ……

 とんでもない発言が、山彦となって山岳地帯に響いた。

 

「俺様は強い。とんでもなく強い。だけど強すぎるせいで、女を慎重に抱かねばならない。水風船を割らないように気をつけて、慎重に腰を動かす必要がある。エール、お前ならこの苦しみがわかるだろう?」

「う、うん……わかるけど……ちょっと、えっちなのは……」

 

 盗賊を驚かせようと肩を叩いてたら岩にめり込ませちゃったとかある。

 ランスも同じように、えっちの時に手加減するんだろう。

 どう手加減するかは考えたくもないけど。

 

「勿論俺はテクニシャンだ。その程度の事は楽勝だ。あんあん喘がせて、ぐちょぐちょに気持ち良くさせてやってる。女たちをどんどんメロメロにしている。だが……肝心の俺は、心の底から気持ち良く動けないのだ!」

「う、う、うう……」

 

 頬が熱くなる。具体的な話はやめて欲しい。

 裸とか、そういうのだったらまだ許容できるけど……それはボクには刺激が強すぎる。

 お願いだから想像させないで。

 

「俺はハーレムを作ったつもりだったが、どちらかと言うと奉仕する側になっているのだ! これでは矛盾している! 俺が強すぎて、女達が弱すぎるせいだ!」

 

 なんということだ……とランスは頭を抱えた。本気で、本気で悩んでいるようだった。

 

「俺様は強い。強すぎる。暫くはこのままだろう。本気で女を抱けない現状がとてつもなく辛いんだ。今日もシィルも含めて全員ヤリ尽くした挙句に真っ先に目を覚ましたのは俺だけだった。ハイパー兵器がヤリ足りないと言っている。ここのところ、ずっと寝不足だ……」

「だから最近、若干テンション低めだったのか……」

「ぐぬぬぬぬ……女だー! 女をよこせー! シルキィやホーネットのように丈夫で、俺が全力で動いても元気な女をよこせー! 思いっきり射精をさせろおーーーー!」

 

 魔王討伐隊が相手にした魔人の中でも、一番強い二人の名を挙げている時点で無理だろう。そこに比肩するのは、ボク達とランスしかいないのだから。

 

「む、無理な願いだよね。このあたりにそんな強い子なんているわけないよ」

「あれ? でもそれってエールは該当するんじゃね?」

「えっ…………?」

 

 確かにボクはAPコッポスによって神魔法を無限に使える。回復を挟んで全力で頑張れば二人に張り合えなくもない。いや、無敵の冒険者なんだから戦えば勝つはず。

 でもそれはつまり……今のランスはボクにとって危険なんじゃないか?

 この状況って、もしかしてヤバい!?

 ボクは後ずさりでランスから距離を取り、体を抱きしめて縮こまった。

 

「いや、ランス、ボクは、その……!」

「俺は近親相姦はしない。娘なんかに手を出せるか。ましてやこんな精神ガキなんか勃たんわ」

 

 ホッするような、ムカッとするような事を言ってきた。

 ガキは余計だ。ガキは。

 

「あ、そこはまともなんだな」

「近親相姦は駄目。子供も駄目。世界中の美女は俺様のものだが、外道な事はやらん。エールは全部に該当して駄目駄目だ」

 

 ザンスは全員孕ませるとか言う一方で、そこはしっかりしているようだ。

 ボク達兄妹間で恋愛とか起きたら、どうするんだろうか。

 

「今日はどうするんだよー? そんな簡単に強い女なんていないぞー」

「うむ。思いっきりヤレる女は探すとして、今日はアイヌちゃんだな。今一番強い子を落とす」

 

 悩みを吐き出して少し楽になったらしく、スッキリしたみたいた。いつもの調子に戻って迷いがない。

 ランスはアジトのある方とは反対方向、世界の崖側へと歩き出す。

 

「アイヌちゃんは魔物隊長ブロビオの首を持ってきたら俺の女になってもいいって言った。だから適当な魔物隊長を殺して、ブロビオという事にするぞ」

「そんなんでいいの!?」

「魔物隊長の顔なんて誰もわからんだろう」

「いや、そうだけど……流石にそれで納得はしないだろ!?」

「ボクは改名が出来る神魔法が使えるよ。鑑定と合わせれば誤魔化せるんじゃないかな」

 

 ぎょっとした顔でランスと長田君がボクを見た。

 エールという名前に不満はないが、もし変えるとしたらという興味本位で昔覚えたのだ。

 

「そんなんあるのか……神魔法パネー……」

「これでバレる心配もないな。魔物兵を探すぞ」

「このあたりに魔軍なんていないと思うけどー?」

「俺様のカンだが、こっちにいるような気がするのだ。明日にはアイヌちゃんを俺の女にしてやるぜ。がーっはっはっはっはっは!」

 

 ランスが馬鹿笑いしながら、山を駆け下りていった。

 

「長田君、行こうか!」

「おうよ! 俺達の秘書はまだ始まったばかりだ!」

「「れっつごー!」」

 

 ボク達は秘書としてランスの後をついていく。今日も女を求めてまた冒険だ。

 ランスは……ボクの父さんは、えっちな事、セックスが本当に大好きだ。

 母さんはどうしてこの人の事を好きになったんだろうか、まだわからない。




ドギ・マギ lv45
 元ネタは闘神都市シリーズの噛ませ犬なのだが、今作は何気に成長している。
 闘神都市Ⅲでは一年経とうが一切修行してねぇと言い放つが、10では修行して強くなったらしい、精神的に改善している。
 真面目にちゃんと相手してあげるとエールに対して好感を持っているのが分かるが、うちのエールちゃんは誰だお前しか言わなかった。多分今後も会話をする度に言い続ける。

無心アイヌ
 闘神大会出場者。父の仇であるブロビオと一回戦で当たった。
 毒によって為す術無く負けて、そのまま公衆の面前でレイプされた。

アム・イスエル
 バスワルドによって下半身吹っ飛ばされてランスと出会い、そのまま旅に同行。
 流石に上半身だけで戦う気はないので、盗賊達の『メンタルケア』をしている。
 生きとし生ける者全ての味方、勿論エールの味方でもある。様子見中。

ランスの悩み
 今のランスは03最終戦ランスより強い。強すぎて思いっきりヤレる女がいない。
 魔王化によって底上げされたランスの肉体は超絶倫の底なし状態。
 シィルによって心は充足しても、自分の性欲の強さに苦しんでいる。
 どこかに上位魔人並みの身体能力を持った女はいないものか。

自分のエールちゃんエロ関係
 冒険前はコウノトリ以前の無知状態。
 シィ―ウィードの体験がトラウマと化してえっちな事はダメダメ。
 中途半端に強烈な体験をしたせいで、童貞(ザンス)弄りは自爆も孕んだチキンレース状態に。


 やっと主人公サイド登場。世界の主人公は書いていて凄く楽しくて明るい。
 強すぎるからこそのセックスの悩みでランスは動く。ある意味禁欲モルルン状態。
 コラボで動くシーラ見て課金レベルで食指が動いているが我慢我慢…… 
 そんな暇があるなら一生懸命過去作やってネタ探せ、まだ01も03も鬼畜王も4.0~4.2もあるぞ状態なのだ……
 次回、5日までには。


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王都リーザス① 鬼畜王戦争の爪痕

 聖人alicemanの碑。リーザス王都の辺境である肥沃三山月地帯にそれは存在する。

 aliceman銅貨を捧げると様々な力を与えるという言い伝えがあり、実際その恩恵を受ける冒険者もいる。ただし、全ての冒険者が受けられるものではない。

 理由は二つ。一つ目としては肥沃三山月地帯は少し手強い魔物の生息地帯であること。

 二つ目は碑周辺が場違いに強い魔物の住処であること。碑周辺ではベテラン冒険者にも手に余るミスコーンが出没する。この魔物に見つかり、角を体に生やす冒険者は数知れず。

 これらはあくまでそれなりの冒険者達の話だ。バーバラには関係がない。

 

「ホュュュン……」

「ここが聖人の碑とやらかー……」

 

 三角獣はエスクードソードを頭に生やして倒れ込んだ。勇者の剣と真っ向から喧嘩した結果、頭角ごと頭蓋を破壊されている。

 バーバラにとってはミスコーンも、るろんたも一撃で死ぬ雑魚でしかない。それより周囲の景色の方が興味を惹いていた。

 三日月地帯が見下ろせる丘の上。ヘルマンでは中々見れない緑豊かな景色が一望できる。踏みしめる草木も世界に整えられたかのように短く、歩きやすい。吹く風も優しく、魔物がいなければピクニックをするのに絶好の土地だろう。

 バーバラは感嘆するような景色を楽しみつつ、従者に銅貨を投げた。

 

「私はやり方知ってるけど、コーラがやってね」

「はいはいっと……」

 

 コーラはぐちゃぐちゃになった墓石に近寄っていく。誰かに蹴られたか、『聖人alicemanの碑』と書かれた碑はひっくり返されている。コーラは意に介さず、その碑にある穴に銅貨を入れた。

 

「冒険者よ、経験を積みし冒険者よ、祝福する、祝福する」

 

 すると、碑から半透明な薄っぺらい幽霊が現れた。

 

「これ、見たことある……アリスマンレディと一緒の奴だ」

 

 名前からそうじゃないかと予想はしていた。胸元にAの文字。一つ目。リボンやブラがないだけより手抜きに見える。金運大凶を押しつけた憎き相手に酷似した存在だ。

 

(ま、とはいえ今回は危惧してないんだけどね……)

「我はALICEMAN。冒険者を助け、助ける者なり。さあ、選びなさい、スキルを選びなさい」

 

 アリスマンは何かが決まり切っているように、淡々と言葉を紡ぐ。

 あらかじめコーラから話を聞いていた。銅貨は一度使用すると回避不能でスキルを押しつけられる。スキルは6つの中から選択可能で得なものばかりであり、発声すると手に入る。

 スキルの内容を聞く限り、今のバーバラにとって欲しいのは『守銭奴』一択だ。1goldでもお金が欲しい

 

「冒険に役立ち、役立つスキルをひとつ授けよう。さあ、6つの中から選びなさい」

 

 そう言うと、アリスマンの周囲に6つの単語が浮かび上がった。

 

『戦闘狂』 『戦闘狂』 『戦闘狂』 『戦闘狂』 『戦闘狂』 『戦闘狂』

 

「いずれかひとつを発声し……」

「戦闘狂しかないじゃない! ふざけてるの!?」

「冒険者よ、進め、そして進め。その道程は我と共にある……」

「あっ……あ、あ、あーーーー!」

 

 アリスマンは朧気になり、消えていく。

 バーバラの突っ込みもまた、発声にカウントされていた。どのみち戦闘狂しか選べない可能性が高いが、ゼロスリースキルについて聞く事も出来なくなってしまった。

 

「おめでとうございます。今ので獲得経験値が2割アップしましたよ」

「う、嬉しくない……」

 

 バーバラはがっくりと膝をついた。それでもせめて気を紛らわそうと、もう一度景色を見る。

 見る景色は昔と概ね変わらないが、20年前にはないものがある。それに目を奪われる。

 池にざっくりと刺さる巨大な氷柱だ。8月なのに、全く溶ける気配がない。

 

「リーザスに来た収穫は、今のところこの景色だけねー……」

 

 圧倒的な術者の呪いによって作られた、決して溶けぬ氷。

 魔王の爪痕が、そこにはある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーバラは冒険者としての心得から酒場に向かった。本人は全く酒を飲まないが、情報を得る事は出来る。何も知らないリーザス城下を闇雲に動くよりかはいい。ふらんだーすという酒場は夕方前ということもあって、客が少なかった。今はカウンターに座って、オムライスを食べつつ店主の話を聞いている。

 

「こちらの裏手にある氷砂糖が宿屋としてオススメです。パリス学園方面に行けば雑貨家や防具を売っている店がありますね」

 

 いつも共にいたコーラの姿はない。バーバラだけが一人で店主と向かい合っている。

 前勇者の時代に散々暴れた従者は大都市では不便な存在だ。「呼べば近くにいます」とだけ言い残して、どこかへと消えてしまった。久しぶりの単独行動は少し不安もあったが、問題は無かった。

 

「ふむふむ……城にはどうやったら入れるの?」

「許可証を貰う必要がありますね。冒険者さんが手に入れたいのでしたら、公園の傍にある情報屋を利用するといいかもしれません」

 

 店主、パルプテンクスは慣れた調子で城下町の案内をしていく。ここの店主をやって20年あまり。冒険者の案内など日常茶飯事だ。

 

「冒険者さんはどうしてこの街に来たんですか?」

「んー……成り行きだけど、噂を試してみたくて。金があるならリーザスへ行けって」

「ああ、確かにこの国は良い物が多いですからね。楽しんでいってください」

 

 パルプテンクスはくすりと笑みを浮かべて、レモンティーをサービスで差し出した。

 バーバラの言う噂とは、少し前に一世を風靡したジョークである。冒険者になる前に、現在の世界情勢を風刺したものだ。

 

 金を稼ぎたいなら自由都市へ行け。一文無しでもチャンスはある。

 商人ならシャングリラに行け。全ての客がそこに集う。

 金を使いたいならリーザスへ行け。後悔はしないものばかりだ。

 腕に自信があるならゼスへ行け。軍人になれば豊かな暮らしができる。

 魔王が怖いならJAPANへ行け。一番最後まで安全だ。

 魔王が嫌いなら東ヘルマンへ行け。仲間達が待っている。

 西ヘルマンは滅びるから行くな。魔軍に蹂躙される。

 

 自分の国がオチで滅びると言われるあたり苦笑いするしかないものだが、概ね正しいから流行したという事だ。このジョークはバーバラが自由都市に行くキッカケだった。そして、今のバーバラの所持金は5万goldを超えている。リーザスでも相当良いものが買える。

 

(いい加減、安物オンリーは卒業したいし……)

 

 身に纏う装備は半年前から変わらない。ギルドから支給された冒険者服と鞄だ。半年も使ってればほつれも目立つ。今の彼女の見た目では、優秀な冒険者と名乗っても信じられないだろう。大きな仕事を受けようとしたら、多少の装いが欲しかった。

 

「そういえば、この近くで大きな氷の塊を見たの。池の真ん中に突き立って、とっても大きな奴。あれは観光名所か何か?」

「あ……」

 

 パルプテンクスの顔に影が差した。胸に当てていた盆を下げて、視線も下がる。

 

「そう、ですね……今では観光名所なのかもしれません。あれは……魔王ランスがやった事です」「魔王ランス!?」

「6年以上前……鬼畜王戦争の時ですね。魔王もリーザス城まで迫りました。軍隊がいても、意味はありませんでした。この街にも魔王が現れて、人々を襲ったんです」

 

 実体験なのだろう。体を固くして、指に力が入っている。

 

「魔王は恐ろしく……抗いようのない存在でした。少しでも時間を稼ごうとした人はみんな殺されました。気まぐれのように城下町を破壊のどん底に落とし、空には異形の魔人が飛び……この世の終わりのような光景でした」

「……………………」

「私は逃げ遅れちゃって、仕方がないから酒場の隅で隠れていたんです。ところが、魔王ランスが入ってきました」

「魔王ランスを見たの!?」

「はい。全身黒い鎧でヘルムをつけた、とても恐ろしい姿でした。彼は私を連れ去ったんです。そこには、同じような凌辱を受けた知り合いが何人もいました。体中が粘液塗れになって、息も絶え絶えになっていました。そして魔王は、道のど真ん中で私の服を破って、犯し始めましたっ……」

 

 そこからは、生々しい魔王による凌辱だった。淡々と魔王の衝動を性処理用の道具のように使われた実体験。

 

「いくら泣いても許してくれなくて、それどころか全く衰えずに何度も何度も中でっ……」

「…………?」

 

 呆気にとられたのと、パルプテンクスの語りがあまりに上手いから聞き入ってしまったが、ここでバーバラは気づいた。

 もしかして、これって猥談じゃないか。

 

「ヘルムの隙間から見える目は、知っているけど知らない人のようで……でもその眼差しが私を犯していることを容赦なく突きつけて……それで、それでっ、はぁはぁ……」

 

 いつしかパルプテンクスの声は陶然とし、上擦っている。体をくねらせてなんとも言えない色気を発し始めていた。

 

「身体の熱は、心と共に熱くなってぐちゃぐちゃのどろどろで……魔王だと知っても受け入れてしまって……!」

「……お勘定、ここに置いておきます」

「ああいやっ……そんなところまでっ、だめだめぇっ……ランスさぁんっ……!」

 

 実体験なだけに酷すぎた。完全にトリップし、店主は気づく事もないまま話を続けていく。

 バーバラはもうこの人からは情報収集が出来そうにないと諦めて、酒場を出た。

 

「魔王にやられちゃった人なんだろうな……可哀想……」

 

 そうして、夕日を身に浴びつつ次はどうしようかと考えた時だった。

 

「アーちゃん、またねーーー!」

 

 上から、幼い声が聞こえた。それと共に、すたりと小さな女の子がすぐ近くに降り立った。

 緑髪のランドセルを背負った女の子は向き直り、上にいる仲間に手を振る。

 

「しんげんくん。ネロくん。フランちゃん。またあしたー!」

 

 そう言って、その幼さに似合わない速さで公園の方に去っていった。

 

「元気ねー……ありゃ才能持ちなんだろうな、って……」

 

 声のした方を向いて愕然とした。酒場の屋上で子供達は腕を振っていたからだ。

 

「5メートルはあるんだけど? 嘘でしょ……」

 

 先程駆け抜けていった幼女は、状況的に屋上から飛び降りた。それをなんでもない事のように、日常のように扱える。とんでもない身体能力の持ち主だ。

 才能がある人間は小さい頃から一般人とは違う。それで多少は見分けがつく。バーバラ自身も同世代のかけっこやら身体能力勝負になったら負けた事がない。才能があるからだ。10を超える頃には剣の真似事でも大人に勝ちだした。

 一般人の子供なら今のでも死ねる。重症、骨折などの怪我をする。さっきの子供がそれをやれるのは、自然に出来ると感じるからだ。つまり、それだけの才能がある。

 

「よーーし、わたしもっ!」

「ちょっ……!?」

 

 後追いが出た。黒衣の女の子が屋上から飛び降りる。

 女の子は以外にしっかりとしたバランス感覚で受け身を取るも……衝撃を受けきれず、ごろんごろんと転がって植えてある木に直撃した。

 

「ぎゃーーーー!」

「だ、大丈夫!?」

 

 バーバラは慌てて駆け寄った。

 

「う、ううん……」

 

 女の子はぐるぐると目を回している。バーバラの目には大事ではないように映るが、見た目だけで判断してはならない。

 

「ああもう、膝小僧すりむいちゃってるし……」

 

 いくつか細かい傷が出来ている。包帯や絆創膏がところどころにあり、生傷が多い。白磁のような美しい肌が台無しだ。

 自分なりの介抱と応急処置をしているつもりだったが、その内に少女の意識がはっきりしたらしく、身体を捩り始めた。

 

「名前言える? 頭は大丈夫?」

「んー……フラン・リンクル! だいじょうぶ!」

 

 ほんわかと笑って、フランと名乗った少女はバーバラを抱きしめて来た。

 

「ちょ、ちょっと……」

「しんぱいしてくれてありがとー……えへへぇ……」

 

 青い髪飾りが揺れる。いずれ美少女間違いなしの整った顔立ちは、生気に満ち溢れていた。

 フランはすぐに立ち上がり、バーバラを抱きしめた。太陽のような笑顔を浮かべている。

 

「うーん。懐かれた……」

「ぼうけんしゃさん? お姉さん、ぼうけんしゃさん?」

「うん。冒険者のバーバラ。フランちゃんはなんでこんな事をしたの? 危ないでしょ?」

「アーちゃんができるなら、わたしもできるはず! またしっぱいしちゃった、てへっ」

 

 フランはコツンと自分の頭を叩く。そんな事をやってるから生傷が絶えないんだろう。

 先程の子供は規格外も規格外だが、目の前の子も才能の塊だった。バーバラの幼い頃とほとんど劣らない。バーバラはここまで無謀ではなかったが、理解と共感は出来る。才能のある子供は背伸びをしてしまうのだ。普通は大人達が壁になるものだが、フランにとっては同世代がいた。どうしても競い合ってしまうのは自然だ。

 フランはバーバラをぎゅーっと掴んで離さない。もう自分に出来る事はないのに、にこにこして寄りかかってくる。

 

「そろそろ離してくれると嬉しいんだけど……」

「だめー! お母さんのところへいっしょに行こ?」

「……なんで?」

「ぼうけんしゃさん、お客さん! わたし、かんばんむすめ! お母さん、ぶきやさん!」

 

 母親は商売をやっていて、冒険者向けであることを拙くも伝えてくる。元よりお金を使いに来たバーバラにとっては、渡りに船ではある。

 

「分かった。看板娘にこう言われちゃったら断れないかなー。一緒に行きましょうか」

「わーーーーい!」

 

 バーバラはフランと手を繋いで、リーザス商店街へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 リーザスには看板の無い武器屋がある。フランはそこに迷わずに入っていった。豪快にドアを開け放つ。

 

「ただいまーー! お客さんつれてきたよー!」

「……フラン、また怪我して……」

 

 フランの母親は娘に気づき、椅子から立ち上がって心配そうに近づいていく。娘とは対照的に、月のような静けさがある女性だった。

 

「お客さん、ぼうけんしゃさん!」

「どうもー。この子が目の前で飛び降りちゃったので心配でついて来ました」

 

 ミリーはバーバラに対して軽く会釈をした。そそっかしい娘を連れて来た人は恩人だ。

 

「…………ありがとうございます。私はこの子の母親で、ミリー・リンクルです」

 

 そう言ってフランの傍に座り、慣れた手つきで傷を消毒し、包帯を巻いていく。

 

「ミイラおんなー、えへへー」

「もう少し、落ち着いてくれるといいのだけれど……」

 

 難しいかなと呟きつつ、あまり暗くならずに作業を進めるミリー。その間にバーバラは店の物色を始めていた。

 リーザスの武具店というだけあって、非常に良質なものが揃っている。CランクからAランクまで区画分けされて種類も豊富だ。ただし、机の上のショーケースの中に可能な限り押し込まれている感があり、整頓はされていない。逆にすぐ手に取れるところにあるのは防具ばかり。こちらは完全に整理されている。

 

「防具はしっかりやってて、武器が適当なのはどうして?」

「この子の手が届かないところに置かないと……やらかすんです。そして怪我するんです」

「ああ、そそっかしそうだもんね……」

 

 今も掌で何かを遊ばせていた。というかプチハニー爆弾にしか見えなかった。見ている内に赤黒く光り、膨張を始めていく。爆発の兆候だ。

 

「ちょっ、これ……!」

 

 青くなったバーバラの機先を制するように、ミリーは言葉を紡ぐ。

 

「偽物ですよ。基礎学校のニミッツ先生が贈ってくれたものです」

「マジックアイテムー!」

 

 次にフランが叩くと、プチハニーの陶器は縮小した。いたずら用のアイテムだ。

 フランは何故かこの手の爆発に巻き込まれやすい。不幸体質寄りと言えるが、どちらかというとミリーの絶対幸運の巻き添えに近い。ニミッツのプレゼントは本物を避ける役割を果たしていた。

 

「かのやまシールド、妖刀うるおい竿……ユニークなものもあるなぁ……」

「品揃えだけはあるので、ゆっくりどうぞ」

 

 この中で買うとしたら冒険者鞄だろうか。二千はする高級品だが、デザインも機能も良い。それと衣服……と、見ていく中で衝撃的なものがあった。

 

 運命の出会いだ。バーバラにとって、そうとしか思えなかった。

 

 Aランク判定されているから上等なものだろう。しかしそんな事はどうでもいい。ただバーバラにとってのセンスに完全に合致するのだ。一流になったら着てみたいと考えている衣服が、そのまま目の前にある。

 皮鎧にマントのセット売り。今のスカートに組み合わせる姿を想像する。

 最高に格好いい。どれだけ高くても欲しいとすら思う。

 

「この商品の値段はいくら?」

「やめた方がいいですよ。緑の服の人専用で、微妙にやばいです」

「緑の服を着ないと駄目って事?」

「いや、そうじゃなくて……緑の服の人に対してやばくなります」

 

 ミリーは忠実に商品のカタログを話した。バーバラにとっては余裕で無視出来るデメリットだ。

 

「この服にします! この服をください!」

「自動再生機能とかあるせいで、Aランクの中でも高いですよ。5万goldになります」

「私が出せる額ね!」

 

 バーバラは財布から1000goldコインをひっくり返してミリーに渡した。これで手持ちは2000goldもないが、この服に比べればどうでもいい事だ。

 本人の意思が固いなら何も言う事はない。ミリーは服をショーケースから降ろして渡した。

 

「うーん、カッコいぃ~……リーザスに来てよかったぁ……」

 

 服を着たバーバラは鏡の前で小躍りをした。剣を持ってポージング。Uターン、マントをはだけて恰好つける。様々な方法でどう自分的が魅力的に見えるか試していく。

 ひとしきり満足した後に、フランを膝に乗せたミリーへと振り返った。

 

「この店、良い店でした! また利用させてください!」

「………………どうも、ありがとうございます」

「他でも宣伝させてください! なんてお店ですか?」

「ありません」

「え?」

 

 視線は本と娘に注がれており、顔をこちらに向ける事はない。初対面のバーバラには、ミリーの感情を読み取れなかった。

 

「昔は『あきらめ』という名前でした……もうその看板は降ろしました。相応しくないので」

 

 華奢な体でフランを包み込み、また一つページをめくる。

 済んだ商談よりも、娘の相手をする方が大事だと言っているようで、バーバラは背を向けた。

 

「バーバラおねーちゃん、またきてねー!」

「……またね!」

 

 別れ際、看板娘の方が営業が出来ていた。はきはきとした優しい声と共に腕を振り、別れを惜しむ。数年もすれば、彼女見たさに多くの客が来るようになるだろう。

 バーバラは武器屋を後にした。残されたのは母子だけになる。

 

「このよみかた、なんて言うの?」

「まおう。この本は、魔王の御伽噺だから」

 

 人が魔王になり、魔物を率いて人類を襲うようになる御伽噺だ。魔人や魔王、魔物が人類の敵であり、生きていく為には気をつけろという本をミリーは読み聞かせていた。

 

「魔王が来たら逃げましょう。魔人が来ても逃げましょう……」

 

 娘に言い聞かせている話は当たり前の話だ。だがミリーは実際にそれをやらなかった。

 第二次魔人戦争以降、ミリーは半ばヤケになっていた。自傷癖こそ無かったが、生きる意味が見つけられなかった。無意識に死に場所があればいいと思い始めていた。

 絶対幸運が邪魔だった。勇者災害で城下は大きな被害を受けたが、悉く不在だった。また自分以外の人が死んだ。でもミリーは傷一つない。

 店の経営も時折今のようにバカ高い商品を買う人がふらりと現れる。何もかもが順調。

 だからこそ、ぬるま湯の世界に刺激がなかった。

 

「長男は家を失いたくないから、魔王に立ち向かって死にました。次男は魔王にお金を積んで助けて貰おうとしましたが、魔王は聞く耳を持ちませんでした。結局ただ逃げた三男だけが、後に働いて家を建てられました」

 

 そんな中で鬼畜王戦争が起こり、リーザスも襲われた。

 幸運だから逃げるチャンスは舞い込んでくる。ジオの武器屋がここに来て、一緒に逃げようと言ってきた。その後の暮らしも用意しているとも。

 ミリーはその手を振り払って、家に残った。

 そこが死に場所で良いと思ったのだ。魔王なら殺してくれるかもしれないと。

 そのまま彼女は数多の救いの手、チャンスを拒否して魔王ランスと遭遇する。

 絶対幸運と魔王、どちらが勝つのかという彼女の人生最後の問いかけは――――両者勝利で終わった。

 

「……本はこれで終わり、面白かった?」

「とっても!」

 

 魔王は気の赴くままにリーザスを破壊し、その一方で彼女は生き残った。

 その後の暮らしの変化としては、この娘がいる事だろうか。

 

「えへへー……こんどはわたしのばん! 今日ね、アーちゃんとね……」

 

 フランには幸福なんてない。むしろミリーの巻き添えで怪我が絶えない。そそっかしいからいつも心配だ。

 フランの怪我は自分が怪我するより遥かに胸を痛める。不幸もある暮らしだが――

 

「…………ふふ」

 

 せわしなく膝の上で動くフランを見ると、どうしても笑みがこぼれる。

 生きてる実感はここにあり、彼女は幸福体質に関係なく幸せだった。




バーバラ(ランス10ブックレット)
 ある程度お金を溜めて遂に安物の冒険者服から卒業。
 やっとブックレット仕様に。

フラン・リンクル
 パリス学園基礎学校。商店街の二人、魔王の子の一人と仲良し4人組でよく遊んでいる。
 ニミッツ先生の胃痛の種。

 活動報告欄に、末期患者以外は気持ち悪いものを掲載しました。
 ポンポン怪しいものを出しちゃって大丈夫? というものに対する回答になります。
 どこぞで話題、あるいは不満になった『ミラクル仮説に対する修正論』です。
 細かい事はいいんだよで全然飛ばしても問題ありません。


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王都リーザス② ヒーラーの重要性

「コーラ、いる?」

 

 王都の深夜。バーバラは独り言を呟いた。

 

「はいはい。ある程度は見ていましたよ」

 

 あたりには誰もいなかった。しかし答える声があり、コーラがいつの間にか横に立っている。

 

「じゃあ説明はいらない?」

「必要ないです。この件に関しては手を貸さないので」

「そう。ま、楽勝だと思うけどねー」

 

 前を見据える。先にあるのは広大な墓地。ゾンビが徘徊し、呻き声が木霊する危険地帯。

 頼りになるのは己の力と剣だけだが、恐れはない。

 自信に満ちた足取りで、勇者は門を潜る。

 

「さーって、幽霊退治といきますか!」

 

 魔を断つ剣、エスクードソードが引き抜かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 当然の事だが、金は使ったら無くなるものである。衝動買いなどすれば当初の予定など消えてなくなる。バーバラは金を稼ぐために、英雄墓地で暴れまわっていた。

 

「――――ええいっ!」

 

 墓石から跳躍して死体蹴り。

 腐った死体は衝撃によってバラバラになり、別の墓石を盛大に汚した。

 

「こんにちわー……」

 

 この墓地は死体だけではない。ボーン、叫び男のような魔物もいる。

 ただのゾンビよりかは若干手強い魔物だが……

 

「はい、さようならっ!」

「こ、こん、こんば………………」

 

 エスクードソードを振り切ると、再生力の高い魔物ですら復活しない。

 魔を断つ剣は伊達ではない。霊体系だろうが容赦なく切り裂いていく。

 

「ご近所さんに迷惑にならないようにしないとね……炎の矢!」

「オオオオオォォ!!」

 

 空いた手で魔法を一発、二発、三発。

 初級魔法なれど威力は過剰。撃ちあがる度に炭化された残骸が増えていく。

 だが、王都の死体を一手に引き受ける墓地のアンデットは無限に近い。

 勇者災害と鬼畜王戦争。神異変以降、死体だけなら大量に供給されていて飽和状態だ。

 いくらでも沸き上がる。勇者の殲滅速度に負けず劣らず、いくらでも。

 バーバラが墓地を一周する頃には、殲滅したところはまた別のゾンビに溢れていた。

 

「あーもう……数だけは多いんだからー!」

 

 本来この手は範囲魔法を使えば一掃出来るのだが、大都市のせいでやり辛い。

 バレないために従者を隠したのに、剣を使ってるタイミングで目立ってどうするのか。

 それでも幽霊を殲滅し続けること数時間。いい加減面倒臭くなってきた。

 

「試すことも終わったし、もうこんなのやってらんなーい! 本来の目的に入りましょ!」

 

 ピンキーを踵で空高く打ち上げたバーバラは殲滅を諦めた。慈善事業などやる気がないのだ。

 本来の目的――――コロシアム参加資格の取得だ。

 情報屋によれば、昔この墓地で資格所持者が行方不明になったという。

 死体の権利を使ってコロシアムで大暴れすれば金と名声が手に入る。

 名声があれば高報酬の仕事が舞い込んで来て大金持ち待ったなし。

 そんな考えで幽霊退治に勤しんでいたが、いつまでも見つからない。

 バーバラは催促するようにコーラを見て、指を回した。もうやっちゃってよと。

 

「何度も言いますが、手伝いませんよ。サポートはしても、勇者のやる事を先にやるわけにはいきませんから。今回は探し物ですし、自分でやってください」

「頭の固い従者めー……」

 

 コーラには妙な拘りがあった。

 曰く、お使いクエストでもちゃんとやりましょうと。

 お約束は外せないらしく、今回はどう言い繕っても頑なに動かなかった。

 当てつけに倒したゾンビの死体漁りはさせているが、目的のものは手に入らない。

 既に日は跨ぎ、確保した宿も閉まっているだろう。バーバラは引き際を完全に誤っていた。

 

「はぁ~……徹夜、確定か……」

 

 普段なら眠っている時間だ。精神には疲労と眠気が蓄積していた。

 戦闘も断続的に続いているため、緊張も続きっぱなし。休む暇もない。

 

「だっこして……」

「………………うわっ!」

 

 気づかない内に、バーバラのすぐ傍にスモッグシルフがいた。

 探し物に夢中で視野が狭まっていた。泡を食って顔を殴りつけてしまう。

 

「ま、まま…………」

 

 幼児型の魔物はぐちゃぐちゃになって、卒塔婆に突き刺さった。

 殴りつけたせいで、目も鼻も歯も潰れてひしゃげた。先程の整えられた顔立ちは見る影もない。 ねばついた液体がどろりと口を垂れて、地面に染みを作っていく。

 

「うっ……」

 

 魔物だし容赦の必要はない。それでも自分の作ったグロい光景に気後れして、バーバラは後ずさった。

 

――――そこに罠があると気づかずに。

 

「あれっ…………?」

 

 身体が傾く。足が地面につかない。そのまま深く、深く落ちていく。

 

「きゃああああああああああっ!?」

 

 バーバラは頭から落ちた。勇者と言えどダメージは皆無ではない。頭の中から星が明滅し、ごろごろと棺の中を転がる。

 

「い、痛い、痛いよぉ……棺?」

「あー……これは『酷い墓穴』ですね」

「何言って……!?」

 

 罠はここで終わりではなかった。棺が突如として閉まり、そのまま物凄い勢いで土が湧き出して、バーバラが入った墓穴を塞いでいく。魔法のように墓穴の上に石畳が敷かれ、墓石が立ち上がった。

 棺は力を込めても重みをもって押さえつけ、無理やり壊そうとしたら土が漏れてくる。

 あっという間に勇者は生き埋めにされていた。

 

「で、出られない……!? た、助けてよコーラぁ!!」

 

 ノルマ達成。しかしその声は従者に届かなかった。

 コーラはあたりを眺めている。立て看板があまりにもこの状況に相応しかった。

 

「『勇者埋葬予定地』ですか……なるほどー」

 

 ペガサス、フォード、クエタプノ……様々な人名がこのあたりに刻まれている。コーラに覚えのある名前も、記憶にない名前もある。

 

「現役の勇者が埋まるのは、なかなか面白いですね」

 

 システムも悪い事をすると苦笑しつつ、新しく出来た墓石にコーラは名を刻み始めた。

 手を止めずに、絶対に死なない勇者へと語りかける。

 

「バーバラ、聞こえますか? 貴方は今、奇跡的な幸運が重なり、息がなくても生きている状況です」

「…………ッ!?」

 

 土が入り込んでくる。それでも従者の声は何故かはっきりと聞こえる。

 

「勇者特性です。どんな状況であろうと勇者は死にません。絶対に生き残るんです」

(そうだとしても、速く助けてよぉ…………ッ!)

「今回は……自力で上へ掘り進めれば、突破するでしょうね」

 

 神異変以降、勇者は絶望的な詰みの場合ハマり続けるのだがこれぐらいは何でもない。

 勇者特性の再学習に丁度いいと思い、コーラは作業を続けながら語り続ける。

 

「貴方が出て来るまで、ここで待っています。勇者ならそう遠くない未来ですよ」

「もがもがもがーーっ!?」

 

 本格的に土が口の中に入ったらしい。下の振動が激しくなった。

 

「ポンコツ勇者、ここに眠るっと……興が乗ってきましたね。どこまで本格的にやりましょうか? 墓を建てておくのも、従者の務めかもしれません」

 

 楽しそうに、従者は墓石を彫っていく。

 世界(システム)の罠と同じくらい、四級神(コーラ)も性格が悪かった。

 

 

 

 

 

 

 

 完成した自分の墓の上で、バーバラは復活した。

 

「ぜーっ……ぜーっ……ぜーっ……」

 

 空気が美味しい。生きてるって素晴らしい。先程までは生き地獄だった。

 何故一切の息が吸えないのに生きているのか、奇跡としか言いようがない。

 土の中をもがく間にバーバラは何度か気絶した。そのせいか時間の経過があり、東の空の色は変わり始めている。

 

「即死トラップ……いや絶対死ぬトラップでしょこれ……」

「ここまで『ひどい墓穴』は聞いた事がないです。難易度上昇してますねー」

 

 地雷を踏み抜き、恐ろしく大変な選択を選んだ結果がここにある。

 バーバラの敵は魔物ではなく、世界(システム)だった。

 ふざけてるでしょと呟き、ふらふらと名家の墓を通り過ぎ……

 

「…………あった」

 

 目当てのものを、発見した。

 金色に輝くコロシアムの参加証。

 そのカードは『バレス・プロヴァンス』という名が刻まれた墓に備えてあった。

 

「あった、あった、あったぁ~~~」

 

 バーバラは倒れ込むように参加証をひっつかみ、手持ちに加えた。

 

「はぁ~~~苦労した甲斐はあったぁ~……」

 

 この参加証は、バーバラにとって黄金への一本道だ。

 相手は確かに強いだろうが、勇者は人間相手では魔王の子以外なら無敵と言っていい。しばらくは王都の中で名を上げる。場合によっては、リーザスそのものから声がかかるかもしれない。そうすれば、gold風呂や一軒家は目の前に見えてくる。

 喜びと待ちゆく栄光に浸っているところに、コーラが参加証を覗き込んできた。

 

「頭の中がお花畑みたいですけど、そう簡単にはいかないと思いますよ」

「えっ?」

「この参加証、古いものですね。有効期限が今日までです」

 

 参加賞をひっくり返して、バーバラに詳細内容を見せてきた。なるほど、RA15年8月〇〇日までと書かれている。今日だ。

 

「登録が出来るのは今日までです。一定以上の成績か実力を示した上で、身分の証明をしないと更新はないと書いてありますね」

「つまり、今日中に王城内に行かなければいけないのね……」

 

 喜びに浸っている時間は無かった、バーバラは起き上がって駆け出し……よりにもよって、結石の精にぶつかった。

 

『クスクス…………クスクスクス……』

「あーあ、一番キッツイ奴を引き当てますかー」

「早くついて来てー!」

 

 尿管結石は即座発動ではなく、後で効くタイプだった。その分激痛を味わう事になるだろう。このポンコツ勇者はどこまでの業を背負うのかと、コーラは暗い嗤いを漏らした。

 二人が目指すはリーザス城。城内コロシアム。

 東の空はいよいよ輝き、夜明けの時は近い。30分もしない内に日は昇るだろう。

 賑やかになってからでは、兵士が増えて正規の方法で行くしかなくなる。

 城壁の傍に辿り着くと、勇者は口を開いた。

 

「コーラ、あなたの出番よ」

「はあ」

「私は通行手形を持っていない。キースギルドの身分証があれば、発行は貰えると思う。でもそれは今日じゃない。私はコロシアムのために今日中に城に潜り込む必要がある。ここまで言えばわかるよね?」

「正規じゃない手段で、目立たずに王城内に潜り込ませろ、ですか」

「そう。コロシアム開始と同時に私は登録して、なるだけ勝ちまくってランキングを駆け上がる。その時に賭けも行われるだろうからお金をコーラが私に賭けて儲ける」

 

 ジャラジャラと手持ちの金をさらい、バーバラは全所持金を従者に渡していく。

 

「正規な方法で通らない以上、再登録になったら面倒な事になりそうから一日で稼ぐだけ稼ぐ。私は手加減して、トトカルチョを操作して高配当を貰って引退する」

 

 徹夜明け特有の煮詰まった思考だ。だがそれでも勇者ならば問題はない。

 コーラにとって、今の願いを実現させるのは容易かった。

 魔王退治の為に何千万人も殺す事に比べたら、些事だ。

 

「――――わかりました。こちらですよ」

 

 コーラは王城の堀を沿って、正門から少しづつ壁の端へと向かっていく。

 

「王城では、暇を潰すには丁度いい場所があるんです。だけど深夜帯には使えない場所になります。そこには兵士も絶対に来ません」

「…………?」

 

 コーラが向かう先はなんでもない城壁の一部だ。だがルド世界特有の理不尽な一角でもある。

 異音が聞こえる。少しづつ大きくなっていく。

 

「この一角では深夜から早朝にかけて――――くそ詩人が出没します」

 

 信じられないほど、下手糞な吟遊詩人がそこにいた。

 

「つーたかったたーつーかつーかー♪」

「………………………」

 

 気が狂う。聞き続けているだけで正気ではいられなくなる。少しでも近づきたくない。

 耳に残ったまま離れない。不協和音を一年間凝縮したってこうも酷くはなるまい。

 過ぎし条理の使者。何故かそんな言葉がバーバラの頭に浮かんだ。

 

「一瞬効果範囲にいるだけならともかく……無視して昇るとなれば、一時的に聴覚は潰れます。長居は危険です。アレは人を殺せます」

 

 音楽の下手糞に技能があるとするならば、目の前の詩人は2はある。どれだけ努力しても報われない存在だ。確かにこんなのがいるなら兵士でも城壁に近づきたくはない。本人も下手糞なのを自覚してここで練習してるのだから。

 

「……はぁ」

 

 バーバラはその近くの城壁に手をつけて登り始めた。耳はもう狂っている。

 正気度がゴリゴリと削れるのが分かる。存在感だけはあるようで他に何も聞こえなくなった。

 クソ音楽の狂った旋律だけが聞こえる世界。

 世界の呻き、混沌との対話、倦怠が呼び起こす頭痛。速くここから離れたい。

 なんとか耐えきって城壁を昇りきり、そのまま駆け抜けて飛び降りる。

 バーバラは城内に入り込めた。気づく者はいなかったと断言できる。誰も近くにいなかったし、城壁にいたのは一瞬。ただの兵士では気づけないだろう。

 耳に残る糞音楽は残るが、厚い壁一枚を挟んでマシにはなった。

 

「……………。…………!?」

 

 突破した事に安堵したバーバラは、自分の声すら聞こえなくなっているのに気付いた。

 聴覚が破壊されている。

 

――――ね、言ったでしょう? 半日はこのままですよ。

 

 バーバラの頭の中に、従者の声が流れ込んできた。

 

――――私の耳も駄目になってますが、読唇術があるので意思の疎通ぐらいは出来ます。認識阻害をかけて申し込んでおきますよ。もうすぐだと思うので。

 

 どういう意味と返そうとしたところで、腰にキリキリとした痛みが襲った。

 何事か、起きた。

 

「―――――――ッ!!」

 

 痛みに崩れ落ちる。横になるが、楽に、ならない。

 

――――尿管結石ですね。凄く痛いですよ。これも半日は続きます。

(ちょっ……これは……聞いてないよぉ……!?)

――――表情で分かりますけど、これからですよ。

 

 徹夜。

 尿管結石。

 くそ詩人による幻聴。聴覚不全。

 世界(システム)による三重苦がバーバラを襲っていた。悶えるしかない。特に尿管結石。

 コロシアムの影で蹲るが、酷くなるばかり。動けばまた痛む。

 

(み……水……)

――――はいはい、言わんとする事はわかります。

 

 従者が天使に見える。この時だけはコーラも同情している。同士なのだ、経験者なのだ。

 バーバラの中でコーラの好感度が大きく上がった。

 

(……し、死ぬ……むしろ……楽になり、なり、なりたいぃ……)

 

 受付時間になる頃には、涙が止まらない激痛になっていた。

 泡を吹くように涎を垂らす。息が荒い。手を当てるが、それは余計な刺激を与えない為だ。激甚たる痛みに叫び声を上げて紛らわせようとする。

 腰を曲げられない。左の背中が痛い。嗚咽を漏らせばまた痛い。止めようとしても痛いから泣かずにいられない。体を捩るのも痛い。黙ってても痛い。

 痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛痛痛……

 頭の中が痛みに支配され、時間だけが救いだ。一分、一分の経過が効果時間の無効を教えてくれる。後数時間、後数時間……息も絶え絶えになりながら時計を見る事だけは辞められない。

 一体いつまで苦しめばいいのか。自分はどれだけ耐えてきたのか。コーラが何故こうなったのか説明してくれたが、殺意しか沸かない。

 

 結石の精、そんなものがいるなら死に絶えろ。作った神は自分がなってみればいいのだ。

 

 バーバラは嗚咽を漏らした。余りの痛みに何かが狂ったか、胃液をぶちまける。ぐちゃぐちゃに痛みで引っ掻き回された頭の中では止まってくれという願いしかない。ものを考えることができない。

 勇者は高難易度の世界に苦しみ、事実上死んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 この世界の罠は、ともすれば下手に死ぬよりキツい事がある。

 自分で選んだ結果としても、流石に哀れな姿だった。プロマイドを踏み抜くより遥かに酷い。

 ゲイマルクはあれ以上だし、制限があるだけ有情だが、今の勇者を行動不能にするとしたらこういうやり方になるだろう。

 痛みで動けなくさせる。全自動地獄を再現する。動きたくても耐えられない。

 バーバラの姿は先代の勇者の末路に近かった。

 持っている手札に解決策はあるが、しないだけの理由もある。

 コロシアムが開き、バーバラから離れたタイミングでぼそりと呟いた。

 

「ああなっても動けないと、後でもっと辛いんですよねー」

 

 勇者は無敵ではない。

 勇者はピンチを回避出来るように、都合良くなるようにされてはいるが、ある程度だ。

 今の勇者は痛みに耐えて自力で逃げる必要がある。

 そこで力を振り絞れずに、本当に詰みな状況まで持っていかれるとどうしようもないのだ。

 

 ランスとジル――――二人の魔王はそれを実行した。

 ジルは救いがありそうな状況を悉く潰した。逆に助けに来た人間をアキラの目の前で嬲り続け、彼女の心を壊す為に利用していた。

 ランスは魔王の炎で焼いただけだが、それだけで十分だった。魔王の呪いに対する解呪の手法は地上に存在しない。神が介入する必要があるが、神の命令によって不可能な状況だった。

 それでも痛みを和らげる、痛みを一時的に無視させる程度のアイテムは世界にある。

 ゲイマルクはそれを求めて足掻いたが、恨みを持つ人間達は絶対に許さない。

 勇者ゲイマルクの三年間は、治す為の無駄な努力と、因果応報を思い知る日々だった。

 

『11位からスタートです。リングネームはどうされますか?』

「バーバラで、9位とのスーパーランキング戦を選択します」

『院外の翁さんですね。女性が戦う相手としてはお勧め出来ませんが……』

「問題ありません」

 

 認識阻害をかけてコロシアムの登録作業中に、ついつい別の事を考えていた。

 一人でいると過去の勇者を反芻しがちだ。翔竜山での徘徊勇者との一時のせいで、すっかり悪癖になっている。

 後は寝転んでいる勇者に鞭を打つだけだ。

 コロシアムの影で寝転んでいる死体に近づいて意思を届ける。叫び声を上げてないから、痛みのピークは過ぎているし行けるだろう。

 

――――登録作業が終わりました。30分後にコロシアムで戦闘です。今すぐ移動してください。

 

 無理だと諦めた顔をしている。そのために魔法の言葉を用意しておいた。

 

――――ちゃんと所持金全て賭けましたよ。5連戦に勝利すれば貴方は大金持ちです。

『…………五、連戦……?』

――――スーパーコースと言って、ランキングを一日で駆け上がれるモードがあったので登録しておきました。一日で稼げるので、一位まで頑張ってください。ちなみに途中で負ければ一文無しです。

『――――ッ、あ、悪魔……!』

 

 耳をやられているせいで何を言っているのか聞こえない。

 読唇術は間違える事もある。きっと深く感謝しているのだろう。

 

――――いいですね。今の貴方はとても『勇者(おもちゃ)』らしいですよ。あ、あと15分で控室に行かないと不戦敗です。私はどちらでもいいですが、勇者とバレないためにエスクードソードは使わないんでしたっけ。頑張ってください。

 

 感激したのか、涙を流しつつバーバラはゆっくりと立ち上がった。

 痛みを堪えつつ、歯を食いしばって前に進む。少しでも気を抜けば倒れ込むみそうな小鹿の足取りだ。だが逡巡モードの勇者だ。いずれ状態異常も収まるだろう。これでようやく人間相手では五分の戦いになる。

 

 コロシアムが始まる。

 勇者ならば剣抜き、徹夜、幻聴、尿管結石でも勝ち上がれ。




エスクードソード(逡巡モード)
 9999(カンスト) 防御500 クールタイム 0
 01じゃこんな評価するしかないチート武器。
 今回はチップ抜きで頑張る。

徹夜
 よくある状態異常。ウルンセルの刃を手に入れる為には絶対つき合う事になる。
 ぼうっとして攻撃がスカる。それだけ。
 ランスシリーズプレイヤーには慣れた状態異常。
 10は睡眠が暫く最低限だった。なのに全く眠くない。
 頭を冴えさせる為に、ゲームを楽しむ為に最低限寝る幸せな時間でした。

幻聴(くそ詩人)
 BGMが変わる。それだけ。実害はない。だが一瞬でその効果を与えるくそ詩人は凄い。
 斬り殺すのが正解。でもどうせリスポーンする。
 スタッフコメントで相当の拘りが感じられる。

尿管結石
 歩くたびにダメージ。信じられないダメージ連発で死ぬ事もある。
 状態異常と言うにはおこがましい何か。ルド世界はこんなん残してるんじゃねぇ。
 エールちゃんがなってもヒーリングで治せるので、理不尽な差がある。
 神異変後の世界で振るう猛威の一つ。
 イブニクル2でアレク君が撲滅してくれる事を心から望みます。


 01の状態異常責め。シィルがいない時にこれらを耐えたランス様は英雄。
 10でその他属性にウルンセルの刃があるって事は取得したことがありそう。
 数多の状態異常に耐えきったランス様は空前絶後の英雄。


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王都リーザス③ 殺死亜無

リーザス城内コロシアム ルール

殺害禁止、それ以外の反則無し、武器自由(RA12年改定)

無力化、ギブアップで勝利(RA12年改定)

スーパーコースという連戦でランキングを駆け上がる事が可能(RA12年追加)

闘技者ランキング

1位 チャンピオン・光のラックス

2位 ウー・リス

3位 ガッツ・藤堂

4位 四天王・炎のフーガ

5位 鬼ヶ島ゴン太

6位 四天王・水のサイハテ

7位 古代兵器・桜花

8位 四天王・土の近藤

9位 院外の翁

10位 四天王・風のビルデ

11位 バーバラ



「登録者は女だったぞ。登録の時に見たが間違いなく美人だ!」

「マジかよ……! アレが見られるのか……!」

 

 コロシアムは、いつにない異様な熱気に包まれていた。賭けの為に殺気立ちがちな観客は、今日は別の意味と期待で興奮している。この熱気は新参者がスーパーコースを選択したからではない。新人が女性で、院外の翁と戦うという事が広まったからだ。

 院外の翁は精神系魔法のエキスパート――より正確に言うと、最低のエロ爺だ。闘神大会に出場もした実力者ではあるが、このコロシアムでは彼の本領が発揮された。

 一か月前、突如として現れたこの老人はコロシアムの現行ルールを逆手に取った。男相手の対戦は適当に戦って降参したが、女性相手の対戦、ランキング戦では必勝。

 翁の魔法によって女は狂い、コロシアムは公開凌辱場と化したのである。

 

 その力が知れ渡った試合以降、誰しもある程度のレジスト、対策を用意して来たが無駄だった。この特化型魔法使いの力は常軌を逸していた。あっさりと貫通されて、痴態を晒す。歴戦の強者達でも戦闘にならず、同意の上で股を開いてからやっとギブアップする。

 リーザスはこれを受けて、女性を一時的な強制引退で退避させた。興行は女の子モンスターとの対戦でも成立する。物好きな貴族が飽きたら適当に排除するつもりだった。しかし、新たな犠牲者が現れた。

 あと何度見れるか分からない、魅力的な痴態ショーが始まろうとしている。

 

「伯爵殿の魔法使いは凄い人気ですな。今回の映像はどうなりそうですかな?」

「しっかり本人に持たせてあります。最高のものを提供させて頂きますよ」

「おお……そのラレラレ石は金塊より高値がつきそうですなあ」

 

 趣味の悪い貴族達は下種さを隠す事もなく、いかに自分達が愉しめるかについての算段を立てている。下層も大して変わらない。入口にある入場列はごった返して殺気立つ。

 

「自由席完売でーす! もう立ち見しかありませーん!」

「魔法ビジョンでは放映されないからって足下見やがって……! 立ち見300goldかよ!?」

「500だろうが俺は出すぞ! いいからよこせ!」

 

 次々と、獣欲を掻き立てられた男達が群がっていく。開催時間はもうすぐだ。

 

 

 

 

 

 

 

 リーザスの王立コロシアムは、閉じたドーム状の施設だ。その中は密閉空間となっており、観客は全方位から闘技場が見下ろせるようになっている。最大1万人以上を収容出来るではないかという広さと大きさがある。

 その闘技場の全周に人、人、人。今日は男ばかりで超満員。

 先程まで闘技場の中央で四天王の見事な戦いがあった。だが皆ほとんど興味がなく、早く終われと思っていた。

  実況がマイクを手に持ち、司会進行を続けていく。

 

『紳士の皆様、お待たせいたしましたァ! 本日のメインイベント、新人バーバラのランキング戦スーパーモードが始まります!』

 

 歓声が上がる。

 今日の主役の時間が来た。大観衆は今か今かと待ちかねていた。

 

『この闘技五連戦は勝ち上がる度に一時間のインターバルが与えられます! その間は他の闘士達が様々な魔物と戦うので退屈させません! さてニューカマーはどこまで駆け上がるのか! まずは第一戦目になります!』

 

 そして闘技場に、ゆったりとしたローブ姿の魔法使いが姿を見せる。

 

『初戦の相手はランキング9位から! ”女相手なら必勝”院外の翁! ギブアップの声は何時間後に聞けるのか!? コロシアム史上最も長期戦になる魔法使い!』

 

 老人が姿を見せると羨むような、どこか期待するような声が観衆から上がった。彼等の多くは勝敗に興味はなく、その途中にある凌辱が見たいから来ていた。

 

「フェッフェッフェッ……」

 

 しわがれた老齢の男は嗤っていた。腕は筋張っていて杖より細い。闘技参加者の中で最も弱く、レベルが同じならば一般人にも劣るだろう。それでもこの男は自分の魔法を極めてから、女性相手に負けた事がない。自信に満ちている。

 

 院外の翁とは竿役だ。つまり、この世界では強い。とんでもなく強い。

 これまでの女性はタイマンになった時点で詰みだった。あっという間にCGシーンが始まっていた。

 

「今日はどのシチュエーションで行こうかのう。催眠? 契約? 認識操作?」

 

 力の無い爺に嬲られるとしたらどういうシチュがいいか、この魔法使いは自由自在である。

 闘神大会で組み合わせが良かったら阿鼻叫喚を作り出していただろう。

 ブロビオとは別種の強敵。強すぎて出せないこの世界(エロゲー)特有の敵が相手だった。

 

『対するは今日の主役! 飛び入り初日でスーパーモードを選択した"勇者"バーバラだあ!』

 

 そして満を持して今日の哀れな被害者、バーバラがゆっくりと向かっていく。

 

「グスッ……うう……」

 

 その美少女を認めると、闘技場が一瞬だけ静まり返り――――歓声が爆発した。

 

「お、おおおおおお!」「すげぇ、すげぇよ!」「うぇっ……へへへ……」

「フェッ! フェッ! フェッ! これはこれは……儂でもここまでのは初めてじゃ!」

 

 何もかも、完璧だった。この試合の為に神が用意したような少女だった。

 顔立ちは整っており、男達を虜にする魅力がある。その上で、無理やり連れて来られたような悲壮感があり、涙の痕があった。時折痛みがあるのか、顔を歪ませる。どこまでも嗜虐心を煽る立ち振る舞いである。少女は片手で腹部を抑えながら、体を傾けつつ前に進んでいく。

 武器自由のルールで、何故か無手で来ている。

 そもそも戦闘が出来そうにない。犯されに来たとしか思えない極上の一品だった。

 本来なら哀れを誘うような姿だが、同情は一切ない。期待以上過ぎて、誰しもが見たいという欲に支配される。勇者特性によって、男達は全員がいきり立っていた。

 

「「「犯せ! 犯せ! 犯せ! 犯せ!」」」

 

 自然発生的に、下品なシュプヒレコールが鳴り響く。

 全観衆の思いは一つになって、バーバラを視姦していた。一方バーバラは――

 

「キツい…………試合開始、いつなの……?」

 

 幸か不幸か、くそ詩人の幻聴によって耳が一切聞こえないままだった。

 痛みに全てが支配されているせいで、観衆なんて気にする暇もない。

 そのままバーバラは苦しそうに呻きながら、所定の位置に辿り着いた。

 

『では試合開始ィィ!』

 

 実況の合図と共に、第一試合が始まった。

 

「縛魅了!」

 

 先制したのは当然翁だ。

 バーバラは幻聴により試合開始の声が聞こえない。先手を譲ってそれから動くしかなかった。

 そうして、思考を支配する魔法をモロに喰らってからバーバラは扇の下へ駆け出した。

 

「…………あれっ?」

 

 バーバラの拳は盛大にスカり、そのまま力が入らずに倒れ込んでしまう。

 観客から見ると、バーバラから翁に近づいて跪いたようにしか見えなかった。

 

「「犯せ! 犯せ! 犯せ!」」

 

 老人の周囲から紫色の煙が立ち昇る。その煙がバーバラに絡みついていく。催淫の香だ。

 もう観客にとっても、扇にとっても勝利を確信する光景だった。

 後はどうしようと、全てこの老人の意のままなのだ。

 

「フェッフェッフェッ……どうした、どうした、お嬢ちゃん?」

「………………」

 

 焦点の定まらぬ目で、バーバラは優しく声をかけた翁を見上げた。

 翁はゆっくりと近づいていく。こうなったら後はどういうシチュエーションにするか。演出のやり方の差でしかない。

 

「このままじゃ、あんまりにもあっけないじゃろ。儂がハンデをやろう。ちょっと別な勝負になるんじゃ」

 

 もうやるという答えしかない。自然な回答と信じて少女はその答えを口にするだろう。

 座り込んで、バーバラの目を覗き込む。念のために幻覚魔法も発動する。

 

「なあに、まず儂のこの…………ごぶぅっ!?」

 

 老人はバーバラの肩を触って――――思いっきり殴られた。

 勇者の渾身の一撃。木の葉のように翁は吹っ飛ばされて、コロシアムの壁に激突した。

 

「「「………………え?」」」

「あ、当たった」

 

 翁はそのまま崩れ落ち、ぴくりとも動かない。

 意識はない。そもそも腰が若干ひしゃげていて、二度と立てるかも怪しかった。

 

『……け、決着ゥゥゥ! 一撃! 一撃です! バーバラ選手、院外の翁選手に対女性初の黒星をつけましたァ! スーパーコースを選択するだけの力はあったようです!』

 

 実況の声と共に、翁を叩きつけた方向にある魔光掲示板に勝者の名前が映し出される。それによってバーバラも自分の勝利を知った。

 

「あ、勝った…………」

 

 立ち上がり、苦痛に顔を歪めながらゆっくりと去っていく。

 あまりにも意外な結果に、静寂に包まれた中で一人の観客がぽつりと漏らした。

 

「…………なんでだ?」

 

 その答えを知る者は、この中にはいない。

 

 

 

 

 

 

 

「コーラ、助けてよぉ……近くにいるだけでいいから……」

 

 試合終了後。一時間のインターバル。待機時間中にバーバラは独り言を漏らした。

 ここは誰もいない、バーバラしかいないはずの密閉された休息場所。

 それでもコーラは近くにいる。

 

「はいはい。とりあえず一回戦突破ですね」

「あ、声が聞こえるって事は……」

「幻聴の効果が終わりつつあります。今は私が聞えやすいように調整していますが、次の試合が始まる頃には完全に治っているでしょう」

「あー……何も出来ないお爺ちゃんが相手で良かったぁ~」

 

 顔面蒼白だが、少しだけ声に張りが戻っていた。尿管結石の痛みも少しづつ落ち着いてきている。次の試合は、痛みに苦しみながらのまともな戦いになるだろう。

 

「バーバラは運が良かったですね。あの相手、本来なら天敵でしたよ」

「は? ノコノコ殴られに来た雑魚でしょ」

「違います。あれは状態異常系の敵です。試合開始から4つか5つぐらいはやってましたね。どれか一つでも喰らえば行動不能でした」

「……一つも効かなかったけど?」

 

 バーバラは全く身に覚えがないことに不思議がり、首を捻った。

 

「そうですね。理由を説明するならば、ポンコツ勇者だから世界を味方につけて勝ちました。多分もうないですよ」

「どちらにせよ、勝ったからいいかー。敗者の理由を聞く気にもなれないし」

 

 コーラは長ったらしい説明を放棄した。滅茶苦茶な世界(システム)に対する同情があるし、同じ手を使う状況はやるべきではない。裏口過ぎる。

 

(システム神も面倒臭くなったんでしょうね。全混ぜする中で仕様変更を省きましたか)

 

 コーラも実際に起こってからようやく理解が出来た。

 バーバラの装備、本人の状態を考えれば状態異常に対する抵抗は皆無。

 一方の翁の魔法はどれも喰らえば絶対に異常を起こすものばかりだった。

 実際は全てレジストされた。そのことから推定される事実がある。

 

 今の世界(システム)では、三つ以上の状態異常にかからない。

 

 先程の試合のバーバラはボロボロだ。

 徹夜明けで思考は鈍く、攻撃をあらぬ方向に打った。

 幻聴に耳が支配されて何も聞こえていなかった。

 一時からマシになったにせよ、尿管結石の痛みで苦しみ、歩くたびにダメージを受けていた。

 だが、だからこそ……ありとあらゆる状態異常にかからない。

 睡眠も凍結も痺れも炎上も呪いも混乱もしない。当然興奮やエロ状態、催眠も無効。

 酷い状態だが、偶然にも、幸運にも、世界(システム)がバーバラを護っていた。

 

「次の試合は先手必勝で勝とうかな。痛いの嫌だし……」

 

 世界から音が戻ったらしく、今のバーバラは自分の声も聞こえる。

 もし翁と戦うのが今だったら、絶対に負けただろう。運がいいのか、悪いのか分からない。

 ただ一つ言えるのは、彼女が犯される日は今日ではなかったという事だ。

 

 

 

 

 

 

 第二試合。エロ目的だけの客は意気消沈して帰り、いくらか落ち着きを取り戻した会場。

 多少顔色の良くなったバーバラが先に現れた。

 ここからはエロではない。純粋に実力者達が鎬を削る本気の闘技。

 ……そのはずだったが、六脚の脚音が近づいてくる。

 

『さて、次の試合はランキング七位! 人か!? 機械か!? "コロシアムの人気者"古代兵器・桜花! レーザービームが火を噴くぞぉ!』

「…………ねぇ」

『立ち向かうは二回戦に駒を進めたランキング九位"ワンパンマン"バーバラ! 必殺の拳が炸裂するか!? それとも……』

「ねぇ!! ちょっと聞いてる!?」

『はい、どうしましたかバーバラ選手?』

 

 バーバラは対戦相手、というより重機を指差した。

 

「これ、選手じゃないでしょ!? 『人か機械か』ってどう見てもからくりでしょ!?」

『と言いましても、彼女も正式に登録されている選手ですので……』

 

 改めてからくりを見る。身の丈三メートルを超える巨体を駆動音と共に激しく動かしている。車輪ではなく、蜘蛛のような多脚で10トン近い質量を支えている。名前を意識してか、頂上に日の丸の旗が刺さっていた。

 バーバラの知識には無いが、からくりならばこれと似た存在はいる。

 余計な機能を散々操縦席に取りつけたアスタコに近い。

 桜花はバーバラを確認するとアームの一つを伸ばし、合成音声を発してきた。

 

「我、人間、友……我、人間、守護……」

「なんか優しい事言ってるんだけど!? この子本当に戦うの!?」

『では試合開始ィィィ!』

 

 強引な実況の宣言と共に、第二試合が始まった。

 

「目標バーバラ、我、目標、殲滅……!」

 

 桜花の動きが変わり、握手するように差し出されたアームが勢い良く振り下ろされた。

 

「あーもう……!」

 

 バーバラは潜るように踏み込んで躱した。もう一本のアームも同じように振り下ろされたが、これも地を蹴って潜り抜ける。

 常人なら反応不可能。為す術無く肉塊と化す質量の連撃は、勇者にとってはまだ遅い。

 

(痛い痛い痛い痛い……! 速く倒したい……!)

 

 歯を食いしばって痛みに耐える。尿管結石は歩く度にダメージを与えて、バーバラの速さも半分以下にしてしまっている。

 万全ならば、桜花が反応するより速くエスクードソードで切り裂いているだろう。未だ状態異常のハンデは重い。桜花の対応が間に合う程度には。

 桜花に備わった機能の一つ、スタンガンアタックが展開される。機体から大量に張り付けられた小さい針が飛び出し――肉薄しているバーバラを襲った。

 

「ちょっ…………!?」

 

 避けられない。肉弾戦狙いで突っ込んでいる以上は至近距離からの反撃はどうにもならない。いくつかの針が防具のない無防備な部分に突き刺さり、高圧電流を流し込む。

 

「あばばばばあっ!?」

 

 勇者でなければ黒コゲな火力。痺れと痛みによって体が鈍る。ただ、痛みというだけなら尿管結石の方が上だった。この一日に喰らった苦痛の総量からすれば、なんでもない。

 バーバラは近接戦の不利を悟り、力を振り絞って後方へ向けて地を蹴った。

 退却の用意ならある。

 

「っ火爆破!」

 

 煙幕目的に魔法を一発撃ち込んだ。煙と爆発が桜花の表面を焦がし、派手な煙にバーバラの姿は紛れる。

 バーバラはそのままの勢いで桜花から離れた闘技場の壁に背中から激突し、そのまま壁を壊して倒れ込む。力加減や受け身を考えないままの跳躍だと、この会場は狭すぎる。そして逡巡モードの勇者では、この会場は脆すぎる。

 壁だった瓦礫の中からバーバラは起き上がった。

 周囲を見ると、目くらましの為の火爆破は過剰過ぎた。闘技場全体、密閉空間の中は丸ごと煙の中だ。これでは観客も見えない。周囲に咳き込む音と、涙声が混じる。

 

「さーて、この間に……」

 

 遠距離からファイヤーレーザーを詠唱して桜花を黙らせよう……としたところで、バーバラの眉間に赤い光が灯った。

 

「…………あれえっ!?」

 

 突然、足下の瓦礫が崩れた。バーバラはほんの少しバランスを崩したところで、眉間だったところに光が突き刺さり、小さな爆発が起こった。

 振り向いたところにあった瓦礫は、バーバラの頭が受ける筈だった光線を喰らい、溶けている。

 慌てて飛び退ると、赤い光が煙幕の中からバーバラを追うように次々と放たれる。

 これはもう分かる、予告線だ。本格的に逃げ出した。

 バーバラがいたところが一泊遅れて爆発する。

 炎上、爆発、轟音。そして駆動音と体を貫く予告線。

 炎と光が、バーバラの背中を炙り続ける。

 

「こんなのコロシアムで戦う相手じゃないでしょーーー!?」

 

 攻撃に転じれる要素がない。ギミックから次のギミックへと間断なく飽和攻撃。

 万全ではなくても勇者だ。対応出来るだけの反応速度、身体能力があるが、普通の人なら三桁は死ねる火力を振りまいている。

 闘技場で戦うスケールではない。戦場で投入するべき破壊兵器だ。

 これの一体どこに七位の要素があるのか。

 

「どうなってんだー! 試合を見せろー!」

『大変失礼いたしましたァ! 換気を行います!』

 

 バーバラが逃げ回る間に、観客から不満が上がった。

 コロシアムの三階以上にぐるりと囲むように備えられた赤い枠版がせり上がる。

 あれら全てが窓らしく、魔法か何かで素早く空気が入れ替わり、視界が晴れていく。

 

「おお、押してる! いいぞー桜花ー! お前が勝てば大金持ちだー!」

「我……目標……殲滅……!」

(ああもう、戦ってる最中に…………!)

 

 どうやらコーラ以外にも大穴狙いがいたらしい。100倍以上の倍率を狙って賭けた馬鹿者が桜花に声援を送った。

 バーバラは闘技場を逃げ回る。詠唱の隙があれば打ち返したいが、痛みと様々なギミックの対応でその暇がない。効くとしたらファイヤーレーザーだが、習得したばかりの上級魔法なため、集中が欲しい。誤爆が怖い。

 

「桜花! やっちまえー!」

「酒持ってこーい! 面白いぞー! 俺は嬢ちゃんを応援するぜー!」

(…………ん?)

 

 バーバラは違和感を覚えた。

 キリングマシーンと化した桜花は縦横無尽に破壊を振り撒いている。

 だが、観客は一切緊張感が無い。これはどういう事だ?

 

 火爆破の煙幕、次々と打ち出される砲火と破壊兵器。それらをアトラクションのように観客は楽しんでいる。多少の防壁はあるのだろうが、自分が突貫しただけで壊れるような薄い壁だ。多少は誤爆を恐れてもいいはず。

 バーバラの中に、一つのアイデアが閃いた。

 

「…………やってみる価値はある!」

 

 バーバラは跳躍して、観客席の中に飛び込んだ。

 

「おわっ!?」

「闘技者がこっち来た!?」

 

 人口密集地帯。動きづらいがそれでも席やら細かい足場を飛び移る。

 闘技者が観客席にわざと飛び込むとは文句を言われそうな状況だ。

 だがこのコロシアムは反則無し。なんでもありならこれもルールだ。

 桜花をちらりと見ると、攻撃は、ない!

 

「我……目標……殲滅……否、我……人間……友……」

 

 はっきりした。

 この機械、良いロボットだ。

 バーバラ以外は巻き添えにしないようにしている。最初のレーザーと、逃げ回る時のレーザーの範囲が違い過ぎるのはその為だ。壁が破壊されているから観客を巻き添えにしない為に絞っていたのだ。

 詠唱をするだけの時間は与えられた。バーバラの手番が来る。

 

「ファイヤーレーザー!」

 

 熱線が桜花の脚部の一つを溶かした。大きく傾ぐ。

 勝ち誇った笑みで、バーバラは桜花に向けて大声で叫んだ。

 

「このまま観客席を駆け回って今の魔法を打ちまくるから! どっちが勝つのかなー?」

「……………………」

 

 桜花は答えない。

 バーバラは観客のすぐ横に飛び移ってファイヤーレーザーを放った。

 桜花は避けようとしたが必中魔法だ。狙い違わずまた一つの脚部を溶かす。

 バーバラはもう片方の手を観客の肩に置いている。いつでも盾に出来るだろう。

 もしかしたら、桜花に向けている手を観客に向けるかもしれない。

 

「我…………降伏……我、人間、守護……」

 

 桜花の頭部からギブアップの旗がするすると昇っていった。

 

『け、決着ゥゥゥ!! バーバラ選手、人でなしの方法で桜花選手を下しました! どちらが人なのかは言うまでもないでしょう!!』

 

 すたりとバーバラは観客席から飛び降りて、花道を去る。

 当然こんな事をすれば、観客の受けは最悪だ。

 

「最ッ低だ、あいつ、俺達を盾にしやがった……」

「桜花、可哀想……」

「嬢ちゃん応援するの辞めるわ。院外の翁に犯されれば良かったんだよ……」

 

 一日にしてコロシアムのヒールと化したバーバラ。しかしどうせ一日で引退するから問題ではない。目先の金の方が大事だった。

 花道を去ってもブーイングが鳴り止まない。勝者は俯きながら呟いた。

 

「なんとでも言いなさい。勝てばいい。それが全てだから……!」

 

 一文無しは嫌だ。

 コロシアムで活躍して人気と名誉を手にするとか……これっぽっちも考えた事はなかった。

 バーバラの涙はとっくに枯れていた。

 

 

 

 

 

 

 

「負けろー!」「死ねー!」「いい加減止まれー!」

『さあさあ第三回戦、"鬼畜闘士"バーバラはどこまで勝ち上がるのか!』

「……………………」

 

 ランキング六位とランキング四位の戦いが始まろうとしている。

 目の前は筋骨隆々の大男。身の丈程もある巨大な棍棒を持ち、余裕の笑みを浮かべている。

 

「おいおい嬢ちゃん。色々汚い手を使って勝ったみたいだが、こっからは実力がモノを言うぜ」

「そう」

 

 心ここにあらずというように短く受け答えるバーバラ。

 大人と子供の体格差。鍛え抜かれた肉体に委縮してか、対戦相手を少しも見ようとしない。

 

『ランキング四位! 頭にある一本角がトレードマーク! "鬼より強い大男"鬼ヶ島ゴン太!』

 

 鬼ヶ島ゴン太は鬼のハーフである。闘神大会でザンスに敗れ、その圧倒的な戦いっぷりに憧れて、舎弟となった。いずれはリーザス軍に志願して、未来の王に付き従う親衛隊になるだろう。

 今はその為の武者修行の日々であり、どんな相手でも気を抜くという事はない。

 重い鉄塊である棍棒を上段に掲げ、試合開始の合図を待つ。それが彼の戦闘スタイル。

 どことなく静謐な雰囲気があり、彼の試合直前にはしばしの静寂が起きる。

 

『それでは試合、開始ィィィッ!』

 

 実況の宣言と共に、ゴン太は棍棒をバーバラめがけて振り下ろした――つもりだった。

 

「――――ぐぉおっ!?」

 

 それより早く、バーバラが突貫してゴン太の顎を強かに蹴り上げていた。

 その体から考えられない圧倒的な速度と威力に吹き飛ばされ、倒れ込む。

 そこから追撃で蹴りが、殴打が、次々と頭に叩き込まれていく。

 抵抗が無くなったところでトドメとばかりに蹴りを一発、完全にゴン太の意識を刈り取った。

 

「……で、どう? これで終わり?」

『しょ、少々お待ちください!』

 

 あまりに早すぎて誰も認識しきれない瞬殺撃。実況もにわかには信じられない。

 ゴン太の顔はボコボコになって赤く張り上がり、それでも息はある。

 棍棒を手放してぴくりとも動かない以上、戦えそうになかった。

 

『決着、決着、決着ゥゥゥー!! 強い! 強すぎるぞこの少女! 怪力快速ゴン太を速さと力で一蹴! とんでもないダークホースが現れたァー!』

 

 勝利の宣言を聞き、迷いのない足取りで花道を降りていく。そこにはふらつきも迷いもない。

 

「さ、次の試合までとっとと寝ようっと。前の試合の人長引いてくれるといいなぁ……」

 

 ただ一つ、あくびを漏らして、控室へと消えて行った。

 幻聴は消え、尿管結石の痛みもなくなり、少し寝れるようになった。

 今のバーバラは、勇者の力を存分に振るい始めている。人が敵うものではない。

 

 

 

 

 

 

 

 一回も殴れないまま、ボコボコにされ続けた男が倒れ込んだ。

 

『け、決着ゥーーー! "パワーゴリラから産まれた女"バーバラを前に、遂に"四桁根性"ガッツの根性も尽きたァァァ!』

 

 人差し指を高々と掲げ、一方的に殴打し続けたバーバラが歓声を上げる。

 

「サイッキョーーーーッ!! いやー、なんかこれ言ってみたくなる……」

 

 ランキング二位、ガッツ・藤堂は一発殴るごとに吹き飛ばされ、起き上がっては一発殴られる事の繰り返し。盛り上がったのは最初の掛け合いだけで、終始サンドバッグだった。

 当然観客は冷え冷え。それだけ実力があるなら最初からまともに戦えよという野次が飛ぶ。

 仮眠も取り、バーバラを悩ませていた状態異常、その全てが完治しつつある。

 こうなっては勝てる望みもないのだ。速度が、膂力が違い過ぎる。喧嘩すら出来ない。

 実況がコロシアムに降り立ち、マイクをバーバラに向けてきた。

 

『時間も余ったしインタビューを行います! バーバラ選手、絶好調ですねー!』

「絶不調から抜けただけなんだけどね」

『いやー、強い! スーパーコースを選択しただけはありますね。もう三位ですよ! コロシアム史上最速、最強かもしれません!』

「……だから、"パワーゴリラ"って呼んだわけ?」

 

 一睨みして、実況をの頭を掴んだ。アイアンクロー。観客席から悲鳴が上がる。

 パワーゴリラらしいパフォーマンスだった。

 

『痛い痛い痛い!! これは原稿で、読むのが仕事なんですよ!』

「もうヒール扱いされてるからある程度は受け入れるけど……ちょーっと失礼な事書いたライターは後で紹介してくれる?」

『それはもう!』

「はぁ…………」

 

 バーバラは溜息をつく。ここまで嫌われる気は全くなかった。今は観客は恐怖の象徴でしか見ていない。そのくせ一人をじっと見ると、勇者特性かだらしなく顔を緩める。あるいはいやらしい目線になる。

 

(コロシアム、初日引退で正解。二度とやらない)

 

 もうほとんど力も戻っている。

 一日で金を稼げるだけ稼いでさらばリーザスだと心に誓った。

 

「もう一位の光のラックスとやらも楽勝でしょ。どうせ」

『その事なんですが、ラックス選手はつい先程急病になりまして、参加が出来なくなりました』

「え、そう? じゃあもう勝ちってことでいいの?」

 

 期待を込めてバーバラは聞き返したが、実況は首を振る。

 

『本来想定されていなかったのですが、ここでリザーバーに名乗り出た方がいました! その人がバーバラさんの対戦相手となります!』

 

 実況の雰囲気が違う。今まで言葉使いは激しいが、表情は素だったのだ。

 その実況にも、どこか興奮したような熱がある。信じられない相手が名乗り出たらしい。

 

『三年前、コロシアムを沸かせた伝説のチャンピオンです! 史上最年少でチャンピオンになったリーザス最強の男!』

 

 嫌な予感がする。本気で戦い過ぎて、戦闘狂が嗅ぎつけたか。

 獰猛な肉食獣がこちらを見ていた。

 

『王位継承者にして赤の将軍、ザンス・リーザスがもうこちらに来ています!!』

「がーっはっはっはっはっはっは!!!」

 

 貴賓席から赤い鎧の男が跳躍して、馬鹿笑いと共にコロシアムに着地した。

 

「魔王の子だあ……勘弁してよぉ……」

 

 ランキングに名前が無かったからほっとしていた。なのに何故ここに来るのか。

 観客が沸く。正義の使者が来た。最強の男が最悪のヒールを倒してくれる。

 こちらに近づくザンスの眼は燃える戦意が滾っている。自信満々傲岸不遜。明らかにこの状況を楽しんでおり、戦いたくてたまらないと顔に書いてある。

 戦闘狂。リーザスに来て貰ったスキルは、この男の為に相応しい。

 ザンスはコロシアムの中央まで歩くと、バーバラを指差した。

 

「俺様の舎弟を散々虐めてくれたようじゃねーか! 一時間後にテメーをぶちのめす! バーバラとやら、覚悟しておけよ! がははははははは!」

「あはははははー……ははは……」

 

 もうバーバラは、乾いた笑いで返すしかなかった。

 どうしてこんなことになった。

 

 前座は終わり、真の強者は降り立った。

 人類最高峰の戦いがコロシアムで行われる。

 逃げても負けても一文無し。勇者に退路は存在しない。




院外の扇
 基本的にこの手はクッソ強い。だってエロゲー、抜きゲーの主人公だから。
 ルド世界ならこういうものを出してもいい。
 ルイスに10goldを恵んでいた為に、伯爵が生存してお抱えになっている。

古代兵器・桜花
 ランス10ブックレット、アスタコ(全身図)を参考。
 闘神大会でゴールデンハニー討伐後、取り分の問題で何故かリーザスに所属することになった。良い子と化して非殺傷モードで派手に戦う。
 今回はアナライズで手加減の必要が無いと悟っていたため全力全開。
 マッチアップ次第で加減も出来るし、非戦闘時は子供達の遊具と化す。コロシアムの人気者。

鬼ヶ島ゴン太、ガッツ・藤堂
 ダイジェストダウン。
 勇者が回復しちゃったらどう足掻いても勝てません。

ザンス・リーザス lv305
 部下がやられたので登場。コロシアムで目立ちすぎると出て来る裏ボス。
 光のラックスさんはお察しください。様々な強権が使われた。


 罠は01、状態異常は10準拠。システムさん大混乱。
 頭空っぽにして前座をぶっ飛ばす。


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王都リーザス④ 決闘

超長い、今できる全てを賭けた、燃え尽きた。


リーザス城内コロシアム ルール 再掲

殺害禁止、それ以外の反則無し、武器自由(RA12年改定)

無力化、ギブアップで勝利(RA12年改定)



事前準備

 

 

 たった一時間で出来る事としては、ザンスについて勇者特性を使って調べるぐらいだった。

 

「第一王子にして赤の将軍。王の資格があり、それに相応しいだけの器量を持った人です。コロシアムの闘技者の多くはザンス様が冒険の途中で知り合った方であり、王子を慕って来ました」

「魔物や盗賊を率先して狩りに行きますな。常に戦いの中に身を投じ、己を鍛える事を忘れぬ立派な御仁です」

「幼い頃から先代死神、リック・アディスンから剣の師事を受けました。一日たりとも修練を欠かさず、剣を振らなかった日を見た事がありません。技量は既に神の領域かと」

「コロシアムにごく稀に出て来るんだよ。あんたより強そうな奴でもあっさり倒してた。可愛い顔が台無しになる前にギブアップしちまえ」

「俺より俊敏に動く。一回も当たらなかった。その赤い光に憧れた」

「あいつは負けず嫌いでなあ……挑発に乗って、剣をしまって俺の得意分野である真っ向からの殴り合いに乗ってくれたよ。清々しい、本物の漢だ」

 

 これらは情報として有力そうなザンスについての情報である。

 剣士として優れている事は最初から分かっていた。

 ザンスは別れ際に「ちゃんと剣持ってこいよ。王城内なら好きなもん使っていいぞ」と言い放った。今大会一度も剣を使ってないバーバラを、重心や歩法だけで見抜いたのだ。こんな剣鬼と剣で斬り合ったら一分と持たずに降参すると思った。弱点が無いかと探ったが、剣に関しては無敵な逸話ばかり。

 

 それと共に、別口の逸話がバーバラを陰鬱な気分にさせている。

 

「魔王の子という意味では、ザンス様が近いでしょうね。魔王ランスは女好き、ザンス様もそれはもう女好きです」

「リア女王も王らしく育って欲しかったんだろうな。ガキの頃から女を何人も用意していたってよ。羨ましい話だぜ」

「ザンス様の自慢を一度は聞いた事があります。まだ16歳である筈なのに既に200人を軽く超えているとか。剣より得意で強いのでしょう」

「それは人間だけでもって話だな。将軍は度々鍛錬の為に魔物を倒しに行く。その度に女の子モンスターを(さら)って犯して、今ではコンプリートしたという噂もあるぞ」

「きっと催したらその辺の女とか犯してるんだろうよ。王族ならもみ消せるし、国民だって光栄に思うんじゃないか?」

「王子様は……その、私にお情けを授けようとしていましたが……どこか私に不足があったようで、立ち去って行きました。私のようなメイド如きは、食い尽くして飽いているのでしょうね」

「殿下の噂は軍内部でも有名ですよ。リーザス史上最も情事に強いと。精力旺盛だと。夜は常にどこかへと消えていきます。その後は誰も知りません」

 

 ザンスについて城内の人間から人柄を聞く時、二言目か三言目にはある言葉が飛び出していた。

 筋によってはリア女王が時々零すと言う以上、真実に違いない。

 

 【性豪王】

 

 性豪王、ザンス・リーザス。それがリーザス国内における彼の仇名の一つだ。

 先の振る舞いと評判から考える。ザンスとはいかなる人物か。

 

 まず、強い。途方もなく強い。

 ザンス・リーザスは世界が認める最強の一人である。

 魔王の子について大した知識が無いバーバラですら、嫌でも耳に入っていた。

 個人戦において勝つ可能性は絶無。今からやる事になる決闘は結果の見えた話だ。

 

 次に性格面、バーバラにとって、聞けば聞く程最悪だった。

 王族である事を誇っていて傲慢。

 強い相手と見ると戦わずにいられない戦闘狂。

 安い挑発に真正面から受けるほどプライドが高い。

 そして節操がない性欲の権化。女を性処理の道具としか考えていない可能性がある。

 

「私の嫌いな身分と性格を、完璧に再現したようなヤツだぁ……」

 

 バーバラは頭を抱えて、机に突っ伏した。負けたらそのままお持ち帰りされそうだ。

 庶民を顧みる事なく、選民意識がありそうで、力だけは魔王の子。トドメに女の敵。

 絶対に関わりたくない相手だった。

 

「ふぅー……」

 

 制限時間残り30分、バーバラは手元を確認する。

 良い剣や盾を頂戴と言ったらやけに素直に色々貰った。

 武器はペルシオンとツバメガエシ。スーパーソード、四倍剣、玉露の斧他色々。

 盾も守り神様。コースガードⅡやファイアーウオールまでどれも一流が並ぶ。

 なんでも好きに使っていいと言われて、投げナイフや世色癌(せいろがん)等の消耗品まで取り揃えられた。

 もう手札(チップ)には困らないが、これはリーザスのメッセージでもある。

 

 勝てるものなら勝ってみろ。

 

 宝物庫から吐き出した武具の面々は、そのままザンスに対する自信に他ならない。

 城門はまだ夕方にも関わらず閉まっており、逃がす気皆無。兵士も大量増員されていた。

 リア女王も直々に見学に来るらしい。あっという間に一大イベントになっている。

 

「一国の王子と一騎討ちとは、勇者らしい展開になってきましたね」

「馬鹿言わないで。これ貞操かかるから……」

 

 敗北時には、嫌いな奴に合法で犯される未来が待っている。

 ザンスにとってはつまみ食い感覚だろうが、こちらにとっては一つしかないものだ。先を考えると逃げ出したくなる。性豪だかなんだか知らないが怖さしかない。

 

(落ち着いて……まだ時間はある……)

 

 基本能天気なバーバラも、この時は全力で考えた。知恵熱を出すぐらい考えた。

 自分にとっての最高の未来は何か? 

 ザンスをボコボコにして気絶させてリーザスから去る。勝って大金持ち。勇者とバレない。

 自分にとっての最悪の未来は何か?

 ザンスにボコボコにされて犯される。お金は無くて一文無し。

 エスクードソードを使って勇者までバレたら、国の判断で玩具にされかねない。

 

 バーバラは考えに考えに考えた。時間は過ぎる。次々と手札(チップ)が浮かんでは消えていく。

 得られた結論は――――

 

「コーラ、今回かなーりあなたにかかるから、お願いね」

「はあ」

 

 いつも通り、従者に頼る事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 コロシアムは慌ただしく人の入れ替わりがあったが、満員である事に変わりはない。ただし、今までの浮ついた雰囲気は消え去った。

 まず最高貴賓(きひん)席に座るは、リーザスの絶対女王リア・パラパラ・リーザス。他の貴賓席にも目の肥えた貴族達ばかり。御前試合ともなれば兵士も増える。立ち見の人間は全て追い出され、代わりに金の鎧を着こんだ兵士が随所に立つ。これでは酒も飲めたものではない。

 

 コロシアムに残った者は固唾を飲んで決闘を待ち望んていた。

 片や彗星のように現われて並み居る強豪をあっさりと屠った闘技者バーバラ。

 片やリーザスの『最強』、ザンス・リーザス。

 余興に等しい結果の見えた戦いだったはずだが、リアが乗って協力した事で話が変わった。それだけの価値があるとバーバラが認められたのである。

 

「始めてくれる?」

「はっ」

 

 御前となれば、開催の合図はリアから行われる。

 若干緊張した面持ちで、実況がマイクを口に当てた。

 

『レディースアンドジェントルメーン! 大変お待たせいたしましたァ! 本日の最終戦、闘技を始めますゥ!』

 

 高揚に満ちた、素直な歓声が会場に満ちる。

 誰しもが楽しみにしていた戦いがここにある。

 

『まずは伝説のチャンピオン! "二代目赤い死神"ザンス・リーザス!』

 

 ライトアップと共に、赤き鎧、朱き剣を背負ったザンスが姿を現した。

 威風堂々、コロシアムの中央に歩いていき観客達を睨み返すようにぐるりと見回す。

 それだけで黄色い歓声が動き、場が盛り上がる。

 

「ふん……たまにはこういうのも悪くはねーな。がはははは!」

『続いてはランキング戦を4連勝! 一日にしてチャンピオンになるか!? バーバラ!』

 

 そして、バーバラが入場すると……会場はどよめいた。

 これまでの出で立ちとはあまりに違う。リュックを背負って、中には武具や防具が満載されている。これまで無手で戦っていた人間が、過剰なまでの手札(チップ)を持ち込んできた。

 

「なんだそりゃ。アイテムを揃えれば俺様に勝てると思っているのか?」

「これはあくまでパフォーマンス用。貰ったものは返すけど、盛り上げた方がいいでしょ」

 

 バーバラは内に隠した考えを隠しつつ、余裕があるように振る舞った。

 

『おーっと! ここで過剰なまでの武器防具! バーバラ選手は"性豪王"ザンスにどう立ち向かうのか!?』

「………………」

 

 一瞬だけザンスは眉を(ひそ)めた。しかしすぐに自信満々な笑みを浮かべて、観衆に聞こえるように大声で叫ぶ。

 

「おいバーバラ、ツラは合格だ。頭を下げるなら俺様の側室に入れてやってもいいぞ!」

「死んでよ」

 

 絶対零度の目線をもって、即答だった。

 

「……ボコられた後がいいのか。俺様の慈悲を無下にしやがって」

「いいから死んでよ。私はあんたみたいなタイプが一番嫌いなの」

「ふーん……戦う相手としては合格だ。俺様の名前で委縮してたらつまんねーからな。ベットの上ではどうなるかな?」

「誰がやるかあ!」

『おーっと、試合開始前からヒートアップだ! バーバラにとっては負けた場合恐ろしい未来が待っていそうです!』

 

 性豪王の二つ名に恥じぬ立ち振る舞いに、観客は沸き立った。

 ここにいるリーザス国民は大好きな闘士達が一方的にボコボコにされる姿を見ていた。ザンスには気持ちの良い勝ち方をして、バーバラが手酷い目に合う末路が見たかった。

 

「ほんっと最低な男……試合開始前にちょっといい?」

「早くしろよ」

「これ、せっかく貸してもらったけどいらないから返すわ」

 

 無造作に、リュックが闘技場から観客席へと投げ込まれた。

 蓋を閉められない程詰め込まれたリュックから中身は飛び出し、けたたましい金属音と共に四倍剣やコースガード……様々な高級武具が観客席を汚していく。その内のいくつかは跳ねて、観客に当たっていた。

 

「貸してって言ったのもリーザスの武具を見たかっただけ。とっても高性能だけど必要ないかな。リーザス人ってその分貧弱だし」

「…………どういう意味だ、コラ」

「ヘルマン人にとってはこれぐらいのハンデで丁度いいって事、よ!」

 

 バーバラは背中の鞘ごと剣を放り投げた。これもまた闘技場外、観客席へ。

 少女は嘲笑うように、周囲を見回しながらよく通る声をコロシアムに響かせる。

 

「剣使わなかったのは最初っからハンデ。まさか最終戦で縛り解除するわけないでしょ? 最後まで楽勝よ」

 

 ここからはバーバラの独り舞台。大仰な仕草で腕を広げ、観客を、ザンスを煽っていく。

 

「ヘルマンに負けっぱなしのリーザスが最強国を名乗りだしたから、どんなものかと試してみたらこの有様。兵士も民も弱いのは国民性ね。東ヘルマンだけでも滅ぼされるんじゃない? この王子様もヘルマンなら隊長ぐらいでしょ。貴賓席でお母さんと一緒にお金を数えてたら良かったのに」

「上等だ! ブッ殺す!」

 

 ザンスは激怒して、闘技場の床に穴を開けた。

 自国を馬鹿にされ、国民を馬鹿にされ、部下を馬鹿にされ、自分を馬鹿にされ、母を馬鹿にされた。これで怒らない方がどうかしている。

 

 バーバラの作戦その1、とりあえず怒らせる。

 冷静になられて狙いを見抜かれたら終わりだ。

 多少なりとも頭に血を昇らせて、自分に目線を集中させなければならない。

 試合開始前ならありったけ喧嘩を売っても安全だ。

 

「女王陛下の前で何という事を……!」

「死ね! ぶっ殺せ! 血祭りに上げろ!」

「リーザスから生きて帰れると思うなよ!」

 

 とはいえ、パフォーマンスとしては過剰過ぎた。ここはリーザス女王がいる。軍人も、伯爵以上の貴族もいる。完全にヒールに徹した事により、国民感情的にほぼ全ての観客が激怒した。負けたら暴動が起きかねない程の激情と怒声が渦巻く。

 罵声に意に介さず、バーバラはやれやれと肩を竦める。

 

「弱い弱いリーザス人だから、貧弱過ぎて私達伝統の戦い方とか乗らないでしょうねー。強い人達だといつもこれで決めているんだけど」

「言ってみろ、クソアマ……!」

「お互い一歩も引かずにベタ足で殴り合うの。下がるか倒れた方が負け。単純でしょ? でもそうしてるからこの国みたいに貧弱な男は一人もいない」

「そのやり方で俺が負けると思ってんのか!?」

「だってリーザス人だし」

「ボコボコにしてその顔を変えてやる! 後悔するんじゃねーぞ!」

 

 いきり立ってザンスはバーバラのすぐ近く、拳の届く位置まで近づいた。

 背の高さは頭一つ違う。バーバラは妹のスシヌと大して変わらない身長だろう。その少女が殴り合いを希望とは、馬鹿げた話だった。

 

 バーバラの作戦その2、王族のプライドを利用する。

 嫌いな性格だがそのままつけ入る隙だ。自分が用意した土俵で戦ってくれる。

 案の上ザンスは故郷でも聞いた事がない野蛮な戦い方に乗ってくれた。

 ここまで来れば、もう一回挑発するのもいいだろう。

 

「本当にいいの? 今からその剣抜いてもいいのよ?」

「この勝負でテメェが負けた後、放り投げた剣を取りに戻る時間を与えてやる。もう一回ボコボコにされる気概があるなら見せてやるよ!」

(鞘ぶん投げてくれたら最高だったなぁ……剣での戦いが無いだけ良しとしよう……)

 

 バーバラの作戦その3、絶対に剣で戦わない。

 相手の得意な土俵の上で戦って勝てる気はしない。まだ殴り合いの方がマシ。

 

『殴り合い、殴り合いです! なんと最終戦、御前試合は殴り合いで行われる事になりました! ザンス・リーザスは真正面からヘルマンの刺客を打ち倒すようです!』

「さて、じゃあ……」

「やるか」

 

 ごきりと、ザンスの巌のような拳から重い音が聞こえる。

 バーバラは手首を振り、盛大にきつい痛みを味わう事を覚悟した。

 リーザス王国、今日一日は痛い事づくめだった。多少は慣れて耐えられるはず。

 

 手札(チップ)無しの戦いが始まる。その最初の一撃を二人は振りかぶる。

 

『最終戦、試合開始ィィィィィ!!!!』

 

 両者の拳が交差して、お互いの顔面に激突した。

 

 

 

 

 

Fight-Tounament

 

 

 

 

 

 逡巡勇者、lv49であるバーバラの拳が顎を打ち抜いた。

 魔王の子、lv305であるザンスの拳が額に振り下ろされた。

 

「「――――――――――ッ」」

 

 どちらも容易く鉄骨を捻じ曲げる膂力、人の範疇を超える速度、全てを粉砕するはずの一撃。

 しかし喰らう相手も人外、魔物すら蚊帳の外、魔人級同士の前衛。

 結果としては、どちらも大きな痛みと脳を揺らされる程度の痛痒(ダメージ)でしかない。

 

「オラァッ!」

「――っ、ええいっ!」

 

 だが、だからこそ次の一撃はザンスが一拍速い。

 どちらが慣れているかという話だったら当然ザンスに分がある。痛みを無視して止まらずに連撃を喰らわせる。

 

「ウラララララアーーーーッ!!」

「ぐっ……ぐぅっ……」

 

 怒涛の拳の連撃を喰らったバーバラは早々に不利を悟った。

 これは駄目だ。殴り返してもこっちが先に参る。既に頭の中がチカチカする。膝が笑う。

 だからとっとと次に行こう。目標変更、バックラーの下、下腹部を掌底で殴りつける。

 

「火爆破ぁ!」

 

 バーバラは零距離で炎熱魔法を解き放った。赤熱した掌の熱量が増し、そのまま炸裂する。

 

「があああああああっ!?」

「熱ぅっ……!」

 

 自爆覚悟、相手の方がダメージが多いから有効と信じる捨て身の一撃。漏れた火炎と煙だけでも闘技場を覆う。どちらも絶対に無事で済まないと思われるが――――

 ザンスは腹を焼き焦がし、衝撃で体をくの字に折り曲げただけで済み、バーバラの手も焼け爛れてはいない。

 ザンスの頭が下がったのを好機と見て、バーバラは眼球目掛けて拳を尖らせて振り抜いた。

 

「ぐううっ……! 魔法使うとかアリかよ!」

「アリに決まってるでしょ! 魔法使いに殴り負けなさい!」

「ざけんな! こんなチャチな魔法でダメージ受けるわけねーだろ! 少しビックリしただけで続行だコラ!」

 

 両者、異常なまでに高い魔法防御のため大した被害を喰らわず殴り合い続行。

 バーバラの熟練度が低いのもそうだが、杖もない。装備とレベルに対してあまりにも魔法の威力が貧弱過ぎる。決め手としては程遠かった。

 

「窓を解放しなさい、急いでね」

「はっ」

 

 炎はともかく煙だけは誤魔化せない。火炎魔法が飛び交うなら殴り合いが見えないと悟り、リアは素早く指示を飛ばした。

 もう既に渦中の二人は煙の中だ。誰も戦いが見えなくなっていた。

 

「オラオラオラオラァ!」

「――ひ、火爆破!」

 

 煙の中、バーバラが明滅する意識を振り絞って二発目の火爆破を放った。

 腕を途中から殴るのではなくガードに使っている。この時点で殴り合いに勝ち目はないが、詠唱を優先した。

 一発目でやられてくれたら良かったが、それならもう正攻法は駄目だ。魔法アリでも勝てない。

 

 バーバラの作戦その4、戦い方を切り替える。

 このコロシアムの敗北条件は気絶のような無力化かギブアップだけ。

 事前の取り決めに勝敗は関係ない。

 

 二発目の火爆破は煙幕目的の範囲重視。窓が開け放たれる前に撃ち込まれた事で、観客席も視界は塞がった。

 ここで従者が活きる。どこからともなく隠れていたコーラが武器を投擲(とうてき)した。

 ザンスの鋭敏な耳目は風を切り裂く音を感じ取った。すぐ近くに飛来物が来ている。

 

「てめえっ……!?」

 

 第三者の介入を悟るが、対応がほんの少し遅かった。

 バーバラは両腕を広げて振り下ろし――左手に刀が収まり、ザンスの右足の甲を深々と貫いた。

 

「があッ…………!」

 

 闘技場と足を縫い付けるようにツバメガエシが突き刺さり、靴が血に染まる。

 そのままバーバラは刀を手放して手を引くと、またエイトックの柄が収まっている。

 

「たまたま武器が来たから、つい使っちゃった」

 

 片足が使えないなら避けれない軌道で、袈裟斬りに振り下ろす。

 

「そう、だな……ッ……俺もそーだ!」

 

 刃が噛み合い、止められた。

 

「…………!?」

 

 背中のバイロードは抜かれていない。代わりにペルシオンがザンスの手中にある。

 従者が投げた剣は二つ。そこで本来は完全に足を奪う予定だったが、一つが来なかった。ザンスが片方を(さえぎ)っていた。

 噛み合った剣から力が込められる。剣の戦いになれば勝機はない。

 バーバラは無理矢理投げ捨てるように打ち払い、後方へ転んで逃げる。そのタイミングで窓が開け放たれ、視界が晴れていく。

 

「がはははははは! これでヘルマン人の勝負とやらは俺様の勝ちだな!」

「うっそぉ……」

 

 ザンスは足下を血に濡らしながら、高らかに笑っていた。

 

「剣を取りに戻って来い、第二ラウンドだ! それだけ元気で降参は許さねーぞ!」

 

 ツバメガエシを引き抜いて、血が噴き出るのも構わずに獰猛に刀を向ける。

 獣は手負いの方が恐ろしい。笑みという表情は、ここまで攻撃的なのか。

 

(せ、戦闘狂……筋金入りの負けず嫌い……!)

 

 今までの作戦は成功した。

 足を止めた殴り合いというルールで戦わせる。

 煙幕下に持ち込んで投げ込まれた武器で不意打ちして足を一方的に奪う。

 コーラの援護は煙幕下なのにも関わらず、精密にバーバラの手元に収まるような投擲(とうてき)だった。タイムラグはほぼなく、振り下ろすだけで良かった。それによって技量差も大きいザンスの足を貫く事に成功した。

 だが、成功した一番の理由はそこではない。

 

 ザンスはその作戦を途中で察知した上で逃げなかった。負けない為に足を犠牲にした。自分が吐いた言葉を守る為に、背中の剣を抜かなかった。明らかな不利を自覚して尚、自分が傷つく事を厭わずに、正面から打倒すると決めて、不意打ちを甘んじて受けた。

 バーバラの予想をはるか右斜め直角に上回り、ザンス・リーザスは強く、負けず嫌いだった。

 

 歓声が木霊(こだま)する。王となる男がここまでの覇気を示して鼓舞されない民はいない。誰もがザンスという覇王の在り方に陶酔し、声援を送っていた。

 

「あ~ん、ほんっとザンス格好いい~……」

 

 誰よりも、女王リアがこの状況に酔いしれていた。

 完全に敵地となった空気は、一度不利となると果敢に降りかかる。これまで以上の罵声と嘲りがバーバラに向けられる。年頃の少女ならば、動揺は皆無ではない。

 

(……落ち着かないと、脚はある程度奪った。次がある……ッ!?)

 

 バーバラがエスクードソードを取りに立ち上がろうとしたところで、膝が崩れた。なんとか立っても、足下がおぼつかない。よろめいて、闘技場の壁がやけに頼もしく感じる。途中から防御に徹して、それでもこの様。敵よりダメージは深かった。

 よたよたと、時間をかけて情けなく取りに行く。そこに言葉を挟む余裕もない。

 

「おーおー……こりゃ一合も持たねーんじゃねーか? ヘルマン人も大した事ねーな! がははははは!」

(なんとでも言いなさい……! 後でくたばるのはそっちだから……!)

 

 時間を稼げば相手は出血が増し、バーバラは回復する。相手の余裕をそのまま有利な材料に出来る。息も絶え絶えのように、ゆっくりと一歩一歩を進んでエスクードソードの鞘を手に取った。

 鞘を背中にかけて、周りを見回す。準備は出来た。従者の手筈は完璧だ。

 

 バーバラの作戦その5、使えるものは何でも使う。

 渡された手札(チップ)は使えるものだ。

 これまでは前準備、いよいよ大解放。庶民を舐めたツケを高く支払わせてやる。

 

「魔王の子だろうが……これで勝てるものなら勝ってみろー!」

「アアン?」

 

 そう叫ぶと、バーバラはさらに跳躍した。

 闘議場二階席、魔攻掲示板の傍に降り立つ。

 

「降りてこい! 剣の戦いをするんじゃねーのか!」

「このコロシアム、狭すぎるのよ! 魔法使いに不利過ぎでしょ! ファイヤーレーザー!」

 

 振り向きざま、移動中に詠唱していた高位魔法を解き放つ。闘議場中央にいるザンスには外しようがない。勇者による威力重視の高位炎熱魔法だ。当たれば魔王の子としてもタダでは済まない。

 

「…………フン」

 

 鼻で笑うと、ザンスは背中にある剣に手をかけて――――業火が(ふくら)らんだ。

 

「どこにも闘技場内で戦えってルールは無い! 私がどこで戦っても問題は無い!」

 

 バーバラの近くから悲鳴が上がる。

 闘技場中央部は業火に包まれて、燃え盛る火勢は尋常ではない。

 

「まーそうだな。でも殺害禁止の方は覚えておけよ。今の魔法を俺様の国民(もの)に巻き込んだら本当にブッ殺すぞ」

 

 そして、ザンスはそこに立っていなかった。

 バーバラから見て炎の後ろで、朱き剣を持っている。

 

「なっ……! 必中魔法でしょ!? どうやって……」

()()()。俺様にまともに食らわせたきゃ、後15発ぐらいまとめて撃ってこい」

 

 魔法剣バイロードは伸縮自在。本来喰らう遥か手前で受けて、本人は退避していた。

 言うは易し、やるは難し。機動力が無ければ無理だ。

 

(何のために、足を削いだと……! 魔王の子ってデタラメ過ぎる……!)

「さーって、近づいたら剣を抜けよ!? 抜くまでボコボコにすんぞ!」

 

 赤き鎧、朱き魔法剣、突貫せんと構える姿はまさしく赤き死神。

 二代目にして当代が最強。ザンス・リーザスが本領をもって駆け出した。

 

「ここまで来れたら、ねっ……! 炎の矢! 矢! 矢!」

 

 バーバラは従者に用意させていた山彦ハンガーを投擲(とうてき)した。さらにタルワリーをぶん投げる。次に硬球、オルレアンの槍。

 ここからが手札(チップ)の時間だ。ここにはたんまり武器がある。

 

「がはははは! なんだそりゃ、いいアトラクションだなオイ!」

 

 当然、意味がない。全部撃ち落とされ、切り払われる。

 こんなのがまとめて入ってダメージになるわけがない。手札(チップ)なんて投げても無駄だ。

 だが、それがバーバラの狙いだった。

 

「喰らえっ!」

 

 次にバーバラが投げたのは、山梨250年、まるごろし、葡萄酒……そして、ウォッカ。

 

「がははははははは! は……?」

 

 ザンスが気づいたのは、全て勢いで切り裂き、バーバラのところへ肉薄せんと、飛び上がった直後だった。

 

「炎の矢!」

「うおっ……があああああああああ!!」

 

 バイロードも、ザンスの体もたっぷりと酒精とアルコールに(まみ)れていた。瓶を切り裂いたら、当然中身は喰らう。剣で受けようが瞬く間に油を伝って手元まで行く。

 炎上。魔法の炎は種火に過ぎず、これは物理的な火力だ。魔法防御は関係ない。

 

「じゃあねー♪」

 

 一方バーバラはすれ違い様にコースガードⅡを持って飛び降りる。ザンスが追おうとするも、踏み込んだところには足下に大量の油、そして油壷。

 

「てめえそこまでやるかああああああああああああああ!」

 

 大炎上。ザンスを種火として周囲を焼き尽くした。葬式まんじゅうの旗に燃え移る。開け放った風も強く、炎は勢いを増してザンスを包む。

 飛び降りたバーバラは、盾を落とすとドヤ顔で観客に向けて叫んだ。

 

「この近くの炎で死んで、私の反則負け扱いとか勘弁だから逃げてねー!」

 

 炎は燃え盛る、上からザンスの怒鳴り声が響く。この程度で死ぬなら魔王の子ではない。

 

「クソアマァ! 今そっちに行くから待ってろお!」

「え、反則負けしてくれるの?」

「ハァ!?」

()()()()()()()()()()()()()()

「……………………!」

「落ちたら間違いなく誰か死ぬでしょうね。降りる判断をした誰かさんのせいで」

 

 気づくと、コロシアム一階にいる観客の周りも、入り口も油に(まみ)れていた。

 観客のほとんどは試合に夢中で気づかなかった。散々会場を油まみれにしている不届き者がいるなんて思いもしなかった。もしザンスが飛び降りたら一面火の海になるだろう。

 観客はザンスに対して、この上なく役に立つ人間の盾にされていた。

 この状況下で、どれだけザンスが強くても一般人を巻き込まずに危害を加える手は存在しない。逆にバーバラは山とある。

 

「ファイヤーレーザー!」

「クソがッ……クソがあああああああああああ!」

 

 爆炎が上がる。今度は避けられない。炎上状態は威力倍。足場が全部燃えていればどうしようもなかった。切り裂いたがそのまま火勢は増す。

 

 バーバラの作戦その6,観客を巻き込む。

 殺害禁止のルールで縛り、炎上状態にしてサンドバッグ。

 殺すのはザンスだ。私は戦いの中で火属性魔法を打っただけで悪くはない。

 油? 誰か悪い事した人がやったんじゃないんですか? 関係ありません。

 

 ここからバーバラは取れそうな対策を封じつつ、散々に容赦無く追い打ちした。

 

「辛いなら逃げていいのよー? ほらそこに窓が開いてるでしょ。庶民の私に尻尾巻いたら?」

「……ふざけんなっ! 誰がやるかあ!」

 

 作戦その2、王族のプライドを利用する。

 誇りを持つ奴は馬鹿だ。子供でも分かる正解を選べなくなる。

 

「偶然こんなところにたくさん武器がある! 投げてみよーう!」

「玉露の斧が偶然あるかあああああ!」

 

 作戦その5、使えるものは何でも使う。

 魔法も合わせて処理能力を削る為に投げ続ける。

 竜角惨(りゅうかくさん)もたんまりあるから魔法も手札(チップ)も無尽蔵だ。

 クールタイム関係なく使い捨てにしよう。

 

「ザンスのバカバカバーカ! あーっはっはっはっはっは! 油壷おかわり!」

 

 作戦その1、とりあえず怒らせる。これは嫌いなタイプにやりたかっただけだ。

 バーバラはハメ手を使って散々にザンスを燃やし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 当然、敵地でこんなやりたい放題をやっていれば黙っていない勢力は出る。

 まず一般人。彼等はコントロールがされておらず、石ころと同等の存在。ここまでバーバラがやらかしている以上、何をやっても文句の言えない存在だ。

 だが、何もできない。軽やかに足場を飛び跳ねる少女はそれだけで目に止まらぬ疾風。気づいたら横にいて、襲い掛からんと、足に力がかかる頃には、とっくに消えている。生きる世界が違う。

 

 そしてもう一つ。厄介か、あるいは勝利条件に関わる相手。

 

「う、うう、うううう……」

 

 対戦相手の母親にしてリーザス女王、リア・パラパラ・リーザスである。

 彼女はこれまで、バーバラの一方的な攻めを辛抱強く耐えた。女王として、またはザンスの意思を尊重して一切の手を出さなかった。戒めていた。

 

「…………ぐぅっ!」

「ザンス!」

 

 だが、ザンスがスベリヒユのせいで滑ってアフリカ投げナイフを受け損ね、鎧の無い左腕に突き刺さると彼女の(たが)は外れた。

 リアは王者の席を離れて、高窓に乗り出した。

 

「ファイヤーレーザー! 降参するか倒れるまでやる!」

「ぐがあああああああああっ!」

 

 ザンスが苦悶しているところに、遂に高位魔法が直撃。全身が焼けて、皮膚の一部が剥がれる。

 息子に対する拷問を目の前で見せられて、止めに行かない母親はいない。

 

「駄目ーーー! 駄目駄目駄目ーー! もう中止―ーー!」

 

 青き双眸(そうぼう)に涙を溜めて、彼女は動き出す。

 

「マリス! ザンスのところへ行って回復して!」

「かしこまりました、急ぎます」

「会場にいる全兵士! 観客の撤退案内から切り替えて……」

 

「やめろ!」

 

 今日一番の大音声が、燃え上がる炎の中から(とどろ)いた。

 誰もが動きを止める一括。女王の声を(さえぎ)れるのは一人しかいない。

 

「この戦いは俺の戦いだ! 手を出したら許さねえ!」

 

 未だ炎の獄中でバイロードを握り直した、ザンス・リーザスが叫んでいた。

 この状況で負けを認める事は、死ぬより嫌だった。

 近くに窓はあるから息は吸える。ザンスは大きく息を吸って、先程に劣らぬ大音声で、

 

「ここにいる全兵士! 国民! そして母さんも含めた全員、邪魔だ! とっとと退避しろ!」

(あの状況で、まだ……)

 

 攻勢の手を一切緩めないバーバラですら、呆れる指示をした。そのままリアを睨みつける。

 

「母さん、この戦いで邪魔したら許さねえ。俺は勝つ」

「う、うう……」

 

 炎に巻かれていようが関係ない。ザンスにあるのは唯一つ、目の前の敵を倒す。それだけだ。

 ああなってはテコでも動かない。助けたらハンデと言って、後日火中に飛び込みながら闘いかねなかった。

 何よりも、今の判断の是非は下が物語っている。

 

「早く逃げろ! ザンス様に迷惑をかけるな!」

『押さないで、落ち着いて退避してください!』

「金軍第三部隊は右側へ回れ! ここの流れを止めないと将棋倒しが起きるぞ!」

 

 民が、兵が、ザンスの判断を信じて動いている。可能な限り、急いで退避しようとしている。

 ここにいる全ての民が、次代の王の勝利を信じている。

 一人の母になってしまったリアと、覇王であり続けようとするザンス。どちらの指示に従うかは明白だった。

 闘技は続く。バーバラは一切の容赦が無いが、ザンスはファイヤーレーザーとスーパーソードを斬り払った。炎に包まれるのが慣れたらしく、危なげが無くなりだした。

 

「早く行け! 邪魔だって言ってんだろ!」

「……お母さん、ザンスを信じてるから! 頑張れー!」

 

 リアは侍女に手を引かれて駆け出した。

 観客はもうほとんどいない。

 

「はぁ……」

 

 人が少なくなれば見えてくる。今回の立役者、コーラが柱の陰に隠れて溜息を吐いた。

 やるべき事は全て終わり、試合前の話を反芻(はんすう)していた。

 

『コーラ、あなたは勇者の戦える状況を整えるぐらいはするって言ったよね?』

『ええ、バーバラが勇者となった日のことですね』

『じゃあ武器がどこかに行ったのを投げ渡したり、道具を運ぶぐらいはやってくれるよね?』

『そーですね。他に集団で一方的にボコられない為に1対1が可能な状況を作ったりします』

『じゃあ……相当悪い事が出来そうかなー』

 

 そこからは、過去最速最悪の従者の荒い使い方だった。

 厨房やカジノや城内に忍び込み、消耗品から使えそうなものを片っ端から盗む。そうして、二人は渡された武器や防具より遥かに多くの手札(チップ)を手に入れる。炎上予定地を想定外に燃え広がらないように魔法をかける。

 バーバラが大仰なパフォーマンスをしている間に、認識阻害をかけつつも油を流し込む。油壷を大量に用意して隠す。様々な場所に手札(チップ)を隠す。事前の合図があったら最大火力の武器を投擲(とうてき)

 これらはざっくばらんなバーバラの指示を下にコーラが実行した行動だ。ただし、これとは別に詰めの甘い主人に対して自主的にやった行動も存在する。

 

 ザンスの逃げ道になり得る両端の貴賓室複数に対して油を流した。出口のいくつかを潰して観客が逃げる速度を遅らせた。興奮した何名かの観客が火種になりそうだったので静かにさせた。状態回復の持ち主がいると厄介なので、可能な限り神魔法の使い手を退場させた。

 

 全て、リーザス軍の監視の目をすり抜けて誰にも悟らせない。まさしく神業だ。

 

「ポンコツ勇者も、追い込まれれば頑張るんですね。まだまだ甘いですが」

 

 アリオスでは絶対にやらない行動だ。だがゲイマルクが同じ条件なら、もっと賢い手を取る。

 ()()()()()()()()()()()

 一般人なんて水風船だ、どうとでも出来た。

 リアを(さら)う。駄目なら適当にザンスの身内を狙う。

 誰を人間の盾にしてもルール違反ではない。取り扱い易いサイズにして焼いただろう。

 バーバラは勝つ為に盾にはしても、使い続けるつもりがないのだ。

 また、一つの会話が頭を()ぎる。

 

『絶対に閉じ込めちゃ駄目。逃げられなくなったら間違いが起きた時どうしようもないから』

『一般人大炎上をどう利用しますか? 王子を倒すには絶好のタイミングですから、色々ありますが』

『その時は、文無しでも仕方ないかなぁ……』

 

 甘い。甘々だ。敵を甘く見ている。

 だから、勝てない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ザンス様。一般人の退避を完了しました。コロシアム周辺に人はおりません」

「……………………」

 

 いつしかザンスは体を縮こませて、何も言わず耐えていた。

 油壷を投げ込んでも避けるだけ、武器を投げても避けるだけ、魔法の時だけバイロードを振るって、事前に潰してある程度に済ませる。

 

「完全に退避が完了しました。周辺に危険はありません。では私もこれにて、健闘を祈ります!」

「くくっ…………そ-か、そーか」

「う、嘘ぉ……」

 

 ザンスは耐えきった。炎上状態の中で山と投げ込まれる魔法、武器類、バーバラの罵声。全てをある時期から黙って耐え抜いた。酷い火傷は全身に及んでおり、血が抜ける状態を嫌って足を自分から焼き潰している。

 もう盾にするべき人はいない。少し前から軍人しかいなかった。だがザンスは耐えて、完全に人がいなくなるのを待った。何故か。

 

「――――これで、アイツをぶっ殺せるな」

 

 確実に、バーバラをボコボコにする為であった。

 ザンスは遂に飛び降りた。炎を(まと)ったままで。

 

「ちょっ…………!?」

 

 当然油に引火し、炎上。コロシアム全体が炎と煙の世界に変じていく。

 ザンスは遠距離攻撃の手段があるのに飛び降りた。そこに散々溜まっていた鬱憤がある。

 

「がははははは! テメェもこの世界を味わっておけよ! 道連れだ!」

「自爆に巻き込むなあーーーーーー! これでコロシアム間違いなく終わったわよ!?」

「そんなん知るか。後で建て直せばいいんだよ」

 

 これはバーバラの計画的火刑とは違い、防火のされてない大炎上だ。コロシアムの観客は炎に替わった。大観衆はその熱をもって建物を溶かすだろう。

 ザンスはバイロードを構える。煙と炎の中、バーバラに逃げ場は存在しない。

 

「剣を抜け」

「……………!」

「お前が愛剣を握って、俺が打ち倒して完全勝利。それだけだ」

 

 ザンスの声は穏やかなれど、最後通告だった。

 これを拒否したら、本当に許さないと顔に書いてある。

 

「ああもうっ!」

 

 遂に、勇者はエスクードソードを抜いて構えた。

 

「エスクードソード、勇者だな。新しい勇者の名はバーバラって、母さんが言ってたぞ」

「散々隠した意味は無かったのね……」

 

 バーバラは天を仰いだ。悪事をしたつもりは無いが、嫌な事実は千里を走るらしい。

 ザンスは愉快そうに唇を歪めて勇者を見据える。

 

「くくく……人類の希望とやらだったか? 俺様が覇王になるなら、倒すべき相手だな」

「勝手にやってよー……こっちは勇者をやる気がないの。冒険者なのよ」

「いや、お前は勇者だ。その剣を持っている以上勇者だ。負けて俺様の輝かしい歴史に負け犬として名を刻め」

「ああもう、どうしてこんなことに……」

 

 軽口を叩く間にも、バーバラは隙を探していた。

 無い。

 全く、無い。

 突破口が無い、詰みである。

 手を尽くそうが勝ちが無いと、剣を構えながら悟ってしまった。

 これだけやっても変わらないのか。

 負けて、犯されて、一文無しで、勇者とバレる。最悪の結末。

 だが、あと一つだけ作戦はある。絶対やりたくなかったあの作戦が――――――

 

「……ねぇ、ちょっといい?」

「なんだ?」

「私は一ヶ月も経ってない駆け出し勇者。正直言って勝てる気がしないから降参したい。それでも勇者を倒したって事になるの?」

「……ッチ、それはそれとしてこの決着はつけるぞ」

「でも、勇者って大技に対して後出し限定の超必殺技があるの。駆け出しの私でも使える勇者の為の大技。それを乗り越えたら、勇者に勝ったと言えるのかもね」

「面白え! やってみろ!」

 

 灼熱の目線をもって、即答だった。

 バーバラはザンスを見ないように移動して、壁を背にして適当な構えを取る。

 

「…………いつでもいいから」

 

 バーバラは死神と目を合わせずに己の心と向き合う。走馬燈に似た何かが()ぎり、無謀な行いをしたと責めて来た。

 

 果たして自分は平静な表情が出来ているだろうか。

 歯の根を鳴らさないのが精一杯だ。涙が枯れてて良かった。

 怖い。ただただ怖い。これは勇者特性が嘘なら自殺だ。

 だが、生き埋めにされて何時間でも生きていた。高所からの落下も平気だった。

 信じてみる価値はある。

 

「行くぜ……!」

 

 時は待たない。

 ザンスが朱き剣、バイロードを振り上げた。撃ち放つは極地の一つ。

 先代死神、リック・アディスンから受け継いだ必殺技。

 

「バイ・ラ・ウェイ!」

 

 瞬く間に朱い剣閃が繰り出され、縦横無尽に赤い光が(ほとばし)る。それが無数の飛ぶ斬撃となってバーバラへと迫った。余りに苛烈な死神の鎌。先代より冴えと圧力を増したその斬撃は、射程圏のあらゆるものを塵と還すだろう。

 

 死神の鎌に対してバーバラは――――――

 

「――――ごめんなさい」

 

 エスクードソードを胸元に抱えて、無防備に受け入れた。

 

「なっ……!?」

 

 殺戮圏の中心にいるバーバラは斬撃に吸い込まれて、そのついでのように、目の前にあるコロシアムの貴賓席を含めた壁一面が崩壊した。

 建物全体を揺るがす轟音と破壊、これだけでは終わらない。

 バイ・ラ・ウェイの射程圏はコロシアムを凌駕する。そのまま圧力のある斬撃は止まらずに庭を超え、リーザス城の城壁を激しく斬り飛ばし、削り飛ばし、消滅させ――――やっと、効果が終わった。

 

「おいおい…………」

 

 ザンスの前にコロシアムはない。焼け落ちるはずだったものが残骸にすらならずに塵となる。火勢もまとめて斬り飛ばされた。その先は魔法剣の斬撃が通った庭の芝生を残らず抉り、城壁が桐状に削られ、人一人分が通れるだけの大穴が穿たれていた。

 

 その射程内、ど真ん中にいたバーバラがどうなったか等語るべくもない。塵に還るしかない。

 ザンスはそう判断した。

 肩透かしであり、不満が残るように魔法剣を肩に担ぐ。

 

「なんだよ、ここも嘘かよ……殺害で俺の負けってか? 俺に嫌がらせするのが本当に好きなんだな。死んだ方が負けに決まってんだろ」

 

 念の為、コロシアムの大穴を進み靴の一つでも残ってないかと辺りを見回す。当然、何もない。あるとしたら、壊れた天井が時折音を立てて地面に崩れ落ちるぐらいだろうか。

 

「史上最弱の勇者、史上最速で死すか。俺様に歯向かって見栄張ってこれか! だったら素直に降参しとけってんだ……ふんっ」

 

 どこかの斬撃に斬り飛ばされて、塵に還ったのだろう。

 やはり、魔王の子に伍する人間などそうそういない。

 

「……ま、ゲイマルクよりかは面白かったけどな」

 

 死んだ奴に興味は無い。ザンスは堂々と破壊に狼狽(うろた)える兵士を眺めながら王城へ戻っていく。

 王城前に、母親であるリアがいた。ザンスの姿を認めると、顔が(ほころ)んで近づいて来た。

 

「ザンス、おかえりー! 無事で良かったー! ママは本当心配したよー!」

「ふんっ」

 

 リアは近くに駆け寄りつつも、いつものようにザンスに抱きついたりはしない。息子の状態がどういうものかは察している。それでも戻って来た以上、闘いは終わったという事だ。

 国内一のヒーラーが横にいるから安全でもある。

 

「あーんもう。こんなにボロボロになってー……新勇者はどうだったー?」

「楽勝だ。見栄張って死んで……馬鹿な奴だな」

 

 そう言いながら、ザンスは足下の小石を蹴り上げた。なんでもない足の遊びには、今日一番の激情と苛立ちが籠っている事をリアは悟った。

 しかし、その理由は正しくないものなので首を捻る。

 

「ん、んー? それはおかしいわね。法王の手紙では確かに新勇者バーバラだったけど……エスクードソードは見た?」

「見たぞ。徘徊勇者ゲイマルクの時と同じものだったから間違いねえ」

「じゃあザンスの勘違いね。バーバラは絶対生きてるわよ?」

「ハア? 再生回数の残機が無かったとかそういうオチだろ」

「ああ」

 

 ここでリアの疑問が氷解した。勇者災害の時は幼かったから守るだけで、勇者についての知識は与えなかった。自分の不手際がここにある。

 ザンス・リーザスは勇者や勇者災害を知っていても、勇者特性については知らなかった。

 

「マリス、魔法電話を」

「はい」

 

 リアは侍女を呼びつけて何事かを魔法電話で伝えていく。そうして、僅かな言葉を交わしてから受話器を沈め、ザンスに向き直った。

 

「ごめんねー! どーしても必要な事があって! ザンスを二の次にするなんて心が痛むー!」

「別に構わねえよ、必要な事なんだろ。それよりとっとと要件を言え」

 

 どうせ何かあるんだろと(うそぶ)きつつ、ザンスは腕を組んだ。

 

「うん。リアが伝えてなかったけどね、勇者って本当に死なないの。昔リーザスが確実に殺せる状況を作ったけど、突破されたの。不死は法王の保証付きよ」

「ゲイマルクは目の前で死んだが?」

「うーん……それ自体がイレギュラーなのよね。勇者期限が切れてからそのせいって可能性もあるけど、バーバラは本物の現役勇者。絶対生きてるわ」

「俺のバイ・ラ・ウェイをまともに喰らったんだぞ。塵も残ってねえだろ」

 

 絶対の自信がある必殺技が喰らうところを見たからこそ、ザンスは信じられない。長年培っていた努力の日々を貶されるようなものだ。

 バイ・ラ・ウェイは本当に必殺技だと。必ず殺す技だという自負がある。

 しかし、リアはそこで目を細めた。

 

「ああ、完全にしてやられたわね。ザンス」

 

 この声は息子に対するいつもの声ではない。為政者としての声色を出していた。幼い頃、基礎学校の頃、軍人の頃、様々な場面で聞く声だ。厳しく王として育てる時の声、本当にザンスに失態があった時の声だった。

 

「…………どういう事だ」

「勇者には必殺技の見切り性能がある。ゲイマルクを殺す時にリックは使ったけど、次は全く当たらなかった。出してはいけないものを、出したのよ。誘われなかった?」

「――――ッ!」

 

 ある。心当たりが、あり過ぎる。

 

「もう一つ。()()()()()()()()()()()()()?」

「……ッあのクソアマァ…………!」

 

 今日散々に酷使されたザンスの奥歯が、鈍い音と共に砕けた。

 脳裏に、生意気な少女が叫んだ言葉が浮かぶ。

 

『どこにも闘技場内で戦えってルールは無い! 私がどこで戦っても問題は無い!』

 

 そして、それに対して自分はなんと言っていたか?

 

『まーそうだな。でも殺害禁止の方は覚えておけよ。今の魔法を俺様の国民(もの)に巻き込んだら本当にブッ殺すぞ』

 

 同意していた。そしてどれも違反していない。バーバラはルールを遵守している。

 もし、バーバラが生存しているのであれば、あれば―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここで、バーバラが事前に立てた八つの作戦の内、使いたくなかった七つ目を明かそう。

 

 バーバラの作戦その7、逃げる。

 手を尽くしても勝てないと思ったら逃げる。

 この闘技場のルールに反則はない。降参か気絶をしなければ負けにはならない。

 10年後か20年後に勝てばいい。さらばリーザス。

 

 そう、まだバーバラはコロシアムのルール的には負けていない。

 これが今代の勇者バーバラ、エスクードソード逡巡モードの全力だった。

 ザンス・リーザスと決闘形式で戦って勝敗不明。勝負預かり。

 

 

 

勇者はまだ、生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ゆうしゃ は にげだした!





魔法防御
 戦士タイプなら大体持ってる。レイの雷とか分かりやすい。
 自然雷のような一撃をランスなら衝撃で膝が折れたり痺れたりする程度。
 魔法使いのタイマンは辛い。

人間の盾
 原作では役に立たないクソチップが神チップに。
 語源に似合わず大活躍。

lv305 ザンスが受けたダメージ
 頭部打撲+眼球打撲+右足甲貫通+全身重度火傷+左腕裂傷
 ゲーム的には炎上で数十ターン火属性魔法投げ続けた。

バイ・ラ・ウェイ
 死神の必殺技。ランス9参考。
 必殺技に具体的な範囲や攻撃のイメージが出来るっていいよね。


 バーバラが無い知恵を絞って裏ボスに勝とうとする戦い。
 今の勇者のフルスペック、いっぱいいっぱい。
 追い詰め過ぎればポンコツ勇者も頑張る。でも、勝てない。それがlv300魔王の子。
 lv300勢をまともな戦いにしようと思ったら主人公はこれだけ強くないと基礎スペックで捻り潰される。


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王都リーザス⑤ 勝者は誰か

「あははははははははははははははははははは! あーっはっはっはっはっはっは!」

 

 高笑いが、日が沈んだリーザス城下街に響いていた。

 中央公園、噴水近くを凄い速さで徘徊する影がある。徘徊、というのも足取りがおぼつかず、次にどこへ行くかまた変わる。そうしてまた戻ってくる。

 完全に、不審者であった。

 

「あーっはっはっはっはっはっは! ああ可笑しい! あはははははは!」

 

 その不審者とは、勇者である。徘徊勇者バーバラが公園をふらふらと漂っていた。

 

「あははははは……うぅっ……べぇっ…………あははははは!!」

 

 バーバラは上機嫌なままで喀血(かっけつ)した。笑い声にも血が絡み、時折粘ついた声になる。それも無理はない。肩からかかる傷跡は、肺にまで届き、深く深く切り裂いているのだから。

 それ以外の傷跡を見ればキリがない。かざした右手はずたずたに切り裂かれて、どうして繋がっているのか不思議な状態だ。左足の肉は削げてて、歩いていられる理由がわからない。背中の傷も深いようで、ぽたりぽたりと歩く度に鮮血が続く。

 しかし勇者は笑う。生きているから、これが笑わずにいられない。

 

「絶対……絶対死んだよ! でも……あははははは!」

 

 バーバラはバイ・ラ・ウェイの直撃を喰らった。勇者特性を信じて受けすら放棄して身を任せて、体中の至るところを切り裂かれた。ここまではいい。

 奇跡か、偶然か、ばら撒いた防具の内一つが爆ぜて舞い――バーバラにとってはどうでもいい、ぷるぷるの盾が一部を受けた。その盾に含まれたぷるぷる成分が如何に作用したかは解らないが、ザンスの斬撃の一つを跳ね返した。その斬撃は歪んで乱反射して、流れの中でバーバラを乗せた。

 バイ・ラ・ウェイに乗っかかる形になったバーバラはコロシアムの壁を貫通し、リーザスの城門に激突し――リーザス城下町まで弾き飛ばされていた。

 

 バイ・ラ・ウエイの直撃、コロシアムの壁破壊、城壁の貫通、これら三つをまとめて喰らって尚生きている。魔人級の身体は伊達ではないが、それに奇跡が絡まないと不可能な話でもあった。

 

「あーあ、完全にハイになっちゃってー……」

「だってコーラ! 可笑しくてしょうがないでしょ! うふふふふ……! あはははは!」

 

 噴水に座る従者は勇者の乱痴気騒ぎを冷めた目で眺めていた。ただ、バーバラがここまでおかしくなる理由も理解はしている。

 

「ああおかしい……! 世界がくるくるする! 太陽が三つに見える……うふふふふ……!」

「はあ……動けても、これじゃ意味無いですねー」

 

 勇者は、逃げる為にヤバい薬をキメていた。

 半死半生になって動けるような根性は今のバーバラにはない。城壁を破ったところに倒れ込んでいては、やはり兵士に見つかって連れ戻される。痛い思いをしたのに、負ける時と同じ結果だ。それは嫌だった。

 

 だから飲んだ。禁断違法ドラッグ、ハイポーションを。

 

 リーザスが押収したものを、適当にコーラがくすねたものだった。ただ、回復量は屈指だから毒と知っても、バーバラは冒険者鞄に入れた。それが大技を喰らい、倒れ伏す勇者のところに悪魔の囁きの如く、手元に転がっていた。

 バーバラはそれを飲むと、痛みは消え去った。それどころかどうしようもなく気分が高揚し、世界が輝いて見えている。

 

(あーでも、想定されているより効果が異常に高いですね。完治しそうです)

 

 禁断違法薬の影響によって、少しづつ、少しづつではあるが癒えている。勇者の身体能力の高さや相性が良い為、通常ではここまでの回復は望めないだろう。

 例え狂って、多くの血を喪っても、一夜にして回復する。それだけの効果がこの薬にはある。今もまた、皮だけで繋がっていた指が、キラキラと光りを放つと動かせるようになった。

 

(ひょっとして、エスクードソードはこのあたりを素質だと思ったんでしょうか)

 

 徘徊勇者は回復を待って、休んでいるとも言えた。あまりにも気狂いな姿だが。

 

「あははははははは! 最ッ高ねこの薬! まだまだストックはあるし、ジャンジャン使っていいんじゃない!?」

「副作用がヒドいですから、覚悟してください……ああ、三つしかないんでしたっけ」

 

 世界(システム)の加護により、副作用は三つに抑えられる。本来だったら今まで喰らった副作用も含めてまとめて勇者を襲う予定だった。

 コーラの目から見ても、その内の一つは既に発動していた。

 

 迷子。

 

 平衡感覚を失い、今の場所がどこか分からなくなり、目の前のものしか見えない。

 バーバラはハイな気分になって、抜け出したつもりだった。それなりに走ったから、もう城下リーザスを出ただろうと。しかし実際はこの公園をただぐるぐると回って、不審者としての姿を垂れ流しただけに過ぎない。

 

 ポンコツ勇者はどうしようもなく――壊れていた。

 

「まぁ、勇者ですし副作用はあっても中毒性やら依存性やらは廃されるでしょう。ジャンキーにはならないだけ、マシですか」

「ふふふ……コーラ、何言ってるのー?」

「そろそろ次の副作用が来るからハイな気分も終わりって事です」

「あははは…………!?」

 

 突然、痛みとは別の感情がバーバラを支配した。腹全体が溶けて、巡るように下に落ちる感覚。

 

「えっ……!? ちょっ……! あれれぇ……!?」

「腹下しですね。決壊は遠いけど内股になりますよ」

 

 コーラの言う通りだった。バーバラは股を閉めていなければならないような感覚に囚われた。腹が落ちるような感覚は止まらない。痛覚とは別に、この感覚だけは流し込まれて気にするしかない。

 気を抜いたら、腹の中を垂れ流しそうな危機感にバーバラは囚われてしまった。

 

「そろそろ迷子も収まるし移動しますか。こっちですよ」

「ちょっ……!? こうなってから案内って酷くない!?」

 

 ハイな時とは別の理由でよろめきながら、バーバラは公園から抜け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

「要は、こっからは耐えるんじゃなくてブッ殺しに行く話になっただけだな!」

 

 ザンスは踵を無理やり返した。既に右足の感覚は無くなって久しいが、勝負がついていないなら戦うしかない。

 

「あ、それは違うと思うの。今はザンスも体を休めましょ」

「はぁ?」

「もう、逃げられないから」

 

 リアは遠くの城下町以降の門を見ていた。そこに用意しているものがある。

 

「息子をこんなにした新勇者、ぜーったい逃がさないんだから♪」

 

 城下町の城壁には、黒い鎧の兵士が並んでいた。一定の間隔で、止められるように全周に立っている。黒兵の内、指揮官と思わしき紫髪の女性が大きなメガホンを持ち、広報を始めていた。

 

『リーザス城内コロシアム、ルールの変更をお伝えします。リーザス城内コロシアム、ルールの変更をお伝えします』

 

 凛とした声は、魔法拡声器から良く通って城下町、城内全体に響いていく。

 

『つい先程、ルールの変更がありました。闘技エリアは、リーザス城壁内となります。王都リーザスを超えた場合、反則負けとなります。繰り返します……』

「…………………」

「これで新勇者は袋の鼠か反則負け。ザンスは休んでいいわよ」

「いつから、これだけ軍隊配置していたんだよ」

 

 城内の兵士が増員されていたのは分かる。だが黒の軍が城壁外も固めているとは思わなかった。ザンスの目からは見えないが、実は緊急招集をかけてリーザス城下は味方の軍に包囲されている。

 

「名前が提出された時から。逃げる可能性あるし、ザンスが間に合うまで時間稼げる状況作ってから勇者いるよーって呼んだの」

「あれだけアイテムやら色々使ってきたのは……」

「勝てる可能性見せたら、逃げなくなるでしょ?」

 

 そもそも開始時点で、全てリアの掌の上だった。

 リアとしても、バーバラがあそこまでえげつない事をするのは想定外だったが、今の状況は概ね問題がない。

 

 バーバラは現行ルールを利用しきった。

 ザンス・リーザスの性格を把握して行動を予測し、相手を誘導し、有利な状況を作って、ハメ殺しの状況を築きあげた。誰もやらなかった方法によって攻めて、実力差のあるザンスをほぼ満身創痍の状況まで追い込んだ。突破されても勝負預かりの状況まで持ち込み、バイ・ラ・ウェイまで引き出したのは偉業と言っていい。

 

 だが、そもそも古来からルールありの戦いで最も強いのは、ルールを利用する側ではない。

 ルールを作る側なのだ。

 

「ふっふーん♪」

 

 リアは、息子の役に立てて満足していた。

 

 

 

 

 

 

 

『反則負けになります。反則負けになります……』

「あ、あははは…………」

 

 勇者は辺境への出入り口近くで、女の子座りで崩れ落ちた。本当に、乾いた笑い声しか出ない。ハイな気分も吹っ飛んでいた。

 

 あんなに考えたのに、あんなに頑張ったのに。

 嫌な事も、痛い事も耐えたのに、自殺のような事もやったのに。

 リーザスは逃がしてくれない。

 負けて、犯されて、玩具。その未来が――――

 どうしたら、これからどうしたら……

 

 バーバラはまた、知恵熱を出し始めた。

 そこに声がかかるまでは、魂の抜け落ちた表情をしていた。

 

「ああ、バーバラさんですね」

「えっ…………」

 

 気づくと、和装の美人女将がこちらに近づいていた。

 

「ほら、一昨日予約した時にお会いしました、氷砂糖の女将です」

「あ、ああー……」

「バーバラさん、結局来なかったので心配しましたよ。それに服も体もボロボロじゃないですか」「ちょ、ちょっと冒険が長引いて、徹夜しちゃって……」

 

 一般人から見て、かなりのボロボロと感じる程度までバーバラは回復していた。

 女将――堀川奈美が落ち着いて指摘出来るのも、命にまで影響があるとは思えない、冒険者なら稀にこれぐらいの傷を負って帰ってくる事もあるだろうという程度になっている。

 ハイポーションとバーバラの相性は、この世界としても異常に相性が良かった。

 

「そうでしたか。それは大変でしたね」

「うっ……!」

 

 バーバラは下腹部を抑えた。もう限界が近かった。縋りつくように奈美の裾を掴む。

 

「す、すいません。おトイレ、貸してくださいぃぃ……」

「それは大変ですね。どうぞついて来てください。こちらです」

 

 女将に案内されるがままに、バーバラはお手洗いを借りて、そのまま空き部屋の鍵を一室貰った。

 格闘する事数時間、少女は自分の部屋とされるところに戻る。

 

「はぁ……地獄だったわー……」

「まあ、とりあえず凌ぎましたねー」

 

 この従者という生き物は、宿を取るとセットでついている。何故か絶対にいた。バーバラも突っ込もうと思わなかった。

 

「今日一日は、本当に、本当に、本ッ当に地獄だったぁ~……」

 

 貰った紫色の浴衣に着替えて、バーバラは布団に飛び込みながら今日一日を思い浮かべた。

 徹夜からスタートして、生き埋めにされる。

 リビングデッドで起き上がり、闘技資格を手に入れる。

 城壁を乗り越える代償として、徹夜、幻聴、尿管結石でのたうち回る。

 そのまま闘技で連戦。勇者の力で頑張って勝つと理不尽な王子が登場。

 死力を尽くしても勝てなくて、挙句自殺紛い。

 そして継続中。実は軍隊に包囲されて逃げられない。

 

「どうして、どうしてこんな事に……」

 

 バーバラは翔竜山に登ってから何度目になったかわからない言葉を呟いていた。口癖になりつつある。

 

「今日はまだ終わってませんよ。これからあるかもしれませんが」

「ないない。足潰してたお陰でザンスの機動力は私の半分以下になってた。なんだかんだやった価値はあったのよ」

 

 少女はぱたぱたと足を揺らして枕を抱える。

 先の試合、最高形は足を潰しきって闘技場中央でキャンプファイヤーが目的だった。片方しか潰せなかった為に動いていたが、魔法も手札(チップ)も投げる余裕があった。焼き潰しをしているし、当分ザンスとの追いかけっこでは負けないだろう。

 バーバラはそう判断した。そして知恵熱を出し始めている。

 

(次どうするかなぁ……マグマあったけど誘導して突き落とす? 城壁に安全に侵入する方法が無いし、そこから探す必要あるのかな。そもそも外どうなっているんだろ。明らかに正規軍っぽいよね。広報している人も明らかに他の鎧と別種で……)

 

 負けて、犯されて、玩具。まだ彼女の最悪の未来が酷い。

 どうにかならないと考えて、考えて、考える。普段の能天気の影も無く、徹底的に追い込まれていた。

 そんなところで、ぽつりとコーラが呟いた。

 

「ポンコツ勇者、そろそろですかね」

「へ?」

「あなたの三つ目の状態異常、何だったのか見定めていたんですけど確定しそうです」

「……え――――ッ!?」

 

 何を言っているんだと言い返そうとしたところで、ドクンッっと心臓が早鐘を打った。

 熱。

 頭と、胸と、わからないもの。

 少女にとって、初めての感覚。

 

「興奮。頭の中がピンク色になります」

「え……え……これ、なに……!?」

「あー、その衝動自体分からないんですか」

 

 熱い。熱い熱い熱い。

 世界がぼんやりとして来て、境目がわからなくなる。

 

「性的衝動です。発動時間はランダムで、遅くなる程強烈かなーと」

「コーラ、たす……けてぇ……」

 

 何故か、人肌が恋しい。体温が恋しい。近くに居たい。手が伸びる。

 しかしコーラはあっさりと躱して、部屋を出ていく。

 

「私は交尾はやりません。適当につがいを探すか、自慰で解消してください」

「じ……い……?」

「序盤でその感じだと、我慢出来なくなって猿になるか、股を開くかでしょうね」

 

 コーラの言わんとする事はバーバラも理解し始めた。この熱に我慢出来ずに、男を求めてしまう状態になるというのだろう。最早熱は知恵熱の比ではない。ぐるぐると少女に抗いがたい熱となって、何かを突き動かしていく。

 

「まぁ、どういう結果でもいいので。勇者特性もあるし相手には困りませんよ、それでは」

 

 そう言って、従者は部屋を出て行った。

 

「あ……ああ……あっ……」

 

 肌と衣擦れの感覚すら鋭敏になって心がざわめく。

 少女は自分の知らない何かに突き動かされていく。

 

 

 この日、バーバラは初めての性的快感に一人きりで耽った。

 求めるところ止まらなく、日付が変わっても意識を落とせなかった。

 




ハイポーション
 飲むとたちまちハイになるポーション。回復率999と正露丸と違ってダンチ。
 バーバラ専用チートアイテム。ルド世界なのでご納得下さい。
 コーラが箱ごとパクッたせいでガッツリある。無限と思っていい。
 バーバラは二度と使わないと心に決めた。

バーバラの特殊固有能力 消費アイテムの相性が良くて、効果にブーストがかかる。
 主人公だし、ちょっとずつ分かるようになる。チートをいきなり出す気はない。
 ポーションややくそうの効果が凄く高い。勇者っぽい。
 ルド世界の女勇者だから仕方ないね。

迷子
 帰り道が分からなくなる。急いで城下町に帰れなくなる。詰んだ状況で使えるお帰り盆栽が無理。地味に痛い。
 
内股
 腹を下す。女性は辛すぎるけど汚いのは書く気ないので……
 

興奮
 頭の中がピンク色になる。変な画像が見えるだけで男には無害。女には……
 効果は遅効性だが、超強烈。
 バーバラ自身の固有能力と相まって、理性を総動員しようが抗えない。

次の話はR18内容のみになります。


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氷砂糖の夜 ★★★

あらすじとバーバラのビジュアル色彩、詳細設定
 ビジュアルはランス10,ブックレット参照。
 154cm,14歳だけど前衛だしヘルマン人だし多少はね。
 金髪、ヘルマン人によくある感じとぶん投げる。第一話で勢いのままに確定させた。
 青く澄み切った空色の瞳。既存金髪ヒロイン勢には被らんはず。
 体型的にはイベットが一番近いのかな。半歩胸小さく、C~Bってとこかな?
 まぁそんなイメージで書いてます。

あらすじ
 ザンス・リーザスとの決闘から逃げる為に必殺技を喰らい、治療の為にハイポーションを使った新勇者バーバラ。
 しかしそのハイポーションは危険なドラッグ的側面があり、性的な興奮を与えるものだった。
 宿屋の自室でその効果は発動し、自身に初めて沸き上がる熱に苦しむバーバラは……


 熱だ。

 少女の中には、ひたすら熱がある。

 

「ふっ……うっ……あっ……」

 

 浴衣姿で悶える少女――バーバラは、自分の中にある熱に耐えていた。心臓が早鐘を打ち、その熱は下腹部に集まり、何かを訴える。

 

 鎮めて、寂しい、埋めて。

 

 そんな雌としての本能の叫びが、体を動かそうとしている。

 

(ああ……熱い、あれ、なんでこんな格好に……?)

 

 自分を縛るように布団に潜り込んでいたのだが、熱に支配された体は帯を解き、肩を出し、ほとんど全裸手前の状態になっていた。

 

(――――欲しい)

 

 バーバラは、乾いていた。砂漠で水を求めるように、この場にはないものを。

 吐く息は熱く、荒い。

 

『あーまったく、院外の翁戦を見に行ったのは失敗だったな!』

 

 遠くから、野太い声が聞えてきた。男の声だ。

 何故か、バーバラの意識はそちらへ一気に向き、鋭敏な耳目をそちらに使いだす。

 

『何時間楽しめるかって思ったんだが、結局最後は炎上だからなあ』

『トトカルチョにお布施した意味がねーぞ。最後の勝負の結果もどうなったやらわかんねーし』

 

 性欲を発散するつもりで、エロバトルに金を出した冒険者パーティの会話だ。

 空振りに終わって、滾る欲望をどうしかねたものかと酒の席で不満を漏らしている。

 普段は乱暴なだけで、忌避するべき声が、今のバーバラには魅力的に聞こえる。

 

「あっ……だ、駄目……」

 

 熱に支配された体が、腰を浮かしかけた。この状況で彼等の前に出たら、きっと耐えられない。

 

 あそこにいこう、だめ。寂しい、やめて。

 

 本能と理性の戦いは、余りに辛く、堂々巡りの中で、彼等の話に心を奪われる。

 

『しっかし、あのバーバラって娘が犯されるところ見たかったぜ』

『まったくだ、犯してやりてえわ』

『マジで今まで見たどんな女より良いからな。きっと犯したら気持ちいいんだろーなあ』

 

 やはり、冒険者達もバーバラを見て興奮していた。試合中にいやらしい目線があったのも覚えている。その事実が、今ばかりは鼓動の高鳴りと高揚になる。耳から聞こえる忌避していた欲望が、魅力的な提案だった。

 

『なあ、もし俺達がバーバラを犯すとしたらどうするよ?』

『そうだなぁ……とりあえず皆で囲むだろ? そこから罠でハメて動けなくするんだよ』

 

 五、六人からなる男達の猥談が始まった。

 淫猥な話はバーバラの耳を、意識を犯していく。

 冒険者達はバーバラを襲って、剣を奪って縛った。何もできなくなった少女に男達は下種な欲望を一方的にぶつけられる。抵抗しても、もう動けない。

 

(囲まれて、縛られて、動けない……)

 

 どうしても、バーバラの脳裏にその構図が浮かぶ。今までは玩具にされる最悪の未来が、魅力的に見える。

 狂熱が訴える、そこに従えと。求めているものはそこにあると。

 世界に集中するようにバーバラは目を閉じて、手はいつしか、身体に添えていた。

 

『新人のバーバラちゃんを犯すとするとだな……胸から行くな』

『胸? 犯すのにか?』

『あの鎧を剥いで、皆の前で揉んで見せるんだよ。まずは相手の反応を見るのが大事だろ?』

(胸、揉む…………揉まれて……)

 

 バーバラの手が無意識に胸に伸びた。

 少女の柔らかい掌は、無骨な男の手の意思が込められたかのように、乳房を強く掴んだ。

 

「ああっ……!」

 

 跳ねる。首を上げて、甘い声を漏らす。

 熱い吐息と共に感じる求めていた感覚。体の中の熱をさらに高めるような、あるいは引き上げるような期待していた感覚に、少女は悶えた。

 

『形もいいだろうしなー。大きさはそこまででもないが、弄ったら楽しそうだ』

「揉む……ああっ、あっ、はぁっ……弄られてる、だめっ……」

 

 一度気づいたら止まらずに、狂熱はさらにバーバラを炙る。

 閉じられた瞼の中、忌避していた男達の目に囲まれている。自分は今弄ばれているのだと。

 少女の手は拙い。気づいた快楽の端先を懸命に掘り起こそうとするように、力任せに乳房の形を歪める。普通なら痛みに感じるだろう強引な指使いだが、薬物による圧倒的な性的興奮が勝り、甘い声は上擦っていく。

 背筋が電流が走ったかのように伸び、甘い感覚が僅かに残っていた理性をどろどろに溶かす。

 バーバラは手を動かしやすいように横向きに寝返った。甘い吐息を漏らしながら足を動かすと、粘性の高い水音がした。

 

「んんっ……は、ぁ……」

 

 熱の本体は下腹部にある。薄々気づいていた、胸を揉んで高まるが、それはあくまでもこれからの為のものに過ぎない。既に十分過ぎる程愛液で濡れていた秘所の水音。驚いたり羞恥に感じるべき心は、媚毒に殺された。

 既にバーバラは気づいていた。秘所に手を当てたらもっと気持ちいいと。本能もそう言っていた。だが手は胸を弄っていて、耐えている。

 

『そろそろスカートとかを剥いでいる間に吸ってみたりとかなー。出るわけないだろうがな!』

『これから母親にするんだからな! お前が吸ってるんだったら俺が一番槍だ!』

「あ、ああっ……! 弄られて、吸われて、ふぅっ……」

 

 男達の猥談はバーバラの昂ぶるペースを無視して行われていた。愛液を溜めた花弁の囁きも強いが、今のバーバラは男達の猥談の奴隷となっているため、手を秘所に当てられない。

 

(――――気持ちいい。いやらしい目線が、声が気持ちいい! ああ、速く……はやくぅ……!)

 

 バーバラの初めてのオナニーは、男達が自分を犯す妄想をオカズにしたものになってしまった。

 勇者になってから幾度となく見た目線。下品で、いやらしくて、悉くを斬って捨てた男達。

 その全ての記憶が、視線が、猥談と合わせてバーバラを快楽の虜にする。

 

『そろそろヤル話行こうぜ。相手も決まったことだしよ』

『当然俺からだ! 勿論容赦無しでずばっと犯す!』

「あっ、はぁっ……

 

 歓喜の声を上げて、バーバラは自らの手を秘裂へと導く。

 経験が無いため、思い切った事はしない。ただ、二本の指で花弁を撫でただけだった。

 

「ああああっ……!」

 

 刺激に求めていた花弁が反応し、バーバラに芯まで溶けるような快楽を送り込む。

 

「あっ、ああっ、ひぅっ……! はぁっ……あ、ああっ……す、凄いよぉ……!」

 

 そのまま、止まらない。引き戻して前へ、引き戻して、より気持ちいいところへ。

 バーバラは雌としての悦びに夢中になっていった。

 

『好き勝手に腰をガンガン使って、そのまま覆いかぶさるように胸を揉む。俺のチンコは固いからな、処女を抉るのに持って来いだ。耕してやるぜ』

『俺は見抜きがいいからなぁ……顔にぶっかけてやるべく、見せつけてやるかな』

『脇を使ってやるか、体中精液塗れにしてやろう』

 

 男達の声はバーバラの耳を犯し続ける。閉じた世界で少女が見えるのは自分が犯されている光景ばかり。

 

「あっ、犯されてる……犯されるぅ……! いやっ……やめてぇっ……んんっ!」

 

 未だ嗅いだ事の無い精液、膣内を行き来する感触、白濁に汚される屈辱感。全てを忌避し、望みつつ――――花弁を苛め抜く。

 愛液が増し、二本の指に粘性が高いものが纏わりつき、行き来がスムーズになる。

 

(ああ、気持ちいい! こ、こんなものがあったなんて! いい、いいよぉ……!)

 

 バーバラの頬は赤く上気し、口元は涎を端から垂らす。天上の幸福がここにあるかのように、声は惚けている。激しく動かす二本の指には、男の獣欲が乗っている。それこそが麻薬のような快楽を少女に与えてくれる。

 

「犯されて……犯されてぇっ……ああっ、あ、ああ、あああ!」

 

 やがて、下腹部の熱が集中し、一つの到達点が近づいていた。怖さよりも、求める欲の方が圧倒的に強い為止められない。むしろその時を高めるように、花弁を苛める手は小刻みに速くなっていく。

 瞼の裏に見える光景はいよいよリアルに、そこにいるように感じさせて、男達に犯されている事を望んでいた。

 

「あっ、犯してえっ……はぁっ、犯してえ! あははぁっ……

 

 最後の理性の糸は焼き切れ、バーバラは犯してと喘ぎ声が連鎖するだけの雌となり果てた。甲高い声が連鎖し、声を抑える事もなくなった。聞こえているかどうかを気にする事もない。雄を求めて、身体を強く布団に擦りつけて全身から快楽を少しでも得ようとしている。

 

(何か、何か来る! ああっ、来てぇ! 気持ちいよぉ!)

 

 バーバラが初めての絶頂を望む中で、拙く動かしていた手が偶然にもクリトリスを押し込んだ。

 初めて陰核に来た強い刺激が、トドメになった。

 

「ああああああああっ!」

 

 びくん、びくんとバーバラは体を痙攣させた。花弁が収縮し、強く指を締め付ける。愛液が指の隙間から漏れるように跳ねる。足先はピンと跳ね、空を漕ぐように少し動く。

 バーバラは余すところなく深い絶頂を堪能し、二度と忘れられない記憶を刻み込まれていく。呆けてだらしない顔で微笑み続け、すーーっと糸を引くような長い快楽に浸っていた。

 

(す、すごい……すごかったぁ……)

 

 一分か、二分だろうか。ようやく頭がほんの少しだけまともに動き出した時、バーバラが思ったのはそれだけだった。

 ただ気持ちいい、気持ち良かったという感情だけだ。

 自分の身体にこんなものがあったなんてと、どこか感謝すらしていた。

 それはポーションの効果によるもので、未だ継続中である事すら意識をせずに。

 

「あ、ああ……? どう、して……」

 

 初めての絶頂が終わっても、熱は終わらない。

 むしろ知ってしまった分、指が寂し気に動いていた。

 次はどうしようか、そんな悩みだけがある。

 

『次は俺の番だな。まずはねっとりとしたフェラチオからだ。あの綺麗な口の中に俺のチンポを突っ込むんだ。涙目だったらそそるぜ』

 

 また、野太い蠱惑的な声が、指示を出した。

 そう聞くと、バーバラの胸に当てた手が口元に伸びる。

 

『その間に暇だから俺がマンコに入れてやるよ。お前等の中では一番大きいからきっと効くぜ。ガンガン犯してやる』

 

 花弁を撫でる手が、二本から三本に変わった。また花弁を擦りつけ始める。

 

「あっ……はぁっ、お、犯される、犯されるぅ……

 

 夜は更ける。男達の下種な猥談と、厚い壁を挟んだ喘ぎ声は止まる事がない。

 やがて男達の声が途切れても、バーバラが想う内容と熱は変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




余韻を残す為の空行

バーバラのエロ性格の変化

 これまではいやらしい目線、性的目的≒敵=容赦しないという思考回路を持っていた。
 一般的な恋愛、結婚観が正しいものと考え、冒険者という危険な職業的にも性的な事に対しては徹底的に忌避していた。
 だが、初めての性的快楽は今まで排除してきた下種な男達の言葉をオカズに使ったものであり、媚薬の力による圧倒的な快楽を前に、「自分が犯される」ということに対しての嗜好を植え付けられてしまった。自分も同じ欲望に屈した結果、下種な欲望を完全に否定しきれなくなってしまう。

 勿論、エロ性格で何かが大きく変わるという事はない。
 犯されたいから負けるとか、そういう方向性には一切ならない。
 発情、媚薬状態なので本人がノーカン扱いにする黒歴史でしかない。
 ごく当たり前の少女の心の方が素なので、表面上はこれまで通りだ。
 ただ、ザンス戦の前にこういう事があったら、勇者特性頼りの自殺紛いな事まではやらなかったかもしれない。


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王都リーザス⑥ 非武装時間

「おはようございます。ゆうべは、お楽しみでしたねー」

 

 部屋の扉を開けた勇者を迎えたのは、従者のニヤつき顔だった。

 

「コーラ、あんたほんっとうに性格悪いわね……」

「勇者がエロい事やってた時のお約束ですよ。楽しかったでしょう?」

「ちっとも! 最悪の気分よ!」

 

 バーバラは不機嫌そうに足を鳴らして階段を降りる。衣服も態度も普段と変わらず、コーラの毒舌にも不快感を示す程度の対応だった。媚薬の影響は全く無いように見える。

 しかし、コーラにはバーバラが起きた時刻も概ね分かっている。

 

(復活するまでにこれだけの時間使ってるようじゃ、バレバレですけどねー)

 

 これまではバーバラは早寝早起きであり、日が昇ると共に動き出していた。今日はもう既に昼前だ。大方全て薬が悪いという事にして、黒歴史として封じ込めるのに時間がかかったのだろう。

 下の階から喧騒が聞こえる。バーバラはいつものポンコツ具合を発揮していた。

 

「先日の予約のキャンセルと今晩をまとめて、10goldで結構ですよ」

「ぐっ……」

 

 バーバラは一文無しのまま、女将の善意に甘える格好で宿泊していた。チェックアウトする時にお礼を言おうとしたら、流れの中で宿泊費の話になってしまった。軽い気持ちで言った奈美の言葉は、この瞬間では出せないものだ。

 一瞬どうしたものかと逡巡したあと、バーバラは背中の鞘を掴んだ。

 

「お金は今ないです。ごめんなさい! 変わりにこの鞘と剣を預かってくれませんか!」

「ええっ……!?」

 

 奈美は鞘と、抜き出された刀身を見る。鞘そのものでもかなりの値打ちモノと分かるが、剣はそれをさらに隔絶していた。刃こぼれも錆びもなく、永久にそうであるような神造物。この世のモノとは思えぬ逸品だった。

 

「これは国宝級の剣、ですよね?」

「エスクードソードって言って、伝説級の武器なんです! お金を稼ぎに行きますから、その間はこれを担保に待っててくれませんか!?」

「バーバラ、流石にこれは……」

「従者は黙ってて!」

 

 コーラは驚きと呆れを混ぜた表情を浮かべた。

 まさかここまで馬鹿とは思わなかった。一泊の恩義に伝説の剣を差し出すなど、信じられない。闘技は継続中だし、唯一の武器を預けるなど自殺行為に等しい。

 

「大丈夫大丈夫! ちょっとお金に替えるだけの間だからあっという間よ!」

 

 金に関して、このポンコツは目先しか見えていない。傍から見れば怪しい話過ぎて、転売か取り合わないかの二択しかない。

 ただ、この女将の琴線には振れていた。

 

「ふふ……」

 

 奈美は剣とバーバラを交互に見て、そしてある部屋の方角を見てから……剣を返した。

 

「いえ、結構です。私はもう持っていますので」

「もう持っている、ですか?」

「かなり昔に同じケースでお客様が剣をお預けになったまま、完全にお代を踏み倒したんですよ。二十年以上前の事です」

「うっ……!」

 

 しまった、どこかの馬鹿がやらかしていたか。

 不利と悟ったバーバラは頭に手を当てた。

 それでも出した手札は引っ込められないとばかりに、言葉を紡ぐ。

 

「ああいや、私の剣はとっても良い剣ですし、ちょっとお金に替えるだけですし……」

「いえいえ、お代も結構です。剣をお持ちになってください」

「へ? いいんですか?」

「そのお客様の剣の価値は高騰しまして、今では家宝の剣です。家宝の剣は二つも要りません。それでも、若い頃の素敵な日々を思い出させてくれたのは、当旅館の百泊ぐらいの価値はあると思います」

 

 奈美にとって、10goldの借金で剣を預ける冒険者はこれで二人目だった。

 全く似てないが、どこか面影のある状況に懐かしさを覚えつつ、目を細める。

 

「バーバラさんもきっと良い冒険者になりますよ。ですから、これは先の借りを作っておくという事で、今後とも我が旅館をご利用ください」

「あ、はい! ありがとうございます!」

 

 安堵したか、バーバラは花のような笑顔で頭を下げた。

 主従は一緒に荷物をまとめると、慌ただしく旅館を出ていった。

 

「ふふ、ランスさんとはまた違いますけど、賑やかで明るい方はいいですね」

 

 リーザスは今日も穏やかであり、とりたてて動きはなし。

 そろそろ食材を郊外から取り寄せに行こうかと、奈美は足取り軽く支度を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 リーザス城下街。中央公園の木陰のベンチで勇者は涼んでいた。

 レベル屋に行ってレベルを上げたり、逃げ道を探してみたがすぐに諦めた。というのも、城下町の潜伏が苦ではないのだ。

 捜索の兵士もいるかと気にはしていたが、リーザス側は強く締めつける気が無いらしい。城下町の兵士は普段と変わらず、城壁外も見た目だけは和やかな雰囲気を見せている。

 たった一人の闘技者に必死さを見せる気が無いのか、それとも別の策があるのか、どちらにせよバーバラにとっての精神的な負担は少ない。

 

「あ~っ……いい天気ねぇ……」

 

 闘技だのなんだの馬鹿らしいと、バーバラは緊張の糸をほとんど切っていた。

 遊具で子供達の遊ぶ声が聞こえる。女学生がここを通ったり、中には初々しいカップルが軽食を食べて歓談している。兵士と主婦が和やかに挨拶をして、世間話をする。わんわんとにゃんにゃんがじゃれている。

 

「おいでおいでー……って来ないよね。私、嫌われてるし……」

 

 なけなしの携帯食(ヘルマンパン)で釣ってみたが、むしろ遠ざかった。バーバラ個人はどっちも好きだが、何故かこの手の小動物は遠ざかるのだ。漂う不幸の気質か、滅多に触らせてくれない。子供の頃捕まえたら、全力で泣き喚いてお漏らしを喰らった。

 溜息を吐き、それでもこの平和な景色を少女はゆったりと眺める。

 バーバラはこの光景が好きだった。いくらでも暇を潰していいと考える程度には。

 

「バーバラ、終わりましたよ」

 

 ただ、いつまでもという訳にはいかない。従者は有能であり、彼女に暇を潰す時間を与えずに粗方の事をやってしまう。

 この光景に名残惜しみつつ、バーバラは相槌を返した。

 

「ん。コーラ、どうだった?」

「バーバラの言うように全売却しては怪しまれるので、三分の一程度です。それでもカンガルーバー等様々な消耗品を捌いて、4000gold程にはなりました」

「十分ね! ふふふ……」

 

 悪い顔をして、上機嫌に皮算用をする。

 コーラの言う事が正しければ、暫くはお金に困らない。

 

 バーバラの作戦その8、高価な消耗品をパクる。

 消耗品は戦闘中に使ったという事にしよう。転売すれば金にはなる。武具や防具はちゃんと置いていってるし責められる謂れはない。

 ファイトマネーは頂きます。

 

 ザンス戦にて、バーバラは武器や防具を散々に投擲したが、売却の目がありそうな物はパクった挙句使わなかった。

 使い捨てのアイテム達は出し惜しみされ、コーラの謎リュックの中にドッサリと入っている。

 リーザスの宝物庫に存在する武器防具を売り捌いたら問題になるが、これなら多少の誤魔化しが効く。

 

「盗難、放火、建築物破壊、迷惑行為、遂に転売、リーザスの法には散々引っかりましたねー」

「なんでも使って良いって言って、なんでもありだからね、あっちが悪いの」

 

 闘技戦の最中には、ありとあらゆる法は無視されると言わんばかりの開き直りだった。

 漸くバーバラが振り向いた時、コーラは二つの焼きそばを持っているのに気がつく。

 

「食べ物、どうしたの? 散々いらないって言ってたのに」

「足下を見られたというか、これを持っていかないと売却に応じないと言われまして」

「ふーん……ま、いいや、座って」

 

 バーバラはベンチの端を叩いてコーラに座らせると、その内の一つを食べ始めた。

 

「……リーザスには珍しく、美味しいって感じじゃないかな」

「どこまでも呑気ですね。アリオスが焼きそばそうめんで食中毒を起こしたの、ここですよ」

「へえ? 馬鹿な勇者はここでやらかしたんだ」

「ええ。誘拐事件がその間に解決していました。あそこからおかしくなったんですよね……」

 

 神々のシナリオがおかしくなったのは、思えばあそこだった気がする。

 コーラは遠い目をしながら考える。ランスとアリオスの差は、神々が制御不能な状況まで変わってしまった。

 今のコーラに存在意義がなく、惰性で勇者の従者を続けてされられているに過ぎない。

 勇者らしい展開はあった方が良いが、次の指針が自分の中で示せなかった。

 

(どーしますかねー……このポンコツ勇者は、勇者を無駄遣いし続けるんじゃないでしょうか)

 

 面白い味だと漏らしながら、バーバラは幸せそうにバルチック焼きそばを啜る。

 この短時間の旅でも見えてくるものはある。バーバラは今や無限となったかもしれない勇者期間を、割と小さい我欲の為に使い続けるのだろう。

 この世界の主役を貰っておきながら、自分から勝手に剣を錆びさせていく。

 彼女の言うように大金持ちや名声に満足したら、そのままサボって暮らすだろう。

 そこで置物として、下僕として、コーラは生きていく。

 いつでも動けるようにと思ったらこの勇者のお世話とは、頭が痛かった。

 

「……はぁ」

「ごちそうさまー! でもちょこっと腹八分には足りないかなー……そうだ!」

 

 バーバラは、冒険者鞄から氷菓子の容器を取り出した。

 

「三日したら完成するってスラルの氷菓子、今こそ使うべき! 甘い物頂いちゃいましょう!」

「…………スラル?」

「わぁっ、美味しそう、それじゃいただきまーす!」

 

 コーラがどういう事だと誰何しようとする暇がなかった。

 バーバラは容器を開けて、そのアイスクリームを掬い、口に、含んだ。

 

「ぐええええええええっ!?」

「あー、毒ですね」

 

 バーバラは胸を掻きむしって、面白い顔で悶絶した。

 猛毒が体中を巡り、拒絶反応を起こし、激甚たる猛毒の反応を生きながら味わう。

 泡を吹く。全身の痺れに神経障害から来る呼吸困難。顔色は土気色になり、瞳孔は開いている。

「が……ぁ……ばば……スペース……」

 

 バーバラは従者に救いを求める事すら出来ぬ前後不覚の状態に陥った。

 違う世界を認識しながらのたうち回る謎生物と化した勇者に、穏やかな公園も騒然となった。

 

「な、なんだありゃ……? 悪いモノでも食ったのか?」

「医者を呼んだ方が良いんじゃないか? あの子、ヤバそうだぞ!」

 

 周囲が騒がしくなってきたのを期に、コーラはそっとバーバラから離れる。

 特に指示は無いし、もう付き合っていられない。忠告したのにどうして自滅するのか。

 

「あら……?」

「かあ様、どうしました?」

「少々、気になる話が届いてまして。もしかしたら……」

 

 そんな中で、緑髪の親子がバーバラの姿を認めて近づいて来た。

 

「どういたしましたか、旅人さん。何か悪いモノでも食べたかしら?」

「あばばばばばばば……」

「この症状は、知り合いの団子を食べた人と似通ってますわね……自分の名前だけでも、分かりますか?」

「な、名前は……バーバラ…………ぐふっ」

 

 末期の言葉を吐いて、バーバラは気を失った。

 

「……名前的にも、放置は出来ませんわね。アーモンド、荷物を持ってくれるかしら?」

「はい!」

 

 痙攣しているバーバラを抱きかかえて、妙齢の美女は公園を去っていった。

 彼女の名はチルディ・シャープ、リーザスを代表する女剣士である。

 向かうは自分の家へ、『KHIEN RESIDENCE』という門を潜っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 意識を取り戻したバーバラの目に飛び込んできたのは、緑髪の幼子が看病をしている姿だった。水差しを替えたり、大張り切りであちこちを動き回っている。そして病人の意識回復に気がついて、声をかけてきた。

 

「あ、起きましたか?」

「…………ここ、は? あなたは、誰?」

「わたし達のおうちです。わたしは、アーモンド・シャープです。お水、どうぞ」

「あ、ありがとう……」

「えへへへへ……」

 

 にこにこと笑って、アーモンドはバーバラが水を飲む姿を眺めていた。

 

「他になにか出来ますか? なにか出来ますか?」

「い、いや……ちょっと待って、考えさせて」

 

 バーバラは突如自分の置かれた状況について整理する。

 周囲は豪勢なベッドに、高級な調度品。開け放たれた窓からは中央公園を一望出来る。立地的に、リーザスでも一等地の豪邸の一室ではないか。つまり自分は、毒を喰らってここまで運ばれたという事だ。

 この小さな女の子は、背伸びがしたい時期なのだろう。善意だけで何かをしたくてたまらないと考えている。そして、相当良いところの女の子なのは間違いない。

 

(ん、アーモンド・シャープ……?)

 

 バーバラの中に、聞いたことのある名前があった。唯一幼い子供だとミルキーが漏らしていた、魔王の子の名前だ。

 

「ザンス、スシヌ、ダークランス……この名前を知っている?」

「あに様、あね様のことですね! みんな大好きです!」

 

 えへへーと朗らかに笑うアーモンドに、嘘偽りは無縁の世界だった。

 そして、バーバラにとっては最悪だった。事態を察知して顔が青ざめる。

 

「って事は、ここはチルディさんのお家!? バリバリのリーザス中枢だから私もう捕虜扱いじゃない!」

「? どうしましたか?」

「憧れで、嬉しいけど! 凄く嬉しいけど! 今はマズいのよ~!」

 

 チルディ・シャープが自分を救ってくれた可能性があるという事実。これから会えるかもしれないという期待。どれもバーバラにとっては普段ならば高揚するに足るものだ。

 だが頭を抱えるしかない。毒の影響か体はロクに力が入らないし、この天真爛漫な幼子の手を振り切って逃げ出すのも気が引けた。

 

「わたしに何かできますか? 力になります!」

「アーモンドちゃんでも無理だと、いや、でも……ううん……妹の前なら強引な事はしないのかな?」

 

 バーバラは駄目元で、身内からのお願いで止める作戦を考えた。

 アーモンドの小さな掌を両手で包み、祈るように目を合わせる。

 

「アーモンドちゃん。性豪王ザンスって知ってる?」

「せいごうおう、ザンスあに様がですか?」

「そうそう、あいつよあいつ。魔王の子で一番乱暴で女の子の敵な奴」

「違いますよ? エールあね様が言ってました。どうていおうだって」

「は?」

 

 一瞬、言っている意味が分からなかった。

 

「どうていおう?」

「どうていおうです。せいごうではなく、どうていだから絶対に間違えるなと」

「童貞王……ザンスが……?」

「はい。エールあね様は、何度も何度もザンスあに様をそう呼びました。ナギあね様も呼んでいました」

「えええええええ……?」

 

 童貞。

 ザンスが、童貞。

 今まで聞いた話を全てひっくり返すような情報だった。

 アーモンドは嘘をつく事はあり得ない。エールの名前は魔王の子でちらっと聞いた。つまり童貞という情報は身内筋のかなり有力な真実でもあると考えられる。

 

(どっちなの……? ザンスはプレイボーイ? それともチェリーボーイ?)

 

 あまりにも真逆で、どちらかによって取り得る立場が変わる話だった。

 仮に童貞なら犯される事は絶対に有り得なくなる。

 

「おう、こっちか!」

「酷い毒状態でしたので戦うのは無理かと」

「知るか! こっちだって治りきってねえ! 続きだ続きだ!」

 

 金属音と共に鎧が動く音が下から聞こえてくる。

 言葉遣いからして、ザンス本人なのは間違いないだろう。

 すぐに乱暴な動きでドアが開け放たれ、赤い鎧の偉丈夫が姿を見せた。

 

「バーバラ、やっと見つけたぞ! さあ剣を抜け!」

 

 今にも斬りかからんとする剣幕を前に、バーバラは鞘を手元に引き寄せる。

 

「ねえザンス、最後に一つだけいいかな?」

「もうつき合わねーぞ! テメェに散々やられてんだこっちは!」

「あんたって、童貞?」

 

 空気が凍った。

 ザンスと共に入ったチルディはバツの悪い顔で目を逸らし、ザンスは顔を強張らせた。

 そして、次のザンスの答えは――――

 

「どどど、童貞なわけねーだろ!」

 

 肯定よりも、真実が分かる否定だった。

 

「……………………っぷ」

「…………!」

「あーっはっはっはっはっはっはっはっは! 童貞! ザンスが童貞! あはははははははは! なんで性豪王なんて仇名ついてんのよ! あははははははははは!」

 

 もう我慢できないとばかりに、バーバラは腹を抱えて笑い出す。

 戦いなど、出来そうにもなかった。

 

「殺す!」

「はい降参ー! 私は負けましたー! ザンス様の勝ちでーす!」

 

 バーバラは鞘をぶん投げて無抵抗をアピールして、アーモンドに抱きついた。

 

「このクソアマ、これだけ、これだけ散々引っ掻き回してこれか!」

「アーちゃん良い子良い子、可愛いー!」

「えへへー……」

「アーはちょっとどけ! これからコイツボコす! そんで犯してやる!」

「きゃー犯されるー! 童貞に犯されるー! アーちゃん助けて―!」

「あに様、いじめたら可哀想ですよ」

 

 幼子は、こういう時どちらが悪いかは場の状況しかわからない。病人に殺気を向けているのは、兄だろうと悪いものは悪い。

 むしろ頼られた事が嬉しいらしく、ザンスに対して引き下がる気が皆無になったようだ。腕を懸命に伸ばしてバーバラを庇おうとしている。

 

「ざっけんな! コケにされた以上、コイツで卒業してやるよ……! アーをどかしてでも……」

「――――若」

 

 底冷えするような声が、ザンスの後ろから突き刺さった。

 

「あまり私の娘に、見苦しいところを見せないで頂けますか?」

「ぐぅぅっ……!」

 

 ザンスのブレーキ役はリーザス国内においては何名か存在する。

 チルディ・シャープはその一人であった。

 優雅な動作で場を見回し、チルディは今の状況をまとめていく。

 

「闘技者バーバラ様はギブアップにより敗北、ランキングは三位から。勝者はザンス・リーザス様となりました。おめでとうございます、若」

「おめでとー! 童貞王ザンスには勝てないわー! あはははははは!」

「おめでとうございまーす! ザンスあに様ー!」

「ふざけんなああああああああ! こんな形の勝利なんて認めるかあああああああああ!」

 

 コロシアムの決着はついた。

 勝者はザンス・リーザス。

 怒りのやり場をどこにも向けられず苛立ちを募らせる男。

 童貞とバレてしまった次代の覇王。

 

 敗者はバーバラ。

 負けたが、犯されず、一文無しではなく、玩具かどうかはこれから次第。

 そして、今の笑い声はとても明るい。

 

 妃円屋敷に笑い声が木霊する。

 今日もリーザスは穏やかな一日だった。




スラルの氷菓子
 ぴったり三日後に発動。
 やっぱり、猛毒。

妃円屋敷
 有効利用。親衛隊候補生の指導の場でもある。
 親娘で住むにはちょっと広すぎるが、家は住んだ方が生きるしこれも護衛の在り方。

チルディ・シャープ
 鬼畜王戦争後だろうに正々堂々魔王の子と認めるのは、度量の深さか、愛の強さか。
 運命の女の中では唯一自分の心に真に向き合わぬままに、一部が終わった子。
 チルディ食券Bから15年経ってどうなったかというのは、妄想の幅が広い。

アーモンド・シャープ
 魔王の子一の爆弾娘。
 決着はこの子が決めるのが相応しい。

童貞王
 エール・モフス。喧嘩で悉くザンスに勝てないが為に腹いせの仇名。
 流石にそう呼ぶのは多くはないが、一人増えた。

 基本的にこのポンコツ勇者は、戦っていなければ勝手に自滅する。
 だから緩く囲って放置が最善策。
 チルディのような15年の時による変化で想像の余地が広いキャラは、それだけで1話2話使えそうなポテンシャルがある。
 次でリーザスは終わり。次回、年内。


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王都リーザス⑦ ???を求めて

 古代の遺跡にバーバラ達は辿り着いた。

 

「王家の抜け道からこんなモノがあるなんて……」

「いいからついて来い。とっとと進むぞ」

 

 先導するのはザンス・リーザス、少し後ろを勇者バーバラ、最後尾にコーラ。

 闘技者二人が王都リーザスの脱出に動いていた。

 

「屋敷の地下からこんな所まで続いているのは凄いよねー」

「王家は色々な脱出用の道があるんだよ。知る者が親衛隊程度から、王家しか知り得ないような道までな。チルディはその道の一つの見張りでもある」

「うーん、やっぱりああいう人になりたい……」

 

 妃円屋敷の地下には隠し通路があり、下水道への道が繋がっていた。ザンスに導かれるままに螺旋階段を昇り、複雑なリーザス地下王城へ。その内の隠し扉の一つを通ると、この寂れた空間に繋がっていた。

 王家の脱出用の経路と思われるこの道は整備されていない。苔や雑草が覆い茂るままに地面を覆っている。数多のダミー用の道があるだろうに、ザンスは一切迷わずに次の経路、次の経路を進んでいく。

 足を踏みしめて滑ったりしないように気をつけつつ、バーバラはザンスの背中を追う。昨日まで散々殺し合った男の背中を預けられるのは、不思議な気分だった。

 

 

 妃円屋敷でバーバラが敗北を認めた後、バーバラは王都リーザスの現状を知らされた。

 軍隊による王都の包囲。リア女王のご立腹。勇者に対する世界の認識。

 大量殺戮候補者に対し、リーザスは最大限の警戒を行っており、注視しているという事。

 ザンスとチルディの説明は、バーバラを絶望させるに十分過ぎた。

 みっともなく今後を嘆き、コロシアムの振る舞いに平謝りをし、従者に助けを求める勇者の小物っぷりを見て、二人は肩の力が抜けた。

 

 こんなのが次の勇者か、捕らえ続ける気も起きない一人の少女だ。

 

 処遇はザンスに一任され、ザンスの選択は、驚くべき事にバーバラの逃走の手伝いであった。地下経路を駆使して、誰にも分らないようにバーバラを遠くへ逃がそうとしている。

 

「本当に良かったの? こんな大仰な事をしておいて」

「良くねえが、それ以上に大事な事がある。こっちだ」

 

 ザンスの足取りに迷いはない。浸水した狭い道へと進んでいく。

 

(足は治ってないだろうに、痛いだろうに、根性あるなあ……)

 

 バーバラは、移動中ザンスの背中をずっと見ていた。大きく、頼り甲斐のある後ろ姿。

 時折、ついて来てるか確認する為にバーバラを一瞥する。罠や警報の注意喚起も忘れない。

 戦ってない時のザンスは、また違う一面があるという事を短いやり取りの中でも感じられた。

 

 ぬかるんだ道を、ザンスと共に進む。

 遺跡の中だからか、視界は暗くなり、ただ自分達の靴音が水に跳ねる事で伝わっていく。

 ザンスが前にいるから正道なのは間違いなないのだろう。

 だが、そうでなければ引き返しているだろう長い時間が流れた末に。

 

「――――光だ」

 

 遺跡の出口が、見えた。

 バーバラはザンスの近くに寄るように、一刻も早くゴールに近づきたくて足早に進み……

 視界の開けた湖畔に辿り着いた。

 

「これで、後はわかるな」

 

 横からザンスの声がする。

 バーバラがあたりを見回すと、王城が遥か遠くに見える。リーザスを抜けたのは、間違いなさそうだった。

 

「うん、本当にありがとう」

「おう」

 

 目に広がる世界は美しく、どこへ行こうと自由。

 ただ、バーバラは浮かない顔をしていた。ザンスは約束を果たし、今度はこっちがつき合う番だからだ。

 

「はあ……」

 

 ザンスが逃走の手助けを協力する代わりに、剣の稽古をしようという約束をバーバラはしてしまった。

 負けたらレイプとかそういう話は一切皆無の、ただの稽古。

 だがそれはつまり、ザンスと剣で戦うという事である。

 ザンスは木刀をバーバラに投げて寄越した。

 

「くっくっくっ……」

 

 ザンスは喜悦に満ちた獰猛な笑みを浮かべている。お預けを散々された狂犬は、バーバラという肉に襲い掛かりたくて仕方がないらしい。

 

「『稽古』だからね!? 絶対『稽古』で済ませてよ!?」

「ああ、安心しろ。ちゃーんと約束を守ってやるよ……」

 

 両者、木刀を構えて剣の間合いに立つ。

 ザンスはじっとバーバラを見た。

 

「お、お手柔らかにお願いします……」

 

 恐怖と怯えに支配された目だった。空色の瞳は潤んでいる。

 自分のやってきた事と、今の状況と襲い掛かる未来に憂いて後悔している。

 

「程々で納めてくれると嬉しいなーって……」

「俺の時も、程々で納めてくれれば良かったんだがな」

「ううっ……」

 

 今までの戦いで彼我の差が分かっているようで、自信皆無で剣気を受けて怯えていた。

 ザンスの頭の中に去るという選択肢はない、直接的で激しい選択肢しかない。

 

「さーて、始めるぞ……!」

 

 ザンスはバーバラに襲い掛かった。

 

「ウラララララアーーーーッ!」

「い、いやあああああああ!」

 

 あまりに苛烈な稽古、否、一方的なお仕置きが始まった。

 防げたのは最初の二、三手のみ。後は体制を崩され、強かに体を打ち付けられる。

 

「お前のようなクソアマをボコボコにするのを待ってたぜ! がーはっはっはっはっは!」

「ぎゃーーーーーーーーっ!」

 

 連撃、連撃、連撃。止まる事はない。

 バーバラは涙を流し、それでも賢明に殴打に耐え続ける為に木刀を振って守る。

 魔人級の肉体、木刀如きでは殺せないが痛いものは痛い。

 

「速い、速すぎる―――! 痛い痛い痛い!」

「まだまだ上げるぞー! いやー気持ちいいなー! がはははははは!」

 

 爽快感そのものだった。至福の瞬間だった。

 ザンスは思うが儘に生意気な小娘をおしおきしている。

 自分の得意な分野でボコボコにして、それでもこの優秀なサンドバックはなかなか倒れない。

 バーバラの頭蓋を叩き、痛みに縮こまった脇腹を突き、肩を切り払う。

 稚拙な攻めで手を止めようとするが脇で挟んで蹴りを入れた。

 

「ぐふっ……」

 

 遂に耐え切れず、バーバラはごろごろと転がって倒れ伏した。体力の限界だった。

 

「も、もう駄目……」

「――――おいコラ。まさか、これで終わりと思ってんじゃねーだろーな?」

 

 冷徹な表情を浮かべて、ザンスはバーバラを見下ろす。

 鬱憤晴らしがこの程度で済むわけがない。

 

「…………えっ? だって、もう、私……」

「正露丸たっぷり盗んだろ。不問にしてやるからありったけ使え」

「うっ……」

 

 コーラが丸薬を投げて寄越した。

 

「剣の修行というのは、相手がいないと出来ませんからね。ポンコツ勇者にはいい機会ですよ」

 

 邪悪な様相を浮かべて、従者は飲むよう促す。

 もう、やるしかなかった。そうしなければ盗人扱いだ。

 

「まだまだ『稽古』はこれからだぜ!」

「勘弁してーーーーー! 私が悪かったからーーーーー!」

「がははははははは! がーっはっはっはっはっはっは!」

 

 バーバラは、ザンスにボコボコにされ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 木刀による虐めは続き、いよいよ日は沈もうというところでザンスは木刀を掲げた。

 

「よーっし、そろそろラスト一本と行くか! どうするかはバーバラの態度次第だがなあ!?」

「は、はいぃ……!」

 

 全身ボロボロであちこちが痛い勇者は、精一杯の媚びを絞り出す。

 

「誇り高く、最強国であるリーザス王国の王子様で、未来の世界の覇王ザンス・リーザス様が私のような庶民に剣の指導をして頂き、有難うございましたあ!」

「そーだ! お前の国はどんな国だ!?」

「貧しく、分裂して、世界に大迷惑をかけているヘルマンです……!」

「そうかそうか! 最後の一本は精々持てよ! がははははは!」

「あ、ありがとうございます……ぐすっ……」

 

 痛いのは嫌だ。稽古とは拷問だった。

 手を抜けばもう一本になるだろうと気合を入れて、バーバラは最後の力を振り絞る。

 

「ええーいっ!」

「ふんっ!」

 

 木刀が交差し、離れてまた衝突する。

 連撃の中で、瞬く間にザンスに有利な状況が作られていくが、稽古当初よりは持つようになっている。

 

「おおっ!?」

 

 バーバラは七手目で体制を崩されたところを、完全に倒れ込む事によって八撃目を躱した。そこから癒えぬ右足を狙う。

 だが、ザンスは飛び上がる事で回避してバーバラの上に落下。

 

「ぎゃふんっ! あっ、やめて、やめてぇ!」

 

 そのまま後はいつもの如くボッコボコ。体力の尽きるまで一方的に追撃して苛め抜かれた。

 

「きゅう……」

 

 末期の言葉を一つ吐いて、潰れた蛙のような勇者が出来上がった。

 ザンスは木刀を肩で担ぎ、バーバラを見下ろす。

 

「ま、これで終わりか。俺様は圧倒的に強く、新勇者は足下にも及ばん」

「そんなの最初の一戦目で分かってたでしょ……ここまでやらなくてもいいじゃないぃ……」

「俺の稽古だからこれぐらい当たり前だ。ま、妹の次にヘバらなかっただけ頑張った方だな」

 

 同じ事を赤の兵士に要求したら、冒険前だろうが100人組み手になるものを勇者一人で消化できる。ザンスと同じ土俵に立てる、魔王の子に伍する少女だ。

 ザンスは上機嫌そうに炭酸水と和菓子をバーバラに渡した。

 バーバラはのっそりと体を起こして、れんれんを鳴かせながら小分けにして食べていく。

 ザンスもどっかりと座り込み、同じものを食べ始める。

 

「体力お化けめ……」

「ん? どーした」

「足を削って、火傷して、その翌日でしょ? おかしいから」

「俺様は特別だからな、お前等庶民とは違うんだよ。がはははは!」

 

 快活に笑うザンスには、一切の影響が無いように見える。

 実際のところとしては、ヒーリングで治るという割り切りの下の無理だった。

 

(無茶苦茶な王子様め……)

 

 ザンスを眺める目は呆れの中でも、どこか羨望が混じる。

 あそこまでは、やれそうもない。

 そうしてザンスを見ていると、視線を正面から受け止めるように睨み返してきた。

 

「よしバーバラ、俺様の部下になれ!」

「……えっ?」

 

 バーバラは素っ頓狂な声を上げた。

 だが、これはザンスにとっての本題だ。

 稽古をしたのも、やり返すだけではなく、強さの底を剣で見極める為であった。

 ザンスの見立てでは、バーバラは粗削りながらもセンスはある。

 攻撃は光るものがある。しかし技量のある相手の捌きを知らないからすぐに窮する。

 防御はド下手糞。駆け引きを知らず、本能で動いているから数手先が読めない。

 ザンスからすれば、バーバラは伸び白が膨大にあると考えられる素材だ。自分が鍛えれば、二年で金軍副長にはなるだろうとまで判断している。

 何よりも、自分の時に見せた機転こそが高評価の材料だ。強いだけではなく、汚い手も含めた柔軟な発想が出来るのは魔王の子には少ない。乱義、japan相手でも武器になり得ると考えられる。

 

「俺様と戦って負けなかったのは大したもんだ。その力、リーザスで使え」

「冗談はやめてよ。作戦でもあれだけ喧嘩売った国に仕えられるわけないでしょ。女王様にも、貴族様もたっぷり怒らせたんだから」

「文句は言わせねえよ。だから直属の部下にして手を出させねえ。部下は守る」

「いや、でも……」

 

 バーバラは言い淀む。どう断るべきかと思案しているようだった。

 

「…………俺の部下は、嫌か?」

 

 ザンスの目は澄んでおり、どこまでも真摯だった。ともすると吸い込まれそうな魅力がある。最後の言葉は、真に迫っており、本心からの言葉に感じられた。

 バーバラは少し頬を赤くして目を逸らした。

 

「……ちょっと考えさせて」

 

 バーバラは自分の中で、ザンスという男を整理する。

 初対面、嫌いだと感じたのは性豪王に関する噂だからだ。

 つまみ食い感覚で庶民を犯す女の敵であると、性に節操のないプレイボーイだと。

 戦って負けたら犯される未来しかないからあの時は嫌いだった。作戦でも開幕喧嘩を売った。

 では、実際にザンスという男はどうだったか?

 

 庶民の退避を優先し、自分が苦しい状況でも屈する事はない。

 自分が吐いた言葉はまず守るので信頼出来る。

 負けられないから手を尽くして戦った自分が羨むような、堂々たる戦い方、在り方だった。

 童貞とバレた時は可愛げもあった。同世代の男の子らしい側面を見せてくれて、親近感もある。だからこの流れにも裏切らないだろうと信じて乗った。

 王族で魔王の子だが、それに伴う資質と在り方を若くして備えている。

 そこまで考えた時、バーバラは拒否する材料がほとんどない事に気がついた。自分の中でザンスに対する好感度が以外に高い事まで自覚してしまった。

 

「え、え、え……?」

 

 このままではいけない。ザンスについてのマイナス要素を考えてみる。

 先程の稽古は糞だがお相子だ。こっちは半ば殺すつもりで焼いたから仕方がない。

 戦闘狂なところはマイナスだが、それは上司なら押しつけられる利点に変わる。自分は楽が出来そうである。

 そして今スカウトしてるのはリーザス王国第一王子、将来の王。

 それはチルディ・シャープにとってのリアであるように、ペルエレ・カレットにとってのシーラであるように、自分にとっての出世のキッカケになりそうな存在だった。

 拒否する理由が、ほとんどない。

 ザンスという男は、上司は、嫌じゃない。後は条件次第だ。

 

「……もし部下になったら、ザンスは私をどうするの?」

「とりあえず剣の稽古につき合え。俺様の腕が鈍らない程度のパートナーだな。後は魔物退治や、リーザスについて学ぶ感じになるんじゃねーか。身分は赤軍特別士官候補って事にするか」

「給金は? 私、これは拘るから。冒険者は不安定だけど稼げるし、それ以上は欲しい」

 

 世界一のボンボン相手だ。吹っ掛け次第では月1万は行けるかもと欲目を出しつつ、バーバラは値踏みをする。

 

「とりあえず月15万goldからでどーだ? 必要ならもっと出すぞ。50万goldまでなら俺の自由裁量だ。働き次第で上げてやるよ。ボーナス賞与もありだ」

「ええーーーーーーーっ!」

 

 お金持ちの国、リーザス。桁が違った。

 バーバラにとってありとあらゆる誇りを売っても欲しい額。

 あっという間に家が建つ。こうなれば、選択肢はない。

 

「なります! 部下になります!」

「おお、マジか!」

「マジマジマジ! やった、大金持ちぃ~~~!」

「勇者が俺様の部下か! がははははははは!」

「勇者はやる気はないけど、ザンスの部下はやるから! よろしくね!」

 

 バーバラとザンスは握手を交わす。

 我欲に満ちたバーバラにとっては、世界のバランスなんてどうでもいい。それより金だった。

 

「やった、やった、やった、勇者になって良かったぁ~」

 

 だらしなく微笑み、バーバラは待ち受ける幸せを思い浮かべて陶然とする。

 どこまでも小市民な小娘。それがポンコツ勇者の素であった。

 

「うっし、それじゃリーザスに戻るぞ。ついて来い!」

「……リーザスに、戻る?」

 

 ここでバーバラは我に返った。

 ザンスの部下になるという事は、リーザス城下に戻るという事。

 それはあれだけ喧嘩を売った、怒り心頭の大人達の中に飛び込んで、頭を下げるという事。

 頭の芯がすうっと冷え、バーバラは俯いてしゃがみ込んだ。

 

「それは今は、嫌かな……」

「気にすんな。俺様がなんとかする」

「ザンスは信頼してるけど、結局リア女王様が決める事だし……」

 

 リーザスの法は結局リアだ。軍隊まで動員している以上、どうするか分からない。

 玩具にされる未来という、リスクがある。

 

「ザンスがほとぼりを冷ましてから、私が士官するという事でどうかな?」

「別に構わねーが、その間どうするつもりだ?」

「上司のキースさんに話をしたり、お母さんに会ったり、適当に世界を旅したり……かな」

「……まあいいだろ」

 

 母という話題が出たあたりで、ザンスは何も言う気が無くなった。

 部下の旅を許可するべく、手元に王家の紋章が入った手紙を何枚も渡していく。

 

「三ヶ月以内に来い。それまでに手紙の連絡を忘れるんじゃねーぞ。もう俺様はお前の上司だ」

「う、うん。分かった!」

「なんか困った事あったら手紙を出せ。ある程度はリーザスが出来るなら対応してやる。その手紙はそのまま領内の自由通行権にもなるから好きに使え」

 

 流れるような配慮に、バーバラは感動した。

 この上司は、凄く出来る上司だ。

 

「ザンス、ありがとう! 出会いはアレだったけど、あなたみたいな人大好き―!」

 

 満面の笑みを浮かべて、バーバラはザンスにしなだれかかった。

 

「――――――ッ」

 

 突然の行動に驚いたザンスは飛び退り、バーバラに背中を向ける。

 

「そ、そんな事を言う暇があったらさっさと用事を済ませてこい! 俺様は忙しいんだ!」

「あ、ごめんね」

 

 上司に対して馴れ馴れし過ぎたかとバーバラは反省し、スカートを払って立ち上がる。

 

「それじゃザンス、速めに済ませておくからまたねー」

「おう、じゃーな」

 

 バーバラもザンスも笑顔で別れる。ザンスは勇者の姿が見えなくなるまで仁王立ちして見送り、バーバラが完全に去った時――――ガッツポーズをした。

 

「よっしゃ、よっしゃ、よっしゃあああああああああああ!」

 

 ザンス・リーザスは家族達との冒険の時でもここまでの感情の動きは無い、達成感と充実感を味わっていた。願望の成就に他ならない。

 

「うおおおおおお! マジだ! やった、やったんだ、俺は!」

 

 頬は紅潮に満ち、待ち受ける未来に目は輝いている。

 何よりも楽しみな未来を自分の手で掴み取った。感動すらある。

 

「性豪王とか呼んだ奴は殺してやりてえが、童貞とバレたのもマズいが、結果オーライだ!」

 

 何故ザンスがここまで歓喜しているのか、話を遡ろう。

 

 

 そもそも、何故ザンスはバーバラと戦おうとしたのだろうか。

 部下をボコボコにされたから? 違う、闘技で勝ったり負けたりは日常茶飯事だ。お互い納得ずくでやってる戦いに横から入る必要はない。

 勇者と戦ってみたかったから? 遠くはない。勇者の名を聞き、喜び勇んでコロシアムに駆け込んだのはそれが理由だ。だが、戦う事を決めたのはそこではない。

 

 貴賓席から四位とバーバラのランキング戦を見た時、ザンスは雷光に貫かれる思いがした。

 バーバラの笑う姿が、怒る姿が、憂う姿が、所作が、どこまでも愛くるしく、魅力的だった。

 ありとあらゆる横紙破りをしてまで、気を引きたくなる程の存在であり、少女の周りが光を浴びて輝いてるようにすら映った。

 

 つまるところ、ザンス・リーザスは新勇者バーバラに一目惚れしてしまった。

 

 自分の実力を見せて、気を引こうとしたら性豪王と言われ、退くに退けなくなり、最悪の印象を与えてしまう。戦闘になれば敵なら兄妹だろうが殺すと決めている信念の前では、恋心ぐらい踏みにじめる。勇者も非情に頑丈な為、手加減は全く必要なくて有難かった。

 だからこそバイ・ラ・ウェイを直撃した時は動揺した。生きていると知らされた時は、してやられた悔しさは強いが、安堵も大きい。

 惚れた女が怯えているのを見て、王家だけが知っている隠し通路まで使って案内してしまった。

 ここしかない、もう大魚は逃げるというところで、ザンスは玉砕覚悟でアプローチをした。

 部下は嫌か、という質問は微かに震えていた気がする。

 しかし結果は成功した。想いは成ったのだ。

 リーザスとして、赤の将軍として、勇者は得難い存在だ。

 だがそれ以上に、ザンスという一人の男にとってバーバラは一緒にいて欲しい存在だった。

 

「普段着でなんか買うか? 豪勢過ぎるのはマズいな、金持ちを鼻にかけるべきじゃねーか」

 

 既にザンスの脳内は、上司の権限を利用したデートプランで一杯になっている。

 稽古で文句を言いながらも指導。

 戦場や魔物退治で後ろを守って頼もしい所を見せる。

 雑事につき合わせる。いくらでも言い寄るタイミングはあるだろう。

 最初の好感度は最悪だったが、今の状況ならイケる。落とせるという自信に満ちている。

 リーザス城へ向かうザンスの大股な歩調は喜びに満ち溢れていた。

 

「旅の間は最高の女を見つけられなかったが、いたぞ。バーバラを俺のモノにしてみせる!」

 

 ザンス・リーザスは勇者や勇者災害を知っていても、勇者特性については知らなかった。

 勇者特性の一つ、異性からの異常な好意。

 ザンスは、すっかりバーバラにやられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 新勇者バーバラ、あるいはリーザス仕官予定バーバラ。

 彼女もまた、上機嫌でリーザスの街道をスキップで進んでいる。

 

「ふっふーん♪ 大金持ち、大金持ちぃ~!」

 

 鼻歌混じり、不必要に横に移動。これから待ち受ける栄光にじっとしていられない。

 バーバラのザンスに対しての好意は、終わってみればかなり高い。

 誤解が無くなったら、頼りになる上司で、良い後ろ盾になりそうという認識だった。

 機嫌のいい勇者に、従者は近づいていく。

 

「ポンコツ勇者。それで、結局どうするんですか?」

「リーザスで仕事する。ねーさんやチルディさんみたいに私もなる!」

「冒険者は廃業ですか。やれやれ」

 

 旅の終わりが僅か二週間で見えてしまった。

 ただ、その言葉を聞くとバーバラは迷いがあるようで足を緩めた。

 

「ホントはね、冒険者としての名誉、アームズさんみたいになりたいところもあるの」

「へえ」

「でもお金の方が大事、そっちの方が夢の近道。gold風呂とか、二階建ての一軒家を建ててから、リーザスで義理を果たしてからでも遅くはないかなーって」

 

 コーラは、ここでバーバラの歪な欲望に気がついた。

 バーバラは金が欲しい、金が欲しいと言っている。しかし欲望は背伸びをした俗物的な庶民のもので、それ以上の目標がないのだ。

 

「バーバラは、お金を稼ぎ切ったらどうしたいんですか?」

「…………どうしようかな。勇者の力を使って面白おかしく暮らそうかなー」

 

 満点の星空を見上げる目は、何を見ているのうだろうか。

 少女には勇者の力は分不相応なものだった。人類の希望の力はこのまま錆び続けるだろう。

 世界が平和であるならば。

 

「おかしくれ、おかしくれ」

「おかしくれ♪ おかしくれ♪」

「ぱおぱおぱお、ぱおぱおぱお!」

「…………ん?」

 

 空を見上げていたら地が疎かになる。気づいたら三人の――二人と一匹の何かが、バーバラを囲んでいた。

 

「あ、使徒ですよ。斬りますか?」

「こんな小さな子を斬るわけないでしょ? 冗談はやめてよー」

 

 冗談ではないのですがというコーラの呟きを無視して、バーバラは膝を屈めて女の子達を眺める。

 

「どーしたの?」

「おかしちょうらい!」

「菓子をくれ。腹が減った」

「ぱおぱおランにぱおぱおされてから、ほとんど何もぱおぱお出来てないのね」

「う、ううん……」

 

 一人は何を言っているか分からないが、菓子が欲しいという意思は分かる。

 バーバラがその時持ってる菓子は二種類。

 

「スラルから貰った氷菓子なら11個あるけど」

「「「それはいらない」」」

「えーっと、じゃあチルディさんが作った菓子かなぁ……」

 

 このいたいけな少女達に猛毒を渡す気は無かった。もう一つは、アーモンドが去り際にお裾分けしてくれた菓子だ。まだ手を付けてないものを、出会ったばかりの子に渡すのも勿体なさがある。

 

「タダとは言わぬ。儂等は全員占い師、300%の確率で的中する予言をなんでも一つずつ、おぬしに授けよう」

「この使徒達は優秀ですよ。大陸最高の占い師ではあります」

「占いかぁ……ま、それでいっか」

 

 ジュリエッタ三姉妹、全員勢揃いの予言をバーバラは受ける事にした。

 

「じゃあ、私の冒険者としての成功で一つお願い! 次はどうするべきかな?」

「ぴぷるぴー」「うむ」「インスピレーション!」

 

 三者三様の動きを持って三姉妹は占いを始める。

 まずは人の預言者、赤いローブのアーシーが口を開いた。

 

「はいっ! おねえちゃんね、まおうの子とたくさん会うといいよ!」

「魔王の子? 世界最強達かー……」

「きっとみんな、なかよくなれるって! とってもつよいながれの人に会えるよ!」

「まあ、魔王の子と積極的に会っていけってのは勇気が出るかな。ありがと」

 

 チルディの菓子を一つ摘まんで、アーシーに渡す。

 続いては地の預言者、紫のローブのルーシーが口を開いた。

 

「儂も出た。おぬしと魔王の子が最も縁のある地は東ヘルマン、特にウラジオストックだ。そこから始めるのが良い」

「東ヘルマンって、魔王の子とは最も縁が遠くない?」

「儂の占いは土地なら絶対だ。外れぬ」

「そ、そう、でもあそこはちょっと怖いかな。どうしようかな……」

 

 圧力に負けて占いとはそういうものだと納得し、菓子をルーシーに渡す。

 最後に天の預言者、謎生物ルーシーが口を開いた。

 

「ぱおぱおぱお! お姉ちゃんの天気は大荒れだよ! どこに行っても嵐しかないよ!」

「……………………」

「絶対にトラブルに巻き込まれるよ! ここまで酷い予報は初めてだよ。爆弾低気圧の塊だよ!」

 

 最悪の預言だった。

 占って貰いながら、菓子をあげるのが躊躇われる程に。

 

「はぐはぐはぐはぐ……」

「はむはむはむはむ……」

 

 だが、既に二人には菓子をあげている。実に美味しそうに食べていて、差別は良くなかった。渋々ながら、バーバラはマーシーに菓子を差しだす。

 

「ぱおぱおー♪」

「皆、ありがとうね……」

 

 浮かない顔で、バーバラは預言者から離れていく。

 

「占い師の結果、ひっど……」

「どうしますか? 占いを無視する手もありますが」

「むむむ……」

 

 バーバラの中に、無数の選択肢が存在していた。

 リーザスか、ゼスか、ヘルマンか、自由都市か、japanか……東ヘルマンか。

 自信満々な占い師の言葉を信じるか、信じないか。

 バーバラの選択は――――

 

「あーもう……東ヘルマンに突っ込む! どう転んでもプラスになる方を選ぶから!」

 

 外れて平穏な暮らしが一番だが、万が一当たって悲惨なら良い預言に頼ろう。

 信じつつも、どこか疑った消去法の選択。

 そして、バーバラは東ヘルマンへの道を歩き始めた。

 

 

 

 

 アーシーの預言は正しかった。

 これから先遭遇する苦難は、勇者一人では到底解決不能なものばかり。

 彼女は一刻も早く世界最強達に、この世界の光に出会わなければならない。

 不幸1の勇者に、マシな未来などどこにも無い。地獄は彼女の足下から湧き上がる。

 

 ルーシーの預言は正しかった。

 バーバラの冒険はウラジオストックから始まり、東ヘルマンで魔王の子達と出会う。

 何かに導かれるように、巻き込まれるように魔王の子達は次々と東ヘルマンに集結する。

 不幸な勇者の救い手は、一人でもいた方がいい。

 

 マーシーの預言は正しかった。

 新勇者バーバラの不幸とは、トラブルを呼び寄せる性質が本質である。

 もしこの時バーバラがjapanに行けば、禁妖怪と鬼が溢れ、天志教と妖怪の一大決戦になった。

 自由都市に戻れば、魔人と斬り合った挙句、悪魔界で高位の悪魔と戦う羽目になった。

 リーザスに留まった場合、誰が味方か分からぬ世界大戦の引き金になった。

 ゼスやヘルマンに行けば、ハウツーモン、オルブライト派との全面戦争が始まっていた。

 その中で、勇者はその中で最もマシで、最悪な選択肢――東ヘルマンの内乱を選択した。

 

 

 

 

 ここから先は神々(アリスソフト)も語らぬ国、東ヘルマン。

 (ファン)が紡ぐ、厳しい土地と苦難が勇者を待ち受ける。

 舞台は東ヘルマン。主演はバーバラとランス、そして魔王の子達。

 15年間、世界は主人公(ランス)達を待っていた。




 共通ルート(チュートリアル)終了。
 ルート分岐はあったけど、不幸1のせいでどれもロクなものじゃないです。

新勇者バーバラ lv59
 ポンコツ勇者も一応勇者、追いつめられれば頑張る。
 ただ、まだ魔王の子とタイマンなんて無理過ぎる。
 だから燃やす。
 将来の上司だろうが遠慮なく燃やす。

 放火
 大炎上(オリジナルスキル) 炎上状態を更新、パッシブ
 
ジュリエッタ三姉妹
 全員100%占い師だが特徴がある。
 マーシーは天、ルーシーは地、アーシーは人の占い師と読み取れる。
 三人の食券9つを見比べて精度を高めてみよう。

引き分け
 この世界は引き分けにも経験値が入る。
 lv300ザンスと引き分けた経験値は膨大だった。
 バーバラのレベル上昇速度はクッソ速いが、03スキルと戦闘狂の効果が効いている。
 2部エールちゃんはturn1でlv32からlv72まで上がる。
 この二次創作ではlv150カードを全員集められるような世界なので、インフレが甚だしい。


 リーザス01ラストの展開を焼き直す展開で前座は終わる。
 バーバラは最低限の魔王の子との縁を持ち、東ヘルマンはしっちゃかめっちゃかに。
 独自設定塗れで国を塗り固めた勇者の為の物語が始まる。


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夢① RA4年

 ここから先は東ヘルマン、いよいよ勇者の物語が始まる。
 だがその前に、このポンコツ勇者はどういう人間だったのだろうか。
 そういう話をするのもいいだろう。


 人は寝ている時、夢を見るが大概は覚えていない。

 このバーバラの夢も、起きる頃には忘れるものだ。

 これはポンコツ勇者の遥か昔、一人の幼子の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 森林の中を子供達が走っている。その中に生きる世界が違う子供がいる。

 

「はっ、はっ、はっ……む、むり……」

「バーバラ、ちょっとまってよー!」

「みんながおそいのー!」

 

 幼い頃のバーバラが、同年代の子供達と長距離のかけっこをしていた。

 競争に使われている森林は広く、魔物もおらず安全であり、村内で格好の遊び場になっていた。

 基本的に才能持ちと才能無しの人間では、限界値の高低も基礎値も違う。幼少期でも差は残酷なものとなって発揮される。

 幼い頃のバーバラは無敵だった。足の速さも比較にならず、今も軽やかに森林を抜けてしまう。

 

「ゴールだー! みんなはまだかなー……まだかなー……」

 

 後ろを振り向くと遊びに混じっていた三歳、四歳上の子供も遥か遠くにいる。

 大人すら目を見張るバーバラの身体能力は、村一番の突出した才能がある事を示していた。

 

「おはよう。バーバラ」

「あ、村長さん。おはよーう!」

 

 田舎村の村長がバーバラに声をかけてきた。

 老人はしげしげと当たりを見回し、この競争の結果を眺める。

 

「いつも一番で、しかも日に日に差がつく。お前さんはもしかしたら、凄い才能があるかもしれんのう」

「えへへー……」

「ただ、服装がボロボロじゃいかん。女の子なんだから、その辺はしっかりせんとな」

 

 村長の言う通り、バーバラの着る服は安物の継ぎ合わせだ。身体能力と周りを気にせぬポンコツ加減が、いくつもの傷を衣服に与えては、母親に縫われた跡になっていった。

 

「あー……おかあさんが、あまり傷つけるなって」

「バーバラの母親には、辛い暮らしをさせておる」

 

 村長はバーバラの母親の雇い主だ。村長の家はこの村の宿泊施設を兼ねており、お手伝いを2,3人雇っていた。給金としては、あまり利用する旅人もいない為、金払いは渋くならざるを得ない。

 母親には仕方がない事を理解して貰っているが、何も知らない幼子に差があるのは、村長としても心苦しかった。

 

「うむ。お前さんの期待もあるし、出来る範囲じゃが儂は何か一つ願いを叶えてあげよう」

「ほんとに!?」

 

 バーバラは目をキラキラと輝かせて、村長を眺めた。

 

「本当じゃ。お前さんは何が欲しい?」

「うーん、わたしはいい。おかあさんにあげる」

「いい? 一個ぐらい何か欲しいものがあるじゃろう」

「あるけど、わたしは幸せだからいいや」

「幸せじゃと?」

 

 老人は怪訝(けげん)な表情をした。この一家は幸せからは程遠い生活をしているからだ。

 衣食住の食はともかく、それ以外は悲惨である。村外れの古い空き家に住みついて、冬には毛布で厳しい寒さを耐える。衣類は限られた一部を除いて、お古で貰ったものを使い回している。

 唯一の食でも三食を十分に食べられるというだけで、誕生日にほっぷぃでお祝いが出来たと喜ぶような状況だった。

 共働きならこうはならないが、母子家庭な為、この村一番の貧乏家族と言ってよかった。

 その貧乏娘が幸せと言っている。

 

「バーバラ、お前さんは今幸せなのかい?」

「うん。おかあさんは大変そうだから、なんとかして欲しいけど……」

「すまんがそれは出来ん」

「そっかー……」

 

 幼心にも分かっていたようで、バーバラはすんなりと今の言葉を受け入れている。

 まだ三歳なのに、我儘も言わず笑顔ばかりの子供だった。普通何かしら癇癪(かんしゃく)を起こしたり、泣いたり喚いたりするものだが、赤子を抜けてからはそういった姿を見た事がない。

 村長は、この幼子の心が気になった。村を見て長いが、こういった子供はいない。

 

「何故幸せなんじゃ?」

「みんな、幸せそうだから!」

「う、む……どうなんじゃろうな。少なくとも、不幸はこの村にはないが……」

 

 村長は顎に手を当てて、この村が幸福かどうかを考える。

 ヘルマンの寒村は暮らしが良くない。今年の収穫は不作であり、辛さが増した。だが、それでもこの村はマシな方だ。魔軍に攻められた事も、魔物の惨禍もない。

 魔人戦争を経て、ヘルマンで死者が出なかった村の方が少ない。そういう意味では若干明るい村と言えるが、やはり、幸せな人が多いとは思えない。

 貧しいのだ、村全体が。

 バーバラという幼子は、幸福の線引きがわからないのではないか。

 

「もっと、こう……自分の事で、何があると幸せで欲しいとか、そういうものはないのかい?」

「友達もふえてるし、わたしの足も速くなってる! 昨日はきれいなお花畑を見つけたよ! わたしは幸せ!」

「ああ……」

 

 村長は漸く得心がいった。バーバラは暮らしの最低値が初期地点なため、後は加点式で積み上げているだけだった。彼女には幸せが増えているように見えるが、それは最初から無いものが、ほんの少しだけ回って来ただけ。

 だから他の人がより多くを持っているから幸せに見える。その状況を明るい子だから羨みも恨みもせず、自分の幸せのように思っている。

 

 バーバラは幸せ探しをして、欠片のようなものを拾い集めて自分の不幸を見ない。

 僅かばかりの幸せで、今のようにニコニコと笑っている。老人の涙腺が緩むような姿だった。

 

不憫(ふびん)な……すまんのう。少し上等な生地を母親に贈る事にしておくとしよう。今年はもう少し暖かく眠れるはずじゃ」

 

 村長としても、その程度しか配慮できない自分が後ろめたかった。

 

「ありがとう! 村長さん!」

 

 ぺこりと頭を下げて、バーバラはまたどこかへと駆けていく。興味のある方へ身体能力を活かして覗き込む。ころころと表情を変えて手遊びをする。時には村の子供と一緒に遊んで無双する。

 落ち着きがないが、行動力があり、明るい。幼児時代のバーバラは、そんな子供だった。

 

 

 

 

 

 

 

 主従が、山中を歩いている。

 一人は大荷物を背負う少年。黄色のフードを被り、無表情に主の後ろを行く従者。

 前を行くもう一人。血に染まった黒髪を揺らして、機械的に足を前に出す勇者。

 その時代の勇者、ゲイマルクとコーラがどこかへと向かっていた。

 

 勇者ゲイマルク。

 過去の勇者と同じように、魔王討伐を目標としている人類の救い手である。

 だが勇者は、エスクードソードは人類が危機に(ひん)していないと弱く、魔王を倒せない。

 その為にゲイマルクは人類を殺戮(さつりく)する。

 目標はエスクードソードが魔王を殺せるようになる5割以下。刹那モードで魔王を倒そうとして、現在の人類を半分以下にする為に動いていた。

 

「あー……まったく、面倒な事してくれるなあ」

 

 虚ろに愚痴を垂らすゲイマルクの声には張りがなく、足取りにもふらつきがある。

 腹部を見ればその原因が分かる。鎧は粉々になり、金属片がいくつも刺さり、深い斬り傷や矢の刺さった跡がある。覗き込めば、臓腑(ぞうふ)すら見え隠れするような惨状であり、到底人が生きていられるような状態ではなかった。

 これだけの状態になっても、勇者は死なない。

 勇者特性がゲイマルクを生かし続けて、動ける状況を瀬戸際で確保している。

 流石に苦しそうなゲイマルクを眺めつつ、コーラは軽口を叩く。

 

「今までで一番やられましたねー」

「自爆特攻までは予想してたんだけどさ、そこから特攻した奴が動くっておかしいでしょ。ああいう人間ビックリ箱がいれば間違えもする」

「こちらのバランスブレイカー達も十分ビックリ箱なんですが、今の人類も中々……」

 

 糞袋の癖にやると漏らすコーラの言葉を受け流しつつ、ゲイマルクは今回の戦いを反芻(はんすう)していた。

 

「思ったより、囮で引き寄せられなかったな。お陰で大統領を殺し損ねた」

「法王、ゼス女王と続いてこれで三連続失敗。主目標にはいつもケチがつきますね」

剪定(せんてい)の方は上手く行ってるし、本命だって着々と進んでいるさ。前向きに行かないと」

 

 痛みの中にも関わらず、ゲイマルクの目は爛々(らんらん)と輝いて次の目標を見ている。

 折れず、屈せず、為すべき事をする為に手段を尽くす。

 コーラから見ても、前任者とは比べ物にならない……

 

「まったく、貴方ほど相応しい勇者は滅多にいませんでしたよ。ゲイマルク」

 

 賢い勇者だった。

 だが、いつもは涼しく返すゲイマルクは、今日は不快げに吐き捨てた。

 

「失敗した直後に言われても、煽りにしか聞こえないね」

 

 失敗。

 そう、ゲイマルクは今回の件を完全に失敗と認識していた。

 川中島襲撃時の法王不在はまだ、仕方ない。

 あの時はバランスブレイカーを解放する方が優先であり、司教も二人を殺したから混乱もするだろう。

 

 ゼス女王の時は、人類の底力を思い知った。

 塵モードの勇者には、出来る事には限りがある。数多展開された魔法兵器と死の覚悟を持って盾となった精鋭達。バランスブレイカーも飽和人材によって抑え込まれ、最終的には単身で挑む羽目になった。

 マジックか、王女スシヌの二択で狙いを絞らせまいとしたが、ダークランスが阻んだ。

 煌々と輝く魔剣グラムと荒れ狂う斬撃。魔人級の世界に深く踏み入ったその動きは、その時点の勇者が勝てる相手ではなかった。

 

 以上二件の反省を踏まえ、ヘルマンでは満を持して必殺の態勢を整えた。

 まず、ゼス王立博物館で手に入れた人破壊爆弾で大都市ローレングラードを無人都市にする……という情報をリークする。

 理性的なバランスブレイカーの面々でローレングラードを予告通り襲撃。勇者ここにありと見せて、相手の戦力を引き寄せたところで巻き込むように爆散させた。

 お帰り盆栽の発動を眺めるダークランスの吠え面は愉快そのもの。

 同じように退避した者も多いが、巻き込んだ人間は数多くが死んだだろう。

 

 混乱の最中、全戦力でもって本命であるヘルマン首都ランク・バウを襲撃した。

 人類の精鋭は悲劇を止める為に出払っており、数少ない残存戦力とバランスブレイカー達を抱えた万全の勇者との決戦。

 有利な戦いなはずだった。彼我の差で言えば勝つと信じて疑わなかった。

 だが、何故か失敗した。弐式豪翔破、武舞乱舞、火炎流石弾、銭形式乱射……数多の必殺技をその身に喰らい、半死半生の体で、こうして逃げている。

 またも人類を甘く見積もった末の、逃走劇だった。

 

「中々クエストクリアはさせてくれないな。歯応えがある」

 

 ゲイマルクのクエスト――誰が求めたものでもない、自分に課した任務は失敗し続けている。

 このクエストとやらをやる意味が、コーラには理解出来なかった。ゼスの時も、ヘルマンの時も結局死にかけて勇者特性頼りになるまでやっている。不利と見たら逃げる彼らしくない行動だった。

 

「激烈な反撃が分かったのなら次は方法を変えませんか? 例えば今回だったら、帝都への橋を落として城下を殺戮すれば、もっと稼げますよ。その間に来る散発的な戦力を削れば効率は上がりそうです。無理に首脳陣を狙わなくても……」

「それじゃ、楽しくないだろ?」

「楽しく?」

 

 死に体にも関わらず、ゲイマルクの口元は緩んでいた。

 

「そうさ。ゴールは魔王退治だけど、その間に色々イベントがあった方が楽しい。俺はこのゲームを楽しんで越えたいんだ。課程も大事にしなきゃね」

「襲撃を毎回派手にやるのは……」

「作業をする気が無いんだよ。もっと刺激的にしていかないと勇者をやる意味がない。面倒なのは退くけどさ、存在感を見せないと面白くないよね」

 

 どこまでも自信満々に、悪びれもせず、今ある状況を誇る。遊びに失敗しても問題はない。

 自分が産み出す悲劇も、犠牲も、全てが許される。何故なら――――

 

勇者(おれ)は主人公だからね。最後は上手くいくさ」

 

 ゲイマルクは、勇者である事を実に楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 主従は山道を抜けて、一つの花畑に辿り着く。

 

「ここで正しいのかい?」

「はい。貴方の毒を治す手段はこの花畑にありますね」

「そう、か…………」

 

 花畑に辿り着いた時、ゲイマルクの体は傾いで、崩れ落ちた。

 逃げる為に長い距離を歩いたのに、全く動けなくなる。仰向けに転がって、力が入らない。

 精々動くのは、口と目だけだ。

 

「はぁ……強制イベントね。短めで頼むよ」

「動けるようになるだけでも半日はかかりますね。毒の状態も、怪我の状態もそれはもう酷いので」

 

 毒。

 ゲイマルクは特殊な毒に侵されていた。ヘルマンの秘宝から吐き出された勇者を殺し得る手札の一つ。半再生の呪いを与え続けるもの。その毒が廻る限り、つけられた傷が如何なる方法でも癒えず、痛みを与え続ている。

 

「負けるのはともかく、痛いのが続くのは楽しくないな……」

 

 いよいよ動けなくなり、やる事が無くなった勇者は自分の状態を自覚する。

 臓腑が腐り落ちるのを感じさせるように、神経を焼き続ける痛みが腹部を覆っている。勇者特性と毒の効果の板挟みとなり、焼き籠手を押しつけ続けられるような痛みと痒みがゲイマルクを押し潰していた。

 

「………………ッ」

 

 いくらか、何もする事もなく耐え続けて歯を食いしばる。勇者特性待ちの時間は退屈で、辛い。コーラも気を紛らわせる為の話をする気は無く、痛みに耐える事は勇者に求められる資質であると、わざと黙っていた。

 

「まー、勇者特性的にはそろそろ……来ましたね」

「…………ああ」

 

 目の端に、一人の幼子が花畑に入るのが見えた。

 ゲイマルクの毒を解除する方法は一つ。三歳の幼子が集めた薬草を、毒を受けたところに流し込まれる事。

 たまたま条件を満たす女の子が、特定の薬草が生えている花畑に通りがかる。勇者なら、運は良いがある事だ。

 バーバラはゲイマルクに気づくと、傍に座った。

 

「おにいさん、辛いの?」

「……ああ、辛いんだ。薬草が欲しいけどどうにも体が動かなくてね。良ければ、君がやってくれないか? そうしたら、治るから」

 

 痛みを堪える顔色は真に迫っており、死の淵にある声は幼子にも危機感を募らせる色があった。

 

「わ、わかった! ちょっとまってね!」

 

 そうして、慌ただしく薬草でありそうなものをバーバラは探して引っこ抜き始めた。

 

「あー、あれ毒ですよ。それは神経が壊れます。これは腐らせます……この子、放っておくと時間かかりそうなんで修正しときますね」

「……なんで、治す薬草ばかりなのにそれを取るかな」

 

 勇者特性が連れて来た幼子はポンコツだった。

 本人は素直にゲイマルクを治すものを捧げようと思っているが、目の前にあるものを拾えばいいだけなのに、極彩色だったりグロテスクなものばかりを選択する。見ていられずにコーラが助け舟を出す必要があった。

 

「これどうかな!? おいしそうじゃない?」

「それはオホホウフフです。熱処理を加えないと、村一つは滅ぼせますよ」

「うーん、でもわたしのに入れてみるね!」

 

 バーバラは笑顔で駆け回り、毒薬の群れを集めていく。それとは別に、コーラの指導によって薬草も集められていた。

 調合の段階も適当の一言に尽きる。渡された鉢を引っ掻き回して、薬効そのものを駄目にする潰し方をしたり、自分の毒薬をこっそり混ぜていてやり直し。

 腹部の痛みに耐えるゲイマルクは頭部に別の痛みを感じた。

 この幼子、頭が残念過ぎる。

 

「ああもう……これ、最初から最後まで貴方がやらなきゃ治らないんですよね。指示に従ってください」

「だいじょーぶだいじょーぶ! わたしならなんとかなるから!」

 

 子供特有の万能感に支配されて、自信満々で猛毒を作り上げていく。

 そうして暫くすると、拙いお医者さんごっこのような調合が終わった。

 コーラが頭を下げて作り上げさせた無難なもの。バーバラが自信満々で作ったもの。

 二つの調合薬がゲイマルクの目の前にあった。

 

「どっちがいい? わたしはこっちがいいと思う!」

 

 花のような笑顔で患者に押しつけられるのは、グロテスクに(うごめ)く黄緑色のゲル状のナニカ。

 無垢と奇跡が産んだバランスブレイカー。

 これを一度喰らえば、勇者期間中は裕にのたうち回れるな。

 ゲイマルクをしてそう確信出来るだけの毒薬だった。身体は口と目以外動かない。

 

「いい、いらない! コーラの方をくれ……お願いだから!」

 

 ゲイマルクは勇者特性を初めて呪い、恐怖と共に懇願した。

 

「そっかー……」

 

 バーバラは残念そうにしつつも、自分が作った調合薬を降ろし、もう一つを拾い上げる。

 

「ふぅ……」

「これをのんで、元気になってねー……あっ!?」

 

 バーバラは盛大に転んで、ゲイマルクの腹に鉢ごと薬をめり込ませた。

 

「――――ががぁっ!?」

 

 ポンコツな一撃は、運悪くゲイマルクの臓腑を抉り内臓を掻き出すように潜り込む。幼子でも十分致命傷にするだけの痛恨の一撃。ぶちゅりと嫌な音がして、臓腑の一部を潰した。

 

「おおーう、勇者って基本不幸ですからねー。こういう事も起こるんですねー」

「そう……か……良いギフトだけじゃなかった……っけ」

 

 その言葉を最期に、ゲイマルクの意識は落ちる。

 ゲイマルクの勇者特性は確かに、たまたま治す手段になる幼女を連れて来た。

 ただ、その幼女は治そうと思ってゲイマルクを追い込む程のポンコツだった。

 

「た、たいへーん! えっと、取り出さないとー! どこに入ったっけ!?」

「……ッ、うぐっ、ぐうぅぅぅっ……!」

 

 ポンコツ幼女の責めは終わらない。治そうと鉢を取り出そうとして、ゲイマルクの臓腑をまさぐる。黒い血に混じりながら、涙混じりでゲイマルクの身体を苛め抜く。気絶する事も許さない。

 バーバラのお医者さんごっこは、手術ごっこに入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「はいストップ。これで毒は治ります。良かったですねー」

 

 その声と共に、悪意のひとかけらもない拷問は終わった。

 どこかコーラは上機嫌そうに、主に話しかける。

 

「賢いゲイマルクにも、珍しい事があるんですね。そういう反応をするのは面白いですよ」

「………………そりゃ、どうも」

 

 勇者特性だから治る。逆に治るイベントだから動けなかったんだ。

 これまで有利なギフトとして散々活用して来たが、こういう働き方をするのは初めてだった。

 今日はもう何をする気も起きない。そんな疲労困憊(こんぱい)の表情でゲイマルクは幼子を見る。

 

「あ、なおるの!?」

「……うん、ありがとう」

「やったーー!」

 

 ゲイマルクの表情には、毒が消えた分、生気がほんの少しだけ取り戻されていた。土気色から、真っ青という程度だが。

 この散々にやってくれた幼子に、ゲイマルクは感謝の形として一つの実験をしようと思った。

 

「……ねえ、俺の事をどう思う?」

「かっこいいおにいさん!」

 

 頬を色づかせたバーバラは、初対面とは思えない安心した笑みに満ち溢れている。

 あたりも、自分も血に染まっている事を一切気にせずに、傍を離れる事はない。

 勇者特性、異性からの極端な好意。

 恋そのものを分からぬ幼子でも有効らしく、ゲイマルクに対する好感度は高かった。

 

「君は何が好き?」

「おかあさん! 村のみんな!」

「そうか、当たり前だよね。この年頃の女の子は……」

 

 純粋無垢な幼子だ。だからこそ、汚し甲斐がある。

 勇者特性を使って毒を植えつけて、何か歪なものを信じさせるとどうなるだろうか。

 信念の無い者は、容易に勇者によって操られる。操り人形の末路を見たくなった。

 

「お兄さんは勇者なんだよ。世界に一人しかいない正義の味方だ」

「はえー、すごいねー……」

「それで、俺はこの世界の真実を知ってるんだけど、聞きたい?」

「聞きたい聞きたい! なにそれ!」

 

 抱きつかんばかりに前のめりになって、バーバラはゲイマルクを見る。興味津々で、疑う事を知らぬ目だった。

 そしてゲイマルクは、本心を吐露した。

 

「――――この世界はクソだ。腐ってる。悲しむ為にある世界で、間違っている」

 

 これはルドラサウム大陸における神の真実、コーラに渡された情報と推論を重ねた上でのゲイマルクの結論だった。

 

「え?」

「人間にはバッドエンドか、ゲームエンドしかないって事さ。……あまり深くは語る気はないけど、皆幸せにならないよ。俺が何をしても、しなくても皆不幸になって死ぬ。一代幸せに生きても次は不幸だ。そうして永劫に不幸が続く」

「え、え、え……?」

「だから俺はこのくっだらないゲームを終わらせるんだよ。自分なりの楽しみ方もやってるけど、とっととゲームエンドしてあげるのが勇者の本当の仕事さ」

 

 少しズレたかと思いながらも、幼子に植え付ける毒を吹き込んだ。

 

「だから、君は不幸だ。お母さんも、村の人も、全て不幸になる。世界が間違っているからね」

「…………」

「俺の言う事は誓って真実さ。憎んで、諦めて、毎日を過ごしてくれ。俺が数年間で全て終わらせてあげるから」

 

 ゲイマルクの穏やかな言葉は、決意に満ちている。

 強くなり、無双して、思うが儘に過ごして、勇者期限の終わり際に世界を壊す。

 それが勇者ゲイマルクのゲームエンドであり、最終目標。この世界全てを諦めた男の結論だった。

 

「ま、どうぞご自由に。ここまでほとんど自力で辿り着いてるから本当に賢いですよね。神々(われわれ)創造神(あの方)の娯楽になればなんでもいいですが」

「ゲーム盤に乗せられないのは、苛つくんだよね。だからアイツと同じように、その過程を精々楽しまないと損さ。さて……」

 

 毒の廻った幼女はどんな顔をするだろうと、ゲイマルクは幼子を見た。

 

「うーん…………」

 

 きょとんと、不思議そうにしてゲイマルクの言っている事が理解出来ないバーバラがいた。

 どう言葉にするべきかと考えて、

 

「ぜったい、ちがうよ?」

 

 とりあえず、否定から入った。

 

「「は?」」

 

 勇者特性、全く効果を発揮せずに幼子に弾かれる。

 これは勇者特性を良く知る主従が困惑する番だった。人が不幸である事など、当たり前の話で、真実なのに。

 

「わたし、ここにあるものみんな好きだから、ちがうと思う」

 

 そう言って、バーバラは世界に向けて歩き出す。何かを受け止めようとするように、両腕を広げる。

 

「空も、土も、空気も、花も、おにいさんも、ここにあるもの全てが……わたしは好き」

 

 少女が見る世界はルドラサウム世界の一角。勇者を助ける為に一時的に用意された魔物の入らない領域である。世界によって調整された景色は、一つの完成された美がある。

 ヘルマンには珍しい快晴であり、どこか暖かさが漂い、辛い冬を耐えたばかりのバーバラにとっては絶好の日向ぼっこ日和であった。風も穏やかで、心地良い香りを運んでくる。

 踏みしめる土は柔らかく、されど泥が付着しないようにあっさりと離れる。靴が汚れず、歩いていて気持ちの良い山道を昇ったらこの花畑に導かれた。

 時折何かの花か、りんりんと心地良い鈴の音が鳴って気が落ち着く花畑。視界を見下ろせば、やや遠くに自分の村があり、笑顔で友達が談笑している。遠くに向けると遥か先に翔竜山まで見え、この世界の雄大さを感じさせてくれる。

 

 バーバラは感謝していた。この景色が見れた事を、血だらけの少年を助けられた事を、今日という一日を。

 だから、遥か彼方の未来になっても、自分が忘れたままでも夢に見る。

 この日は、幼い頃のバーバラにとって人生最良の一日であったから。

 

「きっといいことがあるよ。おにいさんも、わたしも、みんな幸せになれるよ」

 

 ゲイマルクは口を開けたまま、何も言い返せなかった。

 天真爛漫(てんしんらんまん)に笑う幼子は、真実を知らぬままに、()()()()()()幸せを信じている。

 それが余りにも、あまりにも自分と真逆で――――

 

「………………ああ」

 

 理解した時、魔王よりも、先代勇者よりも殺したい存在になった。

 この幼子には、自分の中核を真正面から否定して、それを信じて疑わない信念がある。

 バーバラは、ゲイマルクにとって不倶戴天(ふぐたいてん)の敵だった。

 

「それじゃ、わたしは帰るね。じゃーねー」

 

 ゲイマルクが少しづつ快方に向かってる事に安心して、バーバラは手を振って帰っていった。

 満ちる殺意のままに魔法を追い討とうとしても枯渇している。塵モードの勇者は人に止められる程度でしかない。

 身体は全く動かない。半日はこのままらしかった。

 

「なんだこのクソイベント。だからこの世界クソなんだよ」

 

 精々毒を吐くぐらいしか出来なかった。

 

「どーします? 適当に調べておいて襲撃でもしますか? あっという間に滅ぼせますよ」

 

 主の気持ちを察したか、コーラが益体も無い事を愉快そうに提案してくる。

 この従者は、ゲイマルクが普段澄ました顔をしているのが気に食わないらしく、ここぞとばかりに茶化すのが娯楽だった。

 

「馬鹿言わないでくれない? 魔王を倒した後でいいよ。刹那に行く過程で勝手に潰れてるさ」

 

 効率が悪い。勇者の力で幼子一人追いかける時間が勿体無い。

 ゲイマルクの冷静な部分はこれからのタスクで満載だ。魔王を殺す本命の計画は三ヶ月もあれば始まる。そこから一月で魔王を殺し、世界は変わる。

 その過程で、楽しめる娯楽がある状況は一日も無駄にするべきではなかった。

 

「ヘルマンで妖怪破壊爆弾は手に入れた。これを利用して禁妖怪を支配する状況を作れるだろう。人を妖怪と魂喰らいで板挟みにしてjapanでも……」

 

 若干回復して饒舌になった主を見下ろし、コーラは嘆息する。

 

「本命だけで5割は果たせるから、大人しくしてればいいでしょうに」

「それじゃイージー過ぎる。楽しみようがないじゃないか」

 

 イージー、クエストクリア、ゲーム、この勇者は他人事のように自分のやる事を表現する。

 ゲイマルクはこの世界をゲームとして楽しむ気だ。

 その為に無駄な虐殺で目立ち、盛大な戦いを作り上げて、地獄を産み出す。

 最も賢い勇者は、わざと自分から憎まれる事を選んでいた。

 

「それより死亡率の方だな。30%いった?」

 

 何度目か分からぬ言葉を受けて、コーラは邪悪な笑みを浮かべた。

 

「そろそろですよ。黒死病も場所によってはパンデミックしてますし、この分だと……」

 

 その時、ゲイマルクの目の端にあるエスクードソードが強く光った。

 

「人類の30%の減少を確認しました。エスクードソード、破壊ランクアップ。逡巡モードです」

「やっとか」

 

 やはり、本命以外の行動は効率が悪い。まだこれから6000万人も殺さなければいけないのだ。個人や一勢力の行動では時間がかかり過ぎる。

 それでもゲイマルクはこれから先の事を思って静かに笑う。力が沸々と沸き上がっているのを感じていた。クエストクリアの可能性が大きく上がるだろう。

 

「さて、逡巡モードだ。ここからは魔人もゲーム盤に乗せられるな。楽しみだ」

 

 倒れ伏している勇者だが、ここより逡巡モード。実力が違う。

 ここよりゲイマルクは魔人級。勇者災害はここからが本番となる。

 そこから先の日々は、幼い頃のバーバラには縁がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ゲイマルクが失敗する理由は一つだけだが、ある。
 それを理解出来ないから、絶対に失敗し続ける。

 次回、9日までには。


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あの山を越えて

 東ヘルマン、ゴーラク東のバラオ山脈を抜けたところ。

 そこでバーバラは幸せな夢を見ていた。

 

「おかあさん……えへへ……」

 

 夢の中のバーバラは幸せだ。それに比べて現実はどういう状態だろうか。

 まず、うつ伏せになっているところは尖った岩肌である。そこにマットレスとして血の絨毯が敷かれている。砂利と土で体は半ばまで埋まり、布団として大岩がのしかかっている。

 つまるところ、バーバラの夢は崖崩れと土石流に巻き込まれた末の走馬燈だった。

 

「あーあ、酷い事になっちゃって……」

 

 あらぬ方向に色々なものが曲がっている主を見下ろし、コーラは呆れる。

 このポンコツは、毎日やらかさないと気が済まないのかと。

 昨日はプリティリアで毒を飲んで金を盗まれた。今日は、これだ。

 バーバラが勇者となってから毎日毎日助けてコーラ。些事雑用は言うに及ばず、行動不能と自滅をしない日の方が少ない。

 人間として、この勇者は失格だった。

 

「これだと、もう勇者特性待ちするしかないんですけど……おや、思ったり速いですね」

 

 黒衣に白衣を羽織る少女、ミックス・トーが軽やかに事故現場に現れた。

 

「悲鳴が聞こえたから来たんだけど、他に被害者はいる? あんたは大丈夫?」

「いませんよ。私はかすりもしていません」

「そう」

 

 ミックスはあたりを素早く見回して、他にいないのを認めるとバーバラに駆け寄る。素早く岩や土を取り除き、小柄な体なのに重さを感じさせない動きで安全なところまで運んでいく。

 バーバラに命に強く関わる怪我がないのを認めつつ、適切な応急処置を施していった。

 

「凄い医者が来ましたね。ここまで適切で迷いのない医術は初めて見ますが、有名なんじゃないですか?」

「ここでは闇医者で、許可無しのヤブだけどね……」

 

 眠たそうな目で、されど手は全く止まる事が無い。

 治療の最中で、ミックスは採決した血が他の人間と大きく違う事に気がついた。

 異常。

 そうとしか形容しようがなかった。自分の妹の時とも、また違う。

 

「……この子、変よ。何物? 治療に関わるから、知っているなら吐きなさい」

「特性ならいいかな……守秘義務守ってくださいね。勇者です」

 

 ぎょっとした表情で、ミックスはコーラを見返した。

 

「…………あのゲイマルクと同じ、勇者?」

「はい。私は勇者の従者、コーラと言います。この子は今代の勇者、バーバラです」

 

 ミックスはまじまじとバーバラを見る。

 死ぬ方が幸せだった哀れな存在、ゲイマルク。次の犠牲者が、この少女?

 夢の中にいるバーバラは幸せな笑みを浮かべているが、足以外の骨折箇所は多数に及ぶ。ミックスの見立てでは、全治三ヶ月でボロボロだ。

 

「体、再生してないんだけど……」

「この程度では発動しません。でも勇者になってから二週間ばかりで……ざっと10回は死にかけています。今日は軽い方ですねー」

「その言葉が本当なら、勇者は最悪の病気ね」

 

 ゲイマルクのせいでミックスの勇者に対するイメージは最悪だ。動く死体の二の舞になって、ああなってしまう事だけは避けて欲しいという思いがある。

 

「世界に一人だけの病気持ち。だからこんなボロボロになって……」

 

 包帯を巻いたバーバラの頭を優しく撫でるミックス。

 悲しげな色を目に湛えた少女の反応に対して、コーラは首を振る。

 

「いえ、違います。むしろ全部バーバラが悪くて、勇者特性に救われています。今回もバーバラの過失です」

 

 コーラはこのポンコツ勇者の実態を知らせる事こそが重要だと考えていた。

 勇者の名誉がバーバラの行動に寄るのは勘弁して欲しい。過去の勇者全員に対する侮辱になる。

 

「そうですね……まず、どうしてここで怪我したのかを説明する必要がありそうですね。バーバラはリーザス城からウラジオストックまで素早く行こうと思っていました。どういうルートを通るのが早いと思いますか?」

「素早く……」

 

 ミックスは頭の中にある世界地図を思い浮かべる。リーザス城からウラジオストックまで行く方法はいくらかあるが……。

 

「うし車でボントレーまで行き、スケールからログA、北の道に沿って行くのが最速だと思う」

「そーですね、それが正解です」

「リーザス、東ヘルマンはもう戦争一歩手前みたいな状態だから……スパイ扱いにされて、山道に逃げて、迷った末にここで事故に()ったとか?」

「いえ、違います」

 

 コーラはルドサラウム大陸の地図を広げ、バーバラのリーザスからの旅路を引いた。

 

「このポンコツは、リーザス城からウラジオストックまで直進しました。このように、地図直線でほとんど真っすぐです」

「…………はあ?」

 

 コーラが書いた道は単純そのもの。リーザス城からウラジオストックへ向けて直線を伸ばし、バラオ山脈を斜めに突っ切って、山脈出口でバッテン。それがこの事故現場だった。

 

「冗談よね? 山脈を地形無視して突っ切るなんて無茶よ」

「勇者だからできます。山を、谷を、崖を、身体能力に任せて突っ切り、ここまで辿り着きました。到着と共に大声で山彦をして、崩落に巻き込まれました。勇者関係なく、自業自得です」

「そ、そんなアホで馬鹿な行為をする奴なんているわけ……」

 

 ミックスは否定しようとしたところで、否定しきれない事に気がついた。

 自分の(レリコフ)(元就)がやりそうな行為だ。

 

「本人は『大丈夫大丈夫、今の私なら楽勝だから!』と言っていました。一事が万事、この調子です。勇者特性が無かったらとっくに死んでます」

「あー……もう……」

 

 蓄積した疲労が五割増しになるような患者だった。

 ミックスは溜息を深く吐くと、テントの設営に動き始める。

 

「今日はここで夜営。患者は治すけど、闇医者らしく治療費高めで請求するわ」

 

 バーバラはバラオ山脈を越えた。

 誰もやらなかった事を挑戦し、今までに無いやり方で東ヘルマンに潜入を果たした。

 そもそも思いついた時点でアホだと考える事であり、やる意味も無いが、ミックスには会えた。

 

「えへへ……おにいさん、よかった……」

 

 ポンコツ勇者は夢の中でも、頭の中もお花畑だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 消毒液の匂いとテントの天井。そして不機嫌そうな黒髪の少女。

 バーバラが夢から覚めた時、目に飛び込んできたのはその景色だった。

 

「ん、起きたか。体に違和感や痛みはある?」

「あちこち痛い……どこも違和感しかない……」

「でしょうね」

 

 ミックスは手元のカルテを引き寄せて、患者の状態を読み上げていく。

 

「出血箇所は多すぎるし止血出来たから省略するけど、左腕で四箇所骨折、右腕で三つ、顎と頭でそれぞれ一つ……、要するに絶対安静ね。それも一ヶ月は」

「い、一ヶ月!?」

「人手を呼んで搬送して入院、三ヶ月は通院。そんなところかしら」

 

 医者としての冷静な見立てを告げるミックスに、バーバラは焦りの表情を浮かべて跳ね起きた。

 

「じょ、冗談じゃない! 私、そんなに入院出来るお金なんてないから!」

「絶対安静って言ったでしょ! 動くな!」

 

 一喝。そして有無を言わさぬ意志でもって、ミックスは患者を抑え込む。

 バーバラはじたばたともがくが、怪我を抱えた状態では抗いきずに寝かしつけられる。

 

「いや、病院は嫌ぁ……お金がないぃ……」

「治るんだから文句は言うな。生きてるだけで奇跡的な状況なんだから、治してから稼ぎなさい」

 

 声は厳しく、患者を睨みつけるミックス。医者として当たり前の事をしているだけだが、バーバラは納得せずに他に頼る。

 

「コーラ、助けてよぉ……」

「はいはい」

 

 コーラはバーバラに近づくと、ミックスを無視して丸薬をぞんざいに流し込み始めた。

 あまりに予想外な方向からの迷いのない行動に、ミックスは一瞬行動が遅れてしまう。

 

「あたしの患者に何してんの!? 勝手にやってんじゃないわよ!」

「バーバラの場合、これが正解なんです。起きるまで待つ必要はありましたが」

「ま、まずいぃ……苦い……」

 

 むしゃむしゃと世色癌(せいろがん)咀嚼(そしゃく)するバーバラ。そして異変が起き始める。

 

「なっ……」

 

 止血する必要の無かった細かい傷が、少しづつ癒えていく。

 かさぶたが剥がれ、傷が埋まり、元の綺麗な肌に戻る。世色癌(せいろがん)のどこにそんな成分があるのかわからぬままに、バーバラの状態が、顔色が良くなっていった。この分では同じ現象が包帯の裏からでも発動しているのだろう。今も軽いヒビが入っているはずの手首を、バーバラはあっさりと(ひね)った。

 

「勇者が一月も行動不能とか、あり得ませんよ。バーバラの場合さらに特殊ですが、この程度ではあっさり治ります」

 

 ゲイマルクの時も動けない状態から世色癌(せいろがん)で強引に治した。勇者は回復アイテムの効果に補正が掛かる。

 バーバラの場合は本人の特性強化もあり、命に関わらない傷ならお手軽に復活する。骨折程度ならば数時間も与えれば十分だった。

 既存の医学の知識では説明が出来ない現象である。

 

「これ、どうなってるの?」

「勇者ですから、いや、バーバラは私にもわかりません。世界にはこういう能力持ちはいますが」

「……医者をやる甲斐のない患者ね」

 

 神魔法に頼らないですぐに治る患者。

 今用意したカルテは書き直す必要がありそうだったが、サンプルとして興味深い。

 ミックスは二枚目の紙をめくり、若干軽い部位のいくつかを露出させる。対象は、胸と指。

 

「えっ、えっ、えっ!?」

「治療の過程をちょっと観察させて。これはあたしの野望の役に立つ」

 

 ミックスはバーバラの乳房を露出させ、折れた指をじろじろと眺める。

 

「は、恥ずかしいんだけど……」

「私は慣れてるから、気にしないで」

「いや、私が恥ずかしいんだけど!?」

 

 同年代の少女相手でも、集中的に観察され続けるのは良い気がしない。

 バーバラからは見えないが、ミックスは乳房、乳輪の形まで正確にスケッチしていた。怪我の治る過程を詳細に判断する為に必要だからだが、少女の胸の形が資料として残されていく。

 

「代わりに私の治療費の方はタダにしてあげるから、協力して」

「タダなら、うぅぅ……」

 

 ミックスはどこまでも真剣にバーバラの特殊体質を眺めている。その効果を後の世に役立てる為に、データを残していく。

 恥ずかしさもあるが、その熱意を前にバーバラは拒否できなかった。

 

「ふふふ……うん、本当に治っていくわね。この分だとあと一時間ってとこかしら」

 

 その微笑みにはマッドサイエンティストとしての新発見に立ち会う喜びと、患者が快方に向かっている安堵。両方の感情が(こも)っていた。

 見ている間にも傷は癒える。バーバラは追加で世色癌をゴリゴリ食べ、痛みがなくなったところから包帯を、固定具を外していく。

 やがて最も酷い左腕が癒えると、バーバラは立ち上がった。

 

「完治したからもうおしまい!」

「ありがと」

 

 顔を真っ赤にして、バーバラは自分の服を取るとテントの隅で着替えていく。

 

「もう、もう、もう! 治してくれたのはすっごく感謝してるけど強引じゃない!?」

「そうね、名乗る事すら忘れて熱中しちゃったわ」

 

 ミックス・トーの野望は不老不死、不劣不病、完全無欠の人間を作る事である。

 勇者という特性は残酷な不死だが、バーバラの体質は有意義だった。

 野望への貴重な可能性を示した患者に対して、ミックスは深く頭を下げる。

 

「あたしはミルキー・ティー、しがない町医者で、今は闇医者よ」

「…………っへ?」

 

 その名前を聞き、バーバラは目を見開いた。

 

「あなた、魔王の子でしょ?」

「……いや違う違う。ただの医者だから、魔王の子にそんな名前の人いないわよ」

 

 ミックスはとぼけるが、バーバラはこの少女が魔王の子である事を確信している。

 

「あなたのお母さんに少し前に会ってね、ミルキー・ティーって名乗る医者がいたら娘だって言ってたよ……ミックス・トーちゃん」

「ぐぅっ……!?」

 

 あっさりと隠している身分をバラす身内がいた事に、ミックスは青筋を立てて毒を吐く。

 

「あの女……なんの為にあたしが身分隠す為に偽名使ってると思ってんのよ……!」

「なんで?」

「魔王の子ってバレたら面倒だからに決まってるでしょ! あたしは平穏な暮らしがしたいの! そんな事を無視してあの女は毎度毎度……!」

 

 ミックスは愚痴と罵声が止まらないが、何故そこまで怒るのかバーバラは不思議に思った。

 目立ちたくない魔王の子。まあそれぐらいはいるだろう。世界最強なんて身分は面倒な事も多い。スシヌもそう呼ばれるより、一人の少女としての立場の方を喜んでいた。

 でも、一つの事で母親をここまで悪し様に言うのは変だ。

 

「ミックスちゃん、お母さんの事嫌いなの?」

「大っ嫌い! あとちゃんはやめろ!」

「じゃあなんで偽名をわざわざミルキー・ティーにしたの? ミルキーって、お母さんの名前だよね。実は大好きなんでしょ」

 

 ミックスは持っていたペンをテントに叩きつけた。噛みつかんばかりの表情でまくしたてる。

 

「違う! あの女も偽名を使ってんのよ! あたしの母親の本当の名前はミラクル・トー! 世界の覇者をいつまでも夢見て騙る大馬鹿者! なんであっちは偽名でこっちの偽名をバラすの!? 信じられない!」

「お、おおう……」

 

 ミラクルという名前に聞き覚えはないが、母親はミックスにとっての逆鱗(げきりん)のようだった。

 バーバラは話題を逸らす為に、何かカバーできないかと思案する。

 

「き、気にしないで。名乗らなくても一発で分かってたから。そのミ……ラクルさんと雰囲気が瓜二つだし、魔王の子というより、あの人の娘って感じがする」

「バラバラにしてやる!」

 

 ミックスはバーバラに襲い掛かった。手にはメスと実験器具がある。

 

「ぎにゃーーーー!?」

「勇者は死なないから解剖し放題って事よね!? 丁度いいサンプルだし、治療費高く請求しようとしてたし、もう少し実験してみましょうか!」

「私が、私が悪かったからあああああーーーーー! やめてええええええーーーー!」

 

 ぎゃあぎゃあと、テント内は騒がしくなった。

 徹夜明けのミックスと、治療直後のバーバラのもみ合いが終わるまで、幾何かの時を要した。

 

 

 

 

 

 

 

 日は昇る。

 太陽がその姿を現し、バラオ山脈を越えて、ミックスのテントにも橙色が混じる。

 東ヘルマンの地にも日の光が降り注ぎ、その姿を、地形を見せていく。

 今日は曇天ではなく、この地には珍しい、清々しい朝が来た。

 

「はあ……色々わけのわからないものを飲まされた……」

 

 安全な治験と実験をいくらか付き合わされたバーバラは、ぐったりとしていた。

 

「一部必要なものもあったから、感謝して欲しいぐらいだけど」

「……どうして?」

「これから東ヘルマンを歩くのなら、ね」

 

 ミックスは真剣な眼差しでバーバラを見た。

 

「東ヘルマンは、知ると知らないでは大きく差が出る。バーバラはどれぐらい知ってるの?」

「…………ちっとも」

「ちっとも? それはあり得ないでしょ。話題沸騰の新興国よ?」

 

 怪訝(けげん)な表情をしたミックスに対し、バーバラは若干声を暗くして視線を逸らす。

 

「全世界に喧嘩を売って、私の村も一時占領した狂犬国家。それ以上は知りたくもなかったから」

 

 その言葉に、ミックスははっとした。

 

「ごめん、不用心だった」

「いいのいいの、昔の話だしー。別に大した事じゃなかったけど、苦手意識はどうもねー」

 

 軽く笑って、手をひらひらと振るバーバラ。

 東ヘルマンは開戦直後は各地優性を築き、最大版図はもう少し大きかった。クエルプランの大事故が起きなければ、ヘルマンは完全に(くつがえ)っていた可能性もある。その程度には、全世界の魔王に対する恨みは深い。

 今の事情から、ミックスはバーバラがヘルマン出身だと察する事が出来たが、古傷を開いたことに悔いが生まれた。

 

「まあ知らないって事ではほとんど無知。精々魔王と魔王の子を恨んでいる新興国ってぐらい。だからミックスが教えてくれると嬉しいなー」

「いいわよ。数日だったら一緒にいて細かく教えてあげる」

「えっ……」

「患者が治ったからといって正直に放置はしない。ヒーリングだけでは治せない病気も入ってる可能性があるから」

 

 本当は、最寄りの街まで案内して病院を紹介して別れれば良かった。

 ミックスは東ヘルマンの『病気』について調査して、これから帰るところだったが、良心から予定を変更してしまった。

 思わぬ旅の道連れが出来て、それが魔王の子である事に、若干の嬉しさと心強さがバーバラの胸を打つ。

 

 この子、凄くいい子だ。

 

「うん、ありがとう!」

「気にしないで、医者として当たり前の事だから」

 

 バーバラは握手を求め、ミックスはそっと手の甲を乗せるだけで済ませた。気恥ずかしさがあるようで、この時だけは目を逸らしている。

 ミックスは立ち上がって、テントの出口へと向かった。

 

「さて、そうと決まったら片づけないとね。教える事はたくさんあるから」

「ミックスの言う、東ヘルマンは知ると知らないでは大きく違うって何が?」

「全部は長くなり過ぎるけど、まずはこの国を見るのが早い」

 

 一緒に出なさいと言って、ミックスはバーバラを促す。

 そういえば、ミックスがもみ合い、逃げ出そうとした時に信じられない力を出していた。バーバラは東ヘルマンを、まだ一度も見ていない。

 

 バーバラはテントの入り口を(くぐ)り、外に出て――――言葉を失った。

 テントは若干小高い丘の上に設置されていた。だから東ヘルマンの景色がそれなりに見渡せる。

 

「ヘルマン出身みたいだし分かるでしょ? この異常性」

 

 ヘルマン。

 気候は厳しく、冬は長く厳しく、生産力のない国。バーバラの本国は相変わらず貧乏国だ。

 今では最弱国の烙印を受け、国民性ぐらいしか褒めるところがない。

 

「これは……これ、は……」

 

 東ヘルマン。

 ヘルマンと半分になったのにも関わらず、全世界と戦争して優勢を築いた国。

 何故優勢だったのか、何故栄えたのか。その理由が一目で分かる。見渡せる。

 

「これが()()()()()()()()()()()()()()()()()宗教軍事国家、東ヘルマンよ」

 

 目に広がる世界は暗い紫、青、赤の自然と農地。そして何よりも多い黒、黒、黒。

 黒い土が敷かれた実り豊かな『不』自然が、どこまでも広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ミックス・トー lv308
 本編終了後、誰よりも早く東ヘルマンに対して動き出していた。
 ゼスで別れて調べ物をして、シャングリラでリセットに会う。
 そのまま砂漠に紛れて密かに東ヘルマン入りして慎重に闇医者をしつつ調査。
 あと少ししたらバラオ山脈から帰るつもりだった。


 あの山を、本当に越えたポンコツ。
 山を越えたら、そこは知らないヘルマンだった。
 東ヘルマンという国は嫌という程バフしてます。
 lv300魔王の子達の遊び場になれるだけのポテンシャルを突っ込んでます。
 全世界を相手に戦争やれる国力もあります。
 ルド世界を楽しく遊ぼう!


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東ヘルマンという国

 説明回。設定大解放。
 バーバラも読者も知らない国。


東ヘルマン
 

 建国    : RA12年(RA11年、ヘルマン内乱勢力)

 建国者   : ビュートン・ホワイト

 首都    : コサック

 総帥    : ビュートン・ホワイト

 人口    : 3500万

 兵員(最大) : 33万(不明)

 主な季節  : 冬

 名所    : マルグリッド迷宮・レコサルバーション

 国教    : RECO教

 

新鋭の宗教国家

 

建国当時からRECO教が深く関わっており、国教に指定されている。

新しい神の加護という各種奇跡を用いて、国家の生産能力を大きく引き上げている。

農業を筆頭に医療、教育、その他国民生活の殆どについてRECO教団が深く関与。

 

民主制から反乱、軍事政権へ

 

RA11年のヘルマン大統領選挙で敗れた第四軍将軍ホワイトが結果に納得せずに蜂起。

RECO教の後押しを受けた貴族、領主も次々と呼応し内乱は成功。

翌年軍隊が最高決定機関である独立国を宣言。東ヘルマンと号した。

 

備考

 

食糧自給率200%以上。リーザス全土より食糧生産量が遥かに多い豊穣の国。

魔王を恨み、新たな神を信じるならば食と健康を保証し、移民を広く受け入れる方針。

人類国家からの魔王関係者排除を国是とし、全世界に対して対決姿勢を持つ為に交渉が困難。

国旗は建国(反乱)時の主力、ヘルマン第四軍の黄色を背景にしたHマーク。

 

顔が割れてるから兵士さんには気をつけてね

 

 

 

 

 

 

「姉さんの資料、ちゃんとわかる? わからない事があったら教えてあげるわよ?」

 

 ミックスの言葉を受けて、バーバラはレポートから顔を上げた。

 

「だ、大丈夫! なんとか詰め込んでる!」

「一番大事なのは……」

「ミルキーと一緒についていく。人の多いところでは静かにする。RECO教に入るとも、入らないとも言ってはいけない」

「ん」

 

 ミルキーと言った事にミックスは頷き、前を向く。

 

「ウラジオストックの前に近くの村に寄るから。東ヘルマンによくある一般的な村よ」

「よくある、一般かあ……この景色がヘルマンで見れるとは……」

 

 バーバラは改めて広大な農地を眺める。

 冒険者になり立ての時に、お使いクエストの中でこれに似た景色を見た事がある。

 リーザス領南西部、プアーの近くにあるズンド農地。地平線の限りまで小金色の稲穂が広がるリーザス最大の穀倉地帯を見た時は圧倒された。

 貰ったレタスを生食して腹を痛めつつ、ヘルマンには逆立ちしても無理な光景だと思った。

 

 だが、東ヘルマンにはあった。ただしヘルマンらしく、小金色であるはずの麦は真っ黒に。黒紫なのはレタスだろうか、とにかく色がおかしい。そして踏みしめる土がどこまでも黒い。戯れに蹴り掘ってみればすぐに元の土地らしき層があるが、そこも黒く染まっていた。

 

「私が知らないだけで、結構あるの? この黒い農地」

「東ヘルマン以外にはもうほとんど無い。世界各国が率先して東ヘルマンに誘導して、もう自由都市の一部ぐらいしか残ってないはず。RECO教徒がいないと意味の無い土地らしいから」

 

 ミックスは黒土を掬うと、さらさらと下に落とす。

 

「この土は作物の成長を著しく高める。天候や気温関係なく育たせ続ける。効率との兼ね合いもあるけど、小麦もその気になれば年6回収穫出来るって話よ」

「うげぇ……」

「東ヘルマンはこれで貧困、飢餓をほぼ領内全土から撲滅した。……そろそろ村が見えて来たから、気を引き締めて」

 

 ミックスの進む先には、東ヘルマンの村があった。

 やがて近づくにつれ、堅牢な作りの家が立ち並び、地面も粗削りに舗装された道路になる。ここはヘルマンとさして変わらないらしく、バーバラも安堵感を覚える懐かしい雰囲気がある。

 

「あー、そうね。ここはヘルマンで間違いなさそう」

「気候や天候は一緒だから、住環境は変わらないわよ。いずれは変えたいらしいけど」

 

 人口の多さを反映するように、村はかなり広かった。その村の中心部へとミックスは迷いなく進んでいく。

 

「どこへ行くの?」

「RECO教会。絶対真ん中にあるからそこが目的地。静かにね」

 

 果たしてミックスの行く先には、一つの村としては場違いに大きい建造物があった。

 その周囲には建築物を囲むように黒色の魔法陣が刻まれている。

 RECO教会は王都リーザスにあったパリス学園の校舎がサイズ的に近い。四階層はありそうな建築物は徹底的に黒色が使われており、入口の扉にも魔法陣。RECO教にとっての十字架のようなものなのかもしれない。

 ミックスは重厚な扉を開けて、入るように促した。

 バーバラはRECO教会に入り、

 

「あ、ああっ……」

 

 膝から崩れ落ちた。

 

「これは、勝てない。私の国は滅びるわけだわ……」

 

 もう、目の前の光景を前に認めるしかなかった。

 東ヘルマンにヘルマンは足下にも及ばず、蹂躙される運命しかない。

 一年もしない内にそうなる。自分の国は好きだが、あまりにも差があり過ぎるのだ。

 感動と共にバーバラはもう一度それを見て、本当に存在する事を確認する。ある。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()が、この世にあるなんて……!」

 

 教会の入り口には、ヘルマンパンと普通のパンのバスケットが複数置かれていた。

 タダの食糧を常備出来る教会。

 そりゃあ信仰しますとも、RECO教団万歳。

 CITYにあったら良かったのにと思いつつ、バーバラはヘルマンパンを噛み切る。

 

「……注意しろって言ったのに、速攻で口に含むか。いや、対策はしたからいいんだけど」

「パンの中まで真っ黒だー! 面白い!」

 

 ミックスは呆れの目で見るが、バーバラは新しいヘルマンパンに心奪われていた。

 食感は癖になるような故郷のままだが、深みが違ってコクがあるような気がする。ガリゴリと頭の中で流れる咀嚼(そしゃく)音をBGMにするのがたまらない。これこそがヘルマンパン。ここは東ヘルマン。やはり、ヘルマンなのだ。

 

「うーん……国は嫌いだけど、これは好きになりそう」

「……あたしには、まったくあんたの気持ちが分からない」

 

 普通のパンと保存食で迷わず保存食に飛びつき、東ヘルマンの好感度を上げる。

 ミックスはヘルマン人と人間でカデゴリ分別するべきではないかと思いつつ、研究用に一つづつ取った時。

 

「失礼」

 

 全身黒ずくめのローブの男が、通りがかった。

 

「あ、すいません」

「…………っ!?」

 

 奇抜な恰好の男に対して何かを言おうとしたバーバラを抑えつけ、ミックスは小声で耳打ちする。

 

「この人はRECO教団員」

 

 男の顔は仮面をつけていて見えない。ローブは全身を覆うように着られていて顔は分からない。仮面にはボロボロに腐った鉄錆の剣が刻印されていて、額の部位に三日月の紋章がある。

 不審なバーバラ達を大して気にもせず、RECO教団員は教会の奥へと消えて行った。

 

「……ぷはっ、あれがRECO教団員!?」

「そう。顔を見せず、姿も隠すのが正装。あの人は多分ここで一番偉い人」

「誰だってわからないのに、なんでミルキーは偉い人って分かるの?」

「仮面」

 

 ミックスはバーバラの額をトントンと叩いた。

 

「額にある月の段階で階級が分かる。無いのは新月で神官。三日月は神父。半月は司祭、司教。満月は指導者達。仮面のデザインは本人の自由だけど、腐った剣って事は元AL教の人間でしょうね」

 

 あまりに不審な姿に茫然とするバーバラの手を引っ張って、ミックスは教会内に入っていく。

 

「もう仕上げかな。あんまり長くいるとマズいからこれで最後にするわよ。彼等の『神の加護』を見て帰る。この時の黒ローブは、ほとんどが村民で日常的な行事になってるの」

 

 そして一行は、教会内では最も開けた礼拝堂らしき場所へとたどり着く。

 ミックスは人差し指を唇に当て、バーバラに中を覗き込むように促した。

 

「ああ、申し訳ありません。申し訳ありません。私達が力がないばかりに……!」

 

 そこには、嗚咽と悲哀があった。

 礼拝堂は黒いローブの人間によって埋め尽くされており、すすり泣きや呻き声が連鎖する。

 祭壇に先程の三日月のローブ、その両端に卍が入った仮面の印無し、新月。参列席には多数の印無しが、黒い腕輪をつけて座っている。

 暗く、葬式のような痛ましい空気の中、祝詞が、呪詛が紡がれていく。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』

 

 意味が分からない。人間の声か、どのような意味があるのかわからないもの。それを三日月の仮面が朗々と唱え上げ始めた。

 負の感情渦巻く礼拝堂の空気がより粘つくようになり、バーバラの背中に冷たいものが走った。

 

「新たな神は身を切って人を助けようとしている。故に罪悪感をもって報おうと祈るべし」

「魔王と魔王の子、AL教の世界を憎め。その想いが強い程救済の日は早まる」

「自殺を禁じる。最大の悪行で、一家地獄に落ちる行為なり」

 

 三日月の傍に立つ新月の教団員が教義を延々と読み上げ、祈りを、呪いを促す。それを見て頭を下げて祈りを深くした黒ローブの村民達。周囲の想いが呼応するかのように、三日月の仮面が持っている宝玉が輝きを増していく。

 それはまるで、なにか邪悪なものからの力を求めるようで――――

 

「はい終わり」

 

 ミックスは釘づけになっていたバーバラを引き剥がした。

 

「見せるところは見せたから去るわよ」

「う、うん」

 

 バーバラは我に返り、転がるようにミックス達は礼拝堂を去った。

 そのまま教会を、村を、黒い土地を、ウラジオストックへの道まで無言。

 悪意を煮詰めたような呪詛が暫く耳にこびりついて、誰も喋れなかった。

 

「…………なに、あれ」

 

 (ようや)く、バーバラが絞り出したのは漠然とした虚ろな問い。

 自分でもどう言葉にすればいいのか形容し難いもの。

 

「原理はあたしでもわからないけど、あれが豊作に繋がるらしいの。だから農業の儀式?」

「どう見ても邪悪な何かでしょ!?」

 

 不安な面持ちで、縋るように答えを求めるバーバラ。

 それを見たミックスは穏やかな笑みを浮かべ、()()()()()()を語る事にした。

 

「見た目ほど酷くないわよ。終わったら村民は腕輪脱いでローブ返して普段の生活に戻るの」

「…………悪影響とか、凄くありそうなんだけど」

「そりゃ全世界と喧嘩するつもりなんだから決起集会を定期的にしたいんでしょうね。肉体的にはどこの国民も問題無し。むしろ他のどの国よりも平均では健康的なぐらい。RECO教の活動は()()()()()()恩恵の方が大きい」

 

 ただし、と言葉を継ぎ。

 

「何考えてるかは分からないし、状況によっては兵士より偉い存在だからRECO教徒には気をつけろって事が言いたかったのよ。東ヘルマン国民も魔王が絡まなければほとんどが普通の人達」

「む、むむむぅ……」

 

 頭に手を当ててバーバラは悩む。

 リーザスやゼスやヘルマンと違ってこの国、難し過ぎる。

 誰が作ったこんな難解国家? 今までと全然雰囲気違うぞ。

 

 徹夜明けの眠い目を擦り、ミックスは長い講習の仕上げに入る。

 

「東ヘルマン基礎知識、後は偉い人だけで終わり。逆らうどころか、関わったらいけない相手を覚えるだけ。そこだけ気をつければ、冒険者にはちょっとおかしな国程度になるわ」

「偉い人かぁ……」

「東ヘルマン三巨頭、ホワイト、ザンデブルグ、アキラ。この三人」

「…………」

 

 アキラという名前が聞こえた時、コーラは眉を(ひそ)めた。

 普段見ない従者の表情に、バーバラは気がついた。

 

「……どーしたの、コーラ?」

「気にしないでください。私も東ヘルマンは全く知らないだけです」

 

 ただの名前被りだろう。

 だがどうしても、記憶に残る旅路のせいで反応してしまう。

 

「ホワイトは形を変えた王様でしょ? 私も名前ぐらいは分かる。軍のトップって事ぐらいも」

「そう。じゃあ教祖ザンデブルグと大神官アキラだけでいいか。教祖ザンデブルグはRECO教のトップ。姉さんのレポートにあるように、この国の『軍事以外ほぼ全部』に関わってる危ない人」

 

 名前を聞いた時点で逃げた方が良いと挟み、ミックスは人差し指を立てた。

 

「で、最後に大神官アキラ。宗教と軍事、両方のナンバー2で調整役。国内で一番忙しそうな人。とにかく便利に使い倒されてる感じで、有能なのは間違いなさそう」

「有能なのは間違いないって、会ったことは無いんでしょ?」

「国民から話を聞いても、軍人の話を耳に挟んでも、RECO教団員からも、アキラ様のやる事なら間違いはないって言うんだもの。よっぽど信頼厚くないとこうはならない。どちらにも口を出せるからやっぱり危険」

「……………」

 

 コーラは眉根を深く寄せ、(うつむ)いた。

 知る者と被り過ぎて、頭が痛い。彼女の影がちらつく。

 

「ま、私の旅にはどれも関係ないと思うけど。ウラジオストックで仕事やったらとっととCITYに帰りましょ」

「それがいいわ。あたしもシヴァイツアーに帰るから」

「え!? じゃあ最後まで一緒に……」

「バーバラが早く終わるなら考えてもいいけど」

 

 軽口を叩き合う二人と黙り込む一人。

 ウラジオストックに近づくにつれ、黒い土も少なくなり、白い世界に近づいていく。

 今日のコーラの足取りは、重かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 RA15年8月前半。

 バーバラが翔竜山で泣き叫んでいた頃の事だ。

 野良忍者、見当ウズメは東ヘルマン国境、ログAの兵士達を伺っていた。

 

「さーて、どうしよっかなーでござる」

 

 彼女は魔王の子の1人、忍者マニアだ。才能と実力に関しては忍者として申し分が無いものの、正式な教育は受けていない。

 2年程前、ウズメは奴隷商に記憶を操作されて暗殺者としての教育を受け、東ヘルマンに奴隷として売り飛ばされる。その後東ヘルマンの一兵士として魔王討伐隊に選出され、魔王の子と戦った。

 エール達がウズメを魔王の子と気づき、記憶操作を解除されてからは魔王の子と共に、世界を救う戦いに身を投じ……世界は救われ、暫しの休みを母親と共に過ごした。

 そして休暇は終わり、彼女は新たな任務に身を投じようとしている。

 

 主君の1人、リセットからはランスの捜索を頼まれていた。

 主君の1人、ザンスからは東ヘルマンの偵察、可能ならばスパイを命じられていた。

 そこから導きだされる結論は一つ。東ヘルマンでランスを探しつつ、スパイをするのが正解と考え、今ログAにいる。

 

「魔王の子は他の方法で父上を探していても、東ヘルマンはウズメ以外難しいでござる。だからこれがウズメの出来ること」

 

 記憶操作を受けていたとしても、東ヘルマンの二年間の日々もウズメの人生だ。彼等の事は知っているし、彼等が考える事も理解出来る。スパイだとしてはこれ以上ない適任だった。

 ただ、それでもザンスは若干躊躇(ちゅうちょ)があるようには見えた。口を酸っぱくして子供の頃の失敗を並べ、期待してないから偵察程度にしとけとも言っていた。

 この任務そのものは魔王の旅のごく初期からリア女王が考えていた計画の一つでもある。その為にタイガー将軍達との戦いでは、ウズメは絶対に魔王の子とバレないように姿を晒す事はなかった。

 心配性の兄を思い出し、ウズメは軽く笑って伸びをする。

 

「考えるよりまずはやってみるでござるか。昔の口調を思い出してー……」

 

 目を(つむ)り、開いた時――――ウズメは目つきの鋭い軍人の顔になっていた。

 背筋を伸ばし、足早にログAの城門へと進む。

 

「ここより先は東ヘルマン。通る者は身分を明かせ。魔王を、魔王の子を憎む者か? 新たな神を信じるか?」

 

 フルフェイス姿の軍服の男が、お決まりの文句をウズメに対して告げた。

 それに対しウズメは、

 

「第十九次魔王討伐隊、副官ウズメ! 恥ずかしながら帰って参りました!」

 

 東ヘルマン式の見事な敬礼で、声高らかに叫んだ。

 

「ちょ、ちょっと待て! いや、すぐに呼ぶ相手がいる! 将軍、将軍を呼べ!」

「はっ!」

 

 これに対する対応はウズメの予想以上に激的だった。東ヘルマン兵は慌ただしくどこかへと向かっていく。

 程なくして、大柄のハゲた男が姿を見せてウズメを見ると――破願した。

 

「モンキー副将、お久し……わぷっ!?」

「ウズメエエエエエ!!!」

 

 そして、ウズメに抱きついた。180cmを超える大柄の体でもって、絞め殺さんばかりに強く抱きしめる。

 

「よくぞ、よくぞ生きて帰ってくれた!」

 

 ゴリラ顔の男は顔をしわくちゃにして部下の帰還を喜んでいた。目の端には隠しようもなく光るものがある。

 ウズメは頬を赤くして、体を(よじ)った。

 

「モ、モンキー副将、ちょっと……恥ずかしいので、離して下さると……」

「おっとこれはすまん! あまりに嬉しくてな、年頃の女子にやるものではなかった!」

 

 慌てて離れ、モンキーは赤面しつつ空咳をした。

 

(はあ……相変わらずでござるなあ……)

 

 ウズメの目の前いる男、モンキーは魔王討伐隊の副将だ。タイガー将軍とは旧知の仲であり、実直な性格が兵士達に慕われている。タイガー将軍の副官だったウズメも何度となく語り合い、旧知の仲だった。

 モンキーは目の端を拭くと、顔を引き締めて東ヘルマン式の手本のような敬礼をする。

 

「まずはご苦労だった。ウズメ副官の献身により、あの時の者達は皆救われた。皆を代表して礼を言おう」

「はっ! 勿体なきお言葉!」

「あれからどのようにして生きて帰ったかは、後程聞こう。今はここで体を休めた方がいいだろう。こちらに来てくれ」

 

 そうして、ウズメは要塞内に堂々と侵入を果たした。今の状況を察知しただけで、ここにいる兵士達全てが敬礼で見送ってくる。

 

(うーん、チョロい……ここの人達、敵には厳しいけど仲間には大甘でござる)

 

 モンキーはその手の筆頭だが、東ヘルマンの軍人は大概が情に厚く、仲間意識が強い。ウズメが帰って来た事が嬉しいだけで、本来あるべき処理を全て吹っ飛ばしてしまった。

 休息を取った後の調査もザルそのもの。ボロボロになったけど一命を拾い、スケールを突破出来るまで回復してからここに来た。これだけであっさりと信じて忍者装飾の少女を歓待する。

 落ち着いたところで、ウズメはモンキー将軍の私室に通された。

 

「ここまでご苦労だったな。複員届は早めに出しておくぞ。次の所属も直に決まるだろう」

「いえ、心よりの歓待に感じ入るばかりです。モンキー様も将軍昇格、おめでとうございます」

 

 副将だったモンキーは、ログAの防衛担当将軍に昇格していた。

 魔王討伐隊は東ヘルマンを代表する誇りであり、軍内部で昇格の機会になる。モンキーはその恩恵を受けていた。

 しかしその言葉を聞いて、モンキーは若干表情を暗くする。

 

「……これは空いた席を俺で埋めただけに過ぎんよ。ウズメは知らんだろうが、あの後タイガーが行方不明になった」

「それ、は…………」

 

 ウズメは知っている。恩人が魔獣と化して、二度と人語を話せなくなり、元の人格はカケラしか残ってないことを。

 

「責任は取る。他に誰にも行かないようにする。死んでいった兵達にも申し訳が立たないと漏らしていた。副将である俺は昇格し、タイガーは音沙汰無しだ」

 

 沈痛の面持ちで、モンキーは頭を下げた。

 

「俺は何も出来なかった。魔王の子を倒す事も、タイガーを止める事も。そもそも怪我してなければ、あそこの殿(しんがり)は俺がやるべきだったんだ。あの時は本当に申し訳なかった」

「将軍……顔を上げて下さい。私はあの時、自分に出来る事をしただけであります」

「いや、上げられん。お前を見殺しにしたからタイガーも思いつめたんだろう。三万も持ち出すと言った時も、どこかおかしかった。あそこで気づいてやれば……」

 

 将軍になった男は、自分が昇進した事よりも仲間達を失った事を悔いている。

 将だから生死は割り切っているつもりだった。だが、自分の半分にも満たない年の若者が死に続けるのはやるせなく、RECO教に祈りを捧げてみるのも悪くないとも思い始めていた。

 モンキーは絞り出すように、覚悟の籠った言葉を絞り出す。

 

「ウズメ、次死ぬような真似はやめてくれ。その役目は年長の者がやる事だ。あんなのは二度と御免だ。同じ時があったら今度は立てなくても俺がやる」

「あ、う……」

 

 ウズメは乱義やリセットの考えている事を今、理解した。

 魔王討伐隊との戦いになるだろうという話になった時、ウズメはやると言っていたが、二人に頑なに止められ、戦闘を禁止された。当時は何故かと思ったが、今なら分かる。

 味方にせよ、敵にせよ、人生があり、過ごしていた日々がある。リセットやミックスが死なせないように奔走していたのは、ウズメの為でもあった。

 タイガーも、この禿頭の男を殺すのも、ウズメの中ではぞっとする人達だった。

 

 ウズメは東ヘルマンのスパイとしては絶好の存在だ。

 だが、それは同時に東ヘルマンを裏切り人を殺すのも、少女として、忍者として問われる状況にきっとなる。ザンスの任務も、戦わせる気は無かった。

 いざという時はウズメも覚悟は出来ている。出来ているが……楽しくない事になる。

 

 ほつれて(こぼ)れかけた少女の心を封じ、ウズメは顔を引き締めた。

 そうしなければ、今はマズい。

 

「私は軍人です。恩人に対する恩を返すのは勿論、国民の盾となるべき状況なら命を張ります」

「……命知らずは辞めろと言ってるのだが。上官の命令だぞ」

「ただ東ヘルマンの為に、人類の為に、()()()()()()に何度も聞かされました」

 

 タイガー将軍、という言葉を聞いてモンキーは顔を上げた。

 タイガーはこんな事を一度も本心で言った事はない。

 滅多にいないが、RECO教教徒が聞いていると厄介なのだ、この手の発言は。

 分かりました。素直に命を惜しみますと迂闊に言えば仮面の男達が飛んできて『指導』が始まる。私室でも安心して言うべき言葉ではないと、ウズメは暗に言っていた。

 つまり、ここには教団員の耳がある。

 

「……まったく、俺はどこまでも恥を晒すな。ウズメ副官、本当にご苦労だった。貴官のような優秀な士官が戻ってきて、心強く思うぞ」

「はっ!」

「だが、まだまだ勉強が必要だ。一回国内を広く学んで、前線に出るのはそれからでも遅くはない。配属先は内地になるよう、軍に伝えておこう」

「将軍のお望みとあらば!」

 

 一通りの儀式が終わって、ウズメは退出した。

 教団員らしき怪しい気配が遠くに去り、ウズメは用意された自室に戻ってから深い溜息を吐く。

 

「はあ~お堅い雰囲気は合わないでござるよ……」

 

 結局、主君達のところが一番だ。

 飽きたら辞めようと思いつつ、ウズメはベッドに潜り込んだ。

 

 

 そして数週間後、ウズメの任官先は正式に決まる。

 大神官アキラの直属副官になる為、ウラジオストックに向かえという命令が来た。

 魔王の子は一人、また一人とウラジオストックの地に集う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ビュートン・ホワイト
 東ヘルマン総帥、元ヘルマン第四軍将軍。
 軍事、実権ナンバー1。東ヘルマンそのものの決定権を持つ独裁者。
 ビュートンと呼ばれる事が嫌いで、徹底的に公的資料全てホワイトで統一させた。

ザンデブルグ
 RECO教教祖。宗教ナンバー1。宗教におけるほぼ全てを取りまとめている。
 この国では教育も農業も医療もほとんど受け持っている為、国の基幹。

アキラ
 大神官、両方のナンバー2。一つの問題行動を除き、ただただ有能。

モンキー将軍 lv44 魔法1,統率1
 第十八次魔王討伐隊副将。
 タイガー将軍との戦闘において、二倍魔法攻撃で状態異常をばらまいていた人。
 魔王討伐隊から帰還後、解放都市スケールの防衛将軍に任命された。
 実直だが、酒癖として泣き上戸。
 タイガー、ウズメの両名を悼んでおいおい泣いていたのはログA内の兵士間で有名。
 タイガー将軍「は」ハゲてないよ。

見当ウズメ lv300
 東ヘルマンで二年間を過ごした忍者。
 タイガー将軍に奴隷の身から拾われ、副官まで出世。
 今回はその立場を活かしてスパイを命じられた。リーザスは戦争間近。
 敵将暗殺・極をタイガー将軍達に対して使った事はない。いいね?


 独自設定ヘルマン史(GI1005~RA15)と独自設定東ヘルマンreco教史(RA8~15)を活動報告欄に記載しました。
 何故東ヘルマンに貴族、領主が存在するか、ヘルマン史の解釈となります。
 精一杯資料集めてましたが教団の遺産とか抜けるので矛盾出るかも。
 そして何より国家制度、法律関係は筆者全然わかんないので突っ込み歓迎です。



 細かい事はいいんだよって層は気にせずに魔王の子達のハチャメチャなパワープレイをお楽しみください。40万いようが10人にちょっとに負けるでしょうし。


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ウラジオストック① ランス団

 東ヘルマン北部、ウラジオストック。

 この城塞都市はRECO教団の教育と指導の下、穏やかな統治が行われていた。

 東西ヘルマンの主要都市はどちらも堅牢な防壁に囲まれているが、東ヘルマン固有のものもある。中央に建てられた一際高い黒色の巨大建造物、RECO教会である。

 城塞都市を一望出来るその建物は、東ヘルマンの国民に対する指揮所と言っていい。

 食料の配布や医療、教育の方針、周辺教会の活動の指針、主要都市は半月クラスが常駐する場所となっている。教団員の思い通りにならない事など軍隊と一部貴族ぐらいなものであり、軍人であるなら近づきたくない場所だ。

 

 その教会中層に見当ウズメは直立不動で立っていた。

 周囲を三日月達が忙しそうに歩き回る。行くところに行けば地方の長となる彼等でも、ここでは下っ端に過ぎない。満月が現地入りする為に、資料を用意しようと駆けずり回っている。

 

 大神官アキラについての記憶をウズメは思い出す。遠目に見た、あの姿を。

 白色のローブで身を包み、凍った砂時計を頬に描かれた白面で顔を隠す女性。軍隊指揮権も独自権も持つこの神官は、時折兵士達を鼓舞する為に演説もする。

 お堅い軍人に対して柔らかくも、実に気合が入る演説をするものだと記憶操作時代は感心した。的確な指示や意見は唸るばかりのものであり、彼女の下で働けるのは幸せ者だと思った。

 しかし、今日はスパイとして彼女の副官。最高の位置と言えるが、若干の緊張もある。

 

 若干の騒がしさがあった下階が、急に静かになった。

 誰かが上がってくる。かつかつと、階段の上がる音がする。近くの教会員も動きを止めた。

 大神官アキラが上がってきて、ウズメの方に顔を、仮面を向けた。

 

「君がウズメ副官だね?」

「そうであります!」

「これからよろしく。時間ないから最上階行こうか」

「はっ!」

 

 最上階は半月以降入室禁止と言われている。アキラはウラジオストック入りする際、副官以外を除いての入室を禁止していた。

 階段を昇りながら、アキラは軽い口調でウズメに声をかけていく。

 

「僕の身分で硬くなる必要はないよ。僕自身誰にも敬語使う気ないし、必要な時以外やらなかったから」

「いえ、それは出来ません。失礼にあたるかと」

「まあいずれの話かな、とにかく仲良くやっていこう。ところでウズメ副官、君が僕の副官に任命された理由ってわかる?」

 

 最上階の前の扉に立ち、アキラは振り向いた。

 

「いえ、分かりません」

 

 ウズメは首を振る。

 この配置転換は有り得ないレベルの栄転だった。必要な階段をどれだけ吹っ飛ばされたか分からない。こんな事は出来るのは三人しかいない。

 

「僕が君を副官にしたかったからだ。外の世界を見て来て、どちらの息もかかってない君が欲しかった。本音が言いたかったんだ」

 

 そう言って、アキラは最上階への扉を開けると、仮面を外した。

 

「ア、アキラ様……!?」

「今のでザンデブルグは怒るだろうね。速く入って」

 

 吸い込まれそうな漆黒の瞳を持つ少女が、ウズメを手招きする。

 教会内、それも聖務中での衣装外しは重大な目録違反だ。それを大神官たる身分が率先してやるのは信じられない事だった。

 ウズメが慌てて部屋に入って扉を閉めると、アキラはローブまで脱ぎ捨て始める。

 腰まで伸びたストレートの黒髪がローブに少しかかり、見る者を惑わすように揺らめいた。

 

「ウズメ副官、RECO教についてどう思う? 本音が聞きたい」

「我が国の国教であり、素晴らしい教えだと思います」

「僕はクソだと思う。まず服のデザインがクソ。黒ローブに仮面ってセンス皆無、やるにしても白が至高だろ。僕の美貌を広告塔に出来ないのは東ヘルマンの損失だと思うよ」

 

 大神官が自分の宗教を真っ向から批判し始めた。自分の顔に自信があるが故に。

 確かにアキラの美しさは多くの人の心を奪うに違いない。

 ヘルマン人にも美白は多いが、彼女のような本当にシミ一つない肌を持つ者は少ないだろう。整った顔立ちは明確に不機嫌そうな表情をしているが、それですら男を虜にするだけの魅力がある。

 服装にも拘りが散りばめられている。青いインナーによって肌と女性らしい膨らみを覆い隠し、そこに白を基調とした軽装の鎧によって体の急所を守る。青と白の組み合わさったミニスカートと、肌色の絶対領域を挟んで、白を基調とした軽装鎧によって脚部を固めている。

 

 白一色のローブと仮面を取れた時、黒と白と僅かな青が世界を華やかにする。

 大神官アキラは、聖騎士のような美少女だった。黒の世界は髪と目と、剣だけである。

 

「……はい。アキラ様は凄く美しいと思います」

「ありがと、ウズメも可愛いよ」

 

 世辞と分かっているだろうが、ウズメも驚くような明るい笑顔で返すアキラ。何故かウズメの方が赤面しかねないような魅力があった。

 久しぶりにローブから解放された嬉しさからアキラは伸びをした。

 

「さて、いきなりウズメにとって難しい問題を投げたのは、目の前にどうせ地獄があるからだ。あいつら二人の文句を言わなきゃ気が済まないからだ。愚痴でも吐かないとやってられない」

 

 そうしてアキラは目の前の地獄――自分の机にうず高く積まれた仕事を認識する。

 机に座り、二、三枚資料を素早くチラ見すると頭を抱えて苦悶の表情を浮かべた。

 

「ああもう……どうせ多いだろーなと覚悟してたけど、ホンット死んでよ。特にザンデブルグは七回死んでくれ」

 

 目に広がるはいつもの光景。アキラ以外解決不能、困った時のアキラに任せろ。

 教団から、軍から、貴族から、領主から、民から、許容量を遥かに超えた業務と苦情の山。

 新しい場所に赴けば書類の山が待っている。掛け値なしに百人分の仕事をやらされていた。

 

「こんな仕事、辞めたいよー! いい加減酷使し過ぎじゃない!? 僕も疲れないわけじゃないんだから、やりたい事がやれないと仕事してる意味がない!」

 

 アキラはペンを左右に持ち、同時筆記を始めた。指を器用に使って資料をめくり、どかし、怒涛の勢いで書類の束と格闘する。

 

「ウズメ副官、残念ながらここは僕の1人の戦場だ。だからまずは愚痴と茶につきあって欲しい」

「か、畏まりました!」

「JAPANから持ち込んだ玉露を使ってくれ、棚の裏に隠してある。バレたらホワイトに怒られそうだね」

 

 ウズメは慌てて茶の準備を始めた。その間にもアキラの愚痴は仕事の手を止めずに続く。

 

「東ヘルマン三巨頭って周りは言ってるけどね、僕は中間管理職だよ。ホワイトとザンデブルグが軋轢を生まないように、国民が酷い事にならないように、スムーズになるようにRECO教団を抑えてるの。国の運営なんて二人共ヘタクソだから概ね僕がやらないと回らないの」

 

 ホワイトは軍事以外不得手であり、ザンデブルグは宗教意外不得手であった。

 そしてアキラはなんでも出来た結果、必要な事を全部やる羽目に陥った。東ヘルマン発足以降、アキラの仕事量は増える一方であり、ここ数年は暇も休日も存在せず、頭と胃を痛める毎日である。

 ウズメが茶を差し入れて、死んだ目をした大神官を眺める。

 

「今回僕がこっちに行った理由って分かる?」

「内乱疑いの件でありますか? ランス団という名前は今日聞きました」

「そうそれ。ザンデブルグのせい」

 

 アキラは玉露を口につけ、頑固な仕事仲間を想って溜息を吐く。

 

「理想に燃える宗教家はAL教徒が許せない。土着の国民にAL教徒はたくさんいるのに弾圧してしまった。それが緩やかに逃げて、東ヘルマン内の不満を一つところに集めてしまったんだ。反乱されても仕方がないよ」

「では、アキラ様は討伐に?」

「その予定だけど無い袖は振れない。現地政権と化してそうだし、安定考えて一万は欲しいかな。動くには軍隊を待たないと。ここにいる二千じゃね」

 

 東ヘルマン首脳陣は今の北部を正確に認識していなかった。

 一週間前、名も無き山岳地帯を収める貴族が悲鳴を上げた。軍隊がランス団という盗賊団にやられた、助けてくれと言って以降連絡途絶。AL教徒は盗賊退治すら満足に出来ないのかと物笑いの種になった。

 ところが、そこからがおかしい。

 一応連絡兵や教団員を寄越しても、教団員からの定期連絡も無く、誰も帰ってこない地域になってしまった。まるで本当に制圧されているように、なしのつぶて。これを受けてホワイトやビュートンは反乱を疑い、事態解決の為にアキラを送り込んだ。

 

「問題なのは全く情報が無い事だよね。一応あそこも教団員いるんだから何か来てもいいのに漏れがない。二人が内乱を疑うのも当然だと思う。情報封鎖が完璧過ぎる。ランス団とやらは実働私兵だろうというホワイトの予想は正しい……と思っていた」

「ランス団が実在する、ですか? 盗賊団があのあたり一帯を完全に支配したと?」

「うん。今日の資料と、これまでウチの国にあった事を考えると不可能じゃないなーって」

 

 アキラの処理速度は物凄い勢いで流しているようにしか見えないが、取捨選択の中で少しづつ可能性を拾っていた。内乱なら回りくどい冗談すら伝える必要が無いのだ。時期についても急過ぎるし、トラブルが起きた可能性は高い。

 

「盗賊団の中に魔人並みに強い奴がいて、マインドコントロールに非常に長けた人がいて、行動力に溢れたリーダーがいれば……二ヶ月ぐらいかけてやれると思う。それなら気づかれない」

「それがランス団ですか」

「やれるとしたら、まさしく魔王の所業だね。ま、それが盗賊団ってチンケ過ぎるから名前借りてるだけだろうけど」

「むむむ……」

 

 ウズメは渋い顔をして茶を飲む。

 滅茶苦茶な感じがあの時の父親の動きにダブり、本物の可能性がある。だが一方で元魔王が盗賊退治なんてチンケな事をやらないだろうという思いもある。アキラがいなければ、今すぐにでも自分一人で突っ走って確認したい存在だ。

 

「…………うん! 待たせたね、ウズメに最初の仕事が出来たよ」

 

 一つの書き上がった資料にサインをつけて、アキラは一枚の指令所を渡した。

 

「ウズメはこのあたりの冒険者を金を出してまとめて欲しい」

「冒険者ですか……こちらにも戦力なら多少はありますし、必要でしょうか?」

「ランス団が実働戦力にせよ、盗賊団にせよ、強い個人がいなければこうも拙速に物事は進まない。ならば個の質で対抗する必要がある」

 

 戦争には勝っても、首脳陣に逃げられるのは良くある事だ。

 一騎当千が軍人を薙ぎ倒して去ってしまえば、また反乱の種になる。この内乱を機に、不穏分子は全て処理しておきかった。

 

「ウラジオストックに軍隊が集結するまでの三日間程は防衛戦力の割り増し、その後は偵察要因。冒険者には簡単な盗賊退治とでも言っておけば飛びつくよ」

「なるほど、内乱騒ぎと悟られずに事を勧めるおつもりですか」

「そういうこと。相手がランス団を使うならこっちも盛大に利用しよう。国民もランスを退治するって聞くと盛り上がってくれるさ。ガス抜きにも出来るんじゃないかな」

 

 軽い口調で、次々と的確な指示を飛ばしていくアキラ。仕事の片付く速度は尋常ではなく、立場に関係なく公平に評価し、東ヘルマンにとっての善を為す。

 ウズメにとっては四つか五つ上の親し気なお姉さんという見た目に反して、その判断一つ一つは熟練の深みが感じられた。

 

「アキラ様なら間違いはないって皆が言う理由が分かりました」

「僕はこの現状にすっごく不満で、やる気はもうゼロ。仕事だからやるだけで、こんなの惰性だよ。もう忙しすぎて転職希望」

 

 アキラにとって、もう東ヘルマンにいる意義はあまりなかった。辞めたいと何度思ったか分からない。だが、一つだけ辞めない理由もあった。

 

「副官が僕の心を癒してくれなきゃ、とっくに辞めてたね」

 

 この時、ウズメの背筋に悪寒が走った。先程と同じ口調にも関わらず、本音が、欲望があるような気がした。

 よくよく見ると、アキラの目は両性類が獲物を見つけたように細まっている。

 

「で、では私はこれにて! アキラ様の任務を果たして参ります!」

「あ…………いってらっしゃい」

 

 どこか寂しがるような声から逃げるように、ウズメは扉から出て行った。

 

「……失敗しちゃった、欲求不満だから焦っちゃったか。これも忙しいせいだな」

 

 これではいけないと漏らし、アキラは的確に処理する中で自分のスケジュールを眺める。

 昼も夜もない残業の中でここ数日はご無沙汰だった不満。アキラにとってのやる気はある事に依存している。それは、夜のお仕事。

 

「今日はグリンコフ家の会食でソフィアちゃんと愉しむとして、明日からウズメには本当の副官の仕事を覚えてもらなわいとね。ふふふ……」

 

 アキラは有能だが、それ以上に好色であった。そのとばっちりを喰らう副官は性の犠牲者となり、入れ替わりは誰よりも激しかった。

 

「若い女の子っていいよねぇ……初心な子を快楽にハマらせるのがたまらない。二千年生きてても、これだけは飽きないなあ」

 

 遥か昔に汚染人間と化した少女は静かに笑う。

 汚染人間は大概どこかが狂っている。アキラに関してその影響はほとんど見られないものの、この時だけは正気ではないように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ウラジオストックの防壁の門は、日が沈んでないのにほとんど閉まっていた。人一人分が通れるだけの状態にされており、城門の前に兵士が何名も立っている。

 

「この町は現在、身元の確認が取れない者の入場を許可しない!」

 

 剣呑な雰囲気の東ヘルマン兵が、通行人へ向けて大声を張り上げた。武器をいつでも構えられるように、城門を合図一つで閉められるような厳戒態勢だった。

 ミックスが兵士達をぐるりと見渡して様子を伺う。

 

「……警戒はしてるけど、非常時ではないわね。商人が紙切れ一枚であっさり通ったから」

「じゃあ私達は大丈夫だね。コーラは適当にお願い」

「はいはい」

 

 従者を放置して、バーバラ達は城門へ近づいた。狭い城門で行き来する人は多く、ごった返しており、流れ作業の中で行列が出来ている。

 待機列で待つこと暫くして、バーバラの順番がやって来た。

 

「身分証明を見せろ。北部の人間や魔王の子関係ならば話を聞くぞ。台帳にも名前を記入させて貰う」

 

 バーバラはギルドの会員証を、ミックスは医療証明書を掲げる。

 

「キースギルド所属の冒険者、バーバラ。ここに旅に来たの、この子は連れ」

「医者、ミルキー・ティー。患者の様子を見て、数日無事なら帰るつもり」

「医者は通っていい。冒険者は少し待て」

 

 ヘルマン兵はミックス達を大して見ずに、身分証明に書かれた名前を記入していく。

 

「冒険者は待てって、どういう事?」

「現在、この町に滞在する冒険者には軍と教会が仕事を回すという方針になった。数日の辛抱だ」

「うええ……」

 

 東ヘルマン兵は確定事項として伝えていた。軍と教会が実権を握っているこの国で、バーバラに拒否権は存在しない。拒否すれば、騒ぎを起こす事になる。

 

「宿は負担するし、料金も前払いだ。一日あたり五千と破格だからそう嫌な顔をするな」

「……まあ、それぐらいならやるけど。内容は?」

「簡単な盗賊退治だ。主に我々がやるが、冒険者は手練れを捕まえればボーナスが出る」

 

 盗賊退治、という言葉を聞いてバーバラの目の色が変わった。

 

「へー、それは私向けね。どんな感じにやるの?」

「三日はここの警戒。軍隊が到着するのを待ってから、盗賊団の支配地を潰す手伝いをして貰う」

「うんうん、一万五千は確定かー」

 

 バーバラは美味しい仕事だと判断した。

 軍隊に管理されるのは気に食わないが、適当にやっているだけでお金が入る。魔王の子に警戒している様子もなく、ミックスの心配もない。嫌な事を言われても、攻める立場なら逃げるのも難しくはないだろう。

 ただ、気になる疑問は一つある。

 

「ただの盗賊団に、軍隊の到着を待つってどういう事?」

「その地域の領主の私兵を破ったらしい。よって軍隊が出る必要が生じた。我が国は、その盗賊団を全力で打ち破る!」

 

 ただの盗賊団に、気迫をもって受け答える東ヘルマン兵。バーバラはあまりの不可解さに首を傾げた。

 

「……随分気合入ってるのね」

「当たり前だ! 盗賊団の名前はランス団だぞ? 東ヘルマンで暴れるとか馬鹿にしている!」

「――――ああ、それなら分かるわ」

 

 今までは何の気なしだったバーバラの雰囲気が変わった。戦意が満ち溢れ、兵士に向けて手を差し出す。

 

「分かった、私も全力でやる。その不届き者を壊滅させましょう!」

「おお、その精神こそ東ヘルマンに相応しい! 部屋の中から上等なものを案内するぞ!」

 

 兵士はその手を強く握り、意気軒高な少女の参加を歓迎した。

 案内された宿への道を行く間でも、バーバラは気合の入った独り言を漏らす。

 

「ランス団、ランス団! そっか、ここにいたか! 占いは正しかった!」

「……随分やる気ね」

「そりゃそうよ! だってこれはリベンジ戦だもの!」

 

 バーバラの目には燃える炎が宿っていた。想いとして、拭い去りたい過去がある。

 

「半年前にあった私の初仕事は、ランス団によって失敗したの。その後誰かが潰したらしいけど、思えばあそこからケチがついた」

 

 バーバラの冒険者の初仕事は商隊の護衛だった。ただのお使いクエストに近いものではあったが、ランス団の襲撃で話は変わった。

 ランスJrと名乗る男の戦斧と力強さには勝てる気がせず、命一つで逃げ出して任務は失敗。以降荒っぽい仕事を避ける原因になってしまった。

 これまでの仕事のほとんどは自身のポンコツさが原因なのだが、それすら責任転嫁して仇を討たんと勇者の力を振るう気満々だった。

 

「今の私ならランスJrが百人いようが潰せる! 初仕事のリベンジを完璧にやってみせる!」

「……まあ、あたしは付き添うだけで、戦いには出ないから」

 

 徹夜続きで今にも落ちそうな瞼を支えて、気の無い返事をするミックス。彼女としては平穏無事に終わればそれで良かった。ランス団に誰がいるなど、興味も無い。戦いで死人が少なければ最高だ。

 バーバラはこの時点では楽勝だと、一人で十分だろうと慢心していた。

 数日待って軍隊と一緒にお使いして、あのランス団の壊滅をこの目で見れてお金が貰える。こんな楽でやり甲斐のある仕事は、これまでにない。

 

 8月30日、勇者はウラジオストック入りした。




大神官アキラ
 やれるからやると仕事が増えるループに陥っている。
 東ヘルマン一の苦労人、本人は正直そろそろ仕事辞めたい。
 163cm。胸は張りのあるD、そんなイメージ。
 完全汚染人間。凄くまともだが、性に関してはひたすらヒドい。
 


 ウズメとアキラ、両方の猫被りが酷い。ウズメの違和感が凄いが、どうせ化けの皮が剥がれる。


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ウラジオストック② 開戦前夜

 バーバラがノックの音に気づいて宿泊部屋の扉を開けると、忍者装束の少女が立っていた。

 

「東ヘルマンで副官をしているウズメであります。冒険者のバーバラ様ですか?」

「そうだけど、何か用?」

「魔王の子について、何かご存知ですか?」

 

 ウズメはどこまでも真剣に、生半可な嘘は見通すような目でバーバラを見ていた。

 心当たりは、ある。ミックスの事だろう。

 東ヘルマンに対して魔王の子は隠し通さなければならない。

 

「世界最強達って聞いてるし、見た事もあるぐらいかな」

 

 バーバラは手を強く握り、目を逸らさずに答えた。

 

「それだけですか? 魔王の子についてどう思いますか?」

「どうもこうもない。関わらなければ冒険者として面白おかしく暮らせるでしょうね。魔王の子以外なら誰だって勝てる自信があるから」

 

 その言葉を聞いて、ウズメは口元を緩める。

 

「ご一緒に宿泊しているミルキー・ティーについて、どう思いますか?」

「…………いい子で、私を治してくれた医者よ。何か用なら会う?」

 

 バーバラは半身をズラして、ウズメに道を譲った。背中にはエスクードソードの鞘があり、最悪の場合出番があるだろう。

 若干の強張りが隠し切れないバーバラに、ウズメはますます笑みを深くして、

 

「合格でござる! 姉上ーーー!」

 

 部屋の中のミックスへ飛び込んで抱きついた。

 

「げっ、ウズメ……!」

「あーん、姉上の消毒液の匂い~! 久しぶりでござる~!」

「放せ、うっとうしい!」

 

 先程までの軍人然とした姿は跡形もなく、ふにゃふにゃになった少女がミックスにじゃれついている。あまりの変化にバーバラは呆然(ぼうぜん)とした。

 

「……何、これ。ミルキーの知り合い?」

「あたしの方が知りたいわよ! なんであんたがここに……」

「ウズメはザンス兄上の任務で潜入中でござる。にんにん」

「ッ、あの馬鹿は東ヘルマンをよく知らないで……ああ、もう……」

 

 ウズメを剥がそうとするミックスの力が抜け、為すがままになった。

 

「半月ぐらい一人ぼっちで寂しかったでござるよ。ウズメ疲れてもうあの口調ぽいしたーい」

「でしょうね。はぁ……」

 

 東ヘルマンに居る者同士なら気を抜く暇が無かったと分かる。ミックスも心のどこかでウズメに会えた事に対する嬉しさもあった。

 

「えーと……あなたも魔王の子で、ザンスの部下で、リーザスのスパイって事でいいの?」

「そうでござる。ここはウズメの管轄で、兵士はもう下がらせて安全でござるよ。耳も無いから喋り放題でござる」

「はあー……気合入れて損した」

 

 バーバラはへたりこんで、壁に背を預けた。

 

「あ、先程の口調はごめんねでござる。ミックス姉上と一緒の人が信頼出来るか、口が堅いか試しただけで、バーバラちゃんは満点じゃないけど合格でござる」

「助けて貰って、ここまで世話になった人裏切れるわけないでしょ?」

「軍相手にもその立場が取れるのは立派でござるよ」

 

 猫のような身のこなしでウズメはバーバラの目前に飛び、二つの指を立てた。

 

「野良忍者にして魔王の子の一人、見当ウズメでござる。よろしくね!」

「東ヘルマンで魔王の子二人と会うとは思わなかったわー……」

 

 また魔王の子、三人の占いは正しいらしい。

 バーバラは立ち上がり、背中を向けて部屋から出る。

 

「どこへ行くでござるか?」

「ミックスの護衛してたけど、ウズメちゃんがいるなら必要ないってわかったから、この街の行きたいところ。姉妹でごゆっくりー」

「あ、教会だけは入ったら危ないから気をつけるでござるよ」

「ん、ありがとう」

 

 手をひらひらと振って、バーバラは街へ向かった。

 

「さーて、姉上は……」

「あたしは寝る。もうホンット限界。悪いけど遊びにはつき合えないから」

 

 ミックスはベッドに倒れ込んでいた。深い隈と目つきはいつもより強い。

 

「ういうい。今晩は天地が変わろうが安全な睡眠を約束するでござるよ」

「ありがと……」

 

 ミックスは瞼を閉じ、すぐに寝息を立てだした。

 

(……姉上の方が無理してるでござる)

 

 そもそも、何故東ヘルマンにミックスがいるのか。

 平穏無事な暮らしに戻りたいとぼやいていた姉がいるのは、どうせ家族の事を考えた結果に違いないのだ。敵地に単身侵入して、どこかで気を張りながら満足に睡眠をとれなかったのだろう。主君に命令された自分と違って、ミックスは自発的にやっている。

 ウズメは心配性の姉を想いつつ、天使の寝顔をいつまでも見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 酒場で情報集めは冒険者の基本。だから初めての街に来たら酒場に入ってみろ。

 駆け出し冒険者の時に尊敬する先輩(キース)が語っていた内容の一つである。バーバラは旅の中で、その言葉を律儀に守っていた。

 パリティオランでは避暑地にした。王都リーザスでは店長から猥談を聞いた。ウラジオストックでは何をするべきか?

 

(今回は同じ客同士で話を聞いてみようかなー)

 

 より込み入った話から儲け話を見つけるべく、バーバラは目についた酒場に入る。

 その酒場は寂れていて、賑わっているべき時間なのに客が三名しかいなかった。

 陰鬱そうに隅で酒を煽る老人。

 片足が義足の、気取った感じで安酒をちびちびと飲む中年の男。

 柔らかい雰囲気で、楽しそうにつまみを手に取って弄ぶ大人の女性。

 バーバラが話を聞きにいったのは、やはり大人の女性だった。

 

「ミルクください。あ、隣いいですか?」

「どうぞ。ふふ、酒場でミルク? レディって扱われないよ」

 

 運ばれてきたミルクを口に運び、バーバラは幸せそうに目尻を下げる。

 

「美味しいし、安いから好きなの。私はまだお酒飲めないしねー」

「お酒目的じゃなくて酒場に来るってことは、あなたも冒険者さん?」

「うん、私は冒険者のバーバラ。お姉さんも?」

「カーマ。カーマ・アトランジャーって言えばわかるかな」

 

 田舎っぽさが抜けきれない後輩へ向けて、カーマは悪戯っぽく笑って身分を明かした。

 キースギルドを代表する冒険者、カーマ・アトランジャー。

 魔剣カオスのオーナーであり、鬼畜王戦争において重要な役割を果たした冒険者。

 知らなければ田舎者扱いされるような有名人だった。

 だが、それに対してバーバラは目を泳がせて、

 

「え、えーと……もしかして、私と同じキースギルドに名前載ってる? 昔、ちらっと、見たような……」

 

 ドのつく田舎者であると明かした。

 

「あ、あららっ……同一ギルドで私を知らない? そりゃ私もここ最近は別件で忙しかったけど」

「うーん。ちょっとそれ以外では知らないかなー」

「カオスオーナーって聞いたことない? 鬼畜王戦争で頑張ったし、私もちょっとは有名になったと思ったんだけど」

 

 鬼畜王戦争は辛くて歯痒い日々であったが、後輩に全く知られていないのも残念だった。

 冒険者の知名度はそのまま実績と評価のようなものだ。彼女が東ヘルマンを素通り出来るのも、過去魔との対決姿勢を鮮明にして、人々の希望になったからである。カーマは魔王の血も関係なく、東ヘルマンにとっても英雄と言える存在だった。

 無知の一点張りでバーバラは首を振る。

 

「悪いけど聞いた事ない。カオスオーナー、何それ?」

「むっ……」

 

 酒が不味くなるような言葉を聞いて、カーマは眉根を寄せた。

 カオスオーナーとは何か、説明するには実物を見せるのが早い。五年前はいくらでもやれたが遠くに行ってしまった。

 だが、今はやれる。

 

「これがカオス。そして私はこれのオーナーってこと」

 

 そう言って、カーマは自分の持つ黒い剣を机の上に出した。

 

「おっ、儂の出番か?」

「きゃ、きゃああああああ!? 剣が、剣が喋ったああああ!?」

「おうとも、儂様は伝説の剣だもの。そら喋るよ」

 

 魔剣カオスが陽気に返す。

 手を貸してやるのはこれが最後と言ったらランスに放置され、エールに受け取りを拒否された嫌われ者は、カーマの手に戻っていた。

 慌てて仰け反ったバーバラに対して、カーマは満足そうに語り出す。

 

「驚いた? この剣は魔人や魔王を斬れる剣なの。世界に二つしかない無敵結界を斬れる剣の一つで、選ばれし人しか持てない。私はこの剣のオーナーと認められたからカオスオーナーって呼ばれてるの」

「儂様に任せればみんなズンバラリンですよ? 何十体と魔人を斬ってきましたとも」

「お、おおー……人類の、希望かあ……」

 

 無敵結界の話はペルエレから聞いていた。その話が本当なら確かに伝説の剣だと思った。

 だが、伝説の剣というならバーバラも持っている。

 

「ふ、ふふふ……まあ私はそれより凄い剣持ってるもんねー、この剣も持てるんじゃない?」

 

 腕組みをしてバーバラは強がるが、カーマは薄く笑ってカオスを差し出した。

 

「ふふ、なら持ってみたらどうかしら? この剣は持つ者に適正ないと気が狂う魔剣。もし持っても大丈夫だったら譲ってあげる」

「う、うう……」

「ちょっとぐらいなら平気よ。危ないと思ったら私が放してあげるから。酒場の席では度胸試しで結構やるの」

「わ、わかった! やってみる」

 

 かかった。カーマはカオスに目配せをする。

 カオスオーナーになってからカーマの悪戯であった。二人とも目を見れば分かる程度の付き合いにはなっている。

 

(カオス、いつものお願いね)

(オーケー、オーケー、でも夜は……ぐふふ……)

(う、うぅ……わかってるから……)

 

 机上にあるカオスの纏う空気が変わり、真実人を蝕む魔剣へと変貌する。

 カオスはやる気次第で斬れ味も、持ち手に与える影響力も変わり、カーマはカオス好みの豊満な肉体を捧げる事で、協力して持たせて貰っている状態だった。

 鬼畜王戦争の日々はカオスに嬲られるのが当たり前となっており、終盤では赤面しつつもどこか期待を込めて捧げるようになっていった。

 カオスの見立てでは、カーマがこの安い挑発に乗ったのは久しぶりに楽しみたいという下心があると見ている。

 調教の日々が忘れられない愛い子の想いに答えるべく、魔剣はその性質を強くする。

 

「よ、よーし……行くわよ……」

「どーんとこい。ぐふふ……」

 

 バーバラは心の準備が出来たらしく、大きく深呼吸をして――カオスを握った。

 

「んしょっ……と」

「お、おおっ!?」

「えっ!?」

 

 そしてバーバラはカオスを持ち上げる。

 重くはない。普通の剣相応の重さを感じる。

 

「ま、マジで? お嬢ちゃん、嫌な感じとかしないの?」

 

 バーバラは目を閉じて、胸に手を当てて自分の心を覗き込む。

 平静かどうか、自分は無事か、魔剣に侵されていないかを。

 

「んー……ちょっとは、ある。モヤッとはする。でも、持てなくはないかな」

 

 そのままバーバラはカオスを素振りする。柄以外は癖の少ない両刃剣を自身の一部のように扱い、問題なく使えることを示していく。

 

「……適性持ちだよ、この子。普通この状態の儂は持てない」

「ほ、本当に……?」

「ふふーん! 私ってやっぱり才能あるのねー!」

 

 エスクードソードだって握れるのだ。伝説の魔剣だろうが持つ資格もあるのも当然かとバーバラは得心した。益々自分の特別性を自覚して、口が軽くなる。

 

「カオスだかなんだか知らないけど、私にとっては楽勝ね! 私が有名になる為の踏み台かな!」

「……本気で嫌ってみよ」

 

 カオスの纏う空気がどす黒くなった。

 

「きゃ、きゃああああああああ!?」

 

 途端にカオスは重くなり、その危機感と心の中を侵す黒い何かが恐ろしくなり、バーバラは慌てて取り落とした。

 

 

「お、エールやランス程じゃないな。まー波長は合うけどそんなもんか」

「な、何するのよーーーー!?」

「他のオーナーとのガチ比較。普通なら持った時点で壊れるぐらい強くしてみました」

「ふざけるなーーーー! 私を壊すつもりだったの!?」

 

 カオスは口笛で返す。その前の状態で平気だったらまず壊れないという確信はあった。そう簡単に最高適正者が二人も三人も居てたまるかという思いもある。

 地面に落ちたカオスをおっかなびっくり見下ろすバーバラ。魔剣というだけはあって、やはり恐ろしい。

 

「若干ふざけたが、本当に適正あるのは認めるぞ。バーバラ、お前さんは儂を持てる。オーナーになれると認めよう」

「そ、そう……?」

「おめでとう、次のカオスオーナー」

 

 カーマは拍手した。その表情には若干の名残惜しさがある。 

 強く、若くて、自分より適正がある少女。後進に譲る年齢になったのかなぁと目を細めて、新しい持ち手を祝福する。

 

「……いいの? こんな酒の席で、伝説の剣なんでしょ?」

「元々ランスさんに返すつもりで持っているものだからね。一番の適正者だけど、話を聞く限り突き返されそうだし」

「あー、元魔王だったっけ。もういないって聞いたけど」

「魔王を辞めて人間に戻った人。私はその人を探しているのよ。ランスさん、どんな事をしてるかなあ……」

 

 カーマの声には想い人を求めるような陶酔があった。

 

「儂はランス団とやらにいそうな気がするがな」

「もう、世界総統にもなった英雄が盗賊稼業なんてものに身を堕とすわけないでしょ。カオスは捨てられたからって悪く言い過ぎ!」

 

 カーマはランスという男を未だに尊敬していて、自分のヒーローだと思っている。

 だからこそ正気でないランスに犯されようが、元に戻すという方針を崩す事なく全てを尽くして剣を振るい続けた。だから魔王時代はともかく、ランスの悪い風聞については反目してしまう。

 

「あー、ランス団に元魔王ランスがいるってこと? それはない。頭領はランスjrって魔王の子を名乗る偽物よ。見た事があるから間違いない」

「ほら、だって! 無駄骨じゃない!」

「でもなあ……うーん……」

 

 尚も何か言おうとするカオスを遮り、バーバラは魔剣を持つ。

 

「ま、私が盗賊退治で実際に確かめてみるから。あなたの切れ味もね」

「……ホント素質あるんだな、お嬢ちゃん。儂が気合入れないと持てるって」

 

 カオスの顔を覗き込み、バーバラは満面の笑みを浮かべた。

 

「でしょー? ちなみに、その素質って何?」

「素質か……」

 

 カオスは目を閉じて、厳かな声を発しだす。

 

「儂を持てる素質、それは……」

「それは……?」

 

 カオスはかっと目を見開いた。

 

 

「それは、エロエロであるということだ!」

 

 

「……………………は?」

「儂が持たせてあげたいのはプリンプリンでボンキュッボンの優しいお姉ーちゃん。神官だともっといい! でもそれとは無関係に持てる奴がいる。そいつはエロエロだ! エロい事が好きだ!」

「……………………」

「儂を持てる奴はエロい! エロさの証明になる! エロパワーが溢れて勝手に儂の力が溜まるような奴こそがランス! お嬢ちゃんは儂のタイプでは無いがエロエロだ! きっと心のちんちんで嬲ったら最高にエロパワーが補給できる! さあ儂と――――ふべぇっ!?」

 

 カオスは勢い良く地面に叩きつけられた。

 

「このセクハラ剣、いらないわ! 最低! 最低! 最ッ低!」

 

 バーバラは顔を真っ赤にして、カオスを持っていた手を拭きながら店内を去っていった。

 

「ぐ、ぐむぅ……真実なのに、真実なのにぃ……」

「私も最低だと思うよ。結局こうだから女の持ち手っていないのよ」

 

 溜息を吐いて、カオスを拾いあげるカーマ。彼女もまた騒がせたかと迷惑料を置いて、店を出る。

 

「それでも儂を持ってくれるカーマちゃんこそ儂の真のオーナーだ。夜は頑張らんとな!」

「も、もう! ここでは喋らないで!」

 

 カーマもまた顔を赤くしてカオスと共に店を出た。

 残されたのは終始黙っていた二人の男達だけ。

 長い沈黙の末、老人が嗚咽を漏らす。

 

「おお、なんという事だ……なんという……私は正しいと思っていたが、これでは世界をズタズタにしただけではないか……! ああ、どう償えば……!」

 

 これまでの人生全てを否定するような、絶望に満ちた慟哭だった。

 終始黙って酒を煽っていた中年が、義足の金属音を鳴らして老人に近づいていく。

 

「これを飲め。まずいが気は落ち着く」

「は、はは……私に、生い先短い私に何か用かね?」

「話ならあるさ。……ッフ」

 

 中年の目には、遥か昔のような熱さがあった。

 甦る日々が、男を突き動かす。動く時だと。

 傷病福祉の恵まれた手当を餌に酒を煽る日々から、別れを告げよう。

 望む未来は、今この瞬間から戻ってくる。

 

「どこから話そうかな。ランスは、俺のダチなんだ。最初から俺が見込んでいた男だった……」

 

 男達の話は長く、夜が明けるまで終わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 噂のランス団、勇者に倒されるべき盗賊団はどこにいたのか。

 ウラジオストックのすぐ傍の湖畔にて、全戦力で駐屯していた。

 

 ランス団とは、頭領ランスがハーレムの為に作った奴隷集団である。

 ランスは周辺の盗賊団を全て潰し、さらに貴族も潰し、名も無き山岳地帯の王となった。

 配下の盗賊からは盗賊王、民からは鬼畜と噂される男は酒池肉林のハーレムを築く。

 しかし、ここでランスはある悩みに直面する事となる。解決法には一つしかない悩みであった。

 

 女だ。それもただの女ではない、ランスの性欲を受け止められる強い女がいる。

 

 ランスは性欲の権化であった。そして精力旺盛で、強すぎた。

 ハーレムの女達は弱すぎて、ランスが力加減を間違えれば破れる水風船。必然的に気持ち良く動ききる事が出来ず、射精の回数も減る。見目麗しい美女を抱きつつも、欲求不満が募る日々。

 こんなはずではなかった。ハーレムとはこんなものではないとランスは懊悩することになる。

 遂に我慢が出来なくなり、東ヘルマンの都市を次々と襲い、強い女をおびき寄せるという決断をしたのが今日だった。

 唯一のブレーキであるシィルが止めようとしたが、こと性欲関係に関してはランスは止まらない。散々にひんひん言わせて、今となっている。

 ランス団の主要な面々は酒盛りをしていた。明日の襲撃の為の景気づけである。

 

「がはははははははははは! がーっはっはっはっはっは!」

「がははー!」

 

 赤い顔で馬鹿笑いをする頭領ランス、その真似をする娘のエール、あたりに散らばる陶器の残骸。シィルとハーレムの少女達が和やかに眺める中、酔っ払いの暴君が指示を飛ばす。

 

「おいエール、なんか芸をやれ!」

「一番エール! 長田君を割ります!」

「ぎゃーっ!」

「先程もやったではないか! がははははははは!」

 

 ぱりん、ぱりんという気持ちのいい音と共に、長田は復活しては割られていく。ハイになったランスは笑いっぱなしだ。上機嫌なままに隣の奴隷に絡みつく。

 

「シィルーーーーー! ちゃんと呑んでるかあーーー!」

「は、はい……ランス様も明日は忙しいですし、そのあたりにした方が……」

「ばかもーん! こんなの楽勝だ楽勝! いいからとっとと次持ってこーい!」

「ひんひんっ! すみません! すみません!」

 

 ぽかぽかと頭を優しく叩くランス。それでもシィルは謝るばかりで酒に手を伸ばそうとしない。

 シィルの知る限り、ランスの飲酒量は既に楽しめるラインを超えていた。これ以上は二日酔いに苦しむばかりである。普段はランスもある程度は自制するのだが、今日は違った。

 

「ランスはボクの分も飲むんでしょー? はいはいドーン!」

「おお、グズな奴隷と違って気が利くな!」

「とくとくとくーっと!」

 

 エールが度数の高い酒をなみなみと注いでいく。

 酒が満ちると長田と息を合わせて手を叩きだした。

 

「「イッキ! イッキ! イッキ!」」

「お父様の凄さを見せてやるわーー! ぐびぐびぐびー!」

 

 普段はランスの苦手な酒なのだが関係ない。もはや水か酒かも分からなくなった頭でテンションのままにどんどん飲み干していく。そのまま空になったジョッキをテーブルに叩きつけた。

 

「ぐぇぇっぷ……どーーーーだ!」

「うおおっ……なんて男らしいんだ!」

「すごーい! かっこいいー! ぱちぱちぱちぱちー!」

「がははははははははははは! がーーーーーっはっはっはっはっはっは!」

 

 悪戯娘とその相方が、父親をおだてて酔い潰しにかかっていた。

 エールはシィル達に言われて一滴も飲んでおらず、持っているのも炭酸水だ。この酒宴では我儘も言わずに、ただランスが気持ち良くなるように持ち上げていた。

 

「あ、あれいいんでしょうか……」

「くすくすくす……いいのよ。魔王だと迂闊に酔えなかったでしょうから、きっと15年ぶりね」

 

 足首から先が無い少女、アム・イスエルが穏やかに乱痴気騒ぎを眺める。

 事実、ここまでランスが酔うのは人間時代以来であった。魔王時代は浴びるように飲んでみたりもしたが、心のどこかが覚めており、酔いきれない。

 結局女に逃げるだけではいつもと変わらないため、いつしか全く飲まなくなってしまった。

 今は違う。シィルがいて、娘が注ぎ、自分が何かすると拍手が飛ぶ。何をやっても心から楽しい。魔王になってから効かないはずの酒が効く。酔いが回る。

 そうこうしてる内に座っている事すら難しくなったらしく、ランスは倒れるように寝転がった。

 

「あー……良い気分だー! 世界が歪むぞー! 女はどこだー!」

「……そろそろかな」

 

 エールはランスの傍にしゃがみ込み、頬をつんつんと突いた。

 

「ねー、ランスランス。明日は楽勝でしょー?」

「うむ、当然だ! 俺様に敵はいない!」

「だったらー、ボクは秘書として作戦を考えてるんだけど、それをやってくれないかなー」

「ああん?」

「防壁の中に忍び込む為には潜入した方がいいし、相手の戦力を把握する為に偵察した方がいいし、戦闘区域を……」

 

 酒の席で気難しい話を始めたエールに対して、ランスは気だるげに腕を振る。

 

「ああーーーもういい! 勝手にやっとけ! こんなん適当でどうにでもなる!」

「ホント!? ボクに任せてくれるの!?」

 

 もうランスには、エールとクルックーの違いがあまりついてなかった。

 レディチャレンジャーを羽織り、キャップを頭にかけて、表情豊かに纏わりつく少女。ああ可愛いなあと思いつつ、あいつなら間違えないだろと混濁した意識で判断する。

 

「好きにしりょお……可愛くて強い女を探すのだけ忘れるにゃよ。うぷっ……」

「ラ、ランス様、大丈夫ですか!?」

 

 酒が一気に回ったらしく、急激に顔色が悪くなりうつ伏せになるランス。それにシィルは慌てて駆け寄った。

 魔王を酔い潰したエールは心からの笑顔を浮かべた。

 

「いえーい! いえいいえーい!」

「うえーい!」

 

 エールは長田とハイタッチ。ここからはボクの時間だとばかりに、ドヤ顔で声を張り上げる。

 

「皆、聞いたね! ウラジオストック攻略戦はボクが指揮を執る!」

「頭領が寝ている間の代行を相棒が務めるぜ!」

 

 エールは、そろそろ秘書に飽きていた。

 ランスと一緒の日々は楽しい、楽しいが……秘書はそれだけでは済まない。

 ランスは面倒な雑事を真っ先に秘書に放り投げるのだ。それはエールにとっても面倒臭い事も含まれていた。遊び盛りの小娘にとっては嫌な事であり、一方ランスはその間に情事に耽る。

 生々しくグロテスクな光景は刺激が強すぎて、その度に長田は割れ、エールは赤面して破片を持って逃げ惑う事になった。秘書の横でエロシーンを始めるのはやめて欲しかった。

 

 つまるところ、傍にいるには最悪であった。よって反旗を翻した。

 下剋上、一時的だがここに成る。ランス団は力こそ正義、今はエールが支配者だった。

 

「ボクは主人公だ! いつまでも誰かの言いなりだとつまんなーい!」

「俺達のイカした冒険が始まるぜー!」

 

 ランスはこの世界の主人公であり、エールも主人公だ。ただし、差異はある。

 現時点でエール・モフスはルド世界(エロゲー)にあるまじき、一般向け(けんぜん)な主人公だった。

 ああ、せっかくこの二次創作を18禁にしたのに主人公が交代してしまった。エロシーンはこのままでは存在しない。

 哀れランスはダウンして、時折虚ろな言葉を漏らす。

 

「シィルぅ……リセットぉ……エールぅ……」

「あ、あ、あ……ランス様、お水お水……!」

 

 ランスを横にして賢明に介抱するシィルの努力虚しく、半日はこのままだろう。

 その間にも、エールは矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。

 

「バウンドと誰だお前は達は盗賊をまとめてランスと一緒にいてね。ボク達がウラジオストックを陥落させた後に、後始末とランスのハーレム作りの手伝いで」

「ドギだああああああああああああ! 誰だお前はを名前にするなあ!」

「アムさんとシィルさんもランスと一緒でお願い。ハーレムの女の子達を助けてあげて。長田君はボクと一緒」

「おうともよ!」

「えっ……?」

 

 シィルは慌ててエールを見る。どこまでも自信満々な少女は旅支度を始めていた。冒険者鞄に備品を詰め込んでいる。

 

「エールちゃん、これから二人でウラジオストックに襲い掛かるつもりですか!?」

「もう東ヘルマンは見切った。雑魚ばっかりだしボクと長田君で十分だよ」

「相棒マジ最強だしー? 余裕っしょ!」

 

 魔王の子達のリーダー、エール・モフス。たった二人で街を陥落させる腹積もりであった。

 lv302 人の身でこれほどの力をつけた者は歴史上にいない。

 圧倒的な力を自信に変えて、どこまでも愉快そうに腕を広げる。

 

「二日酔いに苦しんでるランスがウラジオストックに着く頃にはランス団の旗が立ってるの。面白そうじゃない?」

「……だ、駄目です!」

 

 シィルは腰を浮かせてエールの腕に(すが)りついた。レベルの影響で、あるいは魔王の子たる肉体によって、エールがその気になればいくらでも振りほどける非力な手。ただ、そこには真摯な想いがある。

 

「……心配してるの? 大丈夫、万が一もないよ」

「エールちゃんがとっても強いのは知ってます。でもランス様がきっと心配します。ですからどうか、どうか……」

「むー……」

 

 口をへの字にして潤んだ瞳でエールを止めようとするシィル。流石にあっさり袖にするには気が引け、エールも頬をかきながら悪いことをしたなと考えてしまう。

 だが、ここで止めてしまえばランスを酔い潰した意味がない。二度目は警戒されて果たされないだろう。自分が活躍する絶好の機会だった。

 結局、やらないという選択肢はエールにはないが、軌道修正ぐらいはしてもいいかと思い直す。

 

「うーん……分かった、夜襲はやめるよ。明日の朝に仕掛けるから、ランスが復活したら来てね」

「で、でも……!」

「大丈夫、朝ならボクも真正面からは行かないから」

 

 シィルの肩を叩いて、エールは満面の笑みを浮かべる。

 

「絶対にバレない方法で潜入して、ランスが来る時にバサーッと内部大混乱させちゃう秘策があるんだ! それなら大丈夫でしょ?」

「…………う、うう」

 

 シィルを安心させようとしている少女の笑顔。同時に、これ以上は譲る気が無いという意思もあり、シィルとしても最早何も言えなかった。

 

「エールちゃん、私からも一ついい?」

「アムさんもボクを止めるの?」

「いいえ。出かけるなら、父親に挨拶してはどうかしら?」

「父親、かぁ……」

 

 エールはランスを、自分の父親を眺める。

 浅いいびきをかいて、寝言を漏らす情けない存在だ。

 ハチャメチャな冒険は楽しいが、口を開けばセックスの事ばかり。学ぶ事なんて何もない。ここ数日の乱交は目を覆うばかりだった。

 だから久しぶりに本気の悪戯を仕掛けてみたが、面白いようにかかって潰れてくれた。母親ならこうはならない。逆にこっちがやられて痛い目を見る。

 エールはどっかりとランスの腰に座った。

 

「ぐおっ……」

 

 体重がかかり、僅かな呻きを漏らすランス。エールはその耳元に小悪魔な笑みで囁きかける。

 

「ランス、この程度じゃボクに父親と敬わせるなんて無理だよ? くすくすくす……」

 

 エール・モフスは安くはない。この破天荒な悪戯っ子は自分が本気で認める相手にしか敬称を使わない。今のところ、ランスは認められていなかった。

 

「じゃあいってきます。ウラジオストックで待ってるから、早い者勝ちだよー」

 

 エールは立ち上がって、長田のところへ向かった。

 

「さあ、行こうか!」

「おうよ! おっ、APコッポスしてんなぁ!」

「出るよ出るよー! ボクが主人公だからねー!」

 

 エールの体から白い光が産み出されていた。漏れるように、丸い光球がいくつも零れていく。

 修行の過程で覚醒した説明不能の謎技能、APコッポス。この優しくも白い光はエールの意志次第で爆発したり、魔法の魔力にしたりと適当に自由自在。本人のテンションが高かったりすると勝手に出るが、出そうと思っても出ない不安定なパッシブ技。

 乱義やミックスは無駄に悩んだが、長田達はエールがゴキゲンだと出るぐらいにしか感じなかった。魔王の子は悪魔だったりカラーだったり死ななかったり色々ある。これぐらいは別に気にする程でもない。

 

「へへっ……ノリノリだな! 怖いモン無しだ!」

「そう言う長田君もゴキゲンじゃーん!」

 

 うりうりと、エールは肘を長田に押しつけた。

 

「だってよー、エールも街の襲撃は危険だってわかっんだろ? そこに俺じゃん。俺を認めてるのが嬉しくてなー……」

「ボクだけじゃ都市一つ落とすのは簡単過ぎるからね。丁度いいハンデだよ」

「お前なー! お前一人だと危なっかしいから一緒にいるんだぞー!?」

 

 ぺちぺちと、長田はエールの足を叩いた。

 

「くすくすくす……」

「まったく、ははっ……」

 

 いつもの掛け合いに二人は思わず笑みが零れる。

 これからはいつになく危険な冒険、だからこそ二人は変わらない。

 なんでもない会話だったが、無限の勇気が湧いてくる。

 

「行くぜエール! 桃源郷からとんでもない事になっちまったけど、俺達なら無敵だ!」

「ごーごー!」

 

 主人公達はウラジオストックへ向けて出立した。

 Turn1、最終日が始まる。




 カーマ・アトランジャー lv29
 元魔王捜索、東ヘルマン担当。
 カオスを持ってランス捜索中。




 実は四巨頭だった東ヘルマン。一人首になり、アキラの仕事が増えた。
 故に、改革が必要なのだ!な理念を持つ東ヘルマン。
 過激派悪戯っ子エールちゃん、ご出陣。
 


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ウラジオストック③ 潜入?

 日は高く昇り、ウラジオストックは陥落して――――いなかった。

 それどころか平穏そのものだった。

 

「やっぱり俺がいないと駄目じゃんかー! ほらー!」

「う、うるさいなー!」

 

 理由はただ一つ、大見栄切って戦いを仕掛けようとしたエール・モフスの寝坊である。

 ハイテンションでウラジオストック郊外に来たエールは、夜更かしをして寝過ごした。長田が起こそうとしても割り続けるばかりで動かず、本来の予定襲撃時刻すら過ぎてしまった。

 

「ランスを酔い潰したお陰で潜入は出来るから、ボクの作戦に問題はない!」

「これ、ただ脚を引っ張っただけじゃね?……あんっ」

 

 現在、エール達はウラジオストック南門近くで準備をしていた。長田は荷車の上に乗せられ、エールは慌ただしく着替えている。

 

「そろそろ相棒の秘策を教えてくれよー。どうやってウラジオストックに静かに潜入するんだ?」

「ふふっ……これだー! ばばーん!」

 

 長田の前で見せつけるように回転したエールは、いつもと違う恰好をしていた。

 白いマントに青い僧衣の神官冒険服、黒いスカートを着て、ALICEブックまで携えている。この状態のエールはレンジャーとは誰も思わないだろう。

 

「エール・モフス、ヒーラーモード! 母さんから貰った潜入セットだー!」

「おおっ……なんかすげーな!」

「母さんが身分を隠したい時は、臨時のシスターという事で教会に協力して貰ったんだって。法王の娘であるボクも当然やれるはずだよね!」

 

 エールは帰郷時に母と長話をした。その中で母の冒険も話題に挙がり、昔話は次の冒険ではやりたい事として幾つもエールの脳裏に刻まれている。

 ランスと離れ離れになり、少人数で敵地に潜入する為に神官の振りをする。まさに今の状況は母と同じ窮地。自分で演出した危機ではあるが、エールの目は爛々(らんらん)と輝く。

 

「……あれ、エールはそれでいいとして、俺は?」

 

 東ヘルマンは魔に対する対決姿勢は鮮明であり、ハニーでも暮らす事は許されていない。ウラジオストックに潜入する際には長田が一番のハードルだった。

 エールは薄い胸に手を当てて祝詞を紡ぎ、長田の前で十字架を切る。

 

「長田君は運搬(うんぱん)役。潜り込む時は死んでればいいんだよ」

「…………は?」

 

 長田が最期に見たのは、エールが神官ソードを振りかぶる姿だった。

 

「ハニワ叩き!」

「あんぎゃーーーーーーっ!?」

 

 破砕音と共に、長田は粉々になった。

 

「流れのハニーを殺してしまったボクが弔う事にするから暫く死に続けてね」

「いや本当に死ぬから! 無理無理無理無理!」

「やってみなければ分からない! ハニワ叩き! ハニワ叩き! ハーニワたーたきい!!」

「ぎゃあああああああああああ!!」

 

 長田は粉々になった。復活して粉々になり、戻ってまた粉々になり……動かなくなった。

 

「おっけー! それじゃウラジオストックに行ってみよー!」

 

 親友を土くれに変えたエールは、満面の笑みで荷車を引いて街へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 ウラジオストック東門。

 荷車を引いたエールは防壁の手前まで辿り着いた。

 

「身分証明を見せろ。北部の人間や魔王の子関係ならば話を聞くぞ」

 

 防壁の手前で、東ヘルマン兵はじろりとエールを睨む。

 

「ここに来た臨時のシスターです。身分証明は神父さんに持たされてなくって……」

「……はあ?」

 

 怪訝(けげん)な顔をする兵士。潜入するべく(すが)るような目でエールは叫ぶ。

 

「ボクはAL教の神官です! 弔わなきゃいけない友達がいるんです! どうか通して下さい!」

「……っぷ、ははははは!」

 

 兵士の二人は顔を見合わせて、吹き出した。

 この国の主要都市にはもうAL教の教会なんてない。神父もいない。冠婚葬祭はほとんどRECO教が執り行っている。嘘を吐くにせよもう少しまともなやり方があるだろう。

 

「おい、どこからこの田舎娘が紛れ込んできたんだ?」

「知らねえよ。今の時点で何も知らない馬鹿って事は確定だな。簡単に返すわけにもいかなくなった。タイミングが悪い」

 

 その時、大声が門の後ろから響いた。

 

「どこだ! 邪教徒が私の前に現れるとは!」

「「ほらな」」

 

 東ヘルマン兵は天を仰いだ。面倒臭い事が始まる。

 RECO教団員がいる時間帯に来るとはこの小娘も運がない。後は軍を無視して勝手に制裁が始まる。

 荒い足音と共に黒いローブの男が姿を見せた。着けた仮面は腐った剣の刻印、元AL教徒で狂信者。ヒキも最悪だった。

 

「おお、(けが)わらしいAL教徒がここにいる! よくも神聖なる私達の街に姿を現せるものだな!」

 

 教団員はその服を見ると激高し、掴みかからんばかりにエールに詰め寄った。

 

「え、AL教は? ボクの母さんの教会はどこにあるの?」

「ふざけるなよ邪教の手先! 神聖なるこの国にAL教徒などいてたまるか! この街の神官は遥か昔に火炙りに処したとも!」

「まあ教団員様は熱くなっていらっしゃるが、その通りだ。この街にはRECO教徒しかいない。AL教徒なんていなくなったよ」

 

 東ヘルマン兵もエールに近づき、拘束用の縄を取り出した。

 

「身分を偽って都市への入国。何故そんな事をするか、事情を聞かせてもらうぞ」

 

 神官姿の少女は(うつむ)いて、小声で何事かを漏らす。

 

「い、い、い……」

「い?」

「異教徒は滅びろーーーー!」

「ぎゃああああああああああああ!」

 

 ざくーっ!

 教団員は神官ソードを生やして死んだ。

 

「なっ!?」

「死ねーーーーーーーー!」

 

 聖刀日光が鞘から引き抜かれ、エールが踏み込む。振り上げの一閃で兵士の肩を斬り飛ばし、別の兵の胴を切り裂いた。

 

「神の鉄槌を喰らわせてやる!」

 

 入口の兵士達が崩れ落ちるよりも速く、エールはウラジオストック防壁内に突入した。

 防壁内の兵士は40人程。装備も良質であり屈強な男達だったが、エールの速さに全く反応が出来ない。

 

「なんだっ……!?」

「し、侵入……!」

「があああああああっ!?」

 

 エールの剣と刀が舞う。

 一歩で間合いを詰め、槍を持っていた腕を両断し、脚を貫いて転がす。無造作に蹴り上げた大男は宙を舞い、防壁に強かに激突して喀血(かっけつ)する。片足で疾駆して別の兵士達のところへ舞い降りて、膂力(りょりょく)に任せた斬撃で次々と斬り飛ばされ、血飛沫が舞い――(ようや)く、兵士達は現状の認識が出来た。

 呆気に取られた一瞬で、入口の部隊は半壊している。

 

「け、警報を飛ばせええええええ!」

 

 誰かが吐いたその言葉を最後に、兵士達は全滅した。突入から一分経たずの事だった。

 サイレン音が鳴り響く。誰も動く者がいなくなった門を長田が荷車を押して入る。

 

「結局大失敗じゃんかー! 潜入じゃなくて強行突破になっちまった!」

「むー……」

 

 エールは唇を尖らせて、血塗れの神官服を長田に投げた。

 

「この神官服使えなーい。神を信じない者だけとか東ヘルマン、ますます生きる価値ないよ」

「お前、どちらの神にも凄く失礼な事をしてるからな!?」

「ボクの完璧な作戦がRECO教とやらのせいで潰された。ムカつくー」

 

 エールの東ヘルマンに対する好感度はさらに下がった。

 元々兵士に対しては姉に攻撃した時点で底根であったが、母を侮辱する存在でもあったと判明し、いよいよ許せない存在になる。

 

「冒険邪魔するし、母さん悪く言うし、RECO教ごと東ヘルマンを潰そう。もう決定」

「個人の恨みで国潰すのは無理じゃね?」

「ボクとランスだけで十分でしょ。こんなの一万人いたって楽勝だもん。ボク達の相手になるのは家族だけだよ」

 

 警報が鳴り響く中で、緊張感無くレディチャレンジャーを羽織るエール。元の服装の上に着込んでいるだけなので、スカートも落としていつもの服装に戻っていく。

 そもそも敵になるような相手が存在しないと感じているから会話も呑気にやっている。

 そう思うのも無理はない。lv300魔王の子は皆が魔人級。エール・モフスに至っては、ほぼ単独での魔人討伐経験も持つ強者。今のウラジオストックは魔人が襲来したようなものであり、対抗策は皆無に近い。

 エールにとってはウラジオストックは陥落させる前提で、どのように楽しむかという話だった。

 

 エールはぐるりと街を見回す。

 どのヘルマンの城塞都市もそうだが、ウラジオストックは立派な防壁が多重に存在し、いくつもの区画が分けられている。ただ外壁を抜けたというだけで都市が落とせるわけではない。何枚か厚い防壁を抜いて、指揮系統を潰す必要がある。

 最速で行くなら防壁に飛び移り、中央の区画へと強行突破して頭を潰せばいい。

 ()()()()()()()()()()()とエールは考えた。

 

「長田君、このまま潜入続行で行くよ」

「いやもう侵入バレてるし無理だろ!? 兵士もどんどん集まってくるし、この騒ぎだぞ!?」

 

 長田が言うように、非常警報が発令された都市では市民が逃げ惑っていた。民家から次々と動転した人が出て行き、街のいずこかへと非難しようとしている。血溜まりに沈む兵士達を見れば必死にもなる。

 

「逆に考えよう。このパニックで雑踏は多いし、ボクの姿を見た敵は動けないか喋れない。ボクの姿を見て侵入者と判明するのは時間がかかるから、その間にこっそりやっちゃおうよ」

「……何を?」

「なんかノリで、なんとなく女の子集め? いずれは一番偉そうなところの襲撃だけど」

 

 エールも具体的に何をしたいかは分からなくなっていた。

 ウラジオストックは潰すが、ただ潰すだけでは面白くない。適当に騒いで面白そうな状況を作り、そこで何か面白い発見をする。ついでにランスの希望を乗せて、自分の優秀さを見せつける。

 エールは満面の笑みで、街の襲撃という遊びを堪能しようと長田に手を伸ばす。

 

「よーいドン! はぐれないように手を繋いで行こー」

「お、おう! ぶつかった拍子に割れないか心配だわ……」

 

 長田とエールは手を繋いで街の中に踏み入った。

 東ヘルマン兵と教団員を相手にしたかくれんぼ。見つけた人には神の鉄槌をプレゼント。()

 潜入(シーク)(アンド)蹂躙(デストロイ)が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 避難警報が鳴り響く都市で、エールは散々にふざけた。

 長田を見咎めた不幸な兵や教団員は剣の錆となり、ヘルマンパンで長田を割り、ハードボイルドを気取った男にシミターを乗せる。

 時折立ち塞がる防壁は――――

 

「長田君投げ―!」

「ぎゃーーーーーーっ!」

 

 長田を殺しつつ、向こう側で復活させて次の障害へ。

 自由奔放、傍若無人、エールを遮る者はあって無きが如く。

 やがてエール達がカンで目指していた大きな施設、軍隊の司令部まで辿り着いた。

 司令部は防壁の一部と一体化しており、防壁上からの出入りは激しい。ただし、下は見張りがいるだけで、潜入は不可能ではないとエールは判断し、不敵に笑う。

 

「ここからは、ボクのレンジャーなところを見せてあげるよ。ふふーん!」

「ああ……レンジャーと言えないアレな……」

 

 長田はもう察していた。酷い事になると。

 エール・モフスはレンジャーである。

 本人が冒険を始めた時からずっと言い張る以上、如何なる行動をしようがレンジャーである。

 ここで一つ確認をしておこう。レンジャーとは、職業冒険者の代表職の一つであり、探索や諜報に優れ、罠の解除や宝箱の開錠を担当し、様々な分野で活躍する便利な存在だ。

 では、このエールというレンジャーはどのような事をするのか?

 

「お邪魔しまーす。死ね!」

「がはっ……!」

 

 挨拶代わりに見張りの兵士に神の鉄槌。誰の目にも止まらぬ速度で潰す。

 扉には堅い錠前、重い鍵が複数かかっており、兵士の懐から正解を引き当てなければ速やかな潜入は叶わない。こういう時こそ開錠スキルの出番である。

 エールは鍵開けのスキルなんて持っていないが、マスターキーならある。

 

AL(エール)魔法剣!」

 

 聖刀日光に白い光を溜めての一閃。衝撃破と轟音と共に扉は粉砕された。

 

「これ絶対潜入じゃねえよ!」

 

 長田の突っ込みを意に介さず、白い光が収まらぬ中を堂々と進むエール。足下の罠なんて気にもせずに司令部に踏み込んだ。

 

「あれっ……!?」

 

 エールは罠解除のスキルなんて持っていない。罠を踏めば普通にかかる。世界(システム)に用意された罠はエールを縛るものだった。次々と、至る所か縄が飛んできて、瞬く間に縛り上げていく。

 あっという間にエールは足を宙に攫われ、逆さ吊りにされてしまった。

 

「な、なにこの罠―ーー!?」

「急造の侵入者対策用なんだけど、真正面から行けばそりゃかかるわよ」

「あ、あれーーー!?」

 

 どこか呆れた様子で、長田の後ろから声がかかった。気づけば長田もその女性に縛られていた。

 カーマという大陸屈指のレンジャーにとっては、この程度の罠は造作もない。気の抜けた陶器を縛り上げるぐらいは朝飯前だった。

 

「警報が流れたから急ごしらえで用意したんだけど、何の警戒もせずに飛び掛かるとはね……」

「お前さん、レンジャーとしてホントダメダメ。センスゼロ」

「カオス!?」

 

 独特のふざけたイントネーションを聞き、首だけでもエールは振り返る。カオスは長田の首筋に添えられていた。

 

「ほら失敗したー! 相棒もいい加減レンジャーって名乗るのやめようぜー!」

「……この子、レンジャーなの? 傍から見て力押ししかしてなかったけど」

「儂の言う事も全く聞かんし、すぐ遊んで忍耐力皆無。その癖辞める気だけはありゃせん。ウズメやミックスに任せずに宝箱爆発させたりなー……」

 

 カオスは昔話に華を咲かせ、エールの赤っ恥大公開を始めた。

 クルックーは隠密移動も、宝箱の開錠も、罠の解除も全て出来る器用な冒険者だった。

 ただその娘のエールは、この分野において不得手で、不器用な冒険者だった。

 エール・モフスは冒険が大好きでも、冒険の才能はない。レンジャーというより、派手な暗殺者という評価が適切である。

 エールは顔を真っ赤にしながら魔剣に向けて叫ぶ。

 

「カオスがなんで敵にいるのさー! 剣が持ち主に逆らわないでよ!」

「カーマちゃんが儂の真のオーナー。お前さんは波長が合うだけのズルオーナー。エロを欠片も用意せん奴を儂はオーナーと認めーん!」

 

 カオスは言葉を継ぎ、オーラを出してカーマに触り、胸部を強調するように(まと)わりつく。

 

「きゃっ……カ、カオス……」

「エールみたいなぺったんぺったんなんてこっちからお断りマン! カーマちゃんの乳を見ろ! 女とはこういうもんだ! これに比べらたらお前は板だ、板! やーい板板板! ド貧乳!」

 

 カオスはカーマの乳房を押し潰して寄せ上げ、谷間を服の上からでも分かるように見せつける。

 

「確かにこれはすげえ! 見てるだけで割れそう、だ……?」

 

 その長田の一言で、明確にエールを取り巻く雰囲気が変わった。体から光球が零れ出す。

 

「―――――――決めた。カオスはカスにする。絶対に折る、あと長田君も割る」

 

 司令部が、ミシリと揺れる。

 エールの怒りに呼応するように、光球はエールの周囲を回り、輝きを増していく。

 

「あ、相棒……?」

「ボクはね、身体について悪く言った奴は何をしても良いと思ってる」

「やばっ、カーマ! ボサっとしてないでこいつ取り押さえろ!」

「拘束してるのはデカントやオッズ用のロープよ? こんなに雁字搦めなら大丈夫で…………」

 

 軋みを上げて、エールを拘束しているロープが少しずつ、少しずつ耐えかねるようにほつれ、壊れていく。天井につなげたロープは、繋げている天井の方が耐えかねて落ち、脚を一つ自由にする。

 世界(システム)の捕獲状態を、エールは力技で破りつつある。

 

「こいつはランスのガキだ。この程度の拘束は正面突破でぶち破るぞ。魔人を相手にするようなものだと思え!」

「…………!」

 

 慌ててカーマが駆け付けるも、全てが遅かった。

 

AL(エール)大魔法!」

 

 エールの傍に(まと)わりつく白球が爆ぜ――――暴力的な光が、満ちた。

 APコッポスした光球の大爆発。エールがAPコッポスが発動している時でなければ消耗が激しい必殺技だが、その威力は絶大。手加減されたものにも関わらず、建物全体を壊して世界に白い粒子が満ちる。

 エールが敵と認識した相手以外を癒し続ける優しい光が広がり、されど生命の無い物体は跡形もない瓦礫へと変える説明不能の力技。殺生自在の一撃が中央区画の一角を吹き飛ばした。

 爆発の中心地は、ヘルマンの石と岩だった瓦礫と、白い粒子が降り注ぐ世界となってしまった。

 

「カーマ、カーマ、大丈夫かー!」

 

 防壁の一部も巻き込んだ、大量の瓦礫(がれき)の中から持ち手を失ったカオスが叫ぶ。

 

「美人だし、面白そうだし、なんか聞いた事のある名前だから生きてるよ。カオスは殺す」

「ひっ……!」

 

 ギザ歯を浮かべて、先程長田を粉々にしたエールがカオスの柄を引き抜いた。もう一つの手には日光がある。

 

「日光、助けてくれー! やめろー!」

「…………たまには痛い目見た方がいいでしょう」

「魔王はいないからもうお払い箱だー!」

 

 フルスイング、力任せの一閃。カオスは真っ二つにされた。

 

「ノウーーーーー!!」

 

 そのままエールはカオスを蹴り続ける。顔の部位を全力で勢いをつけて踏み続ける。

 

「これは貧乳って言われたボクの怒り! これは板って言われたボクの悲しみ! これはぺったんって言われたボクの嘆き!」

「ぶべっ、げえっ、ほげっ……どれだけ蹴ろうが胸無いのは変えられないだろ!」

「いつか育つ! いつか育つんだから―!」

「いーや、儂の見立てではお前さんは背丈は伸びても大して膨らまない! ずっと板だ! 冒険中に伸びたか!? 変わったか!?」

 

 折檻の手が一瞬止まり、エールの目にじわりと涙が滲む。

 

「うーっ! うるさーい!」

 

 また、日光を振り下ろす。今度は柄の片刃が砕けた。

 

「ぎえええええええーーーー!」

「相棒の胸の話はマジ禁句なんだからそっとしてやれよ……」

 

 長田は女の胸の話をした事を後悔していた。まさかここまで悪化するとは。

 エールは全てに自信満々であり、全てにおいて勝てないものなど無いと思っていた。ところがそこに、胸のサイズという絶対的な数字と見た目という難敵が彼女に現れる。

 旅の中でザンスに、長田に、ナギに煽られてすっかりコンプレックスになってしまった。

 ミックスの身体検査の数字を見た時、愕然とした。身長はあるが、こと胸のサイズ、発育という意味では酷かった。レリコフ、ミックスにすら劣り、魔王の子の中ではリセットに次ぐ二番手の貧しさだった。

 それ以来エールは毎日牛乳を飲み、育てと思って家族との冒険を過ごしてきた。13歳という年齢は一番の伸び盛りであり、ここで女性の胸のサイズは決まると言っても過言ではない時期。そしてその結果は……

 

 ミックスに会ってから5ヶ月。バストサイズの成長、0mm。

 

 今日も計測するまでもなく、冒険前から着けている白いショーツの感触が変わらない。

 全く、全く変わらなかった。努力をすれば大体の事が上手く行く彼女にとって、血の涙を流すような事実がそこにある。目線を下に向ければなだらかだ。

 エール・モフスは貧乳である。胸を罵倒する奴は女の敵だ。

 だからカオスは壊す。伝説の武器だろうが壊す。

 

「死ねえええええええええええええ!!!」

「ほげえええええええっ!」

 

 エールは遂にカオスの柄すら真っ二つにし、十から二十の破片にしてみせた。

 しかしこの作業を貫徹しようが、心の中はぽっかりと空洞が開いている。どうしようもない事実を指摘されて、少女の心はぐちゃぐちゃだ。

 

「長田君、後始末をお願いしていい? ちょっと一人にさせて……」

「エールも気にすんなよ! どんなサイズでも俺達はずっと親友だから、ぎゃあっ!」

 

 長田も言い繕うとするが、エールの胸を抉るばかり。

 この心の空洞を埋めるにはどうすればいいのか。エールは涙目で瓦礫になった周囲を探す。

 上を見ると防壁には兵士達が集まってきている。騒ぎを聞きつけたのか、あるいは指揮所が潰れて狼狽えているのか滑稽な姿だった。

 

「……そうだ、ウラジオストック落とさなきゃ」

 

 エールはヤケクソ気味に、ストレス発散を求めて東ヘルマン兵へと向かった。

 この後、東ヘルマン兵の死傷者は加速度的に増えることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 RECO教会最上階、アキラの執務室。

 本来の司令部はエールが爆散させた場所に相違ないが、アキラがいる場合は違う。アキラが現場の全責任を負う総大将になる。東ヘルマン建国以来、彼女は間違った指示を下した事がない。

 そのアキラがエール・モフスの襲来以降、一切の対応を取れなかった。何故か?

 もっと大事な事があったからだ。

 

 東門方面の警報が鳴り響き、外を眺めたアキラは恐ろしいものを認識してしまった。

 

「あ、ああ…………」

 

 ウラジオストックの北方向、ゆっくりと進む盗賊の群れ、その先頭。

 緑の服に鎧を着込み、苦しそうな表情で前を進む男が見える。

 

「終わった。ウラジオストック終わったよ……下手すれば東ヘルマンも……」

 

 第八代魔王、ランス。存在そのものが天災の男がやってきた。

 

「避難警報のレベルを最大に引き上げて。魔王襲来だ。国民は全員地下シェルターに避難を通達。退避後は兵士も可能な限り退避させる」

「はっ!」

(父上、何やってるでござるーーー!?)

 

 ウズメに可能な限り連絡事項を通達し、アキラの耳目は全てランスと盗賊達に注がれる。少しでも情報を得られなければ未来は無い。この時点で下の騒ぎは全て些事となった。魔軍襲来、魔王襲来である。火事場泥棒がいたところでどうでもいい。

 

「うわっ……後輩までいる。生存報告をくれてもいいのに、いきなり敵ですか! そりゃ教団員が帰って来ないわけだ!」

 

 そうして長い時間をかけてランス達を観察し続け、軍事司令部が爆散した頃になってアキラは目を離した。

 

「待たせたね、これからの方針を決めたよ」

 

 アキラは溜息を吐き、デスクワークで苦労していた資料を処分し始める。

 

「ランスは魔王じゃない。魔王を辞めたと分かったけど勝てない。だから逃げる。防衛兵力は五千いたって守れないから一旦放棄してウラジオストックを明け渡す。国民には教徒から一時降伏を通達して。避難経路から逃走ではなく降伏した方がいい。僕が必ず取り戻すとも伝えて」

 

 見当ウズメとしては最適解だと確信出来る。だが、副官ウズメとしては素直に応じると不自然な指示でもあった。その祖語を埋めて、情報を引き出せそうな状況はスパイとしては美味しい。

 

「了解しましたが……本当によろしいのですか? 魔王でないのならば、勝てるのでは?」

「勝てない、ナイチサもそうだった。あれは少なくとも10年は強いよ」

「…………うん? ナイ、チサ?」

 

 ナイチサ、魔王魔血魂との戦闘時に法王が漏らした言葉。遥か昔の歴代魔王の名を聞いてウズメは首を捻った。

 

「僕は昔勇者だった。過去の魔王と戦った事がある。信じられないかもしれないけどね」

 

 ウズメだけの秘密にしてねとウインクするアキラ。嘘を吐いているようには見えなかった。

 

「ナイチサは魔王を辞めた後に後悔したらしく、色々教えてくれたよ。でも結局僕は駄目だった。期待に応えられなかった駄目勇者さ」

 

 自嘲して、過去の失敗を大して惜しむでもなく淡々と伝えていく。

 

「魔王を辞めただけじゃ魔人なんかより遥かに強い。血の衝動に支配されてなければランスは性欲の権化。争わずに退いた方が平和で済む」

「……国の誇りは傷つけられそうですが。ランス団に戦わずに屈するという事ですから、様々な方面から反発が来そうです」

「そんなものはわんわんに食べさせていい。僕は無駄な犠牲が大嫌いだ。ここでは死者をどれだけ少なくするかが僕の戦いだよ」

 

 アキラは仮面をつけ、白いローブを纏う。大神官として表向きに動かんとしている。

 

「ここからは僕が教団を指揮して退避させる。ウズメは兵士をまとめて南門へ逃がしてね。そこからはもう自由に動いていいよ。死傷者を少なくする事だけ考えて」

「畏まりました! 速やかに任務を遂行致します!」

 

 ウズメは敬礼してその場から消えた。妹が暴れているのは見えている為、ようやく動けるという思いがある。

 副官の気配が完全に消えた時、アキラはぼそりと呟く。

 

「ウズメも魔王の子だし、下の騒ぎが納まるといいなぁ……」

 

 もう一度外を眺める。盗賊達は北門前に満ち、今にも襲い掛からんとしている。全ての兵が退避しているのを認めて胸を撫で下ろす。

 いよいよ北門に到着せんとするランスの顔は悪い。二日酔いの影響は強く、腹を押さえて苦し気に呻く。しかしよろよろと辿り着き、剣を抜けば――――

 

「ラーンスアタターック!! うべぇっ……」

 

 轟音と共に北の防壁の一角が完全に粉砕された。二十メートル以上の高さがある防壁が崩壊し、二度と使いものにならないだろう。

 

「……こんなの指揮で勝てるわけないよね。多分今のも手加減しまくりでしょ?」

 

 肩を竦めて退避の指示を出しに下に降りるアキラ。彼女の受難はまだ始まったばかりだ。

 

「あのクソガキ覚えてろ……絶対、絶対許さんからな……」

 

 どこからか、ランスの独り言が聞こえた気がした。




地下シェルター
 ゼスの技術+ヘルマンの施設。
 ヘルマンの城塞都市は地下水道施設が非常に整備されているので、それを利用して非常時の避難施設にしている。(ランス9,3章)
 つまり国民が避難させれば上でどれだけ暴れてもなんとか大丈夫。コロシアム破壊クラスの戦闘が起きてもなんとかなる。

ナイチサ
 天寿を全うした。
 魔王を辞めてから地獄のようなジル期を見せつけられている。
 善良な男だった為、魔王の血に解放された日々の中でアキラに出会い、希望を見た。


エール・モフス、胸の戦いの経歴。
 トリダシタ村時代、特に気にせず。全てに自信満々な母大好きっ子。
 自分のスタイルにも自信あり。

 turn3(2月後半)
長田「女って乳の大きさが占めてるウエイト相当あると思ってるから!」
「そういやエールも女だったっけ、乳しか見てないから小さいのは守備範囲外」

 初めてのダイレクトな男友達の女に対する意見を真に受ける。小さい事は悪い事だと認識。
 ザンスが初対面で追い討ちして、完全にコンプレックスと化す。


 アクセルちょっとずつかけていく。


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ウラジオストック④ 邂逅

 RECO教会、一階。

 ここもまた一つの戦場だった。

 

「うう……痛えよぉ……」

「この人は腹だけ治して後は止血だけ。温存を意識して、まだまだ来るから」

「あ、ああ」

 

 次々と運び込まれる傷病兵。それを流れ作業のように次々と診察をするミックスがいた。

 ミックスは、叫び声のあがった東門にいち早く駆け付けた。そこには様々なところを切り裂かれて倒れ伏す兵士達――患者だ。

 医者が治療を施さない理由はない。最も設備が整っていたのがRECO教会だったが、ミックスは迷わなかった。

 治せるのならば、神魔法だろうが得体の知れない力だろうが利用する。人を助けるのが彼女のポリシーで、緊急時の手段は選んでいなかった。

 その流れでミックスはここの指揮を執り始めている。愚直に全てを治そうとする教団員と喧嘩になりかけたが、『上』の指示によって収まった。

 

「20名だ! 追加で20名運ぶぞ! 司令部が爆発して火傷多数だ! まだまだどんどん来る!」

「……ああもう、誰がやってるのこれ!」

 

 きりがない。この被害は人災である事は疑いようがなかったが、下手人がどこにいるか分からない状況では患者を優先するしかなかった。

 ミックスはエールが斬り飛ばした命を区別無く拾う努力に追われている。

 

「姉上ー、姉上―」

 

 傷病者多数、バケツをひっくり返したような喧騒(けんそう)の中でウズメがミックスの傍に近づいた。

 

「忙しいから後にして。それとも捕まえたの?」

「うんにゃ。悪いニュースしかないでござるよ」

 

 ウズメはミックスの耳元に口を当て、

 

「これをやったのはウズメの主君、エールどのでござる」

「はあ!?」

「さらにランス父上が盗賊をまとめて、ここを攻めに来たでござる。ウズメの上司は都市の放棄を決定して、逃げる準備中。ここも引き払うとか」

「あいつら何やってんの!? いや、エールは、ああ……もう……」

 

 ミックスは頭痛と共に、あの破天荒な妹はやりかねないと納得してしまった。

 ミックスにとっては全員が大事な兄弟だが、受け入れかねる姿勢の人間もいる。

 敵は殺すが基本線のザンス。敵意のある相手は皆殺しが信条の元就。そして東ヘルマンと悪魔が大嫌いなエール。

 エールは家族旅行を邪魔した二つの存在を嫌う事(はなは)だしく、こちらから仕掛けようと物騒な発言をした事もあった。あの滅茶苦茶な父親と組んだ場合、こういう事もあるのかもしれない。

 ミックスは眉根を寄せつつ、怒りを押し殺して頭を回す。

 

「……どうせ止められないんでしょ。引き払うって事は教団員もいなくなるし」

「そうなるかなーと。父上が来る頃には退避完了する予定でござる」

「つまり、ここにいるの全部あたしの患者になるのね。…………エールに伝言をお願い」

 

 ミックスは声を低くして、語気を強めた。

 

「――――ここで戦ったら、許さない」

「りょ、了解でござるー!」

 

 その後ろ姿は、ウズメが冷や汗を垂らして逃げ出す程の圧があった。

 

「追加だ! 侵入者が暴れだして10名こっちにやるぞ!」

 

 また傷病者が運ばれて来た。注射器とメスを持ちたい衝動に駆られる。

 

「あの娘、しばらくは麻酔漬けのモルモットにするわ」

 

 密かな決意を固め、ミックスは違う戦場で戦い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 バーバラが駆けつけた時、地獄絵図が広がっていた。

 防壁上を駆け回る、一つの疾風がある。

 

「ぎゃあああああああああっ!」

「腕が、腕がぁっ!」

「止めろっ、止めろおおおお!」

 

 ヘルマン兵が、教団員が斬り飛ばされる。時折雷が落ち、吹き飛ばされる。

 疾風の正体は信じられない動きで両刀を扱う茶髪の少女。明らかに人の動きを越えている。ザンスやダークランスの領域、バーバラが戦いたくない化け物が暴れ回っていた。

 

「おい、あんた雇われた冒険者だろ! ボケッとしてないであいつ止めに行け!」

 

 横から兵士の怒声が飛び、バーバラは我に返った。

 

「ああもう、なんでこんな相手と……!」

 

 明らかに埒外な相手だった。簡単な盗賊退治と聞いていたのに、これでは詐欺だ。

 心の中で毒づきつつ、バーバラはエールに斬りかかる。

 

「っ……!」

 

 後ろを向いたタイミングを見計らい、一歩で距離を詰めての刺突。だが目があるようにエールは体をズラし、頬の皮一枚だけで済ませてしまう。

 

「このっ!」

 

 若干の身体の崩れを隙と見て連撃を入れるが二つの剣で凌がれる。バーバラの剣の重みを利用してエールは体制を立て直す。

 

「ざんねーん!」

 

 反撃の同時攻撃。バーバラは刀の一閃を体を沈める事で(かわ)し、剣の払い斬りをエスクードソードで受けて下がった。

 そのままバックステップで距離を取る。剣の届く範囲は超人達の世界では間合いが広すぎる。

 

「へえ…………」

 

 ここでエールは初めてバーバラを認識した。一瞬では死なない敵だと、良い遊び相手が来たと。

 バーバラは最初からエールを強敵だと思っていた。今の戦闘で上手とも悟ってしまった。

 頬を流れる血を見てエールは薄く笑い、ヒーリングをかける。

 

「やるねー! あなたは誰?」

「そっちから名乗ってよ。侵入者なんでしょ?」

 

 バーバラは防壁上にいる兵士達に邪魔だと手を振った。

 慌てて兵士達は退避していく。このクラスの戦闘では案山子でしかないと悟ってしまった。

 

「ふふっ……ボクの名前? そうだね。そろそろ名乗ってもいいかな!」

 

 エールは二本の剣を交差させて胸を張り、ギザ歯を見せた。

 

「ボクはエール・モフス! 伝説の剣を使って魔王討伐に成功した魔王の子達のリーダー。法王と魔王を親に持つ超エリートで世界の救世主でもある超絶完璧美少女だー! がははー!」

「………………」

「あれ、反応薄いなー。カッコよすぎて声も出ないのかな? これ日光だよ、持ってる事が凄いんだよー」

 

 エールはぶんぶんと日光を振り上げ、期待通りの反応が無いことに首を傾げた。

 自由奔放天下無敵。どこまでも自信満々な少女はマイペースに場を支配する。

 

「ほら、ボクが名乗ったんだからキミも名乗ってよ。名前を覚える価値はありそうだし」

「……バーバラ、ランス団討伐の任務を受けてる冒険者」

(…………なんで、なんで魔王の子がここにいるの!)

 

 バーバラはいつものように思った。どうしてこうなった、と。

 クルックーの娘と、敵として戦う羽目になっている。

 魔王の子、また魔王の子だ。ウラジオストックには既に三人目。占いは当たっているが、戦うとは聞いていない。

 

「ふーん……じゃあ敵同士だね! ボクはランス団の幹部なんだ。ここを落としに来た!」

「盗賊団が都市一つ襲うって、とんでもないわね……あなたは頭領じゃないの?」

「うん、頭領は別の人だよ。今頃二日酔いじゃないかな」

「それは良い情報ね。独断専行?」

 

 バーバラはわざと言葉を並べて、時間を稼ぐ。

 襲われた兵士達は逃げつつある。距離のある防壁上には人がいなくなり、常人にとってはそれなりの距離。魔人級にとっての一歩の間合いが、視界が開ける。

 立っているのは二人だけとなった、その瞬間。

 

「ボクは任せられたから。早い者勝ちでこの都市を落とそうって、ね!」

 

 エールは突貫した。

 振り下ろされた日光とエスクードソードが噛み合い、甲高い音を立てる。

 

(いつまでもつき合ってくれないかっ!)

 

 二本の剣は手数が多い。だがその分多少は軽い。

 バーバラは連撃に嵌らない為に下がりつつ、技巧の差に苦しみながらもかろうじて均衡を保っていた。

 ザンスにボコボコにされた経験が活き、上手相手の凌ぎ方が出来ている。

 

「――ライトッ!」

「うわっ!?」

 

 顔面目掛けて光魔法をバーバラは撃ち放った。頭を振ったエールに体ごと打ちかかって体重をかける。狙いはエールを防壁から突き落とすこと。

 コーラに教えられた日々が活きている。一つでも手札を増やした事が効いていた。火爆破程確実ではないが、出が速い分先手が取れる。

 積み上げなければ魔王の子には届かない。この二週間、痛い目や辛い目を見続けた日々の甲斐あって、エールを叩き落とす事には成功した。

 エールはあっさりと落下中に態勢を立て直し、地面に着地する。

 

「ふふっ……くすくすくす……」

 

 エールは忍び笑いを漏らす。今までの相手は片手の一撃でも力負けして終わってしまう。しかしバーバラは凌いでみせた。久しぶりに、面白い相手が現れた。

 

「ファイヤーレーザー!」

 

 炎熱の光線をバーバラは放った。距離を取ったら必中魔法。ザンスもハメ殺した得意技であり、魔王の子相手でも有効であると示した技。

 しかしエールも使える手札はある。

 

「ライトニングレーザー!」

 

 対するは()()()()()()。幼い頃から一流の教育を受け、厳しい指導を母から受けたエールは魔法も熟練していた。厳しい修行の日々もあり、今では闇以外は一通り使える一流の魔法使いである。

 魔力を込めた一本は相手の雷撃二本の相殺にはなった。残った二本をバーバラが襲う。

 

「ぐうっ…………! きゃああああああっ!」

 

 周囲に紫電が走り、瓦礫(がれき)》が飛ぶ。

 一本はエスクードソードで無理やり弾いたが、残った一本は喰らうしかなかった。

 勇者の魔法防御は高い為、これだけで戦闘不能という事はないが意識の明滅は生まれる。

 感電。

 取れない痺れと、魔法抵抗が物理的状態の認識によって落ちてしまう状態異常。自然経過で治るが、魔法戦闘では勝ち目が消えた。

 隠れなければならないと判断し、バーバラは防壁の反対側へ飛び降りた。

 

「やってられない! やってられるかぁ……!」

 

 剣も魔法も相手が上。ならばどうすれば勝てるのか。

 勝ち目は無いから逃げるしかない。

 バーバラは民家の一つに転がり込み、気配を殺す。避難警報が発令されて(しばら)く、民間人はほとんどが地下に逃げている。

 

(義務は果たしたし文句は言われないでしょ。魔王の子なんてまともに相手に出来ないから……)

 

 痛みを(こら)えつつ、息を整えてしゃがみ込む。

 近くに、何かが降りる音がした。

 

「……………………!」

「どーこにいるのかなー?」

 

 エールは都市を落とすよりも、バーバラと遊ぶことを優先していた。

 まだ遊べる、まだあの玩具は戦える。久しぶりの欲求不満を満たす為に、周辺を伺|(うかが)う。

 

「かくれんぼかな? もういいかーい?」

 

 バーバラは戦慄した。歯の根を鳴らし、見つからないように祈る。

 向こうはどこまでも遊び感覚だ。遊び感覚でなまじ強いばかりに目をつけられ、壊すまで遊ぶつもりなのだろう。

 盗賊退治は楽勝だ。冒険者は同じ事をやり続けたら飽きて強い敵を求める事もあるかもしれない。

 だがバーバラは違う。金を稼いで面白おかしい暮らしがしたいのだ。別にこれ以上の強さはいらない。世界最強との遊びなんて、命がいくつあっても足りない。

 エールはきょろきょろとバーバラを探している。民家の数は膨大、隠れている人間を見つける事は不可能だと思われた。

 

「……神魔法使おうか」

 

 五分と持たずに飽きて、かくれんぼを鬼ごっこに切り替えた。エールの放った白い光は魂のある場所を求めて彷徨(さまよ)い、やがてバーバラのいるところへ飛び込んだ。

 窓が割れる。バーバラを見つけたエールが民家に踏み入り、けたたましい音を立てる。

 

「助けてコーラああああああああ!!」

 

 転ぶように逃げ出すバーバラ。エールとの絶望的な鬼ごっこが始まった。

 エスクードソードで石造りの民家を崩落させたが鬼はすぐに脱出する。魔法を放ってもバリアで受けて真っ向から突っ込む。

 

「こっち向いて戦ってよー!」

「勘弁してー! こんなの相手にしたら死ぬから!」

 

 屋根に飛び移り、斜線が開けたら魔法が飛ぶ。だから盾にするべく家を壊してまた潜る。破砕音に追われる。

 切り払って抜け出すと、高い防壁が目の前にあった。

 

(あ……これ無理な奴だ)

 

 一息で飛び越えるのは不可能な高さ。よじ登れるがその間に必中魔法を背中に食われるだろう。

 左右に逃げるような余裕はもう無かった。

 

「ひゃっほう! タッチダウーーーーーーーン!」

 

 エールは跳躍し、真っ青になったバーバラに斬りかからんとして、

 

「にんにんっ!」

 

 城壁から飛び降りたウズメの首切り刀に止められた。

 

「主君どの、ストップ、ストップでござるー!」

「はあっ……やっと、やっと来てくれた……」

 

 ウズメの背中にバーバラは隠れて、胸を撫で下ろす。

 魔王の子には魔王の子。時間を稼いだ成果がやっと出た。

 

「んー、ウズメも合わせて二対一か。ボクには丁度いいハンデだね!」

 

 エールは爛々(らんらん)と目を輝かせて、白い光を纏い始めた。AL大魔法の予兆。

 

「だからストップでござるー! ミックス姉上が怒ってるからやめてー!」

「ミッ、クス……?」

 

 ぷすん、と光球が動きを止めた。

 

「麻酔、実験台コースでござる……ぷるぷる……」

「………………それは、マズいね」

 

 エールは思い返す、あの姉が本気でキレた時を。

 注射は嫌だ。治験は嫌だ。マッドサイエンティストは勘弁してくれ。

 魔王の子は丈夫であり、神魔法が使えるエールは医術の実験台となり、トラウマとして刻まれる日々を過ごした。対等な関係だが本気で怒らせると凄く怖い姉の名前が出て、エールの戦気が萎えていく。

 

「うん……とりあえず、一時休戦でいいよ」

「はい終わり終わりー! こんな理不尽な事、やってらんなーい!」

 

 不満気ながらも、エールは話を聞く為に刀を収め、バーバラもエスクードソードを鞘に収めて両手を上げ、無抵抗をアピールする。

 

「ほっ……ウズメだけじゃこのまま戦うしかなかったでござるよ……」

「何でウズメはこんなとこにいるの? ミックスも」

「それは長くなるのでお耳を拝借」

 

 ウズメはエールに歩み寄り、口を近づけた。エールの背丈に合わせる為に腰を屈めて、

猫目を細める。

 

「かくかくじかじかでござるよー」

「なるほどー……思ったより、時間ないかな?」

「かくかくじかじか……」

 

 忍法、かくかくじかじかの術。ウズメは便利(デタラメ)な忍者だった。バーバラ視点、何を言っているか全く分からないが瞬く間に意思の疎通が取れているらしく、話が物凄い勢いで進む。

 ウズメがバーバラに対して隠したい事実が一つあり、それはランスについての情報だった。魔王の子というだけならともかく、魔王の名まで聞いたら普通に忌避されかねない。そうなれば、ミックスの情報がどうなるか分からない。

 

「というわけで、ザンス兄上の命令だからまだスパイだとバレたくないでござる。後は主君にお任せ」

「任せて、ボクが完璧な作戦を立ててあげるよ。ウズメは適当に合わせてね」

「ういうい」

 

 作戦会議が終わったエールは、バーバラに向き直った。

 

「バーバラはランス団討伐の任務を受けているって言ったよね?」

「そうだけど、こんな強いと戦うなんて聞いてないから辞めるつもり。痛い事はやりたくないの」

「じゃあ、ボク達と一緒に冒険の仲間にならない?」

 

 エールはニコニコと笑って、手を差し伸べた。

 

「兄弟達ほど強くはないけど、遊び相手にはなりそうかなーって。それだけ強ければこれが退屈って分かるでしょ。皆で遊べば楽しいよ?」

「冗談。それでやる冒険が盗賊稼業で人殺し? 理解出来ないわ」

 

 エールの眉根が寄るが、気にせずにバーバラは続ける。心中憤懣(ふんまん)やるかたない。

 盗賊稼業を遊びと考え、兵士を笑顔で惨殺する殺人鬼。エールに対する印象は最悪の一言に尽きる。

 

「力だけはある子供の遊びにつき合ってられないから。私は冒険者の『仕事』をしているの。遊びじゃないのよ」

「――――ふーん」

 

 エールの目が細まった。

 

「じゃあ仕方ないなー……ランス団を潰させてあげる」

「……えっ?」

「元々ボクも飽きてたんだ。この遊び」

 

 エールはウズメに目線を送った。

 喋るなという主命が飛んでは、忍者は黙るしかない。

 

「冒険中に出会った人が、ボクの力を利用して頭領になったんだ。成り行きで付き合ってたけど、彼をリーダーと認め続けるのもそろそろ不満がある。頭領を生け捕りにしたら、解散してもいいや」

「つまり、ランスjrを倒せばいいってこと?」

「そうそう、()()()()()()()()()()を倒したらこの遊びはやめるよ。正直どっちでもいいんだ。ランスjrはボク達の兄弟じゃないから楽勝じゃないかな」

 

 終始()()()で喋っていた。家族全員が嘘と察する顔だが、初対面のバーバラには分からない。

 バーバラ視点、魔王の子が暴れるのを止められて、盗賊退治が果たせるなら万々歳だ。魔王の子さえいなければ、敵などいない。千人いようが薙ぎ倒せる。

 

「やるわ。ランスjrなんて百人いようが楽勝だから! それなら善は急げね!」

「ばいばーい。早くやらないと、都市を落としちゃうよ。くすくすくす……」

 

 バーバラが去ったのを見届けてから、ウズメはエールをジト目で(にら)む。

 

「主君どの、人が悪いでござるよ……」

 

 魔王の子にも勝てない存在をランスに派遣するとは、無謀にも程がある。

 エールと喧嘩を続けるより絶望的な方向へと誘導したのは、悪辣過ぎるのではないか。

 

「だって時間稼ぐ必要あるもん。バーバラが仲間になるなら強いから時間かかったと言い訳出来たのに」

 

 エールには、エールなりの計算があった。

 思ったよりランスが近い。北門を破壊した主力はいずれ中央を制圧するだろう。その前にランス団の旗を立てるのが今回の目標だ。

 敵の主力を撃破し、盗賊団がロクに戦わないまま自分だけで都市を落とした事にする。その為には速やかに指揮官を潰す必要があった。だが教会での戦いはミックスからNGが出た為に、時間を稼ぐ必要がある。その為にバーバラを向かわせた。

 

「ランスは強いけど、女の子は絶対に殺さないし大丈夫だよ」

「んー、それなら問題無いでござるね」

 

 ランスの本性を知らないウズメは安心し、本性を知るエールは死ななければ問題無いと思った。価値観の違い、認識の違いによってバーバラは魔王と戦う事になる。

 

「さて……じゃあボク達は……」

「ういうい、ウズメの上司をおびき寄せる作戦でござるねー」

「バーバラより強いんだよね?」

「バーバラちゃんは出会ってから5回は殺すチャンスがあったけど、上司は0回でござる。でも強さはちんぷんかんぷん。多分強いんじゃないかなーと」

「ふふっ……わかんないかー。それは面白そうだね!」

 

 魔王の子達は笑顔を浮かべて、次の遊びへと興じていく。

 

 

 

 

 

 

 

「はあああああああああああああああっ!」

「えーい!」

 

 剣戟。飛ぶ手裏剣。雷光のように飛び交う人影。

 ヘルマン兵達が固唾(かたず)を飲んで見守る中、副官ウズメと侵入者の一騎打ちが行われていた。

 

「東ヘルマンの為、国民の為、私は負けるわけにはいかない!」

「その覚悟やあっぱれ! 錆となれー!」

 

 見た目だけは派手な応酬(おうしゅう)。狙っていない魔法が家屋を吹き飛ばし、防壁を削り飛ばす。大振りの力の無い一撃が首元に迫り、危ういところで鍔迫(つばぜ)り合いとなる。

 魔人級同士の目にも止まらぬチャンバラは、見抜かれぬまま耳目を引きつけていた。

 

「タイガー将軍の秘蔵っ子があそこまで強いとは……!」

 

 教会の入り口を守る兵が感嘆の声を上げる。

 RECO教会まで迫らんとするエールとウズメの戦いはもつれ、ジリジリとエールに押され――入口手前のところまで押し込まれていた。

 

「これ以上は退けぬ! 火遁の術!」

AL(エール)大魔法!」

 

 炎と光が激突し――――煙が晴れて、ボロボロになったウズメが倒れ込む。それと共に、エールも腹を押さえて(うずくま)った。

 

(ばたんきゅー。後は任せたでござる)

「こ、これはちょっと休息が必要だなー! 一時退却!」

 

 わざとらしい大声を出して、力強い足取りでエールはどこかへと去っていった。

 

(うわっ……主君の演技、下手過ぎでござる……)

「ウズメ副官! 大丈夫か!」

 

 エールが慌てて駆け寄る兵士達。声に対するウズメの意識は既に無かった。

 忍法、狸寝入りの術。呼吸は浅く、弱弱しく。ただの重症の振りだがウズメがやるものは、命の危機と素人でも察するようなものだった。

 

「速く医者の下へ運べ! 何としても助けるんだ!」

 

 必死な顔で、ヘルマン兵は身を挺した士官を助けようと駆け回る。

 英雄的な行動により時間は稼がれたものの、ウズメの復帰は不可能だと誰もが思った。

 

「うん、すっごく適当な茶番だけどわかったよ。そんなに僕を前に出したいのか君達は……」

 

 アキラを除いては。

 

「あーもう……どうして上手くいかないかなー! 僕が出るの、基本マズいのに。目立つと世界に悪い影響あるんだって、マジで……」

 

 アキラは基本ほとんど力を振るわない。人間社会に溶け込んで、名を隠して生きて来た。神異変以降、久しぶりに本名を使って東ヘルマンで要職を務めたが、前線で戦う事は一度もなかった。

 完全汚染人間は悪魔にとってダイアモンド級の宝石のようなものだ。身を隠さなければフリーの悪魔が群がる。目立ちたくはなかった。

 アキラは頭を手を当てて懊悩(おうのう)する。どうしたものかと。

 

「僕一人で逃げる事は許されない。指揮官らしく皆を逃がさなければならない。でもそれは魔王の子と戦う羽目になる……」

 

 その場の戦略で騙そうとしたり、地下から行くルートを選べばどうなるか?

 ウズメが漏らして戦場が地下になる。そうなれば地下シェルターの避難市民に被害が及ぶ。そうなれば、死傷者は今の比ではない。予定通り南門から退却してアキラが殿となるのが正解だ。

 結局アキラの選択肢は二つだった。

 東ヘルマンに義理を尽くして、姿を見せて戦うか。

 今から別れを告げて、雲隠れするか。

 

「東ヘルマンに義理? 冗談じゃない。こっちから願い下げするクソ組織――――」

 

 ふと、集められた兵士達が眼に入った。

 退却予定の無事な千人。指揮官不在ならばどうなるか。

 彼等は武器を取り、ランスや盗賊に殺されるだろう。交渉役もいないまま。

 

「………………ああもう、無駄な犠牲は嫌いなんだよ!」

 

 結局、アキラはヤケクソ気味に勇者時代からのポリシーに従う。

 

「バスワルド止まったし、ちょっと目立つぐらいならなんとかなるさ。悪魔も100年ぐらい地下に潜れば誤魔化せるはず!」

 

 白いローブを脱ぎ捨て、されど指揮官と分かるように仮面を被り、アキラは大声を発した。

 

「全軍、ここは僕が殿(しんがり)を引き受ける! 重傷者は無理せず残り、兵士として動かず降伏して。教団員と動ける者は20分後にここを退避だ。それまでに加護を出し惜しみなしで、使い切るように。神魔法を使えるならそれも使っていい」

 

 どよめきが起きた。教団員にはAL教に所属した者もいるが、神魔法の不使用の誓いを立てている。それを大神官自らが破れとは、あり得ない事だった。

 透き通るような声は教会に染みわたり、大神官の強い意志を伝えていく。

 

「我々東ヘルマンは人を、人類を救う為に建国された。目の前の人を救わない方が問題だ。罪と責は僕が負おう。……回復の雨3!」

 

 アキラが(かざ)した手から光が満ちて昇り、土砂降りのような雨が降る。その水滴が次々と人を癒し、傷が塞がっていく。

 

「……デタラメね。この使い手」

 

 教会全体を覆う雨の範囲、威力、全てがミックスの見た事の無いものだった。エールは無限だが、これは常識外。理を外れた力を秘めている。

 雨の中、軽い足取りでアキラがミックスに近づき、軽く肩を叩く。

 

「後を頼んだよ。シヴァイツアーの名医」

「…………ッ」

「これから敵になるかもしれないけど、人の命は全て尊いから気にしないで。君は正しい」

 

 ミックスはこの場に残る命を、ランスとの交渉役を託されたと感じた。

 背中を向けるアキラに思わず疑問を投げかける。

 

「あんたは東ヘルマンのトップでしょ。分かっててどうして見逃すの? それどころか任せるって……」

「嫌いな奴もいれば好きな奴もいる。僕は希望が好きなだけだよ」

 

 アキラは魔王の子と知りながら、死人が少なくなるよう最善を尽くしている。そこに自分の都合を挟まない。

 東ヘルマンは反魔王と邪教に溢れた異常な集団だ。だがアキラの在り様はまるで……

 

「さて、どうせやるなら明るく、楽しくやろうか。久しぶりに頑張るんだから」

 

 伸びをすると、アキラは教会が最も守りやすく、目立ちやすいところへと向かった。

 RECO教会の頂上、全てが見下ろせる屋根の上へと。

 

 

 

 

 

 

 

 バーバラはコーラと共にいた。

 監視所の頂上の一つに身を潜め、盗賊達が侵入し、広がって頭を叩ける機を伺っている。

 

「ま、暫くは暇なんだけどね……」

 

 バーバラはエールとの戦闘によって消耗した身体を休める為にも、もう暫くは身を潜める気だった。従者と共に街に侵入する賊を見張って、ランスjrを探している。

 

「コーラ、何か変わった事があった?」

「………………」

「コーラ?」

 

 普段は打てば響く従者が、黙り込んでいる。

 目線の先は……盗賊達のいるところではなく、教会。

 

「ちょっと、サボらないでよ」

「…………」

「コーラさーん? 聞いてるー?」

「ア、キラ…………」

 

 絞り出すように、そう呟いただけだった。

 コーラは完全に目を見開き、口を大きく開けて……バーバラが見た事のない、驚きという感情を明確に見せていた。

 バーバラもコーラの余りな反応に釣られて教会を見る。

 一際高い教会の頂上に女がいた。風に煽られて揺れる長い黒髪とスカート。威風堂々と剣を立てて周囲を睥睨(へいげい)している。

 RECO教特有の仮面に隠れて表情は伺えない。役職は満月、刻印は凍れる砂時計。

 

「ああ、あれが偉い教団員様ね。大神官アキラ、教祖ザンデブルグ、そのどちらか……」

「間違いなく、元勇者のアキラですよ」

「…………んん? ああ、昔の勇者で名前出してたっけ」

 

 バーバラは納得した。

 元勇者が、勇者を辞めた後に東ヘルマンに所属したのだろうと。

 

「アリオスが二代前って事は……三代前の人かな。何年前に勇者だったの?」

「二千年前です」

「はあ? 冗談はやめてよ、うっ……」

 

 答えないコーラ。言葉よりもその驚愕の表情が物語っている。

 真実だから驚いているのだと、だから嫌味の一つも、反論も返せない。

 

「あー……ねーさんみたいに永遠の命を持った人もいるし、そういう事もあるんでしょうね」

「まさか、本当にいるんですか」

 

 何度も確認する。間違いがない。

 仮面に隠れて見えない顔よりも、本人である事を示すのは剣だ。

 あの黒い剣を持つのは、アキラ以外あり得ない。

 従者のあまりの表情に、バーバラは茶化すようにコーラの頭を叩いた。

 

「それで、どんな勇者なの? 人格破綻者クエタプノ、大量殺戮(さつりく)者ゲイマルク、馬鹿なアリオス。アキラは外道とか?」

「アキラは…………確かに、道は外れてましたね」

 

 思い出したくない日々が蘇り、コーラの顔が青くなり、悟られない為にフードを目深に被る。

 

「アキラはエスクードソードをほとんど使わなかった勇者です。悪魔の武器を好みました」

「ほら、やっぱり外道じゃない。こんな便利な剣を捨てるなんて信じられない」

 

 コーラはあえて語らないが、アキラの時代は人口が増え、勇者にとって都合の悪い時代だった。

 アキラはほとんどを塵で過ごし、弱くなる一方で、それでも人を救わんと足掻いた勇者である。

 

「そうです。勇者として役割を無視した外道です。神々(われわれ)にとっては、大顰蹙(ひんしゅく)な勇者でしたよ。黒い剣が三魔子レガシオから借り受けた武器、ティルヴィングです」

 

 当初の予定では、増やすジルと殺す勇者という予定もあった。アキラは聡明であり、その意味も有用性もすぐに理解したが――――神には認識不能で、つまらない方法を採用した。

 悪魔界に入り浸って、最後には魔剣を持って魔王退治。こんな従者を置いてきぼりにした勇者は過去にはいない。

 

「三魔子が誰かは知らないけど、伝説の剣?」

「伝説どころか、神話級です。威力よりも、三度の願いを叶える能力が強力だと本人が言ってました。出し惜しみして使ったところを見た事がありませんが」

 

 エスクードソードと対を為すような、シンプルな黒剣。アキラはこれを振るい、数多の魔を、人に仇なす者を屠った。

 

「ま、外道勇者なら関わらない方がいいでしょうねー……っと、見つけた。ランスjr!」

 

 大して意に介さず、世間話の範疇(はんちゅう)でつき合っていたバーバラの目はドギを捕捉した。

 偉そうに、周囲の盗賊達に指示を出している。馬鹿笑いを聞き、あの時の屈辱を思い出す。

 悲鳴をあげて逃げ出すバーバラ。襲われる商人と下種な目線で嗤う盗賊達。

 

「……それじゃ、私はランス団潰して来るから。最低な勇者なんか気にしないで、私のサポートをお願いね」

 

 そう言い捨てて、バーバラは防壁を降りていった。

 

「………………最低? とんでもない」

 

 コーラの目はアキラを離さない。離そうとしない。従者の職分も忘れて目を奪われている。強烈な記憶が、過ごした日々が脳裏に溢れ、言葉が勝手に零れ落ちる。

 

「アキラはジル期初期の勇者です。勇者になる前から人間として異常に突出し、ルーカ=ルーン、藤原石丸すら凌ぐだけの才能がありました。過去の勇者候補では間違いなく最強でしょう」

 

 アキラの在り方はあの日と全く変わらない。街を眺める姿も、高い所が好きな性分も、きっと仮面の奥に浮かべている表情も。

 彼女は人が好きだった。人同士の争いなら楽しそうに戦い、可能ならば殺さないように努める。相手が元魔王だろうがお構いなしの人類贔屓(ひいき)

 

「そして勇者となってからは、魔人の半分を討ち、魔王の喉元まで迫りました」

 

 魔王ジルの治世は絶望の時代だった。人類にとって闇の時代だった。

 ただし、その闇を振り払いかねないほどの光もまた存在した。

 死滅戦争という時代が味方したクエタプノは史上最強。

 だが、勇者という存在で比較をするなら――――

 

「人類にとって、史上最高の勇者でしたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、勇者と魔王の親子の戦いは始まる。

 始まりの地、ウラジオストック。勇者達の戦いの火蓋(ひぶた)が切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




エールちゃん遊び戦闘モード
 アームズから貰った伝説級のアイテム塗れな為、杖も無いのに正式威力あっさり出す鬼畜。
 基本的に本作はlv300な為、戦闘能力は好意的解釈によってほとんど最大値を想定されております。
 lv300カードのエールちゃんは闇だけどウチのエールちゃんは全く使えません。独自設定。

バスワルド
 turn0でランスほぼ単独によって討伐済み。リストラ、出番無し。
 汚染人間が目立つと出現しかねない脅威、ストッパー。
 

勇者アキラ lv99
 二千年前の勇者。魔人討伐数12。
 勇者時代のモードは最初だけ逡巡で、後は塵。塵時代に11の魔人を討伐し、数多の魔軍を屠った。
 全ては、魔王ジルに挑む為。
 有能過ぎて従者不要、教える事がロクになかった。
 もし前代勇者が活躍せずに、ジルに勇者という存在を認識させなければ、あるいは……

魔剣ティルヴィング
 人を殺す勇者と、人を増やす魔王というマッチレースを、無駄な犠牲が多すぎると切り捨てた。
 アキラの勇者時代は悪魔界の冒険に溢れ、コーラは踏み入る事を禁じられていた。
 冒険の果てに三魔子レガシオの難題を達成し、以降借りっぱなし。
 三つの願いを叶える能力があり、未だ一度も使っていない。グラムと同格の剣。


 歴史に残らぬが、記憶に残る勇者アリオス。
 史上最悪の勇者ゲイマルク。
 史上最強の勇者クエタプノ。
 史上最高の勇者アキラ。
 ポンコツ勇者バーバラ。

 まぁそんな感じの性格分け。シルキィじゃ捨て身で一太刀が限界だったのに、アキラは手も足も出なかった。つまり魔王に挑めるだけの実力があったということ。
 公式文章でサラッと書かれてるが死滅戦争から70年後でこれは規格外。公式で出てもクッソ強いんじゃないかな……
 次回、5日までには。インフレが忍び寄る……


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ウラジオストック⑤ やらかした

 ●●●● ダメ ゼッタイ
 皆さんも気をつけましょう。
 2部後のインフレ、物語のスタート地点にしてturn1の山場をお楽しみください。
 ルド世界で遊ぼ………うん?


くさったゆうしゃ が あらわれた !

 

 

 

「遅いよー! 長田君どこ行ってたの!」

「そう言うなって! バウンドにお前の父ちゃんへの戦利品渡してたんだよ!」

 

 足をぽーんと投げ出して座り込み、文句を言うエール。取り成すように慌てて近づく長田。

 最終決戦を前にして、やはりこの二人は一緒だった。

 

「なんで?」

「相棒が俺がいない時にやらかしたら絶対叱られるからな……手土産無いとヤバそうじゃね?」

「失敗なんてしないよ。もうこの計画は最終段階さ!」

「あんっ」

 

 破砕音と共に陶器が割れ、エールは立ち上がる。

 

「後は大神官アキラとやらをぶっ倒せば終わり――――」

「もう来てるよ」

「えっ」

 

 音も無く、一瞬前までいなかったミニスカートの女性が立っていた。

 

「その通り、君達の勝ちだ。僕はこれから戦って時間を稼いで兵士を逃がす。でもその前に――」

 

 仮面を頭に乗せ、素顔を晒したアキラは白旗を掲げていた。

 

「移動しつつ、お話をしないかい? この街、あんまり壊されたくないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 ウラジオストック西区画。

 エール達はアキラと共に歩いている。

 

「本気を出し始めた魔王ランスはマジヤバだった! 次々と戦闘不能になる中で、相棒は飛び出したんだよ!」

「そしてボクの大立ち回りによって隙が出来てお姉ちゃんのビンタが決まったんだ!」

「それは凄いね! 魔王に一対一で隙を作るなんて偉業だ!」

「でしょー? それで魔王は正気に戻ってボク達は世界を救ったの!」

「でも、それで終わりじゃないんだろう? 翔竜山の観測班は異常を報告していた。まだ何かあったはずだ」

「ふふっ……それはねー……」

 

 アキラは暇潰しとして、エールの魔王退治に興味を示していた。

 アキラが襲撃について謝罪したことで溜飲(りゅういん)を下げたのもあり、エールは気持ち良く自慢している。

 話はテンポ良く進み、シィルの解凍、お茶会、クエルプランの暴走、魔王の血との戦いまで来たところで、

 

「凄い、なんて凄いんだ。信じられない! 君達は本当に世界を救ったよ!」

「でしょー? まあボクは主人公だからね!」

「知らなかったのかもしれないけどね、魔王は殺しちゃいけないんだ。もしランスを殺してしまったら君達の誰かが次の魔王になった。その絶望の連鎖を君達は終わらせたんだ。ああ……」

 

 声を詰まらせて、魔王討伐隊の顛末(てんまつ)を称賛する。

 大団円に胸を打たれ、これから戦う相手で都市を落とそうとする敵に惜しみない拍手を贈る。

 アキラは心から、心から嬉しそうだった。

 

「……いいんすか? こんなに喜んじゃって。東ヘルマンって魔王の子嫌いなんじゃ?」

「東ヘルマンの存在価値は半ば失われちゃったけど、人類が勝利した日だ。喜ばない方がおかしいよ。この朗報はもっと早く聞きたかった!」

 

 外交筋をもっと確保出来ればなあとぼやくアキラ。喜色を(たた)えエールの肩を叩いて(ねぎら)う。

 

「もう僕が東ヘルマンにいる意味も、戦う意味もほとんど無くなった。こんな英雄と戦うなんて、胸が痛むよ」

「ふふーん! でもその方が面白そうだからね。戦ってもらうよ!」

「面白そう、か……ならもっと面白いことがあるから、やらないかい?」

「え、なに? なんかあるの?」

 

 興味をそそられたエールは、アキラに肩を触られたまま彼女の顔を覗き込んだ。

 この時、アキラは浮かれていた。

 過去二千年も得られなかった平和に、人類の問題が解決した喜びに、かつてなく興奮し浮かれていた。

 故に、彼女は間違えた。

 

 

「それは、セックスだ!」

 

 

「…………え?」

「セックスだ! 僕と君ではレズセックスだけどそんなの些細な事さ! 人類に平和が訪れたからセックスパーティをしよう!」

 

 アキラの息は荒く、腰は淫猥(いんわい)にうねりエールの体に(まと)わりつく。胸を押しつけ、肩に回された手は脇に伸び、神経の集中しているところを触らんとしている。

 興奮のあまり、ここでおっぱじめかねなかった。

 

「セックスは最高の娯楽だよ。二千年やっても飽きない。誰とどんな事をやっても新しい発見がある。今の僕は君のような女の子に快楽を教えてあげるのがマイブームでね、天国に連れて行ってあげ――――ぶへぇっ!?」

 

 アキラは吹き飛んだ。エールの全力の一撃を顔に喰らい、民家に大穴を開けて叩きつけられる。

 

「えっちなのはやめて!」

 

 エールの顔は真っ赤に染まり、涙が(にじ)む。

 女性に弄られ、あられもない声を上げて、自分の知らない感覚を教え込まれて逃げ出した経験。

 シィ―ウィードのトラウマが発動していた。

 

「えー……セックスは世界を救うよ? 神様だってドハマりするぐらい気持ちいいように出来てるんだから、やらないと損だよ」

 

 大穴を開けた民家の奥から、先程と変わらぬ声が聞こえた。

 

「平和で最高の提案だと思うんだけどな。気持ち良ければ何もかもどうでも良くなるよ? 僕無しではいられないぐらい染め上げられる自信があるのに……」

「ふざけんな! ウチのエールに何を教えようとしてんだ!」

「セックス」

 

 アキラは満面の笑みを浮かべてエールを見定める。

 初心な反応、貧しい身体に無駄のない筋肉が固め、さりとて女の子の柔らかさがある。

 抱いたらすっごく気持ち良さそうだ。逃がす気はない。

 

「今は大神官だけど辞職予定。ならばこう名乗るべきだろう……人類史上最高のセックスマスター、アキラだ! セックスなら僕に任せろ!」

「なんだコイツ! 大体エールはそういう年齢じゃないだろ! まだ13歳だぞ!」

「セックスに年齢は関係ないよ。僕は産まれたばかりの赤子から死にそうな老婆までセックス経験がある」

 

 アキラは人が好きだ、性的に大好きだ。老若男女(ろうにゃくなんにょ)問わず、ストライクゾーンは無限大。

 ルド世界史上最高の勇者は、エロかった。

 

「変態だ! コイツとんでもない変態だよ!」

「さあ僕とセックスしようか。魔王の子とは是非セックスしたかったんだ! ホーネットは魔人だから無理だったけど、コンプには欠かせない。隠れる前に一人ぐらいやっちゃっていいよね!」

 

 下品な指の動きをしながら近づくアキラの目線は、エールの下半身や胸に集中している。

 

(あ、ヤバい……これは、ヤバい……)

 

 この場にいる全員が悟った。

 この女――――このイキモノは、危険だ。

 

「あああああああっ! 死ねーーーーーー! AL魔法剣!」

「おわっ!?」

 

 エールは民家ごと危険人物を爆砕した。

 白い光が満ち、家屋を真っ二つに割り割いてアキラに迫る。だが黒い剣で凌ぎつつ、身体を(ひね)って避けた。

 崩落する石造りの家からアキラは脱出し手を上げる。

 

「ちょっ、タンマ! まだ戦闘はしたくないんだ! 色々壊れちゃう!」

「知るかあああああああ! 変態は殺す! 絶対殺す!」

 

 エールは顔を真っ赤にして両刀を抜いていた。

 もうアキラを排除する事しか頭になく、民家の被害は避けようがなかった。

 

「しまったあああああああああああ! まーた僕はセックスしたさに失敗した!」

「アホだ! この人アホだー!」

「死ねええええええええええええええええーー!」

 

 エールがアキラに襲い掛かる。

 戦闘が始まった。

 

 

 

 

Slapping Fight(R7)

 

 

 

 

 魔剣と聖刀が噛み合う。

 ティルヴィングと日光、両者は嫌な音を立ててお互いを食い破らんと(きし)みを上げる。

 魔人級の力が加わる均衡(きんこう)の中、アキラは顔を近づけてエールを舐めるように見た。

 

「最初に宣言しておこう。僕は勝ったら君とセックスする。処女膜があるなら君の意志次第で放置しよう。ま、大概が懇願(こんがん)するんだけどね」

「死ね! 変態は死ねー!」

 

 神官剣がアキラの頭を襲い、紙一重で避ける。

 蹴りを腕で止め、次の一刀を剣で止め、剣を手刀でズラし、刀を、蹴りを剣を膝を刀を剣を――――(ことごとく)く受け流される。

 怒涛の連撃を受けて尚、アキラは涼しい顔をしていた。

 

「ッ――――雷撃!」

「バリア」

「からの、AL(えーる)魔法剣!」

「ほいっと」

 

 本物と紛うような落雷を一瞬だけ展開した防壁で受け切り、必殺の一刀を滑り込んで避ける。

 そしてその拍子に足を掴んで放り投げた。

 

「あらよっと!」

「う、うわっ―ーー!?」

 

 物凄い勢いで投げたされたエールは内防壁の一つに激突。轟音と共に石の中に埋まった。

 

「んー……あれが外壁だったら良かったんだけど、西門まではあと一つあるもんなー」

 

 どこまでも自然体。戦闘域が市街地な為、多くの力を抑えてアキラは戦っていた。

 しかしそれですら、エールが、魔人級が相手にならない。

 

「お、おかしいだろ!」

 

 一部始終の攻防を見ていた長田が叫んだ。

 

「どうしたの?」

「相棒はlv300だぞ!? なんでそんな普通に受けきれるんだよ。いや、むしろ押してた! 魔人なのか!?」

「ああ、違うよ」

 

 とんとんとティルヴィングを肩で叩いたアキラの視線は、エールから離れない。

 エールは頭を多少打ったらしく、かぶりを振って朦朧(もうろう)としていた。復活するまでの時間は少しあるだろう。

 

「僕は魔人でも使徒でもない。勇者だったけど辞めてしまった」

「勇者って……ゲイマルクみたいな化け物と同じ奴か!?」

「あいつと一緒にされたくはないけどね。勇者の時の力はもう失っているし」

 

 アキラは二千年前、勇者だった。勇者としての強さを極めた勇者だった。

 汚染人間となった身はリミッターが外れた人間と一緒であり、勇者の頃より力は落ちた。

 

「でもね、そこから鍛える事は出来た。僕の才能限界は本来99じゃなかったんだ。人としてはまだ鍛える余地があった。そこから二千年分、鍛えてきた」

「はあ!? 二千年分!?」

「勇者はレベルが下がらない。それは勇者を辞めても変わらない。幸福きゃんきゃんにマルグリット深層、数多の冒険や裏技もやったし、レアアイテムもたっぷり収集した」

 

 思ったより早くエールは復活し、こちらに突貫してくる。

 二本の剣と体重を乗せた一撃。それをアキラは真っ向から受けて――遥か彼方に弾き飛ばした。

 

「そして二千年経って――――僕はまだ、自分の才能限界に届いてないんだよねー」

 

 アキラのレベルは、300を裕に超えていた。

 純粋にエールよりレベルが高く、サボりが発動しないため強い。

 汚染人間アキラは人類の頂点。そして未だ更新し続けている存在である。

 

「ホームラン! 飛距離250メートルってとこかな。まあ受け身取れたら大丈夫でしょ」

 

 じゃあねと手を振って長田から離れるアキラ。その跳躍力は人のそれも、魔人のそれも明らかに越えたもので。

 

「…………魔王かよ。こんなのエールの父ちゃん以外見た事ねえぞ」

 

 魔王級。その末端に人の身で踏み入った者だった。

 彼女は悪魔にも、AL教にも追われたが捕らえられた事がない。捕らえようがない。

 何故なら、ただ強いから。

 

 

 

 

 

 

 

「げほっ、げほっ! な、何これ……!?」

 

 盛大に吹き飛ばされたエールは民家を幾つか壊しつつも、なんとか立ち上がる。

 埃塗れになった服を払い、ヒーリングをかける。

 

「まさか、変態がこんなに強いなんて……」

「負けを認めてくれないかな」

「!?」

 

 やはり音も無く、傍に立っている。

 汚染勇者アキラ。彼女の歩法は気配がなく、立ち上るように現れる。

 

「そしたらあそこにベッドがあるし、気持ち良くなれるよ? 人を痛い目に合わせるのは好きじゃないんだ。レイプより、合意の上がいいなあ……」

 

 びきりと、エールのこめかみに青筋が立った。

 

「だ、れ、が、認めるかあああああああああーーーーー! 電磁結界!」

「バリア」

 

 真球の幕はアキラを覆う。紫電の走る世界を最低限に覆い隠し、斬りかからんとするエールが入ったところで消える。

 剣が打ちつけられ、今度は猛烈な力に押されて飛び退り、エールはたたらを踏む。

 こんなはずではない。自分は最強なはずだ。あの冒険を通して、家族以外に勝てるはずがない。

 今までの自信と誇りが現状を信じられず、素直に技巧を駆使して斬りかかる。

 

「神の鉄槌! ぎっ、ぬっ、このっ! ライトニングレーザー!」

 

 距離感、足取り、体裁き、剣の技巧、全てが格上。最後の雷魔法は自爆覚悟の至近距離だったが、アキラは立ち位置を変えて追う紫電を他のものに当てさせた。

 

「必中魔法は遅すぎて、(魔王級)相手では足を止めないと当たらないよ」

 

 全てがどこに来るか、何が次が来るか分かっているように動き、まともに当たらない。

 アキラはいくらでも攻撃するチャンスがあったが、悉くを放棄してエールを外へ押し出す行動に変えていた。

 如何に被害が少ないかを重点に置いている。戦いになっていない。

 

「………………ッ!」

 

 悔しさに歯ぎしりする。

 アキラは防御魔法以外一度も使っていない。先手を譲り続け、その上で傷をつけられない。

 攻めに回ればザンスだろうが手を焼くはずが、アキラには見透かされていなされる。

 

「これで13歳、信じられないな。力だけなら千年前の僕より強い。ふふっ……はははは……」

 

 そして相手は嬉しそうに笑う。

 人類最強の自負が子供と大人のように扱われて、ボロボロだった。

 

「そして僕はこの子を抱ける……うーん、最高……」

 

 黒い目は爬虫類のように細まり、少女の肢体を撫でまわす。

 アキラはエールを最初から抱く前提だ。美味しいご褒美の為に身体に傷をつけず、少女の心を折り、愉しむ事しか考えていない。エールの心の貞操はウラジオストックを出た日を最後に、今までとは違うものに作り替えられるだろう。

 自分の終焉という、一つの勝ち負けを越えるものを自覚したエールの背筋に怖気が走った。

 

「う、ううう……負けるかあーーーーーー!」

 

 追い詰められて、エールのキレが上がった。

 這うような斬撃、身体そのものを使った刺突、隙を消す為の魔法行使。全ての威力に必殺の意志が込められ、目には戦意が滾っている。

 

「おお-! 凄い、まだ上がるのか!」

 

 アキラは瞠目(どうもく)した。

 普通の少女ならこのあたりで心が折れて背中を向けるが、むしろ強くなった。

 この子の芯は、強い。

 エールの首筋の斬撃を避け、ショルダーアタックで飛ばす。すぐに強烈な魔法が飛ぶ。

 一歩、また一歩とウラジオストック西門に近づくほどエールの戦意が昂ぶっていく。魔法の威力も、剣の威力も底なしに上がる。

 

「こりゃ本当に英雄の資質があるな……」

 

 人類最高峰の戦いは、終始エールにペースを渡しつつも、アキラがリードしていた。

 崩落する石造りの家屋、余波で削れる防壁、割れる窓。エールが退がり、アキラが押す展開に変わりはない。ただ、その威力は上がるという事は街の被害が増えるということでもある。

 

(ちょっと卑怯な手札を使おうかなー)

「ファイヤーレーザー! スノーレーザー! ……ライトニング、レーザー!」

 

 家屋に飛び移り、廻り込んだところをアキラが叩き落したところで必中魔法。相手を空中に誘導した上での魔法ならば当てられるだろうとの読み。アームズの魔法を閉じ込められる指輪を利用しての多重速射魔法をアキラが襲う。

 アキラは笑って――――その魔法を全て受けた。

 轟音と爆発。建物を揺るがすような振動が起こる。爆風が巻き起こり、目を覆うような煙が一帯を支配する。

 

「やっ………!」

「てない」

 

 投げ飛ばされた。

 エールはウラジオストック西門に叩きつけられる。

 

「ぐっ……うぅぅぅ……」

 

 呻きを漏らし、地面に転がる。傷そのものは深くはないが、ショックは甚大(じんだい)だった。

 全てが、通じない。伝説級のアイテムまで行使しても駄目。

 痛痒(ダメージ)よりも無力感が、身体の節々を痛くして、頭を鈍くする。

 

「ゴール! 到着だー! さあお楽しみターイム!」

「な、なんで……生きて……」

「まあそうだね、即席のバリアじゃ流石に破られる威力だった。()()()()()()()

 

 爆発した跡地には消し炭になったナニカだったものが、存在した。

 

「陰陽の式神、天志の法から視覚阻害、そして変装魔法、以上3つの組み合わせ。中々間違えるだろう?」

 

 対象指定そのものが間違えさせられていた。

 アキラは詠唱の割に魔法が飛んでこないのを見抜き、囮がエールの誘いに乗っていた。爆炎を打たせ、エールに隙を作ってもらい……自分のやりたい事を果たすため。

 

「これで聖刀日光は奪った。君に僕の剣を受けられるものはないよ」

 

 当たり前のように、アキラはエールの首筋に日光を突き付ける。

 

「伝説の剣を何で持てるの!? あれはボクだけしか……」

「――――僕を誰だと思っているんだい?」

 

 アキラの言葉に圧力が増した。そこには誇りと、歩んできた歴史がある。

 

()()()()()()()()()()()()()()()。セックスマスターを舐めるなよ」

 

 セックスマスターを自称するだけの、自負(プライド)だった。

 彼女は世俗の評価に関わらず、駄目勇者だったと思っている。その彼女が唯一、誰にも負けないものとして誇っているのがセックスだ。

 

「彼女の事については(へそ)の性感帯まで知り尽くしている。右の乳首も」

「………………やめて、ください」

「えー? あんなにあんあん喘がせたのに冷たいなあ」

 

 アキラは日光の反応に(いぶか)しみ、刀身を手元に引き寄せる。

 

「そりゃ人間形態の時に襲ってレイプ紛いだったのは謝罪するけどさ、気持ち良かったらいいじゃん。お礼に魔王戦争の時には協力したし――」

「何……なんの話なの……?」

「え、まさか知らない? って事は日光は昏睡レイプが好みだったのか。相手の弱いところを一方的に知ってるのはいいよね。羨ましいなぁ……」

 

 アキラは好色そうな表情で、エールをにやにやと見た。

 

「アキラ!」

 

 日光の言葉が飛んでも止まらない。言葉責めはアキラの前戯だ。ありとあらゆる方法でエールを気持ち良くさせようとして、また地雷を踏んだ。

 

「君は知らない内に、日光とセックスしているんだよ。日光は人間の女性形態になれて、適正のある相手と性行為をしないと使えないんだ」

「……………………え」

 

 全く慮外(りょがい)の言葉だった。

 セックス、性行為、意味は分かる。だが、日光がボクと――――?

 

「違います! この子はそうでないのに使えました!」

「僕と違って君が嘘を吐くとは珍しいな。一度もそんな話を聞いた事がないよ、神様が定めた規則はバグでもない限り絶対だ。主に女性体がある事を隠すのも、酷い裏切りだね」

 

 でもまあとアキラは言葉を継ぎ、

 

「君は心当たりはないかい? 女性体の日光を、日本人形みたいな美しい女性を……」

 

 ある。

 日光と呼ばれた女性が、師匠のアームズと入っていくのを。

 天幕の向こうで二人が水音と甘く色づいた声をあげ、隣で息を荒くしたレリコフに迫られて涙目で逃げ出して――

 トラウマの日々が蘇る。封じていた(かま)が開き、性的な状況がエールの思考を支配し、実は最後までやっていたと考えが及び。

 エールの目の前は、真っ暗になった。

 

「だからまあ、初めてじゃないよ。処女膜が無事かどうか確認する為にも僕と――」

 

 アキラの手が呆然としているエールの身体に伸び、胸に触ろうとした時。

 それは、起きた。

 

「あ、あああ…………」

 

 白い光が溢れる。

 

「これ、は……?」

 

 APが、魂が零れ出す。

 

「ああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 暴走が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




エールちゃん本気モード
 すっごく強いよ。でも相手が悪すぎてまともに戦いにならない。
 魔法と高速戦闘、ヒーリングを駆使した継戦能力と不安定な大魔法、出は速いが躱す余地がある魔法剣。
 負けず嫌いな性格が災いしてザンスとの勝率は凄く悪い。
 弱点は紙防御低HP、あくまで魔人級のそれだが。

アキラ lv??? 
job セックスマスター、ついでにRECO教大神官、東ヘルマン元帥
勇者1、剣2、魔法2、神魔法3、天志2、陰陽2
 元勇者、完全汚染人間、AL教も悪魔も二千年回収できなかった魂。才能限界はある。
 彼女には神魔法以外、それぞれの分野で勝てない人物が歴史上に存在した。
 藤原石丸、ルーカ=ルーン、GI500年代の天志教大僧正だった光如、初代北条早雲。
 それでもアキラは人類の頂点である。人類版マギーボアと言えばわかりやすい。
 それよりもド変態の頂点であり、その座を譲る気だけは絶対にない。
 



 よし、追いつめられたら覚醒するし主人公だな!
 セックスで救われた世界は、セクハラで滅びる。


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ウラジオストック⑥ 創造神

 可能ならばbgm付きでどうぞ。戦国と03。
 Drivin' to the dead→丁々発止。


エールちゃん暴走モード
 ルド、ルド、ルド、ルド。
 ∞ 


Drivin' to the dead(R7)

 

 

 

 

 あふれ出る正体不明の光を避ける為に、アキラは距離を取った。

 白い光が次々と(こぼ)れ、倒れ込んだエールの傍に(まと)わりつく。

 

「チィッ!? 日光、こんなのが相手だなんて聞いてないよ!」

「私にもわかりませんよ! 何なんですかこれは!」

「じゃあ僕が教えてあげるよ! アレはルドラサウムの分体だ! 若干暴走気味のね!」

 

 エールが背負っていた西門は一瞬にして崩壊した。その原因は際限なくあふれ出る白い光球。

 白い光、それは魂、そして爆弾。輝きを増したかと思うとはじけ飛ぶ。

 創造神の命令によって魂の力で職務を実行する破壊の使徒。それが暴走し、飛び散り、形あるものを灰燼(かいじん)へと変えていく。

 世界が滅びるとしたら、あるいはこういう光景から始まるのだろう。

 

「ああ、納得がいった。創造神ならルール無視も出来るよね。日光のレイプ疑惑は冤罪(えんざい)だったよ。ごめんね」

「そんな事を言ってる場合ですか!」

 

 白い光はエールを覆い、高みへと浮かせていく。

 その形は集まり、変わり、姿を形取る。エールを巻き取り、覆い被さり、柔らかな存在へ。

 それは人間一人を覆い隠した――――真っ白い、くじらのような何かだった。

 

「気持ち良くセックスしたいが為にセクハラしたら創造神召喚しちゃったよ……ははは……」

 

 アキラなれども乾いた笑いを漏らすしかない。どうしてこうなった、と。

 

 くじらのような何か、真名は創造神ルドラサウム。

 この世界全ての造物主にして、巨大な魂の塊。

 一は全、全は一。全ての魂はルドラサウムに還り、また一つの魂となって輪廻(りんね)する。この世界の神々、大陸、人間、魔物、自然の一つに至るまで元々は全てルドラサウムの一部でしかない。

 エール・モフスはルドラサウムが娯楽を堪能する為の分身であり、今は暴走して本体の力が漏れ出ていた。

 目の前にいるくじらは創造神そのものに比べれば明らかに小さい。全長10メートルもなく、形だけ似せた依代に過ぎないが、それでも絶望的だ。

 創造神を相手に、どうして被造物が抗えるだろうか。

 今日、世界は滅ぶのだ――――

 

「ははは……どうしよっかこれ……」

「あなたは何か知っているんでしょう。エールさんはこれからどうなるんですか?」

「多分このまま暴走して世界を壊す。人類が勝利したと知った日に僕が世界を滅亡させてしまう。 ああああああ! 僕の性欲はなんでこう失敗するんだー! セックスしたいだけなのにー!」

 

 セックスは世界を救う。アキラのスローガンだが、彼女はこれに関する失敗が多かった。

 後悔し、頭を抱え、大声で叫び――――平静に戻り、頭を()く。

 

「ま、やっちゃった事はしょうがない。止められるかはともかく、止める手段は三つ。分体を殺すか、封じるか、鎮めるか。一つ目は今ならなんとかやれそうだけど……」

「やめてください。彼女は……」

「だよね。いい子だ、そして人類の希望だ。あり得ない」

 

 アキラは笑っていた。

 心の本質を見抜くその目によって、エールという少女の心が可愛くて仕方がない。

 

「次だな。日光、カオスでやった血の封印、あれをやる覚悟はあるかい?」

「……………………私は」

 

 アキラの笑みはいよいよ深くなる。日光を優し気に撫で、鞘を拾って腰に差す。

 使う気はないという意思表示だった。

 

「言わなくていいよ。やりたくない事をやる方がきっと後悔する。黒い魂の僕よりも君の判断の方が信用できる」

 

 最高の未来を掴む為、アキラは創造神を相手に足掻(あが)くと決めた。

 右手に持つは魔剣ティルヴィング。左手に持つは大量の札。纏うは神話級のアイテム達。二千年かけて積み上げたアキラの力の全て。

 

「さて、本気の戦闘は本当に久しぶりだな……!」

 

 勇者だった女は、一歩、進み出る。

 

「とりあえず時間稼ぎだ! 我儘な創造神(エール)ちゃん、遊びましょーーー!」

 

 札をばらまき、アキラは駆けた。

 

 

 

 眠りの中にいる。

 エールの意識は揺蕩(たゆた)っていた。

 母の温もり、家族の愛、幸せな日々。それらに包まれ、幸福な世界の中にいる。

 優しき想いが満ち、彼女は満足する。

 ああ、この世界はなんと完璧なことかと。

 美しい世界しかなく、自分は幸せで、満ち足りている。

 

「………ッ……!……!」

 

 ただ、その意識の中で声が聞こえた。

 微睡(まどろ)んだ意識の中で向こうを見ると――――【何も】なかった。

 

「…………むにゃ?」

 

 白い世界の中に、色の無いところが、どこか抜け落ちたものが――やはり、ない。

 振動か何かの震源のようだった。

 ただ、いらないものだ。

 

「うるさいなぁ……じゃま」

 

 いつものように、目覚ましを叩きたいと思った。

 そうすると、優しい光が満ちて何もないところへ向かっていく。

 

「これでまた眠れる……むにゃ」

 

 エールは眠りたかった。

 

 

 

「キッツイなぁ……!」

 

 汚染人間と言えども飽和攻撃を受ければ避けようがないし負傷する。

 くじらの攻撃はアキラの半身を吹き飛ばすには十分過ぎた。白い光が囲むようにアキラに群がった末の多量爆散。

 数多の防御結界、本気のバリア、魔法抵抗……全て出力だけで貫通して、食い破られた。

 最早痛覚など無視出来る身だが、その威力に背筋が凍る。

 

「なんとなくでこれだろ……!? 分体だから千万分の一もないかもしれないけど、人の身には手に余るよ!」

 

 今の攻撃での収穫は一つ。

 相手は魔法攻撃の形式で命令している。バスワルドみたいな汚染人間特攻の削除命令ではない。

 アキラは知らないが、くじらの攻撃はAL大魔法の延長でしかなった。まだエール・モフスの暴走に留まっている。

 

「つまり、()()()()()()()()!」

 

 そう言うと詠唱もしてないのに、次々と身体が再生した。

 神魔法LV3(デタラメ)持ち、アキラ。彼女は不可能を可能にする。汚染人間となった今では、自分の治癒に限っては自由自在と言って良かった。

 

「目立たなければ攻撃が来ないけど……アレが溜まるのだけはヤバい!」

 

 アキラは剣を振るい、くじらの下にある光球の群れに黒い斬撃を飛ばして散らす。

 恐らくだが、あの白い光が一定量溜まれば創造神に(まと)わりつき、くじらが大きくなる。そして魂の放出出力も上がり、魔王級最底辺のアキラでは手に負えなくなる。それだけは避けたかった。

 

「ソウルブリンク! こんな使い方するなんてね!」

 

 無理やり光球とくじらに繋がる白い線を断ち切り、空高くに放り出した。程なくして空中で爆散。西地区全体が揺れるような轟音と爆風が吹き荒れる。

 それに気づいたくじらが湧き出る白い光を集め、アキラに次々と送り出す。

 既に西地区第一防壁内は廃墟だ。まともな家屋や遮蔽(しゃへい)(さえぎ)るものは破壊し尽くされて、ただ空中から必中魔法がアキラを狙って振り続ける。避けてもいずれ包囲されるし、他になすりつけても街が崩壊するだけだ。破壊の暴風はアキラを壊さない限り終わる事はない。

 

「エンジェルカッター! 相殺出来ないか!?」

 

 広域魔法が飛ぶ。細かくも幾千の光の刃が無数の光球に向かい――――魔法が炸裂して、光球が構わず撃ち手に向かって飛び込んでくる。

 

「なっ!?」

 

 大爆発。残りの光球も構わず同じところに向かって突撃し、その一帯を白く、何もないところへと染め上げて破壊していく。過剰爆破と無限連鎖、汚染人間だろうが何だろうが塵一つ残らないような破壊が叩き込まれた。

 

「……危な、かった。そうか、爆発するまでは魂そのものだから不滅か」

 

 ただし、アキラはその場にいなかった。

 

「式神と幻惑はまだ多少は有効。ターゲッティングが不安定なのが救いだね」

 

 最初の爆撃に晒されて以降、アキラは徹底的に式札を撒いていた。

 力を定期的に放つ攻撃術式、派手な音を立てる花火、自分に良く似せた式神。その中で、自分と式神が重なったタイミングでなすりつけた。それでも誘爆に巻き込まれて頭を半ば吹き飛ばされたが問題はない。

 光球はなすりつけて(かわ)せる。誤魔化せる。それだけでも十分に希望が生まれていた。

 

「思ったより半端なのは恐らく僕が見えてないからだ。汚染人間の身に感謝だな」

 

 神々にとって汚染人間は不可視になる。エールが創造神としての性質を示すにつれ、神々としての認識不能の特性が出始めていた。だからアキラが騒いでも、完全に特定しきれずに力の発生源に飛び掛かる。

 直撃だけ避ければ、思ったより長く誤魔化せるとアキラは考え始めていた。

 

「方針は決まったかな。適当に派手にやって我慢比べ。恐らくは創造神の中にいる分体を起こすのが正解だ。命令さえ止まれば攻撃はなくなる」

 

 一度光を散らして、くじらが反撃に向かえば光球のストックは尽きる。

 恐ろしい勢いでくじらから零れ続けてはいるが、幾何かの整理をする時間は与えられていた。

 その状況でまずアキラの目に入るのは魔剣ティルヴィング。

 三つの極大の願い。使い方に寄るが悪魔王以外に届き得る奇跡が目の前にあって、

 

「……まあ、まだ手はあるかもしれないから頑張ってみよう。二千年モノをセクハラの謝罪の為に使いたくないよ」

 

 あっさりと拒否した。この状況で。

 世界の危機、世界の破滅。こんな手前でも、出し惜しみをする。

 アキラがティルヴィングを使わない理由。それは誰にでもある心理。ラストエクリサーがあったら、勿体なくてギリギリまで使わない。アキラはその極端である。

 魔王ジル相手に負けを悟る手前でも使えず、それ以上じゃないと使いたくなくなる。

 結局使わない。いや、使えない。ずっと宝の持ち腐れで終わってしまう持ち手だった。

 

「僕が創造神ぶん殴って起きるならいいんだけど、逆効果の可能性が高いんだよなあ……!」

 

 悩みながら、アキラは黒い剣閃を飛ばして溜まり始めた光球を吹っ飛ばした。

 アキラの時間稼ぎはまだまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 創造神の顕現(けんげん)。このような事態になれば真っ先に気づく存在が駆けつける。

 既に神ではないコーラでも、主の下に馳せ参じるのは当たり前だった。

 

「ああ、こちらにいらしたんですか……」

 

 戦場の彼方(かなた)から宙空に浮いた存在を認めた時点で、コーラは(ひざまず)いた。

 絶対なる主はお怒りだった。これから全てを破壊しようとしてる。

 止める手も無いし、止める理由もコーラにはなかった。

 

「下界は如何(いかが)でしたか? 人間に飽きましたかね。それとも不届き者がいましたか」

 

 ただ主の御心のままに。

 創造神がそうしたいなら、神々はそれに従うだけだ。

 跪いたコーラはそのまま手を組み、祈って目を伏せようとしたところで、

 

「……アキラ、あなたですか」

 

 足掻(あが)く姿を、見た。

 矮小な人の身が、創造神に立ち向かい、無駄な時間稼ぎをしている。

 札をばらまき、祈り、印を組み、魔法を唱え、剣を振り、逃げ回る。

 

「………………はあ」

 

 コーラは目を閉じる事は出来なかった。アキラがいるから、閉じられない。

 あの愚か者がどうなるか、最後の光景を見てみたいと思ってしまった。

 既にコーラは神ではなかった。残っているのは、勇者の従者という立場だけ。

 コーラはアキラを眺め続けていた。

 

 

 

 アキラは足掻いている。既に20分以上、創造神の形態を維持していた。

 

「ぐぬぬ……やっぱジリ貧だよね……」

 

 起きない。待ってみたが変化はないし、エールが起きる気配がない。式札という有限のストックがジリジリと減り、アキラは焦っていた。

 このままではいけない。何か変化を求めたアキラは突拍子もない事を考え、

 

「とりあえず馬鹿にしてみるか! やーい、エールのバカアホねぼすけ! 悔しかったら起きてみろーーー!」

 

 創造神を罵倒してみるという、神をも恐れぬ所業に手を出した。

 

「馬鹿アホ貧乳! 服の上から分かってたけどキミは貧乳だ! 創造神なのに胸が貧しいんだな! このままルドラサウムになったら永劫に貧乳創造神って魂で叫び続けてやるぞ! 色々な神様を見て来たが、君ほど胸が貧しいのは性格も貧しいaliceぐらいだ! 成長の機会を放棄して、永久にA級カップでいいのかー!?」

 

 くじらは、固まった。

 

「お、これは……!?」

 

 

 

 

 なんだか、凄く馬鹿にされた気がする。

 全く聞こえないけど、なんか絶対に怒らなきゃいけないような事を言われた気がする。

 でも眠い。

 この暖かさは、優しさは完璧だ。ずっと身を任せていたい。この寝具はずっと入っていたい。

 だけど目覚ましがうるさい。

 

「あ……そうだ」

 

 もっといい方法がある。

 近くに目覚ましがなければいいんだ。

 

「これで寝れる……むにゃ」

 

 優しい光は、ボクのやりたい事を勝手にやってくれる。便利だ。

 

 

 

 

 

 突如として、光球はくじらの上空に集いだした。漏れる光球も同じように上空に集まり、輝きを増していく。

 

「これは…………ッ!?」

 

 反転、アキラは全力で創造神から逃げの一手を取った。

 

「やばいやばいやばいやばいっ! 完全逆効果だ!」

 

 散らすとかそういう考えは無かった。今までの光球とは違って明確な意思が存在する。魂を凝縮させ、その光球は巨大な一つの塊となり、雲に覆われたヘルマンを照らす新しい太陽のように光量を増していく。

 アキラは全力で逃げる。魔王級の肉体を行使して第一内壁を越えて跳躍(ちょうやく)したところで――巨大な光球が爆発した。

 

「―――――――ッ」

 

 世界から、音が消えた。

 そうとしか形容しようがない爆発がアキラを、街を襲った。

 後方のみに集中したバリア、ストックを使い切って全力展開した防御式神全て、それらはどれだけの意味があったのだろうか。創造神の一撃の前では児戯(じぎ)でしかない。

 あっさりと食い破られ、全身を白い光に襲われ、次々と浸食される。

 背中が溶け、肺が溶け、心臓が溶け、汚染人間としての全身がほとんど溶けて、消えて……殺戮圏(さつりくけん)から放り出された。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

 しかし、(うめ)く口は残った。ほとんど首だけの状態で、頭も半分がない。体の殆どは吹っ飛んだ。

 そこからアキラは再生する。その身は不滅の黒き魂であり、記憶は魂が覚えている。そしてアキラは神魔法lv3(デタラメ)。肉体が少しでも残っていればそれを起点に魔力を行使して蘇る。

 頭が再生し、首が生え、肩が出来て、腕が生え、ティルヴィングを呼び寄せて杖にする。神話級アイテムの一つ、所持アイテム不壊のお陰で日光他も無事。

 アキラはこれだけボロボロになっても戦力を維持してすぐに復帰する事が出来る。まさにデタラメであった。しかし幾度復活したとて、此度(こたび)の相手を前にどれだけの意味があるだろうか。

 膝の無い状態で無理やり身体を起こしたアキラは、惨状と知りつつ爆発後の跡地を見た。

 

「分かってたけど、とんでもないな……!」

 

 中心は創造神ルドラサウム。あの爆発の中心にいたはずなのに、傷一つなく眠そうな目でぷかぷかと浮かんでいる。

 しかしその周囲、くじらを中心とした半径300メートルが、何も、なかった。

 空気すらなく、猛烈な突風が内に流れ込み続けてアキラの背中を押す。

 空中にいた分、地上の被害は少なく済んだ。内壁が残らず吹っ飛び、西地区一帯が巨大なクレーターになっただけで済んでいる。地下シェルターまでは被害は及んでいないだろう。

 だがそれはこれまでアキラが努力して最小のサイズだったからに過ぎない。

 今の爆発のために使い切ったが、また光球を溜めて自分のサイズを拡大せんとしている。抑えなければ際限なく広がり、白い光の奔流(ほんりゅう)は大陸を壊すようになる。

 純度が上がるにつれ魔法攻撃から削除命令に切り替わり、範囲が加速度的に広がり、夢うつつのまま魂以外の全てを初期化するだろう。

 

 創造神(ルドラサウム)、ここにあり。被造物が何をしようが無駄でしかない。

 

「だが、まだ止められる……! 今ならまだ間に合う!」

 

 しかしアキラは諦めない。むしろ窮地に抗わんと心の炎を燃やしていく。再生した足で立ち上がり、足掻かんと爆心地へと突っこんだ。

 その途上、何もないはずのところで。

 

「…………ッ!?」

 

 動くものを、見た。

 

 

 

 

 

 

 

 動くもの。それはカツラを被った陶器だった。

 

「あの赤い陶器は……エールと一緒にいた……?」

「ひーっ! なんなのこれー!? ヤベえよ逃げないとー!」

 

 長田だった。短い脚部を懸命に動かして逃げようとしている。

 しかし、それはおかしい。あの爆発を受けて無事でいられるなどあり得ないとアキラは考え、

 

「そうか……()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 天啓を得た。

 くじらが使っているのは全てAL大魔法の延長。種族ハニーは魔法無効。AL大魔法も魔法攻撃な為、ハニーに一切痛痒(ダメージ)を与えられない。

 エール・モフスの暴走は、長田にとっては完全に無害だった。

 

「君、ちょっといいかい!」

「うわっ、変態だ! でも丁度いいや! エールを見なかった?」

 

 長田はこの状況を全く把握していなかった。白い存在が浮かんでから発生した大災害から逃げ惑いつつ、エールを探していた。

 

「あれがエールだよ」

 

 そう言ったアキラの指は、宙空高くにあるくじらを指していた。

 

「へ?」

「僕がセクハラしたら暴走してああなって、このままだと世界が滅ぶ」

「何やってんの!? どうやったらそうなんの!?」

 

 セクハラで世界が滅ぶという状況に、長田は全くついていけなかった。

 

「長くなるから省くけど、世界の危機なんだ。協力してくれ。君しか世界が救えないんだ!」

「お、俺が!? 俺しか!?」

「そうだ、君が救世主だ。エールの攻撃を受けても平気なのは君だけなんだ」

 

 アキラの目はどこまでも真剣で、世界を救わんとする意思に満ちている。長田も冗談を言っているようには思えなかった。

 それに心躍るような言葉が並べられている。救世主、自分しか救えない、自分だけ。

 

「っへ、なんだか知らねーがやってやんよ! 親友が暴れていたら、止めるのがダチってもんだ! このハンサムなハニー、長田に任せとけ!」

 

 長田はあっさりと、アキラの言葉に乗せられた。

 

「ありがとう! まず確認したい。君はエールのなんなんだ?」

「親友。あいつと俺はベストフレンドでソウルフレンドだ」

「最高だね」

 

 絶望的な状況において、何より頼もしい光を見つけた気分だった。

 アキラはくじらを指差し、長田に説明していく。

 

「あのくじらの中でエールは寝ているんだ。起こすとくじらがいなくなり、世界の破滅は防がれる。友達を起こしてやって欲しい」

「なーんだ、いつもやってる事だし簡単じゃん!」

 

 長田は陽気な声を出し、宙空に浮かぶくじらを見て、

 

「……って、あれ? あそこまでどうやって行くの?」

「僕がぶん投げるとか」

「割れるわ! 無理無理無理!」

 

 アキラは長田を【眼】で覗き込む。

 LV30、ハニー1、冒険1。

 弱すぎる。ちょっとした事で砕けかねない。

 失敗は許されない。確実に、安全にこの存在をくじらの下へ届けねばならない。

 

「あのくじらを下に降ろす手札はある。あるが時間が……」

「時間が欲しいの?」

 

 しゅたりと、影が現れた。

 忍者と背負われた白衣の少女、見当ウズメとミックス・トー。

 魔王の子が創造神の破壊した跡地に踏み入っていた。

 

「君達は……どうしてここに?」

「こんな状況じゃゆっくり人も診れないわよ」

「ザンス兄上、ごめんねでござる。スパイ失敗でござるよー」

 

 どこか焦りが混じった表情でアキラを見るミックス、目を細めて苦笑いするウズメ。彼女達は異変が起きてから動き出していた。爆発を認めいよいよただならぬ事態と知り、矢も(たて)もたまらず飛び出してしまった。

 

「話はウズメが拾ってるから説明する必要はないわよ。時間を稼げばいいのね?」

「くじらの下の光球の群れに攻撃すれば時間稼ぎになる。なるが……」

「あによ、なんか文句あんの?」

 

 言い淀むアキラに対して、ミックスは剣呑(けんのん)に凄む。

 

「……なんで君達はここに来たんだ? あれがどういう存在か、本能で分かるだろ?」

 

 魂の集合体、圧倒的な存在感、近づくのが憚られるような、常人なら見ただけで(うずくま)り、息すら止めるような創造神の威容。恐怖は皆無ではないだろうに、ミックス達は何の情報も無いのにここまで来た。

 不思議でならなかった。どうして近づけるのか。

 

「はっ」

 

 ミックスは苦笑いを浮かべ、

 

「妹を助けるのに、理由がいる?」

 

 なんとなく、察していたと明かした。

 母からの知識、身体検査、ゲイマルク消滅、自分の予想、エールの扱う力、以上の事実から自力で真実に近づいていた。顕現した姿を見た時点で、ああそうかと納得した程度でしかない。魔王の子の中でミックス・トーこそが最も聡明で知見が深い。

 RA期最高の天才少女はその上で妹と言い切った。

 

「あれが主君というなら、選択肢はないでござるねー」

 

 ウズメも吹っ切れた笑顔で合わせた。

 こう言われては、アキラも苦笑するしかない。

 魔王の子達は創造神(ルドラサウム)に立ち向かうより、(エール)を失う方が怖いらしい。

 

「わかったよ、信じる。光球は欺瞞(ぎまん)が効くが必中魔法だ。君達だと当たったら一発で死ぬと覚悟してくれ」

「光球の認識範囲は? どの程度なら吹き飛ばせそう?」

「上位魔法一発か、範囲斬撃で吹き飛ばせる。ただし魔法は滞留する光球に当たっても誘爆するから、相当の精度を要求される。吹き飛ばしたものは勝手に攻撃に回るので囮が欲しい。くじらを怒らせなければ、射程は150から精度は落ちるよ」

「………………」

 

 ミックスは唇に手を当てて、(うつむ)いて考える。

 彼女の刹那の思考は常人の熟考に値する。限られた時間の中で最適解を導き出し、すぐに頭を上げた。

 

「囮があればいいのね? ウズメ、今は最大何体分身が出来る?」

()()()()()()()()()()3()7()()()()()()()()()()()()()()()3()1()()()()()()()()()

「32体出しなさい、1体最初に特攻させるわよ」

「ういうい」

 

 lv300魔王の子、彼女達はそれぞれが魔人級。

 魔王を倒さんとした修行の果て、蟲毒(こどく)の果てに到達した人類の限界点たちである。それぞれが何かしらの世界更新領域を持っていた。

 ウズメならば実力だけなら史上最高の忍者であり、ミックスはこのクラスにおけるパーティ戦闘に対する戦闘予測。どれも人の身としては想定し得ない能力を持つ。

 魔王の子達が動き出す。世界の破滅を防ぐ為ではなく、妹を救う為に。

 

 

 

 

丁々発止(R3)

 

 

 

 

 ウズメが分身してくじらを取り囲み、ミックスが準備を整えている最中で、アキラは札を取り出していた。

 

「さて、信じると決めた以上さっさとやろう」

 

 手に持つのはここでは一切使わなかった、使う価値が全くなかった召喚札達。

 創造神相手に何を召喚したところで無意味だ。だが、今はある。

 

「出でよ凶鬼達!」

「「「オオオオオオオオオオオ!!!」」」

 

 凶鬼、神の一種であり地獄の労働者。ただし狂って使い物にならなくなったもの。アキラはこれを大量にストックしていた。

 黒々と染まった鬼が次々と現れては、アキラの祈りと共に消えていく。

 

「ひいいいいい! この人何やってんの!?」

「悪魔の術を使うには汚染率高いからいい媒介なんだよね。どうせ処分されるからリサイクルさ」

 

 アキラは天志の術の中でも、極大の術を使うつもりであった。

 この術の前には多数の犠牲が必要となる。その肩代わりを押しつけていた。

 

「光如が完成させる前の技はこんな感じでね。この状況で僕程度じゃこうするしかない」

「いや全くわかんねえよ!」

「簡単に言うと、長田君ごとくじらを儀式魔法で捕らえる。だから先に近くに行っててよ」

 

 闇が増す。アキラの周囲に力が滞留していく。

 

「お、おう! 大丈夫だろうな!? 本当に大丈夫なんだよな!」

「魔法無効だろ? じゃあこの攻撃も無効さ。試してみるかい?」

 

 尋常じゃない、アキラの強大な魔力が嫌な音を立てて動き始めた。

 

「ひ、ひいーーーー!」

 

 長田は逃げ出すようにくじらの下へ向かった。

 

「さて、50体も使えばいいか。次だ、聖遺物はっと。最上級なのは二つあるけど、あと一つは強度の持ち合わせがちょっと下がるな……」

 

 そうして取り出したのはaliceman金貨とalicelady金貨。封印系に限っては不壊の伝説級。

 吝嗇家(りんしょくか)のアキラは常に出し惜しみをする。使い捨てするとなると、迷いが生じた。

 

「私が、やります」

 

 アキラの腰の鞘から、声が聞こえた。

 

「日光!?」

「私は聖刀で千年以上の神造物です。封印の媒介に向いているでしょう?」

「いや、でも……折るよ。というか粉々にするよ?」

 

 アキラの魔法出力は常軌を逸している。日光は不滅の剣だが、粉々にすればそれだけ復活に手間がかかる。

 何より、その分日光には拷問じみた痛みを与えることを意味していた。

 

「やらせてください。私の責任でもありますから」

「どう考えても全部僕が悪いと思うけど」

「私を知っている人間は今ではそれなりにいます。エールさんを信じずに自分の恥ずかしさを優先して剣の特性を話しませんでした。それが混乱を招いた」

「…………どこまでも、背負いたがりだね」

 

 溜息を一つ吐いて、アキラは日光を地面に置く。

 

「全て終わったら、ちゃんと人間として友達になればいい。君は僕と違って、人間だよ。ツルギなだけじゃない」

 

 日光には人間体があり、白い魂がある。人としての幸せも得られる。

 汚染人間よりは人間だとアキラは考えていた。

 

「……ええ、そうですね」

 

 剣の身だから分からないが、日光の口調には笑みが漏れていた。

 アキラは聖遺物を置きにくじらの周囲を駆け回る。均等に四方に聖遺物を置き、最後の角に自身が立つ。

 

「さて、やるか……」

 

 アキラは印を結び、遠く離れた創造神を(にら)む。

 偉そうに、眠そうに漂い、白い光を吐き出してこちらを見ていない。

 創造神は被造物など眼中にもないという事か。だが――――

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 下では魔王の子達と長田が動き回り、時間を稼いでくれている。

 詠唱はきっと間に合うはず。

 

 

 

 

 

 

 

「黒色破壊光線!!!」

 

 闇の光が炸裂し、光の球を舞い上げる。

 既に二度目、為せぬ筈の難事をミックスは達成していた。

 

「ふぅ……次! 3番11番17番23番26番と長田に押しつけるわ!」

「かしこまり!」

「ひぃーーーーーーっ!?」

 

 ミックスの目は血走っている。限界量ギリギリまで飲んだ上級薬の副作用だ。

 人類にとって副作用の少ないドーピング薬、エール曰くミックスのズル薬。ミックスはこれを服用して、魔人級の肉体と魔力をさらに跳ね上げて動き回っていた。

 欺瞞魔法、デコイ、全てを行使しつつも大魔法の準備を整え、ウズメに的確な指示を送る。

 肉体と精神と魔力と頭を酷使し続けて、光球の不規則な行動に対処している。

 

「…………! 11番から5番6番! ここで残さないと三発目が打てなくなる!」

「ういういっ!」

 

 そしてそれを一切の遅滞なく実行するウズメも超人。

 30体近くの分身の制御、アグロ管理、尚且つ自分を狙われない為の工夫、それでいて使い捨てる時は最大限引き付けての爆裂を果たす。無駄死には存在しない。

 

「…………今!」

 

 また、黒色破壊光線が飛んだ。

 周囲を漂う大量の白球を縫うように、針の穴を通すように一条の暗線が光球に飛び込み、また大爆発する。

 これで三度。最早偶然ではなく必然。魔王級でも一筋縄ではない難事を成し遂げてしまう。

 

「もう半分以下でござるよー! ミックス姉上、もうやめないでござるかー!?」

 

 ただ、創造神に相対して綱渡りをするウズメは泣き言を上げた。

 愚直に指示に従っていてはいるものの、一番近いところで自分が爆砕される姿と分身の減る状況は心細くもなる。

 目の端に涙が(にじ)み、されど動くのを、ミックスの道を作るのを止めようとしない。

 その姿はどこか、見当かなみに似ていた。

 

「残りの分身ストックも出しなさい! やれるだけぶち込んでやる!」

 

 それに対してミックスは光球に近づく事で成功率を上げようとする。

 本来の危険域を無視して、目的を達成する為にウズメの近くへと。

 守りたいものの為に必要以上にお節介を焼き、自身のリスクを厭わない。

 その姿はどこか、ミラクル・トーに似ていた。

 

 全力で集中し、詠唱を進めているアキラの心に震えが走る。

 

(まったく、なんて、なんて人類の希望達だ!)

 

 魔王の子はこの世界の光だ。

 眩しい可能性の塊たち。創造神を前にして、今の在り方ならば。

 不可能を可能にし、魔王にも神々にも、悪魔王にも(ひる)まない。そう確信できる。

 

(ああ、この時代まで生きてて良かった! 今が人類史上最高の時代だ!)

 

 アキラの詠唱が終わると同時に、光球の群れはまた爆ぜた。これで四度目。

 

「舞台は黒く満ち、光は溢れる……儀式は整った!」

 

 アキラの魔法の影響で、いつしか空は闇で覆われ、地は光り始めている。

 

「やるよ! 離れろ!」

 

 その声を聴いて魔王の子達が振り向くと――――空間を歪ませんばかりの聖なる、魔なる力が、渦巻(うずま)いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もし平和な時代にアキラが生を受けたら、法王となっただろう。

 不運な時代に産まれたアキラは勇者になり、願いは果たせず汚染人間となった。

 以降名を隠し、実力を隠して人の為に尽くしてきた。

 アキラはある時、北条早雲の名を継いだ。

 アキラはある時、天志教の大僧正だった。

 積み重ねた日々、二千年の努力、その全力がここにある。

 

「さあ行くよ……! だーいぶ即興でアレンジするなあ!」

 

 放つはアキラの七つある極地、その一つ。塵となり、魔人を倒さんと足掻いた必殺技。

 悲劇を払えるよう、入念な準備の末に使える魔人討伐の奥義。

 勇者時代は数多の犠牲があって使えるその技を、今では独力で可能としていた。

 

(そこにいる我儘な創造神ちゃんへ! 四方より、聖遺物と共に、捧げ奉る!)

「及! 魔! 神! 芯!」

 

 目を伏せ、祈る形で大神官の口が動く。

 祝詞に、呪詛に合わせ、周囲の光が強くなり、闇が増す。

 神に祈り、悪魔に祈り、人を救わんとする姿がそこにある。

 

(暴れし魂に安らぎを、聖なる息吹に清めの祈りを)

「始! 多! 捕! 囲!」

 

 両腕を交えて前に出し、手を結ぶ印は次々と形を変えた。

 闇の矢が空から放たれ、くじらの周囲の光球を突き刺し地面に縫い付ける。

 幾条の闇の縄が空中に舞い、網の目のようになってくじらの上空に展開。少しづつ降りていく。

 

(我等が主よ。聖なる者よ。真なる者よ。祝福の雷霆に導かれ、依代の目覚めを)

「下! 封! 縛! 着!」

 

 闇の矢が降り注ぎ、縄に連結し、網にかかったくじらを降ろす。

 光球に支えられて浮いていたくじらは高度を下げ、地面に近づいていく。

 周囲を纏う光はいよいよ増し、4つの聖遺物は莫大な力に耐え兼ねるように震えた。

 

(彼の者に、憐れみを!)

「黒き魂縛りと白き肉体縛り、受けてみろ!」

 

 瞼が開き、強き意思を持つ眼が見据えるは創造神(ルドラサウム)

 交差された腕が振り払われ、

 

「地角天蓋――――――――ツクヨミ!!!」

 

 大神官の雷霆(らいてい)が、世界を覆った。

 聖遺物を基準として円形の輪が展開され、激甚(げきじん)たる光の奔流が全てを抑えつける。光球が爆発しても、飽和火力と拮抗して周囲に被害を与えない。

 縄は次々と連結し、鎖へと変貌していく。その根元、四方に結ぶは聖遺物。満月状の白き光の中に浮かぶは天志を象徴する黒き卍文字。

 くじらは強固な鎖に囚われ、地響きと共にクレーターの中央に落着した。

 

「成った! これでもう動けないし逃げられない!」

 

 そう言ったアキラの体はボロボロだった。一瞬にして全身に(ヒビ)が入っては、その傷跡を追うように治療が入る。

 アキラの神魔法の全力行使は肉体の方が耐えられない。あちこちが破断しては神魔法によって治され、無限治療と無限破断のループに苦しむ羽目になる。

 

 それがどうした。ここで維持できなければ駄目なりな勇者ですらない。

 アキラの在り方そのものが、失敗し、それでも足掻き続ける勇者の姿だった。

 

「お、おおお…………! す、すげえ……!」

 

 一人魔法陣内に残った長田の廻りに流れる力の奔流は、魔人すら消し飛ばす程の強烈な殺戮圏。

 しかし、無事だ。

 ハニーは魔法無効。どれだけ埒外な威力をもってしても、魔法ならば効かない。

 だから、進める。前へと、友のところへと。

 

「さあ行け! 長くは持たない! 早く起こしてこい!」

「おう!」

 

 長田は創造神へ向かってクレーターを駆け下りた。

 術式を維持するアキラの身体は破断を続け、尋常でない痛みが襲い続ける。

 しかし笑う。可笑しくて仕方がない。

 

「エール・モフスの名前が出たのは半年前。しかし一体どういう事だ? たった半年でこんなに命を(なげう)つ友達に囲まれているなんて、随分人気者なんだね」

 

 創造神を知る者達の多くは、邪悪な存在でどうにもならぬと考えていた。

 しかしどうだ、今の状況は。

 無垢なる者が、何も知らぬ者達がこれだけ慕い、友となり、家族となっている。

 邪悪な存在であるわけがない。

 

「だが、それじゃまだまだな……!」

 

 このくじらはせっかく築いたものを自分から壊そうとしている。

 パニックに陥り、慌てて子供のように全てを崩壊させかけている。

 これでは創造神は落第だ、何よりも。

 

「みんなルドラサウムよりエール・モフスの方が好きなんだ! 創造神より人間の方が楽しいぞ! まだまだこの世界で遊ぶべきだ!」

 

 アキラは祈る、一つの想いを。

 

「エールさん!」

「エール……!」

「しゅくん殿ー!」

 

 日光が、ミックスが、ウズメが、家族の名を口にする。

 皆想いは唯一つ。

 戻ってこい。

 

「「「起きろ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおーーーーーーーーっ!」

 

 長田は駆け下りる。

 友の下へと、エールの下へと。

 クレータの中心下点。創造神ルドラサウム、その分体が目の前に広がっていた。

 黒い鎖に囚われてくじらは動けない。そしてその体の中央上部。

 

「いた! エールだ!」

 

 エール・モフスが、光を発して白く柔らかい膜の中に包まれていた。

 

「ぐぬぬ……よいしょっ、よいしょっ」

 

 長田はよちよちと近づき、ルドラサウムの身体を歩いていく。

 エールのいる膜の上に、長田は辿り着いた。

 

「エール、起きろ! 起きろ! くそっ、じゃあ力づくで……! がーっ、駄目だ!」

 

 膜一枚、魂10個も詰まっていない薄いものが破れない。

 長田に力はない。この場を囲む中では最も弱い。壊れた日光にすら負けるだろう。

 

「ああもう、起きて貰うしかねえな! 起きろ、起きてくれー!」

 

 だが長田こそが相応しい。

 このエールが親友に選んだのは、彼なのだから。

 

 

 

 

 暖かさ、柔らかさ。

 それこそが、全てだ。

 ずっと昔からそうだった。

 ボクは満ち足りている。

 

「……ル! ……うぜ!」

 

 何かが、ボクの身体を揺らしている。敵だ。

 

「むにゃ……死ね」

 

 力を集めて、ぶん殴る。

 うるさい何かは黙る……はずだった。

 

「…………起きろ、起きろってー!」

 

 ああ、長田君の声だ。

 鎌首をもたげ、長田君を見る。

 とても、必死そうだった。

 

「なに、やってるの……」

「こっちが聞きてえよ! お前、何やってんだよ!」

 

 ただ寝たいだけだ。

 この気持ちのいい寝具で、寝続けたいだけだ。

 幸せで、暖かくて、ずっと浸っていられる完璧な世界に。

 

「すやすや……」

「だーかーらー! 起きろー!」

 

 揺らして安眠を邪魔してくる。ウザい。

 ベッドの上で飛び跳ねるな。

 

「うるさいなぁ……」

 

 いくら親友でも、やっていいことと悪いことがある。

 ボクは幸せだ。その幸せを崩すな。

 

「ほっといてよ……なんでボクを起こそうとするの」

「面白い旅をするって約束したろ! 一緒に冒険するって言ったじゃないか!」

 

 約束。

 そう、ボクと長田君は約束をしたっけ。

 

「桃源郷を探そうとしてお前の父ちゃんと出会って、東ヘルマンで暴れてるだろ! 俺達の冒険はまだこれからなんだぞ! こんなところで寝るな!」

「むー…………」

「約束は守るのが、ダチだろ!?」

 

 そうだ、約束は守るのが友達だ。

 ボクと長田君は友達だ。

 でも眠い。この暖かさは素晴らしい。

 冒険に出る必要はないじゃないか。

 ボクはここで満足している。ボクはここで幸せだ。

 ボクはこれ以上幸せを、楽しい事を追い求める必要がない。

 

「長田君だけで、行ってきてよ」

「はあ?」

 

 冒険は初めてもいいけど、辞め時も肝心だ。

 最初に盗賊退治に行くか、行かないか。二択はあった。

 楽しい方向に行くならそれでいいんじゃないか。ボクは世界を救ったし。

 そもそも、ボクはどうしてこんなに冒険が好きなんだろう。

 

「長田君は冒険したいなら、一人で冒険すればいいじゃん」

 

 そう言うと、長田君は物凄い剣幕でベッドに身体を押しつけた。

 

「一緒に行くんだよ! 俺はただの冒険が楽しいんじゃない。お前と冒険するのが楽しいの!」

「………………あ」

 

 思い、だした。

 ボクは満ち足りている。

 家族がいるから、友達がいるから、幸せなんだ。

 

 ボクは最初から完璧で、何も恐れるものはない。

 ただ…………退屈だった。

 何故かはわからない。退屈だったんだ。

 何よりも、寂しかった。

 

「ほら、冒険に行くぞ!」

 

 手が差し出された。いつもの手だ。

 

 この手だ。

 誰も、長いこと、ボクと手を繋ぐ存在はいなかった。

 

 どうしてだろう、誰かの記憶が混じってる気がする。自分で、自分じゃないような。

 ボクはいる。母と、姉と、目の前の友達。

 いつも誰かの手を取って、仲間を増やして来た。子供の頃は母さんやサチコさん。

 冒険は長田君から始まった。そこからどんどん増えて行った。

 ドッス、ワッス、ロッキー、アームズさん、松下姫、志津香、ナギ、リセットお姉ちゃん。

 ウズメ、ザンス、乱義、深根、ミックス、スシヌ、元就、レリコフ、ヒーロー、ダークランス、ヌーク。

 そしてランス、シィル、アムさん……今の仲間達。

 いつも長田君から始まっている。

 

「しょうがないなあ……眠いけど、行くよ……」

 

 冒険はどんなものよりも面白い。未知がある。これからも仲間はどんどん増えるだろう。

 

 そして誰かと一緒にいる日々は楽しいんだ。もう寂しくないんだ。

 

 手を伸ばす。白いベッドから差し出して、いつものように長田君の手を取った。

 

「冒険、行こうね……」

「おう! 俺達はどこでも一緒だ!」

 

 手を繋ぐのは、暖かい。

 この寝具より好きな温もりだった。

 長田君はボクを引っ張り上げていく。

 そういえば、ここはどこだっけ。

 白い世界がほつれて、崩れていくような。

 

 さあ、冒険に出かけよう。

 きっと楽しくて、賑やかな世界が待っているから。

 

 

 

 

 

 

 そしてエールは、目を覚ました。

 

 

 



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ウラジオストック⑦ 暴走が終わって

 クレーターの中央に、全員が集っている。

 ウズメ、ミックス、アキラ、人間体となった日光、長田。彼女達は創造神だったエールの状態を眺めていた。

 

「すやすや……」

 

 エールは穏やかに、長田の手を握ったまま眠っている。

 

「一部怪我もあるけど、疲労で寝てるだけ。医学的には異常なしよ」

「あれだけ暴れれば、そりゃ疲れるわなー」

 

 長田が白いくじらからエールを引き剥がすと、くじらは溶けるように消えてしまった。エールの光も、零れ出す光球も穏やかに自然消滅し、世界は穏やかさを取り戻している。

 終わってみれば、創造神の暴走は無人のウラジオストック西地区を吹き飛ばす程度だった。

 

「さて、一件落着と言いたいところだけど……」

「色々聞くことがありそうね」

 

 ミックスが聴診器を解き、アキラを睨む。

 

「まーそうなるよね……」

 

 アキラは折り目正しく座る。地面の上に膝をつけ、背筋を伸ばして魔王の子達を眺め、

 

「僕がエールちゃんにセクハラしたらこうなりました! 本当に申し訳ありませんでしたあ!!」

 

 平身低頭、土下座した。

 

「暴れてたので、お仕置きを兼ねてエロい言葉責めをしたらエールちゃんがパニクってこうなりました。まさかセクハラでこうなるとは夢にも思いませんでした」

「…………本当に、それだけなの?」

「はい、僕はちょっと戦ってセクハラしただけです。そうだよね、日光?」

 

 苦々しい表情の日光が言葉を継ぐ。

 

「……嘘は吐いていません。暴走した時のエールさんは軽傷でしたし、アキラは酷い言葉で罵倒しただけです」

「マジかよ!? それでこうなんの!?」

「いやもう魔王の子を侮ってました。まさかこうなるとは」

 

 アキラは頭を上げて、ミックスを縋るように見る。一見許しを請うような表情だが、違う感情もあるとミックスは察した。この面子では話せない事が多すぎるから選んで欲しいと。

 

「……はあ。何はともあれ、エールが優先ね」

 

 創造神は簡単に全てを明かしていいものではない。物事によっては負担になり得る。知る人間を絞りたいと考えるのは当たり前の事だった。

 

「ウズメは教会に長田ごとエールを運んどいて。後で治療するから」

「ういうい、分身担架ー」

「わっ、ちょっ、あれー!? 俺の意思無視ー!?」

 

 わっせわっせと二人はウズメに運ばれていく。エールが長田の手を強く握って離さないため、まとめて運ぶしかなかった。

 

「これでいいわね?」

「うん、君は本当に辿り着いているんだね。正解だよ」

「……エールが本当にそうなら、自分の記憶を封印してる。つまりエールが知ると都合が悪い」

 

 ぱちぱちという拍手が天才少女に贈られた。

 ミックスは分かってしまったが、ウズメは創造神の知識など持っていない。今ならまだ強大な力をエールが持つぐらいでしかない。そしてその方がいい。

 ミックスの考える限り、二人は真実を知ってもエールに対して変わらないだろうが、別の問題が出る。ウズメには主君に言えない秘密が出来るし、長田は隠し事など出来ない。隠し通さなければならない真実を知る人間は少ない方がいい。

 

「ま、僕も予想の範疇だけどね。何を知りたい?」

「再発防止と、東ヘルマンの『病気』と、あんたについて」

 

 アキラは眉をひそめた。

 

「む……欲張りめ」

「あたしの治療費は高いわよ。踏み倒しをするの?」

 

 ミックスは教会の方に目を向けて、これから受け持つ患者についても示唆する。

 

「わかった、わかった。でもある程度だよ。知らない方がいい事もあるから」

 

 戻れなくなるからねと前置きして、アキラは口を開いた。

 

「再発防止は簡単だ。やらかした立場が言うのもアレだけど、彼女をパニックにさせたり、絶望的な状況に叩き込んだりしなければいい。楽しく明るく過ごす分には何の杞憂もない。だけど――」

「楽しい事ばかりじゃいられない。悲しいことも、辛いこともあるでしょうね」

「その通りだ。例えば親の死はいつかある。あの子はそれが耐えられないから東ヘルマンの攻撃に走った」

 

 冒険を通してエールには様々な友人が出来た。仲が良く、面白い身内が出来た。彼女にとって守りたい人間が多すぎて、潜在的に脅威な東ヘルマンを積極的に排除しようという意識が生まれていた。アキラはそれを見抜いているからこそ、エールという少女が可愛くて仕方がない。

 

「これからエールに求められるのは精神的な成長だよ。まあそんなに杞憂はしてないんだけどね。君がいるから」

 

 アキラの微笑みに対して、ミックスの目は逸れた。

 

「…………私があの子の首輪をつけろってことね、次」

「東ヘルマンの『病気』は喋れない事が多すぎるから、喋れる事だけ喋って判断は任せるよ。質問には答えられないけど、真実しか言わない。後は自分で埋めてくれ」

 

 ミックスが頷くと、アキラは淡々と語りだす。

 

「RECO教団は悪魔崇拝の組織だ。悪魔の加護を使って東ヘルマンを栄えさせている。ザンデブルグは国民の魂の汚染率をある程度上げて、悪魔が回収し易いようにしている。ホワイトは利用できるものはなんでも利用して、魔王ランスを倒そうと考えている人だ」

「……そう」

 

 ミックスにとって真新しい情報はない。今までの下調べと予測から分かっていた事だった。

 だが、意味が無いわけではない。重要なのは『その情報をアキラが喋れる』という事実だ。悪魔との契約にはデスペナルティを付属させる方法もあるので、隠したい事実はそれで隠せる。それでアキラが死ぬとも思えないが、言いたい事は見えてくる。

 RECO教が悪魔崇拝とバレても構わないと悪魔側は考えている。

 予想よりも東ヘルマンの『病気』は根が深い。

 

「三巨頭なんて言われてるが、実権はザンデブルグとビュートンにある。僕はそれに従って微調整するだけで、国民を比較的マシにしただけ。例えば魔王襲来時の地下シェルターを各都市に配置したりね。だからもう辞めたかった。言えるのはこれぐらいかな」

 

 アキラの言っている事は一つだ。

 東ヘルマンを潰したければ二人を潰せ。自分は潰しても意味がない。

 まるで東ヘルマンを潰す前提の情報に、ミックスは眉根を寄せた。

 

「……最後に、あんたの事ね」

「僕は大神官アキラ、元勇者の完全汚染人間で人類の味方だ。詳しくは日光からでも、ランスと一緒にいるアム・イスエルからでも聞けばいい。というかそうしないと突っ込みが入るよね」

 

 流し目を送られた日光は悩まし気に目を泳がせる。

 

「……アキラは身分も姿も変えて嘘もつくので信用してはいけません。ですが、人類の味方というのは間違いありません。私が見てきた彼女は、常に人の為に働いていましたから」

「まあそんな感じになるかな、目立たないように人助けをしてたんだ。ほんのちょっとだけね」

「くれぐれも、絶対に、気を許さないでください」

 

 こうなるよなあとぼやいたアキラは、手紙を取り出して何事かを書き込んでいく。

 

「僕のやりたい事は話せないし、過去の所業があるから信用も無理だろう。だから一方的にやる」

 

 手早く二枚の便箋を書き上げると、日光に渡した。

 

「これはエールとウズメ、二人の魔王の子宛てだ。後で渡して欲しい」

「中身を改めますよ」

「構わないよ。柔らかい挑発とスパイの勧誘だから」

 

 その時点で、ミックスはアキラの目的を悟った。

 

「あんたまさか、東ヘルマンをエール達に落とさせるつもり!?」

「その通りだ。僕は東ヘルマンを裏切って、君達は活躍してこの世界の問題が解決する。エールの次の遊びとしては面白いんじゃないかなー?」

 

 へらへらと笑って、大乱に魔王の子を巻き込ませようとするアキラ。ミックスの主義には全く合わない存在だった。自分から乱を起こす側には絶対に回りたくない。

 

「冗談じゃない! あの子の首根っこ引っ掴んで帰るから勝手にやってろ!」

 

 (きびす)を返して立ち去ろうとしたミックスに、真剣な声がかかった。

 

「三ヶ月、僕が精一杯やってエールの存在が悪魔に漏れない時間だ。東ヘルマンは悪魔と通じてるから、それが漏れたら全世界で戦争になる」

「――――ッ」

 

 振り向くと、アキラは頭を深く下げていた。

 

「暴走を起こしたのは僕のせいだ。そのせいで世界に危険をばらまいてしまった。後始末を魔王の子達に頼む形になって申し訳ない」

 

 エールの暴走は阻止しなければそれだけで世界が滅ぶ危機だ。だが暴走を止めてもそれだけでは終わらない。創造神の分体がいるかもしれないという情報が悪魔に渡っては、また世界の危機に繋がる。

 それでもアキラは動けないから魔王の子達に頼るしかない。

 

「お願いだ。もう一度君達で世界を救ってくれ。人の死を未然に防いでくれ」

「………………」

「僕がある程度コントロールする。民間人の死傷者は出さないように、絶対に巻き込まないようにする。だから、どうか……」

 

 ミックスはやりたくない。平穏な日々が一番だ。

 ただ、言わんとする事は理解してしまう。いずれ各国の指導者は東ヘルマンを滅ぼす。リーザスは半年以内にやるという確信すらある。今ここで加担して相手のトップと連携を取って滅ぼすかと、大規模正面戦争の末滅ぼすか、どちらが不幸な人を産みにくいかという話になってしまった。

 

「…………一度きりよ、こんなこと」

 

 結局のところ、知ってしまった側がどこまでも損をする立場だった。

 ミックスはこれから死者を増やさないよう心を痛めながら、エール達の暴走を止めきれない戦いに身を投じる事になる。

 

「ありがとーーー!」

 

 がばっと跳ね起きたアキラがミックスに抱き着こうとして、

 

「絶対に、近寄らないでください」

 

 日光に体を張って止められた。

 

「ぐぐっ、感謝の礼を示そうとしたのだけれど!」

「…………手紙を破りますよ」

 

 その言葉を聞いて、アキラは諦めて離れた。

 

「仕方ない、次の機会という事にしよう。ま、魔王の子にランスまでいるなら安心だけどね」

 

 肩の荷が降りたというように朗らかに笑う。

 

「大丈夫大丈夫、東ヘルマンが三ヶ月以内に潰れるなら魔軍が攻めて来ても楽勝だよ。創造神もあれだけいい子なら向こう1000年は人類は平和に争えるんじゃないかな」

 

 アキラの笑顔は善良な人間と何も変わらない。考え方も多少ミックスに近いものがある。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「……ねえ、もう一つだけいい?」

「何だい?」

「これだけ生き残っている理由は、執念はなにがあるの?」

 

 ミックスには、目の前の存在が一つだけ理解が出来ない。

 不老不死不劣不病の人間。ミックスの人生を賭した研究テーマであり、その為に不死の存在である汚染人間も少しだけ学んだ。

 だがあれは駄目だ。老化を防がなければ肉体は保てず、いずれ汁のような存在となる廃棄物でしかない。その上汚染人間は皆どこかが狂っている。心が病んでない方が異常なのだ。

 神魔法で肉体を誤魔化してるが、アキラはどこかが狂っていない方がおかしい。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「遠い先の話だから君達には関係ないよ」

 

 一瞬だけ、アキラの表情が消えた。そんな気がした。

 

「6000年後に魔王が復活するって聞いてもどうでもいいだろ? 僕の目的はそれ以上に気が長い話なんだ」

「…………今、なんて」

 

 ミックスが言葉を継ごうとしても意に介さず、アキラはどこかへと目線を変えた。

 

「スキンシップが出来ないのなら今日はこれで失礼するよ。セックスしたいから」

「……は?」

 

 そう言い残して、アキラは消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 遥か彼方。

 コーラはアキラを眺め続けていた。

 窮地であろうと前を向き、身体を吹き飛ばされてもすぐに立ち向かい、活路を見出そうと努力し、自身が傷つくのを厭わない。

 そして創造神の動きを封じ、暴走が収めた時に笑うその姿。

 全てを滅茶苦茶にしつつも、慮外の結果を出して屈託なく笑う姿は、美しかった。

 史上最高の勇者アキラは、コーラが最後に会った時から全く変わらなかった。

 人が大好きで、明るくて、諦めが悪く『勇者(おもちゃ)』であらず、真の勇者。

 コーラがただの神々だった頃より、変質を避けられなかった存在に目を奪われ続けた。

 

 そしてそのアキラが、こちらを、見た。

 

「あ、あ…………」

 

 アキラはニヤリと笑って、コーラの下に突っ込んだ。

 

「……ーラ……」

 

 あの速度では逃げる事は敵わない。捕捉された、捕捉されてしまった。

 物凄い勢いでまっしぐらに、欲情を隠そうともせず、スカートから下着を素早く脱いでコーラの下へと突っ込んでいく。

 

「コーラ、コーラ、コーラ♪」

 

 あの頃から全く変わらない。

 アキラは人が好きで、従者が性的に大好きだった。勇者時代に毎日犯す程度には。

 アキラは突貫した勢いそのままに抱き着いてコーラを押し倒した。

 

「遂に僕を見てくれるって事は神を辞めたんだよね! それで僕の下まで来たって事はセックスが忘れられなったってことだよね! 嬉しいなあ!」

「……あなたに会いたくはありませんでしたよ。変態アキラ」

 

 顔を背けて、罵声を飛ばすぐらいしかない。

 アキラはコーラが見て来た中で間違いなく最高の勇者だった。だが性が酷過ぎた。勇者の従者という役割は性奴隷になった。

 あの頃は勇者の立場を利用した脅しだったが、今は絶対的な力の差でコーラを犯さんとしている。先程の戦いを見せつけられては戦うだけ無駄だろう。

 アキラは慣れた手つきで裸に剥かんとフードや荷物をぽいぽいと剥いでいく。

 

「言い訳をしないでよー。翔竜山でゲイマルクと引き籠っているのが嫌になって、遂に勇者の従者も辞めたんだろ? セックスレスで溜まった欲望を、僕が存分に消化してあげるよ!」

「いえ、んむっ……」

 

 何か言おうとした唇を奪い、暴力的に舌を絡めて口腔内を犯す。舐るような、じっくりと溶けるような濃厚な息使いで歯磨きをする。

 一分以上絡めてから、唾液の糸を一本線残して口を放しコーラを陶酔した目で眺めた。

 

「セックスしに来たんだよね。素直になって、いいんだよ?」

 

 もう止めようとしても無駄だった。最後の質問は解答如何(いかん)に関わらず、いつかのようにコーラは犯される。ただ、それでもコーラは職務を放棄されたと考えられるのは(しゃく)だった。

 

「……違います。私は勇者の従者です。新しい勇者がこの地に来ただけですよ」

「――――新しい、勇者?」

 

 アキラの手が、動きが、止まった。

 勇者時代の記憶に無い、コーラが見た事がない、感情が抜け落ちたような表情をしていた。

 

「ええ、ゲイマルクが消えまして、エスクードソードが所在不明になったところを拾った子がいたので勇者に……?」

 

 アキラはコーラを放ってどこかへと駆け出した。

 

「……アキラ?」

 

 セックスの最中に何かを放り投げるなんて有り得ない。人間牧場の潜入がバレようがセックスを優先した女が消えた。

 答える声はなく、汚染人間はどこかへと向かった。

 

 

 

 

 

 コーラは知り得ない事だったが、アキラは二千年間全ての勇者を品定めしていた。

 今回も何よりも優先してそれをやったに過ぎない。

 舞台はバーバラへと移る。エールが暴れている間、彼女は何をしていたのか。




前作の説明欄解放

 ツクヨミ。
 魔人討伐数5。アキラの塵時代の切り札の一つ。
 魔封印結界と月餅の法のアレンジ相乗使用。用途はかなり本人の感覚で切り替える。
 魂を剥離させた上で強度が落ちた肉体を殲滅するのが主要目的。行動不能に特化してる為に採用した。封印用なら別の技がある。
 アキラは勇者時代の三つの技、それ以降の四つの技を持つ。

 神話級(武器、アイテム)
 実は公式で存在する表現。
 ランス9、真田透琳の所持武器雪斑より。
 本二次創作はインフレがすざましく、伝説級が当たり前のように出て来る為に採用。
 アームズのせいで魔王の子ほぼ全員に伝説武器が渡されまくってます。並のバランスブレイカーじゃ格が釣り合いませぬ。
 運命武器は基本的に不壊の伝説武器としております。

アームズの伝説の武具 実は9で全部出てきている。
 首切り刀(かなみ運命武器)
 パランチョ(ピッテン)
 焔(ヒューバート不知火破壊後)
 リーザス正剣(チルディ初期武器)→支給品、おかしい
 プライオス(マイトレイア武器)→ヘルマンの三番目の武器、絶対おかしい
 

 イブニクル2体験版が出たので遅れました。
 ぶたパンパラが悪いよ。あれシリーズ史上最強のぶたパンパラだよ。
 次回、難しい盗賊退治、14日までには。


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ウラジオストック⑧ 難しい盗賊退治

 特にBGMを流す必要はない。
 あるのは勇者の絶望だけだ。


 さて、世界が滅ぶような大事件の中、ランスは何をやっていたのか。

 

 セックスを求めていた。

 

「がはははははははは! 待て待て待てーーーー! 早く逃げないと捕まえるぞー!」

「助けてコーラあああああああ!」

 

 ウラジオストック東側。西側は終末の世界だが、ここでは振動と轟音や時折瓦礫が飛ぶ世紀末な世界だ。その程度なら目の前のセックスを追う。ランスとはそういう男だ。

 

 少し時間は(さかのぼ)る。

 

 

 

 

「つまり、あんたは頭領じゃないのね?」

「そ、そうだよ……俺様は頭領のランスって奴に従ってるだけだけなんだよぉ……」

 

 顔をボコボコにされたドギが髪を引っ掴まれて詰問されていた。

 偉そうな顔で周囲に指示を飛ばしていた男は、突如として突っ込んできたバーバラに殴打一発で轟沈して攫われて、今のようになっている。魔人並みの力を持つ逡巡勇者にとっては強い盗賊など雑魚でしかない。

 

「あいつ、そういえば『今来てる盗賊団の頭領』って言ってた……」

 

 脳裏に悪戯娘(エール)のドヤ顔が浮かび、ドギを握る手の力が増す。それと共に男の頭髪がむしり取られて悲鳴があがる。

 

「いたたたた! 勘弁してくれー!」

「本当の頭領は、ランスって奴はどんな姿? 強いの?」

「緑の服を着て鎧を着込んでいる奴だ。確かに今の俺様よりちょいと強いがあんな奴……!」

「ありがと」

「ぐへぇっ!」

 

 バーバラは腹いせに一発殴りを入れてドギの意識を刈り取った。エスクードソードは手加減無用で全ての命を刈り取るが、生け捕りの場合は素手が便利だ。

 lv59、逡巡モードの勇者は身体能力だけなら魔人に近い。ドギより『少し強い』程度の盗賊団の頭領ならば作業と考えられた。

 

「二度手間か、また探さないとねー」

 

 そう呟くと、軽やかに民家の屋上に昇って捜索をするバーバラ。民家を飛び移る姿は疾風の如く、雑多な盗賊達では捉えられるものではない。

 ただ、街に侵入した盗賊は千を超える。ここで誰か一人を探し当てろと言われると時間がかかる。こういう時こそ従者の出番だ。

 バーバラは防壁に飛び移り、集合場所にいる従者に声をかけた。

 

「コーラ、外れだったわ。ランスjrはドギって奴で頭目だった。次はランスって奴を探しているんだけど見なかった? 緑色の服と鎧の男」

 

 それを聞いたコーラは眉をしかめた。

 

「そりゃ今見ましたけど……正気ですか?」

「何が? 数が多いだけの盗賊退治でしょ」

「あれは魔王ですよ。魔王ランスその人です。今のバーバラには勝てませんよ」

 

 バーバラは一瞬だけ虚を突かれたように黙り、吹き出した。

 

「っぷ、あははははは! 冗談にしてもまだマシな嘘のつき方あるでしょ。魔王ランスなわけないじゃない!」

「いえ、あれはどう見ても本物ですが」

「ないない」

 

 コーラのフードがこつんと叩かれる。

 

「世間知らずのコーラに教えてあげるけどね、魔王ランスって全身黒い鎧を着てヘルムで顔を隠してるのよ。緑ってパチモンでも質が悪すぎでしょ」

 

 バーバラの故郷でも魔王の話ぐらいは流れた。姿見も逸話として聞いていた。緑の鎧という時点で頭領ランスが本物という考えは完全になかった。

 

「この盗賊団は魔王の子を盾にしてランスjrとかランスって名乗っている雑魚集団。コーラもそれに乗せられるって、従者失格ね」

「あー、もう好きにしてください」

 

 コーラはバーバラの説得を諦めて、東の方向を指差した。

 

「どうせ勇者は死なないんで、痛い目見るのもいいでしょう。魔王に負けるなら勝手にどうぞ」

「あくまで魔王と言い張るのね。ふふっ……」

 

 意固地になってるコーラに対して、バーバラは余興に付き合ってもいいと思った。

 常々勇者、勇者と口を酸っぱくして言っている従者が戦いを避けるなど珍しい。ただの盗賊退治に臆病風を吹かせているのが滑稽(こっけい)に見える。

 

「……よーし、今回だけは勇者らしく『魔王』退治してあげる! 勇者バーバラ様が魔王ランスをボッコボコにしちゃうから!」

 

 この時バーバラは完全に調子に乗っていた。魔王の子とさえ戦わなければ世界最強で、全員の名前が分かっている今では恐れるものなど何もないと増長すらしていた。

 民間人がいない状況で盗賊相手に勇者と名乗っても問題はないだろう。盗賊退治が終わった後に相手がランス団だから乗っただけで、ただの冒険者だとも言い張れる。後腐れの無い勇者ごっこが出来そうだった。

 芝居がかった仕草でエスクードソードを掲げ、勇者の真剣な声が響き渡る。

 

「私は勇者バーバラ、世界に一人しかいない人類の救い手。盗賊団の首領、魔王ランスを倒して人類を救うわ。過去誰もやらなかった魔王退治を成し遂げてみせる! …………っぷ、ふふふ……」

 

 自分で言っておいてこらえきれずに噴き出し、腰のくの字に折り曲げる。リハーサルの時点で頬を少し赤く染めてしまう。

 

「いやー、ガラじゃない。自分でもちょっと恥ずかしいかな。でもまあ、コーラの言う魔王とやらを退治しに行ってきまーす」

 

 手をひらひらと振って、バーバラはコーラの指差した方角へと向かった。

 

「あーあ、本当に行っちゃった。ま、ポンコツ勇者の選択なんてこんなもんですか」

 

 従者は冷ややかな目で、愚かな選択をした勇者の後ろ姿を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 なんとなく、頭領ランスはウラジオストック東側に逸れていた。

 最初は先陣切って門を壊したが、踏み入ってみればもぬけの殻。どれだけ探しても人は逃げ出した後で、時間稼ぎに閉まった無人の門を叩き壊すだけ。女などどこにもいやしない。こうなればランスとしても馬鹿らしくなって盗賊に任せっきりになっていた。

 

「女はどこだー! 女をよこせー! 街を襲って女を一人も持ってこれないとはどういう事だ!」

「へ、へぇ。どこもかしこも逃げ出してまして……」

「言い訳は聞いとらん!」

「ぎゃあああああああああっ!」

 

 無能な盗賊は腹いせに斬られた。シィルが駆け寄り慌ててヒーリングをかけるが怒声が飛ぶ。

 

「シィーーール! 奴隷が主人の指示も無しに何をやっとるかーー!」

「え、でもこのままだと死んでしまいますし……」

「足手纏いはいらん、そんなのほっとけ。それより、俺様のコレだ!」

 

 ランスが強調した自身の股間部はギンギンに張っていた。ジャージの上からテントを作り、突き破らんばかりにそそり立っている。

 

「昨日エールのバカが俺様を酔い潰しやがったせいでたっぷり溜まっているのだ! 早く女を探せ! がるるるる……!」

 

 ランスの目は血走り、獰猛に女を求めること野獣の如きであった。ランスとしては本当はシィルを襲いたい。襲いたいのだがこの状態になると()()()()()()()()抱き殺してしまいかねない恐ろしさがあり、他に女を求めざるを得ない。

 強い女が、切実に欲しかった。

 

「親方、エールの姉御から届け物が来ました! 女を乗せていますよ!」

 

 バウンドの声と共に、荷車を引いた盗賊がやってきた。

 

「でかした! あいつもやるではないか!」

 

 はたして、荷車の中には豊満な美人が縛られて載せられていた。長田の拘りか、幾度とない破砕の末に為された縛り方がされている。二つの胸の形を強調するように深く食い込み、その抜群なプロポーションを強調されて男の獣欲を誘う。美女の意識はなく、瞼を閉じたところに長い金髪がかかり、憂いを色気として醸し出す。

 ランスにとって絶好の献上品であった。

 

「おお、これは凄い。だがなんか見た事あるような……?」

 

 既視感に首を傾げるランスのところに、別の声が荷台の一部から聞こえてくる。

 

「しくしくしく……壊された……壊されちゃった……」

 

 がらくたとなった残骸の一つから声は発せられていた。ランスがそれを拾うと、赤い宝石と目玉だけの固い何かだった。

 

「……なんだこれ?」

「ん? その声は……心の友!?」

「なんだ、カオスか」

 

 興味を無くしたランスはカオスの破片を投げ捨てた。

 

「ちょ、ちょ、ちょー! 冷たくない!? 粉々になってるのとか気にならないの!?」

「どうでもいい、それより美女だ。美女は王子のキスで目覚めるものらしいが、ここは俺様流で目を覚ましてやるぞ。ぐふふ……」

 

 そう言ってランスがペニスを露出させてカーマに手を伸ばそうとした時。

 強烈な蹴りが、ランスを吹っ飛ばして民家に叩き込んだ。

 

「最低、最低、最ッ低!!」

 

 顔を真っ赤にしたバーバラがランスに奇襲を仕掛けていた。

 高度から勢いをつけた蹴りはランスの頭に突き刺さり、勢いのままにランスは頭から民家に突っ込んで大穴を開けた。あまりの威力にか街全体が揺れるような振動が伴い、民家が完全に崩落する。

 

「この性犯罪者! 盗賊ってどいつもこいつもゲスだと思ってたけど、こいつは本当に最悪ね!」

 

 誰もが呆気に取られるような奇襲、常人には為せぬ身体能力、滲み出る強者の気配。

 絶対者がやられた衝撃もあって、盗賊達は絶ち尽くす事しか出来なかった。

 

「ランス様、大丈夫ですか!?」

 

 真っ先に再起動して慌てて駆け寄ろうとするシィルも手を制して止められる。押し退けようとするが、異常な膂力でもってぴくりともしない。

 

「話は聞いていたわ。私が主人を倒してあなたを自由にするから」

 

 バーバラは怒っていた。奇襲の隙を伺う中で、人を人とも思わぬ横暴なやり取りに腹に据えかねていた。傲慢な性欲の権化で、女をモノとしてしか扱わぬランスの振る舞いで悟った。

 

 コイツは、多分生まれる前から大っ嫌いなタイプだと。

 

 生け捕りが第一目標なのがあって蹴りにしてしまったが、本心のところでは切り捨てたい。もうどちらでもいい感じで全力で蹴ってしまった。死んだらエールには思ったより弱かったと言い張るつもりだった。

 

「……ランスjrよりは強いのね。親を名乗るだけはあるか」

 

 瓦礫が動き出す。ランスを下敷きにしてうず高く積もっていたヘルマンの石が盛り上がる。

 気を引き締めたバーバラは鞘に手をかけて、剣を抜いた。

 

「がーーーーーーーっ! 誰だこんな事をしたのはーーーーーー!」

 

 瓦礫が爆発し、中から怒れる緑の男が現われた。

 

「私よ、あんたがランスね?」

 

 勢い良く吹き飛ばした為に土煙が舞い、相手の姿が認められない。その奥で女の声が聞こえる。

 

「そうだ、俺様がランス様だ! 美女と俺の前に立つとはいい度胸をしているな! ブスなら殺すぞ!」

「……聞けば聞くほど、最悪。とっとと黙らせましょう」

 

 土煙が晴れる。視界が開けていく。周囲の盗賊達も戦闘態勢を取り始めた。

 バーバラが恰好をつけるならここだろうと判断した。一瞬だけ口の端を緩めて、すぐに引き締める。

 

「そ、その剣は……勇者の人が持っていた……!」

 

 バーバラの後ろから驚きの声が上がる。シィルにとって記憶に新しい剣がすぐ傍にある事に気づいたからだ。バーバラは心中舌打ちしながらも、開き直った演技をする事にした。

 

「そう、私は伝説の剣の持ち手、世界に一人しかいない勇者。ならもう用件はわかるわね?」

「勇者ぁ? 最悪な奴しか知らんな。……シィル、離れとけ」

 

 若干ランスの声が強張り、剣を持つ手に力が入る。アリオスにゲイマルク、男の名前を覚える気は全くないランスだったが、どうしても覚えてしまう名前はある。その次の勇者と聞けば警戒するのも当然だった。

 シィルが主の言葉に従い後ずさり、バーバラはランスに正対して剣を突き付ける。

 

「私は勇者バーバラ、魔王退治に来たわ! 魔王ランス、今日があんたの命日と知りなさい!」

 

 奇妙な状況だった。

 バーバラはこれっぽっちも盗賊ランスが魔王であると信じていない。勇者としての姿をどこかで見ている従者へのサービス精神でやっているだけだ。盗賊退治の一環として、魔王退治のフリだけを見せている。

 冒険者が勇者のフリをして、それが真実勇者で――よりにもよって、本物の魔王ランスに言っていた。

 当然、ランスは真に受ける。

 

「……ふん、ウザいが真っすぐ来るだけ前のよりマシだな」

 

 剣を抜き、敵と認めて斬りかからんとしたところで煙が晴れ、

 

「お、おおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 バーバラの顔を、姿を正確に視認するや否やランスは奇声を上げた。

 

(こ、これは……最高の女だ!)

 

 白磁の肌、癖は強いがあでやかな金髪、吸い込まれそうな空色の瞳に整った顔立ち。彼女の為に神が用意したような似合いの軽装にスカート。何よりも、その纏う空気が違う。数多の美姫を値踏みし、口説き、抱いて来たランスでも全く見た事のない未知の存在だった。

 

(顔だけなら85点以上の上玉ぐらいだろう……だが、総合だとこれまでの100点評価を過去にする! なんなのだこれは!? こんなものがこの世にいたのか!)

 

 ランス自身信じられない思いを持ちながらも認めざるを得ない。本能が訴えかけてくる。

 

 この少女は一番だ。今まで見て来たどんな女よりも、最も魅力的で、全世界で最高の女だと。

 カーマとの情事を邪魔された怒りは吹き飛んだ。興奮が、高揚感が勝手に口元を緩ませる。

 

「が、がははははははは! グーーーーーッド! いいぞ、これはいいぞ! 最高だ!」

「な、なにこいつ……」

 

 勇者特性、異性からの異常な好意。ランスも例外ではなく完全にやられていた。

 ただし、好意の方向性は人によって異なる。

 

「ぐふふ……バーバラちゃんか。過去の勇者に比べたら天と地だ! そうだ、こうでなくては!」

 

 勇者特性も背を押して、ランスはバーバラとセックスがしたくなった。

 やりたい。

 セックスがしたい。

 この少女を組み敷いて、思うがままに体中を揉みしだき、あられもない声を上げさせて、ペニスを膣内に挿入し、腰を使ってがんがんに突き、子種を注ぎ込みたい。

 世界一の、世界に一人しかいない特別な少女を自分のモノにした時、どれほどの達成感が得られるだろうかと頭の中が一杯になり、血液が下腹部に集まってペニスがそそり立つ。

 

「あの乳を揉みしだいて、スカートの間に手を突っ込んで、ぐふふふふふ…………」

 

 ランスの剣を握ってない手は下品に動き、頬はだらしなく緩み、具体的な交尾時の行動を計算する。戦闘そっちのけでエロい未来に想いを馳せて、バーバラを視姦する。

 バーバラは勇者になってから何度となく見て来た、ただし格別にいやらしい目線に晒され、

 

「……ッし、死ねええええーーー!」

 

 何故か頭に血が昇り頬が熱くなり、その心の動きを怒りに変えて斬りかかった。

 勇者の剣、エスクードソードが唸りを上げてランスに迫る。

 

「がはははははははははは!」

「………………ッ!?」

 

 バーバラの上段からの一撃は、あっさりとランスの剣に止められた。

 生け捕りという目標すら放棄して殺しに行った全力の斬撃。それがランスの剣に触れて、為す術なく押し戻される。

 

「えっ……!?」

 

 受け流しに切り替えようとするも遅く、木の葉のように吹き飛ばされた。

 高く空を飛んだ挙句に物凄い勢いで地面に落着。二転三転転がってから体勢を立て直そうとして膝が崩れる。手首に痺れが残って剣を持ちあげられない。

 

「…………っは? あ、あれ?」

 

 バーバラは全く事態を飲みこめなかった。信じられなかった。

 魔王の子以外の力勝負なら負ける事はない。そう確信して放った攻めが話にならない。今の時点で力は相手が上なのだが、余りの膂力に受け入れられない。

 こんな負け方、ザンス相手でもなかった。

 

「とーーーーーーーーー!」

 

 大声のする方を見上げると、高空に飛び上がった影が見えた。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと……あれ、まさか……!」

 

 自然落下で近づく影はランスだと認識出来た。だが、高度がおかしい。勢いのままに手加減無しで飛び上がった存在はウラジオストックが一望出来るような高みから自然落下してくる。空でも飛べなければ説明がつかない場所にランスはいた。

 人はおろか、魔人級の世界にいるバーバラすら全く届かぬ領域。

 

(このランスって、え……?)

 

 これではまるで――――●●じゃないか。

 

「……ッ、ファイヤーレーザー!」

 

 高空にいる的へ向けて本気の魔法を唱えたが、剣で受けてこちらに突っ込み続ける。

 

「効かん効かーん! 今行くぞー!」

 

 ロクな痛痒を与えられている感じがない。勇者の高位魔法を大して意に介していない。

 ランスはバーバラの手前で着地した。あれだけの高高度の着地、めり込む地面に対して全く頓着せず、青ざめた少女を見下ろす。

 

「あ、あんた何者……? 使徒、魔人、魔王の子……? いや、まさか……」

 

 無いと思っていた。だが、まさか――――

 

「最初にお前が言っただろ。魔王退治に来たって」

 

 男は鼻を鳴らして、剣を肩に担ぎ笑う。

 

「もう俺は魔王じゃないが、可愛い女の子には優しいから合わせてやろう!」

 

 バーバラの目の前にいるのは規格外、ルド世界に産まれてしまった最大の誤算(バグ)

 一月前は魔王、その前は人類総統、全世界を救い続け魔に打ち勝った人類史上初の大英雄。

 魔王の子達全ての親にして、六千年続いた地獄に終止符を打ち、二級神(バスワルド)を止めた元魔王。

 

「俺様は魔王ランス様だ! 勇者の挑戦を歓迎するぞー! がーはっはっはっはっは!」

 

 堂々たる魔王級、地上最強の男が君臨していた。

 

 

 

 

 

決戦 元魔王ランス(1週目turn6)

 

 

 

 

 相手は魔王だった。だが、大仰に手を広げて自己紹介するだけの時間を、詠唱の時間を与えた。

 魔王らしく、勇者に先手を譲ってくれていた。

 

「ひ、火爆破あ!」

 

 バーバラは炎熱魔法をありったけの威力で叩き込んだ。周辺に猛烈な煙と炎が渦巻く。

 

「むっ……」

 

 魔物を焼き焦がす熱風に包まれるが、ランスにとってはそよ風でしかない。若干顔をしかめるだけで、油断なくあたりを見回して次の勇者の攻撃に備えて――何も無かった。

 

「…………うん?」

 

 煙が晴れていく。あたりを見回しても何も無い。

 バーバラはその場におらず、影も形もなく……煙が晴れきってから、ランスは事態を察した。

 

「あの勇者、逃げ出しやがった!」

 

 ランスの記憶にある勇者は愚直に何度も挑んでくるか、卑怯に立ち回る勇者のどちらか。今回は正々堂々挑んできたから前者と判断して身構えたが、空振りに終わった。

 

「どこだバーバラ、出てこーい! 勇者なのに魔王から逃げるとはどういう事だー!」

 

 ランスの銅鑼(ドラ)声を背中に聞きつつ、バーバラは一目散に逃げていた。勇者の矜持というものなど最初からない。音を立てないように民家を縫うように移動して、少しでも離れようとしている。

 

(やって、やって、やってられるかーーーー! なんで魔王がここにいるの!?)

 

 魔王の子がいるランス団の頭領。可能性はあったかもしれない。だが魔王が女を求めて盗賊団の首領をやる理由が全く見当たらない。勇者になった翔竜山はそのまま魔王の持ち主であると聞いていた。なのに何故、盗賊団なんてやっているのか。

 バーバラは稼ぐ為に勇者の力を利用しているだけだ。魔人や魔王や、世界最強達と戦わずに美味しい思いをするつもりだった。それがいつのまにか本当に魔王に喧嘩を売っている。

 怒鳴り声が続く。時間は稼いだので広い街の中では簡単には見つからないと考えて脚を緩めようとしたが、

 

「こっちかーーーーー!」

 

 物凄い勢いで、正確にバーバラのいる方に近づいてくる音が聞こえた。

 ランスの声が近づいてくる。

 

(ひいいいいいいっ!?)

 

 民家の影に隠れてやり過ごそうとする。

 だが、ランスは駆け足で一旦横を通り過ぎた後……すぐさま戻って来て、きょろきょろと周辺を見回し、バーバラと目が合った。

 

「ここにいたか。魔王からは逃げられんぞー!」

「なんでバレるのよぉ……少しは誤魔化せないとおかしいでしょ……」

「俺様は美女の匂いがなんとなーくわかるのだ。あとは勘だな」

 

 人の形を被った野獣は満面に喜色を湛えて両腕を広げる。

 

「さあさあさあ! 新しい勇者バーバラちゃんの挑戦を慈悲深くも一騎打ちで応じてやるんだぞ。どーんと俺様の胸の中に飛び込んでくるがいい!」

「無理無理無理無理! 絶対やだー! 勘弁してーーーーー!」

 

 それでもバーバラに逃げる以外の選択肢は無かった。地上が駄目なら空中戦とばかりに民家に飛び乗って屋上を駆け抜け、転ぶように逃げ惑う。

 

「…………なんだ、この勇者」

 

 盛大に啖呵を切ったと思ったら逃げる一方。勇気の欠片もありはしない。

 様子を見る為に『ゆっくり』追ってみれば既に目の端に涙が(にじ)んでいる。勇者と名乗ったのは最初だけで、ただの少女と変わらなかった。

 ランスが少し本気を出せばあっという間に距離は詰まり、手の届くところに追いつかれたバーバラも慌てて方向転換をしようとする。

 

「たーーっち!」

 

 追い抜きざま、ランスはバーバラの頭を叩いた。

 

「きゃああああっ! さわ、触るなああああ! ……あっ」

 

 それだけで酷く動揺したバーバラはバランスを崩し、屋上から足を踏み外す。

 

「あっ」

 

 勢いがついていた為止まらない。受け身にも失敗してごろごろと転がり、盛大に防壁に激突して崩れた瓦礫に埋まる。

 

「ひ、ひぃーーーーっ! 助けてコーラーーーーー!」

 

 あまりの惨状に、ランスとしても肩の力が抜けるような相手だった。

 

「もしかしてコイツ……かなりポンコツなんじゃないか?」

 

 それでも復活は早い。一般人ならそれだけで重症を負ってもおかしくない崩落だったが、早々に立ち上がって逃げに入っている。

 もうこの時点でランスも逃げられる気は全くしなかった。まな板の上のサカナがぴちぴちと跳ねているようにしか見えない。

 

「だが、女の子にしては強いのは間違いない。むむむ……」

 

 最初の一撃はこれまで東ヘルマンで戦った相手とは全然格の違うものだ。逃げ惑う少女は今まで戦って来た相手とは格の違う身体能力を誇る。自分の娘にも届き得る世界にいる相手だ。

 心の強さ、在り方と強さのギャップが全く合わない。不思議な相手だった。

 

「ま、いいや。強い女で、美人、まさしく俺が今求めている女だ」

 

 もうバーバラとの勝負の結果は決まったようなものだった。後は品定めに近い。

 

「少しづつ俺様も本気を出して追ってみるか。逃げられる時間が長いほど思いっきりセックスが出来そうだ。ぐふふ……」

 

 ランスはバーバラの逃走能力から力を図ることにした。

 

「待て待て待てー! がはははははははー!」

「ひいーーーーーーーーっ!」

 

 西の空には太陽があり、光が降り注ぐ。時折突風が吹き、瓦礫が飛ぶ。

 そんな事より、バーバラはランスに追っかけまわされていた。

 

 

 

 

 

 

「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ……」

「ぐふふ、追いかけっこはもう終わりかー?」

 

 東門手前、血の(にじ)む惨状の門前にバーバラは追いつめられていた。

 全力の逃走、限界を超える短距離走をし続けたせいで息は荒く、壁に寄りかかっている。

 だが、ランスの息は全く乱れていない。時折セクハラ発言をしながら笑うように追い立てられて、ここまで追い詰められてしまった。

 

「逃がす気、ないんでしょ……?」

「とーぜんだ」

 

 バーバラも途中から遊ばれているだけだと察していた。

 それでも逃げ続けたのは、怖かったから。

 魔王相手に剣を抜いて無事でいられるとは思えなかった。

 今だって、剣を持つ手が震えている。

 

「ああもう、やるだけやってやるー!」

 

 バーバラがエスクードソードを構える。彼我の差は最初の時に思い知っているから無謀と知りつつも、他に選択肢がない。

 そして瞬き一つした時――――既にランスの剣が目前に来ていた。

 

「がははははは! これで終わりだーーーーーー!」

 

 最初の時と立場を入れ替えたような上段斬りがバーバラを襲った。

 

「―――――ッ」

 

 ランスの剣とエスクードソードが真っ向から噛み合い、嫌な音を立てる。

 そのまま先程のように膂力負けしてバーバラは剣を叩き落とされる――と、思われたその時。

 

「「はっ?」」

 

 奇跡が、起こった。

 ランスの剣がエスクードソードによって、根本から真っ二つにされていた。

 

「な、何いいいいいいい!?」

 

 ランスの誤算はただ一つ――逡巡モードの勇者、より踏み込むならばエスクードソードと魔王時以外で戦ってなかったこと。

 勿論、ランスが持っていた剣も店で売られるような業物どころではない。バランスブレイカーとまでは言わないが、世に出たら数百万goldはする名剣だ。2000年以上も折れず曲がらず真摯(しんし)に持ち手の期待に応え続けていた。

 だが、老朽化、ランスの異常な力、バスワルド戦の酷使、エスクードソードの切れ味、様々な要素が重なり、バーバラにとっては幸運にも剣の強度に限界が来て、寿命を迎えてしまった。

 

「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」

 

 ランスの剣は柄と10センチばかりの刀身を残して、ぽっきりと折れてしまった。

 慌てて距離を取ったランスの表情が立場の逆転を物語っている。

 バーバラは伝説の剣を持ち、ランスに受けの剣はない。これなら勝ち目が存在する。

 

「あ、あははははははは! 私ってこういう時超ラッキーなのよー!」

 

 エスクードソードを正眼に構えて、バーバラは破顔した。ランスとしても不利を悟って、焦りの表情を浮かべている。

 盗賊退治なはずなのに魔王退治の称号が目の前に転がり込んできた。

 こうなればやる事は一つだ。

 

「それじゃ、勇者らしく魔王退治と行きましょうかねー?」

「っち……」

 

 今まで与えられた恐怖や苦しみの鬱憤を晴らすように、口角を吊り上げてランスを(あざけ)る。

 

「何か言い残す事はある? ま、お、う、さ、ま?」

「これで俺に勝てると思ったら大間違いだからな!」

 

 短い柄だけとなった剣を振って、怒りの形相を浮かべるランス。バーバラにとってはこの上なく見たい姿だった。

 

「あははははははは! 剣士がこの状況で何が出来るって言うのよ! 死になさい!」

 

 逃げない魔王は馬鹿だ。意地か何かで足を縛り、自分から不利な土俵で戦おうとしている。

 満面に喜色を(たた)えて、バーバラはランスに飛び掛かった。

 

「全力斬りぃ!」

 

 中段からの斬り払い、剣の無い相手を安全な間合いで切り続ける為の一手。それをランスは無防備に受けようとして――――消えた。

 

「ランスコサーーーック!」

 

 ランスはバーバラの脚をひっかけようとしゃがみ、足をぐわっと前方に出していた。

 

「へ……ぶっ! んなぁ!?」

 

 中段斬りに力を入れていたバーバラは、突然視界から消えたランスに脚を払われて完全に体制を崩される。

 

「チャーンス!」

 

 前のめりに倒れたバーバラは柄の部分を強かに蹴り上げられて、エスクードソードを遠くに飛ばされる。ランスはそれと同時にバーバラの背中に座り込み、短くなった刀身を倒れた首筋に添えた。

 

「がはははは! 俺様の華麗なる空間殺法に恐れ入ったか!」

「う、うう、うぅぅぅううぅ……」

 

 首筋に添えられた剣の感触は、バーバラから力を奪うには十分だった。

 ランスが押せば血が噴き出し、そのまま命が消える。一回自殺紛いな事をした経験があっても、この状況で暴れる勇気はない。

 

「んー、なんか言う事あるかー。ついうっかり力が入っちゃいそうだなー?」

「降参降参降参します! 殺さないで!」

 

 ランスに背中に乗られた状況で両腕を掲げて無抵抗宣言。ここに勝負は決した。

 ポンコツ勇者は、剣抜きの魔王に奇襲で負けてしまった。

 

「たーらららーら―♪ たららーっと!」

 

 ランスは縄を取り出し、バーバラを後ろ手に縛っていく。

 

「ぐふふ……俺様は聖女から貰った力があってな。戦闘終了時に捕獲に成功している奴は力が入らなくなるのだ」

 

 ランスの能力の一つ、ベゼルアイから授かった捕獲の力。

 ありとあらゆる絶魔物を犯す時に使った力をバーバラに行使していた。

 

「な、なにこれ……なにこれぇ……」

 

 ただのロープが解けない。魔人級の力が全く役に立たない。体を(よじ)っても力が抜ける。

 世界(システム)の拘束状態に捕らわれたバーバラに為す術がなかった。

 

「さあさあ、勇者とやるのは俺様も初めてだ! どんな感じになるのか楽しみだなー!」

 

 ランスは縛られたバーバラをひょいっと抱えて、暗がりへ連れ込んでいく。

 

「お願い勘弁して! 謝るから、私が悪かったから!」

「過去の勇者には酷い目合ってきたからな。その分バーバラには責任を取ってもらうぞー! 恨むなら前の勇者達を恨め!」

「あ、あ、あ……違うの! 私勇者じゃないのーーーーー! やめてーーーー!」

 

 どさりと降ろされたところは石畳。民家と民家の間、石に囲まれ、木箱があり、埃がかかったところにバーバラは縛られて転がされた。スカートは雰囲気の為か半ば破られ、健康的な足と下着がちらつく。

 首を捻って見えるのは、両手をわきわきと動かすランス。馬鹿笑いをしながら、下品な口のデカい男がバーバラにのしかからんとしている。

 

「お楽しみの時間だーーーー! がはははははははは! がーはっはっはっはっはっはっはっは!」

「いやあああああああああああああああああ! 助けてコーラ! ほんと助けて―!」

 

 バーバラは暗がりの中で初めてを奪われて滅茶苦茶に犯される事となる。

 少女が味わう初体験としては、最悪なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者
               

「……………………ああ」

 

 ランス達を見下ろせる外壁上。

 放心したアキラが、バーバラとランスの一部始終を眺めていた。

 力無く膝を突き、いつしか両手は祈るように胸の中心を押さえている。

 

「ああ、ああっ……勇者だ、勇者なんだ……!」

 

 思わず漏れる言葉には憧憬(どうけい)の響きがあり、黒き瞳から雫が落ちる。

 人域を遥かに超えた身が、力無き少女のように祈りを捧げてしまう。

 

「勇者がこの地に来てくれた……! 僕は遂に会えるんだ、しかも……!」

 

 アキラは思い返す。今の状況を。

 神異変によって神は干渉不能。汚染人間が勇者に近づいて何を為しても介入は無い。

 懸念だったバスワルドは停止させられ、安全弁も無くなった。

 そして、悪魔が世界を覆わんと動き出している――――ラグナロクの日は近い。

 

「あ、は………ははは……はははははははははははははははははははははは!!!」

 

 アキラは狂気を孕んだ哄笑(こうしょう)を上げた。

 溜まりに溜まった激情が吹き出し、圧倒的な歓喜と共に笑わずにはいられない。

 今代の勇者と出会えた幸運に震えが走る。

 

「いよいよだ……僕が隠れる必要は無くなった。そして、人類が勝利する日が遂に来た!」

 

 二千年――――ずっと、アキラは耐えていた。

 人が魔物に蹂躙される日々を。

 神々が作り出した残酷な世を。

 悪魔すらどうにもならぬ、絶望しかない世界を。

 

「ああ、魔物も、神々も、悪魔も……人を虐げる世はもう終わりだ! ラグナロクに勝利するのは人類となる! 今なら勝てる! 僕が、勇者が人を救ってみせる!」

 

 嫌だった。ずっと、嫌だった。

 人を救いたかった。汚染人間になっても救いたかった。手を差し伸べたかった。

 だが悲劇は世界にありふれて、根を断たなければ何も変わらない。その為にアキラは耐え忍び、待ち続けた。

 数千年でも、数万年でも待つつもりだった。

 その日が、待ち望んだ状況が目の前にある。

 

「こんなものも、もういらないや! ふふ、はははは……」

 

 アキラは仮面を投げ捨てる。

 黒い砂に落ち行く白い砂、それを凍らせた砂時計。RECO教に所属する際に、せめて悲劇が少なからんと祈り仮面に刻んだ刻印。その必要はなくなった。

 仮面を被り、人を騙し、隠れて生きて、多くの人を見捨てる日々はもう終わったのだ。

 心の氷が解けていく。

 

「ああ、それでも二千年は長かったな……汚染人間の身でも……」

 

 胸に去来するのは追憶の日々。

 悲劇に(まみ)れ、足掻いた少女の時。

 エスクードソードを掲げ、勇者となった時。

 ナイチサに託され、誓った時。

 ジルとの決戦の末、彼女の旅が終わった時。

 アキラは頭を振り涙を拭く。泣くのはこれが最後となるだろう。

 

「僕は駄目な勇者だった。でも、諦められなかった……勇者だからこそ……」

 

 立ち上がったアキラは興奮に頬を色づかせて、バーバラから目を離さない。

 バーバラは従者に助けを求め、勇者である事を否定しようと泣き叫び、犯されようとしていた。

 アキラが見た歴代の勇者の中でもここまでみっともない勇者はいない。

 ()()()()()()()

 勇者として在らんとしたあの想いが蘇り、とうに時の止まった汚染人間の身体を突き動かす。陶酔のあまり両腕を広げて今の光景を祝福する。

 

「見捨ててしまった全ての犠牲に、やっと報える。駄目な勇者だったあの時を、今度こそ変えられる。次はもっと上手くやる! やってみせる!」

 

 二度目の旅は未練を積み重ね、積み上げる日々だった。

 史上最高の勇者が今度こそ人を救えるようにと積み上げ、鍛えた長い時。

 休まず、眠らず、心中で謝りつつ人を見捨てる日々。

 辛いだけの、悲しいだけの日々が――――

 

「そしてやっと、やっと僕の旅は終わる! 終われるんだ! あは、はははははははは……!」

 

 二度目のアキラの旅――――その終着点が目の前にあった。

 未練の答えは、勇者以外にありえない。

 凍れる時が動き出す。

 

 

 

 アキラの物語が、再び始まった。

 

 

 




 これは、勇者の物語。








 次回、エロ。
 本気で書く。一週間以内。
 turn1終了まで、あと二話。


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女勇者の必然 ★★★

 設定上はバーバラの身長=ペルエレ、シーラの身長だからランスとのエロは想像しやすい。
 体格差のイメージが一発で沸く。まあバーバラはシーラよりもう少し引き締まってヒップ小さいイメージがあるけど。14歳な分ビジュアルブックレットよりちょこっと未成熟感を持ってる感じで書いてます。

あらすじ
 新勇者バーバラはウラジオストックに来たところ、ランス盗賊団の襲撃に遭遇。
 勇者の力に過信して元魔王ランスを倒そうと襲いかかり、案の定負けてしまう。
 降参したバーバラをランスは暗がりへと引っ張っていき……


 路地裏の暗がりに来ると、バーバラはうつ伏せに転がされた。

 両手は腰の後ろに縛られて力が入らず、両足をランスに押さえつけられてる為に逃げられない。

 

「がはははは! 勇者もこうなっては形無しだな!」

「は、放してよぉ……やめて、引っ張らないでぇ! ああっ……」

 

 スカートの中に手を差し入れたランスが、下着を降ろしていく。するすると足先まで抜かして、剥き出しになったバーバラの秘部を鑑賞する。

 

「うむ、グッドだ。下着は安物だが、中はすべすべで綺麗だな」

「見るな見るな見るなあーーーーーーー!」

 

 バーバラは足に力を入れて抵抗しようとするが、拘束は全く緩むことはない。首をひねって様子を伺うと、ランスは既に服を脱いでおり、股間部にある屹立したペニスと赤黒い亀頭が目に入ってしまった。

 

「ななな、ななぁっ……!」

 

 顔を羞恥に真っ赤に染めてうろたえる。完全な勃起状態の男性器を目に入れるのは初めてだったため、そのグロテスクな異形に圧倒されてしまう。

 

「ん? 俺様のハイパー兵器に興味津々か。これがずばっとお前の中に入るんだぞー」

 

 ランスのペニスは、少女の初心な視線を餌にいよいよ隆起して肥大し盛り上がる。海綿体に血液が流入して太く、逞しい姿を見せつけていく。意思ある生き物のようにぴくんと反ると、その拍子に先走りがたらりと垂れた。

 

(無理無理無理……! あんなの入れられたら壊れる!)

 

 そうして戦慄している間もランスの手管は止まらない。少女の衣服に手をかけて力任せに服を脱がせ、乳房を露出させる。

 

「さーて、勇者には恨みがあるからな。その分バーバラには厳しく行くぞー」

「ち、違うの! 私は勇者じゃないのーーーー!」

「はあ?」

 

 凌辱だけは嫌という思いから、バーバラは言い訳を重ねていく。

 

「私は冒険者なの! 勇者じゃないから、お願いだからやめてぇ!」

「いや、伝説の剣の持ち手とか、魔王退治に来たとか自分で言ってただろ……」

「あれはちょっとしたジョーク、ジョークだから! 盗賊退治に来た冒険者でランス団だから私も身分を偽ったの! 魔王退治なんて危ないことやるわけないじゃない!」

「何言ってんだコイツ…………ん?」

 

 ランスの中に一つのアイディアが浮かびあがった。この少女を尋問形式で嬲ったら楽しそうだと黒い欲望が囁く。

 

「くくく……そうか、バーバラちゃんは冒険者なのか。俺様はもう魔王を辞めていて、今は冒険者なのだ。冒険者仲間のよしみで解放してやらんでもない」

「えっ……」

「た、だ、し!」

 

 ランスはバーバラに覆いかぶさった。顔がすぐ横になり肩を挟むように腕が回される。スカートはまくり上げられ、ペニスがバーバラの太ももに触れた。

 

「きゃあああああああああ!」

 

 耳元にランスの荒い吐息がかかる。

 

「俺様は勇者にとーっても恨みがあるのだ。バーバラちゃんは悪戯をしたから疑いを晴らす必要がある。いくつかの質問に答えて冒険者として証明出来れば、解放してやる。でも勇者だと思ったらこっぴどく犯すぞ」

「キースギルド所属の冒険者なの! 鞄はあそこにあるからギルドカードで――あううっ!?」

 

 ランスの両手はバーバラの乳房に伸びて揉みしだく。発展途上でランスの大きい掌に収まり、力を込めると柔らかく形を変え、バーバラの言葉を喘ぎ声にして遮らせる。

 

「そんなことはどうでもいい。俺様の質問に答えられればいいのだ」

「んんっ……あっ……や、やめっ、なんで……」

 

 ランスの手は少しも止まることがなく、少女の快楽の芯を捕まえようと探し、少しづつ剥き出しにかかっている。激しさの中に優しさと緩急を加えた指が舞い、時を経るごとに頭には羞恥だけではない熱が生まれていく。

 

「まずはそうだな、処女か?」

「あっ、んっ……なんの、関係が……んんっ……」

「女冒険者なら負けたら犯される。負けた事があるかという質問だ」

「ない、わよ……くっ、んっ……こんな、セクハラもっ……」

「こんな感じのセクハラかー? んー?」

 

 ランスはニヤケ顔でバーバラの両胸を強く押し潰すように握った。立ち始めた乳首をピンと指で跳ねる。電流のようなものを感じたバーバラの背筋ものけ反る。

 ランスの手が蠢く度に、甘い声が路地裏に響いて淫靡な雰囲気を醸し出す。

 胸の愛撫だけで短時間で昂ぶるバーバラに対して、ランスはやや不思議に感じた。

 

「ふむ、でもそれだとちょっと反応いいな。オナニーをやってるのか?」

「お、ナニー……?」

「なんだ、知らんのか? 自分で自分の胸や股を弄って気持ちよくなることだ」

「あっ…………!」

 

 バーバラの脳裏に浮かぶのは、氷砂糖の夜。

 薬物に侵され、獣欲に犯され、一匹の雌となり男を求め続けた一時の過ち。

 

「違う違う違う……あれは違うの……! あああっ……!」

 

 ランスの指が下腹部に伸び花弁を撫でる。いつしかその秘裂は湿り気を帯び、指を押しつけて掬うと粘り気が絡みつく。ランスはそれを見せつけるようにバーバラの目の前に晒した。

 

「何が違うんだ。胸だけでこんなになってるぞ」

 

 とろりと、二つの指から水気が垂れる。ランスの指にかかる糸はバーバラの性感の証であり、女としてその準備が着々と進められていることをありありと示されて、恥ずかしさに目を伏せた。

 

「オナニー大好きバーバラちゃんか。エロい子だなー」

 

 ランスの無骨な手は下に伸び、バーバラへの責めを再開した。快楽の沼に沈んだ腰を深く落とさせるように秘裂を擦り上げ、くちゃくちゃと水音を立てる。バーバラの意思に関わらずに甘い声が漏れ、息が荒く、苦しくなっていく。

 

(……もういいか。この子もエロいが、俺様が上手すぎるな)

 

 既に秘裂は濡れそぼって指に絡みついてひくつき、男を受け入れるに十分な状態になっていた。ランスの手管は少女の肉体を追い詰め、少しづつ、されど急速に一匹の雌へと変えつつある。

 

「これが最後の質問でいいか。盗賊退治についてだ」

 

 ランスは腰を浮かして秘裂に剛直をあてがった。

 

「あっ……」

「盗賊退治に来たと言ったな? ならば失敗する事もあるだろう。そんな時、捕らえられて暗がりに連れ去られた。次はどうなると思う?」

 

 どろどろになったバーバラの頭の中に、無骨な男の声が流れ込んでくる。

 

「正解したらバーバラは冒険者だ。間違ったら勇者だ。勇者ならこっぴどく犯すぞ」

 

 どの答えを言おうとランスの取る行動は変わらない。腰を前に突き出し、少女の純潔を奪うだけだ。ただ、どのような回答をするかというのは興味の種であった。

 

「あ……ああ……

 

 朦朧とするような熱に炙られ、バーバラは氷砂糖の時に囚われていた。圧倒的な熟練者の技量によって剥き出しにされた肉欲は、寂しさを埋めるよう訴えかけてくる。下腹部に触れる熱が本能で頼もしく感じてしまう。

 あの時はどれだけ求めても無かったものが、すぐ傍にある。想い求めた無骨な力強い掌に弄られて、野太い声からの質問が来た。快楽の主人から、奴隷への問いかけだ。

 

 発情したバーバラの目の前に、二つの選択肢が用意されていた。

 ランスの思い通りにならなくて、勇者として酷く犯されるか。

 ランスの思い通りになって、冒険者として優しく犯されるか。

 

 もしかしたら解放されるかもしれないという思考は快楽の沼に沈んで浮かんでこない。自分の体から湧き出る肉欲の水は、窒息しそうな理性の口をいよいよ塞いでしまう。必死に押し留めた獣が頭をもたげていく。

 

「さあ、どうなるんだ?」

 

 そうランスが言った拍子に、亀頭の先が粘膜に触れた。バーバラの顎が上がり、下腹部の疼きに耐えかねた甘い声が絞り出される。

 

「ああっ……わかんないっ! もうわかんないのおっ!」

 

 一瞬、ランスは驚いたような表情を浮かべ、

 

「……このエロ娘がーーーーーーーー!」

 

 ニヤけ顔になって腰を勢いよく前に突き出した。

 

「あ、あああっ!? ひぎぃっ!?」

 

 バーバラの膣内は十分濡れそぼっていた。ランスはさしたる痛みもなく処女膜を割り割き、少女の未踏の地へと侵入を果たしていく。処女特有の締めつけも程良いスパイスだ。だが、バーバラにとってはそうではない。

 

「痛い痛い痛い痛い! 痛いよぉ! あっ、やめっ……やめてぇ!」

 

 少女にとっては凶暴過ぎる肉塊によって一息に掘削され、体の中が裂けていくような間隔がある。柔肉をごりごりと割られる痛みに悲鳴を上げ、涎を垂らし、涙が流れる。しかしランスは悲鳴を一切意に介さずにその最奥までペニスを押し進めた。

 

「くくくっ、このエロ勇者め、そんなに激しく犯されたかったのか!」

「あ、ああっ……!?」

 

 そう言われて、バーバラは正気に返った。激甚たる痛みが頭の中を覆っていた肉欲を拭い去り、自分がどれだけ愚かなことをしたのかを突きつける。

 未知の快楽に対する期待から、絶対に不正解になる選択をしてしまった。

 

「ま、俺様はこっちの方が気持ちいいから丁度いい。動くぞー!」

「ちょっ、ひっ、ああ……あっ……う、ぐ……ううう……!?」

 

 ランスはバーバラの腰を掴んで、泣き叫ぶ少女を気にせずに腰を動かす。肉棒が気持ち良くなるための玩具として扱い、がくがくと揺さぶる。粘膜が擦れて淫靡な水音が響くが、性の捌け口にされたバーバラには痛みばかりが勝っていた。

 痛みに泣き喚き、涙を流すバーバラの脳裏を後悔ばかりが埋め尽くす。

 

(ああ……どうしてこんなことに……)

 

 初めては、暖かくて柔らかいベッドの中で、好きな相手と――と思っていた。

 実際は、嫌いな男に押し倒され、汚い路地裏で奪われた。しかも肉欲に負けて半ば懇願するような形で。

 村娘らしい乙女心はぐちゃぐちゃに踏みにじられ、もう二度と戻らない。

 

「とーう! とーう! とうとーう!」

 

 今もランスは思うがままに腰を動かし、血の混じる膣内を自分専用の肉穴にするべく秘所を耕している。肉人形と化した少女の肩に地面との擦り傷が出来るのも構わずに突き上げ、引き寄せる。

 バーバラとしてももう出来る事はない。痛みに声を漏らしつつ、せめてこの地獄が早く終わるようにと祈るだけ。体をひねって自分の貫かれている姿を見るのも辛かった。

 

「ううむ……このキツさだと長くは持たんな、とりあえず一発出すか」

 

 そうランスが呟くと、腰の動きを変えた。快楽を堪能する動きから一つの成果を求める動きへ。縦横無尽に深く突く位置を変えるグラインドから、亀頭を強く膣内のある一点に擦りつけるような浅く早いピストンになる。

 もうすぐ終わるのかという安堵の中で、少女の知識が警鐘を鳴らす。

 

「あ……出す……まさ、か……精、液……!?」

「そうだ、皇帝液を発射するぞー」

 

 最悪の未来に想い至り、バーバラの顔が真っ青になった。

 

「ああああっ! やめて、外に出してぇ!」

「俺様は中出しが好きだ。諦めろ」

 

 どんどんランスの抽送は早くなり、腰に回された腕の力も増し、絶対に逃がすまいという意思がある。必死で縛られた腕を解こうとしても、手首が赤くなるだけで力が入らない。

 

「妊娠なんて嫌ぁッ……私、まだ14歳なのに……あっ、ああっ……!」

 

 路地裏の中で、嫌いな男に犯されて、精液を流し込まれ、妊娠する。レイプ犯との間に無理やり授けられた命を抱えて生きる。女としての幸せを最も不幸な形で叶えてしまう。

 ピストンの速度はいよいよ上がり、火傷せんばかりの速度でバーバラは揺さぶられていた。

 

「よーし、もう出るぞー!」

「だめ、だめ、だめぇぇぇぇっ!!」

 

 腰を前に強く突き出し、亀頭が子宮口まで打ち込まれ――――精液が、ほとばしった。

 

 びゅくっびゅるっ、びゅるるるるるっ!

 

「んっ、ああああああああっ!!!」

 

 溜まっていた雄の子種は次々と子宮に襲い掛かり、その目的を果たさんと殺到する。濃厚な白い白濁液はたちまちの内に子宮に満ち、膣内へと溢れ出す。ペニスの脈動は止まることがなく、その膣内すら埋め尽くさんという勢いで精液を送り続けていた。

 

「くーっ、出る出る!」

 

 世界最強の雄が流し込む白濁の量は尋常ではなく、膣内を満たした後も花弁から溢れて地面にぽたりと落ち、シミと共に、精液独特の香りをあたりにまき散らかしていく。

 

(ああ……これは、だめ……わたし……にん、しん……)

 

 自分の体温とは違う、熱い粘液に満たされる感覚を味わって雌としての本能が察してしまう。

 バーバラに少しでも母体としての機能があれば、この精液は確実に孕ませる。それだけの絶望感を感じさせる程、雄としての強き種の力と量が暗澹たる気分にさせる。

 

「がははは、最初のセックスはどうだった? お望み通り、激しく犯してやったぞ」

 

 勇者の初めてを余すところなく奪い去り、蹂躙しきって上機嫌に笑うランス。腰を支えていた手をバーバラの肩に回し、横から顔を覗き込む。涙でぐしゃぐしゃになり、美白な肌に赤みのさした綺麗な顔立ちが台無しだった。

 

「ぐすっ……最低よぉ……! 本当、死んでよぉ……!」

「そうかそうか! 俺様はとーーっても気持ち良かったぞ! がははははは!」

「…………ッ! 死ね死ね死ねぇ! この強姦魔ぁ! 死んじゃえぇ!」

 

 乙女心を踏みにじった男の笑い声を浴びて、バーバラの総身に殺意が満ちる。負け惜しみに汚い言葉をランスに向けて放った。

 しかしランスはその罵声を受けても不快に思うどころか、いよいよ上機嫌に笑う。

 

「がははははは! さすが勇者だな、結構強めにやったのに元気か! そうかそうか!」

 

 ランスはバーバラを抱きしめると、また腰を動かし始めた。

 

「ああっ……な、なに、して……!?」

「俺様が一発で終わるわけないだろう。ハーレムの女共は一発でヘトヘトになってしまうが、お前はまだまだたくさんいけそうだ。ぐふふ……」

 

 すぐにランスのペニスは固さを取り戻し、白濁塗れになった膣内を擦りあげる。

 

「や、やめてぇ……! やだ、やだぁ……!」

「大丈夫だ、一回やったんだからさっきより痛くないぞ。今度は気持ち良くさせてやろう」

 

 今までの乱暴な腰使いから一転して、ゆったりとした緩やかなグラインドに移っていた。

 ランスはバーバラを気に入り、本格的にこの少女を自分だけの女にするべく快楽を呼び起こそうとその手管を行使し始めている。

 

「昨日出してない分も合わせて、最低10回はつきあってもらうぞー!」

「そんなっ……あっ、ああっ……はぁぁっ……」

 

 痛みは少しづつ快楽に切り替わる。圧倒的な熟練者による快楽責めが始まった。

 

「あああっ……いやぁっ、やめてぇ……

 

 二回戦以降、勇者はその体力が持つ限り魔王の欲望を受け止め続け、夕方になるまでまぐわいは続いた。

 

 

 

 ランスは久しぶりに、大満足できるセックスを心ゆくまで堪能した。

 

 

 

 

 バーバラの初体験は少女としては最悪なものだった。嫌いな男に純潔を奪われ、汚い場所で幻想は粉々に砕かれ、全身を白濁に染められ、消し去りたい記憶となる。

 だが、雌としての悦びを教え込まれるという意味では、永遠に忘れることが出来なくなる理想の初体験だったかもしれない。




全裸 バーバラ
 冒険者が危険な職業であることを理解して慎重に立ち回っていたが、持ち前のポンコツさで借金ばかり嵩む日々。一発逆転を狙って翔竜山へ行き、そこで勇者に選ばれる。
 以降勇者に与えられた圧倒的な力に増長、あっという間に慎重さを無くした村娘は冒険者として思うがままに力を振るう。
 そんなところでランスに出会い、処女を奪われた。
 本人は否定し続けるだろうが、実はスイッチが入るとエロい。性欲が強い。

 隠れる
 興奮状態

 ランス君の楽しそうな姿を真っ向から書けるのたのちい。
 本当はどろどろになる二回戦まで書きたかったけど作業量間に合わなくて断念。
 turn1書ききって時間余ったら若干清書するかも……
 次回、21日


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ウラジオストック⑨ 陥落

 凄惨で、淫靡な光景が広がっていた。

 路地裏に転がされた裸体には、白濁液が体中に施されている。その美しい金髪も、胸にも、口のにも精液が付着して、イカ臭い匂いに包まれている。空色の瞳はもう何も映しておらず、焦点が合っていない。

 

「あ……ひぃ……は……」

 

 盗賊の集団に輪姦されたような状態の勇者――バーバラが、虚ろに呻きを漏らす。

 

「あーーっ、出した出したーーーっ!」

 

 満足そうにペニスを引き抜いたランスが尻餅をつく。この凌辱者は5時間近く休まずに励み続け、日が沈みそうな今になってやっと処女だった少女を手放した。

 

「うむうむ、やはり強い女はいい。探せばいるもんだな」

 

 ランスは大満足していた。

 ここ二週間、ずっと彼の性欲を満足させる日はなかった。ハーレムを築こうが、自分の快楽優先で動けば壊れそうな脆い女ばかりで苦悩の日々。

 そんな中で出会ったバーバラは、ランスも驚くほど頑丈で壊れにくく体力があった。反応がある限り続けてみようとしたところ、遂に耐え切ってしまった。

 この少女はランスを満足させ続ける素質があった。ランス自身何度抱いても飽きないと確信し、抱いていると流れ込んでくる不思議な陶酔感を味わい続けたくなった。

 

「処女を相手にやり過ぎた気もするが、バーバラも結構楽しんでたしな。まあいいだろ」

 

 ランスはバーバラの頭をぽんぽんと叩く。

 

「う……うぅ……」

「聞こえているかー? これからお前をハーレムに連れ帰る。そして毎日可愛がってやるぞ」

「ま……いにち……?」

「そうだ、お前はハーレムの女共の中でも特別な役割になる。デザートかメインディッシュとして、俺のハイパー兵器を満足させ続けるのだ」

 

 凌辱後の朦朧とした頭の中に、絶望的な宣言が響く。

 どういう状況でも慢心はするな、冒険者は一つの失敗が身を滅ぼす。

 キースから口を酸っぱくして言われた忠告が現実のものとなっている。勇者という圧倒的な力を得ても、ただの村娘と変わらない結果が待ち受けていた。

 

「…………いや、いやぁ」

「拒否権はなーい! 心配するな、俺様は勇者だろうが冒険者だろうが平等に愛してやる。すぐにメロメロにしてやるからな。がはははははは!」

 

 そう言って上機嫌に背を向けて、ランスが服を着ようとした時だった。

 鼓膜を破るような爆音と閃光が、周囲で炸裂した。

 

「うおおおおおおっ!?」

 

 ランスが驚いて首を振るが、圧倒的な光量を前に全ての景色が塗り潰されて身構えるだけだ。

 そして仕掛け人の目的はランスではない。

 

「失礼します!」

 

 路地裏に飛び降りた影が縄を断ち切り、バーバラを抱き起して背負った。

 そのまま重さなどないような軽やかさで跳躍し駆け抜け、ランスから離れていく。

 

「助けに入るのが遅れてしまい、申し訳ありません!」

「…………だ、だれ?」

「アキラと申します。あなた様の味方です!」

 

 ウラジオストック東門に辿り着いたアキラは、転がっていたエスクードを蹴り上げてバーバラの上に乗せる。

 

「誰だーーー! こんな事をした奴はーーー!」

 

 怒鳴り声が響く、鬼の形相をしたランスがアキラ達の後ろ姿を捉えていた。

 

「しばらく前後不覚になるはずなんだけどな、規格外め」

 

 そう吐き捨てると、アキラは門外へと駆けだした。

 

「待て! 俺から女を攫って逃げられると……おわっ!?」

 

 地響きと共に、家屋が動く。

 どこかの地盤が限界を迎えていたか、地割れが起きてランスの周囲に瓦礫が降り注ぐ。

 

「なんじゃこりゃーーー!?」

 

 ランスにとって大した障害ではないが、足下を崩されて力の入れようがない。世界そのものが敵となって、前に進もうとするのを阻んでいるような状態だった。

 

「今の僕は勇者特性が味方してるから、なんとかなりそうだね」

「あ……なんとか、なる?」

「ご安心ください。余程の事をしない限り勇者を捕らえ続ける事は出来ませんよ」

 

 景色が流れ、ウラジオストックが遠ざかっていく。

 

(ああ……助かるんだ……)

 

 安堵と共に、バーバラは意識を手放した。

 

「ふふふ……今はゆっくりとお休みください」

 

 穏やかな笑いを漏らしつつ、アキラは駆ける。

 勇者二人はランスの手から逃げおおせた。

 

 

 

 

 

 

 

「だーーーっ、クソが!」

 

 外壁上に登ったランスが地団駄を踏む。どこを見回しても逃げた少女の姿が無い。気配も無く、どこへ行ったか見当がつかない。完全に撒かれた。

 掌中の珠を落としてしまった悔しさに歯ぎしりをする。

 

「俺様の大満足セックスライフはどこいったーーーーー! 強い女をよこせーーーー!」

 

 素っ裸の男は夕日を背に向けて叫ぶ。その拍子にハイパー兵器がぷらんぷらーんと揺れた。

 有体にいって、最低の絵面であった。

 

「ランス様ー! ランス様ー!」

「……ん?」

 

 すっかり揺れが収まった街から、シィルの声が聞こえる。

 ランスが振り向くと、焦りの表情を浮かべた奴隷が眼下で声を出しているのが見えた。

 

「なんだシィル、どうした?」

「ウラジオストックは陥落しました! 盗賊団の皆さんがランス様を呼んでます!」

「おお、そういやそんなことやってたな」

 

 ランスはシィルに近づき、桃色の頭にわしわしと手を入れる。

 

「エールがやったのか? 俺様は今とーっても上機嫌だ。あいつに任せときゃいいだろう」

「そ、それが……ウズメちゃんや、ミックスちゃんもこの街にいて、長田君がまとめてます」

「……………………はあ?」

 

 怪訝な表情をしたランスが、シィルに問い返す。

 

「なんだそりゃ、エールはどうした?」

「気絶しているんですけど、その流れが私にもよく分からないんです。うぅ……」

 

 ランスは服を着直して、シィルと共に防壁を昇る。完全に無人となった防壁を歩き、中央の教会へと向かう、その途中。

 西地区に広がる巨大なクレーターと、廃墟が見えた。

 

「エールちゃんが暴走した結果……ああなったらしいです」

「……………………なんだこりゃ」

「皆で頑張って止めたらしいんですけど、ちょっと話が信じられなくて……」

 

 中央区の教会に行く道すがら、シィルの説明は続く。

 長田から見たエールの潜入という名の大暴れ、ウラジオストックの一番偉いアキラとの戦闘での暴走、くじらの出現からの大破壊。

 エールが創造神という事を伏せられた情報を一通り聞いたランスは、

 

「つまり、あのクソガキは散々やらかしたということではないか!」

 

 事情はさっぱりわからなかったが、怒髪天を突いた。

 

「お、お怒りですね……」

「とーぜんだ! あれだけデカい攻撃を街でやったらどうなると思う!? 美女が一人ぐらい死ぬかもしれん! 許せるか!」

 

 ランスは大股で歩き、教会に辿り着く。

 

「こりゃキツいお仕置きをしなければいかんな!」

 

 ランスは扉を開けて教会に入り込むと、大量の東ヘルマン兵が座り込んでいた。広い礼拝堂に座り込む兵士は武装解除されており、ところどころに包帯やギブスをしている兵士も見える。

 

「あーーーっ、やっと来た!」

 

 ランスの姿を認めて、長田が駆け寄った。

 

「もうマジ大変だったんだからなー! 盗賊達と東ヘルマン兵の喧嘩を納めるの!」

「何で敵がこんなにいるんだ。全員斬り殺していいのか?」

「ダメダメダメ! ミックスが暴れる!」

 

 長田はバッテンマークを作ろうとして、腕の長さが足りずに手をぱちぱちと叩く。

 盗賊団は教会に踏み込んだ際、傷の浅い兵士達との諍いになり、ウズメとミックスが片っ端から無力化させて止める大喧嘩に発展していた。

 

「こいつらは降伏兵なんだって! ミックスが取りまとめてるの!」

「ごく潰しはいらんし、暴れられたら面倒だ。殺そう」

 

 ランスは剣を構えたが、陶器の体が止めにかかった。

 

「せめてミックスに会ってからにしてくれよー! あっちの部屋で患者を診てるから!」

 

 懸命に宥めようとして長蛇の列を指差す長田。怪我をした盗賊と東ヘルマン兵が分け隔てなく座り込み、『暴れたら実験台』と掲げられた看板のところまで繋がっていた。

 

「今日のミックスはすっごく怖いからな! ランスに対してもカンカンだから覚悟しとけよ!」

「ふん、娘を恐れる父親がいるか」

 

 馬鹿らしいと嘯いて、ランスは部屋の扉の前に立った。ここからでも消毒液の匂いが感じられ、病院のような雰囲気がある。

 

「入るぞ。ミックスはいる、か…………」

 

 ランスは扉を開け、眼前に広がる光景に固まった。

 

「ぐうぅっ、ちょっとこれは……その……」

「痛いでしょうけど我慢しなさい。破片を先に抜かないと化膿するから」

「いや、そういう事ではなく……」

 

 黒衣の少女が、自分の娘が座り込んいる。下半身裸になった盗賊の股間に顔を近づけて、手を差し出して―ー

 

「死ねーーーーーーーーーーっ!」

「ぎゃあああああああああああっ!?」

 

 場の悪い盗賊は真っ二つにされた。

 

「何やってんのよ!?」

「こっちが聞きたいわ! ミックスは何やってんだ!」

「医療行為に決まってんでしょ! 医者の目の前で患者を殺すなんていい度胸してるわね!」

 

 ミックスは足の付け根に深い傷を負った盗賊を治療しているだけだ。だが見える角度の悪さも手伝い、ランスにとっては手淫をしているように見えてしまった。

 父親の目の前で娘と情事を繰り広げる男がいたら斬り殺すだろう。ランスも一人の父親として、ごく当たり前の行動をしたに過ぎない。

 不満そうな表情を浮かべ、ランスはミックスを睨んだ。

 

「医者だと? 男は裸を見られたらエロい気持ちになるぞ。それでいいのか」

「生理的反応なんて気にしないわよ。もう何百人も見て慣れたものだし」

「なにぃ!? そんな破廉恥な仕事をやるのは許さんぞ! 即刻辞めろ!」

「絶っっっ対いや」

 

 二人の間に火花が散る。

 

「お父様の言う事が聞けんのか!」

「もうこれを数年やり続けて、たくさんの患者を抱えてるの。あたしの生き方に口を挟まないで。十数年魔王として暴れて兄妹全員放置した挙句、顔を合わせたら父親ヅラはやめてくれない?」

「ぐっ、ぬぬぬぬ……!」

 

 痛い所を突かれて、ランスは黙り込んだ。

 そもそもリセット以外の全ての魔王の子は、ランスが父親であると自覚はしても、父親としては認めていない。父親らしいところを全く見ていないため、敬えと言われても乱義以外無理がある。

 いい風聞を聞いたことはほとんどないし、今日はさらに悪い報告が飛び込んでいる。ミックスの機嫌が悪いのも当然だ。

 

「……あんた、バーバラに手を出したでしょ」

「ああ、自称新勇者ちゃんか。処女だし気持ち良かっ……」

「ラ、ランス様!」

 

 シィルの静止の声がかかるが遅かった。ミックスの剣呑な目つきはいよいよ凄みを増して殺意を孕んでいる。

 

「なんだ、友達だったか? 相手は冒険者で殺すつもりで襲い掛かって来たんだ。殺さないだけでも優しいだろ」

「………………そうね、あたしはまだね」

「ん?」

 

 ミックスの後ろの影に誰かいる事にランスは気づいた。

 

「………………ウズメ?」

「にゃにゃーーーーっ!?」

 

 ウズメは精一杯体を小さくしていたのを、さらに器用に体を丸めてミックスの白衣の影に隠れた。縋りつくようにひっしと掴んで離そうとしない。

 

「あんたの第一発見者はウズメだったんだけど……逃げ帰ってからはずっとコレよ」

「びくびくびく……」

 

 ウズメは皆のパシリとして精力的に働いてきた。だが、父親が昨日仲良くなった同年代の少女を組み敷いて腰を動かすのを見てしまい、今となっている。

 

「ああ……ミックスとは違って、そういやこういうの駄目だったか」

「完全に行動不能。父親ならまずこの子に謝って、落ち着かせてあげてよ」

 

 時間があるならミックスはフォローに回るが、今はひたすらに忙しかった。だから本人に誤解を解かせるか、知らなかったとか謝ればマシにはなるとミックスは考えていた。

 ランスが目を泳がせて口を開く。

 

「あー、大丈夫だ。あいつは俺様のハーレムに入れて幸せにしてやるから、安心しろ」

「違うわ!」

「……同年代の女の子がセックスしてショックだったのか? 大丈夫だ。皆いつか通る道だからな。可愛い女の子は皆いずれ俺様に抱かれる運命なのだ」

「にゃーーーーーっ!? 助けて主君殿ーーー!」

 

 ウズメはランスと一緒にいる事が怖くて逃げだした。

 

「……なんで逃げた」

「あんたは前に会った時胸揉むわ全員可愛いとか言ってた。今の発言だとあたし達も抱かれる運命になるんだけど」

「いや、違うぞ。俺は近親相姦はしないからな。世界中で唯一の例外がお前達だ」

 

 ミックスが頭を抑えて呻いた。

 

「あ~……事態悪くするわ引っかき回すわ本当やってらんない……もう出てってよ、次の患者を待たせてるの」

「東ヘルマン兵をお前がまとめているらしいが、俺達にメリットはあるのか? ごく潰しはいらんぞ」

「地下シェルターの民間人との対話、備蓄の在処、病気に関する調査……他に七個ぐらい上げられるけど、詳細に聞きたい?」

「どうでもいい」

 

 でしょうねと言って、しっしと手を振るミックス。ランスが邪魔としか思っていなかった。

 

「細かいところは長田やシィルと詰めるから、あんたはもう近寄らないで。盗賊達を動かすなら勝手にやってて」

「一つだけ欲しい情報がある。美女はどこにいる?」

 

 ミックスはメスを投擲した。ランスの顔のすぐ横に突き刺さる。

 

「二度とこっちに来るな! あたしの患者にこれ以上手を出したらバラバラにしてやる!」

 

 魔人と相対した時ですら、ここまでのものはあるまいという激情が赤い瞳に渦巻いていた。

 ランスは長田とシィルに追い立てられるように、診察室から追い出された。

 

「な、なんつー気の短い……あれ、本当にミラクルの娘か?」

「多分父親の方の血じゃん? あんっ」

 

 陶器の破片があたりに散らばり、けたたましい音が鳴り響く。

 

「…………つまらんな」

 

 エールには舐められ、ウズメには怖がられ、ミックスには嫌われる。

 ランスと魔王の子達の冒険は、最悪の雰囲気だった。

 

「皆さんと仲良く出来るんでしょうか……」

「ふん、そんなのどうでもいいわ。……おい陶器、エールはどこだ?」

「いたたた……最上階だけど……って、あっ、おい!」

 

 長田の言葉を聞くや否や、ランスは階段を駆け上がった。

 

「なんもかんも、あいつが適当にやるから悪いのだ」

 

 怖がられたり、嫌われたりするのは別にいい。舐められているのは何よりも気にいらない。

 ランスは若干の鬱憤晴らしの為に、エールの下へ向かい、階段を駆け上がる。

 最上階では、破壊音が連鎖していた。

 

「ムカつく、ムカつく、ムカつくーー! むきーーー!」

 

 本棚が凍結している、机がぐちゃぐちゃに壊れている。ベッドが窓から外へと放り出された。

 エールは顔を紅潮させてアキラがいたらしき場所を破壊していた。

 目が覚めた時、エールの手の中には『魔王討伐隊のリーダーも大した事ないね(笑)』という意味をありったけ込めた手紙があった。何かしらの報復行動をしなければやってられなかった。

 

「次は勝つ! 次は絶対ぎゃふんと言わせるんだからー!」

 

 エールは負けを許容しない。極度の負けず嫌いに対する勝利宣言は何よりのカンフル剤となって、東ヘルマンに対する敵愾心に繋がっていた。

 

「……何やってんだコイツ」

「あっ、ランス! 東ヘルマン滅ぼそうよ!」

 

 聖刀日光も剣として使いものにならず、神官ソードも砕けたエールはシャドーボクシングをする。

 

「変態大神官アキラはボクの敵だ! あの嫌な奴は絶対倒す!」

「ほう、変態……」

 

 変態で、エールより強いという考えに及びランスの手から逃げおおせた女が浮かぶ。

 そういえば、あの女は下着を履いていなかったなと。

 

「そいつは白い服を着た黒髪の女だったか?」

「そう! 黒い髪と目のド変態! 僕にえっちな事を誘って来た奴!」

「ほーう……ぐふふ……」

 

 ランスの次の方針が決まった。

 

「よし、いいだろう。俺は東ヘルマンを攻めるぞ。アキラとやらを炙り出す」

「そしてアキラを倒して……!」

「俺様のハーレムに加えるのだ! バーバラちゃんごとな!」

 

 ランスとエールはがっちりと握手をした。

 

「打倒、東ヘルマン!」

「強い女は俺様のもの!」

 

 同じ目的が見つかった二人はにやりと笑って手を握り締め――エールが緩めようとしたところで、それは敵わなかった。

 万力のような力で掴まれて、全く動かない。

 

「……ラ、ランス?」

 

 訝しんで、エールがランスを見上げると暗い笑みを漏らしていた。

 

「まぁそれはそれとして、やっと捕まえたぞ、このクソガキが」

 

 ランスはひょいっとエールを担ぎ上げた。

 

「ひゃぁっ!? な、なにするの!?」

「お前にはいくつか罪状があーる」

 

 ランスは窓際に歩いていく。

 

「ひとーつ、あの惨状で美女が死んだかもしれないこと」

 

 ウラジオストックで最も高い建築物はこの教会であり、そのバルコニーからの景色は周囲を一望出来る最高のスポットだ。もがくエールを取り押さえて運んでいく。

 

「ふたーつ、敵に負けたこと、大見栄切って負けたんだよな?」

「う、うう……」

 

 エール自身が知っている。自分視点では傷一つつけられずにボコボコにされ、気絶した後の暴走とやらに記憶はないが、それでも手紙を送るアキラは最後まで立っていたということだ。どちらが勝利者かは明白だった。

 

「というわけでおしおきだ」

 

 ランスはエールのショートズボンをずり降ろした。ショーツもズラし、綺麗な尻が世界に丸出しになる。

 

「な、なにするのー!?」

「む、反応薄い」

 

 エロが苦手だから剥いたら恥ずかしがるかとランスは思ったが、驚きの感情の方が強かった。

 

「ぺしーーーーん!」

「あうっ!」

 

 ランスはエールの尻を高い音を立てるように叩く。一度で済まずに二発、三発。幾度も幾度も叩いていく。

 

「生意気なお前には俺様から尻叩きの刑だ! ぺしーん! ぺしーん!」

「…………っ!」

 

 小気味良い音が甲高く響き、エールもようやく自体を察して顔が赤くなる。

 5歳や6歳の頃やられた事を、今更やられている。

 

「や、やめてよーーー!」

「やめんやめーーん! がははは、尻を叩くのは楽しいなーー!」

 

 ランスはエールを抱っこして赤くなった尻を叩き続ける。テンポ良く、リズム良く叩き、歌を歌い出す。どれだけもがこうが力の差は歴然で、何も出来ない。

 

「ボクが悪かったから、謝るからやめてーーー!」

「罪状を言い切ってないぞーーー! みーっつ、俺様を舐めたこと! だからお前は許さーん!」

 誰もいなくなった都市では、尻叩きの音だけがいつまでも響いた。

 

「がはははははは! がーっはっはっはっはっはっは!」

「ランスの、ランスのバーーーーーーカ! うわーーーーん!」

 

 RA15年8月31日、ウラジオストックは謎の盗賊集団に陥落した。

 

 

 

 

 

                   勇者フェイズ

 

 

 

 

「…………ん」

 

 バーバラは瞼を開くと、湖畔が広がっていた。

 既に夜の帳は降りており、月は高く昇っている。

 

「目を覚ましましたか」

「……コー、ラ?」

「はい、従者です」

 

 のっそりと体を起こす。体の節々に痛みがあり、満足に動かない。

 

「とりあえず、体を洗ったらどうですか? 精液塗れですし」

「…………ッ」

 

 バーバラは自分の身体について確かめる。髪にも、股にも、体の至るところに白濁液が乾いた跡があり、独特の匂いが沁みついている。

 

「うぅっ…………」

 

 絶望的な気持ちになり、ぽろぽろと瞳から涙が流れる。

 

「ほらね、負けるって言ったじゃないですか」

「こ、これ……私……妊娠……」

「しませんよ」

 

 コーラはかぶりを振った。

 

「これは女性勇者限定なのですが……勇者は現役の間は妊娠しません。7年間しかない期間に妊娠によって拘束されるなんて男に比べて不公平でしょう?」

「そう、なの……特性、か……」

 

 望まぬ子を宿さなくて済むという話に、少しだけ胸を撫で下ろした。

 勇者特性、散々聞かされた言葉ではあるがこれに関して粗方コーラが正しかった。慰めにせよ、今の状態では救われる言葉だった。

 

「最後の方、私を助けてくれた人が特性と呟いていたけど……」

「勇者特性、強運ですね。拘束し続けようとしたりすると助けが来たり、自然の方が味方をして勇者を逃がします。まず逃げられますよ」

「…………襲われた時に発動して欲しかったなぁ」

 

 そうすれば、やられずに済んだのにと俯いて漏らすバーバラに、

 

「それはありません。勇者の特性、ラッキースケベが発動してますから」

「…………は?」

「勇者はモテモテな状況を活かしやすくするために、エッチなイベントが発動しやすくなっているんです。だからあの交尾は勇者側の特性として認識されていて、他の特性の発動が遅れます」

 

 バーバラは沸き上がる怒りの余り、傍にあったエスクードソードを湖畔に投げ込んだ。

 ありとあらゆる苦しい状況は守る癖に、貞操だけは守る気の無いエロ剣。貞操を失った今では、恨みしか生まれない。

 

「……ッ勇者特性って、最悪のギフトね! こんなもの、なんであるの!?」

「勇者っぽいからじゃないですかねー」

「この職業、ホントクソだわ!」

 

 怒りを他にぶつけて叫ぶと、起き上がるだけの気力が湧いてくる。

 未だ満足に動かない体を引きずって、バーバラは立ち上がった。

 

「体を洗ってくるけど、助けてくれた人はどうしたの?」

「『本日はもう暗いので、明日ご挨拶させてください』って言ってました。まったく、どういう風の吹き回しなのやら……」

 

 嘯くコーラに愚痴が混じるとは珍しいことだった。視線も逸らし、どこか人間臭さがある。

 

「……わかった、また明日ね」

「ええ」

 

 そう言って、バーバラは森の中に消えて再生した服を脱ぎ、湖畔に入った。

 ヘルマンの湖畔はどこまでも静かで、体を清めるに適した清い水が満ちている。

 

「…………ッ」

 

 肩に水をかけると、石畳で散々擦った末に生まれた擦り傷が沁みる。膝小僧もボロボロになって、涙が零れる。そして股間部。

 

「……ああ」

 

 股の間に手を入れると、粘性の高い液体がある。掻き出して水をかけてもまた漏れてくる。触っていて、ほんの少し昨日と感覚が違う。

 少女の純潔は完全に穢され、二度と戻ってこない。

 強引に奪った者との時間、その記憶が離れない。

 

「……………………ランス」

 

 初めての人、最悪の相手、もう戻れない日々。

 バーバラは、長い間湖畔で嗚咽を漏らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

               RA15年8月後半(1ターン)終了

            メインプレイヤー総数 2億0990万0000人

                  人類死亡率 30%

         逡巡モード 人類30%死滅で発動、魔人を殺せる力

 

 犯されちゃった。奪われちゃった……

 冒険者ならこういう事もあるって、警戒してたのに……勇者になったのに……

 ……………………ランス………………ぐすっ……

 

 

 

 

 

 

 




 turn1は勇者特性説明回でした。
 というわけで、本二次創作の勇者特性解釈やバーバラまとめを活動報告欄に記載します。





 次章、turn2主題 『魔王討伐隊』


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間章
バーバラの冒険日誌(ダイアログ)


 turn0~1のまとめ。


 深夜。

 体を清めたバーバラは、浮かない顔で冒険日誌を覗き込んでいた。

 この日誌は、あまりにミスの多い冒険者に「少しは自覚しろ」とキースが与えたものだ。

 日記とするには小さく薄いが、冒険者が本日どのような活動をしたかという記録を残すのに便利な手帳だった。戦闘記録、稼いだgold、現在の所持金、任務についての記入……実用的な種々の記入欄があり、他人が見ても、自分が見ても即座に思い出せる。

 バーバラは冒険者として成功する為に、合間合間で自分の活動を書き連ねていた。少しづつ日誌は埋まり、今では月区切りの最終日のページに入っている。

 継続は力なり。本来ならば多少の満足感と共に埋めきるはずだったが――

 

「…………はぁ」

 

 何を書けと言うのか。

 とてもではないが、全く書けるような内容でも、残すものでもなかった。一生墓場に持っていくべき失敗だった。

 バーバラはページを戻し、自分の記録を眺めつつ、これまでの日々を思い返す。一日一日失敗の日々をめくり、ある日のメモで、手が止まった。

 

 8月10日

 翔竜山視察撮影任務、移動日。昼間をシャングリラで過ごす。

 賑やかな冒険者のパーティを発見。とても楽しそうだった、いいな。

 

「あ、エール・モフス……!」

 

 あの時の記憶と、今日の顔が繋がった。

 レディチャレンジャーを羽織り、悪戯っぽい笑みを浮かべて執拗に追ってきた戦闘狂。魔王の子の中では好感度最悪の少女に、あの時は見惚れて、憧れていた。

 

「大体あの子が変な条件持ち出さなければ戦わずに済んだのに……!」

 

 頭を抱えて髪をかき回す。あの輝きが偽物に見えて、何より今日に繋がってしまうことが嫌だ。戦う以上自己責任だという理解もあるが、どうしても恨み節を漏らしてしまう。

 

「ああもう、次々!」

 

 8月11日。

 翔竜山視察撮影任務、移動日。なにもなし。

 8月12日

 翔竜山視察撮影任務、移動日。ランクバウ着。

 ペルエレねーさんと会い、翔竜山へ向かう事になる。成功報酬3000goldを渡す事を約束した。

 魔王は今いないらしい。

 8月13日

 翔竜山視察撮影任務、移動日。なにもなし。

 8月14日

 翔竜山視察撮影任務、翔竜山着、任務開始。

 任務成功も麓を魔軍の占拠に巻き込まれて袋のネズミに。

 死ぬよりはマシと城に避難しようと思って逃げてたら途中で伝説の剣を拾った。

 コーラに言われた通りにやったら勇者になりました。滅茶苦茶強くなった。

 世界最強でしょこれ。この力を利用して大金持ちになろう。

 討伐 ハニー一匹、魔物兵と魔軍中隊。魔物多数。

 失敗 コーラに翔竜山から叩き落される。NASUの毒にやられて溺れる。つらい。

 

 このあたりは勇者となる契機だ。バーバラは剣に選ばれて、勇者となった。

 バーバラは翔竜山撮影任務を受け、使徒のペルエレ・カレットと知己な事を利用して穏便に任務を済ませようとした。

 ところが魔王軍と敵対している軍隊に挟まれてしまい、無理やり崖を登ったり魔物の群れを強行突破したりする羽目に陥ってしまった。その無理が祟ってペルエレは負傷し、バーバラが勇者になるキッカケになったのだが。

 

(……このあたりから、凄く痛い目とか、辛い事増えた気がする)

 

 勇者特性、勇者は基本不幸。そんなコーラの言葉が過ぎる。

 とにかくここからの二週間、休む暇が一日たりともなかった。

 ページをめくれば、ここから失敗と戦闘の日々が目白押しになる。

 

 

 

 8月15日

 魔物界の森のどこか、迷った。

 8月16日

 魔物界の森のどこか、迷った、ここはどこ……

 8月17日 

 なんとかパリティオラン到着。熱い。

 メドロ・クラウンからゼス第一応用校卒業試験のパートナー依頼を請ける。500goldだけど将来のコネにもなりそう。ゼス第一王女のスシヌ大好きな子。

 ゼス三英傑の二人目、ペッパーと出会う。夢見がちなハンサムボーイ。

 失敗 パチルに金を盗まれてほぼ文無し。メドロの依頼を告白と勘違い。

 

 8月18日 

 ゼス第一応用学校卒業試験。魔物弱過ぎ、楽勝。

 いつの間にやらスシヌ誘拐事件になっていた。

 目の前で攫われかけてたけど私が颯爽と助けたからセーフ。

 スシヌちゃんを救出。

 普通の子。第一王女って感じがしない。

 討伐 雑魚魔物大量、聖骸闘将たっぷり、スーパーハニー×3

 失敗 電撃罠、転移罠にかかる。勇者になっても罠って痛い。

 

 8月19日 

 ゼス卒業試験終了。

 ゼス横断回廊を使って味太郎迷宮到着、海路で帰るためにテープ到着。

 スシヌちゃんと文通友達になっちゃった。

 任務久しぶりに成功。やっぱり勇者の力って凄い。

 討伐 雑魚魔物大量。

 失敗 カジノ船ですっからかんで飯抜き。これからは全財産賭けるのは辞めよう。

 

 

 

「まあ、勇者の力は凄いけど、凄いけどね……」

 

 ゼスでは勇者の力を思い知る日々だった。軽く腕を振れば人が吹き飛び、世界がスローに感じられる。最高難易度のダンジョンの魔物も楽勝。これならいくらでも楽が出来ると思った。

 だが、世の中は広い。地形を変えるような魔法の使い手もいる。

 

 スシヌ・ザ・ガンジー。

 ゼス王位継承者にして、魔王の子。

 最初は少し怖かった。特別な選ばれた人間はどんなものかと話しかけるのに躊躇した。

 だがスシヌは『凄い、凄いよ! ザンスちゃんみたい!』と朗らかに笑っていた。普通の女の子だった。傷んだ冒険者服を見ても何も思わず、自然体で接してくれた。優しい友達だ。

 バーバラはスシヌの笑顔を思い出し、手紙を送ろうかと一瞬考える。

 

(でも、魔王の子……つまり、あのランスの子供、かぁ……)

 

 今日、あなたの父親に犯されましたという手紙を送るのか? 論外だ。

 他の事を書くべきだと考えても、思考は全て性行為に塗り潰されている。フラッシュバックの如くがはは笑いが聞こえ、ニヤけ顔が見え、体内にあった異物の感触を思い出す。

 バーバラは頭を振り、今日の失敗を少しでも考えないためにページをめくった。

 

 

 

 8月20日 

 船上

 飯抜きで干上がる。

 8月21日

 船上

 飯抜きで干上がる。辛い。

 8月22日

 船到着。CITYの帰宅途中で力尽きるが、サチコさんに助けられる。

 トリダシタ村に寄り、礼の形で盗賊退治を請ける。

 明日はサチコさん、クルックーさん、ミルキーさんとパーティを組んで盗賊退治。

 

 8月23日

 盗賊退治だったが、何故か元締めが魔軍だった。

 悪魔回廊入り口にてダークランスと、ヌークさんと出会い、ダークランスに敗北する。

 悪魔回廊内にて、復活したらしい魔物大将軍ピサロとやらを討伐。

 金運大凶というゼロスリースキルのせいでgoldが拾えなくなった。最悪。アリスマンレディー許すまじ。

 

 討伐 魔物兵、モンスター、悪魔、盗賊多数。魔物大将軍ピサロ。

 失敗 盗賊の罠にかかる。魔法で自滅する。ダークランスに不意打ちを喰らう。

 8月24日

 翔竜山依頼任務、達成。

 CITYで穏やかな一日を過ごす。

 スラルって人からお弁当と高額報酬を貰う。お得意様になりそうだし、記憶しておこう。

 もふいリスの店番の子の店って覚えておけばいいかな。

 コーラに雑用を任せたら、3万近く稼いだ。ここ二日で5万ゴールドとか、夢みたい。

 aliceman銅貨を使う為に明日はリーザスに行ってみよう。

 

 

 自由都市の冒険。戦闘は一日だけで、比較的穏やかな日々である。

 盗賊退治は楽だった。村人だらけで大丈夫かと危惧していたが、蓋を開けてみれば熟練の冒険者顔負けの人達に囲まれて、バーバラは随分失敗をフォローして貰えた。

 特にダークランスとの遭遇戦には居合わせた事に礼しかない。

 

 ダークランス。

 悪魔回廊で鉢会った、魔王の子の長兄で、悪魔。

 初対面の背筋の凍るような視線と、歪な大剣が喉に当たる感触、そして勇者になってからの初めての敗北。

 バーバラにとって、魔王の子には絶対に戦わないと決心する程度に絶対的な存在だ。正直ピサロも手柄を譲ってるだけで、その気になれば自分だけでやれたはず。

 ただ、どこまでも弟妹バカな姿も見ており、魔王の子内では頼れる兄なのだろうと想像がつく。

「今思えば、ランスにそっくりね。そりゃダークランスって言われるわ」

 

 顔の造形、体格、何もかもが今日戦った男と瓜二つだった。ただ、ダークランスは落ち着いた雰囲気と緩んだ笑顔で安心させてくれるが、ランスはエゴイストの極み。性格が対極過ぎる。

 

(…………ランス、ランス、ランス! ああもう……!)

 

 ランスの事を考えないようにする為に、バーバラは冒険者日誌を開いているのに、結局ランスの事を考えてしまう。

 全て、魔王の子が日誌について回るためだ。

 バーバラの冒険には、常に魔王の子がついて回る。ページをめくればまた出てくる。

 

 

 

 8月25日 

 リーザス着。

 aliceman銅貨を使って冒険者の加護で戦闘狂を押しつけられる。お金が欲しい。

 武器屋で理想の防具を発見。衝動買い。

 金を稼ぐ為にコロシアムの権利を探す。中々見つからず徹夜する羽目に。

 

 討伐 ユニコーン、アンデット系魔物たっぷり

 失敗 酷い墓穴に埋まる。尿管結石でのたうち回る。もういっそ死にたいとすら思った。

 

 8月26日 

 リーザス城内、最悪の一日。

 コーラが有り金全部をコロシアムでの連戦全勝に賭けた。

 状態異常に苦しみながら4連勝したらザンス・リーザスが乱入して来た。

 犯されたくないから全力で拒否して逃走。もう二度とやらない。特に薬はもう飲まない。

 脱出したら軍隊の包囲の上にルール変更って、どれだけ勇者に本気なのよ。

 

 討伐? 院外の翁、古代兵器桜花、鬼ヶ島ゴン太、ガッツ藤堂。ザンス(一応引き分け)

 失敗 薬は飲んじゃ駄目。絶対ダメ。体治るけど酷い副作用が来る。

 

 8月27日

 スラルから貰った氷菓子を食べたら気が遠くなってチルディさんの家に運ばれた。

 ザンスは童貞だったから犯される心配が無いので降参した。怒鳴って来たけどアーちゃんが止めてくれて万歳。

 リーザス脱出。ザンスが案内してくれたけど代わりにこれでもかとボコボコにされた。

 ザンスのスカウトが破格なので部下になることに。

 安定したお金持ち待ったなし!

 占いを信じてウラジオストックを目指す。

 失敗 スラルちゃんの手料理、猛毒だから食べるの厳禁。

 

 8月28日 

 リーザス国内を移動。

 プリティリアで転売。

 

失敗 騙されて毒を飲まされて金を失う。知らない人から飲み物奢られても飲まない。

 

 

 

「ここはもう本当地獄だったなあ……」

 

 結局、バーバラがこの日誌を書いたのは27日からだった。

 徹夜で窒息死と悶絶を味わい、全身をバラバラにされるような一撃を受けて、薬の副作用で猿になる。この間、全くモノを書く余裕なんて存在しない。

 リーザスに来た事で初期装備は卒業出来たが、そこから金を稼ぐ為に王立コロシアムを利用したのが運の尽き。戦闘狂の魔王の子と戦う羽目になってしまった。

 

 ザンス・リーザス。

 リーザス王国第一王子にして、赤の軍将軍を務める魔王の子。

 バーバラでも聞いた事がある世界最強の一人との決闘。相手のホームで、性豪王なんて仇名のある王子との戦い。

 負ければ犯される。勇者とバレたら玩具にされかねない。

 そんな追いつめられた状況下でバーバラは足掻き、汚い手を散々使い、遂にはコロシアムを廃墟にして――勝敗不明に持ち込んで、逃げ出した。

 傷を負った中で逃げる為にハイポーションを使って治療したのだが、これが酷かった。

 理性も何もかも押し流すような媚熱に屈し、バーバラは一匹のケモノと化して――

 

(…………駄目、なんでこっちを考えるのよ!)

 

 慌てて首を振り、氷砂糖の夜から時を進める。

 結局のところ、ザンスの風聞は世間で広まった誤解だった。王子という立場の手前、否定する訳にもいかずに虚勢を張っていた。

 ザンスは戦闘狂だが、同世代の若者らしいところがあり、まだ好感の持てる男だった。

 魔王の子の末っ子、アーモンド・シャープが話す彼の逸話は勇ましくも、微笑ましい。いい兄であり、立派な王子と言えた。

 だからスカウトが来た時、値段も良かったので頷いた。ザンスの下で働くのも悪くないと考えていた。

 

(……どうせ奪われるなら、まだザンスの方がマシだったかもね)

 

 他方、ランスは最悪だ。

 眠っているカーマの唇をペニスで奪おうとする鬼畜。乙女心を全く解さない。部下を斬り殺し、女を奴隷と公言して憚らない。

 ランスが自分の初めてを奪った男なんて、記憶を消せるなら消し去りたい事実だ。

 今のバーバラは仮とは言えザンスの部下だ。自分が犯されたと知ったらザンスはどうするのだろうか。仲間想いの男は怒るかもしれない。やはり、話せる事ではない。

 日誌のページはもう残り少ない。

 バーバラの冒険は東ヘルマンに入る。

 

 

 

 8月29日

 バラオ山脈を山越え。

 崩落に巻き込まれたけどミックスに出会う。東ヘルマンで一緒に旅をする事に。

 討伐 雑魚魔物多数

 失敗 山彦はしない。

 

 8月30日

 東ヘルマン観光、ウラジオストック着。

 ランス団退治を受ける。半年前のリベンジだ!

 勇者になった今なら行ける!

 ウズメに出会う。ザンスの部下仲間だった。

 カーマさん(先輩冒険者)と出会う。伝説の魔剣、カオスを持てるかという肝試しがあったので、やったら持てた。

 でもあのエロ剣はいらない。

 

 

 

「……二人はどうしてるんだろう」

 

 ミックス・トー、見当ウズメ。

 二人はウラジオストックにいた。バーバラは逃げ出したが、彼女達は分からない。

 ランスに出会って、酷い事をされていないだろうかと不安になる。

 ミックスは自分を心配してついてきてくれたお人好し。ウズメは同僚だった。

 深夜にウズメと話をしたら、『バーバラちゃんは信じられるでござる』と言って、自分がスパイだとあっさりバラしてしまった。

 どこまでも甘く、お人好しが過ぎる二人。

 

「……こうして思い返すと、魔王の子って皆いい子なのよね。ただ一人を除いて」

 

 この二週間で、バーバラはミラクルから聞いた世界最強達、魔王の子の半分に出会っていた。

 エール・モフスを除いて、バーバラは彼等と会えた事を嬉しく思っている。

 皆が頼りになり、有力者だ。冒険者として成功する為にも、バーバラ個人としても是非仲良くしていきたい。

 

 遂に、最後のページが来てしまった。

 バーバラは震える手でペンを持ち、ページをめくる。

 

8月31日

 

 今日だ。

 今日は昼前から盗賊の襲撃があり、対応に出たらエール・モフスと戦闘になり。

 そして、そして――――

 

「……う、うう」

 

 ランス。

 元第八代魔王にして、魔王の子達の親。

 彼と戦い、バーバラは犯されて、初めてを奪われた。

 ウラジオストックは盗賊の手に落ちて、陥落した。

 

 それしかない。それしか思い浮かばない。

 初めてを奪われ、精液を注がれ、あられもない嬌声を上げ、どうなったか分からない程ぐちゃぐちゃにされて、余す事なく奪われた。

 手帳に涙が滲む。

 手が震え、適当な事を書こうと思っていたのに出来ない。

 

「……もう寝ましょう。明日になったら、切り替えて……」

 

 結局、バーバラは手帳をしまって床に戻った。しかし、後に()()()()()()()()()を後悔することとなる。

 バーバラはこの夜、久しぶりに悪夢を見た。

 魂に刻まれた、黒色の悪夢が始まる。




 その他
 7月31日
 エール・モフス率いる魔王討伐隊、魔王討伐を決行。
 リセットビンタ成功し、ランスは正気に戻る。
 シィル解凍、大怪獣クエルプラン襲撃、魔王の血、クエルプラン初期化、魔王魔血魂消滅。
 第三代魔王スラル復活。ランスは逐電。

 8月1日
 一日も長く皆と一緒にいたいエールがお別れ旅行開催。
 お姉ちゃんと離れるのがイヤで仕方なくて牛歩戦術。
 8月10日
 姉との別れ。抵抗。
 8月11日
 帰宅。本編エンディング。
 8月12日
 長田と冒険に出発。
 バスワルド暴走。アムの村に突っ込み汚染人間達を吹き飛ばす。
 即日ランス鎮圧、アムが仲間になる。
 8月13日
 ランスと出会い、桃源郷を目指すことに。
 8月14日
 オルブライト派、アメージング城を包囲(4年ぶり4回目)。


 8月20日頃
 ランス団、名もなき山岳地帯近辺を掌握。
 8月31日
 エールちゃん、セクハラによって暴走。危うく世界が滅びかけるが長田君が起こして救う。

 簡易まとめ。再開前に今までの展開をちゃらっとおさらい。
 プロットは概ね二週間の行動分で、これは後からの適当なでっちあげではある。
 どんなんだったっけって確認用。
 次回、17日。turn2、はじまり。
 長い戦いだけど頑張る。


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TURN2 RA15年9月前半 『魔王討伐隊』
夢② RA9年


――――勇者。
 勇気ある者。人々の希望を背負う者。
 魔を討ち果たし、人の世を守る者。


 人は寝ている時、夢を見るが大概が覚えていない。

 だが、何度も見る悪夢というものはある。

 これはポンコツ勇者の昔、バーバラが子供の頃の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 RA9年、芯まで冷え込むような年末の朝。

 田舎村の宿屋は、珍しく賑わいを見せていた。村長の家には4人からなる集団が泊まり、村長と机を囲んでいる。それぞれがガード、ファイター、ソーサラー、ガンナーのような恰好だった。

 

「いや、昨晩は本当にありがとうございました。迷ったところを押しかけるような形になって」

「気にしないでくだされ。冒険者様がこちらの村に泊まるとは、半年ぶりぐらいでしてな。こちらも粗相がないか不安でした」

 

 冒険者達のリーダーであるガードが頭を下げると、老人が柔和な笑みを浮かべた。

 この冒険者の集団は道に迷い、真冬のヘルマンをどう過ごすかと途方に暮れていたところで村を見つけ、押しかけるような形で泊まり込んでいた。

 

「やれやれ、スピッツがいないだけで色々面倒になるわね」

「そう言うな。この仕事に怪我や病気はつきものだ。そういう時は他があいつの分を埋めるしかない。埋めるしかないんだが……」

 

 ソーサラーの女とガンナーの男がじろりと剣士を睨む。

 本来ならばスピッツというレンジャーが仲間だった。だが今回は欠員し、前衛を一人入れる必要が生じ、新入りを入れたのが――

 

「ん? なんとかなったし問題ないだろ。いや飯は大問題だったけど」

 

 その装備よりも軽い調子な剣士、ダストだった。彼は案内が出来ると言い放った挙句、適当に動いてパーティを迷わせた張本人である。

 

「……お前、そういうのやめろ。困っていたのはこっちだったんだぞ」

「郷土料理と言い張って腐ったうしの内臓出された事か? 鼻が曲がると思ったぜ。普段よっぽどマズいもんしか食べられないんだろうな」

 

 金のプレートを指で遊ばせるダストは小馬鹿にするように笑い、ガードは渋面を深くする。

 この冒険者の腕は確かだ。腕は確かだが、悪評も確かだった。相手は魔王だから実力を重視したが、お陰でリーダーとして胃が痛い毎日を過ごす羽目になっている。

 

「……口の悪い奴なので、気にしないでください」

「いえいえ、見ての通りの貧乏村なので、口に合わないものもあるでしょうな」

「合うわけねーだろ。ここに来てよかったのは昨日働いていた侍女がいい女だったぐらいだ」

「頼むからもう黙ってくれ……詫びと言ってはなんですが、困っている事とかありますか? ものによっては力になれますが」

「困っている事、ですか……」

 

 村長の眉間に皺が寄った。困っていることはあるが、冒険者に頼むと報酬が発生する。この貧乏村にとっては易々と頼めない。

 

「その口ぶりだとあるみたいね。言うだけならタダだから、言ってみれば?」

「寒い思いをしなくて済んだ恩があるし、人は助けるものだ。仕事次第なら俺の分はいらないぞ」

 

 二人の優しい言葉に背を押され、村長は重い口を開いた。

 

「ここ三ヶ月、私達は魔物によって苦しんでいます。私達の生活は苦しくなりました。ですが敵は強く、数が多い為とてもではないが手を出せません。私共は、魔物がある日いつか攻めて来て滅ぼされるのではないかと不安を抱えて日々を過ごしています……」

 

 陰鬱な顔で語る村長の言葉の憂いは深い。だがこの手の話は冒険者にとっては慣れた話だ。特に彼等はトップクラスの冒険者集団。むしろ眼光鋭くなり、頼もしさすら感じられる。

 

「して、どんな魔物なんですか」

 

 顔を手で覆った村長は、震える声で恐るべき魔物の名を口にした。

 

「…………村の水源にしている湖に、イカマンが住み着いたのです」

「「「…………」」」

「っぷ」

 

 全員が微妙な表情で押し黙る中、ダストは噴き出した。

 

「ぷはっ、はははははははは! 深刻な顔してイカマン、イカマンかよ! ザコモンスターじゃねえか!」

「1体どころではないのですぞ。20体近くの群れで現れて、彼等は繁殖したらしく今では40体以上も……!」

「知るか、あんなん100体いようが楽勝だ。作業だ作業」

「お、おお……なんと勇ましい……!」

「いやお前らが貧弱過ぎんだよ。ほんっと雑魚しかいねーんだよなあ。触れれば死ぬような雑魚共と俺達って、同じ人間なのか疑いたくなるぜ」

 

 やれやれと肩を竦めるダストだが、この時ばかりは他の冒険者達も心中で同意していた。トップクラス、lv40近い冒険者集団が受ける仕事ではなかった。彼等の内一人で済むだろう。

 

「どうするの、リーダー? 魔王が来るって任務の方が重要そうだけど」

「言った以上は受ける。価格ですが、越冬の事を考えると入用でしょうから1000gold。イカマン以外、強めの魔物がいたら追加という事にはなりますが3000gold以内にしておきます」

「おお……あ、ありがとうございます!」

 

 今度はダストの目が剣呑になる番だった。ギルドの稼ぎ頭にとって、このような端金で動くとは冗談が過ぎる。

 

「おいコラ、どんなお人好しだ。そんな相場の価格で討伐なんてやった事ねーぞ」

「取れないところから取っても仕方ないし、それが元で潰れが出ても気分が悪いだろう。それともまさかお前がやらないのか、『血塗れ』」

 

 物騒な仇名を呼ばれ、剣士は気にするでもなく鼻を鳴らす。

 

「やるに決まってんだろ。価格が不満なだけだ」

「ならば、俺も辞退しよう。分け前が増えるからそれで納得してくれ」

「どーしたもんかねー……」

 

 不満な金額である事に変わりはないが、この先ある魔王との戦いの為に組んだパーティだ。あまり争っても得が無い。

 

「あーあ、面白くねえ。勝手に進めてくれ」

 

 机に頬杖をついて、ダストはそっぽを向いた。

 

「それで、魔物達の巣はどこにありますか? 詳細なマップか案内があると有難いのですが」

「少し秘境になりますな。というのも5年前の天変地異の時に出来たもので、元々は山の中だったのです。村民しか知る者はいないでしょう。案内役を用意させます」

 

 そう村長が言った、時だった。

 

「はーい! わたしがやるー!」

 

 元気な声と共に、金色の髪を揺らして女の子が部屋に入ってきた。慌てて村長は立ち上がる。

 

「こ、これ、バーバラ! 大人しく引っ込んでおれ!」

「この場所はわたしが見つけたんだもん。近道も知ってるし、案内役にはぴったりでしょ?」

「そういう問題ではない! 冒険者様の魔物退治なんじゃ! お前のような子供にやらせるわけにはいかん!」

「むぅっ……!」

 

 子供、と言われてバーバラは頬を膨らませ、ひのきの棒を掲げて村長に向ける。

 

「もう村で一番足が速いし、稽古だってアレスさんに勝てたもん! ちゃんとお仕事出来るよ!」

「まともに手伝いを出来てから言わんか! 前回も皿洗いで一つ割ったじゃろうが!」

「むー……今度は大丈夫だから!」

「その言葉は百回聞いたわ! 仕事に関してお前さんの信頼は全くないわい!」

「マスドじいちゃんのバカバカバカ! わからずや!」

「かーっ! 村長に対して何たる物言いか! 今月のお小遣いは無しじゃ!」

「ぎゃーーっ!」

 

 ぎゃあぎゃあと、口角に泡を飛ばしてやかましく二人は言い争う。

 先程の静かながらも棘のある空気は壊れた。

 

「ははは……村長、この子は孫娘ですか?」

 

 あまりの和やかさに、たまらず頬が落ちたガードが聞くと、村長は我に返って赤面した。

 

「いや、これは失礼しました。孫娘ではありません。村一番のきかん坊で、元気娘です。週に一度ここで手伝わせているのですが中々要領が悪くて……」

「名前はバーバラ! よろしくおねがいしまーす!」

「これ、話の途中に割り込むでない!」

 

 するりと自然体でバーバラが抜けて、それぞれの冒険者に握手を求めていく。服はみすぼらしいが、それを補って余りある整った顔立ちに人懐っこい笑顔。思わず釣られて笑顔になる容姿だった。

 大柄なガードは屈んで目線を合わせて、握手をする。

 

「このパーティのリーダーだ。バーバラちゃんだね。どうして案内役がやりたいんだい?」

「わたし、この村の役に立ちたいの。あと、冒険者さんが見たくて。冒険者に、なりたくて!」

 

 真っすぐな目で、子供は自身の夢を口にする。

 バーバラ8歳、この頃の彼女は貧乏な村娘である。

 幼い頃はただ幸せと言っていたが、自分が貧乏なのを自覚してからは積極的に村の手伝いをするようになった。

 5歳からは週に一度、母親の手伝いとして村長の家で働くようになり、ポンコツにやらかし続けた。変化としてはバーバラの母親は休める日が出来たぐらいで、村長の負担は増え、笑顔も増えた。その程度だ。

 今のバーバラは自分の状況が良くないと自覚はしたが、少しでも良くしようと前向きに努力している。冒険者との出会いは、まさしく絶好の機会と言えた。

 

「わたしを案内役にしてください! 冒険者さん達はわたしの憧れです! お願いします!」

「うん、凄く嬉しいけど駄目だ。理由は、わかるよね?」

「うっ……」

 

 子供を危険な場所に連れるわけにはいかない。ましてや魔物退治。ガードの笑みは優しいが、頑なな意思を感じて不利を悟る。

 ただ、バーバラとしても簡単に引き下がりたくない。冒険者が来るなんて珍事、一年先かもしれない。縋るような視線で他を見上げて――ダストと目が合った。

 

「……ん? こいつはひょっとして……」

 

 ダストはバーバラの目が、輪郭が昨日手を出し損ねた女と似ている事に気がついた。ヘルマン中でも数えるしかいない美女だった。こんな片田舎にいることに愕然として、声をかけるのが遅れてしまったほどだ。

 

「なあ、お前の母ちゃんって昨日遅かった?」

「うん、冒険者さんが来たからって言ってた」

「そうかそうか……よし、お前を案内役にするぞ!」

 

 ダストは立ち上がり、バーバラの手を取った。

 

「やめてくだされ! 確かにこの子の才能は村一番だと思いますが、まだ早すぎます!」

「冒険者は何事も経験だ、経験するなら早い方がいい。イカマン退治とかうってつけだろ」

「……許可するわけないだろう」

 

 ガードの声を無視して、ダストは窓を開け放つ。

 

「そうかそうか、じゃあこの件だけは別行動だ。行こうぜバーバラ」

「ひゃ、ひゃ、ひゃあー!?」

 

 逃がさない為にバーバラを抱き抱えて、足をかけて外に出る。

 頭の中は母親から追加料金を貰うことで一杯だ。適当に護衛の時に怪我したとでも言って、家の中にあがりこんだらやりたい放題。あの美女を手籠めに出来るなら五桁の価値がある。

 

「こっから先は冒険者らしく、速い者勝ちの総取りだ。料金は今のでいいぜー」

「こ、これはいかん。ってああっ……!」

 

 慌てて村長が窓に駆け寄ると、もう剣士は村の入り口を出ているところだった。バーバラもノリノリで指差して駆け出している。もう止めららないと悟り、精一杯の大声を張り上げる。

 

「達成よりも! バーバラの安全の方をお願いしますぞー!」

「へいへい。依頼人(クライアント)のご命令とあらばーっと」

 

 その声を最後に、二人の姿は森の中に消えていった。

 ガードは溜息を吐くと、盾を担いで立ち上がる。

 

「湖はどこですか? 追わないといけない」

「3時間ほどですが、バーバラは近道も知り尽くしてますし1時間ほどで辿り着いてしまいます。ああ、ああ、あの子に何かあったら……」

 

 まるで実の娘が攫われたかのように、村長は狼狽えていた。

 雲の多いヘルマンに日は差さない。太陽として輝くのは子供の笑顔ぐらい。

 バーバラの初めての冒険が、こうして始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナバタ連山の一つ、北部山中。

 バーバラ達は峻厳な山の中を進んでいた。

 

「こっちだよー!」

 

 バーバラが進む方向は、足場がほとんど無い崖であったり、勾配がきつく腕を使う必要がある道……ほとんど、地図直線状に真っすぐ山を踏破するような行程であった。

 それを余裕をもって、遊具を楽しむかのように飛び跳ねて抜けてしまう。

 ダストにとっても苦ではないが、少なくとも8歳児に登らせる道ではない。

 

「えへへ、才能あるでしょー? もうだーれも私に勝てないんだー」

「そうだな、お前は雑魚じゃないみたいだ。ま、冒険者になる奴ってのはそんなもんだ」

 

 一般人と、冒険者になるような人間は違う。

 才能限界の高さもそうだが、初期値の差も残酷なものだ。ほとんどの人間は一桁で止まり、一般人として生きる。彼等は大人だろうが、レベルが上がろうが最弱の魔物に一撃で殺されてしまう。

 逆に戦える人間、才能限界の高い人間なら子供でも戦えてしまうことがある。逸話を探せば、森に迷った7歳児が魔物を倒して帰って来たという話も存在する。

 2人とも後者であり、この程度の難所ではさしたる苦労もない。雑談する程度には余裕がある。

 

「ねえダストさん。わたし、冒険者になれるかな?」

 

 頭二つ高い男を見上げて、バーバラはそう切り出した。

 

「ギルドに登録すればいい。職業なんて自分の意志で選べるもんだ。成功するかどうかは本人次第だがな」

「じゃあ、わたしは成功すると思う?」

「会ったばかりの奴が分かるかよ」

 

 ぶっきらぼうに突き放し、ダストの目は間断なく動く。バーバラは景品だが、仕事が終わるまでは荷物だ。ケチがついたら面倒な為、落ち着きのない娘に注意を払わざるを得ない。

 ただ、それがバーバラには不興を買ったらしく、ダストに纏わりつく。

 

「そんなんじゃわかんないよー! もっと詳しく教えてよー!」

「ああもう、うっせえなあ……大体、なんで冒険者になりたいんだ?」

 

 その言葉に対して、一切迷いのない、純粋無垢な答えが返ってきた。

 

「この世界が、好きだから!」

 

 ダストの足が、止まった。

 

「…………今、なんつった?」

「わたしはこの世界が大好き! 村のみんなも優しいし、自然は綺麗だし、わからないことだらけ。この村の周りだけでも楽しいんだから、世界中ならもっと、もーっと楽しいことがあると思うの。だから冒険者になって、色々なものを見て、みんなと仲良くなって、楽しい冒険をしたい!」

 

 子供の語る言葉は理想に満ちている。この世界は優しく、誰もが幸せになれると信じている。

 だがその話が続くほど、ダストの眉に皺が寄る。急激に膨れ上がる黒い炎が、内から己の心を燃やしていく。

 この娘はその考えで冒険者になって幸せがあると信じているらしい。

 まったく、反吐が出る。

 

「――――そうか、奇遇だな。俺もこの世界が好きで冒険者になったんだ」

 

 声色は全く変わらず、されどこれからやる事を悪辣に変えると決めて、

 

「気が合うみたいだし、やってやろうか? 冒険者になれるテストって奴を」

「えっ、本当!? やるやる!」

「何個か問題を出す。それでお前がどうするかで冒険者に向いているか、才能があるか判断してやる。合格だったら推薦書いてやってもいいぜ。くくっ……」

 

 ダストは暗い笑みを漏らし、その信念を粉々に打ち砕かんとしていた。

 冒険者ダスト、所属ギルド三年連続の稼ぎ頭には複数の異名が存在する。

 血塗れ、戦闘狂、金の亡者、問題児、遅刻魔、そして。

 外道。




 明るく楽しく書きたい。だが、バーバラの過去は無理だ。
 何故なら彼女は不幸だから。
 turn0に鬱要素をぶち込む理由は、避けられないためだ。
 いきなり過去話です、すいません。


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夢③ 才能

長い


 冒険者のテストが始まる。

 峻厳な地形を進む中で、ダストが口を開いた。

 

「まずはそうだな。冒険と冒険者の違いってわかるか?」

 

 ダストの質問に対し、バーバラは間髪入れず答える。

 

「冒険は今わたしがやってること。冒険者はそれで暮らす人」

「正解だ。だから冒険をする奴と冒険者は違う」

「……どう違うの?」

「気分次第でやめられる楽しい冒険と違って、冒険者は仕事だ。金を稼がなきゃいけない。冒険者になる奴はそこそこ勘違いして門を叩くんだよな」

 

 ダストの目の前にいる小娘は、間違いなくその類と言えた。冒険が楽しそうだから憧れて、未知を求める。典型的な夢見がちの阿呆だ。

 

「冒険者になったら依頼を請けてお金を稼ぐ事になる。盗賊退治や魔物退治、主に戦闘系の仕事だ。命の危険もあるが、お前にそれをやる気があるか?」

 

 ダストの眼力にも全く動じず、自信満々な回答が帰ってきた。

 

「もちろん、わたしも頑張ってるんだから! マスドじいちゃんとか、おかあさんに止められて戦った事はないけど、今日やってみせる!」

 

 冒険者志望ならば多少なりとも鍛える。バーバラは子供なりに剣の真似事をしていた。

 天与の才があるのか勘所は良く、今では村内では誰も敵わない使い手と言える。

 だが、所詮比較対象は一般人だ。ダストから見れば拙すぎる。イカマンに囲まれただけでお陀仏だろう。とてもではないが戦力にはならない。

 

「依頼人から傷一つつけるなって言われてるから戦わせねえよ。許可を出すまで隠れてろ」

「えー……でもそれだと、わたしが冒険者に向いてるかなんて、わからないと思うけど」

 

 唇を尖らせて不満を漏らすバーバラに対して、ダストはニヤリと笑った。

 

「分かるんだな、それが。冒険者としてやっていけるかどうかは戦闘だけじゃない。才能が必要なんだ。冒険の才能じゃなくて、冒険者の才能がな」

 

 山の冷たい空気、芯まで冷える風の中でダストの声が静かに響く。

 

「冒険の才能がある奴は気が回る。仲間の状態にすぐに気がつき、罠の回避、宝箱の開錠も器用にこなし、機転もあって要領がいい。ただ、冒険の才能があっても冒険者としては長生き出来ない奴を見てきた。冒険者の才能がないからだ。俺に冒険の才能はないが、こっちならある」

 

 自分は冒険が得意だから、成功して来たから。そんな理由でギルドの門を叩いた人間は多い。事実才能のある奴はいた。だが、つまらない事で死んだり、心に傷をつけて辞めていく。

 ダストはプロとして、この類を冒険者と認めていなかった。

 

「お前に冒険の才能は多分ねえな、そそっかしすぎる。だが、冒険者の才能があるなら成功するだろう。それを今日確かめるんだ」

「冒険者の才能って?」

「三つある。一つは才能限界、雑魚じゃないかだ。未知の場所に行くんだから弱けりゃ死ぬ。逃げるにせよ、戦うにせよある程度の身体能力は必要だ。お前は軽々合格してるから気にしなくていい。自分じゃ気づかねーだろうが、優秀だ」

 

 バーバラは照れ隠しに頬を掻きつつ、ひらりと崖を飛び越える。

 

「えへへ……どんなところがー?」

(今、やってる事なんだよな)

 

 自然な動作の中でやっているのだろうが、曲芸じみている。完璧な空間認識に加え、身体の感覚に全くズレがないと成立しない。確実に戦闘系才能持ちの素養がある。

 

「自分で気づけ、もう一つは任務中に話してやる。水源はどこだ?」

「もうすぐ。この道を抜ければあるよ」

 

 山の尾根を崖下の細い道から渡り、曲がり切ったところで――――景色が、開けていた。

 

「おーおー、ヘルマンはここに集めたのか。終わってみればいい景色だなっと」

 

 何の気無しにダストは呟き、眼下に広がる惨状を眺める。

 本来ならば、美しい山の尾根が続くはずの場所だった。だが、ここから幾つもの大穴が穿たれている。幾重にも円形の大穴が折り重なって、複雑な盆地となっていた。

 巨大な隕石がダース単位で集中的に降り注げば、あるいはこうなるのかもしれない。

 その中でも、一際大きな盆地の中央に氷のリンクがあった。本来は水源として使用されている湖なはずだが、ヘルマンの冷え込みですっかり凍ってしまったらしい。水棲の魔物が潜れずに滑っている。

 

「さて、仕事の時間だな」

 

 ダストは大きく伸びをして体をほぐしつつ、周囲の状況を確認する。

 村長の事前申告通り、イカマンしかいない。水棲の魔物が水場に住むと潜る必要が出るが、湖は完全に凍っており、あれでは潜れない。報告より若干数が多いが、本来水場に潜っている個体も全て出ているためだ。

 そして魔物側の逃走経路。盆地の一番下に集まった水場なお陰で、あの小さい図体では登れそうな道は一つしかない。

 結論、楽勝。絶好の狩場だ。

 

「くくく……まずは俺が適当に間引くから、それまで出るなよ」

「う、うん!」

 

 ナイフを取り出し、ダストは暗い笑みを漏らす。

 戦闘が終わった後が、今から楽しみだ。あの無垢な子供がどんな顔をするのかも。

 戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 イカマン、最弱の魔物。

 人間が下半身裸で両腕と腰に触手を着けて、イカの仮面をつけたような見た目の魔物である。

 最弱と言っても、人間より遥かに強い。大の大人が武器を持って囲んでも勝てない。

 動きが反応出来ないほど速く、二つの触腕が鞭の如くしなり、先端は鋭利な刃物のように突き刺さる。吐くイカスミの視界低下も侮れない。全身を使った頭突き(イカドリル)も強力だ。

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「あらよっと!」

 

 ダストは無骨な長剣を振るってイカマンを斬り潰した。

 

「に、人間!? どうしてここに!?」

「はいはい死ね」

 

 ナイフが飛び、また一匹が倒れる。

 イカマンとダストでは、速さも力もリーチも技巧も隔絶している。痛痒(ダメージ)を与える機会が存在しなかった。

 

「ほんとザコなんだよなあ……」

「か、囲んでボコれー!」

 

 数に任せて群がるが、包囲を活かす知識もないためイカの死体が増えるだけだ。

 叩き落とし、蹴り潰し、切り裂き――そんな事をダストが繰り返してる内に、イカマン達も状況を悟る。

 

「ひ、ひぃーっ! 強すぎる、逃げろー!」

「やってられるかー!」

 

 包囲は解かれ、イカマン達は次々と湖畔の奥へ逃げ出した。

 氷上を泡を食って逃げ出す姿は無様であり、時折足をもつれさせて強かに頭をぶつける個体もいる。周囲には切り裂かれ、動けない魔物がいるばかり。

 冒険者にとって、イカマンは雑魚だった。駆け出し用の経験値でしかない。

 

「ま、こんなもんだ。もう出てきていいぞー!」

 

 その声と共に、湖畔を見下ろせる位置で隠れていたバーバラが姿を見せた。そのまま湖畔へと通じる坂を駆け降り、目を輝かせながらダストに近寄る。

 

「凄い、凄い凄い凄い! すごーい! ダストさんすごーい!」

 

 ダストの周りをぴょんぴょんと跳ねて回るバーバラ。初めての冒険者と魔物の戦いは、彼女を感動させるには十分過ぎた。

 ヒーローショーを初めて見た思いがした。全く危うさが無く敵を倒す姿はまさに無双。これまで見た誰よりも早い動きで飛び回り、敵を屠る姿はまさしく憧れの冒険者そのものだ。

 ダストは剣に付着した血を拭い、腕を広げる。

 

「ザコ相手の戦闘はこういうのが一番楽だぞ。圧倒的な力を見せれば相手はそれだけで折れる」

「タンターンと飛び回って、ざくーっって! あっという魔物を倒しちゃった! これでもう任務完了?」

「アホ。なわけねーだろうが」

「あうっ!」

 

 ダストはデコピンでバーバラを引き剥がし、湖の奥を指差した。氷を張った湖の上で、イカマン達が狼狽えている。

 

「十匹以上逃げたぞ。あれ一匹でも殺し損ねて任務完了と報告してみろ。後で死ぬのはお前等だ。この手の討伐系は全滅で任務完了なんだ」

「そっかー……」

「ま、あいつらもう戦えないし、あっちに逃げても逃げ場はねえから……」

 

 その時、バーバラはダストの変化に気づいた。

 村では今まで見た事のない、負の感情を煮詰めたものが目の前にある。

 

「こっからやるのは戦闘じゃねえ。()()()()()()()

 

 ダストは本心からの笑みを浮かべていた。狂気を孕んだ、獰猛な表情だった。

 

「お楽しみ……?」

「おお、だからお前もついていける。安全だからな」

 

 ダストは懐から取り出したウオッカを煽ると、倒れて動かない魔物へと近づき、

 

「オラッ!」

 

 ぶちゅりと、踵でもってイカマンの頭が潰された。

 赤い液体と黒い墨が飛び散り、ブーツと地面を染め上げる。

 

「ははは、誰か生きてる奴はいねーか?」

 

 また一匹、今度は剣で。

 足で抑えて、身体を真っ二つにする。また血が流れ、臓物が零れる。

 ダストの動きは止まらない。一匹、一匹、倒れ伏して動かないイカマンを、様々な手管で原型を留めない肉塊に変える。

 

「ぎゅひぃっ!?」

 

 両足を斬られ、達磨となっていたイカマンを蹴り上げたところ、生きていた。

 

「お、いたいた。ラッキー♪」

 

 ダストは喜色満面の笑みを讃えて、イカマンを引きずり、バーバラの足下に持って行く。

 

「はいよっと」

「ぎゃ、ぎゃああっ!?」

 

 二つのナイフによって、両腕の触腕が地面に縫い止められた。

 

「え、え…………」

「バーバラ、魔物の弱点講座をしてやるから、ちょっとこっち見てろ。イカマンは触腕が危険だ。だから切り落とすと一気に攻撃力が落ちる。こんなふうにな」

 

 そう言ってダストがナイフを振り下ろしたのは、膝だった。

 ナイフが膝小僧をくり抜き、噴き出る血も構わずにねじり込む。

 

「ぎゃああああああああああああっ!!!!!」

「ん、間違ったか? 酒のせいか酔ってるみたいだ。間違いないように付け根から先っちょまで降ろしてやるよ」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」

「んー、どうも俺の料理は下手だな。上手く、斬れ、ないなっと!」

 

 とんとんと、触椀の付け根からギザギザに切れ目が入る。触腕はのたうとうともがき、縫い止められたナイフの傷が深くなった。

 

「良かったなー? 将来の冒険者の教材になってくれるなんて。生きててくれてマジ感謝するぜ。流石に戦闘中に手加減する程器用じゃないからな」

 

 バーバラの目の前で、解体ショーが始まった。

 濁った悲鳴が上がり、それが天上の音楽であるかのようにダストは口唇を広げ、手を動かす。

 嬲る、甚振る、簡単に死なないように、苦痛だけは常に与えられるように。

 

「腹が寂しいだろ。お前の目玉を食わせてやる」

「ぎゃひっ、ぶふっ……ぶへぇっ」

「はははっ! おいおいしっかりしろよ。まだ死ぬには早いぞ!」

 

 目の前に広がった惨状とダストの豹変に、バーバラはただ立ち尽くすばかりで、

 

「んん~~いいね、いいねえ、これだよこれ! オイ見ているか? すっげぇ愉快な事になってんぞ!」

「あ……あ……」

「イカスミって、このあたりに溜まってんだよ。で、ここに圧力をかけてナイフを突くと……」

 

 グロテスクな腹の中からイカスミが吹き出し、飛沫の一部が、黄緑色の混じった黒が、バーバラの頬にかかった。

 

「……う゛っ、おえぇ……!!」

 

 バーバラは込み上がる衝動に耐えられなかった。膝が崩れ、胃の中がひっくり返るような感覚に身を任せ、吐瀉物を足下に吐き戻す。

 魔物を倒すところは子供心でも自然なものと映った。だが、これは違う。

 イカマンは、見た目より人体に似ているところがあった。そういった特徴をありありと見せつけ、共感性を持たせた上で嬲る行為だ。感受性の高い少女にとって、刺激の強すぎる光景だった。

 ただ、バーバラが吐き気を催した一番の理由はイカマンよりも、

 

「はははっ……! はははははっ! あと三分ってとこかぁ? オラ頑張れよ! もっと悲鳴を上げろ!」

 

 心の底から楽しそうに嗤うダストの姿だ。目をばっちりと見開き、口には涎すら垂れている。体は体液に塗れ、黒と赤に染まっても全く頓着しない。

 血塗れの二つ名に恥じぬ振る舞いは、狂気そのものだった。

 涙を滲ませたバーバラが、ダストに恐怖を帯びた目を向けた。

 

「…………なんで……グスッ……こんなことをやってるの?」

「楽しいからだ! 冒険者って、最高の職業だよな!」

 

 ダストの魔物退治は、いつもこうなる。戦闘が終わり、勝利が確定した状況になると酒を飲み、タハコをふかし、魔物を嬲る。これが彼にとって至上の娯楽だ。

 納得のいかないバーバラは、ダストの腕を掴んで縋るように見上げる。

 

「でも、こんな、こんな、酷いことををしなくても!」

「なーに言ってんだ。この世界は弱肉強食。全員殺すって任務を請けてる俺が勝った以上、こいつらをどうするかは俺の勝手だ。それともお前は俺の仕事の邪魔をしに来たのか?」

「…………ッ」

 

 ダストの腕を掴む力が緩む。

 村長の依頼はイカマン退治だった。ダストのやっている事はその延長に過ぎない。バーバラが同情で止めるのは、やってはならない事だ。

 ダストは魔物退治をしている。ただそれをバーバラに対して、悪辣な方向で直視させていた。

 

「さーて、タイムアタックの傍らで問題行くぞ。ここまでの行動はヒントだ。冒険者に必要な二つ目の才能って、なんだと思う?」

 

 周囲は血塗れで、足下で嬲られたイカマンはか細い声になって、湖畔の美しさは影もない。

 惨状の中で、バーバラは悲しそうに目を伏せて、答えを口にした。

 

「……魔物を、倒すこと。ちゃんと、殺すこと」

「正解だと言いたいところだが、ちょっと足りない。来る依頼は魔物退治だけじゃなく、盗賊退治に早い者勝ち、争奪戦だってある」

 

 ダストは満足そうに、憧れを打ち砕かれた少女を眺める。

 

「冒険者に必要な才能は殺す覚悟だ。魔物を、盗賊を、同業だろうが仕事で殺す必要がある」

「……そん、な」

「覚悟の無い奴はあっさり死ぬ。毒を盛られたり、寝ているところに火をかけられたり、人質を取ったりされる。ま、俺は全部やった事あるんだけどな」

 

 ダストの経験上、才能ある人間が冒険者になる時にぶつかる壁が覚悟の差だ。

 思考がお花畑な冒険者はあっさり騙されて死ぬ。弱肉強食の世界で、たった一人で戦って生き抜くのは難しい。

 そして、目の前のバーバラはその典型中の典型だった。性根が優しすぎる。

 

「まぁこんなの子供に振り切れってもんが無理があるだろーな。そこで良い事を教えてやろう」

 

 頭を抱えて悩むバーバラに対して、ダストは自分の信条を吐露する。

 

「魔物は人類の敵で絶対悪だ。数千年俺達は殺されたんだからやり返して当然なんだよ。盗賊や、冒険者はいつ死んでも誰にも文句は言えない。俺達は悪くないんだ。だから……?」

 

 その言葉に対して、バーバラは首を横に振った。

 

「ちがう……そんなの、間違ってる……」

 

 声はか細く、だがその意思は頑なで、絶対に譲る気が無い信念が込められていた。

 

「……どうしてそう思うんだ」

「なんとなく、ちがうと思うから……」

 

 バーバラの中に理由はない。ただ、今嬲られた魔物は苦しそうであり、この光景は正しくないものに思えた。それだけだ。

 だが、この光景を前にしてまだ否定する姿は、ダストの不興を買うのに十分だった。

 

「ッチ、これだからガキは嫌いなんだよ!」

「ギュグッ」

 

 苛立ち紛れに突き込まれたナイフが、イカマンの生気を完全に奪う。

 

「しまった。まだまだこれからだってのに……! 糞が!」

 

 ダストは荒々しく立ち上がると、バーバラの目を見下ろした。

 

「お前、そんなんで魔物殺せると思ってんのか? 冒険者ナメてんのか? あいつらに同情するとかあり得ないぞ」

「………………」

 

 不安げな青い瞳は揺れるばかりで、正しい答えを持たず、何も口を開かない。

 飲んだ酒の強さが効いたか、ダストの声が荒くなる。

 

「いいか、冒険者ってのはな、冒険が楽しいからなる職業じゃねえんだよ! あっさり死ぬから、おままごと感覚はやめろ。ガキの考えでこの世界に入って来るな!」

「……でも、これは良くないと思う。ダストさんは、どうして冒険者になったの?」

「魔物をぶっ殺せるから、楽しいからに決まってんだろ。これで金も女も感謝も貰えるんだぜ? 俺にとって冒険者は天職だ!」

「こんなことをしなくても、魔物は倒せたでしょ? 虐めなくても……」

「このクソガキはまったく……!」

 

 心の内にある黒い炎はいよいよ燃え上がる。

 ダストの歩んだ道は血に塗れている。その日々を楽しみ、誇ってすらいた。だからこそ、目の前の子供が不快で仕方がない。

 まだ折れない。バーバラは自分が正しいと思っている。つまり、まだ足りないのだ。

 

「遠目で勘弁してやろうと思ったんだがな、予定変更だ。ついて来い!」

 

 ダストはバーバラの腕を引っ張って、氷のリンクに踏み入った。

 

「テストをまだまだやってやる。冒険者になりたいなら逃げるな。邪魔するな」

 

 凍り付いた湖畔の上を歩くダストの腕は強く、バーバラに抗う術はない。そしてダストが向かっているのは惨劇に怯えきったイカマン達。

 

「まさか……」

 

 あの拷問はバーバラにとって一時間にも感じたが、実際は10分も経っていないだろう。

 もう片方の手には血に濡れたナイフがある。

 

「おう、十数匹生きてるから、一時間はハッピーなパーティが出来るな」

「……………………!」

「もう一度言ってやる。邪魔するな、必要な時以外声を出すのも邪魔だぞ」

 

 ダストの歩み、拷問への距離が近づく。一部始終と仲間の悲鳴を聞いていたイカマン達は恐慌に陥った。

 

「ひ、ひぃーーー! あいつこっち来るぞ!」

「来るな! 来るなあああああ!!」

 

 バラバラにイカマンが逃げる。ある一体は崖を登ろうともがき、ある一体は少しでも遠くへと入り組んだ奥へ向かった。そちらは袋小路だが、どこまでも行き止まり。出口はダストの後方にしかない。

 

「ゲームの時間だ! 逃がす気はないが、精々足掻けよ!」

 

 惨劇が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 地獄絵図、それに尽きる。一匹たりともまともな死に方は許されない。

 ダストはわざとゆっくりイカマンを追いかけた。その気になれば、いつでも捕まえられるような個体を追い、嘲笑う。恐怖に耐え兼ねて、湖畔から出て逃げようとした者からナイフが投げられて、解体ショーが始まる。

 自然、殺されないため、ダストの思惑通りに湖の奥へとイカマン達は逃げ込み、袋小路の角で、また角でと順繰りに餌食になる。

 バーバラはそれに付き添い、眺めているだけだった。

 彼等の声が鼓膜にこびりつく。哀願から始まり、痛みに泣き叫び、中には――

 

「もう゛殺じでぇ! 殺じでぐれぇ゛!」

「ははは、何言ってんだ。敗者には勝手に死ぬ権利もねえよ」

「あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 

 死を希うような姿にされる者まで。

 酒を呷りに呷り、すっかり赤くなったダストがバーバラの方を振り返る。

 

「いいか、負けたらこうなるんだ。逃げてもいいけど負けたら駄目だ。覚えとけ」

 

 そして殺戮に酔った表情で、そんなアドバイスを零す。

 一匹一匹、人間の悪意とはここまで根深いものかというような、豊富な殺し方をダストは披露してみせた。

 ある一匹は自分の脳の一部を食わされた。

 ある一匹は燃えたタハコを体の中に入れたら何本で死ぬかカウントされた。

 ある一匹は自分の内臓の部位を下から一つずつ披露させられた。

 

「………………」

 

 もう、バーバラは何も話す事がない。彼等の末路を目を閉じずに見届けていた。

 この冒険者を連れて来たのは自分だ。自分にも責任の一端がある。後悔はしても、逃げ出すのはイカマン達に対して悪い気がした。

 

「おーおー、しっかり暗くなっちゃって」

 

 一方、ダストはご満悦だ。誰から見ても上機嫌そうな笑顔を浮かべている。体中が赤黒く染まり、吐き気を催す程の腐臭も漂っているのに全く頓着しない。

 

「少しは感謝して欲しいんだがな。お前には傷一つつけてねーし、色んな事を教えてる。そして何より、お前の村にとって脅威だったイカマンは粗方殺した。もう怯える必要はなくなるんだぞ」

 

 バーバラにとって、最も長く、痛ましい時間は終わろうとしていた。イカマン達は奇怪な肉塊となり果て、残りは湖畔の奥、袋の鼠となる数匹が残るばかりだ。

 その言葉を受けてもバーバラは答える事はなく、先程死んだ魔物に対して手を合わせて祈る。

 

「同情してんじゃねえよ。死体なんてありふれてる。冒険者になりたいならやるな」

「うん……」

 

 ダストは水を差された思いがした。せっかく楽しい時間を過ごしているのに、この在り様だ。

 バーバラが吐いたり泣き叫んだり、逃げ出すのを期待していた。ところがどうにもならない、止められないと知った時から静かになってしまった。

 無言の中にこそ、まだ自分の考えが、信念が正しいと言っているようで――苛ただしい。

 

「……ホンット、冒険者舐めてんだな。魔物を倒さずに、冒険者やれると思ってんのか?」

「それは、思ってないけど……こんなのは、良くない。やめて、欲しい」

 

 苛立ちがピークに達したダストは、バーバラの服を掴んで手元に持って行く。

 

「お前は、魔物が憎くないのか!?」

 

 憎悪、嫌悪、憤怒、怨恨。

 至近距離に迫ったダストの黒く濁った目には、ありったけの負の感情が渦巻いていた。

 

「誰だって魔物に奪われたはずだ! カミーラダークに第二次魔人戦争、魔王の凌辱だってまた始まるぞ! お前の家族は誰か奪われなかったか!? 憎いと思わないのか!?」

 

 ダストの中に燃え上がる炎は常に自身を炙っている。

 魔物を殺せ。魔物を苦しめろ。魔物に絶望を与えろ。魔物を許すな。

 ある時を境に常に隣にあり、この衝動を満たしている時だけが生きている心地がした。

 そして今の時代、魔物が憎いのかと聞かれて憎くないと答える人間の方が少ない。ダストは冒険者としても、復讐者としての在り方も肯定されていた。

 その灼熱した憎悪を前にしても、バーバラははっきりと首を横に振る。

 

「とうさんも、じいちゃんも、ばあちゃんも、みんな魔物で死んだって聞いたけど……わかんない。わたし、元々いないから……」

 

 バーバラには、母親しかいない。その代わり、彼女を愛する人間が多かった。

 村民の暖かさに支えられてきて、自分には無いものを寂しいと思う事がなかった。魔物は倒すものと教えられて来たが、憎むような感情は持てなかった。

 悲しみの中にある瞳には、まだダストの善性を信じている。せめて惨い殺し方を止めてくれと、願いがあった。

 

「……は、いないから分からんってか。元々いないんじゃ感じようがねーな」

 

 ダストはバーバラを突き放すと、残り少ない魔物へと疾駆する。

 

「き、来たぞ! 速くあれを見つけ……ぐぎゃぁっ!」

 

 ナイフが踊り、両の触腕を斬り飛ばす。無力化したイカマンを蹴り倒し、足を潰す。

 完全に達磨と化したイカマンが放り投げられ、バーバラの足下に叩きつけられた。

 

「じゃあ見せてくれよ。魔物が憎くなくて、冒険者がやれるのかを」

 

 ダストがゆっくりと歩み寄り、バーバラに剣を押しつけた。

 

「冒険者のテストだ。――――こいつを、殺せ」

「…………!」

「お前は魔物を倒して経験値を手に入れるチャンスが来た。経験値を稼げばレベルが上がって強くなる。誰もがやってる事だ。この世界不変のシステムだ」

 

 バーバラは渡された剣の柄を、震える手で握った。

 重い。持つのはともかく、自在に振り回すにはまだ難しい。それでも目の前の魔物に振り下ろすぐらいは出来る。

 

「やれ」

 

 言葉に従い、バーバラは剣を構える。イカマンの上に白刃を構え、下を見下ろし、

 

「ああっ……」

 

 イカマンと、目が合った。か細い声で鳴き、叩きつけられただけで半死半生になっている。

 全ての四肢を奪われ、苦悶の声を漏らして捩っている。

 そう、剣を落とすだけで終わる。終わるのだが――――

 

「うぅ、ううううう……!」

 

 バーバラは、振り下ろせない。イカマンの頭の上で、剣を震えさせて止まってしまった。

 昨日まで、いや数時間前に同じ事を求められたら大した葛藤も無く殺せただろう。だがダストの在り方を見たからこそ、躊躇が生まれてしまった。魔物に同情してしまった。

 自分は冒険者になりたい。なりたいのだがあんなのは間違っている。その想いこそが、剣を重くしてしまう。

 自分の夢と晒された現実、そのあまりの乖離に納得しきれず、さりとて夢を諦められない。

 結果、剣は僅かに下がっては上がるのを繰り返し――

 

「時間切れだ」

 

 あっさりと、ダストのナイフによって足下の命は絶たれた。

 

「あ…………」

「お前は冒険者になれない。才能が無いし、性格も向いてないから一生村娘やってろ」

 

 バーバラの膝が崩れる。呆然として青くなり、剣を抱えて蹲った。

 この魔物は元々全滅させる予定だった。村では自分が倒すと息を巻いていた。蓋を開けてみれば、無抵抗な相手すら殺せない。

 自分は、冒険者に、なれない。バーバラ自身が今の事実に打ちのめされて、立ち上がれない。

 漸く望みの光景が見れたダストは、勢いよく度数の高い酒をラッパ飲みした。

 

(そーなるよな。はは、いい気味だ。これであいつは肉体的な才能があっても一生無理だ)

 

 デザートも仕上がり、愉しい趣味の時間は終わろうとしていた。

 苛立たしい小娘の憧れを打ち砕き、魔物はほとんど退治され、報酬は独り占め。

 残りは一匹。精々愉しく仕上げようとダストは袋小路の奥へと進む。

 もう、逃げ場は一つか二つしかない。氷結した地面とブーツの叩く音をわざと高くして、魔物を探す。

 

「さーて、ラストはどうしようかなーっと、っとっとっと……」

 

 角を曲がる度に、ふらつく。

 ダストは酒を飲み過ぎて、ただ歩くだけでも世界の方から倒れ込んで来るように感じていた。

 

(……飲み過ぎたか、ヘルマンの地酒は度数高過ぎんだよ。ザコじゃなかったら危なかったかもな)

 

 酩酊し、混乱すら混じったような状態の中で次の角を覗き込んだ時。

 緑色の、太い足が見えた。

 当然イカマンの背丈ではない。どういう事だと考えを巡らし、

 

「あああああああああああああああっ!!!」

「――――ッ!?」

 

 大上段から、力任せの斧がダストを襲った。

 

「がああああああっ!?」

 

 勘に従い、咄嗟に身を翻したが間に合わない。

 半身を大きく削るような一撃が入り――翳した右手首が吹き飛び、腹部を抉る。

 喰らった衝撃を利用して氷の上を転がり、距離を取る。視界に映るのは、身の丈2メートルを超える巨大な人型の魔物――

 

(魔物兵!? なんでここに……ああ、そういう事かよ!)

 

 何故、と一瞬考えたところで疑問が氷解した。

 魔物兵、正式には魔物スーツ兵。魔物が着るパワードスーツであり、どんな魔物も統一した図体の中に入って同じ力を発揮できる。当然、イカマンも着られる。

 イカマン達も何の考えも無しに暮らしていた訳ではなかった。パワードスーツの持ち手が一名紛れ込んでいて、いざという時の護衛として用意されていた。

 ただ、その魔物が不幸にも最初の遭遇戦で早々に死に、本人以外知らないスーツの場所を探し出すのに時間がかかってしまい、かかる虐殺を享受する羽目に陥った。

 イカマンと魔物兵では戦闘能力が違い過ぎる。熟練の冒険者でも殺し得るだけの膂力を備えている。今、ダストを殺し得る相手がこの場に出現していた。

 

「だからどうした。緑ザコぐらいなら…………ッ!?」

 

 気合で立ち上がろうとするダストだが、かつてない感覚に背筋が凍った。

 腹の傷が、深すぎる。立つ為に力を込めれば、それだけで内腑が漏れそうだ。残った左手で抑えていないと、中のものが零れる。

 魔物兵は力任せの一撃を放ったせいで自重に耐え兼ねて転んでいる。氷上の滑りやすさに振り回されて、じたばたともがく。自分の体がどう動くのか全然わかっていない。

 本来のダストなら苦もなく殺せる。だが、今は難しい。

 右手を喪失し、左手は腹を抑えるので精一杯。ナイフを持てば傷が開き、すぐに死ぬ。どう足掻いても相打ちが限界の致命傷だった。

 そして何より――――これではもう、殺せない。魔物を、殺せない。

 

「……あー、そういや忘れてたわ。もう一つ大事な才能があったな。運だ」

 

 ダストの命運は、ここで尽きていた。

 急激に全てがどうでも良くなっていく。自分の傷よりも、殺せないという事実が世界をセピアに染め上げる。

 

「ま、いいか。どうせ死ぬんだからよ」

 

 腹に当てている手を緩め、ナイフを持とうとしたところで、

 

「だめえっ!」

 

 バーバラが、右腕に縋りついて来た。

 零れる血を少しでも減らそうとして、渾身の力を込めて握り締める。肉が歪むとともに、痛みが走ってダストの背中を曲げる。

 

「てめぇっ……! 何しやがる!」

「逃げて、逃げてっ!」

 

 バーバラは賢明にダストを引っ張って、魔物兵から離れる。

 振り解こうとするには、腹に力を入れる必要がある。流れる血と体の状態がダストに抵抗を許さなかった。

 

「わたし、包帯持ってるから! 手当をすればまだ……!」

「……余計な事を!」

 

 血が滴り、湖に道を作る。最後の魔物からの距離が、離れていく。

 

「ま、待てえええええええええええええ!! 逃げるなああああああああ!!」

 

 いまだ感覚が掴めず立ち上がれない魔物兵の声が、二人の背を追い。

 必死な形相のバーバラに導かれるまま、ダスト達は逃げ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 湖から抜けてすぐの山道の一角。

 岩を背にしてダストは介抱を受けていた。包帯によってぐるぐる巻きにされ、右腕と腹部の出血は一時よりは抑え込まれつつある。

 だが、その間に血を喪い過ぎた。手足の震えが止まらず、全く思うように動かない。自力で立ち上がれない状態になってしまった。

 

「これで助けを呼べば……!」

「アホ、誰に助けを呼ぶんだよ。この山中の奥に」

「他の冒険者さん達がいる! 早い者勝ちならきっと向かっているはずだから、探せば近くにいるはず!」

「…………」

 

 バーバラはダストの酷い状態にも関わらず希望を捨てていない。好意的な材料を探して、目の前の命を拾おうとしている。

 自分の命の灯がジリジリと削れる中で、却って冷静になったダストは違和感を覚えた。

 

(どういうことだ…………? 何故こいつは、こんなにも動ける?)

 

 確かに心を折ったはずだった。

 地獄を見せ、甘い性根と現実の板挟みにし、自分の夢を諦めさせ、崩れ落ちた。

 ああなれば大の大人でもすぐには立ち上がれなくなる。ところがバーバラは駆け寄った。魔物の雄叫びを聞いて即座に動かなければ間に合わない程度の距離があったのに、間に合った。

 おかしい、異常だ。

 

「大丈夫……! 大丈夫大丈夫、なんとかなる……!」

 

 包帯をきつく縛る手は止まらず、目はダストの状態を見極めんと常に動く。その瞳に籠る熱量は、頑固な信念を感じた時を遥かに凌駕していた。

 

「……なんで俺を助けた」

「助けられるから!」

「そうじゃない。お前にとって俺は嫌な人間だろ。相打ちでいいと思わなかったのか?」

「ダストさんは、辛いけど、嫌だけど、嘘は言ってない! ちゃんと私に冒険者としてのテストをしてくれた! そんな人を死なせるわけにはいかない!」

 

 ダストは二の句が継げなくなった。

 確かに嘘は言っていない。だが悪辣に演出して言った。自分の趣味に居合わせた者は、冒険者であろうと眉を顰め、軽蔑し、基本的に関わろうとしなくなる。話を聞かなくなる。

 一方、バーバラは潰れながらもしっかりと受け止めた。ありったけの悪意の中にある、ダストも気づかない僅かな善意の欠片をかき集め、それだけを恩として感じていた。

 底抜けの、お人好しだ。だからこそ、世間に出たら絶対に騙される馬鹿になる。

 

「そういう事なら追試してやるよ。落第と思っていたが、泣きの1回にさせてやる」

「こんな時にそんなのどうでも……!」

「いいから聞け、テストだ」

 

 静かな声で、ダストはバーバラを制する。

 

「現状確認だ。冒険者は状況を確認するのが大事だ。その上で何を行動するかで生死が別れる」

 

 ダストは深く息を吸うと、絶望的な状況を突き付けた。

 

「まず、俺の命だ。経験上30分も持たないな。既に動けないし、死人と変わらない。次に、魔物兵だ。俺の逃げ道が血で残ってるから追って来るだろうな。初めて動かすから慣れてないだろうがすぐに来るだろ。そして、お前は絶対に魔物兵に勝てない。一撃で死ぬし躱せない」

「…………!」

「さあ、最終問題だバーバラ。俺はもうすぐ死ぬが、それより速く魔物兵が来て俺達を殺す。お前はどうすんだ?」

 

 バーバラにとって、極限の状況が来ていた。

 相手は少女の倍以上ある背丈の魔物。人類を蹂躙する為に造られた殺戮兵器。

 ここまで戦っていたダストは死に体で、戦えそうにない。

 

「わ、わたし、わたしは……」

 

 自分の命も、かかっている。その事実に足が震え、恐れと共に後ろに広がる湖畔を見下ろす。

 氷の湖には既に魔物兵の姿はいなかった。血痕はここまで伸びていて、そう遠くない内に来る。

 周囲は山間盆地の切り立った岩場、役に立ちそうなものも、身を隠せる場所もない。登って逃げるのも一本道だからじきに追いつかれる。

 こうなると、正解は一つだ。だが、それはダストを見捨てることになる。

 バーバラは頭を抱えて考えた。考えて考えて考えて――

 

「さっさと決めろ! また時間切れにする気か!」

「…………ッ!」

 

 ダストの怒声と共に、バーバラは踵を返して駆け出した。

 

「ごめんなさいっ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 

 少女の影が遠ざかってゆく。

 何もかもがご破算となった苛立ちと共に、ダストは血の混じった唾を吐き捨てた。

 

「正解だが、満点じゃないから不合格だ。一生村娘やってろ。クソガキが」

 

 ダストが同じ立場ならば追剥ぎをして、金目のものを奪っている。

 どこまでも甘すぎて、反吐が出るような子供だった。巻き込んで、死なせてもいいと思った。

 しかし、そうさせられない矜持(プライド)もあった。

 

「依頼は達成出来なかったが、『バーバラの安全』の方がな。全部駄目ってのもな」

 

 ダストが一度引き受けた依頼は『どんな手段を使っても』粗方達成してきた。

 死ぬ前に、完全な失敗が癪だったのだ。

 

「…………さて、どーっすかなあ」

 

 ダストにはもうほとんど何も残されていない。冒険者としての人生が終わるのなら、彼に生きている意味はない。

 ただ、心の中に燃える炎だけは残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 魔物兵が、山を登る。

 慣れない感覚に戸惑い、高くなった視界と不安定な足を前に動かし、前へ進む。

 全ては、血の道の先にある人間を殺すため。

 

「――――よお。あんまり待たせるんで、うっかり死ぬところだったぜ」

 

 いた。

 血塗れの中で岩に寄りかかった男が、家族の、友人の仇だ。

 

「あ、あああ……!」

「俺を殺す奴がイカマンなんてな。せっかくだし死ぬ前に顔を拝んでやろうと思ったんだが、魔物兵なんてどいつもこいつも顔が同じでわかんねーわ。へへへ……」

 

 ケタケタと笑うダストの顔色は青白い。魔物も直感的にダストがすぐに死ぬと理解出来た。斧を振り下ろすだけで終わる。

 ただ、その中で魔物兵が選んだ行動は意外なものだった。

 

「なんで、なんでこんな事したんだ!」

「はあ?」

「僕達が何か悪い事をしたのか!? なんでこんな事をした!」

 

 ダストは鼻白み、至極簡単な答えを口にする。

 

「馬鹿じゃねえのか。お前等は魔物だ、そりゃ殺すだろ」

「魔物というだけで殺されなくちゃいけないのか!?」

「当然だが、今回は依頼もある。水源にしている湖にイカマンがいるから退治してくれってな」

 

 その言葉に、魔物兵は分厚い氷のリンクと化した湖を指し示した。

 

「僕達も大分前から使えないんだよ! なんで今その依頼が来るんだ! 暖かくなったら移動しようって皆で話し合ってたのに!」

「不安だって村長は言ってたな。お前等はいるだけで不安なんだ」

「お前等が来なければ平和だったのに、なんで、なんで……!」

 

 魔物兵は地団駄を踏み、足下を崩す。

 魔物兵に泣く機能はついていない。だがその声の調子は、中の魔物は明らかに泣いていた。

 

 時は12月。極寒のヘルマンでも厳しい日々。

 イカマンは村人に何をしたのか。何もしていない。ただここに住んでいただけだ。

 相手の立場になって考えた時、横暴な侵略者はどちらなのか?

 どう考えても、冒険者だった。

 

「お前、分かってねーな。というか産まれたばかりのガキか」

 

 しかしそれに対してダストは一切悪びれる事なく、魔物兵を馬鹿にする。

 

「人間と魔物は殺し合うんだよ。何千年間もずっとやってるから神様の思し召しって奴だろ。役割を無視してんじゃねーよ」

「神様がいるなら、こんな事を許すわけがない! 僕達はただ、暮らしていただけだったんだ! 殺すだけじゃなく、なんで苛めた!?」

「ホントガキか! 今日はガキに振り回される厄日だな!」

 

 このイカマンは、まだ産まれたばかりの個体だった。心の内には多くの悲しさと怒りがあり――ダストにとって甚だ不満な事に、狂気が足りない。

 こんな奴に殺されるなんて、冗談じゃない。資格が全く足りない。

 

「どうして嬲ったかって? 俺の故郷もただ、暮らしてただけだった。平和な村だったんだ」

 

 心の炎が燃える。

 黒い炎が、ダストを焼き尽くす。

 

「ある日魔物がやって来て、平和な村は踏み躙られ、家族は全員殺された! お前らにその気持ちがわかるか? わからないんだろーな! だからわからせてやったんだよ!」

 

 魔物の悲鳴は、納屋の下で聞く父の声と似ていた。

 

「いやー、最ッ高に楽しかったぜ! お前の家族はどいつだ。花火にしてやった奴か? 分割数の限界にトライした奴か? どいつだかわかんねーけど、お前が思い出す時は一生その顔だ!」

 

 母の顔を思い出せば、蓮の花が咲く。

 

「お前はこの日を一生忘れない! ずっと俺と共に覚え続けるんだ。最高なパーティだったろ!」

 

 殺されるのはいい。だが、その日に植え付けられた火種が、相手にないのは許せない。

 

「ぎゃははははははははははははは! ぎゃははははははははははははははははははは!!!」

 

 ダストは残る命の灯を、魔物兵に炎を授ける為に使い尽くしていた。

 

「…………もう、喋るな」

 

 そして、魔物兵が前に出る。赤くギラついた目には今までにないものが――狂気が、しっかりと宿っていた。

 

「人間、人間、人間、殺す殺す殺す殺すッ…………! ぐちゃぐちゃにしてやるっ……!」

「そうだ! そうなるんだ! 何をしても殺したいだろ! やっとわかってくれて嬉しいぜ!」

 

 この時、魔物兵はダストと同輩となった。ならば殺されるのにも納得する。

 これからも、魔物は人間に殺される。

 これからも、人間は魔物に殺される。

 いつまでも、いつまでも、いつまでも――――

 

「これが人間だ! これが魔物なんだよ! さあ来い! 俺の命だけで満足するかなああ!?」

 

 ダストは、この世界が好きだった。

 

「あああああああああああっ!!」

 

 魔物兵の斧が振り上げられ――――

 

 金色の影と白刃が落下して、魔物兵に突き刺さった。

 

「……………………は?」

 

 魔物兵の首筋は、剣によって深く貫かれていた。

 持ち手は魔物兵の肩に打ちつけられ、そのまま地面に強かに叩きつけられる。

 

「が、ああああああああっ!?」

 

 魔物兵はもんどり打って倒れ込み、手足を無茶苦茶な勢いで振り回す。

 岩にヒビが入り、石が打ちあがる。目的の無いもがきでも、人体を破壊するだけの力があった。

 だが、もう遅い。あの傷は致命傷だ。

 

「うっ……うぅ……」

 

 その証拠に、地面に叩きつけられた子供――バーバラがゆっくりと起き上がる頃には、もがく力も弱まり、痙攣が始まっている。

 バーバラの方も無傷ではない。落下した時に打ちつけた腕には血が滲み、もう一つの手で抑えて庇っている。

 

(……マジかよ)

 

 信じられない行動に、ダストは瞠目する。

 まだ9歳にもならない子供が、魔物兵を倒した。こんな話は聞いた事がない。

 バーバラがやった事は単純で、納得できるものだった。魔物兵に致命傷を与え得るのはダストの剣しかない。だが、取り回すのが不可能だったため、飛び降りる事で威力を補った。

 狙いを違う事なく首筋に入れられたのは才能の賜物だろう。

 ある日突然、剣の才能が開花して強くなることはある。バーバラにとって、今日がその日だった。剣戦闘1の才覚を、バーバラは余すことなく十全に使い切った。

 だが、ダストが驚いたのはそこではない。

 

「俺を囮にして、ずっと隙を窺ってやがったのか……」

 

 魔物兵はダストを恨んでいる。だからダストを殺す時に隙を晒すから狙う。合理的な行動だが、それをこの極限下で決断して、一回のチャンスに賭けた。その結果が今の光景だ。

 魔物兵は地に沈み、その目にはもう何も映していない。指先ぐらいしか動かさない。その魔物兵をバーバラが見下ろしている。

 

「ど、どうちゃ……」

 

 微かに漏れる声は、命の残滓か。

 バーバラは首筋に突き刺さった剣を握り、

 

「――――ごめんなさい」

 

 体重をかけて、命を刈り取った。

 これがバーバラの最初の魔物退治、相手は魔物兵。

 

「は、はははは……訂正するわ。お前、冒険者の才能があるぞ。それもとびっきりの」

 

 考えれば考えるほど、バーバラの才能に感嘆せざるを得ない。

 子供の発想は柔軟で、時に残酷だ。だが、この危機的状況で感情に支配されずに実行できるのは子供離れしている。

 バーバラは確実に不意を突けるタイミングまで息を潜め、首を狙える状況まで隠れて、全体重を躊躇なく剣に預けて飛び降りた。ここに剣の才能はあまり関係ない。

 成功に至るには機転だけでは足りない。忍耐力、観察力、相手に感情に対する理解、そして自分の判断に全てを委ねる思い切り……『冒険者』に必要な、ありとあらゆるものが求められる。

 ここまでの『才能』は、ダストも見たことがない。

 

 その優しい性根からは考えられないほど、バーバラの行動は異常だった。

 本能に刻まれた動物的な部分が、圧倒的に違う。

 

「いいぞ、どんどん殺せ。もっとだ、もっと……お前なら俺より良い冒険者に……?」

 

 霞む視界の中で呟くダスト。しかし振り向いたバーバラの姿は、不可解なものだった。

 

「ひっく、ぐっす……うえ゛っ……うええええっ……」

 

 バーバラは大泣きしていた。今まで散々に負荷をかけた時も静かだったのに、今の彼女は嗚咽を抑えられない。大粒の涙がぽろぽろと零れ、身体よりも、心が辛いと泣き叫んでいる。

 

「……お前、まさか魔物に同情してんのか? この期に及んで?」

 

 てっきり、魔物を悪と断じて割り切った。踏み切ったと思った。だが――――違った。

 

「違うやり方があったかもしれないのに……こんな、こんな……」

 

 頭上から全ての話を聞き、バーバラは後悔していた。

 安易に魔物退治をすると考えていた。全滅に同意した。魔物を生命と認めていなかった。過去の自分が、なんと横暴で、一方的であったことか。

 話し合いでの解決があったのかもしれない。時間の経過が解決したのかもしれない。湖なんて使わなくても暮らしは成立していた。ありとあらゆる事実が彼女を責め立てる。

 ダストだけではなく、バーバラも悪かった。魔物達にとって、悪そのものだった。

 

「でも、やったと。どうしてだ?」

「……わかんない。でも嫌だった……なんにも、出来ないの……」

「それで魔物を、殺したのか」

 

 バーバラはこっくりと、首を縦に振った。

 話を聞き、自分達が横暴な侵略者と認識した上で、死体を増やすと決めて飛び降りたのだ。

 

(こうなると殺す覚悟どころじゃねえぞ……コイツは一体何を吹っ切ったんだ?)

 

 冒険者としての血の洗礼。魔物や盗賊を悪を断じて倒すのはよくある。だが、殺す相手を一つの命と認めているのは死に繋がる。後悔や罪悪感が剣を鈍らせる。

 バーバラは一番駄目な考え方をした。その上で、殺すと決めて完膚無きまでに遂行した。

 良心を誤魔化さずに、心を潰しつつ、悪を為す。頑固な信念がある分、良心の呵責は想像を絶する。それでも魂を黒くするような行為を、自分の決意だけでやってしまった。

 だが、一つだけ納得できない部分がある。

 

「何故だ。どうして殺した、聞けば聞くほどわかんねえよ……」

 

 優しい性根のままで魔物を殺すには、それに足るだけの理由が必要なはずだ。その理由が、ダストにはちっとも見当がつかない。

 その問いに対して、バーバラはダストの肩に頭を預けて抱き着いた。

 

「ダストさんに死んで欲しくなかったから。でも、もう……!」

「…………はっ」

 

 ダストの全身の力が抜けた。

 

「なんだそりゃ。馬鹿だなお前」

「だって、だって……!」

 

 溜息を一つ吐き、バーバラを見つめるダスト。

 この娘は底抜けの馬鹿だ。外道にすら同情し、元々相討ちで終わりそうだったものを暴れた挙句、身も心もボロボロにして同じ結果にした。

 でも何故だろう。どこまでも善意の塊の心に、何故か口元が緩む。

 

「今の発言は馬鹿だから減点だ。でもまあ、全部逃げずにやったし、テストの結果を教えてやる」

 

 ダストの意識が遠ざかっていく。もう目は全く見えない。

 あれだけ燃え盛っていた心の炎も、消えている。

 

「お前は冒険者としての才能がある。だけど性格としてはこれっぽっちも向いてない。つまるところ――お前次第だな。でもやるってんなら一つだけアドバイスがある」

 

 今のまま行けば、全ての不幸に首を突っ込んですぐに死ぬ。

 そんな自滅型の冒険者志望に対して、言葉を贈る。

 

「この世界のルールは一つだけだ。――汚かろうが生き残れ。死んだ奴が負けだ。本当になんでもやっていい。お前のやる事は、きっと正しい」

 

 ふと、ダストの脳裏にバーバラの言葉が過ぎる。

 

『わたしはこの世界が大好き! だから冒険者になって、色々なものを見て、みんなと仲良くなって、楽しい冒険をしたい!』

 

 吐き気がする言葉だ。現実からかけ離れて、夢物語だから折ろうと思った。だが――

 もしかしたら、自分には永久に手に入らないものだから、嫉妬してたのかもしれない。

 

「……お前頑固過ぎ、負けたわ。楽しい冒険とやらも、あるなら探してみろ」

「っダストさん!」

 

 自分の信念に負けを認める。屈辱なはずなのに、重い荷物を降ろしたような安堵に満たされて、ダストの意識は消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ダスト、血塗れが二つ名の冒険者。

 彼の死に顔は外道と罵られた半生に似合わず、穏やかなものだった。




 ダスト lv34(才能限界)剣戦闘0、投擲1

 遅刻、女性トラブル、喧嘩、埒外な金銭の要求、凄惨な手法……等々問題要素は大量にあるが、任務達成率は高く、放棄率は低い。暇があれば魔物の討伐系をこまめに請けてるため、業績だけではギルド内トップだった。
 外道だが、全ての敵意は魔物に向けられる。
 反ランス、反魔物の人間はダスト程ではないにしても、こういう部分があっても仕方ない。


 ポンコツにも才能はある。一般人、冒険者から見ればしっかりある。
 ただ、魔王の子やら上限勢とやり合うなんてキツ過ぎる。


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夢④ 悪夢

 大概の悪夢はどこかで途切れるものだ。
 しかし、魂に刻まれた悪夢は覚めることがない。
 バーバラの悪夢は続く。


 沈痛な表情で、バーバラは帰路についていた。

 傷めた腕を庇い、山道を登る足取りは重い。時折後ろを振り返り、未練がましく湖畔やダストの死体があるところを見下ろす。

 結局、駄目だった。

 崖から飛び降りて、殺したくない魔物を殺したのに、死なせたくない冒険者も死ぬ。

 どうすれば良かったんだろう。そんな後悔ばかりが頭の中を埋め尽くし、普段の明るさは欠片もない。

 

「人影があるぞ! あそこが水源か!?」

「は、はい……あの子はバーバラです! こっちで……間違いありません!」

 

 そんな途上、声がした。

 バーバラが声のある方に顔を上げると、追ってきていると信じていた冒険者達がいた。後ろには案内役として来た顔馴染みの村人もいて、こちらへと向かっている。

 山道を駆け降りた冒険者達は、バーバラの姿を認めると目を見開いた。体の至るところが黒と血に染まり、一目でただならぬ思いをしてきたと確信するものであった為だ。

 

「だ、大丈夫か。何があった!?」

「わたしは……大丈夫。でもダストさんが、魔物に……」

 

 バーバラは俯いて言い淀み、それ以上の言葉を続けられなかった。

 冒険者のリーダーであるガードは、バーバラの状態を見定める。

 黒色はイカスミ特有の匂いと質感だ。最低でもイカマンと戦ったのは間違いない。湖に目を向ければダスト特有の腐乱死体と紅に染まった光景がちらほらと確認出来る。

 

「……あいつが、イカマンと戦って負けたと?」

「ありえないわね。実力だけならこの中の誰よりも下だけど、それでも負けるとは思えない」

「死体はイカマンばかりだが、強い魔物が隠れていたというのは有り得るな」

 

 ガードの推測に対し、ソーサラー、ガンナーが各々の考えを返す。バーバラが憔悴した状態ではこれ以上の事は聞きづらかった。

 結局、ダストが悪癖を発動させた事とバーバラを保護出来たぐらい。今の時点では何もわからなかった。

 

「あいつが簡単に死ぬとも思えない。生き汚いし、子供だけ逃がした可能性も考えられる。ダストを探そう」

「バーバラちゃんはどうするの?」

「村の人に……って」

 

 ガードが振り返ると、村人は息を絶え絶えにして岩にもたれかかっていた。

 

「ぜーっ……ぜーっ……ぜーっ……み、皆さん、早すぎですよ……」

 

 バーバラが先行をしたと聞いて泡を食ったように急いだ結果、体力の限界が来ている。このままバーバラを任せても、無事に帰れるのか疑わしい顔色だ。

 

「置いていくの?」

 

 ソーサラーの問いかけに対し、ガードは天を仰いだ。

 

「…………全員行動で行こう。ゆっくりと」

 

 幾何かの休憩と説明を経て、ガードは隊形を切り替える。悄然としたバーバラは村人に預けて、彼等を守りつつ魔物退治をするという方針だった。

 

「ダストがやらかしたという事は残りは少ないんだろう。ただし、強い可能性があるから油断しないで行こう」

「「了解」」

 

 それらの話を、バーバラはどこか他人事のように聞いていた。

 この先にはダストの死体があるだけで、魔物も全員死んでいる。知っていても、言葉に乗せるのは全てを確定させてしまうようで言い辛く、彼等の為すがままに任せていた。

 今まで来た山道を戻る傍ら、村人の真摯な言葉が続く。

 

「バーバラ、こういう事はもうしないでくれ。皆心配したんだ」

「うん……ごめんなさい、アレスさん」

「あ、いや、冒険者になるなって言ってるんじゃないぞ。今は一人じゃなく、僕とか誰か大人の付き添いが必要なんだ。君を失ったら、君のお母さんに申し訳が立たない」

「……うん」

「……きっと辛い思いをしたんだと思う。でも何があったかは聞かないよ」

「…………」

 

 バーバラは無言で歩を進める。

 近づく度に、湖への、ダストの死が近づく度に、あれをもう一度見なければならないかと陰鬱な気分になる。頭の中は悔恨に埋め尽くされていた。

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「妙に静かだな……なにか、変だ」

 

 後ろのガンナーの声がやけに遠くまで響く。

 その言葉を聞いてバーバラは違和感に気づいた。空気がいやに粘ついている。先程までとは全く違う。足を進めるごとに、嫌な予感が強くなっていく。

 そして、次に聞こえたのは泣き声だった。

 

「痛ぇ痛ぇ痛ぇ……痛ぇよぉ…………! ああああああ……!」

 

 苦悶、悲鳴、そして時折の振動。

 なにか、巨大な生き物が蠢く音。

 それが切り立った崖の下から、響いている。

 

「……この下だな」

 

 リーダーが呟いたところは、バーバラが魔物兵を倒す為に落ちた場所だった。つまり、ダストの死体があるところに、悲鳴の主がいる。

 冒険者達はちらりと下を一瞥し、件の魔物が地面にのたうち回っているのを発見した。

 

「なんで、なんで俺がこんな目に合わなくちゃいけねえんだ! あああっ、痛え痛え痛え! だれかこの痛みを止めてくれえ! 静かにしてくれええええ!」

 

 魔物兵よりも遥かに巨大な猿が、暴れていた。

 その魔物は自分の頭を殴り、体を打ちつけてのたうち回り、苦悶の声を上げる。全身血に塗れ、だらだらと涎を垂らし、その赤い目は正気を保っているとは到底思えない。

 

「パワーゴリラ……かなり大きいから特別変異種か?」

「苦しんでいるのはダストがやらかしたのかしら」

「ここから先手必勝で仕掛けるぞ。生きてても鴨打ちに出来そうだ」

 

 上を取り相手は苦しんでいる。詠唱する時間と最大火力を出す状況を与えられて、相手はこちらに気づいていない。

 魔物退治の任務を請けた冒険者達は、各々が先手を取らんと準備を進めた。

 

「あ、ああ……」

 

 その後方、違う角度から猿の魔物を認めるなりバーバラは後ずさり、村人の手を引っ張った。

 予想外の力に引きずられて、村人は当惑の中で顔面蒼白なバーバラに問いかける。

 

「ど、どうしたんだバーバラ。あまり冒険者様から離れ過ぎると危ないぞ」

「だ、だめ……」

 

 人生で初めて入った本能(スイッチ)が、警鐘が、ひっきりなしに鳴り続ける。

 あれは、駄目だ。

 物凄く不吉なものだ。

 バーバラが全力で離れようとしている間にも、準備は整いつつある。詠唱を終えたソーサラーの周囲には魔法陣が展開されていた。

 

「それじゃ仕掛けるわよ。3、2、1……ゼロ!」

「喰らえ!」

 

 ソーサラーの合図と共に、最大火力の魔法と遠距離攻撃が発射された。

 無防備な魔物に必殺の一撃が突き刺さり、轟音と共に爆発が下を覆いつくす。

 

「動く影があったらもう一発だ。詠唱準備しとけよ」

「わかってる」

 

 落ち着いた様子でガンナーは次の弓を番え、ソーサラーは魔力を練る。二人の傍にいるガードも油断なく周囲を伺い、いつ何が来ても守れるように盾を構えている。

 まさしく人類精鋭。冒険者はかくあれと言うべき姿。だが――――

 

「……げへ」

 

 爆炎渦巻く崖下から、笑い声が響く。

 

「げへへへへ……! いる、いるぞぉ……! 上かああああああ!?」

 

 直後、猿の魔物は跳躍して崖に手足をめり込ませた。巨大な爪と指でもって岩を割り砕き、断崖絶壁を強引に登る。

 

「ここから登って来るつもり? 馬鹿ね、もう一発喰らえ!」

「いい的だな!」

 

 再度の爆撃と矢が、魔物を襲い、再度の爆炎が上がる。

 だが、猿の魔物は魔法を一切気にせずに崖を登る。力任せの一撃が岩に潜り込み、瞬く間に駆け登っていく。

 

「魔法防御が高いのか…………っな!?」

 

 ガンナーが二の矢を放ったところで、異常があった。

 その矢は猿の魔物の目を正確に射貫くはずだった。ところがその少し手前で、何かにぶつかったかのようにひしゃげて、逸れた。

 

「あり得ん! そんな、まさか……!」

 

 ガードは驚愕に目を見開いた。

 こんな弾かれ方をしたのは見た事がない。だが話には聞いていた。

 このパーティーは元々魔王に抗する為に集められた者達である。だから事前に一つの警告があった。

 魔王、魔人とはまず戦うな。あらゆる攻撃を弾く無敵結界があるから、勝ち目がないと。

 

「……っ下がれ下がれ! もう来るぞ!」

 

 もう魔物はすぐそこまで登っている。後衛を腕で制して下がらせて、ガードは盾を構えた。

 

「げへへへへ……げへへへへへへへ! に、人間だあああああ! おかわりだあああ!」

 

 慌てて距離を取った崖から、魔物――否、魔人が姿を見せた。

 血走った赤い眼に、人一人を易々と丸飲みにしそうな口に尖った乱食歯。見る者を威圧する巨躯が冒険者達をねめつけ、嬉しそうに、実に嬉しそうに口唇を広げる。

 

「おーおー、ひー、ふー、みー、よー、ごー……まだまだ少ねえよお! こんなんじゃすぐに終わっちまうじゃねえかあああ! でも来てくれてありがとなあ! げひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 

 程なくしてランスの新魔人と判明し、人類を幾度も苦しめる災厄――魔人DDが、冒険者達の前に現れた。

 魔人DDは、魔王ランスが戯れに生み出した存在である。

 魔人となって以降、DDには常に拷問のような痛みがついて周り苦しむ事となった。ただ、人間を食っている時と、暴れている時だけはその痛みが解放される。その結果、DDは苦痛から解放される為にのべつまくなしに暴れ続ける事になった。

 今ある状況は、これから人類が幾度となく味わうありふれた一日に過ぎない。

 DDの瞳に囚われたバーバラは首を振り、少しでも離れようと懸命に村人を引っ張る。

 

「ば、バーバラ。大丈夫だ、冒険者様がきっと……」

「むり……むりむりむり!!! あれはだめ!」

 

 警鐘がやかましく、全力で鳴り響く。

 今まで会ったものとは格が違う。ただ『死』があった。

 死ぬ。死ぬ。死ぬ。勝ちの目どころか痛痒(ダメージ)を与えられる気が全くしない。

 その視線だけで、命の蝋燭が瞬く間に削れるのが実感出来る。

 

「逃げよう! 逃げ、逃げて!」

「そ、そうだな。ここで僕達がいても足手纏いだろうからな……あっ!?」

 

 バーバラのただならぬ様子に気圧されて、逃げようとした村人の足が震え、岩に足を突っかけて転ぶ。

 

「ぐ、ぐぅっ……!」

 

 打ちどころが悪かったらしく、村人はそれだけで膝を抱えて蹲る。

 

「お、起きて、速く……!」

 

 もう時間は無い。戦闘はもう始まっている。

 

「ぎゃはははははは! いいぞ! いいぞ! 俺を暴れさせろおおおおおお!!!」

 

 余波だけで岩が砕ける火力の暴風が、ガードを襲っていた。

 

「ぐっ……う、うおおおおおっ! こ、これは……!」

 

 ガードは天才的な盾捌きでもって逸らし、躱し、懸命に耐えている。それでも爪が掠るだけで鎧が砕け、まともに受けなくても脚から退がり、時折接する地面にヒビが入る。

 後衛の二人も懸命に援護しているが、魔人は全く気にしない。

 果たして冒険者達はあと何分時間を稼げるのか、という問題でしかなかった。

 バーバラが視線を落とせば、息を荒くした村人が――まだ立ち上がれていない。手足が震えて、腰が砕けている。

 

「――――ッ」

 

 本能が伝えている。

 今すぐ逃げろ。さもなければ死ぬ。

 理性が、少女の心が悲鳴を上げている。

 目の前の人を見捨てるのか。またあんな事を味わうのか。

 

「お、俺の事はいい! どちらでもいいから逃げろ!」

「そんな事出来るわけないでしょ! バリア!」

「逃げる時は全員でだ! 何とか隙を作って……!」

「ぎゃはははははははははは!! 弱っちい癖に凌ぐなオイ! 痛くねえ! 痛くねえぞ! そうだもっと頑張れ! ぎゃははははははははは!」

 

 戦場の悲鳴と、魔物の笑い声が聞こえる。

 足下には、顔馴染みの村人がいる。

 一瞬、バーバラは足を止めて手を伸ばそうとして、

 

『汚かろうが生き残れ。死んだ奴が負けだ』

 

 本能が、誰かの声を蘇らせた。

 

「――――ッごめんなさい! 逃げて! 逃げてええええ!!」

 

 涙を流しながら、バーバラは全力で逃げだした。

 

「ぎゃはははははははははははははははは!!! ぎゃはははははははははは!!」

 

 魔物の笑い声を背に受けながら。

 少しでも遠くへ行こう、少しでも遠くに行こうとバーバラは駆けた。

 後の事はもう分からない。

 

 

 

 

強圧

 

 

 

 

 バーバラはがむしゃらに逃げ続けた。

 肺をはち切れんばかりに酷使して息は荒く、それでも限界を超えて全力で走り。

 腕の痛みも、時折無茶な行動で脚や頭に岩との切り傷が出来るのも無視して脚を動かし。

 どこまでも遠く、半ば転びながら崖を駆け抜け、山を駆け降り。

 森の中の枯れ枝を無理やり突き抜け、血と汗を張り付かせながら走った。

 あの化け物が追っている気がする。嫌な予感が全く消えない。次の瞬間にはあの剛腕に捕らえられる幻想が見える。その恐怖を振り払うように痛みを無視して逃げる。

 生き残りたくて。死にたくなくて。狂気を孕んだ魔物の視線。見捨てた冒険者、知り合いはどうなっただろう。そんな思考をする余裕すらかなぐり捨てて、前へ、前へ、前へ――

 

 気づいた頃には、バーバラは村のすぐ傍まで戻って来ていた。

 駆け抜け、駆け抜け、駆け抜けて――村の入り口に、不安そうな村長が見えた。

 

「バーバラ、無事じゃったか!」

 

 せわしなく右往左往していた村長はバーバラを認めると、ほっとして腕を広げた。

 

「…………っマスドじいちゃん!」

 

 バーバラは村長の胸に飛び込んだ。村長は頭を撫で、服に血が付着するのも構わずに身体の傷を確かめる。

 

「おお、おお、可愛い顔が台無しになって……膝も、腕も……でも、よくぞ生きて帰って来た。儂はもうそれだけでいいんじゃ……」

 

 村長は深く息を吐き、膝をついてバーバラを愛娘であるかのように優しく抱きしめた。

 

「ごめんなさい……うっ……うえぇっっ……うえ゛ーっ……」

 

 優しい態度に絆されて、バーバラの緊張の糸が切れていく。

 助かったという安堵と日常が目の前にあり、年頃相応の涙を流す。

 

「おうおうおう、怖かったのう、辛かったのう……でももう安心じゃ。冒険者様がきっとやってくれるじゃろう」

 

 村長はぐずるバーバラを受け入れ、あやすように背中をさする。

 村長としては村人に対して公平であるべきなのだが、バーバラに対しては時が経つほどに駄目になってしまった。なんとかしてこの子供を笑顔にしようと思案してしまう。

 

「まずは治療と風呂じゃな。儂の家には世色癌や飯があるし、食べれば元気も出るじゃろう」

 

 村長は柔和な笑みを浮かべて立ち上がり、バーバラの手を引いた。

 

「うん……ぐっす……」

 

 手を引かれながらバーバラは恐る恐る、後ろを振り返る。

 静かな枯れた森林が広がるばかりで、いつも通りだ。異常は何もない。道を歩けば勝手知ったる石造りの家屋が並び立ち、煙突から白煙が昇る。

 行き交う人々も平和そのものだ。おかしいのだけはバーバラだけだ。村人はバーバラの姿を見るとぎょっとして、次々と心配して声をかけてくる。

 

「バーバラ、大丈夫? やんちゃだからって危ないことはしちゃ駄目よ」

「お、帰って来たか! 後で売り物にならない農作物があるから、受け取りに来てくれ」

「なんか臭いぞー! 洗ってから遊ぼうなー!」

 

 バーバラは作り笑いを浮かべて「大丈夫」と相槌を打ち、彼等の顔を眺める。

 村民はみなバーバラに優しく、答えを聞くと穏やかな笑みで笑いかけてくる。

 バーバラを取り巻く周りの人に、彼女を嫌う人間は一人もおらず、困難となるのは貧乏だけだ。

 今日もいつもと変わらず、幸せな日常がある。

 

(そうだよね。大丈夫、なはず……)

 

 何一つ変わらない光景を小さな安堵に変えて、大きな不安を覆い隠す。息がいつまでも荒いのは、走り続けたからだと思い込む。

 手を引かれてる内に、寒村の中では少し大きい村長の家へと辿り着いた。

 

「ささ、食卓にお前の好きなヘルマンパンが一つあるから、齧って待っておれ。儂は世色癌を取ってくる」

「うん……」

 

 そう言われて村長の家の扉を開こうとした、時だった。

 軽い振動を、感じた。

 

「―――――」

 

 ほとんど確信をもってバーバラは後ろを振り返った。本能は絶えず身の危険を伝え続けている。やはり逃げられなかったのだ。

 振動が幾度も続き、森の木を割り割いて、巨大な生き物が姿を見せた。

 

「…………ぎゃはは」

 

 魔人DDが、村まで追って来ていた。村の入り口に、迫って来る。

 

「ま、魔物だああああああああ!! 魔物が、出たぞおおおお! あああああああああ!!」

 

 いち早く近くにいた村人が大声を上げ、逃げる暇も与えられずにDDに捕まった。

 

「ぐへへへへ……!」

 

 ごきゅりと、水と肉が弾けて砕ける音が響き――男の上半身が、丸飲みにされた。

 残った下半身からシャワーのように血が噴き出し、DDの顔を染め上げる。その血すら逃さぬように大きく口を開けて、血を浴びる。

 DDは陶酔するように目を細めると、

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 人間どころか、地面すら振動するような咆哮が轟いた。

 多くの村人はそれによって恐慌に陥り、多くが腰を抜かし、中には失禁する者まで出る。

 そんな中でDDが見ていたのは、バーバラだった。

 

「げへ、げへ、げへへへへへへへへ……!!」

 

 DDは四つ足を駆使して前に進み、瞬く間に距離が詰まる。

 家よりも大きい魔物が石を、家屋を削り飛ばしてバーバラに迫る。

 

(ああ、だめだったんだ……)

 

 バーバラは却って冷静になり、諦めと共にDDを眺めていた。

 速さも力も比べ物にならない。そんな魔物が自分に向かってきて逃げられる目など存在しない。死は避けようがないと本能も匙を投げた。

 せめてその時が穏やかでありますようにと心の内で祈り、膝が崩れる。

 呆然と死を受け入れたバーバラにDDが迫り――通り過ぎた。

 

「…………え」

 

 轟音が、後ろで起こった。

 体当たりの一撃で村長の家は粉砕され、DDはその中へと手を突っ込む。

 

「う、うわあああああああああああ!?」

 

 はたして、中にいる人間が取り出され、

 

「いっただくぜー! ぎゃは、ぎゃはははは!」

 

 また、一口で乱雑に噛み千切られて血が吹き出る。

 

「…………なん、で」

 

 この時、バーバラは手を出されなかった。DDはバーバラを見ていたのに、無視して家屋を壊しに行った。死を覚悟していたのに、外された。

 DDはバーバラの前に立つと、嬉しそうに血塗れの歯を見せて鼻頭を近づける。

 

「スンスン……ああ、くっせーなあ、お前。食う気はしねーが、お陰で追いやすかったぞぉ……」

「にお、い……?」

「そうだ! 魔物の血に、人間の血に、なんでもかんでもついてて覚えやすい! 暴れてたら一匹いなくなったから追ってみれば、まさかこんなにいるとこに案内してくれるとはよぉ!」

「――――ぁ」

 

 どれだけ逃げても、無駄だった。

 距離は関係ない。匂いを消すところから始めなければならなかったのだ。

 むしろ、なお悪い。だってここは――

 

「ありがとよおおおおお! お礼にお前を食うのは最後にしてやるぜ!! どこへだろうと逃げろ逃げろ! ぎゃはははははははは!!!」

 

 DDはあらんかぎりに笑い、バーバラを無視して別の場所に飛び移った。

 狙いはバーバラではなく、その周囲にいる人々――力無き、村人達。

 

「来たぞ! 逃げろ、逃げろおおおおおおお!」

「パパ、ママ―ッ!」

「やめっ、あがああああああああっ!?」

 

 腕の一振りで、肉が飛び散り、大量の肉塊が出来上がる。逃げる者から追われてひしゃげ、殺される。そして時折噛み砕く。

 

「あ、あああああああああ……!」

 

 吹き飛んだ子供は、バーバラと背丈を比べた友達だった。

 食われた主婦からは、衣服の縫い方を教えてもらった。

 殴られて臓物が散らばった男からは、作り過ぎた食事をご馳走になった事がある。

 皆、皆、皆知っている。バーバラの幸せな日々の中で、築いた友人が、世話になった人が、次々と死んでいく。

 その光景は自分の死よりも、恐ろしいものだった。

 

「わ、わたしのせいで……! ああ……!」

 

 激甚たる後悔と罪悪感に襲われ、バーバラは頭を抱える。目を閉じる事は許されない。

 今度こそ正真正銘自分が悪い。あそこで死んでいれば、逃げていなければ村人は死ぬ事は無かった。バーバラは大好きな人達をまとめて道連れにする行為をしてしまった。

 死と破壊の暴虐はどこまでも続く。DDは村から離れようとする村人から追われ、あっという間に追いつかれて肉塊となり果てる。どれもこれも、みんな、みんな知り合い。

 これだけ死を振りまかれて、最後なのが確定していて、それでもバーバラは逃げられない。DDが匂いを覚えている。

 DDが最初に挨拶に来たのは、礼として残す理由は、バーバラを苛めたいがためであった。

 その鋭敏な嗅覚でもってバーバラの匂いを覚え、全てが終わった後に絶望に染まった少女をデザートとして頂く。ちょっとした娯楽だ。

 バーバラも理解してしまった。だから放置されるという状況が確定して、阿鼻叫喚の地獄絵図の渦中においても動けない。

 バーバラに選択肢は存在しない。そんな選択肢は用意されていない。

 どれだけ考えても死は避けられないと、悟ってしまった。

 

「ぎゃはははははははははははははは!! 痛みが、痛みがねえぞおおおおおお!!」

 

 周囲の家屋を壊す音、知り合いが肉塊となり果てる光景、逃げ惑う人々、消える命――

 

 

 これだ。

 これが不幸な少女、バーバラのいる世界。

 弱肉強食で、弱ければどこまでも奪われるルドラサウム世界。

 この世界は、バーバラが手にした温もりを勝手な都合で奪い続ける。

 

(どうしてこうなったの……どうして……)

 

 初めは、魔物退治に同行したかっただけだった。

 冒険者として働く夢を持ち、少女らしい憧れを抱いて見に行った。

 それが村を滅ぼす決定的な破滅に繋がる事になる。

 走馬燈のようにこれまでの日々が浮かんでは消える。

 優しかった日々は、日常はもう戻ってこない。迷子になった時に手を引いてくれた村人も、一緒に遊ぶ同世代の友達も、優しい人達も残らず――

 

「お、おかあさん……!」

 

 そこで、バーバラの脳裏に母親の顔が浮かんだ。

 村の離れに住んでいる母親。毎日懸命に働いて、手を赤くして働いて、寒い時は毛布を譲ってくれた、優しい、唯一の肉親。

 彼女だけは、もしかしたら助けられるかもしれない。いや、助けなければならない。

 絶望で曇っていた心に、喝が入った。

 

「…………ッ!」

 

 バーバラは歯を食い縛って駆け出した。

 まず来るのは井戸。凍るような冷たさの井戸水を汲み上げて頭から被る。寒さが堪えるが、多少は匂いがマシになるはずと考えた。

 DDの視線が家とは反対方向にあるのを認めると、息を殺して家に向かった。

 半ば森に面する村の外れには、一軒のあばら家がある。隙間風が吹き付け、今にも崩れそうな年季の入った小さな石造りの家。それがバーバラの家だ。

 バーバラは転がり込むように駆けこむと、家の扉を開け放った。

 そこには母親がいた。生きていた。今の状況を良く分かってないしく、呑気に訝しんだ。

 

「バーバラ、そんな血相変えてどうしたのよ? もう少し落ち着きをもって……」

「おかあさん! 魔物がっ、魔物が来たの!」

「…………はぁ? ちょ、ちょっと……!」

 

 もう母親よりもバーバラの方が力は強い。強引に腕を引っ張るバーバラに逆らえない。

 そうして母親は、家を無理やりに引き出されて、

 

「……っひ!?」

 

 大型の猿が暴れ回っている姿を認めてしまった。

 それだけで一般人である母親は目に涙を溜めてしまう。指し示そうとする指も震え、DDを指しているのか村を指しているのか分からないような有様だった。

 

「あ、あああああああああ…………! な、なんなのよあれ!?」

「わかんない! とにかく逃げよう!」

 

 バーバラは有無を言わさず森の奥へと引っ張る。

 バーバラには僅かばかりの時間は与えられていた。最後に食うと言った以上、DDはあの虐殺が終わるまでは村を離れないだろう。

 その間に、母親を逃がす為の努力をする時間としてはあり得る。

 

「……っう、うう。こんなのばっかり! やっと平穏な暮らしが出来てたのにぃ……!」

 

 母親が泣き言を漏らすが、それはつまり村から逃げる覚悟を決めたという事でもある。バーバラは腕を離して、少しずつ早く走ってで母親を引き離し始めた。

 

「はやく、はやく逃げよう! こっちこっち!」

「ちょ、ちょっと待ってよ……! あんた私より速いんだから……!」

 

 距離が離れる。

 泣き腫らした母親の足取りは覚束なく、自分の子供を前に泣き言を漏らす姿は無様そのものだ。

 森が、枯れ枝が深くなり、母親の影が遠くなったところでバーバラは叫んだ。

 

「このまま行けば村があるから! そこで待ってるからねー!」

 

 そうしてバーバラは本気で駆け出し、見えなくなったのを認めると、木の陰に身を潜めた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……! はぐれちゃ意味ないでしょうが……!」

 

 程なくして、母親の荒い息遣いが通り過ぎ、遠ざかるのを聞いて、起き上がる。

 

「――――ごめんなさい。おかあさん」

 

 遠ざかる母親の影に頭を下げて。

 バーバラは踵を返して、村へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 村は、静かになっていた。

 あれだけ上がった悲鳴も、もう聞こえない。バーバラの靴音だけが、やけに遠くまで響く。

 

「………………」

 

 結局、誤魔化したとしても一時的なものでしかない。バーバラが自分の匂いを嗅げば、血の匂いがする。鋭敏な嗅覚を持つ魔人が本気を出せば、たちどころにバーバラの居場所は露見する。

 仮に母親と一緒に逃げたとしても、次の村で迷惑をかけるだけだ。まとめて母親まで死なせてしまう。それだけは避けたかった。

 つまりこれからやる行動は、自分の死は織り込み済み。母親を救う為の特攻だった。

 被った水のせいで身体はいよいよ冷え、震えが止まらない。歯の根が合わないのはこれから魔人に相対する恐怖もあるだろう。

 村に入れば、青い家屋の天井に血の朱が見える。おびただしい赤色の液体が、大地を染め上げている。場所によっては、散らばった腸や脳の残骸と思わしき柔らかいものがあった。

 イカマンの時の方がまだ可愛気があるような惨状だ。スケールが、素材の数となった死体の数が違う。ただ、一つ気になるのは大量の人が死んだという痕跡はあれど、死体は一つもなかった。

 バーバラは村長宅の角を、ゆっくりと曲がった。

 

「あ、あああああああぁぁぁ……!!」

 

 そこにあったのは、巨大な肉塊。魔人DDの非常食。

 全てが人間で――バーバラの知り合いで構成された団子のようなもの。

 顔が、腕が、骨が、肉が、滅茶苦茶な膂力でもって圧縮され、押し潰された奇形。村長が、友達が、世話になった人が、バーバラが過ごした全てが一つどころに詰まっている。

 苦悶と、空洞となった目と、潰れた脳漿と、骨と肉で詰め込まれた幸福だった日々。

 

「ごめん、なさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

 バーバラは巨大な肉塊に手を当てて、冥福を祈る。

 幼い心は罪悪感で一杯で、ただ謝ることしかできない。

 たった一つの愚かな過ちで、バーバラが好きな全てはぐちゃぐちゃに潰れてしまった。

 生き残れば勝ちと言われた。本能に従って逃げた。その結果が、これだ。

 この地獄こそバーバラの出発点。彼女が歪まざるを得なかった光景。

 これ以降、バーバラは幼い頃の記憶を意識して思い出す事をやめてしまった。彼等の顔は夢の中にしか現れず、意識して忘れようとしてしまう。そうしなければ彼等の死に顔が、血の張り付いた顔が、首だけとなった虚ろなものが蘇る。

 もう、この世界が好きだと二度と言う事はなくなった。子供の頃の想いと願いは、この時を境に封じられたのだ。

 

 夢なら醒めて欲しい。

 現実でも、夢で見る時でも何度祈ったか分からない。

 だが、悪夢は終わらない。やがてバーバラは嗚咽を止めて立ち上がる。

 死ぬ前に、やるべき事が残っていた。敵はすぐ近くにいる。

 

「へへへ……へへへへへへ……たーっぷり作ったなぁ。これで3日は持つだろぉ……」

 

 家屋の裏で、満足そうな声が聞こえる。

 人間を食い続け、痛みから完全に解放された魔人DDは腹をさすって、くつろいでいた。

 DDを苦しめる痛みは与えられた魔王の血から来る。その為に、魔王の血が満足するだけの破壊衝動を満たせば、ある程度は収まる。

 村一つを壊滅させ、胃の中がはち切れんばかりに人を食ってやっと……数時間ばかりだが、痛みの無い時間をDDは味わっていた。こうなったら、やる事は一つだ。

 

「ぐぅぐぅ。がぁぁ……」

 

 この間に少しでも寝る。

 魔人は食べなくても平気だし、寝なくても死なないが、生き物だから辛い事には変わりない。

 DDには痛みに苛まされるか、暴れるか、人を食うかの三択しかない。ほとんど寝る時間が存在しない魔人だった。だから血の衝動が収まった時に寝て、激甚たる痛みに起こされるのがこの魔人の生態である。

 後にこの特徴は人類に狙われ、あるいは本人も警戒するようになるのだが、今日までは、襲撃する相手がいるなんて夢にも思わなかった。

 無敵結界があれば全ての攻撃は弾かれる。だから虐殺の後に寝ても問題無いと思っていた。

 だから、DDの顔に落とされたナニカによって、のたうち回る事となる。

 

「……がぁ? がっ、がああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 DDは鼻の奥がガツンと来るような刺激臭に叩き起こされた。

 生理的反応から目から涙が溢れる。両手を鼻頭に当てて転がる。

 臭い。臭い臭い臭い。魔物の血や、人間の血が馬鹿らしくなるような圧倒的な腐敗臭。塗り込まれた液状個体が鼻の中に入り、意識すら明滅するような感覚に襲われる。

 

「あああああああああああ!? な、なんじゃこりゃああああああああ!?」

 

 ありとあらゆる痛みを知るDDだが、この手の苦痛は一切経験が無かった。

 これは攻撃ではない。魔法でもない。この村限定の名物料理である。肉を塩漬けにして発酵させた郷土料理を、バーバラはDDに御馳走していた。

 攻撃は効くとは思えない。魔法も効くとは思えない。だけど匂いならば潰せる可能性がある。より強い香りが近くにあれば、効かなくなるはず。

 そんな子供の知恵が唯一有効と言える破壊兵器となって、DDを襲った。

 

「ふざけんじゃねえぞお! どこのどいつがやりやがったああああ゛!」

 

 手足をじたばたさせてのたうち回る。苦しみを紛らわす為の手のもがきが、家屋を破壊する。

 

「あっ……!」

 

 そして、その一撃がたまたまバーバラの近くに落ち、その破片だけでバーバラは遥か彼方に叩きつけられた。

 落着、瓦礫が次々と少女を襲い、建物の下敷きになる。

 

「声がしたぞおおおお! こっちにいるのかああああああああああ!」

 

 苛立ち紛れの蹴りが入る。

 崩れた家屋を砂の城のように吹き飛ばし――その破片の一つとなったバーバラは、10メートル近く飛ばされ、強かに叩きつけられた。

 

「―――――っぁ」

 

 その一撃だけでバーバラは半死半生となって転がる。体の至るところが出血し、鼓膜は破れ、口の中はズタズタで、口を開くのも辛い。

 結局、この程度だ。

 魔人相手にただの子供が出来る事なんてありはしない。安眠を邪魔して、不快にさせたぐらいでしかなかった。

 

「ああ、テメェか! 寝た後に食ってやるつもりだったが、そんなに早く死にたかったのか!」

 

 鋭利に尖った爪を向けて、怒りを露わにするDD。それに対してバーバラは口元に微かな笑みを浮かべた。

 死ぬのは怖い。怖いがやれる事は出来たという達成感はあった。嗅覚を潰したかもしれないし、相手を怒らせたから魔人はきっと自分を最期にして満足する。

 母親は守れたかもしれない。村人達の償いとしては相応しい。絶望の中の僅かな満足感だった。

 だが、それを見せたのは間違いだった。

 

「……気に入らねえ、気に入らねえなあ! なんだそんな顔は!? テメエ、誰の許しを得て笑いやがった!!」

 

 魔人の血は、魔王の血は鋭敏に察する。目の前の生き物は少し希望を持って死のうとしている。そんな感情は許さない。メインプレイヤーは絶望して死ぬのが仕様だ。それすら打ち砕いて殺せとDDに訴えかける。

 未だ聞かぬ嗅覚の中で、DDは周辺を見回し――――口唇を広げた。

 

「ぐひ」

 

 あれだ。

 

「……?」

「ぐひひひひ……運が良いな。おい、あっちを見ろよ」

 

 DDは指一つでバーバラを押し込み、体の向きを変えさせた。

 

(あ、ああ……! な、なんで……!?)

 

 バーバラの母親が、こっちに来ている。

 バーバラが命を賭して、地獄の中で唯一、誰よりも守りたいと思った人が……死にに来る。

 見たことのない必死な形相で、金切り声を上げて、前のめりになって――――

 

「死ぬのは最後にしてやるって言ったよなあ? いいぜえ、あいつやってからだな」

 

 DDが、わざとゆっくり動く。

 一歩、一歩と母親の距離を詰まり、その死が近づく。母親は恐怖に足が止まり、動けない。

 また、失敗した。

 指一つ動かず、囮も果たせず、見たくないものばかりを見せられる。

 

(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……! ああ、なんでこんな……!)

 

 DDが母親の近くに来て腕を振り上げて――――

 

「……があっ! ()()!?」

 

 飛来物に当たって頭を抑え、背中を曲げた。

 

(…………え?)

 

 今の飛来物は、確かにDDに当たっていた。

 弓も魔法も全て弾いたのに、DDに痛痒(ダメージ)を与えた存在がいる。

 

「な、なんだぁ!? どこのどいつだぁ!?」

 

 魔人の無敵結界を貫通された。初めての経験に魔人は動揺し、ぎょろぎょろと目玉が廻る。

 高く、綺麗な靴音が響く。

 バーバラを乗り越えて現れたのは、一人の少女。

 肩までかかる輝くような金髪。宝石かと見紛うような翠玉(エメラルド)の瞳に整った顔立ち。シミ一つない白磁の肌。

 バーバラはこの姿を見た事がある。ヘルマン国民なら誰もが知っている。着る服を除いて、額縁に飾ってある姿見そのものだからだ。

 

「…………シーラ、さま?」

 

 メイド服姿の少女が、バーバラを守るように立ち塞がっていた。

 

 

 

 

 

悪夢を壊す者(シリアスブレイカー)

 

 

 

 

 

 少女が前へと進む。

 金髪を揺らして、迷う事なく、躊躇いもなく、大猿の魔人へと歩み寄る。

 その力強さは、常人を遥かに超えて――いや、人ではない。

 DDは魔人の本能から、ほとんど確信をもって『血』の存在を感じ取っていた。

 

「――テメェ、使徒か」

 

 DDの呟きに対する答えは無い。

 自明の理だろうとでも言うように、使徒はDDの前に立つ。

 目の前の存在は無敵結界を持っていないと分かるが、ではどうして目の前の存在が痛痒(ダメージ)を与えたのかがDDには分からない。若干の躊躇が近寄るだけの猶予を与えていた。

 

「何しに来たってんだよ! そんなに人間虐めるのがご不満か! どうなんだアアン!?」

 

 DDは足下に来た使徒に凄みを入れて、口を開く。

 次の瞬間には一息に飲まれるような構図だったが、使徒の動きに迷いはない。

 使徒はある方向を指差した。

 

「――――魔人DD、魔王様の命令よ」

「ッ!?」

 

 魔王の命令、と聞いてDDの体が強張った。魔人の本能が、従うべきだとDDを抑えつける。

 

「即刻、今すぐ、魔王様の下へ集え。さもなければ死ね」

 

 魔人は魔王の命令に従う。というか魔王の命令に違反出来るようには出来ていない。

 だが、その言葉を聞くや否やDDは地面を全力で殴りつけた。

 

「魔王の、クッソ野郎があああああああ! 俺様をこんな体にしといて! 命令だとおおおお!? しかもお前のような雑魚にかあああ!?」

 

 魔人となって以降、常に痛みに苛まされ、苦しむ事しかない。DDにとって魔王は怨敵であり、存在自体が逆鱗のようなものだった。

 一発ごとに、ヒビが入り、地が揺れる。涎が飛び、使徒の髪にかかる。そんな状況下でも使徒は微動だにしない。

 

「魔王様の命令は絶対。知っているわね?」

「ああ、そうだな……そうだろうなあ! 魔人は魔王に絶対服従、間違ってねえよ!」

 

 煮え滾る怒りでもって、DDは使徒を睨みつける。

 

「だが、使徒に命令される気はねえぞお! 俺達がそうであるなら、使徒は魔人に絶対服従だ! なんで俺がお前に命令されなきゃいけねえんだああ!?」

 

 DDは答え次第では……いや、答えに寄らずとも、拳を振り下ろさんと言うような剣幕だった。

 魔王の命令を笠に着て、居丈高に命じる使徒が気に食わない。

 

「大体魔王の命令だったとして、魔人の命令に使徒を使うわけねーだろ! オラ答えてみろよ! テメエに従う理由はなんかあんのか!?」

 

 DDの問いかけに対して、使徒は即座に答えた。

 

 

 

「私が知りたいわー!」

 

 

 

「……………………ハア?」

「だ、か、ら、私が知りたいのよ! あのクソボケ魔王はあんたを呼ぶ為に私に絶対命令権使ったの! その結果がこれ! なんで魔王は私に探させたのかしらね! きっと死なせたいんでしょーね!」

 

 よく見れば、目の前の使徒は泣いていた。気品のかけらもなく、涙を流して泣き叫ぶ。

 

「私だって、魔人なんかに会いに行きたくないわよ! 普通シルキィやハウゼルに頼んだ方がいいでしょ! でも『行け』って言われたら体が勝手に動くし! 全く自由が効かないし!」

 

 そう言う間も使徒の指はある一定の方向を指差したままだ。

 ここにいる使徒――ペルエレは微動だにしないのではない。

 全く動けないのだ。

 本人がどれだけ心で抗っても体は前に進み、大猿の前に立たせられる。勝手に居丈高な言葉が口から紡がれて、魔人の逆鱗に遠慮なく触れる。

 言うべき事を言い切った今、やっと首から上だけが自由になったという有様だった。

 半ばヤケになって、ペルエレは積もりに積もった不満を吐露する。

 

「どーせアイツの配下ってロクな事にならないと思ってたけど! これは流石にあんまりよー! あのクソ魔王、地獄の業火に焼かれて苦しみもがけー!」

 

 ペルエレの行動は、一見悲劇を防ごうと勇気を出して前に出た英雄的な勇者の行動に見えた。

 だがその実態は、絶対命令権に操られて悲劇に突っ込まれる哀れな操り人形だった。

 ペルエレの目の前に、DDの顎が、体を容易く砕く歯が広がっている。絶対的な『死』を前に、いよいよ感情の振れ幅がおかしくなったらしい。笑えてきた。

 

「うは、うはははははははははは! 死ぬ、死ぬ、死んじゃう! あーもうこんな人生なのね! 私の人生結局これか! こんなんばっかか! あははははははははは!」

 

 使徒になり、慰安婦になり、労役をして、人間達に疑われ、危ない橋を何度も渡り――使い走りで死ぬ。ペルエレの人生に安息はない。

 ペルエレはバーバラを助けに来たのではない。生贄が増えただけだった。

 ケタケタと壊れた笑いを漏らし、走馬燈を浮かべるペルエレ。だかしかし、ペルエレの命はここでは尽きなかった。

 

「…………」

 

 あまりに予想外な返答に気圧されて、DDは拳を振り下ろす機を逸した感がしていた。

 正直なところ、腹は膨れて痛いぐらいだ。人間なんて食べても美味しくないし、使徒を食べても同じだろう。

 虐めるのは好きだが、同じ魔王被害者では自分に重ねるところがあって腹が立つ。

 今の使徒の動きを見て、確実に分かる事は幾つかある。

 魔王は身内だろうが全く容赦しない。目の前にいるのはただの使い捨ての駒でしかない。潰しても何の意味もない。

 ただ、絶対命令権まで酷使してここまで強烈な命令である以上、あれは真実魔王の命令だ。

 ペルエレは即刻、今すぐと言っていた。身内に容赦しない魔王の命令を無視したらどうなるか。本隊から離れてかなりの時間が経っている。一刻の猶予もないかもしれない。

 

「……糞があああああ! あの魔王、いつか絶対ぶっ殺す!」

 

 結局、DDの苛立ちやストレスは全て諸悪の根源、魔王に向かった。

 DDは『非常食』を持ち上げると、ペルエレの指し示す方向へと地響きを上げて立ち去った。

 暴虐の影が、遠ざかる。

 振動と共に、『死』が離れる。

 

「あ、あ……助かったぁ~~!」

 

 絶対命令権の解除と共に、ペルエレはへたぁ~っと崩れ落ちた。

 

「ぐっす……ひっく……! 今度こそ、今度こそ死んだと思ったわよ……」

 

 本格的に魔王軍に所属して数日、ペルエレは散々に後悔していた。

 魔王は正気を失い、次々と都市を襲う。無茶ぶりと慰安婦の日々。次々と生み出される凶悪な新魔人。そして人間達の敵意と悲鳴。そんな地獄の毎日だ。

 今日はまだ魔王の調子が良い日だった。『俺』で話しているから平穏だと思った。

 ところが魔王ランスは『猿をあの辺りで探せ』というざっくばらんな無茶振りを飛ばしたのだ。 行方不明になって数日。どこにいるかもわからない魔人が見つかる訳が無い。そう高を括っていたら、見つけてしまった。

 素直に逃げてしまえばまだ見て見ぬフリが出来たかもしれない。ところが魔人のやっている事を見ていると頭に血が昇り、つい手頃なモノを投げてしまった。

 以降、絶対命令権が発動して死地に連れていかれた。ここまでするつもりはなかった。

 これからも、ありとあらゆる苦難をペルエレが襲う。史上最も最悪な職場にいる事に悩み、心の安息は訪れないだろう。

 

「『どこにも行くな』の次は『行け』。次は『死ね』の後に『生き返れ』かもね。ふふふ……あははは……!」

 

 使徒ペルエレは、魔王ランスの奴隷だった。

 傍から見てもみっともなく、泣き叫んでいるだけで、バーバラが今日見た人の中では一番駄目な類だ。勝手に泣き叫んで狂って笑ってまた泣く。大人らしさが欠片もない。

 だが、バーバラが考えても、死力を尽くしても、どうにもならないものを。

 ペルエレは拭い去って、まとめて助けてしまった。

 蹲る姿が、誰よりも輝いて見えた。

 

「はぁ……私も戻らなきゃ。ううっ、逃げたい」

 

 やがてペルエレは立ち上がり、周囲を見回す。

 血痕は至るところに付着し、家屋という家屋は崩れ、内臓は飛び散り、阿鼻叫喚の地獄絵図。

 だがその景色を見ても、ペルエレは自嘲するように、苦味の走った笑みを浮かべるだけだ。

 

「2人いるだけ、前よりマシね……」

 

 魔人の大声で気絶した母親と、満身創痍のバーバラ。2人を眺めて、ペルエレはバーバラに近づいた。ポケットの中から世色癌を取り出して、バーバラの口の中に流し込む。

 

「聞こえてる?」

 

 深緑の瞳がバーバラを見定める。ボロボロな状態だが、バーバラはなんとか頷いた。

 

「あんたの村は壊滅した。でもあんたは生きている。拾った命がある以上、頑張りなさい」

 

 その瞳はどこか、昔を懐かしむような色があった。

 ペルエレはヘルマンの地図を広げ、赤丸と矢印をつける。ランク・バウ、北大橋、キューロフ、ソロトイ……その道は、魔王の襲撃があった場所であった。ただ、矢印と丸はそこで止まらず、まだ襲来していない都市まで次々に書き込まれる。

 

「ポーン北あたりが比較的安全よ。魔王は過去の思い出を破壊してるの。自分の冒険をなぞるように進んでいるから、あのあたりは来ないはず」

 

 地図をバーバラの懐に置くと、ペルエレは立ち上がった。

 せめて礼を、そんな思いからバーバラは懸命に口を動かす。

 

「……あり、がとう。シーラ、さま……」

 

 その言葉に、使徒は目を逸らして頭を掻き、

 

「……私はシーラじゃない。使徒ペルエレ、人類の敵よ。今回の事は忘れなさい」

 

 そう言って、金髪のメイドは踵を返した。

 最後に地面に転がっていた()()()()()を掴み、DDを追うように走り出す。

 

「ペル……エレ……」

 

 バーバラは霞む視界の中で、どこまでもペルエレの後ろ姿を目で追っていた。

 その背中に、憧れた。彼女のようになりたいと思ってしまった。

 心のままに過ごしているのに、人が救われている。強烈な魅力を感じてしまった。

 

 

 

 

 程なくして鬼畜王戦争と呼ばれる戦いが始まり、数多の人類精鋭は命を削る戦いをする事となる。この悪夢はそんな端であった、ありふれた一つの悲劇である。

 これは後にバーバラが姉と慕うようになる、使徒との出会いの物語。




 村娘 バーバラ lv9
 
 運が良かったから、ペルエレが止めてくれたから生き残れたと思っている。
 バーバラ自身がラッキーだったと考えている点は、割とこれ。
 血塗れの記憶ではあるが、大事な記憶でもある。
 憧れの人間がペルエレになっちゃったからドポンコツ待ったなしに……

 逃げる
 犠牲者

 使徒ペルエレ(変装)

 ヘルマン秘書から魔王軍に寝返った。
 シーラ冷たい凌辱済み。
 本物とは価値が全く違うが、模造品だって悪くない。
 ただのレモン。偽薬。ブラシーボ。

 不幸な少女バーバラの世界では暗すぎる。だからランス(ご都合主義)でぶっ壊す。
 これが筆者の二次創作。
 シリアス終わり。時は戻ってコメディへ。
 来週からポンコツ勇者の珍道中、はじまるよ。
 次回、一週間以内。暫くは平行作業で週1。


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主従の誓い

コーラ 死す。


 のっそりとバーバラは瞼を開いた。テントの隙間から光が漏れ、朝であり、夢であった事を自覚する。

 

「……やっぱり、書ききって整理した方が良かったかな」

 

 ごろんと半身を転がして一人呟く。基本は失敗しても切り替えて、前向きに考えてから寝ていたのだが今日は失敗した。だからあの夢を見てしまった。

 バーバラは精神的に大きく沈んでいると悪夢を見る。

 どんな失敗や致命的なものでも流石にアレよりはマシだ。だから切り替えろ、さもなければ明日も見るぞ。そんな脅迫めいた感覚が己の内にある。

 トラウマで別のトラウマを上書きして軽減しているのかもしれないが、バーバラからすれば追い討ちをされているだけだ。陰鬱な気分だけはどうしようもなかった。

 

「酷い目見たけど、あれに比べれば逃げられただけマシ、か……ん?」

 

 溜息を吐き、起き上がろうとしたところで気づいた。

 ものが焼ける、いい匂いが漂っている。

 バーバラは這って冒険者用のテントから顔を出し、外の湖畔を覗き込んだ。

 そこには一つの食卓があった。冒険者用の組み立てテーブルに乗せられた食事。調理台では一人の見慣れない女性が調理をしている。

 黒目黒髪の女性はバーバラの視線に即座に気づき、振り向いた。

 

「おはようございます。勇者様」

 

 女性の動作は全てが完璧で、流麗な一礼だった。突然現れた見事な作法を前に、庶民のバーバラとしては目を白黒させるしかない。

 

「お、おはよう。えっと……アキラ、だったっけ?」

 

 昨日、霞む意識の中で見覚えがある。ランスを攪乱して、手を引いて助けてくれた人物だ。

 アキラは穏やかに笑う事で肯定し、手をテーブルの方へ差し伸ばした。

 

「朝食の方が出来上がりますのでそちらにお座り下さい」

 

 促されるまま、バーバラは椅子に座る。

 匂いの根源は見事なJAPAN風の食事であった。茶碗に盛り付けられた山盛りのご飯。味噌汁に焼かれたサカナ。小品目も意匠が凝っており、薬草が美しく添えられている。美しい芸術品が目の前にあった。

 

「食事は効率良く栄養を得るための作業って言ってたじゃないですか。魔物の焼き食いばっかりの悪食が、どんな心境の変化やら」

「あの時は時間が限られていたからね、心の栄養も大事だよ。二千年もあれば色々上手くなる」

 

 コーラの軽口を躱しつつ、仕上げの品目を並べてアキラも座った。

 

「い、いただきます」

 

 バーバラがわけのわからぬまま頭を下げて、食事が始まった。

 目の前のアキラがあの東ヘルマンのトップ3なのか、あれから街はどうなったのか、魔王ランスはなんなのか、聞きたい事は山ほどあった。ただ、そんな疑問はアキラの料理を一口含むと、

 

「――――ッ!?」

 

 全てどうでも良くなった。

 美味い。とんでもなく美味い。

 バーバラにとって、アキラの料理は今までの美味しいという料理の感覚を破壊するものだった。味覚で奏でる食材のハーモニー。香りは鼻の奥まで陶酔させ、肉や野菜の食感が顎を幸せにする。何よりも、母の味に似ている気配がある。小料理屋には無いサイズ調整。バーバラが食べやすいような手間と心遣い……真心と、愛だ。

 バーバラの橋は踊り、ご飯を、味噌汁を、肉をサカナを次々と口に放り込む。

 

「お代わりいりますか?」

「ぜひ! ばくばくはむはむ!!」

「ふふっ……かしこまりました」

 

 アキラが追加の料理を皿に乗せ、時を経たずしてバーバラの胃袋へと消えていく。

 そういえば昨日は朝食だけで戦いっぱなしだった。腹が減るのも当然だ。今だけなら大食い技能があるかもしれない。そんな勢いでバーバラは食べて、食べて、食べまくった。

 そうしてもう飯櫃の底が見え始める頃になって、ごっきゅごっきゅとお茶を飲み――

 

「っぷはーーーー! 美味しかったーーーーーーーー!」

 

 満面の笑みで、そう言った。満足そうに息を深く吐き、お腹をさすり、空を見上げる。

 

「いやー、こんなものを食べられるなんて。はぁ、幸せ……」

 

 ポンコツ勇者、ここにあり。犯された記憶もどこかにいってしまった。コーラの目には頭に花が咲いているようにすら見える。

 バーバラはドのつく能天気だ。楽しい事があればそれに浸って辛い事もすぐに忘れる。切り替えがいいとは言えるが、これだからいつまでも学ばない。

 あまりにアホな姿を晒すバーバラだが、アキラは満足そうに笑っていた。

 

「お口にあったのは幸いでした。一番自信あるのは故郷の料理だったのですが、やはり勇者様次第ですので」

「そんなことないない。いやもう天才っていうか、こんな料理があったんだーって感じ。誰だって満足するから。大陸一じゃない?」

「とんでもない、マルチナ・カレーには劣りますよ。真の天才達は自分にしか理解出来ない領域があります。これは単なる模倣と修練に過ぎません」

 

 アキラは謙遜しつつ、お茶を口につける。

 動作全てに気品があり、理に適っている。それでいてバーバラに敬語を使おうと思わせない親しさを感じさせていた。

 

「甘いものもあったけど、お菓子とかも作れるの?」

「お菓子女よりは美味しい程度ですかね。料理よりは作る機会も少ないため、ちょっと苦手だったりします。でも和菓子だったらオリジナルなものもありますよ」

「和菓子かあ……japanには行った事がないから、イメージ湧かないなー」

「見栄えという部分では洋菓子の派手さには敵いませんが、味は勝ると思っています。今度一通り作って比べてみるのも……」

 

 アキラは勇者特性に近い、人たらしの力を発揮させていた。受け答え、相槌、笑顔の間合い、全てが心地良く、話している相手を気持ち良くさせる。

 バーバラとの雑談はどこまでも逸れ、各国の名料理の話に入ろうとしていた。

 

「…………ポンコツ勇者、アキラ。そのままじゃ日が暮れますよ。いい加減正式の自己紹介ぐらい済ませたらどうですか」

 

 従者のツッコミがあって、やっとバーバラは我に返り、

 

「あ、ごめんね、ついつい楽しくて。私は冒険者のバーバラです。えっとアキラは……?」

「最初に言っておきますが、目の前のアキラは元勇者の、完全汚染人間で、二千年生きてきた、東ヘルマンの重役で間違いありませんよ」

 

 コーラが機先を制してアキラの身分を明かした。

 コーラとしては、これからアキラのやる事は知っていて許容していても、その先何をするかは知らない。だから釘を刺す必要があった。

 邪魔をするならこちらにも考えがある、そんな視線と棘に対してアキラは意に介さず、

 

「東ヘルマンは退職予定ですけどね。勇者バーバラ様、改めて初めまして」

 

 笑みを絶やさず、手を差し出した。

 

「う、うん。初めまして! 汚染人間だのなんだのは良く分かんないけど、偉い人だよね!」

「地位や立場は関係ありません。僕がやりたくてやってるだけなので、気にしないでください」

 

 テーブルの上で、新旧二人の勇者の手が握られる。

 

「いやー、昨日はとんでもなく恥ずかしい所を見せちゃったけど、本当助けてくれてありがとう! 冒険者としては何かお礼が出来たらいいんだけど……」

 

 バーバラの悪癖が出た。失敗したり、誰かの世話になるとこの言葉が出る。

 いくらでも利用出来そうな言質に対して、逆にアキラは顔を強張らせた。

 

「それなんですがお願いがありまして、コーラにも昨日話を通して許可も貰ったのですが……」

「なになに、あの子は私の従者で特に聞く事も無いと思うんだけど?」

 

 首を傾げるバーバラに対して、アキラは意を決して頭を下げた。

 

「勇者バーバラ様、僕を従者として旅の一行に加えて頂けないでしょうか!」

「……へ?」

 

 バーバラは呆然として、アキラを見つめた。

 二人目の従者? 東ヘルマンの偉い人が何故? 冒険者に対する対価として従者(どれい)になりたい?

 頭の中がクエスチョンマークに支配される。目の前の立派な女性が何故従者になりたいのかが、理解出来なかった。

 アキラは頭を下げたまま、熱い想いを次々と吐露する。

 

「僕は従者として勇者様の役に立てます。決して足手纏いになりません。コーラと違って戦えますし、鍵開けや罠の解除も一通り出来ます。この世界の全ての古代言語も完全に習得しています。国の運営だって数百年やってきました。戦争も国営も助けになれます。料理、裁縫、荷物持ちを始め、どんな雑用も喜んで行います。ですからどうか、どうか……!」

「ちょ、ちょーーーっと待った! なにこれ!? なにこの流れ!?」

「こういう事です。アキラはバーバラの従者に、猛烈になりたいんですって」

 

 若干やさぐれて、コーラはそっぽを向いていた。

 史上最高の勇者アキラ、今でも変わらず人類の救い手としてある理想の存在。それがポンコツを相手に頭を擦りつけて懇願している。

 現役時代のアキラが敬語を使う時は嘘を吐く時限定だ。それでもここまで卑屈な姿を、よりにもよってポンコツ勇者相手に見せるのは見ていたくなかった。

 

「あー、気持ち悪っ。すっごく胡散臭いですよ、アキラ」

「なんとでも言ってくれ。僕にとっては人生の一大事なんだ!」

 

 そう言う間に、何度でも、何度でも頭を机に叩きつけるアキラ。

 

「というわけで、こういうことです。私としては誰が従者になろうがどーでもいいです。バーバラが決めてください」

「う、うん。とりあえず理解はした」

 

 バーバラは腕を組んで考える。

 アキラは自分の従者にはなりたいらしい。東ヘルマンで聞くのは、アキラが有能という話ばかりだ。今の料理一つを取っても間違いないだろう。ここまで美味しい料理は産まれて初めてという一品だった。何度だって食べていたい。

 だが、ヘルマンの重役から一介の冒険者の従者というのはあまりに現実離れしている。

 

「アキラはどうして私の従者になりたいの?」

「勇者様は僕の理想の主人だからです。二千年働いていて、貴方様程素晴らしい人は存在しません。一目見た時から仕えたいという気持ちが抑えられなくなりました」

「……私はただの庶民よ? あんまり稼げないし、お給金どころか自分の生活も怪しいんだけど」

「金など要りません。ただ勇者様と共に在ればいいんです」

 

 過大評価の塊がここにあった。

 何故かアキラはバーバラを高く評価して、従いたくて仕方がないらしい。

 

「コーラ、これも勇者特性って奴じゃないの」

「同性には無効です。アキラが男に見えますか?」

 

 胸の膨らみも、長く伸びた綺麗な黒髪も、綺麗な顔立ちも全て女性そのものである。着ている鎧を和服にしたらそのまま理想のJAPAN美人になる。アキラが男であるなど、ありえなかった。

 

「じゃあこれ本心かー。うーん……」

「どうか、お願いいたします。どうか……!」

 

 アキラは全てを擲ってバーバラに頭を下げている。本来は礼という形であるはずなのに、立場を逆転させてまで懇願していた。

 

「……ま、私は得するだけだしいっか。これからよろしくね」

 

 バーバラはぽんとアキラの肩を叩いて、新たな仲間を祝福した。

 アキラは顔を輝かせて、また頭を下げる。

 

「ありがとうございます! 僕は誠心誠意、勇者バーバラ様に仕えます!」

 

 だがバーバラは勇者という言葉を聞いて眉を寄せ、

 

「その勇者とか、バーバラ様ってやめてくれない? 特に勇者は絶対ダメ。私そんな偉くないし、勇者って言いふらしたくないの。様づけする程偉ぶるつもりもないし」

「そんな、それでは僕の気が済みません! 敬うべき方を敬えないなんて!」

「じゃあなんか適当に変えて。とにかく今のは駄目。これが最初の命令ね」

 

 命令と言われれば是非はない。若干の逡巡の末、アキラは答えた。

 

「では、主様(あるじさま)というのはどうでしょうか。僕の主が誰かは分かりませんし、勇者かどうかも分からないでしょう」

「本当は呼び捨てが良かったんだけどね。まあそれでいいんじゃないのかな」

 

 主を崇拝するようなアキラの態度は、バーバラとしても落ち着かなかった。それでも、今の態度だと呼び捨てにする事をアキラ自身が許さないだろう。

 

(ま、仲間が増えるのはいいのかな)

 

 一人旅より、二人旅の方が楽しい。なら三人旅の方がもっと楽しい。これから旅も楽になるはず。そんな事を思ってバーバラは笑みを深くした。

 

「じゃあアキラ、とりあえず従者二号って事でよろしくね」

「はい! 主様の旅にどこまでもついていきます!」

 

 二人とも笑顔で、もう一人の従者との旅の始まり。

 輝く湖畔で行われた新しい主従の誓いは、美しかった。

 ここまでは。

 

「あーあ、認めちゃった。アキラの欠点も聞かずにね」

 

 もう一人の従者、コーラが陰鬱そうに言葉を零す。拒否出来ない自分の立場の嘆きもある。

 

「欠点? 聞いてれば聞くほど凄い人なんだけど、あるの?」

「あります。聞かれれば答えたんですが、少し遅かったかもしれませんね」

 

 一度誓った以上、手遅れだ。アキラは手酷いストーカーとしてついていくだろう。そんな未来が見えている。

 

「アキラは才能、勇者としての心技体、余りにも突出していました。だから勇者にしました。が、後悔しています。性に関して最低でした」

「性……?」

 

 アキラは不機嫌そうな顔をして、唇を尖らせた。

 

「最高の間違いだろ。僕はセックスが一番得意だぞ。誰よりもセックスした自信がある」

「このように、アキラは女性ですが、変態です。変態勇者アキラ、私が呼び続けた言葉です」

「え、え、え……淫乱ってこと?」

 

 頷いた上で、アキラの所業をコーラは思い出す。

 

「まず、両刀です。勝った後魔物を犯します。わざと負けた後魔物に犯されます。悪魔にも、天使にも、ドラゴンにも、カラーにも、ポピンズにも、妖怪や鬼にも犯し犯されました。あるいは同意でやりました」

「ひっ……」

 

 偉業だった。あまりの偉業にバーバラは椅子を下がらせる。

 当然、そこでは終わらない。

 人類の頂点が誇りとするセックスの道は、こんなものではない。

 

「産まれたばかりの幼児にも、死にそうな老婆にも、触手生命体も、まるや貝までやりました」

「ハニーは流石に割れちゃったけどね! キングを誘ったらドン引きされたよ!」

「やる事だったらなんでもいいです。殴打首絞めから托卵までやってましたね。する側は魔限定で、される側は全て。勇者特性の無駄遣いです」

「汚染人間になったら四肢欠損も自由自在さ! 楽しかった!」

 

 異業だった。

 アキラはセックスが大好きだ。ストライクゾーンは本当に無限大。暴投どころか地面に埋まるような球すら拾い、快楽を求める節操無しである。

 今コーラが述べた内容ですら、勇者時代の七年間の間に行われた僅かな期間に過ぎない。今ではアキラのセックス経験は二千年分。ノーマルアブノーマル問わず、全てに手を出している。

 

 断言しよう。セックスにおいて、アキラがやった事の無いシチュエーションは存在しない。

 セックスの化身、セックスマスターは満面の笑みを讃えて過去を誇る。

 

「いやー、勇者特性でより取り見取りだし、妊娠しないからズッコンバッコンやりまくったよー! コーラとが一番多かったなあー! いつも混ぜてた!」

「コーラ…………」

「私が記憶に残る理由、分かりましたか?」

 

 コーラは死んだ目をしていた。

 才能に目が眩んだら、性を知ったアキラに毎日犯された。被害者だった。

 人の皮を被った性欲の化身が、するりとバーバラの手を取って跪く。

 

「改めて自己紹介しましょう。僕は人類史上最高のセックスマスターです。主様の寂しい夜のお供に如何ですか?」

 

 アキラの頬は紅潮し、息は荒く、瞳を惚けさせてバーバラを眺めている。腰を揺らめかせ、膝をもぞもぞと動かし、明らかに発情していた。

 

「もしかして、私が主に相応しいのって……」

 

 嫌な予感に、バーバラの背筋が凍る。

 アキラは両刀である。セックスの化身である。

 であれば、理想の上司とは。

 

「はい。数千年以上探し求めて出会った、僕の一番星です。一目惚れです!」

 

 初めてバーバラを見た時、アキラは雷光に撃たれた思いがした。あまりにも自分の追い求める理想の少女だったからだ。

 ランスに負けて捕まった姿、負けを認めて懇願する姿、泣き叫びながら愛撫される姿、処女でありながら快楽に身悶える姿、処女を失って犯されて泣き叫ぶ姿……全てがなんと愛おしく、魅力的であったことか。

 4回戦あたりから理性を吹っ飛ばして男を求める姿といったら最高だった。その身に眠る強い獣欲と恥じらいを持った少女の心が同居している事に、感動すら覚えた。

 

「……その姿は混ざろうかという思いを抑える為に、ずっとオナニーしなければならない程素晴らしいものでした! セックスマスターの僕にとって、主様こそ花開かせるべき大輪の花です! 共に性欲の炎に身を焼き焦がせば、二度とお互い離れられなくなると思います!」

 

 という事を、アキラは滔々とバーバラの手を取って告白していた。

 

「い、いやああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 アキラの手を振り切り、バーバラは弾けるようにテーブルから離れる。

 そのまま転がっていたエスクードソードを拾って逃げ出した。

 

「主様、如何されましたか?」

「ぎゃあああああああああああああっ!?」

 

 逃げた筈なのに、目の前にアキラが立っている。

 方向転換して距離を取ろうと踵を返して、駆けてもやはり目の前にいる。

 逡巡モード、lv59であるバーバラの速さが全く通用しない。バーバラが疾風と評するならば、アキラは音速を超えている。音も無く、影も無く、主の下を離れない。

 

「な、な、な……どーなってんのよ!」

 

 バーバラは興奮のあまり、我を忘れてエスクードソードを振り切った。

 だが、

 

「あ、言い忘れてましたけど今の主様より僕の方が圧倒的に強いですよ」

 

 気づいたら、エスクードソードはバーバラの手を離れて、地面に転がっていた。

 腰にある剣を使うまでもない。ただ片手で白羽取りをして、もう片方の手で合気の要領で手を離させただけだった。

 一連の動作が自然過ぎて、速すぎて、全く気づかない。隔絶した技量と力の差があった。

 

「アキラは史上最高の勇者です。ポンコツ勇者じゃ千回やろうが負けますよ。……塵モードでも、逃げられなかったんですから」

 

 誰がという主語を省いた、感情の抜け落ちた従者の声が虚しく響いた。

 

「ああ……主様……必死な姿も素敵です……

「うっ……うう……」

 

 手に剣はなく、逃げられない。

 アキラの息は荒く、視線は胸や下半身に集中して、時折舐めるようにバーバラを眺める。

 犯される予感しかしなかったが、助かる目はある。

 

「従者の契約解除! クビ! こんなのあり得ない!」

「どう言ってもついていきますよ。主様と共にありますから」

 

 契約は既に交わされた。アキラはもうバーバラの意思関係なく一緒にいるつもりだった。

 

「私を犯そうとする奴と一緒に旅するわけないでしょう!?」

「僕は従者です。主様の言う事には従いますよ。でもそれが主様の希望でしたら、大歓迎です!」

「っぐ……うぅ……!」

 

 アキラの目の力は強い。料理をする時と全く変わらぬ笑顔だが、そこに燃え滾る性欲とそれを超える自制心が渦巻いている。しかしそれがどれだけ耐えられるか分からない。

 バーバラの目の前に、選択肢が用意されていた。

 あくまでも従者と認めず、このストーカーに付き纏われるか。

 従者と認めて、首輪をつけるか。

 

 バーバラの答えは――――

 

「……あーもう、分かった! あんたは従者ね! 従者だから私に絶対服従ね!?」

「はい、勿論です! 主様!」

「それで、私はあんたと絶対にセックスしない! 私はノーマルなの! 男の子と普通に結ばれたいの!」

「それでしたら性転換しますが」

「あーーーーーーー! とにかくあんたとはしない! 性転換も禁止! どうしても性行為に我慢出来なくなったら私のいない所で誰かと勝手にやりなさい!」

 

 アキラは目の前に垂涎のご馳走がありながら、お預けを喰らった犬よりも悲しそうな目をして、頭を下げた。

 

「…………かしこまりました。それが主様のご命令とあらば」

「っはあ~~~~~~~」

 

 バーバラは崩れ落ちて空を見上げ、とんでもない爆弾を背負った事に懊悩する。

 この先もセックスモンスターの制御に苦労するのだろう。自分より強く、自分より優秀で、自分より素晴らしい部下を持つのだ。旅の気苦労は一気に増える。

 ヘルマンの空は、今日も日が差さない。

 

 

 

 

 

 

 

 ポンコツ勇者に、新たな仲間が加わった。

 かつては史上最高の勇者、今はセックスマスター、そしてバーバラの二人目の従者、名をアキラ。

 勇者達の物語が動き出す。




 アキラのキャラクターがやっと明らかになる。
 従者キャラでした。
 主人公はバーバラで、アキラはあくまで従者、あるいは教育役。
 手綱を握るのはバーバラ。暴走すれば誰かが毒牙にかかってエロシーンが発生する。
 下ネタの塊であり、18禁だから出せるキャラ。
 戦闘以外の全ての有能部分は本人の努力。無知から時間をかけて他者への学習と理解によって積み上げた『人間』。
 でもやっぱりセックスが一番好き。そしてそれで失敗する。



 日本語的には主様(ぬしさま)で呼ぶべきなのだが主様(あるじさま)
 理由はアキラがすっごく暴れた。ちゃんとルビを振れと叫んだ。
 コイツしょっちゅう暴れる。
 ポンコツは上手い飯食ってぐっすり寝れば大概の事は切り替えます。

 次回、一週間後。ランスサイド。


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R ウラジオストックの朝

説明回はガチで苦手。
 でも物語の構成上、どうしても各キャラクターが情報を共有する必要があるので血反吐を吐く。


 ランスが目を覚ますと、男の夢が広がっていた。

 広いベッドの両隣には裸の美女が横たわっており、寝息を立てている。風呂上がりの良い匂いが鼻孔をくすぐり、柔らかい肌の感触が充足感を与えてくれる。

 右隣にいるのはカオスオーナー、カーマ・アトランジャー。左で深く寝込んでいるのは人間体となった聖刀日光。どちらも豊満な身体を持ち、男ならばいくら見ても飽きないものだった。

 

「……ん」

 

 ランスが少し身を捩ったのを感じ取ったのか、カーマも瞼を開いた。

 

「お、起こしてしまったか」

「ランスさん……」

「どうだった、昨晩は?」

 

 あられもなく乱れた情事を直球で聞かれ、カーマは頬を赤く染めて目を逸らす。

 

「……恥ずかしかったです。こういうことは、その、初めてだったので………………それと、少し嬉しかったです」

「がははは、そうかそうか!」

 

 カーマにとって男に体を許すのはこの時が初めてだった。ベッドの中で睦言から始まり、接吻し、愛撫の後に結ばれる。何度か戦いに敗れて犯された時とは全く違う、充足感と幸福感に包まれた一時だった。

 犯した相手も、結ばれた相手も目の前の男と変わらない。がっかりな初体験とは大違いだったが、ただ一つの不満もあった。

 

「でもやっぱり、他の女の人と一緒というのは……」

「世界のためだ。すまんな」

 

 実に使命感に溢れた紳士的な物言いをするランス。柔らかいカーマの髪を撫で、真剣な面持ちで目と目を合わせる。

 

「俺様としても本当はもう少し優しくしてやりたい。やりたいのだが、急がねばならんのだ。世界に危機が迫っている」

「これがカオスの持ち手の責務、なんですよね」

「うむ、そうだ。ここまで粉々になってしまった二つの剣を治す為にはセックスしかない。急がなければ、きっと二度と戻らなくなる。カーマにはすまないが、これからも協力してくれるか?」

「はい、もちろんです」

 

 ある程度は正しいが、大嘘であった。

 ランスはただセックスがしたいだけだ。粉々になった二つの剣と、カオスオーナーというカーマの肩書きを聞き、大義名分をでっちあげた。

 ランス曰く、東ヘルマンは世界を破滅させるような悪行に手を染めている。勇者まで力を貸しているのが確認され、いよいよ勇者災害のような悲劇が起こってもおかしくない。

 だから盗賊を隠れ蓑にして東ヘルマンの横暴を止める。そのためには日光とカオスを治さなければならない。

 突然振りかざすにはあまりに突飛な暴論なため、最初はカーマも疑った。

 だが、勇者を探すように盗賊達に命令する姿。敵味方問わず傷病者に駆けずり回る(ミックス)の在り方、大暴れとやり過ぎた混乱を引き起こした(エール)を叱る姿、そして無関係の避難民に対して心配し、頭を悩ませるランスを見ている内に、ああこの人は真実英雄なんだと信じ込んでしまった。

 

 当然、全てカーマを口説く為のランスの演技である。適当にやっているだけに過ぎない。

 ただその甲斐あって、ランスはカーマと日光を何度でも抱ける状況を手に入れた。

 

(ぐふふ、これはいい。この間にカーマをメロメロにしてハーレムに加えてやろう)

 

 ランスにとって東ヘルマンなどどうでもいい。バーバラを手に入れて、やるだけやったら盗賊を放置して、魔王の子達とハーレムをまとめて逃げるつもりだった。カーマもそんな女の一人だ。

 この分だと、じきにカーマとは理由関係なくセックス出来る間柄になるだろう。そんな考えで、ランスはだらしなくニヤついていた。

 

「きゃっ……ちょ、ちょっとランスさん……」

 

 がっしりとした手が伸び、カーマの豊かな乳房を遠慮なく触る。

 

「うひひひ、本当育ったなあ。たぷたぷ、たぷたぷ……」

「んっ……んんっ……ふぅっ、はぁっ……」

 

 下から揉み上げ、親指で乳首をこねる。それだけでカーマの息は荒くなり、敏感な反応を返す。

 カーマは困ったような笑みを浮かべて、胸を揉む手を抑えた。

 

「ま、まだ朝起きたばっかりですし……ランスさんもこれから忙しいでしょう?」

「んー、見ていて飽きないからちょっと弄ってるだけだぞ。別に今やる気は無かったのだが……」

「んんっ! あ、はぁっ……んんん…………!」

 

 押し留めようとした手に力は全く入っておらず、ランスは弄り放題だった。

 乳房の形を変えるたびに性感を刺激され、甘い声を上げるカーマ。敏感な身体が鋭敏に快楽を流し、抵抗力を奪っていく。

 

「こんな声を聞いてたら、俺様もちょーっと我慢出来なくなるなあ?」

「……っあ」

 

 押しつけられたランスのハイパー兵器は、既に臨戦態勢になっていた。

 

「…………こんなに、おおきく」

 

 熱く、力強い剛直を目の当たりにし、生唾を飲み込むカーマ。反射的に股をもじもじと擦るあたり、濡れそぼっているのは明らかだった。

 

「これはカーマのせいだぞ。カーマのエロいボディがいけないのだ」

「私のせい、ですか…………?」

「昔と違ってエロエロだ。すっかり大人になったな」

「…………ぁ」

 

 カーマの心に、ぽっと火が灯った。

 

(覚えていたんだ……)

 

 幼い頃、大人の情交の現場を目撃し、背伸びがしたくてランスに迫った。その時はけんもほろろに袖にされた。子供だからと。

 長き時を経て、人間に戻ったランスは何をしなくてもカーマを求め、欲情している。

 子供の頃の恥ずかしい記憶と今の光景が溶け合う。心臓の早鐘が、どこまでも高くなってゆく。

 

「二人きりがいいと言っていたよな? 日光さんは昨日激しくやり過ぎたから、まだ暫くは起きないだろう。それを今やろうじゃないか」

 

 カーマには、もうその提案を断る気になれなかった。

 

「…………はい」

 

 頷いたのを機に毛布が跳ね上げられ、ランスが覆い被さる。

 

「がははははは、やるぞー! とーーーー!」

「あっ、あああっ……!」

 

 二人の影が折り重なり、すぐに甘い嬌声が部屋に響く。完全に二人の世界に入った濃密な一時は理性をどろどろに溶かし、声を抑えることもなくなった。

 

「あんなに教え込んだ子を心の友に取られるのは、流石に寝取られ感があるのう……」

 

 ベッドの下に安置された、粉々になった魔剣のボヤきは、誰の耳にも入らなかった。

 

 そんな感じで、ランスは数日間、魔剣を治す作業に専念していた。

 その間のランス団は盗賊達が勇者バーバラの捜索にこき使われるぐらいで、ウラジオストックに釘付けとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………で、どうしてボクは縛られてるの?」

「こうでもしないと、話を聞かないし捕まえられないから」

 

 エールが眠りから醒めると、病室に寝かせられており、患者用のベッドに縛られていた。

 目の周りに隈が出来たミックスが眼光鋭くエールを射貫いている。横には注射器や紫色の薬品、果てはメスまで並んでおり、手術一歩手前のような状態だった。

 

「うっ、ぎゃーーーーーーーーーっ! いー、やー、だー! 放せ放せ放せーーー!」

 

 一気に覚醒し、体を捩って抜け出そうとするエール。しかし鎖ががちゃがちゃと音を立てるだけで、全く解ける気配がない。

 

「無駄よ。軽く痺れ薬も打っといたから」

「実験台はいやーーーー! 母さーん! お姉ちゃーん! 長田君でもいいから助けてー!!」

 

 エールのトラウマはいくつかある。重症なものはシィ―ウィードの一時だが、ミックスの実験台も魔王との対峙と同程度には嫌なものだった。

 『どうせ神魔法で治る』を合言葉にエールが投与されたマッドな治験や実験の日々。ミックスの中では安全基準をクリアしたものだが、それでも副作用はキツかった。

 結果、エールはすっかり医者嫌いになってしまった。病気や調子の悪い時以外、医薬品の匂いを嗅いだだけで逃げだしてしまう。

 

「…………」

「ひっ…………!」

 

 ミックスが一本の注射器を持っただけで、涙が滲む。イヤイヤと首を振って避けようとするが、どうしようもない。

 エールの体から白い光が零れだし――――

 

「やめろ!」

「あうっ!」

 

 ミックスにすぱーんと頭を叩かれて、白い光が霧散した。

 

「実験終了……はあ、重症ね。とんでもない爆弾と化してる」

 

 注射器が器具類に戻され、ミックスはカルテを取り出して何事かを書き込む。

 異世界の言語によって書かれた、この世界に読み解ける人間が二人しかいないカルテには、次のような事が書かれていた。

 

 患者名 エール・モフス。

 患者の精神状態の高ぶりによって発生する白い光は魂そのもの。魂は患者の命令によって様々な用途――攻撃的な、あるいは治癒の奇跡の助けになり、患者の消耗を手助けする。

 現時点の問題として、患者がパニック状態に陥った際、制御不能な暴走状態に陥る。これを防がなければ破滅的な破壊を周囲に齎す。

 外科的処置、投薬的措置による改善は患者の性質上期待し得ず、患者の精神的安定を期待するしかない。

 負荷実験結果 悪化傾向。発生し易くなっている。

 

(……頭痛い、一介の医者が抱えるには重すぎる問題だわ)

 

 完全な真実を知ってしまった事により、苦悩するミックス。

 エール・モフスは創造神の分体である。その気になればこの世界をあっという間に壊す爆弾だ。この力が覚醒したのは、修行の日々での出来事だった。

 不安定で何があるかわからないから使うべきではないという意見もあったが相手は魔王。結局、使えるものはなんでも使うという意見の方が勝った。

 エール・モフスはこれを使って自身の負担を軽減し、単身で魔人の討伐を果たし、魔王との単独戦闘を僅かばかりながら可能とした。事実、世界を救う為の決定的な要因になり得たのだ。

 そのツケとして、今、魔王よりも大きな問題となってミックスの双肩にのしかかっている。一人の少女が背負い込むには、重すぎる問題と言えた。

 それでもミックスは投げ出そうとは思わない。意を決して顔を上げる。

 

「エール、昨日のあれについてどう思ってるの」

 

 ミックスが指し示すのは、崩壊し、クレーターとなったウラジオストック西地区の景色。圧倒的な破壊の光景を直視して、エールも流石に気まずさを感じた。

 

「う……覚えてないけど、流石にやり過ぎたと思う」

「あんたの不思議な力は不安定、だから制御する必要がある。このままじゃ姉さん爆殺するわよ」

「早く治そっか。どうすればいいの?」

 

 エールを誘導したい場合、(リセット)をダシにするのが正解だ。一気に真面目な顔になって、医者の助言を聞く体制に入った。

 

「基本的には精神の安定。何事にも動じない強い心があればいいんだけど」

「全然問題ないじゃん。ボク程不動の精神を持つ人間なんていないよー」

「はっ」

 

 それだけは有り得ない。

 誰よりも表情豊かに過ごした日々を、ミックスは知っている。

 

「嫌いな野菜をあたしの皿に移す」

「うっ」

「鍵開けが上手くいかないからAL魔法剣。ザンスに勝てないから童貞弄り。嫌な事があったら長田君を割る。洗濯がいい加減で志津香さんの下着を駄目にして、凄まれてわんわん泣いた」

「う、う、うぅぅ……」

「冒険の間に、どんだけあんたが駄目な姿晒したと思ってんのよ」

 

 魔王の子全員がエールの様々な長所を知っている。それと同時に、短所も大量に知っていた。

 エール・モフスは駄目な分野については不器用だ。そして弱いところを晒すと子供らしく癇癪も起こすし逃げるし誤魔化す。精神の抑制があまり効いていない。

 短所だけを率直にまとめれば、甘えん坊で我儘な末っ子なのだ。

 

「そうね。嫌な事を克服しようとか、苦手な分野、負けがちなものでもやり続けてみることかしら。その意識を持つことから始めなさい」

「むー……例えば?」

「遊びなら将棋とかボードゲーム。それならあたしも仕事の傍らに手伝ってあげる」

「それミックスと乱義の独壇場じゃん。自分の得意なところに引き込んでるだけだよ」

 

 ミックスはそうかもしれないと同意して、

 

「なら、シィルさんから料理を教わったり、長田君のサポートに回ったりしてみなさい。リーダーだった時は任せるだけで良かったけど、そっちを伸ばすのも役に立つはず」

「……わかった」

 

 静かな言葉に、エールは頷いた。

 エールの得意分野は戦闘に特化している。幼い頃から母から、また多くの優秀な人間に指導され、13歳にして冒険が一人で出来ると太鼓判を押される程度まで仕込まれた成果だ。

 他方、それに注力するあまり教養、家事、礼儀作法といったものは疎かにせざるを得なかった。母親(クルックー)の教育方針の都合上どうしようもないが、いつまでも駄目とは言ってられない。

 

「医者としての診断だけど、様子を見る為に安静一日。三日は戦闘を禁止する。その力の行使自体も二週間は控えなさい」

 

 エールにとって甚だ不満な命令だったが、こういう状態に入ったミックスは有無を言わせない。注射まで使うのを知っている以上、観念するしかなかった。

 

「大分疲れるけど、しょうがないかー。その間にいつもとは違うことをしろってことだよね?」

「良くわかってるじゃない」

 

 聞き分けの良いエールの反応に、にやりと笑ったミックスは、

 

「じゃあ、手始めにこれを飲んで貰うわよ」

 

 青紫の液体が入ったビーカーを差し出した。

 

「うぇぇ……注射よりはマシだけどさぁ……」

「ちゃんと人体実験も済んでる。これから先必要だから飲みなさい」

「はーい……」

 

 最初っからこれを飲ませる為の前振りだったのではないか。そんな疑いを持ちながら、エールは薬品を苦味の走った顔で飲み干した。

 

「……まっずいぃぃ。ミックスの調合薬、もうちょっとマシにならないの?」

「改良は出来るけど、今回は急ごしらえだから無理ね」

 

 目的を果たしたミックスが、エールの枷を外した。

 エールは伸びをほぐしつつ、ベッドから降りる。

 

「そもそもこれ、なんでボクが飲む必要があるの。カゼの時はもっと甘いものだったのに」

 

 ミックスの調合薬は基本的に戦闘の役に立つ補助薬が多い。医者として出す薬とは完全に別の類だった。安静とするならば、飲ませるはずがないものだ。

 

「あんただけじゃない。私達全員が飲む必要がある」

 

 そう言ったミックスの顔は憂いが深い。

 この国の闇をどこまで話すべきかという迷いがあった。

 

「東ヘルマンの作物――黒い土地の農作物には薬が微量仕込まれているのよ」

「薬?」

「効果としては精神安定剤の類ね。気持ちを落ち着かせるという程度だし量もごく僅か。でも服用し続ければ話は変わる。年単位で食べ続ければ、従順で上の言う事を聞くだけの人間になる」

 

 調査の中で、東ヘルマンの国民は二つの特徴があった。

 一つ目は肉体。西ヘルマンよりもさらに頑健で、健康的である。

 二つ目は性格。東ヘルマン人は基本穏やかで従順な性格であり、RECO教の教義を大した疑いもなく信奉している。場所によっては、ほとんど思考放棄と言っていいレベルである。

 RECO教の浸透率が高い南部ほどこの傾向は強く、エール達が今いる北部はヘルマンと大して変わらない。黒い土地と農作物の分布状況に目を向ければ、この特徴は説明が出来た。

 

「東ヘルマンは食事から国民を洗脳して独裁国家を作っているのは間違いないわ。この先というか、ウラジオストックの備蓄も黒作物ばっかりだから飲む必要がある」

「うわー、まさに悪の王国って感じだねー」

「こっちも無縁じゃいられないわよ。ウズメ、いるんでしょ?」

 

 ミックスが呼ぶと、ウズメが天井から降りて来た。

 

「ういうい、主君殿のいるところにウズメもいるでござるよ」

「いたなら助けてくれてもいいのに」

 

 にゃははと笑い、エールの文句を受け流すウズメ。魔王の子らしく明るく、能天気な部分がありありと出ている。

 しかし、そうではない時期があった。

 

「エール、確認したいんだけど最初にウズメと会った時、ウズメは何をした?」

「タイガー将軍達を逃がすための囮となって、話も聞かずにボク達に襲い掛かった」

「それ、今のウズメがやると思う?」

 

 エールは目を伏せて考え、すぐに首を振った。

 

「多分やらない。時間を稼ぐやり方をたくさん知ってるし、何よりあそこまで真剣な顔をし続けるなんてウズメには無理だよ」

「そっちでござるか。でも不思議な事に、あの時はあれがウズメの素だったんでござるよ。捨て身の囮もウズメから進言したし、憎き魔王の子を殺すーって息巻いてたでござる。ウズメ自身は特に恨みがないのに」

 

 不思議だとウズメは首を捻る。陽気に返して和ませようとしていたのだが、逆に異常性が浮き彫りになって、場が静まった。

 

「……これが、東ヘルマンのやってる事よ。『教育』によって、徹底的に軍事に特化させた国家。今までは首都からも遠いから普通の国に見えたのかもしれないけど、ここからは気をつけなさい」

 

 今までの魔王の子達の旅は、各国の王に認められ、様々なサポートを受けられた光の道だった。しかしこれからは全てが敵になる闇の国だ。一時の油断も許されない。

 

「寝込みを襲う、毒を盛る、汚い手段はいくらでもやるでしょうね。全員が私達の事を嫌ってる。国家に喧嘩を売ること事態、やって欲しくないんだけど……」

 

 人間の悪意というのをここから受ける事になる。そんな心配からエールを眺めるが――

 

「へーきへーき、ボク達は地上最強だもの。全部跳ね返して悪い国を倒そう」

 

 エールはむしろ、これからの冒険を楽しむように笑っていた。

 

「こういうのは得意なウズメがいるし、ミックスもいる。腹が立つけどランスもいるし、なんとかなるでしょ」

 

 国家規模の闇を前にしても、家族の絆が勝る光だと信じて疑わない。

 場の空気そのものが和らぐような、笑みだった。

 

「…………はあ、しっかり考えているんだか。いないんだか」

「しゅくん殿には悪いけどウズメは東ヘルマンでのスパイ継続予定でござる。本日中にここを発つでござるよ」

 

 ウズメがアキラから貰った手紙は、『何も見ていないから気にせずやっていいよ』というお墨付きだった。

 しかし、旅の仲間が減る事に不満に感じたエールは唇を尖らせる。

 

「えーっ、一緒にいようよー。潜入の話とか聞きたいんだよー」

「ううん、ザンス主君の任務も果たしたいのでごめんねでござる」

「むぅ……じゃああれだ。何か一発芸やってよ、すっごいの」

 

 一発芸、という言葉を聞きウズメの猫目が細まった。ごそごそと自分の懐から用意していた品を取り出す。

 

「丁度いいのがあるでござるよー! ここに取り出したるは何の変哲もない三通の手紙」

「やんややんやー!」

 

 拍手と共に、ウズメの芸が始まった。

 柔らかく起用な手が、手紙を包み込み、次に開かれた時には三通それぞれが折り目正しい紙飛行機になる。

 

「そしてそのまま窓にぽーい」

 

 実に適当な形で、ウズメが空へと飛行機を飛ばす。

 その飛行機はそれぞれが意思を持つように舞い上がり、交差し、高度を上げて、時に下がり、時に上がる。

 

「おおーっ! 凄い凄い!」

「忍法、紙飛行機の術でござる。ではそのままばいばいきーん」

 

 ウズメが手を叩くと同時に、紙飛行機達は高度を上げて、それぞれが別の空へと消えていった。航空ショーを目のあたりにしたエールは目を輝かせて、ウズメに振り向いた。

 

「え、あれなに? あれどこ行くの!?」

「主君殿のところでござるよー。父上に会った事やミックス姉上や東ヘルマンの日々、諸々書いてある定期報告でござる」

「へー! 皆もこっちに来ないかなー!?」

「いや、他の主君殿は忙しいから無理じゃないかーと」

 

 わいわいと騒ぐ魔王の子達は空にある飛行機を眺め続けた。

 紙飛行機は飛ぶ。

 一体どういう原理で飛ぶのか分からぬまま、デタラメな忍術によって魔王の子達の下へと。

 

 

 

 

 

 

 

 砂漠の空を、紙飛行機が飛ぶ。

 やがて少しづつ下がり、下がり、高度を落とし……オアシスを眺めて微笑んでいる、幸せそうなカラーの女の子の小さな掌に収まった。

 

「ん? なにかなこれ?」

 

 身長僅か83センチ、幼子そのものの体躯。

 魔王の子の一人にして次期カラー女王、リセット・カラーの下に手紙が辿り着いた。

 冒険が終わった後、リセットは外交官として忙しい日々を過ごしていた。魔王の捜索願いから、近所の相談まで、ありとあらゆる公務に忙殺されて……楽しい日々を過ごしていた。

 ようやく一段落して、平和なカラー達の姿を眺めて休んでいた時に、その手紙は訪れた。

 

「どれどれ…………!?」

 

 一読し、読めば読むほど小さな手の震えが止まらなくなる。

 全てを読み終えたリセットは跳ね起き、自室へと駆け出した。

 

「た、大変だ―! お父さん、なんでよりにもよって東ヘルマンにいるの!?」

 

 小さな矮躯を懸命に動かして、シャングリラの街並みを駆け抜ける。

 頭の中にあるのは、大問題の発生の予感。トラブルメイカーな父親が東ヘルマンに喧嘩を売った。これは絶対にロクな事にならない。

 リセットにとって、ランス周りのトラブルの対策に駆け回るのは幼い頃からの条件反射のようなものだった。15年間魔王対策で駆け回った結果、そうなってしまった。

 自室に駆け戻り、次々と冒険者用の荷物を揃え、最低限の書き置きだけを残してフードを被る。パステルの存在は、リセットを止める材料にはなり得なかった。

 

「ウズメちゃんをスパイにするとかザンスちゃんも危ない事するし! どうにかしないと……!」

 そうして、家の扉を開けて出ようとした時。

 

「リセット、また来たよー! ほらほらお姉様、会えたから今日は美味しいの食べられるぞー」

「はあ、ごめんね、ナギがどうしてもって言うから」

 

 リセットが良く知る、魔法使い二人と鉢会った。

 

「……ナギちゃん、志津香さん?」

「……なんで旅支度をしてるの?」

 

 また、魔王の子が東ヘルマンを目指す。

 

 

 

 

 

 リーザスの空を、紙飛行機が飛ぶ。

 やがて少しづつ下がり、下がり、高度を落とし……赤い鎧の男達に、怒声を飛ばしている男の手元へと収まった。

 

「そこ、振りを手抜いてるんじゃねえ! ……ん?」

 

 魔王の子の一人にしてリーザス王国第一王子、ザンス・リーザスの下に手紙が辿り着いた。

 

「なんだこりゃ。ウズメの奴も適当な伝達方法取るなオイ」

 

 送り出した手前、ほんの少しの安堵を口元に滲ませて手紙を読み進める。

 

「……ふーん? くくっ……これは面白そうだな」

 

 全てを読み終えた時、ザンスには実に悪そうな笑みが浮かんでいた。

 

「おいお前等、今日はここで終いだ! 感謝しろよ!」

 

 ザンスの大声と共に、配下である赤の兵が次々と座り込む。本来ならもう少ししごく予定だったが、新しい用事が出来てしまった。

 

「きょ、今日はこのあたりで終わりでよろしいんですね……」

「おう、もうすぐ忙しくなるだろうからな。精々今の内に休んどけ」

 

 そう言って踵を返したザンスが向かう先は、玉座の間。

 この手紙は、リーザスの次の方針を決めるには十分過ぎる有用な情報が存在した。

 

「くっくっく……待ってろよ東ヘルマン。俺様がぶっ潰してやるぜ! がはははははははは!」

 

 東ヘルマンに、嵐が吹き荒れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 JAPANの空を、紙飛行機が飛ぶ。

 やがて少しづつ下がり、下がり、高度を落とし……尾張城の天守閣で、書類を書いている男の手元に収まった。

 

「これは……?」

 

 魔王の子の一人にしてJAPAN国主、山本乱義の下に手紙が辿り着いた。

 紙飛行機を開き、中の文章を読めば読むほど乱義の眉間に皺が寄る。

 

「ザンスもあれだが、父上、エールもか……」

 

 乱義は魔王の子が後ろ指を指されない世界を目指している。そんな中で、自分から反魔王の子の世界に次々と飛び込む者達は、頭の痛い種だった。

 手を頭に当てて考える。この手紙が来るという事はリセット、ザンスの手にも渡っているはずだ。彼等がどう行動するかを考えると、より頭が痛くなる。

 

「絶対に、荒れるな。今あそこで乱が起きるより、魔王がいなくなった事を周知させる方が良いと思うんだけどね……」

 

 乱義は国を離れて数ヶ月、溜まりに溜まった問題をある程度片づけている最中だった。国主としてはまだ離れるべきではないのかもしれない。だが、

 

「今リーザスと東ヘルマンで戦って、リーザスが勝ってしまうと大国のバランスが崩れかねない。そうするとあいつの言う世界大戦が近づくな。止めないといけない」

 

 これからの方針を固めつつ、乱義はより一層公務に励んだ。

 ラバウルの弓と短刀山本丸、二つの武器が大陸に持ち出される日は近い。

 

 

 

 

 

 

 

 三つの手紙から、世界が動き出す。

 嵐の中心は東ヘルマン。争いが始まろうとしていた。




 カーマ・アトランジャー 〇
 幸福条件。帰って来た英雄ランスに甘い言葉で口説かれてハーレム入りする。
 (不幸条件。欲求不満な元魔王ランスにモーニングイマラチオされて幻滅する)

 ランスサイド
 カオスと日光を治す為にランスはウハウハエロい事する。
 でもいずれ好き放題出来ない事で欲求不満ゲージが溜まりだす。

 エールサイド
 東ヘルマンぶっ潰す。(エール)
 この創造神爆弾をなんとかしないと。(ミックス)
 現状報告を他国に飛ばす。(ウズメ)



 次回、一週間以内。


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我欲的な結論

 どのような旅にせよ、方向転換を迫られる時には時間を必要とする。

 失敗し、手痛い喪失を味わい、新しい仲間が加わる……今の勇者の旅も、そんな時と言えた。

 だからバーバラはウラジオストック近くの湖畔のほとりで、次の方針を考えていた。

 

「む、むむむ…………」

 

 アキラがテーブルに広げた数々の写真を眺めて、バーバラは唸るしかなかった。

 

「現在のウラジオストックの様子です。西地区は壊滅、復興は年単位の時間がかかるでしょう。軍人、教団員の死傷者は二割程、民間人は退避時の混乱による怪我人が出た程度で、地下の避難区域に無事収容されました。ランス団は探索していますが、食料金銭の備蓄を十分確保しているため不穏な方向には……」

 

 横に座るアキラが一枚一枚を摘みだし、事細かに説明する。

 ウラジオストック全景、地下施設の見取り、避難区域の民の表情、盗賊達の人員と配置、敵主要人物の顔……全てに意味があり、これがたった一人の手によって数時間の間に集められたものとは誰も思わないだろう。

 バーバラは新しい従者の能力確認と、何よりも身の安全を守るつもりでウラジオストックを偵察させた。全てわかるまで帰って来るなとも命じた。

 その結果、本当にウラジオストックの全てを持ち出されたら黙るしかない。優秀というのも不適格、規格外(デタラメ)なアキラの仕事ぶりに圧倒されていた。

 ウラジオストックの全ての情報など、バーバラには処理しきれない。あまりに膨大なため、現在は有効と思われる情報だけをかいつまんで説明されている。

 

「……とまあ、こんなところですね。見当ウズメ、ミックス・トーもこの通り、伸び伸びやっていますよ。魔王も身内は大事にしているみたいです」

 

 渡されたのは、同世代の女の子三人がじゃれている写真だった。ミックスは抱き着く二人を引き剥がそうとしていて、ウズメだけはカメラの目線がきちんと合っている。

 あまりに和やかな映像に、バーバラは思わず口の端を緩めた。

 

「腕も確かね、この最高の一枚は偶然じゃないんでしょ?」

「もちろんです。一人以外バレない望遠の隠し撮りですが、これだけは吟味しました。密集状況の痴漢を想像出来てたまりませんよね」

「撮影者の意図は最低だったわ」

 

 性行為しか考えていない従者の言葉に頭痛を覚えて、バーバラは頭を押さえた。

 

「最後にランスですが、この通りセックスに夢中です。至近距離でも気づきませんでした」

 

 渡された写真には、美女に覆いかぶさっているランスの姿が映っていた。白濁液が美女を飾り、その惚けた顔と接合部まで映し出されている。

 

「ぎゃーっ!」

 

 バーバラは写真を握り潰して地面に叩きつけた。とんでもないポルノを見せて来たアキラを睨み、恨み言を口にする。

 

「こんなもの見せないでよ! 何の意味もないでしょ!」

「いえ、砕けたカオスが傍にあります。ランスは魔人を倒せる唯一の武器、カオスと日光の使い手です。カオスや日光はセックスによって再生するのでその作業中でしょう。この破壊具合だと数日間は動かないかと思われます」

「まーたセックス! エスクードソードはモテモテにラッキースケベ! カオスや日光はセックスが必要! 伝説の剣ってエロが無いとやってられないの!?」

「はい、その通りです。そしてセックスは世界を救うと思います」

「そんな世界は滅んでしまえ!」

 

 曇りなき眼で真理を語るアキラを前にして、遂に勇者は世界を否定した。何かあったら即レイプ、セックス、あるいはエロイベント。乙女心にとっては憤懣やるかたない。

 世界に対する苛立ちを全てぶつけようと、肌色の写真に炎の矢が飛ぶ。

 

「ランスが憎いですか」

「当然でしょ!」

 

 コーラの問いかけに対して即答するバーバラ。燃える写真をそのまま蹴りつける様子は、怒りの丈をそのまま表していた。

 そんな姿に、コーラは邪悪な笑みを深くして、

 

「なら、殺しちゃいましょう」

「出来るものならね!」

「出来ますよ、バーバラはポンコツですがそれでも勇者です。勇者なら必ず勝てます」

 

 バーバラは怪訝な表情でコーラを眺める。

 

「コーラ、魔王ランスに勝てるわけないってあなたが言ってたじゃない」

「確かに言いました。ですがそれは今の話であって、これから勝てないかと言うと話は変わります。勇者が人間に負け続けるわけないじゃないですか」

 

 バーバラとランスの実力の差は話にならない。逡巡モードであっても元魔王のランスは軽く凌駕する。これからも負け続けると確信できる。

 だが、

 

「元魔王と言えども相手は人間。血を流せば死にますし、体のどこかを失っても再生出来ません。毒や水に沈めても殺せます。逆にバーバラには勇者特性があります」

「特性、ね……」

「死なない、異性に対する魅力、戦闘中における強運、必殺技の見切り……どれもこれも、有利なものばかりです。冒険中、散々頼って来たでしょう?」

 

 確かに、その通りだった。

 多く事件や冒険の中で、バーバラは勇者特性に助けられて、危ういところを切り抜けてきた。

 バーバラ自身、その悪性はともかくとして、勇者特性は信じられると考え始めている。

 

「強くなって、何度でも挑めばいずれ殺せますよ。何度目になるかはバーバラ次第ですが、死なない以上負けはありません。勇者は最後には必ず勝つものです」

「…………」

「ランスが、憎いんでしょう?」

 

 バーバラはエスクードソードに目を落とす。

 この剣に選ばれて自分は勇者になった。乙女心を踏み躙った相手に対する怒りは存在する。可能ならば、あの馬鹿笑いする男の首を銅から離したい。

 でも、無理だった。

 

「……勝てるわけ、ないでしょ。あいつは私に素手で勝ったのよ。これから先も、勝てるとも思えない」

 

 ランスの強さは、どれだけ強くなっても届かないと思わせる程圧倒的なものだった。

 もしランスの眼前に立ったらそれだけで膝が笑い、駄目と分かっていても背中を向けるだろう。

 心が、折れている。

 ここにいるのは勇者の力に増長したポンコツ勇者ではない。処女を散らされ、犯した男に怯える一人の少女だった。

 

「……仲間を集めるという手もありますよ。アキラなら勝てるのではないですか?」

 

 こりゃ駄目だと小さな背中に目線を切って、コーラはもう一人の勇者に問いかけた。

 

「確かに、魔王級(ぼく)なら1対1でも戦いになる。戦いになるならば、勝ち目もあるだろう」

 

 彼我の差を自覚した上で、アキラはコーラの言葉に頷く。

 

「だけど、僕は従者だ。主より目立つ従者があってはならない。手助けをしても『敵』を倒すべきではない。倒すのはあくまで主様だよ」

「なんですかその無駄な拘りは。従者気取りなら最初っから戦わなければいいでしょう。普通に仲間じゃ駄目なんですか?」

「駄目だ。僕が戦うのはあくまで手助け、露払い、一対一を作る努力になる。決めるのはあくまで主様で、戦うのも主様が中心でなくてはならない。勇者とはそういうものだ」

 

 その言葉は今までコーラが言ってきたものだ。従者の役割としても正しい。

 だからこそ、全ての意見を無視して無軌道な方向に決めて来たアキラの発言とは思えなかった。

 

「……東ヘルマンをどうするつもりですか、約束とやらもしていたようですが」

「だから辞めるよ。もう主様に比べたら全てどうでもいいんだ」

 

 あっけらかんと、暗にウズメの件もミックスの約束も放り投げると言ってのけた。その表情は晴れ晴れしく、心からの笑顔を浮かべているように見える。

 コーラは梯子を外された思いがした。

 てっきり、ポンコツ勇者を使って何か利用しようとしていると考えていた。だがアキラは全ての判断をバーバラに渡した。これでは主導権はバーバラに言ってしまう。

 一連の話を聞いているのかいないのか、バーバラがサバサバとした様子で席を離れて、旅の荷物をまとめ始めた。

 

「東ヘルマンを離れるわ。とりあえず故郷に戻ってのんびりしたい。アキラも美味しい食事、お願いね」

「はい、毎食工夫を凝らしますので楽しみにしてください」

 

 礼儀正しく頭を下げるアキラの姿は正しく従者の鑑だ。コーラも従者ならば倣うべきだった。普段なら失敗した主を笑っただろう。

 しかしそうは出来ない。今東ヘルマンを離れるのはマズい。

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「ちょっと待ってください。あれだけ盗賊退治すると言ってたのに、強かったら逃げるんですか。占領された都市を放置するんですか?」

 

 無辜の人々を見捨てるのかという問いに、バーバラは若干眉根を寄せた。

 

「……まあ、そう酷い事にはならないんじゃない。たくさんお金があるし、差し出すものを差し出せば満足するでしょ」

「地下に避難している人間が放置されるなんて楽観的ですよ。例え盗賊団がそうしても、ほぼ確実に不満から暴動が起きますね。バーバラは、本当にそれでいいんですか?」

 

 コーラの責めるような視線に対しても、バーバラは目を合わせない。荷物に目を落としたまま、微動だにしない。

 

「冒険者はお金が絡まない仕事はやらないの。これから頑張ったとして、報酬を払ってくれる相手はもういない。やる方がおかしいわ」

 

 仲良くなった魔王の子達の安否は気になったが、それが無事ならもう戦う理由は無かった。

 時々枕を涙で濡らすような痛恨の失敗ではあったが、無事に生きているだけ儲けものだ。彼等と関わりなく、冒険者としての成功は別にある。

 

「大体、一般人なんてどうでもいいっていつも言ってるのはコーラじゃない。私も知らない人間なんてどうでもいいのよ。大事なのはお金」

 

 そう自分を言い聞かせるようにして帰り支度を整える姿は、勇者からほど遠く。

 コーラの表情から感情を消し去るには、十分なものだった。

 

「…………そーですか。分かりましたよ」

 

 コーラはリュックを降ろし、バーバラから離れた。

 

「従者が二人いる事ですし、アキラはこのポンコツがどの程度駄目なのか見ていて下さい。私はここ数週間で使ったアイテムを補充してきます」

「お金はどうするんだい?」

「必要ありません」

 

 最低限の受け答えだけで異論を挟ませず、コーラは消えてしまった。

 

「……怒らせちゃったかな?」

「いいえ、コーラは怒ってる事すら気づいていませんよ。すぐに帰ってきます」

「それって怒ってるってことじゃない」

 

 参ったなーとぼやきつつ、準備が終わったバーバラも立ち上がって歩き出す。コーラが気になるところだったが、いつもいなかったりいるのがあの従者だ。東ヘルマンを出る頃には戻るだろうと考えていた。

 残されたリュックを拾い上げたアキラは、コーラの消えていった方向を眺める。

 

「……コーラ、君は辞めても(どれい)のままなんだね」

 

 誰にも届かないような声量で、静かに呟き。

 アキラは主の後ろを、追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 言葉少なく、バーバラが道を進んでいた。

 流れゆく異色の景色も、時折広がる黒い国土もバーバラの興味を惹かない。思考の殆どは一つの言葉に支配されている。

 

『バーバラは、本当にそれでいいんですか?』

 

 いいに決まっている。冒険者ならば殆どが同じ判断をしするだろう。

 都市を堕とすような戦力を相手に、一冒険者に何が出来るというのだろうか。

 出来る事など存在しない。もはや国や勢力が一丸となって動くべき問題であって、冒険者が扱うスケールを遥かに超えている。

 だからバーバラの判断は絶対に正しい。それ以外の答えなど存在しない。存在しないのに――

 写真にあった避難区域の住民の姿が、棘となって心に刺さる。

 

 住処を奪われ、安寧を奪われ、生殺与奪の権利を盗賊に握られた無辜の人々は、剥き出しの感情を切り取られていた。

 彼等が浮かべる表情は様々だ。不安、不満、焦燥、怒り、神に対する祈り、自分達の境遇に対する嘆き……つまるところ、不幸だ。

 平和な村や町に、ある日突然魔物や盗賊が襲撃して全てを奪う。この世界ではごく当たり前の事であり、一般人には為す術がない。冒険者や軍が負けた時点で、あの街はもう終わったのだ。

 

 バーバラが生まれた村が、そうであったように。

 

「…………はぁ」

 

 何度目になるか分からない溜息を吐く。決まりきった答えなのに、足取りは重かった。

 

「――――主様、如何でしょうか?」

 

 そんなアキラの声で、バーバラは我に返った。慌てて作り笑いを繕って後ろを振り返る。

 

「……あ、ごめんごめん。ちょっと聞き逃しちゃった、もう一回言ってくれる?」

 

 黙って二人で歩いくだけでは暗いかと、アキラには東ヘルマンについての話をさせていた。相槌を打っているだけでいい話が続いていたため、反応が遅れてしまった。

 

「はい、この先の村を過ぎると暫く村落がありません。もうすぐ暗くなるので野宿か、宿を取るかという事になりますがどうしますか?」

「あ、ああ。そりゃいいベッドで寝たいに決まってるじゃない。借りれるものなら借りたいな」

「それなら僕の身分を使って可能な限り用意させましょう。どの村でも食事だけは困らないようにしているので、期待出来ますよ」

 

 そう言っている間にも村と、RECO教特有の一際高い黒い教会が見えてきた。農地が黒いだけで、バーバラの故郷とそう変わらない、長閑な村だった。

 

「この国は他国からの新技術を採用して便利にしているんですけどね。気候の関係上、地方の住居だけは変えようがありません。これでは主様の寝所としては相応しくない」

「隙間風がなくて水が漏れないなら、十分だと思うんだけどなー」

 

 ヘルマン特有の石と煉瓦で積み上げられた民家の間を抜け、二人は教会へと辿り着く。

 アキラは勢い良く扉を開け放ち、自分の家を歩くようにずかずかと礼拝堂の中央へと向かった。あまりに堂々とした振る舞いに、作業をしていた三日月の教団員が駆け寄る。

 

「君、ここをどこだと心得ている! 畏れ多くもRECO教の……」

「アキラだ」

「……っは?」

 

 教団員は黒髪の女性が差し出した白金のプレートを見て固まった。

 階級、満月。階級が上の時点で絶対服従がRECO教の戒律である。

 

「僕は大神官アキラ。事故があって仮面もローブも失ったんだ。素顔を知る者が少ないのは仕方ないけど、声はわかるんじゃないかな?」

「し、失礼しました! なんという無礼な事を……!」

「気にしないでいいよ。教義は組織を守る為にあるけど、今の僕も守れていない。大事なのは守る意識だ。ここの管理権を一時的に貰っていい?」

「当然でございます!」

 

 一も二も無く、拝跪した教団員が紫色の宝玉を差し出した。アキラが宝玉を鷹揚に受け取り、周囲の教団員達を見回して支持を飛ばす。

 

「じゃあとりあえず、賓客を迎えるから最上階を丸々借りる。僕に失礼するのは良いけど、後ろの方に失礼があったら本気で怒るよ」

「は、ははっ……!」

「高級食材もいくつかあるはずだから、あるもの一通り持ってきて。あとは、儀式後だからか汚れが酷いな。掃除も頼んだよ」

「畏まりました! 直ちに!」

 

 三日月の教団員はすぐさま立ち上がり、バーバラの横を駆け抜ける際にも深く頭を下げて、教会を出て行った。他の教団員も慌ただしく動き出し、新しい主の命を果たさんと働き始める。

 

「とまあ、こんな感じですね。教会は良い宿泊施設にもなってますし、夕陽が差し込めば見下ろせる景色もいいですよ。何か食べてみたい食事があったら言ってください。村中から探し出して供出させます」

 

 礼儀正しく、丁寧に頭を下げるアキラ。浮かべる笑顔も穏やかで従者のそのものだ。

 しかし一連の所作を見ていたバーバラにとってはドン引きするしかない。コーラの時もそうだが、バーバラとバーバラ以外の態度がかけ離れている。

 

「いやいやいや、なによこれ! 別に柔らかいところで寝れれば良かったんだけど、王様みたいな真似をしちゃって良かったの!?」

「東ヘルマンは上に絶対服従の法治国家です。そして僕とザンデブルグとビュートンは法を超越しています。例え大衆の眼前で人を斬り殺しても文句は出ませんよ。きっと理由があるのだろうで済ませられます」

「皇帝が三人いる国だこれ!」

 

 アキラは東ヘルマン国内において、ありとあらゆる強権を振るえる暴君だった。他の二人に比べれば優先度が下がるが、二人以外彼女のストッパーは存在しないという事でもある。

 東ヘルマンは『教育』の甲斐あって、非常に効率的な独裁国家に仕上がっている。この程度は造作もない。

 

「こういう使い方をしたのは久しぶりですが、どのみち辞める身分です。主様の旅が快適になるなら、これからもどんどん使いますよ」

「私はアキラが恐ろしいわ……」

 

 これから先、全ての村や町で我が物顔で泊まるのは流石に気が引ける。美味しい思いが出来るのは結構だが、ここまで来ると庶民としては肩身が狭いばかりだ。

 アキラに導かれるままに階段を昇り、バーバラは広く見晴らしの良い領域に案内された。

 この一室は迎賓用で普段使われる事のない、本来ならアキラやザンデブルグの為に用意されたものだ。下層階と違って掃除も行き届いており、RECO教の在り方が察せられる。

 寝室に目をやれば、柔らかく大きいベッドが目に入った。

 二人どころか四人だろうと寝れるサイズだ――と思ったところで、アキラが布団に飛び込んで、自身の胸に抱き寄せた。スカートをたくし上げて、清楚な下着をチラリと見せる。

 

「それではご飯になさいますか、お風呂になさいますか。いや、僕になさいませんか!?」

 

 満面の笑みでキラキラと瞳を輝かせて、指でYESと枕を撫でる。健気な新婚の振る舞いで、男なら誰もが頬を緩めて襲い掛かるだろう。

 だが、バーバラは女だ。そんなものを見せられても目が死ぬばかりである。

 

「食事を作ったら、この部屋から出て行って。今後も同じ部屋で寝ちゃだめ」

「うぅぅ……主様、意地悪ですよぉ。でもそこもいい……!」

 

 枕をぎゅーっと抱きしめて、アキラがごろごろと悶える。

 

「コーラもアレだけど、アキラも酷いわ……」

 

 旅の疲れが一気に来た気がして、バーバラは窓枠に寄りかかった。

 コーラは主を一切敬う気が無く、何かを命じれば必ず罵声と愚痴が飛ぶ。価値観も正直合わないらしく、すぐに昔の勇者と比較する。有能だが、何を考えているのか分からない。

 他方、アキラはバーバラを敬う気満々だ。全く底が見えない有能だが、今回の一時を見ても主の為に暴走するきらいがある。特に性欲関係には気を抜いてはならない。

 眼下には東ヘルマン特有の黒い田園風景が広がっていて、慌ただしく村人と教団員が働いている。日が沈みきるまで、バーバラは平和な景色を眺め続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ノックの音がした。

 頬が落ちるような食事を堪能し、文明的な生活を謳歌して、気持ち良く寝床に着いたバーバラを眠りから覚ます声がある。

 

「主様、起きてください! 緊急事態です!」

「う、う~ん……」

 

 バーバラは眠い眼をこすりながらベッドから這い出て、ドアを開けた。

 

「なに……なにかあったの?」

「盗賊団の襲撃です、腕章からランス団かと思われます。窓の外をご覧ください」

「ランス団!?」

 

 一気に目が覚めて、窓枠に寄りかかる。

 家の灯と、それより多い松明の火があった。教会の周囲を松明が囲み、男達が教会に入りろうとしている。

 

「朝の段階から主様と僕を捜索する目的で盗賊達が斥候に出されていました。あの盗賊達もそうなのかもしれません」

「やややややばいっ! 逃げよう、逃げましょう!」

 

 慌てて荷物をまとめて、バーバラは部屋から出る。

 盗賊そのものは敵ではないが、ランスやエールがいる時点で『こっちに逃げている』という事が露見するだけでマズい。何よりも、昨日の今日犯されたばかりだ。万が一に負けが無くても関わり合いになる時点で御免だった。

 

「なにか時間稼ぐ方法ある!? 教団員は戦えるのもいるって言ってたよね! それで何とかならない!?」

「申し訳ありません。全員僕とのセックスで腰が砕けて立てない状態になってました」

「あんた何やってんのお!?」

 

 アキラのつまみ食いが、今日は悪い目として出た。

 バーバラの食事後、本当に放り出されたアキラは欲求不満だった。セックスがしたかった。

 だから下の階級の教団員とセックスパーティを開催し貪った。一人また一人と順番に食い散らかし、興が乗って全員襲い……全滅させた後に、盗賊が攻めて来ている事に気づいた。

 

「気づけば村は粗方制圧され、残っているのはこの教会のみというような有様でした。教団員が逃げられない為に硬い錠前をかけたのが不幸中の幸いですね」

「全部あんたのせいじゃない! これどうすんの!?」

「ここは責任を取って僕が犠牲になりましょう! 怯えるシスターに扮して慰み者になりますのでその間にお逃げ下さい!」

「なんでノリノリで言ってるのよおおおおおおおおお!」

 

 喜色満面、これから待ち受ける凌辱が楽しみで仕方ないらしい。アキラはウキウキで修道服と黒いローブに着替え始めている。

 この従者は、ダメだ。

 

「ああもう、もうちょっとゆっくりさせて欲しい……なんで毎日毎日こんな事ばっか!」

 

 階段を駆け下りながら、バーバラは愚痴を零す。

 勇者になってから休日などありはしない。自分の成功の為に使うと決めていたが、トラブルの方から舞い込んでくる。腰を落ち着ける暇も無かった。

 一階に着けば大扉から叩きつけるような音と、むせかえるような性臭、全く動けぬ裸の男達。

 

「クソッ! 無駄に固く作りやがって」

「ぎゃははははは。スマートな開錠を見せてくれるんじゃなかったのかよ」

「うるせえ! 鍵の方が手強いならこれが一番スマートなん、だよっ!」

 

 扉の裏から盗賊達の声が聞こえる。扉は嫌な音を立てて軋みを上げ、頑丈なれどいつまでもは持たないだろう。いずれ雪崩れ込まれる。

 

「……逃げ道とかある?」

 

 アキラは首を横に振る。あるなら最初から案内している。

 

(今思えば、上から逃げれば良かったなあ……)

 

 身体能力を活かして壁を伝い、包囲の一角を斬り伏せる。一番は隙を見て逃げる事だが、教団員の有様がバーバラから逃げる選択肢を奪っていた。

 これからやる事は一つだ。強くない敵がいる事を祈りつつ、可能ならば盗賊達を斬り伏せて追い散らし、自分も一目散に逃げる。

 これからやるのは冒険ではなく逃避行になる。昼も夜も駆け通して、東ヘルマンを出国すれば流石に追って来ないだろう。

 バーバラはエスクードソードを構えて、扉と盗賊団の破滅の時を待った。

 

「なかなか時間がかかってるじゃねーか」

「あ、頭目。すいません、でももうすぐみたいですよ」

 

 バーバラの陰鬱な気分とは裏腹に、外の声は明るい。大した苦労もなく村を制圧して、目ぼしいものは頂いた後だ。最後に玉手箱を開けるだけだった。

 

「頭目じゃねえって言ってんだろ。もうランス団は抜けるんだから頭領と呼べよ」

「へへ、そうでした。やっと解放されるんすねえ」

「ここまで離れればあの糞野郎も追って来ねーだろ。殺せるもんなら殺してみやがれってんだ」

「バーバラだかアキラだか知らねーが、いいチャンスでしたね」

「おお、これで俺達の盗賊団は復活だ!」

 

 拍手と野太い歓声が起きる。圧倒的な力の差から奴隷にされていた彼等にとって、元の盗賊団に戻れる事は何よりの喜びだった。

 

「俺はランスのような悪魔じみた事はしねーぞ! 理由の無い処刑はしねーし、功績がある奴にはちゃんと美味しい思いもさせてやる! お前にはさっき三人やったよな、どうした?」

「へえ、久しぶりなもんであっさり壊しちまいましたわ」

「「「ぎゃはははははははははははははははは!!!」」」

 

 どっ、と笑いが起き、盗賊達の下品な声が響く。松明に炙られた盗賊達の士気は増々燃え盛っている。

 対照的に、教会側の空気はほとんど物理的に冷え込んでいた。

 

「まあ、久しぶりだからな。俺も気持ちはわかるぞ。溜まっていたからつい壊しちまう。だからここは景気づけにパーッとやろう! 復活記念祭だ!」

「どんな感じにするんですかい?」

「まずはこの扉を開けて、中に入って金目のものを全部貰う! 中にいる臆病者共は皆殺しだ! ちゃーんと一体一体嬲ってやれ!」

 

 盗賊の頭領は扉に近づき壊れかかった扉を強めに殴った。

 そのまま振り向いて盗賊達へと声を張り上げる。

 

「万が一にもランスが追って来る事の無いように、この村の人間は皆殺しだ! この建物を燃やした後は、村全体を囲んで殺せ! ガキも女も全て、一人たりとも逃がすんじゃねーぞ!」

「さっすが頭領! 一生ついていきますぜ!」

「よっ、真盗賊王!」

 

 がやがやと喚き、盗賊達は暴力に酔う。

 この世界は力こそが全てだ。村は教会以外を除いて静かに制圧された。誰かによって教えられた鮮やかな組織的行動と手並みは発揮され、乱痴気騒ぎに興じる程余裕があった。

 

「ぎゃははははははははは…………!?」

 

 だからこそ、扉ごと頭領が一刀両断されるという事態に、誰一人反応出来なかった。

 

「――――いいアイデアだと思うわ、最っ高」

 

 一瞬の静寂の後に、片側の扉と頭領の半身が吹き飛ばされ、勇者が姿を見せる。

 バーバラはあたりを見回し――盗賊達の下に転がる『弄られた肉塊』を確認して、目を細めた。

 

「でもまあ、私に嬲る趣味はないからすぐに終わるわよ」

 

 そして、消えた。

 盗賊達にはそうとしか見えなかった。気づいたら首が、胴が、半身が斬り飛ばされている。

 鮮血が舞い、待ち受けていた盗賊達は声も出せずに倒れ込む。

 

「ひっ、ひぃっ!? なんじゃこりゃあ!」

 

 悲鳴を上げる事が出来た盗賊も、風に斬られる。

 間合いなど存在しない。ロクに知覚すら出来ないまま、死体が増えていく。

 

「だ、ダメだ。逃げっ……!」

「――――――――」

「ぎゃあああああああああああああああ!!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 囲む為に裏に回っていた盗賊も、民家の中で楽しんでいた盗賊も、遠くで見張っていた盗賊まで、どれだけ逃げようが追って斬り殺した。

 

「主様、そちらの方で最後でした」

「そう」

 

 その言葉を聞いて、バーバラはエスクードソードを鞘に戻す。

 村は、死と闇に染まっていた。

 駆け回る間に見た死体の数は、盗賊よりも遥かに多かった。難を逃れた人もいるだろうが、この有様では村としての形を保つのは不可能だろう。

 

 この村も、終わった。

 バーバラの村と一緒だ。魔物や盗賊が殺す気で来れば、平和など跡形もなくなる。

 

「アキラ、緊急事態の時には叩き起こしてね。タダ働きになっちゃったじゃない」

「申し訳ありません。次からそう致します」

「あーあ、また失敗だ。お金稼ぐのって難しいなー」

 

 バーバラは軽い調子で肩を落とした。

 茶化すように、広がる惨劇などないかのように振る舞っている。

 

「ランス団と聞いて慎重になってたけど、やっぱり雑魚。あいつと魔王の子を抜けば、私って強いよね?」

「勿論です。主様は既に強いですが、まだまだレベルが上がります。そうなれば魔王の子にも勝てるでしょう」

「ふふっ、そっかー……それならやれるかな」

 

 バーバラは悪い笑みを浮かべてアキラを指差し、

 

「アキラ、これからやる事を変更するわ。私はランス団を潰す。やられっぱなしは性に合わないからやり返す!」

「畏まりました。それで、どうするつもりですか?」

「アキラの力だけじゃなく、東ヘルマンも私の復讐に利用する。軍隊を使えばいいのよ!」

 

 ランス団は規模が大きく、数も多い。個人の力ではどうする事も出来ない。

 だが、所詮は盗賊団。千や二千もいない。国軍の相手としては弱小勢力だ。

 

「一万か二万か引き連れて、戦争の形で倒してしまえば盗賊団なんて楽勝でしょ! ランスとか強いのが問題だけど、東ヘルマンの精鋭やアキラが頑張って相手の強い奴を抑え込む。それで盗賊団が全滅してしまえばランスはハーレムを続けられなくなる!」

 

 盗賊はハーレムを維持する為の奴隷であり、労働力だ。労働力が枯渇してしまえば個人に出来る事はない。そこまで来ればランスでも尻尾を巻いて逃げるしかなくなる。

 

「盗賊団を退治したら、東ヘルマンから報酬を貰って大金持ちになるの。どう、やってくれる?」

 

 バーバラはアキラをダシにして、お金を稼ぐ気だった。

 従者の地位を利用して東ヘルマンに雇われる。主な仕事は軍隊とアキラに丸投げして、ランスの吠え面を間近で見れる。なんと素晴らしい作戦なのか。

 自分の復讐を他人に任せて利益を得るという、我欲的な方針。勇者の風上にもおけず、コーラがこの場にいれば皮肉の山を飛ばしただろう。

 しかしアキラは全く動じずに頭を下げる。

 

「――――はい、主様。素晴らしい考えだと思います。僕の力を存分にお使い下さい」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「決まりね。で、東ヘルマンに雇って貰うにはどうすればいいかな?」

「まずはコサックに向かいましょう。我が国には冒険者が軍隊の指揮権を貰える制度が一つあります。それを利用すれば軍の功績は全て主様のものになるでしょう」

「そんなものがあるんだ。どんな名前?」

 

 アキラは笑みを深くして、その名を紡ぐ。

 

「魔王討伐隊。主様は第十九次魔王討伐隊の隊長という地位になって頂きます」

 

 こうして、バーバラはお金を稼ぐ為に、従者と国を利用して盗賊団を潰すと決めた。

 彼女達が目指す先は東ヘルマン中枢、首都コサック。

 人類の希望として、ポンコツ勇者が動き出す。




 第十九次魔王討伐隊
 魔王を倒すという国是上、定期的に作っている東ヘルマンの希望。
 軍隊の指揮権、国内での諸々の便宜、色々フリーダムな動きが出来る部隊。
 第十七次討伐隊にソフィア・グリンコフがいたり、第十八次の隊長はタイガー将軍だったり。
 今回の隊長はポンコツ勇者。



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コサック① 東ヘルマンの勇者

 ビックリ箱と化した東ヘルマン。
 ランスサイドでは何が出るかな気分を味わえるように書きたい。ワールド2ヘルマン革命。
 まだ表だから敵じゃないが。


 東ヘルマン内部でも、北部と南部は大きく違う。

 RECO教の影響を受けた時期、戦争前は領地ではなかった等の理由で、北部は黒い土地と食料事情以外、西ヘルマンとの差が少ない。

 ヘルマンの大都市は、ほぼ全てが幾重もの城壁に囲まれた城塞都市となっている。城壁の内側にところ狭しと石と鉱物で出来た家屋がひしめき、多くの人が暮らしている。後は地図にも乗らない様々な村が点在し、辛く長い冬を耐え忍んで暮らす。これがヘルマン、東ヘルマン北部の光景だ。

 何百年も前から、この生活形態は大きく変わらない。老人でも子供でも、ヘルマンを訪れた者には共通する景色である。

 

 ところが、これが南部になると話が変わる。

 まず、()()()()()()()()()()

 ダンジョンなど隔離地域は存在するが、執拗な魔物退治の成果あってアークランド以南において魔物が出現しない。領内における完全な安全を達成していた。

 次に、東ヘルマンは移民によって人口を大きく増大させた背景がある。

 反ランス、RECO教徒、あるいは食に困った難民……全てを東ヘルマンは受け入れた。その結果、膨大な移民を抱える事になってしまった。これによって、恩恵と弊害が発生した。

 メリットとしては、各国の知識、技術、人材が流れ込み、東ヘルマンの国民生活を大きく向上させた事が大きい。

 魔法エレベーターがあり、テレビから国営放送が流れて、ハピネス製薬より上の性能の世色癌が流通しているのを見れば、本当にここはヘルマンかと乾いた笑いが出るだろう。

 移民によって東ヘルマン国民の平均所得は他の国より高い。地上の楽園という宣伝も、あながち間違いではなかった。

 デメリットとしては、移民に居場所が無い事だった。

 城塞都市のスペースは限られており、すぐに飽和状態に陥った。新しい村を作るとか、今ある村に受け入れて貰うという話もあったが、実行するには時間が足りなかった。

 そこで魔物が撲滅されているという事実が活かされた。こうなれば城壁に拘る必要はない。

 多くの移民達は城塞都市の城壁の外側に住まうようになり、次々と家屋が建てられていった。

 

 

 

 東ヘルマン、首都コサック。

 人口100万の大都市、移民が住民の8割以上を占める人種の坩堝。城塞都市をそのまま一つの城と見立てた、雄大な城下町が広がっていた。

 コサックの城壁から眺めれば、独裁国家特有の整然とした光景があった。

 都市を中心として放射状に大通りが走り、その間を詰めるように色鮮やかな家屋が並び立つ。

 大通りは軍人が素早く移動出来るように大変広く確保されており、点在するRECO教の黒い鉄塔も完全な等間隔で区画ごとに配置されている。

 警邏を廻る兵士は僅かな不審にも掴みかかり、教団員は通りすがる人間の信条を問い詰め、監視社会である事を隠そうともしない。

 城塞都市の外側に溢れてもなお、東ヘルマンという国の堅牢さは維持されている。

 軍事と宗教こそが根幹であり、国民はそれを支える為の道具であった。

 広い視点から見れば、コサックという都市は広くありながら、非常に窮屈なものに感じられる。

 

 ただし、狭い視点で切り取れば話は変わる。

 移民達が作り上げた家屋は、若干の耐寒性を加える工夫がありつつも、どことなく本国の様式を真似ている場合が多い。木造りのJAPAN家屋は例外にせよ、リーザス、ゼス、自由都市で見るような建物がある。それらが乱雑に混じり合い、どこにもない風土を形成していた。

 人間も様々だ。スーツを着込んだ仕事帰りの男もいれば、和服に身を包んだ主婦がショッピングセンターに入っていくのも見える。酒場では魔法使いとツナギを着た技術者がビールを打ち付けて乾杯していた。

 この地では出身も、職種も、経歴も関係ない。何が出来るかという事で収入が決まり、多くの人は豊かな暮らしが出来ていた。

 国の在り方は苛烈だが、為政は確かであり、笑顔が多い。

 東ヘルマンもまた、一つの優秀な国家であった。

 

 陽が沈もうという中で、これらの景色をなんの感慨もなく見下ろしている男が一人、コサック城壁に佇んていた。

 見張りの兵士はいない。彼は供を連れず、一人でいる事を好む。絶対的な上官に邪魔だと言われては、離れるしかなかった。

 彼こそがこの国の総帥、ビュートン・ホワイトに他ならない。

 長身にして痩身、されど一切の無駄が無い筋肉が軍服の下を固めており、見る者が見れば超一流の剣士と察する事が出来るだろう。剣に必要な全てがあり、剣に無駄な全てがない。

 髪は40代にも関わらず、真っ白だ。先祖代々ホワイト家は白髪赤目、ヘルマンでもことさらに色素の薄い一族は、年輪を重ねればその特徴はさらに強まる。血の色を映し出す瞳に至っては、魔王のそれに近い。

 絶対的君主に相応しい風格を漂わせながら、ホワイトは周囲を睥睨する。いつもの事だが、その目線には暖かみというものは一切感じられなかった。

 そこに靴音高く近づく影がある。人払いをしたのにも関わらず、堂々と踏み越える人間など二人しか知らない。

 

「アキラか」

「こんなところにいたんだね、ホワイト」

 

 振り向きもせずに、ホワイトは執務室へと歩き出す。アキラが来たという事は、重要な用事があるという事だ。

 

「もう情報が来たと思うけど、魔王襲来だ。この目で見たから間違いない」

「報告は受けている。今朝付けで第二種体勢を布告した。編成に二週間と少しかかるが、第一次で10万は使えるようになるだろう。それで終わらなかったら、戦時体制を敷く」

「そういうところは流石だね」

「形は意外だったが、来たるべき時が来ただけだ。ランスを殺して、魔王の支配する世界から人類を解放する」

 

 外交筋から魔王の顛末は伝わっていた。アキラの報告も合わせて、ランスが既に魔王ではない事は東ヘルマン首脳陣にも既知の事実となっている。

 それでもホワイトのやる事は変わらない。ランスが人間になろうと、善人だろうと殺すのが国是で、存在意義だ。

 

「迅速な動きをしてくれて嬉しいよ。だけど軍隊だけでは無理だ。ランスも魔王の子も、数で包めば殺せるものじゃない。強力な個が必要だ」

「……それが、お前の後ろにいる餓鬼か?」

 

 存在感を消して、ガッチガチに固まっていたバーバラの体が跳ねた。

 

「そうだよ。彼女はウラジオストックでの防衛戦で、抜きんでていい働きをしていた冒険者だ」

「は、は、はじめまして。ホワイト様、私はバーバラと申します……」

 

 緊張感の余り、若干噛みながら自己紹介をするバーバラ。しかしホワイトは一瞥もしない。

 

「冒険者に礼儀を期待するだけ無駄だと知っている。中途半端な方が不愉快だ、普段通りに喋れ」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 筋金入りのヘルマン軍人の言葉は低く、重い。纏う地位と風格もあり、バーバラは目を白黒させるばかりだ。

 主の動揺を察したか、一瞬だけアキラが後ろを振り向きにこりと笑った。

 

(あ、もうとりあえずアキラに任せよう)

 

 餅は餅屋。偉い人との会話なんて胃が持たない。

 バーバラは求められた時に相槌を打つだけで、話の流れを従者任せに放り投げる事にした。

 

 

 

 

 旧ネロ宮殿、現総統府。

 家柄と虚飾に塗れた華美な建物は焼け落ち、能力と効率を何よりも重んじる黒鉄の箱に成り代わっていた。

 質実剛健を良しとする軍人達の拘りは徹底しており、総統の執務室においても例外ではない。

 私物と呼べるものがほとんど存在せず、壁に貼られたものは領地の詳細な地図ばかりだ。椅子も机も壊れにくいという基準だけで造られている節がある。座り心地が大変硬い。

 アキラの献策は、そんな無味乾燥な部屋で説明され、

 

「――――いいだろう、魔王討伐隊の隊長を冒険者バーバラに任命する」

(はやっ)

 

 拍子抜けするほど、あっさりと思い通りに行ってしまった。

 アキラには勇者である事を伏せるように念を押し、アキラは事実その通りにバーバラを一冒険者として扱った。

 その上でウラジオストックでの活躍に始まり、敵に対する突出した個の有効性、相手が冒険者だからこその頭を張る意味などを流暢に説き、見るからに気難しい軍人を頷かせてしまった。

 ここで驚くべき事に、依頼の達成条件を魔王ランスの殺害ではなく、盗賊団の壊滅に同意した。ここまで来ると、飲み込みが良すぎる。

 さらに報酬額はアキラが決めて良く、編成も国内の権利もアキラの許可が必要だが思うがまま。指揮可能兵数も三万までと、致せり尽くせり。

 全てがバーバラにとって都合の良い書類に、ホワイトは仏頂面で自筆を走らせる。

 

「不思議そうな顔をしているな」

「それは、まあ……」

「この役割は、火中の栗だったんだよ」

 

 ホワイトの誰何に対して、アキラが言葉を継ぐ。

 演技の都合上、普段の敬っているような姿を見せていない。本人は心苦しいと漏らしていたが、ホワイトに対しても敬語を使わないあたり、こちらが素だった。

 

「東ヘルマンが誕生してから常に送り続けてるんだけど失敗しかない。魔王に対峙する姿勢を見せる為に、出し続けなければならなかった。数か月前の第十八次で、遂に国内の人材が尽きたんだ」

 

 RECO教によって煽られた魔王に対する国民の不安は強い。東ヘルマンが対決姿勢を見せなければ、明確な不満となって軍人達を襲う。

 抑える事も出来るが、教会側にこれ以上主導権が行くのは避けたかった。

 

「だから、この任務を請けてくれる冒険者は有難いんだ。だから……」

「それもあるが、今回は違う」

 

 途中でホワイトが遮り、バーバラの目の前に公的書類を投げて寄越した。必要なものは全て書かれており、後はバーバラがサインを入れるだけでいい。

 

「魔王討伐隊の隊長になるにあたって、私から一つ条件を出そう。勇者になれ」

「………………は?」

 

 バーバラは、ぽかんと間抜け面になってホワイトを見た。

 ホワイトはどこまでも生真面目な顔であった。冗談を言っているようには思えない。

 

「何も本当に勇者になれと言っているわけではない。東ヘルマンにおいて、勇者の振りをしろという事だ」

「…………どういう、こと? なんでそんなことをするの?」

「無名の冒険者では箔が付かん、それでは国民もついて来ない。隊長にするだけの材料が必要だ」

「ああ、神輿として勇者という肩書きを持ち出すんだね。勇者災害から十年、新しい勇者は出ないし、仕立て上げてしまえば誰にも否定する材料はないか」

 

 アキラの言葉にホワイトは頷き、

 

「魔王討伐隊は、失敗し過ぎた。最早ただ出すだけでは国民の希望になり得ない。国威の高揚には粉飾も必要だ。見てくれはいいし、いい広告塔になるだろう」

「……………………」

 

 理由は至極納得出来るものだ。駆け出し冒険者であるバーバラが大役を任せられるには、それ相応の理由をでっちあげる必要があるというのは大いに頷ける。

 だが、だからこそバーバラは簡単に首を縦に振れない。

 アキラは素知らぬ顔ですっとぼけているが、バーバラは真実勇者だ。勇者が勇者の振りをしろと言われてどうしろというのか。

 どうしても、勇者とバレているのではないかと疑念が過ぎる。

 エスクードソードは鞘の中、目立つ従者は行方知れずでバーバラを勇者と見抜く方法は無い。会話の中でも冒険者として扱われている。問題はないはずだ。

 だが、それでも勇者の責務など嫌だから冒険者なわけで――――

 

「勇者を名乗る事に、何か不都合があるのか?」

「まままさか、何の問題もないから!」

 

 ホワイトの眼力に圧されて、バーバラは筆を走らせる。作り笑いを浮かべてホワイトの机に用紙を差し出した。

 

「いいだろう、これでバーバラは正式に魔人討伐隊の隊長となった。編成はアキラに任せるが、その間にも仕事を回す。勇者として振る舞うように」

「は、はい…………」

 

 バーバラは力なく俯いた。全く自分の意志を伝えられないまま、事態は進んでいる。

 これからは本当に勇者とバレないように、偽物の勇者を演じる必要がある。複雑な事態に頭を悩ませつつ、バーバラが席を立って退出しようとした時、声がかかった。

 

「最後に、この答えでどうする気もないが……ランスを殺す気はあるんだな?」

 

 ホワイトの質問に対して、バーバラは声を張り上げた。

 

「とっても! あいつを殺せるなら万々歳! 殺したいから隊長に志願したの!」

「魔王の子が混ざっているという報告も受けている。彼等も殺す気はあるか」

「…………敵ならね」

 

 バーバラは目を逸らして、そう言った。

 本当のところ、ミックスやウズメが敵なら戦いたくないし、エールは憎いが彼女の母親には世話になっている。痛い目には合わせたくても、殺し続けたい程の憎しみはなかった。

 

「そうか」

 

 答えは満足するものだったかは分からないが、ホワイトは手を組んで目を伏せた。話は終わりのようだった。

 バーバラは軽く頭を下げ、執務室から退出した。

 残ったアキラとホワイトの実務的な話は暫く続く。

 アキラも魔人討伐隊に加わるという事もあり、大神官が受け持つ職務の引継ぎが求められ、どうしても調整が必要だった。

 

「……こんなところかな、あとはお願いするよ」

 

 アキラが立ち上がり、書類の束をホワイトに手渡したところで、不満気に睨まれた。

 

「アキラ、あれは駄目だな。心が脆すぎて失敗するぞ」

「その為に僕が補佐するんだ。実力だけなら間違いなく過去の隊長で一番だし、広い目で見て欲しいな」

「子守りとは物好きなことだ」

「僕は子供が好きだよ。未来の可能性は無限大だし、未熟はそのまま伸び白に繋がる」

 

 その言葉を最後に、二人の会話は終わった。

 執務室に一人残ったホワイトは、仕事をしながら考える。

 新しい魔王討伐隊の隊長は、最も戦う覚悟が薄い人間だった。動かせる軍隊の数を気にして、東ヘルマンにどの程度の人材がいるかに興味があった。それはつまり、自分で戦う気が薄いという事だ。

 過去の魔王討伐隊の隊長は、皆すべからず『自らの手で』魔王を倒すという決意に満ちていた。その点に関してあの少女は失格も甚だしい。

 魔王と魔王の子を殺すには、あれでは絶対に足りない。

 

「必死さが欲しいな、いずれ追い詰める必要があるか」

 

 ぽつりと独り言を呟き、ホワイトは仕事に忙殺されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 夜、ザンスはリアに急ぎ来いと呼び出された。ただし呼び出された先は、女王の私室であった。

 

「どーしたんだよ母さん。ガキの頃に渡した肩叩き券は使い切ったはずだぞ」

「ザンスザンスー、面白いものが映ってるわよー」

 

 リアが指差したのは、若干特殊な魔法ビジョンだった。細かい中継を通して、本来なら見えないものも見れるようにしたものだ。

 

「まーたスシヌがやらかしたのか」

「ううん、今日は違うの。東ヘルマンよ」

「あんなんプロパガンダしかねーだろ。自国自慢を24時間やってるだけじゃねーか」

 

 そう言いながらも母親と同じソファーに座り、膝を並べるザンス。

 魔法ビジョンでは無駄に勇ましい音楽をBGMにして、少女とアナウンサーが映しだされていた。

 

『……確かに、いきなり勇者だと言われても信じられないかもしれません。ですが私は神託を受けました。東ヘルマンを救えと、RECO教徒を導けと神から託されたのです』

『そして、大神官様を救われたのですか』

『危ういところでした。ウラジオストックの地にて逃げ遅れた方に手を差し伸べたら、その方がアキラ様でした。これも神の御導きでしょうね』

 

 白いローブを羽織った少女だった。金色の髪が揺れ、空色の瞳が輝く。

 表情豊かに楽しそうに語る笑顔は万人を惹きつけるものであり、見る者の目を離さない。ザンスも例外ではなく、頬に紅が差し――――

 

「ってバーバラじゃねーーか! なにやってんだアイツ!」

 

 バーバラが、テレビスタジオでインタビューを受けていた。

 

 

 

「は、はわわわわわわわ……」

 

 スシヌはパニック気味に流れる映像を眺めていた。次期ゼス四天王として、あるいは王族の責務として最高会議に参加するのは初めてではない。

 だがこれは違う。なんでよりにもよって友達が主要の議題に挙がっているのか。

 

『私は魔王討伐隊の隊長として、この国難に先頭から立ち向かいます。魔王ランス、魔王の子達が支配するウラジオストックを解放し、魔王の血が無い世界を築きます。それによって、東ヘルマンにこそ正義がある事を示しましょう!』

 

 晴れやかなバーバラとは対照的なゼス首脳陣の表情は、事態の深刻さを物語っている。

 ゼス女王マジックは大きなおでこを指で押さえた。過去の苦い経験から、憂いは深い。

 

「新勇者バーバラ……やはり次の勇者も、厄介な性格みたいね」

 

 車椅子に座る四天王ウルザも、張り詰めた声で状況を読み上げる。

 

「既に逡巡モードである報告を法王様から受けています。ゲイマルクのケースを考えるなら、単身でも国家を揺るがす脅威に間違いありません」

「首脳会談を開催する必要があるでしょう、各国に通信を行いなさい」

「通信そのものは既に出しています。リーザス、ヘルマンは事態を把握している模様です。他の各国にも映像を転送する予定です」

 

 四天王千鶴子もコンソールを操作する手が止まる事はない。

 勇者の出現。それも東ヘルマンと手を組むなど、ゲイマルクの時より性質(タチ)が悪い。あの時は全人類が一致団結したから防げたが、今回は確実に味方がいる。魔王もいない。

 勇者を封じる手段が、ない。

 

「もし戦争になったら、東ヘルマンは形振り構わないでしょうね。戦争に負けたら……」

「虐殺に乗り出されて人類の人口が半分を切った時、我々の詰みになるでしょう」

 

 マジックが言葉を濁した最悪のケースを、ウルザが引き継ぐ。

 

「刹那モードの勇者が誕生すれば、それは我々にとって魔王の誕生と一緒です。伝説に聞く魔王を倒す程の力を持つ者が現れたのならば、抗う術はほとんど存在しません。そして彼女は、魔王の子の一掃を口にしています」

『失敗はするかもしれません。血が流れるかもしれません。ですが私は諦めません。この世界の正義はここにあると示す為に、必ず最後まで戦い続けます!』

 

 流れる映像の少女は狂信者であり、国粋主義者だ。楽しそうな笑みと共に、えげつない決意を口にしている。

 マジックは顔を引き締め、王として最悪の時も想定した動きを提案する。

 

「戦争時、魔王の時に用意していた国民退避策を流用する必要があるかもしれないわね。JAPANへの受け入れ打診と、今の内に国民にこの映像を流して新勇者の人相を覚えさせて……」

「や、やめてーーーーーーー!」

 

 そこでスシヌは立ち上がった。

 

「ち、違う……違うのぉ……! バーバラちゃんこんな事言わないよ……! お願いだから、少し待ってえ……!」

 

 友達として、その一線は超えさせたくなかった。

 初めて会った時の会話、文通の時のありふれた内容、冒険を大変だと漏らしながらも楽しんでいる様子、全てが発言と全く合わない。

 あの映像が真実だとは、思えなかった。

 

 

 

『それでは最後に一言、お願いします』

『聖女として、勇者として、魔王討伐隊の隊長として、私は懸命に戦います。ですが相手は魔王、私一人の力だけでは足りないかもしれません。どうか力のある方は、私達に力を貸してください。皆さんの力が、東ヘルマンには必要です』

 

 バーバラの頭が深く下げられて、そこで映像が終わった。

 

「…………………………なに、これ」

 

 誰よりも呆然としていたのは他ならない当人、ポンコツ勇者バーバラであった。

 一緒に見ていた出演者のアナウンサーが笑顔で返す。

 

「あ、放映版だよー。少し編集されてるけどね」

「どこが少しよ!? 元の私の発言一つも無いし、あなたの質問一つも無いでしょ!」

「ううん、後からちゃーんと声当て頑張ったの。質問してた時も、口の形頑張ってたのよ?」

 

 ほらほら見て見てと再生すると、なるほどバーバラの口と言葉にズレがあるのに、アナウンサーの言葉にはズレがない。

 

「わ、私の声はどうやって……!」

「色々前に沢山やってたでしょ? 東ヘルマンの編集技術って世界一だよね。これだけあっという間に作り出せるなんて」

「親しみを持って貰うための簡単な取材とやらは嘘だったのね!?」

「当たり前でしょ。テレビの中の世界ってね、外からは輝いてるけどすっごく黒いのよ」

 

 アナウンサーの表情には影が差していた。

 バーバラは勇者として売り出す為に、テレビ局に連れていかれた。身構えていたが最初は写真を撮るだけとか、声とか話をするだけで、踏み込んだ内容は一切なかった。

 カメラマンにヨイショされ、何かする度に褒められ、ちょっとした話も凄く興味深げに聞かれ……調子に、乗った。

 

「凄くノリノリだったよね。コスプレしてみたいってローブまで着込んでくれたし」

「……っぐ、うぅ……それは……」

 

 気づいたら、RECO教の特殊装備一式を着込んでいた。聖女みたいだと言われて照れたら、アキラがもうそういう事にしようと言い出したり、ノリノリだった。最後の方は言われるがままな動きを笑顔でやっていた気がする。和気団欒とした撮影現場だった。

 今もバーバラの手には、アキラが即興で用意した仮面を持っている。金の天秤が美しく掘られた一品を被り、ポーズを決めた写真まで撮られていた。

 こうして、見事にバーバラが狂信者で国粋主義者な映像が出来上がったのである。

 

「も、もうやらないから! こんなのに参加したのが間違いだった!」

「またまたー、向こう一ヶ月分は売り出せるぐらい沢山いいもの撮れたし、これからもアイドルとして頑張らない? バーバラちゃん、すっごく向いてるってカパーラは思うの」

「はっ、アイドル? こんな偽物動画で人気なんて出るわけないでしょ?」

 

 自分の魅力を知らないかとカパーラは微笑み、窓の外を指差した。

 ヘルマンTVでの防音の類は完璧だ。二層構造になっている窓をバーバラが開けると――――

 

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」

 

 東ヘルマンは、熱狂の渦にあった。

 男達の興奮は頂点に達し、どれもこれも目が血走っている。

 

「あんな華憐な子が、先頭に立って戦うって!」

「すげえ! すげえすげえすげえええええ!」

「もう引退した儂も出るぞ! この身が枯れ果てるまで戦ってやるとも!」

「俺も力になるぞ! あの子の力になれるならなんだってやってやる!」

「勇者だ! 勇者が東ヘルマンに来たんだ! これなら勝てる!」

「もう何も怖くねえ! 魔王がなんだってんだ! こっちにはバーバラ様がいるんだ!」

「「「東ヘルマン万歳! 総帥万歳! RECO教万歳! 新勇者万歳!!!!」」」

 

「あ……あぁ……何これえ……?」

 

 一歩、二歩、バーバラは後ずさりして壁に肩を預ける。

 ヘルマンTVには現在放映中のものを流す大画面がある。それで煽られて興奮したものだろう。だがそれにしたって、あんなに疑いなく、どれもこれも盛り上がっているのはおかしい。

 

「勇者特性のせいですよ」

 

 後ろで、声がした。気づいたら従者が近くにいた。

 

「コーラ……」

「戻ってきたら随分と愉快な事になっているじゃないですか」

 

 コーラは窓の外に頭を出して、観衆を眺める。

 

「おーおー、勇者特性をテレビで垂れ流すとこんな風になるんですねー。砂糖に群がるアントーンだって、あそこまで必死にならないでしょう。彼等は皆バーバラにベタ惚れでしょうね」

 

 勇者特性、異性からの異常な好意。信念がなければ一言二言でベタ惚れだ。

 その上でこの動画では味方してくれて背を押して、頼ってくれる。そんなものを長期間見せられれば、誰も彼も惚れるに決まっている。

 こうなっては大陸史上最高のアイドルだ。若干編集されて違和感があるのかもしれないが、疑問が全てどうでも良くなるだけの魅力がバーバラにはある。

 この映像を見た殆どの男は、疑う事なくバーバラに従うだろう。東ヘルマンの人間でなくても、彼女の味方になりたくて故郷を裏切るかもしれない。それだけの魅力爆弾だった。

 コーラは非常に愉快そうに、口唇を歪めてバーバラを眺める。

 

「話は聞きました。東ヘルマンの『勇者(おもちゃ)』就任、おめでとうございます、ポンコツ勇者。それとも、冒険者の方がいいですか?」

 

 バーバラはへなへなと崩れ落ちた。

 

「どうして……どうしてこうなるの…………」

 

 この日、世界中の首脳陣と、東ヘルマンの多くの国民に、新勇者の存在が刻みこまれた。

 東ヘルマンの国民にとっては、輝く人類の希望として。

 世界中の首脳陣にとっては、厄介な人類の敵として。

 バーバラがこれからどうなるかは、まだ誰にも分からない。




ビュートン・ホワイト lv96 剣2、戦略1、(??1)
 筋金入りのヘルマン軍人。
 白い髪に朱い眼、生来の凶相も相まってステレオタイプな悪の親玉そのものの外見。
 そのせいで軍人時代についた仇名は『魔王ビュートン』。
 魔人戦争において、ずっと人類の為に身を粉にして戦う中で魔王魔王呼ばれるのは憤懣やる方なく、顔を出す身分(中隊長級)になる時にはホワイトに統一するよう要請した。
 (未来によっては、あんまり呼ばれるもんだから神々がふざけて……)

 魔王と、魔王の子と、魔の属する者を残らず消し去るのが彼の目指す未来。

ハンド・トロール
 20年時代を先取りしていたショッピングセンター。
 廃墟だったのを改装したら大人気に。
 この建物が東ヘルマン南部では何軒もあります。このネタが使いたかったら思いっきり近代化。
 世界観を無視しているが、ヘルマンには何故かある。(ランスクエスト、ライオンマインド、個人的な予想としては作った素材使いたかった感じゃないか……)

 カパーラ・ウーチ
 行方不明から十数年、色々あって東ヘルマン国営放送のアナウンサーに。
 口が良く回る事と、見てくれの良さと、良心の呵責無く大本営発表を吐き続けられるメンタルが買われている。人材的に丁度いいから『教育』も免除。
 皆に知られてお金持ちではある。



 よし、人々の希望を背負ってるし勇者だな。



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システム① たった一つのイカした強くなる方法

 軽いシステム公開。本公開は後一回か二回。
 本二次創作はシステムをかなーり弄ってます。リアルタイム戦闘の裏で、既存シリーズの仕様を派手にやる為にほとんど混ぜています。
 そのシステムは利用が出来ても真っ向から破れません。出来るのは創造神ぐらいです。
 ひつじ小屋や攻略サイトを眺めてルド世界に浸れたらいいなあと。ああ、あったあった。ああ、ここをこう利用するのかみたいな感じで。


 コサック城塞内にあるアキラの私邸にて、バーバラ達は今後の事について話し合っていた。

 テレビスタジオを脱出し、アキラの家に入るまでに熱狂的な歓声を浴びたり、ラブコールの山や何故か脱ぎだす男達……それらを全部コーラに弄られながら棚上げして、知恵を求めた。

 

「まー突っ込みどころは色々ありますが……とりあえず致命的な欠陥が一つありますね」

「何よ?」

「優秀な人材を集めただけで、あの盗賊団を本当に止められると思っているんですか。正確には、相手の『最強』達を止められると?」

 

 う、と痛い所を突かれたように言葉を漏らし、バーバラは眉根を寄せる。

 

「そうですね。アキラの名簿にあったドギとやらで例えますか。あれは昔のバーバラにはどうにもならない敵でしたね。今でも盗賊としてはとても強く、人類にはそうはいない『精鋭』と言えるでしょう。仮にバーバラの目の前にドギが50人いたとします。どれぐらいで勝てそうですか?」

「…………囲まれてなければ、10分かな。多分もっと短いかも」

 

 このケースだったら魔法を撃ち込み続ければいい。基本的にドギより速いバーバラは捕まる事がない。竜角惨を飲みつつ、安全を意識していればそれで終わる。

 

「もっと別の構成を考えてみてください。脅威に感じますか?」

 

 バーバラは首を横に振った。魔軍や聖骸闘将の群れと戦った経験上、『ちょっと質のいい雑魚』なんて経験値にしかならないと考えられる。レベルも上がり、今ならさらに楽だろう。

 仮に脅威に感じるとしたら前衛と後衛の連携がきっちりと取れている一団(パーティ)だ。

 だがそれでも、

 

「相手が何の考えもなしに真っ向から突っ込んで、あるいは罠に嵌ってくれて削り合いをしてくれる。それならば、まあ多少は効果もあるかもしれません。ですがそれはつまり――」

「やるわけないからどれだけ集めても効果は薄い、か」

「そうです。ここまで言えば分かるのではないですか?」

 

 バーバラは頭を押さえ、自分自身避けていた答えを口にする。

 

「……魔王の子には、私が戦わなきゃいけないって事ね」

「ランスをアキラが抑える。今のバーバラには勝ち目が欠片もないから、それしかありません。ですがそれを置いても、魔王の子達は強すぎます。どれもこれも魔人並みなので、人間には厳しいですね」

「ミラクルさんみたいな人はいないの? 魔王の子じゃなくても、強い人はいるでしょ。東ヘルマンにも……」

 

 縋るような目でアキラを見るが、

 

「ミラクル・トーの事を指しているのでしたら、彼女は人類史上最高の魔法使いの一人です。人類最精鋭、単身で使徒にも勝ち得るような人材は流石にそうおりません。その二つ手前の精鋭達も、ホワイト子飼いの直属部隊なので借り受けるのは難しいと思われます」

「こっちも駄目かー……」

 

 いよいよ逃げ道が無くなってきた。

 他人に頼るのはいい。数と質で押して盗賊達は何とかなるだろう。そこに多少良い人材がいても数で押し切れる。ただし、魔王の子とランスは別。

 ランスはアキラがやるとしても、バーバラも魔王の子達を抑える必要があった。

 出来れば避けたい。ウズメとミックスは交渉次第で戦わずに済む可能性もある。だが、

 

「エール・モフス。戦うならあの子だけはウッキウキで襲い掛かって来るよね……」

「そうですねー。彼女を倒してアキラに加勢し、ランスを倒す。それがバーバラの最も望む未来なんじゃないですか」

「なんかやけに楽しそうに言ってない?」

「勇者が魔王に立ち向かう事を決心したんですから当たり前ですよ。やっと『勇者』らしいので、従者もやり甲斐がありますね」

 

 コーラはいつもよりも若干口の端が緩く広がっていて、邪悪な様相を作り出していた。椅子や机を運ぶ姿の足取りも軽い。

 

「この前の戦いを見る限りでは、今のバーバラには到底勝ち目がありません。修行が必要ですね」

「まあ、そうなるよね……」

「痛い目を見たとこだし、そろそろ真面目にやるでしょう」

 

 修行と言われ、バーバラは渋い顔になる。

 バーバラも一切努力していなかった訳ではない。村では自己流でやっていたし、冒険者の手解きも受けた。勇者となってからも、これは従者の務めだとコーラが積極的に教えていた。

 教え方も的確だった。剣に関しては具体的にケチをつけるぐらいだが、ここ数週間で多少の攻撃魔法を覚えたのはコーラの功績が大きい。

 だが、そろそろ限界だった。

 

「コーラの教える内容、頭でっかち過ぎて私に合わない気がするんだけど、剣の振り方だって別になんでもいいじゃない」

「バーバラは勘に頼り過ぎてます。悠長に見えますけど、基礎を疎かにした先に強さはありません。天才じゃない限り、最初は基礎を固める必要があります」

 

 極めて当たり前な正論を言われ、バーバラは反論出来なかった。抵抗を諦めてコーラが促した席に座る。

 

「あーあ、勇者になったらもっと楽に強くなる方法があればいいのにねー」

「ありませんよ。実践と、日頃の努力と、先人からの勉強です。突出した才能が無いポンコツ勇者にはそれしかありません」

「ありますよ。僕に任せれば、もっと効率の良い方法があります」

 

 割り込むように、アキラが声を上げた。

 自分の領分を邪魔されたコーラは不満気にアキラを睨む。

 

「アキラ、嘘を言うのは止めてください。これは何百代も従者をやってきた私が知る、最も勇者が強くなる方法ですよ」

「そういうのも必要だけど、システムを考えれば無駄が多すぎる。二週間剣を振ったって理論を学んだって何が大きく変わるんだ? 魔法が使えるだけじゃないか」

「システムですか。ああ、神の目とやらで見えるんでしたっけ。デタラメですね」

「この世界のルールを知り、利用する。そうじゃなきゃこの世界ではやってらんないよ」

「情緒が欠片もありません。自分だけにしてください」

 

 あっという間に険悪に言い争う二人を見て、バーバラは興味深げに問いかけた。

 

「ちょっとちょっと、黙って聞いてみれば近道がありそうじゃない。私はそういうズルっぽいの大好きだから、あるなら教えてよ」

 

 主の一言は全てに優先される。コーラはそっぽを向き、アキラは笑顔を浮かべて話し始めた。

 

「システムとはこの世界を構成する要素であり、ルールです。神々が定めた規則であり、あるものは多少の誤魔化しも効きますが、仕様外までは破れません」

「それだけ聞くと、私が強くなる気がしないんだけど」

「とんでもない。この大陸に生きる生命は皆、システムに縛られ、恩恵を受けています。勇者特性は全て勇者システムによるものですし、主様の力の上昇は全てそれによるものです。レベルもシステムによるもので、数値として明確に規定されています」

 

 そう言って、アキラは自分の黒い目を指差した。

 

「僕は神魔法に関しては人類史上最高の使い手です。不可能を可能にした結果、人間(メインプレイヤー)の視点ではなく、神々(プレイヤー)の視点で世界を覗き込む事が出来るようになりました。これを利用します」

 

 ここは既に、神も知らない物語。(プレイヤー)の視点は封じられ、もう遊ぶ事は敵わない。

 だが、システムは生きている。神異変後の仕様は不変であり、これからも変わる事はない。

 アキラはメタ的な視点から、バーバラを強くしようとしていた。

 

「…………つまり、どうするの?」

 

 そこで少し、アキラは言いにくそうな顔をした。

 

「この世界の必勝法があるので、それを使いましょう。ですが少し主様の負担があるので……」

「必勝法! そんな素晴らしい作戦があるならガンガン使いましょう! ちょっと負担があるぐらいならなんでもないわ!」

「ああ、主様……その考え、御立派です! 僕も心を鬼にして頑張ります!」

 

 一瞬、バーバラは嫌な予感がして首を傾げたが、まぁいいかと受け流した。

 

「まずはこの世界における必勝法ですね。それは……」

「それは?」

 

 

「レベルを上げて、物理と魔法で殴ればいい」

 

 

 アキラはクソゲー臭満点の解答を言い放った。

 コーラは神々の苦労によって緻密に構成された世界を侮辱する言葉に顔をしかめ、バーバラも唖然とするばかりだ。

 

「いやいやいや……技量とか、そういうのもあるでしょ? ザンスの超絶剣技とか」

「特殊体質まで行かないと関係ありません、ただより高い攻撃力と魔法力でHPを削って0にすればいい。リーザス王子もレベル1なら今の主様でも一刀両断でしょう」

「そりゃまあそうだけど」

「つまるところ、レベルによる恩恵が大きすぎるのです。ステータス的な上昇は身体能力も速さも反応速度も変わります。相手が知覚出来ない速度で動き、相手より強い力で斬りかかられたら技量も何も行使出来ません。受けるのが精一杯ですぐに死にます」

 

 この世界は素体の能力とレベルで全てが決まる。筋骨隆々の男が上げられない最大重量のバーベルを、冒険者は軽々持ち上げてしまったりする。

 魔王の子達もまた例外ではない。lv300代という埒外な力と、魔王の子という頑健な初期値が、十代の少年少女を世界最強としているのだ。

 

「だから主様、レベルを上げましょう。とにかく実践をして、経験値を沢山手に入れて、一日でも速く彼等に追いつけばいいんです。勇者の初期値は人のそれより圧倒的に高いので、三分の一程度でも魔王の子と互角以上に張り合えるようになります」

「言いたい事は分かるし、説得力もあるけど、なんだかなあ……」

「だから味気無くなるんですよ。システム頼りなんてやってもつまらないです。勇者らしい世界に戻ってきませんか?」

 

 コーラはひらひらと魔導書を揺らして勇者を誘う。

 一度言い出したアキラは止まらない。効率厨の鑑はコーラが開いていたページを見咎めて、嫌悪の表情を浮かべた。

 

「コーラ、主様に何を教えようとしているんだい?」

「Aカッターですが。炎魔法覚えていたのでFレーザー。光魔法、雷、氷、闇と行く予定です」

「スキルポイントを産廃魔法に使わせないでくれ」

 

 溜息を吐き、心底からゴミを見るような目で、コーラをなじる。

 

「構成がおかしい。ライトは良いにしてもAカッターとか個人戦闘では使い道ないよ。その時間があったら必中魔法対策で魔法バリアを覚えた方がいい。ちなみに次何教えようとしてたの?」

「光爆ですが」

「また産廃じゃないか。魔法生物に対して効果が大きい以外使えないだろ。魔人級の魔法生物っていないからそれも役立たずだよ」

「…………だから、アキラは嫌なんです」

 

 ルド世界をメタ的に攻略しようとした勇者の意見は、強かった。

 基本的にコーラの記憶に残る勇者は、アリオス以外どいつもこいつも考え方が悪辣であった。

 この手の口論で一切動じず、逆にやり込み返すから記憶に残る。

 先ほどのウキウキはどこへやら、貝になった従者を眺めつつ、バーバラは方針を定める。

 

「……決まりみたいね。私はコーラの教え方はわかりやすいと思うし、基礎を疎かにするのもどうかとは思うからいずれやりたい。でも、時間が無いからとりあえずアキラの方針で行きましょう」

 

 バーバラは椅子から立ち上がり、エスクードソードを拾う。

 方針が決まれば単純な話だ。レベルを上げるなら戦う必要がある。どこかのダンジョンに潜り、魔物を一体でも倒し、経験値にしなければならない。

 

 

「アキラ、この近くで一番経験値得られそうなところってどこ?」

「ここです。正確には、今です」

「…………はい?」

 

 どういう事だと問い返そうとするが、アキラは詠唱を始めていた。

 

「ちょっ、なにを!?」

「神魔法、聖地転送!」

 

 白き光が輝き――――

 バーバラの魂は、どこかへと飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

「ま、まさかここに来るなんて…………」

 

 気づいたら、バーバラは何もない平野に飛ばされていた。

 平野。どこまで行っても平野。山も岩もなく、地平線が永久に続いているように見える世界。全方位が同じように続いている。

 バーバラはこの景色に見覚えがある。魔物大将軍ピサロとの戦闘の中で、垣間見た走馬燈のような景色。

 

「Aの地平、第三の最果て。アリスマンレディーの箱庭です。どういう場所でどういう理屈かは僕にもわかりません。システム的には資格のあるものが行ける場所なので、頑張ってみたらいつでも行けるようになりました」

 

 アキラの規格外(デタラメ)な神魔法が、発揮されていた。

 神魔法lv3、アキラ。彼女は不可能を可能にする。システム的な干渉も例外ではなく、人の身で神の真似事を為す。戦闘には全く使えないが、この手の便利な裏技には事欠かない。

 

「この世界の長所は二つ。一つ目は時間が非常に緩やかである事。どれだけ過ごしても、元の世界には少しの時間でしかない事です」

「なにそれ、つまり修行がやり放題ってこと?」

「理論上はそうなんですが、アリスマンレディーが休んでいる時に借りているだけなので、彼女が戻って来たらすぐに蹴られて帰らされます。一日に使えそうなタイミングは多くて二回、使えるのも数時間といったところでしょうか」

 

 これがシステムには誤魔化しが効くというアキラならではの言葉の意味だった。

 システムの仕様変更は細かいが、大元は揺らがない。ほんの僅かな行動でも、すぐに揺り戻す。それでも、その中で利益を得る事が出来る。

 

「ここでは魔物を呼び出せるし、経験値もGOLDも獲得できます。ここで戦えば……」

「なるほど! 僅かな時間で私のレベルが上がると!」

「そういう事です、では僕と戦いましょう」

 

 アキラはティルヴィングを鞘から抜き、バーバラに突き付けた。

 

「…………へ?」

「経験値を得る上で最も効率の良い方法は、強い敵と戦うことですよ」

 

 満面の笑みを浮かべて構えを取るアキラ。滲み出る気配は圧倒的強者のものだ。今まで抑えていたものを出すかのように、物理的圧力を伴って、剣気がバーバラの頬を打つ。

 

「いや、だって、勝てるわけ……そしたら経験値も……」

 

 言葉を紡ぎながらも祈るようにエスクードソードを盾にする。

 これは無理だ。死ぬだけだ。死ぬ死ぬ死ぬ、死しかない。

 目の前の従者が化け物にしか見えない。膝が笑いっぱなしだった。

 

「ご安心ください。今の世界(システム)、死ななければ引き分け扱いで経験値が貰えます。そして、勇者は死にません」

 

 そういえば、アキラにはリョナの趣味もあったという考えに至り。

 

「では、宜しくお願いします!」

「い、いやああああああああああああああああああ!!!!」

 

 レイプが、始まった。

 あまりに凄惨で真摯な指導なため、性行為に例えてオブラートに書くことをお許し頂きたい。

 

 バーバラの状態は、勇者でなければ形を留められない程悲惨なものだった。

 身体の中に太い剛直を挿入されて、裂けて血が出てもヒーリングで治される。

 

「ふふふ……主様に僕のモノがすっぽりと入ってしまいました♪」

「いや……いやぁ……なんで、こんな……!」

「これぐらいの痛みに慣れないと、勇者なんてやっていけませんよ。まだ戦えないといけません。ほら、体を動かしてくださいよっ」

「んんんんんんんんんんんんんんっ!!!」

 

 びくん、びくんとバーバラは体を反らして反応する。顎がのけ反り、粘液が零れる。

 アキラの『愛』が籠った責めに少女は面白いように反応する。しかしそれでも動かなければならない。付き合わなければならないのだ。

 この場には二人しかいない世界。逃げ場は存在しない。

 

「もう、やだ、やだ、やだああああああああ! 従者ならもうやめてよおおおおお!!」

「大丈夫、分かっておりますとも。修行の時は苦しいものです。弱音が零れることもありますが、主様のあの時の意思を尊重して決して手を緩めません」

「あああああああああああああああああああああ!!」

 

 アキラは全くバーバラの話を聞かなかった。

 従者にも二種類いる。話を聞く奴と、聞かない奴だ。アキラはバーバラを妄信しているが、信じる言葉は理想のバーバラが基準だ。それ以外の言葉には、ちっとも聞きやしない。

 一方的なヤンデレのストーカーが、バーバラの身体を犯す。

 

「あ……ああ、気持ち良くなってきたかもぉ……

「そうです、やり過ぎると脳内麻薬が出るんですね。これを制御して痛みを消す感じに出来ると戦えますよ。勇者以外無理な真似ですが」

「や、やったぁ…………わーい……

 

 正気の方が潰れかけたところで状態回復や回復魔法をまたかけ直す。狂う事も許さない。

 二人だけの濃密な一時は、バーバラをどろどろに溶かした。

 

「魔法バリアを覚えないと溶ける威力の集積白色破壊光線を撃ち込み続けます。頑張って覚えてください」

「お……ぼぅお……」

「大丈夫! 主様は超のつく実践型ですから、動きがどんどん良くなってますよ! 僕も様々な剣の型を見せるので、覚えていきましょう!」

 

 世色癌4、竜角惨、状態回復、またヒーリング、果ては調合薬の類まで――

 アキラはバーバラを壊して、治して、壊して、治して、鍛え続けた。

 

「あーっ、また来てるしー!」

 

 そんな事をしてる内に数時間、あのふざけたピンクの謎生物が現れた。

 バーバラにとっては、大天使に見えた。

 

「……お、もうこんな時間ですか。名残惜しいけど、もう終わりですね」

「や、やったー…………」

「はいはいとっとと帰る!」

「ごふっ!?」

 

 最後にアリスマンレディに蹴られ、目の前の風景が急速に萎み、消えていく。

 バーバラは二度とやるもんかと、霞む意識の中で固く堅く決意した。だがその想いは無視され、アキラに毎日強制的に拉致される事になる。

 実戦経験と大量の経験値を引き換えに、ポンコツ勇者の地獄は続く。




本二次創作システム、初級編。

 レベルとは、システムがその肉体に与える恩恵になります。
 (元の肉体による数値)×(レベル補正)となります。
 だからlv300のリセットとlv100のザンスが腕相撲をしてもザンスが余裕で勝ちます。本人に与えられたステと鍛えた肉体と、レベルの伸びっぷりから基礎値が決まります。
 使徒、魔人、勇者、魔王……種族や特定の職業に変わると、基礎値が跳ねあがります。だから人外のレベルが低くても強さは別次元となります。

 基本的には異世界リアルタイム戦闘です。速さ、攻撃力、防御力、HPが計算されてますが、それとは別に致命傷を貰うと物理的法則によって死にます。
 大元に物理法則もありますが、システムが与える恩恵がそれを容易く捻じ曲げます。魂の力なのでなんでもあり。
 魔法攻撃判定のものは全て魔法防御が計算されます。必中でダメージを与えてもカス当たりだとか、魔人級超えたあたりから難しくなります。
 そんな感じが本二次創作のベース解釈。
 基礎値が同じ土俵(魔人級、魔王級)にいないと個人戦では戦いにならない。一枠差までなら集団対個人なら戦いになり得る。(絶望的だが)
 本評価の大枠は文章中に存在するが、ベース的にこんな感じで評価されている。
 一般人、冒険者、人類精鋭、人類最精鋭(使徒級)、魔人級、魔王級、???、????。

経験値計算
 ランスクエストテーブル採用。経験数値は弄られてるけど、lvが上がるごとに必要経験値に倍率がかかる。

新勇者バーバラ lv69
 アキラの効率的な修行により、実戦経験と経験値を得る機会が格段に増加した。
 泣き叫ぶ機会も、痛い目を見る機会も格別に増加した。
 スキルを覚える速度も速くなった。というか覚えなきゃ殺され続ける。
 毎日汚染人間に惨たらしく嬲り者にされている。誰か助けて……

 ライト
 魔法バリア


神魔法3持ち同士の修行の差。
クルックー「さ、厳しい修行を受けて貰いますよ」→精鋭達による教えと蟲毒。
アキラ「ちょっと肉体的負担があります」→ひたすら実践、やれなきゃ死ぬの繰り返し。


 我々のようなステータス画面をアキラは見れるけど使えません。閲覧だけです。
 turn1は勇者まとめだったが、turn2はシステムまとめに入る感じです。
 ここをどれだけ真面目にクオリティ高めても仕方ないから、とっとと流す。
 質的には申し訳ないが、上手くやれる気がしないし話を進めなければならない。
 次回、28日。
 無理ぃ、29日。


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コサック② 闇と光

闇に拘って遅れた。
光に拘って遅れた。
申し訳ない。
バレバレの伏線をバンバン張りますが、ここまでついて来た方は大概悟っちゃうでしょう。精々すっとぼけてください(笑)


 魔王討伐隊隊長の朝は遅い。

 陽が高く登ろうが、人々が勤勉に働いていようが関係ない。天上人であるバーバラにとって、労働や雑務は下々に丸投げするものである。

 従者が偉い人間ならば、主はもっと偉い。そう結論付けてバーバラはベッドの中でだらける事にした。そうじゃなきゃやってられなかった。

 昨日は、最悪だった。

 必勝法という甘い言葉に騙されて、散々に嬲られ、人としての形を留めているか怪しい状態にさせられた。ところが戻ってみると、傷一つない状態になっている。

 アキラ曰く、魂だけ飛ばされてるからあっちでは治しやすく、行き帰りで完全回復のオマケ付きだから便利だとか。これからもやる気らしい。

 絶対に嫌だったが、その足でレベル屋に連れていかれ、レベルが大幅に上がっているのを確認し、アキラが趣味でやっている訳ではないと理解してしまい、何も言えなくなってしまった。

 もうこうなれば、修行の時以外は徹底的にだらけると決めた。王様気分でもやらなければ割に合わない。

 

「あー、世の中金ねえ……幸せぇ……」

 

 枕を抱き締めて柔らかさを堪能し、バーバラはだらしなく笑う。

 アキラの私邸はそこまで大きくはなく、家具類も質素だが、寝具だけは非常に良質な物が使われていた。柔らかさだけで天上の心地に浸れる代物だ。

 下着姿の少女は朝方に運ばれて来たカステラを口に放り込む。甘味を口の中で溶かしつつ、寝具の柔らかさを堪能して頭に被る。そしてまた夢の世界へ。

 ポンコツ勇者は、つかの間の幸福に浸っていた。

 大事なのは次の作戦だ。魔王討伐などという本作戦を前に休息したってバチは当たらない。準備段階の修行で心を壊してどうするのかと思い、今日は食っちゃ寝を決め込んでいた。

 そんな感じで、勇者が世界の破滅に繋がる恐ろしい選択をしていたところ、ノックの音がした。

 

「あー、アキラ。お昼はお寿司かステーキかうな丼がいいな。討伐隊所属希望者は適当にそっちで決めといて」

 

 扉に全く目を向けずに、ごろんと転がったままで指示を出す。朝はこれで引き下がったのだが、今回のアキラは扉を開けた。

 

「主様、来客が来ます。準備の方をお願いします」

「面倒くさーい。そっちで処理してね」

「いえ、そうもいきません。相手が相手ですので……」

 

 アキラは少し申し訳なさそうに頭を下げ、着替えの衣装を運ぶ。

 それはいつものバーバラの一張羅だけではなく、昨日ふざけて着た白いローブに仮面のコスプレセットもあった。

 

「……なにこれ、なんでこんな格好するの? 誰だか分かんないと思うんだけど」

「昨日ですね。聖女って言葉使ってしまったじゃないですか」

「ああ、私の言葉が一言たりとも反映されてないアレね」

 

 バーバラとしては甚だ不満な放送だ。ヨイショの中で聖女認定をアキラがノリでやって、そのまま台本に反映されていた。

 

「アレはどういう事だと怒る人間が出まして。これがRECO教の教祖、ザンデブルグなんですね」

「はあ!?」

「というわけで、普段レコサルバーションにいる引き籠りがやって来ます。僕より偉いので止めようがありません」

「全部あんたのせいじゃない!!」

 

 バーバラはがばりと跳ね起きて、アキラの肩を掴んでガクガクと左右に揺さぶった。

 

「その手の面倒臭そうなのを独断でやったら文句が来るに決まってるでしょ! なんでやった!」

「いやー、主様があまりに美しいので聖女認定したらまさかこうなるとは。美を解さないとか頭おかしいですよねあいつら」

「おかしいのはあんたの頭よ!」

 

 ぱっかーんと頭を叩いて馬鹿な従者を黙らせる。

 教祖ザンデブルグ、ミックスの資料にあった名前だ。新興宗教の教祖なんてロクなものじゃない事ぐらい、バーバラにもわかる。可能な限りお近づきになりたくなかった。

 

「どーすんのよこれ! 宗教裁判とかあるんじゃないの!?」

「はい、RECO教はありますね。ですが心配はないかと思われます」

 

 これから会う奇特な相手を考え、アキラは少し苦笑した。

 

「ザンデブルグはね……酷い面食いなんですよ。良いか悪いかは分かりませんが、きっと主様を気に入ります。例え何を言っても、そう気にしないでしょう」

 

 アキラは「とりあえずこれに着替えてください」と言い、ローブと仮面を手渡す。

 バーバラは渋々服に袖を通すが釈然としていなかった。ザンデブルグが面食いならば、この装備はおかしい。

 

「RECO教の服って、全部着ると顔も体も分からなくない? ローブを着て仮面で顔を隠したら面食いも何も無いと思うんだけど」

 

 そもそも魔法ビジョンの時点でバーバラの顔は東ヘルマン中に放映されている。面食いであるのならば、その時点で惚れているはずだ。

 腑に落ちない主の疑問に対しても、ただにこやかにアキラは黙るばかりだった。

 百の言葉より、彼を前にすれば分かると言うように。

 

 

 

 

 

 

 はたして、アキラの言う事は正しかった。

 

「ああ、ああ、なんと素晴らしい! なるほど、これは聖女とするのも納得します!」

 

 場にいるのは四名、全員が黒と白のローブに仮面。仮面の裏で視界があっても誰かはわからない。その状況で、巨漢の男はバーバラを見るや否や感動に打ち震えた。

 巨漢の男――いや、大きすぎると言った方が適切か。人間のスケールをいささか逸脱した男だ。

 身体を傾がせなければ家に入らず、座っている今もバーバラの背丈よりやや高い。肥大した体は肉の塊として息づき、見るものを圧倒させる。息も荒く、その存在感だけで部屋の温度を上げている。

 ローブが金の刺繍が混じって豪勢だとか、仮面が満月の刻印の下に黒い鯨が書かれているとか、そんなものが無くても二度と見間違えないだろう。

 ザンデブルグは、その体格だけで二度と忘れ得ないような異形だった。

 ぶくぶくに太って、大きい。ヘルマン人にもこれ程はまずいない。

 

「なんと素晴らしい祝福なのでしょう! 純粋で、一つの色に染まった綺麗なものです! こんなものがあるのですか! これもまさしく主のお導きなのでしょうね!」

 

 そんな巨体が、少女を舐めるように覗き込み、大仰に動いて叫ぶのだ。バーバラが生理的な嫌悪を感じるのも仕方のない事だった。

 それでも失礼にならないように気を取り直し、なんとか言葉を紡ぐ。

 

「は、初めまして。ザンデブルグ様、私は魔王討伐隊隊長のバーバラと申しま……」

「この子の年齢は幾つなのですか!? まだそれほど年は取ってないはずです!」

 

 ザンデブルグは全く人の話を聞く気がなかった。自分の興味のある質問を、隣の付き人に対して問いかける。

 三日月の付き人は手元にある資料を捲り、

 

「えーと……ビュートン様から頂いた資料によると、14歳みたいですねー」

「おおおおおおおおお! 素晴らしい、丁度倍ではないですか!」

「良かったですねー、ザンデブルグ様」

「まさしく福音! まさに吉兆! 主の降臨は彼女の働きによっていよいよ速まるでしょう!」

 

 全く常人には理解の出来ない領域で、興奮をありありと見せるザンデブルグ。祝詞を唱えたり、頭を振ったり忙しい。

 ひとしきり暴れて落ち着いたところで、アキラが声をかけた。

 

「ま、この子がバーバラだ。勝手にやった事は謝るけど、聖女と呼びたくなるのはわかったんじゃないかな」

「確かに、確かに教義には例が無く反しています。これは罰せられるべき事なのかもしれません。しかしこの尊さを聖女と号する大神官の気持ちも理解しました。ならば彼女の意を汲み、新たなる仲間を迎えるべきでしょう。その方がきっと主もお喜びになるはずです」

「わかってくれて嬉しいよ。つまり不問という事でいいんだね?」

「言うまでもありません。貴方は時に速すぎ、時に遅すぎますが、間違える事はない。この件に関して全て貴方に任せましょう」

 

 バーバラは心の中で安堵の溜息を吐いた。

 何を言っているかは全くわからないが、とりあえず助かったらしい。あとは適当に合わせてお帰りを願うのみだ。

 アキラは異形を相手にしても実に落ち着いた体で話を進める。

 

「とりあえず、今は教義も何も知らないから暫くは勘弁してあげて欲しいな。魔王討伐隊の仕事に集中させたいんだよ」

「私としては希望という呼び方は気に入りませんが、信徒に予期せぬ死があっては本末転倒です。なるだけ早く収束する方が喜ばしいですね」

「それなら結構信徒の力を借りる事になるけど、事後承諾でいいかい?」

「指揮官が彼女で、貴方も参加するのです。何を気にする必要がありましょうか。聖戦として、存分に使いなさい」

 

 見た目は人のカデゴリーを外れた者だったが、身内には話が分かる方らしい。それとも、アキラが扱い方を心得ているのか。

 とにもかくにも、バーバラにとって都合の良い方向に話は進んでいた。

 教会は好きに使って良いし、バーバラは尊い存在として認められ、国内における不自由はない。調子良くさせる為に時たま相手の言う事に頷くが、どうせ口約束だ。仕事が終わったらトンズラすればいい。

 任せられたアキラは従者の役目を全うしている。話すべき事を詰め、協議を終わらせにかかっていた。

 

「後は君とビュートンとの問題だね。今日はその為に来たんだろう?」

「当然です! 私の本分は大天使の声に耳を傾けることです。あの男が面倒事を起こさなければ救済の地で祈っていますよ! 彼自身は素晴らしいのに、どうして私の妨げをするんでしょう?」

「君の言う事を全部聞いたら、国家として成立しなくなるからだよ。バランスを考えて欲しいな」

「ははは、これは手厳しい。ですが主の降臨こそが私に与えられた責務。導き手が歩みを止めてはきっと堕落します! 新たな神の降臨は急がねばなりません! でなければ死が世を覆います!」

「あ、しまった。スイッチ入れちゃった」

 

 異形が動き、鋼鉄製の椅子が嫌な音を立てる。

 協議はザンデブルグの狂乱によって終わりを迎えた。

 

「ああ死! 死が世を覆う! 死生の無い世界を築かねばなりません! 祝福によって死を遠ざけ、使徒と共に世界を変えねばならぬのです! 祝福を! 新たな神の祝福を!」

 

 ザンデブルグは勢い良く立ち上がり、頭部は天井に激突し、全く気にする様子もなく陶酔をありありと見せて叫び回る。

 

「死生を廃し、肉を捨て、新たな神の下へ集いましょう! 永久(とこしえ)の安寧がそこにあります! 望むのならば神より新たな身体を与えられ、使徒として悠久に仕えられる! それこそが真の喜び! 我等が目指すべき姿! ああ、なんとよき世か!」

 

 ゴツゴツゴツッっと頭を振る度に石造りの家屋に激突する。彼にとっては頭の痛みより、今の感動を表現する方がよっぽど重要なようだった。腕をあちこちの方向に振り回し、節操がない。

 狂気としか言いようの無い態度のまま、腰をぐぅっと折り曲げてバーバラへと体を寄せた。

 

「祝福の聖女よ!」

「は、はい…………私?」

「そうです! 貴方は美しい! この上なく美しい! それは貴方の祝福がたった一つだからです! 怒りも憎しみもなく、ただ罪悪と自責だけがある!」

 

 意味は半分もわからないのに、バーバラの心臓が跳ねた。

 自分の本質を鷲掴みにされたような託宣を前に、目を逸らせない。

 

「一体どれだけの道を歩めばそうなるのか想像出来ません! 人は様々な祝福を受け、形を変ずるはずなのに貴方は全く変わらない! 真円の宝石となって輝いています! このようなものは、過去に例がない!」

 

 狂乱の中に真実があり、真実の中に狂乱があった。

 ザンデブルグは何かを見抜き、逃げようの無い言葉の暴力をもって少女を追い立てている。鼻先まで近づけられた仮面から、例えようもない圧力がある。

 

「いいですか、自分を責めなさい! この世に起きる理不尽は全て貴方が原因です! 自らを戒める事で神は貴方に力を与え、新たな世を築くでしょう! そうして祝福を授かり、試練も耐えて、大神官のように世を導き――!」

「……この辺にしておこうか」

 

 アキラはバーバラを抱き寄せ、ザンデブルグから遠ざけた。

 

「こっちはこれから仕事が色々あるし、そっちもビュートンに呼ばれてるんじゃないかな。いつものように、後は頼むよ」

「はいはーい、お任せくださーい」

 

 付き人は軽い調子でばいばーいと手を振った。

 

「ああああああ聖女よ! 聖女よ聖女よ! 祝福を忘れるなかれ! 貴方と共に神はおります!」

「はーい、ザンデブルグ様もそろそろ落ち着きましょうねー」

「新たな世を! 死生の無い世界を! 祝福を!!!」

 

 未だ興奮の坩堝にあるザンデブルグを放置して、アキラに肩を貸され、バーバラは部屋に戻る。

 

「暫くすれば彼女が落ち着かせてくれて帰るでしょう。そうしたら僕達も動き出しましょうか」

 

 答えはない。

 

「……主様?」

 

 仮面を外すと、バーバラの表情は蒼白に近かった。未知なる恐怖に遭遇して、狂気を充てられたような状態に近い。正気度が下がっている。

 

「…………なに、あれ」

 

 そう絞り出すのが精一杯だった。

 別に狂人や、理解出来ない者はこれまでも見てきた。だがあの男は、バーバラにも知らない何かを無遠慮に覗き込む力があるようで――恐ろしかった。

 何一つ嘘を言っていないと、無理やり理解させられてしまう。そんな力が、言葉にあった。

 

「祝福って何……? 私にそんなものがあるの……?」

「RECO教の祝福はこの世界に降り注ぐ呪いです。多かれ少なかれ誰もが持っています」

「私の聖女って……? RECO教ってなに……?」

「……あの男の言葉を真に受けてはいけませんよ。所詮一宗教のペテン師です、彼自身はちょっと変わった人間に過ぎません」

「………………」

 

 バーバラは、若干自分を見失っていた。

 ザンデブルグの狂気は健康的な人の精神を蝕む力がある。それを至近で受け続けて、一時的に凹んでいる状態だった。

 

「……えいっ」

 

 アキラは放心して力無いバーバラの身体を抱き締めた。慈しむように頭を胸元に持ち寄せ、頭を撫でる。

 

「……アキラ?」

「主様…………」

 

 そうして、慈しむような笑みと共に目を合わせ、

 

「心が参っていますね。セックスしましょう」

 

 台無しな事を言ってのけた。

 

「……………………」

「こういう時こそスポーツです。ここはベッドですし、やるスポーツと言ったら一つでしょう。セックスは心と体を健康的にします。僕と組んずほぐれつすれば全身が熱くなって、何もかもどうでも良くなりますよ」

「お断りよ!」

「ぎゃふっ!」

 

 裏拳が顔にクリーンヒットし、アキラは吹き飛んだ。勢い良く柱の角に直撃して、頭を押さえて蹲る。

 

「ぐ、ぐぅっ……慰めセックスが失敗した……ザンデブルグの後なら行けるはずだったのに……」

「あんたホンット最悪ね! もしかして全部わざと!?」

「とんでもございません。全ては偶然です。だけど僕はセックス出来るチャンスがあるなら体が勝手に動いてしまうんです」

「あ~もう…………! 一瞬だけ優しいと思った私が馬鹿だった!」

 

 手首をしっしっと振って、エロい事しか頭にない従者を遠ざける。

 バーバラは平静を取り戻すと、サボりを続ける事にした。

 

「昼ご飯を持ってきたら、コーラと一緒になって私の仕事をやっといてよ。速く強くて役に立つ奴を連れて来てね」

 

 現在、従者二人がやっているのはバーバラがやるべき作業だ。

 表向きの前に出る仕事はアキラが、それ以外の書類仕事コーラに丸投げしている。変な来客があったから滞っていたが、この家は魔王討伐隊の中核メンバーの為のものだ。

 それが昼になっても誰一人も呼ばれてないのは、少し変でもあった。

 

「それとも、東ヘルマンにはいないの? エール達相手じゃ全く役に立たない雑魚だけなの?」

「いえ……本当は初期メンバーに一名いるんですが、彼女が理由を作って避けてまして」

「なんだ、いるならさっさと連れて来てよ。どんな子?」

「見当ウズメ、魔王の子ですね。本討伐隊の副官になります」

「まっ…………! なんでいるの!?」

 

 バーバラは驚愕に目を見開いた。

 敵であるはずの魔王の子がこちらにいるという事実。ここは反ランスの本丸、東ヘルマンの首都コサックだ。アキラに魔王の子とバレているのに何故いるのか。

 

「元々僕の部下ですし、戻ってきたら居ました。そして僕は魔王の子だからと言ってクビにする気はありません。だから皆には伏せて使っています。こちらに所属するのでしたら、実力順では間違いなくトップなので入れました」

「うっ、うーん……」

「正式に決めるのは主様です。彼女ではご不満ですか?」

「いや、本当に味方なら凄く心強い、けど……」

 

 スパイの可能性はどうしてもある。

 バーバラはウズメと襲撃前の夜に話をしたから、ある程度は知っている。

 四人の兄妹による主君を持ち、忍者稼業に憧れる女の子だ。

 バーバラもリーザスに任官予定だから同僚でもある。あの夜に打ち解けたし、エールの襲撃の時も庇ってくれた。そう酷い事はしないだろう。

 だが、エール・モフスを主君と言っている相手を連れて行って大丈夫なのか。

 彼女が裏切りを命令したらウズメはどうする?

 バーバラは珍しく難しい事を考えて、頭を悩ませた。

 

「とにかく会って話をしたいかな。まずそれからね」

「僕もそう思って呼んでいるのですが、別の仕事を入れたり露骨に避けてまして。彼女も思うところがあるみたいです」

「…………なに考えてるのかな、あの子」

 

 味方ならこの上なく心強い。敵として減ってくれるだけでも有難い。

 にゃはは笑いの忍者を思い浮かべ、バーバラは溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 コサック市街にて、ウズメは仕事をしていた。

 

「ウズメ殿、ご協力ありがとうございました!」

「これぐらいの事、当然であります」

 

 敬礼を交わし、ウズメは東ヘルマン兵と別れる。

 仕事そのものは簡単な雑務だ。昨日の勇者騒ぎによって起きた混乱の事後処理だった。そんな事よりも、アキラに任された新討伐隊のお目通りの方が重要だろう。

 アキラには終わったら来てくれと言われている。今すぐ向かうべきだった。だが――

 

「うぅ……」

 

 行く気がしない。

 ウズメは屋根に飛び移り、体を隠すようにして寄りかかり、コサック城壁を眺める。

 時折行かねばと腰を浮かせるが、結局一歩を踏み出せず、また腰を落ち着ける。さっきからそんな事の繰り返しだ。

 このウズメらしかない行動には理由がある。

 

 バーバラが父親に犯されたのを知っていて、どんな顔で会えばいいかわからない。

 

 ミックスの命令でランスを捜した時、ウズメは暫く忘れられそうにない光景を見てしまった。

 昨日打ち解けた同世代の友人が、男に犯されていた。身体のいたるところに白濁液が付着し、むせ返るような性臭があった。

 犯している人間はウズメの父親だ。実に楽しそうに、気持ち良さそうに動き、女の子の尊厳も欠片もない言葉責めを繰り返していた。

 年頃の女の子ならば、父親に一生幻滅しても仕方ないものだった。それを至近距離でがっぷり、呆然とするままそれなりの時間眺めていてしまった。

 意識して避けていたエロ関係の直視、それが脳裏に焼き付いて離れない。

 エールや他の魔王の子ならまだ平常心を保てるが、ランスとバーバラに対してはまともに顔を見せられる気がしない。それですっかり避けている。

 

(あの時、主君どのを強く止めていればあんな事には……ううん……)

 

 特にバーバラには気が引ける。

 ウズメが止めるチャンスはあったのだ。エールは悪戯をする時の顔だったし、ランスはウズメの胸を揉むように女好きだ。もっと考えればあの事態は避けれた。

 同僚で、友達を図らずも父親に売ってしまった。そんな罪悪感がウズメの心に尾を引いていた。

 

「むー、母上殿ならこんな時でも迷わずに任務を完璧にこなすはずでござるが……」

 

 つくづく、自分でも弱いと思ってしまう。

 レンジャーとしての腕なら自信があるし、技術ならそれなりのものになったと自負出来る。仮に東ヘルマンにバレても何の問題もなく脱出出来るだろう。

 でも、実際の忍者の任務は技術や肉体だけではない。心こそが重要だと思い知る毎日だ。

 ウズメはまだまだ未熟だ。見当かなみの足下にも及ばない。

 いつまでもウジウジ悩む性格ではないから数日したら思い切って行けるのだろうが、今日はまだ無理そうだった。

 

「とりあえず、昨日貰ったお給金で買い食いでもするでござるか」

 

 いつまで悩んでいても仕方ないと考えたウズメは、城壁とは反対方向に踵を返し、コサックの街並みへと向かった。

 雑然とした人混みの中でも、忍者の鋭敏な嗅覚は様々な匂いを教えてくれる。今日の昼ご飯を決める為に、アンテナを張って美味しそうな匂いを探していく。

 焼き芋にクレープ、ドーナッツにぶたマン肉マンイカまんまん……幾つかを買い込み、口に含めば多少は気が紛れる。

 そんな時だった。

 

「んにゃ。この、匂いは……!?」

 

 何度も嗅いだことのある優しい香りがあった。

 柔らかい木漏れ日をイメージさせるような、どこまでも安心感を与えるような、近くにいるだけで幸せを感じるような香り。

 

(……リセット姉上!?)

 

 ウズメの主君の一人、リセット・カラーの匂いに他ならななかった。

 そんなはずはないと嗅ぐが間違いない。彼女は近くにいる。

 ここは東ヘルマンの中心コサック。目立たないウズメならともかく、世界的に有名な幼女であるリセットがいればたちどころに騒ぎになる。そうなれば、ただでは済まない。

 ウズメは慌てて、匂いの元を追いかけた。

 メインストリートを抜けて、人込みを掻き分けて匂いの元へと向かう。少しづつ人通りの少ないところへと行き、真昼間からやっている酒場に辿り着いた。

 

「なんで酒場を選んだと思ったら、完全に忘れてたのね」

「そういえば、この姿だとお酒頼めないかー」

「まあまあ、ここのジュースでも美味しいよ」

 

 この時刻なら酒場に人は少ない。はたして、聞いた事のある声の三名がテーブルを囲んでいるだけだった。

 この時点でウズメは三人を良く確認もせず、久しぶりに会えた嬉しさから匂いの元へと飛び込んで抱き着いていた。

 

「しゅっくんどのー! お久しぶりでござるーーー!」

「わ、わわっ……ウズメちゃん……!?」

 

 ローブ姿の少女に、しなだれかかる。

 この時点でウズメは違和感に気づいた。

 

「……ん、抱き、着ける?」

 

 ウズメの腕は少女の胴に回され、背中にしっかりと頭を寄せられていた。

 そして見上げれば、困ったような、再開を喜ぶような大人びた口元がある。

 つまり、ウズメとそう変わらない背格好の少女だった。

 

「しゅくん、どの……?」

「ほらね、ローブ被ってて良かったでしょ」

「観念して説明しなさい。なんでこんな姿かって」

 

 逆に、いつもの二人の姉妹は幼く小さい。まるで15年時を巻き戻したかのように、声も幼い。椅子に足を余らせて、座っていた。

 

「う、うぅ……わかってるよぉ……」

 

 大きな告白をするように少女は大きく息を吸い、吐き、ウズメに向き直る。

 

「久しぶり、ウズメちゃん。会えてとっても嬉しいよ」

 

 そして、少女がローブを脱ぐ。

 

「リセット、姉上……?」

 

 そこにいたのは、太陽かと見紛うような完璧な美少女だった。

 長髪と眼、クリスタルの色は変わらない。ただ、止まっている時を順当に進めたような、可愛らしい年頃の少女の顔立ちがある。華奢ながらも女の子特有の丸みがあり、ミニスカートによって剥き出しになった生足は色気を感じさせる。

 カラーの少女は恥ずかしさで頬を赤く色づかせながら、にっこりと笑った。

 

「でも、今の私はメリモ・カラーということで、よろしくね」




ザンデブルグ
 RECO教教祖。
 外見のイメージは大帝国のマッキンリーを人間にした感じ。
 立場はトルーマンに近い。神を自称するような不届きをする事はない。
 キングコアルートは色々考えさせるから好きです。直視してると性癖が歪みかねませんが。
 単体では使いにく過ぎるが、付き人がいつもいるからなんとか。

メリモ・カラー lv303
 ミニスカートで長髪の美少女カラー。ナイスバディじゃない。
 闘神大会のパートナーとして登録されたこともある、動物に好かれやすい女の子。
 メリモ・カラー…一体何王の子なんだ……?
 ハニホンX参照。

志津香 lv260
 謎のスーパー幼女その1。
 こんな小さな女の子が誰かの情婦なわけがないだろ。
 今回の自衛手段。

ナギ lv260
 謎のスーパー幼女その2。
 こんな小さな女の子が誰かの情婦なわけがない。
 いつも一緒。



 むっず……新キャラはちゃんと作っていても、いざ喋らせるとなると苦労がダンチ。
 やーーーーーーーーーっと出せる。この日を夢見ていた! ああ、愛している!
 ビジュアルを見たければ大人リセットでツイッター検索すれば画像があるかも。
 次回、31日に上げたい。


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コサック③ パステルに似合わない曲

 お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん


 酒場で4人の少女がテーブルを囲んでいた。

 見当ウズメ、リセット・カラー、魔想志津香、ナギ・ス・ラガール。

 その内三名は既に世界的に有名な人間だ。その名声と魔王との関係性の深さは多くの人々が知るところであり、魔王を恨む人間の中には彼女達に害意を持つ者もいる。

 少なくとも、東ヘルマンの地に彼女達が足を踏み入れる事は許されない。

 兵士達にはブラックリストとして顔写真を配られており、とても入国が許可されるような状況ではなかった。

 

 ところが、今の彼女達はどうだろうか。

 魔王討伐の旅の中で、教導役として知見に富んだ意見を挟んだ魔想姉妹。旅の最中でも魔王の欲望を受け止めた成熟した身体は――ぺったん、ぺったん、つるぺったんに。

 着ている服は子供用そのもので、どうしようもなく似合っている。これに性的興奮を覚える人間がいるとしたら、重度の幼女趣味(ロリコン)だけだろう。

 

「この前の冒険で、若返りの山というのがあったのを覚えてる? 霧の魔物を倒した時にドロップアイテムがあったのよ」

「魔法的なもので、危ないかもしれないから私とお姉様がこっそり研究してたの。色々調べて加工した結果、いつでも男湯に入れるようになった!」

「あんたねぇ……」

 

 下らない理由で誇る妹に呆れる志津香。

 このマジックアイテムは変装用として非常に優秀だった。少し魔力を注げば所有者の身体を変質させる霧を吐き、その霧を吸えば丸一日は子供の姿が維持される。

 東ヘルマン入りするにあたって、志津香達はこれを使う事で兵士の目を誤魔化していた。

 

「これをシャングリラで早速試そうとしてたらリセ……メリモが行かなきゃ助けなきゃって言っててね、心配だから私達もついていく事にしたんだ」

「私はあの馬鹿に振り回されるのはゴメンだったんだけどね。ナギも行くって聞かなくて」

「だって面白そうじゃん。東ヘルマンになってから一度も行った事無いし、あむっ」

 

 ナギが美味しそうに酒のつまみを口に含む。肉団子をギザ歯で根本から噛んで引き込み、むしゃむしゃと食べる。体は幼女だが、動きそのものは年季の入った酒飲みだった。

 

「はしたないから……あっ」

 

 その動きの結果、志津香は口の端についた肉汁を拭こうとナプキンを取って寄せてしまい、

 

「へへー、拭いてくれるの?」

 

 ナギの満面の笑みを見て、自分のやった事に気付く。

 危うくウズメ達の目の前でナギを甘やかすところだった。

 志津香は顔を反らしてナプキンを置いた。

 

「……子供じゃないから自分でやりなさい」

「ちぇー」

「……ふん」

 

 不機嫌そうに自分の皿に手を付ける志津香と残念そうなナギ。

 二人は子供である事を、自分達なりに楽しんでるようだった。

 

「ふふふ、二人とも仲良しさんだねえ」

「恥ずかしいから私達に先に紹介させたんじゃない。次はメリモの番よ」

「あ、はーい」

 

 メリモ――成長した姿のリセット・カラーが、ウズメの方を向いた。

 目線の高さも同じところ、良く見た可愛らしさの面影を残した、ただし美しさも備えた無邪気な表情を前に、ウズメの心臓が何故か跳ねる。

 

「私の場合も同じで、メリモの杖って魔法具を使ったんだよ。これは体を大人にするの」

 

 メリモが懐から取り出したのは魔法少女が使うようなステッキだった。

 

「リセットがリセットのままだったら、私達より一発でわかっちゃうからね。一つだけ条件を付けて貸す事にしたのよ」

「それでメリモ・カラーでござるか」

「そのまんまだけどね。私の名前でもわかっちゃうかなーって思うから、この姿の時はそう呼んでねー」

 

 魔法のステッキをふりふりと振り、少し照れが残る感じで笑うメリモ。

 柔らかく、親しみやすく、ほんの僅かな気品を感じる笑みだ。

 ウズメはつくづく痛感した。初めて見た時から全く身長の変わらない可愛らしい姉は、見逃されて来たが、いざ成長すると――

 

「すっげえ美人でござるよ、姉上殿……」

「そ、そうかな?」

「もう文句無し! こんな凄いの、見たことないでござる!」

 

 完璧な美貌とやらを持つ神すら嫉妬するような、太陽であった。

 魔王の子達は皆見てくれはいい。誰も彼も美少女だし、母親も美人だ。だが、その上がった美的価値観をもってしても、これは勝てるわけがない、比較にならないと感じれるものだ。

 毎年数多の美少女を判定する闘神大会の受付嬢でも驚くほどの美人だ。もし今大陸美少女コンテストをやったら間違いなく一位を取る。

 勇者特性に匹敵しかねない魅力が、メリモにはある。

 

「う、うーん。これはあくまで杖の力で私じゃないから……」

「いや、これは未来の姿を素直に映すはずだよ。リセットが成長したらこうなるんだから、素直に喜べば?」

「…………それはもっと嫌」

 

 メリモはちらっとナギを見て、体を縮こませた。

 

「あー、ナイスバディじゃないもんね。今の姿を認めちゃったら私に永久に勝てないからねー」

「ナギちゃ~ん?」

 

 ナギの言った事が図星だったようで、リセットが少し怒った。

 リセットの体型はしっかりと大人のものではあるが、ことプロポーションというものでは大人形態のナギや志津香に大きく劣る。もっと言うなら貧弱と言っていい。

 この形態の服は露出が激しいせいで、体のラインがモロに出る。

 胸の膨らみこそ少しあるが、谷間と呼べるようなものは存在しないし、存在感だったらウズメの方がまだある。これでは早晩抜かれるだろう。

 そしてカラーは大人形態になったら一生そのまま。もしこの姿で確定した場合、魔王の子の中では一番の貧弱体型という危機は全く変わらないのだ。

 

「そんなことないよ。ひいおばあちゃんと違って私は成長するんだし、それならお母さんも、お婆ちゃんも、カラーの女王は皆ナイスバディなんだから私もそうなる……はず」

「いやぁ……多分無いんじゃないかなあ。メリモの杖を持って、変化があった事に喜ぼうよ。私はあの時、ダメ元だったんだよねー。あの姿が大人かと思ってた」

「ナギちゃんの馬鹿っ、馬鹿っ、馬鹿っ!」

 

 べしべしべしと、ナギの頭を指で叩くメリモ。彼女のコンプレックスの原因は主にナギだ。

 幼い頃から良き親友として過ごしてきたが、時の流れは残酷だった。

 こちらは成長が止まりっぱなし。あっちはすくすく育つ。会う度にナギに自慢され、比較され、胸を頭に乗せられるにあたって、遂に決意した。

 大人になったら絶対に抜かしてやる。馬鹿にされた分をいつか返すと。その為に何年も様々な努力をしてきた。

 だが、全く変わらない。

 魔王問題を解決したら変化しないかと淡い期待を抱いたが全く変わらない。

 

「「「そのままでいいよ」」」

 

 という(ランス)(ダークランス)(エール)のリセット三馬鹿の言葉が運命を決定したかのように、変化の時が来ない。

 その上メリモの杖という抜け道を使ってもこの有様だ。どのみち詰んでいるとか嫌だ。

 メリモは自分の今の身体がとっても不満だった。

 ひとしきり小っちゃなナギをつついたメリモは気を取り直し、

 

「ま、まあ今回は変装の為仕方なくやってるけど、皆には内緒でお願いね」

「ういうい、それで姉上殿達はどうしてこちらまで?」

「それは勿論、お父さん達を止めるためだよ」

 

 メリモはちょっと困ったような表情を浮かべ、ドリンクをストローでかき回す。

 

「東ヘルマンと私達が争う理由なんてもうないの。ちょっとしたすれ違いが残ってるだけだし、後は時間と話し合いで解決できるんだけど……肝心のお父さんやエールちゃんが暴れてたら、話にならないよねぇ……」

 

 手紙を受け取った時点で、大騒動になると確信した。だから可能な限り素早く動いたつもりだ。

 メリモにとっての理想は父親にとっとと会って、妹を諫め、ごめんなさいと書き置きを残して迷惑をかけた人をまとめて逃げる事だった。後から交渉でゆっくりやっていけば可能な限り不幸な人が生まれないで丸く収まる。

 だが、事態は驚くべき速度で悪化を遂げていた。

 

「この朝刊見てみ。『救世主来たる。全世界に、魔王の子達に鉄槌を!』だって」

「街をちょっと歩いたら過激な発言だらけよ。あの勢いじゃ逃げたらどこまでも追うでしょうね。戦争という形で」

「う、う~ん……」

 

 新勇者の出現である。

 東ヘルマンはランスとバーバラを機に、本格的な戦時体制へと舵を切りつつある。片方だけをただ丸く収めれば解決する問題ではなくなってきた。

 

「いっそさあ、私達全員でランスに加担して今の内にボコっちゃうてのはどう? 何度も命を狙われてるし、それぐらいはやられても仕方ないと思うんだけど」

 

 悩むメリモに助け船を出そうとして、ナギが物騒な提案を出した。

 

「前の襲撃では3万を跳ね返したじゃん? 今ならランスに6人もいれば30万ぐらいは……」

「だ、ダメだよ!? 確かに兵士さん達に襲われたけど、そんな事やったら普通の人に大迷惑がかかるからね!?」

「……それに、勇者の存在もあるわね」

 

 志津香の指摘にナギは頭を掻く。

 

「あの子は本物でしょう。なら私達より強いかもしれないから、戦うべきじゃない」

「あー、もう戦いたくないよねぇ……でもなぁ……」

 

 結局、問題は勇者だ。

 夜の興奮を見た時点で、バーバラは真実勇者だろうと見当がついた。だからこそ厄介極まる。

 勇者災害はウズメ以外の全員が苦い記憶と共に思い知っている。魔王の子を全員殺すという宣言は、魔想姉妹から楽観論を取り去っていた。

 ただ、殺害予告をされた当のリセットはのほほんとしたものだ。両手を使ってドリンクを飲み、ほうと息を吐くと、

 

「なんとか勇者さんとお話出来ないかなあ」

「いやー……」

「それだけはやめて」

 

 姉妹が静止の声を上げる中で、裏事情を知るウズメが口を挟んだ。

 

「出来るでござるよ? というかあれは工作の嘘っぱちでござる。ウラジオストックでバーバラちゃんと会ったけど、普通の女の子で、冒険者でござるよ。勇者をやる気は全くないって言ってたでござる」

 

 三人は微妙な表情を浮かべた。

 

「勇者が普通の女の子……? 何かの冗談じゃないの?」

「ウズメちゃん、なるだけ詳細に教えてくれないかな。どんな仕事をしてたの?」

「ういうい。ウズメは東ヘルマンに潜入して――――」

 

 遮音魔法の中で、ウズメの潜入事情が説明された。

 東ヘルマンの人間関係、ウズメのやった仕事、ウラジオストックで出会った新勇者、そしてランス達の襲撃に話は移り――

 

「くんずほぐれつ絡み合って、周囲は凄い匂いがして、バーバラちゃんが甘い声を上げて――!」

「う、ウズメちゃん、もうストップ! そこ飛ばして!」

 

 目ん玉がぐるんぐるんになったウズメを静止したりして、なんやかんやで報告が終わった。

 

「あ~……」

「はぁ…………」

「う、うぅ……」

 

 報告を聞いた三者は三様だった。

 まぁそうなるよねというナギ、呆れと諦めが半々になった志津香、そして途中からウズメの心中を察して抱き締めていたメリモ。全員がバーバラに同情していた。

 

「いやー、いつかやるとは思ってたけど……娘がいても止まらないかー」

 

 最初に口を開いたのは、ナギだった。

 

「可愛い女の子と見れば見境無しよ。一緒に冒険してたらこんなのばっかり。やっぱりあそこで死んでた方が人の為だったと思うわ」

「まあ、女性の敵なのは間違いないよね。私もお姉様もずっと被害者だし」

「あの馬鹿は一生変わらないでしょうね。これからも娘の友達とか息子が好きになった女の子に手を出すわよ。ほんっと最悪」

 

 結論、どう考えてもランスが悪い。新勇者は悪くない。

 というかランスに味方する気が全くしない。

 志津香は敵と考えていた勇者に同情し、一気に鼻白んでメリモに問いかける。

 

「これからどうするつもり? 私はもう帰りたいんだけど」

「そうだねえ。バーバラちゃんは悪い子じゃないみたいだし、話し合ってみようか」

 

 メリモはよしよしとウズメを撫でている手を止めて覗き込む。背丈が追い付いているから、姉そのものの所作が似合っていた。

 

「ウズメちゃんもこのまま話せなかったら、きっと後悔すると思うの。お姉ちゃんも謝るから、これから一緒に行こ?」

「あ……あうあう、分かったでござる」

 

 メリモの優しさにほだされて、ウズメもつい頷いてしまった。

 

「うん! コサックで美味しい店とかも教えてくれると嬉しいなー」

 

 にこにこと、柔らかい笑みでウズメの手を引っ張るメリモ。

 全員分のお会計を置いて、ウズメと話をしつつ酒場を出て行ってしまった。

 

「……はぁ」

「お姉様、お姉様、リセットって本当優しいよね」

「優しすぎよ。貧乏クジを自分から引きに行ってる。まったく、あいつの長女はなんで……」

 

 普通ならランスに幻滅して悪口大会になりそうな流れだった。

 それをメリモは場の空気を柔らかくする事でランスを庇って、ウズメをフォローした。バーバラまでも助けようとしている。

 首都コサックは少し話を聞くだけでも虎口だ。リセットも分かっているだろう。

 だがリセットは止まらない。鬼畜王戦争終結直後に、魔王を元に戻す旅がしたいと頭を下げた女の子は止まるわけがない。

 ずっとリセットはランスの被害者の味方で、何よりもランスの味方だった。バーバラを見捨てられる訳がない。

 

(でもまあ、仕方ない、か……)

 

 少しでも家族に優しい世界を作ろうと奮闘している長女が助けると決めたのだ。それが正解じゃなくても、支えるのが家族というものだろう。

 小さくなった志津香は椅子から飛び降りて、二人の影を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 アキラの私邸の入り口で、ウズメはかなり緊張していた。

 魔法ビジョンの映像は嘘っぱちだ。それは知っている。

 でも、犯された後で相手の娘に対する恨み節は出ないだろうか。いや、きっと出る。少なからずあるはずだ。

 仕事柄、関わらなければならない。向き合っていかなければならない。忍者として、任務をこなさなければならないのだ。だが――――

 バーバラが、自分に対してどんな感情を向けるだろう。それが怖くて仕方ない。

 

「大丈夫、大丈夫。がんばろー」

 

 ウズメの手が震えたのを感じ取ったか、手を握り続けるメリモが声を優しくかける。

 この声と笑顔があるから、今日でもアキラの家の前まで来れた。

 

「い、行くでござるよ」

「うん!」

 

 ウズメは意を決して、アキラの家に入った。

 既に気配を感じ取っていたか、鍵は開け放っており、入り口にアキラがいた。

 

「待ってたよ、思ったより速かったね。そして理由はこの方達か」

「あ、お邪魔しまーす」

 

 アキラは一瞬だけメリモ達を見つめ、ふっと笑った。

 

「いらっしゃい、ゆっくりとしていくといいよ。()()()()()()()大歓迎だ」

「あー……えへへ、じゃあメリモって事でお願いします」

「魔王討伐隊へようこそ。主様の助けになってあげて欲しい」

 

 アキラが礼儀正しく頭を下げた。

 

「そちらの客間で待っててくれ。すぐに案内するよ、この上ない味方が来たってね」

 

 そう言うと踵を返して、階段を上がっていった。

 

「バレッバレね」

「うん、でもアキラさんは酷い事はしないと思ってたよ。東ヘルマンで彼女の仕事もそういうものだったし」

「あの様子じゃ私達もバレてるんだろーなー……」

 

 ウズメ達は案内された客間に入って、ソファーに座る。

 魔想姉妹は念のため魔法で罠の類が無いかチェックしたり、物質調査をしたが何も無かった。

 やがて待つまでもなく、どたどたどたーーーっと音がして、バーバラが姿を現した。

 

「ウズメちゃーん、待ってたよー!」

 

 バーバラは手を揉みつつ、膝を地面に着いて、満面の笑みを浮かべた。

 

「私の討伐隊に名前が載ってて、こりゃ凄く頼りになるなーって思ってたら来なくて、またアキラが余計な事してたかなーって不安だったのよー! 来てくれてありがとねー!」

「「「「……………………」」」」

「どんどんやって欲しい事言って! 少しでも風通しの良い隊にするつもりで、隊長として頑張るから! 一緒に楽しくやっていきましょう!」

 

 お願いお願いと両手で祈って頭を下げるバーバラ。

 あまりに卑屈な姿に、ちび志津香の表情が固まった。

 

「…………この子が、勇者?」

「はーい、勇者やってまーす! あなたはウズメちゃんのお友達かな。ウズメちゃんの友達なら私の友達になってくれないかな?」

「…………」

「あ、ごめん! 慣れ慣れしかった!? ごめんなさい! 仲良くやっていきたいだけだから!」

 

 魔王討伐隊隊長の作戦その1、媚びる。徹底的に媚びる。

 ウズメが敵に回ったら勝ち目がない。卑屈でもなんでもいいから裏切りにくさせよう。

 まずは戦う事になる魔王の子を減らすことから始めないと勝ち目がない。

 

 人類の希望、勇者。

 その勇者が見え見えの媚びを魔王の子にかましていた。年季が入ってないからド下手糞だ。

 普通の女の子と聞いていたがとんでもない――――この女の子は、かなり駄目な子だ。

 

「っぷ、アハハハハハハ!」

「ちょっとナギ……」

「いやー、勇者と身構えたらこれって……! 前のも、前の前のも色々ヤバかったのに……!」

「あ、アリオスとゲイマルクとやら? あんな大それた事する気ないわよ。普通にお金稼げればいいの。人類の敵も味方もまっぴら御免」

 

 両手を横に広げて、新勇者バーバラは無害をアピールする。

 

「とにかく強い人は歓迎です。皆すっごく強いってアキラが言ってたし、魔王討伐隊に参加してくれるなら凄く嬉しいです。なんなら数日一緒に食っちゃ寝するだけでも大歓迎です。ここにあるものは全てアキラのものだから、好きに使ってね!」

 

 笑顔だけは可愛らしい、色々駄目な子だった。

 謝罪するつもりが、完全にハシゴを外されたウズメは呆然としていたが、メリモにちょいちょいとつかれて我に返る。

 

「ば、バーバラちゃん! ちょっとこっち来て欲しいでござる!」

 

 ウズメは客間から離れて、内緒話をする為にバーバラを引っ張って別の部屋へ引き込んだ。

 

「ウズメちゃん、どうしたの?」

「う、その、ウラジオストックでは、ごめんねでござる……」

 

 頭を下げるウズメに、バーバラはきょとんとして首を傾げた。

 

「……エールから庇ってくれたでしょ? こっちが感謝したいぐらいで、謝る事なんて無いと思うんだけど」

「その、父上殿の時、止められず……」

「あっ…………! まさか……!」

 

 一気に顔を真っ赤にして、狼狽えるバーバラ。あの時を見られていたと悟り口元に手を当てる。

 

「…………っ!」

 

 ウズメは体を縮こませて、審判の時を待った。

 少しの静寂と、バーバラの動揺。次にどんな悪感情がぶつけられるかと恐れる中で――

 耳に、手を当てられた。

 

「…………その、他の皆には、内緒にしてね」

 

 ウズメは瞼を開き、バーバラを見た。

 目には涙が滲み、耳まで真っ赤にしていた。ウズメに対する悪感情というものではなく、痴態を見られたという羞恥が強い。むしろウズメの視線から逃げるのはバーバラだった。目を逸らして、まともにこちらを見れない。

 

「その……恨んでないでござるか?」

「ランスはぶっ殺したいし、エールも痛い目見させたいわよ。でも後は私も調子乗ってたところもあってー……」

 

 指をもじもじと弄って、バーバラは自身の反省を口にする。

 結局、勇者の力に調子に乗っていたという反省は大きかった。従者の忠告を無視し、勝手に判断し、楽勝だと決めつけて、魔王に犯される。

 冒険者としては廃業ものの失敗だ。先達に口に酸っぱくして言われていた事を何一つ守れていない。他の何かを恨むよりは、自分の恥ずかしさの方が勝っていた。

 

「……ええい、まぁ全部過ぎた事よ! 大事なのは今これからどうするか!」

 

 首を振って、バーバラはウズメを見据える。

 

「一緒に魔王討伐隊に参加してくれる? 私、あなたと戦いたくないの」

 

 そして、手を差し出した。

 あまりにも以外な展開だった。恨み言を言われたり、斬りかかられたり、何より泣かれるのが怖かった。仲良くしていた子の不幸な姿を見るのが怖かった。でも、これだ。

 ウズメは苦笑して、手を握った。

 

「ふふっ……バーバラちゃん、変な子でござるね」

「ポンコツ言われるよりかはマシな呼び名ね、よろしくね!」

 

 魔王討伐隊にウズメが仲間になった。

 正しい事はまだわからない。でも失敗しても、取り戻せるから恐れなくていい。

 後に戻ったメリモが見せた満面の笑みとVサインは、ウズメにとって忘れ得ないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふふふ、ふふふふふふ…………」

 

 自室に戻ったアキラは暗い笑みを漏らしていた。

 

「最高の展開になってきたね。次々と魔王の子が主様の下へ集まる。よりどりみどりだ……」

 

 アキラにとって本来の目的は別にある。あるが、第一目標とは別にエロ目標も存在する。

 魔王の子とセックスがしたかった。

 古今東西ありとあらゆる相手とセックスして来たアキラにとって、コンプリートは欠かせない。これまでは世界的な影響から魔王の子とは避けていたが、今なら別だ。

 バーバラとだけは合意の上がいいと思っていて手加減しているが、他の子なら遠慮はいらない。

 

「リセット・カラー、魔想志津香、ナギ・ス・ラガール、見当ウズメ……どれもこれも最高だよ。どんなシチュエーションでやろうかな……」

 

 人間が想像できることは、人間が必ず実現できる。それがアキラのモットーだ。そしてエロに関しては既に実現している。

 

 ある日の事だ。

 エロ仙人というものが現れて、エロ魔法を覚えたくはないかとアキラに問いかけた。

 

『勿論だ。どんな犠牲を払おうと習得してみせる!』

 

 即答だった。

 そこから激しい修行の末、闇と光以外の魔法が使えなくなる等の弊害はあったものの、アキラは見事エロ魔法を習得した。

 そこからさらに研鑽を積み、努力に努力を重ね、外法も試し……今ではエロシーンにおいて不可能は存在しない。

 媚薬、催眠、洗脳、感覚交換に始まり、触手召喚、ふたなり化、女体化男体化獣化機械化、動物使役、魔物使役、肉体改造、精神破壊、苗床……およそ人の考えられる全てのシチュが可能な不思議空間が作り出せる。

 アキラのエロの方向性は、この世界(alicesoft)よりも、異世界(dualtail)のモノに近かった。

 

「システムがエロシーン判定を認めれば、僕はあの子達を……ふふふ……」

 

 状況を考えるだけで、濡れる。

 どんな快楽を与えられるだろうか、そんな考えでアキラの頭の中は一杯だ。

 自部屋にあるのは、アキラ謹製のアイテム達。

 感度100倍にする薬、快楽中枢を直接刺激するバイブ、一週間は男を勃ちっぱなしにする倍油など、エロに関する全てが唸っている。

 

「ああ、楽しみだなあ! 何も知らない女の子に快楽を教え込むのは! 誰にしようかなあ!」

 

 他の部屋では少女達が無邪気に笑っている一方で、アキラはエロばっかり考えていた。

 




リセット・カラーについて
 筆者はリセットをこの上なく愛しています。
 故に多少歪んでるかもしれませんが、ご容赦下さい。


最後のイベント

 アキラの存在意義。本二次創作アナザーエロ発動準備。ランス9オマージュ。
 本二次創作はランスモードもあれば隠しバッドエンドもあります。筆者のリソースが有限だから本編進めるのでいっぱいいっぱいですし、turn終了時の休暇時に一つ作るぐらいでしょうか。




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コサック④ 仲間を求めて

後にバーバラはこう語る事となる。
「誰がここまでやれと言った」


 魔王討伐隊を作るにあたって、隊長と副隊長の間でこんな会話があった。

 

『ねえアキラ、魔王討伐隊を作るのはいいんだけど、その場合隊の強さが重要になるよね?』

『その通りですね。個人が強いのと部隊が強いのは別です』

『最大三万連れていけるというのはいいけど、ただ兵士を連れて行くだけでは楽に勝てない気がするのよ。だからエリート部隊にしましょう』

『なるほど、素晴らしい考えだと思います!』

『という事で、東ヘルマン中から凄い奴は私の部隊に入れなさい! 私の為に最強部隊を作りなさーい!』

『畏まりました! 僕の持てる全てを賭して精鋭をご覧に入れましょう!』

 

 

「……という訳で、モンキー将軍達には魔王討伐隊に参加して貰うよ。わかったかな?」

「全然納得が出来ませんぞ!!」

 

 ログAの指令室では、怒声が響き渡った。

 この砦の防衛担当であるモンキーにとって、突き出された再編成の内容は到底看過出来るものではなかったからだ。

 

「何なのですかこれは!? 私だけならともかく、主だった指揮官根こそぎではないですか!」

「そうだよ。ここから全部強い兵士を持っていくんだ。残りは現場の工夫と指揮に期待しよう」

「将軍級どころか、中隊長、小隊指揮官まで軒並み持っていかれては指揮も何もありませぬ! これではログAは放棄しろと言ってるようなものではないですか!」

「ログAだけじゃないよ、ログB、ボルゴZもそんな感じの指示を出してある。これから北の各都市にも伝える予定だよ」

「なななあっ…………!?」

 

 頭のおかしい編成を伝えておいて、アキラは平然としていた。

 

(なんなのだこれは……! これが『あの』アキラ様なのか!?)

 

 一番頼りになる上司の変貌を前に、モンキーは狼狽(うろた)える。

 リーザス、japan,自由都市の三国連合を相手取り、寡兵を指揮してバラオ山脈を抜かせなかったあの姿は、全ての指揮官に語り草となるものだった。モンキーもまた、将ならばそうありたいと憧れた一人だ。

 そのアキラが、バラオ山脈の防衛ラインを丸ごと崩壊させるような編成を打ち出している。

 

「分かっていると思うけど、これは通達であって拒否権はないよ。統帥権を理解しているよね?」

「しておりますとも! だからこそ、アキラ様がこんな指示を出すのが信じられぬのです!」

「細かい事は気にしなくていい。僕が一度でも間違った指示を出した事があったかい?」

「…………っ、それは、ありませんが」

 

 モンキーは言葉に詰まる。

 これまでも、『何故こんな作戦を?』というものがあった。迂遠だったり、あるいは奇策だったり、ザンデブルグやホワイトを無視した独断専行も多かった。

 その度に、アキラは常に結果を出している。だが――

 

「議論は必要ない。いいから君はここの兵士達をまとめて、コサックに集結させるんだ」

「……勇者がそんなに重要ですか?」

「そうだよ。何よりも最優先だ」

 

 そう語るアキラの瞳は、曇りのない狂信者のものだった。

 RECO教の神官や教育が受けた者の特徴だ。何か一つの真理が正しいと思い込み、それに仕える事に無常の喜びがある。

 アキラは、明らかにおかしかった。

 

「いいからとにかく最強の軍隊を作るんだ。僕はともかく、主様の言う事は常に正しい。間違いなどありはしない」

(主様とはなんだ!? まさか……ザンデブルグが遂にアキラ様を……!?)

 

 疑心暗鬼ながらも、有無を言わさぬ上司の意思は頑なで、モンキーは従うしかなかった。

 

「それじゃ僕は次の街へ行くからね。出立は二日後になるから急いで」

「はっ、ははっ……」

 

 モンキーは敬礼してアキラを見送った。

 そしてもう一度、握りつぶしたくなるような書類を精査する。

 渡された用紙は代理の人事まで細かく記入され、大きく納得出来るものだ。

 密かにモンキーが高く評価していた兵士を抜擢していたり、仮に『指揮官が全て死ぬ』ならモンキーも苦渋の末にこういう選出をするだろう。アキラの有能さは変わらない。

 だが、選出する人間は明らかに理性が吹っ飛んでいる。

 このままではログAのバリスタや弓は統制射撃が出来なくなる。そのレベルで指揮官を奪い取っているのだ。兵はいても弓を綺麗に打てず、守る為の頭が無くてどうして砦を守れるというのか。

 

「おっ、おぉぉぉぉぉぉぉぉ…………」

 

 モンキーは頭を抱えて机に突っ伏し、このふざけた方針をどう説明するのかと苦悩した。

 

 

 そんな感じで、アキラの強引な命令で滅茶苦茶混乱を来す事になったが、魔王討伐隊の命令は実行された。

 東ヘルマンの軍事組織をボロボロにする事と引き換えに、バーバラの最強部隊は結成されつつある。

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、勇者は涅槃寂静モードに突入していた。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~」

「よしよし、よしよし、いい子いい子

 

 木漏れ日が差し込むソファにバーバラは寝そべり、メリモに膝まくらをされて撫でられていた。バーバラが甘えるように時折お腹側に頭を寄せて、それにメリモは応えるべく優しく包み込む。

 周囲は優しくて安心するような匂いに満ち溢れ、バーバラの表情はだらしなく緩んでいた。

 

「ふふふ、バーバラちゃんは甘えん坊さんだねえ」

「誰だってこうなっちゃうから……お姉ちゃん、凄いよお……」

 

 昨日魔王討伐隊に合流したメリモというカラーの少女は、姉力の化身だった。ウズメが姉のような存在と言っていたが、成程これなら納得する。バーバラもこの時ばかりは、実の姉妹でもないメリモを姉と呼んでしまっていた。

 バーバラとメリモは、非常に相性が良かった。

 基本的に楽をしたがり、他人に仕事を放り投げるバーバラ。頼られる事が好きで、自分から進んで安請け合いをするメリモ。2人は磁石のS極とM極のように惹かれ合い、一夜の内に仲良くなって今の有様だ。

 

(ああ……こんな幸せがあったなんて……!)

 

 バーバラは感動と共に、この麻薬めいた幸せを享受する。

 耳掃除をしてあげようかと、ぽんぽんと膝を叩くメリモには抗いがたい魅力があった。だから一も二も無くお願いした。

 そして柔らかい膝に頭をうずめ、耳をくすぐる感覚の中でする雑談の、なんと幸せな事か。

 メリモがバーバラの冒険譚を聞く度に「いっぱい頑張ったんだね」とか「偉いねえ」と言って頭を撫でてくれる。催眠音声の如く一言一言が染みわたり、気づけば嬉し涙を流していた。

 勇者になってから二週間、バーバラに平穏などありはしない。ボロボロに傷ついて疲れた心にとって、この慈愛は何よりの薬だった。

 

「私、私、メリモちゃんに撫でられる為に生まれたんだ……」

「くす、そこまで言っちゃう? よっぽど辛かったんだね。大丈夫、お姉ちゃんまだまだ付き合ってあげられるよー」

 

 メリモは甘えん坊な少女をなでなで、なでなで。

 

「あああああああ……ありがとぉぉ…………」

 

 勇者は、この上なく幸せだった。

 自分に対する無償の愛を知り、膝の上という極楽浄土を堪能し、懊悩など全くない。

 涅槃寂静、無我の境地、お姉ちゃんこそが神というこの世界の真理に到達していた。

 これ以上の幸せなど存在しない。だからこれ以上旅をする必要もない。ただこの幸せに浸って、お姉ちゃんと共に暮らして行こう。

 バーバラがそんな風に考え、この物語そのものが終わろうとして――――

 

「そろそろ終わりにしてください。今日も仕事がありますよ」

 

 コーラに囁かれて、幸せな時間が終わりを迎えた。

 

「勇者の仕事に休みはありません。あなたは朝から晩まで働き通さなければなりません。仕事は山のようにあります」

「……………………」

「魔王討伐の出立は二日後に迫っています。その為にあなたが出来る事はなんですか。足りないものは現場の工夫と時間で補わなければなりません。そんなところで楽をしている暇はありません」

「…………コーラ」

「働きましょう。労働があります。仕事してください。給料泥棒をするつもりですか? そんな事をやったら犯罪ですよ。義務を果たしてください」

 

 バーバラは怒りの形相で起き上がり、コーラを睨みつけた。

 

「あんった、本当性格悪いわね!」

「ポンコツ勇者が起きないから手助けをしただけですが。良い目覚ましになったでしょう?」

「最悪よ!」

 

 性格の悪い従者のニヤつき顔から視線を切り、バーバラは立ち上がる。

 至上の幸福は社畜な現実によって塗り潰され、最悪な気分になってしまった。とはいえ、コーラの言う事も正しい。

 

「今日は自分の足で仲間を探しに行くって言ってましたよね。今のまま一日を過ごしてて良かったんですか?」

「まあ、良くないけど」

 

 魔王討伐隊には、まだまだ戦力が足りなかった。

 バーバラは東ヘルマンの余剰戦力を底からひっくり返して勝とうとしている。その為には軍人だけではなく、民間からも強い戦力が欲しかった。

 その過程で、魔法ビジョンを通じて行われた放送では広く国民の参加を呼びかけた。

 勇者特性によって希望者は殺到したが、エールやランスを相手にするには足手纏いにしかならない者ばかりだった。

 業を煮やしたバーバラは自分から強い人間を発掘……もとい、徴収しようと思っていた。

 

「マズいとは思うんだけどコサックって広すぎるから、どこに行くべきか思いつかなくてねー」

 

 そう言ってバーバラは縋るような目でメリモを見る。

 

「うーん……私も色んな凄い人は知ってるんだけど、東ヘルマンとなると知らないなあ」

「愚直に強い人聞いて回るしかないのかな。面倒だな-……」

 

 窓の外に目をやれば、日は既に高く昇っている。

 心地良い膝枕の代償として時間を多く浪費しており、今から闇雲に捜索をしても見つかる可能性は低い。やるだけ無駄ではないかという考えが浮かんで、バーバラの腰が重くなる。

 そんな状況でもメリモは柔らかく微笑んだ。

 

「こんな時はね、見つけないといけないって考えるんじゃなくて、街を楽しむ事を考えようよ」

「街を、楽しむ?」

「そうそう、失敗したらいけないと思って探すんじゃなくて色んな人を見に行くの。そしたら以外なところにバーバラちゃんにとって力になってくれる人がいるかもしれない」

「うーん、でもなあ……」

 

 なおも悩むバーバラに、志津香が補足する。

 

「東ヘルマンは独裁国家よ。強い人間がいるなら軍と教団が徴収してるから、まともに探してもいない。リセットはそういう事を言いたいんじゃないの?」

「それもあるけど……それよりも、バーバラちゃんには楽しくやって欲しいなーって。失敗そのものよりも、これだけの大都市だもの。色々見て回った方が楽しいよ」

「ん……」

 

 メリモの言葉を受けて、バーバラは思案する。

 勇者特性によって今やバーバラは大人気だ。安易に雑踏に踏み込もうものなら周囲は興奮の坩堝と化す。アキラの家に向かう傍らで半ば暴徒と化した市民を見て、バーバラはコサックの観光を断念していた。

 だが東ヘルマンなんて基本的に縁が無い。仕事が終わったらリーザスに就職するし、冒険者としてここを訪れるのは次はいつになるかわからない。

 

「……そうね。頭空っぽにしてコサック観光、楽しみましょうか! 軍の小切手(金づる)を持ってるし、使わなきゃ損でしょ! 豪遊しちゃいましょう!」

「私達も恩恵に預かっていいんだよね?」

「もちろん! ここにいるメンバー全員で贅沢する事を隊長の私が許可するわ! 決起集会よ!」

「「わーい!」」

 

 バーバラの宣言に、ナギやウズメが沸いた。

 やんややんやとパンフレットを眺めて丸をつけ、これから買う物に目星をつけたりと一気に慌ただしくなる。

 

「ここ、かなり危ない場所だって忘れて欲しくないんだけど……」

 

 志津香は浮かれている子供達を眺めて溜息をつき、コーラをじろりと睨む。

 

「おや、楽しめませんか」

「あんたがいるからね、気が抜けないわよ」

 

 コーラは邪悪な笑みを浮かべた。

 

「安心してください。()()勇者が何か言わない限り何もしませんよ。私は従者ですから」

「……その言葉を聞いて、もっと楽しむ気が失せたわ」

 

 大人の心配を知らずに、無邪気な子供達の遊びは始まる。

 

 

 

 

 

 

 

「たーのしー!!!!」

 

 仲間集めなんてそっちのけで、バーバラ達はコサックを遊びきった。

 街の中心は常にメリモとバーバラに支配された。勇者一人なら興奮と共に囲まれたかもしれないが、メリモの存在が逆に食い止めた。

 絶世の美少女二人が仲睦まじく観光を楽しむ様を見て、声をかけられる者はいなかった。その尊い空間を崩す事に気後れして、却って人の波が道を作る有様だった。

 魔王討伐隊はアイスクリームを食べたり、バッティングセンターで魔人級の力を行使したり、土産を買いこんだり、やりたい放題であった。その間に仲間を探すという考えは、はたして欠片でもあっただろうか。

 日は沈もうとして、厚い雲の切れ端から熱戦となって差し込んでいる。この時期のヘルマンの気候もあって、素晴らしい観光日和だ。

 今は東ヘルマン第一大学の学園祭に入り込み、イカ焼きを買って夜の花火大会が始まるのを楽しみにしている。

 

「ねーね、明日は移動遊園地がこに来るってよー」

「ホント!? そりゃーもう行くしかないでしょ!」

「ふふふ、じゃあ今日は焼きそばはやめておこうか?」

 

 誰もが笑顔で、仲も良く、楽しそうに雑談する。

 東ヘルマンの中にあって、少女達の笑顔はまさしく太陽だった。

 

「んー、それだと夕食どうするでござるか。イカ焼きだと物足りない気がするでござるし」

「ここは学食にしましょう! 私、給食とか学食って食べた事ないから食べてみたい!」

「あ、ああ……そうね。そうしましょうか」

 

 一瞬だけ志津香に生暖かい目で見られつつ、バーバラは意気揚々と食堂へと向かう。

 ただ、食堂は他の場所とは違って剣呑な空気が場を支配していた。

 学生達が遠目で見守る中、二人の教官がテーブルで向かいあって角を付き合わせて議論している。2人の仲は険悪そのものであり、偶々同じ席に座ってしまったのが不幸の始まりだった。

 

「ぷぷぷ、いつまで馬鹿な事を言ってるんですか? 本当分からずやさんなんですねー」

「貴様の方こそ困ったら神神神と言えばいいと思っているようだな! 既に死んだ者に固執して議論を拒否するな!」

 

 怒りを露わにする学者然とした男はこの大学の教授で、カストールと言う。

 徹底した実地調査と綿密な観察が高く評価され、この大学の講師で最も有名な一人である。普段は温厚な男なのだが、目の前の小娘が相手となると話は別だ。

 

「でもシステムは生きてますし。神はいますから。私は真実を伝えてるだけですよ?」

「ディクシー! 貴様はいつまでそんな事を言って逃げるつもりだ! 神は死んだ!」

「封じられてるだけですって。本当に死んでだらもっと世界は滅茶苦茶になってます」

 

 馬鹿にするようにわからずやを笑う少女は、ディクシー・ドガルと言う。

 モンスター生物学を得意とする生物学の若き権威であり、実績は少ないが、彼女の意見はあまりに迷いがない。まるで真実を言うような独自の思想は、この世界の真実のように聞こえて、支持者は多い。

 だからこそ、徹底的にカストールとは対立する事になっていた。

 

「わかんない人ですねー。貴方の人間原初説は妄想です。土台から間違っているんですから、その後の主張も全て妄想ですよ」

「否! 魔物は人間の欲望から産まれたものである! だからあのように多様な姿をしておいて、どこか人間と似ている部分があるのだ! 欲望の象徴たる生殖器や、女の子モンスターの姿を見れば私の主張が正しいとわかるだろう!」

「だからそれは全部神の設計なんですって。こうなるように作られただけです」

「これだから貴様は話にならん! 何かと言えば神神神だ! 貴様は宗教家か!」

「だって真実ですし」

 

 喧々諤々とした二人の主張は、議論の体を為しているようで議論になっていない。

 自分の意見を全て真実として、根拠を示せと言われても神で押し通すディクシー。

 その一方で、長年の研究とこれまでの通説を補強してきたカストールの理論を喝破する。他者の否定だけは上手い女だった。

 必然、カストールには蛇蝎の如く嫌われ、いつクビになってもおかしくないのだが、

 

「貴方の言う事が真実ならば、人間と魔物のハーフが産まれてもおかしくないじゃないですか。ところが女の子モンスターは人間の精液を毒と認知して死んでしまう。これはどう説明しますか?」

「ぐ、ぐぅっ……!?」

「流石ディクシー先生、見事な指摘だ……!」

「ああ、彼女はこの大学の希望だよ」

 

 彼女の熱烈な信奉者も多い為、おいそれとクビに出来ない。

 ディクシーとカストールの対立は東ヘルマン第一大学の火種であり、華とも言えた。

 ただ、いきなり来たバーバラ達から見れば難しい事で盛り上がっているだけだ。呆然と事の成り行きを眺めていた。

 その中で、何人かは彼女の正体に気がついてしまう人間がいた。

 

「郵便屋さん……?」

「オーロラちゃん……?」

 

 違う名前の人がメリモから呼ばれたのを聞いて、バーバラは驚いた。

 

「いやいや、あの子は等々力亮子という郵便屋さんだから。何度もねーさんとの手紙のやり取りで仲良くやってたから間違いないはず。しかし何で彼女がここでコスプレをしてるのかな?」

「残念ながら全て正しくて、全て間違ってる」

 

 志津香がバーバラの袖を引っ張り、耳元に声を寄せるように促した。

 バーバラが体を傾げると志津香は背伸びをして、耳元に口を当てて囁く。

 

「彼女はオーロラ。かなり昔に死んだ魔人ジークの使徒よ。変身能力……というか変装能力があって、それを活かして人間界でスパイとして情報収集する魔物なの」

「そういえばねーさんの事を妙に親し気に呼んでたし、そっか、使徒繋がりなんだ」

 

 改めて明かされてみると、バーバラの中であっさりと納得出来る事実だった。

 オーロラとバーバラの出会いはペルエレの手紙の返信だ。以降時折連絡時には頼んでいたが、彼女に委託すると他と比べて圧倒的に変身が速い。

 何回か使う内に、バーバラとオーロラは仕事の愚痴をちらほら漏らす仲になっている。友達とまでは言わないが、良く知る知り合いだった。

 志津香はバーバラの在り方に訝しみ、首を傾げた。

 

「使徒って聞いて恐れないのね」

「私の知っている使徒っていい人しかいないし。ねーさんの友達なら悪い事はしないんじゃない」

「ああ、あの子の知り合いなんだ。そういえば……」

 

 志津香の知る人間が勇者の価値観にダブる。

 ペルエレは小市民の我欲物だ。ヘルマン皇帝の影で小さく自分の利益を掠め取ろうとする姿は、冒険の中で印象に残った。バーバラもその類の言動を端々で発揮していた。

 もしペルエレが同じ状況ならば――やはりこうなるのだろう。

 

「……ねえ、オーロラちゃん仲間に加えよっか」

「へ?」

「使徒なら人間なんかより凄く強いし、変装能力とか色々長所ありそうじゃない?」

 

 バーバラは、実に悪い顔をしていた。

 唖然とするメリモ達を放っておいて、バーバラはオーロラに歩み寄る。

 

「郵便屋さーん!」

「ぎゃふっ!?」

 

 オーロラが慌てて振り向くがもう遅かった。

 勇者が、にこやかな笑顔でオーロラの顔を眺めている。肩をがっしりと掴んでいて離す気が皆無だ。

 

「ぴぎゃあああああああああああああああ! なんなんですかー!?」

「どーも、魔王討伐隊隊長で勇者のバーバラです! こんなところで会えて嬉しいなー!」

 

 そして、耳元で囁いた。

 

「これからはちゃんとオーロラちゃんって呼ばせてね」

「…………ッな、ななななんのことですか!?」

「私、オーロラちゃんの秘密を知っちゃったの。口が軽いから、ついうっかり滑りそうになってるんだー。一緒に魔王討伐隊の仕事をしてくれると嬉しいなー」

「あっ、ああ……」

 

 オーロラは目の前が真っ暗になった。

 ここは東ヘルマンの中心、コサックだ。使徒とバレたらその場で殺される。ましてや勇者が目の前に居て逃げられるわけがない。今殺す気が無い方が奇跡だ。

 魔王討伐隊隊長は民間人に対しては暴君に等しい権限が与えられている。どこからどう考えても避けられないと悟ったオーロラは、力無く頷いた。

 

「放送は見てました。個人的にはすっごく応援してますよ。魔王ランスは死ねって思っています。でも私が戦えば、秒で死にますよ……」

「ごめんね。私も余裕がないの」

 

 笑顔の中に少しだけ罪悪感を滲ませて、バーバラも頭を下げる。

 

「ま、そうと決まったら一緒に花火を見ない? いい場所を取ってあるの」

「ああ、私もそれを見たくてここに残ってたんですよ。はは、墓穴でしたねえ……」

 

 危険を感じて逃げれば良かったと嘯くオーロラの手を取って、バーバラは引っ張る。

 正直のところ、バーバラは戦力としてはあまり期待してはいなかった。知り合いがいて、一緒に花火が見たかった気持ちの方が強い。

 そして何よりも、使徒ならば使徒として付き合いたかった。彼女の本当の話が聞きたかった。

 

「なんでスパイとかやってるのか、花火の中でこっそり聞かせてね。事情によっては魔王討伐が終わった後に手助けしてもいいから」

「本当ですか!?」

 

 オーロラの驚きの表情を見て、バーバラは目を細める。

 

「私、タダ働きは嫌いなのよ。嫌いなものを他人に押しつける気もないの」

 

 柄でも無い事を言ったかと視線を前に向ける。日はいよいよ沈み、食事が終わる頃には花火が打ち上がりそうだった。

 

「それならジーク様の、ジーク様の復活をお願いします! 公式でもやらずにロリトカゲに煽られる日々はもう嫌です!」

「花火は初めて見るのよ。それなりに大規模らしいけど、どんな色が上がるのかなー」

「講義でも、魔人討伐隊でも、鬼畜王戦争でもずっと私はいいように使われているのに、まだ復活させられてないんですよ! そろそろ復活させてくれてもいいんじゃないですか!?」

「あー、花火楽しみー」

「誰か聞いてくださいよーーーーーーーーーー!」

 

 バーバラにとって、人か使徒かは花火の色よりどうでもいいものだった。

 そうして、オーロラが魔王討伐隊に加わった。




お姉ちゃんの膝まくら。
 元のサイズだと無理ゲー、足まくらでも辛い。
 姿形が成長した事により母性溢れる行動が可能に。本人満足。

ディクシー・ガロア(=オーロラ)
 ヘルマン系魔物使い。東ヘルマン潜入モード。
 まねしたを使役し、多数の仲間を大学に仕込ませている。
 東ヘルマンの魔物虐殺時に隠れ場を提供して、まねした達からは命の恩人として慕われている。

 仲間集めが着々と。種撒きが少しづつ。
 次回、7日が目標。8日になんとか……
 来週になったら日常回が終わってアクセルかける感じです。長かった


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コサック⑤ ひとりぼっちの女の子

 2019 Friday 投稿断念
 2019 Saturday 頓挫
 2019 Sunday 計画凍結
 2019 Tuesday ok,run

 遅延を開き直ってネタにするスタイル。
 のたうち回りました。申し訳ない。


 楽しい時間はあっという間に過ぎるものである。

 アキラに修行という名目で凌辱の限りを尽くされる事を除いて、バーバラにとってメリモ達との日々は非常に楽しいものだった。

 メリモの料理を堪能し、ナギとウズメと一緒にノリノリで遊び、オーロラから主人自慢を聞き、志津香の冒険の話を聞く。

 これから魔王討伐に行くとは思えないぐらい、魔王討伐隊は明るかった。まるで家族旅行のような暖かい日々だった。

 食事は美味しく、ベッドは柔らかく、遊びは楽しい。

 バーバラはいつしか冒険者の殻も脱ぎ、14歳の年頃の少女として本心から笑っていた。

 そんな感じでバーバラは次の一日も概ね楽しい時間を過ごした。ただし、今日は昼過ぎに用事が入った。

 

 移動遊園地にこれから行こうか、というところでバーバラはアキラに呼び出された。

 盗賊退治を担当する魔王討伐隊の精鋭兵、ディフェンダーの指揮官達の顔見せがあるから、来て欲しいという事だった。

 仕事そのものはアキラに丸投げして、バーバラは勇者然として挨拶するだけで良かった。指揮官達は皆悩みが深い顔をしていたが、仕事柄忠誠を誓ってつつがなく終わった。

 若干時間が取られたなと、帰る道すがらの事だった。

 

「勇者さまー、サインちょーだい!」

「サインサインー! わたしの服にお願いしまーす!」

「はいはい、一人ずつね。年少からやってあげるから、お兄ちゃんお姉ちゃんは後ろに回ってあげてねー」

 

 ショートカットをしようとして中央公園を突っ切ろうとしたら、子供達に囲まれた。

 この子供達は魔王討伐隊に参加する兵士の子息たちだ。危険な仕事なため、兵士には一日だけ家族と会う機会が設けられ、一時の団欒を与えられていた。バーバラはその会場となる広場に通りがかってしまい、立場上囲まれるのも当然だった。

 隊長という身分、勇者という肩書き、勇者特性まで加わって、バーバラを囲む子供の数は男女の別なく重囲になっている。

 その相手が何かしかのおねだりをするのを、バーバラは一人ずつ律儀にやっている。

 

「はい君は握手でいいのね。次は?」

「キスしてくれー! 唇に強烈な奴!」

「そういうマセた子にはデコピンね。額にちょっと残るようにしてあげる!」

 

 物凄く手加減をしつつ、バーバラはクソガキを中指で弾く。

 

「いてーーーー!」

「キスよりかは跡が残るでしょ。暫くはそれで自慢することねー。ふふふ……」

 

 そう言って、無邪気に微笑む姿は特性抜きに魅力的だった。

 

「いや、申し訳ありません。勇者様にお時間を取らせてしまって……!」

 

 この企画を任せられた士官が頭を下げる。周りを見れば子供達の親は感謝よりも申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「ん、もうすぐ終わりそうだし気にしてないから。いつか私が本当に有名になった時に、高級品になると思うと悪くないしね」

 

 サインをする中で、バーバラは気づく事があった。東ヘルマン兵と話をしても、どこか得体の知れない不気味さがない。

 顔だ。顔が見える。東ヘルマン兵士の顔が皆見える。普段フルフェイスの男達が兜やゴーグル、マスクを脱いでいる。家族との一時を過ごす為に免除されている。

 剛毅な男、押しの弱そうな男、若さ故か視線を向けると顔を赤くして背ける青年、東ヘルマン兵としてではなく、一人の人間として彼等を認識出来る。

 教団員もそうだが、東ヘルマンの正装はどいつもこいつも顔が徹底的に見えないのだ。ウズメやモンキー将軍のような高級士官ならともかく、兵士も教団員も顔を隠すように徹底されている。

 しかしどうだろう。頭を外せば彼等は自分達と同じ人間なんだと実感できる。家族に会えて安堵し、自分の娘を抱き締める顔は普通の父親のものだ。

 

(……なるだけ楽をしようと思って強いのを集めたけど、本当に負けられないなー)

 

 バーバラは今や魔人討伐隊の隊長だ。魔王ランスを討伐するだけではない、彼等の命三万を預かる指揮官となった。

 どうするべきかはわからないが、死人は少なくしたいと考えてしまうのも仕方のない事だった。

 子供達による輪は時間の経過と共に狭まっていく。メリモ達には先に楽しんでてくれと言ったが、優しい彼等の事だ。遊びながらもどこか待っているに違いない。

 それでも今の時間が楽しくて、バーバラは途中で切り上げる気にならなかった。

 

「……はい、君で最後ね。君は勇者としてじゃなくて冒険者としての私で書いてあげよーう」

「えー!? なんでそうすんだよー!」

「その方が後でプレミア感が出るのよ。いいから持っておきなさい。私は世界最高の冒険者になるんだから」

 

 身なりのいい服に子供の名前と自分の名前を書くと、バーバラは噴水のへりから立ち上がる。そして周囲を見回し、自分の成果を確認する。

 朱色に照らされた子供達の表情は豊かだ。最後の方は高級士官の子供達だった為に、手触りだけで高級品とわかるものを着ていた。だが子供達はそれよりもペンでつけた自分の名前の方を誇っていて、親に見せつけている。

 

「……ん?」

 

 冒険者冥利に尽きる光景を満足そうに見回す中で、バーバラは一人の子供に気づいた。

 中央公園のこの区画は関係者以外立ち入り禁止だった。許されているのは軍関係者だけで、教団員すら締め出されている。家族との一時に無粋をさせない為の配慮だろう。

 つまりその子供は軍関係者だ。だが、一人ぼっちでもあった。

 親と子が団欒を築き、子供達が楽しく談笑する中で、ただ一人だけその子供は孤立して――いや、明らかにそこだけ距離を取るような感じで、ベンチに座っている。

 六人だか七人だか、まとめて座れるだけのベンチを一人の少女が占有しているのだ。本に目を落として、自分の世界に引きこもるようにページをめくっている。周りの子供もどこか察しているようで、そこへ近づこうとしない。

 暖かい空間の中で、少女の周辺だけは冷たい距離が開いていた。

 

「あの子はなんなの? なんか浮いているけど」

 

 バーバラは隣にいる士官に問いかけた。

 士官は一瞬だけ体を強張らせて、言葉を探すように目を泳がせた。

 

「う、あの方ですか……総帥閣下の、ご息女になります」

「ホワイトの!?」

 

 改めて少女を見る。

 言われてみればなるほど、白い髪も、赤い眼も、白磁の肌もホワイト家の特徴そのものだ。親程脱色と言えるものではないが、それはまだ年若いからだろう。長髪を二つの髪留めでまとめ、静かに読書に耽る顔立ちは幼さだけではなく、既に上品な美しさを備えている。

 着ている丈の長い着物も、そこに繋がれる装飾品もこれまでのものとはさらに違う。熟練の職人が本人の丈に合わせたオーダーメイドだと感じられるような、意匠に富んだ貴族が着るような一品だった。

 

「はー、なるほど。挨拶とかしといた方がいいのかなー」

「!? お、お止めになった方がよろしいかと!」

 

 どこか必死な表情で、士官はバーバラを手で遮った。

 

「別に声かけるだけなんだけど」

「いえ、あの子は……不気味なんです。総帥閣下の娘という事を抜きにしてもです」

 

 さらっとホワイトが不気味であると吐露した士官が、怯えを見せて言葉を続ける。

 

「私の娘共の間では彼女を包帯姫と呼んでいました。常に生傷が絶えないらしく、服を一枚脱ぐと体の至るところが包帯に包まれていたそうです。娘はあくまで話を聞いただけなのですが、着替えの時にふざけて包帯を取った娘がいて、その時に黒い血が滴り落ちたと。そして翌日、そこに立ち会った者は全員行方不明になりました」

「行方不明か。あからさまね」

「そうです。そこで止まればまだしも、その子の親達……私の同僚達も行方不明になりました。そしてそれは不問のまま握り潰されています」

 

 不穏な事件の顛末に、バーバラは眉根を寄せた。

 この世界、村が滅んだり人が行方不明になるのは日常茶飯事。支配者階級に失礼を働けば打ち首獄門も当たり前の話である。

 だが、子供の不祥事一つでここまであからさまな対応をするのは過剰と言える。あまりにも露骨過ぎて却って情報封鎖にならない。結果として勇者特性の恩恵もあり、士官が聞いてもいないのに喋ってしまっている。

 結局、効果としてあるのは――

 

「私はこれは警告なのではないかと思うのです。彼女には何かがあり、それを聞かせないため、喋らせない為にあえて苛烈な方針を取ったのではないかと」

「それでこうなると……納得だわ」

 

 まだ基礎学校も出ていないような子供を恐れ、誰もが近寄らない。

 外見の悪目立ちする特徴、奇怪な噂、高貴な身分、全てが少女から外への介入を排して、賑やかな中でも本の世界へ入り込む場所を作り出していた。

 

「事情はわかった。ありがとねー」

「……声をお掛けになるつもりなのですね」

「別にお節介を焼く気はないわよ。気にしないで」

 

 なおも何か言いたげな兵士に笑いかけて、バーバラは少女の元へと向かう。

 君子危うきに近寄らず。非常に聡明な少女だと自認するバーバラにとって馴染んだ言葉だ。今回だってヤブヘビは御免だし、任務に関係ない他人の家庭事情なんて首を突っ込む気はない。

 ただ、仇名に引っかかりを覚えてしまい、見なかった事にする気にもなれなかった。

 

(『包帯姫』ね、どうせ事件が起きる前から十分浮いた立場だったんでしょ)

 

 仇名にはそれに由来するだけの過去もあるが、本人と周りの関係性が透けて見える。少なくとも、暖かみをもってつけられたものではないのは容易に予想が出来た。

 石畳を進んで近寄ると、少女もバーバラに気づいたようで本から目を上げる。紅玉の瞳は値踏みをするように細まり、勇者を注視していた。

 人間関係では初対面が最も重要だ。どう声をかけたものかとバーバラは一瞬考えて、胸を張ってペンを掲げた。

 

「サインいる? 手に入れておけば将来価値がでるわよ」

「必要ありませんわ。勇者様のお名前はお父さまから聞いておりますので」

 

 少女は先程より価値の低いものを見る目になった。

 それでも挨拶をする気にはなったらしく、本を閉じてベンチから立ち上がる。

 

「初めまして、私はトゥーラ・ホワイトと申します。バーバラ様のご決断には私も深く感じ入りました。一市民として健やかに魔王討伐を果たされる事をお祈りしておりますわ」

 

 流麗な動作で頭を下げ、流れるように紡がれる言葉は高度な教育を受けたものだ。貴族階級然とした、型に決まった動作だった。幼さと高貴さが混ざりあって一つの芸術品に近い。

 だが、形だけで本心でない事は明白だ。心が欠片もこもってない事はバーバラでも分かる。その証拠にすぐに座り直して本を開いてしまった。

 もうこれは直球で、面倒臭いから関わらないでくれと言っているようなものだろう。

 しかしここで終わりにしていたら声をかけていないのと同じだ。バーバラはトゥーラの隣に腰を降ろして対話を試みる。

 

「ねえねえ、トゥーラちゃんって呼んでもいい?」

「…………お好きにお呼びになって」

 

 極めて不機嫌そうに答えるトゥーラ。目を本の活字から逸らさず、バーバラの事を邪魔者にしか考えていないようだった。

 

「トゥーラちゃんはなんでここで本を読んでいるの?」

「この場所は私がいつも読書の時に使っている場所ですわ。どうして他の方の都合で退かなければならないんでしょうか」

「ま、そりゃそうね。でもそれを今言えるのは凄いわ」

 

 今は懇親会の最中であり、少し離れているとは言え多くの人がいる。今の発言が聞こえたらしく、若干不安そうにこちらを見ていた家族がまた少し距離を作った。

 口を開けば辛辣で物怖じしない。このあたりは流石総帥の娘といったところか。

 

「趣味は読書みたいね。文学少女って感じがする」

「いいえ、ただ暇を潰しているだけですわ」

「え、いつもここで読んでいるんでしょ?」

「面白くないんですもの。趣味とは、やっていて楽しいものでしょう」

 

 淡々とした口調で、白銀の少女は言葉を続ける。

 

「他にすることもないので日課にしているだけです。本は持ち運びに嵩張らず、読めば(ページ)の分だけ時間を消費するので選択しました。ですが、世界的な文豪の代表作とやらがこれでは底が知れたものでしょう」

 

 トゥーラが持っている本の表紙には、ザナゲスサーガと銘打たれていた。

 バーバラは読んだ事は無いが、創作小説としては聖書の次に売れているものだ。ヘルマン建国者ザナゲス・ヘルマンの英雄譚であり、ヘルマン国内での読者は多い。

 だが、トゥーラはザナゲスサーガを酷評する。

 

「毎巻毎巻一騎討ちして勝って終わりで、その繰り返し。もう十巻以上も同じ展開です。領土だけは広がっていますが、執筆者は何を思ってこんな展開にしているのかしら」

「でも読むんだ」

「読もうと読むまいと変わりませんもの。この本は私の日常と一緒です。何をしようと、何をしなくても、変わらずつまらない」

 

 バーバラはトゥーラの感情の端を見た気がした。

 彼女は孤独を憂いているのではなく、退屈を持て余している。それは身の回りのもの全てに興味を持たず、心を閉ざしている為だ。今までのも対話ではなく、壁を打っているだけだった。

 トゥーラと話をするには、まずこの状況を変える必要がある。

 

「……トゥーラちゃん、何かやりたい事ってある?」

「ありません」

「そう、じゃあ私と一緒に遊びに行かない?」

 

 ちらりと紅き瞳がバーバラに向く。苛立ちが込められて威圧感を感じるものだったが、バーバラは意に介さず微笑んだ。

 

「これから移動遊園地に行くのよ。私は友達と一緒に遊ぶつもりだったけどトゥーラちゃんと一緒に遊ぶのも悪くないかなって」

「結構ですわ」

 

 トゥーラは首を横に振る。

 

「遊園地なんて子供騙しの張りぼてではありませんか。それが面白いわけ無いでしょう」

「子供騙しならトゥーラちゃんは騙せるでしょ」

「……………………」

 

 この時初めてトゥーラの表情に変化が生まれた。

 目を細めて唇を強く結び、恨みがまし気にバーバラを睨んでいる。背丈の差から見上げる角度も相まって、子供そのものだ。

 ようやく可愛い素直な姿を見たバーバラは、笑みを深くして体を寄せる。

 

「ね、ね、行ってみようよ。面白いよ」

「行きません」

「絶対面白いって約束するから。だって遊園地だよー」

「……遊園地のどこが面白いと思っているんですの」

「皆すっごく楽しみにしてたから」

 

 トゥーラはあんぐりと口を開け、

 

「バーバラ様、まさか……」

「初遊園地。一緒に行こうよー!」

 

 トゥーラが自分の頭に指を当てて押さえる。

 ポンコツ勇者こそが、誰よりも子供騙しに期待していた。袖の端を掴んで未知の存在に行こうと誘う様は、まさしく子供だった。

 

「……はあ、どうしてそれで面白いって約束出来るんですの」

 

 バーバラは、満面の笑顔で答えた。

 

「ここ最近の毎日がとっても楽しいからよ!」

 

 皆と楽しく遊ぶ日々が楽しかった。魔王討伐なんか忘れるぐらい楽しかった。だからバーバラは確信を持って言える。

 

「毎日が面白くないトゥーラちゃんが面白くなもいものをやるより、毎日が楽しい私にとって面白いものをやった方が面白いに決まってるでしょ」

「っ……」

 

 トゥーラは返答に窮した。じっと目線を下に向けて、言葉を探しているようでもあった。

 深入りし過ぎたかと感じて、バーバラはベンチから立ち上がる。そして膝を落として目線を合わせて、問いかけた。

 

「ま、駄目だったら私が全面的に悪いって事で、一緒に行かない?」

「…………」

 

 手を差し出さず、あくまで本人の意思に任せるようにして待つ。

 トゥーラはバーバラの問いかけに対して何も答えず、本に目を落とし――(ページ)をめくろうとして、また止まる。

 はあと溜息を吐くと、ザナゲスサーガを閉じて立ち上がった。

 

「この本つまらな過ぎますわ。それよりは面白いんでしょうね?」

「そっちの面白さはわからないけどね。期待していいわよ!」

 

 バーバラの後ろに、一人ぼっちだった少女がついていく。若干の喧騒と驚きが混じった軍人達の一団を抜けて、公園を出る。

 二人は移動遊園地へと向かった。

 

 

 

 

 

「わぁ……」

 

 闇夜の中、魔法電灯に照らし出された幻想的な光景が広がっていた。

 輝く観覧車、高速で流れゆくジェットコースター、おどろおどろしく人を誘うお化け屋敷、立ち並ぶ屋台……全てが煌びやかな灯りをともして、見る者を魅了する。それに誘われたかのように、多くの人達が長蛇の列を作っていた。

 人、人、人。大都市コサックから来た夥しい親子連れやカップル達がひしめいて、多くが笑顔で長蛇の列を形成している。

 移動遊園地は今回、都市側の協力もあって史上最大、本家Mランドにも劣らぬ規模で開催した。だがそれも、コサックの人口の前には太刀打ち出来なかった。

 既に日は沈んでいるというのに、長蛇の列は全く途切れる事はなく遠大なものになっている。花形のジェットコースターや観覧車に至っては3時間待ちという看板が掲げられている。

 それらの光景を一つ一つ眺めて、バーバラが目を輝かせる。

 子供達がそうであるように、バーバラもまた夢中になっていた。

 

「で、どこが面白いんですの?」

 

 冷水を被らせるような声が、後ろから聞こえた。

 バーバラは両手を広げてトゥーラに向き直る。

 

「いやこの光景よ!? もう凄すぎない!? 光があんなにあって! バヒューンって動いて!」

「人が多すぎて暑苦しいですし、ゴミ箱は溢れきって汚い事になってるではありませんか」

「むぐっ……」

 

 トゥーラが指差す方向には、ゴミの群れが積み重なっていた。こまめに清掃をかけているのだが、人が圧倒的過ぎてキャパシティを凌駕しており、もうどうにもならない。積み重なった食べ残しやゴミが周囲を汚して、誰もゴミ箱の周りには近づけなくなっていた。

 

「ただ見た事のない景色を眺めるだけで満足なさるなら、あれでも満足出来るのでは?」

「……可愛くない事を言うわね。これじゃ楽しめないってこと?」

「ええ、面白くもなんともありません」

 

 感動や楽しみに水を差されたバーバラは、ビシッとトゥーラを指差す。

 

「良くわかった! 今日は遊園地が面白いって、あなたに言わせてみせるから!」

「ええ、楽しみにしておりますわ。その為に来たんですもの」

 

 無表情で、わざと棒読みでトゥーラは返す。

 バーバラの勝手な勝負が始まった。

 まずバーバラがやったのは屋台に突撃する事だった。回転率の速いアイス屋に並び、程なくして三段重ねのアイスクリームを二つ持ってくる。そして、トゥーラの前に突き出した。

 

「この手の甘い物は好きでしょ! 三種類の味が楽しめるなんてそうないわよー!」

 

 トゥーラは何も言わず、付属していたスプーンで一匙救って味を確認し、

 

「……結構です、砂糖の質が悪いですわ。使い過ぎてて普通に作るより味が悪いですわね」

「っな……!?」

「この手の氷菓子こそ上品さが求められます。後味の事が考えられてないので頂けません」

「お嬢様めー! 甘けりゃ幸せでしょー!?」

 

 塞がった両手を使えるようにする為にバーバラはガツガツ食べる。一段クリームを丸ごとかじりつき、頬にクリームが付くのも構わずにまた一含み。あっという間にクリームの山は姿を消した。

 

「げふっ……食事が駄目なら、アトラクションね」

「この混雑で遊べると思いますの?」

 

 トゥーラの言う通り、どの施設も夥しい数の人間が並んで長蛇の列を為している。多重層に折り畳まれた人の波が存在し、各施設の入り口が視認出来ない程だった。

 

「ま、いいからついて来なさい。一つぐらいあるかもしれないから」

 

 そう言ってみたが、当ては全くない。移動遊園地の敷地の広さと、施設の多さだけを頼りにして穴場を探す。

 メリモ達との合流も考えていたが、この分ではその前に祭りが終わってしまいそうだった。

 ただ、今日のバーバラにはツキがあった。中央を避けて柵沿いに進み、施設を一つ一つ眺める中でひっそりとした建物を一つ発見した。入口にopenと書かれてある以上、間違いなくやっている。

 バーバラは建物の前に来て、窓口にいる係員に声をかけた。

 

「ここは何をやっているの?」

「大人向け疑似冒険体験アトラクション、TOWERの出張版です。各地の様々な情報を元に、冒険を体験できるアトラクションになります。クリアした方には豪華景品もありますよ」

「滅茶苦茶面白そうじゃない! なんでこんなに空いてるの!?」

「私も不思議なんですよね。安全面に配慮したのに、どうしてでしょう……」

 

 首を捻るおっとりとした女性の反応を前に、何故かバーバラは嫌な予感がした。

 

「……冒険って事は、魔物と戦ったりする?」

「当然です。だから大人向け、冒険者向けになります。でも安全装置があるので負けたら脱出扱いで抜けられます。これまで事故は起きた事がありませんよ」

「はいトゥーラちゃん参加不能ね」

「あ、そこも配慮されています。保護者の方が頑張っている間、子供達はこちらで観戦出来ます。お菓子も飲み物も無料になるんですよ」

 

 私も経営努力をしているんですよと、にこやかに係員が話す。

 

「むむむ……」

 

 バーバラは唸って考える。

 冒険疑似体験アトラクション、面白そうだ、是非やってみたい。危険もあるそうだが、バーバラは勇者だ。敵など魔王の子、魔人、魔王ぐらいだろう。木っ端アトラクション如き粉砕出来る。

 トゥーラに目線を送ったらお好きにどうぞとでも言うように、観戦席に座ってしまった。

 

「……決めた。ここは勇者のすっごいところを見せてあげる」

 

 バーバラは不敵に笑って、難易度表の踏破者ゼロと書かれた一番上を指差した。

 

「そのクレイジーキングコースとやら、ううん、もっと難易度上げても構わないわよ。楽々突破しちゃうから」

「まあ……勇ましい方もいるのですね。それではお入りください」

 

 係員に促されるまま、バーバラは建物に入る。

 中は真っ暗だった。どうにも感知しようのない闇であり、元の建物の大きさからは考えられない程スペースがある。

 

『それでは、スタートになります。全部で9階立てですので、頑張ってくださいね』

「この施設どう考えても一階建てだったんだけど……ま、何階だろうが楽勝でしょ」

 

 そして、するすると闇――幕のようなものが上がり、ダンジョンが姿を現す。

 高階層と思わしき塔の中にバーバラはいた。魔物の息遣いが聞こえ、油断ならぬ場所と察する事が出来る。

 視界の端にリタイア出口という電光掲示板が見えるのが、かろうじてアトラクションと実感させてくれる場所だった。

 

「……ふふ、史上初の踏破者として名を刻んであげる!」

 

 勇者はエスクードソードを抜き放ち、リタイア出口を見向きもせず上への階段へと突貫した。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、この施設が不人気な理由を明かそう。

 魔物が出来て戦う必要があるアトラクション、TOWER。オープン以来極悪難易度で、現役の冒険者にとってもリタイアしか出ない程のものだったからだ。

 このアトラクションの脱出装置は一つだ、死亡扱いになる。つまり死ぬまで痛めつけられる。

 今、このアトラクションは『拷問死亡体験アトラクション』という事で有名である。

 

『ぎゃーーーーーーーーーーーーーっ!!!』

 

 トゥーラが優雅に紅茶を嗜む一方で、大画面に移っている勇者が悲鳴を上げた。煮えたぎった油をモロに喰らい、のたうち回っている。

 

『なにこれ!? なにこれ!? 殺しに来てるでしょ!?』

 

 勇者にとって敵なのは強くなった魔物ではない。何故か強い謎生物(ウルンセル)だろうが一撃必殺で一体沈み続けるし、群れの攻撃も躱す。人類代表に恥じぬ勇者の力を発揮していた。

 問題は世界(システム)の罠だ。これが悉くバーバラに牙を剥く。

 

『あれっ、攻撃ってどうするんだっけ!? 痛ッ痛たたたっ!』

「あらあら、罠の方に悉く飛び込んで行ってますね」

 

 踏み込んだところには忘れた草が群生して、怯んだところで仕掛け矢やレーザーが偏差射撃で撃ち込まれる。

 どれだけ避けようと思っても、巧みに突き刺さる。膨大なHPがあるせいでそう簡単に沈まないが、少しずつ削られて血を流し始めていた。

 

『くっさあああああああああああい! は、腹が……っ! か、体がぁ……! 頭痛い……!』

 

 激臭、フリードリンク、黒牛乳、有線放送……ありとあらゆる罠が前を進む度にバーバラに直撃する。その度に滅茶苦茶に飛び回り、嗚咽を漏らし、悲鳴を上げ、感情豊かなアトラクション装置と化していた。

 バーバラは、この上なく運が悪かった。

 

「………………」

 

 トゥーラの目線はバーバラに注がれいる。その為か、菓子の袋を開けようとして、切れ目を引き損ねて失敗した。

 そんなこんなで、強さとは関係ない部分でバーバラはのたうち回りつつ、それでも強化された雑魚魔物を屠り、上へ上へと昇っていく。

 時折宝物を拾って笑い、マヨネーズが効くと気づいてがぶ飲みし、魔物を縫うように切り裂き、少しづつ上へ登り――

 

『なめるなあああああああああああー!!』

『ぎぁぅおまぅぁぁ』

 

 謎生物の親玉(ウルンセル天)は、エスクードソードの渾身の一撃を受けて倒れた。

 

「わ、凄いですね。通常だったら突破してましたよ」

『ど、どんな、もんよ……これで途中で帰る方法とか……あるの?』

「はい、クレイジーキングコースにはありません。後三階層、引き続き頑張ってくださいね」

『………………もういや』

 

 バーバラはエスクードソードを地面に叩きつけた。

 

『もういやーーーー! アトラクション気分だったのに、こんなの詐欺よ! やめる! やめるから帰してよー!』

「そんな事言っても、脱出装置は死ぬ時だけです。これまでに手に入れたアイテムも全て没収になります」

『それもいやー-----!』

「…………ふふ」

 

 大画面の中では世界(システム)による虐めが絶賛公開中だ。アトラクションに勝利するか、死ぬかの二択を迫られて少女は泣き叫んでいる。

 これがtowerの仕様だ。参加者は言うに及ばず、観戦者は悪魔もドン引きするような拷問鑑賞会と化す。身内が嬲られてボロボロになり、魔物にボコボコにされるのを見れば子供達のトラウマになる。人気など出るはずがない。

 なまじっかバーバラは強いばかりに突破する。そして未踏地域に足を踏み入れ、

 

『はーーーーーーーにほーーーーーーーー!! なんか可哀想な子が来たよーーーー!』

『うげっ、なにこの白ハニワ!? でっかくて偉そう!』

『細かい事は気にしない! さあ、勝負だよ! 僕が勝ったらこの眼鏡を着て……ふふふ……!』

 

 そして、

 

『つ、強すぎるぅ……』

 

 勇者バーバラは、遂に倒れた。

 

『お楽しみターーーイム! 勇者が負けたらCGシーンの発生だよ! エロゲーのお約束だよね!』

『ひっ……や、やめ、やめて……いやあああああああああああああああああ!!』

 

 

 画面の中では、陶器達の精神凌辱会になっていた。

 言葉責め、衣装責め、眼鏡責め、ありとあらゆる可哀想な目にあわされ、バーバラの尊厳はズタズタに切り裂かれ、あられもない姿を晒す。

 

「ふふ……ふふふふ……」

 

 トゥーラの忍び笑いは、忍び笑いとは呼べないものになってきた。

 

『ほらー、これで最後だからちゃんと台本通り言うんだよー』

 

 メイド姿になったバーバラは、ガーターを見せつけるようにスカートをたくし上げ、涙ながらにカンペを読み上げる。

 

『う、ううっ……私、勇者バーバラはポンコツ過ぎて、偉大なる陶器様に負けてしまいました……。あまりに情けないので、どうかその逞しいモノで私を塗り潰してくださいっ……!』

『ひゃっほーーー! 水鉄砲、構えー!』

『ずぶ濡れだー!』

 

 ぴゅっぴゅと水がけられ、また言葉責めが始まる。

 

『ねーねー、僕達に負けてどんな気持ち? ねえどんな気持ちー?』

『うわあああああああああんっ! あんまり、あんまりよおおおおおっ!!』

「……っぷ、もう駄目っ!」

 

 トゥーラは遂に我慢出来なくなって、吹き出した。

 

「あははは! 勇者様、なんて御姿なんでしょう! アトラクションで何故こうなるのですか! あははははははははは! あははははははははは!」

『見ないで! 見ないでええええええええええええ!』

「あははは! 申し訳ありませんバーバラ様、すっごく面白いですわ!」

 

 トゥーラは勇者のあまりに無様な姿に笑いが止まらなくなり、腹を押さえて笑い続けた。

 

 

 

 

 アトラクションが終わった後、二人は係員が用意した一席に向かい合って座っていた。

 

「……勝負は私の勝ちだから、それでいいわね」

 

 顔を真っ赤にしたバーバラがトゥーラを睨む。

 

「何のことですか? 勝負をした覚えがありませんが」

 

 涼しい顔でトゥーラはとぼける。だが隠しようもなく、口の端は緩んでいた。

 

「遊園地が面白いって事よ! 面白いって言ったでしょ!」

「ああ、その事ですか。勝負をしたつもりはありませんが、確かに私が間違っていましたわ。ごめんなさい」

 

 クスクスと笑い、白銀の少女は頭を下げる。

 

「遊園地はそこまで面白いとは感じませんでしたが……バーバラ様はとても面白かったですわ。腹を抱えて笑うなど、いつぶりかしら」

「…………ならいいわ」

 

 バーバラは羞恥を隠すために、緑茶を口に含む。

 全くもって最悪極まるアトラクションだが、面白くないと言われるよりはマシだった。

 

「これからどんどんつき合って貰うわよ。今度はトゥーラちゃんも参加だからね。笑ってやる」

「ええ、ええ、仕方ありませんわね。ですが残念な事に、他の施設は混雑しておりますし、またの機会という事で」

 

 逃げ道があり、余裕面を崩さないトゥーラに対してバーバラはニヤリと笑った。

 

「逃がさないから。こちとら魔王討伐隊隊長と総帥の娘のコンビよ。色々出来る事についての説明は受けてるし、使わない手はないわ」

「……まさか、私達の権限を遊園地に使うおつもりですか!?」

「そりゃー使うわよ。列の横入りどころか貸し切りやっちゃうから! それで大人用に切り替えて、トゥーラちゃんの泣き叫ぶ顔をちゃーんと拝ませて貰うからね!」

「なんて横暴な事を……!」

 

 バーバラは口を手に当てて驚くフィオラに手をわきわきとして迫る。

 

「ふふふ……一緒に楽しみましょうね。ジェットコースター、三周から行きましょうか……」

「け、結構です。結構ですわ……」

 

 背中に椅子を強く預けて、後ずさりをするトゥーラに対してバーバラは手を伸ばし、

 

「トゥーラちゃん、あーそびましょーーー!」

「――――そこまでだ」

 

 大人の男に腕を掴まれて、遮られた。

 

「なっ!?」

 

 その声を皮切りに、次々と男達がトゥーラの近くに忍び寄り、囲む。

 彼等の服装は皆軽装の東ヘルマン軍服であった。だが、誰もがヘルメットを被っていない。

 仕事中なはずなのに顔が見える。巌のような軍人然とした男達が、トゥーラを囲んでいる。

 

「トゥーラ・ホワイト。総帥様の命が下った。連れ戻せとの仰せだ」

「総帥様は勝手な行動をした貴様に対して思うところがある。家に戻って沙汰を待て」

「あ……」

 

 兵士はトゥーラの細腕を無遠慮に掴み、有無を言わさぬ力で引っ張って立ち上がらせる。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 力を込めて、バーバラは自分を掴んでいる男を振り解く。強烈な力だった為折れるぐらいの勢いで振り解かなければいけなかったが、その軍人は顔色一つ変えなかった。

 

「あんた達、東ヘルマン軍人でしょ! 私は魔王討伐隊長よ! 私の権限を行使すれば――!」

「それがどうした。我々は総帥様の直属部隊だ。総帥様以外の指示は受けん」

「っ…………!」

 

 そこには浮ついた雰囲気など欠片もなく、黒鉄の意思のみがあった。

 

(これがアキラが話していた直属部隊……!?)

 

 アキラは東ヘルマンにおける1つの注意事項を伝えていた。他は庇えるが、これだけはどうにもならないものだ。

 ザンデブルグ、ホワイト、それぞれにはこの国の人材の最精鋭を搔き集めた超精鋭部隊が存在する。彼等は二人の指示でしか動かないし、決定した事はなんでもやる。なるだけ関わるなと。

 それぞれの男は筋骨隆々だったり細身だったり様々だ。だがその目に宿る意思の色だけは統一されている。黒の徽章もまた、彼等を象徴するものだろう。これまでの兵士達とは違う。

 今朝の兵士達は感情ある人間であり、軍人であろうとする男達に過ぎない。こちらは本当に機械そのもの。自己という存在を軍人という暴力機関として純化させたような、覚悟と圧力があった。

 この部隊は、東ヘルマンの闇だ。

 

「勇者バーバラ、総帥様は魔王ランスの討伐を期待している。励む事だ」

「魔王討伐隊隊長として歴代の隊長に恥じぬ活躍をするように」

 

 そう言い捨てて、彼等はトゥーラを引っ張り、去っていく。

 引っ張られて離れるトゥーラの目には、どうせこうなるという諦めと、笑みがあった。

 

「トゥーラちゃん! また本を読んでてつまらなかったら、私と遊びましょう!」

 

 気づけばバーバラは大声で叫んでいた。

 その声が聞こえたか、トゥーラは一瞬だけ目を見開き、苦笑した。それがバーバラの見た最後の姿だった。

 

「…………なによ、あいつら。言われなくてもわかってるわよ」

 

 これからが楽しいところだったのにと嘯き、緑茶の残りを飲む。この上なく苦い味だ。

 遊園地の外れから見れば、中心はまだまだ人が多く、笑顔に溢れている。場末の端だったから、このような堂々たる拉致が成立したのだろうかと考えてしまう。

 どのみち一人で楽しむ遊園地は二人よりかはつまらない。そう思って帰ろうと足を向ける。

 

「あーーーーーっ、バーバラちゃんだーーーー!」

 

 そんな時、声がかかった。

 声の方を振り向くと、めいめいが楽しんできたと思わしき魔王の子達がいた。

 ナギとウズメはお揃いの仮面を頭にかけているし、ウズメはキャラメル味のポップコーンを食べている。メリモはわたあめを掲げて、ぱたぱたとバーバラの方に歩み寄る。

 

「バーバラちゃん、やっとお仕事終わったんだね! じゃあ一緒に遊ぼっか!」

「メリモちゃん……」

「えへへ、少しでも多く人がいた方が楽しいもん。ほら、早く早くー」

 

 手を握って、満面の笑みでバーバラを促すメリモ。手を振る他の子達も輝いている。

 魔王の子達はこの世界の光だ。バーバラにはとても眩しかった。

 バーバラは一度だけ、先程まで座っていたテーブルと、飲み切られなかった紅茶を眺めて、

 

「……うん、行こっか!」

 

 遊園地にある光の輪に混ざり、メリモ達と遊ぶ事にした。

 魔王討伐隊の最後の休日は、こうして明るく終わった。

 




トゥーラ・ホワイト
 ホワイトの一人娘。
 人を遠ざけようとする性質と、時折ある辛辣な言葉遣いから、大人受けは悪い。
 子供達もその見た目の特異さから気持ち悪がれている。ホワイト家は割とそう。
 父親は基本的に忙しく、家に帰るのが遅いし帰らない日もザラ。

ザナゲスサーガ
 ヘルマン建国者、ザナゲス・ヘルマンについて書かれた長編小説。(1~621巻、以下続巻)
 ヘルマン史を忠実に書かれた小説となっており、途中から英雄というよりも歴史物語に近い。
 執筆者の執筆速度がとんでもないため少しずつ現代に近づき、遂に追いつきつつある。
 一巻から追い続けているファン達からはいよいよ完結を迎えるのではないのかと専らの噂。

Tower出張版
 7層HK(手加減)
 8層グナカン
 9層cK……の群れ。

 かわいそうロリ枠。
 新キャラの女とか気合の入れっぷりがダンチにせざるを得ない。

 次回、12日目標。
 無理ってのはね、嘘つきの言葉なんですよ。
 いよいよ戦闘突入……その前に。
 この期間、ALサイドが何をしてたかーって話です。


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AL 友情フェイズ ランス B① 事件

   1

 

 ウラジオストックを陥落させてから数日が経過した。

 ボク達は全く動いてなかった。というのも、ランスのせいだ。

 

「がーーっはっはっはっはーーー! ほれほれほれーーーー!」

「ランス君、流石に私もそろそろ……んんんっ……!」

「俺様を舐めてもらっちゃ困るなあ! まだまだ幾らでも出来るぞー!」

「はぁっ……あ、ああっ……あああっ……! もう、だめぇっ……!」

「くくく、これでアムちゃんにも勝利だー! もうセックスで俺に勝てる奴はいないぞー!」

 

 えっちな事、三昧だ。

 ハーレム用の魔法ハウスでいっつも大声を上げているんだから、何をやっているか丸分かりだ。

 ボクの独断専行を責めてお尻ぺんぺんした男はずっとこんな事に興じて、次の方針も示さない。正直、退屈で仕方ない時間ではある。

 何か動こうにも母さんから貰った剣は折れたし、日光も粉々。ミックスから釘を刺されて離れるなと言われてるし、どうしようもなかった。

 そんなボクが、その間何をしていたかというと――

 

「シィルさん、皿洗い終わったよー」

「わあっ、ありがとうございます。次は洗濯物をお願いしていいですか?」

「うん、任せて」

 

 そう、家事とかの雑用だったりする。

 戦闘禁止令を受けて、ボク達は一気に暇になった。

 廃墟のウラジオストックを散策したりもしたが、人がいないんじゃ面白くない。すぐに飽きた。

 だからこの期間、ハーレムハウスに紛れ込んでランスの女達と話してみたり、彼等の仕事を代わりにやってみたりした。

 盗賊団が大きくなる過程で、ランスはたくさんの女性を手籠めにした。えっちな事ばっかりしてるから喋れなかったけど、かつての敵がどんな事を言うか興味があったのだ。

 ちなみに長田君は割れっぱなしだ。ハーレムハウスという時点で一歩も入れず駄目らしい。

 ボクは洗濯籠を運んで、洗い物を干すべくウラジオストック城壁の階段を昇る。

 城壁には一人の女性が腰掛けていた。ぼーっと空を見上げて、心あらずという感じだ。

 

「アイヌさん?」

「…………あ、ああ、エールか」

 

 この人は無心アイヌと言い、ランスのハーレムの一人だ。魔物隊長ブロビオの首を見せられて、ランスの女になる事を誓っている。

 

「どうしたの? なんかぼーっとしてたけど」

「いや、なんでもない。気にしないでくれ」

「……ふーん」

 

 ボクにも用事はある。彼女に背を向けて物干し竿に洗濯物を通していく。

 せっせと腕を動かす中で、ぽつりとアイヌが呟いた。

 

「…………ただ、まあな、これでもいいかもしれないと思い始めている自分がいてな」

「ランスのハーレムに加わったこと?」

「今の立場に入れられた経緯には不満しかない。だけど、その後余りにもしつこいので、断る為に条件を出したらあの男は叶えてしまった。その時点で私には選択肢がなかった。だから、良くないはずなんだ。抜け出すべきなんだ」

 

 あれは嘘っぱちで適当な魔物隊長の首だけどね。本物のブロビオはどこにいるやら。

 

「……でもな、ブロビオがもういないとなると私としてもやる事が思いつかないんだ。盗賊に負けて手籠めにされてる今の日々が、思いの他悪くないと感じてしまっている」

「ランスが好きってこと?」

「…………わからない。父の仇を討つ為に腕を磨いていた私には、そんな経験はないんだよ」

 

 アイヌは、また黙ってしまった。

 

「うーん、ボクもランスについてはわかんないんだよねー」

 

 そう、ランスには謎がある。

 アイヌがそうであるように、ハーレムの女達は皆ランスを憎からず思っている事だ。

 彼女達がハーレムになった経緯は様々だが、手法は全部強引だった。力で勝ってお楽しみタイムと称して覆い被さる。後はお察し。そんな流れでは好きな人が出るわけがないと思っていた。

 アイヌも罵詈雑言を言っていたし、ランスを間違いなく嫌っていた。ところが今ではこうなっている。父親を殺されたソウルに至っては、兄ぃ兄ぃと甘えて慕っているのを見た。

 

 ランスは破天荒で面白いとは思うけど、異性として好きになるとは思えない。でも実際は増えている。

 母さんがランスを好きになった理由は、未だ謎だった。

 一通り洗濯物を干し終えると、風に揺られてはためく服は中々の壮観だった。自分のやった仕事に少し満足を覚えつつ、階段を降りる。

 ボクはハーレムハウスまで来ると、わたわたと働いているシィルさんに声をかけた。

 

「シィルさーん、次はなにすればいいかなー?」

 

 シィルさんはちょっと困った感じの笑みを浮かべて、コーヒーを差し出した。

 

「あ、エールちゃん。……その、このコーヒーをミックスちゃんに届けてくれますか?」

「いいよいいよー。ボクに任せて―」

「うう、すいません、すいません……」

「? 別にこれぐらいは朝飯前だよ」

 

 たかがコーヒー一つ届けるのに、謝罪を入れるなんて変だなあ。ボク達は仲間なんだから、これぐらい当たり前の事なのに。

 ミックスはウラジオストックの中央にあるRECO教会にいる。長田君を割って向かうとしよう。

 

 

 

      2

 

 

 

 RECO教会の入り口の前には、デカデカとした看板が立ち塞がっていた。

 【ランス進入禁止】と書いてある、ミックスが建てた看板だ。

 

「いつ見てもすげーなこれ」

「うん、ミックスもよくやるよ……」

 

 ボク達が都市を占拠してからも魔法ハウスを使うのには理由がある。

 ミックスがランスとの喧嘩の末、追い出したからだ。

 邪魔だと言って寝転がった患者を蹴ったり、怪我をしている女性に医療行為と称してえっちな事をしたり、ミックスのキレそうな事をやりまくったランスが悪い。

 やらかす度にミックスはメスを投げ、怒鳴り合い、遂には魔法をぶっ放し……シィルさんの取り成しを受けて、病院に入らないと線が引かれた。

 現在二人の仲は最悪だ。ミックスはランスの顔も見たくないだろう。

 

『協力するのは怪我時の治癒と無関係の人の被害防止だけ。あとはあんた達でやってなさい!』

 

 と言い放ち、教会に引き籠ってしまった。

 ランスもこの事に関しては謝りもせず「つまらん」と言っているだけだった。この調子では和解する事はないだろう。

 正直、前の冒険とは比較にならないぐらい空気は悪い。

 ランス盗賊団は、バラバラだった。

 

「お、おじゃましま~す」

 

 そろそろと声をかけて、ボクはゆっくりと扉を開いた。そのまま患者だらけの教会を、足音に気をつけて歩く。

 機嫌最悪のミックスなんて何かあったら注射が飛んでくる。とらの尾は踏みたくないんだ。

 教会内を探すと、一室にミックスはいた。消毒液特有の据えた匂いの中で、頭を押さえてカルテを書いている。

 

「ミックス、来たよー……」

「………………」

 

 返事が無い。

 目つきがいつものに増してもの凄く悪い。目の下の隈が深く深く刻まれていて、口も少し半開きになっていた。

 そういえば、ミックスがここに引き籠って何日目だったっけ。3日以上は経っている気がする。

 

「……ミックス?」

 

 なおも近づいて呼びかけると、ミックスがゆっくりと頭をもたげた。

 

「…………ああ、エール。あによ」

「うわ、目え真っ赤じゃん! 大丈夫か!?」

 

 長田君が叫ぶけど、それは元々だよ。でも充血しているからか少し濁ってるようにも見える。

 

「コーヒー持ってきたよ。シィルさんからお願いって」

「ああ、なるほどね……はいはい……ありがとね」

 

 ミックスは頷くと、コーヒーを受け取った。

 そのまま飲むのだが、その間も視線はカルテに注がれていて、ペンが止まる事はない。

 飲む時間も惜しいというように、飲むというより流し込むようにコーヒーをごっきゅごっきゅと飲み干している。

 砂糖もミルクも無いのに苦しくないんだろうか。いや、というより……

 

「ミックス、ちゃんと寝てんのかー? 明らかにヤバそうだぞー」

「仮眠は暇を見つけて取ってるから大丈夫よ」

「それってまともに寝れてないって事じゃん。休んだ方がいいよ?」

「医者だからこれくらいは日常茶飯事で慣れてる。気にしないで」

 

 ボク達の意見を跳ねのけるミックス。

 彼女はウラジオストックにいる怪我人を一手に受け持っている。自主的に手伝う人間もいるが、医術の心得なんて持っている人は残っていなかった。

 ボクも少し手伝ったけど、神魔法は怪我や状態異常を治しても全てを治すわけではない。重病者の中にはどうしようもないのがある。

 その手の重病者の為に、ミックスは睡眠時間を削る羽目になっている。

 分厚く積み上がったカルテは重病人だけではなく、軽度の経過観察、ボク達の健康管理の分まで含まれている。

 最近は食事もこっちに運んで不規則に取るし、働き過ぎじゃないのかと思ってしまう。

 

「……ミックスが倒れたら、元も子もないよ」

「自分の健康状態は毎日チェックしてるし、許容範囲だから問題ないわ」

 

 許容範囲って言ってる時点で、完全な健康じゃないじゃないか。

 だけど医者としてのミックスはとてつもなく頑固だ。自分の意見を曲げた事がない。ボクはこれ以上何か言う事は出来なかった。

 ミックスはカルテを書き上げると、立ち上がった。

 

「これから点滴の交換に行かないと。それが終わったら回診に行って、それから……」

 

 ぶつぶつと呟き、部屋の扉を開けようとして……支えを失った人形のように、崩れ落ちた。

 

「ミックス!」

 

 慌ててボクは駈け寄った。

 言わんこっちゃない。やっぱり無理してたんじゃないか!

 

「長田君、この事をシィルさんに知らせて! ボクはとりあえずヒーリングをかけて、ダメそうなら運ぶ!」

「お、おうよ! 任せとけ!」

「いたいのいたいのとんでけー!」

 

 ヒーリングをかけつつ倒れ込んだミックスを抱き起して、その状態を確認する。

 息はあるし、熱も無い。顔色は若干青白いけど、さっきとはあまり変わらない。こういう病気系に関してはさっぱりわからない。

 頬を叩いてみたり、肩を揺すってみたけどミックスに起きる気配はない。

 

「ああもう、こういう時の為のミックスなのにー!」

「くっくっく……」

「……ん?」

 

 今、忍び笑いが聞こえたような。

 

「がははははははははーーーっ!」

「ランス!?」

 

 馬鹿笑いと共に、天井からランスが降りてきた。

 ランスはボクとミックスの近くに歩み寄る。

 

「がははははは! 生意気娘がざまあないな! 俺様の力を思い知ったか!」

 

 呆気に取られたボクを放置して、ランスはミックスの頬をむにーっとしたり、頭をくしゃくしゃに撫でたりやりたい放題だ。悪戯に成功したガキ大将のようだった。

 それでもミックスは全く起きる気配がなく、ランスは遂にスカートを捲り上げた。

 

「おー、服の段階でそうではないかと思ったが、下着もミラクルと同じ趣味してるな。実はこいつマザコンじゃないのか?」

「な、何やってるのーーーーー!?」

「俺様を追い出した仕返しだ。いつもお父様のやる事に反抗するからこうなる」

 

 いや、実の娘にする事か!?

 というか、仕返しって事はミックスが寝たのも……

 

「ランス、ミックスに何かした!?」

「おう、お前が持ってきたコーヒーに睡眠薬をどぱーっと混ぜといた」

「なっ…………!?」

「直接出せばあいつは絶対受け取らんだろうがな。奴隷は俺様に絶対服従、油断する方が悪い」

 

 あまりの事に、ボクはぱくぱくと口を開け閉じするだけで次の言葉が出ない。

 そういえばシィルさんは謝っていた。こうなる事まで予想してたから罪悪感があるのだろう。

 シィルさんからボク経由で渡すコーヒーなんて、ミックスでも受け取るに決まっている。家族を疑うなんて馬鹿げてるからだ。それなのに、

 

「シィルさんだけじゃなく、ボクまで利用して……!」

「なーに言ってんだか。これが睡眠薬じゃなくて毒だったらどうする」

「……っ!?」

 

 ランスはふんと鼻を鳴らして、馬鹿にするようにミックスを見下ろす。

 

「黙って聞いていれば慣れてる、問題ないだと? 徹夜続きで問題大有りではないか。馬鹿だ馬鹿だと言っていたが、こいつの方がよっぽど大馬鹿者だ」

 

 辛辣な言葉だけど、一理ある。

 ミックス自身、東ヘルマンでは気をつけろと口を酸っぱくして言っていた。毒を盛られる事もあると言っていた。だけどその言葉を口にした本人が、真っ先にかかってしまっている。

 そうなったのは、徹夜を繰り返して極度の睡眠不足にあったからだ。

 医療行為にミスは許されないし、それ以外の事も気がつき器用なため全てに手が回ってしまう。

 だからこそ、他の事で気が抜けてしまった。よく確認もせず、味もわからずに飲み物を口にしてしまった。

 今のが敵なら、ミックスは死んでいる。

 

「ガキは寝るもんだ。背が伸びる時期に徹夜なんてやりまくってたら伸びるもんも伸びんわ。この年で徹夜をやらなきゃいけない仕事をするのが間違っとる。やはり医者なんてやらせるもんじゃないな」

 

 そう言うと、ランスはミックスが持っていたペンを使って顔に落書きを始めてしまった。

 天使の寝顔に肉文字や〇や×を書き込んで、綺麗な顔が台無しだ。ミックスは起きた時に烈火の如く怒るだろう。

 でもボクにはランスがミックスの医者を反対する理由に、少し納得がいってしまった。

 ミックスは自分を削る程に優しすぎるのだ。赤の他人なんてランスもボクも正直どうでもいい。それでミックスが削れる方が心配なんだ。

 ランスはミックスを抱き上げ、いつの間にか傍らに立っていたアムに指示を飛ばす。

 

「アムちゃん」

「はあい」

「重病人とやらが死んだらその時だが一応見といてくれ。あと、人手が必要なら俺の女を使ってもいい」

「くすっ……ええ、わかったわ」

 

 迷いなく指示を飛ばす後ろ姿は慣れたもので。

 ありとあらゆる冒険を自分で引っ張っていた男のものだった。

 

「エール」

「う、うん!」

 

 今回の冒険のリーダーが、ボクを指名した。

 どんな指示を飛ばすんだろう。久しぶりの高揚感の中で立ち上がる。

 

「なんとかしろ」

「……なんとかって、何を?」

「知らん。お前がなんとかしろ」

 

 極めて抽象的な指示だった。

 

「そんなんじゃわからないよ。ランスはボクにどうして欲しいの。怪我人を治せばいいの。ミックスを助ければいいの。それとも……」

「だからそれを自分で考えろ。俺様はやるべき事があるから、お前が代わりにやれ」

 

 ミックスを背負ったランスが振り向くと、不敵に笑いかけてきた。

 

「それとも、まさか出来ないのか? それでよく主人公だと吐けたものだな。俺は自分のやる事は全部自分で決めていたぞ」

 

 明らかに馬鹿にした笑みだ。

 途端にグツグツとした熱が腹の中に溜まり、頭に血が昇っていくのを感じる。

 気づいたら、拳を握り締めて叫んでいた。

 

「…………やってあげるよ! なんだか知らないけどボクがこの事件を解決してみせる! ボクは魔王の子達のリーダーなんだ! これぐらい楽勝さ!」

「うむ、よかろう」

 

 ランスは鷹揚に頷き、部屋を出ようとする。

 だが、その前に聞くべき事がある。去り行く背中に声をかけた。

 

「ボクに丸投げする以上、ランスもリーダーとして何かするんだよね」

「当然だ、俺様にしか出来ない重要な用事があるのだ」

「何するつもりなの?」

 

 自信満々に、極めて嬉しそうにランスは答えた。

 

「セックス」

 

 やっぱ最低だこいつ。

 こんな奴が主人公に相応しいわけないだろう。ボクこそが主人公だ。

 こうして何をすればいいかわからないまま、ボクの任務が始まった。




 一部主人公と二部主人公の激突。

 話的にまとまりをつける為に分割。


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AL 友情フェイズ ランス B② 冒険

 冒険の本質とは、異世界の世界観を読者に浸らせる事。
 いつかそんな書き方が出来ればいいですね。



      3

 

 困った。

 

「う~~~~~~~~~~~~~~ん………………」

 

 ボクは魔法ハウス内の食卓に体を突っ伏して唸っていた。

 ランスに挑発されて受けたのはいいのだけど、ホントに何をすればいいかわからない。

 ごろんと顔を傾けて長田君の方を見る。彼も両手を横に広げた。お手上げだ。

 

「参ったもんだよなー。あれお前の父ちゃんもわからないだけなんじゃね?」

「ボクも正直そう思う」

「そもそも、何をどうしろって言うんだよ。何とかしろって言ったって、何が問題かもわからないしなー」

「うん……」

 

 そこからが問題だ。

 敵を倒せばいいなら話は簡単だ、ぶっ飛ばせばいい。立ち塞がる障害は全て跳ね返して来た。

 なにせボク達は世界を救った人類の希望、魔王の子達だ。魔王以外は楽勝だった。その魔王でも修行する事によって倒してみせた。

 でもこの問題は、今までボクが解決してきた問題とは違う。

 

「少し整理してみようか。まず何がマズいのかを」

「えっとー、まずランスとミックスが喧嘩して俺達ごと追い出したんだよな」

「そこはランスが悪いよね」

「それでランスが報復としてミックスに睡眠薬を盛ったと」

「そこもランスが悪い事してるよね」

「さらにミックスを散々に悪戯したと」

 

 なんだか全部ランスが悪い気がしてきた。

 でも違う。本当に全部悪いんだったらボクはランスをぶん殴りに行ってる。睡眠薬を盛る事自体には正しいと思ってしまった。

 じゃあランスの言う通り、騙されたミックスが悪いのか? それも違う気がする。

 

「ミックスが徹夜をやめれば、あんな事には引っかからない気がするけど……」

「やめる気しないよなあ…………」

 

 はあ~と、二人の溜息が重なる。

 この問題には、今までと違って敵や答えがないんだ。だから戸惑っている。

 思い返せば、ボクの冒険にはいつも目標と方針があり、周りの仲間が選択肢を与えてくれた。

 魔王討伐の旅自体、急に母さんに言われたものだ。五つのオーブを集めて世界各国を回って仲間を集めろ。そんな使命があって、逸れてはいてもそこに沿っていけば良かった。

 

 何度も何度も選択肢はあった。

 長田君が止めるのに従って盗賊退治をしないで楽しく冒険するとか。

 お姉ちゃんが冒険をやめるべきか否か聞いたりとか。

 砂漠を冒険するかとか、香姫に会うかとか砂糖の数みたいな細かいものまで。

 これら全ては概ねボクが選択して来た答えだ。ボクがリーダーなんだから当然だ。

 

 でも……ランスとの冒険では、何か違う気がするんだ。なんというか、二つか三つしかない答えが無限にある。

 概ね一本道だったボクの冒険から、自分勝手に動き回るランスの冒険になっている。

 だから完全に手綱を渡されてしまうと、どうすればいいのかわからない。

 

「長田君はどうすればいいと思う?」

 

 だからいつものように長田君に振ってみた。

 長田君は一瞬きょとんと首を傾げたあと、胸を張って答えた。

 

「俺? 俺だったら寝ているミックスを連れ去ってソウルフレントと一緒に逃げるね!」

「えー」

「だってこれ絶対軍隊が来るじゃん! 俺達超悪者じゃん! そんな危ない事やりたくねえよ! ランスに任せて逃げようぜー!」

 

 臆病者め。

 

「却下。東ヘルマンはお姉ちゃんに攻撃した時点で万死に値する。逃げるとか論外」

「相棒も大概おかしいからな!? あんっ!」

 

 つまらない方針を言う奴にはフライパンをプレゼント。

 

「もー! じゃあ相棒はどうしたいんだよー!」

 

 即座に復活した長田君が、べしべしとボクを叩いてきた。

 

「ボクが?」

「そーだろ! 俺の言う事を駄目だしするって事は、エールにやりたい事あるじゃん! 決めてるなら悩む必要なんてないだろー!」

「やりたいこと、ねー……」

 

 そりゃあるよ。

 楽しい事したいし、冒険に行きたい。変態アキラはぶっ飛ばしたいし、お姉ちゃんに会いたい。

 そして、ミックスが心配だ。

 これからも目の隈を深くしてミックスは医者をやる。本当に倒れたらと考えると止めたくなる。でもミックスは絶対止まらないだろう。

 彼女はボク達どころか、見知らぬ赤の他人の面倒まで見てしまう。止めるのが無理なら、彼女の負担を少しでも減らしてあげたい。

 でも、それが果たして正解なのか……

 

「なーんだ。その顔してるって事は簡単じゃん」

「へ?」

 

 長田君がぽんぽんとボクの肩を叩いて、優しく語りかける。

 

「しっかり考えてるみたいだし、エールのやりたい事をやれば、それが答えになるんじゃね?」

「えっと、ランスがなんとかしろって問題なんだけど……」

「自分で決めていいって事だよ。エールを信じてるんじゃねーの」

 

 あまりに以外な長田君の物言いを前に、自分がどんな顔をしているのかわからなくなった。

 ただ頬を掻いて、それでいいのだろうかと考えて、

 

『それとも、まさか出来ないのか? それでよく主人公だと吐けたものだな。俺は自分のやる事は全部自分で決めていたぞ』

 

 という、ランスの言葉を思い出した。

 

「……あ、そうだったんだ」

 

 自分でやる事を決めていいんだ。

 任せられているんだ。単純な話だったんだ。

 さっきまで馬鹿みたいな悩みをしてたなと苦笑を漏らしてしまう。沸々とやる気が沸いて来て、鈍かった頭が回り出すのが実感できる。

 ボクは勢い良く立ち上がり、満面の笑みを浮かべて長田君の手を取った。

 

「長田君、冒険に行こうか!」

「はあ!? どうしてそうなるんだよ!?」

 

 

 

    4

 

 

 

「がははー!」

「マジで冒険に来ちゃってるし……」

 

 ボク達はウラジオストックの冒険を始めていた。

 と言っても前みたいなつまらない廃墟探索ではない。ウラジオストックの地下に広がる水道施設の入り口にいた。

 メンバーはボクと長田君、そして……

 

「あ、あのう……どうして私も呼ばれているのでしょうか?」

 

 ランスの恋人、シィルさんだ。

 

「ふっふっふ、それは追い追い説明するね」

 

 冒険中は発見がないと雑談のネタが少ない。ボクの種明かしは時間潰しにぴったりだ。

 ボク達は地下水道施設へと降り立った。

 

 地下水道施設というのに初めて踏み込んでみたけど、これまでのどのダンジョンや塔とも違う、独特の世界が広がっていた。

 まず暗く、じめじめとしている。光源はほとんどなく、光魔法で視界を確保してゴーグルを着けて探検した方がいい。ただ人が通るように造られたものなので、足下の不安は少ない。

 水道施設の特徴としては縦横無数に見えるパイプラインと、不必要なぐらいにある分岐点、独特の匂いが挙げられる。

 パイプラインや分岐点は何のためにあるかわからないけど、匂いはキツい。

 石壁に覆われたコケや水、油や髪の毛の塊とかがぐちゃぐちゃに絡み合った液状固形物があり、近づくだけで涙が出るような刺激臭をお届けしてくれる。迂闊に鼻を近づけるのはもうやめよう。

 梯子を下りる時も注意が必要だった。年月の経過で錆びきっており、一段降りる度に嫌な音を立てるんだ。もし間違えて落ちたら、今日のシャワーは念入りになるな。

 

「おわっ!」

 

 あ、長田君が落ちた。陶器だからこういうのは苦手か。

 

「危ない長田君!」

「ぎゃーーーーーーーーっ!」

 

 長田君が汚水に落ちるのを助ける為に飛び蹴りをかます。

 一番大きい破片が落ちたところからリスポーン、狙い通りに汚水に落ちる事は避けられた。

 

「あーーーーーーーーーーっ! 俺のカツラがあああああああああ!」

 

 あ、しまった。そっちは別判定なのか。

 視線を向ければ、濁った黒い水の中にぷかぷかとカツラが浮かんでいた。

 

「取って、取って取って取ってええええええええ!」

 

 長田君がばんばんばんと地面を叩くが、手足が短すぎて全く届かないところにある。

 

「えんがちょだし、諦めたら?」

「お前ふざけんなよ! あれが無いと俺はただのレッドハニーしか見えないじゃん! あれは俺の存在意義(アイディンティティ)なの! オシャレするハニーは俺が始祖で初代なのよ!」

「だから汚水ごとカツラを被るの?」

「おうともよ! 例え泥に塗れようが俺はカツラをした方が輝いてるぜ!」

 

 いや普通に臭いしやめて欲しい。

 うるさいから適当にあった棒きれを使ってカツラを放り投げる。うわ本当につけたよ。

 

「どうだ! カツラの角度決まっているか!?」

「臭い、近寄らないで」

「ひでえ!」

 

 当然だ。女の子なら今の状態の長田君に近づく方がおかしい。シィルさんも対策しようがないから距離を開けている。誰だって吐き気を催したくない。

 ボク達は若干長田君との距離を取りながら、地下水道の探検を続けた。

 地下水道施設も、汚水ばかりの場所だけではない。貯水を受け入れるようなためなのか、開けて天井の高い石柱ばかりが立ち並ぶ施設もあったりする。暗いのに広い空間というのは、闇に吸い込まれそうな雰囲気がある。

 この上は何があったっけと考えながら探検を続けていると、シィルさんが声をかけてきた。

 

「え、エールちゃん」

「なにー?」

「その、そろそろ教えてくれますか。どうしてこんなところを冒険してるんでしょうか?」

 

 そうか、そろそろ説明しといた方がいいかな。

 

「んー、まず冒険の目的を言うとね、ミックスのためだよ」

「だからそれがどうしてこんなところの冒険に繋がるんだよー」

「まず確認なんだけどね、ボク達の中にミックスの医術がわかる人間っている?」

 

 二人は首を横に振った。

 そりゃそうだ。カルテ自体秘密主義なのか読めたもんじゃない。

 

「ボクはミックスの負担を減らしたかったんだ。でもミックスの分野を知っている人間は誰一人としていない。だから力を貸そうとしても、ミックス自身が必要な負担は全く減らない」

「まあそうだな。俺達が手伝った時もずっと忙しそうだったもんな」

「だから、いないなら連れて来ればいい。ウラジオストックの民間人の力を借りよう」

 

 襲撃当初、ウラジオストックには沢山の一般人がいた。

 だが襲撃が判明してから彼等はどんどん逃げ出し、煙のように姿が消えてしまった。

 後でミックスが調べた事によると、東ヘルマンの大都市は地下シェルターが存在しており、民間人は有事の時に退避するそうだ。

 

「この水道施設は地下シェルターへと繋がっている。そこには沢山の民間人が避難しているけど、その人達の中には医術の心得がある人もいるはず。そういう人達を手伝わせれば、ミックスの負担はきっと減る」

 

 少なくとも、寝る時間は確保できるようになるはずだ。

 

「ただ、ウラジオストックを陥落させたボク達が素直に行っても協力して貰えるかは怪しい。だからシィルさんにお願いしようと思って」

「私……ですか?」

 

 シィルさんはきょとんとしていた。自分の凄さがわかってないな。

 

「ランスにもボクにもミックスにも盗賊にも仲良くできるなんて、お姉ちゃんとシィルさん以外見た事ないよ」

 

 お姉ちゃんならこの場面、絶対出来る。ならシィルさんも行ける気がする。

 

「少なくともボク達には無理だよ。馬鹿にされたり、喧嘩を売られたら魔法を打ちそう」

「ノリでやっちゃうもんなー」

「相手が話を聞かないなら、ボクが魔法をぶっ放してシィルさんを守る。でもそうじゃなかったらシィルさんにお任せ。まーそんな感じ。……どうかな」

 

 一瞬、しんとして……ポツリと長田君が呟いた。

 

「驚いた……マジで滅茶苦茶考えてたんだな」

 

 別にそんなことは無い。

 こういう話はランスのハーレムの女達とか、治療した兵士から暇潰しで聞いていたのだ。

 彼等の言葉を受け売りにしてるだけで、ボク自身は大して考えちゃいない。まとめただけだ。

 でもそういう事にしといた方がカッコイイから不敵に笑っておく。

 

「ふっふっふ……魔王の子一の天才児とはボクの事だよ」

「それだけはないわ。お前基本元就(バカ)レリコフ(アホ)のグループだろ。あんっ」

 

 失礼なので割る。

 

「いてて……でもさ、一つ納得出来ない事あるんだけど」

「なに?」

「これまで支配した村でも町医者とかいたじゃん? それならいるか分からないものを探すより、あいつら呼べばよかったんじゃね」

「あ」

 

 忘れてた。

 あ、長田君がニヤついてる、ムカつく。

 

「いや違うよ。決して忘れてたんじゃない。ボクはこっちの方がいいと思ったんだ」

「へー、じゃあ言ってみ? ほら言ってみ?」

 

 どうせ理由なんて無いと思っているな。

 でもこっちの方が良いと思った理由は、直感的にあったんだ。

 

「長田君、あたりを見回してみてよ」

 

 ボクは光魔法の威力を強めて打ち上げ、周囲を明るく照らす。

 

「お、おおっ……!」

「わあっ…………!」

 

 強い光球に晒された地下施設は、いよいよその姿を映し出していた。

 等間隔に並べられた円石柱が、整然とした大理石にそびえ立つ。広い空間の中で靴音だけが反射し、自分達だけがここにいるんだと実感させてくれる。細部に渡って統一された造形は一種の神殿かと錯覚させるような荘厳さを備えていた。

 これだけの大空洞がウラジオストックの地下に広がっているのだ。見なければ勿体ない。

 

「この方が楽しいよ。長田君はワクワクしない?」

「っへ……そうだな。冒険した方が俺達らしいよな!」

「でしょー」

 

 この世界は、見た事もない景色がまだまだたくさんある。これもその内の一つに過ぎない。

 つくづく冒険って楽しいなと感じる瞬間だった。

 でも、それだけではいられない。神魔法によって人口密集地――シェルターはいよいよ近いと教えてくれる。そろそろ気を引き締めないといけないのかな。

 

「もうすぐシェルターだから、ボクはちょっと後ろに回るね。シィルさんが先頭で」

 

 ボクの顔を覚えられてたから、その時点で戦闘開始ってのは勘弁だ。いや別に全滅させてもいいけど、ミックスに怒られそうな気がする。

 シィルさんは先頭に立った事で、見るからに顔が強張っていた。

 

「は、はい! がんばります!」

「大丈夫、なんかあったらぶっ飛ばすから」

「相棒マジ無敵なんで! それじゃ頑張ってください!」

「長田君まで後ろに回る必要はないんだよ?」

 

 どうせ何もしてないし。

 整然とした地下水道を行くと、やがてなだらかに下る分岐が見えてきた。この道だけが明らかに真新しく、複数の靴跡が散乱している。

 螺旋状に少しずつ下って、どれだけ歩いただろうか。巨大な封鎖壁が見えてきた。鋼鉄製の城壁に幾重にも閂がかけられており、いかにも当たりって感じだ。

 

「…………いずれ来ると思っていたが、遂に来たか」

 

 そして、その傍らに一人の教団員が立っている。

 ミックスの説明が正しければ、階級は三日月。卍マークが入った教団員だ。銀色の鎌を構える姿はそれだけで只者ではないと察せられる。盗賊からパクった武器では面倒臭いかもしれない。

 一人でここにいるとは、間違いなくウラジオストックに残った中では最強の人間だろう。

 ゴーグルをかけてるし、シィルさんの後ろに隠れている。多少は誤魔化せやしないかと期待しておこう。

 いつでも襲い掛かられたら前に出れるようにしながら、シィルさんの歩調に合わせて少しづつ近づいていく。

 

「止まれ。これ以上進むのならば、私が相手になろう」

 

 その宣言に、シィルさんの足が止まった。

 

「ここから先は民間人がいる。金を奪うのもいい、糧食を奪うのもいい、だが命を奪いに来たのならば、相応の報いを覚悟しろ」

 

 教団員の声色は、命を捨てる覚悟を決めているものだった。

 

「わ、私達は戦いや奪いに来たのではなく、交渉に来ました。話を聞いてくれないでしょうか!」

 

 シィルさんが両手を上げて、無抵抗をアピールする。

 光源が限られているからお互いの顔は良く伺えない。だが意思は感じ取ったようで、三日月の教団員は鎌を地面に突き刺した。

 

「問題無い、こちらに来たまえ。ただし後ろの少女は剣を捨ててくれ」

 

 バレてたか。

 ボクは剣を放り投げて、シィルさんの隣を歩く。教団員も鎌を持たずにこちらに歩み寄る。

 お互いの距離が近づき、仮面の造形が細かく見えるようになる。よくよく見れば、ナンバリングも彫ってあるんだな。

 

「…………ッ!? ば、馬鹿な! 貴方は……!」

 

 教団員の方も大きく驚いた。視線はシィルさんの方に注がれていて、体を仰け反らせた。

 あまりの反応にシィルさんもきょとんとしている。

 

「どうしたんこのおっさん。シィルさんと知り合いなん?」

「…………いや、良く似た他人だった」

 

 嘘だな、取り繕ってるけどバレバレだ。

 

「それより、どうしてここに来たのですか。話を聞かせて戴けますか」

 

 その証拠に教団員はいくらか緊張を解いたようで、声が柔らかくなっていた。

 

「あ、はい。私達はウラジオストックを襲撃したランス団の盗賊団の一員です。まずこの事で迷惑をかけている皆様にお詫びします。本当にすみませんでした!」

 

 シィルさんが頭を下げ、ボク達の事情説明が始まった。

 ランスがどういう状態か、盗賊団がこの町を占拠した経緯、その結果発生した怪我人をこちらが受け持っていること。全てを詳細に、時折謝りつつ説明する姿は淀みがない。

 一体どれだけの事をランスが彼女にやらせているのかと察せられる。

 ひとしきりシィルさんが説明すると、教団員は穏やかに頷き、

 

「――――なるほど、そういう事情だったらこちらも協力できます。命を張って戦ってくれた仲間を助けられるなら反発も少ないでしょう。私は避難民をまとめている立場なので医療従事者も把握していますし、その数の病人なら問題ありません」

「あ、ありがとうございます!」

「宗教は人を救う為にあります。逆にその医者に礼を言いたいぐらいですな」

 

 なんだかシィルさんにだけ、やけに丁寧な言葉遣いだ。

 話がまとまると教団員は視線を映して、じっとボクを見た。

 

「君がエール・モフスか?」

「そーだよ」

 

 教団員や東ヘルマンの兵と戦わずに話すのは、何か変な気分になるな。

 母さんの敵だし絶対悪だと思っているんだけど。

 

「――――ありがとう」

 

 教団員が、ボクに頭を下げてきた。

 

「魔人、魔王問題を解決してくれた事に心から礼を言わせてもらう。あの男は救い難い罪業があるが、それでも魔王に相応しい程の外道ではなかった。あれは私にとって唯一つの心残りだった」

 

 まるで幽霊が言う台詞だなあ。

 ただ、礼を言われるのは悪い気がしない。敵でも話せる奴なんだと親近感が沸いてくる。

 だからなんだか悪戯がしたくなってきた。

 

「礼を言うなら、ちゃんと顔を見せてよー!」

「――――ッ!?」

 

 ボクは頭を下げててがら空きの顔に触り、教団員の仮面を奪い取った。

 

「ちょ、ちょ、エール何やってんの!?」

「前から興味あったんだよねー。東ヘルマンってどいつもこいつも顔隠してモブになっちゃって。なーんか秘密でもあるのかなーと」

「興味本位で人の素顔を暴くんじゃありません! ミックスがやるなって言ってなかったか!?」

 

 人間誘惑には勝てない。秘密は暴くのが冒険者ってもんだ。

 さて、どんな顔をしているのかな……っと、普通にいいじゃん。

 理知的な面持ちに切れ長の眉、右目にタトゥーか何かが彫られていてかっこいい。

 ただ、仮面を奪われた事がショックだったか、震える手で顔を抑えている。

 

「あーーーーーっ! 性眼様じゃないですか!」

 

 シィルさんが目を丸くして、大きな声を上げた。

 

「あ、やっぱり知り合いなんだ」

「知っていますよ! というかこの人は天志教の大僧正で、一番偉い人ですよ!」

「天志教ってなに? 母さんの敵?」

「違えよ! JAPANで昔から普及している立派な宗教だ! ソウルフレンドは少し歴史のお勉強をしようぜー!」

 

 知らないものは知らないのだから、仕方がないだろう。

 やっぱりマズかったらしく、仮面を返すと性眼は即座に付け直してしまった。

 

「え、え、でも性眼様がなんでここにいるんですか? それもRECO教団の服なんか着て」

 

 シィルさんの質問に対して性眼は何も答えない。小さな呻きが混じっては止まる事を繰り返し、やがて首を振った。

 

「…………何も言えませぬ。喋ることが、出来ぬのです」

 

 どうやら本当に駄目みたいだ。

 気になるけど話せないなら仕方がない。本題の方を先に済ませるとしよう。

 

「まあいいや。ミックスが起きる前に済ませちゃいたいから医者の方を速くして欲しいな。ボク達も用事を済ませたら帰るから」

「了解した。こちらも手筈を済ませよう……だがその際に、一つだけ希望がある」

「なに?」

「今すぐとは言わない。この街から出て行って、ここにいる人々を元の暮らしに戻して欲しい」

 

 避難民の生活か。

 さっさと避難してくれたのは有難かったんだけど、こんな地下に何日も暮らしてれば気が滅入るよね。

 

「閉所に閉じ込められて何日も経過した。ここの住民は概ね従順だが、無視出来ない不穏な動きも生まれている。外へ出るために武器を取って立ち上がれとか、危うい意見を口にする者も日に日に増えているのだ。このままでは中から混乱が生まれる」

 

 性眼は深く頭を下げた。

 

「何を持って行っても構わない。住民同士で殺し合いをする事だけは避けたいから、我々を解放してくれ」

「………………」

 

 下の事情は知らなかった。ここまで懇願する様子だとどうやら本当に余裕がないらしい。

 東ヘルマンを許すつもりはないが、無関係の人間まで争ったり死んだりする必要はない。避難民に迷惑をかけ続けるのも、お姉ちゃんがいたら叱られそうだ。

 仲間達に目配せをすると、二人とも首をコクコクと縦に振っていた。

 

「いいよ。ここにいるのも飽きたし、早く移動するよう頼んでみる。結局決めるのはランスだから何とも言えないけどね」

 

 移動すれば兵士達も置いていけてミックスが楽になる。今回のやりたい事としては一石二鳥だ。

 結局、盗賊団で都市を制圧したのはいいが維持なんて無理だった。広すぎて手に余りかねた。

 

「ありがとう。では私はこれから皆を説得してくる」

 

 そう言って、性眼は地下シェルターの閂を開けだした。

 あとはボク達は待っていればよかった。性眼はここでの権限が余程あったらしく、少し待つと医療の心得を持った人間達が連れて来られた。

 彼等に話を聞くと、不安はあるが人を助けられるならばとかミックスみたいな事を言っていた。医者って奴は皆こうなんだろうか。

 帰りの経路は正道を教えて貰ったから帰りは楽だった。幾つかの隠れスイッチを押せば、螺旋状に登るだけで良く、程なくしてすぐに外に出れた。

 

「お、おお……空だ……!」

「空気が美味しいな……地下はもうこりごりだよ……」

 

 連れてきた人間達が呟くのを聞き流しつつ、ボクはニヤリと笑って長田君を見る。

 

「よっしゃー、クエストクリア―! エールも中々やるじゃねーか!」

「まあね! ボクが本気を出せばこんなもんだよ!」

 

 ボクは伸ばした長田君の手を、強く叩いてハイタッチした。

 

「「いえーーーい!」」

 

 

 

    5

 

 

 

 ボクはRECO教会の入り口に寄りかかって、自分の成果を達成感と共に眺めていた。

 白衣の男達が忙しく働いている。

 医者達は兵士達に今の状態を訪ね、メモを取り、協力して病人を助けるべく動いている。

 それはミックスが毎日やっていたものであり、今では彼女一人のものではなくなった。これからは、ミックスは休めるはずだ。

 そんな事を考えていると、横の扉がけたたましく開かれた。

 ミックスだ。夕陽に照らされた顔は隈も取れている。息は荒く、顔の落書きを落としていないのを見るに、起きて即座にこっちに来たらしい。

 

「そんなに急がなくても、患者は死んでないよー」

 

 ミックスに手鏡とタオルを放り投げる。それだけで全てを察したようで、一気に般若みたいな顔になった。こわっ。

 

「ランスがやったのね」

「ボクは何もしてないよ! 全部ランスがやった!」

「…………そう」

 

 タオルで顔をごしごしと拭くミックス。ここで言っておくのがいいのだろう。

 

「あー、その、悪戯にかかるなんて、ミックスらしくないよ。普段なら絶対気づくよ」

「………………」

「ちゃんと寝て欲しいな。それだけ」

「…………はあ」

 

 ミックスは手鏡に映る自分の顔を見つめている。

 今の溜息は、取れない落書きに対する恨みか、それとも……

 

「……ありがと。あたし一人だと、そろそろ辛かったかもしれない」

 

 弱音を吐くなんてミックスらしくない。ボク達の思う以上に無理してたのかな。

 頭を撫でてみたが、前と違って反応が薄い。されるがままだ。

 黙って何も言わずにしばらく頭を撫でていると、最後に一つ深呼吸をしてボクの手を払った。

 

「さて、休んだ分は頑張らなきゃね。連れて来られた人との話もしないと」

 

 患者を眺める目は、いつものミックスになっていた。この分なら大丈夫かな。

 

「……それにしても、よくこれだけ半日で集めたものね」

「医者の人のこと?」

「いるのは知ってたけど、協力してくれるとは思わなかった。避難後はRECO教団が纏めている以上、強硬なはずだし」

「そこはボクの有能さのお陰だよねー、人徳っていうかー」

 

 胸をえっへんと張って、冒険の成果を説明する。

 冒険には三つの楽しみがある。やる前と、やってる時と、やった後の自慢だ。見た事の無い景色、ドキドキ、ワクワクした事、会った人間、仲間の反応、語ろうと思ったら時間がいくらあっても足りない。

 

「それでさー、シィルさんがビックリして性眼だーって言うの! なんとその人が……?」

 

 ただ、その中でミックスが眉根を寄せた。

 

「――――性眼、性眼って言ったの?」

「うん、天志教大僧正の性眼って人らしいよ」

「間違いないのね?」

「シィルさんは実際に会った事があるみたいだし、性眼も知ってるみたいだった」

 

 それを聞いたっきり、ミックスは深刻そうな顔をして俯いてしまった。

 

「どーしたの?」

「今の天志教大僧正は砲裏よ。数年前に天志教の大僧正は代替わりがあったの。……先代大僧正の死によってね」

「…………えっ」

「その人は、既に死んでいるわよ」

 

 そんな馬鹿な。

 性眼は幽霊じゃなく実体があった。意思も普通に通じるしあれは肉体を持つ人間だ。

 だがミックスは冗談を言っているようには見えない。元々冗談なんて言わない。

 かつて見た光景と今のミックスの表情、二つは矛盾しているのにどちらも正しいと感じる。背筋に後ろ寒いものが走って落ち着かない。

 ミックスはボクの表情をみてはっとして、慌てて目を逸らした。

 

「他人の空似という事もあるし、あたしの情報も人伝てだから、あまり気にしないで」

「う、うん」

 

 仕事をしなきゃと言って、ミックスはボクから誤魔化すように離れる。

 ボクも教会の扉を開けて、外に出た。楽しい冒険壇がいきなりホラーなオチになったんだ。気を誤魔化す為にも少し明るいところでの散策がしたかった。

 夕陽に沈むウラジオストックは相も変わらず無人だ。差し込む光と影が混じり合い、瓦礫を縞模様に彩る。ほんのり残った熱が身体を炙り、汗が流れるのを感じる。

 これから少しづつヘルマンは涼しくなるらしいが、気になるのはミックスとの会話ばかり。

 性眼はウラジオストックの避難民をまとめていた。でも性眼は既に死んでいる。

 全てが正しければ、既に死んだ人が動き、避難民をまとめているという異常事態だ。

 

 今回の冒険は難しい。前のような家族ごっことは違う。

 死んでいるはずの人間が生きていて、生きてる人間の顔が見えない。

 不気味さと、謎と、薄暗さが常に付き纏う。覗き込めば新たな闇が見える。底なしの大穴が目の前にあるような感覚がある。

 ただ……怖さと同時に、胸の高まりもあった。

 この感覚はなんだろう。見たくないものを、見たいような。

 

「お、ここにいたか!」

 

 瓦礫の中に腰掛けていると、後ろから声があった。

 ボクは振り向き、目の前の赤茶けた髪の男を認識する。

 

「誰だお前は!」

「ドギだ!」

 

 誰だお前はがこんなところまで来ていた。

 

「探索に出ていたんじゃなかったの?」

「そんな事より報告しなきゃいけない事が出来たんだよ! アジト方面を守っていた俺様の部下が血塗れで戻ってきたんだ! なんでもあいつらが言うところには魔物兵が次から次から湧いてきて――!」

「邪魔だ」

 

 突然ランスが現れて、誰だお前はを蹴りつけた。

 

「ぐええええええええええええええええっ!」

 

 誰だお前はは面白い顔をしながら瓦礫に突っ込んで埋まった。

 あの足の痙攣具合だとミックスコースだな。ご愁傷様。

 どうでも良い奴がいつもの事になっても気にするものじゃない。ボクは彼がいた事自体を記憶から抹消してランスに向き直る。

 

「ランス…………」

「ふん」

 

 ランスはどっかりとボクの隣の瓦礫に座りこんだ。

 

「シィルから話は聞いた。勝手な事をしてくれたようだな。俺様に断りもなく奴隷を連れまわしおって」

「うっ……やっぱりダメだった?」

「当然だ。奴隷は俺様のものであってお前のものではない。使う時は主人に許可を貰う必要があるに決まっているだろう」

 

 セックスに夢中でいなかったくせに。

 でも今は黙っておこう。お尻ぺんぺんは嫌だ。

 ランスは仏頂面だ。普段は喜怒哀楽の激しい男だが、口を真一文字に結んだこの時ばかりは何を考えているかわからない。

 

「それでやったのが下から人を連れてきて、ミックスの手伝いをさせる、か……」

「…………どう、かな」

 

 ランスは顎に手を当てて、ボクをじぃっと見る。

 正直、緊張の一瞬だ。ボクは正しいと思ってやったが、最終的に決めるのはランスなのだ。次の言葉を待つ間に生唾を飲み込んだ。

 ランスの答えは――――

 

「…………まあまあだな」

「まあまあ、かー」

 

 なんとも反応に困る答えだった。

 

「連れて来た奴に美女がいれば良かったが、男ばっかりだ。宝とか貝殻があれば、もっと面白いんだがな」

「女はシィルさんが止めてたよ」

「なーにぃ~? あいつめ、後でお仕置きだな」

 

 不満の矛先をシィルさんに向けたランスをよそに、ボクは瓦礫に背中を預けて力を抜く。

 まあ、周りには褒められてたしランスに信頼されていたけどこんなものなのだ。

 人に丸投げしたら、その人が最も望む方向性に進むわけがない。ボクはやりたい事をやって一番楽しかった。それが一番の収穫だ。

 ランスを見返してやろうとか少しは思ったかもしれないけど、どうせ……

 

「――――まあ、でもあれだな」

「んー?」

「あいつが起きる前になんとかするのは大したもんだ。速さだけは褒めてやる」

 

 ボクの頭に、大きな手が乗せられた。

 わしわしと撫でられている。横に視線を向けると、ランスは少し笑っていた。

 

「よくやった」

 

 その笑顔は、ランスにはあまりに見た事のない、穏やかな笑みだった。

 どこか誇らしくて、嬉しくて、口の端をちょっとだけ緩めた、そんな笑みだ。

 

「ま、俺様のガキならこれぐらい当然だがな。全然凄くないから次はもっと上手くやれ」

 

 ボクの視線を真っすぐ受け止めると、すぐに引き締めて仏頂面に戻ってこんな事を言ってくる。

 その顔を見ていると何故だろう、頬の緩みを抑えられない。

 

「くすくすくす……」

「なんだ、褒めてないぞ。笑うな」

「そうだよね……くすくすくす……」

 

 腰を少し捻って、ランスに近づく。

 半歩だけ距離をつめて、腕の懐に入り込む。

 その方が、ランスが撫でやすそうだったから。

 頭を撫でられるのは……嫌じゃなかった。

 

「えへへー……もっと撫でて―……」

「……お前、クルックーより笑うの上手いぞ」

「母さんも上手いよー。ボクも母さんの笑顔を見ると、ふわっとするんだー」

「…………そうか」

 

 日没を一緒に眺めながら、ランスは黙ってボクの頭を撫で続けた。

 こういうのが親子の時間なのかな。だとしたら、父親ってのもいいのかもしれない。

 

 

 

 ボクはまた少しランスの事がわかった気がした。

 自分勝手で、悪戯好きで、手段を選ばない。

 あと、どちらかと言うと悪人だ。

 これからも父さんとの冒険はある。謎だらけで滅茶苦茶だけど、とても楽しい冒険は続く。

 




神の視点を失った主人公。
 一本道の物語から外れ、法王が用意した予定調和の楽しいシナリオはもう存在しない。
 でも彼女は主人公だ。世界(システム)の補助なんてなくても立派にこの世界を歩いて行けるさ。
 自分だけのエールちゃんは、自分だけの答えに辿り着く。



この裏で物語加えたかったけどどう足掻いても物語として締まり悪く断念した部分。

 カオス、日光完全治癒、褒美としてエールに日光変換。
 一週間近くに及ぶ元魔王のエロパワーを受けて二振りの剣は一年間は折れなくなった。

 ランスの模範解答(エールがマジでやろうとすると自分が先にやる)
 動ける患者を追い出し、自分では動けない患者を残らず殺す。

 ……21~22日。うん、なんかもうプロット出来てても戦争って考える事多くてドギツイ……。


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Rough Edge

やっぱりopはこれが最高。


 朝日が差し込むコサック市外に、夥しい数の軍人が集まっていた。

 彼等は統制の取れた隊列で並び、視線を前方の高台に集めている。誰一人として言葉を発さず、場は痛いほどの静寂が支配していた。

 その高台の傍らに、一人の美しい女性が直立不動で立っていた。東ヘルマンならば誰もが知る国の重役、大神官アキラであった。

 

「お待ちしておりました、主様」

 

 そのアキラが折り目正しく頭を下げて、檀上へ登らんとする主を迎えた。

 

「こちらにいるのが、僕が全力を賭して作り上げた魔王討伐の為の軍隊――ディフェンダー部隊になります。魔法使い、魔物使い、クロスボウ部隊……拠点攻略から前線突破まで、全ての作戦行動が可能な総勢三万の精鋭となっております」

「…………」

「この部隊は全て主様の為にあります。どのように使うかは主様が決めることです。如何なる難題であっても叶えてみせましょう」

 

 アキラはバーバラに演説用のマイクを渡した。

 

「それでは第十九次魔王討伐隊隊長、勇者バーバラ様。最初の命令を我々にご下知下さい」

「……勿体ぶらないでよ。ようするに挨拶でしょ?」

「こういうのは何事も雰囲気が肝心かと思いますので」

「はいはい」

 

 にこやかに微笑むアキラを受け流して、バーバラは高台を登る。

 この集合場所を指定したのはアキラだ。コサック市内でも演説をする場所は幾つかあったのに、わざわざ三万の兵士をバーバラが直接一度に見下ろせる高地がある場所を選んでいた。

 その為、兵士もバーバラも日が沈む前から動く必要があった。何故このような事をするのか疑問に思ったが――

 

「なるほど、これを見せたかったのね」

 

 実際に高台に登ると、得心がいった。

 ディフェンダーの前に姿を現した途端、バーバラは肌がひりつくような感覚を覚えた。

 その正体は視線だ。素人が総大将であるという疑念、勇者に対する期待、魔王に対する畏れ……様々な感情が、バーバラを射竦める。

 三万の兵士による視線と様々な感情の集合体は、一人の少女を委縮させるには余りある。距離を取らなければ喋りにくいだろうという配慮だった。

 それでも兵士を前に演説させようとする、アキラの意思も同時に理解する。

 

(……私が総大将だからか。従者として手伝いはするけど、全部自分で決めろってことね)

 

 軍人達は引き絞った弓のような表情で、バーバラの言葉を待っていた。

 このディフェンダー部隊はバーバラの命令に対して絶対服従である。

 相手を疲弊させるためだけの使い捨ての特攻部隊とするのも良し。

 時間稼ぎの為の肉の盾にするのも良し。

 全てはバーバラ次第だ。だからバーバラが決めて、伝えなければならない。

 彼等の命をどう使うか。

 

「……っよし!」

 

 バーバラは顔を引き締めて前を向き、マイクのスイッチを入れた。

 

「あー、テステス、ただいまマイクのテスト中。聞こえるかなー、聞こえてるー?」

 

 よく通る、涼やかな声がディフェンダー達の耳に届く。

 

「聞こえてる前提で話すからね。私は魔王討伐隊隊長バーバラ、あなた達のリーダーになります。最初に断っておくと、この討伐隊の目的は魔王討伐ではないから」

 

 ざわりと、一瞬部隊に騒ぎが走った。

 バーバラは気にせず言葉を続ける。

 

「魔王ランスを討てたら最高だし、私もそうなるように頑張る。でもね、私はそこで無理に勝とうと思わないの。もっと楽な方法で勝ちに行くつもり」

 

 今回の演説はディフェンダーと中核となる魔王討伐隊が、どういう役割を背負っているかを理解させるものだ。

 バーバラに過剰な期待はいらなかった。だからあくまで素で話す。

 

「魔王ランスの配下には魔王の子と千以上の盗賊がいるの。本来なら盗賊団の邪魔が入らないようにディフェンダーに任せて、私達が魔王を討つのが正道なんでしょうけど今回は逆で行く。私達が魔王を足止めして、あなた達が盗賊団を壊滅させる。つまり、やる事は簡単な盗賊退治ね」

 

 バーバラの立てた作戦は、質と数の力で押し潰すというものだった。

 彼我の戦力差は三十倍、しかもこちらは正規軍、立ち並ぶ高級士官の頭だけでも精鋭部隊と察せられる。盗賊を相手にするにはあまりにも過剰な戦力と言える。

 

「盗賊団を壊滅させれば魔王の子達は部下がいなくて干上がる。後は楽をさせないように長期戦をすれば逃げるか死ぬかしかなくなる。でも盗賊団を壊滅させた後に逃走する場合は深く追わない。東ヘルマンから追い出さればそれでいいと思っている」

 

 魔王討伐隊隊長が魔王の逃走を許すという発言。兵達の視線は一気に懐疑的なものとなった。

 しかし、勇者の声は力強い。

 

「理由はただ一つ、あなた達をあまり死なせたくないから。積極的な包囲を続けたら突破を図ろうとして多くの血が流れる。私はそれが嫌なの。一方的な戦力差を押しつけて、最小の被害で済ませるつもり」

 

 空色の瞳は僅かな憂いを帯び、胸に手をあてる様は真実この事を案じているようだ。勇者特性もあって、少女の在り方は正しいのではないかと全ての兵に染み渡る。

 

「私が何とかしたいと思っているのは魔王退治よりも国民の事よ。盗賊団に支配されて彼等は苦しい生を強いられている。解放するのはあなた達の役目で私はそれを助けるに過ぎない。だから、あなた達の力が最も重要なの」

 

 バーバラはすらすらと言葉が出る自分に不思議さを感じた。目的は報酬であってこれは建前だ。国の面目も保てる契約を果たしているに過ぎない。

 だけど何故だろう。それでいいと思う自分がどこかにいる。

 

「問題は魔王と魔王の子を止められるかだけど……そこは私を信じて欲しい。あなた達を無駄に死なせないように、頑張るから」

 

 そこで、バーバラはちらりと一部に視線を移す。目に映るは魔王討伐隊の中核達。

 最大の懸念はバーバラが魔王と魔王の子達に対抗できるかだ。時間稼ぎも出来なければ、蹂躙されるだけの未来が待っている。

 前は一人だった。しかし今はどうだろう。

 アキラ、見当ウズメ、メリモ・カラー、志津香、ナギ、使徒オーロラ……頼れる仲間達がいる。

 彼等を頼ればきっと勝てる。そんな思いからバーバラは笑みを深くする。

 

「……ま、これだけの戦力があれば楽勝だと思うけどね! それじゃ最初の命令行くわよー!」

 

 兵士達の士気は静かながらも、沸々とした熱気が渦巻いていた。

 演説そのものとしては年頃の少女然としたものではあったが、彼女の為ならばと皆が思いを深くしている。勇者特性の影響は、強い。

 バーバラは輝く剣を抜き放ち、北の空へと突き付ける。

 目指すは一敗地に塗れた地、今度こそ魔王に立ち向かう、そんな意思を強く込めた瞳で遥か彼方を射貫き、宣言する。

 

「目標、ウラジオストック! 盗賊に囚われた人達を解放する!」

「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」」」

 

 鬨の声が上がり――――

 魔王討伐隊の進軍が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 ウラジオストックの地に、橙色が姿を現した。

 少しづつ、少しづつ、占める地が増えていく。

 それら全てが人、強き意思と高き士気を持ち魔王を倒さんと集った軍隊。鎧を着込んだ鉄の男達、東ヘルマン軍精鋭三万が姿を見せていた。

 

「おーおー、来とる来とる……」

 

 斥候からあらかじめ報告を受けていたランス達は、城壁から彼等の様子を眺めていた。

 

「ラ、ランス様……」

「ひーっ、やっぱりちんたらしたら来ちゃったじゃねーか! 凄く強そうだよー!」

「くすくすくす……ボク達相手に数を揃えても無駄なのになあ」

 

 シィルは不安からかランスのマントを掴み、長田は恐慌に陥っている。エールは余裕綽綽だ。

 そしてランス団頭領、ランスは―――

 

「ぐふ、ぐふふふふ……こっちから来るとはいい度胸だな、勇者バーバラちゃん。いいぞ、やはり勇者はそうでなくては!」

 

 列の前の方にいる、バーバラを見つけていた。

 報告の段階で人相にあった少女が来ているという話は受けていた。ランスは自分の目で確認する為に、わざわざ待っていたのだ。

 金髪の少女は輝くような笑顔でウラジオストックを指差し、周りの仲間と談笑している。

 

「おかわりの女まで連れているとはな。あれがアキラか?」

「うん、そーだよ。そこそこ強いから気をつけて。ま、次はボクが勝つけどね!」

「他には……あれはウズメか、何をやっているんだ。フードを被ってるのもいるからよく分からんが、まあなんとなく美少女に違いないな」

 

 いやらしい笑みを浮かべながら、顎に手を当ててランスはこれからの事を考える。

 次はバーバラをどう犯そうか。アキラをどう犯そうか、いやいや3Pでもいいかもしれない。負ける事など最初から考えず、淫蕩な未来に思いを馳せる。

 

「あの胸をこうして、ガンガンに突いて……ぐふふふふ……」

「おいリーダー! 方針立てろよー! どうすんだよー!」

 

 長田の突っ込みにも反応せず、ランスは腕をわきわきと動かすばかりだ。

 その一方で、エールは勢い良く日光を抜き放った。目は爛々と輝き、新しい玩具を見つけた子供のようだった。

 

「こんなの決まってるじゃん。盗賊達に戦闘態勢を取らせて! 徹底抗戦だよ!」

「だけどエール、数が圧倒的に違うし相手は正規軍だぞ!? 勝てるのか!?」

「まーた長田君はびびっちゃって。前と同じぐらいなら今のボク達には敵じゃないよ」

「そりゃエールはそうかもしれないけど盗賊なんかいても弱いぜ! 盗賊よりあいつらの方が強そうだろー!?」

「うるさーい! やってみなければわからない!」

 

 エールは今にも襲い掛からんと城壁に足をかけて、

 

「とにかく、突撃だ! レッツゴー――!!!」

「アホ」

 

 ランスのゲンコツが、エールに振り下ろされた。

 

「ぎゃふぅっ!?」

 

 頭を打ち付けられた痛みから、エールは頭を押さえてしゃがみ込む。その隙を突くように襟首をランスに引っ掴まれて、ずるずると戻される。

 

「な、何するのさー!?」

「まさか俺様の娘がここまで馬鹿だと思わなかった。あの軍隊を前に真正面から突っ込むだと? クルックーは簡単な算数も教えてないのか」

 

 呆れ混じりにランスはエールを吊り上げて、目の高さまで持っていく。

 

「こっちは千人だぞ。報告を聞けば三万という話だ。それで真正面から行ってどうやって三万に勝つつもりだ」

 

 きょとんとエールは首を捻り、

 

「ボクが一万、ランスが一万、ミックスが一万で勝てるでしょ?」

「…………」

 

 敵は倒す、それがエールの思考回路だった。

 エール・モフスには逃げるとか、戦術的撤退という選択(コマンド)が存在しない。負けてから逃げる時すら渋る極度の負けず嫌いだ。立ちはだかる障害は全て正面突破してきた。

 様々な冒険をズル賢く立ち回ってきたランスにとっては、馬鹿としか言いようがない。

 

「却下だ。俺はそんなやり方をせん」

「えーっ、あの程度のザコなんて楽勝でしょー!? ランスは臆病者なの?」

 

 不満をありありと口にするエール。それに対して、ランスは鼻を鳴らして答える。

 

「ふん、確かに俺様にかかればあれぐらい楽勝だ。だが疲れるではないか、なんでむさ苦しい男とずっと戦わなきゃならんのだ」

 

 今のランスが剣を振るえば3万だろうが10万だろうが勝てる。それぐらいの自信がランスにはあった。

 だが、それで勝ったとしても目的のものを果たせなければ意味がない。

 ランスの目的はハーレム、今回ならばバーバラの身柄とセックスだ。3万を律儀に相手にして、肝心要のバーバラを逃がすようでは本末転倒だ。

 

「ここは敵の総大将をクレバーに捕らえるのが一番だ。俺様はそういうどさくさ紛れが得意なのだ。さて……どうするかな」

 

 エロ方面に特化した頭脳が動き出す。

 バーバラの性格、現状の彼我の戦力差、立地……様々な要素をざっくばらんに考えて、ランスは結論を下した。

 

「よし、退くぞ。ここを放棄する」

「えーーーーーーーーーっ!」

 

 足元の小娘が騒ぐが関係ない。むしろ一番の反乱分子とみてエールを小脇に抱えた。

 エールはじたばたともがくが、異常な膂力でもって腰のあたりをがっしりとホールドされており、少しも動けなくなってしまった。

 

「やだやだやだー! 戦うのー! ボクに戦わせろー!」

「ええい、やかましい。お父様に従わんか」

「つーまーんーなーいー! 逃げるとか嫌だー!」

 

 ぎゃあぎゃあとやかましい娘を放置して、ランスが指示を飛ばす。

 

「俺様の方針はわかったな。この街から離れてアジトに戻るぞ、あいつらが襲ってくる前に退避して、もっと戦いやすいところで戦う。ここでは広すぎるから数が多いあっちが有利だ。罠もあって隠れやすいところで戦った方がいい」

「でもさ、あいつら追って来るのか? 街を奪還したら来ないんじゃねーの」

「いや、きっとすぐに追ってくるぞ」

「どうして?」

 

 長田の質問に対して、ランスはにやりと笑って答えた。

 

「勘、俺様のカンは良くあたるのだ」

「えー……」

 

 ランスの方針は、結局勘頼りだった。

 なんとなく、こっちの方がエロい事になりそうな気がする。そんな感覚で大体最初から最後まで今回の冒険では動いていた。

 

「英雄の俺様が言うのだから間違いない、いいからちゃっちゃと動け。ハーレムの女共を一人でも遅れさせたらぶち殺すぞ」

「はいはい、わかったよー……」

 

 ランスはしっしと手を振り、長田を仕事に向かわせる。

 

「……ふん」

 

 そして、まだ遠くにある軍隊を見る。

 もう一時間もしない内に街の中に踏み込んでくる。そんな中で、圧倒的な戦力を従えている勇者の緩んだ顔を見ると、むくむくと悪戯心が芽生えてきた。

 

「……ただ退却するのも面白くないな、おいシィル」

「はい、どうしましたか?」

 

 そう言って、奴隷へ振り向いたランスの表情は、

 

「せっかく負けて逃げるのだ。ここはいっそ思いっきり、みっともなく逃げてやろうではないか」

「…………はい?」

 

 ギザ歯をありありと見せた、満面の笑みだった。

 

 

 

 

 

 

「魔法部隊、一斉放射用意―――――射てーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

 色鮮やかな魔法が、城壁に次々と突き刺さる。

 そして爆散。

 

「有効射、確認出来ません! 未だ城壁に敵は見えません!」

「伏兵がいるかもしれんから撃ち続けろ! 壁面に隠れた人間まるごと溶かす気持ちでやれ!」

「一番槍、出る! 魔王に一太刀入れたい奴等から俺の後ろについて来い!」

「クロスボウ部隊も肉薄しろ! 白兵戦用の戦力を援護するんだ!」

 

 怒声、怒号、轟音、そして雄叫び――――

 まさに、戦場であった。

 

「主様、ウラジオストック攻略戦、開始致しました」

「うーん、順調みたいねー!」

 

 攻城戦は、順調の一言に尽きた。

 というのも、一体の敵もいないのだ。慎重を期して最高火力による正規の城攻めを行っているが、全く反撃が来ない。だから実践でありながら、部隊訓練の様相を呈していた。

 初めて見る戦場は、絢爛豪華に尽きた。

 一矢乱れぬ統制によって撃たれる魔法、連携の取れた有機的な機動、観測班からの詳細な報告、それによって行われる攻撃は、一種の芸術品ですらある。

 これがバーバラの「攻撃開始」の一言で行われたものかと、目を奪われる。

 東ヘルマンの精鋭三万、凄いとは思っていたが、実際に動かしてみれば想像の遥か上を行く戦争兵器だった。

 

「これなら私が出る幕すら無いかなー! いやー凄い!」

 

 開戦から15分足らず、もう門に取り付き梯子がかけられ、多数の人間が城に入っている。そうしている間にも扉が開けられ、城門の制圧が済んだという報告が入ってきた。

 

「如何されますか、主様」

「当然、突撃よ! 全軍を挙げてウラジオストックを制圧する!」

「皆、聞いたね! 第二衝撃部隊、用意!」

「「「オオッ!!」」」

 

 槍を構えて、次々とディフェンダー達が街に入る。

 バーバラ達魔王討伐隊もまた、いつ魔王の子達が襲ってきてもいいように直営部隊に囲まれつつ、ウラジオストック入りを果たす。

 

魔人級(魔王の子達)はどこからでも襲ってこれる。一つずつの家屋、天井を警戒してしらみ潰しで行ってくれ。一番警戒するのは奇襲だ、数の利を活かせない」

「っは!!」

 

 アキラの指示も的確で、不安は何事もなく。

 ゆっくりではあるが、順調に街の制圧が済んでいき、中央のRECO教会へと向かっていた。

 

「先遣隊の報告です! 魔王ランスの姿が確認されました! ヤツは中央教会から退却に入っているようです!」

「…………!」

「手勢の中から50名程を引き連れて殿を勤めています! 追えば捕まえられそうです!」

「他の魔王の子とか、そういうのはいる?」

「姿は見えません! 盗賊と、ランスだけです!」

 

 報告を聞く限りでは、ランスは孤立しているようだった。

 追えば単身で捕らえられるかもしれない。それならば、殺れるチャンスがある。

 

「……追って! 私も向かう!」

 

 殺意を漲らせて、バーバラは走った。

 

「アキラもついて来て! ウズメちゃん達は一拍遅れてからでお願い! 相手が二対一なら乗ってくれるかもしれない!」

「ういうい、頑張ってねーでござる」

 

 身体能力を使って、天井に飛び移る。

 人の身を超えた動きに驚きの声が上がるが、この程度では全く足りない。相手は魔王ランスだ。重要なのは――

 

「アキラ、命令よ。魔王ランスから私を守って、今は戦う時じゃない」

「はい、全力を賭してお守り致します」

 

 いつのまにか、影のように付き従う従者だ。

 天井を飛び移り、煉瓦を吹っ飛ばして突き進む勇者に音も無くついて来る。

 そのままバーバラ達は内壁を抜け、教会の高い鉄塔を横目に駆け抜け、ついに捉えたのは――

 

「はやく進め、うすのろが! さもないと斬り殺すぞ!!」

 

 怒声を飛ばす、ランスの姿だった。

 怪我をしているらしき盗賊を怒鳴りつけ、必死に逃げようとしている。

 もう既に先遣隊が追っており、もうすぐ捕まえられるというところだった。

 

「役立たずが、使えん雑魚が、貴様等がうろうろしているから……!」

 

 バーバラは先遣隊に守られる形で入ると、ランスに対して叫んだ。

 

「ランスッ!」

「…………バーバラか!」

 

 視線が交錯し、火花が散る。間には兵士が迫っており、距離は詰まりつつある。

 直接睨まれると、やはり膝が笑う。そんな怯えを隠しつつ、バーバラは自慢気に破願する。

 

「あんたに勝つために、軍隊の力を借りちゃった。世の中数が正義、あんたが強くてもこの数なら勝てないでしょ」

「ぐぅぅっ……! この卑怯者が-! 1対1で戦わんかー!」

 

 焦りや怒りをありありと浮かべるランス。それでも戦う気はないようで懸命に退がろうと盗賊に怒声を飛ばしている。

 切羽詰まってる姿に、安堵とともにバーバラの溜飲が下がる。この姿が見たかった。

 

「あははははははははは! だーれがゴリラと戦うもんですか! この私の天才的な知略を前に、屍を晒しなさい!」

 

 目標はあくまで盗賊団、手足を奪ったら時間稼ぎをして、都市内の鬼ごっこに移る。次にアキラを使って少しづつ疲弊させ、最後にはバーバラがトドメを刺す。今回の作戦は、つつがなく進行していた。

 

「先遣隊、あの弱そうな盗賊達を潰しなさーい! その後にランスを倒すわよ!」

「オオッ!!」

「ひーーーー! 助けてくれーー!」

「ぐぬぬぅ……クソが……!」

 

 ランスは屈辱に顔を歪めて……飛んだ。

 

「お、お頭ぁ!?」

「お前らうすのろがどれだけ死のうが知った事ではないわ! 勝手に死ね!」

 

 ひらりと家屋の天井に着地すると、逃げる途中にある盗賊達に言い放つ。

 

「そんな、お頭がここにいろって……ぐべぇっ!」

 

 煉瓦が何かを言おうとした盗賊に突き刺さる。

 主に見放された哀れな盗賊(どれい)達が恐慌に陥る中で、ランスは怒りの形相でバーバラを指差した。

 

「バーバラとやら、この屈辱は忘れんぞー! 北西の方に俺様のアジトがあるが、そこまで来たら許さんからな! 絶対、絶対許さんからなー!」

「あはははははははははは! 負け犬が何か言ってる! あははははははは!」

 

 歯ぎしりするランスに、笑うバーバラ。2人の関係は、前の時とは逆転していた。

 

「この数と質に、盗賊団でどうやって対抗するのかしら? 魔王様のご知略とやらで、この状況を返せるものなら返してみなさいなー!」

「覚えてろー! 覚えてろよー!」

 

 逃げる時はあっという間、疾風よりなお早く、ランスの姿が遠ざかっていく。

 どのみちランスに逃げを打たれたら追いきれない。バーバラより速すぎるためどうあっても逃がすのは仕方ない。

 

 だが、愉快だった。

 前に何もできずに負けた相手に、何もさせずに勝ち切って、都市を解放する。

 圧倒的な戦力差を背景にした戦い方は、ランスにも有効だった。不利を悟る頭があるのならば、これからも相手は尻尾を巻き続けるだろう。

 バーバラは、この完璧な勝利に酔い痴れて笑う。

 

「あはははははははははは! あーっはっはっはっはっはっはっは! これならもう絶対大丈夫! 軍隊もアキラも強いし、仲間もたくさんいる! 負ける事なんてあるわけないわー!!」

 

 ポンコツ勇者は、また調子に乗っていた。

 




戦況報告 War Situation report

RA15年9月6日


ランス団≪≪≪≪≪≪≪≪東ヘルマン


魔王討伐隊隊長、勇者バーバラがディフェンダー部隊精鋭三万を結成。

ウラジオストックに進駐、ほとんど戦わずに都市を奪還した。

勇者バーバラは調子に乗っている。


ランス盗賊団 1000人

東ヘルマン軍 33万0000人



「がーっはっはっはっはっはっは! まあこんなもんでいいだろう! たまには負けるのも悪くないな! 役立たずも処分出来て万々歳だ! あいつらの顔見たか? くくく……」
「あんな大根役者で引っかかる方がおかしいだろ……」
「いるとしたらよっぽどのポンコツだよー」

 よし、これだけ圧倒的な戦力差なら負ける理由がないな!
 次回、来週火曜が目標!


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システム② 強スキルを覚えろ

 頭でっかち説明回。
 これでようやく、同格っぽい戦いが書けるようになる。
 というかここまで強くしないと本気エールちゃんとは戦いにならない。


 ただっぴろい平原しかない異空間で、勇者がもがいている。体は血に染まり、末期の患者のように指先が痙攣し……止まった。

 傍らにいる暴行犯が剣を引き抜き、何事かを唱えると光が満ちる。

 次の瞬間、バーバラの傷は完全に治癒されていた。

 

「…………もう、いやーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

 何度目になるかわからぬ叫び声が、Aの地平に響き渡った。

 

「もう本当やだー! なんで私ばっかりこんな苦しい思いしなきゃいけないのよー!」

 

 勇者と従者の修行――というにはあまりに凄惨な惨劇、その何度目かの蘇生後の事だった。

 正気に戻されたバーバラはエスクードソードをぶん投げて、これ以上の修行を放棄する。

 

「アキラはレベル上げを言い訳にして私を嬲りたいだけでしょ! やってられるかー!」

 

 少女の心は、もう限界だった。

 初めての修行の要請から数日、メリモ達と仲良く遊ぶ裏でもバーバラはアキラに拉致され続け、嬲られていた。

 恩恵としてのレベル上げは順調だ。身体能力は上がっているし、戦い方も痛い目を見ながら学んでいる。前より上手のやりたい事がわかってきたし、実戦経験はやるとやらないでは天地と言えるだろう。

 だが、全く強くなった気がしない。

 対戦相手はバーバラの身体能力に合わせて絶妙に出力を上げ続けている。ミスったら一撃死ギリギリで攻めて、あの手この手で嬲られ続けて、どうして自信を得られるのか。

 何もない平原で大の字になって、空を見る。もう何もやる気になれなかった。

 

「困りましたね……」

 

 アキラが自分の頬を手で押さえて、どうしたものかと思案する。

 

「残念ながら、エール・モフス相手だとまだ勝ち目が薄いんですよね。経験値的(レベルアップ)にはキリがいいから別の事を覚えるのもいいかもしれませんが、しかし勝率が……」

「はいそれ行きましょう!」

 

 バーバラは跳ね起き、アキラを指差した。

 

「座学でも魔法でもなんでもいいから、それにしましょう! たまには気分転換も必要よ!」

 

 どんなキツいものであっても今の地獄よりはマシだろう。そんな思いからバーバラは他の選択肢に縋る。

 普段なら剣を放り投げたら徒手空拳の練習と言って殴りかかって来る女だ。止められるならなんでもよかった。

 バーバラの真摯な想いが通じたか、アキラは剣を大地に突き刺して座り込む。

 

「主様が望まれるのならそうしましょうか。もう少し物理的死因を喰らう可能性を減らす為に受けを上達させたかったのですが」

「そうだ、まずは座学からにしましょうよ。まずアキラは私を強くしたいようだけど、どう強くしたいのか全くわからないもの。物理的死因とか時々わけのわからない事を呟くし」

「システムを利用して強くしてるんですが……ああそうか。これは僕が説明不足でしたね」

 

 アキラが頭を掻き、急ぎ過ぎていたかと苦笑した。

 

「そうですね。まず僕が今までやっていた事を説明しましょう。主様にはレベル上げの中で、徹底的に受けを学んで貰いました。それは物理的死因を避けるためです」

「物理的死因ってなに?」

「四肢欠損、内臓貫通、そういった致命的な被害を喰らう攻撃です。それを喰らった上でまともに戦えますか?」

 

 バーバラは首を横に振った。

 そんな攻撃は喰らった時点でアウトだ。勇者だから死なないが、まともに体が動かせなくなる。

 そんな重傷ではなくても、火傷や脚を挫くような怪我をした時点で十全に戦うのは難しい。若干なりとも戦闘能力は落ちる。

 

「そういう事です。体力(HP)ではなく生命(いのち)を脅かす攻撃、それが物理的死因です。大抵の魔物相手なら主様でも技量差や圧倒的な身体能力差によって一方的に奪えますが、同格ならそうはいきませんし、今のままでは魔王の子相手では逆に削られて奪われる技量でした」

「だから、殺し続けて覚えさせたと……」

「はい。勇者は理論上稼働可能な状態に再生し続けるはずですが、ゾンビになって勝てというのも無理な話です。生命(いのち)が削れるような致命傷を受けた状態では状態異常もそうですが、体力(HP)の最大値も削れるので勝ち目が消えます」

 

 この世界では現実側にシステムが辻褄を合わせる。

 例えば殺しても死なないような英雄でも、ギロチンやナイフで首を落とせるし死ぬ。そうなればシステム的に残りHPが残ってようが関係なく死亡判定になる。

 

「ま、それ自体は当たり前の話ね。殺せば死ぬを難しく言ってるだけに聞こえるわ」

 

 この手はむしろシステムを知らない方が直感的に受け入れられる世界だ。生命の奪い合いなんて日常的にやっている。バーバラにとっては、システムの方がまどろっこしく感じてしまう。

 主の微妙な表情を察しつつも、アキラは残酷な事実を口にする。

 

「今の主様と前衛組の魔王の子が戦えば、身体能力もそうですが技量差によって捻り潰されます。技量の差が大きすぎますから、素直に戦えば勝ち目はありませんよ」

「……ブンブン力任せに剣を振り回してたエールって子にも?」

「はい、ちゃんと戦えばわかりますよ」

 

 納得せず、アキラを不満気に睨むバーバラ。むしろ満足そうに黒い瞳が細まり、上機嫌そうな声が帰ってきた。

 

「両者の本気を見ている僕が断言します。主様とあの子の間にはまだ埋めきれない技量差がある。でも、それはシステムとの最適化によって埋まる差です。僕が埋めてみせますよ」

 

 自信ありげなアキラの判断は、バーバラにとって好ましくない部分がある。

 あの糞餓鬼の拙い二刀流に負けと断じられては良い気がしない。

 バーバラは若干眉根を寄せて問いかける。

 

「具体的にはどうするつもりよー?」

「段階を分けて説明しますが、大元の目的は体力(HP)を強スキルで削って、相手から余裕を奪って生命(いのち)に届く一撃を先に与えるという形になりますね。このシステム、理不尽な手が色々ありますので」

「それで強スキルを覚えろ、ねえ……あんまり強さは実感できないんだけど」

 

 バーバラはAの地平以外の修行で、アキラがあれこれ口を挟んでいた事を思い出す。

 コーラとの時もそうだ。光魔法を覚えるはずが口を挟んで雷魔法にしてしまった。だから現時点で新しく覚えた魔法は雷の矢だし、これからも雷系統を伸ばす事になっている。

 それ以外にも寝る前に瞑想や、気を充実させたりする修行法を指導している。全て有用なスキルを覚える為の努力だと言っていた。

 

「この世界のシステムは色々あります。ある程度は主様も知っているでしょうが、数字までは殆どの人が知りません。ブースト、コンボ、状態異常、属性……ダメージを増加させるシステムが多数ありますね。まずはコンボから行きましょう」

 

 アキラは懐から黄金色のペンを取り出した。

 

「主様がバリアを覚えてから、僕は何を教えていましたか?」

 

 地獄そのものの修行を思い出し、バーバラの目が濁る。

 

「三連突き、相殺出来なきゃ殺される同時斬撃を撃ちこまれた……」

「そう、三連突き。コンボシステムを説明するには最高の強技ですね」

 

 アキラがペンを動かすと、空に文字が浮かび上がる。

 

 3連突き 攻撃1倍、三連撃、準備2、発動後隙4。

 

「スキル的には概ねこんな感じでシステムに規定されています。攻撃の倍数はその人本来の攻撃がまともに当たった話と考えてください。準備も隙も本人依存です。次に別のスキルを書きますね」

 

 突撃3 攻撃3倍、準備4、発動後隙2。

 

「この二つのスキル、同じ人が撃った場合どっちが威力上になりますか?」

「そりゃ同じでしょ」

「ところがどっこい、三連突きの方だとシステムがダメージを付与します。突撃3だったらそのままですが、コンボ補正によって三連突きはこうなります」

 

 3連突きダメージ。

 一撃目1.0+二撃目1.1+三撃目1.2=3.3倍。

 

「これがコンボシステム、立て続けにダメージを与えると10%ずつダメージ倍率が付加します。どこまでがコンボなのか判定するのは相手の当たり方とシステム次第ですが、少なくとも三連突きみたいな連撃系は一撃目の時点で確定です。持っているだけで損がありません」

 

 朗々と語られるシステムは数字の世界で、この世界の構造を解き明かすものだ。

 これらの情報は現実で生きているバーバラにとっては味気なく感じてしまう。普通ならその三連突きが深いか浅いかで考える生命(いのち)の奪い合いだ。苦労して身につけた技をシステム的に評されると無味乾燥で良い気がしない。

 

「応用編行きましょうか。敵との駆け引きの中で今の二つの技を立て続けに撃ち込める状況を築きました。どちらから行くのがいいですか?」

「システムが正しいなら先に三連突きじゃない。隙と準備を考えたら普通逆だけど」

「流石主様、聡明でいらっしゃいますね。既にシステムに適応し始めています」

 

 突撃3→3連突きの場合のダメージ。

 一撃目3.0+二撃目1.1+三撃目1.2+四撃目1.3=6.6倍。

 3連突き→突撃3の場合のダメージ。

 一撃目1.0+二撃目1.1+三撃目1.2+四撃目(3×1.3)=7.2倍。

 

「このようにコンボを繋げてから大技を一発撃ち込む順序で一撃分近い差が出ます。これは体力の削り合いに大きな差を生みます」

「まあそりゃ知ると知らないとじゃ違うかもしれないけど、前提条件がねぇ……」

 

 戦いの中でそれだけの隙を作るのは、非常に骨が折れる。

 スキルには威力があるがそれだけの隙が伴う。戦闘では全力斬りを撃ち込む為に鎬を削って隙を作るのが実情だ。スキルを避けられたら目も当てられず、モロに痛撃を喰らう事になる。

 そもそもHPの削り合いに素直に乗ってくるのは、よっぽどの馬鹿かプロレス男だけだ。

 HPのダメージレースとは言わば泥試合。仕留めきれないから仕方なく削り合いになるものだ。実践を少しでも知る者ならば有利に立ち回れる材料の方が欲しくなる。

 落胆を隠せずに、バーバラは肩を竦めた。

 

「使う時があるかもしれないけど、学者が考えるだけの話って感じね。実践で役に立つ機会があるならその時点で勝ちでしょ。もっと純粋に使うだけで立ち回りで強い技とかないの?」

 

 その問いを待っていたかと言わんばかりに、アキラが笑みを深くした。

 

「ありますよ、知らない相手に対して絶対に有利を取れる超必須スキルが。多くの人が気づかず、されど冒険者ならば何度も見た事があるスキルです。主様の修行はこの為にありました」

「そんなのあるなら皆使ってるはずよ」

「いえ、使いませんし使えません。というのも魔人級の世界に踏み込まないと、ゴミスキル扱いを受けてしまうからです。術者の魔力や相手の反応速度が一定以上で、初めて意味が出来る技、その名も……」

 

 スキルの名が、空に書き込まれていく。

 自信満々に、アキラはその名を紡いだ。

 

「――――魔法攻撃、魔法衝撃とも言います」

 

 魔法攻撃 攻撃1倍、準備0、発動後隙1。

 

「このスキルの特徴は唯一つ、()()()()()()です。簡略化も高速詠唱も必要とせず、詠唱そのものを破棄した魔法、魔力をそのまま力に代えて打ち出す原初の技になります。まずは差をご覧ください」

 

 そう言うと、アキラは一枚の式札を取り出した。

 アキラの祈りと共に式札は別れ、一つ一つが形を変じて無数の紙飛行機と化す。それぞれが無軌道にひらひらと飛び回り、Aの地平に幾百のターゲットとして浮かび上がる。

 

「これから僕は右手で詠唱魔法を撃ちつつ、左手で魔法攻撃を撃ち続けます。最小威力に調整するのでどちらが多く落としたか確認をお願いします」

 

 そして、七色の矢が飛び交った。

 一つ一つの光線は過たずにそれぞれの紙飛行機に着弾し、最小のシミを作って空に舞う白の数を減らしていく。

 もうこの時点で察することが出来る。明らかに左手の方が数が多い。手を掲げて下げる間にも幾本の光線が発生し、敵手へと向かう。一方で右手から繰り出される闇の矢は等間隔のタイムラグがある。

 右が闇の矢で統一されている一方で、左手の射撃には統一感が存在しない。黄、闇、光、赤、青……五属の光が走り、一つのデコイには紫電を走らせ、一つのデコイには炎を与える。

 術者の圧倒的な技量故か、瞬く間に全てのターゲットは落とされてしまった。

 

「今ので何か分かりましたか?」

「魔法攻撃の方が速いって事ぐらいかな、後はどうにも……同じ魔法なのに効果が違う?」

 

 アキラは首を傾げるバーバラを見て、静かに笑った。

 

「そうです。属性付与すら放棄しているので勝手にシステムがランダムでつけてます。これは見た目だけで属性は本人に依存するので、僕の場合だと全部闇属性の攻撃なんですね」

「つまり右と左は結局同じ魔法だったと。でも速さは無詠唱の方が速いから使えるわね」

「そうです。普通なら詠唱速度の差が習熟度の差になりますが、この魔法は習得した時点で初撃の速度が変わりません。さらに熟練すれば属性付与も威力強化も出来ますし、極めれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――そろそろ話が見えてくるのではないですか?」

「っそれは……!」

 

 バーバラは瞠目した。無詠唱魔法はこれまでの常識を破壊する魔法だと気づいたからだ。

 魔法には詠唱が必要である。高度な才能を持った人間は高速詠唱や詠唱破棄が出来るが、残念ながらバーバラにそんな才能は存在しない。一つずつ魔法を唱えて打つしかない。

 この状況に無詠唱魔法が加われば、話は劇的に変わる。

 近接戦闘でも暴発を恐れず気兼ねなく打てる。詠唱魔法の隙を消す為に無詠唱魔法を間に挟める。不利な状況になっても飛び道具として体勢を立て直す為に打てる……ちょっと考えただけでも、無数の用途が思いつく。

 

「詠唱という儀式を挟まず、相手が次に何をするのか予想出来ず隠蔽性も高い。主様のような近接主体の魔法剣士には必須のスキルと言えるでしょう」

「滅茶苦茶重要じゃない! この技がなんで広まってないの!?」

「これは人間の技術じゃないんですよ。魔物が本能で使うものであって、技術体系として理解して習熟する人間は皆無です。そして……燃費がとっても悪いんです」

 

 アキラは少し苦笑して、「これが何とかなってたら人類はもう少し戦えましたよ」とぼやいた。

 

「人間が使おうと思うと普通に炎の矢打つより10倍から20倍の魔力使うんですね。こんなもの使ってたら人類最精鋭でもすぐに魔力が枯渇します。火力が高くて必中なのが魔法の取り柄なのに、火力も落としてコスト撃高では誰も使おうとは思いません」

 

 アキラの言わんとする事がわかってきて、バーバラも頬が緩む。

 これは、選ばれた人の為の技だ。

 

「でも、私達なら普通に使える。炎の矢なんて何百発でも撃てるからね」

「その通りです。火力の高さを犠牲にしても、発生速度が必要な理由もわかりますね?」

 

 バーバラは頷いた。

 レベルの上昇に伴い、必中魔法の絶対性は崩れ始めている。反応速度や行動速度が魔法の速度に追いつきだして対応出来るようになっている。

 例えばザンス・リーザスは魔法を斬る事によってまともに喰らわない。

 例えばアキラは移動している間に簡単な魔法を唱えて相殺してしまう。

 バーバラも魔法抜きで凌げと言われたらエスクードソードを盾にして受ける。それだけでダメージはそこそこ軽減が出来る。

 要は必中魔法は追尾するだけで、他の何かに当てさせれば対応は不可能ではないのだ。

 魔人級の世界ではわかっている強力な魔法より、詠唱という前触れのない魔法が飛ぶ方が遥かに脅威だ。受けようもなく直撃すれば、生命(いのち)に届く痛撃になり得る。

 

「これから主様には無詠唱魔法を中心に習熟して貰います。そして属性魔法、強魔法攻撃を使いこなせるようになれば、また別のシステム的な有利を活かせるようになるでしょう」

 

 黒髪の少女は常に自信に満ちている。システム利用でメタ的に強くする方針に嘘はなかった。

 バーバラはアキラの手を強く掴んだ。空色の瞳の中に、爛々と燃える炎が宿っていた。

 

「覚えるわ、その魔法。それでランス達にぎゃふんと言わせましょう!」

「はい、主様」

 

 バーバラの想いに応えるように、アキラは強く握り返す。

 

「それで、どうやって覚えるの? 普通に覚えられるものじゃない気がするけど」

「はい、ちょっとコツが要りますね。でも戦う必要はありません、こうやって……」

 

 戦う必要はないという言葉に拍子抜けしたバーバラは、アキラの為すがままだ。

 アキラはバーバラの両手を自身の両手に重ねて向かい合わせになった。端正な顔が近くに来て、バーバラは気恥ずかしさから目を逸らす。

 Aの地平で、膝を合わせて黒と金、二人の少女が向かい合う形になっていた。

 

「いいですか、これから主様の掌に魔力を集中して流します。なので全力で抵抗してください」

「わかったけど……それってどういう……?」

「いきますよー、10、9、8……」

 

 カウントダウンが、始まった。

 バーバラは言われた通り、魔力を掌に集中させる。瞑想はこの日の為にあったのかと流暢に出来ている自分に驚きつつ、ファイヤーレーザーを撃つ時並みの魔力を集約させた。

 

「いつでもいいわよー」

「3、2、1……ゴー!」

「…………!?」

 

 前触れもなく、圧倒的な魔力が身体に流し込まれた。

 バーバラが保持していた魔力など瞬く間に流し込まれ破断。そのまま暴力的なエネルギーの塊が身体に渦巻く。

 

「ばばばばばばばばばばばあっ!!???!??!??!?!」

 

 全く体の状態が保持できず、バーバラは倒れ込んだ。

 痙攣が止まらず、呼吸すらも出来ず、痛みにのたうち回る。

 痛い、痛い、痛い、とんでもなく痛い、感情の全てが痛みに支配される。痛いとしか感じない。何も見えない。何も感じない。

 キリキリと、全身が激甚たる苦痛を伝えている。全身を細かい桐で削られされ、骨を露出させて肉を抉るようだ。痛みでその部位が溶ける。

 最早自分の体がどうなっているかわからない。大声を上げているのかもわからない。だれかこの痛みを止めてくれ、楽にしてくれ、そんな思いがあるばかりだ。

 刹那の時間が永遠になったように感じてしまう。そんな苦役が続く。

 だが、ふっ……と痛みが消える感覚があった。いつものアキラの治療だと察したバーバラは、顔を向ける。

 

「このように、抵抗できないと神経がズタズタに腐って末期の虫歯の時のような痛みが体中の至るところから群発します。頑張りましょうね!」

 

 アキラはいつも通り、若干興奮した笑顔だった。

 

「……………………もう、いやぁ」

「一度に大量の魔力を使う感覚を覚えるにはこれが一番効率良いんです。それじゃ二撃目行きますよー! カウントダウン開始しまーす! 10、9、8……」

 

 瞬く間にボロ雑巾となったバーバラの手を、アキラは掴んで離さない。

 次の地獄は、すぐそこまで迫っていた。

 

(結局こんなのばっかあ……)

 

 勇者は白む意識の中で、涙と胃液の味と共にそんな事を考えるのだった。

 

 

 かくして、ポンコツ勇者はシステムを学習し、メタ的に優秀なスキルを覚えつつある。

 魔王の子との戦いは近い。彼女が報われる日は来るのだろうか。




本二次創作システム、戦闘編
 まず、異世界リアルタイム戦闘がベースである。システム①やアキラが言うように、物理的死因、技量、欠損のある世界。ここで土俵に上がれなければまず勝てない。
 その後で個人戦集団戦両方が採用可能な10システムがベースに置かれている。
 『相手が避けもせず真正面からHPの削り合いに乗ってくれる』という前提の元ならば、HPを減らすには10システムの強行動に従うのが良策と言える。コンボ補正も属性も存在するのでダメージが増える。
 ただしターン、apの概念がぶっ壊れている。リアルタイム戦闘なので可能な限り自分の持っている手札(カード)から、魔力や身体能力の限界を考慮してコマンドを素早く入力する形。apは魂の力、エールだけがズル可能な本人固有の力という解釈であり、攻撃力、魔法力の元。
 ブーストは1.5倍、弱点属性、特定対象、必殺は倍撃以上判定、必殺はリアル状況依存、ブーストは運では発生せず状況依存。(お父さん応援とか)

 支援、地形については一旦ここでは解説しない、また次回以降。
 単純じゃなくリアル依存になっているとは言っておく。土嚢や防御が魔人相手に役に立つのか。

 その上で、派手にする為に各シリーズシステムがところどころ導入されている。
 01の冒険者功績やチップ(まともに当たるのならね?)、状態異常を加えたり。
 回避したり、悪口を言って相手の頭に血を昇らせて真正面から殴り合いとか出来たり。
 ゼロスリースキルを導入してたり。
 HPがゼロになっても死ぬわけじゃなくLPがあったり。
 ランスがハーレムを持っていたり。各キャラにアイテムを持たせられたり。
 レベルアップとスキルの習熟度による上位技書き換えが存在したり。
 ランスとセックス時に才能限界や基礎能力値が上がったり。蟹玉猿玉があったり。
 一応各キャラに部隊戦闘値、内政値が設定されてたり。
 ATHPを解体して、HP、攻撃、魔法、衝撃(→行動阻害に変換)、耐性、素早さ、防御、魔低が各キャラに設定されてたり。回避はリアル戦闘判定に全振り。
 受け流し、(重)装甲、粘り、熟練ポイントなどもあったりする。

 概ねそんな感じ。後は調整もあるが全シリーズのアイテムが使用可能になっており、ランスの都合がいいように唐突に出現する。

魔法攻撃。
 魔法兵どころか魔法の才能がないDD、ガルティアだろうが使う。
 ap0を利用した独自解釈の強システム魔法、詠唱の出来ない、知識を持たない魔物の為の魔法。
 ここからシステム的な炎魔法、雷魔法へと繋がっていく。


新勇者バーバラ lv79 
 ボコボコにされる日々。人生ってこんなに辛いものだったっけ。
 ボロ雑巾を絞りに絞る日々の中で、技量はともかく実践経験だけはたんまり入ってる。
 いい加減、少しは魔王の子達に勝てる要素が欲しい。

 3連突き
 魔法攻撃

(コーラの指導で雷の矢を取済済み)



 基本的に戦闘は自由度が高く、そういやこんなのあったなと思えるようにしました。
 バーバラは剣と魔法を中心に、高度な才能が必要な技以外の全てを使える可能性があります。
 例えばヘルマンパンが好物なのでパン泥棒を覚える可能性があります、それぐらい自由で可能性に満ちてます。

 次回、29日目標。ラスト日常回。

 ちょっと遅れます、好きなキャラだから拘りそう。


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ウラジオストック ⑨リセット近況

 RA15年9月――

 新しい魔王である魔王ランスが魔王を辞めて、一ヶ月と少しが経とうとしていた。
 それではウラジオストックの様子を、一人の少女の視点から見てみよう。


 月が高く昇り、星々が瞬く夜のウラジオストック。

 街の広場では酒樽が次々と運ばれ、大宴会場となっていた。そこに繋がる道路にも机が置かれ、飲み物と食事が立ち並ぶ。破壊された家屋の跡を利用して、大量の酒や食材が積み重なっている。参加する人は老若男女問わず、さながら一種のお祭りのようだ。

 誰もいなかった廃墟に、本来いるべき人達が戻ってきた。

 

「東ヘルマンにっ…………かんぱーーーーーーーーい!!」

「新勇者様に乾杯! 俺達の救世主に乾杯!」

 

 乾杯の音頭と共に酒を呷る人々は、今日まで地下で耐え忍んでいた避難民達だ。

 ウラジオストックの解放と共に、彼等もまた地上へ出る事が出来た。軍は耐え忍んだ日々と苦労に配慮し、食糧庫を解放して酒宴という形で国民を労う事にしていた。

 

「もっとジャンジャンウオッカ持ってこーい! 今日はタダなんだからよお!」

「あんた、明日からは復興作業なんだし酔い潰れないようにしなさいな」

「問題ねえよー! なーにせ勇者様がこっちにいるんだ、もう安心だー!」

 

 喧騒の中でも人々の顔は皆明るく、喧嘩が起きそうな気配が全くない。解放された安堵と希望に満ち、赤い顔には活力というものが漲っている。

 街そのものの損傷は激しいが、彼等の手によって一日一日と元の姿へ戻る事になるだろう。

 

「そこの美人さんも一緒にどうだい!? 俺と一緒に飲まないかい!」

 

 そんな中の一人が、私――リセット・カラーに声をかけてきた。

 せっかくの誘いだけど、私はそっとかぶりを振って断る。

 この体は見た目の上では大人になっているけど、力も魔力も変わらない。きっとお酒を飲んでも、元の身体のままならすぐに酔ってしまう。

 なおも誘おうと男の人が踏み出そうとしたが、連れの人が腕を引っ張って制した。

 

「あの人は討伐隊の主力だぞ。無謀な真似はやめとけ」

「ちぇー! きっと楽しいと思うのになー!」

 

 ずるずると引きずられて去る人へ向けて、手を振って別れを告げる。

 私は酒宴の音頭役を務めていた。本来は立案者がいるべきなのだが、バーバラちゃんは自分の分を確保すると中央の教会に引き籠ってしまった。

 面倒臭いと言っていたが、勇者と呼ばれる気恥ずかしさもあるんじゃないかなと思う。

 私は雑踏の中を掻き分けて教会への道を戻る。酒気が漂う路地を進んで、人々の笑顔を横目に街並みを歩く。

 普段の私ならば、人々の楽しそうな姿を見たら、つられて幸せな気分になったのかもしれない。

 でも、今日は無理だった。

 

「魔王ランスの死を願って!」

「魔王の子の死を願って! 勇者様ならエールといかいう奴も、まとめて殺してくれるさ!」

「今回ばかりは東ヘルマン万歳ってなあ! はははは……」

 

 人々は私達の……家族の死を当たり前のように願い、その成就を幸福と受け止めていた。

 ここは東ヘルマン、多かれ少なかれ魔王に恨みを持つ人達が住んでいる。何を幸福として考えるかとなると、やはりこうなるのだろう。

 誰が悪いと言われれば……それは、やはり父だ。

 

「はぁ……」

 

 思わず溜息が漏れ出て、私は月夜を見上げる。

 世界は変わったはずなのに、父は何も変わらなかった。

 私達の旅は大成功に終わった。ビンタの成功だけではなく、父は魔王を辞める事が出来た。私達はもう魔王に苦しめられる事は無いはずだった。

 ところが父は好き勝手で、自分本位で、やりたい放題の男だ。新しいハーレムを築くと宣言していたが、まさかそれが理由で都市を落とすとは……いや、父らしいか。

 結局魔王であろうとなかろうと、人様に迷惑をかける事は変わらないらしい。バーバラちゃんが怒るのも当然だ。

 

 それでも、魔王の時よりは全然いい。

 鬼畜王戦争の時に退避出来なかった街の人々はこれ以上に酷い事になった。父が作った新魔人達が暴れると、思い出すのも辛い光景を何度も作り出していた。彼等に襲われた街で生きていても、笑顔を浮かべられた人なんていない。

 今父が従えているのが魔軍や魔人ではなく、盗賊団なのがどれだけ救いか。

 父が変わらない以上、シィルさんや妹達が一生懸命止めてくれてるから、ここの人達が笑い飛ばせる程度で済んでいるんだとも思う。

 でも……そろそろ迷惑では終わらなくなる。

 

「お疲れ様でした。よくぞトラブルも無く民をまとめたものです。しかし軍人ならば功績として讃えられるのに、ここを他の者に託してしまうのですか」

「やむを得ません。教義に反してしまいました」

「天使様の教えでしたか。卍の方は話せる方が多いが、皆教義には厳格ですな。おっと、失礼」

 

 猿顔の軍人と、三日月の教団員が話しているところを会釈して通り抜ける。明るい喧騒は遠ざかり、教会に少しずつ近づいていく。

 私達は明日ここを発ち、魔王ランスを討つべく山岳地帯のアジトを襲撃する予定だ。その時には先程の人が指揮官として動き、盗賊達を退治する事になっている。

 そこに待っているのは、千人対三万人による戦争――本物の、殺し合いだ。

 バーバラちゃんは圧倒的な戦力差で押し潰す事で被害を最小にしようと思ってるみたいだけど、それでも父なら勝ちかねない。そんな予感めいた何かがある。

 ただ、私が嫌なのは……双方どちらが勝つにせよ、多くの死者が出ることだ。

 本日捕まえた盗賊達から話を聞けば、盗賊達もまた父の被害者だった。盗賊稼業をしていたら、ある日台風のように襲ってきて、そのまま絶対服従の奴隷としてこき使われているとか。

 だから、明日の戦争は父の被害者と被害者の殺し合いという形になる。

 本当に全て父が悪い。殺されればいいという意見にも全く反論が出来ない。魔王だった時も、今も父は多くの人に迷惑をかけている。

 だけど…………それでも、死んで欲しくない。

 東ヘルマンが勝った場合、家族の命が危ない。死ぬかもしれない。

 父が勝った場合、多くの人が死んで、戦争は加速してより多くの人が死ぬ事になる。

 どちらも嫌で、それでも止める手立てが私には無くて、こんなところまで来てしまった。

 そんなことを考える内に、私はRECO教会の前に辿り着いていた。

 

「どうなるかわからないけど、もうこれしかないよねぇ……」

 

 自嘲気味に苦笑して、メリモの杖に目を落とす。

 私はバーバラちゃんに自分の正体を明かそうとしていた。そして全てを正直に話し、素直に自分の言いたい事を伝えるつもりだ。

 首都(コサック)で明かすのは危険だと志津香さんに止められていたし、バーバラちゃんの傍に立ちたいから身分を隠していたけど、明かすなら今しかない。

 私は教会の扉に手をかけて、押し開く前に大人になった自分の手をじっと見つめる。

 クラウゼンの手……これは、きっと父を止める為の手だ。

 チャージもなくなり、魔王もいない今では大した役には立たない。でも、それを与えられた私の役割は変わらない。

 父が罪のない人々を傷つけようとしたら、私はそれを止めなければならない。

 その上で、父と家族が幸せでいられる日々を守りたい。

 

「……っよし!」

 

 意を決して、私は教会の扉を押し開いた。

 

 

 

 

 

 メリモ・カラーが勇者の寝室に定められた部屋に入った時、バーバラは既にベッドの中にいた。

 

(あらら、もう寝ちゃったかな?)

 

 そっとメリモは寝室に近寄り、バーバラの状態を確認する。

 

「う~ん……痛い、痛いよぉ……」

 

 そこには、涙の痕がありありとあるバーバラが寝込んでいた。苦しげに顔を歪め、恐怖に耐えるかのように強く布団を掴んでいる。

 明らかに悪夢を見ているようで、普段の明るさは影も無い。

 

「ああ、いらっしゃい。悪いけど主様は既にお休みなんだ、お疲れでね」

 

 その傍らには、従者アキラが控えていた。

 彼女はバーバラの頭に氷水で濡れたタオルを乗せ、首筋の汗を拭きとっている。

 

「アキラさん……これは一体?」

「実は割と毎日こんな感じなんだよ。でも今日は特に酷いな。これもやっぱり魔王の影響かな」

「うっ……」

 

 魔王の影響という言葉が、リセットの胸に棘となって突き刺さる。

 見た目では明るく振る舞っていても、やはり犯されたという経験は少女には重すぎる負荷だったのか。

 主の心中を察してか、アキラは眉間を抑えて首を振る。

 

「ああ全く、ランスって奴は女の敵だよ。あんな鬼畜な事をするなんて最低の変態だ。お陰で主様がそれを見るなり寝込んでしまった」

「うーん……アキラ……痛い、痛いよぉ……」

 

 勇者の呻きは苦渋に満ちており、意識は地獄の中にあるようだ。

 せめて心が穏やかになるようにと、メリモがバーバラの頬を撫でる。

 

「……お父さんは、今度は何をやっていたんですか?」

 

 最早隠す事もせず、メリモはアキラをじっと見つめた。

 悲しげな瞳に晒されて、アキラは胸に手をやり……少し躊躇した後に、写真を取り出した。

 

「ウラジオストックで捜索をしていたらこんな写真が見つかった。何枚も、何枚もだよ」

「ひゃ、ひゃあっ!?」

 

 その写真には、あられもないバーバラの裸身が映っていた。

 精液と粘液に塗れて惚けた少女の表情。ぱっくりと開いた性器と血と精液の混じった膣内。処女を失った日の涙と屈辱と快楽を切り取った、珠玉のハメ撮り写真だ。

 動揺のあまり写真を取り落とし、メリモは耳まで真っ赤になる。

 

「こんな、こんなっ、こんなぁっ……」

「ランスは主様の性行為を何枚も何枚も記録している。恐らくこれはごく一部に過ぎない。全く、なんて奴だ」

 

 さらに罪業を明らかにするべく、傍にあった調書を読み上げる。

 

「ランスは記録まで残していたよ。処女を散らしてからの射精回数は12回、4回は外出しで勇者を白く染めるのが目的だった。愛撫からカウントした総時間は4時間51分23秒、一流の娼婦でも耐えられないような性的暴力をあいつはやったんだ。最初から説明すると、ランスは主様を縛り――」

「あう、あうあうあうあう……」

 

 メリモはまるで生で見てきたかのような報告に目を回した。

 写真にランスが映っている事とか、本人にも知り得ないような情報が混じっていたのだが、怒涛の勢いで伝えられてる情報を前に、正常な思考を働かせる事が出来ない。

 

「ここまでの情報がボロボロ見つかってるのは、ランスはむしろ見せつけているんだよ」

「そ、それはどうして……?」

「これ以上進んで主様が勝つようなら、このハメ撮り画像を全世界にバラ撒くんだろうさ」

 

 アキラは深く溜息を吐く。

 

「主様は既に東ヘルマン中では知らぬ者なき有名人だし、じきに世界中に知れ渡るようになる。そんな世界的大アイドルの処女喪失シーンなんて一度流出してみたらどうなるか。瞬く間に拡散されて主様は全ての男達のオナペットになるだろうね。そうなれば……」

 

 バーバラは二度と街を歩けなくなる。

 魔王に負けて処女を失った美少女勇者。欲望の捌け口としてはこれ以上のものはなく、生涯彼女の二つ名になるだろう。下世話な者なら「魔王のチンポはどうだった?」とか挨拶にしかねない。こうなれば、人生としては悲惨そのものだ。

 あえて濁したアキラはメリモを眺める。彼女も最悪の事態を察したか、目を泳がせていた。

 

「お、お父さんは流石にそんな事をしないと思うけど……」

「絶対、あり得ないって言い切れるかい? ここにある写真はそのまま流出するリスクだよ」

「うううっ……」

 

 バーバラに対する同情と罪悪感、そんな思いがメリモの華奢な双肩に襲い掛かる。

 悩まし気なメリモの肩を、アキラが優しく叩いた。

 

「でもね、これを安全に解決する方法があるんだよ。その為に君が力になれると僕は思っている」

「わ、私に……?」

 

 アキラは頷き、カメラを取り出した。

 

「こっちも同じような写真を取ってしまえばいいんだ」

「え、ええっ!?」

「ランスも人の子さ。魔王の子の危ない写真を見せれば交換条件で破棄してくれるよ」

 

 アキラは軽い調子でなんでもない事のように説明する。その合間合間でシャッターを切り、メリモの全身を撮っていた。

 

「話は簡単だ。主様の時のような不名誉で性的なものである必要はない。ただちょっとセクシーで、流出したら危ないなと感じるものであればいいんだ。クリスタルを青くする必要はないし、実際には何もしない、ただのお芝居だよ。ちょっと過激なグラビアって言えばわかるかな?」

 

 メリモは縮こませて、露出の多い体を抱き締める。フラッシュに照らされて、少女の華奢な身体が浮き彫りになる。

 断るべきだと理性が警鐘を鳴らす。だがバーバラの黒歴史はここにあり、彼女は目の前で苦しんでいる。だから人の良いメリモは逡巡してしまう。

 

「心配もわかるが、僕を信じて欲しい。ランスが既に拡散してたとしても、絶対に君の分は流れる事はない。信用出来ないならば、全ての写真を渡して君が主導で進めてもいいんだよ」

「………………」

「これも主様を救うためなんだ。どうか彼女の心配事を減らす為に協力してくれないか」

「わ、わかり、ました……」

 

 メリモは体を縮めて、こっくりと頷いた。

 

「お父さんはとんでもない事をしてるし……それでバーバラちゃんが楽なるんだったら……」

「ありがとう。君は優しい子だね」

 

 優しく背中を叩き、アキラはメリモをそっと引き寄せる。

 

「撮影には別の部屋が用意してある。まずはそこにいこうか」

「う、うん…………」

 

 アキラはメリモの腰に手を回した。優しく、されど逃がさないようにホールドして寝室を出る。

 

(完璧だ。主様はダウンしたし魔想姉妹もウズメにも別の仕事を与えている。後はエロシーン判定がつけば……ふふふ……)

 

 用意された部屋に向かうアキラの下着は、既にうっすらと濡れていた。

 

 

 

 その部屋は、アキラが個人的な趣味を果たすのに適した部屋だった。

 今回の趣向は高級ラブホテルの一室。光量を落としたピンク色の灯りが薄く照らし出され、撮影にはもってこいだ。マッサージ用のオイルが寝台にあり、アロマの香が炊かれている。ハンガーに目を向ければ危ない水着やセーラー服など、多岐に渡る可愛い服装が並べられている。

 東ヘルマンの教会には、必ずと言っていいほどこういう隠れエロ部屋がある。大神官はこれがないと働かないからだった。

 その部屋に、今回の生贄が訪れる。

 カラー特有の青い瞳に青い髪、健康的で引き締まっているが、肉感という意味では乏しいスレンダーな肢体――メリモ・カラーだ。

 メリモはあえて周りのものを見ないようにしながら、ベッドに腰掛けた。ギシと、スプリングが柔らかい音を立てて、少女の腰を受け止める。

 

「写真を聞く前に聞きたいけど、どっちがいい?」

「え……」

「元の身体と、今の偽りの身体さ。全て君に任せるよ」

 

 少し悩み、メリモは杖を取り出した。

 

「こっちの方だと、お父さんが私だとわからないと思うから……元の姿でお願いします」

 

 煙と共に、83cmの肉体が現れる。

 子供服が似合う幼子そのものの肢体。先程までは一応性行為に耐えうる少女だったが、これでは男の性器がしっかりと入るか怪しい幼子だ。

 ラブホテルのような部屋にこの幼子がいるという時点で犯罪の匂いしかしない。普通の人ならこれに欲情するようでは論外である。

 だがその背徳感こそがアキラにとって何よりのスパイスとなり、羞恥に染まった表情を前に生唾を飲み込んだ。

 

「ああ、最ッ高に可愛いよ。なんて父想いで、優しくて、可愛いんだ……天使だね……」

「う、うぅぅぅ……!」

 

 この映像を永久に残すべく、シャッターが切られていく。リセットは一枚撮るごとに怯えるように枕を引き寄せ、時折顔を埋める。

 

「これぐらいで恥ずかしがってたらキリがないよ。これからもっと過激なものを撮るんだから」

「わ、分かっています。でもこればっかりは、しょうがないっていうか……」

(まぁ、その感情を切り取った方がランスには効くだろう。これを見た時、彼がどんな表情をするか楽しみだ。絶対負けるよりショックだろうね)

 

 さて、どういう形式にしようかとアキラは考える。

 エロシーン判定が発生すれば不思議空間を作ってやりたい放題が出来る。しかしその前に素面でリセットに恥ずかしい行動をさせるのが後でいいのではないだろうか。

 実はここはシャッターだけではなく、既にラレラレ石の撮影も始まっているし、ありとあらゆるものは永久保存版だ。魔王の子とのセックスを最高のものとするべく、アキラにぬかりはない。

 とりあえず、欲望のままに前戯から入る事にした。

 言葉責めである。

 

「そうだね。まずは固さをほぐす為に自己紹介から初めてみようか」

「自己紹介、ですか……?」

「今自分が何をしているのか、これからどんな事をされるのか、口に出すんだ。勿論、実際にやる訳じゃないけど、そこを受け入れてみれば撮影ぐらいはなんでもないと肝が据わる」

「え、でも、そこから上手く答えられないかもしれませんし……」

「じゃあカンペを用意しよう。それを読み上げていけばほぐれるよ」

 

 どこからか取り出した台紙の束に、アキラは何事かをペンで書き込んでいく。そしてリセットにわかるように見せて、自分の傍に置いた。

 

「それじゃ始めるよ。これはあくまで緊張を解すためのものだから本当じゃない。…………君の名前はなんだい?」

「『リセット・カラーです。魔王の子達の長女で、シャングリラの外交官をやっています』」

「年齢は幾つになるかな?」

「『17歳です』」

「へえ、それじゃもう立派な大人だね。でもセックスはまだしてないんだ、クリスタルが赤い」

「…………う、うぅ」

 

 リセットは羞恥に頬を染めて顔を背けた。スカートの端をぎゅっと掴み、身じろぎをする。

 台本が一枚剥かれる度に、リセットはそれを読み上げる。アダルトビデオのセックス前のようなやり取りだった。

 

「今日はなんでここにいるんだい?」

「……っ『お父さんが酷いことをしたから、私はそれを償うためにいます』」

「そうだね。君の父親は君の友人を犯した。だからリセットちゃんには少し彼女の心境を理解して貰う必要があった。具体的にはどんな事をされると思う?」

「……うぅ、『えっちなこと、だと思います』……ッ」

「そう、これからリセットちゃんは僕にえっちなことをされるんだ」

 

 アキラは笑みを深め、カンペをめくった。

 

「リセットちゃんは、えっちな事を見た事があるかい?」

「え、ええっ……!」

 

 カンペにはただ一言、『正直に答えて』とだけ書かれていた。

 慌ててリセットはアキラを見るが、変わらずに促すだけだ。

 

「リセットちゃんは、えっちな事を見た事があるかい?」

「う、ううぅぅ……!?」

「リセットちゃんは、えっちな事を見た事があるかい?」

 

 アキラは被虐的な笑みを浮かべて、リセットを嬲る。

 梯子は外されて言葉は繰り返され、逃げ場はどこにもない。解答を求められていた。

 やがてリセットはうつむいて、か細い声で絞りだす。

 

「……………………あり、ます」

「それじゃあ、一番えっちなものを教えてくれないかな。真っ先に頭に浮かんだものでいいよ」

「…………お父さんが、正気じゃなくなった時に、私の知っている人を、何度も何度も犯してました」

「そう、どう思った?」

「酷いことをしているなと……お父さんは、やっぱり悪人なんだなぁって、思いました」

 

 もうカンペは必要ない。

 アキラはするりと近づいて、リセットの隣に座った。

 

「酷いこと、か……まあ、同意がなければ酷いことだよね。無理やりすれば痛いし辛いし、悲しい事になる。主様もそうだった」

「………………」

 

 隠し撮りされたカメラには、美女と頭二つ小さい幼子が並んで座っているのが映されている。

 アキラはリセットの肩に触って、軽く抱き寄せた。

 

「でもね、そこまで自分を責める事はないよ。君のお父さんはそんなに悪い事をしていない」

「え……?」

「セックスってね、すっごく気持ちいいんだ。痛みも辛さも悲しさも、どうでも良くなるぐらい気持ちよくなれるんだよ。気持ち良くなっちゃったら和姦だから、軽犯罪」

 

 蠱惑的な笑みを浮かべ、性の喜びを知らぬ幼子に毒を吹き込む。

 

「ランスがやってる女の子もどんどん気持ち良くなって、中にはまたやってみたいと思う人も出たさ。主様も性欲は強いから、もしかしたら……」

「そ、そんな事ないよ! バーバラちゃんはそんな子じゃないよ!」

「ま、快楽を知らない人はそう思うよね。だから今日は――――ちょっと大人の事を学んでみようか」

「は、はにゃあっ!?」

 

 アキラは体重をかけて、リセットを押し倒した。

 

「ふふふ、軽いなぁ……犯罪的だぁ……♪」

「あのあのあの、アキラさん……!? これって写真撮影じゃ……!?」

「大丈夫大丈夫、これはあくまでフリだから、フリだから本当に手は出さない」

 

 そう言いながらも、巧みな手がリセットのスカートと上着の間に伸び、ボタンを一個、一個と外していく。スカートのネックも外し、下着が露わになる。

 そうして身体で最初に露出したのは、ぷにぷにとしたお腹だった。

 

(ああ……イカッ腹だ! やっぱり幼女はここが最高なんだよね!)

 

 胸よりも広く大きい腹、小学校低学年ぐらいまでにみられる未成熟の象徴。

 年齢こそ大人だが、リセットの身体は未熟そのもので、女ですらない。その子供の身体に快楽を教え込み、懇願させて女へと変えるのだ。暗い喜びとともに嗤いが漏れる。

 

「ふふふ……まあ、気持ちいいことぐらい覚えてないといけない年ごろさ。ランスの代わりに僕が性教育してあげるよ」

「あっ、あっ、あっ、ダメダメダメぇ……!」

 

 押し退けようとリセットはもがくが、アキラは止まらない。あっという間にスカートも上着も脱がされ、彼女を守るのは純白の下着一枚となってしまった。

 せめて乙女の大事なところは守ろうと、リセットは両手で胸を覆い隠す。

 

「こら、これは撮影会だよ」

 

 リセットの目の前に、カメラが示された。

 

「主様はこんなもんじゃないんだ。もっと遥かに過激なものだっただろう」

「うっ……そ、そうだけど……」

「まずはここで一枚撮るよ。その後下着を降ろして一枚、そしてあのローションを塗って何枚か。全部で10枚ぐらいだけど、最初の一枚で躓いていたらやってられないよ」

 

 アキラは溜息を吐き、残念そうにリセットを眺める。

 

「それとも、やっぱりこの程度だったのかな。誰だって自分が傷つくのは怖いよね。そもそも他人を助けるなんて馬鹿げた事だった」

「わ、私は…………」

「親の不始末、子の難儀。父親の仕出かした責任を娘が取るという諺があるが、やはり覚悟がなければやるべきじゃない」

 

 アキラは押さえつけていた手を放し、カメラを構えた。キチキチと倍率が寄り、ピントが幼子の胸にフォーカスされる。

 

「僕は無理強いはしない。主様に悪いと思っているなら、腕を降ろして覚悟を決めて欲しい。駄目なら服を着て退出していいよ」

「うっ、うううううぅ……!」

 

 リセットは、体の上では解放されていた。

 だが、それ以上に罪悪感というものが彼女の心を雁字搦めに縛っている。アキラは少しづつ話をすり替えて、『バーバラに悪いと思っているか』を『性行為に同意するか』に繋げてしまった。

 頭の中が真っ赤になるような羞恥と恐怖。

 そしてそれ以上に感じるバーバラに対する罪悪感。

 二つの感情がぐちゃぐちゃに混じり合い、躊躇いの中でリセットはおずおずと腕を下に降ろしていく。あまりの羞恥に、もう目を開けられなかった。

 

「こ、これで……これでいいですか……?」

 

 そうして露わになったのは、膨らみの欠片もない平らな稜線だった。

 ただ可愛らしい乳頭が二つ、ぽつんとあるだけだ。どんな巨乳も最初はゼロだった。そんな原初の状態である。

 だが、そこには性感はある。むしろ小さいからこそ神経は集中して、本人の状態を示している。リセットの乳首は確かに、少し張っていた。

 性的な経験を思い出せる言葉責め、羞恥に炙られている状況、異常な状態を受け入れた自分。全てが合わさって、僅かに、僅かに幼子は自分の性行為を受け入れ始めている。

 目をぎゅっと瞑ったリセットを前に、アキラは遂に嗤う。

 

「ああ、リセットちゃんは本当優しいなあ…………! それじゃ始めるよ!」

「は、はい……!」

 

 リセットが目を閉じたのを良いことに、自分の服も脱ぎ始めるアキラ。

 これで前戯は終わりだ。後は少女の裸身を堪能した後は媚薬入りローションを塗りたくり、幼子に快楽を漬け込んで自分だけのお人形に出来る。

 喜悦満面となったアキラがカメラの引き金を押そうとして、

 

「アキラ―、夜食で何か作って……?」

 

 部屋の扉が開かれて、バーバラが姿を現した。

 

「げっ」

「あああああああっ……!」

「…………………………」

 

 バーバラが見たのは、下着一枚でほぼ全裸になっている幼子をアキラが押し倒し、カメラを構えている姿だった。どうみてもエロ専用の部屋で、アキラの表情は喜悦に染まっていて、おまけに下着まで脱ぎだしている。

 どう見てもアウトだ。即刻死刑で問題ない。

 

「ち、違うんです、主様、これはその……!」

 

 なおも言葉を紡ごうとするアキラを無視して、バーバラはエスクードソードを引き抜く。

 

 

 

「このド変態がーーーーーーーーーーー! 死になさい!!!」

 

 

 

 勇者の怒りが爆発し、エロシーンはおじゃんとなった。




 リセットセーフ。
 アウトが見たい人はいないと思う。
 ちなみに一日後に世界が滅びる。


 Q なんでこれをやろうと思った。吐け!
 A まずアキラが暴走した。後はエロシーンへ向けた練習。
 魔王の子の出番を増やそうと思えば思うほど、話が進まなくなる。
 でも増やしたいんだから仕方ない。臨界点まであと少しなんですが。
 次回、これは分割なので二日以内。
 このエロギャグやった後にまともな話持っていくのは無理だと判断。


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ウラジオストック ⑩最後の平和な夜

 とりあえず謝罪として、汚染人間は肉塊になる事を命じられた。

 バーバラの写真も何もかも自作自演、エロい事をする為に修行もハードにしたと判明し、アキラは死んで詫びるしかなかった。

 被害者たちの怒りによって写真も映像も何もかも塵に還り、流出の危機は無くなった。

 諸悪の根源はその気になれば3秒で復活するが、悪は滅びたのだ。

 今はリセットとバーバラ、両者が顔を赤くしてテーブルを挟んで向かい合っている。

 

「……とりあえず、今日あった事は他言無用でお願い」

「そうしよっか……」

 

 バーバラの提案に同意するリセット。

 片や処女喪失の危機、片や処女喪失時の画像バレだ。両者共に墓まで持っていくような黒歴史を前に、メリモの正体だとか、幼女姉妹も魔王関係者という新事実はどうでもよくなった。

 奇しくも二人は絶対に裏切れない秘密を共有してしまったのだ。これに比べれば隠す事など何もない。

 

「それで、私に用があったみたいだけど何だったの?」

「あ、うん。そもそもはお父さんの事なんだけど――」

 

 その結果、リセットの説明は順調に進んだ。

 密入国の目的、魔王討伐隊に入る経緯、騙していた事に対する謝罪や、バーバラという少女と共にいて楽しかった事を交えつつ、この戦争に思うところまで。

 時折驚きや照れた反応を返しつつも、バーバラは概ね黙って聞いていた。

 

「――だから、私はこの戦争を止めたいの。お父さんのせいで死ぬ人をこれ以上増やしたくない」

「…………」

「バーバラちゃんにお願いとか出来る立場じゃないんだけど……これが私の全てです。騙していてごめんなさい」

 

 ぺこりと、小さなカラーの少女が頭を下げた。

 

「戦争を止めたい、か……こっちが楽勝で勝てそうなんだけどねー」

 

 どうしたものかなと、バーバラは目を伏せて考える。

 今のリセットの発言は真摯に自分の心をありのままに伝えたものだ。そこにはバーバラに対する要望というものはなく、これからの具体策すらない曖昧なものだった。

 これはリセット自身、どうすればいいのか分からないのではないのか。あるいは……

 

「リセットちゃんにとって、どんな未来が最善だと思ってるのかな」

 

 バーバラの問いに対して、リセットは目を泳がせる。

 

「お父さんと盗賊さん達をまとめて逃がして、東ヘルマンに謝って、何がしかの埋め合わせを私達がする……かな」

「悪いけど、それは有り得ないわ。私は協力出来ない」

 

 バーバラは残念そうに首を振った。

 

「もしそうなると、私は魔王も盗賊団も逃がしましたって報告する事になる。そうなると私の立場はどうなると思う?」

 

 がっくりと、リセットは肩を落とす。

 

「うぅ……だよねえ」

 

 やはり、リセットも理解していた。

 既に思い描く最善の未来など、どこにも存在しないのだ。バーバラだけが状況を変えられる立場だが、それをやると今度はバーバラの身が危うくなる。

 三万の軍隊を用いた以上、もう退路はない。殺すか殺されるかになっている。

 外に広がるウラジオストックの華やかな酒宴に視線を移し、バーバラは静かに口を開く。

 

「……私は東ヘルマンから依頼を請けた冒険者で、課せられた任務は二つあるの。盗賊退治をしてランスを追い出す。あるいはランスや魔王の子の首級を挙げる。どちらかを達成しないと、お金は貰えないの」

「うーん、そのお金を私が立て替えられたらダメかな?」

 

 バーバラは溜息を吐き、首を振った。冒険者としての理由で引き下がってくれなかったら、もう正直に言うしかない。

 

「そもそも、ランスを殺したいからこの仕事を請けたのよ。受け入れられるわけがないでしょ」

「……っ」

 

 リセットはびくりと肩を震わせた。

 バーバラの口調には、明確な怒りという感情が含まれている。

 

「ランス相手に和解なんて、あり得ないからね。もしリセットちゃんがランスを土下座させても、私は喜んで首を刎ねるわ」

 

 空色の瞳には、確かに燃える炎があった。

 バーバラは凡俗な少女だ。本来ならば自分より強い相手に立ち向かうなんて論外で、他のところで稼ぐ方を選択する。

 だが、普段しない方針を取るほど盗賊団とランスに対する怒りは大きかった。

 乙女心が許せない。処女を奪った相手が笑っているのが許せない。これから先も奪われたままでいるのが許せない。あの日の記憶ごと消し去ってやりたい。

 盗賊団もランスも全て収めて、お金で無かったことにする? 論外だ。

 もう戻らないものはある。戦いで死んだ人命、バーバラの処女、そして被害者の感情……これらを他の何かで補填するなど、無理に決まっている。

 

「自分でも無茶苦茶だってわかってるよね。悪いのは全てランスです。だから他の人は助けて下さい。でもランスも殺さないでくださいって」

「うう、やっぱり通らないかな……話だけなら、色々用意はしたんだけど」

「誰一人納得しないでしょうね。話を聞くだけでも大変だと思う」

 

 リセットが目指すものは理想の世界だ。優しく、誰もが幸せになれる最大幸福を目指している。

 だが、世界はそう簡単には出来ていない。他人の不幸が自分の幸福となる人間もいるし、恨みを貰えば報いを受ける。全ての人がリセットのような心を持てる理想郷(アルカディア)なんて、未来永劫来ないと断言出来る。

 辛そうに顔を歪めるリセットに対して、バーバラは嫌われる覚悟を決めた。

 

「結論から言うと、リセットちゃんの提案には全く添えないわ。私はランスを殺すし、戦争だって起こして盗賊団を殲滅する。でないと私が危ない」

「…………」

「彼等が降伏するなら殺す事はしないけど、どのみち全員死刑でしょうね。魔王に加担した盗賊団なんて、東ヘルマンが許すわけがない。まあ元々盗賊だから死んでも仕方ないんだけどね」

「……そう、だよね」

 

 リセットはじっとテーブルを見つめていた。青い瞳には明らかに涙が滲み、小さな手は硬く握られている。自分の無力感を感じているのか、小さい体躯が消えてしまいそうなほど儚い。

 リセットの願いを叶えられないと分かり切ってる以上、バーバラとしては正直に言うしかない。だが、実際目の当たりにすると予想を遥かに超えた気まずさを感じてしまった。

 

「まあ、ランスは嫌いだけどあなたたち魔王の子は嫌いじゃないの。だからこの先どうするのかはリセットちゃんの勝手だし、私は止めない。身分もバラさないから、どうするかは自分で決めて」

「え……私達を戦力と考えてたんじゃなかったの?」

「親殺しなんて最悪の大罪、加担させる訳にもいかないしね。逃がしたいなら、私のいないところで会えたら逃がせば?」

 

 ああ、言ってしまったなと軽く後悔し、バーバラは目を逸らす。

 本当のところ、魔王の子と発覚した時点でリセットは戦線離脱だ。ウズメだって味方には加えても戦わせるつもりは無かった。

 何故ならバーバラには、親子兄妹が殺し合うなどあってはならないという考えがある。

 身内と呼べる人は母と姉しかいない。だからこそバーバラにとって家族は大事であり、重い意味があった。

 今のランスの立場にペルエレが置かれていたら、バーバラはどうするだろうか。盗賊達の救出までは考えずとも同じような事をするだろう。危険地帯だろうが絶対に見捨てられない。

 根本としては似通っているため、リセットの意見に同意は出来なくても共感はしていた。

 

「魔王討伐隊を離れるのも自由。留まるのも自由。盗賊団に入るのだけはやめて欲しいけど、まあそれもリセットちゃん次第。やりたい事は自分で決めて」

 

 だから、作戦そのものが崩れかねない発言までしてしまう。

 これでリセットがランス側に走ったら旗色が悪化するどころの話ではない。完全に数が足りなくなる。今までの前提も『ミックスは優しい子だから、戦いにはならないはず』という淡い期待で、エールとランスに絞って戦う覚悟を決めている。

 結局、バーバラは中途半端だった。ランスは確かに殺したいのだが、家族を強調されると簡単に殺意を鈍らせる。リセットの悲しい顔を見るのが嫌で、甘い事を言ってしまった。

 

「バーバラちゃん……それって、私達を……」

「言わないで。あーもうわかってるから! でも口だけじゃないからね! 出会ったランスと盗賊はホントに殺すわよ!」

 

 もうこっ恥ずかしくなって、バーバラはテーブルから立ち上がり、ベッドに入ってしまった。

 

「明日はもう早いし寝る! こんな楽勝な戦争、ちょっとぐらい戦力減ったってハンデよハンデ! お休み!」

 

 ごそごそと布団を被って、リセットを見向きもしない。呆然としていると寝息の真似事までやり始めた。以後我関せずというものだった。

 あまりにわかりやすい態度を前に、リセットは苦笑を漏らす。

 

(私の意見には全く添えないって言ったのに……これじゃやりたい放題になっちゃうよ)

 

 これでリセットは自由だ。今から志津香とナギに会い、ランス達の元へ向かってスパイをしてもいい。バーバラはそれを責める気がない。むしろ父親と一緒にいた方がいいとすら思っているかもしれない。

 でも、ここまで優しい子を裏切るという選択肢も、リセットにはなかった。

 

「ぐぅー……ぐぅ……」

 

 わざとらしい寝息を立てたバーバラのところへ近づく。

 リセットは布団の上からバーバラの頭を撫でて、微笑んだ。

 

「……ありがと、バーバラちゃん。()()()()()()()()()()

「……………………っ」

 

 一瞬布団が震えて、喜んだような気がした。

 リセットはいくらか悩みの晴れた表情で、自分の部屋へと戻っていった。

 

「…………はあ、リセットちゃんも優し過ぎるわ」

 

 調子の狂う話だった。

 この世界、人の善性を信じたら痛い目を見る方が圧倒的に多い。プリティリアでは飲み物に毒を仕込まれて金を盗まれたし、船旅ではイカサマめいた手で一文無しにされた。

 どれもこれもバーバラが甘いから、教育として取られた授業料だ。だが、何故か一番厳しい地で優しい世界が成立している。

 そうなるのはバーバラ以上に、リセットが優しくて甘いからに他ならない。

 バーバラは犠牲の存在しない幸福なんて諦めている。弱肉強食の世界にあって、盗賊を殺す事を主要にして生計を立てようと考えているのだ。正義の側に立っているようだが、なんのことはない、ただの人殺しだ。

 戦う才能しかない以上、そうしないとロクに稼ぐことも出来ない。

 14歳の少女は生きるために、幸せになる為に、人を、魔物を殺している。自分はダストが言うような『冒険者』だと、自嘲と共に自認していた。

 だからこそ――リセットの在り方は嬉しかった。

 

(誰も死なない、誰もが幸せになれる未来……か。ふふっ……)

 

 かつて諦めたものを見せられているようで、嬉しくて仕方がない。

 今日はいい夢が見れそうだった。

 

 

 

 

 

 一度流出した情報というものは、どこから漏れるかわかったものではない。

 勇者が散々に犯されていたというゴシップは、耳に届けばたちまちの内に広まる。今回の事件もそうだ。新しく知る者が一人増えてしまった。

 宴も終わり、静かになったウラジオストックで動く影がある。

 

「ふふ、ふふふふ…………」

 

 気配を消すのに長けた諜報者(スパイ)――使徒オーロラである。

 アキラの作戦の中で、害にならないから放置された存在だった。そのオーロラが聞き耳を立てていて、バーバラの黒歴史について詳しく知ってしまった。

 オーロラには義理もなければ、忠誠もない。あるのは主の復活を願う想いと、主を殺したランスに対する恨みだけだ。

 だからバーバラの事情を聞いた時に思ったのは、憐憫とかではなく――使()()()()という、暗い歓喜があった。

 

「バーバラさんったらうっかりさんですねー。手紙を落としちゃうなんて」

 

 彼女の手の中にあるのはバーバラの手紙――より正確に言うのならば、ゼス王家の紋章が入ったスシヌへの直通便だ。無論バーバラが落としたものではなく、アキラの拷問によってダウンしている間に盗んだものである。

 

「でも大丈夫! この等々力ネットワークが、ちゃーんと届けてあげますからねー♪」

 

 オーロラには複数の顔がある。等々力亮子はその内の一つだ。

 各国の情報をどこよりも素早く伝える郵便局員だが、中身を盗み見て、時には職務を放棄する。そのような情報攪乱に長けた職種だが、今回はまた一つ、別の方法を使うつもりだった。

 差出人の名前を騙った誤情報の伝達である。

 オーロラが握り締める手紙はバーバラのものだが、書いたのはオーロラだ。筆跡を少し似せただけのものだが、内容は過激なものになっている。

 手紙はバーバラがスシヌの父親に散々に犯された悲しみから始まっている。アキラの報告通りに書かれた内容は、まず嘘とは思えない詳細でリアルな仕上がりとなった。

 その後は東ヘルマンに身柄を拘束され、勇者とバレて利用されているというストーリーだ。

 バーバラには一切の自己決定権がなく、このままでは戦争の道具として利用され、今もランスに立ち向かわなければならない、また犯されるだろうと悲哀を嘆く。

 

 どうしていいかわからず、ただ一人の親友に送りました。どうか私を助けて下さい――

 

 そんな一文で締められた、ゼス女王、スシヌ・ザ・ガンジーをおびき寄せる為の手紙だった。

 

「くふふ、どうなりますかねー。前見た感じ、かなーり嬉しそうだったから分かりませんよー」

 

 大半の人間は罠だと思い危険地帯には踏み込まない。だがオーロラの知る限り、スシヌは魔王の子の中ではこの手一番が引っかかりそうだった。

 行かなくても、父親が友達を犯したと知り心証は大きく落ちるだろう。

 行けば、東ヘルマンが彼女をどう扱うかで、ランスにとって大変愉快な復讐になり得る。

 どちらに転んでも、オーロラにとっては愉快極まりない。

 オーロラ自身は魔王討伐隊から離れられないため、他の代役を立てる必要があるが、東ヘルマンならばまねしたの部下がいるから困らない。一匹ぐらいいなくなってもわからないだろう。

 

「これが上手く行ったらランスから魔血魂の在処を聞き出して……きゃー! ジーク様ー!」

 

 自分に都合の良い未来を妄想して、自分を抱き締めるオーロラ。

 彼女のせいで、また一人バーバラの黒歴史を知る人が増えるのだった。

 

 

 

 

 

 深夜。誰もが寝静まった時間帯。

 そんな時でも動く者はいる。睡眠の必要があまり感じられない従者二人だ。

 コーラとアキラは積み上がった書類の束と格闘し、黙々と仕事をこなしていた。

 

「……私を付き合わせている以上、何か用があるんですよね」

 

 そんな中で、痺れを切らしたようにコーラが声を上げる。

 ウラジオストックの解放時における事務処理は、どう考えても魔王討伐隊の領分ではない。今の仕事は明らかにアキラが増やしたものだった。

 

「どうせ秘密主義なんだし、ある程度は腹を割って話そうと思ってね。僕も君も聞かれなきゃ答えない口だけど、従者同士少しは親交を交えるのもいいだろう?」

「アキラは平気で嘘を混ぜるので、信用出来ませんけどね」

「君は都合が悪いとはぐらかすじゃないか」

「はて、そんな事がありましたっけ。アキラに対しては無いはずですが」

「少なくとも三つはあったと後でわかったよ。……まあ、そういうのはいいだろう」

 

 アキラは小さな徳利(トックリ)を小脇に置いた。

 

「離れ宮島の酒だ。そろそろ天界の味が恋しくないかい」

 

 蓋を開けて、盃へと酒を注ぎこみ、手元に置く。

 

「酔いませんがね、それにあそこの酒は下等過ぎますよ」

 

 そう言いつつも、コーラは盃を口元へと運ぶ。

 

「黄泉平坂は勘弁してくれ。手に入れるだけでも一苦労だ」

 

 そのやり取りは、かつて何度となくやりあった軽口だった。

 二千年前とは言え、七年間は共にいた間柄だ。双方お互いのやり口は熟知している。素直に答えない事も知っている。

 そして事が成った時、饒舌に喋りたくなる癖も知っている。

 ()()()()()()()()()()()()()。双方の企みがどこまで進んでいるかと聞いているのだ。

 コーラは薄く笑って、盃を置いた。

 

「まあ、人間の食べ物よりかは口が軽くなるかもしれませんねー。なにが聞きたいんですか」

「コーラは何をしたんだい。コサックで遊んでたわけじゃないんだろう?」

「ええ、勇者の為になる事をしていましたよ。私は従者ですから」

 

 答えを聞くと、アキラは徳利を傾けて空になった小瓶に酒を注ぐ。

 どうやら酒の分までの問答をするつもりらしい。趣としては良いが、今のところは不公平だ。

 差し出された盃を、アキラへと返す。

 

「アキラこそ、やる気のないバーバラをどうやって焚きつけたんですか。急激な方向転換じゃないですか」

 

 了解したようで、アキラは盃に口をつける。上品でありながら、どことなく色気の醸し出す飲み方をする女だったなと改めて思い出させる。二千年前から変わらない。

 

「全て主様のご判断さ。僕は何もしていない。君こそ余計な事をしてないだろうね?」

「さて、どうでしょうか。余計な事とやらがわかりませんね」

「しまった、質問の失敗だったか」

 

 アキラは軽く頭を掻いた。

 別に解答に対する拒否権が無いわけではない。この場合は迂闊な質問をしたアキラが悪い。

 これは限られた酒の分量で、お互いに質問をかけあって情報を開示するゲームだ。ただしあくまで遊びな為、開かせない情報は双方共にある。だから今明かしたい情報を探すのが正解だ。

 ただ、どちらかと言うと簡単に嘘をつくアキラの方が有利なゲームだが、それは持ちかけた側のアドバンテージと言えるだろう。

 

「東ヘルマンで大神官なんて、随分偉くなったじゃないですか。汚染人間はAL教に追われる身、世を隠すものでしょう」

「これまでも結構偉い地位にちょくちょくいたよ。神異変のお陰で名前や姿を誤魔化す必要が無くなったのは嬉しいけどね。人間嘘は少ない方がいい」

「うわー、白々しっ」

 

 酒の飲み手が変わる。コーラが盃に手をつける。

 

「主様は君が選んだんじゃないだろう?」

「当たり前です、勝手に剣を拾って勇者になりました。才能も心も弱くてポンコツ、あの剣はバグっていますよ」

「ふふっ……だよなあ」

 

 実に嬉しそうに、アキラは酒を飲み干した。

 

「汚染人間になってから、何をやっていたんです?」

「人類の勝利を目指していた、それだけだね。ゲイマルクは君の判断かい?」

「いえ、私ではありませんでした。そんな事に質問使っちゃうんんですね。随分勇者に拘りますね。貴方の目的は勇者ですか?」

「そうだよ、僕は勇者が気になって気になって仕方がないんだ。ゲイマルクも誰が決めたのかが気になった。あの時の演劇は何が主題だったと思う?」

「さてね。それは勇者が決める事で、私が決める事ではありません。閉じた幕には興味もありませんし。貴方こそ、どんな演劇にするつもりなんですか?」

「全て主様が決める事だよ。従者の僕が決める事ではないね。ただ、従うだけだ」

 

 何回も盃は交わされて、天界の酒はみるみる内に減らしていく。

 お互いとぼけたり、肩を竦めたり、わざとどうでも良い質問を振ったり、騙し合いのようなものだった。

 当たり前と言えば当たり前だ。まだ物語は序盤も序盤。戦いすら始まっていないのに、どうして喋ろうと思うのか。

 ただ、酒も尽きようという中で、最後の一杯が渡されたのはコーラだった。

 

「……これが最後ですね。なんですか、本題は」

 

 今までのものは酒代のついでだろう。そんな確信があった。

 アキラは吝嗇家(ケチ)だ。従者と勇者の間柄ではなくなって、タダでは話が出来ないと考えた。だけど質問一つで限りあるストックを放出するのは癪だから、茶番じみた飲みの席にした。

 アキラは笑みを深めて、口を開いた。

 

「随分急ぐじゃないか。普段の君が動く場合、数年は様子を見て教育していたが、今回は急過ぎる。急ぐだけの理由はあるんだろう?」

「……………………」

 

 当たりだった。

 その質問は、コーラの癖に該当するものだ。

 

「主様が勇者になってまだ一ヶ月も経っていない。そんな状況で魔王との対決を歓迎するのは正気じゃないね。いくらでも主様には教えるべき事があるはずだ」

「……時間がないから、仕方がなく、ですね」

 

 コーラはちらりと大荷物の方に視線を移した。それだけでアキラは事態を察知する。

 

「ああ、そういえば分かるんだっけ。あの計測器」

「はい、あれだけは神異変後でもちゃんと動いていますよ」

 

 勇者は人類総人口で強さが変動するモードがある。

 人類が多ければ勇者は弱くなり、人類が少なければ勇者は強い。あるラインを超えたり、切ると勇者の強さは大きく変動する。

 このモードを上手く利用するためには人類総人口を判別する必要がある。従者は懐中時計のようなメーターを所持しており、現在総人口が常に確認出来ていた。

 

「そうだね、僕の調査でも昨年2億は軽く超えてたはずだし……そろそろか。主様に残った時間は、あとどれぐらいだい?」

「このまま平和なら、後一週間あるかないかですよ」

 

 二人とも明言はしないが、分水嶺は理解している。

 バーバラが逡巡モードでいられる時間は、もう終わろうとしていた。人類総人口が二億一千万を超え、勇者は塵モードに落ちる。

 塵勇者になれば、魔人級には届かなくなる。ランスを倒すどころか、魔王の子相手ですら勝ち目は皆無になるだろう。

 

「従者は勝てる可能性を用意するものです。あのポンコツでは剣を錆びさせるだけでしょうし、今しか勝てないならば挑ませた方がいいでしょう」

 

 神の設計は壊れない。塵勇者になったら手遅れだ。

 勇者は力を限界まで高めても、仕様以上の力は手にしないように出来ている。

 

「まあ、勝ち目が消える前に戦うべきだとは、従者として矛盾しないね」

 

 その言葉に対しても、ただ一つの例外にして規格外、元勇者アキラは涼しく笑う。

 彼女だけは仕様を超えて、不可能を可能にして、魔人を当たり前のように屠ってしまった。あの姿だけは、コーラを何度も驚かせるものだった。

 彼女が勇者ならば、あるいは……とは思うが、今の勇者はポンコツだ。何も期待出来ない。

 

「……まあ、もう私は眺めるだけですが、精々演目が派手になるのを期待しますね」

「その方が長く楽しめるしね」

 

 アキラは最初から全てを知っているような反応であったため、コーラは少し不機嫌になった。

 ただ、どうしようもないところではある。

 この世界の構造、勇者の真実、コーラの立場、全てを知っていて、創造神の分体であるエール・モフスがいて、誰の為に動いているかなど分かりやすすぎる。

 大元の目的を粗方見抜かれている以上、予想も出来るというものだ。

 

「……話は終わりでいいですか」

「いや、あと一つだけいいかい?」

 

 手の早い両者だ。酒と軽口の片手間でも既に仕事は終わっている。

 もうコーラは離れても良かったが、ここまで話す事も暫くないだろうし付き合う事にした。

 

「明日は勇者にとっての初戦だ。どうなると思う?」

「とりあえず、勝つという事はないでしょうねー」

「皆無かい」

「ええ」

 

 コーラは邪悪に微笑んだ。

 

創造神(あの子)勇者(ポンコツ)に負けるわけがないでしょう。あれはいい玩具ですよ」

 

 アキラはやれやれと肩を竦めて首を振った。

 

「まったく最低の従者だね。主の負けを確信して送り出すなんて」

「何を言ってるんですか。私はいつだって主の勝利を信じていますとも」

 

 ニヤニヤと、あるいは今の勇者(おもちゃ)を蔑むようにコーラは笑う。

 

「それとも、まさか本当に勝てると思っているんですか? あのポンコツを信じているんですか?」

 

 アキラはコーラの問いに、すぐには答えず窓に寄った。

 雲の切れ目に見える満月を眺めて、静かに微笑む。

 

「僕はいつだって主様の勝ちを信じているよ。勇者とは、必ず最後に勝つものさ」

 

 二人の従者の問答に答えなどない。

 ただ明日の結果によって、どちらが正しいかわかるだろう。




 種は粗方撒いた。
 こっからは粗方バトルパート。
 目標、6日。
 無理ですわ。
 DJC++さんお疲れ様でした。デストラクタ、決戦前、たくさんの良い曲を有難うございました。

 奈良県民展見に大阪へ遠征予定。アリスソフトに浸れる日々が幸せ。


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盗賊団のアジト ①大誤算

 遅くなって大変申し訳ありませんでした。


 鬼畜王アジト(LP3年6月3週)参考。
 三ヶ月放置してルーベランを歓迎しよう。あっさり盗賊王になれるぞ。


 魔王討伐隊はウラジオストックを出立し、北西の山岳地帯へと進軍した。

 行軍は実に順調だった。というのも、一回の戦闘も、盗賊の影も形もなかったからだ。

 ウラジオストックに行くまでに幾つか村や領主の私領が点在する。盗賊団が駐留するには十分な規模のものもあり、様子を見る為に兵を派遣したが何も収穫が無かった。

 穏やかな民衆は解放を歓迎しつつも、盗賊達については「元のアジトへ戻ったらしい」と繰り返すばかりで、一切の情報が得られない。

 結局、アジトがどこにあるかというのはウラジオストックで捕らえた盗賊達の情報が頼りだった。バーバラ達はほとんど導かれるままに、ランス団の本拠地へ踏み込もうとしていた。

 山岳地帯の前には、ヘルマンには珍しく深く暗い森が広がっていた。ここに入ってからでは満足に視界も取れないため、最後の休憩という事になっていた。

 

「それでは、三十分後に全軍全力出撃で盗賊団本拠地と予想される地点を制圧するよ。準備はいいかい?」

「……少々お待ちくだされ。それは誰の命令でしょうか」

 

 アキラの説明に対し、ディフェンダー指揮官であるモンキーは疑問を挟んだ。

 

「勿論僕達の隊長、勇者バーバラ様の命令だよ」

「事前に斥候を派遣し、地形と敵勢力の調査をするべきだと愚行しますが」

「一応提案したけど却下されちゃった。楽勝だから必要ないってね」

 

 肩を竦めるアキラを見て、禿頭を押さえるモンキー。

 視界の悪い未開地に大軍を踏み込ませるにあたって、偵察を出すなど当たり前の話だ。指揮官ならば誰もが真っ先にやる事を、今回に限ってはやらない事になる。

 ことに今回はヘルマンでも珍しい森林地帯に踏み込むのだ。罠や伏兵の可能性を考えないでどうするのか。

 馬鹿げた方針に異を唱えるべく、モンキーは顔を上げた。

 

「アキラ様、偵察の為の時間を頂いてもよろしいでしょうか」

「却下する。意義は理解してるけど隊長の命令は絶対だよ」

「バーバラ様は勇者であっても戦を知らぬ素人です! 我等軍人がこの手の間違いを指摘するべきではないですか!」

「主様が必要ないと言った以上、必要ない」

(また、これかっ……!)

 

 狂信者と化したアキラの目を見て、モンキーは歯噛みする。

 

「でしたらせめて部隊を分けさせて下さい! 森の中では数の利はそれほど活きません! 後詰として一万だけでも入口に置いておけば異常も察知出来ます!」

 

 この手の相手がどこにいるか分からぬ匪賊退治では、遊兵がいる方が後々効く。視界が広く確保されている分、主力がどういう状況にあるかも把握しやすい。

 苦肉の策でもある折衷案だったが、副長は取り合わない。

 

「主様は全軍全力出撃と言った。三万全軍で制圧する」

「安全ではないし効率の悪い方法ですぞ! 魔法兵やクロスボウ部隊も多数が遊兵になります! 不意戦闘の指揮も、罠の対処も……!」

「議論をする気は無いよ」

 

 もう話す事はないと言うように、アキラは背中を向けた。

 

「主様はこう仰った。『罠だろうがなんだろうが正面から抜ける。盗賊があっちから襲って来るなら丁度いい。圧倒的戦力差があるから楽勝で勝てる』とね……それを為す事だけが君達の仕事さ。道具は意見を挟まない方がいい」

 

 道具という言葉を使われては立つ瀬がない。モンキーは渋々頭を下げる。

 

「……失礼、致しました」

「うん、それじゃ他の者の説明を頼んだよ」

 

 そう言うと、アキラは魔王討伐隊のところへと戻ってしまった。

 魔王討伐隊とディフェンダーとの接触は大神官によって禁じられている。これは魔王の子の身分を隠す為の措置として取られたものだったが、モンキーにとっては知る由もない。

 風遠しの悪い組織に心中で溜息を吐くと、傍らにいた副将が声をかけてきた。

 

「……将軍、その、大丈夫ですか?」

 

 部下に弱い姿を見せまいと、モンキーは背筋を伸ばす。

 

「問題ない。多少の感傷を見せたかもしれんが気にしないでくれ」

「心中お察しします。アキラ様がまさかああなるなど……」

「頭の痛いことだ」

 

 軍歴が少し長い軍人ならば、アキラの事は皆が尊敬している。崇拝の域に入っている者もいる。2人はそれ程ではないが、全世界相手の戦争でアキラの指揮で戦った。

 どんな辛い時も幕僚に意見を求め、前線指揮官を労い、荒唐無稽な作戦であろうと長所を認めて褒める。理想の上司だった彼女はもういない。

 

「……やはり、ザンデブルグでしょうか」

 

 副将は周囲に人がいない事を確かめると、不安げに言葉を漏らす。

 

「この前はタイガー将軍が呼ばれました。アキラ様も呼ばれていたのでしょうか」

「かも、しれんな」

 

 教団からの諮問が来れば軍人は拒否出来ない。タイガー将軍が行方知れずになる前に、教団から呼ばれたという話があった。そして行方不明、あるいは精神の変調、こういう事は珍しくない。

 教団と軍の力関係は教団がはっきり強い。宗教軍事国家とは言うが、一将軍になっても教団員の口を恐れなければならなかった。

 

「ビュートン様とアキラ様が唯一口を挟めましたが、アキラ様がこれでは、もう私達も……」

 

 その先の言葉を制するべく、モンキーは副官の肩を叩いた。

 

「なあに、我々がやるべき事をすれば問題あるまい。彼等も国を想っての行動だろうし、向く方向は一緒になるさ」

「……将軍は前向きですね」

 

 線の細い副官の苦笑に対して、猿顔の男は柔和に笑う。

 

「敵を前にして身内を恐れている暇などないぞ。早く匪賊退治を終わらせてログに戻り、酒を浴びようではないか」

「はは、その時に潰れるのは勘弁願いますよ。泣くのはもう見たくありません」

「それが出来るかは貴官の働き次第であるなあ」

 

 二人は暫し軽口に興じる。

 結局、後ろ暗い闇があると知っててもどうする事も出来ないのだ。軍人は国家の敵を倒す事しか出来ないし、敵はビュートンが決めている。無暗に考えて暗くなるだけ無駄だ。

 

「では、無謀な一番槍に行って参ります」

「四方から撃たれるだろうが、死ぬなよ」

「言葉の銃弾なら教団員で慣れてますよ」

 

 それでも多少は雰囲気が良くなったか、おどけた仕草で副官は駆けて行った。

 ここにいるのは精兵ばかり。部隊長でもしっかりとした教育を受けた者達が集まっている。誰もがこの方針に異を唱えるだろう。

 

(……さて)

 

 モンキーは改めて深く暗い森に目を凝らす。

 大樹が何本も根を張り、鬱蒼と細かい木々が生えている。曇り空では想像以上に暗い視界になるだろう。開けた場所など存在しないから、100メートルも見通せなくなる。この森を抜けた先の山岳地帯がアジトだから、それまでに一体どれだけの罠があるか見当もつかない。

 ただ、戦闘になれば間違いなく勝てるとも断言できる。

 なにせ彼我の戦力差は三十倍だ。質についても東ヘルマン中をかき集めた精兵と盗賊団では比較にならない。勇者の言う通り、多少無茶でも力押しなら余裕の戦力差ではある。まともに当たれば一撃粉砕で間違いない。

 戦略的に考えると、ランス盗賊団は詰んでいる。この分野では軍学校でも優秀だったモンキーが断言出来る状況だった。

 だが、

 

「むむむ……なんなのだろうな。この胸のムカつきは……」

 

 不安が消えない。

 長年将として感じてきた、負け戦の匂いが森から漂っている。

 そのせいか慎重論を唱え、今もついつい不安材料を列挙してしまう。

 

 アジトの所在について渡された情報は全て盗賊と民衆からだった。偽装の可能性はあるか?

 ない。複数の所在地と立場から得らている以上ある程度は真が混じっている。問題としては一切自分達で確認出来ていないぐらいだ。この情報そのものに瑕疵はない。

 森林、山岳地帯についての懸念はあるか?

 罠は言うまでもないが、地の理を活かせる恰好の地形だ。自分が守る側ならば山の裏にも、森の中にも伏兵を隠す。進むだけではどうやっても気づけない。

 他に不安点は何かあるか?

 勇者は盗賊退治を急ぐあまり、現地の住民に対しての情報を最低限で済ませてしまった。情報の確度は怪しい。何か現地住民しか知らぬ抜けがあるのかもしれない。

 

「あとは、この地域一帯が魔物が住むのに適してそうなぐらいか」

 

 森は湿気が多く陽が差さず、人を不快にさせるような気候を孕んでいた。人間にとって住みにくい場所ほど、魔物が好んで暮らしていたりする。不意戦闘も多い可能性がある。

 モンキーは経験と知識に富んだ軍人として、全ての懸念材料を最悪の場合で想定する。

 罠は凶悪極まりなく、魔物が次々と襲ってきて、伏兵は予想の三倍存在し、地の利を十全に使うと場合、戦いはどうなるか。

 結果――――やはり、必勝。彼我の戦力差は覆らない。

 盗賊が増えたという仮定にも限界がある。村の人口変動を全て相手の兵力としても、奪った食料の量と消費速度を考えても、三千以上はありえないと断言出来る。

 何度も、何度やっても勝ちは決まっていた。それでも嫌な予感は一向に消えない。

 

「……元々こういうのはタイガーの領分なんだがなあ」

 

 不安があると、どうしてもいない者の名が出てしまう。

 戦場の霧は薄い方であって欲しいと考えつつ、モンキーは禿頭を撫でた。

 

 

 

 ディフェンダー達が頭を悩ませている一方で、魔王討伐隊はほとんどなんにも考えてなかった。

 

「ふんふんふふーん♪」

「えへへー……」

 

 原因は主にこの癒し空間製造機、メリモ・カラーのせいである。彼女がいると危険な魔王討伐はピクニックへと変わってしまう。今も勇者と手を繋いで森の中を驀進中だ。

 対立する立場にあるのを確認したはずなのに、何故かメリモは勇者にべったりとなった。小休止のたびに飲み物を運んで来たり、せせこましく働いてくれる。

 それでいいのかという疑問もバーバラにはあった。最初は遠慮した。

 だが「手をつなごっ、手っ」とメリモが手を伸ばして来て、本来の姿とダブってしまいもう駄目だった。可愛すぎて拒否れない。

 

「ある日ー、森の中ー♪」

「魔王にー、出会ったー♪」

 

 所詮ポンコツ勇者、どこまでも真面目になりきれない存在である。

 湿気の多い気候、罠が点在してそうな森、限られた視界? それがどうした。今の握ってくれる温もりの前で恐れるものなどあるものか。

 一応ディフェンダーを前面に押し出しているが、最前線組に追いつきかねないほど歩調を速めており、下手をすると追いつきかねない。そんな速度で森を突っ切っている。

 部隊全体も、大方の予想を外れて順調極まりなかった。

 罠は確かに存在するのだが不出来なものが多い。落とし穴は露出し、紐は経年劣化か途中で切れていたり、盗賊はその程度かと言えるようなものばかりだ。これならシダや草木に足を取られる方がよっぽど敵と言える。

 何よりも盗賊に出くわさない。三万の部隊が森を突っ切ってるのに野良魔物との遭遇が稀にあるぐらいで、数に恐れをなして逃げ散るだけだから、戦闘が発生しない。

 実に、実に順調だった。行軍中一人も犠牲者が出ていないのは幸運と言ってもいい。

 

「主様、前線組が森を抜けました。山岳地帯で居住の跡を発見しており、盗賊団のアジトなのは間違いないようです。このまま探索を続けていきます」

「まあまともに戦えるわけないでしょうね。このまま世界の崖から退場してくれないかなー」

 

 勇者は時折アキラの報告を聞いて、心地良い成果を聞く。本当に何も問題は無かった。

 先鋭が安全を確認すれば、程なくしてバーバラ達も山岳地帯に踏み込む。懸念材料とされた森林を抜けて、後詰が次々と到着していく。

 麓の地点を抑えたヘルマン軍は探索を進め、すぐに盗賊を発見した。

 入口は大きいが、先が細くなってゆく山の洞窟。人の手が加えられたアジト本拠地と言えるものだった。ご丁寧に麦の穂が立てかけられており、居住区と断じられるものだ。そこに逃げ込む盗賊を見たと報告があった。

 

「これ以上進むと戦闘が避けられません。攻撃開始は隊長の判断という事なので自重しました」

「うーん、これはちょっと困ったわねー」

 

 発見者の報告を聞き、バーバラは少し頭を使う。

 相手は袋の鼠だ。それでもこの洞窟には多くの人間を一度に入れられず、数の利が活きない。

 戦闘域としては広いところでも十名、二十名単位で戦えればいいほうだろう。その上で罠が点在するに違いない。

 このまま数に任せて兵士を送り込んだらどうなるか。

 まあ、勝つだろう。ただし犠牲が大きい。相手も死にものぐるいで戦うから凄惨な事になる。

 犠牲を少なくしたいならバーバラが行けばいい。盗賊だけなら勇者一人で事足りる。ただし魔王が待ち構えているなら話は別だ。数の利を放棄すれば一気に勝ちは怪しくなる。

 この場合、適当に兵士を送り込んで実力者がいたら蓋をして干上がらせるのが正解だ。完全勝利が、死人の無い勝利が出来そうだからこそ、バーバラは欲をかいている。

 そのまま唸っていたら、ちょいちょいとメリモが肩をつついてきた。

 

「バーバラちゃん、バーバラちゃん」

「ん、なに?」

「この洞窟の攻略、私達に任せてもらっていいかな?」

 

 意外な事を言われて、目を丸くするバーバラ。

 

「……戦わせるつもりはなかったんだけど」

「ううん、こういう時こそ私の出番だと思うの」

 

 メリモは薄い胸に手を当てて、説明を始めた。

 

「こういう場所は冒険に慣れてる私や志津香さんの方が得意だよ。強い人はみんな私の家族だし、盗賊さんだけなら大丈夫。ウズメちゃんがいるから罠の方も心配ないし」

「まあ、言ってる事自体は間違ってないんだけどねー」

「バーバラちゃんは出来ればこういう争いは少なくしたいんでしょ?」

「…………」

 

 バーバラはあえて返答しなかったが、その表情が答えになっていた。魔王の子に任せれば被害はゼロで済む。

 ただこの場合は別の問題が出る。メリモ達がランスの敵になっていいかだ。

 

「本当に戦っていいの?」

「うん、大丈夫!」

 

 リセットの笑顔は清々しく、本心から言っているように感じられた。

 

「んー、じゃあお願いしよっかな。私は入り口で待っているから好きにして」

「わあっ、ありがとう!」

 

 メリモはぱたぱたと駆けていき、魔王の子達とこれからの戦いについて話し始めた。

 こうなればバーバラとしてはやる事はなく、木々の影に腰を降ろして休みに入る。

 

「本当にいいんですか?」

 

 一人になると、どこからともなく従者が姿を現す。

 

「なによコーラ、藪から棒に」

「あの子が魔王と出会ったら逃がしますよ」

「いないんじゃない。あんな狭いとこに閉じこもるヤツじゃない気がする」

 

 洞窟に背を向け戦う気のない勇者の有り様に、ジト目を送るコーラ。

 

「確証持ってるなら一人で潰しに行けばいいじゃないですか。今のバーバラなら千人いようがすぐに皆殺しですし」

「楽できるなら他人に任せるの。三万の兵士も魔王の子達もそのためでしょ」

「戦えば経験値が手に入りますよ。今回は勇者って肩書きですし、少しはそれらしい動きをしたらどうですか?」

「いらなーい。ザコなんか面倒くさーい」

「一応、従者としての助言なんですがねー」

 

 絶対に働く気が無いとばかりに、バーバラは目を閉じて木の幹にもたれかかった。

 

「適当に昼寝するわ。魔王の子達が戻ってきたら起こしてね」

「はいはい、今代の勇者は本当我儘ですね」

 

 そうして、コーラは山岳地帯に視線を向け……邪悪な様相で唇を吊り上げた。

 

「……ま、次はいつ休めるかわかりませんし、今はそれでいいんじゃないんですか」

 

 勇者も従者も不在で、魔王と盗賊退治は始まる。

 

 

 

Zako Battle

 

 

 

 やはり、そこに盗賊はいた。洞窟の中ですし詰めにされるが如く、多数の罠と連携の取れた盗賊達が、決死の覚悟で待ち構えていた。

 そして予定通り、まともな戦闘にはならなかった。

 

「粘着地面」

 

 志津香の魔法が地を覆う。

 粘性となった地面が盗賊達のブーツを縫い付け、足を止める。

 

「げえっ! なんじゃこりゃあ!?」

「テメェらひるむな! 敵が来てる……ぐわぁっ!?」

 

 死角から飛び出た少女が矢を何発も撃ち込み、次々と盗賊を倒していく。

 

「ごめんね。ちょーっと倒れちゃっててね」

「カ、カラーだ! なんでこんなところに……! 熱うっ!?」

 

 男の構えた盾は、メリモの矢を受けると燃え上がった。他の矢にも魔法が付与されていたらしく、矢を受けた盗賊は紫電を帯び、別の盗賊は凍りついて地に縫い止められる。

 遠距離戦は弓に長けたカラーの本領だ。少し良くなった程度の装備では盾にならない。

 

「撃ち返せ! 撃ち返すんだ! こっちの方が数は多い!」

 

 それでも盗賊は数の利だけはある。まだ動けるものが応戦すべく射撃を返すが――

 

「ほい、バーリア!」

 

 ナギの手が光ると、光の壁がメリモの前に立ち上がった。それだけで全ての射撃が意味を為さず受け止められる。無力感に射手が手を緩めれば、バリアが薄れてメリモの射撃が飛ぶ。そしてまた一人倒れる。

 前衛は足を止められ、後衛の攻撃は魔法障壁を抜けられない。戦いになっていなかった。

 

「ひぃー! やっぱり無理だったんだー!」

「逃げっ……いや逃げられねえー!」

 

 中には恐れをなして逃げようとして、粘着質の地面に顔から突っ込む者までいる。淡々と矢が射かけられる内に、盗賊達は半ば自壊していった。

 

「まあ、私達が盗賊退治って弱いもの虐めだよね」

「……そうね」

 

 と、ナギの呟きに頷く志津香。

 結局、負けようがない。ナギは即座に障壁を生成出来るが、その硬さはスシヌ程ではないにしても軍の攻撃を暫く止め得る。今回はさらに強度を下げて意識のオンオフで出せるようにしていたが、それでも盗賊相手では無敵の盾だ。

 レベルの差、術者の実力の差は残酷だ。後衛職オンリーでも楽勝だった。

 

「主君どのー、こっちも終わったでござるよー」

 

 そして盗賊達が逃げようとした後方から、ウズメがひょっこりと顔を出した。

 

「あ、ウズメちゃん。どうだった?」

「とりあえず罠の解除は一通り済ませたでござる。睡眠薬とかもあったのでこっちで使ってみたら40人ぐらいおねんねでござるよ」

「お、いいね。楽になるわー」

 

 なんでもない事のように語られているが、ここでも悲しいまでの力の差が出ている。

 後方から報告をしてくるのは、ウズメは盗賊達が犇めき合っていたこの防衛地をあっさり突破してしまったからだ。何十名いようがウズメにとってはザルという証明だった。

 後方にレンジャーの潜入を許し、やりたい放題されていれば地の利も全くない。

 盗賊達は、詰んでいた。

 

「それじゃここもクリアね。あとどれぐらいありそう?」

「人数だけならまだまだ数百名は残っているでござるねー。この洞窟、結構奥に広いでござるよ」

 

 志津香の問いに対し、ウズメは全てを把握したような報告をする。潜入時間的に明らかにおかしいのだが、その場の全員はあっさりと真実として受け取った。

 

「うーん、それじゃこれで半分かー。まだまだかかりそうだよね」

「ここに入って一時間半になる。そろそろ休憩を取りましょう」

「うん、そうしよっか」

 

 志津香の提案にメリモは同意して水を取り出す。その落ち着いた見た目もあって、熟練の冒険者の姿そのものだった。

 

「……思ったより長丁場になったなあ。今の私達ならあっさりだと思ったんだけど」

 

 メリモから受け取った水を含んで、ナギはそう呟く。

 確かに時間がかかり過ぎていた。彼女等は押しも押されぬ世界最強の冒険者達だ。もし同じ任務を請けるような事があったら30分もかからず終わっているだろう。

 理由としては石橋を叩くようなメリモの方針に尽きる。

 

「まあまあ。ここまで誰も死んでないんだし、これからも頑張っていこー」

 

 誰も死んでないとは、当然自分達ではなく、兵士達ではなく、盗賊達の事だった。

 地面を見れば盗賊達は粘着地面に縫い付けられ、次々とウズメによって縛られていく。彼等は矢傷や魔法を受けてはいるが、手加減されている為に命に別状がない状態となっている。

 この盗賊退治で先陣を切るにあたり、メリモは宣言した。

 ランスの被害者である彼等は誰も殺さず、捕らえて戦争を終わらせようと。

 冷静な異論はあった。というか志津香が挟んだ。

 

『勇者の言う通りだと粗方死刑になるのよね。同じ結果じゃない?』

『それでも、今ここで……っていうのでは違ってくると思う。きっと助かる人も出るよ』

 

 楽観論にせよ、リーダーにこうも迷いなく言われては黙るしかない。

 さらにメリモは一部の兵士を説得して、捕らえた盗賊の捕縛と搬送の協力者を作ってしまう。こんな敵地でも味方を作る手際を思い出すと、呆れめいた苦笑をしてしまう志津香であった。

 

「志津香さん、お水だよー」

 

 考え事をしている内に、こっちにも来た。

 メリモは膝を曲げて、ちび志津香に水筒を差し出していた。

 

「……ああ、ありがと」

 

 口に少量の水を含み、喉を潤す。

 志津香はリセットに水筒を返しがてら、ぽつりと呟いた。

 

「……しかし、良く勇者はこんな事許可したわね」

「うん?」

「盗賊を私達に任せることよ」

 

 バーバラの事情と昨夜の話を聞いて、志津香は不思議でならなかった。

 それだけ言っておいて復讐を他者に任せるなどピンと来ない。同じ状況に置かれたら率先して焼き潰しに行くだろう。

 志津香の疑問に対し、メリモは難しそうに首を傾げた。

 

「うーん……バーバラちゃんはどっちかと言うと、元々そうして欲しかったんじゃないかなあ」

「私達に戦って欲しかったってこと?」

「うん。正確には自分が戦いたくなくないの……きっと、全部殺しちゃうから」

 

 そう言って、メリモがちらっと視線を移した先には彼等の悪事があった。

 地面を探せば歯や人骨の破片があるし、盗賊の中にはトロフィーのように血の付着した装飾物をつけている者がいる。どうやって手に入れたかなど想像に難くない。

 

「多分ここの人はほとんどが悪人なんだと思う。お父さんに従う前はきっと酷い事をしてた。でも、そうじゃない人もいる。千人もいればたくさん更生の余地がある人がいるはず」

 

 メリモの矢を受けた者の中には、体よりも古ぼけた指輪を庇った者もいた。

 匪賊が発生するのは大方は儲かるからだが、そうでなければ生きられない境遇に置かれた人間も少なからず存在する。

 

「でも、バーバラちゃんは全部殺しちゃう。みんなの隊長で勇者だから、前に出たら敵は倒す事が求められる……どっちの死者も少なくしたい優しい子なんだよ、きっと」

「ただ面倒臭がってるだけじゃないの。出発時にすやすや寝てたし」

「ま、まあそういうところもあるのかも……」

 

 メリモは軽く苦笑し、一通りの面子が小休止を終えたのを確認すると立ち上がった。

 

「あと半分ぐらいだしそろそろ行く?」

「いいでござるよー。というかそろそろ終わりでござるし」

「あ、そういえば分身見なかったけど……」

「ういうい、バレないようにちょーっとずつ襲撃してたでござる。もう粗方終わってる感じ?」

 

 にゃは、と茶目っ気たっぷりに笑うウズメに全員が呆れた。

 

「こういう場所では、ウズメって本当デタラメだよね……」

 

 この後も、洞窟攻略は実に順調に進んで行った。

 魔法で遠距離戦を制圧し、近距離はウズメに無力化され、どんどん進み、死者もなく……

 

「おおおおおオラアアアア!! 死んでたまっかあ! 俺様がここのボスだあ! 倒せるもんなら倒して……!」

「スリープ!」

「ぐがーっ!」

 

 誰だお前はという頭領の男を眠らせ、洞窟内にいる盗賊達は残らずお縄となったのである。

 

 

 

 

 

「うーん、結局お父さんも、エールちゃんもいなかったなぁ……」

 

 帰り道、メリモは残念そうに頭を下げた。

 

「最初に言ったでしょ? 絶対いないって」

「まぁ、わかってた事だよね」

「…………はぁぁ~どこにいるのかなぁ~」

 

 洞窟が寄り道で囮なことぐらい、ランスをよく知る三人は半ば悟っていた。それでもやったのは、『絶対にない』と思ったときこそやりかねないと知るからこそ、念の為に探索したのだ。

 結局、やはり空振り。無駄ではないが、多少は疲れるのも仕方が無かった。

 ちびナギが振り向いて、メリモの方を覗き込み、

 

「じゃあ考えてみようか。ランスならこういう時、どーすると思う?」

「うーん、何もせずに逃げるのはないんじゃないかな。そうして欲しいけど……」

「という事ですが、どうですかランス専門家のお姉様」

 

 志津香がぎろっとナギを睨む。一瞬気圧されたナギは愛想笑いを浮かべ、しなだれかかった。

 

「あーうん、私が悪かったです。でもお姉さまの経験が知りたいのー! 教えて―!」

 

 やんやんと甘える妹を見て、志津香は溜息を吐き、

 

「あいつの場合、こういう時は事態がとんでもなくややこしく悪化するのよね……敵でも味方でも大迷惑になりがちね」

「もうかなり厄介な事になってると思うんだけど……あれ?」

 

 苦笑いを浮かべるメリモの元へ、捕縛の協力をしていた兵士達が向かって来ている。息は荒く、全速力で洞窟を走って来たようだった。

 

「メ、メリモ様……! 急ぎお戻り下さい! 本陣が大変な事になっております!」

「「「…………」」」

 

 三者、嫌な予感がガンガンに鳴っていた。

 それでも聞かなければ始まらない。これから荒れるという確信を元に、志津香は口を開く。

 

「…………何があったの?」

 

 

 

「魔軍です!!! 我々は膨大な数の魔軍に包囲されつつあります!!」

 

 




※援軍が入りました


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盗賊団のアジト ②どうしてこうなった

 種明かし。





 腹が減っては戦が出来ぬという諺がある。

 原義はともかくとして、バーバラはその言葉を覚えていた。

 だから相手の本拠地に乗り込むにあたって、食い意地を張った。落ち着いて食べられるのがいつになるか分からないから、せっかくだからアキラに命じて美味しい料理を沢山求めた。従者は期待以上に応え……結果、かなりの量をお腹にため込む事となった。

 満腹になれば眠くなる。次はいつ眠れるか分からない。そうだ寝溜めしておこう。

 今回の件について、ポンコツ勇者は油断しきってたわけではない。ただちょっと欲望に忠実で、誘惑に勝てなかっただけなのだ。

 

 

 

 盗賊団の本拠地を眺めた時、バーバラは少しがっかりしていた。

 事前情報では盗賊団のアジトは緑豊かな地で雄大な山があると聞いていたが、期待とは違うものであったためだ。

 ヘルマンに緑豊かな地は少ない。だからこそ幼き心に残る美しい景色が見えるかもしれないと、胸をときめかせていた。

 ところが踏み込んでみればおどろおどろしく暗い森だし、突破しても土と岩が露出した無骨な山が連なっている。ヘルマンらしいと言えばそうだが、無粋極まりないものだ。もう少し色鮮やかであって欲しかったと思いながら、バーバラは眠りについた。

 ところが起きてみるとどうだろう。素晴らしく色鮮やかになっているではないか。

 

「あか、あお、みどり、むらさき、しろ……わぁい、一杯だぁ。あ、はは、ははは……」

 

 山の峰から次々と、機械的な色彩が降りて来る。

 際限がなく山肌を埋め尽くす色の塊――魔物兵の皆さんである。

 緑ザコ、遠距離弓兵、赤兵、マントを羽織った魔法兵に魔素漢、ちらほらとコサック隊とか特殊部隊までいたりする。新旧シリーズ勢揃いで勇者一行を大歓迎だ。

 

「駄目です! 森の周囲は伏兵だらけです! 後詰は次々と追い立てられています!」

「ふむふむ、スーツを隠して頃合いを待っていたのかな。相手の練度は高そうですね」

 

 駈け寄って来た兵士の報告も、アキラの解釈も悪いものばかり。

 バーバラは心ここにあらずとばかりに指示を出さず、魔物達の姿を眺め続けてしまった。

 

(ここで花見でもするつもりなのかな……そうだといいなあ……)

 

 半ば事態を認識しているからこそ現実逃避したくもなる。

 頭を取られて相手は魔軍。後ろの数は全くわからないが袋の鼠らしい。

 有体にいって綺麗に戦略的にハメられていた。相手が追い返す以上の事をしておらず、こちらが命じていないから戦端は開かれていないが物凄い勢いで事態が悪化している。

 

「魔王だ! 魔王がいるぞ!」

 

 大将がパニックに陥って指示を出せぬ間に相手は布陣を終えたらしい。最後の主賓がお目見えを果たした。

 バーバラは兵士が指差した方を見上げると、山の頂上から男が姿を見せている。

 

「あはは……あのランスって、ホントに魔王だったんだ……」

 

 もしかしたら魔王じゃなくて物凄く強い冒険者なだけかもしれない。面と向かって魔王と名乗られてなお、バーバラは立ち向かうために自分に嘘をついて思い込もうとしていた。

 だが、もうその必要はなくなった。

 頂上に君臨した男は前に会った時の緑の服を着ていない。重厚な黒き鎧に身を包み、長いマントを羽織り、フルフェイスのメットを被っている。人々が伝え聞く災厄の象徴そのものだった。

 もう誰も間違えない。間違えようがない。

 勇者の敵は魔軍を従えた地上の支配者――――魔王であった。

 

「く、くくくく……」

 

 魔王は邪悪な忍び笑いを漏らし……メットを取って、破願した。

 

「がーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっは! ざまあないな、勇者ども! 俺様の華麗な作戦を見たか!」

 

 せり出した岩に足をかけ、魔王は高らかに笑う。

 そんな状況で、さらに少女が岩の上に立って遮った。目立ちたがり屋のエール・モフスだ。

 

「がははー!」

「……お前は邪魔だ。引っ込んでろ。ここは俺様の見せ場なのだ」

 

 ランスは娘を抑えつけるが、エールは追い出されまいともがく。大人の男に体を掴まれながらも、なんとか頂上に体を残そうと暴れている。

 

「やだやだやだー! ボクも出るー!」

「ええい、お父様の言う事を聞かんか!」

「ランスばっかり美味しいとこ持っていかないでよー! 演説もやってみたいよー!」

「貴様がいると全く話が進まなくなるわ! いい加減引っ込め!」

「ぎゃー!」

 

 エールは縛られて長田へ向けて投げ降ろされ、退場となった。

 一通りのドタバタを誤魔化すように、ランスが演説を再開する。

 

「ごほんごほん。えー、偉大なる魔王、ランス様である。魔王討伐隊の負け犬ども、何度目か忘れたが来襲ご苦労だった。今回も美女を連れているはずだからそれをとっとと差し出すように。特に勇者バーバラは絶対に持って来い。俺様は寛大だから30分だけ待ってやる。以上」

 

 あまりに横柄な振る舞いに、魔王討伐隊全体が呆気に取られた。

 どよめきが収まらない部隊を放置して、バーバラは姿が見つからないように洞窟の裏へと隠れつつ、アキラへ問いかける。

 

「あ、あいつ何言ってんの!? 私を差し出せって!」

「そういえば報告書にありましたね。状態が安定した時期の魔王は討伐隊に美女を強請っていたと。以降美女がいれば生還率が違うので混ぜるようになりました」

「手伝うあんたも馬鹿か! ああもう~……」

 

 バーバラは頭を抱えてしゃがみこむ。

 圧倒的な戦力差で圧殺して完勝する作戦は崩壊した。もはやどうすればいいかわからない。

 

「私の部隊って東ヘルマンの精兵だよね。この状況でも勝てたりする?」

「やるとなれば全力を尽くしますが、全容を把握出来ない状況なので確約は出来ません。魔軍の数が互角でも難しい戦いになると思ってください」

「部隊の指揮やらは全くわかんないからアキラに任せて、それで……」

 

 青ざめながら無い頭をこねくり回すバーバラ。そこに思考を読んだような魔王の声が届く。

 

「まあ、雑魚とは言えそれだけ数がいるのだ。戦ってみるのもいいかもしれんなあ。三万もいれば勝てるかもしれんぞ」

 

 意味とは裏腹に勝ちを確信したような、喜悦が混じった声だった。

 

「ちなみに、俺様の魔王軍はたった四十万ほどだ! いやー勝負は全くわからないなー!」

「よん、じゅう、まん……?」

「がはははははははははははは!!! がーーはっはっはっはっはっはっは!!!」

 

 響く魔王の笑い声、圧力を発する魔軍、あたりを飛び回る飛行魔物兵特有の騒音――――

 

「どうして……どうしてこうなった……」

 

 何故こんなところに大量の魔軍がいるのか。

 答えを知る者は、いなかった。

 

 

 

 

 

 

 この状況を説明するには少し時が遡る。

 一日前、ランス達はウラジオストックを放棄し盗賊を引き連れてアジトへ向かった。

 異変に気づいたのはアジト手前にある森の途上の事であった。

 

「だーーー! どうなっとんじゃこれはー!」

 

 ブーツを血で濡らしたランスが吠える。足下には魔物兵の死体が累々と転がっていた。

 帰り道には魔物、魔物、また魔物兵。今もまた一部隊適当に屠ったが際限がない。むしろアジトに近づけば近づくほど兵は増え、隊長の姿まで見かけるようになってしまった。

 別にどれだけいようが全く負ける気がしない戦いだったが、そろそろ悟る。

 この先はロクなことになってないと。

 

「そもそもこいつらどこから湧いて来た! アジトに置いといた盗賊共は何やってんだ!」

 

 ランスの叫びに答えを出したのはミックスだった。

 

「頭目のドギが言ってたわ。どこからか魔物兵が沸いてきてアジトを守る盗賊を蹴散らしたって。まあ病床だったから誰にも伝わってなかったんでしょうね」

「あ、ランスに蹴られる前にそんな事を言ってたような。あれ本当だったんだ」

 

 怪我人を増やした二人を恨めしく見て、ミックスは溜息を吐く。

 

「……それにしても、どこから湧いたのかはあたしも気になるわ。こんな人類圏の端に魔軍がいるなんてありえない。これまでに見なかったの?」

「む、そういえばあったような……」

 

 ランスは記憶を探すように目を泳がせて、

 

「おお、そうだ。アイヌちゃんが魔物隊長の首を持って来いって言ったから適当に探して持ってきたのだ。後は陶器、お前が説明しろ」

「ええっ、俺!?」

「俺様はどうでもいい情報は忘れるのだ。それ以上は忘れた」

「マジかよ、適当な頭してんなこの人! あんっ!」

 

 ゲンコツ一発、長田は割れた。

 

「いてて……」

「無駄口はいいからさっさと説明せんか」

「うう、わかったよ……」

 

 そこから長田の口で語られたのは、二週間程前の冒険の話だった。

 ランスが周辺の盗賊を全て叩き潰して盗賊王になり、領主やら軍も血祭りに上げて一体を支配した頃、一人の女性を無理やり捕まえた。それが無心アイヌだった。

 彼女がハーレムの女となる条件として出したものが父の仇を討つ事だった。そんな経緯でランスは名前改変が出来るエールと長田で冒険に出かけたのだ。適当な魔物隊長の首を探して。

 

「……それで、俺達はこの山の裏にあるダンジョンを冒険したんだけど、そこでは魔物兵が隠れてたくさん暮らしていたんだよ。色々騒ぎはあったけど、なんとか魔物隊長を攫って冒険は成功で終わった。今思えば、ここの魔物兵ってこいつらなんじゃね?」

 

 長田の話が終わると全員の目線がランスに集中する。特にミックスは呆れと軽蔑の混じった強烈なものだ。

 

「む、なんだ。なんか文句があるのか」

「……どう考えてもあんたのせいじゃない」

「いや、違うぞ。元々こいつらがここにいるのが悪いのだ。どうせ遅いか早いかでいずれ問題になっただろう」

「はぁ…………この分だと、もうアジトは魔軍が支配してそうね」

 

 ミックスがげんなりと悲観的な予測をすると、長田が驚きの声を上げた。

 

「魔軍!? ま、ま、ま、魔軍!? どうしてそんな事がわかるんだよー!」

「隊長を倒したのに周囲の魔物兵は動揺しなかった。これはもっと上の役職……魔物将軍がどこかにいると考えられるわ。これだけ哨戒がいるなら万以上の魔物兵がいないとおかしい」

 

 先程の戦闘は、まず魔物隊長の首が吹っ飛ぶところからの開戦だった。ところが魔物兵は無暗に逃げようとせず、報告要因を飛ばして時間を稼ごうとしたのだ。明確な指揮系統があった。

 

「じょ、冗談じゃねえぞ! 俺達はウラジオストックの軍隊から逃げて来たんだぜ! 逃げた先でも軍隊って、挟み撃ちになるじゃねえか!」

 

 がたがたと陶器の体を震わせる長田。今もここにいるのが怖いとばかりにエールの傍に寄る。

 

「なあエール、ほんともう逃げようぜー! ここが限界だってー! 戦争なんて付き合ってらんねえよー!」

「長田君は怖がりだね。こんなザコ達にボク達が負けるわけないじゃん。今回も楽勝だよ」

「エールはそうでも、俺達みたいなのは無理なの! ソウル達はどうすんだよ!」

「むむっ……」

 

 盗賊達の事が抜け落ちていたせいで、エールは次の言葉を発せなかった。

 

「確かにエールは勝てるよ? でも魔軍なら他にもたっぷりいるじゃん。その内どれかがソウル達に気づいたら、あっという間に全滅するぜ」

 

 確かに、その通りだった。

 ランス達は魔物兵との遭遇戦闘があった時点で盗賊達を一時退避させていた。その後少数精鋭で強硬偵察の形を獲ったが、魔軍となれば話は別だ。

 魔物将軍を倒しても魔物隊長は残る。そしてその部隊が盗賊達を襲えば、やはりあっさり負けるだろう。所詮盗賊など雑魚中の雑魚だ。

 本来ならば盗賊など不要だが、ランスは多数の女を抱えていることで事情が変わる。維持するには最低限世話する人間も必要だし、食料調達など人手は必要だ。

 結局のところ、盗賊の全滅はハーレムの崩壊に繋がり、それはランスにとって冒険の失敗を意味していた。

 以上、エールにとっては至極どうでもいい話だったが、冒険の失敗まで行くと話は別だ。敗北を甘んじて良しとする娘ではない。

 

「うーん、どうしよっかなー。やっぱぷちぷち全滅させるしかないのかな」

「おおぅ……そこで皆殺しをあっさり考える相棒が恐ろしいぜ……」

 

 長田の声をよそに、エールは考える。

 魔軍を盗賊でも退けられるぐらい完膚なきまでに全滅させるにはどうするか?

 百戦して百勝する自信はあるが、この広い森の中、あるいは山を駆け回って戦い続けるのは長い戦いになる。ミックスに手を借りられても夜を徹したものになるだろう。となると、自分の手には少し余る。別の力が必要だ。

 一連の考えをまとめたエールはランスの傍に近寄って、袖を軽く引っ張った。

 

「ランスランスー、何とかしてよー」

「はあ?」

「ボクがソウル達を守って、ランスが戦えば安全かなーって」

「なんで俺がそんなしち面倒臭いことをしなきゃならんのだ。却下だ却下」

 

 ランスは鼻を鳴らして取り合わない。不満気にエールに見上げられても余裕の表情だ。

 

「ランスのばか、あほ、まぬけ、働いてよー」

「がははは、俺を動かしたかったら美女の一人でも連れてくるんだな。そんな安い挑発に誰が乗るものか」

「んー、これはやりたくなかったんだけどなあ……」

 

 頑固なランスに対し、エールは最終兵器を使うと決めた。冒険の中で図らずも発見され、家族から使用禁止令が下ったものだ。

 まずエールはそっとランスから離れた。長田を懐に持ってきて盾にし、体を隠してゆっくりと後ずさる。訝しんだランスを半目で睨み、唇を尖らせて、

 

「…………ランス、サイッテ―」

「ぐ、ぐぬっ……!?」

 

 秘奥義『男ってサイテー』

 ザンスを行動不能にさせ、ダークランスを土下座に追い込んだ大技である。

 

「サイテー、サイテー、サイテー」

「ええい、その視線をやめんか!」

「やだ、ホントサイテー」

 

 やり方は簡単。軽蔑をありありと見せてサイテーと繰り返す。それだけで男は狼狽して心に傷を負ってしまう。

 最初は女の子モンスターを半裸にした不届き者に対しての発明品だった。以降時折火を噴き、主にザンスの心を壊すのに使われていた。その伝家の宝刀が、ランスに突き付けられている。

 エールのジト目は、心を削る攻撃力が高すぎる。

 

「娘の危機に体を張って守るのが父親でしょ。それなのにえっちな事に夢中でロクに働かないんだもの。リーダーだけじゃなく父親も失格だよ。サイテー」

「がっ……ぐっ……ぎっ……」

 

 ランスは鋼のような精神力を持つ男である。ただの罵声では彼の心を動かせないはずだった。

 だがこれは初めての角度から来る激烈な砲火だ。家族だけが撃てる後方射撃(フレンドリーファイア)がランスを襲っている。

 父親の下着と一緒に洗わないでとか、思春期の娘を持つと確実に存在する通過儀礼が相手では、さしものランスも分が悪い。汚物扱いをするような目は、流石に効く。

 

「ミックスだってとっくに愛想つかしてるよ。ホント、サイッテ―のエロオヤジ……」

「だー、やったるわ! やりゃあいいんだろうが!」

 

 遂にランスはエールの攻勢に屈し、カオスを引き抜いた。

 

「あーあ、心の友もすっかり父親らしくなっちゃって。弱みを持つと辛いわな」

「黙れ駄剣が! とっとと終わらせるぞ!」

 

 そのまま森の奥へと一人駆けて行く姿には、どこか哀愁が漂っていた。

 ランスが去った後、エールは長田を持ち上げつつ万歳する。

 

「やったー! 完・全・勝・利ー! がははー!」

「エール……紳士協定ってあるからな。俺がお前の父ちゃんなら泣くぞ。マジで」

「ボクは本当の事しか言ってない。ランスが悪いのだー!」

 

 天真爛漫に笑いながら、長田を揺らすエール。ランス相手に一本取ったのが嬉しくて仕方がないらしい。

 こうして、魔軍退治はランス一人で行う事になってしまった。

 

 

 

行き当たりばったりの計画通り

 

 

 

「……ん?」

「どうした?」

「いや、なんか悲鳴が聞こえたよう、な……」

 

 森の中で哨戒をしていた魔物兵が異常を感知して、後ろを振り向いた時だった。

 

「どけどけーーーーい!!!」

「「「ぎゃああああああああっ!?」」」

 

 物凄い勢いで男が突っ込んで来て、冗談みたいに魔物兵達が吹っ飛んだ。

 特別な技を使ったわけではない。ただ邪魔だから殴って蹴ってどかしたとか、そんな適当なものだったが電車が正面衝突したような有様になってしまう。

 今のランスがひとたび暴れればこうなる。魔物にとっては天災そのものである。

 逆にランスにとっては路傍の石を蹴ったようなものであり、意識する必要すらない。

 

「おらおらおらーーーーーー!」

 

 暴走列車の如く、ランスは森を真っすぐ突っ切っていた。

 アジトに近づくにつれ魔物兵が増えた部隊と出くわすが、全く足を止めずに吹っ飛ばす。魔物兵だけではなく、用意されていたトラップも力業で引き千切る。

 ただ、その中で軌道直線状にいた魔物兵以外は一切放置されていた。そのせいか、手の中の魔剣から疑問の声が飛ぶ。

 

「エールからは魔軍を潰してくれーって言われてるじゃろ。放置でいいのか?」

「雑魚どもにいちいち構ってられるか! 狙いは当たりつきだ!」

「ああ、そこでずっぽし楽しむのね……」

「そうでもなければやってられんわー!」

 

 半ばヤケクソだった。

 傲岸不遜を地で行くランスが、娘に言い負かされてスゴスゴ従っているのだ。これで素直に魔物退治に勤しんだら、いよいよ尻に敷かれた感じがして情けなさ過ぎる。だから適当に理由をでっち上げて、自分のモチベーションとしていた。

 

「指揮する奴はきっと美少女が中に入ってるに違いない。それを救助してお礼にセックスだ!」

 

 ランス達が言っている当たりつきとは、魔物将軍のことだった。

 魔物将軍は魔軍の指揮官であり百体の魔物隊長を統率出来て、それによって一人あたり最大二万の兵力を指揮できるモンスターである。この魔物は思考の補助として腹の中に人間を飼う事が多く、それを倒したランスは過去に美味しい思いをしてきた。

 

「いやー、そりゃどうかしらねー。文字通り、当たりか外れは運じゃから」

「いーや、入ってる。俺様が久しぶりに倒すんだぞ。今回は野暮ったいながらも純朴な金髪セミロングとかだな。山菜取りをしている最中に攫われたという感じだろう」

「いいねいいね、そういうの。もしそうだったら儂も混ぜて」

「もう駄目だ。この前ので一生分やったと思え」

「そんなー」

 

 魔剣と掛け合いをしている間でも物凄い勢いでランスは進む。

 森を抜け、アジトにたむろしている魔物兵の頭を踏みつけ、山の中腹へと飛び上がり、脚力だけで断崖絶壁をほとんど垂直に登っていく。

 当然、そこに魔物兵はたっぷりといた。拠点防衛隊が山に溢れんばかりに布陣していたのだが、

 

「がははははははは! 将軍はどーこだー!」

「ぎゃああああああああああっ!」

 

 風より遥かに速い存在を前に、対応しろとか反応しろとか無理だった。防御を固める暇も無く突撃一発で一撃粉砕(ワンターンキル)となる。土嚢など何の役にも立たない。

 ランスは勘に従って無人の野を行くように突き進む。建設中の簡易砦を一撃で粉砕し、山の尾根を駆け回り、ただ敵の大将を探す為に他の全てを無視する。

 やがてすぐにそれらしい天幕を発見した。魔軍が好んで使う拠点用のものであり、奇襲時には魔物将軍がいる事が多いものだった。

 

「あそこだな……いくぞっ、とーーー!」

 

 何の躊躇もなく、空から飛び蹴りする形でランスは突入した。広い軍議盤に着弾し、物凄い音と共にテーブルが割れ、ありとあらゆるものが散乱する。

 

「な、なんだ! なにが起こったあ!?」

「御用改めであーる! 総員、お縄につけーーーーい!」

 

 あたりを見回せば、多数の魔物隊長と魔物将軍がいる。それも、二体。

 魔物将軍達は天幕の最奥に座っていたが、ランスと眼が合うと体を震わせて立ち上がった。

 

「お、お、おぉぉぉ……!!」

「貴様等覚悟はいいか! 当たりつきだろうな! 当たりつきじゃなかったら許さんぞー!」

 

 ランスは暴力的な笑みと共に、剣を構えて歩み寄る。

 この場合、ランスにとって唯一懸念するべきは魔物将軍ごと中のものを殺してしまう事だった。だから細心の注意を払って()()()入室して丁寧に殺そうとしている。ランスの僅かな配慮によって、歩み寄って斬り殺されるまでに少しの時間的猶予が与えられたのだ。

 初めて魔物側に許された手番(ターン)の中で、彼等が取った行動とは――――

 

「「「「お待ちしておりましたあ! 魔王様ぁ!!」」」」

 

 魔物将軍だけではなく、その天幕にいる魔物が残らず土下座した。

 

「……………………は?」

 

 

 

 少し話が変わるが、新魔王軍の話になる。

 RA1年、魔王ランスは翔竜山でアメージング城の建設を始め、世界に対し新魔王軍を宣言した。当時の戦力は魔王ランスとランス直下の魔人と使徒達、魔物は大元帥学者とマエリータ隊を軸とした数百の魔物で構成されていた。

 新魔王軍はこのメンバーを中核として少しずつ人数を増していき、総勢は数千人程となる。

 カミーラの侵攻や鬼畜王戦争等で砦を作るようになったし、またランス本人のアメージング城の構想が余りに巨大なため、多数の労働力(どれい)が必要だった。だからある程度士官希望の魔物を受け入れていた。

 彼等数千の魔物達は主に建築の労働力だったり、翔竜山の警邏だったり砦の防衛だったりと労働基準法皆無で24時間365日働かされている。実態を開ければ鬼畜極まりないが、それでもまあ志願する者は一定数いた。

 そんな新参の新魔王軍志願者達には、主に三つの志望動機に分かれた。

 一つ目は、新魔王軍という肩書きに憧れた者。

 魔王は魔物の主だ。直参ともなれば格が違うし周囲の魔物からの尊敬も違う。少数精鋭の魔王軍に所属しているという名誉は、魔物兵達を次々と翔竜山に登らせた。

 二つ目は、魔王の力に憧れた者。

 新魔王軍の元で働いて目に止まれば使徒にして貰えるかもしれない。あるいは魔人にしてくれるかもしれない。魔物界は力が絶対正義の世界だ。力への渇望は誰もが強い。最強の力を持つ魔王のおこぼれを望む者が多いのは当然だった。

 そして三つ目、これは滅多に無い事だが一応いる。

 

 魔王ではなく、ランス本人に何故か心酔してしまった者達だ。

 

「いつの日か会える、いつの日か会えると待っておりました……今、ここで魔王様と会えて感無量でございます……! うっ……うぉぉ……!」

「洞窟で魔王様と似た風体の報告があり、もしかしたらと動いてみました。ああ、やはり時が来たのですね……!」

 

 二体の魔物将軍が漢泣きに泣いていた。

 このライトハンドとレフトハンドという魔物将軍は、強さは他の魔物将軍と大して変わらないがことランスへの忠誠心に限っては誰よりも強い。

 彼等の陶酔っぷりは筋金入りだ。初めてランス城で出会うなり「歴代最強、魔王になるべくして生まれたお方」と言い放ち、以降どれだけ雑に扱われようがランスを全く疑わない。

 新魔王軍の宣言を聞くや否や即志願したこの二人は、嬉しそうに重労働を幾らでもやり、魔王にとってはそこそこ便利な存在として居着くことになる。

 ランス教信者の奇人将軍。彼等が影で囁かれたのはそんな仇名だった。ランスにとって便利扱い出来て楽なので出世もしていたし、同士をまとめて魔物の間では一定の勢力を誇っていた。

 だが、そんな彼等が魔王軍に所属していたのはRA9年までだった。

 

「ネルアポロンめの策略ではないかと何度も疑いました……そんな弱い自分を叱咤して今の兵力を確保できたのも、一重に魔王様の御力でしょう!」

「お、おう。そうだな」

 

 彼等がこんな僻地まで左遷させられたのは、一つの命令違反がある。

 鬼畜王戦争時、当時魔軍指揮副官だった彼等は魔軍指揮官ネルアポロンによって「魔王の子、及びその親の抹殺」を命じられた。だが彼等は「魔王様がそのようなことを望むわけがない!」と頑として従わず、命令を無視した。

 そしてそれが、ネルアポロンの不興を買った。

 彼等ランス狂信者は新魔王軍の統制、さらには真の魔王となるランスには邪魔でしかない。殺すことも考えられたがシルキィ等が庇う為、やむなくネルアポロンは左遷という形にした。

 命令の内容はこうだ。

 

【ヘルマン東北部の山岳地帯に身を潜めよ。そして周囲の魔物をまとめ、魔王様の別命あるまでに魔軍を編成し、待機せよ。決して露呈する事ないように努めること。期限は無期限とする。これは魔王様の命令である】

 

 つまるところ「世界の端で腐って死ね」という命令であった。

 ネルアポロンはランス狂信者とみられる魔物全てにこの命令を伝達し、ライトハンド達を指揮官として送り出した。

 そこからの彼等の苦労は想像を絶する。当時は数百しかいなかった秘密部隊だ。そこから四万強の兵力になるまでに、様々な苦悩があった。

 バレないように努めるのも骨だし、魔物をまとめるのも苦労する。東ヘルマンの魔物虐殺の流れを受けて、こっそり魔物達を保護する作戦も難しかった。なによりも辛かったのは兵力として統制を取れても待機しか出来なかった事だ。数万の兵を食わせる苦労には、並々ならぬものがあった。

 

「食料が厳しい時は皆にわかって貰う為に率先して自分の分を切り詰めました。何よりも、苦しい日々について来てくれた部下達の頑張りも、やはり皆の心に魔王様があったからです!」

「うっ……うぅ……」「やったなぁ……俺達、やれたんだ……!」「嗚呼、魔王様……!」

「な、なんだこれ……なんでこんな空気になってんの……」

 

 魔物将軍の苦労話に感化されたか、周囲の魔物隊長まで嗚咽を漏らしている。後から連れて来られた魔王の子達にとってはいたたまれない空間だった。

 逆に玉座に座ってふんぞり返ったランスにとっては、この上なく鼻高々な状況である。

 

「まあこういうことだ。俺様はこの時のために、ずっと前から準備を進めていたのだ」

「絶対嘘だろぉ!? さっき倒してくるって言ってたじゃん! これまでの戦闘はなんだったんだよ!」

「ふっ……凡庸な奴はそう判断するだろうな。敵を騙すならまず味方からと言うではないか。聡明英知にして深謀遠慮に富んだ俺様を推し図るなど、貴様等では不可能に決まっている」

 

 魔王の服(ビスケッタが何故か魔法ハウスに入れていたレプリカ)を着込み、ランスは笑う。

 レフトハンド達の軍隊は即座に魔王ランスの傘下に組み込まれた。玉座に座る男が本物の魔王であるため、まさしく正真正銘の魔王軍そのものであった。

 

「……東ヘルマンの発生から、この盗賊騒ぎまで全部予定通りの事だったの?」

「そうだ。全てわかっていた」

「東ヘルマンは反乱騒ぎの対応がマズかった背景があるし、自由都市で成功する可能性も高かった。人が集まったのはただ単に東ヘルマンが先に成功したからってだけよ。それにこの盗賊騒ぎから馬鹿げたハーレムまで、何も考えてないようにしか見えなかったんだけど」

「あくまで認めないって顔だな」

 

 半信半疑どころか、一信九疑な感じをありありと出しているミックス。頑固な娘だと思い、ランスは鼻を鳴らす。

 

「ふん、それならば他人に聞いてみればいいだろう。おいシィル、俺様はそういう事が出来るって知っているだろ」

 

 玉座の傍で正座していたシィルは、背筋を伸ばして振り向いた。

 

「ひゃっ!? 私ですか!?」

「当たり前だ。こいつらは俺様の偉業を全然見ていない。お前ならわかるはずだろう?」

 

 ランスの眼は、ギラギラとした獰猛なものだった。ギザ歯も少し見えており、一つの答え以外を期待していないものだ。

 

「あ……う、はい。ランス様は、私達が想像したこともないような作戦を、何度も成功させてきました……」

「がははははは! そういうことだ!」

 

 ランスはシィルのほわほわ頭を何度も叩き、上機嫌に立ち上がる。

 

「この機会だ、ガキ共には俺様の偉大さを噛みしめさせてやろう。偉大なるお父様を持つ事にむせび泣き、感謝するがいい!」

 

 ランスは鷹揚に天幕を見渡すと、頭を垂れた指揮官達に向けて声を張り上げる。

 

「ザコ共ご苦労だった。計算通りとは言え良くここまで耐えた。では次の命令を伝えるぞ」

 

 それだけで、魔物兵達が一気に引き締まる。五年もの時を耐えた彼等にとっては一日千秋の思いで待っていた日がここにある。どれもが引き絞った弓のような表情で主の言葉を待っていた。

 

「俺は敵を抱えている。悪の国家東ヘルマンと勇者バーバラだ。東ヘルマンは恐ろしい悪事を企み世界を破滅に導かんとしている。世界は俺様のものである以上、東ヘルマンは不届きな簒奪者だ。よって滅ぼす。貴様等はその為の兵士だったのだ」

(今一気に冒険の目的が変わったぞオイ!)

 

 長田は突っ込みたくてたまらなかったが、流石にこの状況で口を開く勇気はなかった。

 

「明日にも勇者と東ヘルマンの兵三万がこちらまで攻めて来る。奴等はまさかここに四万も魔物兵がいるとは思わんだろうなあ。後は地形を利用して包囲殲滅してやればいい。ここまで来ればお前等でも楽勝だろう。だから最後にもう一つだけ褒美をつけてやる」

 

 ランスは一拍息を吸うと、大声で叫んだ。

 

「俺様の前へ勇者を連れて来い! やれた奴には大将軍の地位をくれてやろう!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」

 

 天幕の中は、興奮の坩堝と化した。

 どよめきと歓声、さらに魔物達によるシュプヒレコールまで巻き起こる。

 

「「「「魔王様万歳!! 魔王様万歳!! 魔王様万歳!!」」」」

「がはははははははははは!! がーっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」

 

 どこまでも止まらぬ魔王を讃える声が響き、それに負けぬぐらいの馬鹿笑いがある。

 魔軍の士気は、かつて歴史上誰も見た事がないぐらい高かった。

 

「くすくすくす……くすくすくす……」

 

 その歓呼の姿、全員の視線がランスに注がれる中で、エールは端に座って静かに笑っていた。あんまり長く笑っていたがために、気づいた長田がエールの傍に寄った。

 

「おい、エール。何笑ってんだよー」

「いや、だってこれ……面白くない!? どんどん派手になってるよ!」

「面白くねえよ! このままだと大戦争じゃねえか! 俺は戦争キライなんだよー!」

「くすくすくす……長田君はほんと怖がりだなぁ……」

 

 そう言うと、また遠い目をして中心で笑うランスを眺め、静かに笑う。

 長田は不思議な気分に陥った。エールは基本的に目立ちたがりな娘だ。何もかも自分が主役でありたくて、自分をリーダーとして行動したがる。

 だが、今回は別だ。一人の観客としてじっくり見ていたいというか、そんな静かさがあった。

 

「くすくすくす……面白い、面白いなぁ。次はどうなるのかな……ふふふっ……」

 

 面白かった。

 最初はハーレムを探す冒険だった。これがハーレムを作る冒険になり、盗賊王になり、都市を落とし、魔王軍と東ヘルマンの大戦争になろうとしている。次がどうなるかなんて全くわからない。

 未知への期待と予測出来ないランスの行動に、好奇心を刺激されて胸の鼓動が速くなっている。

 エールはランスとの冒険を楽しんでいた。

 

 

 

 この後、魔軍は動き出す。

 伏兵としての布陣を整えるための準備は夜通し行われ、日頃の調練の甲斐もあって東ヘルマンを騙し切った。彼等は囮として用意された盗賊に夢中になり、包囲されるまでの時間を与えたのだ。

 そして、バーバラの精兵三万に対しランスが魔軍四万で返すという完璧な形が完成する。

 当初は包囲即殲滅が原案だったが、ミックスが大暴れしてシィルが取り成し、30分の降伏勧告を与える事になった。

 

 

 さて、ここで手番(ターン)は変わった。主導権は現在の勇者に移り、30分の猶予が与えられている。

 はたして勇者は次に何をするだろうか?

 三万の命はどう使われるか。魔軍を如何に打倒するか。魔王の子は、何よりバーバラ自身はどうなるのか。

 全てを決めるのは、ポンコツ勇者次第である。

 




 魔物将軍 ライトハンド レフトハンド(ハンド兄弟)
 新魔王軍所属兵、東ヘルマンとの戦争で魔軍を指揮する現場指揮官。
 「流石は魔王様!」が口癖。ランス教信者でランス狂信者。魔王より断然ランスが好きで正気を失ったランスの時は結構苦しんでいる。
 でもランスの記憶の中にはほとんど残っていない。哀れ。
 趣味は兄弟との盤上遊戯。

 男ってサイテー
 エールちゃんの話術フェイズ攻撃技。基本的に攻めは強く、守りはクソ弱い世の中舐めガール。散々悪戯する癖に自分が正しそうなタイミングでは正論ぶちまける。メスガキ度高し。
 いーけないんだー、いけないんだー。


※援軍が入りました
+40000人

 四十万はサラッと嘘。
 偶然都合良く、何故か欲しいものが転がり込んでくる男、それがランス。


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盗賊団のアジト ③決定者は

「いつまでボーっとしているんですか。ポンコツ勇者」

 

 コーラの声を聞き、バーバラは頭をゆっくりと上げた。

 先程まで頭を抱えて唸っていたが、やはり何も状況は変わっていない。目の前に広がるのは魔軍による包囲。空も含めて制圧され、素人にもわかる詰みと言えるような状態だ。

 

「現実逃避をしていても時間はどんどん過ぎていますよ。相手は30分って言ってましたよね」

「わ、わかってるわよぉ……」

 

 そう返しはしたが、何をするべきかが決められない。

 ディフェンダー部隊はバーバラの指示によって動く。逆に言えば、指示を出さなければ動かない。今のままではでくの棒だ。

 制限時間を過ぎたら魔軍は攻めて来るだろう。時間切れという形で戦闘が始まるのは最も悲惨な未来になる。動かなければならないと理解はしていた。

 しかしそこから先となるとバーバラは躊躇してしまう。助けを求めるように、もう一人の従者に声をかける。

 

「えー、ううん……アキラ、どこか包囲の薄い方向とかある?」

「兵の報告を聞く限りでは穴がありません。地形を考えれば、あるとしたら正面ですね。山に布陣出来る絶対数には限りがあります」

「いやそれランスに突っ込むって選択じゃない……なんかいいニュースとかないの?」

「洞窟の盗賊は続々捕縛されて、もう制圧が終わるそうですよ」

「うう~~~~~そんなの全然朗報じゃない……」

 

 せわしなく視線を動かしつつ、さらに幾つかの質問をアキラに投げかける。アキラは淀みなく答えるが、どれもバーバラが期待するような答えではなかった。

 というのも、アキラは情報を伝えはするが自分の意見を挟まないのだ。バーバラに理解出来るように魔法で地形図を展開したりと補助の手間は惜しまないが、意見の具申がない。

 今欲しいのは情報ではなく、この窮地から脱出する方法だ。

 

「飛行魔法兵の数は多くありませんが、軍事行動を起こせば即座に察知されるように配置されています。戦力としては驚異ではなくても……」

「……もういい! 私が聞きたいのはそんなことじゃないの!」

 

 だから、痺れを切らしてアキラの説明を遮った。

 

「おや、では何をお望みでしょうか」

「色々難しいことを言ってるけど、私は本格的な戦争なんてわかんないのよ! だから何を言われても役に立つわけないでしょ!」

 

 駆け出し冒険者のバーバラにとって、この状況は明らかに自分が出来る範疇を超えている。戦争になるならば、経験豊富なアキラに任せた方が絶対にいいと考えてしまう。

 

「もう時間がないし単刀直入に言うわ。アキラ、あなたが全部決めて!」

 

 いつものバーバラの悪癖、困った時は従者に任せろが発動した。

 従者が増えた分、このところ使用頻度は激しい。愚痴を垂れるコーラと違ってアキラは喜んで雑務をやるせいで、今ではすっかり依存しきっている。

 

「主様……申し訳ありませんが、それは出来ません」

 

 しかし、そのアキラが首を横に振った。初めての明確な抗命であった。

 

「えっ……」

「それでは僕の役割を越えてしまいます」

「大神官で元帥でしょ!? 東ヘルマンであなたより偉い人なんてこの中にはいないわよ!」

「いえ、それ以前に主様の従者です。だからやれません」

「だったらなおのこと私の命令よ! やれって言ってるんだからやってよ!」

 

 言葉を重ねようが、アキラは動かない。

 

「ああもうっ……じゃあコーラ! あんただって私よりはわかるでしょ!」

「おや、自分がポンコツなのを認める気ですか」

「バカでもポンコツでもなんでもいいから動きなさい! ううう、なんで二人ともそんなに落ちついてるのー!?」

 

 アキラは終始穏やかで、コーラはどこか今の状況を愉しむようにニヤニヤと笑っている。時間に押し潰されてパニック気味なバーバラと違って、どこか物見遊山に来たような振る舞いだった。

 無様な姿を晒す主に、コーラはやれやれと肩を竦め、

 

「わかってませんねー。勇者の従者が勇者より目立ってどうするんですか」

「目立つとかどうとか、そんなのどうでもいいでしょ! 従者が仕事放棄ってどういうこと!?」

「いえ、重要です。それに今のバーバラの指示は命令じゃなく、ただの懇願ですよ。この状況をどうにかしてくださいってね」

「……っ」

 

 言葉に詰まった勇者を見て、コーラは笑みを深めた。

 

「勇者の従者ってのはね、あくまでサポートなんですよ。勇者のやりたい事を実現に近づける為のお手伝い。なのにポンコツは何をしたいかすら提示しない。それでは動けません」

「リーザスの時は色々やってくれたじゃない! 愚痴を言いながらも、私の思いつかない部分までカバーしてくれた!」

「その時は『ザンスを倒す。やるだけやって駄目なら逃げる』という一つの目標を出していたじゃないですか。今はその目標すら丸投げしている。逃げるか戦うか、もっと別の方法を取るのか……何らかの方針を出してください。それからなら、まあ手伝ってあげてもいいですよ」

「いや、でも……戦争とか全くわかんないし……」

「関係ないですね。重要なのは()()()()()()()()()()です。ポンコツな頭でも、これだけ時間を貰ったら選択肢ぐらいは頭の中にあるでしょう?」

「多少はあるけど、でも、ううん……」

 

 バーバラは苦しげに呻きを漏らす。

 確かに、ある。細かい方法論は一切無いが、それぐらいは錆びついた頭でも辿り着いている。

 つまるところ、戦って勝利を目指すか、逃亡して仕切り直しか、交渉に応じるかだ。そこからの展開は色々あるが、結局最初は三択を選ぶしかない。

 

「それを言っちゃえばいいんですよ。そしたら私もアキラも動きます」

「でも、それって……間違ってるかもしれないし……」

「主様の選択に間違いなど有り得ませんとも。どうか恐れずにご決断下さい」

「ぐっ……うぅ……」

 

 アキラの声色はいつもと変わらず優しかった。だからこそ、その信頼がバーバラを追い詰める。

 視線はせわしなく動き続け、忙しく動き回るヘルマン兵達に注がれている。髪の毛を撫でたり、意味のない呻きを漏らすばかりで次の言葉を発せない。

 何かに怯えるような勇者を眺めて、コーラは溜息を吐いた。

 

「はぁ……はっきり言っちゃいましょうか。命令して自分の責任になるのが怖いんですよね?」

「――――っ!」

「処女を奪われたから許せないって息巻いてたけど、自分だけでは無理だ。だから勝つ為に他の人間の力を借りて、多くの人を巻き込んだ。でも負けそうだから自分のやらかした事に後悔していると、そんなところですか」

 

 違うと言おうとしても次の言葉が出てこない。

 つまるところ、バーバラが指示を出せないのは既に失敗としか思えない状況に尽きる。

 戦って勝てても、逃げられても数千の命が失われれば意味がない。自分の復讐の代償としては重すぎる。

 犠牲が嫌なら降伏という考えも浮かんでしまうのだが、今度は我が身可愛さから言い出せない。

 バーバラは、詰んでいた。だから他に助けを求めるしかない。

 

「ぐ、ぐぅっ……将軍や指揮官に意見を求めて、多数決とかはどう!?」

「それだけはお勧めしません。彼等自身の意思ではなく、東ヘルマン兵という立場と教育から特攻や死守を選ぶことになります。何よりも、主様の意見が無くなってしまうのが問題です」

「あーもう、あんた達はよっぽど私に決めさせたいのね!?」

「ええ、それしか興味がありません。ちなみに時間切れもいいと思いますよ。良いことがあるかもしれませんし」

「冗談言わないでよ、なんでこんな……!」

 

 頭を掻いて、バーバラは苦悩する。

 

「主様、どうぞなんなりとお申し付けください」

「ポンコツ勇者、いつもの威勢はどうしたんですか?」

 

 自分より優秀な従者に突き上げを喰らい、万の命がかかった決断を迫られている。時間は限られていて、こうしている間にもやれることは少なくなる。

 決めなければならない。今ここで決められるのは、自分しかいないのだから。

 

「わ、私、私は…………」

「たっだいまー! うわー、凄いことになってるね!」

「ひゃあっ!?」

 

 ぱたぱたとメリモが戻って来た。洞窟の奥から姿を出すと、バーバラの元へ駆け寄っていく。

 

「バーバラちゃん、今どういう状況なの?」

「えっと、四十万の兵で囲んでいるから30分以内に女を寄越せって、私を連れてこいって……」

「うわぁ……お父さん、相変わらず滅茶苦茶だなぁ……」

 

 気まずそうに苦笑いするメリモ。慌ただしく動く兵士の姿や、まだ戦闘が起きてないこととかを確認し、バーバラに向き直る。

 

「バーバラちゃん、戦いを止めたいんだけど手伝ってくれる?」

「……っへ?」

「私がお父さんになんとか言ってやめさせれば、今ならまだ誰も傷つかないで済むかもしれない。ううん、きっと出来る」

「で、でもそれって私差し出されるんじゃ……!?」

「うーん、そこはお父さん中々譲らなさそうだよねえ。でも何とか、バーバラちゃんにとっても悪くない展開にしてみるよ」

「…………」

「私に任せてくれないかな?」

 

 そう言って、メリモは柔らかい笑みを浮かべた。

 バーバラはメリモの在り方に驚いた。ここは数万の命が吹き飛ぶ戦場一歩手前の状態だ。包囲された兵士の怒声や緊張は並々ならぬもので、普通は飲まれてしまう。緊張と恐怖で支配されてもおかしくないのに、メリモは気にした様子がない。

 戦場に全く似つかわしくない空気を纏うのが、むしろ物凄く頼もしく見えた。

 

「……ねえコーラ。私が誰かの意見に丸乗りしたとして、あなたはそれに従うんだよね。勇者の決定にもなるんだから協力するよね」

「そりゃ、そうですがね」

「なら決めた。メリモちゃんに任せる。その方が絶対にいい」

 

 バーバラはメリモの手を取って、頭を下げた。

 

「お願い。どうなっても恨まないから、なんとか丸く納めて。大変だと思うけど……」

 

 メリモはにっこりと笑って、バーバラを抱き寄せる。

 

「大丈夫、大丈夫。私は外交官だからこーゆーのは慣れてるの。気にしないで」

 

 ぽんぽんとバーバラの肩を叩くと、後ろからついて来た志津香達へと振り向いた。

 

「で、結局具体的にどうするつもりなの?」

「交渉するならまずは簡単に説明した方がいいと思う。ディフェンダーの指揮官さんに会って話を通そうかな。時間が無いから全部は無理かもしれないけど、一番偉い人だけは会っておきたいよ」

「丁度良く、ウズメと知り合いの人でござるよ。見た目は堅そうだけど、身内にはふにゃふにゃでござる」

「それなら内緒話が出来ればわかってくれそうだねー」

 

 他の魔王の子達も落ち着いている。会話がスムーズでいつもの調子とあまり変わっていない。

 陽気な会話の中でとんとん拍子に話が進み、様々なアイディアが出ている。全てメリモが意見を出しやすい下地を作っているからだ。

 

「……私が悩む必要なんて無かったじゃない」

「勇者は悩むのが仕事なんですけどね。他人に自分の力を委ねたら、その人の力になってしまう」

 

 コーラが不満を漏らす。人間達に使い走りにされる事が確定したのが気に入らないらしい。

 

「リセット・カラーはそりゃポンコツよりは出来た人ですが、あれは本質的に魔王の味方ですよ。いざとなったら数千の命の為にバーバラを売りますよ。それでいいんですか?」

「いいの。この方が絶対にいい」

 

 その姿と暖かさを見ていると、何も状況が変わってないのに景色が違って見える。どうして深刻に悩んでいたのかとすら思えてくる。

 

「バーバラちゃーん、一緒に説得しに行こー!」

「うん、私はここでは言いたい放題だからなんでも使って!」

 

 メリモ・カラーが戻って来て、魔王討伐隊はようやく動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 魔軍が布陣する山岳地帯、その頂上でランスがぼやいた。

 

「うーむ、もう攻撃した方が良い気がしてきたな」

「え、まだ20分ほどしか立っていませんよ!?」

「飽きた。ちんたら待っているなど、やはり俺の性に合わん」

 

 眼下にあるヘルマン軍を見るが、防御に備えるだけでやはり大きな動きはない。

 大してこちらは万全の魔軍が指揮できる。山から射撃を撃ち込むもよし。下からじわじわと攻め込むのも良し。どう料理しようかと、指揮官ならば胸が躍るような状況だった。

 そういえば、ランスはこれほどの規模の魔軍を指揮したことがない。いざ使えるとなると、一回ぐらいはやっておきたいと思ってしまうのも仕方のないことだった。

 

「でも、それをしますとミックスちゃんが……」

「っち、わかっとるわ」

 

 ランスは視界の端の方に縛って転がしておいたミックスを見やる。約束を破ったら絶対に許さないとばかりの、敵意に満ちた目で睨み返してきた。

 天上天下唯我独尊を地で行くランスだが、流石に自分の娘との関係性の破綻はどうにも面倒臭そうで、結局思い留まってしまう。

 ただ、それはそれとして無為に時間を浪費させる相手には腹が立つものだ。

 ランスは端のほうで跪く魔物将軍に指示を飛ばすことにした。

 

「……おい、そこのなんつったか」

「はっ、魔物将軍のライトハンドでございます!」

「うむ、ライトなんちゃらに命令を授ける。心して聞くように」

「ははぁっ!」

 

 都合何十度目かわからぬやり取りなのに、感激して頭を下げるライトハンド。

 

「俺は勇者に慈悲を与えたつもりだが、ちっとも返事がない。こりゃノロマかアホかのどっちかだ。ノロマは時間切れになるが、アホは教育してやる必要がある」

「とすると、どのような教育を与えればよろしいのでしょうか?」

「降伏に来た奴が美女以外だったら吹き飛ばせ」

 

 意地の悪い笑みを浮かべて、ランスは言葉を続ける。

 

「俺様が欲しいのは美女だけだ。あとは誰が死のうが構わん。なるだけ派手にやるんだな」

「では飛行魔物兵の信号弾絨毯爆撃というのは如何でしょうか。威力は高くありませんが、地上に生まれる花火という感じで遠くからも良く見えます」

「おお、じゃあそれで……いや、待て」

 

 許可を出そうとしたところで、ランスの頭の中に一つの疑念が生まれた。

 

「お前、美女の意味がわかってるか? 俺様の好みの女のことだからな。誤爆をしたら許さんぞ」

 

 魔物に人間の美醜がわかるかという問題だ。

 人間と魔物はあまりに体のつくりが違いすぎる。悪戯目的で自分のモノになるべき女を挽肉にされたら、たまったものではない。

 しかしそんな懸念は杞憂とばかりに、迷いの無い答えが返ってきた。

 

「魔王様の好みは14歳から29歳だと伺っております。例外として魔人の方々のような見た目が衰えない者もまた対象。熟女は好みではありませんが、気分次第で30、40代に手を出すこともある。ただし、老婆と言えるような肌の状態の者は対象ではない。以上のような規準でマージンを取って爆撃しますが、よろしいでしょうか?」

「…………お、おう。それでいいぞ」

 

 魔王狂信者のライトハンドは、当人が引くぐらいランスについて詳しかった。

 許可を出したら後は早い。魔物部隊の長所は連携が取りやすいのが長所であり、魔物将軍から魔物隊長、魔物隊長から配下の各員へと瞬く間に指示は広がっていく。

 編隊の飛行部隊は周囲を探索する軌道から、山を登る不届き者を爆撃する軌道に切り替わった。

「準備、完了致しました」

「花火、花火♪」

「後5分だ。さーて、どうなるか」

 

 準備完了の報を聞き、ランスとエールはある一点を眺めていた。まともに山を登るならばここしかないという山道だ。見晴らしも良く、双方の兵士が上と下で距離を取って睨み合っている地点である。

 時間切れならばこちらから魔物兵が駆け下りる事になる。視線を移したと同時、人の波に動きがあった。

 まず見えるのは白旗だった。人の波をかき分けて、白旗が前進してくる。

 

「お、降参か。本当のアホじゃなかったみたいだな」

「地上の花火見たいなー。美女じゃないといいなー」

 

 ただ、前に出ても、前に出てもその者の姿が見えない。背の高いヘルマン人達の陰に隠れて姿が確認できない。兵士の視線も下を向いている。

 そうして、遂に旗手が兵士の波を抜けて、山道に出た。

 

「………………は?」

 

 ランスは自分の目を疑った。

 白旗を持った旗手は、赤子とそう変わらぬ矮躯、青い髪と瞳、さらには額のクリスタル。

 

「……お姉ちゃん?」

 

 魔王の子達の長女、リセット・カラーそのものであった。

 小さい体を懸命に動かして旗をなんとか支え、山道を登っていく。

 見た目には良く運べるなと信じられない構図だったが、そこは魔王の子。自分の身の丈の5倍以上はある旗を振りながら上へと走って登る。

 

「いや、なんで、なんでリセットがいるんだ……?」

 

 あまりの事に、自分の娘が敵地にいる事実に、暫しランスは呆けていた。

 だから、反応が遅れた。

 

「一斉攻撃開始!! 放て!」

「ばっ……!」

 

 傍らの魔物将軍が指示を飛ばし、それと共に飛行魔物兵が急降下。あっという間にリセットとの距離が縮まっていく。

 

「降参でーす! 交渉しましょ-う! え……?」

「「喰らえっ!!」」

「――――!」

 

 多数の飛行魔物兵による魔軍信号弾が、リセットのいる地を襲った。

 閃光が次々と瞬き、世界を白く染める。

 後に大爆発、煙が周囲を包んですぐに何も見えなくなってしまった。

 

「第二次攻撃用意! 次はもっと派手なのになりますぞ!」

 

「やめろぉ! 全軍攻撃停----止! 今すぐだ!」

 

「お、お姉ちゃーーーーーーーーーーん!!!」

 

「ええっ!?」

 

 鬼気迫る表情で、ランスは魔物将軍に食って掛かった。

 

「どういうことだ貴様! 何故攻撃した!」

「今のは赤子当然なので、魔王様のお相手は務まらないと判断し攻撃致しました。何かマズかったでしょうか?」

「貴様の目は節穴か! あれは絶対、絶ーーーーっ対とびっきりの美女になるんだぞ! どうしてそれが判断出来ない!」

「あ、あああああああああ……! 私が間違っておりました!」

 

 ランスの剣幕を見て、魔物将軍は自身の過ちを悟って土下座した。

 

「も、申し訳ございませんでしたあ! 我々魔物では人間の美醜感覚がまだ少し疎かったかもしれません! これから魔王様の好みは90cmぐらいの幼女も含まれると皆に良く言い聞かせます!」

「そういう事ではないわぁ!」

「ぶごっ!」

 

 ランスは魔物将軍を踏みつぶして黙らせる。

 びくびくと魔物将軍が痙攣しているが、そんな事はどうでもいい。愛娘が魔軍の集中砲火を受けた方がよっぽど一大事だ。

 

「とにかく、まずリセットだ! どうなった!?」

「わかんない!」

 

 閃光の直前、危険を察知してリセットも飛んでいた。ただ軌道を追おうとしても近くで輝く光量が圧倒的過ぎて何も見えなくなってしまった。

 

「とにかく、リセットが無事かどうか確かめるぞ! その後……!?」

 

 そう指示を出そうとした時、ランスは『何か』が来ると勘で感じ取った。上方を見上げると、物凄い勢いで廻る高速飛翔物体が来ている。

 

「うおおっ…………!?」

 

 身体全体で柔らかく受け止める。威力を殺す為に自分も飛んで物体に合わせる。威力があるために崖の後ろに飛び降りるが関係ない。岩壁を蹴り上げて後ろへと進む。

 何度も跳び退り、じっくりと勢いを殺してからランスは止まった。

 

「あう、あうあう…………」

 

 ランスの腕の中には、目を回したリセットがいた。

 服に埃が付着したり、音と光を至近距離で受けたせいで混乱(スタン)しているみたいだが、五体満足でロクな怪我をしていない。爆発時の威力を考えたらどれほどの幸運があればこうなるのかというぐらいの奇跡的な状態だった。

 

「ふぃー……危なかった。肝を冷やしたぞ」

 

 ぎゅっと腕の中の命を抱え、ランスは嘆息する。エールもすぐに気が付いたらしく、駆け寄ってきた。

 

「ランス、お姉ちゃん大丈夫だった!?」

「気絶しとるが、まあ多分無事だ。とりあえずミックスに診て貰うか」

「あ、今ので怒られるし、面倒臭いことになりそうな気がするけど……」

「構わん構わん。一旦戦争もやめだ。興が削がれたわ」

 

 リセットは東ヘルマン側についていた。起きる前に潰したら後で何を言われるかわからない。そんな考えすらランスの頭の片隅にあった。普段の鬼畜戦士に比べたらよわよわである。

 

「しかしこいつもまあ、こんな状況で良く寝れるな……」

 

 気絶のついでの走馬燈か、リセットは夢をみているらしい。何の夢かわからないが、幸せそうだ。だらしなく顔は緩んでいて、安心しきって力が抜けている。

 

「おとーさん、えへへ…………」

「……………………」

 

 後ろのエールにわからないように、ちょっとだけぎゅっとして。

 ランスは慎重に山を登り始めた。




 リセット・カラーの幸運。
 本二次創作最弱だが基本的に傷つかない。避けるし当たらないしまともに直撃しない。
 ただし行動不能になる。攻撃面での本人の幸運補正は働かず、防御極振り。
 エールのズルもあり、勇者特性めいている。まあ無敵ではないが……
 命にかかわりそうな攻撃喰らう代わりに気絶する感じ




 
 難産。
 次はもうちょいペース上げます……
 感想は明日にする感じで行きます。すいません。


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盗賊団のアジト ④交渉

身内とそれ以外で態度違いすぎぃ!


 リセット・カラーが魔王の元に送られたことによって、制限時間というものはひとまず消滅した。最初は交渉者が爆撃された動揺もあったが、すぐに本人が復活して無事を伝え、事なきを得た。

 山を挟んで緊張した状況ではあるが、即戦闘になるという状況は避けられている。魔王討伐隊の行く末は、彼女達の交渉に託された。

 では、その鍵を握るリセットが今どうしてるかというと――

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん……えへへへぇ……」

「え、エールちゃん? そろそろ放してくれると嬉しいなーって」

「だーめ♪ まだ治ってないんだからじっとしててー」

「うぅ、ちょっと恥ずかしいかも……お姉ちゃんなのに……」

 

 天幕内に運ばれたリセットは、エールに凄い勢いでじゃれつかれていた。

 リセットはエールの膝の上に乗せられており、両腕がお腹のあたりに回されている。治療と称して匂いを嗅いだり頬ずりされたり、やられ放題であった。

 

「はぁぁ~……生きてるって感じがするぅ……お姉ちゃん成分が補充されていくよぉ……」

「駄目だコイツ、人の言葉を失ってやがる。なんか変な感じにコッポスしてるし……」

 

 エールがノリノリだとapのコッポスが起きるのはいつもの事だが、今日はとりたてて酷かった。久しぶりに姉に会えた嬉しさからか、白い光の放出が止まらない。

 中には形作られてエールに尻尾があるかのようにまとまり、上機嫌に右へ左へと振られている。背中に生えている羽根もあって、半ばくじらのコスプレのように見えてしまう。

 事情を知ってるミックスだけは生きた心地がしなかったが、リセットがいるだけで前回の冒険の時のように、とても和やかだった。

 

「もー、エールちゃんったらー……えいえいっ」

「ほぉへへ……おねえちゃん、おねえちゃん……幸せぇ……」

 

 エールの頬をぐにぐにと引っ張る長女を眺めて、ランスが呆れたように口を挟む。

 

「……このままじゃ話がちっとも進まん。遊ぶのは後にしろ」

「やだやだ、お姉ちゃん成分が満タンになるまでやるのー!」

「も、もう、エールちゃん。私は外交官さんとして交渉に来たんだよ。久しぶりに会えて私も嬉しいけど、そういうのはお仕事が終わってからにしようね」

「しょぼーん、お姉ちゃんがそう言うなら……」

 

 同じことを言われただけだが、言った相手で態度が違った。名残惜しくもリセットの頭を撫でて、エールは天幕から出て行く。

 

「それじゃ、始めよっか!」

「なんだかな……」

 

 この会談は魔王と勇者の行く末を決める重要な会談だ。まったりとした雰囲気の中でやるべきではない。なのに魔王の子が相手だと、ちっとも空気が締まらなかった。

 それでも気を取り直して、ランスは娘に問いかける。

 

「色々聞きたいことがあるぞ。まずは何故ここに来た? それも東ヘルマンに味方しているとは、どういうことだ」

「ウズメちゃんからお父さんが都市を落としたって聞いたの。それでエールちゃんが心配だから密入国しました。そしたら成り行きでバーバラちゃんと仲良くなって、一緒に魔王退治に行こうってなっちゃいました」

 

 てへぺろと、舌を出して視線を逸らすリセット。軽い調子で言っているが、反ランスが国是の国で敵の大将と会いに行くとは、自殺紛いとしか言いようがない。

 

「…………パステルの奴、もう少しおしとやかに育てられなかったのか」

「ぷぅ、お父さんが言える口じゃないよ。私だってお父さんが暴れなかったら行かなかったもん」「俺はいいんだ。それに今回はやらなければならない事があったしな」

「都市を落としたり、色々やっちゃいけない事やってるんですけどー……」

「全ては悪の国家東ヘルマンに鉄槌を下すためだ。反ランスなんて不愉快な国、俺様が叩き潰してくれるわ! がははは!」

 

 大悪事を働いているのに、全く悪びれない。むしろ開き直って笑い出す始末だ。そんな悪い父親をリセットはじーっと睨み、一言。

 

「……ただエールちゃん達に、かっこいいところ見せたいだけなんでしょ」

「む、違う。違うぞ」

「もう、そんなことせずに普通に冒険するだけでも良かったと思うんだけどなあ」

「ぐぬぬぬ……ええい、次だ次」

 

 戦況の悪化を悟ったランスは話を逸らした。狙いは後から来た幼女、志津香とナギだ。

 

「次にお前らはどうした! せっかく長い時間をかけたのに、また小さくなりおって!」

「色々あったのよ」

「それだけか!?」

「あんたにはそれで十分よ。いつか解けるんじゃない」

 

 何かを言いたげなナギに視線を送る以外、志津香は平然としていた。

 実際のところ、幼女化の魔道具はその気になれば一日で解除可能だ。効果時間が切れるのを待てば勝手に解ける。さりとて自衛措置のタネを正直に話すわけがなかった。

 一方ランスにとっては一大事らしく、実に深刻そうに頭を抱える。

 

「何ということだ……やっと抱けるようになったのに、またお預けか!」

「はぁ……どうせそんなとこだろうと思ったわ。ホンット、最低ね」

「お前は俺の苦労を知らんからそう言えるのだ! ここ数週間、どいつもこいつも弱すぎてまともにセックス出来る女がいないんだぞ!」

「地面を恋人にしたらいいんじゃない?」

 

 志津香は軽蔑という表情をありありと浮かべて、吐き捨てるように言った。

 子供達の前で性欲目当てで唸る男は無様極まりない。今も呟くのは女のことばかりだ。

 

「くそ、志津香やナギならと思ったのに、セックス出来んとは……そうだ、バーバラだ! 勇者の奴が来ていないではないか。あいつはどうした!?」

 

 交渉の段階に進んだ後、ランスは魔王の子達とバーバラに来るように伝えていた。しかし勇者の姿はここにはない。

 周囲を見回すランスに対して、リセットがおずおずと口を開く。

 

「……あのね、お父さん。バーバラちゃんは、見逃してくれないかな?」

「はあ?」

「あの子、とってもいい子だよ。虐めたら可哀想だよ」

「断る。あいつには俺様を舐めた罰を喰らわせる。それはもうたっぷりとだな、ぐふふ……」

 

 ランスの下品なニヤケ顔は、リセットをして説得が不可能と悟るものだった。

 今のようなエロい表情をしている時のランスは最も頑固だ。エロに関して、この男は意見を変えたことがない。バーバラの処遇に関しては、どうにも説得が難しそうだった。

 

「主犯がいなくて話が出来るか。とっととバーバラを連れて来い」

 

 ランスの言葉に対し、リセットは目を泳がせる。

 

「う、うーん……バーバラちゃんはね、お父さんをあまり信用してないんだよね。私が来たら約束すら結べないって言ってた。だから私が来たの、私相手なら嘘はつけないだろうって」

「生意気な奴め、罰はちょっとハードにしてやるか」

「と、とにかく、私と話をしないとバーバラちゃんはこっちに来ません。先に兵士さん達の処遇を決めてからにしてね」

 

 ランスにとっては、いかにも面倒臭い話になってきた。

 そもそも東ヘルマンに戦争を仕掛けるというのも流れの中の思いつきだ。降伏後の兵士の処遇など雑事でしかない。真面目に戦争をする気がなかった。

 

(別にあいつら皆殺しにして、そこからバーバラを引っ張りだしてもいいんだがな……)

 

 いつものランスなら交渉などせずに、とっくにバーバラを手籠めにしていただろう。いや、ミックスが暴れるから避けていただけで、今でもその選択を取ることは出来るが――

 

「……ねえ、お父さん」

 

 気づくと、ランスのすぐ近くまでリセットが近寄っていた。

 

「あの人達を許してあげてくれないかな。反ランスって言ってるけど、お父さんはもう魔王じゃないんだし、話をすればわかってくれるよ」

「どうしてそんなに庇うんだ。エールから聞く限り、何度も襲撃があったんだろ」

「それでも、不幸な人を増やしたくないの」

 

 か細くも、確かな声でリセットは断言する。

 

「ディフェンダーさんの中にはウズメちゃんの友達もいるし、きっと悲しむよ。代わりに私はなんでも協力する。だから、だから……」

「……………………」

 

 見上げる青い瞳には、縋るような色があった。ほんのりと潤んでいて、答え次第では雫すら落ちそうだ。

 

「…………好きにしろ。あいつらが生きるか死ぬかはどうでもいいからな」

 

 ふいっと視線を逸らして、ランスはそう呟いた。

 

「わぁっ、ありがとうお父さん!」

 

 途端にリセットは太陽ような笑顔になり、ランスの手を両手で握る。

 嬉しくてたまらないというように、ぶんぶんと握手しながら腕を振る様は、場にいる全ての人間の頬を緩めるような姿だった。

 

「ただし、だ!」

「ひゃっ!?」

 

 ランスはずいっと頭をリセットに寄せて、睨みつける。厳格な父親として、舐められないように厳しい声を出す。

 

「その代わりに、お前は俺に絶対服従だ! 今回の冒険ではずっとついてこい! 命令違反は許さんぞ!」

「うん。いいよー」

 

 あっさりとリセットは同意する。なんという事でもないように、涼しい答えを返す。

 ランスにとっては釘を刺しにいったものだから不満な反応である。

 

「たーっぷり戦争やってやるからな! お前も戦うことになるんだぞ! 危ないぞー!」

「なんとか迷惑をかけないように、がんばるねー」

「ぐぬぬ……さらにお前が助けた奴等についてだが、お前がなんとかしろ! 邪魔なら殺すし、逆らったら殺す! さらに役立たずでも殺すぞ! どうだ困るだろー!?」

「あ、それはなんとかなるよ。これだけの魔軍を動かすと食料事情が厳しくなるから各村で供出をお願いすることになると思う。彼等にはそこで運搬役と、村や街の自衛をやって貰うの。戦うのは無理でも、一般の人に迷惑をかけないためって言ったら協力してくれるんじゃないかな」

「な、なんだと……!?」

「後は意見の食い違いで喧嘩になるかもしれないけど、ここは細かく分散して、あえて盗賊の人達と一緒に暮らすのはどうかな。盗賊さんに定期連絡をお願いすれば見張りにはなるし、一緒に暮らしていれば仲良くなれる人もいるかも」

 

 すらすらと頭になかったアイデアを次々と披露され、ランスは言葉を失う。

 昔の時から変わらぬ姿と、語る内容のあまりの違いに驚きを隠せない。

 

「それじゃ、こんな感じで進めていいかな?」

「ま、まあまあだな。精々キリキリ働いかせて俺様の役に立たせろ」

 

 結局、強面を維持しつつ適当に返事を返すことしかできなかった。事実上の全面容認である。

 ランスは数多の戦争を指揮したが、この手の実務関係では知識も経験も乏しい。他人に面倒な全てを任せていては、こうなるのも当然だった。

 

「じゃあ姉さん、あたしは怪我人いないか確認して来るから」

「いってらっしゃーい。ウズメちゃんによろしくね。じゃあ私は魔物将軍さんと話をしようかな」

 

 許可を貰ったら後は早い。ちょこまかとリセットは動き回り、色んな方面に依頼をしたり、または自分のやるべき事を貰ったりして降服後の和平という道を突き進んでいく。実にスムーズに話が進んでいて、ケチすらつけようがない。

 気づけばこの場の主導権は、完全にリセットに渡っていた。

 

「ぐ、ぐぬぅ……」

「リセットに完敗って感じだねー、にひひ」

「やかましいぞ、ナギ!」

 

 やる事としたら、弄りに来た幼女に雷を落とすぐらいだった。

 

(だがあいつの言う通りだ。くそ、このままではどう考えても負けた感じがする)

 

 この冒険のリーダーはランスだ。ところがリセットが来た途端、全ての権限を明け渡したような状態になってしまい、いかにも恰好が悪い。

 好き勝手に動くつもりの冒険が、このままではピクニックになりかねない。

 なんとか流れを変えようと、ランスは頭を回す。

 

「……そうだ、バーバラだ! リセット、勇者の奴を連れてこい!」

「うっ……」

 

 忙しく駆け回るリセットの動きが止まった。ぎこちない動きでランスの方へ向き直る。

 

「話は終わったんだ。とっとと勇者を連れてこい、他はどうでもいいがアイツは別だ」

「え、えーと、今はまだ色々とやることあるから、後でいいかな?」

「今すぐだ。真っ先にやれ」

「う、うぅ……」

 

 痛いところを突かれたようで、リセットは目を泳がせる。その反応から、ランスは凄く嫌な予感がした。

 

「まさか、とっくに逃がしたとか言うんじゃないんだろうな!?」

「そ、そんなことないよー! 実はすぐ近くにいるから、ちょーっと待っててねー!」

 

 リセットは天幕から逃げるように出て行った。

 

「……あいつ、まさか俺に嘘をついてるのか?」

 

 どう見ても嘘をついている反応だった。

 他の相手なら即座に追いかけて問い詰めるところだ。しかし相手がリセットだからこそ、信じたいという思いが勝り、ランスは律儀に待ってしまった。

 そして。

 

「無理無理……無……絶対死ぬ、死に……」

「背丈近い……大丈……」

 

 なんかドタバタが聞こえてきた。

 泣きそうな少女と、宥めようとするリセットの声だ。その声が少しづつ近くなっていく。

 

「お待たせー! バーバラちゃんを連れて来たよー!」

「ああっ……待ってくださいー! 心の準備がー!」

 

 そうして連れて来られたのは、涙目の少女だ。リセットは少女の手を握って、半ば強引に連れて来たようだった。

 

「バーバラちゃん、ちょーっとお父さんが怖くて変になってるけど、気にしないでねー。ささ、端の方座って座って!」

 

 ランスは呆れつつ、少女を指差した。

 

「………………おい、なんだこいつは」

「バーバラちゃんだよ?」

 

 リセットの視線は逸らしっぱなしだった。

 ランスはもう一度少女を見る。なるほど、確かに金髪だし、目の色も青系統だ。着ている装備も似ている。剣もまあ、ヘルマンソードなのはどこかで落としたとして目を瞑ろう。身長もそれほど変わらないし、美少女の部類には入る。

 それでもその少女は、とてもバーバラとは呼べるものではなかった。

 というか、オーロラだ。

 

「ふざけるな! こいつがバーバラであってたまるか!」

「ああっ、変装がバレた!?」

「変装というのもおこがましいわ! こんなのただのコスプレだ!」

「ぎゃーーーー! やっぱりダメですよー! やるんじゃなかったー!」

 

 ランスはオーロラに歩み寄ると、ぽいぽいと服を脱がしていく。

 

「ほーら見ろ、カラコンにカツラだ! これのどこがバーバラだ!」

「いーやー! 犯されるー! 助けてジーク様―!」

「お父さん、ストップ、ストーーップ!」

 

 ランスにしがみつくリセット、泣き喚くオーロラ、ぎゃあぎゃあとした諍いが続く。

 無理やり止めるにはリセットの背丈が全く足りない。だから少しでも邪魔をしようと腕に掴まり、足に掴まりと大忙しだ。ちょろちょろと動き回るリセットをランスは強引に振り解けず、痺れを切らして持ち上げた。

 

「どういうつもりだ、リセット!」

「うぅ……ごめんね、お父さん。私が全部やれって言ったの」

「お父様を騙そうとしたのか! なんという悪い娘だ!」

「バーバラちゃんには逃げて貰って、オーロラちゃんに影武者をやって貰いました。悪いのは私だけだから、その、おしおきは私だけに……」

「ふざけるなよ! バーバラの居場所を吐け!」

「わわわわわわわ! 無理無理無理、私も知らないもん!」

 

 縦にリセットを揺らすが、何も出てこない。ガックンガックン揺らす度にわたわたと表情を変え、それがどうしようもなく可愛らしい。

 

(ああくそ、しかもこいつ抱き心地いいぞ……! 違う、そうじゃない!)

 

 危うく娘の可愛らしさに思考が鈍りかけたが、ランスは何とか取り直す。

 一番重要なのは勇者が逃げたことだ。リセットが復活するまで待ったり、その後もペースを握られっぱなしで時間を浪費してしまった。

 どこまで逃げてるかはわからないが、追わなくてはならない。リセットの罰も報復もその後だ。

 

「くそっ、お前は後でおしおきだ! 耳を引っ張ったりするから、覚悟しておけ!」

「あっ、お、お父さん!?」

 

 ランスはリセットを降ろして、天幕から出て行った。

 一連の騒動を見ていた志津香は嘆息して、呆れたように呟く。

 

「……ほんと、親ばか」

 

 ランスの親馬鹿っぷりは、悪化していた。

 

 

 

 

交渉不能

 

 

 

 

 魔軍の包囲は、完全なものではなかった。

 魔物兵は強い。ただしそれは人間の兵士と比較すればの話だ。一流の冒険者になれば動きが鈍く感じるし、人類最精鋭ならば二桁いたところでさして苦労はない。これが勇者バーバラになると、三万いようがデクの棒と化す。

 だから軍隊という足枷さえなければ、抜けるのは不可能ではない。

 

「な、なんとかなったぁ……」

 

 木々の幹から飛び降りて、バーバラは安堵の吐息を吐く。

 

「かなーり下手糞でしたけどね」

「うっさい。あんたらみたいな万能共と一緒にしないで」

 

 ぞんざいな言葉とは裏腹に、バーバラは少し感謝していた。

 幾らバーバラが強くても、魔物兵達に気取られずに突破しきるのは難しい。そんなレンジャー向きの行動をやってのけられたのは、従者二人の献身が大きかった。

 アジト付近の森の暗さ、リセットから貰った認識阻害がかかったローブなど、様々な好条件も味方したが、やはり彼女達がいなくては無理だっただろう。

 

「……ま、それでもこれで一段落ってとこね」

 

 後ろを見れば魔物兵は遠くにあり、包囲を抜けたと言って良い。

 バーバラはフードを降ろすと、山岳地帯に背を向けて歩き始めた。

 

「これからどうしますか?」

「とりあえずお風呂に入りたーい。そこから考えるわ」

「見捨てた三万の兵とか、気にならないんですか」

「……今の私が何をやっても、変えられないでしょ。それにリセットちゃんが任せてって言ったしなんとかなるはず。多分」

 

 従者の問いかけに対して、深く考えないようにしつつ返す。

 鬨の声が聞こえない時点で戦闘は始まっていないことは察せられた。魔軍の様子見はアキラに頼んでいるのもあって、今は逃げることが大事だ。リセットの献身が無駄になる。

 

「ま、こっから問題なんて起きないと思うんだけ、ど……」

 

 そう途中まで言って、バーバラの足が止まった。

 バーバラの目の前に、人がいる。陶器の破片が散らばった中で、立っている。

 

「やっほー! また会ったね、バーバラ!」

 

 フレンドリーに手を振る魔王の子の一人、エール・モフスだった。

 

「……コーラ、あんたには先導役を頼んでたんだけど」

「ポンコツ勇者が思ったより下手糞なんで、漏れがあったみたいです。すいませんね」

 

 あっけらかんと従者が言うが、冗談ではない。

 バーバラにとっては不倶戴天の敵だ。処女を売り渡した教唆犯にして、大迷惑な戦闘狂。今この場で最も会いたくない人物だった。

 バーバラの態度がカンに触ったか、エールは不満気に唇を尖らせる。

 

「むー、ボクが挨拶したのに無視って不届き者だね。挨拶は挨拶で返すものだよ」

「こんにちわ。これで会うのは二度目になりますね」

 

 コーラは実に礼儀正しく頭を下げた。

 

「そうそうこんな感じだよ。キミはわかってるねー」

「ほら、ポンコツも頭を下げてください。挨拶は大事ですよ」

「やらないわよ。そんなに偉そうにして、自分を神か何かだと勘違いでもしてるの?」

 

 バーバラは距離を取り、冷たく突き放す。仲良くする気は皆無だった。

 

「ふーん……まあいいけどねー」

 

 その対応を見て、エールの目が細まった。

 

「なんでここにいるのよ。ランス達と一緒にいるんでしょ」

「お姉ちゃんがお仕事してるから、暇つぶしに長田君と散歩。なんとなーく面白そうなモノがないかなって探したら、バーバラがいたんだ」

 

 バーバラは舌打ちを堪え切れなかった。

 リセットから別れた途端、運が悪すぎる。

 

「そりゃ運の良いことね。でもお生憎様、私は面白くなんてないから」

「いや、きっと面白くなるよ。そうなるってキミを見つけたボクの勘が言ってる。くすくす……」

 

 静かに笑うエールの姿は可愛らしいが、バーバラは嫌な予感しかしなかった。

 あれは、残酷な悪戯を仕掛ける時の子供の目だ。

 

「……さっきの対応は大人気なかったかもね。謝るわ」

「別に気にしてないよー、その代わり、一緒に遊んで欲しいことがあるんだ」

「ちょっと忙しいのよ。代わりにお金やアイテムは色々あるから、それで見逃してくれない?」

 

 バーバラは交渉の余地を探す。

 今は戦うだけでも騒ぎになる。後ろの魔物兵達に感知されれば全てが台無しだ。最悪戦うにしても、ここでやるわけにはいかなかった。

 

「やりたいこと、なりたいものとかあるなら後々協力してもいいわよ。今の私は金も人も動かせるから、大抵の事は叶えられるし」

「うーん、じゃあ一つお願いしようかなー。実はボク、なってみたいものがあるんだよねー」

 

 ニコニコと、どことなく話を合わせつつも、ピントが合ってないように喋るエール。

 本能が全力で警鐘を鳴らし、バーバラは後ずさる。

 

「それで、何になりたいの?」

「大将軍になりたいんだ。くすくす……」

「は?」

 

 どういう意味だと問おうとしたところで、エールが手を跳ね上げる。白い光が零れて空に昇り、轟音と共に爆散した。威力は尋常ではなく、光と音は遠くまで響いただろう。

 

「ちょっ……! 何やってんのよー! これじゃ魔軍にバレるでしょー!」

「ランスは勇者を連れて来たら大将軍の地位をくれてやるって言ったんだ。大将軍についてはよく知らないけど、将軍よりは偉そうだよね!」

 

 エールは日光を引き抜くと、肩に担ぐ。どこまでも余裕があり、勝ちを確信した笑みを浮かべている。

 

「で、遊びたいってのは鬼ごっこ! ボクはランスと一緒に追いかけて、捕まえに行くよー!」

「話を聞け―! 負けたら私犯されんのよ! 女なら少しは可哀想とか思わないの!?」

「ボク達に喧嘩を売るのが悪い。あそこで逃げるか仲間になっておけば良かったのにね」

 

 エール・モフスは身内には優しいが、敵には容赦しない。バーバラは完全に対象外の玩具だ。どう楽しく遊ぶかしか考えていなかった。

 

「兵士をたくさん引き連れて来たのに、戦闘無しなんて面白くないよ。せめてバーバラだけでも戦うべきじゃない? なんなら今からでもいいけど」

「あーもう、あんたなんて大っ嫌い! 私と価値観全く合わないわー!」

 

 バーバラはそう吐き捨てて逃げ出した。

 

「さーて、久しぶりに戦いが始まるよー!」

 

 後ろからそんな声が聞こえるが関係ない。バーバラは遮二無二足を動かして、森を抜けようと前へ進む。物凄い勢いで景色が流れるか、まだ魔王の方が速いだろう。

 

「あーもう、助けてアキラー! 帰って来てよー!」

 

 ヤケクソ気味に勇者は叫ぶ。

 数の有利を失い、頼りになる魔王の子もいなくなり、バーバラに付き従うのは従者二人だけ。

 それでも逃げなければならない。急がなければランスが来る。捕まれば嫌な未来が待っている。

 三万の命は助かっても、勇者の危機は全く去っていなかった。




 魔王の子達の長所

 リセットは全魔王の子で一番運がいい。
 エールは全魔王の子で一番勘が鋭い。
 ランスは全部持ってるのを特化して分け合ってる感じ。

 リセットの作戦
 認識阻害のフードをあげてバーバラには逃げてもらう。
 まねしたで影武者を立てて、時間を稼ぐ。
 しかし、魔王相手に化けるということに皆尻込み、仕方なくオーロラにお鉢が回った模様。
 ちなみにまねしたがやっても勇者特性までコピー出来ないので一目で見破られます。



 どれだけ謝っても足りませぬ。ちょっと環境の変化があって、落ち着くまで時間を要しました。
 でも辞める気は皆無なので、書き続けます。待たせてしまい申し訳ありません。


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盗賊団のアジト ⑤魔王の子との戦い

 逃げる。

 森の中を疾走し、木々の幹に飛び移り、傾斜のきつい勾配を駆け下りる。

 勇者バーバラは後方にあるものを全力で振り切ろうと、あの手この手で走り回っていた。

 しかし、後ろを振り向けば絶望が見える。

 

「……ッダメ! どうなってんのあれ!?」

 

 追跡者が、追ってくる。その正体は輝く光球だ。

 意思を持つ光が、上空からバーバラの背中を追いかけていた。

 光球そのものに破壊の力はない。ただピカピカと光るばかりだ。しかしそれが陽の光が差さないヘルマンにあっては何よりも目立ち、バーバラの位置を森の中でも顕著に教えていた。

 攻撃しても駄目、魔法を撃っても駄目、逃げても隠れても見逃さない。バーバラの努力を嘲笑うかのようにこちらの位置を教え続けている。

 エールが最初逃げるのを良しとして、チャンスを与えるだけ温いと思った。過ちだった。

 実際は逃げられないと確信しているから弄ぶつもりだったと悟り、今更ながら歯噛みする。

 

「あいつ、いつか絶対ボコってやるー!」

 

 悪態をつくが事態は何も変わらない。

 逃げても丸分かりではいずれランスに追いつかれる。あの身体能力を相手にして追いかけっこは無理だろう。

 

「さてさてどうしますか、ポンコツ勇者」

「あんたいやに上機嫌ねえ!」

「勇者は窮地の時こそ活躍するので、従者として期待してるだけですよ」

 

 この高速移動の中でも、従者はあっさりついていく。軽口を叩く余裕すらあり、何故戦わないんだと責めたくなる有様だった。

 

「ピンチって言っても、こんなのもうどうすりゃいいってのよー! エールとランスとか、まとめて相手に出来るわけないでしょお!」

 

 ウラジオストックではエール相手に逃げ回り、ランス相手には遊ばれた。勝負として成立しようがない。抵抗するしかないが、するだけ無駄な戦いになる。

 そんな感じでバーバラが頭を抱えながら逃げ回る中で、並走する影が増えた。

 

「主様、こちらにおりましたか!」

「アキラ、待ってたわー!」

 

 バーバラは破願する。毎日のように自分を苛め抜くサディストではあるが、今この場においては最も頼りになる従者だった。

 

「見ればわかるけど、追われてるのよ。ランスとエールがこっちに来ちゃうの。私の足だと多分追いつかれる。なんとかならない!?」

「なるほど、では僕に足止めをお命じ下さい。相手が誰であろうと時間を稼いでみせましょう」

「さっすがアキラ、すっごく頼りになるわー! それじゃそれで!」

 

 打てば響くような答えが来たのに満足し、全面的に同意する。

 ただ、そこから続く言葉は意外なものだった。

 

「畏まりました、では主様が戦う敵をお選び下さい」

「………………はい?」

 

 バーバラは、足を緩めて立ち止まった。

 

「…………戦うの、私?」

「はい、僕が足止めをするとしたら、あくまで主様が戦える状況を整えるためです。露払いとするには、あの二人は強すぎますしね」

「そんな事言わずにまとめて止めてよ! 主のピンチなのよー!?」

 

 縋りつくバーバラに対して、アキラは首を振る。

 

「申し訳ありませんが出来ません。主様より目立つのは従者の分を超えてしまいます。この場合、僕だけが戦ってしまえば主役が変わってしまいます」

「主役とか、そんなのどうでもいいから! この状況をなんとかするのがなにより大事よ!」

「どうでも良くはありません。もしここで僕がやりきってしまえば『僕の力を利用する主様』ではなく、『僕の力に依存する主様』になってしまいます。それだけは許されないことです」

「ああもう、わけのわかんない拘りねー!」

 

 理解不能の理屈ではあったが、その黒き瞳には少しの揺らぎもなかった。バーバラも説得不可能と悟らざるを得ない。

 勇者の焦る様をよそに、コーラから愉快そうな声が飛んでくる。

 

「私としては、二対二の戦いを見るのも悪くないんですがねー」

「戦う気の無い奴は気楽でいいわねぇ!」

「従者ってそういうものなんです。ほらほら、このまま時間切れでいいんですか?」

「ぐっ……うぅ……!」

 

 可能ならば、通り一遍の文句を愉悦顔の従者にぶつけてやりたかった。

 だが、バーバラに残されている時間は少ない。嫌な条件だろうが飲むしかない立場だ。

 

「……あーもう、わかったわよ! 戦えばいいんでしょ!?」

「やれやれ、やっとですか」

「うるさい、どうせやるなら徹底的にやるわ! あのエールにギャフンと言わせてやる!」

 

 バーバラはエスクードソードを握りしめ、ヤケクソ気味に従者達に指示を飛ばす。

 

「アキラはランスの足止め! 今すぐランス達のところに行って! 少しでも時間を稼ぐの!」

「はい、では行って参ります。通すのはエール・モフスでよろしいですね」

「良くないけど、やれるもんならやってみなさい。あの戦闘狂だけ引き剥がすなんて離れ業が出来るならね!」

 

 恭しく頭を上げたアキラは、穏やかに笑っていた。

 

「ああ、それなら簡単ですよ。では」

 

 その声を最後に、音もなく消える。

 バーバラに認識する術もない。修行で伸びた今でも全く力の底が見えない女だった。無用の心配であると確信し、確実にエールだけは来るんだろうなと憂鬱な気分にさせてくれる。

 これでエール・モフスとの戦闘が確定した。戦うための準備をしなければならない。

 

「……コーラはついて来て。戦わない分使い倒してあげる」

「はいはい、でもどこに行くんですか?」

 

 答えはすぐに返らなかった。バーバラはゆっくりと周囲を眺めていた。

 深く広がる森林を仰ぎ見て、すぐ傍にある大樹に寄りかかり、どこか諦めたように声を出す。

 

「どこというより、広く使って戦うわ。相手が追う立場ならやれる手がある。やりたくなかったけどね……」

 

 バーバラも考えてはいた。追跡用の光球を認識した時点で追いつかれる事を察し、それでも他の手段で振り切ろうとしていた。真っ先に思いついた作戦は、やるべきではないと考えていたから。

 それでも状況が悪化すればやるしかない。思いついたんだから仕方がない。

 

 これからやるのは()()()()。良心をすり潰す乱闘の始まりだ。

 

「やり口は前と一緒。ただし私は後先考えないでいくから」

 

 バーバラの手の中から、魔法の光が躍る。

 詠唱と共に、掌の中にある熱量が増していく。

 

「バーバラ、まさか……」

「これから森を燃やすわよ。ありったけね」

 

 魔人級、それは単身で戦局を変える力の化身。

 戦闘前の準備ですら、環境破壊は避けられなかった。

 

 

 

 

 

 

「がはははははははははは!」

「がははー!」

 

 親娘二人が道なき道を行く。

 雑草、太い木の根、絡まった茂み、目の前にある邪魔なものを時には軽やかに飛び越え、時には蹴っ飛ばす。長田の抗議など馬耳東風。重い遅いと戦力外の烙印を押して森を突っ切っていた。

 目指すは空中に輝く光球。そしてその直下にいるバーバラの捕縛である。

 エールは成果が自慢したくて仕方がないらしく、度々ランスに声をかけてくる。

 

「ねーランスランス、ボク偉いでしょー」

「うむうむ、お前は他の奴等と違って親孝行な娘だ。褒めてやろう」

「ふふーん、後はバーバラを倒すだけだね。楽勝だよ」

「そして俺のハーレムがまた完成に近づくのだ! がははははははは!」

 

 二人は仲良く語り合う。その未来は一人の少女にとっての不幸そのものだったが、当の本人達には知ったことじゃなかった。

 気づけば双方の兵がいる戦域から遥かに遠ざかり、事態は単純化して、二つの未来だけがある。

 ランス達が勝利して、勇者バーバラを手中に収めるか。

 勇者バーバラが勝利して、身の安全を確保するか。

 この未来に関与できるのは、ランスとバーバラと、

 

「――――そこまでだ、ここで止まってくれないかな」

 

 ランスの前に立ちはだかった、このアキラぐらいだ。

 

「へ、変態……!」

「お、美人じゃないか! これは80点台間違いなしの大物だぞ!」

 

 ランスは律儀に立ち止まる。まずは品定めからだ。

 黒髪黒眼、文句無しの美少女だ。軽装の聖騎士を思わせる白を基調とした装備は本人の素材を良く引き立たせている。ミニスカートの長さもいい。少し動けば見えそうで、男のチラリズムというのを心得た絶妙な塩梅だ。男を興奮させるような着こなしでありながら、僅かながら貞淑さすら感じさせる。

 

「ぐふふ……いいぞ、いいぞ……! 君はなんて言うんだ!?」

 

 結論としては、目の前の美女は余裕でセックスしたい女だった。

 じろじろとした不躾な視線を前にしても、アキラはむしろ嬉しそうに笑い、

 

「ふふっ……今はそうだな、元勇者のアキラと名乗らせて貰うおうかな。現勇者バーバラ様の先輩にあたるね」

「元勇者か! うむうむ、勇者はクソだが女勇者はいいぞ! 大歓迎だ!」

 

 アキラが黒剣を構えて、ランスに向ける。

 

「そんな元勇者が魔王の前に来てるんだ。用があるとしたら一つしかないだろう?」

「ほう、俺様の命か」

「ま、そんなところだね。一騎討ちの申し込みだ。怖いかい?」

「まさか。むしろわかりやすくて好きだぞ」

 

 ランスもカオスを抜く。

 そのまま足を進めようとしたところ、エールも前に出た。瞳には戦意が漲っている。

 

「ボクにも戦わせてよ。前のは何かの間違いだったって証明してやる」

「ふむ、まあ素直に1対1でやる理由もないが……」

 

 どうしたものかと視線を向けると、アキラはくすりと笑った。

 

「そういえば、僕は強い男が好きなんだ。もし1対1で勝てる男がいるなら、惚れてしまうかもしれないね。ハーレムに入れとか言われても、首を縦に振ってしまうだろう」

「乗った」

 

 ランスはエールを押し退ける形で、ずいっと前に出た。

 

「エールはバーバラを捕まえてこい。俺はこいつに勝ってから行く」

「ちょ、ちょっと待ってよ。絶対嘘だよこれ!?」

「うるさい、これはリーダー命令だ。神聖な決闘を邪魔するのは許さんぞ」

 

 子供でも嘘とわかるような都合のいい虚言だった。それでもランスは乗ろうとしている。

 リーダー命令と言われてはエールもこれ以上言い返すことはできない。不満気にランスを睨むぐらいだ。

 

「さっさと行け。それとも俺様が手柄を独り占めするのを見ていたいのか?」

「ランスのバカ! 後で負けてても知らないからね!」

「がははは、俺様が負けるものかよ」

 

 エールはぷんすかとむくれて、光球の方へと駆けて行った。

 森の中にはランスとアキラ、二人の影だけが残される。

 双方の距離は魔法使い有利と言えそうなものだが、ランスにとっては半歩必殺の距離だ。なのにアキラは構えも取らず、悠長に言葉を弄する。

 

「感謝するよ。やはり魔王ランスは男の中の男だね」

「当然だ。俺以上の男など未来永劫存在せんわ」

「いや、実際助かったよ。あの子も中々強くてね、二人じゃ全く勝ち目が無かった」

 

 大仰に肩を竦めたり、間合いの外であるような立ち振る舞い。隙だらけだ。

 それでもランスは踏み込まない。その代わりに一歩、一歩と大股で距離を詰める。

 

「それはないな」

「まあそうだね。そもそも魔王を相手にするのだってどれだけ時間を稼げるか……」

「お前、エールじゃ相手にならないだろ。その気になれば簡単に殺せるぐらいの差があるな」

 

 アキラは目を見開いた。

 

「……何でわかるんだい。こっちは色々隠してるんだけど」

「なんとなく、だな。さらに俺より弱いって気もするぞ。ぐふふ……」

 

 粘つくような視線は、勝利の先にあるご褒美を確信したものだ。つまり本当の彼我の差を正確に理解されている。

 アキラは自分のステータスに関しては細心の注意を払っていた。殆どの人が見れないものでも、欺瞞を用意し自分の強さが見えないようにしていた。剣士として無形を基本としてるのも、技量を見破られないためだ。

 しかし全ての努力の甲斐なく、ランスには見抜かれている。

 こうなるともう、システムでは説明しきれない本人の素質によるものと断じざるを得ない。

 

「いやはや、野獣のような男だね。これはとても辛そうだ……手札をどれだけ隠せるか……」

「がははははは! それでは、いざ勝負だ!」

「ッ!」

 

 背中に走る悪寒に従い、アキラは大量の札を取り出す。欺瞞の為に無視した距離が、今では仇になっている。

 

「とーーーーーーーー!」

「式神展開、まずは蛇だ!」

 

 一瞬にして双方の間合いが詰まり、戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 森は、燃えていた。

 緑豊かな景色を黒く染めんと、熱と火が攻めてくる。炭化した土地が煙の中に垣間見え、そこに潜む熱も尋常ではない。視界を遮るための樹木は燃え落ちているが、代わりにそれより一層濃い白煙が厚く視界を塞いでいる。

 熱と白煙が支配する世界が、エール・モフスの目の前に広がっていた。

 

「へー、鬼ごっこにここまでやるんだ。放火はいけないことじゃないかな、くすくす……」

 

 若干感心しつつも少女は怯まない。燃え盛る火の勢いを眺める姿は愉快そうですらあった。

 追跡用の光球は煙を貫いて先に輝き、勇者がいる事を伝えている。最早二人の距離はそう遠くはないだろう。

 ただし、その間には森林火災が塞いでいる。中の熱気は人が生き続けられるものではなく、迂回するのが正解と言えた。

 

「ま、やることは一つだよね!」

 

 しかしエールは煙の中に飛び込んだ。

 中の熱さは尋常ではなく、痺れすら走るような熱気が体を覆う。レディチャレンジャーの耐火性を以てしても、炎上と言えるような状態になるのに時間はかからない。

 だが、それだけだ。この程度は高レベルの魔王の子にとっては屁でもない。一般人なら為す術なく焼かれて死ぬが、エールには十分な体力がある。神魔法もある。抜けてしまえば問題ない。

 エールは空に輝く光球を目印にして火の中を駆け抜ける。あれだけは煙の中でも問題なく認識が出来る。見上げる仰角は上がりに上がり、敵手はすぐ近くにいる事を教えてくれる。

 

「えっ……この、近く?」

 

 そしてここで、エールは違和感に気づいた。

 バーバラが近くにいるにも関わらず、周囲の火の手が全く弱くなっていない。

 これでは放火犯は自ら焼かれている事になり、逃げると言うよりもむしろ――――

 

「――――ッ!?」

 

 思考が行き着く前に、地を這う斬撃が答えだった。

 光球を見上げるエールにとってはまさしく死角。煙に紛れた刺突が跳ねあがり、脇腹を狙う。

 

「く、ぐううっ……!」

 

 エールは直感だけで倒れるように身体を捩って躱す。それでも剣先が掠り、血飛沫が舞った。

 

「なんで避けられるのよ! 一撃必殺のつもりだったのに!」

 

 未だ態勢整わぬ少女に、バーバラは容赦なく追撃する。

 転がったところを狙った振り下ろしは止められた。連撃に繋げるが巧みな体捌きによって凌がれ、その間隙を縫うように足を薙ぐ一閃まで放ってくる。

 機動力を奪われる事を嫌ったバーバラは飛び上がることで躱し、左手をエールへ向けて翳す。

 

「ファイヤーレーザー!」

「ば、バーバラ…………!」

 

 巨大な熱線が少女の身体に突き刺さり、炎柱が巻き起こる。

 完全詠唱での威力重視、躱しようのない状況下に持ち込んだ一撃、しかも炎上状態でダメージ倍、猛烈な業火がエールを襲う。流石にたまらず痛みにのたうち回るが悪手でしかない。

 後方に飛び退り、自身も炎上状態にあるバーバラは詠唱を続けている。即座に次弾を放つ気満々だった。

 

「ファイヤーレーザー!」

「ば、バリア……うぐうぅぅぅっ……!」

「火爆破! ファイヤーレーザー! あはははは、先手必勝よ! 死になさい!」

 

 バーバラは炎熱線と猛火を次々と打ち放つ。流石に現在進行形で燃やされながら詠唱するのは苦しいらしく、エールより回転効率が速い。こちらは撃ち放題で、泡を食った相手はまともな対抗策が取れない状況だ。

 

「このまま火達磨にしてあげる! 罠に踏み入ったマヌケにはそれがお似合いよ!」

 

 バーバラの作戦は一つだ。

 奇襲して炎上状態にしてハメ殺す。その為に炎上空間に相手をおびきよせる。

 同格同士でまともに戦うなんてまっぴら御免。正統派な戦いなんて犬に食わせろ。

 後に放火魔と罵しられようが構うものか。バーバラは意地でも勝つ気だった。

 熱線と業火の中でエールは見悶える。如何に魔法抵抗値が高い魔王の子と言えども、この状況下では辛いか、腰に手を当ててくの字に曲げている。

 

(お、まさか倒れれくれる!? ザンスよりは弱いはずよね! 魔王の子だって少しは弱い奴がいてもいいはず!)

 

 ほんの僅かな期待を持ちながらも、次の詠唱を緩めない。

 はたしてその判断は過ちだった。エールは姿勢を低くすると、バーバラへと疾駆する。

 

「あああああああっーーーーー!」

「やっぱり駄目かっ! つくづく魔王の子って人間じゃないわー! ファイヤーレーザー!」

 

 物凄い勢いで迫り来るエールに熱線を打ち放ち、後ろへ飛ぶ。

 魔法剣士は間合いを自由に選べるのが長所だ。相手が前に出るならば下がれば有利な状況が維持される。

 しかし今の熱線は効果が薄かったらしくすぐに炎柱の中から顔を出す。後ろに下がるバーバラと前に突っ込むエールでは必然的に距離は詰まる。

 

「ファイヤーレーザーっ……ばっ、()()()()!?」

「何度も大人しく喰らい続けるかぁ!」

 

 次弾はバーバラでも明確に理解出来るレベルで凌がれた。

 エールは聖刀日光を舐めるように振るって熱線の着弾を受け、魔法障壁で余波を受け切っていた。剣技と魔法の見事な融合であり、あれでは大してダメージを与えられていない。

 一発、一発撃つ毎に対応力が上がり、瞬く間に距離が詰まる。バーバラが築いた有利な状況は真正面から食い破られつつあった。

 

「喰らえーーー!」

「まったく、もう!」

 

 大上段から振り下ろされた日光が、エスクードソードと噛み合った。

 両者の刃が軋みを上げ、殺意と視線が至近距離で衝突する。

 

「よくもやってくれたなあ! 散々汚い手ばっかり使って、良心はないの!?」

「あんたが追ってこなけりゃやる必要はなかったわよ! 遊びで他人の人生を弄ぶな!」

「そもそも攻めて来たバーバラが悪い! ボク達の冒険を邪魔すればそうなる!」

「はっ、盗賊稼業で人々を苦しめといて良く言うわ! やりたい放題やってるだけじゃない!」

「何も間違ってない! ボクは魔王を倒して世界を救ったヒーローだ! 東ヘルマンは悪の国家だし、ボクのやる事は常に正しい!」

「ぐぬぬぬぬ……なんで、こんな力があって! こんな自分勝手なのよ!?」

 

 力と意思の正面からの鬩ぎ合いは、小柄なエールに分があった。バーバラが渾身の力で押し留めようとしても、刃が少しづつ自分の近くに寄る。

 これがlv300魔王の子の馬鹿力。前衛組では一歩劣るエールでも、lv79の逡巡勇者を上回る。

 未だステータスの基礎能力では、抗いがたい差があった。

 

(落ち着いて……! アキラよりはマシ! アキラよりはマシ!)

 

 散々苛め抜かれた従者との日々を思い返し、バーバラは自分を奮い立たせる。

 理不尽なステータスの暴力は散々味わった。それに対抗する為に散々苦しむ羽目になった。血と涙の数だけ、今のバーバラには実戦経験と手札が備わっている。

 今は剣を持つせいで両手が塞がっているが、ここから打開する手段なら存在する。

 詠唱破棄魔法、魔法攻撃の出番だ。

 

「大人しく力勝負なんてやってられないわ! これでも喰らえっ!」

 

 手の中から光がまとまり、エールの無防備な腹部に突き刺さって小さな爆発を産む。威力は低いが速射性と察知の困難さが効き、僅かながら日光の圧力が弱まった。

 これを機と見たバーバラは右手側に踏み込み、お互いの剣を流して蹴りを放つ。狙いは先の奇襲で傷をつけた脇腹だ。

 

「ぐっ……!」

 

 蹴りを喰らったエールは吹っ飛び、二度、三度と転がる。

 今のバーバラの蹴りは岩石ぐらいは容易く砕く一撃なのだが、すぐにエールは立ち上がろうと体を起こす。

 

「まったく、本当頑丈ね。でもこれで少しは……?」

 

 バーバラの眉根が寄った。起き上がったエールの腹部に傷が無い。

 先の奇襲による一撃は致命傷ではなかったが、そう簡単に出血が止まるような傷でも無かった。それが蹴りによる痣の跡しか見えなくなっている。

 

「あんた、まさか本職はヒーラーなの!?」

「ボクは法王の子だ。これぐらい楽勝さ!」

「なんて、面倒臭いっ……!」

 

 バーバラは奇襲の失敗を悟り、歯噛みする。

 相手が優秀な回復魔法の使い手ならば畳み掛けるべきだった。最初の炎上攻撃もエールが腹部を塞ぐまでの時間稼ぎになってしまった。

 改めて見れば、与えたはずの火傷が幾つか治療されている。下手をすれば炎上空間で待機していたバーバラの方が多いかもしれない。

 後悔している暇は与えられない。エールは先程よりも獰猛な笑みを浮かべている。戦闘狂ここに極まりけりだ。

 

「さーて、じゃあそろそろボコボコにされよっか。覚悟はいい?」

「ぐっ、うぅぅぅ……」

 

 策は尽きた。

 敵は体力を回復する手段があり、力も速さも上だ。勝てる算段などありはしない。

 それでもバーバラが行く道は前しかない。勝たなければ悲惨な道しか残っていないのだ。

 

「…………まっぴら御免よ! あんたが沈め!」

「ふふっ、やっとまともな戦いだー!」

 

 バーバラが突撃し、策も何もない斬り合いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 二人の少女が躍り、周囲の業火より遥かに熱い剣戟が繰り広げられている。

 剣が噛み合う度に光が瞬き、様々な魔法の光が周囲を照らし出す。遠ざかっては近づき、噛み合えば離れる。

 魔人級同士の決闘は、さながら二つの星のようだった。

 

「…………もう終わってますね、バーバラの負けですか」

 

 しかし、二人の戦いを離れた場所から眺めたコーラはそう結論を下した。

 双方の体力は十分にあり、戦いはまだまだ続くと言えるような状態だ。にも関わらず、コーラにはこの戦いが通過儀礼のための作業にしか見えなかった。

 

「エール・モフスは戦いながら体力を回復している。ポンコツ勇者は回復する手段がなく、有効打も与えられない。このまま体力を削られてお終いですね。まったく、働き甲斐の無い主です」

 

 今回もコーラは働いていた。使い倒されたと言っていい。

 バーバラが戦う舞台として用意した炎上空間も粗方はコーラによるものだ。ただ知識も技術もない無軌道な放火を調整して、奇襲しやすいように演出した。限られた時間の中で勇者の戦う舞台を演出するのは面倒だった。

 エールの接近時期を知らせたのもコーラだ。ただ煙に巻かれているだけではバーバラも接近を察知出来ない。姿を隠して突入したのを見計らって合図を送っていた。後はバーバラがコーラの方向へ突進する事で、奇襲は完成した。

 そしてもう一つ、最初に出した最優先の指示がつい先ほどまでコーラを奔走させていた。

 

『私は後先考えないけど、コーラが後先考えて』

『はい?』

『放火はするし森も燃やす。エールを倒す為に仕方ないけど、それ以外に迷惑はかけられないからコーラが食い止めるの。特に山の方に向かわせちゃ駄目、あっちには置いて来た人達がいる』

『ここで火を放てば制御は難しいですよ。風向き的に山に行きそうですが、それは私にはどうしようもありません。それでも止めろって言うんですか』

『出来ないの?』

『…………まあ、不可能じゃありませんが』

『じゃあやって。それが勇者(わたし)の望みよ』

 

 こうして、コーラは山火事と真正面から喧嘩する事になってしまった。

 延焼の対策としては燃えるものを無くすに尽きる。この場合は森林全部であり、森から一定の範囲を切り倒して、あるいは塵に変えて防波堤のような空白地帯を作ればいい。それによって山脈側への火勢の到達を遅らせる。

 従者としては目立ちたくはないが、今のコーラに出来る手段としてはこれぐらいだ。やれと言われればやるしかなかった。

 もしこの一帯を俯瞰出来る者がいるのならば、山火事を防ぐよう剥げ道が何段も出来ているのがわかるだろう。やはりコーラの仕事も人のそれではない。

 

「あーあ、急いで仕事を終わらせて来たら消化試合って、思ったよりがっかりしますね。アキラがいやに自信満々だったけど、目が腐りましたか」

 

 ただ、そのせいで戦いの大半を見逃した。従者という役割に縛られた結果、一番の演目を見逃す羽目になってしまえば不機嫌にならざるを得ない。

 間に合ってみれば、ただ愚直に体力の削り合いをしている勇者と魔王の子だ。しかも負けてる方が慎重に戦っていれば欠伸の一つでもしたくなる。時間だけは無駄にかかる。

 予定調和で、何もかもで思い通りで、そしてつまらない。

 コーラにとっては眼下の戦いよりも、ぽつりと落ちた雨雫の方がよっぽど興味を惹いた。

 

「おや、天候システムが働き始めた。これはいよいよ詰みかなー」

 

 神異変下でも天候等の環境を管理するシステムは働く。

 この大陸は娯楽の舞台だ。娯楽として見られていない状況下では無駄な環境の変化を望まない。今回のように山火事が起きると、反作用として鎮火の為の雨が降るのが仕様だ。

 山火事相手にコーラがやったのは時間稼ぎだけだが、その時間稼ぎで十分だった。

 空から落ちる雫が瞬く間に増え、優しい雨が炎を消していく。バーバラの有利が消えていく。

 最後の拠り所を失った勇者の動きがまた落ちる。落胆を隠せずに、コーラは毒を吐いた。

 

「……そもそも殺す気の無い剣で、本当に勝てると思ってたんでしょうか」

 

 均衡が崩れつつある。

 終わりは近い。

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 勇者バーバラは、崩れ落ちそうな身体をなんとか起こした。

 頭上から迫る鋭い斬撃は受け切れず躱しきれない。対処を誤れば即座に終わる。

 

「ええーい!」

 

 刀の軌道を前から掻い潜らんとして、胴から頭に変わった斬撃を体を倒す事で避ける。だが肩口からまでは躱しようがなかった。

 絶対に当たると悟ったバーバラはエールの効き腕を断たんと剣を振るう。

 

「ぐぅぅっ……!」

「いたた、あっぶないなー」

 

 結果として、バーバラは腕に深手を負い、エールはステップで躱して皮一枚で留まった。

 足を奪われつつあるバーバラは、常に不利な交換を強いられている。血の止まらない傷を幾つも貰い、動きは鈍い。

 

(……強い)

 

 それでもバーバラは起き上がって剣を構える。

 いつものバーバラならとっくに弱音を吐いて降参している。命だけは助けてくれと命乞いをするだろう。

 だがそれは、ランスにまた犯されるのを認めるようなものだ。認めたら自分が許せなくなる。

 例え勝ちの眼が一厘もなくとも、少女の心は徹底抗戦を叫んでいた。

 その結果がこの持久戦だ。不利は背負い続けても負けの瞬間だけはひたすらに伸びている。

 さしもの粘りに、エールも若干呆れたような声を出した。

 

「まさかここまで時間がかかると思わなかったよ。どうやったの?」

「…………努力、よ。頑張ったのよ」

「ふーん……ま、遊びから戦いになった程度の努力だけどね」

(…………強い)

 

 軽口を叩く間にも、隙がない。

 前回は遊び相手扱いだった。だから強さが本当の意味で良くわからなかった。

 だが長期戦をやった今では、身体が悲鳴を上げるほど理解させられている。

 エール・モフスの長所は、身体能力よりも総合的な戦闘力と技巧にあると。

 扱うのが難しい日本刀を容易く使いこなす技巧、攻撃と魔法を綺麗に繋げるセンス、行動選択の戦略性、体術や防御術まで習得している豊富な手札の数……

 エール・モフスは、幼い頃から戦闘特化の冒険者となるべく育てられた存在だった。

 魔王退治を宿命づけられた魔王の子は、伊達ではない。

 

「まあそろそろつまんないし、終わりにしよっか!」

「――――ッ!」

 

 爛々と目を輝かせ、エールが迫る。

 一瞬だけ目線で惑わして下段を狙った斬撃にバーバラはたたらを踏みつつ対応する。エールは体を回転させ、後方に回り込むように斬撃を放った。

 

「エール懸りの剣だー!」

「なななぁっ……!?」

 

 今までの剣の理に反する非効率の塊の行動。一瞬背中を向けているのが見える時点で明確な隙を持つ熟練度の低い技。だがしかし、それを突くだけの余裕が今のバーバラにはない。

 回り込んで体重を乗せた一撃は激烈だった。止めの剣が完全に吹っ飛ばされ、バーバラは無防備な身体を晒す。

 

「雷撃! とーーーーー!」

「……ッ!」

 

 無防備な状態で紫電を喰らえばたまらない。バーバラは思考ごと痺れてエールの姿を見失った。

 

「がははー! 最後は派手に行くよー!」

 

 慌てて空を見上げれば、エールの持つ刀が白い光に満ちている。どう見ても必殺技の予兆だ。

 バーバラには避ける術も、剣を戻す暇も、ない。

 

(強い、強すぎる! 魔王の子って魔王と違って人間でしょ!? なんでこんなに違うのよ! 私だって頑張ったのに、強くなったのに、全然足りない! ズルしてるのに、勇者なのに、なんで……!?)

 

AL(エール)魔法剣!!!」

 

 白い光が胸を貫き――――バーバラの意識は、完全に断ち切られた。

 




 エールちゃん本気モード(詳細)
 実は技巧派寄り。無茶苦茶やるのは遊びで、真面目にやるとカオスより日光の方が向いている正統派剣士。
 でも追いつめられたらやっぱり無茶苦茶やる。勘で唐突に突拍子もない事もやる。
 クルックーとトリダシタの村人達から色々叩き込まれた子。13歳で魔王退治の旅に出すだけはある鍛えっぷり。自信過剰な分それだけの積み重ねはある。でもやっぱり自信過剰。
 クルックー家は愛が一番、遊びが二番、努力が三番。
 逆に戦闘以外諸々疎か。



次話は短いです。だって〇〇の合間ですからねぇ。
ペース上げろ上げろ上げろ……


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盗賊団のアジト ⑥従者の後処理

「がははー! ボクの勝ちぃ! 卑怯勇者バーバラを討ち取ったりぃ!」

 

 凱歌を揚げるエールの足下には、ズタズタにされた金髪の雑魚が転がっていた。

 どうにもならない格上と戦ったポンコツ勇者の末路である。身体に至るところに火傷や裂傷があり、血溜まりに沈んでぴくりとも動かない。

 

「……あれ、そういえば殺しちゃったらマズいような」

 

 ここでようやく、エールは本来の目的を思い出す。

 ランスの目標はバーバラをハーレムに加えることだ。捕縛を任されたのに死体を持ってきたら、逆に大目玉を喰らいかねなかった。

 

「いやー、でもこれはもう手遅れな気が……」

「死んでませんよ。勇者なので」

「わわっ!?」

 

 音も無く、勇者の従者がエールの傍に現れた。

 エールは慌てて武器を構えるが、コーラは両手を上げる。

 

「戦う気はありませんよ。ただ降参しに来ただけです」

「……降参?」

「ええ、従者は勇者が倒れたらお終いです。別にそのまま放置でも良かったのですが、色々説明が必要かと思って出てきました」

 

 地に転がるエスクードソードに目をやって、コーラは嘲るように笑った。

 

「まあ、不本意な事にあの子は本物の勇者ですよ。ゲイマルクの次の人類の希望です。なので彼と同様にまず死にません」

「そうなんだ。あれは可哀想なことになっても生きてたし、この程度なら大丈夫だよね?」

「はい、回復魔法や正露丸をかければまた跳ね回りますよ。さらに何百万回殺しても大丈夫です」

「あー、良かったー!」

 

 肩を落としてエールは安堵する。そのまま勇者を運ぼうとして屈み、手を伸ばそうとたところで止まった。血がべったりと付着した死体には、誰も触りたくない。

 

「…………そういえば、コーラも敗者になるんだよね」

「そういう事になりますね」

「じゃあ邪魔だし汚いし、バーバラを運んでついて来てくれる?」

「別にいいですよ。よいしょっと」

 

 普段ならば愚痴の一つでも挟みそうな命令だったが、コーラは二つ返事で従った。自分に血糊が着くのも構わずに、バーバラを荷物として背負う。

 

「これ魔王への献上品って言ってましたよね。せっかくだしお色直しでもしときますか」

「んー、任せた。面倒臭そうなのは全部やっといてね」

「それじゃ、まずは衣服の浄化からかな……あーあ、手酷くやられてますねー」

 

 まるで主従のような受け答えをしつつ、二人は歩き出す。

 

(さて、どうしたものか……)

 

 勇者の介抱を片手間にしつつ、コーラは思案する。

 魔王の子の一人、エール・モフス、または創造神ルドラサウムの現身。

 全ての神は創造神の娯楽の為に働く忠実な使徒であり、コーラもその一人である。故にコーラには彼女を楽しませようという意識が職業病の如く生じてしまう。

 しかしコーラに人の心はわからない。さらに主の御心などわかるはずもない。

 だからとりあえず、楽しそうに戦っていたから勇者を焚きつけて、さらに東ヘルマンを目の仇にしてるみたいだから喧嘩を買わせる。それが今回の顛末だった。

 結果としては成功と言えるだろう。鼻歌混じりに突き進むエールの今の姿が何よりの収穫だ。

 だが、このままでいいのかという疑問もあった。そのためにコーラは姿を現したのだ。

 ネタバレ厳禁の規則(ルール)を念頭に、コーラは口を開いた。

 

「どうでした、勇者と戦ってみて」

「運動不足は解消出来たけど、全然ボクの敵じゃないよ。ただ時間がかかってウザいだけだった。ザコザコザッコザコ」

「……でしょうねー」

 

 懸念は当たっていた。バーバラの戦闘そのものは全くつまらなかったらしい。

 派手な応酬ではあったが、見る者が見れば欠伸もしたくなる戦いだった。格上相手に甚振られる時間を延ばすだけの抵抗では、やる側も楽しみようがない。

 

「前と別人なぐらい強くなってるのは驚いたけど、とにかく剣と魔法が全然ダメ」

「付け焼刃じゃやっぱりダメですか」

「まあ才能はあるかもしれないけど、あの程度じゃ100年経っても埋まらないよ。兄姉(きょうだい)達と戦った方が全然楽しいよね」

「他の魔王の子達と違って楽しくないと。どこが違うんですか?」

 

 エールは少し首を捻った。

 

「うーん……まあ家族とは何やっても楽しいからそこが一番大きな違いなんだけど、やはり弱すぎる事にあるかな。絶対勝っちゃうもん」

「勝つのが良くないんですか」

「ボク達が最強だから勝つのは当たり前だけど、余りにも簡単でね……」

 

 わざとらしく、憂いのある表情を浮かべるエール。

 

「こんな事をコーラ達に言ってもしょうがないけどね、歯応えが無さすぎるんだよ。ただでさえ魔王以外敵じゃなかったボク達魔王の子がさらにランスまで加えてる。こんなのもう絶対勝っちゃうじゃん」

「なるほど、どうせ戦うなら強い敵であって欲しいと」

「まあ無理だけどね。はぁ……ボクはボクの強さが憎い……どうやってもあっさり勝ってしまう。一体どうすればいいんだ……」

「………………」

 

 エールの態度は自虐風の自慢に近い。だが、神としての視点から見れば額面通りに受け取るしかないものだった。

 物足りない。もっと強いのを用意しろと言われている。

 手加減はいらない、むしろ容赦なく悪辣にやる事を求められている。

 

(…………難易度、上げますか)

 

 だからコーラは一切の手加減をやめると決めた。

 それが創造神の娯楽ならば、目の前の調子に乗りまくった人間の望みならば、叶えてあげるのが神の務めだ。勇者をいやに馬鹿にする言動に対して苛ついたとか、そんな気持ちは少しもない。

 

「それじゃ、チュートリアルはいらないと。では次に進みますかねー」

 

 勇者特性の説明すら飛ばして、コーラは式札を取り出した。

 この式札は昨日の夜にアキラが渡したたものだ。二種類あり、勇者の結果次第で空に打ち上げる事になっている。

 

「うわっ!? なにこれぇ!?」

 

 前を行くエールが驚きの声を上げた。

 そこで、森が途切れていた。根こそぎ潰れたクレーターがあり、ぺんぺん草すら生えていない。

 エール達の戦闘跡地は森林火災の跡地のようなものだったが、こちらは隕石の衝突痕が相応しいか。それが転々と、あるいは無軌道に乱雑に世界を抉っている。天災としてのスケールが違った。

 

「……さっさと終わらせないと、あっちが目立ってしまいます」

 

 コーラは式札を空に投げた。

 

 

 

 

 

 空に輝く赤い光を認めると、アキラは剣を投げ捨てた。

 

「ストーーーーーップ!! 降参、降参、もう降参だーーーー!」

「ぬ?」

「主様が負けた! 僕のやる事は無駄になった! だからもう、ホント戦うのは勘弁して!」

 

 ランスが首元に剣を突きつけても抵抗しない。むしろ縛ってくれと言わんばかりに両腕と縄を差し出した。

 

「ああもう予想してたけど大迷惑だよ! 正直二度とやりたくない!」

「そりゃお前が逃げ回るからだろ。魔法打ち回りながら逃げればそうなる」

「ファイターと正面切って斬り合うほど馬鹿なヒーラーじゃないよ! 理不尽なステータスの暴力相手にまともに戦ってられないね!」

「お前、あれでヒーラー扱いなのか……」

「そっちも魔王じゃないんだからさ、力業だけで押し切るのやめてくれないかな!? 数千年積み上げた僕の日々が踏み躙られるのは結構辛いものがあるよー!」

 

 大人しく縛られつつも、アキラの愚痴は止まる事がない。

 彼等が戦った軌跡を振り返れば一発でわかる。破壊、破壊、破壊の跡だ。戦いの余波だけで森の一角が消し飛び、地が深く抉れていた。それが転々と亜音速戦闘の跡地として続いている。

 魔人級の戦いが環境破壊とするならば、魔王級は地形破壊。こんな戦いを続けていたら森は跡形もなくなる。だから移動しながら大迷惑な戦いをするしかなかった。

 もしランスがウラジオストックでアキラを見初めていたら決着如何に関わらず街は廃墟と化しただろう。襲来時に即座に撤退したのは実に賢明な判断だった。

 戦闘結果としては、当方被害甚大なれど作戦目標達成と言ったところか。

 備蓄の式札の消耗は激しいし、魔力も半分以上は体力(HP)の回復に使った。汚染人間としての長所である便利体質も露呈した。これで次戦以降は手加減も期待できない。

 本当に、愚痴でも言わなきゃやってられなかった。

 

「デバフをかけて弱体暗闇つけて認識阻害に式神(デコイ)を用意してもあっさり力業で潰される! 魔法抵抗値と体力が高すぎて魔法がまるで効いてる気がしない! 魔王の体になっただけでこれって、ホント人と魔のバランスっておかしいよ!」

「何言ってるかちっともわからんし、どうでもいい。それよりだな……」

 

 女の愚痴の大半は意味がない。

 ランスは縄をアキラの体に回し、抜け出せないように縛りつつある。今の状況の方がよっぽど興味の対象だった。

 無抵抗な美しい女に、縛るための縄があるのだ。頬が緩むのも致し方ないところか。

 縄の扱いは冒険者にとって必須の技能。当然ランスも熟知しており、捌き次第では自在に女体のプロポーションを性的に強調させられる。

 

「ぐふふ……ぎゅーっとな」

 

 好みとしては勢いだ。何重にも胸の周りを乱雑に囲み、縄の圧力によって肉を締め付ける。

 衣服も強く締まり、張りのある乳房がより強調される形になった。

 

「んんっ、ふ、深く縛り過ぎじゃないかな」

「いーや、そんな事はないぞ。お前は相当に強い。しっかり縛っておかねば」

 

 ランスはニヤけ顔を全く抑えもせず、アキラを縛り上げる。

 女体の縛り方には色々あるが、結局のところ腕をどの形で縛るかが重要だ。後ろ手、下手、片手等色々あるが、今回ランスが選んだのは諸手上げと言われるものだった。

 万歳させるような恰好にさせ、そこから両腕を頭の後ろに回して手首を固定する。

 

「んっ……ふぅ……随分、優しいやり方にするんだね……」

「どうせ抜け出せんからな」

 

 聖女の加護により、ランスの捕縛は力業では抜け出せないようになっている。このクラスでは縄の強度に頼ったやり方では容易に抜けられるはずだが、それを許さないシステムがあった。

 ランスが選んだのは、この縛り方の方がアキラの長所がより引き立つからだった。

 浮き彫りになる健康的な脇、自然に締まってせり出される胸部、縄による不自由も合わさって、アキラが女としてどれだけ均整の取れた造形美なのかを教えてくれる。

 

「ぐふふふ……いいぞ、いいエロさだ……」

「ぐぅぅっ、主様、申し訳ありません……」

 

 じろじろとした無遠慮な視姦に対し、アキラは頬を赤く染めて目を逸らす。性的な玩具にされているという羞恥心が、美女を炙っているようだ。吐息がほんの少し熱く、荒い。

 

「こ、これからどうするつもりなんだい……戦闘は終わったんだろう……」

 

 ランスを睨みつけるアキラの表情には、明らかに非難するような色があった。だが黒曜の瞳の奥には、欲望の種火が微かに認められる。

 貞淑な女にして、良き娼婦になれる素質か。そんな女としての姿を見せられれば、ランスももうたまらない。

 

「ぐふふ……勝者が敗者をどうしようと勝手なのだ。まずは……」

「はいはい、そのへんにしとけ。エロい事をしたいなら先に勇者だろ」

 

 アキラの胸に手を伸ばそうとしたところで、傍らの魔剣が喋った。

 

「エールが捕まえたかもしれんが、あっさり逃げるぞ。勇者とはそういうもんだ。コイツはどうせ逃げないから後でいい」

「いきなり何を言っているんだ」

「本当は喋りたくなかったんだよ。でももうヤダ。あいつのエロシーンなんて見たくない。カットで頼む」

「は?」

 

 気品と色気を持つ女性が発するとは思えない、ガチギレ気味の声が一瞬漏れた。

 

「なんだカオス、知り合いか」

「最悪のド淫乱のビッチだ。セックスが好き過ぎてありとあらゆるシチュの為に平気で嘘を吐くわやりたい放題するんだよ。正直こいつのせいで淫乱な女は苦手になったぐらいだ」

「…………お前が引くとか、どれだけビッチなんだ」

「心の友でも淫乱過ぎて引く奴とかいるだろ。その百倍と思っていい」

 

 頭の中にロゼのアヘ顔が浮かび、ランスはちょっと冷静になった。

 そういえば、この縄はアキラが直接手渡したものだ。流れされて疑問に思わなかったが、彼女は自分で縛られるのを希望し、縛られるのを恥ずかしがっている。よくよく考えれば不自然だ。

 アキラの方を見れば表情を悟られないように俯いている。図星と言ったところか。

 

「まあ、バーバラは抱いていると滅茶苦茶気持ち良かったしな。エールも気になるし、アキラが逃げないほど好き物というなら後でもいいか」

 

 ランスはアキラをひょいっと抱えると、戻ることにした。

 

「…………あんまりじゃないかい、この扱い」

「けっ、ざまーみろ」

 

 魔剣の馬鹿にするような声を受けて、アキラは遂に堪忍袋の緒が切れた。きっと顔を上げて、懐にある剣に向けて恨み言を飛ばす。

 

「ねえカオス、何の恨みがあってこんな事するんだい!? 僕がセックスを何より楽しみにしてるのを知ってるよね! せっかく頑張って戦ったのにお預けって、毎度毎度酷過ぎないかい!?」

「ビッチにはそれがお似合いだ。()()()()()()()()日から、お前を女とは思わん」

「あれはどう頑張っても持てないのをせめて契約で補おうとしてみただけじゃないか! 汚染人間以外不可能なセックスだし、刀身に五感はあるんだから気持ち良かったはずだ!」

「トラウマでしかないわ! こっちはドン引きだよ! お前のエロはブレーキが無いから駄目なんだ!」

「そんなものつける必要はない! 常に新しい快楽を模索するのがセックスマスターの使命だ!」

 

 ぎゃあぎゃあと二人は喧しく言い争う。エールの元へ向かう間も罵声が尽きる事がない。

 

「カオスは魔王戦争の時の恩も忘れちゃったんだね! あんなに身を粉にして頑張ったのに!」

「はー!? むしろ恨みしかないが。お前等揃って最後の最後に儂を裏切ったろ!」

「文句はあの世のガイとレーモンに言ってくれ! 僕も正直殺したかったよ!」

「じゃあ黙ってズバッと行っとけば良かったんだ! 隠者を気取ってたせいで儂等がどんだけ苦労したと思っとる! このスカポンタン!」

「ボケ老人にはどうせ言っても忘れるから言えないんだよ! こっちだって神々(あいつら)を誤魔化すのに散々苦労してたんだ!」

「ええい、うるさいわ! 俺がちっともわからん話で盛り上がるのはやめろ! 老人会か!」

 

 猿轡だけは噛ませるべきだったかと、ランスは深く後悔した。

 こういう時は他に押しつけるに限る。変態をエール達に押しつけるべく、式神が輝く地点へと足を速めていく。

 

「まさか、ここで! ここで無しにすると!? どんな判断だー! セックスさせろーーーー!」

 

 抗議の声が空に響く。

 エロゲーで、エロシーンのカットという処置を受けた変態はありありと不満を表明している。

 しかし本性を露呈した変態と、異性に対する蠱惑的な魅力を備えた勇者。素材の味としては劣らずとも、どちらが優先されるかは言うまでもなかった。




 次回、エロ。


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強姦か和姦か ★★★

 あらすじ

 新勇者バーバラはランス盗賊団を潰すべく、東ヘルマンの魔王討伐隊隊長に就任した。
 数の利によって押し潰さんと軍隊を引き連れてランス盗賊団のアジトを襲撃するが、そこに待ち構えていたのは盗賊団ではなく、魔軍だった。
 たまらずバーバラは逃げだしたが、エール・モフスの追撃に遭い捕まってしまう。
 気絶しているバーバラの下に、ランスが辿り着き……




「あっ、ランス! ほらほら、バーバラを連れて来たよー!」

「……………………」

「……ランス?」

 

 ランスの目の前には、極上の女が横たわっていた。

 無防備に力の抜けた肢体、清掃後でも僅かに残る血の滲んだ衣服、破れたスカートからちらりと見える下着、浅い呼吸に合わせて膨らむ胸、憂いを秘めた端正な顔立ち……全てがランスの耳目を奪う。

 ここが森の中の一角だとか、何故か涼しい顔でコーラが傍にいるとか、様々な事象が思考に入らない。かろうじて娘のエールが無事に任務を果たしたというぐらいで、それもすぐに片隅に追いやられる。

 代わりに圧倒的な獣欲が湧き上がってくる。目の前の女を一刻も早く犯すべきだと魂からの渇望がランスを突き動かす。股間のモノの硬度が増していく。

 これが本物の勇者。犯さずにはいられない、世界に一人だけの美少女だ。

 

「よくやった! 俺様はやる事があるから、後は頼むぞ!」

「へ?」

 

 ランスはバーバラを抱き上げると、肩に担いだ。

 

「ちょ、ちょっとランス!?」

「ここからは大人の時間なのだ! どうしても見たければ追っかけて来るんだな! がははは!」

「み、見るわけないよ!?」

 

 娘に情事を見せるべきではないという常識はかろうじて残っていたようで、ランスはバーバラを連れ去っていく。呆気に取られたエールには止めようない早業だった。

 取り残されたエールがあたりを見回すと、ランスが放棄した荷物が転がっていた。縛られているアキラは不満そのもの、コーラに視線を移せば肩を竦めてくる。

 勇者とのセックス以外、何もかもどうでもいい。そんな態度を明確にされた上で後処理を命じられるのは、流石に腹が立つ。

 

「……もー、ランスの馬鹿ー!」

 

 エールの不満の声は虚しく響いた。

 

 

 

 

 

 激しい揺れの中で、少しづつ意識が覚醒していく。

 敗北から意識を失い、現実逃避の中にある夢の景色が霞みとなり、バーバラは頭をもたげた。

 

「……むにゃ、母さん?」

「お、起きたか」

「…………!」

 

 寝起きのバーバラを迎えたのは、中々見ない母の笑顔ではなく、仇敵の下品なニヤけ顔だった。

 

「ラン、スッ…………!」

「バーバラちゃん、久しぶりだな。がはははは!」

 

 意識が一気に覚醒し、バーバラは今の状況を把握する。

 バーバラはランスに運ばれていた。未だ森の中ではあるが、山岳地帯が近くに見え始めている。後少し起きるのが遅ければ、アジトへとお持ち帰りされていただろう。

 負けて、犯されて、ランスの性の玩具と化す。そのごく一歩手前の状態だ。

 

「は、離して……!」

 

 バーバラはなけなしの力を振り絞った。肩口から抜け出そうと体を捩る。

 

「お、おおっと!?」

 

 ランスはバーバラを取り落とした。抜け出せない程度に力は入れていたのだが、以前よりも強い力でもって跳ねのけられた。

 今のバーバラのレベルは79。逡巡勇者がレベル20も上がれば常人にとってみれば60か70に匹敵する。そこまで来れば段違いというもので、ランスの想定を上回るのも無理はなかった。

 

「はぁ……はぁ……」

「おお、やっぱり勇者なんだな。随分強くなってるぞ」

 

 だが、その上でランスは満足そうに笑った。

 より体力がつき、より力がついた。大変結構。さらにセックスが沢山出来るじゃないか。

 そんな下劣なことしか考えられない。今のランスにとっては、バーバラの成長などどのみち無駄な努力でしかなかった。

 

「ぐふふ……俺様の手の内から逃げるとは大したものだ。これは褒美をやらねばな……」

「じゃあ、逃がして。私はもう、あんたに関わらないから……!」

 

 バーバラは満身創痍な身体に鞭を打ち、立ち上がる。

 傷の多くは塞がれていて見た目は良くなっているが、体力はほとんど枯渇している。体の動きは鈍く、今にも崩れ落ちそうだ。

 ランスはバーバラの状態を見極めつつ、愉快そうに笑った。

 

「よし決めたぞ。バーバラが大人しく降伏するなら、ベッドの中で優しくセックスしてやろう」

「お断りよ! というか全く変わらないんじゃない!」

「いやいや変わるぞ。もし断ったらここで激しく犯す。つまりレイプになるな」

「…………!」

 

 バーバラの背筋に怖気が走る。

 前は街の中でだった。石畳の上で縛られて、膝小僧を砂利で削られながら犯された。

 今度は森の中。蒸した苔や雑草が覆い茂る中で転がされて、樹木や木の幹に押しつけられて裸にされ、動物のようにまぐわうのか。

 あの時の経験がフラッシュバックし、様々な感情が頭の中を支配する。視線がランスの下腹部に向いてしまい、服の上からでもありありとわかるテントを見てしまった。

 

「がははは! 俺様のハイパー兵器に興味津々か! どうやら激しく犯す方がお望みらしい!」

「い、いやっ! 誰があんたなんかに……!」

 

 慌てて背を向けて、バーバラは逃げようとする。

 

「あっ……!?」

 

 だが、木の幹に足を取られてバランスを崩し、したたかに頭を打ちつけた。

 普段だったらありえないことだが、弱った身体と心理的な動揺のせいで、まともに逃げることが出来ない。もう一度立ち上がろうとしても、足に力が入らなかった。

 

「なんだそれは、ポンコツにも程があるぞ! がはははは!」

「ううぅぅぅぅ~……」

 

 バーバラが朦朧とする間にも、ランスに肩を掴まれて仰向けに転がされる。

 雑草の繁茂する土をベッドに、木々を枕に、ヘルマンの曇天を遮る森の草木を天蓋として。

 少女はいよいよその身を美味しく頂かれようとしていた。

 

「さーて、それじゃバーバラちゃんを激しく犯すとするか」

「やめっ、やめてっ、離して、離して、離してよぉ……!」

 

 バーバラはじたばたともがき、ランスの厚い胸板を叩くが止まらない。

 抵抗する女を犯すなんて慣れたものだ。ランスは瞬く間にスカートや下着をはぎ取り、バーバラの足を八の字に高く上げさせて、自分の身体を割り込ませる。そのままズボンを降ろしてペニスを露出させた。

 

「ひ、ひぃっ!」

 

 臨戦態勢のペニスを股の間に近づけられ、バーバラは情けない悲鳴を上げた。

 赤黒く光る百戦錬磨の強者は、先走りの汁がとろとろと垂れて、むせ返るような臭いをまき散らしている。性に未熟な少女が怯えるのも、無理もないことだった。

 

「がははは、待ちに待ったセックスの時間だ! 挿れるぞーー!」

「だ、だめぇ! そんな凄いのだと壊れちゃう! わたし壊れちゃうからぁ!」

「大丈夫大丈夫、今度はもっと楽だし気持ちいいはずだ。いくぞ、とぅっ!」

「や、やめっ――――んんんっ!」

 

 静止の声は無視され、ランスのペニスが膣内へと入っていく。

 バーバラは見悶えるだけでロクな抵抗も出来ずに受け入れるしかなかった。泡立つような水音とともに、一息に最奥までの侵入を許してしまう。

 

「あぁ……あぁぁぁぁ……」

「ほーらずっぽしだ。相変わらずキツキツな名器だな。俺様のハイパー兵器にきゅうきゅうと隙間なく絡みついてくるぞ。さすが勇者だ」

「う、嬉しくないぃ……うぅっ……! 抜いて、抜いてよぉ……!」

「ああ、もちろん抜いてやるぞ。ぐふふ……」

 

 ランスは無遠慮に腰を動かす。前へ後ろへゆっくりとストロークをつけて、バーバラに己というものを刻みつけていく。

 

「ぐっ……んっ……な、なんで抜くって言ったのに抜かないのよぉ!」

「がははは、ただし抜かせるのはバーバラで、出すのは俺だー! 皇帝液をどぱーっと出してやるぜ!」

「そ、そんなこと望んでないぃ……!」

 

 何を言おうが、始まったセックスを止められるのはランスだけだ。主導権は完全にランスにあり、バーバラはペニスを受け入れるしかない。

 

「うーん、気持ちいい。しかしわざわざ犯されに来るとは、バーバラちゃんも好きモノだな」

「ち、違う……私はあんたを殺しに来たのよ……!」

「なんだ。そうだったのか?」

「東ヘルマンの力を借りて、アキラを仲間にして、盗賊団なんて余裕で倒せるようになったのに、なんで魔軍なんて……! んんっ……!」

 

 ふふんと鼻を鳴らすランス。腰の動きを止めずに、無抵抗なバーバラの反応を眺めて楽しむ。

 

「そうかそうか。まあ、犯されるにも理由を用意しないと痴女だもんな。そういういじらしい努力は嫌いじゃないぞ」

「ど、どうしてそうなる、のっ……!?」

「雑魚がどれだけいようが俺様が勝つに決まっとる。それに……」

 

 ランスは素早く腰を突き出した。

 

「んんんんんっ!?」

「がははは、口ではなんと言おうが体は正直だな。犯されてるのに大喜びだ」

「あ、やめ、やめてぇ……! そんなに深く突かないでぇ……!」

 

 突くたびにぐちゅりと水音が鳴り、その度にバーバラが面白いように喉を鳴らす。処女だった時とは全く違う劇的な反応でもって、ランスを楽しませる。

 

(なんで……!? なんでこんなに違うの!? 前はあんなに痛かったのに……!?)

「どうして気持ちいいか、不思議そうな顔をしてるな」

 

 ペニスに走るうっとりするような感触を楽しみつつ、ランスは笑う。

 

「当たり前だ。処女じゃないというのもあるが、挿れる前から結構濡れてたぞ。逃げた時もエロそうだったし、捕まったのもわざとだろ」

「へ…………?」

「自分の身体なのにわかっとらんのか。さては自分のエロさに気づいてないな?」

「そ、そんなことあるわけ――――あああっ!」

 

 否定しようとした最中の一突きで思考が漂白される。抑えようもない甘い声が上がり、バーバラは何も言い返すことが出来なくなってしまった。

 ランスはただ速さや深さを切り替えて腰を突いているだけだ。なのにバーバラは両手でランスの服を握り絞め、快楽を堪えるのが精いっぱいになってしまっている。これでは抵抗など出来るはずもない。

 

「がははは、さらにこーんなことも出来るぞー!」

 

 ランスは無骨な手を伸ばして、バーバラの乳房を揉みしだいた。

 

「ちょっ……や、やめて、触らないで……! んんっ……! はっ、あっ……あぁぁ……!」

「くくく、俺様の超絶技巧に酔いしれろ! ほーれ、ほーれ!」

 

 成長途上の乳房が円を描くように揉みしだかれ、その形を歪ませる。力を入れると柔らかく弾力を返す乳房を、時には優しく、時には乱暴にもんで、こねる。

 

「あぁぁぁ……なんで、胸でこんなに……うぅっ!」

「さらにここはどうだ。ん、感じるだろう?」

「んんんんっ……! そこ、敏感なところだから、やめてぇ……! あっ、はぁぁぁっ!」

 

 尖り切った乳首にランスの指先が触れる度に、少女は甘い声で鳴き、金色の髪を揺らして悶える。声は甘く高く、腰は自然と突きに合わせて受け入れようと揺らめいていた。

 

(うう……なんで、なんでよぉ……! なんでこんなに……気持ちいいの!?)

 

 仇敵に犯されているのに、最も嫌いなタイプの人間なのに、これまでに幾度となく斬って捨ててきた男達そのものなのに――――気持ちいい。

 心や思考を裏切って、身体は貪欲に男を求めていた。

 肉欲によってバーバラはどんどん流されている。理性が端に追いやられ、少女を一匹の雌へと変えつつある。どうすれば目の前の雄を喜ばせられるかと、きゅんきゅんと膣を締め上げてしまう。

 

「おほほほ、これは本当に気持ちいいぞ……たまらん……」

 

 ランスはペニスの感触に陶酔し、目の前の愛おしい女に接吻をするべく顔を近づける。

 

「お礼にこっちも気持ちいいと教えてやろう。ほれほれ……」

「―――――だ、駄目ぇ!」

「んごっ!?」

 

 これまで一切抵抗らしい抵抗のなかった、いやむしろ、男の劣情を誘うような抵抗しかしていなかったバーバラから激烈な反応が帰ってきた。

 人間離れした膂力でもって両腕が突き出され、ランスの顔を遠ざけようと顎が押される。

 

「な、なにしやがる!?」

「い、いくらやられても、それだけはダメ!」

 

 潤んでいた空色の瞳には、初めて怒りの色があった。

 ランスからしてみれば、これまでのバーバラは全て誘い受けのための行動にしか見えてなかった。それが接吻となった途端、全力の抵抗を食らっているため、面喰らってしまう。

 

「ぐぬぬぬ……! キスだけは、キスだけはダメ! あんたに全部奪われるのだけは許さない!」

「アホか! 処女も奪って中出しも決めてるんだぞ! 今更意地になってどうすんだ!」

「それ、でもよ……!」

 

 バーバラはギリッと歯を食いしばり、渾身の力を腕に込める。

 ランスに初めてを散らされ、胎内に精液をこれでもかと注がれ、余すところなく犯された。

 でも、だからこそ、最初の交合の時にやられなかったキスだけは、好きな人に残せる唯一の物だと、乙女心が声高に叫ぶ。

 最初の接吻は、好きな人に渡したい。

 肉体と欲望が屈して受け入れても、心だけは絶対に渡さないというバーバラの宣言だった。

 

「ふざけるなよ! 俺から抵抗出来ると思っているのか!」

「うぅぅぅ……! ぐぬぅぅぅ……! ッ~~~~~~!」

 

 だが、それでもランスの力はさらに桁外れだ。バーバラが常人の首をへし折るような力で防ごうとしても、少しづつ頭が迫ってくる。

 

「ダメダメダメぇ……! あああああああっ……! は、な、れ、て、ぇ……!」

「誰が離れるか――っ!?」

 

 ここでランスは、バーバラの指に力が込められ過ぎて赤白くなっていることに気がついた。

 このまま無理に突破すれば骨が折れるかもしれない。それぐらい制御を壊した力でもってランスを防ごうとしている。

 

「…………っち、やめだ。萎える」

「あっ…………」

 

 ランスは接吻を諦めて頭を上げ、バーバラの手もランスから離れて地面に落ちた。

 

「はぁっ……はぁっ……」

「お前、変なところで強情だな」

「うる、さい…………キスはね、好きな人に捧げるものなの。あんたは好きな人じゃ、ないから」

「ふん、その様子だとそもそも意中の男なんていたことないんだろ。少女漫画か何かで読んだとかで、恋に憧れてる口か」

 

 バーバラは何も答えず、そっぽを向いた。

 

「えっちな子は好きだし、身持ちが硬い子も可愛いが、その両方を変な感じで持っとるな。全体的に経験不足だからか?」

「…………とにかく、キスはダメ。それをやったら、絶対に許さないから」

「……ふん」

 

 ランスは気を取り直すと、また自分を盛り上げるべく少女の肢体に手を伸ばす。性感を高ませようと、掌の中の乳房をこねる。

 

「じゃあなんだ。俺がこんな風に胸を弄るのは、いいっていうのか」

「うっ……はぁっ……んん……キスよりかは、ね……」

「こんな風に腰を動かしてセックスするのもか。キスしないならいいんだな?」

「あっ……! あぁっ……! き、キスを……しないなら……!」

 

 ランスがペニスを激しく擦ると、膣内はうねるように受け入れてくれる。

 

「くくく、そうかそうか! それならどうしようかなー! ゆっさゆっさとな!」

「あああっ……! そんな激しく、しないでぇ……! んんんっ!」

「抵抗するとキスをするぞー! キスされたくなければ抵抗するなー! 足を広げろー!」

「あっ、あっ、はぁっ……恥ずかしいの、いやぁ……でも、キス、いやぁ……」

 

 陶然とした声を上げつつ、バーバラはランスのペニスを受け入れやすいように力を抜いた。

 それに応えるようにランスはより深く腰を落とし、バーバラの最奥を揺さぶる。

 

「がははは、これはこれで面白いな! とうとーう!」

「んっ、ああぁぁぁぁぁっ……!」

 

 ランスはキスを脅しに使い、バーバラに性感を高めるような仕草を求め、バーバラもそれに応えてしまう。結合部の水音はいよいよ激しくなり、両者の息使いは荒くなっていた。

 性快楽にすっかり惚けたバーバラを眺め、ランスは悪戯っぽく笑った。

 

「くくっ……おい、バーバラ。お前、もうイキそうだろう」

「あっ……はぁっ……んっ……、い、イキって……?」

「絶頂するってことだ。頭の中がふわーってなることだぞ。お前、セックスは好きっぽいのに何も知らんな」

 

 ランスから見れば、目の前の少女はひな鳥だ。性欲は強いくせに性快楽に繋がる知識については何も知らないらしい。教育を受けてないのか、自分から拒否していたか、その両方か。

 それならば、幾らでも間違った考えを刷り込ませるのも簡単だろう。

 自分次第で少女を変えられるということに昏い興奮を感じつつ、ランスは口を開いた。

 

「いいか。イクってのはな、好きな男とのセックス中に沢山起きるもんだぞ。つまりお前はイク度に俺が好きですって言ってるようなもんだ」

「え、えぇ…………!? 違う、違う違う違う、絶対違う!! だって、大嫌いなのに何度も何度も……!」

「あぁ、前も乱れっぱなしだったからな。まったく素直じゃない奴め」

「だからそれは嘘よぉ……! オナニーの時だって相手はいなかったし……!」

「……オナニーとか、恥ずかしい言葉使うんだな」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~だって、だってそれはあんたが! うぅぅぅぅ……!」

 

 バーバラは首を振って羞恥に悶える。

 余裕がないからランスが教えた言葉を使ってしまった。快楽の奔流の中で、バーバラは正気ではいられない。これまでの性の経験が素直に出てしまう。

 

「ちっ……これは失敗か。じゃあ次だ。イッてる時にキスを拒否してみろ。出来なければお前は俺の事が好きってことにするぞ」

「は、はぁ!? 約束、約束……!」

「がははは! 俺が好きな男になってしまうなら仕方がないなー! そろそろ本気でやるぞー!」

「あっ、あっ、あっ、あっ! はぁぁっ……! や、やめっ……! あぁぁぁぁっ♡」

 

 熱く激しいピストンが始まり、バーバラは抗議の声すら上げられなくなった。

 

(無理無理無理……! もうイク……! イッちゃう……!)

 

 グツグツとした下腹部の熱はいよいよ白熱し、どれだけ抑えようとしてもしきれない。むしろ堪えた分、絶頂は長いものになりそうだ。

 絶頂すれば過去の経験から詰むと知っている。完全に放心してランスのなすがままになる。そこからキスを迫られたとしても、拒否することは出来ないだろう。

 これまで必死に抑えつけてきた肉欲は完全に理性を殺しにかかり、何もかもを白く染めていく。それでも僅かに残った純情な心が、これでいいのかと抵抗する。

 

「がははははーー! そらそらそらー!」

「ああっ、あっ、あっ、あああああぁっ! だめ、だめ、だめぇ……っ! ~~~~ッ!」

 

 どうにも抑えきれない事を悟り、絶頂しそうな中でバーバラは――――

 

「――おおっ!?」

 

 ランスの胸板に頭をうずめ、腕を背中に回してぎゅっと抱きしめた。

 

「あぁあ゛ぁ゛ぁ゛あああぁ゛あ゛あ゛ああぁ!!!」

「お、おおおおおおおおおおお!!?」

 

  どくっ! どくどくっ! びゅっ! びゅるるるる……!

 

 バーバラは、強く強く絶頂した。

 ちかちかと頭の中に火花が散り、足のつま先までぴーんと張らせて、膣内にあるモノを強く締めつける。それに伴ってランスのペニスから熱い精液が迸り、少女の胎内にこれでもかと流れ込んでいく。それがまた快楽を増幅させ、バーバラをより深い絶頂へと落とし込む。

 

(あ、あぁ♡ 凄い♡ 凄いよぉ♡)

 

 身体は心を裏切って、大嫌いなランスに抱かれて多幸感を感じていた。

 

「おぉぉぉぉぉ~~~~」

 

 ランスもまた、快感に身を震わせていた。

 膣壁の締めつけは天上の心地であり、せり上がる精液をどこまでも貪欲に受け止めてくる。収縮して奥へねだる動きもたまらない。追加で精液を送り出さんと睾丸が蠕動してしまう。そしてまた射精する。

 圧倒的な征服欲と充足感のせいで、胸板に頭を押しつけるバーバラが愛しいと思ってしまう。

 長い間、二人は恋人同士のような恰好で、長い絶頂の最中にいた。

 

「お、おぉぅ…………凄かった……」

「は、はひ…………あぁぁぁ……♡ しゅ、しゅごい……♡」

 

 やがてなんとか絶頂から抜け出せしても、二人は余韻に浸っていた。

 ぽたぽたと、白い粘液が結合部から溢れて落ちている。少女の胎内に収めきるには余りに多くの精液が注ぎ込まれた証だった。普段のランスの二発か、三発分に相当するのではないか。

 先に回復したランスは首を振ると、バーバラを驚きの視線で見つめた。

 

「ううむ、こいつマジで凄いな……へたっぴなはずなんだが、俺様をあっさりイカせるとは。これが勇者なのか」

 

 予想外な行動に対し、可愛く思ったのは間違いない。だが、百戦錬磨のランスが制御出来ずに精を吐きだしてしまうのは、それだけではなかった。

 バーバラとセックスをしていると不思議な感覚が生まれるのだ。まるで魂から幸福感が染み出すような、麻薬にすら勝る陶酔感。求められるにあたっては、それが一際強くなった。

 勇者特性、異性からの異常な好意。ランスにとってはセックスが実に気持ちいい方向へと作用している。目の前の少女が特別な女だと認識してしまうのも、当たり前だった。

 そして、その特別な少女が自分を求めていることに、ランスはつい口唇が緩んでしまう。

 

「がははは、俺様のセックスが凄すぎて惚れたか。まったく、素直じゃないエロ娘め。まあでも、これでお前も認めるしか……」

「ち、ちが、ちがぅぅ~……♡」

「ん?」

 

 胸板に押しつけられた頭から、蕩けた声がする。

 

「しゅきじゃない……しゅきじゃないのぉ……きらいなのぉ……♡」

「何をアホなことを。今も恋人みたいにべったりではないか」

 

 バーバラは今も余韻が抜けられないようで、ランスの背中に回された手が離れていない。大好きだとばかりに抱き締められていた。

 

「この有様で、どうして俺が好きじゃないって言えるんだ」

「キス、されてない……されてないの……だから、しゅきじゃないぃ……♡」

「…………!」

 

 ランスは驚愕に目を見開いた。

 確かに、バーバラは接吻を回避した。頭より下に身体を押しつければ、ランスでもキスのしようがない。ランスが言い渡した理不尽な難題は、きっちりと回避されている。

 ただし、その代償としてランスとより深く密着し、より深く愛し合うような形になって、より深く快楽を増幅させてしまったのだが……何にせよ、バーバラの初めては守られている。

 ランスは見事にしてやられていた。

 

「…………くくっ」

 

 だが、そうと気づいても怒りの感情は湧かない。むしろ沸々と高揚するような、様々な気持ちが湧き上がってくる。

 出会えた喜びがある。セックスの気持ち良さに対する評価も高い。意外に一途な部分が可愛くてたまらない。抱きしめられている愛情深さも良い気持ちにさせる。

 だが、これらの感情をあえて一言でまとめるとするならば――――やる気だ。

 

「がは、がはははは! がーーーはっはっはっはっは! やるではないか、バーバラ!」

「ふにゃ……ふぁ……なでない、で……」

 

 ランスは金色の髪をぐしゃぐしゃに撫でさすり、上機嫌に笑う。

 

「――――面白い! そして実に可愛いぞ! まったく、お前は最高の勇者だ!」

 

 猛烈なやる気が湧き上がる。

 魔王時代ではあり得ないような興奮と高揚に、ランスは満たされていた。

 

 目の前にいるのはただのエロ娘ではない。貞淑さもある、世界一の美少女だ。

 もしこの少女の心まで手に入ればどうなるだろうか。きっと全てを一途に、献身的に捧げてくれるだろう。そうなったらどれだけの大満足が得られるだろうか。

 セックスがしたいだけではない。なんとしてでも落としたい。

 バーバラは、()()()()に加えるに相応しい、最高の女の一人だ。

 猛烈な興奮に押されてランスはバーバラの顎を持ちあげ、可愛らしい顔を固定する。

 

「……ぁ? き、キスはダメェ……!」

 

 性快楽に酔い、陶酔しきった瞳に正気が戻り始める。

 今接吻するのは簡単だ。ただ顔を近づけるだけで、バーバラは今度こそ抵抗できずに接吻をしてしまうだろう。未だにふにゃふにゃで快楽から抜け切れてない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「おい、バーバラ。良く聞けよ」

 

 だからキスはせずに、ただ静かに笑って、自信満々に宣言する。

 

「俺はお前を落として自分からキスをさせるぞ。さらに大好きだって言わせてやるからな」

「は、ぁ…………!? あ、ありえないから……!」

「俺様の言うことは絶対だ。必ず叶う。だから今も、これからもキスはしないでやる。未来の恋人に捧げられることに感謝するんだな。まあ俺なんだが」

「………………!?」

 

 呆然として何も言えないバーバラをよそに、ランスは女を堕とすべく動き出す。

 最初の一手は腕でも、口でも、足でもなく……腰からだった。

 

「んあああっ♡」

 

 ランスの一突きによってぐちゅりと水音が鳴り、バーバラはまた甲高い嬌声を上げた。

 

「ぐふふ、まずはたっぷりとセックスの味を教えてやろう。まだまだ満足しとらんしな」

「あっ……はぁっ……そんな、イッたのに……♡」

「がはははは! セックス中にキスしたくなったらいつでも言うがいい! とーっても気持ちいいからオススメだぞ! 代わりにお前のあだ名はエロ娘になるがな!」

「んっ……あっ……はぁっ……だれが……やるかぁっ♡」

 

 絶頂した膣内はさらに敏感で、蕩けるような性感をバーバラに与えてくる。理性が薄らいだ少女をより獣に変えるべく、ランスの動きが早くなっていく。

 

「そうだ、その意気だー! 何発もやるから頑張れよー! とうとーう!」

「あうっ、うぅぅ……あぁぁぁぁぁぁぁっ……♡」

 

 森の中に喘ぎ声が木霊する。魔王と勇者のセックスはまだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 雄と雌のまぐわいは日が暮れるまで続いた。

 ただその間、双方の唇が触れ合うことは、遂になかった。

 

 

 

 




 一回やるとドチョロイン。 
 ボッコボコにされて男に背負われてエロモード入ってザコと化しちゃった。
 どこまでもポンコツ勇者である。






 ランスの戦闘(活躍)回。ランスアキラ戦がカットされたけど、しょうがないね。
 次回、だからペースを上げろ上げろ……


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盗賊団のアジト ⑦失敗と成功と失敗

 夜の帳が下りて、静かな森が帰ってきた。

 争いの影はどこにもなく、くぐもった声と物音も終わりを告げた。

 

「はふー…………えがった、えがった」

 

 裸になったランスがまったりとしていた。背中合わせとなったバーバラの寝息を聞きながら、何をすることもなく時の流れるままに任せる。

 

(くくく、もう邪魔者はおらんし後はハーレムに連れ帰るだけだな。今は大嫌いらしいがすぐに俺様の魅力にメロメロになるだろう。そうなったらどんなプレイをしようかな。紳士的に恋人っぽいセックスをしてみるか? いやいやそう見せかけて激しく犯すのも……)

 

 そんな身勝手極まる妄想に、ランスは耽っていた。

 男にとって抱いた女との未来を夢想するのは至福の時だ。どれだけやっても楽しいし、飽きる事はない。次から次へと見たい景色が頭の中で浮かんでは消えていく。

 だから一陣の冷たい風が吹いて肌寒さを感じるまで、時間の経過に気づかなかった。

 

「……まだ夏なはずなんだがな。ヘルマンは涼しくなるのも早いか」

 

 何にせよまずはアジトに帰ってからだと一人ごち、ランスは自分の服を着ることにした。脱ぎ散らしかした服を着こみ、鎧を装着し、最後に遥か彼方に投げ捨てたカオスを取りに行く。

 

「はぁーあ。これっぽちも混ぜる気なかったんだな。見せてくれるだけでもええのに」

 

 土壇場で蚊帳の外に追いやられた魔剣は、エロに混ざれない不満を漏らした。

 

「あれは俺様の女にするからな。お前には一度もやらん」

「すっかりご執心ですこと……ま、多分もう手遅れだけどな」

「はあ?」

 

 どういうことだと問い返そうとして、地が揺れた。

 

「お、おぉぉ!?」

 

 局地的な地震が、ランス達のいる狭い範囲に発生していた。

 誰もが不安定で立っていられないような揺れの中で、地が割れる音が鳴る。

 

「な、なんだこりゃあ!? いや、前にもあったような……!?」

「どーにも、これが勇者らしいんだよねー。捕まえようとすると逃げるの」

 

 慌てて振り向くと、もうバーバラは割れる大地に吸い込まれつつあった。

 完全に意識を失った女体が滑り、生まれ始めてた谷底に飲み込まれていく。

 

「ふざけるなよ! この程度で俺が逃がすと思っているのか!」

 

 ランスは地を無理矢理蹴りつけ、深い谷底となった亀裂に躊躇なく身を投げた。

 並みの人間ならば誰も動けないような振動だったが、ランスならば話は別だ。例えどれだけの底無し穴だろうが、地の果てまで追える。見失わななければ捕らえられると信じてバーバラを追う。

 しかし今回の相手はポンコツ勇者ではない。『勇者特性』だった。

 

「邪魔だ邪魔だ! ええい、なんだこりゃ!?」

 

 まず一瞬前まで開いていた谷間から岩盤が隆起して立ち塞がった。即座にランスアタックで破砕するが、その時には岩盤は幾重にもせり出している。まるで少しでも時間を稼ぐように天災が立ち塞がる。

 それでも相手は落ちるしか出来ないはずだと狭くなる地形を無視して斬り壊すが、今度は鉄砲水が際限なく湧き出してきた。どこぞの地下水を『偶然』掘り当ててしまったらしく、亀裂を埋めるように下から猛烈な勢いで射出される。

 

「がっ…………!?」

 

 どれだけ強靭な肉体があろうが、足に地がつかないタイミングで鉄砲水を受ければ物理的に浮くしかない。

 一度押し返されたら後はお察し。濁流に流されて全く身体の身動きが取れないまま元の場所まで戻される。天からエロシーンは終わったんだからもう諦めろと言われているような気がした。

 しかしそれで諦めるランスではない。びしょ濡れになっても即座に起き上がり、亀裂に飛び込もうとする。

 

「くそっ、もう一度だ!」

「心の友、もう遅いから。空見てみ」

「なに言ってんだ。地面に吸い込まれてなんで空を……!?」

 

 いた。

 バーバラの裸身が、こことは別の湧き出る鉄砲水に攫われたらしく、宙高く飛んでいた。

 そのまま『偶然』超強烈な突風を捕まえたらしく、グングン、グングンと猛烈な勢いでヘルマンの厚い雲に紛れて遠ざかっていく。

 

「……………………」

「あれ、追えるか?」

 

 流石のランスでも無理だった。

 ランスは空を飛べない。目視が出来ない以上どこに落ちるかもわからない。その上さっきのような妨害もあると考えれば、諦めるしかなかった。

 ランスは怒りのあまり、魔剣を思いっきり地面に叩きつける。

 

「ぐへぇっ!?」

「こんなのあるならとっとと言わんか! ボケ魔剣が!」

「いや、説明しようとしたらあんた放り投げてたじゃん! ぐげげぇっ!」

 

 げしげしと魔剣を蹴りつけ、八つ当たりをするランス。

 だが何をしようが時は元に戻らない。先刻まで腕の中で可愛い声を漏らしていた勇者は流れ星となり、またもハーレムに加え損ねた。肝心要の油揚げをさらわれたのだ。

 

「これでまた最初っから捕まえなおしかー! ふざけんなー!」

 

 こうして、ランスはまたも勇者バーバラを取り逃した。

 

 

 

 

 

 空に走る流れ星を認めると、コーラは口を開いた。

 

「さて、今日はこのあたりで去りますか」

「え、もうすぐ宴会やるんだよ?」

「仕事があるので」

 

 エールの問いに対しても素気ない。担いでいた食料の入った箱を所定の場所に置く間にも、視線は南の空に注がれている。

 

「ふーん、じゃあしょうがないね。お仕事がんばってね」

「ええ、ではまた……」

 

 そう言って、コーラは消えた。

 エールの傍らにいた長田は首を捻ってしまう。

 

「なあ、あいつなんだったんだ? こっちでもずっと雑用してたけじゃん」

「なんなんだろうね。仕事って楽しいのかな。良くわかんないや」

「ま、そんなことより祝勝会だな。ハニ飯も手に入ったし、今日は豪勢にやろうぜ!」

「うん、そーだね!」

 

 二人はぱたぱたと山を登り、上へと駆けていく。

 

 あれから、エール達はこの騒動の後始末をしていた。

 ランスはどこかに消えて行方不明。恐らくは勇者とのセックスに夢中だと考えられ、指示がない以上は魔王の子達に指揮権が渡る。

 エールは戻った後で、戦うよりも面倒な敵――戦後処理と向き合う羽目になった。

 特に忙しかったのはミックスとリセットだ。無血の三万降伏を作業として進めるのは尋常ではなく、双方の血気盛んな兵を宥めるのに苦労していた。

 この手の交渉ではすぐに日光を抜き放つエールでは役に立つわけもなく、食料の分配作業などの単純労働に回された。捕虜のアキラの方がリセットに接収されて重宝されていた。

 戦争行動に必要な糧食の分配、今後の村落の支配と担当、捕虜ヘルマン兵の監視体制の確立、血をみない緩やかな武装解除、魔物使いの処遇……とても一日では片付けきれない膨大な仕事の山に魔王の子達は忙殺された。

 そうして日が沈むま駆け回り、様々な指示を出し、働いて――――やっと目途が立ちつつある。

 戦争は始めるよりも、止める方が難しいのだとエールは思い知ったが、何にせよ面倒な時間はもう終わりだ。

 後は予定通り、待ちに待った祝勝会がある。

 

「おつかれーーー!」

「うえいうえい、いえーーーい!」

 

 見晴らしの良さが重視され、祝勝会は山上で開かれることとなっていた。

 魔法ハウスを設置してそこから料理を運びこみ、大自然のパノラマを楽しむ塩梅だ。既にナギや志津香、シィルといった人間が準備を着々と進めている。

 色鮮やかな料理が次々とテーブルに運ばれ、皆の顔は明るい。

 

「肉良し、野菜よし、ジュースよーし!」

「酒もあるぞー!」

「ナギは酒抜きね。この姿で飲んだら子供達に悪いでしょ」

「ぐっ……お姉さま、いけず」

「私も飲まないから我慢しなさい。エールもまだ始まってないんだから、隙を見てくすねない」

「ぎくっ」

 

 志津香に睨まれて、エールはすごすごと菓子を元の位置に戻した。

 ただ、伸び盛り、育ち盛りの少女にとってお預けは辛いものがあるらしく、エールの志津香を見る目がわんわんのようになっている。

 

「……これで我慢しなさい」

 

 視線に耐え兼ねて、志津香は懐からクッキーを取り出す。途端にエールは華やいだ笑顔を浮かべて寄って来る。

 

「わーい! 志津香のこういうところ好きー!」

「はぁ……なんだかね……」

 

 エール・モフスは冒険においては末妹ポジなのだが、どちらかと言えば動物に近いのではないかと志津香は思ってしまうのだった。

 

「はむはむ……あと誰がいないんだっけ?」

「ミックスとリセットと……ウズメだな」

「噂をすれば影の如く! それが理想の忍びでござるよー!」

 

 しゅたっとウズメが現れて、紙飛行機を投げた。

 

「忍法、紙飛行機の術! これで今日のお仕事は本当に終わり! ばいばいきーん!」

「おー、じゃあ後は……」

「ただいまー! 帰って来たよー!」

「た、ただいま~……」

 

 最後のメンバー、リセットがミックスの手を引いて現れた。

 

「いやー、ごめんね遅れて! どーしても納得しきれない人たちが何人かいて、中々終わらなかったんだけど、なんとかなりましたー!」

「ね、姉さんタフだわ……クレーム対応って疲れない……?」

「こういうのは慣れもあるから、ミックスちゃんも大変だったねー」

「…………健康な人達が苦手になりそうだったわ」

 

 よしよしと頭を撫でようとして、全く背丈が足りずに後ろに回り込んで背中をさするリセット。そのあまりの可愛さにエールがすり寄っていく。

 

「はぁぁぁぁぁ~~~~~~♡♡♡♡ お姉ちゃんかわいいぃぃ♡」

「エール、ハウスハウス! あんっ!」

 

 静止しようとした長田が割られて破片が散らばり、すぐに復活して「もーっ! お前はー!」とぽかぽかと殴り返す。いつもの二人の漫才にナギが腹を押さえて笑い、志津香が窘める。家族達の輪の中で、リセットがにこにこと笑っている。

 完全に前の冒険の時と同じようなノリだった。

 

「それじゃ、揃うものも揃ったし相棒が音頭を取るぜ!」

 

 いつのまにやらじゃれ合いが止み、場の中心でエールがなみなみと炭酸水の入ったジョッキを持っていた。皆の視線はエールには注がれていて、このあたりの呼吸というのは実に全員が心得ている感がある。

 リーダー稼業がすっかり板についたエールは、満面の笑みを浮かべて声を張り上げる。

 

「みんなお疲れ! 今回の戦いはボクが敵の大将を捕らえていつも通りの大勝利だ! だから今日はボクの大将軍就任を祝して、家族達の再開を祝して盛大に食べて飲もうか!」

「待っていましたー!」「いいぞー!」「その大将軍ってなんなんだよー!」

「それじゃ、カンパーイ!!」

「「「カンパーイ!!!」」」

 

 グラスとジョッキが打ち鳴らされ、勝利者達の宴が始まった。

 まんが肉や握り飯のような腹持ちのいいものがまず数を減らし、明るい喧噪の中に消えていく。

 

「そうだ、お姉ちゃんの冒険の話も聞かせて!」

「そうだねえ、中々見るものが多かったかな。コサックは凄く様変わりしてて数日じゃ全部周りきれなかったよ」

「なんでこの人首都に行けたんだ!? いや、この感じだと思いっきり観光してるぞ!」

「案内してたでござるよ、にんにん」

「姉さん……私には散々危ないって念を押してたのに……」

「動くとなったらかなりお転婆なんだよねー。興味のあるもの全部に首突っ込んでた」

「こっちは疲れたわ……」

 

 魔法の灯に照らし出された人の輪はとても眩しかった。これで戦争が始めるとは思えないような雰囲気だ。

 だが、火種は下で燻っている。

 眼下の闇は魔物兵に満ちていて、天幕内の魔物将軍は進軍計画を練っていた。降伏した兵士達は懐疑の目で魔物兵を見ていて、将軍は中隊長達と今も激論を交わしている。

 今はいいが、何かを間違えればすぐに血が流れるだけの敵意が渦巻いていた。

 

「なーーにーーー!? アキラを逃がしただとーーーー!」

「ごめんなさいね、ランス君。大先輩だし色々世話になったし、頼まれちゃったら逆らえないの」

「ぐぬぬ……完全にただ働きかー! クソッタレがーーーー!」

 

 何より、総大将であるランスはこの展開にちっとも納得していなかった。

 戦争が始まる。人間魔物双方の生命を燃やし、我欲に満ちた男が全てを手にするべく動き出す。

 魔王の子達は、この戦争で何を為していくのだろうか。

 

 

 

 

 

 ヘルマンは冷たく厳しい土地だが、水源にはそれほど困らない。

 基本的には枯れて作物が育ちにくい土地なのだが、湖ならば各地に点在する。山岳地帯の雪解け水を受けて自然に出来たものもあるが、何故ここにあるのかと学者が首を傾げたくなるような立地条件のものもあった。

 これは神の御心によるものだと言う者もいたが、なんにせよ井戸や湖のお陰でヘルマン人は真水に関しては不自由しないで済んでいる。

 代わりに痩せた国土で徹底的に悩まされた。基本的にヘルマンはごく一部の例外を除いて荒野ばかりだ。(くだん)の湖では食用には適さない高い木々が根を張って森として湖を覆い、切り倒そうが焼こうが頑として栄養を譲らず、田畑を切り開かせなかった。

 そうなれば残った痩せた土地で食物を辛抱強く育てるしかない。ヘルマン地方の人々は昔から食に関しては悲惨で腹を空かせた。代わりに戦いに使える鉱物資源は山と出る。衣食住は最低限のラインが確保されているから、為政者が無能でない限り人口はすぐに増えてくれる。

 総括すると、これら全てが神の御心とやらならば『最低限の食と水はやるが、後は奪え』と言っているような地域が、ヘルマン地方だった。

 

 そんな数多く存在するヘルマンの湖の一つ、ワビ湖に話は飛ぶ。

 ワビ湖はボルゴZとログBの中間地点にある湖だ。バラオ山脈と周囲を囲む丘で二段構えになった山脈の景色は美しく、冒険者が訪れると思わず足を止めるような場所だった。

 今夜もその景観は素晴らしい。雲の間から透ける星々に魅了され、この世界の美しさを堪能するには相応しい場所と言えるだろう。

 

 湖にぷかぷかと浮かんでいる、裸のどざえもんがいなければ。

 

「……………………はは、こんなになっても生きてるのね」

 

 水死体が喋った。というかポンコツ勇者のバーバラだった。

 流木にしがみついて力無く体を預けている。高空から湖に自由落下(フリーフォール)してなお、彼女は生きていた。

 

「あー……負けた、負けた。ははは……」

 

 バーバラは乾いた笑いを漏らす。

 朝には東ヘルマンの最精鋭三万を従え、リセット達魔王の子に囲まれて魔王退治と意気込んてたのだ。それがどうだ。

 結果は身一つしか残らずに負け、自分一人だけ逃げおおせてしまった。

 ここまで完璧に負ければ笑うしかなかった。

 

「いやー、もうこれどうしよっか。はは、服どうしよっかなー……」

 

 身体はボロボロであちこち痛い。金はない。持ち物もない。おまけに犯された。

 全てを無くすといっそもう清々しくなるものだ。現実逃避で景色が綺麗だなとかそんな考えが頭に浮かんで、暫く眺めてみたりする。実に美しい。ああ綺麗。ずっと眺めていたい。

 それでも現実逃避ばかりではいられない。腹は減るし体は冷えていく。ゆっくりとバーバラは湖を泳いで上がった。

 

「誰もいないのが幸いね……ふふ、誰もいない。今朝はあんなにいたのに……誰も……」

 

 孤独な少女の独白は、やけに遠くまで響いた。

 今のバーバラは一人ぼっちだ。誰も見ていないから裸身を晒して伸びをしても問題ない。

 そうして、凪となった心で周囲を見回すと。

 光り輝く剣が、すぐ傍に突き刺さっていた。

 

「…………なんでここにあるの」

 

 エスクードソード、勇者の剣。

 エールとの敗北時に手放し、ランスとの時にはもうなかった剣が、すぐ近くにある。

 

「そりゃ私も信じられない飛び方したけど……これもついでに飛んでたってわけ?」

 

 バーバラが柄に手をかけると羽毛のような軽さで抜け、しっかりと手に馴染む。握り込むと主の求めに応えるように、淡く光った。

 

「あのねぇ……見てりゃわかったでしょうけど、勇者なんてやらないからね。私はお金稼ぐためにあんたを利用してるだけ。ただの冒険者だから」

 

 エスクードソードは何も答えない。

 元々意思がないため何を言ってもバーバラの独り言だ。焼きが回ったかと首を振る。

 

「はぁ、勇者特性ってほんっと駄目ね。裸一つに剣くれたって大して役に立たないわよ。それよか安物でも服の方がよっぽど……」

 

 その時、後ろから声がした。

 

「おや、じゃあ元の装備はいらないんですか」

「ひゃっ、ひゃあああああああああっ!?」

 

 慌ててバーバラが飛び退くと、コーラが立っていた。影のように現れる従者だが、こういう時は心臓に悪い。

 

「こ、コーラ、いつの間に……!?」

「たった今ですよ。流石に時間がかかりましたね」

 

 コーラは背中の大荷物を降ろすと、次々と荷物を投げつける。

 

「衣服、替えの下着、冒険者鞄、鞘、その他装備……恐らく抜けはないと思いますが、何か他に大事なものはありますか?」

「…………探してきてくれたの?」

「まあ、従者なので。あれがないとゴネられて時間浪費しても勿体ないですし」

「え、ええと……あの……」

 

 何かを言いたげな勇者を見て、コーラは肩を竦めた。

 

「まったく、実に無様でしたよ。同格同士だとあんな腰の引けたやる気のない戦いになるんですね。欠伸したくなるような見世物でした。交尾の時の方がよっぽど熱心だったんじゃないですか」

「素直に礼を言おうとした私が馬鹿だったわ」

 

 バーバラは溜息を吐くと、自分の下着を拾い上げて着替えに入った。

 

「コーラがここにいるなら、アキラはどうしたの?」

「捕まってましたけど、あの程度ならいつでも抜けれるから心配するだけ無駄です。『可哀想な主様。傷ついた心を暖かい食事と柔らかい寝室と僕のテクニックで癒して差し上げなくては』とか呟いてましたし、街に戻れば顔を出すんじゃないですか」

「最後のは絶対不要ね。ランスのアジトに置いて来た人達はどうなった?」

「魔王の子達は仲良くやってましたよ。二つの軍隊は緊張状態ですが、双方命令を律儀に守っているから衝突は起きていません。勿体ないですねー」

「そこでなんでそんな感想が出て来るのよ……」

 

 これまでも従者と勇者の会話は何度もあったが、価値観が違い過ぎて噛み合わない。事務的な報告に皮肉と毒舌がついて回るのでバーバラは頭が痛くなる。それでも時間潰しにはなる。

 着替えが終わる頃を見計らって、コーラがいつもの言葉を吐いた。

 

「それで、次はどうしますか。バーバラ」

「…………」

 

 バーバラはじっとコーラを眺めた。

 従者は何も変わらない。

 負けてもバーバラについてきた。裸一貫で放り出されても、剣と従者はついて来る。

 

「……ログBあたりで美味しい食事でも貰ってゆっくり寝ましょうか。もうなんか疲れた。考えるのは後でいいわ」

「やれやれ、どこまでもだらしない勇者ですね。戦争が始まるのに」

「うっさい。私は冒険者だって言ってるでしょ。こんなの荷が重すぎるのよ」

 

 バーバラが前に進み、従者が後を追う。

 二人の旅はまだまだ続く。

 




 戦況報告

RA15年9月7日
 ランスの包囲作戦が発動。伏兵の魔軍四万に包囲されて精鋭三万が無条件降伏。
 勇者バーバラは犯されて逃げ出した。
 ランス盗賊団に志津香、リセット、ナギが加入。

 東ヘルマン   300000(-30000)
 ランス盗賊団   41000(援軍が追加されました)



 あれ、楽勝から一気に変わったぞ。
 盗賊団のアジトはこれで終わり。次の場所に行きます。
 時間かかって申し訳ない……。


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ログB 作戦開始

 本二次創作における東ヘルマン全景図になります。

【挿絵表示】


 本二次創作はここから地名が大量に出てきますので、この地図をお供に雰囲気を楽しんでいただけると幸いです。


 どんなに気分が落ち込んでも、美味しい食事と十分な睡眠さえ挟めば心持ちはマシになる。

 例外はあるが、少なくとも今のバーバラはその類と言えた。

 

「はあ~、アキラの腕は本当確かね。美味しいわぁ……」

「ありがとうございます。さらにこちらが、今日のデザートの赤ボールでございます」

「あーもう、この味知っちゃったら安物の携帯食なんて考えられないから。言動はアレだけど作る料理はほんっと最高」

 

 バーバラは美食を前にだらしなく頬を緩める。プロのコックを平伏させるような美味を前にしては、昨日の敗戦の影響などどこ吹く風だ。極秘の会議だと締め出された兵士達は漏れ聞こえる会話に何を思うだろうか。

 勇者一行は昨夜このログBの砦に逃げ込んでいた。駐屯していた兵士達は最初は何事かと驚きはしたものの、身分が判明すれば賓客として遇するしかない。かくして軍の備蓄に取っておいた高級食材は持ち出され、大戦犯の胃袋を癒しているのだった。

 あまりにアホな姿を指令室で晒す主に、たまりかねたコーラが口を挟む。

 

「それで、やるべき事は考えたんですかね。まさか飯をたかるために、ここに来たんですか」

「あっ……も、もちろんそれだけじゃないからね。アキラ、何かあるよね?」

「それでしたら、こちらなどは如何でしょうか。少し難しい話になりますが」

 

 アキラが手渡してきたのは分厚い報告書だった。題名は『ランス盗賊団の調査結果と第一次戦闘の過程と結果』とある。恐らくはこれが東ヘルマンの首脳部に渡されるものにもなるのだろう。

 詳細は後ろの(ページ)で散々書かれているのだろうが、一番大事なのは最初の頁だ。まずバーバラの目に入ったのは、敵勢力の正確な総数についてだった。

 

「やっぱり40万って嘘っぱちじゃない。付近の魔物をほとんど総動員して四万と少しって、とんだホラ吹きね」

「さて、関係してたのは数の差だけでしょうかね。もし半分だったら勝てましたか?」

 

 『戦闘結果――――降伏、喪失三万。敵方損失皆無』

 報告書の1ページ目には、慈悲の欠片も無い事実もでかでかと記載されていた。

 

「…………包囲されてたから、まあ負けるでしょうね。特に私が指揮してたら」

「黙っていましたが、ミスだらけでしたよ。斥候をある程度出していれば包囲される前に気づけましたね。目先のものに気を取られて、アジトまでに通過した村落から情報を入手しようとしないのも感心しません。他には……」

 

 耳が痛くなる指摘の数々に、バーバラはうんざりしたように言った。

 

「よーするに、指揮官が無能だって言いたいんでしょ。聞き飽きたわ」

「元々がアレなのであまり多くを求めても仕方がないんですけどね。せめて墓穴は掘らないようにしてくれませんか」

「ああ、それなら大丈夫。こっから私は作戦を変えるから」

 

 バーバラとは思えない意外な発言に、コーラは眉根を寄せた。

 ぱらぱらと適当に報告書をめくる手は自信に満ちたものだ。だからこそ、嫌な予感がする。

 

「作戦、ですか。聞かせて貰えますか?」

「ふふふ……名付けて『どさくさ紛れに戦果をイタダキ作戦』よ!」

 

 バーバラの作戦説明が始まった。

 よっぽどの名案のつもりらしく、戦略指揮用にあるヘルマン絨毯を取り出すように命じだした。普段使わない最大サイズの東ヘルマン全景を使おうとしているあたり、どうやら壮大な作戦があるつもりらしい。一丁前に軍師の真似事がしたいらしく、凸状の駒まで次々と持ち出している。

 

「まず私は前回の敗因を考えてたの。そもそも最初は強い仲間と軍隊で盗賊団をボコろうって作戦だった。ところが相手が魔軍なんて隠してたから作戦は崩壊。まともな戦争なんて考えてなかったから戦える状況じゃなかった。ここまではいいわね?」

「まあ本人のポンコツさはともかくとして、間違ってはいませんね。まともな状況からでも辛い戦いになったでしょう」

「そういうこと。つまり東ヘルマンの敗因は、戦争になると思ってなかったからよ!」

 

 さらっと主語をデカくして自身の責任を回避しようとしているバーバラだった。

 

「確かに今回の負けは痛いわ。でも誰が指揮しようと負けてたはず。むしろ無駄な人死にを抑えて魔軍という相手の最大最強のカードを切らせたのは大いに意味がある! そう、これはちょっと変わった強行偵察ということにしましょう!」

「流石主様です。ビュートン達には若干表現を変えてそのように伝えておきますね。あとは適当にモンキー達が悪いことにしておきます」

「うんうん、誤魔化しは任せたからね。話を進めると、私が持ち帰った情報によって東ヘルマンは本気になるでしょう。そうなれば後は簡単、だって底は見えているんだから」

 

 絨毯の上に広がる東ヘルマン全景――その北部の山岳地帯に、敵勢力を示す赤い駒が置かれた。

 その数、二つ。

 

「敵勢力は四万。確かに多い気がするけど東ヘルマン全体ではどうってことないわ。確認するけど、まさかこれ以上のおかわりはないでしょ?」

「はい、あの戦力は東ヘルマン全土で魔物狩りした結果の残存集団です。スーツの予備もほぼ無い事を確認していますし、あれが人間界にある最後の魔軍ですよ」

「決まりね。それじゃこっちの戦力を配置しましょうか」

 

 今度は味方勢力を示す青い駒が次々とヘルマンの各都市に置かれていく。

 ハバロフスク、ヤンクーツク、双子砦、ゴーラク、ウラジオストック……重囲に重囲を重ねた凸駒が盗賊団のアジトへ向けて包囲するように連なる。

 その数、十五。

 二つの駒が十五の駒に囲まれる構図は、いささか戦略図としては滑稽なものであった。

 

「私が指揮できる限界は三万。敵は四万だから勝てなかった。仮に二万でも魔王軍だし負けるかもしれない。でも、こっちが三十万なら?」

「なるほど、数の上では必勝ですか」

「そういうこと。魔王討伐隊と言わずに、東ヘルマン全部で勝ちに行けばいいのよ」

 

 満足そうにバーバラは胸を張る。

 盤上では戦いになるのも馬鹿らしい構図になっている。だが、それが可能かどうかとなると話は異なる。少なくとも常備軍全員で殴り込む国家戦略など許されるわけがない。

 

「アキラ、突っ込みどころは色々ありますが、この作戦は可能ですか?」

「可能どころか上策だと思うよ。実際に動かせるのは十八万、無理をして二十三万といったところかもしれないけど、それは今の話だ。東ヘルマンには常備軍とは別に動員最大数がある。編成に時間は必要だけど、そうだね……」

 

 現実を知るアキラが動くことで、駒の数はむしろ増えた。

 地図を埋め尽くさんばかりに味方の駒が満ち、圧巻の光景となっている。

 

「一週間後には第一次動員が終わって増員十万、二週間もあれば万全な戦時体制に突入し、表向きの兵員最大数、五十万に達するね」

「なんだ、さらに楽じゃない。時間が味方ならもっと楽な作戦にしましょうか」

 

 現実の地図に駒を配置して動かすのは、なかなか楽しいものがある。遊ぶ楽しさに目覚めたのか、少女は鼻歌すら聞こえてきそうな調子で言葉を紡ぐ。

 

「決戦を避けて守っていてもいいし、相手が来ても無理に戦うんじゃなくて逃げてもいい。うん、そうすれば守る場所が二つになるから……」

 

 以下、バーバラの願望が多めに入った予想が続く。

 ランス盗賊団がウラジオストックを占領しようとする。その場合、ウラジオストックは明け渡して時間を稼ぎ、ゴーラク、双子砦にそれぞれ6万、後詰と支援としてヤンクーツクに三万を置いて備えさせ、相手の出方を待つ。

 次に相手が動いた場合どうするか。まずはゴーラクに攻めて来たとする。

 この場合、双子砦にいる戦力がウラジオストック奪還に動けばいい。どちらの戦場でも戦力優勢で戦う事が出来る。

 全体の指揮はアキラが担当し、前回のような指揮官の無能による負けを排除する。

 さらにバーバラはランスの足止めまでアキラに担当させて、付きっ切りで相手の攻勢を受けろと命じた。これを命じる場合、従者(アキラ)規則(ポリシー)によって勇者は前線に出る必要が発生するのだが……

 

「……で、自分をどこに配置してるんですか」

「盗賊団のアジトだけど」

 

 バーバラが選んだのは、敵の前線ではなく、敵が守る都市でもなく、その最後方北端。戦線から最も遠い僻地だった。

 

「二択じゃなくて、三択目が本命。敵の戦力を縛ってる間に本拠地を突く! ふふ、これなら対処しようがないでしょ」

「いや……そりゃまあそうですけど、多分敵もいませんよ」

「いいのいいの。私が前線に行く事で士気も上がるでしょうし、相手も疲れるはず。魔物兵を少しずつでも倒していけば、こっちの勝ちに繋がるはずよ」

 

 コーラはバーバラの作戦名に納得がいった。

 『どさくさ紛れに戦果をイタダキ作戦』、これは、これは――――

 

「辛い戦場は他人に放り投げて、勝てる戦場の手柄だけを独り占めする気ですか」

「そう、それで任務完了で報酬貰って大金持ちになるの。完璧な作戦でしょ?」

「…………」

「理想はこのまま魔王とも魔王の子とも戦うことなく魔軍全滅ね! 皆で頑張りましょうか!」

 

 一切悪びれる気もなく、バーバラは破願した。

 この手の闘争では相手の嫌がる事をして自分の有利を押しつけるのが正解だ。東ヘルマンの有利を前面に押し出す方針は間違っていない。

 想定通りに順当に行けば、東ヘルマンはランス達のいる場所では大きく不利を背負い、代わりにバーバラのいる場所で小さな有利を掠め取り続ける。そして削り合いになれば最終的に国力がある東ヘルマンに軍配が上がるだろう。

 今のバーバラが考えたにしては、最も勝率の高そうな作戦だった。

 

(……これは、ダメですね)

 

 だが、コーラは内心でこの作戦を否定した。

 粗は色々と存在する。魔王の子達の戦場に与える影響力、魔軍の質が人間のそれを遥かに上回る事実、戦力を分散する以上付き纏う各個撃破の危険性。全てを考えれば名宰相にして名将のアキラをしても、楽勝ではない戦いになる。

 そしてそんな作戦の正否可云々よりも、勇者が舞台の中心から外れ続けて黒子に回るという宣言が、何より気に食わなかった。

 だが、従者は基本的に勇者の命令に従うものだ。罵詈雑言を贈ることは出来ても、反対は出せるものではない。

 それでも突っ込みどころはある。コーラはもう一人の従者に向き直った。

 

「アキラ、これは貴方の考えに反するのではないですか? この作戦は明らかに従者の分を超えることになりますよ。こうなれば誰がどう見てもアキラ対ランスになるでしょう」

「……まあ、そうだね。流石に派手な戦場だし、僕の方が目立ってしまう」

「えっ……!?」

「主様には『僕が戦うためには、主様が敵を選ぶ必要がある』と言いましたね。なるほど、確かに主様は『魔軍』という敵を選択し、僕に『ランス』に対する時間稼ぎを求めているので成立しています。しかしこれでは立場があべこべで、主様が露払いをしている形になってるとも言えますね」

「え、えっと、じゃあ、ダメってこと……!?」

 

 アキラは口元に手を当て、静かに黒き瞳でバーバラを見定める。

 そして、うっすらと微笑した。

 

「ですが、ランス相手に時間稼ぎを出来るのはどのみち僕だけです。今の主様にはそれ以外の選択肢がない。『魔軍』の中に強い存在が隠れているかもしれませんし、魔王の子も混じっているかもしれない。露払いとするには数が多く、主様には十分な敵とも考えられますね」

「じゃ、じゃあ……!」

「難しいところですが、従者としての僕の立場を把握し、そのギリギリの範囲で使い倒そうとする姿勢は素晴らしい。従者になった甲斐があります」

 

 大神官は(うやうや)しく頭を下げた。

 

「僕の力を存分にお使い下さい、主様」

「ふぅーーー! びっくりさせないでよーーー!」

 

 コーラは責めるようにアキラを睨むが、黒髪の美女の表情は涼し気だ。自身の発言をいつぞやのコーラのように利用された形なのにむしろ嬉しそうですらある。

 作戦の崩壊をすんでのところで回避したバーバラは胸を撫で下ろし、最後の確認に移る。

 

「じゃあアキラはそれでオッケーと。コーラももう文句ないでしょ?」

「……好きにしたらいいんじゃないですか」

「うんうん、じゃあ私の作戦でランスを潰しましょうか! それじゃ、作戦開始で……?」

 

 話もまとまりバーバラが魔王討伐隊の再始動を宣言しようとした時だった。

 何やら指令室の前の方が騒がしいことに気がついた。

 

「ここは立ち入り禁止だ! 重要な作戦会議なんだぞ!」

「いいから通してくれ! 一刻を争うんだよ! 話だけでも聞いてくれ!」

「貴様のような一兵卒の言葉など信じられるか! もう一度下らぬ冗談を言ったら殴り倒すぞ!」

「監視所からの連絡が途絶えてるんだ! それも五地点全てがだ! 余裕がないんだよ! なんでわからないんだ!」

 

 喧噪と言い争い、男と男の怒声。ヘルマン軍人らしからぬ礼節を忘れた物言い。

 つい楽しいからと、駒を弄る遊びをしたり先に食事を優先したりと随分な時間を使っていた。この押し問答は一体どれぐらい前から行われていたのだろうか。

 

「アキラ、あなたに用があるみたいよ。もう入れちゃっていいわー」

「畏まりました」

 

 悠長なバーバラに促され、アキラは扉を開けて男に入室を促す。扉が開くや否や、ヘルマン兵は転がるように指令室に駆け込み、敬礼すら忘れて大声を張り上げた。

 

「勇者様! リーザスが、リーザス軍が動きました! もうすぐこのログBに攻めて来ます!」

「…………………………はい?」

 

 

 

Camp

 

 

 

 少し時を遡り、リーザス領内。

 良質で色鮮やかな武具を纏った兵士達が地を埋めている。赤き盾を模したリーザスの旗が立ち並び、軍靴の音と共に前へ上へと昇っていく。

 数えるのも馬鹿らしくなるぐらいの、夥しい軍隊が山を登っていた。

 

 その景色をリーザスの絶対君主、リア・パラパラ・リーザスが冷徹な視線でもって眺めていた。

 リーザスは世界が認める最強国家だ。最も裕福で、最も国力のあり、最も有能な主君が統治し、多くの有能な配下と将軍を多数抱えている。彼の国が人間界を統一するのは時間の問題だと言われていた。

 ただし、このバラオ山脈とヘルマン軍さえいなければという注釈つきでだが。

 それぐらいリーザスはここ十数年に渡って跳ね返されていた。何度も何度もチャンスがある度に侵攻しては跳ね返されるの繰り返し。全世界に喧嘩を売れる時の状態であろうと、ヘルマンが内乱で混乱していた時期だろうと、この峻厳な地形とヘルマン人はリーザスに膝を屈さなかった。

 バラオ山脈越えは、長き統治の中で瑕疵なき女王にとって唯一の失敗の歴史である。

 だからこそ、今度こそ。

 これで決めると――――リアは決意を漲らせて、眼前に広がる憎きバラオ山脈を睨んでいた。

 

「リア様、失礼いたします」

 

 そんな女王の傍へと、艶やかな紫の長髪を持つ淑女が歩み寄る。

 アールコート・マリウス。黒の軍将軍にしてリーザス全軍の総指揮を一手に担う国の要である。

 その軍の色に相応しい鎧を着込んだ彼女は、落ち着いた所作で臣下の礼を取る。

 

「どんな感じ?」

「第一段階の目標が達成されました。現在第二段階が進行中です」

「そう。各軍の様子は?」

「黒の軍、白の軍、赤の軍、青の軍、紫の軍。全戦線で予定通りに侵攻し、現時点で予定外の戦闘はありません。監視所からの報告では、ヘルマン側にはまだ目立った動きがないとのことです」

「アレは問題ない?」

「若干時間はかかりますが、可能だと」

 

 淀みなく一切の無駄もない報告だ。声は凛と張ったものであり、今回の戦争にリーザスがどれだけの準備と時間をかけてきて、参謀達が必勝を期して練り上げた作戦なのかが伺える。

 報告を聞いたリアは、参謀に答えを求めるのではなく、自分の考えを口にする。

 

「……順調ね、本当に手紙の通りなのかしら」

「欺瞞の可能性はあります。やはり内乱騒ぎのために、そこまでするとは思えません」

 

 警戒度の高い意見をアールコートが述べる。様々な経験を積み、前代の将軍に劣らないと太鼓判を押されるほど成長してなお、彼女の慎重な性質は変わらなかった。

 

「だとしても、ログAのモンキー、ログBのスネーク、ボルゴZのパンサー、副将三将まで軒並み捕まったのは間違いないしね。やはり攻めるのは今でしょうね」

「はい、絶好の機会だと思います」

 

 リーザス首脳陣は、現在の東ヘルマン国内の状態を確たる精度で入手していた。

 スパイとして遣わした見当ウズメの紙飛行機が毎日飛来し、軍内部の混乱も、盗賊団騒ぎに手を焼いていることも、昨日派手に敗北したのも既に知っている。

 バラオ山脈ラインの弱体化編成と魔軍四万の出現。前者の情報で集結していたリーザス軍が行動を起こすのには、後者の情報は十分過ぎる理由になった。

 女王リアは以前から暖めていた『ヘルマン制圧作戦』の発動を宣言し、ここに歴史上都合十度目となるヘルマンリーザス戦争が確定したのである。

 

 さて、ここでリーザスの作戦について説明しておこう。

 『ヘルマン制圧作戦』は東ヘルマンの外交的孤立という立場を利用し、最低限の防備だけを残してリーザス全軍を投じる必勝の策だ。

 参加する兵員は最低でも二十万。事の成り行きによっては兵員最大動員数の八割までをヘルマンに送り込む想定まである。

 主だった将は当然全員参加。紫以外の各将軍が一戦線を担当出来るような規模なのだが、今回はその垣根を取り払い、東ヘルマンの防衛網を完膚なきまでに破壊する構成に組み替えている。

 攻撃する拠点は、三つ全て。

 解放都市スケールからログAを。

 マウネスからログBを。

 マンガン砦からボルゴZを。

 それぞれリーザス首脳陣が考えに考え抜いた秘中の策をもって攻略する腹積もりであった。

 さらに全体戦略として四つの段階を持ち、各戦線が連携して動いている。

 最初のアールコートの報告は、第一段階が完全に成功し、第二段階が予定通りに進んでいる事を示すものだった。中身を知る者でなければ意味がわからない。

 一連の報告を終えたアールコートが去ろうとして、リアの声がかかった。

 

「……それにしても、面白いことを考えたわね」

「誰のものでしょうか?」

「アールコートのよ。第一段階でアレコズイン達を使おうなんて、ね」

 

 第一段階――――情報封鎖。

 

 バラオ山脈は中立地帯なので干渉禁止。そんな協定がある。

 嘘っぱちだ。お互いバレないようになんらかの対策を用意するに決まっている。今では監視所を建てて情報魔法の使い手とコンピューターを配置するのがトレンドだった。それにより、首脳陣は他国の動きを即座に知る事が出来た。

 戦争行動を起こそうとすればどうしても軍隊の集結は察知される。兵力を一旦ボントレーで待機させるにしても、開戦するには山を登らなければならなくなる。それで察知されては奇襲など望むべくもない。

 だから、バラオ山脈のどこかに隠れている東ヘルマンの監視所を潰す必要があった。

 アールコートは、その重要な前段階の作戦に新参者の魔物兵を使うべきだと主張したのだ。

 

「あれはザンス様の私設部隊ですし、リーザスの手の者と見抜かれる可能性が薄いと考えました。また、スケールは半年前まで魔物が占拠していたので、残党と解釈し人間より警戒しないのではないかと」

「ある程度は納得できるんだけどね。魔物兵を信用する以上、それだけじゃないんでしょ?」

 

 アールコートは僅かに目を伏せて黙り、やがて躊躇いがちに言った。

 

「……スケールは、何度攻めても被害が増えるだけでした。残った者達は、間違いなく優秀です。何よりも粘り強い。だからこの任務に一番適格だと判断しました」

「………………」

 

 悔恨の想いを絞り出すような告白を、リアは満足そうに聞いていた。

 常勝無敗の将軍などありはしない。大事なのは敗北からどう学んでいくかだ。その点で言えば、この将軍は満点以上の敗北を積み重ねている。

 その結果が今日ここに出た。アレコズインは半年近くもの間愚直にバラオ山脈を調べ抜き、東ヘルマンの連絡拠点を丸裸にしてみせた。

 ここまで来れば最後の仕上げに仕損じる方が難しいというものだ。ザンスも加わった襲撃ならば通信の一つも出せずに終わらせただろう。

 

「次は第二段階ね。あと少しかかるかしら?」

「そのようです。これから私も前線に向かいます」

「……代わりがいない間は、死なないように動きなさい」

「………………ありがとうございます」

 

 心からの礼を述べると、アールコートも山道へと向かっていた。

 その後ろ姿を眺めつつ、何度目かわからぬバラオ山脈の隘路へと、兵士達へと目を向ける。

 

「さて、ここからが本番ね」

 

 第二段階――――山中進軍、関門突破。

 

 狭い隘路を突き進み、限られた部隊で相手の拠点を打ち倒す難行中の難行である。

 リーザスの失敗の歴史とは即ちここに収束する。

 一回だけ突破したケースもあるが、それはマンガン砦完成時の奇襲だけ。つまり正攻法での突破は一度もないのだ。

 だが、これまでに誰も為せぬ事を為すのが王道である。リアは女王として常のように自信に満ち溢れた姿を下々にわかるように見せている。この姿を見て奮起しない兵がいるはずもない。

 

「登れ! 登れ! 登れ!」

「バラオ山脈の攻略なくして、リーザスに覇道なし!」

「今度こそヘルマンとの決着をつけるぞ!」

 

 士気は天より高く、足取りは軽い。誰もが一日千秋の想いでこの日を待ち望んでいたのだ。

 全ての将兵の心は一つだった。

 

「「「リーザスに、リア女王に、勝利を!!!」」」

 

 これこそ一つの王国としてあるべき理想の姿。当代最強国家の真の強みである。

 ただし、当のリアは今回の侵攻に関して女王としての部分もあるが、どちらかというと個人的な感情の方が強かったりする。

 

「……ふふ、ダーリンやザンスを散々悪く言ってた事を後悔させてあげる。絶対、ぜーーったい許さないんだからね」

 

 誰にも聞こえないように、ぽつりとリアは本音を漏らした。

 

 

 

 さあ戦争だ。

 盗賊団騒ぎや魔軍による内乱騒ぎなどではない。

 大国同士が鎬を削る、本物の大戦争が始まる。




 東ヘルマン全景
 古代の遺跡=マルグリット迷宮と思っていい。変な区画はあるが、気にする必要はない。
 レコサルバーションは本二次創作においてRA期に生まれた新名所。
 reco教の聖地であり、AL教にとっての川中島に近い。

 各勢力情報

 ランス団
 四万の魔物兵を抱えている盗賊団。
 大将のランスは新しいハーレムを築くために東ヘルマンを荒らす気満々。
 支配地域……盗賊団のアジト。

 東ヘルマン
 反ランスを国是とする宗教軍事国家。
 理不尽な理由で内乱が発生して少々混乱中。落ちつく時間が欲しい。
 支配地域……ナバタ連山以東からバラオ山脈までの各都市。

 リーザス
 世界征服を目論む豊穣の大国。
 ヘルマンとは分裂以前から幾度も戦争している犬猿の仲。
 王家は隙あらば東西ヘルマンまとめて制圧してやると意気軒高。
 支配地域……バラオ山脈以東、ルドラサウム大陸東北部全域、マンガン砦。

 マンガン砦
 ランス10、砦ルートより登場。別名ランス砦。
 リーザスヘルマン間、パラパラ砦より真北のバラオ山中に存在する絶壁を抜いて作られた砦。
 原作では浮遊城ルートなので、奇襲用に使われたのは疑いようがなく……

 西ヘルマン
 人魔共存を達成したのどかな貧乏国。
 内乱を抑えきれずに国を二つに割られ、かつての大国は一気に弱体化した。
 国内には統一ヘルマンに戻る日を望む勢力もあるらしいが、大統領は戦争を望んでいない。
 支配地域……ナバタ連山以西、ルドラサウム大陸中央北部。

 シャングリラ(カラー達の国)
 大陸中央部を占める全ての国に開かれた交易都市。
 砂漠を割り割いて伸びるアウトバーンという整備された道路があり、
 パラパラ砦(リーザス)、サバサバ(ゼス)、スードリ13(西ヘルマン)、ボルゴZ(東ヘルマン)
 と、主要全国家に通じていて円滑な行き来が可能となっている。交通の要であり、いずれかの勢力が取った場合全ての国に睨みを利かせられるため警戒対象でもある。
 都市長は外交官が逐電して乱心中。

 ゼス、japan、自由都市
 南部国家達。今回はおいてきぼり。外野。
 これで世界のバランスが崩れやしないかと心配してたり、してなかったりと様々。

 魔物界
 出番、ありません。(魔人、出ません感)


 第十次ヘルマンリーザス戦争。
 この事件を人によってはそう呼ぶこともある。
 第六次は山脈攻防。第七次はパットン・ヘルマンの急襲。
 第八次はリーザス大戦。第九次は東ヘルマンの乱。

 ヘルマン制圧作戦
 『東』をつけないあたりが実にリーザス。

 はやさか(twitter-@mebawe)さんから東ヘルマン全景を頂きました。
 頭が上がりません。本当にありがとうございます!
 上げたハードルの分精一杯書いていきます。
 


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a Council of war

 枠的にはログA、ログB、ボルゴZのイベントにあたります。
 説明パートラスト。というか長くなったが故の一話内の分割。


「矢の備蓄ありったけ持って来い! こんな量じゃすぐに枯渇するぞ!」

「で、でもどこにあるんだ!? 備蓄管理の隊長は魔王討伐隊に徴収されてて……」

「俺が知るか! 知ってる奴に聞くんだよ! とにかく走れ!」

 

 ログBはにわかに、ハチ女の巣をつついたような騒ぎとなっていた。

 リーザスの侵攻という凶報。最初は何かの間違いじゃないかと信じられなかったバーバラだが、ヘルマン兵の報告とアキラの確認と補足もあり、信じざるを得なくなってしまった。

 バラオ山脈ラインを広大に跨るように設置された監視ライン。そのどれもが反応せず沈黙。

 たまたま魔物の襲撃が全部ほぼ同時にあっただけだと考えるには絶望的過ぎる確率になる。こうなれば当初の作戦なんてそっちのけで防戦の指示を出すほかない。

 臨戦態勢が発令されてからは大忙しだ。夜番の兵士も叩き起こされ、少しでもリーザス襲来への準備を早めようと怒声じみた声が飛ぶ。ログB内で走っていない兵士など存在しない。

 

「ああもう、どうしてこうなるの……」

 

 そんな状況で、バーバラは余人を締め出した指令室で唸っていた。

 勇者になってから何度この言葉を吐いたかわからないが、それでも言いたくもなる。特に今回は極めつきだ。

 なにせ盗賊退治の依頼を請けただけなのに、大戦争に発展しそうになっているのだ。

 しかも。

 

「なんで私がログBの大将って扱いになってんのよぉ……」

「東ヘルマンの軍規と、現場の将校不足のせいらしいですよ。バーバラ以外に将軍をやれる階級の人間がいないようで」

 

 特にやる事が無い方の従者、コーラが実に愉快そうに補足する。

 

「さらにログA、ボルゴZも現在空席らしいので自動的にバラオ山脈全体の大将だとか。大出世じゃないですか」

「アキラは!? あいつこの国のナンバー3でしょ!」

「魔王討伐隊内の地位が常に優先されるらしいです。まあ階級で指揮権戻してたら特別部隊の意味なくなりますよねー」

「軍事国家の鉄の軍規って素敵! どーしても私を苛めたいようね!」

 

 いよいよ逃げ場はないらしい。ただの冒険者が大戦争の前線指揮官という事実は確定した。

 負ければ戦犯の仲間入り。報酬どころか歴史の教科書に不名誉な存在として載りそうだ。冒険者としての成功は遥か彼方になるだろう。

 さりとて勝てる自信など全くない。そもそも何をすれば勝ちなのかすらわからなかった。

 

「あーもう、どうすりゃいいのよー!」

「主様、お待たせ致しました! こちらも一旦落ち着いたところです!」

 

 そんな状況でやる事が多い従者、アキラが入室してきた。地獄に仏とバーバラは顔を綻ばせる。

 

「アキラ、待ってたわ! 当然指揮も取ってくれるんだよね!? 私全然わかんないし!」

 

 アキラは主を落ち着かせようと、自信ありげに頷いた。

 

「勿論です、主様が戦うのならばその状況を整えるのが従者の務め。ですが、決めるのはあくまで主様でなくてはなりません。故に幾つか決めて頂かなければならないことがあります。そのための説明をさせて下さい」

「いつもの拘りか! 私にわかるように、手短にやって!」

「ありがとうございます。それではまず現状からですね」

 

 アキラは礼儀正しく頭を下げると、喋り始めた。

 

「まず現状ですが、主様は東ヘルマンのバラオ山脈防衛ライン、対リーザスの総大将となっております。故に防衛する場合、このログBのみならず、ログA、ボルゴZの防衛についても考える必要があります。リーザスが攻めて来る場合、必ず二戦線以上での戦いになりました」

「つまり?」

()()()()()()()()()()()()()ということを念頭に置いて下さい。仮にログBを全力で守ったとしても、ログA、ボルゴZが陥落し、南北から敵が雪崩れ込んで陥落……という戦略的な詰みの状況に持ってこられれば、やはり負けになりますので」

「ちょっと待って、私の体一つしかないんだけど」

「当然ながら僕もです。一つ足りませんね。コーラは……」

「今更言う必要がありますか?」

 

 コーラは邪悪な笑みを返すだけだった。他人の不幸を肴に愉悦する気満々だ。

 

「詰んでないこれ!?」

「……状況の確認は出来ましたし防衛施設の話に進みましょうか。対リーザスの防衛は砦と関門、二つの防衛施設から構成されています。それでは外をご覧ください」

 

 促されるがままに、バーバラは窓へと歩み寄る。

 眼下に広がるのは砦の威容だ。城壁の上ではバリスタが立ち並び、その間を兵士達が忙しく駆け回っている。分厚く強固な外壁はウラジオストックの時よりもさらに重厚であり、中々頼もしさを感じさせる。

 

「今我々がいるのがログBの砦になります。ボルゴZだけは城塞都市ですがどれも役割は同じです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと考えて下さい。陥落した時点でリーザス兵が大挙して駐屯するので、山脈は突破されたのと同義になります」

「どれか一つでも負けたら終わりってこと?」

「一応ログA、ボルゴZ単体の陥落止まりなら残りをただの強固な前線基地として扱う事は可能ですが、苦しい展開なのは変わりませんね……」

 

 結局、対リーザスは山脈の守りありきだ。華々しい大戦争の展開になった時点で首都は目の前であり、縦深がない東ヘルマンに後はない。士気も何もかもが苦しい戦いになる。

 この砦が執拗なまでに改修と強化を繰り返してきたのは、それだけ東ヘルマンの命脈を握っているからでもあった。

 

「次に移りましょう。バラオ山脈の各拠点には防衛施設がもう一つあります。それが関門です」

 

 アキラが指差したものは砦から離れた山脈の麓にあった。重厚な鉄の壁門が、山道を塞ぐようにそびえ立っている。兵士達が我先にと向かっているあたり、重要な施設なのは間違いなさそうだ。

 

「関門は山道から来る敵の軍隊を止めるための防波堤です。山道から急襲して来た敵はここで足が止まり、限られた部隊数で戦うことを強いられます。何十万いようが関門を突破しない限り数の有利を活かせません」

「いいじゃない! 会戦とか無理だけど、あそこで敵を防げなら行けそうな気がする!」

「そうですね。兵数に劣る我々にとって関門を利用しない手はありません。ただし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ヘルマンの地に数十万のリーザス兵が踏み入ることになるでしょう」

「そうなると一気に厳しくなる、か……」

 

 ログBの関門はその山道の広さに応じた立派なものだが、砦に比べれば若干低い。二段、三段構えになっているが、立地の関係上強度に砦と同等の期待するのは酷だ。打ち破られるのも計算に入れなければならない。

 

「山道からリーザス軍が来るからまず関門を守る。関門を破られたら砦に籠る。砦を奪われたら負け……流れはわかったわ。でも、一番私が聞きたい話がない」

 

 一連の説明を聞いても、バーバラは渋い顔のままだ。いいニュースというものが一切ない。この状況でどう守るかと言われても、どのみちジリ貧だとしか答えられない。

 主の考えを察したか、アキラは柔らかく笑った。

 

「そこまで深刻に考えなくても大丈夫ですよ。ではそろそろ、現実的な勝利条件の話ですね」

 

 一拍言葉を継ぎ、これ以上ない朗報を口にする。

 

「電報でコサックに援軍を要請しました。首脳陣は即応部隊三万をこちらに向かわせるとの解答を送ってきました。また、他の各都市からも編成が済み次第増援を派兵するとのことです」

「――――!」

「実際は編成とか将の決定で時間がかかるものですが、援軍が来ればリーザスも対応を考える必要が出ます。主様だけが頭を悩ませる必要もなくなりますね」

「い、いつ来るの!? どれぐらい耐えれば来るの!?」

「そうですね。コサックの先遣部隊だけなら……彼等ならば半日もあれば、十分でしょう」

 

 自信満々なアキラの物言いは、これまでで一番の頼もしさを感じるものだった。

 半日で来る。半日だけ、耐えればいい。

 防戦側の主将にとって、どれだけ心に染みる言葉か。

 もう迷いはない。希望に目を輝かせてバーバラは宣言する。

 

「……決まりね! なるだけ時間を稼いで、それで援軍に後を任せるわ! なるだけ多くの関門を守って、砦を守る!」

「やれやれ、やっと決まりましたか。それで、肝心要のバーバラはどうするんです?」

「私はアキラとは違うところを守るつもり。それで二戦線は守れるはず。でも、どことどこを守るかよね……」

 

 同じような防衛施設という説明を受けたが、完全に同じという事はないだろう。

 数に劣るヘルマン側にとって勇者はわかりやすい切札だ。バーバラも自分の力を兵士達に振るえばどうなるかは理解している。少なくとも五百や千では止まらないという確信がある。

 

「アキラ、どの都市が攻められると辛いとか、どこか重要だとか一発でわかるものはある?」

「相手の対応にもよりますので一概には言えません。例えばログAも重要度は高いですが、強固なため兵士達に任せてもある程度は守れるでしょう。相手も外してくるかもしれません」

「全戦線に強烈な攻めが来る前提でお願い。公平に三つの拠点を評価したいの」

 

 決意に満ちた表情で話すバーバラは、珍しく責任感を備えたリーダーのようであり、多少なりとも勇者らしかった。

 

(やっとやる気が出たかなー……このまま面白く派手になるならいいんですがね)

 

 大量の兵士の命がかかる状況で、流石に役割に目覚めたかと一人ごちるコーラ。端正な顔立ちもあって、こうなればそれなりに様になる勇者に見えなくもない。

 

「それでしたら、この資料なんてどうでしょう。少し難解ですが」

「大事な判断材料になるから、皆で確認しましょう」

「はいはいっと、どれどれ……」

 

 一枚の資料に、三人の頭が寄る。

 

 

 

バラオ山脈ライン関門の防御能力評価

 

 

※内部にある数字は、あくまで地形と防御施設における相対評価を数値化したものであり、実戦時の数字そのものではない。

 

 ログA 防衛力6 戦闘域320

 防衛難易度 易  重要度 高

 

 天嶮の要塞。

 山道ルートが短い代わりに狭いエリアが多く、兵士運搬力がその地点で大きく落ちる。山の下や崖の間を縫うように突破するようなルートであり、関門の攻略側は低所から登り上がる形になっている。

 必然、関所側は上から撃ち降ろせるので射程の有利が発生し非情に有利。

 地形に頼った古い防衛施設であり、若干老朽化して近代化改修の案も挙がっているが、それを含めても突破は不可能ではないかと思えるほど地形的に硬い。

 山道ではなく、山脈越えからの砦への強襲を警戒するべきである。陥落時にはそのまま再奪還の難易度に繋がり、防衛には多くの都市に兵力を配置する必要が出る。

 

 ログB 防衛力5 戦闘域620

 防衛難易度 中  重要度 激高

 

 最も警戒するべき侵攻路。

 細長く何度も山を上り下りする山道だが、出口が広く軍隊が展開しやすい。

 また、山を駆け下りる形になるため相手の方が高所を取っている。防衛側なのに射程の有利を取りきれず、難しい戦いになる。

 ヘルマンは昔からリーザスの侵攻路を警戒し、何度も近代化改修、増設を行ってきたがRA15年現在でもログAより守り辛いと評価せざるを得ない。

 もしリーザスが山道ルートを取るとするならば、ここが第一目標の主戦場となるだろう。

 なお、ログBの砦を明け渡した場合、バラオ山脈の防衛ラインは連携能力を喪失する。全陥落は時間の問題となるため、他の何を明け渡したとしても絶対に守ること。

 

 ボルゴZ 防御力3 戦闘域420

 防衛難易度 難  重要度 中

 

 協定違反によって築かれた反則経路。

 本来山道ルートはなかったのだが、リーザス大戦の際に侵攻経路を作られた。それを受けて関門を作りはしたが、ボルゴZから遠く連携が非常に取り辛い。ある程度修正を加えてはいるのだが、元々リーザスが侵攻しやすい地形に作られているため、限界がある。

 ボルゴZは防衛専門施設ではなく都市であり、内部に多くの民間人を抱えて無駄が多い。砂漠側の懸念もあり非常に守り辛い。我が国の防衛ラインにおける泣き所と言える。

 ただし東ヘルマン全体に対する脅威度は低い。ボルゴZが陥落しても防衛ラインは維持可能。

 ※戦闘、占領時、民間人に被害の出る可能性あり。

 

 

 

「私はログA! アキラはログBでお願いね! ボルゴZは捨てで!」

 

 

 即答だった。

 何の迷いもなかった。

 この世界ただ一人の勇者は、しれっと無辜の民を見捨てると言ってのけた。

 

「「………………」」

「む……な、何よその顔は。重要度の高いところを守るのは当然でしょ?」

 

 時に無言は百の言葉よりも意味を持つ。どちらの従者も異を唱えるなどあり得ないが、それでも彼等にも思うところはある。

 その証拠に、普段は唯々諾々と従うだけのアキラが意見を挟んできた。

 

「主様、よろしければコーラを借りてもいいですか」

「うん、何かやりたいの?」

「やり方次第ではボルゴZも救える可能性があります。それに使おうかと」

 

 真摯なアキラの在り方が眩しかったらしく、バーバラは少し気まずそうに目を逸らす。

 

「あー、まぁうん……それが出来るなら一番いいから任せるわ。リーザスなら占領されても酷い事にならない気がするんだけどね。というか東ヘルマンがまともじゃ」

「言い訳はどうでもいいからもう行ってていいです。さようならバーバラ」

「ちょっ、冷たくない!?」

「私はいらないんでしょう。なら一緒にいる理由もありませんよ。しっしっ」

 

 ムシでも追い払うような動作を見せ、部屋から出ていけとぞんざいに扱うコーラ。

 なおも何を言おうとしたバーバラだったが、やがて「絶対、絶対守り切ってね!」と言い放ち、慌ただしく指令室の扉を開け放って去っていった。

 

「……なんであの子が勇者なんですかね、ほんと」

「うーん、面白いね。多少は迷うかと思ったけど即決か。選択自体は同じなんだろうけど、これは他に何か……」

 

 コーラは鼻白む。結局アキラが戦場の中心点を担当してしまった。あの勇者に甘えられる選択肢を与えていたら、どうなるかわかっていただろうに。

 

「こうなったのは貴方のせいですよ。一体どこが従者なのやら」

「まあ相手はリーザスだ。どの戦場も楽ということはないさ。どれも十分、主様にとっての脅威に相応しいだけの戦いになるだろうね」

「…………はあ、もういいですけどね」

 

 糾弾の言葉もアキラには響かない。コーラは諦めたように嘆息した。

 

「それで、私を使って何をしたいんですか?」

「んー……実を言うとね、君を直接使う気はなかった。というかアレにアレなアレが重なり過ぎて、何でこんな用事に君を使わなくちゃならないんだって思うんだけど……まぁいいや」

 

 どうにも悩みが深いらしく、頭を抑えてアキラは首を振る。それでも気を取り直すと、コーラに黒いローブを投げて寄越した。

 

「RECO教の聖地、レコサルバーションに潜入してくれ」

「はあ」

 

 三者三様、三拠点防衛戦が幕を開ける。




ばっさりアキラがカットした話(本編整合性部分、飛ばしてよし)

 リーザスからヘルマンに軍隊を進めようと思った場合、二つのルートがある。(全都市共通)
 一つは比較的整備された山道ルート、もう一つはバラオ山脈を正面から越える山脈越えルート。
 山道ルートは平常時は観光客や冒険者が通るルートであり、それほど移動は難しくないし速い。軍隊の移動でも速やかに行われる。第二次魔人戦争などではこぞって利用された。
 ifだが、ヘルマン革命の際にリーザスが急襲した際はここを突破した。(かなみ)
 山脈越えルートは専用の装備がなければ死者も出かねない厳しい登山を強いられる。強者揃いのヘルマン第五軍でも疲弊するルートである。(ランス9、山脈越え指令)
 この二つのルート、どちらが優れているかと言われれば絶対に山道の方だが、山脈越えにも一つだけ利点が存在する。
 設置された関門を回避して、砦を直接急襲することが出来るという点だ。数多ある別の登山道から軍隊を引き連れて下山し展開する。防衛側は下山地点の範囲が広すぎて対策が存在しない。
 ただ、軍隊が馬鹿正直に登山する姿は砦からは丸見えであり、伝令を飛ばす形で援軍が間に合う。奇襲に全く向いていないルートである。
 アキラがカットしたのは、首都からの援軍が間に合った時点でバーバラとしては役目を達成したようなものであり、山脈越えルートは後詰が悩むべき内容だと考えたからだ。



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第十次HL戦争 ①宣戦布告

 ログB、その関門内にけたたましい警戒音が鳴り響く。

 山道にある哨戒ラインに何者かが引っかかったのは明白であり、逆にここまで一切の音が鳴らなかった事を思えば、もう隠す気はないというのが伺える。

 

「……もう山越えが終わったか! それぞれの隊長の確認は済んだね!?」

「は、ははっ。し、しかしこれは旧式の……」

「いいから行くんだ! 早く!」

 

 声と共に、慌てて兵士達が駆けだす。

 あれから、限られた時間の中でアキラは最大限の統制を取っていた。

 東ヘルマンの弱点は中核と指揮官がいない事に尽きる。その悉くを魔王討伐隊のために接収した結果、砦の内情を知り指示を出せる人間が枯渇した。だからその分、アキラは寸暇を惜しんで指示を出す羽目になった。

 東ヘルマンの兵は精強だ。言われた事を一度で解し、指揮系統もある程度は回復し、防衛体制も少しづつ整いつつある。

 しかし、しかし――――

 

「時間が圧倒的に足りない…………!」

 

 ログB関門の防衛としては、万全な状況には全く持ってこれていなかった。

 さらに痛いのは連絡手段だ。ログA、ボルゴZは情報魔法の使い手がいなかった。伝令を送りはしたが、リーザス襲来直前というタイミングにあっては僅かな遅れも致命傷になりかねない。

 切実に、どの都市も陥落の恐れがあった。

 

「土塁はもっと高く積んで! なんなら時間があったらそのスコップで地面掘っといて! そうすれば多少は……!」

 

 そんな寸暇を惜しんでアキラが関門内を駆け回っているところに、遂に最終通告が届く。

 

『あー、こほん……マイクテストマイクテスト……』

 

 備え付けられた魔法ビジョンから、あるいは山の方から、能天気な声が流れだした。

 

「ああ、ほんと早いなあ…………」

『あんぱん、じゃむぱん、かれーぱん。ただいまマイクのテストちゅうー……』

「アキラ様!」

「…………いつもの、アレだよ」

 

 その放送は、リーザス全土どころか人間界全域に渡って放送されていた。

 国内全ての魔法ビジョンと海外向けの中継局から、何の前触れもなく臨時ニュースが挟まれた。そして大量の兵士達を背景に、魔法メガホンを構えたリーザス女王の姿が映し出される。

 

『せんせーーーーーーーーーい!』

 

 ゼスで、自由都市で、japanで、東ヘルマンで、西ヘルマンで。

 この放送を観た者はみな、頭を抱えて事態を悟った。

 またかと。

 

『リア達、リーザスはー! 正々堂々とこのチャンスに東ヘルマンを乗っ取ることをー! ここに誓いまーーーーす!』

 

 リーザス大戦、東ヘルマンの乱、これで通算三度目。

 リア・パラパラ・リーザスによる宣戦布告が、世に響いた。

 

 

 

Combat area

 

 

 

 ボルゴZ、関門区画、その入り口。

 時を同じくして、リーザスの宣戦布告を全く別の形で通達された者達がいた。

 

「ぐおおおおおおおっ!?」

「がはあああああっ!!!」

 

 鼓膜を破るような轟音と衝撃。それがボルゴZにおけるリーザスの第一報。

 第一門の門前にいる東ヘルマン兵は猛烈な砲火に晒された。強烈な爆風に吹き飛ばされ、岩盤に、鋼鉄の門に身体を叩きつけられて沈む。

 最初の一瞬で、門前の警邏の兵が壊滅していた。

 

「な、なんだあ! 何が起きたあ!?」

 

 何事かと関門上の兵士達が周囲を見回すと、せり出した岩肌から伏兵が現れていた。それぞれが銀色の砲身を抱えている。

 

 リーザス砲兵部隊。カスタムとの技術提携の末自力生産に至った、虎の子の部隊だった。

 

「て、敵襲だ! リーザスが、攻めて来っ……!」

 

 第二射は、別方向から来た。

 関門上部に撃ち降ろしの爆風が叩きつけられる。弓やクロスボウでは届かぬ距離から来る一撃は、一切の反撃の隙をヘルマン側に与えない。遮蔽物に身を隠しても二段、三段と爆風が降り注ぎ、顔を上げる事を許さない。

 

「有効射を確認した。攻撃開始!」

「「「うおおおおおおおおおおおおっ!!」」」

 

 鬨の声が上がり、山道からリーザス兵が姿を現す。その鎧の色は、白。

 今次大戦の口火を切ったのはリーザス第四軍副将、ハウレーン・プロヴァンスが指揮する白の軍だった。

 純白の鎧を着込んだ兵士達は猛然と突き進み、防塁をなきもののように駆け抜ける。倒れ伏す敵兵を足蹴にしつつ、一目散に門前へと迫っていく。

 彼等の足を止めるべき階下の兵は爆風に潰され、射止めるべき弓兵は爆撃に晒されて動けない。止める手立てが存在しない以上、梯子がかかるのに時間はかからなかった。

 白軍の中でも白兵戦に重きを置いた兵士達が関門を登ってからはさらに早い。いくらかの剣戟と悲鳴が交錯し、すぐに静かになる。

 

「――――攻略! 攻略です! 第一門攻略!」

 

 高揚とした報告と共に関門の扉が開く。攻撃開始から十五分もかからぬ早業だった。

 あまりの順調さに、ハウレーンの傍らにいる兵が快哉を叫ぶ。

 

「いやはや、物凄い威力ですな! これほど一方的とは!」

 

 百戦錬磨の白軍の兵もこの光景を見れば悟らざるを得ない――――戦争は、変わったと。

 射手はそれ専用の訓練を受けた兵ではあるが、別に特段強くもない一般兵だ。それが五十や百で一つの拠点を封殺してのける。弓や魔法ではこうはいかない。

 ハウレーンは頷きつつも、ともすれば兵の浮かれそうな雰囲気を鎮めるべく声を出す。

 

「ここは攻略される事はわかっていた。ボルゴZの関門は四つある。気を抜くのは早い」

 

 元々この地域はマンガン砦が完成した時点でリーザスの庭だ。坑道を縦横無尽に掘りめぐらし、様々な角度から一方的に伏兵を送り込めるようになっている。鴨打ちに出来る領域に関門を建てた時点で悲惨な未来は確定していた。

 だが東ヘルマンが危険を承知で建てたのにも、理由がある。

 物理的に少しでも縦深を稼ごうとしていたからだ。ある程度守りに長けている場所毎に簡易の関門を建てて、土塁を設置し、飛来柵を置く。そうして少しでも時間を稼ぎ、奇襲に対しての備えとしていた。

 いたずらに時間をかけていれば最終関門、第四門で防戦態勢が整う。そうなれば戦闘域が最小の隘路から攻略するのは容易ではない。

 

「ここからは時間との戦いになる。砲兵部隊は頼りになるが、上を取れるのはここだけだ。無駄打ち出来るほど砲弾数に余裕があるわけでもない。ここからは私達の力も問われるぞ」

「はっ!」

 

 ハウレーンも剣を抜き、駆けだした。

 

「進め! 黄巾党を追い散らせ!」

 

 雄叫びを上げて白色の兵士達が次の拠点に迫る。

 破竹の勢いをもって、白の軍の攻撃が始まった。

 

 

 

 

「第二門陥落ですっ! 敵は第三門に即座に向かっています!」

「ええいっ、忌々しいっ……! リーザスの協定破りめが! 宣戦布告はどうしたっ……!」

 

 ボルゴZ関門の臨時代理指揮官は戦況を見下ろして歯噛みする。世界に対して行われた宣言も、猛烈な爆音が近くで上がっている状況では耳に入るはずもなかった。

 轟音と地響きが連鎖する。血の色が混じった悲鳴と絶叫が上がり、鬨の声は時を経ることに大きくなっていく。

 指揮官が見る間にも第三門の防塁が次々と突破され、ほとんど一方的に黄色の兵士達が屍を晒して白色がこちらに押し寄せる。士気は崩壊と言ってよく、前線の兵士達は混乱の坩堝にあった。

 原因は白軍の勢いもあるが、やはり砲撃部隊の力が大きい。隘路を埋め尽くすように爆撃が撃ち込まれ、目の前で仲間が吹き飛ばされては戦うどころではない。

 

「もう駄目だ! 逃げろ逃げろ! ここで戦っても死ぬだけだあ!」

 

 士気が崩壊すれば、どれだけ綿密な教育を受けていようと命の保全が先に出る。誰かが放ったそんな言葉が伝播するのも時間はかからなかった。

 フルフェイスの軽装兵達が逃げていく。兵のうねりは混乱として伝播し、収拾がつかない。彼等は第三門どころかそのさらに奥の第四門まで向かい、開けてくれと門を叩いてきた。

 

「おい逃げるな! 持ち場に戻れ!」

「じゃああの砲撃の前に立ってから言え! あんなんどうすりゃいいんだ!」

「そ、それは……!」

「大体俺が守ってた第二門はもう落ちてるんだよ! 死ににいけってか!」

 

 関門の兵が言い淀む間にも逃走兵はまた増える。今度はゴーグルにガスマスクの一般弓兵が悲鳴を上げた。

 

「俺達のクロスボウが全く届かないんだ! 射程が足りない!」

「この高さなら、ここでなら戦える! 開けてくれ!」

「ぐ、ぐぅっ……!?」

 

 次々と兵士は増える。彼等は戦いを放棄したわけではなく、一回戦った上で駄目だと判断したのが殆どだ。上から状況を眺めていた者に、もう一度行けと言える兵はどれだけいるか。

 

「腕が、腕がないんだ。もうどうやって戦えっていうんだ!」

「うぅ……痛ぇ、痛ぇよぉ……」

「俺は後でどうなってもいい! 相棒を、相棒を助けてやってくれ!」

 

 どこかしか怪我している兵も多いし、中には動けない仲間に肩を貸してここまで来た兵もいる。そんな兵が自分の怪我も押して決死の嘆願をするのだ。

 

「隊長……!」

 

 縋るように周囲の兵士達が指揮官を見やる。彼等もまた東ヘルマンの制服によって表情は伺えないが、仲間を助けたいという思いが滲み出ていた。

 命令違反、敵前逃亡は即刻処刑が原則だ。だがこの混乱の最中で、敵より先に仲間を撃ちたい者などいるはずもない。

 

「……第三門はまだ少し持つ、中に入れろ。再編成して予備兵として使う。傷病兵は後方に送れ」

「は、ははっ!」

 

 扉が開け放たれ、わっと兵士達が群がる。

 

(これで良かったのだろうか……)

 

 指揮官の男は、一人苦悩する。

 この指揮官は情の厚いヘルマン軍人ではあったが、高級士官としての教育は受けてなかった。本来この役割を担うべき指揮官は悉くが魔王討伐隊に徴収されており、信じられないような巡りの中で周囲の信頼から任せられた役割であって、到底重責に耐えないという自覚がある。

 

(いや、後で上に責められても俺が責を追おう。俺の出来ることは少しでも時間を稼ぎ、少しでも兵を多く生き残らせる……それだけだ。他はもう、考えるだけ無駄だ)

 

 一人腹を切る臍を固め、今も苦戦の最中にある第三門を眺めつつ、次の指示を出そうとして。

 巨大な爆発が、眼下で巻き起こった。

 

「お、おおおおおおおおおっ!? 何事だあ!?」

「わ、わかりません! 何か、何かが爆発した……!? 敵の砲撃ですか!?」

 

 思わず顔を背けるような熱風に撫でられ、指揮官の男は驚愕する。

 第三門は未だ落ちていない。砲兵部隊の砲撃に晒されているが、上方の兵士達は未だ健在であり、懸命の防戦を行っている。そこから砲撃が届くなど、おかしな話だった。

 

(いや……今のは内部から爆ぜたようにも、だとしたら一体……!?)

「か、階下の様子を見てきます……ぎゃああああああっ!?」

 

 慌てて階段を駆け下りた兵から、悲鳴が上がった。

 そこから先は反応がなく、逆に上へと登る靴音が立て続けに鳴る。

 

「…………戦闘準備!」

 

 本能に従って指揮官の男はヘルマンソードを抜き放ち、周囲の兵士達も声に従いクロスボウを番える。靴音が連鎖して、階下から人影が姿を現す。

 

「なっ!?」

 

 兵士達は素っ頓狂な声を上げた。何故なら上がって来た者は敵ではなく味方――黄色の服を着た、東ヘルマンの兵士達だったからだ。

 

「撃てぇっ!」

「えっ……!?」

 

 一切頓着せずに指揮官は突っ込み、先頭の東ヘルマン兵を切り捨てにかかった。しかしそれに対して男は長剣を取り出し、ヘルマンソードを軽く受ける。

 味方を撃てと言われた兵士達はそうはいかなかった。多少の逡巡が統制射撃にばらつきを生んだ。敵方はそれを掻い潜るように軽快な動きでもって躱し、受け、疾駆する。

 

「ぎゃあああああああああっ!」

「なんで、なんでだあ!?」

「な、仲間割れだ!! やめろぉ!」

 

 関門階上は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 同じ服を着た兵士達が殺し合うという訳のわからぬ光景。戸惑いの中で、ばたばたと黄色の兵士が屍を晒していく。頓着していた者から斬り殺される。

 階上にいた兵士達の方が数が遥かに多かった。しかし終始優勢なのは階下側から上がって来た兵だ。彼等は実力(レベル)が違うとでも言わんばかりに一人、また一人と仕留め、死体を量産していく。

 

「ぐうぅっ……」

 

 このボルゴZでは最も強いはずの指揮官もまた、血塗れになりながら戦っていた。

 先頭の男に斬りかかり、そのまま勢いで切り捨て抑えきろうとしたがこの様だ。一刀、一太刀ごとに浅くない傷を作られ、もう満足に動けない。頭の出血も激しく、気力だけで立っているような状態だった。

 対して男は乱戦の中でかすり傷一つつけていない。いや、息すら乱していなかった。

 

「何者だ。これほどの手練れは、もうここにはいないはず……!」

「…………」

「何故だ、何故祖国を裏切った……!」

 

 焦点すら合わず、うわ言のように呟く指揮官を哀れに思ったか。

 東ヘルマン兵はフルフェイスのヘルメットに手をかけ、脱ぎ捨てた。

 

「白き色は何色にも染まる。故に、黄に染まる時もある……ご理解頂けましたかな?」

「お、オーギル…………!」

 

 白の軍きっての危険な奇策屋が、ここにいる。

 その意味するところを、答えとして口に出そうとして――――

 

「誰も貴方を裏切らなかった。それだけは、冥途の土産として残しましょう」

 

 風が動き、指揮官の首が二つに別れた。

 転がった死体に対し、どこか敬意を評するようにオーギルは頭を下げ、流麗な動作でもって周囲を見回す。

 階上は粗方片付いていた。特に参加する必要もなく、この作戦に志願した選りすぐりの騎士達は仕事を果たしている。

 しかし優勢はあくまでここだけの話だ。爆発の中で起こった混乱の統制を突いた首狩り戦術ではあるが、まだ東ヘルマン兵は大量に残っている。囲まれればひとたまりもない。

 未だ危険な敵中だと判断したオーギルはヘルメットを着け直して身分を隠した。長年の付き合いで心得たものらしく、仲間達も一同に集っている。

 

「ヘルマンに風穴を開けるぞ! 続け!」

「「「応っ!!」」」

 

 リーザス第四軍副将、オーギル・ロット・シュタイン。

 彼が他国に広く名を轟かせる理由は二つある。

 一つは、白の軍の中でも危険な作戦を立案し、その中心に必ず自身がいること。

 そしてもう一つは、その上で必ず生還するほどの、圧倒的な実力者であることだった。

 

 

 

 

「…………終わったか」

 

 ボルゴZの関門にリーザスの旗がはためくのを見て、ハウレーンは作戦の成功を悟った。

 旗を振るのは他ならぬ目立ちたがり屋の同僚だ。部下達に囲まれて、晴れ晴れしい笑顔を浮かべている。黄色の服が泥臭く汚れているあたり、今回も必要以上に、散々に動いたのだろう。

 今回も乗るか反るかの危険な作戦だった。将であるエクス・バンケットも有効性を認めつつも、若干躊躇するようなものだ。敵兵に扮して潜入とは、間違っても将自らがやるような策ではない。

 そこからさらに、ぷちハニーまで独断で持ち出したとは奇策を通り越して蛮行に近い。

 本人はシラを切るだろうが、扉の状態を見れば一目瞭然だ。

 

「まったく、後で釘を刺す必要があるな」

 

 そう口だけでは言うが、旗を振るオーギルの年輪に似合わぬ素直な笑顔を見ると、言うほど責める気も起きないハウレーンだった。

 労いの言葉をかけようと関門の階段を登って近づくと、彼と仲の良い騎士達の声が聞こえてくる。

 

「はぁーーーっはっはっはっ! これでいよいよ将軍の地位はわたくしのものになるでしょう! 論功行賞が楽しみですなあ!」

「おいおい、エクス様相手に怖いもの無しだな。あの方は何一つ悪いところないのに」

「ふっふっふ、わたくしが将軍になった暁には、それ以上の活躍をしてみますよ。リーザスが全世界を統一し、最も功多き将軍として歴史の教科書に未来永劫乗せてみせます」

「お前、入隊時から変わんないなあ」

「変わりませんとも! 男はいつだって英雄を目指すべきなのです! そして女の子をたくさん侍らせるほどモテモテに――――! ほごぉっ!?」

 

 オーギルは割とかなり強めに殴られた。

 

「やはり、今釘を刺す必要があった」

「ハ、ハウレーン様!?」

「まったく、エクス将軍は一途なのに、お前はこれか……」

 

 本気の怒りを乗せて、ハウレーンは一喝する。

 

「功績を立てたと言うならもっと働け! まだ関門を落としただけだ!」

「全くですな! では!」

 

 オーギルは颯爽と立ち上がり、次の仕事へと駆けていく。

 

「……あいつ、全く落ち着かないなあ」

「良い奴なんだがな。活躍はするかもしれないけど、モテモテは、ないな」

「まったくだ」

 

 今回の作戦の立役者である騎士達は軽口を叩いて笑い合う。

 上官に対してあんまりな物言いではないかと思うところもあるが、これが今の第四軍の空気でもある。馬鹿が率先して誰に対しても英雄願望を口にしているのに、本音を隠すのも馬鹿らしい。そんな軽い空気だ。

 

「…………はぁ」

 

 オーギルが将軍になったら苦労しそうだと、堅物のハウレーンは頭を抑えた。

 

 

 

 ボルゴZ関門は、最後までその関門としての役目を果たせず、混乱を回復させられず、リーザス第四軍の攻勢に為す術無く陥落した。

 宣戦布告から一時間ほどの、早業だった。

 




ハウレーン・プロヴァンス lv36 剣1、運転1
 リーザス第四軍(白の軍)副将。
 憧れだった父が世を去り、彼女が選んだ道はやはり軍人だった。
 次代のプロヴァンス家の者にも父のような後ろ姿を見せられればと、研鑽の日々は終わることがない。

オーギル・ロット・シュタイン lv53 剣1、軍師1、詩1
 リーザス第四軍(白の軍)副将。「白軍の煌めく隠し刃」(自称)
 白軍は基本的に欺瞞攪乱と豊富な戦術が主体だが、時に強烈な力業も見せる。その原動力。
 幼き頃からの英雄願望は折れず曲がらず、今日も彼の芯として在る。

ボルゴZ関門攻略作戦。
 白の軍と砲撃部隊による攻勢。
 砲撃を主体とした奇襲攻撃によって士気を潰し、混乱を誘発。
 しかる後に、轟音によって注意が散漫していた期を見計らって白軍精鋭が東ヘルマン兵に扮して断崖絶壁から潜入。
 内部で煽動し逃亡兵を誘発。可能な限り奥の防衛施設まで潜入し、関門の防衛能力を攪乱によって無力化する。
 東ヘルマン兵の標準装備の悉くが顔がわからないスタイルなのを悪用した策。高級士官以外素顔を出すのを良しとしないヘルマン騎士の伝統も悪い。



 次回、火曜が目標。ずっとCombat area
 どう足掻いても無理や!


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第十次HL戦争 ②知恵ある者の戦い

 ボルゴZ関門はリーザス白軍が誇る二人の副将によって陥落した。

 では彼等を束ねる将軍、エクス・バンケットはどこにいたのか?

 主戦場からは遠く、バラオ山脈は山越えルートの一角にある尾根の一つにその姿はあった。彼はログBとボルゴZ、その両方を遠巻きに見下ろせる位置に陣地を構えていた。

 

「もう落ちたか。流石に早いね」

 

 ボルゴZから上がる狼煙を認め、エクスは口元を緩める。

 砲火飛び交う主戦場とは違い、こちらは静かなものだ。山の寒さと風の強さ、ごく稀に出会う野生の魔物ぐらいが敵と言えるような状態だった。

 ただ、士気の高い兵からは梯子を外された格好だ。副将の兵達は先駆けとなっているのに、何故我等は後方待機なのかと思ってしまうのも仕方がない。

 彼の将のことだから理由はあるのだろうと表立った不満は出ないものの、どこか落ち着かない雰囲気が部隊には漂っていた。

 そんな空気を察したか、指揮官の一人がエクスに問いかける。

 

「……エクス様、我々は本当にここで良いのでしょうか。兵士の体力を考えても後一つ、二つの山越えは出来そうですが」

「遠すぎるということはないよ。いや、ここでも近いかもしれない」

「…………はっ?」

 

 双方の戦場から直線距離にして50キロ、標高も2000以上離れている。

 冗談か臆病者しか言わなそうな戯言だったが、エクスの声色は誠実な常のままだった。

 

「万が一にも潰されないようにする必要がある。それでも、本格的な戦いになったらどこが戦場になるかわからないんだけどね」

「それは、どういった…………」

 

 その時、陣地が湧き上がった。兵士達が歓声とどよめきに似た声が上がっている。

 視線を向ければ理由は即座に氷解する。赤い鎧に紅き剣、リーザスにて兵士達から絶大な人気を誇る男が現れれば、こうなるのも当然だ。

 リーザス赤軍が将軍にして最強の男、ザンス・リーザスの登場だった。

 大股でこちらに歩み寄る王子に対して、白軍の将は臣下の礼を取って迎える。

 

「設営の方は滞りなく完了しております。もうすぐ監視班との連携が取れるところです」

「おう、ご苦労」

 

 労いの言葉も軽い調子で、ザンスはぞんざいに答えた。

 

「そちらは如何でしたか」

「楽勝だ。ただまあ腹は減ったな」

「左様ですか。では司令部の方にお入り下さい。菱食の類も用意しておりますので」

「とっとと行くぞ。王の時間は貴重なもんだ」

 

 肩で風を切って、ザンスは天幕内へと踏み込んだ。

 

「おおっ、これは……」

 

 天幕内は、ザンスに見慣れたものとは大きく趣を異にしていた。

 時代の進歩を示すように、魔法機械類が取り入れられている。大型魔池が積み込まれ、端の方ではオペレーターが宙空に魔法陣を浮かべ、コンピューターの前で最後の調整を行っている。

 中央の机に広げられた山脈全体の地形図やチェスの駒など、伝統的な部分も多く残るが、時代の進歩がリーザスにも変化をもたらしている。

 用意された握り飯をかじりつつ、ザンスが感心したような声を出す。

 

「なんだかスシヌのとこみたくなってきたな」

「彼の国には負けますが、我が国でもようやく情報魔法の使い手が増えてきました。ここで各監視所との連携を取って戦線の速やかな状況把握に努めます。場合によってはこちらからも指示も出すことになります」

「それでお前が総指揮か」

「適材適所の中でそうなりました。白軍なら山岳戦もいけますしね」

 

 エクス・バンケットの役目は、統括司令部の指揮だった。

 各戦線はそれぞれの現場指揮官が攻略に全力を尽くすが、他の戦線に対する連携となると、戦場から一歩離れた視点で把握する人間が欲しい。鷹の目を持つと評判のエクスに白羽の矢が立つのは、もはや必然ですらあった。

 ザンスは原理不明のモニター類を覗き込み、コツコツと叩く。

 

「コンピューター、情報魔法ねえ。必要なのはわかるんだが、ゼスに負けるってあっさり言われるのは癪だな」

「こればかりはどうしようもありません。魔法に関しては教育も技術も蓄積が違い過ぎます」

「あそこは魔法使いが畑で生えてくるしな。どうやってんだか」

「大事なのは何を使うかよりも、得られた情報でどう判断するかですよ。古い方法でも使い手次第ですし」

 

 エクスは中央の地図の上に並べられた、白いチェスの駒を手に取った。

 

「俺としてはそっちの方がわかりにくいんだよ。なんとかならねーのか」

「すみません。性分でして」

 

 この将の面白い特徴として、戦場の指揮に際して実際にチェスの駒を使う事が挙げられる。

 地図の上に駒を置き、実際の戦争の中で駒を動かす。そうして自分だけの戦略図を思い描き、次の一手を実際の采配として打つ。

 今回の盤面はバラオ山脈地形図とヘルマンの各拠点が詳細に記されたものを使われている。そこから繰り出した一手は山中にある白いナイトが斜め前に飛び、黒いボーンを倒してヘルマンの地に踏み込むものだった。実際の意味としては、ボルゴZの関門を陥落させたと言ったところか。

 盤面には他にも様々な駒が山脈上に広がっている。ルーク、ビショップ、ボーン……チェスの盤面としては地図は広大過ぎて、ルールも勝利条件も不明なゲームだった。

 ここからエクス特有の変幻自在な戦法が産み出されているのだが、次の作戦の指示を聞きに来たザンスにとっては、不明瞭なだけだ。

 

「で、俺の駒はどれだ? まさかここにある雑兵(ボーン)じゃねえだろうな」

「それは私の駒ですね。若はクイーンになります。戦場を縦横無尽に動く、最強の駒です」

「がははは、よくわかってんな。それでどこだどこだ?」

「この通り持っていて、まだ配置されていません。持ち駒扱いですね」

「ルール違反じゃねえか!」

「チェスを模してはいても、チェスではないので」

 

 手の中のクイーンを遊ばせつつ、エクスはさらりと言ってのけた。

 

「だーっ! だからわかり辛いんだよ! 遊んでねーでとっとと俺様を最前線に送り出せ! そうすりゃこんな戦争は速攻でカタが着くんだ!」

 

 ザンスは駒を奪い取り、力強く地図の上に叩きつける。最強の駒を遊ばせる方が勿体ないと言わんばかりに、ボルゴZを制圧する一手を放つ。

 しかしエクスは首を横に振る。

 

「若、残念ながらそれは最悪の手ですね。リア様からも、他の将軍達からもそれだけは止めるようにと念を押されています。絶対に許可しませんよ」

「アアン? 何がまずいんだ。言ってみろ」

「この戦争と御身の価値は等価ではありません。東ヘルマンを打ち倒しても、ザンス・リーザスを喪えば王国は影を落とします。先駆けとしての赤の将の働きは、今回ばかりは御自重下さい」

 

 ザンスは眉根を上げた。王族によくある慎重論だったが、この王子となると話は変わる。

 ザンス・リーザスは言うまでもなくリーザス最強の戦士である。小規模な戦いから魔物退治まで常に先頭に立って戦ってきた。敗北は皆無で、大きな傷を負ったこともなし。まさしく無敵の矛を体現していた。

 さらに魔王退治の旅では、魔人だろうが魔王だろうが前面に立ちパーティの前衛となっている。万全ではないにせよ、全盛期の今のザンスを止める人間など身内だけだろう。

 そのはずなのに、リアも含めてきつく静止を言い渡されている。死ぬとまで。

 

「……ほーう、いるのか。俺様を倒せそうなヤツが」

「誰かはわかりませんが」

「面白え、それなら今すぐ前線に出せ」

 

 獰猛な笑みを深くして、ザンスはエクスに詰め寄った。

 

「あいつらの討伐隊の中にはいなかったぞ。どこにコソコソ隠れてたんだ? 斬って斬って斬って引きずり出してやるよ」

「RECO教団員……出るとしたら、ローブに仮面を被った姿でしょうね」

 

 エクスは眼鏡を上げ、敵の名を呟く。

 

「新たな神は苦境の中にある信徒を見捨てない。信心深き者に神の奇跡を授けて使徒とし、それを以て信徒を導くであろう…………捕虜になった教団員、及び東ヘルマン兵から聞いた教義です」

「なんだどうした。あいつらの宗教なんかどうでもいいだろ」

「これが与太話で済めばいいのですがね。三年前の戦いではその『奇跡』が起こったので」

「ああ、俺抜きで負けた奴か」

 

 RA12年、東ヘルマンの乱。

 当時ザンスは若輩のために帯同が許されなかった戦いだ。

 鬼畜王戦争を受けて、全世界で反魔王の機運が高まり、反乱騒ぎの中で東ヘルマンが建国され、そしてイデオロギー故に全世界対東ヘルマンの大戦争に雪崩れ込んだ。

 

「あの戦争は想定外が重なり過ぎました。我々は勝ち切れなかっただけですが、ヘルマンは負け続け、全体としては東ヘルマンの優勢だったと言えるでしょう」

「あれはゼスとヘルマンが弱過ぎただけだって母さんが言ってたけどな」

「ええ、特にゼスは笑い話があります。ボルゴZへ向けて出立しておいて、砂嵐のせいで砂漠一つも越えられなかったと」

「へなちょこ過ぎんだろ。それが奇跡だってか?」

「いえ、実際はそれより遥かに酷いものでした」

 

 噂は時に真実を覆い隠すために使われることがある。この手の笑い話もそれだ。リーザスと自由都市が率先して広めていった。

 エクスは(おおやけ)には伏せられ、首脳会談の中で明かされた事実を口にする。

 

「その日にはそもそも砂嵐なんて存在しませんでした。ゼスも馬鹿ではありませんから事前に調査ぐらいはしています。好天のままシャングリラを出立し、順調にアウトバーンを進み、敵兵は勿論、魔物との戦闘もほぼ存在せず……ボルゴZに辿り着く前に、部隊が半壊しました」

「何があった?」

「色々症状がありますが、つまるところ衰弱ですね。体力の少ない魔法職から体調不良を訴え、ボルゴZに近づくにつれ前衛職も不調を来し、やがて前に進むことも出来なくなるような兵士が続出します。全体の1割がそうなるに及んで、ゼスは撤退を決断しました」

「…………」

「二度、三度日を改めても結果は同じです。調査しても原因は不明でしたが、東ヘルマンが何かをやっているのは間違いありません。あの地には、戦場を塗り替える何かがある」

「それがあいつら言う奇跡とやら、か」

「東ヘルマン国内においては神の奇跡と使徒の恩寵だと喧伝していましたね。素直に認めれば彼等に追い風にしかならないのでゼスに泥を被って貰いましたが、これが事の真相ですよ」

 

 一連の話を聞き、ザンスは軽く頷く。

 眉唾な話ではあるのだが、嘘を言っているのは世界の方で、東ヘルマンが真実に近いとなると話は変わる。

 

「謎の衰弱ね。まあ俺様は問題ねえだろうが、兵士がいなきゃ都市を制圧するのは無理になるな。それであいつらの言う事をそのまま信じれば、そいつらが使徒だと」

「同時期に別の奇跡の報告がヘルマン側で挙がっています。使徒の仕業とするならば、少なくとも二人、ないし二体以上はいますね」

「そんな事が出来るとしたら魔人みたいなもんだな。それが複数、何人あるかもわからんと……」

 

 一拍置いて、ザンスは不満気にエクスを睨んだ。

 

「なあ、そいつら俺以外に勝てる奴いねーだろ。それでも出るなって言うのか」

「ええ、そうです。使徒の存在はあくまで敵を最大評価した場合の話で、完全に信じるわけにはいきません。しかし信憑性が高い部分もある以上、若を緒戦で出すのも憚られます。ここは相手が大駒を繰り出してくるのを待つのが手順ですね」

「またチェスか。くたばったじーさんといい、お前等ホント好きだな」

 

 若干呆れつつも、ザンスもようやくエクスの盤面を理解しつつあった。

 地図の上に置かれたチェスの駒達、白のリーザスはクイーン以外全ての駒が配置されているのに対し、黒のヘルマンは殆どがボーンばかり。甚だ不平等極まりない戦力図だ。

 これまでは単に相手の防備態勢が整っていない状況を表すのかと思っていたが、持ち駒ありなら意味が変わる。相手の応手にも注意を払う必要が生じている。その解答として、エクスはザンスを持ち駒として待機させたい。

 つまり、

 

「俺抜きで攻めて、相手が焦って出してきた奴を俺が倒す。そういう方針か」

「ええ。今回の戦争は通常の範疇に収まる限り我が軍が有利です。ならばこちらが焦る必要はありません。若も昨夜から働き詰めでしょうし、今は身体を休ませて下さい」

「…………ッチ」

 

 舌打ちをすると、ザンスはやや乱暴に席に座った。

 力が突出してるがために、自分主導の戦争に参加出来ないとは馬鹿げた話だった。結局与えられた役割は万が一のためのお守りだ。相手の出方を待ってからとは言うが、それはつまり相手に暴れられる時間を与えるという意味でもある。使徒の存在を知っていて放置とは、いかにも腹が立つ。

 だが、今回は戦線が三つもある戦争だ。どのみちザンスに攻める、守れる戦線は一つしかない。対使徒に限って言えば一つに絞るのは、二つを捨てるのと同義だった。

 それに徹夜の状態異常もある。気概としてはそれでも問題なく勝つとは考えるが、ザンスの冷静な部分は万全な状態で戦う重要性も知っている。

 実に不満の多い方針ではあるが、納得するだけの理由はあった。

 

「……なあ、最後に一ついいか」

「どうぞ」

「俺が大駒を倒すために温存だってのはわかった。じゃあ、アレはいいのかよ?」

 

 地図に視線を向ければ、嫌でも目に入る。

 ボーンばかりの黒側だが、ログBの位置には一個だけ、雑兵ではない駒が配置されていた。

 ビショップ、神官位。

 

「あれも使徒かもしれませんが、三年前の戦争では個人の戦闘力や不可解な力といったものは見せませんでした。ならば我々が乗り越えるべき壁です」

「奇跡の力とやらは持ってねえのか」

「…………」

 

 エクスは答えなかった。

 数ヶ月もの間、リーザス含めた三ヶ国の猛攻を凌ぎ切ることが出来るのならば十分に奇跡扱いでいい。そんな評価を飲み込んで、ただ白い駒に目を落とす。

 

「異変があれば気づくでしょう。なにせここの指揮官は、僕より遥かに優秀ですから」

 

 ログBに配置された白の駒はルーク。チェスではキング、クイーンに次いで価値の高い駒だ。開戦前から全軍指揮よりも遥かに重要だと考えられていて、最高の将が受け持っている。

 エクスは未だ朗報の聞こえぬ戦地へと思いを馳せる。彼の地はどうなっているだろうか。

 

 

 

 

 

 ログB関門。幾度となく他国からの侵攻を跳ね除けてきたヘルマンの国門である。マウネスから山道を進むと、重厚な鋼鉄の門壁の雄姿を遠くからでも見下ろせる。

 ボルゴZとは違い、防衛施設として本当に頼れるのはこの大門一つだけだ。内部に内門もあるにはあるが、入国時の監査として東ヘルマンが後から建造したものであり、能力は遥かに落ちる。

 マウネスからの山道ルートは他二つに比べると明らかに広い。兵員、物資を輸送するのに適していて、戦争になると真っ先に狙われる拠点となっていた。

 防衛方法は昔から変わらない。門壁はこの上なく頑丈ではあるが、ぷちハニー等の爆弾を大量に使われれば綻びが出てしまう。そのため簡単に取りつかせないように兵員を山道に展開する必要があった。

 国門を打ち破らんとするリーザス兵とそれを死守せんと踏み留まるヘルマン兵、飛び交う双方の飛び道具、限られた戦域の中で巻き起こる鬨の声と悲鳴……必然、過去二度の戦争はそんな光景になり、両軍共に夥しい血を流す羽目になる激戦地となっていた。

 今回もまた、多くの血が流れる。

 

「…………やはり欺瞞であったか!」

 

 リーザス黒軍の参謀達は、関門の防衛体制を認めるや否や歯噛みした。

 事前情報(スパイ)によると魔王討伐隊に主だった将だけではなく指揮官も根こそぎ徴収されているらしい。だから山脈の守りはハリボテ同然だ……そんな楽観論は即座に吹き飛んだ。

 山道を抜けた先に待ち構えていたのは、黒兵達だった。

 全身に重厚な鎧を着込んだ騎士達が、防塁や柵の内側からこちらを睨みつけてくる。手中にある剣や盾は鈍く輝き、一目で数打ちの量産品ではないと察せられた。

 ここに来た誰もが動揺と共に悟った――――相手はブラックナイトだと。

 ヘルマンが誇る精鋭騎士団の実力は歴史が証明している。あの重戦車の如き突撃を阻める者などそうはいない。それが千、二千と分厚く配置されていた。

 東ヘルマン軍は黄色を基調とした軍服が基本だ。故に本来あり得ぬ異色の軍隊だったが、この上ない脅威としてリーザスの目には映った。

 さらに壁上を見れば、仕掛け人もわかるというものだ。

 

「おのれ忌々しい、やはり貴様が相手か……大神官アキラ!」

 

 純白のローブに砂時計の仮面。対外的によく知られる狂信者達の手本の姿がそこにはあった。

 戦場においては実にふざけた姿だが、能力は折り紙つきだ。欺瞞策略の類はほぼ通用せず、熟練の老将も舌を巻くような采配を振るう。三年前にその姿は昼夜問わず不眠不休で戦場にあり続け、人なのかすら疑われている。

 兵士達にも喧噪に似た動揺が広がる。前の戦争を体験した者ほど彼の門壁が如何に堅固かを思い知っている。その上ブラックナイトが相手ともなれば、行軍の足が鈍るのも当然だった。

 

「…………全軍、このまま前進してください」

 

 そんな状況で、凛とした声が通る。

 リーザス第一軍将軍にして全軍総指揮、アールコート・マリウスだ。

 

「アールコート様……確かに時間はありませんが相手の布陣は既に整っております。こちらも一度隊列を整える時間が必要ではありませんか?」

 

 総大将が命を発した以上、黒軍は速やかに動くべきだ。だがこのままでは無為に兵を失うだけの突撃になるのではないかと、傍らの参謀が疑問を述べる。

 答えは即座に帰ってきた。

 

「バリスタの数が足りません」

「は…………!?」

「柵も土塁も真新しいものです。自然の汚れがなく、堀りも浅い。奇襲の有効性は確実に機能しています。なので、これ以上相手に準備をする時間を与えないために攻めます」

「…………た、確かに!?」

 

 指摘されてよくよく見ればその通りだった。端の方では鉄柵のかかりが斜めになっていたり、防備ならば絶対にあるべき均一性が保たれていない。

 通常時であれば他の幕僚も気づいたかもしれない。だが大神官とブラックナイト、二つのこの上目立つ存在に目を奪われていた。

 

「と、突撃だ! 相手はまだ準備が整っていない! 進め、進めーーーーー!」

「まずはあの敵兵達の正体を見極めましょう。いえ、当時反乱に参加した第四軍の騎士保有数を考えれば、恐らくは……」

 

 

 

「うーん、見抜かれてるっぽいかな。まったく嫌になるなあ」

 

 関門壁上にわざわざ体を晒したアキラは、ぽつりと愚痴を漏らした。

 リーザス軍は隊列を整えることもなく勢いのままに駆け降りてくる。初動としては下策の内に入りやすいのだが、今この場では最もやられたくない選択だった。

 防衛体制を取るための時間稼ぎとして、前面から先に整えた。兵士達を立たせて視界を制限し、相手を躊躇させる予定だったのだが無駄な努力と化してしまった。

 これから戦闘になれば、指揮の中で設営に兵を指示する余裕はなくなる。施設の支援がない状況で戦えば後は兵の血と肉で埋めるしかない。頭の痛い状況だ。

 

「ブラックナイトじゃないのもバレてるね。ああそうそう、正解ですよ」

 

 山道に配置した兵も同様だ。装備は本物だが、中にいるのはどこまで行っても一般兵。重そうに体を揺らす様は正規の騎士がやるような動きではない。

 本物のブラックナイトはあの重装備を着こんだ上で一個の軍として動き続けられる。高いレベルと恵まれた身体能力が必要な精鋭兵の真似事は無理があった。さしずめ黒い置物が精々だ。

 さらに不足を挙げればキリがない。バリスタの増発は間に合わなかったし、残段数も限られている。かろうじて射撃、砲撃に対する備えを取り繕っただけだ。指揮官の不足も泣きたくなる。小隊レベルでも逐一指示しなければ満足に部隊は動かないものがある。

 ありとあらゆる状況が、アキラの首を絞めていた。

 

「……まあ、それでも主様の御命令だ。おいそれと抜かせはしないさ」

 

 しかし、それでも引く事はありえない。一分一秒でも時を稼ぐと思いを強くして、仮面の内から思考を巡らす。

 何も世の中悲報だけではない。きちんと効果が出ている部分もある。

 まず敵兵の士気には冷や水を浴びせた。戦歴浅い黄色兵よりもブラックナイトと戦うとなれば、多少は怖気づく。偽物と将が見抜いても実際に戦う兵士は別だ。ただ戦うよりは攻勢は緩くなる。

 また、白兵戦の兵士を重装備に統一したのもいい。死ににくい。

 東ヘルマン兵の装備は新装された良質なものだが、軽装故に即死事故が起きる。より動けて殺しやすい装備より、防衛戦では殺し辛く、殺され辛い方が重宝するのだ。

 砲撃や射撃を受ける時、装甲があると無いとではダメージが違う。双方の射撃が飛び交う戦場では、少しでも厚い装甲を持って戦った方が賢明だ。

 それらのシステム的な考えから起用されたのが実用とハッタリ、双方を兼ね備えた旧式ハリボテブラックナイトだった。

 無論慣れない装備等デメリットは山とあるが、それを埋めるのが指揮官の腕だ。

 

「さーて、頑張りますか。全ては主様のため…………っと」

 

 期せずして、敵の総大将と目が合った。お互い見落としがないために戦場全体を俯瞰するように眺めているのだが、遠目の中でたまたま《ピント》があう時がある。本当の名将との相手にしか起きない事象なのだが、こういう時は相手の意思が伝わって来たりする。

 

 今年こそ、抜きます。

 

 決意に満ちた瞳は、ただそれだけを語っていた。

 人間好きのアキラにとって、そんな人の強い在り方をみるともうたまらない。これから他人の命を使う戦いだと言うのに、思わず頬が緩んでしまう。

 

「いらっしゃい、今回はこっちもきついからね。元帥と大神官、両方の力を使わせてもらうよ」

 

 誰にも聞こえないようにそう呟き返礼とする。無論ここから届くわけがない。

 それでもアールコートにはこう伝わったのかもしれない。

 

 ズルをするから、乗り越えてみせろと。

 

 素顔を隠した仮面の裏で読み取るなど不可能なはずだ。でも何故か伝わったような気がして、また苦笑する。

 

「どうせやるなら前向きにやろうか! 【第一から第十七弓小隊、構え! 右翼に偏差射撃を撃ち込んで突撃にバラつきを作るよ!】」

 

 大神官の声と共に、ずらりと並んだ壁上の弓兵達が鉄弓を向ける。狙いは今にも黒兵にぶつからんと鬨の声を上げるリーザス兵へと。

 

「うおぉぉぉっ! リーザスに勝利を! 突撃ぃ!」

「ヘルマンに栄光あれ! 守り抜くぞぉ!」

 

 小隊単位で連携の取れた見事な統制援護射撃が撃ち出され。

 華々しい戦闘が、始まった。

 

 

 

 

 

 そんな感じで、ログBでは戦場で知恵ある将達が知略の限りを尽くした戦いが行われていた。

 しかし勇者の戦場、ログAでは。

 

「私が来た! もうここは大丈夫だからねー!」

「は、はぁ…………?」

 

 バーバラはログAの戦場に間に合った。関門は騒がしくなっていて既に戦闘が開始されているようだが、砦はまだ敵兵がいない。即ち陥落していない、セーフだ。

 

「うんうん、私がいなくてもしっかり守られてるとか心強いじゃないの! 関門の方は今どうなってるの? リーザスはどんな感じに攻めて来てるの?」

 

 まずは現状確認が大事だ。総大将であるバーバラは事態を正確に把握して的確な指揮を出さなければならない。そう思って砦の門前に立つ兵に問いかけているのだが。

 

「…………そ、その、貴方様は誰でしょうか?」

 

 そんな、素っ頓狂な声が帰ってきた。

 

「あー……ここ名乗んなきゃいけないの? いけないんでしょうねぇ……そりゃそうかぁ……」

「教団員の方ですか? 失礼ながら階級もわかりませぬ。それにその色は……?」

「うん、うん……わかってた。わかってたから……でもこれには重大な機密があるのよ……どうしよっかな……」

 

 がっくりとバーバラは肩を落とす。しかし兵士達がそうなるのも無理はない。

 今のバーバラは緑色のローブに身を包み、天秤の刻印が入った仮面を着けている。その結果、体型も素顔も何もわからなくなっていた。

 有体に言って、不審者以外の何物でもなかった。

 

「な、謎の美少女剣士、とか…………」

「…………は、はあ」

 

 知恵のない指揮官に対しても、戦争と闘争は平等にある。

 ただ、それにつき合わせられる兵士達は、不幸だとしか言いようがない。

 

 




エクス・バンケット lv29 剣1、軍師1
 リーザス第四軍(白の軍)将軍。
 万に通じる変幻自在の用兵は、魔も人も問わず攪乱する。
 彼の将は戦場に姿が無い時こそ怖いと評せられている。
 ザンスとは稀にチェスや将棋を打つが、まだまだ負ける要素はない。

謎の美少女剣士 lv82
 東ヘルマンを支援してくれる自動発動の存在。
 ポンコツ過ぎるのですっごく不安。

 次、知恵なき者の戦い。


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第十次HL戦争 ③知恵なき者の戦い

 上げたIQを元に戻して下限まで引き下げるスタイル。


 少し昔の話だが、バーバラはリーザスに就職予定の身だったりする。

 月15万ゴールドの給金、ボーナスあり、働き次第では増額も……そんな条件だ。

 確かに好待遇だが、こんな条件で『勇者』がリーザスの味方になったと知ったら各国発狂ものである。だが庶民出身、お金が欲しい冒険者のバーバラにとっては夢への最短切符なので、あっさりと同意してしまった。

 故に、例え今の契約先と戦争になろうが就職を諦める気はさらさらなかった。

 

「そう、これは高度に戦略的な視点から見て重大な機密なの。だから私の正体は明かさないでね」

「は、ははっ! 畏まりました!」

 

 だから、リーザスにバレないように、怒られないように魔王討伐隊の仕事をこなす必要がある。不審者然とした姿にも、バーバラなりの理由があったのだ。

 今のバーバラの姿は完璧だ。リセットから貰った認識阻害のローブにRECO教の仮面、剣も適当に良質なものを徴収している。背中の鞘に収まる剣を抜かなければ誰とわかる人間はいないはずだ。

 入口の兵士達には高級士官待遇の徽章をぶん投げて黙らせた。ここを守る臨時代理指揮官にはやむなく素顔を晒したが、正体を知る者は最小限に抑えられている。

 

「さーて、それじゃ関門に行きましょうか! 防衛は今どんな感じになってるの?」

「今現在も戦闘中ですが……少々特殊な状況でして、言葉よりも実際にご覧になった方がよろしいかと思われます」

「それもそうね、それじゃレッツゴー!」

 

 能天気な頭でここなら楽勝だと考えつつ、バーバラは関門へと向かう。

 ログAの砦は他二つとは違い、関門との距離がとても近い。砦の城塞を出れば即座に門壁が見える。いっそ増築して一つの防衛施設にまとめればいい気もするぐらいだ。

 完全に年月によって赤錆びた階段を昇り、戦場の様子を一望する。

 

「さてさて、私達の防衛態勢はどうなーってるか、な…………」

 

 バーバラは、言葉を失った。

 リーザスとヘルマンの戦争と聞いてそれなりに覚悟はしていたつもりだった。人と人が争い、血を流して命を散らす、多少は見ていて辛い光景になるだろうと。

 

「撃て撃て撃て! 近づかせるな!」

 

 階上は予想通りだった。高低差を活かして遠距離から鉄弓を撃ち込んでいる。誰も彼もが番え次第に撃っているから統制というものは取れていないが、駆け上がる形を強いさせるログA山道にはただただ効果的だ。

 ただ、それで血が流れることはなかった。

 

「あんっ」

「あーん、酷いよー」

 

 変わりにけたたましく鳴るのは、陶器の破砕音。

 

「やったなー、ハニーフラーッシュ!」

「伏せろ! ……ぐあぁっ!」

 

 ぽわわんとした謎の効果音と共に来る衝撃、吹き飛ばされる兵士、そしてふざけた歓声。

 

「戦争ごっこだー! ひゃっほーーーーー!」

「人間倒すぞー! 眼鏡っ子はどこだーーー!」

「………………なに、これ」

「……ご覧の通りです。ハニワ共が攻めてきました」

 

 山道を埋め尽くすのは色鮮やかな陶器の群れ。茶緑赤青黒といった基本は言うに及ばず、ナイトや軍曹ダブルなども見える。ハニーシリーズが一通り勢揃いしていた。

 

「私、リーザスとの戦争だって聞いたんだけど!? リーザス兵はどこ!?」

「わかりません。ただ我々はこの際限のない襲撃に対応しているだけです。リーザスには魔物兵部隊はありませんし、スケールは魔物に占拠されていたので、その残党かもしれません」

「えぇ……それなりに緊張してたのに相手がハニー、ハニーかぁ……」

 

 バーバラも思わず肩の力が抜けてしまう。

 ハニー、陶器の魔物。

 魔物である以上、個体の平均値として人間より強い。魔法無効のボディに必中遠距離射撃、さらに高位の存在も混じっているため、スペックだけなら目の前の敵は手強い集団かもしれない。

 だが、そんな真面目な部分はすぐにどうでもよくなる。

 

「メディーーーック! ビッグスが、ビッグスがやられた!」

「なんだってーーーー!?」

 

 突然、戦場のど真ん中でなにやら芝居が始まった。

 ヒビ一つ入っていないハニーが飛んで来た衛生兵モドキに絆創膏を張られつつ、群がったハニー達に抱きかかえられながら呻いている。

 

「う、うぅ……ウエッジ、俺はもう駄目だ……」

「しっかりするんだビッグス! こんなところで死んでる場合じゃないだろう!」

「お前が死んだら故郷に残してきたハニ子さんはどうなるんだ!」

「あ、婚約者がいる男が親友に後を託す戦場ごっこだー。いいなー」

「でもあれって、託される男の役が人気過ぎて中々決まらないんだよねー」

「そのまま大手を振って未亡人を良いように手籠めに出来るもんね。どうなるかなー」

 

 芝居が始まれば陶器の耳目はそちらに集まる。殆どが門の方向に背中を向けてワイワイガヤガヤと言いたい放題だ。

 

「俺はハニ子さんに約束したんだ! 必ずお前と生きて帰るって!」

「お前が死んでしまったらハニ子さんに顔向け出来なくなる!」

「あ、やっぱり複数人だ」

「だから」「しっかりしろ!」「必ず」「生きて」「帰るんだよ!」「後方に」「退がって」「治療を」「受けるまで」「持ちこたえれば」「お前は」「助かるんだ!」

「親友役多すぎない?」

「う、ウエッジ…………お前を唯一無二の友と見込んで頼みがある」

「「「「「「「「「「「「「「なんだ!?」」」」」」」」」」」」」

 

 ビッグス役(傷一つなし)が大量のウエッジ役に向けて泥団子を掲げる。

 

「……この婚約指輪を、ハニ子さんに。そして……お前がハニ子さんを幸せにしてやってくれ」

「ひゅーひゅー、婚約権の譲渡だー。やったー」

「でもこの場合親友が二十人以上いるんだけどどうなるんだろ?」

「そりゃ決まってるよ。みんなで仲良く山分けさー。ハニ子ちゃんは一人かもしれないけど、婚約者の最期の願いなんだから従うしかないよね。少し輪姦っぽくなるけどきっと幸せになるよ」

「後はビッグスが死ねばハニ子ちゃんはウエッジ達の共同財産だ。めでたしめでたしだねー」

「頼んだぞ…………我が友よ……がくり」

「「「「「ビ、ビッグスーーーーーー!」」」」」

 

 その時一斉射撃が降り注ぎ、茶番ごと陶器達が粉砕された。

 

「「「ウエッジィィィィーーーーーー!!」」」

 

 以上、このふざけた芝居の間、ハニー軍側からの攻撃は殆どなし。

 戦争そっちのけだった。

 

「えー、我々は現在このように防戦しております。工夫のない魔物突撃程度ならさしたる問題もありません」

「こ、こんな馬鹿共に攻められてるなんて……」

 

 ハニーという集団は、生き様がふざけている。

 まともに取り合うのが馬鹿らしくなる姿だった。

 改めて戦況を見回せば、魔物相手の戦争なのに苦戦と言える程ではない。

 隘路から攻め込んでくる敵兵に際限はないが、統率というものが取れていない。一部は陣地構築ごっこをしたり、一部はうっぴーをけしかけたりしてるが、そんなものは門に辿り着く前に射撃で潰れる。工夫という名の遊びが却って圧力を軽くしてくれている。

 結局脅威なのはハニーという種の身体能力とハニーフラッシュぐらいなのだが、これはヘルマン兵に対しては実に相性が良い。

 ヘルマン兵はゼスとは違い、頑健な体力を持ち鉄弓が主体の構成だ。魔法より物理に比重を置いた集団は瀬戸物割りは任せろとばかりに陶器の破片を量産していた。

 

「この感じだと下は大丈夫そうね。取りついても門壁を破壊出来ずにうろうろしてるし」

「はい、魔物相手は門を閉ざして下で戦う必要はありません。基本は万里と同様に火力の投射で追い返しています。しかし油断は禁物です。稀に上位の魔物が」

「ぐわあああああっ!」

 

 悲鳴が聞こえた方を見ると、なんと金色のハニーが関門壁上に姿を現していた。

 

「やあやあ、我こそは甘寧・H・興覇! 一番乗りなり!」

「ス、スーパーハニーだぁぁぁぁ!」

 

 爆砕。悲鳴と共に防衛線に穴が穿たれる。

 

「やったー! 甘寧さま、かっこいーーー!」

「うおー! 武将ごっこいいなー! 僕もやろー!」

「止めろっ、止めろおおおおおお!」

 

 慌てて兵士達がその肉体を盾を以てして止めようとするが相手は最上位の魔物。殴り一発で兵士が吹き飛び、雑兵なにするものぞとばかりに暴れている。

 

「やはり魔物といいますか、散発戦闘で被害が出るのは防ぎようがありません。なんとか数で抑え込んで、一匹一匹仕留めていくしか……あ、あれ? 勇者様?」

 

 説明役の兵士が横を見れば、総大将の姿は既になかった。

 

「そこまでよ! ここからは私が相手になってあげる!」

 

 不審者然としたバーバラは既に、スーパーハニーの前に躍り出ていた。

 

「うぬ、何奴!? 一騎討ちを所望するならば名を名乗れぃ!」

「名乗る名は今はないわ。な、謎の美少女剣士ってことにしてるの」

 

 ざわりと、事情を全く知らない味方の兵からどよめきの声が上がる。

 

「なんだそのふざけた名前と恰好は……」

「いや、もしやあれが噂に聞く使徒とやらか? そうだとしても自分で美少女だと名乗るのか」

「仮面で顔を隠しているのに美少女とは、よっぽど自信があるんだな」

(や、やらなきゃ良かったぁ! 身分を隠すにしてももう少しマシなやり方があった気がする!)

 

 咄嗟につけた仇名のセンスを突っ込まれ、バーバラは今すぐここから逃げ出したい衝動に駆られた。少し前の自分を殺してやりたい。

 

「な、謎の美少女剣士だと!? なんてミステリアスでかっこいい二つ名なんだー!」

「謎の美少女剣士! 可愛いしかっこいいし凄そうだ! これは強敵だぞ!」

「悪の女幹部だ! 敵なんだけどたまに味方になったり秘密をたくさん抱えているに違いない!」

 

 一方、ハニー達からは大人気だった。

 やんややんやと盛り上がり、攻撃の手を止めてあれこれ言いたい放題の品評会を始めている。

 スーパーハニーもいたく気に入ったらしく、満足そうに頷く。

 

「うむ、首領に近しい敵ならば相手にとって不足なし。さあ謎めいた神秘を抱えし美しき少女よ、参れ参れ! この甘寧を討ち取れるものなら討ち取ってみせよー!」

「…………なんでだろう。褒められてるのに、ちっとも嬉しくない」

 

 まるで自分の知能指数が東ヘルマン兵よりもハニー達に近いと認められているようで、知性派を自認するバーバラにとっては不名誉な感じだった。

 それでも一騎討ちは成立した。ハニー達は固唾を飲んで見守っている。

 

「いくわよ……ええぃっ!」

「ぬんっ!」

 

 ちゃんちゃんばらばらと決闘が始まった。

 一般兵から見れば目にも止まらぬような剛拳をなんなく剣の腹で受け、返す一刀は躱される。

 そのまま蹴りを入れるが金色の身体は硬く、壁の柱に叩きつけられた程度で割れはしない。

 

「スーパーハニー……」

「させるかー!」

 

 回避不能の衝撃破を打つ前にバーバラは疾駆して相手と肉弾戦をするべく突撃を慣行。そのまま殴る蹴る躱すの攻防が続く。

 

「お、おおー、人間なのにとっても速い……」

「いいぞいいぞー! どっちも強いぞー!」

 

 ハニー達はやんややんやと大喝采だった。

 そんな戦いは若干長引きつつも基本はバーバラ有利のまま進み、やがて均衡が崩れる。

 ダメージが蓄積したスーパーハニーの動きが鈍り、致命的な隙を晒したのだ。

 

「…………しまった!」

「ここね、ハニワ叩きぃ!」

 

 剣閃が迸り――

 

「見事ーーーーーー!」

 

 スーパーハニーは致命傷を負うと共に、ノリで爆散した。

 爆風をバックに、華麗な少女は祈るように剣を構える。

 

「甘寧ハニー、貴方も中々強かったわ……この勝負は紙一重だった。この決闘は歴史の1ページとして名前が残るでしょうね」

「お、おお…………」

「かっこいい…………」

 

 これでもう仕込みはいいだろう。

 仮面の裏でほくそ笑みつつ、バーバラはハニー達に剣を向ける。

 

「さあ、私はまだまだ元気よ! 私を倒して名を上げようという男はいないの!?」

「うおおおおおおおーーー! 次は僕がやるーーー!」

「名前決めてる僕が先ー! この呂蒙・H・子明に戦わせろー!」

「あーずるいー! 良いのとられた―!」

 

 謎の美少女剣士は一躍ハニー達から大人気になった。

 戦争ごっこは未だ継続中ではあるが、強いハニー達は目立つ事に夢中になり、我先にバーバラに群がっている。瞬く間に順番待ちが出来て1時間待ちの立て札がかけられた。

 狭い隘路のログA山道でそんなものを作れば、当然まともな戦いにはならない。

 

「な、なんだか知らんが凄く楽になったな……」

「ああ、使徒様は流石に強いというか、あの色の瀬戸物達と連戦しても平気というのは凄いな」

「あー辛いわー! すっごく辛いわー! でもみんなの為に頑張るのー!」

 

 バーバラはわざと弱音を声高に吐き、自分の仕事ぶりをアピールする。

 実際のところ、今のバーバラなら上位のハニーだろうと瞬殺できる。しかしそれではハニー達が面白くないため、わざと手を抜いているのだ。

 

(ふふふ……茶番に付き合って楽をする作戦、成功ね。自分の知性が怖いわ……)

 

 経験から、ハニー相手の上策は奇襲か遊びにつき合うことだとバーバラは熟知していた。

 ハニーという敵の特性上、全くダメージを受けないわけにはいかないし、痛い思いもしている。何故か一匹一匹が妙に動きが速いし強い気もするが、まとめて相手するより全然楽だ。遊びだから疲れたら休憩を希望しても受け入れてくれるだろう。

 そうやって低位のハニーはヘルマン兵が、稀にいる高位のハニーはバーバラが止める。このまま時間を稼げば援軍が来てお役御免というわけだ。

 楽に、安全に、活躍しつつ、正体がバレない。なんと完璧な作戦なのか。

 

「張遼ハニー、謎の天才剣士が討ち取ったりー! 私こそ、真の残酷無双よ!」

「ええい、誰かあいつを止めろー! この曹操・H・孟徳の前に奴の首級をもってこんかー!」

「殿、お静まりをー!」

 

 相手がハニーだからか、珍しくバーバラの作戦はハマっていた。

 

 

 

 

 

 バーバラ達が戦っているログA関門、その、やや後方。

 山道の道中には、隊列を整えたリーザス軍の姿があった。

 

「ログA関門、未だ健在です。陥落する気配はありません。それどころか奴等、遊んでます」

「……らしいですわよ」

 

 ハニワ臭い斥候からの報告を聞き、チルディ・シャープは嘆息する。

 今回のヘルマン侵攻作戦では、主だった優秀な人間には声がかけられている。幼い娘の為に普段は指南役として一線を退いている彼女も参戦していた。

 ただ、その上で託された任務は若干不満なものだった。このハニワ臭く、優雅の欠片もない状況で、一人の重要人物を護れというものだ。

 ヘルマン側は察知出来なかったが、このハニー塗れの戦場は護衛対象の少女が殆ど単独で作り出したものだった。

 

「確かに凄い力ですけど、やはりハニーといいますか。決め手に欠けるのではなくて?」

「ううん、そんなことない。サモンパープルは諦めない!」

「…………はぁ」

 

 サモンパープルという言葉を聞き、チルディはまた頭痛がした。勿論護衛対象はそんな訳のわからない名前ではない。

 本名、アスカ・カドミュウム。栄えあるリーザス魔法軍の将軍である。

 軍歴は大変華々しい。第二次魔人戦争から始まってリーザス大戦、勇者災害、鬼畜王戦争と大小様々な戦いに幼い頃から身を投じ、様々な勲功を残してきた。

 国民からの評判も高い。上級学校に通う制服姿の写真がリーザス美少女名鑑に掲載されており、戦場に咲く向日葵(ヒマワリ)だとアイドル的な人気すらある。

 だがその実態は、アホ極まりないものだった。

 

「しゃらららららららー♪ マジカルメイクアーーーップ!」

「またその名乗りやるんですの?」

「さっきは決まってない感じがしたから、もう一回!」

 

 山中のど真ん中で、アスカはしゃらしゃらきらきら言いながら踊り始めた。

 カラフルな魔法のステッキをくるくる回しつつ、まるで自分が変身しているかののように歌い、ウインクを飛ばす。

 まあ事実、変身は既にしていた。地の髪色は茶なのに白のウイッグをつけて踊っているし、着ている服は紫軍のローブを大きく改造していて派手で体のラインが出るものになっている。スカートの丈は短く、下手したら下着が見えそうだ。

 アスカの恰好を一言でまとめるならば、子供向けの戦隊モノ魔法少女のような姿だった。

 ひとしきりの踊りが終わると、アスカはビシーッとキメ顔でポーズを決める。

 

「みんなの絆を束ねて、愛を繋ぐ! サモンパープル!」

「「「………………」」」

 

 何故彼女がこんな姿になっているのか。これには全く深くない理由(ワケ)がある。

 アスカ・カドミュウムは子供の頃から魔法少女モノが好きだった。それはもう大好きだった。

 シーズンが変わって別の魔法少女番組になってもすぐ好きになったし、何度も何度も世界を救う彼女達の真似事をした。

 子供が好きなものの真似事をするのは良くあることだ。関係者は微笑ましく見守っていたし、時にはごっこ遊びにつき合ったりもしていた。辛い戦場においては彼女は癒しだった。

 問題だったのは……そのごっこ遊びが、いつまでも終わらなかったのだ。

 アスカの背が伸び、基礎学校に通ってる内ではまだ笑っていられた。

 女性らしい体つきになり始め、応用学校に通っている間もまだ、ちょっと変わった子だなという程度で許容されていた。

 そして今、成人と見なされてもおかしくない年齢でも、かくの如しである。

 

「みんな大変! 暗黒国家東ヘルマンがいよいよ秘密作戦を発動させて、王子様とその兄妹達の命を狙っているの! 今こそ光の力を結集させて東ヘルマンの本拠地に乗り込む時! 敵は強大だけど、みんなの力を合わせれば不可能はないはず! サモンパープル、レッツゴー!」

「いい加減にしなさい」

「はにゃあっ!?」

 

 護衛のチルディはチョップを決めて小芝居を終わらせる。

 

「もう少し真面目にやれませんの? まったく、もういい歳でしょうに」

「うう、こういう雰囲気って私のテンションに大事なんだよー。上手くできるかどうかで、魔法のかかりがすっごく変わってくるの。前のは70点だからあんまり良くない感じ」

「ハニーに良いも悪いもないでしょう。酷いに尽きますわ」

 

 久方に前線に出て見れば、いい大人の子守りだ。チルディに不満があるのも仕方がなかった。

 ただ作戦の中身を聞いている以上、重要性も理解はしている。

 

「まあとにかく、やりなさい。どうせそれしかないんですから」

「はーい。まだ余裕あるけど、あれちょーだい」

「はいはい」

「んむんむんぐんぐ…………けほっ。それじゃ、行きまーす!」

 

 アスカは竜角惨を流し込むと、山中に刻まれた巨大な魔法陣の前に立つ。

 

「でろでろー……でろでろー……」

 

 そして変な詠唱を始めた。

 ふざけた言動しかしていないが、彼女が将軍職を任せられるだけの理由はある。

 アスカ・カドミュウムは、召喚魔法に特化した魔法使いだった。

 召喚魔法とは、魔力を使って何かを呼び出し、使役して攻撃手段にする魔法である。

 使役するものは種類を問わない。人間も魔物も、果ては異空間の魔物を呼び出すことも出来る。召喚された者はある程度の契約関係にあり、呼び出した人間の命令に従って行動する。他者に依存した魔法であり、そのため術者の力量は召喚数によって評価されている。

 

 そしてアスカ・カドミュウムの一回の召喚可能数は余裕で100を超える。

 さらにそのまま複数召喚も可能、限界数となると本人もわからない。

 こと召喚魔法に限っては、アスカは並ぶ者なき大魔法使いだった。

 

「でろでろー……でろでろー……」

(恐ろしく適当に見えるのに、これで一つの戦場を支配するんだから不思議ですわ……)

 

 ログA攻略の作戦はシンプルだ。アスカの力をフル回転させて五百や千ほどまで呼び出しては片っ端から関門破壊に向かわせている。ヘルマン側がどれだけ圧倒的な勝利を積み重ねようがこちらは傷一つない。やるだけ得な攻撃方法だった。

 

「……それでも、不可解ですわね」

「ん、どうしたの?」

「アールコート様が今回の方針を決断した理由ですわ。確かに継続戦闘では強いですけど、今回は奇襲です。奇襲には速さが何よりも必要なはずなのに」

「ああ、それは私が魔法少女としてパワーアップするのを待ってたんだよ!」

 

 ぺかーと笑うアスカ。アホの花が咲いている。

 

「知ってる? 魔法少女ってスーパーパワーアップするの。特別版とか最終回近くになると衣装が変わってとっても強くなるんだよね。だから私も修行の末に強くなったからこうやってマントも特別仕様に天使の羽をイメージして」

「そっちは聞いてません……それで、どう強くなったんですの?」

「むー、強くなる方はつまんない話だよ。召喚魔法を真面目に考えたの」

「真面目に?」

「うん、師匠や黒の女王様とお話したり、適当に色々がんばった結果こうなった!」

 

 ミル・ヨークスやミラクル・トーが手伝ったらしいが、なんとも抽象的過ぎた。

 

「それじゃわかりませんわよ。もう少しまともな説明がありませんの? 何故ハニーなのかとか。どうにもヘルマン兵には相性悪そうですし」

「ああそれはね、ガチャ的側面があるから!」

「ガチャ…………?」

 

 聞きなれない言葉に、チルディは首を捻った。

 

「ガチャ知らない? 今シーズンのヒーラー魔法少女キュアキュアのグッズでも出てるし」

「ガチャ……そういえば、親衛隊の若い子達が、遊戯場にあるとか話題に出してたような。レア度の高い景品を求めて、給金をつぎ込んで大変だとか」

「そうそれ! 私も50万ゴールド突っ込んでもURとSSRが一定数揃わなくて苦労したの! 保存用布教用鑑賞用愛玩用自慢用と大変だった!」

「ああもう、話が逸れるしとんでもない大金使ってますし……つまるところ、ハニーを景品扱いしてるんですのね?」

「うんそう。土や緑色はノーマル、青や赤はR、黒やダブルとかはSR、金色はURみたいに。召喚しておいてなんだけど、どの色が来るかは私もわかんないの」

「それで強いハニーは確率が低いと。スーパーハニーとか5体も出てませんからね」

「うん、でもちょっと余りにも下振れしてる感じがした。だから私というガチャを名乗りなおす事で切り替えた!」

 

 アスカはどこまでもドヤ顔だった。

 

「前のと違って今回は120点! だからきっと上手く行くはず!」

「もう好きにしてくださいまし……突っ込むのも疲れましたの……」

 

 馬鹿と天才は紙一重とはいうが、常人には理解が出来ない。いや、脳が理解を拒否する。

 若い頃はお守りの世話係だったが、今でもそうなのかと頭痛が止まらないチルディだった。

 

(ああもう、こんな頭の悪いやり方で上手くいくわけなんて……)

「ん、むむっ!」

「今度はなんですの? 次回予告の練習?」

「きたの! SSRが!」

「…………へ?」

 

 目の前の魔法陣が輝き、アスカの召喚魔法が発動する。

 しかし今までと違って大量のハニーの頭が出るものではない、中心部に頭頂部が一つ見えると、それがどんどん高くなってせり上がる。魔法陣全体にやっと収まるような金色の巨体が、みるみる姿を現していく。

 

「これは…………まさか……」

「ふ、ふふふふ…………いっけーーーーー! ゴールデンハニーーーーー!」

 

「はーーーーーにほーーーーー! めーがねっこーーーーーーー!」

 

 

 

 

 

「…………ん、地震?」

 

 十何度目かの連戦を終え、そろそろ休憩を取ろうとした時だった。

 バーバラは断続的な揺れに気がついた。

 

「なに、これ……」

 

「はーーーーーにほーーーーー! めーがねっこーーーーーーー!」

 

「っ!」

 

 答えはすぐに来た。

 

「ご、ごごご、ゴールデンハニぃ!?」

 

 金色の巨体が、山道を快足飛ばして駆け上る。

 一歩一歩ごとに地が揺れ、とんでもない速度で足下のハニー達を陶器の破片に変えながら猛然と進む。山道は狭いのだが、その身をゴリゴリと削り、あるいは岩肌を削り飛ばしながら突撃する様は、絶望的な圧力があった。

 

「嘘でしょ!? ゴールデンハニーって動きとろいはずよね!? なんであんな機敏な動きしてんの!?」

 

「眼鏡っ子! 眼鏡っ子! うおおおおーーーーーーーー!」

 

 答えなどない。ただあんな巨大な質量兵器がログAの関門に突っ込んだら、ただでは済まないという事だけはわかる。

 

「うわーーーっ、やめて、突っ込まないでえええーー!」

「踏むのやめてえええーーーーーー!」

 

 階下も地獄絵図だ。ハニー達もパニックになって我先に逃げようとしている。後ろにいるハニーから残らず割り潰されているからあっちも珍しく素面(シラフ)だ。

 

(ああもう時間が無い! なんか止める手段! 魔法は効かないし、直接戦いに行くなんて冗談じゃない! なにか、なにか……!)

 

 と、そこでバーバラは、突如起死回生のアイデアを思い出した。

 女の子限定対ハニー命乞い用アイテム、眼鏡ならある。冒険者鞄に入っている。

 

「これだっ! 止まってええええええ! 止まってくれるなら私眼鏡かけるからああああ!」

 

 眼鏡を振りかざし、あらんかぎりの大声でバーバラは叫んだ。

 必死なものではあるが、明らかに美少女だとわかる可愛らしさがある声が響く。

 

「眼鏡………っはにーーーーほーーーーーーー!」

 

 ゴールデンハニーの反応は劇的だった。

 その身が削れるにも構わず何度もジャンプして勢いを殺そうとして体重を前に預け、なんとか止まろうと踏ん張り、階下のハニーを粗方削り飛ばしながら勢いを殺そうとして。

 

(((止まれ、止まれ、止まってくれえ!!)))

 

 バーバラ、ヘルマン兵、ハニー達、その場の期待を一心に受けながらゴールデンハニーは速度を緩めつつ。

 

「あっ」

 

 こけた。

 

「「「「「「あっ」」」」」」

 

 バランスを崩した巨体が浮き、ゆっくりと、ゆっくりと近づいて来る。

 

「た、退避っ、退避しろおおおおおおおおおお!」

「あああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ログA関門は、崩壊した。

 老朽化した施設は圧倒的な質量に耐え切れず、ゴールデンハニー諸共残骸と化した。

 ただこの顛末は「アスカ・カドミュウムの大魔法によるもの」だと記録され、双方のアホなやり取りは歴史の闇に葬られた。

 

 




アスカ・カドミュウム lv53 魔法1、召喚2
 リーザス魔法軍(紫の軍)将軍。
 就任当時はリーザス将軍職における最年少記録を大幅に更新した若き才媛。軍務と学業を両立させていると評判で、同世代の女の子達からの憧れの的。
 ……の、はずなのだがいまだに魔法少女モノにどっぷりハマり続けてるかなりアホな子。
 どうしてこうなった。

アスカが説明を放棄した理論的な部分。
 まず、召喚魔法はただ召喚するだけではない。普段本人が無意識でセーブしているリミッターが解除されて動きが段違いになる。本気モードだとでも言うべきか。
 だからただアスカがハニースパムしてるだけでもただのハニーの群れより段違いに強い。防御力以外本来の色が一つか二つ格上げされてるようなもの。
 ただ、行動するのはあくまでハニーのおつむなので大半が無駄になっている。
 ゴールデンハニーが機敏な動きをしたら自身の重みであっという間に自壊してしまうが、質量兵器としては優秀。

 ランスシリーズだからこそ魔法少女はおらんだろう。
 超ふざけた、ごめんなさい。


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第十次HL戦争 ④勇者の秘策

「あ-もう、最悪!」

 

 悪戦苦闘の末、バーバラは瓦礫をどかして体を起こした。

 ゴールデンハニーと関門区画の大事故が起きたのだ。衝突そのものは咄嗟に躱しはしたが、その後の崩落は逃げようがなかった。あの有様では基礎部分も含めて崩壊しててもおかしくない。防衛施設としての能力は期待するだけ無駄だろう。

 

「埃塗れになるわ、陶器臭くなるわ、ハニーってやっぱりロクなもんじゃない……」

 

 バーバラは愚痴を吐き捨てると、頭を振って周囲を見回す。

 関門が崩れても砦の防衛が残っている。指揮官ならば状況を把握して指示を飛ばす必要があるのだが。

 

「うっ、これは…………」

 

 余りの惨状を前に、思わず黙り込む。

 眼前に広がるのは、ぽっかりと風穴の空いた、関門だった瓦礫の山。

 周囲からは苦悶の呻き声が聞こえ、鉄臭い血の香りが鼻をつく。比較的傷の浅い兵士が救助作業をしていたりもするが、間違いなく焼け石に水だ。

 頼りたかった防衛拠点は、一瞬にして被災地に様変わりしていた。

 

「こ、これじゃ指揮とか防衛とか無理じゃない。いやでもハニー達も粗方割れてたはずだし、まだなんとか……」

「あっ、こちらでしたか!」

 

 声の方に視線を向けると、ログAの臨時代理指揮官が駆け込んできた。

 土埃に塗れて軍服が台無しではあるが、見た目に怪我がないところを見ると、かなり無事な方だとわかる。

 

「ああ、あなたも大丈夫だったんだ」

「運が良かったようです。勇者様もご無事で何よりでした」

「私も今抜け出したばかりだから良くわかんないんだけど、この分だと色々駄目みたいね……」

「仰る通りです。健在だった兵士を再編成して救助に当たらせていますが、到底手が足りません」

「砦からどんどん人出すしかないんじゃない。もう戦争どころじゃないでしょ」

「……それは難しそうです。むしろここが切り上げ時だと思われます」

 

 指揮官の男は若干の躊躇を見せたものの、バーバラの方針を否定した。

 

「ハニーはもういないんだけど。これ以上の戦闘は流石にないんじゃないの?」

「斥候から報告がありました。リーザス軍がログAへ向けて進軍中です」

「げっ、あいつらまさか…………!」

「恐らく先程の敵は先遣隊で、これが本隊だと思われます。ここは関門の被害に拘泥せず、砦の防衛に専念するべきだと愚考します」

「いやいや、今ここに大量に下敷きになってる人いるのよ!? まだ助かる人沢山いるのに見捨てるの!? 本当にそれでいいの!?」

 

 思わず食ってかかるバーバラ。

 確かに目の前の状況は未曾有の大事故。だが被害にあったのは民間人ではなく殆どが軍人、それもしぶとさが売りのヘルマン兵だ。掘り起こしさえすれば生存率は高いが故に諦めきれない。

 

「…………遅ければ、死ぬ兵を増やすだけになります。勇者様におかれましてはどうか、ご理解をお願い致します」

 

 男はそれ以上語らずに頭を下げる。未練は硬く握りしめられた拳に宿っていた。

 

「……それだけ時間がないのね?」

「……はい」

 

 バーバラは天を仰ぎ、溜息を吐く。

 関門施設は崩壊。死傷者多数で多くの人間が残骸に生き埋めにされている。

 敵兵は近くまで来ており防衛への対処は必須。この状況では砦に寄って守るしかないが、代わりにここの兵士達の多くは見捨てるしかない。

 防衛条件を考えるならば指揮官が選ぶべき選択肢は一つ、損切りしかありえなかった。

 ここは退く、退くしかない。バーバラはそう言おうとして――瓦礫に埋まる兵士の身体と、未だ命がある事を示す、か弱い痙攣が目に入ってしまう。

 

「……いや、逃げ……いや、でも…………うーーーっ……!」

 

 何事かを言おうとして悩み、また他の場所を見ては頭を振り、挙動不審な動きを繰り返し。

 

「…………あーーーーっ、もう知らない! 後の事なんてもう知ーらない! 全部東ヘルマンの軍規が悪いってことにするから!」

 

 爆発した。

 

「…………勇者様?」

「方針決定! 貴方は砦の方から兵員を可能な限り引っ張ってここの人達を助けてあげて! 防衛は手が余った人を関門の手前に配置して守る形で!」

「はっ? そんな事をすれば砦の防衛は絶望的になりますが!?」

「どうせならその未練も断ち切ってあげる! 最終防衛ラインも砦じゃなくて関門に変更するわ! 援軍が到着するまでに関門抜かれたら即座に降伏しなさい!」

「しょ、正気ですか!?」

「これは魔王討伐隊隊長の命令よ! なんか文句ある!?」

 

 東ヘルマンは上司には絶対服従の軍権国家。ここまで言ってしまえばバーバラの横暴な選択を止められる者はいない。

 なおも何か言おうとする指揮官の胸を押し、バーバラは言葉を続ける。

 

「魔物がちょっと来た程度で関門捨てますとか軟弱者の考え方よ。その程度で弱い弱いリーザス兵にヘルマンの地に足跡つけられるとか死にたくなるから。ヘルマン兵なら全部守り切りなさい! 私も本気で協力するから大丈夫、行けるはず!」

「な、何か策でもお持ちなのですか?」

「ああ策。そうね、そういえば最高の秘策があったのよ。とっておきのが残ってたわ……」

 

 バーバラは仮面の裏で自嘲気味に笑い、背中の剣の鞘を叩く。

 

「暴れるのよ。そりゃもう力の限り、思いっきりね!」

 

 

 

 

 

 陶器の破片が散々に散らばった山道を、リーザス兵が登っていた。

 ログAの関門は魔物に任せたが、砦の攻略となれば人の力が必要だ。砦の中には通常生活を支える為の民間人がいる可能性が高い。それら非戦闘員を魔物に任せて皆殺しにすると、少しマズい事になる。

 戦争はやるにしても、最低限のルールはあるのだ。

 特にリーザスのような超大国には人間同士の戦争では守らなければならない条約、協定は幾つか存在する。その気になれば法解釈の違いを盾に横紙破りを平気でやる国ではあるが、理由のない民間人の虐殺を推奨するほど外道ではない。

 だからこれ以上は召喚魔法に頼らずに、ログA攻略を進めるべきだ。そう判断してリーザス軍は進軍中なのだが。

 

「でろでろ、でろでろっ!」

「はーにほー!」

「はにっ、はにっ」

「……どうしてまだ召喚しているんですの?」

「お友達用。プライべートだし向かわせないよー」

 

 不穏な戦術兵器はまだ稼働中だった。

 魔法陣からはもう離れているため一体一体インスタントに召喚しては周囲を賑わせているだけではあるが、チルディからすれば不安でたまらなかった。

 

「……その、金色が二体続けて出ましたけど」

「絶好調みたい。やっぱりやり直したのが良かったかな? このままもっとたくさん呼んで仲良くするのも楽しそうだよね」

「その変にしておきなさい。それで先程のものを呼び出されたら始末に負えなくなりますわよ」

 

 護衛の数は多い方がいいが、万が一またゴールデンハニーが召喚されようものなら、今度は前を行くリーザス兵が陶器の破片の仲間入りをしかねない。強いからこそ使い勝手が悪かった。

 そもそもアスカの召喚魔法自体、意思決定において概ねの方向性を決めさせるだけだ。故に味方としての行動はしても、暴走の危険は常につき纏う……というか前科が何度もある。

 

「アスカちゃんを守るんだー! 頑張るぞー!」

「えいえいおー!」

 

 今のところ陶器達はそう言って盛り上がっているが、リーザス軍は一切信頼せず、アスカ達から一定の距離を置いていた。傍にいるのはチルディだけだ。

 先遣の黒軍が前を行き、少し感覚を開けてハニーの群れ、そこから距離を開けて本隊が続く。

 同じ色鮮やかな軍隊ではあるが、アスカのいる位置だけが明らかに浮いていた。

 見目麗しい女性二人にハニーの群れとなれば、当然彼等は調子に乗る。何体かは親し気に近づいて来て、やいのやいのと語りかけてくる。

 

「アスカちゃんいつも可愛いよー。キングも見どころあるって褒めてたよー」

「えへへー、ありがとーう。皆もいつも通り可愛らしい光沢だよね」

「へいへいそこのお姉さん、知的な眼鏡についてどう思う……ひぃっ!」

 

 チルディは視線一つでハニーを黙らせた。

 

「うわうわ、怖い怖い。あれはどう割るかしか考えてないよ」

「アスカちゃん助けて―」

「ありゃりゃ、怯えちゃった。チルディさんもそんな怖い顔しないでスマイルスマイル」

「……私がここにいる理由をもう少し考えて欲しいものですわ、はあ」

 

 ハニー達が暴走する時、一番良くあるパターンはアスカの拉致だ。一度暴走すれば通常の軍隊では止め辛く、直々に赤軍が動く羽目に陥るので大迷惑極まる。チルディはそういう意味のお目付け役でもあった。

 とはいえ、実際に暴走されたらチルディ一人で止められるかは怪しい。周りを見れば黒金ダブルと高位の陶器が40体程いる。これにアスカのバフまでかかっているので、逃げるのも難しいかもしれない。

 

「何が出るかは運次第とは言ってましたけど、極端過ぎませんこと?」

「とっても心強い仲間達だよ。これならチルディさんも随分楽になるよね」

「暴走された時が不安ですが、まあこれなら私が出る必要は減りそうですわね……あら?」

 

 その時、視界の端、崖上から何かが動いた気がした。

 側道に目を向ければ、緑色のローブに身を包んだ不審者が降り立っている。

 

「……噂をすればなんとやら、お客様ですわよ」

「へー、これだけいて来るんだ。それもたった一人?」

 

 口調だけは余裕を残し、二人は油断なく即座に戦闘態勢に移る。チルディは二振りの剣を構え、アスカはチルディの影に隠れて詠唱を紡ぐ。ハニー達も意気揚々と遊び相手へと群がっていく。

 

「敵だー、行くぞー!」

「ひゃっほー! 一緒に遊ぼうよー!」

「……………………」

 

 一方、敵はすぐには動かなかった。

 表情の伺えぬ仮面がチルディ達に向いていて、彼女達以外が視界に入っていないかの如く立ち尽くしている。ぼんやりと魔物達が群がる状況を、どこか他人事のように眺めていた。

 

(装備は黒剣、仮面に刻印、ローブの色は変だけどRECO教徒かしら? Sの刻印は救済を望む一般信徒、腐った剣は元AL教徒、砂時計は大神官だと聞きますが金の天秤? もしや噂の使徒……?)

 

 油断なく警戒しつつも、チルディは敵手を分析する。その間にも魔物と敵の距離が縮まり、花火が、トライデントが、ゴールデンハニーの拳が猛烈な勢いで敵に迫る。

 その、刹那。

 何の前触れもなく、飛び掛かったハニー達が乱雑に斬り裂かれた。

 

「えっ……?」

 

 アスカの困惑の呟きがいやに長く響く。

 それよりも遥かに速く、生きる世界の違う閃光が走り魔物の身体を次々と両断する。

 瞬き一つ、二つもない間に高位の魔物の群れが残らず切り払われ、破片が地面に落ちる前に、既に敵は前に出るべく地を蹴っている。

 

「……ッ逃げなさい!」

 

 チルディは戦慄と共に反射的に叫ぶ。しかしそれすらも遅かった。

 魔法使い完全有利であるはずの距離は、目の前の化け物には一息に詰められる距離でしかない。

 消えたと思えば、周囲の魔物の反応すら置き去り即死圏まで肉薄されていた。

 

「……ッ!」

 

 鈍い音と火花が響く。

 長年の修練の賜物で咄嗟に出たチルディの剣は、幸運にも敵の斬撃を受け止めていた。

 

(……しかし、このっ、重さは……!)

 

 伝わる感触は小柄な身体に似合わず万力の如し。即座に片手での受けを諦め流しにかかる。

 重心と体裁きで相手の力をまともに受け止めず、逆に利用するチルディ独特の剣技により相手の身体が傾ぐ。対処に下手を打ったか、返しの技を打つ余地のある隙を晒している。

 

「…………!」

「やあーーーーッ!」

 

 ここしかない。チルディは一撃必殺の覚悟でムーンクァイを突き出す。

 銀閃が煌めき、数多の魔を討ちし一本の光線が狼藉者の胸元に吸い込まれ――――

 

「……っ、やっぱり、そう上手くはいきませんか……!」

 

 皮一枚、ローブの端を霞めて僅かな鮮血のみ。

 速度特化の剣士チルディ・シャープ、彼女の最速の一閃をしてもそれが限界だった。

 最上位の魔物でも屠ってきた大技が、態勢を崩した上での一撃でも躱された。こうなるともう、目の前の存在が人の枠を遥かに超える化け物としか言いようがない。

 

「がはっ……!」

 

 直後、猛烈な威力の蹴りがチルディの身体に突き刺さる。

 二転、三転と全く受け身を取ることも敵わずに吹き飛ばされ、地面に転がり……立ち上がられるだけの力は、もう残っていなかった。

 

「ち、チルディさん! ……あっ」

 

 一連の瞬殺を呆然と眺めていたアスカに至っては反応することすら許されない。魔法の詠唱を終える間もなく当身を決められ、意識を落とされる。

 リーザス最強格の二人でもこの有様。周囲の魔物を木偶の棒扱いの早業だ。

 

「な、なんだこれ!?」

「と、とにかくアスカちゃんを助けないと! ハニーフラッ……!?」

 

 ようやく混乱状態から回復したハニー達が攻撃準備に移る。必中射撃を当てることで敵中に飛び込んだ乱入者を倒そうとするのだが。

 狼藉者は、気絶したアスカを体の前に掲げていた。

 

「ええっ……!?」

「この子アスカちゃんを盾にする気!?」

 

 躊躇は一瞬、そしてそれが命取り。

 敵の姿がかき消え――また、魔物の命が刈り取られる。

 トライデントも、火花も、黄金の拳も、全てがローブ姿の少女を捉えられずに空を切り、魔物の胴が、身体が、一方的に物言わぬ破片と化していく。

 

「この人空気違くない!?」

「こんなの戦争ごっこじゃないよー!」

「なにこれ僕達かませ!? もっと遊びたいのにー!」

 

 悲鳴にも似たハニー達の叫びは虚しく響き、それを末期の声として次々と倒されていった。

 

「大ニッポン帝国万歳―! 帝ちゃん可愛いよー! うわーん!」

「……こっちにはもう、遊ぶ余裕なんてないのよ」

 

 最後の一体を割り、全てを陶器の残骸に変えてから、初めて少女――バーバラは声を発した。

 強化ハニー40体、アスカ・カドミュウム、チルディ・シャープ。

 人類精鋭の二人に高位の魔物の群れを相手取り、息の乱れ一つなし。

 勇者としてのレベルも終盤に入り、逡巡モードの恩恵は少女に場違いな力を与えていた。

 

「こ、これはどういうことだ!?」

「チルディ様が……馬鹿な!?」

 

 一連の襲撃はこれ以上ない衝撃を伴って前後のリーザス軍に伝わった。彼等にとってはまさしく瞬く間の出来事であり、彼等が尊敬する将が瞬殺されたのは何か悪い夢のようだった。

 しかしこれは現実だ。そして敵は健在であり、将の身柄はまだ手の内にある。

 

「ぜ、全隊、戦闘用意! 敵を倒すぞ! アスカ様を救うのだ!」

「あの化け物を人と思うな! 差し違う覚悟で囲んで潰せ!」

 

 百の、五百の、千の殺意がたった一人の少女に降り注ぎ、必殺の覚悟をもって包囲を形成する。崖下で両端を挟んだ状況であり、どれだけ斃れようといずれば数で押し潰すという覚悟がある。

 勇者になり立てのバーバラなら泣き叫び、たまらず逃散を選択する場面。

 しかしたった三週間前と同様の、むしろより絶望的な状況であるのにも関わらず、今のバーバラは少し溜息を吐くだけだ。

 今の逡巡勇者にとって、正規の軍隊など(はえ)の群れとさして変わらない。

 思うがままに打ちのめし、斬り捨て、屍の山を築くことも容易だろう。

 

「……少しだけ相手してあげる。前に進もうなんて思えなくなる程度にね」

 

 そしてバーバラは前に出る。

 邪魔な荷物を置き捨て、その身を一つの風と化し、敵の中心へ―――

 

「きっ、来たぞぉ!」

「うっ、うおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

 

 

 それから程なくして、電撃のような一報がリーザス司令部に届いた。

 ログAに、人の形をした化け物が現れたと。

 チルディ・シャープ、アスカ・カドミュウムは行方不明。前線は指揮系統を失い混乱中。

 関門施設が崩壊したのにも関わらず、リーザス軍はヘルマンの地を踏めていない。

 




 コマンド?
 >たたかう
 >たたかう
 >たたかう
 >たたかう
 >たたかう

 いろいろ手は尽くすけど困ったら暴力。力こそ正義、これぞルド世界。
 バーバラは詰んだ状況を無理やりひっくり返しにかかった。


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