幻想郷の女の子が博麗の巫女にお世話になる話 (ちりめん)
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第1話 日頃の勉強はとても大事です。

 右手に鉛筆、左手に取っ手付きのコップ。寝る前の試験勉強はいつも気合が入らない。この試験を乗り切っても半年後にはまた同じ試験がある。小屋の卒業は16歳。私はまだ14だ。無理して勉強した所で年齢が変わるごとにまた新しい勉強をしなければならない。そう考えると私は余計に試験の気が滅入る。

 

「っはぁ~~~……もーいや……なんで私ばっかこんな事……」

 

 寝たい。休みたい。酒飲みたい。右から左にいろいろな欲望が渦巻いて一周してまた戻ってくる。寝たい。休みたい。饅頭食べたい。……あれ? とにかく、私は勉強なんてしたくない。つい2年前までは算数だったのが何故か数学になり、社会とまとめられてたのが歴史と地理となっている。外の世界ではあんたよりもっとたくさんの事を学ぶんだ。って死んだ母さんは言ってたけど

 

「自分だって外の世界に行ったことないくせにさぁ……」

 

 14歳にして何度目かわからない死んだ母への文句。私の両親は12歳の頃に同時にに死んだ。私の知らないトコで二人して煎餅を喉につまらせ、転げ回った挙げ句妖怪の山に転がり込んで男の妖怪に串刺しにされて死んだアホ両親。この世には絶対に何人か尊敬できない人間が存在するらしいが、私の場合その尊敬できない人間が両親だ。

 

「はぁ~……駄目、全ッ然だめ、勉強駄目だわ」

 

 鉛筆を放り投げ、後ろに敷いていた布団に体を預ける。しかしこうやって寝転ぶと何故か余計に眠れないものだ。明日は試験という現実から目を背けたい思いからくるものか、それとも単純に眠くないからなのか、色々な思いが私の睡眠を妨害している。天井のシミの数は数え飽きた。数は覚えていないが、こうして仰向けになって数を数えた回数は数知れない。最近夜が来るたびにこんな無駄な手順を繰り返している。夕食、風呂、勉強、寝転び、いつの間にか寝る。自分で言うのもなんだが、無駄な日々だ。

 

「…………」

 

 なんて言っても、この無駄な毎日が変わるわけではない。この世界は夢いっぱいの子供ばかりではない。上白沢先生も言っていた。千生千色。(こく)読む人いれば()読む人あり。色んな生き物がいて色んな生き方があるのだ。私みたいな無気力な女がいても何も不思議じゃない。明日の試験もきっと上手くいくはずだ。

 

「どうせ今から勉強しても、明日には忘れてるって……ッァー…フゥ………」

 

 誰も見ていない、誰もいない部屋で私は口を大きく開けたあくびをし、明かりも消さずに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【幻想郷の女の子が博麗の巫女にお世話になる話】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シラタマ、おいシラタマ!」

「……うー……ん……」

 

 トントン、と私の背中を誰かが叩く。その刺激により私は目を開けた。目の前にはミミズが通った痕のような痕跡が残った試験用紙。私の無意識の賜物によりグチャグチャな線が思い思いの道を切り開いていた。あぁ、何だ空耳か。と、私は何もなかった何も知らないと頭の中でぼんやりと思考し、再び目を閉じ悪の親玉【紅の魔王】との戦闘に戻ろうとする。その時。

 

「……環!!!タマキ!!!!起きろ!!!」

「ふぃい!?ひげっ!?」

 

 聞き覚えのある透き通った怒鳴り声が私の耳を貫く。それと同時に私の襟首を大人の手で鷲掴みにされ体を強引に引き起こされた。何事!?

 

「え?何!?ちょ、何よ!誰よ!!」

「今はなんの時間か、忘れたか?白玲(しらたま)(たまき)

 

 右上に見上げたくない威圧感を感じる。恐る恐る見上げると、案の定人を怒ることに特化した教師が私を見下していた。青銀といえる美しい髪色、40人中18人が変な帽子と答える変な帽子、スラッとしたスタイルを見事に覆い隠す長ーーーいロングスカート、まぁこれは別にいいとして、男子を虜にする美しい顔を威圧感の塊に変える眉間のシワ。そんな様々な特徴を備えた先生のお名前は「上白沢慧音(かみしらさわけいね)」人と妖怪の中間で、自称220歳らしい。

 

「い、嫌だなぁ、覚えてますよ……今は……なんの試験でしたっけ?」

「…………」

「……いっ!!?」

「いい加減真面目にやれ!」

 

 思い出す間もなく先生は私の頭に拳骨を叩き落とす。 「はーい」と返事をした私は再び試験用紙に目を落とした。問4まではしっかりと解いていたが、それ以降は私の睡眠アートのせいで無残な黒い塊となっていた。参った、これじゃたとえ問題がわかっても書けたものではない。どうしたものかと額を鉛筆でグリグリしていると、先生が困った顔をして予備の試験用紙を手渡してくれた。

 

「す、すみません……」

「しっかりしろ。全く……」

 

 はぁ、とため息を付いた先生はそのまま教卓へと向かう。教卓にはなにか分厚い本が置かれていて、試験中ずっと先生はそれと格闘している。何だろう、外の世界の本かな?試験が終わったら先生に聞いてみようか。いや、そんな事を考えている場合じゃない。周りの目線がチラチラと私に向いている。こんな居心地の悪い空間、さっさと逃避してしまおう。さっさと答えを書いて二度寝だ。

 

「…………」

 

 問5。2代目博麗の巫女の名前……?知らない、次、問6。現在の博麗の巫女は何代目……13代目?……いや違う。7代目だったはず。……多分これはサービス問題だ。あまりにもわかり易すぎる。次の問題は、今の博麗の巫女の名前、フルネームで……か。これもサービス問題だろう。

 

「…………」

 

 あれ?

 

「……博麗……」

 

 なんだっけ?

 

「…………」

 

 飛ばそう。次っ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、時間だ。後ろから集めるように。今から修正するのは禁止だぞ!小菅!鉛筆を置け!」

「あと1問!」

「駄目だ!」

 

 そんなこんなで試験が終わり、試験用紙が回収される。アートとかした1枚目はそっと折り、これは回収しないでいいよと後ろの子に合図する。が、案の定用紙を開かれた。

 

「タマタマ、また寝てたの?」

「うっさい」

「はいはい、こっち?」

「そ、見ないでよ」

「分かってるって」

 

 タマタマ、私を茶化すときに使われるあだ名だ。しら「たまたま」きだから、タマタマらしい。普段は普通にたまき。と呼ばれている。白玲とかいてしらたま……。自分の苗字とはいえなんでこんな団子みたいな響きの名前になったのだろう。由来を個人的に調べたときもあったけど、やっぱり何もわからなかった。

 そんなことよりも長かった試験勉強も終わり、これでしばらく家で自由な生活ができるというもの。今日はまずお疲れ様のたい焼きに、いつものとこでやってる弾幕ごっこの見物に行こう。ココ最近見に行けてなかったから楽しみでしょうがない。

 

「ねえ、ユミ!今日弾幕ごっこ見に行かない?」

 

 早速前の席の女の子、篠辺(しのべ)ユミに提案した。私の友達でショートヘアーでも可愛いというずるい特徴を持った子だ。

 

「うん!あ、でも私らでやるのもありじゃない?久々に、どう?」

 

 それに活発だ。家が妖怪退治を仕事にしてることもあって、弾幕ごっこもお手の物。その腕前はかなりのもので、休みの日は先生と練習できるくらいの実力者。空も普通に飛べるし、武器を持てばもっと強くなる……って先生の友達は言ってた。私はもちろん見る派だ。運動音痴だし力なんて数秒飛べるだけだし。

 

「無理無理、こないだやって散々だったじゃん」

「そう?楽しいのに、じゃあ私今日は参加する側に回ろうかな?」

「でも今日ルーミアも来るでしょ?流石に危ないんじゃない?」

「大丈夫だって!静葉様と穣子様が監督するらしいから」

 

「ほーら静かにしろーまだカバン持つな、終わってないぞ」

 

 私とユミ以外も話に花が咲き始めると、先生は手を2回叩き生徒を静まらせる。すぐに黙って皆先生の方に視線を向けた。先生は試験監督モードではなく、いつもの先生モードになっている。要するにカンニング対策で眉間にシワを寄せて集中しているわけではなく、時折笑顔を見せる優しい先生になっていた。って事。

 

「今日の試験は前の試験の復習と今回の範囲を混ぜて出した。難しかったか?」

 

 前席の数人が相槌を打ちながら聞いている。

 

「難しくてもそうでなくても、復習はしっかりするんだぞ、和夫わかったか?」

「え?あ、あ、はい!」

「言ったな?明日聞くぞ?」

「えぇ!?」

「フフ……よし!今日はここまで!」

 

 ありがとうございましたー!!と、私も含めて挨拶をする。毎日行く場所ではないとはいえ内気なやつも元気なやつもみんな挨拶は元気がいい。これも上白沢先生の人望というものだろうか。

 挨拶を済ませるとみんなは寺子屋の生徒ではなく一人の少年少女へと戻る。友だちと話しながら、家事を済ませるために急ぎながら、子供である私達は無邪気に寺子屋を出ていく。

 

「たまき、帰ろっ」

「うん、あ、直接行く?」

「だね、日もまだ高いし。夜に怪我したら流石に危ないしね」

 

「お前たち、まだ残ってたのか?」

「あ、慧音先生!」

「え、ど、どうも……」

 

 教卓から本や資料を小脇に抱えた上白沢先生が私達に声を掛ける。

 

「……んー……ちょうどいい、白玲、今話しておいたほうがいいな」

「え……?私ですか?」

 

 そう言って先生は続ける。

 

「篠辺、少しだけ外してくれるか?すぐに終わる」

「?はい、わかりました」

 

 ユミには話せない事……そして少しだけ真剣な先生の顔。私の前では優しい顔を見せているが、なにか深刻な事情があるのだろうか?この表情から察するに遅かれ早かれ今日中に私の家に家庭訪問するつもりだったのだろう。死んだ両親の関係か、それとも……月謝でも必要になったのか。

 

 ユミが鼻歌交じりに教室から出る。うって変わって明るい雰囲気から一変してしんとした空気になった。

 

「すまないな、篠辺と何を話してたんだ?」

「いえ、帰りに外れで弾幕ごっこでも見ようかなってだけです、ユミは参加するって聞かなくって」

「ははは、あの子は本当に強いからな。だがしっかり止めろよ?危ないからな」

「ええ、あ、でも今日は静葉様と穣子様が監督するんで、安全ですよ」

「ほう、という事はルーミアかミスティアでも来るのか?」

「多分……で、先生?」

 

 上白沢先生がとりあえずの話題を切り出し、空気を少しだけ和ませる。しかし先生はこれが本題ではない、と言わんばかりに私の目を真っ直ぐ見て本題に入る。

 

「あぁ。すまない……回りくどく言ってもしょうがないな」

「?」

「……っ」

 

 そう言って先生は少し私から目を逸らす。言うことを躊躇っているのだろうか。先生の視線は左手に持っている分厚い本に向いている。その本は今時珍しい達筆な文字で私の名前が小さく書かれていた。なるほど、この本は私に関する何かを記録している本なのだろう。

 

 先生はその本に目を向けると、目を少し閉じ、頷いて再び私の目を見る。 

 

「すまん……たまき、お前を……博麗神社へ連れて行かなければならなくなった……」

「……博麗神社……?」

 

 えーっと……確か……紅魔館と同じくらい人間と無縁な神社で……巫女さんは……博麗……あ、霊夢だ。博麗霊夢。その人が博麗神社の巫女さんで妖怪退治の専門家。

 

「…………あの博麗神社ですね?」

「お前……忘れていたのか……?」

 

 忘れてた。博麗博麗と試験で名前が出てるけど正直どんな人なのかあやふやだった。

 

「ど、ド忘れです、忘れてませんよオホホ…」

「……はぁ……まぁいい……八雲の妖怪がお前を名指しで指名したんだ……白玲環を博麗霊夢に預けろ。理由はお前が向かって定着してから話す……と」

「……なるほど……」

 

 誰?ヤクモって妖怪……風見幽香より危険な妖怪なの?そう考えていると、先生は本に挟んでいた手紙を私に差し出した。私に宛てた手紙だ。差出人は「八雲 紫  筆 八雲 藍」と書かれている。「むらさき」って人が命令して「あい」って人が書いたってことだろう。

 

「八雲(ゆかり)……幻想郷最古参の妖怪だ。」

「あ、これゆかりって読むんですね」

「ん?あぁ、そうだ。読んでくれ」

「は、はぁ……わかりました」

 

 先生に言われ、私はとりあえず手紙を読む。まるで魔法で加工したかのようなすべすべの紙だ。道具店、今は魔法店にいるあの人が魔法で加工した最新の紙よりも高品質とも言える紙だ。そんなすごい紙に少し驚きつつも、私は手紙を開き、かろうじて読める達筆な文字を読んでいく。

 

「…………」

 

 詳細はイマイチ理解できなかったが、つまり『2年前、博麗霊夢の不出来による不幸を詫びる。博麗の巫女として一端の人間となった今、改めてその詫びをさせてほしい』という事らしい。

 

 もっと簡単に言うと「2年前から成長した博麗様に育てられなさいな」って事だ。 

 

「ふん、ふん……なるほど、別に私はいいですよ?居候って事ですよね?」

「お前……事の重大さが分かっているのか?」

「え?」

「あの神社に行く者は外の世界の人間と、霧雨魔理沙のような変わった人間、それと妖怪だけだ。その意味はわかるな?」

「……?」

「……分かってないみたいだな……」

 

 先生は目を伏せる。あの巫女様がいる所はそんなに危険なのだろうか。

 

「あの場所がどんなところかは知っているか?」

 

 博麗神社、幻想郷の「出口」といえる場所だって先生は言ってた。そして幻想郷で最も重要な場所の一つである事。そして、そこに住んでいた6代目博麗の巫女、博麗……なんたらさんが出動する「異変」って出来事は歴史に残る大騒動だってことも聞いた。

 

「異変を解決する博麗様の神社ですよね?」

「そう、人里遠く離れた神社、博麗霊夢が居ようと里から遠く離れた場所は妖怪の溜まり場だ」

「……ふむふむ……」

 

 呆れ気味の表情をしていた先生が、私の肩を掴んで語りかける。

 

「人間、特に古くから住まう里の人間は妖気を嫌う。今でこそ若者と妖怪の交流は増えつつあるが……それでも人間と妖怪の差は大きく、有害な妖怪を退治した退治職の人間は特定の手順を踏んで妖気を払ってから出なければ里にすら入れないような状態だ。」

 

 それはユミが言っていた。この里のおじいさんおばあさんは妖怪を極端に嫌うらしいって。

 

「……」

「妖怪神社とも言われる博麗神社に入り浸るどころか、そこに住まうという事は、二度と里に住む事が出来なくなるという事だ。霧雨魔理沙、あの子と同じになる覚悟はあるのか?」

 

 確かに、年は違えど里から飛び出して、二度と里に定着しないという点では、私と霧雨さんは似てるのかもしれない。里を出て一生を博麗神社で過ごす。周りは妖怪が蔓延り、同居人はいくつかもわからない巫女さん。深く考えると、恐怖心は確かにある。だが9歳で道具店を飛び出して妖怪どころか瘴気すら漂うあの森で生きている霧雨魔理沙でも出来たことだ。14歳の私に出来ないってことはないだろう。それに両親が死んでから私の人生は勉強と弾幕見物だけの無気力な色のない生活だ。ここいらで少し、人生に色を付けたい。

 

「大丈夫です。それに、そんな偉い妖怪に指名されて、断るなんて無理でしょ?」

「だがお前が無理なら」

「大丈夫です!今から準備しますんで!あ、ユミに今日は無理って伝えてください!」

 

 多分先生は、私が渋ればその八雲さんとかいう妖怪に直接具申してやめさせるつもりだろう。そうなると最古参の妖怪に歯向かうことになる。そんな事になったら寺子屋どころか里だってどうなるかわかったもんじゃない。おそらく上白沢先生は穏便に片付けるか、歴史をどうにかする力でどうにかしようとするだろうけど、その八雲って妖怪がわからない。先生もよく知らないらしいし。

 

 じゃあ、私がその命令を快諾してことをスムーズに進めたほうが私的にも里的にも平和だ。そう考えた私は先生にこれ以上引き止められる前に寺子屋を出た。

 

「ユミ!ごめん私帰らないと!」

「え?ちょっ!たまき!?」

「ほんとごめん!今日中に里出ないといけないし!」

「えぇぇ!?」

 

 寺子屋の門の近くでつまらなそうに待っていたユミに謝って、私は家に向かって全力疾走した。

 

「行っちゃった……」

「おい!たまき!待……」

「あ、先生!?」

「篠辺!たまきは家に帰ったのか!?」

「え?えぇ、まぁそうですけど……なんか今日中に里を出るとか……」

 

「馬鹿かあいつは!?」

 

 

 家に帰るや否や私は荷物を軽くまとめ、5分もたたないうちに家を飛び出し、里を出た。

 

 

 

 

 数時間後、迷子になった私は静葉様と穣子様に保護され、正規の手順を踏んで博麗神社へと足を運ぶことになった……。

 

 

 

 



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第2話 別れの挨拶は簡潔に済ませましょう。

ネタバレ:この作品に戦闘シーンなんてないよ。


 博麗神社、幻想郷に住むものなら誰もが聞いたことがある神社。博麗の巫女が住む神社、妖怪の溜まり場、幻想郷の出口。様々な呼び名があるが、人間が好き好んで訪れない不思議な神社だ。妖怪退治屋が手に負えない妖怪を退治したり、異変と呼ばれる大事件を解決する時に頼るくらいで、人間との接点は皆無に等しい。

 昨日、上白沢先生からその博麗神社への引越し、そして人間の里から事実上の永久追放の知らせを受けた私は、荷物をまとめて里の出口にいる。夜も明けきらないこの時間。時刻で言うと午前3時位だ。ちなみに私は時刻を「時」で読むタイプの人間だ。というか、最近の若者は大体そうだ。

 

「……ここで合ってるわよね?」

 

 昨日秋神様二人に保護された私は、改めて先生にこの時刻にここで待てと言われた。人間の里から博麗神社まではかなりの距離があるらしく、遠足に行くような感覚で行ける場所ではないらしい。「せめて身を護るための物を渡すからここで待ってろ」と3回も念を押された。

 

「……」

 

 先生は半妖だ。何百年もの間色々な出会いと別れを繰り返している……と言っても、今回の私のような事態はあまり無いだろう。妖怪の偉い人の考え一つで人間を動かす。人権も何もあったものじゃない……私は別に構わないし、変化のある毎日を求めていたから願ったり叶ったりだが、残される友達や先生からしたら複雑極まりないだろう。私のこの出来事のせいで妖怪と人間の溝が深まるかもしれない。……私が人間に好かれてないならただの島流しだけど。

 

「……うーん……いいのかな……」

「たまき!」

「え?あ、先生」

 

 そんな事を考えていると、暗闇の中からいつもの変わった格好をした先生が色々なものを手提げ袋に突っ込んでやってきた。……先生年齢凄いのにこれですっぴんなんだよね……この辺が人間と妖怪の大きな違いかな……。そんな先生の顔はとても苦しそうな顔をしていて、空いた左手は今にも血が垂れてきそうなほどきつく握りしめている。しかし、私が先生の顔を見ると、その表情を柔らかくさせ、今できる精一杯の優しい顔を見せる。

 

「すまないな、待たせてしまったか?」

「いえ、私も色々覚悟を決める時間が欲しかったので」

「っ……そうか……すまない、私の力不足で……」

「もう、先生謝り過ぎですよ……ユミにはなんて?」

「……」

 

 先生は目を伏せる。伝えたのは伝えたが、詳しくは話せなかったのだろう。そりゃあそうだ「八雲の妖怪の命令で、寺子屋の生徒の一人を博麗の巫女に差し出しなさい」なんて事伝えたら里の一大事だ。まるで生贄を差し出せと言ってるようなものだろう。周りに深く知られること無く、私が居なくなったという事実を伝える方法……。恐らく私の存在は上白沢先生の力で人間の里から消されるはずだ。霧雨理沙が霧雨魔理沙変わるような感じではない、歴史から抹消される。そんな気がする。

 

「い、いえ、いいんです。すみません」

「……すまない……っっ……!!」

「そ、それより、何です?身を護るものって」

 

 私は目を伏せている先生の右手に持った紙袋を指差し、先生を正気に戻す。私は妖怪や特別な人間ではないが、今の先生の気持ちは痛いほど分かる。生徒を失う不甲斐なさ、里が得体の知れない、顔もわからない存在に為す術もない悔しさ、たった一枚の紙で選択肢を失う無力感。先生はこの紙が来てから何日も苦しんでいたはずだ。この紙、先生に届いたのは2週間も前だ。そして今日が返答の締切日。おそらく先生は私が答えを渋ったり、断ったりした瞬間、自分でこの件を解決させるつもりだったんだろう。

 

「あ、あぁ……すまない……」

「……」

 

 私は首を縦に振り、生意気ながらも先生を慰めようとする。と言っても人生の大先輩とたった14年生きただけの私だ。私には先生に気の利いた言葉なんてかけられるわけがない。せいぜい出来るのは先生の説明を、いつもと違って真面目に聞く。それだけだ。

 

「先生」

「……説明だけではわからない品ばかりだ。よく聞いてくれ」

「もちろんです。生き死にがかかってますから」

 

 先生は「そうか」と少し微笑み、再び真剣な表情に戻して紙袋から小さな札を取り出した。

 

「授業ですね」

「私の最後の授業だ。聞き逃したら拳骨や頭突きじゃ済まさんぞ」

 

 

 私の人生最後の授業は私がこの先危険な場所を行き来するための護身方法だ。力のない人間が里の外で生き抜く方法、生き死にの瀬戸際で生きるためにやるべき行動、簡単な霊力を使った加速方法、もともと少しだけ出来た浮遊を応用した短距離の飛行。里を出る予定の猶予時間を目一杯使った、この人生で最も真面目に聞いた授業だと思う。

 

「人間の形をしていない妖怪の弾は人間が1発食らっただけでも生死に関わる。万が一のときは絶対に逃げるんだ」

「さっきの、加速で?」

「そう、死ぬ気で走れば10秒は連続して走る事ができる。その10秒はお前の人生を決める10秒だ……分かるな?」

「この10秒で逃げ切れなければ、死ぬ?」

「ああ」

 

 いつも以上に真面目な先生の返答に私は息が一瞬詰まる。リアルに感じる死の光景。私の親も妖怪に殺された。夜逃げした家族が妖怪に皆殺しにされた話もたまに聞く。私はこれからその夜逃げした家族と同じ思いをすることになるのは明々白々。だがここで逃げる訳にはいかない。私がやらないとみんなが危険になる。

 

「続けてください。先生」

「……わかった。次は――」

 

 易きに走る人生はつまらない。苦難あっての人生だ。そして今は最初にしてこれからもある苦難の一つだ。そのためには備えないといけない。たとえ付け焼き刃でもないよりはよっぽどマシだ。

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 漆黒の空に少し色が付き始め、先生の特別授業が終わる。聞いた知識はすべて頭に叩き込んだ。人間って言う生き物は本気になるといつも以上の成果を出し、そして尚且疲れもなくなるものだ。深夜の授業、それも実技に近い内容だったと言うのに聞いた内容、やった内容を全て覚えていて、疲れがまったくない。

 

 授業を終えた先生は、さっきの授業で使った紙袋の中身をすべて出し、私のカバンの空いたスペースに入れていく。妖怪避けの御札、霊力増幅の御守り、非常食。小物だが今の私には必需品とも言えるべき品だ。特に御札は何枚あっても困らない。それに私が準備している時に忘れていたものの大半を持ってきてくれていた。私はタオルも持って行かずにどうやって風呂にはいるつもりだったんだろうか。

 

「……たまき」

 

 先生は荷物を私のカバンに入れながら声をかけた。

 

「はい?」

「お前の両親が亡くなった時の事、覚えているか?」 

「へ?え、えぇ。まぁ」

 

 唐突に何だ?と思ったが、そういえば八雲の妖怪の手紙も「2年前の巫女の不出来による不幸」だとか何とか言ってたっけ。やっぱりあのバカ両親が今回の件に関わっているのだろうか?

 

「どう聞いた?」

「どうって、男の妖怪に串刺しにされて死んだんでしょ?実際喉に刺し傷あったじゃないですか」

「……そうか」

 

 私は討伐隊の人からの又聞きと遺体確認で両親の死に様を知っていて、先生は実際に現場を見に行ったそうだ。先生がこうやって聞くということは何か私の記憶違いがあったのだろうか。それともあのときの討伐隊のおじさんがなにか隠したか。

 

「……あれは博麗の巫女の誤射だ」

「へ?」

「確かに男の妖怪がお前の両親に襲いかかったのは事実だ、しかしその近辺で鍛錬をしていた博麗の巫女が助けようとしたが手元が……」

「……あーそういう感じ……」

 

 そうだったのか。博麗の巫女さんは私の両親を殺した件について責任を感じてるのか。

 

「それで身寄りの無い私を立派になった巫女さんが保護しようって事ですか?」

「恐らくな……両親を殺したやつに保護される……苦しいな……」

「いえ……それは別に良いんですけど」

「だが、仮にもお前の親だぞ?」

「幻想郷の癌みたいな親ですよ?」

「う……いやしかし……」

 

 あんな奴死んで当然だと葬式中何度も聞いた。当然私もあんな馬鹿死んでくれてせいせいしている。反面教師としてはずいぶん役に立った。こんな大人にならない、おむつを被って料理してボヤ騒ぎ起こしたり、釣り銭の計算ができないからと足りない金を上手くごまかして買い物して結局失敗したり、1日に6回も職を変えたりするような、気狂いに両足を突っ込んだ親などむしろ殺す手間が省けたというものだ。

 

「まぁでも、勝手な話だなっていうのは、確かにありますね…」

「本当に済まない……」

 

 先生はまたうつむいてしまった。

 

「せ、先生のせいじゃないですってば!」

「すまないっ……!っ…………私は……!!」

「先生……」

 

「畜生!!」と、普段からは想像できないような声を漏らし、拳をギリギリと音が鳴る程握りしめる。その拳からは青白い光が滲み出て、うつむいた状態からでも分かるほど殺意のような、オーラのようなものを感じる。もし今、八雲紫と顔を合わせることになったら先生は迷うこと無く八雲紫を殺すだろう。取り決められたルールなど無視して、まっすぐ憎しみをぶつけかねない。

 

「っ……たまき」

「は、はい?」

「これを……」

 

 先生は、さっきの紙袋とは違う所、多分先生の服にあるポケットから、黒い筒のようなものを取り出し、私に差し出した。

 

「え?」

 

 受け取った私はそれが何なのか、瞬時に理解が出来た。懐剣だ。己の身を守るための刀。鞘には先生の所持品によく使われている不思議な模様と、何か良くわからない家紋のような模様が刻まれていた。

 

「もしもの時に使ってくれ」

「懐剣……小太刀でしたっけ?」

 

 私はそれを抜く。すらり、と刀独特の音と同時に、ぶんっ……と聞き慣れない音が聞こえた。その刀身は青白い炎のようなものに包まれ、それを更に覆うように朱と白の光が螺旋を描くように……。

 

 要するに、なんか凄い刀だ。

 

「え、えぇ……?」

「出来る限りの霊力を私の友人と込めた……心許ないが……」

「いや、凄いですよこれ……」

 

 危うく「斬れんのこれ?」と口走りそうになったが、喉あたりで失敬なセリフを飲み込む。私は刀を鞘に収め、その「なんか凄い刀」をカバンに入れた。

 

「使うことがないことを祈ります」

「本当に危険と感じた時にだけ使え、お前は戦えない人間だということを忘れるな」

「当然です、逃げますとも……ん?」

 

 すっ、とオレンジ色の光が私の視界に入り、私は反射的に目を窄め、そのオレンジを見る。

 東の方角から現れた太陽の頭頂部が幻想郷を照らし始めていた。それ見た先生は「時間か」と呟き、私の肩を少し叩く。

 

「白玲環」

「は、はい」

「死ぬなよ。またいつか会いに来い」

「せ、先生」

 

 そう言うと、先生はフッと笑う。

 

「先生、か。次会うときもそう言ってほしいものだ」

「ええ、そうですね……慧音先生」

「ああ。……さぁ、行け!長旅だぞ!」

「はい!先生……お世話になりました!」

 

 私は先生に深く礼をして里の出口に向け歩みを進める。沢山の荷物と、思い出を背に乗せ、博麗神社に向けて

 

「先生!さような」

 

『何時まで待たせるつもり?』

 

 

 落ちた。

 

 

 

 ●

 

 

 

「~~~っだぁ!?」

 

 何が起こったのか、悲鳴をあげる暇もなく尻餅をつく。

 

「いた……ぁ……~~!?」

 

 ここはどこなのか、ちょっと見回しただけで一瞬で把握できた、ここは博麗神社だ。寂れた境内に小汚い本堂と賽銭箱、縄の切れかけたガランガランって鳴る奴。妖怪神社と噂されている(らしい)が意外ときれいな神社だ。

 

 それにしても私はなんでいきなりこんな所に現れた?先生の護身授業で何らかの能力が覚醒して瞬間移動にでも目覚めた?それとも博麗の巫女の巫女的な能力でなんかでどうにかなった?

 そういえばさっき落ちる瞬間誰かの凄まじく苛立った声が聞こえたけど……あれのせい?

 

「迎えに来たのが2時50分、あの半妖の「授業」が1時間……あなたと半妖の惚気話と休憩時間で更に1時間30分……」

 

 あ、多分それのせいだ。

 

「……えっと……何処にいらっしゃるのでしょうか……?」

 

 何もない空間から声が響く、歯ぎしりが聞こえてきそうな程苛立っている声だ。

 

 私の質問に答えたのか、私の目の前に突然装飾された黒い線が浮かび上がる。その黒い線は何の音も立てずに広がり、何もない空間から真っ黒な異次元を生み出した。

 

「な、何……これ……?」

「……やっと連れていけると思ったらまた惚気……あの先生気取りの半妖の未練深さには脱帽ね……」

「ひっ……!」

 

 腹の底に響く声、姿の見えない女性の声、それが近付くのが分かる。一歩一歩と近付くたびに私の視界が恐怖で黒く狭まる。これが妖気と言うものなのか。先生に教わった全力疾走をもってしても絶対に逃げられない相手だということが自分の本能でわかる。私は無意識のうちにカバンに入れていた懐剣を取り出し、鞘に手をかける。

 

「…御機嫌よう、里娘さん?」

「ひぃ!!!」

 

 異次元からすたすたと、先生以上に変わった服をした女性が現れた、外の世界や紅魔館で見るらしいドレスと呼ばれる服にしては何とも不似合い。儀式用の服とも言えるのだろうか。何にせよ変わった服だ。その女性の顔は怒りというよりも見下しという表現が正しい顔をしている。先生もたまに似たような表情をするが、この金髪の女性はそれ以上に恐ろしい。

 

 私はその女性が何なのかすぐには理解できずに居た。今の私の頭の中は「恐怖」と「脅威」だけだ。無意識のうちにさっきの懐剣を抜き、青と赤の何かに包まれた刃を女性に向けていた。

 

「……フフ、半人半妖の霊気と妖気、それに蓬莱人の霊気まで纏った懐剣……随分素晴らしい武器を持っていますわね」

「っふ……!ふっ……っく……何……あなた……?」

「……」

 

 女性は指をくいっと私に向ける。私はとっさに「ひっ!」と声を上げ、刀を振ろうとする。しかし、いつの間にか手から刀がなくなっていた。

 慌てて女性を見ると、彼女の手に私が持っていた刀が握られていた。

 

「あ……!」

「博麗神社に向かうためだけにこれほどの霊気を注ぐ……」

「か、返して……貴女なんなの!?」

「随分可愛がられていたのね、環ちゃん」

 

「……!」

 

 私の名前を知っている……まさか、この人は……

 

「まさか貴女、博麗の巫女さん?」

「なわけ無いでしょ」

 

 違った、じゃあ……

 

「八雲……むらさきさん?」

「紫、ね。寺子屋で習わなかった?」

「……妖怪の賢者さんってことは知ってるけ……知ってますけど……」

 

 やっぱり、八雲紫さんだ、もっとしわくちゃの婆さんかと思ってたけど、すごい美人の妖怪……。幻想郷で一番古い妖怪だって聞いてたけど……。

 

「……落ち着いた?」

「え、えぇ……」

 

 私が返事をすると、先生がくれた刀をくるりとひと回しし、フヨフヨと浮かせて私が持っていた鞘に収める。そして八雲さんはコホンと咳払いをした。

 

「では、改めて……私は八雲紫(やくもゆかり)、スキマ妖怪と呼ばれていますわ。ようこそ博麗神社へ」

「……」

「……」

「あ!はい、私、白玲、環です!しらたま、たまき。人間の、えっと、女です!14歳の。えと、よろしくです!」

「はい、よくできました。よろしく」

「え、えへ……」

 

 何やってんだ私……。

 

「……その、なんで、あの、私を?」

 

 私は博麗の巫女さんの顔を見る前に、八雲さんに聞きたいことを聞くことにした。流石に「連れてきましたはいさようなら」で返すのは私的にも八雲さん的にも望んじゃいないし、私が納得できない。

 

「気になる?」

「え、ええ。まぁ」

「13歳の霊夢が貴女の両親を誤って殺して、その罪滅ぼしのために連れてきた……と言えば納得する?」

 

 れいむ?博麗の巫女さんの事?……13歳?今15歳って事?

 

「……少し、変……かなって……」

「あら、どうして?」

 

 私は少し考える。博麗の巫女さんが人間だとして、13歳の女の子が間違ってバカ2匹とは言え人間を殺めたとする。それで罪滅ぼしをしようとするのに2年も時間が必要になるのだろうか。例えば私が関係ない人を間違って殺してしまったとして、その子供がひとり取り残されて生きていくとなれば、私はその日のうちにでもその子を引き取って罪滅ぼしをする。というか、誰だってそうするはずだ。それなのにわざわざ一端の巫女になるために2年も私を放置するのかと考えると、やっぱり少し引っかかるところがある。

 

「……なんとなく、です」

 

 なんて事、初対面の人に言えるわけがないし、この人人じゃない。

 

「……そう、そうですねぇ」

 

 八雲さんは口調をコロコロ変え、まるで私を弄ぶかのようにニコニコと笑う。

 

「確かに、博麗の巫女は罪の意識など微塵も感じていません」

「え?」

「何故?と思って当然。何故なら今のあの子に罪どころか正しい意識もないのだから」

「……?……??」

 

 ……??

 

「えっと、つまり……?」

「6代目が消えた6つの時から全ては無意識、夢と現実の境を失った、魂のない人形」

「……心ここにあらず?て事ですか?」

「……」

 

 八雲さんは答えない、ニコニコとしているだけだ。

 

「博麗の巫女は……えっと、どんな人なんです?」

「生返事と日常生活、才能を酷使した鍛錬と勉学を積んだ魂なき人間……」

 

 ……訳がわからない。

 

「えっと、じゃあ、その魂は何処に?」

「博麗の巫女の心の底に眠っているわ。眠っている事実も知らずに」

「……?」

「会ってみれば分かりますわ、そしてそろそろ目覚めさせないと」

 

 その言葉と共に八雲さんは私の手をそっと握り、博麗神社へと足を進めた。

 

 博麗の巫女こと博麗霊夢は心のない人形。6つの時に6代目博麗の巫女が消え、その時の心を失った。私のバカ2匹はその心のない巫女の誤射によってに殺された。そんな精神状態で殺したんだから当然罪の意識なんてあるわけがなく、そもそも殺した事実すら知らないって事だ。いや、待てよじゃあ……。

 

「あの、八雲さん」

「?」

「結局なんで私呼ばれたんですか?」

「フフフ……」

 

 ……この人と話すの疲れる……。



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第3話 自分の役割をしっかり把握しましょう

 八雲さんの第一印象は「怖いお姉さん」としか思えなかったが、いざ会って話してみると印象が変わるものだ。間違いない、この人は「胡散臭い妖怪」だ。私が質問するにしっかりと答えるが、答えは言わない。結局私を呼んだ理由はわからず終いだ。この人曰く「心のない人形」の博麗の巫女。一体どんな人なんだろう。

 

 見渡してみるとこの博麗神社、あまり汚くはないとは言え、整備が行き届いていないみたいだ。しかし廃屋というわけではなく、人が生活しているのだろうなというのは感じる。なんと言うか、誰かがいる感じがしっかりしている点からして、恐らく博麗の巫女という人物は心がなくとも女の子として最低限の生活をしているらしい。

 

「あの、八雲さん」

「何?」

「あの、6代目が消えたって、何があったんです?」

「んー?知りたい?」

 

 6代目博麗の巫女、私も彼女の話は聞いたことがある。歴史の授業で直話していた話によると幼い頃から妖怪退治に精通していて、博麗の巫女として20数年活躍していたそうだ。不思議な事に彼女の名は知れているものの、彼女の姿を見た人は殆ど居ないという。噂によると赤黒い巫女服を着用して腕力に物を言わせる豪腕巫女とか、紫の髪色で亀に乗っているとか、鬼の面を被っていてその姿を見た者は死ぬとか、そもそも博麗の巫女とは概念で我々の心の中に存在するとか、存在自体があやふやだ。

 

 博麗の巫女が消えたという事実、その年に心を失った七代目博麗の巫女、確か名前は霊夢。それを知る八雲紫さん……。私の隣でニコニコしている八雲さん、この人一体何なんだろう。

 

「そもそも、6代目の名前すら知らないんです、私」

「レイム」

「え?」

「初代から続く名前です。レイムは名前であり、博麗の姓を持つ者の称号」

 

 そう言って八雲さんはふふっと微笑む。掴みどころのない人だが、この人の幻想郷に関する知識は先生以上かもしれない。

 

「……博麗、レイム?同じ名前……」

「不思議?」

「えぇ。まぁ……って事は今の霊夢さんと6代目のレイムさんに血縁関係は?」

「あるかもしれないし、ないかもしれない」

 

 博麗の巫女は必ずしも血の繋がりがあるとは限らない、と言うことだろう。ますます不思議だ。博麗という存在……血で博麗を決めないということは、もしかすると……。

 

「八雲さん」

「ん?」

「もしかして私、博麗の巫女の候補とか」

「違うわ」

 

 違った。

 

「そんなに焦らなくてもいずれ伝えますわ。今は待ちなさい」

「はぁ……はい、で……6代目は?」

「消えた、今はそう思うのが賢い選択です」

「う……は、はい」

 

 そう言って八雲さんはスタスタと境内を歩く。私もついて行こうとするが手で静止された。待てということだろう。多分7代目の霊夢さんを呼びに行ったはずだ。

 

「っはぁ~~……」

 

 一人になる。昨日一昨日、色々なことがありすぎて、こうして一人になることなどなかった。ふと、私の手にある懐剣を見る。鞘には2つの紋章、先生の紋章なのか、不思議な星のような模様。そしてもう一つの家紋のような模様が刻まれている剣。八雲さんは半妖とホウライジン?の霊気が込められていると言っていた。妖怪の賢者がそう言うという事は、見た目通りの凄まじい剣なのかもしれない。

 

「……」

 

 すらりと、鞘から刀を取り出し、赤と青の霊気が込められた刀身を見る。この青い霊気が先生の霊気だろう。多分、そしてその青い霊気を取り囲むように螺旋を描く赤い霊気が先生の友達の霊気のはずだ。先生の霊気はぼんやりと、気持ち易しめな霊気だが、こっちの赤い霊気はまるで炎のように激しく動き回っている。

 

「すっごいなぁ……妖怪と、ほーらいじんって」

 

 改めて先生に感謝し、刀を仕舞う。今度先生に会ったらちゃんと返すか、これを正しく使える人に使ってもらおう。私が持ったらただの包丁にしかならないか、たとえ誰かを斬る……刺す?何にしたって使う前に殺されそうだ。

 

「はぁ……」

 

 ふと、朝になって間もない空を見上げる。私はなんでここに来たのか、ここに来て何をしなければならないのかさっぱりわからない。心がないけど目覚めるらしい博麗霊夢って人、妖怪の賢者で掴みどころがなく何を考えているのか分からない八雲紫さん。「博麗の巫女」と「妖怪の賢者」という規格外な立場の人に出会うこの現実が未だに受け止めきれない。今まで私は良くて「里の守護者」くらいの立場の人としか交友関係がない、いわゆる一般人だ。そんな私がここにいる。

 

 不思議な出来事もここまで来るともはや怪奇現象だ。ふと、この博麗神社を見渡す。見た目は寂れた神社。しかしそんな神社の存在が里に伝わっていて、八雲さんがここにいる。ここは間違いなく幻想郷にとって非常に大事な場所なんだろう。それ意外考えられない。だとすると私は、私の立場はただの里娘ではいられない。博麗の巫女に関わる、それどころじゃない。幻想郷に関わる人物になると言うことだ……。

 

「っ」

 

 自分自身の立場を改めて考えると、ゾワゾワと何かを感じる。今まで感じたことのない感じだ。

 

「……」

 

 なのに顔がニヤつく。重く深く、胃が締まる感じ。

 

「刺激が欲しかったのよ……とか考えてる?」

「ふぃ?!」

 

 何の脈拍もなしに私の目の前に黒い空間を出して八雲さんが顔を見せる。心臓に悪い。

 

「14歳、物思い激しい時期だものねぇ、人間って寿命が短いから……」

「う、な何言ってるんです!?」

「フフ、あの子も心があればこんな感じだったのかしら?」

「あの子?あ……」

 

 八雲さんはそう言って人差し指を動かし、黒い空間を閉じる。すると博麗神社に見慣れない人がいた。

 

「博麗の巫女さん……」

 

 その姿は

 

「……」

 

 割と普通だった。

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

「……霊夢、この子がさっき言った子よ」

「……」

「あ、あの、はじめまして……博麗さん」

「……うん」

 

 ……。

 

「あの、八雲さん?」

「……おかしい……まだ目覚めてない?」

 

 多分目覚めてないと思う、この反応。

 

「紫」

「……」

「今日は何やるの」

 

 そう言って博麗の巫女こと博麗霊夢(はくれいれいむ)さんはゆらりと八雲さんに目を向ける。その顔は確かに心がないと言える。目は常に遠くを見ていて、口調はぶっきらぼうと言うよりは棒読み。睨みもせず、微笑みもせず、ただ八雲さんを「見ているだけ」だ。

 

「……」

「紫」

「……」

 

 八雲さんは博麗さんに返事もせず、じっとしている。考え事をしているようだ……。人が声をかけているのに返事をしないとはまぁまぁ失礼な人……人じゃないけど。

 

「は、博麗さん、あの……」

「誰、あんた」

 

 私は思わず博麗さんに声をかけ

 

「ぅぃ!?」

 

 る、間もなく博麗さんは私の目の前に立つ、それも何の移動手段も用いず、一瞬で私の視界を博麗の巫女が埋めた。創作物に登場する瞬間移動という技なのか、それにしたって何の前触れもなかった。

 

「結界を壊す奴」

「ちち、違います!」

「レイムをころした奴」

「でもないです!!」

「紫の友達」

「そうなんですか!?私達友達ですよね八雲さん!?」

「……」

「なんか言ってくださいよォ!?」

 

 光のない目が私を射抜く。目を逸らすと殺されそうな感覚だ。だがこの人が同じ人間同士であることは何となく分かる。だがこれは違う。何が違うのかはわからない。しかし……。

 

「誰」

「私は!私は白玲環!只の里娘です!!ひ、ひぃ!?助けぇ……!!」

「たまき」

「そ。そうですよたまき!!私!たまき!!」

「……誰」

「ですよねぇ!?っぶ!?」

「知らないやつは今いらない、紫が言ってた」

 

 博麗さんは表情も変えずに私の喉を握る。首を絞められたことは生まれて一度もないが、これは絞めるどころではない。完全に握りにかかっている。

 

「~~っっ!!?」

「やめなさい霊夢!!」

「ん」

「っかぁはぁっ!?し、死ぬぁッッホ!ウェッ!」

 

 まるで万力で挟まれたかのような圧力から開放された私は即座に失った空気をヒューヒューと吸い続ける。八雲さんの一声がなければ私は数秒もしないうちに閻魔様の裁きを受けることになっていただろう。酸欠ではなく、喉を潰されて出血多量で死ぬという未来が鮮明に見えた。というより、今血が出ていないのが不思議なくらいだ。

 

「や、やぐもずぁん……」

 

 涙と鼻水でグシュグシュになった顔を拭い、私は八雲さんに精一杯の抗議をする。

 

「悪いわねたまき、この子まだ目覚めてないみたい」

 

 そして初めて聞いた八雲さんの謝罪。予想はしていたが予想通り平謝りだ。

 

「ですよね……あれが素の博麗霊夢なら私帰ります……」

「紫、今日は何やるの」

 

 私をこんなことにした張本人は悪びれる様子もなく八雲さんを呼び捨てにして素知らぬ顔で立って、しかも私を気にすることもなく八雲さんにまた指示を仰いでいる。

 それを聞いた八雲さんは何処からか取り出した扇子を開き、真剣な顔で博麗さんを見る。

 

「……貴女は刺激を求めているのね」

「……」

「そうよね?たまき」

「……えっ、私ですか?」

「他に誰がいるのよ……」

「いや、博麗さんの中の博麗さんに語ってるのかと」

 

 八雲さんは「はぁ……」と一つため息をつき、改めて私に話しかける。

 

「もう一度聞くわ、刺激を求めているのよね?貴女は」

「え、えぇ」

「そう。14歳の少女にありがちな事ね」

「……お恥ずかしい限りで……」

「そう不貞腐れないで、それに、それは霊夢の中の霊夢も同じらしいわ」

 

 ……って事は……

 

「えっと、どういうことです?あのあんちきしょうを私がぶん殴れば良いんですか?」

「あら、貴女は誰かに殴られたいの?あの子は貴女と同じと言ったはずですわ」

「……よく、わかりません」

「貴女の刺激は何?」

「……変化……というより、楽しさですね。それが刺激だと思います」

 

 私の答えがあっていたのか間違っていたのか、博麗さんの方を見る八雲さん。その目は明らかに好戦的で、猟奇的だ。

 

「……たまき、あの子を楽しませたいとは思わない?」

「え、えぇ、そうですよね……や……八雲さん……」

 

 好戦的な目、その目と同時に、八雲さんの体からズズズ……と音を立てて黒紫色の何かが出始める。その何かの勢いは八雲さんの体を取り囲むように広がり、そして八雲さんの体へと再び収まる。力の流れというものだろうか。妖怪の賢者、幻想郷最古の妖怪の力……。何とも禍々しい色をしているのに、何故かその目を離すことが出来ない。

 

「今のあの子の刺激、楽しみはこれしかないわ、根は面倒くさがりでも……あの子は求めているのよ」

「な、なるほどォ……」

「それに私も、純粋なあの子と本気でやってみたいと思って。何しろ9年も熟成させた力ですもの」

 

 ……姿形は女性、しかし今のこの人は明らかに「妖怪」だ。現に私は今、足がすくんで動けない。それは脅威を目の前にして体が締め付けられているのではない。なんと言えばいいのかわからないが、今私が背を向けると絶対に死ぬという生物的本能から感じる金縛りというものだろう。だが私は不思議と八雲さんを恐れていない。むしろ妖怪の賢者にここまでさせるほどの実力の持ち主である今の博麗さんが怖い。私にとって今の八雲さんはむしろ味方にすら見える。

 

「フフフ……霊夢!」

「何、紫」

「勝負よ。殺す気でかかってきなさい」

「わかった、紫も本気」

「勿論……たまき」

「は、はい?」

「離れていなさ―」

 

 その瞬間、手を前に突き出した博麗さんから出た空間の歪みのような物が私と八雲さんを襲い、私の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

『…………』

『……』

『……って……事?』

『……ね。……』

 

 声が聞こえる……ような気がする。少なくとも死んではいないみたいだ。しかし目を開けようとするがまぶたが重い。口を開き「誰かいるの?」と声を上げようとするものの、声が出ない。

 

「……う……?」

「……そう、じゃあこの子はうちの預かりって事ね」

「ええ。今のあなたの助けになるはず」

 

 しばらくするとぼんやりしていた聴覚がはっきりする。八雲さんの声と……誰だろう。明るいような、それでもぶっきらぼうな声が聞こえる……。私はゆっくりとものすごく重いまぶたを開け、少しだけ首を動かす。ここは和室……そして私の頭には包帯、よく見ると体のあちこちを怪我した状態で寝かされている……。こんな状態で寝かされているならせめてかけ布団くらいは欲しかった。

 

 そして、私の隣で、これまた凄まじい怪我をして寝転んでいる女の子が居た。私と違い、上半身はサラシで巻かれていて、それ以外、本来肌が出ている箇所の殆どに治療の跡が見られる。それでも平然とした様子で私達とは対象的にピンピンとした姿で座っている八雲さんと何かを話している。この人は……。後頭部しか見えないからわからない。

 

「……あら、起きた?」

「……あ……」

 

 私に気付いたのか、その女の子はもぞっ、と寝返りを打って私の方を向く。額に血が滲んだ包帯を巻き、頬にはよく効きそうな変な色の湿布が貼られている。……博麗霊夢さんだ。それも正気の。

 その証拠として目に光が宿り、表情も柔らかい。

 

「……はくれ……いっつ……!?」

 

 驚いた私は思わず飛び起きそうになるが、脇腹部分にズクっと来る痛みを感じ、ぽふっと布団に倒れ込んでしまう。

 

「動かないほうがいいわ」

「むぐぐ……あなた……博麗さん……?」

「ええ。目覚めた方の博麗霊夢、あなたは……タマキ?」

 

 私はうなずく。すると博麗さんは「そう」と一言返事をして上を向いた。私もそうだが、博麗さんもひどい怪我だ。改めた自己紹介はこの傷が回復するか、私が落ち着いてからでいいだろう。

 

「はぁ……全く骨が折れたわ」

「あ、八雲さん」

「お目覚めね、たまき」

 

 ピンピンしているとは言え、八雲さんも少なからず傷を負っている。と言っても治療が不要な程の痣や少しの切り傷だけだが。全身傷だらけの博麗さんとはえらい違いだ。勝負は恐らく八雲さんの圧勝だったのだろう。

 

「お、おはようございます……」

「おはよう、傷はどう?」 

「メッチャクチャ痛いです。何があったんですか…これ」

「初っ端から吹き飛ばされたことに気づかなかった私の落ち度ですわ。……まさか人間がここまで弱くなっているとは」

 

 そう言って八雲さんはため息混じりに私があの後どうなったかを説明した。簡単に言うと、あの後何回か博麗さんの攻撃の余波を受けて、鳥居の上部分に引っかかったあと荷物をぶちまけ、地面に頭から落下したらしい。そこで初めて私の存在に気付いた八雲さんは、身を挺して博麗さんの攻撃から身を守り、ちょっとした傷を負ったそうだ。その後は「スキマ」とか言うのに放り込んで事なきを得たらしいが、八雲さんは無傷で博麗さんを正気に戻したかったらしい。

 

「あんたをスキマに放り込んでからこいつがキレて、私はこのザマよ」

「あら、いい刺激になったのではなくて?」

「だからって……どうすんのよ、あれ」

 

 そう言って博麗さんは八雲さんに障子を開けるように指で指示する。その指示に八雲さんは目を瞑ると例の黒い空間を開き、さっきまで私達が居た……であろう廃墟を見せる。

 

「うっわ……これ……」

 

 まるで外の世界の漫画で見た風景だ。神社の建物は無事だが、境内の殆どがえぐれ、きれいとは言わないがしっかり並べられていた石畳は半分以上なくなっている。博麗さんが吹き飛ばされたであろう人一人分が通れるような木の折れ跡もある。

 

「修繕の手立てはあるんでしょうね?」

「無ければあんな事しないわよ、顎で使える鬼共は揃ってるから安心しなさい」

 

 とんでもない事をさらっと言える八雲さん凄い。

 

「ならいいけど……ねぇ。えっと……」

 

 博麗さんは「いたた」と顔を歪めながら私の方を向く。

 

「え、あ、はたまきです」

「そう、タマキね。首は大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です。びっくりしましたけど……」

 

 そうだ、さっき博麗さんに首を握りつぶされそうになったんだっけ。すっかり忘れてた。

 私の首を手でそっとさする博麗さんの目はさっきの真っ黒な目と違い、心がこもっていた。

 

「悪かったわ、私じゃないとは言え初対面の人間にあんな事して……」

「い、いえ。あれは博麗さんであって博麗さんじゃないんです。博麗さんが気に病むことは……悪いのは博麗さんの中の博麗さんで、はくれ……えっと……」

 

 ややこしい人だ。博麗さん。

 

「……?……まぁ、ありがと」

「え、えぇ……その、いわゆる、もう一つの人格?はどうなったんですか?」

「用が済んだから紫が消したらしいわ。でしょ?」

「ええ。勝手に成長する機械のようなものだから、用が済んだら取り外すだけよ」

「だってさ」

「へ、へぇ……」

 

 んでもって、竹割ったような性格だ。博麗さん。

 

「で、タマキ」

「は、はい?」

「あんたにはこれから私のサポートをしてもらうわけだけど、修行とかしたの?」

「え?いやあの、私そんなんじゃないし……その……」

「?」

「してないわ。それどころか昨日までただの里娘だった子よ」

 

 博麗さんの質問に答えられずにいると、八雲さんは即座に助け舟を出す。というか、博麗さんのサポートって何?私初めて聞いたんだけど。

 

「やや、八雲さん!?やっぱり私なんの理由もなしに」

「はあ?じゃあこの子なんの助けになるってのよ」

「大丈夫よ、この子はすごい力……はないけど博麗神社にプラスになる子だから」

「無いの?あんた」

「うちの友達のほうが戦闘面では使えると思います……」

「じゃあその子連れてきなさいよ」

 

 確かに。そう思い、私は痛む体を押して上半身を起こしてべたりと布団に座り込む。博麗さんも八雲さんに抗議するためか、気づかないうちに座り込んでいた。

 

「フフ……精々揉めなさいな。人間的な成長も博麗の巫女の修行ですわ」

「うっさい。目覚めるや否や厄介事持ってこないでよ!」

「ウフフ……じゃあ、私はそろそろ帰るわね。たまき、少し寝たら霊夢に食事を」

「え?あ、はい!がんばります!……ってえ?この状態」

 

 そう言うと八雲さんは私に向けて手の平を向け、何かを私に押し付けた。すると私の体の周りが一瞬紫色に光って、すぐに消える。

 何これ、怖いんだけど。

 

「……?」

「紫?」

「霊夢、これがヒントでありこの子の数少ない特徴よ」

「ヒントって……ちょっと妖力流し込んだだけじゃない、すぐ抜けたし」

「じきに分かるわ、それが分かるのは1年後か2年後かは知らないけど」

「……めんどくさい奴」

「……藍。ご苦労さま、帰るわよ」

「はい」

 

 八雲さんはすくっと立ち上がり、障子をパンっと開ける。そして、縁側に黒い空間を出し、すいっとその中に入った。そしてそれに続いて金髪の……なんか凄い背中がモサモサした人が続いて入ろうとする。

 

 が、そこでその女性が止まり、私と博麗さんの方を向く。

 

「白玲の」

「え、私?」

「ご苦労だった。それと、済まなかった。お前の日常を壊した」

 

 女性は深く私にお辞儀をする。金色の目をして、金色のモサモサをこさえた金髪の女性。ランという名前らしいが、この人は八雲さんの従者のような人だろうか。だとしたら八雲さんとは違ってえらく丁寧な人だ。この対応だけ見るとまるで上白沢先生みたいだ。

 

「いえ……私もすみません。何も知らずにこんな所に来ちゃって……」

「そこのあんた、こいつもそうだけど、いきなりどうなってんのよ。説明してほしいんだけど」

「ちょ、博麗さん……」

「……待たせてる人がいる故時間はないが……そうだな。白玲。お前に一つ」

「は、はい」

 

 そう言うと、ラン?さんは、金の両目を光らせ八雲さんと同じように、両袖に突っ込んでいた片方の手を私の前に突き出す。ズッ!と何かが通り抜けたような音がした。するとまた私の体が、今度は紫色と言うより青に少しだけ黒が混ざったような、いわゆる藍色に光り、そしてすぐに消える。その瞬間博麗さんをちらりと見るも、なんにも光らず、ただストレートな髪がなびくだけだった。

 

「お前は流されるだけでいい。それが博麗の助けになる。博麗ある所に白玲(はくれい)あり、そう言われるまで博麗と共にあれ。そして博麗の生き様をお前に刻め。それがお前の役目だ」

「……?……??」

「博麗と生活するだけさ。簡単な話だ……私も口下手でな。すまん」

「いえ、ありがとうございます。一応当面の役割がわかりました」

 

 私は座ったまま藍さん?に頭を下げる。すると彼女は凛々しくも美しくニコリと笑い、黒い空間に向かい直す。凄い背中だ。しっぽみたいなのが何本も生えている。何の妖怪だろう。まさか九尾?

 

「そうか……期待しているぞ、博麗の従者よ」

「は、はい!ありがとうございます、えっと……藍さん?」

「ああ、私は八雲藍。また会おう白玲環、それと博麗霊夢」

 

 黒い空間に入った藍さんは、空間の中でなにか話し始めた。とおもったら、空間が閉じた。

 

 

 

 

 

「…………はぁ……」

 

「で、あいつの言ってることわかったの?」

 

「いやさっぱり、とりあえずご飯つくったりして博麗さんと一緒に過ごせばいいじゃないですか?」

「……そ、まぁいいけど。とりあえず名字読みはやめて、一緒に暮らすのに堅苦しいったらありゃしない」

「あ、はい。じゃあ……霊夢さん?」

「ん。まぁそれでいいわ。あんたも疲れてんでしょ?とりあえず今は寝ましょう」

「ですね」

 

 博麗さんこと霊夢さんは「ったく……掛け布団くらい用意しなさいよ」などとブツブツ言い、立ち上がって押し入れから二枚の薄い掛け布団を出す。私に布団を渡すや否や霊夢さんは布団に潜り込んでしまった。さっきの恐ろしさは微塵も感じられないぐうたらした女の子、しかも私より一つ年上だ。本当にこんな人が里でもちょくちょく話題になっていた「博麗の巫女」なんだろうか。

 

「ねえあんた、寝相は良い方?」

「え?いえ、そんなに」

「そう……まぁ私もそんなに良いほうじゃないからね。蹴ったらごめん」

「いえ、私も知らない間にぶん殴ってるかも」

「蹴っても殴られても恨みっこなしね。おやすみ」

 

 そう言って霊夢さんは静かに寝息を立てた。

 あれこれ考えても仕方ない。そう考えた私も目を閉じ、いつの間にか引いていた痛みにも気付かず、怪我の療養にのための睡眠をとった。

 怪我治ってるくせに家事せず寝てるだけだったと気付いたのは起きてからだった。

 

 

 

 

 ●

 

 

「花火大会でもやってるのかと思ってきてみたが……凄いもんが見れたぜ……」

 

「機会があったらあの巫女に会ってみたいな。名前は……何だっけ?博麗だったか」

 

「んで、更に機会があればあいつの決めたルールで尋常に勝負っ!」

 

(……にしても、早々に吹っ飛ばされてたあいつは何だったんだ?)

 

「ま、いいか。わたしゃ怪我人からもの盗む癖はないからな、今日は退散だ」

 

 



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第4話 人生流されすぎると苦労します

「博麗と共にあれ……博麗の生き様を私に刻め……ねぇ~」

 

  夜もどっぷり更け、虫の鳴き声が響く中、私は台所に立っている。古米を炊き、味噌とキノコしか入っていない寂しい味噌汁を煮込み、同時に炒めものもしながら私は朝方に藍さんに言われたことを思い出していた。9年の自我の眠りから目覚めた彼女、博麗霊夢さんの生き様を私が刻むべし。そう藍さんは言っていた。しかし只の里娘である私がなんでそんな跡を継ぐ人みたいなことをしなければならないんだろうか。別に私は博麗の巫女の後継者候補じゃないと八雲さんは言っていたし、私の家系が博麗の巫女の関係者だったなんて話も聞いたことがない。言えば完全に無関係者だ。それなのに何で?

 

「霊夢さーん、野菜かなんか無いですかー?」

「知らないわよそんなのー」

「もー……じゃあ今日は質素な食事になりますよー?」

「別にいいわよー。あんまり食欲ないしー」

「そうですか~」

(唯でさえ私より背ぇ低い上に痩せてるのに、知らないわよ)

 

 しかし、さっきの八雲さんの妖気注ぎ?かなにか知らないが、私の体を光らせた技、あれは何だったんだろう。同じように藍さんも私にやったあの、なんか良くわからない技……。霊夢さんにも同じことをしたが、霊夢さんの体は光らなかった。多分八雲さんのあれは、妖気を私に注いで怪我の治癒を早める……的な技だろう。じゃないと重傷人を初日からこき使わせるようなマネはなしないはずだ。

 

 まさか私にはなにか特別な能力があるのか?そう考えるも頭を振り、変な考えを捨てる。私に出来るのは2秒ちょっとしか出来ない浮遊と全力疾走だけだ。あってたまるもんか。

 

「……うーん……こりゃ買い出しが必要かなぁ……どうしよ…」

 

 それにしても食材がない。戸棚という戸棚を開けてもあるのは何ヶ月も前の腐った果実のようなものと、塩と胡椒、大量の味噌とぎりぎり食べられるキノコ。それと最近調達したとみられる古米だけだった。自我がなかった頃の霊夢さんは何ヶ月もの間味噌汁とご飯の生活を送っていたのだなと、少し気の毒な気分になるほど食材がない。

 

「でも買い出しに行くにしたって……全く」

 

 里から博麗神社まで歩いて行けなんて言われたらどえらい距離があるし、たとえ行けたとしても私はもうあそこには戻れない身だ。残念だけど買い出し担当は霊夢さんになるのかもしれない。あの様子だと飛行なんて歩きの延長かってくらい飛べるだろうし、短距離限定かもしれないが瞬間移動みたいなことも出来る。その上握力は万力並みだ。細くて小さくてもあの人に殴られたら死ぬなっていうのは分かる。

 

「ま、今はこれで……いっか」

 

 そんなこんなしているうちに味噌汁とご飯、それと塩コショウと味噌で炒めたキノコ炒めが完成した。塩っ辛いかもしれないがこれしか無いから仕方ない。

 私は火を消し、居間へ二人分の食事を持っていく。

 

「霊夢さん、出来ましたよ」

「んー。ん?香ばしい匂いね」

「味噌汁に味噌炒めですからね、辛いかもしれないです」

「材料がないんじゃしょうがないわよ」

 

 そう言って霊夢さんは寝すぎてボサボサになった髪を少し整えて「じゃ、食べるわよ」と一言。私も「いただきます」と、互いに味噌汁をすすった。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 可もなく……。

 

「……」

「……」

 

 不可もなく……。

 

 そんな微妙な味の晩御飯を食べながら、霊夢さんは私を見る。

 

「ん?」

 

 それもまじまじと、味噌汁を啜っている私を見つめている。思わず箸を置きそうになるほどまじまじと。

 

「……んー……」

「な、な、何です?」

「あんたってさ……」

「?」

「料理下手なの?」

「ブフッ!?」

 

 半目でボソッと霊夢さんが呟くように尋ねる。マジマジと改めて言われる心無い一言は私の啜っていた味噌汁を気管に放り込むには十分すぎる破壊力だった。

 

「ゲッホ!?ゲホ!ちょっと!せっかく作ったのにそれはないでしょ!?」

「いや二口目にこれが出てきたから」

 

 霊夢さんは味噌汁茶碗から巨大な味噌の塊を摘出する。思わず私は「あ゛」と声を漏らす。

 

「……溶かした?ちゃんと」

「…………えーと……菜箸が家で使うのと違って……その」

「ったく……怪我人に対する悪質極まる嫌がらせかと思ったわ」

「面目ない……」

 

 摘出された味噌をちり紙にくるみ、ゴミ箱に放り込む。もしかしたら私のも!と、思い味噌汁茶碗をくるくると箸でかき混ぜる。

 

「……あ」

「?」

「私もだ……」

「はぁ……幸先悪いわね」

「すみましぇん……」

「後々覚えたらいいわよ。味付けは悪くないから」

 

 涙目になっている私をよそに目を細めながら「全然溶けてないじゃない」とぶつぶつ呟きながら味噌汁を啜る霊夢さん。だが何気にキノコ炒めは完食している。味付けは悪くないというのは事実らしい。えらく水が進んでいるが、多分事実だろう。多分。

 

「あんたも食べなさいよ、キノコは美味しいわよ」

「え、あはい。……かっら!?」

「ふふ。精進しなさい従者さん、あー辛っ」

 

 前言撤回。味付けも悪い。これは改善が必要だ。

 

 

 ●

 

 博麗の従者と言うからには、博麗の巫女の生活をサポートすることである。それはお風呂においても例外ではない……と思う。勝手に私が決めた事だからわからない。そもそも従者っていうのが良くわからない。付き人と言うからには常に霊夢さんと共に居なければならないのだろうか。今度八雲さんか、藍さんに会ったら詳しく話を聞いてみよう。

 

「霊夢さーん、湯加減どうですか~?」

『ん~極楽よ~』

「はーい!……っんしょっと」

 

 近所の銭湯なんて無いこの博麗神社は珍しく自分の家のお風呂がある。となれば私は霊夢さんのためにお風呂を沸かし、温度を調整するっていうのが筋だ。井戸からお湯を用意し、火をくべて風呂を沸かす。後は必要に応じて薪を焚べて温度調節だ「お風呂の温度調節より飯炊きのほうが大変だ」というのが私の本音だろうか。

 

「そう言えば霊夢さん」

『ん?』

「傷はどうです?」

『あー。まだ沁みるけど、栄養つけて寝れば明日には治ってるわよ』

「だと良いんですけど……あ、包帯巻くの手伝いますよ、後で」

『ありがと、終わったらあんたも風呂入りなさいよ』

「はい!ありがとうございます!」

 

 ちょうどいい具合の温度になったであろうことを確認して、私は焚き口の扉を閉める。中々に吹き出た汗を拭い、山独特の風を浴びて涼む。風呂焚きなんて何年ぶりだろうか?それも誰かのために焚くお風呂なんて生まれて初めてかもしれない。熱すぎたりぬるすぎたらどうしよう、と少しだけ考えたが、霊夢さんの反応を聞いた感じだと、私は風呂焚きの才能があるみたいだ。

 

「ふぅ~」

 

 男や大人の感性ならここで煙草でも吸ってリラックスするところだろうが、生憎私はそういった趣味を持っていない。一度ユミが吸っているのを見て「あ、私も吸いたーい」と一瞬思って煙管を口に咥えて一気に吸い込んだら草がズゴムッと吸い口に詰まった事がある。最初で最後の喫煙はとても臭かったし、ユミにスネ蹴られてめちゃくちゃ痛かった。

 

 まぁ、煙管もなければ煙草の葉もないこの博麗神社にそんな崇高な……いや、ある種では下劣な娯楽が存在するわけがなく、私はただただ空を見る。

 

「空きれー……」

 

 意味もなく見上げる空はなんともまぁ、綺麗でも汚くもないごくごく普通の空。空が無限に瞬き、鈍く白い光を地面に落とす。それだけの空なのに何で……

 

「何でこうも」

「美しいのだろう?」

「そう、美……キャァッ!?」

 

 突然目の前に朝ぶりに見た顔が現れた。

 

「ムググ!?」

「はーい、14歳のたまきちゃん、ちょっと境内に行きましょ」

 

 そう。突然目の前に現れた八雲さん。このお姉さんに口を塞がれ、私は半ば強制的に境内へと連行された。

 

 

 

 ●

 

 

 

 境内、まだ修繕工事が開始されていないようだが、いつの間にやら大量の資材やらが鳥居付近に山積みにされている。

 

「ぶはっ……何よ!じゃない何ですかいきなり!?」

「言い忘れてたことがあったのよ」

「はい!?」

 

 言い忘れたこと?声のトーンからして冗談や笑い事でないことは確かなようだ。

 

「え……何です?霊夢さんに言えないことですか?」

「えぇ。じゃなきゃこんな時間に来ないわ」

「そうなんですか……そうなんですか?」

「ええ。人も妖怪も基本的に夜に寝る生き物でしょう?」

 

 まぁ、そりゃあそうか、宵闇の妖怪も基本的に夜はあまり出ないって聞くし。

 

「ですよね、で?何を言い忘れたんですか?」

「あなたの役割」

「ですか。それは、あの尻尾の凄い……えっと、藍さんから聞きましたよ?」

「あらそう。なんて聞いた?」

「博麗と共に生きて、博麗の生き様を私に刻め……と」

 

 そんな感じのことを言ってた。私がそう言うと、八雲さんは「ふーん」と声を漏らし、私を見る。八雲さんは大人なだけあって背が高い。そのせいか、ただ私を見ているだけでも若干の威圧感がある。言ってしまえば目が怖い。

 

「で、どう刻むつもり?」

「ふぇ?」

「…………所詮は里娘か……」

 

 なんか凄く失礼なことを呟かれてしまった。それなら妖怪は察しが良いのかと食って掛かる勇気もなく、私はすみませんと言わんばかりに頭をちょっと下げる。

 

「すみません、でも何です?朝方は自分で考えろーみたいな雰囲気出してたじゃないですか」

「そうね、でもあなたは博麗の従者。その立場は分かっている?」

「えぇ。それは承知してますよ、目覚めて間もないあの人をサポートするんですよね?生活面で」

「生活面のみをサポートするならあなたの友人を誘うわ」

 

 友人……ユミか。

 

「……あの子じゃ、駄目だったんですか?」

「篠辺ユミ。確かにあの子は戦闘面でも人間性でも素晴らしい素質があるわ」

「じゃあ、あの子でも」

「でもあの子は流されない、自分が強いのよ、あの寺子屋で自分がない子は殆ど居ないわ」

 

 自分がない?つまり、自分で考える力が薄いって事?それともまた別の意味があるのだろうか……?

 

「ちょ、ちょっと待ってください、自分がないって?」

「自我の形成が中途半端な子、親や教師、友人に感化されず、まっさらな状態の子よ」

「それが「自分がない」って事ですか?」

「長くなるから割愛するけど、簡単に言えば物思いが激しいのに肝心の芯が立っていない、そしてこれからもその人間の芯が立つことがない人間の事よ」

 

 ……やはり、八雲さんの言うことはわからない。

 

「……」

「まだ分からない?じゃあ聞くけれど、妖怪は何を生きる糧にしてる?」

「それは知ってます、人の恐怖心や存在の認知でしょう?」

「そう。で、その恐怖心は何処から生まれる?」

「古くからの言い伝えや、本や言い伝え……?」

 

 そう言うと、八雲さんは笑みを見せ、私に閉じた扇子を向ける。

 

「その言い伝えは、親や友人に聞くものね。しかもあの閉鎖された里で……」

「……まぁ、親から聞くのが基本ですね」

「その親を信じなかったら?」

「妖怪を信じる~なんて実際に見ない限り……あ!」

「ご明答。故にあなたが一番適任なのよ」

 

 ……なんとなく分かった気がする。里のみんなは親の教育が妖怪を信じるように、妖怪を恐怖するように教育されるものだ。実際に妖怪を恐怖するが故の討伐隊の存在、そして里から出るなと言う教え。しかし私は、小さい頃親に全く教育されなかった私は違う。妖怪の事を説明されて絵や新聞の写真で見せられても、実際にそれを見ないとそれが怖いと感じる事ができない。授業で色々な妖怪や妖精、はてに神様の話を聞いても全くピンとこなかったのもそのせいだろう。不勉強、未教育の賜物、と言うことか。

 

「妖怪の恐怖心はあれど、幼少期に妖怪を信じきれず、その妖気に感化されない人間」

「親から教育されないが故の私の特徴……」

「普通の人間は妖気にあてられたら発狂するものよ。所謂「信じる」人間はね」

 

 そう言って八雲さんはまた私に手を向ける。しかも今度は指先を私の額に当てて。

 

「私を感じなさい」

「え、あ、はい?」

 

 八雲さんの体が鈍く紫色に光る。そしてその光は八雲さんの指先から私へと伝わる。

 

「!」

 

 その時だ、私の頭の中に様々な知識というか、よくわからないが、何か八雲さんのなにかが入ってくる様な、そんな気がした。これは何だろう、不思議な感覚だ。でも不愉快ではない。

 

「……八雲……さん?」

「感じた?私の妖気、私が何を求めているのか」

「…………」

 

 何だろう……。

 

「……」

「……どう?」

「さっぱり。です」

「なっ……!?」

 

 いろいろ入って、全部抜けてった。

 

「あ、あ、あなた……妖精以下なの!?」

「えっと、あの黒いのがスキマで……結界が……どうのこうの?は、分かりました」

「あ、うん……それでいいわ。口で説明するから……ええ……ごめんなさいたまきちゃん」

「なんか……すみません」

 

 さっきまで勝ち誇った顔をしていた八雲さんの顔が、一気に20代後半の疲れた女性の顔になってしまった。

 

「……あなた、スペルカードルールは知ってる?」

「へ?弾幕ごっこのルールですよね」

「ええ。私はあのルールを強く推奨しているの。これからの争い事のルールとしてね」

 

 スペルカードルール。所謂弾幕ごっこ公式ルールだ。一人は弾幕を撃つ側、一人はそれを避けて相手を攻め落とす側となるものだ。弾幕を撃つ側はと攻める側は最初普通に撃ち合い、十数秒のウォーミングアップを行う。その後決められた枚数の必殺技が書かれた「スペルカード」を使用し、メインである弾幕を放つ。その技を耐え抜くか、撃つ側を倒せば1枚攻略となり、相手のすべてのスペルカードを完全に攻略するか、相手を完膚なきまでに叩きのめしたら攻め落とす側が勝利、逆に攻め落とす側が完全に戦闘不能になったら弾幕を撃つ側が勝利するという、弾幕ごっこでは最もポピュラーなルールだ。

 

 まぁ喰らえば当然痛みがある、力の加減を考慮しなければ当然人を殺せるし、逆に妖怪を仕留めることも容易なはずだ。ルーミアやミスティア・ローレライ達の弾幕ごっこを見たことはあるが、あれが全部致死性の威力があると考えるとぞっとしない。

 

「……あれが争いの主流に?男も?」

「当然あれは女の子の遊びとして仕立て上げられた物よ。男には男の戦いがあるわ」

「そ、そうですよねぇ……で、そのスペルカードルールが私に何の関係が……?」

 

 私が尋ねる。

 

「霊夢はその弾幕ごっこの中心となってもらう」

「はぁ」

 

 八雲さんが提案して、そして八雲さんが最も信頼している(であろう)人間が博麗霊夢となれば、当然秩序の中心は霊夢さんだろう。初代から築き上げてきた幻想郷の中心人物を秩序にしない理由なんて無いだろう。となるとそのサポート役は……。

 

「当然博麗の従者であるあなたはその手助けをしてもらう……戦闘以外でね」

 

 当然私になるわけだ。大役だ。

 

「ほうほう……でも私、絵も記録も下手ですよ?」

「ほ、本当に無才ね貴女……でも大丈夫よ。貴女の唯一の取り柄を利用するから」

 

 八雲さんはにやりと笑い、私の顎をくいっと持ち上げる。

 

「ど、どういうことです?」

「霊夢が弾幕ごっこをした後に貯まる妖気を少しだけ吸いなさい」

「……はい?」

 

 妖気を……吸う?何かいやらしい響きだ。

 

「深い意味はないわ。あなたは霊夢の仕事が終わった後、霊夢の中にある妖気を吸えばいい話」

「……ますます意味が……えっと、いやらしい話ですか?」

「違うわよ。……貴女には霊力が殆どないから難しいけど……」

 

 そう言って八雲さんは私の胸の付近に手を当てる。するとズズズッ……っと私の中から何かが出ていくような感覚を覚えた。それに応じて私の足の力が抜けていく。

 

「あ……っ……?」

「……っと」

「ぁ……」

 

 意識が朦朧とする。目がかすみ、八雲さんの顔がよく見えない。さっき渡しの胸に当てていた手には薄ぼんやりと光る光の玉があった。

 

「これが、吸う、という事。そしてこれが霊気。きれいな色でしょう?」

「……」

「分かったかしら?」

「ぅ……ふぇ!?あ!っとと」

 

 八雲さんは私に、その霊気を戻す仕草をする。すると不思議なことに先程のぼんやり感が嘘のように消え、体が軽くなる。

 

「い、今のが吸う……?」

「そう、原理自体は学べば簡単よ。そして吸ったものを貯め込むのも簡単な事、貴女のようなスカスカの人間なら一度に7回は吸って貯められるわね」

「へ……へぇ……」

「そして、その吸った妖気を瓢箪か何かに入れて私に寄越しなさい。それが霊夢の生き様の記録であり、あの子の為になるのだから……いいわね?」

「は、はい!」

『タマキー!あんた何処に行ったのよー!?』

 

 私が返事をするのと同時に、霊夢さんの呼び声が鼓膜に響いた。八雲さんもそれが聞こえたらしく、私に指で「行きなさい」と伝える。

 

「えっと、八雲さん。その、吸うトレーニングは?」

「そうね。って行ってもそこまで急くことはないから、冬までに教えるわ」

「あ、はい。分かりました。じゃあ、おやすみなさい」

「えぇ。お休み」

 

 八雲さんは手をヒラヒラとさせると、スキマを開き、自分の住処へと戻った。全く今日一日でどれだけ頭に詰め込ませるつもりなのだろうか。もう勘弁してほしい。

 

「タマキー!」

「今行きまーす!!」

 

 私は霊夢さんの元へと走った。包帯巻くのすっかり忘れてた。怒られたら八雲さんのせいだ。

 

 

 

 ●

 

 

 

 白玲環。妖気を体に流せる少女。能力としては微妙、それでも霊夢と歳の近い人間で、この能力を持つ人間はあの子しかいない。黒髪の短髪、痩せ気味の体型で見た目はいたって普通の里娘。唯一変わったところがあると言えば、彼女の両親に対する異様な憎しみ。それ故に幼少期に妖怪を信じず、今でも殆どの妖気が体をすり抜けるのだろう。

 

「……」

 

 私とて、何の接点もない人間を連れ去り、その日のうちに霊夢の力を「記録」しろなどというのはあまりに無茶な頼みだと思う。しかし彼女にはやってもらわなければならない。今結界を維持でき、なおかつ妖怪と対等に戦うことが出切るのは霊夢だけだ。そして、今その時の霊夢の力を最大限に引き出すには、常に霊夢の側に居て更に私に協力的な人間でなければならない。

 

「……」

 

 情けないが、今の私では霊夢を完全に懐柔する事が出来ない。博麗霊夢という人間は大雑把で、繊細で、そして疑り深い人間だ。私が表立ってあの子を教育しても、あの子の力を引き出すことが出来ないだろう。だから私は霊夢の力を記録し、それに応じた修練を指示する。指示を受けた白玲環という里娘が内容を霊夢に伝える。八雲紫という妖怪の指示であることを霊夢が理解した上で実行させるには、あの子が信頼できる人間を噛ませないといけない。と判断した。人形がいくら力を得ても所詮は仮初めの力だ。魂の入った人間が力を得なければ、真の博麗の巫女にはなれない。

 

「紫様、白玲は……」

「順調とは言えない、でもあの子は役目を果たさなければ」

「……何の特徴もない里娘……あの子には荷が重いのでは……」

「それでも。よ、それでもあの子しか居ない……これは贔屓でも何でもなく事実よ」

「っ……」

 

 妖怪と人間、そして妖精との共存。楽園と称するが故に生じた弊害。人間が妖気に敏感になりすぎてしまったのだ。もう少し人間に目を向けていればこんな急ごしらえの里娘など必要なかったのに。

 

「……紫様、それともう一つ」

「何かしら」

「明日。霧雨魔理沙が博麗霊夢と接触する模様です」

「……ふぅん?」

「如何致しましょうか」

 

 霧雨魔理沙、人間の魔法使い。ここ最近表に姿を見せなくなったと思ったら、ここで現れるとは。

 

「念の為遠くで様子を見なさい、霊夢の対応次第ではたまきの初仕事になるかもしれないわね」

「承知致しました。では引き続き……」

「頼んだわよ、藍」

 

 里娘から自らの意思で魔法使いになった魔理沙、里娘から半ば無理やり博麗の従者となった環。同じ里の者同士何か惹かれ合うものが……。

 

「どうせ無いわね」

「恐らく無いかと」

 



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