ゆめみるひびはすぎても (業務用きなこもち)
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ゆめみるひびはすぎても

「……楽しそうですね、逸見さん」

彼女の心からの微笑を見たのは、それが最初で最後だったかもしれない。

 

「戦争」という言葉がもはや辞書の中にしか存在しなくなった時代に私は生きていた。故郷星—確か「地球」といったはずだ—では無くなる事のないとされてきた人と人との殺しあいは、少なくとも私たちの惑星ではもはや喪失してしまった。それに至るまでの話は故郷星がなくなってから幾億年経つ現在ではもはや百家争鳴、私にわかるはずもない。

そして、無くなってしまったモノをヒトは懐かしむ。

数々の「再現文化」の中でも花形として戦争の再現は行われるようになった。

--戦車道。

鉄と硝煙と無限軌道と少女たちが織り成すひと時の夢。

人が死なない、傷つかない「戦争」。

私はひと時の青春を、そこに掛けていた。

 

「…逸見さんって不思議な人ですね」

西住みほ、という存在は一年の中でも常に際立ってみえていた。

高校戦車道の超強豪校、黒森峰。中学戦車道のエリートたちが振るいに掛けられ、蹴落とし、蹴落とされる地獄の釜。完全実力主義を掲げ、入部すら難関と言われるそこで、みほは明らかに浮いていた。

西住流直系という生まれながらの肩書き、一年時から隊長を勤め、完璧なまでに西住流を遂行する西住まほ、という姉の存在、そして本人の飛び抜けた実力、だけではない。

強烈なライバル意識、嫉妬と怨念が渦巻くこの黒森峰で、みほはどこか困ったような、子供をあやすような微笑を絶やさず、的確かつ穏やかな口調を崩さない。それは黒森峰の隊長という強烈な自負心を持ったからこそのまほ隊長の冷静沈着ぶりとは明らかに違う、何か人間とは思えない、異質なものがあった。

--そう。何だか、私たちがボードゲームの駒だとしたら、みほは何だかその外側にいるプレイヤーのような—

 

「なによそれ、西住妹」

「黒森峰で戦車道を楽しんでる子って、逸見さんだけな気がするんです」

「そりゃあ考え抜いた戦略がドンピシャした時の爽快感はあるけど—西住妹はどうなのよ」

「私……私は生まれた時から戦車に乗っていましたから、楽しいとか楽しくないとか、そういうのがちょっとよくわからなくて。だから逸見さんみたいに全力で楽しんでいる子を見ると、どういう感じなのかな、羨ましいなって」

「あんたねえ、そういう事くらい自分で見つけなさいよ、お人形じゃないんだから」

そう言って、ちょっとしまったと思ったけど、彼女は微笑を崩さない。

「−−そういう風に素直に自分を出して言える所も好きですよ……その通りだと思いますし」

そして、ちょっとだけ困った様な顔をして、みほは言った。

「あの、お人形でも友達って出来るでしょうか」

 

それ以来、みほと私は友達になった。

話す事は戦車道の事ばかり。みほはそれしか知らず、私はそれに熱中していた。

戦略論。戦術論。私は教則本や研究本を読みあさっていたけれど、みほが思いつきのように考え出す作戦や戦略は私の想像や理論を遥かに越えていた。

どこからか、まほ隊長が言っていたとされる言葉が本当じゃないか、と思ったりもする。

−—みほは西住流の後継者なんかじゃない。そういうのを超越した、戦車道そのものを飲み込む怪物なんだ—

「エリカさん、楽しそうですね」

「--そう?みほはいつもそういうのね」

「嬉しいですから。エリカさんの楽しそうな顔をみてると、何だか私も「楽しい」って事が理解できてきた気がします」

「…そう」

逸見さん、はエリカさんに。西住妹、はみほに。

呼び合う言葉も、肌も近くに。

「……私、こういうの初めてです。友達ってこういう事もするんですね……」

「……多分しないわよ」

そして放課後の夕暮れ時。肌が赤い光線に照らしだされ、二人、誰もいない教室で。

私は、彼女を穢した。

破滅への足音が、もうすぐそこに聞こえて来ていた。

 

なぜあんな事をしてしまったのか。今でも自問自答する。

ただみほを喜ばせてあげたかったのだ、と思う。

その結果が、濁流に飲み込まれた私たちと、その戦車だった。

「--大丈夫ですか!」

その声は初めて聞く彼女の精一杯の声。

初めてみる泣きじゃくった顔。

初めて抱きしめられた抱擁の感触。

--そして初めての

 

敗北

 

全ては崩壊した。

 

「あの、エリカさん」

「決心はかわらないわよ、みほ。もう私は戦車道をやめる。黒森峰からも出て行く。今のあなたの状況くらいわかっているつもり。これ以上あなたがスケープゴートになる必要はないわ」

「でも」

「全て私が責任を負わなきゃならないの。大丈夫、まほ隊長やみほのお母様にも話は付けてあるから。もう私は黒森峰に戻る事は出来ないの。永久除名処分。これで全ての決着がつくわ」

沈黙。

みほは、どこか困った様な、子供をあやす様な微笑を取り戻していた。

今ならわかる。この笑顔は、全てを内に内に押込めざるを得なかった子供が作り出した仮面にすぎない。お人形になるための、仮面にすぎない。

その仮面を一瞬だけ外し、再び、付けてしまった私の罪は永遠のものだ。

そして絞りだすように、彼女と私は、

 

最後のキスをした。

 

biterend

 



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