砂糖は人類の宝? よし、お前は今日からオレの親友だ! (みーごれん)
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みたらし団子と落雁

別で書いてる話が遅々として進まないストレスで書いてしまいました。
そっちの方を待ってくださってる方、スミマセン!
ええ、そうです。スランプですこんちくしょう。


「副団長~! 何処に居るんですか、副団長ォ~!」

「此処だよ、阿呆」

「痛ッ⁉」

 

 目と指先以外を全て隠した黒装束が大きく仰け反った。声音からそこそこの巨漢であることが分かるが、顎のあたりを擦りながら姿勢を直し、若干涙目になりながら新たな声の方を向く。

 

「いきなり酷いじゃないですか……」

「お前さんが間抜けなのが悪いんだ。んで、何だ?」

「団長がお呼びです」

 

 あからさまに不機嫌になった目の前の男が舌打ちした。切れ長で鋭い目つきが一層険悪に細められ、眉がグッと内に寄る。呼び掛けた男と同じく真っ黒な装束を纏っているが、彼は口元を隠していなかった。また、紙を生やしているものが付けるよう指示される黒布も今は付けておらず、やや長い髪を後ろでまとめて一本刺してある黒い珠簪が覗いている。

 現在どのような状況かというと、男が長椅子に彼愛用の枕を置いてごろりと横になり、その枕元にみたらし団子と熱々のほうじ茶が並んでいた。

 ――要するに休憩中だったのである。なんならこれからひと眠りしようという時に叩き起こされたのだから、不機嫌になるのは当然と言えた。

 

「ダリィな……だがポン太からの呼び出しか……無視するのは不味いし……チッ」

 

 殺気を駄々漏らしつつ彼が起き上がる。そして右手を伸ばし、団子を掴んだ。苛立たしげながらもゆっくりと味わってそれを口に入れ、咀嚼し、ほうじ茶で口の中を仄かな苦みで戻す。しかめっ面が次第に解け、何度もそれを繰り返している彼を見ながら、呼びに来た男が自分も団子が食べたいなと思い始めたころ――

 黒装束は、自分が何故ここにいるのかを思い出した。

 

『早 急 に ! 奴を連れて来い‼ ”一秒でも無駄にしたら殺す”と伝えろ‼』

 

 ダンダン右手を執務室の机に叩きつけていた団長の剣幕を思い出して、彼は身震いした。

 

「……えっと、呼びだしは――ヒィッ⁉」

 

 ビィ……ン……

 

 低い音と共に、彼の顔の真横を細い棒状の何かが通過し、壁に刺さった。恐る恐るそちらに目を向けると、先程副団長が食べ終わったみたらし団子の串が僅かに振動しながら尚も壁に刺さっている。

 

「砂糖食ってるときに仕事の話しすんじゃねえよ」

「い、今はほうじ茶飲んでるじゃないですかヒィィッ‼」

 

 今度は反対側に突き立てられた串を感じながら、彼は沈黙した。次に余計な事を口走れば、確実に三本目が自分の脳天へ直撃する。竹串を壁にめり込ませる力が如何程のモノか彼は知らないが、どうせ殺されるなら強面の副団長より端正な顔立ちの団長が良かった。

 

 ――父上、母上……先立つ不孝をお許しください……

 

 悟りきった微笑みを浮かべて目尻に薄っすら涙を浮かべる彼は、副団長に“え、何泣いてんのお前、キモ”と言われつつ空になった湯呑みを押しつけられて、ちょっと泣いたとか泣いてないとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「入りま~す」

「遅いッ‼」

 

 怒声と共にクナイが彼の方へ飛んできた。その持ち手にある穴に人差し指を突っ込んで止め、くるくると回す。

 

「ドーモ、スミマセンッシタ~」

「貴ッ様ァ……今日という今日は許さんぞッ」

 

 団長がかわいらしい顔に眉間を寄せて口の端をひくつかせながら彼を睨んできた。

 

 彼女の名は砕蜂(ソイフォン)。魂の故郷・尸魂界(ソウル・ソサエティ)に於いて上位に存在する死神や貴族の監視やら処刑(実質暗殺だが)を行う特殊部隊・隠密機動第一分隊、刑軍の統括軍団長様だ。端正でやや幼い顔立ち、黒髪は包帯っぽい何かで二束括られていて、髪の先には金色の輪が結ばれている。あれの意味は未だに不明だ。体系はまあ……彼の好みではない慎まし~い感じだとだけ明言しておく。性格は俗に言うツンデレという奴なんだろうか。部下にも自分にも厳しいが、なんか猫とか動物の前では緩み切った顔を晒していたりする。勿論激写した。高く売れるんだなこれが。八番隊舎に彼女の大ファンがいるので値段は鰻登りだ。

 ついでに言うとその団長殿の招集を半ば無視してダラダラ執務室に顔を出した男の名は――

 

躑躅守(ツツガモリ)! 貴様これで何度目の遅刻だ⁉ いい加減に――」

「三千弱っすね」

「ッ~~‼」

「あ、正確な数字っスか? 二千九百二十二回です。スゲー、丸八年じゃん。精進しよ」

 

 今度は何の突っ込みも無くクナイが飛んできた。殺す気満々の其れを、躑躅守は先程GETしたクナイでペンペンっと弾く。ダルそうに欠伸を噛み殺す彼に、休憩時間を返上して仕事をしていた彼女の机の上に合ったものを掴んで放った。

 一応擁護しておくと、砕蜂が昼休憩を返上して仕事をしていたのは彼女が仕事のできない女だからではない。彼女は護廷十三隊という、尸魂界に於ける最大の軍隊ともいえる集団の二番隊隊長――つまり頂点の内の一人を兼ねている。そして刑軍軍団長とは即ち隠密機動総司令も兼ねた激務であったから、任務開け&隊長職&隠密機動職の三コンボによって今日は徹夜コースだっただけなのである。

 そんな中、ついさっき部下が茶を入れてくれていた。こっそり茶菓子を出し、躑躅守(大馬鹿者)に指示だけ伝えてこっそりあるものを食べようとしていた。

 

「あっ」

「‼」

 

 そして先程の状況を思い出してほしい。懸命な読者諸君ならこの振りでお分かりだろう。彼女はうっかり、その()()()()()()()()()()()()()()を皿ごと躑躅守に放り投げてしまったのである。ほぼ直線の軌道を描いて、それ――落雁が宙を駆けた。

 

「ああっ!」

 

 ぱくっ

 

 そしてあろうことか、目の前のやる気ないだらけきった男の口に入ってしまった。落雁がクナイであれば即死であったが、現実とは残酷である。数瞬の沈黙の後、気まずそうに男が口を開く。

 

「スンマセン、団長……」

 

 何とも申し訳なさそうな顔だ。

 そんな顔が出来るなら遅刻の時点でやれと思いつつ、幾らか機嫌を直した彼女は溜息を吐きつつ答える。

 

「何だ貴様、やっと素直に謝る気に――」

「砂糖に申し訳ないっスけど、オレ、此処の店の落雁あんま好きじゃねえんスよね」

「~~~ッ、コロス‼」

 

 折角のお楽しみをそんな風に浪費してしまえば誰だってそうなる。

 でもこれだけは言わせてほしい。

 食べ物を粗末にしかけた時点で、彼女が悪いのだ。

 

 

 

 

 

 肩で息をしている砕蜂をめんどくさそうに躑躅守が眺めていた。

 

「で、要件って何スか? 一秒すら惜しんで来いとか言っておきながら、態々来たオレをこんな茶番に付き合わせてまで引き留めた要件って何ですか?」

「貴様、そこまで聞いておきながら遅刻してきたのか⁉ 万死にあた」

「いえ、どーせ団長ならそういう言い方するだろうなと思っただけっス。毎度毎度飽きませんねえ。真面目過ぎると胃かどっかに余計な穴が二つ三つ増えますよ? ただでさえ女は男より一個多いのに」

 

 顔を真っ赤にしてポン太が睨む。因みに“ポン太”とは躑躅守が勝手に付けた砕蜂の渾名だ。砕蜂(そいぽん)だからポン太。ポン太のポンは、ポンコツのポンだ。ぴったりだと思うのだが、本人の前でそう呼んだら螫殺されかけたので今は本人の居ない時にしか使っていない。

 

「~~~ッ、貴様ッ、後で覚えておけよッ‼」

「はーい。後で思い出すかもしれないんで今は忘れまーす。てか何を覚えるのかわかんねーや。あ、そうそう、落雁は寺島屋がお勧めっス。砂糖の上質さもさることながら、型がキレーなんですよね。適度な硬さで食べやすいし」

「何の話だッ⁉」

 

 閑話休題

 

 ゼーゼー肩で息をしているポン太は、鼻を鳴らしながら席に着いた。腕を組んで苛立たし気にこちらを睨んでくる。躑躅守からしたら、そのポーズはしない方が良いと思っている。だってあのポーズは、巨乳がやるからグッとくるのだ。無い胸を張られてもそそらない。彼に虚乳を愛でる趣味は無かった。

 

「護廷十三隊十三番隊無席、朽木ルキアという名は知っているだろう?」

「はいはい、知ってますよ。現世の呪文かなんかでしょ? ク・チキル・キア的な。そんな趣味あったんスね。オレ、オカルトは詳しくないんですけど」

「だから何の話だ⁉ 知らんのなら知らんと言わんか馬鹿者‼ 四大貴族の一角たる朽木家に養子として迎えられた死神だ! その朽木ルキアの処刑が決まった」

 

 へー。

 また処刑演舞かよ。だる。そんなん下っ端にやらせとけよ。

 ……ん? くちきるきあ……あー、()()

 

「はいはい、今日中で良いんスね。行ってきまーす」

「ちょっと待て。話は最後まで聞け」

「これ以上何スか? オレの昼休憩もう無ぇし、なんなら根回し諸々込みで残業コースなんスけどこれで天風堂のあんみつ食い損ねたら誰を責めればいいんスかこんなタイミングで俺を呼んだ団長か貴族殺す命出した四十六室かそんな事も出来ない部下か」

 

 一息に捲し立てた躑躅守の瞳は闇を写し取ったかのように昏い。一瞬ポン太がそれに怯んだように見えたが、咳を一つ着くと彼女は口を開いた。

 

「処刑は双極の丘にて今日より二十五日の後に実施される。色々と異例づくめだからな。不穏な動きをせぬものが居ないとは限らん。貴様にはその監視をしてもらいたい」

「はあ」

「貴様の担当は十番隊だ。とはいっても、実質見ておくのはそこの隊長及び副隊長で構わん。他はどうとでもなる」

 

 ふーん。

 十番隊って信用無いんだ。まー確かに、あの白い小獅子は直情熱血な感じだし、若気至っちゃいそうな感じするよね。分かる分かる。地下でジジイとババアしかいないと不安になっちゃうの分かるよ。でも何でオレ?

 

「……あ~、もしかしてそれって“二番隊への依頼”だったんじゃないんスか?」

 

 ポン太の眉が一瞬引き攣った。

 はい当たり。図星。墓穴~。

 

 躑躅守は刑軍の副軍団長に当たる。つまりは隠密機動において実質ナンバーツーの実力者であるのだが、それはあまり知られていない。何故なら、現在隠密機動総司令の座についているポン太が護廷十三隊二番隊隊長も兼任しており、且つ副隊長に大前田希千代という成金デブを据えているからである。

 絶対数的にも組織のナンバーワンの実力的にも護廷十三隊の方が上である為、(元々目立つ組織であってはならないのも理由であるが)隠密機動は焦点が当たりにくい。故に躑躅守の名はあまり知られていない。これは、護廷十三隊という組織に彼が名を連ねていないことも理由なのだろう。

 

 だって役職増えると仕事が面倒くなるし。

 今の職場でそこそこ満足してるし。

 

 従って護廷十三隊への依頼は本来躑躅守の請け負う範疇には無かった。当然それをポン太も分かっている。

 

「じゃ、オレが受けること無いんじゃないっスか? それこそ大前田(デブ)にやらしときゃいいじゃないっスか」

「馬鹿者。監視対象が十番隊だけだと思うか。まあ、貴様の言う事にも一理あるのだがな。貴様に関しては四十六室直々に指名が入っている。そうでなければ態々貴様など起用するものか」

 

 へー。四十六室、ねえ?

 

「あい、まむ。じゃ~、任務に行ってきまーす。午後の仕事はおねしゃーす」

「あっ、貴様ッ! それくらい自分で振り分け……躑躅守ィィィィィ‼」

 

 何だかんだ、二番隊舎は今日も平和である。

 

 

 

 




躑躅守(ツツガモリ)は苗字です。長い。
作者恒例の花言葉が由来です。
躑躅(ツツジ)…………”節度”、”慎み”

ええ、勿論!
今回はギャグに挑戦ですよ! ギャグ……であってほしい(泣
クスッと笑ってもらえたら嬉しいです。
されど途中からギャグが消える可能性大という。
というか続けられる……のか……?

分かりませんが兎に角……
最後までお読みいただきありがとうございました!


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チョコレートともなか

続くかは未定と書いていたのにお気に入り登録して下さった方、ありがとうございます!
取り敢えず進めるだけ進んでみようと思います。

もう一作品の息抜きで書こうと思っていたのですが、こっちの手が止まった途端あっちが書ける様になりました。ピタ〇ラスイッチか……


 本日も晴天成。

 躑躅守(つつがもり)は現在、八番隊舎の屋根上をのんびり歩いていた。理由は簡単だ。

 彼はふと歩みを止めると、後ろに現れた人影に声を掛けた。

 

「時間通り、だな。例のブツは?」

「当然である。苦労したぞ……」

 

 躑躅守が振り返ると、戦利品を胸の辺りに掲げた筋肉質で長い黒髪を三つ編みにしている大男――八番隊第三席・円乗寺辰房が立っていた。戦利品を見て躑躅守も思わず唇の端を上げる。

 

「ほう……それが“ちょこれいと”……未知なる砂糖菓子だ」

「気に入っていただけたようであるな」

「当然だ。隠密機動は基本瀞霊廷内でしか行動しないから現世の事物には疎いんだ。ふふふ、ならば“とっておき”を交換しよう‼」

 

 テッテレー

 

 躑躅守が掲げた一枚の写真を、まだ詳しく見ても居ないのに円乗寺は“おおっ!”と声を上げた。まあそう急くな。どうせ譲ってやるんだから。

 互いに戦利品を右手に持ち、左手で受け取る構えをして近づいた。交換を終えると、共に受け取ったモノをまじまじと見つめる。

 

「ふおおおおお⁉ 砕蜂隊長に蹴られる寸前の写真⁉」

 

 お気に召したらしい。

 そう、オレは隠密機動。ターゲットの趣味趣向を洗うことなどお手の物だ!

 取引相手の円乗寺がポン太(そいぽん)に好意を寄せているのみならず、SMプレイに興味が在ることなどとっくの昔に割れていたのだ。ポン太に蹴られる寸前を盗撮するためには中々ハイスペックなカメラが必要だったが、それは“友人協力”という奴だ。感謝感謝。だがただ蹴られる写真なら五万とある。“とっておき”と言ったのはもう一つ理由が有る。

 

「これはッ、すっ、隙間からッ……一片の悔いなし‼」

 

 ブシ――ッ‼

 

 鼻から凄まじく出血をしつつ、片手で必死に抑える円乗寺。

 いや、全然抑えきれてないから。

 

 やれやれ、妄想の激しい奴だな。

 奴に渡した写真は、奇跡の一枚といっても過言ではないものだ。具体的にどういうものかというと、ポン太がこちらに蹴りかかってくる図だというのは前述のとおりである。彼女は小柄である為、自然、一旦地を蹴って浮き上がった状態で回し蹴りをこちらに放つのが常なのだが、そうすると稀に、いい感じで彼女の衣服も浮き上がる。その状態で蹴りを放つとどうなるか?

 袴というものは、身体との密着度の低い、ゆったりとした服装。つまり何が言いたいのかというと、角度とタイミングが揃うとかなり奥の方まで見えるのだ。何がとは言わないが。今回の写真は、“ギリギリ見えるか見えないか……やっぱり見えないッ!”という絶妙な陰影を演出することに成功した至高の一枚。

 オレは全然ポン太に興味は無いので正直どうでも良いのだが、ここまで喜ばれると苦労の甲斐を感じるの通りこして正直ヒく。

 

 苦笑しつつ躑躅守が自身の手の内に視線を戻した。茶色いテカテカした紙の上に大きめの字で“CHOCOLATE~大人のビター~”と金色に文字が打たれている。紙でクルリと銀色の金属の箔を巻いてあり、どうやらその中に例のモノが入っているらしい。

 

「ちょっこれいと、ちょっこれいと、ちょこれいとは~、め、○、じ♪」

 

 丁寧に箔を破いて、中身を覗く。すると茶色い板が顔を出した。長方形に切り出しやすくなっているデザインに従って、ひと欠片を口に入れる。

 口に入れた瞬間、僅かに香料を想わせる独特の香りが漂い、ほのかな甘みが口の中に漂う。口の中で転がしていると、唾液と口の熱でとろりと解けてきた欠片がその本領を発揮した。甘いのに、僅かに顔を出す苦みが甘さを諄く感じさせない。エキゾチックな香りを漂わせながら解けた端は、餡というよりかは飴に近い感覚で羊羹と水あめを足して二で割ったような舌触りだった。

 

 ――喉が渇いたな……しかしこれは茶を口に注ぐのは忍びない。水なんてもってのほかだ。くッ……味の余韻を殺さないようにするにはどうすればッ……

 

 躑躅守は口を、円乗寺は鼻を押さえて悶絶していたところで、屋根の更に上の方から声が聞こえた。

 

「おんやァ、楽しそうだねえ」

「「京楽隊長!」」

 

 円乗寺と躑躅守は揃って声を上げた。屋根の上方から笠を被り女物の桃色の羽織を羽織った髭面のナイスガイ、八番隊隊長京楽春水が降りてくる。

 

「こんちは」「お疲れ様です!」

「うん、こんにちはぁ~! いやぁ、丁度良かった。君に話したいことがあったんだよ、華クン――」

 

 ビシィッ

 

 京楽の右目にあと0.5ミリで届く位置に躑躅守の人差し指が差し出された。殺気の籠ったその瞳に京楽がゴクリと喉を鳴らし、冷や汗を垂らす。

 

「京楽隊長、下の名前で呼ぶなって言いましたよね? それが他人に物を尋ねる態度ですか?」

 

 躑躅守の本名は、躑躅守華という。男に何でそんな可愛らしい名前を付けたのかは定かではないが、兎も角その名前のせいで彼も色々と苦労した。お蔭で下の名前は彼にとっての逆鱗、地雷原、触れてはならぬ場所なのである。

 という説明は京楽へ既にされているため、懲りぬ彼に躑躅守から制裁が加えられそうになっているのが現在の状況である。下の名前を呼んだだけで片目を失いそうになっている京楽は組織のトップとして情けないし、そこでブチ切れている躑躅守も了見の狭い話である。

 

「ご、ごめんよ、は、じゃなくて躑躅守クン! いやあ、ボク下の名前で呼ぶことが多いからさあ~! うっかり!」

「……まあその言い訳も四回目ですけど。で、何です? オレに話って」

 

 人差し指を引っ込め、キッチリ包みを直しながら躑躅守がチョコレートを懐にしまった。ほっと一息ついた京楽が屋根瓦の上に胡坐をかいた。

 

「取り敢えず座って座って! ここは下から見えちゃうからねえ。ああ、辰房クン、君は仕事に戻ってて~!」

「ぎょ、御意!」

 

 円乗寺がワタワタと降りていくのを見ながら躑躅守も座った。一応任務に行く途中なので彼は黒装束に身を包んでいる。正装中は如何なる者に対しても跪くのが決まりなのだが(というのは、完全に尻を地面に着けるともしもの時に一動作分遅れて命を落とすという隠密機動独特の物騒な教えに依る)、どうせ京楽は楽にしてと言ってくるので跪くのではなく同じく胡坐をかいて京楽と対した。

 京楽の言葉を待っていると、ふと真面目な表情になった彼が口を開いた。

 

「君はさあ、刑軍の副団長なわけだよね」

「そっスね。一応」

「じゃあ、それなりに任務について詳しいわけだ」

「……それはどっちの意味です? 刑軍の主な仕事についてか、詳しい仕事についてか」

「後者だね」

 

 不敵に微笑んだ彼が躑躅守の表情を窺うように覗いた。

 

「ま、程々には。マジでヤバい案件は団長しか知りませんけど」

「構わないよ。そんじゃあ、君らの耳に“朽木ルキア”の名はいつごろから入ってた?」

 

 ――あちゃ~、やっぱそーゆー話題ね。

 

 躑躅守は大仰に溜息を吐いて首を横に振った。

 

「オレらにも守秘義務ってもんがありますから、そーゆーのは訊かれても答えられませんって」

 

 ぶっちゃけた事を言えば、隊長である京楽ならばある程度の情報開示請求を隠密機動に行うことが出来る。ただし申請に時間が掛かる上、必要事項の記入が多く、加えて閲覧記録が残る。それが全部分かった上で躑躅守に直接訊いているという事は、急ぎの内容なのか、情報請求に対する理由が言えないのか、閲覧記録を残したくないのか……

 いずれにしろ、面倒ごとはまっぴら御免だ。

 

「そこをなんとか頼むよぉ~! ほら、久里屋の徳利最中、食べたくなァい?」

「ッ‼ ~~ッ、卑怯なッ‼」

 

 久里屋というのは、言うまでもなく和菓子屋である。そこで扱っている徳利最中という最中は、餡に酒粕を練りこむという変わった趣向の菓子だ。程よく潰された粒あんの中から覗く酒粕は、上質な麹とアルコールの香りを纏って餡の味を一層高めている。また皮も格別で、どういう仕組みなのかいつ食べてもパリッと乾いた堪らない音を響かせる。少々値が張るので躑躅守はあまり買わないのだが、だからこそ目の前で転がされるその包みを見ただけで熱い緑茶が欲しくなった。

 

「……おふっ、れこっスよ……彼女の任期終了時から、動きはありました」

「それは、人員を裂いてかい?」

「いいえ。失踪なんて珍しくもありませんから。映像蟲飛ばして終わりっス」

「珍しくも無い、か。それってどういう意味?」

「現世に死神を派遣してる隊長ならお分かりでしょう? 大怪我して義骸で療養とか通信機が壊れて連絡取れなくなったとかなんて間々あることじゃないですか。ですから基本、音信不通になったら生死の確認と簡単な調査だけするってことになってるんです。結果を四十六室に送って、後は指示待ちっス」

 

 さあ最中を寄越せと言う風に躑躅守が右手を差し出すと、最中をもう一つ掌に載せて京楽は腕を上げた。

 

「それじゃ、ルキアちゃんに関する四十六室の指示は先日まで無かったってこと?」

「…………それ以上は、いくら貴方相手でも答えかねます。……例えッ、最中をッ、食いっぱぐれてもッ……!」

 

 歯を食いしばり、血涙さえ流しかねない躑躅守の様子を見て京楽が苦笑した。最中をもう一つ加えて、俯いた躑躅守の前に差し出す。

 

「試す様な真似して悪かったね。勿論君から聞いたことも、その内容も誰にも言ったりしないさ。ありがとさん」

「……いいえ」

 

 受け取った最中を彼はそそくさと懐に仕舞った。最中が三つも入っているにも拘らず胸囲があまり変わっていないのを見て京楽がどういう仕組みなんだろうと首を傾げた時、怒気を孕んだ声が二人の上から降ってきた。

 

「京楽隊長、ここにいらっしゃったんですね」

「ななおちゃん……」

 

 サアッと青褪めた京楽が駆けだした。咄嗟に自分では追いつけないと悟った彼の副官・伊勢七緒が叫ぶ。

 

「躑躅守さん、プリン!」

 

 ガッシィッ

 

 一瞬で七緒の目の前から消えた躑躅守は京楽の首根っこを掴んでずるずると彼女の前に歩いてきた。

 

「伊勢副隊長、詳しく」

「ちょっ、華クン⁉ あっ」

 

 うっかり躑躅守の下の名前を呼んでしまった京楽は口を塞いだが、時すでに遅し。最早彼が京楽に掛ける慈悲は無い。

 

「コホン。先日女性死神協会で、現世の洋菓子、プリンなるものを頂きました。私の分はまだ手を付けていませんので、隊長と交換でどうです?」

「乗った!」

「いやいやいや、“乗った!”じゃないよ⁉ 人をお菓子一つと交換なんて――」

「お菓子を馬鹿にすると天誅を下しますよ、京楽隊長」

 

 黒い笑みを浮かべた躑躅守の片手に借りてきた猫の様にぶら下がった京楽が、七緒の前に突き出された。七緒の顔にも躑躅守と同様の笑みが浮かんでいる。

 

「京楽隊長、先程お渡しした書類には目を通していただけましたか?」

「えっ、あ、あれね。うん、ちょぉっと待っててくれればすぐに見」

「躑躅守副団長、ご協力ありがとうございました。終業後に八番隊舎にいらしてください。食べごろに冷やしておきます」

「ありがとうございます。“ぷりん”かぁ……話には聞いたことがあるんですが、実物は初めてです」

 

 まだ見ぬ砂糖菓子に思いを馳せた躑躅守が、顔を綻ばせて視線を空へ漂わせた。ふと彼が七緒を見ると、七緒は黙って苦笑していた。

 ……はて。

 

「もしかして伊勢副隊長もお初だったんですか」

「え? ええ、まあ。でもいいんです。また機会はありますから」

 

 いーやっ!

 ダメだダメだ!

 他人から半ば奪い取る様にして食う菓子の何が美味いというんだ!

 

 伊勢七緒は、躑躅守が密かに同志と呼んでいる人物だ。

 彼女は生真面目で、その性格からか隊舎に常備してある客用の菓子受けも厳選したものになっている。

 これは躑躅守の持論であり核心をついていると彼が信じてやまないことだが、各店にはそれぞれの個性がある。何が得意な店なのか――例えば久里屋は最中、天風堂はあんみつ、のように、躑躅守的に何が一番美食なのかのランク付けがある。そのランク付けの趣向が、七緒とぴったりなのだ。だからこそ七緒にはより多くの菓子に触れてほしいし、なんなら彼女から新しいドストライクな菓子を教えてほしいくらいなのである。

 

 ぷりんを逃すのは惜しいが、更なる甘味探求の為に躑躅守は涙を呑んだ。七緒が食べるよう言うと、彼女は困ったように口元に手を当てた。

 

「しかし、お礼はしないといけませんし……」

「では今度、休日にでも伊勢副隊長お勧めの甘味屋に連れて行ってください。新たな境地を共に開拓しましょう!」

 

 熱心に彼がそう言うと、彼女は驚きつつも快諾してくれた。“ボクの七緒ちゃんとデートっぽいことしないでよォ!”とかなんとか言っていた京楽は勿論無視。

 

 ――はてさて、それでは一仕事頑張るか……

 

 そうして躑躅守は十番隊へと歩を進めるのだった。

 

 

 

 




作者は、チョコレートは牛乳といただく派です。
お勧めの食べ方があれば教えてほしいです。


今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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プリン

感想やお気に入り、評価などありがとうございます!
作者は単純ですので、そういう目に見えるもので凄く元気が出ます!
嬉しいです!


 暗い室内に、唯一の光源ともいえるパネルの光が輝いている。それを覗き込む人物が一人と、控えるように後ろに立っている人影が二つ見えた。気配を消してそっと近づくと、パネルを覗いていた人物がこちらに振り向くことなく呟いた。

 

「何か問題があったのかい、躑躅守(つつがもり)君」

「いーえ。特には。ってか拠点変えたんなら一言言って下さいよ」

「言う必要は無いと思ってね。現に言わずともここが分かったじゃないか」

 

 闇の中からぬらりと現れたその人物の方へ、後の二人が勢いよく振り返った。

 

「何や来てたんか。相変わらずいつから居たんか分からん御人やねえ」

「……後ろを取るなど失礼だぞ、躑躅守」

「御二人とも辛辣っスねぇ。オレは筋金入りの隠密機動なんスから、いい加減慣れて下さいって」

 

 クツクツ笑った躑躅守を、一方は相変わらず変わらぬ妖しい笑みで、もう一方は眉を寄せて警戒心剥き出しで、見つめた。いや、一方は盲目だから“見つめた”という表現は正しくないだろう。片方の護廷十三隊三番隊隊長・市丸ギンは、閉じているのか開いているのか分からないが見えている目を躑躅守に向けており、一方の九番隊隊長・東仙要は見えずとも気配と視覚以外の知覚を以て彼の方を睨んでいた。

 

 ピ、とパネルを操作する手を止め、中央の人物――五番隊隊長・藍染惣右介が振り返った。

 

「それで、何か用があって来たんじゃないのかい?」

「あー、一応確認と、お願いが一個って感じっスね」

「ほう。何かな」

 

 くあっと欠伸をしながら躑躅守がその辺の壁に寄りかかる。藍染に質問されながらそんな態度をとる彼に東仙の殺気が膨らんだが、藍染が軽く東仙の肩を叩いて留めた。

 

「“白獅子の監視”が()()()()()()下されたんスけど、あれはどーゆー采配にしましょうか。態々オレに監視させたってことは、彼は動くんでしょう? 動いた時、()した方が良いのか、放っといた方が良いのか一応聞いとこうと思いまして」

「“一応”、か。君はどちらと受け取ったのかな」

「ま、放っといても良いんじゃないかなと。大したことありませんし」

 

 再度込み上げてきた欠伸を噛み殺しつつ躑躅守が藍染の方を窺うと、彼は暗い笑みを浮かべてただ黙っていた。

 

 ――“君の采配に任せるよ”ってか? はいはい、りょーかいっス。

 

 訊きたいことを訊き終えたので、彼は壁から背を放してお願いをするモードに切り替えた。それを察知した藍染が笑みを深める。

 

 タッタッタッ、ガシィッ

 

「⁉」

 

 躑躅守が東仙に駆け寄り、その手を勢い良く掴んだ。状況が呑み込めない東仙の顔が引き攣ったのもお構いなしで、躑躅守は勢い良く頭を下げた。

 

「瀞霊廷通信で大人気の“正義のレシピ”を執筆してらっしゃる東仙隊長いえ東仙先生! どうかオレに現世の未知なる甘味“ぷりん”を作ってくださいお願いしますッ‼」

「ッ‼ やっぱりこン人、おもろいわァ」

 

 片手で口元を押さえて市丸が吹きだした。

 

 護廷十三隊の中で文芸担当という謎の役割を担っているのが九番隊だ。“瀞霊廷通信”という名の冊子を月に一度出版しており、隊長格という豪華な面々が各々のコーナーを請け負っている。その編集長たる東仙もまた例外無く記事を書いている。“正義の道”という名の其れはイマイチ躑躅守には理解しがたかったのだが、付属のコーナーである“正義のレシピ”は毎回読んでいる。躑躅守は料理自体に興味があるわけではないのだが、いつか菓子のレシピが載る日を心待ちにしていたのだ。

 “正義のレシピ”愛読者曰く、“自分では絶対に辿り着けない美味なレシピだが、何度も作るのはあまりに手間”なのだとか。確かに煮込みの時間とか冷ますのに掛ける手間が多いというか単位間違ってんじゃないかってレベルだったが、だからこそ今回彼に頼んでみたいと躑躅守は思った。

 

 だってそんな大変なレシピを構築する発想力、試作を繰り返す根性と熱意はまさしくプロの職人の其れと躑躅守は見た。彼なら、自分の求める最高の甘味を連れてきてくれる、と。

 

 真摯に頭を下げる躑躅守を見降ろしながら、先程の藍染への態度を思い出して東仙は何とも言えない顔をした。

 

「ぷりん……? 生憎私は現世の菓子には疎いのだ。お前の期待に応えられるかは……」

「そこをなんとかッ」

「うぐ……」

「大丈夫だよ、要。君の調理に関する熱意とセンスは一級品だ。私が保証しよう」

「藍染様……‼」

 

 という茶番の後、後日作ってもらう事を約束された躑躅守は文字通り飛び上がって喜んだ。そんな様子をちょっと離れた位置から見ていた市丸は、躑躅守が落ち着いた頃に口を開いた。

 

「しかしえらい唐突な話やねえ。何で急に食べたなったん?」

「いやぁ、伊勢副隊長が女性死神協会で貰ったという話を聞きまして……つい」

 

 カラカラ笑う躑躅守を、藍染が僅かに表情を動かして向いた。

 

「躑躅守君、君は八番隊舎に行ったのかい?」

「ええ」

「そんな指示はあったかな」

「任務前にちょっと寄ったんですよ。これを売りに。あ、市丸隊長、カメラの性能滅茶苦茶良かったです! ありがとうございました~」

 

 そいぽん(ポン太)の写真を振りながら躑躅守が市丸に頭を下げた。

 超小型で録画もできるカメラの提供主は市丸だった。

 何でそんなモノを技術開発局員(十二番隊)でも趣味でラジコン的なものを作っているわけでもない彼が作れたかというと、藍染が計画している尸魂界への謀反の為、瀞霊廷中に市丸作の小型の監視カメラをばら撒いたためである。必要に駆られれば、大概の事は根性で何とかなるらしい。取り敢えずその腕を見込んで今回の盗さ……隠し撮りカメラを作ってもらった。性能は言わずもがもな。持つべきものは友である。

 

 サラッと流してしまったが、藍染惣右介を筆頭に市丸ギン、東仙要は現在、尸魂界を飛び出してなんやかんややろうと画策中だ。躑躅守は本職(刑軍)の方が忙しいので、手が空いていて面白そうな案件なら彼らに手を貸している。そろそろ本格的に動くらしく、ざっくりと計画の概要を教えて貰っていたりする。どうせ任務が入ったら手伝えないけどと思っていた矢先に四十六室が全滅。”一族郎党(みなごろし)”とかいう命令をホイホイ出してた為、完全に因果応報である。ザマア。そんでもって屍と化した四十六室が嘗て住んでいた場所一帯を、現在謀反三人組が占拠している。

 

 今更”人の命は大事”なんて倫理は在りはしないが、陽の光の届かない場所で誰にも弔われずに捨て置かれる遺体の群れには一応、任務完了時と同じく手を合わせておいた。供えた最中(もなか)(京楽隊長提供)は勿論食べた。だって勿体無いし。

 菓子食べる口実だろって? …………いや、うん、違う違う。違うって。

 

 兎も角、礼を言った躑躅守に対して若干引き気味に市丸が“喜んでもらえて()かった”と答えてきた。

 何か勘違いされているようなので訂正しようと躑躅守が口を開く前に藍染が割り込んだ。

 

「京楽春水と接触したんだね」

 

 空気が変わる。

 緊張を孕んだ空気に市丸と東仙の顔色が変わったが、躑躅守は一人涼しそうな顔のままだった。

 

「そっス」

「何について」

「……朽木ルキアについて、少し」

「……」「「‼」――何故それを報告しない!」

 

 東仙が怒気を隠すことなく躑躅守にぶつけた。対した彼の方はというと愉快そうに口の端を上げて肩を揺らしている。

 

 京楽春水は今回の計画に於いてそこそこのキーパーソンだ。

 護廷十三隊に於いて最も警戒すべきと藍染が考えている数名の内の一人が、護廷十三隊総隊長、山本元柳斎重國だ。千年の長きにわたり総隊長として死神を纏め上げてきた彼の実力は、リーダーシップなどという生半可な言葉には留めえない。常識外れの戦闘力は警戒するに余りある。尸魂界に反旗を翻すなら、一番に対処すべきといっても過言ではない。

 そして今回は、彼の愛弟子である京楽春水及び十三番隊隊長・浮竹十四郎をその足止めに使おうというのが藍染の策、というよりかは戯れである。

 どこまでも厳格に“中央四十六室”に従うだろう総隊長は、その命に疑問を持つだろう二人と衝突する。実力的に、あっさり二人がやられるということはないだろうから、時間稼ぎができ、うまく行けば護廷十三隊の古参である二人の隊長格を灰に返せる。

 

 今の段階でそれがどこまで実現可能かを知るに当たって、京楽が躑躅守に接触してきたという事実は重要極まる内容だった。

 

 それを、計画の概要しか聞いていないとはいえ隠密機動のナンバーツーが理解できていない筈はない。

 

「ハハッ! 勘違いされては困りますよ、東仙隊長。オレは別に、貴方と同じように藍染隊長の部下ってわけじゃない。プライベートまで一々報告する義理は無いっス」

「貴ッ様……」

「いいよ、要。確かに彼は協力者という立ち位置だと明言している。だが躑躅守君、今後は計画に関わることはそうやって焦らさず、迅速に教えてくれるよう頼むよ」

 

 ゆったりとした歩調で躑躅守が闇の深い方へ歩いて行く。足首が隠れて見えなくなる辺りで彼は振り返ると、ピースサインを藍染達に向けた。

 

「了解っス。――オレの事、()()()使って下さいね。そんで貴方の新しい世界を面白く仕上げて下さい。楽しみにしてます」

 

 物音一つ立てずに、躑躅守は去って行った。

 

 

 

 

 

 

 闇に溶ける様に消えた躑躅守の気配を察して、藍染が微笑む。

 

 ――京楽春水程でないにしろ、食えない男だ。

 

 躑躅守は此処へ来た時、“一応確認と、お願いが一つ”と言った。この言い方だと、確認とお願いが一つずつなのか、()()()()()()()()()()()()()()()()のか判断できない。いや、彼にとって今回一番確認したかったのはそれなのだろう。

 

 藍染惣右介()躑躅守華()を十全に使える人物なのかどうか。恐らく彼の諜報能力はこんなものではない。隊長格ですら気取らせない隠密性、重役と密かに広がる人脈、そして刑軍副団長という地位……“速さ”を売りにしている現隠密機動総司令より余程隠密機動らしいと言っても過言ではない。

 しかし幾ら能力があろうとも、それを使うものがポンコツでは意味が無い。

 

「――十番隊では不服だったかな?」

 

 呟いて、ふと足元に四つ折りになった紙を踏んでいることに気が付いた。一見すると紙ゴミだが、掃除されつくした床の上にそんなものが落ちているなど不自然でしかない。

 拾い上げ、紙を開くと文字が書いてあった。目を通し、そして目を丸くした。

 

「藍染隊長? どうしはったんです?」

「……ギン、私も君に同意見だよ」

「何がです?」

 

 威力を弱めた赤火砲でその紙を燃やしながら藍染が眼鏡のブリッジを押さえて位置を整える。

 

「彼は実に面白い男だ」

 

 黒くなりながら火の粉を散らす紙にはただ一言。

 

『そういうわけじゃありませんよ』

 

 それだけが綴られていた。

 

 

 

 




”上手く使って下さいね”とか言わせておきながら、作者が主人公を使いこなせる気がしないという。悲しみ。
救出篇はまあ……適当に書きます。
いや、真面目に書きだしたらギャグに挑戦も何もないか。

話は変わりますが、最近はコンビニとか行ってもプリンの種類が多くてビビります。そして迷うという。選択肢が多すぎるのも困りものですね! 因みに作者は、迷ったら一番リスキーな奴を選ぶのが好きです。コンビニだと失敗とかあまり無いんですけどね。それはそれで面白味が無いんですが。
失敗らしい失敗は、某コンビニチェーンで売っていた杏仁豆腐くらいかもしれません。スイカの何かが乗っていたのですが(その時は杏仁豆腐が食べたかったのでそれしかなかったんです)、そのゼリーっぽい何かの味が無かったんですよ。本体(杏仁豆腐)は普通に美味しかったです。あれは結局何だったんだろう……今だに謎です。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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油せんべい

「弁明は在るか、躑躅守? あるよな? というかあってくれなくては示しがつかん」

「ありません‼」

「こんな時だけハキハキ答えるな馬鹿者‼」

 

 そいぽん(ポン太)の回し蹴りが急接近する。

 

 シャッターチャーンス

 あ、もうこの写真は取引したんだから要らねーか。

 

 思い直した躑躅守(つつがもり)は上体を逸らしてポン太の脚を躱した。行き場を失ったポン太の細い足が後ろの人物のどてっ腹に直撃する。

 

「ゴフッ……」

「躱すな馬鹿者!」

「常識的に考えて躱しますよそんなん。ってか先に謝ってやったらどうっスか?」

 

 乾いた音と共に白打の応酬を始めた躑躅守とポン太。その後ろにはポン太の鋭い蹴りを諸に食らって悶絶している大前田(デブ)。彼の前には先程まで持っていた油せんべいの袋が落ち、中身が散乱していた。

 

 因みに砂糖菓子以外躑躅守は興味は無いので油せんべいは彼の専門外である。強いていうなら大前田の買っているものは高いだけで、味が良い物は他に山ほど在ると思うのだが、探す気もデブに教える気も無い。

 

「あの程度の蹴りが躱せぬなら良い目覚ましになったろう。いつまでも寝ているな大前田!」

「うっわ、酷~! 自分が蹴り損なって流れ弾ってか流れ蹴り喰らわせた部下に対する言葉がそれっスか? 八つ当たりっスか? 子供じゃないんスから」

「ち、違う! 隠密機動たるもの常日頃から注意を怠」

「“示しがつかん”、でしたっけ? こういう時どう言うかご存知無い? そんなわけありませんよねえ? ねえ?」

「ッ~~‼」

 

 顔を真っ赤にするそいぽん。拳速が上がって躱すのが段々面倒くさくなってきた。

 いつまで続くのこれ? 一発当てるまで終わらないゲーム的な? 小学生かよ。

 もーいい。早く戻って水まんじゅうだ。

 

 目を瞑って棒立ちになる。ある程度の痛みを覚悟して待っていると、案の定鋭い痛みが奔った。

 

 ドゴッ

 

「あっ」

「……」

 

 ……抵抗を辞めて一発目がまさか顔面だなんて誰も思わないじゃん。

 今、顔は見えないが、絶対マンガみたいになっている。オレの顔にそいぽんの小っこい拳がめり込んで、目やら口やらがどこかにバイバイキンしてるやつ。

 

 ばたたたっ

 

 恐る恐るそいぽんが拳を躑躅守の顔から離すと、怒涛の勢いで鼻から血が溢れ出た。まあ鼻の骨自体は無事だし、それはいい。どっかが酷い目に合うのは分かってた。分かってたけど……

 

「かおだけはやめてほしかった……」

 

 蚊の啼くような声で躑躅守が呟いた。そいぽんの肩が小さく跳ねる。

 

 別に、どこぞの五席みたいに自分の顔が好きで大事にしてるわけじゃない。オレそんなイケメンとか思ってないし。どっちかって言うと悪人面だし。……言ってて辛くなってきた。

 じゃあ何で顔は死守したかったかというと、この後控えている菓子たちを万全の状態で食せなくなるからだ。

 

 片目でも腫れれば、その趣向を凝らされた造形美を焼きつけながら食べられない。

 鼻が切れていると、その薫りが鼻に抜けた時に鉄臭い。

 口も同様。

 そんな状態で菓子(人類の宝)をいただけるだろうか?

 

 答えは否。

 断 固 否 だ。

 

「…………団長」

「な……何だ」

「これは何ですか?」

 

 両手にべっとりと付いた赤いモノをそいぽんの方に向ける。彼女は口の端を引き攣らせ、視線を逸らしながら口を開く。

 

「……血に決まっ」

「そうですよね! トマトジュースですよね‼」

「は?」

「アハハハハ! オレってばうっかり鼻からトマトジュース零しちまって、スンマセン! びっくりした! 血かと思いましたよねえ⁉」

 

 トマトジュースが止まらない。何故だ?

 答え→糖分を摂れないストレス。

 

 必死の思いで鼻を摘まんでいると、やっと起き上がったデブが躑躅守の床の辺りを見て目を剥いた。

 

「うおおお⁉ 躑躅守、お前何でそんなに出血して」

「出血じゃねえ、これはトマトジュースだッ‼ 何処に目ェ付けてんだデブ!」

「んだとォ⁉ 何処をど―見ても血だろうが! ってか俺はデブじゃねえ、ふくよかだ!」

「ふくよかってのは健康的な肉付きを言うんだよ! 油せんべいばっかり食い散らかしといて健康的なわけねえだろ!」

「砂糖ばっか食ってるお前にだけは言われたくねえよ!」

「糖分は脳が唯一エネルギー源として摂取できる偉大な宝だぞ⁉ 砂糖馬鹿にしたら許さ」

 

 そこまで言って躑躅守は意識を失った。

 何のことはない。唯の失血性貧血である。

 

 大前田との無駄な議論で余計に興奮した躑躅守の鼻は決壊に決壊を重ね、それこそ常人ではとっくに意識を手放してもおかしくないレベルのトマトジュース溜りを形成していた。

 何とも言えない空気が二番隊執務室を漂う。

 

「……大前田」

「うっス」

「躑躅守を救護詰所に連れていけ」

「ほっといていいんじゃないっスか」

「執務室でこんな不快なものを私に見せ続ける気か。それに仮にも刑軍副団長に鼻血如きで失血死などされた日には隠密機動始まって以来の恥になる。良いからさっさと行け」

 

 

 その日、二番隊及び隠密機動の何名かは以下のような場面を目撃した。

 曰く、二番隊執務室に巨大な血だまりが出来ていた。

 曰く、大前田副隊長が血塗れの躑躅守副団長を背負って救護詰所に駆け込んだ。

 

 証言から語られた憶測はこうである。

 

 “間々不真面目なところのある躑躅守副団長にとうとう砕蜂隊長がキレて、彼をボコボコに()した”、と。

 それにより砕蜂への畏怖と躑躅守への軽蔑が膨らんだとか膨らまないとか。

 

 噂なんてこんなモノである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ろう……」

 

 声が聞こえる。

 えーっと、自室じゃねえな。

 任務中でもない。

 

「……い! すみ……ん……」

 

 え、マジで何処だっけ?

 ポン太の顔パン食らってデブと口論したとこまでは覚えてる。

 あれれ~?

 何だか体が小さく……は、なってねえけど、身体が重い。頭も痛い。

 

「やま…………()()……」

「下の名前で呼ぶなあああ‼」

「ヒイィッ⁉」

 

 ……悲鳴?

 あっ、しまった。いきなり起き上がって大声出したらなんかクラクラする。病気がちのヒロインになった気分だ。

 

「あ、あの……大丈夫ですか?」

「あ?」

「ヒイッ⁉ すみませんすみませんすみません……」

 

 訊き返しただけじゃん。そんな謝るなよ……

 確かにちょっと顔怖いかもしれないが、そこまでされるとちょっと傷つく。

 

 頭を押さえていた手を放して回りをくるりと見回す。

 やっべえ、何処だココ。

 寝台が幾つかあるが、自分の乗っているもの以外は使われていないのかシーツすら掛かっていない。これだけベットがあって、ちょっと血の匂いの漂う場所といえば――

 

「……綜合救護詰所?」

「あ……そうです。あまり急に動かない方が……あうっ! すみませんすみません!」

 

 なんかオレがコイツ苛めたみたいな反応すんのやめてくれる?

 見ただけだから! 視線合わせただけだから‼

 

 それにしても不覚だった。

 躑躅守という男は、何だかんだでサボるのが美味い男だ。仕事も適度に力を抜いて流すように行うため怪我などは小さいモノばかり。それこそ自分で何とか出来てしまうほどに。

 つまり何が言いたいかというと、躑躅守は初めて救護詰所というものに来た。

 今まで瀞霊廷中を庭のように思っていた彼にとって、驚愕の真実だった。未知なる場所、それは更なる探求心への扉。うん、何を言っているのか分からない。頭が回らない。

 

 頭をフラフラと揺らす彼の方へ声が向けられた。

 

「どうかしましたか」

「卯の花隊長! お疲れ様です!」

 

 するりと戸から現れたのは、隊長羽織を纏い、何故か長い髪を前側で三つ編みにしている女傑――卯の花烈だった。さっき慌てまくっていた死神が緊張気味に頭を下げている。

 その時、オレのセンサーはピンときたのだ。

 

 ――この人は、行ける口だ!

 

 と。気が付いたら口が動いていた。

 

「最中は何処で買いますか⁉」

 

 あっ……

 しまった頭痛ェ。大声出すんじゃなかった。

 

「あらあら、挨拶も抜きにそのようなことを訊いてくるような元気な方が此処にいらっしゃったとは存じ上げませんでした」

 

 そういえば挨拶してなかった。確かに失礼だったな。オレとしたことが……

 

「も、申し訳ありません、卯の花隊長……痛ッ……隠密機動刑軍副軍団長、躑躅守っス」

「構いませんよ。初めまして、躑躅守副団長。頭はまだ痛みますか」

「いいえ! それより先程の答えは……」

 

 躑躅守の女性のタイプは、重要な順に菓子の好み、体形、胸囲である。

 人生において何より砂糖の摂取に重きを置いている躑躅守にとって、将来添うかもしれぬ女性との好みがあまりにズレているのは好ましくない。そういう意味で言うと現在躑躅守にとって一番魅力的な女性は八番隊副隊長の伊勢七緒であるのだが、彼女はあまりに細かった。それが二番目の身体つきである。大前田とのやり取りとは違うが、多少ふくよかというか健康的な体つきでないと、無理に躑躅守に付き合って菓子を食べたりその談義をしているのではないかという気持ちになってしまう。最後のは……男のロマンだ。だがさほど重要ではない。有ったら嬉しいなくらいのモノである。

 兎も角、以上を踏まえるとポン太は駄目なのである。というか対極といってもいい。

 そして躑躅守への回答次第で、卯の花隊長は伊勢副隊長を凌ぐポテンシャルを持った女性という事になる。

 

「久里屋です」

 

 にこやかに卯の花隊長がそう告げた。

 

 ――嗚呼、オレの天使は此処に居たんだ……

 

 ガンガンする頭を押さえつつぼんやりしていると、彼女が白い布を躑躅守の鼻の辺りに翳した。途端、頭がフワフワするのはそのままだが痛みが和らぐ。少々眠くはなったがなんてことはない。欠伸を噛み殺しつつ、彼は頭を下げた。

 

「ありがとうございます、卯の花隊長! 痛みが和らぎました! お礼に明日にでも久里屋の最中を持ってきます!」

「! ……やはり痛みがありましたか。そうならそうと言って下さいね。治療に当たって痛みは大切な情報なのですから。――ところで」

 

 一瞬驚愕を顔に浮かべた彼女はすぐに微笑すると、布を引いた。

 

「麻酔に対して何か耐性がおありなのですか?」

「麻酔っスか? 何でっスか?」

「この布には“牙点”と呼ばれる強力な麻酔を染み込ませてあるのです。それこそ一般の副隊長クラスなら一呼吸で卒倒してしまうほどの量なのです。痛みが和らいで少々微睡むようなものではないのですよ」

 

 躑躅守は別に、特殊な体質が元来あるとかいうことはない。だからこれは、彼が後天的に得たもの――正確には、植え付けられたもの、とでも言うべきだろうか。

 隠密機動の刑軍というものは、殆ど暗殺業のようなものだ。どこまでも相手を追い、確実に息の根を止める。それが出来ない者は須らく死が待ち、失敗は許されない。戦闘に関しては、鍛錬すればいい。問題は、同族に対して用いることの多い薬物だ。使う際の知識は学べばいいが、使われた際の対処や対策は実践あるのみ。

 様々な薬物を少量ずつ、死なない程度に、何度も何度も投与する。そんな地獄絵図な訓練(といっていいのかは議論の余地があるかもしれないが)を繰り返す。自白剤や麻痺毒の類は特に重点的に投与され、耐性を無理矢理作るのだ。お陰で何度も死に掛けたが、その成果が現在である。彼を卒倒させたければ、文字通り殺す気で薬を盛らなければならないのだ。

 

「……刑軍特典っスかね」

 

 遠い眼をした躑躅守。彼の意図を察したのか卯の花隊長は一つ息を吐くと苦笑した。

 

「そういえばそうでしたね。わたくしとしたことが失念していました。――あら、花太郎、そろそろ時間ではありませんか?」

 

 極めて優しい口調でそう言われたにもかかわらず、言われた死神は異常なまでに硬直した。

 

「ああっ、はい! すみませんすみません‼」

 

 ――“ハナタロウ”って名前なのかコイツ。名前で苦労してそうだな……

 

 勝手にシンパシーを抱いた躑躅守が、花太郎の方を向いた。

 長めのショートカットに紺色に近い黒髪。気の弱そうな垂れ目で猫背の青年。

 

「時間って、何のっスか?」

「え? あっ、あの、六番隊舎牢で、朽木ルキアさんにお食事を届ける……という用事で……すみません!」

 

 だから何で謝る?

 というか朽木ルキアが負傷したって報告は無かった筈だ。

 じゃあ何? 明らかなる雑用を押し付けられたって事か?

 

 ぴこーん

 躑躅守 ハ 六番隊 ヲ 軽蔑 シタ

 

「お疲れ様っス!」

「いいえ、全然! ルキアさんはとても良い方で……最初はどう話したらいいんだろうって思ってましたけど、今ではもうそんな事も無くて……」

 

 花太郎は僅かに頬を赤らめて顔を綻ばせた。

 そんな彼の様子を見て、牙点やら血が足りないやらで頭の回っていない躑躅守は首を傾げる。

 

「でも、彼女は死ぬんでしょ?」

「ッ‼」

「どうせ死ぬ相手との仲を深めたって、貴方が辛くなるだけっスよ。極囚と友人関係っぽくなるのはお勧めしません」

 

 頭が回っていない――それはつまり、変な含みも気遣いも無い、素直な彼の言葉だという事だ。

 人のよさそうな花太郎の精神衛生上、朽木ルキアの処刑はあまり宜しくないだろう。名前的に仲間意識を勝手に持っている躑躅守からすれば、花太郎がそのせいで苦しむのは見たくなかった。

 

「そ……それは、そうなんですけど……」

 

 青褪めて瞠目し、花太郎が俯いた。瞳を揺らす彼の前に、卯の花隊長が進み出る。

 

「花太郎、今日の配膳は荻堂八席に代わってもらいなさい」

「! あの……」

「その顔色では、とても他隊へは行かせられません。救護詰所に所属するものが不養生では、他の方が安心して治療を受けにいらっしゃれませんよ」

「…………はい。申し訳ありません……」

 

 口元をキュッと結んだ花太郎が部屋を出た。彼を見送った卯の花隊長が躑躅守に向き直る。

 

「躑躅守副団長。此処は綜合救護詰所、つまり命を救う場です。あまり不用意な発言をなさらぬようお願いいたしますね」

 

 ぞく

 

 本能的に躑躅守は身構えた。卯の花隊長に笑みを向けられただけなのに、一瞬抜刀しかけた。……帯刀してないのに。

 

 ――殺気……?

 

 冷や汗が頬を伝うが、背筋が冷えたのはほんの一瞬。だが体は強張ったままだ。

 そんな彼の沈黙を是と取ったのか、肯定の言葉を聞くことなく懐に手を入れた。

 

 ――お、揺れた。

 

 先程の緊張感はどこへやら。

 右手を懐に入れたことで卯の花隊長の豊満な胸が、その柔らかくも弾力のある様を感じさせるように揺れた。上司とのギャップから思わずガン見していると、その視線を遮る様に目の前に紙の束が突き付けられた。

 

「砕蜂隊長から、貴方が目を覚ました際に渡すよう頼まれました。確かに渡しましたよ」

「あ、どもっス」

 

 書類に目を通す前にもうひと拝みしようと卯の花隊長のほうを躑躅守が見ると、彼女は踵を返してサッサと行ってしまった。

 むう……隙が無い。

 

 仕方がないので書類に目を落とすと、墨汁で

 

 “書き直さなければ殺す!”

 

 と元気イッパイの字で書いてあった。そうやって部下に殺気飛ばすのにばっかりエネルギーを使うから胸が育たないんだよと思いつつ、付き返された報告書を見て溜息を吐く。

 

 しゃーない。

 自分で出せばいっか。

 

 

 

 

 

 

 躑躅守の治療室を出てから、山田花太郎は必死に歯を食いしばっていた。

 

 躑躅守の言は正論だった。だが花太郎はどこかで、彼女が処刑されるという事実を遠い世界の事のように錯覚していた。昨日も、一昨日も、何なら今日も――憂いを帯びた目で微笑みながら現世の事を語る彼女がいずれ死ぬという事実を、無意識のうちに忘れようとしていたのだ。

 

 突然だが、花太郎は気が弱い男だ。すぐに頭を下げるし、自分より下位の席官にも敬語を使う。そんな彼に対する周りの反応は、高圧的に指示を出したり文句を言うか、気を遣って一歩引いたうえで話しかけるか。卯の花隊長や荻堂八席のように、諭したり自然体だったりというのは片手で数えるほどしかいない。

 だから、朽木ルキアという死神に驚かされた。大貴族に籍を置きながら、高圧的に命令したりしないし、囚われの身でありながらいつも凛と椅子に腰掛けていた。そして何より花太郎に対して、世話係としての敬意、元同僚としての背徳感を混ぜこぜにしながらも気丈に振舞おうとする彼女に……憧れた。自分ではそうなれないと分かっていても、そう在りたいと惹かれてならなかった。

 

 ――ルキアさんに、死んでほしくないッ……

 

 だが自分に何ができるというのか。

 考えれば考えるほど分からなくなっていく。

 

 ――僕は、どうしたらいいんだ……

 

 思いつめた表情のまま廊下を進む。

 進んで進んで――曲がり角に気付かず衝突。

 弾みでふらついて、後ろから来ていた四番隊員に衝突。

 後頭部を強打し、お得意の謝り連発を放つ前に意識が沈没。

 

 当然、その日限りの引継ぎを受けていなかった荻堂がルキアに配膳をしに行くわけも無く、ルキアの腹の虫が大合唱。

 翌日盛大に怒られた。

 

 ルキアとどう対面したらいいか迷わなくて済んだことだけは、花太郎の救いだろう。

 

 

 

 




まさか鼻血ネタで同じタイミングの投稿があるとは思ってなかった……
胃が痛い……
気楽に書こうとか言ってた矢先にこれですよ……
書くたびに被ってる気がします。

気にするなら他作品読まなきゃいいじゃんとか言われそうですが、面白いんですよ!
他の皆さんの作品はどれもこれも面白いから困る!

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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プリン2

「というわけで自分で持ってきました。報告書っス」

「ああ。確かに受け取った」

 

 護廷十三隊の報告書は基本一番隊舎の総隊長に集められ、隠密機動では総司令に届けられる。そこから更にお上の見聞を求められるものは、彼らから四十六室へ届けられる。といっても基本は遣いのモノに運ばせるのが通例だが。

 そして今回躑躅守(つつがもり)が就いている任務は四十六室からの案件。よって報告書は最終的に四十六室に至るモノ。概要はそいぽん(ポン太)に見せたし、そのまま彼は四十六室に来た。死屍累々の会議室を過ぎて、四十六室の居住区で人影を発見。近寄ったら東仙要だった。

 

 ()く斯く云々(しかじか)で突っぱねられた書類を持ってきたと告げると、眉を寄せつつ受け取って貰えた。そのまま書類を読むような態勢になる。

 

 ……あれ、見えてないんじゃなかったっけ。

 

「東仙隊長って、普段どうやって書類の処理をやってるんスか?」

「ああ、これだよ」

 

 そう言って東仙は自身の掛けるグラサンに触れた。

 なんでも技術開発局製のグラサンで、目の前で翳せば文章を耳元で音声出力してくれるらしい。

 

 あまりに字が崩れていると読み取れないらしいが、そこは副隊長の檜佐木修兵がフィルター的な感じで頑張っているらしい。あの69(ロック)な入れ墨は中々イタイ人っぽく見えるが仕事は出来るんですね――そんな寒いギャグで目の前の人物がコメントをくれるとは思えない。黙っとこ。

 

 兎も角。

 なん……だと……

 完全に趣味で掛けてるのかと思ってた。

 技術開発局凄いな。正直忍び込むたびに違法行為が目に付くから碌なとこじゃないと思ってたけど、こういうのは素直に偉いと思う。違法行為は止めてほしいがな。そろそろポン太にでも報告しようかな。まあそれはいつでもいいか。

 

「…………躑躅守、これは私でもやり直しを命じるぞ」

「東仙隊長厳しいっスね~!」

 

 一枚目の書類は日付と担当名があり、報告欄には一言、“異常なし”とだけ書いた。だって十番隊長は何の面白みも無くひたすら仕事。副隊長はやってくる席官やら他隊の副官やらと駄弁って時間を潰してるだけ。任務に関係ある会話は一切無かった。

 二枚目はその翌日の報告書だ。書いてあることは今日の報告書である三枚目と同じ。“同文”のみ。

 

「四十六室に提出される書類で“同文”なんて書いていいわけがないだろう! 毎日どれだけの書類が届いていると思っている⁉」

「しょうがないじゃないっスか! こちとら自分の名前書くだけで書類書く気削られまくってんのに、真面目に書けると思います⁉」

 

 躑躅守という字が一体何画在ると思っているのか。四十八だぞ⁉ 下の名前も謎に画数多いやつだし。まだ“守”が“森”じゃなかっただけマシか。

 

 躑躅守の逆ギレに一瞬言葉を詰まらせた東仙は、“私は部下に恵まれていたのだな……”と失礼なことを零してから溜息を吐いた。

 

「兎も角、藍染様にまでこのような報告をするわけではないだろう」

「いえ、本当に何も無いんスよ。全く、全然、これっぽっちも。なんならべろんべろんに酔い潰れた副隊長の小言でも、眉間の皺が無くなるくらい熟睡してる隊長の寝言にも、処刑関連のワードは出てきませんでした」

「何故そんなことまで知っているんだ……」

 

 やだなあ、ヒかないで。

 隠密機動相手にプライベートなんてものが通用すると思わないことだぜ。

 調べようと思えば東仙氏のドレッドヘアがいつ、どこで、誰にセットしてもらったかとか、襟巻なのかマフラーなのかよく分からない首元のオレンジの奴を何処で買ったのかとか、何なら特定の日の書類三枚目の百番目が何の文字かまで分かる。

 三個目は労力のわりに情報の価値が無さすぎて全くやる気になれないけど。

 

「まあそれはいいじゃないですか。全く動きが無いって言うのは藍染隊長的にはどうなんスかねえ」

「それは私の知るところではない。貴様も任務に集中していればいい」

「了解っス。……ところで」

 

 打って変わって顔を引き締めた躑躅守の前に東仙の黒い手袋を嵌めた手が差し出され、躑躅守が言葉を止める。

 ピリリとした緊張感の中、東仙が口を開いた。

 

「分かっている。だが今少し時間が欲しい。意外と奥が深いのだな――洋菓子というものは」

 

 その言葉に躑躅守は、ぱあぁっという効果音でも付きそうなくらい破顔した。

 

「そうなんスよ! 和菓子は和菓子で小宇宙って感じなんスけど、洋菓子ってなるとそのジャンルの広さたるや圧巻で! こっちでは菓子というと基本餡を使ったものですけど、向こうはあの手この手で形も何も全部違ってて!」

「形は私には分からんが、作り手の執念と努力を垣間見たよ」

「流石東仙隊長!」

 

 

 

 そこから小一時間……

 

 

 

「東仙隊長、交代の時間や――うわ」

 

 四十六室占拠のシフト交代でやってきた市丸は、熱心に何か語り合う東仙と躑躅守の姿を見た。嫌な予感がして踵を返そうとしたのも空しく、肩をガッチリと掴まれた。

 

「良い所にいらっしゃいました、市丸隊長……」

「な、何や、躑躅守はん……」

「“しょぉとけぇき”に乗せる果実は何が良いかという話っス。東仙隊長は王道の苺らしいんスけど、折角なら趣向を凝らして……」

「いや、その何たらってのをボクは知らんからなァ。何とも言」

「ならご説明します!」

 

 以下略。

 後に藍染まで巻き込まれ、延々と男四人で菓子の話を続けた。

 その光景を思い出して躑躅守が一言。

 

 

 “誰得だよ”

 

 

 お前が言うなという話である。

 

 




 因みに藍染参戦時

藍「やあ、ギン。御苦労様。交代の前に要を――おや、もう居るんだね。躑躅守君もとは珍しい」
躑「あ、藍染隊長! お疲れ様っス! ところで隊長の一番好きな和菓子は何スか?」
東「あんみつなどという軟弱なものは認めんぞ躑躅守!」
市「干し柿は譲れへんわ」
藍「…………何の話だい? 菓子なんて、栄養となってしまえば何を食べても同じだろう?」
躑「⁉ 本気で言ってますか⁉ 駄目ですよそんなんじゃ! 栄養は食事でとって、+αで食べるのが菓子ってもんっス!」

 …………以下略。


本文短い。
あまりにも短いですが、もう一作を投稿した後だと寧ろ丁度良かったり。
はい、完全に作者の都合ですね。
次話は早めに出します。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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おしるこ

「しつれーしゃーす。だんちょー、この任務なんスけどー……どうしたんスか?」

 

 躑躅守(つつがもり)が二番隊執務室にほぼ声掛け無しで入ると、そいぽん(ポン太)が冷や汗をだくだくに流しながら、ひっくり返った書類の裏面のど真ん中に手を当てて机に向かっていた。

 

「ばっ、馬鹿者! 入室時には声を掛けろとあれ程言って」

「言ったじゃないっスか。“しつれーしゃーす”って」

「声を掛けろというのは入室の許可を得ろという事だ‼ 第一そんなふざけた声の掛け方が」

「それ、何スか?」

 

 ポン太の説教をぶった切って机の方を覗き込む。サッとポン太が書類を引っ込めたが、ちょっと見えた字面で内容は分かった。

 

「なっ、何でもない。貴様には一切関りの無いことだ」

「……オレが行きます」

「駄目だ! 貴様は今、別の任務中だろう⁉ それを疎かにするなど許」

「二、三日抜けるくらい何とでもなります。行きます行かせてくださいお願いします!」

 

 今までに見たこと無いほど誠心誠意頭を下げてくる躑躅守。下心があるのが丸わかりだ。

 

 隠密機動の諜報というのは、基本チーム制だ。対象を一人で始終監視するなど不可能な上、効率が逆に悪い。二、三人でローテーションを組み、それこそ頭の上から足の先までがっつり監視するのだ。従ってその面子を多少弄れば、躑躅守の言う通り一人抜けたくらいでどうとでもなることであった。

 だが、それを認めるわけにはいかない理由がそいぽんにはあった。

 

「四十六室から指名されている任務だというのを忘れたのか? それに貴様……経費を使ってあちらの菓子を食い散らかしたいだけだろう⁉」

 

 ビックーン

 

 躑躅守の肩が盛大に跳ねる。

 それ見た事かと溜息を吐くそいぽん。

 

「……じゃあ、こうしませんか」

 

 ゆらりと躑躅守が顔を上げ、提案内容を口にした。

 半分以上が挑発のその内容を受けて、受けて立ったそいぽんもそいぽんだ。

 結果躑躅守は、その任務をもぎ取ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 “じぃぱん”を履き、真っ白な“てぃーしゃつ”を着て、長い髪を高く括って簪を一本刺す。黒い“すにぃかぁ”に足を入れて、準備完了だ。

 

 たんっ

 

 石畳のように固い音を響かせながら、躑躅守は着地した。

 

「~~ッ! ビバ、現世‼」

 

 高々と右手を掲げた躑躅守の真横を、物言わぬ一匹の黒い蝶がひらひらと飛んでいった。後ろで静かに障子が締まる音が聞こえる。

 尸魂界と現世を繋ぐ門、穿界門。その入り口が閉まったことを振り返って確認した彼は、かなり久々の現世に胸を高鳴らせて一歩踏み出した。任務をさっさと終わらせて、自由時間で遊びまくるのは彼の中で決定事項だ。

 

 あ~~、この空気が鼻に付く感じ!

 もやっとした嫌な暑さ!

 これこそ現世の夏だ!

 

 隊舎を三段ほど積み重ねたような高さの建物に降り立った彼は、軽い足取りで空中を歩き出した。鼻歌を歌いながら浮かぶ人影に誰一人気付くことなく、皆がせわしなく己の行動にのみ集中している。

 不意に何かの接近を感じ、その正体を悟った彼は右手を掲げた。一度彼の上で旋回したそれが、弧を描いたのち指に降り立つ。

 

『不届きだぜェ、華』

 

「その名前で呼ぶなっつってんだろ」

 

 眉をひくつかせながら躑躅守は手に乗っているものを見た。

 指を三本使ってそれぞれに自分の脚を固定して身体を支えるそれは、所謂カラス――闇を羽に溶かしたような黒鳥だ。足が三本あることから、俗に言う八咫烏だろうというのが分かる。カラスはあろうことか人の言葉を話し、表情は無いが躑躅守を揶揄っているのが見て取れた。

 

『姫はご機嫌ナナメだ。”(つか)ってばかりじゃなく会いに来い”ってな。愛想尽かされても知らねーぞ?』

 

「悪いが暫くは無理だ。忙しい時ばっか狙ってくるんじゃねえよ」

 

『迷惑がるたァ太ェ野郎だぜ。こっちは無理くり連れてっても良いんだぞ』

 

「有難迷惑なんだよ。だが今はマジで勘弁してくれ。何なら今日行く。良いだろ」

 

 カラスの頭を優しく何度も撫でてやると、機嫌を良くしたのか羽を何度か羽搏かせた。

 

「ついでと言っちゃァなんだが、分かるか?」

 

『当然。付いて来な』

 

 羽搏き滑空するカラスに彼は続いた。

 ここは東京、空座町上空――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然止まった彼の背に、後ろから小走りに付いてきていた友人の一人がぶつかった。途端に抗議の声が上がる。

 

「イタイ! 何だよ一護、急に止まったりしてよー」

「どうしたの?」

 

 立ち止まった少年……と青年の中間程の背格好の彼・黒崎一護は、ぶつかって来た友人・浅野啓吾と普通に隣を歩いていた同じく友人・小嶋水色に見える様に人差し指を指した。

 二人が一護と同じく視線を前方斜め右に向けると……

 

「……何やってんだあの人?」

 

 思わず啓吾がそう呟いてしまうような人物が立っていた。

 格好は良くも悪くもシンプル。白いTシャツにジーパン、黒いスニーカーで、ポニーテールをしている長身の男。髪にはお洒落の為か黒を基調にした簪が刺さっているが、他に装飾品は見られない。

 そんな彼は現在、左手で自身の顔を覆い、右手を自販機に突いてがっくりと項垂れていた。その口からは長々と溜息が漏れている。

 

 普通ならば無視して足早に通り過ぎる場面。だが一護は、その人物の方へ一歩歩き出した。

 理由は単純。困ってる奴をほっとけなかったから。

 

 一護は紆余曲折あって、自分の大恩人を傷つけた挙句に奪われた。恋愛のゴタゴタの類ではない。それよりずっと重い――命に関わる一悶着を経て、彼は生き残り、彼女は今死に掛けていた。彼はそれを是とするようなクズではない。従って彼女を救うため、つい昨日まで特訓していたのだ。別の準備の為に協力者の手が空いていない今、夏休みに花火大会に行く途中、この状況に出会った。

 

 事の大小はあれ、目の前で問題を抱えている人物を救えない奴が他人の命を救えるわけはない。そう考えての一歩だった。

 

「なあ、アンタ」

「はァ…………ん?」

「どうかしたのか」

 

 男が顔を上げる。目つきが鋭くアサシンっぽいその顔立ちは、何回さっきの溜息を履けばそうなるのかというくらいがっかりした顔をしていた。ここまでの落ち込み様をしている者も珍しいと一護が僅かに苦笑した直後。

 

「…………お前さん、変わった奴だな」

 

 いきなりそんな事を言われた。

 問に対する答えになっていない上、言われた内容が内容だけに若干傷つく。

 

「あァ⁉」

「いや、悪ィ。普通ならこんな状態の不審者に声掛ける奴なんかいないだろ」

「(不審者って自覚は有ったのかよ……)まあな。でもアンタ、困ってんだろ。オレに出来ることなら協力してやる」

 

 一護の言葉にフッと哀愁漂う表情を浮かべた男。

 

「そうだな……例えば……あくまで()()()だぞ⁉ ここらを散歩してたやつがいて、この天気だ。喉が渇いた。目の前には自動販売機。だがそいつは気付く――財布落としたってな。そいつは偶々今日だけここらに来てるから、金を借りようにも返す当てはない……そういう時どうする?」

 

 男の質問に一護が答えるよりも早く、ビシィッと男の指が一護に向いた。

 

「そう! ……ただ絶望するのみ……オレはソイツの気持ち、よく分かるぜ……」

「……一応訊くけどよ、()()()何が飲みたかったんだ?」

 

 自分に向けられた指を払いながら一護が問う。

 男は一護を指していた指を、力無く自販機の隅の方へ向けた。指の先を見て、一護どころか後ろに居た啓吾と水色も驚きの声を上げる。

 

「はあ⁉ アンタそれ、余計にのど乾くぞ⁉」

「オレじゃねえ……例えばだって……」

 

 一護たちの視線の先には、“おしるこ”と書かれた缶が鎮座していた。今の季節は夏。いつまで経っても自販機の片隅にコイツが鎮座し続けるのは、この男の様な奴が他にも結構いるせいなのだろう。

 頑なに否定しているが、男の例え話が例えじゃないのは明白。しょんぼりと項垂れる男を見て一護は溜息を吐き、自販機に白銀色のコインを一枚入れ、ボタンを押す。固いものが落ちる音と共に自販機下のプラスチック蓋が僅かに揺れた。中身を取り出し、男の前で熱い缶を持った。

 

「しまった、間違えて買っちまった。こんな暑い中飲めねーよ。啓吾、水色、いるか?」

「オレ、ノドカワイテネーヨ」

「僕もいらない」

 

 互いに不敵な笑みを三人は交わし、一護がおしるこの缶を男に差し出した。

 

「アンタはどうだ?」

「ッ! ……オレ、返す当てねーぞ」

「ンなモン要らねーよ。オレらには必要ねーもんだ」

「……んじゃ、有難く受け取っとく」

 

 茶番と分かっていながらも素直に受け取った男は、早速缶を開けて中身を飲み始めた。一気飲みではなく、ちびりちびりと実に美味そうに味わっている。

 

「帰りの交通費は大丈夫なのか?」

「ああ。時間になれば迎えが来る。気ィ遣わせて悪いな」

「気にすんな。おしるこ(あれ)はオレの()()()だからよ」

 

 一護は片手を挙げて男の感謝に答え、再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『良い奴だったな』

 

「だな。でもアイツ、藍染隊長に殺されるのかー……うーん」

 

『お? 何だ、珍しく迷ってるのか?』

 

「うん」

 

 素直に頷いた彼の前に、黒鳥が舞うように滑空する。

 

『今夜は雨か? 降るのは槍か?』

 

「うーん……取り敢えず、おしるこの借りは返すさ」

 

 そう言って微笑んだ彼を横目に見ていたカラスの動きが急に機敏になった。

 

『……懐かしい影だ』

 

 そう呟いたカラスは一気に上空へ消えていった。

 

「急に何だよ……ん?」

 

 十字路を横切る、暫く見ていなかった人影。

 わー、偶然! ……でもないか。この辺りが住処だってのは知ってたけどー。

 

「よっ、()()()! おっひさー!」

「!!?」

 

 ……ひど。組んだ肩を弾かれた挙句距離まで取られた。

 

 躑躅守が旧友に思わぬ扱いを受けてしょんぼりしていると、()()()()()()()()()()()()()()浦原喜助(メガネ)が口を開いた。

 

「ホント、随分お久しぶりっスね。……躑躅守サン♪」

「ああ……」

 

 何だやっぱり覚えてたんじゃん。すっごい拒絶反応だったから、もしかしたらオレの事忘れてたっていう薄情者展開かと思った。取り敢えず良かった。

 

 僅かにホッとした表情を見せた躑躅守の様子を、今だに訝しみながら伺う浦原。

 

「何故此処に貴方が?」

「え? ああ、“クロサキイチゴ”って奴の死亡確認。いやー、生きてたよね。バッチリ!」

 

 親指を立て、親近感溢れるようバッチリな笑顔を向けたのに、浦原の殺気が膨らんじゃった。やれやれ物騒だぜ、まったく。

 

 懐に突っ込まれた浦原の手を片手で掴んで固定。もう片方の手で袖口に隠していた刃物を人差し指に這うように出し、喉元にあてがう。

 一瞬で間合いがつめられたせいか、冷や汗を受けべながらゴクリと喉を鳴らす浦原。新鮮極まる。ま、ここまであからさまに焦ってる演出してるってことは、多分演技なんだろうけどな。

 

「そう焦るなよ。オレの任務は“確認”であって、その後どうこうしろってのは聞いてない。喜助()()の事も、な」

 

 ()らすように躑躅守がゆっくりと言葉を繋ぐ。

 

 浦原喜助というのは、元十二番隊隊長、元々二番隊第三席及び隠密機動第三分隊部隊長の男で、言ってしまえば躑躅守と顔見知りだった。当時は躑躅守の方が浦原より階級が下だったのだが、浦原の性格上、慇懃に話すのが嫌だという事で砕けて喋るようになった経緯がある。浦原の方は敬語っぽい感じで話してくるのはどうなんだろうとかは聞かないでほしい。

 兎も角その頃から、浦原という男は純粋に凄い奴だった。体術とか斬術がではない。躑躅守はその頭脳に、強烈に感動した。搦め手を幾重にも仕組む陰湿さ(褒めてる)、千手先をも読む狡賢さ(褒めてる)、どこまでも相手をおちょくってくる性格の悪さ(褒めて……る?)――参謀とはコイツの為にある言葉だと思った。

 

 そんな彼に時間を与えることは悪手でしかない。だが、躑躅守は敢えてそれをやった。

 

 当然ながら、次の一手が現れる。

 

 僅かな悪寒を察知して躑躅守がしゃがむ。

 パァンという音と共に“顎が痛い⁉”という悲鳴が聞こえ、浦原の身体が捻りを加えながら吹っ飛んだ。躑躅守の真上に褐色の長い足が浮かんでいた。

 

 後ろからの蹴りを躱しきれなかった浦原が割を食った図である。

 

 脚の方はぶっちゃけ凄いエロイ角度だったので激写した。

 あーあ。指名手配犯じゃなかったら結構な額で売れるんだが。

 あ、顔出さなければいいのか!

 

 一人で納得しているうちにその足が躑躅守の方へ振り下ろされる。横に転がりながら躱すと、目の端に青白色に輝く棒が何本も見えた。

 

 あ、あれはヤバい。

 

「縛道の八十一、断空!」

 

 躑躅守の鬼道に関する能力は中の上。つまり?

 うん。ちょっと無理した。上級鬼道の詠唱破棄とか初めて……とは言わんけど、片手で数えるほどしかやったこと無い。

 

 躑躅守の前に透明な板が現れ、飛んできた棒――百歩欄干が突き刺さる。八十九番以降の鬼道を全て弾く断空で六十番台の鬼道を防ぎきれていないのは、躑躅守の技量不足――だけでは無かったりするんだな、これが。

 

「破道の六十三、雷吼炮!」

 

 範囲を絞った雷吼炮を、空間固定を解除した断空にぶつければどうなるか?

 雷吼炮に押されて勢いよく進む!

 

「むうっ⁉」

「避けろ、鉄斎!」

 

 断空に百歩欄干が刺さっている面が、勢いよく元の術者の方へ進んでいく。色黒で筋肉もりもり、後ろで幾つか三つ編みしてるオッサンだ。

 躱しきれなかった彼は、自身が放った百歩欄干に縫い付けられ、完全に動きを封じられた。今更百歩欄干を解除したところで、断空と背後の壁に板挟みになって暫くは動けまい。

 

「どーも、初めまして。握菱鉄裁元大鬼道長」

「呑気に挨拶しとる場合か⁉」

 

 躑躅守は現在、蹴りを躱して転がったまま鬼道の対処をしたため地面に寝ころんだままである。再度蹴りが来たのを反対側に転がって躱し――切れなかった。蹴りを放った人物は放ちっぱなしにせずすぐに体勢を立て直して彼の両手両足を拘束した。

 

「お久しぶりっス、四楓院団長」

「久しいのう。久しすぎて勘が鈍ったか、躑躅守?」

 

 わお、いーい眺め!

 やはり巨乳とは男のロマンである。

 

 躑躅守は現在、元隠密機動総司令・四楓院夜一に押し倒されるような状態で拘束されていた。

 激写? 無論である。そろそろメモリーの容量が心配になってきた。

 

「夜一サン、躑躅守サンの霊圧を拘束します! そのまま待っててください!」

 

 浦原が駆け寄ってくる。にも拘らず、躑躅守は微塵も焦った様子はない。

 

「“勘が鈍った”? それはアナタの方でしょ?」

「⁉ 何を――」

 

 どぷん……

 

 直後、何が起きたのか夜一には理解できなかった。

 感じたままに言うなら、“沈んだ”。

 沼地に手足を突っ込んだように四つん這いの状態で地面に沈み、そして止まったかと思うと沈んだ部分が動かない。

 

 理解が追いつかなかったのは浦原も同じだった。その一瞬の逡巡が命運を分けた。

 

「足が止まってるぜ、メガネ」

「ッ」

 

 肩を掴んだままいきなり後ろに引かれ、浦原は尻餅をついた。その臀部は地面と思われたところに着くことはなく、普段自分達が歩いている地面の丁度十センチほど下に固定されてしまった。

 そんなこんなで、磔状態の鉄斎、四つん這いと尻餅の彫刻みたいになった夜一と浦原に、躑躅守が視線(とカメラ)を向けて溜息を吐いた。

 

「あーあ。揃いも揃ってこの為体(ていたらく)。ガッカリだ」

「それはスミマセーン♡」

 

 スラリと肩の真上に刃が通った。同時に目の前で浦原だと思っていた人影が破裂音と共に消滅する。その意味をざっと理解した躑躅守は、紅い光を放つ(きっさき)から咄嗟に距離を取った。躑躅守の態勢が整う前に、浦原が斬魄刀を一閃。

 

「啼け、〈紅姫〉」

「蒼火墜!」

 

 爆炎が閃き、辺りが煙で包まれる。煙の尾を引きながら浦原が斬魄刀を構え直して接近し、躑躅守は――

 

「こーさんだ!」

「……はい?」

「だから、こ う さ ん! お前とサシで頭脳戦とかマジ勘弁! 嫌! ってか無理!」

 

 ひらひらと手を振り、笑いながら降参した。

 

 

 

 

 

 

 




戦闘時間七秒。
主人公がやる気ないので戦闘描写少ないです。
みーごれんが戦闘書けないので短い&稚拙なのは本当にすみません……

早めに投稿するとか言いながらこの為体。言い訳のしようもありません……
二日前くらいからしようしようと思っていたのですが、寝落ちるという。

因みに本編について
浦原店長たちの攻撃が緩めなのは、あくまで生け捕り目的の為。理由は次回です。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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アイス

前回のあらすじ
任務を請けて現世にやってきた躑躅守(ツツガモリ)
尸魂界から追われる身である浦原喜助とその一派に接触し戦闘に。ちょっと戦ってすぐに躑躅守が降参したぞ!


大変長らくお待たせいたしましたm(_ _)m
亀更新になっていきますが、何卒御容赦を!



「さっきのは何なんだ? 分身の術? 変わり身の術?」

「変わり身の術っスかねえ。義骸の応用版です」

 

 霊力を封じる手錠をガチャガチャ言わせながら呑気に喜助に話しかけている躑躅守(ツツガモリ)を横目に見ながら、夜一は苦笑を禁じ得なかった。

 

 ――そうじゃった。昔からこ奴はこういう奴じゃったのう……

 

 遡ること百数十年。

 隠密機動総司令として最初に行う仕事の一つが、自身の護衛隊を選ぶことだった。と言っても大半は前総司令の引継ぎであり、自身で選ぶのはほんの何名か。はてさてどう選んだものかと思っていた時に喜助が推薦したうちの一人が躑躅守だった。

 

「よう来たのう躑躅守。此度お主を呼んだのは、お主の力を見込んでの事じゃ。護衛隊の任、受けてくれるかのう?」

「光栄の極みです、団長閣下。しかしそのような大役、私の様な若輩には分不相応です。お断りさせてください」

「そう謙遜することはない。お主の働きは儂がしかと見ておる」

 

 “夜一様の御裁量が間違っているとでもいうつもりか貴様⁉”と食って掛かっている砕蜂を宥めながら夜一が言うと、徐に喜助が躑躅守に耳打ちした。

 途端に顔を上げて喜助を見ながら何事か納得したように呟いた奴は、再度深々と頭を下げた。曰く、着任を承諾する、と。

 

 結局あの時、喜助は何と言ったのだろうとぼんやりしながらおもっていると、急に喜助が夜一に話題を振った。

 

「ビックリっスねえ、夜一サン!」

「何じゃ? 聞いとらんかったわ」

「団長、酷いっスよ~! オレが刑軍副団長になったって話っス!」

 

 聞くところによると本人はそんな重役をやる気はサラサラ無かったらしいのだが、古参の実力者がこの百年でバタバタ倒れ、繰り上がり式に躑躅守が副団長に据えられたらしい。隠密機動の刑軍ともなればよくあることだ。

 

「総司令は今、誰がやっとるんじゃ?」

 

 実は聞かずとも知ってはいるのだが、話の流れと言うのもあるし躑躅守が真実を言っているのかを確認する意味も込めて夜一は問うた。最高責任者の名前は周知の事実だからか、彼はあっさり答える。

 

「ポン太っス」

 

 一瞬の沈黙。

 喜助に至っては腹を抱えて苦しそうにしている。それを横目に見て苦笑しつつ、夜一は溜息を吐いた。

 

「……誰じゃ」

「あ、そっか団長はオレが付けた渾名知らないんでしたね。砕蜂っスよ、砕蜂!」

 

 ――現総司令は副団長に嘗められ放題のようじゃな……ん? ちょっと待て。砕蜂、まさかお主……この百年で()()()()ということはあるまいな?

 

「躑躅守、その後砕蜂とはどうじゃ?」

「どーもこーも、相変わらずあの人が上司なんでそのままっスよ。ぽぽぽぽーんです」

「…………」

 

 躑躅守の反応に最早溜息しか出ない。深々と息を吐いて、ふと先程奴に言われた言葉を思い出した。

 

 “勘が鈍った”? それは貴方の方でしょ?

 

 確かにあの時、夜一は僅かばかり油断していた。この距離ならば、“瞬神”たる自分は後れを取らない、と。その慢心があのザマだ。機動力を奪われ、為す術も無く地に伏した。喜助は機転を利かせて拘束されなかったが、あのまま戦闘が続いていたらどうなったかは分からなかった。

 百年の長きにわたるブランク――認めざるを得なかった。躑躅守は今回、大した戦闘をしていない。鬼道で鉄斎を拘束し、喜助の紅姫を止め、夜一の白打を躱したくらいだ。前線で闘い続け、副団長までになった男がどれ程の力を持つのか……もっと言えば、その上の総司令たる砕蜂がどれ程の力を付けているのか。中身は全くと言っていいほど変わっていないようだが、戦闘力に関しては”楽しみだ”、などと余裕をかましている場合ではないかもしれない。

 

 夜一が眉を寄せている間に、喜助が躑躅守の方へ向き直る。

 

「さて、躑躅守サン。我々がいまだに貴方を拘束している理由はお分かりっスよね?」

「色々あるだろーな。お前らが此処に居るのが尸魂界にバレたらマズイ、あと喜助の反応から察するに、元死神代行の生存報告をされるとマズイ、なんなら代行とお前らの関係がバレるとマズイ」

 

 欠伸をしながら首を鳴らす躑躅守は、“だが”、と言葉を繋いだ。

 

「言ったよな? オレは任務で此処に来た。そんで地位は刑軍副団長――例えオレを軟禁しようが殺そうが、霊圧消失時間に比例して増援が来る。んで結局バレる。なら……すべきことは一つだよなァ、喜助?」

 

 不敵に、そして挑発的に笑みを浮かべる躑躅守。やはり穏便には済まんかと夜一が身構えた直後喜助がゆらりと部屋を出た。

 

 ガチャッ

 ゴソゴソ

 バタン……

 

 これから何が始まるのか、九割の興味と一割の恐怖を以て身構えた夜一は、再び部屋に帰ってきた喜助を見て瞠目した。

 

 なん……じゃと……

 喜助が何故()()を⁉

 

「躑躅守サン、これで如何でしょう」

「これは?」

「儂が大事にとっておいたアイスを何故お主が持ってくるのじゃ⁉ 隠しておいたじゃろ⁉」

「甘いっスよ夜一サン。あの程度、隠したうちに入りません」

 

 風呂上がりにこっそり食べようと思っていたL〇TTEの爽が躑躅守に差し出された。

 扇子で口元を隠し、“ふふふ”と厭らしい笑みを浮かべた喜助を蹴り飛ばしてアイスの方を見ると……躑躅守が泣いていた。

 

「あいす……尸魂界では見ることさえ適わなかった幻の甘味……‼」

 

 震える手が夜一のアイスに伸びる。咄嗟に爽を夜一がとると、“あっ……”という小さな声と共に夜一に視線が刺さった。恐る恐る躑躅守の方を見ると、絶望一色に染まった奴の顔。

 

 ――そうじゃった……こやつ甘味に命をかけとるんじゃったッ……

 

 余りの表情に夜一の動きが止まる。その隙に背後から喜助の手が伸び、ひょいとアイスを奪って片手に乗せた。

 

「躑躅守サン。貴方が我々の要求を二つ呑んでくださるなら、これを差し上げます。一つは先程のアタシらの不都合な事実を隠蔽すること。もう一つは、これからアタシらが話す内容に耳を傾けることっス」

「とける……」

「勿論、話が終わるまで責任を持って冷やしておきます。如何でしょう?」

「……交渉とか、後にして良いか。アイスが気になって集中できねえ」

「……いいでしょう」

 

 ――儂への交渉は一切無いんじゃな。喜助は後で殴る。

 

 夜一の冷ややかな殺気に、喜助が震えたとか震えてないとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十分ほどしてその話は終わった。

 その内容と言うのも、百一年前に起きた”隊長格が軒並み虚化されて浦原たちが追い出された事件”の真相だった。

 

 ――へー。そんな感じだったんだ。

 

 事件の内容を聞いた躑躅守は素直に聞き入った。

 当時から彼は藍染の協力者だったが、まだその関係になってからの日が浅かったため、今ほどホイホイ呼びだしを食らったりしなかった。従って事件も、完全にというと語弊があるが、躑躅守は部外者と言って良かった。

 

「……ちゃんと聞いてました?」

 

 あまりに怒涛の展開だったため、口が半開きになっていた。アホの子のような様相に、躑躅守が集中できていないのではと浦原に思われたらしい。失敬な。

 

 要約するとこうだ。

 

 百一年前。

 事の発端は流魂街の魂魄喪失事件の多発。

 或る時を境に、流魂街の住人が消失する事件が発生するようになった。死亡または蒸発ならば残る筈の無い、帯を着けたままの衣服などが発見され、魂魄が人の形を保てなくなっているとの仮定が出される。

 調査の指名を受けた九番隊が調査班を出し、同隊隊長及び副隊長、席官数名がそれに続いた。

 

 調査班は全滅。死神も消失したことにより、急遽選抜された隊長格が事態の収拾に向かった。

 

 ここまでは資料通り。

 

 浦原によれば、その全てが当時副隊長だった藍染惣右介と、同隊三席市丸ギン、九番隊五席東仙要によって起こされていた。崩玉によって隊長格を虚化する実験を真に行っていたのは藍染なのだが、止めに入った浦原と握菱鉄斎に罪が擦り付けられ、四楓院夜一(団長)が巻き込まれた、と。

 

「そんな彼らが今や隊長か。四十六室は今も昔もぱっぱらぱーだな。()()()()()()()()

 

 ――あ、正確には”ちょっと前の”四十六室か。“今の”って言ったら東仙隊長に睨まれる。

 

 そんな事を躑躅守が思っているとは露知らず、浦原と団長が顔を引き締めた。

 

「本当なら、っスか。信じてもらえないんスか?」

「当然。この期に及んで被害に合った隊長格が悉く顔を見せない時点で、口封じの為に殺されたって普通は見るだろ」

「お主がこんなタイミングで来るとは思わなんでな。彼奴等は生きておるが、此処からはちと離れた位置を居城としておるのじゃ。すぐお主に引き合わせることは出来ん」

 

 ふーん。

 ま、知ってたけど。

 この様子だと、死神代行が尸魂界に喧嘩売りに来る時に彼らが来る可能性は低そうだな。ってことは、同伴する元死神は最大四人。浦原、団長、鉄斎、あとは志波一心。圧倒的火力不足。

 人間の兵隊を何人集めるのか知らないけど、浦原の奴、何人殺す気なんだろ。オレには関係ないことだがな。

 

「加えて、オレら刑軍が“私はやってない!”とか“あの人は嵌められたんです!”なんて言葉をどんだけ聞き飽きてるか知ってんだろ? その手の発言は逆効果だぜ」

「手厳しいっスね。かつての同僚まで信じていただけないとは」

「ハッ! 随分と微温(ぬり)ィこと言うようになったな。“いざとなれば味方を囮にして敵を刺せ”――そうやって殺しを叩き込まれた仲だろ? お前は嘗ての“味方”ではあっても、それ以上でもそれ以下でもなかった。違うか?」

 

 一応浦原は護廷十三隊の方に重きを置いてたからそういう指導をされたかは知らないが、団長には知らんとは言わせんぞ。反論は案の定無し。

 ってことは、結局この百年チョイで藍染隊長の計画を暴く為の材料を集めることは叶わなかったって事か。つまんね。あの人が動くのを止めたうえで、宿敵とガチンコ対決とかちょっと期待したんだけどな~。

 

 躑躅守は溜息を押し殺しつつ再び口を開く。

 

「……それが仮に本当だったとしても、さっきの条件の一つ――死神代行の生死確認だけは報告しないわけにはいかねえ」

 

 団長の視線に促されるまま、言葉を繋ぐ。

 

「取り敢えず言っておきたいのは、尸魂界というか護廷十三隊的には、死神代行が生存している方が望ましいと思ってるってことだ」

 

 過去にたった一人だけ現れ、姿を消した、死神の力を得た人間――死神代行。

 その名を銀城空吾。

 彼の現状はおろか、生死すらも不明の人物。

 分かっていることはただ一つ。代行証の真実(死神からの監視と制御)に反発したこと。

 もし彼が生きていれば、同じ境遇の代行(今回に関しては代行証が与えられてはいなかったが、見方によっては良いように死神に使われていた)に接触してくるだろうと総隊長は踏んだ。されば、揃って潰せば済む、と。

 

「ならば何故、白哉坊はいち……死神代行に手を挙げたのじゃ?」

「一杯一杯だったんじゃないっスか?」

 

 嘆息しながら躑躅守が言うと、団長は僅かに眉を寄せて沈黙した。

 

 そうか。ここ五十年ほどの話だから団長たちは知らないのか。

 

「朽木ルキアは朽木白哉の死んだ奥方の妹なんス」

「⁉」

「ついでに言うと、朽木隊長に同行してた阿散井恋次は彼女の幼馴染だそうですよ。泣けますねえ」

 

 ホント泣かせる。

 そんなゴリゴリの関係者を拘束に仕向ければ、死神代行に対して加減出来なくなるに決まってる。鎖結と魄睡をプチってしたくなるに決まってる。

 そんでプチってされた代行を見れば、朽木ルキアは彼を救うために自らを差し出すだろう。結果、囚われの姫を助けんと勇者が立ち上がるわけだ。

 

 にしても喜助の反応が無い。

 成程、彼女の人間関係を知っていたらしい。

 そして朽木家の人間なら、なんやかんや彼女は護られる――それは甘い。

 この百年の差がココで出たな。彼女は死ぬ。朽木白哉は彼女を殺す。

 

「もう瀞霊廷中に広まってることなんで言っちゃいますけど、彼女の処刑が決まりましたよ」

「!」「処刑⁉ そんな罪状では無かろう!」

「普通はそうっス。けど流魂街出身の大貴族なんて、方々から疎まれて当然でしょう。二十五日しか猶予期間が無い上に双極まで使うってんですから、こっちもてんやわんやですよ」

 

 そろそろアイスくれても良いんじゃね?

 結構喋ったと思うんだが。

 

「その言い方だと、貴族云々は躑躅守サンの見解っスか」

「ああ。違うのか?」

 

 隠密機動には規則違反を犯した同族を秘密裏に()()()()仕事というのもある。言ってしまえば隠密機動は、お上が定めた違反者を()()()()()()()()()()()()処理していく機関。そして死神には霊力の高い者が生まれやすい貴族が多く、従ってそういうゴタゴタが仕事に関わることはしょっちゅうだった。

 建前はこうだ。

 真相を知っている躑躅守からすればただの詭弁だが。

 

 押し黙って何事か考え込むような姿勢になっていた喜助が再び口を開いた。

 

「四十六室から処刑関連の指示は出てるんスか」

「これ以上は二重の意味でオレの首が飛ぶ。だが、良いことを一つ教えといてやる」

 

 躑躅守が声のトーンを落とし、両掌で口元を覆った。喜助と夜一が耳を澄ます。

 

「現状に不信感を抱いているのは、オレの知る限り八番隊隊長・京楽春水と十三番隊隊長・浮竹十四郎だ。処刑が行くところまで行けば、四楓院団長んちの道具で味方に出来るかも、なんてな」

「「‼」」

 

 ぶっちゃけそうなってくれると藍染隊長たちが動きやすいし。

 別に喜助たちだって損じゃないだろ?

 どっちが間に合うかって話だ。処刑を止められなければ崩玉ゲット。止めたら止めたで総隊長がおイタの過ぎた二人を“流刃若火ァ!”するだけ。

 お~コワ。怖すぎて涙も出ねえ。

 

 その後のアイスは超美味かった。筆舌に尽くしがたい美味さだった。

 感想を述べると紙面一杯になりそうなので省略する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異界へ通じる障子の奥へと消えた男の姿が見えなくなってから、喜助が徐に隣の夜一へ口を開いた。

 

「……如何でしたか」

「少なくとも、儂が集めた情報に関して嘘はついとらんかった。しかし、最後の発言はちと予想外じゃったのう」

「……っスね」

 

 八、そして十三番隊隊長といえば、かれこれ二百年以上も隊長を務める実力者。しかもよく居る人格破綻者ではなく、確たる思想と行動力を持つ二人だ。彼らが今回の処刑に疑問を持っている――これは有効どころの話ではない。

 

 だが、と喜助は扇子で口元を隠した。

 ()()藍染の策にしては、粗が大きい気がする。それこそ百年前に自分達を嵌めたような緻密さが感じられない。

 

 ――何かある、と考えた方が良さそうっスね。

 

 悪い方ではあるが、喜助が考えていた幾百の展開のうちの一つだ。対応することは可能。しかし何故だか胸にしこりの様な不安が残る。

 

 ――……そういう線もありますよね。はてさて、夜一サンに伝えるべきかどうか。

 

 本人が気づいているかは知らないが、あの時彼は、まるで喜助たちがこの後尸魂界に来ることを知っているかのような口ぶりだった。最初のころに“お前らと死神代行の関係を尸魂界に知られたら不味いんだろ”的な発言をしていたから、ある程度は想像していたのだろうか。にしてはアドバイスが具体的だった。

 だとしたらいつから?

 どのくらい関わっているのか?

 

 もし喜助の()()が正しかった場合、其処から考えられる分岐がかなり増える。

 

 ――違和感を感じた時点でもう少し引き留めておくべきだったっスね……

 

 内心で歯噛みしつつ、喜助は次の一手の為に沈思黙考していくのだった。

 

 

 

 




ギャグにしたいのに、何故かシリアスな感じになっていくという。
作者には書けないんだと割り切っていくことにしました。

一応追記しておくと、夜一さんの反応は殆ど演技です。
そんなまさか、浦原さんたちが碌に下調べもせずに尸魂界に乗り込もうとするわけないだろうしなという予想の下。演技派女優です。浦原さんは演技するとバレるので(圧倒的胡散臭さが際立っちゃうので)沈黙です。作者の中でそういうイメージなだけです。

それはそうと、アイスの季節からは段々遠退いて来ましたね。そろそろ値段が安くなってくるので、コタツを出したあたりでぬくぬくしながらアイス食べたいなあ……とか思いながら書きました。
某書道家の漫画では、”冬はアイスが溶けないんだから今こそ食べろ”的な事を言われて真冬に外でアイス持たされて食べてたなあ……
アイス事情も色々なんだなと思った記憶があります。

アイスと言えば、作者は棒アイスが苦手です。アイス自体がというより、木の棒があまり好きじゃないんです。同じ理由で割り箸も苦手です。あのザラッとした感じが何とも言えないのですが……今まで誰にも理解してもらえない感覚です。誰か分かってくれる人はいないだろうか……

カップなら、ハーゲンダッツはお高いのでスーパーカップ派です。MOWとかも美味しいですけど、やっぱりお高いので……
スプーンは勿論プラスチックか金属です。
食べたくなってきた……

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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