鈴木園子はゼロの夢を見るか (ルナ子)
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転生したら園子だった件

タイトル通り、園子とゼロのお兄さんが中心になると思われますm(_ _)m

不慣れなところもあると思いますが、よろしくお願いしますm(__)m



風邪を引いた。

――車が、落ちた。

 

頭ががんがんする。典型的な風邪だな。

――誰か、助けて。

 

「真実はいつも――」

「コナンくん、危ないよ!」

「まぁた、がきんちょは――」

 

(あたしの声?)

 

幾つもの場面が連なる。

 

(ちょ、キャパが――)

 

頭を押さえたあたしの前に選択肢が現れた。

 

このまま、ひとり分だけの記憶を取るか、或いは――

 

(あたし、は――)

 

 

「園子、もう風邪大丈夫なの?

「うん、へーきへーき」

いつものようににへら、と笑ってみせる。

「もう、一週間も経つんだからいい加減、へーきだって」

(ほんとは全然違うけど)

夕刻の商店街。

いつも通りの光景。

(って、あたし『鈴木園子』なんですかっ!?)

と混乱している『自分』と、いつも通りのノリで蘭達と歩いている『自分』がいる。

(まさかの分裂っ!?)

いやまあ、いきなし『鈴木園子』になってそれまでの記憶ナイです、状態よりははるかにマシだけど。

(ここってかの『コナン』の世界だよね)

確か、『鈴木園子』は、主人公である工藤新一、そしてヒロインである毛利蘭と幼なじみであり、大概事件に巻き込まれてはキャーキャー言っているキャラだったはず。

救済として与えられた京極さんも、やれ空手の試合だ、武者修行だで、なかなか日本へ帰ってこない。

(ちょっとあたしの扱い、ひどくない?)

まあ、ヒロインの蘭ちゃんが、新一くんになかなか会えないから、仕方ないのかもしれないけど。

「今日、ポアロに行かない?」

「ごめーん、まだヤボ用で無理なの」

ごめん、と両手を合わせて謝る。

(まだ『記憶』があやふやなのと、……マジに授業、ついていけぬ)

記憶処理担当者がいたら、マジ訴えてやりたい。

(授業内容が、ほとんど真っ白、ってどうゆうことよ)

替わりに『コナン』の事件簿やら、『向こう側』の記憶が入ってきたから、ラッキーなのかな?

(まあ事件簿っていったって、多分、過去のものなんだろうけど)

まずは学校の授業から。そして――

いつも『コナン』を見て思っていたこと。

(もう少し、べんきょーしろよ。園子)

幾らお姉さんが後を継ぐとはいっても、結局何をしても『鈴木財閥』の名は付いてくるのだ。

それと、もう一つ。

(コナンくんといい、あんた達蘭ちゃんに頼りすぎ)

幾ら空手が強いとはいっても、蘭ちゃんだって高校生でしかも女子。

(ふむ。やはり少しは護身術も学ばないとな)

あたしの中の『園子』の部分が「やだー、面倒くさい」って言ってくるけど、無視。

「じゃ、また明日ね~~」

軽く断ってあたしはひとり、帰路についた。

 

(えっと、確かこっちが近道)

お嬢様なんだから車で送り迎えなんじゃないのか、って?うん、普通はそうだよね。

でも園子ってば、蘭ちゃん達と一緒に帰りたい一心で断っていたみたい。

で、もちろん、あたしもそこは習います。

帝丹高校はお嬢様校ではないのだよ。

そうして、やっぱりというかこちらに気付かれないようにボディーガードは付いているみたい。

(らしい、というのはこの間、笠井(執事だっけ?)がそんな風なことを言っていたから)

だけど、園子はこれまでの行いが祟ってか、その陰のボディーガードはダントツに少ないらしい。

(やっぱりもう少し、スキルあげないとな)

就職(うん、絶対一族の仕事だよね)するにしても、結婚(京極真さんかな、ってまだ会ったことないんだよね)するにしても、今のままだとお荷物になってしまう。

そんなことを考えながら、公園を通り抜けようとしたとき、

「安室さん」

なんと、公安で探偵さんで、黒のなんちゃら組織潜入中のバーボンこと安室さんを発見!

(う、あんまり会いたくなかったんだけどなあ。だってこの人の洞察力、半端ないんだもの)

ちなみに蘭のお父さん毛利小五郎名(?)探偵の弟子で、その探偵事務所の下の『ポアロ』っていう喫茶店でイケメン店員としても有名。

(今日、『ポアロ』パスしたのに何でいるのよ)

「園子さん、ひとり何て珍しいね」

(うわあ、これが噂のイケメンスマイル!!……うん、営業用の笑顔だね)

ダテに社会人してません、って。

(っと今はあたし、高校生か)

「安室さんこそ、今日は『ポアロ』お休みなんですか?蘭達、行っちゃいましたよ」

「ああ。ちょっと探偵の方で仕事が入ってね」

「そうですかあ。何か大変そうですね。あたしはこないだの風邪からこっち、親が早く帰れ、って煩くて」

(うん、習い事とかって園子のキャラじゃないから、これでOK)

えへへ、と笑ってそれじゃ、と踵を返す。

「またね、園子さん」

「今度、『ポアロ』行きますね」

と、本来なら話はそこで終わるハズだった。

あたしの前方から駆けてきたメガネのお兄さんが駆け抜け様に『降谷さん』と彼を呼ばなければ。

今、公園にいるのは、あたしとメガネのお兄さんを除けばひとりだけ。

一瞬、ぴきっ、と何かが凍ったような音が聞こえた気がした。

(ふり返るの、恐い)

自然と早足になり、駆け足になった瞬間、がし、と肩に重みがかかった。

「……園子さん、悪いけれどちょっと付き合って貰えるかな」

(ひいいっ!青すじ立てての笑みってやめて!夢に出そう、ってあたし、帰れる、よね?)

 

「さて、どう話したものかな」

現在、安室さんの車にいます。白いスポーツカーだあ、カッコいいって、この雰囲気いや~~

固い表情の安室さん、助手席に座ったはいいけど、息すらできそうにないあたし。後部座席では、さっきのメガネのお兄さんが爼の上のコイみたいな顔してるし。

あんまり息苦しいので、断って窓少し開けて貰いました。

(もういいや、思い切って言っちゃえっ!)

だんだん時間がなくなってきたのも、事実。

(習い事に遅れたくないし、遅れるなら遅れるで、どうやって説明したらいいのよ)

ふう、とあたしは息を吐いた。

「あの、あたし、黙ってますから帰して貰えません?」

安室さんがおや、という表情をしたようにみえた。

「聞かないのかい?」

(どこまで話すべきか。少しは牽制しといた方がいいのかな)

ままよ、とあたしは心の内で気合いを入れた。

「聞かなくても大体分かります。……潜入捜査でしょう?」

「なに」

「おい!」

はあ、とあたしはわざとらしく溜め息をついた。

「後ろのメガネのお兄さん、公安でしょう?片方の肩、下がってますよ。ホルスター着けてますね。隠しても無駄です。この日本で銃を所持できるのは、任務遂行中の警察官だと思いましたけど」

百歩譲って◯暴系と考えても、お兄さんからはそんな感じしないですし。

「話を戻しますが、偽名を使う、ということは『おとり』か『潜入』。日本でのおとり捜査は認められていなかったハズ。で、残るのは潜入捜査。これだと麻薬取締官も当てはまりそうですが、この近辺にそういった大規模な組織、団体が来ているという情報はなかったので却下して。残るは公安。そのお兄さんは……キャリアではなさそうですし、ここ都内ですから、警視庁の公安ですね」

キャリアを知っているのか、と聞かれたので一応答えておく。

「大雑把にですけど、確か国家公務員試験に受かってくるのが、キャリアで彼らは『特別扱い』だから、最初の階級が『警部補』でしたっけ?それもすぐに『警部』になって。叩き上げの方が巡査から始めて、定年間際に『警部補』や『警部』になるのと比べると随分な違いですよね」

(おーい、ちゃんと答えているのに重い沈黙はヤメテ)

「で、公安に入るのは警察学校の成績上位……」

「もういい」

ハンドルに両腕と顎を預けたままの安室さんが遮った。

「何なんだ、一体君は……」

「その前に、後ろのメガネのお兄さんにちゃんと言っておいて下さい。外では『安室さん』と呼べ、と。それでなくても、安室さん、目立つんですからね」

それじゃあ、とドアを開けようとすると、

「まだ、話は済んでいない」

「ですから言いません、って。安室さんが本当は『降谷さん』で、『警察庁』の公安だなんて」

「「……」」

(あれ?また空気、凍った?)

「なん、だと?」

(痛い!掴まれた肩、めっちゃイタイんですけど!)

「ふ、降谷さん相手は一般人ですっ!手加減を!」

「これが一般人だと!?こんな洞察力を持った一般人がどこにいるんだ!?言え!どこの組織だ?いつから掏り代わった!?」

(ぐはっ!そう来ましたか。……あながち外れてもいないんだけどな)

例の風邪であたしはひどい高熱を出し三日三晩、寝込んだらしい。

その時の後遺症か何か知らないが、『鈴木園子』としての記憶が虫食い状態になり、熱が引いてからは、物事を遠くから客観的に見ているような、不可思議な感覚を味わっている。

そのせいか、以前より洞察力が深くなった気がする。

息も絶え絶えに、そう説明するとようやく手が離れた。

「――そうか。すまなかった」

「いえ」

だけど、この話には続きがある。その『虫食い』となった記憶の隙間を縫うように、全く有り得ない記憶が入り込んだのだ。

あるひとりの女性の一生分の記憶。

それだけなら良かったかもしれない。

彼女がいた世界には『コナン』の物語があり、蘭も安室さんもメガネのお兄さん(風見さん、だっけ?)もその中の登場人物です、なんて――

(口がさけても、言えない)

「では聞いてもいいかな?どうして僕が『警察庁』の公安だと?」

「それは」

と、あたしは後ろをちら、と振り返った。

「さっきのメガネのお兄さんが『降谷さん』と呼びましたよね。あの響きは明らかに自分より上の立場、上司への態度です。で、それだけなら同じ警視庁の上司かな、と思うんですけど、何かさっからひどく脅えているような、気遣い方が凄いというか。それらを加味してしてもう一度、あの呼びかけを頭の中で再生したら、自分より遥か高みにいる人への尊敬の念も入っているような――」

「もういいです。やめて下さい」

(……年上の人に敬語使われちゃった)

「確かに凄いな」

「安室さん?」

少し立ち直った感じの安室さん(メガネのお兄さんはまだ無理みたい。えと、何かごめん)が、あたしと目を合わせた。

「今の君の姿を見たら、以前の『鈴木園子』を知る者なら確実に驚くだろう。まさに別人。君もそれは本意ではないはずだ。どうだろう。ここは痛み分けとして互いに――」

「安室さん」

あたしは少しムッとして遮った。

「なんだい?」

「どうして公安の人はそういう言い方しかできないんですか?何かあったんですか?あったのなら素直に『手を貸して』と言えばいいじゃないですか」

すると『安室さん』は少し賢しげな笑みを浮かべた。

「君に手伝って貰いたいことがある」

 

 

「データ漏れ、ですか」

ここ最近、企業間の談合(いや、やっちゃダメでしょ)や、新製品の開発進捗など、絶対に漏れてはならない内容が漏洩する事件が頻発しているという。

「それって公安のお仕事でしたっけ?」

「その中の一件がややこしくてね」

(ん?これって)

「もしかして公安に圧力かけてる人がいるんですか?

「「……」」

(だからその沈黙、ヤメてってば!)

「伏見産業の開発データが、ライバルの筧産業へ流れたらしい。それを追っていたら、伏見産業会長の孫娘の歌穂嬢が少し怪しいと感じたんだが」

そこから先に行けなかったらしい。

何といっても相手はお嬢様。しかも、被害にあった側の、だ。

「伏見産業は昭和中期に興した比較的新しい企業だが、今の会長がやり手でね。なかなか手堅い運営をしているようだ」

(そう言えば、うちも取り引きあったような……)

「この会長の伏見光昭氏が警視庁の上の方に太いパイプを持っていてね」

「公安の出番ですか」

(あ、あれ?)

ふ、と記憶が蘇る。

「あたし、歌穂さんと会ったことあるわ」

「ほんとか!?」

「パーティの時だけど。大人しそうなご令嬢だったと思ったけれど」

(その時何か話したよなあ。そっか)

スマホを取り出して、あちゃーと言いたいのを堪えて折り返す。

(やっば。着信ハンパないわ)

相手が出るや否や一気に捲し立てる。

「笠井、ごめんごめん。ちょっと急用。うん、先生には悪いけれど、時間ずらして貰って。それで急なんだけど、伏見さんとこの歌穂さん覚えてる?渡したいものがあるから、ちょっとアポとっといて。うん、分かった。説明は後で」

(これで、よし)

話を終えるとなぜかまた安室さん達が固まっていた。

「そういう訳なのでもう帰ってもいいですよね?」

 

 

 

「ごめんなさい。せっかく来て下さったのに」

目の前の歌穂さんは今にも倒れそうな顔色だった。

「ううん、こちらこそごめんなさい。昨日まで学校、お休みしていたのでしょう?」

伏見歌穂さんはまだ中学二年生。

(あたしより年下なのにこのお嬢様っぷりって……)

どこをどう取っても『上品』という言葉が出てくる彼女には、『深窓の令嬢』という表現がぴったりだ。

「それでね、これ前に頼まれていたキッドの生写真」

次郎吉おじさまが怪盗キッドに何度も挑戦する関係で、あたしはよくご令嬢方からこういうものを頼まれたりする。

『園子』もキッドファンで『キッド様~~』とか言ってたけど、

(でも確か、キッドって蘭にセクハラしてたよね)

記憶が確かなら、工藤くんだと思わせておいて蘭に抱きつかせて――

(……次、会ったらコロす)

「園子さん?」

「いえ、何でも」

とりあえず、笑ってごまかした(危ないあぶない)。

「園子さん、お気遣いは嬉しいのですが、これは受け取れませんわ」

「はい?」

(どうして?前はあんなに――)

何かよく見ると、疲労、というより憔悴しているように感じる。

「歌穂さん、一体何があったの?」

すると歌穂さんはわずかの間、目を伏せたが、思いきったように、控えていたメイド達を下がらせた。

「……園子さん、あの、」

とぎれとぎれになりながら話してくれた内容は、あたしにとっては有り得ないモノだった。

 

 

 

「何か、分かったか?まあ、すぐには無理だろうから――」

「結論から言うと、データ漏れは歌穂さん経由で、それをさせた――」

(あっぶな、◯◯野郎とか言うとこだった)

「どうした?

「何でもないです」

ざっと説明すると、隣で舌打ちが聞こえた。

「最近の子供はどうなっているんだ」

(まあ、気持ちは分かるけど)

歌穂さんは、最近できた恋人に『いつでもきみと一緒にいたいから、写真を送ってほしい』と言われ、ひとたび送ると、『もっときみがよく写っているものがほしい』等と言われ、送っているうちにだんだん露出の多いものになっていったのだそうだ。

(送ってしまったという写真データを見せて貰ったときは、絶句したわ)

あたしは遠い目をしながら、続きを話した。

「それで困ったことに、その先があるんですが」

「まだあるのか」

その『恋人』とのメールのやり取りとか、見せて貰うと、なーんか手慣れてる感が凄いので、ちょっと鈴木家の情報網使って探りを入れてみたら、出るわ出るわ。

「これ、今回の被害に遭った人達のリストです」

どうやら他のデータ漏れも、このパターンらしい。

「いつの間に……」

唖然としながらも受け取ろうとした安室さんの目の前で、あたしはリストを引っ込めた。

「園子さん?」

「交換条件があります」

「ほう?」

(こわっ!こっちモードの安室さん、やっぱ怖い!!)

「これを渡す代わりに歌穂さんの分のデータは消して下さい」

「……彼女の分だけでいいのか?」

心底、不思議そうな問いかけに、

「あたしが話を聞いたのは歌穂さんだけですし」

心情的にはそうしたいところだけど、慈善事業をするつもりはない。

(それにせっかくの証拠、全部潰しちゃったら後で困るんじゃないかな)

そう続けると安室さんは少し呆れたような顔をした。

「何だか、きみが高校生だということを忘れそうになるよ」

(すみません。もと社会人です)

 

歌穂さんの件は了承して貰えたけど、別の問題を残した気がする。

 

 

 

で、犯人グループも捕まって、一件落着のハズなのだけれど。

「どーして、あたしを呼んだんですか?」

なぜか再び安室さんの車の中です。解せぬ。

「そんなに畏まらなくても。今回の件でお礼をしたいと思ってね」

どこか行きたいところはないか、と聞かれ、

「……仙台」

「え?」

「だから仙台。かの伊達政宗公が作ったという城下町です」

(ふーんだ。どうせ、どこかのカフェとか想像してたんでしょうけど、そうはいきませんよ。こんなイケメンさんと入ったら、周りからの視線だけで死ねるわ)

「まあ無理ですよね。安室さん、忙しそうだし」

それじゃ、と降りようとしたら、がし、と腕を掴まれた。

(へ?)

「行くよ。さすがに今日は無理だけどね」

(あのー、あたし『仙台』って言ったのは、単に原作の『コナン』では事件起きてないから、安全に観光できるかな、って思っただけ、って話せる雰囲気じゃないですね)

「都合がつき次第、連絡する」

(うわあ、とても断れない雰囲気)

「それじゃ、また」

後ろから聞こえた『送って行くよ』の声を無理して、さっと降りたあたしは臆病者でしょうか。

 

 

 

その後、あたしはこの時の言葉を死ぬほど後悔することになる。

 

 

 




『コナン』の世界ではとーほく、あんまり出てこないですね(T-T)

だから、書いてみようかな、と(^^;

あくまで、予定(汗)


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こっぱみじんの……

「園子、京極さんが帰って来るって本当?」

「もちよ、もち! 昨日の夜、電話きてね、明日にはこっち着くって!」

「へえ、良かったじゃん」

蘭と世良さん(もう『ちゃん』づけでは呼べないなあ)、この二人はあたしの変化を受け入れてくれた。

さすがに自分でも変わりすぎかも、と思うことが結構あったので、思い切ってカラオケBOX誘って、大体のところを告白しました。

以前とは物の見方が変わったこと、記憶が『虫食い』になっていること、それに加えて将来も蘭達と友達でいたいから、『勉強時間』を増やしてしまったので、あまり一緒にいられないこと。

さすがに『コナン』のことは話せなかったけど、伝えたいと思ったことは話せたと思う。

「園子ってば」

蘭には呆れられてしまったけど。

「確かに最近、雰囲気変わったな、とは思っていたけど」

それくらいで友達止めたりしないよ。

異口同音にふたりに言われて思わず泣きそうになってしまった。

(くぅ、『コナン』の女の子はいい子ばっかりだわ)

と、ケーキを口に運んだところであたしは固まった。

「園子君、どうしたのさ?」

「え、と。……真さん、今のあたし見たら、何て言うかな、って」

「大丈夫だよ、園子!

「そうそう、考えすぎ。ポジティブに行こうよ、なっ!

(世良さん、背中叩くのやめて。痛いって。マジに)

「元気ですね」

コーヒーのおかわりはいかがですか。

涼しげな声できましたよ、イケメン店員さんが。

「あ、お願いします」

「あたしも」

「そう言えば園子君は今日も紅茶?前はコーヒー、多かったよな?」

「ん、何だか味覚も変わったみたいで。紅茶の方が落ち着くんだよね」

(あり?何か沈黙落ちちゃった。マズったかな)

「そういうこともあるみたいですよ」

(おおっ!さすがイケメン店員!会話スキルも高いわ!)

「そうなんですか」

「確か、その人は頭を打ったとかで、変わったそうですよ」

でも、とハイスペックな安室さんは続けた。

「それくらいで心変わりされるほど、園子さんの恋人は冷たい方では、ないでしょう?

(来ました!本日のイケメンスマイル!うん、営業用ですね。ありがとうございます)

「そうだよ、園子」

「安室さんも言ってるんだし、大丈夫だよ」

そう言われてあたしは、えへへ、と笑ってみせた。

(うん。ここは笑顔)

「ありがと。あれ、そー言えば、がきんちょは?」

ここ最近、かの著名な『江戸川コナン』くんとあまり顔を合わせていないのだ。

(何か疑われてるみたいだから、早く誤解解きたいんだけどなあ)

「ああ、コナンくんだったら今日は博士の家に泊まるって」

「え、そうなの?」

「うん、博士が新しいゲーム作ったからって」

蘭ちゃんはそう言うけど、何かこれってメッチャ怪しいパターン。

中身があの『工藤新一』くんでゲームはないでしょ。

(これは新しい発明か……)

「そうなんだあ。あ、ゴメン、今日は早く帰るんだった」

時計を見て慌てて気づいたかのようにゴメン、と断って席を立つ。

会計は安室さんだった。

いつものように割り勘(こーゆーので、おごるのはダメなんだって。ちぇ)で払っていると、安室さんがぽつり、とひと言。

「案外、大根ですね」

「ほっといて下さい」

(くっ、さっきの会話から見抜かれた。今度、演技の授業も入れよう)

『ポアロ』を出ると同時にスマホを取り出す。

 

 

「やっほー、コナンくん!」

「いっ、……園子姉ちゃん」

(テンション低っ!まあ、分かってたけどさ)

「やあ、園子くん」

「今晩は」

「いきなり来てゴメンね、あ、これ、○屋のようかんです。よければどうぞ」

「おおっ!いやこりゃあ、スマンのう」

「……博士、今日のおやつは終わってるわよ」

(相変わらずの冷静な突っ込みですね。灰原さん)

喜色満面な博士をジト目で見ていた哀ちゃんに、ハイ、と小さな包みを手渡した。

「フ○エブランドのキーホルダー。哀ちゃんにどうかな、って」

精一杯の『園子スマイル』に哀ちゃんは無反応――どころか、

「どういうつもり?」

(あれ?『モノでつっちゃえ作戦』まさかの不発?)

「どしたの?園子姉ちゃん、急に来たと思ったらこんなの出して」

「こんなの、とは失礼じゃそ、し……コナンくん」

(博士には効いてるみたいね。しゃあ)

「じゃーん、そんなコナンくんにはコレでどうだ!」

とあたしは『緋色の研究』の洋書を出してみせた。

「え、これって……」

「さすがに初版本じゃないけどね。その複製よ。とはいってもほとんど初版本と同じ作りだけどね」

あっという間に目を輝かせたシャーロキアンの手にほら、と渡して、

「ハイ、チーズ!」

「……へ、チーズ?」

パシャ、と写真ゲット!」

「園子姉ちゃん……?」

「やっぱり、ね」

「何が、やっぱりなの?」

一気に場の空気が変わった。

警戒心もあらわな哀ちゃんにあたしは笑みを返した。

「別に敵になろうって訳じゃないから、安心してね。っと、コナンくん、あなた、『工藤新一』くんでしょう?

「いや、な、何、言ってんだよ、園子姉ちゃん」

(動揺しすぎだよ。これでよく今まで気付かれなかったなあ)

あたしはたった今撮った写真が出ている画面を皆に見えるようにスマホを掲げた。

「ねえ、人の歯って生え代わり、あったよね?」

ことさら、ゆっくり言ってみる。

「この歯並び、どこかで見たような気がしたんだよね。で、調べたら、ウチのアルバムにあった『工藤新一』くんの歯並びとどんぴしゃでさ」

確か乳歯って小学校高学年までには生え代わっちゃうんだよね?

何で子供のコナンくんと、高校生の『工藤新一』くんの歯並びがぴったり合うんだろうね。

そう続けると、

「そりゃあ、そういう偶然もあるじゃろ」

「そうだよね、博士」

ハハハ、と些かわざとらしい笑い声が響くなか、

「あ、そう。それじゃあ採りましょうか、指紋」

「「え!?」」

ぴき、と二名ほど凍らせて、ゆっくりとコナンくんの小さな手のひらを覗く。

「ウチにも『工藤新一』くんの指紋あるしね。そっちを照合してもいいのよ」

「いや、だから」

「その、じゃな」

じたばたする男性陣をぴしゃり、と黙らせたのは哀ちゃんだった。

「もういいんじゃないの?だいたい『歯並び』なんて予想していなかったし」

それで要求は何?

と聞かれ、あたしは思わず、

「博士に発明して欲しいものがあるのっ!」

(あ、でも無理だろうなあ)

そう思いつつも、これまでの経緯をざっと(もちろん『コナン』の世界は除く)説明する。

「それで、できれば元の『園子』のようになれる薬をちょちょいのちょいと」

「無理に決まってんだろ」

「無理ね」

「博士ぇ~~」

外野は放っておいて博士に泣きついてみたが、博士はううむ、と唸ってしまった。

「園子くんには悪いがさすがにそれは無理じゃろうて」

「そんなあ」

あたしは、ううっ、と泣く振りをしながらテーブルの上のようかんの包みに手を伸ばした。

「それじゃあこれは持って帰ります」

「待つんじゃ!」

あたしは、ちら、と博士を見た。

「それじゃあ、他のモノを何か作って貰えます?

「他、とは何じゃね?

(よし、言質取った!)

「じゃあじゃあ、探偵団の子供達が持っている通信バッチとか、小型発信器とか、あとは……」

言いつのるあたしを、コナンくんがジト目で見た。

「オメー、それが目的か」

えへへ、とあたしは笑ってみせた。

「それもあるけど、……何かあたし、例の『風邪』からさ、考え方とか物の見方とか大分変わっちゃったみたいなんだよね」

だから、

「もしもの場合はフォロー、よろしくね」

そう続けると何とも言えない沈黙が降りた。

 

帰り際、コナンくんがぼそ、と呟いた。

「オメー、やっぱ園子だよ」

(それって誉め言葉!?ねえ、ホメ言葉だよね!?)

 

 

 

そうやって思いつく限りの『根回し』を終え、あたしは現在、空港にいます。

「ちょ、園子、何隠れてるの?

「だって……」

(やっぱり、少し怖い)

原作では園子にベタ惚れの京極さん。

(確か、きっかけは蘭の試合を真剣に応援している園子の姿を見て、そこから、みたいだけど)

「ほら、しゃんとして」

(う、相変わらずの勢い。だから世良さん、叩くのヤメテって)

「大丈夫だよ、みんな付いてるしね、園子姉ちゃん」

「ありがと、コナンくん」

(……口調とは裏腹に目が冷めてるよ、きみ)

「大丈夫ですよ!」

「今日の園子おねーさん、とっても素敵!」

「うな重、売ってないのか?」

(元太くん、相変わらずの平常運転)

「何で、オメーらまでいるんだよ」

「いいじゃないですか!べ、別に期間限定の仮面ヤイバースタンプを押そう、何て思ってないですから!

「歩美はそんなこと思ってないもん!園子おねーさん、とってもキレイだよ」

「ありがと、歩美ちゃん」

些か棒読みになりながらも何とか答える。すると横で会話を聞いていたらしい世良さんがあたしの服に視線を走らせ、

「それにしても今日はシックだね。いつもと雰囲気違うけど、魅力的だよ」

「ありがと、世良さん。ちょっとがんばってみたんだ」

今日の服はノースリーブのワンピースにかちっとしたスーツの上着を合わせた、まあ定番と言えば定番だけど、何度も合わせてきたから、ちょっと大人っぽい上品さが出ていると思う。

髪は毛先を軽くウェーブさせて、柔らかい印象にした。

そうすると、服から滲み出る大人っぽさと髪のフェミニンな印象とでいい感じになると思ったんだ。

ここまでするのに凄い時間かかった。

(だって『園子』の服って布地少ないのばっかなんだもの)

ちなみに京極さんの好みは昔ながらの大和撫子。

肌見せNGか、って位、園子を注意していたので、気を回してみたのだ。

(気に入ってくれるといいな)

「あ、そろそろじゃない?

(うわあ、落ち着け心臓)

何といっても『あたし』が京極さんに会うのはこれが初めて。

緊張するな、という方が無理だよ。

人の流れを追って追って……。

「園子、来たよ!

「こら、隠れない」

「往生際、悪いぞ」

(何か、マジ、ニゲタインデスケド)

半端なく緊張しているあたしにも、その姿は見えた。

誰よりも真っ直ぐで、確かな足どりでこちらへ来るその姿が。

「ほら、気づいたみたいだよ」

「えい!」

「え、わっ!」

誰かに押されて(蘭?世良さん?後でパフェ奢ってよね)あたしは二、三歩前へ飛び出した。

その勢いのまま、京極さんの方へ歩き出す。

(うわあ、凄い満面の笑み。この人すっごく園子のこと好きなんだあ。……ここで俯瞰してどうすんのよっ!)

何て声をかけようか、と思いながら近づくにつれ、なぜかその笑みがかき消えていった。

(……え?)

互いに一歩分置いて立ち止まる。

(さっきまでの笑みは?)

訝しく思いながらも『おかえりなさい』と言いかけたあたしに固い声が掛けられた。

 

「あなたは誰ですか?

 

 

(……ハ、イ?)

 

 

 

一体何が起こった!?

 

(あんな京極さん、始めて見た)

もう『真さん』なんて呼べない。

「誰って……」

私ですけど。

それくらいしか言えなかった。

案外、自分冷静だなと思ったけど、そうでもなかったみたい。

そう返した後、くるりと回れ右をしてその場を後にしてしまったのだから。

蘭達が何か叫んでいたような気がしたけれど、何も耳に残らなかった。

 

(何これ。まさかのどんでん返し)

一番有り得ないと思っていた人物からのカウンターにあたしのライフは0になった。

ばふん、とベットに突っ伏し、回らない頭で対策を考えてみる。

(今のところ、あたしが『別人』と言っているのは彼ひとりだけだし、蘭達には既に話してあるからそこは大丈夫)

あまりの展開に動揺して、蘭達をすっかり無視してしまった。

(あたし、よくひとりでここまで帰って来られたよなあ)

恐ろしいことに、帰って来るまでの記憶がまったくなかった。

(明日、蘭達には謝らないとなあ)

 

それより京極さん、一体あたしのどこを見て訝しんだのだろう。

 

やはり、愛の力は偉大だな、と半ば恐れと半ば憧れを感じながらあたしは眠りについた。

 

 

 

翌日、『ポアロ』にて――

 

「大丈夫よ、園子、京極さんには話しておいたからね!

「園子君、どうだい?いっそのこと、他に目を向けてみるというのも?

正反対の台詞だけれど、ふたりがふたり共、あたしを心配してくれているのがよく分かった。

「ありがと、蘭、世良さん。ふたり共、大好きだよ」

「「……」」

(あれ?何か外した?)

「やだぁ、園子かわいい!

(ちょ、なぜにいきなりのハグッ!?うれしいけど、苦しっ!!)

「へぇ、こういう園子君も何だか新鮮だな」

(世良さん!のん気にしてないで、たすけてぇっ!!)

蘭の発作(?)が収まるのを待って何とか逃れたあたしは、ほっと息を吐いた。

「もぉっ!苦しいってば!!それより、京極さんに話したって?

「あのね、本当は園子から話した方がいいと思ったんだけど、園子ってばすぐに帰っちゃったじゃない?気持ちは分かるけど。何か、京極さん、言った後で『しまった』って顔してたみたいだから、少し話しておいたから」

その『少し』が例のカラオケBOXでの話だと気づいたあたしは、顔面蒼白になっていると思う。

「……話したの?」

「大丈夫?園子!?顔、真っ青だよ!?」

「そんなに心配しなくても、話したのは少しだけだから、今度ゆっくりふたりで話しなよ」

ふたりがかりで宥められたけど、落ち着いてなどいられなかった。

(どうしよう。京極さんにこれ以上怪しまれたら。でも言わないときっと余計おかしくなる)

「うん。分かった。ありがとね、あ」

昨日、先帰っちゃってゴメンね。

ちゃんと謝っておくのも忘れない。

(何か、今更、かな)

「「……」」

(へ!?何!?)

「もぉ~~っ、園子ってばぁ!!」

(ええっ、まさかのハグッ!?今のどこにその要素がっ!?)

「園子君って天然だったっけ?」

「ふぇっ!?」

(何ですか、それは!?)

頭の中がクエスチョンマークで一杯になっていると、隣のテーブルを拭いていた安室さんが話に入ってきた。

「女の子の方が成長が著しいと聞きますが、やはりそうですか」

半分からかいのニュアンスがあるような台詞に、真っ先に反応したのは世良さんだった。

「それ、受け取り方によってはセ○ハラに聞こえますよ」

顔は笑っているから、本気じゃないよね、世良さん。

「もうっ、安室さんってば!何言ってんですか!

なぜかカウンターにいた梓さんまで口を挟んできた。

(はて?そんなに食いつくような台詞だったっけ?)

ふと見ると、蘭の顔も少し赤い。

「まさか。安室さんに限ってそうゆう意味では……園子?」

(ここは正直に言った方が被害は少ない、よね?)

「えと、ごめん。ちょっと分からない」

「「「「……」」」」

「園子っ!?」

「ボディーガード、居るよなっ!マジ、京極さんひとりじゃ足りなくなるんじゃないかっ!?」

「知らない人について行っちゃ、ダメですよ!」

「今日、迎えの人は?いないなら送っていくよ」

 

(えっと、皆さん同時に言われると、何言ってんのかサッパリなんですけど)

 




『仙台』が遠い(T-T)

予定では仙台着いてるハズなのに(汗)

この先行ってる下書きですら、まだ仙台着いてませんm(__)m(おーい)

何とかここから、挽回せねば(^^;




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スプーン一杯の悪意(前編)


前後編になってしまいました、すみませんm(_ _)m







「何か、すみません」

結局、何で皆があんなに騒いでいたのかは分からなかった。

(何だったんだろう)

「大丈夫ですよ。ちょうど帰るところでしたし」

(ハイ、営業スマイル、いただきました!)

その時、あたしは圧迫感を覚えた。

「すみません、少し、窓開けてもいいですか?」

快諾してくれたので、窓を少しだけ開ける。

「もしかして閉所恐怖症ですか?」

「いえ、そういうのではなくて。こないだの『風邪』で余計な記憶、蘇ったみたいで」

(どうせ、調べれば分かることだし)

「あたし、昔、誘拐されたことあるんで、って前!!」

(幾ら驚いたからって、こっち見ないで下さいよ)

「元から暗いとことか、苦手だったんですけど、それ以降、こうゆう車の中とか、窓開けてないと落ち着かないというか」

(あ、そうだ)

「安室さんは調べれば分かるヒトだから話しましたけど、オフレコでお願いしますね。蘭にも話してないので」

(犯人が犯人だから、できるだけ内々で済ませたんだよなあ。だから、本当は自首なんてしなくて良かったのに、じいや)

途端に『園子』の記憶が押し寄せてきたので、窓の外を見るふりをしながら、思いをはせた。

(ずっとお祖母様の面影を追っていたんだよね。じいや。それで一番その『お祖母様』に似ていたあたしにもそうなって欲しくて、って幾らなんでも暴走しすぎだと思うけど)

園子の記憶にある『じいや』はとても優しく、時には少し厳しく、今から思い返してみると、それらは全て園子のための忠告ばかりだった。

(なのに何してんのよ、子供のころの園子)

大人からみれば『忠告』でも、子供の目線からすれば『お小言』としか映らない。

まだ本当に小さいころは良かった。

なんだかんだ言いながらも、いうことを聞いていたと思う。

だけど、だんだん小学校の学年が上がり、周囲の思惑が分かる年頃になってくると、全てに反抗するようになった。

『あたしはお祖母様の代わりじゃないよ!じいや!』

たぶん、この台詞が引き金になったのだろう。

『園子』の、あたしの不注意な言動が、お祖母様の代から仕えてくれていたじいやを凶行に走らせた。

後になって理由を知った両親も、もちろんあたしもなかったことにしたかったのだけれど、じいやだけは違った。

『私がお嬢様を誘拐しました』

あの時のじいやの顔は忘れない。

そう思ってきたはずだった。

 

 

「着きましたよ」

安室さんは黙ったままだった。

(気を悪くしちゃったかな)

「ありがとうございました」

お礼を言って降りようてすると、

「そういった事情があるのでしたら、車は止めた方がいいですね。今度はバイクにしましょうか?」

「はい?」

いえ、いっそ自転車の方が……と続けるのが聞こえて、あたしは思わず吹き出してしまった。

「何ですか、それ。窓開けておけば車で大丈夫ですよ」

「やっと笑ったね。それじゃ、また今度」

安室さんの車が去ってから、ふっと気がついた。

(あれ、『また今度』って何!?あたし、また安室さんの車に乗るのおっ!?)

なぜ頷いてしまったんだ自分、と軽くorzりながら帰宅。

「ただいま、笠井。今日も変わりはない?」

いつも通りに声をかけると、

「お嬢様、実は先ほどから京極様がお待ちにございます」

(……ハイ?)

 

 

「すみませんでしたっ!!」

(え、と何かなこれ)

急いで着替えて京極さんを待たせている部屋に入るなり『これ』である。

(突然、土下座されても……)

「あの、ひとまず顔を上げて下さい」

「いえ、ですが」

渋る京極さんを宥めて何とかソファへ。

「「……」」

座ったはいいけど、今度は沈黙がイタイ。

「すみません。あの後、蘭さん達から事情を聞きました。ひどい高熱だったとか」

「……ええ、まあ」

言ってくださってたら、すぐに帰国したのに。

呟くように言われた台詞に、ティーカップを持ちながら硬直してしまった。

(それが嫌だから、ううん、邪魔したくないから黙ってて、皆に頼んだんだっけ)

京極さんは根っからの武道家で、強い相手と対戦するのを何よりも望んでいる。

そのことを知っているから、邪魔してはいけない、と遠慮してしまうことが多かった。

(言えば、良かったのかな)

「ごめんなさい。何か邪魔しちゃいけない気がして。あの、蘭達に聞いたと思うんですけど、あたし、その時に少し、記憶なくしちゃったみたいで。そのこともあってか、与える印象違うと思うんですけど」

(聞かなくちゃ)

「京極さんはどうしてあんなことを言ったんですか?

「それは」

そういえば以前、怪盗キッドにお願いして『園子』に化けて貰ったことあったっけ。

(あの時は、恋の力できっと真さんが見抜いてくれる、とか何とか、……気持ちは分かるけどね)

確かあの時は指の長さが違う、ってことでキッドを見抜いたんだっけ。

(指の長さって……)

固唾を飲んで待っていると、

「……歩き方が」

「はい?」

「以前と歩き方が違っているように思えて。それから内から滲み出る雰囲気といいますか」

非常に言いにくそうに京極さんが答えてくれた。

(歩き方、ですか)

それはまあ、今のあたしは『園子』ともうひとりの女性の記憶が交ざった状態なのだから、考え方はもちろん、所作も違っていると思う。

(まさか、『歩き方』とは……)

これまで誰も指摘しなかったことだけに軽くショックを受けた。

「園子さん」

何か言いかけた京極さんを遮るように、

「京極さん、私達、少し距離をおいた方がいいのかもしれませんね」

 

 

 

私に、京極さんはもったいない。

あの真っすぐな眼差しに耐えられる程、あたしは『白い』存在ではない。

跡継ぎは断るにしても、『鈴木財閥』の一端を担う、と決めた時から、覚悟はしていた。

きっとこの先、私の方が彼にそぐわなくなる。

『大切なもの』を守るための力が欲しかっただけなのに。

一番好きな人の眼差しに耐えられなくなるなんて。

(どこで間違えてしまったのだろう)

 

 

 

そんな感傷に浸っていたころもありました。

鈴木園子、ただ今、仙台駅(某所)におります。

なぜか目の前にはタイマー付きの、いろんな装置がついた……誰がどう見ても『爆弾』ですね。

 

 

(ドウシテコウナッタ?)

 

 

確か、あの後、仙台へいわゆる『傷心旅行』へ行こうと思ったんだっけ。

『傷心旅行』なんだからやっぱりひとりで行きたいよね。

だから、ちょっといろいろやっちゃいました。

まず、約束していた安室さんには、鈴木財閥独自の情報網から入手した、都内にいると思われるある種の団体の怪しい動向を、こっそり公安のデータベースに入れて貰って。

「済まないが明日の仙台は無理だ。急に仕事が入って――」

「あ、大丈夫です。蘭達と行きますから」

「え、」

サクッと通話終了。

そして蘭には――

「あのね、明日、仙台に行きたいんだけど蘭もどう?

「え、いいな、行き……」

「できれば新幹線で行きたいんだけど」

「……え」

「やっぱり新幹線から見る景色っていいよね。いつも車だからアレだけど、せっかくの『杜の都』なんだから、やっぱ仙台駅から……」

「園子、ごめん、ちょっと……」

「わかった、じゃあ世良さんに電話してみるね」

(知ってマス。蘭は背伸びしない子だ、ってことくらい。これであたしが『交通費』奢るから、何て言っちゃったら友情、壊れちゃうものね)

蘭の心情を逆手に取るなんて、

(黒いなあ、自分)

 

些か自己嫌悪に陥りながら、支度を整え、いざ出発。

(世良さん?もちろん連絡しないよ)

切符を買って新幹線に乗り込みながら、ふっ、と思った。

(帰ったら、世良さんにコロされるかも)

軽く頭を振って妄想を弾き出す。

京極さんとのことで気になっていたことは、他にもあった。

『鈴木園子』には姉がいる。

最近になって姉が他家へ嫁(か)すことになり、園子に注目が集まってきたけれど、それまでは完全に姉の『スペア』扱いだった。

(跡継ぎは姉の子を養子に、って言う『園子』の気持ちも分かるけれど)

どうやら使用人のほとんどの者も、そう考えているようだった。

(『園子』が鈴木家のことに不勉強になる訳だわ)

そして『園子』の記憶が朧(おぼろ)な今、『家族』が遠かった。

どうしても、両親や姉とは思えない。

(声掛けるの、迷う時結構あるし)

そして蘭や工藤くんとの関係。

じつは工藤くんは園子の初恋の人だったりする。

『園子』の記憶を持っているあたしが言うのだから、間違いない。

園子達の保育園に工藤くんが転園して来たとき、蘭が泣きながら折り紙でサクラ組の名札を再現しようとしてしたのを、一瞬で見抜いた姿に一目惚れしたらしい。

同時に、工藤くんが蘭に一目惚れしたことにも気がついてしまった。

(儚い初恋だったな)

それからは三人で遊ぶことも増え、蘭と同じく工藤くんの幼なじみの地位を確立したが、工藤くんの『一番』にはなれなかった。

蘭とふたりでいる時もそうだ。

優しくてかわいらしい蘭はその長い髪もあって、異性の目を惹き付ける。

『園子』がどんなにミニスカやキャミでアピールしても無駄だった。

いつでも、自分は二番手。

(だから、『園子』は京極さんに惹かれたのかな)

京極さんの『好き』は本物だから。

自分を『一番』に見てくれる。

(それはとても嬉しいことだけど……)

もし、その立場が反対だったら?

『好き』と告白されたから、『園子』は京極さんを好き、或いは『好き』だと思い込んだ?

ずっと待ち焦がれていた、自分を『一番』に見てくれる相手。

(京極さんでなくても、誰でも良かった?)

もし、そうなら――

 

 

「サイテーだな、自分」

小さい声だが、言葉が口をついて出ていた。

思わず辺りを見回したとき、アナウンスが入った。

「次は福島、福島に停車致します――」

(……降りよう)

何か、思ったより新幹線って早い。

(もっとこう、しんみりと想いに浸っていたかったんですけど)

改札を抜けて時刻表を見上げる。

(ん?快速?)

『快速』の割には仙台まで一時間以上かかるみたいだった。

(うん、これくらいの方がいいかも)

もう一つの思惑もあったので、すぐに決めた。

売店で飲み物を購入して、『快速』に乗り込む。

(うわあ、カーブが緩やか)

のどかな景色を眺めながら、ペットボトルの水をちびりちびりと飲む。

(うん、こういう時間が欲しかったのよ)

さっきまでの鬱々(うつうつ)とした気持ちが、どこかへ消えて行くような気がした。

電車が揺れる、昔ながらの響きにうたた寝をしている人もいるくらいだ。

(あたしは、どうしたかったんだろう)

何度も考えてしまう。

京極さんといた時間はとても楽しいものだった。

それなら、それでいいのだろう。

『快速』が宮城県に入り、乗って来る人もだいぶ増えた頃、あたしはようやくそう思えるようになっていた。

 

 

(やっと着いた仙台)

『快速』でおばあちゃんに貰ったノド飴をバックにしまいながら、ふう、と息をはく。

(もうお昼かあ。んー、お腹空いた。仙台っていったら牛タンだよね。それとも――)

ちょっとお手伝いに寄り、さてランチは、と見回した時だった。

カートを押している人(ツナギ着て帽子も被って……清掃の人?)が、ポーチをぽとん、と落としていったのは。

「あの、落とし……」

(なかなか追い付けないなあ、何で?)

そのうち、人気(ひとけ)のない通路に入り込んでしまった。

(あれ?ここってもしかしてスタッフオンリーっていうの!?)

さすがに引き返そうとした時、ふいにそれが聞こえてきた。

(子供の泣き声!?)

迷子かな、と少しだけ開いているドアを見付けてそこへ入ったのが、いわゆる運の尽きでした。

がらん、とした室内にはむき出しのコンクリの床に何かの装置みたいなモノが置かれていて、壁際には丁度子供の背丈くらいの人形が座った状態で――

ガチャン、と背後のドアが閉まるような音。

そして――

「キャハハハッ!!ようこそきみたち、ボクのテリトリーへ。これから楽しい時間が始まるよ~~」

「ひっ」

思わず悲鳴、上げてしまった。

(これって。その人形が喋った、ってこと?)

この感じだと内蔵マイクか、再生機でも入っているようだ。

(何か、気味悪いんですけど)

腹話術の人形のような造りで、口もとの辺りが、ぱかっ、と開いた状態になっていたり。

(こういう状況ではあんまりお目にかかりたくないなあ)

タチの悪いイタズラだ、と部屋を出ようとしたときだった。

「ああ。ダメダメ。そのドアに取り付けた電子錠ね、開けようとするとこの爆弾がドカンッ!といくからね~~」

(なんですとっ!!)

あまりのことにパニックになりそうだった。

(待って、ってことはさっきのポーチ……)

「ああ、そうそう。大事なこと言うの忘れてた。その『爆弾』はボクの自信作なんだ。でも、きみたち、こんなところで死にたくないでしょうお?だから、唯一の爆弾の解除の仕方、そこの封筒に入れておいたから」

よぉっく、読んでねぇ。

しばらく待っても人形は沈黙したままなので、伝えたいことは終わったようだ。

床に置かれていた封筒を手に取り、タイマーを見ると四時間程あった。

(一応、時間はあるのかな……)

「どうしよう……」

こんな事件、『コナン』にあっただろうか?

ダメ元で頭の中の『事件簿』を探すけれど、やはりというか見つかるはずもなく。

(だって、『仙台』では事件なかったはずだから、ここに決めたんだし)

とりあえず110番、とスマホを取り出しかけて、

(ちょっと待って。その前に知らせるべき相手がいるんじゃ)

何といってもここは『コナン』の世界。

(そうだよね。確か、コナンくん、爆弾の解除とかできるもの)

よし、と早速TEL。

コール音が数回鳴り、留守電になるかと思ったとき、

「あ、コナ……」

「園子か!!悪ィッ!!後にしてくれっ!!オメーも知ってるだろ!!今、東都駅が大変なんだ!!」

それだけ叫んで通話は切れてしまった。

(え、何?)

いやな予感を覚えて検索を入れてみる。

「え、」

『現在、東都駅にダイナマイトを体に巻き付けた男が籠城中!!』

あっけに取られていると、速報が入った。

『京都駅に犯行予告!!爆弾はどこに!?』

さらにもう一件。

『博多駅にも爆弾男!!』

(なに、これ)

あまりのことにスマホを切って座り込む。

(えっと、こうゆうときは……)

あたしは無意識の内に蘭の名前をタッチしていた。

「はい。園子!?今どこ!?」

「あ、えっと……」

「大変なの!!園子も見たでしょ!?今、あちこちで爆弾騒ぎがあって、お父さんも目暮警部と……園子?」

「あ、うん。小五郎のおじさまも大変そうね。こっちは大丈夫だよ。片がついたら帰るから」

「園子?」

「じゃあ、またね」

思わず通話を切ってしまった。

(これ以上、蘭を心配させたくない)

となるとそろそろ110番……

(の前に、連絡しないと怒るだろうなあ)

仕事を増やしてしまった上に、更に厄介事が増えるんだもの。

(でも、後になってから分かるともの凄く怒られそうな気がする)

思い切ってTEL。

「もしも……園子さんか」

「お忙しいところすみません。あの、できれば怒らないで聞いて欲しいんですけど」

「どうかしたのかな?」

「すみません。今、仙台にいて爆弾がある部屋に閉じ――」

「なんだって!!」

「ですから、すみません」

向こうが落ち着くのを待って、ざっと状況を説明した。

「……という訳で、外には出られないみたいです」

「その解除方法は?」

「その、これ本当にできるんですか?『爆薬の包みに脇からナイフで切り込みを入れて、そこからスプーンで少しずつ掻き出す』って」

とたんに沈黙が返ってきた。

「もちろん、その分、ここに用意してある小麦粉を足さないといけないみたいですけど」

「……理論上は可能だよ」

(うわあ、あんまり聞きたくなかった台詞。ということは、これって誰もやったことない、ってことじゃない?)

「これからそちらへ向かうよ」

「え?東都駅の爆弾はいいんですか?それにそこからだと――」

(うん、着く頃には終わってそう)

「今、白石にいるからね」

「えっ」

「急に入った仕事でね、白石に来ているんだ」

すぐに着くよ。

そう言って電話は切れた。

(どうしよう……)

『急に入った仕事』ってあたしがこっそり紛れ込ませたのじゃ。

(内容、確認しておけば良かった)

軽く落ち込みながら110番。

これが堪(こた)えた。

何というか、なかなか信じて貰えなかった。

聞くと、この爆弾騒ぎで虚偽の通報が増えているとのこと。

「だから、イタズラなんかじゃないんですっ!本当に爆弾が――」

「ええと、鈴木さんでしたっけ。少し落ち着いて」

(何か、やる気なさそう)

「……もういいです。あとになって騒いでも知りませんから。それから、公安のお兄さんにも連絡しておいたので、後で話聞いて下さいね」

「え、公――」

通話終了。

(やだな。残り三時間三十五分だって)

手順を何度も確認して作業開始。

これだけ時間あれば大丈夫、と思うかもしれないけど、あたしは人形が喋った『きみたち』という単語を忘れていなかった。

(きみたち、って複数形じゃない。ということは、この作業には最低でも二人以上の人手が要る、ってことだよね)

なぜ、あたしだけがここへ誘い込まれたのかは、何となく予想がつくけど、今はそんなことを考えている場合ではない。

(とにかく今はこの『課題』をこなさないと)

爆弾全体の大きさはA3のダンボール箱くらい。

何かよく分からない装置がついてて、細長い袋がベルト(説明書によると、このベルトを切っても爆発しちゃうんだって)でくくりつけられている。

(これが爆薬。で、脇からナイフで――)

白い粘土のようなそれを小さいスプーンで一杯分、取り出す。

(まさか最初から、ドカン、はないよね)

幸いなことに爆発する気配はなかったので、脇にあった秤の皿に乗せ、もう一方の皿に分銅を入れ、重さを量る。

(……5gか)

これくらいなら重量センサーは反応しない、ってことか。

(これ、2kgはありそうなんですけど)

単純計算で400回。

(行けるかな)

小麦粉を取り出して5g量って、上に取り付けられたボール(ここまで親切だと何か、却って不気味なんですけど)に入れる。

(よし、これをあと399回)

ふう、と息をついて繰り返すこと数十回。

(何か、あちこち痛くなりそう)

爆弾も秤も、床に直置きなので、中腰になったり座ったりでとても疲れる。

(間に合うかなあ)

先ほどからスマホが鳴りっ放しだけど、取る余裕もない。

(会話している時間も惜しいしね)

そんなことを考えながら作業を続けていると、

「そこに居るのか!?」

ドアの向かうから聞いたことのある声がした。

「はい!」

事情を知っているようでさすがにドアは叩かなかったけれど、イラだっているような声だった。

「なぜ、電話に出ない!」

「そんな暇なかったんです!きっと犯人はここに二人以上、閉じ込めたかったんでしょうけど、今ここにはあたしひとりしかいないんですからっ!」

「……きみ、友人達と来ているんじゃないのか?」

(あ、お仕事モードだ。近くに警察の人いるのかな?)

「ごめんなさい。ひとりです」

「……後で話がある」

(イヤ、何この口調っ、恐い!!)

「……丁重にお断りさせていただきます」

「きみ、」

「あ、手もとが狂いそう。何か、ごちゃごちゃ言われるとやる気なくなりそう」

「子供の遊びじゃないんだ!!爆発したら死ぬんだぞ!!」

「……分かってますよ。ゼロのお兄さん(降谷さん、って何か言い辛いし)。それで今回のこれってテロなんですか?」

「現在調査中だ。それより電話を――」

「東都駅と博多駅に爆弾男。京都駅に爆弾予告。そしてこの仙台の爆弾。同じ日に起きた割にはずいぶん手口が違いますね」

「……よく知っているな」

「さっき、検索かけましたから」

「そんな暇があったら」

「何かこれって、チャットとかで知り合った人達が意気投合して犯行に走ったみたいですね」

ドアの向こうでざわつく気配。

(あ、やっぱりいたんだ。警察の人)

「作業が大変なのは分かるが、電話を取ってスピーカーにする時間くらい、あるだろう?」

(この辺で妥協しないと本気で怒るかな)

「はい。分かりました。そうします」

 

 

 





しかし、せっかく仙台きたのに観光してないですね(^_^;)




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スプーン一杯の悪意(後編)

書けた……。自分にはこれが精一杯(´ノω;`)
次回、遅れたらごめんなさい(´-ω-)人
いや、まさか、こーゆー展開になるとは思ってなかったので( ̄▽ ̄;)
今回、長いです(なぜこうなった(^_^;)






《トリアツカイセツメイショ》

 

『キャハハハッ! やっと完成したよ~~!

 

今日はお祭りだね~~!!

 

この子はね、振動センサー、ジャイロセンサー、重量センサー、光センサーが付けられていてね、ようするに少しでも動かしたり、部品を抜いても、インターフェイスカバー(分かるかなあ)を開けても、爆発するからね~~

 

あとねぇ、コンピューターのパスワード出しても無駄だよお。リターンできないからね。

 

ネジ、外してもアウトだからね。

 

ん~、きみたちに分かる注意はこのくらいかなあ。

 

でも、このまま爆発まで待つのはタイクツだよね?

 

きみたちにもできる、とっても簡単な解除方法、教えるからやってみてね~~!(うまくできたら、爆発しないかもよ~~)

 

まず、そこにあるナイフでね、少しずつ掻き出してね~~!(重量センサーあるから、キチンと量るんだよ~~!

 

その後は、取り出した分だけ、小麦粉を乗せてね~~!!

 

あ、そうそう、一応、爆薬の中にも信管入れてあるから気をつけてね~~!! 』

 

 

 

 

 

「作業はどの程度進んでいる?」

「まだ、5分の1ってとこですかね」

「間に合うのか」

「そんなこと言われても、今ひとりなので」

「……どうしてそうなった」

(作業しながら話すのって結構大変なんですけど)

爆薬をスプーンで掬って量る。

「こちらに着いてお手洗いから出たら、カートを押した清掃員のような人がポーチを落としまして。それを拾って追いかけたら、開いているドアから子供の鳴き声が――」

「随分と計画的だな。しかしなぜきみを?」

「多分、犯人は3、4人のグループを狙ったんだと思います」

(よし、5グラム)

「大抵の女性のお手洗いにはパウダールームが付いていて、そこでお化粧直したりするので、同じグループでもない限り、入る時と出る時が一緒、というのは有り得ないんです。確かあたし、お手洗いに入った時に一緒になった子達と、ほとんど同じタイミングで出て来ちゃったんで。多分、そのグループの一員だと思われたかと」

(小麦粉を量って、と)

「なぜ、そんな偶然が……」

「パウダールームにいた時に『早く行こうよ』って声が聞こえて来て。それが、ら……友達の声に聞こえちゃって。思わず、振り返っちゃったんで。そのまま出たので、位置的にそのグループの一員に見えたのかもしれません」

何とも言えない沈黙が落ちた。

(これを乗せて、っと)

「何だか、生理的にいやなんですけど、犯人、見張っていたみたいですね。女子トイレの前」

とたんに電話の向こうが騒然となり、指示を飛ばす声が聞こえて来る。

「きみはそのまま作業を続けていろ」

「いいですけど、この犯人って捕まえられるんですか?

「何が言いたい?」

あたしはスプーンを動かしながら答えた。

「他のところは知りませんけど、手の込んだことしてますよね、この犯人」

ここへ誘い込んだ手口とか、爆薬のセンサー類も凄いし、不気味な人形まであるし。

そう続けると、戸惑っているような気配がした。

「人形とは何のことだ?」

「言ってませんでしたっけ?ちょうど子供くらいの大きさの、腹話術に使うような人形が壁際に寄り掛かっていて、子供の泣き声とか犯行声明はそこから流れたんです」

「聞いてないぞ」

「忙しくて話す暇なかったかも、ですね。すみません」

(えっと、スプーンで……ゆっくりゆっくり)

「どこまで話しましたっけ?ここまで用意周到で、人を喰ったような演出をするような相手なら、とうぜん逃走経路も確保していると思われますが、手がない訳ではないですよね?」

あたしは少し息を付いた。

(多分、これはあたしから言い出した方がいいはず)

「あたしを囮にして下さい」

「なっ、」

「犯人はここにグループの女の子達を招き入れたかったはずです。それが今ここにいるのはあたしひとり。とっくにやきもきしていると思いますけど。報道機関に、『女の子がひとりで閉じ込められ、爆弾の解体をさせられているが、彼女はすっかりパニックになって何もできないでいる』とでも流して下さい」

でも、この方法で捕まえるのはちょっと難しいかもしれませんね。

「そう思うなら作業に――」

あたしはその声をキレイさっぱり無視して続けた。

「だってこれ、人員がある程度要りますよ。恐らく犯人はこのばかげた作業をギリギリまでさせるつもりだと思います。だから、接触してくるハズですし。恐らくこの仙台駅が見えて、公衆電話も近くにある場所にいる可能性が高いと思います。最近は何でしたっけ、身元の分からない携帯とかもありますけど、携帯はアクシデントありますからね」

「きみって子は……」

「ですから、仙台駅が見えて近くに公衆電話があり、一定のプライバシーが保てる場所に絞って貰えればいいんですけど、……無理でしょうね」

何かで読んだことがある。

刑事と公安は仲が良くない、って。

――仕方のないことだと思うのだけど。

刑事と公安ではゴールそのものが違う。

刑事事件では犯人確保が主な目的だけれど、公安は国を脅かすテロ、つまり組織を突き止め、事前にできるだけ情報を集めなくてはならない。

だから、『尾行』ひとつとっても刑事の場合は万が一それがバレても犯人確保へ繋がればそれでよし、というような風潮があるのに対し、公安のそれは相手には絶対に気取られてはいけない類いのもので、ほんの少しでも相手に気付かれた、と思えば即座に中止しなければならない。

そして、公安は自らの捜査内容を絶対に漏らさない。また、権限も上であるため、刑事達が苦労して確保した被疑者をふいに現れて、かっさらって行くケースも多々あり、それが余計に両者の間に溝を作っていた。

「――と、こんな感じですかね」

(秤に乗せて、っと)

「今回も、そちらの捜査本部、微妙な空気になっていませんか?」

本来なら地元警察が治める案件に、公安が問答無用で乗り込んで来て指揮を取る。

「今言ったような捜査だと、どうしてもこの仙台の地理に詳しい刑事さん達の協力が必要だと思うんですけど、大丈夫ですか?」

「どういう意味だ?」

「ですから皆さんのやる気です。ソリの合わない、警察庁の公安が来て指揮を取っているし」

そこであたしは言葉を切った。

「人質になっているのは、その『公安』の知り合いらしい、とくれば、やる気も失せるでしょうね」

(この辺りは周知の事実みたいだから、言ってもいいよね)

これだけ長い間話していて誰も何も言って来ないのはおかしいと思うし。

そう思っていると違う声がした。

「ちょっといいかな」

「はい?」

「宮城県警の青葉だ。お嬢さん、随分と勉強しているようだが、我々も勿論、公安の方も犯罪を許すないという点では一致しているからそんなに心配しなくとも、大丈夫だ」

(ビミョーな言い回し、ありがとうございます)

「でしたら、お願いがあるんですが」

(量って、乗せて、と)

「何かな」

「爆破時刻の5分、いえ10分前になったら、ドアの前にいる人達を退避させて下さい」

「何を言っているんだ、きみは!!」

「何かイヤな感じがするんですよ。爆弾のことなんか何にも知らない子達に解体作業をさせようとしたりして。あと、いろいろ準備しすぎだと思いませんか?これ、もしかしたら遠隔操作式かもしれないですし」

1分前にスイッチを押す、とか有り得そうなので避難して下さい、と続けると怒号が響き渡った。

「何を考えているッ!!」

「そうだ!!一般市民を残すだなんてバカなーー」

そう伝えたのにはきちんと意図があったので、あたしも負けじと怒鳴り返した。

「バカはどっちですかっ!!警察官だって待っている人がいるんですよ!!こんなトコで死んだら犬死じゃないですかっ!!世論がどう言おうと生き残って、こんなことした犯人、捕まえて下さいよっ!!」

「だったらきみも生き残れっ!!」

「そうしたいんですけど、今も作業してますが、やっぱりひとり、っていうのがネックですね。それより、さっさと人員配置ってのして、あたしがひとりで怯えて何にもできないでいる、って流して下さいね」

じゃあ、作業するんで一旦切ります。

「ちょっ、」

言うだけ言って通話終了。

(ふう、すっきりした)

きっと電話の向こうでは、あたしに対する反発とかで大変なことになっているだろう。

(これで、安室さんへの反発が収まるなら安いモノだけど)

大体の捜査方針を公安ではなく、あたしが口にしたことで、少しはクッションになるといいんだけど。

そこで、ぴたり、と手が止まる。

(捜査方針、これで良かったんだよね?)

もし、見当違いなら目も当てられない。

(何でこの事件、『コナン』に無いのよ)

 

 

 

掻き出して、量って又、量って乗せて。

(残り1時間40分か)

爆薬はまだ半分以上残っている。

(ちょっとマズイかも……)

一先ず、鳴りっ放しのスマホをONにする。

「もしも……」

「言いたいことは多々あるが。後回しだ。犯人から接触があった。そこにキーボードのようなものはあるか?

かなり硬い声で、怒りを抑えているのが丸分かりだった。

あたしは素早く辺りをチェックし、手帳サイズのキーボードを見つけた。

「ありました」

「どの辺りまで進んだ?」

「すみません、まだ半分以上あります」

「……何をやっているんだ。犯人の音声を再生するぞ。『キャハハハッ!!なーんか大変そうだねぇ。仕方ないからもっと簡単な解除方法ーーは、ふたり以上いないと難しいか。今回は特別に時間、延ばしてあげようか?クイズだよ。答えを入力できたら、時間のびるけど、もし間違えたら一気に1時間、減るから気をつけてね。いくよぉ~~。答えはカンタンだよ。きみたちの好きな果物の名前は?もう一度言うけど、答えはカンタンだよ~~。じゃあね~~』……ということだが、分かるか?

あたしは作業を続けながら答えた。

「まず、始めにそれ、問題文がおかしいですね。こっちはひとり、って伝えてあるのに『きみたち』って。それに人の好みなんて人それぞれだから、ひとつになんて纏まる訳ないですし。となると答えはひとつですけど――」

「一応、確認しておく。分かったんだな」

「この流れだと、答えは『カンタン』それしかないですね」

作業を中断してパスワードを打ち込む。

「入れましたけど、確かリターンはできな……あっ」

「どうしたっ!!」

「パスワード入力しただけで、1時間、増えました」

電話の向こうでは歓声が上がっているようだけれど、

(これでもギリギリな気がする)

「それで、犯人はどうなったんです?

何となく、分かっていることを聞いてみた。

「すまない。逃げられたよ。向こうも分かっていたらしい。公衆電話に再生機をセットした時点で逃走された」

「そうですか」

(そんな気はしていたけれど)

ずっと作業をしていたせいで、腰とか太ももとか痛くなってきた。

(しびれる)

立ち上がって伸びをする。

(何でこんなことになっちゃったんだろ)

少しの間、ひとりで考えたかっただけなのに。

「できそうか?」

「分かりません。でもやるしかないですし」

それじゃあ、と切ろうとすると電話の向こうから慌てたような声がした。

「だから待ちなさい!!どうしてさっきから切ろうとするんだっ!!」

「だいたいの状況は把握できましたし、そろそろスマホの電池が少なくなってしましたし、これ以上話していたら、ゼロのお兄さんにお説教、貰いそうなので」

「なっ、」

「じゃ、失礼します」

通話終了。

 

 

 

(悪いことした気もしないでもないけれど、こんな時にまともなテンション保てる人がいたら、見てみたい)

ふう、と息をついて作業開始。

量って乗せて、掻き出して……

(――ん?)

何かが、心の琴線に触れた。

(何?この既視感?)

どこか、遠い過去でこれと同じような場面を見たような気がした。

でも、それは具体的な形にはならなかった。なぜなら、

(うわ、手が震えてきた。何、これ)

同時にお腹に力が入らなくなり、倒れそうになる。

(マズくないかな、これ)

鳴りっ放しのスマホを再びON

「できる限り通話は――」

「えっとすみません。急に手が震えてきて」

「――ちょっと待て。きみ、お昼は食べたのか?」

「食べ、ないです。だって電車降り、た」

「新幹線じゃないのかっ!?」

「途中、乗り換え、て」

「低血糖だっ!!何か口にできるものは、聞こえているか!!

声が遠くに聞こえる。

(何かあったかな)

力が入らないから、姿勢を変えるだけで精一杯だ。

震える指でバックを開けると、『快速』でおばあちゃんに貰った飴が出てきた。

(力が出ない)

何度も挑戦して飴を取り出し、口に含んだ。

そのまま、床へ倒れ込んでしまう。

(ここまで、かな)

それは少し情けないな、と口のなかで飴を転がしていると、少しずつ感覚が戻ってきた。

「――っ!!」

何とか起き上がってスマホを取る。

(何の騒ぎ?)

「おい!!聞こえているかっ!!」

「聞こえてます。さっき、『快速』でおばあさんに貰った飴嘗めたので、何とかなりそうです」

「そうか」

(何だろう?この疲弊しているような雰囲気)

「それじゃ、作業戻ります」

ありがとうございました、と切ろうとしたら、

「だから、待ちなさい!!」

「なぜですか?ここにはあたしひとりしか居ないんですけど。話している時間も惜しいと思いません?それと早く、ドアの前にいる人達、退避させて下さいね」

「だから、待て!」

「……お説教ですか」

「お説教はナシだから電話を――」

「ホントですか?」

「もちろんだ」

(『公安』さんのもちろん、ってどこまで信じられるんだろう?)

「それじゃあ、何か大切なものに誓って下さい」

それならいいですよ。

と続けると沈黙が落ちた。

(やっぱり無理か)

「……分かったよ。僕の大切なモノは」

(うん、うん)

「――この国さ!!」

(ここできますか、その台詞)

「何ですか、その模範解答」

すると笑みを多分に含んだ声で、

「お気に召したかな」

(分かってて、やってる!!可愛くないっ!!)

「もう!いいです!!集中するから、切りますよっ!!

「あ、こら――」

即座に通話終了(当然です)。

 

 

(せめて愛犬のハロのことでも言うかと思ったのに)

こんな時でも『公安』な安室さんに、何だか悔しいものを感じていると、

「……え?」

なぜか涙が溢れてきた。

(どうして)

心の奥を探して、分かった。

『園子』が泣いている。

あたしの意思とは関係なく言葉が零れ落ちた。

「真、さん」

(ごめん、園子。やっぱり貴女、真さんのこと――」

「ごめん、ね」

涙が、止まらない。

仕方がないので一旦、感情に任せて流れるままにする。

ひとしきり泣いてから、気合いを入れ直し、作業開始。

掻き出して量って、小麦粉を量って乗せて――

そのうち飴の効力が薄れてきたみたいだった。

(マズイな)

もう飴はない。

タイマーは26分。

残りの爆薬は、二〇〇㌘、といったところか。

(確か、人ひとりが吹き飛ぶのは一〇〇㌘だったっけ)

まずいなあ、と目を転じると、『快速』に乗る前に購入した水があった。

(空きっ腹に水、って良くない、って言うけど、この際)

また力が入らなくなってきた指でキャップを開け、持ち上げようとしたところで、それが倒れた。

「――あっ」

幸いなことに解体中の爆弾に直撃はしなかったけれど、『説明書』はぐっしょり濡れてーー

「……え?」

 

 

 

「たった今、もうひとつの解除方法見つけました。これから取り掛かりますが、今度こそ、ドアの前にいる人達、逃がして下さいね。多分、間違ったら爆発すると思うので」

「なんだとっ!?」

「そういう訳なので多少、おかしな音してもドア、開けようとしちゃダメですよ」

「おい!!」

スマホを切って、先ほど見付けた工具箱を開ける。

(何で気が付かなかったんだろう)

クリームの蓋を開けて爆薬の包みの底にすり込む。

(これって昔、読んだ『アレ』だ)

定規を取り出し、包みの下へ滑り込ませる。

ぐっしょりと濡れた『説明書』を確認。

(水に濡れると文字が浮き出てくる、って)

どこのスパイ小説だ、と突っ込みたくなってしまう。

(えと、爆薬を外せば飛び出す、っていうピンは……)

コツン、と何かが定規に当たった。

(これか)

瞬間接着剤で定規を固定。

ドライヤー(ご丁寧にも延長コード付き)で乾かす。

爆薬を固定していたベルトにワニ口クリップのコードを取り付け、ベルトを切断。

(図も描いてあって助かった)

文章だけでは咄嗟にできなかったと思う。

これでベルトが長くなった。

そうっと爆薬の包みを持ち上げる。

(次は信管を……)

きっとこの辺りでもうひとり要る、ということだったのだろう。

あたしは慎重に爆薬の包みを床に置いた。

(コードの長さ、ぎりぎり)

工具箱に入っていた信管を取り付け、マニキュアで絶縁。

(よし、ここまではOK)

後は、こっちのコードを――

もう一度、水浸しの説明書を確認する。

ここまでの工程で爆発しなかったのだから、正しい道のりを来ていると思いたいのだけれど)

(少し、怖い)

今、あたしはひとりだ。

隣りにいて意見を言ってくれる人も、大丈夫だと励ましてくれる人もいない。

タイマーはあと残り3分。

(もしかしたら、これが最後かも)

スマホを通話ONにする。

「あとひとつ、コードを切ればいいみたいですけど、正直どうなるのか、見当もつかないので、皆さんが避難したかどうかだけ、教えて下さい」

「……誰もそこから動いてはいないよ」

(あれ?声が違う)

「青葉刑事さんですか?」

「ああ、そうだ。きみのいうところの『ゼロのお兄さん』は――」

すると、ドアの向こうから怒鳴り声がした。

「きみは一体何を考えているんだっ!!この状況でここを離れる警察官がいるとでもっ!?」

(うわあ、怒り全開、って感じ何ですけど)

「あの、そんなに怒らないでくれませんか」

「怒ってない。呆れているだけだ」

(余計、怖い)

 

「何か、随分ムキになりますね。ひょっとして――」

あたしはわざとらしく間を取った。

「どなたか、こういう状況に追いやられたことでもあるんですか?」

(まあセオリー通りなら、『あたしのこと、好きなんですか?』なんだろうけど、さすがにそれはちょっとなあ)

「……友人がふたり、巻き込まれたよ」

(思い出させてすみません)

「じゃあ、向こうで会ったら、何か伝えておきましょうか?」

「縁起でもないことを言うなっ!!」

タイマーは残り、1分。

あたしはダメ元で外に声を掛けた。

「あの、そろそろ切るので避難――」

「無駄口叩いてないで、さっさとやりなさい」

(分かりましたよ)

あたしは目を瞑って、手に力を込めた。

 

 

 

そぉっと目を開けると、先ほどと変わらない光景が目に入った。

(タイマーは、あ、もう『ゼロ』になってる)

一気に力が抜ける。

(成功、したのかな。実感ないや)

しばらくすると、ドアを激しく叩く音が聞こえてきた。

(え!?ドアがへこんだっ!?)

あっけに取られて見ていると、ドアがひしゃげて外れた。

「生きてるかっ!?」

「あ、は――」

「何でこんな単純な手に引っ掛かるんだっ!?大体、こんな場所で子供の声がするはずないだろう!?」

怒鳴りながら腕、掴むの止めて下さい。

(スイマセン……メッチャ痛いんで離してほしいんですけど、って何か、周りの皆が視線、逸らしているような気がするの、気のせいですか?)

あたしが『ゼロのお兄さん』に抱きかかえられたまま(痛いし、恥ずかしいんで誰か……皆さん、無視ですか、そうですか)そんなことを思っていると、

「キャハハハ、今回はやられちゃったなあ。まさか、『アレ』を知っている子がいるとはね。『砂の薔薇(デザート・ローズ)』知っているんだね。となると、ボクはグリフォンかなあ?でも、グリフォンはやられちゃったしね。よし、今日からボクはネオ・グリフォン、にしよう。よろしくね。かわいい薔薇さん。それから、特別ボーナスだよ。いいこと、教えてあげる。ボクの性別は『男』だよ。そして、とーっても頑張った泣き虫の薔薇さん、大サービスだ。ボクの血液型は『AB』だよ。じゃあ、また、ね~~」

そこまで告げると、人形から軽い爆発音がした。

「ひゃっ」

「あ、おいっ!」

どうやらそこまでがあたしの限界だったらしく、あたしはそのまま気絶してしまった。

 

 

 

 

砂の薔薇(デザート・ローズ)

C.A.T(カウンター・アタック・テロリズム)に属する隊員(作品では主に女性の活躍が描かれる)達とテロリスト達との攻防を描いた漫画で、昔、よく読んでいた。

ヒロインのマリーは、空港に仕掛けられた爆弾で夫と子を喪い、胸に薔薇の傷を負う。

アクションシーンはもとより、テロに対抗する手段が実に上手く、例の『爆弾』の処理も何度も唸りながら読んだものだ。

(この内容なら、小説でもいける)

ただ問題は――

この『砂の薔薇』は『コナン』の世界には存在しないはずだ。

(あの『ネオ・グリフォン』って、まさか――)

そこまで思考を巡らせ、ぞくり、としたものを感じたとき、ノックの音がした。

「どうぞ」

病室の引き戸を開けて来たのは、現在最も顔を会わせたくないリスト、ベスト3に入る、『公安のお兄さん』だった。

(こうして、無事に帰って来られたのはいいけど、何か、気まずいんですけど)

爆弾解体中のやり取りのアレとか、ソレとか思い返していると、

「気がついたか」

(平常運転っ!?まさかの平常運転!?)

「残念だが、お説教は後回しだ」

きみには護衛が付くことになった。

「はい?」

「他は片がついたが、今回の犯人は捕まっていないどころか、きみに執着しているようだからな」

そして、『C.A.T』についても教えてくれた。

何と、『C.A.T』は実在するそうだ。

しかも、『マリー』もいるとのこと(!)。

が、『マリー』と『グリフォン』の対決は二十年以上も前のことで、その頃を知る、ほとんどの者は退職してしまっている。

それから、『砂の薔薇』という言葉は『マリー』やC.A.T関連では見つからなかったらしい。

(ということは、やっぱり、その『ネオ・グリフォン』は――あたしと同じ転生者……)

あたしは軽く頭を振って、意識を切り替えた。

「護衛ですか、でもそれ、まだ必要ないかもしれません」

「なぜ、そう思う?」

(うわあ、怒ってらっしゃる)

「この犯人、事前の準備が物凄いですし、やるにしても相当な準備期間があると思います。そう言えば、今回使われた爆薬って盗まれたものなんですか?

あたしの質問のイミを正確に読み取った『ゼロのお兄さん』が答えをくれた。

「火薬工場から盗まれたものらしい。今回使われた量と一致したよ」

「それなら、すぐに次はなさそうですね」

爆薬の管理は大抵どこでもキチンとしているはずなので、盗むにしても相当の手間がかかるはずだ。

と、そこであたしは少し前の台詞に引っ掛かりを覚えた。

「他は、ってことは東都駅や京都駅、博多駅の事件は――」

「どれも爆発せずに済んだよ」

「良かった」

「全く。今回は探偵達が大活躍だな」

「探偵達?」

(あれ、何だかイヤな予感)

「ここ、仙台は『推理クイーン』の園子さ……どうした?」

(いやああああっっ!!!何やってんの、園子~~!!)

そう言えばそんなこともあったわ、と頭の隅っこで冷静な自分が呟いた。

「それ、忘れて下さい」

せっかく点滴で補充した栄養分がなくなるわ……。

「いいのかい?調書にも記入しようかと」

「止めて下さい!」

(ううっ、必死に頼んでるのに、楽しそうな人がいるよ)

「それで、他は」

何とか促すと、

「東都駅は毛利先生とコナンくん、京都駅は西の名探偵こと服部平次くん。そして、博多駅は――」

その名前が聞こえて来たとき、あたしは幻聴かと思った。

「園子さん?」

「すみません。博多駅は誰ですか」

返答が遠く聞こえる。

 

 

『博多駅は、越水七槻――』

 

 

 

 




読了、ありがとうございます\(^o^)/
おかしいな、次は『執行人』のハズだったのに(^_^;)
そう言えばもうすぐですね(^o^)
(恥ずかしくて予約、してないので無事に購入できるか、ちょっと不安。だって、こんな田舎で予約したら、目立つんだよ~~(`;ω;´)




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南の女子『高校生』探偵

一応、原作チェックはしてますが、越水さんの設定、原作だけでは分からない箇所がありまして、……捏造タグ入れました。
今回の注意――女子高のノリが入ってます。ある人が若返り(この表現でいいのか?)ます。そういうのが苦手な方はブラウザバックをおすすめしますm(_ _)m
注※表記について『警告』が来たので、該当すると思われる箇所を修正しましたm(_ _)m内容は、ほぼ同じですのでご注意をm(_ _)m





「まったく、何がごくろうさん、なんだか」

ぶつぶつ言いながら上がり框に醤油のボトルが数本入った袋を置く。

(やっぱり残りは宅配にしておいて良かった)

ところ変われば品変わる。

「まさか東都(こっち)と博多(あっち)でこんなに味が変わるとはなあ」

今回思わぬ里帰りをすることになったのは、こちらへ来たばかりの後輩が、あまりの味の違いにテンパっていたのを見かねて分けてあげて、ついでに何品か作ってあげていたら、あっという間に在庫が尽きてしまったのだった。

(こっちの醤油がこんなにからいとはなあ)

故郷では柔らかい味付けが主だったため、はっきりした味の料理は違和感があった。

しかし流石にそれを言うとカドが立つので、当初の予定よりも自炊が増えてしまった。

(料理の腕は上達したと思うけど、何か違う)

 

ワンルームの程よい位に片付いていて、棚やローテーブルにある教科書等が、大学生であることを思わせる以外は、これといった特徴のない部屋だった。

(醤油、買いすぎちゃったかな)

もうすぐ実行するある『計画』のことを思うと、どう見ても過剰だった。

(でも里帰りまでしてこれだけ、というのも怪しまれるし)

ふっ、と博多駅で会った刑事を思い浮かべる。

(何ていったっけ?ああ、そうだ、吉永さんだ。あのヒトだったら、分からないよなあ)

先日、博多駅で起きた『爆弾』騒ぎのことを思い起こす。

全国4か所同時に起きた『爆弾』事件は世間の耳目を大いに集めていた。

もちろん、博多駅にも警察はもとより報道陣も大勢押し寄せていた。

そんな彼らが目にしたのは、少しばかり異様な光景だった。

「何かね、あれ」

「パフォーマンス?」

「あほぬかせ、ダイナマイト、体に巻き付けたパフォーマンスがあるものかっ!!

新幹線改札口の前に奇妙な風体の七人の男達がいた。

彼らは皆、帽子、サングラス、マスク、手袋で身体の特徴を隠し、服も黒の上下で統一、体には前述のとおりダイナマイトを巻き付け、各々が1枚ずつ違う、記号のようなモノが描かれたスケッチブックを持っていた。

彼らがそこへ並ぶのとほとんど同時になされた犯行声明はこうだ。

『我々、シリウスの御使いは、この国のリセットを望む。まずは交通網を遮断し、それぞれの地方産物はそれぞれの地方で全て消費すること。人材もしかり。次は空を狙う。

二時間後に爆破させる。

だが、我々とて人死は望まない。

避難させるなら今のうちだ。

それともうひとつ、これだけでは不公平だろうからヒントをやろう。

我々の中にいるリーダーを見つけられたら、今回だけは見逃してやるとしよう。

三回、チャンスをやろう。

だだし、間違える度に爆破予定時間を30分繰り上げるものとする』

記号は、太陽、月、火、水、木、金、土を表すものだった。

そして、馬鹿にしたように彼らはパフォーマンスを始めた。

刑事さん達は戸惑っていたようだが、先の記号が『天体』を示すものだと気づけば結論は早かった。

(これ、『日食』と『月食』だよ)

吉永刑事にそう伝えると、『よっしゃ、やったるわ!』と意気込んだのはいいけど、なぜか『太陽』の人に話しかけてしまった。

(ちょっ、それ違っ、)

ひと足遅く、30分のペナルティ。

「……吉永刑事。シリウスはギリシャ神話ですよ。つまり、この場合の『リーダー』は、全能神ゼウスを表す『ジュピター』――木星です」

私がそう告げると、『木』を持っていた男が逃走を始めた。

(え?犯行声明は?)

あっけに取られたのが悪かったのかもしれない。

それとも屈強な刑事さん達の間で小柄な、どうにでもできそうな風に見えたのだろう。

こちらへ一直線に向かって来たので合気道で一気に沈めてやった。

「確保――!!」

男が何が喚いているが、うーん、小物感。

 

その後の取り調べで、シリウスの御使いなどというグループは存在せず、ただ、チャットで知り合った仲間て盛り上がって、『同時にやったら面白いじゃん』という、ただそれだけのためにこんな人騒がせな事件を起こしたらしい。

(人間、クサってる)

ダイナマイトは偽物だった。

何か違和感を感じていたからそうじゃないかと思ってたんだけど、さすがに危険物を持った相手を投げるのは考えが足りないとかお小言を食らってしまった。

(大丈夫だと思ったんだけど。ダイナマイトって割には彼らの所作に余裕があったから)

普通、そんなものを体に巻いていたら、もっとぴりぴりした雰囲気になるだろうし、もしうっかり爆発させてしまったら、という焦燥感とかも感じられないのは不自然だった。

これがひとりやふたりならまだいいが、七人が七人とも、大分時間が経過しても、余裕がある、というのはどう考えてもおかしい。

さすがにそこまで話してしまったら、今度はお小言どころでは済まなくなるので黙っておいたが。

 

 

(――愛理)

高卒で就職した友人は、すぐに県外へ行ってしまったけれど、

『見て見て!このメイド服、かわいいでしょう!』

と、すぐに写メを送ってくれた。

始めは、住み込みの仕事なんて内気なあの子に勤まるのかと思っていたけれど、周りの人達とも良好な関係を築いているようで、安心していたのに。

『変な喋り方の高校生探偵に疑われているの!助けて!七槻!』

その言葉が最期だった。

彼女が仕えていたお嬢様は半年前に自殺していた。

それが『自殺』に間違いないことは私も確認していたのに、

(警察の取り調べ!?『密室殺人』を暴いた高校生探偵ですって!?)

四国の通称『ラベンダー屋敷』と呼ばれるそこへ駆けつけ、状況を確認すると以前にはなかった『細工』が見つかった。

『窓枠』があたかもネジできっちり留められているかのように見せかけた仕掛けが。

(嘘だ。私が前に調べた時にはこんなモノはなかった)

話を聞くと、すでに自殺で済んでいたこの一件を、ふらりと現れた高校生探偵が『密室殺人だ』と騒ぎ立てたという。

普通なら警察がこんな一介の高校生の言葉を真に受けるはずがなかった。

が、困ったことに彼には実績とコネがあったようで、あれよあれよという間に、たまたまお嬢様の近くにいた愛理に殺人容疑が掛けられ――

 

(何で、自殺なんてしたの)

その前にもう少し相談してくれたら。

(どうして、私を待てなかったの)

幾つもの想いが捩れて絡まり、やがてどす黒い塊になった。

それは決して探偵を名乗る者が持つべきものではなかったが、もう、止められなかった。

気がついたら、貯金を全て下ろし、離れ小島のコテージを借り入れ、愛理を苦しめた『高校生探偵』を誘き寄せるエサ、『探偵甲子園』の筋書きを描いていた。

(後は、東、西、北の『高校生探偵』達に招待状を出して……他にも、まだいたわね)

もしかしたら愛理を助けることができたかもしれない人。

当時、屋敷にいた執事。

彼はお嬢様が情緒不安定で何度も自殺未遂を起こしていたことを知っていたはずだ。

(どうして、愛理を助けてくれなかった!?)

彼がそのことを証言すれば、愛理は助かったかもしれない。

そして、もうひとり。

私が調査を終えて帰った後に、清掃業者を装ってやって来た男。

この男がよりにもよって、お嬢様が自殺した部屋の窓におかしな細工をしたことで話がややこしくなってしまった。

後で調べたらこの男には何件か窃盗の前科があり、その経緯から、きっと後日、この屋敷へ盗みに入ろうと目論んでいたに違いない。

 

『変な喋り方をする高校生探偵』

『お嬢様の自殺未遂を隠していた執事』

『窓に細工をした窃盗男』

 

(許さない!絶対に!)

 

だが、私がこれらのことを公表したとして、彼らはそう大した罪には問われないだろう。

高校生探偵は、間違った推理、ということで多少、プライドが傷つくだろうが、おそらく叱責程度で終わるだろうし、残りのふたりもそうだ。

 

(どうして!?愛理はあなた達のせいで命を落としたのにっ!!)

 

それならば、彼らにもそれなりの責任を取ってもらわねば。

 

(目には目を、……命には命で!!)

 

 

 

(こんなとこかな)

食事の支度が整ったところで、先ほどテーブルに放った郵便物が目に留まった。

(ーーん?)

ひときわ目立つ白い上質紙の封筒。

(何だろう?誰か結婚でもしたのかな)

のんびりした気分は差出人を見た瞬間、吹き飛んだ。

「日売TV『女子高校生探偵選手権』制作委員会!?

慌てて封を切り、中に目を通す。

 

 

『日々、ご清栄のことと存じ上げます。

 

さて、この度、日売TVでは『女子高校生探偵選手権』なるものを開催させていただきたく、南の代表には貴女が選ばれましたことをご報告させていただきます。

 

つきましては、別紙の要綱をご確認の上、ぜひともご参加いただきましよう、お願い申し上げます』

 

 

 

(どういうこと!?)

そもそも私は『高校生』ではない。

しかし、読み進めるにつれ、鳥肌がたった。

『女子高校生探偵選手権』――それは名前こそ違えど、件(くだん)の『おかしな喋り方の高校生探偵』を誘き寄せるために、私が画策していた内容と非常によく似ていたからだ。

(私の計画は、離れ小島を舞台にしてラベンダー屋敷の密室トリック(笑わせてくれる)を問題に出してあぶり出す、というものだけど)

まさかそこまでは、と別紙を開いて絶句。

「……なに、これ」

待ち合わせ場所はとある埠頭。

そして問題の舞台は――

「とある小島のコテージ、ってどういうことよっ!?

その時、封筒にまだ何か入っていることに気づいた。

何気なく取り出した『それ』が視界に入った瞬間、私は笑い出してしまった。

「はは、……なによ、これ」

中に入っていたのは――ラベンダーの押し花。

「あはははは!!面白いじゃない!!一体どこの誰がこの私の、愛理への想いを邪魔しようとしているのか!!見に行ってやろうじゃないのっ!!

 

 

『南の女子高校生探偵』越水七槻として。

 

 

 

 

数日後――

 

 

(ここか)

待ち合わせの埠頭に着いた私は辺りを見回していた。

一旦、この大きな客船の前で待ち合わせ、という流れも私自身が立てた計画と酷似していてイヤになる。

(一体、どこの誰よ)

「すみません、『女子高校生探偵選手権』って、あっ」

おどおどした声に振り返ると、ボブカットに黒髪の、カチューシャをした可愛らしい、十代くらいの少女がいた。

(高校生か、ということは――)

この感じだとまた男性に間違われたな、と思う。

背が高いのもあるが、普段からボーイッシュな格好が多いのでこういった反応は慣れていた。

「うん。ここであってるよ。ぼく、一応女子だから」

と、サングラスとヘッドホンを外して笑みを浮かべると、彼女はハッとしたように、

「ごめんなさい。とってもカッコよく……あ、その」

わたわたしている様子は何かの小動物を連想させた。

(こういう子もいるんだよな。神様、どうして私もこんな風に……いっても無駄か)

いもしない神様(もしいたら、あんなコトは起きなかっただろう)に愚痴っていると、彼女が、ん?とこちらを伺った。

「何かな?」

「あ、……もしかして、ピアスですか?」

後半は物凄い小声で言われた。

(いけない。ヘッドホン、直すの忘れてた)

自分がかつて通っていた高校は、規則が厳しく、もちろんピアスも禁止だった。

そこを突っ込まれては敵わないので、大きめのヘッドホンで隠していたのに。

(しくったなあ)

思わず半目になりかけると、

「あの、ちょっといいですか」

「何かな」

すると彼女は内緒話をするようにこちらへ顔を近付けて、

「あの、ピアスの穴って、洋服に付いてるタグの、プラスチックの紐みたいなとこ切ったの、使えば、服装検査のとき、凌げるって聞いたんですけど」

その話って本当ですか?

「はあ!?

(なに、それ)

と返そうとして彼女の顔を見ると、本気で言っているようだ。

「く、あははっ!!きみ、面白いね!!」

(何だろう、頭、なでなでしたい気分だ)

「ふぇっ!?」

「ぼくは越水七槻。よろしくね」

「あたしは……住吉(すみよし)園子です。よろしくお願いします。越水さん」

(ん?今の間は何だ?ま、いいか)

「七槻でいいよ。園子ちゃん」

「え、いえ、その」

(あれ、何、この反応。あんまり人慣れしてないっぽい?女子高なのかな?)

「やっぱり初対面ですし」

「七槻でいいってば」

「あの」

「七槻」

「……七槻さん」

(へえ、これだけで真っ赤って、どこのお嬢様?)

まあ、イヤではないかな、と思っていると、

「やあ、キミ達も名探偵?」

(ん?何か変わったのが来たな)

ショートの黒髪の人物は、パッと見、同じ年頃の少年にしか見えないが、観察すれば分かる。

「こんにちは。その質問にはそうだよ、と答えておくよ。よろしくね。『ライバル』さん」

この歩き方と骨格からして、『彼女』だろう。

「言うねぇ。ボクは瀬野真純。東の代表で選ばれたんだ」

「ぼくは越水七槻。南の代表だよ」

と、そこでふたり分の視線を集めた園子ちゃんが慌てて頭を下げた。

「あたしは北の代表っ、すみません、で来ました。住吉園子です!よろしくお願いします!

「よろしく、七槻君、園子君。ボクのことは真純でいいよ」

「それじゃあよろしく。真純ちゃん」

「へ?『ちゃん』なの?

こちらから見れば充分『ちゃん』なんだけどなあ。

「そうだよね。園子ちゃん」

わざとらしく同意を求めると、園子ちゃんは難しい顔をしていた。

「園子ちゃん?」

「あ、よろしくお願いします。瀬野さ、」

「真純」

なぜか些か食いぎみに真澄ちゃんが、園子ちゃんに詰め寄った。

「えっ!?えと、あの……」

「だから真純でいいってばッ」

「え、」

「言ってごらん、ま・す・み!」

「うっ、……ま、」

「んん?」

(楽しそうだな、真純ちゃん。それに私のときより悩んでる?園子ちゃん?)

呆気に取られて見ていると、園子ちゃんが泣きついてきた。

「ううっ、七槻さん~~」

「あ、こら!何で七槻君だけ!」

(うーん、女子高のノリだなあ)

後ろに隠れた園子ちゃんを庇うように前へ出る。

「まあまあ。園子ちゃんにはいきなり名前呼びは、ハードル高いみたいだよ」

「じゃあ何で七槻君は違うのさっ!」

(あ、やぶヘビ)

「だいたい園子君もひどいよっ!ボクがど……」

そこまで言って急に咳込んだ。風邪?

「大丈夫?」

「ああ。ボクも真純って呼んでね」

じゃないと承知しないぞ。

(なんで、涙目?)

これがほんとに男と女なら、一目惚れか、と思うところだけど。

いつまでもこちらを睨み付けられていても困るので、

「園子ちゃん、ほら」

できる限り、やさしい声音で促すと、

「うっ、……真純、さん」

下から見上げるように(天然か?)言う姿は小動物を連想させた。

「やったあっ!!」

「ひゃあっ!」

余程嬉しかったのか、園子ちゃんをしっかと抱き締めた。

(うん、女子高だな)

内心頷いていると、埠頭の向こうに人影が見えた。

(ん?いよいよ4番目の名探偵かな)

「え?」

「どしたのさ?」

思わず声が出ていたらしい。

「いや、あれね。どう見ても――」

そう言って向こうを顔で示すと、ふたりもそちらを見て、あれ、という表情になった。

向こうから歩いて来たのは、ブレザーの制服を身に付けた、どうみても男性だったのだから。

「今日、女子高校生だけだよね」

「そう聞いてますけど」

「ボクも」

上背もあるし、骨格や歩き方を見なくとも、充分男性と分かる。

(白っぽい金髪に、眼鏡だからこの距離だと分かり辛いけれど多分、色彩は薄そうだな。そして焼けた肌)

ハーフかクォーターの恩恵か、随分と整った顔立ちをしているようだ。

「この辺りで他の撮影でもあったかな?」

「さあ」

3人で訝しんでいると、話題の人物が目の前に来た。

「こんにちは。日売TVの『女子高校生探偵選手権』の待ち合わせ場所はこちらでよろしいでしょうか?

(ほお。イケメンさんは声もイケメ……じゃなくて、このヒト、今なんて言った?)

「「はぁっ!?」」

「あの、確かにそうですけど」

園子ちゃんはそこまで言ってまた私の後ろに隠れてしまった。

皆の不審そうな視線をまともに集めたイケメンさんは、慌てたように首を振った。

「いえいえ、違いますよ。僕は西の代表の西園沙織さんの助手をしております。安藤透といいます」

そう言って頭を下げた仕草も実に様になっている。

(なんとなく、お嬢様と執事を連想させるな)

「それで肝心のお嬢様はどこさ?」

真純ちゃんが辺りを見回すと、園子ちゃんもそっと顔を覗かせた。

すると安藤さんは申し訳なさそうに、

「それがですね。沙織お嬢様は、急に事件のご依頼がありまして」

来られなくなりました。

「「ええ~~っ!!」」

安藤さんがそう続けるや否やふたりが叫んだ。

(気持ちは分かるけど、驚きすぎじゃないかな)

 

 

 

その後来た日売TVの奥村さんに案内されて島へ向かうことになった。

西の代表が来られなくなり、どうするのかなと思っていたら安藤くんが衛星電話で本人に連絡を取り、それで凌ぐことになったようだ。

「そんなんでいいのかなあ」

真純ちゃんがぼやくと、

「すみません」

安藤くんが頭を下げた。

「あ、いやいや。そういうイミじゃなくてさ」

(しょうがないな)

「いいんじゃない?安藤さんならテレビ受けしそうだしね、園子ちゃん」

そう言いながら隣を見ると、園子ちゃんは何だか、ぼんやりとした表情をしていた。

「園子ちゃん?」

「はいっ!?あ、すみません。何ですか」

「ん、安藤くんはイケメンさんだね、って話してたんだ」

「は?ああ、そうですね」

(ん?何、この反応?まさか、男の子にキョーミないとか?)

訝しんでいると、真純ちゃんが安藤くんに話しかけているのが聞こえた。

「ね、その『お嬢様』ってどんな人なのさ?」

「そうですねぇ。普段はおっとりしているのですが、ひとたびコトを決めると一直線、といいますか」

よく、周りを巻き込むので少々、困るときもありますねぇ。

(ふうん)

聞こえてくる言葉に頷いていると、

「園子ちゃん、どうしたの?具合でも悪い?

「いえ、大丈夫です」

(船酔いかな。やっぱり小型船舶は揺れるから)

 

 

「まだ時間もあることだし、どうかな?ここはお互い解決済みの事件の話をするというのは?」

先ほどから引っ掛かっていたことがある。

(彼らは本当に探偵なのか?)

あまり名を聞いたこともないし、『探偵』にはある程度身を守る術も必要になる。

(なーんか、誰も探偵っぽくないんだよね)

特に園子ちゃん。

彼女からは全く事件の匂いがしない。

(今回の黒幕は何を考えてるんだ?)

こんな素人を入れたら、バレバレじゃないか。

「ああ、もちろんオフレコでね。ここで聞いた話は絶対に漏らさないことが条件だよ」

どうかな、と言ってみるとしばらくの沈黙のあと、

「そうですね、あまり血生臭いモノでなければよしとしましょうか」

「安藤くん、何かそれ、保護者っぽいね」

すると安藤くんは眼鏡を直しながら(ダテ眼鏡かな?ああ、その青い眼を隠すためか)、しれっと答えた。

「お嬢様のお相手をしていると、そんな気分になることがよくあります」

「へえ、そのお嬢様って結構じゃじゃ馬?」

「じゃじゃ馬というか、手のかかるといいますか」

(真純ちゃんと安藤くん、話が弾むなあ)

こういうのをウマが合う、って言うんだろうな、と隣を見ると、何だか園子ちゃんの顔色が悪い。

「園子ちゃん、大丈夫?」

甲板に出てようか、と誘うと、

「大丈夫です。それより、その話、あたしから始めてもいいですか?」

「いいけど」

「園子君、一番でいいの?」

園子ちゃんがこくん、と頷くのを確認して安藤くんが、

「それでは、住吉さんが一番ということでいいですか?

残りの皆が頷き、園子ちゃんが話し出す。

 

「これは、ある女子高で起きた事件で――」

(やっぱり女子高なんだ)

殺害の動機は復讐。犯人は自殺。

重めの事件(事件にそういうのはないけど)だったせいか、場の空気まで重く……ん?

(安藤くん?なんですかね、その厳しい表情。まるで刑事さんみたいですよ)

思わず突っ込みたくなるほど、その身に纏う雰囲気が変わっていた。

彼の視線の先には、俯き加減の園子ちゃん。

(なあるほど)

意図するところが分かり、妙にすっきりした気分になる。

(彼はボディーガードか)

おそらく欠席したという、西の女子高生探偵はダミーでこちらが本物。

あの厳しい表情は、きっと彼女が一番深く関わった事件を話してしまっただからだろう。

(ということは自殺したのは、彼女の親友……ん?)

頭の中でピースが集まって行く。

(自殺した親友。動機は復讐。これは私への警告か!!)

園子ちゃんの顔色は相変わらず、悪い。

(身を切ってこちらを止めに来たか)

 

 

「もうすぐ着きますよ!」

甲板からの声に場はお開きとなった。

早速、上へあがり、景色を見ると島はだいぶ近いところにあった。

「あれかあ」

「やっと着いた」

めいめいに喋りだす皆を余所に、私は今回の黒幕(残念だよ、園子ちゃん)の背に声を出さずに告げた。

 

 

(もう遅い。これ位では私は止められないよ)

 

 

 

 




ご報告――『執行人』ゲット~~\(^o^)/
良かった~~!!こっそり買いに行ったから、目立たな……一番、ですか。そうですか(スルー希望(o;д;)o



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ラベンダーの追憶《前奏曲》

遅くなりました。ごめんなさいm(__)m
そろそろ『オリ設定』タグも入れた方がいいと思い、入れておきましたm(__)m

※誤字報告、ありがとうございますm(__)m
修正しましたm(__)m


「だからねえ、聞いてる?園子姉ちゃん?」

 

――翌朝。

東都駅の爆弾騒ぎの余波で、交通網がマヒした結果、ようやくこの仙台の病院まで駆けつけてくれたコナンくん達にお説教されている最中だったりする。

ちなみに東都駅の爆弾男は囮で、あちこちに仕掛けられた爆弾を探すのに走り回っていたらしい。

(ゴクロウサマデス)

こっちはこっちで解体作業に追われていたから、何とも言えないけど。

「ねぇ、園子、無事だったから良かったけど、どうしてもう少し詳しく教えてくれなかったの?」

(ううっ、蘭のまっすぐな瞳が身に沁みて、イタイ)

後ろ暗いところが十分ある身としては、答えにくい問いかけだった。

「そうだぞ。幾らこっちも忙しかったとしてもだな、水くさいじゃないか」

まだガキなんだから、少しは大人を頼れ。

毛利探偵にまでそう言われては、ぐうの音も出ない。

「……ごめんね、蘭」

コナンくんや毛利探偵にも頭を下げておく。

「ちょっとパニックになったのもあるけど、何でもひとりでやろうとしてすみませんでした」

「わかりゃあ、いいんだよ」

「園子~~」

「え、ちょっ、蘭!?」

(何でまたハグッ!?ちょっ、苦しっ)

コナンくんに目で助けを求めると『あーあ』とそっぽを向かれてしまった。ナゼッ!?)

 

 

「で、いつ帰るんだ?」

「あ、事情聴取は終わってまして、午後には退院できるそうです」

「よかった」

「何だ?随分早いな」

(ですよね。あんな事件だもの。もう少しかかるとあたしも思いました)

どうやらその辺りは『公安のお兄さん』が何かやらかしてくれたらしい。

(コワいから聞かないけどね)

「そうですね」

「園子姉ちゃん、目が半目になってない?」

「キノセイダヨ、コナンクン」

「……棒読みだし」

「園子?」

「ううん、何でもない」

「やれやれ。急いで来てみりゃ、元気そうだな。どっかで仙台名物の牛タンでも食って行くか」

「もう、お父さんってば」

(あ、何か懐かしいやり取り)

『鈴木家』とは大違い。

ふっと昨晩のやり取りを思い返してしまう。

あたしは見舞いに来た両親に、以前から思っていたことを切り出した。

あたしは跡取りにはならないこと。

だけど、『サポート役』として残るので、『教育』は施して欲しいこと。

加えて、姉の子――『跡取り』がある程度育つまで、あたし自身は結婚しないこと。

少し落ち着いてから、と思っていたけれど、今を逃したら、言えない気がして切り出したのだけれど、

「園子!!何を言っているのっ!!」

活火山の噴火が大人しく思えるくらいの大音量で怒られてしまった。

が、もちろん、ここで引く気はない。

「何って。自分なりに考えました。大体、跡取りになるのだって本当なら、もっと小さいうちから学ばないとだめでしょう?」

今から詰め込むにしても限度があるし。

自分は跡取りよりもサポート役に向いている等々、言っておいたが、やはりこのタイミングは不味かったらしく、結論は保留、とされてしまった。

(やっぱり、無理かあ)

そう思っていたのだが、帰り際、

「それにしても、あなたがしっかり意見を言うようになるなんて。一体誰の影響かしら」

と何だか意味ありげな視線をいただいてしまったのだけれど、

(それ、全然違うからっ!一から十まで自分の意思だしっ!!)

そう返したけど、どこまで通じたか。

 

「園子?」

「あ、うん、何?蘭?」

「だから、帰りどうするかな、って。ちょうどお父さんの車に皆、乗れるからどうせなら一緒に――」

まるでそのタイミングを計ったかのようにノックの音。

「とうぞ」

「失礼。これは毛利先生。蘭さん。コナンくんも」

「おまっ、何でここに!?」

「え、安室さん!?」

「どうしたの?安室さん?」

三者三様の驚きに、

「たまたま、昨日の事件に居合わせただけですよ」

ね、園子さん。

と、ここぞとばかりに営業スマイル。

(ちょっと待って!!その言い方だと、一緒にいたみたいじゃないの!?)

「……園子?」

「ちょ、待って!!違うの、蘭!!これには訳がっ!!)

慌ててコナンくん、蘭、安室さんの順に電話したことを話すと、一応納得したような顔をしたもの、

「でも、なんで安室さん?」

コナンくんは新一に繋いで貰えるし、私は、うん、親友だものね。

(蘭さん、心の声、だだ漏れですよ)

「いやその、安室さん探偵さんだしね!コナンくん!」

(ここで『公安』のコの字でも出したら、あたしがコロ…うん、その先は考えちゃいけない)

とコナンくんを見れば、あっ、視線逸らしたっ!!

「何で、コナンくん?」

「えっと、その」

「ん?にしてもおかしくないか?幾ら仙台が近いとはいえ、高速で行ったら――」

「ああ。違いますよ、毛利先生。その時は僕は急な仕事で白石にいたので」

すぐに駆けつけることができて助かりました。

(うわあ。まっ黒く○助のオーラ全開の笑みだ)

とあたしは思ったけれど、そう感じたのはあたしだけだったようで、

「ったく。やってらんねーぜ。ほれ、帰るぞ」

「ちょっ、待って、お父さん。じゃあね、園子」

「え、ちょっと、蘭!?」

慌てるあたしに口パクで『後で教えてね』とメッセージを送ってきた。

(だから、違うんだって)

「それじゃあ、園子姉ちゃん、またね」

「ちょっ、コナンくん」

あっという間に孤立無援となったあたしに向けられるキラースマイル。

「さて。邪魔者もいなくなったことですし」

思わず悲鳴を上げそうになったあたしを見て、

「何も別に取って食おうという訳じゃない」

呆れたような眼差し、って、あれ、もう『公安のお兄さん』ですか。

「きみの身柄は公安が預かることになった」

「え」

「とはいっても、普段通りにしていればいい、後はこちらでする」

それに、と言葉を切って、

「まだ、聞きたいこともある」

(こ、こわい)

昨日、越水さんの名を聞いたあたしは興奮していろいろやってしまったのだった。

すぐに電話を探して、笠井にどんな手を使ってもいいから、『越水七槻』の現状を探るよう指示を出した。

(すでに『実行直前』とかだったら、どうしよう)

間に合うのか、とそればかり考えていたので、その傍らでしっかりと観察していた『公安のお兄さん』の存在をすっかり忘れていたのだった。

(あたしのバカ~~)

 

 

行きは新幹線でしたが、帰りは高速です。

迎えに来た笠井(ウチの両親?とっくに帰ったよ)をどう言いくるめたか知らないけれど、またまた安室さんの車の中です。

(確か、ここってホントは、ベルモット姐さんの指定席なんだよね)

うっかり痕跡残さないようにしなくちゃ。

姐さん、蘭とコナンくんにはとーっても優しいけど、その他大勢には――

(ふ、ふふ。それ以上、考えちゃいけない)

乾いた笑いしか出ないや。

あの後、普通の高校生があんな事件に巻き込まれたにしては冷静すぎる(!)と、あやうく向こう側の人間だと思われるところだったと聞いて、

「そんな訳ないじゃないですか!」

思わずそう反論したら、

「まあ、そうだろうな。万が一、そういった企みを持っていたのなら、ひとりで仙台まで来ないだろう、と言っておいた」

(ぐっ、視線がイタイ。蘭とは全く別のベクトルで)

その時は時間もなかったせいでお開きになってしまったけれど、あたしは油断しなかった。

(これ、絶対、後で問い詰めるパターンだ)

 

新幹線の方が速かったし、景色も良かったのだけれど、トンネルが多くてあまり見られなかった。

こっちなら少しは見られるかな。

(――トンネル?)

何故か怖気が立った。

(どうして、)

あたしの様子に気づいたのか、それまで無言だった安室さんが問いかけてきた。

「どうした?」

「いえ、何でも、――あ」

ちょうどタイミングを計ったかのように目の前にトンネルが現れた。

それは、ごく短いものでトンネルにしては明るい部類だったのだけれど。

(落ち、る)

目の前が真っ暗になった。

隣で安室さんが舌打ちするのが聞こえた。

――落ちる土砂。間に合わ、な、

あたしは、いつの間にか、頭を下げて片手を顔にあてていたらしい。

ぐん、と車がスピードを上げる。

――さん。

「……園子さん!!」

(え?)

何とか顔を上げると、視界は明るく、トンネルはとっくに過ぎていた。

「次のSAで休みましょう」

その時、あたしは余程ひどい顔色をしていたのだと思う。

「すみません」

「謝る必要はありません」

(あれ、怒ってる?)

SAに着くと安室さんは飲み物を買いに行ってしまった。

(こういうのが、面倒見がいい、っていうのかな)

のんびり構えていると、スマホに着信。

(ん?メール?)

見ると、早速、『越水七槻』さんに関する最近の動向が記載されていた。

(早っ!)

さすが鈴木家の情報網は侮れない、と思っていると見過ごせない事柄を発見。

(え、離れ小島のコテージを借りた、って、ちょっ、ヤバくない!?)

彼女が自殺した親友の復讐をするために用意した舞台もそこだったハズ。

(迷っている時間はない)

あたしはすぐにスマホを操作した。

「笠井?悪いけれどすぐにやって欲しいことがあるの」

似たような小島を用意し、こちらも彼女が立てた計画と似たような設定を作り、彼女を誘き寄せる。

(その後は出たとこ勝負だけれど、仕方がない)

大まかに指示をだしたけれど、

(んー、何か笠井の反応があまり良くないんだけど、やっぱり勝手、やりすぎちゃったかなあ)

「帰ったらちゃんと説明しないと」

「確かに、説明はきちんとして欲しいですね」

「え、……あ、ムロさん、いつから」

「そうですね。『越水さんより先に舞台を準備しなければ』と言っていた辺りからですかね」

もちろん、全部説明してくれますよね。

にっこりと笑いながら言われたあたしは、頷きかけて固まってしまった。

(ちょっ、これってどうやって説明するの!?大体『転生者』なんて、どこの○二病よ!?そして、ここは『コナン』の世界なんです。『越水さん』がこれから起こす事件は、あたしがいた世界では単行本に収録されてます、って)

信じて貰えない未来しか見えない。

硬直したあたしの前で、安室さんはじつにいい笑みをしていた。

(こんなの無理。話しても信じて貰えないし、話さなければ話さないで――)

血の気がどんどんなくなっていくあたしをどう見たのか、安室さんの笑みが引いて行くのが見えた。

(見放された!?)

「まったく。何で顔をしてるんだ。話せないならそれでいいよ」

今は、ね。

付け加えられたその言葉には少し寂しげなモノが含まれているようで、あたしは、

「……荒唐無稽すぎて信じて貰えませんよ」

あたしの言葉を聞いた安室さんは一瞬、不思議なモノを見るような眼であたしを見た。

(何?)

けれどそれはすぐに消えてしまった。

(気のせい?)

「それでは、訳は聞かないから、これから何をしようとしているのかだけは教えなさい」

 

 

「ふうん、そ・れ・で。もちろんボクも混ぜて貰えるんだよね」

鈴木邸です。

園子の部屋です。

(自室なのに肩身が狭い、ってナゼ!?)

「まあまあ。今回は説明してくれるみたいなので、よしとしませんか?」

黒い笑みを浮かべる世良さんを宥める安室さんの言葉も、少しも免罪符に聞こえない。

「……その節はすみませんでした」

もう何度目かになるか分からない台詞を繰り返していたあたしに、世良さんが近づいた。

「もう!ホンっとに分かってるっ!?すんごい心配したんだからね!!それなのに最初っから連絡もないって!!」

(掴まれた肩、メッチャ痛いけどここは我慢)

「えと、その」

すると世良さんはふう、と息を吐いてあたしを見た。

「もう、いいよ。どうせボクなんて」

「えと、あの」

「安室さんはいいよな。ちゃんと電話貰って探偵のコネでこっそり捜査本部に入れて貰ったんだろ?」

(探偵、っていうか、『公安』さんだものね)

「だから、ごめんなさい、って」

さんざん宥めて何とか機嫌を直してもらったけれど、その後が大変だった。

「ふうん、大体の流れは分かったけどさ、これって」

蘭君に話さなくていいの?

「それは……」

(ううっ、ホントは一番に話さないといけないんだけどね。仙台の件も結局のけ者にしたようなものだし)

「だって」

「「だって?」」

「蘭に話すとコナンくんが付いて来るじゃない」

「「は?」」

何を今さら、という顔をしている安室さんと世良さんに、

「コナンくんってスタンドプレー、多いじゃない?今回行くのは『島』なんだよ」

うっかり海とか落ちたら危ないじゃない。

「それって今さらじゃないか」

「いや、だから今回は行動が読めな……」

「どうゆう意味さ?まるで他の事件ならコナンくんがどう動くか、分かるみたいだね?」

(あわわわわっ!!)

「そのっ、コナンくん何だかんだいっても子供だし!!うっかり蘭に話して、付いて来られても!!」

今回の計画ではコナンくんに出来そうな役ないし。

そう続けると、

「まあ、そりゃあコナンくんに当てはまるのはちょっと」

「確かに」

(ふう、何とか収まった)

「それで北の代表はあたしが演るから、東は世良さん、お願いできるかな?」

「OK。じゃあ安室さんは?スタッフとか?」

「それも考えたんだけどね。ーー楓」

あたしが声を掛けると、ひとりの少女が上から降りてきた。

「ええっ!!」

「これは……」

降りて、というよりも昔の忍者さながらに天井から滑らかに着地したので、二人が驚くのも無理はないと思う。

「この子は楓。ウチの昔からの、まあ、ボディーガードみたいなものね。先月からあたし付きになったの」

一見すると十四、五歳の大人しげな、どこにでもいる女の子にしか見えない。

(これで護身術どころか、いわゆる暗器の扱いにも長けてる、何て言っても信じられないだろうな)

あたしはあまり彼(か)の一族には関わりもなかった(直系にしては扱い、ひどくない?)のだけれど、先日この楓が一族の者として一人前となる試験、を受けるに当たっての『護衛対象』にあたしが選ばれたのだ。

その時は、ふうん、って聞き流していたのだけど、彼らからのあたしに対する評価がね、何かひどかったからつい、楓の試験日をあたしが仙台に行く日に当てちゃったんだ。

(あたしをなめるとイタイ目に遭うわよ)

うん、その時はあんなことになるなんて思ってなかったからね。

(あたしは悪くないです)

でもって、わざと最初に飛行機のチケットを予約して、黙って新幹線で移動。

まあ、これ位は想像の範囲内だと思ったからね、気分転換も兼ねて『快速』に乗り換え。

改札は当然、新幹線と鈍行では全く別の場所で。

この時点であたしを見失ったらしい(って早!)。

その後、例の爆弾騒ぎで楓は不合格どころか、追放まで覚悟したらしい。

後でそれを聞いて何か悪いことしたなー、と思ったけど。

謝罪しに行こうとしたら笠井に止められた。

『鈴木家』を護る者たるもの、これ位はできなくてはならないし、目上の者(つまりあたしね)から謝ってはならないんだって。

ちなみにこういった『試験』で次郎吉おじさまが警護対象だったとき、何と次郎吉おじさまってば、文字通り、日本全国津々浦々、連れ回したのだそうだ。

(何してるのよ、おじさま)

 

「楓です。よろしくお願いします」

「よろしく楓君。ボクは世良真純。真純って呼んでって楓君、名字は?」

「あ、世良さん、ウチでは省くのが通常だったから。楓の名字は高崎です」

(って『高崎』一族だからね、『高崎さん』なんて呼んだ日には誰が誰だか)

あたしがそう説明すると、世良さんはやや引き気味になりながらも納得してくれた。

「そうなんだ」

「安室透です。よろしく、楓さん」

とお互い挨拶が終わったところで、

「それで、この楓を西の代表にするので」

と、そこで安室さんの方を向いて、

「西の女子高校生探偵『西園沙織』の助手、ということでいいですか?」

「は?」

(珍しい、安室さんがぽかん、としている)

「これ以上は無理です。だってスタッフにするとしても、安室さん、目立つんですから」

これでもだいぶ譲歩した方だ。

ダメなら帰って貰おうと思っていると、

「いいですよ。まあ、女子高校生だから女装、なんて言われるよりも百倍はマシですからね」

「は?」

今度はこちらが目が○ン。

「安室さん?何言ってるんですか?大体、男性と女性では骨格が違うんですから、幾ら何でも無理ですよ」

思わず素で答えてしまった。

「そうだなあ。よく漫画とかだと、イケメンが女装して、とかあるけど」

「実際には有り得ません。どうしても、っていうなら、服そのものを仕立て直してきちんと合わせる位はしないと」

「あれ、園子君、詳しいね」

「違っ!!前に何かの本で読んで!!」

「ふうん」

「違うからっ!!」

何がどう違うんだ、という不毛なやり取りの後、

「それで、名前とかはこのままでいいのかな?」

しごく真っ当な世良さんの疑問が出てきた。

(やっと話、戻ったよ)

「あ、それ、あたしはアウトなんで、偽名とーー髪、黒く染めようと思ってる」

『鈴木園子』で検索かけたら、しっかり顔写真付きで出て来ちゃったんだよねぇ。

(さすがにこれはマズいわ)

そう言うと、

「じゃあ、ボクも偽名にしようかな。園子君は何て名前にするのさ?」

「それがまだ思い付かなくて」

するとそれまで黙っていた安室さんが、

「それでしたら、名字はお互い最初の一文字は残したものにして、下の名前は敢えてそのまま、というのはどうですか?」

付け焼き刃の名前では、とっさの場合、名字の一番上の文字が出てしまうことがあるのと、下の名前まで変えてしまうとやり取りがしづらくなる、という理由だった。

「いいね、それ。じゃあボクはーー瀬野真純で。園子君は?」

「それじゃあ、『鈴木』から、す、……住吉(すみよし)園子で」

「難しいとこ行くね。安室さんは?」

「僕は安藤透、とでもしておきましょうか」

「あれ?あっさり。何か、慣れてる?」

「探偵ですから」

安室さんがじつにいい笑顔で答えてくれた。

(その笑みが、こわい)

「何か言ったかな?」

「何でもないですっ!!それで後はーー」

幾つか細かいところを打ち合わせて、解散となったけれど、

 

(安室さんも世良さんもカンが鋭くて、落ち着かないよ~~)

 

 

 

 




読了、ありがとうございます( 〃▽〃)
……進んでない(-_-;)
なぜだろう。ここは早く書き終わるとこだったハズ(フラグやってた!?いつの間にっ!?……おそろしい子!)

次はもう少しはやめに……いかん、書くとフラグになるヽ(; ゚д゚)ノ ビクッ



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ラベンダーの追憶 (前編)

すみませんm(__)m前編ですm(__)m
それから、話の都合上、原作トリックや犯人のネタバレ等ありますが、大丈夫です、よね?(^_^;)




――当日。

 

あたしは件(くだん)の埠頭に来ていた。

(あたしが一番か。ん?あれ?)

集合場所にショートにボーイッシュな格好のあの人を発見。

(越水さん、だよね。何か、カッコいい)

実はあの話、メッチャ、印象に残ってるものだったりする。

(あんな事件なんかにしないで、普通にやって欲しかったな、探偵甲子園)

あたしは意を決して話し掛けた。

「すみません。『女子高校生探偵選手権』って、あっ」

「うん、ここであってるよ。ぼく、一応女子だから」

それだけでは分からない、と思ったのかサングラスとヘッドホンを外してくれた。

(うわあ。やっぱ美形だわ)

「ごめんなさい。とってもカッコよく……あ、その」

(どうしよう。アガッてきた)

コナンくんや蘭、といった主役やレギュラー陣とはまた違った緊張感。

(それに、ここであたしが間違った対応をしたら、越水さんの運命が変わってしまうかも)

友人の復讐のため、とはいえ、あんなことは絶対にさせない。

まずはフラグを潰さないと。

「あ、……もしかして、ピアスですか?」

原作では、校則が厳しいのになぜかピアスの穴をあけている、という矛盾を隠すためにヘッドホンをして隠していた越水さん。

なので、サクッといかせて貰います。

(あれ。何か落ち込んじゃってる!?)

何か話題を――

「あの、ちょっといいですか?」

「何かな」

「あの、ピアスの穴って、洋服に付いているタグの、プラスチックの紐みたいなとこ切ったの、使えば服装検査のとき、凌げるって聞いたんですけど」

その話って本当ですか?

そこまで言ってあたしは深く後悔した。

(何言ってる、自分)

『ピアス』で頭の中、検索かけたらそれ位しか出て来なかったんだもの。

(ううっ、泣きたい)

「はあ!?」

(きっと越水さんも呆れて……)

「く、あははっ!!きみ、面白いね!!」

(って、ええっ!?)

「ふぇっ!?」

「ぼくは越水七槻。よろしくね」

「あたしは……住吉園子です。よろしくお願いします。越水さん」

(ふう、もう少しで『鈴木』って言うとこだった)

「七槻でいいよ。園子ちゃん」

(えっ)

思いもよらない言葉にあたしは一瞬、思考停止。

そんな年上の人を、と言いかけてストップ。

(あっぶな。今は高校生なんだよね)

「え、いえ、その、――やっぱり初対面ですし」

「七槻でいいってば」

(ええっ、押さないで下さい)

戸惑うあたしに構わず、越水さんはにっこり笑って、

「七槻」

(ううっ、そのスマイル、ある意味凄い破壊力です)

「……七槻さん」

(うわあ。あの越水さんを名前呼びしちゃった!って落ち着け、自分!)

軽くパニクっていると、新しい声がした。

「やあ、キミ達も名探偵?」

(世良さん!助かった~~)

この時のあたしは本当にそう思ったのだけど、それが甘かったと気付かされるのはすぐのことだった。

「こんにちは。その質問にはそうだよ。と答えておくよ。よろしくね。『ライバル』さん」

「言うねぇ。ボクは瀬野真純。東の代表で選ばれたんだ」

「ぼくは越水七槻。南の代表だよ」

(凄い。何か話のテンポが。何か、世良さん、ノッてる?)

と、ここでふたり分の視線を感じたあたしは、

(しまった!あたしの番だった!!)

「あたしは、北の代表っ、すみません、で来ました。住吉園子です!よろしくお願いします!」

「よろしく。七槻君、園子君。ボクのことは真澄でいいよ」

「それじゃあよろしく。真純ちゃん」

「へ?『ちゃん』なの?」

「そうだよね。園子ちゃん」

(え、あれ?この流れだとあたしも名前で呼ばないといけないって展開!?)

脳裏に蘭の顔が浮かぶ。

(仙台と今回、ハブにしちゃって、でもって世良さんを名前呼びなんてした日には……)

「あ、よろしくお願いします。瀬野さ、」

「真純」

とってもいい笑顔の世良さんが訂正してきた。

「えっ、えと、あの……」

「だから真純でいいってばッ」

「えっ」

「言ってごらん、ま・す・み!」

「うっ、……ま、」

「んん?」

(イヤ~~!!何この笑顔!!絶っ対面白がってる!!)

「ううっ、七槻さん~~」

思わず、越水さんの後ろに避難してしまった。

「あ、こら!何で七槻君だけ!」

「まあまあ。園子ちゃんにはいきなり名前呼びは、ハードル高いみたいだよ」

(ううっ、越水――じゃなかった。七槻さん優しい)

「何で七槻君は違うのさっ!大体園子君もひどいよっ!ボクがど……」

あ、咳き込んだ。

って、世良さん、もしかして貴女も『大根』ですか?

「大丈夫?」

「ああ。ボクも真純って呼んでね」

(いやそんな。涙目になられても)

「園子ちゃん、ほら」

(うわあああっ!!七槻さん、その優しさは罪!!帰ってからの心配が!!)

……この流れを変えるのは最早自分には不可能。

「……真純、さん」

(やっぱり、帰ってからもこれ、『継続』なんでしょう、そうなんでしょう)

脳裏にある黒髪美少女が空手道着を着て大○神となっ……、それ以上想像してはいけない。

そんなあたしの気持ちとは裏腹に、

「やったぁっ!!」

「ひゃあっ!」

ハイテンションな世良さんがハグしてきた。

 

……帰ってからが、メッチャこわいんですが。

 

 

 

その後、高校生探偵助手の安室、じゃない『安藤くん』が来たり、何故か楓が居なかったり、いろいろあったけれど何とか島へ到着。

(そう言えば、あたしが事件の話した時、微妙な空気、流れたような……何だったんだろ、あれ)

あの話は頭の中の『事件簿』に入っていたモノで、工藤くんもコナンくんも関わって来ないレアケースだったので、話したのだけど。

(ちょっと、話的に暗かったかな)

解決したのは在校生で、あまり表には出なかった事件なので、話すには丁度良かっ……。

(ちょっと待って)

何で『表に出て来ない事件』をあたしが知ってるの!?

「もうすぐ着くって。どうしたのさ?」

「何でもない、ですよ。……せ、真純さん」

ぎこちない受け答えをしながら、島へ上陸した。

 

 

この島は、元々どこかの富豪が所有していたのだけれど、何とかショックだったかバ○ルだったかで手放したのを鈴木家で買い取ったらしい。

(って、ウチの所有だったんですかっ!?早く言ってよ。てか、どんだけなの、鈴木家……)

「凄いな。見渡す限り、ラベンダーだよ」

(うん。そうだね。『出来ればラベンダーがあるところで』って条件は付けたけど、ぶっちゃけ植木鉢でもいいや、と思っていた自分が……)

「園子ちゃん?」

「何でもないです。行きましょう」

とそこで奥村さんが振り返って、

「ああ、そう言えば、管理人に注意されていたんだ。何でも、丁度今の時期、区画整理とかであちこち掘り起こしたりしているからラベンダーがある場所には立ち入らないで欲しいんだそうだ」

「ラベンダーがあるとこ、って」

「ほとんど全部ですよね」

「まあまあ。今回の撮影では屋内がほとんどだから」

大丈夫だろう、と続けた奥村ディレクターに、

「ふうん、それじゃあ、大掛かりなトリックは無し、ってことかな?」

「なるほど」

「ということは……」

(うわあ、皆早い)

「待った待った!これ以上はダメだよ。続きは中へ入ってから」

そう言われてあたし達は、島を埋め尽くすラベンダーを横目にコテージへ向かった。

 

 

「それじゃ、東西南北の女子高校生探偵が揃ったところで自己紹介といこうか」

(まあ、厳密にはひとり、足りませんけどね)

「TVカメラ、回ってないけどいいのかな?」

「スタッフの方もいませんね」

あたしも頷いていると奥村ディレクターは、

「TVクルーや進行役のタレントは明日の朝に来る予定になっているんだ。今、こうして来て貰ったのはなじんでもらうためなんだよ」

(うん。台本通り。さすがに数日でそこまではーーもしかして『鈴木家』の力使えば……まさか、ね)

七槻さんの方をそうっと窺えば、傍目にも分かるくらい、厳しい表情をしていた。

(あたしの原作知識も捨てたもんじゃない、ってことかな)

この話は何度も読んだものね。

主に『何で越水さん、犯人なのよ!』と憤りながら。

「じゃあ、ぼくから。名前は越水七槻。高校三年生。生まれは福岡。一応、南の代表になっているけど、まだ駆け出し中で100件程度しか事件を解決していないから、お手柔らかに頼むよ」

「ボクは瀬野真純。高校二年生さ。生まれは……うん、海外なんだけど、こっちで育ったから、東の代表、ってことで。解決したのは300件程かな。よろしくね」

「あたしは住吉園子。高校二年です。生まれは仙台で、ずっとそこなので、北の代表ということで。解決したのはそんなに多くないです。たぶん、80件位かと。よろしくお願いします」

(この辺りの台詞は各々で考えることにしていた。お互い初対面なんだから、少しはリアリティー持たせようって)

「西の代表、西園沙織さんの助手をしています、安藤透です。今年で高校二年になります。お嬢様が解決した事件は400件程です。よろしくお願いします」

何とか顔合わせも終わり、部屋に案内して貰えることになった。

「夕食は、今キッチンで高野さんが作っているから、出来上がったら呼びに行ってもらうから。それから、明日の録りの君たちの服装をチェックしておきたいから、夕食は女子高校生探偵に相応しい格好でよろしく」

 

 

割り当てられた部屋に入るとあたしは大きく息を吐いた。

(やっとここまで来た)

この後、夕食の席に現れない奥村ディレクターが割り当てられた部屋で、ロープで縛られた上に昏倒させられている、という密室殺人未遂事件のトリックを解き明かす大役が待っているけれど。

もちろん、この密室トリックはラベンダー屋敷に使われたものと同じである。

(このタイミングで解きに行くと、多分あたしが狙われる)

原作では、引っ掛かった『北の高校生探偵』が怒りMAXの七槻さんに……。

(うん、怖すぎて誰にも当てられないや)

あたしがそう話すと案の定、皆から反対意見が出た。

「それならボクがやるよ!ジークンドー、甘くみるなよ!」

「でしたら僕の出番ですよね」

「ごめんなさい。これはあたしがやらないといけないことだから」

(ここまで巻き込んだのはあたしの我が儘。それにきっとここで逃げたら、越水さんを説得することなんてできない)

あたしがあまりにも頑なだったため、こっそりあたし抜きでやろう、なんて案も上がっていたらしい。

(ちょっ、それ、本末転倒だからっ!!)

その後、ようやく完成した博士作のカメオブローチ型通信兼発信器(明かりも付くので停電も平気、ってどこから突っ込んだらいいか分からないや)が配られ、あたしはそのスイッチをONにしたまま、越水さんと対峙するように、とくどいくらい念を押されてしまった。

(そんなに信用ないかなあ)

ちなみに安室さん、じゃなくて安藤くんが掛けている眼鏡、あれも博士が作ったもので、コナンくんと同じようなレーダー機能も付いていたりして。

(最初に眼鏡を出したとき、ほんとはあたしが掛けたかったのよね。そっちの方が変装になるし、何かカッコいいじゃない、って思っていたのに)

ソッコーで安藤くんに決定、ってどうゆうことですかね?

 

 

制服(セーラー服です。わあ、懐かしい)に着替えて待っていると、程なくしてノックの音。

「どうぞ」

「夕食の支度が出来ましたのでダイニングの方へどうぞ」

そう話す高野さん(彼ももちろん高崎一族です)の後ろには、『安藤くん』と『瀬野さん』じゃなかった、『真純さん』の姿が。

「はい」

合流して越水さんの部屋へ。

(確か原作だとここで支度に手こずりながら、『ぼくの高校、規則厳しくて……』と、やっちゃってピアスの穴隠すのに苦労することになるんだよなあ)

高野さんがノックするのを固唾を飲んで見ていると、

「もうそんな時間!?」

(あれ?原作通り?)

「のんびりしすぎちゃったよ。……これでよし、と」

(ん?『校則』のくだりが抜かされた!?)

「じゃあ、行こうか」

その後は何事もなくダイニングへ。

「うっわ――」

「凄いご馳走!」

「これ、みんなオジさんが作ったんだ!」

「はい」

(うん、高野さんは調理師免許持ってるものね)

と、ここでまた台本通りの台詞。

「あれ?ディレクターの奥村さんはどうしたのさ?」

「先ほどノックをした時には返事をなさらなかったので、もうこちらへ来られていると思ったのですが」

「……彼の部屋に案内して貰えますか?」

 

 

「奥村様、お食事の用意ができました」

ノックにも反応がないのを見て、真澄さんが、

「鍵掛けて熟睡中かな?」

とノブに手を掛けると、

「ん?」

思わず、というふうに引っ込めた手には赤いものが。

「ドアノブに血がついている!」

「合鍵は?」

「ありません。他の皆さんの部屋と同じように、内側からロックできるようになっているだけです」

(ここであたしの出番)

「あたし達の部屋と同じなら、窓もあるはずよね?」

「それじゃあ、外から中の様子を!」

そう叫んで『安藤くん』が駆け出そうとしたとき、真純さんがドアに体当たりを始めた。

(ホントはやっちゃいけないんだけどね。現場のこと考えると。でもできるだけ、原作に近い流れを維持したかったから)

原作では服部くんだったな。

(西の名探偵、って言ったら彼だけれど、演技力皆無な上に、ソッコーでコナンくん、連れて来るよなあ)

「ちょっと」

さすがに呆れた様子の七槻さんが止めに入るけど、遅かった。

そして開いたドアの向こうには、手足を縛られて床に転がる奥村ディレクターの姿が。

「奥村さんっ!?」

真純さんが奥村さんに駆け寄るのを確認して、あたしは窓際へ移動。

「窓の鍵は閉まってますね」

「ドアの鍵も掛かっているみたいだよ」

七槻さんの言葉を聞いて、あたしは振り返りながら、

「それでは、これは密室殺人ですか?」

「彼が絶命していたら、ですけれどね」

奥村さんの傍らにひざまずいていた『安藤くん』がそう言ったとき、うめき声が聞こえた。

即座に縄が解かれ、皆から質問が降りかかる。

「どうしたの?」

「一体何があったのさ?」

奥村さんは少しぼんやりした表情で、

「ドアをノックされて出てみたら、誰もいなかった。誰かの悪戯かと部屋に戻ろうとしたら、後ろから薬を嗅がされて……」

そこまで答えたときだった。

「女子高校生探偵選手権……第一問!」

ドアの辺りでこちらを伺っていた高野さんが、それまでとは打って変わった真剣な表情でそう告げた。

「この密室の謎を解き明かせ!」

「「「「え?」」」」

「解けた者はその推理を書面にして私の元へ。その推理が真実なら、二回戦進出、及びこの島からの脱出を認める!」

「つまり戦いはもう始まっていたということだね」

「それではどこかに隠しカメラでも設置されているんでしょうか」

あたしは何気なく見えるよう窓の外に目を向けてから、決定的な台詞を口にした。

「解けました。密室トリック」

「「「え?」」」

更ににっこり笑ってみせて、

「実践してみせましょうか?」

「もう解けたんだ!」

「凄い自信だね、園子君」

「そこまで言うのでしたら、是非見せていただきたいですね」

「なりません!そんな事をすれば他の方達にもトリックが分かってしまいます。ですからその推理を書面にして私の元へ――」

「大丈夫です。別に目の前でやる訳じゃないですし」

そこでひと呼吸おいて、

「これが決勝でも、結果は同じだと思いますけど」

「園子ちゃん?」

あたしの急な態度の変化に七槻さんは戸惑っているみたいだった。

(だって原作のあの台詞聞いてみたい、って服部くんいないから無理かあ)

「まさかとは思いますがそのトリックとは、奥村さんが部屋に鍵を掛けたあと、自分で自分を縛ったというものではないでしょうね?」

「まさか。もしそうだったとしたら、縄を解いた真澄さんが気付かないはずがないじゃないですか」

そこで皆を見渡して、

「たとえ、彼女が無能な探偵だったとしても、ね」

(ふっ、いきなりの宣戦布告)

「なんだと!?」

「確かにあれは……」

(ごめん。普通ならあんなことしないのにやらせちゃって。あんまりこっちサイドが仲良しこよしでも、七槻さんに警戒されちゃうからね)

安藤くんが眼鏡を軽く直しながら、

「あの場合、まずは窓の外から部屋の中の状況を把握してから扉を破るか、窓ガラスを割って入るかを決めるべきでしょう。もし、奥村さんが扉に寄り掛かって亡くなっていたのなら、扉を破った時点で、死体も、その周辺に残されていた証拠も消し飛んでしまうでしょうね」

「あの時は――」

「とにかく、これから二階のあたしの部屋を密室にしてくるから、皆は夕食を食べながら待っててもらえる?」

と、そこで振り返って、

「一時間位は掛かると思うから」

「一時間?」

それを聞いた安藤くんが頷く。

「なるほど。高野さんが僕達を部屋に案内し終えてから、縛られて見付かるまでの時間も丁度その位ですね」

「それだけ手間のかかるトリックなんだね?」

と七槻さん。

「そういうことかしら?」

さらっと流してあたしは続けた。

「念のために。このトリックは粗暴な探偵の行動は想定外ですからね」

と笑みを作るのも忘れない。

(ごめん。真純さん)

すると、ドアを閉める直前、

「ぼくは好きだな。君みたいな……」

 

(あああっ!!メッチャ聞きたかったのにっ!!ドアの音で途切れた~~!!)

 

 

 

軽く落ち込みながらジャージに着替え(カメオブローチ型通信兼発信器は襟の裏に付けました)、黙々と仕掛けを施す。

(窓枠を外したら、ネジをプライヤーで短く切って)

落ちないように気を付けながら外へ出て、窓枠の接着面にボンドを塗ってくっつけて。

(何とか、できた)

幾らかほっとして、下を見ると予想より地面が遠い。

(気のせい。気のせい)

残念ながらここから飛び降りるほど、運動神経よくないので、鉤爪のついたロープを引っ掛けて、びくともしないことを何度も確認してから、ゆっくり降りる。

(うっ、下、見ちゃダメ!)

『コナン』のキャラって結構皆、軽々とやっているけど、普通はこんなものだよね。

遅いし、今の自分が凄いみっともない格好なのは分かってます。

(誰もいなくてよかった)

ぎこちなく着地して、ロープを回収。

(できた……)

後はダイニングに戻るだけ、と体の向きを変えた時だ。

「こんばんは。黒幕さん」

拳銃のようなものを構えた七槻さんがいた。

 

「随分と手の込んだことをしてくれるじゃない?一体どこで調べたか知らないけどね」

お嬢様の気紛れで首を突っ込まれても困るな。

「気紛れなんかじゃないです!!あたしは――」

(あれ、今何か……)

心の隅を何かがよぎったような気がした。

「園子君!!」

「園子さん!!」

駆け付けて来たふたりを見やって、七槻さんが軽くため息をついた。

「ほらね。ナイト達のご登場だ」

「そんなんじゃありませんっ!!」

「どこが?君って常に守られる側なんじゃないの?」

反論しようとしたその間に、七槻さんが距離を詰めた。

「おっと。動かないでね」

「「なっ!」」

あたしのこめかみに、銃口らしきものを当てた七槻さんが牽制した。

あたしは、無駄だと思ったけど一応言ってみた。

「……止めて下さい」

「お姫様はおとなしくしていてね」

そう告げると七槻さんはあたしを盾にするように、じりじりと後ろへ下がる。

そこにあるのはラベンダー畑。

「いけません!」

切羽詰まったような叫びが安室さん達の後方からした。

「え、」

足が、宙に浮く。

「なに、」

ラベンダー畑とばかり思っていたそこにはいつの間にか空間があった。

「園子さんっ!!」

「園子君!!」

「「お嬢様!!」」

 

 

皆の声を遠くに聞きながら、あたしと七槻さんは奈落の底へと落ちて行った。

 

 

 

 




読了ありがとうごさ……物は投げないで下さい~~((゚□゚;))
自分でも何でここまでにしたのか分からな――ファッ、赤○さん並の狙撃っ!!


……まさか、消しゴム(直径二ミリ)にやられるとは――バタリ(何かが倒れる音)。





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ラベンダーの追憶 (後編)

(いった~~、どこか打った)

あちこち打った気はするけど、体は動かせるから大丈夫かな、と思っていると、

「園子さんっ!!」

「お嬢様!!」

「園子君っ!!」

皆の声が上から響いてきた。

見上げると小さな光と、それよりは少し大きめの光が幾つか見えた。

(カメオブローチ型ライトと、後はライトかな)

辺りが暗くてよく分からないけど、思った程、深かった訳ではなさそう、とどこかのんびり構えていたら、

「よそ見しないで貰いたいな」

さっきの得物は落としたのか、今度はナイフを喉に突き付けられてしまった。

そしてもう片手にはミニライト、って七槻さん、準備良すぎです。

「向こうに通路があるね」

上の喧騒を余所に、あたし達は地下へと足を踏み入れて行った。

 

 

人ひとりがやっと通れるくらいの道幅、後ろから七槻さんがかざすミニライトだけではさすがに歩き辛いので、

「あの、逃げないので、そのライト、貸して貰えませんか?」

阿笠博士作のカメオ型ブローチライトのことは万が一のためにとっておく。

すると、不承不承という体でライトがあたしの手に押し付けられた。

「ありがとう」

「……こんな時によくお礼なんて言えるね」

固い声音に対し、あたしは殊更明るく答えた。

「怖がっていた方がよかったですか?」

「きみは何にも分かってない」

その後はお互いに口を開かないまま、歩き続けた。

幾つか階段(どう見ても人工物だよね?どうしてこんなところに?……考えない方がいいのかな、『鈴木家』だし)を降りると扉が現れた。

ドアノブを見ると、手の平大のプレートと何か精密機械らしいものが設置されていた。

(これってもしかして)

プレートに手の平を当ててみると、電子音がして扉が開いた。

扉の向こうを見やった七槻さんが、

「何だこれ……」

絶句していた。

(そうですね。まさか地下、しかも離島にこんなモノ作らないで欲しいですよね)

対してあたしは半目である。

ちょっとしたホール位の広さの室内は、明るい色調の調度品で調えられ、正面の壁には等身大と思われる妙齢の女性の肖像画が飾られ、その前にはグランドピアノまであった。

「……お祖母さま」

あたしがそう呟いた瞬間、あたしの中に隠れていた『園子』が暴れだした。

(違う、ちがう、チガウッ!!)

「ちょ、……ま」

「園子ちゃん!?」

(今はだめ!!七槻さんを説得しなくちゃいけないのに!!まって!!)

今は、『その時』ではない。

《あたしはお祖母さまではないっ!!》

(だから待って、今はまだ――)

『園子』の叫びが頭の中に響いていた。

無理やり、自我を総動員して『園子』を心の奥へ押し込める。

(ごめんね。でも今は――)

 

 

「きみ、そんな体調でよくここまで来たよね」

何とか落ち着いたころ、どこか皮肉げな七槻さんの声がした。

嫌味たらしく聞こえるように言っているようだけど、その目は全く違う感情を宿しているように思えた。

「すみません。まさかここにこんなものがあるとは思っていなくて」

「まあ、確かにね」

久々に見たお祖母さまの肖像画は若いころのものだろう、20代半ばと思われるそれは髪こそ長いが、そこを除けば、あたしとそっくりだった。

(これは言われるわ)

お祖母さまは余程、求心力のある人だったのだろう。

『高崎一族』のほとんどがお祖母さまを慕っていたらしく、そのほとんどの者がお祖母さまに仕えたがっていたらしい。

(似るんじゃなかった)

「さて、と。少しは落ち着いたかな」

再びあたしの前にナイフの刃が閃いた。

「私の計画を知っているのは、どの位いるのかな?」

(あ、もう『ボク』ッ娘、終わりですか。そうですか)

「どの位って……」

今、この島にいる全部の人達と、向こうで調査を頼んでいる人達も含めると、かなりな人数になると思うけど。

そう答えると、目に見えて七槻さんの体から力が抜けたようだった。

「調査って?」

「例の『変な喋り方をする高校生探偵』の素行調査と――」

「そいつを知っているのか!!」

(うわっ!!ナイフナイフッ!!)

勢い余ったように顔面に突き付けられたソレにあたしは頬をひきつらせながらも、

「知ってます、というか調べました」

「どっちっ!?」

(ああ、大体見当はつけてたんですね。この感じだと『西』か『北』かで迷ってた、ってところかな)

あたしは却って冷静になっていた。

「言えません」

「なっ、」

「もし話したら、仇を討ちに行くのでしょう?」

「当たり前じゃないか!愛理は――」

「ダメです」

「愛理は私の大切な親友だった!それをあいつら」

「だったら尚更だめです」

「ふざけるな!きみに何の権限があってそんなことを言うんだ!!」

振り上げられたナイフを視界の隅に収めながら、あたしは静かに答えた。

「自分を憐れんでの復讐なんて、止めて下さい」

ナイフが止まった。

「何だと?」

「あなたは、自分が彼女に何もしてあげられなかったと思っていませんか?『もう少し話を聞いてあげられれば』『もっと早く駆け付けらることができたら』――自分への悔いだけで、人を傷つけるのは止めて下さい」

「きみに何が……」

「一度目の調査のとき、何も見付からなかったのでしょう?それならあなたは役目を果たしたことになります」

あなたが何もかも背負うことはないと思いますよ。

(そうなんだよね。原作、読んだときからずっと引っ掛かっていたんだ。七槻さんみたいにこーんなに頼りになる友人がいて、何で自殺なんてしたんだ、って)

黙り込んだままの七槻さんを前にあたしは続けた。

「それに『自殺』なんてダメですよ。七槻さん」

「え、」

その一瞬の隙にあたしは、ある意思を持って七槻さんに近づいた。

「復讐を終えたら、死ぬつもりだったんでしょう」

わざと語尾に『?』がつかない言い回しをして、更に七槻さんが動揺したところで、ナイフを持った腕を軽く掴む。

「あなたみたいに友達思いで誠実な人が死ぬなんて、絶対ダメです」

本気で言ってる、と分かるように視線を外さないで言うと、

「何なんだよ、きみ……」

呆気にとられたように七槻さんが呟いた。

(もう、大丈夫かな)

心の中でほっと息をついた時、あたし達が来たのとは反対側の、つい今の今まで壁だと思っていた箇所がいきなり口を開いた。

「園子さんっ!!」

「園子君!!」

(え、ええ!?そこ、出入り口だったの!?というかこのタイミング……)

「ふうん。随分といい時に来るじゃないか」

あたしの喉元に再びナイフが突き付けられた。

「園子さん!」

「卑怯だぞ!ボクと勝負しろ!!」

「お嬢様!」

それらの叫びを全て無視してあたしをがっちりホールドしたまま、ゆっくり後ろへ下がる。

(あ、何か既視感)

さすがにもう落とし穴はないよね、と見ると安室さんと目が合った。

真剣な眼差しはきっとこの場の打開策を考えてくれているんだろうけど、あたしには七槻さんがこれ以上のことをするとは思えなかった。

そうしているうちに、先程あたし達が入って来た入り口の方へ戻っていた。

(何で)

喉を圧迫していたナイフが下げられる。

「ごめん、ね」

どこか諦めたような声がして、とん、と押された。

(まさか)

あたしは無理やり上半身を捻って振り返る。

「――だめっ!」

「なに、す」

それはほんの一瞬の出来事。

手元に戻したナイフを自分の喉に当てようとした七槻さんの腕に、あたしは全力でしがみついた。

「ちょ、離れて!」

七槻さんも探偵の例に漏れず、鍛えているらしくなかなかナイフを取り上げることができなくて、あたし達は床の上を転がってしまった。

「はな、せ!」

「だめ!!」

力負けしそうだったけど、その頃になってようやくあたしと七槻さんは引き剥がされた。

ナイフも何とか回収。

「何で。きみは邪魔ばかり」

「だめです!七槻さん。七槻さんが死んだら泣く人いるんですからね。……お友達が亡くなったとき、七槻さん、泣かなかったんですか?」

「何をばかな――」

と、そこであたしが言いたいことに気がついたらしい。

「七槻さんが死んだら、あたしが泣きます」

だから、『自殺』なんてしないで下さい。

「小学生の理屈だな」

「そうですね。でも事実ですから」

そう返してにっこり笑ってみせると、七槻さんは大きく息を吐いた。

「あー、もう!!分かった、分かりました!!私の負けだよ。これでいい?」

 

 

がっくりと項垂れた七槻さんを横目にあたしは何度目かのお説教タイムだったりする。

「何だってこんなに危ないトコにばっか、突っ込んで行くかなあ?」

(うっ、周りの視線がイタイ)

ナイフは取り上げられたものの、全くの無傷、という訳にもいかず、あたしと七槻さんは応急処置を受けていた。

「止めきれなかったこちらの責任も少しはありますけれどね」

(その笑みの奥に、オドロオドロしたものが見えたのは、気のせいですよね、安室さん)

「お嬢様、この度は誠に申し訳ありませんでした」

ラベンダー畑があんなふうになっていたのは、自分達のせいだと詫びる彼らに、

「不可抗力、でしょう?そこまで気にしていないってば」

わざと軽く答えておく。

あたしと七槻さんがここへ辿り着いたのは偶然だけれど、この部屋はやはり、お祖母さまを悼む場所らしい。

「どうしてこんな所に?」

あたしがそう聞くと、彼らの間にビミョーな空気が流れたようだった。

「別に怒らないから、教えなさい」

語尾を心持ち強めに言うとようやく、

「実は例の一件から後、お嬢様の前で怜子様のことを話すのは憚れまして……」

ああ、とあたしは嘆息した。

『例の一件』とは言うまでもない。お祖母さまフリークのじいやが、子供の頃の『園子』にぷっつん切れて誘拐してしまったことである。

ちなみに『怜子』とは、これも言うまでもないけれど、お祖母さまのこと。

「もしかして、あたしが気を悪くすると思ったから、ここに一切合切、持ってきたということ?」

「……」

(さいですか。そこまで気を遣わなくても。って、さっき『園子』が暴走しかけたけどね)

どうしたものか、と考えていると真純さんが、

「例の一件って?あ、聞いちゃいけなかったか?」

気まずそうに問いかけてきた。

「今さらだし。いいよ。お祖母さまって凄い人気者でね。亡くなった後、よく似たあたしにその面影探そうとして厳しくしてきた人がいてね。反発しまくってたら、そのお祖母さまフリークが切れちゃって誘拐されて……」

「園子さん!!」

「何、それ!!」

「そんな軽々しく話すことじゃないでしょう!?」

三者三様に怒られてしまった。解せぬ。

 

 

その後、何とか場が落ち着いたところで(なぜこんなにお説教が。七槻さんまで混ざってるし)、あたしは控えていた『高野』さんと『奥村』さんに話し掛けた。

「それで、わざわざこの島を舞台に選んだのには、どんな理由があったの?」

最初のうち、彼らの反応はあまり良くなかった。

なのに条件のひとつ、『ラベンダーがある島』を告げてから雰囲気が変わった。

何かある、と思うのは必然だと思うけど。

そう告げると彼らは観念したようだった。

「申し訳ありません。お嬢様が怜子様のことを気に病んでいることは、重々承知していたのですが」

そこで聞かされたのは少々意外な話だった。

遺品の整理をしている中、どうしても見当たらないものがあったのだという。

それはお祖母さまが長年書き記していた日記で、少なくとも数十冊はあるはずなのだが、不思議なことに一冊も見付からなかったという。

(それはちょっと気の毒かなあ。お祖母さまフリークの彼らからしたら、きちんと保存、管理しておきたいものだろうし)

「でもそれってプライバシーの侵害じゃないか?」

「そうですね。恐らく誰にも見付からない場所に厳重に保存されている、といったところでしょうか」

真純さんと安室さんはこのままそっとしておけば、という意見のようだ。

(うん、普通はそう思うよね)

「確かにそれはそうなのですが……」

幾分、歯切れの悪い答えが返ってきた。

彼らの意見をまとめるとこうだ。

お祖母さまの人脈はとてつもないもので、何が書かれているのかある程度、把握しておきたいというものと、お祖母さまを知る人達の中には、日記そのものを狙っている人がいるらしい。

そのため、安全な場所に移して保管しておきたいらしい。

(お祖母さまって、どんだけ……)

「何だ、そりゃあ」

「却って何が書いてあるのか、気になりますね」

そこに些か遠慮がちな声が続いた。

「できれば、その、日記を……」

あたしは即答。

「無理」

そうですか、と肩を落とす彼らが少し、気の毒になって、

「レクイエム代わりに何か、弾こうか」

「よろしいのですか、お嬢様」

「ま、お祖母さまほどじゃないけど、それでいいなら」

(お祖母さま、玄人はだしの腕前だったし……。『園子』がピアノのレッスン投げるの、分かる気がする)

ピアノの前に座り、用意する。

(ん、と)

軽く指ならし。

(やっぱり、調律はしてあるんだ)

これでも前世はピアノ教えてたのでそれほど心配はしていない。

(んー、何にしようかな)

一応楽譜は欲しいな、と持ってきてもらい、検討。

最初に弾いたのは、定番中の定番、『エリーゼのために』。

(いい調子)

弾き終って指が鍵盤を放れた瞬間、反射的に指が動き、ある旋律を紡ぎだした。

(おっと)

慌ててシューベルトの『子守唄』へ。

(どうしてか分からないけど、『コナン』の挿入歌、弾いちゃうとこだった)

この世界にはないはずの曲。

(危ないあぶない)

その後、小品を何曲か弾いて終わらせたけど、その時、安室さんが固い表情でこちらを見ていたことなど、気付かなかった。

 

 

 

――深夜。

あたしは再び地下に来ていた。

ちょっと気になることがあったのだ。

あれから、落ち着きを取り戻した七槻さんが平謝りしてきたり、真純さんと安室さんのタブルお説教タイム(ごめ、マジ勘弁して)があったりして、結局こんな時間だからと宿泊することに。

(七槻さんが何とか思い留まってくれて良かった)

まだ問題は幾つか残っていた。

例の『変な喋り方をする高校生探偵』こと、時津潤哉の処遇とか。

『ラベンダー屋敷』事件の再捜査とか。

ほとんどペテン師の高校生探偵の方はきっと他にもやらかしてくれているはずだから、余罪を調べてきっちり責任取らせる、という方向で話が進んでいた。

(何か、張り切ってたなあ。七槻さん)

任せてね、と言い切った際の笑顔が決まりすぎてて、却ってコワイ、と思ったのは秘密にしておこうと思う。

(――事件の再捜査か)

ケーサツって面子とかあるから、難しそうだなあ。

(イザとなったら、『鈴木家』の力、借りちゃいますか)

などと思案しているうちに、件の部屋に到着。

明かりをつけ、ピアノの前へ。

ちなみに今は『園子』の気配は感じられない。

(反動で奥に行っちゃったかな)

『記憶』に支障はないとはいえ、何とかした方がいいかも。

(確か、この辺り)

それはずっと古い記憶。

小さい頃会ったお祖母さまはとても朗らかな人だった。

「おいで。いいもの見せてあげる」

いたずらっぽい笑顔でお祖母さまが教えてくれた『秘密』。

ピアノの大屋根を上げ、突上棒で止める。

その側面、側板のゆるやかな曲線を覗き込む。

(あった)

よくよく見なければ分からない凹凸を、教えられた通りの順にスライドさせると、小さな空間が開き、その小さな場所に折り畳まれた紙片が収まっていた。

慎重に取り出し、先程とは逆にスライドさせて元に戻す。

(何なに……)

書かれていたのは、やはりというかお祖母さまの日記の所在、誰に託したのかだった。

(ここで、その名前出るかなあ)

高崎総司――かつて『園子』を誘拐したじいやだった。

(まあ、お祖母さまに一番近いところにいた、ということかな)

ひとまず戻ろうか、と顔を上げたときだった。

「夜更かしは体によくないですよ」

「あ、室さん、どうして」

(カメオ型ブローチは置いてきたのに)

「帰り際、ピアノを気にしているように見えたので」

(それだけで……)

「それもあるんですが、先程弾きかけた曲が気になりましてね」

(あ、コナンの挿入歌……)

差し支えなければ聴かせて欲しい、と続けられてあたしは軽くパニックになった。

(いやいやいや!!これはマズイでしょうっ!?何であの曲をコナンくんの次にBGMしてる人に聴かせなくちゃいけないの!?)

「すみません。とっさに浮かんだメロディーなので」

冷や汗ものでそう断ると、

「そうですか。残念ですね。よく知っている曲に似ていると思ったのですが」

「え、」

あたしから少しも視線を逸らさずに、

「確か、こんな曲でしたね」

と軽く口ずさんだのは――

 

 

(嘘、でしょ)

 

 

 

かの『名探偵コナン』の挿入歌、『キミがいれば』だった――。

 

 

 

 

 



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ラベンダーの追憶 《後奏曲》

数日後、喫茶『ポアロ』であたしの頭の中は、ちょっとした『カオス』と化していた。

 

 

「初めまして。皆川桂一です」

 

新しい店員さんです、と梓さんに紹介されたのは、黒髪黒目のいかにも純日本人という顔立ちなのにイケメン、という安室さんとはある意味、対称的な青年だった。

(え、このタイミングで新しい人って)

思わず、カウンターの奥にいる安室さんの方を窺うが、特にこれといった反応はなかった。

(何か、避けられてる!?)

あの後、安室さんは何事もなかったかのように、部屋まで送り届けてくれ、その話に触れることなく帰路についたのだった。

(却って気になるんですけど)

だけど、『とっさに浮かんだメロディー』と言ってしまった手前、こちらからは絶対に言えない。

(一体、どうしろと)

「世良真純です。よろしく」

「あ、鈴木園子です」

「江戸川コナンです。……園子姉ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫よ」

あはは、と笑ってみせるけど、

「そう言えば蘭姉ちゃんは?」

ぐ、と言葉に詰まったあたしを真純さんが気の毒そうに見やる。

「あー、コナンくん、その話はちょっと……」

「いいんです。真純さん。蘭なら少し遅れるって。すぐ来ると思うよ」

(うん。きっとすぐ来るわー)

「園子姉ちゃん、何か目の焦点合ってないような……」

「しっ、そっとしてあげなよ」

 

 

『ふうん。そう、そうなんだ。園子にとって私なんて』

『ちがっ、違うのよ!!蘭!!』

 

 

あれ以来、何か気まずいというか、ぎこちない雰囲気になってしまった。

(今日来たら、もっときちんと謝らないとな)

そんなことを考えながら、注文。

「はい。あと園子姉ちゃんだけだよ」

(何かやさしいなあ、コナンくん。もしかして同情されちゃった?)

メニューを受け取っていつも通り紅茶を頼もうとした手がふと止まった。

「あれ、これって」

いつもなら『紅茶』としか書かれていない箇所に修正が入り、『セイロン』『アールグレイ』『アッサム』『ダージリン』など、茶葉の名前が羅列されていたからだ。

傍らで見ていたらしい梓さんが解説してくれた。

「ああ、それね。皆川さんが紅茶入れるの上手みたいで、試しに入れてみたの」

たまたまお客さんが少なかったためか、その声はよく響いたらしく、カウンター近くにいた皆川さんが振り返った。

「いや、そこまで言われると」

「そんなことないだろ。お前の紅茶、結構うまいじゃないか」

すかさず安室さんがフォロー、ってあれ、その口調?

「安室さん、皆川さんとお友達なの?」

普段より気さくげな口調に早速、コナンくんが質問をぶつけた。

すると安室さんはやれやれというように、

「そうだよ。皆川とは古い付き合いなんだ」

「え、それ今、聞いたんですけど安室さん」

「マジ?梓さん!?」

「ねえねえ、『古い付き合い』っていつ頃からなの?」

あっという間に質問タイムとなったが、あたしは違うことに気を取られていた。

(古い付き合い、ってまさか……)

心の中に蘇ったのは、廃ビルの屋上のあのシーン。

「そうですね。学校はほとんど一緒でしたね」

「それって幼なじみじゃないの?」

(ノックと疑われて自殺を選んだ『彼』も確か黒髪で、だけど顔が違う。でも)

潜入捜査をこなす彼らなら、きっと変装なんてお手の物で。

「そうとも言いますね」

(何か目が合った!?ナゼ?)

 

盛り上がる皆をよそに、

『あなたはスコッチさんですか?』

(そんなこと聞いたら、終わりだ)

聞きたいのに聞けない、とジレンマに陥っているとお店のベルが鳴った。

「いらっしゃ……あら、高木刑事」

「どうも」

「こんにちは」

入ってきたのは高木刑事と、ややきつめの眼差しの美人さんだった。

(……誰?)

「こんにちは、高木刑事。このお姉さんは?」

(いつもながら直球ですね。コナンくん)

「あ、彼女は――」

「まさか、新しい恋人とか?」

「ちょっ、からかわないで下さいよ。彼女は新しくウチの班に入ってきた、岩崎刑事ですよ」

そこで美人さん――岩崎刑事が会釈した。

「岩崎みづえです。よろしく」

「どうもご丁寧に。この『ポアロ』で働いています。榎本梓です」

「こちらでバイトしてます。安室透です。よろしくお願いします」

「今日からこちらで働くことになりました皆川桂一です。よろしく」

流れであたし達も自己紹介したけど、こんな女性、『コナン』にいたっけ?

(そう言えばあたしが死んだ頃、まだ『コナン』って連載中だったよね)

それを言うんだったら、七槻さんのこともおかしい。

あれは安室さんがここへ来るより、ずっと前のハナシだったはず。

「あ、立ち話も何なので」

梓さんが席へ案内しようとしたが、

「あ、いや。今日は近くまで来たので岩崎さんの顔見せも兼ねて」

その後、ゴニョゴニョと続けられた言葉を聞いた梓さんは、にこにこして、

「はーい!お持ち帰りにハムサンドですね!かしこまりました!」

「ハムサンドですね」

てきぱきと調理にかかる安室さんと比べると、高木刑事はあきらかに挙動不審。

(ん?これはもしかして)

「佐藤刑事へ、ですか?」

近くまで行ってこそっと囁いてみると、高木刑事は文字通り飛び上がった。

「い、いや、あの、これは!」

(そこまで慌てなくても……)

「園子さん、ご注文は?」

「すみません、えっと……」

(何かいつも通りなんだよね。安室さん。それに)

もし、安室さんが『転生者』だとしたら、『コナン』始まる前に全部終わっちゃってるだろうし。

(それじゃあ、何であの曲――)

堂々巡りになりかけたので、軽く頭を振って切り替えた。

「じゃあ、ルフナ、お願いします」

ルフナはミルクティーに適した紅茶で、別名『紅茶の王様』とも呼ばれている。

(案外、クセがなくて美味しいんだよね)

と思っているとなぜか皆川さんが振り返った。

(あれ?安室さん、手が止まってる?)

「何か、マズかったですか?」

「いや、何でも。好きなんですか、その茶葉」

皆川さんの台詞を受けて、梓さんも考え込むように頬に手を添えた。

「そう言えばあんまり聞かない名前ですよね」

(前世では結構ポピュラー、って単にあたしが紅茶好きだっただけかな)

「クセがなくて美味しいんですよ」

ちなみにあたしはミルクをたっぷり入れて、砂糖を心持ち少なめにするのが好き。

と見ると、皆川さんはカウンターで片手鍋を手にしていた。

(何か、本格的、ってロイヤルミルクティー?)

あれって美味しいんだけど、コツがあってなかなか難しいんだよね。

(手際、いいなあ)

と見ているうちに、

「それじゃあ」

「ありがとうございました」

高木刑事たちは帰っていき、あたしの前にロイヤルミルクティーが置かれた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

早速、砂糖を入れてひと口。

(うん、美味しい)

「とても美味しいです」

にっこり笑って答えると、皆川さんは少しホッとしたようだった。

(初出勤、って緊張するよね)

「ありがとう」

はにかんだような笑みを残して皆川さんは戻って行った。

(うーん、スコッチさんなのかなあ)

何しろ『コナン』が始まる前に亡くなっているから、どんな人なのか、具体的にはわからないんだよね)

悩んでいると、ぐい、と腕を掴まれた。

「園子君」

「なに?真純さん」

「まさかと思うけど、皆川さんにクラ替えしたのかい?」

「は?」

(何をどうしたらそんな結論が、ってこれまでの『園子』の行いからですか)

まあ、あれは一種の現実逃避なんだけどね。

『財閥』のしがらみから逃れたい『園子』が、自分をさらってくれる王子様を夢想して、イケメン探しをしていたにすぎないのだけど。

(ノッてみるのも、わるくないかな)

「そーなの?」

「ちょっ、ガキンちょまで!そんな訳ないでしょっ!!美形がいたら誰だって観賞したくなるじゃない!!」

「……園子君?」

「そこは否定しないんだね」

「そーいえば、工藤くん家、おそうじ手伝ったの、いつだったっけ?もうそろそろ……」

「まだ大丈夫だと思うよ」

それに、とコナンくんが続けた。

「沖矢さんなら、今忙しいみたいだから、あんまり構わないでいてあげてね」

「あ、そうなの?」

いかにも残念、というふうにあたしが答えたときだった。

「どうぞ」

お冷やのおかわりを手に安室さんがいた。

(営業スマイルのはずなのに、辺りの空気が凍ってる気がするのって、あたしだけでしょうか)

「アリガトウゴザイマス」

冷気の元が去ったのを確認して、あたしは息を吐いた。

(この反応。やっぱりスコッチさん死亡コースかあ)

てっきり何か凄いキセキでも起こって、スコッチさんが生きてるんじゃ、と思ったのだけれど。

(スコッチさん、生きてたらあんな反応しないよね)

原作では、スコッチさんが自殺するのを赤井さん(沖矢さん)が止められなかった、と安室さんが憎んでいることになっている。

(ホントは少し、違うんだけどね)

実際、赤井さんはスコッチさんの自殺を止めようとしたんだ。

だけど、そのとき運悪く、追っ手らしき足音が聞こえて、それに気を取られた隙にスコッチさんは――

そして、その後が更に救えない。

その追っ手らしき『足音』の主は安室さんだったのだから。

(タイミングが悪すぎる、ってこのことよね)

幾らあたしに原作知識があるとはいえ、過去は変えられない、と思っていると、

「ねえ、園子君」

ぽん、と肩を叩かれた。

「え、」

「あのさあ、園子姉ちゃん、アレはないと僕も思うよ」

「は?」

「だからさ、幾ら安室さんが園子君のこと、どのくらい好きなのか知りたいからって他の男のことをダシにするのはさ」

「ねえ」

「はいいぃっ!?」

(いや、それっ!ぜんっぜんっ!!違うからっ!!)

「ち、違うってばっ!!」

思わずあたしがそう叫んだときだった。

「何が違うの?園子」

買い物袋を提げた蘭がそこにいた。

「蘭……いつの間に」

「やあ、蘭君、用は済んだのかい?」

こわばったあたしと、いつも通りの真純さん、その横で頭を抱えているコナンくんを一瞥した蘭は、とてもいい笑顔をしていた。

(この笑みは、絶対逆らっちゃいけないヤツだ)

「うん。ねえ、園子」

「はいっ!何でしょう!!

「園子君?」

「しぃっ」

鯱張った返事をしたあたしに、

「今日は、朝までじっくりお話ししようね?」

(え?ということはお泊まり?)

「あ、あの」

「さっき、園子の家に電話して、話しておいたから」

「あっ、ハイ」

すると蘭はコクコクと頷くあたしを見つめたまま、コナンくんに声を掛けた。

「それとコナンくん」

「何、蘭ネエチャン」

(さすが、分かってるね。今の蘭は逆らってはイケナイのだよ)

「コナンくん、今日は博士のお宅に泊まってきてね」

もちろん、連絡してあるからね。

「じゃ、僕、仕度してくるね!」

(はや!ああ、もうそんな遠くに)

蘭がこちらを向いたままなので、目の端で確認するしかなかったけれど、ホントに速かった。

「園子?」

「お泊まりね!もち、OKですっ!行きましょう!!」

 

 

……あたし、明日の朝日、拝めるよね?

 

 

 



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トリプルフェイス、応援を乞う?

幾つか、伏線回収しましたm(_ _)m
ですがまだ回収してないのも当然あります。
(その辺りについて、万が一、書かれてもお答えできませんので(^_^;)念のためm(_ _)m





――数日前。

 

 

幾つかあるセーフティハウスの一つで俺は懐かしい相手と話をしていた。

 

「だから、そうなんだ」

――冗談だろ。『彼女』はもうーー。

「知っているさ。俺達も確認したんだから」

――だったらそんな世迷い言は……。

「彼女は『あの事件』を知っていたんだ」

――何!?

「そうだ。『あの事件』は起きた場所が場所だけに、詳しい真相はそれこそ当事者でもないと分からない」

――……まさか。

「それとな」

脳裏に浮かぶ光景に浸りたくなる誘惑をはね除けながら、俺は続けた。

「あの曲も彼女は弾ける」

電話の向こうで息を呑んだ気配がした。

「途中で止めてしまったから、一部分だが、『あの曲』だったらそれで十分だろう」

『あの曲』は彼女が作ったオリジナル曲だ。

音楽室で一心不乱に弾いていたのを見て、聞き出しら『何となく浮かんだメロディー』と答えたのをよく覚えている。

「彼女を説き伏せて、俺達も覚えたよな」

――ああ。

『彼女』が『鈴木園子』にピアノを教えていたのか。

思わず呟いていたらしい。

――それはないだろう。『彼女』の家庭環境からして――

「ああ。『彼女』が音楽の道へ進むことはあり得ない」

ましてや、相手は『財閥』のご令嬢。

そんな相手へレッスンを施すのであれば、実力はもとより、きちんとした身元保証人やら、様々なチェックが入るに決まっている。

(……『財閥』か)

最初に車へ連れ込んでしまった際も、後から考えると冷や汗ものだったかもしれない。

当人は気付いていないようだが、『お嬢様』を守るように複数の『気配』があった。

(確か、あの時は七徹だったか)

仕事が重なっていたのと、他にもタイミングが悪い案件が積み重なってしまった。

(あそこのガードは実にいい仕事をしていたな)

離島へ行った際もそうだ。

皆の荷物にさりげなく金属探知機を通していたな。

(俺の場合、身分がバレてるのもあってか、『できればほどほどでお願いします』と言われて得物を返されたが)

その際、聞いた限りでは例の『越水七槻』は、本物の銃は持っていなかったらしい。

その代わりに改造モデルガン、という却って危ない玩具を持っていたらしいが。

(暴発したら、一番ヤバい代物じゃないか)

というか、暴発する未来しか見えない。

途中で落としてくれて助かった、というのが、正直な話だ、

――聞いてるか?

「ああ。大丈夫だ」

――怪しいな。今日で何徹だよ?

「まだ、三徹――」

そこまで答えたところで、ダンッ!と音が響いた。

――……俺も行く。

「は?」

――俺もそっち行って確かめる。

「ちょっと待てっ!!お前、今――」

――少しは手伝わせろよ。

本当ならすぐに断らなければならない場面だ。だがその口調に含まれたものが、そうするのを躊躇わせた。

「……ちょうど、『鈴木園子』のガード役が欲しいところだった」

――任せとけ!

 

 

 

通話を終えた俺は、まだ話していなかった『彼女』との共通点を思い返した。

 

『彼女』はトンネルの事故で亡くなっていた。

 

そして、急にトンネルが苦手になった『鈴木園子』。

仙台から帰る途中、トンネル内で見せたあの動作。

片手は顔を押さえていたが、もう一方の手は――

 

トンネル事故に遭った彼女は即死ではなかった。

ほとんど身動きの取れなくなった車内で、家の鍵を握りしめたその手を、窓ガラスに何度も打ちつけていたらしい。

途中からは、モールス信号を打つように小さく何度も叩いていたようだ。

 

 

――トンネル内で顔を伏せていた『鈴木園子』の手は、何かを握りしめ、車のドアを何度も叩いているようにも見えたのだ。

 

 

「どうかしてるな」

もし、『鈴木園子』が『彼女』の生まれ変わりだとしたら、年齢が合わない。

『彼女』が亡くなったのは、五年は前のことだし、生きていれば俺達と同い年のはず。

それに――

 

「なら、どうして俺のことを思い出さない」

 

思わず漏れた言葉に苦笑した。

 

 

「少し、休むか」

スマホのタイマーを二十分にセットして、俺はその場で楽な姿勢を取った。

 

懐かしい面々と夢で会うのも悪くない、と思いながら――

 

 

 

 

――ある『転生者』の日記(※原文のまま)――

 

 

△月×日 曇り

 

 

転入した学校に『彼ら』がいた。

え!?ええっ!?まさかここ、『―――』の世界なのっ!?

嘘でしょうっ!?

幾ら私が『前世』持ち、と言ってもまさかの『―――』の世界!!

そんなバカな……。

誰か嘘だと言って下さい。

とそこで私はある恐ろしい事実に気がついた。

これってまさか、私に彼らを助けろ、ってこと!?

ムリムリムリムリムリッ!!

単なるモブにそれ!!荷がかちすぎてるわ!!

 

それに、私はもう、誰とも関わりたくないんだから――

 

 

 

 

( 途中略 )

 

 

□月△日 晴れ

 

 

明るい――くんと、誰とでも気さくに話す――くんはクラスの人気者だ。

転入して一週間とたたず、『ぼっち』になった私とは大違い。

 

(どうする?)

 

もう何度目になるか、分からない問い。

今ならまだ間に合う。

だけど――

 

「――くんは×年後、――捜査中に―――と疑いを掛けられて、自殺して、――くんは、その――くんのことで――さんのことを凄い恨んで……」

 

……何、このカオス。

 

うん、ムリ。

こんな荒唐無稽な話、誰が信じるっていうのだろう。

万が一、信じて貰えたとしても、

『どうしてお前がそんなことを知っているんだ』

と聞かれるのは間違いないし。

 

だってここ、『―――』の世界だし。

 

そんなこと答えた日には。

 

(どーすればいいのよ!!)

 

あ、でも。

 

私、そんなに親しくないんだよね。

話す話題もないし。

うん。ただのクラスメイト。

だから、ゴメン。

 

一介のクラスメイトで、話もしたことないってことで。

 

 

 

( 途中略 )

 

 

 

×月△日 雨

 

 

と、思っていたのに。

何でここに――くんが。

そこで私はある『事実』を思い出した。

そう言えば――くんって、バンドやってなかった!?

(遅いわ!自分!!)

 

……聴かれてた。

第二音楽室の、古ぼけたピアノの音なんて、放っておいてくれたらいいのに。

しかも、これ『―――』の曲で。

え!?教えてくれって!?

うっ、断る理由が……。

それでも反射的に断ろうとしたら、何か捨て犬みたいな顔された。何で?

 

結局、教えてしまった。え?私もバンドに、って何でっ!?

 

 

( 途中略 )

 

 

○月□日 快晴

 

 

本日、卒業式。

 

ついに来た、この時が。

これまでの『前世』知識とない知恵振り絞って、彼らの『未来』を変える『ワード』を伝えるのよ!!

 

頑張れ、自分!!

 

絶対に――くんの自殺は止めなくちゃ!!

 

……よくよく考えてみれば、そんなに難しいモノではないはずよね。

 

現場のシチュエーションからして、ほんの十、ううん、五秒あれば、たぶん大丈夫。

 

(神様。ほんの少しだけ、――くんに時間を下さいね)

 

式が終わり、私は――くんを人気のないトコに呼び出し、って何だか告白みたい。違うけど。

 

 

 

――くんの胸を軽く、二回叩く。

「えっ!?」

「どんなことがあっても、『自殺』はだめだよ。『ゼロ』」

そう告げて離れようとしたとき、――くんが来た。

「おい、今のって」

「ちょうどいいから、ふたりで解いてくれる?この『謎』」

「何だよ、それ」

「これ、解けるまで数年はかかる、とっておきの『謎』だから」

意味深に笑ってみせるとふたりが固まった。

 

これだけではダメ。

もっとインパクトを。

 

彼らの人生は波乱万丈。

その先にある『あの場面』にまで持っていけるくらいのモノを。

 

「答えは三つあるからね」

「「えっ!?」」

こめたメッセージは三つ。

ひとつ目、何故、――くんではなく、――くんの方を『ゼロ』と呼んだのか、それが分かるのは数年後。

きっとその時に、この場面を思い出してくれるはず。

そんなことを考えていると、――くんが詰め寄ってきた。

「すっごい気になる。今、教えろよ」

(あーあ。ホントに気が短いんだから)

十年後の君とは大違いだね。『ゼロ』。

絶対に口には出さない彼の名を心の中で呟いて、私は、

「だめだよ」

ふふっ、と笑ってみせる。

「女の子はね、『秘密』がある方がキレイでいられるんだから」

 

―――――姐さんの名台詞、英文の方、うろ覚え(うっ、エーゴなんて)だったので、和文にしてしまった。

 

ふたりは、毒気を抜かれたような表情をした。

(やっぱり、私には分不相応、ってのでしたか)

仕方ない。もうひと押しかな。

 

少しばかり危険な気がしないでもないけど、まだ始まってないし、ということは当然、『彼』は存在しない。

 

「じゃあ、あとひとつだけ」

 

掴まれないように(だって何か、――くん近い、ってか、今、肩掴もうとしませんでした?)少しずつ下がりながら、

「……江○川―――、という子で、その名の通りの人物とふたりが出会ったなら、すぐ教えるよ」

 

(無理だろうな)

 

有り得ない未来。

 

だって『―――』くんが生まれる頃、――くんは……。

 

だから、これは私の願望。

 

 

―――くんがいる『未来』でも、そんな風にふたりで一緒に笑い合っていてほしい、と。

 

 

 

 

 

 

 

 



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譬え、この空が落ちても

「遠慮しないで上がってね」

「……お邪魔します」

靴を脱いだところであたしは、廊下の向こうがイヤに静かなことに気がついた。

「そう言えば、おじさまは?」

「お父さんなら、今日は仕事で泊まり込みだから、帰って来れないって」

(蘭さん?何かすっごくいい笑顔なんですけど、もしかして計画的犯行?)

「えっと、一応、家に連絡入れていいかな?」

(予定、変更しないといけないし)

断って電話すると、やはり調整が幾つかあった。

何とか調整を終えると、最後に笠井が、

「それではお嬢様、……ご武運を」

と言って切れたけど、ここ戦場じゃないから!!

「園子?お話済んだんなら、こっち手伝ってくれる?」

「はいっ!!」

(やっぱり、そうなのかな?)

玉ねぎをみじん切りにしたら、あめ色になるまで炒め、冷ましたそれを挽き肉に混ぜて――

(ここまでくればもう分かりマスね。今晩のおかずは皆さん大好きハンバーグです!)

スパイスを入れて味を調える。

「蘭、これ量、多くない?」

「半分はお父さんとコナンくんの分よ。明日、出そうと思って」

付け合わせの人参とポテトを作りながら、蘭が答えた。

(……今は、まだ聞かない、ってことね)

表面上はいつも通りの蘭に、もちろんあたしも合わせることにした。

「はーい」

 

 

ハンバーグを焼く間に味噌汁も作っておく。

(具は何がいいかな。やっぱり豆腐と油揚げ?)

「蘭、お味噌汁は豆腐と油揚げでいい?」

「いいわよ」

(ふたりで作ると早いわ)

ほど良い焼き色がついたハンバーグに手作りソースをかけ、ご飯とお味噌汁を添える。

「「いただきます」」

(……美味しいはずなんだけど、この後のことを考えると、ね)

しぜん、口数も少なくなる。

(空気が、重い)

黙々と食べ進め、食後のお茶をいれようとしたとき、

「あ、お風呂入れておくから」

さっ、と、蘭が立ち上がった。

「じゃあ、お茶いれておくね」

「うん、ありがとう」

蘭がドアの向こうに消えたのを確認して、

(か、肩こった……)

思わずため息が洩れる。

(尋問タイムはいつ――)

 

これが世にいう『蛇の生○し』というものでしょうか。

 

 

 

「お風呂、沸いたよ。どうぞ」

「いや、いいよ。蘭が先に行って」

「え、だって園子がお客様なんだから――」

「いいって。正直に言うと、一番に入ると何か落ち着かない、っていうか」

はっきりいってこれは前世の影響。

一人暮らしが長かったせいか、最初に入るときの、何とも言えない寒々とした、もの悲しい空気を覚えていた。

(ふ、ふふ。そこ覚えてるってどれだけ、お一人様やってたのよ、自分)

「じゃあ、先に貰うね」

「いってらっしゃい」

と送り出してから、ふと気付く。

(『園子』はそうじゃなかったよね!?)

まだ実家に暮らしているお嬢様の園子にそんな記憶があるわけもなく。

(……やっちゃった)

がくり、と落ち込みながらも、やるべきことはやります。

「蘭ー!げん、……じゃなかった、ハンマーない?」

「え?その辺の引き出しにあると思うけど」

「悪いけど、開けていい?」

「いいわよー、そんな大したもの、入ってないし」

「わかった」

お風呂を蘭に譲ったのには、他にも理由があったりする。

(っと、ハンマー、ハンマー)

探しだしたハンマーを手に、あたしは床の上に広げた新聞紙に置いた『ソレ』に話し掛けた。

 

「ねえ、『ちかん』と『のぞき魔』、どっちで呼ばれたい?」

 

言い終わるのと同時にハンマーを叩きつけた。

 

「何!?今の音!?」

「やーねー、ちょっとムシがね」

「え?虫?そんなのハンマーで何とかなるの!?」

「大丈夫。園子さんなら、一撃必殺よ!!」

(粉々になったわね。盗聴器)

新聞紙の上で原型を留めない『ソレ』は、きっとコナンくんが仕掛けたのだろう。原作で見掛ける、丸いボタン型をしていた。

 

(ったく。何が『仕度してくる』よ。ちゃっかり仕事してるじゃない)

 

 

 

 

「「ごめんなさい」」

(あれ?かぶっちゃった?)

後は就寝のみ、となったところであたしは覚悟を決めてこの台詞を言ったのだけど。

(何で蘭まで?)

蘭の方を見ると、目線だけで理解したのだろう、蘭が口を開いた。

「あのね。あの後私も考えてみたの。どうして園子が連絡寄越さなかったのか」

「それはコナンくんが――」

「うん。そうだよね。あの子よく一人で突っ走ちゃうから。心配だったんでしょ?」

あたしが頷くと、

「でも、それ以外にもあるんじゃないの?」

「え」

蘭は少し気まずそうに視線を逸らすと、

「例の、『仙台』の時はちゃんと電話してくれたよね」

「……あ」

「でね、幾ら大変な事態だったからって、あの言い方はちょっとなかったかな、って」

(確かあの時、蘭は『東都駅』の爆弾騒ぎのことを言って、でも)

「蘭は悪くないよ」

「でも」

「その時、コナンくんが飛び出して行ったんでしょう」

うん、と頷いた蘭を見ながらあたしは心の中で、そっとため息をついた。

(もう。『コナン』のキャラっていい人ばっかりだなあ)

本来なら、何も知らせなかったあたしが怒られる場面なのに。

「ずるいよ、蘭。それじゃああたしが謝れないじゃないの」

「園子」

「コナンくんのことがあったとはいえ、連絡しないで本ッ当にごめんっ!!」

かつての『園子』のように両手を合わせて謝ると、

「園子、あのね」

無理しなくていいよ。

「へ?」

「後になって、コナンくんに聞いたんだけど、あの時コナンくんも園子の話、聞かなかったんでしょ?」

それは思い出したくないことだった。

もともと、あたしは『園子』のような外交的な性格ではない。

だけどさすがにそのままでは、『園子』を知る人達から見れば違和感が半端ない訳で。

『園子』を演じられそうな時は敢えてそうしてきたのだけど。

「ごめんね。せっかく電話してくれたのに、あんな対応しちゃって」

怖くて話せなくなっちゃうよね。

そう続けられても、あたしはすぐに答えられなかった。

(なにこれ。蘭が天使なんですけど)

 

あの時あたしは怖かったのだ。

もう一度かけても、またそっけない対応をされてしまうのではないか、と。

(これはもう、アレだな)

「蘭、お願いがあるんだけど」

「なに?」

 

「あたし――園子との思い出で、とっても心に残っていることを全て、話してくれない?」

 

 

 

きっかけは例のラベンダー事件のとき。

お祖母さまの部屋に入ったときの『園子』の暴れ方は尋常ではなかった。

あの時は七槻さんを説得しなければいけなかったから、でも今は――

そう思ってあたしは話し出した。

今の『あたし』は『園子』の別人格のような存在である、と。

そして時々、『園子』本人が出て来ようとする時があること。

恐らく、例の風邪で高熱となった際、一時的に仮死状態となり、代理としてあたしができたのではないか、と思っていること。

これまでは折り合いが悪く、『園子』を表に出すことが出来なかったが、事件も片付いた今なら、『園子』が出て来ても大丈夫だろう。

あたしが話している間、蘭は真剣な面持ちで聞いてくれていた。

「それでね。蘭が『お祖母さま』と同じくらい、印象に残っている思い出を幾つか話してくれれば、きっと『園子』も――」

(え!?)

ぎゅ、と蘭に抱きしめられて、固まっていると、

「園子だよ」

「え?」

「だって、京極さんのために、頑張ったんじゃないの?」

(あれは……)

京極さんを空港へ迎えに行くために、一生懸命服を選んだことを指摘され、あたしは何も言えなかった。

「とっても、頑張ったよね」

「……う」

(そうだった。京極さんに嫌われたくなかったから、あたし――)

もともと原作での京極さんの印象は悪くなかった。

『園子』だけを見てくれる好青年。

その真っ直ぐな眼差しがあたしのことも見てくれたら、って。

(それなのに――)

やっぱり、京極さんの一番は『園子』で。

「ううっ、」

緊張の糸が切れた、ってこのことを言うのだろう。

情けないことに、泣いてしまった。

「ううっ、頑張ったのに、……京極さん」

「うん」

背中をさすってくれる手はとても優しくて、あたしの方がずうっと年上のはずなのに、まるでお姉さんのようだった。

 

 

 

しばらくして何とか落ち着いて、あたしは蘭に打ち明けることにした。

流石に『転生』と『コナン』世界については言えないけど。

この間の『風邪』から実は、事件に関する『予知』のようなものができるようになった、と話すと蘭は――

「……園子ってば」

どうしてもっと早く言ってくれなかったの、と言われてしまった。

「でも、その」

(蘭に嫌われたくなかったし……)

そう言うと蘭は呆れたように、

「何言ってるの!今更、それ位で友達やめたりしないよ!」

(え!?)

「……不気味だとか、思わない?」

嘘つき、とか。

無難なのは、その場しのぎに話だけ合わせて後でハブ……。

「怒るよ」

「すみませんでした。ごめんなさい」

「とにもう。何かこのところ態度がおかしいと思ってたら」

「でも、あのう……」

(やっぱり言っておかないと)

「あのね、この『予知』って何らかのワードがきっかけで起きるみたいで。それで、その、やっぱり」

「やっぱり……何?」

(ひいぃぃぃっ!!その笑顔の後ろに何か禍々しいものがっ!!)

だけど、ここで引くわけにはいかない。

(がんばれ!自分!)

「あたし、蘭が大切なのっ!」

だから――

「蘭とコナンくんには!絶対に安全なトコに居てほしいのっ!!」

「園子……」

(やっぱ『コナン』のヒロインは蘭だしね。それに工藤くんがいなかったら、『コナン』じゃないし)

とにかく、ここは押しまくろう。

「あたし、蘭がいなかったら……」

「園子、でもね、私も園子が大切なんだよ」

「だめだめだめ!!蘭は絶対に安全なところにいて!!」

「園子ってば」

(だって幾ら蘭が空手、強いからって、からめ手とかは弱いし)

とにかく蘭が大事だから、と主張していると蘭が大きくため息をついた。

「もう。それだったら園子、ひとつだけ約束してくれる?」

「何?」

こそっ、と耳元で囁かれた台詞にあたしは固まった。

 

――安室さんには連絡してね。

 

(えええぇぇぇっっ!!)

「ちょ、蘭!!」

「約束だから、ね」

(だからね、って、何でしょうか、その笑み)

「いやあの」

「や・く・そ・く」

「……はい」

 

 

蘭の説得は成功したけど、別の大きな問題が浮上してきたような気がするのは、気のせいでしょうか。

 

 

 

 

夜更け――

 

 

あたしはひとり、誰もいないキッチンで呟いた。

 

あたし――鈴木園子は、何があろうとも、蘭との友情を優先する、と。

 

 

昔、読んだ小説にあった誓いの言葉をそっと口に乗せた。

 

 

 

空が落ちぬかぎり

 

山が崩れ 無とならぬかぎり

 

海が干上がり 不毛の地とならぬかぎり

 

この誓い 破られることなし

 

 

 

 

 

 

 

 



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お嬢様と『執行人』①

あてんしょん!

園子視点のため、やむなくカットした場面、出番がなくなったキャラがおりますm(_ _)m

それでもよいという方がいらしたら、お願いしますm(_ _)m

誤字報告、ありがとうございますm(__)m修正しましたm(__)m






「……何で」

 

ポアロの店先。

 

あたしは目の前の光景が信じられなかった。

 

「何で怪我なんてしてるんですか!?」

 

 

 

サミットが行われるという〈エッジ・オブ・オーシャン〉

 

ショッピングモールを中心に道路が放射状に広がり、様々な建物が並ぶ。

周りにある建築中の高層ビルの中でも目を引くのは、巻き貝のような螺旋がモチーフのカジノタワー。

敷地の外周は上下二層構造のモノレールが周回しており、これでもかと先進国の威厳を見せ付けている。

 

 

そして、無人探査機『はくちょう』。

 

このことを知ったあたしはすぐに気がついた。

 

(これって『執行人』じゃない!!)

慌てて日付を確認すると、あと二週間もなかった。

頭の中の『事件簿』を急いでめくる。

確か、爆破事件が起こるのは――

(公安が事前チェックしてて、その時現場に安室さんがっ!!)

あたしはすぐに安室さんに連絡した。

どうやってこの情報を得たのかは伏せ、サミット前、公安のチェックが入っているときに爆破される、と。

(不審がられるのは分かっているけど、確かあの時って、『死傷者が出た』ってニュースでやっていたし)

放ってなんておけなかった。

あたしの話が終わると安室さんはすぐに、必要な手筈を調える、と約束してくれた。

それなのに――

 

 

「どうして」

尚も詰問しかかったあたしを手で制して、『ポアロ』の中へ。

「安室さん、」

朝も早いこの時間、店内にはもちろん誰もいなかった。

「少し落ち着いて」

(全然、落ち着けないんですが!!それに近いしっ!!)

「時間がないから簡単に言う。きみに教えられた時間より早く爆発が起きた」

――……え!?

「それで!」

他にも怪我をした人は!?と聞きかけたあたしに、

「怪我人は出たが、死んだ者はいない」

「……よかった」

(でもどうして、そんなことが――)

「あの、早くってどれ位ですか?」

「二時間程だ」

(そんなに!?)

それはとても誤差で済ませられる範囲ではない。

脳裏に、仙台で聞いたあの声が蘇る。

「まさか」

うっかり声にしてしまい、

「まさか、何だい?」

口調こそ優しげだが、その眼差しはかなり厳しかった。

(今は、まだ言えない)

ここで『ネオ・グリフォン』のことを話したら、あたしが抱えている『事情』も話さなくてはならなくなる。

(それに――)

だから替わりに、

「バタフライ……」

あたしがそう言いかけるとすぐに、

「バタフライ・エフェクトか」

(やっぱり、知っていましたか)

『バタフライ・エフェクト』――起こるべき『未来』を変えてしまった後に起きる歴史の変化。

 

あたしは七槻さんを助けてしまった。

後悔はしていない。

(していないけど……)

「一応、聞いておくが、この後はどうなるんだ?」

あたしはまだ全ての真相を話していなかった。

だって、犯人の動機が、『公安――降谷(安室)さんへの怨み』なんだもの。

これは、かなり言い辛い。

身近な人、ということもあるけど、誰よりもこの国を守りたい、って人が、何万人もの人の命を奪う事件の動機にされてしまうのだから。

そして、ついさっき知ったもう一つの事実があたしを焦らせていた。

(どうしよう)

「園子さん?」

(やっばりダメだ)

あたしは顔を上げ、

「ごめんなさい。少し考えさせて下さい」

それだけを告げ、『ポアロ』のドアを開ける。

「なん、」

とそこで振り返って、

「あと、蘭を泣かせないで下さいね」

歩道に出るとあたしは全力で走り出した。

(ごめんなさい。でも――)

『ポアロ』に来る直前まで考えていたことが蘇る。

 

 

(何でこんな時にコナンくん、風邪でダウンしてるの!?)

 

 

『コナン不在の執行人』

 

 

そんなことがあっていいのだろうか。

 

一応、登校はしたものの、全然授業なんて聞いてなかった。

『執行人』は『ゼロ』である降谷零とコナンくんが活躍するストーリーだったハズ。

(というか、主人公が不在、ってどんな話よ……)

元々の始まりは、『NAZU不正アクセス事件』。その容疑者が勤務していたゲーム会社に侵入して捕まった人物が、本当は公安検事の『協力者』で、だけど当人は協力者であることを言わず、その後、異例とも言える公安の取り調べの後、自殺。

その時、取り調べをしていた公安というのが、安室さんこと降谷さんで――

犯人はその時のことを怨んで、事件を起こしてしまう。

(確か、最初の爆破事件はガス管にアクセスして、IoT圧力ポットを使って爆破したんだっけ)

何というか、『執行人』は硬派の警察小説を読まされているようで、話が入り組んでいて詳細までは覚えていなかった。

(もう少し、映画観とけば、ってあれ?)

そこで違和感を覚えた。

何となく、本当に何となくだが、おかしな感じがしたのだ。

頭の中の『事件簿』に入っているコナン映画の情報は二十本は軽くある。

(あたし、全部、観に行ったんだっけ?)

一瞬、悪寒に襲われそうになったが、ムリヤリ無視することにした。

(それよりも、一番気になるのは――)

「園子、どうしたの?何か顔色悪くない?」

心配そうに聞いてきた蘭に、

「ごめん、ちょっと早退するね」

「え!?ちょっと園子!?」

そう決めるとあたしは帰り支度をし、先生に断りをいれ、さっさと下校してしまった。

 

 

今回の事件で一番気になるのは、毛利探偵がこの事件の容疑者として起訴までされてしまうことだ。

(蘭の泣き顔なんて見たくないよ……)

でも、と思い直す。

(今回はコナンくん寝込んでるし、毛利探偵を巻き込む理由はないはず)

何故、毛利探偵が巻き込まれたのか。

それは『蘭姉ちゃん』が大好きなコナンくんを奮い起たせるため。

(だったら、きっと大丈夫)

 

そうは思ってもつい心配になり、あたしは毛利探偵事務所へ足を向けた。

 

 

だが、そんなあたしの予測は、外れた。

 

毛利探偵事務所の下の道路には、何台ものパトカー、そして明らかに覆面と分かる乗用車。

(そんな……)

階段を駆け上がり、事務所のドアを開けると、

「だから、知らねえって!」

何人もの刑事が動き回る室内で、異議を唱える毛利探偵の姿があった。

「押収されたあなたのパソコンから出てきましたよ。サミットの予定表、それから爆破された国際会議場の見取り図が」

(風見さん……)

その表情には、こちらの釈明など一切受け付けない、という強い意志が見て取れた。

ここに蘭の姿がないのが却って幸い――あれ?

(映画ではここ、あたしと蘭、それにコナンくんもいなかったっけ?)

「あれ?お前、学校はどーしたんだ?」

毛利探偵に聞かれて、ちょっと早退してきたけれど、たまたま通り掛かったら、パトカーが気になって来たのだと説明しておく。

「おじさまはそんなことできませんよ。パソコンできないですし」

「そうだ!できません!!」

毛利探偵も言うが、風見さんには聞こえていないようだった。

「あの、こんな時に何なんですけど、コナンくん、具合はどんな感じなんですか?」

「ああ。あいつなら、阿笠博士のとこだよ」

「え」

「昨日、博士のとこで遊んでるうちに、熱出しちまってよ。迎えに行くか聞いたんだが、向こうで休ませとくからってさ」

(ん?これってどうゆうこと!?)

考え込みそうになったとき、

「とにかく。詳しい話は警察で聞きます」

風見さんが近づいて来て、毛利探偵の腕をとった。

(あ、これヤバいやつ)

あたしが忠告する間もなく、

「ふざけるな!」

毛利探偵がその手を振りほどいてしまった。

「公安の任意同行なんか知るか!」

「では今の公務執行妨害で逮捕します」

「手を払っただけだろーが!って、おい!!」

風見さんは毛利探偵の腕を掴み、手錠を掛けると時刻を読み上げた。

 

「放せよ!おい!!」

「暴れれば容疑が増えるだけですよ」

毛利探偵の抗議が遠くなるのを聞きながら、あたしの頭の中は疑問符で一杯だった。

 

 

 

(何で!?どうして毛利探偵が!!)

あたしは真澄さんに、蘭についていてあげて、とメールを入れると、阿笠博士の家へ向かった。

この逮捕劇は公安主導で行われている。

つまり起訴は不可避。

映画でも毛利探偵は起訴されてしまうが、その後勾留中に爆破事件と同一犯と思われる事件が起き、釈放されたはず。

(でも、そこまで待っていたら、大変なことになってしまう!!)

警視庁に迎えに行った蘭達は、そこで事件に遭ってしまうのだ。

犯人の手によって軌道を変えられた無人探査機『はくちょう』が警視庁目掛けて墜落してくる、という、事件というより、未曾有の大惨事に。

(そんなことになる前に、何とかして止めなくちゃ!!)

しかし、そこであたしの足が止まった。

待って。

この事件の犯人って、公安検事のあの人だよね。

最初の爆破のとき、ちょっとしたミスをしてくれるけれど、今の時点でそこを突っ込んでも、絶対かわされる。

ただの勘違いで済まされてしまう可能性が高かった。

ある程度は原作の通り進めるしかないのか、と重い足取りで辿り着いた阿笠邸のピンポンを押す。

「はい」

「こんにちは。哀ちゃん。コナンくんが寝込んでる、って聞いたんだけど、って哀ちゃん、学校は?」

「いるわよ。上がって。念のため休んだのよ。そういう貴女こそ、どうしたの?」

「お邪魔します。えっと。あ、こんにちは、博士」

「おお、園子君か。はて、今日は半ドンじゃったかの?」

「……半ドン?」

「午前中だけ、ってこと。ちょっと早退してきたんですけど、蘭が大変なことに、って工藤くんは?」

「奥で休ませておるが。新一……」

「待って下さい。博士」

「どうかしたかの?」

「園子さん?」

訝しげなふたりに、あたしはざっと状況を説明した。

 

 

 

それは大変じゃ、と立ち上がりかけた博士に、

「待って下さい。工藤くんの容体はどんな感じなんですか?」

「それはその……」

口ごもる博士に代わって哀ちゃんが答えてくれた。

「あまり良くないわね。中途半端な解毒薬を何度も飲んできた副作用も出てきているようだし」

あたしはこれまでのコナンくん、こと工藤くんがやらかしてくれたあれこれを思い返しながら、

「とても、教えられないわね」

「うむ」

「そうね、あのラブコメバカ探偵のことだから、恋人の父親がそんなことになっている、と分かったら、今すぐ起き上がって、解毒薬要求してくるに違いないわ」

(哀ちゃん、今はっきり、『◯カ』って言いませんでした!?)

「あのー、お疲れなら、ウチから看護師派遣しても――」

「気持ちだけ、受け取っておくわ」

 

その後、このことは工藤くんが回復するまで黙っておくことになり、工藤くんのスマホは哀ちゃんが預かることになった。

「それから、博士」

「何じゃね」

あたしは念のために幾つか発明品を注文することにした。

 

 

 

その後、蘭と真澄さんは蘭のお母さんの法律事務所を訪れ、毛利探偵の弁護を頼んだらしい。

だがやはり、身内の弁護は出来ない、と言われてしまったようだ。

 

(こういう場面、原作にあったなあ)

そんなことを思いながら、あたしは蘭にメールした。

急に具合が悪くなって駆け付けられなくてゴメン、と。

後で毛利探偵が話したらすぐにバレるけど、本当に今は考える時間が欲しかった。

すぐに蘭から返信がきた。

具合は大丈夫か、というのと、工藤くんに連絡したからこっちのことは心配しなくていい、とか。

(いや、工藤くん、今思いきり動けないし)

蘭の気遣いが嬉しくて、……痛い。

あたしは真澄さんに、もう少しの間、蘭を頼む、とメールした。

するとすぐに返信。

見ると、何を考えているのか知らないけど、メドがついたらすぐ蘭に教えるように、とあった。

「……読まれてる」

乾いた笑いしか出ない。

 

 

(でも、本当にどうしよう)

何度も頭の中でシミュレーションしてみたが、やはりコナンくんが動けない、というのが痛かった。

ストーリーの要所要所でコナンくんが動くから、話が進むわけで――

あたしは重い息をついた。

『執行人』のもうひとりの主役――安室さんには、まだ知らせたくなかった。

(コナンくんが具合悪いのって、本当に副作用なんだよね?)

あの後、コナンくんには会っていなかった。

まだ寝ているから、と言われてしまったけど、何か、会わせたくないような雰囲気があったような気がして。

(まさか……ネオ・グリフォン)

あいつが毒でも盛ったのだろうか。

だとしたら、安室さん達にも何か仕掛けてくるのでは、と気になってしまう。

仙台の事件で受けた印象だと、愉快犯を思わせる言動が多々あって、よく七槻さんのとき、邪魔されなかったと思う位だもの。

そして、バタフライ・エフェクトの可能性も捨てきれない。

あたしが未来を変えてしまったことで、『執行人』の世界はどこまで筋書きを変えてしまったのだろう。

脳裏に映画のラストシーンが浮かぶ。

コナンくんが不在だとあの場面、全ての役割を『彼』がひとりでこなさければならなくなって――

 

とんでもない想像をしてしまったあたしは、ある決意を固めた。

 

 

 

 

翌日、あたしはとある屋敷の前にいた。

(ここでダメなら)

「はい」

呼び鈴に応じて現れたのは、大柄で厳つい顔をした執事らしい男の人。

「突然、すみません。あたし、鈴木園子といいます。至急、お話ししたいことがありまして、紅子(あかこ)さんに取り次いで戴けないでしょうか?」

 

あの後、必死に思考を巡らせたあたしは、とある結論に辿り着いた。

 

『コナン』がダメなら、もうひとりの主人公、『キッド』では?

 

作品こそ違えど、『怪盗キッド』は何度か『コナン』に出没している。

(映画だって何度か出てるし、大丈夫よね?)

だが、すぐに怪盗キッドの正体である『黒羽快斗』に接触するわけにはいかなかった。

なぜなら――

「あなたが、鈴木園子さん?」

今、目の前にいる小泉紅子さんは、『怪盗キッド』のコミック『まじっく快斗』に出てくる主要人物のひとり。

(確か、『赤魔術』の正統な後継者で、何度かキッドを助けているんだっけ)

キッドの作品がコミカルな印象が強いため、そんなに凄い人には思えないのだが、彼女の魔女としての実力は侮れないものがあった。

「初めまして。鈴木園子です。急に伺ったのにお会いして下さり、有り難うございます。今日、こちらへ伺ったのは――」

「待ちなさい」

あたしの言葉を遮ると、紅子さんは執事らしい人に水晶玉を用意させた。

「ふう。……あら、あなた、『混ざりもの』なのね」

「え!?」

紅子さんは尚も水晶玉に手を翳しながら、

「複雑に絡まりあっているわね。これは私にも読めな……ああ、『彼』に用があるのね」

(まだ何も言ってないのに!)

やはりこっちを先にして正解だった、と思っていると、

「それでどうして、あの『白き罪人』よりも、私の方を先にしたのかしら?」

(いえその、そういうところなんですけど!)

あたしは、心の中で目一杯叫んだ。

 

 

 

話を聞き終えた紅子さんは、すく、と立ち上がった。

「では、行きましょう」

「えっ」

「今回の件は時間が勝負のようよ。これから、『彼』がいるところまで案内してあげるわ」

足早に部屋を出る紅子さんに付いて行きながら、

「ありがとうございます。でも、どうしてそんなに――」

よくしてくれるんですか、と続けようとしたとき、紅子さんが振り返った。

「あら、恋する乙女に助力するのは当然のことよ」

(へ!?)

――ダレデスカ、アナタ?

(紅子さんってこういうキャラだったっけ?)

あっけに取られるあたしを先導して、紅子さんが連れてきてくれたのは、まだ開店前のバー。

「あの、」

「いいから」

地下への階段を下り、扉を開く。

「いたわね」

紅子さんの声に薄暗い店内を窺うと、カウンターには大分年を召したバーテンらしい男性と、カウンター席の前にひとり、学生服の男の子がいた。

(あれが、寺井さん。そして学生服の彼が、キッドこと黒羽快斗くん、わ、ホントに工藤くんそっくり!!)

そう思って見ていると、黒羽くんがつかつかと近づいてきた。

(あれ、何か怒ってる?)

「あんたが鈴木園子か?」

「そうですけど」

すると黒羽くんは、いきなりあたしの肩を掴んだ。

(何!?)

 

 

「お前、青子をどこにやったっ!?」

 

 

 

 

(……Why?)

 

 

 

 

 



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お嬢様と『執行人』②

「青子をどこにやった!!」

 

あまりと言えばあまりの台詞に、

 

 

(……Why?)

 

一瞬、日本人を放棄してしまった。

(何!?今、何て言ったの!?)

「黒羽くん、落ち着いて」

紅子さんが黒羽くんの腕に手をかけ、あたしの肩から放してくれた。

(びっくりした)

「園子さんはさっき私のところに来たばかりよ。話を聞いた限りだと、青子さんとは知り合ってもいないようだけれど」

何があったの?

紅子さんがそう問いかけると、黒羽くんは少し落ち着いたようだった。

「ついさっき、メールが来たんだよ。『青子は預かった』って。鈴木園子って奴の名前で。それで青子の携帯、掛けてもつながんねーし」

「黒羽くんにしては随分と早計ね」

「だってよ、青子が……」

あたしはそのやり取りを見ながら、イヤな予感に襲われていた。

(これって――)

その時、まるでタイミングを見計らったように、着信音が響いた。

「もしも……、テメーかっ!!」

青子をどこへやった!!とがなり立てる黒羽くんを見ながら、あたしはその予感が当たってしまったのを知った。

(そんな――彼がダメだったら、他に誰が……)

「おい。あんたと代われ、って」

不承不承、といった体で黒羽くんが渡したスマホを受け取る。

「代わりました。鈴木園子です」

――キャハハハハッ!!久しぶりだね~~っ!!

やはり、電話の向こうにいたのは、あたしが今、一番話したくない相手だった。

――ちょっと忠告しておこうと思ってね~~!!ダメだよ。今回、『そこ』は領域外なんだから。

いつもみたいに『コラボ』じゃないんだからねっ!!

黒羽くんがスピーカーモードにして渡したので、会話は全て筒抜けになっている。

コラボ?と誰かが呟いたのが、聞こえた。

あたしは急いで話を繋いだ。

「分かったわ。彼には『キッド』には頼らないから。青子さんを帰してあげて」

『キッド』の下りで黒羽くんが、ぎくりとしたみたいだったけど、そこまで構っていられなかった。

『原作』や『転生』のことがバレるより、こちらの伝手で『キッド』の正体を知った、と思わせる方が何倍もマシだったから。

――あれぇ?随分、物分かりがいいんだねぇ。

「このまま、彼には何も言わずに帰るわ。それでいいんでしょう?」

――いいよー。じゃあ、君が帰ったら、あの女の子は送ってあげるね。

「ええ。それじゃ」

あたしは通話を終え、黒羽くんにスマホを返した。

「紅子さん、ありがとうございました。でも、この件はこちらで何とかしますから」

ドアの方へ行きかけると、紅子さんが、

「待ちなさい。あなた、黒羽くんの力を借りずに、本当にいいの?」

「何とか、します」

ドアノブに手を掛けたとき、ふいに紅子さんが言った。

「原点に還りなさい」

(え、)

思わず振り返ると、

「今、私に言えるのはこれだけよ」

 

あたしは会釈してそこを離れた。

 

 

 

 

(原点、かあ)

帰り道、あたしは殊更ゆっくりと歩を進めていた。

(コナンくんがダウンしてて、『キッド』もダメ、って。じゃあ、誰があのボール、蹴るのよ!!)

ラストシーン、軌道を変えて墜ちてくる『はくちょう』のカプセルに花火ボールをぶつけて、何とか逸らして――

(うん、何かこう思い出すだけでも、どうしたらいいのか、分からない)

ボールを空中で蹴り上げることもそうだが、そこへ辿り着くまでの行程も凄いのだ。

何せ、落下してくるカプセルを追いかけながらなので、まさに時間との勝負。

これまでのカーチェイスが安全運転に思える位のエグさで、R-X7を操る安室さん。

『いやこれ、もう事故でしょっ!?車、落ちてるっ!?ジコだよっ!!』と叫びたくなる位で、もしこれが実写だったら、スタントマンしてくれるヒト、いないと思う、マジで。

(あの車の助手席乗れるの、コナンくん位だわ)

そこまで考えてあたしは、気が付いた。

(えと、ってことは安室さんとも連携しないといけないんじゃない!?)

映画では、コナンくんが公安の『降谷さん』の協力を取り付けて、証人も出して、犯人説得して、コードを聞き出し……。

他にも阿笠博士のドローンとか、少年探偵団の協力――。

細々としたことを思い返してあたしの歩みは更に遅くなった。

(えと、これ全部、あたしがやるの!?)

涙目になりかけたとき、スマホが震えた。

(ん?笠井から?)

メールを見ると、毛利探偵が送検されたことと、弁護人と担当検事が決まったとあった。

(橘境子、日下部誠。ついにきたわね)

橘境子は『ケー弁』――事務所を持たず、ケータイで仕事を受ける弁護人なので、例え負ける案件であっても仕事が欲しかったとか言うが、これは嘘だ。

(NAZU不正アクセス事件に関連して、ゲーム会社に侵入して捕まった容疑者さんのことが好きだったんだよね。橘さん)

彼が、公安の取り調べの後、自殺したのを恨んで復讐の機会を狙っていた、と。

そのため、今回の裁判では彼女はアテにならない。

何故なら、公安はこの裁判を『勝たせたい』のだから。

(自分で立件しといて、よくやるわ)

そのシーン、観たとき『はあっ!?』って言いたくなったわ。

 

 

(橘さんかあ)

そういう立場になったらしょうがないのかもしれないけど、あたしはあんまり好きになれそうにない。

幾ら好きな人が自殺に追い込まれたからって、他人を巻き添えにする、っていうのがちょっと……。

(あたしが彼女の立場だったら、それはしたくないな)

自分が苦しいからって、赤の他人を巻き込むだなんて。

きれい事、と言われてもそこは譲れなかった。

(英里さんの事務所、行かなくて正解だったわ)

もし、うっかり顔会わせたら、何か言ってしまいそうで怖かった。

ちなみに『園子』に倣って『おじさま』『おばさま』と呼んでるけれど、前世のあたしは結構年が――。

毛利探偵の年齢知って『嘘!そんなに若かったの!?』って驚いたもの。

 

スマホの画面をニラみながら、あたしは、はあ、と息を吐いた。

(とにかく、思い出せる限り、書き出してみた方が早いかも)

何とか、考えを纏めたとき、またスマホが振動した。

(あ、電話)

「はい。もしも……え?」

 

 

翌日。

あたしは早朝に『ポアロ』へ向かった。

「……おはようございます」

「園子さん、おはようございます」

もちろん、店内に他に人はいない。

あたしは手早く鞄からメモ用紙を取り出した。

(メールとかでも良かったんだけど……何か、電子機器は却って怖い気がして)

「取り敢えず、今言えるのはそれだけです」

メモを受け取りながら、サッと目を通した安室さんは、

「……IoTテロか。何てことだ」

あたしは踵を返しながら、

「それより、どうして――」

毛利のおじさまを被疑者に仕立てたんですか。

そう聞こうとしたとき、

「おはようございます!あら、園子ちゃん!」

「おはようございます。梓さん」

梓さんはあたしと安室さんを見比べながら、

「あら、もしかしてお邪魔でした?」

「違います!もう!失礼します」

「やだ、怒らないで園子ちゃん。あら?そのイヤーカーフ?かわいいわね。それに私服?」

「あ、今日はちょっと用があって」

「へえ。何か、パーティー?それとも……」

「違いますから!それじゃあ、また」

「はーい、いってらっしゃい!」

(どうしてもそっちの方向に持って行きたいのかな。梓さん。……女性ってどうしてこう――)

歩道に出ながら、ふっ、と息を吐く。

(そう言えば、前世であたし、こんなふうにレンアイ話とかしたことなかったなあ)

ピアノで食べて行くには、物凄い時間が取られる。

それこそ、ピアニストなんて目指した日には、起床時間のほとんどを練習に当てなくてはならない位。

(そこまでして音大入ったのに……ピアノ講師がせいぜいって)

 

情けなすぎて、涙もでない。

 

しばらく歩くと見慣れた車が横付けされたので、さりげなく車内へ入った。

「首尾は?」

「上々です。ですがお嬢様、よろしいのですか?」

「いいのよ」

あたしはそう答えながらスマホを操作し、必要と思われる打ち合わせを幾つかこなした。

さっき安室さんに渡したメモには、IoTテロのことは書いたが、無人探査機『はくちょう』が軌道を変えて墜ちてくることも、犯人の動機も、ドローンや花火ボールのことも書いてなかった。

なぜなら今回はできる限り、原作沿いにしたかったから。

(そうしないと、何が起こるか――)

空中分解する白いスポーツカーの映像が頭をよぎり、あたしは首を振った。

 

(そんなことはさせない)

 

 

 

早朝であることを侘びながら、博士の家を訪れ、相変わらず臥せったままだというコナンくんに見舞いの品を言付け、博士から残りの発明品を受け取った。

「超特急じゃからの。悪いが成功率は七十パーセントじゃぞ」

「それで充分です。ありがとうございます」

そのまま立ち去ろうとしたあたしに、学校へ行っているハズの哀ちゃんが話し掛けてきた。

「ねえ」

「はい?」

「……あなた、何者?」

「は?」

「工藤くんのことを見抜いたことといい、そのほとんど予知めいた洞察力。一体あなた何者なの?」

(ええっと。ここは誤魔化すしかないな)

『転生者』なんて絶対に言えない。

あたしは、ふふっ、と笑ってみせてから、

「鈴木園子、ただの『お嬢様』よ」

じゃあね、と車へ戻る。

 

 

(さて、と。安室さんにこのイヤーカーフも印象付けられたし。これで必要なものは大体揃ったわね)

「やってちょうだい」

意識を切り替えたあたしは、とある場所へと車を向かわせた。

 

 

 

その翌日――。

 

 

あたしは、警視庁近くの公園にいた。

休憩所のベンチに座り、持参した文庫本を開く。

タイトルは『秘密の花園』。

昨日、鈴木家の図書室で見つけ、懐かしいと思って持って来てしまった。

(たまにはこういうのもいいかな)

と、寛いでいる場合ではない。

あたしはイヤーカーフ盗聴器のスイッチを入れた。

 

――我々公安部の捜査の結果、爆破現場の不正アクセスに『Nor』が使われていたことが分かりました。

途端に風見さんの声が聞こえてくる。

(ごめんなさい。風見さん)

昨日、あたしは哀ちゃんと元太くん達に頼んで、風見さんに盗聴器を付けて貰ったのだ。

(これ、本当はコナンくんがやるんだけどね)

さすがに哀ちゃんに、『やりたいゲームソフトが入ってるから、パソコン返して~』と、風見さんの上着の袖にすがりついて盗聴器を、というのは頼み辛かったし……哀ちゃんのキャラじゃないよね。

 

――ノーア?

 

とにかく、探偵団の皆のお陰でこうして捜査会議の内容を聞けるのだ。

(今度、何かおご……まだ大事なシゴト、あるけどね)

コントロールを失った『はくちょう』に爆薬を積んだドローンをぶつけて修正する、というね。

(哀ちゃんにはその辺りの件、話しておいたけど)

 

 

――IPアドレスを暗号化し、複数のパソコンを経由することで、辿れなくするブラウザソフトです。

――ノーアの匿名性は解除できないのか?

――できません。ただ、ノーアのブラウザに構成ミスやバグがあれば、ユーザーを特定できる可能性があるそうです。逆に言えば犯人のノーアブラウザにこちらから脆弱性を作れば、追える可能性があります。現在、公安部でサーバーを辿り、ユーザーが特定できる可能性を探っています。

――ノーアだか何だか知らんが、毛利君にそんなこと、できるかね。

――ノーアは素人でも簡単に追えます。

 

 

 

――招集がかかりました。一時、退席します。

 

 

 

あたしは先ほどから、1ページも進んでいない文庫本を強く握りしめた。

(そろそろね)

 

「捜査会議の盗聴ですか?」

振り返ると、思ったとおりの人物がいた。

「親友のためなら、本当に一生懸命になるんですね、園子さん」

「……安室、さん」

「何故、と聞いても?貴女ならこんなことをする必要はないと思うが?」

(それは――この話の主人公である『コナン』が出てこないため)

バタフライ・エフェクトの可能性も捨てきれないため、できる限り『原作通り』の展開を残しておきたかった。

言い淀んでいると、近くの植え込みから音がした。

「構わない。出てこい」

そこから出て来たのは、訝しげな表情をした風見さん。

「なぜ、私を呼んだんです?降谷さん」

この後の場面を知っているので、あたしは思わず顔を背けた。

(安室さんが風見さんの腕を掴んで捻り上げて、ここで盗聴器が見付かるんだけど、映画で観ると、何か迫力が凄くて)

だって安室さん、親の仇ですか、って位なんだもの。

 

「これでよく公安が務まるな」

「……すみません」

顔を戻すと、安室さんが盗聴器を指で押し潰すところだった。

(って握力どんだけですかっ!?あたし、壊すのにハンマー、必要だったのに!?)

 

「一体……誰が」

お互い呆気に取られているうちに、安室さん退場。

慌てて追いかけても、とっくに安室さんの姿はなくて。

橋の上で風見さんと対峙する。

「盗聴器は君が?」

信じられない、という風見さん。

(うん、そうですよね。この間まで協力関係だったのに)

「すみません。蘭のことがあって……気になってしまって」

怒られるかと思ったけど、意外な返答があった。

「そうか。そうだな。友人の親があんなことになれば、仕方ないか」

どこか自嘲気味な台詞に同調したように、雨音が聞こえてきた。

橋に寄りかかり、波紋が広がる川面に顔を向けたまま、風見さんが口を開いた。

「君の知っている彼は……人殺しだ」

「え、」

「去年、拘置所で取り調べ相手を自殺に追い込んだ」

ここは『自殺って』か、沈黙を返すべき場面。

だけどあたしは、

「違います!」

「……え?」

しまった、と思ったけれど、もう止められなかった。

「あの人はそんなことしません!もし、そう見えるのなら、何か理由があったはずです!」

叫び終えたあたしは頭を抱えたくなった。

(……やっちゃた)

原作に沿うはずだったのたけど、あまりにも風見さんが信じているみたいだったから、つい。

(風見さんって一番の部下だよね。それなのに、これはキツイんじゃないかな)

「君は何を言って」

(ここまできたら半ばヤケです)

まだ信じられない様子の風見さんに、食い付くように、

「教えて下さい。それってどういう事件だったんですか!」

とそこでやっとあたしは我に返った。

「すみません。勝手なこと言って」

失礼します、とその場を去ろうとしたとき、

「待ってくれ」

「……は、い?」

 

 

 

何故かあたしはとある小部屋にいた。

「これが、その事件の資料だ」

風見さんが持ってきてくれた書類は『ゲーム会社不法侵入、及び窃盗事件』それに付随する形で『NAZU不正アクセス事件』。

あたしは甘えついでに今回の事件の資料もお願いしてしまった。

そこまでして何だけど。

 

 

――警視庁の、絶対に一般人がいてはいけない部署。

「あの――」

「持ち出しは厳禁。ここで読んでくれ。何か?」

「あたし、ここに居てはいけないのでは?」

「……君なら、その伝手を使ってすぐにでも用意できるのだろう?だが、それではこちらの面目が丸潰れだからな」

(そういうことですか)

つい最近まであまり自覚はなかったが、確かに鈴木財閥の力は凄い。

(主人公不在のラストシーンに向けて、ほとんどダメ元で準備させた案件がどんどんクリアされていく、って一体どうなっているのよ)

思わず白目になりかけたのは、いい経験。

 

 

 

(やっぱり担当検事と弁護人はあの人と――)

サクッ、と確認して、今回の事件の書類に目を通す。

(うん。犯人のミス、発見)

発火物がIoT圧力ポットとはまだ分かっていない。

なのに、何故――

 

 

(発火物の電化製品の一部が、証拠品に入っているんですかね?日下部さん?)

 

 

 



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お嬢様と『執行人』③

夕刻――

 

幾多ある電化製品が暴走し、警視庁はIoTテロの可能性が高い、と発表した頃。

 

あたしはとある場所で最後の仕上げに追われていた。

――K-2地点クリア。J-4地点クリア。

「そのまま続けて」

――モノレールの乗客、避難完了しました。

「了解」

 

 

 

爆破された国際会議場近くにある建築中のビル。

(確か、ここだったよね)

あたしは覚悟を決めていた。

カプセルの軌道を変えるために花火ボールを蹴るコナンくんが来られないのなら、あたしがやるしかない。

(ごめん。紅子さん、やっぱり分からなかったよ)

あの後、青子さんも無事戻り、黒羽くんが謝っていた、と紅子さんから連絡がきたが、あたしはそのことについては何も言わなかった。

(なければないで、何とかするだけ)

つい先日、連絡をくれた『協力者』の顔を思い浮かべる。

(ホントにごめん。ロクに説明もせず、お願いして)

あたしはイヤリング型通信機のスイッチを入れた。

 

 

 

――日下部検事。あなたがテロを起こした動機は、本当に公安警察なのか!?

 

安室さんの声がした。

 

(ってことは、警視庁に制御を失った『はくちょう』が墜ちてくる、って分かって皆、カジノタワーに避難するところね)

蘭や真純さん、不起訴になった毛利探偵に英里さん、無事でいてくれるといいな。

――サミット会場が爆破され、アメリカの探査機が東京に墜ちてれば、公安警察の威信は完全に失墜する。

――なぜそこまで公安警察を憎む?

 

――お前らの力が強い限り、我々公安検察は、正義をまっとうできない!

あたしは通信機に呟いた。

『正義のためなら、人が死んでもいいの?』

あたしそっくりの声が、向こうで響いた。

(急に頼んだ割には上手いな、さすが探偵さん)

 

――民間人を殺すつもりはなかった。だから公安警察しかいない時に爆破し、死亡者が出にくいIoTテロを選び、カプセルを落とす地点もあそこを選んだ!

『警視庁を停電させたのは、中にいる民間人を避難させるためなの?』

――ああ。

『傲慢ね。警察官だって家族や心配してくれる人がいるのに。そもそも、殺していい人といけない人を分ける時点で、おかしいわよ』

(ここでの台詞は違うものだったような気がしたけど)

――正義のために多少の犠牲は止むをえない。

『その多少の犠牲で泣く人がでても?……そんなの、全然正義じゃないわ』

――私の……私の『協力者』だって犠牲になった……!

 

『羽場さんは、やはりあなたの協力者だったのね』

――なぜ、それを……。

 

『スマホの暗証番号。このあいだ通りすがったとき、聞こえたわ。88231、と。入力した音を消していなかったのは、忘れないためなの?羽場二三一を』

――コイツらへの復讐心を肝に銘じるためだ!

――公安警察の『協力者』は全てゼロに報告され、番号で管理される。だが、公安刑事同士は互いの『協力者』を知らない。ましてや『協力者』を抱えている公安検事がいたなんて、去年までしらなかった。

聞いていたあたしは、ん?となった。

(『去年まで』ってことは、やっぱり羽場さんが『協力者』だったって知ってるんだ。安室さん)

だけど、感情に流されていた日下部さんは気づかなかったみたい。

――だからあの時、私の『協力者』を簡単に切り捨てたのか!

『裏があったのね。去年、羽場さんが起こした事件には』

――あれは……私が、羽場に頼んだんだ。『NAZU不正アクセス事件』の捜査のために。そのアクセスデータが被疑者が出入りしていたゲーム会社にあると知った羽場は、それを盗み出そうとして、公安刑事に捕まったんだ。

力のない日下部さんの言葉が続く。

――公安の協力者は違法で危険な調査を余儀なくされる。だからこそ、公安と『協力者』の関係は肉親より強くなる。決して金だけで繋がった関係じゃない。使命感で繋がった、まさに一心同体だ……。

 

日下部さんのために『協力者』であることを黙っていた羽場さん。

その羽場さんを守るために担当検事に、彼が自分の『協力者』である、と打ち明けた日下部さん。

互いが互いを思いやっていたはずなのに、羽場さんは消えた。

『自殺』という最悪の形で。

 

――羽場を自殺に追いやったのは、いや、殺したのは、公安警察だ!

――それで警視庁に探査機を落とす計画を……。

――ああ。『はくちょう』の帰る日が、羽場の命日だと知ったときから……。

『IoTテロは?』

――計画にはなかったが、検事として無実の人間を起訴させる訳にはいかなかった!

――毛利小五郎が、犯人じゃないと証明するために、IoTテロを……。

――ああ。だが、咄嗟のことで、被害の規模は予想を越えてしまった。

 

やはり、というか、なかなかコードを言おうとしない日下部さん。

――私を逮捕すればいい!取り調べでは一切を黙秘する。

あたしはスマホの画面を日下部さんに向けるよう、こっそり指示を出した。

《日下部さん》

新しい第三者の声が、日下部さんを呼んだ。

――バカなっ!?なぜ、羽場が……!

『警視庁のライブ映像です』

――どういうことだ……。

――彼を取り調べた公安警察は、彼を自殺したことにして、これまでの人生を放棄させた。公安検事が『協力者』を使っていたという事実を隠蔽するために。そして、公安検事が二度と『協力者』など作らぬよう、そのことはあなたにも伏せられた。

安室さんの言葉を聞きながら、あたしは昔聞いた台詞を思い返していた。

(正義感だけでは解決できないこともある。……誰の台詞だったっけ?)

ぼんやりとまとまりかけた答えは、続く安室さんの言葉で消えてしまった。

――自らした違法作業は、自らかたをつける。貴方にはその力がない。公安警察がそう判断した。

 

 

《日下部さんが私を人生のどん底から救い上げてくれた。たった二年でしたが、日下部さんは、お前のお陰で公安検事として戦えると言ってくれた。だから私は今も、こうして戦えるんです》

 

《日下部さん、変更したコードを教えて下さい》

――しかし、公安警察の力が強いままでは……。

《日下部さん!》

――あそこに落ちれば、羽場も無傷ではいられない。

 

(あ、それ。言っちゃいけないやつ)

 

――汚いぞ。これが公安警察のやり方か!?

 

《日下部さん》

 

あちこちに指示を出し、状況を確認しながら、あたしは待った。

(あいつ――ネオ・グリフォンが介入しないように、と祈りながら)

 

《それが私の信じた、あなたの正義なんですか?》

重い沈黙の後、日下部さんの声がした。

――NAZUに不正アクセスして、変更したコードは――

 

 

あたしは、ふう、と息を吐いた。

(ここでひと段落。だけど――)

 

 

――何!?ブラックアウト!?

安室さんの慌てたような叫びが上がる。

――ブラックアウトの間は、プラズマが発生するため通信状態が保てず、確実に軌道が修正できているか分からないそうだ。しかも、パラシュートが開かない可能性がある。

――羽場を……羽場を、早くあそこから避難させてくれ!

――日下部刑事!

 

 

 

その頃には煩かった通信もほとんど終わり、あたしは少しだけ肩の力を抜いた。

(油断しちゃいけないけど、とりあえず考えられるだけの安全策はできた)

耳を澄ませると、日下部さんの焦ったような叫び声がした。

 

――羽場!どこだ!?

しばしの沈黙の後、

――彼はここにはいない。

――だが、携帯では確かに――。

――あなたが見ていたのは、合成映像だ。

――なっ……。

――ドローンで撮影した映像を使って、あたかも警視庁のヘリポートにいるように合成した。彼は今、安全上な場所にいる。

 

(羽場さんは阿笠博士の家にいるんだよね。ドローンは元太くん達が操縦して警視庁へ飛ばして、博士がリビングで博士さんを撮影して、それを灰原さんがパソコンで合成……何か、コナンくんいないとマジ、大変なんですけど)

いつ何が起こるか分からないので、この場面のことも哀ちゃんに話しておいたら、人外のモノをみるみるような目付きで、『あなた、何者?』と言われたときには、白目になりかけました。ほんと。

 

――……そうか。

あたしは日下部さんのほっとしたような声を聞きながら、指示を出した。

『安室さん』

通信機の向こうで、変声機を使っているとはいえ、あたしと全く同じ口調で『彼女』が繰り返してくれる。

『軌道修正できないとしたら、落下位置は……』

――ああ。四メートルを越えるカプセルが、秒速十キロ以上のスピードで、ここへ墜ちてくるだろう。

 

あたしは軽く息を吸った。

(ここ、本当はコナンくんの台詞なのに)

『安室さんなら、今すぐ爆薬を手に入れられますか?』

――耐熱カプセルを破壊するつもりか。

『いいえ。太平洋まで軌道を変えるんです』

――……何てことを、考える。

 

(あ、声、低くなってる。この辺りのことは教えてなかったしなあ。……『知っていたなら、何故言わなかった!』って副音声が聞こえてきたような……)

 

気後れして沈黙を保っていると、軽くため息のようなものが聞こえた。

――風見、至急動いてくれ。……ああ、公安お得意の違法作業だ。

 

 

その後、その爆薬を積んだドローンをカプセルにぶつけて、パラシュートを開かせることに成功。

 

――連行します。

――ああ。

 

『待って』

 

あたしは『彼女』にスマホを操作して、画面を日下部さんに見せるように頼んだ。

 

《日下部さん、私達は今でも一心同体です》

――……ああ。

――行くぞ。

 

そこへ新しい声が飛び込んできた。

 

――二三一(ふみかず)!

 

 

(……橘境子)

 

う、とあたしは思わずイヤリング型通信機をずらしてしまった。

小声になったけど、一応話は聞こえてくる。

 

この場面、思い出す度に考えてしまう。

(境子さん、貴女本当に羽場さんのこと、好きだったの?)

誰よりも『正しいこと』を愛していた羽場さんに、そんなことしていて顔を向けられるの?

 

もし、あたしがその立場だったら――

始めは『自殺』なんて信じられなくて、必死に行方を探して――それが『本当』だと分かったら、めちゃくちゃ泣くだろう。

――でも。

こんなふうに何の関係もない人達を巻き込んでまで、復讐しようとは思わない。

弁護士はきっと続けると思う。

彼が信じた『正義』に相応しくなりたくて……。

 

(何て、それはあたしが本当に大事な人を失ってないから、言えるのかな)

ふう、と軽く息をついて、傍らの『相棒』へ目を移した。

 

――アルファロメオ・グランスポルト・クアトロルオーテ。

 

ふたり乗りのクラッシックカー。

 

ちなみにあたしが今、居るのはラストシーンで安室さんが運転する車が、落下してくるカプセル目掛けて突っ込む、件の建設中のビルの最上階。

あたしは決めた。

コナンくんが居ないのなら、そして安室さんが間に合わないのなら、あたしがやる、と。

 

『鈴木財閥』なら、どんな車でも用意できただろう。

でも、あたしはこのアルファロメオに拘った。

何故なら、

「不可能を可能にする、大どろぼうさん、力を貸してください」

小さく呟いて、あたしは昔から好きなアニメのテーマソングを口ずさむ。

――ルパン三世。

言わずと知れた、世界をまたにかける大どろぼう。

どんな金庫も、厳重な警備も何でもござれ、と愛嬌のある笑みであらゆるものを盗み出す手際と、ときどき見せるシリアスな表情に、子供の頃のあたしはいつもドキドキしていた。

(あたしの中で、ルパン三世は初恋なのかな)

今日の件、あたしはこっそり、持てる伝手を使ってメッセージを送った。

でも、反応はなかった。

(まあ流石に昨日の今日じゃあ、無理か)

もう少し早く気が付いていれば、と思ったけれど、仕方ないこと。

(そろそろ準備しないと)

アルファロメオのドアを開けようとしたときだった。

「おひとりでどこへ行く気ですか、お嬢様?」

「……皆川さん」

(やっぱり皆川さんも、そっちの人だったんだ)

ずっとあたしの行動をチェックしてでもいない限り、こんなにタイミングよく来られないはず。

「言いたいことはいろいろあるけど、取りあえずこれから何をしようとしているのか、聞いてもいいかな?」

(物腰は柔らかいのに、何か威圧感が凄いんですが)

「えっと……」

 

大ざっぱに説明すると、皆川さんは頭を抱え込んだ。

(あれ?何か変なコト言ったっけ?)

「……冗談だろ。何のスタントだよ……。ってか、何をどーしたら、そんな結論に辿り着くんだ」

何かぶつぶつ言っているようだけど、

「という訳でそろそろ支度、したいんですけど、そこ、どいて貰えませんか?」

「いやいやいや!何が『という訳で』なんだ!?もうすぐゼロが来るんだろっ!?あいつに任せればいいじゃないか!?」

「無理ですよ。誰がボールを蹴るんですか?」

「それなら君だって」

「先ほど話したように、このアルファロメオでカプセルと同じ高度で突っ込みます。そうしたらキック力増強シューズのスイッチを入れて、カプセルのすぐ側まで近付いて――」

「いや、それ、ひとりじゃ無理だって」

「じゃあ、手伝ってください」

「――は!?え?」

半ばヤケだった。

ここで何とか話を収めないと時間がなかった。

「皆川さんMTの車、運転できますか?」

「ああ。一応、って。そういや君、未成年……」

「できますよ」

私有地なら、免許、要りませんものね。

(……ホントはあたしが免許取った頃は、なかったのよね、MTしか。ふふっ、久々に感じるジェネレーションギャップ)

「私有地って……」

スマホが震えた。

「はい。ああ、そう。そっちもOKなのね。助かるわ、ありがとう」

ちょうど入った連絡。

「今のは……」

「ん?国際会議場……今は跡地ですね。そこがたった今、ウチの所有になりました」

語尾にハートマークがつくような口調で伝えると、皆川さんは絶句していた。

「……」

「ちなみに今居るこの建設中のビル、ウチのになってますから」

「はぁ?園子ちゃん――」

「そういう訳なので、ここからカプセルに向けて大ジャンプして、どこかにぶつけても、損害賠償とかの問題はクリアですよ」

そうじゃないだろう、という呟きが聞こえたような気がしたが、全力で聞こえなかったことにした。

あたしは主人公じゃない。

それでも、それでも何とかできるハズ。

「それで皆川さん、どうします?」

あたしがそう問いかけると、皆川さんは、はあ、と大きく息をついた。

「分かったよ。分かりましたよ。ドライバー役、引き受けたよ」

 

アルファロメオのドアに皆川さんが手を掛ける。

「待ちなさい」

(――今の、声)

声がした方を見ると、柱の陰からひとりの女の子が出てきた。

「……哀ちゃん?」

(え!?何で!?博士のトコにいるハズじゃ!?)

 

よく見ると、マスクをしていて、その厳しい眼差しは女の子のソレではなくて。

 

(……まさか。コナン、くん?)

 

 

 

 



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お嬢様と『執行人』④

遅くなりましたm(_ _)m

まさかの冬の風物詩(!)イン◯ルが来てしまい、なかなかこちらへ来られませんでしたm(_ _)m

ウイル◯除菌グッズで防御する日々を送っておりますm(_ _)m

次回はもう少し早くお目にかかりたいと――(←フラグ?)






「ぼ、……私が来たから大丈夫。だから、園子お姉さんはここに残って!」

「残念でした!!このブレスレット型パラシュートは、大人用なの!!キミの体重じゃ、開いてくれないからっ!!」

「あー、だったら俺がその子、抱きかかえても」

「却下」

「へ?」

「今、皆川さんに渡した予備のパラシュートも大人用です!基準は成人男性なので、そこにコ……哀ちゃんの体重掛かると、開かなくなる可能性がありますっ!!」

「いやしかし――」

「だめです!三人で行きますっ!!」

 

どうしてこんなに議論が白熱しているのか。

 

それは少し前まで遡る。

 

 

羽場さんも『協力者』だと知り、ショックを受けた様子の境子さん。

「思い上がるな!アンタの協力者になったのも私の判断!アンタを裏切ったのも私の判断!彼を愛したのも私の判断!!私の人生すべてを……アンタ達が操っていたなんて思わないでっ!!」

 

 

(えーと……)

 

悪いけれどあたし的には、『何で?』と疑問に思う台詞だった。

(だって公安の『協力者』だよね?)

ずっと昔、何かで聞いたことがある。

公安の『協力者』って、とっても深い絆で結ばれていて、相棒の公安刑事が他県に異動になってしまい、そこで縁が切れる、と思った協力者は自分の命を絶ってしまったそうだ。

また、『協力者』を得る際も、事前の調査はもちろん、何回も会って話をしたり、自分の家へ招いて奥さんの家庭料理を振る舞ったり、と相手に気付かれないように自分の領域に入れていく、とか聞いた気がしたんだけどなあ。

 

(最近の公安刑事と『協力者』の距離感って……)

 

風見さん、焦ってでもいたんだろうか。

 

この境子さんの台詞を聞く限り、『深い信頼関係』ってのは皆無に聞こえる。

 

――どんなに憎まれようと、最後まで彼女を守れ。それが、

――我々公安です。

 

足音が遠ざかり、風見さんが去ったのだと分かる。

 

(あと、少し)

と気が緩んだのが悪かったかもしれない。

 

――君のお陰でテロリストを逮捕できた。だが――

 

そこで安室さんの声音が変わった。

 

――君は誰かな?

 

「っ、七槻さん!!」

あたしは慌てて叫んだ。

カラン、と何かが落ちる音、一気に遠ざかる気配。駆け出す足音。

――ごめんッ!!

足音と共に七槻さんの声が遠ざかって行く。

(ううん。こちらこそ、ありがとう七槻さん)

ほとんど説明もなしに、あたしの影武者させて。

ゴツッ、とイヤリング型通信機が拾われたような音がした。

 

――それで君は、今どこにいるのかな?園子さん?

 

(お、……怒ってらっしゃる――)

当然だろう。そこにいた『鈴木園子』はニセモノで、更にこれから迎えるクライマックスでは仲間外れにされようとしているのだから。

「いえ、その、えっと――」

――ど・こ・か・な?

(ひいいぃぃぃっ!!)

固まっていると、傍らでどこか飄々とした感じで答えるヒトがいた。

「よお。今いるのは国際会議場近くの、建設中のビルだと」

(まさかの裏切りぃっ!!)

じと目で見上げると、ん?と実にいい笑顔で、

「どうしたのかな?俺が誰の味方かなんて、分かりきっていることだと思うけど?」

……そうでした。

あたしが、がくり、と膝をついていると、

 

――分かった。すぐに着く。

 

(え!?)

唖然としていると、コ――哀ちゃんの声がした。

「何で、身代わりなんてしたの?」

「あ、えっと」

言い淀んでいると、イヤリング型通信機の向こうで安室さんの焦ったような声。

 

――何!?カプセルが!?

 

「どうした?」

「安室さん!?」

「あー。たぶん、カプセルがまた軌道を変えたんだと思う。……カジノタワーの方へ」

 

何とも言えない沈黙が落ちた。

 

「マジかよ……」

天を見上げて手で顔を覆っている皆川さん。

(これ、後で尋問タイム来そうだわ)

そっと遠い目をしていると、

「で、何で園子姉ちゃんだけ、ここに来たの?」

(コナンくん。その声で口調だけ戻すのやめて)

「ええっとね、あのままあの場にいたら、当然、安室さんの車に乗るよね。で、ここへ来るまでの道のりで、モノレールの前を走ったり、並走したり、その下の走行路に着地して――」

「「……もういいです」」

(うん。そーゆーの、分かっていたら、先回りしちゃうよね)

「ちなみに今はモノレール、止めてあるから、そこまではならないと思うけど」

「園子ちゃん、まさか――」

「ん?もちろん、モノレールもウチの所有です」

にっこり笑ってあげると、皆川さんの肩が、がっくりと音が聞こえて来そうな勢いで落ちるのが分かった。

コ――哀ちゃんの方からは、乾いた笑いが聞こえてくる。

「はは……で、どうするの?安室さんも参加するんでしょ?」

それを聞いたあたしは、イヤリング型通信機の通話をオフにした。

「まさか。ここまで来て悪いけど、ここはあたし達だけでやりましょう」

タイミング的にも、コナンくんが安室さんの車に乗り込んでいる時間はないだろうし。

そう続けると、なぜかふたり共、すっぱいものでも呑み込んだような表情をした。

(何で?)

「ここまで来てそうなのか」

「園子姉ちゃん、エグいよ」

(もしもーしコナンくん?隠す気ないのかな?)

「あ、コ――。メガネある?」

「え?」

「あるけど?」

「悪いけど、それでカプセルの細かい軌道、計算してくれる?それから――」

タイムリミットが近いので、些か強引に話を変えてあたし達はアルファロメオへ乗り込んだ。

 

 

「いいのかい?」

「……何がですか?」

カプセルの軌道も捕らえて、コナンくんのカウントを待つだけ、となったとき、皆川さんが問い掛けてきた。

「本当に、俺達だけで行くのか?」

「さっきも言いましたよね。皆川さんが運転して、カプセルの近くまでジャンプ。コナンくんがボールを蹴ったら、あたしがコナンくんを回収して、パラシュートで降りる。ここまでは?」

(安室さんがいないことを除けば、ほとんど原作通りの流れだから大丈夫だと思うのだけれど)

あたしが答えると、なぜか皆川さんが頭を抱えた。

「……?」

「園子ちゃん、もう一度だけ言うよ。考え直す気は?」

「ないです」

「そっか。それじゃあ、仕方がない。――襟の裏、何かないか?」

(え?)

一瞬、固まった後、慌てて探ると、……出て来ました、カメオブローチ型通信機。

「何で、こんなところに」

「でさ、それ、誰が受信してると思う?」

あたしと、なぜかコナンくんまで、ぴきっ、と固まった。

「まさか……」

「そのまさか、おいっ!」

あたしは急いでコナンくんごとシートベルトをした。

 

「皆川さんっ!!すぐに出られるようにして下さいッ!!」

 

 

そして、冒頭に戻る。

 

 

 

 

「いやいやいや!!園子ちゃんは残ってなって!!」

「イヤですっ!!さっきも言ったように、パラシュートの都合上、あたしも行きます!!」

ある意味、カオスになりかかっていると、遠くから、ゴツッ、ガツッ!などと、あまり聞いたことのない音と、エンジン音が聞こえてきた。

「あれって……」

「コナンくん!!カウントッ!!」

「あと少し!!」

「皆川さん!!このアルファロメオ!!ちょっとクセついてるそうです!!ギアはセカンド飛ばしてサードに入れたら、すぐにトップにして下さいっ!!」

「はあっ!?何、その仕様!?」

一体どんな奴がハンドル握ってたんだよ!?

皆川さんのほとんど悲鳴に近い叫びが響き渡る。

 

下の方からガコン、ガコンとエレベーターが上がってくるような音が近付いてきた。

「コナンくんっ!!」

あたしまで悲鳴のような声音になってしまったのは、しょうがないだろう。

「……三、二」

車の管理人してる、竹中じいちゃんの顔がよぎる。

(ごめんなさい。このアルファロメオ、今日が命日だわ)

「いち、」

ガコン、とエレベーターが到着したような音がした。

 

「「「ゼローー!!」」」

 

 

 

解き放たれたアルファロメオがフロアを突き進んだ。

その時、ふいにあたしはある事を思い出した。

「コナンくん、高さは!?」

「――十分!!」

(え?)

コナンくんがキック力増強シューズのスイッチを入れる気配がしたので、あたしは慌ててシートベルトを外し、コナンくんの手に握らせた。

意図を解したコナンくんがそれを手首に巻き付けた。

と同時にアルファロメオが飛び出す。

車外に飛び出したコナンくんがシートベルトを命綱に、反対の手で射出ボタンを押した。

 

「行っけぇぇぇっっ!!」

(――蘭っ!!)

 

 

負荷を掛けすぎたのか、空中でアルファロメオが爆発し、飛び出したサッカーボールがカプセルに迫る。

あたしは落ちていくコナンくんを全力で掴んで抱き締めた。

 

「園子っ!?」

(あっ、パラシュート!)

落ちる、というより、ぐんっ、と地面に向かって引っ張られるような感覚に酔いそうになりながら、パラシュートのスイッチを押す。

「――ッ!?」

「園子!?」

――……開かない。

「ま、うそ、残りの三十パーセントッ!?」

げっ、と腕の中でうめき声が聞こえてきた。

(どうしよう!?)

こんなところで、主人公を喪う訳には行かない。

背後から強い風が吹き、何かがぶつかってきた。

「――ッ!」

「そのままでいろ!!」

(……へ?)

「――安室さん!」

(う、そ)

あたしとコナンくんを抱えたまま、その一方の手にある拳銃が、国際会議場の大屋根を囲むガラスにヒビを入れる。

その勢いのまま、あたし達はそこへ突っ込んだ。

 

 

「――ぐっ!」

(今の、声)

映画のシーンが蘇る。

何かの破片が飛び、安室さんの腕に刺さって――

 

 

「……っ!」

転がりながら何とか落ち着いて身を起こすと、視界の隅でコナンくんがメガネを調整している様子があった。

あたしもすぐに視線をカジノタワーに向けた。

(……よかった。蘭)

 

力が、抜ける。

(あ。安室さん!)

ぐるり、と首を巡らせると、少し離れたところにいた。

左腕を押さえて――。

(ケガ、させちゃった……)

知っていたはずなのに。

こうなることくらい、分かっていたはずなのに。

「園子姉ちゃん!ケガは?」

「ん、あたしは大丈夫……それより」

ウェストポーチに入れていた消毒液と包帯をコナンくんに渡す。

「これ、安室さんに渡してくれる?」

「分かった」

コナンくん――今は哀ちゃんか――が安室さんのところへ向かうのを見ていると、ふいに血が下がる感じがした。

(あ、れ)

既視感を覚えながらも、安室さんが手早く止血している様子を、ぼぅっと見ているうち、がくん、と膝から崩れ落ちてしまった。

「園子姉ちゃん!」

駆け寄って来る足音に、何でもない、と答えようとして指が震えていることに気付いた。

「……園子さん、夕食は?」

低い声に、別の意味で震えそうになりながらも正直に答えた。

「え、と。朝は、食べました」

またか、と天を仰ぐ安室さんに、

「園子姉ちゃん……」

コナンくんの呆れたような声を聞きながら、あたしはウェストポーチを探って、非常食替わりのチョコを出そうとした。

「今、チョコ出します、から」

「かしなさい」

震える手では心もとないと思われてしまったのか、安室さんがさっさとチョコを出してしまった。

そこまではいいのだけれど――。

「「……」」

(ナゼに包装紙を外して、そのままクチへ運ぶんですか?安室さん?)

目で問うと、

「君、手が震えているじゃないか」

「……すみませ、っ」

口を開きかけた途端、一口サイズのチョコが放りまれた。

「……」

無言のまま、口へ運ばれるチョコ。

(コナンくん、体ごと明後日の方向、向くのやめてほしいんですけど)

何とも言い難い沈黙の後、チョコの在庫が尽きた。

「……アリガトウゴザイマシタ」

「後はこちらで何とかするから、君たちは帰りなさい」

「うん。安室さんもお疲れ様」

あたしは無言で頷いた。

 

 

 

「園子姉ちゃん、無茶しすぎ」

帰りの車(皆川さんが来てくれました。そちらのパラシュートは大丈夫だったんですね、よかった)でコナンくんにお説教されています。鈴木園子です。

(小学校にお説教される高校生って)

「……ごめんね」

「ほんとーに反省してるの!?」

「すみませんでした。――ねえ、ずっと気になってたんだけれど、コナンくん、今までどうしてたの?」

見た目は哀ちゃんだけど、変声器付きマスクはなくしたのか、声はコナンくんになっていた。

(凄い違和感。あ、でも何かカッコいい哀ちゃん、って、感じ?)

「今、何か違うこと考えてなかった?」

「ううん。何にも!」

それにしても、と運転していた皆川さんが話に入ってきた。

「一体どこまで知っていたのかなあ?見ている限りだと、この一連の流れを全部知っていたかのような行動なんだけれど?」

「そう、でしたっけ?」

「そうだよ!!さっきの国際会議場、モノレールまで!!土地、建物の売買って、時間かかるんじゃないのっ!?」

いつからそんな根回ししてたのさ!?

「あー。その辺りはごり押しで済ませたから」

ごまかすように笑って答えると、沈黙が落ちた。

(うん。あたしもここまで『鈴木財閥』の力が凄いとは思わなかったわ)

遠い目をしていると、

「ねえ」

真剣な眼差しのコナンくんと目があった。

「ん?」

(この口調、この雰囲気、もしかして――)

脳裏で、嫌味な位高い笑い声を再生していると、

 

「セラフィム、って聞いたことある?」

 

 

 

(――……はい?)

 

 

 

 



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おじさまとよんでもいいですか?

「……セラフィム?」

 

(ネオ・グリフォンじゃなくて?)

「セラフィムって確か、天使だよね?」

「うん。天使のかなり上の階級で、三対の六枚の翼があって、その内の四枚の翼で体を隠して、残りの翼で飛ぶんだって」

「で?」

それがどうかしたの?と聞くと、コナンくんは張り詰めた姿勢を崩した。

「……知らないの?」

「今、始めて聞いたけれど」

そっか、と力を抜いたコナンくんの様子に、今度はあたしから問い掛けようとしたとき、スマホの振動音が聞こえてきた。

「ごめん。ちょっといい?」

そう断るとコナンくんはスマホを耳にあて、

「もしも……てめーかっ!?」

(え?)

「は?いや……俺は関わってなんか、ああ、……まあ、そうだよな。けど」

ふう、とため息をついたコナンくんがあたしの方へスマホを差し出した。

「替われ、って」

「え、えっ!?」

スマホを受け取りながら、誰?と小声で聞くとコナンくんは神妙な表情をした。

「そいつが俺がこの事件に拘われなかった元凶だよ」

(はいぃぃぃっ!?)

「も、もしもし!」

――やあ、初めまして。『鈴木園子』ちゃん。それとも……。

場違いな程明るいトーンの声が、あたしに突き刺さる。

――『園子』ちゃんのなかの人、と言った方がいいかな?

思わず固まったあたしに、隣りからうろんげな眼差しがきたけど、構っていられなかった。

「なん、のことでしょうか?」

――あはは。まあ、普通そう返すよね。まあ、いいよ。本題はそこじゃないし。

(スピーカーモードじゃなくてよかった)

――僕はセラフィム。『あの方』の、――っとこれじゃ語弊が出るなあ。うーん、『あの人』の知り合い、とでも言えばいいかな。誰のこと言ってるか、分かるよね?

「……ネオ・グリフォン」

――せーかい!それでね、『あの人』からの伝言。……ほんとは僕、こんな役回り、好きじゃないんだけどなあ。

まあ、仕方ないか。

と、続けられた言葉にあたしは固まった。

――次の『原作』絡みの事件は、邪魔しない、ってさ。

「え!?」

――それじゃあ、伝えたよ。

「え、ちょ、――」

スマホを返すと、コナンくんの訝しげな視線があった。

「……俺が今回関われなかったのは、今の奴に例の『弱味』握られちまったからなんだけど、まさか、そいつ――」

「例の、仙台の――ネオ・グリフォンを知っているみたい」

「「なっ!!」」

 

 

「……ふたり共、この後は、付き合ってくれるよな?事情聴取」

運転席から、皆川さんがじつにいい笑顔で宣言してくれた。

 

 

結論からいうと、『事情聴取』は後日に持ち越された。

念のために、と立ち寄った警察病院で全身の打ち身と貧血(どうして黙ってた、と皆川さん達に怒られたけど、そんな空気じゃなかったじゃない)と診断されて、入院は必要ないものの、即行で迎えに来た笠井に鈴木家のベットへと送り込まれてしまった。

(みんな、仕事早い……)

 

 

『園子』の寝室でベットに横になりながら、ひとりごちる。

あれから、四日が過ぎていた。

(もしかして、だから安室さん達、深く突っ込んでこないのかなあ)

普通なら、ただの一般人がこんなに『情報』を持っていたら、怪しすぎて即、職質か、取調室か、軟禁……流石にそれはないと思うけど、怪しいには違いない。

(もしくは『組織』の一員と見なされちゃうか)

どちらにせよ、あまりいい展開とは言えなかった。

(ああ、そう言えば)

アルファロメオ、結局ダメになっちゃったなあ。

ほとんど原作と同じように空中分解した、と聞かされたあたしは顔が引きつるのを感じながら、

(原作の修正力って……)

腕を押さえていた安室さんの姿が浮かぶ。

バタフライ・エフェクトを恐れて、できる限り原作沿いとは思っていたけれど、やっぱりケガするのが分かっていて放置、というのは嫌だった。

(だから、先に行こうとしたのに)

上手くいかないなあ、とため息が出そうになったとき、内線が光った。

すぐに傍らにいたメイド――菅野さん、だっけ――が応対する。

こうして殆どの時間、側に人がいるのにも慣れてきた。

流石に寝るときは続きの間にだけど――ってどこの王族?

(……『鈴木財閥』でしたね。分かってました)

「園子お嬢様。警察の方がお目にかかりたいとのことですが」

「分かったわ。それじゃあ着替えをお願い」

 

 

「具合はもういいのかな?」

ソファに腰を下ろすなり、風見さんが問い掛けてきた。

(――ん?)

「ええ。もう殆どいいです」

もう床払いをしてもおかしくない位なのだけれど、『園子お嬢様は安静にしていて下さい』と皆に言われて仕方なくベットの住人をしていただけなのだから。

あたしは、失礼します、と断って少し奥のスペースに作られたキッチンカウンターへ向かった。

「お嬢様、」

「すぐに終わるわ」

「園子さん?」

訝しげな風見さんの声を余所にコーヒー豆を手に取る。

(……ブルーマウンテン、それとも――)

少しだけ悩んでハワイコナを手に取った。

(うん。やっぱりこっちのイメージだよね)

渋い印象のブルーマウンテンよりも、ほがらかな酸味とフルーティーな甘さを思わせるハワイコナの方が、似合うと思う。

慎重にお湯を沸かし、湿らせたコーヒー豆にゆっくりと回し入れる。

「「「……」」」

(――できた)

細心の注意を払って、リチャード・ジノリのカップに移し、ゆっくりと彼の前へ運んだ。

「どうぞ」

先に運ばれていたカップを下げて、それを渡すと、

「……園子さん?」

再度、不思議そうに問われたので、対面のソファに腰掛け、あたしは控えていた菅野さんに、

「少し、外してくれないかしら?」

「お嬢様」

幾ら相手が警察の人間でも、流石にふたりきりにするのは、という表情になっていたので、

「大丈夫だから。少しだけ」

「……畏まりました」

何とか納得させ、菅野さんが扉を閉めた音を確認してから、あたしは口を開いた。

「ここに何の御用ですか?――ルパンさん?」

 

 

「とぼけても無駄です。先程から、煙草と匂い消しのミントキャンディの香り、しますし」

風見さんは煙草、吸いませんから。

そう続けると、風見さん(仮)の手がアゴの下辺りに伸び、直後――。

「やれやれ。敵わねぇなあ。お嬢ちゃんには」

ベリッ、という音と共に剥がされたマスクの下にあったのは、予想通りの顔だった。

――ルパン三世。

今回の事件でどうしても連絡を取りたかった人。

「それで、どうしてここに?」

平静を装って聞くと、ルパン三世は軽く肩を竦めた。

「つれないなあ。おじさんすねちゃうよ。あんな熱烈なラブコール、送ってくれたのに」

(ってことは――)

「……届いて、たんですか」

「もちろん。金庫の中に閉じ込められた、かわいそーな宝石ちゃんや、カゴの鳥してるお嬢様を解き放ってあげるのが、どろぼうの役割、ってもんでしょ」

ね、とウインクしてくる仕草も、その雰囲気も昔観た『ルパン三世』そのもので。

だからあたしは思い出してしまったのかもしれない。

「――」

「お、おい。どーした!?」

 

それは小学校に上がってすぐの頃。

まだみんなの話題は、昨日観たアニメがどうとか、言っていた頃。

他愛のない雑談のなか、ひとりの同級生がある曲を口ずさんだのだ。

「え?」

「何?」

最初のうちこそ、訝しんでいたけど、よく観ている自分も好きなアニメの主題歌だと分かると、すぐに周りのみんなも一緒に歌い出した。

音程もリズムもずれていたけれど、とても楽しかったことは覚えていた。

曲が終わり、そのアニメの話で盛り上がる姿を見ながら、『音楽の力』って凄い、と思った。

それと同時に、何か力になりたい、と思った。

なぜなら、話はとても盛り上がったのだけれど、くちさがない男子達に、『へたくそ!』『耳、くさるー!』などと野次を飛ばされてしまったから。

もちろん、一緒になって言い返したけど、その子があの曲を歌うことはもうなくて。

(……あたし本当は、教える側になりたかったんだ)

過酷なレッスンをこなすうち、忘れてしまっていた。

 

 

(なんだ。あたし、ちゃんとなりたいものになれていたんだ)

思うと同時に、もうそこへは戻れないのだと気付く。

「お、おいっ!?」

焦ったような声に顔を上げると、頬が熱い。

「や、だ。ごめんなさい!」

慌てて頬を拭うと、小気味の良い音がして、目の前にカラフルな造花が現れた。

「何があったか知らねーけどさ。お嬢ちゃんにそんな顔は似合わねぇぜ」

ほいよ、と渡された造花を反射的に受け取る。

(何か、昔観た映画のお姫様みたい)

こそばゆさを感じながら、笑みを浮かべてみた。

「有難うございます」

「そうそう。女の子はそーやってるのが、一番、ってな!」

おどけたように笑う、その顔を見ていたあたしはつい、

「あの」

「何だ?」

「おじさま、とよんでもいいですか?」

 

 

微妙な間があったが、

「何だっていいぜ。お嬢ちゃんが呼びたいので呼びな」

にやり、と笑ったその表情はよく見るもので、

「それじゃあ――」

ふっ、と某公国にいるお姫さまの顔が浮かんだ。

ウェディングドレスで車を操るお姫さま。

そして、撃たれたルパン三世をかばいながら、

『この人を殺すなら、私も死にます!』

『この人と不二子さんを助けなければ……この指輪は湖に捨てます!』

勇敢でどこまでも真っすぐなお姫さま。

『おじさま』

彼女はそう呼んでいた。

けれどあたしは――。

「どーした?」

「……すみません。やっぱりルパンさんで――」

あたしはあのお姫さまほど、まっ白な存在じゃない。

今のままで、この『鈴木財閥』を担う後継者のサポート役、なんて務まるハズがなかった。

(あたしとあのお姫さまじゃ、天と地ほど違うのに)

俯いたあたしの頭に、軽く手が乗せられた。

「なーに悩んでんだか知らねえけど、おじさまでも、おっちゃんでも、何でも構わねぇぜ」

顔を上げると、いつも観ていたゆるやかな表情のルパン三世がいた。

「ほーら!女の子は笑ってな、って!!ヘロヘロヘロ~~ッ!!」

突然始まった変顔につい、吹き出してしまう。

「何ですか、それ」

「おっ!笑った、わらった!やっぱそうじゃないとなあ」

(この人は……)

いつでもどこでもユーモアを忘れない、どんな難題でも軽くいなして行く、大どろぼうさん。

「――おじさま」

「ん?」

その時、勢いよく扉が開いた。

「ルパ~~ンッ!!逮捕だぁっ!!」

振り返ると、おなじみのトレンチコートで、ルパン一筋の銭形警部がいた。

「やべっ、とっつぁんっ!!」

(ああ、ここまでか)

そう思いながら見ていると、ルパン三世がこちらを向いた。

「?」

「っと。そんじゃあ、おいとましますぜ。お嬢さん」

嫌に気取って言うと、ばちん、とウインクして、あたしの手を取り――

(え、ええっ!!)

「「「「「……」」」」」

「じゃあな、とっつぁんっ!!」

あっという間に窓を開け、外へ身を乗りだすルパン三世に、

「嫁入り前のご令嬢に、何しとるんだ!!貴様という奴は~~っ!!」

銭形警部が追いかけるが、とっくにその姿は窓枠から消えていた。

(はやっ、)

遠く下の方から(ここ、三階なんだけど)、『あばよ~~』と、のんきな声が響いてきた。

「くそぅっ!ルパンめぇっ!!お嬢さん、失礼します!!」

敬礼して、銭形警部が廊下へ飛び出して行く。

 

(うん。これがテンプレってのね)

と、ほんわりしていたのがマズかったのだろう。

「どこを見てるんですか?」

「うえっ!?あ、安室さんっ!?」

なぜここに?と聞くより先に、

「風見が、……公安刑事がひとり、のされてね。あちこちに連絡を取ったら、ここへ彼とよく似た風貌の刑事が来た、と聞いたから」

髪をかき揚げながら話す安室さんはスーツ姿で。

(えと、これって公安のお兄さん!?)

疑問が顔に出ていたのだろう。

「ここの人達には話してありますから、大丈夫ですよ」

「え、」

「それよりも」

何故かあたしの手首を掴んで安室さんは、

「何故、あんな輩とふたりきりになったんですか?」

「え……」

だってルパンだし。

そりゃあ、不二子さんにル◯ンダイブしたり、美女には本当に目がない人だけど。

(流石に十代の女の子は範囲外でしょう)

そう告げると、何故か部屋のあちこちで、何かがぶつかったような物音がした。

(何?)

とそちらへ視線を向けるより先に、あたしの手の甲を渡されたウェットティッシュ(え?笠井?)で拭う安室さんがいた。

「何もないわけ、ないでしょう?」

その眼は全く笑ってない。

(こ、怖い……)

「あの、これは」

恐る恐る目線で手の甲を示すと、

「もちろん、消毒ですよ」

(え、ええっ!?)

凄くいい笑顔なんだけど、あたし的には全く意味が分からない。

(消毒、って……そこ、さっきおじさまが、おじさまは害虫じゃないと思うけど)

何故に、と遠い目をしているあたしの傍らで、

「当家にはエステルームも完備しておりまして」

「それはいいですね」

(え?笠井!?いつから安室さんとそんなに仲良くなったの!?)

「ちなみに通常は二時間コースですが、特別な行事用の四時間コースもございます」

(四時間、って……)

「では、その四時間コースにしましょう」

(へ!?あたしの意見はっ!?)

流石にそんな長時間の拘束は嫌なので、口を開きかけると、耳元に安室さんの声。

「どうして涙のあとがあるのか、今聞いても?」

 

 

あたしは何の抵抗もせず、四時間コースを受け入れたのだった。

 

 

 



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大天使の忠告

「君が鈴木園子さん?」

会議室、と思われる部屋にいたのは、ほんの少しだけ青みがかった金髪のとんでもない美形だった。

(……天使)

事情聴取として連れてこられたのは、やはり警察庁で、てっきり風見さんか安室さんだと思っていたあたしは対応に困るのと同時に、

(何、これ。どこの巨匠の名画ですか)

窓辺に佇むその人物は、かなりの長身でスーツの上からも鍛えている感が半端ないので、恐らく警察関係者だと思うのだけれど。

「警察庁へようこそ。胡桃沢だ。『彼』の上司とでも思ってくれればいい」

ざっくらばんな説明に戸惑っていると、

「座りなさい」

「はい」

促されて、大きなテーブルを挟んで椅子に腰掛けたが、少しも落ち着かなかった。

(これってどういうこと!?)

確かに今回の事件は『無人探査機がカジノタワーに墜落する』という大規模なものだったけれど。

それだけで『上』が動くとは思えなかった。

(やっぱり、遣り過ぎちゃったかな)

ちら、と視線を動かすと、部屋の隅に目立たないように腰を降ろしていた婦警さんを発見。

(あたしが女性だから、かな)

何とはなしにそんなことを考えながら見ていると、

「彼女のことは気にしなくていい。単なる保険だ」

(あ、やっぱり)

「さて。どうしてここに呼ばれたのか、分かっているかな?」

テーブルに軽く肘をつき、その重ねた手の甲に少しだけ顎を乗せてこちらを見た灰褐色の瞳は、まるで射抜くように鋭かった。

(どこまで知られてしまったのだろう)

「先日の件では随分と世話になったようだ。その点は感謝しておこう。だが」

(来た!)

あたしはテーブルの下で、ぐっ、と拳を作った。

「国際会議場に仕掛けられた爆発物に関する助言。IoTテロの予測。まあ、この辺りまでは何とか常識の範囲内だ。きみは独自の情報源があるだろうから。しかし――」

これはどういうことかな。

テーブルにあった書類が、くるり、と裏返された。

それを見たあたしの顔から血の気が引いて行く。

「これはエッジ・オブ・オーシャン付近の地図だ。そして幾つか印の付けられた建物、見覚えがあるね?」

それらの建物は、疾走していた安室さんの車が狙撃されないように、と人の配置を頼んだビルだった。

(結局、全部ウチで買い占めちゃったんだけど)

そう報告を受けて、白目になりかけたのも記憶に新しいことだ。

「そして、ここ」

(あ、やっぱりそうなりますよね)

「この建設中のビル。何故ここにいたのかな?」

 

いつかはこんな日が来るのでは、と思っていた。

けれど、それは『今』ではない。

(せめて、ネオ・グリフォンとの決着がつくまでは……)

今回、あたしがこんなに準備を重ねたのは、ネオ・グリフォンがもしかしたら、安室さんを狙うのではないか、と思ったから。

さすがに主人公のコナンくんを狙ったりはしないだろうけれど、その周りの、いわゆる『お助けキャラ』を面白がって消してやろう、とかは思うかもしれない。

その可能性に気付いてからは、少しも落ち着けなかった。

だから、『鈴木財閥』の力を使ってでも助けたかった。

 

「それは、何となく――」

「何となく、でこんなに人や金を動かせるのか。大したものだ」

(だめだ。かけらも信じてない)

この流れだと、どうしてその建築中のビルの最上階にアルファロメオを待機させていたのか、とか、国際会議場へ突っ込むこと前提だったのか等、聞かれたくない質問のオンパレードとなってしまう。

 

(何とか、少しでも話を反らさないと――)

焦ったあたしはとんでもないことを言ってしまった。

「こんなことをして、いいんですか?」

「どういう意味かな?」

「この『鈴木園子』にそんな理不尽なことをするのなら――」

空気が、変わった。

「何が、どうなると?」

――見る者を凍らせるかのような微笑。

「財閥の力というのは確かに凄いものだよ。こちらは公僕だからね。上の圧力には極めて弱い。だが」

凄烈ともとれる視線がこちらを射ぬいた。

 

「私は警視正だが、場合によってはこの身分を擲っても構わない」

さあ、答えてもらおう。

――きみが一体何者なのか?

 

 

どうやらあたしは押してはいけないボタンを押してしまったらしい。

 

でも、あたしだって引く訳にはいかない。

 

もしも、今あたしが本当に『十代の女の子』だったら、即座に降参していただろう。

けれど、『あたし』は違う。

それに――

(ネオ・グリフォン。あいつだけは)

この『コナン』の世界知識を持つ転生者で、しかもその力で世界を歪めようとしている。

同じ転生者として決して見逃すことなどできなかった。

 

だから、あたしは唇の端を上げてみせた。

「何者ってただの『お嬢様』ですよ。警視正さん」

「分かってないのか――」

「ウチの情報網、使えばこれ位のことできますよ」

 

そこで何故か、ため息をつかれた。

そんな表情も絵になる、ってどこまでもイケメンだなあ。

(あれ?でもさっき警視正、って……)

この見た目で安室さんより年上!?

「何を考えている?」

「なんでもありません!」

慌てて返事をすると、

「まったく君――」

そこまで言われたとき、ノックがされた。

「入れ」

「お取り込み中、申し訳ありません。内閣府より緊急の――」

「分かった」

(……やっぱり、かなりの地位にいるみたい)

どう見ても二十代にしか見えないのに。

「仕様がない。だが、これだけは言っておこうか」

見透かすような視線と共に放たれた言葉にあたしは絶句するしかなかった。

 

――決して、ひとりで戦おうとするな。

 

 

 

「まったく、もう」

先日きちんと謝罪はしたのだけれど、やっぱりまだお怒りモードが解けない七槻さん。

「ごめんなさい」

何でも、あたしに化けたのはいいが、安室さんの殺気がめちゃくちゃ怖かったそうだ。

(今日、安室さん居なくて良かった)

今、あたし達がいるのは、とある市にある博物館。

例のごとくキッドからの予告状が来たのだ。

安室さんは本業の方でどうしても手が放せなかったらしく欠席。

(……もしかして、先日のあの人から、何か言われちゃったのかな)

タイミングが良すぎるし、風見さんも来ていなかった。

これまでのパターンなら、代わりに誰か、よこすはずだけど。

 

「ほんとにどうかしてた。あんな怖い思いするなら、軽々しく引き受けるんじゃなかった」

「その節は誠にすみませんでした」

 

「なになに、どーしたのさ?」

「真純さん!!なんでもないですっ!!」

キッドが今回狙っているのは、期間限定で展示される『いわしの涙』と名付けられたダイヤモンド。

例のごとく、次郎吉おじ様が張り切ってこの博物館を買い取り(おーい)、嬉々としてキッド対策に取り組んだ結果、現在、この博物館はある種の『からくり屋敷』と化していた。

「ふははははぁっ!!これで今度こそきゃつも年貢の納めどき、というものじゃろうて!!」

豪語してるけど、それってフラグ……。

「毎度のことだが、じーさん、あんまり遣り過ぎないでくれよ」

頭を抱えている中森警部を筆頭に、

「ったく。いい加減、止めてくれよ」

とぼやくように毛利探偵が言うと、

「アレを止められると思うか?」

「これが『いわしの涙』ねえ。とってもきれいね、コナンくん」

「うん!蘭姉ちゃん!」

「もう!快斗ったら、どこ行っちゃったのよっ!!せっかくお父さんがキッドを捕まえるトコ、見せようと思ったのに!!」

(……青子ちゃん。多分、快斗くんこと怪盗キッドは名探偵に顔バレしたくないから、雲隠れしてると思う)

何せ、工藤くんと快斗くん、顔の造り、ほとんど一緒だからなあ。

はは、と遠い目をしていると、

「うおっ!あと五分だっ!配置に着いたかっ!?」

「「「「「「「はっ!!」」」」」」」

(いや、あの。中森警部。毎回思うんだけど、こーゆーとこに娘さん連れて来ちゃ、……ブーメランだった)

 

 

 

緊張感がみなぎる展示室内であたしはふと疑問を感じた。

(これって本当にキッドなのかな?)

怪盗キッドは初代であるお父さんの敵討ちのために、特別な宝石を探している。

それは、月光を浴びると怪しく輝く、という伝承があるらしい。

(なんか、今回のダイヤモンドには当てはまらない気がする)

予告があった『いわしの涙』は、つい最近見つかったダイヤモンド。

(その宝石を狙う、キッドのお父さんを殺害した組織も昔からあったみたいだし。その辺りのことを考えると、何か違うような……)

 

それに――

 

先日、鈴木邸を騒がせ『おじさま』のこともある。

(……あれ?そう言えばこれって――)

「あと一分です!警部!!」

「よーし!!抜かるなよっ!!」

皆が時計を注視するなか、誰かが秒読みを始めた。

「……三十、二十九――」

『キッドキラー』ことコナンくんがさりげなく蘭の前に出る。

「十五、十四……」

真純さんは前に男の子と間違えられたことを根に持っているのか、ぐい、と前に出ていた。

(異性に間違えられて服取られたら、やっぱ恨むよね)

というか。事前調査はちゃんとしてよね、キッド。

「十一、十……」

あたしと七槻さんは邪魔にならないよう、壁際へ下がった。

「五、四、三……」

皆の視線が『いわしの涙』に集まった。

「一、……「なんだあっ!?」

プツン、とスイッチが切れたように灯りが消えた。

「自家発電はどうしたっ!?」

「キッドかっ!?」

パッと一気に辺りが明るくなり、目をしばたたかせると、涼やかな声が響いた。

 

「確かにダイヤはいただきまし……うおっ!?」

展示ケースの上で白いシルクハット、スーツにマントといういつもの姿で、ダイヤを顔の前に掲げたキッドの傍らを何かがよぎり、反対側の壁に突き刺さる。

(……トランプ、ってことは)

「何だ!?」

「どーゆうことだっ!?」

場が騒然とするなか、つい今しがた聞いたのと寸分違わぬ声が上から降りかかる。

「私も有名になったものですね」

「「「「「「「キッドがふたりっ!?」」」」」」」

「騙されるなっ!!こいつは罠だっ!!両方とも捕らえろっ!!」

「「「「「「「はっ!!」」」」」」」

ダイヤを手にしているキッドに警官が群がるが、ぽん、と煙幕を張られてしまう。

(う、こっちまで煙来た!)

ハンカチで口を覆っていると、誰かがドアを開けてくれたようで、何とか周りが見えるようになった。

「くそっ!!今ので奴が誰かに化けたかもしれん!!お互いの、……ん?」

見ると、まだ『ふたり』はそこにいた。

 

というより――

 

「キッドとキッドが闘っている……?」

「私に化けるとはいい度胸ですね!!」

後から現れたキッドが、ダイヤを手にしているキッドに拳を繰り出した。

「何のことやら。偽者はあなたの方でしょう」

さらりとかわし、お返しとばかりにその腕を掴もうとするが、それはかわされ、

「人の名を語っておいて!!」

「どっちがっ!!」

 

 

「「「「「「「……」」」」」」」

(え、っと――)

一進一退の攻防を眺めながら、あたしは我に返り、蛍光塗料入りのハンドガンを手に取った。

(一応、用意させて良かった)

「七槻さん!」

テニスボール大のボールが射出されるので、それなりに重いのだ。

側にいた七槻さんの手を借り、照準を合わせる。

「どうするの?」

(もし、あたしの予想が正しければ……)

あたしは、すぅ、と息を吸った。

「あっ!!不二子さんっ!!」

「……へ?」

「えっ!不二子ちゃ、……っ!」

(今だっ!!)

ダイヤを持ってあたふたしている方の『キッド』へ狙いを定めて引き金を引く。

「ゲッ!!」

頭からたっぷりと蛍光塗料を浴びた『キッド』を指差し、

「あの『キッド』はルパンですっ!!」

あたしがそう叫ぶなり、廊下の奥から叫び声が聞こえてきた。

「ルパン~~!!!」

「げぇっ!!とっつあんっ!!?」

「……マジかよ」

(あ、快斗くん素が出てる)

入り口に仁王立ちになる銭形警部に、

「お早いこって」

と答えると、アゴの下に手を掛け、べりっと『キッド』の顔を外す。

「ル~パ~ンッ~!!貴様!!今度は何を考えとるッ!?」

「そ~んな怒るなよ、とっつあん。血圧上がるぜ」

ルパン三世は窓に体当たりをするが、そこには――

「へっ!??」

割れた窓ガラスの向こうには、鋼製の網が張られていた。

(でも凄い。あんな勢いでぶつかつたら、反動で落ちるのにしっかり掴まってる)

「なんだぁっ!?」

とそこで次郎吉おじ様の高笑い。

「ふぁふぁふぁっ!!まだまだ甘いわあっ!!お主らこそ泥が逃走に使う手管は、全て見切ったわぁっ!!!」

「それ!キッド!!逮捕だあ~~!!!」

「ルパン~~!!!」

「「げぇっ!!」」

 

網にしがみついたままのルパン三世に銭形警部が飛びかかろうとしたとき、空を切るような音がした。

一瞬の閃光。

(あっ)

「でえぇぇいっ!!!」

鋼が紙のように散り散りになって下へ落ちた。

「五右衛門~~っ!!!」

「……また詰まらぬものを――」

「それはいーからっ!!」

いつの間にか、轟音が近付いてきていた。

(ヘリコプター……いつの間に)

「そんじゃあ、とっつあん、達者でな~~!」

ヘリコプターから伸びたロープに掴まったルパン三世と五右衛門に、銭形警部が叫ぶ。

「くそぉっ!!ルパン~~!!五右衛門~~!!!」

「ヘリはどうした!?」

「この作戦にヘリは用意しておりませんッ!!」

 

 

 

「待て~~!!キッドッ~~!!!」

コナンくんの声がはるか遠くから聞こえてくる。

 

「うわっ!!」

「なんだっ!!」

階段が、消えていた。

正確には、その段差が消えて坂になっていたのだ。

「滑るっ!!」

「上がれませんっ!!」

キッドを追いかけていた警官達が足止めを食らっていた。

「ふあっ!ふあっ!ふあっ!!毎度のように屋上へ逃げ出すきゃつのために作らせた特別製の階段じゃっ!!!油も撒いておるから、そう簡単には――」

「キッド~~!!」

遠く、恐らく上の階から聞こえるコナンくんの声。

「……おじ様。キッドキラーのコナンくんが上にいる、って、ことは」

「まさか、」

「念のため、一旦解除した方が」

「ううむ」

仕方がない、とおじ様がその懐からコントローラーを出して操作しようとしたとき、小さな爆発音がし、それは壊れてしまった。

そして、バネが付いたカードには――

「キッドマーク、じゃと!?」

(うわ、仕事早い)

「他に制御できる手段はないのか、じーさん!!」

「慌てるでない。このようなときのために、この辺りに制御盤が――」

次郎吉おじ様が壁に隠されていた扉を開け、制御盤を――

「のわっ!?」

再びの爆発音。

また見つけたバネの先にはデフォルメされたルパン三世の顔と――。

「ごくろうさん、だとっ!?人を小馬鹿にしおってからにッ!!!!」

パシッ、とカードを叩き落とす次郎吉おじ様。

「どうします?」

「どうしますも何も、上がるしか」

「そこ、どいて」

気合いの入った真純さんの声に、思わず皆が下がった。

「……行くよ」

壁際からの全力疾走。

「はあぁぁぁぁっっ!!!!」

(すごっ、一気に登っちゃった)

思わず感心して見送っていると、すぐ近くで気合いを入れる気配。

「ら、蘭っ!?」

「だ、ダメ~~!!」

「何で止めるのよ!」

あたしは慌てて耳打ちした。

「だって蘭、そのスカートっ!!」

蘭が運動神経いいのは分かってるけど、流石にミニスカでそんなこと、させられない。

「……あ」

蘭もようやく気がついたのか、止まってくれた。

(良かった~~)

ほっとしていると、『坂』から何かが転がり落ちてきた。

「「「「「「「……え?」」」」」」」

近くにいた警官が思わず、という体で手に取り、

「かつら?」

この場にいる人達のほとんどの人が、かつらイコール変装、と思ってしまったのも仕方がないことだと思う。

「キッドはまだ近くにいるぞ!!油断するなッ!!!」

そして、間の悪いことに、

「あのう、すみません。それ、自分の――」

後になって分かったのだけれど、彼は本当にかつらが、必要な方で、もちろん普段は坂を軽快に転げ落ちるようなシロモノではなく、オーダーメイドの、なかなかそうとは分からないものを着用していたのだけれど、その日に限って悪戯心を起こした飼い猫にオモチャにされて――。

仕方なく、近所に住む従兄弟が忘年会で着用したものを借りてきたということだった。

「すみません。返して……」

「「「「「「「確保~~っ!!!」」」」」」」

「えっ」

わあぁっ、と声が上がり、気の毒なかつらの所有者に追っ手が群がった。

 

 

 

後日、あんまり気の毒になってあたしは快斗くんに直撃してしまった。

もちろん、以前、蘭が受けたセクハラの抗議もさせてもらいました。

「いや、だって……まさか、あんなことになるなんて――」

話を聞いてみると、百パーセント善意で返したようだった。

その警官に化けようとして制服を拝借しようとしたら、『それ』に気がついてしまい、動転していたのか、自分の変装用のかつらと、ご本人のそれとを交換してしまったらしい。

蛇足だけど、とっさにこの警官に化けるのは断念したらしい。って何で?

 

「いや、何か凄い罪悪感、感じちまって」

 

 

結果として、ダイヤモンドはルパン三世が盗り、後日、釣り人のバケツに入っていた、と返品された。

 

 

(蝶が羽ばたくにしても、これは――)

 

 

後々の展開に備えながらも、あたしはあまりの流れに頭を抱えてしまった。

 

 

 

 

 




今回出てきたオリキャラ(一応(^_^;)

胡桃沢 翔(くるみざわ しょう)――安室さんの上司。外見はグラ○ルのルシ様(ル○フェルか○シオかは、お任せしますm(_ _)m)。中身は捏造。(ガチャで出て来ない。だから、つい出した。また出してみたいな)

で、ミステリ好きの方、どなたか気づいたかなあ。

(でも、著者が既に故人だからなあ。……今のところ、コ○ンの単行本の折り返しに出て来てないから、無理か(ヾノ・∀・`)




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スコッチの困惑

幾つか伏線回収しましたm(_ _)m

ですが、まだ回収してないものもありますm(_ _)m

今回、スコッチ視点となります。

遅くなりまして誠に申し訳ありませんm(_ _)m






――もとからおかしいとは思っていた。

 

 

何故、俺とゼロ、ふたりがほとんど同時期に潜入なんだ?

この国に本拠地を置くというシンジゲート、通称『黒の組織』。

メンバーのほとんどが黒い衣装に身を包み、違法とされることは何でもやっているという、とんでもないシロモノの癖に、決定的な証拠は何も掴ませない。

違うな。誰かが握り潰しているだけだ。

 

 

俺がただのNOCどころか、『公安』所属だとバレたのがいい証拠だ。

だが、このことをストレートに言う訳にはいかない。

もちろん、『戻る』訳にも行かなかった。

このタイミングで戻ってみろ。

十中八九、消される。

 

だから、俺は。

『奴らに俺が公安だとバレた。逃げ場はもう、あの世しかないようだ』

思わせ振りになって済まないな、ゼロ。

でも、お前なら。

なぜ俺が公安所属だとバレたのか、察してくれるだろう。

 

 

――くっそ!ここは日本だぞ!!すぐに発砲なんてするなよな!!

 

ゼロにはあんなメールを打ったものの、俺だってこのまま野垂れ死ぬつもりはない。

何とか追っ手を撒いて、どこかへ潜伏……。

 

一般人を巻き込まないようにしたのが仇になったな。

 

 

廃ビルの屋上。

何でこんなとこに来たんだ、俺。

これじゃあ逃げ場が。

「スコッチ……」

(げっ、ライッ!!)

つい最近までの『仕事仲間』の登場に俺は血の気が引くのを感じた。

(ヤバいな。あいつ相手だと余計逃げ場が……)

人の気配は他にはない。

 

(俺は、何を守りたかった?)

離れて暮らす兄、引き取ってくれた新しい家族。

そして友人――。

俺がここで悪あがきして捕まりでもしたら、その尋問――恐らく拷……はきっとゼロが担当させられるだろう。

(それはさせられないな)

ライ相手に逃げるのはほぼ不可能。ならば。

 

「さすがだな。スコッチ――投げ飛ばされるフリをして、俺の拳銃を抜き取るとは」

銃口を前に軽く両腕を上げるライ。

(全然、油断できないな)

コイツの実力はゼロと互角。

「拳銃は……お前を撃つために抜いたんじゃない」

(すまん、……ゼロ)

「こうする、……ためだ!!」

心臓に――本当は胸ポケットに収まるスマホ――に銃口を押し当てる。

「――!?」

「無理だ」

(なんっ!?)

「リボルバーのシリンダーを掴まれたら……トリガーを引くのは、不可能だよ」

(くっ!つーか、コイツ、ずっと離れたとこにいたよな。何て身体能力だよ!!)

ゼロすまん、とがっくりしていると、

「俺はFBIから潜入している赤井秀一……」

耳を疑う言葉が入って来た。

 

「俺の話を聞け」

 

互いの一瞬の気の弛み。

 

「「――!!」」

 

まるでそのタイミングを狙っていたかのように、階段を忙しなく上がってくる足音。

 

――まずい!!

 

(この場面、のんびりしてたら、赤井もヤバくないかっ!?)

 

とっさに俺は引き金に掛けた指に力を込め――

 

 

「――……?」

 

ふんわりと、何かが目の前を通りすぎた。

 

錯覚かもしれない。

この時期にしては珍しくぬるい風だった。

「――スコッチ!!!!」

 

俺は懐かしい声を聞いたような気がした。

 

 

『どんなことがあっても、自殺はだめだよ。ゼロ』

 

 

 

いつからだろう。

対等だと思っていた幼なじみが『越えられない壁』となっていたのは。

濃い肌色、薄い色素の髪、青い瞳。

どうみても日本人離れした外見で、子供のころ仲間外れにされていたのを、俺は『大勢対ひとり、なんてヒキョウだぞ!!』と割って入っていつの間にか、友達に、なっていた。

そのころはまだ良かったんだ。

同じモノを見て、同じ教室で学んで、ちょっとした悪戯もケンカもして――

 

中学に上がって少し位してからか、周囲が変わって行った。

詳しく言うと、女子達の反応が。

誰かひとりが、『降谷くんって好きな人いるの?』と聞いてきた。

その辺りから、おかしくなって行った。

それまでは様子を窺っていたのか、それとも俺が近くにいたためか。

ゼロにこういう意味では近付かなかった女子達が、一気に積極的になった。

登下校はもちろん、委員会はどこに、席替えは――。

 

 

受験の際、『どーして近くに男子校がないんだ!』と本気で悔しがっていたな、あいつ。

そして、『将を射んとすれば』のつもりか、俺にまで矛先が向いた。

いや、あのさ。

正直、かわいい子に告白されたら、嬉しいよ。

いつも側に居るあいつより、地味めな俺を選んでくれたんだ。

って舞い上がっていたのは、始めのうちだけ。

『今の、降谷くんから?』

『降谷くんも暇してるんじゃない?どうせなら三人で――』

はあっ!?

俺に告白したんだよね?

 

 

カラクリが分かって陰で泣いたのは、ゼロには秘密。

ってか、マジかよ……。

始めはショックだったけれど、それが二回、三回と続くと――さすがに慣れたな。

 

そうだよな。

 

容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能――どこの少女マンガから出てきやがった!!っていうのが目の前にいるんだから。

ゲットしたいのは分かるけど、俺を巻き込まないで欲しい。

その頃の俺は死んだ目をしていたらしい。

後で事情を知ったゼロが怒り狂ってくれなかったら、ゼロとの友情も危うかったかもしれなかった。

『何で言わなかったんだ!!俺はお前の親友じゃないのかっ!?』

一発パンチも貰った後(いや何で殴った?)、めちゃくちゃ怒られた。

その後、なぜか泣かれて、え、となったら、

『……ヒロに何てことしてるんだ、あいつら』

え!?まさかそれ、殺気じゃないよなっ!?

これはヤバい!!と、別にお前のせいじゃないし、俺だってこの位で友達やめようなんて思ってないし、とか何とかめちゃくちゃ宥めて。

そういやあの後、ゼロ狙いの『なんちゃって彼女』は一切来なくなったけど、何かしたのかな、あいつ。

ゼロにはああ言ったけど、実はマジ凹んでた。

本音を言うと、これを限りに離れようかとも思ってたんだ。

だけど、『俺達は親友だよな』と泣きそうな顔で言われると――。

 

……絆されてんじゃねーよ、過去の俺。

 

 

そんなことがあった上での高校生活は比較的穏やかだった。

ゼロの希望した男子校は無理だったけれど、ある程度偏差値のあるところで、なるたけ女子が少なそうなトコを受験した。

「もちろん、ヒロも行くよな」

「お、おう」

行くけど、行くよ、だけど『はい』か『Yes』しか答えがないような問いかけを、その笑みで言うのはやめろ。周りが引いてたぞ。

入学したての頃はまだゼロに注目が集まっていたが、自己紹介で『自分は女子に告白されても答えることは一切ないし、贈り物も受け取らない』と言い切ってしまい、クラス中が引いた。

(あちゃー、おま、そこで言うのかよ)

仕方ないのでフォローすることにした。

「あー。諸伏景光だ。えっとこいつとは小学からのともだ「親友」分かった、親友な。なんだが中学んときに――」

ダイジェスト版で『なんちゃって彼女』を説明し、プレゼントがだめな理由もきっちり説明する。

バレンタインの手作りチョコに、作った当人の物と思われる髪の毛や爪がこれでもか、と入っていた、と。

「何だ、それ」

「きっつー!」

「俺なら、逃げる……」

あー、今度は男子が引いたな。

「という訳なんで、俺もコイツも絶賛女性不信中なんで。しばらくそういう話題は振らないでくれると有り難いな」

そう続けると、クラス中が頷き……えっと、あんた先生だろ。何でそんなに力強く頷くんだよ!?

 

 

ゼロには後で、何であんなことまで話した!?って怒られたが、最初にお前があんなふうに言うからだろ、と言っておいた。

あの態度じゃ、友達もできないじゃないか。

そろそろ友人は俺だけでいい、ってのから卒業しろよ。

と言ってやったら黙った。

 

こうして俺が捨て身の暴露(男子共からはすっげえ憐れみの視線、貰っちまったけどな)をしたことで、直接的にも間接的にもゼロにそうゆう意味で近付く女子はだいぶ減った。

 

 

「……都合で転校してきた岩崎奈津美です。よろしく」

だから、半端な時期に来た転校生のことも始めのうち、そんなに気にならなかった。

目立たない容姿の彼女は言葉少なで、始めのうちこそ転校生ということで注目を集めていたが、一週間もするとクラスに埋もれて行った。

まあ地方から来たし、人見知りも激しいのかな、とかそれ位の認識しか持っていなかったんだ。

 

それからしばらくして、ゼロが付き合い悪くなるまでは。

思わず問い詰めると、

『仕方ないな。お前だけ、特別だからな』

と、何故かどや顔で連れて行かれた第二音楽室。

洩れ聞こえてきた『音』に俺は耳を疑った。

は!?確かここのピアノってかなり前から調律もされていないから、音階だってガタガタだろっ!?それが何で――。

聞こえてきたのはベートーベンの『月光』。

俺は、そんなにピアノには詳しいほうじゃない。

それでもこの弾き手がかなりの腕前だとは分かる。

うわ、そこ、音が外れ……って、和音作って乗り切った!?

(何だよ、これ)

一体、どんな奴が弾いているんだ?

そうっとドアを引くゼロに続いて第二音楽室へ滑り込む。

――へ!?

窓を背にしている演奏者は間にピアノがあるせいで、俺達のことには気がついていないようだった。

例の、目立たない転校生がそこにいた。

鍵盤の上をまさに縦横無尽、という体で流れる指先。

紡ぎ出される音は、――って何か、プロのレベルじゃないかっ!?

一心不乱にピアノを空を見据える(まさか、暗譜してんのか!?)ように弾くその姿は、とても俺達と同じ年とは思えなくて。

 

 

 

最後の一音が余韻を含ませながら、消えた後俺はつい大きめの拍手をしてしまった。

「すごいな、岩崎!もしかしてプロ……」

「おい、ヒロッ!!」

慌てたようにゼロに腕を掴まれ、改めて自己紹介してみると、岩崎は俺達にとっては稀有な存在だと分かった。

何しろ、いい意味で俺やゼロに関心がない。

というか、ピアノが一番らしかった。

俺達に『彼女いるの?』とか『一緒に帰らない?』とかいった言葉が掛けられたことは一度もなく――。

 

……それとも、もしかしてそーゆーフリか?

 

中学時代、さんざんな目に遭ってきたため、ついそう疑ってしまうが、それはすぐに晴れることになる。

 

 

それから暫くして彼女のピアノを聴いた武田先生(もちろん音楽教師だ)が『凄いわね、岩崎さん!プロになるの?』と話を持ってきてその流れで、岩崎が調律までできることが分かり、『それなら道具だけでもあるから、やって……』と言い掛けた時だった。

「やります!やらせて下さい!!」

物凄い勢いで食い付いてきた。

 

その後、調律の施されたピアノ演奏につられるように、こっそり見学する者が増えてしまった。

「まさか、こうなるとはな」

武田先生を焚き付けたゼロは残念そうだった。

――ん?まさか、こいつ?

「ゼロ?まさかお前?」

「や、違うからな!」

……耳まで赤いんですけど。

(ふーん、そっか、へぇ)

前にも言ったとおり、ゼロはその外見のせいで前から苦労が絶えなかった。

いい加減、神様も気がついてくれていいだろ、と思っていた。

大抵の女子はゼロの前に出ると、凄く気を遣う。

または、自分はとてもおしとやかな女性ですよアピールが入る。

けど、岩崎はそのどちらでもなかった。

最初の頃こそ、びっくりしたような顔をされて距離を取っているようだったが、俺達がピアノの演奏の邪魔をしないと分かると気にしなくなったようだ。

というか、ピアノの前にいる岩崎は殆ど弾きっ放しで、ゼロや俺に話しかけようとはしなかった。

これが他の女子なら、ピアノなんかそっちのけで話し出すか、弾きながらでもこちらをちらちら窺ったりする。

それらが岩崎にはなかった。

彼女にとってはピアノが弾ける、ということが最重要事項のようだった。

何故そんなにピアノに、と聞いてみたことがあった。すると、

「……ここでしか、ピアノ弾けないし」

「「は!?」」

いやいやいや!!その腕前でここでしか弾いてない、ってどういうことだっ!?

思わず問い詰めると、岩崎は言いにくそうに、

「ウチの母親、ピアノがすっごい嫌いだから。それもアレルギーレベルで」

「「はあっ!?」」

なんだそりゃ、とこの時の話は終わり(というか岩崎がゴーインに話を変えてしまったので)、だけど後になって分かったことだが、事はそんな生易しいものではなかった。

一度、岩崎はピアノのことで母親と言い争いをしたことがあったらしい。

こんなにピアノが好きなのにどうして習わせてくれないのか、と。

そう怒鳴った瞬間、目の前で母親が倒れてしまったのだそうだ。

救急車で搬送され、事なきを得たものの、狭心症と診断され、過分にストレスを与える発言は避けるように、と言われてしまったらしい。

だからピアノ関連の話は母親の前ではしないし、当然、ピアニストになる気もない、という。

 

「……何だよ、それ」

「ゼロ」

それに卒業したら地元の大学に行かなくてはならないし、と何でもないことのように言う岩崎に、

「それでいいのか、本当に」

珍しくゼロが突っかかっていた。

「……親を犠牲にしてまで、夢、叶えようとは思わないから」

その達観しているような雰囲気に、岩崎の中ではとっくに答えが出ていたのだと分かった。

「だが」

「いいの。今はこうして弾けるんだし」

そう言った岩崎にだから俺はつい、聞いてしまった。

「あのさ、そんだけ親に反対されてて、何でそのレベル?」

実際、聞けば聞くほど、岩崎のピアノのレベルは高いと分かる。

本当になんでプロになれないんだ、って位だ。

だけど、それにはそれなりの練習が必要な訳で。

「親戚のお姉さんが家にあるピアノ弾かせてくれたり、あとは――」

こっそりとしていた練習法を聞いた俺は呆気に取られてしまった。

厚紙に書いた鍵盤叩いてた、って……。

「勿論、音は出ないけど、案外いい練習だよ」

「……岩崎」

「何?」

「今すぐお前の母親に会わせろ」

「は?」

 

 

俺が何とかする、と意気込んだゼロを止めるの、大変だったなあ。

 

その後、岩崎は実家へ戻り、地元の大学へ進学した。

 

 

『どんなことがあっても、自殺はだめだよ。ゼロ』

 

 

てっきり呼び出されるのはゼロだと思っていたのに、まさかの俺。

 

そして、言われたのは、告白にしてはどこかおかしな台詞。

 

どういうことだ?

岩崎はこんな冗談を言うような奴じゃなかったはずだ。

しかも、俺のことを『ゼロ』って。

問い返そうとしたとき、ゼロがこちらへ駆けてくるのが見えた。

『これ、答えは三つあるから』

「「はあ!?」」

何だそりゃ、と追いかけようとしたが、岩崎は見事に逃げ切り、そしてその一つ目の解答は――。

 

 

警視庁公安部。

配属された俺の頭に、卒業式の岩崎の台詞が甦った。

『公安』はかつてチヨダ、と呼ばれており、今は――『ゼロ』。

「……まさか、な」

予知能力者でもあるまいし、とその時は一蹴してしまった。

もちろん、ゼロにも話さなかった。

 

 

そして、今――

 

「…まさか、スコッチ、聞いているのかっ!?」

ゼロとライ――諸星大――に詰め寄られたが、そんなことに構っていられなかった。

『二つ目』と『三つ目』の解答が、目の前に転がっていたのだから。

「おいゼロッ!!分かった!!わかったんだよっ!!」

「はあっ!?ちょっ、スコッチ何言って――」

「ほう。やはり君達は同じ――」

「だからっ!!あいつが言った言葉!!あの時の『ゼロ』はゼロ、お前のことじゃなくて、こう――」

「スコッチッ!!」

「あんってことで、胸を二回叩いたのはNOC!!で、その叩いた箇所は、さっき俺が撃ち抜こうとした――」

「なん、だと……」

超低音でゼロが呟いた。

あ、これ、ヤバいやつ。

「ほぅ~~、ということは、その人物はそういった能力者なのか、ぜひともFBIに――」

「何言ってるんですかっ!!彼女は絶対に……FBI?」

 

 

うん、あの時位、カオスと呼ぶのがぴったりな状況はなかったな。

 

その後、俺は身を潜めることになり、ゼロには負担をかけてしまった。

そして、岩崎が言っていた、日本とイギリスの作家のあいの子みたいな名前の子供には出会っちゃいなかったが、もう黙ってなんかいられない。

俺達は地方――東北のとある都市――にある岩崎の実家へ向かい――。

 

 

『……岩崎が、死んだ……』

 

 

衝撃の事実を知らされることになる。

 

 

トンネルの崩落事故。

殆ど生き埋め状態で死因は窒息死。

間の悪いことにその時、ちょうど大型台風が襲来し、あちこちで大きな被害が起きていたのと、国道が地滑りで塞がれ、重機を導入できず。

 

二年前――社会人になったばかりの岩崎の遺影は、記憶と殆ど変わらなかった。

こんなことになるなら習わせればよかった、と後悔しているらしい母親はかなり憔悴した様子で、さすがにゼロも言葉が掛けられなかったようだった。

その後、少しだけ入らせて貰った(衣類など男性に見られて困る類のモノは処分してある、とのことだったので)彼女の私室で、とんでもないものを見つけることになるんだが。

 

 

その時は、礼を言いたかった相手がもうこの世にはいない、ということに動揺していて、それどころではなかった。

 

 

身を隠して数年。

 

ようやく俺がNOCだとバレた原因を突き止め、地方からそろそろ戻ろうかという頃。

 

 

「はあ!?彼女を見付けた!?」

地方のとあるアパートの一室で俺は大声を上げてしまった。

(こいつ、大丈夫か!?)

岩崎は、もういない。

幽霊にでも遭ったとでもいうのか。

「冗談だろ。彼女はもう――」

――知っているさ。俺達も確認したんだから。

あの後、俺達は知った。

車内に閉じ込められた後も、決して諦めなかった彼女のことを。

ドアが開けられないと分かると、救助が来ても分かるようにとキーを握りしめ、車の壁を何回、いや何十、もっと多く叩き、やがて、それは重機より先に到着した救助隊にも聞こえたそうだ。

だが、そこは人力だけで、どうとなるものでもなく。

最後の方はモールス信号のように間遠になっていたという。

 

そして、最後に車内に付けられていた傷のことを知った俺は思わず瞠目し、ゼロは……無言だった。

最期の最期、岩崎は、何を思ったのか。

 

車内に丸い形の傷が幾つも遺されていたという。

 

だけど、その傷が『丸』ではないことは、俺達は分かっていた。

ただの『丸』なら始点は真下から始まる。だが、彼女が遺したそれは始点は、真上から始まっていた。

 

 

つまり――『0』(ゼロ)

 

 

ああ、やっぱり、と思った。

何でこんなにタイミングが悪いんだろうな。

その後、俺は裏切り者を炙り出すために地方へ飛ばされ、ひとり残されたゼロは――。

 

仕事の鬼になった。

 

これ程、傍にいてやれないのがキツいとは思わなかった。

ただ、唯一の救いというか、やるべきことがあったから、俺もゼロも乗り越えたといってもいいのかもしれない。

 

それでも、それ以降、俺の方から彼女の話をふることはなくなり、そしてゼロも――。

 

 

 

「だったらそんな世迷い言は――」

――彼女は『あの事件』を知っていたんだ。

「何!?」

 

あの事件――彼女が地方からわざわざ俺達のいる高校へ編入することになった理由。

公安へ入り、資料を当たってみた際、思わず目を疑った事件。

 

というか、よくあんなことがあって、普通に学校生活送れたよな。

ある種トラウマともなりかねない、彼女が在籍していた女子高で起きた事件は封印され、地元紙にさえ、詳しい経緯は載らなかったはずだ。

(その事件を知っていただと?)

「――……まさか」

『彼女』とおぼしき人物は、どう計算しても年齢が合わない。

(現在、高校二年生って。彼女がいつ亡くなったと思ってるんだ!?)

否定しようとした俺に更なる追い討ちがかかる。

――あの曲も彼女は弾ける。

(なん、……)

――途中で止めてしまったが、『あの曲』ならそれで充分だろう。

彼女はクラシックも弾いていたが、ときどき、オリジナルと思われる曲を弾いていた。

それはたかだか十代の少女が作り出したとは思えないほどで、作曲家としての才能もあるのでは、と思わせるには充分だった。

――彼女を説き伏せて、俺達も覚えたよな。

「ああ」

――彼女が『鈴木園子』にピアノを教えていたのか。

呟かれた言葉に、俺は思わず答えた。

「それはないだろう。彼女の家庭環境からして――」

――ああ。彼女が音楽の道へ進むことはあり得ない。

一瞬、ほんの一瞬だが、あの崩落事故に遭ったのは本当は別人で、岩崎はこっそり家出でもしていて、と俺は全くあり得ないことを言ってしまったが、そこはゼロも同じだったようだ。

音楽教師でも何でもいい。何か『音楽』に関わる仕事に岩崎が就けていたら。

 

「やっぱ、俺もそろそろ戻るかな」

そう呟いた俺の声は届いていなかったらしい。

「おい、聞いてるか?」

――ああ。大丈夫だ。

ん?この声音。大分上の空だな、こいつ。

「怪しいな。今日で何徹だよ?」

――まだ、三徹――。

……『まだ』って言ったよな、こいつ。ってことは、これから四徹、五徹するつもりか!?

「……俺も行く」

――は?

「俺もそっち行って確かめる」

――ちょっと待てっ!!お前、今――。

ああ。まだ言ってなかったか。

多分、報告が上がっていないんだろうな。

「少しは手伝わせろよ」

俺の本気具合が分かったのか、少しの沈黙の後、

――ちょうど、鈴木園子のガード役が欲しいところだった。

 

「任せとけ!」

 

 

そうして顔を会わせた『鈴木園子』は――

 

 

「それって幼なじみじゃないの?」

彼女が顔を見せるという喫茶店へバイトとして雇われた俺は、

(ん?)

俺とゼロとの関係性の話題になった途端、もの言いたげにこちらをちらちらと窺う鈴木園子。

(何だ?)

一瞬、目が合ったが、それはすぐに逸らされた。

(これはもしかすると――)

俺とゼロのことを知っている!?

あの視線はまったくの他人に送るものとは思えなかった。

思考を巡らせていると、来店を知らせるベルが鳴った。

 

 

「彼女は新しくウチの班に入ってきた、岩崎刑事ですよ」

「岩崎みづえです。よろしく」

「安室透です。よろしくお願いします」

「今日からこちらで働くことになりました皆川桂一です。よろしく」

無難な挨拶を交わしながらも、内心は――。

(ゼロッ!!お前!!何やってんだよ~~!!)

彼女――岩崎みづえ――は本当は捜査一課の所属ではない。

公安(地方だが)の人間だ。

この名字で分かるとおり、彼女の親戚だ。

(だからって、ここにぶち込むか、普通!?)

使えるモノは何でも使え、ってことかよ。

 

だが、そんなこちらの思惑をよそに、鈴木園子の岩崎刑事への応対は第三者へ対するそれで。

(これは、外れか)

 

そう思っていたが、それはいい意味で裏切られることになる。

 

「じゃあ、ルフナ、お願いします」

数ある茶葉の中から、鈴木園子が選んだのは『彼女』が好きだったもの。

この時ほど、気を張って紅茶を淹れたことはない。

「ありがとうございます」

ひと口飲んで、

「とても美味しいです」

笑みと共に告げられた言葉は、こちらが初出勤と聞いて気を遣ってくれたようだった。

(岩崎、なのか)

これだけではまだ判断できないな、と思っていると、

「まさかと思うけど、皆川さんにクラ替えしたのかい?」

(……最近の子はませてるな)

というか、俺もゼロもアラサーなんだが。

幾らなんでも高校生に手を出すつもりはない。

「そーなの?」

「ちょっ、ガキンちょまで!そんな訳ないでしょっ!美形がいたら誰だって観賞したくなるじゃない!!」

(ええーっと、これ本当に岩崎か?)

何だか、岩崎というより、事前に聞いていた『鈴木園子』嬢に近い気がするんだが。

「そーいえば、工藤くん家、おそうじ手伝ったの、いつだったっけ?もうそろそろ……」

(あ、これマズイやつ)

家人のいない工藤邸には、現在、非常に怪しげな大学院生が居候しているらしい。

この大学院生、恐らく奴だろう。

ゼロの――

と、そこでうっかりゼロの方を見てしまった俺は、ソッコーで気配を消した。

(……すっげ、怒ってらっしゃる)

 

岩崎の訃報を聞いた奴は、『残念だったな。せっかくのいい人材が』等、ことごとくゼロの神経を逆撫でするような言葉を吐いてくれ、名前を出すだけでもかなりヤバイことになるんだが。

(ってゆーか、何であんなに空気読まないんだ)

 

顔の表情だけは見事な営業スマイルで、お冷やを注ぎに行くゼロをそっと見送った。

 

 

(キジも鳴かずば撃たれまい)

 

 

その後、〈エッジ・オブ・オーシャン〉で起きたテロでは、信じられないレベルの先見の明、というか、殆ど予知能力レベルの活躍をしてみせ。

 

(……あの曲は)

 

建設中のビルの最上階。

アルファロメオを軽く撫でながら口ずさんでいたその曲は――。

 

 

「何だ?その曲?」

「聞いたことないな」

そう聞いた俺達に、どこか満足げな笑みで返ってきたのは、

 

「「はあっ!?ルパン三世のテーマ!?」」

 

「岩崎!!ルパン三世は犯罪者だ!!何でそんなやつのテーマなんか……」

「まさか、作ったのか?」

俺達を呆れさせたその曲は、とても素人が作ったとは思えない出来で――

 

 

何でそれを今、『鈴木園子』が口ずさんでるんだ!?

 

彼女は沢山の曲を作っていたが、それはどれ一つとして形になることはなかった。

恐らく、母親に配慮したのだろう。

これほど才能があったのに、彼女はそのことに頓着していないように見えた。

ゼロに詰め寄られても彼女はどこか悟ったように、

「いいの。たぶん、こうなるようになっていたんだろうね」

十代にしてはいやに老成した雰囲気だった。

その時感じた違和感を突き止める前に、岩崎は消えた。

 

よくよく注意して見ると、『鈴木園子』と岩崎の共通項が浮かび上がってきた。

何気ない仕草、口ぐせ、ちょっとした雰囲気――忘れかけていた学生時代を思い起こさせるには充分なもので。

 

(本当に、岩崎なのか)

 

 

ゼロは今、半分ほど謹慎状態だ。

やはり、地方の公安から岩崎の親戚を引っ張って(だから、どうやったんだよ!……聞くの、こえー)、『鈴木園子』と関わりの深い、捜査一課の目暮班に捩じ込んだのが、効いたらしい。

潜入捜査は続けているが、それ以外(特に『鈴木園子』関連)は、手出しできない状況におかれている。

俺は、ガード役なのでそのまま続投、ということだが、ゼロへの情報提供は禁じられてしまった。

(何をもって確信したかは知らないけどさ、ちょっとやりすぎだろ)

 

 

そしてここまで来て、俺には疑問が残っていた。

 

 

(『鈴木園子』の人称は『あたし』だが、岩崎は『私』だよな)

 

 

一体、キミは何者なんだ?

 

 

 

 



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